抜きゲーみたいな島に派遣された対魔忍はどうすりゃいいですか? (不落八十八)
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対魔忍青藍島に勃つ。

ゆっくりドスケベしてイって欲しいハメね。
(前ページの注意点を読み飛ばした方は確認してから本文へどうぞ)


「ドスケベ島パコパコガイド? 何を見せられてるんだボクは……」

 

 生唾を呑む者たちの熱気に追い出されるように、一人の少年が船内からデッキへと逃げ出した。入島審査所から目的地である島への一時の時間の暇を潰すために、船内やデッキに備え付けられたモニターに映っていたそれはとんでもない内容のPVであった。

 

 これから潜入する事になる青藍島。島を囲むサンゴ礁の浅い所で見られる綺麗な水色と深い藍色をした海との境界線がはっきりと見える事から名付けられた美しい島との事だった。こうしてデッキへと歩み出た少年の黒目には二つのコントラストによる美麗な風景が映っていた。

 

 手元のパンフレットに視線を落とす。そこに描かれたオシドリをイメージしたらしいマスコットのハメドリくんは、何処か愛嬌のある可愛らしいものであった。黙っていれば、の話ではあるが。パンフレットの表紙に描かれたハメドリくんはデフォルメ調だった事もあり、巷に噂される青藍語、ドスケベ言語などと称されるこの島特有のスラングが満載の吹き出しもまだ苦笑する程度であった。だが、島のPVであるそれを実際に聴いてからはそのイメージがやべぇマスコットにしか見えなくなってしまったのである。

 

 その事実から分かるように、少年、大久那須は本島の常識を持った人物であった。

 もっとも、その常識は一般社会的なそれとは一線を画す常識であり、彼を一般人であると称するには小首を傾げざるを得ないだろう。

 

 那須は対魔忍と称される特殊な分類に位置づけられる者たちの一人だ。

 闇の存在たる魑魅魍魎が跋扈する魔都東京、人魔の間で太古より守られた不干渉の暗黙は外道に堕ちる者が現れた事で綻びを見せていた。人魔が結託する犯罪組織や企業が暗躍し始め、それに対するカウンターとして政府は魔に対抗できる忍集団を組織した。その集団はその在り方から対魔忍と呼ばれるようになり、人魔外道の悪に対抗する者たちとして平穏の支え柱となったのだ。

 

 何処にでもありそうな田舎町に扮した忍び里、五車町にその養成機関はある。五車学園と呼ばれる若き対魔忍たちの学び舎だ。彼はその高等部一年に席を置いていたが、任務のために転校という形で青藍島唯一の学校である水乃月学園へと向かう事になっていた。

 

「汚職議員ご用達の島、ね。東京キングダムとまではいかないけどやばそうな島だなぁ……」

 

 人魔外道の肥溜めと那須が吐き捨てた東京キングダムは、東京湾から海上10キロ先に作られた人工島の事だ。湯水の如く投資がされたものの企業誘致に失敗し、開発も止まった場所ではあるが、人魔外道がアンダーグラウンドを敷いたスラム島と化している。娼館、風俗、闇市場、ナイトクラブ、違法カジノ、などなどと外道の温床となっており、裏の物で手に入らないものは無いと言われる程の危険地帯である。そんな場所と同じようには見えないが、ドスケベ条例なる頭対魔忍めいた条例を敷く島が普通な訳が無いと那須は溜息を吐いた。

 

 事の始まりは五車学園に舞い込んできた政府からの依頼だった。魔族と違法取引関係にある議員たちが幾度となくお忍びする島があり、その調査を行ってほしいというものだ。渡航してフィールドワークするだけで済みそうな依頼ではあるが、学生の年齢で常にホテル暮らしをするのは悪目立ちするという懸念事項があった。青藍島の人口は約一万五千と言えども、常にドスケベセックスで文字通り繋がる島のため島民に怪しまれる可能性が高いという判断がされたらしい。

 

 そのため上からの決定に従うしかなく、一人の対魔忍が選ばれたというのが事の顛末であった。さながら人身御供な長期任務に那須は向かうしかないのである。

 

「……まぁ、退屈はしなさそうだね」

 

 島へ到着する旨のアナウンスを耳にしながら、これから起こるであろう面倒事を予感しつつ背負った鞄の位置ずれを直す。薄灰色の短髪を日照りから守るために紺色のスポーツ帽を被り、半袖の黒ワイシャツの裾を掴んで空気を送る。空気の通りの良い夏用チノパンを選んだのは正解だったなと那須は思いつつ、近づくに連れて清涼感ある潮風が段々と南の島らしい熱気に変わっていくのを感じた。

 

 

●●●●●

 

 

 水乃月学園の生徒にとって転校生はそう珍しいものではない。右肩上がりの人口数から分かるように此処へ移住する人は多い。理由は様々であり、この島の特色と言えるドスケベ条例を夢見る者や仄暗い理由があり特別奨学金や支援金などを目当てに来る者も少なくない。

 

 そのペースは存外多く、転校生が来たクラスに転校生が来るというパターンもあるあると言われてしまう程にありふれていた。先月にも兄妹が転校して来ていたが、折り返しなのか再びA等部の一年一組に転校生が加わるらしい、と朝のHR前の教室を賑やかせていた。

 

「早漏通な俺様の情報では男らしいぞぉ!」

「おほほほ、それはそれは。わらわに平伏す新たな愚民が増えるのは喜ばしいのぅ」

「あらあらうふふ、どんな子が来るか楽しみねぇ」

 

 やんややんやと騒ぎ始めるクラスメイトを尻目に、机に突っ伏して具合が悪そうにしている少女が居た。席の位置はゲームの主人公めいた窓際の最後尾であり、目隠れ気味な髪型に相まってダウナーな雰囲気が感じられる。茶髪の肩程はある長髪を赤い数珠状のゴムで纏め、薄茶の瞳は若干眠たげにとろんとしていた。目元に薄っすらと隈が見られ、夜更かしをしていたのが見て取れた。

 彼女の名は橘麻沙音。先月にこのクラスに転校してきた少女だった。

 

(あほくさ……、……どうせ来るんだったら奈々瀬さんみたいなギャルビッチな女の子だったらいいのに……)

 

 そう内心独り言ちるがギャルという点さえ目を瞑ればビッチはそこら中にわんさか居る。むしろこの島ならばありふれているくらいだった。だが、それは同性に適用されるものではない。異性に対して適用されるのがこの島の条例だった。ドスケベ条例。この条例は、青藍島でのドスケベセックスをOKとするものである、という強烈な一文から始まるこの島特有のものであった。

 

 ドスケベセックスを性産的活動と称し、それを推奨するとんでもない条例。だが、その条例を信仰めいた熱量で島民が従っているのが現状である。そして、それを楽しみに来る観光客もまた観光客だった。それ程までにこの島はこのドスケベ条例によって頭をやられているのである。条例適用外年齢、つまりは幼い頃から洗脳教育のようにこの条例を常識として植え付けられるので目も当てられない。青藍島特有のスラングや父や母が異性とドスケベする光景を見て育つのだ。これにより頭青藍島と称されるようなとんでもな者たちが量産化される。そして、増えに増えた者たちの同調圧力によってマイノリティは無理やりに潰されるのが今の青藍島、性乱島だなんて自称をして街興しをするような島の実態であった。

 

 目を閉じてくったりと突っ伏す振りをして、コミュニケーションを拒否する構えを取って、生粋の陰キャ力を発揮する事で関わりを断つのが常だった。大抵三日で破ると言われている長期用ピルによる保護は二週間が限度であり、既に無くなってしまった保護では身体と心を守れない。それ故に兄と一緒にとある秘密組織に与した麻沙音は常に危機感を感じ続けている。

 

 あれ程までにざわめいていた教室が静まり返る。それに違和感を覚えて薄目を開けば直ぐに納得した。指定制服とは違った特別な制服を着こむ男子が二人、机と椅子を運び入れていた。SSと呼ばれる青藍島を環境保全するSHOの学生版と言うべき存在。そしてそれは、麻沙音に、麻沙音たちにとって敵である存在だった。だが、SSの生徒が入ってくるのは別に珍しい事ではない。彼らはそこらの学生よりも訓練を積んでいるため色んな意味で経験豊富であり、それを求めて男女が交わいに行く光景は腐る程見ているからだ。そんな彼ら彼女らですら息を呑む存在がこの教室には在籍している、それが理由だった。

 

「会長、此方でよろしかったでしょうか?」

「ええ、ありがとう。そこで良いわ」

「はっ、御用があれば何なりとお申し付けください!」

 

 冷泉院桐香。A等部一年生にして、水乃月学園生徒会の頂点に立つ生徒会長。そしてそれは、この学園を取り締まるSSの総統でもある。グリーンエメラルドの腰まで伸びた美しい長髪、髪色と同じ瞳は何処かハイライトを感じさせない深みがある。白いブラトップにスリットの付いた指定制服スカートに純白のストールという奇抜な恰好。改造制服を許されるのは一部のみであり、生徒会長である彼女が許されない訳がなかった。

 

 誰もが息を呑むような美少女、美麗な少女を模した人形が歩いていると称しても良いだろう。金属音を鳴らしながら後ろに置かれた机と椅子が置かれたのと同時に麻沙音は目を閉じた。極度の人見知りで異性を苦手する少女が男子学生二人を許容できる訳が無かった。その様子を昨晩徹夜でドスケベったのかなと一瞥した二人は桐香に敬礼して去っていった。

 

 多忙な生徒会活動により、時に授業中に着席する場合もあるため、妨害しないために桐香の席は後ろに置かれている。つまり、麻沙音の隣であった。静かに着席した彼女に対して誰も彼もが囃し立てるように色めき立ち、朝の挨拶を交わしていく。

 

 それが一巡した事で収まり、転校生の噂に講じていく。麻沙音が薄目を開けてちらりと隣を見やれば、役目を終えたとばかりにぽけーと虚空を見る生徒会長の姿があった。普段の瀟洒な様子とは違った様子に困惑する。これが完璧超人と言われている人とは思えない。それ程までにだらけている。まるで本島で一時期流行ったた〇ぱんだのようにたれている。

 

(……ほんと、良く分からない人だなこの人……。おお、怖い怖い、戸締りしなきゃ……)

 

 そう内心独り言ちて再び組んだ腕へ顔を戻す。性欲に脳を侵されているに違いないクラスメイトたちも流石に体調が悪い人に対しては優しいようで、盛りの付いた犬のように迫ってくる事は無い。そのため、寝不足&体調不良を理由にするようになり、なんとか瀬戸際の平穏を守れている。と言うのも、性に対して義務教育されているこの学園では男子も女子の生理に関する知識を持っており、そのための授業がC等部の頃に熱心に行われている程だ。

 

 生理になった女子生徒に対して紳士的に振舞う男子生徒の光景は見慣れたものだった。その延長線上で体調の悪い生徒に対して優しくする傾向にあり、体調不良を理由にドスケベセックスを断る土台ができているのも麻沙音に味方をしてくれていた。もっとも身の回りは敵ばかりであるが。

 

 暫く騒めく声を聞き流していればホームルームの予鈴が鳴った。嗚呼、漸くと麻沙音は溜息を吐く。この変態的な学園と言えども授業はしっかりしているようで、教師陣のドスケベ語彙に侵されつつも内容は教科書に乗っ取ったものになっている。そのため、授業中は一部の授業を除けば平穏なのである。もっとも、内容は普通に授業なので電子系には強いが勉強は弱い麻沙音にとってはある意味苦痛なのではあるが。ドスケベセックスを強要されるよりはマシだと妥協している。

 

「はい、皆さんおはようございます。朝のホームルームを開始しますよ」

 

 古文担当教師の男性担任が淡々と業務をこなしていく。この教室にはSSトップの桐香が居るためか色気に塗れた女性教師ではなく、老々とした初老男性が担任に付いている。基本的にこの島の男性は性に枯れる事は無いが年の瀬には負けるようで、比較的消極的であるのが麻沙音にとっては救いであった。

 

「老子! 転校生が来るって本当ですか!」

「当り前じゃない! さっき机と椅子が運ばれてるんだから!」

「そうよ、聞くのはそこじゃないわ!」

「「男!? 女!? どっちなんですか!!」」

 

 教室中から声が上がる。麻沙音が体調不良気味という事もあって、次に来る転校生に期待が掛かっているようだった。すいませんでしたねーと内心鼻で笑いつつ、少し興味があったので麻沙音も顔を上げる。転校生は主に本島からの者が多い。橘兄妹はこの島出身であったが、本島出身の方が遥かに多いのは言うまでもない。そのため、もしかしたら、と思ったのだ。もしかしたら、仲間になってくれるような人物であるかもしれない。

 

 性のマジョリティに弾圧されるマイノリティ。それは一目で見れるものではない。心にそれを隠した者の方が多い。異性ではなく同性が好き、体と性別が合致していない、男性や女性への恐怖症、人間不信、などなどと数は多くはないが居ない訳ではない、表立って肯定されないアイデンティティ、それがこの島では弾圧傾向にある。許されていない。ドスケベ条例に適していないからと石を投げられる立場にあるのだ。だからこそ、麻沙音の兄は立ち上がった。屈する訳にはいかないと、一人残った肉親たる妹を守るために、自身の矜持を、明かせない秘密を守るために。

 

「はいはい、見たら驚きますよ。では、入って来てください」

 

 そう促される声にはっと思考から現実に戻ってくる。

 誰もが前に備え付けられた扉に注目し――。

 

「え?」

 

 誰の声だっただろうか。いや、誰もが言った声だったのだろう。扉を開けて見えた顔を見て、誰もが疑問符を上げたのだ。雑に切られた薄灰色の短髪は何処か野生的で、整った造形美的な中性な風貌に誰もが見惚れた。そして、服装を見て驚愕した。男性用の指定制服を着ていたからだ。ボーイッシュな美少女にしか見えないのに関わらず、性別に順守した制服を着る事が義務付けられている学園のため着間違えは無い筈だった。だが、どっからどう見ても美少女にしか見えなかった。

 

 少年は三白眼の双眸でクラスを見渡し、鼻で息を抜くように見せかけて静かに笑った。いや、嘲笑った。それに気付けたクラスメイトは二人だけだった。見下すような色がその嘲笑いには孕んでいた。それはまるで、相容れない何かに対して批判的な思いを抱いた時のそれ。そしてそれは、麻沙音が普段から性触者に対して思っているそれでもある。

 

「ほっほっほ、どうやら皆さんも驚いたようですね。では、自己紹介をお願いします」

「――はい。大久那須です。よく間違えられますが男です。こんな声してますが男です。下についてますので男です。本島の田舎町から越してきたので青藍島に馴染めるよう頑張りたいと思います。どうぞよろしくお願いします」

「「うぉおぉぉぉぉぉおぉおおおおおおおお!!!!」」

 

 歓声が噴火した。そしてそれは奇しくも男子生徒も混じっていた。そしてそこにちゃっかり麻沙音も混じっていた。両手をファイティングポーズのように上げ、中腰を上げて喜びの声を上げている。そして、はっとして座り直す。どうやら心の声に沿った大げさな動作だったようだった。

 

(こんなに可愛い子が女の子の訳が無い……!! ってそれだったら男じゃん……)

 

 彼女のアイデンティティに反する性別とは言えども性癖に若干刺さったらしかった。担任は朗らかな笑みを浮かべつつ、那須へ座る席を説明し促した。頷いて歩いてくる那須と麻沙音の視線がぶつかった。熱心に見ていたからか、それとも美少女みたいな男性だった事からか、目が合ってしまったようだった。愛想の良い笑みを那須は返し、麻沙音はコミュ障特有の言語詰まりで慌てるだけだった。そして、不意に鼻孔を擽った匂いに懐かしさを感じて呟いてしまった。

 

「ウィンストン……?」

 

 特有の甘いバニラの匂い。それは麻沙音の父が好んで吸っていたものだった。煙草の香りが苦手だからと嫌がった事もあって、甘い匂いのフレーバーのする事もあってなんとか許容した経験があった。故に、正式名称ではないものの略としてそう父が銘柄を言っていた時の事を思い出していた。

 

 そして、その匂いを思い出す程に香らせる人物が目の前に居るという事は。お互いにやっべと言う顔を浮かべた。片や気付かれ、片や気付かれた側であった。口元を引き攣らせ、那須は困ったように人差し指を唇にそっと手を当てて無言のお願いを申し出て通り過ぎた。その表情にやや見惚れつつもこくこくと小さく頷いてこの場を流した。

 

(不良系男の娘……っ!? し、新ジャンル。背伸びした子供のそれじゃないマジなやつ……!!)

 

 青藍島では犯罪係数は右肩下がりの傾向にあり、ドスケベセックスにのめり込む事で犯罪を起こそうとする気概を持たない者が多い。そして数少ない犯罪も行き過ぎたドスケベ行為である事が多く、先日首絞めセックスを強要して退学処分を受けた者のように暴力的なものが理由で検挙される事が殆どである。何せドスケベ漬けにされる島である。金銭的な問題もこの島であればSSなどの奨学金や性的サービスに旺盛な仕事などで食いっぱぐれる事はそうそうない。

 

 そのため、ガラの悪いタイプの男性は主に強要タイプのものが精々なため、本島における不良と呼べる存在はこの島で見かける事は殆ど無い。その理由としては街の中心地である繁華街の大通りに沢山配置されたSHOガードマンの存在が大きい。本島における不良行為なんてすれば彼女らに鎮圧されドスケベされるのがオチだからだ。そのため、この島では不良少年及び不良少女が育つ土壌が無いのである。自暴自棄になれば不良行為に走るのではなくドスケベに走るため、ストレスの発散方法があるだけ非行に走り辛い環境が整っているのであった。

 

 故に、不良少年というこの島では希少過ぎる属性を持った少年が気になってしまうのも仕方が無いのだろう。それのせいで自身のアイデンティティが揺らぎかけていると麻沙音は困惑していた。彼女は同性と兄しか愛せない、マイノリティ側の人間だった。しかし、ジャンルとしての男の娘でも女性寄りであれば有り寄りの有りなので、作品として楽しむ事はあった。だからと言ってリアルの男の娘を許容できる訳ではない。

 

 だが、真後ろの席に座った人物はそれらの存在と一線を画すものだった。美少女揃いの青藍島であっても尚、その風貌に見惚れた者が出る程に彼は美麗であった。中性的な美少年であり、母親似なのか何処か女性らしさがあるのだ。そしてそれは、麻沙音にも刺さる良さがあってしまったのだ。故に、先程の一件もあって混乱している麻沙音は結論を保留する事にしたのであった。




此処だけの話、対魔忍にはおちんちんがついてる女の子も居るそうですよ?


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対魔忍脱膣作戦。

 面倒な事になったな、と那須は本島並みに進んでいるらしい授業を受けながら内心独り言ちる。幸い授業の方は余裕でこなせる。五車学園の積み込み教育は伊達ではない。対魔忍は身体が資本であるため、それを養うための訓練授業もカリキュラムに含まれている。そのため、減った授業の分圧縮されているのだ。

 

 繁華街の裏側に位置する場所に住居を構えたのは生活の利便の面では良いが、それ以外の面では最悪の立地であった。荷解きをしている間、喧しい嬌声とちんちん亭語録とも称されるらしい青藍島言語が飛び交っていたのもあってストレスがマッハな状態であったのだ。そして、それは転校初日の今日も含まれており、喧しい雑音で溜まったストレスを解消するために煙草を吸ったのが裏目に出たようだった。

 

 うへぇと頭をぴよぴよ回しながら授業を受けている目の前の少女を見やる。

 バニラの匂いが特徴的なものを選んだのは純粋に好みであり、五車学園に居た頃も菓子を食べていたと誤魔化していた。クラスメイトで煙草の銘柄を知っている者が居るとは考えた事もなかったのであった。スキットルを模してカモフラージュ加工した煙草入れに入れているため、お洒落な水筒であると誤魔化して没収される事はなかったがこんなオチがつくとは思ってもみなかった。

 

 釘を刺しておくべきだろう。そう思ったものの授業の中休みは転校生特有の質問責めをされてしまい声をかける暇もなかった。怒涛の勢いで来るものだから段々とストレスが溜まっていたりするので、先に何処かで煙草を吸いたい気分になっているのも要因だろうか。

 

 だからと言って、比較的真面目に授業を受けているらしい少女に対して、授業中に声を掛けるのも忍びない。煙草を吸うという不良行為をしているものの概ね学生としては優等生の分類に入っているため、世間一般に称される不良行為をしようとは思っていない。どうしたものか、と悩みつつ板書をして、時折ぶっこまれるドスケベ式噛み砕き説明に辟易しながら授業を受ける。

 そして、結局結論纏まる事も無く終了のチャイムが鳴った。

 

「では、今日は此処まで」

「きりーつ、れーいぷ、ちゃくせーい」

 

 何か間違っていたような気もしたが誰も突っ込まないため、それに倣って那須もスルーした。そして、今回も集まってくるだろうと思っていたクラスメイトたちだが――。

 

「ァンッ!」

「良い音色だ、そうだと思わないか」

「ァンッ!」

「これは良いイチモツだ、必ず子宮にお届けしてやるからな孕めオラッ!!!」

 

 でこの広い男子が女子のクリを弾いたかと思えば直ぐ様挿入して腰を振り始めていた。そのとんでもないプレイを機に段々と教室や廊下が喧しくなり始めた。そう、授業は真面目に受けるのがこの学園のモットーであるが、逆説的に授業から解放されれば問題無いのである。その様変わりを初めて目にした事で口元を引き攣らせる。分かってはいたがやべー学園であるとドン引きしていた。そして、その表情をしていたのは目の前の席に座っている少女も同じで、お互いに自然に目を交わして頷いた。

 

「さて、購買にでも行こうかな。良かったらどうかな、えーと」

「た、たたたたた、橘麻沙音、です。ええと、えっと、購買は一階のエレベーター横にありますんで、それにしても良い声とお顔をしていますねうへへへ」

「ありがとう、橘さん。一階のエレベーターか、そういやあったね」

 

 立ち上がる那須に続くように立ち上がり、どもりながらもげへげへすると言う器用な事をする麻沙音を連れて極めて自然に教室を脱する。その様子を見て羨ましそうに残っていた女子たちは見送る。しかし、その双眸は肉食動物のそれであり、おこぼれを狙うハイエナのようでもあった。背筋に走る怖気を感じつつも速やかに扉を閉じて視線を遮る。

 

 教室がアレなら廊下もアレであった。廊下は窓が解放されていないため既に彼方此方から臭ってくる体臭や体液の臭いが充満し始めていた。茹るような室温だとドスケベセックスをし辛いと言う理由で水乃月学園ではエアコンが導入されている。導入されている筈なのだが、誰もがこうして熱を吐き出すような行為をしていればむわっとした臭いと熱気が溜まるのも当然の事だった。

 

「……まるで動物園だな」

 

 そう思わず呟いてしまう那須の横顔を麻沙音はやや驚いた様子で見ていた。視線に気づいていたものの発言の重さをまだ理解していない那須は、そのまま仏頂面で廊下を歩き始めていた。それに慌ててついていく麻沙音はやっべどうしようと自身の軽はずみな行動に若干後悔してもいた。

 

 その場のノリで結託して教室を脱出したのは良いが、よくよく考えてみれば美少女染みた風貌をしているものの性別は自身が忌避する男性である。普段ならそそくさと体調不良を理由に誘いを撥ね退けて購買に寄ってから地下へ逃げるのが常だ。なのに、何故このまま友人を連れて購買に向かうような雰囲気になっているのだろうか。

 

「お、おおおお大久さん?」

「ん、ごめん橘さん。あんまり苗字で呼ばないでくれると嬉しい。特に苗字を伸ばして呼ばないで欲しい」

「んぇっ、あ、そそそ、それじゃあ、な、那須、しゃん、さん」

「くくっ、何?」

「な、那須さんはその、え、えっちな事ってどう、思ってますか……?」

 

 盛った獣のような交尾をする生徒たちを一瞥しながら淡々と歩いていく。時折向けられる肉欲めいた視線も無視して歩み続けるその姿は堂々としたものだった。まるで、この程度であれば見慣れたものだと言わんばかりに。だからこそ、違和感を感じたのだ。目の前のそれを汚い物を見るようなその厳しい双眸に。まるで、それはドスケベ条例に対して不満を持っているかのような感じがしたからだ。本島から来た者でこの島における考えは二種類だろう。ドスケベセックスを良しとするかしないかである。ましてや思春期真っ盛りなお年頃の男子である、そういった事に色を向けるのも可笑しい事ではない。だが、目の前の男子は前者では無いような気がしていたのだった。

 

「あんまり好きじゃないね。この光景を見るって事は失敗した時だし……」

「し、失敗?」

「ん、あー、えーっとぉ……」

 

 つい失言したと言わんばかりで困り顔を浮かべた。何かしら思うところがあるらしい。ふと麻沙音は前に話題に上がった事を思い出した。今のメンバーが揃う前、人数不足を補うために同士を集めるため、どうすれば良いかという雑談に上がったものの一つだ。本島から転校したての者であれば、この島にドスケベナイズされる前に仲間として迎える事ができるのでは、という本島から転校してきたからこそ出た発言だった。しかしながらハイリスクハイリターンであるから現実的ではないという結論が付いた。

 

 何故なら秘密組織に属する者たちには色々な背景がある。故に、初めは内容に共感してくれるかもしれないが、骨子となる理由が無ければふとした時に裏切者になる可能性を孕んでいると指摘があったのだ。つまり、仲間に加えるとしても忌避する理由を持つ者に限るのだ。目の前の美少女めいた少年がそれに適するかどうか、それを知らねばどうしようも無い。

 

「お、そっちの子空いてんじゃーん。マンコしないならその子俺にくれねぇ?」

「ひっ」

 

 それは階段の踊り場で段差を使って立ちバックしている集団の一人からの声だった。見やれば膣中出しをされてイったのか崩れ落ちている半裸の女子の姿があり、ヤり潰したのを理由に新たな女子が来るのを待ち構えていたらしかった。そのギラついた視線に怖気づいた麻沙音は咄嗟ながら那須の後ろへ隠れてしまった。極度の人見知り故に恐れる筈の男性に、それも兄ではない異性の背に隠れている事実に自分でも驚いていた。頼った背から香ったのは懐かしいバニラの匂いであった。

 

「悪いね、先約があるんだ。他の子にしてくれるかな」

「あぁん? はっ、俺さぁ餓えちゃって困ってるんだわ。だーかーらぁ、寄越せよ、な?」

「な、那須さん……」

 

 恐怖で身を縮こませて涙混じりの声が出る。兄や頼れる仲間は此処には居ない。このままではドスケベ条例違反としてSSに通報されるか、線の細い那須を押しのけて無理矢理にでも襲われるに違いなかった。どうすれば良い、どうしたら、とポケットのタブレットに手を伸ばす事すら恐怖に陥った頭では考えられなかった。スカートのポケットへ向けるべき両手は縋るように那須の制服を掴んでいた。

 

「……一般人にあんまり使いたくないんだけどなぁ」

「はぁ? 何を言って――はぁううぅぅううん!? な、何だこれぇ、あっ、ああっ、熱いっ、あっつうぅうぁっ、ぁああッ、イクッ! イグゥッ! イックゥゥゥゥゥッ!?」

「んんぁっ!?」

 

 那須の右手が掌底の形を作ったと同時に、男子生徒の開かれた制服の合間を縫うように腹部に触れた瞬間に男子は悶え始めた。そして腹部を抑えながら悶え苦しむようにして倒れながら絶頂し、床に倒れていた女子の上へ被さった。勢いはなかったので怪我をする事はなかったようだが、悶え狂うように絶頂し続けていた。動き回る事で下に潰された女子が条件反射のように動くため、絶えず絶頂し続けているようだった。その異常な様子を見ていたのは那須と麻沙音だけで、立ちバックに夢中な他の男子は床でドスケベし始めたのだろうと気にする事もしなかった。

 

「えっ、な、何が……?」

「それじゃ、行こうか橘さん。大丈夫、何とかするから」

「あ、はい……」

 

 その有無を言わせない言葉の強さに、その背中の大きさと相まって何処か安堵感を覚えていた。懐かしい匂いに包まれて、思い出すのは父におんぶされた時の事だった。歩き疲れたとぶぅたれる麻沙音を仕方が無いなと背負ってくれた時の思い出が浮かび上がった。お父さん、と小さな声にならない呟きが漏れる。そして歩みだす背中に追従するように麻沙音も続いた。

 階段でドスケベっていたのは彼らだけだったようで一階までは難無く来る事ができた。普段であれば誘われる事もあるが、麻沙音を守るように前に歩いていた那須が先約があると追い払っていたのもあってスムーズなものだった。逃げ隠れる事を主にしているからこそ、何処か新鮮な感じがして麻沙音は少しだけ笑みを浮かべていた。

 

「さて、と。うわぁ、何か凄いわちゃわちゃしてるけど、あそこが購買で良いんだよね……」

「は、はい、あそこが購買部、です。ええと、買う物の名前と、こ、個数を奥に居るおばちゃんに、つ、伝えないと駄目、です、はい」

「へぇ……、おすすめとかあったりする?」

「えっとその……ち、チーズパンとか?」

「そっか、ならそれにしようか」

 

 そう言って那須はひしめき合っている戦争の場へと歩み始めた。そして、するりするりと空いた隙間の一瞬を縫うように身を滑り込ませ、即座にかつ堅実に前へと進んで行った。前に兄があっさりと打倒され醜態を晒したのを見ていた事もあり、その忍者めいた身のこなしに感嘆の声が漏れた。

 

「残ってる全種類のパンを一個ずつ!!」

 

 そんな声が聞こえたかと思えば、ビニール袋を抱えた那須が数分後に這い出てきた。買う物は買えたがそれにより荷物が増えて、行きの様な身軽さを発揮できなかったようだった。そうして麻沙音と合流した那須はビニールの中身を物色し始めて、商品名を漸く見て絶句していた。

 

「射精管理サキュバスが仕上げた先っぽが溢れちゃってるチーズパン……?」

「あっ、ですよねー……」

 

 この島のノリに若干慣れ始めていた麻沙音とは違い、本島から来た転校初日である那須である。そのとんでもない商品名に対してドン引きするのも仕方が無かった。残り具合から全種類を買うローラー作戦を行なったために、一つ一つ商品名を口にする事が無かったからこその衝撃である。

 

「もしかしてこんなに購買部が溢れ返ってるのって、こういう長過ぎる商品名を律儀に口にしようとしているのが多いからって理由だったりするんじゃ……?」

「そ、そうかもしれませんね……」

「今後はお弁当にしようかな……、流石にこれを口に出すのは憚れる……」

 

 実はその商品名の滑稽さと美味しさからよく買いに来ている麻沙音は苦笑いを浮かべて視線を逸らした。それからパイズリコッペパンやあぁんパンなど、普通の名称にしとけよと言わんばかりのラインナップに口元を引き攣らせながら商品を確認し、麻沙音の望むパンを小銭と交換し終えた那須は肩を竦めつつ苦笑いで口を開いた。

 

「さてと、教室に戻るのはそこのエレベーター使おうか。何でか皆使わないみたいだし」

「そうですね……。一応漏電とか怖いから性産的行為は禁止されてるみたいで、エレベータープレイにしか使わないらしいです」

「……つくづくどうかしてるなこの学園。いや、この島か……」

 

 エレベーターの方へ行ったのは那須たちだけであったので、その言葉を咎めるものは居なかった。二人揃ってやってきたエレベーターへ乗り込むと、一年生の教室のある四階へのボタンを押すと静かに閉じられた。密閉されているからか、奥に居る麻沙音は緊張のせいで、落ち着けステイステイと過呼吸気味に呼吸をしていた。そうして再び懐かしいバニラの匂いを嗅ぎ取って疑問を口にしていた。

 

「あ、あの、那須さんってその、吸ってる、んですか?」

「実はお菓子を食べてたんだー、なんて通じないか。うん、ストレスからちょっとね。朝から晩まで喘ぎ声やらで五月蠅くてさ。繁華街の近くに利便性で選んだんだけどほんっと失敗したなって……。帰りに防音素材でなんとかできないか試してみるつもりではあるんだけど……売ってるかなぁ」

「えっと、最近デパートが出来たらしいですからそこなら売ってるかも、知れないです」

「そっか、そしたら帰りに寄ってみようかな。情報ありがとね、橘さん」

「あっ、えへへ、お、お役に立てたなら幸いです、はい……」

 

 これなら釘を刺さなくても良さそうだなと那須が思っていると一歩だけ近寄る気配を感じた。振り返ればその顔を見られるが、どうも男性慣れをしていない様に見える事からそれをするのは憚れた。こうして購買部に一緒に行ってくれた麻沙音にそんな不義理をするべきではないなと思っていたからだ。

 

 対して、麻沙音は続く言葉を口にするか悩み込んでいた。教室や先程の物言いから、ドスケベセックス並びに性行為に対する忌避的な意見を持っているように感じられたからだ。そして、意を決して口にしようとした矢先の事だった。電子音が鳴り、扉が開く。悩みに悩んだ結果、口にする事無く四階に到着してしまったのだった。一階から四階程度であれば一分も無い、途中で止まる事も無かったために最短で着いてしまった。

 先に出た那須は後ろに振り返りながら、誰もが見惚れるような笑顔で言った。

 

「さっきのは他言無用で頼むよ、じゃないとストレスで胃に穴が開きそうだからさ」

 

 その言葉に頷く事しか麻沙音はできなかった。




ぬきたしにドスケベナイズされてしまったから、R18の境界線が分からなくなったハメね……。上から怒られたらR18板送りになるかもしれないハメ。


此処だけの話、オリ主の名前は「おおく なす」と読むらしいですよ?


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敵の子宮口を叩け。

「無事に撃墜王イベントが終わって、NLNSの結束力も一層強くなったと思う。だが、反省点も多く――」

「淳」

「……なんだ奈々瀬」

「いや、えっと……。アサちゃんの様子が、その……」

「……言うな」

「えっ、でもやっぱり……」

「流石にアレを放っておくってのはどうかと思いますよ橘さん」

「畔もか……」

「うん、私もそう思うな」

「……わたちゃん先輩まで。……触れなきゃ駄目か、やっぱり……」

 

 それは撃墜王イベントが終わった翌週の月曜日の放課後の事だった。

 本来であれば昼休みにこの学園の地下に作られた秘密基地に来るのが定番の麻沙音が来ず、兄である淳之介の裸インに問題無いという簡素な返事のみが返ってきた事からその異変は始まった。撃墜王イベントの覇者になってしまっていたなんちゃってギャルビッチな奈々瀬を真っ先に褒め称えるであろう麻沙音が、定位置であるお気に入りのダンボールに入ったかと思えばタブレットを抱き締めて溶けていたのである。

 

 あの麻沙音が、である。片思いをする奈々瀬が来れば率先してげへげへと出迎えるあの麻沙音が、だ。そして、実は一番乗りしていた影の薄い美岬が、二番目に来た麻沙音がダンボールに溶けてから奈々瀬や合法ロリ娘なヒナミが来たのにぼんやりし続けている一部始終を見ていた事もあって、その異変は隠しきれないものになっていた。

 

「でへへぇ……」

「今まで一度も見た事の無い一面を見せる妹が居る……」

「橘くんでも見た事が無い状態なの?」

「ええ、ゆりかごからベッドまでアサちゃんを見守り続けた俺でさえ、こんな風に限界オタクの末路めいた姿を見た事は無い……。いったい何があったんだ……」

 

 抱き締めたタブレットの画面を時折見ては、感極まったと言わんばかりに笑みを浮かべて溶ける麻沙音を全員が見やる。その視線に気づく事なく再び溶けている妹に淳之介は困惑を浮かべていた。そう、推しのキャラが居るエロゲーを極めた時でさえこんな表情を浮かべた事は無かった。幸せそうに溶け切った表情は、何処となく奈々瀬に抱き締められて鼻血案件になったそれに類似しているようにも思えたが、首を傾げる奈々瀬の様子からそうなる要因があったようには思えなかった。

 

「あっ」

「美岬ちゃん、何か心当たりがあったりするのかな?」

「もしかしたら、なのですが……。一年生に転校生が来た、っていう噂を聞きました」

「転校生?」

「それ、アタシも聞いたわ。何でも美少女にしか見えない男の子が来たって、年下好きのクラスメイトが舌舐め擦りしてたわね」

「A等部の一年に転校生……、もしかしなくても一組なんじゃないか、それ」

「この様子だとそうなんじゃないかしら。でも、アサちゃんって女の子が好き、なのよね?」

 

 在り得ない話では無い、と誰よりも麻沙音を知る淳之介は思った。

 橘麻沙音という少女は同性が好きと言うセクシャリティを持っているものの、兄も好きであると限定的ながら異性に対する好意も持ち合わせている。つまりはレズビアン寄りのバイセクシャルと考える事も可能なのだった。生粋のレズビアンであるならば3Pの対象に兄という異性を含む事はそう無い筈だ。また、兄に対して女装が似合うと宣うあたり、男でありながら女の恰好をしている事に対しての嫌悪感は無いように思える。男の娘がカテゴリ的に有り寄りなのは言うまでもない。

 

 もっとも、それは淳之介から見た麻沙音のセクシャリティを分析したものに過ぎず、自分以外の異性に対して欲情できるかどうかまでは知る由は無かった。だが、目の前のそれを見ている限り、もしかしたら、と思うところがあったのである。

 

「えーっと、淫スタでもその転校生について色々と話題が上がってるみたいですね、ほら」

 

 そうタブレットをすいすいと操作した美岬は、検索機能を使って情報をある程度纏めた状態にして机の上に置いた。その内容を見ようと三人は身を乗り出してタブレットを囲むように集まった。Inkeisasuttagram、略して淫スタと呼ばれるそれはSHOの公式アプリであり、その実態は本島の有名所のアプリをドスケベナイズして組み込んだような集合体である。その一部にして青藍島用SNSとして認知されているそれを手慣れた様子でスクロールしていき、一部抜粋するように美岬がイクねを押し始めた。

 

『外見が完璧に美少女なのに指定制服を見て男と知って絶望した』

『男なのに勃起してる自分が居る。性癖壊れちゃーう』

『ボーイッシュなボーイ……有りねっ!』

『アナル弱そうな子ですねぐへへ』

『こんな可愛い子におちんちんついてる訳がないだろ!』

『ついてるんだよなぁ(男子制服を見つつ)』

『年下美少年キタコレッ、お姉さんのほかほかおまんこでいちゃらぶしよ?』

『ショタオネ分からせックスしてくれたりしない? しよ? しろ!』

 

 途中、美岬が凄まじい速度で投稿したような気もしたが、転校生の情報は散見できた。つまり噂は本当であり、A等部一年一組に転校生として美少女めいた男子が転校している事実が浮かび上がった。その転校生がこのような麻沙音にした原因であると紐づけるのは容易な事であった。

 

「本当に女の子みたいに綺麗な子なんだねぇ」

「これ明らかに盗撮じゃないの……。でも確かに女の子にしか見えないわね」

「中性的な顔付きで何処となく凛々しさもある……、所謂ヅカって感じですかね?」

「こんな可愛い子が女の子の筈が無いってか。うーむ、もしかしたらもしかするかもしれないな……アサちゃんだし」

 

 そう思い思いに感想を口にしてから未だにダンボールで溶けている麻沙音を見やる。でへへと頬を緩ませながらタブレットをフリック操作しているようで、誰かへの裸インの返事をしているようだった。そろりそろりと淳之介がダンボールへ近付き、影を作らないようにタブレットを覗き込む。那須さんと名前付けされたアドレスに対して「お役に立てて良かったです。困った事があれば何でも聞いてください。力になります」と打ち込んでいて、随分と会話が弾んでいるようだった。

 

 それを見て淳之介は凄まじく複雑な思いを抱いた。蝶よ花よと見守り続けた大切な妹が見知らぬ男の子と仲睦まじくしているという不安感と、あんなに極度な人見知りであったのにクラスメイトと交友を深めるくらいに立派になったという安堵感の鬩ぎ合いであった。大事な妹に見知らぬ虫が付き始めた、と危機感を覚え始めたあたりで、裸インの遣り取りを見られた事に気づいたらしい麻沙音がタブレットを抱き込んで隠した。

 

「何妹の裸インを盗み見してるんだデリカシーねぇのかよお前だからモテないんだぞ少しは那須さんの紳士力を見習え分かってるのか万年発情童貞野郎」

「誰が万年発情童貞野郎だこの万年引き籠り処女馬鹿娘。……その、那須ってのは誰なんだ?」

「あぁん? 愛する兄と言えども那須さんを呼び捨てにするとか万死に値するんだが? ふぅ、……那須さんは今日私のクラスに転校してきた人だよ。その、初めてできた同学年の友達と連絡先を交換したから舞い上がってたんだ……。ごめん兄」

「いや、良いんだ。俺もアサちゃんにお友達が、それも異性のお友達ができたって知って色々と思う所があったんだ」

「これまでずっと後ろに引っ付く妹を見守り続けて来てくれたもんね、兄、好き!」

「俺もだぞ!」

 

 高低差という障害で不格好な抱擁を交わして仲直りする仲睦まじい兄妹の姿があった。それを見て仲が良いなぁと他の三人がほっこりと笑みを浮かべて二人へ近付いた。普段であれば椅子に座る淳之介を中心に集まるのだが、今日に限ってはダンボールに入ったままの麻沙音が中心になったようだった。そうして漸く停滞していた時間が動き出すように、麻沙音は身体の位置を戻して普段通りの体勢へ戻す。自分が話を止めてしまっていたのを察してしゅんと肩を竦めてから淳之介へと居直った。

 

「兄、提案があるんだ」

「よし、分かった」

「えっ、いや、話聞いてからの方が……」

「ふっ、アサちゃんがそこまで打ち解けた相手なんだ。アサちゃんが信じる那須君を信じてみようと思うのは当然だろう」

「あ、あにぃ……」

「おいこら淳。勝手に話を進めてるんじゃないわよ。ねぇ、アサちゃん。その那須って男の子はどんな子なのかしら?」

「これから仲間になるかもしれない男の子だもんね! 私も聞きたいな!」

「え、えっと……、その、な、那須さんは昼休みに私を購買部に誘ってくれて、その途中で襲われかけたのを助けてくれて、えと、えっと」

 

 しかし、口にすべきはそれらではなく、秘密にした煙草の事でもなく、本題と言うべき重要な事柄だ。つい嬉しかった事を先に口に出してしまったが、今度こそはと麻沙音は意を決して口にする。

 

「那須さん、性的な事に対して忌避的だったんだ。好きじゃないって。それに、この島の在り方にも可笑しいって呟いてた。廊下でドスケベしてる人たちを、まるで動物園みたいだって形容してたんだ。だから、仲間になってくれる可能性は高いと思う」

「ど、動物園……、なら肥えて脂の乗った私は豚ですね、プギィッ」

「畔さんは逃げ出した豚だった可能性が……?」

「す、凄いクオリティだったなぁ。礼ちゃんの物真似も上手いけど、美岬ちゃんのは凄い上手って感じだなぁ。練習したんだねぇ。凄く頑張ったんだねぇ、えらいえらい」

「えへへ、ありがとうございます。こうして笑いを取るために練習したのは良いけどその機会に恵まれなくて今まで死蔵してたんですよね……」

「しれっと悲しい努力を暴露するなよ……。ほら、俺たちならいつでも聞いてやるからな……」

「あぁ、態々パイプ椅子の上に立ってなでなでするわたちゃん可愛いのだわぁ……。背伸びしてるみたいですっごく可愛いわ……んふふっ……」

 

 一瞬で話が曲がり切れずに横転した貨物列車の如く脱線してしまっていた。子供好きなギャルお母さんと化した奈々瀬は口元を抑えて尊さを噛み締めているし、ヒナミのバブみに当てられた美岬は項垂れつつもふひひっと笑みを浮かべていたりと状況はカオスと化した。それがNLNSという秘密組織の日常と言える光景だった。

 

「よしっ、そしたら新たなメンバー候補の勧誘に行くか」

「アタシや淳たちもそうだけど、本島からの転校生なら青藍島に馴染むまで時間が掛かる筈よね。性的な事に何かしらの忌避的な考えを持っているなら尚更に」

「イッてるうちに叩けって奴ですね!」

「そんな訛りがあってたまるか。早いに越した事は無い。ともかくアサちゃん、その那須君に連絡は付くか?」

「うん、教室で別れる時に連絡先を交換したから。帰りに買い物に行くって言ってたけど、さっき買う物を買えたってお礼が来てたから大丈夫、かな。……これ私が連絡する流れなのか、うわぁうわぁどうしよう兄」

「……頑張れ」

「あっ、察し。そうだった兄は友達いないから誘い方知らないもんね。という事で奈々瀬しゃん、ご助言の程お願いします!」

「えっ、えっと……、そ、そうね。先ずは此処に呼ぶのか、それとも別の場所にするのか、それを決めましょうか。わたちゃんの時みたいなのはやっぱり駄目よ淳」

「あっ、そういえばそうだったね。確かによくよく考えれば私のトキ、大分成り行き任せな感じあったからな。今思えばちょっと強引気味だったな?」

「それだけこの基地の重要性が高いって事ですよ。そうだな、それを考えると裏門あたりがベストか。今の時間帯ならイベント後特有の燃え尽き症候群で性触者たちも少ないだろう」

 

 視線を麻沙音にやれば、既にタブレットでスーパーサーチをかけて裏門辺りを調査していた所だった。淳之介の視線に頷きで返した事で待ち合わせする場所は決まった。問題は唯一連絡先を持つ麻沙音が那須を誘えるか、という点に収束した。話が纏まってしまったがためにその事に気づいた麻沙音が慌てふためき始める。

 

 無理も無い。幼少期の虐めや人見知りによって友達付き合いというものをした事の無い引き籠り気味の少女である。似たような境遇である淳之介もまた友達らしい誘い方を知らないが故に助言もできない。そんな場で名乗りを上げたのは小さき先輩ヒナミだった。

 

「ふふん、こういうトキは先輩にお任せだよっ! お友達を誘うトキはね、裸インでも良いけどやっぱりお電話するのが一番なんだ。既読に気付いて貰えなかったらお互いに寂しいからね」

「おぉぉ……、わたちゃんが頼れるお姉さんみたいだ」

「NLNSのねんちょーさんだからね、私、おねーさんだもん! それでね、今時間大丈夫って聞いてから本題を言うの。このトキは……、会いたいから裏門で会えるかな、とかかな?」

「それって……」

「放課後デートのお誘いみたいですねぇ……」

「で、でででででーとぉ!? あ、いやデートじゃないや。ううん、もう少し、もうちょっとだけどうにかなりませんかね……」

「そしたら部活動の説明ってのはどうかな? NLNSって凄い帰宅部みたいなものだし、説明もすんなりいくんじゃないかな」

「あんまり間違ってないのが正直辛い……。取り合えず、もしもし、今電話大丈夫? 私の入ってる部活動について説明したいから裏門まで来れる? って具合に電話すれば良いぞアサちゃん」

「お、おぅ、が、頑張ってみるよ兄。……でも私、友達に電話するのって実はこれ初めてだったりしてすんごい緊張するよ兄、大丈夫かな、こんな時間に電話かけてくるんじゃねぇようぜぇとか思われたりしないかな」

「お前の信じる那須君を信じるんだ」

「ぶん投げたのだわ……」

 

 連絡先を交換してくれるくらいには好感度がある、そう思えば良いと背を押されておっかなびっくりと言う様子でぎこちない操作でタブレットを使い始めた。初めての電話に緊張する妹のそれが移ったのか淳之介もまた手に汗を握り始めていた。

 

 三分程かけて連絡先を開いた麻沙音は那須さんと名前付けられたプロフィールを開く。一覧に乗る通話ボタンを押せば電話が繋がるところまで漸く辿り着いた。緊張で荒い呼吸をしつつ火照った顔の汗を拭う。いつしか淳之介だけだった緊張は他の面々にも広まり、NLNSの秘密基地は緊張に包まれていた。

 

「……その、那須さんの声を耳元で聞いたらそのまま茹だる可能性があるからスピーカーモードで電話するね。……ふぅぅぅぅぅ、麻沙音、行きまーす!」

「頑張れアサちゃん!」

 

 意を決して通話ボタンを押した麻沙音に声援を送る淳之介。次第に熱が入り始めたNLNSメンバーが固唾を飲んで、軽快な呼び出しの音を鳴らすタブレットを見つめた。一回、二回、三回、やや長めの合間を置いてから、呼び出し音が消えた。

 

『もしもし、橘さん?』

 

 その声は電子機越しであっても分かる柔らかさと凛々しさがあった。この声でバイノーラル音声を作ったら爆売れするだろうと性POPに通じた淳之介でさえ頷く美声だった。確かに耳元で聞いたら耐性の無さそうな麻沙音だったら茹だりそうな声である、と太鼓判を押した。

 

 そして、麻沙音以外の四人の意見が一致する。本当に男の声なのか、と視線が交差し、首を傾げる。しかし、性別に準じた制服を着る事を義務化されている水乃月学園に在籍する以上、性別を偽る事はできやしない。淫スタに男子制服姿の写真もあった事から性別に間違いは無いだろう。

 

「ひゃい、た、橘です。その、今お時間大丈夫ですか?」

『ああ、大丈夫だよ。防音シートをこれでもかと貼り終えたところだから』

「な、なら良かったです」

『にしても、デパートはデパートでも性のデパートだとは思ってなかったよ。日常品に混ざるようにアレな品があったからほんと驚いた。橘さんが行く時は気を付けてね。所々に試供スペースがあってお客さん同士で盛る場面があったから』

「そうだったんですか、困っちゃいますね。ご心配ありがとうごじゃいます、へへへ」

 

 その遣り取りに唖然としていたのは誰だったろうか。麻沙音の性格を慮ったその言葉に秘められた常識的な内容と、紳士的な思いやりの言葉をこの青藍島で聞く事ができるとは思っていなかった。青藍島に毒され始めてるなと思いつつも、随分とよくできた友達を作ったものだと淳之介は目尻に涙が浮かぶ思いであった。

 

 金属の蓋が開いた音がしてガスに点火する独特な音が続き、美味そうに息を吐く声が聞こえたのは直後の事だった。スピーカーモードであるためにその一連の動作の音はNLNSの秘密基地に静かに響いた。誰もが無言になり、聞き間違いであって欲しいとお互いを見やるが頭を振った事で聞き間違いではない事を再確認できてしまった。麻沙音は知っている側であるため特段反応を見せなかったが、先ほどまでの清廉な印象が一瞬でヤニ臭くなってしまった事に気付いていなかった。

 

『ふぅー……、それで要件は何かな? 暇してるからお喋りするのなら付き合うよ』

「えっとですね、私とある部活動に所属してましてですね、良かったら見学しに来ませんか?」

『……この時間帯に部活動? 随分と面白そうな活動みたいだね。天文部とかかな。良いよ、橘さんがサプライズしてくれるみたいだし喜んでお誘いを受けるよ。部活動って事は学園かな?』

「は、はぃ、その、裏門にこれから来ていただく事はできますでしょうか……?」

『うん、大丈夫だよ。二十分くらい掛かるけど大丈夫?』

「も、勿論大丈夫です。裏門でお待ちしておりますのでゆっくりで大丈夫ですはい」

『あはは、了解』

 

 通話の切れたタブレットへ息を吐いて緊張を解いた麻沙音が顔を上げると、絶妙な困り顔をした面々が頭を抱えるようにしていた。一癖二癖ある者しか集まらないのかこの組織は、と自分の事を棚に上げて誰もが思った瞬間であった。




此処だけの話、サブタイトルは適当なので本文と全く噛み合ってないんだなこれが。


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逝け!対魔忍。

「一般な部活動ってこんな時間から始まるものもあるのか……、知らなかったな」

 

 学園帰りに繁華街のやや外れにできたデパート、性撫百貨店に寄って買ったものを即座に使うために学生服のままだったのが幸いし、着替える事なく本日二度目の通学路を那須を歩いていた。

 

 防音シートを壁のあらゆる場所に貼り付けた事である程度の効果を発揮したものの、シートを張り辛い窓などから聞こえてくる外の音に那須のテンションはガタ落ちである。青藍島印の商品は品名がアレだったり使用用途がアレだったりとするが、体感ながら三分の二の防音を実現しているあたり品質はしっかりしているものが多い。

 

 防音オプションの一戸建てを不動産で選ぶべきだったなと溜息を吐く。正直、今から騒音ならぬ嬌音問題から離れた場所に移り住んだ方が精神衛生的に良いかもしれないと思い始めていた。島唯一の大通りの近くを選んだのを若干後悔しつつ、隠れた場所でしか吸えない煙草の替わりに、と口に含んだバニラフレーバーのペロキャンの棒を噛む。

 

 そんな美少女然とした那須の姿にふらふらと餓えた男女が吸い寄せられたかと思えば、落ちモノ系のゲームの如く隣人同士でその場でドスケベ連結した事で彼の視線から消えていく。その光景を幾度か見ながらとんでもない島に来たものだと辟易していた。

 

「あんあんあんっ! あんあんあんっ! あんあんあんあんあんあんあぁんっ!」

「何が祈祷の三三七拍子だ、それじゃあ亀頭のアンアンハメ拍子じゃねぇか孕めオラッ!!」

 

 新しく家を建てるのだろうか、空き地で家祈祷を行なっている女性住職に騎乗位で盛っている光景が視界に入った。祓い清めるための行為であろうに、むしろ汚していないだろうかそれは。

 

 ――那須にとって性行為は任務失敗の末路でしかなかった。

 

 頼れる筈の先輩が、切磋琢磨しあった同輩が、意気込んでついてきた後輩が、目の前で無様な面を晒して性行為に溺れるのを何度も見てきた。それは潜入と奪還の依頼を主に受ける那須にとって見慣れたものだ。頭対魔忍、そんなフレーズが産まれる程に現代の対魔忍は脳筋思考が多い。対魔粒子によって行使される忍術は一般人が持ち得ない特異な才能と言える。そのため、己の忍術に過信してあっさりと罠に嵌ってアへ顔や生首を晒すのである。

 

 各地にひっそりと生じる魔界の門を通じて人間世界へ来る魔族は右肩上がりの増加傾向を見せており、その尖兵として有名なのは下級魔族のオークである。緑色の肌を持った下劣にして生殖猿と称される事のある人型の魔族であり、対魔忍からすれば低能な知性を持った唾棄すべき雑魚という印象が強い。

 

 しかし、オークの精液と体液には媚薬成分が存在し、それを用いて他種族の雌を監禁して媚薬漬けにして犯す習性を持っている。下級魔族とは言えその肉体は人間のそれとは一線を画すものであり、群れを成して近代兵器で武装して集団戦を仕掛けるケースも多々見られるようになっている。その打たれ強さと物量から一瞬でも気を抜いた対魔忍を圧殺し、嬲り痛めつけてから強姦して奴隷化し、他の魔族へ媚びへつらうように売る奴隷商人になるオークも台頭し始めた。

 

 下級種族であるオークに屈服してアへ顔を晒す、その屈辱を知るのは既に手遅れになったその時なのである。下級の肩書きに目を奪われ、考える事をしなくなった脳筋な対魔忍が居るというのに、未だに最強の対魔忍と謳われる井河アサギの背を夢見ている者が多いのが現状であった。

 

 そのため、そういった事に対して理解をしている対魔忍は大変重宝される。理解している対魔忍の一人である那須だからこそ、魔性の温床たるこの青藍島に派遣された経緯があった。

 

 数多くの対魔忍が媚薬によって苦しめられ敗北の醜態を晒す中、その媚薬に耐性を持つ対魔忍が居ればどうなるだろうか。眉唾な噂ながら、井河アサギもまた感度三千倍の肉体改造をされて媚薬漬けにされた事がある、というものがある。最強の対魔忍ですら苦しむそれを無効化できる対魔忍が居るならば、数多くの対魔忍を助け出させようと使い潰す事だろう。

 

 現に、五車学園長たる井河アサギの手で各宗派の長が集まる元老院からの命令を撥ね退けられているからこそ学生で居られるが、こうして青藍島へ送られた事も那須の身柄を守るための一助でもあった。その穴を埋めるためにとある独立遊撃隊が組織されたという噂もあるが、アサギ本人から別件の解決のためだと否定されているが、噂であるために真偽は定かではない。

 

「……ボクみたいなのが人並みの生活を得られる訳なんてないのにな」

 

 そう虚空へ呟く那須の声は誰の耳にも届かずに消えていった。

 水乃月学園はヌーディストビーチを越えた先、山の麓に作られた教育機関である。C等部からA等部までが効率化のため内包しているので、広い立地を必要としたためだ。繁華街のショッピングモールから五キロ程離れた位置にあるため、通学するだけで足腰が鍛えられそうな程な距離がある。

 

 例外はSSに属する生徒ぐらいであり、彼ら彼女は学園に備え付けられた学生寮もといSS寮に暮らしているため遅刻とは無縁な通学を行なえている。もっとも、SSに課せられた訓練は毎年辞退者と死者が出る程に厳しいとされているため、通学の時間すらも訓練に充てられていると考えれば当然の利便だったのかもしれない。

 

 歩きタブレットをせずに淡々と歩いていく那須の速度は人並み以上のそれであり、人によっては三十分以上は掛かるであろう通学路を十分で既に踏破してしまっていた。坂道の通学路を越えて正門を通り始める頃には、グラウンドで騒いでいたそれの全容を知る事ができた。どうやらSSに属する生徒たちが訓練を行っている最中のようだった。

 

 指定制服とは一線を画したエロ制服、それがSSに属する者が着込むSS制服だ。男子の方は比較的普段の制服と差異は無いものの、へそチラと鎖骨チラを発生させる絶妙な具合に仕上げられている。

 

 対して女子の方は首下から裾の部分まで大っぴらに開かれたどころか失った前衛的な制服に、SS用のビキニ型ブラトップを着用していることでバストをこれまでかと強調した仕上がりになっている。一般人からすればすっげぇエロい、か、狂ってるのかこいつ、のどちらかに票が分かれるデザインだった。ちなみに、どちらの制服も脇下付近で腹部を繋げているだけのようで、取り外しもできるらしい。校章及び腕章を付けるために上半身の方は原則残すのが暗黙のルールのようだ。

 

 実しやかに流れている噂の一部に、生徒会長が服を着れないためにブラトップだけしているというものがあるが、真偽を知るものはSSBIG3と称される者たちしか知らないとか。獣すらも畏怖するようなカリスマを持つ生徒会長こと冷泉院桐香の事だ、SSの象徴らしい恰好をしているだけなのでは、というのが通説らしい。

 

「どうしたもう終わりか! 堪え性のないフニャチン共! 母なる大地に抱っこをせがんでもうおねんねか! もう一度産み直して貰ったらどうだ屑精子共!」

「「サーッ! ノーッ! サーッ!」」

「返事だけはご立派様だな! さっさと反り返るチンポのように体を勃起させろ! 床ズリこいたまま寝落ちしてられる程SSの訓練は優しく無いぞ!!」

「「サーッ! イエスッ! サーッ!」」

 

 何か汚い海兵隊訓練キャンプが開催されてる、と口にせずに内心に留めた那須は絶句の表情を浮かべていた。グラウンドに並べられた器具などは軍人がやるような物に類似しており、アサルトライフルを構えながら鉄線の下を匍匐前進している光景が違和感を助長させている。

 

 これ学生がやるメニューでは無いのでは、そう対魔忍の訓練に慣れている那須でさえ思うような地獄の訓練が行われているようであった。目の前の訓練に必死になっている生徒たちと違い、教官役をしている茶髪の長髪を首筋で三つ編みにして纏めている少女は、近付いて来る那須に気付いた様子だった。そして、顔を見てから見下ろし、そして靴の爪先から顔まで見上げ直し、もう一度往復してから若干小首を傾げた。

 

「あー……、今日転校してきた一年の大久那須です。制服を着て不法侵入してる訳じゃないです」

「いや、気になったのはそこでは無くてだな……。いや、皆まで言わない方が良いか。それで、どうして学園に戻って来ているんだ。既に下校時刻を過ぎているが」

「教室に忘れ物をしてしまいまして。お誘いを受けながらだったので気が付かなかったんです」

「ふむ、転校初日だと言うのにしっかりと性産的行動ができていて素晴らしい限りだ。より一層励むと良い。最近巷では反交尾勢力の活動も活発化しているからな」

「ハンコウビ勢力……?」

 

 全くもって当てはまる漢字が思いつかなかった那須に対して、教官の少女は苦笑した。転校生あるあるの一つであり、青藍島に馴染めていない頃によくある事であったからだ。もっとも、そんな名称が付くようなドスケベナイズをしているのはこの島限定である。初聞で聞き取れる訳が無い。

 

「反対の交尾と書いて反交尾勢力だ。聞き馴染みが無いのも仕方がないだろう」

「反交尾勢力……、ですか」

「ああ、ドスケベ条例に違反しているどころか、性産的行動を邪魔するような奴らの事だ。引く手あまたな君も連中に邪魔を受けるかもしれないからな。十分に気を付ける事だ」

「成程、ご心配ありがとうございます。因みに違反行為と言うのはどう言ったものが?」

「基本的にドスケベ条例に反した事だな。性産的行動を積極的に行わない。恋人同士でしかセックスをしないだとかプラトニックラブを貫くと宣ったり、性産的行動に至らずに自慰行為に没頭する、などが最近検挙されたものだな。非性産者には罰則が執行される事になっている。有名なのはギロチン刑だな」

「条例破りが首落としって過激過ぎでは……?」

「あー……、ギロチンのチンは男性器のチンだ。異性のSS生徒を土台にして、ギロチン側に非性産者を縛り付けて上下する処刑方法だ。見せしめのために正門近くで行われるから、登校の時に見る事があるかもしれないな」

 

 それってレイプと同じなのでは、と口にせずに呑み込んだ那須の判断は正しかった。適当に話を合わせているものの、段々とドスケベ条例の闇の深さに気付き始めていた。ドスケベ条例を守る事が正義であり、それ以外は悪なのだと、そういう洗脳がされている島なのだと理解できてしまった。歴史を紐解けば二十周年を既に迎えているような条例である。幼い頃からドスケベ教育された世代が居始めている島なのだ、その闇が深くない筈が無い。

 

 きっとこの条例を作った奴は夢魔の囁きを受けていたに違いない、と那須は決め付けた。凡そ一般市民が考えるよう条例ではない。そのようにそそのかされたのだろう、そう思う事にした。例え、既に前調査で仁浦県知事に魔の影無しと太鼓判を押されていても、だ。

 

「引き留めて悪かったな。私は風紀委員長の糺川礼だ、学園生活で困る事があったら頼りにしてくれて良いぞ」

「ありがとうございます、糺川先輩。遅くならないうちに帰宅するようにします」

「ああ、それが良い」

 

 笑顔で後輩を送る姿は頼れる先輩であったが、第一印象が汚いハートマン軍曹であったため払拭できずにいた。顔に出ていないか心配であったが、相手の様子を見るに問題無さそうであった。または、その様な印象を受けるのに既に慣れ切っていて反応を示していないだけかもしれない。

 

 濃い面子が揃ってる学園だなと五車学園を棚に上げて苦笑を浮かべた那須は昇降口へ向かい、グラウンドからの視線が切れる位置で裏門へ向かうルートに切り替えた。表向きには教室に向かうのだからそのまま裏門に直行すれば怪しまれるのは間違い無かったからだ。

 

 放課後に出て行った頃とは違って校内に残っている生徒は少ないようだった。明らかに響く嬌声の声が少なくなっている。だが、まだドスケベセックスをしている生徒も居ると言う事実も残っていた。一日に何回ドスケベしているんだこの島の住人は、と少し気になってしまったものの、伝えた時間に迫っている事から頭を振って疑問を振り払う。

 

 対魔忍の鋭敏な感覚を持ってすれば伝説の蛇の如く潜入は容易である。もっとも、頭対魔忍と称される脳筋勢にそれができるかは別であるが、その点那須は優秀な分類に属していた。現に未だに学園に残る生徒に鉢合わせる事なく、難無く裏門へと続く道へと辿り着く事ができている。

 

 曲がり角を曲がれば裏門と言う所で、ポケットから黒塗りの鏡を取り出した。専用塗料が薄く塗られているために光の反射で相手に気付かれないようにするツールの一つである。任務で鉢合わせた米連の兵士から押収した物であり、その使い勝手の良さにお気に入りになっているものだった。手慣れた様子で鏡を見やれば裏門の石柱に寄り掛かるようにして待つ麻沙音の姿が見えた。

 

 辺りの警戒をしてから問題無しと判断した那須は自然を装って曲がり角から顔を出す。しかし、麻沙音は手元のタブレットを弄っているようで気付いている様子は無かった。

 

「こんばんは橘さん。待たせてしまったかな?」

「あ、な、ななな那須しゃん。い、いえいえ此方も今来たところ、です。態々ご足労ありがとうございます、ご、ご迷惑じゃなかったですよね」

「あはは、そんなにテンパらなくても良いよ。家に居てもやる事は荷解きくらいだからさ」

「な、なら良かったです」

 

 緊張からか頬を赤らめてどもる麻沙音の言葉に優しく返す那須の第一印象は、非常に宜しいものであった。ギャルゲーによく居るヅカ系イケメン美少女先輩のこましムーヴである。もっとも、秘密基地に続く近くの竪穴にひっそりと身を隠す面々からすれば、若干ヤニ臭さを含ませたものになってしまったが。

 

「それで、ボクを此処に誘ったのは……、本当に部活動の事なのかい?」

「うぇっ、えっと、えーっと……その、…………もう無理あにぃ!」

「……やっぱりアサちゃんには荷が重かったか」

「ふふっ、でもよく頑張った方だと思うわよ?」

「そうだな! 麻沙音ちゃんよくがんばったな! でもこれやっぱり放課後デートみたいだな?」

「そうですね、初々しい麻沙音ちゃん可愛かったですよ」

 

 麻沙音が泣き言を叫んだかと思えば、茂みに隠れた竪穴からぞろぞろと出てくる面々に那須は苦笑していた。先程曲がり角を鏡で見たのは、感じた人数とその気配が一致していなかったためだ。地上と地下と言う高低差が気配察知の邪魔をしていたようで、一人しか居ないのに複数人の気配がするという違和感を感じさせていたのだった。

 

 麻沙音と同じ茶短髪に眼鏡をかけた橘淳之介に続くようにして、金髪に赤いエクステを付けたギャル風の片桐奈々瀬、小学生にしか見えないふくらはぎまで伸びた桃色長髪の少女渡会ヒナミ、影が薄そうながら豊満ボディを持つ青紫髪の畔美岬が麻沙音の方へと歩み寄る。

 

 嗚呼、成程と那須は合点がいった。青藍島の住民らしからぬ麻沙音の態度、先程の反交尾勢力の話、目の前の人たちからする処女臭、それらが繋がって答えを導き出していた。唯一男性の淳之介からは童貞臭がしなかったものの、何処となく精神的に童貞を拗らせていそうな臭いが感じ取れていた。

 

「成程、確かにこれは部活動と言うのは難しいところだね。何せ、帰宅部に活動は無いだろうし」

「えっ?」

「アサちゃん……?」

「いやいやいやいや、妹はまだ伝えてないよ兄。大体、兄に黙ってそんな事する訳ないじゃん」

「それもそうか……。ええと、那須君、で良いか?」

「はい。ボクは大久那須と申します。苗字で呼ばれるのは好まないので、名前で呼んで頂けると嬉しいですね」

「おぉー、これはこれはご丁寧に。私、渡会ヒナミ、三年生だよ。ヒナミで良いよ!」

「ええと、そしたら次はアタシかしらね。片桐奈々瀬よ」

「次は私ですね! こんばんは、畔美岬です! ミサちゃんって呼んでくれて良いミサ!」

「ヒナミ先輩に、片桐先輩にミサちゃん先輩ですね、よろしくお願いします」

「マジで呼んじゃったよ。おいこらミサゴン、那須さんに変な呼び方をさせてるんじゃないよ!」

「冗談だったのにちゃんと呼んでくれましたっ!! この子めっちゃ良い子ですよ橘さん!!」

「無茶ぶりに付き合わせるなよ。俺は橘淳之介。アサちゃんの実の兄だ。妹はやらんぞ!!」

「お兄ちゃん嫌い」

「ごめん、兄が悪かったからマジトーンで言うのは止めてくれ……っ!!」

 

 一気に姦しくなった場に那須は忍び笑いを浮かべていた。こんな愉快な面子に守られているなら麻沙音の生活も明るいものだろう、そう暖かな視線を向けて微笑む。その自然な笑みに騒いでいたNLNSメンバーたちは胸を打たれたような恰好を取って後退る。唯一ヒナミだけがにこにこ顔で嬉しそうにしていた。

 

「ええと?」

「あー……、悪い。うちのメンバーはいつもこんな感じだ。那須君は既に気付いているみたいだが、あえて、あ、え、て、言わせて貰おうじゃないか」

「おいこら淳。それはもうわたちゃんの時にもうやったじゃないの」

「分かる、分かるよ兄。兄みたいな恰好付けたがる灰色アオハル野郎は隙あらばしたいんだよね、一晩かけて考えた格好良い名乗り文句を語るのをさ」

「分かってくれるか我が愛しい妹よ!」

「応ともさ。でも那須さんの前でやられると実の兄のことながら恥ずかしいから止めてね」

「なん……だと……?」

「はいはい、淳のそれは後で聞いてあげるから今は移動しましょ」

「部活動開始だな! 部活入ったトキないからなんかわくわくするな!」

 

 そう言って無い胸をえへんと張ったヒナミが我先にと裏門を開き、それを微笑ましそうに笑う奈々瀬が続き、すっと美岬が何時の間にか通り、残された三人が残された。詳しい話は道中でと淳之介が肩を落として置いてかれないように歩き始め、くつくつと笑う那須に麻沙音が苦笑してその背に続いた。幸いにもその喧しい集団を見かける視線は無く、裏門から続く裏山へと彼らは入る事ができたのだった。




此処だけの話、ぬきたしは寝室シーンも面白いぞ。


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ドスケベ・ハメドリの島。

 反交尾勢力と一括りにされている者たちの中で、NLNSというチームは水乃月学園の生徒で構成された特異的な集団であった。カップル同士でのセックスを望む者や隠れレズビアンの背徳行為などが精々な中、性産的行為に対して反逆を行なう集団は彼らのみである。性産的活動に対する逃亡及び回避を主目的とした五人は、つい最近できたチームでありながらある程度通用する連携を取る事ができている。彼らの身の清さがそれを事実であると物語っている。

 

 しかし、それに対し鎮圧もとい膣圧する側であるSHO並びにSSは、軍隊染みた訓練によってそれ相応の戦闘能力を有している武装集団である。暴徒鎮圧用のライオット弾を使っているとは言え、成人男子の拳の一撃に匹敵するそれを連射及び遠距離から放てる銃はそれだけでアドバンテージを有する。故に、真っ向から勝負を挑めば負けるのはNLNS側になる事は言を俟たない。

 

「それに対抗するためのアイテムが、このT-A-Eだ。ギャルビッチな奈々瀬ならエログッズを持っていても怪しまれない。……大変剛腹な事だが、荷物チェックでゲーム機は回収されるがバイブなどは回収されない。つまり、俺たちNLNSはこのエログッズに扮装したT-A-Eを有効活用する事で、攪乱して突破する訳だな」

「へぇ……、卵型オナホのEggに吸着コンドーム……。よく作れましたね」

「ああ、そうだろう。Eggは七種類もバリエーションを増やした力作だ。現に何度も逃走に役に立ってくれている。補給源として各所にガシャポンを設置してあったりするから、後で補給地点を教えておくぞ。補充にはカモフラージュで五百円玉を使用するから数枚用意しておいてくれ」

「はい、ポケットに用意するようにしておきますね」

「そうしておいてくれ」

 

 ドヤ顔で自慢するように語りに語る淳之介の説明を、嫌な顔せずに那須は微笑を浮かべて受けていた。NLNSの男女比はまさかの淳之介の黒一点であり、家族の麻沙音が居るとは言えども肩身が狭かったらしい。普段はそれを露わにしていなかったが、こうして同性の仲間が増えた事で先輩風を吹かせる程に助長しているようであった。または、単純に同世代の男の友人を持てた事に一喜一憂している可能性もあった。

 

 そんなにっこにこな淳之介を呆れた様子で微笑ましいものを見る目で見つめる女性陣。特に、頬に手を当てた奈々瀬は淳之介のお母さんのような笑みを浮かべている。饒舌に喋り語る兄の姿に肩を竦めたのは妹の麻沙音であった。身内の恥を晒しているようで恥ずかしかったようだ。

 

「おぉ喋る喋る。まるでオタク特有の早口マシンガンのようだ。いやほんと凄い浮かれてるな兄……」

「まぁまぁ、アサちゃん。淳も男友達ができて浮かれてるのよ。ほんと、可愛いのだわ……」

「男の子は橘くんだけだったからな。ちょっと肩身狭かったのかな? そうだったら那須くんが仲間に入ってくれて良かったな!」

「やったね橘さん仲間が増えますよ!」

「おい馬鹿止めろ。那須さんは男の娘だぞ、そんな展開になる訳ないでしょうが」

「そうですか? 此処だけの話ですけど、女子にアナル開発された男子が物陰でこっそりハッテンする穴場があったりしましてね……」

「なんでそれを美岬が知ってるのよ……」

「ふひひ、私影が薄いからこっそりそういうのを見ながらオナニーしてたりするんですよ」

「清楚弱気キャラの皮を被った変態痴女じゃねぇか……。こんな危険物を置いといたら危ないかもしれないし除隊も見据えるべきか……?」

「ええっ、そ、それだけは勘弁してくださいよぉ! 何でも、そう、何でも! しますから!!」

「何で何でもを強調して言った? やはり出荷すべきでは?」

「そ、そんなー……」

 

 随分と姦しい会話をしているものだと那須は内心で苦笑する。そして、そんな姦しい集団の一人になった自分の立場を思い出して小さく溜息を吐いた。友人となった麻沙音が属するチームであるとは言え、この島の在り方を考えるに所属するメリットはこの島の調査を行なう上では殆ど無いのが現実である。彼の任務は汚職議員が何を目的にこの島に来たかの調査だ。それならば住民のようにドスケベセックスを演じて懐柔し、情報を集めていく方が遥かに効率的である。

 

 だが、性行為をしたくない理由が那須側にもあったのが加入の理由だった。那須にとって性行為は自身の醜さを思い出させる出来事だ。それは、彼の生い立ち及び出生に関するものであり、それを知る者は五車学園でもアサギと関係者の桐生佐馬斗だけである。故に、彼の背景を知れる者はそう居ないため、こうして学生の身分に居られるのが現実であった。

 

 大久那須は自身を嫌っている。

 誰よりも自身の体を嫌って、「それ」を知られる事を嫌っている。

 

 だからだろうか、似たような経緯を持つ淳之介にとって那須は話しやすい相手になっていた。無意識的な共感を得ていた事もあってか、年下の少年というのも話の背を押したのかもしれない。この二人の過去は似ていた。片や幼年期のトラウマ、片や産まれた事の後悔と、大変重いながらも身体的な事に関する悪夢を経験している。見えない傷の舐め合いのような、そんな精神的な安堵を感じているのであった。

 

「NLNSの目標は無事に帰宅する事が最優先だ。そして、スポンサーからの目標としてとある少女の保護が命じられている」

「スポンサーに少女の保護、ですか。それはまた随分と話が飛躍しましたね……」

「ああ、俺もそう思う。俺たちは学園の地下に秘密基地を持っているんだが、そこを使わせて貰う代わりにその条件を受けている状態だ。名前は琴寄文乃っていう少女なんだが、それ以外の情報が全く無いのが現状だ」

「……あの、橘先輩。これ騙して悪いが、みたいな事になるんじゃ……。明らかに捨て駒にする対応ですよねそれ……」

「……だよなぁ。けど今の俺たちにあの秘密基地は必要だ。ドスケベ条例をぶっ壊すためにもな」

「はい?」

「あの老人は言った、琴寄文乃はドスケベ条例を潰す一手になる存在だ、と」

 

 ドスケベ条例をぶっ壊す、そんな初耳ワードが飛び出して那須は困惑せざるを得なかった。そして、漸くこのチームの結束力が強い理由が知れた気がした。無事に帰宅する事は主目的ではなく前提条件なのだろう。ドスケベ条例というものを何かしらの理由を持って嫌悪しているからこそ、その一手になるかもしれない少女の情報を得たからこそ、こうして抗う気概になっている。

 

 まるでレジスタンスだな、と那須はチームの印象を変えた。

 T-A-Eというアイテムを開発しているのもSHO等に対抗する以外の理由が見えてきた。つまるところ、この橘淳之介という男は自身の手でこの条例を打ち破りたいのだ、と。だから、反抗するためのアイテムとしてT-A-Eを開発した。逃げるためではなく、抗うための武器として、だ。

 

「……成程、それを聞いて大分印象が変わりましたよ、このチームに関して」

「ん、そうか? ああ、まぁ、そうか……。でもまぁ、今はまだ逃走以外の活動しかできてないのが現状だけどな」

「いえいえ、橘先輩がこうして頑張ってるから彼女たちが毒牙に襲われていないんでしょう。こうして結果があるだけで、凄い事をしていますよ先輩は」

「……そう、かな。そうだと良いんだが……」

「はい、先輩は凄いですよ。あの笑顔は貴方の奮闘によって保たれているのですから。誇って良い事でしょう。謙虚は謙遜とは違います、貴方は誇って良いんだ」

「那須君……。そうだな、俺が胸を張らなきゃいけない事だな。……どっちが先輩か分からんなこりゃ」

「あはは、先輩は先輩ですよ。誰が何を言おうとも、誰が何を笑おうとも、貴方は貴方です。世界は上位互換に溢れていますが、だからと言って貴方だからできる事もあるんです。その上位互換が此処に居てそれをしてくれる訳じゃないんですから」

「ありがとう、少し肩の荷が下りた気分だ」

「どういたしまして。後輩ですからね、先輩の鞄を持たなきゃですから」

「はははっ、大丈夫だ。この重みは確かに重いが、持ち甲斐もあるんだ」

「そうでしたか、なら良かったです」

 

 すっげー良い子だ那須君、と淳之介は内心で感動していた。青藍島で見た事の無い人の好さを体現しているようにも思えて、改めてこの島の異常さを感じ取っていた。誰もがドスケベナイズされる人間では無いのだと、見えない力を得たような気分だった。

 

 まだ知り合って間もないものの、常識人にとって過酷なこの島の環境が二人の仲を押す追い風になっているようだった。もっとも、那須は青藍島に来て二日であり、染まるようなエピソードも無いので本島に居た頃のそのままであるだけなのだが。

 

 一時の沈黙の後、何やら那須がそわそわし始めていた。山の中を歩いているという事もあって彼方此方に隠れられる場所があるからだろう。気配を感じ取れる那須だからこそ、今の状況はタイミングが良かったのだった。

 

「どうした那須君、そわそわして」

「え、してました?」

「ああ、そんなにそわそわしないでーってくらいには」

「……その、橘先輩と喋ってて気が抜けてしまったからか、その……」

「……トイレか?」

「いえ、そちらでは、ええと……」

 

 そわそわしながらトイレでは無い、小首を傾げた淳之介だったが、数秒後に理由を察してしまって、あー……、と理解の息が漏れる。そりゃ言い辛い筈である。何せ、ある程度の信頼関係を作れたとはいえ、内容が内容である。指摘してしまったのは淳之介だ、その責任を持つべきかとこっそりと言う。

 

「良いぞ吸っても」

「……え゛」

「あー……、その、アサちゃんとの電話は俺らも聞いててだな」

「そういう事でしたか。まぁ橘さんが言うとは思えませんし、すみません、携帯灰皿はあるので」

「ああ、その、ごゆっくり?」

 

 まるで喫煙所をすれ違った人たちのような遣り取りをして二人は苦笑いした。そうして、那須は腰のベルトに吊るしていたスキットルを取り出す。疑問符を浮かべた淳之介だったが、次の光景を見て納得と驚愕を抱いた。

 

 見た目はチタンスキットルのそれであるが、側面の凹みに爪を引っかけて扉を開くようにすればシガレットケースが内蔵されていた。一本引き抜き口に咥えてから、前面を閉じてからひっくり返した。側面の飾りに扮したロックを外すと蓋底が跳ね上がり、オイルライターのフリントホイールが露わになった。特有の格好良い音がホイールを回った瞬間に聞こえ、気化したオイルに引火して炎が立ち、そしてそれに煙草の先端を向けて火を付ける。

 

 その一連の動作を手慣れた様子でやった那須は、煙草を美味そうに吸っていた。

 男ならば誰もが憧れるオイルライター、それを半面にシガレットケースを内蔵したチタンスキットルに組み込んだ事で浪漫と浪漫の相乗効果を生み出していた。因みにキャップを捻れば量は少ないものの液体を入れる事も可能であり、現に原液濃いめのカルピスが入っていたりする。実に男の浪漫である。

 

 男の憧れ三神器を一つにしたその改造スキットルの完成度に淳之介の男心は燃え盛っていた。オナホ作りが趣味である淳之介は、自身が作ったオナホを芸術品と称している。オナニーに青春をかけた男が手掛けるオナホ、これが芸術でない訳がなかった。だからだろう、別ジャンルとはいえ自身と同じ程のこだわりを持って作られた芸術だと気づいたのだった。

 

「くくっ、分かってしまいますか橘先輩」

「分かるとも。未成年は手を出せないシガレットケースにオイルライターのセット、極め付けはチタン製のスキットルッ……! それらは男の憧れ、浪漫三銃士と言って過言は無い。それを一つに纏めるという秘密基地めいた遊び心……! 良いなぁそれ!」

「そうでしょうそうでしょう! ボク、見た目がこれなものですから、男らしさを追求した結果がこれです! 格好良さの頂点と言って良い機能美と浪漫を兼ね備えたオイルライター、それを使うための煙草の専用のケースを紳士な嗜みと遊びを忘れないスキットルに組み込みました。そしてこれは、オーダーメイドで作られています! 橘先輩になら……、分かりますよね?」

「ああ……! ハンドメイドに並ぶ浪漫溢れるオーダーメイド! 自分だけの専用品……!!」

「こうやってニヒルに使えばっ……!」

「すげぇ、憂いを覚えた訳有り系美少年に見えるっ……!」

「そうです、こうする事で漸くボクは美少女面から解放されるのです。ボクは、男だー!」

「そうだな那須君! 君は男だ、それも男の中の男だっ……!」

 

 お互い食い気味な握手を交わして情熱を感じ合う。目の前の男とならば良き友人になれる、そんな友情の握手であった。年相応にはしゃぐ男性陣を見て女性陣は若干困惑していた。目を逸らしたら何時の間にか仲良くなってやんややんやしていたのである。淳は相変わらずねと奈々瀬はほろりと目尻に涙を浮かばせて喜んでいた。完全に木陰から息子の成長を喜ぶお母さんである。

 

「なんだか青春してるな、あおはるだな! 凄い楽しそうだな!」

「那須さんの意外な一面を見た……。今日が初対面だけど」

「まぁ、あそこまで意気投合できるなら今後もやっていけそうね。……煙草吸ってるのがちょっと気になるけど」

「確かにそうですねぇ。子供が背伸びして吸ってるって感じじゃないですもんね」

「うん、まるでお父さんみたいだな。吸い慣れてる感じがするな。おねーさん的には煙草は煙いから止めて欲しいなぁ」

「知ってますかわたちゃん先輩。煙草って体に悪いから成長の阻害をするそうですよ」

「そうなのか! 悪いって知ってたけどそんなに悪かったのか! そうだったら止めなきゃだな!」

 

 ヒナミの寝ぐせの一部がI字に立ち上がり、吸うのを止めさせようと立ち止まる。静寂が支配する森林で会話していれば数メートル離れていたとしてもある程度は聞こえている。それが対魔忍である那須なら地獄耳と称せる程に普通に聞こえていた。近づいてきたヒナミに那須は生気を失ったような瞳で言った。

 

「体に悪い物は心には良いんですよ、ヒナミ先輩。これ止められたらボク死んじゃいますよ」

「それは大変だな? 死んじゃうのか。だったら止められないな……?」

「けど、煙草が原因で肺がんになるから結局死んじゃいますよ」

「死んじゃうの!? それならやっぱり吸っちゃだめだよ! おねーさんが手伝うから止めよ?」

「知ってますかヒナミ先輩。禁煙って死ぬ程苦しいんですよ。生き地獄ってくらいに」

「苦しいのはやだな、大変だな。でも、ええと、えとね、やっぱり体に悪いんだったら――」

「まぁ、それに……、ふぅー……」

「わわわっ、なにするの!」

「知ってましたかヒナミ先輩。本島だとこうやって煙草の煙を女性の顔へ吹くと、今夜お前を抱く、みたいなニュアンスになるんですよ」

「へぇー、そうなんだ。すっごいロマンチックだねっ。……あれ、今、私誘われて……」

「ヒナミ先輩にはまだ早いですね」

「早くないんですけど! もう適正年齢なんですけど!」

 

 しれっと煙に巻いた那須はくつくつと笑って、ヒナミを置いていくように歩みを進めた。揶揄われたと頬を膨らませてぷんぷんと両手を上げて追いかけた。その頬は真っ赤になっていて若干ながら真に受けたようだったが、続く怒りの割合が高かったようですっかりぷんぷん顔であった。

 

「大人っぽい冗句で煙に巻かれるわたちゃん可愛いのだわぁ……」

「今の凄い大人っぽかったですね。ちょっとドキっとしちゃいましたよ。って麻沙音ちゃん?」

「めっちゃどすけべな那須しゃん……良い……花魁みたいなエロスがある……」

 

 皮肉な笑みを浮かべた姿がまるで小悪魔のようで、大人な台詞も相まって非常に妖艶であった。此処がシックなバーであればそのままお持ち帰りされたいと思う程に大人な遣り取りであったのである。もっとも片方は入店拒否されそうなお子様体型の先輩ではあるが。

 

 男だと主張するもののその風貌はボーイッシュなイケメン美少女である。女性が好きな麻沙音にとって那須の見た目はドストライクであり、そこに大人の色気が混じればもう堪らないものになっている。だが、男である。まるで遊郭の花魁のような妖艶さで笑みを浮かべている。だが、男だ。異性である筈なのに二次元の男の娘めいた風貌のせいでそれを感じさせないが、彼は男なのである。

 

「いやまぁ、これでも一日に吸う本数は三本までと決めてはいるんですよ」

「因みにそれ何本目?」

「七本目です、この島ストレスマッハ過ぎて初日で破りました」

 

 死んだ瞳で呟く那須。此処にはドスケベ条例に反抗する者たちが揃っているため、彼の気持ちを痛い程理解できていた。然もありなんとヒナミでさえ咎める事はしなかった。頷きながら淳之介に肩へ手を置かれた那須は何処となく普段よりも苦い味を噛み締めたのだった。




此処だけの話、4545文字以上になるように心掛けてます。


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むべむべ救出作戦。

「おっと、危ない」

「んにゃぁっ、な、那須さん?」

 

 それは何気ない動作だった。夕方と夜の間の時間帯に差し掛かり、段々と夜の帳が落ち始めた頃だった。他愛の無い雑談を交わしつつも辺りを警戒していたNLNSメンバーでさえ気付けない程にそれは神掛かった行ないであった。麻沙音は頬の横に一陣の風が通り過ぎたのを、真後ろの木に着弾した乾いた音で漸く気付く事ができた。

 

 何を――、そう一同が麻沙音を見やれば、那須に片手で抱き締められている姿があった。そして、彼女らの後ろに見えた木に刻まれた弾痕が続いて視界に入ると怖気が走る。

 

「流れ弾かな。弾丸の大きさからして自動拳銃のそれだ。――全員木の後ろに身を隠して!」

 

 そう声を荒げた那須は左手で抱えていた麻沙音を更に抱き寄せて、自身のベルトに触れると金属部分から何かを引き抜いた。それを人差し指と中指の第二間接付近に挟み込み、虚空を一閃した。甲高い音が聞こえたかと思えば、那須の右手に挟んでいたそれは姿を変えていた。

 

 対魔粒子力ブレードと銘を受けたそれは、さながらロボットアニメのビームサーベルのように紅の刀身を伸ばしている。対魔忍大久那須が用いる仕込み武器、自身の対魔粒子を吹き出すようにして刀身を生成し、その後は粒子コントロールによってそれを維持すると言う何とも力業な武器である。とある理由で自身の対魔粒子を完璧に操る必要があった事から生まれた訓練用の武器であった。鉄すらも切るその刃が鉛玉を切り落とす事は造作もない事だ。

 

 事態を把握した淳之介は冷や汗を感じながら、咄嗟の判断で太い木の後ろに隠れた面々の様子を確認する。流れ弾と称したように、彼らへ向けての発砲でなかった事から誰も被害を受けている様子は無かった。唯一、その状況からして流れ弾の一つを切り落としたらしい那須の姿にとてつもない違和感を抱いたものの、それどころではないと思考を切り替える。

 

「おい待てごらぁあああああ!! てめぇ、すっぞごらぁあぁぁああああああ!!」

 

 遠くから響く怒声、明らかにそれはSHOガードマンのそれではない。テンプレートなヤクザの下っ端が発するような怒声であり、剣呑な雰囲気を込められたものだった。そしてそれは段々と近付くに連れて、複数の叫声が聞こえた事で一人ではないことも分かってしまった。

 

「アサちゃん!」

「オッケー兄、いつでもいけるよ!」

「――“アリアドネー・プロトコル”起動!」

 

 淳之介が眼鏡を外し、鞄から取り出した顔半分を覆うような大型のゴーグルを付けて、起動ワードを口にする。数秒の起動コードが流れた後に親しみ慣れた画面が映し出された。森の中ではSHOが取り付けるスパイカムと呼ばれる監視カメラが無いためIFFは無視し、即座にレーダーによるスーパーサーチをかける。しかし、最大にまで拡大した筈のサーチに映るべき敵影は存在しなかった。

 

「レーダーに感なしだと?」

「多分、淫スタを入れていないか電源を入れてないんだよ兄」

「つまり、相手はSSやSHOじゃない……。マジもののヤクザって事か」

「どうするの淳。確実にこっちに近づいて来てるわよ」

「……あいつらは誰を追ってるんだ?」

「ちらっと見えた。淡い髪の着物を着た女の子だね。三、いや、四人の男が追ってる」

「淡い髪、だと?」

 

 遠目を睨むようにして状況を伝えた那須の言葉に淳之介はまさかと逡巡する。胸騒ぎのような直感が、あの時自身を救ってくれた少女の姿を脳裏に浮かび上がらせる。淡い髪の着物の少女だなんて、きっと彼女しか居ないだろう。そう考えている間にも状況は進んで行く。

 

「獣道から正道に入ったみたい。このままだとボクらとは鉢合わせないけど、実銃を持つ彼らに追いつかれる可能性は十分に高いよ。距離にして約百メートルちょいってところだ。行ける距離だよ、橘先輩」

「――――! 那須君、追いつけるか?」

「無論だね、ボクより早い奴はそうそう居ないよ」

「よし、攪乱のため先行。続いて奈々瀬はEggで補助、わたちゃん先輩と畔はアサちゃんを守ってくれ」

「おいこら淳、本気なの!?」

「そうだよ兄! というか那須さんもなんでノリ気なのさ! あいつら本物の銃を持ってるんだよ危ないよ行っちゃ駄目な奴だよ!」

 

 奈々瀬と麻沙音の疑問の声に淳之介は一瞬だけ逡巡する。しかし、胸の奥で滾る血潮が叫ぶのだ。間に合わなくなって後悔するのは誰だ、と。また、あの時のように見捨てるのか、と。そうさせないためにチームを作ったんじゃないのかと轟き叫ぶ。そして、自分の声を待つ後輩の視線が自身のそれと重なる。覚悟は決まった、後悔をしない生き方をするための行動を始めよう。

 

「行くぞ、那須君!」

「御意――」

 

 それはまるで一筋の矢であった。期待を込めた言葉を背に受け、地面を蹴った那須の姿がブレて消える。そして、対魔粒子力ブレードが残す紅の軌跡だけが彼の道筋を示していた。目の前で百メートル走の世界新記録が出ている事に気を向ける事も無く、続いて走り出した淳之介を見て溜息一つ吐いた奈々瀬も表情を変えて追走した。

 

 四人のヤクザに追われた少女は巧みであった。距離と言う地の利を得た状態で時折正道に飛び出した枝を避け終えた瞬間に振り返り、ボルトアクションのスナイパーライフルの銃口が追うヤクザの一人を捉え、同時に引き金を引いた。

 

 その流水の如く洗練された一連の動作によって、自身に向けられていた自動拳銃の一つを握る指を撃ち抜いた。撃ち抜かれた人差し指は繋がっているものの、暴徒鎮圧用のライオット弾をスナイパーライフルによる中距離射撃という相乗効果により、射貫かれた指の骨を砕かれていた。その男は痛みによって落とした自動拳銃を拾う事もせずに怒りによって痛みを誤魔化して追走の足を速めた。

 

 しかし、その判断はミスであった。何故なら彼の落としたその自動拳銃を拾い上げる手があったからだ。整備されていない山の正道は走るにも一苦労な環境であるが、一歩宙に浮かべばそれらの障害は数瞬の間において無かったものとなる。左手で構えた自動拳銃のグリップを右手で抑えながら那須は足首に狙いを付けて偏差射撃を行なう。撃鉄に打たれた弾丸は二発が地面に刺さったものの、続く一発が右足首の筋へ無慈悲に突き刺さった。

 

「ぐぁあっ!?」

「なっ、後ろから撃たれただと!?」

 

 崩れ落ちた一人の悲鳴を聞いた隣の男が振り返れば、既に夜の帳が下りた暗闇の道を駆ける紅の軌跡が見えた。そして、速度を緩めてしまったが故に、その紅の軌跡を受ける事となる。

 

 一瞬の交差。男は目の前に突如として現れた蠅を振り払うように自動拳銃を持つ拳で打ち払う。しかし、動く筈の腕は糸が切られたマリオネットのように沈黙を続け、やがて遅れてやってきた熱い感覚によってそれを知覚した。右片足と振るった右腕の筋が切られた事で体勢を崩してその場に崩れ落ちる。

 

 盛大に地面に顎を打ったその男は一瞬で視界が暗転し続く痛みを感じる事なく気絶した。地面に落ちた自動拳銃のトリガーへ刃を一瞬差し込んで使い物にならないようにしてやり、唖然とした顔で見上げるその顎へ痛烈な蹴りをお見舞いして意識を刈り取る。その間約十秒の出来事であり、対魔忍という生き物の格の違いを見せつけていた。弾丸の入ったマガジンを引き抜いてポケットに仕舞い込み、再び着物の少女を追う男たちの背を追った。

 

「くっ!」

 

 これまで酷使された草鞋の尾が悲鳴を上げて切れてしまったのと同時に少女は倒れ伏してしまった。その際に手に持っていたスナイパーライフルのグリップへ顔を打ち付けてしまった事で視界が一瞬暗転する。

 

 意識を取り戻して立ち上がろうとした瞬間に、切れた草鞋に足袋が滑り、背に迫るヤクザのタックルをもろに受けてしまった。そして、怒り心頭な男の両手がその細い首へと伸びる。万力の如き力任せの暴力が少女の意識を奪い去ろうと両手に込められた。

 

「てこずらせやがってこのクソガキぃ! 意識落として静かにさせてやらぁああ!!」

 

 曲がりくねった正道を、獣道を用いて最短距離の直線で走って来た淳之介と奈々瀬はヤクザに首を絞められた少女へと先に追いつく事ができた。四人と言っていたうちの二人を那須が排除したのだと理解した後、淳之介の投げるジェスチャーに頷いた奈々瀬は鞄から引き抜いていた黄色のEggをヤクザたちの前の木へ投げつけた。ぶつかる音に反射的にそちらを見た二人のヤクザの視界が弾ける。フラッシュバンによって夜目になりつつあった目が光に焼かれて視界を失う。

 

「はぁああああああああっ!!」

「なっ、くそ、がっ!?」

 

 両手を少女に使っていた事で顔側面へ放たれた渾身の横蹴りを受けざるを得なかった男はそのまま視界を暗転させ気絶して倒れ込む。明滅する視界の中、吶喊の声がした方へ残った男が反応を示し、蹴りを放って無防備な淳之介へ向かって自動拳銃を向け――。

 

「悪い事をするその手はいらないね」

 

 追いついた那須が対魔粒子力ブレードを一閃し、男の手首を切り裂いて落とす。拳が付いたまま自動拳銃が地面へと落ちるまでの時間で、掌底を顎に叩き込まれた男が気絶して倒れ伏す。落ちる一歩手前の自動拳銃を足の甲を使って器用に受け止めた那須は、汚い物を触るように指を剥がしてから拳だけを倒れ伏した男へ投げ捨てる。

 続いてマガジンを引き抜いて自動拳銃二つもまた追加で放り投げた。木々の静寂の中、重たい金属音が地面に転がる音と首を抑えてえづく少女の痛ましい声だけが響いた。

 

「げほっ、けほっ、……ふはぁ、こほっ、……え?」

 

 暗視機能が付いているゴーグル越しにそれを見てしまった淳之介は、口元を抑えて吐き気を飲み干した。それから息を整えてから目をぱちくりさせて唖然としている少女へ掌を差し出す。恐る恐るという様子でその手を取った少女は、勢い余って筋トレによって鍛えられた淳之介の胸板へと顔を埋める形で受け止められた。線の細い少女の体が軽過ぎて力を入れ過ぎたのも要因であるが、普段なら踏み止まれるものの草鞋が切れているが故にふんばりが効かず流されてしまったらしい。

 

 先程の惨状も忘れて腕の中に納まった小さな体を淳之介はそっと抱き締める。大丈夫だ、今度こそ助けてみせる、と体が反射的に動いてしまったようだった。その大きな腕に優しく抱き留められた少女は顔を真っ赤にして、恥ずかしさから顔を俯かせてしまっていた。

 

 夜目の効く那須はその様子を見て肩を竦め、クールに足元に転がっていたヤクザ一人の衣服の首根っこを掴んで木々の奥へと消え失せた。その直後、布を噛み締めてから絶叫したような悲鳴が幾度か聞こえ、淳之介の元へ集まって来たメンバーが戦々恐々とした様子でそちらを見ていた。

 余りにも容赦が無さ過ぎる後輩及び友人に若干背筋が震えてくる始末であった。

 

「え、ええと橘さん。そちらの子が追われていた子ですか?」

「ん、ああ、そうだよ。っと、疲労が溜まってたのか寝ちゃったみたいだな……」

「うわぁ……、お人形さんみたいにきれーな子だな。かわいいな」

「あら、ほんと……。というかこの子、よく着物でこんな山道を走ってたわね。靴じゃなくて草鞋みたいだし……」

「何というか時代が違うっていうか……」

「と、取り合えず場所を移動しようよ兄。さっきの奴らの増援が来るかもしれないしさ」

「それもそうだな。…………。おーい、那須くーん、行くぞー」

 

 遠くから「はーい」と言う返事が返って来てから数十秒後に何かが木の根元にぶつかる音がした。それから那須が藪を抜けて走って行く前の時と同じような調子で戻って来た。色々と聞きたい事があったものの、麻沙音の言う通りこの場所に残るのは危険を感じる。

 

 GPSで場所を確認し、満場一致で一番近い橘家へと向かう事となった。先程まで実銃を持ったヤクザと戦っていたという事もあり、警戒に警戒を重ねた慎重なクリアリングをしながらだったため、道中は無言での行軍であった。場所を知らない那須ではなく、家事代行で通い慣れ始めた奈々瀬が先導する事によって、無事NLNS一同は橘家へと帰還する事ができた。

 

「はぁぁぁああああ……」

 

 靴を脱いでリビングへ上がった途端、ソファへ着物の少女を優しく置いた淳之介が崩れ落ちる。過度な緊張の糸が家に帰って来た事で切れてしまったようで、ソファを背にするようにずるずると床に座り込む。そして魂が口から抜けたかのような大きな安堵の息を吐いた。それに続くように冷や汗を拭った面々が安堵の息を吐き始める。

 

 最後尾に付いて辺りを睨むように見渡していた那須は、試案顔で顎に右拳をやって何か考えているようであった。全員の息が整った頃にけろりとしていた那須は場の雰囲気を緩めるため、苦笑しながら口を開いた。

 

「状況終了、ですね。お疲れ様です皆さん。随分とハードな帰宅部ですね?」

「あ、あはは……、笑えない、笑えないから……。こんな帰宅部があってたまるか」

「ふぅ、ほんと肝が冷えたのだわ。良かったわね淳、即戦力の仲間が来てくれて」

「那須くんが居なかったら今頃流れ弾で大変な事になってたかもですし……」

 

 美岬の一言で場が凍り付く。那須の超人具合やヤクザとの戦闘が思考に焼き付いていたが、その始まりは麻沙音が救われたところから始まるのである。当事者である麻沙音は改めてあの時の頬を撫でた、死神の鎌が如く流れ弾の事を思い出して身震いし始めた。あの時の位置からして那須に抱き寄せられていなければ顔に着弾していたに違いなかった。

 

 誰もが那須を見た。一騎当千染みた芸当に加え、流れ弾を察知するような第六感。唯一ヤクザたちに恐れる事無く、人の手首を切り捨てられる強過ぎるメンタル。何処からか出した非科学的なブレードをこの島で持ち運べているその事実が、那須という少年の異常さを物語っていた。

 

「……なぁ、那須君。君は……」

「橘先輩。正直手遅れかもしれないですが、今なら選択肢があります。秘密を守るために命を賭けるか、命を守るために秘密を聞かないか、です。ボクは先輩たちの意向に従いましょう。それぐらいの義理はありますから」

「……対魔忍だから、ですか?」

 

 その単語を聞いた那須は信じられないという表情を浮かべた。言葉を発した先はネットカルチャーに通じたプログラムの申し子たる麻沙音であった。ソースコードを自在に書き綴って作られたプログラムを幾つもネットの海に放流している。人の口に戸は立てられぬとは言ったもので、その存在を軽口に乗せて話す者も確かに居てしまうのだ。

 

 それが即座に火消し部隊によって消されていると言えども、ネットの海には波紋が浮かんでしまう。その波紋の一つをオナニー用のエロ収集プログラムの一つが拾い上げてしまったのであった。闇の住人たちが下卑た歓声を上げるカオス・アリーナと呼ばれる東京の地下で行われていたその映像が個人の手で残ってしまっていた。

 

 そしてそれは何でもありの残虐ファイトの末路、女性ファイターが無残にも犯されていくものであった。そう、麻沙音の性癖の一つである、可哀想なのじゃないと抜けないに引っかかってしまった映像であった。

 

「……はぁ。そうだ、ボクは対魔忍の一人だよ。この島には潜入任務として来てる」

「な、那須君?」

「NLNSに入ったのはそのため、なんですか?」

「いいや、違うと言っても信じてもらえないかもしれないけどね。大体、潜入任務なのに地元のチームに入るだなんてメリットないからね」

「確かにそうだな? 忍者さんなら忍ばないといけないもんな」

「……ボクは性行為に対してトラウマを持ってる。だから、この島に居るのなら、それを回避できるなら、このチームに入っても良いかなと思ったんだよ」

「信じて良いんですね?」

「……ボクみたいな奴の言葉を信じてくれるなら、ね」

 

 真剣な表情で問い掛ける麻沙音に真摯な態度で返していた那須は、最後の問いに視線を逸らして答えた。自分自身に対する自傷めいた言葉に、性行為のトラウマとは別の何かがあるように感じられた。麻沙音が同性を愛するコンプレックスを持っているように、彼もまた、誰かに非難されたコンプレックスを抱えているのだろう。その壊れてしまいそうな雰囲気に後ろめたさを感じた麻沙音は続く言葉を紡ぐ事はできなかった。それを見た那須は寂しげな表情で口を開く。

 

「今後顔を見せるなって言うなら――」

「――俺は処女厨でインポだ」

「……兄?」

 

 話をぶった切るように真顔で言った淳之介に視線が集まる。それは奈々瀬たちには見慣れた顔だった。突拍子の無い、自身の芯を貫くための行動をする時の格好良い顔だった。突然のカミングアウトに那須は唖然として言葉を止めてしまう。

 

「イカれたメンバーを紹介するぜ! 外見がギャルだったから誤解されているが実は普通な片桐奈々瀬! 見た目がロリにしか見えないが年上の渡会ヒナミ! 影が薄くてお腹の体型を死ぬ程気にしてる畔美岬! 女の子が好きというアイデンティティを持ってるアサちゃん!」

「おいこら淳」

「ロリじゃないんですけど!」

「な、何で暴露されたんですか!?」

「……えっ、なんで全員の秘密のカミングアウト? ま、まさか兄……」

「それだけじゃないんだろ? 対魔忍だからだなんて関係無い。こいつらは、それでもしっかりと受け止めて君を見てくれる最高の仲間たちだ! 俺が保証しよう!!」

「橘先輩……。随分と無理矢理で熱血なノリなんですね……」

「はっはっは! そうでもなきゃこんなチームのリーダーをやってないからな!」

 

 無理矢理にでも場を明るくしようと虚勢染みた空元気を見せた淳之介に那須は微笑を浮かべる。分かる者には分かってしまう。同じように秘密を晒す事で君もまた同じチームの仲間なのだと励ましている事を。こんなにどうしようもない自分を信じようとしてくれているのだと、那須は心を打たれる想いで目尻から涙を零した。同情ではなく、誰かのために思い遣る暖かな言葉だからこそ胸に響いたのだった。

 

「実は此処だけの話なのですが、ボク、先天的なふたなりって奴なんですよ」

 

 突然の涙に驚いた一同であったが、続く晴天のような笑顔に射止められてしまった。




此処だけの話、ぬきたし本編みたく通常とグランドみたいな√画策してます。


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アサネ、変のあと。

 那須が秘密を暴露した後、そのまま積年の辛さを吐露するように涙を流し続けた事により、シリアスな場が完全にどったんばったんムードとなってしまっていた。ぺたりと女の子座りで目元を抑えて静かに泣いていて、どっからどう見ても女の子のそれであったが、ふたなりながら男性である精神を尊重するため淳之介はあえて駆け寄らなかった。こういった場では女の子が優しく慰める場面であると彼のエロゲー脳が囁いたからだ。

 

 泣き崩れた那須に駆け寄ろうとしたヒナミを空気を読んだ美岬が取り押さえ、娘の恋路に背を押すお母さんのような奈々瀬がそっと麻沙音の背を押した。こうなってしまった原因を作った自分で良いのかと麻沙音は慌てふためく。

 

 対魔忍の単語が出たのは、かつて見たその映像でこれから辱められる女性のプロフィールを語る際に、朗々と上げられたものを覚えていたからだった。対魔忍の存在は一般人には知られていないためか、はたまた闇の世界の住人たちの嗜虐心を擽るためか、対魔忍という存在の詳細を熱く語ったのだ。憎き正義の味方として新人戦士であるアサギという女性をヒール役として扱ったのだった。

 

 対魔忍に銃弾は効かないという謳い文句があり、察知できる筈のない流れ弾を対処してみせたその身体能力は人のそれとは思えないものだった。普通それだけではその単語に至らないのだが、問題は那須が口走った返答の言葉であった。「御意」と言う古風な忍者がするような答え方をしたが故に、連想ゲームのように対魔忍という存在に行き着いてしまったのだ。本当にこの世に居るのであれば、というカマかけであり、真顔で何それと返された場合の羞恥の程は言を俟たないだろう。

 

 つまり、よくあるミステリーにおける自信満々なカマかけ、それが事の真相であった。そして、学生名探偵の名推理の如く的中してしまったが故の惨事である。

 

「那須さん……」

 

 目の前で泣き崩れる那須を見て、後悔めいた罪悪感に圧し潰される心地であった。あの時対魔忍という自身にとって架空の存在を口にしたのは、あのまま雰囲気に流され静かに姿を消すんじゃないかと言う恐怖があったからだ。

 

 麻沙音のゲーム脳が囁いてしまった、此処で秘密を知っていたかのように当てられたのならば状況が一変するのではないか、と。必死の思いで拾える情報を思い出して脳内で検索をかけ、獣染みた勘によって口にした言葉が正解に繋がっただけなのだ。そして、兄の言葉によって心を打たれた結果が今に繋がっている。綱渡りのような奇跡がこうして実を結んでしまっていた。

 

「あはは……、ごめんね、ボクみたいなのが泣いてたら困るよね。どうしてかな、何故か知らないけど涙が出ちゃうんだ……。おかしいな、こんなの……、初めてで、……分からないよ」

 

 その顔は笑っていた。泣きながら、笑っていた。それはまるで救われる事なんて無いと思っていたのに、暖かな掌によって人の温もりを知ってしまったかのような罅割れた笑みだった。自分を卑下する言葉が涙ながらに出てしまう程に、その何かが根深く彼の心を傷付けているのだと感じられる。

 

 胸を締め付けられるような心地だった、なんでこんなにこの人が傷付かなくちゃいけないのだろうか、そう思った時には行動に出てしまっていた。何故か分からない涙を同じく流しながら、もう良いのだと言葉にせずに語るように抱擁していた。膝立ちの麻沙音と座り込んだ那須とでは高低差があり、程良く育ったたわわな胸に抱き込む形での抱擁だった。

 

 何かしらの深い理由があって、でもそれを知られないように防壁を作って、今の今まで守り続けた。その堤防を崩したのが淳之介の言葉だったのだとNLNSの面々は感じ取れていた。きっと先程告げた秘密とは違う何かを抱えているのだろうと理解できていた。そして、それを一番理解できたのは、今も尚メンバーたちに伝えていない本当の理由がある淳之介だった。

 

 自分を形成するための、今の自分が立っている土台が過去だ。故に、今を生きる心に深い傷を作るのもまた過去である。傷付いた台に座り込むようにして振り払い続けたからこそ、罅割れた心を守る事ができていたのだろう。だからこそ、その痛みを、辛さを、苦しさを、理解できるのは同じような人間だけなのだ。此処に居る誰もが一癖二癖のある者たちで、心に痛みを抱えている者たちだからこそ受け止められたのだ。

 

 麻沙音と共に泣く那須の姿は年相応のそれで、何処か幼さを感じさせるものだった。柔らかく、心地良い温かさで、染み入るような匂いに意識が溶ける心地であった。そんな温もりを今まで一度も受けて来なかったが故に、生物的な本能がそれを求めてしまっていた。このままこの温もりに包まれていたい、そんな胎児的な感覚が那須の心を癒していた。数分の出来事だった筈なのに、嗅ぎ慣れて好ましいと感じてしまうような安堵感を抱いていた。

 

「……その、ありがとう橘さん。もう、大丈夫だから」

「こ゛ん゛な゛も゛の゛で゛よ゛け゛れ゛は゛い゛つ゛で゛も゛つ゛か゛っ゛て゛く゛た゛さ゛い゛」

「何で君が号泣してるんだ……」

 

 おいおいと号泣し始めていた麻沙音との温度差。涙が引っ込んだ那須は冷静に突っ込みを入れた。そして、状況分析が得意であるが故に、自分がどのような状況にあるのかを即座に理解できてしまって顔を真っ赤に茹だらせた。

 

 今までずっと豊満な麻沙音の胸に埋もれる形で抱き締められていた事もあり、汗の染み込んだ制服の胸元という状況も相まって強く女性らしさを意識してしまった。無意識的なコントロールが功を奏して致命的なやらかしはしていないものの、真っ当な男の精神を持つ那須に今の状況は天国で生き地獄であった。

 

 抜け出そうとしようとも、それをさせまいと感極まって泣き続ける麻沙音に力強く抱き締められているが故に、振り払う事もできずに居た。何せ那須は対魔忍にして訳ありの身体をしているが故に加減が難しいのである。小さく溜息を吐き、ならもうこの状況を楽しむか、と思考放棄して諦めた。

 

 橘麻沙音という少女はネット弁慶を拗らせた引き籠り気味の不健康少女ではあるが、母親似の整った顔や豊満な双丘に加えて男の子好みのむっちりボディの持ち主である。しかも男心を兄経由で理解しており、日頃のオナニーが趣味という程にむっつりな性格をしていたりする。甘えたがりな駄妹属性も相まってその可愛らしさは知る人ぞ知るものである。実際、逃げる麻沙音を誘おうとする男子生徒は多く、校門にまで付き纏う猛者も居る程に魅力的なのである。

 

「……ぐぅぅっ」

 

 そんな同学年の女子に心底心配されて胸に抱かれているのだ、意識しない訳がなかった。下半身の筋肉を総動員して海綿体に流れ込もうとする血液を押し留め、心頭滅却するために呼吸を止めて心臓を落ち着かせた。

 

 潜入のために培ったポーカーフェイスを思い出せと暗示し、下半身の猛りを抑え込む。更にはそこへ対魔粒子による活性を用いて封殺の勢いで鎮めていく。そして、正気に戻った麻沙音が那須を手放すまでその状態を静かにキープし続けた。

 

 自分のために泣いてくれた女の子に欲情するとか獣じゃねぇんだぞお前と言い聞かせた甲斐があったようであった。那須の鋼の精神の完全勝利である。一部判定負けではないかと脳内審議があったものの、負けてないが、と審判を横合いからぶん殴る事で中断させる事で曖昧に終わらせた。結果が全てだ馬鹿めと言うように、内心で勝鬨を上げた。

 

「あっ、す、すみません那須さん。ずっと抱き締めちゃって……」

「う、ううん。ボクのためにしてくれた事だし、癒されたから……。ありがとう、橘さん」

「いえいえいえいえ元を言えば私の発言が原因ですし我が不肖の兄の言葉がきっかけですからお気になさらずにしていただけるとこれ幸いというかなんというかその私のようなのが慰みの抱擁をしてしまってすみませんというかなんというか……」

「そんなに畏まらないでよ。ボクの方こそ恥ずかしいところを見せちゃってごめんねって感じだしさ」

「いえいえいいえ、滅相もごじゃりませぬぅ……」

 

 何処となく小さく見えてしまう麻沙音の恐縮っぷりに那須は苦笑を浮かべる。こんなに男慣れしていない女の子が勇気を出して慰めてくれたのだと思うと心が温かく感じる心地であった。

 

 もっとも、麻沙音的には性癖ドストライクな美少女(男)な那須に対して、至近距離でその存在を感じてしまい気恥ずかしがってテンパってるだけである。童貞臭い処女な妹の事を誰よりも知っているが故に、その温度差を理解できてしまっている淳之介は頭を抱える思いであった。

 

 我が妹に春が来てくれたかと思えば、実は秋だった、そんな気分だった。しかし、こうも他人に、精神的に男性である那須に対して親しみを見せている事にアオハルを感じてもいたので、心情的には呆れと満足がトントンと言った具合に落ち着いていた。

 

 妹を嫁に貰ってくれそうなの那須君ぐらいしか居ないんじゃないか、とも思い始めていた。何せ、実の兄に対してオナニーの延長戦だと妹オナホを提案するような妹である。兄妹でやる訳ないでしょうが、と断ったものの、何かの拍子でやりかねない程に本気で言っていた気がするのだ。

 

 那須という存在が現れる前は奈々瀬一辺倒であった麻沙音の恋心も、こうして移り変わり始めているように思える。同性同士で結婚するためにはこの島もといこの国を出なきゃならないのが現実である。

 

 ならば、逆説的に女の子に男性器がついているような感じの那須が相手ならば、男性戸籍によって結婚が認められるので万事問題無しである。この手に限るな、と淳之介は妹を思うが故に、見守る決意をしたのだった。流石にこれから兄と妹二人で同じ家に住んで一生を終える訳にはいかないのだから。

 

「仲良きことは、美しきかな、でございますね」

「ああ、そうだな……。って、起きたのか?」

「はい。ですが、感動的な、一面でしたので、静かにしておりました」

 

 しみじみと呟かれた言葉に頷きを返した淳之介の隣、ソファに寝ていた筈の着物の少女が礼儀正しく床に正座してほのぼのしていた。そして、むべむべと呟きながら那須と麻沙音の逢瀬を食い入るように見学している。色々とあってすっかりと頭から抜けていたが、この少女をヤクザの手から救うために戦った筈であった。どうもいたたまれない気分で淳之介は考える事をそっと止めた。

 

「此度は、窮地を救って頂き、ありがとうございました。どなたか、存じませんが、良くして頂いたようで……」

「あ、ああ。俺は橘淳之介。水乃月学園に通うA等二年。反交尾勢力組織、NLNSのリーダーをやってる」

「わたしは………………」

 

 そのまま言葉を返そうとした少女はむむむと小さく唸った。どうやら混み合った事情があるらしい。素直にそのまま名前を言う訳にはいかない立場であるようで、暫く考え込んだ後に小さく溜息を吐いた。自身の中で何かしらの折り合いがついたようだった。

 

「吹上葉琴、と申します。B等部、三年、訳あって、性別を偽っております」

「……偽名なんだよな?」

「申し訳ありません。わたしが居ると、ご迷惑をお掛けして、しまいますので……」

「まぁ、教えたくなったら教えてくれ。それで聞きたいんだが、今日君と戦っていた奴らは何だ?」

「……それは」

「頼む、教えてくれ。これはもう俺たちの問題でもあるんだ」

「……そう、でございますね。彼の者たちは本島に本体を置く、任侠団体かと存じます」

「うん、聞き出した奴もそう言ってたよ」

「那須君。何故こっちに……逃げれたのか。自力で脱出を?」

「対魔忍の力を舐めないで欲しいですね。……気恥ずかしいので逃げました」

「だろうな。思春期の少年にうちの妹のおっぱいは効くだろうしな」

「実に凶悪でした……、じゃなくて。情報の擦り合わせですよね? 一部だけしか抜けませんでしたが、ある程度補強できるくらいはあるでしょう。彼らはこの島に送られた工作部隊らしいです。名前を割る程馬鹿じゃなかったみたいで、時間が無かったのでそちらは聞き出せませんでした」

「彼の者たちは、集落近くの子女を誘拐し売春させ、無理矢理動画を撮影しネットへ売り捌く、その様な悪行をシノギにしているようでございます」

「裏風俗を経営しているって話だよ。商店街の方に一つあったみたいだけど、もう潰れてるからお前らには分からないだろうだなんて吹っ掛けるくらいだ。何処か表向きの店舗に擬態している可能性が高いよ」

「裏風俗だと――!?」

 

 淳之介の表情が一変する。それは煮え滾るマグマのような怒りだ。今はまだ休火山であるが、いつ活火山に戻るか分からないような様子に二人は目を瞬かせた。同時に、このチームに残る理由ができたな、と那須は思っていた。

 

 先程まで思い遣る言葉を掛けてくれた淳之介が此処まで憎悪する相手だ、何より、自身の任務の糸口に繋がりそうな話題でもあったからだ。汚職議員ご用達の秘密のお店、そんなものがこの島の何処かにあるかもしれない。そう考える事もできたからだ。

 

 何もご用達の店というのは取引だけではない。魔族が奴隷を連れて盛り場にするケースもある。この一件はそういった趣旨のものだったかもしれないと思うのも当然であった。だが、まだ情報は少ない。もっと情報を集めるべきだ。

 

「そして、君はその彼らのシノギを邪魔して回っていた、と言う事で良いのかな」

「はい、それがわたしの、勤めですので……」

「だ、そうだよ橘先輩。この子を引き込めば真実に繋がる手掛かりになる。戦力アップだ、凄い日だね」

「な、なりません。わたしが近くに居れば、ご迷惑を、おかけしてしまいます」

「ご迷惑、ねぇ……。物理的なものならボクが潰すから問題無いよ」

「えっ。……そ、それでも、わたしは、本来ならば存在しない女なのです。ですから、ご迷惑が……」

「語るに落ちてるって気付いてるでしょ。というか、既にボクらは君を助けた事で任侠団体と敵対状況にあるんだ。この状況で君と言う優秀な狙撃手を逃がせる訳が無い。君が此処で去ってもこの先輩は裏風俗を潰すためにきっと無茶するだろうね。あーあ、君と言う裏方支援があれば、橘先輩も死ななかったのになぁ」

「勝手に殺すな。ったく……、俺は裏風俗の存在を絶対に許さない。そして、君もあいつらの存在が気に食わない。なら共闘という形で手を結ぶ事もできるんじゃないか?」

「……どうしても、この手を取ろうとなさるのですね……」

「ま、そう言う事だから大人しく仲間になろうよ」

 

 琴寄文乃さん、と葉琴と偽名を名乗った少女にしか聞こえないように耳元で囁いた。ぎこちない様子で那須を見やる文乃に笑みを返す。ヤクザから引っこ抜いた情報の一つがこれである。シノギを邪魔する少女こと琴寄文乃を生け捕りにしろ、そう言った指示が出されているらしい。そこから本格的な拷問で聞き出そうとした所で淳之介に声を掛けられてしまったのであった。

 

 こくこくと正体を暴露されたくない一心で頷く文乃は怯えた小動物のように可愛らしかった。同時に何かしらの理由があって自分の情報をチームに流そうとしていないとも文乃は聡く理解した。目の前の那須という少年は忍の者なのだと強く実感できてしまった瞬間であった。

 

 那須の一言で頷き始めた光景を見て淳之介は若干困惑したものの、新たな仲間が増えたのだと気持ちを切り替えた。本当に濃い日だったな、と思いつつ新たなメンバーである那須と文乃を見た。斥候から暗殺まで何でもござれと言わんばかりの能力を持つ少年と百発百中の命中率を誇るスナイパーの少女。文乃との出会いは前に二度あったが、目の前の少年は今日が初見である。本当に濃過ぎる一日だったと肩を竦めた。




此処だけの話、この対魔忍√は各√の内容をぶっこもうと画策中だぞ。


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追撃!トリプル・デブリ。

 NLNSに二人のメンバーが加入した日の翌日。

 

「……引っ越そうかな。静かで温泉がある家とか良いな……」

 

 那須は自宅で相変わらずの嬌音問題に苦しめられていた。窓から外を睨むようにして煙草を吸ってある程度ストレスが軽減されたものの、煙る肺のようにその表情は晴れないものであった。二本目の煙草に指が伸びるものの、鋼の精神でそれを抑えてカバーを閉じる。あくまでストレス軽減のために吸うのであって、所構わず手が伸びるようになれば手遅れである。昨日の自分を棚に上げて、それだけはするまいと改造スキットルを腰に戻した。

 

 あの後の事はあっさりとしたものだった。那須の尋問めいた問い掛けで、文乃が一人寂しく無人となった神社にこっそりと潜み住んでいた事が明らかになり、共闘期間と言う名の殆ど形だけのその間だけ橘家に居候する事になったのであった。両親の存在で頷けなかった面々と立地の要因から除外された結果、シェアハウスめいた事をしているという苦しい言い訳で隣家に伝える予定であるが、どうなるかな、と他人事のように那須は考えていた。

 

 喋る事に慣れていないと言う文乃が酸欠でくったりする珍事件はあったものの、メンタル強度的にもだが年若い女の子が一人過ごすと言うのは居た堪れないと言う理由で決めた事である。琴寄文乃という存在を求めるスポンサーが居る以上、彼女が文乃であると伝えればそれで物事が終わってしまう可能性があった。

 

 外部機関に横取りされてたまるものかと口出ししたのが今の結果である。後は文乃さえボロを出さなければ露呈する事は無いだろうと楽観的な考えをしていた。何せ、対魔忍を仲間として抱えようとするお人好しの居るチームだ。どう考えても悪い事になる訳が無かった。

 

「にしても、この依頼を受けたのボクで良かったな本当に……。ゆきかぜだと舌先三寸で言い包められて今頃クラスメイトに輪姦されてそうだし」

 

 誠に遺憾であると五車学園に居た某雷遁娘が吠えたような気がした。

 潜入任務のために先輩と共に奴隷娼婦に扮しようとする同輩の少女。しかも見事に罠に嵌って那須が秘密裏に出動する事になってしまって非常に大変であった。先輩の弟である達郎に懇願される形でお忍びで行ったものだからバックアップを受ける訳にも行かず、発情し切った雌猫状態の二人を表向きは連れ込み宿のセーフハウスへ一旦連れ込んで保護。溜息一つ吐いてから、もう一度潜入して二人の奴隷契約書を破棄し、キメラ微生体を殺すための薬も調達し、ついでに元凶の高級娼館アンダーエデンをきっちり爆破して帰って来てからが苦労の始まりだったのである。

 

 身体を改造されて脳みそまでとろとろに発情し切っていた二人は、ベッドに放り投げられる形でお預けを食らって限界に達していた。そして、一仕事終えて戻って来た那須を不意打ちして縛り上げたのである。相手は対魔忍の同輩と先輩、それも対魔粒子を全開にして身体能力を底上げしたガチの不意打ちであった。加えて二人は防刃防弾で優秀な対魔忍スーツを拘束具として用いたため、千切る事もできずにガッチガチに拘束されてしまったのである。そして、処女を捨てて善がり狂う二人の女を前にして――。

 

「……はぁ。嫌な事思い出した」

 

 那須にとって性行為は「それ」の醜さを思い浮かばせるものであった。隠すべき本性にして半身、それこそが自身を嫌う最大の理由であった。性欲に支配された生殖猿のような知性無き獣の交尾のような性行為を嫌っている。性が関係すると活発化し始める自身の半身、逆鱗にして知られたくないものだった。

 

 その後の事は言うまでも無い。達郎から心配の電話が来るまでの三日間は酷い有様であった。その一件を経てゆきかぜと凛子と一線を越えてしまった関係になったのだが、普段から仲が良かったが故に気恥ずかしい関係になってしまったのだった。しかも、その一件の後に達郎とゆきかぜが別れたと言う噂が那須の耳に入って来て死にたくなる思いであった。だが、那須の心労は続く。追撃と言わんばかりにゆきかぜが友人の達郎が居ない時を狙って会いに来るようになったのである。

 

 何度心の中で達郎に謝らねばならないのか分からない程に心を痛ませていた。だと言うのに、そんな心境知らずに発情した雌猫のように付き纏うゆきかぜの猛攻は凄かった。何せ、押し付けられる形で五車学園では那須の親代わりをしている桐生佐馬斗に、特性の媚薬を注文する程のガチっぷりである。青藍島への任務を受けてなかったらもしかしたらその特性媚薬を使われていた可能性もあった。

 

 既に桐生の手によって改造奴隷娼婦から元の健康体に戻っていると言うのに、だ。この任務を終えて五車学園に戻るのが怖いなと那須は溜息を吐いた。男として求められるのは嬉しいが経緯が経緯である。もう少し青春染みたものであれば良かったのに、と贅沢な愚痴を言わざるを得なかった。

 

「……学園行くか」

 

 寝巻のインナー姿から青藍島の男子制服を着て、朝食ついでに作ったお弁当を麦茶の入った水筒と一緒に鞄に仕舞い込む。火の元を確認して戸締りをしてから、南島らしい湿度と温度の高い潮風を浴びて外に出た。彼方此方からお盛んな声が聞こえて来て、青藍島に居るのだなという実感が強くなる。

 

 SHOが後程路上ハメ撮り動画を買えるようにと設営したスパイカムの監視をすり抜け、男女から来る誘いを適当にあしらって、駅弁体勢で登校する生徒を横目に通学路を越えて、何処からでも聞こえる嬌声を無視しながら水乃月学園へと辿り着く。精神的にきっついので学園の何処かで煙草を吸える場所を探さねばと思いつつ校門を抜けた。

 

 すると、グラウンドの中心で人だかりができていたのが見えた。変な所で盛ってるなと一瞥したものの、対魔忍の優れた瞳は見知った人物が野次馬に混じっていたのに気づいてしまった。目元を右手で抑えるように抱えてから、溜息を一つ吐いてその背に歩み寄っていく。

 

 そうすれば彼らの背よりも高いそれを無視したくとも視界に入り込んでしまう。長い木製の柱二つに金網が貼ってあり、そこへ蜘蛛の巣に捕まったような様子の全裸の女子が手足を拘束されて蟹股に貼り付けにされていた。隣を見やれば今度は土台の方に全裸の男子が両手足を台に括り付ける形で拘束されているのが見えた。暫く目の前のそれの存在に呆れた表情を浮かべていた那須は、その二つの見世物の周りに立っているSSの生徒を見て昨日の会話を思い出した。

 

「これが例のギロチン刑って奴か……。いや、うん。手足拘束して全裸とか確実に案件物では……」

 

 あまり見ていては可哀想だなと意識を手前に戻す。そこには険しい顔をした淳之介とそれを見て悲しそうにする麻沙音と俯いた表情の文乃が立っていた。大方、こう言った物に対して怒りを露わにしているのだろうなと、激情家なリーダーの心労を痛ましく思った那須は朝の挨拶をすべく彼らの後ろに忍び歩く。

 

「そんな顔してたら怪しまれますよ、橘先輩。周りは怒りではなく困惑の顔をしているのですから、そちらに合わせないと」

「余計なお世話だ……! って、那須君か……。悪い。朝から胸糞悪いものを見て荒んじまった」

「いえ、無理も無いとは思います。普通にこれレイプ現場ですからね。まぁ、この島ではそうならないみたいですが」

「はぁぁぁぁ、ふぅぅぅぅ……。ヨシッ、そうだよな、愛の無いセックスなんてレイプと同じだ」

「…………」

 

 今朝方思い出した黒歴史のせいで思いがけぬ流れ弾を受けた那須は何とも言えない表情で死にたくなった。その様子を見て小首を傾げるものの、兄と同じように心を痛めているのだろうと共感して麻沙音は黙ったままだった。文乃は嘘の無い言葉に感心しつつ、苦手とする那須が来た事で少しだけ体を強張らせた。

 

「とまぁ、取り合えず、おはようございます橘先輩。橘さん。吹上さん」

「ああ、そうだな。おはよう那須君」

「お、おはようごじゃいます那須しゃん」

「……おはよう、ございます」

「と言うか、苗字呼びだと呼び辛くないか?」

「あはは……」

 

 淳之介の何気ない疑問に那須は苦笑した。今さっき言った時に呼び辛いなこれと思ってしまった事もあって、心を読まれたかのような言葉だったからだ。そうでもないですよ、と言うべきか、それならお言葉に甘えて、と名前呼びにするべきか。一瞬の逡巡を経て那須は意を決したように口を開いた。

 

「では、改めまして、おはようございます。淳之介先輩、麻沙音さん。ふ、葉琴さん」

「い、意地悪なお方……!」

「ん?」

 

 名前を呼ばれて歓喜乱舞な麻沙音の隣で、可愛らしく睨み付ける文乃の対応に首を傾げた淳之介だったが、つい吹上と呼ぼうとしたのだろうと勝手に納得して首を戻した。朝のストレスを若干発散できてご満悦な那須は顔を真っ赤にして目をぐるぐるさせている麻沙音の様子に小首を傾げたが、名前呼びは少し刺激が強過ぎたかなと内心で苦笑を浮かべた。そして、こんなものを見てても仕方が無いでしょう、と促してグラウンドを去る。

 

 興味無さげに去り行く那須の姿を見ていたのは、淳之介たちだけではなかった。準備をするSS生徒に混ざるように、号令を掛けようとしていた風紀委員長の隣に居た少女だった。面白いものを見た、と言わんばかりに口角を上げて、ふふふっと静かに笑みを浮かべた。背筋に冷たい手を入れられたかのような怖気が走った那須は辺りを見回したが、その冷ややかな視線の正体を見つける事ができなかった。

 

「さて、漸くお披露目だな。歓迎しよう、盛大にな!」

「テンション高いですね淳之介先輩……」

「先輩風を吹かしたい年頃なのよ」

 

 午前中の授業を終えた昼休み、麻沙音に連れてかれた先は学園の地下に存在する秘密基地であった。行き来が裏門近くの竪穴から続く洞穴の先からか、エレベーターのボタンに隠しコマンドめいた操作を行なうかの二種類という事もあってその機密具合はしっかりしたものだった。普段使われないエレベーターは各階層にあるため、利便も良く使いやすい。そのため、性触者に襲われる心配の無いセーフゾーンとしてNLNSのメンバーにとって安心できる空間となっている。これは確かに必須だなぁと那須は内心頷いた。

 

「あ、那須しゃん、喫煙スペース作ってありますのでどうぞどうぞ」

「何時の間に増設したんだアサちゃん」

「いや、地下なのに換気設備が整ってない訳ないじゃんか兄。位置は知ってたから必要な物を揃えただけだよ。と、いう事で那須しゃんどうぞ此方へ、此処の上が換気扇のあるところですのでうぇへへへっ。移動ありがとうございます。此方、ガラスの灰皿です。そして、此方、灰皿置きのアサちゃんです。こうやって私自身が灰皿になる事で煙草の煙をふぅーってして貰って今日アサちゃんはヴァージンロスして奈々瀬しゃんも加わって4P満文書による第三次おマンコインパクトによって神話になるんですうぇへへへ」

「推しへの媚びが強い……」

「あら、淳? 淳ー? 此処に置いてあったお茶っ葉何処に置いたのー?」

「すかさず鈍感主人公するじゃん奈々瀬。ついに4Pに突入しちまった……」

「あれ、那須君顔が真っ赤だな? もしかして風邪ひいちゃった? お薬あるよ。ちゃーんとしっかり飲めるように、専用ゼリーも用意してあるんだぁ。えとね、那須君はいちごとりんご、どっちがいいかな?」

「純粋無垢って時に残酷ですね……。わたちゃん先輩、追い打ちは止めてあげてください。那須君、初心なところがあるみたいですから」

「ミサちゃん先輩も大概では……。ええと、ヒナミ先輩、用意して貰って恐縮なのですが大丈夫です。風邪じゃありませんので。もしもの時は先輩のおすすめでお願いします」

「そっか、ならだいじょーぶだな! ふふんっ、実はね、こっちのいちごは甘みの強いちょっと良い物買ってたりするんだ! ちゃーんと先輩扱いしてくれる那須くんには私のとっておきのいちご味を使わせてあげるからな!」

「……ありがとうございます、ヒナミ先輩」

 

 膝立ちででへでへしながら灰皿を差し出す麻沙音の上目遣いと妄言に、昨日の感触と匂いを思い出してしまった那須は煙草を吸うどころの状態ではなかった。ヒナミの心からの心配と美岬の茶々が入った事で少し煩悩が紛れたものの、血行が良くなった頬の熱さがやけに恥ずかしく感じていた。

 

 そう、那須は対魔忍や人質や一般人が強姦されたり嬲られたり改造されているシーンは見慣れてしまっているものの、日常的な恋愛事に関しては経験値が無いのである。五車学園で雌Y猫による熱烈なアピールはあったものの、理由が理由のため頬を赤らめるよりも胃を痛める割合が強かったのであった。

 

 煙草を吸う気が失せてしまった那須は麻沙音から灰皿を受け取って近くの机に置いた。態々受け皿役をしなくとも手頃な机があるのならそちらに置くのは普通の事だろう。だが、それはそれで良いなと思う思いがけぬ己の一面も垣間見れた。

 

 膝立ちで上目遣いで餌を強請る猫のような麻沙音を見下ろして、金属の鎖が床に落ちた幻聴を聞きつつ、金属の鎖付きの首輪をする人間等身大の猫娘を幻視してしまった。小首を傾げて見上げてくる麻沙猫に心をときめかせた那須はくったりとする猫耳を弄るように頭を優しく撫でた。

 

「あぁあぁぁ……、ごろぉにゃぁん、ごろごろごろごろ……なぁん」

「本物の猫かと思った……」

「うちのアサちゃん、声帯が広いからな。物真似が上手なんだよ。オナニーしてる時に母さんの声でいきなり部屋に入って来た時はすっげぇ驚いたぞ……」

「んふふふ……あの時の兄の飛び上がり方は面白かったよ。実に滑稽だったよ、ごぉろなぁん……」

「親フラ物真似とか随分とえげつない事を」

「いや、それよりもオナニー中に入って来てる所を突っ込むべきじゃないかしら……?」

「そうですか? うちのお母さんも私がアナニーの佳境の時に普通に入って来たりしますよ?」

「……やっぱり青藍島の一般人ってやば、……凄いですね。普通、年頃の子が異性の前で言える単語じゃないですよ」

「確かに、男の子の前で言う台詞じゃないな?」

「むべむべ……、慎みが足りませぬ……」

「えっ、私がおかしいんですかこれ? わたちゃん先輩と葉琴ちゃんも青藍島住人でしょう!? これくらい一般的な会話ですよ!? 親子団欒でも普通に飛び交いますよこれぐらい!」

「……畔、本島の一般常識的にオープンスケベはマイノリティだ。むしろ、本島だとそう言った性的な発言は控える傾向にあるくらいだぞ」

「そうだね。あっちで美岬親方みたいなのが居たら、そっと視線を逸らしてうわなにあいつやべぇ頭おかしいんじゃないの無視しとけ無視、ってされるくらい恥ずかしさと油の塊だね」

「そ、そんな……はっ!? そ、それじゃあ本島から来たお四方から見た私はすっごい恥ずかしい奴って思われてたんですか!?」

 

 美岬のムンクの叫びめいた表情で発した言葉に淳之介と麻沙音、奈々瀬に那須は静かに視線を逸らした。直接言われるよりもきっつい現実がそこにはあった。青藍島女子として産まれてきて経験してきた恥ずかしいとは違う何かに衝撃を受け、穴があったら入りたいと思う程に美岬は静かに膝を折ったのだった。

 

 もっとも、青藍島女子は普通にセックスの内容やオナニーの内容を話題の子種にする事は普遍的であり、それに馴染んで生きている美岬のそれはこの島においてのマジョリティである。しかし、そのマジョリティに反抗するマイノリティの集団がこのNLNSである。性産的活動を身近でありながら離れて暮らしてきたヒナミと文乃から共感を得られないのは当然であり、本島の一般常識に馴染んだ四人からすれば妥当な結果である。

 

「た、橘さん。お願いです、私に本島の、本当の一般常識を教えてくれませんか……」

「めっちゃ切実な声……。ああ、分かった。俺はNLNSのリーダーだ、仲間が困ってるなら助けるのは当然だ! これから本島的一般常識ってものをしっかりと教えてやるからな!」

「橘さん……私、一般会話をしたいです……!」

「諦めたらそこで終了だからな、頑張るぞ畔!」

「はい! 橘さん、いえ、淳之介くん!」

「そう言うとこだぞ?」

 

 しれっと名前呼びに変更してきた美岬に麻沙音の痛烈な皮肉が入るも、意気揚々とした淳之介と美岬には聞こえていないようだった。和気藹々とした二人を優しい表情で微笑む奈々瀬は年頃の子が居るようなお母さん面をしていた。仲が良いなとにこにこ顔のヒナミに同調するように文乃が頷く。見た目年少さん組だからだろうか、馴染むのも早かったらしかった。




此処だけの話、ゆきかぜと凛子とのエピソードに一部修正入れました。(20年12月14日)


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強行マッパ作戦。

 青藍島の授業を甘く見ていた、そう那須は目の前の現実を受け入れる事が出来ずに唖然としてしまっていた。教室のボードに画鋲で止まった時間割にはHの文字があり、本島であればロングホームルームの略である筈のそれ。しかし、水乃月学園のそれはロングホームルームの略では無く――。

 

「本日のHの授業は、二人ペアでスローセックスのレポートを提出して貰います。提出は明日の放課後までに教室の提出ボックスへ入れる事。そのための用紙も一緒に置いてありますので忘れずに持っていく事。では、解散」

 

 直球ストレートな意味でのエッチな授業であった。普段から様々なドスケベセックスをしているからこそ、原点に返るための基礎的な授業という扱いらしい。全く持って意味が分からず、那須はクエスチョンマークを五つ程浮かべて真顔で小首を傾げた。

 そして、色めき始めるクラスメイトの歓声によって正気に戻った。こういう時に男女のペアが組める組み分けで良かったと、麻沙音と那須はお互いに目線を合わせて呆れるように苦笑した。

 

 つーかーめいた視線の遣り取りによって、二人を誘おうとしていた男女生徒が肩を竦めた。仲の良い二人の事だ、事前に約束でもしていたのだろうと勘違いしてくれたようだった。本来、複数人へのドスケベセックスが推奨されているものの、体調不良の麻沙音と転校生の那須である。青藍島に馴染んでいない那須が射精を連発できる体になっていないのだろうと気を遣ってくれているようだった。

 自然な形で教室からフェードアウトする――その時の事だった。

 

「ねぇ、大久さん」

 

 廊下へと続く扉に手を掛けて半開きにしたそのタイミングで、後ろから声が掛かった。その声は透き通るような美声であり、また可愛らしいものでもあった。そんな特徴的な声をしている女子生徒は一人しか居ない。

 

「……なんだい冷泉院さん」

 

 水乃月学園を取り仕切るSSの長たる冷泉院桐香その人であった。那須は麻沙音にアイコンタクトで先に廊下へ身を乗り出すよう指示を出し、位置を入れ替わるようにして陣取った。それは忍者屋敷の回転扉のような自然さをもっていて、庇って盾になった事を感じさせない所作だった。もっとも、その魂胆を見抜けない程、目の前の少女は甘くない。しかし、あえてそれを見逃した。たった数秒の出来事でありながら、水面下のアドバンテージの取り合いは熾烈なものであった。

 

「少し、話したい事がありまして。授業は生徒会の仕事の手伝いという事で処理しておくので、ついてきて貰っても?」

「……そう、だね。態々この時間を指定してくれたんだ、その配慮に甘んじて受けるよ。長くは無いんだろう? ごめんね、麻沙音さん。そういう事だから先に行っててくれるかな」

「わ、分かりました……。那須さん、気を付けてくださいね……」

「あはは、大丈夫だよ。相手は生徒会長さんなんだから、手荒な事はしないと思うよ」

 

 自然な流れで麻沙音を送り出した那須は桐香に向き直る。不敵な笑みを浮かべた桐香の様子は先程のそれと変わりはない。だからこそ、そのハイライトを感じさせない瞳が印象に残る。精巧な人形めいた美しさを持つからこその違和感。本当に人なのか、そう感じさせてしまう静かな威圧感を感じるのだった。

 

 行きましょうか、という声に頷いた那須が連れて来られた場所は生徒会室だった。相手のテリトリーに一人忍び込む事は幾多もあれど、こうして真正面から誘われたのはそう無い事だ。お茶を入れますね、と後姿を無防備に見せた桐香に那須は気取られないよう静かに息を吐いた。

 

「大久さんは――」

「ごめん、苗字で呼ばないで欲しい」

「あら、でしたら那須さんとお呼びしますね。那須さんは好きな銘柄はあったりしますか?」

「……紅茶はあんまり嗜まないから分からないな。冷泉院さんのおすすめをお願いしようかな」

「うふふ、分かりました。でしたら、良かったら私の事も桐香とお呼びくださいな」

「分かったよ、桐香さん」

「うふふ……先輩とは違った良さがありますね……」

 

 何処か慣れた手付きで茶葉の紅茶を入れていく桐香の後姿は普通のそれであった。そこらに居る女生徒となんら変わりの無い少女のそれ。カリスマの雰囲気と混じった普通の少女らしさに那須は困惑するだけだった。外皮と中身が揃っていない、学術書の表紙を被せた絵本のような、そんなちぐはぐな雰囲気。

 

 NLNSという反交尾勢力を束ねる淳之介のような使命感の無い那須にとって、冷泉院桐香という少女は生徒会長を務める少女という肩書しか感じていない。敵対の意思はそもそも持ち合わせていない。対魔忍である那須の敵は人魔外道の屑共のみと心に立てている。そのため、NLNSに所属していながらも、ドスケベ条例を強いる彼女らに対して強い敵意は持ち合わせていないのである。

 そんな那須の視線を受けている桐香は何処か楽しそうであった。

 

「那須さんは紅茶をあまり嗜まれないという事でしたので、初心者でも飲みやすいダージリンを入れてみました。どうぞ、ご賞味ください」

「ありがとう、……すっきりとしていて飲みやすいね。ボクは普段珈琲派だけど、それでも美味しいと思えるよ」

「それなら良かったです」

「桐香さんは普段から紅茶を嗜むのかい?」

「ええ、昔取った杵柄と言いますか、嗜好品の紅茶を美味しく入れるコツを知っているんです。恥ずかしくないものを淹れられる自信があるんです」

「そうなんだ。こういった飲み物を美味しく淹れられる人は凄いと思うよ。ボクもインスタントじゃなくて豆から初めて見ようかな」

「それは良いですね。良かったら那須さんの淹れた珈琲を飲んでみたいですね。……その時はミルクとお砂糖を入れさせてくださいね」

「……良く分かったね、ボクが入れずに飲むって」

「簡単な推理です。紅茶を初めて飲む人には色々な仕草が見られます。紅茶特有の苦みに顔を顰めたり、その味に違和感を感じて訝しんだり、意外と美味しく感じて顔を綻ばせる、そんな所作が。那須さんには後者のそれでした。苦味をあまり苦に感じず、紅茶の味を楽しめる、そんな様子でしたから。珈琲は飲むけれどミルクとお砂糖を沢山入れる、そんな人は前者の表情を浮かべる事が多いのです。珈琲の苦みをミルクで抑えて、甘みで流す。私は子供舌なのでそちらに分類されるのですよ」

「へぇ、雰囲気は令嬢なのに感覚は庶民的なんだね桐香さんは。親しみが持てるよ」

「うふふ、ありがとうございます。そう素直な感想を受けるのは嬉しいです」

 

 まったりとした午後のティータイム、そんな時間が流れていた。お互いに本題を急かすような愚行をせず、まずは相手を探るための会話を楽しんでいた。だからこそ、目の前の相手が間抜けでない事を感じ取れるのだ。一朝一夕な、場当たり的な真似は通じない、そう二人の間には共通認識が生まれていた。

 

 お互いに一杯のダージリンを楽しみ、お代わりを桐香が淹れた事で二人の雰囲気が変わる。互いに茶番を終わらせて本題に入るために。くすくすと笑みを浮かべた桐香は那須へ一枚の手紙を見せた。それは五車学園の校章を模した封のされていた手紙であり、何故この場に那須が呼ばれたかを理解するには十分な品であった。

 

「……成程ね。ちなみにどっち?」

「問題解決のために協力者を送るのでよろしくお願いしますというものでした」

「はぁ……、でもって、君は君の情報網で協力者の正体も知ってる、ってとこか」

「えぇ、防人のお屋敷でそのお名前を知りました。対魔忍。魍魎の匣めいた東京に蔓延る人魔外道を狩る影の守護者。まさかそんな凄い方が来られるとは思ってもいませんでした」

「……はぁ。改めて自己紹介だ、ボクは対魔忍大久那須。汚職議員が出入りしていた青藍島での実態調査を依頼されている。進捗は青藍島の水面下に存在する裏風俗の元締めが怪しいってところくらいだね」

「私は水乃月学園生徒会長の冷泉院桐香と申します。そちらについての資料はSHOから送られてきた資料に調査内容があります。入用ですか?」

「貰えるなら、貰っておきたいところだね。児童誘拐に強制売春、非合法裏ビデオの撮影と販売、行方不明者のリストはもうできてるから、元締めの場所を知りたいところかな」

 

 そうあっさりとした様子で言った那須に対して、初めて桐香は驚愕の表情を見せた。それはほんの少しながら畏怖を孕んだ困惑の瞳であった。SHOの子飼いであるSSを取り仕切るのが桐香の仕事の一つであり、那須に関する情報はしっかりと集まっている。勿論それは電子部の情報も合わせてであり、淫スタに登録されていないためGPSによる特定した追跡はできていないが、ある程度の行動は追えている筈だった。そのため、あまり行動を起こしていないと判断している那須がそれほどの成果を出している事に純粋に驚いたのであった。 

 

「……青藍島に来て二日でした、よね?」

「うん、二日だよ。ただ、潜入と奪還を熟すボクなら夜中の数時間でそれぐらいの事はできるんだ。警戒されてるのか尻尾が掴めてないのが現状でね」

「それは……、恐らくながらSHO本部のいざこざが原因かもしれませんね。一部のSHO職員とガードマンが裏切りを働いた、と報告がありました」

「裏切り、ねぇ。金で動く人たちだったのかい?」

「いえ、人の模範に成り得る人柄であったとの事でしたので、よっぽどの理由が無ければ動かないかと。そういった事もあって治安が荒れ始めているのが現状ですね。その件に関する詳しい資料は後日送られてくる手筈になっています」

「成程ね……。それで、何が欲しいんだい?」

「あら、言わずとも察して頂けましたか」

「そりゃあね、見逃してるのわざとでしょ?」

「あら、何のことやら、と言うべきでしょうか?」

「さてね……」

 

 くすくすと笑みを浮かべる桐香のそれは悪戯に成功した子供のような可愛らしい笑みだった。兄に子供が甘えるようなそんな朗らかな笑みだ。肩にかけたストールの端をくるりくるりと遊ばせながら、やや伏せた面持ちで桐香は恐る恐る言った。

 

「その、私、先輩が欲しいんです」

「淳之介先輩が?」

「ええ、彼の才能はこの島を支配できるものです。それを知らしめる事無く遊ばせておくだなんて勿体無いでしょう? もっと、彼の良さを皆さんに知って貰いたいだけなのです。そうすれば、先輩はこの島をもっと愛してくれる」

「……時に桐香さん、桐香さんには知られたくない事ってあるかい?」

「えぇと? いえ、ありませんね」

「じゃあ、これはできないだとか、嫌な事ってあるかい?」

「それでしたら……私、服が着れませんね。階段も登れません」

「…………あー、青色サヴァン、うにーって感じか。あぁ、成程成程。そのちぐはぐ具合はそっから来てるのか。なら、人の感情を自己投影できないのも頷けるか。なら、そうだな……」

「あの、那須さん……?」

 

 考え始めた那須に桐香はこてんと首を傾げて困惑していた。相談していた思えば質問責めを受けて、それに勝手に納得したように頷いて唸り始めた。そりゃ誰だって困惑するだろう。畔だってする。そうして、数十秒唸っていた那須は答えが出たのか改めて向き直った。

 

「桐香さん」

「はい」

「階段を登れないのは勿体無いから、登れるようにしようね」

「……はい?」

「大丈夫、ちゃんと登れるようにしっかりと手伝ってあげるから。例え、君が嫌だと言っても登れるように仕向けてあげる。だってその方が桐香さんのためになるから」

「あの……?」

「そうすれば、君はもっと生活を楽しめるようになるよ」

「…………えっ、あっ、……もしかして……」

「うん、大変な事をしようとしていた自覚が持てたようで何よりだ。君のような動かない価値観を持つ人は、自分はこうだからと相手の気持ちを理解できない。なら、自分の事に置き換えて分かるように言葉を変えれば、聡い君なら端っこくらいは理解できる。そして、その欠片で憶測する事はできるよね……。君が淳之介先輩にしようとしていた事は、君に対して階段の上り下りを強いる事と同じだ。分からない誰かの苦しみを、自分の苦しみと重ねれば分かるだろう。君が今の今まで階段が登れなかったように、淳之介先輩もまたそれに対して苦しんでいるという事を」

 

 若干青褪めた表情で桐香は口元を抑えておろおろとしていた。それはまるで、悪気の無かった悪戯が、相手の逆鱗に触れるそれであった事を知ってしまった子供のようだった。即ち、怒られ、叱られ、嫌われる。それを理解できてしまったが故の狼狽えであった。

 

「人の嫌がる事はしない、その一端を理解できたようで良かったよ」

「……はい、もう少しで先輩に嫌われちゃうところでした……」

「こじれる前で良かったよ。それで、だ。追加の資料とやらは何時頃来る手筈になってるんだい?」

「えぇと丁度一週間後、ですね。定例の場で渡される事になっておりますので」

「そしたら、丁度頼みたい事があるんだけど」

「えぇ、内容にはよりますが……」

「淳之介先輩をSSに、いや、訓練だけでも良いから参加させる事ってできたりするかな?」

「先輩を、SSに、ですか……?」

「少し懸念があってね、今回の敵はヤクザが関わってる。琴寄文乃を追う彼らが何を使ってるか、分かるかい?」

「……まさか、実銃ですか? そういった事は島の監査に引っかかる筈……。いえ、SHOに与するものが紛れているのなら容易……そういう事ですか」

「そういう事。先輩は裏風俗に対して強い憤りを感じてるみたいでね、ある程度こっちで抑えてはいるけど現場を目撃したら吶喊しかねない」

「そのための訓練、と言う事ですか……」

 

 しれっとSSも追っている文乃についての情報を開示するあたり、強かな人だと桐香は思うものの表情にはしなかった。相手は人魔外道を屠る対魔忍の一人であり、カードの切り方も上手く、交渉にも長けている。少し脳内の対魔忍についての情報と噛み合っていないものの、そういった者も居るのだろうと納得させる。

 

 加えて言えば、桐香にとって那須は未遂ながら命の恩人めいた人物になりつつある。あのまま計画を実行していれば対立の溝は深まり、抗争に発展してより一層嫌われてしまう可能性があったと聡い桐香は認識できていた。人の心が理解できないとはいえ、文章に書かれたそれを理解できない程に桐香は愚かではない。

 

 ああまで分かりやすく自身の信条に訴え掛ける形で諭されたならば、もしかして、と配慮の一端を考える事はできるのだ。先輩とお喋りする機会があれば穏便に持て成そう、そう考える事ができただけ成果が出ているのである。

 

「表向きには……そうだね、一般人をテスターにSSの訓練内容を見直す、だとか、夏に向けてSS式訓練で体を鍛えよう、だとか、それらしい理由を付けてくれればいいかもしれない。それとも、裏風俗の資料を盗み出すために送り出して、叩き上げる形で訓練させてみるのもいいかもしれないね」

「うふふ……、そうですね。一応これまで纏めたものはあります。これを餌にしましょうか。後の流れは私の方で調整しますので」

「うん、そっちの方が頑張ってくれそうだし、そうしようか。あ、淳之介先輩はインポらしいから性的な活動はさせないように考えておいてね。あくまで、裏風俗撲滅のための基礎作りという形で共闘させて」

「……あの、私が言うのもなんですけれども、先輩の事を売り過ぎでは……?」

「あはは、ボクだって恋する乙女の一助になれれば、って思っただけだよ」

「恋する……? えぇと、そう、これが……恋……なのかしら……うふふ」

「……失言だった。まぁ、兎も角、文乃もボクが預かってるから適当に誤魔化しておいてね。普段通りにしといてくれれば良いから、何か動くようだったらバックアップに入るから教えてね。連絡先を交換しておこうか」

「ありがとうございます。確かにSHOから文乃捜索の命令が出ていますが……、那須さんの所に居るのであれば大丈夫でしょう。それでは、これからよろしくお願いしますね」

「うん、出来る限りはするつもり、よろしくね桐香さん」

「はい」

 

 タブレットを取り出して淫スタの連絡先を交換する。少々不慣れな様子であった事から何となく桐香の友人関係を察してしまった那須は若干の苦笑を浮かべる。サヴァン症候群と呼ばれるそれは天才でありながら異端を生み出す、そんな症状だ。それに纏わる症状で彼女の生活はとても大変だったに違いないと一端が知れてしまったのだ。

 

 敵対しなくて良いのなら仲間の一歩手前までの関わりをしておく、それが那須の行動指針であり、処世術である。この教えが無ければ地下都市ヨミハラで過ごしていた頃に余計な敵を作る羽目になって死んでいたに違いなかった。便宜上母親である女性を思い出して小さく苦笑する。あのマッドサイエンティストは今頃何をしているのだろうか、と。




此処だけの話、原作よりも少しだけ幸せにする事ができるのが二次創作の醍醐味だと思うのです。


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男スパイ潜入!

 その後、詳細を詰めた那須はチャイムの音が鳴る数分前に生徒会室を後にしてエレベーターへと乗り、秘密基地へと降りていた。エレベーターの密室で漸く一人になれたからか、酷くでかい溜息を吐いた。それはもう普段の彼の姿に似つかわしくない程に大きなため息だった。

 

「……桐香さん、ほんと私生活がやばすぎる。そして、それを補佐する糺川先輩が不憫で仕方が無い……」

 

 階段を上り下りできない事から始まった私生活の支障っぷりをダイジェスト気味に聞いたからか、那須の表情は困惑よりも呆れの方が強かった。何せ、一人だと服が着れないからブラトップの部分で終わってしまい上を着ずに通学している事や、階段の上り下りができないからこそ那須が今使っているエレベーターが急遽工事された事は序の口である。

 

 食事がまともにできないため老介護めいた感じになっている事や、ついつい悪気の無い言葉で相手を傷付けてしまったり、良かれと思った事で相手に不利益を被らせるなどのオンパレードであった。そして、それをSSBIG3の糺川礼と女部田郁子の二人が全力で介護しているという実情を知ってしまったのだ。子供の会話のように脱線する話を一つ一つ繋げた結果がそれであった。おかげで十分もあれば終わる会話が一時間掛かったのである。

 

 とーかちゃん係の二人に内心で敬礼した那須はもう一度肩を竦めた。二人きりの会話でこれぐらい疲れるのだ。本格的に桐香を世話をし始めたら更に労力が掛かるに違いなかった。本来の仕事である風紀委員長をしながら主に桐香の世話をしているらしい礼へお疲れ様と一言労いたい気分ですらあった。

 

 そして、既に一同が集まっている秘密基地へと降りた那須を、一同が何処かはらはらとした様子で出迎えたのであった。

 

「な、那須しゃん! 大丈夫でしたか! 何もされてないですよねあの何か怖い瞳してるやべー生徒会長に連れてかれて大変でしたよねSSの親玉みたいなもんだし強引に迫られたりなんてしてたりして酷い目にあってたりなんて――」

「大丈夫だよ麻沙音さん。何もされてないから。はい、どうどう……」

「にゃぁん……那須しゃんの腕の中あたたかいなりぃ……」

 

 主人を出迎える猫のように飛び出してきたかと思えば、早口で錯乱し始めた麻沙音を那須は受け止めて背中を優しくさすった。彼方此方に麻沙音の柔らかな感触と良い匂いが混じって精神的にどうにかなりそうではあるが、目の前の錯乱する麻沙音のやばさに心が冷えていく心地であった。

 

「まぁ、見た所落ち着いてるし問題は無さそうね。アサちゃんが合流してからずっと心配そうにしてたのよ。それにつられるように私たちもって感じだったけどね」

「何事も無くて何よりだな。して、那須君、何を呼び出されてたんだ?」

「ふりょーさんしてるのバレちゃったのかな?」

「いや、学園内では吸ってませんからね……。どうやら、此方の上の方が現地協力を求めたみたいでその擦り合わせと言った感じでした」

「裏切り者……?」

「裏切ったのか……?」

「うらぎりだー?」

「むべ……裏切りですか……?」

「裏切り者なのだわ?」

「オンドゥルラギッタンディスか!?」

「熱い風評被害を受けている……。違いますよ、むしろ停戦協定めいたものを突き付けてやりましたとも。調査を邪魔するようなら腕の一本や二本覚悟しろって」

「ぶ、物騒過ぎやしないか……?」

「冗談ですよ。取り合えず、共有しておかないといけない事が幾つかあります。先ずは、生徒会長の桐香さんはNLNSのメンバーを把握していながら放置してます」

 

 絶句の表情で誰もが固まった。それならばいつこの秘密基地へとSSが流れ込んで来ても可笑しくない状況である筈だ。しかし、楽観視めいた様子で那須が語ったために何かあるのではと一同が続きを促す。

 

「えぇ、そもそも桐香さんはドスケベ条例に対して便利だなーぐらいの感覚らしくて、狂信的に実行するっていうスタンスじゃないそうです。なので、無理矢理するのはどうかなと情けを掛けてくれています。ただ、表立ってそれを口には立場上できないので、黙する事で協力してくれるそうです。良かったですね、今度、淳之介先輩お礼を言っておいてください」

「あ、ああ……。ああ……?」

「ただ、SSの配置やSHOガードマンに関しては手助けはできないそうです。こればっかりは信用問題や立場上に無理との事でしたので、此処は普段通りに突破して欲しいそうです。ただ、あんまり見つかると大きな案件にせざるを得ないので、その辺り気を付けて欲しいとの事です」

「つまりはいつも通りって訳ですね!」

「そうみたいだな? 黙ってくれてるからお礼を言わなきゃだな!」

「むべ……お優しい方なのですね……」

「次に、淳之介先輩が欲しがってる情報ですが、例の資料が風紀委員室に保管されているみたいです。持ち出しと部外者の閲覧は厳禁で、こればっかりはボクにも手に入らなかったので潜入する必要があるみたいです」

「でかした那須君! そうか、風紀委員室か、治安関連もSSの管轄だからな、当然か……」

「ただ……、その情報の対価としてボクが潜入する事を禁じられました。やろうと思えばやれますが、知っての通り桐香さんは此方のメンバーを把握してます。万が一四方八方の死角無くカメラを付けられていてボクだと認識されると拙い事になりかねません。すみません、こればっかりは迂闊でした」

「いや、良いんだ。情報が得られただけでも凄い成果だ。潜入は俺がやる。バックアップに影の薄い畔を連れて少数精鋭で行く。それでいいか?」

「影が薄い事は短所だと思っていましたが、こうして活躍の場が得られるとなれば頑張らないとですね! ただでさえ影が薄いですからキャラを濃くしていかないと!」

「いや、十分ほといと思うけどなふとりさんは」

「ごふっ、気にしているウィークポイントを突くとは麻沙音ちゃんもやりますね……! ですが、ちゃーんとダイエットもしてるんですよ! 具体的には五回増やしました!」

 

 淳之介との一般常識トレーニングの成果が出始めているのか、直接的な単語を出さないという約束を守った美岬であったが、逆に言えば普段言っていたそれを隠しただけなので、それが分かるメンバーには筒抜けであった。まだ、羞恥心を覚えるところまでには達していないが、良い変化だと淳之介はピッチに立つ監督のように頷いた。

 

「ミサちゃん先輩、ダイエットは筋肉を増やした方が早いのでやるとしたらスクワットしてみたらどうですか」

「あ、なるほど……。ながら筋トレって奴ですね! 参考にしてみます」

「ながら……?」

 

 しれっとえげつないアドバイスをした那須に他の一同は戦慄した。特に普段からスクワットをしている淳之介にはそのアドバイスに仕込まれた毒を理解できていた。スクワットは膝を九十度に曲げる程度が限界に近い角度である。ディルドを椅子に固定するという発想が美岬が出来なかった場合、当然床にそれは置かれる事になる。そして、ながら筋トレ、つまりはメインはアナニーなのだ。

 

 当然入れて抜かねばならないのがアナニーであるからして、それをするための膝の角度は如何程になるのか。九十度を超えたその角度は地獄のそれであり、そしてそれを繰り返すために足を開いていたとしても刺さる位置に至るかと言えば否である。精々が先端が当たるかどうかである。つまり、この体勢でアナニーは実質不可能と言える。

 

 だが、彼らが気付けなかったのは美岬の持つディルドの種類の豊富さであった。そう、このアナニー愛好家は馬ディルドを所有する猛者であり、美少女フィギュアを挿入しようと考える程に既に拡張済みだった。この助言により、ただでさえ山中を駆ける自転車漕ぎによって引き締まった両足が更に逞しくなる事を、今の彼らは知る由も無かったのであった。

 

「にしても……、正直意外だったな」

「何がです?」

「いや、那須君ってそういう話題あんまりってイメージだったんだが」

「そうですか? 細身ですけど、これでも筋肉凄い方なんですが」

「あー……、そうだよな、すまん。デリカシーに欠けたな」

「何でその配慮が那須君にはできて、アタシには出来ないのか不思議なのだわ」

 

 やれやれと肩を竦める奈々瀬だが、何処かまんざらでもない様子であった。手の掛かる息子を持って煩わしくも微笑ましいと、お母さんめいた事を思っているからだろうか。恋人を通り越して熟年の夫婦なのではと勘繰りたくなる二人の距離の近さに那須は桐香さん頑張れと内心で小さくエールを送った。正直対抗馬が軒並み逃げるような倍率になっていそうな感じではあるが、カップルになっている様子は無い。

 

 そんな風に場を茶化した奈々瀬と淳之介だったが、先の那須の発言により己の心の汚さを恥じた。そう、純粋にダイエットに対して筋トレを勧めただけであり、普段の美岬の会話というものを知らない那須には先程の伏せた部分を理解していなかったのである。よって、アナニーに対してスクワット要素を入れれば良いなどと考えた不埒な者たちはそろって内心で恥ずかしさを覚えていた。

 

「仲が良いなぁ……」

 

 辺りの様子を見やれば、何処となく淳之介の周りに麻沙音を除いた女性陣が近寄っており、傍目から見れば鈍感ハーレムのそれである。淳之介が誇りある童貞だとこじらせてなければ、今頃此処はヤリサーめいた酒池肉林会場と化していたのではなかろうかと那須は内心思った。

 

 わいわいがやがやむべむべと姦しい淳之介の周りを取り囲む面々を苦笑して那須は壁に寄り掛かった。麻沙音が猫のようにすっぽりと入ったダンボールの隣に位置する壁に寄り掛かる姿は保護者めいたそれであり、姦しい様子を楽しそうに眺めるそれはお父さんのようであった。改造スキットルから引き抜いた煙草を咥えて、火を付けようとして思い留まる。暇潰しの感覚で吸おうとしていたが、吸いたい気分になっていなかったからだ。

 

「……二日しか居ないってのに、随分と馴染んじゃったなぁ」

 

 嬉しそうな声を吐露して、咥えていた煙草をそっと戻した。ストレス対策で吸っていた煙草であるが、この場に居ると居心地が良くて吸う気になれないのだ。何処か懐かしい気分になり、ふと五車学園の頃を思い出していた。

 

 忍法の訓練を必死に頑張る達郎に助言を送り、それがきっかけで交友関係になり、当時達郎と付き合っていたゆきかぜや達郎の姉の凛子と知り合い、そこから更に交友関係は広がって、いつしか達郎とゆきかぜの三人でつるむようになって。それから奴隷娼婦事件が起きて、三人でつるんでいた筈なのに、二人がすれ違うようになって、それが見て居られなくなって任務を増やした結果がこの長期任務の依頼だった。

 

 懐かしくて、もう戻らないだろう光景に寂しさを感じた。その原因は己の血に宿る性欲の権化めいた魔族覚醒した対魔因子のせいであり、そして、性欲に負けたあの日の理性の敗北のせいでもあった。あの時、自分を押さえ付ける二人を押し退けていれば、性欲によって活発化した魔族因子を抑え込んで理性を保っていれば、もしかしたら今もあの二人の仲を裂かずに居たのかもしれないと思ってしまった。自分のせいで、己が血のせいで、二人に永別めいた溝を作り出してしまったが故の懺悔だった。

 

「……那須さん。私が居ますよ」

 

 そして、そんな寂しそうな那須の右手を握る柔らかな左手があった。今にも逃げ出してしまいそうな、脆い表情を浮かべていた那須を心配した麻沙音の優しい声が耳朶を打つ。すべすべと柔らかく、そして、温かい他者の温もり。それを感じ取った那須はノスタルジックな感傷を霧散させて隣を見た。そこには上目遣いで笑みを浮かべる麻沙音の顔があり、心配してくれているのだと実感を抱く事ができた。

 

 柔らかくも力を入れたら砕いてしまいそうなその左手を、壊さないように丁重に扱うような繊細さで握り返した。同時に麻沙音も少し力を込めて握り返す。隣に誰かが居てくれる、掌を握った感触がデジャヴを起こした。三人で仲良く手を繋いでピクニックに行ったある日の記憶を思い出した。依頼疲れで渋る那須を引っ張るように繋がれた両手の感触を思い出してしまった。

 

「……ありがとう、麻沙音さん。少しだけ、……少しだけこのままで」

「いえいえ、少しだけと言わずにずーっと良いですよ。昔、兄の後ろをついていく時はこうして握って貰ってたんです。近くに兄が居るって安心できたから。あっちで何か悲しい事があったんですよね。多分、それで寂しい思いをしてたんじゃないですか?」

「……そうなんだ。前に、依頼を失敗してね。友人の彼女を魔の手から救い出して欲しいって依頼を、ボクは真の意味で成功させる事が出来なかったんだ。実際に起きた事は言わないままで、無傷の振りをして、安心して笑みを浮かべたあいつをボクは……騙したんだ。それから、その時の事をきっかけに関係が壊れてね。どうしようもなくなって、彼らの前に居る事すら嫌になって、そうして受けたのがこの依頼だったんだ。水乃月学園に転校する長期任務の依頼をボクはこれ幸いと受けた。酷い奴なんだよボクは。本当に……酷くて、醜い奴なんだ、ボクは……」

 

 今にも泣きだしそうな表情で、ずるずると滑り落ちるように床にしゃがみこんだ那須は乾いた笑みを浮かべた。昨日はあれ程までに頼り甲斐のあった那須が自分にだけに弱さを見せてくれている。その事実に気付いた麻沙音は胸を締め付けられるような感覚を味わった。擬音で表すならば、きゅーんっというハートのエフェクトのついたものになったに違いない。人はそれを庇護欲と呼ぶ。

 

 俯いていた那須が縋るように自分の左手を握っている。そのギャルゲーめいたシチュエーションに麻沙音のゲーム脳が囁く。スチル回収の時間だぞ、と。もとい、那須の好感度を稼ぐための行動を取るべき場面だぞとゴーストが囁くのだった。

 

「えと、その……、逃げても良いんじゃないですか?」

「……え?」

 

 それは、今まで自分のマイノリティのせいで虐められた経験から出た言葉だった。誰だって辛い事に目を背ける事はある。それが、自分のせいだと言うなら尚更にその罪悪感は重い事だろう。麻沙音は自分のせいで追い込まれる兄の姿を見た事があった。

 

 兄と言う責務、両親からの躾という名目で、後ろについていくどんくさくて無口な妹、そこへ更に自身のコンプレックスによる虐めが加わって。言葉にするのが苦手だったから、ごめんなさいの気持ちを書き綴った手紙を渡して。激情のまま千切られた手紙、はっとした表情で自分を見る兄の顔が、今も忘れられない。

 

 逃げてしまった妹と、逃げられなかった兄。

 逃げていいんだよと言えなかったから、自分が重荷になってしまったから。

 どれだけ言い訳で取り繕ってもその過去は消えないのだから。

 

 そして、逃げた妹を置いて、兄は何時の間にか救われていた。奇しくも自分という重荷を捨てた日の出来事だった。その日の兄は嬉しそうに笑っていた。その事実が今も心の奥に残っている。そして、妹もまた救われた。皮肉な事に兄が救われたその日にだ。あの頃は二人ともにこにこと笑みを浮かべられた。幼さ故の心変わりは山の天気よりも変わりやすかったからだ。その日の事があったからこそ、兄妹は壊れなかった。二人の仲は今も度を越えて良くなったのだから。

 

 故に、あの日の兄めいた那須の表情を見て、兄とは違って気持ちを吐露してくれたからこそ、麻沙音はこの言葉を送りたいと思ったのだった。

 

「部外者の私が言うのもアレだけど……那須さんは頑張り過ぎたんですよ。なら、その頑張った分だけ、逃げても良いと思うんです。頑張り過ぎて壊れちゃうよりも、一時だけ逃げて心を落ち着かせるのも必要だと思います。多分、近過ぎたからこじれちゃったんじゃないですか? いつも一緒に居たからこそ、言いたい事が言えなくて、思いやり過ぎたんだと思います」

「……そうかも知れないなぁ。二人が別れたのって噂だったし、直に聞いた訳じゃなかったし……。ゆきかぜが構うのも様子を見かねたからだったかも知れない……」

「ゆきかぜ?」

 

 しれっと女性の名前が出て来て麻沙音は少し焦る。那須は苗字呼びを嫌うため名前呼びを推奨する。それをきっかけに相手の名前を呼ぶ事も常だ。現に自分がそうだったのである、そのゆきかぜと言う少女も同じである可能性は高い。

 

「うん、達郎の、えぇとボクの男友達の彼女でね。二人は幼馴染カップルで良い感じだったんだけど……、とある依頼を失敗してゆきかぜと達郎のお姉さんの凛子さんが一緒に捕まった挙句奴隷娼婦に改造された事があってね……。心配した達郎に土下座されて助けに行ったんだけど……成功して、性交しちゃってね……。兎も角、任務に成功して依頼を失敗したというか……」

「んんん?」

「まぁ、その一件が理由で色々あったんだ、うん。対魔忍あるあると言えばそれだけだけど、実際に自分が遭うと何というかアレというか……」

「何というか……対魔忍って業が深い感じなんですね……?」

「まぁ、敵が敵だから多少はね……。敵を快楽堕ちさせて奴隷にするみたいな事を普通にしてくる奴らだからね。殺さずに味方にしやがるからめんどくさいんだよ。全員首撥ねれば良いって訳にもいかないからなぁ。敵に回ったんだから全員殺しとけば楽なのに、それを回収して修復して対魔忍として再利用するとか……。人手不足も分かるけどそれをやらされる側になれよマジで、回収できなかったら回収できなかったらで上の糞爺共が煽ってくるし、老害しかいねぇのかよ絶滅しろ」

「あの、那須、さん? 那須さん?」

 

 沸々と、沸騰し始めた湯のように愚痴が漏れ始め、丁寧な口調が崩れ始めていた。普段の猫被りが剥がれた瞬間である。化け猫が猫被っている、彼の素顔を知る者はそう称した。何せ、彼は幾多の依頼を達成してきた篝火の対魔忍と呼ばれる人物である。灰色の髪に返り血を浴びて暗闇から帰ってくる姿を称した二つ名であり、そのギラついた双眸に睨まれたら失禁してしまう新人も少なくない。

 

 根の優しい達郎の頑張りと、ゆきかぜのサポートもあって猫を被るように矯正された那須は紳士的な美少女もとい美少年となったのだ。故に、被った猫の下には魔族絶対絶滅するマンの本性が居座っているのである。そう、那須は煙草を吸う不良のそれと何ら変わらない性格をしていたのだった。

 

「っと、ごめんごめん。少し本音が……」

 

 猫を被り直した那須に対して麻沙音は乾いた苦笑をせざるを得なかった。不良系美少女、有りだな、と思いながら。それはそれでデレが美味しいとエロゲー熟練者の麻沙音は思ってしまうのであった。




此処だけの話、過去が狂犬で今は忠犬やってる対魔忍も居るからへーきへーき。


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射精よ、とまれ。

「――と、言う訳でSSで働く事になっちまった……」

 

 翌日の放課後、足止め役のヒナミと影の斥候役の美岬を連れて、自信満々に風紀委員室へ潜入した筈の淳之介の報告に一同は黙ってしまった。事の顛末と言うと、礼と面識のあるヒナミによる時間稼ぎを美岬の突発的な変態行為によってぶち壊された結果、目的の資料を発見する前に淳之介が見つかってしまったのだった。咄嗟の機転で裏風俗に対する噴火めいた憤りを吐き出す事で注目を集め、美岬を逃がす事に成功したもののSSBIG3が勢揃いの場で逃げ出す事が出来ず交渉に当たった、と言う説明がされての先の発言である。

 

 約一名、半々の確率でこうなるかなと思っていた那須が笑いを堪えていたが、他の面々は唖然とした表情で淳之介を見つめていた。その中には戦犯の美岬も含まれており、事が事のために自分の事を棚に上げてリアクションしているようだった。

 先日の意趣返しのために那須がにんまり顔で口を開いた。

 

「裏切り者ですね、先輩?」

「裏切り者なのだわ」

「うらぎりものー!」

「裏切り者、でございますね……」

「信じて送り出した兄がSSに変態ドスケベされてフェラ顔ダブルファックサイン寝取られ報告するだなんて……」

「淳之介くぅん……」

「いや、一から百までお前のせいだからな畔!?」

「うっ、知り合いの男性の前でアナル弄りできると脳裏に過ぎって、ついアナルが刺して善がっちゃいました……」

「こいつを信じてしまったのが運の尽きだったんだよ兄ぃ」

「馬鹿にしないでください! ちゃんとしっかり洗浄してます!」

「そういうところだぞミサキチ野郎。だーからこいつ仲間にするの嫌だったんだよ今からリコール効かないかなまだクーリングオフ期間中だし萌えないゴミに出しましょうそうしましょう。油の塊だからよく燃えるでしょうよこれから毎日デブを焼こうぜ兄ぃ」

「まぁまぁ落ち着いて麻沙音さん……」

「すごくおちついた」

「即効性の特効薬みたいな早さ」

 

 だわミサむべむべと混沌と化した秘密基地は今日も姦しかった。淳之介は何時の間にかアサちゃん特効薬と化した那須の存在に若干思う所はあるものの、理解してくれる存在が増えた事を純粋に喜んでいた。何せ、那須と一緒に居る時の麻沙音は笑顔だからだ。自分と馬鹿をやる時の様に自然体な笑みを浮かべてくれているのだから、兄としてこれほど嬉しい事は無い。

 

「にしても、まさか青藍島の転覆を目論む俺が悪の手先になる日が来るとは……」

「まるでいつも礼ちゃんが見てる特撮の悪の組織みたいなことを言ってるな?」

「そ、そんな訳あるか! SSは青藍島を牛耳るSHOの尖兵、つまりは悪だ! いやでも確かに奇襲や逃亡に潜入がメインだしそう見えなくも……。あいつらはマジョリティを押し付ける敵で、俺はマイノリティの味方! ヨシッ! もうこの話は終わりだな!」

「お、そうだな。……いや、無理矢理過ぎるよ兄。途中で作品ごっちゃ煮と言うかそもそもそれ流れてた画像の奴だし玉突き複雑骨折事故みたいな感じになってるよ……」

「むべむべ……、しかし、淳之介さんがえすえすに参る、となれば色々と問題があるのでは……」

「……それに関しては問題無いんだ。特別にインポ枠を作ってくれたみたいでな……」

 

 淳之介の乾いた笑みに痛ましさを感じて一同黙ってしまう。間一髪助かった筈なのに死体蹴りをされているような感覚を味わう淳之介であった。そんな雰囲気を切り裂くように、斥候として前に出る奈々瀬が口を開いた。

 

「でも大丈夫なの淳。クラスの子から聞いた事があるんだけど、SSの訓練は死人が出るくらい厳しいって聞いてるけど……」

「安心してくれ奈々瀬。何を隠そう俺は筋トレの天才だ、それこそ生半可な訓練をやっているであろう奴らの鼻を明かしてやるさ」

「頑張ってくださいね淳之介先輩。訓練に打ちのめされている間に、市街探索で裏風俗について調べておきますので安心してぼっこぼこにされてください」

「随分と辛辣だな那須君……。そ、そんなにやばいのか、訓練」

「ヒナミ先輩が一番知ってると思いますが、SSの訓練をする教官役は風紀委員長の糺川礼先輩です。……印象は青藍島仕込みのハートマン軍曹って感じでした」

「あっ、それ知ってます。皮被りジャケットの人ですよね。アナルの中でミルクを飲み干すまでしごき倒すぞっていう名台詞のある映画で、一時期凄い有名でした」

「間違っているようで間違ってないのがむかつく、畔さんの癖にぃ……!」

「どうどう……。なんでこんなに目の敵にしてるんだろ……」

「がるるるるっ、見た目気弱な清純系豊満同級生キャラ擬きな畔さんは兄みたいな灰色青春童貞野郎好みなアピールポイントを持ってる奴なんですよ! こんな奴を嫁に貰ったが最後うちの家計簿が火の車で大炎上間違い無しで生活費の八割が食費に溶ける生活で激太りするに違いないんです! どいて那須さん、その女を焼き討ちできない!」

「駄目だよ麻沙音さん。あの臭い結構きついから焼くのはおすすめしないよ」

「アサちゃん物騒な事を言っちゃめーでしょ」

 

 なんでその臭いを知ってるんだと言う突っ込みを入れる者は皆無だった。好奇心で聞こうとする内容じゃないのは確かである。那須の何気なくしれっと吐いた言葉に、文乃が追われていた時の出来事を思い出してそっと記憶に蓋をした。こんな成りをしているが彼は立派な対魔忍である。忍者がやる仕事だなんて、潜入や諜報に暗殺だと相場が決まっているのだから口にしないのが身のためなのだ。

 

 ちょっとだけ那須に麻沙音を嫁にやる計画は修正した方が良いかもしれないと淳之介は思ってしまった。だが、カミングアウト騒動の夜に麻沙音から対魔忍の実態について聞き及んでいるため、軍人などと一緒であると考えれば納得もできてしまうのである。あくまで国のために手を汚しているのであって、私欲でそれを成している訳では無いのだから。彼らの奮闘によって救われる命がある、そう考えるならば口を出す必要は無いのだ。ただ一言、ありがとうの言葉を伝えれば良い。

 

 人としての一線を弁えている淳之介だからこそ、今の青藍島を許せないのだから。マイノリティを多数決で踏み潰す条例を憎み、裏風俗という外道を許しておけないのだ。一人だけでは見えない活路も、こうして仲間を集めた事で見えつつある。そう考えたところでふと忘れていた事を思い出した。

 

「っと、危ない。忘れるところだった。那須君、調査に加えて欲しいのがあるんだが大丈夫か?」

「はい、構いませんよ。どうも、あのヤクザたちも表立った活動を自粛してるみたいですから」

「そうなのか?」

「ええ、多分、こっちに何をしてでも情報を吐き出させようとする奴が居るって分かったからでしょうね。この三日間、誘拐などをしやすい時間帯の夕方に動いている気配がありませんでした。酷く警戒してるみたいで、外出すらも自粛している可能性がありますね」

「あっ……。なら、もう一個の案件について調べを進める事にしようか」

「ええと?」

「ほら、会った初日に言っただろ? 俺たちのスポンサーからの依頼があるって」

「……あー、琴寄文乃の捜索及び保護、でしたね」

 

 那須の言葉に炒った茶葉で作ったほうじ茶を配っていた文乃が体を撥ねらせた。そして、静かにどう言う事ですかと睨み付けるような視線を那須に向ける。聡い文乃は偽名を名乗った日に正体を隠したままにした理由を察したからだ。そんな可愛い睨み付けをされた那須は苦笑しながら肩を竦めた。

 

「そちらの方も平行して行なっていますよ。昨日SHO本部に忍び込びましたが、住民票に琴寄文乃と言う少女のそれはありませんでした。つまり、彼女は何かしらの援助を受けてこの島に住んでいる、または隠れ潜んでいる可能性が出てきました。もしかしたら、何処かの団体が匿っている、そんな可能性もありますね」

「いけしゃあしゃあと……」

 

 小声で呟いてジトっと睨んだ文乃の声を飄々とした様子で那須は流した。

 

「ですので、それについてもSSが情報を握ってたりするかも知れません。SHOは確かに彼女らの本体ですが、末端の長たる桐香さんがあの様子ですから、情報を握ったまま潰している可能性もあります」

「責任重大だな橘くん。ごめんね、もっと私が礼ちゃんたちを止められてたら良かったな。先輩なのに頼りにならなくてごめんね」

「……わたちゃん先輩が健気過ぎて、戦犯やらかした私は穴があれば埋めて欲しいです……」

「大丈夫ですよわたちゃん先輩。先輩はしっかりと役割を熟してくれました。先輩として格好良い姿を見せてくれましたよ」

「そうかな? なら、良かったな。頑張った甲斐があったな。私にできる事なら何でも言ってね。先輩のおねーさんだからな、私」

「何でもは駄目よわたちゃん。まぁ、淳にそんな事ができる度胸があるとは思えないけどね」

「で、できらぁ! いや、仲間にそんな事できるかっ!」

「でもまぁ、橘くんはこれから礼ちゃんと一緒に頑張るからな。少しだけなら良いよ?」

「えっ」

「えへへっ、頑張る橘くんにえっちなご褒美、前祝って奴だな?」

 

 ぽかんと口を開いた状態で淳之介が固まる。むんっと無い胸を張ったヒナミの姿に何時ぞやの記憶が蘇る。尻壁オブジェに誤って拘束されてしまった時に、不慣れな愛撫にくすぐったいと笑っていたヒナミが、段々と色気を醸して煽情な様子になっていくアダルティな様子が脳裏にちらついた。同時に、奈々瀬の遊んでなさそうな綺麗なあそこと美岬の豊満で柔らかなおっぱいの感触も芋蔓のように記憶から引っ張り出してしまった。

 

 まずい、そう思った時には正直な体は反応し始めていた。立ち上がっていた淳之介は前屈みになるのと同時に、壁に面した机に置かれた湯飲みを取るような所作をしながら自然に椅子へ着席した。手に持った湯飲みを息で冷やすようにカモフラージュして前傾姿勢をしている理由を作り出す。それはまるで思春期の男の子がエロ本を読んでいた時に親フラされた時のような反応であった。

 

 何となく兄の行動から意図を察した麻沙音はにんまりと笑みを浮かべた。そして同時にロリ属性まで会得したのかよ兄と心中を察した。淳之介の行動の意図を察せなかったヒナミは喉が渇いたのかなと小首を傾げた。そして、年頃な息子の可愛らしい姿を見たと言わんばかりに、奈々瀬はお母さんめいた微笑ましさを感じて胸が一杯であった。美岬と文乃は小首を傾げたものの、やや膨張した淳之介のズボンに気が付いてしまって静かに顔を赤らめた。

 

「……じれったいな、やらしい雰囲気にして去ろうかな……」

 

 自身の魔族因子が活発化し始めてとち狂った事を呟いた那須だったが、ふと直ぐに正気に戻って因子を抑え込んだ。彼の忍法を遣えば老若男女の区別無く、酒池肉林の空間へと変貌させる事ができるからこそ漏れた言葉であった。

 

 そして、椅子に座った事で身長差が緩和され、少し背伸びすれば同等になるくらいの高さになったのを良い事にヒナミが動いた。一体何を、そう一同の身体が強張った空間に、可愛らしいリップ音が響いた。淳之介の右頬にちゅっとヒナミがその小さな唇でキスをしたのだった。

 

 そして、それは少女漫画好きなヒナミらしい行為であり、いつかやってみたい事リストの一つであった。ほっぺにちゅーをかまされた淳之介は静かに硬直し、頬に残る柔らかくも瑞々しい余韻に顔を真っ赤にしてから口元を右手で抑えた。

 

「えへへ……、ほっぺにちゅーしちゃったな。これで橘くん、頑張れそう?」

「……その、はい。ガンバリマス」

 

 頬を赤らめて朗らかに笑顔を魅せるヒナミの顔を直視してしまった淳之介は、その尊さに浄化される想いであった。付き合い始めたばっかりのカップルか、と言わんばかりの甘い雰囲気が秘密基地を満たす。随分と好感度稼いでるんだな淳之介先輩、と那須は内心独り言ちた。




此処だけの話、原作で起きなかった事を書けるのが二次創作の良い所ですよねぇ。


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腰振は慈しみ深く。

 淳之介がSSの訓練にドナドナされる事となった日の翌日。

 普段通りに登校した那須だったが、朝のホームルームになっても姿を見せない麻沙音の姿に小首を傾げた。昨日は特段見つかる事なく無事に家へと帰宅できた筈であり、その後に何かがあれば知る由も無いが連絡くらいは入るだろう。もしくは麻沙音の性格の事だ、盛大に寝坊しているのかもしれない。

 

 だが、それを淳之介が許すかと言えば否である。授業を受けながら淡々と考えていたら、裸インにメッセージが届いた。差出人は麻沙音であり、内容は体調不良で暫くお休みすると言うものだった。

 

 昨日の様子からして風邪を引いたようには思えない。しかし、何処か気だるげな様子であったかもしれない、と感覚的な憶測を思い浮かべる事しかできなかった。普段の様子を見ていると言っても四日程度であり、彼女の全てを把握している訳ではないのだから気が付かないのも仕方が無い事だ。

 

 復習めいた授業を半ば呆けるような心地で受け、昼休みは屋上の貯水タンクの上でこっそりと過ごし、やがて放課後の時間になった頃になって溜息を吐いてやや正気を取り戻した。麻沙音との学園生活が楽しかった事もあり、居ない時間を過ごした事でその体感の重さを思い知ったのだった。

 

 那須はしっかりと授業を受けている訳ではない。うーんうーんと唸る後姿を見つめていたり、中休みに他愛の無い雑談を楽しんだり、すやすやと夢心地な背中を見ていたり、そんな毎日を過ごしていた。だからこそ、ぽっかりと空いたような寂しさの穴を埋める何かが欲しかった。

 

「こんにちはー……って、一番乗りだったか」

 

 誰もいない秘密基地に照明は灯っておらず、壁のスイッチを切り替えて明るくした。タブレット端末からマップを映し出せる机のあるブリーフィングルームの隣に、生活環境が整ったリフレッシュルームはある。そこのソファへと腰掛けて、溜息を吐いて寝転がる。

 

 今日もまた嬌音問題による蓄積されたストレスが溜まっており、加えてそれを浄化してくれる麻沙音も居なかった事で体に重みを感じていた。正確にはストレス過多な脳の錯覚であるが、柔らかなソファに身を沈めた事で少し和らぐ事ができた。此処のところ深夜帯の探索作業が多かった事もあって纏まった睡眠ができていなかったのもあり、段々と瞼が落ちていく。

 

 意識が飛び――、数十分後に誰かが隣室に来た事を察知した身体が自然と臨戦態勢に移った。そして、聞き覚えのある声に戦闘スイッチがオフに切り替わり、ぼんやりと目を覚ました。寝ぼけ眼で上半身を持ち上げ、何処か静かな隣室の会話に混ざるために立ち上がる。NLNSメンバーが一人を除いて勢揃いしたようで、何処か消沈気味な淳之介を囲うように円になっているようだった。

 

「おはようございます、先輩方……」

「あら、那須君はそっちに居たのね。こんにちは」

「私、一番乗りじゃなかったかー。こんにちは那須くん!」

「こんにちは那須君! 今日も可愛いですねぇー!」

「……こんにちは」

「寝起きだったのか? 大丈夫か那須君……」

「それはこっちの台詞ですよ淳之介先輩。酷い顔ですよ……」

「いや、どっちもどっちなのだわ」

 

 まるで徹夜明けの病人めいた表情の二人が顔を合わせているのを見て、肩を竦めて言った奈々瀬に誰もが頷いた。那須も淳之介も麻沙音に対して色々と関わりが深いからか、不在と言うだけでこれだけの不調を見せている。兄である淳之介は兎も角、学園内では殆ど一緒に居たからか随分とへこんでいる那須を見て一同驚きの表情を浮かべていた。

 

「そういえば淳之介先輩。麻沙音さんの事ですけど」

「ああ、それなんだが……。アサちゃん、女の子の日みたいでな。結構重いタイプみたいで、しんどいみたいだ。ここ数年は落ち着いてたんだが……、生活環境が変わったせいか、ドカッと来たみたいで……」

「そうだったんですか……。確かに生理の時は学園休みたくなりますもんねぇ」

「成程なぁ。私も結構重い方だから、大変なの分かるな」

「えっ」

「えっ、じゃないよ。私だってちゃんともう大人の身体なんだからね! 赤ちゃん! 作れるんだから!」

「その見た目でその台詞はやばいですよわたちゃん先輩……」

「やばくないんですけど! 立派なレディなんですけど!」

 

 美岬との漫才めいた遣り取りでヒナミが吠えた事で幾らか場の空気が温まる。見た目が完全にロリな小さな先輩であるからか、微笑ましさが先に来るため申し訳なさが後回しになるのである。

 

「まぁ、確かに両親が亡くなったのもここ最近の事だしな。青藍島への引っ越しで忙しかったし、奈々瀬の代行サービスのおかげで大分精神的に余裕が持てたのもあって日々のツケが溜まってた感じだと思う。ありがとう奈々瀬。お前の手料理が無ければもっと酷くなってたかもしれない」

「淳……。少しでも役に立ってたなら嬉しいわ」

「ああ、ほんといつも助かってる。ありがとうな」

 

 普段の遠慮の無い遣り取りと違って褒め殺しな台詞に、奈々瀬は頬を赤らめて口元を抑えて嬉しさを噛み締めていた。それはまるで、日頃の感謝を伝える母の日のお母さんのそれであり、それはまたでかい息子が居たものだなと突っ込みを入れる存在は流石に居なかった。

 

 最初はバイト感覚であった筈の日常代行サービスも段々と力が入っており、今では筋トレをする淳之介のための専用メニューを考えたりと専業主婦張りの働きをしている程だ。もはや筋トレに目覚めた息子のためにせっせと甲斐甲斐しく働くお母さんめいた存在になりつつある。

 

 親子(?)の団欒を見届けた那須は小さく溜息を吐いて呟いた。

 

「生理の日かぁ。確かに重い時はきついですよね……」

 

 その台詞は一同の耳に入り、目の前の少年の性別を疑った。見た目が完全に美少女のそれであるが、彼自身は男性を主張している。しかし、先日の一件でふたなり、つまりは文字通りのユニセックスな身体である事をカミングアウトしている。彼らの続く言葉は一つ、女の子の日もあるんだ、である。

 

 デリカシーが無い事で認知されている淳之介でさえも尋ねる事はできやしなかった。先程の言葉は明らかに経験があっての体感的な言葉である。つまり、彼及び彼女である那須は生理の日を持っている事となる。一同の視線が集まった事で那須は胡乱な瞳で見渡す。そして、自身の言葉に気付いて困ったように頬を掻いた。

 

「えぇと、前に言った通りボクは男性器と女性器を持ち合わせた所謂ふたなりって奴でして、言うなれば女性の身体に男性器が付いている、そんな感じですね。両性の性質を持ってるので勿論生理もあります。青藍島に配られているピルは女性用なのでボクは貰ってません。ヤったらできちゃう訳ですね、あはは」

「あははじゃないんだが?」

「そもそもボクを手籠めにできる人なんてそうそう居ませんよ」

「フラグかしら?」

「ボクを犯せる奴が居たなら大したものですよ」

「もはや死亡フラグの域じゃないですか……?」

「あはは、……自分で言ってて少し怖くなったので止めますね」

「むべ……、面妖なお体ですね……」

 

 そう、普段の那須であれば何の問題は無い事だ。だが、今はNLNSのメンバーであり、彼らを人質に取られた場合は従わないといけない場合も出てくる事だろう。相手が男の娘でも良いと猛る者であったなら確実に気付かれるに違いない。

 

 那須は過去の経験から、この際男でもいいやと男性の対魔忍をオナホール扱いするオークの実例を見ている事もあり、いつ襲われるか分からないのが現状である。そして、この島は青藍島、性乱島などと自称するような島である。安心できる様子が皆無であった。流石に一般人を縊り殺すのを躊躇わない性格ではないので余計にである。

 

「えぇと、取り合えず、今日の活動はお休みって事でいいか? 朝に見たアサちゃんの様子が気掛かりでな。あんまりにも弱ってるから傍に居てやりたいんだ」

「それは良いけど……、少し心配ね。淳は性人前にこの島を出たのよね。クラスの子から聞いたけど青藍島では生理に関する授業をC等部で受けるらしいのよ。早く帰るのは良いけど、一人で大丈夫? ちょっと心配なのだわ」

「うっ、そ、それは……。生理に良いものでも買って帰ろうと……」

「……はぁ。先輩だけだと心配なのでボクも付いていきますね」

「うん、そうだな。これはちょっと心配だな……。よぉし! 私も年上のおねーさんとして一肌脱いじゃうよ! 橘くん、一緒にお買い物しようか!」

「那須君……わたちゃん先輩……、ありがとう、助かります」

「アタシも行くわよ。家の事は後でもできるからね」

「奈々瀬……」

「麻沙音様は愛されておられますね」

「そうだな……、本当に有難い事だ。よし、葉琴も力になってくれるか?」

「勿論です、ふんす、お体に優しいものを作って差し上げなければ」

 

 そう一致団結した一同に笑みが浮かぶ。本当に良い仲間を持ったものだと淳之介は心が温かくなった。そして、案外上手くやれてるものだなと那須は文乃を見て思った。隣人から貰った子犬のような警戒を見せていた筈の文乃だったが、数日橘家に居候させた途端にこれだ。視線を向けたのは文乃の隣の淳之介であり、NLNSメンバーの好感度をこれでもかと集めている存在である。案外女たらしなのだろうか、または人たらしなのか。どちらにせよ、良い方向へ向かってくれていると安堵していた。

 

 琴寄文乃と言う少女の経歴は殆ど抹消されていた。取り換えられたように吹寄葉琴という男性の戸籍が作られている事から、彼女を匿っていた誰かが居る筈だった。だが、その影を見つける事ができないのだ。まるでもう、この世に居ないかのように。彼女が古い神社を間借りしていた経緯もあり、そちらの線だろうと那須は当たりを付けていた。しかし、どうも引っかかるのだ。まるで、誰かが横からもう一手加えてから戻したかのような、そんな不自然さが残っている。

 

 潜入のプロである那須は幾多の極秘資料を捜索し、断片を拾い集めて、それら全てを一繋がりになるように纏めてきた経験がある。故に、素人なりの工夫に対して玄人の介入がされているのが浮き彫りになっていた。

 

 それこそが文乃を橘家に保護させている一番の理由だった。今後横槍を入れてくる第三者が居るとなれば、それに対するカウンターを構築せねばならない。そのための調査をする事が必要となっていた。幸い、SHOやSSから逃げる経験があるNLNSならば那須が駆け付けるまでの時間を稼いでくれるに違いない。それは、対魔忍同士でチームを組んだ時には皆無だった信頼が芽生えている事を示している。

 

 そう、那須は今の立ち位置が心地良いと感じていた。対魔忍でありながら、こうして馬鹿をやる学生めいた青春が送れている事が嬉しかった。それはまるで、いつかの再演で、失ったと思った友情の代替に成り得るものだったからだ。

 

「大丈夫かな、麻沙音さん……」

 

 だからだろう、こんなにも仲の良い麻沙音を心配してしまうのは。自身にも起こる生理現象に理解があるため、そう悪くはならない事は知っていた。だが、傍に居ないという寂しさから無意識に思ってしまうのだ。ずっと隣に居て欲しい、と。今度こそは、失わない、と。




ぬきラジ2!ぬきラジ2ですよ皆さん!
キャラソンの姦想回だそうで、ヌキタシニウムの摂取の機会ですよ!
12月18日の20時にようつべ生放送だそうですので、TwitterのQruppo様を要チェックですよ!

此処だけの話、次回アサちゃんてぇてぇ回予定。


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灼熱のアサネ・チーター。

「ごめんなさい……お兄ちゃん」

 

 また、やってしまった。そう麻沙音は重い瞼を開いて静かに独白した。

 マルチディスプレイの明かりだけが灯った部屋で罪悪感に苛まれ、普段よりも数倍気怠い身体を抱き締める。ここ数年は安定していた筈の生理の日なのに、どうしてこんなにも苦しいのか分からなかった。もっとも、この体調の悪さは前にも経験した事がある。青藍島から本島へ移ってから数ヵ月、この島でのトラウマをふとした時に思い出してしまった頃はこんな具合だった。

 

 段々と鮮明になる感覚と共に何となく原因が分かった。両親を亡くしたのはつい先月の事で、たまに似ている車を見るとフラッシュバックしてしまうくらいあの時の出来事は鮮明に焼き付いている。ひしゃげた座席とガソリンのきつい臭い。そこに混じった鉄臭さとアンモニアの悪臭、何かがショートするような不吉な音が響く空間。事故の拍子に頭を打ってぼんやりとした視界で、何が起きたのかが全く分からなくて。

 

 ――いいや、分かっていた。分かっていたからこそ、理解したくなかったのだ。

 

 いつも自分を撫でてくれていた優しい母の手が、潰れた座席の隙間からだらりと垂れて真っ赤に染まっている光景を。呻き声は聞こえなかった。生きている声が聞こえなかった。それはつまり、前の座席に座っていた二人は、両親がもうこの世に居ない事を無言で伝えていた。

 

 幸い、なのだろうか。壮絶な痛みを、悲痛な苦しみを、それらを味わい続ける事無く即死できた事は幸いだったのだろうか。もしくは、一握りも無い可能性が失われた事に嘆くべきだったのだろうか。そう、奇跡的に瀕死の状態で病院に搬送された先で手術を受けた事で、両親が助かったかもしれないという可能性が失われたことを不幸だと言うべきなのだろうか。そもそも、事故が起きた時点で不幸な事だったのだ。だから、何も言えなかった。目の前の現実を受け入れたくなかった。

 

 けれど、割れた窓から聞こえた兄の声はしっかりと聞こえていた。自分も怪我を負っているのに関わらず、それがどうしたと言わんばかりに麻沙音を引っ張り出してくれた。そんな兄の必死な姿が目に焼き付いて、先程の惨状を塗り替えるようにして記憶されたのだ。

 

 横転した車から離れた位置に麻沙音を抱えて脱出し、優しく壁に寄り掛からせて座らせて、もう大丈夫だからな、と空元気の笑みを浮かべて。そして、あの格好良い顔をして車へと戻って行ったのを、あの大きな頼り甲斐のある背中を見送ったのを覚えている。救急の隊員の人たち数人がかりで離れさせられるまで、兄は諦めずに横転した車から両親を救い出そうとしてくれた。

 

「……まだ、引き摺ってるんだろうなぁ」

 

 最後の肉親を守るために、両親が死んだという哀しみを噛み締めて、それでもなお率先して動いてくれた兄が麻沙音は大好きだ。これほどまでに自分を愛してくれている兄に返せるものがなくて、つい、自分の身体を差し出そうとやらかした時も淳之介は苦笑して自分を大切にするように諭してくれた。

 

 ――情けなかった。

 過剰なまでに筋トレを今も続けているのは淳之介が未だに事故の事を吹っ切れていない証拠だと分かっている。

 

 ――悔しかった。

 なのにそれを自分の趣味だと言い切って笑い飛ばしてくれるその笑顔を見る度に自分の矮小さを思い知らされる。

 

 ――辛かった。

 そんな大好きな兄にしてあげられる事が無くて、未だに依存するようにくっついている自分の在り方が嫌いだった。

 

 だけど、そんな妹を兄は愛してくれている。だから、結局自分を嫌いにはなれなかった。

 

 そして、祖父母の遺産であるこの家に移り住んでからも兄に頼りっぱなしだった。家事をしてみようとした、ご飯を作ってみようとした、色々と頑張ってみた。けれど、未だに変われていないのだと、あの頃を思い出すような生理の重さに叱責されている気がした。どんなに心を取り繕っても、こうして身体は厳しい現実を突きつけてきた。

 

「……嫌になっちゃうなぁ、ほんとになぁ……」

 

 兄の前では自分を曝け出せる。こんな、醜い事を考える自分すらも兄は愛してくれると信じて、縋ってしまっているから。分かり切っているからこそ、甘えていた。そして、体調不良を理由に暴言まで吐いてしまったのに、兄は心配しながら我儘に応えて頭を撫でてくれた。自己嫌悪がぐるぐると体中を巡る心地だった。

 

 生理の日。自分は重い方だと自覚しているからこそ、精神的に参っているのだと理解できていた。こんなにもマイナスな気分になるのは久しぶりだった。近くに居てくれる兄が学園に行っていて居ない。たったそれだけで寂しさから孤独感を感じている。

 

 PCの中で回るファンの音が薄っすらと静かな部屋に響く。時計を見やれば既に放課後の時間になっていて、突破の事を考えれば兄が帰ってくるのは数時間後だろうと気付いてしまう。暇潰しをする気分にもなれなかったから、覆い被さった布団を抱き締めるように顔を埋めた。使い慣れて自分の匂いが染み込んだ毛布が顔に当たり、少しだけ気持ちを落ち着かせる事ができた。

 

 静かに瞼を落として、眠りたいのに眠れない泥沼にはまっていく。喉が渇いたと一瞬自覚してしまってからは段々と水分欲求が高まってしまった。一つ溜息を吐いて、既に飲み切ったジュースの空きペットボトルを忌々しく睨んでから重い体を起こす。半日寝ていたからか体調は少しだけ良くなっていた。五十歩百歩な誤差ではあるが、二階の自室から一階のリビングに降りて冷蔵庫を開くくらいの気力を作り出す事ができていた。

 

「えぇと……アクメリアスでいっか……」

 

 そろそろ夏本番と言った時期のために熱中症対策として買っておいたスポーツドリンクのペットボトルを冷蔵庫から引き抜いて、やけに固く感じるキャップをこじ開けて一口二口と飲み干していく。水分を求める体に溶けていくような感覚と共に足りなかったものを補充した心地になった。そのまま二階に上がる気力は流石に無いのでぐったりとソファに倒れ込む。少しひんやりとしたソファが火照った体に気持ちが良かった。

 

「早く帰って来てよあにぃ……」

 

 そんな溶けた言葉をつい口にしてしまう程に麻沙音はソファにたれていた。そして、そんな麻沙音の言葉に応えるかのように玄関の方から姦しい声が聞こえた。タイミング良過ぎじゃないと少々驚いたものの、自分のために早く帰って来てくれたらしい兄に嬉しい気持ちになった。

 

 淳之介と文乃の声が声が耳に入って無意識に笑みが浮かんだ。もうすぐその扉を開けて入ってくるであろう兄を迎えるために、ゆらりと立ち上がってサプライズを仕掛けようと飛び付く準備をし始めた。普段ならしないようなボディランゲージ式のサプライズをして、そのまま自室へ連れて行って貰おうという魂胆であった。

 

「遅いよ兄ぃ、可愛い妹が苦しんでるんだからもっと早く帰って来なきゃ――」

「――っと」

「ふぇっ?」

 

 フライハーイと言わんばかりに大胆に抱き着きに行った麻沙音を受け止めたのは、美少女面をした同級生である那須であった。結構大胆に抱き着いたために、那須の後ろに居た面々が肩越しに視界に入る。

 

 NLNSのメンバー勢揃いという豪華な帰宅であった。そして、汗に塗れた部屋着のまま抱き着いた相手が那須だと気付くと、顔を真っ赤にして麻沙音は固まってしまった。無理も無い。人違いに加えて、その瞬間を全員に見られてしまったのだ。そんな事を想定していなかった麻沙音が羞恥心でオーバーヒートするのも仕方が無い事なのだ。

 

 肌にくっつくような汗の感覚を感じていた那須は真っ赤な顔の麻沙音を横目で見て苦笑した。正直面食らったものの、生理の日で体調が悪化して愛しの兄に助けを求めに行った事を何となくだが台詞から読み取れてしまったのだった。

 

 未だにしっかりと抱き着く麻沙音の膝を横から払うようにして抱える。視界が揺れたかと思えば、目の前に那須の可愛らしい顔があるという環境の変化に麻沙音の混乱は極まった。膝裏や腰に回った腕の感覚によって、自分の置かれた状況に気付く。

 自分は今、お姫様抱っこをされているのだ、と。

 

「あqwせdrftgyふじこlp;@;!?」

 

 ブルースクリーンを表示したパソコンのようなきょどり方をした麻沙音は借りてきた猫の様に大人しくなった。そんな可愛らしい初心な様子を見せた麻沙音を見て那須は微笑を浮かべ、そのままリビングへと入って近くのソファに優しく麻沙音を下ろした。

 

「悪戯をする元気くらいはあるみたいで良かったよ。凄く心配したんだから」

「ひゃい……」

「熱は……あはは、わっかんないや。そんなに恥ずかしかったの?」

「う、うぅぅぅ……」

「可愛いなぁ。でも、寝汗をかいてるみたいだから先ずは着替えをしないとね。えぇと、お願いしても良いですか?」

「ふふふっ、流石にそこまではできないものね。可愛いアサちゃんはこっちで着替えさせておくから」

「お願いします片桐先輩」

「任されましたーっと。ほら、アサちゃん、お着換えするわよー?」

「はいぃぃ……」

「片桐様、着換えの衣服は此方です」

 

 相手が奈々瀬である事も相まって、羞恥心でどうにかなりそうな麻沙音は顔を真っ赤にしながら連れてかれて行った。そんな様子を微笑ましいものを見たと言う表情で見送った一同は顔を合わせて笑った。

 

 今朝の麻沙音の様子を知っている淳之介は安堵の色が見える苦笑をしていた。さて、どうしたものかなと手洗いうがいをさせて貰った那須は考える。先程の感触と匂い、そして真っ赤になった可愛らしい麻沙音の顔が未だに脳裏から出て行かないのだ。

 

 不意打ちだったそれは那須の思春期めいた頭にクリティカルヒットし、胸元から香る匂いにくらくらする心地であった。必死に自身の対魔因子を抑え込み、冷静になれと自己暗示をかける。奈々瀬に優しく身体を拭かれ、着替えまでもしてもらった麻沙音がふらふらと戻ってくるまで、那須の頬は真っ赤なままだった。

 

「大変お見苦しい姿を見せました……」

 

 新しい部屋着に着替えた麻沙音がそう呟くように言うと、ソファに身を投げて顔を伏せた。どうやら未だに恥ずかしくて仕方が無い様子であり、その姿は年相応の女の子と言った感じで新鮮だった。何せ、此処まで乙女心ピンチな様子を淳之介ですら見た事が無いくらいに悶えているのだから。

 

「あはは。こういうの見たトキあるなぁ。礼ちゃんから借りた少女漫画みたいな展開だったな」

「くっ、くふっ、ぶはっ、あははははは!」

「笑うな兄ぃ! お前! お前ぇ! お前ぇぇぇええ!」

「いや、ごめん、くっ、ごめんっ。ほら、苦くないお薬買ってきたから今のうちに飲んどきな」

「今それどころじゃないよ兄ぃ。正直恥ずか死しそうなくらいID真っ赤状態なんだから! これからどうやって過ごせって言うんだよぉ! こんなっ、あんなっ、うぅううう、うあぁああぁあああ…………」

「またクッションに顔を埋めちゃった……」

「ふふふっ、分かります。分かりますよ麻沙音ちゃん。向かい側の知り合いに手を振ったら全く違う人で、しかも気付かれなくて無視された時くらい恥ずかしいですよね」

「うっさい、黙ってろほとりさん。カロリーの化け物が喋るんじゃないやい!」

「がーんっ、今の麻沙音ちゃんなら分かってくれると思ったのにぃ……」

「まぁまぁ……、麻沙音さん生理が重いって聞いたからカプセル型の苦くない痛み止め買ってきたんだ。元気がある内に飲んでおこうね。はい、お水もあるから」

「ひゃぃ……こくっ、ふはぁ……」

「急に冷静になったなアサちゃん……」

 

 まるでブリーダーの躾のような従順さで那須の言葉に従った麻沙音のテンションの切り替わりに、真顔で淳之介が突っ込みを入れていた。よく飲めたねぇとヒナミが頭を撫でてから、ビニール袋からすっきりとした味わいのヨーグルトを取り出した。そして、それをあろうことか那須に手渡したのである。受け取ったそれを見て一瞬理解が及ばなかったものの、意図を察して蓋を開けてプラスチックのスプーンで一口分取った。

 

「はい、ご褒美のヨーグルトだよー」

「あっ、あ~~~~~~~ッ! あむっ」

 

 限界オタクめいた歓喜と悲鳴を上げた麻沙音は目をぐるぐるとさせながら、差し出されたスプーンを口に含んだ。その可愛らしい様子にニコニコと那須は笑みを浮かべて、一口、二口とヨーグルトを差し出した。

 

 至れり尽くせりな状況に若干自棄になった麻沙音は差し出されるそれをぱくぱくと食いつき、やがてしっかりと完食した。気怠い身体に優しい味わいのヨーグルトだったが、那須のあーんによって限界極まった麻沙音に味は分からなかった。

 

 しっかりと食べ終えたのに頷いてカップをゴミ箱へ廃棄した那須は、麻沙音から少し離れた位置のソファに座った。その行動に首を傾げた麻沙音だったが、笑顔で自身の太ももを叩く那須の姿を見て電が走ったかのような感覚に陥った。

 

 その後、ゆっくりと倒れるように横になった麻沙音の頭を那須の引き締まった太ももが受け止めた。ふわりと香った匂いは慣れ親しんだ兄のそれとは違った清涼感のあるもので、それが那須の制服から香る匂いだと理解した瞬間に頭が沸騰する想いだった。そんな麻沙音に追い打ちをかけるかのように、優しく頭を撫で始めた那須の行為に完全に心をやられた様子だった。

 

 可愛いなぁ麻沙音さん、と今まで感じた事のない感覚に背を押されるように、父性によって守ってあげたいという気持ちが込み上げて那須は胸を温かくしていた。もっと何かをしてあげたい、そんな心地に陥った那須は自然と笑みを浮かべていた。この場に達郎やゆきかぜが居れば、誰だお前と言わんばかりの微笑み顔であった。




此処だけの話、次回もちょっとだけ続くんじゃよ。


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対魔忍・アサ特効!

 リビングのソファで無意識にイチャつき始めた二人からそっと離れた一同は、二階に上がる廊下に集まり笑みを零した。淳之介に至っては二人のてぇてぇに心を打たれたのか目尻から涙が零れる程に感動していた。文乃は手拭いを着物の懐から出してその涙を拭いてやり、奈々瀬は同じく感極まるように貰い泣きをし、ヒナミは健気にお背中とんとーんと労い、美岬は肩に手を置いて静かに頷いていた。

 

「まさか、あのアサちゃんがあそこまで意識する異性ができるなんて……」

「立派に育ってくれたのだわ……」

「少々破廉恥ですが、乙女心を分かっていらっしゃいますね……」

「何で皆さん親目線なんですか……?」

「うんうん、分かるな。嬉しいな。私も時々礼ちゃんの世話をするトキあるからその気持ちは良く分かるな。今日もちゃんと成長してくれてるってなぁって思うもん」

「いやあの、礼ちゃんってまさか糺川先輩の事じゃ……怖いので口閉じておきますね」

「那須君も大分アサちゃんを意識してるみたいだし、このままくっついてくれると良いんだが……」

「意地悪なお方ですが、確かに性根は悪い方ではありませんからね……」

「そういえば噂になってたわね。一年に紳士的な優良物件な子が居るーって。多分那須君の事よね」

「美少女な姿をした紳士って言われてるそうですね。何でも、誘いに行った女子が軒並み口説き文句で赤面してお流れになっちゃうって話ですよ?」

「それはまた……、所謂ヅカ属性って奴か?」

「かも知れないわね。ああ言う所を見ると女たらしな一面もあるみたいだしね」

「でも、麻沙音ちゃん凄く嬉しそうで良かったね。重くて大変だーって聞いてたけど、すっかり元気になっちゃったみたいだし」

「そうだなぁ……」

 

 頷いた淳之介の視線に続くように一同の視線がリビングへと向けられる。そこには終始顔を真っ赤にして大人しくなった麻沙音を甘やかす那須の姿があった。弱っている姿が可愛くて仕方が無いと言った様子で髪を優しく梳いているようで、嬉しさと羞恥心と鼓動の高鳴りで限界極まっている麻沙音はされるがままだった。実際の所、その梳き方は手慣れたものであり、気持ちの良いところを刺激してくれるため心地が良いのだった。

 

「うなぁぁぁ……ごろにゃぁあん……」

「よーしよし……」

 

 女性を甘やかすのに手慣れているというよりは、愛玩動物を愛でるのに慣れているという様子であった。その様子に段々と違和感を感じ始めた一同は目をぱちくりとした後に、振り返ってお互いを見て同時に小首を傾げた。

 

「なんか違くない……?」

「カップルのそれっていうよりも、飼い主とペット的な感じがするのだわ」

「もしかして、あっちで那須くん猫さん飼ってたのかな」

「むべ……、随分と手慣れているように見えますね」

「段々と麻沙音ちゃんが首輪を付けた家猫みたいな感じに見えてきますね……」

 

 飼い主に甘える家猫、そんなフレーズが似合う光景に一同が困惑し始めた。心なしか麻沙音の頭に垂れた猫耳と首輪が見え始め、ゆらりゆらりと尻尾が揺れているように見え始めた。まぁアサちゃんが幸せそうだしいいか、と淳之介が気の抜けた声と苦笑を零したのきっかけに解散する事になった。

 

 と、言っても今度こそは、と気を遣ったメニューを作ろうと一念発起した奈々瀬はキッチンに赴き、お手伝いするねーとそれにヒナミが続き、ご助力致しますと文乃が参戦する。残された美岬は唸りつつ、このまま帰るのもなぁとキッチンの方へ向かって配膳当たりの手伝いをしようとして、狭いからと追い出されてリビングの端っこで麻沙音たちを眺める作業に戻った。

 

 随分と賑やかになったな、と淳之介は無自覚ハーレム主人公めいた事を思いながら、幸せそうな麻沙音を一瞥して笑みを作ってから二階の自室へと登って行った。

 

「……さて、俺もできる事をしなくちゃな」

 

 自室へと戻った淳之介は先日の事を思い出しながらパソコンの電源を入れて椅子に座った。先日の事、それは文乃もとい葉琴を救い出した時の事だ。麻沙音が用いる探知の根源は淫スタが持つGPS機能を横取りするものであり、ヤクザや一部のお忍び観光客はこの淫スタを一度は入れてから消しているか、または入っていない端末を常備している。そのため、先日の遭遇戦ではハメ撮りカメラもといスパイカムの無い森林という事もあって検知できない敵と戦う事になった。

 

 NLNSの基本方針は逃走&奇襲による電撃戦である。そのため、T-A-EはEGG型多種類ガジェットを初めとして非戦闘アイテムになっているのが現状だ。今後はSSの訓練もあって開発をするならば今がベスト、そう考えたからこその一念発起だった。

 

「と、言ってもだな。格好良い武器を作るってなると確実に持ち物検査に引っかかる。……だから、うん、仕方が無い、仕方が無いんだ……」

 

 凄い複雑そうな顔でデスク下の引き出しから取り出したのはピンク色のバイブ。ノートパソコンが持ち物検査で摘発され、アダルトグッズは素通りされる異常な光景を見てしまったが故にこの形しかなかったのだった。参考のためにと買ったのは良いが、那須の参戦と文乃の加入により後回しにされていたのだ。

 

 バイブを観察し終えた淳之介は非常に複雑そうな顔で、素材を変えることぐらいしかできない、とつまらなそうに呟いた。バイブに使われている素材は、デリケートな部分へ挿入することを想定しているため柔らかな素材を使っている。その部分を硬質化させれば警棒のような使い方ができるというのが見立てだった。

 

 そして、それに使うべき素材は秘密基地にて回収した衝撃によって硬質化する液体を用いる事で、持ち物検査の時に万が一触れられても素材の柔らかさを残し、実戦時には衝撃を与えて警棒と化すマルチウェポンとなる予定だった。参考にしたバイブ型のT-A-Eを作るのは確定として、問題は他のメンバーの戦力強化アイテムだった。

 

「那須君を除いて女の子ばかりだしな。……軽く、そして携帯の利便のあるもの。もしもの強行突破を考えれば防御系のT-A-Eだな。……一応、拳銃の弾丸を受け止められる事は流れ弾が当たった壁尻オブジェで確認済みだ。となると、人体の急所を守って隠し通せるアイテムとなると……鎖帷子か? いや、網タイツ構造を起用してd10oを素材にすれば……」

 

 アイデアをパソコンのメモに書き起こしていく。実銃の恐ろしさに加えて味方の容赦無さを思い返し、防御に極振りしたT-A-Eを作りたいと考えているようだった。秘密基地に残されていた不思議な液体d10oは衝撃によって硬質化する液体素材であり、チューブに通すだけでも優秀な防護服になるポテンシャルがある。黙々と机に齧り付き、既に試案ができていたためかスムーズに完成にまで漕ぎ着けた。

 

 バイブ型の穿き丸。

 そして、新T-A-E――防護ネット型の鋼の乙女が完成して机に並んだ。

 

 伸縮自由の素材を用いる事で網目細かい構造でありながら、さながら腹巻のようにいざと言う時に臓器を守る鉄壁となる新T-A-Eには、淳之介が思う安全の精神が込められている一品であった。SサイズからXLまで一応試作し、後程個々に合わせて調整する形にするか、と一応の完成に強張った肩を伸ばすため手を組んで伸びをする。長時間熱中していたからか凄い音が鳴ったが、その分爽快さも持ち合わせていた。

 

「ふふふっ、自分の才能が怖いぜ……」

 

 二時間程熱中して作っていたようで窓を見やれば既に日暮れに近い時間だった。額に浮かんだ汗を拭う、窓から聞こえてくる嬌声が耳に入らない程に集中していたようだ。凝り性であると自覚しているが、久しぶりにここまでアイデアを上手く落とし込めたのは一重にメンバーへの友情が成せるものだろう。そう淳之介は満足そうに頷いて乾いた喉を潤すために一階へと降りた。

 

「ふぅ、随分と熱中しちまったぜ……」

「あら淳、夕飯はもう少しかかるからもう少し待ってて」

「今、美味しいお夕飯をご用意しておりますので、どうぞごゆるりと」

「あっ、橘くん! 今日は私もご相伴に預かってもいいかな? 不束者ですが何卒よろしくお願いします」

「あっ、はい。……ありがとうな、皆。アサちゃんのために心配して残ってくれて」

「良いのよ。大切な仲間なんだから、これぐらいはしてあげるわよ」

「そうだよ。大変なトキだからこそ一致団結だよ!」

「むべ、良き御友人に恵まれましたね……」

「そうだな、皆自慢の仲間だ。……そういや、畔はどうした?」

「美岬ちゃんならあそこでずーっと三角座りしてるよ。なんでも、目の前のおかずを前に耐える訓練をするんです、だって。橘くんの羞恥心教育の賜物かな。暇潰しにオナニーするのを我慢する事で人前でやらない事を条件づけるとかなんとか?」

「あはは……、随分と徹底してるみたいね。……まぁ、この前の撃墜王の打ち上げの時に、私たちの前でこっそりオナニーしてたって話だし、真人間になるには苦行も辞さないっていうスタンスで行くみたいよ」

「……なんだと?」

 

 家主の前でオナニーしてたのあいつ、と淳之介は若干SAN値を削られたが、畔だしな、と嫌な納得をして溜息を吐いた。まあ、これからドスケベ抜きをするならまぁいいかと。渋抜きをする柿みたいな扱いを無自覚にしつつ場を流す事にした。この事を追求するとお互いにダメージが入るので止め止め案件だったからだ。

 

 美岬を一瞥した淳之介はリビングの真ん中に陣取るソファへと視線が向いた。そこには穏やかな笑みを浮かべて眠る麻沙音と、膝枕をしたまま寝落ちしたらしい那須の微笑ましい光景があった。

 

 優しい笑みを浮かべた淳之介は姦しいキッチン、美味しそうな夕飯を見て涎を拭く美岬、仲良し主従なソファ。この微笑ましくも充実とした空間を見て、ずっとこのままだったら良いなと幸せを噛み締めた。噛めば噛むほど良い味が出る、そんな素晴らしい仲間を、家族を持てて俺は幸せだな、と守りたいものを改めて自覚した。

 

 この時間を続けるためにも、裏風俗を、そして、忌まわしきドスケベ条例を絶対に潰して見せる、そう新たに設定した目的に邁進しようと淳之介は決意した。

 明日から始まる、那須曰く汚いハートウーマン教官による地獄のSS訓練に挑む淳之介は強くならねばと普段の筋トレメニューを少し強化するかなと考えた。もっとも、那須と桐香の手が入り、ナイトメアと化した訓練メニューが待ち受けている事は知る由も無く、今日の夕飯は何かなと気持ちを入れ替えた。

 

「はい、淳。特性の筋トレドリンクよ」

「おう、ありがと奈々瀬……。おい、奈々瀬? ……奈々瀬さん?」

「困惑するのは分かるわ淳。けどね、見てみたいなって思っちゃったのよ」

「……マジか。いやまぁ、確かに有名だけどさ……」

 

 淳之介が手渡されたそれは、五つの生卵と飲みやすいようにか少量の牛乳の入った生卵ジョッキだった。作中ではコップに入れられたそれだが、こうしてジョッキで入っていると何処か力強さを感じる飲み物になっていた。何を隠そう隠れ筋肉フェチな奈々瀬は彼の有名な作品を視聴した事があり、キッチンでの話題で映画の話が上がった事で思い出したため、場のノリで作った代物を用意してみたのだった。

 

 大切な仲間のお茶目な悪戯に淳之介は度肝を抜かれたものの、確かにやった事がないなと興味心が湧いてきていた。ジョッキを受け取り、男らしく豪快に一気飲みした。意外とスムーズに飲み干せるそれに少し感心したが、目の前の女性陣はそれどころじゃなかった。何せ、部屋着では薄いシャツを好む淳之介だ。今もマンボウの絵がぽつんと描かれたダサシャツを着ているものの、引き締まった筋肉は服の上からでも分かるくらいにうっすらと線を作っている。

 

 そのため、飲み干す時に動く喉の動き、薄っすらと浮かび上がる鎖骨、そして、重いジョッキを口元へ持ち上げた事でナイスバルク化した二の腕の逞しさが顕著になっていた。

 

「あぁ~~~っ、淳の躍動する筋肉、素晴らしいのだわぁ……」

「むべ……、男性の逞しさを、感じますね……」

「わぁ……格好良いなぁ橘くん」

「私の太い二の腕よりも太くて逞しい腕……ごくり……」

 

 熱視線を受けている事に気付かないまま、一気飲みを終えた淳之介は勢いよく息を吸い、ジョッキを下ろした。そして、女性陣の妙に熱い視線に首を傾げながら、何故か限界化してる奈々瀬へと手渡す。淳之介は再び今日の夕飯は何かな、と無邪気な子供めいた事を考えていた。




此処だけの話、Elonaにドはまりしてた作者が居るらしいっスよ。

明日のぬきラジ2楽しみですね! お便り読まれたらいいなぁ。


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太平洋、白濁に染めて。

「へっ、SSの訓練程度、軽くこなして鼻で笑ってやるさ」

 

 金曜日の放課後、それが淳之介に伝えられたSSの訓練の初日の日だった。

 秘密基地で心配する仲間に奮起の豪語をして初のSSの訓練のために校庭へ向かった淳之介だったが、今や見るも見残な状態でやや蹲るように地面に倒れ伏していた。麻沙音が居れば、ヤムチャしやがって……、と言うコメントを貰っていた事だろう。

 

 校庭に集合してからは先ず砂の入ったバッグを背負ってヌーディストビーチの奥側に併設された訓練場へランニング、その後海面の浅瀬で地獄の筋トレメニューをこなしていた。浅瀬で腕立て伏せをするという肺活量と気合と根性と筋肉が鍛えられるメニューが初っ端から行われ、腰まで海に浸かって全力シャトルランや重りを付けた状態での水泳、極めつけは海水を吸った浅瀬の砂を一メートル掘っては固く埋めて掘り返すという精神と肉体の苦行のオンパレード。

 

 横目で新人らしいSS候補生たちを見ても目が死にかけており、罰則なのか正式にSSである生徒が参加していたが、こんなの聞いてないんですけど、という表情でひーひー言っている始末であった。

 

 何を隠そう、本来であれば最初の浅瀬の筋トレだけで終わっていたメニューを魔改造したのは那須であり、それを笑顔でオッケーを出したのが桐香である。これだけのメニューを毎日こなせば短期間で精神と共に肉体も鍛えられるであろうという善意から来ているのが皮肉である。そう、悪意が一切無いからこそ、極限まで肉体を苛め抜くメニューが出来上がってしまったのが運の尽きである。そして、その地獄を共に味わう事となった者たちにはご愁傷様と言うしかなかった。

 

「嘘だと言ってくれよシューベルト……。こんなにきっついだなんて聞いて無いぞ」

「あ、あぁ……、これは……、ぜぇ、ぼ、僕のデータに……、はぁ、……無いものだ」

「げほっけほっ、おぅえっ……、な、何でも訓練の見直しも兼ねてるみたいっすよ」

 

 薄茶色のベルトを付けていた中村シュウことシューベルト。

 語尾が、っす、と特徴的な事から名付けられた那賀伊波ことスス子。

 そして、我らがNLNSのリーダー橘淳之介ことタチバナ。

 

 一見苗字のように思えるが、その意味はギロチンと同じくして、同性愛の能動側のタチから連想されているあだ名である。SS総隊長である糺川礼はこうしてハートマン軍曹めいた煽り青藍島言語を用いてあだ名を付ける事がある。主に目に入った特徴から衝動的な連想で繰り出されるあだ名は地味に秀逸である。その機転の速さと頭の良さが隊長という肩書を担うに相応しい人物である事を言外に示しているのかもしれない。

 

「ほう、無駄撃ちができる元気があったようだなタチバナ! インポ枠の貴様がヤリニケーションが出来ない以上、会話でのコミュニケーションは必須だろうが今は必要無い。バービースクワット百回を御馳走してやる、ディルドで尻穴を掘るようにしっかりと膝を下ろせ!」

「サーッ! イエッサーッ!」

「はんっ、気合だけは十分だな。連れションさせてやる。全員でバービースクワット! 始めっ!」

 

 偶然隣であったという事から友人関係が始まった二人との会話を見咎められた淳之介が気合を振り絞って罰則を行なう姿は真摯なものだった。それに感化されるように気合を入れ直すシューベルトとスス子の顔も何処か真剣なものだ。こいつを訓練生に混じらせたのは正解だったようだなと礼は内心で呟く。

 

 当初は裏風俗撲滅のために吶喊してきた生意気野郎という認識だったが、こうして舌打ちや呻きをせずにメニューに取り組む姿勢を見ていれば心根が真っ直ぐな者だと誰でも分かる。そして、何よりも他の訓練生よりもこのメニューに取り組んでいる辺りが礼的にポイントが高かった。

 

 何せ、自分でもこのメニューは無いだろと思っているこの地獄を、真正面から乗り越えようとしている気概が見えるのだ。それは、今にも泣きだして訓練生を止めようと考え始めている他の生徒とは一線を画すものだ。

 

(ヒナミから幾らか聞いていたが、確かに芯のある奴だなこいつは。真っ直ぐにこなそうとする当たりが好感を持てる。……こいつが訓練生止まりと言うのは少し勿体無いが、性産的行動が取れない以上は仕方が無い、か。……磨けば光ると思うんだがなぁ)

 

 目の前のそれに必死になってやるしかなかった。そんな自分の過去を幻視させる淳之介は礼には眩しいものに見えていた。インポと言う青藍島では致命的なデメリットを抱えているのに関わらず、SSの訓練生になってでも裏風俗を潰そうとする気概はいったい何処から来ているのだろうか、そう礼は思わずには居られなかった。

 

 ふとフラッシュバックしたのはあの日の出来事だ。

 新人SSによって過剰に撃たれたライオット弾によって沈黙した母の姿。

 

 もしかしたら、と思ってしまう。あの日、あの頃に、目の前の淳之介のような誰かが居れば自分は救われていたのではないか、という一本の蜘蛛糸のような淡い幻想を抱いてしまった。裏風俗をあそこまで嫌悪する男だ、かつての自分の状況を知れば激怒してくれるに違いないな、と内心で過去の事を笑った。

 

 それ程までに淳之介の存在は眩しいものだった。快楽の汚泥に満ちた淫靡で悪辣な機械の檻に閉じ込められたかつての自分を思い出して、こうはなれないと心から思ってしまう。かつて心を折られたからこそ、段々とヒナミの存在で修繕されてきた精神的な古傷が痛むのだろう。

 

「よしっ、では各員装備を整えてランニング隊列になれっ! 三クリックで射精するような速度でな!!」

 

 燻ぶり始めた心の炎を吹き消すように大声で言った。もう、どうにもならない過去を見ていても仕方が無い。今の自分は、今を生きるしか無いのだから。礼はよろよろと、しかし懸命に急ごうとしている訓練生たちの準備を待ち、隊列を組んだ後に学園までランニングを開始した。列から乱れそうになる者の尻へ容赦なくスパンキング用のラバーラケットで叩いて激励し、後の性産訓練のために待っているであろう花丸蘭へと手綱を渡す。

 

「さて、橘。お前は別メニューだ。一足早くこれを扱うための訓練をしてもらう」

「これは……SS用ハンドガン、ですよね?」

「ああ、そうだ。……ふむ、愚行は犯さなかったようだな」

「えっ?」

「なんだ偶然か。例年これを渡す時にちょっとした脅しを入れる文化があってな。あえて銃口が此方に向くように手渡すんだ」

「危なすぎません?」

「ふっ、それを教え込むための教訓になるんだ。実際、このハンドガンで撃たれても凄い痛いだけで済むが、それを仲間に向けたらどうなるか、という……おい、大丈夫か?」

「いえ……、その、ちょっと思い出しちゃって」

「思い出す? ……まさか」

 

 SS式ハンドガンは従来のハンドガンを改造したものであり、その見た目は非常に似ているものだ。そして、本来改造されるべくしてこの島に来たそれを、身内の裏切りによってヤクザに裏流しされたそれと酷似している。

 

 そのため、それを見た瞬間に思い出してしまったのだ。冷酷無比に撃ち出された弾丸が、那須の助けが入って大事にはならなかったものの愛する妹の眼前を過ぎたその事実を。目の前のそれは人を殺す道具ではないものの、それに似ているのだという事実を。

 

「……そうか。お前が裏風俗撲滅を訴える理由の一つがそれなんだな。確かに奴らは横流しされた改造前のこれを使っていると聞いている。……成程、ああまで必死にメニューに食らいついた理由がそれなんだな」

「……はい。あの時、俺は何も出来なかった。それができるあいつに任せてしまった。……だからこそ、次は動けるようにしたいんです。誰でもない、俺が、俺のために、大事なものを守るために動ける身体が欲しいんです」

「そうか……。ならば橘、お前はこれを徹底的に理解するところから始めると良い」

「理解、ですか?」

「ああ、そうだ。このハンドガンはライオット弾が撃ち出せるように改造されている以外は実銃のそれに近い。弾丸がどれだけ届くのか、実際に撃った時に命中する距離はどれだけか、どうすればこの脅威に立ち向かえるのか、そういった事を理解するんだ。何をすれば良いのか分からないなら、何をしたら良いのかを理解するところから始めなくてはならない。できるか?」

「はい、できるようにします」

「よろしい。性産訓練が終わるまでみっちりと訓練漬けにしてやる。私の訓練は厳しいぞ」

「望むところです、よろしくお願いします糺川先輩」

「ふっ、礼で良いぞ。では、先ずは構え方からだ。正しい構え方と悪い構え方を教える。それを身体に覚えさせろ。突発的な出来事に対して実を結ぶのは、繰り返し見に覚えた動作だけだ」

「はいっ!」

「ははっ、元気の良い返しだな、気張れよ」

 

 薄っすらと笑みを浮かべた礼の顔は綺麗だった。少しだけ見惚れてしまった淳之介は顔の熱さを振り払うようにハンドガンを構え、人体のシルエットを模した的へと視線を向ける。礼に此処が違う、そうじゃない、こうだ、と指摘を受けながら正しい構え方を学んだ。

 

 そして、正しい構え方で発砲、悲しい事にシルエットの肩をかすめて外れてしまった。次に、正しい構え方から幾つか乱れた構えを取らされ発砲。その弾丸はシルエットに掠める事無く飛んで行った。

 

「分かるか。今の様に体幹がずれてしっかりと構えていない状態では、ブローバックを受け止める事ができず射線がブレるんだ。だからこそ、正しい構え方を身に覚えるんだ」

「はいっ!」

「では、正しい構え方でマガジンを撃ち尽くせ。当てる場所は腹部を狙うんだ。相手が動く場合は先ずは当たる部位に当てる事が大切だ。神掛かった腕前なら細い腕や手を狙えるかもしれないが、初心者であるお前にはまだ無理だ。というか私でも難しい。よっぽどの集中力か、一切ブレる事の無い筋力で押さえ付けるかのどちらかぐらいだろうな」

「……はいっ!」

 

 若干間が空いた事に少し小首を傾げたが、淳之介としては言外にお前の筋肉が足りてないからそうなると言われている気分だった。なので、それを意識しながら正しい構えを取り、持ち前の筋肉でそれを固定させる荒業に出る。地獄の訓練で痛めつけられた筋肉に鞭打った結果、先程の結果よりもシルエットを捉える弾丸の数は多くなっていた。連続で発砲するとブレやすいので、幾らか間隔を置けば良いだろう、そう考える淳之介の瞳は真剣だった。

 

 なので、ついついその横顔を礼は見つめてしまった。淳之介は顔が良い分類に入るため、持ち前の童貞根性さえ解消されれば芯のある好青年である。麻沙音を初めとしてNLNSのメンバーは格好良い時の淳之介を知っているが、こうして時間が出来てしまった事で礼もまたその一面を知る事となった。

 

 実に勿体無い男だな、と礼は内心で苦笑して、ひたむきに射撃訓練を行なっている淳之介に時折助言を入れて見守る。

 

 そして、そんな微笑ましい青春の光景をハイライトの薄い翠瞳が見つめていた。生徒会長室の窓からやや見下ろす形で見ている桐香の視線だった。その顔は、先輩と仲良くお喋りしてて良いなー、という気持ちが籠ったものだった。

 

 多忙に渡るSSの仕事を捌く桐香は正しく馬車馬の如く働かねばならない環境にある。と、言うのも学園におけるヒエラルキーにおいてSSの発言力が高すぎるのが問題であり、学園内の仕事及びSSとしての活動記録を総括する立場になってしまっているのが原因であった。

 

「……ちょっと相談してみようかしら」

 

 そう目の前に鎮座する分厚い書類を見ながら桐香は溜息を吐いた。速読ができると言っても量が多ければそれだけ頭を使う事になるし、わんこそばの如く追加されていくので終わりが見えないのが地味に辛いのである。

 

 普段であれば誰かに相談をしない桐香であるが、同年代の友人を持った事で少しだけ気持ちが変わっていた。何せ、SSの訓練へ淳之介をぶちこむために色々と画策した仲である。一人の友人として、困った時があれば人間関係が壊れる前に相談に乗ると言質を取っているのもあって、その考えは気楽なものであった。そして、その相談の結果、書類の殆どが電子化され、不要不急の類の仕事が伐採された事で暇を持て余す時間を作れるようになった生徒会長の姿があったのは言うまでもない。

 

 何せ、脳筋揃いの中でまともな報告書を作れる那須である。揃いに揃って馬鹿な先輩同輩後輩のために、分かりやすいテンプレートの書類を電子化し、それを作成するためのマニュアルも作成し、報告の基盤を作り上げた実績がある。只管に苛々口調で愚痴りながらアサギに直談判した過去も相まって、実情を桐香から聞いた時の那須の顔は非常に怖かったとの事だった。




此処だけの話、お便り書くのが初めてだったからセオリーを無視した内容になってたのが敗因かな……とアサちゃんの耳かきボイスを切望した作者が宣っていたそうですよ。

ドスケベプリズン(仮)の語呂良かったんですけどね、ヘンタイプリズンかー。
それは置いといて、ぬきたしファンミーティング行ってみたいですね。都合が会えば応募してみようかなと思います。


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デリヘルのハハァ。

新年股開きましておめはめことはめ。


「奈々瀬ニウムが足りないよあにぃ……」

 

 休日の土曜日。既にお天道様が頭上に昇っているというのに関わらず、SSの訓練に行く兄を適当に見送って二度寝した麻沙音が漸く空腹によって目が覚めた。寝ぼけ眼でぼんやりとした頭から漏れ出た言葉は意味不明なものだったが、身体が空腹を訴えているという意思表示に相違無い。もぞもぞと布団から這い出た麻沙音は薄いインナーシャツと短パンというラフな格好で部屋から出て、壁に手を付けながらゆっくりと一階に降りていく。

 

 長時間の睡眠特有の口の中の気持ち悪さを解消すべく、くちゅくちゅぺっと口を濯いでから冷蔵庫から冷たい麦茶をコップへ入れて飲み干す。ぷはぁと生きた心地のする息をして、二杯目を飲んで、三杯目を食事中のものとして机に置いた。続けて冷蔵庫から奈々瀬お母さんお手製の朝食兼昼食の少し柔らかく茹でられたうどんを取り出し、薬味の乗った小皿を退けてつゆをかけてレンジに放り込んだ。冷たいままでも良いが、少しだけ怠い身体は食べやすいものを欲していたため無意識にやったようだった。

 

「あぁ~~~~っ、奈々瀬ニウムが染み渡るぅ……。カツオと昆布のお出汁美味しぃ」

 

 何せ態々昆布と鰹節から取った出汁をめんつゆに混ぜる豪華なものだ。これを、喜んでくれるかしらと善意たっぷりな表情で作るのだから、奈々瀬の女子力の高さが見受けられる。ちゅるちゅると可愛い音を立てながら、薬味を加えて一味変わった出汁つゆまでも飲み干した麻沙音は満足そうな表情で笑みを浮かべた。綺麗な部屋で美味しい物を食べる事の優越感。そして、それが憧れの奈々瀬のお手製なのだから尚更にだ。

 

 淳之介たちが買ってきてくれたカプセル型の痛み止めのおかげか、それとも心境的に凄く軽くなっているからか、生理痛の重さは殆ど気になるものではなかった。一昨日の重さが嘘みたいに軽くなっていたのは佳境に入ったからかもしれない。しかし、ああして自分のために色々としてくれたのが今でも嬉しい気分として残っていて特効薬になっているに違いなかった。

 

「……でへへぇ」

 

 思い出すのはこれでもかと那須に頭を撫でて貰った膝枕の事だ。超絶美少女(男)の膝枕に加えて気持ちの良い手漉きをしてくれた時の感覚は未だに残っている。思い返せば頭を撫でて貰っている時の感覚が蘇るようであった。

 

 にしてもだ。随分と手慣れていたように感じる、と野生染みた乙女の勘が働く。まるで自分にしていた事を日課のようにやっていた、そんな感じがするのだ。あの時は気持ち良さから精神が溶けていたため質問する事ができなかった。そのため、何となく心にもやっとしたものを今頃感じてしまっている。

 

 手癖で無意識に持ち歩いていたタブレットを見やる。そこには交換した那須の連絡先があり、メールを使えば疑問を解消する事ができるだろう。だが、兄に似た童貞臭い処女である妹はそれができなかった。

 

「いやだって誰かにそういうことしてたんですかだなんて聞いたらもうそれ振りじゃん。貴方の事が気になって仕方が無いのだなんていう頭乙女回路なヒロインと同じじゃんか。好きな人のことをあれこれ全部知りたいみたいなアレじゃん。……はずかし」

 

 頬を赤らめて小さく呟いた言葉を拾うものは居なかった。麻沙音としても今の心地が恋愛における恋なのかが分からなかった。女性が好き、特に頼り甲斐のあるお姉さん、それが性にどっぷり浸かった自分を受け止めてくれる人であれば尚更に良し。

 

 リードしてくれるギャルビッチが好き、と言う性癖は以上の条件を簡単に纏めたものだ。言うなれば、麻沙音は自分を受け入れてくれる人が恋しいのだ。今までは同性である母がそれを担ってくれていたし、理解ある兄が居たからこそ問題無かった。しかし、交通事故で母を失った麻沙音は、同性の受け止めてくれる人を亡くした事で天秤が傾いてしまったのだ。異性であり趣味の合う兄に、天秤の傾きはずっしりと向いていたのだ。

 

 それを見かねたのか、妹思いにして、ドスケベ条例を憎む淳之介はNLNSを立ち上げた。そこには、自分と似たような迫害された者たちが、特に性癖ぴったりな奈々瀬が所属した事で心の天秤は釣り合っていた。――そう、釣り合っていたのだ。

 

 大久那須と言う少年が加入されるまでは。

 麻沙音にとって那須は見た目が美少女の同級生の少年だった。しかし、かつての父の匂いを伴った男性らしさを魅せられて、心の天秤があっちこっちに傾き始めてしまったのだ。

 

 女性が好きなのに、目の前の少年に好感を抱いている。極めつけは、ふたなり、である。後天的に手術したそれではなく、先天的なそれ。リアルふたなり美少女少年という情報過多に麻沙音の性癖は壊れ始めていたに違いない。そもそも、男の娘が有り寄りの麻沙音だ。沙汰無しの判決が下るのも当然の事であった。

 

 つまり、橘麻沙音という女性が好きなマイノリティな少女は、ふたなり美少女少年が気になって仕方が無いのだ。最近のエロゲーの選定が男の娘ものや中性ヒロインの居るものになっているのも意識している証拠である。麻沙音が苦手としている下卑た笑みを那須はしないし、中性的な良い匂いがする事も先日の膝枕の一件で知っている。

 

「……那須さん、だったら、…………良い、かな」

 

 あ、でも那須さんがどう思うかは分からないけどなー、と自身を守るために心の防壁を設置しておくのを忘れない。そういったところを気にし過ぎてしまうあたりが、兄に童貞臭い処女と言われてしまう由縁なのだろう。だが、人の心を読む事のできない人類にとって、言葉にしていない好感度はゲームのように浮かび見えるものではない。増してや、お助けNPCのようにこっそりと好感度を教えてくれる人が現実に居る訳でもない。

 

 恋愛に対してファンタジー感を抱いてしまうのは無理も無いのだろう。

 愛されているのだと自覚できる人がどれだけ居るのか。幸い麻沙音は妹を溺愛してくれている兄のおかげで愛されている実感を持てている。だからこそ、恋愛の内の片方が分かるのであれば、もう片方も自ずと分かってしまうのだ。

 

 恋とは何だろう。それはかつてこの島で出会ったあの時のギャル風のお姉さんことロリ奈々瀬が初恋だった事もあり、自身の性癖と言える同性愛を理解した事もあって何となく分かっている。四六時中頭に浮かんでしまって、会いたいな、と、何をしているのかな、と、想ってしまう相手を指すのだろうとエロゲー脳の麻沙音は理解できてしまっている。可哀想なのしか抜けないと豪語する麻沙音とて、一般的なものをやる機会は多々ある。それは兄からの餞別と言う布教であったり、絵師や評判から興味を持ったものの含まれている。

 

 即ち恋とは――セックスがしたい相手なのだと麻沙音は結論付けた。

 そう、エッチシーンさえあれば良い、そんな事を宣うエロゲー脳だからこそ兄に童貞臭い処女と言われてしまうのである。この青藍島で幼年期を過ごした事もあり、不純物が混じっている可能性が非常に高いものの、ある意味真理なのかもしれない。

 

 相手の子を欲しい、つまりはセックスがしたい、気持ちのいい事をしたい、この人と繋がりたい、この人の事をもっと知りたい。そんな要素の掛け算の結果、この人が好き、という方程式になるのだと思ってしまうのだ。常々淳之介に奈々瀬と恋人になって交わってる所に混ぜて、だなんて言っているのはこの方程式が脳内に浮かんでいるからである。

 

「誰もが振り返るくらいの麗人でほんのり香る良い匂いがして頼り甲斐があって少し可愛くてこんな私でも優しくしてくれて……受け止めてくれる人、だもんなぁ」

 

 橘麻沙音という少女を理解した上で受け止めてくれるだろう、と日々の言動から野生の勘も含めて理解できているからこそ、シても良いかなと思える異性の那須に惹かれている節があった。そして、前に弱音を見せる姿も相まって似たようなシンパシーを感じている。それは音叉の共鳴めいた同族好感のそれであり、傷の舐め合いとも言えるそれだ。

 

 NLNSに所属する面々は何れも何処かしらにそういう一面を持っている。リーダーの淳之介然り、その妹然り、なんちゃってギャルビッチ然り、ロリバブみ先輩然り、デブゴン然り、箱入り使用人然り、狂犬対魔忍然り。人に言えない秘密を、この島では共感できない思想を、言いたくない過去を、そんな薄暗い物を持ち合わせているからこそ、結束力が生まれている。

 

 兄である淳之介が明かしていない秘密、イチモツのでかさというコンプレックスを知っているが故に、ふと麻沙音は思う。那須が未だに口にしていないが、何処か匂わせる台詞を幾つかしている時があったな、と。淳之介のインポで処女厨というカミングアウトのように、那須のふたなりのカミングアウトは似ているものだ。つまり、もう一つ、絶対に知られたくない何かがあるんじゃないかなと邪推してしまった。

 

 ――ボクみたいなのが。

 麻沙音の野生染みた勘がそのワードを囁いた。

 

 那須は弱気になる場面では口癖のように、自身をこき下ろしていたように思えた。過去にやったエロゲーの内容を脳内検索して似たようなシチュエーションを抜粋し、それらに共通する点が自身の生まれに対しての物が多い事に気付く。

 

 妾の子だとか忌み児だったり、クローンだったり化け物だったり、いじめられっ子だったり黒幕の子供だったりと色々あるが、そういったヒロインに関して言えるのは、肯定してくれる主人公を求めているという点だろう。それらをひっくるめてお前が好きなんだよと叫ぶ熱い主人公の台詞は格好良いものだと認識している。

 

 実際そういうシチュエーションは結構好きな分類に入ると麻沙音は思う。特に結構手遅れな感じで死亡するフラグではないものの社会復帰は無理だろという感じの壊れ方をしている可哀想な感じが程良く精神的に抜けるのだった。特に過去に汚されまくって今の清楚な一面とは裏腹なやべー性癖を拗らせているシチュも良いな、と思ってしまうのが麻沙音である。

 

 ――逃げても良いんじゃないですか?

 

 ふと、知らず知らずに主人公めいた言葉で口説いていた事を思い出す。あの時は自分の過去を思い出してつい言ってしまっていたが、エロゲーではあるあるな過去投影系決め台詞のそれに当てはまるものだった。それはまるで、麻沙音が主人公で那須がヒロインという配役だ。

 

「あっ、…………あ゛ぁ゛~~~~~っ!?」

 

 思わずソファに飛び込んでクッションに顔を埋めて絶叫してしまう。なんつー恥ずかしい事を言っていたのか、と過去の自分に言ってやりたい気持ちになっていた。人はそれを黒歴史と呼ぶ。まるでエロゲーのキャラクターみたいな事を言ってしまっていたと麻沙音はぽふぽふとクッションを叩きながら、声にならない絶叫によって羞恥を流そうと画策していた。

 

「中二病の兄じゃあるまいし……、私は何という事を……」

 

 数分後に感情を出してすっきりしたのか、へへっ、と薄ら笑うように自嘲する麻沙音の姿があった。先程までは急激な奈々瀬ニウム摂取によるトリップが原因だろうと脳内の専門家が宣ったが、微弱な那須ニウムが未だにリビングに残っている可能性があるかもしれない。羞恥で若干身体が火照ってしまったのもあって、喉が渇いたと麦茶を一杯飲み干した麻沙音はこう考えた。まぁ、分かる時が来るさ、いずれな、と未来の自分に色々と投げたのであった。




此処だけの話、姫初めの日に投稿しようとしていたのにElona_oomsestで邪悪武器に初挑戦してて予約投稿を忘れてた作者が居るらしいですよ(ねぅねぅ

新年あけましておめでとうございます、今年も稚拙な文ですが楽しんで頂けると幸いです。


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短小な防衛線。

 ヌーディストビーチを見渡せる位置に私服の那須は死んだ目をして立っていた。桐香からSS訓練生が訓練の一環としてビーチガイドを手伝うと聞かされていたためだ。もはや終末染みた週末のヌーディストビーチは大変な賑わいと交わいを魅せていた。

 

「……うわぁ。…………うわぁ」

 

 海を除いてほぼほぼ肌色な光景は健全な青年として性欲は込み上げてくるものの、飛び交う青藍島言語と盛った獣染みた乱交具合に理性がテンションを下げていた。彼方此方で素っ裸な男女が交わっては入れ替わり、よくもまぁ萎えないものだなと那須は辟易していた。

 

 もっとも、青藍島に入島するための審査場で一定水準以下の顔面偏差値の者は拒まれるため、入島用の船に乗る事すらできないのを考えると当然なのだろう。この島は性に特化している島だが、あくまで島おこしのために条例を敷いている。

 

 そのため、お互いに嫌悪感を抱かないように、第一印象でアウトな者は入島を許可されない。故に、この島に居る者は、島住を決めた者たち以外の顔面偏差値は中の上の者に限られている。こういった背景があるため、こうも安易にスワッピングできる環境が整っている。

 

「あぁんっ、ディルドぉ! どうして貴方はっ、ディルドなのぉっ!」

「お言葉通り頂戴いたしましょう、ただ一言、これをおちんぽと呼んでください。さすれば新しく生まれ変わったも同然、今日からはもう、ディルドではなくなります孕めおら!」

 

 そして、加えてこのハイテンションだ。青藍島初心者と熟練者の違いはこの青藍島言語の使い方の洗練さにあると言っても良い。カモンベイベー、と言わんばかりのテンションでこれをぶっ放すため、段々とテンションが上がって行き脳内麻薬がどぱどぱと作られて会話が進むのである。それはまるで飲み会で出来上がったゆるふわ酔っ払いのテンションの如く、一人二人と感染するように熱を帯びて行き火炎旋風を巻き起こすように増えていく。その結果がこれである。南国のビーチで乱交三昧という光景が出来上がるのだ。

 

 段々と目が死んでいく那須は早くこの場に居るであろう淳之介を探そうと視線を動かす。そのせいで見たくも無い痴態を見る事になり、見つけるまでの数分の間ハイライトが期限切れのライトのように消えかかる事となる。

 

 漸く見つけた淳之介はやや慣れた様子でヌーディストビーチの魑魅魍魎を捌いているようだった。インポ枠として居るため直に対応する事は無く、差ながらセールスマンのようなトークで他のSS隊員にパスするように対応している。SS側の配慮がしっかりとされている事を確認できて那須は一つ安堵の息を吐いた。

 

 SSに訓練生として潜入させた発端でもあるため、淳之介が不愉快な目に遭っていないかどうかの確認をしたかったのだった。杞憂だったなと小さな溜息を吐いて、ある程度観察し終えたら離れるかな、と思った矢先の事だった。

 

「君、強いでしょ?」

 

 その声は何処かふわふわとする心地にする良いもので、その中に潜んだ戦闘狂の本性が垣間見えてチグハグなものになっていた。視線を向ければ、ただでさえ痴女痴女しいSS女性制服であるのに関わらず、ブラトップ型の胸当てではなく乳首を隠すためのシール、所謂ニップレスを付けただけの少女が其処に立っていた。

 

 確か、と那須が記憶を探ればSS一番隊隊長の女部田郁子と言う名前を思い出した。桐香曰く、戦闘狂で色狂い。楽観的な脳筋タイプでありながら、常識的な一面も持つ少女であると言った説明を受けていた。そして、もしもがあれば、彼女は那須に突っかかってくるであろう人物であろうとも。

 

「先輩、サボりはダメですよ」

「あははー、これも職務だからへーきだよ。それに、ビーチに居るのに裸じゃない違反者を取り締まるっていう大義名分があるんだー」

「……くっそめんどくさ」

「今なんかキャラがブレるような悪態付かなかった?」

「気のせいですよ。それにここはビーチに面しているというだけで内側じゃないので、その大義名分はボクには通じませんよ」

「だよねー。じゃあ、これはどうかな?」

 

 郁子はのらりくらりと御託を宣う那須に近づくと、真正面から抱き締めた。豊満に育った双丘が薄いシャツに押し付けられ、那須の胸板で形を崩した。ニップレスも柔らかい素材で出来ているようで、那須の胸板に押し付けられた時に違和感を持たせない。

 

 だが、違和感を感じるのは那須ではなく、押し付けた郁子の方だった。

 郁子はその性格から過剰なスキンシップを取る事が多く、女性同士でも前から抱き合う事も多々ある。だからこそ、気付いてしまう。那須から男性からは感じない特有の弾力の返しがある事に。薄いシャツ越しに確かに感じるその弾力は女性の胸のそれであり、郁子の鋭い感性がそれがさらしによって隠された乳房である事を看破してしまった。

 

「これが、なんですか?」

「えっ、えっ? 君、お、女の子なの?」

「いえ、男ですよ?」

「でも、この感触は間違いなくちっぱい……。もしかして、チクニーとかよくする?」

「いえ、産まれてこの方その自慰はした事ないですね」

「……せ、先天的な感じ?」

「そうですね、届け出はしていませんがそういう体質なもので」

「そ、そっかー……。なんかごめんね?」

「構いませんよ。もう慣れたので」

「それじゃ、お詫びって事でぇ」

 

 やや困惑した様子で申し訳なさそうな表情になった郁子は押し付けたまま、そっと那須の細い腰に左手を回し、右手を黒いチノパンの股間部へと当てた。そして、段々と声色を甘くして淫靡な笑みを浮かべた。

 

「お姉さんが気持ちの良いこと、し・て・あ・げ・る♥」

「――え?」

 

 枝垂れながら郁子はそう耳元に囁くように甘ったるい声を擽らせた。今まで感じた事の無い未知な感覚に那須はただただ困惑した。脳が擽られるようなふわふわとした感覚が冷えた体を温める湯のように浸透していく感覚。のぼせるようにぼーっとした心地に陥っていく自身の身体に困惑せざるを得なかった。

 

 何せ、那須の身体は自身が持つ媚毒の術によって媚薬関連に対して無効する耐性を持っている。なのに、今感じているそれは媚薬に似たそれであり、似て非なるモノであると那須の勘が囁いている。

 

「ほら、段々と血が集まっていく……。すーり、すり。すーり、すり。次第にアソコが温かくなっていく……。すりすり、すーりすり。此処に温かさが集まって、どんどんおっきくなっていく……。すりすり、すりすり。硬ーくなっていく……」

 

 そして、郁子自慢の催眠誘導ボイスによって下半身に血が集まっていく感覚が始まってしまった。すーりすーりという耳元で囁かれる甘い声に合わせてしなやかな右手が那須の股間を撫でる。段々と硬度を上げていく手応えを感じる郁子は、男性らしい反応に内心安堵しつつ、笑みを浮かべて――段々と困惑し始めた。

 

 郁子はセックスの虜になっている事を自覚しているため、幾多も身体を重ねた戦歴を持っている。だからこそ、こうして前戯として相手の気持ちを昂らせるために奉仕をする事は珍しくない。もっとも、一番隊隊長という肩書もあり、こうして自ら率先して奉仕をするのは久しぶりの事だった。精々が上から撫でて勃起したのを確認したら捕食する、そんなスピーディなセックスが多いし、相手も魅力的な声に溺れて押し倒してくる事が多いからだ。

 

「すっごぉい♥」

 

 故に、今も尚膨張し続けて、右掌を越えて右手首にまで硬さを感じる那須の勃起具合に興奮が高まっていた。今まで食べてきた男性器が短小に感じる程に、那須のそれは魅力的で雄々しいイチモツであった。

 

 シャツは外に出しているためベルトを押し上げる程に膨張したそれの姿を見る事は無かったが、過去最大級のそれに郁子の勘は囁くどころか叫んでいた。これ以上のモノは無い、と。ごくりと生唾を飲んだ郁子はとろんとした雌顔で、発情し始めた身体の火照りを誤魔化す事なく、那須の身体に強く抱き締めた。絶対に逃がさない、これを自分のモノにする、と猛る色狂いの本性が下卑た笑みを浮かべた。

 

「それじゃ、しよっか♥」

「しません」

 

 酷く冷たい声を返された郁子は戸惑いの表情を浮かべて、急速に熱を失っていく右手の感覚に焦りを覚えた。あれ程までに怒張していた男性器は空気の抜けた風船のように萎んで行き、やがて膨らみは消え失せてしまった。消えていく熱に焦った表情で淫靡な手付きで奉仕をするものの、それを取り戻す事は叶わなかった。

 

 対して、催眠誘導ボイスと言う初めて食らった攻撃に動揺と困惑を浮かべていた那須だったが、スイッチを切るように自身の身体をコントロールして勃起を強制終了させていた。傍目から見ればスンッと真顔になって冷静を取り戻したように見えた事だろう。

 

 何を隠そう彼は対魔忍である。忍の授業の一つに房中術が存在し、性欲のコントロールをできるようにするのは当然の事である。もっとも、それをしっかりと完了できるのは今の世代では一握りのもので、大半は練習ではできてもいざと言う時に陥落するケースが多いのは言うまでもない。今や対魔忍のアヘ顔は珍しいものでは無いからだ。

 

 がーんっとショックを受けた表情で那須を見やる郁子。この火照りをどうすれば良いのか、と彼女らしくない様子で、しおらしい態度で見つめる。性欲と言うものは冷水を打っただけでは発散できるものではない。性獣の王めいた郁子であるならば尚更に、内股になって擦り合わせる様子はもどかしいものであった。

 

 どうしたものか、と同じくらいの背丈のため見つめ合ったままで那須は思う。先手を取られたものの一般人である郁子にどうこうするつもりはないため、このまま穏便に終わらせたいのが実情である。しかし、こうも恍惚とした瞳で見つめられると罪悪感を感じてしまう。敵であればぶち殺せば良いが、そうはいかないのが現状である。

 

 辺りを見回し、視界に入ったのは何やら浅瀬の方でトラブルを解消したらしい様子の淳之介と見知らぬ男性の姿だった。彼に助けを求めるか、と一瞬だけ視線を強めて殺気を放つ。非常に軽いもののため視線を受けた事だけが感じ取れるだろう、というぐらいだ。

 

 それに対し、反応したのは二人だった。一人は淳之介で、もう一人はその隣に居た優男だ。振り向くように那須へ視線を向けた二人のシンクロ率は高く、ぶつけた淳之介はともかく、範囲から離れている優男が反応するのはおかしい。

 

 それを察したのか優男は咄嗟に淳之介へとそのまま顔を動かした。つまり、淳之介がいきなり振り向いたからそれに反応したのだとカモフラージュを行なっていた。ただ、それを見抜けない対魔忍ではない。随分と面倒な者に魅入られたな、と淳之介の運の悪さに那須は一つ溜息を吐いた。

 

「こら郁子! お前は桐香様のフォローに入っていた筈だろう!」

「えっ、あっ!? ちょ、レイちゃん!? これはその、見逃して!」

「ゆ゛る゛さ゛ん゛! 良いか! 私たちは皆SSなんだ! 皆の模範となるべき存在だ! それをお前は何度も幾度もイクイクと! 新人も居るんだぞ、これ以上恥部を晒すな! 分かったな!?」

「あぁ~待ってよレイちゃん! 後生、後生だからぁ!! た、助けてダーリン!」

「ダーリンだぁ? ……って、大久か。すまないな、この馬鹿は此方で何とかしておくから行って良いぞ」

「え、ええ。そうしてください。その、大変ですね」

「……分かってくれるか」

「それと、ボクの事は那須と呼んでください。苗字で呼ばれるのは好きじゃないので」

「む、そうなのか。それじゃあ那須君、良い週末を。ほら、仕事へ行くぞ!」

「あーんっ! 待ってぇ! あんな優良物件逃すだなんてぇ! あぁ~~!」

 

 首根っこを掴まれた猫のように引き摺られていく郁子を礼が憤怒の表情で回収して行った。淳之介にコンタクトを取った意味が無くなったものの、状況を脱したからいいか、と那須は肩を落として溜息を吐いた。淳之介の方を見やれば乾いた笑みを浮かべていた。どうやら今の光景は見飽きる程に繰り返されているものらしかった。

 

 今の騒動に乗じて淳之介の隣に居た優男の姿は既に無く、要マーク対象だと那須は気持ちを引き締める。微弱ながらも殺気を感じ取れる者が表の人間である筈が無い。少し対応を間違えたな、と那須は一つ溜息を吐いた。




此処だけの話、五車学園の授業って忍らしいもの無さそうなんですよね。戦闘訓練ぐらいのような気がします。房中術の授業があるなら、処女の対魔忍が居る事に違和感を持たざるを得ないという。または、自慰レベルの房中術とか座学のみだったりするんだろうか?

評価バーに色が何時の間にかついててびっくりしました。
作者が喋りたがりなので感想に対して返信はしておりませんが、しっかりと見させて頂いております。
(返信で今後の展望を語ったり言質めいた事を宣ったりと馬鹿をやらかしかねないので)

励みになりますので、気軽に感想を投げてくれると喜びます。


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セーラ服出勤。

 特段何も無かった日曜日の翌日。週明けの登校日に辟易どころかセク逝きする生徒ばかりの通学路を目の据わった那須は歩いていた。その中性的な容姿からは考えられないような双眸の物々しさに気軽に話しかけられる者は居らず、視界に入れた瞬間に怖気る子犬のような声を漏らして道を譲る光景が見られていた。

 

 彼がこんな風になっているのは、昨晩桐香から送られてきた一通のメッセージのせいであった。

 

 ――そう言えば、今年は校外実習があるみたいですよ。

 

 水乃月学園は島に建てられた唯一の学校施設であり、教育と言う分野においては真面目な一面を持っている。もっとも、内容としては知育もとい痴育教育のそれであり、ドスケベナイズされた文法や例文が飛び交い、精子と愛液が交わる場所でもある。そんな学園の校外実習がまともである筈が無い、そう決め付けてしまうのも無理は無いのだろう。お役目を終えたプニキの如く目頭を指で摘まんで目の錯覚を疑ってから、もう一度その一文を見て那須が絶句したのは言うまでもない。

 

「……冗談じゃねぇぞ……」

 

 それから死んだ目で情報収集の時間を過ごし、今年は、と言う単語から今頃の淫スタの過去ログを数年分読み込んだ結果、それはもうとんでもない爆弾が埋まっていたのである。

 

 その名も、林間学校――ではなく、輪姦学校。サブタイトルは、囲んでハメて燃エロ性春、という明らかにやべー奴が考えた内容のそれであった。

 

「えー、それでは、皆さんしおりは回りましたでしょうか。では、えー、説明に入ります」

 

 詳細は朝のホームルームに老子担任により渡された、薄い本よりも遥かに薄い輪姦学校のしおりにしっかりと書かれていた。一泊二日の校外実習であり、ハイキングコースの頂上にあるログハウス群を貸し切りにしてただひたすらにまぐわうという名前のまんまのそれ。

 

 一年生の恒例行事として体育祭の前に開催されていたが、ログハウスの老朽化から建て直しが必要になったため昨年は中止になっていたようだった。B等部から新しい校舎に移り、心身の性長を再認識してもらう事のほかに、転校生や転入生、違うクラスメイトとハメて仲良くするという目的があるらしい。

 

 もっとも、ドスケベ条例の発足初期に考えられたものであるため、皆で裸になれば怖くない、という同調圧力による洗脳教育の名残であるらしい。当時は先生やSHOの指導のもと、レクリエーション形式で輪になって30分毎に女子生徒が隣に移る形でスワッピングし続けるというものもあったらしいが、今では条例は肯定されるものとなっているので形骸化しているらしい。ログハウスや集会場でセックスし続けるものになっているようだった。

 

 この島の住人はセックスをする事に忌避感を持たない。それは既にコミュニケーションの一環として認知されているためであり、しない者は異端であると島を牛耳るSHOによって痴育教育を施されているからだ。故に、表紙、日時、に次ぐしおりの3ページ目に書かれたスケジュールには非常にシンプルな単語が書かれていた。

 

 ――乱交。

 

 唖然とするかも知れないがマジである。一度見て、二度見て、もっかい見てもその事実は変わらないものであった。普通であればタイムスケジュールが掛かれている筈のそこにあるにはその二文字だけ。まさかの暴挙に前の席の麻沙音が宇宙猫めいた放心をしている程だ。ちなみに那須もまた、どうして、とヘルメットを被った猫が受話器を持っているかのような放心をしていた。

 やがて、宇宙猫がどうして、と混ざって絶望の表情を浮かべていた。

 

「……その悪夢めいた行事が木曜日にある、と」

 

 放心している間に時間は無情にも進んで行き、時計の針は既に放課後へと突入していた。秘密基地にて死んだ目をした二人に驚愕した淳之介たちが問い質した結果の一言目がそれである。無言で頷いた二人は片やすっぽりとダンボールへと埋まり、片や換気扇の下で通算10本目の煙草に手を出していた。その哀れな様子に淳之介たちは同情せざるを得なかった。普段は苦手とする那須に対してビクつく文乃ですら程良い温かさのお茶をそっと出す歩み寄りをする程であった。

 

 NLNSの活動としてこういったイベントに対して対策を練り、集団的な協力によって突破するのが常である。である、のだが。悲しい事ながらこれに対して対策を練るのは無理であるという結論が見えていた。

 

 何せ、このイベントに参加したのがヒナミのみであるからだ。そのヒナミでさえ礼による徹底的なガードにより、ただの林間学校のイベントに成り下がっている。昨年の対象者である筈の奈々瀬と美岬は、建て直しによるイベント中止によって参加しておらず、淳之介は言わずもがなである。過去の情報を拾い集めても、すっげー乱交だった、という頭青藍島めいた内容しか残っていないため、お手上げ状態であった。

 かつてないピンチに一年生組のテンションが死んでいるのも無理も無いだろう。

 

「……どうするのよ、淳」

「どうするって言ってもな……」

「アドバイスをしようにも私たちの時は中止でしたし……」

「唯一の参加者の私も、参加してたって言う感じじゃないしなぁ……。ごめんね、役に立てない先輩で……」

「ヒナミ様、どうか気を落とさずに……。そんな破廉恥な宴に毒されなくて良かったのだと、そう思うべきでしょう」

「そうだな、葉琴の言う通りだ。こんなやべーイベントで無傷だった事を喜ぶべきですよ」

「狭い上に、教師の監視もあって、内容が内容なこれを被害無しで越えたってのは本当に凄い事だと思いますよ。……まぁ、実際に開催されても私は影が薄すぎて誘われる事無く終わるんでしょうけどね……」

「今回ばかりは良い事じゃないかしら? その、流石にこのイベントで、は、初めてを失うってのはどうかと思うし……」

「……そう言えば、此処に居る人たち全員処女ですもんね。よくもまぁこの島で守り通せてますよね」

 

 そう感慨深げに煙草を灰皿に潰しながら呟いた那須の言葉に全員が視線を集める。彼女らの表情が同意による頷きから、この場で言った意味を理解して顔を赤らめるのに五秒も要らなかった。淳之介の居ない場であれば割と下ネタ混じりの会話をする彼女たちであっても、男性の居る場でそれをする事は無い。だが、那須という少年は少女でもあり、こういった話題をしれっと言える側の人間である。故に、男性である淳之介が居るのに関わらず口走ったのだった。

 

 これに対し、一番の反応を見せたのは意外にも淳之介だった。在り得ないものを見た、と言った様子で隣の奈々瀬を見やったのである。何せこの精神童貞は今の今までギャルビッチであると決めつけていた当初よりかはそう思っていないものの、無意識的に奈々瀬は処女では無いだろうと思っていたのである。

 

 驚愕の表情を浮かべた視線を受けた奈々瀬と言うと、暴露された羞恥とまだお前勘違いしてたのかと言う怒りによって感情が入り混じった表情を浮かべていた。瞳をぐるぐると回転させるのを幻視する程にテンパっていた。

 

 そう、このなんちゃってギャルビッチ奈々瀬は予想外に弱い一面を持っており、テンパったテンションでなんとかしてやらぁという間違った方向に走る可愛い女の子なのである。かつて誤魔化すためにゲーセンでチ〇コの達人をプレイするような愚行をするような奈々瀬だ。尚、実はその時、金欠の淳之介がジョイスティンポのバイトをしていたため、奈々瀬の初握りを経験していたりするのは余談である。

 

「おいこら淳!?」

「す、すまん! 未だに疑ってたのは事実だが、だって、なぁ?」

「なぁ、じゃないんだが?」

「待て奈々瀬! 仕方が無いだろ! その、奈々瀬なら一人や二人くらい手玉に取ってそうだなって」

「こんなにキレーな人が処女な訳が無い、って事ですよ奈々瀬しゃん。だから兄はさっさと奈々瀬さんと物理的に繋がるべきそうすべき」

「――――ッ!?」

 

 林檎のように顔を真っ赤にした奈々瀬を直視してしまった淳之介もまた頬を染めてしまった。限界ぎりぎりでぷるぷると羞恥に悶える様子が不覚にも可愛いと思ってしまったのだ。それに同意するように確かに、と他の女性陣も頷く程に今の奈々瀬は普段の余裕ある様子を崩していて可愛らしいものだった。

 

「そ、それにしても、二日後なのよね。対策を考えるべきなのだわそうなのだわ」

「語尾がバグってるぞ奈々瀬。アサちゃんの方はその、月のモノで回避できたりするんじゃないか?」

「……無理だよ。だって先週に生理で休みますって言っちゃったし」

「あっ、そうだったな……」

「へへっ、年貢の納め時って奴なのかな……」

「麻沙音ちゃん……、そんなの、駄目だよ。やっぱり、初めてのトキは好きな人としたいもんね……。どうにかできないかな」

「開催場所はハイキングコースのあるあの山の頂上の広場、ですよね。近くに潜伏できる場所を設営して時折戻って点呼とかをやり過ごす、とかでしょうか」

「あの辺りは隠れる場所は多いですが、ログハウスから距離がある上に柵を越えないといけません。柵の下は崖となっておりますので、難しいかと」

「……こうなったら最終手段としてお尻に美少女フィギュアを」

「それするくらいなら舌噛み切った方がマシだから」

「うぅ……、ガチガチなトーンで言われてしまいましたぁ……」

 

 項垂れる美岬に対して凍てつく波動が出そうな程に冷たい表情で麻沙音が吐き捨てた。そのガチな返答に苦笑していた那須であるが、段々と乾いた笑みになっていた。他人事であればもう少し笑えていただろうが、まさかの当事者のため全く笑えなかった。いっその事、自身の媚毒の術を散布して熱狂させる事で逃げ出してやろうかなと思う程に追い詰められている。

 

 通算十三本目の煙草を咥えて火を付けた。もはや打つ手無し、迅速且つ柔軟に臨機応変するしか無いのだろうか。そんな雰囲気が秘密基地に漂い始め、激流に身を任せてどうかするしか無いのかと紫煙が換気扇へと流れて行く。かつてない絶望感に襲われていた。

 

 この案件をどうにかせねば、と那須は麻沙音を見やる。そして、同じ心地だったのか麻沙音もまた那須を見ていた。何か手を打たなければ目の前の貞操が危ないのだと、否が応でも理解せざるを得ないのである。

 

((他の誰かに奪われるくらいなら――))

 

 そう、思ってしまうのも無理も無い事だろう。だが、そこにはまだ愛は無いのだ。それではNLNSの指標に背く事になってしまう。NoLove.NoSexの略称こそ、この秘密組織の在り方だ。それを破ってしまえば二人は異端の仲間入りだ。悲痛に見つめ合う二人を見て、誰もが顔を顰めた。二人が何をしたんだ、と叫びたいくらいの怒りが込み上がる。そんな感情の発露を察した文乃はそっと目を伏せた。この光景こそ自身の罪だと胸を痛めてしまう、そんな心優しき少女だ。

 

 そんな雰囲気を破るようにガタガタと唸る音が聞こえた。それは灰皿に隣接した那須のタブレットのバイブレーションだった。麻沙音から視線を外し、液晶に映った着信の相手は――。




此処だけの話、ハーメルンの広告にまんが王国が載ったトキに、何とも言えないときめきを感じたよね。


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光る股間。

 運命の木曜日、輪姦学校当日――。

 

「……どうしてこうなった」

 

 死んだ目をしながら煙草を咥えた那須の耳に鹿威しの小気味良い音が届いていた。

 青藍島にはかつて旧日本軍が井戸を掘る際に出泉した天然の温泉を用いた温泉旅館が存在している。古き良き木造の旅館であったが、今では名を変えて混浴温泉と言う名称で経営されており、源泉かけ流しのためメタケイ酸を多く含む事から美人湯として名を馳せる青藍島スポットの一つとなっている。

 

 天然の保湿成分と称されるメタケイ酸は新陳代謝を高め、肌をツルペタロリ並みに綺麗にしてくれる効能を持っている。そして混浴温泉の源泉は濁り湯であり、それも白濁液並みの乳白色をしているため風呂場プレイも安心と人気の一つだ。

 

 かつては松竹梅に数字記号を合わせた部屋番号であったが、混浴温泉と名を変えてからは豚犬馬に数字番号と言う倒錯染みたものに変わっている。動物愛護法によって取り締まられてしまうため該当する動物は飼われていない。

 

 それの詫びと言わんばかりに、押し入れの布団が入っていない下段スペースに動物ディルドが備わっているのでプレイも捗る事だろう。勿論ながら混浴温泉の成分を含んだローションも付属しており、これを目当てに来る奇特な客も居るとか居ないとか。

 

「……はぁ」

 

 吸い殻をガラスの灰皿に放り投げるように捨てて冷めたお茶を少量零して消火した。その時の音は那須の少しだけ残っていた気力が消える音と酷似していた。二つ目の溜息を吐いた那須は旅館の一室、馬の部屋一本と言う狂ったような部屋名の窓前で椅子に身を投げ出していた。

 

 椅子の背に沿うように部屋へ顔を向ければ、壁際に置かれた“三人分”の荷物が置かれているのが見える。そして、早速と言わんばかりに一つの鞄からタブレットの充電コードが伸びてコンセントに刺さっているあたりくつろぎ度がガチである事が見受けられる。

 

 そう、本日この部屋に泊まるのは那須だけでは無い。何処に出しても恥ずかしい生徒会長の冷泉院桐香、そして、秘密組織NLNSの情報担当である橘麻沙音である。

 男女女、一部屋、一泊二日。何も起きない筈も無く……。

 

 桐香に背を押される形で部屋に内蔵された西洋風のバスルームで着替えている声が時折聞こえてくる。もっとも、その内容はあたふたする麻沙音の奮闘と困惑と呆れの三重奏であり、にこにことおかーさんおねがいーと言わんばかりに着替える事を諦めたとーかちゃんの世話の声である。

 

 輪姦学校のしおりが配られた放課後。那須のタブレットを鳴らしたのは桐香であった。内容は、輪姦学校を回避する用意があるのですが、と言うお誘いだった。

 

「……多忙過ぎた生徒会長への労い、と言う名の隔離、かぁ」

 

 冷泉院桐香と言う少女は水乃月学園において高嶺の華として認知されている。そんな少女が乱交の渦に巻き込まれたらどうなるか。教師陣の解答は渦の中心となる、であった。

 

 普段生徒会長としての職務により多忙な桐香が乱交イベントに参加する時間は無い、筈だったのだが、那須の手助けによってある程度の余暇を得られる程に改善されてしまったため参加の意向を示したのが事の始まりである。

 

 美しい人形めいた美貌を持つ桐香に男子の性欲の肉棒が向いてしまった場合、乱交イベントは輪姦イベントになってしまい、当初の目的を果たせなくなると危惧した教師陣の苦渋の選択だったらしい。

 

 名前通りになるのが企画倒れという世にも奇妙な事だが、実際そうなる光景が見えているので英断だっただろう。桐香を抱ける、そう意気込んでいた一年生男子は多い。そして、同様の事が那須にも言えたのである。この場合は女子からの肉欲が迫る事となる。そのため、那須もこの隔離の一人に選ばれた訳なのだが。

 

「ふふん、良かれと思って、那須さんの性欲が強過ぎて私だけでは受け止めきれないという理由を付けて麻沙音さんも呼んだのでした♪」

「あ゛っ、待って冷泉院さん! 帯! 帯締めてないから!」

「きゃっきゃっ、やぁん♪」

 

 ガチャンバタンと扉を開けて飛び出そうとした半裸の桐香が麻沙音に回収されていた。もっとも、教師陣はそれを理由として頷いては居らず、単純に普段から体調不良を訴える麻沙音をこのイベントに参加させるのは危険だろうという判断からである。

 

 教師陣から見た那須という生徒は、チン勉で真面目な性徒と言う印象であり、んな訳無いだろうけどまぁ生徒会長が言うなら、と言う感じでオーケーを出したのであった。実際問題、この二人だけでは数時間で那須は抱き潰せるポテンシャルを持っているので間違ってはいないのが皮肉だろう。

 

 そんなこんなで、混浴温泉一泊二日のお泊りが実現してしまったのだった。

 ちなみに、その電話を受けた時のNLNSメンバーの視線は生暖かいものであった事を追記しておく。具体的にはあらあらまぁまぁと言う具合の温度である。その時の二人の顔は完熟したトマトのように赤かったのは言うまでもないだろう。

 

「うふふ、御着替え完了です♪」

「ぜぇ……はぁ、お母さんに結構負担掛けてたんだなぁって実感できちゃったよ。同級生相手に」

「お疲れ様、麻沙音さん。ちなみに上手く着せないと吐くらしいよ」

「え゛っ、あの時若干えづいてたのそういう事だったの……」

「さて、那須さん。同級生の浴衣はどうですか?」

「よくもまぁ平然と言えたもんだね……。はぁ、似合ってるよ。これで良いかい」

「んー……、欲しかったリアクションとは違いますが、まぁ、良いでしょう。それでは、早速温泉に行きましょうか」

「行かないけど?」

「今、なんと?」

 

 きょとんと首を傾げた桐香に呆れ口調で那須は投げやりに言った。

 

「行かないって言ってるんだよ。文字通り混浴の温泉なんだろ此処。地雷原だって分かってるのに行く訳無いでしょ」

「ふふっ、そう言うと思って――家族風呂の方を貸し切りにしてあります♪」

「……用意周到が過ぎる、と言うかSSの名前でそこまでできるの?」

「いえ、此方は教師の方々からのお節介のようですね。一応私たち輪姦学校の代わりとして来ていますので、あくまで生徒間の性産的活動が望ましいのでしょう」

「あぁ……、そういやそうだったね」

「あはは……、まぁ、絶望的なイベントを回避できた事を喜びましょうよ那須さん」

「それもそうだね……」

 

 散々はしゃいだであろう桐香を見事着替えさせた麻沙音がやや疲れ気味に那須の対面に座る。座った時の反動でたゆんと揺れたそれをつい目で追ってしまった那須は、対魔忍の優れた視力によって爪先から頭まで一瞬で舐め見てしまう。

 

 贅肉が程良く乗った悩ましい曲線が薄い浴衣によって浮彫になり、豊満寄りの双丘の北半球がやや着崩れた胸元から見えてしまっている。桐香の世話をしたからかほんのりと汗をかいた火照った肌が艶やかに感じてしまう。

 

 最近ご無沙汰と言う事もあって、鎮めている筈の性欲の鎌首が持ち上がりそうになる。言うなれば、那須は何処か色っぽい麻沙音に見惚れてしまっていたのだった。そんな様子をにまーっと笑みを浮かべた桐香が見抜く。楽しそうに口角をこっそりと上げて、そうだわ、と思いついたそれを実行すべく動き出した。

 

「那須さん、少し麻沙音さんとお喋りをしたいのですがよろしいですか?」

「別にボクに断りを入れる必要は……って、ああ、そういう事か。……はぁ。なら、三十分くらい温泉入ってくるよ。あんまり無茶振りしちゃ駄目だからね」

「うふふ、分かっていますよ♪ では、お先にどーぞ」

「……はぁ、何を考えているんだか」

 

 言外に席を外して欲しいと言われたのだと理解した那須は溜息を吐いてから、手拭いなどを押し入れから出して予備のインナーを包んだ。あっさりと立ち上がったのを麻沙音はぽかんと見送り、引き戸が閉じられた音ではっと正気に戻った。先程まで那須が座っていた場所に上品な所作で座った桐香から発せられる無意識的な圧に、野生の本能が警鐘を鳴らして何をする気だと臨戦態勢へと陥る麻沙音。

 

「ふふっ、そう硬くならなくても大丈夫ですよ麻沙音さん」

「……いやいや、貴女うちの組織の敵でしょうが。それも木っ端じゃなくて頂点」

「もし、私にその気があれば、今の状況は無いでしょう?」

「それもそうだけど……」

「それに、先輩の妹さんですもの。手荒な真似をする気は毛頭ありませんし、何より那須さんの信頼を裏切る事になります。……その、まだ死にたくないです」

「あっ、うん……。何だろう、凄く安心した」

 

 さーっと青褪めてからしわしわ顔になった桐香の表情を見て、少しだけ目の前の少女が年相応に感じてしまった。あんまり怖くないなと内心で独り言ちた麻沙音は、差し出された昆布茶の入った湯飲みを受け取って口を付けた。

 

「それで?」

「わたし、先輩に、貴女のお兄さんに恋をしてるんです」

「ぶはっ」

「そして、それを那須さんに後押しされる形で応援されてまして」

「げほっ、げほっ!」

「なので、御返しに那須さんにも幸せになって貰おうと思い立ちまして」

「ごほっ、マジで……?」

「はい♪ マジですよ」

 

 愛する兄に対して恋慕している同級生の発覚と実の仲間から支援されているというとんでもない暴露をされた麻沙音は昆布茶を飲んだ後に驚きのあまり咽てしまった。そして、続く言葉に対して嫌な予感が鳥肌を立たせた怖気と共に感じてしまう。

 

「麻沙音さん、那須さんの事お好きでしょう? きっと那須さんも同じ気持ちでしょうから仲を取り持とうかなって」

「ぇっ」

「先程も那須さん、椅子に座った麻沙音さんを情欲の籠った視線で一瞬でしたが舐め回すように見ていらっしゃいましたし、お互いに気があるならどうかなと思いまして」

「えっ、那須さんが? 私に? えっ、へ!?」

「うふふ、これでも戦闘もできちゃう生徒会長なので朝飯前です」

「いや、というか、それをSSのあんたが言っちゃまずいんじゃ……」

「んー、それがですね。勘違いされているようなので一応説明致しますね。わたし、セックスは効率的なコミュケーションとして実用しているだけであって、別にドスケベ条例を推進するためにしている訳じゃないんです。なので、こうしてNLNSのメンバーである麻沙音さんたちの手助けもしちゃいます。先輩に嫌われたくもないですからね」

「は、はぁ……。そうなの?」

「はい。実のところ、SSに所属している子たちも事情があって入隊している子も多かったりするんです。幼少期に親に売春を強制させられていたり、負ってしまった借金の返済のためにだとか、暮らしをよくするために身を売った結果がこの島に、というケースも少なくありません」

「へー……、もしかして女部田先輩も?」

「いえ、純粋にえっちな事が好きだからっていう理由だったかしらね。それに至る過程が過程ですけども」

「あ、そうなんだ……」

「何故郁子の事を?」

「えと、この前那須さんの事をダーリンって呼ぶ姿を見かけてしまったので、その」

「うふふ、知ってしまったのね。郁子曰く、那須さんのチン長は三十センチ定規級らしいから、気持ちの良い事に熱心な郁子にロックオンされちゃったみたいね」

「ふぁっ!? 兄より大きいじゃん!?」

 

 しれっと兄の秘密を暴露している麻沙音の驚愕に、桐香はうふふと笑みを浮かべた。何処からか取り出した三十センチ定規を麻沙音に善意で手渡し微笑む。恐る恐る受け取ったそれを麻沙音は椅子の面に当てて自身の下腹部へと立て掛けて、ひぇ、と顔を真っ赤にして震えた。

 

 日頃からエロゲー、それも乙女ゲー系ではなくがっつり凌辱ゲー系を嗜む麻沙音は日本人の成人男性の平均チン長を知っている。幾多のスチルでこんなに大きいのフィクションだなーと微笑を浮かべる事もあり、兄のデカチンの存在を知っているが故にそれとなく理解はあったのだ。

 

 だが、こうして手渡された現実に、こんなの入る訳ないじゃんという困惑と、ほぐしたら入るんだろうなぁという興奮が入り混じって思考が茹だり始めた。恐怖よりも好奇心が勝ってしまう、実に青藍島乙女である。

 

「麻沙音さん、家族温泉の方は男女の仕切りは当然ありません。そんなところに今、那須さんは居ます。奥手な麻沙音さん一人では難しいでしょうが、私がお供しましょう。那須さんの裸体、見たくないですか?」

 

 そんな、悪魔の囁きめいたお節介の声が聞こえてしまえばどうなるか、言うまでも無いだろう。




此処だけの話、輪姦学校イベント回避√です。全年齢版の方で投稿してるから仕方が無いね(ぶっちゃけ内容が無いよう(激寒)なので隠れてそれっぽいスチルになる程度なので……。
残念ながら凌辱ゲーじゃないからね、ぬきたしは。アサちゃんととーかちゃんが対面して囲まれックスされるシチュは存在しないのです、ええ。

時系列的には淳之介たちはドスケベランドにボランティアしている時期です。
ぬきたし本編は淳之介主体ですが、この作品はアサちゃん主体ですのでイベント追加です。
まぁ、全√混ぜてるので色々と齟齬が出てるかもですが、気付いたら指摘くださると嬉しいです。多分、大丈夫だと思うんですけどね……。


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コンドーム強襲。

 馬の部屋一本から出た那須は死んだ目で廊下の一角を見やる。そこには案内板が置かれており、混浴温泉の位置が示されていた。此処、混浴温泉は三階まである旅館であり、風情のある木造建築が侘び寂びを感じさせるものとなっている。旅館そのものの雰囲気は良いのだが、男女の仕切りの無い温泉という狂った場所があるが故に気が滅入っているのであった。

 

 二階から一階に降り、今日は宿泊客が少ないのかすれ違う者も居なかった事で難無く温泉フロアへと辿り着いた。辺りを見回し、温泉への入り口の前に番頭として立っている店員を見て、その隣に家族風呂への入り口があるのを確認できた。

 

「すみません、家族風呂の方を使いたいのですが」

「いらっしゃいませ、水乃月学園の生徒さんですね? 一応部屋の確認をお願いできますでしょうか」

「……馬の一本です」

「はい、ご確認が取れましたので、どうぞご利用ください。……お一人ですか?」

「女性同士、積もる話があるみたいでしたので抜けて来たんですよ」

「あら、そうでしたか。うちの温泉は源泉掛け流しなので、お肌つるつるになりますのでご期待くださいね」

「そうですか、興味はあったので楽しんできます」

「それはそれは、では、ごゆっくりどうぞ」

 

 古き良き女将さんと言った様子で深い内容を聞いてこない辺りしっかりとした店員のようだった。家族風呂は基本貸し切りのため、一般の客が入らないようにこうして見張っているようだ。ちらりと見えた壁に貼られたそれには、貸し切りのお客様以外の入場は禁止となっており、それを破ると出禁になる上にSHOガードマンによる制圧が行われるという脅し文句が書かれていた。確かに乱入があれば貸し切りの意味が無い。そういった配慮がされている事もあって、少し那須の肩から力が抜けた。余計な心配はしなくて良さそうだ、と。

 

 ドスケベ条例が適用される前は普通に男性女性に分かれていたが、混浴となったために片方を混浴スペースに、もう片方を家族風呂もとい貸し切りスペースになっているようだ。そのため、中の間取りは殆ど同じのようで、初めて来た那須でも何となく実情を察する事ができてしまった。従来の分厚い仕切りによって混浴スペースとは分断されているようだと那須の瞳に若干生気が戻った。

 

「さてと、精々貸し切りを楽しむか……」

 

 靴置きの棚に履いてきた靴を入れ、古めかしい木製の鍵を引っこ抜く。脱衣所へと入ると設置された扇風機が動いている音が聞こえ、奥からは水の流れる音が響き渡っていた。入口と風呂場との死角になりそうな場所を選び、荷物を置いて一つ溜息を吐いてから那須は制服を脱ぎ始めた。

 

 今でさえ疑惑を受けている男子制服を脱ぎ去ると黒いインナーシャツとボクサーパンツだけとなり、制服で隠されていた肢体が露わとなる。この場に誰か居たのならば違和感を覚える事だろう。

 

 何せ、男性であり細身である那須の胸は僅かに膨らんでおり、胸筋のような平たいそれでは無いからだ。一度だけ辺りを見回し、杞憂かと自嘲した那須はインナーシャツから脱ぎ去った。そこには白いさらしが巻き付けられており、結び目に指をやるとあっさりとほどけ始めた。指に巻き取るように回収したさらしの下にあった、世間一般的にちっぱいと称されるような僅かな膨らみとピンク色のぽっちが露わとなる。

 

 そう、那須の身体は先天的なふたなりであり、女性の身体に男性器がついているパターンであるため、女性器と共に胸も存在する。しかしながら精神的な男性ホルモンが勝ったのか胸は成長しておらず、御椀の半分以下に収まる程度に育っているようだった。ボクサーパンツを脱ぎ去れば皮の剥けたビッグキャノンが解き放たれ、ふたなり美少女少年の全貌が明らかとなった。

 

 バスタオルの下に衣服を隠すように置き、手拭いのタオルで何となく前を隠してから那須は引き締まった尻を揺らしながら風呂場へと歩いていき引き戸に手を掛ける。小気味良い音を立てて開かれた扉の先から硫黄混じりの温泉の匂いが香った。

 

「おぉ……、普通に温泉だ。奇抜な何かがあるのかと思ったけど、普通だ……」

 

 世間一般的な温泉旅館の風呂場がそこにはあった。辺りを見回して、備え付きのボトルの横にしれっとパコローションというボトルがあったのを見つけてしまい、何とも言えない表情になる那須。

 

 よくよく見れば洗い場に立て掛けられたそれは板ではなく、タイルと同じ色をしたローションマットであったり、風呂の淵にしれっとディルド型の突起が備わっていたりと全くもって普通ではなかった。

 

 一瞬でテンションがローに入った那須はもはや何も言うまいと、掛け湯をするために洗い場へと向かい、近づいて置かれていた椅子が全てスケベ椅子であった事もスルーして淡々と身体にシャワーを浴びた。マナーとして身体を洗い流した那須は白濁とした湯へと足を進め、爪先を入れて温度を確かめてからゆっくりと水面へと沈んでいった。じんわりと肌よりも熱い温泉との差異を感じつつ、肩まで浸かると心地良さそうな声を漏らした。

 

「あぁーー……、これは、良いな。温泉はまともで良かった……」

 

 ぐったりと温泉に溶けた那須は淵の突起に頭を置くと身体から力を抜いた。一人だけの貸し切りであるため、前を隠していた手拭いは折りたたんで頭にのせていた。肺の空気でややぷかりと浮いた那須の上半身、形の良い鎖骨と乳房の北半球が露わになり、傍目から見れば貧乳の美少女にしか見えなかった。

 

 那須は温泉が、と言うよりも広い風呂が好きだった。狭い風呂を使用すると生暖かい液体に全身を浸らせていた頃を思い出してしまうためだ。狭い風呂に入るくらいなら濡れタオルで体を拭った方がマシだと言う程に、水を嫌う猫の様に逃げ出すのである。日頃のストレスが疲れと共に溶けていくようだと夢心地の表情を浮かべた那須は目を瞑って暫く溶け続けた。

 

 そして、その楽園の終わりを告げるように鋭敏な対魔忍センサーが脱衣所に侵入してきた二つの気配を感じ取ってしまう。あの二人ならやりかねないと思っていたが、本当にそれをやってしまうとは、と那須は溶けた頭で考えて、やがて考える事を放棄して温泉に身を委ねた。目を瞑っていてもきゃっきゃっと騒ぐ桐香のはしゃぐ声と羞恥で声が震える麻沙音の声が洗い場から聞こえ、シャワーの音が続いて聞こえていた。

 

「お邪魔しまーす♪」

「お、お邪魔しまーす……」

 

 楽しそうに入ってきた桐香とは違い、風呂場の景観に唖然としていた麻沙音だったが、温泉に溶けている美少女を見て一瞬でボルテージが上がった。此処に先に居るのは那須しか居ないのだが、彼は男性でありながら女性でもあるのだと僅かに膨らんだ胸を見て再認識するのだった。

 

 目を開けば整ったプロモーションをノーガードで披露する桐香と準豊満な身体を手拭いで隠した麻沙音の裸体を見る事ができただろうが、それをすれば色々と終わりかねないと理性が好奇心を押さえ付けていた。そんな那須の心境をスルーして右側に桐香が、左側に麻沙音が陣取るように温泉へと浸かった。はふぅという気の抜けた声が両方から聞こえ、那須は諦めの境地へと達していた。

 

「やるだろうなぁと思っていたけど、本当にやられるとは思ってなかったよ……」

「うふふ、私が強引に誘ってしまったんです」

「だろうね」

「ご、ごめんなさい那須さん。一人だけ残るのも怪しまれそうだったので……その……」

「あぁ、うん、確かにそうだね。此処でヤったと思われた方が後が楽だもんね……」

「……あら、意外と慣れてらっしゃるのですね?」

「そりゃまぁ、昔ヨミハラに住んでた頃はよく風呂場にクラクルが突撃してきてたからね。……あぁ、クラクルは魔族で、駄猫で、人の形をした猫っていうか……、まぁ、ペットみたいな同居人というか……、まぁ、慣れるよね……」

「また女性の影が増えた……! 案外彼方に居た那須さんってプレイボーイだったりするんですか?」

「いやぁ? 生まれてこの方彼女は居ないし、それっぽい事も無かったね。学校に通ってたのも三年ちょっとしか無いし、そもそも学校生活に慣れてもないし……、ボクに話しかけてくる奴なんて達郎とゆきかぜが精々だったし……、はふぅ」

「すんごい溶けてる……。それに心成しか頭の方も溶けてるような……」

「あら、となると普段猫を被っているのは処世術の一環なのですか?」

「うん、そうなるかなー……。達郎とゆきかぜに一般常識ってのを教え込まれて、言葉使いも矯正されてるんだー……。なんかふわっふわとしたアニメをずっと見せられて、漫画とかも借りて読んで……、ここ一年くらいは穏やかな口調で通してるかなー……」

「いっぱい喋るじゃん那須さん。それも普段なら意地でも言わないような内容を……」

「前に言われたなぁー……、ボクから情報を抜き出すなら、拷問よりも温泉を予約した方が早いって……」

「うふふ、お風呂がお好きなんですね那須さんは」

「うん、すきー」

「見た目も相まってロリみたいになってる……」

 

 段々と雰囲気と声が柔らかくなっていく那須を見て麻沙音はほっこりとした気分になった。桐香の甘言に乗って来たものの、段々と那須への申し訳無さに罪悪感を感じていた事もあって特段気にしてない様子を見て安堵を覚えていた。

 

 それにしても、だ。こうもノーガードな那須を見たのは麻沙音にとって新鮮だった。普段から抜け目の無い印象が強く、弱さを見せてくれる一面もあるものの何処か壁を感じるのが常だった。しかし、今の那須は温泉の心地良さにふやけているためか、その壁もふにゃふにゃになっている印象があった。

 

「それにしても……、その、体についてお聞きしても?」

「あっ」

「んー……? あぁ、言って無かったっけ。ボク、女の子の身体に男性器付いてるタイプの男なんだよ。先天的だから天然もの……ではないか、人工ものだし、まぁ、そんな感じだけど精神的には男だから勘違いしないでねー……」

「あら、なら今の状況は意外とぐっと来てたりするんでしょうか? 美少女二人を侍らせているこの状況は」

 

 そうにまぁと笑みを浮かべた桐香が寄り掛かるように那須の右腕を取って抱き締める。な、と反対側の麻沙音が驚愕の声を漏らしたのと同時にアイコンタクトが飛ぶ。

 

 そう、それは風呂場へ来る前に予め決めていたサインだ。大胆な事をするチャンスを作るからそれにノるように、という催促の合図だ。今、タイミングを外せば場のノリを使わずに自分の意思で行動する羽目になる。それならば今、場のノリに従ってくっついた方が羞恥心は薄まる。そう一瞬の間に天秤に掛けた結果、意を決して麻沙音もまた那須の左腕を取って抱き締めた。

 

 その驚きは顕著だった。ノってくると思っていなかった麻沙音の参戦に那須の身体は一瞬ながら跳ねた。そして、桐香の美乳が当たっていたのに関わらずノーリアクションであったのに、麻沙音の胸が当たった瞬間に顔を明らかに赤らめた。気まずそうな表情を浮かべた那須は気恥ずかしさから逃げ出そうと腰を少し上げてしまい――。

 

「んっ♥」

 

 那須の華奢な見た目からは感じ取れない逞しさを内包した二の腕に乳房の先端がこすられた事で、艶めかしい声を麻沙音が漏らした。勃ったので立てなくなった那須が腰を下ろし、羞恥心で震え始めた麻沙音の初々しい遣り取りに桐香の笑みが深まっていく。そう、桐香は実は寝取られフェチであり、今の状況を妄想変換して自分以外の女性に気を取られているのだと想像して興奮し始めていたのであった。

 

「ふふっ、分かってはいましたが、やはりと言いますか。随分とご立派なものをお持ちで」

「ちょっ、何処を握って――」

「あら、蟻走りのところに本当に女性器が……、それも、ぴったりと閉じた可愛らしいものが」

「冷泉院さん!?」

「おっと、ごめんなさいね。つい。でも、郁子が気になるのも分かるわ。これは、確かに良い物だもの」

「ふたなりが珍しいのは分かるけど、それ以上は怒るよ」

「うふふ、ごめんなさいね。そうね、気を許せない人に触れられたくはないものね……」

 

 そう宣いながら、もはやウインクと化したアイコンタクトが飛んだ。那須が目を瞑っているが故に気付けない、善意百パーセントのキラーパスが麻沙音の元へと転がってきたのだった。




此処だけの話、スチルイベント回です。R18板以下の描写って何処までセーフなんだろかとチキンレースしてる気分です。


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ネコタチの攻防。

 どうしてこうなった、と本日二度目の悪態を那須は内心で言ちた。久しぶりに温泉に浸かってリラックスしていたところを狙われたのは分かる。桐香の悪ノリに押されて麻沙音が恐る恐るながら好奇心に負けたのもまぁ、まだ分かる。だが、一番の問題は媚薬に対する耐性を持つ筈なのに媚薬めいた症状が発生している事についてだ。

 

 媚薬とは様々な種類があるが、麻薬のように脳を破壊して思考力を落として性欲に傾けさせるものと漢方のような発情しやすい体質を整えるものに大別できる。オークの持つ媚薬効果は後者のものであり、性的な興奮を促す脳内物質を促進させ、段階を経て中毒症状めいた発情状態を持続させる身体に作り替えるものだ。

 

 そのため、末期症状に至った者は快楽を得るために必死になる程の後遺症を発症、常に身体が疼いてしまい、些細な事でも快楽を得ようと脳が率先して絶頂へと導こうとしてしまう。ただでさえ快楽に敏感になった身体が絶頂してしまえばどうなるか、快楽に溺れるのである。そのため、とびっきりの快楽を享受してくれる者に対して媚びるようになり、数多くの対魔忍がオークの肉棒に縋りついたのはそれが理由である。

 

 そして、那須における媚薬耐性というのは脳内における快楽物質の抑制が可能という点である。言うなれば電子回路における絶縁体のような物質を作り出せる耐性を持っている。これにより、初期段階で閾値を設定でき、それ以上に至らないという防壁を構築する事ができる。そのため、多少なりと発情はするものの、風邪の微熱程度に症状を留めておけるのだ。これによりどれだけ媚薬を浴びようが初期段階で留まるため、房中術の精神制御も相まって冷静に任務を熟せる。

 ――筈なのだが。

 

(なんでこんなに熱いんだ……っ!?)

 

 頭が茹だるような感覚、身体の芯が赤熱してその温度が伝播していくような心地だった。対魔忍の身体は非常に丈夫であり、五右衛門風呂形式の拷問ですら数時間以上耐えきるポテンシャルを持っている。

 

 そんな対魔忍の一人である那須が温泉の長風呂でのぼせる訳が無い。と、なれば、別の要因が存在するという事だ。自身の媚薬耐性からして桐香が先んじて旅館と結託して媚薬を紛れこませていたとしても普通に耐えうるし、察知する事ができる。だが、那須は自身に起きた症状に全く持って対応できていなかった。つまり、これは媚薬ではない何かと言う事になる。

 

 で、あれば、此処にあるのは温泉のみ。問題は温泉に存在するのは間違いない。那須は麻沙音に左腕を取られて柔らかい幸せな感触を楽しみつつ、薄目を開けて辺りを見回した。絶賛暴走中の裸の麻沙音を見れば理性がどうにかなってしまいそうになるため、極力左側を見ないでそれを探して――見つけた。源泉の効能を紹介する一枚の板を。

 

<混浴温泉の効能について>

・休火山の影響もあり硫黄を含み、お肌がつるつるになるメタケイ酸が豊富に含まれています。

・青藍島の温泉にはドスケベライフを応援する強い味方アクメイキ酸が含まれており、性産的活動を活発化させる効能が高名な膣質学者によって証明されています。

・アクメイキ酸はちんちん代謝を向上し、より良い精子及び卵子を作り出します。SHOの研究により不妊症状の湯治にも効果があると判明しており、更なる効能の発見が期待されています。

 

 お前のせいかー!? と那須はふざけた名前の物質に悪態を吐いた。精子も卵子も持っている那須だからこそ、この物質の効能を強く受けたに違いなかった。そう、那須はアクメイキ酸を長風呂によって多量摂取したが故に発情状態になっていたのであった。今にも噴火しそうな節操無しの愚息が未だに対魔粒子の静止を振り切っているのはそれが理由らしかった。

 

「えいっ」

「ぬぁっ!?」

 

 桐香の繰り出したキラーパスを乙女心で受け止めた麻沙音が動いた。恐る恐るの歩みが意を決したものとなり、好奇心と性欲に導かれるように地雷原のドリブルを始めたのだった。兄のイチモツを見た事はあっても触れた事は無かった麻沙音の右手に熱を持った鋼鉄の棒めいた感触が生じた。

 

 初めて触れたそれは――イチモツというにはあまりにも大き過ぎた。大きく、分厚く、硬く、そしていぼが付いてごつごつ過ぎた。それはまさに棍棒だった。

 

 その異質過ぎる返ってくる掌の感覚に麻沙音は困惑した。柔らかい掌を押すこのイボめいた突起はなんだろうか、カリ首のそれではなく、竿全体に存在するそれの存在に。押してみれば真珠のような硬さは無いものの返ってくる感触は固くて柔らかい。摘まんだ肉の硬さというべき跳ね返りがするのであった。

 

 オークという種族は階級の差別無くイチモツに快楽を増幅させるための凶悪なイボを搭載している。これにより快楽の生じる箇所を引っかき、媚薬によって増幅された尋常じゃない快楽を与えるのである。階級が上がるにつれてそのイボの数は多くなり、そしてイチモツの大きさも巨大になっていく傾向にある。

 

 ――大久那須と言う少年に“使われた”羅刹オークロードの遺伝子が発露した結果であった。

 

 オークオブオーク、全てのオークの頂点に立つ羅刹オークを率いる頂きこそが羅刹オークロードと呼ばれる存在であり、戦闘能力に長けた恐るべきオークである。そして、この存在の精子をひょんな事で手に入れてしまったとある女性科学者が居た。その狂気の女性科学者は思いついてしまった。最強種のオークの遺伝子と最強の対魔忍を掛け合わせたらどうなるか、という禁忌の実験を。

 

「う、うわぁ、これが那須さんの……、すっごい硬いし、熱い……」

「ぐっ、んっ、んんっ……っ」

「凄い脈打ってる……、ぁっ、びくついて……、ふへへっ、すっごい……」

 

 ぬるりとした白濁の温泉を潤滑油に柔らかな麻沙音の右手が上下する。掌に返ってくる感覚全てが初体験の麻沙音は段々と好奇心に負けて、幾多のエロゲーで培った知識を用いてイチモツを知ろうと手を動かす。

 

 竿元から亀頭の先へ、行ったり来たりする度に跳ねる感覚に下腹部の奥に生じた熱さが高まっていく。気になる異性に抱き着いたまま、利き手で触れる初めての性器。そして、噛み締めた口元から薄っすらと漏れる喘ぎ声が、バイノーラル音声染みた近さで右耳から入ってくるシチュエーション。オナニー好きな麻沙音が興奮しない訳が無かった。

 

 段々とコツを掴んだのか敏感なカリ筋や鈴口といった場所へ指が伸びる回数が増え、傍目から見ればショタを弄ぶ痴女めいた官能的な光景が出来上がっていた。奥歯を噛み砕かん勢いで噛み締めて絶頂を抑え込む那須の忍耐力は流石の一言であり、興味本位が勝っている麻沙音の手遊びに耐えきっていた。そして、乗り込めーと言わんばかりに便乗しようと小さな胸へ伸びた桐香の手の動きを察知して、反射的に身体が動いた。

 

「好い加減に――しろっ!」

「あぅっ!?」

 

 左腕を上げるようにして麻沙音の一連の動作を振り払った那須は、持ち上げた勢いを利用して桐香の脳天へチョップを落とした。好奇心に負けた麻沙音は兎も角、一連の原因に天誅を落としたのであった。はぅぅと涙目になった桐香の様子を驚いた声を聴いて、麻沙音は暴走していた頭が冷えてやっべと正気に戻った。

 

「はぁーーっ、はぁーーっ、……ふぅー……はぁー……」

 

 息を整えながら開かれた三白眼の双眸は据わっており、横目から見れば怒りの色が感じられる。流石に悪乗りが過ぎたなと桐香は頭を抑えながら涙目をする振りをしつつ視線を逸らした。那須は深めの溜息を吐いて、後ろに寄り掛かってから、もう一度深い溜息を吐いた。

 

「……次は無ぇからな」

「「ごめんなさい!!」」

 

 今まで聞いた事の無いドスの効いた低い声で呟かれたそれを聞いた瞬間に、温泉に居るのに寒気が走った二人が声を揃えて泣きの謝罪を入れた。昂る性欲によって魔族因子が活発化しており、口調が大分荒くなったその言葉は非常に恐ろしかった。

 

 目の前の見目麗しい美少女の本性が男性なのだと再認識した瞬間であった。対魔粒子を全開にして魔族因子を封じ込めた那須の双眸が段々と普段に戻って行くにつれて、イチモツの怒張もまた角度を下げていきマイナスへと曲がって行った。そして、怒らせた雰囲気が段々と薄れて行き、長い溜息を吐いた後の那須は普段の様子へと戻っていた。

 

「……ほんと、勘弁して。ボクが性欲をコントロールしてるのは暴走する可能性があるからなんだ。自分で言うのもほんとアレなんだけど、ボクの身体は色々とやばくてね。性欲が昂り過ぎると理性が飛んで本能に身を任せるケダモノになるんだよ。……此処だけの話、ボクは体液と精液に媚薬の効果があってね、理性飛んでる状態だと濃度がやばいから一般人だと死にかねないからね……」

 

 そう疲れた様子で吐露する那須へ両端からの視線が集まる。その視線は下へと移り、先程触れた時の感触を思い出してすんなりと納得できてしまった。陰茎への手術をしているなら兎も角、那須がそれをするとは思えないのであのイボは先天的なそれなのだろうと理解できてしまったからだ。そもそも現実的にふたなりを体現している人物はそう居ない、それを成している時点で普通の生まれをしていない事への理解を深めてしまう。

 

「……ボクは、魔族のオーク、それもハイエンド種の羅刹オークロードと対魔忍のハーフなんだ。半分魔族で、半分人間。だから、オーク・ナスに当て字して大久那須って言う名前を付けられたんだ」

「えーっと、確かベーオウルフの叙事詩に出てくるグレンデルの種族名、だっけ? ……あの、もしかしてこれあんまり言いたくない事なんじゃ……」

「まぁ、そうだね。ボクは試験管で体外受精させて生み出された実験生物なんだよ。下劣な性殖猿と呼ばれるオークの頂点と、対魔忍の頂点である井河アサギの卵子を使って産み出された子供はどうなるのか、っていうくだらない実験の産物なんだ。対魔忍としての身体を持ちながら、魔族としての生殖機能を兼ね備えたハイブリッド、それがボクだ」

 

 それこの場でさらりと言って良い事では無いのでは、と二人は冷や汗を流し始めた。そして、同時に自分たちのために忠告として言ってくれているのだとも理解が及んでしまう。特に、今回良かれと思って悪ノリで行なった桐香に対する釘刺しが一番の理由だろう。

 

 那須を反交尾勢力として麻沙音などを利用して捕まえた場合、抱き潰してやるからなという脅しである。桐香でさえ那須のソレを入れればただではすまないと感じ取っている程だ。淳之介のソレでさえこの島を征服できるのだ、那須のソレであればどうなるか言を俟たない。

 

「……郁子への応援は止めておこうかしら」

「それが無難だよ、いやほんと」

(那須さんに抱き潰される、か。……ご褒美では?)

 

 凌辱ゲーではスタンダードであるそんなプレイに肯定的な麻沙音はこっそり微笑んだ。むしろ、壊れるような快楽に溺れてみたいと思ってしまっている程に性癖がアレであった。何せ、程々に可哀想なのでしか抜けない主義の麻沙音である。

 

 延々と快楽屈服させられてアヘ堕ちする展開も勿論ながら好みである。何せ、見た目が美少女な那須である。今では性癖にぶっ刺さっている相手にそんな事をされたならば心から堕ちるに決まってるだろう常識に考えてと思考するのが麻沙音だ。那須としては、今回の一件を機に壁を置いておこうと思っていたのだが、その壁に穴を開けてハマりに来るのが麻沙音と言う少女だった。

 

 麻沙音の様子が普段通りな事に気付いた那須は内心安堵の混ざった溜息を吐いた。

 その後、何処か疲れた様子で洗い場へ向かった那須であったが、しれっと二人が付いて来て両隣で体を洗い始めた時は本気で困惑していた。今の話をした後に隣に来る度胸凄いな、と。そして、案の定ロクに身体を洗う事ができない桐香の世話を二人掛かりでする羽目になり、一瞬でシリアスな雰囲気はぶち壊されたのであった。




此処だけの話、セーフ?アウト?よよいのあぁん!感ある話となりました。ぬきたしっぽく中盤付近で主人公の秘密暴露です。いやまぁ、彼方此方に伏線入れてたし気付いている人は気付いていたんだろうなぁとは思いますけども。


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再会、魔羅よ……。

 生牡蠣、あさりの味噌汁、鰻のひつまぶし、マグロとアボガドのサラダ、強精もつ鍋、混浴温泉卵、すっぽんゼリー、と言うあからさまな夕飯に少々げんなりする那須と麻沙音だったが、楽しそうにお喋りしながらぽろぽろと口元から食材を落とす桐香の世話をしながらの食事だったため気分は薄れたようだった。まるで大きな五歳児な桐香の世話を焼く二人は新婚夫婦のようであり、お互いにそれっぽいなと思った時に限って目が合ってしまった事もあって気恥ずかしい一面もあった。

 そんな二人の様子にきゃっきゃと喜ぶとーかちゃんであった。

 

「……で、なにこれ」

「何ってお布団ですよ? 那須さんはベッド派でしたか?」

「いや、冷泉院さん、那須さんはそう言う事を言いたいんじゃないと思うんだけど……」

「「何で敷布団なのにキングサイズ……?」」

「それは、うふふ、決まってるじゃありませんか」

「予備の布団は……無い。完全に故意じゃんかこれ」

「座布団も回収されてるとか用意周到に程があるな……」

「あら、知らなかったんですか? 混浴温泉お約束の3P布団。男女で一部屋取ると必ずこれになるのですが……」

「「初耳なんですけど!?」」

「あらあら、今日の夜は少し肌寒いですし、丁度良いではありませんか」

 

 夕飯を終えて今度は二人が入った後に那須が一人で入る形で一風呂浴びた三人が戻ってきたら、既に大きなテーブルを退かして布団が用意されていたのである。それも、特注仕様のキングサイズ敷布団、通称3P布団という青藍島では普通に売られているらしい布団が敷かれていた。押し入れ等を探しても敵前逃亡は許さないと言わんばかりに座布団などが回収されている事もあってしっかりとドスケベプリズンされているようであった。

 

 目頭を押さえた那須は目を瞑り、数秒後に開いて、目の前の現実を直視してしまって深い溜息を吐いた。隣から恐る恐る那須を見やる麻沙音であったが、どうも様子が違って見えた。温泉での一件の前ならば問答無用で窓際の椅子に逃げていたであろう那須が、まぁこれぐらいなら、と妥協の姿勢を見せているのである。これはまさか――と桐香を見やれば、神妙な顔で頷きを返された。

 

 幾多のエロゲーを熟してきた麻沙音はその症状を幾度も見た事があった。それは女主人公がメインの同人凌辱ゲーにありがちなシステム、淫乱度による段階別の認識改変である、と。最初は普通であった主人公がえっちな目に遭うにつれて慣れていき、えっちな事に傾倒していく快楽堕ちはもはや鉄板にして王道な展開である。

 

 そう、既に裸で密着して性器を握られた挙句こすられた経験が、気になる女の子との添い寝というシチュエーションのハードルを下げたのである。というよりも、温泉の一件のせいで麻沙音からの好意を感じ取ってしまっているが故に、正直満更でもないというのが理由なのだった。

 

 対魔忍であるものの彼とて年相応の思春期美少女少年である。こういう平和なシチュエーションであればむしろ歓迎したいのが少年心である。そして、添い寝くらいであればヨミハラ時代にクラクルに幾度もしていたため、他の行動よりも耐久性を持っているという事が重なった結果であった。

 

「……一応聞くけど」

「問題ありませんね」

「だ、大丈夫です……」

 

 即答の桐香に続くように麻沙音も頷いた。那須は反対意見が出なかった事に嘆息し、二人を見やればもう寝る準備はできているようだった。きゃっきゃっと那須と麻沙音の手を取った桐香が布団へと倒れ込む、が、強靭な体幹を持つ那須が倒れる訳が無く、宙をぷらぷらと浮かぶのであった。

 

「ああもう、そのまま倒れたら掛け布団被れないでしょうが。はぁー、まったくもう、はい、大丈夫ですよ那須さん」

「あぁ、うん、ありがとう。何というか桐香さんの世話が手慣れてきたね麻沙音さん」

「そりゃ、日頃兄に似たような介護されている私ですしおすし。それに、ここまで気を抜いた姿を見てたら気を張る必要もないし……。何というか、とーかちゃん係、的な……?」

「ふふっ、お二人にお世話されて凄く楽しい一日でした。才能あると思いますよ」

「なにその嬉しくない才能……」

「だって、今日一度も吐いてませんもの、私」

「「判定基準そこなの……?」」

 

 やれやれ仕方が無いなぁと掛け布団を端へめくった麻沙音の横へ転がった桐香が満面の笑みを浮かべた。昔から人の目を気にして生きてきた麻沙音の観察眼はしっかりしたものであり、何かしらの予兆があればその場に居れば那須がストップをかける。そんな一連の動作を阿吽の呼吸で行なうため二人の動きは段々と近いものとなり、今では若干つーかーな仲となりつつあった。

 

 麻沙音の隣へ行こうとした那須をそっと桐香がずれて、二人の間に空間ができてしまった。見やればその間をぽんぽんと叩く桐香の姿があり、麻沙音を見やれば苦笑を返して頷いた。二人の許可が取れてしまった那須は苦笑を返して、渋々と二人の間へと足を下ろして座り込んだ。両肩に触れるような距離であるため、触れた箇所から温かさと柔らかい感覚が返ってきてしまい照れてしまった。そんな那須を見て二人が微笑ましい表情で笑みを浮かべた。

 

「うふふ、今日は少し肌寒いからこうしましょう」

「はぁ、甘えんぼでちゅねーとーかちゃんはー」

「ばぶばぶー♪」

「そ、それじゃあ、わ、私も……えい」

「麻沙音さんまで……」

 

 両方の腕を抱き締められた那須は双丘の感触に顔を赤らめるものの、温泉の時とは違って直ではないため持ちこたえる事ができた。あの時は平常心を保てなかったが、何の影響を受けていない状態であれば冷静で居られる。その事に少し安堵しつつ、ハリのある弾力の桐香のそれとマシュマロのような柔らかさの麻沙音のそれを吟味できる程に余裕を保てていた。もっとも、その顔はほんのりと赤く染まっており、気恥ずかしさからは逃げれなかったようだった。

 

 そして、段々と両方から伝わる人肌の温かさに心地良さを覚え始めていた。誰かが傍に居る心地良さに惹かれているようだった。力が抜けて微睡み始め、ふと気づけば穏やかな寝息を立てていた那須に二人は少し驚く。一番緊張していたであろう人物が一番先に寝入るとは思っていなかったのだ。

 

「……可愛い寝顔だなぁ」

「……そうですね、とても穏やかな顔をしていますね」

「温泉で吐露してくれたのも信頼してくれているんだなって思えて……嬉しいな」

「でもまぁ、反交尾勢力に属しているのに手淫をしようとされていましたけどね」

「あんたの指示だったでしょうが……!?」

「うふふ、こう見えて生徒会長ですから。学園の風紀を守るのは当然の事ですよ」

「うちの学校の風紀は他の所とは正反対だけどね……。冷泉院さんはさ」

「桐香、で良いですよ麻沙音さん」

「……桐香さんは何でSSになったの?」

「それは……、成り行き、でしょうか。私は不出来な娘でしたので、数ある取柄を見出されてこの島へと奉公に出ているようなものですから。後悔はしていませんよ、この島は、私にとってとても住みやすいですから。お稽古の不出来を叱咤され、影で悪態を吐かれて、見下されていたあの頃よりもとっても。SSというかけがえのない家族もできましたから」

「ふーん……、好きな人に自分の初めてを、とかは思わなかったの?」

「……どうでしょうね。あの頃の私は少しだけ自暴自棄でしたから。この島に染まるまでは、姉の居ない生活に慣れるために、誰かの人肌を求めていたのかも知れません。……先輩に恋をしてからは、少しだけ、早まったかなと思いましたが、もう失ってしまいましたからね」

「うちの兄は生粋の処女厨だから、非処女の桐香さんが好かれるのは難しいかも知れないよ」

「うふふ、それはそれで良いのかも知れません」

「……はい?」

「私、寝取られフェチなんです。なので、先輩が誰かといちゃこらしているのを見て悔し逝きするのも良いかもしれないと思っている自分が居るんです」

「随分と難儀な性癖に目覚めちゃったんだね……」

「……そうですね、因みに麻沙音さんの性癖は?」

「かわいそうなのじゃないと抜けない」

「それはレイプ願望がある、という事でしょうか?」

「いやいやいや、それは無理。年上のビッチなお姉さんに優しくリードされながらぐっちゃぐちゃにされたいし、男性はちょっと……無理かな」

「……もしや、麻沙音さんはレズビアンなのですか?」

「そう、だと思ってたんだけどね……」

 

 苦笑を浮かべながら那須を見やる麻沙音を見て、桐香は察する事ができた。同時に、女性でもある那須を愛するのであればある意味レズビアンのままなのではとも思ったが、この前那須に忠告されたように煽りになりかねないと口を閉じて胸にしまった。

 

「この島は性に寛容な場所ですが、そういった事情を抱える方々への止まり木にはなれていません。どうにかしてそれを直そうとは思っているのですが……」

 

 そう此処には居ない誰かを思って宙を見やった桐香の言葉に麻沙音は驚愕を覚えていた。だが、NLNSを見逃している事を思い出して納得できていた。今日一日付き合ったが桐香は裏表の無い、それどころか子供のように純粋な心を持っている少女だと知る事ができた。所々こいつ人の心が無いのかと突っ込みを入れる場面もあったものの、那須からサヴァン症候群のそれだとひっそりと教えてもらっていたので踏みにじる真似はしなかった。

 

 結局、何も言う事はできなくて、それも桐香も察した事で二人は無言で目を瞑った。聞こえてくる穏やかな寝息を誘い水に意識が落ちていく。我が家ではない場所で眠ったせいか何処か心寂しくて、つい近くにある温かさに縋りついてしまう。抱き込んでいた那須の両腕に二人は安堵を覚えながら深い眠りに落ちていく。そして、同時に両腕を圧迫された那須は、両腕を切り落とされる夢を見る羽目になり悪夢に呻く事となった。

 

 

 

●●●●●

 

 

 

「――って感じだったよ」

 

 そう家に帰った麻沙音は語りを終えた。SSの訓練に慣れて来て筋肉痛に苦しむ淳之介と日々の家事に慣れて来てすっかり家政婦然とした文乃はそろって何とも言えない表情を浮かべていた。何せ、上機嫌で帰ってきた麻沙音の口から同級生を桐香と共謀して弄んできたという報告が成されたのだから当然の事である。

 

「……アサちゃん、うちの組織がどういう略称か覚えているか」

「うん? えぇと、Nice.Lape,Nice.Slaveの略だよね、覚えてる覚えてる」

「同人ゲーのスラムじゃないんだぞ」

「分かってるよ、No.Love,No.Sex、愛の無いセックスはしない、でしょ」

「うむ、何が言いたいか分かるな?」

「えっちなことは控えなさい」

「その通り」

「むべ……、あの方とは言えども不憫でなりませぬ……」

「それにだアサちゃん。多分、アサちゃんから告白しないと那須君は頷かないからな」

「はぁ!? 私から? 無理無理かたつむり観光客だって! そんな度胸無いよ兄。どれくらい無いかっていうと兄の凌辱ゲーを試しにやってみた時のしこりゲージくらい無いよ」

「皆無どころかマイナスじゃねーか。だがなぁ、考えて見ろ。機密情報を抱えて、敵対する組織もある現代忍者が一般の家の女の子に告白してくれると思うか? 例えエロゲーでもヒロインが押さなきゃ、フラグすら立たないだろ。那須君の性格的に、危ない目に遭って欲しくないって想ってひっそりと消えるタイプだぞ多分」

「そりゃそうだけどさぁ! 隠してた自身の出生を語ってくれるくらいルートが進んでるんだからもう一押しだと思うじゃんか! 私の取柄なんて可愛い事と男の子好みのむっちりボディと程良く育ったおっぱいくらいだよ!?」

「確かに同級生に居たらズリネタにされそうな感じに程良く地味かつ色気があってえっちな事にも精通してる上に理解力のあるアサちゃんだが、相手が那須君だからな。この島の調査が終わる前に庇護対象として関係が進まなくてお友達エンドになる可能性だってあるんだ。そこまで好感度を稼げてるって自分でも思ってるなら具体的に踏み込まないと厳しいだろ」

「……うん」

「諦めたくないだろ?」

「うん……」

「なら、初めの一歩だアサちゃん」

 

 頼り甲斐のある恰好良い顔で淳之介は決め顔で言った。デートに誘ってきなさい、と。

 

「……いや、兄。この島普通なデートができる観光スポット皆無だよ」

「……あっ」

 

 何とも締まらないオチを付けて我ながらとんでもない島に来たもんだと再認識する淳之介たちであった。それを静観していた文乃はやや前傾姿勢であり、何とも申し訳無さそうな表情を浮かべていた。うちの愚父が申し訳ありません、と声にならずに口の中で溶けた言葉は聞こえなかった。




此処だけの話、デート回を書こうとお疲れ様本で青藍島の地理を見たけど碌なスポットが無くて困った作者が居るそうですよ。
ぬきたしの小説需要があるのに供給少なくない?少ないよね?と思って書き始めた小説なので、評価を貰えてほんと嬉しいです。書いた意味があったんだな、と評価を見る度に思えます。
気軽に感想も送ってくれると嬉しいです。(テンションが上がるので次回の更新が早まります。


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戦場は恥丘。

 週末を迎えた青藍島は少しだけ静かだった。各学年でイベントが行われたからかその疲れを取るために素直に休暇にしている者が多いらしく、メインストリートで盛っている者たちは外からやってきた観光客や学生以外の者たちが多く見受けられた。

 

 水乃月学園に所属する性徒たち特有の現象、燃え尽き賢者症候群という嘘みたいな名称の症状であり、イベントに積極的に性産的活動を行なうためその反動として翌日以降のドスケベが縮小するのが特徴である。今回の傾向は朝から翌日の昼まで輪姦学校にて乱交をしていた一年生が顕著であり、次点でドスケベ遊園地で奉仕活動をした二年生がこの症候群に陥っているようだった。

 

 そのため、性触者の年齢が著しく引きあがっており、大人の色気に生唾を呑んでイケない性癖に目覚める者も少なくないという状態であった。そんな中を平然と歩く那須の姿があった。整った容姿にボーイッシュでユニセックスな服装をしているため両性から注目を浴びており、獣欲めいた重々しい視線に見つめられていた。だが、そんな彼に近づく姿はいない。何せ、三白眼の双眸が吊り上がっており、傍目から見ても苛々している事が見て取れたからだ。

 

「……またか」

 

 嘆息して狭い路地裏へと足を向けて入って行き、通りからの視線が途切れた瞬間にポイントへと足早に駆け付けた。腐ったような臭いが漂う瘴気が蔓延したその場は酷く悍ましい異界と化していた。そして、そんな場所に待ち受けるは異形の犬。燃え盛る炎によって形成されたその姿は酷く痛ましく、魔界の瘴気に汚された動物霊であるが故に地に足を付けずに浮遊していた。その姿形は概ね動物の霊であり、有り触れた犬や猫の姿をしているのが鬼火と呼ばれるアンデッドだ。

 

 対魔忍としての鋭敏な感覚がメインストリートに面した裏路地の彼方此方で生じた瘴気の渦の気配を感知しており、目が覚めた瞬間から今まで警邏しながらこれらを潰し回っていたのである。発生のパターンは特に無く、魔界への門が開きやすい土地によくある現象に似ていた。正しく異界への門であるため、それを形成するためのエネルギーは凄まじい。そのため、固定化するまでに霧散するパターンも多く、その結果として残された瘴気が近場に居た動物を殺してそのままアンデッド化させているのだろう。

 

「供養はしてやる、安心して死に帰れ」

 

 ベルトから引き抜いた対魔粒子力ブレードの紅い軌跡が宙を奔ったかと思えば、壁を蹴って鬼火の首を刈り取った那須が反対側へと静かに降り立つ。三次元的な暗殺を主流とする那須の戦法は正しく古めかしい忍者らしいそれであり、昨今の真正面から馬鹿正直に立ち向かう若き頭対魔忍の者たちにも見習ってほしい姿である。

 

 鬼火というアンデッドは概ね動物的思考を持っており、狩りをして成長する機会に恵まれなければあっさりと倒せるのが常だ。だが、これが魔女などによって計画的に作られ、そして運用された場合は苦戦は必至である。もっとも、捨て駒として用いられた場合はその限りではない。

 

 那須が経験してきた中でもっとも最悪な鬼火はモルモットを用いられた人海戦術的な運用がされたパターンであった。違法科学研究所の地下で、用心棒として雇われた魔女が上階で殺しに殺されたモルモットの霊を素材に作った代物であり、下水道を埋め尽くす勢いで大量生産された事でこの研究所に忍び込む際に下水道を用いた対魔忍を圧殺。後詰めの那須に黒い波と化して襲い掛かってきた経緯があった。

 

 その物量に青褪めた那須は即座に退却し、後日面制圧ができる面子を伴って下水道の汚物共々焼却された。違法研究所の摘発が無ければ今も尚増えていたに違いないと最強の対魔忍であるアサギでさえ報告の場で頬を引き攣らせた案件であった。

 

「……にしても、こうも活発化していると不安になってくるな……」

 

 仮に魔界の門がこの島に開かれた場合、この島の風俗も相まって酷い事になるのは目に見えていた。何せ、カモがネギ背負って味噌を塗りたくって来た挙句目の前でM字開脚するようなものであり、尖兵のオークによって簡単にイチモツによる支配がされていたに違いない。もっとも、侵略に来たオークでさえもこの島の住人の頭青藍島具合に困惑することだろうが。

 

 自然発生した鬼火を狩る機会は意外と少ないものであり、体外野に放たれ第二の生を謳歌するか、こうして危機を感じ取った誰かに狩られたり操られたりするのが常である。生じた瘴気は鬼火を作った事で消費され時間経過で霧散するのが一般的だ。なので、こうも多くの瘴気溜まりができている事に那須は疑問を感じていた。

 

 尚、同時刻、青藍島の宣伝担当である仙波光姫と言う頭と尻も軽い女性が禍々しい形をした張り型を見つけて、好奇心のままに下に当てがって腰を上下していたのが原因である。性への欲望を増幅させ、自慰に用いる事で瘴気を生み出すその魔道具は正しく作動していた。

 

 しかし、光姫が何度か果てた後に自慰に飽きてしまい、洗浄され乾かすために日の光に当てられた事で浄化され人知れずに役目を終えたのであった。この魔道具を設置した者が居れば唖然としていた事だろう。本来であれば死ぬまで自慰し続ける筈の魔道具が形に飽きたという理由であっさりと引き抜かれた挙句に弱点である日の光に当てられる等と思わなかった筈だ。

 

「んー……、奇抜なデザインをしているのは高評価だけど木製だからちょっとねぇ。硬いのは良いけど曲がらないから良い所に当て辛いし……」

 

 というレビューをされているとは露程思わなかった事であろう。頭のゆるい行動を取る光姫によって地味に青藍島が救われた結果になった。計画が一瞬で破綻した設置主は頭を抱える事になり、恐るべし青藍島と言い残して逃げ帰ったのであった。島に敵対する組織の者が居ないと思っていたが故に、一般青藍島民によって計画が潰された事実に手に負えないと考えたのである。

 

 時間にして三時間程鬼火狩りをしていた那須だったが、途端に収まったのを感じて安堵の息を吐いていた。犠牲者が出る前に現場に駆けつけて処理をする、言葉にするのは簡単であるが非常に大変な所業である事は間違いない。鬼火による犠牲者も出ず、計画は完全に破綻したのであった。

 

「……活性の様子は無い、か? んー……、どうしようかな。一応見回っておこうかな……」

 

 ベルトへ対魔粒子力ブレードを仕舞い込み、メインストリートへと戻った那須は溜息交じりに独り言ちた。目に見えた問題が無くなったとはいえ、偶発的か人為的かまでは分からない那須からすれば警戒するのは当然の事だった。ローション噴水近くのベンチで今時珍しい奇妙な形をした木製の張り型を乾かしている桃紫髪の女性を一瞥し、辺りを警戒しながら歩いていく。

 

 性撫百貨店近くまで歩いていた那須の視界に見慣れた三人が入り込む。食料品の買い出しに来ていたらしい淳之介に麻沙音と文乃という橘ファミリーの面々であった。楽しそうに二人の後ろに上品に控える文乃を見て、淳之介に文乃の世話を投げといて正解だったなと那須は微笑む。

 

 辺りに居た人々がその笑みに見惚れてしまい、立ちバック走行していた二人と駅弁歩行していた二人が金玉突き事故を起こしてしまい悶絶する事件が起きていた。そんな騒動に目を向けた三人は原因になった那須の姿を見つけて笑顔で近寄ってきた。

 

「おっす。那須君もお出かけか?」

「こんにちは那須さん、奇遇ですね!」

「……むべ、罪な人ですね貴方も……。こんにちは」

「お三方こんにちは。少し目に余る出来事があったので警邏してたんですよ。今は問題無さそうなので安心してお買い物してください」

「えっ、何があったんだ……?」

「……此処だけの話ですが、低級の怪物が発生してたので始末してました」

「あっさりやばい事言うじゃん」

「そりゃそうだよ兄。那須さんがそこらの雑魚に負けるような人には見えないでしょ」

「……それもそうだな。弾丸も切り落とせるしな」

「基本スキルですからね、パッシブですよ」

「うちには過ぎる戦力だなぁ。ここ最近の帰宅も那須君のおかげでノーダウンノーアラートだしな」

「私たちが居なかった二日間が大変だったんだっけ。偵察とオペレーターが無いとやっぱり厳しいだろうし」

「そうだな。葉琴が居なければ無理だったろうな。スコープで遠距離偵察を思いついた時は天啓だと思ったよ」

「わたしも皆様のお役に立てるのだと証明できて良かったです、お背中はお任せください、ふんす」

「あはは……、随分と馴染んだね君も。淳之介先輩に君を託して正解だったよ」

「む、その点については色々とお話したい事がありますが、まぁ、良いでしょう。……こうして笑える日が来るだなんて、思ってもいませんでしたから」

「大丈夫だよ、落ちる火の粉はボクが始末する。君は皆の背中をしっかり守ってくれ」

「那須さんの格好良さがやばい……」

「そうだな、頼り甲斐がある仲間だ」

「……そうですか? 頼られるのは久しぶりですから、少し、嬉しいですね」

 

 はにかんだ那須の微笑みに見惚れてしまった三人はその言葉の裏に潜む仄暗さを無意識に感じ取っていた。頼りもせず、信頼を置かず、信用をしない。仲間を置かないという事はそういう事だ。そしてそれが常であったならばもはや言うまでもない。

 

 那須という少年がどのような立場に居たのかを何となく察せるだけの理解を彼らは有していた。何処か遠くに静かに行ってしまう雰囲気を醸す那須の左腕に麻沙音が動いて抱き着いた。驚く三人の視線を受けながら、頬を赤らめながら確かな言葉を紡ぐ。

 

「那須さん、今日は予定はあったりしますか?」

「い、いや、無いけど……」

「そしたら、うちに来ませんか? あ、遊びに来てくだひゃい!」

 

 久しぶりにテンパりから言葉を噛んだ麻沙音のお誘いに、那須は心臓を抑えるような素振りをみせて突然の胸のときめきに衝撃を受けていた。少しだけの身長差があるため必然的に上目遣いとなり、左腕全体から感じる心地良い温もりと柔らかさが脳を溶かし、赤面した可愛らしい顔に動悸が早まる。

 

 思春期の少年に抗える訳が無く、静かに頷いて肯定した。それを見た麻沙音がひまわりのような笑みを浮かべて喜んだ事で那須の脳裏にその光景が焼き付く事となる。立派な額縁に飾られたその笑顔は那須の心の奥底に大切に仕舞われたのだった。

 

 そして、そんな映画やアニメみたいなワンシーンを見る羽目になった二人は揃って甘ったるくなった口の中をどうにかしたかった。そして、自然と笑みを作っていた。そのあまりにも初々しくて微笑ましい光景にどうしようもない程の幸福を感じていたからだ。愛する妹の記念すべき第一歩に静かに涙を浮かべた淳之介、そっと文乃がハンカチを取り出してその涙を拭った。それはまるで愛しい娘の成長を見守る夫婦のそれであり、見た目も相まって非常に絵になっていた。

 

「すみません、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だぞ! 何なら泊っていくと良い。うちの妹をファックして良いぞ!」

「え、えぇと……、ま、まだ早いと思います……」

 

 そう、まだ、早いのだ。対魔忍である那須に課せられた仕事は機密情報も相まって重い枷となっており、恋仲になるためにそれらに清算を付けなければならない。此処に加わるのは那須の出生などの更なる障害であり、それらを何とかするためにも色々とすることが多い。

 

 そして、青藍島では恋愛を通り過ぎて性行為を行なっているが、普通の感性である那須たちは恋愛をしてから性行為をすべきという大切にすべき感情が残っている。そのため、まだ恋仲では無い二人に淳之介の後押しは過剰に過ぎたのである。因みに、その一言で那須のモノを思い出した麻沙音が先程以上に顔を真っ赤にさせたのは言を俟たない。




此処だけの話、放課後帰宅パートを書いてないなと思った今日この頃。全ては気配感知できる対魔忍のスペックの高さが悪いんだ……。


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ファックファイター脱獄せよ。

 週末を過ぎた事で労働者の嘆きの声が聞こえてきそうな月曜日。

 最近煙草を吸う機会が減ったなと思いながらぼんやりとホームルームを待つ那須の姿が教室にあった。結局土曜日は泊まる事はせずに夕飯を共にしてから帰宅し、日曜日は再び瘴気の発生が無いかの警邏に費やしてから食料品の補充をして取り留めのない一日を終えたのだった。来客用の布団を文乃が使っているため、淳之介か麻沙音のベッドのどちらかに泊まる事が判明したが故の逃亡であった事は言うまでもないだろう。

 

 少し早めに来てしまったが故にギリギリに来る麻沙音を待つ事となり、手持無沙汰の那須は頬杖を突いて窓際特有の日当たりの温かさにうとうとしていた。美少女の微睡みという絵画めいた尊い姿を見てありがたやとクラスメイトが眼福と拝む光景がそこにはあった。

 

『ひぃんっ、おほぉ、パァンッ、ポォォン♪ ぜ、全校集会を行ないますのでぇっ、パコニケーションをぉっ、行なっている性っ徒はぁっ、体イクゥッ館へぇっ、移動してくださぁいっ! あぁっ』

 

 そんな汚い放送が流れた事で一瞬にしてしかめっ面を浮かべた那須の機嫌は急降下していた。天使が悪魔になったと拝んでいたクラスメイトたちはオーマイガッと頭を抱える羽目になった。

 

 それは生理によって苛々し始めた女子に触らずべからずという暗黙の了解があるために、美少女然とした容姿の那須もまたアンタッチャブルの存在であると認知されているためだ。

 

 前に煙草が切れて苛々している那須に対して声を掛けてしまい、そのクラスメイトが怖気が走る程の低い声で返答された事でギャップリアリティショックによりその場で失禁した一件があったのも理由の一つだろう。その場に居合わせた者たちは那須が男性なのだと再認識する事となったのである。

 

 一つ溜息を吐いて体育館へと向かった那須は下駄箱に居た淳之介たちを見かけて幾らか機嫌を直した。勿論ながら麻沙音の顔を見た事が理由であり、最近煙草を吸わなくなったのも麻沙音セラピーに依るものだと脳内の専門家が語っている。体育館への通路が埋まり始めてしまったため合流は到着してからになりそうだなと那須は少し機嫌を損ねた。

 

 声をしっかりと通すためか密閉された体育館はもわりとした熱気に包まれていた。彼方此方でドスケベセックスに励む性徒たちにより湿度と気温が上がっていたためだ。鼻に付く臭いに更に機嫌を損ねた那須の周り一メートルから性徒が消えた。

 

 背筋にぞわりと走る怖気を感じ取ったためだ。性欲と言う本能に正直な者たちが多いために、野生の勘染みた感覚で那須の周りから離れたのだろう。流石にそんな那須に対して何かを言える者は居らず、SSに所属する者でさえその恐ろしさに股間が縮こまる思いであった。

 

「うぉっ、な、なんか怖気が……、って那須君?」

「あー……、那須さんこういうの苦手だから尚更になのかな。おはよう那須さん」

「む、むべ……、おはようございます……」

「おはよ。……さて、何も聞いてないんだけど何が始まるのやら……」

「あれ、桐香さんから来てないんですか?」

「うん。急遽決まったのか、それとも連絡を忘れたのか、……両方の合わせ技かもしれないな。桐香さんだし」

「桐香さんだしなぁ……」

「二人の中の生徒会長はそういうイメージなのか?」

「「とーかちゃん係を一日したからなぁ……」」

「お、おぅ……」

 

 二人揃って疲れた表情を浮かべた事でよっぽどだったのだと淳之介も理解を得た。それにしては報告の時に嬉しそうに話していたような、と先日の麻沙音の様子を思い出すも、それとこれは別なのだと何となく察した。

 

 言うなれば手の掛かる年下のメスガキに振り回されるお兄さんの心境と言うべきか、好ましいが毎度となると疲れてくるという現象なのだろう。やれやれ、仕方が無いな、と。それでも結局仕方が無いなと笑みを浮かべられるのだから、そこから浮かび上がる桐香という少女の印象が好ましくなるのも当然だった。

 

 まるで真夏のビーチの騒がしさめいた体育館が、檀上に昇った一人の少女から発せられるカリスマの圧によって静まっていく。その何処か超然とした振舞いは一挙手一投足すらも見逃してはならないと感じさせ、不敵に浮かんだ口元の三日月は蠱惑な印象を与える。桐香様だ、と誰かが呟き、弾けていく泡のように口々に性徒たちから漏れていく崇拝の声がしんと静まった体育館に小さく残響していく。

 

 もっとも、先日の痴態を知っている麻沙音と那須は非常に複雑そうな表情を浮かべているが。何せ、桐香の服装はSS隊員用のブラトップにストールと言う衣服の着用に失敗した時の恰好であるからだ。ああ、起きれなくて、起こされて、間に合わなかったんだろうなぁという今朝の状況が脳裏に浮かぶようであった。

 

『おはようございます。まるで小鳥の囀りのように美しい嬌声を朝から聞けて非常に嬉しく思います。みなさん、先日の学年毎のイベントはお楽しみ頂けたでしょうか。より一層仲を深める良い機会になったとの声を頂いており、企画した教師の方々へ百八の感謝の言葉を代表として贈らせて頂きます』

 

 世間話のように朗々と抑揚はあるのに感情が籠っていない美声が体育館に響き渡る。あれ程までに台パンがお好きなチンパンのように騒いでいた性徒たちはその声を聞き逃すまいとセックスの腰を止めて聞く事に集中していた。

 

『この度、我らが青藍島の指導者、仁浦県知事の来訪及び視察が決まりました。これに伴い、水乃月学園では歓待のため、急遽スケジュールを速めたイベントの開催を決定致しました』

 

 この言葉にNLNSの面々に衝撃が走った。特に、昨年も在籍している者たちはまさかと言う顔を浮かべていた。嫌な予感がし始めた淳之介たちに、桐香は一瞬瞑目してから言葉を続けた。

 

『今週末、無様な負け犬はだぁれ♥体イク祭を開催致します』

 

 メスガキ風に装飾された題名に淳之介たちは度肝を抜かれ、暫く唖然としたが碌なイベントじゃないなとNLNSメンバーの心が一つになった瞬間であった。そして、呆れとその他諸々を胸中に抱える事になった那須は清涼剤を求めてふらりと麻沙音の後ろへと立つと、小さな子供が大きな熊のぬいぐるみを抱くような姿勢で抱え込んだ。

 

 突然の奇行に麻沙音が一瞬驚くものの、先日温泉宿で嗅ぐに嗅いだ那須の匂いを感じ取って逆に安心していた。そんな那須を見て淳之介が限界に達したのだと心中を察して、おいたわしや那須君と同情した。

 

「……で、メスガキ運動会の詳細を知っている者は?」

 

 所変わって放課後の秘密基地。NLNSのメンバーが勢揃いしていた。

 

「違いますよ淳之介くん。無様な負け犬はだぁれ♥体イク祭、ですよ」

「因みに去年はヌキ撃ち☆どぴゅどぴゅ体イク祭よ。……ほんとひっどいネーミングセンスなのだわ」

「んーとね、運動会はみんなでかけっこしたり、玉入れしたり……」

「意外と普通だな……?」

「女の子が男の子のおちんちんをしごいて飛ばした精子の距離を測ったり、男の子を竿を棒に見立てて棒倒ししたりしたかな!」

「普通って何だっけ……?」

「詰まるところエロ体育祭って感じね。一応、普通の競技も混じってて、普通とドスケベの境界線を観覧してる人たちに楽しんで貰う、そんな意味合いも含んでるわ。仁浦氏が来島するって言うし、多分歓待を兼ねてるのね」

「つまり、普通の競技に参加し続ければ公開処刑は無いって事だな」

「それが兄……、過去の体育祭のログを見てもランダムっぽいんだ。百メートル走もエロと非エロの二種類あるみたいで、当日に何に参加するかを登録するみたいなんだ」

「一見普通そうでもパネマジがあるってことだな」

「最悪な事にチェンジは効かないそうですよ」

「ん? 淳之介くんたちは何を話してるの? パネェマジ? なんかすごそうだな」

「純粋無垢に育ったわたちゃん可愛いのだわ……」

「逆によくここまでこの島でノータッチで生きてこれましたね……」

「えへへ……、礼ちゃんが頑張ってくれたからかな。……あと、この発育ふりょーな見た目のせいかな。……参加者だって言ったのに……信じて貰えなくて……毎年観覧席の方に連れてかれるんだ……うぅ……ロリじゃないのにぃ……」

「悲しい地雷が掘り起こされてしまった。けど、これならわたちゃん先輩は大丈夫そうだな。皆は?」

 

 項垂れるヒナミの頭に複数の励ましの撫でる手が伸び、嬉しいけど複雑ぅとされるがままになっていた。その筆頭の淳之介が確認のために他の面々を見やると苦笑混じりの表情が返ってきた。

 

「私は……、奈々瀬には叶わないって早々に棄権されて判定勝ちが多くて切り抜けられたわ」

「あぁ、実際はそうじゃないのに尾ひれどころか足まで生えてそうな噂されてるもんな奈々瀬ェ」

「……美少女フィギュアがお尻に刺さって抜けなくなって病院に居ました」

「美岬らしいが……流石に尖りのあるモノは止めとけよ、人工肛門は辛いぞ?」

「うぅ……正論が痛いです」

「その日は開会式前に熱中症で倒れて保健室に運ばれておりました……」

「地味に貧弱だもんな葉琴……。最初の頃、会話で息切れしてるくらいだったし」

「流暢にお話ができているのも淳之介様のおかげです」

 

 面々の成果を聞き出したのは良いものの、ろくな対策手段が無くて淳之介は若干呆れていた。あまりにも運の要素が強過ぎるな、と。ある意味悪運が強いと言うべきか、喜んで良いのか少し分からなくなった。

 

「と、言う事で桐香さんから当日のスケジュールを貰ってきました。当日に変更が無い限りはこのまま行なうとの事です」

「流石那須君だ。頼りになる」

「この手に限るな!」

「この手しか知らないですけどね。最悪、ボクが当身して保健室送りにする方法もありますので」

「それは最終手段にしたいな……。無いとは思うが保健室に忍び込む奴が出ても可笑しくないからなこの学園の生徒なら」

「そうですね……。そう言えば、一つ耳に挟んだ情報がありまして」

「うん? 何だ?」

「……その、この体育祭、水着で行なうって本当ですか……?」

 

 あっ、と毎年参加していた面々からの視線が那須に向かう。水着という格好はほぼ下着姿と言っても過言ではない露出が強いられる。そして、それは隠す事のできない体のラインや凹凸までをも露わにさせる恰好である。故に、男性と辛うじて認識されている那須は身体を隠す工夫をせねばならない事が決定したのである。因みに、紫外線対策として羽織る事は許可されていると葉琴からの助言があった事で安堵の息が漏れた。

 

 そんな中、唯一那須の身体を見ている麻沙音が想像してしまって赤面していた。流石に無いとは思うがあの棍棒を持つ那須がトランクスタイプ以外の水着を着た場合、股間の怪物具合が露呈するに間違いなかった。加えてさらしで隠している胸元もまた美少女然としてえっちなのである。

 

 男水着チャレンジという単語が脳裏に走った麻沙音は静かに発情し始めた。そんな具合であると情報を魔族因子が拾ってしまった那須は静かに顔を赤らめた。何せ、処女非処女どころか発情具合まで感じ取れる鼻を持っているのだ。同部屋かつ隣である少女から発する匂いに鋭敏に反応してしまった那須は小さく溜息を付いた。

 

 先日の一件のせいで大分麻沙音への好感度が上がっている事で色々と悶々とし始めているのであった。それこそ、対魔忍の肩書きを捨てて抜け忍になろうかなとうっすらと思っている程に。あんまりにも今の立ち位置が心地良いが故に、心情が揺れ動いているのであった。彼もまた思春期の少年の一人である。無理も無かった。

 

「……そう、でした。水着、着替えて……、いやぁあああああ!! お腹、おなかみちゃらめぇえええええ」

 

 そう言ってお腹を抱えて蹲った美岬を見て、そう言えばそういう理由でドスケベセックスを拒んでいたんだったな、という視線が集まった。普段の青藍島女子っぷりがアレ過ぎて忘れてしまっていたのであった。那須の極秘リストのおかげで乗り越えられそうだと思っていた面々に新しい課題が生じた瞬間だった。




此処だけの話、ドスケベ戦役とは違ったオリジナルのエンディングを考えているのですが始め時に迷いますね……。体イク祭編を終えたら、にしようかなぁと思ってます。


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モロチン攻略戦。

 週末に開催予定の体イク祭に対し、極秘リストを一応信用して対策を練り始めたNLNSメンバーであったが、美岬の悲鳴を聞いて女性陣もまた思う所があったのか視線を下げて自身を見やった。そして、この場に居る男性、淳之介、そして麻沙音は那須に視線が向いた。

 自分のスタイルは見せられるものか、と自問自答し始めた面々が唸り始める。

 

(最近那須君のおかげで斥候の時に走らなくなったから……)

(最近毎日が楽しくてストレス解消に走ってたのを止めてたから運動してないトキ多いな……)

(最近寝不足も解消されてご飯もしっかり取るようになりましたし……)

(……そう言えば先日温泉で裸見せたけど見惚れてくれてたし問題無いかな)

 

 一人だけ悩みから解放されていたが、一同の心は一つだった。想い人に良い容姿を魅せたい、という乙女心の発露である。余裕そうな麻沙音に三人から視線が飛ぶが、自身の好意を隠している面々からすれば羨ましいの一言である。淳之介狙いの四人からすれば、実妹である麻沙音が那須へ向かうのは喜ばしい事である。けれど、その余裕は正直羨ましいのである。後で、根掘り葉掘り聞こうと一同の心の声が揃った。

 

「まぁ、那須君が色々と情報を抜いてくれているおかげで生徒会室とかに潜入しなくて良いのは有難いな。こうして対策に専念できるしな」

「光栄の極み、でございます。某、一応忍の者です故」

「うむ、褒めて遣わす。……とまぁ、濁してみたが、その、大丈夫かお前ら。凄い悩んでるけど何か懸念があったか?」

「はぁー、兄のデリカシーの無さにびっくりだわ。だーから、左手が恋人のままなんだぞ分かってるのか糞童貞やろーさっさと奈々瀬さんとくっついて出来婚して義妹になった私を一生甘やかすんだよぉー」

「悪いがお前を甘やかすその役目は那須君に譲ると決めてるんだ」

「……対魔忍止めようかな」

 

 誰にも聞こえないような小声で恋の障害を捨てようか迷い始めた那須を置いといて、相変わらずの鈍感から乙女心を測れない淳之介が悪態を吐かれていた。そう言えば、と相変わらずの奈々瀬推しを見せる麻沙音の様子に危機感を覚えた三人はどうしようかと迷い始める。もっとも、ナイスアシストと喜ぶべき奈々瀬は鈍感主人公よろしくいつもの遣り取りだなぁと流していたので幸先は明るいようだ。

 

「ねぇ、淳」

「ん? 何だ奈々瀬」

「淳って日頃から筋トレしてるのよね。一週間で身体が引き締まりそうなメニューって無い?」

「……奈々瀬、筋肉は一日にしてならず、なんだぞ」

「まぁ、分かってるわよ。分かってるけど……ね?」

「それでしたら、プランクはどうですか淳之介先輩」

「ああ、あれか。確かに色々な所が鍛えられるし、良いかもしれないな」

 

 プランク、と言う初耳の単語を聞いた女性陣は首を傾げた。腕立ての体勢から両肘を付けて、足を延ばしたスフィンクスのような恰好になる、と説明が入ると一応の納得を見せた。試しに、とリラックスルームへ向かった那須に一同が付いていく。こうして、こう、とプランクの体勢を取った那須を見て理解が及んだ女性陣は簡単そうだなと感心した。そんな魂胆が見えている筋トレ初心者たちに淳之介が内心ほくそ笑んだ。

 

「っと、こんな感じですよ。最初は三十秒から始めて、3セットくらいしてみましょうか」

「……ふむ、そしたらアレだな。体イク祭対策として、放課後の時間を使って皆でトレーニングしてみるか」

「と、言いますと?」

「体イク祭は水着着用なんだろ? なら、水着を着て運動すればいざと言う時に身体が慣れてるから動きやすい筈だ。それに、羞恥感を覚えるというのなら仲間内で慣れておくべきだ」

「……成程?」

「ふっ、やるからには本気でやる、それがNLNS流だ」

「初耳なのだわ」

「今考えたからな。と、言う事で明日から各自水着を持ってくるように」

 

 マジかよという視線が実妹から飛んできているものの、会心の立案だと自画自賛して得意げになっている淳之介には届いていなかった。水着を披露する事に意識し始めた女性陣は頬を赤らめており、そしてこの男は取り消さないだろうなぁと諦めて腹をくくり始めた。それに、彼女らにしても淳之介の水着姿を見れるのでまぁいいかという思いもあった。一人、心底微妙な表情を浮かべる少年も居たが、過半数以上の無言の賛成によって放課後トレーニング計画が可決されたのであった。

 

 

 

●●●●●

 

 

 

 翌日の放課後、無事に秘密基地に集まった面々はそわそわしていた。

 淳之介の号令の下、リラックスルームで女性陣が、作戦立案室で淳之介が、そして那須はエレベーターと秘密基地の間の空間で着替える事となった。それぞれが移動を終えて鞄から持ってきた水着を取り出し始める。同じ空間であれば衣擦れの音は聞こえてくるだろうが、流石にドア一枚挟んでしまえば聞こえてくる事は無い。だが、きゃっきゃうふふな女性らしい会話は聞こえて来ていた。

 

「……うぅ、葉琴ちゃんにも負けた……。わたし、先輩なのに、ねんちょーさんなのにぃ……」

「ご、ご安心くださいヒナミ様。まだ成長の余地はあります」

「そうよ、わたちゃん。私たちまだ若いんだからこれからも大きくなるわよ」

「おほぉ……、此処が天国か。奈々瀬しゃんの生着替え……生きててよかった……」

「お、お腹は見ないでくださいね。うぅぅ、心頭滅却すれば背脂も厚しと言いますし、やる気元気美岬ぃ……」

 

 随分と姦しいな、とやや邪念が浮かんできた淳之介は首を振って欲望を振り払う。同級生、先輩、後輩が水着に着替えているというシチュエーションに昂っているようだった。淳之介もシンプルな橙色のサーフパンツの水着に履き替え、日頃の筋トレの成果である割れた腹筋を魅せ付けていた。用意ができたらしい女性陣が淳之介を呼び、机やソファを退かしてスペースの作ったリラックスルームへと招いた。

 

 其処には、情熱的な赤色のビキニを身に着けた奈々瀬、何処か犯罪チックな見た目のやや小さめの黒いビキニのヒナミ、お腹を隠せる水着を選んだのだろう黄色主体に水色の枠線のモノキニの美岬、白と橙色のコントラストのバンドゥビキニの文乃、白色のビキニに身を包んだ麻沙音の姿があった。

 

 エッッッッッッッッ、と楽園めいた光景を目撃した淳之介は思春期の少年らしい邪念を抱いてしまった。それも、皆もじもじと恥ずかしがっており、羞恥というスパイスも相まって股間にクる仕草をしていたのも追い打ち案件だろう。

 

「……すまん、見惚れてた。似合ってるな、可愛いし綺麗だ」

 

 そう本心から漏れた感想を聞いた四人は満更でも無さそうな笑みを浮かべて喜ぶ。はいはい御馳走様と肩を竦めた麻沙音は淳之介の入ってきた扉をじっと見て、那須の登場を待っていた。控え目なノックが聞こえた瞬間に麻沙音が許可を飛ばす。開かれた扉へ全員の視線が向いた。

 

「すみません、お待たせしました」

 

 そこに居たのは……美少女だった。

 鈍色のタンキニの上に、色を合わせた男性用サーフパンツに身を包んだ那須はアスリート然としており、何処かスポーティな印象を抱かせる。ボーイッシュな中性的な容姿であるためかその色が濃く見える。薄っすらと割れた腹筋が何処かフェチニズムをくすぐり、隠れ筋肉フェチな奈々瀬でさえ見惚れる筋肉美も兼ね備えていた。

 

 全員の視線を集めた那須は何処か気恥ずかしい心地になり、癒しを求めるように麻沙音の白ビキニ姿を見てぽかんと見惚れた。初々しく見つめ合う那須と麻沙音の様子に微笑ましい気持ちになった面々は穏やかな雰囲気になっていた。ついっと視線を外した那須が頬を掻き、でぇへぇへぇと麻沙音は口元を緩ませた。これでまだ付き合っていないのだから理由を知らない者は驚愕する事だろう。

 

「その、全員集まりましたし始めませんか?」

「それもそうだな。円状に……は駄目だな。横一列だ」

 

 重力に従った女性陣の胸を見る事になる事を悟った淳之介がフォーメーションを変える。そんな凶悪な光景を目にしていたら封印されたイチモツがスタンドアップするに違いなかったからだ。正直、今も意識しないように気合を入れているため、危機管理の失敗がリーダー失格の烙印を押す事態に成りかねない。

 

 しれっと麻沙音を那須の隣に追いやってから、左から文乃、ヒナミ、淳之介、奈々瀬、美岬、麻沙音、那須の順に横一列に並び始める。手に持った百均タイマーに三十秒をセットして、俯せになって肘を付いた状態に全員が移行する。

 

「昨日那須君がやってくれたように、こうして腰を上げて背筋をしっかりと伸ばしてキープするのが基本姿勢だ。顔は下げ過ぎずに直線を意識して息を止めたりはしないようにな。それじゃ、軽く三十秒から始めるぞ」

 

 よーいスタート、と電子音を鳴らした淳之介に続くように一同が腰を上げてプランクを始めた。案外楽だな、と女性陣が思ったのも束の間、十秒を越えてから悪夢の時間がやってきた。奥歯を噛み締めるようにして、持ち上げている筈の腰が上から押されているような感覚に陥って行くのを耐える。

 

 震え始めたのは麻沙音と美岬とヒナミ、二十秒を越えてからはそこに奈々瀬と文乃が続く。まるで皿に載せられたプリンのように震える尻がプランクという体幹トレーニングのキツさを物語っていた。十秒を越えると腹直筋に感じる負荷だけではなく、腹横筋などの深層筋や全身の筋肉から刺激を感じるのがプランクというトレーニングだ。そのため、三十秒プランクと言う名目で筋トレ初心者におすすめされるメニューでもある。タイマーから電子音が鳴った瞬間に女性陣が崩れ落ちた。その隣で男性陣は余裕そうに腰を落とし、互いを見て苦笑した。

 

「き、きっつぅ……、最初は簡単じゃないって思ってたけど、何というか、クるわね、これ」

「腹筋をしている訳じゃないのにお腹周りがががが……ばたんきゅー」

「うぅ、これすっごいきついねぇ。すっごいぷるぷるしちゃった」

「これは……侮れませんね」

「……へんじがないしかばねのようだー」

 

 日頃の運動不足が祟った女性陣が苦悶の声を漏らす。自転車通学をしている美岬でさえ、苦痛を訴えるプランクは基礎にして王道な筋トレメニューなのである。くったりとした面々の様子を見て淳之介はやや呆れを表情に浮かべる。

 

 その様子に苦笑する那須であったが、概ねこのような状況になるであろうとは予想はついていた。逃げるという行為は下半身が集中して鍛えられるが、このプランクは腹回りを中心としたインナーマッスルなどを直撃する。そのため、普段動いていないような部分が痛めつけられるので泣きの声が上がったのだった。

 

「その分、効果はしっかりしてるんですよこれ。なので、毎日三十秒を三セット、三十日行なう、所謂三十プランクをおすすめします。場所を取らず、辛さで分かるように効果を実感できる素晴らしいメニューなんですよ」

「ああ、那須君の言う通りだ。いざと言う時の筋肉作りはきっと役に立つ。……それに、筋肉を付けた方がダイエットに繋がる。女性は体重を気にしがちだが、実際見るべきは体脂肪率だと思うんだがな。脂肪よりも筋肉の方が重い。太ったんじゃない、引き締まったんだ。継続は力なり、だ。体イク祭までと言わず、二セット、いや、一回でも良いから毎日行なうと良いな。筋トレをしたらしっかりとタンパク質を取るんだぞ。プロテインが理想だが、初めは卵を溶いた牛乳とかがおすすめだ。少し砂糖と塩を入れておくと飲みやすいぞ」

「めっちゃ語るじゃん兄、ここぞとばかりに」

「はっはっは、筋肉は無いと困るからな。日頃の努力は嘘を付かないし、自信の土台になる。……必要な時に足りない辛さは味わって欲しくないからな……」

 

 そう遠い目で嘆きの言葉を呟いた淳之介に麻沙音が悲痛な表情を浮かべて瞑目した。その仄暗い雰囲気に過去に何かがあったんだろうと一同が同情の表情を浮かべる。集まった視線に気づいた淳之介が小さく息を吐いて、もう吹っ切れてるから大丈夫だ、と分かりやすい嘘を吐いた。

 

 それを見て見守ってあげなきゃと奈々瀬のお母さん魂が震え、おねーさんとして守らなきゃと奮起したヒナミが拳を握り、何かしてあげたいと美岬が献身的に見つめ、支えて差し上げなければと文乃がふんすと意気込んでいた。

 

 そんな様子を見た那須と麻沙音は随分と好感度稼いでいるなぁと淳之介を温かい視線で見つめる。彼らはまだ気付いていなかった。じっとりとした湿気のある暑さにより薄っすらと那須が汗をかいていて、その汗に含まれる微量の媚薬物質が部屋に漂って彼女らの興奮を煽っている事を。

 

 現に彼女らが淳之介に熱い視線をするようになったのは那須が加入した頃であり、女性的疼きを覚えて淳之介という気になる異性に対して無意識に惹かれる環境により恋心を加速させているのである。あくまで後押しをしているだけで、人の好い淳之介の良さに異性として惹かれている事が前提なのは言うまでもない。淳之介が性的に食われるのも時間の問題であった。




此処だけの話、対魔忍側のキャラを出すべきか迷ってます。本編終わってから後日談的に出した方が良いのか、それともちょいキャラとして出すべきか、迷いに迷って夜しか寝れません。
という事でアンケートを一週間程設けるのでよろしかったらポチお願いします。
第一案件は本編or後日談。
第二案件としてY猫ちゃんかR牛さんのどちらにするか(両方の選択肢も置いときます)


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ピンサロに散る!。

 トレーニング二日目、水曜日の放課後に秘密基地へと集まった面々であるが、その場に淳之介と那須の姿は無かった。淳之介は未だに目的を達していないためSS側の訓練に精を出しているようで、那須に至ってはやけに深刻そうな表情で周辺情報を探ってくると言い残して一瞬にして消えた。その時の表情はあの那須でさえ顔を曇らす何かがあったのだと感じさせるものであり、流石にそれを止める事は一同できなかった。

 

 そのため、リラックスルームで掃き掃除を終えた女性陣が水着姿になり、ゆるゆるとプランクをやって消化試合のように額の汗を拭っていた。前日必死になっていたのは想い人の前で力むために変顔を晒さないように注力していたためであり、それのない今日は比較的プランクもきつくは無かったようだった。

 

「ぷはぁ! 淳くんと那須くんに教えてもらったプランク、きっついねぇ。でも、身体の筋肉さんが頑張ってるよーって言ってるみたいで効果ありそうだね!」

「むべ……、準備に手間が掛からないのは良きでございますね」

「はっ、アナニーしながらプランクすれば夢のボディと快楽が得られるのでは……?」

「いや、常識的に考えて力むから括約筋痛めるのでは。これだからアナニストの畔さんは……」

「まぁまぁ、アサちゃん。美岬もこれでもマシになった方なんだからあんまり強く言わないの」

「はひぃ、奈々瀬しゃんの御命令ならば」

「うぅぅ、麻沙音ちゃんの好感度が一向に上がらないのはバグなのではと思う今日この頃です」

「好感度……そう言えば、アサちゃん」

「何でしょう奈々瀬さん」

「那須くんとは何処まで進んだの?」

 

 満面の笑みから放たれる言葉のバズーカに麻沙音が呻く。よりによって愛しの奈々瀬に話題を出されてしまったため追及を逃れる術が無い。いっちょ前にお姉さんぶっているが、一段と関係が進んでいるように見られる麻沙音の恋愛事情を根掘り葉掘りしたそうにうずうずしているのが表情から見えている。

 

 そして、前日の羨ましいと思った案件を思い出したのか、他の四人も聞きたそうに視線を向けた。唯一、文乃だけが先日の夕飯の時に事情を知っているため、今思えば大分破廉恥な内容に頬を赤らめていたが、やはり乙女なのか進展があったのかもしれないと聞き手に回っていた。

 

 プランク直後の疲労時を狙われた事で物理的に逃げ出せない事を悟った麻沙音は、奈々瀬が率先してプランクの準備に取り掛かっていた理由を察してしまう。あ、これ無理な奴だ、と負けイベントにでくわした時の気持ちに陥った事で逃げるコマンドが意味を成さないと察した。

 

「那須くんが入ってから麻沙音ちゃんの機嫌が良いもんね」

「そうですね、いっつもニコニコしてますもんね」

「むべ、家に居る時も嬉しそうに語ってくださいますしね」

「アサちゃんが凄い元気になってくれたって淳も喜んでたしね」

「……に、逃げ場が無い……っ」

 

 何時の間にか修学旅行の深夜パジャマパーティみたいな雰囲気と化しているリラックスルームで、水着のままにやにやと笑みを作る四人に見つめられた麻沙音は両手を上げた。

 

「その、桐香さんの提案で混浴温泉に行ったのは知ってますよね? ……その時に、家族風呂で、……手コキしました」

「「「「――――へ?」」」」

 

 手を繋いだとか甘酸っぱいキスをしただとか、そういう微笑ましい話題がくると思っていた面々は猥談に続いた事で驚愕していた。これには事情を知る文乃もびっくり顔である。ノーガードで聞いたものだから一同顔を赤らめる事態となり、もじもじとしていながらうっとりと恍惚そうに惚気る麻沙音の話に釘付けだった。

 

「えと、実際には温泉に入ってる那須さんの隣に行って、その場のノリに押されて、その、な、那須さんのアレを握りまして……、形を確かめるために上下しただけで、途中で終わっちゃいました。現実の男性のそれを見るのは兄とか父とお風呂に入ってた時に見た事があったんですが触った事は無くて……。第一印象は硬い、でしたね。竿の部分がすんごい硬くて、硬いゴムっていうんですかね、そんな感触で。でも、先の方になるとムニってして柔らかくて……、すんごいカリ太でした……。兄よりもおっきくて、分厚くて、ああ、男の人の頂点ってこんな感じなんだなぁって気分でした。那須さんのアレ、三十センチ定規くらいあるって聞いてたんですけど本当で……、ええと、此処からこんな感じだったから……これくらい、ですかね」

 

 指先から続く腕と肘の間程に左手の先を置いて那須のイチモツの体感的な大きさを示す。その長さを視覚的に知った面々は驚愕の一言であった。あの美少女面でそんな凶悪なものを搭載しているのか、と。それくらいの大きさのディルドを持っていた美岬はその大きさの具合をよく知っているため、一際驚愕が大きかった。あのサイズを入れるまでに大分時間が掛かったのを覚えているためだ。

 

「……その、私そのサイズくらいのディルド持っているんですが、入れられるようになったの後半の方で……。大分、きついですよ」

「……マジかぁ」

「わ、わたしの腕くらいの大きさ……あわわわ」

「むべっ、そうなると私の腕の大きさ……ひゃ、ひゃぁ……」

「ず、随分と凶悪なのね。大丈夫かしら、裂けちゃうんじゃないかしら……」

「さ、流石に無理矢理入れるような人じゃないですし……、えっ、どうしよう……」

 

 那須のイチモツで破瓜したいと想っている麻沙音だったが、現実に返った事でその難題さに直面して困惑していた。指で慣らす程度のそれではない事は何となく分かる。甘勃ちの状態でオナニーする兄のサイズを思い出し、最初は手加減して貰おうと肝に銘じた。もっとも、那須も自身のそれを難なく挿入れられるとは露とも思っていないため杞憂ではある。

 

「あ、因みに兄のサイズは●●センチなので、気になるようだったらある程度ほぐしておいた方が良いと思います。……やべ、これ言っちゃいけないやつだった」

 

 しれっと会話の流れで一同に暴露する麻沙音だったが、淳之介が悩みに悩んで未だに隠しているそれを言ってしまっていた。話題が話題であったが故の誤爆であった。想い人の秘め事を知ってしまった面々はより一層顔を赤らめてから、その大きさを視覚的に理解してしまって青褪めた。

 

 何せ、この場に居る全員が処女であり、膜を破くような事をしないように大切にしている面々である。破瓜の痛みは強いと知識的に知っているが故に、一般的のそれよりも大きい淳之介のそれのサイズを理解してしまったからこその恐怖が襲ったのだった。

 

 もしも、これを知らずに初めての日になっていた場合、絶対に苦しませて淳之介を心配させるに違いなかった。特に、子供用の膣育グッズでさえ痛みを感じるヒナミの場合は顕著である。経験豊富な礼ちゃんに相談しなきゃ、と百面相しそうな話題をぶっこまれる礼の苦難が決定した瞬間であった。もっとも、淳之介と結ばれる時の幸福感によって多少の痛みはあれどすんなり行く事が決定している面々であるので杞憂に過ぎないのだが。

 

 これにより、淳之介との初体験の時に心配させる一因を取り除ける事になり、結果的には良い方向に転がるのだった。しかし、流れで一番の秘密を実の妹から暴露された事を知らない淳之介はご愁傷様と言わざるを得ない。

 

 何せ、意を決して口にしたら相手が既に知っている状態なのだから。実に困惑するに違いない、その光景が目に見えるようであった。続く言葉は、アサちゃんェ、である、間違いなかった。もっとも、麻沙音の報告で自分よりも大きいサイズをお持ちの那須の存在があるため、若干ながらトラウマが緩和していたのが幸いだろう。那須君には勝てないしなぁという自己擁護ができるからである。

 

「そ、そういえば! 二人は付き合ってる、んだよね? デートとかはしたのかな」

「へ? まだ付き合ってないですよ」

「えっ、付き合ってないの? あんなに近いのに?」

「そ、そうなんですか? なのにあれ程のイチャイチャを……?」

「おいたわしや……」

「いや、その、那須さんの仕事が特殊じゃないですか。私と恋仲になったら襲われるリスクが出てくるし、依頼を受けて彼方此方に行くらしいのでこの島にずっと居られる訳じゃなくて……。なので、お互いに決めかねてる、って言うのかな……。四六時中那須さんの近くに居れば襲われる心配も無いんじゃないかなぁって私的には思ってるんですが、流石に任務までついてくるのは色々と拙いらしくて、主にR18G的な意味で……」

「R18……G?」

「グロマンの略でしたっけ。……那須君、銃弾切れますもんね。つまりはそういう鉄火場になる、と」

「それもあるんですが、ファンタジーであるあるな魔族ってのが現実的に居るらしくて。捕まったら何をされるか分からないから、基本的にまともな会話が通じない場合は皆殺しにしてるそうなんです。血飛沫臓物スプラッターな現場に大抵なるみたいで、絶対に現場は見させられないって苦い顔をしてました」

「……うわぁ。……うわぁ」

「……確かにあの方ならばするでしょうね。実際、人の腕も躊躇い無く落としておりましたし」

 

 文乃が保護される事となったあの夜の出来事。それを深く思い出そうとしなかったのは皆々あの光景にトラウマを感じていたからだ。暗闇を引き裂く赤い軌跡を描き、拳銃を持っていたヤクザの腕を切り落としていた事を思い出してしまった。加えて言うならば草陰に連れて行って拷問もしていたくらいだ。山を下りる際にこっそりと錆びた釘を仕舞い込んでいたのを麻沙音は見てしまっているため、そういう暴力的な一面も持っている事を理解している。

 

「それでも、私は那須さんが好き、なんだと思う。……えっちしたい相手が好きな相手なんだと思ってたけど、今なら違う気がするんですよね。隣に居て欲しいって、寂しく思うと言うかその……、一緒に居て安心するって言うか、会話をして、私を見てくれて、それで……。全部が好きっていう気持ち、こんな感じなんだなぁって……。よく好きな人を日溜まりに例える描写を見るけど、確かに那須さんを想ってる時は日向に居るような気分になるんですよね」

 

 上気した頬を緩ませて幸せそうに語る麻沙音を見て、ガチ恋してるなぁと一同が内心で苦笑した。初々しくも可愛らしく惚気る麻沙音の様子は尊いものであり、聞いているだけで心が温まる心地だった。普段のぐぅたらなギャップも相まってあまりにも可愛らしかったため、奈々瀬が膝から崩れ落ちて尊さに溺れた。

 

「それでその……、那須さん、対魔忍辞めようかなって真剣に考えてくれてるみたいで。えへへ。私と添い遂げるために色々と準備とか根回しをしなくちゃいけないだとか、ふへへ、米連とかいう組織から分捕った資金もあるからこっちに一軒家を建てようだとか考えてくれてて、うぇへへ……」

「……何というか、那須くん大人過ぎだな?」

「そうね、もう人生プランの草案どころか建築に入ってるじゃないのこれ」

「米連……もしかしなくてもあの超巨大国家の――」

「いけませぬ美岬様、それ以上はいけませぬ……」

「とまぁ、そんな感じです」

 

 気恥ずかしさから頬を掻いた麻沙音の表情は幸せそのもので、憂いは無いと言った様子であった。もしかしなくても米連は南北アメリカ大陸と東南アジアの一部、台湾、朝鮮半島の一部を統治及び信託統治している超巨大国家の事であり、東アジアを牛耳る中華連合と火花を散らしている事で有名である。

 

 緩衝地となっている日本への干渉力も強いのだが、それを跳ね返す一助となっているのが対魔忍の存在である。それは米連に本拠地を置く多国籍複合企業体であるノマドが吸血鬼の始祖たるエドウィン・ブラックによって統括され、表向きの事業の裏でカオスアリーナやデモンズ・アリーナなどの非合法かつ非人道的なブラックビジネスを展開しているからだ。魔界勢力の受け皿となっているノマドによるそれらは明らかな侵略行為であり、それをぶちのめすのが対魔忍の仕事と言っても過言ではない程に禍根が渦巻いているのである。そこに米連の特殊部隊も乱入し、時に中華連合からも乱入する大乱闘となるため、それぞれに禍根がある状態である。

 

 そして、それを加速させたのがふうま一族を率いた前当主ふうま弾正のクーデターによる戦火である。アサギに追い詰められた弾正は米連の特務機関Gへと亡命し、対魔忍及びノマドにも喧嘩を売った挙句雲隠れしたため、ただでさえ闇鍋な裏社会に混沌をもたらしたのである。そういった経緯もあり、対魔忍と米連の確執は相当深いものがある。ノマドの非合法魔族勢力を叩き潰す際に力を借り合う仲ではあるが、背中を見せたな死ねと言わんばかりに謀略を仕掛け合う仲でもある。

 

 そのため、しれっと共通敵のノマドのせいにしてお互いの物資や資金、人材を奪うのも世の常である。

 

 そして、老害共に出生を理由に無茶振りされまくっている那須は嫌がらせを兼ねて申告すべき物資などの情報をこっそりと回収し、隠し財産として米連やノマドの資金を貯蓄していたりするのだった。計算が合わない帳尻合わせにノマドを理由にすることでのらりくらりと躱してきた結果、弱小な忍一族が持っている資産程の隠し財産を築けたのである。裏ブローカーの手を借りて態々一般人の戸籍を作って預金通帳を作る程の念の入れようであり、対魔忍の情報部でさえそれを察知できていない程に慎重に集められたのであった。

 

 もっとも、那須は気付いていないが、五車学園の地下に魔科医として居る桐生佐馬斗がこっそりと手を回しており、情報部に渡ろうとする那須の情報を叩き潰している。それ程までに那須を彼に預けた姉の存在が怖いのだろう。何せ、実の弟を実験材料にしてやろうかと脅した事のある女性である。那須に何かあったら問い詰めに来るからな、と言われてしまっては流石に佐馬斗も気が気でないのだろう。もっとも、那須が目に届かないところに居るため既に手遅れであるのは言うまでもない。




此処だけの話、アンケートの御協力ありがとうございました。
結果は、良きに計らえ、となりましたので、あくまでちょい役として出す機会を作ろうかなと思います。ぬきたしがメインなので、サブの対魔忍キャラは程々にするのが塩梅でしょう。
と、いう事で第二案件としてまた一週間ほどアンケートさせて頂きます。
ヒロインはアサちゃんで固定なので、メインヒロインとして昇格する事は無い、と予めお伝えしておきます。先っちょ、先っちょだけの登場になる予定です。


喘げば尊し楽しみですね!先行開始二分で応募し終えたので当たると良いなぁ。
NLNS帽子とマスクをして会場に行けたらなぁと思います。


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死闘!ホワイト・プール。

 トレーニング日和の三日目、体イク祭まで残り二日となった木曜日の放課後。秘密基地に集まっていた面々は何時にも増して不機嫌そうな那須以外は水着に着替えてリラックスルームでプランクに挑戦していた。手元のタブレットをイラつくように叩く姿は激務に見舞われた社会人のような姿であり、彼方此方へと指を動かしている様子は鬼気迫るものだった。

 

「……その、那須君? 何があったんだ?」

 

 そんな那須に声を掛けたのは、一同の視線によって背を押された哀れな生贄もとい淳之介だった。呼ばれた那須は鋭く吊り上がった三白眼の双眸をそちらへ向けて、視界に入った麻沙音の心配そうな表情によって怒りが幾らか鎮火された事で漸く冷静に戻る事ができた。

 

「情報漏洩などであんまり言いたくないんですが……、まぁ、無関係じゃないので、広めない事を条件にお話ししますね。本島に居る情報部から幾つか届きまして、どうも青藍島に寄生してるヤクザにノマドが関連しているようでして……。あぁ、ノマドっていうのは表向きは企業ですが、実態は魔族勢力の侵略部隊みたいなもので、幅を広げようとこの島を本格的に狙いに来てるみたいです。昨日、大分ぶち殺したので数は減りましたが魔族の侵入を確認しました。そのため、SHOがヤクザたちの根絶を目的とした戦力戦を仕掛けるらしくて、本島に居る部隊を回収するために体イク祭を企画したみたいです。水乃月学園のイベントに乗じる事で増員の理由を自然にさせ、電撃戦でヤクザたちを狩るとの事でした」

「あー……、昨日礼先輩からあれを渡されたのはそのためだったのか……」

「裏風俗に関するレポートだよね、って事はもう兄はSSから抜けたの?」

「あぁ、それもある。仮の隊員だったしな、除隊も省略で昨日やったんだ。ドンパチは何時なんだ?」

「日曜日だそうです。夕方に子供が誘拐される案件がありまして、子供は救い出したのですがヤクザ側が奪ったタブレットの処理を怠ったみたいで隠れていた本部の位置が分かったみたいです。……まぁ左腕を置き忘れて行くぐらいでしたし必死だったんでしょうね、ドジなヤクザも居るもんですねぇ」

「がっつり関与してるじゃん那須君。それも実行犯」

「やだなー、淳之介先輩。子供を俵抱きしてるのが悪いんですよ。とまぁ、それは置いといて。何でも仮初の被膜とかいう良く分からない店を拠点にしているみたいで、地上二階、地下一階の建物みたいですね。裏風俗の現場にお誂え向きな立地で、誘拐のしやすい集落地に近く、かつ山の中にあるため逃げ切りも安易だったのでしょうね」

「……今、なんて?」

「仮初の被膜っていうアダルトグッズ店ですね。売り物は……って、まさか淳之介先輩……」

 

 その店は青藍島の風紀をよく知る者たちからすれば需要を感じない品揃えであり、イチモツを露出すれば勝手に埋まるような島でオナホールと言う自慰用のグッズは意味は知っているけれども使う事の無いと言うマイナーグッズに落ち込んでいる。対するディルドの方はプレイの幅が広がるため性撫百貨店でも扱っている程であるが、オナホールの取り扱いは本島からの輸入に頼るのが常である。そのため、入手に困っていた淳之介はその店に入り浸るどころかヘヴィユーザーであった。自分の性事情のお供の購入金が裏風俗ヤクザの資金源に加わっていた事実に淳之介は酷く狼狽し、無念を体現するように項垂れた。

 話の内容から購入していた物を察した本島の経験のある奈々瀬と実妹たる麻沙音からのジト目が痛く刺さる。ぐぅの音も言えぬ戦犯具合に二人の肩が呆れたように降りる。

 

「それと集落地辺りの情報を集めた時に興味深い目撃情報を得てしまいまして……。その、お偉いさんっぽい人が乗った黒車の目撃情報とそのお店に続く森の付近で乗り降りしていた事が分かってしまいまして……」

「それがどうかしたんですか?」

「……ボクの任務内容、汚職議員ご用達の島の捜査なんですよね。なので、この情報を伝えると間違いなく任務終了か、殲滅工作に続くかのどっちかになると思うんですよ。そして、SSの動向も相まって此処で報告を怠ると確実に上から雷が落ちるんですよね……」

「えっ、それじゃ、那須さん本島に帰っちゃうんですか……?」

「元々そう長く続く任務の内容じゃなかったし、可能性があるってだけだよ。ただ、始末した魔族の量からして任務継続が妥当かなぁと。……けど老害共が何を言い出すか分からないんだよなぁ。井河校長なら……」

 

 そう色々と検討し始めた那須の表情が引きつった。上司たる生きる伝説である井河アサギであるが脳筋対魔忍の筆頭でもある。魔族に対して恨み辛みを抱えている事もあり、殲滅思考に陥る事も少なくない。そのため、現状維持として那須をこのまま置き、討伐部隊かそのための増員を送るのではと考えてしまったのだ。その場合、情に弱いアサギだ。確実に那須と連携が取れると言う情報だけで知り合いを送ってくる可能性が高かった。下級魔族しか見つかってない事もあり、確実に五車学園の生徒が送られてくるに違いない。そうなると那須という人物の実情を知る者たちに絞られる訳で。

 

「……来るだろうなぁ」

 

 誰とは言わなかった。外で元気に走り回る事が多いからか褐色気味に日焼けした全身スレンダーな少女のシルエットが脳裏に浮かぶ。次点で浮かぶのは持て余した弟愛を淫欲にぶっこんだホルスタインボディな少女のシルエットであった。どちらが来ても面倒な事になる未来が見えて那須が若干ナーバスになる。あの一件を未だに吹っ切れていない事もあり、何処か罪悪感めいた感情を抱くのもそれだけあの頃の生活が楽しかった証拠でもある。

 そんな様子の那須を見て野生の勘染みた直感が麻沙音の脳裏に走る。エロゲー脳が弾き出した計算によって最終章に近い前イベントの予兆がする、と。数多くのエロゲーをこなしてきた麻沙音だからこそ、佳境に入ると不安な雰囲気を醸し出しがちな展開を感じ取っていた。加えて、伏線だけ序盤に放り投げられていたようなキャラが我が物顔で出てくるのが常であるとお約束を理解しているからこそだった。

 来るなよ、来るんじゃないぞ、と言った前振りめいたフラグが立ったのを何となくNLNSメンバーは察した。同時に、那須との別れの日が近付いている事に気付いてしまった。何処となく空気が落ち込んだ雰囲気に那須が随分と深い溜息を吐いて追い打ちをかけた。

 

「その、なんだ。来るであろう人と折り合いが悪いのか?」

「ええと、ですね。うーん、どう説明したものか……。昔語りをするようなキャラでもないので、簡潔に言いますと、恐らく増員に来るのは友人の恋人か友人の姉で、何とも言えない事情のせいで三夜を共にしてしまったケジメ案件が先月にありまして……、その案件のせいで溝を作ってた事もあって会うのがめっちゃくちゃ気まずいんですよね。ある意味寝取り案件と言うか何というか……、此方にその意図が無かったのも含めて、対魔忍案件と言うか……」

「それはまた……何とも業が深そうな内容なのだわ」

「って、あれ、それじゃ那須くんどーてーさんじゃないんだ?」

「それとも、ぶふっ、ほ、誇り高き童貞理論でセーフだったりするんですかね? ふふっ」

「……むべ、……一夜ではなく、三夜?」

「あ、それ知ってる! 絶倫って言うんだよね。クラスの子が自慢してたよ! 一晩中してたーって! ……って、あれ、三夜? 三夜って、三回夜になったって事だから……、えっ、三日もしてた、って事だよね……? わ、わぁ……」

 

 嘘偽りなく言ってしまった故の悲劇であった。意味を悟った面々がベッドヤクザどころかベッド怪獣王な那須の性事情を察してしまい、女性陣は一瞬にして湯沸かし器のように赤面してしまった。それに直面するであろう麻沙音は怯えるどころか奮い立つ様子であり、むしろばっちこいと鼻息を荒くする始末。随分と業の深い妹を持ってしまったと淳之介はその原因たる自分を棚に上げて肩を竦めた。

 濁した筈なのに特大の墓穴を掘っていた那須は静かに撃沈した。こういう事をオープンにする性格ではないことも相まって返ってきたダメージが許容量を超えたらしい。増してや気になっている少女にそれを知られる事で死体蹴りが入っている。人によっては羨ましい案件なのだが、那須にその気が無かった事と魔族因子の活性に理性が負けた事実も相まって負い目と感じているので当人からすれば黒歴史と同等のそれであったのが要因に違いなかった。

 実のところ、淳之介の理論を借りれば那須も童貞のままなのだろうが、それをすると二人の処女を奪ってしまった事実が負い目になり、それを否定する事に繋がってしまう。二人は処女喪失を満更でもないどころかあっさりと乗り越えた挙句、ユキカゼに至っては実際に腰の上に乗り上がった事もある程に受け入れられてしまっている。理性を飛ばしても根の優しさが行為に出ていたのだろう。魔族らしい壊すような暴力的なそれではなく快楽の沼に沈めるような調教的なそれであり、身体の限界を感じさせないような夢心地な感覚に溺れていた事が要因である事は間違いなかった。

 那須が感じているそれはお酒を飲み過ぎてハメを外してやらかした挙句、そのことをしっかりと記憶に残ってしまっているために恥ずかしさを抱いている事に似ている。

 

「……ボクとしては色々と腑に落ちてないんですけどね。罠に陥った二人が違法肉体改造を施されて快楽狂いになってたのに、それに耐えられるだろうと信頼した結果がアレですから。ボクも途中から理性を失ってたのもあって後悔と罪悪感しかなくて……。なのにあっちは満更でもない様子でより一層姦しく接してくるし……、おかしいですよね、達郎が恋人だって言って紹介して……、…………………してたっけ?」

 

 ふと、首を傾げた那須の語りが止まる。そして、汗顔となり目を泳がせ始めた。とんでもない勘違いをしていたかもしれない、と。よくよく思い出せば、あの頃は魔族絶対殺すマンになっていた事もあってちょっかいをかけてくる達郎たちを疎ましく思っていた。そのため、ろくに彼らの言った言葉を気にしていなかった事を思い出してしまった。そして、それを思い返す機会がなかったこともあり、今の彼らとの関係というフィルターで当時の言葉を覚えていた節がある。

 ――紹介するよ、こっちが俺の“幼馴染”のゆきかぜ。

 血生臭さを隠さない任務帰りの恰好で、やや引き攣った顔でアサギの紹介だと言う二人と対面していた時の光景が動画を見るように思い出せてしまう。そう、達郎はその時に恋人ではなく、幼馴染と紹介していた。そして、友人になるにつれて男友達として吐露したのだろう。ゆきかぜとの関係を進めたいんだという相談は、幼馴染という関係から恋人になりたいという意味であり、手を繋ぐ関係なのでキスをしてみたいという意味合いではない。

 と、色々と一般人らしい常識を得た事で成長した那須は自身の致命的な勘違いを理解できてしまった。簡単な事だった。そもそも友人以上恋人未満の二人だったのだ。幼馴染よりも好ましい相手として那須に男を見出してしまったというだけだった。達郎とゆきかぜは恋人関係じゃないので寝取り寝取られの関係ですらなかった。そのため、気に病んでいた那須のそれは全くの見当違いという事になる。

 

「やっべ、やらかした……」

 

 そう消え行く小さな声を漏らした那須は両手で顔を覆って項垂れた。完全に自分の勘違いであり、彼らからすれば勝手に疎遠になった薄情者に見えた事だろう。この島に来ても彼らから連絡が来ていないのも見限られたからだと思ってしまうのも無理もなかった。

 もっとも、彼らもまた那須と似たような任務を受けていてそれどころじゃなかったというのがオチなのだが、それを知る由もない那須からすれば友人を失ったように感じられた。がっくりと頭を落として重い空気を醸し始めた那須に一同は困惑するしかなった。

 先程の話が那須にとって悩みの種なのだと一応の納得をし、今後の行動を練り始めた一同は項垂れた彼をそっとしておくことにした。




此処だけの話、ミートボールになったの達郎じゃねぇや浩介じゃん、といううろ覚えやらかしをしてしまって対魔忍シリーズをやりなおして書き直してました。
一応、対魔忍側はアサギ1&2&3の後でRPGが現状という時系列にしています。対魔忍ユキカゼ1&2をトゥルーしつつ、三夜案件があったため達郎は今も尚DTな上に、ユキカゼからは男友達な幼馴染止まり、凛子からは愛しい弟ではなく可愛い弟に格下げされており、ある意味寝取られ対魔忍らしい生活をしています。

二度目のアンケートへのご協力ありがとうございました!
Y猫ちゃんが応援に来るフラグが立ちました。



喘げば尊し、SS席取れませんでしたが、先行一般席は取れたので楽しみですね。
NLNS帽にSSマスクで行こうと思います。


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恐怖! 始動オーク=ナス。

注「那須の対魔忍過去話なので、ぬきたし感ZEROです。ぬきたし勢への補足ですが、達郎は対魔忍ユキカゼの主人公こと寝取られ対魔忍こと秋山達郎。ゆきかぜの元彼扱いされる彼ですが、ユキカゼ1の序盤で告白して恋人に……なってたわ(ここの注釈のためにやり直して見落としを発見した奴)。ま、まぁお互いに好きだよって言い合っただけだからこの世界線では恋人になっていなかった、という事で。潜入の直近だったので那須んぽにゴリゴリされて頭から削り落ちたという事で一つ(何卒)」


 ――アイツと出会った日の事を今でも覚えている。

 三年前、それは夕暮れを越えて夜の帳が落ち始めた頃だった。生きる伝説たる井河校長のちょっとしたお願い、それが少女とその幼馴染の少年を五車学園の裏門の前に立たせた理由だった。修練に打ち込むために狭い室内から外へ飛び出し、こんがりと健康的に日焼けする程に努力を重ねた小さな身体を持つ少女の名は水城ゆきかぜと言った。その幼馴染にして抜け切らない関係にやきもきしている秋山達郎はゆきかぜの付き添いとして同行していた。

 

「それにしても……気にかけて欲しいだなんて、不思議なお願いもあったもんだね」

「そうね。噂だけは聞いてるわ。篝火の対魔忍って呼ばれてるらしいわよ」

「へぇ、初耳だ」

「はぁ……、情報収集は基本よ? 変なの掴まされた日には面倒な事になるのがオチなんだから」

「そりゃそうだ」

 

 軽い返事に肩を竦めたゆきかぜを見て達郎は苦笑した。雷撃の対魔忍として実力を付け始めている幼馴染と違って、平凡な成績な達郎は人並みな向上心はあっても何処か諦めていた。隣に居る幼馴染の凄さを知っているが故に、弱々しい風遁しか使えない自身を無意識に卑下してしまっていた。

 ゆきかぜの口から篝火の対魔忍の事が語られていく。曰く、その由来は暗がりから現れた時に灰色の髪に新鮮な返り血を浴びたままだった事から、暗闇を照らすための篝火に例えたのだと言う。他の話は与太話が多く、それらを吟味して選び取った内容を纏めれば、依頼完了率百パーセント、捕虜の奪還任務と破壊工作と殲滅戦を得意とする暗殺型の対魔忍という今時の主流から外れた人物であるらしかった。まるで伝説の再来だと達郎は思って、それを口にした。ぽかんとした後にゆきかぜは何処か納得したように小さく溜息を吐いた。

 

「成程ね、もしかしたらそいつはアサギ校長の関係者なのかもしれないわね」

「へ?」

「だーかーら、同年代な私に声を掛けた理由よ。同学年で新進気鋭なのは私くらいだもの。同じくして才能あふれる人材として顔合わせさせようとしているのよ。今後、部隊や任務で組むかもしれない相手としてね」

 

 その時達郎は背筋が凍る思いだった。表情や行動には出していないが、内心では冷や汗を流して動揺していた。何せ、幼馴染だから隣に入れているゆきかぜと離れるかもしれない、そう思えてしまったからだ。優秀な対魔忍同士が結婚する例は多い。それどころか親や一族の長から推し進められる例も少なくないと聞く。対魔忍の自由恋愛は非常に難しい。今やごった煮となった五車と言う場であっても、水面下では古臭い掟や血族などのいざこざや禍根による冷遇などを垣間見る機会は多い。そして、対魔忍という肩書を持つ彼らの社会は実力主義社会と化しているのが現状だ。古き長老を切り、新しい長となった井河アサギが良い例だろう。

 そんな達郎の内心を見抜くようにゆきかぜは静かに笑みを作る。恋人になれていない現状にやきもきしているのは何も達郎だけではない、長年隣に居たゆきかぜもまたそうだった。なので、こうして危機感を持ってくれた事に少なからず嬉しさを覚えていた。

 

「――来たわね」

「えっ?」

 

 そして、そんな和やかな雰囲気を打ち払うように、微弱な電磁波によるサーチをかけていたゆきかぜが裏門の先、五車町に面する裏山へと視線を向けた。首を傾げて困惑を口にした達郎だったが、術にもならない風遁ではあるが微かに血の臭いを捉える事に成功した。

 ぼんやりと裏山へと続く獣道めいた踏みしめられただけの土道の先に人影が現れた。それは日が落ちた事で視認する事が難しいものだったが、段々と近付いて来る血の臭いによってそれを認識できるようになっていた。裏門に設置された明かりに照らされる程に近づいたそれを、ホラー演出を見ているかのような心地になった二人は見つめていた。

 現れたのは、幽鬼のような瞳をした三白眼が特徴的な線の細い少年だった。灰色の髪が赤黒くなる程に返り血を浴び、全体的に暗闇に溶け込むための黒に染められた対魔忍スーツは蝙蝠を彷彿させた。血の臭いを発していたのは彼が持つ布袋だった。スイカ程の丸い何かを入れているらしいそれを見てゆきかぜは理解が及んで口元を引き攣らせた。

 

「……退け」

 

 中性的な透き通るような声は裏門を塞いでいた二人に放たれたものだった。まるで機械のように感情の色の籠っていない声色。唖然と立ち尽くすだけの二人の様子に双眸を尖らせた少年は静寂に響くような舌打ちをした。それを聞いて反骨心が湧いたゆきかぜが動き出す。

 

「お生憎様、私たちはアンタに用があるのよ」

「……オレには無ぇよ」

「ええと、アサギ校長から君に会うように言われたんだけど……聞いてない?」

 

 喧嘩早いゆきかぜの性格を考えてか、それとも男の矜持か達郎が一歩前に出て穏便な口調で声を掛けた。その男らしい素振りにゆきかぜは少しにんまりと嬉しそうに笑みを作ったが、だんまりな少年から発せられた不機嫌の圧により、その笑みは直ぐに失せた。

 

「知るか、どうだって良い。あの人が何を言ったか知らないが関わる気は無ぇ」

「えーと、と、取り合えず自己紹介、しようか。俺は秋山達郎。……紹介するよ、こっちが俺の幼馴染のゆきかぜ」

「……水城ゆきかぜよ。アンタは?」

 

 むすっとだんまりだったゆきかぜの様子に肩を竦めた達郎が付け足すように紹介する。だが、フルネームじゃなかったためにゆきかぜが改めて名前を名乗った。それを聞いた少年は双眸の鋭さを少し緩め、何かを考えるように沈黙した。

 

「……名前は無い」

「は?」

「正確には、人らしい名前を付けられた覚えが無ぇ。実験体肆号だか、プロトB-4だとか、記号しか知らない。こっちではオークナスだなんて皮肉な呼ばれ方しかされてねぇよ」

「おおく、なす? それが名前じゃないのか?」

「はんっ、勉強不足だな。魔族と遣り合うならちったぁ勉強しとけ」

「はぁ、オークナスはベーオウルフ叙事詩に出てくるグレンデルの別称よ。ゲームとかでベーオウルフとか聞いた事あるでしょ、履修しときなさい」

「……はいはい、勉強不足でごめんなさいでしたー」

「で、何の用も無いならさっさと其処を退け」

「あ、うん……。にしても返り血凄いけど、どんな任務だったんだ?」

 

 どんな神経してるんだこいつ、と二人の視線が達郎に突き刺さる。基本的に任務内容を吹聴する事は良しとされていない。部隊内で身内染みた関係ならいざ知らず、同年代というだけで接点のせの字も無い間柄で聞くようなものではない。底の抜けた鍋を手にしてしまったかのような徒労感に襲われた少年は任務帰りの疲れも相まって面倒になってきたようで表情にもそれが表れていた。

 

「……はぁ。ノマドの子会社に潜入して、捕まった間抜けを拾いながら皆殺しにしてきただけだ」

「へぇ、すっげぇじゃん。流石篝火の対魔忍って訳か」

「達郎、あんたねぇ……。なんというか、ごめんね?」

「皆まで言うな……、余計に疲れてくる」

 

 そうして少年が歩み始め、それを遮らないようにと自然と二人は裏門への道を開けた。何処かくたびれた様子になった少年の後ろ姿を見送った二人は息を吐いた。そして、平然としていたのが嘘のようにだらだらと汗を流し始めてその場に崩れ落ちた。二人とも気丈に振舞っていたが、少年から発せられていた殺気めいた圧に潰され続けていた。少年が去った事で無様を晒す姿は年相応のそれだった。無理も無い、何せ大人の対魔忍でさえ片膝を着きかねない圧を放たれていたのだから。

 

「はぁー……生きた心地がするわ。まるで上級魔族に睨まれたみたいだったわね……」

「そうなのか……。ゆきかぜが居るって一心で耐えてたけど、やばいな、あれ」

「ふーん? まぁ、いいけど。あんな成りしてたらそりゃアサギ校長からよろしく頼まれる訳よ。それも真っ黒な経歴持ちの訳あり。……根は優しいみたいだけどね」

「だな。やろうとすれば俺らを突き飛ばして行けたのに会話してくれたもんな。……にしても、記号でしか呼ばれた事が無いっていうのは随分とヘヴィだな」

「そうね、今日日ゲームか漫画でしか見た事無いわよそんなの。……はぁ、取り合えず顔合わせは終わったし、帰りましょ」

「そうだな。……さっさと風呂に入りたい気分だ」

「同感」

 

 ――懐かしいアイツとの出会いの夢を見た。

 

「昔のアイツが今のアイツを見たら困惑するに違いないでしょうね」

 

 五車学園の教室の一角で、先日の任務疲れから転寝していたゆきかぜは微かに揺れる胸を張るように腕を突っ張って身体を伸ばした。邂逅したその日から裏門での一方的な待ち合わせは続いた。思えば日課になっていたと苦笑する。どうも嫌いになれないと達郎が率先して会話をしていたのをゆきかぜは覚えている。裏門を塞ぐ二人を見て呆れた顔をしていたが二度、三度、と続いていくうちに、小さな挨拶を先にしてくれるようになり、五車学園の地下に極秘裏に存在する桐生ラボの一室で寝泊まりしている事を教えてくれるようになり、段々と仲を深めていった。どうすれば強くなれるのか、という男の子らしい話題で達郎を鍛えてくれるようになった頃から、ゆきかぜが彼を見る目を変え始めていた。頼りになる訳ありの男友達、それが大久那須と上から名付けられた少年の印象だった。

 達郎に誘われてゆきかぜの豪邸な家にお呼ばれした時の困惑していた可愛らしい姿は今も忘れない。そして、自室にて興味を抱いたらしいゲームや漫画を貸すようになり、二人の勧めから狂犬めいた言葉遣いを矯正するためにアニメを、それも深夜アニメを一緒に見るような仲になっていた。私物らしい物を持たない那須にとって、漫画やアニメを豊富に持つゆきかぜとの交流は正しく雷撃による突然変異をもたらしていた。

 それは、同室の桐生が目を見開いて驚愕するような珍事件であり、今の那須は一般常識を身に着ける紳士めいたそれである。獲物の血を滴らせる狂犬とは打って変わった姿に驚愕せざるを得なかっただろう。

 彼らにとって幸いだったのは、環境が環境で、実験動物扱いをされていた期間が長過ぎて那須が男女の仲と言うものを知らなかった事だろう。だからこそ、そんな関係は続けられたのだ。だが、それを先日の奴隷娼婦未遂事件によって覆してしまった。本能を押さえ付けていた理性が快楽によって陥落し、理性の鎖が取り払われ、極上な肢体と魅力を兼ね備えた二人を那須は性的に貪ってしまった。それ故に、女性として意識するという事を学んでしまったが故に、今までゲームや漫画などの創作物から得た知識であった色恋と言う感情を噛み砕いて呑み込めてしまえるようになった。それは第二次成長期を迎えた男女の性的観念の芽生えであり、那須が性に対して気恥ずかしさを覚えるきっかけにするには劇物過ぎた。

 

「さーてと、そろそろ準備しなきゃね。あの変な島に行かないといけないみたいだし♪」

 

 桐生から受け取った那須の装備一式を小さな胸に抱き込んだゆきかぜは隠せない笑みを浮かべていた。あの一件で変わったのは何も那須だけではない。男女の営みを経て、それも熱烈な営みを経た事でゆきかぜは知らなかった自分の一面を知る事ができた。そして、それを今まで惹かれていた達郎にできるかと言えば否である事は分かり切っていた。だから、仕方ないのだとコールタールめいた粘性を持つ感情を制御する事に諦めを見せていた。少しだけ下腹部が疼いたゆきかぜは妖艶に笑みを作ってそこをさすった。残念ながら先日に生理が来ていたため孕んでいなかったと知ったが、今もあの時の壮絶な営みを思い出して笑みを作る事が増えた。

 先日の一件、聖修学園への潜入任務で淫魔王の隣に立っていた実の母親の姿を思い出す。ああはならないと思っていたが、親子なのだ、似てしまう一面があるのも仕方が無いのだろう。そう、仕方が無いのだ。那須の持つ極悪な剛直によって心から屈服させられた挙句、そこから淫靡な谷底へ突き落すような甘い快楽に溺れさせられた経験が身体を疼かせるのは。理性の無い獣のように、そこらの魔族がするような女を使ったオナニーのようなそれであればこうはなっていなかっただろう。だが、女としての快楽を教え込まれるような調教めいた運びで、ゆきかぜの体調を気遣いながらの甘美な快楽は心を満たすものだった。ああ、この人の女になったのだ、と思ってしまうような心からの狂喜をゆきかぜは感じてしまっていた。

 

「ふふっ、早く会いたいな♥」

 

 恐らくながら、同じ場所に居た凛子も似たような事を考えていたに違いない。だが、体感的にではあるが行為に及んでいた時間の三分の二は自身であったとゆきかぜは感じていた。自分が、身体的に劣っている容姿だと思っている自分が、何処とは言わないがびにゅんぺたんすとんな容姿をしている自分を那須は選んでくれたのだと、麻薬めいた喜びによってゆきかぜの女の部分を多いに刺激していたのだ。何せ、那須側から濃厚な接吻を行なったのはゆきかぜだけだった。凛子との行為の時には接吻をするのはもっぱら凛子の方からで、那須はそれを受け止めていたに過ぎなかった。

 例え、肉体改造によって快楽を肯定する思考に陥っていたのだとしても、これまでの日々の答えを出すような心地だったのだ。頼りない幼馴染の男の子止まりの達郎よりも、頼り甲斐があって逞しくて趣味を共有できるような関係を築いた那須の方が好ましい。それを、先日の一件で体と心で理解したゆきかぜの気持ちは、桐生の魔科医治療によって元の身体に戻ってもなお変わらないものだった。

 深夜アニメを見るのはリアルタイムが至高、だなんて言い訳を作って那須が気に入ったアニメを自室で一緒に見て寝泊まりさせていたのはその表れだったのだろう、と今のゆきかぜは我ながら甘酸っぱい事をしていたなと苦笑するくらいに成長していた。故に、そんなゆきかぜをアサギは見込んで応援として送り出す事にしたのだった。

 彼女に命じられた使命は、先行した対魔忍の任務随行及び補給物資の受け渡し、だった。島へ向かう日が近付くにつれてユキカゼの機嫌は良くなる一方である。そんな彼女が一般人の少女に首ったけな那須と出会えばどうなるか、それも豊満な身体を持つ少女と知ればどうなってしまうのだろうか。同時刻、秘密基地で項垂れていた那須の背筋に寒気が走ったのは言を俟たない。




此処だけの話、ぬきたし2ファンミお疲れ様でした!
最高でしたね! 特に、そらまめ。さんの「好きっ!」で割と本当に尊死しました。
SS席には落ちましたが、先行組だったからか通路挟んだ後ろの最前列に着けたので気持ち良く見る事ができました。
通販でドラマCD等も買ったし、キャンパスアートもついつい買っちゃいました。あの日の集合写真とか、もう、ね(尊死)
ぶっちゃけ、ぬきたしに異物ぶち込んだの若干後悔し始めたゾ。
取り合えず、完結までは頑張ろうと思いますので……。


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Gスポットの脅威。

 体イク祭が翌日に迫る金曜日。

 今朝から神妙な様子の那須から送られた一通のメッセージ、中休みに秘密基地へ、と言う短い内容のそれに中二病心を若干擽られた淳之介はそわそわしていた。男の子であれば一度は憧れる秘密基地。それを保有しているからこそ、だらだらと長文で内容を説明されてから行くよりも、こうして短いメッセージを送られた方が格好良さがある。

 

「……やっぱり分かってるな那須君は」

「何がなの淳」

「ふっ、奈々瀬お前もメッセージを受け取ったろ? つまりはそう言う事だ」

「えぇと……、あぁ、そう言う事。ほんと、男の子って好きね、そういうの」

「むべ、淳之介様は博識でございますね……。時折、わたしの知らない事を知っていらっしゃるのでもっと勉強をしなくてはと思います」

「いや、葉琴ちゃん、淳之介君のそれは勉強しても学べませんよ。何せ、拗らせ童貞と同じで不治の病ですから」

「むべっ!? じゅ、淳之介様は御病気なのですか? い、今直ぐに病院へお連れせねば……!」

「そうだったの淳くん!? すすすすすぐに行かなきゃだよ!!」

「あー、待て待て葉琴。兄のそれは一時的な精神病のような何かだから、ほっとけばいつか治ってるから安心しな。むしろ、治すべきは前者の方だから、だから兄はさっさと奈々瀬さんを抱いて幸せにするんだよあくしろよ拗らせ童貞」

「自分を含まなくなったのは良い兆候だと喜べるんだが、まるで親戚に出会った時に彼女できたか聞かれるような心地でなんか辛い」

「言えたじゃねぇか兄」

「くっ、最近那須君との関係が良好だからってリア充全開で来やがって……っ!!」

「おうおう、羨ましいかー兄ぃ。悪いなぁ兄ぃ、この幸せは二人までしか味わえないんだ」

「ぐぬぬぬ、妹の癖に生意気だぞぉおお!」

「ぬぐぐぐ、兄とは違うのだよ兄とはぁああ!」

 

 秘密基地へ向かうエレベーターの中で取っ組み合いを始めた橘兄妹に四人は苦笑していた。那須の加入から麻沙音との遣り取りが少し減っていた事もあって久々にするじゃれ合いであり、二人の様子が楽しそうな事から遊んでいるのだと理解できたからだ。

 

 それにしても、と奈々瀬は地下へと降りていくに連れて減って行く数字を見ながら思う。NLNSも所帯が増えたなぁ、と。最初は淳之介と麻沙音と自分だけだったのに、と少し感慨深い事を思ってしまうのは、今の方が楽しいと感じている時間が長いからだろう。お調子者の美岬に、可愛らしいヒナミ、従者っぷりが板についてきた葉琴もとい文乃。そして、色々と謎の多い那須。体イク祭という頭青藍島めいたイベントに悩まされた去年の事を吹き飛ばすような心地に不思議と笑みが浮かんだ。

 

 今もポカポカと麻沙音と楽しく喧嘩している淳之介を見やり一つ溜息を吐く。何時になったら気付いてくれるんだろうかこの朴念仁は、と口にはせずに心に留める。古い、懐かしい記憶。幼年期に外のファッション誌に憧れて今時風にお洒落を始めた頃に、とある少年と出会って、勢い余ってしまい勘違いさせて離れ離れになってしまった思い出がある。

 

「……ほんと、変わらないわね、淳は。ほんと……」

 

 妹思いの良いお兄ちゃんなのだわ、と続く言葉を笑みの裏に隠した。そして、ちらりと辺りを見回して、そんな淳之介に熱い視線を向ける仲間を見やる。この場に居る女子全員からの熱い視線を受けている淳之介は気付いていないが、進展しない関係にやきもきしているのは何も奈々瀬だけではない。

 

 自分の秘密を知っても受け入れてくれた事から段々と素を見せられるようになった美岬、ふとした瞬間に良い感じにアダルトな雰囲気になって胸がむずむずする気分になるヒナミ、訳ありの自分を追求する事なく家族の一員として受け入れてくれた事で寂しさと家族愛が満ちていく文乃。皆が皆、淳之介に惹かれているのだと互いに薄っすらながら察している。

 

 加えて奈々瀬は知らないが、一目惚れからSSの訓練の隙間でちょっとした逢瀬を交わしている桐香、一生懸命に訓練に励んでいる淳之介の性根の良さに静かに惚れている礼、桐香に那須に対し色々とお話をされた事で傷心していた所を訓練の合間に気遣われてロックオンした郁子、と、実にエロゲー主人公らしい包囲網を敷かれているのであった。

 

 七人の少女に熱の籠った視線で見られていると知らずに妹と戯れていた淳之介だったが、秘密基地にエレベーターが辿り着いた事で開いた扉の方を見やって――身震いした。それは淳之介だけではなく、他の五人も同じだった。空気が重たい、そう肌で感じたからだ。

 

「……ず、随分と本格的だな?」

「いや、確実に違うでしょ淳」

「むべむべ」

「ミサミサ」

「ひ、ヒナヒナ?」

「はいはい、アサアサ。……にしても、この雰囲気……兄」

「ああ、分かってる。流石にもう茶化さないさ。待ってるんだろ、那須君が」

 

 エレベーターから秘密基地へと続く扉は二つ。その一つを開けると更にその見えない圧は強まった心地がしていたが、追い返されるのではなく誘い込まれるような、何かを試されている心地にさせるものだった事から意を決して二つ目の自動扉へと近付いた。

 

 開かれた先に男子制服姿の那須がリラックスルーム前で壁に寄り掛かっていた。瞑目して腕を組んだその姿は普段通りであるが、身に纏う圧は見慣れたそれではない。対魔忍と言う肩書きを見ただけで感じられる姿であった。開かれた自動扉の先から歩み入って来た面々を迎えるようにその双眸を開いて向き合った。壁からそっと腕を解いてから離れて対峙するように歩み寄った那須の表情は普段の柔らかさは無い。孤高の狼のような鋭さを感じさせる雰囲気だった。

 

「お待ちしていました。来てくださりありがとうございます、皆さん」

「ああ、と言っても此処に来るのは日常だけどな」

「それもそうですね。では、手短に本題に入りましょう」

 

 そう淳之介から視線を外してメンバーを見回す那須の様子に、段々と緊張感に冷や汗をかき始めた面々は生唾を飲んだ。その様子に怪訝な表情を一瞬浮かべた那須は合点がいったと圧を収める。それに合わせて部屋の雰囲気が良くなった事で一同の表情に険しさが消えた。

 

「本日の夕方に本任務に随行する対魔忍が来る手筈になっています。上から追加任務として、SHO及びSSと共同して青藍島に潜伏するヤクザ及び魔族の排除が決定されました。前に伝えたように行動はSHOの動きに合わせ、日曜に襲撃する事が確定しました」

「……良いのか?」

「ええ、これからが本題ですから。さて、淳之介先輩。何故この問答をしようと思ったかと言うとですね。このままだとNLNSは何もしないまま終わる、という事になるんですよ」

「どういうことだ?」

「いえ、そのままの意味ですよ。本作戦によって青藍島に跋扈するヤクザは排除されます。裏風俗に対して怒りを抱えている淳之介先輩ですが、介入するための理由、無いですよね? それとも、この青藍島に仇名す輩を直接葬りたいですか?」

「それは……」

「仮に、NLNSのメンバーが誘拐されていたり、目の前で犯行が行われていたら流れ的に向かうでしょうが、今回はそれが無い。……そうでしょう?」

 

 確かに、と言う同意の言葉が淳之介の脳裏に過ぎった。そして、それをしてしまえば話が終わってしまう、そう感じてかその言葉を口にする事は無かったが悩む素振りを見せた。その様子を見て、那須は淳之介が何を悩んでいたのかを理解できた。

 

 元々、NLNSの行動理念の裏にはドスケベ条例への恨み辛みと言った憎悪が見え隠れしていた。それはT-A-Eの製造が直接的な妨害及び奇襲に適したグッズである、という事から、自己防衛以上の危害性を孕んでいたのが透けて見えるのだ。

 

 勿論ながら、淳之介に相手を害そうという気概は無い。だからこそ、淳之介は黙るしかなかった。那須の言いたい事が理解できたからだ。自分の因縁に皆を巻き込む覚悟はあるか、と言う問い掛けをされているのだと。

 

「まぁ、実を言うと理由を此方から作る事はできます。裏風俗で違法に働かせられている方々が居ます。それを救い出す、そのための保護要員として付いて来て頂く事は可能です。無論、その役目をNLNSが担う必要はありません。ですが、日時を知って、場所も知って、燻ぶる気概もある貴方が勝手に動き出す、そんな可能性がある、そう思ったんです」

「……俺は」

「ボクとしては鉄火場になると分かっている場所へ、一般人である貴方たちを連れて行きたくはありません。しかし、こうして釘を刺して、当日に知らずに来られるのも困ります」

「那須君……?」

「気持ちは分かるんですよ。非人道に手を染めて、無辜の人たちを貶めて、凌辱し、冒涜し、絶望させ、地獄へ落とす塵屑共を皆殺しにしてやりたいって言うのは。人を人として見ない、まるで物のように扱う奴らをこの手で始末してやりたい。分かります、分かりますよ淳之介先輩」

「那須君……!?」

「おっと、すみません、つい私情が……。とまぁ、脅す訳では無いのですが、手を貸す側としてはどちらを選ぶかを聞いておきたいんですよ。どちらにせよ、皆さんの安全を守らないといけませんから。それが近くになるのか、遠くなるのかの違いですからね」

「そ、そうか……。俺は……」

 

 那須の闇を垣間見た淳之介は若干たじろいだが、自分の、NLNSの事を思っての言葉に踏ん張り直した。自分の我儘に皆を巻き込む、その選択肢を選ばせてくれているのだと実感して――肩に重さが加わった心地を淳之介は感じた。

 

 仲間を傷付けるかもしれない、しかし、かつて自分を救ってくれた恩人を殺した裏風俗を潰したいという思いが天秤に乗る。天秤はどちらかに与する事をしないように、淳之介の心の様に揺れていた。どうすれば、どうしたいんだ、と言葉の先が続かない。

 

 そんな淳之介の震える背中を見ていた少女たちは顔を見合わせて、肩を竦めて笑みを浮かべてから頷いた。ぐるぐると出て行かない言葉にやや顔を青褪めた淳之介の肩がずっしりと重くなった。同時に柔らかな感触と温かさ、振り返ってみれば五人の頷きと逞しい笑みが返ってくる。

 

「おいこら淳、なーに一人でやろうとしてるのよ」

「奈々瀬……」

「そうだよ淳くん。淳くんは頑張り屋さんだから一人で抱えちゃうけど、わたしたちが居るんだからね!」

「わたちゃん先輩……」

「そうですよ淳之介君、一人だけで気持ち良くなろうなんて駄目ですからね!」

「美岬……」

「ええ、不肖このふみ、……葉琴、淳之介様のお力に成りたく存じます」

「葉琴……」

「ま、そう言う事だよ兄。今更兄の我儘に付き合わない程、私たちの絆は弱くないって」

「アサちゃん……」

 

 声を掛けられ、ふっと遠のいた掌が強く振り下ろされて、思いを込められた叱咤が背中を打った。結構勢いが強かった事で良い音がしていたが、その痛みも含めてチームを背負った実感を得た。力強い背を押す言葉と笑みに、格好良い笑みを返して淳之介は振り返って那須と再び対峙する。嬉しそうに笑みを浮かべる那須の様子を見て、淳之介は心からこのチームを組めた事に感謝した。

 

「やるぜ、那須君。俺たちの手で裏風俗をぶっ潰すんだ!」

「はんっ、良い顔するようになったじゃねぇか先輩! 良いぜ、それでこそだ。作戦目標である日曜日、その日を跨ぐように土曜にNLNSで夜襲を決行する。オレが道を開く、アンタらが続く。安全を確保したら、要救助者を保護して退却。SHOに出しゃ張られず、ヤクザ共に一泡吹かせ、オレらが居たと知らしめる。どうだ、そそるだろ?」

「あわわわ、な、那須さんがめっちゃワイルドになってるぅ、瞳もギンギラギンでめっちゃ格好良ぃ……あ゛ぁ゛ー、好きっ!」

「ああっ!! やったろうじゃないか! そのためNLNSだ! 愛無きセックスを許してたまるものか! 俺たちがこの島を救うんだ!」

 

 中性的な紳士めいた外面を破り捨てて、淳之介の想いに応えた那須が素の顔で狂暴な笑みを浮かべる。その一瞬の変貌に度肝を抜かれたものの、そのギャップに心を撃ち抜かれた麻沙音の嬌声に冷静を取り戻した淳之介が続いた。まるで少年漫画の決戦前夜な熱い雰囲気に段々と一同のボルテージが上がる。ひっそりとテンションを戻した那須はその様子を見て微笑む。

 

「さて、良い感じに盛り上がった所で一つご相談なのですが」

「うわぁ! いきなり落ち着くな! ……で、なんだ?」

「それでですね、えーと……、放課後に顔合わせのために会って貰いたいのが居るんですが……。その……、此処に呼ぶか、それともボクの家の方に集まって頂くか、を決めて欲しいんですよね……」

「何でそんなにテンション落ちてるんだ……。流石にこの場所はまずいから、那須君の家で良いか?」

「分かりました、ではそのように……」

 

 先程のボルテージの上がり具合が嘘のように消沈している那須を見て淳之介が首を傾げたが、ヒナミがぼそりと呟いた、もしかして三夜の、というフレーズで何となく察してしまった。本島から送られてくる増員が例の少女のどちらかなのだろう、と。

 

「……控え目に言ってこの島やばいですからね、どうやって説明しようかなと……」

「あ、そこなんだ……」

 

 負い目からの後ろめたさではなく、この異常な島への説明をどうするかを悩んでいるようであった。それは本島から再度引っ越してきた時の淳之介も感じた常識の差異。それを説明する側になるとなれば、と自分に当てはめてみれば、嗚呼成程、と那須の気持ちが理解できてしまった。




此処だけの話、次回ゆきかぜ参戦。
(ドラマCDを聞いて尊死した奴)


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ゆきかぜ参戦す。

 入島審査が行われる場所はゲートを兼ねたSHO本部のある港の一角にある。この場所は入島審査をクリアした者及び在住の島民に対して無料の健康診断を行う診療所を兼ねており、言わば第二入島審査場でもある。第一入島審査は身分証による年齢確認及び身体的外見を重視したものであり、血液検査などの詳細的な審査はこの診療所で行なわれている。

 

 と、言うのも入島審査をクリアする条件の一つとして、性病を持たない、事が義務付けられているからだ。仮に性病を持った者が入島審査を受けた場合はSHO付属の専用病院での入院を勧められる事になる。その理由は最新の青藍島での性に関する研究によって、島の温泉に含まれる成分が有効である事が証明されたため、此処で治療してから入島すると言うルートを取れるからだ。この事を知っている本島出身者の一部は性病治療のために青藍島へ来る者も居る程にその成果は著しい。

 

 妊娠対策として長期利用型のピルをSHO付属病院が研究及び管理している事もあり、人体に負担のかけない医療品のデータが地味に豊富なのであった。それ故に、避妊薬ができるならば妊娠薬もできる訳で不妊治療のために此処を訪れる者も少なくない。青藍島の温泉に含まれるアクメイキ酸の効能はまだまだ解明の余地があるとして、地味に医療学会で話題沸騰していたりするため観光利益よりも医療利益の方が伸び始めている始末。

 

「ごくり……、こ、此処が噂の青藍島ね……!」

 

 良くも悪くも注目される青藍島。そんな島へ夕日に溶け込むように訪れる小さな影があった。雷マークのシールやアニメ調のロゴを貼られたキャスターを引きながら、健康的な褐色の日焼け肌と腹部の白さのコントラストが映える美少女は膝まで伸びる栗毛の二房と下ろした髪をなびかせた。

 

 胸上で交差する紐が色気を醸すバンドウビキニ型の黒いトップスに裾の短い灰色のジャケットを合わせ、艶めかしい太ももを強調するような灰色のホットパンツという露出の高い恰好をしているものの、彼女の持つ活発が色気と相殺してスポーティな印象を作り出している。

 

 透き通るようなアメジスト色の瞳が彼方此方と泳いで彼女の待ち人を探すために忙しない。アイツなら、と自身の知っているその待ち人がしていそうな事を考えて探すも見つからない。段々と業を煮やして機嫌が悪くなり、その本性を垣間見せるように双眸の端が吊り上がる。睨むような視線に晒されたロビーに居た人々は、その美少女に声を掛けようとしていた者も含めてそそくさと離れ始める。その流れを切るようにして外から内へと向かってくる人影があった。

 

 この島では知る人の居ない水乃月学園の男子制服を身に着けた中性的な少年を視界に捉えた瞬間、少女の瞳が輝くように上機嫌を物語った。キャスターを置いて行くような速度で、歩み寄る少年――大久那須に対し、少女――水城ゆきかぜは近付いて声を掛けた。

 

「“アッシュ”!」

 

 灰色髪に篝火と言う単語から付けられたニックネームを呼んだゆきかぜの顔は満面の笑みであり、上気した頬が桜に染まる程に再会の喜びを露わにしていた。そして、キャスターを放り出して自分よりも少し高い程度の那須へ抱き着くように飛び出した。

 

 帰って来た飼い主に甘える猫のような俊敏さで飛んできた事にやや驚きながらも、本質的な所は変わっていない姿に苦笑しつつ、それを優しく受け止めた。勢いを殺すためにゆるりと一回転し、地面に足を下ろさせた那須は眼前のゆきかぜに笑みを浮かべた。

 

「久しぶり、ゆきかぜ。元気してたみたいだね」

「当り前よ、私がそこらの有象無象に負ける訳ないじゃないの」

「それもそうか。にしても……、二週間も見ない間に雰囲気が変わったね。何かあった?」

「んーと、ママに会ったわね」

「めっちゃ進展してんじゃん。それで?」

「淫魔王に誑かされてるみたいで敵側に居たわ。自分の意思なのか、洗脳されてるのか分からないけど、ぴっちりラバースーツにボールギャグに目隠しは遣り過ぎだと思うのよね」

「それはまた……、随分と凄い事になってるね。えっ、その姿で戦ってたの、不知火さん」

「そうよ。行方不明になってから何をやってたんだか全く分からないけど、ナニしてたんだなーってのは伝わったわ」

「ご愁傷様」

「うん、だから、慰めて……」

 

 そう那須の胸に縋りつくように頬を擦り寄らせるゆきかぜ。那須はその小さな頭を優しく撫でた。そんな外見的にこましムーブをしている那須であったが、内心では大混乱していた。那須の記憶に居るゆきかぜと言う少女は、貧乳なのを気にするツンデレ活発少女であるからして、目の前の愛嬌を振り撒く甘えた猫のような在り様は初めて見たからだ。

 

 否、実際には人目のあるところで、と言うのが正しいのだが、那須にとっての黒歴史の一つであるため思い出さないようにしているだけだった。一か月前のベッドの上で今の姿はこれでもかと見ているのである。

 

 仄かに感じる那須の小振りな胸と二週間振りの匂いを堪能し終えたゆきかぜが離れ、倒れていたキャスターを立て直してから向き合った。その様子は先程までの甘えた猫のそれではなく、対魔忍ゆきかぜとしての凛とした姿であった。

 

「……一先ず、応援に来てくれてありがとうゆきかぜ」

「ふふんっ、私が来たからには一切合切ぶっ潰すわよアッシュ」

「ああ、頼りにしてるよ。それじゃ、前線基地、もといボクの家に行こうか」

「あら、連れ込まれちゃうのね私」

「……ところでさ、一つ聞きたいんだけど」

「本当に一つだけで良いのかしら?」

「……はぁ、二つだよ。一つ、今って達郎とはどうなの?」

「達郎? 特に何も無いわよ。別に付き合ってる訳じゃないし、あぁでも、あんたがこっちに行ってからは寂しそうにしてたわよ。聖州学院に潜入する時にアッシュも居て欲しかったって愚痴ってたし」

「そっかぁ……」

 

 そんな冷めた返答が返って来て那須は心が冷える思いであった。何せ、今の今まで恋人関係にあると思っていた達郎とゆきかぜの関係が未だに幼馴染のままであったのだから。

 

 そして、二人の交差する意識の矢印を曲げさせてしまったのは確実に一か月前の自分であると、罪を確りと認識してしまったが故の罪悪感に苛まれた。今現在、那須の左腕に抱き着くようにして腕を組んでいるゆきかぜの熱の矛先は確実に自分に向かっているのだと、麻沙音への恋心を意識した結果培った恋愛感情への理解によって気付いてしまったのだから。

 

 哀れ達郎、そしてすまん達郎。幼馴染の恋心を下半身で奪ってしまった事実に那須は内心で達郎へ懺悔した。再会した時が怖いな、と人間関係の難しさに少しだけ辟易していた。

 

「もう一つは?」

「ええと、…………こんなに積極的だったっけ?」

「ふふっ、自分の事ながら気付くのが遅かったのよね。多分、あんたと一緒に寝泊まりしている頃から惹かれてた。潜入任務でママに出会って気付いたのよ。アッシュに慰めて欲しいって。寂しかったんだからね?」

「……ゆきかぜ、ボクは……」

「あ、そうそう、別に私二番でも良いから」

「……はい?」

「むしろ、アンタを一人で抱えるなんて無理よ。大方こっちで好きな娘できたんでしょ? その娘と共同戦線を張るわ。というかね、私と凛子先輩を抱き潰せるあんたを一人で相手してたら身が持たないわよ」

 

 予想通りに困惑した様子の那須にゆきかぜは蠱惑な笑みを浮かべた。そう、淫魔王に侍るようにして堕ちた実の母の姿を見たゆきかぜはシンパシーを感じていたのだ。快楽に溺れたい、願うならば自分より強くて逞しくて――ずっと愛してくれるような人と。ゆきかぜは自身に潜む母の血を、堕落願望の一端を理解してしまっていた。故に、恋愛的な事もしたいが、それよりも欲求を満たシたいという欲求が天秤の均衡を壊してしまっていたのである。

 

 順序が逆であれば、先に母に出会ってから那須と性を貪ったのであれば、那須を自分だけのモノにしたいと切望していた事だろう。だが、順序はそうでなかった。性を貪り合った事で生じた欲求の答えを、母の姿を見て解ってしまったが故に、那須の隣に居れればそれで良いやと結論付けてしまっていた。

 

 そんな事を思っていると露知らずの那須は多いに困惑していた。何せ、麻沙音の性癖的にゆきかぜが間に入って来ても問題無さそうと言う事もあり、むしろ嬉々として共同戦線を張って色々とやらかしそうだと思えてしまえたからだ。そして、何よりも――そんな日々を過ごすかもしれない未来に嫌悪感が無い事だろう。

 

 大久那須、否、名前を付けられなかった名無しの少年は、その人生の殆どを薄暗い裏社会で過ごしてきた経緯がある。生暖かい液体に身を浸けられたカプセルの中で造られ、対魔忍としての性能だけを求められ戦闘訓練漬けにされ、その類稀な身体的資質から人体実験や薬物実験の素材及び被検体として幼少期を過ごした。

 

 そして、気紛れなのか今も真意を知らない創造主たる桐生美琴に引き取られたかと思えばヨミハラのラボで住まう事になり、桐生佐馬斗へと押し付けられてからは学生の真似をしながら対魔忍として血生臭い世界へと戻る羽目になり、ゆきかぜと達郎との交流を経て人の営みを学んで――青藍島で麻沙音に出会った。

 

 殺し合う敵では無く、共に戦う仲間でも無く、守らねばならない庇護者との交流は那須の心を良い方向へと成長させた。あれ程までに血生臭かった手から、落ちない返り血を擦り続けた手だったのに、今ではそんな臭いを感じさせない程に綺麗な手になった。それは精神的な症状だったのだろうと指摘できる者は居ないが、那須自身が変われたのだと思うのには十分な理由だった。

 

「アッシュ?」

 

 握られた掌から感じる小さな掌の温かさを那須は振り払えなかった。彼らから学んだ倫理観が一夫多妻は日本の法律では不可能だと指摘しているが、それを頷くにはこの手を払う必要があるのだと欲望が囁く。そして、何よりも麻沙音との関係が未だに宙ぶらりんであるのが相まって那須の心を搔き乱す。

 

 この汚い掌を握って、受け止めてくれると言ってくれた麻沙音の顔が浮かぶ。

 紛いモノの身体に寄り添って、一緒に居てあげるわよと言ってくれたゆきかぜの顔が浮かぶ。

 

 全く持って贅沢な悩みだな、と那須は自嘲した。魔族殺戮機械めいた生き方をしていた自分がまさか色に困る日が来るとは思っていなかったと内心で自分の無様さを嘲笑った。この思いに決着を付けるのは今は無理だろう――そう、那須は幼過ぎる自身の人としての心を顧みて目を逸らした。愛したいのは麻沙音で、隣に居て欲しいのはゆきかぜで、両腕に収めて置きたいのが二人なのだから。嗚呼、実に傲慢で、強欲的な色欲に塗れた怠惰な答えだった。

 

 化け物であった名無しの少年が答えを出すには人生経験と人としての心の豊かさが足りなかった。人らしさを形成し始めたばっかりの化け物に、愛を語らせる事は難儀であった。だから、那須は一つ息を吐いて、答えを先延ばしにした。こればっかりは自分だけで出せる答えではないと、一先ずは目の前の依頼を片付ける事を優先しようと、自分の心から視線を逸らした。

 

「いや、何でもない。この島に来てから随分と多感になったな、って改めて思っただけだよ」

「ふぅん、それなら良かったのかしらね。……にしても、この島、やばすぎない?」

「……だよねぇ」

 

 入島審査場ロビーから青藍島の港へと移った二人は湿気のある暖かな南国の風と、彼方此方から聞こえてくる嬌声に歓迎されて顔を曇らせた。そこらに居る男性は股間を膨らませて今か今かと発情しているし、そこらに居る女性は煽情的な恰好になって色気の込められた熱い視線を向け始めていた。どいつもこいつもヤる気が有り過ぎる、と二人はげんなりした。

 

 見た目美少女然とした那須とゆきかぜに対して熱の籠った視線を向ける男女が増え始めた事もあり、二人の歩みは必然的に早まった。もっとも、此処は序の口であり、此処からが地獄の三丁目と言った具合なのだが。それを知っている那須でさえも、改めてこの島の異常さに頭を抱えたくなる気分であった。

 

「そう言えば、ショタに涎零してた痴女警備員から飴玉貰ったんだけどハメドリくん味って何味?」

「さぁ? ていうか飴玉? そんなの上陸した時には貰えなかったんだけど。最近になって配り始めたのかな」

「知らないわよ。あ、注意書きが書いてある。……注意書きの書いてある飴って何なの……」

「それが青藍島だしなぁ……」

「あんた随分と毒されてるわね……。情操教育の場として劇薬が過ぎるんじゃないかしらこの島。えぇと、ハメドリくん味は69種類のフレーバーをミックスした甘じょっぱい味みたいらしいわよ」

「それほぼ添加物なのでは……?」

「あと、アクメイキ酸? 聞いた事の無いのが配合されてるみたいよ」

「アレが混入してるのか……。もはや媚薬か何かだよそれ」

「そうなの? あっ、そう言えば温泉の成分がーってネット記事に上がってた気がするわね」

「意外と認知されてるんだな……。って、何してんのゆきかぜ」

 

 艶めかしい小さな唇にハメドリくんキャンディを咥えたゆきかぜが悪戯っぽい笑みを浮かべていた。そして、口の中に含み小さな舌で弄ぶようにする様を那須に魅せ付ける。それはまるで口で精液を受け止めた後に味わうかのような淫靡さを孕んでおり、蠱惑な瞳も相まって那須も少しどきりとしてしまった。

 

 目線を逸らそうとした那須の腕を引っ張り、勢いを付けて背伸びしたゆきかぜの顔が近付いて――唇が触れ合った。腕を掴んでいた筈のゆきかぜの両手は那須の首裏に回されており、味を共有するように舌と舌が触れ合って絡まる。そして、ころりと飴玉が那須の方へと送られてから、銀糸を引いて唇が離れた。

 

「ふふっ、意外と美味しいわね」

「な、何を――ん?」

 

 人目のある場所でディープキスをかましたゆきかぜに苦言を伝えようとしていた那須だったが、口の中に広がるその特有の味を感じ取ってから様子が変わり険しい表情を浮かべた。それは表では合法ハーブとして売り出された事もあった、魔界産の麻薬素材になる魔草の味である。対魔忍の任務で押収したノマドの薬物の一つにそれはあった。

 

 齎す症状は、酔っぱらったような酩酊症状と性欲の促進と性機能の向上、そして、喉が渇くような中毒症状。これの出所は殆どが違法娼館の地下であり、媚薬と用いる事で効率的に性奴隷を作り出すノマドの薬物として知る人は知る違法薬物である。

 

「……ゆきかぜ、これをSHOの警備員が渡したって言ってたよね」

「そ、そうよ? 試作品のキャンディだって言ってたわ」

「不味い」

「味が?」

「事態が、だよ。これ、魔界の薬物が混じってる」

「は? 今回の任務ってSHOの――」

「違う、そっちじゃない。此処最近、SHOの職員の一部が離反しているんだ。恐らく洗脳されて奴らの手駒になっているのが居る。そして、こんなのをばらまき始めたんだ。随分と舐めた真似をしてくれるもんだ」

 

 違法薬物混入飴玉だなんてこの島に蔓延したらとんでもない事になる。飴玉の配布元へ中毒者が集い、新しい飴玉を貰うために何をさせられるか分かったものではない。増してやノマドと関わりのあるヤクザだ。裏風俗のための性奴隷として本島や外国に誘拐されて資金源になるだけではない、下級魔族を孕ませる肉袋として運用し始めたら目も当てられない惨事となる。

 

 薬物耐性のある那須が気付けて良かった、と忌々しい飴玉を吐き出してハンカチに包む。この島が魔族によって占拠されれば、ノマド傘下の風俗島になるどころか第二のアミダハラに成りかねない。そんなことをさせてたまるものか、と那須の双眸に殺意が灯った。

 

 隣で段々と怒りのボルテージを上げる那須を見てゆきかぜは肩を竦めた。逆鱗に触れたわね、と内心で溜息を吐く。この島で唯一対魔忍としての那須の実力を知るゆきかぜが匙を投げたのだった。もう止められない。篝火の対魔忍に殺意の炎が灯ってしまったのだから、と。




此処だけの話、私服のゆきかぜの画像が無いので作りました。

【挿絵表示】

えちえちのえちですが、健全なY猫ちゃんでございます。
(割とマジで私服のゆきかぜの画像が手に入らなかったのでオリジナルです)


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復活のプシャア。

 港から水乃月学園へと向かうメインストリートは大賑わいであり、ローション噴水のある広場を中心に商店街のような作りをしている。そして、その全てがドスケベナイズされているため、初青藍島を果たす人々はこの斜め上な光景を目にして悟るのだ。

 

 あ、ここやべー島だ、と。

 

 そして、素晴らしい島だ、と性を解放する者も居れば、どうしたら良いんだ、と困惑して暗がりへ島民に引き摺り込まれる者も居る。その後、どちらも、んほぉ、やら、あはぁん、と聞こえるのが通例であるのは言を俟たない。

 

 日常雑貨もあるため此処に来ざるを得ない時もあり、淳之介たちもある程度は見知った場所だった。ローション噴水から見て港寄りの路地裏へと入ると住宅街が広がっており、彼方此方で嬌声に混じって工事の音が聞こえる程に拡張工事が進められている。

 

 右肩上がりの移住希望者のための住宅を作っているが満員御礼状態であり、近々ショッピングモール近くにマンションを増築する案も挙がっている程にこの島は活気に満ちている。そんな騒がしい島に住み続けた者たちはどんな思いでその光景を見ているのか、時折憂いを秘めた視線がそれを物語っている事だろう。

 

「此処があの男のハウスね」

「いきなりどうしたんだアサちゃん」

「いや、家に着いたらやらなきゃいけないような気がして、つい」

「むべ……、此処は随分と騒がしく感じますね」

「まぁ、一番盛況なメインストリートの近くだしね。一応此処一等地なのよ。利便良し、風俗良しで立地良し、ってね」

「はわわ……、そんな凄い所におうち持ってるんだね那須くん。凄いなぁ」

「ですねぇ。お腹一杯食べて直ぐに家に帰れるだなんて良い場所ですねぇ」

 

 美岬の言葉にブレないなこいつもと一同思いつつも、目の前に建てられた新築の一軒家を見て嘆息する。何せ、任務のためと言えども一軒家を買える財力があるのだ。それも同年代の少年のポケットマネーであると聞いていれば感嘆を通り過ぎて溜息も出るというものだ。

 

「それじゃ、鍵は預かってるんで待ちましょうか」

「麻沙音ちゃん、因みにそれはスペアですか?」

「え、そうですけど……、何ミサゴン」

「グォオオオン、オ二人ハオ熱イデスネェ!」

「どっから出してるのその怪獣ボイス」

「げほっげほっ、んんっ。それってつまり、いつでもお家に入れちゃうって事じゃないですか。何時のまにそんなに進展してたんですかぁ」

「おおっ! そういえばそうだねぇ! 麻沙音ちゃんと那須くん仲良しさんだからなぁ。お泊り会とかしてるの?」

「このロリ先輩本当にこの島の住人か? 絶対これピュアなお泊り会でしょ」

「違うの? 仲良しのお友達とお泊り会って楽しいんだぁ。よく、礼ちゃんとしてたんだよ。ついつい礼ちゃんの好きな特撮を見てて夜更かししちゃって、お寝坊しちゃったトキあるし。……ロリな先輩じゃないんですけど!?」

「あぁ゛~、好きな事を話したがっていつものを忘れちゃうわたちゃん可愛いのだわぁ」

「お泊り会、ですか。私はした事がありませんね、境内をお借りしていましたし……」

「聞いてみれば縁側で寝てたらしいしな……。この島でも寒い時があるし、どうしてたかって聞いたら丸まって寝てただなんて野良猫みたいな話してたもんな……」

「というか、誰も居ない境内なんて文字通りの穴場スポットでしょうに、よく見つからなかったですね」

「ちんちん大社があるからだねぇ。あそこで罰当たりな事をするとたんしょーほーけーになるって噂があるからそれじゃないかな?」

「ロリちんまいわたちゃんから短小包茎だなんて言葉が出ると、ああ、この島の娘なんだなぁって感じがするね兄」

「ああ、犯罪的だな」

「十三歳未満の児童じゃないんですけどっ! 手を出しても犯罪じゃないんですけど!!」

 

 ぷんすかするヒナミを尊みが溢れた奈々瀬が後ろから回収した事で一件落着し、スペアキーで鍵を開けた麻沙音が先んじて扉を開ける。スペアキーはこの日のために渡されただけで受け取ったのは中休みだった。

 

 本来であれば那須が帰ってきたら返すべきそれであるが、しれっとこのまま保持できないかなぁとも麻沙音は画策していた。何せ、淳之介でも良いのにこの鍵を渡されたのは麻沙音であり、少なからず想われている事を仄かに感じさせる遣り取りだったからだ。

 

 是非ともこのままスペアキーを所持して、あーんな事やこーんな事への布石にしたいと麻沙音は素直に思っていた事もあり、初のお家訪問に少しだけドキドキしていた。入った途端に仄かに感じる良い匂いに一同は他人の家である実感を無意識に感じ取っている最中、これ那須さんの匂いだ、と特定できてしまった麻沙音は少し頬を赤らめていた。

 

 1LDKの住まいは割と殺風景であり、初期に置かれていたであろう家財をそのまま使っているような印象が見受けられる程に生活感が無かった。手洗いうがいを済ませ、辺りを散策し始めた面々は段々とテンションが下がって行く。まるで見学会に来てるみたいだ、と言う淳之介の言葉に一同が頷いてしまう程に物が少なかった。

 

 リビングから続く寝室へは引き戸のようで、麻沙音が好奇心で開いた先には――これでもかと壁に貼られた防音シートがもはや壁紙と化しており、甘ったるいフレーバーの匂いが充満している部屋だった。開けた途端に広がる甘い匂いに誰もが驚いて其方に視線をやれば、サイドテーブルの灰皿に溜まりに溜まった吸い殻が那須のストレスを可視化させているように見えた。

 

「……随分とストレス溜まってたんだな那須君」

「……此処、すんごい嬌声で五月蠅いし。この部屋だけ微かにしか聞こえないくらいになってるよ」

「……おいたわしや」

「……へう゛ぃーすもーかーって感じにこんもりしてるねぇ」

「……あ、あはは……。人の部屋だし、あんまり見ちゃ悪いわよ」

「……そ、そうですね。すんごい甘ったるい匂いしてますけど、ああ、これ煙草の臭いだったんですね……。てっきり那須君のシャンプーの匂いかと思って微笑ましく思ってましたけど違ったんですね」

 

 思わず合掌した一同。麻沙音はそっと扉を閉めて見なかった事にした。唯一の生活感のある部屋がある意味生々しかったので気後れしまっていたのであった。取り合えず、此処への行きに買ってきたジュースでも配ろうかと奈々瀬と文乃がキッチンへと向かい、残りの面々はリビングの敷物に腰を下ろした。麻沙音がそわそわとしながらタブレットに目を落とし、那須からのメッセージを確認していた。

 

「兄、那須さん合流できたって。此処に来るってさ」

「おお、そうか。にしても……、アサちゃん的にどうなんだ?」

「どうなんだって、何が?」

「いやその、那須君の応援に来るのって三夜を共にしたっていう子なんだろ?」

「……兄。それでも私は那須さんが好きだよ」

「アサちゃん……」

「むしろ、その人も含めても有りかなって、そういうシチュのエロゲーで慣らして来たから大丈夫」

「アサちゃん……?」

「那須さんが抱いた人って事はこれからはその人とアサちゃん棒姉妹になるって事だし仲良くしたいなって」

「アサちゃん……!?」

「それにほら、兄忘れてない? 私、女の人が好きなんだよ。那須さんもそれを込みで私の事を考えてくれてるから大丈夫だよ兄」

「……アサちゃん」

「だから兄は早く奈々瀬さんとドスケベして幸せな家庭を築くんだよ年貢の納め時だぞ童貞野郎」

「アサちゃん?!」

 

 そんな会話を聞いていたヒナミと美岬は話のオチに苦笑と焦りを感じつつも、何処か色気のある表情で居た麻沙音の横顔を見て安心していた。それどころかほんのりと幸せそうに語るのを見て純粋に良いなと思っていた。感情としては羨ましいといったものだ。好きな人が居てその人の事を想える。その幸せそうな雰囲気が惚気のように滲み出ている姿は正しく恋している乙女のそれだった。

 

 対して、自分たちはどうだろうか、と顔を合わせる。想い人である淳之介を中心にもはやNLNSハーレムと化しているが、誰もが気遣い合って続く一歩を踏み出せていない。特に一番リードしている筈の奈々瀬が、淳之介の幸せを第一に想うような一途で幸薄い未亡人めいたスタンスで居る事もあって尚更に踏み込み辛い。増してや実の妹である麻沙音の後押しもあるのにこれなのだから、それを押し退けて思いを告げるような強心臓を持っている者は居なかった。

 

 明らかに停滞してしまっているが、NLNSのメンバーで集まって何かをわちゃわちゃするのは楽しいのは確かだ。だからこそ、この微温湯のように抜け出せない心地から出ようとできない。そして、自分の行動によってこの空気が壊れてしまうのを見たくないという無意識的なブレーキが心で掛かってしまっている。

 

 だからこそ、麻沙音と那須の恋の行方が重要になってくる。恋人同士になり、惚気てくれれば空気も変わる。それはきっと奥手な淳之介にも作用するに違いない、恋の抑止力を解き放つ一手になると皆が期待していた。――もっとも、さらに混沌と化すとは誰も思っていなかっただろうが。

 

「あ、着いたみたいだよ兄」

「おお、そうみたいだな。迎えに……行くよりも来るのが早そうだな」

 

 扉が開き、やや甲高い声が聞こえてくる。それは中性的な那須の声とは違った活発な少女の声だった。何処か喧嘩しているように聞こえてくる程に会話が弾んでいる。段々とリビングへ近付いて来るものの、廊下での会話がヒートアップしたのか二人は立ち止まったようだった。

 

「だから言ってるだろ、現地での協力者だって」

「分かってるわよ。でもこの島の連中なんでしょ? 俗に言う頭青藍島な島民を信用しろってのは無理がある話よ」

「それは、そうだけどさ」

「だいたいねぇ、アッシュ。あんた現地協力者だなんて認める性格してなかったでしょうが」

「……まぁ、うん」

「でしょう? ただまぁ、あんたがそこまで心変わりするくらいに良い奴らってのは分かったわよ。でも、任務に付いて来させるのは別の話よ」

「実はゆきかぜを呼んだの彼らを守るためって言ったら怒る?」

「うふふ、ぶち殺すわよ」

「だよねぇ……、プライド高いしなぁゆきかぜ。でもさ、どうしても頼みたいんだよ」

「はぁー……、まぁあんたの報告書を見る限り一人でも十分でしょう。だけど、お守りをするために来たんじゃないんだからね。そこんとこ分かってるのアッシュ」

「そりゃ、ね。雷遁の術は火力に秀でてるからね、殺し辛いのが出て来たらボクよりも活躍できるだろうさ。だからこそ、後詰めとしてゆきかぜを背中に置いておきたいんだよ」

「……もうっ、そんな言い方して……もうっ、ふふん、仕方が無いわね。分かったわよ。貸し三だからね」

「多くない?」

「これぐらい貰わなきゃやってらんないわよ、ばーか」

 

 ツンデレがデレたような甘い声で途切れた会話。それを聞いていたNLNSのメンバーはリビングで何とも言えない顔をしていた。確かに那須と仲が良いと実感している一同ではあるが、気安い軽い口調での遣り取りができる程には至っていない。何せ、まだ二週間ちょっとだ。半年くらい一緒に居たような感覚ではあるが、実際の日数はあんまり長くはない。そして、それを一番噛み締めたのは誰でもない麻沙音だった。

 

「それじゃ、顔合わせと行きましょうか」

 

 という声と共にリビングに続く扉が開かれて対面する事となる。小柄な少女は勝気な表情で現れ、NLNSメンバーを一瞬で見渡した。その際、少女の栗毛なツインテールが揺れて、微かにしか揺れない胸を張って腰に手を当てて不敵に笑みを浮かべた。

 

「私は水城ゆきかぜ。アッシュの親友で、同じ対魔忍の仲間。よろしくね、NLNSの人たち」

 

 堂々とした様子で視線を掻っ攫ったゆきかぜのアメジストめいた双眸が黒一点の淳之介へと向かう。そして、頬を掻いて何とも言えない表情で後ろから那須が続いた。視界に入った那須へ一番最初に視線が動いた麻沙音へゆきかぜの視線が移る。

 

「ふーん、あんたがアッシュが惚れた女って訳ね」

「え゛っ」

「何で分かったか、って? 分かるわよ、同じ目をしてるもの。それに……、ふぅーん、中々面白い事になってるのね。ちょっと面白くなってきたわ」

「あわわ、できる女って感じだぁ」

「そ、そうね。見た目と纏ってる雰囲気のギャップが凄いわね……」

「ごくり、あれが処女と非処女の差って奴なんですねぇ」

「む、むべ……」

 

 薄い胸も相まって活発なロリ系に見えるゆきかぜだが、日焼けの褐色と白磁な肌とのコントラストが映える露出の強めな恰好という事もあり色気を感じさせている。無論、それは男と言うモノを知った生娘を卒業した女としての風格に、那須との三夜の濃密な快楽によって生じた奥底からの願望が滲み出て淫靡な雰囲気を醸しているのだった。にぃっと口角を上げたゆきかぜは誇らしげな表情で隣を見やる。隣に居た那須は自慢げなゆきかぜに嘆息しつつ呆れた表情で苦笑を浮かべた。

 

 そんな二人の近さに麻沙音は静かに戦慄していた。これが情を交わした男女の近さなのか、と。そして、ロリサキュバスめいた魅惑的な雰囲気を醸し出すゆきかぜの色っぽさに若干ながら惹かれてもいた。小柄で貧乳でありながらも淫靡な色気を魅せるゆきかぜは正しくギャルロリビッチの貫禄があったからだ。もっとも、経験人数は那須一人のためビッチの称号は返上であるが。

 

 だが、そんな余裕振ったゆきかぜだったが密かに焦っていた。何せ、那須の心を射止めた麻沙音の容姿が容姿だったからだ。何処とは言わないが自分よりも遥かにでかいし、滲み出る陰キャ特有の影が相まって保護欲を掻き立てる雰囲気は対照的だった。そして、何よりも自分が那須に与えたかったものを与えた人物だったからだ。

 

 対魔忍の家系に産まれたゆきかぜは那須と比べて遥かに人間味に溢れた生活をしていた。しかし、対魔忍の暮らす世界は表社会を大手を振って歩ける一般人の生活とは違う。人魔悪鬼を討つ者であれと宿命られた対魔忍の生活は、アサギと言う存在も在って武力一辺倒になりつつある。そのため、任務の内容も相まって血生臭い生活を余儀なくされる事もあって、人間味の溢れる日常と言う物を教え込む事をゆきかぜはできなかった。

 

 何故なら、ゆきかぜもまた非日常を生きる者だったからだ。幸い深夜アニメと言う俗に塗れているものの日常の教材があった事で何とか被る皮を用意してあげる事ができたのは幸いだった。だが、それだけしかできなかったとゆきかぜは悔しさを噛み締めていた。そんな中で起きたのが奴隷娼婦未遂の件だった。そこでゆきかぜは女に目覚め、そして、那須に女を教える事ができた。もっとも、それが仇となってしまったが故に二番に落ち着いてしまったが。

 

「ま、短い間になるか、長い間になるかは分からないけど、よろしくね」

 

 けれど、目の前の獲物を逃がすようなゆきかぜでは無い。それが無意識ながらも惹かれて、身体の交わりを経て自覚した恋心の相手であるならば尚更に。そんな強い意志を雄弁に語るその瞳に貫かれた麻沙音はこくこくと頷く事しかできなかった。




此処だけの話、自宅にキャンパスアートが届いて狂喜乱舞してました。
集合写真尊いんじゃぁ^~。

カクヨムで同じペンネームでオリジナルを書き始めた影響か、文章量がちょっぴり増えました。書きたい事を書くのが作家ってもんですしね。

時間が経ちましたし、陸拾玖物語にも少しだけ触れようと思います。
……ランチタイムの喫茶店の話、ほとんどカクヨムのそれで感動しましたね。
耳だけで聞くよりも、耳と目で物語を聞くってのも乙なものだなぁと思いました。
Qruppo様のお名前でカクヨムに掲載されているので、知らなかった人は是非是非ご覧くださいね!


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オナホ脱走。

「では、ブリーフィングを開始します」

 

 那須の家のリビング、中央に置かれたテーブルを囲むように対魔忍及びNLNSのメンバーが立ち並ぶ。椅子の数が足りない事もあって公平を期すため立ち話なったのである。本来仕様などが置かれているであろう各自の正面には冷えた麦茶が入ったコップが人数分置かれている。場所が秘密基地であれば麻沙音がリンクさせたブリーフィングテーブルで各種資料を公開し分かりやすく視覚的に捉える事ができただろう。だが、入居時と一室以外がほぼ変わっていない那須の家ではそれは叶わない。

 

 長方形の形をしているテーブルの両端に那須と淳之介が対面する形で立ち位置を決め、その隣を埋めるように女性陣もある程度の間隔で立つ。本来、対魔忍側とNLNS側で別れるだろうが、人数差もあるため無難な並び方になった。

 

 と、言っても那須の右側にゆきかぜ、左側に麻沙音が立ち、淳之介の右側に奈々瀬、左側に文乃が並んだ事で裏の意図まで感じ取れるものだった。相棒としての立ち位置を絶対譲らないという右側の意思と、寄り添い支える者としての立場を弁えていると言う左側の意思が透けて見えるようだった。

 

 そんな並びを見て両側からあぶれたヒナミと美岬は苦笑していた。皆が皆好きだと思っていたけれどこうも露骨だと逆に笑えて来てしまうからだ。どうにせよ、各自の想いは受取先が同じなのだから嫉妬心も湧いてこない。むしろ、仲が良いですねぇと自身の余裕を見せる始末だ。

 

 そんな水面下で静電気程度のばちばちをしているのをゆきかぜは微笑ましく思っていた。対魔忍は実力主義であり、そして選民主義が蔓延した社会を構築している。故に、最強と謳われるアサギは讃え恐れられるし、魔の血の入った者で血統の誉れの無い那須は容赦ない仕打ちをされている。

 

 そして、そこに実力と言う第二の視線が入る事で那須の立ち位置は概ねプラスマイナスを平坦にする事ができていた。生まれ悪き者でも功績を上げればその実力を讃えられるのが実力主義の社会だ。

 

 そして、良家で血筋も明るく、そして実力もあるゆきかぜは社会場として貴族社会のそれとは比べられないもののそれなりの会を渡っている。名のある一族の長が結託して顔見せの場と言う名のお見合い会場に、だ。

 

 本来社会場であれば顔や名声、血筋などに重きがかかるが、頭対魔忍と呼ばれる者たちだからこそ此処に実力主義の法則が当てはまってしまう。つまり、強い奴と強い奴を掛け合わせたら強い血筋になるじゃん凄いじゃんやったね万歳と言う理由でお見合いが進むのである。

 

 優秀な血筋の優秀な者へと熱の籠った視線が集まり、次点で普通な血筋だが優秀な者へと視線が動く。そのどちらも有しているゆきかぜは視線をこれでもかと受ける、受けるのだが、その視線が下に向かってすとんと床に落ちるため、あの幼児体型じゃなぁと高嶺の華になってしまっていたのである。

 

 そう、容姿と実力の位置が入れ替わった高嶺の華である。そのため、向かってくる視線が少ないために辺りを見回す余裕ができ、愛憎逆巻く肉食たちの狩場めいたお見合いを一歩引いた目で見れたのだった。

 

(いやほんと、此処の娘たちあの眼鏡に懸想してるってのにほのぼのしてるわね。こっちが微笑ましくなってくるくらいにピュアな光景だわ)

 

 もっとも、そんなピュアな娘たちが住んでいるこの島はハードコアな島であるが。よくもまぁそんな娘に育ったわね、と那須に教えて貰った青藍島の事を脳裏に浮かべつつゆきかぜは内心で苦笑していた。

 

「では、作戦の概要を説明します。明日、日付変更後に敵陣地への夜襲をかけ、懸念材料である裏風俗被害者たちの奪還、これを本任務の最重要項目とします。次点の重要事項として、裏風俗に関与する魔族の排除、これを対魔忍側が請け負い、その隙にNLNSが人質の奪還及び回収を行ないます。懸念事項としては、魔族の関与によって敵陣営の武装が進んでいる可能性があり、死亡リスクが跳ね上がっている事ですね。ですので、対魔忍側を陽動殲滅と護衛に分けます。ボクが魔族を潰し、ゆきかぜが皆さんの身を守ります。ゆきかぜは雷遁の術の使い手にして、若手対魔忍の中でも上位に位置する対魔忍です。幾らかの危険はありますが、その任を完遂してくれるでしょう」

「ええ、アッシュの資料を見るに今回の魔族は下級が主軸になってる。恐らく中級魔族が旗を振ってるのね。上級魔族の介入があればこんな杜撰な計画は建てない。島のヤクザたちを全員魔科医改造しててもおかしくないのにそれをしていない。と、なると今回の騒動は黒幕が居るわ。こっちに居るのは実働部隊で、本島の方のヤクザの本丸に黒幕は居るんでしょうね。青藍島の立地からして尻尾切りがしやすいから、どっちに転んでも相手からすれば良いんでしょうね」

「加えて、新情報として覚せい剤入りの飴玉を裏切ったSHO職員が配る行動を見せています。経験上の憶測ですが、黒幕はこの島が疲弊すれば動き出す事でしょう。この島を破綻させ落ちぶれかけた所で本命の上陸によって制する、恐らくこの島の乗っ取りが彼らの目的でしょうね」

 

 青藍島の乗っ取りという壮大な内容を聞いたNLNS側の反応は顕著だった。困惑と怒り、そして引き攣った口角から見て取れる恐怖だった。然もありなん、NLNSのメンバーはこの島から見て異常であると言うだけで、世間一般の一般人と言って相違無い。ましてや、彼らの目的はドスケベ条例の打破であってこの島の征服では無い。徹底抗戦の覚悟はあれど陣取り合戦をするつもりは無いのだからイメージが湧かなかった。

 

 そんな困惑な表情を見せるNLNS側にもう少し説明が必要かなと那須は思案する。何せ、お互いの知識の見方が現場とネット上のそれくらい違っているので噛み合っていないと感じていた。彼の予測であれば慄きはしても怒りを露わにしてくると思っていたが、困惑の色が強いのを見て理解できていないと察したのだった。

 

「この島を乗っ取った奴らは宴をする事でしょう。男性には強制労働と理不尽な暴力、女性には性奴隷めいた孕み袋や商品として扱い、そんな戦利品を彼らは嘲笑いながら踏みにじるでしょう。魔族。そう呼ばれるように彼らは生きている世界がそもそも違う、言わば侵略者なんですよ。魔族は土地を奪えば植民地だなんて生ぬるい事はせずに暴力で理不尽を強いる。逆らう気力すらも暴力で組み伏せて従順になった人間を金儲けや強欲に従って弄ぶ。言わば彼らは蛮族の侵略者です。そんな奴らからすれば、肉欲を満たせる土壌が出来上がっているこの島は格好の獲物ですね。ちょっとインフラを変更すれば、住民の身体で金を稼がせる風俗島の出来上がりですからね。ドスケベ条例だなんてものが浸透しているのですから、そこに料金の支払いを足すくらい簡単にできるでしょう。住民はノルマを課せられ合法化された非合法な風俗を決行、この島に訪れる成金や屑がお金を拾わせるように落として行き、その金で武力を高めた魔族が力を得て此処を拠点化する」

 

 その那須の淡々とした憶測語りに段々とNLNS側の顔が青褪めていく。覚せい剤入りの飴玉は恐らくその魔族側の未来を見据えての行動だ。住民を違法飴玉で中毒者とさせ、飴玉を買うために観光客から身体を使って儲けを出させ、安価な飴玉を法外な高さで売り叩けば悪循環な売り場が出来上がってしまう。

 

 首が回らなくなれば奴隷として捕らえて売り出し、ピルなどを廃止させ産めよ増やせよと人口を増やさせて牧場化する。魔族優位の社会が敷き終わればこの島だけ合法な違法風俗を増やし、世界から金を集める環境を作り上げる。何せ、金があれば良いから入島審査も必要無いため、断られていた者たちすらもこの島へ立ち入り喜んで金を落としていくだろう。

 

 正しく性による征服であった。

 漸く事態を呑み込めたNLNS側は確固とした表情で那須を見やる。それを阻止するための一番槍、それこそがこの作戦なのだと理解できたからだ。魔族の作戦は温床となる裏風俗並びにヤクザの存在があってのものだ。起点を潰してしまえばそこから続く事は無い。新しい部隊が送られてきても入島審査を強化すれば足並みを揃えさせる事は阻止できる。

 

 相手の鼻っ面を圧し折る、それが今回の作戦の肝であった。

 

「……成程な。随分と深刻な事になってたんだな。俺はただヤクザを潰せばどうにかなるって思ってたが違うみたいだ。那須君。俺は裏風俗が、人を人として扱わない奴らが大嫌いだ。人の嫌がる事を平気で出来る奴らが、大切な誰かを踏み躙って嘲笑う奴らが、憎い。かつて、この島で暮らしていた時に俺は巨根のコンプレックスから虐められていた。それを救ってくれたのは同じくして虐められていた女の子と……違法風俗に身を窶す人だった。あの子とあの人は、俺のコンプレックスを個性だと尊重してくれた。その一言で俺は救われたんだ。だが、俺は女の子に酷い事をしてしまって、そのまま逃げてしまった。それからあの人と会ったんだ。……裏風俗に窶すしかなかったあの人をこの島の住民は迫害して、石を投げつけて罵詈雑言で貶めた。……その結果、過労と衰弱でその人は死んだ。幼かった俺はあの人を守るための手段が無くて、それどころか守られるばっかりで、どうにもできなかった。……初恋の人を見殺しにしたも当然だ。だから、俺はこの島が嫌いだ。あの人を使い潰した裏風俗が嫌いだ。俺たちを貶めたドスケベ条例を妄信した島民が大嫌いだ。だから、いじめの原因を作り、あの人を殺したドスケベ条例を潰そうと思った。秘密基地が、NLNSが、仲間ができて可能性も見えて、これから漸くって時にこれだ。……あの時は力が無くて守れなかった。だが、今は違う。力を付けて、頼れる仲間を作って、そして、対魔忍の君たちが協力してくれる。今度こそ、俺は見殺しにはしない。今度こそ救ってやるんだ!」

 

 淳之介の本音の籠ったその言葉は悲痛で力強いものだった。どれだけ苦悩して、どれだけ悔しんだかを感じさせる魂の咆哮だった。その言葉に納得と共感を得たNLNSメンバーは頷きと引き締まった表情を魅せた。そして、唯一唖然としていた少女が居た。淳之介の左に立っていた文乃だ。

 

 それは、もしかしてと言う推測と、当時語っていた事の思い出が噛み合わさった憶測が入り混じったような悟りの表情だった。当時、気丈な振舞いで体調不良を隠していた母が今度連れて来ようかなと言っていたとある少年の話を思い出してしまったからだ。母が自分のために連れて来ようとしていた少年はきっと――。

 

 そっと瞼を伏せて文乃は静かに涙を零した。直ぐに裾で涙を拭いたものの胸に宿った暖かな思い出の温もりが涙を後押す。けれど、文乃は強い女ですから、と母が無理をしながらも強がった時の言葉を真似して奮い立たせる。正面でその様子を見ていた那須は何かしらの接点があったのだろうと憶測し、あえて触れようとはしなかった。生者であれば問い掛けただろうが、死者であればそっと黙して冥福を祈るべきだと感じたからだ。

 

「……そう、そう言う事だったのね淳。だから……あんなに……」

 

 そして、その話を聞いて段々と当時を思い出して納得する奈々瀬の姿もあった。隠していたコンプレックスを刺激されて取った行動は言葉足らずで強引なものだったが、ある程度の会話があればきっと受け入れていたに違いなかったIFの出来事。

 

 初等部に通う少年少女はドスケベ条例に守られた存在だった。未性年と言う括りでドスケベセックスをするには身体が出来ていないという理由で禁じられていた。だが、それは性年が未性年を、という話で、未性年同士が行う事は禁じられていなかった。

 

 故に、童貞や処女は悪態の言葉として使われていた。本島出身であった奈々瀬は本島の常識を持って育った両親を持っているが故に、そういった事は好きな人とやるべき行為だという認識を持っていた。だが、それは青藍島では異端のそれに等しい。故に、性器を理由にいじめられた淳之介と同様にいじめを受けていた。

 

 森の中で二人が出会い、友情を築くのも当然の事だった。同調圧力的な周りの行動は段々と性的いじめ染みた雰囲気を見せていた事もあって、それを目撃してしまった淳之介は焦ってしまった。若さゆえの過ちと称すれば笑い話になるだろうか、だが当時の彼らにとっては真剣な話題だったのは間違い無い。心優しき友人の大切な物を誰かに強引に奪われるくらいなら――だなんて、考えてしまっても仕方が無いのだろう。

 

 結局は未遂に終わり、正気に戻って罪悪感で死にたくなった淳之介はその場から逃げ去った。置いてけぼりにされた奈々瀬は思い詰めていた淳之介の表情と行動から、何となくであるが自分の事を思っての事だと理解できてしまった。

 

 だから、探して、歩き回って、漸く見つけた淳之介は沈痛な面持ちで俯いてしまっていた。気にしていないと言えれば、友達だよと言えれば良かったのだろう。だが、心優しき奈々瀬はそれをすればもっと傷付けてしまうかもしれないと思って口にできなかった。ましてや、初恋の人を亡くして呆然自失の姿を遠目で見てしまっていたら尚更にだった。

 

 タイミングを計ったものの母親の仕事の都合で預けられていた事もあって本島に戻らねばならず、お互いの家を知らないが故にお別れも告げる事は叶わなかった。妹である麻沙音を元気付けられた事が幸いだろう。それが無ければ罪悪感で胸を占めたまま引っ越しをする事になっていただろうから。

 

「……うちの兄がエロゲーの主人公だった件について」

 

 と、目の前で繰り広げられた伏線回収の場面を見て麻沙音はこっそり呟いた。麻沙音は奈々瀬が兄を励ましてくれた少女であると交流から気付いていたし、文乃の方は母親が過労で亡くなっている事を聞き及んでいるのでその線から獣の直感で結び付けていた。もっとも、初恋の人を亡くしたの件は麻沙音も知らなかったので素直に驚いていた。

 

 そして、そんな淳之介の覚悟を見ていたゆきかぜは腑に落ちた顔をしていた。麻沙音の方に視線が向いていたが、彼の心を変えたきっかけは淳之介なのだと察する事ができてしまった。何せ、人を人として扱わない奴らの下で働かされていた那須だ。こんなにも真っ直ぐに生きる人を友達に持ったならば、救われる思いもあったのだろうと。

 

 ゆきかぜは那須を後ろで支える役目ではなく、背中を合わせて守り合う関係で繋がっている。ゆきかぜの右腕は那須であり、那須の右腕はゆきかぜなのだ。ゆきかぜが銃で、那須が剣、寄り添い合う方法は戦友としてがベースだった。肩を寄り添って二人で支え合う事はあっても、どちらかの枷になるように依存しあう関係ではない。

 目の前の兄の背を見て育った妹であれば似たような成長をするだろう、そうゆきかぜは考えて麻沙音を見る。

 

 彼女の在り方は自分の出来なかったもう一つの道だ。故に、二人の在り方は被らないので心配が要らないと思えてしまった。那須を後ろから抱き締めるのが麻沙音で、隣に座って腕を取るのがゆきかぜなのだからお互いの場所を守れるためこじれない。案外気が合うかもしれないわね、と同じ人を好きになったよしみで笑みを作った。




此処だけの話、ちょいちょい妄想をねじ込んだ過去話をしているぞっと。
既にぬきたし1と2とスス子√まで終わらせている生ハメイトさんなら分かると思いますが細かい所を盛ってます。(内容的には1だけだけどね)
……一応ネタバレタグ付けておこうかな。


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テクニシャスの攻防。

 決戦当日、土曜日の天気は快晴であった。水乃月学園の性徒たちは思い思いに喜びの感情に浸り、今日のために貯め込んで来たポチンシャルとリビドーに身を任せるようにして良い顔をしていた。何日間禁欲していただの、この日のためにサプリ飲んできただの、バイアグラとレディグラをキメて来ただのと姦しくも性欲旺盛な会話が彼方此方から学園のグラウンドで聞こえてくる。

 

 体イク祭では身体のラインや性器などを隠す事により生じる妄想を育むために水着の着用が義務付けられており、参加する水乃月学園の性徒全員が今ではフリースタイルの水着を着込んでいる。勝敗は正直誰も重視しておらず、打ち上げめいた全体オリエンテーションの時間を今か今かと待ち望んでいる熱気が見て取れるようだった。

 

「……うん、アッシュから聞いてたけどもう一度言わせて貰うわ、この島やばくない?」

 

 大分煽情的な恰好でありながらもエネルギッシュな雰囲気を感じられるゆきかぜが観覧席の近くで呟いた。先日参入したゆきかぜは水乃月学園の性徒では無いのでこのイベントには参加しないが、かといって那須が出るとなれば現場に居合わせない理由も無く。那須の家でゲームをして過ごすのは勿体無いと考えてこの場に来たは良いが、水着の性徒然り、それを観覧する家族や部外者然り、どいつもこいつも発情していて南島の熱気に負けぬ勢いの光景に辟易していたのである。

 

 見た目ちっぱいで褐色娘なゆきかぜの容姿はこの島でも上位に入る美少女であるため、お誘いの声は多く掛けられたが、股間のナニの大きさを吐き捨てるような視線で一瞥して断っていた。中にはその蔑みと見下しの視線に新たな扉を開いた者も居たが、ドスケベ条例を持ち出してSHOを呼ぼうとタブレットを取り出した哀れな者たちが多かった。

 

 何せ、目の前の美少女は雷撃の対魔忍たる雷遁の術の担い手である。怒声を発したが最後、うんともすんとも言わなくなったタブレットから焦げ臭い黒煙が登る始末であった。

 

(にしても、アッシュの事だからこんなイベント無視すると思ってたんだけど。随分と丸くなったのね)

 

 無論、麻沙音が居なければそうしていただろうが、守るべき相手ができてしまったが故に守りやすい位置に立てる立場は必要だった。そして、桐香との取引によってイベント表を手に入れているが故に何も問題は無いだろう、そう考えての参戦であった。

 ――それが、仇になるとは思いもしなかったが。

 NLNSの面々が集まる場へとゆきかぜが視線をやれば、何とも言えない雰囲気が漂っていた。小首を傾げるものの距離があるために会話は聞こえはしなかった。だが、誰もが口元を引き攣らせていた事から何か問題が起きたのだろうとは勘付けていた。

 

「……冗談じゃない、んだよな那須君」

「……ええ、先程メッセージが来まして。繰り返すようになりますが、SS隊員の一人が計画表を高値で売り捌いたらしく、それがついさっき見つかった事で全ての競技の前にランダム抽選する事になったらしいです」

「あー……、あいつだろうなぁ。花丸妹……、花丸姉妹のクズ担当と言うか、小物と言うか……」

「え、今の現状やばいじゃん。確か競技によっては挿入もあるって話じゃんか兄」

「青天の霹靂なのだわ……。今年も相手が辞退してくれたりすると嬉しいわね……」

「でも、団体戦ですとそうも言ってられませんよねぇ」

「うーん、どうにかできないかなぁ」

「ふみ……葉琴は強い女ですから……っ」

 

 周りの有頂天さとは打って変わった絶望感が漂っていた。体イク祭では二種類に大別される。一つは一般的な学校で行われるような通常競技、そして、水乃月学園特有のドスケベナイズされたエロ競技である。

 

 通常のそれにドスケベが加わる異常なそれをこの学園は伝統として誇っている。全ての競技が挿入込みのものでは無くなったのは割と最近の話らしく、観覧者側からのクレームによって一部の競技のみと変更された経緯がある。

 

 結局のところ、この体イク祭の役割は見世物なのだ。ドスケベ条例を体現するような水乃月学園の体イク祭は父兄のみならず外部の観光に来た者でさえも立ち入りを許可されている大規模なイベントなのである。そして、部外者も含めた大規模オリエンテーションと言う名の大乱交、これこそが体イク祭を行う理由だ。

 

 これにより、島民には条例の後押しを、観光客にはこの島を訪れるきっかけや移住のきっかけにするための布石なのである。まぁ、それは表向きの理由で普通の体育祭をやってもつまらないだろうという俗な理由があったりするかもしれないが、今では伝統化してしまってその実態を知る者は居ないだろう。

 

「さて、やるべきことをするか。那須君」

「そうですね……、では、早速」

「おお! いったい何をするの? ……って、なんで那須くん私の手を握って?」

「すいませーん、この子たち預かって貰っても宜しいですか」

「え、あー……、混ざちゃったんですね。この年頃の娘は好奇心旺盛ですからね。はーい、お嬢ちゃんたち、こっちに行こうねー」

「えっ、あっ、何で連れてくの!? 私、参加者なんですけど! ねぇ、ちょっとー!? ロリじゃないんですけどぉー……!」

「む、むべー……!」

 

 ドップラー効果のような遠ざかるヒナミたちの声を背景に、那須が真顔で向き直ると淳之介がグッジョブとサムズアップした。見た目がロリなヒナミを見て、年齢的な見た目のハードルが下げられたのか文乃もまたSHOのお姉さんにドナドナされていく。

 

 そして、この場に那須、麻沙音、淳之介、奈々瀬、美岬の五人が残った。本来であれば麻沙音は生理と言う仮病を使う予定だったが、エロ競技が判明していると言う安心感もあって今回は参加していたのだった。

 

 だが、花丸凛の愚行によりこれは御破算。先日の奈々瀬の証言のように個人種目であれば相手を見て棄権すると言う手段が取れる。これは暗黙されているルールの一つであり、あくまで来賓に対してアピールする場であると言う前提があるためだ。勝敗を競う場ではないために取れる戦法でもあった。

 

 桐香からのリークにより、性徒からすれば当たり、NLNSからすれば外れの競技を外して登録しているが、ランダムとなってしまったが故に交互に弾丸を込められたロシアンルーレットに臨んでいる気分であった。

 

 生徒会長による開会の挨拶、礼による宣誓を終えて『無様な負け犬はだぁれ♥体イク祭』が開幕してしまった。NLNSの面々は苦々しい面持ちでアナウンスを待った。第一種目は、障害物競争。リークによればアウトであったが、抽選の結果はセーフになっているらしい。

 

「……リーク内容は無視せざるを得ない、ですね」

「ああ、初っ端から変更されてたらそりゃなぁ……」

「そう言えば兄、前にクレームがあって女性器に挿入して射精するのは暗黙的に駄目って風潮らしいよ」

「そうらしいわね。何でも、大乱交の時に膣から男子生徒の精液が出て来て萎えただとか、射精し過ぎて勃起しなかったとか色々あったみたい」

「となると、意外と安心できるかもですね。……って、淳之介くん? どうしました?」

「そりゃ、そこの童貞な兄は巨大なおちんちんを見せるだけで軽く呼吸が辛くなるくらいのPTSD持ちだからね。ドスコイさんがお腹見られるようなもんだよ」

「成程、それは辛いですね……っ!」

「ぐっ、しかし、今回はそうはならんぞ。何せ、コンプレックスはカミングアウト済みで、何よりも俺よりもやべぇのが居るからな!」

「……淳之介先輩。此処だけの話なのですが、ボク、大きさをある程度コントロールできるので日本人の平均チン長くらいに偽装できたりします」

「ぬぁにぃいいいい!? どういう事だ那須君!? はっ、あれか、房中術か!」

「わぁお、流石忍者なのだわ……」

「……いえ、昔に飲まされた実験薬の一つがそれでして。オークの巨大サイズだと専用の機材を作らなくてはいけないからと実験も兼ねて飲まされまして……」

「えっ、ちなみに通常よりも大きくしたり、太くしたり、細くしたりもできたりするんですか?」

「何でそんな食い気味なんだ妹よ……、で、どうなんだ?」

「あんたも興味深々じゃないの……」

 

 やや熱の籠った鼻息荒めな麻沙音の視線を受けて、頬を掻きながら那須が頷いた。そう、これこそが小柄なゆきかぜが破瓜する際に激痛に苦しまなかった理由であった。

 

 そこらのサキュバスよりも魔に堕ちた表情で恍惚として襲い掛かったゆきかぜたちだが、那須の本来のサイズで挿入していれば慣れてもいない女性器が確実に裂けていたに違いなかった。無理やりにでも挿入しようとする二人を見て諦めを悟った那須は咄嗟に自身のサイズを変えたのだった。

 

 対魔粒子により身体を強化できる対魔忍とは言えども怪我をしない訳ではない。刃物を肌に沿わせれば切れるのだから。

 

 とんでもない流れ弾もあったものだと那須は羞恥で死にたくなったが、視線を逸らした先に居たゆきかぜの満面の笑みにぶつかってしまったが故に逃げ場が無いと悟って色々と諦めた。

 

 障害物競争から始まった競技が一つ一つ消化されていき、美岬の出場した借り物競争がアタリを引いてしまい一同絶句する事になる。何せ、借りてくる内容が『精液(尻コキ)』と言う露骨過ぎる代物であるからだ。那須と淳之介が視線を交わし、どちらが出すと言う無言の問いかけが行われた。

 

「……すみません、淳之介先輩。ボクのこれ、媚薬効果があるので回収されるのまずいです……」

「もしかして那須君、凌辱ゲーの出身だったりする……?」

「さて、どうでしょう。半分人じゃないですからね、もしかしたらそうかもしれないですね……」

「くそっ、時間が無い。流石にこの内容だと棄権すると後の美岬が怪しまれかねない……。俺がやる、やるかぁ……っ」

「す、すみません淳之介くん、こんなとこでするだなんて辛いですよね……」

「だが、それしかないんだ。大丈夫だ、こんな事もあろうかと今朝方に精力剤を飲んで来てある」

「いや、流石にその嘘はばれるよ兄」

「だよなぁ……っ! だが、こうも急だと勃つ物も勃たんぞ……」

「……それでしたら、良い案があります。丁度良いですし、説明も兼ねてしてしまいましょうか」

 

 苦虫を噛み潰したような淳之介の肩へ那須が手を置いた。すると淳之介の様子が一変し、腹の奥底から込み上げてくる獣染みた性欲の昂りに応じたイチモツが持ち上がって行く。水着の上からでも分かるそのガチガチ具合に淳之介も驚愕していた。

 

「ゆきかぜが雷遁の術を持ち合わせるように、ボクもまた対魔忍として術を会得しています。ボクのこれは媚毒の術と言って、オークの生来由来の媚薬を制御するものとなります。ですので、今淳之介先輩が一発分を直ぐに出せるような媚毒を打ち込みました。ボクらは視線を外しておくので、どうぞボクらを盾にして出しちゃってください」

「おおおおおお……。トラウマもあってインポ気味な俺の息子がフル勃起だと……っ!? ナイスアシストだ那須君! 美岬、尻を貸せっ!」

「は、はいっ! あ、でも勢い余ってアナルの方に挿入して貰っても良いですよって熱っ、もう出ちゃったんですか淳之介くん!?」

「あっ、がっ、くっ……。……過去一番の量が出たぞ。やばいな、これ……」

 

 美岬の触り応えのありそうな尻へ、水着から竿だけ出した状態で三擦りした途端に吐精してしまった淳之介は熱が冷めていく心地でイチモツを萎えさせた。それは那須が宣言した通り、一発出す分だけの媚毒であったが故の効能だったのだ。

 

 展開があまりにも早すぎて視線を逸らしていなかった奈々瀬の顔は真っ赤に染まって瞳をぐるぐるとさせていたが、逞しい淳之介の淳之介をしっかりと目に焼き付けていた。そして、そのイチモツに何処か見覚えを感じて首を傾げたが、思い出せずにもやもやとするだけに終わってしまった。

 

 尾てい骨の辺りに溜まった精液を落とさないように手で押さえながらゴールへ向かう美岬を見送り、射精後特有の賢者モードになった淳之介は荒い息で避けように無かった事態を切り抜けた事に安堵した。

 

 そして、勢い余って掴んだ美岬の尻の柔らかさに気恥ずかしさと性欲を感じてしまっていた。そう、那須が参入する前の出来事、尻壁オブジェにハマった三人の艶姿が脳裏に浮かんでしまい、その時の美岬の胸の柔らかさも思い出してしまったのだった。

 

 故に、途端に現実味が帯びてしまい、同級生の尻で射精した事に少しだけの罪悪感と多量の背徳感を覚えてしまったのだった。これまでドスケベ条例憎しの思いで過ごしてきた事もあって、大切な仲間で抜いてしまった事実に少しながら多幸感を感じてしまった。

 

「やりましたよ! 初めて一位を取れましたー! って、淳之介くん? まだ立ち直れませんか? 大丈夫ですか、おっぱい揉みます?」

「いや、結構だ……。にしても、那須君のそれは媚薬の術、じゃないんだな」

「ええ、薬品を合成した物ではありませんからね。一応、オークの媚薬効果が大本なので、媚薬効果を発揮する毒と言う扱いですね。少し練れば絶倫になる事も可能ですよ、副作用で常に勃起しっ放しになりますが」

「恥ずか死しそうだから遠慮させてもらう。にしても媚毒、媚毒か。那須君自身には作用するのか?」

「ええまぁ……、濃度次第では、と言ったところですかね。知っての通り房中術を独学で学んでいるので耐える事は可能ですよ。というか、自制できないとやばいですし……」

「ほへぇ……、流石は那須さん。私の弱いところを突いてくるぅ……」

 

 こっそりと可哀想な展開好きーな麻沙音は凌辱ゲーご用達な媚薬を扱える那須の術に惚れ惚れしていた。是非使って欲しいと懇願しないのはまだそういう関係では無いからであり、致す関係になったら存分に使ってもらおうとげへへと笑みを浮かべた。そんな妹の脳内が手に取るように分かる淳之介はこんな妹ですまんと内心で那須へと謝ったのは言を俟たない。




此処だけの話、サイバーパンク2077にハマってました。
PC版限定ですがジョン・マラコック卿と言う巨大ディルド型の殴打武器がありまして、菊紋一字よりもやべー武器に惹かれた結果がこれです……。
エタりはせぬ、エタりはせぬぞ……!


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宿命の出会い系。

 淳之介が流れ弾を食らって美岬の尻で逝った後、何事も無く大規模オリエンテーションを抜け出したNLNS組は秘密基地へ帰還して一息吐いていた。吐精した淳之介と未だに腰の熱さを忘れられない美岬の二人は顔を真っ赤にして顔を背け合っているが、どちらにも嫌悪感は見えずに満更でもないのが見て取れた。

 

「……ねぇ美岬、その……どうだった?」

「聞いてしまいますか奈々瀬さん!? 流石の私もキャパオーバーで恥ずかしいんですけど!?」

「そんな事言って、帰って来る間にしれっと舐めてたじゃんか兄の出したのを」

「あqwせdrftgyふじこlp;@:」

「うわぁ!? 美岬ちゃんが口からエラーを吐き出して倒れちゃった!?」

「む、むべ、傷は浅いと聞きますよ美岬様」

 

 私はもう駄目だぁと顔を伏せて倒れ伏した美岬であるが、観客席へと戻ってくる間にこっそりとハンカチにふき取っており、今では鞄の中にビニール袋に入れて持ち帰る気満々であった。おかずゲットだぜとここぞとばかりに演技力を振り絞ってその事を隠し通そうとオーバーなリアクションで有耶無耶にしようとしていた。

 

 そんな珍道中めいたてんやわんやな様子を見つめる那須は気まずい表情を浮かべ、しれっとどさくさに紛れて忍び入っていたゆきかぜは分かるわと頷いていた。対照的な二人のリアクションであるが、草食系と肉食系のリアクションだと言えば納得できるだろうか。

 

 性欲に任せて理性を失いたくないが故に情欲を押さえ付ける草食系対魔忍に、身を焦がす程の情熱の燃料となった性欲を持て余す肉食系対魔忍が隣り合いながら時計を見やって息を吐く。何せ、今の時間は午後二時であり、予定している時間までかなりの時間があった。

 

「で、実際のところどうなのよ」

「何が」

「対魔忍辞めるんでしょ? 何処まで本気なのかなーって思っただけよ」

「……まぁ、半分くらいってとこだね。この作戦で何処まで恩が売れるかで身の振り方を決めるつもり」

「ふーん……。まぁ、どっちにせよ、私も噛ませなさいよ」

「本気?」

「マジよ、これでもかってぐらいにマジよ。あんたねぇ、恋する乙女を舐め過ぎよ」

「……すまん達郎。マジで何も言えない……」

「あぁー、そゆこと。もしかして、達郎に義理でも感じてたの?」

「義理って言うか……、君らと出会った時から二人は恋人だと思ってたからさ。あの時の一件を機に二人の仲を裂いたんじゃないかってずっと思ってたんだ」

「だから、この任務受けたのね」

「……分かる?」

「そりゃ分かるわよ、ばーか」

 

 弱めのでこぴんを打ったゆきかぜは苦笑しながら笑みを浮かべて罵った。その声色に怒りや嫌悪は感じられず、どちらかと言えば呆れや笑いの方が強い程だった。打たれたおでこをさすりながら那須はバツ悪そうに視線を外して麻沙音を見やった。

 

「ほんと、変わったのね。昔のあんたが指を指して笑うわよきっと」

「かもしれないね。見えて来たって言うのかな、ボクという奴の人間性ってのがさ。君と肩を寄せ合って、麻沙音さんに背を支えられて、やっと、自分を人間と呼ばれて良いのだと許せたのかもしれない」

「考えすぎなのよ。人間の定義だなんて、意志感情がある人型生物ってだけで良いのよ」

「あはは……、ブレないね、ゆきかぜは。でもさ、割と人間らしさってのは大事なんだよ。それが無いと誰かを愛せないし、愛して貰っていると言う実感も湧かないんだ」

「それが麻沙音って事ね」

「……ははは、誰かに想われる事の温かさ、そんな気障ったらしい感情を理解できたのは麻沙音さんのおかげだよ。ボクも、君も、殺伐とした場所に居過ぎたんだなって。五車学園に通ってた時には感じられなかった日常って単語を此処では感じられたんだ。だからこそ、分かる事もある」

「……ふぅん。何を?」

 

 流し目で問い掛けるゆきかぜに一瞥返さずに、冷めていく瞳で那須は吐き捨てるように答えた。

 

「……オレがどうしようもない畜生だって事を。下級魔族共を切り裂いてた時の心地と、こうして馬鹿みたいな面子で笑ってるのを見ている時の気持ちの温度差がさ、ほとんど変わらねぇんだ。普通じゃねぇって後ろ指刺されてる気分でふと冷静に返るんだよ。此処に居ていいのかっていう居心地悪さと、此処に居たいっていう居心地の良さが混ざって、冷たいのと温かいのが混ざって、ぐちゃぐっちゃで、嗚呼、なんて汚らしいんだと反吐が出る。人間はこんな感情を捌いて生きているんだろ、凄ぇなって思うよ」

「はぁ、でしょうね。あんたはまだまだ人間経験値が足りないのよ。だから、そうやって悩むの。でもね、それって人間らしさでもあるのよ。この世で望まれて産まれて来た命だなんてどれくらいの割合になるでしょうね。祝福される奴も居れば、産まれなければ良かっただなんて言われる奴が居るのが世の常よ。誰も彼もが綺麗な訳じゃないの。だから、あんたはそれで良いのよ。あんたが思ってる程に人間は人間らしく生きている訳じゃないんだから」

「……そんなもんなのかね」

「そんなもんよ」

 

 壁に背を預けて脱力した那須に苦笑してゆきかぜが澄ました笑みを浮かべる。そんな二人を見て麻沙音は胸奥をざわつかせていた。あの距離感の近さと言い、あの本音のぶつけ合いと言い、明らかに幼少期から続く幼馴染なそれでは、と。

 

 既に馴れ初めを聞いているが、あの屈託の無い雰囲気は明らかに幼馴染の分かってるわよムーブであるのは間違いない。三年で構築できる距離の近さでは無いだろう、ともやもやとする気分が嫉妬と言う感情に乗って表情をしかめっ面に傾けていく。

 

 そんな麻沙音のふくれっ面を見たゆきかぜは純粋に笑みを浮かべて、チェシャ猫めいたにやり顔をして手招いた。ぽかんとした麻沙音に肩を竦めながら、ゆきかぜが座る那須の右側の反対側へと視線をやるように顎で示した。そうして漸く意図を悟った麻沙音は思案顔を浮かべてから意を決してダンボール箱から飛び出し、さながら気紛れな猫のように那須の左側へと座った。

 

 妙なアイコンタクトをしているなと思ったら両側から柔らかいサンドウィッチをされた那須は目を瞬かせて困惑していた。そして、隙を晒している那須の両腕へ幸せな柔らかさが押し付けられ、左右からの心地良い人肌の温もりとやけに甘く感じる匂いを鼻孔に感じた。大と小によるツープラトンラブラブアタックの威力は底知れない物であり、受ける側の愛しさによって比例するという特効能力付きであった。

 

「あ、麻沙音さん? ゆきかぜも……」

「麻沙音」

「え?」

「私も麻沙音って呼び捨てにしてください。……那須、さん」

「あら、ならその呼び方は止めてアッシュにしときなさいな。その那須ってのは老害が悪態の意味を込めて強制した名前だから。篝火より出でる灰色の残滓、そこから発想したのがアッシュって言うニックネームなの」

「……アッシュ、さん!」

 

 ゆきかぜの後押しもあったものの、異性の名前を気軽に言える程麻沙音のコミュ力は高くない。だが恋慕する相手であるのでいつか恥ずかしがらずに呼び捨てにしてみたいとは思っているようではあった。小さくその名前を連呼して練習する辺り、そのいつかの日は近そうではあるが。

 

「あ、あはは、はは……。いや、うん、ごめんね。碌な名前付けられてなくて。説明した瞬間にゆきかぜがキレちゃって、それからその名前を呼んでくれてるんだ。だから、その……麻沙音もそう呼んでくれると嬉しいな」

「う゛っ」

「麻沙音? 麻沙音!? 胸を抑えてどうしたんだ、顔も赤いし……、もしや持病があったりする?」

「あははー、馬鹿ねアッシュ。照れ隠しに決まってるじゃないの。愛しい男から名前を連呼されちゃったらそりゃそんな反応するわよ。ほーんと、女たらしなんだから♥」

「たらしこんだ覚えが無いんだが……?」

「まぁ、凛子さんは正直怪しいし、実害を受けたのは多分私だけでしょうしねぇ」

「あ゛っ、そういやあの人も居たっけ。大丈夫だったかな、貫いた感じあったし……」

「ああ、大丈夫よ。元々、実の弟に欲情するブラコンのやべー人だったし。ある意味正常に戻ったんじゃないかしら、あれからずっと悶々してたみたいで無事ふうまに引っかかったみたいよ」

「何がどうなってそうなったんだ……? いやまぁ、ふうま、ふうまか。えぇと……、あのクーデターの首謀者の息子か。正直、詳細上がってこないし、秀でた話も聞かないから特段知らないんだけど……」

「色々あったのよ、色々とね。今では野郎の尻を追いかけるために部隊長になってて、色々と巻き込まれたりしてるみたいね」

「ふぅん、そっか。もしかして、ボクの居た位置を埋めてくれてたりするのかな。そうなると今後の話のオチの付け方も変わってきそうだなぁ」

「そもそも何をするつもりなのよ。……まぁ、あんたの事だからえげつない事なんでしょうけども」

「嫌な信頼もあったもんだね」

「そりゃね。一人救うために敵を全員ステルスキルして帰って来るような奴だし」

 

 それを言われると何とも言えないと那須は口を閉じて黙した。何せ、基本的に那須の任務で潜入する場所は敵地であり、人質や誘拐された対魔忍の奪還さえ出来れば手段を問わない。故に、発見が遅れるようにモニタールームを潰してから端から一人ずつ殺していき、通信網をしっかりと潰してから慰み者となっている要救助者を救出する事が多い。既に数日嬲られているのだから数時間程度なら誤差だろと言う塩対応であるが、他の対魔忍の脳筋正面突破回収と比べても成功率が段違いに違うため重宝される理由となっている。そして、何よりも敵勢力の人員を減らしている事が高評価に繋がってるあたり脳筋の代名詞に対魔忍が挙がるのも仕方が無いのだろう。

 

「あーうん、ゆきかぜ? あんまりそういうのは暴露しないで欲しいなって……」

「あ、そう? でも案外そんなに気にしてないでしょ麻沙音」

「え? えぇと、聞く分なら、ですかね。流石に見るのはちょっとですけど」

「……そういうものなのかな?」

「そりゃねー、今のゲームって割と殺伐してるの多いし、映像技術の発展もあってゴア系は結構グロいのよ。たまに配信すると結構反響多くて楽しいけどね」

「えっ、配信されてるんですかゆきかぜさん」

「まぁね、名前でバレちゃうだろうから詳しくは言わないわ。……とまぁ、あんまり身構えなくても良いわよ。今時の女の子は強いのよ、色々とね」

「そ、そうですよアッシュ、さん。その、そういう職業だって言うのは理解してますから……」

「……ありがとね。それ聞けただけでも少し心が軽いよ。何せ、今夜はそういう場面ばっかりだろうからね……」

「魔族絶対殺すマンの本領発揮ね。ま、後ろには私も居るから伸び伸びやりなさいよ」

 

 苦笑した那須が小さく頷いて、頼りにしてると微笑みを返した。数ヵ月前の彼とは段違いな反応に肩を竦めたゆきかぜも微笑み混じりの苦笑を返した。そんなつーかーな様子の二人にやや嫉妬しつつも、麻沙音もまた苦笑した。




此処だけの話、おかげさまでUAが20000を越えました!
二万人のナマハメイトとマダハメイトに見られたと思うと嬉しさが込み上げてきますね。
ぬきたし小説増えろー、増えるんだ、もっと、孕めオラァするんだよ……。
(原作検索で一般5、R18で13と言う少なさ)2021/5/29現在


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マ・ラ包囲網を破れ!

 あれ程までに熱狂的だった青藍島も休日の夕方を越え、夕飯の準備や朝からのハッスルによって力尽きる者も出て来て静かになりつつある。南国に近い気候であるのに関わらず何処か寒さを感じさせるのは、今立つ場所が森の中だからだろうか。6人の前を堂々とした様子で歩くゆきかぜの背を見ながら淳之介はそんな事を思いながら背筋を震わせた。

 

 前に脱出経路を模索して裏門から裏山を迷った時にはそんな気分にはならなかった。だが、横からズブリ♂奇襲作戦の決行に当たり、言葉に言い表せないような奇妙な感覚を感じ取れていた。それは、この森林に入ってからすぐに感じ始めた事であり、目の前の小さな背の導きがなければ既に迷い込んでいた気もしてくる程に違和感があった。ちらりと横顔を見せたゆきかぜが時折此方を見やるのは着いて来ているかどうかの確認をしているためだろう、だが、その頻度が高ければ段々とだが嫌な予感を覚えるのも無理が無かった。

 

「……随分と濃いのを仕掛けてるみたいね。奥に行くに連れて迷うような術が山林一帯に広がってる」

「術? それは忍者的なアレなのか?」

「忍術じゃなくて、魔術の方よ。感覚的な錯覚を強制的に植え付けて真っ直ぐ歩くのを困難にしているのよ。灯りも無ければ獣道も無い、道しるべの無いここは迷わせるのも容易。だから、例え簡易的な人払いの魔術でもここでは通用する。……多分、学園方面からSHOが来ると予想して散らすように仕掛けてるのね。少し回り道をするわよ」

「どうして? まーっすぐ行った方が良いんじゃないのかな」

「理由は二つあるわ。一つは術を仕掛けている時点で、一般人のSHOはこの森を通り抜けないし、潜んだ奴らに各個撃破されるのが目に見えてる。そうなると真っ直ぐに行くとそのまま本陣に出くわしちゃう可能性が高いわ。どーせ、あいつらの事だから散らばったのはオークとか下級魔族に任せて本陣で下卑た笑いを浮かべ合ってるでしょうからね」

「もう一つはなんです?」

「それはね……。此処に来る前に飲んだ物がヒントよ」

 

 ルートを変えつつ振り返って意地悪な笑みを浮かべるゆきかぜの言葉に各々が首を傾げる。此処へ来る前に那須から渡されたのは小さな小瓶だった。道中で飲み干したそれの説明をする前に那須は先行してしまったので聞けず仕舞い。説明ができそうなゆきかぜは何故か高揚気味にそれを味わうように飲んでいたため聞きそびれてしまっていたのだった。

 

 一同が小首を傾げる中、ふと麻沙音は那須の忍術がどういったものだったかを思い出して納得の顔を浮かべた。そして、同時に頬を赤らめた。那須のナニを利用したかは分からないが、素材が那須産である事は間違いなく、同時にバレンタインで血などを混ぜようとするエロゲヒロインの気持ちが少し分かってしまったからだ。

 

「媚毒の血清、ですか?」

「ふふん、やっぱり分かっちゃうもんなのね。そうよ、アッシュの血から作ったアイツの毒専用の特効薬よ。これが無きゃ、アッシュの媚毒に犯されて腰へこ絶頂マシーンに成り下がるからね」

「うわぁ……、うわぁ。えっ、那須君の術? ってのはそんなに凄いの?」

「ふーん? そんな見た目してるのに飲んだ事無いの。バイアグラとか精力剤とか興奮剤とか」

「悪かったわね、こう見えても清い体なのだわ」

「……逆に凄いわね、こんな島なのに。まぁ、いいわ。一応の予備知識として知っておいて欲しいのだけど、これから相手するであろう下級魔族は大体三種。下級オーク、下級淫魔、下級使い魔ね。こいつらは大概尖兵というか鉄砲玉で使われる下っ端―で、男は殺して女は犯すみたいな行動原理で動いてる雑魚よ。雑魚って言っても対魔忍から見て、ってのは言うまでも無いわね。一般人からすれば十分に脅威よ。成人男性複数人程の力や魔術や魔法を使い、生まれ持った力でゴリ押すような奴らね。で、オークは体液に媚薬効果があって、淫魔は文字通りそっち系の魔術を使ってくるんだけど、アッシュの媚毒は上級魔族に匹敵する効力があるの」

「……では、血清を飲んだ事で、抗体が出来る、という事ですか」

「そゆこと。まぁ、後は見た方が早いわね。多分、麻沙音が居るからあんまり派手にはやらないだろうし」

「へ?」

「愛されてますねぇアサちゃん!」

「うっせぇうっせぇうっせぇわふとりさん。忍んでるんだから騒ぐんじゃないやい。お得意のディルドイラマチオでもして静かにしてろぉ」

「んごぼっ、おっぐ、ぐぇ、じゅぼっ、じゅぼぼぼっ……」

「ねぇ、そいつ頭大丈夫……?」

「あっ、すみません、つい普段のノリで……」

 

 何処からともなく取り出したアナルディルドを喉元まで即尺した美岬の珍行動にゆきかぜが絶句してドン引きした。無論、そのノリについていけない他のメンバーも引いているが、まぁ、美岬だし、と言う感じで直ぐに呆れた表情になっていた。一つ溜息を吐いてゆきかぜは辺りを見回して気が散ってしまったルートの再編に取り組みつつ会話を元の道筋に戻した。

 

「えーっと、で、アッシュの戦闘スタイルは基本的に媚毒を用いた暗殺がメインね。施設の空調に媚毒を送り込んで頭が色に染まってるところをザクリ。上級魔族でも無ければ全滅必死の極悪殺法よ。……首から上が無いのに虚空に向かってずっと腰振ってる死体を見た時は本気でぞっとしたわ。基本戦術として媚毒を撒き散らして弱体化させて狩るって訳ね。――止まって、静かにしてて」

 

 左手で制したゆきかぜは睨み付けるように夜の帳の下りた山道を見やる。そこには我が物顔で両側に侍らせた女性SHO職員の胸を揉みしだきながらパトロールするオークの傭兵が歩いているのが見えた。淳之介たちはパトロールのし易い山道を避けて回り道をしていたのが功を奏したようで、先手を取りやすい盤面を得る事ができた。

 

 そっとジェスチャーで皆をしゃがませた後、ゆきかぜは腰元から二丁拳銃を取り外して構えた。幸いにも油断しているらしいオークはそのまま山道を進んで此方に気付く事は無かったようだった。ほっと息を吐いた一同はゆきかぜの静かな手振りに従い、薄暗い森をおっかなびっくり歩いて行く。中腹の手前まで歩みを進めた一同は小さな崖の窪みに身を潜ませる形で合図が来るまで待機する事となった。

 

 照明を落としたタブレットで時間を見やれば22時を過ぎた頃だった。後二時間もすればSHOによる一斉襲撃が開始され、本格的な戦いが始まる事になる。いざと言う時に飛び出せるようにゆきかぜは油断せずに二丁拳銃を構えたまま入口付近に立ち止まる。そんな姿を見て、面々は段々と緊張を帯び始める。

 

「ふぅ……、軽く索敵したけどここら辺はパトロールの範囲外みたいね。小声程度ならお喋りしても大丈夫よ」

「そ、そうか……」

「ふふっ、震えてるの? あんなに勇ましい啖呵を切った割には小心者なのね」

「身体を鍛えてるとは言えそれでも結局一般人だしな。速やかに被害者たちを移送する、それが俺たちの目的とは言えども緊張するさ」

「淳……」

「大丈夫だよ、淳くん」

「わたちゃん先輩……?」

「そうよ、淳。私たちにはあんたが作ってくれたT-A-Eもあるんだから」

「そうですよ。それにゆきかぜさんたちも居るんですからおほ船に騎乗したつもりで居て良いんです」

「お背中はお任せください……、ふんす」

「知らねぇ慣用句が出て来たんだが……。ありがとな。よし、もう一度おさらいしておくか。水城さんを先頭に、遊撃に俺と奈々瀬、美岬とヒナミは電子戦のアサちゃんの護衛、後方に文乃が狙撃支援。この布陣で山頂と中腹の間にある敵拠点を迂回しながら潜入。SHOの参戦を隠れ蓑にして被害者を連れて脱出、SHO本部へ引き渡して状況終了となる」

 

 流石にこの真剣な場面であだ名で呼ぶのもアレかと名前呼びした淳之介だったが、一応ちらりとヒナミを見やれば思いのほか満更でもない様子でにっこにこの笑顔が返って来た。d10oによる強化パーツを取り付けたパイプ椅子を握るヒナミの姿はこの場に相応しいやる気を見せていた。eggの点検をしつつ頷き返す奈々瀬、アナルビーズ型の新型T-A-E九頭竜尖を装備した美岬が笑みを返し、SHOの狙撃ライフルを抱えた文乃が視線を返す。そして、タブレットをバッテリーで充電し直した麻沙音が覚悟を決めた顔で頷いた。

 

 妹を守るために奔走し、ビッチ詐欺な奈々瀬を仲間にし、襲われていた美岬を助けて、危機一髪を文乃に助けられて、最後に仲間となった那須に導かれて此処まで来た。大切な人を見殺しにしたかつての自分では辿り着けないであろう所まで来ることができたのは幸いだった。だからこそ、最後までこの面子で笑顔で終わりたい。そう淳之介は皆の表情を見て笑みの頷きを返しながら思った。

 

 数秒、数分、数十分――時間が過ぎていく。23時の半ばに差し掛かった頃にそれは起きた。山林を明るく照らし出す照明弾が彼方此方から上がり始めたのは。予定よりも早いSHOの決起に一同が面食らうものの、致し方無いと状況の修正を図った。腰を持ち上げた淳之介たちだったが、それを押し留めたのは入口に居たゆきかぜだった。焦りの視線を淳之介が向けるも、知った事ではないと言わんばかりに鼻で笑った。

 

「さぁ、始まるわよ。盛大な合図がね」

 

 ――媚毒の術【酒池肉林大殺界】

 

 海から浜へと押し寄せる波のように赤い霧が中央から全方位に向かって解き放たれた。それは初めに近場の魔族たちを容易く呑み込み、追従するように魔族側のSHO職員たちにもそれは訪れた。数分程漂っていた赤い霧は寄せては返す波のように巻き戻るようにして消え失せてしまう。那須の対魔粒子の絶妙なコントロールによって被害を免れた淳之介たちは、足取りの軽いゆきかぜを追うようにして窪みから出て行った。

 

 山道を登ると開けた中間の広場に出る事が出来た面々、其処には酷い惨状が出来上がっていた。口から泡を吹きながら虚空に腰を振るオークたち、痙攣しっ放しで倒れ伏すSHO女性職員たちは腰元から水溜まりを作り出していた。媚毒に犯された脳は微かに吹く風にすら絶頂するような快楽を植え付けられて逝きっ放しになり、血清が無いが故にその絶望的な快楽から抜け出す手段が無い事で確実に戦闘不能と化していた。

 

 その酷い有様を見て絶句するNLNSの面々に、ゆきかぜは同調するように頷いた。これは酷い、と。戦術爆撃染みた戦果を叩き出した那須は既に赤い軌跡を虚空に描いて山頂へと向かっており、傍から見れば朱雷が走っているようにも見えた事だろう。これほどまでに囮に適した人物は居ない。ド派手な宣戦布告を叩き込んだ那須は黒く染まった鋼の対魔忍スーツに身を包み、両側の手甲噴出口から対魔粒子力ブレードを展開し、媚毒の爆撃を受けた敵本陣である木造建築の屋敷へとダイナミックエントリーを果たす。

 

 軽装に見えながらも鋼で覆われた対魔忍スーツは桐生佐馬斗によって作られた魔科医技術満載の代物である。彼は自身の触手を鋼鉄に混ぜ込んだ事で液状記憶合金もどきを生み出し、それを天才の感性で蠢かせて形作り、培養した那須の細胞を触手に取り組ませる事で主導権を那須本人に渡るように調整を重ねた。それにより待機状態は液状であり、那須の対魔粒子を当てる事で反応させて身に纏う特殊な対魔忍スーツが出来上がったのだった。

 

「ほう、貴様か。俺様の手下を影で葬っていた対魔忍は」

「随分とコテコテな恰好をしてやがるな、吸血鬼野郎」

 

 上下を左右に一閃し、襖を蹴り飛ばした先の部屋に立っていたのは現代におけるドラキュラのイメージを彷彿させる黒いマントに紳士服を組み合わせた金髪の青年だった。金色の双眸がギラリと妖しく輝き、視線を合わせた瞬間に何かしらの瞳術を掛けた事を那須はレジストした事で察した。

 

 吸血鬼の持つ誘いの魔術は視線を合わせた異性に対する特効を持つが、両性である那須に対して数パーセントの可能性はあったものの持ち得る上級魔族の耐魔力と対魔粒子によりあっさりと弾かれた。見た目美少女である那須に対して、確実に勝ったとほくそ笑んだ中級吸血鬼はプライドを傷つけられ舌打ちする。

 

「ふむ、目麗しいお嬢さんだと思っていたが、随分と恐ろしい棘を持っているようだな」

「誰が可愛らしいフロイラインだ、糞が、死ねっ」

「うぉっと!?」

 

 対峙した魔族に散々言われて来た容姿に対する感想にイラっと来た那須は両手のブレードを時間差で薙ぐ。虚空より取り出した鋼鉄のステッキを持ち出した中級吸血鬼は持ち前の身体能力でそれを受け止め、人外の膂力によって弾き飛ばす。お互いに人外の膂力を感じ取り、面倒だと内心舌打ちした。吸血鬼は下級から上級になるにつれて不死性を高めていく特徴を持っており、そして吸血鬼の恐ろしさとはその不死性だけではない。何よりも恐ろしいのはその人外の筋力に集約される。

 

 力比べでは勝ち得ないと那須は判断し、淳之介たちが仕事をしやすいように態と会話を挟みつつ、やや悔し気な演技をして後退して屋敷を飛び出した。驚異的な視力によってそれを見た中級吸血鬼は舌なめずりするように口角を上げ、自身のプライドを見せびらかすように優雅な足取りで庭園へと歩み下りる。

 

 那須にとって中級魔族は多少面倒だが倒せる程度のランクにはある。だが、目の前の吸血鬼は相性が悪い分類に入る。彼が用いる媚毒の術で足止めはできるだろうが、身体の一部を霧に変え毒を排出される可能性は非常に高い。そうなると対魔粒子で出来たブレードを心臓へと突き刺す必要が出てくるが、速度の速い一閃を受け止め弾ける技量からしてステッキを主軸とした近接戦に長けているのは間違いない。

 

「……面倒な」

 

 けど、やらねばならない。【酒池肉林大殺界】で屋敷の外に出ていた魔族は一網打尽にできた筈だが、全体を確認できている訳ではないため不安が残る。屋敷の中に居た比較的地位の高い魔族たちが那須を追い詰めるために続々と姿を見せるものの、厄介だと感じるのは目の前の吸血鬼だけだった。周りの魔族を殲滅しつつ、吸血鬼を狩る。それが今回課せられた自分の役目だと、尖兵を請け負った那須はブレードを構えた。




此処だけの話、転職やらなんやらで書く気力とモチベが上がらなかったんや……。
許して……許して……。


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ニューバイブ、射リア・ブル。

 吸血鬼との戦闘を開始した那須は屋敷を離れるように位置取りしながら林の方へと誘導を始めた。縦横無尽に駆け抜ける足場を確保するためだ。それを見抜いてか吸血鬼は不敵に笑みを浮かべ、傲慢にそれに乗る姿勢を見せた。彼の吸血鬼はプライドと自尊心の塊である。それ故に相手の土俵を土足で踏み躙り、無様を晒してやるのが好みであった。

 

 まるで裸体を見た魔羅の如き反り返りを持ってして那須のブレードが振るわれる。鞭を振るうかのような大振りでステッキを振り払い、ほぼ互角の打ち合いを一合二合三合と続けていく。傍から見れば舞踏会のワルツのように二人の打ち合いは激しくも美麗な舞となり、演武が如く接戦が繰り広げられた。

 

「シィッ!」

「なんのッ!」

 

 魅惑の腰振り染みた緩急のある変幻を魅せたブレードが突如としてしなる。それを驚異的な視力を持ってして見抜いた吸血鬼が驚愕に表情を訝し気に染める。弾かれる筈だったブレードの先はステッキの丸みに沿うように曲がった。遠心力に後押されたブレード先は僅かに伸びて吸血鬼の胸元に強襲した。

 

 吸血鬼の顔から余裕が消え、鋭い瞳がブレードを睨み付ける。胸元を掠るようにして避けた吸血鬼へと追撃の一手を放つものの、逃げに徹した後退により触れる事すらできなかった。飛び跳ねるようにして後退した事で宙へ逃げた吸血鬼へとブレードの切っ先を向けた。噴出していたブレードの実体が吸い込まれるように手甲へ戻り、瞬間、対魔粒子が霧吹きのように吹き付けた。

 

 目潰しか、と吸血鬼が訝しみながら腕を振るって風を起こし散らすも、纏わりつくように操られた対魔粒子は拭えない。魔族とて呼吸をする生き物だ。鼻孔を通じて体内に侵入した媚毒が一瞬にして巡る。辛子を齧ったかのような熱さが駆け巡った吸血鬼は漸く自身が術中に嵌った事を理解した。

 

「小癪なっ!」

「卑怯とは言うまいっ!」

 

 霧化して媚毒を抜こうにも距離が近過ぎる故に、心臓を片方のブレードにより突き刺さる方が早いだろう。よって吸血鬼は媚毒によって生じた異常な高揚感と下腹部の勃起によって生じる快楽に苛まれ、動きを鈍らせてでもこの場を離れる事を優先した。だが、正常な判断を失った吸血鬼は忘れていた。自身が何処に居るのかを。身を捩った事で地面へと至る筈だった身体は近くの木の幹に背中からぶつかる事となる。

 

 ――媚毒の術【逢魔小殺界】

 

 もう片方のブレードも消え去り、両手を翳した那須の姿を見て吸血鬼の表情が青褪めた。霧によって逃げるならば、そもそもの話逃げる場所すらも媚毒で満たして圧殺すれば良いと言う、本来ならば密室空間での殺し手の札を切った那須は噴射する対魔粒子の濃さを高めて噴き出した。辺り一面が赤黒く染まり、那須の肉体が媚毒側に寄ったが故にその身体を筋肉質に隆起させ始める。

 

 那須の媚毒の術を分析して解体すると、魔族因子由来の媚毒とそれを制御し抑制する対魔粒子と言う構図となる。であれば、媚毒の性能を高める行為は魔族因子を高める事と同じであり、その分の対魔粒子の比率が下がるのは当然の事だった。魔族因子の高まりにより、オークロードの種族的特徴の一つである肉体の強化が施されると同時に、その思考もまたオーク側に寄る事となる。

 

「死に晒せェ!」

 

 媚毒の濃さが通常以上の異常値を叩き出す。もはや立つ事すらもままならない吸血鬼は生理的本能により荒い息で呼吸をしてしまい、当然媚毒を更に体内にへと送り込んでしまう。口から鼻から皮膚から侵入を果たした媚毒が体内で濃度を高めていき、一瞬にして廃人と化す程の濃さへと変貌していく。

 

 生物的本能の一つ、性欲が暴走を始める。過剰な興奮によって心臓の鼓動が早まり、身体に異常が生じていく。吸血鬼の視界はナイアガラの滝の如く快楽の濁流によって明滅し、白目を剥いて脳内物質が狂っていくのを感じる事しかできなかった。

 

 かつて最強の対魔忍として台頭した井河アサギが妹のさくらと共にカオスアリーナの一件で受けた媚薬は感度三千倍と言う狂った倍率であったが、それは時間を掛けて徐々に慣らした魔科医技術あっての結果だ。目の前の吸血鬼は感度三千倍だなんて目でも無い濃度の媚毒を瞬間的に摂取しているため、一瞬にして身体が壊れていくのは当然の事だった。

 

 早すぎる鼓動によって脳の血管が弾け、連鎖的に体内が壊れていく。吸血鬼にとって幸いだったのはその過程を感じる前に意識と正気を失った事だろう。全身を痙攣させながら悶えるように快楽の濁流をその身に浴びる倒れ伏した吸血鬼の地面は目や鼻から噴き出た血液、異常に勃起したままで狂ったように射精し続ける男性器から飛び出す精液、尋常じゃない速度で全身から溢れ出る汗によって混沌とした水溜まりが出来上がっていた。

 

「はぁ、ふぅ……、はぁぁ……ッ」

 

 魔族因子の活性により、細身であった筈の那須の姿は逞しい筋骨隆々とした細マッチョのそれに変貌しており、深紅の双眸へと移り変わりギラついていた。必死で対魔粒子による抑制を行なうも、煮え滾るマグマの如き性欲がそれを拒む。媚毒の術の乱用の弊害がこれだった。押さえ付けていた魔族因子寄りに身体が変わってしまい、本能たる性欲が女を犯せと咆哮を上げる。辛うじて対魔粒子を存分に蓄えている対魔忍スーツが最後の防波堤となり、サイズの違いから窮屈な拘束具と化し身動きを封じてくれている。

 

 今にも暴れ出したい荒ぶる本能の頭を押さえ付け、理性が身体のコントロール権を死守する。そして、やらねばならない事をするために、実体がブレつつあるブレードを展開して吸血鬼の心臓を貫いた。対魔粒子の名の通り、邪気を払う対魔の力を秘めた粒子によって作られたブレードは吸血鬼の特効である銀に似た性能を発揮し、吸血鬼の息の根を間違いなく止めた。

 

 心臓から燃えた羊皮紙のように崩れていく吸血鬼を一瞥し、那須は付近に漂っていた対魔粒子を回収すると同時に木の根に座り込んだ。対魔粒子による抑え込みは時間が掛かるだろうと理解し、麻沙音たちへの援護に行けない事へ舌打ちをした。懐からぎこちなく取り出したスキットルから煙草を取り出して咥え、火を付けて久方ぶりの煙を肺に入れた。

 

「後は頼んだよ、ゆきかぜ」

 

 同時刻、外から聞こえていた金属の激突音が聞こえなくなったのに気づいたゆきかぜがちらりとそちらを見やる。媚毒の恐ろしさを十分に味わって実感しているが故に、中級魔族相手であれば負ける事は無いと分かっていても心配してしまうのは乙女心から来るものだろう。

 

 逆に負けて捕まってしまったとしても那須の耐性であれば少なくない時間を稼げる事だろう。今は目の前の護衛を達成し、結末を後で知るのが先決だと意識を引き締める。屋敷の裏手側からこっそりと侵入したNLNSのメンバーであったが、それらしい被害者はどれも洗脳されたSHO職員ぐらいで目当ての違法風俗の被害者たちが見つけられなかった。

 

「うーん、多分全部の部屋を見たよね。それっぽいの見たトキあったかな?」

「無かったですねぇ。どれもこれも普通に木造屋敷って感じでしたし」

「ぶっちゃけ、被害者此処に居ないんじゃない?」

「……アサちゃんの意見に賛成なのだわ。もしかすると此処は本拠地であって、実際に運営していた場所は違ったのかもしれないわね」

「ですが、そんな場所あるでしょうか。市内であれば、確実に誰かの目に触れるはず……」

「その場合、SHOやSSが見つけられていないのはおかしい、か」

 

 分かり辛い場所にあり、人の出入りも乏しく、ある程度の大きさのある場所。屋根裏や酒庫まですみずみ探し切った一同が首を傾げる中、もしかしてと淳之介だけがピンとくる場所に引っかかりを覚えていた。山中にあり、商品の特性からしてこの島で買い求める者も少なく、家屋ぐらいの大きさもあった。

 

「……仮初の被膜」

「えっ? それって確か兄が言ってたオナホショップの事だよね」

「ああ……。立地も学園寄りの山中にあって、この島じゃオナホを買う必要性はほぼ無いから住民の出入りも無くて、人を隠せるだけの大きさのある店舗だ」

「あのねぇ……。そんな怪しい場所があるなら先に言っときなさいよね。魔族を討つ必要はあったとしても私たちがこっちに来る必要皆無だったじゃないの……」

「うっ、す、すまん……。正直今の今まで存在を忘れてたからな」

 

 一同に白い目で見られる淳之介が縮こまりつつ、麻沙音のタブレットに開かれた周辺MAPに仮初の被膜の大体の位置に円を描く。麻沙音は何処だっけと揺れる淳之介の手の理由が、方向音痴から来るものだと理解していた。SHOのシステムをハッキングして淫スタの位置情報をすっぱ抜いた経験のある麻沙音は、かつて淳之介がオナホを買いに行った曜日の過去ログを引っこ抜いた。折り返した地点を特定し、MAPにピンを指す。位置関係からしてこの場から学園方面へと山を下っていくルートになりそうだと説明すると全員の顔が引き締まった。

 

「それじゃ、外に出ている奴らにばれないように其処へ向かうわよ。この場にヤクザの姿が少ないのも気にかかるし、もしかしたらもしかするかもしれないわ」

 

 そう促すゆきかぜの背を追うように一同が付いていく。そんな中、お手柄であった筈の淳之介が肩を落としていた。

 

「うぅ……まさかこの俺が違法風俗に資金を提供していただなんて……」

「大丈夫ですよ淳之介君! 足した分を今から引けばプラマイゼロカロリーです!」

「はぁ、そう気を落とさないの淳。そう言う接点があったからこそ存在を気付けたんだから」

「そーだよ淳くん! 敵のアジトを見つけちゃうだなんてかっこいいよ! えらいえらい!」

「感服致しました淳之介様。流石、えぬえるえぬえすのりーだー、でございます」

「この際だからぶっちゃけるけど、妹的にはハーレムルートも良いと思うんだよね……」

 

 兄に恋する四人の励ましの裏でこっそりと呟く麻沙音の言葉には暖かさがあった。幼い頃から頑張り続けてくれた大好きな兄が報われるのであれば、百歩譲って美岬も加えて四人の幸せを願うのも良いかもしれない。と、現実逃避しているが薄々であるが秘密基地での空気がピンクになっている原因が那須の媚毒である可能性に行き着いていた。

 

 何せ、その場に居る自分もまた最近になってムラムラしているのを否定できないからだ。明らかにオナニーの数も日に日に増えているし、その時のおかずが男の娘ものが増えていたり、ふとした時に那須の事を想っている事が増えた。それらの時期が那須と会った後であり、そして似たような性欲増加現象が他のメンバーにも見受けられるのも理由の一つだった。

 

 ゆきかぜの背を追う兄たちの後ろについて行きながら、この戦いの後の事を何となく考える。あくまで那須は任務でこの島に来ているのであって、その諸悪の根源である魔族及びヤクザを駆逐した後は本島に帰らねばならない。その後にまた会えるかも分からない。対魔忍と言う裏の仕事は表沙汰になるべきでは無いし、自分たちのような一般人に知られるべき存在ではない。それ故に今生の別れになる可能性だって有り得てくる。

 

 麻沙音の足が止まった。振り返り、那須が居るであろう屋敷の方を見やる。この戦いの後にどれだけ時間を作れるかも分からない。しかし、そのために此処で踵を返すのは兄たちに悪い。止まっていた足がゆっくりと動いて――。

 

「麻沙音、行って来ても良いわよ」

「へ?」

「アッシュから勝ったって連絡が来たのよ。合流まで時間が掛かるってのもね」

「そ、そうなんですか? 良かった……」

「多分、アッシュは今の姿を見られたくないって思ってるだろうけど、どうせ時間の問題だしね。私は受け入れたから。次は麻沙音の番ね。まぁ、どう転がるにしろ、非戦闘員の麻沙音がこっちに居ても居なくても変わらないし」

「あ、あはは……」

「それに、腹を割って話し合う時間がこれからあるかも分かんないしね。あ、私の事は気にしないで良いわよ。どうにでもするから」

「で、でも……」

「ふっ……、心配するなアサちゃん。もし、那須君が義弟になっても俺は大歓迎だ。今の家も広いしな。うちに来て貰っても良いぜ」

「兄ぃ!」

「アサちゃん!」

 

 サムズアップしながら近づいてきた淳之介と抱き合った麻沙音の姿にゆきかぜがきょとんと目を丸くする。

 

「……仲が良いのね?」

「むべむべ、仲良き事は良きかな、でございます」

「うんうん、美しい兄妹愛だな!」

「でも実際ゆきかぜさん的にはどうなんですか?」

「ああ、私としても麻沙音がアッシュの恋人になるのは嬉しいわよ。正直、私だけじゃ抱き潰されるし、人数は居るだけ良いかなって……」

「そんな生々しい理由で応援してたの……? 随分と爛れた仲なのだわ……」

「そう言えば那須君って三日三晩ゆきかぜちゃんと友達のお姉さんとシてたトキがあったって言ってたっけ……?」

 

 あー……、とNLNSのメンバーがヒナミの言葉に納得の声を漏らした。そして、当事者であるゆきかぜは気まずそうに視線を逸らした。何せ、その一件の実態はゆきかぜと凛子の逆レイプだ。昨今の風潮的に男性である那須へ矛先が向きがちだが、実際のところは零対十でゆきかぜたちのアウトである。故にそれを引き出されると気まずいのはゆきかぜの方なのだった。

 

「えーっと……、ほら、行って来なさい麻沙音。ほら、ほら」

「え、あっ、ちょ、何か隠してません? 分かった、分かったから押さないでゆきかぜさん!?」

 

 ゆきかぜに背中を押される形で送り出された麻沙音は何処か腑に落ちない様子であったが、こうして機会を作ってくれた事に内心感謝していた。歩いてきた道を一人戻る事への罪悪感も薄れ、麻沙音の心情は那須に対する思いが溢れて行った。目指すは屋敷の前の庭園、少しだけ駆け足になった麻沙音は進んで行く。その顔は何処か晴々としていた。

 




此処だけの話、Qruppoさんの前身的なはとのすの作品も面白そうだなぁとポチりました。ボクはともだちって奴です。
ほんと、ぬきたしのライターさんの文才凄いなぁと思う今日この頃です。


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