裏テイワットガイド 〜水元素限界記〜 (モンロー)
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バーバラちゃんギリギリセーフ!前編

慶雲頂登ってるときに閃いたので殴り書き。
バーバラってアイドルアイドルしてるかと思ったら、ストーリー見ると意外と喜怒哀楽ハッキリしてますよね。そんなところが好き。



 テイワット大陸は璃月(リーユエ)の西。

 天を衝き聳え立つ山々と清らかな川の流れ、岩肌に力強くも根を張る木々が織りなす雄大な自然が、見渡す限りに広がっている。

 その中で、岩壁に張り付いて上へ上へと登る四人と一匹の姿だけが、幻想的な風景画に付いた塵埃のような異物感を浮かばせていた。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 額から流れ、頬を伝う汗。

 頭上を見上げ、手頃な場所にある出っ張りを掴んで身体を引き上げることの繰り返し。

 手を離してしまえば奈落へと消えてしまうような絶壁で、最早引き返すこともままならない高さに居る彼等は、息を切らせながらもその腕を止めずに登り詰めていた。

 

「山頂までっ、あとどのくらいなのっ……?」

 

 吹き荒ぶ風の中、四人の内の一人であるまだ年若い少女が、その淡いブロンドのツインテールを揺らしながら声を絞り出すように問い掛ける。

 また別の旗袍(チーパオ)の少女が強風に掻き消えそうなその声を拾い、足元にいるツインテールに対して答えた。

 

「何回聞くの()()()()。う〜ん、もう少し? かな? だよねパイモン!」

香菱(シャンリン)さっきからそればっかりぃ!」

「皆頑張れー!」

「パイモンちゃん浮かぶのずーるーいー!」

 

 半泣きで声を張るツインテールの彼女は、自由の都モンドで祈祷牧師を勤めていたバーバラ。対するのは彼女の反応を見てからからと笑う活発そうな少女・香菱と、空中をふわふわと浮かぶマスコット(兼非常食)・パイモンだ。

 

「でも香菱の言う通り、本当にもうすぐで山頂みたいだ」

「わ、わたくしが天の座に就くまであと少し……」

 

 彼女等の会話に混ざるのは金髪の旅人・(ソラ)と不思議少女・フィッシュル。

 そんな彼等を見たパイモンは、鼓舞するように空中を駆けて頂上を指差した。

 

「おう! 慶雲頂のてっぺんまでもうひと踏ん張りだぞお前ら!」

「よーし! グゥオパーとアタシが一番乗りするからー!」

「待つんだ香菱! 」

「断罪の皇女であるわたくしを差し置いて頂に登るなんて──!」

「ちょっ……行っちゃった……」

 

 元気いっぱいに先行する香菱に対し、クールな外見に反して意地っ張りな空と謎の設定を口走るフィッシュルが、彼女に追い付かんと闘志を燃やしてペースを早める。あっという間に置いていかれたバーバラは、呆れるように溜め息をついた。

 しかしその直後、ハッとした彼女はぶるるっと身を強張らせると、片手を岩から離しスカート越しに内腿を擦った。

 

「……ひゃうっ……うぅ……」

 

 ── 一見誰よりも冷静そうなその実、花も恥じらう年頃のバーバラはこの時、内心誰よりも激しく欲求に抗っていた。

 

 それは、世界を巡る冒険者にとって切っても切り離せない、日常的な非常事態。

 

(……おトイレしたい……!)

 

 下腹部に貯まった不要な水分が、その出口を刺激する。

 彼女は括約筋と指先に一層の力を込めて、慎重に慎重に身体を引き寄せた。

 

「んっ……! 」

 

 力を入れた反動からか、再びぶるりと腰を震わせ淡い息を吐くバーバラ。上へと伸ばす腕を止め、ひくひくと緩みかけた栓を再び締め直す。

 

 早く全て放出してしまいたい。もうどこでもいいから、皆に見えない所で……。

 

 山頂に身を隠せるだけの草むらがある事を願い、彼女は上を見据えた。

 乙女のダムの限界は近い。

 

 

 ◇

 

 

 時は数時間ほど遡る。

 冒険者組合から言い渡された任務をこなすために璃月を訪れていた一行。だが、その道中"仙人の住処に眠る聖遺物"の噂をたまたま耳にするや否や目を輝かせ、任務そっちのけでその場所を探すこととなる。

 浪漫を追い求めるのは冒険者(と中二病)の性。若干やる気のないバーバラを差し置いて、他三人と一匹は頭を突き合わせて真剣にその場所の検討をし始めた。

 

「仙人が住んでいるって話だし、高い山の上だろうな」

「果てまで続く空に、降り注ぐ星々にほど近い玉座……」

「うーん、高い()なんて璃月には()()あるぞ?」

「はいはい。パイモンは洒落も上手いな」

「おーい!? オイラは真剣に言ってるんだぞ!」

 

 日は直上へ上る頃合い。小高い丘の上で昼食の準備をする彼らは、丸焼きにする猪と香菱お手製のスープの完成を待ちつつ、石門で購入した茶を手に思考を巡らせていた。

 

「……そういえば香菱は璃月生まれだろ、なにか心当たりはないか?」

「ん? そうだなあ……」

 

 空に話を振られた香菱。一旦手に持つお玉を鍋に戻すと、顎に手を当ててコテンと首を傾げた。

 

「うーん……天衝山……瓊璣野の山……いや珉林のどれか……?」

「風神サマが酒場でグータラしてたんだし、意外と仙人の住処も俗っぽいとこにあったりしてな!」

「無限の選択肢から、未来が掌の上で分岐している……」

『お嬢様、流石に意味が分かりませんよ』

「お、オズっ!」

「うーん、うーん……」

 

 期待を込めて香菱を見つめる空、パイモン、霊獣オズに突っ込まれるフィッシュル。

 そんな周囲の視線を集めながらも、香菱はたっぷりと時間をかけて唸る。

 

 

「……」

 

 そんな彼等の様子を横目に、ズズと茶と啜るのはバーバラだ。

 

 かつてモンドを襲った龍災から都市を救ってくれた空に恩を返すため、彼に着いていくことを決めたバーバラ。

 空には感謝してもしたりない程だ。しかし、たまたま通りがかっただけの街のために自らの身を危険に晒すような彼の生き方は、とてもでは無いが褒められたものではなかった。おまけにモンドの秘宝も破損してしまったし。

 そのような危なっかしい空を支えるため、彼女はここにいる。バーバラは自身の本分である祈りと癒やしに専念し、パーティの意思決定は彼等に一任していた。

 

 それはどのような場所でも付いてゆく彼女の覚悟と、どのような選択も決して道を踏み外さない彼等への信頼の表れでもあった。

 

「望舒旅館から見渡せば……あっバーバラ、お茶入れるね」

「ありがとう、香菱」

 

 物思いに耽りながらも気配りを忘れず、バーバラの杯が空になるや茶を注ぐ香菱。

 受け取ったバーバラは改めてそれを口に含み、ごくりと飲み込んだ。

 喉を通り、丁度いい温かさが奥へと伝わってゆく。茶葉の芳醇な香りが鼻を抜け、ほうと息をついた。

 

 彼女がモンドで飲み慣れていた紅茶とは異なるその味わいに、新鮮な気持ちとなる。

 これの味の良し悪しには未だ疎いものの、石門の茶屋で休んでいた男性の"美味しい茶は後味が甘い、悪い茶は飲み込むまで岩の味"という言葉を信じるのであれば、これは間違いなく前者であると言えよう。

 

「バーバラ、お茶好き?」

「うん! 淹れてくれる香菱のお陰だよ」

「えへへ、ありがとう」

 

 茶屋の取り扱う品物の質と、茶を淹れる香菱の腕があってこその口当たりの良さなのだろう。バーバラは感謝の言葉と共に、幾度も喉を潤した。

 

 

 

 暫くして、璃月特産のスパイスの効いた昼食に舌鼓を打つ一同のど真ん中から、唐突に大声が上がる。

 

「……あーーーっ! 思い出した!!」

 

 張り上げた声の主は香菱だ。

 大袈裟な身振りと表情で彼女は空達へと振り向いた。

 

「どうした香菱!?」

「きゃぁっ!? っコホン……その内に秘めた思いをわたくしに捧げなさい」

「むぐっ、んんっ! んんっ……ゲホッ! ヴォエッ!」

 

 面喰らった彼等は手元の料理を手放しかける。パイモンが骨付き肉を喉元につっかえさせて青い顔をする脇で、目を輝かせた香菱は自信満々に言い放った。

 

「わかった! 慶雲頂だよ! ……"仙人の住処"!!」

 

 

 ◇

 

 

 新たな食材を漁りに璃月巡りをしていたとき、彼女はとある山の頂に浮かぶ小島と建築物を見たという。

 香菱がそう話した山こそが、璃月の中でも滅多に人の立ち寄らない珉林の名峰──慶雲頂である。

 

 空に浮く島なんて不便な所に仙人以外は住まないと、彼女の言葉を信じて珉林に辿り着いた一行は、その遥かな頂にあんぐり口を開けたバーバラは差し置いて、えっちらおっちら登り始めた。

 

 そして時は──バーバラの膀胱が満たされる程には経過し──今に至る。

 

「ついたーっ! 一番乗り!」

「勝てなかったか……」

「フン、おめでとう食材の魔術師よ……悔しいっ」

「お前らお疲れー!」

「ふぅ、ふぅ……なんであなた達、そんなに元気なの……」

 

 慶雲頂の頂、雲海が眼下に広がる高さにあるこの場所でようやく落ち着けた一行。

 山登りのレースに負けた空とフィッシュルが悔しがり、パイモンが笑顔で皆を労う。そんな表情の各々に僅かな達成感を混ぜたような空気が場を包んだ。

 

 ……一人焦った表情を隠せないバーバラを除いて。

 

(嘘……()()……!)

 

 そう。無いのだ。

 

 ここは岩が削られて出来た僅かな平地と低木、そして中央の謎のモニュメントだけで構成されている。

 つまり、バーバラが慶雲頂の頂に望んでいた場所が無い。

 それは身を隠せる空間。音を聞かれない距離。安心して呆けられる、その場限りのお手洗い──

 

(おトイレできる場所が無いっ……)

 

 ぎゅ、とバーバラはふわりとしたスカートの裾を握った。スカートの丈を下げるように僅かに引っ張ると、周りから見えないように白タイツ越しに両膝を擦り合わせる。

 

 そんなバーバラの緊急事態など露知らず、香菱は一番乗りの喜びをぴょんぴょんと全身で表している。

 ──が、数回跳ねた所で彼女はぴしっと固まると、僅かに内股の角度を狭めた。

 

「あっ……ちょっと……行ってくる!」

「は? どこに──」

「おしっこっ!」

 

 問い掛けに対し焦った声を上げる彼女は、山頂のモニュメントを挟んだ反対側の僅かな茂みに大股で向かう。

 何をし始めるのかと狼狽える彼等から出来るだけ離れると、香菱は旗袍(チーパオ)の下に穿く薄い生地のショートパンツを掴んで引き下ろしつつしゃがみ込んだ。

 健康的な柔肌が唐突に現れ空気に触れる。そうして一行の面前へ飛び出した彼女の桃のような臀部越しに、一筋の流れが放たれた。

 

 しょろろろろ……

 

「はぁぁ……」

 

 

 清水のような音と共に、香菱の溜め息がこちらに届いた。

 背を向ける香菱、その姿は素肌を晒した下半身すらまともに隠せないような低木越しに丸見えとなっている。

 

 理解が追い付かず、彼女を見守る一同の目が点になった。

 

 じょおおおおお──

 

 香菱の水音は次第に岩に打ち付けるような激しいものとなって、足元の岩模様を伝っていく。彼女のこれまでの我慢を示すような水流が、山肌に弾かれ慶雲頂に虹を描いた。

 

「わわ、ごめんなさいっ」

「空! 見ちゃだめっ!」

「ぐぁっ!」

 

 突然の事態ながら、彼女のお花摘みを見てしまったことに思わず素で謝りそっぽを向くフィッシュル。更には空の首がパイモンに捻られる鈍い音も響いた──が、その音に気付かないほどにバーバラの目は香菱に釘付けとなっていた。

 

「あ、アハハ、ごめんごめん! お茶飲みすぎちゃったみたい!」

「もー、唐突に駆け出すから何事かと思ったぞ」

「コホンッ、溜め込んだ魔力の渦は開放が必要……」

「パ、パイモン! 首、首っ!」

 

 恥ずかしい液体を放ちつつこちらを振り向く香菱の頬は微かに火照っている。その緩んだ表情は快感からか、それとも照れているだけか。

 

「……っ」

 

 バーバラはスカートの下の膝を先程より強く擦り合わせた。

 彼女が何時間も抵抗し続けている欲求を解決した姿が今、眼前に広がっている。

 知らぬ間に、握る手に力が籠もっていた。

 

 ほら、香菱もやっているように、あそこでしちゃえばいいじゃない。

 彼女と交代で。

 しちゃえば。

 おしっこを。

 

 天使──いや悪魔の囁きがバーバラの脳裏を過る。瞬間、彼女のティーポットの注ぎ口が僅かに傾いた。

 

「はふぅ」

「っん……!」

 

 ふるるっ、と香菱とバーバラの背筋が同時に震える。

 しかしその内情は正反対。放出した快感と漏れ出そうな警鐘。

 

 空達にバレないように俯き、バーバラは首を振る。

 できる訳無いじゃない。

 あれは、奔放な彼女だからこそできること。

 ごくごく一般的な生活しかしてこなかった(バーバラ)にはそんな英断はできない、と心がストップをかける。

 

(ああでも……気持ちよさそう……)

 

 一息ついてゴソゴソとチリ紙を取り出す香菱の背中を、恨みと羨望の綯い交ぜになった瞳で見つめるバーバラ。

 香菱はハリのある腿まで下ろしていたショートパンツと下着を穿き直し立ち上がると、火照った頬はそのままに一行の輪に戻る。

 

「ゴメンね、ようやく登ったのに水差しちゃって。我慢できなくて……ね? あはは」

「しょうがないよな。はは……」

 

 お転婆な彼女にも堪えたのだろう、彼女らしくもなく恥じらいを隠すように笑っているが、それが余計に艶っぽい表情を形作っている。

 妙に前屈みな空を始めとして、場は生温いような空気となる。それを察知した香菱は、どうにか雰囲気を紛らわすために本来の目的の話題を振った。

 

「……そ、そうそう。仙人の住処? はこの更に上なんだけど……どうやって行くんだろう? 」

「な、何だって!? ここじゃないのか!?」

「上を見てみなよ、ホラ」

「げぇー!? ホントだ!」

 

 空気を読んだパイモンが大げさなリアクションを取る。確かに見上げれば、不思議な結晶を利用して浮かぶ小島が目に入った。

 

「なになに……"雲の頂点に登りたくば、三つの山に叩頭せよ。月日と輝きは、三つの光を照らす。鳳凰鷹鳥、三つの瑞獣が来す"、 か」

「三つの山に叩頭……ここらの山々の頂に何か、光るものでもあるのかしら?」

 

 モニュメントに刻まれた碑文を空が読む。首を傾げるフィッシュルが推理を口にするが、それはあながち間違いでもなさそうだ。

 

「あ! おい皆! 琥牢山の頂上に鳳凰の像が見えるぞ! 奥蔵山にも!」

「えぇ? よく見えたね」

「へへん」

 

 パイモンが指差した先には、ここからでは米粒程の大きさでしか見えないものの、確かに自然の造形では無い何かが光っていた。

 

「琥牢山、奥蔵山、あとこの慶雲頂にも鳳凰の像があって、それを弄れば上の島に行けるってことなのかな?」

「成程。とはいえあそこまで行くのは骨が折れるな……パイモン行ってきてよ」

「オイラ非力だからギミックあったら何もできないぞ!?」

 

 それじゃあ三手に別れよう、と空が支持を飛ばそうとしたところで、バーバラの普段よりしおらしい姿が彼の目に止まった。

 その顔色はやや青ざめていて、何かに耐えているように伏せ気味の視線で震えている。空の経験からして、あれは──()()だろう。

 そう見当を付けつつ、空はバーバラに優しく問いかけた。

 

「バーバラ、どうした? 具合悪いのか?」

「──へっ!? な、なんでもないの! なんでもない……から……うん」

「いや、そうは見えない。……そうだな、鳳凰の像には俺達三人で手分けして行くから、バーバラはここで休んでいてくれ」

「あ……う、うん。ありがとう」

 

 元々はモンドで冒険とは縁遠い暮らしをしていたんだ、バーバラにこの山登りはキツかっただろう──と労りの気持ちを込めて空は彼女の肩を優しく叩く。

 それに対し「ひゃぅっ」と妙な声を上げたバーバラの態度にクエスチョンマークを浮かべながら、バーバラ以外のパーティはそれぞれの目標へと歩み出したのだった。

 

「空ぁ、オイラも休んでていーい?」

「何言ってんの、パイモンが3人のナビをするんだよ」

「ええー! 一番大変じゃないか!」

 



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バーバラちゃんギリギリセーフ! 後編

「じゃあ、バーバラ以外で鳳凰の像に向かおう。俺は奥蔵山に、フィッシュルは琥牢山に、香菱はすぐそこの像に」

 

 (ソラ)は金の三編みを風に揺らしながら、チームに向けて指示を飛ばす。

 

「謎解きの正解が分かったら、空を飛べるパイモンとオズに情報共有してもらうから。フィッシュル、オズを借りるよ」

「永夜を切り裂く彼の翼に、世界の秘密を乗せると良いわ」

『冒険者協会で慣れた仕事ですな』

「オイラに任せとけ!」

 

 各々意気揚々と返事をすると、向かうべき山へ向けて風の翼(パラセイル)を展開させる。助走をつけて慶雲頂から飛び出すと、そのまま気流に乗って滑空していった。

 

「みんな、気を付けてね」

「ああ! バーバラもしっかり休んでて」

「ありがとう」

 

 手を振ってパーティメンバーを見送るバーバラ。

 空が最後に飛び立つと、バーバラだけがその場に取り残された。

 

「ふう……っ!」

 

 皆の姿が豆粒ほどになったところで、バーバラは振っていた手を下ろし、スカート越しに内腿をしきりにさすり始めた。

 衆目から開放された反動からか、大袈裟にも思える仕草で腰をくねりくねりと揺する。

 

「皆どれくらいで戻るのかな……()()いいかな……っ」

 

 眉尻を下げ、アイドルとしてグレーゾーンな言葉をぼそりと呟く。

 心中の欲求を構わず吐露しまうほどに、彼女は今の状況に安心感と焦りという相反する感情を抱いていた。

 

 今なら誰も見ていない。乙女のティーポットも満杯だ。つまり冒険者であれば、幾ら乙女といえどお外で用を足すことが認められる十分な要件を満たしている。おしっこしても許される状況である。

 しかし、ここは岩山の頂上。足場が狭い。

 もしバーバラが()()()()()()()()に浸ってすべてを放出してしまえば、やがてここへ戻ってくるパーティメンバーは、彼女の恥ずかしい液体を必ず足元で目にすることとなるだろう。

 先程香菱が用を足した時にも、岩肌の溝を伝って幾らかの()()が空達の手前まで流れていた。

 

「おトイレしたいよ……したいけどぉ……!」

 

 バーバラは自らの秘水の出口がやや下付きであることを知っている。崖際とて、しゃがんで放った熱水は足元に叩きつけられるだろう。腰を下ろして大開脚すれば……なんてのは以ての外だ。バーバラの僅かに残ったプライドがそれだけは拒否した。

 

 たぷんと溜まった下腹の水袋の栓へ、捻りを加えて引き締めるように、小刻みに身体をひねる。上下する。

 脳裏で繰り返されるのは、先程の香菱の艶やかな姿。つるりとした柔肌の向こうに迸る水流。女性特有の音。安堵の吐息。

 そんな記憶の中の香菱に、自分の姿を重ねてしまう。

 

 それが引き金となった。

 

 

「あーもうっ……駄目、限界! 」

 

 バーバラの天秤が"おトイレ"に傾く。

 今しかない。皆が戻ってきてからでは遅い。モンドにいた頃からは想像もつかないほどの逞しい思考により、彼女は排尿を決意する。

 

 判断してからの行動は早い。せめてもの措置としてパーティメンバーの居る場所から死角となる崖際に歩を詰めると、スカートの両脇から手を入れ、白タイツとショーツを──

 

 

「意外と簡単だった〜! ただいま!」

「きゃ……ッ!! あっ……んっ!」

 

 ──瞬間、背後から届く声。

 開門まであと一歩まで緩んだ乙女のダムはそのままに、バーバラは驚きのあまりビクリと僅かに飛び上がる。

 そのまま硬直。霧散しかけた尿道の力みを取り戻すために全身の意識を秘所に集中し、なんとか首の皮一枚で耐えきることに成功する。その間コンマ数秒。

 

「あれ? バーバラどうしたの?」

 

 ひょこっと顔を出したのは香菱だ。

 ここからほど近い鳳凰像の謎解きを任された彼女は、呆気なく解決してここに帰還した。

 一仕事終えた開放感から瞳を煌めかせる香菱。こちらに背を向けるバーバラに向け、素朴な疑問を投げる。

 

 それに対しバーバラは、アイドル活動で会得した鋼鉄の笑顔を顔面に張り付かせ、ツインテールをふわりとたなびかせて振り返った。

 

「お疲れ様! そ、その──タイツ! タイツの寄りを直してて……!」

「そゆことね! ねぇ聞いて! あの鳳凰の像さぁ──」

 

 

 ◇

 

 

(したい……したいよ……っ!)

 

「それでね、それでね──」

「そうなんだ──」

 

 香菱と二人で岩に腰掛け、彼女の身振り手振りを交えた会話に相槌を打つ。

 うん、うんと笑顔で頷くバーバラの両の手は腿の上で組まれていた。それは爪が食い込むほどに強く組みこまれ、スカートに皺が出来るほどに強く股間に押し付けられている。

 

 香菱が話の合間に余所を向くたびに、腰を仰け反らせ、秘所を腰掛けた岩に食い込ませる。太腿はぴっちりと閉じられ、ヒールの内の足先は忙しなく動かされていた。

 

 括約筋の疲弊が凄まじい。モンドでの長時間の礼拝に鍛えられたバーバラの膀胱も、これ程まで追い詰められたことは記憶になかった。

 気を抜けば漏れる。気を抜かずともいつか決壊する。冷や汗が止まらない。いつの間にか意識は下腹部ばかりへと向けられ、香菱との会話は上の空となっていた。

 

 そんな折。

 

「……バーバラさ、もしかして我慢してるよね?」

「うん、うん──へ?」

 

 おしっこをさ、との香菱の突然な問い掛けに、バーバラの思考がストップする。

 やや伏せ目になった香菱の申し訳無さそうな仕草に、バーバラは"おしっこを我慢できない自分"が見透かされていたことにようやく気が付いた。

 

「あ、えと……その……そ、そうというか……うん……」

 

 気付かれた。恥ずかしい。いつから? 無数の思考が脳裏に入り乱れ、みるみる頬に血流が巡る。口をきゅっと閉じ、顔から湯気が出そうなその顔色は、さながら鍋に入れられた火スライムのようであった。

 

「ご、ごめん! そんなに恥ずかしがらなくても……。 ほら、同じ女の子だし、ね? 」

 

 バーバラの見たことのないような赤面に香菱は焦る。

 

「限界そう?」

「う……うん……」

 

 香菱にバレていたことから諦めがつき、バーバラは少し控えめながらも腰の揺すりを再開させる。腰掛けていることから脚も動かし、ヒールが岩をコツコツと踏み鳴らす。

 

「無理しなくていいんだよ。そうだ、アタシがさっきした場所でしちゃいなよ! 恥ずかしいならアタシがまたおしっこした事にするから!」

 

 香菱は僅かな草むら──先刻何も隠せないままに彼女の欲求を開放した場所を指差した。川を作っていた迸りは岩に滲み込んだのか、もう跡しか残っていない。

 

「でも……」

「アタシもさっきまで辛かったから見てられないよ。誰にも言わないから!」

 

 くるりと反対を向く香菱。バーバラを慮っての行動だが、今はその思いやりが非常に辛い。

 

「……ありがとう……!」

 

 ああ、もっと早く行動しておけばよかった──そう後悔しながら、バーバラは再度意を決した。

 もう本当におしっこする。香菱と同じ場所で。もう我慢しなくていいんだ。

 

「出る、出ちゃう……っ」

 

 気休め程度の草むらを避け、バーバラは今度こそタイツとショーツを膝まで下げる。

 

 そしてついに、その場にしゃがみ──

 

 

 

 ──込もうとした時、山頂に上昇気流が巻き起こる。

 

 

 

「わぁっ!?」

「きゃぁあっ!!?」

 

 ごうと吹き荒れる風と共に、香菱とバーバラの絶叫も流れてゆく。

 バーバラのスカートは圧に負けてぶわりと浮き、中腰だった彼女のショーツのクロッチ、白磁の太腿、ぴっちりとした秘裂、薄く整った茂みの全てを白日の下に晒す。

 

 今まさに尿道をこじ開けようとした激流は余りの驚きに引っ込んだ。バーバラは両手でスカートを押し下げ、何とか下着とストッキングを穿き直す。

 バクバクと鳴る心臓を抑えていると、間もなく空達が続々と山頂に戻ってきた。

 

「この風に乗れば"仙人の住処"か……。皆、よくやったな」

「この程度、断罪の皇女の前には障害にすらならないわ」

「よーし、いこう! 宝箱にはモラがいっぱい入ってるといいな!」

 

 鳳凰の像の謎解きを終え、行きと異なり光の道を辿って慶雲頂へと戻ったようで、集合が早い。そのまま間髪入れずに更に上へと出発となってしまう。

 

「バーバラ、休めたか?」

「……うん」

 

 ジンジンする膀胱を抱えたバーバラは、空の声にか弱く応える。その声には、絶望と悲しみと若干の怨みが込められていた。

 

 

 ◇

 

 

(もう駄目。漏れちゃう。ホントに──)

 

「うおーーっ! お宝だぁーーーーっ!」

「なんて美しい杯……! 断罪の皇女に相応しい!」

『今更ですが、これは盗難に当たりませんか?』

「……それは言っちゃダメだ」

「これ調味料を入れるのに丁度いいかも!」

 

 小さな浮島に建つ東屋と机、そして大きな宝箱。それが"仙人の住処"の真実であった。一行が覗き込んだ宝箱の中には、概ね噂通りの代物が詰まっており、興奮の渦が巻き起こる。

 

 たった一人──青い顔をして震える少女を除いて。

 

「……っ! っ!」

 

 バーバラは一行の後ろに離れて立ち、両手をスカート越しに秘所へと添えている。

 彼女の精神はもう憔悴しきっていた。

 

 もはや一刻の猶予もない。一歩も踏み出せない。膀胱が痛い。お股を揉んでないと出ちゃう。もう我慢しなくていいかな──。

 

 びく、びくと不意に腰を落とす仕草は、尿意の波と括約筋の限界が頻繁に訪れていることを言外に訴えていた。

 

 

 ……とその時、彼女に天啓が降りる。それは追い詰められた精神にとって、これしかないと思えるほどの閃きであった。

 

「……ふ……っ!」

 

 意を決したバーバラ。片手は陰部を抑えたまま、もう片方の手をスカートの下に潜り込ませる。

 一挙一投足が膀胱の出口を叩く。

 くねりと捻った腰、腿はそのままに、ゆっくりとショーツとタイツに手を掛け、下げる。先程のように膝までは行かず、腿の中ほどで手を止めた。バーバラの恥ずかしい割れ目、普段は肌触りのいいショーツとタイツに守られている大事な場所が、再び外界の空気に触れる。

 

 そして、彼女は気力を振り絞って()()()に力を込めた。

 

 服に提げられた神の目が光を帯びる。青色に輝くそれは、大気に満ちた水元素を収束させて真水の球を中空に作り出す。その場所は──()()()()()()

 それを彼女の割れ目に押し付け、水中に放尿する。……それがバーバラが閃いた方法であった。

 

 これなら音もしない。最中の恥ずかしい姿も、もっと恥ずかしい液体すらも見られない。終わったら、皆が余所を向いてるときにスカートの下から崖に捨ててしまえばいい。

 

 なんて完璧。なんて完全犯罪。これも風神様からのお恵み──と救われた感情も、排尿欲求という雑音(ノイズ)に直ぐに掻き消された。

 

(おしっこ……おしっこ……っ!)

 

 お尻を突き出した姿勢となり、スカートの下に忍ばせた手を秘所の前から差し込む。そのまま人差し指と中指を一本の筋に対し並行に添わせ、柔い陰唇を左右へと押し開いた。

 露わになるのはピンク色の肉の異なり。夜中に稀に優しく触れる乙女の蕾と、未だ誰も踏み込んでいない秘口、そして──今まさに役目を終えようとしている小さな孔。おしっこの出口。

 

 そこへ向けて、神の目を使って慎重に水球を動かし──遂に、触れる。

 

 ぴとっ。

 

「ぴゃっ」

 

 しかし彼女は、その水球が冷たいことを失念していた。

 ただでさえ敏感な箇所に鋭い刺激が走り、思わず声が漏れる。

 

 それと同時に、彼女は我慢から解き放たれた。

 

 

 ……じょおおおおおおっ!

 しゅいいいいいいいいっ!

 

 尿道から直接、水球へと我慢に我慢を重ねた激しい水流が吹き出していく。音は無く、しかし放出したおしっこが出口で激しく霧散していくような感覚。

 

「はぁっ……〜〜〜〜っ……!!」

 

 じゅいいいいいいいい──!

 

(はあぁっ……おしっこ……きもちいい……っ!)

 

 声にならない声が肺の奥から漏れ出していく。乙女のダムの全開の放水は、体内の全てをお股から押し流していくような気さえした。

 

(ふぅぅ…………っ!)

 

 力が抜けていく。忙しなく動いてた足先、力んでいたふくらはぎと腿が震えをやめ、尿道が水流に擦れる快感のみに彼女は身を委ねた。

 

 

 しかし、至福の時間は長くは続かない。

 

「……ん? どうかした? バーバラ」

「ふぁあっ……へっ!?」

 

 先程の「ぴゃっ」というバーバラの素っ頓狂な声を聞き、パーティメンバーが一斉に振り向いたのだ。

 彼等の視線が、今まさに快感を迸らせるバーバラに集中した。

 

(あ──)

 

 なんとか振り向かれる直前で手をスカートから出すことに成功する。

 しかし限界放尿は止まらない。

 今更止められない。

 一度緩んだ彼女の括約筋はその仕事を放棄してしまった。

 

「な、なんでもないの! ほらっ……はぁ、んっ……凄い景色だから、こわくなっちゃった、なんて……」

 

 しゅいいいいいいい──。

 

 あれだけ冷たく感じた水球も、彼女のティーポットから溢れるおしっこと混ざり合い、段々と温くなっていく。

 

(お願い、見ないで……)

 

 バーバラは眼前の仲間達にぎこちない笑顔を振りまきながら、内心で神の救いを仰ぐ。

 

(私に一人でおしっこさせてぇ……っ!)

 

 弛緩した表情で。

 肺の中の空気を温く息づきながら。

 出来れば誰にも見られない個室の中で、おしっこをさせてほしい。

 

 しかし現実は、バーバラのささやかな願いの尽くに不認可の印を押していく。

 

 仲間達の目の前で。

 誤解を解くために言葉を発する必要があり。

 テイワットの雄大な景色全てを見渡せる天空の小島で──彼女は水の球へと、乙女の熱水を放出していた。

 

 

 間を置かず、香菱が再び宝箱の中身を持ちながらメンバーに話しかけた。

 

「……あ、この聖遺物はフィッシュルに良いかも! ねえ見て!」

「ん? ああ、確かに」

「わたくしに?」

 

 彼女はバーバラにウィンクしてから話題を移す。

 

(しゃ、香菱……!)

 

 バーバラは香菱の優しさに内心感涙しながら、再び脱力する。

 そうこうしているうちに、乙女のティーポットの中身は大部分が放出されていた。

 

 しゅいい……しゅいっ……しゅいっ。

 ぶるりっ。

 

「んっ、ふぅぁっ……」

 

 きゅっ、きゅっと緩みきったおしっこの出口を数度締め、腰から背筋を走る震えに身を任せる。

 

(気持ちよかったぁ……)

 

 おしっこできたときの開放感。尿道を激しく擦る水流。快感に浸る自分を見つめる皆からの視線。自分はアイドルなのに、もう子供じゃないのに我慢ならずもじもじとしてしまった自分への敗北感。

 

(クセになりそう、かも)

 

 色々な感情が綯い交ぜになる。そんな中でも、バーバラはなぜか心の奥底から湧き上がる高揚感を知覚していた。

 

 そんなアブノーマルな感情を抱きながら、バーバラは大きく膨れた水球を崖下にこっそりと投げ捨て、一行の輪に混ざっていった。

 

 

 

 その後、慶雲頂から麓に降りてすぐに戦闘に入った水スライムの一匹が、奇妙な色合いと香りを発しており、皆が首を傾げる中バーバラだけは普段見せないような力(物理ダメージ)を発揮し、それを速やかに撃滅したという。

 

 

 おしまい。

 




原神楽しい!

鍾離先生4凸したいなあ


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騎士団メイドの鋼のティーポット

 テイワット大陸は東に位置する巨大な淡水の湖・シードル湖。その中心、さながら湖面に浮かぶ方舟のように居を構える"モンド城"において、男の叫び声が空気を切り裂いた。

 

『ノーエールー!』

 

 起こったのは満月が天蓋を通り過ぎ、東の水平線が薄らと白み始めた時間帯の、モンド城の外れの船着き場。

 漁師がその日の稼ぎを得るために集まる場所で、一見して屈強そうな男達が、暑苦しくも肩を寄せ合って震えている。

 そんな彼らの視線の先には──ヒルチャールとスライムが群れていた。

 

「shaaa……!」

「ひ、ひいっ!」

 

 食い物はどこだと小舟を漁り、無ければ地団駄を踏み、棍棒を振り回して威嚇する魔物達。それを前にして、殆どの人間は無力だ。勝てる道理も、追い払える道理もない。だからこそ、先程の叫びは発された。

 そしてその呼び声が──全てを解決してくれるということを、人々は知っている。

 

「はいっ、お呼びでしょうか!」

 

 直後、頭上から聞こえる澄んだ声。

 ハッと見上げた漁師とヒルチャールの間に割って入る様に、軽やかな足音で一人の少女が着地する。

 たなびくリボン、ふわりと浮く白銀の髪、朝日に煌めくアーマー──そして、腰に提げられた神の目。

 カシャリと鎧を鳴らし、騎士団のメイド・ノエルがその手に大剣を構え見参した。

 

「ノ、ノエルぅっ!ヒルチャールが──!」

「っ! お任せを!」

 

 魔物を指差す男達が要件を言い終わるや否や、ノエルは委細承知と言わんばかりに大地を蹴った。

 向かう先は魔物の群れの真正面。彼女の瞳に映るのは、理解の追いついていない顔をしたヒルチャール達。

 瞬時に彼我の間合いを詰めると、地面に抉り込むように軸足を踏み込み、背丈をゆうに超える西風大剣(セピュロス・クレイモア)を振りかぶる。

 

「はぁっ!」

「gaaa!?」

 

 横薙ぎの一閃。

 重さ、鋭さの乗った斬撃はヒルチャール達を棍棒ごと上下に両断。すかさず彼女は手首を返す。

 続くのは、振り抜いた勢いを殺さぬままに繰り出す縦振り。ごう、と風を切り、弧を描いた切っ先は地面へと振り下ろされる。

 地を叩き割る二の太刀。一振り目で生き残った僅かなスライムも、この剣で左右に断ち切られた。

 全滅。

 ほんの二撃で、漁師達を苛んだ魔物の群れは、その身を大気の元素へと還すこととなった。

 

「ふぅっ。ご用件はお済みですか?」

 

 軽々と持ち上げた大剣を地に突き立て、腰に手を当て振り返るノエル。そんな彼女の顔は、たった今見せつけた圧倒的な力など夢幻だったかのように、柔らかな笑顔を湛えていた。

 一拍おいて、彼女を中心に野太い歓声が巻き起こる。

 

「うおおおおっ! ノエルありがとう!」

「助かったぁ! これで漁に行けるよ!」

「ふふっ、それでは御機嫌よう」

 

 吹き荒れる感謝の嵐にメイド式の礼を返すと、ノエルはモンド城内へと踵を返す。

 彼女の長い一日は、まだ始まったばかりだ。

 

 

 ◇

 

 

 時は少し遡り、未だ夜の明けぬ時刻。

 ニワトリすら碌に鳴き出さない時間に、彼女はベッドから身を起こした。

 

「ん〜……!」

 

 精一杯の伸びを終えた彼女は、可愛らしい寝間着のままに湯を沸かし、一杯のコーヒーをしたためる。

 城内でも騎士団員が多く住まう地域、そのアパートの一室がノエルの暮らす部屋だ。両親とも近くに暮らしているが、彼女の自立心がこの部屋での生活を選んだ。お世辞にも広いとは言えない間取りながら、室内はしっかりと整理整頓され、埃の一つもない。

 椅子に腰掛け、ややぼんやりした頭で淹れたてのコーヒーを啜る。しかしその顔は苦味に眉をひそめ、僅かにべっと可愛らしく舌を出す。

 

(いつか団長さまのように、コーヒーを愉しめるようになれるのでしょうか……)

 

 モンドを支える代理団長に憧れて手を出したコーヒーだったが、ノエルの若い舌は未だに慣れていないようだった。

 

 僅かな充電時間を終え、ノエルはしゃっきりと身支度をし始めた。インナーを着て、髪を結い、薄く化粧を乗せる。慣れた手付きでそれらを済ますと、残すはビロードのスカートと、全身のプレートアーマーの装着。と、それより先に──

 

「おしっこ……」

 

 用足しを、嵩張る服を着る前に。それが彼女の朝の順番だった。

 ぽつりと尿意を呟くノエルは、僅かに知覚するその欲求を解消するために、お手洗いへ続くドアノブに手を掛けた。……のだが。

 

『ノーエールー!』

「っ! 私を呼ぶ声……?」

 

 誰かがノエルの名を叫んだ。彼女の耳がそれを聞き逃すはずはなく。

 

 こうしては居られないとドアノブから手を放し、大急ぎで服装を整えつつアパートを飛び出したのだった。

 

 

 ◇

 

 

(次は鹿狩りで配達依頼ですね)

 

 船着き場での魔物退治から城内へ戻ったノエル。目指すは市民に人気のレストラン・鹿狩りだ。頼まれているのは弁当の宅配。

 今朝のような突発的なお手伝い(・・・・)とは別に、事前に約束された任務も勿論存在している。本日を例に挙げれば、午前中に鹿狩りの宅配と、日暮れからの騎士団での秘書業務といった先約だ。

 モンドの商業の中心地である噴水広場へ向かえば、自ずと鹿狩りも見えてくる。まだ日が昇ってすぐだというのに、ウェイトレスであるサラが受付でせっせと弁当の紙箱を積み上げていた。

 

「サラさま、お待たせしました。 これを配達すれば?」

「あっ、ノエルさん! 今日はよろしくお願いします!」

 

 ひらり、とメイド式の一礼をして受付に寄り、いくつかに分けられた大きな紙袋を手に取る。

 

「この満足サラダの袋は清泉町に、漁師トーストは居住区に。それと教会にもこれを」

「かしこまりました。お任せ下さい!」

 

 ずしりと重い弁当の束を抱え、ノエルは駆け出した。

 

 

 順調に配達を終え、各所から受け取った料金を渡しに鹿狩りへ戻ったのは昼過ぎだった。

 

「お疲れ様ですノエルさん! それで、あの……本当にお金はよろしいんですか……?」

「勿論です。これはただのメイドのお手伝いですから、代金なんて頂けません」

 

 サラの申し訳無さそうな声。対するノエルは屈託のない笑顔で彼女に言葉を返す。眩いほどの善意にサラは思わずウワーっと手を翳しながら、せめてもといった表情でノエルに食い下がる。

 

「ありがとうございます……! 代わりと言ってはなんですが、お昼ごはんをサービスさせて下さい。ささ、そこに座って」

「そ、そうですか……分かりました、ありがたく頂きますね」

 

 サラの懇願をふいにするのも憚られ、ノエルは案内されたテーブルについた。

 テラス席の上に張られた天幕は、じりじりとした日差しを柔く受け止め、日光に疲れた目を休ませてくれる。

 広場に座する憩いの噴水の煌めきは遠く、市民や観光客の雑踏とこの場所は隔絶され、まるで別の世界のよう。

 繁華街の活気を横目に一息つけるよう趣向を凝らした装いは、鹿狩りを人気レストランたらしめるものであった。

 

「ふぅ……」

 

 散々モンド城の内外を走り回った後だ。夢中で仕事をしていた彼女も、椅子に腰掛けた途端に忘れていた疲労が顔を覗かせた。身に付けるアーマーの分も合わせ、僅かに身体が重い。

 また、思い出されたのは疲労のみでは無く。

 

「……あ」

 

 臍の下、お腹の奥に感じるもやもや。ようやく自分を顧みる暇を得たノエルは、その欲求を思い出す。

 人間である以上、決して切り離せない生理的な現象。体内の余計な水分、老廃物の処理のサイン──要するに、おしっこがしたいということ。

 

(お手洗い、行ってないんだった)

 

 今日は朝からどたばたしていて小用を足していない。今はもう真昼の鐘がなってから一、二時間経つだろうか、ノエルの起床から起算すれば、半日以上は経過していることになる。

 常人であれば尿意の高まりに危機感を抱くであろう領域に片足を突っ込んでいるのだが、当のノエルはそんな素振りもなく涼しい顔だ。

 

(後で行けば大丈夫ですね)

 

 ノエルの一日は長く、そして忙しい。彼女の日々は落ち着く暇も碌になく、当然お手洗いに寄るタイミングも限られる。そんな彼女の膀胱は屈強に鍛えられ、メイドながら貴婦人膀胱を得るに至っている。

 現状、彼女は下腹部の重みにようやく勘付いた程度。席を立つ程ではないし、またある別の理由(・・・・・・)で出先での利用に忌避感を覚えているノエルは、降って湧いた生理欲求を無視することにした。

 そんな彼女の元に、昼食を用意していたサラが顔を出す。手に持つプレートをコトリとテーブルに置くと、ノエルの眼前にご馳走が広がった。

 

「お待たせしました。食後に紅茶もつけますね!」

「わあ……! ありがとうございます、頂きます」

 

 

 

 綺麗に平らげたお皿を前に、ノエルは湯気の立つ紅茶で、ほっと一息つく。

 鹿狩りの仕入れる茶葉は本場フォンテーヌのブランドで、口に含むと華やいだ香りが鼻腔に抜け、喉を通すと蜂蜜を彷彿とさせるまろやかな余韻に包まれる。

 抽出の具合、重厚感、そして澄んだ色合い。全てが調和したこの鹿狩りの紅茶は、彼女のお気に入りだった。

 

「サラさま、ご馳走さまでした。また御用があれば、何なりとお申し付けくださいね」

 

 ありがとうございました、と頭を下げるサラに会釈をして鹿狩りを出る。さて、これから夜の予定まで何を手伝おう──と考える間もなく、彼女を呼ぶ声が耳に届いた。

 

「ノーエールーちゃーん!」

 

 声のした方へ顔を向ければ、噴水の近くでバー・キャッツテールの店主、マーガレットが手を振っていた。

 

 

 ◇

 

 

 新作のドリンクが出来たから試飲してほしい、とはマーガレットの言葉で、二つ返事で了承したノエルが案内されたのは開店準備中のキャッツテールであった。

 

「……あっ、私お酒はまだ……」

「大丈夫大丈夫。今回のはノンアルコールなの。ディオナちゃん、お客さんを連れてきたわよ」

 

 カラン、とドアベルを鳴らして入店する。しんとした客席と対照的に、カウンターからは桃色の髪の少女が忙しなくシェイカーを振る音が届く。猫耳と尻尾が目立つ彼女は、この店の名物バーテンダー・ディオナである。

 

「ノエルじゃない! よろしくにゃ」

「ディオナちゃん、御機嫌よう」

 

 挨拶を済ませ、カウンターに座る。

 

「ええと、今日のお手伝いはドリンクの試飲ですね……あれ?」

 

(ノンアルコールドリンクって、ディオナちゃんは作らないんじゃ……)

 

 ノエルは小首を傾げた。

 何故ならディオナがバーテンダーをするのには酒造業の破壊という目標があって、それと関係ないノンアルコール飲料には興味がないと常日頃から豪語しているのだから。

 疑問に思ったノエルの表情で勘付いたのか、やや伏せ目気味に、ディオナは打ち明ける。

 

「あのね……エンジェルズシェアはノンアルコールも出すじゃない? だからその売上を奴らから奪えば、巡り巡ってモンドの酒造業にダメージを与えられるからって、マーガレットさんに言われたの」

 

 カウンターに頬杖をつき、にっこりと頷くマーガレット。要するに、店主に上手く言いくるめられただけである。

 

「だからね、これを飲んで感想を教えて!」

 

 シェイカーの蓋を開けて小洒落たグラスにどろりと注がれたのは、赤く色づいたドリンクだ。

 隣のマーガレットが補足を付ける。

 

「材料はね、遠くから輸入したラズベリーの近縁種なの。中に含まれる成分が、身体から余計な水分を抜いてくれるって。だから、お肌のむくみに効くのよ」

「まあ! それは素敵ですね」

 

 頂きます、とノエルはグラスに口を付ける。

 ディオナの野望に関係がない分、初めから美味しくあれと作られたドリンク。不味くしようとした酒すら美味になる彼女の腕で、このドリンクが外れる訳は無かった。

 

「美味しい! 美味しいです! 色も綺麗で、濃厚で甘いのに後味はスッキリしてて──!」

「そ……そう。よかった」

 

 こく、こくと喉を鳴らすノエル。濃厚で極上の甘酸っぱさに目を輝かせる彼女の姿は、年齢通りの可憐な少女のものだった。

 

「このドリンクね、さっきの効能もあって、女の子から若い女性をターゲットにしようと思ってて。ノエルの口に合うようなら、商品化ももうすぐね」

 

 ノエルの反応を見て満足したのか、マーガレットはカウンターの裏手に戻っていった。残されたディオナは照れ隠しなのかもじもじしつつ、ノエルに向けてぽつりと呟く。

 

「の、ノエルが良ければ……もう一杯作ってあげても……ううん、なんでもな──」

「よろしいんですか? 頂きます!」

 

 食い気味なノエルの返事にびくりとしたディオナ。しかしその顔はだらしなくにやけ、ボウルに材料の実を詰め始める。

 

「──え、えへ……! しょうがないにゃあ! ディオナの特製ドリンクにゃ!」

 

 

「 また試作したら飲ませてあげなくもないわ!」

「ええ、是非!」

 

 ディオナと弾む会話のうちに二杯目も飲み終える。素敵なドリンクとの出会いに感謝し、ノエルは満足気に席を立とうとして──再び忘れていた欲求が彼女を鋭く刺激した。

 

(そうだ──まだお手洗い行ってない)

 

 下腹部のもやもやだったものはもうはっきりとした形を持ち、ずしりとした主張をもってノエルに信号を送っている。

 じんとする膀胱を意識して、彼女は高デニールのタイツに包まれた脚をすり合わせた。

 

(結構危ない、かも)

 

 乙女のダムの水門には既にかなりの圧がかかっている。にじり寄るように高まる欲求は、彼女の意識の隅を確実に陣取っていた。

 ノエルは腰掛けたまま、スカートの裾を気にする素振りで、布越しに内腿をさすった。

 まだ限界ではない。しかし、その一歩手前だ。ノエルの鍛錬された膀胱をもってすればまだ少しは耐えられる自信はある。しかし、この用事が済んですぐ長期のお手伝いが発生してしまえば、我慢をいつまで強いられるか不安を抱かずにはいられない。

 

 ちらりとカウンターから振り向けば、少し離れた場所に男女共用トイレのドアが見える。

 

(どうしよう……今お借りしようかな……でも出先のお手洗いは……)

 

 ノエルが尿意に反してトイレの利用を逡巡する背景には、彼女の服装の問題があった。

 ノエルは現在、ビロードのドレスにアーマープレートを着装している。厄介なのは、このプレートである。

 通常のモンドのトイレは、鎧を身に着けた人間の利用など想定していない。当然である。つまりそれ故に、騎士団員かそれに準ずる人間が用を足そうとすると、個室の幅に対しプレートが非常に嵩張るのだ。それに、腿の鎧は陶製の便器を傷付けてしまうかもしれない。

 つまり、もしノエルが一般的なお手洗いを借りて、お腹に溜め込んだ秘めやかな熱水を解き放つとするならば、事前にプレートを外してドアの側に置き、それから入らなければならなくなるということ。

 それは大切な鎧を盗難される可能性を否定できないし、なにより"今ここでノエルはおしっこをしています"と周りに知らしめてしまうようなものである。それだけは、騎士団メイドという地位とは一切の関係なく、花も恥じらう乙女のプライドが許さなかった。

 唯一、自宅もしくは配慮が行き届いた騎士団のトイレだけはそういった心配もなく用を足せるのだが、それは絵に描いた餅というもの。

 

(……ここにはディオナちゃんとマーガレットさましかいないし、いいかな……いいよね)

 

 ノエルの思考は、自らの羞恥を感じる心との対話となっていた。

 たった二人にお手洗いに寄りたいことが知られるだけ、決して恥ずかしいことじゃない。もうここで済ませる、と結論付けたノエルは、未だ恥ずかしいと発信する内心を強引に抑えつけ、ディオナへと声を掛ける決心をする。

 

 しかし、ノエルの決心(それ)は遅すぎた。

 

「あ、あの……お手洗──」

『あーーーーっ!!』

「っ! どうされました!?」

 

 カウンターの裏から届く、マーガレットの悲鳴。

 

『リトルプリンスがぁ! 私を置いてかないでぇ!!』

 

 

 ◇

 

 

(どうしてこんなことに……っ)

 

 天上には朱色が差し、白い月が地平線から顔を出し始めた頃合い。一日の終わりを思わせる空模様の下、騎士団メイドはモンド城の路地を駆け回っていた。

 

 発端はマーガレットの飼い猫・リトルプリンスがキャッツテールから逃げ出してしまったこと。溺愛するペットの逃走に取り乱した彼女を見て、ノエルはすぐに猫の後を追って店を飛び出したのだ。

 それは彼女の善性が身体を突き動かしたからで、確かに普段のノエルと変わらない行動ではあるものの、だからこそ、普段とは違う非常事態を一瞬だけ失念してしまっていた。

 

「うう……!」

(お手洗い……お手洗い行きたい……!)

 

 もう猫を探して一時間は経つ。今更手ぶらで、お手洗いのために戻るわけにもいかない。ああ、もっと早くキャッツテールで借りておけば。目を皿にして黒猫を探す彼女の心中は、過ぎた後悔と膨らみ続ける生理的欲求に支配され始めていた。

 そんな折、彼女に閃きが走る。

 

(そうだ、いま自宅に寄れば……)

 

 居住区での猫探しを一旦取りやめ、少し遠いが自分の暮らすアパートに戻る。自室であれば鎧を外したって恥ずかしいことは何も無い。そうしたら、女の子の部位を晒して、真っ白な陶製のお手洗いに深く腰掛け、我慢したそれ(・・)を、放つ。

 辛く引き絞る恥ずかしい穴の緊張を緩め、おトイレの底面に、乙女の頑張りの証を叩きつける。飛沫をあげて解き放つおしっこは、どれだけ気持ちいいのだろう。

 

「やっ、ん……!」

 

 自分が今何よりも欲している場所、行為を妄想し、彼女の秘められたティーポットが我慢ならず僅かに傾く。

 ノエルはたまらず立ち止まると、腰を後ろに引き、尿道を締めるように身をよじった。

 

 きゅっ……ふるるっ。

 

 甘美な誘惑を必死に抑え、なんとか一滴の浸透も許さず波を耐えた。しかしその代償に腰から走る震えを享受してしまう。

 こんな動き、お小水が我慢出来ないと体現しているようなものだ。周囲に人が居ないから良かったものの、それでもノエルは顔から火が出るほどの羞恥心に苛まれた。

 

(でも……仕事を放り出すなんて……!)

 

 排尿の欲求を前に、しかし彼女のメイドとしての責任感が立ち塞がる。

 そう、ノエルは滅私奉公を誓った騎士団メイド。ペットを見失って悲しむ市民があれば、何よりも先んじてそれを解決しなければならない。

 もはや自己暗示の感もあるノエルの強烈な自意識は、自分勝手を決して許さなかった。つまり、解決策は──猫を見つけてキャッツテールに戻り、トイレに駆け込むこと。

 

(リトルプリンスちゃん、どこぉ……!)

 

 ノエルの戦いは終わらない。

 

 

 ◇

 

 

 限界。その二文字が、ノエルの脳裏を過ぎる。

 

「おトイレ……っ」

 

 陽の陰りが進み、いよいよ夜の帳が下ろされる。ぽつぽつと街頭が灯り、道に落ちる影は闇と溶け合い始めていた。

 人為的な暖色の明かりに照らされるノエルの横顔は、羞恥心からかひどく上気し、薄く汗ばんでいた。頬に張り付いた銀髪もそのままに、内股で歩を進める。

 そんな彼女の恥ずかしくも膨らんだ膀胱は、貴婦人でさえも悲鳴を上げる程に伸びきり、お腹を圧迫していた。

 

「おトイレっ、おトイレいきたい……!」

 

 努めて綺麗な言葉遣いを、と心がけていたノエルに、一段階丁寧さを下げた単語を口走らせてしまうほどに、乙女のダムの水門は切迫している。目覚めのコーヒー、昼過ぎに楽しんだ紅茶、キャッツテールで飲んだ美味しいドリンク……。これらを摂取しただけの量、排泄しなければならないのは当然の摂理だ。

 

「ふぅ、ふぅ……っ、ん……」

 

 ふと思い出されるのは、先程のドリンクを前にした時のマーガレットの台詞。"身体から余計な水分を抜き、むくみを取る"──余計な水分は何処から抜くのか。答えは自明である。そんな思索を余所に、ごぽりとノエルの恥ずかしいティーポットは再び水かさを増す。

 

「漏れちゃう……っ!」

 

 息せき切らせ、ガス燈の届かない路地裏で立ち止まる。もうここに居なければ城外か、と思わせるほどに、ここまでノエルは必死に探してきた。しかし彼女をあざ笑うかの様に、ノエルの視界にリトルプリンスは映らない。

 足を止めてすぐ、もじもじと左右に揺れる腰。ぎゅーっとお股を抑える両手。ビロードのスカートに生じる皺など、気にする余裕もなかった。

 

 猫を探すはずが、その視線は他所より一段と影の濃い草むらに釘付けになっている。そんなノエルの心中に渦巻くのは、決してあってはならない行為──物陰で事を、放尿をしたいという欲求。誰にも見られなければ、今から見知らぬ民家でトイレを借りるよりむしろ、乙女の羞恥心は傷つかずに済むのでは無かろうか。

 そんな馬鹿げた思考を天秤で測る程に、膀胱を奥に押しやる様にくの字(・・・)に折れるノエルはもう、限界だった。

 

(漏らすくらいならもう、もうあそこの物陰で……! 駄目! 街を護る騎士団が街を汚すなんて! ああでも……)

 

 限界。阻む乙女のプライド。猫探し。おしっこ。

 

 ぶるりっ。一際大きな波と、震える背筋。それがノエルを甘美な悦楽へと誘う、最後の引き金となった。

 

「はぅっ……もう無理っ!」

 

(ふ、風神様……お許しをっ!)

 

 もう迷わない。小股ながら一心不乱に歩を進め、目指すは低木と草むら、建物に囲まれた僅かな地面。人一人が入って、しゃがむことのできるスペース。ノエルの為だけの、おトイレ。もはや数秒も堪えきれない、彼女のお小水が許される場所。

 

「っ……っ!」

 

 がさがさ、と低木の枝葉を押しのけて足を踏み入れる。漏れる。もう出ちゃう。ぽっきりと折れた乙女の恥じらいは捨て置き、幼い子供じみた言葉が彼女の口から零れ出る。

 とその時、余裕のない表情で駆け込んだノエルの眼前には──地面に寝転がる黒い影が映ることとなった。

 

「りっ、リトルプリンスっ!?」

 

 暗闇に光る双眸でこちらを見上げるのは、探しに探した黒猫──リトルプリンスだ。

 しかし、もうノエルはそれどころではない。お股の奥で刻一刻とその時を待つ熱水は、迷い猫の発見で引っ込む程生易しいものではなかった。

 

「ご──ごめんね! じっとしててっ!」

 

 それは咄嗟の判断だった。

 呆けるリトルプリンスに、今にも泣きそうな表情で目を合わせるノエル。彼女はおもむろに黒猫を持ち上げると、右手で胸元に抱きかかえ、左手は猫から離す。

 

 そうしてスカートの下に手を差し込み、タイツとショーツを足甲の上端までなんとかずり下ろすと──崩れるようにしゃがみ込んだ。その瞬間。

 

 

 しゅいっ……ぶしょおおおおおおお!

 びしゅぅぅぅぅぅぅ──っ!!

 

 

 夜闇の空気に晒される白磁の肌。それは乙女の最も恥ずかしい場所──丸いお尻、薄い茂み、桃色の秘裂。そこから地面を抉るように噴き出すのは、ノエルの鋼鉄のティーポットに抑え込まれていた、秘めやかなる熱水。

 

 じゅじゅじゅじゅじゅじゅぅぅぅっ!!

 

 ノエルの我慢が、その限界の限界で実を結んだ瞬間。役目を終えた括約筋。足の付け根から幸せが昇ってくる。リトルプリンスを抱える腕に、ぎゅっと力が籠もった。

 

「はっ、ぁっ──」

 

 喉の奥から、掠れた声と吐息が漏れた。上気した頬、目を細め、眉尻を下げた彼女の表情は、まるで自らを慰める時のそれのよう。

 

「はぁ……♡」

(おしっこ、間に合ったあ……)

 

 仄かに朱の差した腿と腿の間で、早朝から溜めに溜め込んだ熱水が未だに地面を打ち付ける。

 

 じゅいいいいいい──っ!

 

 お股を抑えるために前屈みだった上半身も、下腹部から走る快感に震え徐々に緊張を解き、今や弓反りとなっている。中空を見つめるノエルの脚は爪先立ちでふるふると震え、足甲がかちゃりと場違いな音を鳴らした。

 幸福感に包まれるノエルは、胸に抱いたリトルプリンスが身を乗り出して限界放尿の様子を眺めていることに気付きもしない。

 

 間に合った。お漏らししなかった。

 粗相したらどうしようとか、お外でしてるのを見られたらどうしようとか、ついさっきまで心中で抱いていたネガティブな感情は、ノエルの傾けられたティーポットから快感と共に押し流されてゆく。

 

 じゅいいいいいいいいいいい……

 しょろっ、しょろっ……しょっ……

 

「んっ……♡」

 

 ぶるっ、ぶるりっ。

 

 永遠に思えた放尿も、遂には終わりの時が来る。

 力尽きた尿道を起こすように二、三度力を込めると、抑えきれない震えが身体を駆け上がる。思わず漏れたノエルの声は、普段の清らかな立ち振る舞いからは想像もつかないほどの艶を纏ったものだった。

 

 タイツに引っ掛けたままだった左手指を思い出したかのように放すと、スカートのポケットに入ったちり紙を器用に数枚引き出す。それを幾重に手折り、秘裂とその周辺に優しく押し当てた。

 もう一度そのルーティーンを繰り返すと、別のポケットに仕舞っていた小さなゴミ袋を広げ、おしっこの染み込んだちり紙を捨てて口を縛る。

 

 ほう、ともう一度だけ幸福なため息をつくと、ノエルは立ち上がる。

 

「……さ、帰りましょうか。リトルプリンス」

 

 再び左手でタイツとショーツを穿き直したノエルは、にゃおんと返事をした胸元の黒猫にニコリと笑みを返し、その場限りの緊急のおトイレを後にした。

 足取り軽く歩む彼女の意識はこれからのスケジュールの管理へと切り替わり、一度たりとておしっこの跡を振り返ることはなかった。

 

 おしまい。




pixivに投げっぱなしだったのでこちらにも投稿しました。

このキャラのおしっこが見たい! 等ありましたら、コメント欄にて教えて頂ければ幸いです。

次回:神里綾華


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