元勇者提督 (無し)
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元勇者提督//感染拡大 vol.1
離島鎮守府


「これ報告書です、じゃあ次に行きます」

 

そう言って朝潮は執務室を出る、彼女の練度は17、あと少しの20まで上がればこの地獄を抜け出せる…そう信じている

 

「…ごめん」

 

閉じたドアに向かってポツリと呟く

 

彼女の所属する第三艦隊は彼女の着任から2人轟沈している

提督自身、こんな無茶を続けていては勝てる戦いも勝てないことをよく知っている

 

報告書をチラリと見る

 

戦果は上々、こちらの被害は0、被弾すらしてない

なので彼女達は休むこと無く、出撃した、補給もせずに

 

第三艦隊はすでに中破2、小破が1の状態で午前9時から現在午後3時まで休みなく出撃を続けている、補給も入渠もさせてもらえない

2.3時間おきに帰投して戦果を報告、そしてまた出撃、これを午後7時まで続ける

 

通常こんな鎮守府運営は許されるものではない、が、清らかな川では魚は生きられず

国のための汚れ役が必要だった

その立場にいるのがこの提督である

 

誰も望んでこんなところにはこない、誰も望んでこんなところで建造されない、着任しない、役職についた以上逃げることはできない

だからこんなところで仕事をしているのだ、毎週1人は死ぬ、こんな所で

 

彼が着任してから早くも数ヶ月、毎日轟沈者が出ていた時期よりは何倍もマシだ、大本営に押し付けられたノルマをこなすために、建造を続け、開発を続け、艦隊を出撃させ続ける

 

練度が上がったら報告し、一刻も早くここから追い出してやる

 

そうすれば少なくとも、もっと長く生きられるから  

 

別にこの鎮守府の誰も提督を殺したいほど憎んだりしていない、はずだ

と言うのも以前の轟沈の際に起きた事件があるからだ

 

 

重巡摩耶

 

この艦の事は誰も忘れられない

 

摩耶が轟沈した時、それは鎮守府の目の前だった、陸のそば、いや、陸の上だったかもしれない

だが最後の彼女の願いにより、彼女の体は海に還った

 

彼女は第二艦隊にてバシー沖での戦いで大破した、そこでの敵は何とか倒し、帰投している最中、正面海域の敵と会敵したのだ

不幸にも艦隊の全員がボロボロ、索敵を続け、ようやくたどり着き、気が緩んだ

そこに背後からの雷撃

応戦し沈める、それに時間はかからなかったが、致命傷だった

艦隊を出迎えにきていた提督は一部始終を目にし、すぐ様に執務室へと逃げ戻った

 

全員がなんてやつだと、怒りを露わにしたが、その提督はすぐに戻ってきた、両手にバケツをぶら下げて

 

ここの資材は開発資材を除いて全て大本営へと送ることになっている

当然高速修復剤などここに置いておけるわけがないのだ

しかし、その両手にぶら下げられた緑色のバケツには高速修復剤の文字

どう言うことかと考える間もなく摩耶へとバケツをひっくり返す

 

「頼む!間に合ってくれ!」

 

何度も何度も必死に叫び体を揺する

 

「…もう…まに…あわ……ね…よ」

 

虚な目で提督を見る

 

「ダメだ!死なないで!もう死なせたくないんだ!殺したくないんだ!」

 

もう一つのバケツをひっくり返し、摩耶へとかける

 

「…無駄…だ…勿体ねぇ…なん…で…そんな…もん…」

 

何故バケツがあるのか、それを問おうとする声を遮る

 

「必要な物資まで向こうに送ってたら君達がみんな死んでしまう!だからこんな時のために隠してたんだ!お願いだから!沈まないでくれ…!」

 

「…やっぱ…あん…た……いいやつじゃん…は…はは…なぁ…海に、還し……」

 

摩耶の体から力が抜けていくのがわかる、わかってしまう

 

「駄目だ、お願いだから、僕の前で…何で…助けられないんだ……!」

 

目の前で死んだ、それ以上もそれ以下もない

 

この騒ぎは、鎮守府に滞在していた全ての艦むす、憲兵に知られ、高速修復剤の着服で公開拷問を受けた

と言っても、ただひたすら暴行を加えられただけだ、死なないように、手が折れて仕事ができなくならないように

懇切丁寧にいじめられた

 

何を問われても答えず、何をされても呻き声ひとつあげなかった

 

この拷問の期間は艦むすには休みが与えられた、と言っても本土からかなり離れたこの場所では娯楽もほとんど無い

自然とみんなで摩耶や、先に沈んだ仲間の部屋の整理をしたり、食堂で仲間の死を悼んだりと、思い思いに過ごす事となった

 

ただ、みんなが思ったのは、彼がこんなに自分達を思ってくれていたとは、これに尽きる

 

拷問は五日続いた、結果もう得るものはなく、時間の無駄とされ、今まで通りの仕事を指示され解放された

 

提督は真っ先に摩耶を弔った、鳥海、高雄と共に

彼女らは二週間前着任したばかりで摩耶との関係もほとんどなかったと言うのに、自分から手伝いたいと申し出た

そして、海へ還した後、一つ手紙を提督へと渡した

 

『これを見てるやつは、まず私が死んでなければお前が死ぬことになる、ここでやめろ。

もし、私が死んでいるなら提督に渡してくれ、頼む、そしてこの手紙の内容をみんなに伝えてほしい。

私は内地から送られてきたクチだ、正直この手紙を書いてる今も向こうが恋しい、だからたまに燃料ごまかして、貯めて、貯めまくった、そして一度だけ内地に帰ったんだ、そりゃあ向こうは楽しかったわ、自由なんだからな…。

ただ、私は一個だけ気になったことがあってさ、提督、あんたのことだ、冷血漢じゃないのは知ってんだよ、優しい態度もとってるし、上からの命令を怖がりながら伝えてくる、平たく言えば嫌な奴だ、だから気になった。

とりあえず携帯にパスワードかけといたほうがいいと思うぜ、もうかけてるのかもな?

あんたの相棒に会ってきた、あんたの半分を聞いた、だから私はあんたが嫌いじゃなくなった、あんたは人のために命かけられるんだろ?

あんたは今までどんな辛さを見てきたんだ?わかんねぇよ、こんな辛い今から何で逃げないんだ?あたし達みたいに逃げられないわけじゃないんだろ?

なぁカイト、頼む、みんなを助けてくれ』

 

提督はこれを読み、崩れた

 

「別に僕には、何も、ないのに…どうやってこんな地獄を変えれば…」

 

摩耶の横領も発覚したものの、すでに死んでいたため誰も咎められなかった

そしてこの手紙の内容は全員に行き渡り、それぞれが意味を探った

実は提督は凄い人なのかも、とか

元帥の縁者なのか?とか

凄いお金持ちなのかも、とか

 

提督は問いには困ったように笑って返しすことしかしなかった

いつも通り苦笑いで返すだけ、それ以外は自分の仕事をし続ける

だが、この一件で提督を軽蔑するものも、嫌う者もいなくなった

何を隠しているのかは知らないが、きっと、彼は私達のために尽くしてくれている、と

摩耶の遺書ともいえる手紙を信じたのだ

 

 

 

駆逐艦朝潮

 

彼女は現在練度19まで上り詰めた

20を超えたと報告すれば別の鎮守府に移る機会が手に入る

ここを抜け出し、自由を謳歌し、ついでにこの鎮守府で起きてることを世間に広めてやる

 

子供っぽい思考回路だが、地獄とも形容される所で長い時間を過ごしたともなれば仕方ない

必死に必死に戦う

が、練度は上がらない

 

旗艦として戦果を報告する、しかし会話の時間も惜しい、なので報告書を簡単に作り、執務室に向かい、さっさと渡す

 

「待って」

 

「…何でしょう、司令官」

 

「今日はもういいよ、君のノルマはとっくに終わってる、今焦ってもいい結果は返ってこないよ」

 

苛立つ、悪人ではないのだが、もうここから出られるんだ

邪魔をしないで欲しい

 

「君はもう練度が20になる、だけど…みんなそこで沈んだ」

 

「慢心からでしょう?私にはそんなものありません」

 

「…実は君はもう2人目なんだ」

 

2人目?

 

「朝潮、と言う駆逐艦は他の鎮守府にもいる、ここにも前任の朝潮が居た、が、彼女は練度19で沈んだ、何が言いたいか、わかって欲しい」

 

「私とその朝潮が全く同じとでも?」

 

「違うのは知ってるんだ、だけど…明日じゃダメかな、あと一回の出撃で確実に練度は上がるかもしれない、だから今日大本営に20になったと伝える、明日出撃して練度をあげれば、迎えは明後日だから十分に間に合うんだ」

 

「……また憲兵に殴られますよ」

 

「いいんだ、万全の調子で成功して、ここを出て行って欲しい、必ず生きて出て行ってほしいんだ」

 

「昨日沈んだのは誰でしたか」

 

「…霰だ、そして先週は大潮」

 

「私はここから一刻も早く去りたいんです」

 

「どうやっても出ていけるのは明後日だよ」

 

「…朝の報告などはしないように、明日の出撃で練度を上げその後に報告してください」

 

「…ありがとう、そしてごめん」

 

「妹達の怨念に祟り殺される日を楽しみにしてください、それでは」

 

本音ではない、多分この司令官はマシな方だ

 

妹の死に涙を流してくれた、のだから…

私は…ここから出て…この今を変えて見せる

 

私がここを変えてやる、外から、必ず

 

 

 

 

翌日

 

 

「お世話になりました司令官」

 

「何もできなくてごめん、そしておめでとう、君の新たな門出を祝うよ、そして君の妹達の事、改めて謝罪させてほしい」

 

「……そうですか、どうせ貴方はわたしたちを沈めなければ学ばない、後任を何人沈める予定ですか?」

 

「沈めない、殺したくないんだ、誰も、誰1人として」

 

「私の妹を沈めたくせに」

 

違う、沈めたのは大本営だ、彼はその指示を伝えなければならなかった、伝えただけなのだ

 

「……本当にごめん、本当に…」

 

「みっともない、そんなのでよく私達の上に立っていますね、シャキッとしてください、あの子達が許すかは知りません、だけど私は…」

 

そうだ、これにしよう

 

「条件付きで許してあげましょう、貴方の携帯を渡してください、私も貴方の相棒に会います」

 

「…ただの一般人だよ」

 

「そんな事私が決めます」

  

「…断られたら?」

 

「断らせません」

 

「何が目的なんだい?」

 

「摩耶さんが聞いた話を聞いてみたくなっただけです、貴方の口からではなく、その人から」

 

 

 

 

「もしもし、あんた誰?」

 

まさか女性が出るとは思っていなかった、それに電話をかけた相手など提督であると断定できるはずなのに第一声がこれとは

 

「失礼いたしました、私朝潮と申し話ます、司令官の携帯を借り、お電話させていただいております」

 

「…そ、摩耶ちゃん死んじゃったんだ」

 

「…何故?」

 

「勘、かな、いいよ、こっちに来るんでしょ?その時にゆっくり話そう」

 

「……そうですか、わかりました、明後日に本土に向かう予定ですので、その際にまたお電話差し上げます」

 

「明後日って、平日じゃん、時間指定していい?アタシも仕事とかあるしさぁ」

 

曜日感覚など存在しなかった朝潮にとっては意外な話だった

 

「…なら時間がいつでも大丈夫な時にまた電話します、それでは」

 

「あ、ちょ」

 

電話を切り、返す

 

「満足いった?」

 

「まだです、最後に、一発殴らせてください」

 

「…いいよ、気の済むようにして」

 

「しゃがんで目を閉じなさい」

 

言われたままに提督は姿勢を小さくし、目を閉じる

盲目のまま殴られる恐怖はなかなかのものだ

 

衝撃を受け止めるために歯を食いしばる、体が強張り、心拍数が上がる

 

足音と共に朝潮が近づいてくるのを感じる、トッと、音がするとともに

フワリと洗剤の匂いがする、そして首に手が回され、肩に朝潮の頭が乗る

 

「…殴るんじゃなかったの?」

 

「少なくとも、私は、こんなにも私たちを想ってくれる人に手をあげるほど野蛮ではありません」

 

「そっか、ありがとう」

 

「司令官」

 

「二度と戻ってきちゃ、ダメだよ、最後まで生きてくれ、君の妹達のために」

 

「……また、いつか」

 

「ダメだ、さよならなんだよ」

 

「……」

 

「迎えが来るまで、自由にしていてくれていいから…」

 

「……」

 

「さようなら、朝潮、今までありがとう」

 

「私は、それは言いません、また必ず会いにきます、妹達にも」

 

「……わかった、それが叶うなら」

 

 

離島鎮守府からまた1人の艦むすが、消えた

ただ、みんなから祝福されて



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呉鎮守府

「俺がここの提督だ、これからよろしく頼む」

 

「はい、駆逐艦朝潮です、こちらこそよろしくお願いします、提督」

 

軍服に身を包んではいるがまだ若い、話を聞けばまだ新人らしい

しかし戦果は上場、まともに教育を受けたエリートだ、とも

 

「お前の前いたところは…」

 

「最前線です」

 

「だったな、じゃあ同じ出身の者に案内を任せる、此方司令室、軽巡川内は至急来てくれ」

 

懐かしい名前が呼ばれた、私が着任して一ヶ月共に過ごした仲間の名前だった

 

すぐにドアがノックされる

 

「川内です」

 

「入れ」

 

最後に見た彼女と同じ彼女が、また居る

しかし、あの張り詰めた雰囲気は何処かへ消えたような

あそこにいたみんなの、死への恐怖と生への渇望が…

感じられない

 

「朝潮を案内してくれ、同じ鎮守府の出身だったよな、積もる話もあるだろう?」

 

「わかった、ありがとね、行こう、朝潮」

 

会釈し、部屋を出る

どうやらこの若い提督は艦むすとの距離感が近いらしい

それがいい事なのかは、わからなかった

 

「川内さん」

 

「……おめでとうって言っていいのかな、朝潮」

 

「…はい、あの子達のことは、受け止めた上でここに来ています」

 

「…誰が…?」

 

「霰と大潮……」

 

「…ごめん」

 

「川内さんは何も悪くはないんです、せっかくここにきたんです、本土を案内してください」

 

「…そうだね」

 

「あと、聞きたいことが」

 

「何?」

 

「…随分雰囲気が変わりましたね」

 

「……ここは出撃が多くないから…練度の高い子が本土防衛のために集められる場所だし…」

 

「…そうですか、なんで…あの子達はあそこに…」

 

「たとえ沈んだとしても、素早く練度を上げていろんな場所に配置する方が、効率はいい、それがトップの考えらしいよ」

 

頭に血が上りそうになる

 

「川内さんは何とも思わないんですか?」

 

「……思わなかったと思う?やめた方がいいよ」

 

「何故」

 

「結構面倒なんだよここ、大本営の目が光ってて、私達の自由なんて本当に仮初の物、余計なことしても解体されるだけ、情報操作もお手の物ってね」

 

「……解体された人が?」

 

「多分ね、私も実際その時いなかったけど、電ちゃんはもう見てない、ね」

 

「……ここの提督は何も言わなかったんですか?」

 

「掴み合いの喧嘩まで行ったって、殴り合いにはならなかったらしいけど、正直パフォーマンスだとしか思えないけどね……」

 

「神通さんは?」

 

「那珂ちゃんと出かけてる、多分ね」

 

「姉妹が揃ってるんですね…」

 

「……うん、私達は…」

 

「幸運だったとでも?」

 

「……ごめん」

 

「実力です、たとえ運が良くても、艦種の違いで強くて生き残っても、実力だと胸を張って言ってください」

 

「……わかった」

 

「大丈夫ですよ、だれも恨んだり憎んだりしませんから…」

 

「……私ね、本当に嬉しかったんだ、朝潮が来てくれて、またあそこから1人抜け出せたんだって」

 

「でも私は、ほかの人を置いて来た最低な奴です」

 

「大丈夫、絶対そんな事思わせない、私が…」

 

「いえ、私です、私が、この今を変えて見せます」

 

「…そっか、やっぱり同じだよね」

 

雰囲気が張り詰める

 

「いいね、そうなんだよ、そうじゃなきゃいけなかったんだから」

 

「忘れないでください、沈んだ仲間の為に、私達は戦うんです」

 

「忘れた事はないよ、あの提督の事も」

 

「……司令官は思ったより、私達のことを大事にしていましたよ」

 

「知ってる、全部聞いてる、だから、大丈夫」

 

「……さて、ここを案内してください」

 

「おっけー、任せといて」

 

 

ところ変わって離島鎮守府

 

正規空母赤城

 

 

「提督、貴方を責めるほど私は考えなしでは有りません、どうか頭をあげてください」

 

「駄目だ、僕のせいで君たちをここまで傷つけている、ただの自己満足なんだよ、だけど、許してくれるなら僕が納得できるまでこうさせて欲しい」

 

「……加賀さん、何か言ってください」

 

「………永遠にそのままでいてください」

 

「…加賀さん…」

 

「赤城さんは、何も思わないのですか?彼女は…翔鶴は貴方をあんなにも……」

 

「それとこれとは話が別です、提督は悪戯に翔鶴を沈めたわけでは…!」

 

「摩耶さんは、あんなに手厚く、看取られたのに、あの子は孤独だった」

 

「……」

 

「もし、あの子の妹がここに来たら?私になんて言えっていうの?なんで摩耶さんのように必死に庇ってくれなかったの?何故……何故私が貴方を、憎まなければ…恨まなければならないの!!」

 

「加賀さん…」

 

「何か言ってください、私はこれ以上待てません、今すぐにでも貴方を…殺したい…」

 

「…それだけは私が許しません、それに翔鶴だってそんなこと望んでなんか…」

 

「…いや、もし、それで納得するなら、僕はそれでもいいんだ、僕がここにきて、23人、殺した」

 

「提督が殺したわけじゃないでしょう!」

 

「変わらないよ、僕が、死にに行くような、指示をした、それがたとえなんであっても変わりはしない」

 

「……死にたがっている奴を殺しても、誰も浮かばれないんです」

 

「そんなに死にたがってるように見えるかなぁ…」

 

「…私も死にたいから……」

 

「……みんなそうなんですよ、私達みたいに、もう色んなところに同型の艦が着任して、配属先がない人は、もう、みんな」

 

「……救いなんてないんでしょうね」

 

「あるよ、まだ、諦めちゃ駄目なんだ、きっとある、僕らは諦めたら止まる事もできず、絶望に沈むだけなんだから、まだ、戦わなきゃいけない……」

 

「それは他人の死を喜べと?どこかの私達が死んでその後釜に入れる時を待てと?」

 

「そうかもしれないし、その前に戦争が終わるかもしれない」

 

「……生きることが救いなのでしょうか」

 

「僕からすれば、ただ、平和に生きてくれれば、それは君たちが幸せなんだと胸を張って言えることなんだ」

 

 

 

呉鎮守府

提督三崎亮

 

 

「なんで俺が軍人になんかなったんだろうな」

 

「さあな、だが、私はそんな気がしていたよ、君のような正義感の強い男なら、こうなるだろうと」

 

「……そうかぁ?」

 

「なあ、亮、君は自分を勇者だと言えるか?」

 

「…あの事か?ンなわけねぇだろ、ああなったのも全部偶然だ」

 

「そうか、君らしいな」

 

「……で、なんでわざわざこんなとこまで来たんだ?」

 

「…旧友に殴られに行く前に、心構えでもしようと思ってな」

 

「殊勝な事で」

 

「いつか君にも合わせたいよ、多分、君とも面識がある」

 

「俺が知ってる奴か?」

 

「いつだったかなゆらぎの話、君以外からも聞いたことがあったものだね」

 

「……そいつは気になるな、オレの先輩って訳か?」

 

「そうなる」

 

「いきなり人を殴るようなタイプだとは思えないけどな」

 

「それだけのことをさせている、ヒトの形をしたものを殺し続ける仕事を、させている」

 

「……なら殺されてこい」

 

「優しい奴でね、殺しはしないだろう」

 

「同じ提督業でも、そんな地獄なんて想像できないな」

 

「……いつか見にいけばいいさ、だが、私の予想が正しければ…」

 

「お前の考えはだいたい外れる、期待しねぇよ」

 

「そうか、それではな」

 

「ああ、またな、拓海、次はサッカーでも見に行くか」

 

テーブルに広げられたカードの束を片付ける

 

「久しく観てないな、それも良いかもしれない」

 

 

 

 

駆逐艦荒潮

 

「ねぇ、提督、どうしたの?」

 

「なんでもねぇよ」

 

「そんな風には見えないけどぉ…」

 

「…お前もあそこの出だったな」

 

「……なぁに?あそこに戻れって話?」

 

ふざけた風を装っているが顔が強張ってしまう

 

「…言わねぇし、たとえそうでも言えねぇよ」

 

「上からの命令に逆らうと、後が怖いわよぉ」

 

「気にすんな、さて、朝潮がここに着任した」

 

「え…?」

 

そんな訳はない、姉は死んだ、私を助けに来て

二度同じ失い方をしたのだ

 

「おまえが出撃中だったから川内に丸投げした、探せばまだその辺に居んだろ」

 

「わかったわぁ、ありがとねぇ…!」

 

「おう、仲良くな」

 

「もちろんよぉ」

 

姉さんを探す、同じ姉さんを

あの日沈んだ姉を探す

 

あの日の姉を今こそ取り戻そうと

 

「姉さん!」

 

「…貴方は、荒潮ですか…本日よりこの鎮守府に着任しました、朝潮です、同型艦として、よろしく」

 

「おかえり荒潮、情報が早いなぁ」

 

わかっていたのだ、同じな訳がないと

 

「…姉さん、私を覚えてないの…?ねぇ…お願いよ…」

 

だけどすがりたかった、私を守って散って行った姉を、今度は守りたかった

 

「…前任の朝潮…ですか」

 

「そうみたい、だね…」

 

「前任って何よ!姉さんは…姉さんでしょう…ねぇ、お願いよぉ…!」

 

「すみません、荒潮、私は、貴方の知ってる朝潮とは、違うんです」

 

聞きたくない

 

「ですが、その代わりになれるように、貴方の支えとなる為に、必死に生きていきます、なので、どうかこれからよろしく願いします」

 

「…わかったわぁ…そりゃあ、そうよねぇ…いきなり……ごめ…あ、違うの…これは…」

 

涙が溢れる、見ず知らずの姉の優しさからなのか、それとも二度と届かぬと思い知らされた悔しさからなのか、ただ泣く

必死に泣く、止めようとは思えない、遠くにいる姉への弔いと、もう大丈夫と言うメッセージが届くように

 

 

 

 

「ごめんなさいねぇ…もう大丈夫、ほんとにね」

 

「…心配しないでください、私は…貴方を助けるために死んだりしません、一緒に帰って見せます」

 

「…嘘は嫌よぉ?」

 

「大丈夫ですから…誰も貴方を1人にしないと、約束します」

 

「じゃあ、許してあげるから離してぇ?」

 

「それはできません、ですがこのままでは動けないので、代替案として手を繋ぎましょう」

 

「…わかったわぁ…」

 

手をつなぎ、確信した、姉妹が死んでいる

だからこんなにも力強く、臆病に手を握っている

さっきの言葉は、生半可な覚悟では言えない言葉だろう

だから、もう、信頼できる姉を私も離したりしない

 

「…司令官も意地が悪い、やっぱり、私が慢心なんかで…」

 

姉の言葉は聞こえないフリをした

 

きっと、最後まで生き延びると誓って



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元勇者提督

「…なんなの、これ」

 

「これが現実だ、僕らがずっと遊び呆けてても、実際は毎日こんなことが起きてたんだよ、わかるだろう?海斗」

 

「…うん、わかる、だけど」

 

「内地はあんまりにも無関心だ、それは僕も、君も同じじゃないか」

 

「そうだね、わかった、やるよ」

 

彼は簡単に引き受けてくれた

小学校四年生の時、彼に出会った

本物の勇者に

 

「任せられる人が思いつかなかったんだ」

 

「…ボクでもこんな…きっとなんとかしてみせる」

 

一緒にサッカーをした事もあった、今となってはもう、諦めた夢もあった

 

「じゃあ、頼んだよ、僕は自分の鎮守府に戻るから…」

 

「うん、また会おう」

 

私が中学を卒業する前の集まりで、彼は自分を駄目な奴だと言った

勇者が己の存在を否定した

辛かったから、私は、彼に…

 

「…ねぇ、拓海、これはどう言う事なの?」

 

「……すまない」

 

彼の人当たりの良さは誰よりも素晴らしい点だった、努力家である事も周りから嫌われない重要な要素だった

だから、私はもう一度勇者になって欲しかった

 

「こんな、絶望の底に…なんで…」

 

「…違うんだ…僕は…」

 

この日初めて、彼に殴られた

 

「頼むから、もう、お願いだ、ボクはもう君をみたくないんだ」

 

「…すまない…本当にすまない…カイト…」

 

すがるような声をもらす

 

「君の考えてることはボクにはわからない、もしわかってても、応えることは…できない…ごめん…」

 

もう賢者には戻れない

 

「わかってたはず、なんだがな…」

 

「なんで古くからの友人にそんな役職を?」

 

「勇者だったからだ、私の中で、永遠に、いつまでもそうだった、仲間だったが、それ以上に憧れだったんだ」

 

「…気持ちはわかりません、ですが、きっとわかってくれるんじゃないんですか、勇者なら」

 

「元勇者だよ、彼だってただの人間なんだ、大人びた少年2人が、つまらない成人になっただけなんだよ」

 

「提督は、つまらないにしては戦果を上げすぎています」

 

「…そうかね」

 

「秘書官として、誇らしいほどに」

 

「そう言ってくれると幸いだ、大淀」

 

「…ですが、人の心は足りていませんね」

 

「まさか艦娘に人の心を教えられるとは思わなかったな」

 

「少なくとも、今日の任務内容を聞けば、足りないと思います」

 

「それが望まぬ仕事でもかね」

 

「…えぇ、でも、ちゃんと持っている事も知っています」

 

「人の心をか」

 

「船倉の資源を見れば、誰も薄情ものとは」

 

「きっと彼は受け取らない」

 

「…何故です」

 

「意地だろう、ここまで死んだ者のために、犬に成り下がらぬためにな」

 

「それをわかった上でこのような真似を?」

 

「…彼は勇者であり、憧れであると同時に、1人の友人なんだ、助けになりたいだけだ」

 

「前言撤回致します」

 

「人の心を持っていると言ったことをかい」

 

「わかっておられるくせに」

 

「…いや、わからんな、彼や、その仲間から見れば、私は…殺されても文句が言えないほどの薄情者だ」

 

「誤解でしょう」

 

「真実なんだ、私が薄情なのは」

 

「離島鎮守府に到着します」

 

「心の準備をする間も無さそうだな」

 

「…明石さんを連れてきます」

 

 

 

工作艦明石

 

 

「…お世話に、なりました…」

 

心臓が痛い、辛い、私は出撃はしないけど、ここから出られることを喜んでしまった

悔しい、怖い、嫌だ

 

「…君がいなくなることは、残念だよ、ボクの初期艦は、君と言ってもいい」

 

「…てい…とく…」

 

「ごめん、笑って送り出したいんだけど…そんな余裕はないんだ」

 

問題はない、どうせ表情など見えない、私の視界には床しか写ってないのだ、顔を上げるなんてできるものか、この辛さに必死に耐えて…顔を上げるなど

 

ノック

 

「……」

 

もう一度ノック

 

「……どうぞ」

 

「失礼します、倉持提督、私は大淀と申します、明石さんを引き取りに来ました、後任の方の書類もお持ちしました」

 

「…彼女じゃなきゃダメなんですか…」

 

「…えぇ、ダメです、大本営直々の指定なので」

 

「………火野は」

 

「おりますが、手をあげないと約束をしていただけるまでは会わせられません」

 

「…じゃあ、いいです、次は殺してしまいそうなので」

 

「っ…」

 

「そうですか、連絡しておきます」

 

「…彼女を…お願いします…」

 

無力だ、私も提督も

嫌だ、ここを離れても、提督から離れたくはなかった

彼は唯一私の趣味をわかってくれる

単純に利害の一致だった、私の機械いじりが好きな所が

彼のレトロゲーム好きな所と噛み合っただけなのに

 

「…本人の希望も聞いてもらえないんですか?」

 

「ここに着任してる間はそう言うことになるので」

 

「私がどうしても残りたいって言ってもですか、なんで…」

 

「大本営の決定ですので」

 

「くっ…」

 

食ってかかってみても、取りつく島もない

 

 

 

 

「さて、これで、仕事は終わりです」

 

何を言ってるんだこいつは、今から私を本土に力づくで連れて行く大仕事を前にして

 

「提督」

 

執務室のドアが開く

 

「…久しぶりだな」

 

「もう顔も見たくないと言ったはずだよ、そして聞いてたんだろ?」

 

「…何も文句はない、君になら殺される覚悟だ」

 

大淀が小さく「嘘つき」と言ったのは聞き逃さなかった

張り詰めた空気で息が苦しくなる

 

「私から3つほどある、それを先に済ませても?」

 

「…仕事は終わったんじゃなかったの」

 

「えぇ、大本営からの依頼は終了しました、なのでこれはこちらからの用件です」

 

「一つ目、君はオリジンを持っているのか、そして持っているなら、頼む、渡してくれ、それがあれば全て変わるかもしれないんだ」

 

「…なんだよオリジンって…」

 

「女神だ」

 

「…それならばボクは知らない」

 

「そうか、だとは思っていたよ、そして次だが、君のところの憲兵を引き上げさせてもらう、本土は人不足でね」

 

「…勝手にすればいいさ」

 

「最後に…大淀」

 

「はい、こちらから引き取った工作艦明石ですが」

 

急に名を呼ばれて体が固まる

 

「どうにもうちの鎮守府での作業効率が悪いようです」

 

「は?」

 

「聞いた通りだ、どうやら役に立たない、と言うことで大本営には連絡させてもらう、何かあるか?」

 

「…明石はまだここにいるんだけど」

 

「大丈夫だ、日付は一ヶ月後にしておく」

 

「…どう言うつもり?」

 

「私だって、君の友人として、君の役に立ちたかったんだ…君のことを憎んであんな事をしたんじゃなかった、本当に、悪かった、許してもらえるとは到底思っていない」

 

土下座、少なくともうちの提督より階級の高い、そんな男が

 

「本当に悪かったと思ってる」

 

「…そっか、ごめん、君のことを誤解してた」

 

「お互い様だ、僕も君のことを…わかれなかったんだ、信じたくなかった、君はいつまでも勇者だと…そう思っていた」

 

「でも、君はいつまでも賢者だよ」

 

「なら、いつかまたあの日のように」

 

「そうだね、あの黄昏に立ち向かう日々を」

 

何を言ってるのかわからないが、この2人は古い友人らしい

そして、その大喧嘩はいま、終止符を打った、と言う事もわかった

いつの間にかあの恐ろしく見えた大淀の提督も、柔らかな雰囲気になっているし、口調すら違う

 

「しかし、前より痩せたね、ちゃんと食べてるんだろう?」

 

「…食糧が不足してるんだ、畑を作る余裕も無いし、人手も足りて無いんだ」

 

こっちを見られる、舐め回すような視線

 

「…海斗、君まさか…自分だけ食べてないのか?」

 

ハッとする、そう言えば確かに1日2食の食事とは言え、私たちは健康を維持できる量を食べているし、現に維持されている

執務室に篭りきりの提督が何故痩せているんだ?

 

「提督!本当なんですか!?」

 

「…明日から食べるよ」

 

「やっぱりか、1人分なんて何にもならないだろうに、何故」

 

「ボクには変わりがいるからね」

 

「…僕からすれば君の代わりなんてこの世のどこにもいないんだ、それに、みんなに怒られるよ」

 

「内緒でお願い」

 

「まあいい、とりあえず、憲兵を引き上げさせたら船倉の荷物を置いていく、中身は普通の資源だから、好きに使ってくれて構わない」

 

「…わかった」

 

「ああ、そう言えば大淀」

 

「そうですね提督、折角なのでここの焼却施設をお借りします」

 

「…はい?」

 

「ちょーっと前の使用者がゴミを置いていったようで」

 

「食料や資源なのだが、記録にないもので、どうするか困っていたんだ、ここで捨てていこう」

 

「と言う事です」

 

「…ありがとう」

 

「礼を言うのはこちらさ、ゴミを捨てさせてもらうんだから」

 

「…明石、あれ持ってきてくれるかな」

 

「わかりました」

 

 

提督の好きなカセットを持ち寄る

 

 

「成る程な、えらくため込んでたじゃないか」

 

「カードもあるよ、昔から捨てられなくてね…」

 

「君らしいな」

 

「明石が空いた時間に整備してくれたんだ、全部遊べる、君にあげるよ」

 

「…これが本当に起動できて、遊べたとしよう」

 

「?」

 

「こっちはコレクターズエディションか、そしてこれは廃盤、それが山のようにある」

 

「…ああ、そう言うことか」

 

「ネットオークションに出せばあり得ない額になる、こんなに良質な状態はなかなかお目にかかれないからな、少なく見積もって数千万か、マニアは金を出すぞ」

 

目が点になる

 

「内地は相変わらず平和みたいだね…羨ましいよ」

 

「…ああ、ネットゲームもより勢力を増してるくらいだからな」

 

「君もやってるのかい?」

 

「そんな余裕はないさ、何、しかしこれを僕にくれるとなると、良い買い手を探してしまいそうだな」

 

「億単位には届かないだろう?」

 

「届く、届かせよう、それほどのものだ」

 

「じゃあ、やめた」

 

「それがいい」

 

「明石、君の好きにして欲しい」

 

「私、ですか…でもこれは提督のもので」

 

「壊れてたのを直したのは君だよ」

 

「…ここでお金を使うことはできません」

 

「じゃあ、いつか使えるようになったら売って、みんなで美味しいもの食べて、遊ぼう」

 

「…はい!」

 

「君らしい結論だな」

 

「そうかな」

 

「あ、提督、伝え忘れたことが」

 

「いかんな、私も、どうやら後任の資料を間違えていたらしい、何々、これは、二名の新人を配置することにする、か」

 

「…ここに?」

 

「ああ、だがこれからは十分な入渠をさせることができるんだ、心配はない、着任するのは間宮、鳳翔だ」

 

「…成る程ね、お心遣いに」

 

「気にしなくていい、その代わりカードの方はもらっていくよ」

 

「遊び相手が減るよ?」

 

「どうせ遊べないだろ、それに僕が保管しておくだけだ」

 

「またみんなで遊びに行こうね、拓海」

 

「またな、海斗」

 

 

 

 

「よかった…」

 

工廠につくと、ついへたり込む、無事に憲兵も送り返され、大量の資源を補給され、艦隊の全員が十分な補給を受けられる

みんな驚きながらもそれを喜び受け入れる

提督の平謝りにも慣れたものだ、もっと早く、と思わないわけではないが、これで失う数をより減らせる

 

そして提督の側にいられる  

 

ふと提督に預けられたパソコンを見る

とても古いタイプのタワー型PC

そして旧式のVR装置

これだけは治すも何もどうしようもない

触りすらしなかった

執務はすべて手書きだが、いいパソコンになれば何か変わるかもしれない

その位目を閉じても簡単だ

 

「よし」

 

最高の状態にして見せる



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離島鎮守府最強

実際、補給のおかげで轟沈は一度もない、しかも自由にできるようになったし、秘書官として鳳翔、食料の管理や食堂の営業を間宮がやってくれている

だが、こうやって過ごしていると、過去に己の指揮が殺した娘の恨み言が聞こえてくる

 

『タスケテ…ワタシモ…ソッチニ…』

 

もう何もできないとわかっていても辛い

今を過ごすのに必死なのに、過去を振り返る余裕なんてないのに

 

「大丈夫、いつか僕もそっちにいくから」

 

そう、声をかけることしかできない

 

軽巡北上

 

練度が10になれば迎え入れよう

そう言われたと聞いた

 

「ねぇ、提督、私今練度幾つだっけ?」

 

「35だよ…ごめんね、僕が至らないばかりに」

 

私は10で内地に行けるはずだったし、20話過ぎれば大体の艦はここを出られる

なのにそれすら許されない、正規空母も同じくここに残されているが、練度は27、戦闘では私の方が実際上だ

 

「それは聞き飽きたって、大体提督を責めてるわけじゃないんだよ」

 

嘘だ、責めてる、責めなきゃやってられない

 

「ありがとう、早く転属願いを受理してくれるといいんだけど」

 

実際に転属願いが出てるとは思っていないが、どうなんだろう

 

「そだねー、大井っちのとこに行きたいなー」

 

「たしか球磨型はみんなそこに配属されてるはずだし、きっとそこに…」

 

「行けるといいんだけどね」

 

「…命をかけてる君たちが、満足に行きたい場所にも行けないこと本当に申し訳なく思う」

 

「そう、あ、じゃあお給料とか欲しいなぁ、お金もらってー、内地で遊ぶんだ」

 

「…ごめん、ここにお金って言えるようなものはないかな…」

 

「なんで?提督もらってないの?」

 

「着任期間を終えたらまとめて支給されるって言われたから…と言うか、君たちがお金をもらってないの初めて聞いたよ」

 

「…マジ?」

 

思ったより上は腐ってるのかもしれない

と言うか提督がダメなだけなのかもしれないけど

 

「そういやここって演習とかも組んでないよね、なんで?」

 

「…その…来てるんだ演習の話だけなら」

 

「え?じゃあなんで受けないの?」

 

「演習で勝ったら、その演習先の艦隊に配属されるんだ」

 

「は!?じゃあ尚更なんで受けないのさ!」

 

「負けた方は、こっちに来るんだ、一回に6人、新人が来たことがあったよね、そこそこの腕の人たちが」

 

覚えはある、しかしそいつらは全員

 

「絶望した顔で沈んだ、想像にた易い、だから…」

 

「組みたくないんだ、演習」

 

「…そうだね、勝手なこと言って悪いけど」

 

「半分自分が殺したみたいなもんだよねー、内地に行っても喜べないなー、それ」

 

「それに負けたら練度が上がっても評価は厳しくなると思う」

 

「…へぇ、成る程ねぇ、じゃあやろっか、演習」

 

「…いまの話聞いてたよね?」

 

「大丈夫、負けてあげる」

 

「だから…」

 

「ここに残ってもいいと思ってるメンツだけで行こうよ、わざと負けてもいい勉強になる、生存率はグッと上がるよ」

 

「…本気?」

 

「勿論、赤城さんと加賀ならついてきてくれるかなぁ?」

 

「…わかった、準備する、あの2人もまだここを出られるとは限らないし」

 

「ん、よろしく」

 

「ただ一つだけ、負けようとしないで」

 

「なんで?私たちに半分殺せって言ってるの?」

 

「負けた子たちも、ここで生かす、生きて戦争の終わりを迎える」

 

へー

 

「そうこなくっちゃね」

 

 

 

 

「今日はよろしくお願いします」

 

「ああ、編成はそちらに合わせてある、うちが負けたらまるまる交換だ」

 

編成は互いに赤城、加賀、北上、鳥海、高尾

 

「全力で勝ちにいって欲しい、練度の差は埋められるはずだから」

 

「「「「「「了解」」」」」」

 

向こうの平均練度は23、こちらは26

北上が全体を引き上げているのに対し向こうは平均的、だがそれもそうだろう、こんな内地の鎮守府で出撃などほとんどないのだから

 

演習開始の号令とともに艦載機が発艦する

こちらが旧式の装備なのに対し向こうは最新のもの、練度は若干上でもそれを十分に埋めるほどの性能

制空権は五分だった

 

「不味いですね、向こうの装備、かなりいいですよ」

 

「艦爆きます!備えて!」

 

由良が対空射撃をするものの、落とせた機体は僅か

 

「北上さん、そっち行きました!」

 

「よーし、作戦通り行くよー」

 

陣形が崩れる、単縦陣から1人だけ外れ、岩陰に

 

「被害報告!小破2!」

 

「北上さんは!?」

 

「連絡取れません!通信に応答しません!」

 

「目視確認!」

 

「見当たりません!」

 

「1時方向に敵!T時!こちらが不利になる模様!」

 

「進行方向変更!反航に!」

 

「間に合いません!砲撃きます!」

 

「先頭高尾、撃ちます!艦載機を!」

 

「攻撃機を仕掛けます!」

 

向こうからの攻撃にこちらはすりつぶされる

不味い…

 

「被害報告!中破2!小破3!」

 

「敵艦小破2!」

 

「空母前へ!夜戦を考えて私たちが盾に!」

 

『そのままでいいよ、回り込んだから、軽巡北上、雷装行きまーす』

 

敵艦を挟むようにして、北上が現れる

 

「夜戦は、無理だし、考えなくていいか」

 

魚雷を放ち、装填、放つ、装填、放つ

 

放射上に広がる、そしてそれは伸びた隊列に当たる

こちらに砲門を向けるにももはや遅い

 

「敵艦大破多数!旗艦は無傷ですが撤退を始めました!」

 

「追撃します!」

 

それと同時に昼戦の終了の合図が鳴り響く

 

夜戦へと突入するか、その判断は最速で行う

 

「てったーい、こっちもあと一撃喰らったら旗艦の赤城さん落ちちゃうよ」

 

「…了解、帰投します」

 

「全員撤退!」

 

戦術的敗北

 

「あちゃー、行けるかなって思ったけど」

 

「仕方ありません、負けは負けです」

 

「…そうですね」

 

 

 

「質問があるのだが」

 

「んー、あ、どうも、この度はありがとうございました」

 

演習相手の提督か、真面目そうだが私たちをモノ程度にしか見ていない、敵艦隊の動きを見れば分かる

 

「なぜ改装しない?十分にできるだろう」

 

「資源とか足りなくて」

 

最近溢れるほどいただいたばかりだが

 

「それくらい提供しよう、どうだ、うちに来ないか」

 

少なくとも、あの動きを見た今となってはごめんだ

 

「私は主力としてあの鎮守府に居るわけではありません、動きが周りに合わせられないからです、隊列を崩してしまうので、実戦は基本的には…」

 

嘘だ、鎮守府最強を自負してる

 

「…チッ、使えねぇのか、じゃいいや」

 

やっぱりねー

 

離島鎮守府

 

「ねぇ提督、なんで私を改装しないの?」

 

「改装…?近代化改修じゃなくて?」

 

「oh…」

 

まさかそれすら知らないとは思わなかったな

 

「じゃ、改装しとこっか」

 

私はもっと強くなって…ここでみんなを助けるんだ

 

「じゃーん、改造されて重雷装巡洋艦になったスーパー北上さまだよー」

 

成る程ね、これが改装かー

 

「すごいね、雷装がとても強くなってる」

 

甲標的があればもっと面白いんだけどなぁ

 

「…あ、これ、前任の千代田さんが送ってきてたものなんだけど」

 

「oh…わかってるねあの人」

 

甲標的もある、改装もされた

誰にも負けない

 

「よーし、やっちゃいますよー」

 

出撃においては空母がいなくても、ただひたすらに敵を沈める

一人で戦果を上げることも稀にある

 

それは良くも悪くも死者が減ることにつながった

 

「ありがとう、君のおかげで誰も死なずに済んでいる」

 

正直疲れないでもないし、指揮系統も変わったおかげで私の力なしでも轟沈は無くなった

 

ま、感謝されるのも悪くないなって思った

 

「今日の演習だけど、実は」

 

「姉さんたちがいるんでしょ?」

 

「よくわかったね…」

 

「言い淀むくらいなんだからわかるって」

 

「久しぶりに話せたらいいなぁ…」

 

 

呉鎮守府

 

「初めまして、この度はよろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします」

 

向こうの提督は礼儀がなってるな、珍しい

 

「こちらに球磨型がいるって聞きまして」

 

「そっち出身の奴らで編成は組んである、十分に時間を取ってるからゆっくりしてってくれ」

 

あえてこっち出身で組むってことは…

嫌な考えが浮かぶなぁ

 

「き、た、か、み〜!」

 

後ろから声がしたと思って振り向く、が誰もいない

 

「ニャー!!!!」

そして正面から衝撃

 

「待ってたニャ、よくきたな、北上」

 

「元気そうでよかったクマ」

 

「北上さん、お会いしたかったです」

 

「沈んでないようでなによりだぜ姉さん」

 

「…みんな…」

 

あ、だめだ、泣く

 

「久しぶり…ほんとに…」

 

堪えられない

 

「北上さん!?ちょっと前提督さん?何私の北上さん泣かせてるんですか!?」

 

「にゃ、ひどいことされたのかにゃ?」

 

「流石にそんなことできるタマじゃねークマ、だけど取り敢えず一発殴るクマ」

 

 

 

「司令官、お久しぶりです」

 

「…もう結構経ったんだったね」

 

「はい、いろんな方によくして頂いてます」

 

「なら良かったよ」

 

「司令官、今日は負けませんから」

 

「頑張って、期待してるよ、ところでそっちのあと一人は…」

 

「わ、た、し、よぉ…?」

 

「荒潮、君だったんだね」

 

「私は心配してくれないのぉ?」

 

「君は十分に強い、心配するまでもないって思っただけさ」

 

「では私は弱いと?」

 

「まだ、ね、でも今日を経験すればきっと」

 

「ではその認識を変えて見せます」

 

「倉持提督」

 

「三崎提督でしたね」

 

「すこし、2人で話したいことが」

 

「…わかりました、2人とも、またね」

 

「演習が終わったらまた来る、それじゃあな」

 

 

 

 

「森羅ってわかりますか」

 

「…なんでしょうか、それは」

 

「ゆらぎについてもご存知ないですか」

 

「…」

 

「俺はあの時、いろんな異世界を周りました、その時に一緒に世界を救ったのは、あなたじゃないかと考えています…あんたはカイトだよな?」

 

「…ハセヲ、でいいんだね」

 

「…ほんとにあんたの方が年上だとは思わなかったぜ」

 

「僕もだよ、あの時は僕の方が年下だったのに」

 

「また会えて光栄だ」

 

「こちらこそ」

 

 

 

 

 

 

「前方クマ!」

 

「よーい!てー!!!」

 

 

「不味いなー、向こうのペースだよ」

 

「艦載機を全て叩き落とすとは思いませんでした、不覚です」

 

「赤城さんも連れてくれば良かったかな」

 

「誰が空母無しの編成にそんなに人を割くんですか!」

 

「…私いくねー」

 

「…些か軽率では?」

 

「やらなきゃ負けるよ」

 

「…本気で勝つ気ですか?姉妹を地獄に落とせるんですか?」

 

「もう地獄じゃない、雷巡北上、行くよ」

 

 

 

「来ます、雰囲気が変わった」

 

「北上だけにゃ」

 

「単艦突撃を仕掛けてくると?」

 

「そうだろうな」

 

「あいつ、全然クマ達よりは強くなってるクマ」

 

「勝てるのかしらぁ…」

 

「姉貴舐めんなクマ、多摩、大井、取り敢えず道を塞ぐクマ、雷撃しまくれクマ!」

 

「「了解」」

 

 

 

予定通り魚雷が来た…

 

「いくよー、満潮、霞は私に砲撃開始!」

 

「…当たらないでね…」

 

「あたってもこっちの責任じゃないっつーの!」

 

 

 

「は!?あの馬鹿!本気かクマ!」

 

「目に見えてるものが真実です、味方から砲撃されてます、至近弾もある…」

 

「違います、あれは狙いは魚雷です、爆発します!」

 

水柱が立つ

 

「でもあれが落ちたらもう身を隠せないニャ!」

 

 

 

「今だよー」

 

「第二次攻撃隊正面!」

 

 

 

「しまった!対空が遅れた!」

 

「これが狙いかニャ!」

 

「全員散れ!!」

 

 

 

『被害軽微』

 

「オッケー、十分、さ、まずは…木曽からだね」

 

「なっ…しまっ…」

 

「主砲、よーい、どかーんってね、撃沈判定でいい?」

 

「…参った」

 

 

「マズったクマ!全員固まれクマ!対空の用意!」

 

「対空ですか!?」

 

「雷撃の量が少なすぎクマ!帰りしなにもう一発くるぞクマ!」

 

「集まる余裕はないニャ!てー!」

 

「本当にそんな余裕あるのかなぁ…」

 

「大井!後ろだニャ!」

 

「雷撃の準備はいいんだけど、痛い思いしたくないよね?」

 

「盾にされちゃ打てんクマ!荒潮回り込めクマ!」

 

「はいはぁーい」

 

「大井っち、早く降参して」

 

「…お断りします、北上さん」

 

「ごめんね」

 

 

 

 

「大井のやつ無理したニャ、旗艦を狙えニャー!」

 

「加賀発見、仕掛けるクマ!」

 

「球磨さん!足元雷撃跡が!」

 

「こんなもん通じるわけないクマ!」

 

「全員加賀に向かって…主砲撃てー!」

 

 

 

『あと2分なら耐えられます』

 

「十分、私が姉さんを倒すから、みんなで牽制して」

 

『…失敗すると思いますよ』

 

「しないから、させない、私が全部やる…見えた…っ!」

 

『北上さん!危ない!」

 

「今!後方雷撃開始!」

 

「やばっ…」

 

 

 

 

 

 

 

敗北D

 

 

 

 

「ったくこのバカは!何やってんだクマ!」

 

「まさかここまで間抜けとは思わなかったニャ」

 

「自分1人で全部なんとかできるなんて甘い考えですよ、北上さん」

 

「敗軍MVPも結局満潮に譲っちまって、こんな作戦もうやめといたほうがいいぜ」

 

「4人がかりで虐めることなくない…?」

 

「虐めぇ?教育と言えクマ!このアホ上!」

 

「バカ上には丁度いいニャ」

 

「ダメ上さんでも私は好きですよ」

 

「まあ、今日くらいは間抜け姉さんってことで」

 

「…死にたくなってきた…」

 

「提督はこんな作戦いつも認めてんのかニャ?」

 

「だとしたらあいつもぶち殺してやるクマ」

 

「認められてはないよ、私が事前の作戦破棄して無理やり強行してる」

 

「こんのバカ上がぁぁぁぁぁぁ!クマ!」

 

「うわぁぁっごめん!ごめんってばさぁ!?」

 

「お前がエース級に強くても!連携のないチームに勝てるわけないニャ!」

 

「俺たちがなんで主砲メインで戦ってたかすら気付かなきゃダメだぜ…」

 

「ダメなダメ上さん…素敵…」

 

「お前は帰ってこいクマ!」バチコーン!

 

 

 

 

「なかなかいい勝負だったな」

 

「うん、北上さんにも自分を見つめ直す機会を与えられた、今回の件は受けてくれて本当に助かったよ」

 

「どんな勇者も仲間の扱いには苦労するんだな」

 

「お互い様じゃないの?」

 

「違ぇねぇな」

 

 

 

 

 

「提督、大丈夫になったよ」

 

「本当にいいの?こっちに残って」

 

「向こうに私はいない、でも私に声がかからない、それはあの4人で十分だから、じゃあここは?」

 

「君1人でも消えたら潰れちゃうかもね」

 

「感謝してよねー、さあ、ハイパー北上さまの出撃だよー!」

 

私がもう誰も鎮めない

だからもう安心してね、提督



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過去より

駆逐艦朝潮

 

内地 喫茶店

 

「…お時間を割いていただきありがとうございます」

 

「ん、気にしないで?しっかしあんたみたいにちっさい子もいるのーねー、話には聞いてたけど」

 

「私たちの分類は駆逐艦で、かなりの人数がいます」

 

「こんなちっちゃな子供にも、私たちの命預けてるんだなぁ…」

 

「……」

 

「まあいいや、私の名前は知ってるんだっけ?朝潮ちゃん」

 

「苗字だけでしたら」

 

「なら改めて自己紹介、速水晶良、晶良でいいよ」

 

「では、晶良さん、単刀直入に伺いたいのですが、司令官はどんな人だったんですか?」

 

「んー、まあ面倒なところからだけど、私たちゲームで知り合ったんだ、ネットゲームくらいわかる?」

 

「まあ、ある程度は、遠くの人とも一緒に遊べるって聞いてます」

 

「でも遊びじゃなかった」

 

「ゲームなんですよね」

 

「命がけのね、私は弟が意識不明の重体、アイツは、親友がそうなった」

 

「ゲームのせいで?なぜそんなことに」

 

「現代医学でも解明されてないけど、暗示の部分が強かった、というのが最近の見方ね、デジタライズ学とか、その辺は私も専門外だし…うーん、まあ、私とカイトは身の回りの人間のためにあの世界で戦ってた」

 

「結果は?」

 

「勝ったわよ、だから弟も、アイツの親友も助かった」

 

「…正直意味不明です」

 

「まあ、そうよね、別に理解する必要はないけど、あいつは真剣に、友達のために命をかけてた」

 

「それは素晴らしいことですね」

 

「色んな人の手を借りながら、色んなことをした、結局のところそれだけなんだけど…でも、アイツは勇者になった」

 

「勇者?」

 

「そう、勇者、ゲームの中でだけど、現実を救った」

 

「遊びでですか」

 

「そこが違うのよねー、伝わるかわからないけど、ネットってケータイからなんでもできるじゃない?パソコンでもね」

 

「私たちの鎮守府にも複数のデバイスがあります」

 

「そうそれ、例えば…」

 

スマホが目の前に置かれる

電源が入っていないらしく、画面は暗い

 

「この電源を切ったスマートフォン、これを手を触れずに操るにはどうする?体の部位って話じゃあないの」

 

意味がわからない

 

「ここで出てくるのがネットよ、もう一台のスマホで、これをハッキングしてしまう」

 

いつの間にかもう一つスマホが出てくる、それを操作していると机に置かれたスマートフォンに電源が入る

 

「わかった?」

 

「何がですか」

 

「ネットを使えば、それに繋がってるものはなんでも動かせちゃうの、もちろん、できることには限度がある、例えば他人のPCなんてセキュリティがあるし、そもそもそれにアクセスする力は私にはない」

 

「だから犯罪はできません」

 

「それをやる奴らはクラッカーって呼ばれてるわ、実際できる奴がいるし、いたのよ、それは人間じゃなくて、ネットの中にあるAI、人工知能」

 

「じゃあそれを削除すればいいじゃないですか」

 

「…じゃあ、そのスマホ、ロックを解除してみて?」

 

「パスワードは…」

 

「教えない」

 

「では不可能です」 

 

「そうなの、向こうは自分へのアクセスを拒んだのよ、気づけば手遅れ…つまり止められなかった」

 

「愚かな話ですね」

 

「仕方ないことでもあるの、人だってなんだって進化する、その進化の速度において行かれるなんて、しょうがないでしょ?」

 

思えば深海棲艦も、どんどん強くなっている

 

「で、人間を支配下に置いてやろうって奴が出てきた、だけど逆に共存派もいた、私たちは手を取り、共存の為に戦い、勝った」

 

深海棲艦とはどうなのだろうか

 

「まあだいたいこんなとこよね、わからない点は?

 

「ほとんどすべてです」

 

「だよねー、私も急に説明されてもわかんないわ、だけど、今あんたらが戦えてんのも、この辺りが平和なのも私たちの頑張りあってのものなんだから」

 

今もしここに深海棲艦がきたら、逃げることしかできない奴が偉そうに

 

「偉そうにって?数年前に発電施設が全て無くなったら?核ミサイルがどこかに発射されて核戦争が起きたら?たらればでも、それを私たちは命をかけて防いだ、一個前のヒーローなのよ」

 

「確かに、ネットで管理された今の世の中、それも仕方のないことなのかもしれません、言ってることは一理ありますが、現実に被害が出るとは…」

 

「じゃあ実際に被害が起きた時間ならいいの?んー、って言ってもここじゃない世界の話だしなぁ」

 

「またネットですか」

 

「残念ながら次は異世界よ」

 

思った以上にヤバい人みたいだ

 

「…まあ、アイツは紛れもなく世界を救った勇者よ、今どうなってんのかはある程度知ってるけど」

 

「なんでその勇者があんな仕事を?」

 

「アイツが高校の頃だったかしら、みんなで集まった時に急に言ったのよ、「僕にはなんの才能もなかった、皆んなみたいにはなれないって」実際アイツは夢なんてもんはなかったし?その時は誰も気にしてなかったわよ」

 

「でもそれが何を思ったか軍人になった、と」

 

「いや?最初はその辺のサラリーマンになってたわ、でもね、その時の仲間の1人が急にアイツをスカウトしたの、そしてそれを受けた」

 

「何故?」

 

「勇者への憧れだったんじゃない?」

 

「自分が勇者だったのに?」

 

「それしか無いのよ、勇者だったから勇者であり続けたい、くだらない願望よね」

 

「…そんな名声欲に私たちは命を預けたと?」

 

「…違うわよ、あいつはそこまで悪人じゃ無いわ、誰かに称賛されたいわけじゃ無いの、アイツをそうしたのは私たちだから…」

 

「確かに司令官は一番に私達を思ってくれているでしょう、ですが」

 

「有能じゃ無いんでしょ?当たり前じゃ無い、軍学校だって行けてないんだから」

 

「…だとしたらなんで急に提督になんか…」

 

「誘った奴がある程度偉かったのよ、財産のある、ちょっと頭良くて、勇者への憧れが人一倍強い奴、それだけ、それに私たちも期待してた」

 

「そんな理由で?」

 

「簡単に動いちゃうもんよ?誰かに軽く背を押されたら」

 

「そんな優柔不断な理由で…」

 

「でもあいつはやる奴よ、舐めてると痛い目見るからね?」

 

「あんな人がですか」

 

「はぁー、舐めてかかってるわねぇ…期待してなさい、今からアイツが成長していくのを」

 

「二十歳を超えた人間は老いるのみと聞いていますが」

 

「…私にもグサッときたわね、まあいいわ、そのうちわかるから」

 

「何故そう言い切れるんですか」

 

「自分の相棒信じないで何が相棒よ、それに、アイツは今も見守られてる、気付いちゃえばすぐなのよ」

 

「教えないんですか?」

 

「教えられないのよ、わかんないから、ま、信じてみなさい!信じるだけならタダだから」

 

 

 

結局この話し合いは無駄だったのか?

無駄と言い切ってもいいが、データを見れば確かに戦果は上がりつつある

思えば着任当時よりずっと右肩上がりではある、緩やかながら

 

何かにつまらないことの方が珍しいが、停滞したのは件の拷問の時くらいだ

 

「…信じるだけならタダですからね」

 

最後に言われた言葉を反芻し、クスリと笑う

 

 

 

呉鎮守府

 

「どうだった?街は」

 

「特に遊んだわけではありません、まだ給与もないですし」

 

「…なんであっちは金すら出ないんだ?」

 

「さあ、研修期間というやつではないですか?」

 

「乗り越えてくる奴がタフネスすぎてヤになんぜ…」

 

「ところで提督、あの鎮守府が最近演習を受けているという話ですが」

 

「うちも組んだ、球磨型から要望があってな」

 

「では私と荒潮も…」ズイッ

 

「わーった、わったから落ち着け」

 

「では支度をしてきます」  

 

「何の」

 

「明日の出撃と、演習の用意です」

 

「演習はまだ先だ、そしてお前は明日は休みだ!」

 

 

 

 駆逐艦大潮

 

「駆逐艦大潮です!小さな体に大きな魚雷!お任せください!」

 

「…よろしく、残念ながらここには姉妹艦は今はいないけど、いつか会える彼女たちのためにも頑張ってほしい」

 

第一印象は暗い提督だと思った

別に酷い人って感じはしなかった

でも、すぐに働き詰めの日々、中々辛い

 

旗艦の北上さん曰く「だいぶん楽になったんだけどねぇ〜」との事

これでマシなら前はどんなところだったのか

 

「今日は休んでいいよ、明日も、今は人数に余裕も出てきたから」 

 

なるほど読めた、きっと人数に余裕がなかったから大変だったんだ!

じゃあもっと建造してくれればいいのに、と思った

 

しかしたまの休みを満喫しようにもここには何にもない

この様には娯楽なんてまるでない、これでは休みにならないではないか

 

ふと何人かが島の裏手に向かうのを見かける

そういえば行ったことがなかったな、と跡をつけてみる、実はここには遊び場が…

 

そんな甘い考えもすぐに捨てさせられる

 

墓地だった、しかも自分の名前もある

話を聞けば、記録だけじゃなく、墓を作り、弔ってやろうと言うことらしい

 

朝潮 霰 大潮 

 

私や姉妹が3人も沈んでいる

なんで…

 

「別に指揮官は悪くないの」

 

みんな司令官を悪くは言わない

だけど言い淀む

つまり、今はマシってだけじゃないのか

悪戯に轟沈させてたからこんな墓場が…

 

この日から私は司令官に対して否定的になった

周りも強くは言えなかった、誰かが沈んだのは貴方のせいではないと

そして司令官も私からの叱咤を受け入れていた

 

それで助長してしまった

ある日の出撃、幸運なことに2人の姉妹と出会えた

 

満潮と霞だった

 

この2人の性格がきついことはよく知っている

そしてきっと私の味方になってくれると

 

ある日、私は出撃の編成に不満があった、私が姉妹と一緒に出撃できない、それだけだけど

 

「お願いだから、出撃してくれないかな」

 

「お断りします!出撃させたければ2人も一緒に連れて行かせてください!」

 

「その海域はまだ危険で、着任してすぐの2人じゃ危ないんだ…」

 

実際私以外のメンバーは高練度組

私を入れたのはこの前出て行った人の代わりだろう

十分に通用する練度だから

 

「じゃあ海域を変えてください!」

 

「そう言うわけにはいかないんだ、みんなでやらなきゃあそこはクリアできない、そしてあそこは絶対に確保しなきゃいけないんだ」

 

「私たちの誰かが轟沈してもですか!?そんな危険なとこに送り込んで!司令官は私たちを轟沈させるつもりなんだ!」

 

「そんな事…」

 

「っ…じゃあなんで言い切れないんですか!私たちだけ死なせて!あんたこそさっさと…!」

 

言いかけたところでドアが開く

 

「言い過ぎよ、姉さん…」

 

「霞…なんで止めるの!」

 

「今回ばかりは霞の言う通りよ、姉さんはそいつの話を聞いたりしたの?」

 

「私たちを悪戯に轟沈させるような奴の話なんて…」

 

「じゃあ、姉さんが着任してから一度でも轟沈があったの?」

 

「なかったとしても!明日には誰かが沈むかもしれない!こんな奴のせいで…!」

 

「そうかもね、でも、司令官をストレスの吐口にしてたら同レベルよ」

 

「そいつがクズだったとしても、そうじゃないにしても、話くらい聞かないと何もわからないままよ」

 

「……」

 

「いいんだよ、僕が至らないから、君たちの姉妹たちを沈めた、それはどうやっても変えようのない事実なんだから」

 

「じゃあ、話を聞いてくれない姉さんの代わりに私が出撃してあげる」

 

「それはだめだ、あの海域に行くにはまだ経験がなさすぎる、それにあそこは本当に危険なんだ、今のうちじゃ大潮以外ありえない…」

 

「だってさ、姉さん、少しは動いてあげたら?」

 

「………沈んだら化けて出てやります」

 

「死なせは…しない」

 

「信じませんよ」

 

「いいんだ、僕の指揮より、君たちが信頼できるものに命を預けてくれれば、なんだろうと責任は僕が取る、誰も責めはしない」

 

「今日は出てあげます」

 

「お願いするよ、無事に帰ってきてね、みんなで」

 

 

 

狂うなぁ……

満潮も霞も、蓋を開ければ良識的だった

私が酷すぎて冷静になってしまったなんて

自分が嫌になる、一度全てリセットしてみよう

 

「大潮!アゲアゲでいっきますよぉ〜!」

 

「機嫌がいいですね」

 

「…いつまでもあんな感じだと、妹が心配しちゃいますから!」

 

「いいねぇ〜じゃ、頑張っちゃおうか!」

 

「オッケーです!」

 

絶対大丈夫!



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私二人

駆逐艦曙

 

「残念だが、お前はここの規律を乱しすぎだ」

 

「………」

 

昨日まで自分が上官をなんと呼んでいたか

それを思えばわかりやすい話だ

 

「お前には異動してもらう事にした」

 

「解体じゃなくて?随分お優しいことね」

 

「……漣達のことを考えろ、お前がここから大人しく消えるなら、アイツらの安全を保証しよう」

 

「クソ提督が…」

 

「自覚はある、だが奴らは駆逐艦だ、戦艦や空母として戦えるわけじゃない、ならばやることは分かるだろう」

 

「もし弾除けとしてあの子達を殺したら…あんたを殺しに来るから」

 

「来れるものなら来てみればいい」

 

 

 

漣、潮、朧

この3人とは特に仲が良かった、いつも憎まれ口を叩きながらも

ずっと仲良く、最後の時まで、今度こそ一緒に…

そう信じてやまなかった

 

「じゃあね、せいぜい達者でやりなさい」

 

「曙ちゃん……」

 

「…絶対沈まないから」

 

「…戦争終わったら、会えますかね」

 

別れの言葉も、もっと、本音を言えばよかった…

 

「…じゃあね、また、会えるといいなぁ…」

 

遠く、もう届かない声をポツリとこぼす

 

 

 

「君の配属先だが、呉鎮守府に移ってもらうこととした」

 

「呉ですか」

 

「君と同種の娘によくあることだったのでね、それに目を瞑るくらいの人間がいる」

 

 

 

呉鎮守府

 

「お前が曙か、よろしくな」

 

「…よろしくお願いします」

 

「資料より礼儀正しいみたいだが、あんま前のことは気にすんな、個性だと思ってるから好きにすりゃいいぜ、クソガキ」

 

「なっ…」

 

まさか初対面の人間にクソガキ呼ばわりされるとは思わなかった

 

「こんの…クソ提督!」

 

数日後には前と変わらず上司をクソ呼ばわり

我ながら情けないことこの上ない

 

「それでいいんだよ、お前は」

 

「どういうつもり?さっさと解体に回すため?」

 

「俺はお前みたいなやつ慣れてんだよ、結局素直に慣れないだけで根はいいやつ、それが俺から見たお前だ」

 

「…ふんっ…このクソ提督、この短期間で何が分かるって言うのよ」

 

「そうだな、じゃあもっと時間かけてやるから、お前も好きにしてくれな」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦曙

 

「厄介払いしたと思ったらなんの巡り合わせだ」

 

「ご主人様、どうするつもりですか?」

 

「解体だ、曙には用はない、ストレスの元で邪魔でしかない」

 

「今日、今着任したばかりですよ!?」

 

「お願いします提督!まだこの曙ちゃんは何も…!」

 

「……」

 

ついてなかったなぁ

最近まで私以外の曙がいたみたいで、さらにはかなり態度が悪かったらしい

だから私は解体される…か

 

「じゃあ解体は免除してやる、ただしどのみち鎮守府からは消えてもらう、構わないな」

 

「…はい」

 

話を聞けば新入りが送られる場所があるらしい

そしてそこは地獄のように辛く、生きて戻れるとは思わない方がいい、と

 

「…せっかく会えたのに…」

 

「提督、どうにかならないんですか…?まだこの曙ちゃんは…」

 

姉妹が必死に嘆願してくれる

でも、感情で動くと言うのは、悪い方向にしか物事が進まない

 

「あまりにも煩いとお前らも解体するぞ、俺はわざわざ寛容にだな」

 

「じゃあ!私達もそこに送ればいいじゃないですか!」

 

「ちょっ…漣!」

 

「ボーロは黙ってて!私も異動にしてくださって結構です!と言うかそうしてくれないなら次は私が噛みつきます!!」

 

「わ、わ、私も、私もそうします!」

 

「潮まで………」

 

なんで初めて会ったばかりのやつのために…

馬鹿馬鹿しいとも思えるが、ただ大事にされたことが嬉しかった

 

「じゃあ全員異動だ、荷物をまとめておけ」

 

 

 

 

 

船上

 

 

「なんでわたしのために…」

 

聞きそびれた疑問があふれる

 

「そりゃあ、私たちが姉妹だからってんですよ?」

 

「やらずに後悔するくらいならやってから、痛感したの」

 

「大丈夫だよ、私たちが沈ませないから…!」

 

「…ごめん」

 

「それは言わない約束よぉおっかさん」

 

「……」

 

「…ボーノが言い返してこない!ウッシー怖いよ!ボーノが静かなオーラを発してるよ!」

 

「ひょぇっな、なんで私に来るの!?朧ちゃーん!」

 

「…曙、何も気負わなくていいんだよ?」

 

「……そうじゃないの、私は私なのよ」

 

「…そっか、やっぱりそうだよね…」

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

 

 

「ーー以上四名が着任しました」

 

「僕がここの提督です、至らぬことも多いですが何卒よろしく」

 

「「「「はい、よろしくお願いします」」」」

 

「以前いた場所に比べ、ここは大変危険な場所で、何よりいろんなものが違う、慣れない環境だと思うけど、どうか、無事に生き残ってほしい」

 

ここにきて数日でパワーバランスが見えてきた

練度が上であればあるだけ、発言力が増す、それはここが練度を上げれば抜け出せる場所だからだろう

 

そして現在一番高いのは雷巡、それに空母2人が続いている

しかし聞けばその3人は抜け出せるはずの練度をとっくに超えている

なぜまだ居るのか、それも聞いてみたが…

 

「私がここに残って誰か助けられるなら、その方がいいじゃん?」

 

「まだ、と言うだけです、いつか出ていくつもりですよ…ですけど私がここを出るまでは1人でも多く助けます」

 

「赤城さんと同じです、北上さんのように高尚な事は、とても言えません」

 

さらに時間が経つ

 

「ねぇ、曙、君は随分と大人しいみたいだけど」

 

提督か

 

「同型の私のことですか」

 

「資料を見たら気になってね、もし何か我慢してるなら、言ってほしい」

 

「気にしないでください、私は、私はこうなんですよ」

 

だから、共にきた姉妹も、少し離れた位置を取る

必死に話しかける漣を、苦笑いで追い返したのは何度目だろうか

用紙が同じだとしても、私たちは別人なのに…

なんでわかってくれないのかな…

 

「ねぇ、曙…」

 

「何?朧」  

 

「ごめん、今まで」

 

「なんで謝るのよ」

 

「私は、私たちは曙にこうあるべきと言うことを押し付けていた、前の曙を求めてた」

 

「……」

 

「もう、理解したから、今まで通り曙は曙らしくして、本が好きで、ただ静かにしてるのが好きで…1人でゆっくり…」

 

「違う、1人は嫌、本もみんなで感想を話したり、みんなで海を見たりする方が好きなの」

 

「…そっか、全然わかってなかったね、ごめん」

 

「今から、いやと言うほど教えてあげるわ」

 

この日初めて、姉妹と姉妹になった

 

駆逐艦の役割とは何か

現代においては囮から盾までなんでもだ

私は自分の仕事をよく理解している

だから赤城さんと敵の間に割って入り…そう、割って入って敵の雷撃をモロに喰らった

 

「曙さんが不味いです、こちらの判断で引き上げます」

 

目も開かない

 

「曙ちゃん!曙ちゃんってば!起きて!」

 

「やめときなウッシー、このまま引っ張って帰るしか…」

 

「大丈夫、大破だからまだ沈まないよ…」

 

好き放題言っちゃって…もうちょっと休めば簡単に動けるんだから

 

半分を海につけながら、波の音を聞いていた

それと同時に風切り音も

 

「…にげ…」

 

着弾、ギリギリ至近弾で済む

 

「敵襲!どうしますか…」

 

「とりあえずこのまま逃げ続けます!曙さんを真ん中にして囲むように輪型陣形を組んで!」

 

おっかしいなぁ…

空母や戦艦の盾になるはずの私がなんで守られてるのか、まるでわかんない

 

私さえ捨てていけば、もしくは戦闘していれば被害はないに等しいはずなのに

結局2人も中破が出た、私のせいだった

 

「…ごめんなさい、私のせいで」

 

「何を言ってるんですか、私があの雷撃を喰らったらその時点で負けでした、身を対して守ってくれた仲間を責めるような人はいません」

 

優しい、けど逆にそれが辛いのだ

 

「なんで私を連れ帰ったんですか?あの時…」

 

「…それ以上先を言うなら、私はあなたとは出撃できませんよ」

 

やはり沈むと言うのはよほど、心に深い傷を残すのだろうか?

正直、このザラザラとしか世界の一つのシステムに触れるくらいで、恐怖なんて…

 

「ごめんなさい」

 

全くないわけじゃないのかな、少し、ゾワリとした

心臓がしめられるような感覚、これは嫌だなぁ…

 

「あなたが私を守ってくれた事は大変立派です、でも、第一に自分が生き残ることを大事にしてくださいね」

 

「はい」

 

果たしてその時私がどう動くのかは想像がつかないけど…

 

「曙ちゃん…ほんとに良かった…」

 

赤城さんに謝ったばっかなのにもう囲まれてる…

 

「曙、別に責めるつもりはないから…ただ心配だっただけで…」

 

「やっぱりボーノはボーノなんですよ、自分の仕事のためなら自分のことなんてなんのその!って感じがまんまボーノっていうか」

 

「…私は美味しくないわよ」

 

「あっ!調子出てきちゃったねー!いいじゃないですかー!」

 

「曙、みんなちゃんとわかってる、だから安心して、私たちは曙を、あなた個人として大好きだから」

 

「…朧…」

 

 

 

 

 

「提督、何か用?」

 

「次の演習に参加して欲しいんだ」

 

「…演習に参加したら、ここから出ていける確率が下がるって言われたけど」

 

「逆に勝てばみんな揃って出ていける」

 

「編成は?」

 

「君たち綾波型4人と北上の5名で5対5の形になる」

 

「水雷戦隊って訳ね…」

 

「ただ、この編成は向こうの強い希望で、相手は球磨型4と綾波型1の編成になってる」

 

「…わざわざ負けにいけっていう話?」

 

「いや、連携さえしっかり取れば十分に勝てるさ」

 

「…そう、信じてあげるわ」

 

 

 

 

 

呉鎮守府

 

「そっか、あいつら代わりの私がいるんだ」

 

「代わりにはなんねぇだろ、お前はお前、そいつはそいつだ」

 

「ふんっクソ提督、あんたに何がわかんのよ!」

 

「…いや、俺も仲間がいなくなった時、よく似たやつにそいつを求めた、だからわかる」

 

「…へぇ?本当にクソ提督だったわけね」

 

「ちゃんと和解したっての!お前の仲間もちゃんとお前をお前としてみてくれる、次の演習まで大人しく待ってろ!」

 

 

 

 

 

「ぼのたん久しぶりー!」

 

「久しぶりだね!曙ちゃん!」

 

「だぁぁぁ!離れなさいったら!そっちにも私がいるんじゃないの?!」

 

「曙は曙なの、どっちも曙だけど別人なんだから…」

 

「わーかった!わかったから!で!そいつは!?」

 

「私、よろしく」

 

「口数少ないわねぇ…あんたほんとに私なの?」

 

全くもって瓜二つ

だけど、どこか大人しいような

そして別人であるとはっきり認識できるような

 

「ベースに近いのはあんたかもね、私は提督にクソをつけたりしないし」

 

「へー?ハーン、喧嘩売ってるわけ?」

 

「好きに取ればいいじゃない」

 

「じゃあ私が勝ったら漣以外引き取るわ!」

 

「は!?ちょっと待ってぼのさま!?」

 

「私が勝ったら漣を引き取りなさい!」

 

「ボーノも!?私もしかして嫌われてる!?」

 

「…仕方ないわね、負けたら漣で我慢してやるわよ」

 

「…やっぱやめ、私が勝ったら漣も譲らない」

 

「ボーノぉぉぉぉ!信じてたよぉぉぉ!」

 

漣ともこんなに仲良くして…羨ましいな

きっとこの子は、私より素直なんだ

 

「私が勝ったら、あんたも連れてってやるわ、あんたもうちの鎮守府で死ぬほど働かせてやる」

 

「…へぇ?私は呉鎮守府から動くつもりなんてないわよ」

 

でも負けたらみんなでまた…

 

「どうするの?受ける?」

 

「待ってなさい、話を通してくるから」

 

ニャーニャークマクマキタカミサーン!

 

「通してきたわ、ただし、あんたが負けたら全員まとめてうちに来なさい、勿論あんたもね、うちのクソ提督が全員面倒見るってきかないのよ」

 

「…素直じゃない奴」

 

「いい度胸ね、そんなに怒らせてどうしたいのかしら」

 

 

「ボーロ、ウッシー、これは…」

 

「どっちが勝ってもいいことしかないけど…」

 

「私は勝ちたいよ、曙に、こっちの曙はすごい子だって教えてあげるんだ」

 

「ktkr!そうこなくっちゃ!」

 

「わかった、私も頑張るよ!」

 

 

 

 

 

「水雷戦隊、いっきまっすよ〜」

 

「旗艦が本当に私でいいんでしょうか」

 

「向こうも旗艦は曙、要するにあんたらが納得しなきゃ意味ないの」

 

「信じてるからね、曙ちゃん!」

 

「さあ!泣きっ面みせてもらって飯ウマですぞー!」

 

 

 

「さあ!行くわよ!」

 

「北上がおそらく前に出てくるから、それを挟み込んで潰せるように、方位を45度ずらした輪型陣形を提案するクマ」

 

「距離はお互いをサポートできるギリギリまで広げて!向こうが突っ込んできたら一気に仕留める!」

 

「了解ニャ」

 

 

 

 

 

「北上さん、ここは私が出ます、4人がかりで迂回してください」

 

「本気?旗艦がそんなことするなんて、正直狂ってるよ?」

 

「北上さんと潮で北から切り込み、後方から朧と漣が、私は部隊後への曲射砲撃を試みます、質問は」

 

「いや、私の作戦は読まれてるだろうからそれに乗っかるよ、でもまさかこっちを積むとは思わなかったなぁ、渋いねぇ」

 

「私も構いません、潮がそっちなのも納得がいくし」

 

「ボーノは私たちのことを一番に考えた編成を組んだ、なら答えるまでよ!」

 

「頑張るからね!」

 

「絶対に勝ちます!散!」

 

 

 

 

「敵艦発見…1…北上さん…じゃない!曙のみです!」

 

「…変だクマ、曙!如何するクマ!」

 

「陣形はこのまま!方角は南北を中心に索敵!東の曙に先制雷撃を!」

 

「敵甲標的接近!着弾まで5!狙いは多摩!」

 

「かわしきれんニャ!ちぃっ…どこから来るニャ!」

 

「敵砲撃!かなり高高度へばら撒いています!」

 

「牽制…?」

 

「北から来るぞ!北上と潮!」

 

「さっきぶりー!とりあえず雷撃いっくよ〜」

 

「当たれ!」

 

「全体減速して撃ち返して!南側の2人は砲撃で攻撃を!」

 

 

 

『漣、いける?目視不可な位置だけど、北上さんは接敵してる』

 

「任せてボーノ!ボーロ!仕掛ようぞ!」

 

「進路変更!北東へ!」

 

 

 

 

『敵に被害はないけどこっちは少しもらってきたねー、次の魚雷はまだダメ?』

 

『もう一度進路にお願いします、それで減速したところに潮の雷撃を合わせてください』

 

『了解、打ち上げた方は』

 

『間もなく落下します、火薬が多かったかもしれないので若干遅いかもしれません』

 

「んじゃ、もう一回行きますよ〜」

 

「速力戻すな!進路魚雷!」

 

「完全に足止めされてるクマ、あの打ち上げたやつはここに落ちるのかクマ」

 

「後方から接近!漣と朧!」

 

「しまった!狙いはそっちかニャ!」

 

「ッ!じゃあ曙は完全に1人!後方は雷撃で牽制!東に全速力で突っ切って旗艦を叩く!」

 

「北上が接近!潮は東へ進路を変更してる!曙の護衛に戻ったようだ!」

 

「じゃあ予定通り北上から潰す!」

 

 

 

「予定通り挟みにきたよ〜減速するね〜」

 

『後方からの砲撃当たりません!』

 

『朧ちゃんは射角を上げて!漣ちゃんは包囲をもっと東に!』

 

『修正完了!発射!』

 

『至近弾!そのまま狙って!』

 

 

 

「砲撃の精度が偉いことになってるクマ…まさか…」

 

「前方!多数の落下物!」

 

「進路を南へ!迂回!」

 

「まさか駆逐艦を使って弾着確認とは恐れ入りますね…」

 

「被弾!チッ不味いな…速力が落ちた、切り返して別働隊を叩く!」

 

「木曽!落ちるなよクマ!」

 

 

 

「来たね、木曽が浮いた、仕掛けるよ」

 

「漣ちゃんはそのまま!朧ちゃんは包囲を南東に!」

 

 

 

「先に潮を落とさないとまずいクマ!」

 

「無理です!間に砲撃されています!近寄る余裕がありません!」

 

「木曽がやられたニャ!北上後方から接近!」

 

「前方曙!?こっちに近づいてきます!」

 

「一瞬で決めて…しまった!魚雷!」

 

 

 

 

「酸素魚雷をわざわざ曙に持たせていたとはね」

 

「そりゃあ私が普通の魚雷を使ってるんだもん、違和感を探さないとねぇ、それとももう歳で気付かなかったぁ?」

 

「お前ー!姉ちゃんに言っていいことと悪いことがあるクマ!」

 

「頭にきたニャ」

 

 

 

 

「これからよろしくね、曙」

 

「あんた、本当に連れてく気なのね」

 

「勿論よ、私の分まで働かせてやるわ」

 

「…ふん、まあいいわ、折角だしクソ提督が戻る前に遊んでいきましょう」

 

「勿論みんな誘ってね、内地を歩くなんて初めてだから楽しみね」

 

「わーい!ぼのたんの奢りだー!」

 

「漣はお金持ってるでしょ、潮、いくよ」

 

「待ってよー!置いてかないでー!」

 

「「大丈夫、待っててあげるから」」



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元離島鎮守府秘書官

駆逐艦電

 

横須賀鎮守府

 

私がここにきたのは随分前のことです

私は私達の待遇改善を訴える活動をしようとし、現状をメディアに流そうとしたことで拘束されました

しかし、今となっては横須賀でなんの不自由もなく働ける

不思議な話としか言えません

 

「提督さん、これ、今日の報告書なのです」

 

「ふむ、戦果はいつも通りだが、弾薬の消費が著しい、何があった?」

 

「敵の強襲部隊がいたので、交戦、撃退した際に消費したのです」

 

「なるほど、燃料の消費が普段通りな点はとても素晴らしいが、敵の構成は」

 

「空母と思わしき敵が2人ほどいました、対空射撃で艦載機らしいものを撃ち落としたところ、撤退されました」

 

「空母か…まだ、報告の上がってない敵か…大本営及び呉への通達を頼む」

 

「了解なのです」

 

「あと大淀を呼んでおいてくれ」

 

「失礼しましたなのです」

 

 

 

とても練度が高い人で構成された、凄い場所

そこに私みたいな法を侵したような…

 

 

「どもっ電さん、青葉ですっ」

 

「どうも青葉さん、恐縮なのです」

 

「おっと、セリフをとられてしまいましたか、相変わらず暗いですけどどうかしましたか?」

 

「新聞の記事に使うつもりなのですか?」

 

「不愉快な話でなければ!」

 

「じゃあダメなのです」

 

「うーん、残念ですね、それではまたっ!」

 

みんな人当たりも良く、何をするにも不自由がない

だが、何もできない

 

「私だけ幸せにはならないのです」

 

解放の日を目指して

 

「大淀さん、提督さんがお呼びなのです」

 

「そうですか、一緒にきますか?」

 

「私は呼ばれてないのです」

 

「離島鎮守府の件なのですが…」

 

「っ…それは、私と何の関係があるのですか?」

 

「興味がなければ構いません、好きにしてください」

 

「……お供させていただくのです」

 

それを持ち出されては弱い

狡い、私が今もずっとあの場所を気にかけているのが

今もあそこをどうにかしたいのが筒抜けなのも

 

「電も来たか、構わんが、大淀、次の話だが」

 

「補給物資は用意が済んでいます、明石の方はどうしますか?」

 

「…船上で考えたい、どうにもまだな、うまく思いつかん」

 

とうとう明石さんも連れ出す気でしょうか

私はあの鎮守府に最初からいました、そしてあそこはいろんなところからの寄せ集めで戦い続けた…

そして優秀だと判断された人は国防のために根こそぎ連れて行かれた…

最近では提督も頻繁に入れ替わるという話です

今の司令官さんは存じ上げませんが、私の司令官さんは、1人で逃げて、死にました

だから私は他のみんなを救わなきゃいけないんです

 

「電、君も来るか?」

 

「送り返すということなら、従うのです」

 

「違う、今あそこの提督は私の友人が着任していてね、彼が苦しんでいるので、少しでも手助けをするつもりなんだ」

 

「………」

 

私たちの苦しみには興味がないのですね

 

「彼は、君たちのことを大事に思ってくれている、だから彼に手を貸すことは…」

 

「そうですか、私には関係のないことなのです」

 

どうせ人なんて信用する価値も何もないのです、期待しても、何があっても

 

 

 

 

「電、君に見せたい物がある」

 

「何でしょう」

 

「私なりの、人なりの努力の成果だよ」

 

チクリと刺さる言い方で紙を差し出す

 

「…これは…」

 

「離島鎮守府における戦果だ、ここしばらくは調子がいいだろう?」

 

「…そうですね」

 

「これを今から改竄して大本営に提出する」

 

「…何でそんなことするんですか」

 

「あそこがなぜ未だに苦しいのか、いい戦果をあげたら端から端まで引き抜かれる、つまり、育った艦がいないからだ、虚偽の報告がいるんだ、今だけでもね」

 

「…何でそんなことを私にいうのですか」

 

「君のバカな目論見は知ってる、やめたまえ」

 

「っー…」

 

「言い方が悪かったな、だが、その目論見が露呈してないと思っていたのか?青葉ですら知っている、だがあいつは私に黙っていた、なぜだと思う」

 

「……強請るためですか」

 

「違う、君を純粋に心配していた」

 

「嘘です!内地でぬくぬくと生きていたやつにそんな事…!」

 

「そう思うのも無理はない、だがぬくぬくと生きていたから他人の辛さに敏感になる者も出てくる、私にはわからなかったが…」

 

「……結局のところ何なのですか、私をどうしたいのですか」

 

「君に笑って貰いたい」

 

「はははー、これで満足ですか?」

 

「ああ、冗談が通じるのなら満足だ」

 

掴めない相手なのです

 

「青葉に礼を言っておいた方がいいだろう、君のことを広めるという簡単な話を、やらなかったんだからな」

 

「この誉ある横須賀鎮守府にそんなのがいるなんて誰も信じないのです」

 

「…だといいがな」

 

「……わかりました、大人しく従うのです」

 

「そうか、話を聞いてくれて助かるよ」

 

「私からもお願いがあるのです」

 

「離島鎮守府に行きたい、か?」

 

「……あくまで見学なのです、あそこに骨を埋めるつもりはないのです」

 

「花くらい用意していくといい、墓地もあるそうだ」

 

「…わかりました、こちらこそ感謝いたしますなのです」 

 

「ついでに呉に寄って欲しい、其方には手紙を届けて貰いたい」

 

「ネットを介してはいけないのですか?」

 

「……ハッカーというのは我々の想像を超える者でね、アナログも趣味なんだ」

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

 

 

「失礼します、横須賀より参りました、電なのです」

 

「ああ、時間通りの来訪助かる、聞いてたモノは?」

 

「こちらなのです」

 

分厚くもない封筒

何が入ってるのか気にはなる

 

「……なるほどな、離島鎮守府にそのまま回してくれ、ただし、中身に触れない方がいい」

 

「指紋ですか?」

 

「いや……」

 

手を広げて見せる

指先は朱色に染まっている」

 

「色付きののりだ、だと思う、しかも乾いてない、触れたらすぐわかるぞって事だろうな」

 

どこまでもアナログなことだ

 

「了解なのです」

 

「見送りをつける、それから向こうによろしく頼んだ」

 

随分丁寧な話だ

一礼した後部屋を出る

 

「久しぶりだね、正直生きて会えるとは思ってなかったよ!」

 

「川内さん、お久しぶりなのです」

 

「元気そうでよかった……いまは横須賀なんだって?」

 

「はい、何とかやっていけてるのです」

 

「友達とかいないの?向こうどんなところがあるの!?それから…」

 

「さすがにちょっと困るのです、はわわなのです」

 

「電、私今なら向こうに帰れるんだ、そのくらい向こうは良くなってる」

 

「こんなところに居るから言えるのです」

 

「演習とかで色んな子に会うんだ、赤城さんや加賀さんも、随分明るくなってた」

 

「あの2人がですか」

 

「もう誰も鎮めないって気持ちは変わってないから安心して、でも本当にあそこは変わったんだよ」

 

「あの屠殺場がどう変わったのかよく見学させてもらうのです」

 

「ひどい言いようだね」

 

「事実なのです」

 

「……まあ、大丈夫、きっともうすぐ何もかも変わる、私が変えるんだ」

 

「…私に変える力はなかったのです、それはあなたも同じなのです」 

 

「そうかもね」

 

「もう夜戦はいいのですか?」

 

「……夜ほど怖いものは無いんだよ、暗く、孤独に沈む夜程」

 

「……傷つけるつもりはなかったのです」

 

「またね、電、次はもっと明るい顔で、もう一度寄るでしょ?」

 

「そのつもりなのです、それじゃあまた」

 

 

 

 

離島鎮守府

 

 

「らっしゃい〜、とりあえずなんか食べてく?」

 

「…いつから食堂になったのですか、北上食堂…?」

 

「間宮さん来たあたりからまともに動き出したよ〜」

 

「……そういえば運動場が整備されているのです」

 

「人数が増えてきたから余裕が出てきてね、みんなで頑張って毎日広げてるんだ、次はバスケットのゴールとサッカーのゴールとゴールテープを作るつもり〜」

 

「そのゴールへの執念は何なのですか…」

 

「終わりなき闘争には飽きたということなのだよ…!」

 

 

 

「いつの間にか色んな子が着任してるのです」

 

「でもさー、朧達、あの子らが来たときはすごかったよ」

 

「なんでですか?」

 

「なんでって…あの子ら外の話たくさんするからね」

 

「それで?」

 

「その話をみんな聞きたがって、みんなの話を聞いて、まあ娯楽だよねー」

 

「初雪ですら眠れない鎮守府に娯楽が来たのですか」

 

「ちなみに今は加古も眠れない鎮守府にゲームが来ました」

 

「ゲーム?」

 

「提督の趣味でさぁ…結構古いんだけどこれが面白いんだよねぇ…明石が量産しちゃって…でもサボるといけないからって赤城さん達が島内通貨を作って、頑張った子だけが買えるようにって」

 

「……ある程度文化的にはなったのですね」

 

「寝る以外は戦うだけの場所だったからねー」

 

「北上さんも、それは改なのですか?」

 

「……ふっふっふ…これは…改!二!」

 

「改二と言えばどこでも通用するとても希少な大規模改装なのです!なんでこんなところに…!」

 

「演習だとわざと下手打ってるんだよね、どこにも行きたくないしさー」

 

「なんで…」

 

「だって私とかいないとここで沈む子が増えるじゃん」

 

「強いのですね」

 

「そりゃハイパー北上さまだもん」

 

 

 

 

「わざわざご足労感謝します、何もないところですが寛いで行ってください」

 

「提督さん、別にあなたは遜った態度を取る必要がないと思うのですが…」

 

「監察官という立場で来る、と伺ってますので」

 

「……え?」

 

「その書類にもその旨のことが書かれていると聞いています」

 

「拝見しても構わないですか?」

 

「先に僕が見て判断してもいいのなら」

 

書類には私が監察官として離島鎮守府を視察するという内容が確かにあった

 

「……あのクソ提督なのです…」

 

「まあいいんじゃないのー?せっかくだしみんなに会って行ってよ」

 

「そうさせてもらうのです、わずかな期間ですけど滞在させていただくのです」

 

 

 

 

 

 

「ここがお墓ですか、挨拶くらいしていくのが筋ですよね……皆さん、私は今も元気にやっていますよ、まだ沈んでません、でもいつか、またそっちで……」

 

 

 

 

 

「ねぇ、電さん、向こうで何かあった?」

 

「……何もなかった、というより何もできなかったのです」

 

「心配いらないんですよ、もう私たちは、誰も沈ませません」

 

「お二人と北上さんが苦労するだけじゃないですか」

 

「でも、それでみんな助かるならいうことはないわ」

 

「鎧袖一触です」

 

「……やっぱり強いのです」

 

 

 

 

「以前と変わらないと報告させていただくのです、ご協力感謝するのです」

 

「ありがとうございます、それでは」

 

「…また来るのです、それでは」

 

「…提督、よかったですね」

 

「うん、雰囲気が良くなった、君達のおかげだよ」

 

「電さんも元気そうでした」

 

「肩の荷が降りたみたいだね」

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

 

「司令官さん、戻ったのです」

 

「入りたまえ」

 

「これ、報告書なのです」

 

「……ふむ、君にとってもいい経験になったようだな」

 

「あと、向こうの提督さんから頂いたモノです」

 

「……なるほど、これはお宝だ」

 

「こんな古いカードの束がですか」

 

「言わば思い出の写真のようなモノだよ、ところで、私は「提督さん」ではなかったのかね」

 

「私も前に進むのです」

 

「それは重畳だ」

 

私も、もう大丈夫なのです



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ウイルスバグ

工作艦明石

 

「…よし、ベースはそのままにいいのをつけたし、後は起動チェックして…」

 

電源ボタンを押すとブォォと排気音がする

 

「うん、とりあえず動く、OSは…アルティメットの…一番古い奴だ、こりゃ年代物だなぁ…」

 

アルティメットOS、何年か前に起きた世界中が一斉にネットワークを失う大規模なハッキング事件で、唯一このOSだけは無傷だった

今現代においてはこれがどこに行っても主流である

 

「えーと、起動設定はよし、それで?…ふふっ、勝手に見ちゃお…うわっ古いなぁ…めっちゃメールとかあるけど…流石にこれはまずいよね…」

 

とりあえず色々触る、データの破損はないらしい

まあバックアップは最初に取ったので問題ないのだが

 

「あ、これだけすごい容量とってる…『The・World』…あぁ、ネットゲームね、やり込んでたのかな…ん…?いや、ネットゲームってこんなに容量使わない…120GBって…え?見間違いじゃない…うわぁ…気になるけど流石に触れないなぁ…」

 

 

 

執務室

 

「提督、パソコン修理しておきました」

 

「え?あれを?…うーん、あんなの修理するより買っちゃったほうが早くなかった?」

 

「そもそも私たちは買いにいけませんから」

 

「そう言えばそうだね…じゃあこれを移しておいてくれるかな、大本営が着任時にくれたデータなんだけど、パソコンがなくてどうにも見れなかったんだ」

 

「はー…支給のPCもなかったんですよね、なのにUSBってふざけてるんですかね…」

 

「本当だよね、ははは」

 

「後、一つだけ、ちょっとデータ破損などがないかのチェックの際色々触りましたけど、メールがすごく溜まってましたよ、それから容量がおかしいものがあったので、確認の方お願いします」

 

「容量…もしかしてThe・Worldの事?」

 

「あ、心当たりがおありでしたか、なら大丈夫です、特に触ってないので…修理の際にデータが破損して膨れ上がったのかと…」

 

「大丈夫、それがデフォルトだから」

 

「ならいいんですけど…」

 

「笑っちゃうくらい容量とってるよね」

 

「いえ、というか私の知ってる限りあのゲームってディスクタイプじゃ無かったですか?」

 

「うん、でもサーバーに繋いで保存しておく部分もあるから」

 

「…それにあんなに容量使うんですか…えー…おっそろしいなぁ…」

 

「普通はもっと少ないんだけどね」

 

「普通じゃないんですか?」

 

「うん、まぁ、いろいろあるんだよ、そう言えばメールの差出人は見てくれた?」

 

「あー、見ちゃったのはありますけど、文字化けしてて…」

 

「…わかった、直接見てみようかな、今から工廠に行ってもいい?」

 

「作業してましたので、散らかってますがどうぞ…」

 

片付けとけばよかった…

 

 

 

 

工廠

 

「うん…やっぱり…」

 

メールを開いては文字化けした文章を読みあさって次

これを繰り返している

しかし何か納得したような様子で頷いて見せたり、悩んでみたり

 

「…まずいかも知れない、さっきのUSB貸してくれる?」

 

「え、あ、はい」

 

USBの中には2018〜2021年までの深海棲艦との交戦履歴や出没地域などのデータが入っていた

 

そしてある日を境に、それは激化し、こちらが敗北していくデータ

 

「…この日について調べられる?」

 

2020年のある日

この時起こったことは一部の人間が語っている

変な世界に送り込まれた と

だけどすぐにかき消され、その程度しかデータはない

 

「…なるほど、やっぱりこの日なのか…」

 

何かに納得したそぶりを見せ、さらにメールを遡り始める

 

「ここのアンテナって本土からなら十分に連絡が取れるよね?」

 

「え、はい、届きます、何か送るんですか?」

 

「いや、多分…来た」

 

新着メール

 

まさかPCを監視されている?いや、というかここが監視されているのではないかと思わず周りを探る

 

「…ちょっと本格的に不味そうだね、緊急で集合をかけておいて欲しい、できるだけ早く」

 

「え、あ、はい!」

 

メールの差出人だけがチラリと見えた

大本営とかなのかと思ったけど「ヘルバ」って何かの暗号なのかな…

 

 

 

 

 

「わざわざみんなに集まってもらったのは、今後の出撃、および海域内の行動について注意を促すためです、確かな情報筋から、今後恐ろしい事態が起きるという警告がありました」

 

どうやらさっきのメールの話みたいだけど…

 

「今後の戦闘においては、より、注意し、新型の敵を見た場合まずは即撤退、のちに十分な再編成の上で対処に当たること、これを徹底してください」

 

「ねぇ、提督、それって本当に必要なの?交戦してからでも良くない?」

 

北上さん、この鎮守府において一番強い…あの人からすれば今出てくる深海棲艦は、数の不利さえなければ相手にならないと聞いている

 

「そう思うのも無理はないけど、ちょっと敵がまともじゃないんだ」

 

「あれがまともじゃないのは普段通りじゃない?」

 

「…そうなんだけど…うーん…犠牲を出したくないんだ、とりあえず納得できないと思うけど従って欲しい」

 

「何を持ってして犠牲が出るのかの説明が欲しいのですが」

 

真面目な方の曙ちゃん、あの子も着実に練度を上げ、さらには演習では変わった指揮をする

深海棲艦との相性は悪いけど、演習では戦果を着実にあげる事で信頼されてきた

 

「うーん…僕もまだ現状の詳しい理解には至ってない、詳しい説明は難しいんだ」

 

「では普段旗艦となるメンバーにだけでも通達することを進言します」

 

「…そうしようか、じゃあ、北上、曙、赤城、加賀…それから明石も、以上6名はこれから執務室に来て欲しい、それでは解散」

 

旗艦どころか出撃しない私まで呼ばれるなんて、正直訳がわからない

まあ、役に立てることがあるなら行ってみましょう

 

 

 

執務室

 

 

「これから話すことは正直馬鹿な、突拍子もないと取られることは理解している、その上で話すので、どうか最後まで聞いて欲しい」

 

困ったように前置きをしてから話し始める

 

「まず、今回の注意喚起に至る理由は二つ、2020年某日の一部の人間が混乱、妄言を吐いたなどとされた記事が一つ、そして2009年の大きなネットワーク障害がもう一つの理由だ」

 

さっき調べた事件と、そしてネット関連?

 

「これから話すことは大真面目だから、笑わず聞いて欲しいんだけど、まず2009年のことから、この時期にあるネットゲームで事件が起きたんだ、特定のモブにキルされると、リアルでも意識不明の重体に陥る事件」

 

「え?ゲームでよね?何で現実でそんなことになるのよ」

 

「その辺は解明されてない、だから今も起こりうる危険な事件とも言えるんだけど、取りあえず、まあその時の犠牲者は全員無事に意識が復帰したんだ、この危ないモブのことを、ウイルスバグ、と言うんだけど、とりあえずこれにやられたら危険なんだ」

 

「ゲームの話しがしたくて呼んだんじゃないのよね?早く本題を話しなさいよクソ提督」

 

「いや、話したかったのはこのウイルスバグの話だよ、資料はどこにもないけどね…そして次に2020年、これは多数の人間がネットゲームに現実の身体ごと、取り込まれたんだ」

 

「…帰っていいですか?」

 

「まあまあ、曙ちゃん、ちょっと待って」

 

「理由とかはおいておいて、これは現実にあったことで、僕も巻き込まれた、僕もその世界に取り込まれたんだ…あの姿で……いや、とりあえず、これをリアルデジタライズという、最近流行のデジタライズ学だね、そのくらいは聞いたことある人いない?」

 

「…内地のニュースでならあるけど、ここじゃ誰もわかんないでしょ」

 

「明石は知ってるのかしら」

 

「いえ…私はスマホとか持ってませんし…実は結構アナログなんですよね」

 

「というか、提督はここにいらっしゃるのですから、その話に矛盾がないとすると帰ってきたんですよね?」

 

「そう、そこなんだ、リアルをデジタライズした、じゃあ逆にデジタルをリアライズしたら?なんというか、まあ僕は帰ってこれたんだ、生身の肉体あってこそなんだろうけど…」

 

「じゃあ何が問題なんですか?」

 

「例え話を始めるよ、さっき言ったウイルスバグ、これは2020年の問題があったネットゲームで確認されてる、過去の模造品らしいけど、例えばこれにやられたら?」

 

「意識不明になる…?」

 

「そうかもしれない、さて、そしてデジタルがリアライズしたとき、本当にゲームに取り込まれたものだけが帰ったのか、なんの間違いもなく、ゲームからリアルに帰っただけなのか…」

 

「まさかそのウイルスバグってのが出てきたって話?」

 

「確認はされてないけどね、2020年のその日を境に深海棲艦の動きが活発化してる、僕はこう感じた、まるで何かに追われて、こちらへの侵攻が激化したんじゃないかって」

 

「…そんな話ある訳…」

 

「いや、あるんだ、まだ可能性の段階だけど、今全国の鎮守府にこのデータとさっき話した内容、一部ネットの記事などを添付して送った、何か動きがあればすぐに伝わる、僕はそれくらい警戒してる」  

 

「で?結局どういう話なのよ」

 

「君たちの戦闘におけるリスクが格段に上がってるんだ…ちょっと待って、メールだ」

 

「会議中にメールなんて感心できませんね」

 

「…いや、そうでもなさそうだよ」

 

「ちょっとこれを見てもらえるかな」

 

「…佐世保の鎮守府にて、新種の敵深海棲艦と交戦、意識不明の艦娘多数、支給応援を寄越されたし」

 

「どうやら思ってる以上に事態は深刻みたいだ…全体により厳しく通達、のち遠征にも通常旗艦となる者を配置、より厳重に注意して、あとこの話をするかしないかは任せるから、必ず徹底して欲しい」

 

「うちは応援を出さないんですか?」

 

「大本営宛のメールを回してもらってるだけだからうちに直接連絡が来ないなら動かなくてもいい、それでは解散!」

 

 

 

 

 

「…提督思ったよりヤバめな人だったのかぁ…大本営の情報って首まずいんじゃない?」

 

「それよりも問題は新種です、早く知らせないと」

 

「今日の出撃予定は?」

 

「ほとんどキャンセルしましたが午後から遠征が」

 

「私がついていくわ、あんたらがあったら消費の方が多いじゃない」

 

「私も出ます、溜め込めるだけため込みましょう、明石さんは?」

 

「出撃したことないので…それより、遠征海域変更の具申をしたいんですけど…近海を何度もまわる形式にして、安全性を高めませんか?それなら上も練度上げで誤魔化せますし…」

 

「じゃあ私たちで少しずつ索敵して、安全を確保した範囲で遠征していこっかな」

 

「明石さん、ついでに大型電探を開発しておいてください、積める人に渡してより索敵を強化します」

 

「はい、すぐに取り掛かります!」

 

「じゃあ方針は決まりましたね、それではまた後で!」

 

 

 

 

 

「ねぇ、拓海、これはまずいんじゃないの?」

 

『心配するな、いざとなったら君が責任を取るんだろう?』

 

「…まあいいんだけど、とりあえずこの件は任せるよ」

 

『しかし、あのハッカーもなかなかなことをしてくれる』

 

「心配性なんだよ」

 

『相変わらず毒気が抜かれるな、それよりも…』

 

「わかってる、空母型だね、こっちでも…」

 

『違う、腕輪だ』

 

「…腕輪?」

 

『ヘルバから、君にはまだ腕輪の残り香があると』

 

「…そんな、まさか」

 

『まだ君は、世界に愛されているんじゃないのかな』

 

「…わからない、でも、もしそうなら僕は戦うよ」

 

『その時は私も手を貸す、微力ながらな』

 

「アレが味方なんて正直、何度見ても信じられないよ」

 

『私には君の夢物語冒険譚の方が信じられないがね』

 

「それじゃあ、今回は助かったよ」

 

『ああ、それじゃあな』

 

 

「…まさか、まだここにいたんだね、アウラ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府近海

 

「左舷敵!駆逐イ級2!」

 

「撃ち方始めー!」

 

「着弾…片方は健在ね…もう一発かましてやりなさい!」

 

「…何か変な感じがする…漣!観測用の双眼鏡持ってない!?」

 

「え、えぇー!そんなのないよ!」

 

「あるわよ、ほら」

 

「さすが朧ちゃん」

 

「…全然攻撃してこないわね…」

 

「もう一発よ、沈むまで!てー!」

 

「…熱くなりすぎよ曙」

 

「あんたが冷静すぎんのよ曙!」

 

「…すごい光景だよね」

 

「……よし、全員撤退開始、朧は提督に連絡、イ級に異変ありと伝えて」

 

「ちょっと!何を…」

 

「あいつおかしいのよ、見てみなさい、あの真緑のとこ」

 

「何かに守られてる…?」

 

「曙!撤退許可出たよ!」

 

「了解、全速で撤退!」

 

「曙ちゃん!イ級こっちに向かってきたよ!」

 

「不味い…資源は放棄!早く投げて!」

 

「…大丈夫!こっちのが速力は上!」

 

「漣!遅れないで!」

 

「わーん!これでも急いでるのに!!」

 

「…曙…」

 

「…まずいわね、どうする?」

 

「前方に敵飛行機遠回しに飛翔物!蛇行しながら進むわよ…!」

 

「後ろ追いつかれるよー!」

 

「…っ…ねぇ、あんたいける?」

 

「何が…」

 

「あたしの姉妹預けられんのかってきいてんの!どうなの!?」

 

「…任せなさい」

 

「朧、潮はそっちの曙について!全速!漣!東にそれて岩陰のルートを通るわよ!」

 

「え、ちょぼのたっあっ待ってぇ!」

 

 

 

 

 

「…無茶してないでしょうね…」

 

「大丈夫かな…」

 

「敵機から攻撃がなかったのが幸いだったわね」

 

「鎮守府見えたね…」

 

「…よし、前方から支援部隊……曙、こっちは無事…曙?…まさか…イ級は!?」

 

「もう見えないよ…?」

 

「…まずい!漣を追ってる!2人は先に鎮守府に戻って!早く!」

 

「曙ちゃんは!?」

 

「いいから戻って!早く!」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦漣

 

「まずいまずいまずいまずい!」

 

気を失った仲間を背負い、必死に逃げる

 

「お願いだから…ぼのさま死んじゃやだぁぁぁぁぁ!」

 

絶対にやらせるものか…だが速度が足りていない

 

「っ…もうそこまできてる…やるしかないのね…」

 

背後から砲撃音がする度に冷や汗がブワッと出る

至近弾でも食らえば吹き飛ばされ、私は、姉妹を、背中に乗せた命を捨てるのだろうか…

 

「死んでも…離すもんかぁぁぁ!」

 

半身をひねり主砲を向け、がむしゃらに放つ

 

やはり直撃しても、あのバリアが防いでしまう

 

「なんで…当たれ!当たれ!もうさっさと沈みなさい!」

 

打ち尽くして気付く、今私はどこにいるの…?

 

「…まずい、燃料…まだいける…とりあえず振り切らないと…!」

 

魚雷は積んでいない、どうする、もう抵抗の手段もない

 

「ぬぐぐぐ…」

 

『捉えた、方位75!』

 

「ボーノ!たすけてぇぇぇぇぇ!」

 

『わかってる!待ってて!』

 

 

 

「お願いします!」

 

「…難しいなぁ…当たらないことを祈るよ…!」

 

 

 

「ぎょぎょっ魚雷っ…!北上さんかー…うおっしゃぁぁぁぁ」

 

 

 

「よし!イ級減速!間が空きました!」

 

「早く合流するよー!」

 

「攻撃隊発艦します!」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

「曙の容態は?」

 

「意識は回復しましたが、片腕がダメです、肩は動くのですが、そこからは自分の意思では動かせないと」

 

「…なるほど、片腕だけ、か…」

 

「…提督?」

 

「…いや…片腕だけ未帰還…か…」

 

「………」

 

「……ダメだな、そんなこと…よし、鳳翔さんに繋いでくれる?」

 

「提督は?」

 

「本土に行く、大本営にも知られたくないから補給船の日程を」

 

「4日後です」

 

「じゃあそれまでに戻ってくるよ、呉に連絡船を出して」

 

「それに乗るんですか?」

 

「うん、片腕が動かせいない曙も連れて行く、無理はさせないから」

 

 

 

 

 

「びぇぇぇぇぇ!!私のせいでぼのたんがぁぁ!ぼのたんがぁぁ!!」

 

「漣、アンタのせいじゃないの、そこに寝てる馬鹿が囮を買って出なければ…」

 

「……悪かったわよ」

 

「曙、そんなに責めないで、漣を連れて行った判断は良かったと思うよ?」

 

「そうだよ、前なら一人で行ってたもん」

 

「そうねぇ、いっちばん信頼してる漣を連れて行ったんだもの、そこは褒めてあげる」

 

「ちがっ!一番遅れてたから仕方なく…!」

 

「ぼのたぁぁぁぁん!あいじでるよぉぉぉぉぉ!」

 

「うるっさいわね!あーもうくっつくな!」

 

「失礼します」

 

「明石さんじゃない、どうしたの?」

 

「曙さんを呼んでくるようにと、一応車椅子も用意しましたが…」

 

「ってことは私ね、心配ないわ、歩けるから」

 

「そうですか、ではいきましょう」

 

「ねぇ、私も行っていい?」

 

「……いいと思います、じゃあ行きましょうか」

 

 

駆逐艦曙

 

「失礼します、曙さんをお連れしました」

 

「どうぞ」

 

鳳翔さんとクソ提督は既に話を終わらせてたみたいで、こっちを向いて待っていたようだった

 

「曙、君の腕がどうしてそうなったのかよく教えて欲しい」

 

「…あれは…」

 

 

 

「漣!先行しなさい!」

 

「ひぇぇん!ぼのたんがこわいっボノエッティィヌ!!」

 

「さっさと沈め!」

 

振り返って全弾撃ち込むつもりで砲撃しまくる

当てても当てても防がれる

 

「くっ…!無理か…えっ」

 

ばくんっ

 

「っ…え……なに…これ…」

 

右腕が…焼ける…?

 

「ぼのたん!?ちょっまずっこれは……!」

 

襟を掴まれ、引きずられた気がするけど、そこからは覚えてない

 

何かに腕を喰われたような、そんな感触

いや、実際イ級に追いつかれていたのかもしれない

なんだったんだろう…

 

 

 

「わかった、とりあえず君には本土についてきてもらうよ」

 

「…なんで?」

 

「治すために、治らなくても何かわかるかもしれないからね」

 

「へぇ、病院なんかに行ってもなにがわかるっていうのよ」

 

「病院じゃないよ、とりあえず、行けばわかる」

 

「…その間ここはどうするの」

 

「出撃は全て取りやめ、鎮守府防衛に専念する、今から出るけど大丈夫かな」

 

「……わかったわ」

 

「行ってらっしゃい、曙」

 

「私が帰ってくるまであいつらのこと任せたわよ!」

 

「任せといて」

 

本土へ向けて



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眠れるアウラ

本土

東京

 

提督 倉持海斗

 

「初めまして、曾我部隆二さん」

 

「どうもぉ、時間通りの来訪で助かります」

 

「早速本題なのですが、この子の腕を治したいんです」

 

「うちは外科でも内科でも無いんだけどなぁ、とりあえず飴ちゃん食べるかい?お嬢ちゃん」

 

「…遠慮します」

 

掴み所のない長身の幸薄顔

しかし危険な雰囲気があり、踏み込みづらい

 

「ま、いいや、俺がアンタのために時間とった理由は分かってんだろうな、勇者サマ?」

 

「……僕に出来ることが?」

 

「ああ、俺は試したいことがあるし、多分その子のためにもなる、それでいいんだろ?」

 

「わかりました、お願いします」

 

 

 

 

 

この年になって再びこの世界に足を踏み入れるなんてね

 

「それは、あんたのPCを精巧に再現したものだ、ただし女神と違って俺らにはドレインは扱えないからな、そこだけは我慢してくれ」

 

「理解しています、ところでなんでわざわざ曙にまでこれを?」

 

「必要な処置だ、もしあの仮説が正しいなら、嬢ちゃんの腕はこっちでなら動くさ」

 

「…ゲームの中で動いても困るんだけど」

 

「いんやぁ…そーいうことじゃないんだけどなぁ……」

 

「言いたいことは伝わってます、僕がやるべきことを教えてください」

 

「そうだな、とりあえず嬢ちゃんの方を解決しよう」

 

「ねぇ、なにが起きてんのこれ、周り見えないんだけど…」

 

「……ちょっと待ってな、えーと、こっちをこうして…色覚デバイスを変えてやるから」

 

「…見えたわ、なにこのおじさん」

 

「……俺なんだけど、おじさんかぁ…」

 

「へぇー…で、そっちが提督な訳?」

 

「曾我部さん、曙のPCは…」

 

「あー、すまんな、いいのがないからとりあえずプチグソに入れといたわ、可愛らしいペットでいいだろ」

 

「…ペット!?ふざけんな!」

 

「あーあー、威勢のいい嬢ちゃんだなぁ」

 

「もうさっさと用事終わらせなさいよ!」

 

「よし、じゃあやるか、そのキャラデータをあんたのパソコンに送る、バージョンアップデートをかけといてくれ」

 

「…なるほど、リアライズするわけですね」

 

「ああ、まあ、物は試しだけどな、そして嬢ちゃんの腕は……よし、動いてるな」

 

「え?うごいてんの?これ」

 

「大丈夫大丈夫、ネットに接続してる間だけは動くから」

 

「なにそれサイボーグにするつもり?!」

 

「お、いいなぁ、今なら10%ポイント還元だ」

 

「全然お得じゃない!」 

 

「とりあえず原理を」

 

「まあ、簡単に言えば暗示だよ、腕がないという暗示が強く染み付いたから、どうしても動かせないんだよ」

 

「じゃあ動くって言えば動くんじゃないの?」

 

「脳が信号を拒否してるんだ、そんな簡単には動かない、だからネットを介して電気信号を発する、ネットからの信号はちゃんと受け取ってくれるからな、すると動く、これが簡単な原理だ」

 

「……わけわからないわよ」

 

「ま、一時期教えてた俺すらわからないからねぇ…仕方ねぇさ」

 

「とりあえずこれでやる事は終わりですか?」

 

「ああ、アンタの方もしっかり動いててよかったよ、これなら仕事って言えるからな、いやー、よかったよかった」

 

「これからどうすれば?」

 

「女神様に頼るのが早いんじゃねぇの?会えるとしたら今はアンタだけだぜ、勇者サマ」

 

「わかりました、また来ます」

 

「じゃあ、ログアウトだ」

 

 

 

 

「……ダメな、やっぱり動かない…」

 

「気にすんな嬢ちゃん、お前さんのパパがすーぐなおしてくれっから」

 

「パッ!?誰がパパよ!」

 

「曾我部さん、そんなに老けて見えますかね…」

 

「いやぁ?揶揄い甲斐があるなぁって思っただけさ、さて、また連絡してくれよな」

 

「はい、それではまた」

 

 

 

 

 

 

「あんなにしょぼくなってんじゃ、少年が見たらガッカリするぜ、勇者サマ」

 

 

 

 

「この移動、意味があったの?」

 

「あるさ、大丈夫」

 

「とてもそうは思えないけど」

 

「……大丈夫だから…」

 

「…なに暗い顔してんのよ」

 

「まだ、黄昏なんだなって思ってね…」

 

「そうね、今から夜になるところね、それが何?」

 

「……夜明け前が最も暗い、今からもっと暗くなる…?いや、そうはいかない…大丈夫だから……」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

「えらく早いお帰りでしたね、まさか日帰りとは」

 

「のんびりしてられないんだ、明石、パソコンのデータを確認して、届いてるデータがあればインストールしておいて、バージョンもアップデートしてくれて構わないから」

 

「わ、わかりましたけど…」

 

「鳳翔さんは?」

 

「間宮さんと食堂に…」

 

「……そう言えば食事がまだだった…ごめん曙、気がつかなくて」

 

「別にいいわよ、食欲ないし」

 

「じゃあ部屋で休んでて、消化に良いものを届けてもらうから」

 

「アンタはどうすんのよ」

 

「……言われたことをやるだけさ、正しいことを」

 

 

 

 

「変わらずしばらくは防衛に専念します、敵が攻めてくる可能性は低いですが何が起こるかわかりません、主に機銃などを優先して、追い返すように戦ってください」

 

「わかりました、ところで曙ちゃんは…」

 

「まだです、でもおそらく解決はできます、時間がかかる事は間違いないですけど」

 

「そうですか、お食事は?食べてらっしゃいましたか?」

 

「いえ、取る余裕はなくて、あ、曙に消化の良いものを持って行ってもらえませんか?」

 

「提督は食べないんですか?」

 

「時間がなくて、今度ゆっくりいただきます」

 

「あ……そうですか…」

 

 

 

 

「アウラさえ、見つかれば全てが変わるはずだ」

 

「少なくとも腕輪の加護を…あれがあればもう犠牲は出ない…」

 

慣れた手つきでパソコンを開き、BBSをみる

 

白い幽霊 女の子 覚えのあるワードを探す

一つのスレが目に止まる

 

『勇者へ

 

お前がやろうとしてる事は破滅をもたらす

 

半存在を産むに他ならない

 

覚悟をして、私に会いに来い

 

古き友より』

 

「わかってるけど…今、ここで引き下がるわけにはいかないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、ヘルバだったんだね」

 

「色々な名を使ったがな、お前と話すときはこれと決めている」

 

「それで、何の用?」

 

「クビアをこちらに持ってくる気か?いや、現実にクビアを生むつもりか?」

 

「…そうなる事は理解しているよ」

 

「お前らしくもないな」

 

「やらなきゃみんなやられる、そして僕には助ける力がある、かもしれない」

 

「だからやるのか?」

 

「うん、やるよ」

 

「…変わりがないようで何よりだ」

 

「ブラックボックスは?」

 

「相変わらずお前の中にある」

 

「やっぱりまだいたんだね、アウラ…」

 

「リアライズについてだが、生半可なものではないぞ」

 

「アウラがいれば解決はするよ、何度もリアルに送られたし…」

 

「異世界の旅か、馬鹿馬鹿しい冒険譚と馬鹿にするのは今日までだな」

 

「そうしておいて(笑)」

 

「私も力になろう」

 

「いつだって頼りにしてるよ」

 

「あの石頭に連絡を取れ、そうすればこちらに繋がる」

 

「…え?…もしかして…」

 

「ああ、ハッキングしておいた」

 

「…そっちか、良かった」

 

「何を想像したんだ?ああ、あいつから届いた年賀状か?子供が写っていたな、可愛らしい子だった、嫁も美しかった」

 

「…やっぱり?」

 

「…さあな」

 

 

 

 

「アウラ、応えて欲しい、君の力が必要なんだ」

 

………

 

「お願いだから、アウラ…」

 

 

 

 

 

 

数刻前

東京 

下北沢

 

「うん、そうだね、問題ないと思うよ」

 

「でも最近は激化してるって話でしょ?大丈夫かなぁ」

 

「国防軍はそのためにあるのではないのですか?」

 

「案外頼りにならないものよ?それに実はこんなにちっちゃい子だったりして」

 

写真を見せる

 

「へぇー、可愛い子だね、攫ったの?」

 

「…冗談がすぎると思わないの?」

 

「いや、アンタ年下に弱いじゃん」

 

「なんですとー!?」

 

「それあたしのセリフだっちゅーに!」

 

「いけませんいけません、こんなところで喧嘩なんて…」

 

「ところで、ヘルバからのメールは見たんだよね」

 

「…うん、だから、アウラを起こしに行く」

 

「ちゃんと目を覚まさせてやんなさいよ?」

 

「大丈夫、あの子はみんなが思ってるよりしっかりしてるから」

 

 

 

 

 

「やっぱりここに、たどり着くんだね」

 

「…君か…」

 

「久しぶりだね、カイト」

 

「アウラを起こしに来てくれたの?司」

 

「それは、いつだって僕の役目だから…」

 

「君とのリンクは切れたと思ってたけど」

 

「それだけが全てじゃない、それは知ってる筈だよ」

 

「そうかもね、ところで、どうやって起こすの?」

 

「今はまだ繭なんだ、すぐに、覚醒する、けどそれは時間と、それ以上のものでしか…」

 

「君の時のように」

 

「そう、だからそのリンクした子を見つけなきゃね」

 

「モルガナがやったのかな」

 

「多分違う、アウラが決めたんだと思う、だから…今一番君の心に近い子が、その役割を担ってる筈だよ」

 

 

 

 

 

 

????

 

??????

 

「司令官…」

 

「司令官、必ず、変えて見せますから、全部」

 

 

 

 

 

 

 

「…僕の心に一番近い…誰なんだろう」

 

間違った覚醒だけは塞がなきゃいけない、そのためにも早急に見つけなきゃいけない

 

「でも誰が…」

 

 

 

 

 

 

 

「私が全部、壊して見せます」



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現在勇者提督

「明石、海域の様子は?」

 

「驚くほど静かです、しかし本土付近の戦闘が激化しています」

 

「…向こうも知性をつけたのか、それとも別の何かがあるのか」

 

「本土付近ではウイルスバグの深海棲艦は報告されていません、おそらくまだしばらくは持つと思います」

 

「…持つならそれで良いんだ、早く見つけないと…」

 

 

 

 

 

「結局提督は何も動かないわね」

 

「無理もない事ですぞ、私達にはあんな不死身の化け物と戦えぬ!」

 

「そうなんだけど、曙の腕も治らないし…」

 

「あれはクソ提督だけど、必死にやってくれてるわ、もう少し、待ちましょう」

 

「珍しい!ぼのたんが庇ったー!」

 

「違う、私が治るまで利用するためよ」

 

「まったまたぁ〜!」

 

 

 

 

呉鎮守府

駆逐艦荒潮

 

「朝潮ちゃん?どうしたの?」

 

「いえ、私が何もできないことが歯痒くて…」

 

「わかるけど焦っても解決はしないわよぉ?」

 

「…司令官に会いたいんです」

 

「なんでまた…」

 

「何か、会わなきゃいけない気がするんです、何かが足りなくて、焦ってしまう」

 

「提督には言ったのぉ?」

 

「いまは本部で会議があるので、しばらく帰りませんと」

 

「…じゃあ抜け出してみる?」

 

「そんなことは…」

 

いや、たまには良いかもしれない

 

「…いえ、行きましょうか、向こうは最前線です、もっと危険かもしれません」

 

「そんなところに駆逐艦2隻で突っ込むなんて正気の沙汰じゃないわねぇ」

 

「今の私は正気じゃないんですよ」

 

「よーし、いっちゃいましょうか」

 

 

 

 

 

 

船上

 

「思った以上に、操舵は難しいですね」

 

「うーん…気持ち悪いわぁ…」

 

「荒潮、私楽しいです」

 

「そう…私はもう帰りたいわぁ…」

 

「帰っても良いんですよ?」

 

「…鬼だったわぁ…」

 

 

 

 

離島鎮守府

 

「この辺りは全然敵がいないようですね…」

 

「でもあの見張り塔前はなかった気がするわぁ…」

 

「それに随分と発展してますね」

 

「…んぅ?なんかこっち見てる気が…?」

 

「機銃が向いてますね」

 

「慌てず騒がず深呼吸〜」

 

「すぅー…はぁー…」

 

「…突っ込みましょうかぁ…」

 

「そうしましょう、流石に打っては来ない筈ですし」ドゴン

 

「…なんの音かしらぁ…」

 

「船底に穴が空く音と似てますね」

 

「…とりあえず、あそこで大手を振ってる雷巡は後で沈めましょうねぇ…」

 

「賛成です…」

 

 

 

「やー、敵さんかと思ったらただの船じゃん…きゅ、救助に行くよー!」

 

 

 

 

 

「え、えぇっと…?」

 

「司令官、先にお風呂いただきました」

 

「朝潮ちゃん、言い方がおかしいわよぉ…?」

 

「どうしていきなり来たんだい?」

 

「なんだか会いに来なくてはならない気がしました!」

 

「そ、そう、まいったな、あんまり時間が…」

 

む…

 

「何かお忙しいのですか?」

 

「まあ、探し人というか…」

 

むむ…?

 

「この鎮守府にいるんですか?」

 

「いや、わからないよ」

 

「うーん、誰なんですか?それは」

 

「古い、友達かな」

 

なぜか、ポカポカとした気分になります…何が、こんな気持ちに…

 

「司令官、せっかくなので一緒にお食事しませんか?」

 

「いや、僕は良いよ」

 

「ダメです」

 

「朝潮ちゃ「ダメです」…はい」

 

「来てください」

 

「わ、わかったから引っ張らないで…」

 

 

 

 

「ようやくまともに食事していただけて、私も安心です」

 

「別に食べてないわけじゃ…」

 

「司令官、最近の食生活は良くなさそうですね、野菜だけじゃなくお肉やお魚も食べてください、折角ですしもう1セット行きましょうか」

 

「いや、僕はそんなに食べる方じゃ、鳳翔さん待って、もうお腹いっぱい…」

 

「愛されてるのねぇ〜」

 

 

 

 

「司令官、パソコンは目を悪くします、それに運動不足ではないですか?ランニングしましょう」

 

「いや、僕はやることが…」

 

「荒潮、来てたのね」

 

「どうしたの?いきなり」

 

「私も来たかったわけじゃ…あれ、いつの間にか大潮ちゃんも走ってるわぁ…」

 

「私もあのクズを蹴っ飛ばしてくるわ」

 

「乗った」

 

「…じゃあ私は雷巡を沈めましょうかぁ…恐怖の底に♡」

 

 

 

「…やばいねー、装甲は紙だからねー…まずいかも」

 

 

 

「司令官!」 「司令官!」

 「司令官!」    「司令官!」

      「司令官!」「司令官!」

 

 

「ダメだ、体力が尽きた…ごめん朝潮、休ませて…」

 

「わかりました、おやすみなさい、司令官」

 

 

 

 

 

 

「…アウラ」

 

「私は、いつもあなたを見守ってる」

 

「今の、この世界を救うために、君に力を借りたい」

 

「…わかった、あなたに三度託す…」

 

「………」

 

「この力は使う人の気持ち一つで、救い、滅び、そのどちらにもなる…」

 

「大丈夫、僕は間違えたりしない」

 

「信じてる、私は、いまは、この子と共に…」

 

 

 

 

 

「………朝潮?」

 

「…はっ!はい!司令官!寝ていませんよ!大丈夫です!」

 

「…立ったままずっと待ってたんだね、ごめん、大丈夫だよ、今日はもう休んで」

 

「わかりました、失礼します」

 

「…まさか、朝潮と一緒にいたなんてね」

 

 

 

 

「これで、曙を治せる」

 

久しい感覚

 

「行くよ、ゲートハッキング!」

 

そして、何かを作り変えられる感触

 

 

 

 

 

「…よし、いける、これでいつでも、だけどまずは…」

 

 

 

「曙、いいかい?」

 

「…何よクソ提督」

 

「工廠に一人で来て欲しい、混乱は避けたいんだ」

 

「…わかったわ、とうとうなのね」

 

 

 

 

「…一人でってお願いしたつもりだったけど…」

 

「曙ちゃんは解体させません!」

 

「例えご主人様でもそれだけは許しません!」

 

「使えなくなったらポイなんて、見込み違いだったのか知ら、このクソ提督」

 

「……」

 

「この通りよ、どうにかこのまんま、やったげて」

 

「まあやること自体は簡単だからいいんだけど…とりあえず前と同じ方法でログインするよ、良いかな?」

 

「…あれつけて、でっかい眼鏡」

 

「わかった、漣たちは少し待っててね」

 

「解体したら袋叩きですからね!」

 

「…信用ないなぁ…」

 

 

 

「またこのヘンテコ生物にされるなんて、最悪だわ」

 

「大丈夫、そのままでいて、僕は少し離れるけど安心して、すぐに治すから…」

 

 

 

 

「うん、大丈夫みたいだ、よし、まずはデータドレインから…大丈夫、現実でもちゃんと使えたんだ…怖がらずに、やる…」

 

 

 

 

 

「やっぱり、でもこれで動く筈、よし……もしかしてこれなら…遺す価値はあるか」

 

 

 

「曙、一度ログアウトして戻ってみて」

 

「変な事してないでしょうね…」

 

「約束するよ」

 

「…ありがと」

 

 

「漣ぃぃぃぃ!」

 

「びょえっぼのたんがお怒りですぞ!?何々!?私何もしてないよ!?」

 

「あんたねぇ…治ったわよこのやろー!よくやってくれたわね!あんたのおかげで五体満足よ!」

 

「やめてっ治った腕でグリグリしないで、頭が、頭がががが」

 

「えっ今の間に何があったのよ、どうやって治したの?」

 

「知らないわよ、クソ提督に任せてたらいつの間にか動いたんだから」

 

「提督…何したの?」

 

「大丈夫?本当に何もされてないのね?」

 

「………信用ないなぁ…」

 

 

 

 

「朝潮ちゃん、どうしたの?」

 

「え?」

 

「雰囲気が違うっていうか…おしとやかというか、静かというか」

 

「…そんな事ないと思うけど」

 

「そ、そぉう?」

 

「……変な荒潮ですね…」

 

「気のせいなら良いのよぉ」

 

 

 

 

 

 

海軍本部

 

 

「…なんだろうな」

 

「君も感じたか」

 

「ああ、多分、俺のPCボディ以上に俺にしがみ付いてるのかもしれねぇ」

 

「モルガナ因子とはどうにも恐ろしいな」

 

「…何事もねぇと良いが」

 

「むしろそのおかげで助かる命も増えるんじゃないのか?」

 

「だな、帰るか、お前は?」

 

「私も帰ろう、しかし君のバイクはこういう場には向かんだろう」

 

「なんでだよ、イかしてんだろ」

 

「君も軍人らしくあれという事だ」

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

 

 

「ここが意識不明者の隔離施設、か、多い…一気に終わると良いんだけど…ドレインハート」

 

やっぱりこのスキルは危なすぎる、でも、必要な事なんだ

 

 

翌日

 

 

「クソ提督ー!!!佐世保の意識不明が解決したの、あんたがやったんでしょ!?なんで名乗り出ないのよ!」

 

「それができる人間がいるとなると、上層部に狙われるからね、回復アイテムとして扱われるだろうし」

 

「…やっぱあんたなのね、どうやって移動したのよ、こことあそこじゃかなり離れてるのよ」

 

「少し頑張っただけだよ」

 

「…顔色悪いわよ」

 

「…そうかな」

 

「そうよ、そんなので朝潮のフルコース耐えられるの?」

 

「…それはちょっと無理かな」

 

「ま、いいわ、とりあえず!治してもらった礼がまだだったわね、これ、食べなさい」

 

「…ホットケーキ?作ってくれたの?」

 

「いいから食べなさいよ!何!?私が作ったら食べられないとでもいうの?」

 

「いや今朝は肉じゃがが食べたいかなって」

 

「こんのクソ提督!!昼まで我慢しなさい!」 

 

「ありがとう、曙、美味しく頂くよ」

 

「ふんっもう知らないわ、またね」

 

 

 

 

「甘い…少し砂糖が多いかも…」

 

 

「なんか言った!?このクソ提督!」

 

「ドアの裏にいたんだね…」



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提督不在鎮守府

鎮守府遠洋

 

勇者 カイト

 

「…やっぱり、これが全てというわけだね」

 

『想像はついていたとでも言いたげですね、忌々しい』

 

「だってその通りだからね、僕はここでお前を倒すよ、モルガナ」

 

『その前に、仮説を聞いて置きましょう』

 

「ことの発端は2020年のあの日、モルガナのコピーの残滓、つまりお前がリアルに打ち出された、しかしデータに、今までデータとしても実態を与えられなかったお前だ、いわば水に姿形はない、だから、お前はこの海に取りつけた、そして、お前と一緒に現れたウイルスバグ、これが深海棲艦の住処を奪った、なぜそんなことをしたか、理由は単純、何でもかんでも襲うようにプログラムされたモンスターのデータだからだ、相手は無敵の化物、勝てない戦いをするほど深海棲艦も馬鹿じゃない、これにより深海棲艦の行動が人間を狙う動きになった、そしてさらにお前は力をつけ始めた、この海の生物に寄生して…ウイルスバグを作り出した、その結果があのプロテクトに守られた深海棲艦だ、不死身の化け物を増やし続けて、何がしたいのかは知らないけど、僕がここで止めさせてもらうよ」

 

『大筋は正解と言ったところ、ですが、お前が止めにくることまで想定されていたとしたら?』

 

「関係ない、ここでお前を倒せば、それで全て解決する!」

 

『なるほど、いいでしょう、ここで死になさい』

 

 

 

 

想定通り、ここまでは…ここからは賭けだ

 

 

 

「雷独楽!」

 

『無駄、と言っても聞かないでしょうね、その子たちはすでに私の手先、お前が不死身の化け物と言ったソレです』

 

パリンと弾ける音がする、緑色のエフェクトが現れる

やはりプロテクトは頑強ではない

 

「…いける…雷々剣の巻物!リプス!」

 

『何が狙いかは知りませんが、ここでお前はすり潰されるように、じっくりと死ぬのです』

 

 

そう、これは勝てない戦いだ、だけどそれじゃあゲームにならない

 

 

『よくもここまでやりましたね、万という数を、私の手駒をまさかお前一人が!ははは!』

 

「まだ…あと一つ…あと一つだけ…」

 

 

だからこれをゲームにしよう、フェアな、勝てる闘いに

 

 

 

「三爪炎痕!!」

 

プロテクトが剥がれ、エフェクトが現れる

これで全ての深海棲艦のプロテクトを破壊した

これで必要な物は揃った

 

『そうか…これが狙いか!まさか全てのプロテクトを…!そしてドレインハートでこの場の全ての手駒を…!」

 

「そうだ!ドレインハート!」

 

腕輪を展開し、データドレインを空に放つ、降り注ぎ、そして、数々の敵を貫く

 

『やめろ!私の…手駒を………クハッ…ククッ…ククククク!………ここまで…ここまで計画通りに進むとは…!これで、これで全て私の思うがままに…!』

 

そうだ、データを改変された、つまりデータとして認識されてしまった、それが故にモルガナは深海棲艦により深い操作のチャンスが生まれる

でもそれは僕にもチャンスなんだ

 

 

「勝つのは僕じゃないけど…お前でもないんだ」

 

勇者カイトが存在する限り、クビアという化け物は必ず現れる

そして、これからどんどん深い夜になり、闇が増す

月明かりで照らされた光も、僅かなうちに消える

 

月が沈み、夜が明けるその瞬間こそ最も暗い

 

 

自分をデータドレインで貫く

この腕輪は、アウラに化けたモルガナの作った偽物、だから暖かくない

 

 

「この仮初の腕輪は返すよ、やっぱりアウラの腕輪じゃないとダメだ」

 

『気づいていたのか…だとしたらなぜ…』

 

「ゲームをする為、そしてこれからが始まりだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者カイトを、破壊した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

工作艦明石

離島鎮守府

 

 

「…ん?なんでこんな時間に明かりが…ここは、提督のパソコンを置いてる部屋…」

 

胸にざわめきがある

ドアを開きたくないと思った、だけどその意思と反対に自然と私の手はドアを開けた

 

何かに貫かれた、心臓を、間違いなく

 

目に映ったのは、提督が、パソコンの前に倒れている姿

 

「…そんなところで寝てちゃ、風邪をひきますよ…?」

 

悪寒、ざわめき、嫌な鼓動

怖い…まさか…

 

 

 

結果として、死んではいなかった

身体だけは

 

本土から呼んだ医者の話では、脳にダメージがあり、目覚める可能性はほとんどないと言っていいそうだ

 

何が起きたのだろう、何もわからない

 

『大丈夫、僕を心配しないで、君がやるべきことは他にあるんだ』

 

…私がやること?それにこの声は…

 

『パソコンを調べて欲しい、君にしか頼めない』

 

 

私の足はもう止まらなかった

 

 

パソコンを調べ始めると色々出てきた

中でも目を引いたのが

 

勇者カイトからのメッセージ

 

これを、みんなに見せるのが私のいまやるべきこと

 

 

 

 

 

 

『いきなりこんな形になってごめん、僕は今からこの勝てないゲームを崩しに行く、僕とつながりを持った全ての人へ、夕暮れ竜の加護のあらんことを、前置きはここまでにしておくよ。

とりあえず、今の君たちならきっとあの不死の化け物を倒せる、約束する、そして君たちにはそれを討ち果たしてもらいたい、僕は暫く眠るけど、君たちの中にいる、きっと助けになるから」

 

 

 

 

 

 

 

「意味わかんない、頭おかしくなったの?あのクズは」

 

「…さあね、でも、本当にアレを倒せるのかな」

 

「…気分アゲていってみる?」

 

 

みんな反応はそれぞれ、提督が倒れたことを嘆くのは、私と朝潮ちゃん、それから曙ちゃんたちくらい

赤城さんや加賀さんは毅然とした態度で混乱が起きないようにしてくれている

 

実際なんでこうなったのかまるでわからない

何があって、提督は意識不明になったのか…

 

「明石ー、どったの」

 

「…北上さん…」

 

「気にしちゃダメだよ明石、提督は私たちの中にいる変態クソ提督らしいから」

 

「…何があったんでしょうか」

 

「一部始終ではないんだけど私は知ってるよ」

 

「…え…?」

 

「私の中の提督が教えてくれたからね」

 

「北上さんの中の提督…?」

 

「変なこと言ってるって思ったでしょ、嘘だよ、甲標的で警備巡回をしてた時の報告だよ」

 

「…何があったんですか?」

 

「提督は人間じゃなかったー!って話さね、なんか赤いダサい服着て、髪も水色に染めて、変なナイフみたいなの両手に持って、深海棲艦とやり合ってたらしいよ」

 

「…それ本当に提督なんですか?」

 

「私が保証するわ、クソ提督で間違い無いわよ」

 

曙ちゃんの目元は真っ赤なままだった

 

「あいつがネットゲームの中にいるときは、その姿なのよ、胡散臭いおっさんと話してたけど、現実にそのキャラクターを持ってくるって話をしてたわ」

 

「…じゃあ、本当に提督が一人で戦ってたってこと?」

 

「おぞましい程の数の深海棲艦と、ね」

 

「そして負けた…」

 

「負けてないわよ、あいつ自称勇者なんでしょ?負けるなんて許さないわよ」

 

「自称っていうかー…思ってるよりすごいかもよ?」

 

「北上さん何か知ってるの?」

 

「勇者カイトは、ネトゲプレイヤーの中じゃPKKに並ぶ伝説だったからねー、世界一有名なThe・Worldというネットゲームの最後の謎を解いた集団、.hackersのリーダー、それがカイト、やったことは知られてないけど、誰もが憧れるプレイヤーだよ、噂では本当に世界を救ったとかいろんな噂があるし…ほら」

 

北上さんの見せたスマホには色々な記事が載っていた

そしてどれもが勇者カイトについて

 

「とにかく有名なことはわかったでしょ?」

 

「…へぇー…クソ提督ってゲームだけはすごかったのね」

 

「ゲームだけなのかな、もし、本当にその現実に持ってくるのが成功して、絶対に勝てない戦いを、本当に崩したとしたら?」

 

「…でも話が不明瞭すぎて…」

 

「物は試しよ、とりあえず出撃してみるわ」

 

「そだね、行ってみよう」

 

 

 

 

「提督、私はどうすればいいんでしょうか……」

 

 

 

『僕が、みんなを助ける…だけど、この世界を救うのは君達だ、僕にできるのはここまでなんだ…』

 

 

 

「私が世界を救わなきゃいけない…?」



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対策会議

鎮守府近海

 

朧を旗艦にいつものメンバーで近海の哨戒

曙2人が複縦列の先頭につく

 

「敵右舷!打ち方用意!」

 

「緑のキラキラ視認!例のやつだよ!」

 

「出現率が明らかに上がってる…やるしかないね」

 

「うてー!」

 

爆音の中に小さくガラスの割れる音が響く

 

「…今の聞こえた…?」

 

「うん、何か違うよ」

 

「………やれるかもしれないってことなのね」

 

「やってやるしかないのよ、やるわよ!」

 

「次弾装填!」

 

「装填よし!うてー!」

 

異変はその時起こった

ただの弾薬を放ち、薬莢が溢れるはずだった

 

キュイ…イィィィィィィ

 

「え!?何、動作不良!?」

 

「こっちも!変な音がして…」

 

「砲を捨てて!早く!」

 

捨てようにも間に合わない

砲塔に青く、透明で虚げな球体が現れ、そして射出される

一か八かで狙いに合わせ続けた漣以外は狙いを外れ、彼方へ飛ぶ

そして、大きな爆発が彼方に見える

 

そして漣の発射した球体は確実にイ級をとらえ、確認するまでもなくな消滅させたと確信した

 

「………ナニコレ…」

 

「…明石さんが何かしたのかな…」

 

「いや、ktkr!これご主人様の言ってたやつでしょ!」

 

「……あー…?」

 

「だとしても…え?これ自由に動かせるの…?怖いんだけど」  

 

曙が二人揃って大きく息を吸い込む

 

「「ちゃんと説明してけーー!このクソ提督ーー!!!」」

 

「息ピッタシ…」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

執務室

 

 

「…なるほどねぇ…」

 

「艤装にとくに異常は見られませんけど…」

 

「でもあんなのが出るなんておかしいじゃない!どう考えも!」

 

「って言われても…」

 

「よーく考えて?心当たりがあるんじゃない?私たちを脅かそうとか…」

 

「ないですって!というか私結構アナログなので、話聞く限りもはやオカルト説を推したいんですけど…」

 

「……ま、容疑者一位は寝たまんまだし?」

 

「試しにぶち込んでみる?もしかしたら起きるかもよ?」

 

「いいわね、乗った」

 

「いやダメですよ!?」

 

ドタドタと走ってくる音がする

 

「…同じことが起きたに賭けるわ」

 

「私は倒せないから逃げ帰ってきた、ね」

 

「明石さん!わ、わ、私の艦載機がぁぁぁ!」

 

「今度は艦載機かー…」

 

「赤城さん落ち着いてー!!」

 

 

 

「なるほど、弓を引き絞ったら鏃のあたりに何かが現れて…」

 

「そう、青やみどり色の図形のようなものがいくつも出てきて輪を作ったんです、そのまま放つのはまずいと思って戻したら消えたんですが、引き絞ったらまた…」

 

「放ったんですか?」

 

「…敵艦隊が消滅しました」

 

「………怖っ」

 

「あぁっ!?そんなに離れないで!私をひとりにしないで…!」

 

「冗談は置いておくとして、演習はできませんね…」

 

「演習相手を消し去るなんてとんでもないですからね」

 

「にしても、わかんないことだらけだよねー、いきなりこんな恐ろしい兵器が手元に現れて、それを渡したと思われる提督は昏睡状態…いや、もはや脳死状態…」

 

「北上さん!」

 

「言葉がすぎてるのはわかってるけど、医者の言ってることってほぼそういうことじゃん、さて、私たちがやるべきことは、提督を叩き起こすことなのか、それとも深海棲艦を叩き潰すことなのか、どっちだと思う?」

 

「………このわけのわからない力を、何もわからないまま奮って良いのでしょうか?」

 

「…提督を起こす方法を探る必要もあるのよね…私が連れて行かれたところに行ってみるわ…動かないよりマシよ」

 

「とりあえず、その力を安心して使えるようにならないと危ないよねぇ…」

 

「北上さんは出撃はしてないんですよね」

 

「ん、私は非番だったからね、でもこの分だと私の魚雷も恐ろしいことになってるのかなぁ…よし、試してきますかぁ!」

 

「百聞は一見にしかず、明石さんも良ければどうですか?」

 

「……いえ、気になることがあるので私はそっちを探ります」

 

 

 

 

 

駆逐艦曙

 

『もしもし!』

 

元気な女の子の声…

病院の電話番号じゃなくて家の番号ってわけ?

 

「…すいません、そちら曽我部さんのお電話で間違い無かったでしょうか?」

 

『ン…?はい、合ってますけど、どちらサマ?』

 

「私、以前腕の事で診てもらった曙と言うものですが、曽我部さんにお伺いしたいことがあってお電話差し上げました、曽我部さんはおられますか?」

 

『腕…?リュージ!電話だよ!』

 

『あー、はいはい、もし回し、変わりましたよっと』

 

「私、この前みてもらった曙なんですけど」

 

『あー、曙ちゃんね、その後どう?おじさんに電話してきてくれるなんて嬉しいなー』

 

「そういうのは良いわ、単刀直入に行くけど、脳に受けたダメージは治せるの?」

 

『脳にか…俺をスーパーマンと勘違いしてるなら訂正しとくけど、俺には無理な話だな、っていうか何が起きてんの?そっち』

 

「…どこまで聞いてんの?」

 

『お嬢ちゃんたちが正義のスーパーヒーローってとこまでなら…あ、おじさんも実はヒーロー』

 

「そ、艦娘なのはわかるのね…というかどこまで話せば良いのかしら…」

 

『おじさん無視は悲しいけど、そっちに遊びに行っても良いかな?電話口じゃわからない事も多いし』

 

「………クソ遠いわよ?」

 

『日帰りコースでよろしく…ってももう夕方か、そっちに豪華なホテルはない?ロイヤルスイートに泊まりたいねぇ、もちろんそっちの奢りで』

 

「…機械まみれの倉庫か普通のベッド付きの個室くらいなら」

 

『あ、良いなぁ、おじさんこれでも機械はイける口で』

 

「じゃあ移動費は負担するから港までよろしくね」

 

『横須賀から送ってもらっちゃおうかなぁ…あそこ近いじゃん』

 

「軍施設をタクシー乗り場にしないでくれる?それにできれば極秘がいいの」

 

『でも聞くところによると横鎮のトップとあんたらのトップって仲良しらしいじゃん、話くらい通してみてくれよな!おじさんからのお願いだぜ!』

 

「そのトップが落ちたのよ」

 

『…マジかよ』

 

「大マジよ、準備しておいて、どこの港にするかはこっちから連絡するから」

 

『いや、待ってくれ、だとしたら尚更横須賀を頼るべきだ、あそこの上と面識はないが、連絡は取れる』

 

「本部の犬に頼る余裕なんかないんだけど…」

 

『ま、黙って大人を信じてな、お嬢ちゃん』

 

「…切りやがったわね、あの不幸そうなおっさん…」

 

 

 

 

 

 

「まさか本当に横須賀を味方につけてくるとは思わなかったわ」

 

「な?な?俺の言った通りになったろ?」

 

「そうみたいね…」ウデクミ

 

「なんだ、腕動くのか?」

 

「…提督が治してくれたわ、何をしたかは知らないけど」

 

「ほえー…やるなぁ…」

 

「あんたもやるわね、ついでに誘拐もしてくるとは思わなかったわよ」

 

「誘拐なんてされてないヨ!」

 

「社会見学に娘連れてきちゃいけなかったか?」

 

「むすっ…そ、そう…」

 

「あ?なになにぃ?おじさまに惚れちゃった?」

 

「…娘さん?ちょっといい?」

 

「リーリエでいいヨ?あ、ハリセン使ウ?」

 

「……頂いておくわ、次からは容赦なく行かせてもらうから…」

 

「…命がいくつ合ってもたんねぇ気がしてきた」

 

 

 

「ふーん…なるほどねぇ…マジで死んでんじゃん」

 

「まだ死んでません!」

 

「おっと悪いねぇ、口が軽いもんで、それよりこいつ診てる医者は?」

 

「本土に帰ったわ、なすすべないってね」

 

「…ま、俺も匙を投げたいとこだけどな、なんでこうなったか気になる…リーリエ?」

 

「ちゃーんと持ってきてるヨ、VRスキャナー」

 

「よし、お嬢さん方はしばらく席外しててくれるかな、今から忙しいんで」

 

「…治るんですか?」

 

「診察するだけだからまだなんともね」

 

 

 

 

 

 

 

「信用できるんでしょうか」

 

「提督は信用してたわよ…何かの有名な人みたいだけど」

 

「んー…わかんないや」

 

「ちょーっと失礼、えーと、曙ちゃん、きてくれ、話が聞きたい」

 

「…行ってくるわ」

 

 

 

「はいこれ、まずかけて」

 

「…メガネ?」

 

「VRスキャナ、前使った装着型VR機器の小型軽量版ね、で、こっちでキャラメイクはしといたから、はいログインと」

 

「ちょ、私はゲームしてる暇なんか」

 

 

 

「さって、腕をよく見せてもらおうか」

 

「…明らかにデータに異常があるネ、ゲームの中なのに、現実で動かなくなった腕を無理矢理ゲームのデータで直したからかナ?」

 

「まあその線が濃厚だな、ただ、改変の跡が全く診られない…つまり」

 

「データドレイン?」

 

「そう、その可能性も非常に高いと思うね、俺は」

 

「でもデータの膨張の理由にはならないヨ」

 

「ゲームの中から外に出てきたって仮説も、信じ難いけどなぁ…正直カイトのデータも開きたいくらいだ」 

 

「あれ触ったラみんな吹っ飛ぶかもしれないよ?」

 

「それが怖ぇんだよなぁ…しかし、恐ろしいことをしたもんだぜカイト」

 

「何かわかったの?」

 

「…腕輪のコピーを作ってやがる、今すぐ破壊したいくらいだが、手が出せねぇな…」

 

「……それは不味いネ、絶対に知られないようにしないと…」

 

「データドレインを擬似的に再現する試みはもうされてるが、本物が出てきちゃ…敵わねぇからな」

 

「どうする?」

 

「どうにもできねぇよ、お手上げだお手上げ、嬢ちゃん、もう良いぜ」

 

 

 

 

「なんだろう、こんなものに没頭してしまった自分が恥ずかしいわ…」

 

「ゲームなんだから楽しめよ、うら若き…何才?」

 

「…さあね、で?何がわかったのよ」

 

「まあ隠すつもりはないからさっさと本題に入るんだけどな、お前さんはすごく危険だ、特にその腕、お前さんの気持ち一つで世界が滅ぶくらいな」

 

「なにそれ」

 

「お前んとこのお偉いさんは人選が上手いねぇ、お嬢ちゃんなら世界を救ってくれるって思ったんだろうぜ」

 

「……そりゃ世界を救うためにもう戦ってるわよ」

 

「なら、あとはきっかけか、その腕大事にな、怪我とかやめてくれよマジで」

 

「何それキモいんだけど…」

 

「ま、そう邪険にすんなって、な?」

 

「で、結局この腕がなんなのよ」

 

「勇者の力が宿ってるって話だよ、次世代の勇者サマ」

 

「………ワケワカンナイ」

 

「…ところでリーリエどこ行ったか知らない?」

 

「確か訓練を見に行くって…「リュージ!すごい!すごいよここ!人が大砲撃ってて!」帰ってきたわね」

 

「…せっかくだし見学してっても良いか?」

 

「…良いんじゃない?知らないけど」

 

 

 

「勇者の力、ねぇ…そんな特別なもんいらないわよ…」

 

 

 

 

 

 

「いやー、悪いね、案内してもらっちゃって」

 

「ほんとに巻き込まれたら困りますからね…」

 

「…なんかあっちの方派手じゃない?えらく爆発してるけど…」

 

「あー…あそこは空母の人たちの…」

 

「空母って飛行機飛ばすやつだよネ!?見たい見たい!」

 

「ご期待には添えないと思いますけど…それでもよければ」

 

「んー…?」

 

 

 

「…何あれ」

 

「…空母の訓練風景です……」

 

「いや違うよねあれ、別の何かだよね、弓からエネルギー弾はなってるけど」

 

「………やっぱりそうですよね、私もそのようにしか見えません」

 

「紋章砲かナ?」

 

「…やっぱそれだよなぁ…」

 

「何か知ってるんですか?」

 

「んー、俺もあんま詳しかないけど、超火力のデータ兵器みたいなもんだな」

 

「…あれの解除の仕方とかは…」

 

「そこまでは」

 

「……そうですか」

 

 

 

「加賀さん、如何ですか?」

 

「…ダメですね、やはり何度やっても艦載機は飛ばないわ」 

 

「発艦すらしてないから、減ることはないんですけど…」

 

「飛ばさなければ腕が鈍るのに…」

 

「こうなったら私たちもこれで戦いましょうか」

 

「………良いかもしれないわね、資源の消費も減るし、何よりこの火力なら…」

 

「…でも、これ打つとすごくお腹が…」

 

「減りました」

 

「燃費は悪くなるばかりですね」

 

「力に代償はつきものよ」

 

 

食堂 間宮

 

「…何かものすごい悪寒が」

 

「間宮さん?顔色が優れないけど…」

 

「鳳翔さん…食材が消えるような気がして…」

 

「そんなまさか、神隠しじゃないんだから…」

 

「そうですよね、あははは」

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、その紋章砲はそんな力が…」

 

「でも扱いには気を付けてくれよ、誰かにあたろうものなら、まあ、良くて意識不明は免れないと思うから」

 

「…こちら執務室、至急空母の訓練をやめさせてください!できるだけ早く!」

 

「しっかし、恐ろしいなぁ、紋章砲自体データドレインを再現したものだ、そしてそれをカイトが与えたとなるとより近い、もしかしたら改変する力すら持っている可能性もあるわけだしな」  

 

「改変?」

 

「データドレインってのは、データのプロテクトを無視して全てを書き換える力がある、例えば相手が不死身の化け物なら不死身というところを書き換えれば倒せるだろ?」  

 

「なるほど、ですがそれはゲームの話じゃないんですか?」

 

「いや、これを現実で使えたとしたら?」

 

「…そんなわけ」

 

「ないと思うよ?俺もね、生身の人間には効かないと思うんだけどなぁ…実際アレは効かなかったし…でもこんなもん見せられた以上ないとは言い切れないよねぇ」

 

ノック

 

「曙、入室するわよ」

 

「どうぞ」

 

「良かったわ、あんた探して歩き回ったの」

 

「なんだ?嬢ちゃん」

 

「クソ提督は意識不明者も治したって言ってたけど、それについて何か知ってる?」

 

「…いや、データドレインにそんな力なんてないはずだが…」

 

「そう、知らないの、ならいいわ」

 

「…わからんな、どうやったんだ?なんで意識不明のやつまで治せる?何か見落としがあるのか?……そうか、加護だ、確かあの腕輪には加護があった、データドレインに対する耐性か、納得がいった、だから急な変化があったのか」

 

「あの…?」

 

「ああ、悪いね、考え込んじまった、けど多分、その変化の理由がわかったぜ」

 

「提督が何かをしたんでしたよね」

 

「ああ、全員に腕輪の加護を付与した、おそらくこれで間違い無い」

 

「腕輪の加護ぉ?何?また変なワードが出てきたけど」

 

「データドレインってのは全てのプロテクトを無視するが、完全には無視できないものがある、それが腕輪だ、データドレインに対抗する手段はその腕輪から加護を得る事にあるんだ、そしてその腕輪は、俺の読み通りなら、嬢ちゃん、お前が持ってる事になる」

 

「アタシ何にも持ってないけど」

 

「目には見えないんだよ、でもきっと持ってるはずだ、お前さんがそれを使いこなしさえすれば、多分解決するんじゃねぇかな」

 

「…ワケワカンナイっての」

 

「まぁ、俺もだ、正直的外れなのかもしれないが、これしか思いつかない、とりあえずおじさんを信じてみなって!」

 

「…明石、訓練の数増やしといて」

 

「は、はい…」

 

 

 

 

 

 

 

?????

駆逐艦朝潮

 

「……あれ?私いつの間にこんなところに…」

 

一つのモニターが目の前にある、その中は赤紫の空に、おどろおどろしい森

そして木のない空間に一つのベッド

 

そしてベッドの上には少女が一人

 

「…防がなきゃ…アレを…止めなきゃ…こわ、さ…なきゃ…?なんで…?あれ…?」

 

嫌な感情を振り払うように後ろを向く

 

「司令…官…?」

 

クリスタルに包まれたオレンジの衣装の少年

しかしそれが司令官であるとすぐにわかった

 

「…あ…あれ…なんで……なんで…こんなに………」

 

そして不思議な感情が湧き上がる

 

 

「なんでこんなに憎いんだろう」



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闘争の始まり

鎮守府遠洋

 

雷巡北上

 

「全員展開して、複縦陣から単横陣、敵影に警戒」

 

座標的にいえば、ここで戦闘があった

ここにカイトがいた、なぜそこまできたかといえば、ただの気まぐれ

敵がおらず、特に消耗もしていない

なので進めるだけ進んでみただけ

 

「…なにかある?」

 

「…いる」

 

「いるね、それも大量に」

 

発見こそ遅れたがイ級のなりそこないのような、魚に近いようなものが浮いている

 

「…なにこれ」

 

「イ級じゃないの?」

 

「とりあえず、仕留めていきますか」

 

抵抗する力もないようで、倒すことは容易だった

そして進めば進むだけ、いる、弾が足りないと感じるほどに

中にはイ級そのものもいれば、魚とのキメラまでいた

 

そしてその先に一つの置物が鎮座していた

 

「…水晶?」

 

「待って、全体停止…近づけない」

 

心臓が鳴る

進めない、プレッシャー、冷や汗が吹き出す

 

「…引くよ、不味いのが…いる」

 

「……何が?どこにも何も見当たらないけど」

 

そう、ここにはいないはず

だけどみられてる

どこから…?

 

「なんだろうこれ…この感じ…とにかく、すごく嫌な感じがする、再編成してから来よう」

 

 

 

『…ア゛ア゛ァ゛…』

 

 

 

帰路は、とても恐ろしい道のりになった

新型の空母の敵が現れたのだ

 

「もうすぐ日が暮れるから仕留めきれないなら夜戦に持ち込む、やれそうならやるよー」

 

「北上さん!前方から爆撃機がきてます!」

 

「ルートから外れてるから大丈夫、朧と曙Aは左右から道を塞ぐよう雷撃して、私と残りで真正面から詰めるよ、それじゃあ散開」

 

単縦陣が崩れる

 

「曙Bは私の横に来て、漣はそっちにつきなー」

 

「Bってなによ…」

 

「わかり辛いからね、はい、砲撃開始ー」

 

複縦陣で前方はつめる

 

「敵進路確認、東、朧、引きなー、そっち向いてる、岩陰とかに行っちゃダメだからね、待ち伏せされてるかもだし」

 

『はい!』

 

朧が速度を落として進路を変更している間にこちらから雷撃を仕掛ける

 

「曙Bー、速力落として私たちの後ろについて、単縦陣からの同航にするよ」

 

「了解!」

 

曙が速力を落としたことで雷撃の道が開く

 

「さて、20門まずは行きますかね…それっと」

 

砲は打ち切っているが、魚雷なら十分に仕留め切れる持ち合わせがある

 

「朧、下がって来ながら砲雷撃、進路を潰して、曙Aは後ろから攻める、相手の進路を潰してるからスピードは出ない、蛇行しながら来て、雷撃の恐れがある」

 

『『了解』』

 

「第二射用意、全員行っちゃってー」

 

『敵雷撃!9時の方向!備えます…被弾しました!」

 

「朧はさっさと引きなー…こりゃ伏兵アリだね、甲標的出したし、全員集合して撤退戦に持ち込むよー」

 

「敵!追撃に来てます!」

 

「数の変動ある?曙Aの方から何が見える?」

 

『人形艦が複数…あの砲のサイズ…重巡以上よ…!』

 

「あー、出て来ちゃったかー…全速で逃げて、雷撃は気にしなくて良いから、潮ー、弾残してるよね、貸して」

 

「はい!魚雷もありますけど…」

 

「潮が曙と敵の道を遮るように撃ちなー、こりゃ日が暮れるとこっちが不味いね、回り込むように帰るしかないかなぁ…」

 

「朧合流しました!」

 

「朧は曙Bと漣の間に入って、複縦陣を再構築、如何しようかなぁ…例のパワーは私は出せないしなぁ…というかあのすごいのは?」

 

「…試したんですけど出ませんでした」

 

「私も…」

 

「ま、そうじゃなきゃ終わってるはずだよねぇ…あれ?ぼのAは?」

 

『略すな!!西から合流するわ!」

 

「…あ、いた、待って…上空の艦載機は…あ…これ不味い…弾着確認射撃だ、曙Bと朧を先頭にしてそのまま突っ切って、私と曙Aは別ルートで合流する、とりあえず鎮守府に向かう事、それから緊急信号を出して援軍をもらって」

 

とりあえずこの子達だけでも返さないと不味い

 

「りょ、了解!」

 

「んじゃ、またね…曙A聞こえたね、何か質問は?」

 

『ないわよ!進路は!?』

 

「北、北上さまだからね」

 

『言ってる場合か!』

 

「…ま、お利口さんならわかってるよね」

 

来た、ギリギリ抜けられる

 

『大丈夫!?姿見えなくなったけど』

 

至近弾、しかも口径が大きすぎて…吹っ飛んじゃった

 

「大丈夫大丈夫、そのまま進みなー、速力落とさないでね、置いてくよ」

 

『背中見えないんだけど!ほんとに置いてくなー!!!』

 

曙の背が見えた、あのままなら妨害さえなければ帰れる、はず

 

「…よし、やるか」

 

そろそろ日が沈む

灯火が消える

 

「どこぞのニンジャじゃないけど…夜の方が良いのかもね、私」

 

再び動き出す

 

「北上さまの北上スペシャル味わいなー」

 

放てるだけの魚雷を放ち、甲標的を再び沈める

 

「手が足りないなら、倍の速さで動くだけって誰が言ってたっけ…ああ、多摩姉ぇだ、おっとりしてんのになぁ」

 

さて

 

「さて、ハイパー北上さまとやり合おうってバカはどこだー」

 

黄昏に向かう

前方の戦艦と空母に向かう

 

「………」

 

水上機がそばを通る

見る事もしない、距離を測られてる

 

そしてさらに上から敵機複数

 

「上に対処する装備積んでないんだって」

 

主砲を持ち上げ、放つ

敵機には当たらなかったが、思わぬ大爆発が起き、敵機は散る

 

「うっそ、あっちの弾と当たったの?…これは幸運の女神様がついててくれてるのかなぁ…じゃあ生きて帰るまで面倒見てもらうかぁ」

 

笑ってしまうほどの幸運だったが、2度起きないことは理解している

あと僅かな時が経てば敵は艦載機を使えない

 

「ならまずはそっちだよねー」

 

第一陣の魚雷が爆発する

 

「敵艦に着弾を確認、さて、足がない以上…逃がさないよ」

 

甲標的の妖精から発射の通信が来る

 

「よーし、戻っといで」

 

間も無く爆発

 

「敵戦艦大破確認、砲も撃たなくなった…次」

 

焦った、焦ったから気づかなかった

自分が伏兵ありと判断した理由である雷撃の跡

 

「…え…」

 

まさか雷巡が雷撃されるとは思っていなかった

 

 

 

 

 

 

 

「…やっちまったねぇ…」

 

真っ白な世界…だったら良かったのに

深い青に包まれた世界、これが深海なのかあの世なのかは知らないけど

 

「やな感じだなぁ」

 

「そうかもね」

 

「…へぇ、こんなとこにいたんだ、提督」

 

「僕は君たちの中にいる、ちゃんと君たちを見てるから」

 

「…そっか、で?何?私の中から何を覗いてたの?やーん」

 

「北上が負けそうになった瞬間かな」

 

「…負けてないよ」

 

「うん、まだ負けじゃない」

 

「…もう一回、もう一瞬戦える…」

 

「大丈夫、見てるから」

 

「…はー…じゃあダメ提督にいいとこ見せるかー」

 

 

 

 

気づけば再び空中に体が放り出されていた

このまま海面に衝突した瞬間、もう力は入らないだろう

だから

 

「まだやるよ…!」

 

足をつく、踏ん張る

雷撃して来た敵を見て、そして砲塔を確認する

 

「…よし」

 

次の標的に目を向け、進み始める

カチリと音がしたと思えば砲塔が火を吹き

 

「まず1つ、今日の北上さんは凄いよ、なんでかって?なんでだろうねぇ」

 

パリン…パリン…と音がなる

 

ダンと音を立てて、踏みしめる

スカートのように滑るのが本来の動き方だが

そんなじれったいことをする気にはならない

打ち切った魚雷管をパージし、走る

 

「まだなんもしてなかったもんね、お返しするよ」

 

ゼロ距離

ここまで来てようやく意図がわかったのか防御姿勢をとる空母

それに腕をクロスし、ただ突撃

 

のしかかるようにして、砲塔を押し付ける

 

「…はぁ…悪いね、死ぬまで打つから」

 

宣言通り放って、装填放つ

 

ガラスの割れるような音が響く

 

「……はぁ…我ながら無茶苦茶だなぁ…あ、だめだ…今倒れたら沈む…せめて艤装つけないと…」

 

怪我自体は中破程度だが、艤装のほとんどを捨てたせいで浮くのは足だけ

このままでは確実に沈む

 

「…ま、いいか…見てた?ちゃんと…勝ったよ」

 

倒れる前に、戦艦にも一撃撃ち込む

また割れた音がした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ん?」

 

暖かい

 

「死んだら湯船に浸かってるもんなんだねぇ…これが本当の極楽…」

 

「馬鹿言ってんじゃないわよ、私と一緒に行くんじゃなかったの?」

 

「…言ったっけそんなこと」

 

もう構う気力もない、でもこのままだと不味いかな

すごくしつこいしうるさいんだよねこの子

 

「…はぁ…ったく」

 

お?ついてるな、今日は楽だ

 

「呉の方に連絡しといたから、アンタらの姉妹がまた無謀なことしたって」

 

「…え……」

 

心臓が凍るってこういうこと言うんだよ多分

ヤバいなぁ…また怒られるじゃん…曙一人よりずっと面倒…

 

「アタシ一人よりずっと面倒だって思ったでしょう?」

 

「…まあね」

 

「残念ながら二人よ」

 

「………げ…」

 

曙の影から曙…これは…

 

「さらにいうと私たちもいますぞ!」

 

「まあ、その…私は怒ってるとかより感謝してるので…」

 

「わ、わたしも…」

 

「………だから駆逐艦嫌いなんだよ…ぶくぶくぶくぶく」

 

決めた、今日は私の轟沈日だ

今決めた

 

「ついでに明石と赤城のフルコースも待ってるわよ」

 

既に決まってた、の間違いだったかな…

 

 

 

 

 

「……はぁ…疲れた、戦闘より疲れた…」

 

「自業自得です、でもよく帰って来ましたね」

 

「え?誰かが引っ張ってくれたんじゃないの?」

 

「いえ?聞いてる話だと艤装もないまま、ギリギリ港にしがみついてたと…」

 

「………やっば…記憶にない…」

 

最後の記憶は戦艦に砲弾を打ち込んだところまで

 

「……いや、違う…」

 

ーーあ…りが……ウ…ーー

 

「…調子悪いから今日はそのまま休むね、じゃね、明石」

 

「お大事に」

 

誰の声?知ってるのに…

 

「わかんないなぁ…誰の声だっけ」

 

ベッドに体を沈める

 

提督は見てたはずなのに

何も答えてくれない

また会おうとしたら…怒られるか

 

 

「………いや…わかる……」

 

そう、そうだった

寝てる暇なんてない

 

「…でも……まさか………そんな…」

 

海を目指す

 

「間に合え…間に合え…!」

 

港が見える

そして想像通り、遠くに3つの人影、港にあるのは私の艤装

 

「…そっか…まだ、か…」

 

もう遠くにいってしまった彼女たちにこの声は届くのだろうか

 

「…ありがとう」

 

ぽつりと一言呟いた

 

遠くの人影は手を振ったように見えた

 

「…次あえばまた敵かなぁ…?戻ってこれないならそうだよね、じゃあ、次も私がひねってやるかぁ…」

 

艤装を拾い、付け直す

甲標的もある

妖精に聞いてみる

 

「誰だった?」

 

予想通りの返しに私は満足した

 

「じゃ、また会おうね、長門、翔鶴、そして摩耶」

 

誰にも言えない、これだけは

 

言ってしまえばみんな躊躇う

 

だから、私の胸に秘める

 

そして、信じた

 

「私が救う」



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辿る足跡

呉鎮守府

 

「あんの馬鹿上がぁぁぁぁ!クマ!」

 

「次あったらタダじゃおかんニャ」

 

「ま、まあ、姉さんも仲間を守ろうとしただけなんだし…」

 

「そ、そうですよ、北上さんだけが悪いわけじゃ…」

 

「おーおー、騒ぐならよそでやれ、仕事が進まん」

 

「うるっせークマ!さっさと出撃許可をよこせクマ!」

 

「何処にだよ」

 

「北上に決まってるクマ!」

 

「個人相手に出撃してどうすんだよ…」

 

「ボコボコにするんだニャ」

 

「悪かった、今のは質問じゃねぇんだわ」

 

「おらー!!さっさと出撃させろクマー!」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

重雷装巡洋艦北上

 

「…っ……寒気が…」

 

「風邪ですか?」

 

「いや、その…曙のせいかな…」

 

「……あー…あんなに怒ることないのにね」

 

「まあでも褒められたことじゃないのは間違いないわね、うちで一番の戦力が落ちたらどうするのって話よ」

 

「…霞もなかなかキツイねぇ…」

 

「私も同意見です」

 

「……やっぱ駆逐艦苦手…」

 

「聞こえてるわよ!」

 

「やだぁ…甘やかしてくれる人が欲しぃ……」

 

「何もしてないのによくいうわね」

 

ここしばらくは出撃させてもらえてない

だから周りには怒られるし、面倒見られてるし、でも心は治らない

心の肩こりってやつ

 

「…せめて訓練させてくれない?」

 

「提督代理の許可をとればね」

 

「……明石はまだ許してくれないよねぇ…」

 

正式に明石は提督代理に就任した

鳳翔さんが秘書官につき、二人がかりで仕事を進めている

内容に関しては青ざめたり赤くなったりと、とても大変そうだった

 

「執務の手伝いもダメ、出撃もダメ、なんなら訓練もダメ」

 

「ぜーんぶダメね」

 

「そんだけ愛されてんのよ」

 

「うへぇ…大井っちより重いよ…冗談でもきついって」

 

「ま、でも確かに流石に長すぎよね、一週間は」

 

「私たちも具申してあげるからもう少し辛抱しなさい」

 

「ありがとねー、やっぱ駆逐艦はいい子が多いなぁ」

 

「あんたの手のひらは高角砲かなんかなの?」

 

「例えが新しいわね…」

 

 

 

夜 丑三つ時

 

「…さて、行きますか」

 

何もせず眠れるわけがない

艤装を纏い、あの感覚を呼び覚ます

 

あの時の、あの部屋の、あの中で感じた微かな違和感を手繰り寄せるために

 

「私だけ今のままじゃダメ、助ける力を手に入れなきゃいけない」

 

私には所謂紋章方は手に入らなかった

砲から放つ方も結局そう呼んでる

魚雷の強化もなかったし

何が悪いのかわからない

 

でも一つ違和感が残った

 

「なんであの時はあんなに…」

 

そう、あんなに主砲の威力が出たのか

 

まさか空母や重巡型の敵を一撃で倒せるような威力が?そんなわけがない

 

「………来ない、あの感じが」

 

精神を統一して、待つ

 

ピリッ

 

「………」

 

反応しない、この神経がピリピリし始めた、それを理解しても反応はしちゃいけない

まだ奥に

もっと深いところにあるそれを目指して

 

「………」

 

なんだろうこの感じ

違う、あの時と

 

「…………」

 

でも見える、今後ろから近づくのが誰なのかも

 

「…明石、どうしたの?」

 

「え、あ、よくわかりましたね」

 

「ん、寝てると思ってたけど」

 

「…まあ、窓を見たら艤装をつけて歩いてるのが見えたので」

 

「そう、大丈夫、ただイメージしてるだけだから」

 

「……別に止める気もないです、あと、明日から執務手伝いをお願いします」

 

「おっけー、話はそれだけ?」

 

「…はい」

 

「…………」

 

明石には悪いけどそんな暇はない

感覚を鋭敏にし、何度も研ぐようにする

 

いつ、辿り着けるのだろう、この先に

長い長い道を見ている気分になる

 

だけど、今、踏みしめた、一歩目を

 

 

 

 

工作艦明石

 

正直、舐めていた

大本営がここに求めるものは最悪だった

大量の資源と戦果を求める書類

そしてそれを果たせなかったことに対する叱責の文

解体を強要する文書

建造で指定の艦を出せという脅し文

 

目を晒せばキリがないが、必要なものと不要なものに分け始める

 

この書類の束を終わらせれば、ようやく楽しみが待っている

 

深夜のこの時間に、私はカイトを覗き見ることが楽しみになっていた

パソコン自体はよくわかっている、組むことも修理することも容易い

だが操作して、遊ぶ、計算するとなるとできない

私にはこのデータは高級すぎる教本だった

 

ブラックボックスと言われるそれを覗き見た

その名に違わぬ警備があるはずが、そんなものはなかって

なんの抵抗もなく中身を見られた

 

そして、何もかもを理解したかのような悦に浸れた

だが、とても辛かった

私が求めてるものじゃなかったから

そして私にない温もりが機械にあったから

 

辛さを紛らわすために海を見たかった、窓を覗き込むと艤装をつけた北上が港に向かったいるのを見てしまった

思わず走って止めにいった 

 

 

「ただイメージしてるだけだから」

 

この一言に徹底的な差を感じた

私には分からない戦闘の、そして、強者の言葉だと受け取った

 

私ではこの人のように役に立たない

だから執務を頑張っていた

でも、この人なら何をしても腐らず頑張るんだろうな

 

そう思うと悔しくなった

でも同時に見たくなった、この人の強さを

 

私が強くなるために

この人のようにではなく、私なりに

どうにかしてみんなのために

 

 

 

 

 

駆逐艦曙

 

「そ、いいんじゃない?」

 

「適当ねぇ!あんたそれでも私なわけ?」

 

「別人なのはわかってるでしょ?それとも何?名前変えろっていうの?」

 

「…ふんっ!」

 

毎日喧嘩喧嘩の日々

だけど仲が悪いわけじゃない、お互いの考えてることはわかるから、連携なら抜きん出ている

 

「ねぇ、抱いて欲しいんだけど」

 

「なんでよ」

 

「…今日、間宮さんのお手伝い当番なんだけど、っていうか私たちニコイチよね?」

 

「……やば…」

 

鳳翔さんが食堂を離れたからみんなで順番にお手伝いをしている

日替わりは担当のリクエストや得意料理となるため、料理下手な人がつくと少しおぞましいことになったことがある

 

例えば朧と潮は酷かった

潮の甘いもの好きと朧の海鮮好きを活かして海鮮パフェ丼などが出てきた時は絶望したものだ

当の本人たちは美味しそうに食べていたから余計にわからない

それ以来私はカレーを毎日頼むようにしている

曙は懲りずに日替わりを頼むけど

 

 

「何か作りたいものかリクエストはありますか?」

 

「…ハンバーグ」

 

「あぁ、ニンジンたっぷりのやつね」

 

「それって確か漣ちゃんの好物じゃない?喜んでくれるわよ!」

 

「そうだったかしら」 

 

素直じゃないやつ

 

「なんか言った!?」

 

「思っただけよ、じゃあ私はフレンチフライが食べたい」

 

「じゃあ日替わりはハンバーグ定食ね、頑張りましょう」

 

「「はい!」」

 

 

 

 

 

駆逐艦曙

 

日々不安が募る

 

なんでもう一人の私はこんなに落ち着いてるんだろう

本当に私なのだろうか

 

「別人なのはわかってるでしょ?」

 

そうなのに…どうして…私に私を求めちゃいけないけど、求めたい気持ちでいっぱいいっぱいになる

 

私に特別な力があって、それはまだ目覚めてなくて

誰も救えなくて…

 

毎日が辛くなる

もう一人の曙はすごいな、私より強くて、素直で、立派で

 

「…今日、間宮さんのお手伝い当番なんだけど、っていうか私たちニコイチよね?」

 

忘れてた

漣のためにハンバーグを作りたかった

未だにちゃんとお礼ができてない

あの子は優しいからわかってくれている

そんな甘えた感情は許せない

だからせめて形あるもので伝えたかった

 

間宮さんのところに向かう途中でふと曙が呟いた

 

「海鮮パフェ丼…」

 

ああ、あれか…赤城と加賀が食べきれなかったことで有名になった…

私はそれよりも漣と北上さんのハイパー魚雷スペシャルの方が辛かった

まあ、実際は名前こそ変だが、唯のエビフライ定食(爆盛)というだけ

でも辛くてもなんでも全部食べる、みんなが作ってくれたものを食べると少し仲良くなれる気がして、嬉しい、この気持ちを伝えられない自分が嫌になるけど

 

 

 

 

「ぼのたんありがとねー!さすがだったよ!美味しかった!」

 

「あ、そう…」

 

「喜びなさいよ、直接言いに来てくれたんだから」

 

「良いんだよボーノ、ぼのたんの気持ちはよく伝わってるから」

 

「勝手に理解した気にならないでよね、勘違いだとか思わないの!?」

 

しまった、心にもないことを

漣も一瞬暗い顔してたし…ええい、ままよ!

 

「ま、でも、前に連れて帰ってきてくれたお礼ってことは言っといてあげるわ、もう期待しないでね」

 

「!……もうぼのたんったら…私惚れちゃう!」

 

「うっさい!きもい!あーもう!くっつくな!」

 

「本音は全部逆」

 

「だまれぇぇぇぇ!」

 

「否定しないぼのたん尊み…」

 

 

 

夜になる

夜は嫌い

考えてしまうから

早く、この手が、力を手にしないと……

 

「早くみんなを助けないと」

 

ずっと焦ってる

 

だから

 

「早く帰ってきてよ……クソ提督…」

 

この力は私のものじゃない

だからさっさとあんたが奮えばいい

 

あんたが使えば良いのになんで私なんかに

 

「…ダメ、私も…前を向かなきゃ……」

 

広大な世界の中から、足跡を追う

果たして進んでるのか、戻ってるのか

誰のものなのかもわからない

道を切り開くのは己だと誰かが言った

でも、足跡を辿ることを否定する奴はいない

 

だって、みんな誰かの背中を追いかけているから

私には見えない背中でも、足跡くらいはまだ見える

 

「……勇者ねぇ……向いてないし、何より柄じゃないわよ」

 

それでもやらなきゃ



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監査

 

 

ただ、人より努力した

必要だったからやっただけで

求められたから応えただけで

 

それ以外の理由はなかった

 

今、それをみんなに求めている

 

世界が

 

世界が勇者を求めている

 

劇的に今を変える力を、そして、彼女を目覚めさせる力を

 

このブラックボックスはもう開かれた

しかし中身は見えない

それに気づいて取り出してくれれば

そうする事で、世界が揺らいだとしても

 

世界を救う機会はやってくる

 

 

 

 

 

 

 

「どもっ青葉です!恐縮です!」

 

「何か用かね」

 

「用がなきゃ来ちゃいけませんかね?」

 

「…私は君のようなタイプが苦手でね」

 

「うわぁ、直接的ですねー、別に良いんですけど、ところで最近電ちゃんが元気になりましたねぇ、司令官」

 

「……部下のケアも仕事のうちじゃないのか?」

 

「やぁ、ロリコンなんて一言も…」

 

「ふむ、そういう目で見てることは伝わったよ」

 

「じゃ、冗談が通じないですねぇ……」

 

「それよりも、君は私に用があったんじゃないのかね」

 

「あ、はい、色々と査察艦として見て回ってきたんですけど、あ、こちら資料と写真になります」

 

「……ふむ、これに目を通すだけでも構わないが、君からの意見も聞きたい」

 

「……えーと、その…緩くないですか?うちより色々、爛れてるというか、そう、戦果を上げる気がないというか…」

 

「私は君たちに基準の3倍の仕事を課しているからな」

 

「え、初耳」

 

「冗談だ、私はそれぞれの能力にあった分野の仕事を割り振っている、多い者は多いがそれでも1.25倍の量になるように調整している」

 

「結局多いんですか…」

 

「まあ、ここは日本の誇る横須賀だ、むしろそのレベルで済んでいることを感謝してほしい」

 

「……それかなり嫌味ですね」

 

「嫌味だからな、だが、他所にやる気がないのは困る……ふむ、出撃時の怠慢?」

 

「あー、弾薬って結構重いじゃないですか」

 

「まあ、運搬には苦労させられるな」

 

「だから半量だけ積んで最低限の戦果を報告してるっぽい形跡が…」

 

「………成る程、それはどこの指示かね」

 

「…指揮系統ではないと思われます」

 

「よし、対象のものをさらに詳しく調べ上げて報告せよ、度合いによっては解体処分もあり得るな、これは」

 

「ひぇっ……あと、ここなんですけど」

 

「…呉か」

 

「ここも随分と爛れてますね」

 

「……いや、ここはそのままでいい」

 

「地獄抜けしたからですか?」

 

「…いや、指揮官と知り合いなのだが、よく苦労話を聞かされる」

 

「じゃあ艦娘への処罰を?」

 

「彼にはそのまま苦労してもらいたい」

 

「なんか恨みでもあるんですか…」

 

「まあな、それに報告書を読む限りでも…相変わらずと言ったところだな」

 

「戦果自体は前より上がってるんですけど…ホの字ばかりで鬱陶しい鎮守府でした」

 

「…ふむ、彼には想い人がいたはずだが…ああ、しまった、データを間違えて旧友に送ってしまったな」

 

「ちょっそれ軍事機密…!ってめっちゃ悪い顔してるし!」

 

「うーむ、しまった、もう取り消せないらしい…目を瞑ってくれるなら何か褒美を取らせるが?」

 

「わーい!青葉何も見てませんから一眼レフが欲しいです」

 

「新作を与えよう、それで?結局君の意見は」

 

「…うちは確かに厳しいところですが、他所は軍規も何もないようなところばかりですね」

 

「と言うと?」

 

「気に食わなければ異動は当たり前、戦果を上げないと暴力、と言った事例も数件はあります、裏を取れば取るほど芋づる式に新しい事件に直面します」

 

「そうかね、しかしそれは単に指揮官一人が起こしたものではないだろう?」

 

「何処もみんな問題がありますね、佐世保は以前と比べると良くなりましたが」

 

「そう、佐世保は良くなった、今上り調子なのは私たち横須賀、佐世保、呉くらいだ」

 

「……いえ、あと一つあります」

 

「ほう、私にはそんなデータは上がってこないが」

 

「司令官が関係ないのでしたら構いません、大淀さんが処罰を受けるだけですから」

 

「言ってみたまえ」

 

「離島鎮守府、地獄から上がってくる戦果は随分といいものになりましたね、今月も轟沈0ですか」

 

「ほう、その情報の裏は?」

 

「…色々回ればあそこ出身の子も多いです、聞ける話は大抵地獄絵図でしたが、でも呉で…最近あそこを出てきた朝潮から話を聞けました」

 

「成る程、正直に今を語ってくれたと」

 

「ええ、随分と余裕が出てるみたいですね、あそこ、そして私たちの鎮守府に架空の明石の着任履歴、そして解任、さらには軍港を私的利用して誰かを送り込みましたよね?」

 

「やはり君は素晴らしい諜報力を持っている」

 

「お世辞はいいので、なにか言うことはありますか?」

 

「全て私がやった、それで?」

 

「…何が目的なんですか?」

 

「この戦争を終わらせる為だ」

 

「新戦力育成、と言ったところですか?」

 

「まあ、それでも構わないが…君は確か継承組だったね」

 

「…ええ、青葉の記憶は引き継がれてます」

 

「建造の際に以前の、艦ではなく、轟沈した艦娘の記憶を引き継ぐ…」

 

「悪いことを幾つも摘発してきました」

 

「ならばこの世界が何度救われたかも知っているかね?」

 

「…意味がわからないのですが」

 

「君の理解が及ばないことがあると言うわけだ、さて、そっちに関しても口止めさせてもらおう」

 

「では、離島鎮守府への取材を」

 

「許可しよう、君にもいい勉強になるかもしれない」

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

「どもっ、重巡洋艦青葉ですっ!お出迎え感謝します!」

 

「提督代理の明石です、よろしくお願いします」

 

「あれ?提督代理…?」

 

「今提督は体調を崩しておりまして、申し訳ないのですが私が対応させていただきます」

 

「ふーん…あ、色んな子がいますねぇ」

 

「まあ、着任数も増えましたから…」

 

「名簿ってあります?」

 

「ええ、こちらに」

 

「…へぇ…赤城、加賀、鳳翔、鳥海、高尾、大潮、満潮、霞、曙…曙さんが二人いるんですねぇ、珍しい、朧、漣、潮、間宮、んー…?この空白なんですか?」

 

「そこは区切りです、その下は直近の着任の子と、後は教導艦になります」

 

「へぇ…北上…この練度、本当に強いんでしょうか、演習に出てきてもよく変な動きでやられるって聞きますけど」

 

「練度はあくまで指標、実際の強さとなると話が変わりますからね」

 

「そんな人が教導艦…ねぇ…えーと?阿武隈、金剛、扶桑、龍驤、千代田、愛宕、暁、雷…戦艦はこの二人だけ?」

 

「ええ、しかし新人な上に危険海域ですので演習まで待機してもらってます」

 

「そうですか、じゃあ施設の方も見せてもらいますね」

 

「一般レベルのものしかないですけどどうぞ」

 

 

 

 

確かにここは普通なものしかない

だけどそれが異常、もっとボロボロだと聞いてたのに…よくここまで整えてる

何か裏があるはず

 

「あれ?そういえば憲兵は」

 

「人員不足という事で引き払われましたけど、ご存知ないですか?」

 

「そうですかー、要請しときますね」

 

「…はい」

 

憲兵を嫌がってる…?

なんでだろう

 

「鎮守府裏も見せて貰いますね」

 

「…そこは墓地しか…」

 

「…墓地?」

 

「沈んだ方のお墓を、提督の方針で設置しています」

 

「成る程、それはなかなかな事で…」

 

 

 

「こう見ると壮観ですね、こんなにも…」

 

「まあ、その…最前線ですから」

 

「ふーん…ふむふむ、お手入れされてるんですね、全員姉妹がいるわけじゃないのに」

 

「娯楽も少ないですし、何よりみんなお互いを助けるために沈みました、誰も軽くみたりしません」

 

「御立派ですねぇ…あとはー…えっと、訓練の方を見てもいいですか?」

 

「構いませんけど、主力艦隊は出払ってて…」

 

「あ、大丈夫です、見たいのは北上さんの方なので、居るんですよね?」

 

「はい、いまは執務手伝いを主にされてますので…」

 

「よかったー、情報通りで、じゃあ早速行きましょう」

 

 

 

 

「次ー、金剛ね、狙いつけてー」

 

「行きマース!fire!」

 

「うーん、外してるし、私射撃許可出してないよ、減点、次ー」

 

 

「ちゃんとやってるようですね、マニュアル通り」

 

「まあ、練習巡洋艦が派遣されていないので…」

 

「それはご迷惑おかけしてます、それにしても…ふむふむ…せっかくだしもっと色んな風景が撮りたいんですけど…」

 

「確認してみないことには…」

 

 

 

「んー、模擬戦でもする?確かに実験経験も積ませたいしねぇ…」

 

「今誰が残ってましたっけ」

 

「新人8人と私、あとは明石と鳳翔さんくらいかなぁ、戦えるのは」

 

「でも北上さんはまだ本調子じゃないでしょう?」

 

「だいじょーぶだって、このままじゃなまっちゃうよ」

 

「oh!北上も戦うのデスネー!ぼっこぼこにしてやりマース!」

 

「鳳翔さん今どこだっけ?」

 

「執務室かと…」

 

「おっけ、内線繋ぐね、ん、あたしー、演習場これる?艤装持ってきてねー、よし、久々に暴れるぞー!」

 

「随分と軽い人ですね…」

 

「まあ、その…そう言う人なので…」

 

 

 

「え?あの…私実戦は経験が…」

 

「大丈夫、明石もないけど、二人とも基礎知識はあるでしょ?」

 

「まあ、そのくらいでしたら…」

 

「それに明石はともかく、鳳翔さんは実戦じゃなければ経験豊富だよね?やれるって」

 

「えーと…私disられてる?」

 

「よーし、新人ども、私たち相手に勝てるかな!?」

 

エーサンニン!? コノショウブハモラッタネー! ダイジョブカナ... レディナンバワン

 

「8対3ですか、練度の差があるにしてもちょっときついのでは?」

 

「さらに言うと私くらいしかまともに戦闘経験ないからねー、でも、経験って大事っしょ」

 

「…まあ、そうですね」

 

「見てなよ観察艦、その舐めた目つき、変えてあげるから」

 

 

 

 

 

「ヨーシ!基本の陣形でいきマース!」

 

「水上偵察機、発艦準備完了しました」

 

「各種装備いけるで!」

 

「let'sやりますヨー!」

 

 

 

「ま、やることは簡単だから、鳳翔さんが制空権を争ってる間に私が全員落とす、最近舐められてる気がしてたんだよねー」

 

「そんな無茶苦茶な…」

 

「いい?私たちが命かけてるってしっかり教えるよ」

 

「ところで私の仕事は…」

 

「被害担当艦かな…」

 

「え」

 

「とりあえず、詰めるときに挟むようにして砲撃する、私が左手に行くから明石は右手側から、先行して仕掛けてもらうことになるから、結構そっちにヘイトが行くけど、まあ、大破する前に仕留めるから」

 

「じゃあ行っくよー」

 

 

 

 

「うっはー…何あの動き、あれが雷巡かぁ…」

 

この模擬戦の主役は終始北上だった

鳳翔と龍驤の制空権争いは序盤こそ様になっていたが、砲雷激戦が始まる前には龍驤が不利な状況に追い込まれた

そうなれば水上機も役に立たない、と

肝心の北上は甲標的と酸素魚雷の一人部隊

見える雷撃と見えない雷撃をうまく織り交ぜ隊列を崩し、行き場を失ったところに砲撃

砲撃に気を配れば次は雷撃で仕留められる

明石の砲撃も最初は的外れだったがすぐに当たるようになっていた

おそらく経験を知識でカバーしている

あの3人で無傷のままに8人の新人を封殺してしまった

と言っても明石はいらなかったと思うけど

 

「いやー、お見事ですね!」

 

「ん、ありがとねー」

 

「本当になんで他から声がかからないのか不思議です」

 

「ま、今回の旗艦は鳳翔さんだったけど、作戦立案とか対処は他任せだし?普段はもっと敵も強いから私の動きくらい読まれちゃうよねぇ…」

 

「なるほど、格下には強いと」

 

「悪意の感じる言い回しだけど間違ってないよ」

 

「正直今のあなたならどこに行っても大抵当たるのは格下だと思いますけどね」

 

「そうでもないんだよねー、手こずるしよく負けるから」

 

「勝ちは呉鎮守府に一度しか記録されてませんね」

 

「まあ、それ以外勝ってないし」

 

「どうです?うちに来ませんか?横須賀ならもっと強い敵と戦えますけど」

 

「…それなんの冗談?つまんないからやめときなよ」

 

「いえ、冗談とかじゃなく…」

 

「だからやめろって言ってるじゃん、次言ったら的にするから、明石、後よろしくねぇ」

 

ここを離れる気は毛頭なさそうですね

自由も何もないのに、なんだか変な人というか

 

 

 

 

「うーん、どうしても提督さんには会えませんか?」

 

「ええ、流行病ですので、医務室に篭っていらっしゃいます」

 

「ふーん、まあ仕方ないですね、じゃあ案内はもういいです、何枚か撮ったら帰りますので」

 

ま、そんなわけないんですけどね

 

 

 

 

「とりあえずどうしましょうかねぇ」

 

色んなところを回ってみる

 

「結局主力の人まだ戻ってきませんからねぇ、今日中に取材したいんですけど」

 

工廠はまだ調べてなかったかな

 

 

「ん?パソコンかぁ…誰もいませんね…ってこれ古くないですか?型番は…わっかんないなぁ…これはバリーが好きそうな…ん?んんー…なんだろこれ…あんま深入りしない方が良さそうですね、画面の写真だけ何枚か…よし、まあ専門外は専門家に丸投げしましょう」

 

勘ではあるがお宝を手に入れた気分でそこを離れる

 

「ん、医療施設は流行病のせいで入ってませんけど…まあちょっとなら大丈夫かな?」

 

見つからないように静かに探索する

 

「あ、カルテ発見…何これ、ドイツ語ってやつですね、これも写真だけ…よしっ…さて、引き上げますかね!」

 

その後何事もなく横須賀への帰路へと着けましたが

しかし、なーんかありそうなんですよねぇ…

もっと調べる機会が必要そうです



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データドレイン

離島鎮守府

雷巡 北上

 

「しんじーん、集まって」

 

先日の模擬戦から一声で全員が動くようになった

これは楽だ

 

「一部のメンバーは明日から出撃任務に出てもらうよ〜、今まで言ってなかったけど、うちの主力部隊私以外たまに艤装バグるんだよね、巻き込まれないでね」

 

手が上がる

 

「んー?何?阿武隈?」

 

「えっと…それ大丈夫なんですか?」

 

「あー、大丈夫大丈夫、狙い自体は正確だから、ただやばい距離爆発する時あるだけだから」

 

「それ本当に大丈夫デスカ!?」

 

「すいません、私からも、なぜ艤装が不調でない北上さんが出撃してないのですか?」

 

「いやー?私は単純にしくじったから謹慎してるだけ、昨日見た通り結構無茶するからさぁ…私と行ったらしんどいよ〜?」

 

「あ、あの、その、出撃の際に気をつけることなどあるでしょうか!」

 

「んー…こいつには攻撃が効かない、と思ったら逃げること、とりあえず旗艦の言うことをよく聞くこと、それから最近は結構知能の高い奴がいる、私もこれにやられたからね…本当に警戒しておいて」

 

「今わかるんやったら編成も聞きたいわ」

 

「えっと…戦艦2人は阿武隈と愛宕と一緒に赤城、曙Bの管轄ね、残りは曙Aと私が面倒見るから」

 

「ウチらの方は加賀は来ぉへんの?」

 

「加賀は明日オフだからねぇ、それに千代田は改装したら甲標的とか艦載機使えるじゃん、実質空母2人ってことでいいでしょ」

 

「で、でも私の改装ってまだまだ先で…」

 

「だからそのために戦いにいくんだって、それと曙Aはうるさいから無線の音量先に下げたほうがいいよ?」

 

「誰がAよこのクソ雷巡」

 

「あわ、うるさいのが…」

 

「何!?やろうって言うの!?」

 

「はい、解散、逃げろ逃げろー」

 

新人どもは食堂の方へと向かってった

 

「明日は駆逐艦2人ともこっちなのね」

 

「そ、まあ、ウザいけどしょうがないよ」

 

「ったく、あんたもあんたで素直じゃないわねぇ」

 

「ん?んんん?まさか曙Aからこんなこと言われるなんて…」

 

「それより、あんた、大丈夫なんでしょうね」

 

「んー、新人いじめてるから平気だと思うよ?」

 

「8対1なんて良くやってるわよね、疲れないの?」

 

「まあ、私も掴めそうなものがあるし、楽しんでるよ」

 

「…そう、いいわね」

 

「なに?曙Aもやる?」

 

「………いい加減そのABやめない?」

 

「じゃあどうやって区別するのさ」

 

「…ああ、Bの方をアホボノっていうのはどう?」

 

「間違えてAに言っちゃいそうだよ…」

 

「は?喧嘩売ってんの?」

 

「んー、でも呼び方は確かにそうだね、ボノロンチーノは攻めすぎだし…ボノノノはダメって漣に言われたしねぇ…」

 

「最近仲良いと思ったら…」

 

「んー、どう呼ぶかなぁ…」

 

「ま、決まったら言いなさい、審査してあげるから」

 

「おっけ、最高の名前で呼んであげる」

 

「.これ以上の名前はないんだけどね」

 

 

 

 

「第二艦隊、出撃するよー」

 

「複縦陣で行くわよ、今回の目的はあくまで哨戒、索敵、大規模な敵艦隊との衝突は避けるわ、異常な敵艦についての資料は昨日配布したわよね?しっかり読み込んだ?まだなら移動中に読みなさい!」

 

「「「「はい!」」」」

 

「よーし、出撃ー」

 

 

 

 

工作艦 明石

 

「…よし、これでいいですかね」

 

「そうですね、正直上の求めてる答えなんて一つも出せませんけど…」

 

「叱責文が届くだけで済むのが幸いですよね、元から戦果も上がってませんから」

 

「だけどこれが続いたらどうなるか…」

 

「そうですね、早く解決するためにも、提督に目を覚ましてもらわないと」

 

「…よし、私一度席を外しますね」

 

「提督のところですか?」

 

「はい、もしかしたら…目を覚ましてるかも知れませんから」

 

 

 

「ま、そんなわけ無いよね…」

 

毎日通い、筋肉の衰えを抑えるために腕や足を少しずつ動かす

無理なく軽く体を動かしていく

 

ここには軍医など居ないし、病気になったら勝手に死ぬか自分で治すしかなかった

だからこう言うのも私たちの仕事だ

 

「…提督、どうしたら帰ってきてくれるんですか…?」

 

まだ、まだ帰ってこない、それはわかってる

提督は私たちに世界を託した、けど、私たちの士気は落ち始めている

新人たちにも今は眠っているだけだと説明したが、そろそろ限界だし、なによりあの子達には異常な力がない…

提督の昏睡の後に着任したせいだろうか

さらに言うと空母の力も発動のタイミングが不規則になっており、かなり危険だ

なんにせよ、早く助けなくちゃならない、提督も、みんなも

 

「さて、仕事しなきゃ」

 

仕事といってもこれは趣味

このパソコンの中に入っているデータを少しずつ学び、解析を始める

 

「…なんだろう、やっぱりこの羅列、ここが気になる」

 

文章が綺麗に並んでるわけじゃないのに

うっとりとしてしまう美しさを感じる

 

「弄れないのがつらい…下手に触って壊したら、全部終わるかも知れない…」

 

そう思うとこれが核爆弾に見える

どうにも何をしたものやら

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

重巡 青葉

 

「バリー、ちょっといい?」

 

「青葉、帰ってたのね」

 

「それよりこれを見てください」

 

「…なにこれ」

 

「この前調べに行ったところで見た変なデータです」

 

「…………あ、え、本当?これ…他のも全部見せて!」

 

「はい、勿論…」

 

写真を差し出した途端バリーこと夕張はそれをひったくり、部屋を駆け出した

 

「提督!提督ぅぅ!どこ!提督!」

 

「げ!?バリー!待って!それはちょっと待って!」

 

まさか提督側の人間とは…

いや、別に反提督とかじゃないけど…

 

 

 

「ふむ、ご苦労、実に興味深いな」

 

「こ、これ青葉が全部!」

 

「………」

 

正直もう夕張は友達と思えない…

 

「そうか、青葉、ご苦労だった」

 

「青葉すごいじゃない…!これ!これってすごいものなのよ!?」

 

「…え?」

 

あれ、青葉怒られないんですか?

 

「よし、夕張、月の樹に連絡を取ってこれを回してくれ、それで話は進む」

 

「はい!これさえあれば全ての装備に新型のテクノロジーが搭載できます!」

 

「…それはダメだ、使い手が一瞬で藻屑と化すからな」

 

「え゛っ」

 

夕張の顔が一気に曇った

 

「これはそれほど危険なものだ、核と並んでな、いや、核そのものとも言える、だからこそ、私たちが持ってはならない」

 

「これ、離島鎮守府が持ってるのは…」

 

「正式な所持者がそこの提督だからな、構わんよ」

 

「あ、はい…」

 

「しかし彼も、やはりつくづく愛された者だ、指揮官にはあったのか?」

 

「あ、いえ、なんでも流行り病だとかで…」

 

「あんなところで流行病が起きるのか?」

 

「…あれ?え?…確かに………しまったー!!!!」

 

「…これはカルテか…成る程、夕張、こっちの写真だけ残せ、ただし厳重に管理しろ、それでは行っていい」

 

「了解しました!青葉!またね!」

 

「あー…青葉は…青葉は…」

 

「青葉」

 

「ひゃいっっ」

 

「君はあそこをどう思った?」

 

「…めっちゃ不正の温床ですね…明らかに報告書見てから行くとおかしい場所でしたし」

 

「でもそうしないと幸せにならないものもいるのだ、近々軍は同じ施設を作るつもりらしいが…初期艦に選ばれてみるつもりはあるか?」

 

「……いえ、その…はい、青葉が軽率でした、どこにも報告しません」

 

「そのデータの入ったカメラを渡せ、交換しよう」

 

「…はい、新作ってこれですね…そっちも大事なので壊さないでくださいね…」

 

「約束しよう」

 

 

 

 

 

 

「…ふむ…無理をしたものだな、カイト………ほう…『勇者没せず、水面にて未だ闘いは続く』…成る程、久しい予言だな…果たして勇者とは誰を指すのか」

 

 

 

 

 

離島鎮守府近海

 

雷巡 北上

 

「…敵影捉えたよ、先に甲標的で叩く、迂回しながら進路を潰す、単縦陣でT字有利に持ち込むから準備して」

 

「聞こえたわね!北上の隊列の後ろにつくわよ、全員速度落として!」

 

 

 

「戦果報告、甲標的より、敵軽巡2駆逐3…うち、軽巡は両方大破だね、仕掛けるよ」

 

「了解!艦載機発艦して!」

 

「行くで!」

 

「はい!」

 

水偵が1と戦闘機も行ったね…

 

「敵影発見!岩陰に別艦隊がいます!重巡1!」

 

「………よし、曙に指揮官を変更して、龍驤は艦載機で私のサポート、重巡は私が止めるよ」

 

「せめてもう1人連れて行きなさい!」

 

「…駆逐じゃ無理、邪魔になるから、そっちでやっといて」

 

「…はぁ…わかったわ、やるわよ!会敵までどのくらい!?」

 

「30秒です!」

 

「艦載機発艦して!」

 

「さあ仕切るで!攻撃隊発進!」

 

「会敵したよ、重巡はどこ」

 

「3時の方角です!」

 

「こっちに艦攻少し飛ばして、同時に攻めるよー」

 

「了解!さあお仕事や!艦攻隊!発進!」

 

「暁!雷!あんたらは前に出て主砲をメインにやりなさい!魚雷確認したら機銃を使いなさい!千代田は後方から支援砲撃!全体攻撃開始!』

 

『艦爆より報告!敵駆逐艦2隻撃沈!』

 

『よし!やりやすいわね、早く片付けて北上の方に行くわよ!』

 

 

 

「…やっぱそうだよね…行くよ」

 

「………」

 

物言わぬ目の前の敵からからプレッシャー

信じたくはないがこの前の重巡、私が摩耶と断定した相手だと見ていい

そして、やはり知能が高い、私達と同じだから

 

スケートのように水上を滑りながら、狙いをぶらす

 

「………あの時と同じ感覚…」

 

手繰り寄せる、あの感覚を

近い、けど違う、あの感覚に近付いている

だけどまだ…まだ足りない

 

雷巡なのに雷撃をせず、ただ主砲を向けている姿は艦載機を通してこちらを見ている龍驤にはどう見えるのかな

 

そんなことどうでもいいや

 

「…バーン」

 

主砲が火を吹く

そして確実に、命中させる

ガラスの割れる音が響く

 

「…まだこんなもんだね…」

 

艦攻がトドメの攻撃を仕掛ける

 

「こちら北上、重巡は始末したよ」

 

 

 

 

駆逐艦曙

 

「はやっ!?損害は!?」

 

『ないよー……お、おかえり…うぇっ…まずい、甲標的回収したんだけど敵艦多数だって』

 

「構成はわかる!?」

 

『…あー、駆逐隊みたいだね、逃げようか』

 

「そうね、こいつらを仕留めたら帰りましょう」

 

大破した軽巡と駆逐艦相手だ

すぐに決着はついた

特殊個体もいなかったのだから当然だった

 

「全体撤退開始!暁!雷!先行して複縦陣を作って!」

 

「うーん、緩い敵だけ相手しても経験にはならないけど、こればっかりは仕方ないねぇ…」

 

「…まあ、そうね…」

 

『聞こえますか!こちら第一艦隊!こちら第一艦隊!第二艦隊に応援を求めます!』

 

「不味そうね!こちら第二曙!どうしたの!?」

 

『特殊です!金剛さんと扶桑さんが押さえ込もうとして中破!現在撤退戦をしています!敵の構成は特殊空母1と特殊軽巡1!なんとか引いてますが厳しいです!』

 

「…通信座標がここか…まずい、あの駆逐隊が合流するんじゃないの?」

 

「すぐ向かうわ!暁!雷!進路東へ!第二艦隊を救援に向かうわよ!」

 

「甲標的補充完了、先に送り出すね、曙、私たちが先行しようか、後ろより前が危険だよ」

 

「了解!行くわよ!」

 

初出撃なのにこんなことになるなんてついてないわね…

それに特殊を相手にしようにも…どうすれば…

 

「赤城さん!そっちは例のは出ないの!?」

 

『紋章砲は試したのですが発動されません!』

 

「不味いわね…こっちも紋章砲が使えるとは限らないのに…」

 

「と言うか無理だね、今漣たちに救援要請を出したから、人海戦術で押さえ込みながら撤退しよう」

 

『こちら甲標的確認しました!』

 

「じゃああと5分耐えて、それまでには着くから!」

 

『はい!金剛さん、扶桑さんをもっと後方に!阿武隈さんと愛宕さんは雷撃で時間を稼いで!』

 

赤城の指示はここから聞こえるだけでも十分適当だ、想像しうる限り私も同じ指示を出すはず…

 

「…曙は?そこにいないの?」

 

『あ…曙さんは…逸れました…』

 

「逸れた!?救難信号は!?」

 

『出ていますが、この敵の先で…部隊を再編成して救助に向かおうと…』

 

前言撤回、この指示は私なら出さない

 

「北上!指示は任せたわ!」

 

「…ま、止める権利はないからね」

 

「当たり前よ!単縦陣に変更!北上に続きなさい!…私はあの大馬鹿を捕まえてくるから!」

 

 

 

戦況はかなり悪い、だってこっちは被害が増えるばかりで攻める手段がない

 

「北上さま到着したよー、魚雷発射ー」

 

「助かりました!ダメージがまるでないわけではないのですが、やはりかすり傷程度、どうにもなりません!」

 

「赤城!あんたあとで覚えてなさい!北上!龍驤!支援して!」

 

「了解や!艦載機のみんな!お仕事お仕事!」

 

「残弾全部くれてやる…ってね!」

 

「さっさとそこを…どきなさい!!」

 

 

 

 

とりあえず私は敵の間を押し通ることには成功した、けれど肝心の捜索対象は今だに見つからない

 

「…随分と深くまで来たわね」

 

ここは覚えがある

あのクリスタルの近く

 

「…まさか」

 

やはりクリスタルのそばに曙はいた

 

「…探したわよ」

 

「悪かったわね、でも来てくれると思ってたわ」

 

「…どう言う意味よ」

 

「呼ばれたの」

 

「……誰に?」

 

「わからないわ、でも、行かなきゃいけないと思ってきた」

 

「…帰るわよ」

 

「…まだ、まだ帰れない、提督を助けるまでは」

 

「…は?何を…言…って…」

 

クリスタルをよく見ると、中には人が入っていた

オレンジの衣装に身を包んだ青い髪の少年

 

「……なんで、アンタ、なんで…」

 

「提督よね、これ」

 

「…確かにゲームの中でこんな格好はしてたけど…」

 

ゾワリ

 

背筋が凍った

 

『………ァ゛ァ゛…』

 

背後に、クリスタルの中にいるのとそっくりな姿が浮いていた

ただし、全身に痛々しい縫い目、そして眼は濁り切っていた

 

「…っ…化けて出てきたってわけかしら…」

 

「…あたしたちを殺す気なの…?…でも!あたしはみんなを助けるの!アンタが邪魔してどうすんのよ!」

 

右手を向けられる

 

本能的にヤバさを感じるものの、2人揃って動けなくなる

 

そして紋章砲がその右手を中心に展開される

 

「…これが本家の紋章砲…いや、データドレインってやつってわけね…!」

 

ー違う…ー

 

「…え?」

 

『……ア゛ァ゛…』

 

ーその子たちに、それを託して欲しいんだ…ー

 

「提督…提督の声だ」

 

「クソ提督!どこ!何やってんの!早く戻ってこい!!」

 

ーまだ戻れない…それに、今みんなを助けるのは…君なんだー

 

いつのまにかオバケの手から紋章は消え、一冊の本を向けられる

 

ー君なら間違えない…その力は…使う人の気持ち次第で救いにも、滅びにもなりうる恐ろしい力…ー

 

「何言って…ちょっ!」

 

本が開いたと思うと何かわからないものが右腕へと収束していく

右手が熱い…作り替えられていくのがわかる…

 

ーごめん…君にしか、託せないー

 

「っ…あ!あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「曙…!曙は大丈夫なの!?提督!ねぇ!提督!」

 

ー約束する、大丈夫、だけどその力を使いすぎちゃいけないよー

 

 

「っ…はぁ…はぁ……」

 

「曙…?あなた、髪が…」

 

「…んぇ…?」

 

「青くなってるわよ…?」

 

「………はぁ…ははっ…今は何も聞こえないわ…行くわよ…!」

 

「大丈夫なの…?」

 

「大丈夫、わかるの…今ならやれる…私が…私がこんなもん持っても仕方ないけど…やってやるわよ!!!」

 

目の前のオバケはいつの間にかいなくなってるし、どうやら髪の毛の色も変わってるみたいだし

でもいい、今は、これがあれば、みんなを助けられる!

 

 

 

 

正規空母 赤城

 

「…はぁ…っ…駆逐艦は引いて!北上さん、彼女たちを連れて逃げてください!」

 

「…馬鹿なこと…言ってる暇はないよ…どのみち逃げても…漣達の交戦してるウイルスバグにあたる…」

 

「…万事休す…ですか…」

 

「冗談じゃないよ… 諦めてる暇はないって事で…」

 

『待たせたわね!帰ってきたわよ!』

 

「曙さん!敵はまだ健在です!」

 

『わかってるっての!アンタらにもいいもの見せてやるわ…!』

 

緑とも青とも取れない

眩い光が敵の後方から漏れ出し、そして何かに敵は貫かれた

 

そこまでははっきり見ることができた

そして光に包まれた敵が次に姿を表した時、魚のような、深海棲艦のような、まさしくあのクリスタルの周りで見たキメラが浮いていた

 

「これなら仕留められるでしょ?ふふっ…」

 

「あ、曙さん…今のって…」

 

「そう、データドレイン、クソ提督の技よ!」

 

「とりあえず、今のうちに撤退しましょう」

 

「あ、は、はい!全員今出せる最大速力で撤退!」

 

「………ちょっと待って、あれって」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

工作艦 明石

 

「…全員撤退できそうとの連絡が」

 

「……よかった…」

 

机に倒れ込む

まさかこんなタイミングで主力が全滅するのかと、死ぬほど怖かった

 

「……本格的に不味くなってきましたね、とりあえず今はなんとかなりましたが、次どうなるか保証はありません」

 

「…はい、正直、もう、やられたんじゃないかって気が気じゃなくって…私がみんなを指揮する立場なんて…一時的でも断ればよかった…」

 

「そんなこと言っても何も変わりません、それより次の対策ですが、曙さんから秘策を手に入れた、との通信が入りました」

 

「秘策?」

 

「そしてそれから…お墓を一つ撤去して欲しいと」

 

 

 

 

 

駆逐艦曙

 

「あ、曙ちゃん…どうしたのその髪の色…」

 

「クソ提督に染められたのよ」

 

「提督に会ったの!?どうやって!?」

 

「…会ったわけじゃないけど、確かにいたわ、とりあえず、それは後でいいの、今はこれよ、見える?」

 

右腕を差し出す、私の目には、青というか、緑というか悩ましい色のデータの塊が腕にまとわりつき、腕輪の形を形成しているように見える

 

「…ごめん、何も見えない…」

 

「でしょうね、まぁいいわ、私はデータドレインを手に入れた、これでわかる?」

 

「…なるほど、確かに秘策ね…それさえあればウイルスバグに対応できる…!」

 

「でも、さっき使ったら腕輪が一部赤くなっちゃったのよ、使いすぎるなって言われたから、多分使用制限ね」

 

「そうですか…じゃあ何も考えずには喜べませんね」

 

「いや、今は喜びましょ、加賀はいる?」

 

「呼んだかしら」

 

「あんたに頼みがあるのよ」

 

「何?」

 

「翔鶴の墓を壊しておきなさい」

 

「…何?あなたがそんなこと言うとは思わなかったわ」

 

「いいから、壊しなさい」

 

「………今から沈めてあげましょうか」

 

「着いてきなさい、そうすれば意地でも気が変わるから、明石も来て」

 

離島鎮守府 墓地

 

「…ねぇ、あそこにいるの誰だと思う?」

 

「…赤城さん…………と…」

 

「……そんな…まさか……?」

 

彼女は赤城の隣で静かに自分の墓を見ていた

 

そしてゆっくり立ち上がり、こちらを振り返った

 

「…酷いじゃないですか、私を勝手に殺すなんて……」

 

「…しょ…う……かく…」

 

「お久しぶりです、加賀先輩」

 

「…ごめんなさい……あの時あなたを…救えなくて……!」

 

「大丈夫ですよ、私は今、こうやってここに戻ってきました」

 

「…良かった……本当に…!本当に……!」

 

データドレインで改竄された空母は姿を変え、翔鶴となった

 

いや、戻ったというべきだろう

 

「…救いになる…この力は…みんなの…!」

 

残された墓をチラリと見る

 

「………待ってなさい、アンタらも助けるから」



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大丈夫な日

雷巡 北上

 

とりあえず最初に思ったのは良かったということ

だけど次に思ったのは悔しいという事

 

「………なんか、情けないなぁ…」

 

素の実力なら負けない自信は、ある

誰にも負けない、空母でもなんでも沈めてやる

私が全部倒してやる

 

そう思ってたのに…

 

「私ってほんと無力だよ」

 

「…あの、なんで私にその話を?」

 

「え?こう、わなわなした気持ちをさ、ほら」

 

阿武隈の前髪をもみくちゃにする

 

「イヤー!や、やめてください!」

 

「…ふふっ…気分スッキリ」

 

「もう!明石さんに言いつけますからね!」

 

「おう、好きにしてこーい…止めたけりゃ提督を連れてきて欲しいもんだよ、まったく」

 

「ふふっ、北上さんも、意地悪ですね」

 

「ん?なーに翔鶴」

 

「初出撃で大失敗した阿武隈ちゃんを慰めてたんでしょう?」

 

「あ、その原因が何かってわかる?」

 

「…有り難うございました」

 

「……なんのこと?」

 

「私は、曙さんのおかげでもありますが、あなたにも救われました」

 

「何もしてないよ、私は、私の都合で一回ぶちのめしただけだし、力尽きた私を運んだのも翔鶴達、お礼言うなら私だよ」

 

「……何にそんなに責任を感じてるんですか?」

 

「さあねぇ…この上がった練度かな」

 

「明確で正しい答えですね…確かに、あなたほどの強さ、何も感じないわけがありません、私の発言も軽率でした」

 

「…そう?まあ何でもいいけどね」

 

「折角ですし、今度お詫びに何か美味しいものでも」

 

「いいよ、いこっか、内地の高い店がいいなぁ…」

 

「何がお好きなんですか?」

 

「……肉じゃがかな…バター乗っけたやつ」

 

「まぁ…どうしてそんなものを…」

 

「安いお肉もバターがコクを出して高いお肉みたいになるんだよ、美味しいよ」

 

「って、提督が言ってたんですよね」

 

「…ま、知ってるよねー、みんなで食べたっけ」

 

「……北上さんはあの頃に戻りたいんですか?」

 

「そう、ただ戻りたいんだよ…私は、あの頃に戻って…どうしたいのかな…」

 

「漠然と、ただ過ごしたい、それだけなんですよ、きっと」

 

「…そうかもね」

 

「よし!せっかくですし私がみんなにあの肉じゃがを作っちゃいます!」

 

「バターなんて余ってたっけ…」

 

「……ここ、物資不足でしたもんね」

 

「まあ、次の演習で内地に行った時に買い込もうよ」

 

「わかりました、それじゃあまた!」

 

「……ふふっ…待っててね、みんな」

 

その日の夕食は、本当に肉じゃがが出た、バターがのっかってて

でもちょっと甘い味付けだったかな…私は1人で食べたから、ちょうど良かったけど

 

「………提督、早く帰ってこないとなくなっちゃうよ?」

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

 

「なるほど、この異動届は却下する」

 

「何でですか!もう一回説明しましょうか!?」

 

「ダメだ、あのデータには触らせん、あれを触るのは核のスイッチを押すことに他ならないと、私は伝えたつもりだが」

 

「だとしても!私はあのテクノロジーは世界に役立つと思ってるんです!」

 

「……だから狙われてるんだ、もしあれのありかが漏洩してみろ、戦争になる」

 

「………まあ、確かに素晴らしいものですけど…流石にそこまでは…」

 

「起きている、実際そう言う時間が、諜報局同士の小競り合いだがな、君は、世界を滅ぼそうとしてるんだ」

 

「………私は諦めませんからね!」

 

「…弱ったな、私は年若い娘の扱いには慣れていない」

 

「その様ですね、夕張さんももう少し聞き分けが良くてもいいんですけど」

 

「大淀、頼む」

 

「…またですか、わかりました、ケアはしておきますので」

 

「うむ……さて、仕事に戻るか」

 

 

 

 

 

呉鎮守府

 

駆逐艦荒潮

 

「朝潮ちゃん…?」

 

「………」

 

「あのー、朝潮ちゃん?」

 

「流石に鬱陶しいです、1人にしてください」

 

「………その、ごめんね?でも、私たちは姉妹なのだから、何かあったら…」

 

「言うつもりはありません、放っておいてください」

 

「………わかったわぁ…ごめんね…」

 

最近ずぅっとこの調子、正直疲れるわぁ…

 

「……はぁ…」

 

「お、荒潮だクマ」

 

「荒潮さん、大丈夫ですか?」

 

「…球磨さんに、神通さん…珍しいペアねぇ…」

 

「……姉妹のことでいろいろあるクマ」

 

「…そうなんです…よければ私たちに相談しませんか?」

 

「……そうさせてもらうわぁ…」

 

 

 

 

 

「え、那珂さんってそうだったのぉ!?知らなかったわぁ…」

 

「意外だろクマ、球磨も驚いたクマ」

 

「はい、姉さんが夜戦を恐れるようになってから、姉さんの代わりを必死に務めるうちに誰よりも忍者らしさに固執して…」

 

「わからないものねぇ…アイドルは諦めたのぉ?」

 

「忍者系アイドルとして売り出して、それが成功したみたいで…」

 

「この前もテレビ出てたなクマ」

 

「テレビまで出てるなんて…すごいわぁ…」

 

 

 

「これは多摩には内緒なんだが、クマ…また北上がいろいろやったらしくて、謹慎させられてたんだクマ」

 

「この前もそんな話してませんでしたか…?」

 

「別件だクマ、なんでも阿武隈って新入りを可愛がったらしいクマ」

 

「あ、その話聞いたわぁ…大潮ちゃん曰く、阿武隈ちゃんから挑んできて、秒殺したって」

 

「ま、秒殺は当たり前としても、やり過ぎたクマ、その日阿武隈は出撃があったのに出れなくなったから、罰として出撃させたら単独で艦隊を潰しに行ったらしいクマ」

 

「鬼神の如き活躍って聞いたわぁ…」

 

「実際球磨達も4人係でも勝てるか微妙だクマ、だけどそんなことばっかやってると取り返しがつかんクマ」

 

「うーん、言いたいことはわかるわぁ…」

 

「だから次来た時、球磨達がたっぷり説教しようと思ってたんだ…クマ…」

 

「多摩さんがどうかしたんですね…」

 

「あいつは大井以上に北上を大事にしてたクマ、でもそんなことばっかしてるから最近胃が痛いらしいクマ」

 

「大井さんはどうなのぉ…?」

 

「次のお仕置きを考えて楽しんでるクマ」

 

「なんというか…図太いですね…」

 

「ちなみに木曽は最近キャラ付けを頑張ってるクマ、一番球磨、ものまねしまーす、クマ」

 

「「わーー」」パチパチ

 

「き、木曽だ…キソー…くっ…何で俺がこんなことを…!ってやってたクマ」

 

「わ、モノマネすごく上手…!」

 

「ほんとにそっくりだったわぁ…」

 

「意外にモノマネも上手な球磨ちゃんとして宴席に人気だクマ」

 

 

 

「その…この前勝手に離島鎮守府に行ってたじゃない…?」

 

「あー、めちゃくちゃ怒られたやつだクマ」

 

「その事でですか?」

 

「…正確にはあそこの提督のことみたいなんだけどぉ…」

 

「…片思いってやつかクマ」

 

「いえ、それ以前に意識不明の重体になってて…」

 

「「えええぇぇぇぇぇぇ!!」」ガタタッ

 

「こ、声が大きいわぁ…」

 

「は、初耳だな…クマ」

 

「…その、流石に驚きました…」

 

「それで、その、すごく機嫌が…」

 

「まあ、想い人がそうなってたら無理もないクマ」

 

「そうですね…」

 

「仕方ないわよねぇ…」

 

「でも確かに最近は行き過ぎだクマ」

 

「折角だしまた遊びに行ってはどうでしょう」

 

「離島鎮守府にぃ…?前行った時にボートに穴開けられたから嫌な思い出が強いのよねぇ…」

 

「何があったんだクマ…」

 

「…その…北上さんに…」

 

「あいつもう一回沈めてやろうか…クマ」

 

「多分手も足も出ないかと…」

 

「ああ見えたあいつ寂しがり屋だから、球磨達が怒ってる時は素直に怒られるクマ、構ってもらえてるって喜ぶんだクマ」

 

「可愛らしいんですね…」

 

「素直じゃないやつだクマ」

 

「でもいい案だわぁ…きっと何かが変わるかもしれないし、みんなで遊びに行きましょぉ…?」

 

「許可をとって演習も組むクマ」

 

「那珂ちゃんもきっとよろこびます…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

工作艦 明石

 

「……はい、もしもし、提督代理の明石です…はい、あ、はい、え、あ、でも…はい……はい…わ、わかりましたー…」ガチャリ

 

「どうしたの?」

 

「そ、その…明後日呉鎮守府の方達が演習に来ると…」

 

「あ、あらあら…」

 

「……もうやだ…」

 

 

「え、球磨姉ぇ達が来るの…?やだなぁ…めんどくさい…」

 

「…すっごい笑顔ですね」

 

「……嬉しいんでしょうね」

 

「ま、でも球磨姉ぇ達を相手にできるまともなのって私しかいないし?仕方ないよねぇ…」

 

「もう見てられないんで出撃してきてください」

 

「あいよー」

 

 

 

 

 

 

「この辺の海域ですか」

 

「はい、この辺りだけでも解放するべきかと」

 

「……その、解放自体は済んでるんですが、毎日攻めてきてて…」

 

「最前線ですからね…」

 

「そ、そうだったんですね!失礼しました!」

 

「いえ、扶桑さんの考えはごもっともなので…」

 

 

 

「レディが飲むのにふさわしい飲み物がないわ!何か頂戴!」

 

「ホットミルクなんてどうでしょう、映画で酒場にわざわざ頼みに来る人もいますし…」

 

「鳳翔さん渋いの見るんですね…カードゲームの方が先に出てきました…」

 

 

 

 

「明石さん疲れてない!?雷に甘えてもいいのよ!?」

 

「…マ……ママ…?」

 

「明石ちゃん!?ダメですよ!犯罪です!」

 

 

 

「明石さーん!!北上さんが…北上さんがぁぁぁぁ!!」

 

「今日は何ですか!?」

 

「あ、また前髪が…セットしてあげますからこっちにきて…」

 

 

 

「Hey!明石ーー!!提督はいつになったらWake Upするですかー!!私生殺しヨー!」

 

「いや、これには深いわけが…」

 

「そういえば提督はお淑やかな方がお好きって言ってたような」

 

 

 

「その、私も姉妹が…千歳姉ぇがいて欲しいなぁって…」

 

「前の千代田さんもそう言ってましたね…その……ごめんなさい」

 

「……こればかりは神頼みですね」

 

 

 

「明石さーん、パンパカパーン!」

 

「パンパカパーン!お疲れ様です!」

 

「鳳翔さんも…パンパカパーン?」

 

「ぱ、パンパカパーン…」

 

「ほら、恥ずかしがらずに!一緒にやれば楽しいですよ!」

 

「わ、私には無理ですっ!」

 

 

 

「いや、ここ騒がし過ぎやろ」

 

「……まあ、確かにそうですね」

 

「大まかな事情は聞いたし、司令官がそんな状態何もわかるけどなぁ…その…練度偏り過ぎやろ……」

 

「ここはそう言うところなんです…と言うか強くなったら軒並み本土に攫われるんです…」

 

「怖いわ!?」

 

 

 

 

「………終わった」

 

「お疲れ様でした、今日は来客が多かったですね」

 

「……そうですね…行かないと」

 

「今日もですか?」

 

「……私にできることなんてこれくらいなんです」

 

「…もっと自分を大事にしてくださいね」

 

 

 

 

「提督…お願いします…目を覚ましてください……私、そろそろ辛いです…時間が経って、みんな強くなる中で、私は1人寂しく取り残されるみたいで…きっと間宮さんや鳳翔さんもそう思ってるはずですけど…私は……あの人たちほど心が強くない…」

 

「…ごめんね、1人で無理させて」

 

「……曙ちゃん…」

 

「……クソ提督、起きなさい、本当にしばくわよ…」

 

「いつか、ふとした時に、起きてくれるんだと思いますけど……」

 

「まだ先、か…ねぇ、明石、試してみたいことがあるの、アンタも手伝ってよ」

 

「何をですか?」

 

「……ネットからあいつを引きずり戻すの」



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大規模演習

工作艦 明石

 

ネットから提督を引き摺り出す試み

とりあえず何をするかが不透明なために

演習の後に正式に行うことになった

 

「明石ー…明日までにこれできる?」

 

「え、何ですかこれ…」

 

箇条書きにされた書類を渡される

とりあえず内容が意味不明なことは確かだ

 

「簡単に言えば艤装が自分で戻ってきてくれるようにするシステムだねぇ」

 

「その…これを?」

 

「うん、欲しいかなぁって…あ、勝手に外れるんじゃなくて、私が外してるの、そこは心配ないから」

 

「いや、どのみち心配なんですけど…」

 

「明日、何をやってたのか見せるためにも、今はそれと、後からもよろしく」

 

「…あの、私執務が……」

 

「今日1日変わるから、ね?お願い」

 

「………後で泣いても知りませんよ」

 

艤装の改造は久しぶりだ

時間が取れなかったし、何より他にやりたいことがあった

 

「……あ、これ無理か…ワイヤーで戻れるようにする?でもそれ危険かなぁ…多分軽量化したいって話だよね、なら何回も外せないけどこうして…」

 

久々に楽しい、気がつけば時間が経ってる

 

 

「ふふっ…できちゃった」

 

満足げにそれを見る

 

「ん、んんー!よーし…あれ?もうこんな時間!?」

 

日付が変わってもうかなり経っている

まさか艤装に半日以上かけていたのだろうか

いや、実際そうなのだろうが

 

とりあえず何かを口にしようと食堂に向かう

 

「…あ」

 

「あ…」

 

残り少ないカップ麺を手にした北上がいた

しかしそれを咎める気力ももはやない

 

「…それ、譲ってください…」

 

「……ごめん、私もようやくご飯なんだ…ここは譲れません」

 

鎮守府からカップ麺の在庫が二つ…四つ減りました

 

「っふはぁ…生き返った……」

 

「幸せそうな顔してるね、鳳翔さんと間宮にみられたら殺されるよ?」

 

「お互い様ですよ、それより、できましたよ、一度だけジェット噴射で戻ってくる様に改造しました、この機能をうまく使えば艤装をつけたままの加速が可能です」

 

「うーん、流石だね、それなら何とかなりそうだよ」

 

「…本当に何をするつもりなんですか?」

 

「明日…いや、今日わかるよ」

 

「…楽しみにしています、燃料を入れる場所などの設備で少し重量が上がってます、これに関しては魚雷を利用したタイプを作れば解決できるのかなぁ…」

 

「遠隔操作で魚雷を…うーん、妖精さんが協力してくれれば甲標的みたいにはできるかも」

 

「よーし、ごちそうさまでした!じゃあ私は行きますので」

 

「提督のとこ?飽きないねぇ…折角だしついてくよ」

 

 

 

「ふふっ…先客ありでしたか」

 

「……これ、どうなんだろうねぇ…」

 

「…可愛いことだと、思っておきましょう」

 

ベッドに寄りかかって寝る曙と、その頭の上に置かれた提督の手

 

「…起きたんなら、万々歳だけどね」

 

「…折角ですしここで寝ちゃう?もう限界だわ私」

 

「……奇遇ですね、私もです」

 

棚の毛布を一枚曙にかけ、自分たちも包まり目を閉じる

 

なぜかいい夢を見られそうな気がした

 

 

 

「ねぇ、明石」

 

「なんですか?」

 

「いつもありがとう」

 

「遅いですよ…本当に」

 

「……まだ、僕は帰れない、君にアレを託す、君がそうなのかは…僕にはわからないけど、きっと覚醒を助けてくれるはずだから」

 

そこで目が覚めた

何だったんだろう…

 

「…ん?」

 

眠る前とは確実に違うことが一つだけあった

 

「…これは…」

 

私の手には、一枚の紙と、スマホが握られていた

 

 

 

 

 

 

 

 

雷巡 北上

 

まだ辿り着けない

あの必死さに、あの一瞬に

あの完璧な全てに

だけど、荒削りでも、近づいてる、その一歩が足踏みでも

ただ前に、今はこれが正しいんだと信じて進んでる

 

「……ふぅ…ん…んー…おはよ」

 

自分以外は眠ったままの提督だけ

ああ、寝坊したかな

 

「そんじゃーね、提督」

 

部屋を後にして、のんびりと艤装を整備する

演習場に行き、軽く動かす、パージからの再装着

…うん、悪くない仕上がりだけど、まだ難がある

でも十分

 

「……十分いける、これなら…」

 

誰も私を止められない

 

 

 

 

 

工作艦明石

 

「本日はよろしくお願いいたします」

 

「ああ、まあ気にすんな、事情はもう聞いてるから」

 

心臓が凍りそうになる

できるだけ平静を装って対処する

 

「事情と言いますと」

 

「あんたらんとこの指揮官が出てこれない理由だよ、意識不明なんだって?」

 

知られてる、なぜ?

何としてもこれ以上広めては…

此処を守らないと…

 

「ああ、そんな不安そうな顔すんな、別に誰に言うつもりもねぇし」

 

「何のつもりですか」

 

「仲間が守ってるもんをぶっ壊すほど、俺も悪趣味じゃねぇって言ってるんだよ」

 

「仲間?」

 

「俺と、此処の提督はお互いに命かけて世界を救った仲なんだよ」

 

ああ、じゃあこの人もデータドレインとか使えるのかな…

 

「さて、その話は後にして、とりあえず演習だが、どこでやるんだ?」

 

「奥に演習場がありますのでそちらで」

 

「わかった、じゃあ行くか」

 

 

 

 

 

 

雷巡 北上

 

「んー、眠い…めちゃ眠い…」

 

「お゛ぉ゛い!こんのバカ上がぁぁぁ!!クマ!!」

 

「…とうとう、ばかかみからばかうえになったんですね、あほうえさん」

 

「……もう…帰っていいか?」

 

「えー、なんなのさなんなのさ…私にそんな恨みでもあるわけ?」

 

「恨みがあったらこんなに怒ってないニャ、でもそろそろ本気で怒るニャ」

 

「と言うわけで、演習の前に締めに来たクマ!」

 

「演習だとやりたい放題されますし、万が一負けたら何も言えませんからね、あぁ、でも演習でキラキラしてる北上さんも素敵っ」

 

「……帰りたい…」

 

「いつまでも初雪みたいなこと言ってんじゃねぇクマ!お前のパソコンぶち壊すぞ!クマ!」

 

「姉貴、これに関しちゃ俺も許しておけねぇから、覚悟してくれよ…」

 

「………変わり身はっや…」

 

やっぱり賑やかな方が楽しいなぁ…

ちょっと行きすぎたスキンシップも、怪我をしないレベルで

 

「いででぇでででで!」

 

「お、大井姉さん…?」

 

「今日は全く止める気がないクマ、一回折ってやれクマ」

 

「ちょっまって!タンマ!今ミシッていった!逝く!腕の関節が変な方向に!」

 

「北上さぁ〜ん、多摩姉さんが写真撮るまでダメですよ〜?」

 

「すまんニャ、これ動画だったニャ!」

 

「動画!?動画なんですか!?じゃあもっと悲鳴をあげてもらわないと…!」

 

「あ、姉貴!流石に今折ったら提督がうるさいぞ!?」

 

「……チッ…」

 

「た、たすかった……い、いたい…痛いよ…」

 

「あぁぁ!可愛いわ!何でこんなに素晴らしいのかしら!多摩姉さん!回して!もっとアップで!」

 

訂正しとく、怪我はする

それでもこの時間は本当にかけがえのないものだ

 

 

 

 

 

「第一回目、演習用意」

 

「あ、思いついた」

 

「何を?」

 

「曙Aの呼び方、髪が青いし、アオボノでいいじゃん」

 

「あんまり変わってないし、それならいいかも知れませんね」

 

「……まあ、それなら許してあげるわ」

 

「ん、じゃあ、行こうか」

 

「全員抜錨せよ!進むわよ!」

 

 

 

 

「敵確認したよー、東に20修正すれば衝突するけど、速力的にT字不利になりかねないね」

 

「大きく回って後ろから行けばいいんじゃないですかー?」

 

「馬鹿、相手は魚雷ばっか積んでるんだから無理よ、北上、2人あげるわ」

 

「んじゃあ愛宕と阿武隈、2人でこっちに来て援護してよ」

 

「はぁーい!」

 

「わかりました」

 

「暁!雷あんた達は私たちと後ろから叩くわよ!」

 

「任せて!」

 

「私が全部やっつけちゃうんだから!」

 

「よし、じゃあ行くよー」

 

タイミングを図る

艤装を捨てるタイミングを…

 

 

 

 

「来たぞ!北上だクマ!大きく撃て!当たる必要はないクマ!」

 

「後方に曙!…駆逐艦が合計で3だな!あいつがどんだけ成長したか見ものだぜ!」

 

「川内!那珂!木曽と後方を叩けクマ!」

 

「「了解!」」

 

 

 

 

「すいません!被弾しました!」

 

「えぇー…何やってんのさ…曙、まずいよ、阿武隈が中破反対かな」

 

『こっちも不味いわ、那珂…噂でしか聞いてなかったけど、メチャクチャ強いし!』

 

「うへぇ…」

 

「愛宕さん大破判定もらいました!」

 

「ごめんなさぁい…この距離でやられるなんて…」

 

「…当てに来てないと思ったんだけどなぁ…阿武隈、動くよ、愛宕は引いて隠れてて」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

「おー、ついてるニャ」

 

「まさか大破中破とは思わなかったですね」

 

「お前から練習してただろクマ」

 

「よっぽど前北上にいいようにされたのが許せなかったんだニャ」

 

「そんな事ないですよ〜!たまたま当たっただけです!」

 

「弾着観測もなしでよくやったクマ、じゃあ、魚雷行くぞー!!クマ!」

 

 

 

「阿武隈、ルート変更、左右に分かれるよ、魚雷は機銃で対処して」

 

「は、はい!」

 

「…さて、私も本気で行かないと、このままじゃ6対1か…いいかもね、痺れるねぇ…」

 

『北上!こっちはもうダメよ!全滅!」

 

「残念だけどこっちも愛宕やられたし、阿武隈は経験積ませに行ったけどダメだと思うよ、でも夜戦はするから」

 

『…本気で言ってんの?』

 

「最後の1人まで諦めないもんなんだよ、そんじゃね」

 

 

 

阿武隈は見える魚雷にだけしか対処できてないし、酸素魚雷と砲撃であっさり仕留められた

だから私の番って訳だ

 

「本部〜、夜戦突入するよー」

 

『本気なのね…まあ演習だしいいけど…』

 

 

 

「夜戦突入クマ!?確かに北上消費抑えてたとは思ったが…まだやる気か…クマ」

 

「ちょうどいいニャ、姉の怖さを教えてやるニャ」

 

「え、えぇ…夜戦なの…?」

 

「大丈夫よ、川内ちゃん、那珂ちゃんがいるじゃない」

 

「大井ちゃん…」

 

「草も眠るウシミツアワー…敵のニンジャは何処に…」

 

「…肝心の那珂にスイッチ入ってるんだけど」

 

 

 

 

 

 

もうすぐ夕暮れ

そう言えば提督が言ってたな

 

「夕暮れ竜の加護がありますように…ね、さて、暁の水平線に勝利を刻みますか」

 

両手にある砲をみる

ちゃんと装填できている

敢えて今回はまだ一度も撃ってない

 

「魚雷発射!」

 

私が夕暮れを背にしている

この距離ならこちらははっきりとは見えないはず

 

そしてこの魚雷を追いかける

 

 

 

「来たぞ!前方!マジで1人だ!」

 

「その前に魚雷を潰せクマ!」

 

「大井!勘でいいから撃てニャ!」

 

「了解!」

 

 

 

 

「撃ってきたねぇ…さて、そろそろ行くよ…」

 

目の前で大量の水柱が立つ

魚雷をパージする

 

全力で進む

水面を滑らながら進む

今の速力は幾つだろう、体が吹っ飛びそうになる

 

「…見えた!」

 

 

 

「はっ速っ!?ってあいつ魚雷捨ててるぞクマ!」

 

「打ち切った装備を捨てたって訳ですか…いい考えかも知れませんけど…ッ!被弾!正確に機関部を抜かれました…!」

 

「まぐれあたりに怯むニャ!仕掛けるニャ!」

 

 

 

「…いける…いけるよ!今なら!」

 

確かに掴んだ感覚を、手放さない

 

「次…!」

 

多摩姉ぇに被弾、次…川内

 

「……っ…居ない…那珂は……」

 

「ドーモ、キタカミ=サン、ナカ=デス」

 

「うぉっ!?どっからきたの!?」

 

いつの間にかすぐそばに来ていた

 

 

 

「よし!支援砲撃開始クマ!」

 

「…まさかこっちも一撃でやられるとは思わなかったニャ」

 

「…雷巡って改装したら狙撃艦にでもなるんでしょうか」

 

 

 

「やっば…強い…」

 

なぜか肉弾戦を仕掛けてくるし、なんか砲撃飛んでくるし…

嫌になるね

 

「随分とキャラ変わったねぇ…もしかして機嫌悪い?」

 

「…夜なんか…全部壊す…!」

 

「……やば…!」

 

見切れるわけでもないし、ギリギリでかわしながら砲塔向けても蹴られるし…

先に砲塔が曲げられる方が早い気がしてきた

 

「そういうのは川内の担当じゃなかったっけ…ま…いいけどさ…」

 

全力で距離を取る

せめて砲撃戦に持ち込む

 

「っと、離れたらだいぶん楽になったね…」

 

艤装を外した強みは歩ける事じゃない、走れる事じゃない

 

 

「クマ…チッ…あいつ、そう言うことかクマ、これじゃあ下から仕掛けようがどこから仕掛けようがあいつには当てるは辛いぞクマ」

 

「ジャンプで急旋回…なるほど、あれなら急に交わすなんて芸当もできますね、でもそれじゃあ攻めの手段は手の砲だけです」

 

「この精度でやられちゃ十分すぎるニャ…一撃で大破炎上の機関部をこうもあっさり…ニャ…」

 

「……努力してるんだクマ、あいつなりに」

 

 

 

「先にそっちから片付けようか」

 

未だに支援砲撃は止まないし、必死に交わすのも疲れてきた

那珂との距離も大分空いた

 

 

「……止まった!川内!木曽!逃げるクマ!」

 

 

 

 

「もう遅いよ」

 

三つさらに取った

あとは一つだけ

 

「…逃げるのはやめか」

 

「…性分じゃないしね」

 

「ここでネギトロにしてくれる!」

 

「……よし、準備いいよ、ほら、来なよ」

 

「後悔するでないぞ!」

 

流石に砲撃した弾すら殴り飛ばされるとは思わなかったよ

そして素手で魚雷投げられて、主砲を壊されるのも想定外だったよ

 

「ちょっ待って…流石にした!後悔したから!」

 

「もう遅い!」

 

ギリギリ、間に合った

手を通して持ち上げる

 

「ま、主砲じゃきついならコレだよね」

 

トン、と那珂のお腹に魚雷の発射管があたる

 

「はい、おしまい…でいいよね」

 

「……確かにそれは先程捨てたはず…」

 

「これ自体に燃料積んでるから、スイッチで戻ってくるんだ」

 

「…負けたー!あー!悔しい!!!」

 

「あ、戻った」

 

「せーっかく本気出したのに!何で負けたのー!何でー!!」

 

「いやぁ…疲れたぁ…悪いんだけど引きずっていってくれる?」

 

「…だってさ」

 

「仕方ないなー、手のかかる妹だクマ」

 

「…げ…」

 

「夜戦に単騎で突入するなんて馬鹿げたことした北上さんが悪いんですよ?」

 

「でも私勝ったよね!?」

 

「関係ないニャ、9割ムカついたからだニャ」

 

「それに雷巡の誇りとも言える魚雷を捨てるなんて流石に許せねぇぜ」

 

「や、やめてって!大井っち既に手が!捻らないで!あ、痛い痛い!」

 

 

 

「強いなぁ…」

 

「那珂ちゃんが負けるとは思わなかったよ」

 

「私も、まさか負けるなんてね…でも、やっぱりここにいる子はみんな強くなってくね」

 

「……違うよ、ここにいるからじゃなくて、必死だから、いつ死ぬかわからない必死さが、強くしてるんだよ」

 

「それだけじゃないと思うけど…ま、でも…偶には夜戦もいいかもね…」

 

「よーし!那珂ちゃんも!明日もニンジャアイドルとして夜戦頑張っちゃうよ!」

 

 

 

「北上さん、流石でした…」

 

「そんな複雑な顔しないで言ってくれると嬉しいんだけど…」

 

「だっていつも私のこといじめるじゃないですかー!」

 

「それより、今日はついてなかったね、あんなやられ方」

 

「…私の実力不足です、北上さんは当たってないし、かわせてたんですよね?」

 

「…あ、バレてた?ま、いい経験になったでしょ、1人で行ったらどうなるかとか」

 

「それもそれで酷いです!なんで私と合わせてくれなかったんですか!」

 

「……気分かな」

 

「もー!!明石さんに言いつけます!」

 

「……ま、こんな気分味わうんだから、実戦じゃできないよねってことだよ…はぁ…」



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思うところ

駆逐艦朝潮

 

「……」

 

私がまず見たものは、妹である大潮が、未だ目を覚まさない司令官に馬乗りになり包丁を向けている姿だった

不思議とそれを止めようとは思わない、むしろ早くやれと、ずっと思っている

 

「…なんで止めないの…」

 

「止める理由がありませんから」

 

ああ、こいつは止めて欲しかったのか…

 

「……」

 

「なんですか、やめるんですか?」

 

「……なんで、そんなこと言いながら泣いてるの?」

 

「……え?」

 

手で目元を拭うと、確かに濡れていた

なんで?なんで私は、憎い相手が殺されかけて泣いている?

なんで私は、こんなにも司令官が憎い?

なんで、なんでなの…?

 

「…ぁ……」

 

そこで意識を手放した

 

 

 

黒いモヤがかかっている

頭がぼうっとして、何も考えられない

 

ただ、声が聞こえた

 

憎めと、殺してしまえと

 

なんでそんなことを言われるのかもわからないのに

目の前に現れた司令官に、砲を向け、私は放った

血と肉塊、それだけの、何かが砕け散った

 

痛い…痛い…

胸がな張り裂けそうなほど痛い

 

死にそうなほど辛い、なんで?なんでこんなに憎いのに…

なんでこんなに憎いの?なんでなの?

 

私は司令官を…殺したいの?

確かに強い憎しみがある、殺意も抱いているけど

それはなんでなのか、まるでわからない

 

 

 

「…?あぁ…ここは…」

 

いつぞやの部屋か、このモニターと、背後の司令官

何も変わらない…いや、違う、一つだけ違いがあるなら…

 

「…誰?」

 

モニターの中に、誰かがいたこと、そしてこっちを睨みつけている

 

誰なんだろう、この子は…

いや、誰かは知ってる

 

鼓動が速くなる

 

「なんで、なんで私がそこにいるの…?」

 

 

 

 

 

 

「…あれ?」

 

「よお、起きたか」

 

「…提督、ここは?」

 

「離島鎮守府だ、お前が目を覚まさないから帰るのを遅らせた」

 

「…演習は終わったんですね」

 

「ああ、バケモン1人に全部覆されたよ、ヤベー奴がいやがる」

 

「…なるほど、あの、ところで…」

 

「大潮か?お前が倒れたって知らせに来てくれた」

 

「…それだけですか?」

 

「ん?他になんかあったのか?」

 

「……いえ、なんでもありません、お礼を言ってきます」

 

「また、まだ動くな、帰るのは明日だ、明日になってからでも十分だろ」

 

「………そうですか」

 

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

「んじゃ、また後でくるわ」

 

やけに何かを気にした様子が気になる

こいつは元々閉鎖的でここに強い思い入れがあることは知っている

俺の読みだと二択なんだが、まあ多分こっちだろ

 

「よぉ、色男」

 

まさか本当に意識不明だとは思わなかったが

現実としてそうなっている以上はそう言うことだろう

 

「ふーん…原因不明か、案外ネトゲしてたら、なんてオチかもな…せっかくだしログでも見せてもらうか」

 

執務室にでも行けば誰かいるだろ

 

「邪魔するぜ」

 

「邪魔するんやったら帰ってや〜」

 

「あいよ、んで、入っていいか?」

 

「おおっ!偉いノリええやんかー!嬉しいわぁ!」

 

「昔関西人の知り合いがいたからな、で?提督代理殿は?」

 

「今はおらんで、用があんのやったら伝えといたるけど」

 

「んー、ここの提督のパソコンを確認したいんだが」

 

「ふーん、じゃあ工廠行って直接聞いてき、その方が早いわ」

 

「助かる」

 

 

 

「邪魔するぜ」

 

「うわぁっ!?……ああ、こんにちは、どうされましたか?」

 

「そんな驚くなよ……なぁ、ここの提督のパソコンを確認したくてな」

 

「…理由をお伺いしてもいいでしょうか?」

 

「意識不明になった原因がネットゲームしてたから、とかなら笑えるだろ?」

 

「…まあ、なんにせよ、あまり弄らないでください、プライベートなものですし」

 

「わかってるって、ある程度見たら終わる」

 

許可をもらい、パソコンを調べる

 

 

 

「へぇ…これは明らかに普通じゃねぇな…」

 

「わかるんですか?」

 

「お、おお、居たのか」

 

「まあ、壊されても困りますし…」

 

「ん…?なんでこれ……なあ、まじでネトゲしながら意識不明になったのか?」

 

「……その…現実で、意識不明になったと聞いてますけど」

 

「…………まさか…こっちに出てきたってことか?」

 

「…はい」

 

この質問の意味が理解できるならそう言う事だ

カイトは力を使って、現実に出てきた

そして何かをなしとげようとしているのか、それとも失敗したのか

 

「わかってる事を全部教えてくれ、力になる」

 

「…その……」

 

明石の話ではカイトはおそらくもうそれをやり遂げたらしい

ウイルスバグや、変異個体を倒すことが目的だったと

だが、実際は何をやり遂げたのかがわからない上に、一部のメンバーは特殊な力を手に入れ、それに振り回された

そして、鎮守府から離れたところに、謎のクリスタルがあり、そこにカイトを見たと言うものもいる

 

「なるほどな、全くわかんねぇけど、現実に出てこれたのか…」

 

「…どうしました?」

 

「いや、面白くなってんなと思ってよ…邪魔したな、またくるぜ」

 

 

 

工作艦 明石

 

全く心臓に悪い、せっかく、このスマホと、紙に書かれた電話番号について調べていたのに

このスマホは提督のものじゃないことは間違いなく、さらに電話番号はどこかの一般的なそれに見える

 

それよりも何よりも、速く済ませないと曙とも約束があるのだ、ネットゲームから救い出す、とてつもない話だが、やれることは全てやる

 

 

 

 

『もしもし、どちら様ですか?』

 

女性の声

しまった、何か合言葉みたいなものから来ると思っていた

まさか一般家庭みたいな対応されるなんて

 

『…悪戯か?』

 

「す、すいません!私、離島鎮守府所属の明石と申します、あの、その…!」

 

『成る程、要件を言え』

 

「えっと、その…」

 

『あまり時間がないんだ、速く要件を言え」

 

「その…この番号が書かれた紙をもらっただけで…その…」

 

『…誰にもらった?』

 

「ああ、その、気づいたら持っていたと言うか…」

 

『ふざけているのか?』

 

「い、いえ、決してそんなことは…」

 

『まあいい、工作艦明石…成る程、現在は提督代理か、流行病で倒れたことにして…ふむ…成る程な?』

 

「え、あの…なんで…」

 

全部筒抜けになってる…?

 

『この方が話が早いだろう、まず何が聞きたい、今疑問なことを言えばいい、いわば私は情報屋だ』

 

「…その…提督を助けたいんです…どうすれば…」

 

『それは無理だ、私にはそんな力はない、他のことにしろ』

 

「じゃ、じゃあ、なんで提督がこんなことになったのか…」

 

『データドレインで自分を保存したからだ、そのパソコンのデータを見ればわかる、ふむ…まあ、そのうち目覚めるだろう』

 

「本当ですか!?いつかはわかりますか!?」

 

『そこまでは知らないが、氷が溶けるように、自然と目覚める」

 

「よ、よかった……」

 

正直、もう目が覚めないと思っていた

 

『ドレインのデータを解析するのは楽ではない、これについては高くつくとカイトに伝えておけ、そしてその端末についてだが』

 

「こ、このスマホですか?」

 

『ああ、それだが、それもそれで改変されたデータの一部だな、データドレインによって生み出されたものだと思っていい、そして私に連絡を取らせた、ふむ、案外カイトは自由に動き回ってるんじゃないのか?』

 

「……だとしたらどんなにいいことか…」

 

『なんにせよ、また連絡しろ、ただし、夜と土日はダメだ』

 

「は、はい!」

 

『ついでに、私の名前はヘルバだ、よく覚えておくといい』

 

「あ、ありがとうございました!」

 

 

 

「ふぅ……よかった…」

 

提督はちゃんと帰ってくる

それならそれまでここを守る

 

「大丈夫、私ならできる」

 

「あら、明石、電話終わったの?」

 

「うわぁぁ!?あ、曙ちゃんっ!」

 

「大丈夫よ、立ち聞きなんてしてないから……ほら、行くわよ」

 

「あ、うん…」

 

心臓に悪い…

 

 

 

 

「いい?まず私たちは右も左も分からないところに行くの、だから、準備は万端に」

 

「それは?」

 

「説明書と攻略本、呉のクソ提督からせしめてきたわ、これを読んで、乗り込むわよ…!」

 

「あ、あの…あんまり無茶なことしちゃダメだからね?それもともとネットゲームでのものだし、目をつけられて奪われたり、壊されたりしたら取り返しつかないから…」

 

「……それもそうね、でもネットゲームに持ち込めるとは限らないし、まずは試しよ」

 

 

 

 

 

「ちょっとまだなの!?」

 

「キャラメイクって難しくて…」

 

「適当でいいって!速くしなさいよ!」

 

 

 

「そのキャラクター、なかなか可愛いね」

 

「……はぁ…なんでなのかしら…」

 

「どうしたの?」

 

「名前みた?これ…」

 

「…カイトってなってるね…」

 

「キャラメイクがない時点で気づくべきだったわ…クソ提督のキャラをそのまま使ってることになるみたいね」

 

「………代わろうか?」

 

「いや、これでいいわよ……えーと…あ、これね、成る程、これがこれで…」

 

「うーん、情報収集も何もなさそうだけど…」

 

「おい、お前ら」

 

「…何よ、あんた」

 

「初心者か?俺の名前はキソ、お前らに最高のギルドを案内してやるぜ?」

 

「………なんか覚えがある名前ね」

 

「…たしかに」

 

「ん?ああ、たしかに俺は昔の艦の名前を使ってるからな!有名だからなー!ははは!」

 

「…マニラで大破着底してそう…」

 

「うるっせぇな!それでも最後まで頑張ってたんだよ!悪いか!?」

 

「……えっと…呉の所属の方ですかね…」

 

「………知らないなぁ、そんな鎮守府」

 

「…昨日北上に真っ先に落とされてたわよね」

 

「………マジかぁ…マジかぁ……」

 

「あ、あの、合ってます?」

 

「うるせぇ…合ってるよ畜生…!」

 

「あ、私曙だから」

 

「私は明石です」

 

「……お前らかよ!!」

 

 

 

「ふーん、気分転換ねぇ…とりあえずメンバーアドレス交換するか?」

 

「いいわよ、ほら」

 

「……っと、こうかな…」

 

「よし…ん?明石はそのままなのに、曙はカイトなんだな、キャラメイクもそうだし、お前詳しいんじゃないのか?」

 

「……その、これ、借りてるキャラだから…」

 

「へぇ…そいつ結構凝った造りにしてるなぁ…いろんな資料で見るのにそっくりだぜ!」

 

これ本人のやつですって言ったら凄いことになりそうですね

 

「しっかし、いいなぁ……そこまで揃えるってなると結構レベル高くてさ、昔のイベントの限定品とかもあるんだよ、似たやつはデフォであるけどな、その見た目で歩いてたらうるさいやつとかも出てくるだろうから気をつけな」

 

「ふん、こんなもんに目を白黒させてるやつの気が知れないわ」

 

「いや、それ本当にすげぇんだぜ?人にやっちゃとんでもねぇ額を出す事もあるくらいだ」

 

「へぇ…これそんなに凄いんですか」

 

「ああ!カイトっていやぁ、ゲームとは言え伝説のヒーローだしなぁ…俺らも似たようなもんだけど、ゲームで世界を救ったってなると近い存在に感じるんだよ、だから自分もってさ」

 

「…わからないでもないわ、私たちが戦艦を羨むようなもんでしょ?」

 

「…俺で言えば昨日の姉さんだがな」

 

「…あれは凄かったわ、意味分からなかったもの」

 

「そうだ、今度色々教えてくれよ!普段姉さんがどんな練習してるのかとか!」

 

「そんなこと直接本人に聞きなさいよ!鬱陶しいわね!」

 

「そんなこと言うなって!代わりに俺のギルドを見せてやるから!な!な!」

 

「ま、まあ、私が教えるので、今日のところは…」

 

「よし!決まりだな!じゃあこれ、ギルドキーだ、さあ行くぞ!」

 

 

 

 

 

 

「ガビだぞ(^ω^)」

 

「うわっ何このいかつい赤いおっさん!」

 

「うちのギルマスだ、俺らのギルドはこのゲームで一番でかいんだ」

 

「へぇ…」

 

 

 

 

「なんにも有益な話はなかったわね」

 

「そうですね…」

 

「ん?何か知りたいことがあったのか?」

 

「カイトのことについてよ、昔のことじゃなくて最近の、ね」

 

「もう何年も前に引退したって話だが……いや、5年くらい前にもいたって話だな」

 

「ふーん……最近はないのね」

 

「気になるなら調べといてやるぜ」

 

「お願いします」

 

「おうよ、じゃ、今日はここまでだから、それじゃあな」



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大規模作戦

駆逐艦朝潮

 

「大潮、今いいですか?」

 

「……わかってますけど、何ですか?」

 

「…なぜ司令官を殺そうと?」

 

「大潮からも聞きたいんですけど、なんで止めようとしないクセに泣いてたんですか」

 

「……それは、わかりません、心の底から憎いのに…死んでしまうのかと思うと、心が痛くて…」

 

「…憎いんだ……私も憎いんです、前の私が、死んでるから…」

 

「……ええ、よく、知っています」

 

「そっか、時期被ってましたもんね…十分な理由でしょ…?なにより…本当には殺しません…ただ、毎日ああして、いつでも殺せるんだって思わないと…自信がなくなるから……」

 

「そうですか、でもそれは…」

 

「わかってる…わかってるんでよぉ…ただ、私が拗ねて、怒って、子供なこと言ってるだけだって…前の私も、仕方なかったんだって……」

 

「あの時、私も無力だと痛感しました、あなたを救えなかった責任は、私にもあります」

 

「……やっぱり庇うんですね…」

 

「いいえ、庇うんじゃなくて、私にもその気持ちを向けてください、救えなかった私が悪いんです」

 

「………なんで、あのとき泣いたんですか?」

 

「…わかりません、ただ、気づいたら」

 

「…なんで憎んでるんですか?」

 

「……それも…わかりません…司令官を見ると…とても…抑えきれない憎悪が…」

 

「どっちが正しい感情なんでしょうね」

 

「……正しい感情…?」

 

「二つの感情がぶつかってるんです、どっちが正しいのかわかったら、教えてください、その時は、私もそっちに…」

 

「…正しい感情……なんで私は司令官を…いや、でも…私にとって、前任の私や姉妹のことは……違う、軽くなんか見てない、でもアレは…司令官だけのせいじゃない……なのに…なんでこんなに………」

 

私の正しい感情って…何?

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 満潮

 

「ふーん…頭おかしくなってるんじゃないの?」

 

「それは流石に言い過ぎよ、でも、確かにまともじゃない様子ね」

 

「まあ、多分、片方は恋です、荒潮も言ってました…」

 

「へぇ…あのクズにねぇ…」

 

「クズはやめなさいよ、私たち一ヶ月も一緒にいなかったのよ?」

 

「……ま、それもそうね」

 

「そしてもう一つは…本当に不思議そうでした、なんであんなに辛い顔をしながら憎んでるのか、悩むなんて」

 

「じゃあ、憎くないんじゃないの?」

 

「あんたって本当にシンプルよね」

 

「英語にしたら誤魔化せると思った?馬鹿にしないでよ満潮」

 

「ちゃんとお姉ちゃんって言いなさいよ」

 

「……はぅぁー…」

 

「……」

 

だいぶん参ってるようね

自分の感情だけでも整理しようと一杯一杯なのに

 

「大潮姉さん、無理しなくていいの、朝潮姉さんのことは私たちが解決してきてあげるから」

 

「ちょっと!?私を巻き込まないでよ!」

 

「大人しく従いなさいバ霞」

 

「あ!こら!耳を引っ張んな!痛い痛い!」

 

別の所属だから仕方ないけど、ほとんど話したことはないし…

まあ、軽く探りを入れるくらいしかできないのよね

 

 

 

「満潮、霞、何のようですか?」

 

「大潮姉さんがえらく気にしてたから、ちょっと何かあったんじゃないかってね」

 

「……ふん」

 

「…大潮には、謝っておいてください、私が近づいても悪戯に傷つけることにしかなりません」

 

「なんでそうなるかわかってる?」

 

「……いえ、ただ、あの子の言う通り、矛盾する感情で押し潰しあってると言うか…」

 

「ハッキリ言うけど、一時期吹っ切れてた大潮姉さんがまたああなってるのはこっちにとってマイナスなの、だから朝潮姉さんの事もどうにかしたいのよ」

 

「……でも、私は別の所属で…」

 

「あー!もう!鬱陶しいわね!何が不満な訳!?」

 

「……わからないんです」

 

「はあ!?自分の不満が何かすらわからないの?本当にそれ大丈夫なわけ?」

 

「罵倒するか心配するか片方にしなさい」

 

「罵倒なんかしてないわよ!……えっと、あの…司令官に腹が立ってるのよね?」

 

「その認識で間違いはない、と思います」

 

「自信はないわけね」

 

「…はい」

 

「じゃあ、司令官を大事に思う気持ちは?そっちは嘘なの?」

 

「そんな事はありません…でも…」

 

「そっちは自信あるのね?」

 

「……はい」

 

「じゃあそっちが正しいのよ、何迷ってんの?」

 

「……そうでしょうか」

 

「そうなのよ、気にしすぎよ、起きたら一発パンチを叩き込んでやれば恨みも晴れるわよ」

 

「そ、そうよ!その時は私も手伝ってあげる!」

 

「霞、後で漬物石の刑」

 

「そうですね、霞には司令官の良い点をたっぷり知ってもらいましょう」

 

「なんで私がそうなるのよー!!!」

 

まあ、霞はまだ、言葉の選び方や感情の整理が下手だものね

 

 

 

 

 

 

雷巡 北上

 

「……よし、こんなとこかな」

 

「自主練ですか?」

 

「ん?阿武隈じゃん、どしたのさ」

 

「…その、昨日はごめんなさい、北上さんが私のことを気遣ってあんな事してたなんて……」

 

明石かぁ…

 

「え?なんの話?」

 

「……え?あ、あの、私の前髪潰したり、わしゃわしゃってするのは…」

 

「ムカつくからだけど…どしたの?クセになった?」

 

「も、もう!知りません!」

 

私も素直じゃないなぁ…

 

 

「今の話はreallyデスかー?」

 

「出たなルー金剛」

 

「何ですカー!ルーって私はカレーとはnonヨー!」

 

「…何だろ、通じないと悲しいものがあるね」

 

「私たちは外に行かないので向こうで有名なゲイノージンなんてわかるはずないネー!」

 

「何で芸能人って知ってるんですかね…」

 

「那珂ちゃんが言ってたヨー」

 

「じゃあ最初から乗って欲しいなぁ…っていうかそこ仲良くなったんだ、意外」

 

「テレビジョンのtalentなんてrareですからネー」

 

「うーん?巻き舌がウザイかな」

 

「なんですトー!?perfectな発音に文句はnonsenseネー!」

 

「ˈnänˌsensね、金剛のはアクセントがちょっと違うかなぁ…」

 

「日本教育の英語なんて知らないヨー!!!」

 

「それより、私になんか用?」

 

「…茶番で赤疲労付いちゃったデース、阿武隈に辛く当たるのやめてくだサーイ…」

 

「んー、無理!」

 

「いい笑顔デス……もう、ツッコむ気力もありまセン」

 

「ま、そのうち仲良くなってるから気にしなさんなよ!」

 

「もう、十分仲がいいと思いマース…」

 

「まあね、あとは私が素直になるだけかぁ…」

 

「周りから見ればわかるんデスガー…本人は悲しいデスヨー?ツンデレは甘えデース」

 

「ついでにアオボノにも言っといて」

 

「……殺されマース…」

 

「大丈夫大丈夫、悪くて意識不明程度だから」

 

「…全然大丈夫じゃないデース…」

 

 

 

「北上さん!自主練お疲れ!私たちとご飯食べにいきましょ!」

 

「うぇっ暁に雷かぁ…」

 

「何?私たちだけじゃ不満なら七駆の人も呼んでくるけど」

 

「あの4人は空母組と食べてるから邪魔しちゃダメだよ」

 

「あ、いたいた、北上さーん」

 

「うげ…翔鶴まで…」

 

「ご飯、一緒に食べましょう?もちろんお二人も」

 

「わーい、行きましょ!」

 

「今日の日替わりって何?」

 

「久々に帰ってきた人もいるので肉じゃがです!」

 

「この前食べたばっかじゃん…私パス」

 

「ダメですよ、みんなで食べるんですから」

 

「やだ!本当にやだって…!」

 

もう、みんなの前でアレは食べたくないのになぁ…

 

 

 

 

駆逐艦 朝潮

 

「あらぁ?機嫌良いみたいねぇ」

 

「…そうですか?」

 

「ご飯の前からだったけど、食べてからもっとよぉ?」

 

「…懐かしい味でしたから」

 

「そうねぇ…お葬式みたいだったけどぉ…楽しかったわぁ…」

 

「北上さんが泣き出すとは思いませんでした」

 

「それに釣られてみんな泣いてたわねぇ…」

 

「司令官を知らないメンバーはみんな困惑してましたけど」

 

「それはそうよぉ…でも、来てよかったでしょぉ?」

 

「………はい、有意義でした」

 

「やっと前の顔に戻ってくれたわねぇ…本当によかったわぁ…」

 

「……そんなに酷い顔を?」

 

「してたわよ、こんな顔」

 

「…っふ…荒潮、やめてくださっ…ふふっ…」

 

「あ、笑ったわね、ひっどぉい…」

 

「……よし、暗くなるのはやめです、私はこれから明るく行きます」

 

「無理しないでねぇ?」

 

「はい、私が全てを変えるって決めましたから」

 

「変える?」

 

「この、姉妹が沈んでる海を平和にするんです」

 

「…そうねぇ、きっとできるわぁ!」

 

「勿論です、そのためにも明日から頑張りますよ!」

 

「お手伝いするわぁ…!」

 

「また、来ましょうか、次は遊びに」

 

「そうねぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

 

「…ホントですか?それ」

 

「君が持ってきた情報の結果だろう」

 

「……いや、わかってるんですけど、本当にその、でも…」

 

「実質沈んだのと変わらん、原因不明の意識不明とはな」

 

「…青葉しーらないっと」

 

「そういくと思うか?君が持ってきたこの模型は、敵の姿を模していると言ったな」

 

「はい、あ、適当じゃないんですよ!?」

 

「……わかっている………あの感覚はそう言うことだったのか…」

 

「司令官?」

 

「…よく無事に戻ってきた、褒美として休暇をやる、好きに過ごせ」

 

「その、それより青葉は新しいカメラが欲しいかなぁ…って」

 

「前に渡したのはどうしたんだね」

 

「…逃げる際に犠牲に…」

 

「………その前のやつを使えばいいだろう…」

 

「…………はい」

 

「写真ではなく模型を持ってきた時点でそんな気はしていたが、まあいい、とりあえず、より正確な形にした物を後で渡す、それを資料に添付して各鎮守府に送付せよ、この敵との戦闘は一切を避けるべし、戦えば意識不明になる恐ろしい敵だ、とな」

 

「正確な姿って…司令官は見たことあるんですか?」

 

「…君の知ってる姿ではないがな」

 

 

 

 

「スケィスか」

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

 

「不味いな、戻ってきた、つーか近くに来た感じはしてたが…そう言うことだったのか…甘い考えでネトゲなんかやるんじゃなかったぜ」

 

「どうしたんだ?今日はなかなかログインしないから見に来たんだが」

 

「ん、いや、てか木曽、お前出撃の時間以外ずっとネトゲするのやめろ」

 

「いいだろ別に、唯一の趣味なんだ」

 

「妹が引きこもる姉の気持ちになってやれ…それから、全体に放送しろ、出撃や遠征を取りやめて直ぐ正面に集まるようにと」

 

「今日はずっとなしか?」

 

「取り敢えずな」

 

「よっしゃ!ネトゲやり放題だ!」

 

「……お前…いや、いいや、球磨型だけ出撃組むわ」

 

「冗談だって!?頼むよ、4人で行くと北上の代わりにされるから怖いんだよ…!」

 

「…いいんじゃねぇの?根性鍛えて貰え」

 

「よくねぇっ!大井姉さんなんかなぁ!」

 

「司令部より全体に、今すぐ正面玄関前に集まれ、緊急なので出撃、遠征は取りやめ、非番のやつも後日改めて取らせるからすぐに来い、いいな?」

 

「聞けよ!」

 

「うるせーよドM、さっさと行くぞ」

 

「俺はMじゃねぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

「本格的にウイルスバグが出てきたと見ていいわね」

 

「まさか深海棲艦よりこっちを優先して叩くように指示が来るなんて」

 

「でも、見た目は完全に岩ですね」

 

「油断はしないでください、もういろんな鎮守府が遭遇して、大量の犠牲者が出ています」

 

「全員意識不明か…普段の出撃で起こる小破や大破の傷はない…」

 

「明らかに深海棲艦ではないですね」

 

「ま、こうなったらやるしかないよね」

 

「……すごく、怖い気がするけど、わかったわ」

 

「アオボノちゃんが弱気なんて珍しいね」

 

「……こいつは、なにか、ヤバい気がするのよ」

 

「…実際ヤバいんじゃないの?出てる被害報告も結構強い子ばかりだよ」

 

「しかも相手は無傷で、さらに瞬間移動のように素早く動いて気づけば背後にいた、との報告も上がってる、私たちの速力よりも早いなら交戦して不利になっても逃げられないわよ」

 

「追撃はされなかったって話だけど…」

 

「それよりも、ここ、この記述って…」

 

「…空中に磔にされ、手のような部位を向けられた後、謎の光に包まれ、対象の艦は意識を失った」

 

「データドレイン…って事?」

 

「恐らくね」

 

「………覚悟決めるわよ」

 

「了解、第一次討伐隊を編成、連合艦隊で臨みます、装備などの入念な改修を行った後にこの作戦を行います!」

 

「他所への要請は?向こうから来てたりしないの?」

 

「今のところは、その辺は来てから考えますが、私たちは本土より近い場所にいる、私たちが先に動く必要があるでしょう」

 

「わかってるって、じゃ、編成は?」

 

「先鋒として、第七駆逐隊に北上さんを旗艦とし、これを第一艦隊とします」

 

「いつものメンツね、了解」

 

「第二艦隊は赤城、加賀、翔鶴、龍驤、以上空母4名と扶桑、金剛の戦艦2名、後方からの支援を!」

 

「わかりました、お任せください」

 

「今呼ばれなかった方達にも出撃してもらいます、高速艦は周辺海域にて待機、撤退時の援護をします、この艦隊の旗艦は鳥海さんに任せます、そちらの判断で引かせて構いません」

 

「私?わかったわ」

 

「今回の戦いは偵察を主目標として、戦闘は最低限にします、いいですか、決して倒そうとは思わない事、無理は禁物です」

 

「了解」

 

「最悪の場合に備え、私達も陸上から支援の用意をします、作戦の発動は明日の正午、それまで準備を!」

 



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死神

駆逐艦朧

 

「…発見!…敵の大きさが未知数だから距離が測れないけど方角そのまま!」

 

「全体像は見える?例の敵でいいんだね」

 

「間違いありません」

 

「第二艦隊へ、敵との距離が測れないため艦載機の発艦を要請!」

 

『了解、龍驤、お願い』

 

頭上を通り抜けていく艦載機

 

『……あかん、思ってたよりでかいわ……嘘やろ、撃ち落とされたわ、気ぃつけや…想像よりずっと速い…!詰めて来とる!』

 

「…目視!正面!砲撃開始!」

 

「浮いてるじゃん…魚雷効かないかもねこれは…」

 

『後方から砲撃開始します!巻き込まれないように注意お願いします!』

 

「正面班対空機銃で面の斉射開始!」

 

わかる限りの対策をして、できる限りの用意をした

 

「だめ!着弾前にかわされてます!」

 

「砲撃が通るように機銃で左右を潰して!」

 

「機銃をモノともしてませんけどー!?」

 

「不味いね、どんどん来てる…っていうか早すぎ!」

 

「鳥海!急ぎで回収して、不味いよ、合流次第全力撤退!第二艦隊は合流まで砲撃と艦載機からの攻撃の手を緩めないで…緩めたら死ぬ!」

 

「敵!消えました!」

 

「違う!潮!背後!」

 

石の人形は、赤い十字架をどこからか取り出し、それで私たちを薙ぎ払った

私はコンクリートみたいに硬い水面に叩きつけられた

かなりのスピードで、そして今まで味わったことのない痛みに苦しめられていた

 

「全員散り散りにはならないで!アオボノ!データドレイン!」

 

「わかってるわよ!」

 

正直、データドレインさえあれば何とかなると思い込んでいた

でもその希望も一瞬で打ち砕かれた

 

「効いて…ない…!」

 

「呆然とする暇はないよ!漣!引っ張って!全員いるね、鳥海、撤退始めるから合流して!」

 

「北上さん!朧ちゃんが!」

 

「…っ!朧、立てる!?」

 

「無理…打ち付けられた時…艤装ごと…骨もいったかも…」

 

「曙!つれて逃げて!」

 

「わかってる!潮!援護!」

 

「了解!」

 

「鳥海聞こえてる!?早く来て!」

 

『敵襲が!こっちにも!』

 

「っ……!」

 

石の人形は動かずこちらを見ている

まるで、死刑を宣告する死神のように

 

「鳥海達の援護は望めない…金剛!高速みんなつれてこっちまで来て!」

 

『もう向かってマース!』

 

「扶桑はそのまま射撃!…どうしよう…どうすれば…っ!」

 

石の人形が消えたと思えば、次は北上さんの体が浮き上がった

そしてその背中に赤い十字架、磔の形になる

事前に聞いていたデータドレインらしき技の予備動作

 

「…不味い…金剛!まだなの!?」

 

動けないながらもみんなで撃つ、私たちの砲撃だって岩くらい、砕けるのに…それを物ともせず、手のような部分を向ける

 

「…総員撃ち方やめ!全力で撤退!私はいいから早く逃げて!」

 

「何いってんのよ!」

 

そんなことを言う暇もなく

データドレインに北上さんが、貫かれる

 

「北上!」

 

ベシャッと音を立てて水面に落下する

 

石の人形は手を、顔のような部分に向ける

まるで何かを確認するようにじっとそれを見ている

 

「遅くなりマシタ!動けない人ハ!?」

 

「遅いのよ!朧と北上!早く連れて逃げて!」

 

石の人形はそのまま、じっと動かなかった

まるで、余韻を楽しむかのように、ただじっと

 

 

 

 

 

「………ごめん…」

 

結果として北上さんは意識不明にはならなかった

だけど高い発熱、嘔吐、精神的衰弱など、あげ出すとキリがないほどの不調に陥った

 

「…まるで、歯が立たなかった…なんなのあれ…」

 

「……」

 

みんな押し黙ることしかしない

鳥海さん達の班は特殊個体の駆逐艦に囲まれたそうだ

そしてそれは統率をとって操っている可能性を示した

戦闘データは、私が撮っていた

しかし、それも艤装とともに使い物にならなくなった

 

相手が悪かった…

そんな言葉で言い表せるのか…

 

「朧、大丈夫?」

 

私は北上さんと同室に入院した、ついでに提督も同じ部屋に移した

骨折など通常と違う怪我、入渠はしたが良くなる様子もないため自然治癒と医学による療法で治すことになった、と言っても相変わらず医者はおらず、今は固定して安静にしているだけだが

本土からの医者もまだ派遣できないため、他鎮守府にやむを得ず要請する運びとなった

私より弱っている相手に心配される

中々苦しい気持ちになる

 

「…ごめんなさい」

 

「弱っちゃダメだよ、まあ、私も弱ってるんだから人の事言えないけどね」

 

「…はぁ…」

 

「自信無くすよねぇ…なぁんにも効かないし」

 

ただただ無惨な敗北だった

 

 

 

 

 

 

雷巡 北上

 

何が悪かったのか、と言えば…

ネズミが人に挑む様に無謀な戦いをしたことに尽きる

急所を知っていれば勝てたのかもしれない

ネズミが人の頸動脈を噛み切り、仕留めることがあれば、大金星だろう

だけど私たちは、ネズミにすらなれなかった

岩には歯が突き立てられない

 

朧は諦めた顔をしている

私だって折れた…もう戦う気力なんてかけらもない

 

でもやらなきゃ、私たちがやらないと、もっと苦しむ人が増えるだけ…

 

 

 

 

 

 

工作艦 明石

 

「ふむ、出迎えご苦労」

 

横須賀の提督、この人はどうに好きにはなれないが、やはり頼れるならここだった

私を助けてくれたこともそうだが、何より提督の旧友である点が大きかった、素早い対応をしてくれた

 

「…鎮守府の件ですが」

 

「こうなる様に仕向けたのは私だ、気にするな、上へはいつも通り報告するだけだ」

 

「…ありがとうございます」

 

「それで、交戦した相手の写真などは…」

 

「…ありませんが、本部からの連絡と違わぬ見た目をしていたとみんな言っていました」

 

「…なるほど、了解した、それと、軍医の代わりにうちの所属の医療班を連れてきている」

 

「よろしくお願いします!夕張です!」

 

「難のあるやつだが、しばらくここに駐留させる、それと、今回の戦いにあたり、我々から前線への支援物資だ、とりあえずあとはその資料に書いてある」

 

「ありがとうございます…」

 

「…彼は」

 

「未だ目を覚ましていません…」

 

「ふむ…夕張を案内してくれる者を1人、君と2人で話がしたい」

 

「わかりました、加賀さんを呼びます」

 

加賀さんはすぐに来てくれた、あの人なら何かあっても十分に対応してくれる

 

 

「君たちの交戦した敵だが、スケィスという」

 

「すけぃ…?」

 

「スケィス、10年と少し前に、カイトが倒した最悪の敵だ」

 

「提督が?」

 

「まあ、交戦した場所はネットゲームの中だったがね、その頃はまだ私は仲間になっていなかったが、何度か話を聞いた、恐ろしく強い敵だったと」

 

「つまり、それもネットゲームから現れた…」

 

「そう見るのが妥当、だが…」

 

「何か?」

 

「……いや、それよりも、何か攻撃は効いたのかね」

 

「全く、何一つ効かないと」

 

「…やはり腕輪が…いや、待て、ここの北上は意識不明になっていないそうだな」

 

「……はい」

 

「…腕輪を所持しているものがいるのか?」

 

「………はい…」

 

「……何ということだ、まさか…だが、それだけでも来た価値がある」

 

「…どうするつもりですか」

 

「どうもしない、だが決して誰にも話すな、漏洩すれば今の状況など一瞬で変わる、全てが終わるぞ、あれは…世界を壊す力だ」

 

「………」

 

「腕輪については?」

 

「全く、何も…」

 

「ならば私の知ってる限りを話そう、先ず腕輪だが、あれを乱用すると暴走する、良い結果で済むこともあれば、悪い形になることもある…なにより、死に至る恐れもある、カイトはそれを承知で無理な使い方をしていたが、気をつけたまえ、それだけは望んでいないはずだ」

 

「…それを抑える方法は?」

 

「腕輪を使わずに敵を倒せ、自分の手でとどめを刺すんだ、そうすれば少しずつ腕輪の暴走の危険は減っていく、はずだ」

 

「…提督はどうやってあの化け物を?」

 

「他の八相のようにプロテクトを破壊してからデータドレインで弱体化させて倒した、と言っても伝わらないだろうな、まず、スケィスとは八相と呼ばれる敵の一体だ、合計で八体いる」

 

「…あれが、八体…?」

 

何も考えられなくなりそうになる

 

「普通、ウイルスバグを倒す際、そのプロテクトを破壊しなくてはならない、八相も同様にだ、だからまずはプロテクトの破壊、破壊すればガラスの割れる様な音がなる、そしてそこからすぐにデータドレインで改竄する、奴らの不死性を取り除くんだ、そうすればようやく強敵といったレベルだな」

 

「………ふざけてるわけじゃないんですよね

 

「大真面目だ、何度苦労させられたか」

 

「………」

 

勝てない相手だ、間違いなく、今のままじゃ

 

「苦しい戦いだとは思うが、我々は力を貸さない、腕輪を持っていない以上、悪戯に被害を出せないのでね」

 

「腕輪があれば被害は出ないんですか?」

 

「少なくとも意識不明は免れる、ちょうど君らの北上のように」

 

「………」

 

「交戦データすら表には出せないな、まあいい、とりあえず、健闘を祈る」

 

言いたいように言って離れていった

こちらは何もわかってないのに

 

 

 

???

??? ???

 

『どうやら、アテは外れたみたいですね…カイト』

 

何かが嘲笑う

 

『ヒヤリとしましたが、ふふふ…時間稼ぎにしかならなかった…こうなるべきだったのです、もっと前に…しかし、アウラの覚醒はまずい…せっかく操ったモノも、私を振り払いかけている…これでは……いや、今のアウラなどとるに足らない…力をつける前に…消す』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

給糧艦 間宮

 

「あー、お腹が減りました」

 

「今日は私達が当番ですから、好きなものを作りましょう」

 

食う母、もとい空母のお二人が今日の担当

辛い出撃があったばかりなのに、気丈に振る舞っています

 

「うーん…どうにも…」

 

「せっかくだし焼き鳥とかどうですか?」

 

「……自虐ですか?」

 

「そういうつもりはなかったんですが、ローストチキンとかにしましょうか、七面鳥を…」

 

「あの、ここはあんまり豪華なものは…」

 

「でも今日くらいは豪華なもので今後の為にやる気を…」

 

「そうですねぇ…じゃあお鍋にでもしますか、みんなで囲んで食べられるお鍋に」

 

「あ、素敵ですね、じゃあ全席鍋にしちゃいましょう」

 

「よーし、じゃあお鍋に決定、私ちゃんこがいいと思います!」

 

「すき焼きは譲れません!」

 

「水炊きも美味しいですよ?」

 

戦争が始まってしまった

 

 

 

 

工作艦 明石

 

「…その、うん、別にいいんですよ?ただ私たちの明日のお食事を削って節約していけば」

 

「ごめんなさい」

 

「大変申し訳ございません」

 

「周りが見えなくなってました」

 

「まあ、その、ちょうど横須賀の方もいらしてますし、食料を含めた品が届いたタイミングだったので、今回は…」

 

「……よし…」

 

「…やりました……」

 

「空母2名の一週間のおやつ抜きで手を打ちますが」

 

「そんなっ!どこまでがおやつですか!?」

 

「赤城さん、食事ならおやつに含まれないわ、大丈夫」

 

「…〇七三〇の朝食、一二〇〇の昼食、一九〇〇の夕食以外を禁ずる、と言い直しますね」

 

「殺生な…!」

 

「…くっ…後生です、どうか、どうかおにぎりだけでも…」

 

「どうせ爆弾サイズなのでダメです」

 

「わ、私には…」

 

「まあ、その、朧ちゃんと潮ちゃんにおいしいものを振る舞ってもらってください」

 

「………死ねと?」

 

「間宮さん、私たちも辛いんです…」

 

「その…同情するわ」

 

「変わりましょう!!」

 

「嫌です!死んでしまいます!」

 

「……甘いご飯はおはぎがあるけど…その…」

 

「わかったら以降は気をつけてください、次は実行してもらうので」

 

「「「わかりましたっ!」」」

 

この日の夕食はいつもより噛み締め、よく味わいました



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休暇

「……ほんとに何なのです?これは」

 

「何と言われても…あなたが私と一緒に前線に置いていかれたってことだと…」

 

「あのクソクズ司令提督…なのです!」

 

「電ちゃん…怖い」

 

「戦時中に怖いも何もないのです、ナスと深海棲艦レベルで嫌いなのです」

 

「ナスは栄養があるから…」

 

「ナスは!嫌いなのです!」

 

間違っても臨時秘書官なんて引き受けてはいけませんでした、うまいこと捨てられたのです…

 

「私は臨時の軍医としてだけど…電ちゃんは何のために置いていかれたのかしら…」

 

「何にも言われてないのです、捨てられただけなのです、もし戻ることがあればあの頭にバールのようなものをぶち込むのです」

 

「あ、あの…」

 

明石さんなのです

 

「その、横須賀の提督さん曰く…休暇だと」

 

「前線でどうやって休むのでしょうか…あ、わかったのです、休暇を取る場所はあの世なのです!」

 

「違うからそれ!っていうか目が!目が怖い!」

 

「…ふふふ…電はもう捨てられるのは慣れたのです…」

 

「あーめんどくさい彼女みたいになってる!」

 

「電は…電は…」

 

「ま、まあ、その…は、不自由はさせませんので」

 

「じゃあ東京の銀座の寿司でももってこいなのです、サビ抜きのコハダなのです」

 

「無理ですってそんなこと!」

 

「不自由したのです」

 

「本当にめんどくさい!」

 

「……はぁ…疲れたのです」

 

「落ち着いた?」

 

「落ち着いても納得はしてないのです」

 

「その…うん、大変ね貴女も…」

 

「とりあえず本土に帰ったら1人殺すのです」

 

「全然落ち着いてない…」

 

「大丈夫、冷静に事故のように殺すのです…」

 

「うわぁ…」

 

「ところで電話借りたいのです」

 

「はい」

 

「………もしもし、大将なのです?いつもの配達して欲しいのです、あ、今日は横須賀じゃなくて…はい、そうなのです…は?そこまで手を回してるのですか?……良いからとりあえず持ってこいなのです、私にさっさと寿司を振る舞わないと血の海にするのですよ……チッ…仕方ないので本土に帰ったらサービスしろなのです……そうなのです…………は?…わさびなすは、だい゛っ゛き゛ら゛い゛な゛の゛て゛す゛!!」

 

「うわぁ…」

 

「鼓膜破れるかと思った…」

 

「……ここは、漁はしてるのですか?」

 

「い、いえ…」

 

「この前来た時に畑は見たのです、田んぼと漁の用意をするのです、美味しい寿司が食べたいのです…」

 

「漁ってどうするの…?」

 

「爆雷を改造して、魚を仕留めるんだけど…」

 

「え、そんなモノないんだけど…潜水艦なんて今のところ確認されてないし…」

 

「じゃあ作れなのです、2人とも専門分野だからすぐできるのです」

 

「「は、はいぃ!!」

 

 

 

工作艦 明石

 

「こっわ……」

 

「いつもああなんですか?」

 

「いや…多分青葉も見たことないよ…あんな電ちゃん」

 

「…はぁ…夕張さんも大変ですね……」

 

「私たち2人ともよ、だってできなかったら何されるかわからないし」

 

「………こんな危険な敵が発見されてるタイミングでそんなこと…」

 

「そうだよねぇ…」

 

「まあ、結局目先の恐怖に耐えかねて作るんですけどね…」

 

「間宮さんってお寿司握れるのかしら」

 

「とりあえず握ってもらいましょう…あとは田んぼは…」

 

「高速修復材と建造材ぶち込めば何とかなるわよ…多分」

 

「ツッコミする気力もないです…こんなのどうやって報告すれば…胃が痛くなってきた…」

 

「胃薬出してあげるわ…薬品に限りはあるけど」

 

「ありがとうございます…」

 

この日私は執務を放棄し、漁業用爆雷投射機を作成

その後艦隊を編成し、漁を始めました

夕張さんは田植えののちに修繕バケツを放り込み、高速建造材で米を育てることに成功

精米などののち、間宮さんの手に渡り、お寿司が作られることになりました

 

「美味しいのです!最高なのです!」

 

大変満足いただけました

 

 

 

「…疲れた」

 

「提督代理、報告です、例の敵ですが、特定の海域をずっと動き回っているらしく、今の所何処かを攻めたりという様子は確認できないそうです」

 

「それはよかった…けどいつその状況が崩れるかわかりません、警戒を怠らずに…」

 

「それと、その、これ」

 

「…え、ここも待遇が改善されるんですか?」

 

「はい、今後の危険な戦いに差し当たって、本土との連絡船などが…」

 

「……それで?」

 

「休暇などの際に本土に遊びに行ってもいい、と…」

 

「や、やった…!じゃあお給料も?」

 

「で、出ます…未納分とか含めて」

 

「こんな状況だけどテンション上がりますね…よし、早速全員に報告を!」

 

「うーん、手放しで喜んで良いのかしら」

 

「たまには良いでしょう!!」

 

「…明石さんの本音は」

 

「……その、質の良い病院に提督を移そうかと」

 

「まあ、妥当な考えですね、栄養点滴なども備蓄がつきそうですし」

 

「それに何よりこんな最前線に動けない人を置いておくのも…」

 

「…でも、それをすると、本部に好き放題にやられてしまうのでは?」

 

「……ここまでのことが全て水の泡に…?」

 

「正直、この話もそれと考えるべきだと」

 

「………そうですね、冷静になるべきでした」

 

「まあ、うまい話には裏がある、というのはよくいう話ですから…」

 

「…どうしましょうか」

 

「とりあえず未納の給料をいただいてから考えましょう」

 

「…鳳翔さんも思ったよりちゃっかりしてますね」

 

「お銭がないとなにもできませんから」

 

「ごもっともで…あとは連絡船ですね」

 

「横須賀を頼りましょう、もう上がらない頭です、どうせ上がらぬのなら、まだ下げてみましょう」

 

「下げるのは私なんですけどね…わかりました」

 

 

 

『心配はない、手動は私だ、君たちは何も気にせずただ享受すれば良い』

 

「そ、そうですか…お世話になってます」

 

『なに、銀座の寿司を経費で落とす厄介者を1人預かってもらうんだ、気にすることはない』

 

「え゛、そんなことしてたんですか?」

 

『日頃の仕返しだそうだ、私も忙しいので失礼する』

 

「あ、はい、ありがとうございました」

 

「前に進むのです、とは何だったんでしょう…」

 

「気にしてはいけません…」

 

 

 

 

「何でこのタイミングなのさ……」

 

「私たち、動けないんですけど…」

 

「ええ、なので勿論責任者代理の私達も残りますから…」

 

「ま、まあ、その…栄養点滴などを仕入れないといけませんし…」

 

「っていうか…うーん、なんかやっぱ色々緩いよね」

 

「…そう思いますよね」

 

「うん、まあ、何も通じなかったししばらくこれで良いんだと思うけど」

 

「対策についてはもう考えていますが…しばらくは」

 

「うん、わかってる、向こうが仕掛けてきたら別だけど…それまでは今のままで…」

 

「せっかくですし経費でもっと医療設備整えちゃいましょう」

 

「お、朧も調子戻ってきたね」

 

「ずっとこのままだと暴れたい気持ちが…それに、間宮さんに悪いんですけど、味薄いので」

 

「わかる!美味しいもの食べたいよねぇ」

 

「お土産買うように言ってありますし、言わなくてもあの子達なら多分」

 

「違うんだなぁ…それを軍医殿が許してくれるか何だよ」

 

「………まあ、後で考えましょう」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 潮

 

「久々に街だね!」

 

「私初めてだから置いてかないでね」

 

「すぐ慣れるわよ」

 

「にしたって2人とも…制服はやめて欲しかったなぁ…」

 

「そうだよ、せっかく可愛いのに…あ、漣ちゃん…」

 

「もちのろんですぜ…潮の姉貴…だけどこの辺は私もあんまり…」

 

「服屋ならわかるわよ、というか私急な異動続きで私物なんてほとんど持ってけなかったのよ」

 

「まあ、それもそうだよね、じゃあみんなで服を買おう!」

 

「…銀行に先に行きたいんだけど」

 

「そういえば、通帳は持ってる?キャッシュカードは?」

 

「さっき預かったでしょ、まさか落としてないわよね?潮じゃあるまいし」

 

「持ってるもん!」

 

「それより、あれだよ、お金おろしに行こう、多分割と少ないけど」

 

「まあ、そうよね、そりゃあ…」

 

「……」

 

「3人とも演習の度に遊びにいってたものね、そりゃあ残ってないでしょうね」

 

「曙ちゃんだけいかなかったもんね、朧ちゃんは曙ちゃんと一緒だったし」

 

「アオボノたーん、お金貸してー!」

 

「私もないと思うわよ、ていうかあんたなんで今まで行かなかったの?」

 

「そもそも、給料が出てないのよ」

 

「「「…あー……」」」

 

 

 

 

「……うそ、これ」

 

「給料が出てないのって私たちもだったんだね」

 

「………月日の感覚失ってたぜ…」

 

「…これ、多いの?少ないの?3人よりは多いけど」

 

「サラリーマンの月給3ヶ月分はあるね…」

 

「まあ、危険手当とか尽くし、妥当じゃないの?」

 

「っていうか、1ヶ月どころじゃない未納に何で私らは気づかなかったんだ…!ああ!高いランチ美味しい…!」

 

「うん…間宮のカレーの方が美味しい」

 

「あんたせっかく外に来て何でカレーなのよ」

 

「奇を衒った物は食べたくないのよ」

 

「……まあ、気持ちはわかります」

 

「???」

 

「犯人が無自覚なのは面倒よね」

 

「ウッシー、今度名古屋のスパゲティ食べに行こうぜ!」

 

「あれあの甘いやつだよね!美味しいんだよ!」

 

「………ぉぇ…」

 

「カレーが不味くなる」

 

 

 

「あー!良い服!」

 

「アオボノちゃんセンスあるよねー」

 

「たしかに、ズボンの方が良く似合ってると思う」

 

「そういうあんたはスカートなのね」

 

「走ったりしないからね、アンタほど」

 

「…あんたもこういう服着て見たら?」

 

「じゃあ交換しよう」

 

「おっ!面白そうですね!四つ子コーデしましょ!」

 

「わーい!」

 

 

 

 

 

「すっかり日が暮れたわね、なかなか楽しめたわ」

 

「曙ちゃんもこんなに可愛くなっちゃって」

 

「ま!私が案内したんだから当然よね!」

 

「そう言えば全部アオボノちゃんの紹介とか聞いたよね」

 

「1人で来てたの?」

 

「…朧しかいなかった時にね、来てたのよ、よくここに2人で」

 

「そう、ところでお土産は買わないの?」

 

「………げ!」

 

「やばい!忘れてた!」

 

「た、たいへんだよ、買いに戻らなきゃ!」

 

「…だと思って用意したものがこちらです」

 

「………焦らせんな!!」

 

「忘れてる方が悪い」

 

「何も言えねぇ…」

 

「ま、まあ、その…うん」

 

「…それ、朧が好きなやつね」

 

「そうなんだ」

 

「……やっぱり、あんたと私は、似てるわよ」

 

「え?なんか言った?」

 

「…何でこの距離で聞こえてないのよ」

 

「いや、風の音が…」

 

「私は車の音で…」

 

「私も」

 

「…うるっさいわね!さっさと帰るわよ!」

 

「理不尽なやつ」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

「大変だね朧」

 

「…はい、もう、スペースが」

 

「いやー、確かに入院中は暇だけど…この量の本は…」

 

「しかもまさか暁ちゃんが買ってくるとは思いませんでした、愛読してる作家さんらしいですけど…」

 

「んー…?佐熊…変な名前…アンヌーン、か、タイトルも意味わからないね」

 

「貰い物にズバズバ言いますね…」

 

「それより、それは?」

 

「…曙達から」

 

「お菓子?」

 

「はい、昔、曙…今はアオボノですけど、曙が連れてってくれたお店で、ドライフルーツのケーキがあったんです、甘酸っぱくて曙みたいだったから、毎回頼んで…」

 

「何?そういう仲なの?」

 

「いえ、当たりがきついよって間接的に伝えたくて」

 

「………そっちかぁ…遠回しにも程があるよ」

 

「あははは…」

 

 

 

 

工作艦 明石

 

「…まあ、忠告は受けてましたから」

 

「…止めるつもりですか」

 

「勿論、そのパソコンから離れてもらえますか?夕張さん」

 

「…あなた方の提督を私の気分一つで殺せるとしても…?」

 

「……」

 

「私はこのデータに興味がある、これを自分のものにしたいだけです」

 

「…それは、提督の大事な私物です、許可をとってからにしてください」

 

「…死人にどうやって許可を取れと?」

 

「…………それ以上言うのでしたら、営倉に送らせて頂きます」

 

「そうすれば誰があの人たちの面倒を見るんですか?」

 

「代わりを要請しますし、今までも何とかなってましたから」

 

「……これが大本営からの命令でも?」

 

「………元々私たちは大本営には付き従ってるつもりはありません、提督と、この国のために戦ってるんです、上を選ぶ権利は私たちにも、あります」

 

「……勘違いしないでください、大本営に従え、と言うことではないんです、大本営に逆らうんですか?と、聞いてるんですよ」

 

「逆らいます、それの危険性はもう知っていますから」

 

「………ダメそうですね、今は諦めましょう」

 

「永遠にあきらめてください」

 

「お断りします」

 

「…あなたを営倉に入れます、事情聴取も明日から始めるので、そのつもりで」

 

「そんなことが許されると?」

 

「あなたの提督から、許可は得ています、場合によっては解体も視野に入れています」

 

「……はぁ…こんなに美しいものを目の前にして、なんでそんな…好きな絵画があったら買う、それだけじゃないですか」

 

「あなたのやろうとしてることは窃盗、もしくは器物破損です」

 

「…まあ、そうですね、でも、考えてください、これを使えば世界が取れる」

 

「それが狙いですか?」

 

「いいえ、ただこの美しいデータを自分のものにしたい、そして、私がそれよりも素晴らしいものを生み出したいだけです…」

 

パソコンの画面が突如暗くなる

 

「…何をしたんですか」

 

「…え?………なっ…ブラックボックスが閉じてる…!そんな…まだデータを手に入れてないのに…!」

 

夕張に隠れて見えなかったが、パソコンにUSBが刺さっている

どうやらそれに移すつもりだったらしい

 

「…緊急連絡、重巡以上の方は工廠に、1人営倉に連行します」

 

 

 

夕張は5分とせず独房に送られた

 

 

「……はぁ…」

 

「どうしたの、夕張はもう何もできないわ」

 

「…加賀さん…違うんです、私の、提督との繋がりを、断たれた気がして…」

 

「…そう、まあそんな時もあるわ、飲む?内地のお酒よ」

 

「密造してない限り全てそうですよ…それよりも…代わりの医者を呼ばないと」

 

「…多分そうもいかないわ、現状をひた隠しにしてる今、すぐに医者を何度も呼ぶのは悪目立ちする」

 

「…そうですね」

 

「それに、ブラックボックスってもののことはわからないけど、もう夕張は触れないんでしょう?それなら利用するのも手よ」

 

「……わかりました、その方針で行きます」

 

「無理は禁物よ」

 

「私は提督とは違いますから」

 

「そうね、あなたは倒れないように頑張るわね、でも、頑張りすぎるのも、不安を煽るのよ」

 

「………そうかもしれませんね」



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発覚

実験軽巡 夕張

 

「夕張さん、出てください」

 

「……」

 

仮設取調室

 

「単刀直入に聞きます、あなたは私たちに敵対しますか?」

 

「…しない、少なくとも、自由を保障してくれるなら、軍医としての仕事はするわ」

 

「では、その変わり身の速さはなんですか?昨日まで提督の命を握っているなんて言ってましたが」

 

「………その…ブラックボックスが閉じる時に見たの、あの硬く閉ざされた何かを、わからないかもしれないけど、心が満たされた以上に…あれは開けないわ、私には、一生かかっても無理…想い人が死んだような気分ね…だからもう諦めたわ」

 

「そうですか、それは何よりです、まあ、あなたを何も考えず許すことはできませんので、今日は加賀さんと行動を共にしてください」

 

「…もう出してくれるの?」

 

「現状、あなたは私達にとって重要な存在ですから、ただし、余計なことをすればその場で射殺や解体などの許可は出ています、こちらその書類のコピーです」

 

「………はぁ…私自分の提督にこんなにあっさり捨てられるのね」

 

「私から言わせれば、聡明で決断の早い方ですが」

 

「わかったわ、お手伝いさせてもらうわよ、死にたくはないし、どうせ私艤装も持ってないから何もできないわ」

 

「ええ、一応艤装の動作がしなくなる薬も、睡眠中に投与させて頂きました」

 

「…そう、はぁ…実質解体されたのと何も変わらないのね」

 

「あなたが真面目に働けば、その薬はもう投与しません」

 

「別に戦場も、実験艦の誇りも、私は興味がないのよ、ただのハッカーでありたかっただけなのに」

 

「ハッカーですか」

 

「…悪い意味で取らないで、サイバーテロを防ぐための役割よ、横須賀くらいになると毎日侵入があるのよ、本業は軍医というか、医療班の班長だったけどね」

 

「日本で言われるホワイトハッカーですか」

 

「そもそもそれが間違い、悪事を働くやつはクラッカーで、ハッカーとは言わないのよ」

 

「存じ上げています、でもあなたがやったことはそのクラッカーと何も変わりません」

 

「……そうね、まあ、もう今となっては全て遅いわ、よし、いつから復職すれば良いの?ちゃんと仕事はするわ」

 

「ではすぐにでもお願いします、それでは」

 

 

 

 

 

 

「当たりがきついわね」

 

「そりゃそうだよ、自業自得でしょ」

 

「まあね、はー…私も好きに生きたいなぁ…」

 

「あ、そう」

 

「朧、相手しちゃダメだよ、可哀想な人だから」

 

「なによそれ…」

 

「鎧袖一触です」

 

「いや、意味違うでしょ」

 

「ガイシューイッショク?」

 

「鎧の袖が触れただけで倒せると言う意味よ」

 

「うん、使い所おかしかったね」

 

「これは譲れません」

 

「そんなプライド譲ってしまえ」

 

2日ほどだったが、なんだかんだでずっといたせいか、仲良くなってしまった

 

 

 

「ん?何してるんですか」

 

「いや…その、これは…」

 

「あ、明石じゃん、提督の持ってたゲームのさー、格闘ゲーム?2人でできるみたいだから、コントローラーとか作ってもらってたんだよね」

 

「私が監視しました」

 

「私たちもお願いしたので…」

 

「まあ、そう言うことでしたら…て言うかさっきからめちゃくちゃなプレイしてますけど、必殺技の出し方わかります?」

 

「「いや、全く」」

 

「………説明書持ってきます」

 

しばらく病室での格ゲー大会がブームとなった

第一回優勝者は高尾だった

 

「その…昔取った杵柄と言うやつで…」

 

「意外ね」

 

「元内地組は何かありそうですね」

 

「私もバイクが…貸しコンテナまだあるかしら…」

 

「鳥海さんバイク乗りなの!?今度教えてよ!」

 

「…三輪車くらいなら良いわよ」

 

「バカにしないで!レディーはバイクにも乗れるってルパンで習ったわ」

 

「……まあ、手足が届くようになったら考えてあげる」

 

「約束よ!」

 

 

 

 

 

 

工作艦 明石

 

「さて、今日も今日とて、行くかー…」

 

「もう嫌…あれと次戦闘になったら帰れる保証はないのに…」

 

「帰ったらパンパカパーン、よ、頑張りましょう?」

 

「では、皆さんの帰還を信じてお待ちしています、いってらっしゃい」

 

絶対に勝てないと言うことがわかった今は、とりあえずデータ収集のみに全力を尽くしている

全員にビデオカメラを持たせ、交戦記録を残す

ただし出撃するのは紋章砲などの異常が確認されてないメンバーのみ

そして空母が向かうと艦載機を撃ち落としてから向こうから攻めてくるためメンバーには入れない

 

「明石!大変よ!」

 

「うぉっ、ど、どうしました?」

 

「クソ提督の容態が悪化してるの!」

 

「す、すぐ行きます!!」

 

 

 

提督はついさっきまで死んだように眠り続けていた

しかし今は苦しむように身を悶えさせ、顔色も悪く、呻き声を発している

 

「詳しい検査が必要ね、搬入予定の機材はどれくらいで届くの?」

 

「2日ほどかかります」

 

「…本土に行くほかないかしら」

 

「提督!夕張さん、提督の容態は?!」

 

「この通りよ、本土に行って精密検査を受けるほかないわ、だけどいきなり受けられる場所があるかどうか…」

 

「軍の施設はないんですか!?」

 

「…あるけど、ここは重要拠点で、待遇改善された、なんてことがどれだけ浸透してるかしら、本部出かけて擦りむいた艦娘とか、その辺の突き指を優先されていつまでも診察を受けられないかもしれない、検査なんてもっての外よ」

 

「…とりあえず連絡を取ります!」

 

「待って、私が連絡する、その方が話は早いし」

 

 

 

 

 

「とりあえず軍はダメ、本土の病院紹介させたけど…まあ、これも待ちがあるわ」

 

「普通こう言う場合は緊急性のある人間を優先するんじゃないんですか…」

 

「軍のメンツね、御偉方は自分以外は死んでも困らないもの、あなたたちの提督が死んでも美談にするわ、どこかの誰かのために順番を先送りにしてね…」

 

「………」

 

「明石さん!出撃してた艦隊が戻りました!」

 

「今それどころじゃなくて…」

 

「重要なことかもしれません、敵は報告のあったクリスタルに攻撃していました」

 

「クリスタル?…あの中にはクソ提督が…!」

 

「あ、どう言うことそれ」

 

「あれの中にはゲームの体のクソ提督が……ああ!もう!とりあえず出撃するわ!動けるやつは動きなさい!移動中に無線で話すから明石はここで待ってて!」

 

「アオボノ、漣と潮連れてきた」

 

「行くわよ!第七駆逐隊!」

 

「一航戦も出撃します、帰ったばかりで悪いけど阿武隈、高尾も用意して」

 

「わ、私は準備OKです!」

 

「はい!」

 

 

 

 

海上

 

「そう、あんたがゲーム内でみた姿まんまよ」

 

『それがクリスタルの中に…提督が苦しんでるのはそれが原因?』

 

「今まで苦しんでないとこをみると攻撃されてたって方が原因じゃない?とりあえず、退かせられるかしら」

 

『決して無理はしないようにお願いします』

 

「わかってるわ、ただでさえ8人でいつもと違うもの、無理はできない…」

 

「艦載機より報告!敵発見!未だクリスタルを攻撃しているそうです!」

 

「撃ち落とされてないのね!?」

 

「攻撃開始させます!」

 

「無理させないでよ!そろそろ目視できるわ!」

 

 

 

「クリスタル、だいぶん削られてる…!」

 

「まずいかもしれないわね、明石、容体は!?」

 

『変わらずです!』

 

「交戦開始!何としても止めなさい!」

 

「砲撃開始!」

 

「ダメです!全く反応しません!」

 

「ちょっと!気をつけて!クリスタルに当たったら元も子もないわ!」

 

「調整が難しいです…!」

 

「もう一度用意!てー!!」

 

「紋章砲は!?」

 

「全くもって作動の様子なしです!」

 

「ここで打ったらクリスタルごと消し炭よ!バカなこと言う暇があったら…曙!」

 

「うっ…!」

 

赤い十字架で曙が吹き飛ばされる

 

「曙!無理せず退きなさい!」

 

「…これは無理…」

 

十字架が大きく振り上げられる

 

 

『…ア゛ア゛ァ゛ァ゛…』

 

 

空気が凍った

 

敵も動きが止まる

 

全員の視線がクリスタルに集まる

 

そしてソレはクリスタルの上に立っていた

 

「でたなオバケ…!」

 

ゲームのクソ提督にそっくりな姿で

でも生きてない目でこの場を睨みつける

 

『……ア゛ア゛ァ゛……』

 

敵、スケィスは即座にそれへと狙いを変えて飛びかかった

 

オバケは両手に持った三叉の短刀でスケィスと戦闘を始めた

 

「…チャンスよ!早く曙の救助!撤退するわよ!」

 

 

『ア゛ア゛ア゛ア!!」

 

金属音がしたと思うと、私たちの前にクリスタルが飛んでくる

根本が綺麗に切断されていた

 

「持って帰れって訳!?…やってやろうじゃない!曳航の用意!」

 

「ワイヤーかけたよ!」

 

「どうやって浮いてんの…この重さ…!」

 

「全速撤退!」

 

「ぼのたん!敵追撃してくるよ!」

 

逃げ始めたこちらをスケィスは追い始める

 

「あーもう!オバケでもなんでも良いから助けなさいよ!」

 

その言葉に応えるようにオバケはスケィスを弾き飛ばした

 

「…すっご…」

 

「怪獣大戦…!」

 

「良いから逃げるわよ!」

 

それ以降振り返らなかったが、戦闘の音は映画よりも派手で、岩とか色々なものが飛んできた

 

私たちは追跡を恐れて変な方向に行ったりしながら時間をかけて鎮守府へと帰った

 

 

 

 

「…なんとか、帰ってこれたわね」

 

「…そうだね、ていうか重いんだけど」

 

「…うん、どうやって陸にあげようか…」

 

「……引きずるわよ」

 

 

 

 

「へぇ〜、これがゲームのご主人様?」

 

「確かに面影あるかもね」

 

「何言ってんのよ、これゲームのキャラよ?」

 

「あ、みんなお帰りなさい!交戦の連絡からずっと通信がなくて心配してたの」

 

「明石、クソ提督の容体は?」

 

「交戦の連絡から少しして安定したわ、それが例のクリスタルよね」

 

「……重いから動かすの手伝って、それとみんな集めてくれる?悪いけど敵の狙いはクソ提督、つまりこれみたいよ、いつここが襲われてもおかしくないの、それと曙も怪我をしたから医務室行きね」

 

「そう、わかったわ、とりあえずみんなを集めてくる」

 

「………迷惑かけてんじゃないわよ、このクソ提督」

 

 

 

 

 

 

 

数刻前

呉鎮守府

 

提督 三崎亮

 

「おい、ほんとかそれ」

 

「ああ、意識不明だったものたちが復活した、が、強い感情を暴走させているらしい、艦娘同士で襲い合う自体も確認された」

 

「…まるでAIDAだな」

 

「Aritificially Intelligent Data Anomaly、不自然な知的データ…か、これは現実でおきている、データではないな」

 

「なんでこうなったんだ?」

 

「交戦したスケィスがAIDA寄生体、もしくはそのものの可能性が高い、二次的な災害は今の所はそれまでだ、寄生されたものに襲われても、暴走した事例はまだない」

 

「……そこも気にはなるが…スケィスか…呼び戻さねぇとな」

 

「ゆらぎの件かね」

 

「…俺は碑文の力なしでスケィスと渡り合えた、なら、俺がやるべきだ」

 

「どうやってリアルに出る」

 

「………さあな、俺にもわかんねぇよ」

 

「アウラは、カイトがまだ連れている筈だが」

 

「……どっかに転がってりゃ楽なんだろうがな、と言うか余計なことして世界が割れたりしたらそれこそ本末転倒だ…な」

 

「存外側に居てくれるかもしれんな」

 

「そりゃ勇者の特権だろ?」

 

「君も勇者さ」

 

「…俺はただの野蛮人だよ」

 

「違いない」

 

 

 

 

 

同刻

 

駆逐艦 朝潮

 

私の目の前に、急にソレは現れた

 

「…え…?だ、だれ?」

 

全身がオレンジ色のつぎはぎの衣で、蒼くボサボサした髪を靡かせ、生気の無い目でこちらを覗き、跪いた

 

「……」

 

最初こそ驚いたが、不思議と安心した

私の味方だって思った

 

『…ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛……』

 

何を伝えたいのかが、なぜか伝わってくる

 

「…お願いします、司令官を助けてください」

 

青い炎がソレを包み込み、消える

私の騎士が

 

 

「………あらあらぁ……凄いもの…見ちゃったかしら…」

 

「そういえば同室でしたね、忘れていました」

 

「……私泣いちゃうわよぉ?」

 

「…他言無用でお願いします、私も何もわかってないので」

 

「朝潮ちゃんがそう言うならわかったわぁ…」

 

 

 

『………』



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舞鶴鎮守府

 

「完了したか?」

 

「はい、鎮静剤を打ち、拘束しました」

 

「…何が起きてるんだ」

 

「大本営はこれを過去の事例に準えてAIDA(アイダ)事件と呼ぶそうです、そして戦闘の際、怪我をした全ての艦娘を監視下に置くこと、できるだけ素早く全員拘束するようにと、そしてその子たちの手にかかったものも一応監視せよと」

 

「……まずい敵も出てきたとこだってのに」

 

 

 

佐世保鎮守府

 

「…成る程、状況把握した、これ頼むわ」

 

「これは?」

 

「大本営への報告、うちの復帰組は特に何も被害出てないしそのまま運用できるだろうしな」

 

「わかりました」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

「AIDA、ですか」

 

「北上さんも朧にも変化はないよね」

 

「手書きで、暴走の際はデータドレインを使うこと、と書いてありますが、果たして使っても良いんでしょうか」

 

「何も気にする余裕なんてないわよ、それよりも他所の方を助けたほうが良いんじゃないの?」

 

「腕輪の存在を知られるな、そう言われたでしょう」

 

「……はぁ…動けないのは歯痒いわね」

 

「アオボノちゃんも考え方が正義の味方になってきたね」

 

「…嬉しくないわよ」

 

「あれ?ぼのたん顔がにやけておりませんか?」

 

「…うるっさい!にやけてなんかないわよ!」

 

「痛い!ガチなやつはあいたたたー!!」

 

「誰の頭があいたたたーだ!」

 

「ちがっ!ほんとに痛い!は、はげちゃう!」

 

「アオボノちゃんやりすぎだと思うよ…?」

 

「やりすぎね」

 

「……ふんっ…」

 

「おー…私のツインテールが…頭皮が…」

 

「何おっさんみたいな心配してんのよ…」

 

「……警戒しておいて損はなさそうね…」

 

「明石さん大変です!」

 

「今度はなんですか!?」

 

「えっと、なんて言うんでしょう、あの水晶?の上に何かが!」

 

「何かって何!?」

 

「怖いオバケ!」

 

「何ソレ怖い!」

 

 

 

 

 

『………』

 

「…………」

 

『………』

 

「みんな勢揃いっていうか…なにあれ…」

 

「提督の入った水晶の上に、誰かたってる…っていうかあの時のお化け…」

 

「スケィスとの戦いで逃げるのを助けてくれたやつね…味方なのかしら」

 

「…というかよく見たらゲームの提督と似てるような」

 

「似てるなんてレベルじゃないわよ、ほとんど同じじゃない、あのつぎはぎはセンス悪いけど」

 

「………話せるのかなぁ…」

 

「あ、あの…」

 

『………』

 

「おーい…?」

 

『………』

 

「無視かよ…」

 

『………ア゛ァ゛…』

 

「うおお、消えた…」

 

「敵じゃないのかもしれないわね…とりあえず」

 

「そうだね、とりあえずは」

 

「…報告書、書かないと…」

 

「どう報告するつもり?」

 

「………わかんない…」

 

「…もう書かなくて良いんじゃない?」

 

「……そうだね、こんなこともう報告できないしやめとこう」

 

「業務放棄……」

 

 

???

 

??? ???

 

「…キミか」

 

『………』

 

「ありがとう、みんなを助けてくれて」

 

『…ア゛ァ゛…』

 

「アウラは、まだ目を覚まさないの?」

 

『………』

 

「…そっか、そろそろだと思ってたよ、でも、僕はまだ帰れないんだ、それまでキミにあの子達を…」

 

『………』

 

「キミなら、スケィスを解放できる、AIDAも取り除ける…AIDAさえ出てこなければ…全てはもっとスムーズだった…まさかモルガナがそこまで用意していたなんてね」

 

『………』

 

「わかった、またね」

 

 

 

離島鎮守府

 

「おおっまた出てきよったで」

 

「おーホントだ、こんなのがいたんだね」

 

「…怖い」

 

「まあでも、なんや?この…うーんこの人?でええんか?のおかげで助かったんやし、なぁ…?」

 

「そだね、みんなを助けてくれてありがとね」

 

「ありがとう」

 

『………』

 

「さて、朧も北上も病室戻ろか、朧に至ってはやっと車椅子でやったら外出れるようになったとこやもんなぁ…」

 

「思ったよりひどい怪我だったからね」

 

「そろそろ私は復帰できると思うんだけどなぁ」

 

「あかんあかん!まだ一ヶ月経っとらんで、そんなんで動いてまた怪我してみぃ…次は死ぬで」

 

「わかってるって…」

 

 

 

 

 

 

 

「うげぇ…これホントですか」

 

「大本営が送ってくる以上はそういうことでしょう」

 

「……感染リスクって流行病じゃないんですから…」

 

「阿武隈さん、この書類お願いします」

 

「なんですか?これ」

 

「カメラ持ちの人は怪我したことにして作った報告書です」

 

「へー…ソレなら提出できま…ン"ン"ッ!明石さん…名前が違います…」

 

「え?あってませんか?」

 

「阿武熊じゃなくて、阿武隈のクマはこっちです(隈)」

 

「あ、ごめんなさい、失礼しました」

 

「修正入れときますね、じゃあ確かに預かりました」

 

「はい、お願いします」

 

「明石さん、午前の哨戒終わったわ!」

 

「接敵なしですね、午後は鎮守府内で好きに過ごしてください、ですが、いつも言ってますが有事の際には動いてもらいますよ」

 

 

 

「…ほ…」

 

「お茶の質もそろそろあげましょうか」

 

「…いえ、このままで、提督がずっとこれを飲んでたので…戻ってきた時に変わってたら困るでしょうし」

 

「わかりました、ではそのままで」

 

「それより、龍驤さんって医学に詳しいんでしょうか?」

 

「どうしたんですか?急に」

 

「この前、本土に休暇に行かれた時に龍驤さんだけ医学書を買っていたらしくて」

 

「あら、てっきりたこ焼きでも食べ歩くのかと」

 

「曰く関東風は好きじゃないそうで…生まれも育ちも関東のはずなのに」

 

「本場の味を知ってるのでしょう、それにしても医学書ですか…医学を知らない子が買うものでもないですね」

 

「何より高いですからね」

 

「今度それとなく聞いておきます」

 

「お願いします、それと、来週にでも管理職側も休暇を取らないか、と曙ちゃん達から進言が…」

 

「しかし私たちが離れても良いものか…」

 

「そうなんですよねぇ…役に立たない私はともかく、精神的な支えになる鳳翔さんは…」

 

「いえ、それは逆ですよ、普段から頼られてるのは明石さんですから」

 

「いやいや」

 

「そんなそんな」

 

「…おもったより、お互いの自己評価をあげても良いのでは?」

 

「そのようですね、嬉しいことです」

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙(青)

 

「ねぇ、あんたなんか喋らないわけ?」

 

『………』

 

「…あんたがくれたコレ、助かってるわ」

 

腕輪には本当に助けられている筈だ、聞けばこれのおかげで意識不明を免れているらしい

 

『………』

 

「その…ありがと」

 

オバケは何も言わない

だからやりやすい

慣れて仕舞えばゾンビの見た目も気にはならない

 

『……!』

 

何かに気づいたように振り向き、炎に包まれて消えてしまう

 

「………哨戒班に連絡しとくか…」

 

まさかスケィスが出たのかと、緊張が走った

まあ結果としてその日に確認されることはなかった

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「侵入者だ!」

 

今日は何事もなかったのに急にこうなるとは

AIDAについての対策会議などもして、疲れたところにこれか

 

「とりあえず手荒に追い出してやれ、必要なら捕まえて営倉にぶち込めば良いから」

 

無線で適当に指示を出して一応現場に向かう

 

『提督!こっち来ちゃダメ!こいつ強いよ!』

 

「あ?なんだよ…まさかお前らが敵わねぇってのか?どこの特殊部隊だ?」

 

『1人しかいない!攻撃しても弾かれるし!今は那珂ちゃんが追われてる!』

 

「那珂が?」

 

うちの鎮守府の三番手だぞあいつは

それを追い詰めるか

 

「敵の特徴は?」

 

『なんか、オレンジで、青い炎が燃えてて…こう、とりあえずこの世のものとは思えないんだよ!』

 

「………それを先に言え!どこに行った!?」

 

予想が正しければ、また会うことになる、そう、今度は奴から出向いて来てくれたわけだ

 

『え、こ、工廠の方…』

 

「誰も近づけんな!やり合っても勝てねぇ!全員退かせろ!」

 

『那珂ちゃんはどうするの!?』

 

「俺がなんとかするからお前も離れてろ!」

 

 

呉鎮守府 工廠

軽巡洋艦 神通

 

「…グ……こ、来ないで…!」

 

『ア"ア"ァ"ァ"……』

 

「…無理………もう、こっチも…抑エが効かなイ…カラ…!」

 

「那珂ちゃん!逃げてください!」

 

様子のおかしい那珂ちゃんを医療棟に連れて行こうとした時に、ソレは現れました

私たちは報告の後に交戦しましたが、攻撃は何も効かず

残念ながら工廠に追い詰められた次第です

 

「神通チャン…逃ゲナキャ…先ニ……殺スヨ」

 

『ア"ア"ア"!!』

 

「ここか!おい待てお前ら!!」

 

提督、助けに来たつもりなのでしょうけど…状況が悪化しただけです…

 

「提督!逃げてください!私が止めます!」

 

「神通までいたのか、おい待てトライエッジ!」

 

『………ァ"?』

 

話が変わりましたね、どうやら知っている仲なのかもしれません

 

「………那珂か、お前感染してるな」

 

「…カ…ン……セン?」

 

「神通、離れろ、那珂はAIDAに感染してる」

 

「…例の大本営発表のウイルスですか、それの為に那珂ちゃんを見殺しにしろと?」

 

おそらく、あの幽鬼のようなのも、大本営の差金…そして那珂ちゃんを殺す…

 

「大丈夫だ、殺させはしない…AIDAに感染してるだけならなんとかなる、だが感染者にやられたらただじゃ済まねぇ!頼む!そこから離れろ」

 

「……お断りします、那珂ちゃんは私が助けますので」

 

『ア"ア"ア"ァ"…!』

 

「…やめろ、行くなよ、あいつらは仲間だ、手は出さないでくれ」

 

「………モウ…ゼンブ遅イヨ」

 

私は後頭部に強い衝撃を感じて意識を失いました

最後に見たのは、手に朱に染まったレンチを持った那珂ちゃんでした

 

 

 

 

「クソ!もう良い、やってくれ!」

 

『ア"ア"ッ"!』

 

AIDAに感染した状態だと、動きが格段に良くなる

そして艦娘の場合は艦種など個体差が大きくある

 

「クソっ…逃げに徹されたらいくらなんでも追いつけねぇ…!トライエッジ、お前に任せた!俺は神通を連れて行く!」

 

そして事態は最悪に向かった

 

 

 

 

「……っ…ここは…」

 

「起きたか、医療棟だ」

 

「提督…那珂ちゃんは」

 

「未だ逃亡中だ、とんでもないことをしてくれたな」

 

「………私は後悔していません」

 

「そのせいで犠牲が出てたとしてもか!?那珂はここだけで多数の仲間を手にかけたぞ!」

 

「……そんなわけ…」

 

「悪いが現実だ、お前はまだレンチで殴られただけだから戻ってこれたが…他の奴らは意識が回復しないだろう」

 

「何を根拠に…」

 

「もう、一週間経った」

 

「………そんな…」

 

「幸いにも、まだ民間人の犠牲は出てない、取り返しがつくのは今だけだ」

 

「何人ですか、那珂ちゃんが…手にかけたのは」

 

「川内を含め、16人」

 

「………嘘です!」

 

「現実だっつってンだろうが!」

 

「…嘘です…!そんなわけ…!」

 

「姉妹愛はいい、そんなこと後からいくらでも語れるだろ、お前はお前のやったことに対する責任を取れ、俺は、俺の仕事がある」

 

「…那珂ちゃんを殺せと?」

 

「殺せないだろうな、お前の実力じゃ無理だ、たとえここのエースだったとしてもな」

 

「っ…!」

 

「実力を否定されるとは思わなかったか?だとしたら自惚れんじゃねぇよ…お前は力はあったが心はただのガキじゃねぇか、被害を出す前に…終わらせられたのに…!」

 

「………すいません…」

 

「民間人に被害が出たら、お前の妹の命はないと思え、大本営も甘くねぇ、起きたばかりだろうが知らねぇ、さっさと立て」

 

「…」

 

「妹を助けたければ、お前が止めろ、時間を稼げ」

 

「…わかりました…提督…あの…その…」

 

「なんだよ」

 

「…あの…ごめんなさい、ありがとうございます」

 

「さっさと起きて支度しろ」

 

 

 

7日前

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「クソ…俺の判断ミスか…」

 

那珂は絶大な被害を出した

無防備に慕う駆逐艦たちを

心配げに駆け寄る軽巡の仲間を

そして立ち塞がった重巡、戦艦、そして空母を

 

艦隊はほぼ壊滅

残存したのはわずか8名

木曾、大井、朝潮、荒潮、由良、加古、霧島、そして神通

 

「残存兵力につぐ、固まって動き、那珂を発見次第逃げろ、戦っても勝ち目はない」

 

連絡の後に交戦はなく、海上にて目撃報告があった後、犠牲者たちを収容し始めた

 

「………クソ…!」

 

「提督、なんでこんなことになったんだ?」

 

「つい昨日発表されたAIDAに感染してた、理由はわからねぇが…とにかく、それに寄生されて、暴れちまったんだよ…!」

 

「提督、私達はもはや那珂を許すことはできませんが」

 

「待て、落ち着け、あいつらを助けることはできるんだ、だから早まるな」

 

「早まるなだと!?姉さんたちの仇すらとらせてくれないのか!?」

 

「死んでねぇだろ!」

 

「確かに死んではない、だが、殺されたのと同じだ!」

 

「ふざけんな!じゃあなんのために戦うつもりだ!」

 

「復讐です」

 

「そうだ、俺たちは復讐する」

 

「………」

 

なんの因果だ、次は俺が復讐を止めるのか

 

「止めてくれるなよ」

 

「止めるようなら、私は迷いなく引き金を引きます」

 

「じゃあ殺していけ」

 

「…後悔ないんだな?その言葉」

 

「…木曾、あなたがやることはないわ、私がやるから」

 

「仲間内で殺し合い、ましてや復讐なんてくだらねぇ、やりたきゃ俺から殺せばいい」

 

「どうして死ぬつもりなの?」

 

「今の俺には那珂を助ける力も、球磨や多摩、川内を助ける手段もないからだ」

 

「那珂を助けるだと!?あいつは悪くないってのか!?」

 

「悪くねぇよ、悪いのは寄生したウイルスだろ」

 

「ふざけんなよ…!」

 

「やはり話すだけ無駄ね、行きましょう」

 

「………」

 

今止めても、あいつらは止まらない

止め方を間違わねぇように…

 

「まずは…力だ」

 

 

 

 

「失礼します」

 

「朝潮か」

 

「……」

 

「どうした、荒潮は一緒じゃないのか」

 

「………」

 

「おい、どうした?」

 

「…………」

 

『…ア"ア"ア"ァ"ァ"…』

 

「トライエッジ…!なんで朝潮と…!」

 

「そういう名前なのですか?」

 

「…いや、ソイツは、カイトって名前だ、同じ名前のやつを知ってるから…俺はそう呼んでる」

 

「そうですか…やはり、司令官の…」

 

「…なんだ?何を言ってるんだお前…」

 

「…私の騎士です」

 

トライエッジは、朝潮の前に跪く

 

「……まさか…お前、アウラか!?」

 

「その名前は知りません、ですが、私は提督のお力になれると思います」

 

「………できるのか」

 

「恐らく…」

 

 

「…いいぜ、お前の望むことを叶えてやる、その為になんだってやる、だから」

 

俺に

 

「力を貸せ」



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死の恐怖

「神通、お前は那珂を探せ、見つけ出せばそれでいい、俺がなんとかする、いいな」

 

「…私には何も言う資格はありません」

 

「そうか、じゃあさっさと行け、見つけたら無線で連絡しろ、それから、発信機入りの弾が入った拳銃だ、振り切られる前に撃て、いいな?」

 

「わかりました、それでは神通、行きます」

 

「期待してるぜ、神通」

 

 

 

軽巡洋艦 神通

 

「姉さん…」

 

出る前に一目、と思ったけど、見るのはやめておきました

怖かったから

 

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「……よし、準備はいい」

 

「そんな姿でいいんですか?今の時期だと寒いかと」

 

「……まあ、コレが一番まともなんだよ、それにこの姿じゃないとあいつを出さないしな」

 

「そうですか、でも、こんなことが出来るなんて」

 

「俺も驚きだ、つーか、そうか…本当にまた出て来ちまったんだな…」

 

両手で顔を叩き、鏡を見る

目元の紋様

黒を基調とした衣装に赤と金の装飾

 

「…懐かしいな、2ndか」

 

「セカンド?」

 

「俺はあと2回変身を残してるってとこだな」

 

「古いです」

 

「事実なんだよ、さて、行くか」

 

「質の高いコスプレにしか見えませんね」

 

「朝潮、お前俺のこと嫌いだろ」

 

「あ、いえ、提督のお姿は司令官のと比べて安っぽいなと」

 

「お前ほんとに俺のこと嫌いだろ…」

 

「皆さんを呼びますか?」

 

「誰も残ってないだろ、どうせ」

 

「そのとおりです」

 

「……やっぱお前俺のこと嫌いなんだな」

 

 

 

 

海上

 

「やっぱ、コレが出てくるよな」

 

コツコツと足を鳴らす

六角形の半透明な足場が見え隠れする

 

「…まずは木曽と大井だ、今の俺なら、止められる」

 

艤装についた発信機を追う

那珂に関しては艤装を持っていない為に追えないが

 

「バイクで行くか」

 

バイクを一台海に投げ捨てたのは別の話だ

 

 

 

 

 

「よお」

 

「……誰だお前」

 

「………なんで微妙に浮いてるのかとか、その変な格好は何かとか聴きたいですが、邪魔するなら提督とは言え殺します」

 

「提督なのか?」

 

「ああ、俺だ、訳あってこんな姿だが…説得しに来た」

 

「…ハハッお前バカなのか?そんな格好になっても何もかわらねぇよ、お前に何ができるんだ?」

 

「…お前らを止められる」

 

「冗談は嫌いです」

 

「冗談じゃねぇし、お前らをここでぶちのめして止めてやってもいいんだぞ」

 

「ハハハハハ!いいねぇ!姉さん…殺しても恨むなよ!」

 

「提督…どうしても退かないのですね」

 

「ああ、もしお前らが俺を殺せると思ってるなら、それは大きな間違いだぜ…御託はいいからさっさとかかって来い!」

 

「お望み通りやってやる!」

 

「20.3cm連装砲か、正直積ませたことを後悔してるぜ?」

 

「消し炭になりたくないからか?もう遅い!」

 

木曾の砲撃も、本来こんな接近戦でするものではない

それに、こっちは行くとこまで行った違法改造PC(プレイヤーキャラクター)ものともしない

 

「違う、取り回しの悪さだな、単装砲の方が狙いもつけやすいだろ、お前には少し重いんじゃないのか?」

 

「…何をした」

 

「何にも、俺も今は人間じゃねぇんだわ」

 

実際この体はデータ、回復アイテム一つで治る

以前現実に出た時なんか飲み食いするだけで回復する始末

 

「一撃で仕留めない限り倒せねぇよ」

 

「じゃあ一撃で仕留めさせていただきます!」

 

接近して酸素魚雷を至近発射か

 

「馬鹿、魚雷発射管が壊れるだろ、今誰も治せねぇんだぞ、もっと大事にしろ」

 

腕を掴み、締め上げる

 

「っ…離しなさい!」

 

「お前、戦いたくないんだろ、やめとけよ」

 

「そんなこと…!」

 

「…そうだぜ姉さん、俺がやる、提督、さっさと姉さんを離せよ」

 

「ああ、大井、離れとけ」

 

「……どうする、死ぬまでやるか?」

 

「…悪いけど、お前は動けなくする、艤装を全部ズタズタにしてから引きずって帰る」

 

「できると思ってんのか?」

 

「できるんだよ、さっきまでのみててわかんねぇのか?」

 

「わからないねぇ…あいにく俺は馬鹿なんでね!」

 

砲撃をしながら後退

遠距離武器を見せてない俺には正しいだろうな

 

「馬鹿正直なだけだよ、お前は」

 

背中に手を回し、大剣を引き摺り出す

 

「…なんだよそれ」

 

「武器」

 

刃に当たる部分にサメの歯のような細かな刃があり、それぞれがチェーンソーのように回り始める

 

「…イかしてんな」

 

「負けたらくれてやるよ!」

 

弾をかわしながら木曾との距離を詰め、砲塔に刃を押し当てる

激しい火花とともに金属音が鳴る

すぐに砲塔が一つ切り落とされる

 

「チッ…本気かよ…」

 

「怪我しないうちにやめとけ」

 

「…嫌だね、那珂は殺す」

 

「球磨たちは俺が連れて戻ってきてやるから」

 

「…納得できない」

 

「じゃあ納得させてやる、那珂にも頭を下げさせる」

 

「そんな事当たり前だ!」

 

「その為に、殺させねぇよ」

 

「やってみろ!」

 

 

 

結果として木曾は砲を失っあと飛びかかってきた、最後には大いに引き摺られ、鎮守府へと連れ帰ることに成功

目的は果たした

 

「…提督、私は信じてますから」

 

大井にはそういわれたが、正直球磨達をすぐに直す手段は見つかっていない、また再誕に頼るほか、ないのかもしれない

 

もっとも再誕は失われたままだが

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 神通

 

「那珂ちゃん、お願いします、話を聞いてください」

 

「イイヨ!なんでモ聞いテあげル」

 

なんだ、妹は、話せるじゃないか

油断した

 

「鎮守府に戻りましょう?みんな待ってますし、何より謝らなきゃ…」

 

「ソウダネー、良くないコトしちゃっタ!」

 

普段と同じに見えた笑顔

 

その背後に黒い泡が見えた時、ようやく私は気づいた

油断しちゃいけなかった

 

「…えっ」

 

那珂ちゃんの手には、クナイのようなソレが握られてて

ソレは私の片腕を落として

 

「………あ、ああっ…ー!!!」

 

気づいた時には、真っ先に恐怖して

その姿を、私を見て那珂ちゃんは笑ってて

 

「ごメーン神通チャン、モウ、遅イヨ?」

 

そして次の瞬間には私を無慈悲に追いかけてきた

私は、落ちた腕を拾い、必死で逃げたのに

逃げられるわけがないのに

 

「ナンデ逃げるノー?神通ちゃ〜ン!」

 

向こうのほうが早くて、すぐに肩を掴まれて

 

「もう、捕まえタ!」

 

私のよく知る那珂ちゃんの笑顔で

知らない顔をしながら

 

私を殺そうとしていた

 

「ねぇ、何してんの?」

 

 

 

雷巡 北上

 

鎮守府近海の哨戒

ソレが今日の仕事だった

 

何かが聞こえた気がしたから通信を入れて、そっちに向かった

そして、見てしまった

 

「ねぇ、何してんの?」

 

姉妹を殺そうとする

ありえない話だけど、目の前で起こってる、止めないわけにはいかなかった

 

「…ミツケタ…お前…オマエダヨ…」

 

「…那珂?」

 

「北上さん逃げて!那珂ちゃんは操られてて…!」

 

必死な顔でたたえようとする神通の顔はすぐに水没した

 

「息出来ないよ、離しなよ」

 

「ドノミチ、殺スから…イイヨ」

 

那珂じゃない

遅いけど、やっと気づいた

誰なんだこいつは

 

『呉に連絡入りました、応援が向かうそうです、こちらからも出します』

 

「やめて、中途半端なのがきたらやられる…戦艦と空母の陸上支援でよろしく」

 

『わかりました、それから那珂さんは例のウイルスに寄生されています、気をつけてください』

 

「ねぇ那珂、そんなのより私と遊ばなくていいの?」

 

「…ソウダッタ…早く…速く、疾く…ハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤク!」

 

「相手してあげようじゃないか」

 

戦いは劣勢だった

前回のようなスイッチが入ってるわけでもなさそうなのに

恐ろしく強かった

 

「ッ…!」

 

魚雷を撒いてもそれを物ともせずかわし、クナイで斬りつけられる

というかクナイでは無い、黒い泡のような

 

「弱い?弱いヨ?弱いっテ、ナンデ?ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ?」

 

子供のように笑いながら聞いてくる

目は殺しに来てるけど

 

「本気とかそんなレベルじゃ無いね」

 

単装砲を向けて、放つ

正確に狙いをつけ、間接を狙い連射

ソレをクナイが呑み込む

 

「…嘘でしょ…」

 

「…コンナモノ?」

 

不味いなぁ…勝ち目無いじゃん

 

「イッきマース!!」

 

クナイを大きく振り上げ、迫り来る

 

「ダメかぁ…」

 

空間に何かが刺さる

大きな剣のようなものが、何もない虚空に確かに刺さり那珂との間に壁を作る

 

「よぉ、那珂、今度は逃さねえ」

 

「…ンー?ファンの人ー?」

 

「俺だ、提督だよ」

 

提督ってみんな化け物か何かなのかな

 

「提督ゥ?そっかー、ジャマシニきたのー?」

 

「そうだ、邪魔しに来た、帰るぞ」

 

「帰らないよー、というか、シンデ?」

 

標的が変わり、那珂が自称提督に迫る

 

「おい!今のうちに神通を!」

 

そういえばそうだった!

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

「っしゃあ!」

 

「ねぇ提督、ナンデ強いノ?」

 

「さあな、俺もオマエと同じとこから出てきたからかもな!」

 

「………シネ」

 

大剣を大きく振るい、那珂を吹き飛ばす

 

「そら、追撃だ!」

 

護符を振るい光線を飛ばす

 

「ったく便利だな、なぁ?おい、もう満足したか?」

 

「…コロス」

 

「那珂、お前は今すぐ助けてやる、だから俺と一緒にあいつらに謝りに行くぞ」

 

近づいてきた那珂を大剣でひっかけ、海面に叩きつける

 

「よし、今だ!」

 

まばゆい光が那珂を包む

 

『………』

 

「AIDAは消えたか?」

 

『…ア"ァ"…』

 

「…ふぅ、助かったぜ、サンキューな」

 

トライエッジは炎に消えていった

とりあえず那珂はコレでいいだろう

神通や木曾は納得してくれるといいが

 

深くは考えず那珂をつれて、呉に戻った

 

 

 

 

「…よし、こっちに戻れるだけ楽だな」

 

キャラクターの方を帰し、自分の体に戻る

 

「那珂、どうだ」

 

「………」

 

何も言わない、どうやら記憶があるらしい

 

「お前は悪くない、とは思うが、周りは許せないだろう、謝れ、俺も行くから」

 

「謝って償えるものじゃないよ、コレは」

 

「そうだな、お前は周りの信頼を弄ぶように、甚大な被害を出してくれたわけだ」

 

「………提督」

 

「言うな、とりあえず木曾と大井だ、あの2人に許してもらわない限り他の誰にも謝れない」

 

 

 

「本当に、ごめんなさい」

 

「この通りだ、俺からも頼む、許してやってくれ」

 

「………なんで許さなきゃならないんだ?球磨姉さん達はいまだに帰ってきてないぞ、どうしてくれるんだよ」

 

「提督、姉さん達を、連れて帰ってきてくれるんじゃなかったんですか?」

 

「必ず治す、約束する、だから頼む、今はこいつを許してやってほしい」

 

「ふざけんなよ!なんで…こんな事に!」

 

「姉さん達が帰ってこないなら、私は川内にとどめを刺します」

 

「それはやめて!お願いだから!私はどうなってもいいから…川内ちゃんは…!」

 

「今寝たきりになってるのは誰が原因なんですか?わかってますか?貴女なんですよ?」

 

「…わかってる、あの時の私は…」

 

「どうかしてたって?ふざけんなよ?あの時だけーなんて言ってたら許されると思ったのか?」

 

「木曾、大井、お前たちが感染してたかもしれないんだ、誰でも起こりうる事だった」

 

「そうかよ、だからなんだ?運の悪い那珂を許せってか?」

 

「叶わぬ相談です」

 

「球磨達は、俺が命に変えてもなんとかする、だから待ってくれ」

 

「どれだけかかるんですか?」

 

「断言することはできない、だけど頼む」

 

「もし、本当に治ったなら、改めて話を聞きます、それまでは視界に入らないでください、不愉快です」

 

「那珂、お前が1人であるのを見かけたら、容赦なく殺してやる」

 

 

 

 

「………」

 

「あいつらも優しいな」

 

「…何言ってるの、頭おかしくなっちゃった?」

 

「俺と一緒に、川内や球磨を治せって言ってたんだよ」

 

「……あ」

 

「いい仲間に恵まれてんだよ、お前は、ほら、早く解決策を探すぞ」

 

「…うん!」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

「私が出たと思ったらすぐ埋まるんだから退屈しないよねここ」

 

「…両手があれば負けませんでした」

 

「負け惜しみはいいからさ」

 

「………悔しいんです」

 

「そっか…」

 

「神通さん!貴女ここに厄介になってる身なのに連日夜中まで格ゲーするのやめてください!」

 

「…だって、勝てなくて…そうだ、この拘束を外せば…」

 

「そっちの手はまだくっついてないからダメー!!」

 

「那珂が元気ってわかった途端コレだもんね、大物だわコリャ…」

 

「そろそろ寝てもいいですか?」

 

「ごめん朧ちゃん!ほら、北上さんも行きますよ!またあしたね!」

 

「じゃあねぇ〜」



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リセットボタン

呉鎮守府

 

「AIDA感染者を救う手段か」

 

「…元凶の方はとりあえず取り払ったはずだ」

 

「しかし回復しない、興味深い話だな」

 

「そもそも那珂がどこで取り憑かれたかもハッキリしない」

 

「スケィスではないと?」

 

「……わからねぇ」

 

「君の手にスケィスが戻りさえすれば、話は飛躍的に進む」

 

「そうだな、AIDAに対する対抗策がいる…」

 

「日下君でも呼ぼうか」

 

「…あいつらは巻き込みたくねぇな、知成なら良いけどよ」

 

「彼とて今はサラリーマンだ、難しいだろうな」

 

「……はぁ…」

 

「今回は、再誕はない」

 

「分かってる、リセットボタンはもう押し飽きた」

 

「民間人への被害もいつ出るか分からない」

 

「ソレもわかってる……わかってるよ」

 

「まあ、だが、私の知る事例では、現実でデータドレインを放った愚か者がいてね」

 

「…何?」

 

「無事に未帰還者を複数復帰させた、ちょうど佐世保でそんな話を聞いたね」

 

「………なるほどな…いいぜ、まずはスケィスだ」

 

「1人でやるつもりかね」

 

「ああ、俺がやる」

 

「せめて、君を慕うものを連れて行こうとは思わないのか?」

 

「恨まれはすれど、慕われてはねぇよ」

 

「………相変わらずだな、君も」

 

 

 

 

 

「提督」

 

「那珂、お前は残れ」

 

「…那珂ちゃん1人で残ってたら殺されちゃうよ」

 

「………めんどくせぇな…邪魔にならねぇようにしろよ」

 

「提督、何か解決策は見つかりましたか?」

 

「…大井、ああ、可能性はある、十分だ」

 

「件の新種ですよね」

 

「……盗聴器か?」

 

「まあ、何もせず待つのは嫌いなもので」

 

「…他言無用だ、お前らの首が飛ぶ」

 

「まあお優しい」

 

「…俺の首も飛ぶんだよ」

 

「それより、私も連れていってください」

 

「なんでだ」

 

「なんでもです、木曾さえいればここは回ります、何もやることがないので」

 

「………お前も言い出したら聞かないし、仕方ねぇか」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

工作艦 明石

 

「…いや、やばいの来るね」

 

「ここが気づかれましたか」

 

「…多分」

 

「とうとう、来るかなぁ」

 

高台から遠見をしていた北上さんが戻ってくるなりそう言った

 

「ま、覚悟は決めたから、陸上からの射撃用の設備も整ったし、嬲り殺しよりはマシなんじゃないの?」

 

「…はぁ……司令部より総員に、全員沿岸に艤装をつけて展開、機銃配置についてください、それから北上、曙2名、金剛、扶桑、高雄の六名は港より展開、交戦の際に最前線で戦っていただきます、コレは訓練ではありません、以上です」

 

「…よし、行きますか」

 

 

 

 

 

「確認!前方に居ます!…すごいスピードで迫ってきてます!」

 

「まだ全員展開できてないのに…撃ち方始め!」

 

「他所の鎮守府に救援依頼出しました!」

 

「砲撃狙え!てー!」

 

「第一艦隊に連絡!敵右舷!敵右舷!」

 

『了解、今向かってる!』

 

「誤射に注意して!」

 

「応援どこも出せないそうです!」

 

「もとより間に合いません!艦載機発艦せよ!」

 

「第一攻撃隊発艦しました!」

 

勝てない戦いを、挑む

 

当たろうとも物ともせず迫る不死の石の化け物

 

「第一艦隊交戦開始!射線を上げて誤射を防いで!」

 

「…北上さん達が嬲り殺しにされます!」

 

「………」

 

無力、どうして何もできないの

 

 

「…呉鎮守府から応援が来るそうです!」

 

「…そうですか」

 

『呉!?呉って言ったね今、あそこなら可能性あるよ、提督と同類だから!』

 

「同類ってなんですか!?」

 

『ゲームから出て来る組!可能性は十分あるよ!』

 

希望が差し込んできた

 

 

 

 

 

雷巡 北上

 

後方が騒がしい

見る余裕はないけどバイクのような轟音がする

 

「会敵!戦闘開始します!」

 

「大井っち!?ここ不味いって!」

 

「本土決戦一歩手前みたいになってんな…」

 

「言ってる余裕はないよ!」

 

「俺から行く!お前らは後方から支援しろ!」

 

なんか前回より悪役チックな見た目してるのが呉の提督かな

 

「巻き込まれないようにしろよ!」

 

 

思ったより状況は良くはならなかった

結局のところ化け物は化け物だし、不死は不死

 

だけど正面から殴り合ってる呉の提督も全く動じ無い

何発叩き込まれてるのか、逆に何発叩き込んだのか、此方も砲撃の手を緩めてい無いのに

 

スケィスが十字架を大きく振り上げる

コレが本能的と言うやつか、危険信号が鳴り響く

 

「不味いよ!逃げ…」

 

海面に突き立てられた十字架から大きく衝撃波が立つ

地面から大きな岩が何本も隆起し、崩れる

岩が雪崩のように降り注いでくる

 

「報告して!みんな無事!?」

 

「扶桑、金剛無事です!」

 

「曙、高雄問題ないわ!戦闘続行するから!」

 

「こっちも問題ないわよ!」

 

「大井っち!?大丈夫!」

 

「私は問題ありません!那珂さんが…」

 

「じゃあ退いて!早く!」

 

あれだけ派手な攻撃で被害一枚なら大丈夫

 

「次に備えて!」

 

「!紋章砲作動しました!」

 

「こっちも!」

 

「了解!呉の提督!一回離れて!そこ吹き飛ばすから!」

 

「あぁ?!…ちょっまじか!」

 

やっぱあれ人間じゃないよね

普通に5mは飛び上がったよ

 

「紋章砲撃つわ!」

 

「てー!!」

 

こっちも最大限派手な攻撃を選んだんだ

効いてなきゃ困る

 

「…よし!あの崩れたところに打ち込みなさい!」

 

スケィスの体の一部が崩れた

外皮が剥がれたように、緑色の線が中身を構成しているのが見えた

そして、そこから覗いてるのは何よりも深い黒で、吸い込まれるような黒で

 

「…AIDA…?」

 

「AIDA寄生体…やっぱりか…!」

 

「アオボノ!データドレインいける!?」

 

「やってやるわよ!」

 

アオボノが紋章を展開する

 

「…今度こそ効きなさい!」

 

データドレインはスケィスを貫ぬいた

確実に

 

「…今か…!来い!」

 

 

 

提督 三崎亮

 

AIDAが取り除かれる

今なら、行けるか

 

「…来い…!来いよ…!」

 

スケィスに向かって突っ込む

 

「ちょっ!?」

 

鼓動が早まる

体にまとわりつくような熱をを感じる、紋様が浮かび上がる

 

「来た…来た…!」

 

取り込んだ、これでようやく対等だ

 

「スケェェェェィス!」

 

現状の特効薬を手に入れた

 

「………撃ち方止め…スケィスは?」

 

「俺が回収した、もう危害は加えさせねぇよ」

 

スケィスが消滅し、体の紋様が消える

 

「回収?何をしたの?」

 

「手元に戻しただけだ、これは俺の力だ」

 

「…つまり、アンタが私たちを危険に晒したわけ?」

 

「違う、これが出てくるなんて思ってもみなかった、この身体も、スケィスも、全部ネットの中のものだ」

 

「じゃあ自分は悪くないと?」

 

「ああ、俺はこいつをこっちに呼び出したりはしていない、俺以外の何かが連れ出した」

 

「でもそいつに私ら色々されてるんだけど」

 

「それについては、悪いが俺の管轄外だ」

 

「…こっちの資材はもうボロボロなんだけど」

 

「それについては、本当に悪かった、今度補填するわ」

 

「…ならこれ以上被害が出ないようにしないとねぇ…ここも知られた事だし」

 

「報告書にきっちり書いとくぜ、やっぱり異常個体を従えてるってな」

 

エフェクトを浮かばせた駆逐隊、肩慣らしにもならない相手だ

 

「詫びと言っちゃなんだが…見せてやる!」

 

再び文様が浮かび上がる

 

「俺は…ここにいる!スケェェェェィス!」

 

俺の背には手に大鎌を携えた、機械的な死神

今度は自分の意思で操れる

 

「これが、俺のスケィスだ」

 

「…斬りかかってこないでね」

 

 

 

雷巡 北上

 

「はっや…」

 

先程までの速度よりも速く、確実に敵を斬り刻む

 

「せっかくだ、こいつも見ていけ!」

 

スケィスが高く飛び上がる

 

「これが、データドレインだ!」

 

どちらかといえば紋章砲に近いものの、その場の何もかもが改変されていくのがわかる

 

「…なるほどねぇ、潜水艦型、か」

 

足元にぷかぷかと浮かぶ、キメラを見る

 

「らしいな、これもまとめて報告しとく、それと…那珂と神通を、少し頼む」

 

「こんなの見せられた後だと脅しにしか聞こえないね」

 

「じゃあ脅してんだよ、とりあえず頼むわ」

 

「あいよ、どこ行くの?」

 

「意識不明者を助けられるか試しに行く」

 

 

 

 

 

軽巡 木曽

 

「うおっ!?」

 

窓からの光が遮られたから外をチラリとみた

そうすると巨人がこちらに腕を向けているではないか

驚かない方が無理という事だ

 

「木曾、離れろ、巻き込むぞ」

 

「な、提督か!?何をする気だ?!」

 

「治療だ」

 

「嘘つけ!」

 

病棟に大砲突き付けながら言ってるのと何も変わらない…いや、もはや同じだ

 

「大丈夫だって、心配すんな、約束する」

 

「………試した事は?」

 

「ない」

 

「他の策は」

 

「…データドレインだけならトライエッジにやらせればよかったか…しまったな、もっと簡単な方法があったか」

 

「な、なぁ、提督?」

 

「まあとりあえず、やるから離れろ」

 

「チッ!失敗したら覚えとけよ!?」

 

 

 

 

結果としては、みんな意識を取り戻し成功だったのだが

 

「鎮守府に大穴開けてどうするんだよ……はぁ…」

 

まあ、衰弱してたこともあり、普通病院へと全員移された

 

「……すまん、襲撃があった事にしとくわ」

 

「………秘書艦はやらねぇぞ…1人でやってくれ」

 

「…なんか好きなもん買ってやるから」

 

「ガキか!?俺は…!」

 

 

 

この件の謝礼として、不釣り合いながらも大剣をせしめたので、それはそれでよしとしておく

 

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

くにへ かえるんだな。

おまえにも かぞくがいるだろう....

 

「いや、そのガン待ちは許せません…」

 

「那珂ちゃんには聞こえませーん」

 

「…スクリューパイルドライバーさえ…」

 

「あの、お願いなので、病室で遊ぶのやめてくれませんか?」

 

「あと一試合だけ…」

 

「那珂ちゃんはもういいんだけど…」

 

 

工作艦 明石

 

「何で神通さんも那珂さんも遊び呆けてるんでしょうかね?」

 

「知らない、というかもう営倉にほりこんどきゃいいと思うよ」

 

「……一応重症だったので」

 

「………はぁ」

 

「あ、そういえば、確か入院してる人は日替わりを食べましたよね」

 

「どうしたの急に」

 

「朧さんが喜ぶっていって、海鮮丼パフェが…パフェ丼でしたっけ」

 

「………あぁ、地獄ね」

 

「一航戦スペシャルとか、雷寿司といい勝負してますよね」

 

「…明日明後日の日替わりって…」

 

「加賀さんと赤城さんが明日、雷さんと電さんが明後日ですね」

 

「……2日ほど休暇をいただきます」

 

「もう大量に申請を受理しましたので、ダメです」

 

「…ところで、明石がキャリーバッグなんて珍しいな、これからお出かけ?」

 

「以前から言われていた休暇を、午後から取ろうかと、この件に関しては呉が全て負担してくれるらしいので仕事も減りましたし、鳳翔さんと間宮さんと、3人で」

 

「待って!その3人がいないと死ぬ!主に食事面で!」

 

「お残し禁止のチャレンジメニュー、そして謎の海藻で作られたお寿司…頑張ってください」

 

「……冷凍食品とか」

 

「うちにはレンジありませんよ、オーブンもガスですし」

 

「だよねぇ……」

 

「ところで、今日の午後からですから、今日はお米だけなら食べられますけど…明日明後日は誰が炊くのでしょうか?」

 

「………天使の囁きとも、悪魔の叫びとも聞こえる言葉だね」

 

「お米がないとあきらめるのか、それとも生煮えの米を食べる事になるのか」

 

「………ごめん急用ができた」

 

「…お米の炊き方くらい調べればいいのに…」

 

 

後日、私たちが帰った時には大井さんが奉られていました

 

 

 

 

雷巡 北上

 

「さて、やるかー」

 

日課の夜間訓練

お相手は鬼の神通こと神通さんでお送りしますっと

 

「よろしくお願いします」

 

「……」

 

雰囲気が違う

この時間だから砲撃も雷撃もなし

許された行動は肉弾戦、もしくは訓練用に作られた特殊な艤装

単装砲の代わりにということで拳銃の形をしてるし、重いし、弾は五発だけ

更に装弾も一回ずつの手動

精密な射撃スキルと、確実な制圧力を求められる

 

「行きます」

 

「うわっ!?」

 

たしかに開始地点は近い

だけどそんなはこと関係ないくらいに素早く詰めてくるし

おそらく普段から肉弾戦をしてる

迷いない掌底

 

那珂の時と変わらず距離を取らなきゃ交わせない

しかも

 

「何で水上で跳んで走ってるのさ」

 

「私はあなたのジャンプで旋回する動きを見て思いついたので」

 

今一応実践形式だから標準の重さがついてるんだけどなぁ

 

「おっも…!」

 

掌底を防いでも、腕が痺れるし

これで片手封じてるってどういう事

 

「やられっぱなしがお好きでしたか?」

 

「それ安い挑発にもなってないよ」

 

砲撃だったら弾かれる

わかる、当たらない…

 

「撃たないなら私が撃ちます」

 

頭に向けて一発

 

「っぶな…!」

 

そしてそのまま飛びかかられる

 

また肉弾戦…

いや違う

 

「油断しましたね、次発装填済みです」

 

胴体にクリティカルでもらった

 

 

「…勝てないよねぇ…なんでかなぁ…」

 

「何で、攻めてなかったんですか?」

 

「…いや、あそこで飛び掛かったら負けだし、撃っても当たらないし」

 

「…堅実なのはよくわかりますが…攻める機会を作る、それを心得るべきだと思います…私は五発のうち二発を使いました、一発はあえて外しましたが…一撃で確実に仕留めました」

 

「それに対して私は撃ってすらない…確かに保守的かもね」

 

「肉弾戦は普段するものではありませんから、必要ありませんが…演習のような奇抜な攻め方をするために、盤石な土台を作る戦法も、知るべきだと思います」

 

「確かにね、良い勉強になったよ」

 

道がまた見えてきた

そして足跡を思いっきりつけてやった

 

また、踏みしめるんだ、この道を

 

「それでは、私は病室に戻ります」

 

「呉の鎮守府、早く直るといいね」

 

「そうですね、すぐに直るとおっしゃってたので、そこまで時間はかからないと思います」

 

 

 

 

 

 

 

『スケィスが奪われた…?倒されたのではなく、奪われるなんて…信じられませんが、現実のようですね、ですが、AIDA…これは使える…この海に放つだけで、幾らでも…ふふふ…もう邪魔はさせません』

 

 

 

 

元勇者提督 

vol.1感染拡大

終了

 

プレイ時間 58:25:23

データをセーブしますか?

 

 

クリア特典 新モードが解放されました

 

 

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EXコンテンツ
番外 PKKとキソ


単話 番外になります
※基本的に本編とは時間軸が異なります
※キャラクター崩壊をすることがあります
※.hack//におけるパロディモードのような描写、設定を使うことがあります
※物によっては本編の補完などもします
※番外だと関係する、もしくは影響を与えない設定などと考えてください


スケィスを倒し、束の間の平和を楽しむ世の中

呉鎮守府にて

 

雷巡 大井

 

「おーい、提督!」

 

「あーもう!うっとおしいな!お前今日何時間やったんだよ!?」

 

「………」

 

最近妹と提督が大変仲がよろしいです

正直凄く不愉快です

 

「今日も俺たちで暴れてやろうぜ!」

 

「…お前の誘いなんか乗らなきゃよかった…」

 

 

 

遡ること数日前

 

提督 三崎亮

 

「へぇ、提督もこれやってたんだな」

 

「おう、The・Worldは俺も結構やりこんだよ」

 

「リビジョンは?一番古いやつとか言うなよ?」

 

「R:2(リビジョン2)の頃だな、1もやってたらしいんだけど覚えてねぇ」

 

「へぇ…お、そうだ、昔やってたなら今のバージョンにキャラがコンバートできるじゃねぇか、よかったら一緒にやろうぜ!」

 

「んー………まあ、いいか」

 

軽い気持ちで乗った

俺のキャラは違法改造を施され、適応できないだろうし、エラーで終わる予定だった

まあ、コンバートできても特にやり込む予定はなかったが

 

 

「おお、提督か?」

 

「……お前、リアネはやめろよリアネは…」

 

「別にキソなんていくらでもいるだろ、つーか提督もその口だったんだな」

 

「ん?何がだ」

 

「名前だよ、その名前っていやぁ昔偉く有名になったやつに似てるだろ、ほら、最近また復帰したって有名な…」

 

「………あ?」

 

なんか嫌な予感がする

 

「ほら、ハセラだよ、PK100人斬ったって奴」

 

「だから……ラじゃねぇよ!ヲだよウォ!なんで揃いも揃って間違えるんだよ!」

 

「あー?そうだっけか?いや、でもこの前見た時…つーか、ハセヲだったら提督のキャラと同じ名前になんだろうが、あり得ないね!ハハハ!」

 

「お前いつか痛い目に合わせてやるからな」

 

「やってみなって…お?折角だし今のThe・Worldを案内してやるよ!丁度PK狩りやってるみたいだし」

 

「PK狩り?」

 

「ああ、PK、つまりプレイヤーキルをしたことのある奴らを狩るんだ、別に罰則とかもないからただのイベントだし、こっちもやられる可能性があるからセーブはマメにしといてくれよ」

 

「……ちなみにお前はどっち側だ?初心者狩りとかしてねぇだろうな」

 

「した事ねぇよ…そんな睨むなって」

 

「そこまで腐ってたら蹴っ飛ばしてやろうかと思った」

 

 

 

「…PK狩りって名目でただのPvPじゃねぇか」

 

「そりゃPK自体不意打ちとかじゃない限りただのPvPだし、結果キルして相手に損害与えたりするからPKなんだろ」

 

「しかも狩られてる側のがレベル低いぞ?いや、レベルだけじゃなく数も少ない…どっちがPKしてるんだかな」

 

「随分捻くれてんな」

 

「表向きの正義にご執心じゃねぇんだよ、小学生じゃあるまいしな」

 

「…オープンチャットなら敵が増えてるとこだぞ」

 

「ところでよ、あっちの陣営に行くにはどうするんだ?」

 

「PK側にか?やめとけよ、多勢に無勢だぜ」

 

「…それを覆すのが面白いんじゃねぇか」

 

 

 

「出たぞー!PKKだー!!」

 

 

「おっ、向こうに加わる前に見てけよ、あれがさっき言ってたヤツだ」

 

「……本当に名前ハセラなんだな、商売じゃないけど商品掲示法に触れねぇのか?」

 

「俺からしたらこっちのセリフだぜ」

 

「………なんか腹立ってきたわ、木曾、悪く思うなよ」

 

「おい!提督お前向こう行きたいからって俺をPKしてくことはないだろ!?」

 

「悪いな、代わりにいいもん見せてやる」

 

 

 

 

 

悪趣味な黒い装備で揃えたヘンテコPC

アレが今回の狙いだ

 

「おい!」

 

「なんだお前」

 

「PKKに決まってんだろ?」

 

「……ハセラって名前、ダサいと思わないのか?」

 

「んだとてめぇ!」

 

「さて、俺にまさかKが一つ増えることになるとはな…」

 

「ああ!?」

 

「俺はハセヲ、行くぜ!」

 

 

 

「……呆気ね……なんでこれで名を上げられたんだ…?ネギ丸のが強いぞ」

 

「マジか!やられたぞ!」

 

「折角いい装備集めたのに!」

 

「いいからやれ!アイツをやれば名が上がる!」

 

「……まあいいか、来いよ、相手になってやる!」

 

結果として、PK陣営の圧勝に終わった

R:2時代の武器は火力に補正がかかるし、俺のキャラは火力以外にステータスを振っていない、生半可なステータスの振り方をしていたら一瞬で体力が溶けるのだ

 

そして木曾はというと

 

 

「なあ提督!イベント手伝ってくれ!俺だけじゃキツくてさぁ!」

 

「うるっせぇよ!さっさと出撃してこい!」

 

「出撃から帰ったらまた誘うからな!」

 

結局誤解は解けず、ただ強いやつという認識に終わった

 

「………」

 

ゲームに誘われるたび謎の視線も感じるようになった

大井がそのゲームを始めるまでには時間がかからなかった



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番外 加賀さんと焼き鳥

雷巡 北上

 

「ねぇ加賀、焼き鳥食べたいんだけど焼いてくれない?」

 

「北上…加賀に焼き鳥焼かせるなんて偉いチャレンジャーやな…」

 

「いいですけれど」

 

「ええんかい!まあ本人がええんやったらええわ」

 

「あれでしょ?昔の艦の頃の話でしょ?別にもう気にしてないんだよねー加賀は」

 

「まあ、焼き加減にこだわりくらいできました」

 

「………なんがあったんや…不謹慎に聞こえるで…」

 

「そうだねぇ…提督の着任仕立ての頃なんだけど…」

 

 

 

 

 

 

「今日の夕飯どうしよっか」

 

「確か鶏肉が少し古かったよね、米も備蓄ないし…焼き鳥とか?」

 

「えっ…焼き鳥かぁ…」

 

「どうしたの提督…あ、加賀?」

 

「え?加賀さんも焼き鳥嫌いなの?」

 

「……そっちかぁ…いや、良いんだけどね、よし、焼き鳥で決定、加賀に言っといて」

 

「……皮は外してくれると嬉しいんだけど…」

 

「あれが美味しいのに」

 

「や…たまにある羽の付け根が……なんか嫌なんだよね」

 

「それ随分と加工の仕方が悪いんじゃないの…?いつの話さ」

 

「最後に食べたのは…中2の頃かな…知り合いに塩かタレかきかれて…その時も同じこと言ったんだけど、せっかくだし…って食べたら相変わらず」

 

「子供みたいなこと言っちゃって、よーし、今日はお酒も飲むかー、昔の話聞かせてよ!」

 

「いや、面白くないよ…?と、とりあえず加賀さんに話してくるから!」

 

 

 

「…私に何か恨みでも?」

 

「え、いや…やっぱり加賀さんも焼き鳥嫌いなんだ」

 

「…別に食べるだけでしたら」

 

「じゃあ僕が焼こうか」

 

「……書類、まだまだありましたよね」

 

「…まあ、あるよ」

 

「………わかりました、焼いておきます、タレと塩、どちらがお好きですか?」

 

「いや…その、焼き鳥自体あんまり…」

 

「わかりました、両方作ります」

 

「あの…皮はできれば外してくれる…?羽の毛根みたいなのがついてたりするのが好きじゃなくて………」

 

「……好き嫌いはいけません」

 

「……」

 

「私に焼かせるのですから、我慢していただきます」

 

「…わかった」

 

 

 

「なんだ、食べられるんじゃん」

 

「…モモとかはね、でもあんまり好んで食べはしなかったなぁ」

 

「皮も食べてください、美味しいですから」

 

「…うん……あ、全然ついてない」

 

「目視で確認したあと一度包丁で表面を撫でて確認、発見したものは抜き取りました」

 

「ごめん、わざわざ」

 

「鎧袖一触です」

 

「うん、美味しいよ、ありがとう」

 

「………」

 

 

 

 

「ってことがあってね」

 

「ほーん、なるほどなぁ?」

 

「…他意はありません」

 

「他意ってなんの話やろなぁ…」

 

「焼き鳥…焼き鳥の匂いがします!」

 

「赤城も来たし、そろそろ食おか」

 

「そだね、私皮の塩で」

 

「レモンは?」

 

「………それ、戦争ものだね………ま、私あってもなくても良いんだけど」

 

「えー、うちは塩はレモン欲しいわ」

 

「タレなら迷うことありませんよ」

 

「それもそうだね」



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番外 北上さんとアップルパイ

「お、あったあった」

 

「北上さん、その本何?」

 

「んー、お菓子の本、チビ達にアップルパイ作ってあげようかなって」

 

「へー、優しいね、手伝おうか?」

 

「ダメだねぇ、門外不出のレシピだから」

 

「…それどこでも売ってそうだけど…というか、北上さんがお菓子作りの本なんて、意外だなー」

 

「……あー…それは……」

 

 

 

 

 

「へぇー…提督って甘いもの結構好きなんだ」

 

「うーん、でもチョコは苦手かな、何となく」

 

「へぇー、バレンタインとか大変だったんじゃない?」

 

「みんなくれるのはコンビニのチョコ煎餅だったよ、それなら僕食べたから」

 

「…なにそれ」

 

「醤油の煎餅にチョコがかかってるんだよ、甘塩っぱい感じで美味しいよ?」

 

「へぇ…今度食べたいなー」

 

「きっと気にいるよ、北上さんそういうの好きそうだし」

 

「他意を感じるなぁ…」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

「で?アップルパイだっけ」

 

「うん、昔、知り合いの集まりで作ってもらったんだ、林檎のコンポートにカスタードクリームのやつ、パイ生地から作ってたらしくて、すごく美味しかったんだよね、熱々にアイスクリーム乗っけて食べるともっと美味しいんだけどね」

 

「へぇ〜、贅沢な少年期だったんだねぇ…バターたっぷりの記事に砂糖たっぷりなリンゴを煮詰めた甘いの…なんだっけ?」

 

「コンポートって言ったっけ」

 

「そうそれ!うーん、手間暇かかってるなぁ」

 

「でも美味しいよ、今度本土にみんなで食べに行こうよ」

 

「いいねぇ!半舷上陸しちゃいますか!」

 

「…そのためにも、まずはこの戦いが終わらなきゃだね」

 

「うん、もう犠牲を出さずに、みんなで」

 

「よし、午後も頑張ろうね」

 

 

 

 

 

「………内緒だなぁ、やっぱり」

 

「そこまで溜めておいてぇ!?私的には北上さんの乙女な顔が見れたからOKですけど」

 

「……やっぱ阿武隈うざい」

 

「うぇぇぇぇ!?あ、明石さんに言ってやるぅぅ!」

 

「…コミュニケーションの取り方下手すぎでしょ…だからぶつか…あ、本当に扶桑にぶつかってるし…」

 

 

 

「間宮さーん、ここかして?」

 

「え、あ、どうぞ…?」

 

「ん?何その顔」

 

「北上さんがお菓子作ろうとしているのが、その、少し意外で」

 

「………違うねぇ、これはお菓子作りじゃなくて実験だよ」

 

「実験?」

 

「試作品を完成品として駆逐艦のチビどもに振る舞うのさ…ふっふっふ…」

 

「……その、手伝いましょうか?」

 

「んー、遠慮しとく、これは私だけの作り方で、私が作るものだからね、間宮アイスより美味しくできちゃうから」

 

「じゃあ、ぜひ私にも」

 

「ダメに決まってんじゃん、ダメ出しされたら心折れるよ?わたしの防御力紙なの知らないの?」

 

「あはは…」

 

 

 

「よし、デトランプはおっけー…え?これを3の3条になるようにしてるのか…へー…お菓子作りって数学だねぇ…私数学自信ないけど」

 

 

 

「あ、これ粉が多いのかな、生地が割れちゃった…ん?いや、これ巻き返せそうだ、よし、このまま行こう」

 

 

 

「え!?この生地ってこんなに余るの…?ぜ、贅沢に使うなぁ…いや、これはこれで使い道はあるのか…なるほどねぇ、よし、そうしよう」

 

 

 

「よーし、寝かせてる間にコンポートと…何これ、クレム・ダマーンド?…カスタードじゃないのかな……アーモンドパウダーって何………とりあえずネット通販で検索っと……高っ!?」

 

 

 

「何だ、カスタードクリームならアイスの素と一緒にまとめて作れるんだ、いいね、そうしよう……ブランシールって何…?バニラ……バニラって……まあ、調べればいいや………うぇっ!?何これ、高っっ!」

 

 

 

「ナップ状ってなにさ…もっとわかりやすく…あ、温度計…85℃!?まずい!早く冷やさないと…あー!卵が固まってる!えーと、えーと…まあいいか、そのまま行けるか…!?」

 

 

 

「カスタードってここからさらに火を通すんだよね…ぎゅっぼこっさらってなる…成る程…よし!」

 

 

 

「なんかクリームが締まって来たような…これがぎゅっ…か…ぼこぼこ湧いて……?え?これもう出していいの?もう沸騰してるよねこれ……うーん……?うおっ、水みたいに…これか!出さないと、急げ急げ!」

 

 

 

「コンポートは…うわっ!そこ焦げてるし!えーと、これも出して!あー、忙しいっ!」

 

 

「間宮さーん!アイスクリームメーカーどこ!?」

 

 

 

「……完成したのがこちらになります…うん、思ったより美味しそうだね…よーし、試食……は怖いし、駆逐艦呼ぶかー」

 

 

 

 

「え?アップルパイ?……訓練じゃなくて?」

 

「…いや、死刑宣告でしょ、今から脳天にぶち込むぞって」

 

「アタシまだ死にたくないんだけど」

 

「………あのさ、おやつに呼びに来ただけなんだよ?」

 

「え!?本当に北上さんがアップルパイ作ったの!?漣様に!?食べまーす!」

 

「わ、私も!」

 

「よーし、暁と雷連れてくるから待ってなー」

 

 

 

 

「おお!すごい!美味しそう!」

 

「うわぁ…!アイス美味しそう!溶けちゃう前に食べまーす!いただきます!」

 

「ん、食べなー」

 

「んーー!!!おいひー!北上様サイコー!」

 

「…本当に美味しいわね、ちょっと香ばしい感じが好みだわ…」

 

「これ1人で作ったんですか、間宮さんの力も借りずに?」

 

「北上さん凄いね」

 

「…ふふっ…そっか、これなら大丈夫そうだね…」

 

「「「「「「「?」」」」」」」

 

 

 

「さて、あとは提督が起きるだけだよ、美味しいもの用意して待ってるから…さ、次はチョコ煎餅かなぁ…?」



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番外 翔鶴さんと肉じゃが

「んー!!この肉じゃが美味しい!」

 

「……なんでテーブルにバター?パンでも食べるの?」

 

「いや、それは肉じゃがに乗っけるんだよ」

 

「うぇっ……」

 

「美味しいよ?」

 

「……うわ…本当に美味しい…よく思いついたわねこんなの」

 

「これ提督の大好物だからね」

 

「……へぇ…」

 

「あれは翔鶴がめちゃくちゃ頑張ってた頃かな…たしか……」

 

 

 

 

 

 

「提督、私が今日のお食事を作ろうと思うんですが、食べたいものなどありますか?」

 

「うーん…肉じゃがかな…ずっと食べてないし…」

 

「あら、肉じゃががお好きなんですね」

 

「うん、よく味の染みたやつが好きだな…」

 

「ではこの翔鶴が作らせていただきます」

 

「ホント?楽しみだな…」

 

「…といっても、多少保存のきくにんじん、じゃがいも、玉ねぎと牛缶を使ったものになりますけど…どうしても彩りや白滝なんて手に入りませんから…」

 

「大丈夫、楽しみにしてるよ」

 

「では夕餉の際にまた」

 

 

 

「おー、美味しそうだね、これ」

 

「流石に気分が高揚します」

 

「上々ね」

 

「うん、美味しいよ」

 

「牛缶を使ってるからブロック肉なのが新しいかも…いいね」

 

「……あ、ごめん、バターってある?」

 

「バターですか?…はい、こちらに…」

 

「ありがとう、肉じゃがにバターを乗せるとコクが出て美味しいんだ」

 

「うへぇ…提督もなかなかだね、ゲテモノとか好きそう」

 

「そんなことないよ、入れてみる?」

 

「わ、私はやめとこうかなぁ…」

 

「うーん、いや、やっぱり美味しいよ」

 

「…私も試してみますね…」

 

「えぇっ翔鶴も…?加賀もいっとく?」

 

「…五航戦なんかと一緒にしないで…」

 

「あの…加賀さん?それ私の器で…あ、ほんとにのせた!?」

 

「赤城さんと一緒なら…」

 

「いや、無理矢理一緒にしたよね!?」

 

「あら…これ本当に美味しいわ…!」

 

「えー…本当に?一口ちょうだい……うわ、確かに嫌な感じはしないね、というかコクがでて美味しい…」

 

「ん、すごく美味しいですね…こう、無理矢理入れられなかったらもっと美味しかったと思います」

 

「鎧袖一触です」

 

「んー、なんか悔しいなぁ…」

 

「なんで?」

 

「こう…私の中の肉じゃがの常識が…」

 

「でも、これも牛肉からできてますし、牛脂だと思えば…」

 

「なるほど、それならありですね」

 

「まあ、より美味しいのは認めるわ」

 

「うん、なんだかんだありな気がして来た」

 

「よーし、もっと食べ…おい一航戦、赤いよ」

 

「…ご馳走様でした」

 

「…ふう、おいしかったです」

 

「話しながら食べてたみたいだね…赤くして」

 

「……鍋の中身は無事ですよ、うう…七味の感じがここまで…」

 

 

 

 

「結局その時はあんまり食べられなくてさー、舌が焼けたよ」

 

「まあ、今なら好きなだけ食べられるわね」

 

「そ、だから頑張らないと、明日もこうである為に」

 

カライー!ヒー!

 

「………翔鶴ー!?」

 

「ごめんなさーい!今追加を炊いてます!」

 

「……好きなだけって部分訂正していい?」

 

「一航戦から先に倒さないと、安全にご飯も食べられないのね…」



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単話 大井っち7変化

「そういや、提督は大井によそよそしい時があるニャ」

 

「なんでだクマ?」

 

「………昔中途半端になったやつを思い出すんだよ」

 

「女か!?女なのか!?」

 

「……まぁ」

 

「なんで思い出すんだニャ?

 

「…髪型」

 

「…あー…」

 

「クソくだらんクマ」

 

「解散解散ニャ」

 

「次変な態度取ったら殺してやるクマ」

 

 

 

「で、俺が気を遣おうとした矢先になんで髪型変えてたんだよ」

 

「聞かれたんだろクマ」

 

「それしかないニャ」

 

「……しかもよりによって…」

 

「なんだ?なんか覚えがあんのか?

 

「その…まあ、あの髪型も…」

 

「提督はプレイボーイだったニャ」

 

「少なくともプレイしたのはゲームだけだ」

 

「ああ、架空の彼女」

 

「殺すぞ、ちゃんと現実で交流あったわ」

 

「つーか、なんだ、その…ツインテがなぁ…」

 

「どうしたんだニャ」

 

「…そいつってのがくそうるせぇ女上司キャラでよ」

 

「………一部分被ってそうな気がするクマ」

 

「…なんでまたピンポイントな」

 

「結局まあ、元々そいつの惚れてた方に行って失敗したんだけどな…失敗したのか?あれ」

 

「その話は置いといて、次行くニャ」

 

 

 

 

「………ロングかぁ…」

 

「お前本当に殺してやろうか?」

 

「いや、ウィッグってのがなぁ…名案だと思ったぜ?正直、だけどあの髪色はなんだよ」

 

「…水色っぽいやつが安かったんだクマ」

 

「ニャ」

 

「金出し渋るなよ!?黒でいいだろ!?」

 

「黒だとどこにでもいそうでやらかしそうだったクマ」

 

「……確かにな」

 

「でもあの反応は気になるな、怯えも混じってたよな」

 

「………あの髪型で髪色のやつは、男だったからな」

 

「うわぁ……」

 

「しかも割と病んでた」

 

「…一回だけ同情してやるクマ」

 

「…その、もう展開読めるから先に聞くわ、次どうするつもりだ?」

 

「…猫耳とか」

 

「却下」

 

「アホ毛つける」

 

「却下」

 

「髪を少し切るとか…」

 

「それこそセミロングなんてごまんといるぞ」

 

「………」

 

「………」

 

「やっぱ提督はたんなる○○○○」

 

「俺はまだ一度もプレイしてねーよ!」

 

「え、この歳でまだ童貞?」

 

「ひくニャー」

 

「マジで殺すぞ、人のコンプレックスを」

 

「………大井に言ったら飢えた狼が一匹出来上がるニャ」

 

「なんで雷巡が重巡になるんだよ!」

 

「と言うか、元の大井の髪型なんて没個性の塊なのになんでそんなことになったのかニャ」

 

「…リアルの姿のせいなんだが、そいつの性格がな……」

 

「あ…」

 

「また、一応聞くクマ、試合終了には早いクマ」

 

「メンヘラ壺売りヤンデレ毒吐き電波でな」

 

「………なんか通ずるものを感じるニャ」

 

「同じ髪型って似たもの同士が多いんだなクマ」

 

 

 

次の日、球磨型3人の無残な姿が発見されましたとさ

 

そして大井の提督へのアピールは過激さを増した



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番外 明石さんとメル友

工作艦 明石

 

「ええ、そちらからの情報にとても助けられました」

 

『そうか、それは重畳だ…ふむ、せっかくだし私とメールをして見ないか?』

 

「メールですか?ヘルバさんと?」

 

『ああ、こうやって話すのもいいが、私は時間に限りある身だ、メールならそれを無視できる、より情報の共有も円滑になるだろう』

 

「成る程、では是非!」

 

 

 

 

 

 

ヘルバ 件名 まずは

 

メールでは初めましてだな、折角だ、仲良くしよう。

 

 

明石 件名 Re:まずは

 

こちらこそよろしくお願いします、常日頃から助かっておりますm(_ _)m

 

ヘルバ 件名 私の事

 

折角だ、今後私の電話にかけるときはちゃんと苗字で呼んでもらおう、土屋だ、覚えておいてくれ

 

 

明石 件名 Re:私の事

 

土屋さんですか、ちなみに下のお名前は?

ちなみに私は工作艦 明石、です、ちょっとネットで調べれば私の略歴はわかると思います

 

 

ヘルバ 件名 Re:Re:私の事

 

それは実際会った時のお楽しみと行こう(笑)

ところでなんだが、お前は工作艦という事だが、料理とかはできるのか?

実は私はあまり得意ではなくてな…

 

 

明石 件名 得意料理

 

意外ですね、というかやっぱり本当に女性なんですか?

すごいハッカーだし実は…とか思ってましたけど…。

私はハンバーグとかカレーとかよく作ってます、美味しい料理の作り方はレシピ通り、というのは私の仕事においても同じなので…

 

 

ヘルバ 件名 Re:得意料理

 

>意外ですね、というかやっぱり本当に女性なんですか?

すごいハッカーだし実は…とか思ってましたけど…。

 

女だ、結婚もしているし子供もいるぞ。

意外だったか?(笑)

 

>私はハンバーグとかカレーとかよく作ってます、美味しい料理の作り方はレシピ通り、というのは私の仕事においても同じなので…

 

私もレシピ通りなら作ることはできるのだがな…

こう、アレンジやオリジナリティのある料理が分からなくてだな…

 

 

明石 件名 子供!?

 

結婚!?そしてお子さんがいるんですか!?写真見たいです!(((o(*゚▽゚*)o)))♡

 

料理のオリジナリティは救いないですよ、この前私のトコの食堂では日替わりでオリジナルメニューを出すんですけど……その…(つД`)ノ

 

 

ヘルバ 件名 オリジナルメニュー

 

それも会ったらな(笑)

しかしそんな状況になるメニューとは面白いな

 

 

明石 件名 Re:オリジナルメニュー

 

楽しみにしてます!(*゚▽゚*)

 

その、ホイップクリームのついたお刺身みたいなものです…(~_~;)

 

 

ヘルバ 件名 それは…

 

料理と言えるのか?それ

 

 

明石 件名 Re:それは…

 

言えません、とても食べられません…

 

 

 

 

 

「ふふっ…いいな、初めてのメル友!」



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元勇者提督//悪性変異 vol.2
進め


雷巡 北上

 

「うん、私は演習以外だと水雷戦隊を率いることばかりだから」

 

「わたしも水雷戦隊として戦いますが、北上さんのように自分以外は駆逐艦という構成ではありませんね…」

 

神通とゆっくり話す

きっと今の私に必要なことだ

 

「七駆のメンツはよくついてきてくれてるよ」

 

「すごいですね、でも、やっぱりあの戦い方だと」

 

「うん、こっちを恐れない、被弾上等の相手には弱いね」

 

「なにより演習で見せた攻めの姿勢が実戦で活かせないなら意味はないです」

 

「うーん…命懸けになるとどうしてもね」

 

「怖いんですか?」

 

「うん、私じゃなくて、他の子が沈むことが」

 

「……なるほど、気持ちはわかりますけど」

 

「わかってるよ、確かにその気持ちは要る…だけど私は誰も沈ませない」

 

「ついこの間心中覚悟の戦いをしたところなのに?」

 

「…うちは、提督が最後の砦なんだよ、少なくともずっといる面々は絶対に」

 

「心の支えですか」

 

「そういう事、だから失えば…わかるよね」

 

「……私も、那珂ちゃんと姉さんがいなければ…戦えません」

 

「さて、暗い話はやめて…うん、この前の戦闘からずっと思ってるんだ」

 

「このままじゃダメ、ですか」

 

「それ以上に、私は弱い」

 

「………そんなことを言ったら殆どの方が…」

 

「違うんだ、単純に火力不足、雷撃も効かないしね」

 

「…あぁ、例の」

 

「そう、紋章砲、アレの威力はすごいよ、私の魚雷が霞むほどに」

 

「でも北上さんは主砲をメインに戦っていますよね?」

 

「…魚雷より使ってるね、確実に一撃で仕留められるから」

 

「…ありえない話です」

 

「でも現実、神通以外は仕留めた」

 

「…じゃあ、もう通用しません」

 

「それはよく知ってる」

 

「なんで重雷装の強みを捨てるんですか?」

 

「…一航戦は強いよね、正確に艦載機で敵を仕留めるし」

 

「駆逐艦も場合によっては大活躍をします」

 

「もちろん軽巡、重巡、戦艦、全部凄いんだ、私は…その枠組みに入れない」

 

「なぜですか?」

 

「私の戦い方は演習だから通じる、奇抜な敵を掻き乱す戦い、そして私だけが体を張るから…そう、私が全部引き受けられるから…でも、実戦は違う、まず魚雷が効かない、浮いてるし」

 

「主砲も狙う弱点がないので効きませんでしたね」

 

「そう、つまりは役に立たない」

 

「………」

 

「卑屈なこと言うけど、私の強みは通じないんだよ、野球場でサッカーするんじゃないんだから」

 

「…だからインファイトを?」

 

「そうだね、できたらゼロ距離から魚雷をいくらでも叩き込めるかも、でも…それも結局意味はないよ、雷巡の強みって先制雷撃で味方の負担を減らすことなんだから」

 

「……」

 

「色々違うところはあるけど、空母の代わりなんだよね、で、それが果たせない………今の私を見たらなんて言うかなぁ…」

 

「少なくとも今のままではダメだ、と言われるでしょうね…」

 

「いや、思ってる以上に甘いからねぇ…」

 

「そうではなく、貴方がこのまま腐ってるのは、見てるのに耐え難いと思います」

 

「腐ってるかぁ…そんなつもりないんだけどね」

 

「やれることを全てやりましょう、自分じゃできないことは周りに頼りましょう、自分でやるために」

 

「矛盾してない?」

 

「していません、例えば新鋭装備を貰うとか、自分用の何かを開発してもらうとか」

 

「魚雷発射管に噴射機構をつけて、パージした後戻ってくるようにはしたんだけどね」

 

「なるほど、だから頻繁に外して戦うんですね」

 

「そう、それに戻ってくるなら応用が効くしね」

 

「噴射機構は緊急回避のためにあっても良さそうですね…」

 

「あー、やめたほうがいいよ、私が試しにやった時、骨が折れそうになったし」

 

「ジャンプから、とかはできないんですか?」

 

「…フル装備でジャンプは私には無理だね、神通を誤解してた気がする、実は筋肉で全部できてたりする?」

 

「流石に怒りますよ…?」

 

「こわいこわい、じゃあ私は逃げるわ」

 

「それではまた」

 

 

 

 

 

「で、立ち聞きは良くないんじゃない?翔鶴」

 

「誰か、までわかるんですね」

 

「…なんでだろうね?」

 

「北上さん、私は、あなたより無力です」

 

「そうかもね、特殊な力はないし、単純に私とやり合えば傷一つつけられない」

 

「……いいえ、腕一本はもらいます」

 

「おお、こわっなんでそんな殺気だってんの」

 

「…………すいません、私自身に自信がないのに、もっと不安そうにしている北上さんを見ていると…」

 

「………どうしたらいいと思う?」

 

「その、急降下爆撃の逆をやってみたらどうでしょう」

 

「あー、ごめん、私には艦載機積めないよ」

 

「いえ、魚雷を使うんです、魚雷を深く沈めて、あるタイミングで急浮上させるんです、充分な推進力が必要ですがこれなら多少浮かんでる敵にも当たるはずです、タイミングはとても難しいはずですが」

 

「…………なるほど、その発想はなかったな、明石に頼んでくる、ありがとね翔鶴!」

 

「北上さん」

 

「ん?何?」

 

「……私は北上さんに感謝してます、あなたのおかげで、こうやってまた先輩や皆んなと肩を並べられる、でも、何で私のことをはぐらかしたままなんですか?」

 

「………沈んだのはあんた1人じゃないんだよ、翔鶴…誰にも、敵を沈めることを迷わせちゃいけない…助けられる?違う、たまたま助けられただけ、特殊な力が明日もあるなんて、明日も私たちの艦としての力があるなんて、全部保証はないんだよ」

 

「そうですか…」

 

「深海棲艦との交戦の際、翔鶴は海からデータドレインで引き摺り出されたってことにしてあるけど、もし、みんなが敵として戦った深海棲艦に仲間が紛れてると知ったら?」

 

「もし、知って仕舞えば…私も弓を引くことを…躊躇います」

 

「私たちも、人から見れば化け物だけど…心があるんだよ、だから、知っちゃいけない」

 

「………」

 

「誰にも言わないでね」

 

 

 

 

「なんで…そんなに、強いんですか…?」

 

強くないよ、私は、今にも崩れそうなんだ

 

 

 

 

 

 

元勇者提督//悪性変異 vol.2

 

 

 

離島鎮守府

提督代理 明石

 

「え?うーん、できない話ではないですけど…コストが…」

 

「普通の魚雷でいいんだよ、これなら雷跡も残らないし」

 

「……よし、とりあえず取り掛かってみます」

 

強敵との戦いのあと

私たちはいつ同じような敵が来るかもわからない

そして次は誰の手も借りられないかもしれない

そう考えて十分な蓄えと、練度の向上を目指している

 

ここの扱いも変わった

新人教育部だったここは、前線基地として姿を変えた

今まで隠していた発展した姿をそのまま報告できるため、何倍も楽だし、執務も減った

 

工廠に籠ることも増え、自分らしさを取り戻せた気がした

でも、まだ足りない

 

「あ、北上さん、那珂さんたちの搬送の際の護衛お願いしていいですか?」

 

「……あ、やっと帰るんだ」

 

もうあれから2ヶ月になる

毎日の戦いも随分と楽なものになったがそれでも…

 

まだ、怖い

 

あの時胸を貫かれた感覚は、いまだに残っているのに

私には何もない

 

アレはタイミングからしてデータドレインなのではないか?

そう考えるようになった

だけど私に変化はない

 

提督は私に何も残さなかったのか

落胆した

 

でも、ちゃんと進まなきゃ

 

 

 

 

 

呉鎮守府

 

「大井っちまたね」

 

「北上さんもお元気で…」

 

「ほら、早く行きなよ、私より会いたい相手がいるんじゃないの?」

 

「あ、いません!そんな人!」

 

「あれ?久しぶりに会うから楽しみにしてたんじゃないの?」

 

「誰があんなの…!」

 

「いや、流石に球磨姉達をあんなの呼ばわりはまずいって…」

 

「え?…へ?」

 

「………え?」

 

「……………成る程、確かにその通りですね、今後改めます、それでは」

 

「……びっっくりした…本当に他に誰かいるのかと思ったよ」

 

 

 

 

離島鎮守府

 

「え?なにこれ」

 

「あなた用のパソコンです」

 

「なんで私に?」

 

「データの解析が必要になったからです、夕張さんの力を借りたいんです」

 

「……OK、ハッカーの力見せてあげる、ただ…期待しないでね、アレには手も足も出ないから」

 

「私たちが求めてるのはリアルデジタライズ学、それとデジタルリアライズに関してです…」

 

「……データ兵器」

 

「そう、つまり、向こうがあちらの世界の化け物なら、私たちはそれに対抗するために武器をアップデートする必要があります」

 

「分かった、私にできることならなんでもやる…」

 

「じゃあ、まずは………」

 

 

 

 

 

世界が回っている

日にちが経ち、進んで行く

平和を望んで

しかし、戦いは苛烈さを増していく

 

『この世に平穏が訪れた時など一度もない』

 

 

 

???

 

「こんにちは」

 

「…貴女は?」

 

「キミに逢いにきた、それだけだよ」

 

「……ここには誰も来ないと思ってました…私と、この子以外」

 

「…そっか、でもこの子はここを出ていくんだ」

 

「…何故?」

 

「此処は、ゆりかごだから、眠っている間はここにいられる…だけど、目を覚ましたら出ていかなければならないんだ…」

 

「貴女も夢を?」

 

「……僕は…そうだね、すごく長い夢を見てた、だけど、その夢も楽しいことばかりじゃなかったんだ、辛いこともあったから」

 

「……」

 

「現実は辛いものになるけど…キミも、僕も、そしてこの子も戻らなきゃいけない」

 

「…この子の名前は…」

 

「君は、わかるはずだよ」

 

「…ア……ウラ…?」

 

「また、目が覚めたら会おう」

 

「……また」

 

そう、また

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

 

「……そう、私の名は…アウラ」



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深い海へ

東京 下北沢

 

「………」

 

「…こんにちは」

 

「こんにちは」

 

「よく来たね、まさかここまで来るなんて思わなかったよ」

 

「…ただ、会いたくなった、確かめたくなった、この感情の正体を」

 

「答えはわかった?」

 

「……わからない、でも…懐かしい…」

 

「そう、私も懐かしい」

 

「…僕って言わないの?」

 

「それは、ほら、ロールプレイだから」

 

「…そう」

 

「そう、じゃあ、行こうか」

 

「何処に?」

 

「キミの世界に」

 

「私は…何処にいけばいいの?」

 

「…そうか、じゃあ名前はわかる?」

 

「……アウラ」

 

「よかった、アウラ」

 

「うん、わかってる、この身体は…私のものじゃないから、返さないと」

 

「まだ何も言ってない」

 

「この子には妹がいる、たくさん」

 

「そっか、じゃあ、帰らないといけないね」

 

「…私と、この子を分離するために力を貸して」

 

「…それは無理、私にできるのはアウラを目覚めさせることだけ」

 

「どうして?」

 

「それが…私と貴女の繋がりだから」

 

 

 

 

 

「懐かしい空気」

 

「…僕もここにきたのは久しぶりだよ」

 

「いつもここだけは変わらない」

 

「そう、この聖堂だけはずっと」

 

「グリーマ・レーヴ大聖堂」

 

「隠された禁断の聖域、か」

 

「……」

 

「どうしたの?」

 

「…離してくれない」

 

「……好かれてるんだよ」

 

「違う、怖がってる」

 

「怖がってる?」

 

「…私を力として見ている、そして、それを無くせば…」

 

「それは…良くないね」

 

「違う、これはいいこと」

 

「……」

 

「この子は、大事な人を守るために、力を持ちたがってる」

 

「………そっか、なら、僕と君で助けてあげよう」

 

「…私と共に歩む限り、私たちが貴女達を守ります」

 

「僕が、そばに居るから」

 

「貴女は、守られてるから…」

 

 

 

 

「…誰?」

 

気づけばベッドに寝ていたのは私だった

うっすらと開く目に、誰かが映り込む

 

「君を見ててあげる、だから、安心して」

 

それがこの夢を見た中で最後に聞こえた言葉だった

 

 

 

駆逐艦朝潮

 

「…あれ?」

 

不思議と心が軽かった

ぽっかりと空いた穴を感じたのに

全く辛くない

 

「大丈夫?」

 

知らない…いや、良く知ってる人が、声をかけてくれた

 

「大丈夫です、信じてますよ」

 

「任せて、強くはないけど、君を助けるために…」

 

私は、いろんな人に守られてる

だから、戦えるんだ

 

 

 

 

離島鎮守府

 

工作艦 明石

 

「ねぇ、見てよこれ」

 

「…提督のパソコンのデータ?これは勝手に触っちゃダメだって言わなかったっけ?」

 

「いや、触りたくて触ったわけじゃなくて、勝手に動いてたから…ハッキングされてたらまずいじゃない」

 

「……で?これがなに?」

 

「ここだけ見ればわかると思うわ」

 

「…データ容量がアホみたいに増えてる…」

 

「ねぇ、これどうするの?」

 

「………死ぬほど容量入れれるヤツ用意したのに…」

 

「外付け、買おっか」

 

「……はい」

 

「よーし!今度電気街行くわよ!」

 

夕張は思ったよりフレンドリーだった

今では友人として仲良くさせてもらっている

軍医としての仕事も普段はないので、パソコン係として活躍している

 

横須賀には今の所帰る話は来ていない

とても助かる

 

「明石!ちょっと来て!」

 

「えっ北上さっ…うわっ!?引っ張らないで!?」

 

「何々何事!?」

 

 

 

離島鎮守府 ドッグ

 

 

「………この人って」

 

「そう、ウチで轟沈した、青葉」

 

「…え、青葉ってここにもいたんだ」

 

「…随分前だけどね」

 

「なんで回収できたんですか…?」

 

「いつも通り、ウイルスバグと戦ってたんだ、そしたらさ、アオボノいきなりデータドレインかますんだよ、驚いちゃうよね」

 

「データドレインをしたら青葉さんが…?どこから…」

 

「海からじゃないかな、沈んでたんだし」

 

「………可能性としてはありますね、でも青葉さんは意識がないみたいです」

 

「…そのうち目を覚まして欲しいけど…」

 

「………轟沈した方ですからね…」

 

結果的には2時間ほどして目を覚ました

 

「…ども…あの…重巡、青葉です」

 

「おかえりなさい!青葉さん」

 

「いやー、めでたいね、おかえり、青葉!明石、先にみんなにも合わせてくるから」

 

そう言って北上さんは青葉さんを連れて行った

 

「…私の知ってる青葉じゃない…」

 

「その…あの青葉さんは、ずっと前線の偵察に行ってた方なんだけど…何度も味方が沈んで、それで…」

 

「それで暗い性格ってわけ?」

 

「…というか多分他所の青葉さんより大人しいと思う、取材とかしたがらないし」

 

「え!?じゃあ、あの子の生き甲斐は何!?」

 

「花の写真を撮ることだって昔聞いたけど…」

 

「……違うものねぇ」

 

「…今呉にいる川内さんなんて夜戦恐怖症だよ」

 

「………ちょっと怖くなってきたわ」

 

「でもね、当然なの、私だって夕張だって、他にもたくさん居るんだから」

 

「ま、そうでしょうね…よし!あの青葉とも仲良くなってみせるわ!」

 

 

 

重巡洋艦 青葉

 

「……帰ってきてしまった…私は…帰ってきちゃいけなかったのに」

 

「ダメだよ青葉、それは言っちゃダメ」

 

「…北上…さん…」

 

「青葉、絶対に深海棲艦になってたことは言っちゃダメだから」

 

「……わかってます、言えるわけがない…です」

 

「大丈夫…誰も青葉を恨んでないから…」

 

「でも、私が…私が何人沈めたか…わかりますか…?」

 

「大丈夫…大丈夫だから…青葉と同じようにみんなを助けるから」

 

「……川内さんは…?」

 

「呉に行けたよ、心配しなくていいんだよ」

 

「よかった……ずっと不安だった…私のせいで川内さんが……」

 

「…そっか…確かに、あの後、川内は夜戦が怖くなった…でも、今は提督が変わって、しっかりみんなを守ってくれた、ここは良くなったんだよ」

 

「…あの…そう言えば…今の司令官は…?」

 

「………今は、会えないかな、だから明石が代理」

 

「…わかりました」

 

「よし!じゃあみんなに紹介しなきゃだから行こうか」

 

「わかりました…」

 

ごめんなさい北上さん、川内さんの水雷戦隊を壊したのは…私なんです

 

「…え?」

 

「………ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

「蒼葉?今、何か…言った?」

 

「い、いえ…」

 

声に、出てた…?

 

「…川内の、水雷戦隊が壊れたのは…青葉の…せいなの…?」

 

「…なんで…」

 

なんで聞こえてる、の…?

 

「いや、今青葉が…え、ちょっと待って、どういうこと?」

 

言わなきゃ…今言わなきゃ…

 

「その…あの時、私は川内さんと連合艦隊として出撃していました……情報収集がメインの私は単艦でしたが…その…敵の空襲を受けて…一撃で私は沈められたんです…海に沈みながら…すぐに…うっ…うぇっ…」

 

「青葉!無理しないで…ちょっと待ってて、バケツ取ってくるから!」

 

ダメ、行かないで!

 

「待って…最後まで…言わないと……私は…!あの時…その場で深海棲艦に…!」

 

私は、私の罪が…!

 

「ダメ!これ以上いうな!お願いだから!」

 

「っ…うぇぇ…っ…うっ……」

 

「青葉!青葉!」

 

 

 

軽巡洋艦 夕張

 

「…強いストレスが原因の気絶ね」

 

「…そっか」

 

「何も食べてなくてよかったわ、吐きながら気絶して窒息、危ない事態になってたかもね」

 

「………聞かなくていいの?」

 

「聞く必要ある?どう考えても北上が無理に連れ回してストレス与えたんじゃないの?」

 

「…まあ、そうかもね」

 

「冗談よ、間に受けないで」

 

「青葉が起きるまでここにいてもいい?」

 

「ダメって言っても聞かないんでしょ?」

 

「…青葉は無理に話そうとする、何があったのか、だから、私しか聞いちゃいけないの」

 

「………そういうこと、分かったわ、また後で戻るから、誰か呼んだほうがいい?」

 

「…じゃあ、翔鶴」

 

 

 

 

 

雷巡 北上

 

「迂闊だったよ、そりゃ、青葉や翔鶴がどんだけ辛かったかわかってなかったしね」

 

「……私は、誰も沈めませんでしたから」

 

「運が良かったね」

 

「…私は不幸艦です」

 

「…幸運艦でも沈んでるよ」

 

「ごめんなさい…思慮のない発言でした」

 

「翔鶴、焦らないで」

 

「焦る…?」

 

「落ち着いて、こっち来な」

 

翔鶴は言うことを聞いてすぐそばにくる

 

「青葉も、おきてるよね、おいで」

 

「…バレてましたか…」

 

「…あら…」

 

「大丈夫だから…ほら、もっとこっちきて」

 

3人で並んでベッドに座る

 

「…ね?安心するでしょ」

 

「………そうですね」

 

「寂しくはないです…」

 

「青葉、青葉が誰を沈めたとしても、誰も責めない、だけど、深海棲艦だったってことは言っちゃダメなの、みんな戦うのを躊躇うから…」

 

「…そんな…」

 

「だから…私に全部教えて、私が聞いてあげる、私と、翔鶴と、青葉だけの秘密だから」

 

「………北上さん」

 

「私も…ちゃんと聞きますから…」

 

聞こえる

やっぱり、この2人の声がよく聞こえる

声じゃない声、心の声

 

「…青葉、泣いちゃいますよ…」

 

「大丈夫、今泣いて、落ち着いたらみんなに会いに行こ、もし笑う奴がいたら私が叩きのめしてあげるから」

 

「…冗談に聞こえませんね」

 

 

 

 

駆逐艦曙(青)

 

「…私が頑張れば、もっと助けられるんだ」

 

立ち聞きが趣味なわけではなかった

ただ聞いてしまっただけ

 

「私が頑張ればいい」

 

まだ条件がわからない

キメラになるのか、救えるのか

その違いはなんなんだろう

 

「でも、やる、私が全力で」

 

 

 

 

 

正規空母 加賀

 

「…胸騒ぎがします」

 

「珍しいですね、今日の日替わりは朧さん達でも雷さん達でもないですよ?」

 

「…流石に気分が高揚します」

 

「高まってるのは心拍数より気分だったみたいですね」

 

「……いえ、本当に嫌な予感がします」

 

「あら」

 

「具体的には…建造で思った艦がでなくて気づいたら資源を溶かしたような…」

 

「……?どういうことですか?」

 

「泥沼に片足を突っ込んでいる気がします」

 

「扶桑さんがギャンブルでも始めたのかしら…?」

 

「この前夕張さんがカジノを作りたがってましたから、それかもしれません」

 

「…むしり取られるわね」

 

「…チャンスですね

 

「あら、案外腹黒い」

 

「照れます」

 

「うふふ」

 

「………でも、本当に何かを忘れているような」

 

それがいいことなのか、悪いことなのかすらも忘れているような

 

 

 

 

 

潜水艦 伊168

 

「…………ぷはっ…よーし、ついた、ここに今日からお世話になるのね…ん?」

 

私が浮上して最初に見た光景は、たくさんの砲塔が自分に向かっていると言うなんとも恐ろしいものでした

 

「……あの、私、本部から派遣されてきたんだけど…」

 

「……敵じゃないんですか?」

 

「はい!敵じゃありません!」

 

戦艦に睨まれたらもう何も言えないわ…

 

 

 

「あ、ついさっき電文が来ました、イムヤさん、歓迎します、提督代理の明石です」

 

「新たな艦種としてのテストですか、ここは最前線でもありますので、万が一の無いよう、気をつけてくださいね、秘書艦の鳳翔です」

 

「はい!」

 

「潜水艦運用かー、前例ないからどうしたらいいのかなぁ…」

 

「あの、ひとつ伺いたいんですけど…」

 

「あ、はい」

 

「提督はどちらに?」

 

「あー、その…今は倒れられて、私が提督代理を務めてます」

 

「え"…ここ大丈夫なんですか…?」

 

「まあ…なんとか成り立ってますので…」

 

「うふふ…」

 

やばいとこに来ちゃったかなぁ…



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悪性変異

駆逐艦 曙(青)

 

「ふー、一息つくかー」

 

「ありがとう、わざわざ付き合ってくれて」

 

「でも急にどないしたんや、深海棲艦を大量に狩るなんて言い出しよってからに」

 

「本来の仕事に戻っただけよ…」

 

「……毎回その腕輪の力を使うこともか?」

 

「データを集めるために必要なこと」

 

「そろそろあかん頃とちゃうん?暴走の話は聞いてんで」

 

「………そうね、一度引き上げましょうか」

 

この腕輪が、全て赤く染まった時、これが暴走し、何が起こるかわからない

悪かったとして、私1人命で済むのならな安いもの…世界を滅ぼしかねない…

 

実感はない

もう慣れた、使いこなしたと言える

そんな危険を孕んでいるなんて、正直信じられない

 

「………お前、それ軽く見とるな、そんな顔しとる」

 

「…そんなこと無い」

 

「いーや、お前は軽く見とる、自分の命と同じくらいにな」

 

「…私の命は、確かに重く見てないかもね」

 

「………はぁ…そんなん言っとったら終いにはいてまうぞ、他人さえ良ければ自分がどうなってもええんか」

 

「………」

 

「ウチは確かに長い付き合いちゃうし、よう知らんけど、ここのみんなはそれぞれ互いのことを大事に思っとる、自分が沈んだら深い傷残すこと覚えときや」

 

「…私には、代わりがいるから」

 

「………確かにお前らは2人ある、同時に在籍するのは珍しいが…でも別人やろ、いつまで別で考えられへんねん、試しに髪の色染めてみ、入れ替わっても気づいたるわ」

 

「………気づけるわけないじゃ無い」

 

「いーや、気づいたるわ、全力で騙しに来ても、みんな気付ける、約束したるわ、来週やってみ」

 

「………良いわ、やってやる、いつやるかは言わないから」

 

 

 

 

 

「……くだらない事を…」

 

「お願い!一回だけで良いから!」

 

「で?いつやるの?」

 

「今よ今!龍驤には来週って言ってるから今なら不意をつけるし、誰にも話は伝わらない、生の反応を見るには今しかないの!」

 

「………わかった、好きにすれば?」

 

「じゃ、染めるわよ」

 

「………待って、あんたがやると髪が傷みそうだから朧にやらせましょ」

 

「……別に一回染めるくらいで死にやしないわよ」

 

「アンタのせいで手入れが面倒になるのが嫌なの、それに協力者がいた方がいいんじゃないかしら」

 

「…わかった、朧だけね」

 

 

 

「よし、こんなもんでどうかな」

 

「んー、確かにマジマジと見れば元の色と違うような気もするけど」

 

「でもわかってないと…わからないわよね、こんなの」

 

「まあ、お互いボロを出さないようにしましょう」

 

「……この煩い足音…漣か、よし!まずはアイツからよ…曙………こう言ってみて」

 

「あんたなら、確かに言いそうな事ね」

 

 

 

「漣!廊下を走るな!ドタドタドタドタ煩い!」

 

「ひぃっ!?ぼのたん…ん?ぼのたん?」

 

「なによ、自分のこと棚にあげてまで言いたいことがあるわけ?」

 

「………ウッシーオ、あれ…ぼのたん…?」

 

「………うーん?」

 

 

 

「私あんなこと言ってるかしら、普段」

 

「それより宥めてあげたら?」

 

 

「曙、あんたの方が、うるさい」

 

「あ、ぼのたんだ!なぁんだ…そう言うことかー」

 

「うん、そう言う遊びだったんだね」

 

「………え?」

 

「何言ってんの?あんたら」

 

「おー、ボーノはノリノリですなー、どしたの?どしたん?」

 

「意地になってる?」

 

「……なんでバレたの…!」

 

「流石に七駆のメンツは無理だと思わない?」

 

「私でも気づいた自信ある」

 

「朧が一番鋭そうだしね…」

 

「この漣様は野生的直感ですぐ気づけたのだ!」

 

「…と言うか…うん、顔が違うし…」

 

「…顔?」

 

「そうよね、違うわよね、さすが潮」

 

「確かに違う」

 

「ボーノよりぼのたんの方がこわっあっいたいいたい!」

 

 

「納得いかないわ、とりあえず鎮守府回るわよ」

 

「七駆共同作戦を発令します」

 

「よーし!頑張るぞー!」

 

「おー!」

 

「思えば潮も多分他所より明るいわよね」

 

 

 

 

「さて、明石さんはいるかにゃ〜?」

 

「いるに決まってるじゃない、行くわよ……ちょっと明石!私の出撃禁止命令って何なの!?」

 

「うぉっ…これは名演技…」

 

「確かに一瞬見間違えそうになるね」

 

「…私の普段ってこんななの?本当に?それとも今までの恨み?」

 

 

 

 

「アオボノちゃ…あ、曙ちゃん、い、いや!曙ちゃんには禁止命令とか出してないはずなんだけど…?」

 

「そうですよ?アオボノちゃんに…あら、髪の色が…?」

 

「…ごめんなさい、アオボノちゃんだったのね…」

 

「……いえ、多分髪の色を入れ替えてるんじゃ…」

 

「なんでそんなに勘がいいのよ…もうこっちも騙す気満々で演技してるのに…」

 

「……あー、よかったー…焦った…」

 

「そうですね、でもどうして髪の色を?」

 

「あー、それは…」

 

 

 

「成る程、心配さなくても私たちみんな気付きますよ、だって大事な仲間のことですから」

 

「そうです、必ず、気付きますから」

 

「らしいわよ、曙」

 

「………そう」

 

「…素直じゃないわねぇ」

 

「ふん…」

 

 

 

「全滅だったね」

 

「こう言う場合は違うと思う」

 

「……」

 

「曙、あんたの思ってるほど、この鎮守府は見た目とかそう言うのにこだわりはないのよ、この人は誰なのか、って聞かれて全員がわかる、それが当たり前のところなのよ」

 

「実際ぼのたんも私とウッシーオが入れ替わったらわかるでしょ?たとえ髪の毛の色変えて、お互いのふりをしててもさ」

 

「…わかるわよ、わからないわけがないわ…」

 

「赤城さんと加賀でも、雷と電でもわかる、みんなね」

 

「うん、なんでかは説明できないけどみんなわかるんだよ」

 

「…満足したわ、それじゃ」

 

 

 

「…なんで辛そうな顔してたんだろ」

 

「……なんとなくわかるけど…ま、アイツの場合はわかってても、分かりたくないと思うから」

 

「…やっぱりそう言うことなの?」

 

「多分ね」

 

「なんでみんなわかるの!?私だけわかんないんだけど!?ボーノ!ウッシーオ!オボロン!?」

 

 

 

 

 

軽空母 龍驤

 

「どうや、納得したか?」

 

「…どう思う?」

 

「全く納得してない、いや、むしろ悪かったように思っとる…だってさしたら死ねんからなぁ」

 

「…死ぬ気自体はない…でも、死ぬのが怖くて仕方なくなった」

 

「そら怖いやろ、お前が死んだらみんな悲しんだるわ」

 

「………」

 

「お前が本当に恐れてるのが自分が死ぬことじゃなくて、周りを傷つけることなんわええわ、それで自分大事にするんやったら誰もなんも言わん…やからもう少し自分に気ぃ遣いや?」

 

「…わかったわ…でも、本当に、辛いのよ…私が知ってるのに…何もできないことが…」

 

「…聞いてもええ話なんか?」

 

「………言えない、だから…聞かないで」

 

「…ええよ、私はなんも聞こえへん」

 

「…この腕輪があれば、沈んだ人を助けられることがある…青葉さんや、翔鶴さんみたいに…本当に海から帰って来てるんだと思ってた…でも、実際は違う、深海棲艦になってたんだ…あの2人も…」

 

「っ………」

 

「深海棲艦を倒し続ければきっと…この力を使い続ければきっと…私は、みんなを助けられるのに…私は…怖く…死ぬのが……戦うのが、怖く……」

 

「ええ薬すぎたらしいなぁ…」

 

ここまで極度に変わるとは思っていなかった

いや実際は元からそうだったけど、気づいてなかったのか

 

なんにせよ、気づかせたのは良くなかった

数日間療養させた方がいいかもしれない

 

「もう聞こえてもええか?」

 

「……」

 

頷いたか、ウチだってそれ知って戦うのはちと辛い

やけど何も知らん顔して明日も戦わなあかんから

 

「よし!しゃきっとせんかい!ウチが美味いもんでもつくったるから!明日からまた頑張るで!」

 

「え…?」

 

「どんだけ時間かかってもええから、みんな助けたろうやないか」

 

「……ほんとに…?」

 

「ああ、ウチが約束したるわ、アンタのこと絶対に嘘つきにはせん、アンタが戦ってるんをウチが助ける、アンタはみんなを助ける、やから胸張りや」

 

「………ありがとう」

 

「それでええ、アンタはもっと素直になり、ウチ正直モンの方が好きやねん」

 

「…努力するわ…」

 

「よし、もうせっかくやし酒でも飲もか!盃交わすで!なんてな!」

 

「…悪くないかもね」

 

「おぉっ!?ホンマかいな!ええこっちゃなー!よし!早速食堂行こかー!」

 

この日から、ウチには妹ができた

唯一、私にしか見せない顔があるただ1人の妹

決して姉とは呼ばれないけど、妹として後をついてくる

 

「よし、今日も行くで!」

 

「やってやるわ!」

 

「第一航空戦隊カッコ二人組!出撃や!」

 

「ダサいわよ!」

 

 

 

 

 

 

雷巡 北上

 

「演習にも投入する気ですか」

 

「ん、この前から阿武隈とかにも付き合ってもらってさ、対人でも当てられ始めたからね、ってわけでハンコ押して欲しいんだけど」

 

「阿武隈さんを入渠させてなければ押しましたが、アレでは推進力が高すぎるのでダメです、演習中に相手が怪我をします」

 

「じゃあどうすればいいわけ?」

 

「まず訓練も出撃も演習も全て停止する命令を出しているはずですが」

 

「まさか従うと思ってないよね?」

 

「願ってはいます」

 

「残念だけどお断り」

 

「…そうでしょうね、ですが演習には参加できません、公式に記録が残るものですから処罰を下されますよ」

 

「………はぁ…」

 

「なんですかそのため息は」

 

「強情だなぁって」

 

「…どっちが…!」

 

「何?言いたいことあるの?」

 

「ないと思ってるんですか?」

 

「………」

 

「………」

 

「お互い様みたいだね」

 

「…でも譲る気はありません、提督は北上さんが消えれば、とても悲しむでしょうから」

 

「死にに行くわけじゃないのに、なんでそんな事になってんの?」

 

「出撃こそしてませんが、次バケモノが出た時…北上さんは死んでもそれを倒すつもりですよね」

 

「当たり前じゃん、私たちって艦娘なんだよ?兵器だよ?」

 

「…提督はあなたを人として扱っていました」

 

「でもその提督はもういないんだからさ」

 

「…今はいないだけです」

 

「いつか帰ってくるって?それはいつさ」

 

「……」

 

「そんなの待っても意味はないんだから、もう私は私の思うようにやるよ」

 

「………貴女だけは…それを言っちゃいけなかった…」

 

「………もう死んだんだよ」

 

「…本当にそれで後悔しないんですか?たとえ、明日沈んで、明後日、提督が帰って来たら?私たちはどう、悔やめばいい…!」

 

「知らないよ、そんなこと」

 

「……もう、勝手にしてください、貴女が、死のうが、沈もうが…私は知りません」

 

「……あぁ…わかってるんだ、そこの違い」

 

「…取り返しがつかないことをしようとしてることも」

 

「…そう、取り返しがつかないかもしれないね…でも納得できないんだよね、私や、明石にはなぁんにもないじゃん?」

 

「それは、貴女の欲望です、私を巻き込まないで」

 

「…巻き込むか…ごめん、そんなつもりはなかった、でも…私は…明石ほど強くないんだ、我慢もできないし、心を制御することもできない」

 

「…でも私にはまるで力がない」

 

「………ないもの同士、集まって助け合えるはずなのにね」

 

「…確かにこの差はいくら努力しても埋められません…だから私はこの役職にいる」

 

「………なんだ、持ってるじゃん…」

 

「え?」

 

「……ごめん、もう話す気にもならないや」

 

「………あぁ……提督、貴女が遅いから…北上さんは死のうとしていますよ………どうやっても、助からない死を…望んでる」

 

 

 

 

 

重巡 青葉

 

「…青葉か」

 

「…どうも…」

 

「なに?」

 

「……北上さんが、なんで私たちの心を読めるのかとか、そんなことはどうでもいいです…気になるのは…本当に死ぬ気なのか…」

 

「死ぬ気かぁ…まあ死ぬつもりなのかなぁ、沈んでも、もしかしたらどのくらい低い確率かわからないけど助かるかもしれないし、助かったらなんか嫌だからね」

 

「……だから化け物を求めてるんですか…?」

 

「求めてない、あれが出てこなければ何事もないんだしね」

 

「……嘘です、死にたがりの顔してます…私と同じ顔…」

 

「…確かに、私も味方沈めたらそんな顔しちゃうかもねぇ…」

 

「私を傷つける為に言葉を選んでも、私は退きません……」

 

「……どういうつもり?」

 

「…特に理由はありません、ただ退いた時、後悔してしまうと思ったから…」

 

「………そう、青葉なら後悔するかもね、優しいし」

 

「北上さん」

 

「時々ね、私が私じゃなくなりそうになるんだ」

 

「…」

 

「今は漠然とした不安だけど、これが輪郭をもったら、私は…呑まれる…」

 

「……まだ、待ってください…後少しだけ…」

 

「……いいよ、少しだけ時間をあげるから…本当に少しだけ」

 

「………だから、殺したんですね」

 

「気づいたからね」

 

 

 

 

 

 

???

??? ???

 

『これか…まず、これでスケィスを再び手中に収められる…そうすれば…もう対抗策はない……出番です…行きなさい…さあ、スケィスを返してもらいましょうか…』

 

そう、これは勝てない戦い

 

そして今、登った月に雲がかかる

 

夜はまだ、始まったばかり

 

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

見てしまった

朝潮が、斬られる瞬間を

そして、その凶刃を振るった騎士を

 

何故だと問うこともできない

ソレの周りに蔓延る黒い泡

ウイルスに…AIDAに感染していた

 

「……トライ…エッジィィィィ!」

 

そこから先の記憶は曖昧だった

勝てるわけのない、生身で殴りかかった

そして俺は、気づけばベッドで寝ていた

 

「………」

 

喪失感

何かが抜け落ちた感覚

 

すぐに気づく

 

「スケィス…」

 

再び、手放してしまった

焦燥感に駆られる

どうする、こんなことがあっていいのか

まだ現れていない八相もそうだが、今いるAIDAにすら手を出せなくなる

 

「クソッ…まさか…いや……違う…」

 

AIDAに感染したトライエッジ

そんなものが存在するのか?

トライエッジ、ソレは女神アウラが作り出した対AIDAのプログラム

そして、そのAIDAがソレと行動を共にしていた事例が一つだけある

 

AIDAで造られた偽物

 

ゲームの体ならまだしも、今の生身なんて勝ち目のない状態、判別はつかないが、可能性としてはソレが一番高かった

 

「…朝潮は…誰かいないのか…?」

 

頭が冷静になり始め、恐怖感に駆られながら、ベッドを降りる

 

「提督!目を覚ましたのね」

 

「…大井か…」

 

「…何があったの?」

 

「朝潮は…?」

 

「朝潮?朝潮がどうかしたの?」

 

「………そうか…クソ、完全に…完全にやられた」

 

「本当にどうしたの?」

 

「……スケィスを、切り札を失った」

 

「…スケィスって例のビッグフットでしょう?」

 

「ビッグフットじゃねぇよ…その…AIDA用の切り札だ」

 

「…ソレがないってかなりまずいんじゃないの…?」

 

「不味いどころじゃねぇ…失ったというより、奪われたんだ…またあの敵が出てくる」

 

「手に来たところでまたアレが出てくるわけ!?冗談でしょ…」

 

「現実だ…」

 

「……現実と言えば、提督って生身じゃそのスケィスを使えないのよね?」

 

「あぁ…」

 

「…じゃあどうやって奪われたの?」

 

「……わからねぇ…」

 

「AIDAの能力って人や艦娘の脳に寄生して電気信号を操ることなんでしょう?使えないと思わされてるだけなんじゃ…」

 

「…そうかもしれない、だが…もう切り札はない、俺らに対抗手段は残されてないんだ」

 

「………確かにそうね、でも、あなたがそんなのじゃ何も始まらないわ、それに貴方はまだ意識があるわ、AIDAにやられたら、みんな意識を失うんでしょう?」

 

「……そうだな、俺がなんで意識があるのかわからねぇけど…よし、やってやる」

 

「その意気よ」

 

『そう、その意気で、永遠にここに』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

工作艦 明石

 

「そんな、呉も…」

 

「まさか呉の提督までそんなことになるなんて…」

 

呉鎮守府から提督が意識不明になったとの連絡

ソレはすぐに伝わった

このままでは世界が呑まれる、完全に負ける

此方の対抗策は紋章砲とデータドレインのみ

今までも手数で優っていた訳ではなかった

 

「…一気に広がりますよ、鼠算のように」

 

「北上さんにも…」

 

「………待って」

 

おかしい

 

北上さんは、なんでこうなった?いつ?いつからだ?

 

初めからか? 違うはず

提督がいなくなってから? ソレも理由の一つだろう

 

「……データドレイン?もし、あれにAIDAの力が加わっていたなら…」

 

北上さんはAIDA感染者と言うことになる

そして、意識不明ではないことから…

 

「母体に近い…北上さんにやられると…意識不明になる…?」

 

本当にデータドレインだけが原因か?

驚異的な身体能力の変化は起こっていないはず

那珂さんとの戦いは…

 

どれも怪しく、おかしく見える

 

「わからない、わからない…!」

 

 

 

雲は深く、夜は暗くなる

 

 

 

「………あぁ、わかった、青葉も、翔鶴も、そうだったんだ」



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兵器

雷巡 北上

 

「いやー、助かったよ、水中からの観測のおかげで実験データがこんなに取れるなんてね」

 

「でも、まさか…浮いてる的に対して使う雷撃なんて…」

 

「必要なものなんだよね、私の40門の発射管が泣いちゃうよ」

 

「話だけ聞いてると全く理解できないわね」

 

「さて…もう一回行くよ、次前方400mの目標ね…遠いかな」

 

「了解、潜航します」

 

「魚雷発射」

 

深く、沈む

 

完全に感覚を信じるしかない

 

「今!」

 

噴射機構を動かす、魚雷が急速浮上を始めるな

 

『潮の流れで2時の方向にブレてるわ、距離はいい感じだけれど』

 

「…マジ?うーん…あ、ホントだ」

 

『普通の魚雷より潮の流れが早いところを通る可能性があるし、何よりも見えないのが問題ね、浮上します』

 

「………だけど、これならなんとかできる、わかった、イムヤありがとね」

 

「お安い御用よ、こんな話ならいくらでも手伝わせて!」

 

 

 

「んー、うまく行かないもんだなぁ…さて、続きやりますか…あれ?青葉じゃん、どうしたのそんなとこで」

 

「……その…たまたま見かけたから…」

 

「そ、見ててどうだった?」

 

「……無謀です…水雷戦隊に常に観測役の…潜水艦が求められるし……それに、これ以上の練習も…限度かと…」

 

「観測役については考えてるよ、練習の方は確かにそうかもねー…あれ?今何時?」

 

「ヒトナナマルマルです…」

 

「げっ…やばいなー、時間がわかったらお腹減っちゃったよ」

 

「北上さん…」

 

「ん?なに?」

 

「…貴女はこの鎮守府で一番の練度と、それに恥じない時間の訓練をしているのに…なんでそれに満足していないんですか…?」

 

「この前ね、本当に決戦だったんだけど、気を抜いたら死ぬくらいの…その時、私何してたと思う?」

 

「……戦ってたんですよね?」

 

「そう、でも…有効な攻撃手段は単装砲ひとつ…効きもしないのにさ」

 

「……だからですか?」

 

「それだけじゃない、けど、まあそれが大きな理由、私が強くなきゃ行けないのに、役立たずなんて困るでしょ?」

 

「………」

 

「大丈夫、私はへいきだから気にしないで」

 

「…その…貴女は……」

 

「聞こえないよ、なにも」

 

「……先に食堂で待ってます…」

 

 

私は違う、みんなと違う

私は強くなきゃいけないんだ

私は兵器だから…大丈夫、どんなに辛くても戦える

 

 

 

 

 

 

 

重巡 青葉

 

どうしても北上さんには、私の声が届かない

眠ったままの司令官と、クリスタルの関係性については聞いた

そして実際に見た

私の考えは全て北上さんに筒抜けなんだろうな

なぜかあの人は、私の欲しい時に欲しい言葉を

話そうとしてることの先の話を

私のことなんてなんでもわかってるみたいに振る舞うんだ

 

だから私や翔鶴さんは助けになれない

と言うより、助けられたくないみたいだった

 

だから私のやることはひとつ

北上さんの心の支えがこの人なら、私が助けるんだ

 

 

 

 

 

駆逐艦 朝潮

 

「……」

 

虚な目の騎士は私のそばにいてくれた

私の手を取ってくれた

未だ、私の力となってくれる

それ以外にも、たくさんの手を借りてきた

だけど私が1人の力で成し遂げたことなんて何もない

 

護って欲しい

だけど、私が何かを変えたい

 

矛盾してる

でも、この気持ちがないと前には進まない

 

 

「………あ…」

 

居た

 

私が、唯一私だけが干渉できる相手が

私じゃなきゃ倒せないそれが

 

先に私に触れたのはあなた、だから、私ならあなたを倒せる

だから、だから力が要る

もっと大きな力が

 

 

 

 

 

 

 

工作艦 明石

 

「どうだろうね」

 

「うーん、このデータを見る限り問題自体はないんだよね、言われた通りにできてる、このサイズであの威力のままあんな動きができるんだから」

 

「あとは使い方…いや、そんな簡単な話じゃないのはわかるけど…」

 

「もう何日だっけ、渡してから…一週間かな?」

 

「…本部とかに言って改良してもらったらデータを集めてもらったら?」

 

「ここはそんなに甘い目では見てもらえないから無理だと思う」

 

「あーもう、大本営ってなんでこう、差別したまでしか物を見ないの」

 

「提督が倒れた状態での運営を許可してもらえてるだけで私たちは大分良い扱いを受けてるよ」

 

「…それもそっかー」

 

「…ところで、北上さん、この量のデータいつから取ってたのかな」

 

「…多分朝から?」

 

「……すみません、間宮さん」

 

「はい、なんでしょう」

 

「今日北上さん見ました…?」

 

「…いえ、一度も来てませんけど」

 

「………そろそろ倒れるんじゃない?」

 

「とりあえず、北上さんの明日の出撃は取りやめよう」

 

「そうだね、ご飯の時間だって呼んでくるよ」

 

「あ、あの…」

 

「青葉さん、どうしました?」

 

「これ…それじゃ…」

 

「何?なんか渡されたみたいだけど」

 

「ビデオカメラね…うわっ…録画時間5時間…」

 

「映画2本分ね」

 

「とりあえず執務室のモニターに繋いでみよう」

 

 

 

「…あー、もしかしてこれずっと?」

 

「青葉もずっと居たとしても…少なくとも5時間か」

 

「今日確か出撃してたよね」

 

「うん、哨戒だけだったし1時間もたたずに帰ってきたけど」

 

「良くやる、としか言えないかな」

 

「………目元とかにクマもないし…健康状態の悪さも見えるところにはない…」

 

「北上さんの生活を探る必要があるね」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦曙

 

「敵艦隊見ゆ!先制用意!」

 

「甲標的から報告、戦艦の撃沈判定」

 

「大戦果だ!砲撃のレンジまであと僅か…ボーノ!高角砲用意!」

 

「砲撃始め!」

 

 

 

演習は、問題なく進んでる

 

「勝てたー!やったね!」

 

「北上さんの指示も良かったけど、曙の判断も良かったよ」

 

「さっすがボーノ!」

 

みんな私を認めてくれた

本当に嬉しかったけど

 

「いやー、曙がいると楽だわー」

 

この人の目は、私をどうやって殺すか、それしか考えてない目をしてる

 

「北上さん…?」

 

いつだったか正直に尋ねたことがある

私が何かしたのか、それとも気に入らないのか

 

『いや、そんなことないよ、ただ…曙くらいじゃないとやり甲斐がない…神通達はここには居ないしね』

 

気づけば私の練度が30を超えていた、間も無く40になる

ずっと演習担当だったのだそして、私の練度は2番目に成っていた

だから…だけど、あの人は数値しか見ていない

いや正確には、自分を含めた全てをものとして見てるんだ…

心を殺して、兵器になるつもりで

だから強くあろうとしてる

 

心の支えがいらない強さを求めている

 

 

独りよがりの強さは、身を滅ぼすのに

 

 

 

 

 

 

軽空母 鳳翔

 

「ねぇ明石、これどう言うこと」

 

「それの通りです、無理な訓練量、不規則な生活、いつ倒れてもおかしくありません」

 

「…で、謹慎?従うと思ってる?」

 

「従っていただきます」

 

「今日はえらく強情だね、何度でも言うけどわたしはこんな命令は効かないから」

 

「艤装の方も押さえてあります」

 

「…阿武隈のでも使うから関係ない」

 

「空母機動部隊以外は今日は出撃しませんので、全員分押さえてあります」

 

「………用意周到だね」

 

「私が進言しましたので」

 

「……鳳翔さんねぇ…何?私に恨みでもあるわけ?」

 

「いいえ、ですがあなたのやってる事は自殺です」

 

「自殺行為ってレベルじゃなく自殺?私は生きてるよ」

 

「心を、殺しています」

 

「………何がわかるのさ」

 

「私にはわかりませんでした、ですが、あなたを慕う人にはわかることなんです」

 

「慕う?誰が…私を慕う暇があればもっと強くなってよ、こんな役に立たない私が、水上に立つ必要もないくらいに…!」

 

「あなたは、戦いたくないのですか?」

 

「戦いたいから苦しんでる…!」

 

「あなたは、十分に強いのに?」

 

「…化け物相手に何もできない、戦艦ほどの火力もない、頼みの綱の雷装はまるで意味をなさない、どこが強いんだよ」

 

「そうですか、私が話を聞いた人はみんな、あなたを強いと言いましたけど」

 

「………弱いから心を殺してるんだよ」

 

「そうです、心のない兵器なんて強くないんです」

 

「それでもいい、少しでも役に立てるなら」

 

「…やっぱり、私じゃだめですか」

 

「ダメだね、代わりなんてない」

 

「………あなたはもう諦めてるんですか…?」

 

「…いつからだろうね、提督は死んだって思うようになったの」

 

「そんな…まだ死んでません!」

 

「夕張がそう言ったって聞いてからかな、いや、あの化け物を倒した時だ、私は何も与えられてない、そう、提督が死んだんじゃなくて…私は…捨てられたんだ」

 

「そんな事ありません!」

 

「なんでそう言えるの?私にはわからないよ、ねぇ、明石…本当に赤司はそう思ってる?」

 

「………っ…」

 

明石さんにとっても、痛いところだったようですね

 

「そこまでです、わかりました、そんなに訓練がしたいのなら、して良いでしょう」

 

「鳳翔さん!」

 

「…今は何を言っても無駄です、それに、短い期間でしたが、私はそこまであの人を思慮のない人間だと思いませんでした」

 

「じゃあね、また来るよ」

 

「………もう…!」

 

「北上さん、一つだけ」

 

「…」

 

「あなたが捨てられた、と言うのなら、あなたはここを出る資格があります」

 

「知ってる、でもその時は私が選ぶよ、ここを捨てるかどうか」

 

「………捨てる、と言うのですね」

 

「…私にはもう微かな情しかない…思い入れはもう、ほとんどないんだよ」

 

思ったより、深い傷になっていたようですね

何度も何度も、自分で気付かずに抉った傷…

 

「世代交代の時期かもしれませんね、すぐに春が来ます」

 

「………それだけば絶対に許しません」

 

「そうですね、私も防ぐ努力をします」



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壊れた日

呉鎮守府

駆逐艦 荒潮

 

「お願いします!もうやめてください!」

 

「お断りよ!早く出てきなさい!朝潮!」

 

提督が倒れて数時間

提督が朝潮ちゃんの側にいたオバケの様なのに倒されたのは、みんなが見た

そのオバケが朝潮ちゃんの友達?だと言うのは私しか知らなかったから、現状解決のために2人でお話をしようとしたのに

何を察知されたのか、大井さんに全て筒抜けだった

朝潮ちゃんを引き摺り出して殺してやると息巻いてる大井さんを止める手立ては残念ながら私にはない…

 

「朝潮!!」

 

「朝潮ちゃんがやった訳じゃないのにぃ…!」

 

私たちの部屋には鍵がかかっていて、その鍵穴も潰されていた

正直朝潮ちゃんがどうなっているのかすごく不安だけど、大井さんを止めないと、中に入るほうが危険

 

「もう埒があかないわ…壊します!」

 

「は、本当に朝潮ちゃんを撃つ気なのぉ!?」

 

「…荒潮、下がらないのなら…痛い目を見てもらいますけれど」

 

「…下がる気はないわ…!」

 

正直死にたくはないけど

もう姉を失いたくない気持ちの方が強い

 

「………」

 

「…お願いします…やめてください…!」

 

「……30分待ちます、納得できる答えを用意しなさい」

 

大井さんなりの譲歩

あの頭に血が登った状態からこんなにいい話を引き出せたのなら御の字

 

「ありがとうございます…朝潮ちゃん、聞こえてるわよねぇ…?お願いだから開けて?お話をしましょう?」

 

残念ながらこの扉が開くことはなく、私は隣の部屋の窓から外壁を伝って中に入ることを試みた

ここは2階なので死にはしないと思えば気が楽だった

 

中の様子は真っ暗で、窓から入る光以外に照明がついている様子はなかった

そして、部屋の真ん中で倒れている自分の姉

 

やはり、鍵穴は誰かに潰されていたし、姉は何かの被害にあっていたとみて良いはず

 

急いで部屋の前に戻り、ドアを砲で破った

 

「朝潮ちゃん!」

 

駆け寄り、息があるか確認をする

 

「…息してない…!心臓は…脈…!だ、誰かぁ!!」

 

非情なもので、この声に駆け寄ってくれた人はいても、姉を積極的に助けようと手を差し伸べる人は居なかった、躊躇っている様子はあったのだけど

 

必死に己の手で心臓を何度も押した、何度も助けを呼びながら

少しして、ようやく姉は危害を加えられる状態じゃないとわかったのか、手を貸してくれ始めた

救急車もすぐに来た

 

結果として死にはしなかった

 

何故そうなったのかはわからないと言われた

何かの病気という訳でもなかった

大井さんとの約束も破った、未だ意識の戻らない姉に何をかけというのか、そう思いながらも、病室に大井さんを迎え入れた

 

彼女は優しかった、両肩に手を添え、ただ何も言わず側にいてくれた

怖かったが、アレは冷静ではなかっただけ、「今、私はあなたと同じ気持ちです」と「一緒にこの事を解決しましょう」と、味方になってくれた

顔を見ることはできなかった

ただ、悔しいのだろう、肩に置かれた手に力が入っていた、歯が軋む音がしていた

 

 

 

 

 

 

雷巡 大井

 

わかっていたのに

朝潮が危険だと、でも、提督がああなって…意識不明になって、その原因は朝潮にあって

 

許せなかった

朝潮が倒れた状態で発見された時、私たち姉妹と川内のところの姉妹で集まっていた

この鎮守府で指折りの強さを持っていたから

姉に叱責を受け、川内と妹に慰められ、神通と那珂に励まされ、朝潮とゆっくり話そうとした時にこうなった

 

私が冷静じゃなかったからこうなった

でも、謝れなかった

私が絞り出したのは、あなたの気持ちがわかる、だから貴方を利用する、そういう意味だ

余裕を見せなきゃいけないと、ずっと思っている

 

仲間なのに

 

 

 

 

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

いつからだろう、ここにいるのは

俺はいつまでここにいるのだろう

 

ここは幸せだった

何をしてもうまくいくし、想い人と結ばれていた

何もかもがうまくいっていた

 

なのに、何かに焦がれている

なんでなんだ?

 

もう、何年も、何十年も経った、そんな気がするのに

 

ふと、目の前にソイツが現れた

 

「…よぉ」

 

めんどくさげに挨拶をした

 

「…キミは、今、幸せなのかい?」

 

「……幸せなんだろうな…俺にはわからねぇけど」

 

「なんでわからないの?」

 

「…満たされねぇ…こうじゃねぇって思うんだ」

 

「…何がダメなの?」

 

「………わからねえ…わからねぇけど…」

 

「…本当に、この世界を捨てて後悔しない?」

 

「…知ってるんだよ、ここが作り物の偽物だって、でも気づいた時には遅かった、どれだけの時間が経った?時間の流れが違っても、俺は確実に置いていかれるんだ」

 

「キミが一緒に歩く事を望めば…みんなそれに合わせてくれる」

 

「…だろうな」

 

「そうだよ」

 

「…じゃあ、あんたはなんで1人で突っ走ったんだ?」

 

「……この戦いは、1人で戦ったら、確実に負けるから、キミや、僕みたいに」

 

「カイト、だったらなんでお前は1人で戦ったんだ?まさか自分が見本になろうってか?」

 

「違う、1人になった人を、助けるために…だから、キミや皆んなの中に僕はいるんだ」

 

「プライバシーもクソもねぇな」

 

「それはごめんね」

 

「…ああ、でも、ここは幸せだ、何かを求めることも、求められる事もない」

 

「ここに、残る?」

 

「………冗談だろ?リアルで誰がどんだけ苦しんでるのか、それに気づいた以上、戻らない選択肢なんてない」

 

「よかった、もし、戻ろうとしなければ僕には何もできなかった」

 

「なぁ、ついでに外のことを教えてくれるか?」

 

「…君の見た、朝潮がやられた時点で、僕には何もわからないよ、直接的な僕とのつながりが…僕を誰かの中に産む、正確な事を言うと、深い関わりがあって、僕をよく知らないと僕はその人の中に存在できないんだ」

 

「生きてるのか?」

 

「わからない…僕には、外のはわからない、だけど、みんなで力を合わせれば、きっと前に進める」

 

「…そうかもな、俺もいつも仲間に助けられて来た…それに俺はもう決めたんだ、俺が関わったもの全てに関わり抜くと」

 

「それがAIDAでも?」

 

「…あぁ、どうせ俺の頭ん中にもいやがる…これを消すのか、それとも付き合い続けるのかはわからねぇけどな…でも、AIDAの中にも共存を望む奴もいる」

 

「そうだといいね…」

 

「さて、帰らせてくれ」

 

「…最後に一つ、伝言を頼みたいんだ、僕じゃどうしても伝えられないから」

 

「みんなの中にいるんじゃなかったのか?」

 

「…そうかもしれないけど、あくまで僕は僕で、その子の中にはいない」

 

「意思は共有できないのか」

 

「みんなの頭にネットが繋がってたら良いんだけどね」

 

「ゾッとしねぇな」

 

 

 

「ちゃんと、伝えてね」

 

「…任せとけ、またな」

 

 

 

 

 

 

 

真っ白な天井

周りには誰もいない

繋がった点滴をとりあえず杖代わりにして進む

少しして気づいたがあれは医務室で、鎮守府からは出ていないらしい

 

そして本当に誰もいない

歩行の感覚が戻り、点滴を抜き捨て、まず司令室へと走る

 

なぜ誰も出てこない?

 

ふと窓を見る、明るい、時計を求めて彷徨う

まさかここがまだ夢なのか?

違う、それは違う

 

部屋に転がり込み、着替える

パソコンを起動し、データベースを読み込む

 

出撃記録はない

遠征も

演習も

 

ここは放棄されたのか?

 

「どこにいきやがった…」

 

他にも調べることがある

 

「朝潮は…」

 

やはり誰かを捕まえる必要がある

司令室から全体に呼びかける

 

 

反応がない

 

おかしい、なんでだ?

 

 

 

背後に気配を感じて振り返る

 

「………成る程、ここはAIDAの領域か」

 

薄紫色のマスコットを見る

 

『・・・☆・$+・』

 

「…お前が…AIDAか」

 

『・・%♪÷・・・○÷=・÷・』

 

「悪ぃけど、なんて言ってるのかわからねぇ」

 

『………』

 

もう一度、俺は目を覚ました

 

 

 

 

 

「おい、起きたぞ!大井を呼んでこいクマ!」

 

「提督!生きてんのか!?」

 

頭に響く

 

「…るせぇ……頭いてぇ…」

 

頭がガンガンする

だけどそんなことに構ってる暇はない

 

「…おい、何があった?俺の寝てる間に何かあったろ」

 

「朝潮が倒れたニャ、死んではないけど目は覚ましてないニャ」

 

「……生きてるんだな?怪我もしてないんだな?」

 

「大丈夫だニャ」

 

「目が覚めたって本当ですか!!」

 

一際大きい声が頭に響く

 

喋る気力もなく、頭を抱え込む

 

「提督!」

 

何かがのしかかってくる

 

死ぬほど重い

 

「…大井、どけ、やる事がある…」

 

確かめなくてはいけない

この、喪失感の正体を

 

「駄目です、退きません、寝てなさい」

 

力づくで退けようとする

全く動かせない

 

「………俺は、どれだけ寝てたんだ」

 

「二週間だニャ」

 

年と言われなくてよかった

 

「なら動く、邪魔をするな」

 

「……提督、鏡を見てください」

 

「やつれたってか?」

 

「こっちだクマ」

 

球磨の持った鏡に自分の顔が映る

髪が真っ白になっていた

 

「………で?なんだ?」

 

脳が時間の経過を誤認したからか

それともストレスからか

 

「俺の髪が白髪になったからなんだよ、俺は動く必要がある」

 

「…こんなことになって大丈夫なわけ無いでしょう、大人しく寝てなさい…!」

 

「………」

 

ー1人で戦ったら…ー

 

「……あぁ、わかった、じゃあ明日には戻るからな、ここは医務室だよな?」

 

「病院です、流石に医務室で何日も過ごせるわけないじゃないですか」

 

「…………そうか、じゃあもっと大人しくしてくれ」

 

ふと花瓶が目に入る 

 

「忍冬か」

 

「ごっ…ご存知なんですか?!」

 

「……まあ、な」

 

「クマ、球磨たちはそろそろ戻るクマ、明日の用意があるクマ」

 

「多摩も失礼するニャ」

 

「んじゃ俺も、姉さんの分の仕事は片付けとくから、面倒見てやってくれ」

 

「え、あ、ありがとう…?」

 

「なんだ?あの花あいつらが唆したのか?」

 

「あ、いえ、私がたまたま花屋で……じゃなくて!えっと、安かったので!」

 

「……忍冬の花言葉、知ってるか?」

 

「…いえ」

 

「…愛の絆」

 

「そ、そそっそんなつもりあるわけ無いじゃないですか!深読みのしすぎでは!?」

 

「まあ、なんだ、次から勘違いされないように次からは気をつけろよ」

 

「…………そうですね、良い教訓になりました」

 

なんかやばい寒気がしたが気にしないことにする

 

 

 

 

 

翌日

 

「迷惑をかけたな、本日より仕事に戻る」

 

幸いなことに仕事は溜まっていなかった

だが、これから不味くなるだろう

まさか人間のAIDA感染者として、自分がカウントされるなんてことはまず防がねばならない

なんとか隠し通す必要がある

 

そして確認しなくてはならない事がある…

 

俺に幻覚を見せたのは八相の一つ、イニスの能力と見ても良い

アレは集団に幻覚を見せ、その空間に閉じ込めることなど容易にできる

そうなると気になるのはイニスの所有者だ

これからするべき事

 

イニスの所有者である、日下千草の無事

そして俺のスケィスの行方

 

そしてなによりも、カイトの伝言を伝えるために

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

工作艦 明石

 

「……この命令書、どうしますか?」

 

「流石に逆らえないレベルです、翔鶴さんの他への移籍はもう避けられません」

 

「………装甲空母かぁ…って言っても本人はまだまだ練度不足、大規模改装なんて難しいのに…」

 

「北上さんはそれを2回も成功してますよね」

 

「………いや、条件さえ整えば誰でも成功はします」

 

「条件?」

 

「一つ、練度がとても高く、必要な資材などが揃っている事、彼らは基本的に誰でも達成できるものです、時間をかければ…そして二つ目、本人がそれを強く望み、それに対応できる才能を持っている事、才能がなければ、どうしても改装は成功しません……ただ、後からその才能が出てきてくれる事もある為…なんとも、そして最後、自分の意思を殺す事」

 

「自分の意思ですか」

 

「強く望んでいて、なおかつ求めちゃいけないんです、北上さんはやってのけましたが…改二なんてほとんど確認されてない、北上さんの戦果を正しく報告したら勤め先は大本営でしょうね」

 

「翔鶴さんはどうでしょうか」

 

「………無理だと思います、彼女の練度は20手前です、無理矢理練度をあげても…本人がそれを望むかどうか…」

 

「失敗したら如何なるんでしょうか……」

 

「…言えません」

 

「言えない?」

 

「工廠で過ごす、改装を担当する者だけが知っています、言えるのは失敗すれば帰ってこないと言うことだけ」

 

「………それって…」

 

「少なくとも私が知る限りは帰ってきた人はいません…この命令書は間違いなく大本営の作った物である以上無視もできません、翔鶴さんを殺す決意をしなければ、より多くの人を殺すことになります…」

 

「本気ですか」

 

「………できることならやりたくない仕事です」

 

「やはりここは良い環境ではありませんね…」

 

「今更ですよ…少し夢を見過ぎました」

 

「…本人と話しましょう」

 

「…そうですね」

 

 

 

 

 

 

「そう…ですか…」

 

「えぇ、その…本当に……」

 

「頭は下げないでくださいね、私、沈んできます」

 

「は、早まらないでください!」

 

「…だって私が失敗したら次は赤城さんや加賀さんに手が伸びるかもしれません、それなら自殺した方がまだマシですから」

 

「多分どのみち手が向くのでは…」

 

「………わからないんです、どうしたらいいのか、正直その話受けたふりして大本営に行って関係者全員巻き込んで死んでも良いんですけど」

 

「やめてください」

 

「死ぬ覚悟はまだしてなかったので、正直辛いんですよね」

 

「…やっぱり無理だって伝えませんか?」

 

「時間くらいは稼げるかもしれません」

 

「本当に稼げるでしょうか、より悪い結果を招くだけだと思います」

 

「………」

 

頭が痛い

 

「じゃあ如何するんですか?折角の命を無駄にしに行くような物です」

 

「迷惑はかけたくありません」

 

「明石さん」

 

 

もうそこから何も聞こえなくなってきた

ああ、ストレスが溜まる

なんで私が生殺与奪を決めなきゃ行けないのか

何より私が決めても何をしてもしこりは残る

どうするのが正しいんだろう

真剣に考えてるのに…

 

 

疲れたなぁ…

 

 

結局答えは出なかった

どんなに話しても翔鶴さんも鳳翔さんも意見を変えない

当然だろうけど

 

 

疲れた、私はただの代理で、ここにおいて一番権力を持ったけど

私はここを変えたくなくて

 

「おぇ…おぇぇぇ…ッ…」

 

私の独断で何かをして、私はどうしたら

 

 

頭がくらくらする

目の前が白く明滅する

 

嫌だ、逃げたい…なんでこんな事に…

 

「……私は……頑張ってるのに…」

 

なんで誰も認めてくれないの…?

結果は出ない、本部は何も支援してくれない

横須賀の支援物資で生活はマシになっても

本部がまともに取り合うようになっても

来る命令がこれで、今私が求めてるのは、敵

 

あんな、深海棲艦より、ずっとよくて、みんなの脅威を

 

私はずっと待ってる

 

戦っている間はみんな何も考えない

その場で必要なことだけしか考えない

それぞれが必死だから、私は私以上の仕事を求められない

 

喜ばしいことを、喜べない

 

北上さんも、私を責める

翔鶴さんの意見を受け入れたら、みんな助かるけど、みんな私を責める

鳳翔さんの意見を受け入れたら、みんなが危険で、そして鳳翔さんに私が責められる

誰も労らない

前線に立つことすらしないから

 

最後に誰かの装備を修理したのはいつだったか

今では夕張に任せっきりだ

 

最後に誰かと笑い話をしたのはいつだったか

苦笑いをすることしかしてない

 

呉から連絡が来る

 

『もしもし、聞こえるか?』

 

「…っ……」

 

声が出ない、応答しようとしてるのに

声の主は男、つまりどうやら向こうの提督は復帰したらしい

喜ばしいことだ

 

『おい…?おい!大丈夫か!?』

 

「…はい…」

 

必死に声を絞り出した

何を言われるのか、もう喋りたく無いのに

 

『な、なんだ?大丈夫なのか?』

 

「…はい…」

 

『…なんだ、その、色々用件はあったが伝言を頼まれたんだ、忙しそうだしそれだけにしておく、「とにかく、良いと思えることをやって行こう、そうすることでしか、前に進めないから」だ、そうだ…』

 

「………」

 

なんだろう、誰かに言われたのかな

知ってる気がする

 

『信じちゃもらえないとは思うが、これはカイトに言われた言葉だ、あいつはちゃんと見ててくれてるらしいぜ』

 

ああ、そうか、あの人はいつも道を示してくれてたな

 

「…そうですか、分かりました、態々ありがとうございました」

 

別に私はみんなを引っ張る力はない

だけど

 

 

「折角そんなこと言うなら、私に直接伝えて欲しかったなぁ…」

 

 

あの人が私を、もう一度だけ、私たちをもう一度だけ引っ張ってくれるなら

 

 

 

「よし、全部やる」

 

もう疲れた

考えるのはやめた

 

 

 

「翔鶴さんの改装の件は意見具申し、再検討をお願いしました」

 

「な、なんでですか!?ここが危険に晒されるんですよ!」

 

「今の段階で戦力が1人でもいなくなることの危険性を伝えました、再考をお願いしています、明日にも新たな敵が出るかもしれません、それに、時間があれば改装に耐えうる可能性もあります、翔鶴さんにはギリギリまで待ってもらいます」

 

「……後悔しないでくださいね…」

 

「私からみんなに伝えます、私はこの件について納得する答えを出します」

 

 

 

 

「以上です、独断で動いて申し訳ありません、ですがこれが最善だと考えました、言いたい事があるのでしたら、好き時に私のところに来てください、鳳翔さんにも暫く執務室から離れて抱きますので」

 

「質問があるのですけれど」

 

「なんでしょうか、加賀さん」

 

「あなたはどういう形で責任を取るつもりなのですか?」

 

「そこまで考えてません、でも、もうどうしようもないので、良いと思えることをやります、取らなければならないのでしたら私の首ならいくらでも差し上げます」

 

「私達全員の首を処刑台に乗せておいて?」

 

「じゃあ翔鶴さんを見捨てる選択肢を、あなた選びましたか?」

 

「愚問ですね、あなたと同じ選択を取りました、何も問題はありません」

 

 

 

雷巡 北上

 

「………やっぱみんな強いなぁ…」

 

羨ましいや

 

私はそうはあれないから



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嫉妬

雷巡 北上

 

「………」

 

気付いてた、私がおかしくなってるのは

 

「ふふっ」

 

でも、体が、不思議とすごく強くなってる

 

「あはっ」

 

体が軽くて

 

「いいねぇ…」

 

なんでも壊せる

これでやっと私も、みんなを助けられる

 

 

「あれ?ねぇ、何やってんのぉ?」

 

なんでこの子は動かないんだろう

 

「大丈夫?阿武隈ぁ?」

 

あはっ

ボロボロじゃん、なにしてんの?

 

「ねぇ阿武隈?」

 

なんで私をそんな目で見るの?

 

「……あっれぇ?………なんで?」

 

あ、そうか、わかった

 

「成る程ねー、敵かー」

 

殺そうとして、撃とうとしてようやく気付く

 

私は何やってんの?

え?なんで阿武隈が…あ、違う、やったの私だ

私が阿武隈を殺そうとして…

 

誰か、誰かいない?

 

周りには誰もいない

 

「………阿武隈、1人で帰って、本当にごめん」

 

手を差し伸べることはできなかった

沖へと静かに進む

 

頭が侵食されてるのにようやく気付いた

怖い

 

仲間を助けたかっただけなのに

 

 

 

 

 

なんで仲間を殺そうとしたんだろう

 

 

 

 

 

 

工作艦 明石

 

「本当ですか…?」

 

「はい、北上さんを追って翔鶴さんと青葉さんが出ました」

 

「それは構いません、阿武隈さんは」

 

「意識不明です、おそらく、気絶などとは違います」

 

「………」

 

「どうされますか?アオボノちゃんに頼みましょうか」

 

「……先に事情を聞く必要があります、捕縛するようにと…」

 

「それだけですか?」

 

「……絶対に沈めないようにと」

 

「わかりました」

 

「北上さんは…私たちの大事な仲間です」

 

私のせいか

翔鶴さんのことに気を取られた隙にこんな事になったのか

 

待て、まだだ

 

「後夕張を呼んでください」

 

 

 

「どうしたの?明石、今そんな状況じゃないでしょ」

 

「どんな状況なら呼んでいいのよ…ねぇ、確か艤装って発信機ついてたよね」

 

「紛失防止とかにね、でもここ、それ用のツールがないから特定できないでしょ」

 

「作れない?今すぐに」

 

「………本気?いや、確かにパソコンにはダウンロードしてるから見れなくは…」

 

「早く!」

 

「りょ、了解…」

 

電子関係は夕張に任せれば大体いい答えが来る

 

「そう、この海域に今いるみたい」

 

「……燃料とか弾薬はどうしてるのかな」

 

「もう1日よね…全く動いてる形跡がないわ」

 

「翔鶴さんと青葉さんも戻ってこないし、2人の方も追いたいんだけど…そっちは艤装が外されてる、戦闘能力がない状態で追いかけたみたいですね」

 

「…………ねぇ明石」

 

「なに?」

 

「幾ら何でも艤装を外して追うかしら、つけて行くのにわずかな時間しか、かからない…敵が出るかもしれないのに…それで、さらに言うと…あの2人がなんらかの理由で操れてたりとか…」

 

「……ない、と言います、結果はどうあれそんな可能性はありません、認めません」

 

「……おっけー、忘れるよ」

 

「とりあえず指定の海域にアオボノちゃんを主軸にした艦隊を」

 

「連絡した、今向かってくれるはずだよ」

 

「………なんだろう、この寒気は」

 

「…杞憂だよ」

 

AIDAの感染者となった北上さん

艤装すら付けずに飛び出した翔鶴さん青葉さん

 

AIDA 凶暴化を引き起こす、電子のウイルス

 

感染者の身体能力を飛躍的に高め、感情を暴走させる

 

起きた事例で、詳しいことは那珂さんの件で色々あったが…

 

「……あれ?那珂さんも艤装つけてなかった…よね」

 

「いつの話?」

 

「………ウイルス、って言われて…すっかり…もしかしてAIDAは形を…持てるの?」

 

AIDAを武器にする

 

そういえば那珂さんとの戦闘の報告で、那珂さんはクナイのような何かを使っていたとあった

これが形を持ったAIDAなら?

艤装を持たない理由はそれがあるからだろうか

そして翔鶴さんと青葉さんも…

 

 

いや、そう決めつけるのは早い、ただ説得に行っただけかもしれない

 

だけど私はもう決めつけている

あの2人もAIDA感染者だと思ったから、アオボノさんに任せた

 

「…ぅっ……」

 

「大丈夫?明石、やっぱりまだ調子悪いんじゃ…」

 

「………大丈夫…大丈夫だから」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙(青)

 

「見つかった?」

 

「どこにも、変ですね、この辺にいるはずなのに…」

 

「扶桑はそのまま、艦載機はどう?」

 

「…あかん、見つからんわ、ホンマにこの辺なんかいな…」

 

「…艤装だけ捨てた?北上ならやりかねない…」

 

「金剛さんから通信来ました、青葉さん、翔鶴さんを発見したと」

 

「………その2人だけでも連れ帰る…?北上は何処に?」

 

『こちら明石、北上さんの捜索を打ち切って帰投してください』

 

「本気?」

 

『…此方としても苦渋の決断です、それになにより、あなたの力を失えば、私たちは完全に無力になる』

 

「…北上はどうするの?」

 

『近海は赤城さん、加賀さんに艦載機での捜索お願いしていますので、とりあえずはそのまま…先に青葉さんと翔鶴さんです、万に一つでも感染していたら…』

 

「…ok、阿武隈の方は?」

 

『まだ意識が戻らないですね、AIDAに寄生されたと見ていいかもしれません』

 

「あんたがデータドレインを使いたくない気持ちはわかるけど、何が起こるかわからないリスクより助けられる可能性に賭ける方が良いに決まってるわよ」

 

『そうかもしれません』

 

「…じゃ、帰投するから…待って、北上発見、遅くなるかも」

 

『え!?』

 

通信を切る

 

「私が近づくから手を出さないで…ただ覚悟しておきなさい、必要なら沈めるわ」

 

息を呑む

此方に向いてすらいない

 

「……ねぇ、アオボノ、どう思う?」

 

体が石みたいに固まった、進めない

此方を見もせず、正確に私と当てられる

寒気がする

 

「…何が」

 

「提督は死んだのかなって」

 

「………生きてるんじゃないの?」

 

「アオボノもそっち派かー」

 

たはー、と大袈裟なリアクション

やはり此方を向かない

 

「…ねぇ、北上、戻って「帰らないよ?」」

 

「私は帰らない、だって帰る意味ないじゃん」

 

「…阿武隈に謝らなくていいの?あんたあいつのこと嫌いじゃないんでしょ?」

 

「うん、でも謝れないかな…いや、謝らない、うん…もう謝ってどうにかなる話じゃないから」

 

「…何をする気?」

 

「みんな、認めてくれないんだよ、提督は死んだし、私は弱いって」

 

「……アンタは十分強いじゃない」

 

「…………何が?」

 

初めて此方を向いた北上

そして、その目は黒く染まり、赤い点が瞳孔のように此方を刺す

目元からは黒い涙のような液が絶え間無く滴る

 

「私には何もない、力なんて、駆逐艦どもがたまに出せる紋章砲すら…私には何があるの?技術を磨いても、どんなに頑張っても…!あれ一つ見たら、もう何もかもが霞む…!アオボノ、あんたの腕輪、何でアンタがもってんの?私がそれを手にしてたら、いや、私じゃなくても…明石や朝潮みたいな、長い時間を過ごしたやつなら諦めもつく…!なんで…なんでアンタなんかが…!」

 

「………嫉妬ってワケ?」

 

「嫉妬…フフ…Oh shit…なんてね…アハハ…何?馬鹿にしてんの?」

 

「今の私が悪いの?」

 

「嫉妬だよ?何か文句ある?私には何もないから…ソレが欲しい…私が救うって決めたみんなを私が助けるために……」

 

「阿武隈を殺しかけておいて?」

 

「…阿武隈には悪いことしたなぁ…でももう謝れないんだ、提督にもどうせ会えないし、全部壊すことにしたから」

 

ボコボコボコ

北上の背から黒い泡が無数に現れる

 

「あんなのに入って保存されてる提督見てもさー、わかる?ホルマリン漬けみたいじゃん…可哀想だし、さっさと壊してあげようかなって」

 

泡は無数に増えて、広がって、私たちを取り囲む

 

「でもそんなことしたらみんな止めるでしょ?だから悪いけどここで沈んで行ってね、アオボノから腕輪をもらって、私が使って、助けてあげて…アハ…」

 

「…酷いマッチポンプね…」

 

「マッチは誰が擦ったのかなァ………」

 

「クソ提督よ、アレのせいでこんな腕輪を手にした」

 

「…要らないんなら捨てなよ」

 

「そうしたいに決まってるわ、でも、私の意思で捨てられ無いのよ」

 

「じゃあ…腕だけ取り外してから考えるかぁ…」

 

北上の魚雷管の一つがAIDAに呑まれる

 

「…これって実はこんなこともできてさ…」

 

形を変える、腕についたソレが丸ノコギリのように回転を始める

 

「…完全に使いこなしてるってワケ…?」

 

「ちょーっと痛いかもしれないケド、良いよねェ…?」

 

「良くないわよ、戦闘用意!」

 

「邪魔は良くないよ」

 

「アオボノ!」

 

「……サシがいいってワケ?」

 

味方とも切り離される

 

「そうだねぇ…」

 

「…雷巡と駆逐艦なんて…アンフェアにも程があるわよ」

 

「いいじゃん、強いんだから」

 

「………アンタは怒るかもしれないけど、私は弱いわよ」

 

「強いよ、明石も強い、アオボノも明石も、私は届かない高さにいる」

 

「…それは心?」

 

「そうだね」

 

「………アンタは優しすぎんのよ」

 

「…AIDAってさぁ、多分思ってるよりやばいんだよね」

 

「…いきなり何?」

 

「翔鶴も青葉も、私の指先ひとつで操れるし、考えてることも分かる」

 

「…どう言う意味」

 

「深海棲艦に近いんじゃないかなって」

 

「…なんで?」

 

「私も半分沈みかけたからねぇ…データドレインされた時に、死にかけた、の方が正しいのかなぁ?」

 

「で?」

 

「翔鶴と青葉、私の指先ひとつで動くって言ったよね、今何処にいると思う?」

 

「…鎮守府」

 

「……そう、そして、私はあの偽物の提督はいらないんだ」

 

「………わかったわ、やってやろうじゃない」

 

「そうこなくちゃ」

 



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寄生体

駆逐艦 曙(青)

 

「さあ来なさい!」

 

音を立てて魚雷が水に落ちて行く

流石に雷巡

40もの大量の数が急浮上してくるとしたら…

 

慎重にかわす用意をする

 

「さっきアンフェアだって言われたけどさぁ…それはこっちのセリフかもね?」

 

「どう言う意味よ!」

 

「…イムヤから潰してあげようかって話なんだけど」

 

バレてる、魚雷対策に編成したイムヤの存在が

自分のすぐ真下にいる観測手がバレている

そして潜水艦を沈められたらどうなるのか想像もできない…

 

「…ご忠告感謝するわ、でも1人じゃキツそうだから2対1よ!」

 

沈んでいた魚雷が跳ね上がり

前方で爆発する

破片が飛び散る

皮膚や服が裂ける

 

「…コレ、かわしても危ないわけね」

 

「時間経過で爆発するからねー、さて、本番だよ」

 

もう一度魚雷を沈められる

そして今度は、こちらへと迫ってくる

 

「やってやろうじゃない!!」

 

主砲を向けて放つ

 

「効くと思う?」

 

あっさりとAIDAに防がれる

あんなものをどう破壊するか

データドレインを仕掛けてもかわされたりして意味をなさないんじゃないのか

かわされなければ…いけるのか?

 

考えろ考えろ

思考を止めるな

 

「思うわけないでしょうが!次はコレよ!」

 

北上の足元に雷跡

 

「…!」

 

爆発

水柱が立つ

 

自分も回避行動を取り始める

魚雷は浮上を始めている

暗い、見えない…

 

水面を睨みながら急いで離れる

 

「…がっ!?」

 

首に手がかかる

 

「つっかまーえた」

 

赤い点が刺すように私の心臓を見ている

首を掴まれまま持ち上げられる

 

「馬鹿だなぁ、守りが間に合わなきゃ倒せるとでも思ってたの?油断もしすぎだし…舐めんなクソガキ」

 

「…かっ…ひゅっ……」

 

息ができない…

でも丁度いい、この距離なら外さない

 

身長差があるとは言え、腕の長さが違うとは言え届く

 

北上に、今なら手が届く

 

両手を向ける

片手の砲を向けた

もう片方の手には、データドレインを展開した

 

「ッ!そんなもん…!」

 

丸ノコギリを振り上げ私の手に向けて振り下ろされる

痛い痛い痛い痛い

覚悟の上だ、でも一瞬では手は落ちない

 

0距離からのデータドレインは確実に北上に届く

 

 

 

ベシャッと音を立ててうつ伏せに地面に落ちる

右手はまだ繋がってるけど、早く治療しないとまずい

 

「アァァァァァァァァ!!!」

 

北上はもがき苦しんで…

データドレインでもがき苦しんでる?

何故?確かにコレも攻撃だろうけど…

 

「よ…くも……だけ…どまだ…!」

 

まだ正気ではない目

プロテクトを破壊できてない状態でのデータドレインではこうなるのか

効いてない

 

「ふ…ふふ………舐めたマネしてくれた…ね」

 

もう一度だけ手が届けば…

 

立ち上がり、もう一度対面する

傷が痛い

別にまだ死にはしないけど、もうこの腕を早く治したい

 

「心配しなくても…まともに戦えないよ、もう」

 

打撃

AIDAをムチのように伸ばして打撃

徹底的に打撃

 

反撃の暇すらない

 

イムヤはどうしてるんだろう

攻撃してくれないのかな

 

重いのを一発もらって空中に放り出される

 

ああ、イムヤはもうやられてたのか

なんとかぎりぎり水面に浮いていたが、あっちもボロボロだ

 

 

じゃあ、私がやるしかないのに…

 

もう投げ出したいのに

 

「こんなスタート直後に終われるわけないじゃない」

 

立ち上がれ

 

 

 

 

雷巡 北上

 

「終われるわけがない?それはこっちもだよ…もう引き返せないところまで来てる」

 

変だな、思考がクリアになった

さっきまで何も考えなくてよかったのに

悔しいけど、泣きたいほどに悔しいけど、私は自分の罪を理解してしまって、自分の弱さにもう、何度目かわからないけど、また、気づいた

 

「こっからは私の意地よ…!」

 

ああ、全力で来るんだ、そんなボロボロで

強いなぁ…いいなぁ…

 

『大丈夫、君は一人じゃないんだよ』

 

誰かがハッキリそう言ってくれた

私のそばで、ちゃんと

 

「…なんだ、居たんだ」

 

ようやく収まりがつく

 

「…アオボノ……死んでも恨まないでね…」

 

「上等!」

 

本気で勝負しないと、後悔する

もうこのAIDAの囲いも壊れ始めてる

頭が痛いのも、疲れとかも

全部無視してやる、お互いに、本気で殺し合う

 

それは、私たちなりの解決のために

相手を認めるために、お互いの死力を測るために

 

なにより、自分が納得するために

 

 

 

「全門…行くよ…!」

 

魚雷を全て撃ち放つ

急速潜航からの急浮上

狙いは自分から数メートル先

アオボノの今の装備では遠距離での戦法はない

 

魚雷が浮上を始める

 

「どうせ近づけないんでしょうよ!」

 

敵砲撃

至近弾

危ない、直撃もらったら倒れるかもね…今なら

 

ああ、頭がどんどんクリアになる、痛みが激しくなる

でもリラックスしてきた

変な感じだ、戦場の緊張感、高揚感の中で落ち着いてる

 

掴んだ

 

「ごめんアオボノ、もらった」

 

単装砲がゆっくりと狙いを定める

 

14cm単装砲

 

砲音が鳴り、正確に捉えた

 

「私の勝ち」

 

の筈だった

 

「っざけんなぁぁぁ!!!」

 

どうやって防いだ?

ああ、機関部を主砲でガードしてたのか

 

「いいねぇ…痺れるねぇ…!」

 

この盛大な仲間割れはまだ終わってないのだから

 

「いっけぇぇぇ!」

 

あ、これかわせないやつだ

でも、いいね…まだ終わらないから

 

 

 

 

 

 

 

工作艦明石

 

結論から言えば、二人とも沈みかけているのを扶桑さんが大急ぎで回収してきました低速艦なのでかなりぎりぎりでしたが間に合いました

 

北上さんのAIDAは消失、なんて都合の良いことにはならず…でも落ち着いてるから、と様子を見ることに

 

アオボノちゃんは腕の怪我がひどく、刃が骨まで達していました

そんな状況の戦闘でしたので、骨はひどい有様で、夕張の厳重な監視のもと、2人揃って隔離されました

翔鶴さんと青葉さんには関係した一切の記憶がなく、ぼんやりと動いていた、とのことです

 

「よし、こんなものかな」

 

「ん?誰宛の報告書?」

 

「…いや、メール書いてただけだよ」

 

「………お母さんスマホ取り上げちゃおっかなぁ」

 

「いや、お母さんは鳳翔さんでしょ」

 

「じゃあお母さんに言いつけてやる!」

 

「はいはい、で?」

 

「北上さんのAIDAだけど、多分消えてない、ただ、本人曰く、順応したんだと思うって」

 

「順応?」

 

「そ、感情の暴走はないし、制御が効いてなんでも作れる、ただし死ぬほど疲れるんだーって」

 

「北上さんは元々嫉妬してたのよね…アオボノちゃんとかに」

 

「扶桑さんが一番してそうだけどね」

 

「扶桑さんは置いておいて、AIDAを力として扱うのは…どうなのかな…」

 

「呉鎮守府とか私の元の所属とかに聞いてみたら?」

 

「そう言えば横須賀だったわね…そうしてみよっかな」

 

「んで、一個だけ困ってるのが提督の声が聞こえたって話よね」

 

「……まあ、精神病患者みたいになられたら困るかなぁ」

 

「今までがそうだったんだけどね、逆に安定してるわ」

 

「…ならまあ良いか」

 

「まあ良いかって…」

 

「ここしばらく問題多すぎて疲れるの、翔鶴さんのことも多分却下されるし」

 

「本当に?ダメなのかしらやっぱり」

 

「そりゃぁ…この資料読むだけでもすごいし…何度も改装に耐えられる素体なんてなかなかいない、失敗のリスクより一回でも成功すればそれでいいって考え方だと思う」

 

「………本営もクソね」

 

「はぁ…しかもこのカタログスペックって前例というか、実際に成功した人がいたワケじゃないのよね、だから単なる予測、改装が実は1回で終わりとか、2回までとか…なのにコレは3回目を書いてる…」

 

「…どうしたものかしら」

 

「………ま、何か考えとくから…というか、建造司令書が来てるのよね…三隻…」

 

「…了解、工廠の担当は本来なら明石なんだから、そこんとこ忘れないでね」

 

「…もちろん……はぁ…機械油の匂いが恋しい…」

 

「わからないわ」

 

「今回の狙いは正規空母と戦艦らしいから…とりあえず失敗の報告書用意しとくね」

 

「…不幸だわってなりそう」

 

 

 

 

 

「明石、はい、これ報告」

 

「…えと、響、天龍、島風…ん!?島風!?ちょっと!コレ本当に戦艦空母狙いだったの!?」

 

「………備蓄がなくなりまして、全部突っ込んだら…」

 

「全部ぅ!?ちょっ………えぇ…」

 

「その、遠征班を編成して今、急いで回収に」

 

「………今月は切り詰めなきゃ…資源まで見る余裕なかった…」

 

「…北上さんとアオボノの修理に馬鹿みたいに使ったから……あとなんかボーキサイトも喰われた…」

 

「正規空母は夕飯抜きにしよう…」

 

「とりあえず着任の挨拶に来てるから…」

 

「あ、うん…どうぞ」

 

「響だよ、その活躍から不死鳥の通り名もあるよ」

 

「早きこと島風の如しで通ってますけど、私はあまり走りたくないです、島風です…」

 

「天龍と申します、何卒よろしくお願いします」

 

うっわぁぁぁぁぁぁ!なんか二人くらい資料と全然違う…

 

「提督代理の明石です、よろしくお願いします」

 

「これで六駆は電さん以外揃いましたね」

 

「帰っちゃわなければなぁ…」

 

「まあもとより横須賀の所属ですから」

 

「ねぇ代理、ここはどういうところなの?」

 

「…簡単に言うと最前線です、今日明日でここについて知ってもらえればと思います、出撃などはその後にという事で」

 

「お気遣いありがとうございます、私は馴染むのに時間をかけてしまうタイプですので、どうか早く遠征などに出していただければ…全力で尽くしますので…!」

 

「そ、そんなに迫らないで…えっと…じゃあ天龍さんだけ出てもらう?」

 

「七駆に任せましょうか」

 

 

 

 

「ふぅ…今日の執務も終わりかな」

 

「お疲れ様です」

 

「鳳翔さん、今日は食堂にいなくて良いんですか?」

 

「新人さんが3人も手伝ってくれてますから、個性的な子達で楽しいですよ」

 

「……ちなみに日替わりは?」

 

「今日は島風ちゃんがラーメンを、野菜たっぷりで美味しかったです」

 

「…まともかぁ…良かった」

 

「他のお二人も料理はちゃんとできるみたいですよ」

 

「…よかった…雷ちゃんタイプじゃない事を祈ります…」

 

「雷ちゃんも無理しなければ美味しいものを作れるんですけどね…それにしても、天龍ちゃんはちょっと危ういですね」

 

「どう言うことですか?」

 

「その…自分を奴隷のように考えてるのか、役に立てるならなんでもしたいと言うタイプみたいですから」

 

「そんな感じはしてましたね…もしかしたら引継ぎ型…?」

 

「ああ、噂に聞く解体の記憶をって言う…?」

 

「艤装は再利用されたりしますからね…もしくは乗り移っちゃったとか」

 

「解体は偽装を外して記憶を消す、なんて話ですけど…実際どうなんですか?」

 

「実際それだけですよ、ただ記憶を消すのは、艤装が外れたときにパッと消失しちゃうのでなんとも」

 

「うーん、果たしてどうなんでしょう」

 

「生まれつきの性格ということもありますから…わかりません」

 

 

 

 

 

雷巡 北上

 

「……ん…ん?」

 

「やほー、目は覚めたようだね」

 

「…北上…」

 

「ん、大丈夫、もう私は落ち着いてるから」

 

「…どうなったの?」

 

「どこまで覚えてる?」

 

「…殴り合いになって、北上の髪掴んで地面に叩きつけたところまで」

 

「そう、ならそれで全部だと思うよ、そのあと扶桑が来て連れて帰ってくれたって聞いてるから」

 

「青葉と翔鶴は?」

 

「そっちも大丈夫、私の意思で自由に動かしたり、心の声が筒抜けだったりするのは変わらないけど」

 

「阿武隈は」

 

「目は覚めてる、私がやられたからかな?」

 

「…深海棲艦って、AIDAが寄生したものなの?」

 

「…わからないね、でも、近いことは間違いない」

 

「………」

 

「ねぇ、アオボノ、死ぬ気だった?」

 

「………そりゃね、自分よりずっと格上の相手とやるなら覚悟はしたわよ、でも、本当に死ぬつもりはなかったわ」

 

「なら良かった、私は全部壊して死ぬつもりだったから」

 

「…まあ、そんなとこよね」

 

「でも、止めてくれて本当にありがとう、私は弱いからさ」

 

「心は弱いみたいね」

 

「うん、だから…全力で強くなる」

 

そう、コレはもう敵じゃないから

 

「……アンタまさか…その目…」

 

「AIDAが順応した、うん、便利だよね、なんでもできる」

 

「……」

 

「警戒しないで…AIDAだって意思がある、この子は、きっと大丈夫」

 

「…はぁ…もう私じゃ勝てないかもね」

 

「簡単には負けないよ」

 

「…もし暴走したら次こそ殺してやるわ」

 

「そん時はよろしくねん」

 

「で?それは伝えてあるの?」

 

「まっさかぁ…極秘に決まってるじゃん」

 

「………」

 

「あ、やめて、そんな目で見ないで、わかった、言う、言うから」 

 

「まさか、AIDAに頼ることになりそうなんて…嫌な気分ね」 

 

 

 

 

 

?????

 

AI モルガナ・モード・ゴン

 

スケィスは手中に舞い戻った、では、全てを実行する

アウラを殺す作戦を

今こそ、今度こそ、勝利するために



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経過

駆逐艦 荒潮

 

「…朝潮ちゃん…」

 

もうどれだけになるかしら、一月経ってしまったのかしら…

朝潮ちゃんは未だに目を覚まさない

栄養点滴を受けても痩せている

 

「……」

 

有情なことに私は出撃を免除

病室と自室の往復の日々

しかし姉が目覚める気配はない

 

「……はぁ…」

 

ガバッと音がして、いまの今まで眠っていた姉の体が跳ね起きる

 

「うぇっ!?」

 

「………貴女は…確か…荒潮」

 

「朝潮ちゃん…?起きたの…?良かった…本当によかったわぁ!」

 

様子がおかしいのは理解してるが、それ以上に目を覚ましてくれたことが嬉しかった

 

「…ごめんなさい、貴女の求めてる朝潮ではありません」

 

「なんでそんなこと言うのよぉ…!ねぇ…朝潮ちゃんなんでしょう!?」

 

「私は、この子の体を借りているだけ…もちろん許可はもらって」

 

「じゃあ…朝潮ちゃんはいつ起きるの…」

 

「…コレを貴女に託す、もう、身体は目覚めているから…朝潮は、直ぐに目覚める」

 

「…なに?これ…本?」

 

「………」

 

パタリと姉はベッドに倒れる

どこから出てきたかもわからない本

 

「勝手よねぇ…」

 

「全くです」

 

「うわぁっ!?」

 

びっくりして後ろに転げ落ちてしまった

 

「いたた…朝潮ちゃん…なの?」

 

「ごめんなさい荒潮、驚かすつもりはなかったんです」

 

「……ふふっ…そう……いいのよぉ…私、ちゃんとずっと、良い子にしてたのよぉ?お、ね、え、ちゃ、ん?」

 

「…素敵な妹ですね、ご褒美をあげます」

 

「ふふっ…じゃあ、今度一緒に出かけましょう?」

 

「構いませんよ、今からいきましょう」

 

「えぇ…?今?」

 

「今からやることがたくさんあります」

 

「やる事?」

 

「……まあ、色々です」

 

「この本を使うの?」

 

「さあ、よくわかりません、さて、いきましょうか」

 

「…………わかったわぁ」

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 電

 

「どういう事なのです!」

 

「…どういう事も何もないだろう」

 

「電の…電の…お給料が出てないのです!」

 

「むしろ君の無駄遣いはどこから出てたのだね、幾ら何でも経費で落とし続けるのには無理があるだろう」

 

「文句は認めないのです!」

 

「それは私の台詞だが」

 

「なによりそれよりも、出前を完全に禁止なんて許せないのです!寿司をどうやって補給すればいいのですか!」

 

「むしろこの横須賀で今までよくそれができていた、と思わないのかね、第一に、銀座との距離を考えたまえ、大将も喜んでいたよ、君の脅しを気にしなくて良いとね」

 

「…チッ…コレからは寿司を食べるためにわざわざ外に出なくてはならないのですか…」

 

「それが当たり前なんだがな」

 

「………まあ良いのです、仕方ないし諦めるのです」

 

「なぜ私が譲歩されているのか聞くのはやめておこうか」

 

「それより、状況はどうなのですか」

 

「喜ばしくない、海域の突破どころか良い報告の一つもないのだから当然だが」

 

「…またなんかあったのですか」

 

「有ったらしい、そろそろ限界だな」

 

「上へ隠すことがですか」

 

「違う、節穴の目などどうにでもなる、だが成果にうるさい連中だ、良い結果を出さないとうるさいのでね」

 

「…」

 

「提督不在が強く影響してるのではないかと言われたよ、復帰しなければ代役を立てると、そして向かわせたらしい」

 

「反乱起こしてもしらねーぞ、なのです」

 

「それはない、が、危惧してるのはかつての地獄へ戻る事だけだ」

 

「…9割の人類はまともな死生観を持っているのです」

 

「同じ人間に対してはな、君たちをそう見ない者も多い」

 

「………」

 

「私とて人のことを言えた立場ではないのだ、数年前まで君たちのことを知らず、遊び呆けていた」

 

「なかなかハードな遊びだったときいているのです」

 

「ああ、とびきりハードだった」

 

「もう一度味合わせて欲しいですか?」

 

「その程度では冷や汗ひとつかきはしない」

 

「つまらないのです…」

 

「言っておく、君たちに対してまともな感性で対応するのは1割にも満たない、だが、私は君達を軽んじる事はしない」

 

「じゃあ全員異常者なのです、司令官さんも含めて」

 

「そういう事だ、そしてそれが過半数を越えれば、それがまともと言われるのだ」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

「そうですか、大丈夫です…はい…」

 

「どうしましたか?」

 

「此処に向かっていた代理の提督ですが、来る途中で船ごと沈んだとのことです」

 

「護衛はいなかったんでしょうか」

 

「おそらく、ここに来る時点で左遷ですから…」

 

「…成る程」

 

「それより、全員集めてください、交戦した敵は深海棲艦ではないです、例の敵が出ました」

 

「…新しい敵ですか」

 

 

 

 

 

 

「という事です、入ってきている情報などから、この二つの敵を、イニス、メイガスと呼称します」

 

「質問、対処法は?」

 

「現在ありません、アオボノさんを旗艦とした部隊以外の出撃は禁じます、アオボノさんが旗艦の場合は意識不明や最悪の事態だけは防げるとのことなので」

 

「質問です、前のように誘い寄せて決戦するんですか?」

 

「それも考えましたが…正直言って不可能です、前よりも備蓄などが厳しくなりました、ですが我々は無抵抗に死ぬわけにはいきません、なので皆さんには陸地からの哨戒をしばらく徹底していただきます」

 

「…資源はどうなるんですか?」

 

「アオボノさんを旗艦に我々が輸送船を迎えに行きます、なお、この作戦に失敗すると1ヶ月補給はできません……ですので、大変重要な任務となります」

 

 

 

緊張感が走る

不味いかな、事実とはいえ、状況は最悪に近い

 

 

「とりあえず、行くわ、高速艦のみで行くから、ただ、島風と北上は連れて行けないから」

 

「待って、まだあなたも怪我が完治もしてませんよね、ダメです」

 

「じゃあ補給はどうすんのよ」

 

「…ギリギリまで耐えます」

 

「………お断りよ、私は行くわ」

 

「…あなたはここの最後の砦です!あなたに何かあったら私たちは全滅するんですよ!?」

 

「……どうしたもんかしらね…」

 

「……」

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「成る程な、支援してやりてぇとこだが、最悪な事にそっちに送った報告の通りだ」

 

『…そうですか』

 

「こっちも手詰まりでな、悪い」

 

『いえ、いきなり失礼しました』

 

「ああ、ほかに力になれることならなんでもやる、すまねぇな」

 

 

 

「…スケィスなしじゃ戦うことすらままならねぇか…リアルに出ることさえできれば…雑魚だけでも相手はできるはずだが…」

 

結局ゲームの身体は外には出られなかった

おそらくAIDAの信号がスケィスを妨げ、邪魔しているんだろうという推測をしたが、何も意味をなさなかった

 

「トライエッジも姿を現さねぇ…朝潮って艦娘には興味なしってか」

 

AIに情を求めたのは間違いだったのだろうか

いや、違う、もしネットが今それどころではないとしたら?

 

「……不味いかもしれねぇな」

 

電話のベルが鳴る

 

「俺だ、なんだ?」

 

『提督宛に電話です、月の樹からだと』

 

「…わかった、繋いでくれ」

 

『お久しぶりです、ハセヲさん』

 

「…わざわざそっちで呼ぶことか?久しぶりだな、欅」

 

『今僕はネットにいますので、それより、日下千種、アトリさんなんですけど、既に意識不明でした、戸籍も改竄されていましたのでちょっと面倒な事になってましたよ』

 

「…………やっぱりか…」

 

『あれ?案外動揺しないんですね、念の為香澄さんも調べましたが、こちらは無事みたいですね』

 

「…そうか、悪いな」

 

『…やっぱりハセヲさんにはそこは厳しいんじゃないですか?』

 

「俺もそう思う、でも俺がやるしかねぇ」

 

『あははは、ハセヲさんらしいや』

 

「それよりAIDAの方は?」

 

『睨んだ通りオリジナルでは無いですね、例の事件のコピーが出てきたと見ていいです、所詮劣化データ、この調子で行けばすぐにでもワクチンはできます』

 

「頼んだ、明日の命も保証されてない奴も多い」

 

『ゲームでも国家でも、運営は優しく無いですからね』

 

「…まぁ、そんなもんだよ」

 

『何はともあれ、日下さんの身に危険が及ぶ前に完成させますからご安心ください』

 

「ああ、任せた」

 

『それから、もう一つだけ、此方側も厳しくなっています』

 

「…やっぱりか」

 

『かつてのように意識不明に陥る人が現れました、偽物でも八相やAIDAなんて脅威でしかありません』

 

「…八相に関しちゃ本物だ」

 

『ハセヲさんのスケィスは?』

 

「……俺もAIDAに感染してると思う、そしてスケィスは俺は今使えない」

 

『……思ってた以上に深刻ですね、完成を急がせます、と言っても僕ら医療団体でもなんでもないんですけどね』

 

「頼んだぜ、スーパーハッカー」

 

 

さて、いつまで持つかな

 

 

 

 

 

駆逐艦 荒潮

 

「これどこに向かってるのぉ?」

 

「…ちょっとだけ黙っててください、東京までのチケットお願いします」

 

「…これ今日中に帰れるのかしら」

 

「無理ですね、まあ、川内さんに伝言は頼みましたし…」

 

「…あれお願いというか、脅しよねぇ…」

 

「そう思いますか?」

 

「………なんでも無いわぁ…」

 

「今からやる事は簡単です、本を渡す、それだけです」

 

「誰に…?」

 

「東京にいる何処かの誰かです、顔も名前も知りません」

 

「………」

 

「コレを解析すれば、恐らくは…現状の有効打になります」

 

「…もういいわぁ…好きにして…」



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黄昏の書

東京 東京駅

速水晶良

 

「……ん?」

 

たまたま駅に来ていた、それだけ

偶然見かけたから声をかけてみただけ

 

「よっ」

 

「…あ、貴女は…」

 

「朝潮ちゃん…知り合い?」

 

「この人は速水さんです、えっと…」

 

「速水晶良よ、ま、関係は友達よ友達、それでいいでしょ?」

 

「…そうですね、そういう事で」

 

「えぇ…そう」

 

「それより何か用ですか?」

 

「んや?見つけたから声かけただけだけど、ってか前会ったの広島だよね、よくここまで来たねぇ…こんな小さいのに」

 

「速水さんこそ広島に住んでたんじゃ無いんですか?」

 

「私は元々東京、いや、生まれは神奈川なんだけど…っていうか、なんでまたこんなとこに?」

 

「…人探しです」

 

「何何?誰探してんの?」

 

「ヘルバって人を」

 

「………あー、うん、ちょっとこっち来ようか、お姉さんいいところ知ってるから」

 

「…朝潮ちゃん、なんか怖いわぁ…」

 

「…気持ちはわかりますが、どうやら佐賀市人を知ってるようです、行きましょう」

 

 

 

 

 

「どう?ここ、私のお気に入りなのよ」

 

「そうですか、それで、こんなガラガラのお店に連れてきたのは何が目的ですか?」

 

「……帰りたい…」

 

「簡単よ、ここなら何があっても誰にも知られないじゃ無い」

 

「ひっ…朝潮ちゃんには手を出さないで…!」

 

「荒潮、そういう意味では無いですよ多分」

 

「そう、そういう意味じゃ無いから、ヘルバってのは簡単に言うと覗き趣味の変態でね………っとメールだ…誰が変態だ!?ここもアウト!?はー………嫌になるわ…」

 

「どうやらヘルバという人と繋がりがあるみたいですね」

 

「繋がりも何も、仲間よ、でも驚いたわ、なんで探してるの?」

 

「……待ってください………」

 

「……ん、なんか…」

 

「…あなたは、ブラックローズ…」

 

「…まさか」

 

「…そう、私はアウラを宿していました、そして今、セグメントを持っています…」

 

「何?アウラは分解されちゃった訳?」

 

「…復活したスケィスにやられたと、ネットの世界に入った途端感知され、追い回され、最後にはデータドレインでデータがボロボロになったところを追い討ちにあいセグメントに」

 

「難儀ねぇ、昔あったこと繰り返してるじゃない…で?なんでヘルバ?」

 

「荒潮」

 

「ん、この本をどうにかして欲しいのよぉ…」

 

「…黄昏の書…?」

 

「似て非なるものだと」

 

「…へぇ?それで?」

 

「………追い詰められたアウラが作り出した不完全なものですが、これを使えば有効打になると考えています」

 

「そうかもね…だってさヘルバ」

 

「え?いるの?」

 

「居ないわよ、でも聞かれてる」

 

すぐにメールが来た

 

「お断りだってさ、手に負えないって」

 

「……そうですか」

 

「悪く思わないで、それを解析できちゃダメなのよ、それを量産させる訳にもね」

 

「あなた方にとっては救いの手では無いのですか?」

 

「…核みたいなものよ」

 

「敵は核を持っています、そして容赦無くそれを打ち込んできます、なのに此方はそれを持たないと?」

 

「それは無理ね、どうしてもそれを扱う奴が必要」

 

「だったら…」

 

「だから、カイトがいた」

 

「今はいません」

 

「じゃあ私がいる」

 

「………まさかコレを?」

 

「私だって勇者カイトの相棒してたのよ?舐めんじゃ無いわよ」

 

「………良いのでしょうか」

 

「良いのよ、それの怖さは私はよく知ってるから」

 

「…………アウラもあなたになら任せられると」

 

「そりゃ何回も助けてやったんだから、助けられもしたけどね」

 

「わからない仲ですね」

 

「簡単にわかられたら困るわよ」

 

「………お願いします」

 

 

私は二人を見送り、パソコンに向かった

 

軽く事情は聞いてる、私の戦場はここだ

 

速水晶良は、ブラックローズとして

 

 

 

 

 

「久々の感覚ね」

 

本もいつの間にかこの世界にあった

 

「やってやろうじゃない!」

 

腕がなる、全員まとめてギッタンギッタンにしてやる

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

??? ???

 

ようやく辿り着けた、このクリスタルに、いや、その中に眠る人に

 

「ヨォ、提督」

 

深夜遅く、この時間なら誰もここには来ない

何度何度も入念に確認し、そしてようやく辿り着いた

 

「ココジャ、ドウシテモダメナンダ、ダカラ…」

 

電子の海へと落ちる

沈む、再び、だが、今度は一人じゃない

 

「キット…助カルカラ…」

 

 

 

 

 

工作艦 明石

 

「…嘘…でしょ…」

 

「…まあ、現実だよ」

 

「………提督は?」

 

「目を覚ました訳ではないです、相変わらず、まだ死んではいません」

 

「…………」

 

茫然自失?なんというのだろうか

とにかく、まともに受け止められない

跡形もなく、クリスタルごと提督が消えた

 

「…そうですか…」

 

とても嫌な気分

孤独な焦燥感

 

「明石、大丈夫、私達がいる」

 

ダメだ、何にも響かないや

 

「……そうですね、でも、ごめんなさい…少し、時間が欲しいです」

 

補給物資を取りに行く作戦も、敵との戦いも、どうすれば良いのか

私一人じゃ…

 

誰も、もう手を引いてはくれないのか

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

 

駆逐艦 荒潮

 

「…申し訳ありません」

 

「いや、お前は…うん、まあお疲れ…」

 

なんで私は姉の代わりに怒られたのか…まあ、事後報告の無断外出、帰りもかなり遅い

怒られて当然ではあるのだが

 

「何してきたのかも言えないのか?」

 

「言えません、荒潮も答えないように」

 

「……えぇぇ………」

 

胃が痛い…

というか隠す必要ある事なのぉ…?

提督もストレスで白髪になってるし…

 

「それから、パソコンの初期設定を教えてください、業者呼ぶとなると軍施設なので時間もかかりますし」

 

「……俺暇じゃねぇんだわ」

 

「手の空いた時で構いません」

 

「朝潮ちゃぁん……」

 

「荒潮、気にすんな、もう休め」

 

自分より疲れた顔してる人に気を遣われるの気まずくって嫌ねぇ……

 

「その…ごめんなさいねぇ…提督……」

 

「…まあ、気にすんな、あとお前、言っとくけどこの髪は染めただけだからな?」

 

「あ、そうなのぉ?良かったわぁ…」

 

「……そういう事だから気にすんな」

 

絶対嘘ねぇ…

朝潮ちゃんのお見舞いのついでに寄ってたから白髪になる過程見ちゃったもの…

 

「……辛いわぁ………」

 

 

 

 

離島鎮守府

雷巡 北上

 

「ねぇ、本当に大丈夫?」

 

「……そんな訳ないですよ」

 

「…まあ、そりゃそうか」

 

「なんですか?何か用ですか?」

 

「………いや、なんでもないよ」

 

コレは流石に言えないね、お迎えが来てただけだって

見てはないけど聞こえてた、アレは…摩耶だと思う

 

さてどうしたものかな

 

「って訳さね」

 

「ほんっとうに適当な人ですね、アナタ」

 

「そんなに褒めないでよ」

 

本日の相談相手は曙ちゃんでございます、髪の色は藤色の方

 

「………褒めてない…って言っても文面上は褒めてるのか…これ…」

 

「そう、適当は罵倒に使っちゃダメだよ」

 

まだ出撃停止命令が出てる私は駆逐艦に勉強を教えたり、まあ、退屈な時間を過ごしている

 

そんな私が動けるのは深夜だけ、深夜なら何があっても気付かれない、哨戒もみんな緩いからね〜、だからこんなことになった

恐らく、デジタライズ…

不安の種は明石、そしてその不安は蔓延してる

明石が当たり散らしたりしなければなんとかなるとは思うけど…

 

「要するに明石に内緒なことがあるんでしょう?なんで私に言うの」

 

「だってぇ…私一人で考えるの疲れるじゃん?」

 

「勝手に疲れててください」

 

「それに引き留めてないと…自分が補給船のお出迎えに行きそうな筆頭候補だしぃ?」

 

「よくわかってますね、と言いたい…けど、まあ、その……私は死ぬの怖いので」

 

「へぇ、意外」

 

「………曙はもっと臆病です、ただ、死ぬことを恐れてない風に振る舞わないと…壊れちゃうから」

 

「…ふーん、可愛いとこあるんだねぇ」

 

「可愛いんですよ、ただ、素直になれないだけで」

 

「よーし、お姉さんが七駆に間宮さんを奢っちゃうぞー」

 

「でも、私達哨戒任務があるので…もし待ってたら、夜になっちゃいますよ?」

 

「ん、待ってるから、それと、曙も仲のいい子には素直じゃないんじゃない?」

 

「…私が?」

 

「漣や朧、潮と話してる時の素っ気なさはそっくりだからさー」

 

「………もしかしたらそうかも、もう少し改めて見ないと…ありがとうございます」

 

「……やっぱ別人だね、そう言うとこ」

 

 

「ねぇ明石?」

 

「……」

 

「それはダメじゃないの?」

 

「………」

 

「………なんでその道を選んだのさ」

 

「………なんででシょうネ」

 

「AIDAに元から感染してた訳?違うよね、どこから感染したの」

 

「アナタからじゃないんですか?」

 

「違う、私は呑まれてない、私たちに敵意を持ったAIDAは私の中にはいない」

 

「ジャあ…裏切リ者カ」

 

「…明石、やめて」

 

「…殺ス」

 

「…止まれって言ってんのが聞こえない?」

 

「……っ…?動けナイ…何ヲした…?」

 

「…やめなよ、AIDAって2種類あるんだよ、私に憑いてるのは、母体、ウイルスの元とか、上司みたいな、簡単に言えば暴走させるだけじゃなくて、統率を取れる立場のAIDA、明石に憑いてるのは、私達艦娘みたいに誰かの指揮で動くようなAIDA、わかる?」

 

「………ナンデ…?」

 

「……なんか不味そうな…」

 

「ナンデ?何で私ハ恵まレナイの…?」

 

「明石、落ち着いて、今はアオボノも本調子じゃない、AIDAに呑まれたら面倒なことになるから」

 

「私だっテ…提督の役ニ立ちたカッタノニ…ナンデミンナ…」

 

「聞いてないね…明石のコンプレックスも…まあよくわかるけど…言っても逆効果かなぁ……」

 

「皆んな…ワタシなんか…ウゥッ…!」

 

「話も聞く気はない?無いよね、押さえつけるのも限界、やるしか無いね…でもここでやるのは不味いか…というか…」

 

明石は艤装を普段からつけてる、なら海にでも吹き飛ばせばいい

でも騒ぎは避けられない、そして明石はともかく、私は下手したらここらには居られなくなる

AIDAを飼い慣らした艦娘として…実験の良い材料だ

此処に心優しい子達しかいないのならそれは避けられるのだが

 

「…できれば、やめて欲しいんだけどなぁ……ダメかなぁ…?」

 

明石は、此方を見もしない、届かない

 

腕から泡が吹き出す、黒とは違う薄い紫の泡

確かにこの子達にも意思があり、生きている

少しだけ時間が要る、私には終わらせることができない話だから

 

「明石、頑張ったね、おやすみ」

 

 

 

工作艦 明石

 

「あれ?」

 

何処だろう此処

ずっと暗くて、何処までも深くて

つらくて悲しい、寂しいところ

止まってると不安だから前に進もうとした

引いてくれる手も、灯りさえもない

ふと後ろから手を掴まれた

反射的に振り返った、見えない何かが私の手を握っている

聞き取りづらい声で言うのだ

 

『お前のせいだ』

 

と、私が何をしたのか…いや、役には立たなかった

せいぜい建造や開発を少し頑張っていた

その仕事も手放した

確かに、私のせいなのだ

 

前に光が見えた

 

暗い手を振り切りたくて走った

より、とても辛かった、光が痛かった

そして、痛みに耐え、走ったのに…それに報いる事なく、光は急に消えた

再び闇に掴まれた、それはとても気分が良かった

暗闇の中へ引き返すことに躊躇いはなかった

 

辛く、辛い底の底へ、今度は両手が掴まれた

 

「あぁ、痛いのに」

 

離してくれない、みんな離そうとしない

全力で引っ張るから私の手は今にも引きちぎれそうだ

 

心地よくも、優しくも、なんにも無いけど

 

どうして心はこんなに暖かいのか

 

「明石、おはよう」

 

「………はい」



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暁の腕輪

ブラックローズ

 

「はぁぁぁあ!!」

 

自分の身長ほどある剣を振るう

気づけばいつしかのめり込んでた、いつぶりだろう、こんなにゲームをしてるのは

だけど、私は命をかけている

本は、私でも扱えた、だが、使うべきではなかった

今私が手にしている武器は微弱なデータドレインを常に放っている

そう、触れれば消えるか、データ改竄、恐ろしいものが出来上がった

 

「…ふぅっ…チッ全然来ないわね」

 

「そんなものです」

 

現実で使おうとも思ったが、ヘルバにそれを咎められた

現実で使えば間違いなく大量殺人の悪魔になっていただろう

それに、この武器くらいなら何とかなる

問題と言えば運営側くらいだが、それもヘルバが何とかしてくれるらしい

あとはこの子

 

「あんたも物好きよねぇ」

 

「…そうですか?」

 

「ネットの中から何ができるのか…まあ、セグメントを持ってる以上狙われる覚悟はいいのよね?」

 

「勿論です」

 

アウラのセグメント、コレを集めることが私たちの狙い

スケィスを始めとした八相もコレを集めて、アウラを完全に消去したい

 

「…お化けは要らないからね」

 

「なりませんよ」

 

しかし驚いたことに朝潮のキャラクターは借り物、しかも面識のある相手だったのが驚きだ

庄司杏、アウラをかえした、とは聞いていた

だから彼女は自分のキャラクターを放棄したのか

 

「ちゃんと断って借りてますからご心配無く」

 

そういう事らしいので、何もいうつもりもない

 

「操作は問題ないのね!?」

 

「まだもう少し…」

 

 

ブゥゥゥゥゥン

 

画面にノイズが走る

嫌な音、頭が直接揺さぶられる感覚

 

「来る…!?」

 

違う、八相じゃない

 

「…深海棲艦…?」

 

「………コレが?」

 

武器を向ける

 

「………」

 

白い髪を靡かせ、黒い甲殻のような物に目や足を覆われた姿はこのゲームには似つかわしくなかった

だが、何か、知ってるかもした

 

「……あぁ」

 

「……ヒサシブリ」

 

「やっぱ摩耶ちゃんか」

 

最悪の出会いをしてしまった

大砲のようなものを向けられている時点で、戦闘は避けられないのだろう

 

「ゴメンナサイ」

 

ボコボコと黒い泡が噴き出す

 

「…謝んなくていいよ、ちょっとしんどい思いするかも知れないけど」

 

「…やるんですか」

 

「やるしかないのよ……死んでも恨まないでね」

 

「モチロン…オタガイサマ」

 

良い返事、やるならお互い全力で

 

 

「ライディバイダー!追撃して!」

 

「は、はい!えーと…これ、メバククルズ!」

 

「ライドライブ!」

 

「…ボコボコ…」

 

接近戦を仕掛けられた遠距離タイプってなかなかどうして悲しいわよね

 

「……」

 

シャッという音が何だか頭の中で繰り返される

 

「朝潮!」

 

振り返れば爆炎が朝潮を包んでいた

 

「やってくれるじゃない…!」

 

こっちだって全力だが、それはお互い様

何より向こうはダメージをものともしてない

 

本当にデータドレインの、効果はあるのかと問いたくなる

正直やりすぎた時が怖いが、そんな甘いことは言ってられない

 

「あんまり調子に乗ってると痛いわよ!」

 

大きく剣を振り上げる

 

「いっけぇぇぇぇ!」

 

地面に剣を叩きつける

衝撃波が摩耶を襲う

 

「ッッ…イタイ…!」

 

「どうやら効いてるみたいね」

 

「そのようですね…」

 

「無事だったの?」

 

「………HPが残り少ないんですけど」

 

「回復してなさい!ハープーン!」

 

飛び上がり、剣を向け突き立てる

 

「ハァッ!」

 

弾かれる、手が痺れる

 

「………マズイわね」

 

感覚が呑まれるのがわかる

未帰還者はごめんだ

 

「…そろそろ決めるわよ!」

 

「無茶言わないでください!」

 

「これ以上が無茶だっつーの!」

 

大きく剣を振り抜き回転する

 

「サイクロン!からの…!」

 

吹き飛んだ摩耶を追い、飛び上がる

空間を蹴り、剣を振り抜きながらまっすぐ地面へ

 

「死なないでよ…!メテオドライブ!」

 

 

 

速水晶良

 

思いっきり地面に衝突した

ゲームのはずなのに脳が誤認して痛覚の信号を出している

 

「…どうよ」

 

キャラクターが寝転んだまま、私は視覚デバイスを外し、マイクに向かって声をかける

 

「お見事、ですか?」

 

「見事だな」

 

一息つき、もう一度デバイスを付け直す

 

「これがAIDAって訳ね」

 

ブンッと音がなるほどの勢いで剣を振り払う

目の前にいる紫のアメーバのようなそれを見る

 

「さて?私の友達に手を出したんだから、どうなるかわかってるんでしょうね」

 

横になったままの摩耶に手を差し伸べる

しっかりと手を握り、引き起こす

 

「…こんなのに寄生されてたのか」

 

「犠牲者は多いです」

 

「…ま、そんな建前は置いといて…一度やってみたかったのよ、コレ」

 

私には腕輪はない、代わりにこの剣がその役割を果たす

 

「アタシの命より興味かよ、ひでーな」

 

「ま、いいじゃない…データドレイン!」

 

AIDAを完全に消滅させた

ゲームだというのに、はっきりと手応えがある

 

「…ふふっ…いつだってアイツがリーダーじゃないのよ」

 

「しっかし、何でアタシはこの格好で居るんだ?いや、デジタライズしたらそうなるもんなのか?」

 

「深海棲艦から戻れただけ良かったじゃないですか、現実に帰ったらお祝いの言葉をあげます」

 

「…ピーピー泣いてたあのルーキーが言うねぇ」

 

「はいはい、やる事があるんだから行くわよ」

 

「待ってくれ、アタシを戻す前に…提督もこっちに来てる」

 

「…カイトが?」

 

「…司令官もここに…」

 

「ああ、アタシと一緒にデジタライズした」

 

「……いいじゃない、勇者を助けるなんて、相棒以外に譲れないわよ」

 

「じゃあ、私も手を貸すのでコレで相棒ですね」

 

「アタシ、達だろ?」

 

「…ふふっ…競争率は高いわよ?」

 

「げ、まじか」

 

「覚悟の上です」

 

「さて、叩き起こしてやろうじゃない!」

 

 

 

 

「へぇ、本当にクリスタル漬けね」

 

「信じてくれたか?」

 

「…さて、起きなさい、この私が迎えに来てあげたんだから」

 

剣を構える

 

「ちょ、ちょっと、何する気ですか?」

 

「ぶち壊すのよ、こんなのに守られてるようじゃ、まだまだってとこかしら?勇者サマ!」

 

剣を突き立てる

 

「おいマジかよ!?」

 

「敵にコレを攻撃されてる時、現実の体にもダメージがあったと聞いてますが…!」

 

「私の剣はデータドレインが放出されてる、これで改竄しながら斬ってやるわ!」

 

「…すごい自信だな…」

 

「……アオボノさんのデータドレインじゃダメだったんでしょうか…」

 

「データドレインを使える奴がいたの?まあ、それにしてもダメに決まってるじゃない…こんだけデータドレインを当てても壊れないんだからね…だから、次はこうするのよ!」

 

今度は剣を何度も振り上げ、叩きつける

 

「起きろぉぉぉぉぉ!!」

 

ピシッと音を立ててヒビが入る

 

「良い加減に!起きなさい!」

 

音を立ててクリスタルが砕け散る

 

「……ハハハ…強引だな、ブラックローズは…」

 

「何言ってんのよ!アンタはこうでもしなきゃダメでしょうが!」

 

「そうかもね(笑)」

 

「さ、行きなさい、挨拶はまた今度」

 

「うん、どうやら時間みたいだ」

 

カイトのPCが消滅する

 

「あ…」

 

「アタシら話しをする間もなかったな」

 

「いーじゃない、いくらでも会えるんだから」

 

「……まさか…」

 

「リアルに帰ったのよ、さて、摩耶、アンタも帰れるの?」

 

「…多分無理かなぁ」

 

「……よし、この身体、アンタにあげるわ」

 

「え?」

 

「ブラックローズは今日で卒業、アンタが使いなさい」

 

「……良いのか?」

 

「強い奴ってのは、一から始めてもまた強いのよ」

 

「………本当に強い人ですね」

 

「コレでも勇者の相棒だからね、さ!アンタらも帰った帰った!」

 

「……ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 

 

「さようなら、ブラックローズ」

 

私がヘルバに怒られたのは言うまでもない

凄く、寂しいけど、私のブラックローズとはさようならだ

 

 

 

 

 

重巡 摩耶

 

「……ただいま」

 

「おかえり、摩耶」

 

「おかえり」

 

みんなで出迎えてくれた

私はしっかりと、今を噛み締めた

嬉しかった、何よりも嬉しかった

 

小っ恥ずかしくて、ちょっと強がったことも、心にもないこと言ったりもしたけど

 

「ただいま!みんな!ありがとな!」

 

言いたいことは言えたから満足だ!

 

 

 

離島鎮守府

提督 倉持海斗

 

「…長い眠りだったかな」

 

ずっと見てた景色だけど、もう一度見る事ができた

 

「おはよう」

 

不意に後ろから声をかけられる

 

「おはよう北上、僕が起きるってわかってたの?」

 

「勘、でも、賭けて良かった…ねぇ提督、今は何も聞かないから、明石のそばにいてあげて」

 

明石は…僕の声が届かなかった、唯一、声が届かないところにいた

 

「…明石にも、みんなに迷惑をかけたから…もう、決して離れない、もちろん、君からも」

 

「信じてるよ」

 

「任せて」

 

だから僕は自分のしたことの責任を取る

 

 

「明石、おはよう」

 

「………はい」

 

「長く待たせてしまったね」

 

「ほんと、ですよ…!」

 

泣かせてしまったな、あんまり良くない

 

「明石のおかげで、此処がまだある、本当にありがとう…僕は君達をずっとここから見ていたよ」

 

「…知っています、ですけど、何か言って行ってください…不安になりますから」

 

「わかった、でも、コレは解決じゃない、一つ終わっただけ、次がすぐに来る…ごめんね、明石、今はまだ泣いている暇は無いんだ」

 

「……グスッ…わかりました、提督代理の明石は只今より工作艦に戻ります!」

 

「うん、みんなにも伝えなきゃ、それに、帰ってくる摩耶の出迎えも用意しなきゃね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりなみんなもいると思うけど、改めて、僕がこの鎮守府の提督です、今まで長く眠っていましたが、これから改めて指揮を執ります、よろしく!」

 

「こんんっのクソ提督がぁぁぁ!」

 

見事なドロップキックが脇腹に入り、吹き飛ばされる

 

「いたた…ごめん、曙」

 

「私の髪!アンタのせいでどうなってるかわかる!?見えるわよね!」

 

「青くなっちゃってるね、ごめん、腕輪のせいかな」

 

「そうに決まってるでしょ!?何してくれてんのよ!

 

「でも、曙のおかげでみんな助かった…本当にありがとう、コレからは君一人に負担をかけたりしないから」

 

「……また勝手なことしないでよ」

 

「勿論だよ」

 

「提督、お久しぶりです」

 

「翔鶴、おかえり」

 

「ふふふ、もうそれは私の台詞ですよ?」

 

「そっか、じゃあただいま」

 

「お帰りなさい、提督」

 

「Hey〜?貴方がテートクナノ?」

 

「君は新しい人だね、よろしく、金剛さん」

 

「ヨロシクネー!コレからガンガン行きマスヨー?Are you ok?」

 

「あんまり無茶はしないでね、あ、それと、全員聞いて欲しい、新たにもう一人、帰ってくる…」

 

 

 

 

 

「おかえり、摩耶」

 

「おかえり」

 

みんなが摩耶を迎え入れる

高雄型のみんなは特に嬉しそうだった

 

「ただいま!みんな!ありがとな!」

 

 

 

 

「よし、曙…今はアオボノか、大丈夫?」

 

「腕はボロボロだけどね」

 

「…すぐに治るよ、それともデータの腕なんてどう?」

 

「……やめてよ、ゾッとするわ」

 

「ごめん、じゃあ、行ってくるから」

 

「そ、行ってらっしゃい」

 

カイトとして、僕は輸送船の護衛をする

勿論今度は一人じゃない

何かあったら船を、みんなを護る為に、全力を尽くす

 

結局の所、戦いは終わっていない

だから終わらせる為にも、物資は必要だった

 

僕の腕輪は今までのものと少し違う

まず名前が変わった

 

暁の腕輪

 

薄明と同じ意味の腕輪

この腕輪があれば、きっと大丈夫

 

 

 

 

「ご主人様!前方深海棲艦多数!」

 

「交戦用意!あんまり無理しないでね、この船は特に装備がないから!」

 

「提督、レーダーに反応、深海棲艦では無いものが反応しています!」

 

「…よし、北上と僕で当たるよ、順に抑えていく!漣達も異常を感じたら即座に船まで撤退して!」

 

「提督、多分あれ、なんだっけ」

 

「八相」

 

「そうそれ、変な石板みたいなやつがきてる」

 

石板、壁画の姿をした八相、イニスであることは間違いないだろう

 

「……マズイかもね、漣、ごめん戻って!船にピッタリとついて、相手は幻覚を見せてくるから」

 

『それは無理です!もう霧に囲まれてますぜ!』

 

「遅かった…!北上、急いで片付けるよ!」

 

「おっけー」

 

第二相惑乱の蜃気楼イニス

 

そう記された強敵

 

「コイツはワープしたら攻撃してくる!気をつけて!アプドゥ!」

 

「うぉっ!?なんか速力がおかしい!」

 

「今速度バフを…えっと、スピードアップさせたから!慣れないと思うけど、それで攻撃をかわして!」

 

「先に言ってぇぇ!」

 

「よし、僕も行くよ!」

 

足元に六角形のガラスのようなものが浮き上がる

 

「水帝霊王召喚の巻!メロー・クー!」

 

イニスの真下から水が強く噴き上げる

 

「北上!あれに魚雷を流して!」

 

「おっけー!全問発射!」

 

「そのまま後ろから攻めて!雷独楽!」

 

飛び上がり斬りかかる

 

昔見たそれだ、何度退治しても、やはり八相は恐ろしい

 

「時間はかけられない!無限繰武!」

 

「魚雷もう一回行くよ〜!」

 

イニスへの攻撃が空を斬る

何処かにワープした、攻撃が来る合図だ

 

「マズイ!北上!とにかく逃げ回って!」

 

「了解…うわっ!?」

 

北上の進路を防ぐようにイニスが現れる

 

「間に合わない!北上!」

 

「やるしかないね…!」

 

イニスの選択は最悪だった、イニスの背後に三つ石像のようなモンスターが現れる

コレをぶつけてくる、単純明快だが一番強く、ダメージが大きい

しかしそれに対して北上が取った選択も僕には驚きだった

 

「そりゃっ」

 

北上の魚雷発射管から薄紫の泡が吹き出す

まるでAIDAのようなそれは、北上を守るように広がり、石像を受けたのだ

 

「…AIDAを…操ってる…!?」

 

「説明は後ね!さぁて…近づいたこと後悔させてあげようか!」

 

\61cm五連装(酸素)魚雷\

/14cm単装砲/

\61cm四連装(酸素)魚雷\

 

AIDAを槍状にしてイニスに突き刺し

さらにそれをレールのように魚雷を全て直接叩き込む

 

「オマケだよ!」

 

主砲からAIDA入りの弾薬、爆風が吹き荒れる

 

「プロテクトが壊れた!今だ…データドレイン!」

 

イニスの姿が変わる

楕円形の繭のようなものがいくつか組み合わさったような

特徴といったものもない、まるで骨組みのような姿

 

「油断しないで!確実に倒すよ!」

 

「了解!」

 

 

 

 

 

 

トドメを刺す、確実にコイツのデータを消去する

以前は倒した時にウイルスを振り撒かれたが次はそうはいかない

 

「もう一度!」

 

腕輪の形状が変化し、いつも以上に巨大に展開される

 

「これが新しいデータドレイン…!いっけぇぇ!」

 

巨大なビーム砲と表現すべきか、それで確実にイニスを消し去る

同じ轍は踏むものか

 

「よし!仕留めた!漣!聞こえる!?」

 

『こちら輸送船団、結構先に進んでますぜ!』

 

「……えぇ…アイツら私たちを置いて行ったの?」

 

「いや、良いんじゃないかな、問題ないようで何よりだよ、急いで向かうけど、多分そっちの方が先に着くよね?帰るまでにパーティーの用意でもしてて」

 

『かしこまりっ!漣様が直接調理場の指揮を執ります!』

 

「頼んだよ、よし、北上、帰ろうか」

 

「…聞かなくて良いの?AIDAの事」

 

「キミに害がないなら、それで良いんだ」

 

「…思ったより便利なんだよ、この子は…他のAIDAを食べちゃうし、私の武器にも、鎧にもなってくれるから」

 

「聞いたことがある、世界に順応したAIDAがいるって」

 

「…この子もそうだと思うよ」

 

「でも、北上、北上も心配だけど、そのAIDAにも意思がある、力だと思わないで」

 

「…わかった、さ、帰ろうか、潮と朧がキッチンに立つのは阻止しないと」

 

「…海鮮パフェは勘弁して欲しいかな…」

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、キミは?」

 

「私は天龍です、よろしくお願いします」

 

「よろしく、気分を悪くしたら申し訳ないけど、元気がなかったりする?ここには来て時間が経ってないとは聞いてるけど」

 

「いえ、皆さんよくしてくれるので…」

 

「ならよかった、何か不自由があったら教えて、僕らでできることはするから」

 

「ありがとうございます」

 

 

「んー、本当に聞いてたより大人しい感じだね」

 

「えぇ、なので記憶を引き継いでるのかと」

 

「かもね、だとしてもあの性格も多分彼女の本来の性格だと思う」

 

「なんでですか?」

 

「なんとなくだけどね、ゆっくり付き合っていこう」

 

「…うーん、わかりました」

 

「それとこの島風って子は?」

 

「えっと、この子もちょっと違うタイプで、とにかく楽がしたい、走るのは好きじゃないと」

 

「そっか、じゃあ今度ゲームでも誘ってみてよ、きっと喜ぶよ」

 

「…そのことですが、軍医として派遣されてる夕張から、医務室はゲームセンターじゃないと」

 

「……娯楽室が必要かもね」

 

「そうですね」

 

「よぉ、提督」

 

「摩耶、調子はどう?」

 

「最高だよ、それより提督、次に出る時、アタシも連れてってくれよ!」

 

「うん?どうして?」

 

「勇者カイトの相棒って言ったら、ブラックローズ、だろ?」

 

「…もしかして」

 

「ああ、今は私がブラックローズだ」

 

「…そっか、頼りにしてるよ」

 

「任せときな!」

 

 

「ブラックローズ…またね」



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伏せ札

提督 三崎亮

 

「まずはおめでとうか?」

 

「ありがとう、でもこうなるとは思ってなかった」

 

「そうか?アンタはなんでもお見通しだと思ってたぜ」

 

「全くそんな事ないよ」

 

「で?早速本題と行こうぜ、秘策ってのは?」

 

「秘策、か」

 

「あの日、アンタは何をしたんだ?」

 

「…選択した、ただ、考える時間が長すぎた……今となっては苦しむ結果となった」

 

「…何を狙ってる?」

 

「………まだ言えない、だけど、お互いわかってるはずだ」

 

「………マジに秘策って訳だな」

 

「痛みが伴う」

 

「……俺らだけの痛みなら幾らでも受け入れたが…これはすぐには返事ができねぇな……なんにせよ俺はもう手出しできねぇが…」

 

「いや、スケィスは取り戻すよ、僕一人じゃ無理だ」

 

「………本気か?」

 

「本気だよ、今のモルガナは、まさに無敵だ、あの時のデータドレインは複数の狙いがあった、その中の幾つが失敗に終わっただろう……まず、モルガナの消去、失敗、せめて実態を与えようともした、これもダメ、何かの情報を得ようともした、これもダメだった……だから、ある仕込みをした」

 

「仕込みか…で?その成果は?」

 

「悪くないけど、まだまだ先になる」

 

「そうか」

 

「あの日、大量の深海棲艦をデータとして取り込んだ、大量のウイルスコアが手に入ったよ」

 

「………まさかマジに深海棲艦がウイルスバグだって言いたいのか?」

 

「そんな訳ない、出てきた時期と合わないから…だけど、もう同じ物になりかけてる」

 

「…気付くのが遅すぎたと?」

 

「こっちはやっと芽が出るかも知れないところで、向こうはもう花が開いてる…」

 

「じゃあ次は枯れる」

 

「実をつけるかもしれないよ」

 

「…悲観的だな」

 

「用心深いんだよ」

 

「俺は今、アンタの選択を支持するつもりはない」

 

「うん」

 

「だから他の手を考える」

 

「僕も他の手を望んでるよ、それと、あと一つだけお願いがある」

 

「…ネットのことか?」

 

「わかってるみたいだね、向こう側をどうにかして欲しい」

 

「……俺はその前に助けなきゃいけねぇ奴がいる」

 

「イニスの所有者…日下千草さん?」

 

「耳がはええな、俺の大事な仲間だ」

 

「やっぱり、まだ意識は戻らないか…」

 

「残念ながらな……で?予想はできてたんだろ?」

 

「……予想はできても対処はできないこともあるよ」

 

「…今の俺はアンタが頼りなんだぜ」

 

「キミにはまだ力があるはずだ」

 

 

 

 

 

「多分モルガナは、こっちの手を読んでる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞鶴鎮守府

 

「初めまして、大将殿」

 

「他人行儀な挨拶はやめてくれませんか」

 

「他人だろ?」

 

「…確かに初対面ではありますが」

 

「火野拓海、アンタのことは聞いてる」

 

「お互い様です、私は良い話はほとんど聞きませんが」

 

「…一応アンタの方が上官だよな」

 

「構いません、そのままでどうぞ?」

 

「……はぁ…アンタには敵わねぇな」

 

「私は徳岡さんほどではありません」

 

「……で?渡会のヤツは?」

 

「佐世保鎮守府での活躍は目覚ましいとか」

 

「そうか、俺も後輩が頑張ってくれて鼻が高い…が、もう少し楽させてくれてもバチはあたらねぇだろ、本部様」

 

「私は代理であって、本部ではありません、それより、あなたの持ってるチップが欲しい」

 

「……アレはずいぶん昔のデータだろ?」

 

「やはり持っておられますか」

 

「…くそっ…鎌かけてくんなよな、嫌になるぜ」

 

「少しでも過去のデータが要ります、事態は一刻を争う」

 

「何が起きてるんだよ」

 

「説明の義務はありませんが」

 

「………ああ、そうか…信用できるやつに持って行かせる、心配するな、コピーなんかねぇよ」

 

「むしろそれも欲しいくらいです、要件は以上です、失礼しました、それでは」

 

 

 

提督 徳岡純一郎

 

ここなら良いだろう

俺の鎮守府にまさか盗聴器が仕掛けられてるだなんてな

無職で彷徨ってたのを拾ってもらったこと事態はありがたいが、もうすぐ俺も爺さんだ、いや、もう既にか?

 

「………げ…」

 

俺に新たに与えられた仕事はどうやら国の意思と反してるらしい

また無職になるかもな

まあ、金など使い道もなければ、やりたい事も他にない

今もらったこの紙切れ一つが俺の原動力か

 

 

AIDA感染者を救ってくれ

ワクチンは今佐世保に有る

佐世保の船着場に人を待たせる

 

 

人助けが好きな訳じゃない

俺が、手を出した世界、あのネットゲームの波がまだ死んでない

 

俺の指揮下のヤツまで被害を被った

部下くらい大事にしてやるさ、あの頃のように

 

「佐世保に行く、しばらく留守を頼めるか?」

 

「わかりました、提督」

 

「すまんな、任せっきりで」

 

「……あの子たちは治るんですか?」

 

「わからん…だが治してみせるさ」

 

 

 

 

 

長崎 佐世保

船上

 

「………まさかお前さんらと会うとはねぇ」

 

「お久しぶりです、徳岡さん」

 

「シックザールの曽我部隆二に黒のビト、なかなかの顔ぶれじゃねぇか」

 

「おんやぁ?気に入らない?」

 

「…やっぱりお前は嫌いだよ…さて、ネットワークアナリストの佐藤さんよ、例のブツは?」

 

「……先に、貴方はヘルバ様の監視の元にある事をお忘れなく、余計なことはしないでいただきたい」

 

「あいあい、確かに受け取ったぜ、で?そっちの精神科医は何の用だよ、曽我部センセ」

 

「…ま、九州に野暮用だ、しかし、こう、屋形船ってのも風情があるねぇ」

 

「俺は嫌な事を思い出したがな」

 

「ですが、ここなら誰にも聞かれない」

 

「徳岡さんよ、今アンタらが被害を被ってるAIDAは所詮偽物だ、だがな、俺は本物も絡んでくると読んでる」

 

「本物ぉ?冗談よせよ、そんな事になったら本当に国が終わるぞ」

 

「それは軽いですね、世界が終わります、お忘れですか?冥王の口付けを」

 

「プルートキス、たかだか10歳の少年に世界中のネットワークを握られ、危うく核戦争になりかけた最悪のネットワーク事件…」

 

「別名第一次ネットワーククライシス、か…次はなんだ?ワールドクライシスか?」

 

「そうならない事を願います」

 

「さて…そろそろ帰るか…俺がわざわざこの船に乗った理由だが、アンタらの監視って意味もある、お互い、余計なことは無しだ」

 

「……お前はどこについてるんだ?」

 

「ここには、誰も居ません、ヘルバの使者も、国の軍人も、どこかの組織と手を組んだ精神科医も」

 

「ヘルバの使者?月の樹の使者の間違いだぜ」

 

「余計な口は謹んでもらえますか」

 

「…俺は何も聞いてねぇよ」

 

 

 

 

 

舞鶴鎮守府

 

「戻った、遅くなったな」

 

「…提督、言われたものは用意しましたが…これは…」

 

「VR装置HMD(ヘッドマウントディスプレイ)、聞いたことくらいあるだろ」

 

「…もう古い物ですけどね」

 

「うるせぇよ、こいつが俺の中では最新だったんだ……もう準備はいいのか?」

 

「全員に装着、機械に繋いであります」

 

「………よし、休んでくれていい…後は祈るのみだな」

 

そう言ってパソコンにファイルを読み込ませる

 

「それは…」

 

「俺の仕事を始めるんだよ、こいつは機密だ、しばらく部屋を出てくれ、15分…いや、10分で終わるから」

 

15分で終われば充分だ

 

 

 

流石は、スーパーハッカーのお手並みと言ったところか

正直自分の理解を超えている、だがそれを慎重に読みとく

 

「………問題ない、これならあいつらに危害は加えられないだろう」

 

確認を終え、HMDを繋いだPCにファイルを突っ込む

 

「…俺の仕事も祈るのみ、か」

 

 

 

 

「いっちばーーーん!」

 

「もう一回寝ててくれ、おじさん疲れたよ」

 

「提督さん、ありがとうっぽい!」

 

「頑張った提督にちょっと良いお料理作りますねー」

 

なんだろうな、騒がしいことこの上ないが、まあ、良かった

娘よりも幼いような子供を見殺しになどできる奴はいない

 

「提督、お疲れ様です」

 

「……ああ、なんとかなってよかったよ、全く」

 

「夕立たちが元気になって本当に良かった…」

 

「これで安心してドジできるな」

 

「………あんまりしたくはないんですけど」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

駆逐艦 暁

 

「え?暁が旗艦?」

 

「そう、お願いできる?」

 

「任せなさい!明石さん、暁は一人前のレディーよ?」

 

「って言ってるうちは無理じゃないの?」

 

「んなっ!?」

 

「北上さん…大人気ないですよ」

 

「ほっときなさい、どうせお使いだし」

 

「お使い!?今お使いって言った!?」

 

「でも、本土で、ですよ!」

 

「本土!?」

 

さっきから旗艦だ本土だと頭がグルグルしてくる

アオボノさんは言葉に棘があるのよね

後は余計な事を言う北上さんも

 

「要するに、本土に行って、必要なものを受け取ってくる、自由行動は予定通りに帰ってくるなら好きにして良いよ、本土との行き来には連絡船を使うことになります…それから随伴艦はアオボノと、あと4名好きに選んでねってことです」

 

「アオボノさんがいるのは良いけど…演習や出撃、遠征が封じられてるせいで私たちの練度は殆ど上がってないわよ?」

 

「大丈夫、暁ちゃんにしか任せられない仕事なの」

 

ふふん、やっぱり私は頼りになるわね

 

「それにメインはお使いだから練度は関係ないしね」

 

「またお使いって言った!?」

 

「事実だし…」

 

「でも暁ちゃんじゃなきゃできない仕事なの!」

 

「………腑に落ちないってヤツね…」

 

「ほら、誰連れてくの?アタシ?アタシは困っちゃうな〜、行きたいお店沢山あるからさ〜?」

 

「北上さんには用はないから気にしなくて良いわよ」

 

「………やっぱ駆逐艦なんて嫌いだ…」

 

「自業自得ですよ…」

 

「全くね」

 

「じゃあ、明石さん行きましょ!あとは天龍さんと島風ちゃん、後は高雄さんかしら!」

 

「え、私ですか!?」

 

「………随分変わったメンバーね…戦艦と空母がいない事を除けば割と悪くないのかしら?」

 

「駆逐艦3工作艦、軽巡、重巡1かー」

 

「みんなあんまりここを出てないでしょ?せっかくだし普段行かない人と行きたいな!」

 

「暁ちゃん…!」

 

「別に良いけど、雷と響は?」

 

「あの二人にはたっぷりお土産を用意するわ!大丈夫!」

 

「ちゃんと妹を気遣って立派ねぇ…ねぇ、そう思わない?北上サマ?」

 

「………何?やるの?」

 

「相手になってあげても良いけど?」

 

「…喧嘩売ってきたのはそっちだよ?」

 

「ちょっ!?ストップ!ストーップ!喧嘩はやめましょう!」

 

「そうよ!レディーのする事じゃないわ!」

 

「これは喧嘩じゃなくて決闘よ」

 

「いいねぇ…!痺れるねぇ…!」

 

「変わらないから!北上さんにもお土産用意しますから!」

 

「んじゃ、私最新のゲーム機が欲しいな、明石!」

 

「……出汁にされた…!」

 

「あー!もうわかりましたから!駄々をこねる子供ですか…!?」

 

「それで、次の連絡船はいつくるの?」

 

「明日、午前10時です」

 

「じゃあ準備を急がなくっちゃ!」

 

「具体的に何するかはいいの?」

 

「私も行きますし…まあ、移動中に」

 

「いやぁ、最新のやつ楽しみだなぁ…!」

 

「………アンタ狡くなって来たわね…」

 

「いや、七駆のゲーム番長が最近強くてさ」

 

「…ゲーム番長…?誰よそれ」

 

「曙」

 

「………あいつ、最近部屋にいないと思ったら…」

 

「ずっと朧とやってるから…練習量凄いせいでどのゲームもみんな勝てないんだよね…そこでこの北上さんの部屋に最新鋭のを配備!すると、私と敗北者だけが練習できる環境ができてしまう訳ですよ」

 

「…ゲスの発想ね」

 

「好きに言いたまえよ、これも戦いさね」



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見る目

本土 

神奈川 横浜

 

「よーし!本土に上陸!明石さん!目的地はどこ!?」

 

「えーと、このメモに」

 

「……なになに?みなとみらい跡地にて待つ?」 

 

「お使いとしか聞いてないけど…決闘なの?」

 

「流石にないと思うわよ…」

 

「あのクソ提督がやれっていうなら仕方ないわよねぇ?で?どうなの?明石」

 

「いや、決闘じゃないんですけど…」

 

「チッ」

 

「アオボノちゃんって思ったより血の気が多いのね」

 

「それより、結局なんの用なの?」

 

「そこに行って人に会えとしか聞いてません…」

 

「はぁー?やっぱりあのクソ提督、後でぶん殴ってやろうかしら」

 

「レディーはそんなことしちゃいけないのよ!それよりも、このみなとみらいってどこかしら」

 

「横浜県の西区ですよ」

 

「神奈川だから!県民に聞かれたら殺されるよ!?」

 

「それより跡地って?」

 

「あそこ元々開発都市だったんだけど、昔あった事件で色々取り壊してそのままなのよ」

 

「……どういうこと???」

 

「第二次ネットワーククライシスって知ってる?」

 

「ああ、冥王の再来(プルートアゲイン)…あれの中心地って横浜だったんでしたっけ」

 

「そう、みなとみらいは約6時間もの間、陸の孤島になった」

 

「陸の孤島?」

 

「今、私たちの持ってるケータイから、何でもかんでもネットで管理してるでしょ」

 

「そりゃそうね、ネットに繋がなきゃなんにもできないんだから」

 

「じゃ、ネットが使えなくなったら?リアルタイム組、もしくはニュースでやってた時代を知らないと想像つかないかな…その時、大混乱が起きた、信号や電化製品はもちろん、発電所までダウン、複数あったルートも渋滞や事故で潰れ、街は飲食店や民家から発生した火災により炎上する場所もあった」

 

「……たかがネットひとつで?」

 

「私たちの生活にはもう欠かせないものになってますね」

 

「でも私たちの鎮守府にはテレビすらないのよ?一応Wi-Fiは飛んでるけど…」

 

「あれも海上の電波塔を潰されたら終わり、脆いでしょ?だからみんなあんまりケータイを持たないの」

 

「それで?」

 

「ネットに頼りすぎたからみなとみらいの大部分は大きな傷を負ったわけ、大きく上がる黒煙がそれはたくさんあったそうよ、よその消防署から応援を呼ぶにも、電話だって通じやしない、もちろん電気がダメだから電車も動かない、車は事故だらけでまともに進めない、あそこは6時間のうちにボロッボロ、これが他の都市でも起こってたら深海棲艦どころじゃないわよね」

 

「横須賀鎮守府は?その時何もなかったの?」

 

「海側からホースで放水してたって聞いたけど、ほとんど何もしてないようなものでしょ?だって私たちはもう人を乗せられないんだから」

 

「……」

 

「ネットに頼りすぎたって事よね?でもなんでその時以上にネットだよりな生活になってるのかしら」

 

「それは簡単です、便利だから」

 

「呆れるわねぇ…」

 

「…ま、その文明の力がなければ、私たちはまともに連携も取れず、補給物資も欲しい時に求められないのよ」

 

「そんな話をしてる間につきましたね」

 

「旧みなとみらい、今はその広大な敷地を利用して作られた、データ管理局とレジャーの複合施設…と言ってもほんの十年ちょっとしか経ってないから…まだたまにニュースでやる度に批判されてるけどね」

 

「……都市ひとつ分を丸々?」

 

「そんなわけないでしょ、百分の一も使ってないわよ、奥にあるのは…言っちゃダメだけど掃き溜めよまだ取り壊しが終わってない古い民家とか、ホームレスの溜まり場とか、とにかく、人の目にうつしたくないものばかり」

 

「それを容赦なくメディアは報道してる、と」

 

「そもそも立ち退かない人もいるんでしょうね…」

 

「ま、いいんじゃない?さて、多分この施設でいいと思うけど…待って、クソ提督から連絡が来たわ、何?」

 

『ごめん、メールが来たんだ、ダックドナルドで待ってるって』

 

「……ファーストフードねぇ…私お昼は豪華にしたいんだけど」

 

『それは管轄外かな…頑張って』

 

「…暁?」

 

「何よ」

 

「ハンバーガーとフレンチ、どっちがいい?」

 

「ハンバーガーに決まってるじゃない」

 

「…お子様…」

 

「何言ってんのよ!フレンチでキッズプレートでも出すつもりでしょう!?」

 

「私も日頃の行い、か…旗艦の希望でお昼はファストフードに決定ね…」

 

「私お寿司食べたいんだけど」

 

「私は……ファストフードでいいや、楽だし…」

 

「島風さん、栄養が偏りますよ…」

 

「天龍さんは何か好きなものはありますか?」

 

「……その、お恥ずかしながらお肉が…」

 

「うん!普通!天龍さん、何も恥ずかしくないわ!っていうか明石こそ何かないの?」

 

「……私外食初めてなので……」

 

「アンタこの前外出てきたんじゃなかったの?」

 

「…お弁当持参したので…」

 

「ピクニックか!」

 

「…まあ、何を言っても目的地は変わらないんだけどね」

 

「無駄なやり取りしてたの?今…」

 

 

 

「ガラッガラねぇ……」

 

「さっき言ったでしょ?取り上げられる度に批判されるって…ま、想像してた以上に客が居ないのは別の何かを感じるわね?店員も仕込みかしら」

 

「さあ?」

 

「……あの人でしょうか」

 

奥の席に一人で座った女性、いけすかないお高く止まった感じ

そして此方を見てニコリ

 

「ビンゴね、行くわよ」

 

 

「初めまして、と言っておくわ」

 

「アンタ誰よ」

 

「名乗る程のものじゃないの、それよりも早く要件を済ませましょう?」

 

「あの…要件ってなんでしょうか、私たちはあなたに会うように、としか…」

 

「あなたが明石かしら、フフフ…データ兵器だったかしら?とんでもないものを作ろうとしてるみたいね」

 

「……なんでそれを」

 

「そんな事はどうでもいい、話を進めるわよ、私たちは貴方に、データ兵器をプレゼントする、試験段階だけどね、これを使ってテストをして、データが欲しい…私たちの協力者になって欲しいのよ」

 

「お断りよ!軍でもない貴方たちがなんでそんな事してるのかしら?」

 

「暁って意外と頭回るのね、私もお断りだわ、こっちは一応軍艦…今は軍人か、なんにせよ、戦争に利用できるものを一般人が作ってるのがいただけないわ」

 

「お利口ね…でも、私がもっと賢かったら、貴方の手はもう落ちてるんじゃない?」

 

「………どこまで知ってる…!」

 

「腕輪、その力があれば戦争の為にデータ兵器を作るなんて必要は全くない…それに…腕輪に近いもの…いや、データドレインそのものの解析を断った事もある…私はその力自体には興味がない」

 

「…じゃあなんで?」

 

「家族を守る為かしら」

 

薬指の腕輪が光ったように見える

スマホから小さな子供の写真を見せられる

 

「私も親、子供を守る為に尽力してはおかしいかしら?」

 

「納得はいくわ、だけど個人の力の範疇をゆうに超えている」

 

「そうでもないわ」

 

「………貴方が、もしかして…ヘルバ?」

 

「明石、知ってるの?」

 

「正解、もっと早く気づいてほしかった」

 

「え、えー!?ホントですか!?」

 

何?このテンションの上がりよう

 

「……なんか変なスイッチ入りましたね」

 

「…大人しく見守りましょうか」

 

「え、その子が例の?!きゃーかわいい!って言うか名前!教えてくださいよ!約束したじゃないですか!」

 

「やっぱりこんな感じか…先に話を終わらせてからにしよう」

 

「で?何を話してくれるの?」

 

「私は今、月の樹というグループを主導している」

 

「…名前くらいは知ってるわ、ホワイトハッカーの集団ってね」

 

「正確には警察で言うサイバー犯罪対策課だ、組織とは便利なものでな、金を持ってくるやつ、政府と繋がりを持つやつ、メディア関係者、色んな繋がりを作れる、それこそ大きな拠点を堂々と持てるほどに」

 

「………まさか」

 

「そう、このデータセンターは、私達の基地だ、どんなに安全に設計されていても、それを批判し続ける、表向きの致命的な欠陥なんてもちろんないが、反論はしない、さらにレジャーといっても近くに民家がないから態々車で来る必要もあるだろう?来てみてもあるのはゲームセンターくらい、規模は大きいが人は来ない、交通の弁も電車や高速があるにはあるが……ここに来るために、と言われると嫌がるだろう」

 

「……おっそろしい相手と出逢ってるって今知ったわ」

 

「私はもう気づいてた」

 

「さらにここは今みたいに、オフレコな話をするにはもってこいだ」

 

「……それをアンタらが拾って情報収集にもバッチリってわけね」

 

「わざわざここに来る物好きな目的は、聞かれたくない話をする、と言うのがほとんどだからな、それで、ここまでこちらは姿を見せた、協力してもらえるか?」

 

「玄関前まで来たのに土間にいる奴にそんなこと言われるなんてね」

 

「…提督に指示を仰いでも?」

 

「お前たちの判断に任せるそうだ」

 

「…優柔不断」

 

「司令官は正しいわ、私たちが使う武装なら、私たちの命をかける必要がある、私たちに判断を任せるのは当然よ」

 

「暁が鋭い意見を…じゃあ賛成」

 

「ちなみにその実験データなどありましたら、それを見てからでもいいですか?」

 

「残念ながら、出せない、今日OKをもらうつもりはなかった、次の補給船に入れておく、試験的に使ってみるといい」

 

「……至れり尽くせり、かしら?」

 

「仕事なら億は超えるさ」

 

「…で?私たちに求められるのは?」

 

「戦果のみ」

 

「ありがたい話ですね」

 

「だけど、それが戦争に使われない保証はないわ、目というのはどこにでもある、もちろん耳も」

 

「……わかってる、考えておくわ」

 

「じゃあこれで話は終わりよ、せっかく来たのだから、もてなすわ」

 

「…流石にそこまでしてもらったら悪いわよ」

 

「アオボノちゃん、よだれよだれ」

 

「そういえばランチはまだみたいね、いいフレンチを知ってるけれど、ここで済ませていく?」

 

「行きます!フレンチ!」

 

「……フレンチって何ですか?」

 

「天龍さん、フレンチっていうのはフランス料理とかそういう感じです」

 

「…ナイフフォークはめんどくさいよぉ…」

 

「島風!そんなこと言ってたらレディーの道は遠いわよ」

 

「………アオボノちゃんは多分フランス料理が好きなんじゃなくて、オシャレな自分に酔いたい感じなのかなぁ」

 

 

 

 

 

工作艦 明石

 

「うっわぁ……」

 

「…なんか選択肢間違えた気がするわ」

 

「イタリアンだったらサイゼリヤみたいなオチを期待してたのに、普通に高そうなところでカエルを食べるなんてね」

 

「アオボノ固まってるし」

 

「フランスではポピュラーだと言いますが、日本ではまだ馴染みありませんからね」

 

…察してはいたけど、これ、弄ばれてるなぁ

 

「っ………」

 

「アオボノちゃん、カエル食べたばかりなのはわかるけど、これも美味しいよ?」

 

「羊の脳みそなんて…」

 

「美味しい!美味しいわよ!島風!」

 

「…あ、ホントだ」

 

「はしゃいでなければレディーなのに…」

 

「これはラビオリですか…」

 

「パスタ生地で肉を包んである、私のオススメだ」

 

「……何が入ってるか分からないのが恐怖…?この私が…怯えている…!?」

 

だいぶんキてるなぁ…

 

「ん、おいし!」

 

「……これも美味し…い…」

 

「ちゃんと食べるのが偉いわね、アオボノ…これは何が入ってるんですか?」

 

「これはウサギのラグー、煮込みだな」

 

「………ごめん漣…」

 

「何?どうしたの?これ漣ちゃんじゃないよ?」

 

「…いや…こんなに美味しいと……漣のうさぎ食べちゃうわ……」

 

「アオボノちゃんがクリティカル受けて胃袋轟沈しました!」

 

「気に入ったようで何よりだ、ゆっくり食べてくれ、私は迎えがあるので失礼する、ここも月の樹の勢力下だ、何も気にする事はない」

 

「月の樹入ろうかしら」

 

「明石なら歓迎するぞ?」

 

「……いや、遠慮しておきます」

 

「だと思った、それではな」

 

 

 

 

「はー、食べた食べた」

 

「島風、下品よ」

 

「アオボノちゃん最後吹っ切れてたわね」

 

「…美味しいのが悪いのよ、でも魚は普通で良かったわ…」

 

「天龍さんずっと静かでしたけど、大丈夫でしたか?」

 

「……こう、生命の神秘に触れて、感動に打ち震えてました…」

 

「さて、仕事も終わったし、次の船は……3時間後!遊ぶぞぉ!」

 

「仕事っていうかお食事しただけですけどね」

 

「お土産買わなきゃ…」

 

「よし、行きたいところ!」

 

「はい、ネカフェ」

 

「却下!島風アンタ引きこもる気でしょ!?それならせめて港にしなさい!次の船に乗れないわよ!?」

 

「エステ!クーポンもらっちゃった!」

 

「あー、行ったことないけど私も行きたいわね」

 

「…もう別行動にしてもいいかしら」

 

「じゃあツーマンセルね、駆逐艦+誰かになるように別れましょう」

 

「高雄、私もエステに行きたいからアンタと組むわ」

 

「よし、ここは決まりね」

 

「島風さん、私とゲーム見に行きましょうか」

 

「……よし、それなら行く」

 

「じゃあ私と天龍さんね!」

 

「暁さん、よろしくお願いします…」

 

「じゃあ時間には船に戻ること、えーと、連絡用の携帯はひとつしかないし……」

 

「スマホ契約すると2.3時間はかかりますからね、そんな余裕はありません」

 

「私は持ってるけど…とりあえず、私と暁で連絡取れるようにしとけば何とかなるんじゃない?」

 

「アオボノちゃんなら何とかなりそうね」

 

「じゃあ私達は何かあったらその番号に連絡できるようにしておきます」

 

「……明石、都会に公衆電話ってもうないのよ」

 

「嘘ぉ!?」

 

「随分昔に撤去ラッシュがあったんだけど」

 

 

 

 

 

駆逐艦 暁

 

「よろしくね、天龍さん」

 

「よろしくお願いします、どこに行きましょうか」

 

「せっかくだしお洋服が見たいわ!あそこにしましょう!」

 

 

 

「…やっぱり天龍さんは白のワンピースが似合うわね」

 

「お洋服って、私のですか…」

 

「だって、あんなミニミニじゃあダメよ!島風ちゃんみたいに服を変えてくるならまだしも、制服なんて…」

 

「確かに浮いていた自覚はありますが…島風さんのようなジャージというのも…」

 

「……だから!いい服着ましょ?」

 

「わかりました…」

 

「このハットも被ってみて!……うん!最高のレディって感じね!」

 

「ありがとうございます、でもパンプスというのは歩きにくいですね……」

 

「じゃあ動きやすいのも見繕ってあげるわ!そのあと私のを見繕ってね!」

 

「…ふふっわかりました」

 

 

「ふー、だいぶん買っちゃったわね」

 

「流石に持ちきれませんでしたね…」

 

「大丈夫、ちゃんと船着場に届けてもらったから、次の船で送れるわ!それより、前から気になってたんだけど、天龍さんって眼帯をしてるものなんでしょう?」

 

「……とは聞いていますね、私は建造された時からさっきの制服でしたが、眼帯はありませんでした」

 

「眼帯がないってみんな気にして無いけど、何か違うものなのかしら」

 

「さあ……私にはわかりませんね…」

 

あれ?

 

「せっかくだし買ってみる!?」

 

「いえ、戦闘に悪影響をきたしそうなので…やめておきます」

 

「確かにそれもそうね、片目だと平面に見えて距離を測るのが大変っていうし」

 

「あ、それよりあそこでお茶でもどうでしょうか」

 

「いいわね!そうしましょ!」

 

うーん、天龍さんって本当はどんな人なのかしら

食事の時も物怖じせず食べてたし、もっと明るいタイプだと思うんだけど…

 

「暁さん、これ美味しいですよ」

 

「ホントだわ!天龍さんは見る目があるわね!」

 

まあもう少し様子見かしら



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問題児

駆逐艦 島風

 

「おー、最新置いてあるよー」

 

「これ?……4万円…!」

 

「安いね!」

 

「これで安いんだ…」

 

「うん、かなり、作るのに数倍かかるらしいから…」

 

「…北上さんにも言われてるし、買うかぁ」

 

「よーし!これがあれば1日遊べるよ!」

 

「島風ちゃんが元気でよかったよ…うん」

 

「楽しければ私は元気だよ?出撃はしんどいからやだ」

 

みんなそうなのに、変な明石さん

 

「……成る程、確かに、それが普通…か、確かにそっか…」

 

何を考え込んでるんだろ

 

「明石さんも出撃したく無いんでしょ?」

 

「……考えた事ないなぁ…できることしかやってこなかった、何とか役に立てれば、ってずっと……」

 

役に立てれば?

 

「それってどういう事?」

 

「……できるだけ何があってもみんなを守れるように、とか…」

 

「戦わないのに?」

 

「前線で戦うだけが戦いなら、私達は戦ってないかもしれない、でも、私は工作艦だから、私はみんなの装備をよくしたり、少しでも修理をしたりするのが戦いかなぁ」

 

ゲームの役割みたいな感じかぁ…回復役なんて好き好んでやる人いないと思ってた

 

「変なの」

 

「……変かな」

 

「変だよ、私は力なんかいらない、別に守りたい人もいないもん」

 

「じゃあ、そんな人ができたら、きっとわかるよ」

 

「……そうかなぁ…」

 

「……もしかして、島風ちゃんは…自分以外の誰かの事を覚えてるの?」

 

自分以外……

 

「どういう事?」

 

「…そう、例えば…建造される前のこととか」

 

……暗い…

 

「暗い…」

 

「暗い?」

 

「暗い所で終わった夢」

 

「……島風ちゃんの記憶じゃないな、それは…前の、あなたの艤装を持っていた人の夢、だと思う」

 

「どういう事?」

 

「…艦娘っていうのは、艤装を外せば完全に人間と同じになるの、これは実験とかもあったんだけど、全く…例えば力とかも人間と同じになる、などと艤装をつけられない代わりに、ただの守られる側の一般市民になれる、記憶の消去処理もしてね」

 

「記憶まで消されるの?」

 

「そう、多分記憶は正確には艤装が引き継ぐんじゃないのかな…それで、島風ちゃんはその記憶を持ってるんだと思う」

 

「解体された人は?」

 

「ちゃんと戸籍を与えられて自由に生きられるわ、艤装に触れる事は永遠にない、触れても作動しないから…」

 

「私の艤装は…連装砲ちゃんって言うんだけど、あの子は、他の人の艤装とは絶対に違う」

 

「うん、まるで意識があるみたいに1人で駆け回る、初めて見たけどすごいと思う」

 

「…違う、意識があるんだよ、あの子達は…だから…私が嫌いなんだ」

 

「嫌い?」

 

「多分前の持ち主だった島風は、すごくいい子だったんだと思う、強くて人の役に立てる人、私みたいにものぐさじゃない人だったんだと思う…だから、私に前の島風の記憶を…」

 

「……技術者としては…あんまり考えられないことだけど…でも、島風ちゃんが不安なら、調べてみましょう!艤装に意思があるとしたら…これは新しいことがいろいろわかるはず」

 

「ありがと、明石さん」

 

真剣に聞いてくれるとは思わなかった…

でも、これでよく眠れるかも

 

 

 

駆逐艦 曙(青)

 

「高雄ー…まだ?」

 

「まだよ、あと少し…」

 

「何回目かしらそれ」

 

「……でも、気持ち良くない?」

 

「…あんまり」

 

 

 

 

「……なんか逆に雰囲気で肩凝っちゃった」

 

「あー、私こんなにつやつやよ?」

 

「…わたしは元がもちもちすべすべだから変わらないのよ」

 

「行きたいって言ったの誰だっけ、このクソガキ」

 

「私よ?歳を食ったらどうしたらいいかなぁって思ってね」

 

「………」

 

「………」

 

「…虚しいわ」

 

「そうね」

 

「「……はぁ…」」

 

 

 

 

 

 

倉庫街 軍港

 

「一番乗りよ!」

 

「…誰もいませんね」

 

「………船もまだ来てないわ…」

 

「少し残念ですね」

 

「天龍さん、時間わかる?」

 

「…携帯によるとヒトナナサンマル、あと三十分あります」

 

「早すぎたかしら…」

 

「そのようですね…誰もいないのは気になりますが」

 

「……私たちが時間を間違えたって可能性はない?」

 

「はい、この携帯の時計はデジタル、回線による通信ができなくても自動的にしっかり時間は進むし…」

 

「じゃなくて、集合時間を間違えてない?って」

 

「間違ってたら連絡が来るかと…」

 

「よねぇ…逆にこっちからかけてみる?」

 

「わかりました…………出ない…?」

 

「…ちゃんと操作わかる?ちょっと貸してみて…ってこれ留守電じゃない……」

 

「ごめんなさい、触ったことなくて…」

 

「大丈夫、待ってね、今からかけるわ…もしもし?今どこ?明石さんはそっちにいる?………え、迷ったの?」

 

「迷ってるんですか?」

 

「みたいね…今どこ?あと30分ないわよ…?えー…?携帯にマップあるじゃない…何で使えないのよ…」

 

「何かありましたか?」

 

「…極度の方向音痴が居たみたい…」

 

「アオボノさん…?」

 

「じゃないわ…ねぇ、タクシーは?……わかったから、払ってあげるからとりあえず来て…じゃ…」

 

「……お財布落としたんですか?」

 

「エステで吹っ飛んだらしいわ…レディーなら自分でお肌の手入れくらいしなさいよ全く!ぷんすか!」

 

「……その…お疲れ様です…」

 

「問題は明石さん達ね、あの2人は電話が無いから…横須賀鎮守府集合にでもすれば良かったわ…」

 

「暁さんって意外としっかりしてますね…」

 

「意外とは余計よ!落ち着いて計画すればこのくらいレディーは当たり前なんだから!」

 

「でも、本当に何かあったら困りますね…あ、あれ、連絡船でしょうか」

 

「来たみたいね…船だけ…せめて横須賀鎮守府発着にしてほしいわ…」

 

「でもここを頻繁に使うことで防犯の意味もありますから…」

 

「そうなの?」

 

「……一応、聞いたところによると、もともとこう言う人気のない港はそう言う目的で使われることが多かったそうで…だから軍のものにしたと……」

 

「へぇ…詳しいのね」

 

「気になってしまって…でも、本当に人気がないですよね、神奈川の、それも横浜なのに」

 

「灯台下暗し、使い方は違うけど…此処は光が届かないのよ」

 

「難しい言い回しですね」

 

「レディーだもの」

 

「あ、いたいた!おーい!」

 

「島風さん、間に合ってよかったです、明石さんは?」

 

「ん」

 

「………私の目がおかしくなければ、大量の荷物を1人で運んでるけど」

 

「…手伝いましょう」

 

「島風も行くわよ!」

 

「えぇ……」

 

 

 

「はい、これ」

 

「ありがとうございます、失礼します」

 

「……本当に助かりました、ありがとうございます…」

 

「…ありがとう…暁…」

 

「……お二人とも何に使ったんですか…」

 

「…私はこれ…最新の端末が欲しくて」

 

「…その、美容器具を……あと移動費…」

 

「タクシーで20分で戻れる距離なのにそんなにお金使ったの…?」

 

「いや、高雄が優雅にタクシーでいろいろ回ろうって」

 

「私1人のせいにしないで!?」

 

「2人とも同罪ですねこれは…」

 

「はぁー…出港時間だし、そろそろ行きましょ?」

 

「……ご迷惑を…」

 

「おかけしました…」

 

 

 

 

船上

 

「天龍さんすごく絵になるわ…!」

 

「暁ちゃんのセンスが良かったね白のワンピースと帽子、海風に靡いてまるでお嬢様みたいで素敵ですよ」

 

「…そんな……」

 

「もう!照れない!似合ってるんだから!」

 

「………嫌がってるんじゃ無い…?」

 

「…その…ちょっと…嫌です」

 

「そうだったの!?ごめんなさい!何が嫌だったかしら!」

 

「………あの…私は別にお嬢様なんかじゃなくて…」

 

「………」

 

「そんな事?別に気にせず堂々としてなさいよ、その方が服もアンタも幸せよ」

 

「アオボノちゃん、やめときましょう、本人が嫌だと言ってますし、天龍さん、ごめんなさい」

 

「いえ…その、こちらこそ」

 

「…ねぇ明石さん?」

 

「え?なに?暁ちゃん」

 

「……機械って潮風に当たっていいものなの?」

 

「………一応奥にしまっておきますね」

 

「私も手伝う!」

 

 

 

 

離島鎮守府

 

「はー、疲れた」

 

「お疲れ様、晩御飯まだだよね、準備できてるよ」

 

「クソ提督、仕事は終わってるんでしょうね」

 

「大丈夫、データ兵器についても輸送用意を手配しておいたよ」

 

「………ん…?…あ!名前…!」

 

「どうしたの?明石」

 

「………ヘルバさんの名前…聞いてない…」

 

「……機会があったらオフ会に連れていくよ、ヘルバは参加した事ないけど…」

 

「それより司令官、私アオボノと高雄にお金貸したから」

 

「暁、お金の貸し借りは…あれ?そっちの2人が借りたの…?」

 

「………」

 

「ごめんなさい、初めての本土で調子に乗りました…」

 

「………今後気をつけてね、そっちの大量の荷物は…お土産みたいだね、みんなを呼んでくるよ」

 

「…今日は眠れない夜です」

 

「島風さん、明日の出撃忘れないでくださいね」

 

「………初陣です」

 

「私もです」

 

「そっか、バタバタしてたから機会逃したのね、明日は私はお休みだけどわ、お迎えしてあげるわ!」

 

 

 

 

「おー!さすが明石!」

 

「……お金は払ってくださいね」

 

「……了解、しっかりしてるね、流石に」

 

「当然です…」

 

 

 

「暁、ありがとう」

 

「これすっごく可愛いわ!私たちも早く本土に行きたいわね!」

 

「次は3人でまわりましょう!」

 

 

 

「ほら、これ…」

 

「ぼのたん!質問です!自分より幼い子からいくらカツアゲしたんですか?」

 

「アオボノちゃん、あんまりそう言うのは良くないよ…?」

 

「曙、猛省しなさい」

 

「………わかってるわよ」

 

「ま、アタシたちのお土産にお金使いすぎたみたいだし、強く言えないね」

 

「……朧…!」

 

「でもこれ、アタシあんまり好きじゃないから後で別のやつにしてね」

 

「…はい」

 

「ボーロから一番愛を感じる…」

 

 

 

 

「あー!もうマジでアタシも行きたかったぜ!」

 

「摩耶は一度抜け駆けしてるじゃない」

 

「怒られます」

 

「今回は選ばれてたら問題ないんだろ!?次は選んでくれねぇかなぁ…」

 

「自分の休みに行けば…?」

 

「同意」

 

「しっかし…美容グッズしかねぇのは………」

 

「要らないわね」

 

「………」

 

 

 

「ほら、夕張、約束のもの」

 

「………!これで!これで!私のパソコンちゃんが…!」

 

「……横須賀鎮守府からいい加減取り寄せれば…?」

 

「誰かに触られたら酷いことになるの、来季には正式に戻るし、その場凌ぎとしては十分よ」

 

「やっぱり帰るんだ?」

 

「………ま、それはね」

 

「………そっちの青葉さんによろしく」

 

「電ちゃんには?」

 

「…お寿司食べすぎないように言っておいて」

 

「了解よ」

 

 

 

 

 

「おぅっ…強い…?」

 

「鎧袖一触です」

 

「加賀さん思ったよりうまいんですね」

 

「翔鶴、相手なさい、その思い上がりを正します」

 

「ウェッ!?私ですか!?」

 

「あらあら、翔鶴さん頑張って?」

 

「………千代田もやってもいいかな…」

 

「いいと思います」

 

「島風さん、チーム戦にしましょう、貴方と私なら鎧袖一触です」

 

「はい」

 

 

 

 

「助かるよ、ヘルバ」

 

『月の樹も一枚言わなばない、これに対する対策も必要だ』

 

「自分で作ったものを破壊する用意が要るなんてね、秘密基地に自爆ボタンがある理由がよくわかるよ」

 

『此処までのものなら当然だ、それと、スケィスを捉えた』

 

「………次はこっちが仕掛ける番だよ」

 

『わかっている、消波作戦、だったか?』

 

「………オペレーション、テトラポット…」

 

『再び、だな、任せておけ、準備はしておく』



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足踏み

離島鎮守府

 

「……本気なの?」

 

「はい、提督、どうにか私に改装の許可をください」

 

「…北上の時は初めてだった、とても無責任な話だけど…僕はリスクを知らなかった、だから許可を出した、でも、今は…」

 

「知ったからなんだと言うのですか」

 

「………」

 

「許可を出してください、私は…やります」

 

「…翔鶴には相談した?」

 

「…なんでそこで翔鶴さんが出てくるんですか?」

 

「確かに、君は曙達と普段活動を共にしてるけど、相談事は翔鶴や明石にしてるんじゃない?」

 

「……」

 

「ねぇ、なんでそこまで改装を望むの?潮」

 

「…強くなる必要があるからです」

 

「………それを問うことはやめておくよ、君は思ったより頑固みたいだし…一つだけ覚悟して欲しい」

 

「私の身の危険ですか?そんなこと…」

 

「だと思った、だからそうじゃなくて…君が改装に成功したら、他の基準に達した子達もそれを望むよ」

 

「……!……それでも…やります」

 

「…引き返せないよ、キミが成功しても、他の子はどうかわからない」

 

「私は…七躯で一番弱いと思います…だったら私は強くならなきゃいけない…」

 

「本当に、そんな理由?」

 

「……みんなそうです…!みんな望んでるんです!誰かが最初って言うだけで…!だから私が最初なんです…!」

 

「…失敗したらみんなが思いとどまってくれると思った?」

 

「…成功したらそれはそれで、きっとみんななら耐え切れると…」

 

「それは確証があるのかな」

 

「………」

 

「……はぁ…でも、次に誰か来たら抑える自信がないかな、よし、許可を出そう、無事に戻ってきてね」

 

「!ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

 

 

「少し、自分に自信が持てた気がします」

 

「…おめでとう」

 

「あんまり嬉しそうじゃないんですね…」

 

「…ただでさえ、命をかけた戦いを強いている、なのにこれ以上危険に晒す、あまり良い気分じゃないんだ」

 

「…明石さんを頼ったらどうですか?」

 

「明石を?」

 

「…今回のことでまたデータになった、と、できるだけ安全にするために、細心の注意を払ってくれましたし」

 

「そっか」

 

「提督、みんな、強くなりますよ」

 

「……誰も失いたくは無い」

 

 

 

 

 

 

雷巡 北上

 

「はぁ〜…」

 

「どうしたんですか?北上さん」

 

「…………良かったねぇ?阿武隈、改さん?」

 

「…その、ありがとうございます…えへへ…」

 

「照れてるんじゃ無いよ!わ、私のアイデンティティが…!」

 

「改二は北上さんだけですよ?」

 

「…練度が達したらみんなやる、そして執念で成功させる…わかる、私にはわかるんだ」

 

「………ありがとうございます」

 

「なに?私のアイデンティティを本当に奪う気?殺っとこうかな…」

 

「ふふっ、励ますのか照れるのかどっちかにしてくださいよ」

 

「…阿武隈、ウザイ…」

 

「私的にはOKです!」

 

「……やりにくっ…」

 

 

 

 

 

工作艦 明石

 

「提督、改装希望者全員終わりました」

 

「結果は」

 

「全員、無事成功しました…はぁ……」

 

「お疲れ様、ごめんね、苦労させて」

 

「………本当に、良かった…」

 

「明石、大丈夫?」

 

「……ダメです…もう立ってられないです…」

 

「そっか、鳳翔さん、明石をちょっと休ませてくるから、少しお願い」

 

「わかりました、ごゆっくり」

 

 

 

「すいません、提督」

 

「うん、気にしないで…でも良かった、みんな顔つきが明るくなって」

 

「提督の顔はどんどん暗くなっていきますけどね」

 

「……わかる?」

 

「…はい、私達に話せないことなんですか?」

 

「………状況が喜ばしく無いのに、上は結果と実験材料を求めてる…特に、北上、それとどこから漏れたのか…曙の腕輪について探りを入れてきた」

 

「…それって…」

 

「…………僕は、誰だろうと相手になる…でも君達はそうはいかないんだ」

 

「……まさか解体を視野に入れてるんですか?」

 

「…まだ考えてない」

 

「確かに、2人の力はすごい…でも上は私たちを道具としか…」

 

「ごめん、弱ったキミにこんな話を聞かせて…大丈夫、なんとかなるから…」

 

「…………もしその時は、みんなで行きましょう」

 

「そんな時がくれば、ね」

 

「……………」

 

やはり提督は、まだ何か隠してる

 

「明石、そう言えばようやく時間が取れそうなんだ、今度一緒に本土に行かない?」

 

「え?それって…」

 

デートってことでしょうか…

 

「この間約束したオフ会、ヘルバも呼ぶらしいからさ、どうかな?」

 

「あー…わかりました、御同行致します」

 

 

 

 

 

 

 

 

舞鶴鎮守府

 

提督 徳岡純一郎

 

「だからなぁ!俺の部下はまだ病み上がりで動ける状況じゃねぇんだよ!」

 

『そんなことは聞いていない、もう一度だけ言う、横浜の軍港を調べろ、あそこに不正な資材の備蓄があると言う話だ』

 

「アンタらわかってんのか?舞鶴ってのは京都だ、神奈川まで行くのにも時間や金がかかるんだ、横須賀とかそっちでやりゃあ済む話だろ!?」

 

『君の艦隊の任務は偵察の筈だが?』

 

「海専門のな…!」

 

『関係ない、やれと言われたらやれ、報告書を一週間以内に上げろ、以上だ』

 

「おい!くそっ…切りやがった…」

 

タバコを取り出し火をつける

 

「提督さん、お仕事っぽい?」

 

「………悪いな、休ませる暇もねぇ」

 

「全然いいのよ!五月雨も元気有り余ってるでしょ?」

 

「はい!私はいつでも!」

 

「お前が元気だとやらかすからダメだ…それは置いておいて、白露達は」

 

「時雨とお茶に行ったからいませーん」

 

「せーん」

 

「………はぁ…」

 

なんで俺はこんなに子守に縁があるんだろうな…報いってやつか

 

「五月雨、日本地図広げてくれ」

 

タバコを吸い終わるまだのんびりと椅子に座る

約2分後に火を消し、今ようやく広げられた日本地図を見る

 

夕立に頼めば15秒で展開できた地図だが構いはしない

 

「今回の目的はここだ、ほら、神奈川県、この…ここだ、この辺にある軍港の調査が俺らの仕事ってわけだが」

 

「横須賀鎮守府の目と鼻の先ですね」

 

「提督さん、なんで私達がやるの?」

 

「……わからねぇ、まあ、なんか理由があるんだろ…もしくは、横須賀が不正働いてるか、だな」

 

「成る程…」

 

「夕立、俺らは演習って建前組んで横須賀鎮守府まで行く、その間にお前と白露で調べてきてくれ」

 

「了解っぽい!」

 

「そこにぽいらいらんだろ…」

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

「次の連絡船で行こうか」

 

「はい、準備は済みました」

 

「拓海…横須賀の邸宅が忙しいらしいんだけど、横須賀鎮守府はどうやら一般開放されてるスペースもあるみたいだから、今回はそこで集まる事にしたよ」

 

「鎮守府で集まる理由がオフ会ってなかなか……」

 

「そうだね、あとヘルバはあんまり来たくないって…やっぱり軍の施設に直接出向くのが嫌みたい」

 

「…ハッカーですしね」

 

「まあ、大丈夫、テレビ電話ならって言ってたし」

 

「………」

 

「曙達が心配?」

 

「まあ、はい」

 

「聞かれたらボコボコにされちゃうよ」

 

「…勘弁してください…」

 

「あ、北上、見送りに来てくれたの?」

 

「ぅひぃっ!?……居ない」

 

「嘘だからね」

 

「提督!!」

 

「あ、曙」

 

「ふんっもう騙されませんよ!?私がビビると思ってるんですか!?」

 

「まあ、私ならビビる必要ないでしょうね」

 

「ビビっ!?」

 

「見送りに来てくれたの?」

 

「提督、そのオフ会というのに私と夕張さんを連れて行ってください」

 

「…僕は別にいいけど…なんで?」

 

「その…私は純粋に興味が…あと夕張さんの里帰り」

 

「…わかった、いいよ、連れておいで」

 

「ありがとうございます、あ、明石さん」

 

「…なんでしょう」

 

「障子に耳あり、あの2人は今どこにいるのでしょうか」

 

「…………どこに?」

 

「すぐそこにいたりして」

 

「呼んだぁ〜?」

 

「やあ、北上」

 

「……どこから出てきたんですか」

 

「いやー、訓練にみんなで島の周りを回ってたんだよ、低速だから音しなかったと思うけど」

 

「…みんなでですかぁ」

 

「そう、みんなでよ」

 

「曙もいたんだね」

 

「悪い?」

 

「ううん、全然、あ、そうだ、2人とマルスを任せてしまうけど、大丈夫?」

 

「………それ、一番最初に言うことじゃないの?」

 

「まさか今言われるなんてハイパー北上さんもびっくり」

 

「大丈夫そうだね」

 

 

 

 

 

「お待たせしました、ご注文の扶桑さんと赤城さんです」

 

「………変だな、曙が連れてくるのは夕張のはず…」

 

「私もそんな気がしました」

 

「……ごめんなさい、夕張さんは行くつもりなかったみたいで…」

 

「私達は代わりにと言う事に…」

 

「2人ともあんまり楽しくないと思うけど、それでもいいの?」

 

「問題ありませんよ、私もせっかくなので本土に行きたいです」

 

「……私もという事で」

 

「…?」

 

 

 

 

「不思議なものですね、私達は艦なのに、こんな小さな船の上なんて」

 

「あんまり気を緩めないでね、この前も輸送船を襲われたところだから」

 

 

 

 

「なんともありませんでした」

 

「行きはよいよい帰りは怖い、と言いますから」

 

「そうだね、それにしても…直接横須賀につけられれば楽なのに」

 

「演習の流れ弾でも飛んできたら吹っ飛びますよ」

 

「笑えませんね」

 

「よし、行こうか」



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作戦

横須賀鎮守府 

提督 倉持海斗

 

「ついたね」

 

「うーん…横須賀って本当に綺麗ですね、施設も最新鋭だし」

 

「本部が近いからね、えーと、どこだったかな」

 

「先にここの提督さんに挨拶されなくて良いのですか?」

 

「…それもそうだね、先にそっちに行こうか、時間もあるし」

 

「わかりました、お供いたします」

 

 

 

「まだ時間まであるんだがね、些か早くはないか」

 

「ごめん、でも先にこっちの話を済ませておきたくてね」

 

「…大淀、外してくれ、そちらの御三方も」

 

「わかりました、こちらへどうぞ」

 

 

「それで?」

 

「単刀直入に行こう、僕は最悪のことをしようとしている」

 

「再び昏睡するつもりなのか?

 

「違う…というか、うん…そうなるかもしれない」

 

「キミは自己犠牲をやめるべきだと思うが」

 

「僕にしかできないことを僕がやるんだ」

 

「キミにしかできないこと、か」

 

「…正直、今回の戦い、僕はあんまり乗り気ではない」

 

「知っている、艦娘の指揮も嫌気がさしたかね」

 

「違う、確かに戦争は終わって欲しい、けどそれ以上に…モルガナと戦う必要がない」

 

「必要がない?」

 

「考えてもみてよ、過去のモルガナはアウラの誕生を阻止しないと消える、だから僕たちと戦い、敗れた、でも今のモルガナは?海になり、アウラの誕生も影響されず、普通に存在してるじゃないか」

 

「…確かにそうだ」

 

「モルガナは、以前は自分の生存のために戦ってたよ、でも今は?僕への憎しみだ」

 

「……まさか」

 

「そのまさか、なのかな…僕は、モルガナと交渉しに行く」

 

「モルガナはそれを受けると?」

 

「受けないだろう、だけど話は聞いてくれる筈だ」

 

「………それで」

 

「僕等は様式に囚われすぎた、勇者と、魔王の様な…ボクとモルガナは決して争わなきゃいけない、憎しみ合わなきゃいけない敵じゃないはずだ」

 

「…キミを無惨な姿にすることを生きがいとしてるやつにそれを伝えるのか」

 

「そうだよ、結果はどうなっても話す必要がある」

 

「………君達は他からもマークされている」

 

「知ってる、圧力がかかったからね、でも守る」

 

「キミの言動は矛盾している、もし交渉に失敗したら何も守れないぞ」

 

「…そう、ボクは1人じゃ無力だから」

 

「………そうだな、いつだって、キミは仲間と共に戦ってきた、だからもっと仲間を頼るべきだ」

 

「それも卒業しようかなって考えたんだけどね…やっぱりまだ先になるよ」

 

「そうしてくれ」

 

「………拓海、先に二つだけ話す、今回の集まりで言うつもりだったけど、君は深く考えなきゃいけない立場だから」

 

「…何の話だ」

 

「両方まだはっきりしてない…だから、一つは推測、もう一つは作戦なんだけど………」

 

 

 

「馬鹿な…そんなことがあり得るわけが…」

 

「いや、あり得る…向こうが動かなきゃ調べようがないけど…間違いなく」

 

「では我々は常に…」

 

「そこまではわからないけど、今呑まれつつある意識をするべきだ」

 

「…そうか」

 

「そうだったとしたら、実行するほかはない」

 

「………キミの気持ちが世界を救うことを願う」

 

「そうだね」

 

「………それとあまり良くない話はこちらからもある」

 

「…やっぱり?」

 

「憲兵の再配置がかなりの確率で起こる、もちろん君たちのところにも」

 

「………やりにくくなるなぁ…完全に外部の人が来るのは」

 

「そうだな、流石に私の力では本部を先に動かすことはできない」

 

「………時間は充分もらったよ、大丈夫」

 

 

 

 

 

同刻

 

工作艦 明石

 

「……」

 

「……」

 

気まずい…!

一応私を連行しようとした?相手と何を話せって言うの…!

 

「その節はご迷惑をおかけしました」

 

「い、いえ…そんなことは…」

 

「ふふふ、そんなに硬くならないでください、大丈夫、何もしませんから」

 

「………」

 

「あの、明石さんと大淀さんは何かあったんですか?」

 

「私と、と言うより…本部からの異動命令を伝えに行ったのが私だったので苦手に思われてるようですね」

 

「成る程、赤城さんの張り詰めた雰囲気の謎が解けました」

 

「あなたは随分落ち着いていますね、曙さん」

 

「扶桑さんと明石さんは怯え、赤城さんは笑顔ですがこんなに恐ろしい、落ち着かなきゃ何が起こるやら」

 

「お気遣い感謝いたします」

 

早く向こうの話が終わればいいのに…!

 

「明石さん、私はあなたには本当に申し訳ないことをしたと思っています」

 

「いえ…結局は助けていただきましたし…」

 

「助けはしましたが、あなたは功績を立ててしまった」

 

「功績…?」

 

「約2ヶ月以上の提督の代理業、そして、大規模改装を何人も成功させた、この二つは…とんでもない功績です」

 

「………」

 

心臓が硬く締まる感じがする

 

「貴方には、また栄転のお話が出ると思います、翔鶴さん同様に」

 

「………栄転、ですか」

 

「赤城さん、貴方もそれをお望みですか?」

 

「お断りします、結局は命を軽んじた話ですから、死んでもお断りです」

 

「でしょうね、私もお断りです、栄転とは名ばかりの話、明石さんには回送を成功させなければ、と言う脅しがくるし、翔鶴さんは失敗したらただ死んでしまうと言ってもいい」

 

「………」

 

「わかっているならなぜそんな話を?」

 

「何故と問いますか、そんなこと知りません、私はここの秘書艦ですが、決して強い位置にはいません、上からの言葉に逆らえません」

 

「………」

 

「私は淡々と事実をいう機械です」

 

「ではその口を潰しましょうか」

 

「書類に認めておきますか?」

 

「………あなたは人から仲間を奪う事に何も思わないのですか」

 

「理解力がないのですね、私にだって痛む心はあります、でも、それを殺さなくてはこんな仕事はできません………今回は私の力量を大きく超えているんです、勿論、こちらの提督の力量も」

 

「つまり?」

 

「あなた方はやりすぎです」

 

「赤城さん、別に悪い人じゃないみたいですけど」

 

「……ごめんなさい!てっきりあなたは血も涙もない最低な人かと…」

 

「謝ってるんですか?刺してるんですか?」

 

「後者だと思います」

 

「いえ!そんなつもりは…」

 

「曙さんがきてくださっていて良かった、居なければ死んでたかも知れませんね」

 

「流石にここで手を出すバカはいませんよ、多分」

 

「…そこは言い切って欲しかったですけど……」

 

 

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

「おや、こちらの提督の方が深刻そうですね」

 

「まあ、聞かせるつもり以上のものを聞かされたものでな」

 

「よろしく、拓海」

 

「………お断りしたい気持ちの方が大きい、そっちも話が弾んだようだが?」

 

「有意義とは言えませんでしたが」

 

「充分だ、カイト、君のやろうとしてることは多くの反感を買う」

 

「知ってるさ」

 

 

 

 

 

「おっすカイト!」

 

「久しぶりブラックローズ」

 

「その名前は…もう卒業したんだけどね」

 

「いまだに卒業してない人もいるんですよ、お久しぶりです、カイトさん」

 

「なつめも久しぶり」

 

「皆さんもういらっしゃいますよ、.hackers(ドットハッカーズ)集合ですね」

 

「もう?まだ30分はあるけど」

 

「やっぱり遠方から来る人は細かい時間の調整ができませんからね」

 

「悪い事したね…あ、先に紹介しておくよ、うちの艦娘達、右から明石、曙、赤城、扶桑だよ」

 

「よろしくお願いします、来ることは聞いてたので、みんな名札をつけてますから、それを見てお喋りしてくださいね、私はなつめです」

 

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

「…えらく固い感じですね?普段から?」

 

「いや、緊張してるみたい、すぐに慣れると思うよ、みんな明るいしね」

 

そう言えば深く考えなかったけど何で曙は扶桑を連れてきたんだろう…?

 

 

 

 

「よう!久しぶりだな、カイト」

 

「ヤスヒコ!元気にしてた?」

 

「おうよ、でもヤスヒコはやめろよ、一応名札もオルカになってんだし」

 

「今は何してるんだっけ」  

 

「肉体労働、っても屋内だけどな、俺さ、実は今佐世保で働いてるんだよ」

 

「佐世保?まさか提督業?」

 

「んなわけあるかよ、憲兵だ、つっても特に仕事もなくて楽なもんだけどな」

 

「憲兵?なんでまた…」

 

「カネが良いってバルムンクに紹介された」

 

「成る程、バルムンクらしいね」

 

「誰が金に汚いやつだ」

 

「ちげぇよ、俺らはお前が下兄弟のために必死に働いってるって知ってるんだぜ、誰もそんなこと言わねえって」

 

「そうだよバルムンク」

 

「バルムンク…ニーベルンゲンの歌ですか?」

 

「知っているのか、そうだ、俺のバルムンクという名はそこから取っている」

 

「扶桑はそう言うのに詳しいの?」

 

「いえ…それだけです」

 

「やっていたネットゲームはファンタジーだった、だから、と思ったが人気の名前はすぐ取られてな」

 

「剣の名前は残っていたのですね」

 

「運がよかった、今はこの名に満足している」

 

「あなたの鋭い雰囲気はまさにバルムンクの様ですね…」

 

「そ、そうか…そんなことを言われたのは初めてだ」

 

「おう!カイト!」

 

「マーロー!久しぶりだね」

 

「……絶対スジモン…」

 

「だね…」

 

「…なぁ、やっぱお前いい人生送ってんな」

 

「え?」

 

「……ブラックローズにどつかれてもしらねぇぞっと、なあ!月長石」

 

「……そろそろ身を固めろ…」

 

「月長石、最近どう?」

 

「…あぁ…悪くは…ない……」

 

「カイト、最近の月長石の趣味はボルタリングなんだ」

 

「三十郎さん、久しぶり、何でそんなことを?」

 

「俺がそこに通ってるからだ」

 

「うわ、外国人…」

 

「めちゃくちゃガタイいいですよ…」

 

「こーら、そこの4人、何ヒソヒソしてんの?」

 

「あ、ブラックローズ…さん?」

 

「いいわよ、ブラックローズでも、アキラでも、晶良はリアネね」

 

「リアネ…?」

 

「本名よ、本名、リアルネームだからリアネ」

 

「あぁ…」

 

「で?なんでそんな隅で縮こまってるわけ?」

 

「…まあ、その…居づらいというか」

 

「そりゃそうよねぇ…完全に身内の会に連れてこられたわけだし」

 

「………」

 

「あ、あんたが明石さんだったかしら?」

 

「は、はい!?」

 

「ヘルバから聞いてるわ、メル友が出来たって」

 

「へっ!?」

 

「ふふっ、ヘルバも呼びたかったんだけど中々顔は出してくれないの、今度一緒に遊びに行く?」

 

「え、あ、是非…?」

 

「じゃ、決まりね、ほら、これ私のアドレス、次こっち来た時教えて、今回はここで楽しむわよ!そっちの3人も、折角だから楽しんで行きなさい!」

 

「嵐みたいな人ですね」

 

「ブラックローズ… 決して滅びることのない愛…」

 

「え?」

 

「黒い薔薇の花言葉です」

 

「他にも憎しみ、恨み、あなたはあくまで私のもの、と言うのもある」

 

「うわぁっ!?貴女は…えーと…ガルデニアさんですか」

 

「花の話が聞こえてな、お前も花が好きなのか」

 

「いえ、私たちの仲間に花が好きな方が…」

 

「そうか、是非話したいものだ」

 

「き、機会があればご紹介します」

 

「頼むぞ、折角だ、これをやる」

 

「花の栞…?」

 

「アヤメだ、花言葉はメッセージ、丁度いいだろう?」

 

「準備万端というか…」

 

「ところで、こんなものも用意していてな」

 

「あら、いろんな種類の花の栞ですね」

 

「キキョウ、ブルースター、ペゴニア、マリーゴールド、カスミソウ…何が共通するかわかるか?」

 

「………花言葉が恋愛関係」

 

「中々いけるな、会の度に用意する様に頼まれててな、熱望する奴がいるから」

 

「…頂いてもいいですか?」

 

「私も一つ」

 

「お土産にもらってもいいですか?」

 

「……もし幸運の花言葉のものがあれば……」

 

「ああ、好きなだけ持っていってくれ、喜んでもらえた様で何よりだ……フッ…」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、ブラックローズもなつめも、中々大変だなと」

 

「私はカウントしてくれないんですか?」

 

「…寺島か………カイトは刺されなければいいが」

 

「誰が刺すんでしょうか」

 

「私かもな」

 

「……怖い…」

 

「…朝潮さんとか摩耶さんも居ますし…競争率は高そうですね」

 

 

「女衆は盛り上がってんなぁ…」

 

「久しぶりに会ったからね、それよりエルクは?」

 

「彼は来られない、残念な事だが、今は入院中だ…」

 

「……まさか」

 

「マハは失われたと思うべきだろう」

 

「………楽しい会ではなくなりそうだね」

 

「覚悟の上なんだろう?」

 

「…足りなかったみたいだ、でも、言うしかないこともある」

 

 

 

「みんな、今日は集まってくれてありがとう、長い間連絡を取れなくてごめん、それについて、そしてこれからについて、少しだけ話があるんだ」

 

「私からも説明しよう、現状、The・World、つまりネットの世界で黄昏の兆候が見られる」

 

「つまり意識不明者が出始めた、そして、現実で、僕等はウイルスバグや八相と戦闘した」

 

「現実で!?」

 

「どうなってるんだ?カイト」

 

「簡単に言えば、実態を持って現実に出てきてる、それを実現する技術を向こうは手にしてる」

 

「…またあの戦いが…」

 

「俺たちにも手を貸せってことか?任せとけよ、何のための俺らだ」

 

「ありがとう、でもそれ以上を今から求める事になる」

 

 

 

 

 

「これが、今僕の考えてる全てだ」

 

「………」

 

「カイトの意見に賛同しかねる者も多いだろう、無論私も反対だ、だが…」

 

「カイトは、俺らを殺すつもりなのか?」

 

「そうだな、気になるのはそこだ、お前の気持ちを聞きたい」

 

「僕は…いつでも、いつまでも、みんなの為に」

 

「じゃあ俺は構わない、手を貸そう、一度失った命だ、あの戦いの最後、俺は死を覚悟した、今のこの意識すら、再構築されたものかも知れん」

 

「アタシも良いよ、アンタがやるんなら…アタシらがやらなきゃどうすんのよ!」

 

「そういう事らしい…だが、反対の者も居るようだな」

 

『ああ、私は反対だ』

 

「ヘルバ」

 

『…この戦いに巻き込まれ、死ぬのが私1人なら良い、お前の出す犠牲に…何も知らない人間や、子供が巻き込まれるのなら…それはついていけるものではない』

 

「…そういうと思ってた、ヘルバ、だけど…」

 

『他の手段はないのか?何一つないのか?頼む、カイト…実行しないでくれ』

 

「…他の手段については、まだ模索してる、まず差し当たってモルガナとの交渉を試す、モルガナにも戦う理由はない筈なんだ…だから」

 

『わかってる、私も出来ることをやる…無理を言ってすまない』

 

「………違うんだ、僕が気付かなかったから」

 

『お前の考えたこと、戦う意志、全てみんなの為で、それをみんなは受け入れたんだ、お前は悪くない…一つだけ非があるとすれば…もう勇者ではなくなったことだ』

 

「…いつかはそうなるんだ、カイトにしがみ付くのは、もうやめる」

 

『そうか』

 

「みんな、改めて、そういう事になった、第一次作戦、オペレーションテトラポットは予定通りやる、その時に合わせて用意しておいて」

 

「「「了解!」」」

 

「腕がなるぜ、久々に暴れてやる!」

 

「ゲームなんていつぶりでしょうね」

 

「ま、せいぜい頑張りましょ」

 

「明石、赤城、曙、扶桑、さっきの話は、聞いてない事にして…きっと、そんな事にはならないから」

 

「…提督、本当に、やるつもりだったんですか?」

 

「うん、もう手遅れだと思ってたから」

 

「だからって、流石にあの作戦は…」

 

「70億人が死にます」

 

「………」

 

「死なせない、それこそ、このまま黙って見ていれば、1人残らずやられるんだ、僕らが止める」

 

「僕ら、ですか…」

 

 

 

 

「ふむ、了解した…みんな、良ければこれから演習を行う、見ていかないか?」

 

「演習?艦娘同士で戦うってやつか」

 

「使用するのは演習用の弾だから怪我はせんがな」

 

「折角だし、見てみようか」

 

「というかそんなの見学して良いの?」

 

「私はここの一番の権力者だからな」

 

「提督様様ってか」

 

「提督、赤城さんと扶桑さんが少し調子が悪いみたいなので、休ませてきます」

 

「え?わ、わかったよ、曙も気をつけてね、明石は大丈夫?」

 

「はい…2人の調子が悪かったなんて全く気づきませんでした…」

 

「僕もだよ、曙もなんだかよそよそしいし…うーん…嫌われたかな…」

 

 

 

 

 

「おー、流石にすげぇな」

 

「大迫力ね」

 

「今回は戦艦や空母をお互いに編成していないが、もし編成していたらもっと派手になっただろう」

 

「相手の提督さんは?」

 

「向こうにいる、折角だし挨拶をしておくと良い」

 

「ありがとう、拓海」

 

 

 

 

「…貴方だったんですか、徳岡さん」

 

「…マジか、少年だったカイトくんが青年になっちまったってわけだ」

 

「お久しぶりです、その節はお世話になりました」

 

「ああ、俺も…何だ、助けられたよ、君たちの活躍がなかったらあの事件は解決しなかった」

 

「しかしまさか提督になってるなんて」

 

「お互い様、って事で良いんだよな…?所属は?俺は舞鶴だ」

 

「僕は…離島鎮守府です」

 

「……あの地獄か」

 

「今は大分マシになってますけど…」

 

「…………そうか…しまった、そういう事か、横浜の軍港を使ってるな?」

 

「え、はい」

 

「クソッ…本部はどんだけクズの集まりなんだ…なあ、落ち着いて聞いてくれ、もしかしたら手遅れかもしれん」

 

「え?」

 

「この演習は陽動なんだ、俺らは本部に言われて横浜の軍港を調べにきた、不正な資材の流れを見つけて上に報告する為に」

 

「……じゃあ…」

 

「俺はキミに借りがある、なんとかして止めるが…ウチの奴らはそれを知らない、もし既に報告をあげてたら…君達への資材が滞る事になる」

 

「…そんな…」

 

「………電話に出ない…チッ、マズイな、そっちの動けるやつを動かしてくれないか?」

 

「わかりました、すぐ用意します」



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衝突

横浜 軍港

駆逐艦曙

 

「赤城さんはそこでお願いします」

 

「わかったわ」

 

「扶桑さんはあの物陰で待機、私の合図で出てきてください」

 

「本当に此処に敵が…来るのですか…?」

 

「来ます、正確には敵とは言い難いですが」

 

「それってどういう…?」

 

「きましたよ」

 

 

 

「此処っぽい?」

 

「いっちばん怪しい倉庫はどれかなぁ…資料によると備蓄自体はされてるからちゃんと数える必要もあるよ」

 

「めんどくさーい!!」

 

 

『駆逐艦ですね、2名…特徴からして白露と夕立…』

 

「接触します、艦載機の用意を」

 

『了解』

 

 

「貴方達、そこで何をしてるんですか」

 

「うわぁ!?なんか居るよ?!」

 

「あっちゃー…見つかったかー…」

 

「質問に答えなさい、貴方達は此処に何をしにきたんですか」

 

「…お互い様じゃない?アンタこそ何者な訳?」

 

「私は曙、此処の警備をしているんですが?」

 

「……在中警備員に艦娘がいるのは聞いてないけど…」

 

「首から下げてるのは入港許可証っぽい、本物…というかタイミングが最悪っぽい」

 

「貴方達の身分を証明するものはありますか?あればそこにおいて其方の壁まで下がりなさい、無いのであれば空母と戦艦が出てきますけど」

 

「空母と戦艦も居るのはマズイね…」

 

「……ブラフだと思いたい…」

 

「…下がるつもりはなさそうですね、赤城さん、攻撃機発進用意、扶桑さんは攻撃できる位置まで下がってください」

 

「わ、わー!待って!言うこと聞く!聞くから!」

 

「夕立!?」

 

「此処で言うこと聞かなきゃ陸で沈められるっぽい!」

 

「賢明な判断ね…さて、身分証を出しなさい」

 

「……あ…持ってないっぽい…」

 

「扶桑さん、砲撃用意を」

 

「ち、違うの!本当にないんだって!」

 

「巫山戯るのも大概にしなさい、艦娘であれば身分証明証は着任時に発行される、そうでなくても免許証などいろいろなものを自分で取るものさえいるのにあろう事か持ってない?そんな言い訳は通用しないわ」

 

「えっと…て、偵察用の駆逐艦隊から来たので…携行しないように命令されてて…」

 

偵察用艦隊…あまり気分のいい話では無いですけど、敵の力量を測ったら新種を観測するのに使われる隊がある事は知ってる…

 

「事情聴取はどのみち必要ね、痛めつけられたくなければうつ伏せになって両手を背中で組みなさい」

 

「……容赦ないっぽい」

 

「…いや、待って…偵察部隊って事は信用されたみたいだし…ねぇ、私たち、本部からの命令で此処にきてるの、此処に不正な資材、資源の流れがあるって」

 

うちへの資源、と見ていいのかな

これが止まると…

 

「…なるほど?それを証明する事は?」

 

「可能だったら?」

 

「何で正規の手順を踏んでないのか疑問ですね」

 

「……横須賀に不審な動きを見てるっぽい、これ以上は極秘なので言えないっぽい」

 

「………」

 

調べられて困るとしたら、こっちか

 

「で?私たちは許されるわけ?」

 

「あなた方の所属すら知りません」

 

「お互い様よ、所属はアンタもはぐらかしたじゃない」

 

間抜けではないか

 

「赤城さん、攻撃機で偵察を」

 

『了解しました』

 

「…大丈夫、私たち以外いないから」

 

「扶桑さんも周囲警戒をしっかり、もし貴女方が狙われたら私は抵抗する術を持ってないので」

 

『わかりました』

 

「……そんなに警戒しなくてもいいのに』

 

「とりあえず、こっちも仕事だし…夕立!」

 

「がるるー!逃げるっぽい!」

 

「敵逃走、2時の方向!」

 

『向かわせます』

 

「本当に攻撃機が来てるっぽい!」

 

「いっちばーん!!」

 

「止まれ!」

 

「誰が止まるかぁ!っぽい」

 

「夕立!倉庫の中に!」

 

「ぽぽい!」

 

「チッ!…流石に艦載機では追えませんか」

 

『1人で行くのはやめてくださいね』

 

「勿論です…ん…電話…提督から?」

 

『もしもし、曙?扶桑と赤城は大丈夫?』

 

あ゜…そう言う設定だった…

 

『曙?もしかして曙も調子が悪いの?』

 

「いえ!ちょっと先に軍港まで戻ってたんですけど、不審者に会いまして、対処をしてたところです」

 

『戦ったの!?』

 

「まだ発砲はしてません」

 

『相手は艦娘だよね?駆逐艦の夕立と白露だと思うんだけど』

 

「はい、間違いありません、ご存知なんですか?」

 

『うん、訳あってね、その子達は舞鶴の所属なんだ、話して横須賀まで連れてきてくれないかな』

 

どうなってるのかしら…

 

「わかりました………今からこの倉庫に入ります、撃ってこないでください、もう戦闘の意思はありません」

 

無反応か…もう逃げた?

 

「舞鶴鎮守府所属駆逐艦白露並び夕立、貴女達の身元を確認しました、横須賀鎮守府まで連行します」

 

「………提督さんが捕まったっぽい…?」

 

「……上が捕まったらおしまいだよねー…よっと、こうさーん、手厚く扱ってね」

 

「赤城さん、扶桑さん、連行するので手を貸してください」

 

『わかりました、すぐ向かいます』

 

 

 

 

 

 

「えー、なんですかそれ、提督同士が友達だから見逃すんですか」

 

「見逃すんじゃなくてな、前線への補給が足りてないのは知ってるだろ、俺らがいい生活してるのに、向こうにだけ苦しい生活を強いるのは…」

 

「夕立達はやられ損っぽい!」

 

「わかったって!悪かった!」

 

「徳岡さんが頭が上がらないのは意外だなぁ」

 

「…娘みたいでね…どうにも、若い女の子には弱いんだよ」

 

「でもウチの鎮守府は駆逐艦しかいないっぽい!」

 

「ちなみに私は練度がいっちばんです!63です!」

 

「63…曙、手を出してたらやられてたかもね」

 

「練度より編成の方が大事です」

 

「離島鎮守府っていえば、今は誰が居るのかなー………私が頑張ってた頃の人はいるのかな…」

 

「白露さんもウチの出身なの?」

 

「うん、青葉さんとか長門さん、川内さんの世代かなぁ…青葉さんと長門さんは沈んじゃったけど…あ、北上さんの活躍は聞いてるよ!今度一番に会いに行くって言っておいて!」

 

「うん、わかった、それと…青葉は帰ってきたよ」

 

「帰ってきた?別人じゃダメなんですよ?」

 

「………本人だと思う、花の写真ばっかり撮ってて、物静かな青葉だよ」

 

「……本当に…?」

 

「私達は過去の青葉さんを知りませんが、北上さん曰く、間違いないそうです、他にも、摩耶さんや翔鶴さんが…」

 

「…摩耶…翔鶴さんは時期が被ってないけど…摩耶も沈んでたの?」

 

「………はい…」

 

「帰ってきたって言うのは?深海棲艦と仲良くしてるって事?」

 

「いいえ…艦娘として…」

 

「其方は何が起きてるの?」

 

「………あまり口にできる状況ではありません」

 

「希望するならこれから会いに行きますか?」

 

「……提督、行ってみてもいい?」

 

「ああ、良いよ、止める訳ない」

 

「ついでに呉鎮守府に寄りましょう、川内さんは其方です」

 

「川内は卒業できたの?!絶対無理だと思ってた…!よかった…!」

 

「卒業というか、異動…」

 

「まだ夜戦恐怖症は治ってないみたいだけどね…」

 

「あれはもう治らない、治せないよ、でも久しぶりに会えるんだ…」

 

「めちゃくちゃ嬉しそうだな」

 

「こうなってんのは初めてみたよ」

 

「よし、僕らも解散して、帰ろうか、目的は果たしたし」

 

「わかりました、準備します」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、ええ、とても助かりました」

 

『今回の情報はサービスって事にしとくよ、気に入ったなら、手を貸して欲しい』

 

「………それについては受けるつもりはありません、私の所属は日本ではなく、離島鎮守府ですが、日本を捨てるつもりもありません」

 

『別に国を捨てる事はない、ただ、アタシらは戦力が少しでも欲しい、気が向いたらな小遣い稼ぎくらいで来てくれてもいいんだ」

 

「……ウーラニア」

 

『戦いは一つじゃない、どの戦いも世界を揺るがす』

 

「わかっています」

 

『それじゃあな、例の奴によろしく』

 

「はい、また」



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突撃

離島鎮守府

 

「青葉ぁぁぁぁ!!」

 

「うぐふっ…!?」

 

「うっわぁ………痛そう…お腹にモロに刺さったね」

 

「……腹部は……骨…な……ガクッ…」

 

「青葉だ…!わかる!間違いない…!」

 

「白露ー、死んでる、青葉死んでるから」

 

「白露じゃねぇか!」

 

「うおおお!摩耶だぁぁぁ!」

 

「ぐふっ…っ……!刺さっ……」

 

「犠牲者カウント2だねー」

 

「北上…言っ…てな……たす……うぐっ…」

 

「気絶しちゃった?やっぱりいっちばーんに強いのは私だね!」

 

「不意打ち入れといてよく言うよ」

 

「……行くよ…!」

 

「……そのロケット頭突きに酸素魚雷をぶち込んであげよう!……阿武隈が!」

 

「えぇ!!や、やだ…私…!?流石に無理…!」

 

「ほう…新人ちゃんですか……いっちばぁぁぁん!」

 

「ぴぃっ!?や、やる時はやるんだから!?」

 

「ちょ!それ主砲!」

 

ゴッツーン

 

「……すごい音がしたね」

 

「……はらほろひれはれ…」

 

「こんなあたしでもやればできる!ねっ北上さん!ホントにありがとう!」

 

「阿武隈が輝いてる…というか勝ったというより白露の自滅……主砲に思いっきり頭ぶつけたし……生きてるかー」

 

「い、いひへまーひゅ……」

 

「ダメだ、目を回してる……起きたら犠牲者出るし、ベッドに縛り付けておこっか、行こう、阿武隈」

 

「はい!北上さん!」

 

 

 

 

 

 

 

「青葉ぁぁぁぁぁ!摩耶ぁぁぁぁ!」

 

「うるっさい!夜戦忍者か!お前は!」

 

「私達が指してるのは那珂ちゃんだけど、一般的にはそれ川内を指すんだよねぇ…」

 

「……お腹痛い……」

 

「ごめぇぇぇん!ゆるしてぇぇぇぇ…!」

 

「解放した瞬間に致命傷を喰らうので嫌です……」

 

「アタシも嫌だ」

 

「私は一回わからせといてもいいと思うけどね」

 

「何を…」

 

「格の違い」

 

「北上さんやる気?いっちばんはこの白露様だからね!」

 

「このハイパー北上様の下僕にすら勝てない貴様に勝ち目などないっ!」

 

「私下僕なのぉ!?」

 

「……くくくっ……はーっはっはっ!何も勝負の方法は一つじゃない…!そこにある格ゲー……北上さん…やりこんでるなっ!」

 

「答える必要はない…が…相手になろうか……!」

 

「さーて?戻るか」

 

「始まりましたね、お疲れ様でした」

 

「今日のご飯なんでしょうか…」

 

「青葉さんはお粥にしてもらいます?」

 

「……お願いします…」

 

「え、ちょっ……」

 

「そこ!もらった!」

 

ハドーケン! ヨガーファイヤッ

 

 

 

 

 

「んー、問題ない?」

 

「多分ありません、というか、阿武隈さんが叩きのめしたので」

 

「……ストレス溜まってるのかな、今度まとめてお休みをあげようか」

 

「早くしないと憲兵が派遣され、ここがブラックに戻されます……憩いのひと時も……終わりですね」

 

「……憩いって言えるかわからないけどね…あれ?この報告書……え、なにこれ、僕が昏睡してるからって事で、代わりに派遣された人の乗った船が沈められたって」

 

「大丈夫です、本土には無事漂着したみたいなので」

 

「……大怪我して入院してるみたいだね」

 

「不幸な人ですね」

 

「…僕が倒れたことでこんなことにもなってたのか……早く、戦争が終わればいいんだけど」

 

「それと提督…実はこんなものが……」

 

「!……これは…」

 

「はい、最新の物です」

 

「……隠せる?」

 

「その必要はありませんが念のために隠し場所は用意します、憲兵に見つからないように」

 

「秘密基地も作っちゃおうか」

 

「そうですね……この最新のゲーム機器は…絶対に…!」

 

「でも思い切ったね、このリストを見る限り、アーケードまで…!これ!昔やり込んでたんだ!まさかまたできるなんて…!」

 

「提督はレトロゲームがお好きでしたからね、色々仕入れました……表向きには装備の資材として」

 

「………身近に存在すると思うと、どうしてもやりたくなるよね」

 

「やりすぎて執務を疎かにされなければ私は何も…」

 

「……了解…」

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

 

「川内ぃぃぃぃぃ!」

 

「ヒィッ!」

 

「姉さん!」

 

「はぁっ!」

 

「くっ…!やるね…この私のダイビングを防ぐなんて……!」

 

「ドーモ、シラツユ=サン、ナカチャンです。」

 

「ドーモ、オヒサシブリデス、ナカチャン=サン、シラツユです!ファンです!握手して下さい!」

 

「ファっ!?……そ、その……ありがとうございます…身内にそんなこと言われるのすごい不思議な感じなんたけど…」

 

「きゃー!本物の那珂ちゃん可愛い!!川内に会いに来たのにまさか那珂ちゃんにまで会えるなんて!!」

 

「…その、遅くなったけど…白露、久しぶりだね」

 

「ん…?やっぱりまだ怖い?」

 

「……怖いよ、でも、戦ってる」

 

「流石だね…川内、川内なら……受け止めてみせて!いっちばぁぁぁぁん!」

 

「しまった!油断した!」

 

「姉さん!」

 

「ゔっ………危なかった…」

 

「流石川内!あいかわらずのキャッチ力!いい腕してるなぁ!いっちばーんいいキャッチだったよ!」

 

「……嬉しくない…」

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

駆逐艦 曙(青)

 

「へぇ…憲兵ねぇ…話にしか聞いてないけど、ここにいた前の奴らってそんなにひどかったの?」

 

「まあ…本土に帰れないし、ストレスは溜まる一方だったんだろうね……」

 

「だからってクソ提督もやられっぱなしだったんでしょ?なんでやり返さないのよ」

 

「……手を出したら負けだよ」

 

「何もせず負け続けた奴がよくいうわよ」

 

「手厳しいなぁ…それに……みんな余裕がなかった……環境さえ変われば人は変われるんだ」

 

「あっまいわねぇ……」

 

「そういえば曙、もう1人の曙ってさ、僕が昏睡する前は敬語じゃなかったよね」

 

「……あれ、約束らしいわよ」

 

「約束?」

 

「頭の中に来たアンタとのね、アンタは知らないんでしょうけど、何かを約束して、それが果たせるまでは敬語なんだってさ」

 

「……悪い事したかな…僕はその記憶はないんだ」

 

「…だからできる約束もあんのよ……クソ提督……」

 

「え?何か言った?」

 

「なんもないわよ!で?予定は?」

 

「うん、まずはイニスの討伐を改めて行う、以前のイニスはコピーだ」

 

「わかりやすくよろしく」

 

「八相と呼ばれる八体の敵の一角、第三相、増殖、メイガス、これが作り出したコピーを倒した、と思って欲しい…と言ってもメイガスは自分しか増やせない、だからあの戦いはメイガスの作ったコピーをイニスの能力でイニスだと錯覚させられていた」

 

「……つまり無駄な戦いだったって事でいい?」

 

「それで良いよ、ここからが問題なんだけど、間違いなく、メイガスとイニスは二つ一緒に動いてるんだ……最悪の場合他の八相も」

 

「どうやって戦うつもり?流石にあんな化け物何体も相手にできないわよ」

 

「そっか、曙はこの前のオフ会は居なかったっけ、じゃあ簡単に説明するけど……」

 

 

 

 

「大丈夫なの?」

 

「大丈夫、こう言うと悪いけど……僕はこの作戦以上を思いつかなかったよ」

 

「……ま、今回は信じてあげる」

 

「やり方を教えるから、よければ今から練習しようか」

 

「……そうね、しくじれないし、やりましょ」

 

 

 

 

????

モルガナ・モード・ゴン

 

全て遅い、もう手遅れだ

たとえお前が世界を滅ぼそうと…何かを果たすことはさせない

絶望のまま、死にゆけ



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幻惑の蜃気楼

離島鎮守府 執務室

 

「うん、それで行くしかないと思う」

 

「こっちは用意はいいわ、アンタらも良いわね?」

 

「もち!ところでなんで北上さんはいないの?」

 

「確かに、ここには北上さんと非戦闘員の方を除けば全員揃ってます、提督も」

 

「北上は戦わない、今回は北上なしの戦いだよ」

 

「……いけるんですか?それ」

 

「大丈夫、今回は僕らだけの作戦じゃない」

 

「心配すんな、この摩耶様がまとめて仕留めてやんよ!」

 

「摩耶、今回の作戦は理解してるよね?君達の仕事は敵の発見、交戦ののちに、敵を飛ばすこと、それから別部隊へ合流して再度交戦」

 

「…んだよ、アタシらだけじゃ力不足だってのか?」

 

「違う、被害を出したくないんだ…今回の戦いは、予想以上に難しいものになる、普通に戦えば被害は避けられないだろうから…」

 

「…お互いが信頼してなきゃダメな戦いなんだろ?信じて良いんだよな」

 

「大丈夫…今度は1人じゃないから」

 

「…はぁ……第二艦隊!抜錨用意してくれ!」

 

「第一艦隊!出るわよ!」

 

「第一と第二に選ばれてないメンバーの半数、駆逐艦をメインにした索敵部隊を編成するよ、敵を見つけたら報告よりまず先に安全の確保、全力で逃げてほしい、鎮守府内には敵を近づけないから」

 

 

 

 

「よし!行くわよ!」

 

「元気がいいわね、曙」

 

「こうじゃないとやってられないのよ、曙」

 

「…曙曙と続くと、混乱します」

 

「加賀はそんな調子でいいわけ?」

 

「…柄にもなく緊張してるのよ」

 

「…加賀さんが冗談言ってる…」

 

「いいんじゃないの?…扶桑、金剛、漣、用意は良いのね!」

 

「はい、扶桑、参ります」

 

「問題ありまセーン!」

 

「最後にザミーも問題ありませーん!」

 

「第一艦隊!出撃!」

 

 

 

 

 

「よし!行くぜ!」

 

「はい、大潮!アゲていきます!」

 

「…その格好恥ずかしくないわけ?」

 

「ゲームの格好なのよね」

 

「…うるっせぇなぁぁ!アタシだってこんな格好したいわけじゃなくてだな…!とりあえず、戦闘中はアタシに近づくなよ!?この剣、触れただけで吹っ飛ぶからな!?」

 

「おっそろしいわねぇ…」

 

「満潮、そこまでにしておきなさい」

 

「霞さんもですよ」

 

「赤城、翔鶴、2人でまとめてくれよ…よし!第二艦隊抜錨!」

 

 

 

 

「いやだぁぁぁぁぁぁ!」

 

「島風!うるさい!」

 

「朧ちゃんが怖い…」

 

「…私たち本当にこんな作戦に参加して良いのかしら」

 

「良いと思うけど」

 

「…正直不安よね」

 

「暁、雷、響…何かあったらちゃんと逃げるんだから、準備しといてよ」

 

「最初は全速出しちゃダメだからね?敵を見つけたらすぐに反転して全速で逃げるから」

 

「潮さんも朧さんもお姉さんって感じね、私もレディーとして落ち着かなきゃ」

 

「島風さえちゃんとしてくれればね…」

 

「やだぁぁぁぁ!ゲームしたいぃぃぃ!」

 

 

 

 

 

 

 

「…いた!発見!3時の方向!イニスよ!」

 

「気をつけなさいよ…それは本物じゃないと思うから、倒せるかもしれないけど…」

 

「無理は禁物!仕掛けてこないなら無視!第一目標はなんか変なの!」

 

「あれも充分変なのだって!」

 

「と言うか来てます、攻撃機を出します!」

 

「戦艦砲撃用意!」

 

「デース!」

 

「アオボノさん、来てます!」

 

「うてー!!!」

 

轟音と共に砲弾が空間を切り裂く

 

「曙!周囲は!?」

 

「…………敵影はまだない!」

 

「漣!」

 

「電探反応なし!」

 

「弾着確認!………き…きえ…!?消えました!」

 

「ワープしたわ!後方警戒!早速やるから散って!」

 

アオボノの後方にイニスが姿を現す

 

「読めてんのよ!さあ!効いて頂戴!」

 

腕輪を展開する

 

「…頼んだわよ!!」

 

電子の穴がイニスを飲み込む

 

 

 

 

 

The・World

 

「来たぞ、獲物が…!」

 

イニスが姿を表したのはThe・Worldのエリアだった

そして、既に囲まれていた

 

「私から行く、続け、オルカ!三十郎!」

 

「おう!行くぞ!」

 

「みんな無理しないで!まだまだ来るよ!」

 

「わかってる!カイト、リアルはどうなってる!?」

 

「各方面で交戦してる!いつ次が来るかわからない!」

 

「大丈夫です、やります!」

 

「全力でかかるよ!」

 

 

 

 

 

海上

第二艦隊

 

「でえぇぇぇいっ!くらえぇっ!」

 

大剣が大きく石板を抉る

はっきりと大きな傷がつく

 

「チッ…ダミーだ!周りを警戒!」

 

摩耶が大剣を突き立てて偽物のイニスを消し去る

 

「6時の方向!新手です!」

 

「3時の方向にも一体…また同じ姿です!」

 

「…やるぞ!近いのは!?」

 

「摩耶!焦らずに敵を飛ばしましょう!」

 

「…チッ!わかってる…クソが…!」

 

「あなたの個人の感情を優先するときではありませんよ!…第三艦隊から入電!敵本体らしきものを発見したと!………何をやってるんですか!早く逃げなさい!早く!」

 

「どうしました!?」

 

「第三艦隊は逃げきれず交戦中!第一艦隊にも連絡をとっています!」

 

「急いで片付けて合流します!」

 

「クソ!翔鶴!赤城!艦載機だけでも先に送ってくれ!満潮!大潮!霞!3時を見てろ!アタシは6時を先に消してくる!」

 

 

 

 

 

第三艦隊

 

「島風ちゃん!」

 

「無理!無理だって!タービンがやられちゃった!」

 

「置き去りにはできないよ、暁、雷」

 

「もう連絡はとったから!このまま鎮守府に向けて進むよ!」

 

「朧ちゃん!第一艦隊5分後に合流予定です!」

 

「5分…!…潮!ごめん、準備はしておいて!」

 

「大丈夫、1人にはしないから!」

 

「暁!雷!響!島風を3人で洩航しながら全速撤退!島風は後方に向いて砲撃開始!」

 

「おぅっ!?本気ですか!?」

 

「いいからやるのよ!ワイヤーかけるわね!」

 

「潮!やるよ!」

 

「紋章砲…作動してくださいっ!」

 

「…朧さん!囲まれた!」

 

「…え………」

 

 

 

 

 

第一艦隊

 

「第三艦隊からの通信途絶!囲まれたという報告の後に通信が切れました!」

 

「……間に合わなかった…いや!まだよ!急ぎなさい!」

 

「ごめんなさい…!私が遅いせいで…!」

 

「………右陣3人は先に行ってください!私たちも追います!」

 

「任せたわよ!」

 

「囲まれたということは一体や二体ではない可能性が高い…気をつけて」

 

「全員聞いたわね!こっちは第一分隊よ!全員全速!」

 

「了解デース!」

 

 

 

 

 

第二艦隊

 

「艦載機全滅!艦載機が全て落とされました!」

 

「あの数なのに…?それを全滅…」

 

「こっちは片付いた!全員全速!」

 

「了解!此方からは提督に連絡をとっています!」

 

「鎮守府の方は!?」

 

「連絡しました、臨時で千代田さんと龍驤さんが艦載機を出すそうです!」

 

「間に合ってくれ…!」

 

 

 

 

The・World

 

「…そんな……」

 

「どうした!カイト!」

 

「…リアルで被害が出てる…!考えが甘かった…!確実に少しずつやるべきだったのに…!焦りすぎた…!」

 

「カイト!戻るなら早く戻ってやれ!こっちは私たちで充分だ!」

 

「………ごめん!」

 

「よし、邪魔者はいなくなったなぁ!これで俺らの仕事が増える!」

 

「こんな時だけはマーローの憎まれ口が嬉しいな…!やってやる!」

 

「おうよ!フィアナの末裔の底力!見せてやるぜ!」

 

 

 

 

 

海上

第三艦隊

駆逐艦 朧

 

「くっ…まさか…またこれと会うなんて…!」

 

石の人形が再び行手を遮る

周りにはイニス、そしてメイガス、メイガスの姿もブリーフィングの時に見せてもらったから間違いはない

 

今はただ逃げなきゃいけない…こいつらの後ろに、もう倒れた仲間が居たとしても

私は早くここを抜け出し、他の仲間を連れてこなくちゃいけない

 

なのにこの死神は、再び十字を振り翳す

 

「嬲り殺しはごめんだから!」

 

紋章砲はしっかり作動してくれている

潮も、私も、紋章砲を放ったのに、それを悠々と避けられ、みんな順番にやられた

 

無駄と分かっていても、やらずにはいられない

また紋章砲を向ける

 

 

「朧ぉぉぉぉっ!伏せなさい!」

 

「!?」

 

言われた通りに体を水面に伏せる

一瞬の後爆音と共に私は後方に吹き飛ばされる

 

「あ……」

 

転げてから最初に視界に入ったのは、待ちに待った援軍

 

「他は!?島風達は!」

 

敵の方向を指さしたあたりで私の意識は途切れた

 

 

 

 

 

「よくもやったわね…!全員砲撃用意!敵の後ろに味方がいる可能性があるわ!注意して!撃てー!!」

 

砲撃なんて全く痛くないと言わんばかりにこちらの攻撃を気にすることなく悠々と敵は近づいてくる

 

「わざわざ私の前に来てくれたわね!消えなさい!」

 

腕輪を展開する

 

「アンタらはそっちがお似合いよ!」

 

腕輪の改竄能力を使い、ネットとリアルを繋ぐ穴を作り出し、それに敵は吸い込まれると言った寸法だ

 

「!マズイ!」

 

イニスは捕まえたが、第三艦隊も穴へと落ちる

 

「待って待って!ダメ!」

 

「もう遅いネ!向こうは向こうで戦ってるシー!ワタシ達が此処でコレを処理しまショー!!」

 

 

 

 

 

The・World

 

「この感覚…本物か!」

 

「出た…!って…子供!?リアルから送り込まれたってのか!?」

 

「大怪我してるぞ!ガルデニア!ワイズマン!あの子達を助けに!」

 

「わかっている、そっちは任せた」

 

「やはり艦娘か、カイトに連絡を取ってリアルに送り返すしかないが…ずいぶんな深傷にみえる…間に合えばいいが」

 

「こんなに幼い子が…お前達の仕事というのは非情なものなのだな…」

 

「そう言われるのは慣れた」

 

 

 

 

 

 

 

海上

連合艦隊

 

「摩耶!前に出るな!」

 

「うるっせーよ!お前がもう少しこっちにくればいいだろ!?アタシは武器がこれしかないんだ!」

 

「曙!漣!回り込んで!摩耶に当たるわ!」

 

「くっ!どこ狙ってやがる!もう少しズレてたら当たってたぞ!?」

 

「こんな戦闘の仕方なんて初めてみたいなものだし…仕方ないとは思うけど…準備が足りてなさすぎるわ…!」

 

「流石に頭にきました」

 

「みんな!大丈夫!?」

 

「提督!なんでこっちに!」

 

「第三艦隊の報告を受けて急いできたよ、第三艦隊は!?」

 

「それがネットの中に…」

 

「…!…いや、それなら怪我の状況にもよるけど大丈夫…!向こうにも僕の仲間がいる、メイガスとスケィスはここで倒す!」

 

「全員聞いた!?提督の指示に従って!」

 

「摩耶!一回退いて状況をよく見るんだ!僕が前に行く!」

 

「提督!?…チッ!わかったよ!」

 

「砲雷撃開始!近い方をとことん狙って!こっちは気にしなくていい!」

 

「当たりますよ!?」

 

「そのくらいのつもりでいいよ!僕の体もゲームのものだ、傷は自分で治せる!」

 

「ナラ、遠慮なくいきマース!Fire!」

 

「主砲!副砲!撃てぇ!」

 

「やってやるのね!」

 

「そーれ!どーん!」

 

砲弾が弾幕を形成し、爆発が絶え間無く続く

しかし敵に傷がつく様子はない

 

「やっぱりデータの敵に私達の攻撃は有効じゃないのかもね」

 

「そうかも知れないけど!やるしかないじゃない!いっけぇー!」

 

「メイガスに集中して!摩耶!スケィスを引き受けるよ!」

 

「り、了解!」

 

「敵の体の葉っぱのような部分に集中して破壊!」

 

「はい!」

 

「対空抱用意!」

 

「摩耶!思いっきり振り抜いて!」

 

「でぇぇぇい!」

 

「このまま行くよ!雷独楽!」

 

 

 

 

重巡 摩耶

 

「提督!なんかこいつおかしいぞ!?」

 

「逃げるつもりかも知れない…!いや…摩耶!一回離れて戦うよ!逃げるなら逃げさせればいい!一瞬でも早く終わらせよう!」

 

「わかった!だけど離れてどうやって戦えばいいんだ!?」

 

「ブラックローズの戦いを思い出すんだ!見た通りに動けばいい!」

 

「………こうか!?」

 

思いっきり振り上げる

腕の筋が張り詰め、切れるかと思うほどに力を使う

 

「でぇぇぇりゃぁ!」

 

そして全力で海面に叩きつける

まっすぐ海を割るように衝撃波が流れ、スケィスを捉えた

 

「よし!それでいい!魚雷のように扱えばいいよ…みんな!そっちに合流する!メイガスは!?」

 

「以前強い抵抗を受けています!葉っぱみたいなのが落ちてきて…!」

 

「急いでそれを破壊するんだ!ブリーフィングを思い出して!焦らず対処を!」

 

「はい!提督!其方は!?」

 

「スケィスは下がり始めてる!退くつもりだと思う…ここは逃すよ!」

 

「クソ提督!ネットの方はどうなってんのよ!」

 

「大丈夫!心配ない!曙!腕輪を準備して!」

 

「まだプロテクト壊れてないじゃない!?」

 

「摩耶!詰めるよ!曙の動きに合わせて!」

 

無茶な…ついさっきまでアタシ一人で浮いてたってのに!

 

「いいよ!わかったよ!やってやる!!」

 

思い知らせてやる!

 

「全員お互いをカバーできるように動くんだ!決して1人にならないで!」

 

「おう!」



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増殖

The・World

ワイズマン

 

「不味いな、プロテクトを破壊しても依然データドレインが無くては倒し切れん」

 

「お前碑文高いってやつじゃなかったか!?」

 

「残念ながら今は使えない」

 

フィドヘルは予言を告げ、どこかへと消失した

何が理由かは知らんがな

 

「カイトの方は?」

 

「大丈夫そうだ、スケィスを退けたらしい、タイミングを見てこちらにくると」

 

「ふむ…せめてこの形だけでも返してやらねばな」

 

「できるのか?」

 

「アテはあるが…確証はない」

 

アウラは朝潮に憑依していたという

ならば朝潮の姉妹に情があってもおかしくない筈だが

 

「…ならば頼れん…こっちに来るぞ」

 

「分かっている、前衛を頼む」

 

「任せておけ、月長石!お前もだ!」

 

…まさか状況は私の思う以上に悪いのか?

アウラはセグメントになったとはいえ、カケラほどの力もないのか?

嫌な予感がしてきたな

 

 

 

 

 

 

 

海上

連合艦隊

駆逐艦 曙

 

「いいわ!そのまま!」

 

「下から斬り込む!」

 

「狙いはいいわね!撃ちなさい!」

 

「っらぁぁ!」

 

危なげながらも連携をとり

メイガスと戦う

 

「摩耶!攻撃が始まった!退いて!」

 

「おう!」

 

「よし!いいわ!弾薬は!?」

 

「それが…こっちは残りわずかで…!」

 

「早く仕留めないと不味そうね!全員もう一踏ん張りしなさい!」

 

腕輪は展開済み、いつでもデータドレインを叩き込める

万が一があればネットへ送り込めばいい

 

 

 

 

 

勇者 カイト

 

「……」

 

スケィスは少しずつ下がってる、ここで僕はメイガス戦に合流してもいい、だけどなんでこんなにゆっくりと?

誘われてる

そしてその背後にチラつく影

 

「モルガナ、その誘いに乗るつもりはないよ」

 

『あら、そっちが来ないのであれば、他の八相をけしかけましょうか』

 

それだけは避けなくてはならないか

 

メイガスの方は確実にダメージを与えている

あのまま行けば倒せるだろうが…第三艦隊は誰が助ける?一刻の猶予もない

続け様に八相が来たとしたら?

 

「…曙、摩耶、君たちにそっちを任せる!僕はスケィスを追わなきゃいけなくなった!」

 

『はぁ!?冗談でしょ!?』

 

『提督!逃すんじゃなかったのか!?』

 

「そうできなくなった…摩耶!君ならネットに潜り込める、戦闘が終わったら第三艦隊を頼むよ!」

 

言い切ったあたりで通信を切る

 

「お前の考えは、正直わからなくなってる、でも話す必要があるのは間違いないからね」

 

スケィスの後を追う

思考を止めず、周囲を深く警戒する

可能ならば、今、ここで話し合い、全て終わらせたい

 

 

 

 

重巡 摩耶

 

「ふざけんな!クソがっ!」

 

「荒れてる暇はありません、全門用意!てー!!」

 

「オラァァッ!」

 

手応え

さっきまでとは違う何かを感じる

 

「来たかっ!?」

 

「プロテクトの破壊を確認!データドレイン!行くわよ!」

 

「任せた!やってくれ!」

 

「データドレイン!」

 

アオボノから発せられたデータドレインはメイガスの姿を骨組みへと変える

 

「良し!続けて叩き込むぞ!」

 

「弾薬尽きた艦は鎮守府へ行って!速く!」

 

「金剛補給に戻りマース!すぐ戻ってきマース!」

 

「その前に終わってるっての!!漣!曙!紋章砲用意!空母はいけるの!?」

 

「展開確認しました!こちらからも紋章砲を叩き込みます!」

 

「摩耶!先に第三艦隊の方に行きなさい!」

 

「おう!任せたぞ!」

 

海に剣を突き立て、空間を切り裂きネットに入り込む

 

 

 

The・World

 

「っと!何処だここは…」

 

「ブラックローズ?いや、確か」

 

晶良を知ってる、ってことは、提督の仲間か

 

「アタシは摩耶だ、アンタは!?」

 

「私はいい、彼女達を」

 

「マジか!めちゃくちゃ重症じゃねぇか!サンキューな!そっちの戦いは!?」

 

「もう仕留めたよ、データドレインが無くとも、倒すことは不可能ではないからな、それに秘策もあった」

 

「そうなのか?」

 

「とんでもなく時間がかかる上に危険だがね、その橋を我々は渡り切った、其方は?」

 

「メイガスのプロテクトを砕いた、これからトドメを刺すところだ!じゃあコイツらを回収してくぜ!ありがとな!」

 

 

 

 

 

ワイズマン

 

「ふむ…」

 

イニスを倒した、筈なのだが、なんという胸騒ぎだ

私の中では何も解決した気がしない

 

「果たして、害は何方に…」

 

フィドヘルは応えない

となれば、やはり私の力も失ったか

だが気になるのはメイガスの碑文使いと私は無事なのに対して

なぜイニスの碑文使いは意識不明のままなのだろう

 

「AIDAが元凶というわけでも、碑文を開眼できないわけでもないのにな…何故だろうか」

 

「納得いかないか」

 

「…この度の協力に感謝します」

 

「こっちこそ、まさかこの歳になって、ここで戦うことになるとは思わなかった」

 

「世界は再び、求めているのです」

 

新たな力を求めている

 

「そうかも知れないな」

 

「神の槍…まさか今の時代にも存在するとは思いませんでしたが、そしてそれを持ち出せるとも」

 

「碧衣の連中は大体俺の元部下だ」

 

「そうでしたね、さすが騎士団長、と言ったところですか」

 

「元、だ」

 

 

 

 

 

海上

カイト

 

「モルガナ、一つだけ言っておく、僕はできればもう戦いたくはないんだ」

 

『勇者であることを捨てると?それとも、降伏ですか?』

 

「勇者であることにもうこだわることはやめた…モルガナ、君はなんのために戦ってるの?もう戦う必要はない、違う?」

 

『ふっ…ふはははは!そんな事を?何を言ってるのですか、全てを手にするために戦っている…それだけ、それ以上でもそれ以下でもない!』

 

「君にはもう誰も手出しできない、アウラは誕生した、それでも消えないんだ、何も心配はない筈だ」

 

『それで?何故私が貴方と仲直りしなくてはならないのですか?』

 

「君はあの時みたいに危険はないんだ、お互いに戦う理由はない」

 

『いいえ、私にはある…ただ憎いと言うだけで!それが戦う理由になる!』

 

やっぱり、一度傷つけた相手に急に納得しろ、と言うのは無理な話かな

 

「じゃあ僕を好きにすればいい、それで満足するのなら、僕は死ぬ覚悟をしてる、もちろんこの体じゃない、僕の命をあげる」

 

『死んで英雄になろうと?』

 

「そうじゃない…もう戦いで誰かが傷つくのは、嫌なんだ」

 

『ならば、貴方以外の全ての者を、目の前で縊り殺しましょう』

 

「なっ…」

 

なんだろう、この違和感は

 

『貴方には、最上の絶望を与えた上で死んでもらわなければならない』

 

モルガナがAIだから?それとも、自分の思った通りに物事が進まないから?

 

『そう言えば、エルク…アレのせいで、貴方を仕留め損ねた事がありましたね』

 

「エルク…君が意識を奪った1人だ」

 

『ええ、そうです、そして今は随分と幸せそう…愛すべきマハに再び逢えたのだから』

 

エルクは、マハをとても大事にしていた

ミアと名乗り、彼と共にずっと冒険し、共に過ごしてきたマハを

そしてそれを、この悪意がただ、マハをエルクに与えるだろうか

 

「………まさか」

 

『マハにやられたと言うのに、満足そうに受け入れていましたね、何も疑わない様子で、死を選ぶ!お前もそうなる!』

 

「お前は…なんのためにそんな事を…?」

 

『ただの復讐…お前の物語は私への復讐から始まった、ならば私も復習で返す』

 

何も言い返せない

仲間にそんな事をされた、その瞬間に頭に血が上り、何を考えていたかわからなくなる

目の前の悪意に憎悪を向ける

ついさっきまでの感情をシャットアウトしてしまう

 

「違う…だめだ…これは違う…」

 

何かに呑まれそうだ

 

『ああ…素晴らしいですね…アハハハハハ』

 

「…やめてくれ…」

 

呑まれる、違うんだ

僕はこんな事を望んでない

 

『これでお前も手駒ですか、心配いりません、全てが終わったら、元に戻してあげましょう…そして、絶望のままに死になさい』

 

AIDAに…呑まれる…

 

「残念ながら、そうはいかないかなぁ…」

 

『誰だ?お前は』

 

「…なん…で……」

 

ここにはいない筈なのに…

 

「ハイパー北上様参上だよー、と言っても、1人じゃないけどね」

 

「司令官!」

 

朝潮も…?違う…まだ居る…?

アレは…

あぁ…駄目だ、安心しちゃった…

 

「ごめん…」

 

意識が呑まれた…

 

 

雷巡 北上

 

「ごめんねー、提督、信じてくれて嬉しいけどそれはちょっと怒りたいな」

 

なんとなく、こうなるって知ってたんだ、私はさ

戦いが始まる頃に朝潮を呼び出して、帰ってきたばかりの摩耶を捕まえて、3人で最大速度で海を走った

 

「ったく…どうすんだ!?この状況!」

 

「大丈夫でしょ、勝てばいいんだよ」

 

「…勝てるのか?」

 

「勝つしかないです」

 

なんでこうなるのかも、なんで動いたのかも私にはハッキリわからないけど

一つわかるのは、今1番助けを求めてるのは、目の前の提督

 

「んじゃ、やるよー」

 

「お助けいたします」

 

真っ黒に染まった目でこちらを睨まれる

心臓を貫くようなその視線

胸が痛くなる

 

「提督、そう言う目は今向けて欲しくないかなぁ!」

 

魚雷をとことん沈める

 

「アタシが肉弾戦を仕掛ける!頼むぜ!」

 

「朝潮、行くよー!」

 

「分かっています!」

 

朝潮を連れてきたのは単純に、アウラっていうやつの残滓に期待した

摩耶にもブラックローズってやつに期待した

 

私は私で、自分に期待した

 

 

「摩耶、押されてない?」

 

「無茶いうなよ!クソッ!早すぎてガードも間に合わねぇ!頼む!」

 

「機銃で薙ぎ払います!」

 

「魚雷上がるよー、朝潮、今」

 

「はい!」

 

海面に飛び出た魚雷の爆風で提督が吹き飛ぶ

 

「今、いくよー!」

 

AIDAで作り出した刃を向け、放つ

 

「撃ちます!」

 

提督を貫いくはずなのに

両手の剣でそれをいなし、それを伝うようにして距離を詰められる

 

「二の矢は用意OKってね」

 

提督に向けてパンチ

もちろんただ殴るつもりじゃない、0距離からの大量の魚雷を叩き込む為に

 

「どかーん」

 

AIDAで自分を守ってるとは言え、熱い

そして感じ取る

コイツは違う、AIDAじゃない…吸収出来ない

 

「提督…なんなのさ、それ」

 

全くの無傷、そして黒い泡

 

「………」

 

AIDAは感情を暴走させる、なのに、提督からそんなもの感じない

むしろ、感情を失ったみたいな

 

「痺れるねぇ……」

 

汗が頬を伝う感覚

 

「北上!捕まえとけよ!」

 

「無理!今にも逃げられる!」

 

両手で掴み直し、海面に叩きつけ、魚雷をとことん叩き込む

 

「摩耶ー!はやくー!」

 

「っしゃぁぁ!」

 

大剣を叩きつけられる

若干私も痛い、データドレインで焼かれているような感じだろう

 

「今治してやるからな…!」

 

違う、無理だ

何か違う

 

「摩耶…逃げ…」

 

青い炎の爆発

 

避ける暇もなく吹き飛ばされる

 

「ったー…いつつ…冗談でしょ…?」

 

青い炎に包まれた提督か

 

「本番は今からな訳?本気?私もう疲れたんだけど」

 

容赦無く剣を振り抜かれる

魚雷発射管を一つお釈迦にされただけで済んだのは幸いか

 

「ま、でも時間は稼いだかな」

 

爆雷が提督に落ちる

艦載機が来たようだ

 

「あと少しかな、艦載機だけ来たってことはもう少し戦えば、みんなと会えるよ、提督…殺してでも連れて帰るから!」

 

「殺すのはやりすぎですが!こっちからも行きましょう!」

 

「そうだな!諦めてやらねぇ…ありがたく思えよ!?」

 

「んじゃ、改めて…行くからねー!」



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蒼炎の勇者

海上

カイト

 

やっぱり海水はあんまり美味しくないかなぁ…

 

気づけば口の中は海水だらけで、目の前がチカチカしたり真っ暗になったりする

 

なんでこうなったんだろう

ああ、そうか…僕がAIDAに呑まれたから

でも、今なら…探せるかもしれない…

君たちなら、大丈夫だ…

だから僕は…

少しだけ体を手放す

 

 

 

 

重巡 摩耶

 

「北上!どうなってる!?」

 

「無理!抑えられないからさっさと撃って!」

 

AIDAと蒼い炎が吹き出し、形を作って襲ってくる

恐ろしい痛みと、焦燥感に駆られる

 

私たちはどうなるんだ?と

 

ふと横目に虚ろな目をした朝潮が映る

 

「朝潮!どうした!止まるな!」

 

声をかけたのも束の間、自分の体が宙に浮き、体制を崩して水面を滑る

 

「クソッ!何が起きてる!」

 

『こちら曙!目視しました!戦艦の射程まで30秒!』

 

「もっと早くしろ!クソが!でぇぇぇぇあ!」

 

見えない速さじゃない、だけどこっちが扱いに慣れてないせいで、大振りな動きが全て読まれてる

北上の魚雷も、初回以降大きな動きで射程から逃れ、朝潮の攻撃も擦れど致命打にはならない

というより、その朝潮の様子もおかしくなり始めた、いよいよもって、不味いと言うほかない

 

「摩耶!ネットに落とせない!?」

 

「そんな余裕ねぇ!せめてもっと頭数がいる!」

 

「じゃあもう少し引きつけて!」

 

北上の魚雷発射感がパージされてる

つまり狙いはそっちか

 

「クソがぁ!」

 

横薙ぎをバックステップでかわされる

 

「いいとこ来たねぇ…!」

 

単装砲からの確実な一撃

 

僅か30mの距離、初速は850m/s

勢いは殆ど最大、外れることもないこの一撃を

 

「クソが…!」

 

いとも簡単に焼き払ってくれたわけだ

 

「動きを封じなきゃ、ダメージは与えられないか…」

 

剣を突き立て、データドレインを喰らわせてやれば…何か変わるのか?

さっきのような迷い等なく、殺すつもりでやれば何か変わるのか?

 

「摩耶!後ろ!」

 

北上の声より先に、悍ましい殺気に襲われ、その場を離れた

振り返れば朝潮がこちらに砲を向けている

つまりそういうことだろう、敵になった

 

「冗談キツイよな…」

 

それだけならまだマシだ、朝潮の足元から深海棲艦のなり損ないが顔を出してくるんだから

魚とのキメラなんかじゃなく、本物のなり損ない

それが2人も

死んだ目と爛れた黒い外皮の中から見える元の姿の成れの果て

 

「……朝潮型の…制服」

 

「これで、4対2か?」

 

「あの化け物が手を出してきたら、5対100でも勝てないけどね」

 

「間違い無いな…」

 

2人揃ってジリジリと下がるしかない

 

「……まて、おかしい」

 

「分かってる、第二波どころか…砲撃すら来ない、通信も」

 

「………やられたのか?」

 

援軍は、どうなってる?

 

 

 

 

連合艦隊

駆逐艦 曙(青)

 

「なんでこんな時に濃霧なのよ!」

 

「ただの濃霧じゃありません、通信が妨害されてます」

 

「………惑乱の蜃気楼」

 

「…それは倒したんじゃなかったの?」

 

「わからない、とりあえず全員離れないで……」

 

「……前!影…敵…?」

 

「撃たないで、味方かもしれない」

 

「……提督…?」

 

蒼い炎に体を包まれ、ゆらゆらと迫る姿は

 

「……あのオバケ、ね…まるで」

 

「………待て!…AIDA!砲撃用意!」

 

AIDAが節々から噴き出してる

 

「……違う!頭がやられてる!」

 

「何!?何言ってんの!?」

 

「あぁぁぁぁぁ!気持ち悪い!頭が…おかしくなる…!」

 

「曙!?曙!落ち着いて!しっかりしなさい!」

 

「うっ…うぇっ……おぇぇぇ…っ…!……ダメ……これは現実じゃないのに……!」

 

「何言ってんのあんた!?これは現実よ!落ち着きなさい!」

 

「アオボノも落ち着くべきです…どうやら、本当にこれは現実ではないかもしれません……頭が……」

 

「加賀!?…どういう事…?」

 

「アオボノ、聞きなさい……これは…現実じゃない……」

 

「幻覚…みんなで…変な世界に……うぐっ…!」

 

「幻覚…?…待って!………来るな!」

 

クソ提督の姿をした何かは歩みを止めてない

 

「来るなって言ってんのよ!」

 

腕輪を展開しようとして気づく

 

「な…い……なんで……?…うっ……気持ち…わる、い…」

 

みんながやられてるのはこれか…

現実とのギャップに気づいたから……

 

脳が変な反応を起こしてるんだ

 

「もう……どうなっても知らないわ…!消えろ!!」

 

展開できているであろう腕輪を信じてデータドレインを明後日の方向に放つ

 

「…出た感覚はある……敵の位置さえわかれば…やれる……でも……気持ち悪い…!」

 

「……おぇっ……だめ…もう……無理」

 

「……まともに、戦えない……」

 

 

 

 

 

第三艦隊

軽巡洋艦 阿武隈

 

「…なんですかあれ……!」

 

「連合艦隊のみんなやな……グロッキーなっとる」

 

「助けないと…!」

 

「近づかないでください!まだ危険です!ミイラ取りがミイラになるだけです!」

 

「高雄さん、愛宕さん、鳥海さん、電探を!龍驤さんは艦載機で北上さん達を探してください!青葉さん…は…何かありませんか…?」

 

「……その…青葉には…何も……」

 

緊急で作ったこの編成だけど

きっと何かみんなができることがあるはず

 

考えて私…

 

「電探反応あり!10時の方向!」

 

「…どこ……?」

 

「見えないけど……確かに反応してます!」

 

「………青葉さん、ビデオカメラ持ってますよね、それで見てもらえませんか?」

 

「えっと…はい………何あれ」

 

「見せてください…え……人?」

 

白の衣装に身を包んだ、人のよう

蒼いエフェクトがその人を包み込んでいて

そしてその姿はどこかで見ていて……

 

「………スケィスの時…見た……」

 

「……あ…アレを使ってるわけ…?」

 

「………倒すんですか?」

 

「…勝てるならそうしたいけど……」

 

バケモノを使われたら勝ち目はないに等しい

ならここは無理せず回収だけするのがベター

 

「待って!アオボノさんの様子が変!」

 

「……腕輪…ちょっどこ向けて…」

 

「うわぁっ!?どこ狙っとんねん!!」

 

「……もしかして、こっちが見えてないんじゃ……」

 

「………電探は連合艦隊を捉えてますか?」

 

「はい、一応…」

 

「………賭けるしかないですね、3人で突っ込んで回収してください!龍驤さんはここで待機、可能なら位置を示してあげてください!私と青葉さんは先に進みます!」

 

「2人で!?無茶です!」

 

「阿保!救出の方が無茶や!でもここで別れなどっちかは失う可能性がある!さっさと行けや阿武隈!」

 

「無事を祈ります!行きますよ!」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「本当か?」

 

『ああ、一ノ瀬君も、中西君も、意識不明だった、第五相、第六相、ともにだ……そして共通点として、The・Worldのキャラをコンバートしている、イニスの保持者、日下君も含めて、この3人は全員』

 

「……コンバートしたから、意識ごとやられた?」

 

『していなくても碑文は使えなくなっただろうがね……既に私のフィドヘルは抑えられている』

 

「………じゃあ、ネットにいるのか?」

 

『断定はできない』

 

「ネットにいるなら、見つけ出して……助ける、リアルにいても……」

 

『……難しい戦いになるぞ』

 

「覚悟はもうできてる」

 

 

 

 

 

 

海上

雷巡 北上

 

「……ちょっと…限界かもね」

 

「ちょっとだと?もう無理だ……」

 

肩で息をして、傷を庇いながら、撤退戦を初めてどれくらい経ったか

 

「ねぇ…霰……大潮…やめない?」

 

無駄と分かっていても、声をかけずにはいられない

 

「頼む……て言うかきっつい……」

 

「はは…余裕あるね」

 

「お互い様だろ……」

 

どうするかな…AIDAを使い続けたからか、身体が鉄に戻ったみたいに重くて、動けなくて

 

「……そのAIDAってさ…何ができるんだ?」

 

「……何?」

 

「………データドレインとかは…できないのか?」

 

「…無理に決まって……」

 

AIDA、これも確かにバケモノだ

化け物がデータドレインを使えるなら、自分だって使えてもいいではないか

 

「……物は試し…か!」

 

ぐぐぐっと右手にAIDAが集まる

腕輪をイメージし、同じことをイメージする

 

私だって一度貫かれた、やれる?……やって

 

出たのはイメージとは違うビーム砲だったのだが

 

「……今の局面それは違うんじゃねぇのか…?」

 

「だね……だけど…威嚇にはなったみたいだねぇ……ふふふ…次は、当たるよ」

 

「……いいじゃねぇか…これなら防げねぇかもなぁ……!」

 

「あとひと頑張りだけ…」

 

『北上さぁぁぁぁぁん!』

 

「え……?阿武隈…?あ、居た…提督の方」

 

「ようやく援軍…つっても青葉と阿武隈だけ…か?」

 

「ないよりマシ!行くよ!」

 

「おう!」

 

「阿武隈!提督も敵!朝潮も敵!全員敵だから!」

 

『ぴぃっ!?全然OKじゃないんですけどぉ!?』

 

「青葉!とりあえず上空に撃ちまくって!今すぐ!」

 

『は、はい!』

 

「摩耶、私あんま動けないからよろしくね」

 

「構わねぇけどよ!巻き込むなよ!?」

 

「ごめん保証しない」

 

魚雷をとことん、とことん沈めた、今度は、当ててやる

 

「……見せちゃうよ、私の最終兵器!」  

 

 

 

軽巡 阿武隈

 

「……ここ…」

 

距離、角度を正確に測れば

風の流れを読めば

 

「当たる」

 

確実に捉えた

朝潮ちゃんに被弾

 

「機銃装填します」

 

「次弾行きます!」

 

続け様に撃ち込む、当たる

確実に、外したのならその理由を突き詰めながら狙う

 

『阿武隈!そっちに提督が行く、容赦無く撃って!』

 

「…………」

 

目で追える速度

だけど撃ってもかわされる…?

それとも防がれる…?

 

ダメだ、ダメージを与えられるイメージができない

 

「青葉さん!機銃提督に向けて!」

 

「はい!」

 

進路限定、両手、腰の砲を向ける

二連射

両手から、二発ずつ

全く同じルートを二発の弾が通る

 

「ヒット」

 

片方はかわされ、一発は防がれたけど

最後の一発は捉えた

 

『やるねぇ!!行くよ!』

 

提督の周りに魚雷が浮き上がってくる

 

『阿武隈!』

 

「はい!」

 

魚雷を貫く

連鎖爆発を起こし、確実にダメージを与えた

 

『パージした魚雷発射管からのコレは…予想外でしょ?』

 

2人で練習した奥の手

ダメージはあるはずだけど、そのまま提督は詰め寄ってくる

 

「全然効いてないんですけど!?」

 

『そのまま撃ち続けて!手を止めたら死ぬよ!』

 

『でぇぇぇぇい!クソッ!こいつらマジで強え!』

 

「もうすぐ最初の弾薬が降ります!気をつけてください!」

 

「来ます!!」

 

『くらえー!レーザー!』

 

「ひぃぃっ!?」

 

「ジュッって!ジュッって言いましたよ!?」

 

「司令官モロに行きましたよね!?え!?死んじゃいました…!?」

 

『曳航用のワイヤー用意!ふん縛って連れて帰るよ!』

 

『その前に朝潮達だろ!?』

 

『大丈夫、其方は其方でやるから』

 

「あぁぁぁぁ!クソ!クソクソクソクソ提督!ようやく!……ようやく着いた!」

 

「アオボノさん!?連合艦隊が到着しました!」

 

「待たせたわね!ぶちのめしてあげるわ!!」

 

『あ、マジ?じゃあ私もう戦力外だから宜しく……』

 

『北上!?何言ってんだよ!お前抜けたら戦えねぇって!』

 

『こっちにも事情があるんだよぉ…流石に全員に知られるわけにはいかないの』

 

「ごちゃごちゃ言ってる暇があったら撃ちなさい!」

 

「数で押します!全員広がってください!」

 

「みつけた…この丸焼きが提督ですか…?」

 

「早く縛りなさい!」

 

「……待って、様子が変…AIDAが焼かれてる?」

 

「青い炎でAIDAが焼かれてる……」

 

 

 

 

カイト

 

ああ、強烈なのをもらっちゃったみたいだ

全部吹っ飛んじゃった

 

もうすぐ目が覚める

 

起きたらなんて言おうか、迷惑をかけてごめん?助けてくれてありがとう?

どっちもだね、言わなきゃどやされちゃうから

 

「……よし、動ける」

 

顔をあげて周りを見る

みんなが武器を向けてるから、取り敢えず両手を上げて立ち上がる

 

「みんな、迷惑かけてごめんね、助けてくれてありがとう!」

 

毒気を抜かれた顔でこちらを呆然と見られる

まあ、そりゃ当然だよね

 

「……AIDAが消えたんですかぁ…?」

 

「その様ですね……」

 

「後で覚えときなさいよ!?このクソ提督!」

 

手厳しいな…

 

「うん、だから今は先に、戦う、帰ったら好きなだけ怒られるから!」

 

戦場をもう一度見る

スケィスはもう居ない

おそらくモルガナももう応えないだろう

 

調べなきゃいけない事がたくさんある

 

早く終わらせなくちゃいけない

 

「よし!行くよ!」

 

この命は、まだ散るには早い

 

「摩耶!ガードに専念してて!こっちから援護する!」

 

『提督か…待ってたぜ…!こいつらを殺すなよ!?』

 

「勿論!みんなを助けて帰るよ!」

 

 

見た瞬間にわかる、大潮と、霰…

僕が沈めた子だ

 

ならば僕が責任を取るべきだ

 

「アオボノは朝潮を狙って!曙、全体の指揮は君に任せた!」

 

「「了解!」」

 

「第一艦隊は朝潮を優先して狙うこと、第二艦隊はなり損ないを優先して叩いてください、第三艦隊はそれぞれ必要だと思ったところに自分の判断で、指示はその都度出します」

 

なり損ない、か

なら、半分くらいはまだ…

 

もし声が届くのなら今すぐに謝りたい

 

だけど、先にみんなで帰らなきゃいけない

 

「艦載機のみんな!お仕事お仕事!」

 

「鎧袖一触です」

 

朝潮に向かって艦載機が飛んでいく

速い、流石にアレに追いつくのは無理だけど、全力で足元を蹴る

走るたびにデータの破片が散る

 

「漣!もっと近づいて撃ちなさい!」

 

「あいあいさー!徹底的にやっちまうのね!」

 

「摩耶!あんた邪魔よ!?」

 

「うるせぇ!この摩耶様に…命令すんなぁぁ!」

 

「うおおっ…派手だねぇ…」

 

「被弾!被弾!霞中破!」

 

「退かせて!無理に攻めないで!」

 

人数が多すぎて前衛との連携が取れてないか

 

「摩耶!引いて後方から攻撃して!僕がやる!」

 

大潮とか霰に斬りかかる

できるだけ手数を多くし、意識をこちらに向ける

 

「ごめん…!絶対元に戻すから…!」

 

だけど、2人はそれを望んでるのかな

 

コレは僕のエゴだ

 

2人は、僕を強く恨み、ここで殺したいのかもしれない

 

「話は、元に戻ってから聞く…!」

 

だから、もう一度だけ、声を聞かせてほしい

 

「だから…帰ってきて…!」

 

ガラスの割れる様な音

2人の周りの緑のエフェクトが砕ける

 

「行くよ!ドレインアーク!」

 

データドレインを複数に向けて放つ、データドレインの派生技

それで大潮と霰を貫く

 

怨嗟

 

確実に、存在してるのが…嫌でもわかる

 

「………本当に…ごめん…」

 

それでも、元の姿に戻すことくらいしか、僕にはできない

 

 

 

 

 

駆逐艦 大潮

 

「……」

 

目の前で自分と同じ姿のナニカが倒れる

 

複雑な気持ち、そして、霰と…もう1人の私…

 

どうしたらいいんだろう?

わからない…気持ちがどこかに消えちゃったみたいに…わからない

 

「大潮姉さん!」

 

「はうっ!?み、満潮!?」

 

「しっかりして!今は朝潮姉さんを元に戻すの!退いた霞のことも考えて!」

 

そっか…まずは…納得しなきゃいけない

 

「もっちろん!…大潮!まだ!大丈夫だから!」

 

姉妹のことを気にしてたのに、まだいる姉妹を蔑ろにしてては…いけない

 

「じゃあ行くわよ!馬鹿な姉を叩き起こす!」

 

「それっ!てぇーーー!」

 

 

 

 

 

駆逐艦 朝潮

 

「助けて!」

 

暗闇に声が吸われる

誰かに届いてるの?この声は、私は誰かに助けてもらえるの?

 

『あなたを、助けてあげましょう』

 

そう、この言葉だ

私は、1人が怖くて、この言葉に乗ってしまった

 

『あなたが私と共に歩む限り…』

 

そう、この、恐ろしい言葉は、いつから私の頭に響いていた?

 

大潮が司令官を殺そうとした時か

それとも、あの騎士が私の前に現れた時か

 

 

暗闇からヌッと腕が現れる

つぎはぎの革手袋が、私の前に差し出される

まるで、私の手を取るために、私の動きを待つために

 

ああ、遅い、遅すぎる

一体どこで何をしていたのか、この騎士は

 

『その手を取れば不幸になりますよ』

 

「もっと不幸な人も居るでしょう」

 

『災いが降り注ぐ』

 

「あなたと会った事が災いです…私の中から出ていけ!」

 

騎士の手を取る

 

瞬間、暗闇は音を立てて崩れた

 

ああ…やっぱり、あんなのに助けを求めた私が愚かだったのだろう

 

私を助けてくれた蒼炎の騎士に一瞥し

目を見開く

 

眼前にまで迫った砲弾は騎士が弾いてくれた

どうやらいつの間にか、私は妹達と戦っていたらしい

 

「……ふぅ…」

 

一息大きくつく

 

戦場が完全に停止した

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

提督そっくりの、オバケ

そしてそれが朝潮を守ってる

敵となったのか、それとも戦いが終わったのか

全員が硬直する

 

「…みなさん、私はもう正気です」

 

朝潮が口を開く

 

「………証明の手段は?そして、そのオバケは?」

 

「オバケではありません、司令官のコピーであり、私の騎士です」

 

先の質問をすっ飛ばしてそういう

よほど大事なことだと認識してる様だ

 

「…じゃあ、その騎士も含めて味方だと証明してください」

 

「……」

 

オバケと顔を見合わせ、首を捻る様は全く敵意を感じない

この時点でだいたいokなのだが、確証が欲しい気持ちはまだあった

 

「…そうですね…ないので、帰っていいですか?」

 

ふざけてるのだろうか

 

「……正直それも手っ取り早いですね」

 

確かにそれもそうか

だけど他所に被害が出ても困る

 

「大丈夫、朝潮はもう元に戻ってるよ」

 

「提督、なぜ言い切れるんですか」

 

「トライエッジが朝潮を守ってるからだよ、トライエッジは対AIDAとして作られた存在、もし朝潮が暴走してるなら攻撃を仕掛けてると思うよ」

 

なんとも言えない

そんなことで断定…するほかないのも歯痒い

 

「…満足されたでしょうか」

 

「…はい、警戒解除、帰投しましょう」

 

重い、重い足取りで私たちは、鎮守府へと帰った

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府 食堂

 

「戦果は、イニス、メイガスの撃破、ただし、イニスの撃破については不明瞭な点が多く、曙達の交戦などから別個体、またはそれに準ずる何かがあり、まだ攻撃してくる恐れがある、そしてスケィスは撃退にとどまり、大潮、霰を迎え入れた…と」

 

「うん、といっても2人ともまだ目を覚まさない…」

 

「提督、あなたはやれる事をやりました、スケィスを追ったのも本当に仕方がなかったんですよね?」

 

「…あの場に他の八相までけしかけられたら、流石に誰かが死ぬと思ったんだ」

 

「でも今度はクソ提督に北上と摩耶と朝潮がボロボロにされたんでしょ?変わらないわよ」

 

「まさかAIDAに呑まれるなんて」

 

「…ごめん、3人を見たら安心しちゃってさ…戦う事になっても、きっと倒してくれるって」

 

「…結果はボロボロ、阿武隈達が来なければ負けだったけどねぇ…」

 

「北上は本調子じゃなかったんじゃない?」

 

「まあな、半分あたり」

 

「アタシもまだあの体に慣れてないんだ…なかなか辛いぜ、でも次こそやってやる!」

 

「次があったら期待しておくよ」

 

「私は次があってもパスかなぁ…アレって実は消耗激しいのにあんな戦いしたら…間宮さーん、日替わり5人前!」

 

「…今日の日替わりって誰?」

 

「一航戦の2人だね…」

 

「ごめんやっぱ間宮定食で!………え!?もうできてんの!?……嫌だなぁ…一航戦スペシャル…」

 

「うわぁ…」

 

「相変わらずの見た目してるね…」

 

「…………話し続けよっか」

 

「そうですね」 

 

「それで?何が言いたいんだ、つまり」

 

「…敵に目的はないと言ってもいいと思ってるんだ、いや、正確にはあるんだけど、代わりは作り出せない」

 

「どういう意味だ?」

 

「前の戦いで僕と仲間が倒したモルガナというAIそれが今の敵の親玉、そしてその目標は復讐…僕を、とことん苦しめるためだけに戦うつもりらしい」

 

「なんの意味があってそんな事を…」

 

「意味なんかないよ、だから向こうは悪戯に傷つけるつもりだし、それを黙って受け入れるつもりはないんだ、だけどコレは君たちに強要する戦いでもないのは間違いない事だよ」

 

「なんだ?まさか巻き込みたくないってか?」

 

「残念だけどそうは言えない…もう深く関わりすぎた、君たちも狙いに入ってる」

 

「だろうな、それで?」

 

「改めて、力を借りたいんだ、この戦いには、どうやっても1人じゃ勝ち目はない…だからみんなの力が要る、協力して欲しい」

 

「…私たちの戦争が、いつの間にか提督1人の間になったと?」

 

「なりようがないわね、元々深海棲艦との戦いは私たちの仕事な訳だし」

 

「話は早そうだね…はぁ…」

 

「みんな、ありがとう…そして、ここからも大事な話だよ、AIDAにやられた時、少し色々探ってみたんだ…例えば北上、君のは本物だ」

 

「ん」

 

「なんの話でしょうか」

 

「…全員知ってるわけではないのか?」

 

「この場にいるメンバーなら曙だけかな…曙、北上って実はAIDAを扱えるんだよ」

 

「……食堂でそれいうんですか」

 

「誰もいないしね」

 

「みんなそれぞれのお見舞いで大忙しだし」

 

「結論から言うと、北上のAIDAは本物で、僕が呑まれたのはコピー、偽物のAIDA、つまり、AIDAを複製されてるわけだ」

 

「そんな感じはしてたんだよねー…」

 

「それともう一つ悪い事がある、今後あんまり、腕輪、AIDAを使って欲しくない、摩耶も、必要ない時はブラックローズにならないで欲しい」

 

「それは…何か理由があるんですか?」

 

「境界線が、揺らいでる」

 

「境界線…?」

 

「ネットと現実が…ひとつになりかけてるんだ」

 

 

 

 

 

ああ、まさか…こうなるなんて、何時迄も

そう、何時迄も、私は此処に、この椅子に

 

 

 

元勇者提督

vol.2 悪性変異

終了

 

 

プレイ時間 23:32:23

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EXコンテンツ vol.2
番外 龍驤さんとアオボノさん


軽空母龍驤

 

「アオボノー、飯行こうか」

 

「待って、漣達がまだ終わらなくて」

 

「ん?なんやこの書類の束」

 

「書類仕事を練習してるのよ…できるようになって、なんでもできるようにならないと」

 

「ほーん、うちもできんし、せっかくやからお勉強させてもらおか」

 

うちの駆逐艦はかなり働き者や、特に曙二人組はすごく働く

朧も潮も漣も頑張ってるけど、そこ2人はライバル視が強いせいで、お互いに負けたくないと言う気持ちが強いせいで

 

 

「ふー、終わったか」

 

「ん、ありがと」

 

「よーし、飯行くか!」

 

「RJ!今日の日替わりは誰!?」

 

「おーSM、今日は雷と暁や」

 

漣はなかなか調子ええやつやからお互い変なあだ名を付け合っとる

こいつもノリが良くて楽しいわ

 

「………私パスしようかなぁ…」

 

「潮、カレーなら安全よ」

 

「曙はいつもそれだもんね」

 

「……せっかくやし今日はここで飯食うか!」

 

「え?」

 

「鉄板くらいあるやろ?たこ焼きしよ!」

 

「鉄板…?」

 

「あったっけ」

 

「…いや…」

 

まさか…うそやろ…

 

「うちには無いわよ

 

「無いんかい!一部屋一台有るもんやろ!?」

 

「いや無いわよ」

 

 

 

 

「おー!おいひー!」

 

「ソースが良いよね、ソースが」

 

「そりゃあウチ特製やからな」

 

「へー、作ってるんだ」

 

「もう五十年前から代々受け継がれるソース…やったらよかったんやけど」

 

「ちゃうんかい!」

 

「だってウチ建造されたんついこの前やん」

 

「漣ちゃんは考えないから…」

 

「潮もなかなか鋭いわな…」

 

このツッコミはハリセンよりナイフやな…

上手い事漣がいなさんかったら雰囲気悪なるかもしれん、ウチには扱えんなぁ…やはり組むなら漣…か

 

「そういえば私雷寿司食べた事ないんだけど」

 

「漣もないです」

 

「………まあ、カレーしか食べないからね」

 

「……あの、雷豆腐をシャリに見立てた押し寿司や…」

 

「雷豆腐?」

 

「脱水した豆腐を油で焼くんや、それに甘酢をぶっかけて砕いて混ぜたもんに、お浸しをのっけて押し寿司にしとる…その…壊滅的やないけど…美味しくはないな」

 

「…たしかに美味しくはなさそうね」

 

「栄養はありそうですけどね」

 

「雷は面倒見がいいから栄養第一に考えよる、ただ、食わんと……すごい申し訳ないことになるから、後で貰ってくるから食ったことにしといてんか?」

 

「…名前だけなら貸します」

 

「私も」

 

「と言うか漣様はむしろ食べてみたいです!」

 

「チャレンジャー…」

 

 

 

「よーし、うちも食うかー!」

 

「えっなんでご飯が…」

 

「うちはたこ焼きとかお好み焼きは白米欲しいんや、悪いな」

 

「まあたしかに味は濃いからね、龍驤さん、私にもくれない?」

 

「アオボノちゃんチャレンジャー…」

 

「ふ、太っちゃうよ…!」

 

「うるっさい!」

 

「潮、漣…………ってことだと思うよ」

 

「あー…」

 

「なるほど!」

 

「何そこで納得してんのよ!しばくわよ!」

 

ハリセン持たしたらおもろいやろなぁ…

 

 

 

「うん、案外合うわね」

 

「うへぇ…漣は理解できません」

 

「肉じゃがバターでだいぶんみちの組み合わせに関しては寛容になったわ」

 

「おもろい組み合わせやな…」

 

「龍驤さん、あとで畑に行くんだけど一緒にどう?」

 

「んー、雑草取りか?ええで」

 

「そろそろ大根ができるから毎日行ってんのよ」

 

「…そういえば昨日の担当漣だけど、行ったわよね?」

 

「………お先に!」

 

「あいつ…」

 

「アオボノ、これ持っていき」

 

「………良いわね、気に入ったわ!」

 

「…龍驤さん、アオボノちゃん全力で行くと思うんだけど…」

 

「大丈夫や、ちょっと厚い紙で作ったハリセンやから、簡単には壊れん」

 

「漣の頭が怖いんだけど」

 

「あの子そろそろ抜け毛が始まるんじゃない?」

 

「………すまん、漣の頭皮」

 

「むしろ叩いて育毛なんてのもあるし…」

 

 

 

 

「よ、アオボノ、どうした?」

 

「漣を逃したのよ…」

 

「アイツの髪の毛可哀想なことになってるらしいからやりすぎんなよ?」

 

「わかってるわよ」

 

「そうか、ええ子やな」

 

「ちょっと!撫でないでよ!」

 

「ええやん、ウチからしたら妹みたいなもんや」

 

「……ふんっ…」

 

「照れんなってー!お姉ちゃんって呼んでみ!」

 

「………絶対呼ばない」

 

「うーんウチ悲しいわぁ…」

 

「………姉貴でいいなら呼んであげる」

 

「おっ!ええんかー?!呼んでくれ呼んでくれー!」

 

「そんなに喜ばれるとなんか嫌ね…やっぱり無しで」

 

「えー…アオボノぉ…」

 

「じゃ、私やることあるから…」

 

「おー、またなぁ…」

 

「……お姉ちゃん」

 

「…………ん?ん!?今呼んだよな!?アオボノ!?おーい!……走って行ってもた…んふふ…んふふふふ…!」

 

この日ウチは一日中気持ち悪がられたけど

全然気にならんやった

最高の日やな!



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番外 アオボノさんと龍驤さん

駆逐艦 曙(青)

 

私には姉と呼べる人がいる

ただし、姉御とか、そういう感じで姉妹ではなくて

でも、当人はお姉ちゃんと呼んで欲しいらしくて…

 

「お姉ちゃん」

 

ん?私の声…いや、曙の声

 

「おー!ええなぁ!」

 

あぁ、と理解した

 

「龍驤!何やってんのよ!」

 

もらったハリセンを手に打ち付けて音を鳴らして威嚇

 

「げっ…これは、その…ごめんてぇぇぇ!」

 

「よ、曙」

 

「…アンタもなにしてんのよ曙」

 

「龍驤さんに頼まれてお姉ちゃんって呼んでた」

 

「……本当に何してんのよ」

 

「まあ、この前のたこ焼きのお礼?」

 

この前のたこ焼きから七駆と龍驤の仲は近づいた

 

「…もしかして…」

 

「あ、朧達は自主的に呼んでるわよ」

 

「…それで調子に乗ったと」

 

「そういう事かしらね」

 

「………はぁぁぁぁ…」

 

体型だけで言えば潮の方が姉っぽいのにね

 

「なんか今失礼なこと考えんかったか!?」

 

「あ、出てきた」

 

「ふふっ、ふふふふふ…」

 

「ちょっ…おい?アオボノ…?その、すまんて、堪忍や…」

 

「沈みなさい」

 

「ぎぃやぁぁぁ〜!!」

 

 

 

 

「ふぅっ、いい汗かいたわ!」

 

「…姉をボコボコにしていい笑顔の妹」

 

「姉じゃないわよ、あんなの」

 

「ふふっ、曙は素直じゃないわね」

 

「…ふん、気分を損ねたわ、じゃ」

 

 

 

 

 

「ん?あれは…龍驤さんとアイツら…」

 

つい隠れてしまう、別にやましいことはないが

 

「いてててー…なにも本気で殴ることないやろなぁ…」

 

「RJは中々チャレンジャーだよねー」

 

「私もお姉ちゃんなんだけどなぁ…」

 

そういや朧って私より姉なのよね

 

「龍驤さんはなんでアオボノちゃんにお姉ちゃんって呼んで欲しいの?」

 

「…なんか、その…結構出撃一緒にしたり、いろんな話してるとな?なんか色々真似してきてくれたり、素直じゃないけど可愛くてええ子やん?」

 

「まあね!」

 

「妹みが強い」

 

「漣ちゃんは妹でしょ…?」

 

ふーん、そういうふうに思われてんのか

 

「何してんの?」

 

「お、曙やないか!」

 

「曙ちゃん、今ねー」

 

…なんかつまらないわね

 

 

 

 

 

一方その頃

 

「って作戦な訳」

 

「…成る程ね」

 

「よっしゃぁ!乗ったるわ!」

 

「良いわね」

 

「んじゃ作戦決行でよろしく」

 

 

 

 

 

 

「龍驤姉さん!」

 

「龍驤お姉ちゃん!」

 

「…何やってんのよ」

 

「お、アオボノか…いやな?偉いなつかれてしもうてな」

 

「…満更じゃなさそうな顔ね」

 

「アオボノー…あれ?みんないる、あ、龍驤さんこんにちは」

 

「こんにちはー、なあアオボノも折角やしお姉ちゃん呼んでやー」

 

「……良いわよ、呼んでやるわよ」

 

「お!マジか!」

 

「ね、朧お姉ちゃん?」

 

「アオボノ…私の事姉だなんて…!」

 

「嘘やろ!マジかっ!!」

 

「行こう、お姉ちゃん」

 

「あ、コレ良い…」

 

「朧狡いって!嘘やろ!?こんな筈じゃ……」

 

「ふんっ…」

 

 

 

 

「アオボノ〜、コレ美味しいよ」

 

「…ありがと」

 

なんか朧が機嫌良すぎて怖いわね

 

「アオボノちゃん、そろそろ龍驤さんのこと許してあげたら?」

 

「ボノリーヌぅごめんって!調子に乗りすぎました!」

 

「……私はこのままでも良いかなぁ」

 

「朧ちゃんが裏切った!」

 

「ぼーろぉぉぉ!」

 

「…2人も読んでくれて良いんだよ?お、ね、え、ちゃ、んって…ふふふ」

 

「完全に堕ちてますね…」

 

「…何?この惨状」

 

「あ、曙ちゃん」

 

「姉さん、早くそこどいて」

 

「あ、うん」

 

「…曙ちゃん、朧ちゃんの事そう呼ぶんだ」

 

「まあ、どうしてもって言うし」

 

「…それだ」

 

「アオボノ?」

 

「…もういない」

 

 

 

 

 

「…かんっぜんにやったわ…嫌われた…はぁ……!」

 

とことん落ち込んでるわね

ま、ちょっとくらい優しくしてやるのも、妹分の思いやりよね

 

「何やってんのよ」

 

「…アオボノか、ごめんなぁ…嫌な思いさせてもうたんやろ?」

 

「…別に良いわよ、あの時のことでチャラにしてあげる」

 

「あの時?」

 

「…ほら、入れ替わった時…私面倒くさかったでしょ?」

 

「…まあ、確かにお世辞にも行儀ええとは言えんかった、けど、あれで一皮剥けて、みんなと仲良くできたんやから、それでええやん」

 

「……その…ありがとう、姉さん」

 

「…アオボノぉぉぉぉ!」

 

「うぉっ!抱きつくな!やめて、離れてって!」

 

「もーはなさん!ずっと離さんからなー!」

 

「やめてって!お姉ちゃん!」

 

「………」

 

「…あれ?………気絶してる…」

 

「………」

 

軽空母龍驤

 

「………」

 

フハハ、フハハハハ!計画通り!

曙の計画は完璧、もう、思い残すことなんて何もない…!

ああ、最高や…

 

「え?大丈夫…?とりあえず部屋に連れて行くしかないわよね…高血圧とか…あ、でも…高血圧で死んじゃう人もいるって前にニュースで………夕張さんのところ…!」

 

え?そこまで気を遣ってくれんの?あれ、ウチからだが動かん…

コレほんまにまずないか?

曙のくれた薬って確か血圧を下げる薬やったような…意識も少し遠く…

 

あかぁぁぁぁぁぁん!!これ!ホンマに死ぬ!意識を手放したらマジで逝く!

わかるで!ウチにはわかる!沈むんじゃなくて死にかけてる!

っていうか曙何してくれとんねんワレ!解毒薬は!?

 

「死なないでね…絶対に助けるから…!」

 

……折角したんやったらこのまま妹の腕の中でってのも悪くないな 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙(青)

 

「はっ!?」

 

「よかった…!本当によかった…!」

 

「…アオボノ…?どうしてこんなとこに?」

 

「死んじゃうかと思ったんだからぁぁぁ!」

 

「………」

 

「…どうしたの?」

 

「なんもないよ、絶対にもう心配かけへんからな、なんたってアオボノのお姉ちゃんやねんから!」

 

「……うん、約束して」

 

「指切りしたるわ、ほら、ゆびきりげんまん、嘘ついたらハリセンボン呑ます、指切った!」

 

「…信じてるからね」

 

「任せとき!…ふぅ、よし!飯行こか!」

 

「わかったわ、立てる?」

 

「立てるで、でもちょっと着替えてくるから先行っといてな!」

 

「じゃ、席とって待ってるから!」

 

 

 

 

 

 

軽空母 龍驤

 

「…最高やったわ」

 

「でしょ?あの子は背中を押せば簡単に素直になるの」

 

「……はぁ…流石やな、曙」

 

「ま、朧まで懐柔されるとは思わなかったけど」

 

「それはウチもや、ホンマに泣くかと思ったわ」

 

「……ま、仲良くしなさいよ」

 

「勿論や、大事な妹やからな!ハハハハハ!」

 



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番外 青葉さんとカメラ

重巡青葉

 

初めまして、私は離島鎮守府在籍の重巡洋艦の青葉です

私の趣味はこのポロライドカメラ

着任した時に手にしたもので、ずっと大事にしています

残念なことに一眼レフやデジカメは見た事もありません…

写真の画質は良くないけど、撮ってすぐにアルバムに入れられるので、ずっとお気に入りです。

 

 

私のお気に入りの被写体は花です

この島の北西には小さな自然の花畑があり、世間では雑草と呼ばれる花がたくさん咲いています

でも、それを写真として残すのがとても好きです

 

 

写真は私の手から離れないので

 

 

 

「やっ青葉、良いところに!」

 

「…ども、北上さん…」

 

この人は私の理解者です、多分

 

「青葉ー、駆逐艦達がウザいから任せたー」

 

「…え……いや、です…」

 

「ごめんもう来たー、青葉が相手してくれるってさー」

 

ワーキャー!レディヨツカレテナイ!?クズ!ハウワー

 

「……私の、非番…」

 

 

この日は、私の部屋が占拠されました

私の部屋で、花の写真や、いろんな写真を見せてあげました

 

「ねぇ青葉さん!なんで仲間の写真はないの?」

 

「……その…みんな、沈んでしまうので…残しておくと辛くて」

 

正直に答えてしまった…

もっと濁すべきだったかな…

 

「じゃあ沈まなければ良いわけ?余裕よね」

 

「当たり前じゃない、ねぇ?」

 

「そうですよぅ!みんなで写真撮りましょうよ〜!」

 

「……ぇ…」

 

うーん、やだなぁ…

確かに、今のところ誰も沈んでないけど

もし、沈んだらどうしたら良いのかな

私は立ち直れません…

 

「……その…じゃあ、うーん……」

 

いやですとは言いづらい

どうすればいいのかな…

 

「あ、あの…北上さん、あの人を倒せたらいいですよ…」

 

我ながら酷い条件…

 

「よーし!駆逐隊!行くわよー!」

 

「テンションアゲアゲー!!」

 

「暁がやっつけちゃうんだから!」

 

「………まるで嵐ですね…」

 

駆逐艦達は北上さんを探しにいきました

 

 

「青葉…よくも…」

 

数十分後にはボロボロの北上さんがさっきまで居なかった七駆の皆さんに引きずられてきました

 

「……その…ごめんなさい…」

 

「私が…反撃できないのを良いことに…くっ…不覚…がっくし」

 

「北上さんが死んじゃった?」

 

「アオボノやり過ぎよ!」

 

「死んだふりに決まってるでしょ、私もハリセンでフルスイングしたくらいだし…曙の右ストレートの方が痛かったんじゃない?」

 

「……私は、事故でノビをしたところに当たっただけ…手を握ってなかったら突き指してた…」

 

「漣なんてマウント取ってたもんね」

 

「というか、最後はみんなでくすぐってたし…」

 

被害担当艦が北上さんでよかった…

 

「よーし!じゃれ集合写真撮りましょうか!」

 

「そうね!青葉さんも!早く早く!」

 

「えぇ…あの……わかりました…」

 

この日私たちはクリスタルの前で、みんなで写真を撮りました

何枚も取ってるうちに、みんな暴れ出して…

北上さんは私に暴力を振るいました、頭ぐりぐりされました…

痛かったけど、おかしくなって、笑っちゃって

 

 

 

 

「こんな写真、アルバムに貼れないなぁ…」

 

私の部屋に、手作りの写真たてがひとつだけ、増えました

 

みんなで笑ってる写真

 

「笑顔なら…また、撮りたいかも…」

 

私の被写体が一つ増えました



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番外 阿武隈さんと北上さん

軽巡 阿武隈

 

「……」

 

あぁ…やだなぁ…

 

「………」

 

なんで私たち二人で食事担当なんか…

めっちゃ空気重いし…

まあ、この前の件があって、私は大怪我、謝ってもらったにしても未だ怖い

 

でもその時は許しますって言ったし、もう切り替えなきゃ…

 

「あー、ねぇ、阿武隈?」

 

「な、なんですか」

 

「阿武隈って料理得意なの?」

 

「………いえ、初挑戦なんですけど」

 

「…食べたいものある…?」

 

あー、うん、ご機嫌伺いだ…怖いのはお互い様なのかな…

北上さんも恐る恐るって感じだし…悪い人じゃないんだけど…

なんか雑なんだよね…

よし!ちょっとだけ、ちょーだとだけ困らせてやろう!

 

「………カルボナーラとか?」

 

「ぐっ…要求されるハードルが思ったより高かった…」

 

「材料はありますけど、できますか?」

 

「……やってやろうじゃんかよぉ!!私だってやればできるんだから…!」

 

意外な返事だ

ああ、面倒とか言って逃げると思ってた

 

「付け合わせ…うーん、今日はレトルトスープとかでも良いかなぁ…日替わりあんまり出ないし」

 

確かに好んで日替わりを食べるのは曙ちゃんくらいなもの、みんな重い思いの定食を毎日食べてる…

 

「付け合わせは、私が用意しておくので、パスタお願いします」

 

「了解、ごめんだけど任せたね」

 

思ったより北上さんの手際は良い

漣ちゃんとのペアで大量のエビフライを揚げ続けたのだから、まあ遅くてはできない…この人にとってはコレもできて当然なのかな…

となると一航戦はどうなんだろう、あの二人の一航戦スペシャル、食べた事はないけれど、チャレンジメニューとして有名になってたし…

 

「ぬぁぁぁ!失敗した!」

 

「うわっ、フライパンがドロドロ…!」

 

「くー!難しいねぇ!油断すると卵が固まっちゃうし…ん、でも味は…いや、薄いかなぁ…でもおいし」

 

「あ、ちょっと私にもください」

 

「いいよ、ほれ、あーん」

 

「…確かに薄いかも」

 

「塩胡椒が足りてない…いや、チーズかなぁ…」

 

「チーズは備蓄がないので塩胡椒を使いましょう」

 

「だね、うん…よーし、時間までとことんやるよ!」

 

…なんだろ、この違和感、というか、不思議な気持ち

 

 

 

「あー、もう、難しいったらありゃしないね!何これ!」

 

「北上さんって思ったよりお料理苦手なんですね、アップルパイを美味しく焼いてた、って評判だったのに」

 

「アレもまだまだだよぉ…くっそぉ…!このままじゃお昼の時間に間に合わないかなぁ…誰も注文しなかったらできなくても良いけど…」

 

なんて事を言うんだ

 

「阿武隈ぁ、やってみて」

 

「えっ…」

 

「ずっとみてたんだし、私も失敗しまくりだからさ?ほら、一回だけ」

 

「うーん……」

 

見様見真似

 

ベーコンを油で良く焼いたら麺を入れる

水分が飛んだら火を弱くして卵液を加え、よく混ぜる

とろみがつき始めたところで火を消し、皿に盛る…

 

「あれ、できちゃった」

 

「完璧じゃん!いいねぇ…痺れるねぇ…!」

 

「お、美味しくできてるかわかりませんけど…」

 

「ま、食べてみればわかるって、いっただき〜」

 

「えぇ…ま、またですかぁ…んむ…あ、これなら大丈夫かな…」

 

「完璧じゃん、私要らなかったね」

 

「いや…見様見真似出し…」

 

「私にできない事をやってるなら見様見真似とは言わないよ、流石阿武隈だね」

 

「………ありがとうございます」

 

「しかし、阿武隈は見て覚えるタイプかぁ、どうやって作ったの?」

 

「え?どうやってって…」

 

「説明してみながら作ってみて」

 

「こう、まずベーコンの焼き色を…このくらい、ちょっとこれは浅めだと思います、その後麺を入れて、水気を飛ばします」

 

「その理由は?」

 

「んー……多分ソースが水っぽくなるし…それを避けようとしたら余計に火が入るから…」

 

「なるほどねぇ」

 

「それで、ソースを入れて、こう、ちょっと早めに…火から外して、盛り付けます」

 

「あー、なるほどねぇ、流石だね」

 

「……?」

 

「阿武隈って感覚より頭で覚えるタイプかぁ」

 

あ、そうか、この人が知りたかったのはそこか

 

「私と全く逆のタイプだねぇ…ハハ」

 

む…

 

「よぉし、私が付け合わせ用意するから、今日は阿武隈がメインだよ」

 

「わ、わかりました」

 

 

「ひぃぃぃ!い、忙しいぃ!」

 

「完全にフラグだったねぇ…今日はこんなに日替わり出るなんて」

 

カルボナーラ!?レディノタベモノネ!

カルボナーラッテカーボントナニガチガウノ?

カルボナーラヒトツクダサーイ

コッチイッコウセンモリデ!

 

「手が足りないね、よし、私もやるか」

 

「え!?あ、おお願いしますっ」

 

「ハイパー北上様に任せなさいってね、間宮さーん中華鍋ある!?」

 

「ちゅ、中華鍋!?」

 

「一航戦盛りはフライパンじゃ無理だよ」

 

「そ、そっちやるんですか!?」

 

 

 

 

 

「はぁ……つかれた」

 

「なんとか、捌けましたね…」

 

「ん、やわ、なんとかなるもんだねぇ…」

 

「私的には中華鍋とそれ用のコンロがあったことに驚きですけど…」

 

「結構なんでもあるからね、パスタマシーンとか、次は麺から行っとく?」

 

「……やってやりましょう…!」

 

「お、いいねぇ!痺れるねぇ…!そんなに元気あるなら明日の訓練はハードに行くネ♪」

 

「ン"ッ"!?ちょっと疲れで明日は動けないかもですねっ!」

 

「はいダメダメ、明日マルゴーマルマル集合ね」

 

「…総員起こしより早いんですけど」

 

「私いつもそれより早いもん」

 

「もしかしてだけど嫌がらせ!?」

 

 

 

 

「……居ないし」

 

指定の時間に指定の場所

来たはずなのに居ないし

なんだったんだろ、嫌がらせ?

流石にないか

 

海辺を走る

 

何もしていないのは時間の無駄

今走り込んで、本来の訓練の時サボってやろう

 

「…ん?」

 

水平線に一瞬の光

 

朝日とは真逆の方向

 

「なんだろ」

 

ひょいと海に飛び降り、近寄ってみる

 

「……あれは…」

 

 

薄紫の何かと、北上さんが砲雷戦を繰り広げてるように見える

 

「…敵!?」

 

「ん…阿武隈か…あれ?もうそんな時間……?朝日もまだ出てないのに…」

 

薄紫の何かは北上さんの背後から迫っていた

 

「北上さん!危ない!」

 

大声を出してやっと聞こえる距離

間に合うわけもない

 

「あー、だいじょぶ…大丈夫…これ、私のだから」

 

「へ?」

 

「…阿武隈には話すつもりだったんだけどさ」

 

聞けば私を襲った時に感染したAIDAをコントロールして、自分の力にしていると言うではないか

 

「…ごめん、嫌な思いさせたよね…何より、あんなことしたし…でも、この力が今は必要なんだよ」

 

「……凄いなぁ…」

 

違う、正直心の底から腹が立つけど

でも、こう言う

 

「やっぱり北上さんはなんでもできて凄いなぁ…」

 

「……ごめん」

 

傷つけたいわけじゃないけど

自分の本心は北上さんを恨んでる、そうなのかもしれない

わからないけど、私の選んだ言葉はどこまでも冷たい褒め言葉だった

それが刃でも、受け止めてくれた

 

「北上さん、私はあなたのことを、もう一度許すんですから、今後は優しくしてくださいね」

 

ちょっとくらいはわがままも許されるかな

 

「それはダメだよ、私は皆んなを強くするって決めてるから、そこは手を抜かない」

 

やっぱり厳しいなぁ

 

「んじゃ、早く始めましょう」

 

「厳しく行くからね」

 

本当に厳しかった

私にいきなり単装砲を持たせ、ただ的を狙わせる

打つわけではなく

 

 

 

「違う、もう少し下げて…下げすぎ、あー、もう、ここ!わかる!?」

 

「くっつかないで〜!」

 

「じゃあ覚える!あのタイプにはここ!何が違うかわかる!?砲がブレてると当たらないんだからね!?」

 

「わ、わかってますよぉ!…で、何が違うんですか…」

 

「…ここで撃てば、あの標的の真ん中を貫ける、いい?私が教えてることは何かわかる?」

 

「正確に当てる方法…じゃ無いですよね」

 

「まあ半分正解だけど、正確に狙った場所を撃つ方法、ただ当てるんじゃなくて、一撃で戦闘不能に持ち込むってのが狙い」

 

「…いつもやってるアレですか?」

 

「私は、別にこれAIDAとかなくても使えるから」

 

「……うっそだぁ……」

 

「演習してみる?単装砲だけで全員沈める自信あるよ」

 

「…やめときます、ごめんなさい、続きをどうぞ」

 

「簡単に言うと、相手の心臓部、砲身や砲塔、機関部、飛行甲板でもなんでも、それに当てるために正確に狙い、貫く撃ち方を今教えてる」

 

演習でも実戦でも、正確にそれをやってのけるのを何度も見てきた

 

1日そこらで身につく物では無い事は良くわかるけど

 

「……マルロクマルマル…総員起こしの時間だね、狙いを定めて撃っていいよ」

 

ああ、撃たせてくれなかったのはこれが理由か

 

「……ここ!」

 

「はずれ」

 

正確に的を貫いたのに、それでも及第点には遠いらしい

 

「観測用の双眼鏡は?」

 

「持ってないです」

 

この距離なら当たったかどうかの判断くらい肉眼でもつくのに

 

「じゃあこれ使って、いい、よく見てなよ」

 

的に穴は増えなかった

 

「これが敵の砲を狙うって事だよ」

 

私が開けた穴を通した、多少砲弾より大きく開くものの…

それを通す自信は私には無い

自信満々にそれをやり遂げた、それが私との一番の違い

 

「阿武隈ならできるって」

 

「………どうやってるんですか?」

 

「まず、私説明下手なんだけどさぁ…えっとね」

 

 

 

私たちは朝礼に遅れた

超大幅に、もちろん朝食も抜き

 

でも、その日の演習で私はMVPを全て掻っ攫った

戦艦や空母なんかメじゃない

 

「わかった?」

 

「……私も感覚派になりそうです」

 

これがこの人の見てる、感覚なのかな

鋭敏で、どこまでも冷たく、だけどはっきりと掴める

 

「案外合ってるかもよ」

 

「ふふふっ、これで本当に許してあげましょう!」

 

これなら、私も近づける

特殊な力はないけれど…これを昇華させ続ける

誰にも負けない力にする

 

「よーし、明日の出撃私の代わりによろしく」

 

「ン"ッ"それは違いませんか!?」

 

この嫌味なセンパイを蹴落としてやる

 

「ちゃんと名前も書いとくから、えーと、なんて書いたっけ」

 

「良い加減覚えてくださ〜い!!!」



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番外 提督と曙さん

駆逐艦 曙(青)

 

「ねぇクソ提督」

 

「何?曙」

 

「なんでアンタはその呼び方とアオボノを両方使うのよ」

 

「…だって曙は…2人いるけど、それぞれ曙じゃないか」

 

「紛らわしいでしょ」

 

「うん、だから曙が2人ともいる時はもう片方の呼び方で呼ぶようにしてるよ」

 

「………面倒でしょ」

 

「そんな事ないよ、それより、髪、ごめんね」

 

「…もう慣れたわ、それに…青も悪くないし」

 

「…ごめん」

 

「もう謝らないでよ、悲しくなるから、第一、区別しやすくていいでしょ?」

 

「君たちが例え同じ髪の色でも、誰も間違えないよ」

 

「…入れ替えたってバレたわよ」

 

「そっか、良かった」

 

「…ねぇ、なんで私にこれをくれたの?」

 

「…ごめん、僕にもわからない、あの時の僕は、ぼんやりとしか覚えてないけど、でも、確かに君なら腕輪を託せると思ったんだ」

 

「………良い迷惑」

 

「そっか」

 

「ありがとね…」

 

「曙ならそう言うと思った」

 

「…どういうことよ」

 

「………漣や、潮、朧、もう1人の曙、その中の誰にも限らず、自分以外が腕輪を持てば………苦しんだと思う」

 

「そうね、死ぬほど悔しいと思うわ」

 

「……北上がそうだった」

 

「…やっぱ、そうよね」

 

「うん、北上は…曙と同じだけ、仲間を想ってる」

 

「…私以上よ、私はあんなのに手を出せない」

 

「曙なら、同じ状況ならそうしたよ、間違いなく、だって…みんな見えないところで頑張ってるじゃないか」

 

「………みんな?」

 

「…ほら、曙と北上」

 

「みんなじゃないじゃない…北上さんの特訓って、普段の時間以外やってるの?」

 

「………一度、総員起こしより早く起きてみて、水平線を眺めてみるといいよ」

 

「………そんなところまで行ったらいつ襲われるかわからないわ」

 

「それでも北上は1人でやってる、最近は一緒に訓練する仲間がいるみたいだけど」

 

「…わかった、私も混ぜてもらう」

 

「曙」

 

「何?」

 

「君の頑張りはよく知ってるよ」

 

「………どっから見てんのよ」

 

「…山の上かな」

 

「岩山じゃない…毎晩登ってるの?」

 

「仕事が減って、時間が増えたからね、余裕があれば」

 

「そう、じゃあ明日からその余裕はなくなるわ」

 

「楽しみにしておくよ」

 

「………この腕輪は、一体なんなの?」

 

「…君の気持ち一つで、全てを滅ぼす兵器になる、だけど、君はきっと、みんなを救うために使ってくれる」 

 

「答えになってないわ」

 

「みんなを救う力だよ」

 

「気に入った………改めて!…貰っといてあげるわ、クソ提督!」

 

「任せたよ」

 

「………次は勝手にいなくならないでよ?大変なんだから」

 

「…約束はできないかなぁ?」

 

「………本気?」

 

「必要ならば」

 

「……せめて嘘でも、居なくならないって言いなさいよ」

 

「………嘘ついたら、甘えちゃうから」

 

「…本気で死ぬ気なの?」

 

「そんなつもりは一切ないよ」

 

「………信じる」

 

「ありがとう」

 

「ふんっ…クソ提督」

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

「提督」

 

「やあ、曙、待たせてごめん」

 

「気づいてたんですか」

 

「うん、それで、なんの用?」

 

「………貴方にとって曙は…誰なんですか?」

 

「2人ともそうだよ」

 

「私たちは別人です」

 

「でも2人とも曙だよ、別人でも、同じなんだ」

 

「………ちゃんと理解ってくれてるんですよね」

 

「安心して、絶対に間違えない、それに、君は君で努力してるのも知ってる」

 

「それは、毎日付き合ってくれることに関しては…お礼を言います」

 

「そう言えばなんだかよそよそしくない?」

 

「………そんなことありません」

 

「そう?まあ良いか、でも曙、君の目的はわかるけど、今の訓練は必要かな?」

 

「………体力はあって損はありません」

 

「山に登って頂上から訓練や演習を見る、体力とみんなの動きをよく見るって言うのはわかるけど」

 

「私の戦術は確かに深海棲艦を想定したものというより、それ以上の知能を持った相手を想定してます」

 

「そう、何度聞いても、演習や暴走した相手を想定してるように感じてた、なんで?」

 

「………深海棲艦の対策なんて誰でもできます、それ以上の敵に対する刃が必要なんです」

 

「…否定したい気持ちはあるんだけどね」

 

「そうでしょうね……」

 

「辛くない?」

 

「いいえ」

 

「君のことを評価することはできないし、されることもこの先はしばらくないだろう」

 

「永遠にそうあるべきです」

 

「………僕はそうはいかないと思っている」

 

「私もです」

 

「…頼りたくはないけど、頼りにしてるよ」

 

「こちらこそ」

 

「………ありがとう」

 

「提督、一度だけ、その時が来たらもう一度だけ呼びますね」

 

「うん?」

 

「クソ提督って」

 

「…あはは」

 

「じゃあ、夕刻にお待ちしています、デート、楽しみにしてますから」

 

「…デート?」

 

「………クソ提督」



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単話 プライド

離島鎮守府 海沿いの崖

 

「……わざわざこんなとこに呼び出してなんの用?」

 

「深い意味はないわ、でも、そろそろ警告しておこうと思って」

 

「警告?偉くなったねぇ?アオボノサマ?」

 

「…確かに私じゃアンタには届かないわよ、北上」

 

「……へぇ…本当にそう思ってる?」

 

「……そんな訳ないでしょ、今すぐ殺してやりたいわ」

 

「…いいねぇ…痺れるねぇ…!」

 

「そんなにポコポコして、威嚇のつもり?何も怖くないわよ…!」

 

「…それにしては…怯えてるように見えるけど…?」

 

「…アンタこそ膝が笑ってるじゃない…!」

 

「殺す…!」

 

「沈みなさい…!」

 

 

 

 

「はぁー!!いやー、今のいいねぇ!」

 

「わかる!やってみたかったのよねこれ、強キャラ感って言うの!?めちゃくちゃあったんじゃない!?」

 

「うんうん、えーと、カメラカメラ…あれ?撮影担当の青葉は?」

 

「……あれ?青葉ー………いた…気絶してるわ」

 

「何?……うわ、ホントだ…殺気に当てられたのかな?」

 

「北上本気で殺気向けるんだから…こっちもそれなりのやつで返しちゃったじゃない」

 

「いやいや、先に殺気当ててきたのはアオボノでしょー?それに私も割と加減したんだけどなー?アレを本気だなんて」

 

「何?やるって言うの?」

 

「ほら、また殺気立っちゃって」

 

「………口論してたらお腹減ってきたわ」

 

「そだね、青葉も連れて帰らなきゃいけないし、そろそろ戻ろっか」

 

 

 

 

 

 

 

「居た!北上さん!アオボノ!どうしたの!?って…青葉さんが…提督!青葉さんがやられました!」

 

「え、なに朧」

 

「何かの大惨事は…」

 

「何って…六駆や島風ちゃんは気を失うし、空母は気分悪くなるし、動ける私たちが戦わなきゃ…!」

 

「え!?何!?敵きてるの!?どこ!?」

 

「遊んでる場合じゃなかった…!」

 

「…え?2人があんなに殺気立ってるから相当な大物が出たって…」

 

「え…?」

 

「なにそれ…」

 

「と言うか遊んでるって何…?もしかしてこの大惨事は遊びによって起こされた物ってこと…?」

 

「いや…その……」

 

「あ!うん、そうなんだよ、実は敵を見つけてさ、戦っても良かったけど艤装持ってなかったから殺気を当てたら引いてさ!ねぇ!アオボノ!」

 

「あー!うん、そう!そうなのよ!青葉さんは巻き込まれちゃったんだけど!」

 

「……なんだぁ…よかった、こちら朧、警戒解除して良いみたいです…」

 

「寧ろ、よく朧は動けたね…」

 

「気絶したのはあまり2人と出撃しない子だからね、私は大丈夫」

 

「…ぅ………」

 

「青葉さんも目が覚めたみたいだね、よかった」

 

「…マズイ……」

 

「朧さん……これ……う…がくり」

 

「ビデオカメラ?なにこれ」

 

「逃げるかー」

 

「そうね」

 

「え?」

 

この後、ビデオの内容を見られ、厳重注意を受けました



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人物名鑑 .hack編 随時更新

.hack//シリーズ など

倉持海斗(カイト) R:1

 

現在 離島鎮守府提督

 

.hack//シリーズの主人公 双剣を武器に戦います

過去にスケィスに親友であるオルカをデータドレインされ、意識不明にされたことから、モルガナとの戦いに身を投じる

この作品ではvol.1〜4とXXXX、link、versusなどの多数の登場作品の技を使用することになります

リアルネームは設定資料集の方から取りました

現在26歳

 

 

.hack//G.U. シリーズ など

三崎亮(ハセヲ)(???) R:2 ?

現在 呉鎮守府提督

 

.hack//G.U.シリーズの主人公 双剣、大剣、大鎌、双銃を武器に戦います

偶然始めたネットゲームThe・Worldで加入したギルド、黄昏の旅団

その中での恋や、仲間の喪失

様々な経験の中、時に暴走し、時に意気消沈しても、決して歩むのをやめず、最後まで自分の戦いを貫いた勇者です

彼の異名は死の恐怖、またはPKK、たった1人で100人のPKを一度キルしたことで一気に有名に

彼はスケィスを扱うことのできる、唯一の存在です

この世界線はゲームの内容のみを扱っていますが…G.U.LRについては筆者未プレイ(購入済み)のため扱いません

現在23歳

 

 

.hack//シリーズ など 

速水晶良(ブラックローズ) R:1

現在はジムトレーナーとして活動中

 

.hack//シリーズのヒロイン兼パートナー 大剣を武器に戦います

カイトにとって、オルカの次に仲間になったメンバーで、最初から最後まで共に戦いました

彼女は弟が

ブラックローズの花言葉は、弟をスケィス意識不明にされた恨みとともに、カイトへの想いも感じ取ることができます

現在28歳

 

 

.hack//シリーズ など

火野拓海(ワイズマン 八咫など) R:1R:2

現在 横須賀鎮守府提督

 

.hack//シリーズ、.hack//G.U.シリーズで参謀として活躍しました 呪紋を主に使って戦います

彼は八相との戦いにわずか10歳の若さで飛び込みました

しかし、彼はカイトやブラックローズのような恨みはなく、好奇心に近い気持ちから彼の物語は始まりました

戦いに勝ち、時代は七年後、R:2にて、なんと17歳の若さで大学を卒業すると言う天才振りを見せ、彼はゲームの管理者としCC社に

そして管理者ての立ち位置から世界を見ていました、しかしAIDAの登場、自身の碑文フィドヘルの開眼など、奥底に抱えた自分の本心などを見せ、より一層の成長を遂げました

この作品においては彼は事件の後にすぐに軍属となり、今までの時を十分に使い、自身の地位を確立しています

現在23歳

 

 

 

.hack//シリーズなど

田中安彦(オルカ) R:1

現在 佐世保鎮守府憲兵

物語の最序盤にスケィスにデータドレインされてしまったカイトの親友

彼がカイトをゲームに誘わなければ、きっと世界は滅びていました

名前に関してはパロディモードとリアルネームの組み合わせです

 

 

.hack//シリーズなど

白銀翼 (バルムンク)R:1

現在 佐世保鎮守府憲兵

名前は完全にイメージなどから(攻略本にも記載がないため)

オルカの相棒、物語の最序盤にカイトと出会い、腕輪の力を見たことでカイトをゲームを乱すハッカーと判断

幾度も衝突するものの、最後にはカイトは世界を乱すつもりはないと納得し和解

正義感が強いプレイヤーです

 

 

AI

モルガナ・モード・ゴン

アウラの育成用のAI、元は意思のないAIだったが、+$< = 繝エ繧ァ繝ュ繝九きlサ繝エ繧ァ繧#繝

ko5°<・7〒\=+×〆0,72♪/+〆〆〆

 

 

 

 

八相

 

第一相死の恐怖スケィス

カイト達を苦しめた「波」の一つ

まるで石の人形のようなフォルム、真っ赤なケルト十字を武器に戦います

残像を残したり、瞬間移動のような超高速での移動、そしてそれから繰り出される攻撃はわずか2撃でカイトたちを瀕死に追い込みました

カイトの親友であるオルカ、究極のAIであるアウラなど、多数のPCやNPCがこのスケィスのデータドレインで犠牲に

辛くもこれを倒したところに、更なる波が押し寄せ、黄昏はより深く

R:2

ハセヲの碑文として登場、ビジュアルが大きく変わり、機械的な死神といった印象に、高速移動と超火力をそのままに、ハセヲの成長に合わせて姿を変え続け、もう1人の自分として彼を支え続けました

 

 



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番外 花の栞

工作艦 明石

 

「ええ、それで…まあ、その…余りをたくさんいただいて…よければ皆さんもどうぞ」

 

「花の栞…イラストのやつもあれば押し花もあるんですね…私これにしよっかなぁ」

 

「黄色のゼラニウム…青葉さんは[予期せぬ出会い]ですか」

 

「ひぇっ!?これそういうやつですか!?」

 

「ん?何してんのよ…」

 

「これはアオボノちゃん、よければこの栞、どうぞ」

 

「…ふーん……これにするわ」

 

「紫のアネモネ…[あなたを信じて待つ]ですかぁ」

 

「…何?花言葉?」

 

「はい、どうやら何か吹き込まれたみたいで…」

 

「あぁ、明石らしいわね、じゃ、もらってくわよ」

 

「………キックくらいされるかと思いましたけど…」    

 

「…あれ?その本は?」

 

「花言葉を調べる用に買ったんです」  

 

「……確か曙さんがそれと同じのを持ってたような…」  

 

「まさか知ってた…?」

 

 

 

「あ、どうも明石さん」

 

「何してんですか?」

 

「たくさんしおり持ってますね」

 

「あ、七駆の皆さんどうも、これを今配ってて、さっきアオボノさんにも渡したんですけど、どうですか?」

 

「よし!私これ!」

 

「漣…それ…」

 

「あ、じゃあ私これで」

 

「潮もかぁ…じゃあ私はこっちで」

 

「…漣さんが紫のチューリップ、潮さんが紫のライラック…朧さんのは?」

 

「白いツツジですかね」

 

「ちなみに…さっきの発言的に花言葉をご存知なんですか?」

 

「知ってます、けど面白そうなのは残しといたんで!」

 

「私も…その、無難なのを…」

 

「あ……そうだったんだ…」

 

「そう言えばこれ全部恋愛系の花言葉でまとまってるみたいですからね…」

 

「じゃあ、ついでにこの絵本もあげます、提督のお友達に沢山いただいたので」

 

「影のある勇者…?」

 

「見た事ないですね」

 

「その人絵本作家なんですか?」

 

「そうらしいです、割と売れてるみたいでしたよ」

 

「へー…ありがとうございます」

 

 

 

「ん?あれは…」

 

「加賀さんと赤城さんですね」

 

「奥にも翔鶴さんと島風ちゃんが」

 

 

「どうも、何をされてるんですか?」

 

「赤城さんはご存知でしょうけど、ほら、このしおり」

 

「あー、たくさんもらいましたからね、私たちはもう分けちゃいましたよ?」

 

「え?ちなみに何を?」

 

「加賀さんはハナミズキ、私はモモ、島風ちゃんはフリージア、翔鶴さんはペチュニアでしたか」

 

「島風ちゃんは新人ですから、憧れ、というのもわかる気がしますけど…誰にでしょう」

 

「…確か朧さんだと…」

 

「……ああ、ゲーム…か」

 

「私は願掛けの意味を込めて天下無敵を」

 

「赤城さんは充分に強いですよ」

 

「まだ、まだまだ足りませんから…」

 

「さすがですね…青葉も見習わないと…」

 

「私も全力でお手伝いします」

 

 

 

「お!明石と青葉か、珍しいコンビやなぁ!」

 

「そっちも阿武隈さんと龍驤さんなんてなかなかないペアですけど」

 

「その…動きをいろんな角度から見てもらおうかなって…」

 

「そや、艦載機で上からの映像とか撮ってな!」

 

「勤勉なお二人にはい、お好きなのどうぞ」

 

「お!栞か!ええなぁ!ウチは本好きやねん」

 

「そういえば医学書を買ったとか?」

 

「まあ、医者がおらん聞いたから軽いことでもできたら役立つおもてな、もう夕張おるけど」

 

「龍驤さんって私たちの考えてるよりずっとみんなのこと考えてくれてて…」

 

「めちゃくちゃいい人だった…」

 

「よし!ウチはこれやな!」

 

「サルビア…家族愛ですか」

 

「型は違うし、なんの繋がりもない、それでもウチからしたらみんな大切な家族やからな!」

 

「特にアオボノちゃん、と」

 

「まあな!なんだかんだ懐いてくれてんねんで?」

 

「みたいですねぇ…あなたを信じて待つ、でしたから」

 

「…多分それはウチちゃうなぁ…」

 

「あれ?そうなんですか?」

 

「明石さんって割とそういうとこありますよね…」

 

「……確かに…私はこっちで」

 

「ヒマワリ…[私はあなただけを見つめる][崇拝]…」

 

「え!?そんな意味あるんですか!?」

 

「ピッタリやな」

 

「確かに」

 

「……ついでに北上さんの選んだやつも教えてってください…」

 

「まだ渡してませんよ」

 

「………はぁ…」

 

 

「あ、大潮ちゃんと満潮ちゃん」

 

「私もいるわよ」

 

「霞ちゃん!?いつの間に背後に…!」

 

「ちょっと飲み物取りに行ってたの、なんか用?」

 

「たくさん栞があるので配ってて」

 

「……花の絵と押し花、両方あるのね」

 

「わ、なんですかなんですか!?」

 

「栞…何?本でも読めって?」

 

「まあ、そういう感じでしょうか…」

 

「何?あのクズが配り歩けって?」

 

「ああ、いえ、そういうわけじゃ…その…」

 

「明石さん…そんなに怯えなくても…」

 

「………目が怖い…」

 

「ふーん…色々あるのね、私これにするわ」

 

「ぱ、パンジーですか、可愛いですね…」

 

「……[私を思って]…か…」

 

「何か言った?」

 

「いえ!何も!」

 

「大潮はこれです!勿忘草![私を忘れないで]!」

 

「何処か…思うところがありそうな…」

 

「………多分前の…」

 

「…アタシはこっちにしとくわ」

 

「……リナリア?」

 

「……詳しいじゃない」

 

「…花の図鑑、明石さんが持ってるので…」

 

「……[この恋に気付いて]…?」

 

「用は済んだ?」

 

「はい!か、かえります!」

 

 

 

 

「お!明石じゃん」

 

「珍しいメンバー…パート2…」

 

「天龍さんに夕張、そして六駆のみなさん…怖い人はいない…!」

 

「悪いけど私たちは扶桑さんにもらっちゃったよ」

 

「あ、マジかー…何もらったの?」

 

「ゼラニウム、花言葉は真の友情!」

 

「きゃー!夕張愛してる!」

 

「…テンションの寒暖差で、青葉、風邪ひきそうです…」

 

「私はアジサイにしたわ!」

 

「家族を大事にする花言葉だって聞いたから、私もそれにしたよ」

 

「響ちゃんと雷ちゃんらしいですね、暁ちゃんは?」

 

「私はマリーゴールドよ」

 

「[変わらぬ愛]…あれ?でもそれ、フレンチマリーゴールド…あ…ふふっ……」

 

「青葉さん?」

 

「…[いつも側に居て]、ですか?」

 

「………内緒でお願いね?」

 

「…六駆は仲がいいんですね…」

 

「天龍さんは?」

 

「…ごぼう」

 

「牛蒡!?これ牛蒡なんですか!?」

 

「…はい…意味は…[いじめないで]…」

 

「大丈夫…いじめる人なんていませんよ」

 

「……なにかあったら…青葉、力になります…」

 

「…ありがとう……」

 

 

 

「あとは、高雄型と、間宮さん、鳳翔さん、千代田さんですね」

 

「先に高雄さん達に行きましょうか」

 

 

 

「失礼しまーす」

 

「お?なんだ、明石と青葉か」

 

「栞をお裾分けに」

 

「…アタシいいや、本は嫌いだ」

 

「私も好きじゃないわねー」

 

「小物としてどうですか?」

 

「それならいいんじゃないかしら」

 

「…まぁ、それならいいか!もらってくぜ!」

 

「あ、一気に四枚」

 

「…後で何が消えたか確認しましょう」

 

「ほら、姉貴、ほい、あとはこれが鳥海で、こっちのはもらうぜ、あんがとなー」

 

「いえ、喜んでいただけたのなら何よりです」

 

「摩耶さん、何気に[初恋]のサクラソウを選んでましたね」

 

「鳥海さんはナズナを貰ってましたね、[私の全てをあなたに捧げる]…どうなるんでしょう」

 

「愛宕さんはストック…[永遠の美]ですか、らしい気もします」

 

「高雄さんはポピー、[思いやり]や[いたわり]、優しいお姉さんらしいですね」

 

「…ところで明石さんは何を?」

 

「…お茶の花を」

 

「[追憶]、[純愛]ですか」

 

「………」

 

 

 

「鳳翔さんは何か欲しい栞ありますか?」

 

「んー…この中ですと…アンズを頂けますか?ジャムにしたら美味しいので好きなんです」

 

「[臆病な愛]」

 

「ッ!?」

 

「[乙女のはにかみ]…」

 

「………」

 

「あれ?その反応、ジャムが好きってだけじゃなさそうですね」

 

「あ、青葉さーん!?」

 

 

 

「間宮さんもどうですか?」

 

「……目の前で鳳翔さんが辱められたのにそれを手に取る勇気はありません…」

 

「ですよね!じゃあ私が適当に…」

 

「あ、いや、自分でとります、目を瞑ったまま」

 

「なるほど」

 

「苺…?」

 

「[尊重と愛情]、[幸せな家庭]…ピッタリですね」

 

「あれ?そんなとこで何してるの?」

 

「千代田さん、はい、お好きな栞をどうぞ」

 

「カタクリ、これかなぁ」

 

「[初恋]?」

 

「[寂しさに耐える]…実はあんまりみんなと仲良くなれなくて…」

 

「じゃあ龍驤さんに頼ってみませんか?」

 

「龍驤さん?んー…そっか、この前の改装で軽空母になれたし…でも良いのかなぁ」

 

「きっと仲良くしてくれますよ」

 

「…よし!わかった!ありがとね!!」

 

 

 

 

 

「え?栞…?まあいいけど、ん」

 

「北上さぁん…そんな適当に…せめてみて選びましょうよ…」

 

「何これ?」

 

「………スイカズラ?」

 

「へー、じゃああげてくるね」

 

「え?」

 

「へ?」

 

「あげてくるって誰に?」

 

「…あれ?これ適当に選んで提督に渡す流れじゃないの…?」

 

「なんでそんな勘違いを……」

 

「……いや、曙が…」

 

「あー…そういえば、あの時扶桑さんが四葉のクローバー、曙さんは…」

 

「キキョウですか?」

 

「…はい」

 

「[永遠の愛]、[誠実]、[清楚]、[従順]」

 

「ついでに悪戯好きも入れとこうか…今度演習組むよ、騙した罪は重い」

 

「ちなみにスイカズラの花言葉って、確か…」

 

「…[愛の絆]でしたね」

 

「………え…」

 

「もし司令官に渡してたら…」

 

「……ごめん、ちょっと用事できたから」

 

「あ!わ、私も!私も行きます!」

 

「…一緒に走るの?」

 

「え?」

 

「いやー、煩悩退散ってね、行こっか!」

 

「あーもう!やけくそです!

 

「……南無阿弥陀仏…」



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所属艦娘一覧

離島鎮守府、呉鎮守府はフルメンバー記載します。
他の鎮守府はまだ未定のところもあり少数です。
1番最初に来る艦娘は提督との繋がりが強いですが、あとは順不同です。


離島鎮守府 提督 倉持海斗

工作艦    明石 

重雷装巡洋艦 北上

戦艦     扶桑、金剛

軽巡洋艦   阿武隈、天龍

重巡洋艦   高雄、愛宕、摩耶、鳥海、青葉

駆逐艦    曙(青)、朧、曙、漣、潮、暁、雷、響、霞、霰、大潮、島風

水上機母艦  千代田

正規空母   赤城、加賀、翔鶴

軽空母    鳳翔、龍驤

潜水艦    伊168

 

 

 

呉鎮守府 提督 三崎亮

重雷装巡洋艦 大井

軽巡洋艦   川内、神通、那珂、長良、由良、球磨、多摩、木曾

重巡洋艦   古鷹、加古、利根、筑摩

戦艦     霧島、比叡

軽空母    飛鷹、隼鷹

駆逐艦    朝潮、荒潮、雪風、吹雪、白雪、初雪、深雪

 

 

 

横須賀鎮守府 提督 火野拓海

軽巡洋艦   大淀、夕張

重巡洋艦   青葉、衣笠

駆逐艦    電

 

 

 

 

舞鶴鎮守府 提督 徳岡純一郎

駆逐艦    五月雨、涼風、白露、夕立、村雨、時雨、初春、子日、若葉、初霜、睦月、弥生、皐月、文月、長月、菊月、三日月、望月

 

 

 

佐世保鎮守府 提督 渡会一詞

正規空母   瑞鶴、葛城

重巡洋艦   那智、足柄、羽黒

駆逐艦    陽炎、不知火、黒潮、秋雲

軽巡洋艦   鬼怒、五十鈴、龍田

軽空母    千代田、瑞鳳、祥鳳

航空巡洋艦  最上、鈴谷、熊野

 

 

 

以降字数合わせの為、特に意味はありません

以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません以降字数合わせの為、特に意味はありません



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番外 金剛さんは元提督LOVE勢

離島鎮守府 執務室

軽空母 鳳翔

 

「そういえば提督、金剛さんとは仲良くないんですか?」

 

「え?どうして?」

 

「いえ、あんまりここに来ないので」

 

「……?」

 

「あ、ああ、その、殆どの金剛さんは傾向として提督に懐く事が多いらしいので」

 

「そうなの?」

 

「はい、それはもう、とても懐くと聞いています」

 

「……ペットみたいな言い方だね…」

 

「すいません、良い言い方を思いつかなくて」

 

「うーん、でも特別おかしな事はないし、気にしなくても良いんじゃない?この人は好きでこの人は嫌い、そのくらい誰にでもあるし…」

 

「提督にも?」

 

「さあ、どうだろうね?」

 

 

 

 

 

工廠

 

「Hey〜明石〜May I help you?」

 

「い、いらっしゃいませんよ!?」

 

「ノーネ!お手伝いしマースって意味ヨ!」

 

「け、結構です!?」

 

「なぁんか、懐かれてるね」

 

「あ、どうも北上さん、そうみたいですね」

 

「夕張、もしかしてジェラシー?」

 

「ないですないです、多分あれは刷り込みなので」

 

「……あー…刷り込みかぁ…ん?…なにそれ」

 

「いや、ひよこが最初に見たものを親鳥だと思うじゃないですか?」

 

「いや、刷り込みは知ってるけど…」

 

「だから最初に見た提督(代理)を提督だと認識してるんだと思います」

 

「ヒヨコか!?」

 

「2人とも遊んでないで助けてくださいよー!」

 

「何を助ければ良いんデスカー!?」

 

「……楽しそうだしほっとこうか」

 

「私はもう、そうしてます」

 

「え、ちょっと待って!?金剛さん、アイム、工作艦、アイドント提督!」

 

「ノー!明石はテートクデース!」

 

「ほんとに勘違いしてる!?」

 

「私のテートクは明石だけデース!」

 

「だ、誰か助けてー!?」

 

「私が助けマース!」

 

 

 

 

「えっと?」

 

「金剛さん!提督はこっち!私は代理!というかその代理も元なんですよ!」

 

「まあ有事の際はまた任せることになるかもだけどね」

 

「じゃあその有事にしちゃいマース!」

 

「わー!!やめなさい!やめて!」

 

「なんというか…極端すぎる感じがあるね?」

 

「……ちょっと疲れます」

 

「じゃあTea timeにしまショー!…といってもここはあんまり紅茶がないデース…」

 

「欲しいものがあるの?」

 

「LiptonのExtra blendは美味しかったネー!」

 

「リプトン?ペットボトルのやつでしょうか?」

 

「紅茶缶も出してるんだよ、確か…次に本土に行く人に頼んでおくよ」

 

「助かりマース、あとはできるならEarl Grayも飲みたいネー」

 

「イギリスで有名なやつだっけ?」

 

「名前の由来はグレイ伯爵デース、キーモンという紅茶が元になってマース」

 

「じゃあそれもまとめて頼みますか?」

 

「買えそうなところは調べておこうか、向こうで遊ぶ時間削るわけだし…」

 

「というか、ワタシも本土に行きたいヨ!」

 

「……あ、次の次の上陸組に入ってるから、その時に行くと良いよ、折角だし明石も行ってきなよ」

 

「Oh!気が利くネー!」

 

「えぇ……」

 

「明石〜!DateのPlanは建てておきますネー!」

 

「……マジですか」

 

「みたいだね」



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番外 青葉さんと青葉さん

重巡洋艦 青葉

 

「どもっ!青葉ですっ!現在私は取材のために離島鎮守府にお邪魔しております!」

 

「その挨拶必要?テレビじゃ無いのよ?これ」

 

「ガサはノリが悪いなぁ…」

 

「上に提出するビデオよ?余計なことしないの」

 

「くっ…私の方が偉いはずなのに…」

 

「偉いも何も無いわよ…ん?…あれ、青葉?」

 

「え?なに?」

 

「じゃなくて、ここにも青葉っていたのね、ほら」

 

「……ほんとだ、私だ…」

 

「せっかくだし、取材行っとく?」

 

「……嫌なんだけど…」

 

「珍しいわね、青葉がそんなこと言うなんて…なんか気になってきちゃった、行きましょ!!」

 

「ちょっとガサ!?人の話を聞かないと嫌われるよ!?」

 

「じゃあアンタは全人類から嫌われてるわよ!」

 

「ひっどーい!!」

 

 

 

「え…青葉に取材、ですか…?」

 

「そう!ね?いいでしょ?」

 

「…そちらの青葉さんには興味はありますけど…やめておきます」

 

「え!?なんでよ!せっかくだから話しましょ!?」

 

「やめときましょうガサ、なんかこの人暗くて私も嫌です」

 

「……私だって…元から暗かったわけじゃ…ぅ…ぐす…」

 

「わ、わ!わー!泣かないで泣かないで!青葉!アンタのせいだからね!?」

 

「これ私が悪いんですか!?」

 

「どこからどうみてもアンタでしょ!?あー、ごめんなさい、ほんと泣き止んで、お願いだから…」

 

 

 

「…すん……その…お恥ずかしいところ…お見せしました」

 

「いや、こっちこそごめんね?貴女に不快な思いをさせたかったわけじゃなくて…」

 

「……」

 

「取材でしたっけ……お詫びに…お受けしますよ…」

 

「ホント!?ありがと!じゃあ早速だけど趣味とか教えてくれる?」

 

「…青葉の趣味は、写真を撮ることですね…これです」

 

「ポロライド?えらく古いわね…」

 

「なんでそんな古臭いの使ってるんですか?貴女方も結構いいお給料もらって、さらに最近は内地に来てるらしいじゃないですか」

 

「青葉!どうしたのよ!さっきから…ごめんね、普段はこんなこと言うやつじゃ無いの…」

 

「あはは……大丈夫です…気にしてないので…よければ見ますか…?」

 

「その手帳に?」

 

「はい」

 

「………綺麗な花の写真ばかりね…名前と花言葉かしら?」

 

「はい…こんな小さな島ですけど、いろんな花が咲いていて…最近花の図鑑が手に入ったので、名前と花言葉も記してます」

 

「…あ、この辺から人の写真もあるわね」

 

「…前までは、撮らなかったんですけど……どうしてもって言われて、写真を撮るように…でも、笑顔は好きで…それからは撮ってます…」

 

「うんうん!めちゃくちゃ健全じゃない!いい事だわ!ところで貴女は新聞とかは書かないの?」

 

「書きませんね…その…毎日がいいニュースに溢れてるわけではないので…」

 

「新聞っていうのはいいことだけじゃなくて現実を伝えるものなんです」

 

「そうかも…しれませんね……でも、私はできれば明るい話題だけを伝えたいです…だから書きません…」

 

「そうなのね、もしあれば見せて欲しかったけど、そう言う事なら仕方ないわね、私設備見てくるから、青葉は?」

 

「…ちょっと話があるので残ります」

 

「え…」

 

「もし泣かせたりしてたら、ちゃんと書くからね」

 

「知りません」

 

「……ったく、ごめんね?根はいいやつなの」

 

 

 

「………その…なんでしょうか…」

 

「青葉は…青葉は、貴女のことは知りません」

 

「…へ…?」

 

「私は、過去の青葉の記憶を引き継いでいます、ですけど貴女の話は一度も聞いたこともないし、貴女の記憶はない、貴女は何者ですか?」

 

「…どういうことですか?」

 

「……轟沈した艦の記憶、これはまれに引き継がれる場合があるんです、それを青葉は一人分も残らず持っています、そして…どの青葉も、同じ時代に青葉はいませんでした、つまり世界に青葉が2人存在したコトはないんです」

 

「…たまたまじゃないんでしょうか……」

 

「別にそれでもいいんですけど!!なんか腹立つんですよ!」

 

「えぇ……」

 

「…なんか文句ありますか?」

 

「…いえ……」

 

「理不尽なのは分かってるんですけど、貴女が気に入らないんです、なんでそんなにオドオドしてるんですか!?」

 

「…その…ここってすごく…厳しいところで…」

 

「知ってます、今はマシですけど物資も何もなかったことくらい」

 

「…それで…戦艦なんて1人しかいなくて……それで重巡以上は…ゔっ……駆逐艦を……」

 

「駆逐艦を?……駆逐艦をどうし…まさか…盾に?」

 

「……はい…ぅ……」

 

「あーもう!気持ち悪くなるなら断ってよ!…もう……はぁ…」

 

「昔は…たくさん…笑顔の写真を撮ってて……みんなが…大好きで……」

 

「もういいって!わかった!わかったから!」

 

「……ごめんなさい…ぐす……」

 

「な、泣かないで…ほんとに…お願いだから…!」

 

「…はい…泣きません…」

 

「………はぁ…貴女が泣くと青葉が怒られるんですから…」

 

「私も…青葉です」

 

「…だから?」

 

「……沈むなら、私の前にしてください…」

 

「…は?」

 

「私の記憶は…悲しすぎるから……」

 

「………はぁ〜?」

 

「ひっ…」

 

「アンタ分かってませんねぇ〜!青葉は横須賀鎮守府で第一線張ってるんですよ!?あんた如きの記憶で潰れるもんか!アンタが私の今までを背負おうとするな!」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「すぐ謝るな!」

 

「はいっ…」

 

「いいですか!?たとえアンタが沈んでも!青葉が、どこかの青葉が記憶をみんな引き継ぎ続ける!私も!これからの青葉も!みんなヤワじゃない!だからもっと元気になれ!鬱陶しい!」

 

「…ふ…ふふ…やさしいんですか?…」

 

「そこは疑問系じゃなくていいでしょ!?」

 

「あはは…はは」

 

「もー!締まり悪いなぁ!?せっかくいいこと言ってあげたのに!!」

 

「……よければ、私と仲良くしてください、お友達として…」

 

「…そのつもりですよ、沈んだら承知しませんから」

 

「私も…」

 

「…はぁ、青葉優しくて天才すぎるから、誰とでも仲良くなれて困っちゃ〜う」

 

「…なんでやねん…?」

 

「元気よく来てくれません!?物足りない!!」

 

 

「…ちょっと離れてる間に何があったの?これ」

 

「ガサ!この子面白いんですよ!」

 

「面白いなんて…ちょっと傷つきました…!」

 

「……ま、仲良くなったみたいで何よりだけど」



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番外 翔鶴さんと空母さん

離島鎮守府 

正規空母 翔鶴

 

「あ、こんにちは龍驤さん」

 

「ん?翔鶴か、待ってなー、今忙しいねん」

 

「…それ、テレビですか!?」

 

「せや!ついにうちにもテレビが来てんで!つっても見れる局は少ないけどなー」

 

「設置、お手伝いしますか?」

 

「あ、悪いなぁー!助かるわ!」

 

「いえいえ、届かないところもあるでしょうし」

 

「せやなぁ…お前の御山とかなぁ!!」

 

「え!?」

 

「嘘や嘘、そんな身構えんなや…」

 

 

 

「よし、これでいけるやろ!最後にー…ハリセンでドーン!」

 

「こ、壊す気ですか!?

 

「流石に嘘やて…このカードを入れたら動くみたいやな…」

 

「電波の方は?」

 

「でっっかいアンテナを山に付けてそれからひいとる、ちなみに本部様の許可も貰っとるんや!完璧やろ!?これは!」

 

「あ!映りましたよ!」

 

「お、お笑いやんか!ええなぁ!」

 

数十分後

 

「へぇ…こんなコンビが超人気なんやな…」

 

「にゅ〜くれいちぇる …?」

 

「……うわっクッソ寒い駄洒落しか言わんやん…こんなんの何が人気やねん…他の番組見よか?」

 

「え、私は結構好きですよ?」

 

「えぇ…マジ?これやで?なんやねん、帽子をなくしてハットするって」

 

「この駄洒落、25連続らしいのでもしかしたら気にいるのもあるかも知れませんよ?」

 

「…まあ、ええわ、飽きたら途中で変えるで?」

 

「はい」

 

チュウゴクデエンピツガオレチャッタ、ペキン!

 

「ふふっ」

 

「…翔鶴もやけど、これ生で見てる観客はようこれで笑えんなぁ…」

 

ゲカイハハゲカイ?

 

「なんやねんハゲの外科医って!!」

 

 

 

 

 

「はぁ…ようやく25終わったんか…」

 

「あれ?追加で25回行くみたいですよ」

 

「はぁ!?なんでアンコールしたんねん!?」

 

コウチョウゼッコウチョウ!キョウトウキョトン!

 

「くっ…」

 

「あ!今笑いましたね!?」

 

「アホか!?しょうも無さすぎて呆れとるんや!!」

 

 

 

 

「35過ぎたあたりで息切れしとったやんか…ようやるわ…」

 

「100までやるみたいですよ!」

 

「嘘やろ!?これを100まで聞かされるんか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あかん…終盤で笑ってしもた…」

 

「案外楽しいですねぇ!お笑い番組!」

 

「…みとめんぞ…うちは…ウチはこんなのお笑いなんて認めへんからな…クソ…なんやねん、見てたらたまにうまいなぁ、とか…これもしかしておもろいんか?って思ってまう…と言うか最後あれダジャレって言わんから…!」

 

「また今度見ましょうね!」

 

「……まあ、考えとくわ…」

 

 

 

 

 

「あ!赤城先輩!」

 

「あら、翔鶴さん」

 

「お食事ですか?ご一緒してもいいでしょうか?」

 

「はい、どうぞ」

 

 

 

「赤城さんの手にかかれば大抵のメニューは一航戦スペシャルになりますね」

 

「そうですね、最近はカイエンヌペパーにハマってまして」

 

「へぇ…あ、だめです、辛過ぎます…」

 

「無理しないでくださいね、うーん、それにしても、いくら好みのものを作っていいとはいえ…日替わりに激辛メニューはやめましょうか…」

 

「そういえば、なんで激辛料理を食べてるんでしたっけ」

 

「…昔は満足に食料を入手できませんでしたから、とにかく味を濃くして、満足感を上げていたんです」

 

「…そうでしたね、塩ならいくらでも作れるからって、海水を沸かして…」

 

「そう、大量に作って、おにぎりひとつにかけて食べて、口の中で味がなくなったら塩を足して…」

 

「人間なら倒れてましたね…」

 

「…でも、なんだかんだで辛くても美味しいものがあるって分かって…まあ、今は趣味嗜好に近いんですけど」

 

「マシになったとはいえ、ここの食糧事情は微妙ですからね…」

 

「畑の規模ももう少し大きくしたいですね…」

 

「私白菜たっぷりのお鍋が食べたいです」

 

「いいですね!」

 

 

 

 

 

 

「千代田さん、こんにちは」

 

「あ、翔鶴さん」

 

「軽空母への改装おめでとうございます」

 

「ありがとうございます、といっても…私の運用はかなり独特なので、手探りですけど…」

 

「昔にも千代田さんはいたんですけどね、今は確か佐世保だったかしら…」

 

「へぇー…脱出組でしたっけ?」

 

「今は望んで出る人、どのくらいいるのでしょうか?」

 

「翔鶴さんは?」

 

「私は…残りますよ、みんながここを出るまで」

 

「…じゃあ私も!みんなで、ここを出ましょう」

 

「不安な話が聞こえました」

 

「加賀先輩!」

 

「頭にきました」

 

「なんで!?」

 

「こう言う人なんですよ」

 

「…貴女とはいろいろありましたね」

 

「先輩が私のために泣いてくれたのは嬉しかったなぁ…」

 

「…頭にきました」

 

「ふふふっ」

 

「その性根を鍛え直してあげます」

 

「やめてくださいよぉ〜せんぱ〜い!」

 

「…耳をつねられてるのに…なんであんなニヤニヤしてるの…」

 

「この子はドMなんです」

 

「流石にそれは嘘ですよ!?って痛い痛い!つねらないで!さっきみたいに揉むだけにして!?」

 

「…仲良いなぁ…」

 

「千代田、来なさい」

 

「へ!?」

 

「…怖がらなくていいわ、といっても怖いのでしょうけど…心配しないで、手をあげたりしないから…」

 

「は、はい…ひゃっ!?な、なんで抱きしめられて!?」

 

「…千代田、貴女の姉はここにはいないわ、過去にいたこともない、だけど、貴女の姉にはなれないけれど…貴女のことを、みんな大事にするから…」

 

「…はい…ありがとうございます…加賀さん」

 

「先輩…その…いい話する時くらいつねるのやめっあー!あー!!」

 

「五月蝿いわ」

 

「そうですよ!雰囲気ってものがですね!」

 

「私!?私が悪いんむぐっ!?」

 

「これが…一航戦の力です」

 

「先輩これはアイアンクローでっむぐぐ…!ぷはっ!」

 

「翔鶴、改めて、おかえり」

 

「何回言うんですか…」

 

「私が納得するまでです、貴女は、またどこかに行こうとする、それを止めることはできませんけど…」

 

「………」

 

「私は貴女の居場所になりますから」

 

「…先輩!!!バーニングゥ!」

 

「一航戦アタック」

 

「ぎにゃぁぁぁ!?」

 

「…すごい、吹っ飛んだ…」



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番外 提督になった理由

佐世保鎮守府

提督 渡会一詞

 

「…なんだ?なんでそんなことをいきなり…」

 

「いえ、陽炎に聞いてこいと…」

 

「……たしかに俺は憲兵からこの役職だしな…気にもなるか」

 

「そんな異動は初めて聞きました」

 

「…言ってなかったか?」

 

「ええ、瑞鶴さんはご存知ですか?」

 

「……いや、そういや提督さんって提督になる前からいたっけ…?」

 

「……所属はここだった、だが夜勤がメインだったな、だから顔を合わせることも少なかった、だが龍田、秋雲とは親しかった」

 

「へぇ……なんでまた?」

 

「……夜に素振りをしていてな」

 

「何の?」

 

「…憲兵は一応趣味に寛容でな、野球チームとかやってたんだ、俺は興味なかったけど入れられた、だからバットを振ったりしてた…基本暇だったしな」

 

「よく何も言われませんね」

 

「……打率が良かった、だが、龍田にあってな」

 

「何かあったの?」

 

 

 

 

「うふふふ、こんな時間に素振りですか〜?」

 

「…失礼、目障りだったか」

 

「……いいえ、何か武道でもされてたのかなーって…振り方が何かに引っ張られてる感じがして…」

 

「野球とか見るのか」

 

「夕食の時にテレビ見たらだいたいそれしか流れてないもの〜」

 

「…成る程、それは知らなかった……武道はやった事がないが…さすまたなどの扱いには自信がある」

 

「やっぱり憲兵さんね〜、でも憲兵さんはみんな刀を使うのかと思ってたわ〜」

 

「基本はそうだろうな…俺は……槍の方が好みでな」

 

「へぇ〜、理由とかあるのかしら?」

 

「……まあ、昔色々あった、くらいか」

 

「…あんまり語りたくないことかしら?」

 

「…面白い話ではない」

 

「みたいね〜、槍、持ってみる?」

 

「………成る程、それか、薙刀に近い気もするが…存外馴染む気もする…さすまたの重量を上げてもらうか」

 

「……それかなり重いと思うのだけれど?」

 

「…俺が思い描いていたのは、この重さだ…少し振ってもいいか?」

 

「いいですよ〜?」

 

「………ふっ!…成る程…重さに引っ張られるな…ありがとう、参考になった」

 

「…趣味とかなのかしら?」

 

「……そんなところだ」

 

 

「この日から振るのは特注のさすまたになった、槍をくれとは言えなかったからな…だが、先端を外して、綿を丸めたものを付けて振るようになった」

 

「……じゃあ私たちに教えてるのは独学な訳?」

 

「いや、教本などは多かった、全部読んだ」

 

「…御自宅にたくさん?」

 

「まあ、本の山がな……一軒家に移って良かった」

 

「…前は東京の超高層マンションだっけ?」

 

「……あいつが調子に乗ったからな…」

 

「……遥さんって地味にすごい人だったんだよね」

 

「…超売れっ子の翻訳家でしたか」

 

「あいつと話したければウィリアムバトラーについて詳しくなれ、永遠に話してるぞ」

 

「……御免ですね、それは」

 

「私もパース」

 

「秋雲さんとは?」

 

「龍田の後にな…あれを振ってると結構な音が出る」

 

「ああ、訓練場とか音すごかったよね」

 

「あんなに音が出るとは思いませんでした」

 

 

 

 

「うっひゃー、すごい音だね」

 

「すまない、ここまで音を立てるつもりは無かったのだが…起こしただろうか」

 

「……いんや?アタシは遊んでたところだから」

 

「そうか…邪魔をした、今後は控える」

 

「ん、ご協力ありがと」

 

「…しかし、こんな時間まで起きていていいのか…?」

 

「まあね、どうせあたしは出撃しないし」

 

「……何でだ?」

 

「駆逐艦はお荷物らしいからねぇ…ここの駆逐艦は盾なのさ」

 

「盾…?」

 

「そう、空母とかを守る盾」

 

「……成る程、立派な仕事だな」

 

「……やっぱそう言われるんだ」

 

「色んな奴らがお前たちに守られてる、俺もその1人か、いつもありがとう」

 

「……ん?…なんか勘違いしてない?」

 

「何がだ?」

 

「……あたしらは…肉壁な訳」

 

「…なに?」

 

「ほら、空母とかって重要な対象なの、だから体張って守る」

 

「……肉壁と言うからにはそれ以上なのだろう」

 

「…まあね、アタシらは……まあ、簡単に言えば敵の攻撃から護衛対象を守りきれなければ折檻を受けるし、下手したらそのまま死ぬ奴もいる……」

 

「……詳しく話せる奴はいるか?」

 

「…いるにはいるけど……」

 

「話を聞かせてくれる奴を見つけて欲しい…頼む、何とかしてみせる」

 

「…できるの?」

 

「……それが仕事だ」

 

「ひゅー、かっくいいねぇ〜」

 

「…もし自分の娘が、と思うとな……」

 

「え?なに?娘いんのー?写真ある?」

 

「…ああ、ほら」

 

「お!かっわいーじゃん!名前は?」

 

「リコだ」

 

「リコちゃんかー、いいねぇー!可愛い!」

 

「…ありがとう」

 

「…こんな小さな子達のために頑張ってる!うん!やる気出るなぁ!」

 

「……こんなことしか言えないが…」

 

「ん?」

 

「……必ず変えてみせる、そんな環境を」

 

「……期待してるよ!よし!じゃあ前払いで良いもんあげる!」

 

「…なんだ?」

 

「ほら、これ…一般人の友達がさ、最近出した絵本…何冊かあるから、良かったらもらって?」

 

「…ありがとう、いただいていく…」

 

「……頼んだよ」

 

「任せてくれ…必ずやり遂げる」

 

 

 

 

 

「へぇー、だから提督さん、滅茶苦茶やったわけだ」

 

「…そんなにメチャクチャか?」

 

「……私は在籍前なので詳しく知りませんが、鎮守府の邸宅を叩きのめすなど…前代未聞です」

 

「まぁ…みんなもっとやれやれ!って感じだったけど!」

 

「……いや、そうでもなかっただろ」

 

「そうでもないって言うか…止めに入った娘は提督さんが仕留めちゃったもんね」

 

「人が艦娘を……ですか…?」

 

「…鍛錬の賜物だ」

 

「こう言うのも何だけど……化け物だったよ」

 

「まあ、そうなる原因は陽炎だったんだが…」

 

 

 

 

 

「あなたが…話を聞いてくれるって憲兵さん?」

 

「…そうだ、大丈夫か?」

 

「……ごめん…1人でくるの怖かったから…」

 

「なんかしたら容赦なく爆撃するからね」

 

「……自己紹介をさせてくれ、俺は渡会一詞、この通り憲兵だ」

 

「…駆逐艦、陽炎」

 

「一応私もしておくね、正規空母、瑞鶴よ」

 

「俺は間違いようもなく君たちの味方だ、他の憲兵のことは知らないがな」

 

「仲良くないんだ?」

 

「悪くはない、だが腹を探れば勘繰られる…俺単独で動くことにした」

 

「……瑞鶴さん…」

 

「…悪人って訳じゃないのかもね」

 

「……俺には妻子がある、子供は女の子だ、陽炎、と言ったか…君よりもまだずいぶん小さい、俺たちを常日頃から守ってくれていることに深く感謝している」

 

「…頭を上げてください…その、話します…」

 

「…頼む、音声を記録するが構わないか?」

 

「むしろこっちも記録するつもりだったわよ」

 

 

 

 

「成る程、それで?」

 

「はい…もうすでに何人か沈んだ子も…」

 

「沈んだ…というのは…まさか……」

 

「…死んだと思ってくれて良いわ、変わらないし」

 

「…………そうか」

 

「…あの…顔が怖い…です…」

 

「……すまん、ちょっと至急本部に向かう、直談判してくる」

 

「え!?いまから!?」

 

「…時間をかければ次は誰になるかわからん、君たちは俺から見れば子供のような年頃だ…そんな子達が、くだらない人間のせいで死ぬだと?とんだ冗談だ…許せるわけがない」

 

 

 

 

「え?それで本部に直談判に行ってどうしたの?」

 

「秋雲…いつのまに…」

 

「あ、ごめん、私もその辺知らないからさぁ」

 

「話を取り合ってもらえなかったな、だから本人を連れてこようと思ってな」

 

「それであのボッコボコ事件と…」

 

「…まあ、連れて行って、録音した音声と本人から喋らせた情報で解任させた」

 

「それだけじゃないでしょー?知ってるんだよ?昼間に来てここの戦闘記録全部読んだんでしょ」

 

「…まあ、証言だけでは証拠にならん」

 

「それを1人でやってのけた優秀さから…提督に大抜擢…か」

 

「…コレがまだ2ヶ月くらい前の話なんだがな」

 

「驚きだよねー、でもみんな今の提督さんで嬉しいよ」

 

「………そうか」

 

「でも、提督になった理由は分かったけど、何で憲兵に?」

 

「………前の会社を辞めてな、それからしばらく仕事はしてなかったんだが…遥に養われてるみたいで嫌になった」

 

「え?養われてたんじゃないの?」

 

「…俺の貯金で生活してたんだ…なにぶん、使う暇がなくてな」

 

「…ふーん……そっちの話はおいおいとして、それで?」

 

「娘がいるから、その…俺も守る側としての仕事をしようとな、それで憲兵になった」

 

「何で東京からきたの?」

 

「…何の質問攻めだ……何かの縁だよ…たまたまだ」

 

「よっし、良い話たくさん聞けたけど、後一つだけいい?」

 

「…なんだ」

 

「まだ籍は入れないの?」

 

「………何処から…」

 

「え!?提督さんって結婚してないの!?」

 

「…している…事実婚みたいなものだがな…」

 

「それはしてないって言うんですぅ!よし!不知火!アンタみんなに言ってきなさい!」

 

「喜んで」

 

「…なんのつもりだ」

 

「……ふふふ…明日から楽しみだなぁ?提督さん」

 

「………秋雲、恨むぞ」

 

「てへぺろ」



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番外 提督になった理由

舞鶴鎮守府

提督 徳岡純一郎

 

「ん?なんでこんな仕事をしてるか?」

 

「そうっぽい、みんな気になってるっぽい」

 

「こんなおっさんの話がか?」

 

「こんなおっさんがいる事が原因っぽい」

 

「…言ってくれるじゃねぇか」

 

「で?なんで?」

 

「んー、仕事なかったからかなぁ…俺がここに来たのいつだっけ」

 

「えっとー…2014年っぽい」

 

「そうだっけ、そんくらいに金が尽きたんだわ、そこで軍属のやつに誘われたって言うか、まあスカウトだわな」

 

「実力あったっぽい?」

 

「お前らが1番知ってるだろ」

 

「…なかった気がする…」

 

「ま、そう言う事だ」

 

「提督はやめようとは思わなかったんですか?」

 

「…まあ、なんだよ…簡単にいやあ脅しだ」

 

「脅し?」

 

「脅されてたの?提督」

 

「…わらわら湧いてくんなよ…つまんなぁ話だぞ」

 

「聞きたいです、提督」

 

「と言うかしゃべったら殺されちゃったりするんじゃない?」

 

「ころっ…!?やっぱ喋らないで欲しいっぽい!」

 

「コレで殺されたら口止めしない奴が悪いだろ」

 

「されなかったのか?」

 

「……まあな、なんだ…娘がいるんだよ、やらなきゃ知らんぞってな」

 

「国がやることじゃないね、でもそれほど欲しい人材だった訳だ…」

 

「というか!」

 

「提督結婚してたの!?」

 

「いっがーい!」

 

「でも指輪もしてないし、ずっとここに泊まりだよね」

 

「…まあ………嫁と離婚、親権はそっち…やりたい事にかまけてたから当然だけどな」

 

「…成る程」

 

「らしい気もするね、どうせ仕事でしょ?」

 

「…半分あたり、半分ハズレ…元々、俺はThe・Worldっていうネットゲームの移植の仕事をしてた、色んな国で同時に配信する、それが謳い文句だったかなぁ…」

 

「あー知ってる!睦月ちゃんやってるよね!」

 

「提督のおかげであのゲームができたのね!睦月感激にゃしぃ!」

 

「睦月型はよくやっているな」

 

「……まあ、なんだ、昔そのゲームで時間があってな…プレイヤーが意識不明になったりしていた…俺はそれが気になって…調べてたんだ、そん時には発売元のCC社も辞めてたんだが…」

 

「それでどうなったの?」

 

「……まあ、長い時間をかけて解決、俺は仕事や事件で…思えば構ってやったこともなかったよなぁって…」

 

「……もしかして私達は娘さんの代わり?」

 

「…そうは思ってねぇよ、ただ……因果なのかなって思ってる」

 

「因果?」

 

「俺が…まあ、嫌な言い方をしたら子供を捨てたわけだしな……だから…神様がお前は永遠に子供を育ててろって言ってる気がしてな」

 

「……ふーん」

 

「私達は代わりじゃない、のね…一応」

 

「一応も何も…実際に合えば娘はもう20過ぎてんだぞ…?……やべ、自分の歳思い出しちまった」

 

「そう言えば提督さんの誕生日祝ったことないっぽい!」

 

「……たしかに…」

 

「次はいっちばーんに祝います!」

 

「………嬉しいはずなんだが、何処か寂しくもなるなぁ…」

 

「提督、大丈夫…多分悪意はないから」

 

「言い切ってあげようよ!そこは!」

 

「偵察用の駆逐隊を運用する身として思う事はないの?」

 

「……比較的に危険が少ない仕事なのがありがたいよな…正直、娘の代わりとは思ってないが……娘みたいなもんだしなぁ…お前らは」

 

「パパって呼んであげましょうか?」

 

「…やめてくれ、逆に辛くなるわ……」

 

「っていうか、話されたけどさ、なんで提督は欲しがられた訳……?」

 

「……俺は…CC社が絡んでると思ってる、一応古巣だしな、あの横暴なやり方は覚えがある」

 

「提督も充分横暴だけどね」

 

「……お前らはちゃんと休み回してるだろ」

 

「自分に優しくしたら?もう少しだけでも……で?」

 

「…飼い殺しにしたいんだろう、俺はあんまりにもあそこの弱みを握ってるからな」

 

「…一会社レベルじゃ無理だけど、国なら?って事?」

 

「………まあ、蓋を開ければもっとやばい奴もいるかもしれねぇけど」

 

「…何か思い当たる事があるの?」

 

「……いや、コレは言わん、言って現実になったら目も当てられんからな」

 

「えー……」

 

「……それに、聞かれたら…本当に消されちまうかもしれん」

 

「………無茶しないでね」

 

「老兵死ぬのみってな」

 

「…兵士じゃないし、それは死なない方」

 

「ま、いいじゃないの、美味いもんでも食いに行こうぜ」

 

「今日はモールに行きたいです!」

 

「またフードコート?私はお寿司たべたーい!回転寿司!」

 

「私は中華がいいな、長月は?」

 

「…私はなんでもいい」

 

「お前らは自己主張しろって…よし、今日の飯は菊月と長月に決めてもらうか」

 

「…嫌がらせか?」

 

「……らしいな」

 

「自分の意見を通せない奴は次の作戦には出せんなぁ…」

 

「……」

 

「…蹴るか?」

 

「いいだろう」

 

「本気で蹴る奴があるか!?」

 

「もう一発欲しいそうだ」

 

「さっさと決めてくれればいいだろ…なんか好きなものはないのか?」

 

「………ないな」

 

「…だが、この前見たステーキ屋さんは気になった」

 

「……白露、夕立、時雨、村雨…お前らあんま食うなよ、めちゃくちゃ余るはずだから」

 

「…私たちを舐めてるのか?」

 

「そうだ、私達ならステーキの1ポンドくらい…」

 

「………わかったから…そこにしよう…全員良いな?」

 

「……司令官…弥生は…」

 

「大丈夫だ、柔らかい肉だから…まあ…無理なら残せ」

 

「でもあそこお子様メニューもありましたよ」

 

「…注文してくれると思うから…?」

 

「………さあ…?」

 

「おーい、目を見て話してくれー」



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番外 被害担当空母

本土 横浜 繁華街

正規空母 赤城

 

「うーん、たまには遊んでこい、と言われても」

 

「私たちは本土での遊び方なんて…知りませんからね」

 

「傍目から見ると仙人のよう、との事ですよ」

 

「…翔鶴は正直もっと都会慣れしとるイメージやったわ」

 

「え!?わ、私は…その、くるの初めてで…」

 

「千代田さんは?」

 

「私も初めてです…」

 

「じゃあ頼りは龍驤さんですね」

 

「…なんや、鳳翔までかいな…って!アンタは元々内地所属やろ!?」

 

「あら、バレてしまいましたか」

 

 

 

 

 

「やー、えがったなー!」

 

「…はしたないですよ、龍驤さん」

 

「でも感動的な映画でしたねぇ…」

 

「うぅ…耳が痛いです、なんであんなに音が大きいんでしょうか……」

 

「千代田さん、大丈夫ですか…?」

 

「はい……」

 

「そろそろ飯にでもしよか!どうする?何が食いたい?」

 

「……思えば私たちは外の食事には縁がありませんでしたね」

 

「外はどのくらい辛いんでしょうか」

 

「お二人はいつもそれですね…」

 

「…あの、できれば劇物は…」

 

「劇物って…まあ、確かにあの辛さは殺人的ですからね……」

 

「辛いもの以外でってなると…食べたいものもわからんしなぁ…せっかくやしバイキングでも行ってみるか?なんか気にいるのあるかもやし」

 

「バイキング…?龍驤さん、貴女は行ったことが…?」

 

「んや、ないよ」

 

「ああ、知らないのですか…」

 

「鳳翔、いきなりどないしたんや…?」

 

 

 

 

[空母・戦艦お断り!]

 

「…はぁ!?なんやこれ!」

 

「本土の正規空母は暴食が多いんです、バイキングなんてしようものなら採算が全く取れないほどに…」

 

「そうなんか…どうする?適当に入れる店いこか…」

 

「じゃあとりあえずあそこに」

 

 

 

 

「あ、ごめんなさい、ピークタイムは艦娘の方は身分証をお願い致してまして」

 

「飯食うのにか……ほれ」

 

「…申し訳ありません、軽空母の方は問題ないのですが…正規空母の方はお断りしてまして」

 

「……あっほらし…次探すでー…」

 

 

 

「はぁ…ホンマに不愉快やわ…なんやねんこれ、なんかしたか?ウチら」

 

「店が回らないから、というのが理由みたいですね」

 

「やとしても…客を追い返すって……あー腹立つ」

 

「本土の正規空母はかなり食べますからね、フードコートなんかによく行きますよ」

 

「自由着席で断ることもできひんって事か……手慣れとるな」

 

「変装グッズを工作艦に作らせたりとかしてる光景も…」

 

「………法に触れてへんやろな…っていうかウチらが迷惑しとるんやけど…!それ…!」

 

「うーん、どうします?」

 

「赤城、加賀、えらい涼しい顔しとんな」

 

「いえ、別にこのくらいの時間でしたら」

 

「まあ、あんまり気になりませんね」

 

「……お二人とももっと長い間食事を取れない、なんてことザラでしたからね」

 

「………龍驤さん、私死んでも食べれるところ見つけてくるよ…」

 

「せやな、これ以上ひもじい思い絶体させへん」

 

「そうですね…これは深刻です」

 

 

 

「あの店なんてどうやろ、ガラガラやで」

 

「……アレはダメですね、夜営業のお店ですよ……あ、イタリアンなんてどうですか?」

 

「サイゼリヤ…超有名どこやな、チェーンやったら断られにくいか…?みんなそれでええ?」

 

「私はどこでも」

 

「そうですね」

 

「イタリアンなんて初めてですし、何よりこんな服でいいんですか?」

 

「確かカジュアルなレストランだったと思うし大丈夫ですよ、翔鶴さん」

 

「…前にウチが行った時はパジャマにサンダルのやつおったわ」

 

「私が行った時はコスプレイヤーさんがたくさん居ましたよ」

 

「絶対アレの帰りやん…」

 

「あらあら、わかりますか?」

 

 

 

 

「どうぞ、6人掛けのテーブルをご利用ください」

 

「よっしゃ、ようやく入れたで…!」

 

「読み通りでしたね、さて、何を食べますか」

 

「うーん、あ、今日はランチセットやってないんですね」

 

「ピザ…!私ピザ食べてみたいです…!」

 

「千代田さんそんなにはしゃがないで、目立ちますよ…あ、私はこのペペロンチーノというやつを」

 

「ペペロンチーノか、辛さたりひんかも知れんけどええんか?」

 

「…まともな食事を取るようにしないと、間宮さんにも…みんなにも申し訳ないです」

 

「私はチキンステーキにライスとサラダ、後辛味チキンもいただきましょうか」

 

「うーん…加賀さん、このエビのサラダをシェアしませんか?後私はこのグラタンが食べたいです」

 

「いいけれど、足りるの?貴女…」

 

「まあまあ、すいませーん、龍驤さん、私はこっちを」

 

「わかったわ、まずドリンクバー6とこのマルゲリータを二枚とコーンピザ一枚.小エビのサラダのLサイズを二つ、ペペロンチーノ1つ、アンチョビフリコにほうれん草のグラタン1つとミラノ風ドリアが一つ、このディアボラ風ってのにライスつけて、後辛味チキンも2つ貰おうか………ん?これだけかって?とりあえずデザートは後で考えるから、あとピザとサラダだけ先にくれたらあとはゆっくりでええからね」

 

「……店員さん泣いてましたね」

 

「何故……?」

 

「…多分安心したんだと思いますよ、ちょっと遅めのランチですから夜の営業に影響がでかねませんし」

 

「鳳翔さん詳しいですね」

 

「…離島鎮守府に着任する前は食堂をやってましたので…」

 

「なるほど、重みが違うわな」

 

 

 

 

 

「はー、よかったわ、ほんまよかった」

 

「結構美味しいですね」

 

「はい、刺激的な感じは弱いですけど…」

 

「これでも濃い方なんですよ、お二人は普段から辛いものばかり食べ過ぎなんです」

 

「…その様ですね…」

 

「明日から食生活を変えないと」

 

「旨みを強く出した吸い物なんかどうでしょう」

 

「あ、このドリンク美味しい」

 

 

 

 

「でもなんで正規空母や戦艦はよく食べるんですか?」

 

「補給は艤装に直接突っ込みますよね」

 

「……運動量も普通に他の方の方が多いですし」

 

「考えられるのは認識障害ですね、艤装に供給する物資の量から自分もこれだけ食べなければ、などと思うとか」

 

「…確かに、今日の食事は辛くないと言っても足りないとは思いませんものね」

 

「流石に満腹です」

 

「別に今の食料の貯蔵量ならもう少し食べても問題はありませんが、食べすぎても体に毒ですからね」

 

 

 

 

「うわ、そこも、あそこもお断りの札出てるな」

 

「法律的に良いのかしら」

 

「客を選ぶ権利は店にもあります…一括りにされるのは嫌ですが」

 

「今度は遠出して鎮守府が近くにないところに行きましょうか」

 

「………言いづらいのですが…」

 

「まさか…」

 

「はい、多分隣県どころか全国に行き渡ってます、その札」

 

「……頭にきました」

 

「生き残るためには仕方ないのです…」

 

「お店は仕方ありません、よその空母は何をしてるのですか」

 

「………はぁ…確かに私も昔、今より多く食べていた記憶はありますが…」

 

「食が原動力になる方も居りますので…」

 

 

 

 

「って事がありました」

 

「……うん、御愁傷様…」

 

「良いお店を知りませんか?」

 

「…高いところとかは?コース料理を出すお店とか、そのくらい高いところなら入り易いと思うよ、ほら、スマホなら調べられるし」

 

「成る程、美味しいところだと良いんですけれど…」

 

「多分大丈夫、だけど高いから気をつけてね」

 

「はい、財布の紐は硬いのでご安心ください」

 

この日から正規空母の食事がまともになった



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番外 潜水艦の憂鬱

潜水艦 伊168

 

「あのー」

 

「ん?」

 

「その、改めまして、私伊168です、イムヤと申します」

 

「うん、よろしく、試験運用ということで君に関しては頻繁に本部にデータを送ってるよ」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

「といっても…うーん、ごめんね、あんまり仕事をあげられなくて」

 

「あ、いえ…」

 

「うーん、でも戦果は上々だね…出撃数以上の戦果がある上に、阿武隈や北上の訓練にも手を貸してくれてる」

 

「…お二人とも私によくしてくれますから」

 

「ならよかったよ」

 

「……阿武隈さんなんですけど」

 

「ん?」

 

「同型艦は…」

 

「居ない、北上と同様にね、だから仲がいいのかなぁ…」

 

 

 

 

 

「阿武隈さん、それ、いつまで借りられるんですか?」

 

「うーん、明日には返すけど……扱えそうもない…」

 

「やっぱり難しいんですね…」

 

「甲標的…まだまだ難しいなぁ…」

 

「…それ、北上さんは扱えたんですよね?」

 

「うん、と言っても使い始めた時はまだ改だったみたい」

 

「阿武隈さん、練度はいくつくらいですか?」

 

「確か47だったかな…ここからは長いんだよねぇ…北上さんなんてもう80になるし」

 

「………凄いですね」

 

「……2番手って誰だと思う?」

 

「…練度なら、赤城さんか加賀さん…?」

 

「…そうだね、その2人かなぁ……じゃ、実戦なら?」

 

「え?」

 

「北上さんに勝てる可能性のある人って誰がいると思う?なんでも有りで」

 

「………摩耶さん、アオボノさん…とか?」

 

「うーん、摩耶さんはいまひとつかな、アオボノちゃんは、一歩届かない、相打ちになると思う」

 

「じゃあ誰ですか?」

 

「曙ちゃんかなぁ…あの子は、秀才ってタイプなんだけど……トリッキーな戦術もいける、アオボノちゃんの戦い方って実は曙ちゃんベースなんだよ?」

 

「…アオボノさんが戦い方を教わる…?それも自分と同じ艦娘に…?」

 

「プライド高いから想像できないかもね、でも、2人が演習で戦った時、決まって曙ちゃんが一歩先にいるんだよ」

 

「何故…」

 

「あの子はリーダーとしての素質がすごく高い、全体を見て、全体の指揮をする、そのスキルが異様なほどに高い、北上さんよりもそこは上だと思う」

 

「確かに北上さんは1人で全部解決しようとしますからね」

 

「…曙ちゃんは非力だよ、だから弱いなりの戦い方をしてる、底が見えてるようで、ただ水が濁りきってるだけ、全く底が見えないのは曙ちゃんの方だから」

 

「………もしかして…」

 

「そう、私がコレを練習してるのは、あの撃ち方をできるのが私と北上さんだけじゃなくなったから」

 

「……ほんとにみんな凄いわね…」

 

「……イムヤちゃんにはイムヤちゃんしかできない事があるはずですよ」

 

「……ソレのお手伝い?」

 

「…あ、あはは…ほ、ほかにも何か…」

 

「…あるといいけど」

 

「有りますよ!多分」

 

「言い切って欲しかったわ」

 

 

 

 

「ん?イムヤ、おつかれ〜」

 

「北上さん、どうも」

 

「最近ごめんねー、全く構ってなかったねー、うりうりー」

 

「あ、頭はやめてっあぁっ…」

 

「で、どう?阿武隈は」

 

「うぅ…甲標的はまだまだ先だと思います」

 

「うん、無理に私の真似なんかしなくていいんだけどね…」

 

「………北上さんはきっと、阿武隈さんの成長に驚きますよ」

 

「そりゃないね、阿武隈のことならなんでも知ってるもん」

 

「…ふふっ……アレが完成したら、楽しみ」

 

「おっ!?何かやってんなー!教えろー!」

 

「きゃっ!?や、やめてください!」

 

「ほーれこちょこちょ〜!」

 

「ひっあはっ!、あははは!」

 

 

 

「…はぁっ…はぁっ……」

 

「口を割らないか…仕方ないねー」

 

「…ふぅっ……あのー、北上さん」

 

「なに?」

 

「私って、どうすれば役に立てるんでしょうか」

 

「……潜水艦同士の戦いとかはコレから増えていくと思う、心配しなくても活躍の場はあるからね」

 

「…私は、データをとって、ここを去らないといけない身です」

 

「それでも仲間だよ」

 

「……ありがとうございます」



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番外 金剛さんのDate plan

本土 大阪

戦艦 金剛

 

「Hey!明石!せっかくdateしてるのに何でそんなに暗いデスカー!?」

 

「…その…わ、私…コーヒー派なので…」

 

「オー!それは残念デース!でも、良いお店を知ってマース!」

 

「金剛さんは紅茶しか飲まないんじゃ…?」

 

「ノンノンノン!その考えは甘いデース!Coffeeでもteaでも、飲み方を変えたりいろんな種類を飲みマース!」

 

「私はネスカフェの瓶のやつしか飲んだ事ないですけど…』

 

「思ったより良い思い出なさソーデース」

 

 

 

 

「ここは?」

 

「ここはSpécialité coffeeの専門店デース!」

 

「すぺしゃりてぃー…コーヒー?」

 

「ティーと入ってる通り、紅茶みたいなCoffeeが楽しめマース!」

 

「コーヒーなのに紅茶…?どういうこと……?」

 

 

 

 

「ふふふ〜、ナイスなフレグランスデース」

 

「…あ、なんだろう、苦味がそんなに強くない…」

 

「明石ー、このCoffeeは、若い豆をあまり深く煎らないことで豆本来の甘みや酸味のフレーバーを楽しむCoffeeデース」

 

「…確かに、砂糖を入れなくても若干甘みが感じられます…鋭いような酸味も…」

 

「まだニホンではあんまり浸透してない文化でかなりの高級品デース」

 

「へー…良く知ってますね」

 

「…アレ?なんで知ってるんでショー…艦の頃の記憶ですかネー」

 

「そうなんじゃないですか?イギリス艦みたいな所ありますし…」

 

「折角なので次デース」

 

 

 

「自動販売機…?」

 

「こちら水出しコーヒーデース、変にお店で出してる水出しよりは美味しいらしいヨー!」

 

「…あ、確かにスッキリしてる」

 

「んー、ワタシはもっと熱くて香りのあるやつが好きデース」

 

「確かに、さっきと比べると味が物足りないかも…」

 

 

 

「次はコレデース」

 

「…駅の上にこんなところが…」

 

「ここで出してるEspressoは最高だと聞きましター!」

 

「…確かエスプレッソは特に苦いコーヒーでしたよね?」

 

「そうデース、なので…Hey!Single shot doue per favore!!」

 

「シングルショットまではわかりましたけど…?」

 

「ドゥーエはイタリア語で2、ペルファヴォーレはくださいって事ネ!調べたらここはイタリア語が通じるらしいから勉強しましター!カッコ良かったカナー?」

 

「…ふふ、まあ、そうですね」

 

「お、きましたヨー!」

 

「…ぅぐ…苦味と若干の酸味…コクが強いですね…でも口の中でどことなく甘く…」

 

「無理して感想言う必要ないヨー?わざわざお砂糖の袋ついてるんですかラ、使うネー」

 

「えっ、ふ、2袋も?そんなに入れたら味がわからないんじゃ…」

 

「イタリアではもっと大量に入れたり、同じ量のハチミツを溶かしたりもするらしいデース、こうやって軽ーく混ぜて、飲みマース」

 

「あ、飲みやすい…でもたくさん砂糖が溜まってますよ」

 

「溶けきりませんからネー、付属のスプーンで救って食べマース」

 

「えっ…砂糖単品でですか…」

 

「イェース、コーヒーの味がついてて食べ易いし、頭がスッキリしマース」

 

「食べやすいのは確かにそうですけど…別にスッキリはしませんね」

 

「Oh、気の所為でしたカー!」

 

「うん、でもすごく美味しかったです…」

 

「楽しんでくれたら良かったヨー」

 

「あれ?金剛さんの行きたいところは行かなくて良いんですか?」

 

「これはdate、ワタシがエスコートする以上はそんな話はナッシングネ!」

 

「…デートなら、2人とも楽しまないと、次は金剛さんの行きたいところに行きましょう!」

 

「Oh…明石ィ…バーニング・ラァブ!!」

 

「うわっ!?ちょっ、公共の場ではやめて!?」

 

 

 

 

 

「うぇぇ…カフェイン酔いしましター…」

 

「あのあと紅茶屋さんの梯子旅でしたからね」

 

「楽しんだのは良いんだけど…苦情が多分よその鎮守府に行くと思うから、今後はやめようね」

 

「は、はいぃ…」

 

「申し訳ありません」

 

「でも意外だなぁ、明石そんなにカフェインに強いの?」

 

「…コーヒー5杯とエスプレッソ2杯、紅茶をポット4つは飲みましたヨー」

 

「そう言う言い方すると品のない飲み方をしてるみたいなのでやめてください…というか紅茶は金剛さんも一緒に飲んだでしょ…!」

 

「ワタシはカップ一杯だけネー…あとは全部明石が開けましター…」 

 

「…明石って普段どんなの飲んでるの?」

 

「えーと、ほら、これです」

 

「あ、ネスカフェ、良く飲んだよ僕も」

 

「…ヘーィ…テイトクゥ…試しにいっぱい入れてもらったらどうデスカー?」

 

「…確かに気になるね…お願いできる?」

 

「普通のはずなんだけどなぁ…まず、スプーン山盛り一杯のコーヒーをカップに入れて、熱湯を少し注いでよく練ります」

 

「…アレ?もうワターシの知らない作り方ネー」

 

「ココアとかで良くやる手法だからまだ大丈夫なはずだよ」

 

「練り終わったら、もう一回同じことをします」

 

「」

 

「金剛、気をしっかり持って」

 

「同じことをあと2回やったら、お湯を注いで良く混ぜて完成です」

 

「…コールタールだっけ、それを思い出すね」

 

「苦いんですけど、集中力が入るので…」

 

「エスプレッソ飲んで頭スッキリしない理由がわかるネー…」



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番外 戦艦長門さん

重巡洋艦 鳥海

 

「あの、北上さん」

 

「んー、どしたの?」

 

「…たまに北上さんが言ってる、長門さんって…どんな方なんですか…?」

 

「………えっとねー…」

 

困ったように笑う、目を細めて、何かを考えている様だった

 

「…あんまり期待しないでね、ノロマで臆病で、強くはなかったんだ」

 

「えっ…」

 

「あの人移籍組だから…そう、問題ありだったわけ」

 

「そうなんですか…」

 

「うん、だけど優しいからみんな好きだった、勇気もあった、臆病だけど自分を鼓舞して、前の提督とか憲兵から私達を庇ってた…筋金入りの人間嫌いで…歌が好きだったな」

 

「歌?」

 

「そう、出撃中はずっと鼻歌歌ってて、砲撃戦始まったら大声出して喉が枯れるまで歌うの…なんだっけなぁ…ああ、こんな感じ『さぁ、突き破れ未来の扉〜、パワーとセンスの一撃見せろ』って」

 

「なんや?野球か?」

 

「うわっ、龍驤さん」

 

「うわってなんやねん…」

 

「おっすー」

 

「おう、北上も野球好きなんか?」

 

「え?いや、何の話?」

 

「今応援歌歌っとらんかったか?」

 

「…あれ野球の応援歌なの?」

 

「西田哲朗やな、まあ詳しくないけど」

 

「…名前出るのは詳しいんじゃないんですか…?」

 

「そうでもないよ、で?北上は野球好きなんか?」

 

「……地雷踏んだかな…いや、いいや、私は見たことないよ、長門がこんな歌歌ってたよなーって思って」

 

「へー、長門かぁ…他にはなんか歌ってたんか?」

 

「えーと、狙い撃ちーとかっていってたかな」

 

「狙い撃ち!?うわぁ、ええやんええやん!」

 

「…めっちゃテンション上がってますね…」

 

「…ああ、そう言えば移籍する前にテレビで野球が良く流れてて、勇気が出そうだからって口ずさんでるみたいなことを言ってるの聞いたよ」

 

「……強い人なんですね」

 

「実戦はからきしだったけどね…」

 

「…まあ、ええ奴やったことはようわかるわ」

 

「うん、良い人だったよー」

 

「他には特徴ないんか?」

 

「……夜声をかけたら甲高い声で鳴いて腰が抜ける、とか?」 

 

「ぷっ…ははは!なんやそれ!戦艦が!?」

 

「…笑い過ぎですよ」

 

「んー、笑って良いと思うよ?私悪戯しまくったし…と言うかそれも演技だったのかなぁ…」

 

「演技?」

 

「今思うと、みんなのストレスのはけ口にわざとなってたのかもって」

 

「…やとしたらとんだ阿呆や、自分犠牲にして救われるような話なんてあるわけ無いやろ」

 

「そだねー、でもその努力を否定するのは良くないと思うよ」

 

「…口がすぎたわ、悪い」

 

「ん、鳥海は聞きたいことそれだけ?」

 

「あ、はい、ありがとうございました」

 

「…帰ってくるとええな」

 

「連れ戻すよ、私が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」



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単話 叶えたかった勝負

この戦いは本人たちが望んだから怒った戦いで、それ以上もそれ以下もなく、結果や過程は何かに影響はしません


離島鎮守府沖

駆逐艦 曙

 

「………」

 

眼前の北上は、AIDAを完全に操る恐ろしく強い敵

対して私はそこらにいる駆逐艦

 

相手になるはずがない

 

「…ずっとやりたかった」

 

「私もよ」

 

「……やろうか」

 

「喜んで」

 

だというのに私の心は、こんなにもワクワクしている

 

 

 

 

これは演習ではない

命をかけた死闘だ、その前提で戦う

つまりなんでもあり、卑怯なんて言葉はないし、やれることは全部やれ

だから北上はAIDAを使ってくるだろうし、私はその前提で戦う

こんなところで手を抜かれては興醒めだ

 

 

 

 

「ま、主砲はね…」

 

「狙ってくるなら、ここしかない」

 

お互い同時に主砲を向け、放つ

私は連装砲、向こうは単装砲

同時に2発放てる此方の方が若干有利かもしれない

 

そして向こうの狙いは標的の沈黙、つまり私を仕留めにくる

私の狙いは自分の身を守ること、つまり北上の放つ砲弾を撃ち落とす事

 

「…!…いいねぇ…!しびれるねぇ…!」

 

自分の放った砲弾を撃ち落とされ、さらに直撃の砲撃を防がなければならなかった

これは北上にとっては驚きだろう

自分がAIDAを使わなければならない、ノーマルの艦娘を相手にするのだから

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 北上

 

「本気で行っちゃうからね」

 

艤装を単装砲と足のパーツをのこして全てパージする

自分が水上に立つ事と、主砲での砲撃以外を放棄した、普通の艦娘ならの話だが

 

「かわしきれるかな?」

 

パージした魚雷発射管から立て続けに魚雷が発射される

どこまで深く沈み、どのタイミングで浮上するのかは、向こうにはわからない

正真正銘の必殺技だ

 

「もう見飽きたわ」

 

曙は水面を蹴りながら距離を詰めてくる

お互い主砲の射程は長くない

であれば接近戦となるのは必然だろう

 

「…もらい」

 

ならばその接近戦を咎める

その距離に入った瞬間、曙目の前には水中から飛び出した複数の魚雷

そして私の手から放たれた砲弾が一つを撃ち抜く

 

「っぐ…!」

 

「…ありゃー?バレてた?全然ダメージないね」

 

「当たり前よ…そして次はここ…!」

 

こっちの手はやはりここまで読まれてるか

確かに吹き飛ばして、さっき曙がいた位置に魚雷で追撃を仕掛けるつもりだった

しかし曙は一瞬早く離れ、それからその場所には特大の水柱が立ってる

かわされたが至近距離での爆発、全くのノーダメージとはいかないはず

これでいい

 

「クソッ…攻めるタイミングがない…!」

 

曙の装備は魚雷を捨てて連装砲と機銃のみ

魚雷があれば少しは変わったかもしれない

機銃も恐らく魚雷を潰すためのものだろうが、私の魚雷の挙動は普通とは違う

普通の相手ならよかだかもしれないが、選択ミスだ

 

「じっくり料理してあげるからね」

 

油断せず、確実に仕留めるという意味だ

隙を作れば見逃す様な相手ではない、最後まで確実に仕留めて見せる

パージした魚雷発射管からいくつか魚雷を出す

進路を潰すための魚雷、そして主砲で狙いをつけての砲撃

この砲撃だけは確実に潰してダメージを防いでくるあたりは流石だ

砲弾同士のぶつかり合いで黒煙が視界を潰す

そんな事で逃れられはしないのだが

 

連続しての砲撃の音

私からも、曙からも

黒煙が大きく広がるも、お互いの狙いは正確だ

集中しなくてはいつやられるかわからない

 

「本当に…やるねぇ…!」

 

この戦い、曙は二つ持ってきた砲を今のところ一つしか運用していない

恐らく狙いは長く戦う事

二つあれば片方の弾薬を切らしたとしても関係ない、もう片方の砲で戦えばいい

場合によっては再装填の時間を潰すこともできる、取れる戦術は多い

だから二つあれば十分、と言ったところか

だけどそれじゃわたしには届かない

 

 

駆逐艦 曙

 

種は蒔いた

水はやった

芽が出て、伸びて行く

 

このやり口はもう使い古した手だ

色んな人に教えた、潮にも漣にも、朧にも教えた

みんなが知る、つまりそれだけ有効というわけだ

 

「…ッ!?」

 

やはり狙いがズレ始めたか

向こうの砲弾がすぐそばを通る

もう何十発も撃ち合ってる、ならばこれ以上この体制で魚雷をかわしながら撃ち合うのは得策じゃない

 

足元から飛び出してきた魚雷を一つキャッチして即座に投げる

それに北上の砲撃があたり、軌道が逸れてくれた

代わりに私は0距離の爆発をもらってしまったが

 

水面を腹這いに滑る

北上からの砲撃はやんだ、仕留めたと誤認した?違うか、そろそろ此方の狙いに気づく頃だろう

 

「傘の用意はいい?北上…!」

 

わざわざ砲を二つ用意したのだ、戦い方はもっと自由でいい、みんな使える手段でも、私が考案したものだ

態々砲撃のタイミングを合わせ、何度も砲撃を防ぐという名目で煙幕を作り

曲射砲撃を気取られないように何重もカバーした

 

「攻勢逆転!!」

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 北上

 

「……成る程ねぇ…!」

 

AIDAで頭上の大粒の雨を防ぐ、こっちも移動してたのにこの正確さ、さすが本家といったところか

入念に作り込まれたシナリオでアタシを仕留めにきてる

 

どうしようもなく滾る

 

やっぱりこの相手は全力で殺しにかかる必要があるわけだ

水面を駆ける

私が詰め寄ることを想定しているのか、進路にもやはり雨は降っている

 

目の前の煙幕を全て吹き飛ばす

パージした魚雷発射管を手繰り寄せる

 

「居ない…どこに…」

 

「此処よ、いい傘ね」

 

真下からの声と共に強い衝撃で吹き飛ばされる

 

「ったはー…!お昼寝の時間かぁ…」

 

水面を転がりながら一つの魚雷発射管を腕に装備し、放つ

 

「いいウォーターベッドでしょ?気に入ってくれたかしら、ああ、小雨になってきたわね」

 

そうか、機銃も曲射砲撃が狙いか

すぐにAIDAで身を守る

 

「…この戦いは一歩遅れた方が負けよ、わかってるかしら?」

 

来ない…違う、前か

 

「………ひゅぅ♪痺れるねぇ」

 

「嘘でもなんでもつくわ、アンタを殺せるなら」

 

魚雷も何もかも読まれている

ならば未知の力しかない

 

「やってあげましょうかね!!」

 

単装砲にAIDAを纏わせる

砲身を大きく伸ばす様に

 

いつかの戦いでやってみせた強化弾

相殺なんて不可能な、対化け物のみを考えた一撃

 

「曙…アンタ凄いよ…私に化け物だって思わせてるんだからさ…!」

 

その一撃を軽く避けてみせるんだもん

本物の化け物に成った

 

天才ってやつなのかなんなのか知らないけど、本当にヤバいね

身体をうまく振って、私の予測を外して射撃をかわし始めた

今までそんなことできた奴なんて1人もいないのに

私の努力を超えられた

 

「曙ぉぉぉぉぉぉ!!」

 

なんであいつは笑ってるんだ、私同様に

なんでこんなに楽しいんだ

 

いつの間にこんなに近づいたんだ、私たちは

 

「ぶっ!」

 

ガードしたとしても衝撃はある程度くる

顔面に叩き込まれた様な衝撃が

 

それでもなお近づく、残り2発の残弾を隠し、肉弾戦に持ち込む

 

「もらった」

 

そこで曙は、更に奥の手を取り出してみせた

 

「…拳銃…?」

 

そうか、隠し持ってたか、まだ秘策を隠してたか

最初から最後までそんな小技を積み重ねてきた

だからそんなリボルバーなんかを隠し持ってた

 

「たしかに艦娘相手に拳銃なんか効かないかもね…でも、艤装の、関節部や機関部に突っ込まれたら…どう!?」

 

素早く6発の弾丸を、私が浮き続けるための艤装に向けて放った

さすが直撃は避けられたが…ダメージはある 

 

「やってくれる…!」

 

「あと何秒でアンタは沈んでくれるかしら…!」

 

「10秒あれば充分!!」

 

推進力をそのままに、勢いを殺さず、曙の砲撃や機銃を全て無視し、タックル

そして体制を崩したところに二度引き金を引いた

 

「ごぼっ…!…まだ…あったわけね…!」

 

向こうもグロッキーだ、水面にうつ伏せ、もう立つことも儘ならない

 

そのはずなのに、なんで立とうとする

水面に膝をつき、顔を伏してもその殺意

 

「……っ…」

 

執念と執念の戦い

 

手元の魚雷発射管から、魚雷を水に落とす

全ての魚雷に浮上信号を送る

 

「……撃って来なくて良いの?」

 

「…もう、撃ったわ、アンタへのとどめは」

 

そう言って曙は天を睨む

まさかと思って空を見上げる

 

じゃぽんっ

 

「……えっ…?…」

 

足元から、魚雷が飛び出した

 

「……2回目よ、言ったでしょ?嘘でもなんでもつくって」

 

そして私は、その魚雷の炸裂に吹き飛ばされた

 

執念と執念の戦い…?違う、執念と理性の戦いだった

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

「…勝った………」

 

勝因は北上のばら撒いた魚雷発射管

その一つを水面を転がる途中で掠め取り、魚雷を沈めた

角度やタイミングの計算くらい私にもできる、扱えない理由なんて存在しない

北上に浮上信号を送らせるタイミングも、魚雷を射出させるタイミングで操作した

 

仕上げに、私を狙う魚雷はこの発射管でガードする

随分小さい盾だが、役に立ってくれた

 

勝った、だが、2度は勝てない相手だ

 

勝った、だが、2度は戦わない相手だ

 

 

「………痛いよ…」

 

傷を撫でる、だけどどこか誇らしかった

 

沈みかけた北上の髪を掴み、鎮守府へと帰る

 

「…痛いなぁ…」

 

「………物足りないわ」

 

「何……?ドMなの…?」

 

「…もっとAIDAを使ってれば、私に負けることはなかったわ」

 

勝つこともなかっただろうけど

 

「…へぇ、勉強しとくよ……次は殺せる様に」

 

「お互い精進しましょ」

 

「……へへ〜…」

 

「…少し良い気分ね…」



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番外 明石さんとメル友その弐

工作艦 明石

 

「んー、この前本土行ったの楽しかったなぁ…っと、メールが来てる」

 

 

 

 

 

ヘルバ 件名 喫茶マウンテン

 

愛知にある喫茶店らしいが、この前の刺身ホイップクリームとどっちが良いと思う?

 

(甘口抹茶スパの画像)

 

 

 

明石  件名 Re:喫茶マウンテン

 

ヒェェェ!そ、そっちも辛そう…

でもスパゲティの方は麺も甘いのでしたら一周回ってスイーツとして食べられる……のでは?

 

 

ヘルバ 件名 そうだろうか?

 

遭難者多数、と聞いたな。

ちなみにマウンテンでは店名にかけて完食を「登頂」、お残しを「遭難」と呼ぶそうだ。

 

まあ、遭難理由は量が本当に山盛りだからだと聞くが…

海を主戦場にする艦娘は山では如何かな?

 

 

 

明石  件名 カロリー

 

カロリーはどうなんでしょうね…

(・・;)

 

 

 

ヘルバ 件名 Re:カロリー

 

カロリー?知らない言葉だな。

 

 

 

明石  件名 Re:Re:カロリー

 

現実から目を背けないでください!?

 

 

 

ヘルバ 件名 まあ

 

私はデスクワークばかりだからあんまり動かないので怖いものは怖いな。

 

 

 

明石  件名 Re:まあ

 

もしかしてこのメールって…

 

 

 

ヘルバ 件名 余計なこと

 

それ以上言うと二度とメールが取れなくなるぞ、私に限った話だがな。

 

 

 

明石  件名 Re:余計なこと

 

やっぱりさb…ナンデモナイデス…( ̄◇ ̄;)

 

 

 

(5分後)

 

 

明石  件名 あれ?

 

あの、もしかして本当にメールやめちゃいました?

 

 

 

 

 

(20分後)

 

 

 

明石  件名 ごめんなさい

 

2度とサボりなんて言いません!ごめんなさーい!(>人<;)

 

 

 

ヘルバ 件名 いや

 

3時だからコーヒーとドーナツを買いに行っただけなんだがな…

LINEみたいなペースを求められると困る、束縛が激しい女は嫌われるぞ?

 

 

 

明石 件名 Re:いや

 

てっきりヘルバさんは束縛が激しいタイプかと思いました(´-`).。oO

 

 

 

ヘルバ 件名 そんなこと

 

そんなことしなくても何してるか大体わかるからな、勿論不貞を働けば相応のことにはなるが、クソがつく真面目っぷりから心配したことはない。

 

 

 

明石  件名 ヒェェェ

 

さ、さすがスーパーハッカー…((((;゚Д゚)))))))

 

 

 

 

ヘルバ 件名 空欄

 

まあ大したことはしてないさ、私がやってる方法なんて時間も限られてるからGPSくらいだ。

 

なんならやり方を教えようか?

 

 

 

明石  件名 Re: 空欄

 

誰に使えと…!?

 

ま、まあ勉強のために教えて欲しい気持ちはありますね!

 

 

 

ヘルバ 件名 お前…

 

カイトにつけるのはやめておけよ、前に仲間内でつけてみたいという提案があってな、面白そうだと思って軽く手を貸したが…秒でバレたと嘆いていた。

 

ボタンをGPS付きにするんだ、可能ならズボンのサイズ調整用ボタンなど好ましいだろう、肌着の方だと漏電や感電の恐れがあるからな、かと言って上着ではオフシーズンなどもある。

ついでに受信側でログをつけておけば見返すのはいつでもできるぞ。

 

 

 

 

明石  件名 Re:お前…

 

な、何それ気になるんですけど!

というかやり方がガチ勢で怖いです…((((;゚Д゚)))))))

 

 

 

 

ヘルバ  件名 まあ

 

やらなければ関係ないことだ。

 

 

 

 

「えー…如何しようかなぁ…提督に仕掛けてみたい気もする…」

 

「何を仕掛けるの?」

 

「ヒュッ!?て、提督…」

 

「そ、そんなに驚かなくても…悪戯はあんまりしないでね、みんな真似するから」

 

「し、しませんよ!やだなぁ!」

 

 

 

 

「……これはバレますね…やめときましょう」



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番外 那珂ちゃん、レギュラー出演します

呉鎮守府

軽巡洋艦 那珂

 

「提督、この日お仕事入れたいんだけど」

 

「あー……マジか、古鷹に代わってもらうか…」

 

「………ごめん、なんでもないよ」

 

「いや、艦娘のイメージアップも上から言われてる仕事に含まれる、そもそもお前の芸能活動は一人で大本営とやり合って自分で権利を勝ち取ったモンだ、お前に苦労をかけるわけにはな」

 

「…本当に良いの?」

 

「ああ、んー…いっその事第三艦隊は水雷戦隊から空母機動部隊にしてみるか?」

 

「……それこそみんなに迷惑が…」

 

「今の戦い方になれ過ぎたら万が一の時が辛いだろうしな、配属を第四艦隊にしておく、基本出撃のない艦隊だが、要所や緊急時、お前の力を求められる事になる、わかってるな」

 

「…鍛錬は怠らないから…!」

 

「ま、頑張れよ、第三艦隊の奴らは30分後に集めて、お前が立ち会った状態で説明する、隼鷹と飛鷹も呼んでおけ、由良とお前を入れ替えで配属する」

 

「わかりました!」

 

 

 

 

 

 

数週間後

深夜

 

 

 

 

軽巡洋艦 神通

 

『えー、この番組に出るのにゲームやった事ないんですか?』

 

『お仕事とか鍛錬で忙しくって、なので今日はとても楽しみでした』

 

『やっぱり艦娘というのは大変なんですね、それでは早速プレイの方に移りましょう!』

 

「那珂ちゃん、普通にできてますね」

 

「……此処まではね…」

 

『本日プレイするゲームはゲーム初心者の那珂ちゃんの為に、鉄拳を用意しました、大人気格闘ゲームですが難しいことでも有名なので、サポート役としてゲーム雑誌のライターの方を呼んでいます』

 

『よ、ヨロシクオネガイシマス』

 

「明らかにテレビ慣れしてない人も居ますけど、良いんでしょうか」

 

「この時間帯だし、それは良いんだよ…うん」

 

 

 

 

 

『す、すごい!この番組で一番上手いディレクターをパーフェクト勝利!まさかの負けなし!最初こそプレイがおぼつかない様子でしたが、僅かな時間でこんなに成長するなんて!』

 

『コマンドの入力が正確なので立ち回りを変えればもっと伸びると思います、本当にやったことないというのが信じられないです』

 

『………あ、ありがとうございます』

 

「今スイッチ切れましたね」

 

「うん、もうスイッチ入りっぱなしで黙り込んじゃって…」

 

「イヤーッ!とか雄叫びあげないだけ良かったじゃないですか」

 

「………それが…この後…」

 

「え」

 

『折角ですし、ライターの九竜さん、やりますか?』

 

『え、あ、は、はい!』

 

「……この人がすごく強くて…その…」

 

『おお!此処まで負けなしの那珂ちゃんに勝利!さすがは攻略ライター!体力のトレードなどを有利に持って行ってますね!』

 

『……ッ…!』

 

「あ、スイッチが」

 

「…やめてぇ…」

 

『イヤーッ!』フンッハッ!シャクネツッ!

 

『うおっ!危なっ…』バチッ

 

『くっ…!』

 

『よし!』ナウダイ…ラショーモーン!!

 

『……!』

 

『すごい迫力だ!ただこれは鉄拳ではなくSNKvsCAPCOMだ!』

 

「SNKvs CAPCOM…そんなのもあるんですね…鉄拳自体やった事がありませんが」

 

「あぁぁぁ……公開処刑だよぉ……」

 

 

 

 

「結局一勝もできず、ですか」

 

「それもだけど、うん…」

 

『いやー、那珂ちゃん面白いですねぇ!この前のバラエティでも途中不思議な喋り方してましたけど、キャラ作り?』

 

『えっと……その…集中のスイッチが入ると……その…』

 

『あー、成る程ねぇ!』

 

「……あれ?今気づいたけど前のバラエティって…」

 

「もしかして那珂ちゃん気づいてませんか?出てる番組ほとんどでスイッチ入ってますよ」

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

 

 

翌朝

 

 

 

「……で、那珂は?」

 

「布団にくるまって引きこもってます…」

 

「…はぁ…呼んでこい、仕事の依頼だ」

 

「仕事の依頼?」

 

「ほら、これ、ドラマの脇役だけどな、二面性のある感じがマッチしてるってよ」

 

「…すぐ呼んできます!」

 

 

 

「え、これホント?」

 

「知るか、自分で確認しろ」

 

「待って、この局だから………あ、急なお電話失礼します、そちら…え?あ、ごめんなさい、間違えました」

 

「名乗る前って…どこにかけたんですか」

 

「デニーズ…」

 

「どうやったら間違えるんだよ!」

 

「待って!えーと…今度こそあってるね、よし!」

 

 

 

 

 

「ほんとだって!殺人鬼役!」

 

「うわ、なんか物議醸しそうなとこ来たな」

 

「しかも一話限りじゃなくて、全話出るんだって!」

 

「それレギュラーじゃねぇか」

 

「後ドラマの前と放映期間もバラエティの出演をオファーしてくれるらしいよ!」

 

「……美味い話には裏があるって…」

 

「海のシーン、護衛を頼めないかって」

 

「なるほどな?撮影地は」

 

「この近海でやってくれるらしいよ」

 

「ならまあスケジュールとか用意してもらってくれ、それ見て答える」

 

「わかった!」

 

 

 

 

 

 

「提督ー!なんかSNSで炎上しちゃったんだけど!?」

 

「そんな気はしてた、まあ火消しは向こうの奴らがやるだろ、ほっとけほっとけ」

 

 

 

「なんか人気出てきたよ!?」

 

「良かったじゃねぇか、一回炎上したせいで知名度も上がったし、まともな面から見れる奴らには評価されてる」

 

 

 

「やった!とうとう自費じゃないCDが出せたよ!」

 

「そういやお前自称アイドルだったな」

 

 

 

 

「って事があって今に至る」

 

「…最近はまたお仕事が減ってきて…寂しいね」

 

「まあブームは一過性なモンだ、お前が本当に評価される実力があるなら、また仕事はくるだろ」

 

「うん、まあでも、最近ニーズが減ってきたなって」

 

「ニーズ」

 

「あ、ごめん電話…はい!わかりました!地方ラジオのゲストだって!」

 

「良かったじゃねぇか、頑張れよ」

 

「那珂ちゃん、いっきまーす!」



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番外 クリスマスイブ①

離島鎮守府

工作艦 明石

 

「んー、まさかクリスマスを祝う?…祝うで良いか、まさか祝う日が来るなんてねぇ」

 

「まあ、ちょっと大人数が本土に行く許可出ただけですけどね…」

 

「残る私達はいろいろもらってんだからいーじゃんいーじゃん、やー美味しいねー…チキン?明石も食べる?」

 

「ターキーですよ、七面鳥…あ、北上さんそっちのサラダください」

 

「………何が違うの?」

 

「七面鳥の方が身がしまってて、燻製のような風味でしっかりした感じらしいですよ?…あとほら、脂が少なくてあっさりしてます」

 

「……それって身が固くて、独特の風味があって、さらにパサパサしてるって事だよね…美味しいけどさ、それならニワトリでいいよ私は…」

 

「あ、もう始めてたんだ」

 

「提督」

 

「僕も混ざっていいかな」

 

「はい、どうぞ」

 

「って言っても料理は私たちが作ったやつと間宮さんが作ったやつしかないけどねー、残存戦力は私と明石と翔鶴と青葉、この4人だけだし?青葉と翔鶴なんて先にみんなにお供えするって帰ってこないし」

 

「間宮さんにも行ってもらったのは…正直間違いかと思いましたけど、翔鶴さんと北上さんが全部やってくれましたからね」

 

「……明石と青葉は何も作らなかったの?」

 

「いや、その…あはは…」

 

「皿洗い担当艦が2名いたんだよ、それだけ……」

 

「し、失礼な…!サラダの野菜をちぎったのは私です!」

 

「明石、指切ったの?」

 

「……いやー…切り傷って慣れないですけど…変な感じですね」

 

「そうそう、ぱっくりいく感じが嫌だよね〜」

 

「……想像しちゃった…」

 

「でも意外だなぁ…料理も得意なのかと思ってたけど」

 

「偶々です!というかこの前の食堂担当の日に私の料理食べませんでしたか!?」

 

「うーん、ごめん、僕は普段から食べに行くのが遅くなるから誰が作ったかは知らないかなぁ…いつのやつ?」

 

「……前回のハンバーグカレーです…」

 

「あ、食べた食べた、美味しかったよ!」

 

「それならよかったですけど…」

 

「提督〜、ケーキ無いからさ、ほら、これ食べてよ」

 

「アップルパイ?北上が作ったの?」

 

「意外と何でもできる北上様だからね、昔言ってた焼きたてにアイス乗っけるってやつ、どう?寒いけどさ」

 

「うん、ありがとう、是非もらうよ」

 

「………良いなぁ…」

 

 

 

 

 

 

「あれ?北上さんは?」

 

工廠にアレを取りに戻ったら、北上さんだけ居ない…

 

「青葉たちを迎えに行くって、明石はどこ行ってたの?」

 

「え、あ、いや……その…あの……」

 

つまり、ここを逃せば…

渡すなら今しかない

 

「こ、これ!」

 

「この箱は…あ、もしかしてクリスマスプレゼント…?」

 

顔が曇ってる…やっぱり嫌だったかな.…前に本土に行った時に買ったやつだけど…

 

「…はい」

 

「……ごめん」

 

……受け取ってもらえないかぁ…

 

「…ですよね…」

 

「用意したかったんだけど買いに行く暇がなくて…明日みんなが帰ってきたら明石の分も渡すから…ごめんね…」

 

「……あ…そっちかぁ……」

 

「え?」

 

「な、なんでもないです!ほら、貰ってください!」

 

「う、うん、ありがとう…開けても良い?」

 

「その…はい、どうぞ!」

 

正直自分のセンスに自信はないけど…

でも、もしかしたら喜んでくれるかもしれない…と思って買った物を少し手を加えてみた…

 

「これって…」

 

「その、あんまり高い物じゃないですけど、腕時計を…」

 

「……ありがとう、嬉しいよ!」

 

「よ…よかったぁ……」

 

安心感で腰が抜けちゃった…

 

「だ、大丈夫…?」

 

「あ、あはは…あの…はい…大丈夫なので立たせてもらえませんか…?」

 

 

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 北上

 

「んー?明石は?」

 

「疲れたみたい、立ってられないって言うから休ませたよ」

 

「………」

 

それ絶対別の理由だなぁ…というか…大人しく部屋に帰るあたり…先は越されてるみたいだね

 

「お、良い腕時計じゃん、明石もやるなぁ…」

 

「ちょっと僕には勿体ない気もするけどね」

 

「……多分、世界で一番似合ってると思うよ」

 

「…照れるな…あはは」

 

「んー……私からは明日まで待ってね、阿武隈に頼んであるから」

 

「…やっぱり本土に行けばよかったんじゃない?青葉も北上も一回も本土に行ってないじゃないか」

 

「いやー…私は…」

 

……AIDAが暴走したら、と思うと怖い…なんて言えないなぁ…主力から外されたくないし

 

「それより青葉と翔鶴酷いんだけど!私がせっかく迎えに行ったのに北上さんは邪魔ですって」

 

「え?2人ともそんなタイプじゃないと思うけど」

 

「うん、盛ってるしね」

 

ごゆっくり、ってつけてるあたりまぁ、私もわかりやすいと言う事で…でも…翔鶴は多分…って感じなんだけどなぁ…

 

「あれ?提督、まだこれ食べてなかったんだ」

 

「甘いものは後で食べたいからね…今からいただくよ」

 

「……この皿って…」

 

確か冷蔵庫に入ってた青葉の失敗作の方…

私は出してないし、明石も出すわけ無い…

よくみたら料理も鳥は胸肉だけ減ってるし…

 

「もしかして食事の時まで変な気を遣ってるわけ?」

 

「そんな事ないよ、おいしいものを食べてるだけだよ」

 

「………提督ってわっかりやすいよねぇ…何?何やったの?ほら、怒らないから言ってみなって」

 

「いや、何もしてないよ」

 

「…じゃあ同情?今までクリスマスをちゃんと迎えたことがない、私たちに対して」

 

「……それは…」

 

まあ、わかってたよ、そんな事だろうとは思ってた

ここの戦力を空にしてまでみんなを本土に行かせようとしてた理由も、そんなとこだろうとは思ってた

 

「………じゃあさ、提督…」

 

「何?」

 

「せっかくだし、忘れないくらい楽しいクリスマスにしてよ」

 

「…よし、じゃあ明日もパーティーにしようか、きっと間宮も同じ考えだと思うし」

 

…そうじゃないんだけどな……

…ん、青葉と翔鶴…覗いてるな…?

 

「ほら、アップルパイ食べさせてあげる、あーん」

 

「え、別にそんな事はなくても…」

 

「私達を楽しませてくれるんでしょ?ほら、食べて」

 

アイスをたっぷりつけて差し出す

 

「…うん、美味しいよ」

 

「ま、当然だよね、このあたしが作ったんだからさ」

 

口元についたアイスを指でなぞり、口に運ぶ

チラリと翔鶴を見る

 

おや?青葉も良い反応してるなぁ…

 

「ごめんねー、口元汚しちゃった」

 

「アイスが溶け始めてるからね、でもすごく美味しいよ」

 

……もう少し反応して欲しかったなぁ…私だけ恥ずかしくて馬鹿みたいじゃん

 

「失礼します、提督」

 

「メリークリスマスです…司令官…」

 

「お、2人とも来たんだ、ほら、一緒に食べようよ」

 

「青葉、翔鶴、料理はまだまだあるから2人も食べて」

 

「……ええ、是非お言葉に甘えさせていただきます」

 

「あ、そのお皿…」

 

…ああ、まあそりゃあ捨てられたのかと思うよね

 

「ん…?もしかしてあのオムレツは青葉が作ったの?ごめん、全部食べちゃった」

 

「え?あ、アレを食べたんですか…?焦げてましたよね…?」

 

「美味しかったよ?」

 

…うーん、何回も言われたら価値がどんどん落ちてくからやめて欲しいんだけどなぁ……

 

「と言うか何で冷蔵庫にあったものを?」

 

「てっきり間宮が置いておいたものかと思って…ごめんね、青葉」

 

「い、いえ…その……ありがとう、ございます……」

 

「え、ご、ごめん!そんなに怒るなんて…」

 

「あ、提督、青葉さんが泣いてるのはそう言う理由じゃ…」

 

「失礼しまーす、明石、復調したのでもど…何ですかこの惨状……」



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番外 ゲーム上手な提督達①

横須賀鎮守府

提督 火野拓海

 

「ふむ…大淀がカードゲームか…珍しいな」

 

「あら、提督、どうですかこれ」

 

そう言ってカードの束を見せてくる

 

以前やっていたカードゲームだ、このゲームの大会にも出たことがあるし、優勝した事もある…デッキの構成について聞かれるということは、何故かそれを知られているという事だが

 

「どれ……まだまだ粗いな、ビートダウンが狙いのようだが…いや、中途半端にロックを求め過ぎているな」

 

「…ロックデッキを組みたかったんですけど、衣笠さんのデッキに勝てなくて…」

 

「ふむ…衣笠はどんなものを?」

 

「展開は遅いんですが、終盤倒しても倒しても重いモンスターが出てくるんです、なので序盤に削り切りたくて」

 

かなり負けが込んでいるのだろう

大淀は燃えていた

 

「……人に合わせて中途半端になっているな、カードは他にはあるのかね」

 

「……これです」

 

「…なるほど、これならあまり人に好かれるものではないがバーンデッキを組んで回せば良いだろう、衣笠のデッキはおそらくコストが重いものが多い、そのコストを払えないように手札を削るカードを交えても良い」

 

「わかりました、じゃあそれに盤面を一掃するカードも交えて仕舞えば…」

 

「ああ、それが良いだろう」

 

他人事だというのに、いかんな、何処か楽しんでしまう

 

 

 

 

 

「提督!」

 

「衣笠か」

 

「私のデッキの対策教えたでしょ!全く勝てないんだけど…!」

 

衣笠には普段仕事がない為、息抜きにカードの組み方を教えたことがある

 

「…別のデッキを組め、と言ってもお前は中々組むのが苦手だったな…今回はこれを使え」

 

「……成る程、後攻ならコスト無しで召喚できて…それでこのカードで展開して…あ、うん、こっちも面白そう…だけどカードが無いなぁ…」

 

「今出ているパックが丁度そのテーマだ、買うと良い」

 

「ありがとう提督!」

 

0から10を作るのが苦手な彼女だが、1.2とキッカケだけ見せれば行動も、精度も高い

きっと強いだろう

 

 

 

 

「司令官!私にも勝てるデッキをください!」

 

「青葉か…君まで始めたのか?」

 

いや、衣笠がやっているのに興味を持ち、青葉が触れ回ったのか?

 

「電ちゃんもバリーもやってますよ…2人とも強しぃ……というか、良い加減勝たないと…」

 

所属艦娘全員が染まっていたのか、悩みのタネになるかもしれんな、だが…この焦り様は気になる

 

「何を躍起になっている…?」

 

「…ぅ……」

 

……青葉のやりそうな事といえば

 

「……賭けているな」

 

「ギクッ…し、失礼しましたー!!」

 

やはりそうだったか、まあ、この様な職場でこんな仕事だ、そのくらいは可愛いものだろう…

アンティールールか?金銭の賭けか?それとも新聞記事か…

 

「…ふむ、私も久しく遊ぶとするか……賭ける事の意味を教えてやらねばな」

 

在籍艦娘全員の財布がすっからかんになりかけたが、提督の温情によりそうはならなかった

 

 

 

 

舞鶴鎮守府

提督 徳岡純一郎

 

「提督、これ飽きたー…」

 

「良い加減他のゲームが欲しいにゃ…」

 

「……提督、この2人にレベリングをさせるのを手伝ってくれ」

 

犬猫犬

 

「俺仕事中、お前ら非番、以上」

 

「遊びに連れて行けー!新しいゲームを買えー!」

 

「我々は新しいゲームを求める!」

 

ウチはお小遣い制を採用している、そのため自分でゲームを買いたければ2ヶ月は貯めなくてはならない

…と言ってもこいつらが自分でゲームソフトを買ったことなどないのだが

 

「いや、2ヶ月前に買ってやったばっかだろ…何で飽きたんだ?」

 

「うーん、ストーリー終わっちゃったにゃしぃ…」

 

「こっちはストーリーじゃけど選べるミッションは全部やったもん…」

 

成る程、やり込みゲーと言われていてもストーリーしか興味がなかったり、同じ敵と戦い続ける事で素材を集めるようなゲームは子供には退屈か

だが、このゲーム達はまだ終わってない

 

「…いや、このゲームならな、実は此処に……ほら」

 

「え?何これ」

 

「ストーリーって言ってもな、メインとサブがあるだろ、サイドストーリーとかな、あとはこんな隠し要素とか…全部集めるのも楽しいぞ」

 

大体の子供が気づかない隠し要素、プレイされないサブストーリーは少し俺には寂しいものだ

元同業者なりの援護射撃ってとこだな

 

「…うん!もっとプレイして遊び尽くしてから別のゲームに手出しするにゃしぃ!」

 

「白露のは…ネットでだな……ほら、これとかおまえ好きだろ」

 

好きそうな装備をピックアップしていく

 

「うわっ、何この装備…」

 

「コイツと、それの装備を合わせてるんだよ、敵を倒すのを目的にするんじゃ無くて装備を集めるのを目的にしてみたらどうだ?」

 

「よーし!いっちばーん良いの!作るよ!」

 

…これで2ヶ月は持つ…と良いんだがな?

 

「提督、レベリングを…」

 

「………若葉、お前は…ゲームは一日4時間な」

 

お前の見た目でデスマーチ並みのプレイされてたら気が気じゃない

 

「そんな!次のイベントに間に合わない!」

 

「……ネトゲとソシャゲを並行したり、同時に遊ぶのは良いんだよ…だがな、ソシャゲを複数並行しながらネトゲのレベリングもしてたらお前体壊すぞ…?」

 

「問題ない、それより提督のコーヒーが飲みたい」

 

「……その年でカフェイン中毒かよ…」

 

…いや、しまった、こいつら見た目と歳は分けて考えないといけないんだったか…

 

「まあ何にせよ、無理なプレイは禁止…長月、菊月、お前達が聞き耳を立ててるのは知ってるからな、お前達も4時間を超えたら…そのDSを閉じるぞ、逆方向に」

 

「だ、ダメだ!私のプラチナが…!」

 

「心配ない、ソフトは無事だろう」

 

「…あんまり聞き分けが悪いとソフトだけ壊して回るぞ」

 

何でコイツらはこんなに…

 

「司令官、昨日のセッションの続きがしたいんだよ〜…」

 

「弥生は、約束を破られて、怒っています…」

 

弥生と望月…

そして後ろに控えてるTRPG組……利用するか

 

「俺の仕事が終わってないのはコイツらが原因だ、追い出すか手伝ってくれたらすぐ終わるぞ」

 

「……これでどう…!?」

 

「いよっと…あたし達の邪魔はさせないよっと」

 

望月と弥生が白露達を引っ張っていった

 

「ようやく落ち着いて仕事ができるな…」

 

そう思った瞬間に扉が音を立てて開く

 

「五月雨!時雨!見ぃつけた!私から逃げられると思ってるのかしら?」

 

「……あ?夕立…?」

 

迷いなく俺の方に近づいてくる、狩る者の目…

 

「お、おい…?何してるんだ?お前…」

 

「ほら、ここ!見つけた!」

 

そう言いながら俺の椅子を勝手に引く、その勢いで俺は背後の壁に頭をぶつけた

 

キャスターのないタイプに買い替えよう…

 

「…何でバレたんだろ」

 

「……鼻が効くからじゃないでしょうか…」

 

「普通に毎回そこにしか隠れないからっぽい」

 

デスクの下から時雨と五月雨が出てくる

全く気づかなかった…

 

「……いつも此処に隠れてたのか…さて…」

 

手を一つ鳴らす

 

「皐月!三日月!初霜!邪魔者が此処に3人いるぞ!」

 

「呼ばれて!」

 

「飛び出て!」

 

「ジャジャジャジャーン!」

 

ようやく1人になれたか

 

「……よし、これで進むな…」

 

後日艦娘には新しいゲームが与えられた

簡単ながらも提督の作ったオリジナルのゲームが

 

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「……何でこの流れで俺なんだよ」

 

「5先だ!」

 

「いや、木曽意味わかってるか?格闘ゲームの○先ってのは2ラウンド先取で1本、つまり5勝しなきゃいけないんだからな?」

 

神通が持ち込んだ格ゲーは鎮守府内大流行

暇さえあれば挑まれる日々だが

 

「1先だとマグレがあるだろ?」

 

「……そういうのは神通相手に1ラウンドでも取ってからいうんだな」

 

大抵初心者だ

 

 

 

「ほらな」モエタロ?

 

「ぐがぁぁぁ!」

 

まあ、そうそう負けはしない

 

「せめて加古にでも勝つんだな」

 

「提督が煽るせいで加古さんはもう私より強くなりましたよ?」

 

「…なに…?神通より…?」

 

神通は此処で俺以外から最強の名を恣にしてきたハズ…

 

 

 

「へへっ…雑魚ってんだぁ〜…よっろし…クソォッ!次はぶっ飛ばす!」

 

 

 

「あのやり取りがもうできないのか…!」

 

「そこにショックを受けないでください」

 

いや、待てよ…あいつ此処最近の出撃の戦績が…

 

「……よし、古鷹と由良を呼べ」

 

「はい、呼んであります」

 

「あー…あはは…ねっ?」

 

「……お任せ下さい、2人とも痛い目に合わせておくので」

 

成る程、古鷹は気付いてたか、由良が加古のサボりを隠していた事を

 

「由良は甘いだけだ…が、まぁ、キツめに頼むわ」

 

「お任せ下さい」

 

「提督さん!?提督さーん!?」

 

「…情けは人の為ならず」

 

「それ自分に巡り巡って帰ってくる、って意味ですよ」

 

「うるせぇよ」

 

ドアが軋む様な音を立てて開く

 

「て、い、と、く〜?」

 

「ゲェッ!大井!?」

 

「…提督もサボってたんですか」

 

「神通さんも今は訓練を見る時間でしたよね?あれー?おかしいですよねぇ?」

 

「クソッ!逃げるぞ!」

 

「吝かではないですね」

 

「…ふっふっふ…誰も私の前から逃さないわ」

 

 

 

「ぐぁぁぁぁ!」

 

「提督、南無阿弥陀仏」



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元勇者提督//vol.3 侵食汚染
幕間


失礼します、この場を借りて挨拶申し上げます、作者です。

この度このような場を設けましたのは、このお話の半分が終わり、残り半分に進む前に、皆々様に御礼申し上げ、並びにお詫びしておきたいと思いましたが故で御座います。

楽しく読んでいただいております皆様
日頃より誤字の御指摘をいただいております皆様

誠に有難うございます。

私の書き方などから読み難い思いなどをさせてしまったり、説明が不十分なせいで不愉快な思いをさせてしまっていることかと存じます。

その点につきましては誠に申し訳ありません。

このお話は、私がプレイしたゲームの作品の知識のみを元にしております
至らぬ点なども今後より出てくると思います、出てこないキャラも多数います
我が鎮守府にいない艦娘は一切出てきません、深海棲鬼もあまり出てきません
その所どうぞご容赦くださいませ。

それでは後半戦に参ります、どうぞ御愛読のほど…


東京 某所喫茶店

九竜トキオ

 

「…それって本当なんですか?」

 

「ああ、俺は間違いないかなって思ってる」

 

「……もしその話が本当なら、世界が終わります」

 

「だから、手を貸してくれない?おっさんにゃ厳しくてさ」

 

「敵は?」

 

「……下手すりゃ、世界かもな」

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「それ本当か?」

 

『碑文使いが現実に出てこれるって点は間違いないと思う』

 

「…なんで拓海は出てこれない…というか、拓海の碑文はなぜ失われた?」

 

『そこが境界だよ、思ってるより、ネットとリアルが同じものになりつつあるんだ』

 

「…だから、アレをやる気か?」

 

『まだ言い切れない』

 

「迷ってくれてて嬉しい限りだ」

 

『………君に話すこと自体、僕は迷ってた、だけど話してよかった、選択肢に入れられたから』

 

「…勇者の取る選択肢じゃねぇな」

 

『僕は勇者じゃない、自分でも勘違いしてたけど、一番の間違いはそこだ』

 

「…どうした?」

 

『……僕は決して誰かに誇れる何かじゃない、ただ、友達のことを助けるため、仇を打つための復讐者だった、結果として勇者と呼ばれたり、世界を救ったかもしれない、だけど…僕は勇者じゃないんだ』

 

「………あんたが何者かは興味がねぇけどな…でも、人のために戦う奴は勇者なんじゃないのか?」

 

『僕は…勇者であるために戦ってた、気付いたら1番それに固執していた……でも、もうやめることにしたよ…僕は勇者じゃない、ただ、みんなと共に戦いたいだけなんだ』

 

「その選択が、そのみんなを殺してもか?」

 

『…そうだよ』

 

「………」

 

『僕の作戦は憶測の域を出ない、これからより激しくなる戦いの中で、取れる選択肢じゃないかもしれないけど』

 

「俺はあんたの作戦に、最後まで賛成しない」

 

『うん、だから…その手段を使わないために、力を借りたい』

 

 

受話器を置く

 

「………苦しいな…」

 

頭が痛くなる

 

「お疲れ様だクマ」

 

「…悪い、聞いてたか?」

 

「なぁんにも、聞いてないクマ、それより、こっちの方が問題だクマ」

 

「………朝潮、荒潮の転属願い、か……まあ、受理する」

 

「……その方が本人達は幸せだクマ、まさかあそこに戻ることを望む奴が出てくるなんてクマ」

 

「お前らは、良いのか?北上は…」

 

「………アイツが寂しくないのに、球磨達が寂しがるわけないクマ」

 

「……俺は…寂しいかもしれねぇな」

 

「会いたい奴がいるのかクマ?」

 

「…まあな…」

 

「………球磨達は代わりになってやれなぁクマ」

 

「そうだ、誰も代わりにはなれない………だからお前らも会いに行ってこい」

 

「…寂しいのはそっちじゃなかったのかクマ?」

 

「お互い様だろ?」

 

「…ごもっともだクマ…お言葉に甘えるのも良いかも知れんクマ」

 

「お互いにな」

 

「………ちなみに提督は誰に会うんだクマ」

 

「…誰に会えば良いんだろうな…俺」

 

「………昔の友達とかいないのかクマ」

 

「3人は今意識不明、1人は横須賀、2人はどっかで仕事してて忙しいし…1人は帰って来ない、1人は……遠くに行った……」

 

「…つまり今はぼっちかクマ、実家はどうだクマ」

 

「……親に会うにも、気分じゃねぇしな」

 

「…よし、球磨型で遊びに行くから付き合えクマ!」

 

扉が音を立てて開く

 

「いいですね、用意しましょう」

 

「大井っ…いつから居やがった?」

 

「つい先程です」

 

「……ぜってーうそだクマ」

 

「で、どこに行きましょうか?」

 

「提督は行きたいとこあるのかクマ」

 

「…あんまねぇ」

 

「よし、木曾に遊び場所聞いておけクマ」

 

「多摩姉さんに食事場所の確保をしてもらいますね、2日ほど休みを取りましょう」

 

「……このご時世にそれは無理だろ、取れて日帰りだ」

 

「大丈夫です、2日なら取れます、というか取れないとおかしいでしょう?提督、最後にお休みを取ったのはいつですか?」

 

「…さあな」

 

「そういうことだクマ、ちなみに入院はカウントしないクマ」

 

「………」

 

「よし、遊びに行く用意しますよ」

 

「…じゃあ、仕事を先に終わらせとくか…川内と由良を呼んでくれ」

 

「由良さんはわかりますが…川内さんですか」

 

「夜恐怖症の川内を呼ぶのはお勧めしないクマ、あいつ最近悪化してるクマ」

 

「呼べば神通辺りも来るだろ?3人いれば何とかなる」

 

 

 

 

「提督さん、由良に何か用?」

 

「ああ、悪いんだが、2日ほど外すことになったからちょっと仕事を頼みたい」

 

「別に良いけど、どこに行くの?」

 

「…知らねぇ、球磨型に引き摺り回されるらしい」

 

「せっかくだしゆっくりしてきてね、私も頑張るから、ね?」

 

「悪いな」

 

「失礼します、川内です」

 

「ああ、入ってくれ、神通も来てるな」

 

「はい、少々気になりましたので…」

 

「悪いな、お前も来ると思って川内を呼んだ、由良には話したんだが、2日ほど外すから少しの間ここを頼みたい」

 

「…夜間消灯を無くしてくれるなら良いよ」

 

「お前らの部屋は常時電気がついてるだろ」

 

「…廊下とか、全館…」

 

「姉さん、流石にそれは…」

 

「……必要な時だけなら良いぞ…」

 

「ありがと…」

 

「神通、悪いけど見ててやってくれ」

 

「…勿論です」

 

「ある程度は片付けておくから、頼めるか?」

 

「わかりました、提督さん、楽しんできてね、ね?」

 

「うん、夜じゃなきゃ頑張るから」

 

 

 

 

元勇者提督

vol.3 侵食汚染

 

離島鎮守府

 

「……本部は何を言ってるんですか?」

 

「…島風の異動に時間をくれるだけマシだよ、まだ怪我が治ってないし…」

 

「…舞鶴鎮守府…偵察部隊なら…」

 

「危険な任務が多いけど、島風なら活躍できると思うよ」

 

「……みんな…早く元気になって欲しいけど…」

 

「…提督、先日のお話はよくわかってるつもりです、でも…あの力無しでこの戦いは乗り切れません」

 

「……わかってる、先日、これが届いた」

 

「…弾薬…?…いや、違う…これ、もしかして…」

 

「そう、例のデータ兵器だ、本部には知られたくないからまだ誰にも話していない」

 

「……安全の検証もしなくてはなりませんね」

 

「うん…これで…どうにかなってくれれば良いんだけど」

 

「…きっと、戦いは新しいステージに進みます」

 

「それは良くないことなんだ」

 

「……それでも、止めることはできません」

 

「大丈夫、事が終われば、それは全て…いや…どうにもできないのかもしれない…」

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

 

「全員敬礼!」

 

「休め、全員おはよう、先ず、先日までに報告された敵だが、撃破が確認された、しかし同時に新種の出現も報告されている、依然危険なことは変わらない、こんな状況下の中出撃をさせる事申し訳なく思うが、今日も務めてくれ」

 

「質問よろしいでしょうか」

 

「不知火、なんだ」

 

「撃破したのは離島鎮守府だと聞いています、前回の敵も含めて、果たして…彼処の艦隊で倒せる敵なのですか?我々は一度その敵にやられましたが…戦闘データを見ただけでも明らかに対処不可能な敵だとわかるほどです、撃破した、となると…何か特別な装備などがあるのではないですか?私達にも必要です」

 

「あそこは実験的装備を試す場でもある、結果を出しても被害が大きく、入渠で治せない傷を負うものが多いせいでこちらに配備できない、と聞いている」

 

「そのような武装を使い続けてると?」

 

「さあな、他に質問は」

 

「いえ、ありません」

 

「それでは第三艦隊、近海の哨戒だ、他の者はそれぞれの仕事に励め」

 

「今日は槍術は?」

 

「希望者のみとする、必要なら呼べ、解散」

 

 

 

「提督さん、もうちょっと緩くできないの?」

 

「これが俺のやり方だ、せめて朝礼だけでもしっかりしないと落ち着かない」

 

「それに、槍なんて私たちには必要ないと思うんだけど…」

 

「いつ地上戦が始まるかわからん、覚えておいて損はない」

 

「いや、わかるんだけどさぁ…砲を捨てる意味はないでしょ…」

 

「弾薬は有限だが槍は壊れるまで使える」

 

「……まあいいや、今日はリコちゃん来るのかなぁ」

 

「…来ない、多分な」

 

「我が艦隊に癒しをー!!」

 

「……うるさいぞ瑞鶴」

 

「良いじゃん、提督さんも嬉しいでしょ?」

 

「…娘をよく言われて喜ばない父親はいない」

 

「そりゃそっか!さ、頑張ろっか、おとーさん!」

 

「…お前の親になった覚えはない」

 

「もっと優しくしない?不貞腐れるぞぉ?」

 

「優秀な奴は評価する、お前も含めてな」

 

「そういう意味じゃなくってさ、オフの時みたいに接しても良いと思うんだけど?」

 

「今は職務中だが」

 

「……オンオフは大事だけどさー、疲れない?」

 

「お前の絡みがなければな」

 

「酷くない!?爆撃して良い?!」

 

「…俺を殺す気か…」

 

 

 

舞鶴鎮守府

 

「提督さん!これ食べたいっぽい!」

 

「こっちの方が美味しそうだよ、夕立、こっちにしない?」

 

「お前ら容赦なく食うなぁ…ここの払いは俺なんだぞ…」

 

「好きに食べていいって行ったのは提督だからね」

 

「いっちばーん食べます!」

 

「……」

 

「弥生、どうした?」

 

「……おなか、いっぱい…」

 

「……半人前も食べてないだろ、ほら、もう少し食え」

 

「…いい」

 

「このだし巻きとか美味いぞ?」

 

「………あ…」

 

「雛鳥じゃねぇんだから……ほれ」

 

「…ん……けぷ…」

 

「ほんとにキツそうだな、仕方ない、お前の分はおっさんが食っちまうからな?」

 

「いい、お願い…」

 

「………はぁ…全く、何の因果なんだろうなぁ……」

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

 

「急ぎこれを纏めてくれ」

 

「はい、それとこちらが新しい資料です」

 

「………これは真実かね」

 

「間違いようもなく……」

 

「……これは…本格的に夜が深くなってきたか」

 

「…艤装に対するハッキング、軍事機密の漏洩……どうなってるんでしょうか…」

 

「至急月の樹に回してくれ」

 

「はい、急ぎます」

 

「………高度なセキュリティを敷いているはずが…あっさりと、か……ヘルバ、期待を裏切ってくれるなよ…」

 

 

 

 

月の樹

 

「システムの被害は?」

 

「ありません、どうやら諦めたようです」

 

「……そんなはずが無い…月の樹の存在を突き止めたのなら、そう易々と諦めるわけがない」

 

「……ヘルバ様?」

 

「より一層警戒を強化しなさい、ビトに犯人を探させて」

 

「わかりました」

 

「………薬は確かに苦いもの…でもそれは毒とて同じ…あれは薬だったのか…それとも…」

 

 

 

離島鎮守府

 

重巡 摩耶

 

「はぁー……ダメだ、あの豪快に振り回す感じに体が引っ張られちまう」

 

「それじゃダメね、でもその体捌きは良いんだから……」

 

「そうですねぇ…」

 

「摩耶、もっとゆっくり動かしてみたら?」

 

「ゆっくり…ゆっくりねぇ……艤装展開する事自体久しぶりなんだよ、こちとら…」

 

「これじゃ、実質練度は0ね」

 

「んだとぉ!?」

 

「事実でしょ、というか、すぐにキレるの禁止」

 

「もぉー!禁止禁止うるせぇー!」

 

「…まだ一回目だし……」

 

「んー、砲を変えてみる?」

 

「……砲を?戦艦用でも積むのか?」

 

「今のを、もう少し重くしてみましょう」

 

「…なるほど、いいかも、さすが愛宕さん」

 

「となると、頼りになるのは……」

 

 

工廠

 

「…成る程、わかりました!お任せください、とりあえず、どのくらいの重さにするかを決めるために、いまの砲に重りを乗せてみましょう」

 

「よし、どんなモンでいこうか」

 

「じゃあー……」

 

 

 

 

「結局1.25倍か……これ戦艦砲積めるんじゃねぇの?」

 

「流石に無理だと思いますけど、それにしても、重くなったそれを両手に戦うと言うのはなかなか…」

 

「だけどこれなら当たる!いやー!助かる!」

 

「……というか、対空はいいんですか?」

 

「タイクー?アタシはガンガン敵を薙ぎ倒してなんぼだろ!」

 

「…最近敵の空母型が増えてるので、良ければこの機銃と高射砲も試しておきませんか?」

 

「……まあ、いいけどよ…あ、意外と馴染むな」

 

 

 

 

 

 

山陰自動車道

 

「北上ー!お前また無茶したって聞いたけど、そこんとこどうなんだクマ」

 

「キリキリ吐けニャ」

 

「逃げ場はありませんよ?だって車の中ですからね!」

 

「……すまん、姉さん」

 

「……呉の提督ぅ……どうなってんのさ、これ、アタシ演習の付き添いに来ただけなんだけど?」

 

「…いや、俺もしらねぇし…何で俺誘拐したみたいになってんの?」

 

「うるさいですね、黙って運転してください」

 

「というか運転してるから共犯ニャ」

 

「姉妹でも誘拐って成立するのか?」

 

「……うわっ……するみたいだクマ」

 

「いや、成立しなきゃおかしいから…というか私の時間を返して…いや、そんな贅沢言わないから私を鎮守府に帰らせて……」

 

「…俺帰っていいか?」

 

「駄目ですよ、これは提督の慰安旅行なんですから♪」

 

「……全然何も休まらねぇんだけど…」

 

「あ!ヘイ!パトカー!!」

 

「タクシーみたいなノリで呼ぶんじゃねぇクマ!」

 

「逃げられると思ってるのかニャ?この無敵の球磨型相手に…!」

 

「いや、私も球磨型だし……て言うか球磨姉殴ったね!?とうとう手を出したね!?」

 

「うるせークマ!うっさいアホが悪いクマ!」

 

「駄目ですよ姉さん、アホ上さんを叩いていいのは私だけです」

 

「…こ、殺されるー!!!」

 

「…頼むからこれ以上暴れないでくれ…!」

 

「……すまん、提督…諦めてくれ」

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

「……えぇ…と?」

 

「司令官、その…ごめんなさい」

 

「私たちも止めたんだけど…」

 

「うーん……せめて事前連絡くらいくれればいくらでも許可は出したんだけどね…よし、わかったよ、暁、雷、ありがとう」

 

「提督、でもこれはある意味チャンスでは?」

 

「え?鳳翔さん、どうしたの?」

 

「何処か北上さんに頼りきりでは無いか、と前々から感じておりました……どうでしょうか、一度、北上さんに頼れない状況で戦うと言うのも」

 

「………うーん、あんまり気は乗らないな…それで被害が出たら何も変わらないし……それよりも怖いのは…こっちだよ」

 

「憲兵ですか」

 

「僕自身いい思い出はないからね……」

 

「ですが、ここがある程度力を持ってしまった以上、監視の目はいつか付くものです」

 

「そうだね、それで考えたんだけど、前より環境もいいんだし、仲間として接することもできるんじゃないのかな?」

 

「……仲間ですか」

 

「こんな孤島、何もないんだし、お互い助け合わなきゃね」

 

「その考えは理解できますが……果たしてそううまくいくかどうか…」

 

「正直無理な話だと思うよ、でもそれで1番駄目なのは誰かが暴走して、取り返しのつかないことになることだ」

 

「苦手意識はもうどうにもならないと思いますけれど…」

 

「何にせよ、受け入れなきゃいけないんだ、ここで拒めば何を言い出すかわからない……それに憲兵の配置なんて、してない方がおかしいんだから」

 

「そう仰るのでしたら…」

 

「ただ、こっちとしても何の発言権もないのは困るから、医務官を1人、人間でも艦娘でもいいから欲しいって連絡はしてる、夕張さんも今週までだし……」

 

「……受け入れてもらえますかね」

 

「正直、夕張さんが残ってくれるのが1番嬉しいんだけどね……あ、そうだ、明石を呼んでくれる?確かこの前の人型の敵に関する対策会議をするつもりだったんだ」

 

「他のメンバーは…?」

 

「時間になれば来ると思うよ、でも明石は偶に時間を忘れるからね」

 

「わかりました、そのようにします」

 

 

 

「……明石は?」

 

「まだ来てませんね」

 

「……仕方ない、先に始めよう、加賀、まず君たちが受けた攻撃だけど」

 

「はい、私達は意識だけどこかにいるようで…しかし、お互いに触れることも、意思の疎通もできました、濃霧に包まれ、通信ができないと言う状態でしたが」

 

「高雄、発言して良いでしょうか」

 

「うん、お願い」

 

「私達は連合艦隊の救助を行いましたが、全く霧はありませんでした、それどころか、通信も普通に行えて…救助もあっさり成功し、何が何なのか正直なところわからないと言うのが本音です、ですが、少なくとも私たちには異変はなくて……」

 

「待て、高雄、意味わからんことになっとる、ウチが説明するわ、連合艦隊の奥にな、報告した通り変なヤツがおったんや、人間みたいやのに海の上におって、青い光で包まれてた、まるで……ほら、あのバケモンとここで戦った時に見た呉の提督みたいになっとった」

 

「……わかった、じゃあ、それも…人間だね、ただし、ゲームの世界から出てきた」

 

「提督みたいなことしてるって事なん?」

 

「…ちょっと違うかな、その人たちは多分操られてると思う、だって、現実で倒れてるらしいから…意識を奪われて、操られてるんだ」

 

「……じゃあ倒したらあかんのか?」

 

「いや、倒そう、まず自分たちのことだ……どうなるにせよ、倒さなきゃ何も進まないよ」

 

「…嫌ですね、下手したら人を殺す、ことになるかもしれないなんて」

 

「……そうはならないよ、きっと」

 

「………」

 

「提督、下手な励ましは欲しくありません」

 

「……いや、そんなつもりじゃない…だけど、君たちには前を向いて欲しい」

 

「…キミぃ…1人で後ろ見てんのもナシやで?」

 

「勿論だよ、この戦いは、1人では勝てない戦いだ、みんなで同じ、勝利を目指して戦うんだ」

 

「そういう事でしたら、構いません」

 

「誰もそれに意義は唱えませんよ」

 

執務室の扉が大きな音を立てて開く

 

「ごめんなさい!!遅刻しました!」

 

「……明石…もう殆ど話は終わったで?」

 

「何をしていたんですか?」

 

「えっと……作業に没頭していて……あはは…」

 

「……時間厳守」

 

「ごめんなさぁぁい!!」



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拉致

離島鎮守府

 

提督 倉持海斗

 

「……やだ…私出ていきたくない…」

 

「…そう言ってくれるのは嬉しいよ、少なくともここが良くなったことの証明だ……だけど…島風、君はここを去らなきゃいけない…」

 

「……なんで?この前の作戦で活躍できなかったから?今までグータラしてたから!?ごめんなさい…やだよ……せっかくみんな優しくて、仲良くしてくれるのに……1人になったら…暗いのが…」

 

「暗いの?」

 

「……時々、暗い何かに襲われそうな夢を見るの…夢を見るたび、誰かが手を握っててくれる、加賀さんや赤城さん、翔鶴さん、みんなが優しいから頑張れるのに……」

 

「……そっか…」

 

やっぱりまだ小さな子供なんだ…なのに、そんな子を急に新しい環境に投げ出す、厳しいなんてレベルじゃないよね

 

「提督」

 

「…鳳翔さん、どうしたの?」

 

「舞鶴には駆逐艦しかいないと聞いています、私もそっちに異動の願いを出そうかと…実戦経験はほとんどありませんが、横須賀時代から訓練は積んでますから、練度は十分に…」

 

「………」

 

ありがたい申し出ではある

島風を安心して任せられる人だし、多分島風も心を開いてる

少し顔が明るくなってるから

 

だけど、それは鳳翔さんにしんどい思いを強いる事になる

 

「…ちょっと考えさせて…」

 

人事異動の話は最近絶えない

憲兵のこともそうだけど、朝潮と荒潮のこちらへの転属願、島風を舞鶴に送れと言う指令書、そして翔鶴を改装するため本部によこせ、と言う何よりも危険な紙切れまで有る

 

翔鶴だけは譲れないライン、明石曰く、間違いなく戻ってくることはない、直接的な表現では言わないけど、死を連想させる会話だった

 

なんだかんだで鳳翔さんは色々な気配りをしてくれていた、抜けた穴は小さくはないだろう、しかし、その穴ひとつで崩れる程、みんなやわじゃない…反発はあるだろうけど

鳳翔さんは、舞鶴に行ってもらおう

 

 

 

「そうですか、島風は以前の実戦とその前、この練度です、殆ど戦えないため、念のために1人つける…と、恩を売りましょう」

 

「…加賀、怒ってないの?」

 

「むしろ島風1人を送り出した時は怒るつもりでした、私たちにとって大事な家族ですから」

 

「…家族か……」

 

「みんなそうです、こんな施設で暮らしてれば、そうなりますよ」

 

「…………」

 

家族か…

僕にとっては仲間、それ以上の言葉が当てはまらない

仲間であることと家族であること、どちらがいいと言うことはないだろう

だけど、意識の差は、いつか深い溝になる

 

「加賀、島風の怪我が治るまで、目一杯遊んであげて、どうせ今は動けないから」

 

「お気遣い感謝します」

 

「…こんな事しかできなくてごめん」

 

「…翔鶴に話さなかったことは賢明でした、あの子は、自分の命を軽く見過ぎている、自分を引き換えに取り消せるなら、と必ず言うでしょう」

 

「わかってる」

 

 

 

 

 

福岡 博多

 

「んー!やっぱラーメンは豚骨だな!」

 

「…おかしいクマ…球磨達は長崎と佐世保の造船所に来たかったはずだし、食事は多摩に任せてたはずだクマ…」

 

「木曾はラーメンが食べたくて仕方なかったらしいニャ…」

 

「…じゃあ私たちも食べればいいんじゃないのかな」

 

「…屋台ラーメンなんてありえません…」

 

「…俺はありだから飯食いたいんだけど…」

 

「提督はナシだよニャ?」

 

「何言ってるクマ、多摩?まさかこんなもん食べたいやつなんて木曾だけで十分だクマ、球磨達は佐世保バーガーを食べるんだクマ」

 

「ぷはー!旨かった!よし!じゃあ佐世保バーガー食いに行くか!そのあとチャンポンだ!」

 

「………グルメ旅行だっけ?」

 

「…さあ?でも私は北上さんと一緒ならそれで…!」

 

「じゃあ北上の手錠外してやれよ」

 

「逃げられると困りますので、提督にもかけましょうか?首輪」

 

「……すまん北上、逆らう元気がねぇ」

 

「………提督ってどこに行っても苦労人なのかもね…」

 

 

 

「んー!こいつも美味い!」

 

「……よく食うクマ…」

 

「…でもほんとに美味しいニャ、多摩もこれは好きニャ」

 

「…手錠のせいで美味しさ半減…」

 

「外したら逃げるじゃないですか?」

 

「逃げられないよ……」

 

「…なぁ、車止めてきたら俺の分のバーガーが消えてんだけど」

 

「何だ、いらないのかと思って食べちまったクマ」

 

「ケッ、車運転できるからってお高く止まってんじゃねーニャ」

 

「…なんでグレてるんだよ…」

 

「ふー!食った食った!……ん?おい、提督、あれ見ろよ」

 

「なんだ…艦娘か…?」

 

「ああ、あの制服は陽炎型だな、佐世保の鎮守府のやつかもな、せっかくだし挨拶してくる!」

 

「……なんかあいつテンション高くねぇか?」

 

「物怖じしないタイプだクマ、旅に向いてるんだクマ」

 

「した事ないけどニャ!」

 

「初めての旅がこんなのなんて嫌だーー!」

 

「うるさいですよアホ上さん、チョップ」

 

 

 

「成る程、呉からですか」

 

「ああ、まあ、なんだ…こいつらの建造されたとこを見に行きたいんだ」

 

「佐世保の鎮守府でしたらまあ、ご案内できなくもないですが……貴女はなんで手錠されてるんですか?」

 

「…拉致られたのさ、帰りたいよおぉぉぉ!」

 

「……もしもし、警察ですか?」

 

「違うクマ!あってるけどちょっと違うクマ!」

 

「姉妹だからノーカンだニャ!」

 

「愛さえあれば関係ないんですっ!」

 

「…木曾、俺らは無関係だよな」

 

「…ああ、俺たちは何も悪くない」

 

「まあ、とりあえず完全に誤報だからやめてくれクマ」

 

「あなた方の見た目だと誰でも通報しようとします、私に落ち度はありません」

 

「返す言葉もないニャ」

 

「結局貴女は呉に帰りたいんですか?駅まで送りますよ?」

 

「あー、私は呉の所属じゃないよ、離島鎮守府」

 

「…離島鎮守府…?…あの、地獄ですか」

 

「…今はマシだよ、地獄は少し前の話だよ」

 

「……大規模な戦闘の度に犠牲を払ってると聞いてますが」

 

「犠牲って言っても誰も沈めてないよ、みんなで助け合って、生き残ってきたんだから」

 

「…じゃあアレのの戦いに死者を出さない方法があると言うわけですか」

 

「……いや、特にないけど…みんな必死にやってるだけだよ」

 

「貴女達のところには特殊な装備があるんですよね?実験的な段階の装備が」

 

「え、なんの話?」

 

「……そうですか、ありがとうございました、私は用事ができたのでこれで」

 

「…行っちゃったクマ、鎮守府の案内は諦めるかクマ」

 

「もともと必要ないニャ、それより早く行かないと時間を無くすニャ、ハウステンボスのホテルに泊まる計画が…」

 

「…おい、この食べ歩き、博多ラーメンは置いといても多摩、お前も噛んでるな?」

 

「なんのことだニャ?遊びに行くだけに決まってるニャ」

 

「多摩姉さん、調べはついてるんです…海鮮和食が狙いですね?」

 

「くっ…!そこまでバレてるなら隠せないニャ…!」

 

「と言うか今お前が落としたパンフレットでバレたんだけどな」

 

「不覚…!」

 

「まあ、楽しけりゃなんでもいいだろ!さあ!次だ次だ!」

 

 

 

 

「なんか…こう、神聖な気分だクマ」

 

「ちょっと離れたところにいるだけだろ」

 

「それでもここで生まれたってなんとなくわかるクマ、まるで…そう、お母さんがいるみたいな感じクマ」

 

「呼んでみればいいんじゃねぇの?」

 

「…この一般道の真ん中で大恥をかけ、と?」

 

「球磨姉語尾…」

 

「北上は思うとこ無いのかクマ」

 

「…望んで来てたらあったかもねぇ…今私の心は反抗期だよ…」

 

「それは悪いことしたニャ」

 

「本当は微塵もそんなこと思ってないんだろうね、心にもないこと言うのやめなよ」

 

「なんでわかったんですか!?さすが以心伝心の仲!私と北上さん!」

 

「いや、大井話に混ざってなかっただろ」

 

「実際あってるからセーフニャ」

 

「うちの軽巡もしかしてやばいのしかいない?」

 

「雷巡の私はセーフです」

 

「いやお前が1番やべーから」

 

「五月蝿いです」

 

 

 

「え、まさか私今日帰れないの?」

 

「なんなら明日も帰れんニャ」

 

「明後日まで攫うって事になってるクマ」

 

「………マジで警察に駆け込んでいい?」

 

「…すまんけど俺らも捕まりたくない」

 

「どっちに協力するかはわかるよな…許せ…姉さん」

 

「どうせ明後日には帰れるクマ、諦めクマ」

 

「……諦めるから手錠外して…」

 

「目が死んでるニャ」

 

「ああ!牢屋に入れて一生お世話したい!」

 

「………手錠外していいか?」

 

「ダメに決まってるでしょ!?木曾、あんたこの素晴らしい光景を終わらせてもいいの?」

 

「いや、俺はあんまり興味ねぇ…」

 

「……はぁ…せめて連絡の一つも入れさせてよ」

 

「…お前ら、ちゃんと連絡入れてるんだよな?」

 

「駆逐艦に頼んだクマ」

 

「問題ニャい」

 

「大アリだわ」

 

「え?何がですか?」

 

「……俺球磨型名乗るのやめようかな」

 

「そうしろ」

 

 

 

 

 

「あー、うん、正直助けて欲しい」

 

『って言われても…流石に今から九州には行けないかなぁ…』

 

「はい、わかってます…どのみち艤装は呉に捨てられましたので…帰れないので…明後日には帰りますので……」

 

『なんか口調がおかしい気が…』

 

「ごめんなさい、私のような蛆虫がごめんなさい…」

 

「………完全に壊れたクマ」

 

『えっと…三崎さんいたら代わって?』

 

「…どうぞ」

 

「……俺かよ…はい、代わりました…」

 

『……その…うちの最高戦力だから…大事にしてね』

 

「…なんか怒ってねぇ?と言うか俺も巻き込まれただけなんだが…」

 

『監督責任って言葉知ってる?』

 

「…誠に申し訳ございませんでした、手厚くもてなさせて頂きます」

 

「日本人の90%は責任って言葉が期待だクマ」

 

「男に限ればもっと行くと思うニャ」

 

「そう言う2人はどうなんだよ」

 

「嫌いに決まってるクマ」

 

『うん、よろしくね』 

 

「ちょっと貸して、もしもし提督?」

 

『北上?何か言い忘れ?』

 

「私さぁ、今手錠かけられて大変な姿で過ごしてるんだよね、彼の提督にも見捨てられたしさぁ」

 

「ちょっ」

 

「……あれは、力関係を知った顔だクマ」

 

「鎮守府の力関係ならうちの方が上なはずだニャ、だけど明らかにこっちに非があるから強く出れんニャ」

 

『……流石にそこまでだと思わなかったよ…』

 

「頼む、話を聞いてくれ」

 

『北上の自由確保と定期連絡、よろしくね』

 

「小学生の遠足かよ…」

 

『何か言った?』

 

「いえ、この度はご迷惑をおかけしております」

 

『それじゃあね』

 

「よっしゃー!!自由だぁぁぁぁ!」

 

「生き返ってるクマ」

 

「刑期終わったやつってみんなあんな感じなのかニャ?」

 

「しらねぇよ、ていうか大井お前何しようとしてるんだ」

 

「え、鍵穴を潰そうと」

 

「やめろ!俺が殺される!」

 

「そんなにあそこの提督怖いのかクマ」

 

「いや、怖いのはアイツじゃなくてアイツを介して情報がいくとまずいやつがだな…」

 

「探り甲斐があるニャ」

 

「やめろ!」

 

「自分で明かしておいてやめろはないでしょう」

 

「あるわ!お前ら多少の慈悲はないのか?」

 

「諦めが肝心ってな…俺は知らねぇ」

 

「………はぁ…学生に戻りたくなるってこう言う気持ちなんだろうな」



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悪夢

佐世保鎮守府

提督 渡会一詞

 

「不知火に何か落ち度でも?」

 

「落ち度以外ないだろう、なぜ他所の鎮守府の艦娘を誘拐した」

 

「あの北上は離島鎮守府の所属です、呉の球磨型達に誘拐されていたらしいので、救出しました」

 

「そしてそれを拘束して営倉に詰め込んだ、救出とは言わん」

 

「アレは情報を持っています、吐かせれば有益です」

 

「…お前は何を言ってるのかわかってるのか?敵ではなく味方だぞ」

 

「味方…?競争相手です」

 

「…お前はこの戦争を理解していない」

 

「ではあの鎮守府はなぜあの怪物と戦えるのですか、私たちが手も足も出ない化け物と渡り合い、倒したと?なぜそんなことができるのですか、私たちは犠牲を払って負けたのです、黙って指を咥えて見ていろと?」

 

「…成る程な、そこまで焦らせた事については謝罪する、だがやはりお前は軍規に触れることをした、それについては罰せられる」

 

「……」

 

「それと、あの北上は帰してやれ…兵器については上に問い合わせている、まだ新顔の俺では話を聞いてもらえないようだがな」

 

「ここで言うことを聞くならわざわざ連れてきません」

 

「……はぁ…お前、この件が上に上がればどうなるか分かってるのか?俺はとりあえずクビだし、お前らも解体になるか、それとも…と、悪い事ばかりだぞ」

 

「そのような脅しに興味はありません、私は化け物と戦えなくてはならないんです」

 

「だから何を焦ってるんだ、お前の行動が目に余るなら俺も報告書を書く必要がある」

 

「私はどんな罰を受けても、あの怪物を倒せる力を求めています、私たちが兵器であるためには必要なことです」

 

「……じゃあその認識を改めろ、せめて兵器ではなく、兵士くらいの気持ちで考えろ」

 

「違いがわかりません」

 

「人か物かだ、わかるだろ?」

 

「私たちはモノです、船としての記憶と共に高度な策を考え、実行する力を持った、実に有用な兵器です」

 

「………呆れてものも言えん、とりあえずお前に罰を与える」

 

「またいつものやつですか、秘書艦一週間…」

 

「違う、コピー取りだ」

 

「…はい?」

 

「お前は1ヶ月の間コピー取りだ、艦娘としての仕事は一切与えん」

 

「………」

 

「考え方を変えるいい機会だ、北上を解放しに営倉に行くぞ」

 

「…わかりました」

 

 

 

 

 

「この度はうちの艦娘が申し訳ない事をした」

 

「…うわ、こんなのの上司だから絶対やばいの出てくると思ったけどマトモそうなのが出てきた」

 

「…チッ」

 

「やめろ不知火、自業自得だ」

 

「で?なんで私を誘拐したわけ?」

 

「…離島鎮守府の最近の成績の良さに嫉妬した、と言うところらしい」

 

「……くっだんな…」

 

「…………」

 

「睨むな、すまない、此方としても犠牲が出ている、焦っていたんだ」

 

「アンタさ、強いの?」

 

「私の練度は59です」

 

「うわ、思ったより高いね」

 

「私はここの4番手です、何か文句でも?」

 

「でも私の練度は79あるよ」

 

「…なんの冗談ですか」

 

「いや、事実だろう、高練度の北上の話は聞いたことがある」

 

「私は信じられません」

 

「…試してみる?」

 

「いいでしょう、あなたの化けの皮を剥いで見せます」

 

「おい、勝手な事を…」

 

「すぐ終わらせます」

 

「こっちもそのつもりだから、悪いけどお互い退けないし、14cm単装砲一つと水上移動用の艤装だけ貸してくれれば何も要求しないし」

 

「貴女は重雷装巡洋艦でしょう?魚雷は使わないのですか?それとも使えないのですか?」

 

「…ふつーのやつは使わないかなぁ?で、なにか?」

 

「………はぁ…準備させる、少し待ってくれ」

 

「あ、あと一つだけお願いがあるんだけどそれもいい?」

 

「なんだ」

 

「内容の他言禁止と記録の禁止」

 

「余程自信がないんですね」

 

「逆、本気で相手してあげるって言ってるんだよ」

 

「………不知火、大人しくその条件で受けろ」

 

「…では貴女が負けた場合その条件を破棄してください」

 

「不知火」

 

「いや、それならいいよ、と言うか勝っても負けてもあたしをボコボコにした事にしていいから」

 

「…後悔させてあげましょう」

 

 

 

 

 

「人払いは済ませた、もうすぐ夕暮れだ、早いところ始めてくれ」

 

「では、5分後に開始とします」

 

「おっけー」

 

 

駆逐艦 不知火

 

相手は1人、そして武器は単装砲一つ

そしてあの自信か…なかなか納得できない

練度が事実なら20離れている、というのもイラつく

 

「…時間ですね」

 

セオリー通りの魚雷と砲撃を交えた戦闘をすれば、通常格上との戦いでも問題はない

相手は武器が単装砲一つなら尚更だ

前方に敵を視認する

 

進路に向け、魚雷を放つ

これで左右どちらかに逸れるしかない

ならばその進路に砲撃を飛ばす  

 

「…構えたか」

 

敵の砲撃、射角が明らかに低い

私には当たらない

 

水面に着弾した途端前方に大きな水柱が上がる

 

「…え?」

 

単装砲の威力ではない、一体何を撃ったのだアイツは

 

「…魚雷…!」

 

魚雷を射抜いたのか?しかしこれは雷跡が残りにくい酸素魚雷、狙って当てた?いや、その可能性は低い

偶然射角が良かっただけだ、この水柱が落ち、お前の姿を捉えれば…

 

「え…」

 

その水をかき分けて出てきた一つの砲弾

あんな水柱を通ったのに全く勢いは落ちておらず

そして私の機関部を捉えられた

 

これは…偶然なんかじゃない

いやでもわかる、針の穴を通す?そんなレベルではないそれをやってのけた

実力の証明

もう動かない私はただの的

演習だと言うのに実践のような異様な冷や汗

 

「…なに…これは……」

 

心臓が痛い、心の底から震える

殺気を向けられるのは戦場で慣れたつもりだった

 

違う、これは殺気じゃない

この恐ろしい何かはなんだ

 

 

『勝負あったな、戻ってこい』

 

「…機関部をやられました、戻れません」

 

『命令だ、泳いででも戻ってこい』

 

「…わかりました」

 

頭を冷やすにはいい機会だ

マニュアル通りの戦いでは、勝てない戦いもある、そういう事なのだろう

 

 

 

「お疲れ、で?わかった?あたしの実力」

 

「……お見それしました」

 

「機械より正確な砲撃、お見事だった、わざわざこのような時間を取らせて申し訳ない」

 

「いーって、気にしないで、ただオフレコでよろしくね」

 

「勿論そのつもりだが、このような事に付き合わせた上に何もせず送り返すのも問題だ、何か望むことがあればできる限り用意させてもらう」

 

「…んじゃあ…えーっと?不知火だっけ」

 

「…はい」

 

「あたしに佐世保の工廠案内してよ、一応艦としてのあたしの生まれ故郷らしいし?ってもそんな昔の記憶に拘らないんだけどさぁ…」

 

「…そんな事でいいんですか?」

 

「何?あたしにどうして欲しいの?」

 

「……いえ、寛大な対応感謝します」

 

「え?全然寛大じゃないよ、後でついでに私に攫われるも追加ね」

 

「明日までに返してくれれば此方としては問題ない」

 

「…司令…!」

 

「そんな助けを求めるような目を向けるな、お前の責任だ」

 

「別に取って食うわけじゃないから、ほら、あたしこの辺知らないからさ、案内して欲しいだけだし」

 

「………わかりました、仰せのままに…」

 

「うむ、良きにはからえ」

 

 

 

 

「んー…やっぱ実感湧かないなぁ、そんなもん?」

 

「知りません」

 

「まぁ、人が自分の生まれた病院に行ってもなんも感じないだろうしね、そんなもんかぁ」

 

「……」

 

「何考えてるのか知らないけどさ、もっと気楽に行きなよ」

 

「…何故…」

 

「だってあたしらあしたには死ぬかもしれない戦いをしてるんだよ?今みたいなオフの時くらい、気楽にしないとね、必要な時に集中できないじゃん」

 

「…そうですか、貴女は必要な時に全集中をかけていると?」

 

「ちょっと違う、多分不知火は撃つ時に、集中してると思ってるみたいだけど、もうそれはあたしにとって普通なんだ、確かに習得するまでに死ぬほど努力はしたよ、でも今は当たり前に、それができる、なんでだと思う?」

 

「…わかりません、その話も、あの技術も」

 

「じゃあ技術の種明かしと行こうか、先に、あの技術は狙ったところに当てる、すごくシンプルな技術、すごくわかりやすいでしょ?」

 

「言いたいことは分からなくもありません、ですが、理解できません」

 

「簡単だよ、いたってシンプル、マトが動くかどうかしか違いはないよ」

 

「じゃあ貴女はいつ、どんなところにある的でも当てる、と?」

 

「…それはわかんないかなぁ、だって、今これができてても、次撃った時は微塵も当たらないかもしれない」

 

「何故?」

 

「…技術って言ったけど、私はとことん感覚でこれをやってる、一つの怪我でできなくなるかもしれない、体制を崩せば外すかもしれない」

 

「…理解しました」

 

「わかりやすいでしょ」

 

「正直、貴女のその技術は離島鎮守府の切り札なのかと思いましたが、決してそんな事はないのですね、貴女なりの強さの秘訣…」

 

「物分かりのいい駆逐はまだ嫌いじゃないよ」

 

「それは重畳です、では私にもその技術を教えてください」

 

「…イヤだなぁ…だって私が教えた子も習得まで時間かけたし、今からじゃ無理、と言うか私今一応オフらしいから」

 

「……では今度演習をしましょう、私は1ヶ月艦隊に参加できないので1ヶ月は空きますが」

 

「組んでみ、相手はしてあげられないかもしれないけどね」

 

「引き摺り出して見せます、私が貴女より優れてると言う事を教えてあげましょう」

 

「…優劣にこだわんない方がいいよ、もう一つの話だけど、普段はとことん気を抜いて、必要な時にそのためた気を向ける、わかりやすくない?」

 

「………気を抜くとはどうすればいいのですか?」

 

「…とりあえずなんも考えない事だね」

 

 

「あ!居たクマ!北上!!お前ぇ!どこに行ってたクマ!」

 

「あら?さっきの駆逐艦も一緒にいますね」

 

「…話はまた今度ね、演習期待してるよ?…みんなうるさかったけどなんだかんだ気になってさ、やっぱり生まれ故郷なわけじゃん、案内してもらってたんだよ」

 

「せめて報告していけよ!提督顔真っ青だったぞ!?」

 

「私は浮雲なのさー」

 

「自由気ままな北上さん…アリですね!」

 

「ばか言ってんじゃねークマ、大井、提督と多摩を2人きりにしてくっついてたらどうするんだクマ?」

 

「え?なんですかそれ、多摩姉さんが提督を気に入るなんて微粒子レベルもあり得ませんけど不愉快です、提督に酸素魚雷を打ち込みます」

 

「…え?なに?………もしかして…そこマジなの?」

 

「…まあ今更だクマ」

 

「そう言う事らしいぜ、えーと、そっちの…」

 

「不知火です」

 

「うちの姉貴が迷惑かけたな、ありがとな」

 

「あ、待ってね、この子にこの辺案内してもらう事にしたから」

 

「そうなのか?」

 

「…まあ、はい」

 

「……確かにこの辺に詳しくないし、助かるぜ、よろしくな」

 

「…北上さん、貴女の…弟さん?は随分とかっこいい方ですね」

 

「……一応言うけど妹だから」

 

「いもっ…!?…!?」

 

「まあ制服じゃないしねぇ…ぱっと見そう見えるかぁ」

 

「よく見てもそう見えますけど」

 

「…ま、諦めた方がいいよ」

 

「…事実は小説よりも奇なり、と言う事ですかね」

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

工作艦 明石

 

「明石、容体はどう?」

 

「…ごめんなさい、ちょっと良くないです」

 

「そっか、一応果物を持ってきたんだけど、先に剥いてきた方がよかったかなぁ…」

 

どうやら私は作業中に倒れたらしい

工廠で棚の下敷きになっているのを発見されたそうだ

 

「普段から無理させすぎたからね、ごめんね」

 

「いえ、そんなことはありません、私にできるのは…アレだけなので」

 

できるだけ、みんなの装備をいいものにして、全体に貢献する

それしか私にはできない

 

「君が頑張ってるのはみんな知ってるんだ、お願いだからそんなに背負い込まないで欲しい」

 

そんな声をかけないで欲しい、私は

 

「……提督…」

 

「何?」

 

ワタシは…

 

「…いえ…」

 

「…ごめん、仕事が残ってるから、一度戻るね、また後でくるから」

 

あぁ…なんでだろう…なんでこの人は私のものにならないんだろウ…

みんナが羨まシイな…私だっテ…私ダッて………

 

「明石…?」

 

「…っはい、なんでしょう」

 

「…大丈夫、目が虚ろだったよ、やっぱり寝不足とかもあるんじゃないのかな」

 

「いえ…決してそんな…」

 

ノックが言葉を遮る

 

「誰?」

 

「司令官、おられましたか…その…青葉です、ちょっとお話が……」

 

「ごめん、明石、行ってくるね」

 

「…ぁ……」

 

 

重巡洋艦 青葉

 

「どうしたの?」

 

「ごめんなさい、その…さっきそこを通りかかった時に…すごいものを感じたもので……」

 

間違い無いと思う、けど確信が持てない、司令官なのか、それとも明石さんなのか…

恐怖による緊張で口がうまく開かない

 

「え…すごいもの?」

 

「その……」

 

「提督!ご無事ですか!?」

 

「え?翔鶴、そんなに急いでどうしたの?」

 

翔鶴さんも感じ取った?って事は…間違いなくどっちかに…

 

「…無事そう、ですね……提督、青葉さんから離れてください」

 

「…え?」

 

「…翔鶴さん…?」

 

「提督、先ほどこの辺りからAIDAを感じとりました、それも…身の毛がよだつ程に強力に」

 

「AIDA…!?」

 

「違います…翔鶴さん、私じゃありません…!私も通りかかったら…」

 

「…すいません、無条件に信じるわけには行きません、一度提督から離れてください」

 

……だめだ、冷静なことを示さないと話も聞いてもらえない

 

「わかりました、この辺でいいですか…?」

 

「はい、それで、何が言いたいんですか?」

 

「多分AIDAに感染してるのは……っ…やっぱり…」

 

病室の中から、さっきよりも、重苦しいプレッシャーが…

 

「…なに…これ……敵意…?」

 

病室の扉が開く

 

トスッ

 

「…え?」

 

「提督!」

 

「…司令官…!」

 

 

 

工作艦 明石

 

「……あ」

 

提督が持ってきてくれた果物が目に映る

少し食べて、落ち着こう、そう思っただけだった

 

扉の向こうが少し騒がしい

この向こうに、提督はいるのに…私は顔すら見れない

 

アレ?デモ…アケレバイイノカ

 

ペタペタと裸足のまま、扉に向かって、歩く

手にはフルーツナイフを握ったまま

扉を開けて、提督にもたれかかるように

 

トスッ

 

「あれ?」

 

自分で何をしたのかわからない

 

目の前で提督が倒れた

 

何故?そうか、この二つの敵が、そうしたのかなぁ?

 

後退りしながら、こっちを睨みつけてきてる

 

よくも提督を…よくも…

 

 

 

正規空母 翔鶴

 

「明石さん!止まって!」

 

「翔鶴さん…!無理です…!AIDAに完全に支配されています…!」

 

「ちょっと!?何よこの騒ぎ…え…なにこれ…」

 

「霞ちゃん見ないで!…加賀さんを呼んで!急いで!」

 

「あぁぁっ!」

 

正面をみれば青葉の腕から血が流れている…本当に、殺すつもり?

私たちを認識できていない、と言うことなのか…

霞ちゃんも呆然と立ち尽くしたまま…

 

私が動かなきゃ…

 

「青葉さん!霞ちゃんを連れて逃げて!」

 

明石さんの背中に飛び付き、地面に組み伏せる

あり得ないほどの力で簡単に押し返されそうになる

 

「か、霞さん…!はやく…!」

 

「ジ…ジャマ…スルナァァァァ!」

 

壁に叩きつけられた…?この体勢から…?

思いっきり頭を打ったせいで目の前がグラグラする

なんとか意識を繋ぎ止めて、前を向いたけど

もう刃は迫っていた



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潜入

重巡洋艦 青葉

 

「っ……」

 

「本当に…なにをやってるんですか!」

 

「…ごめんなさい…」

 

翔鶴さんが吹き飛ばされた時、思わず私は庇いに入ってしまった

ナイフは私の左腕に突き立てられたが、明石さんを蹴り飛ばすことで

武器を取り上げて逃げることまでは成功した

助けたはずの翔鶴さんに怒鳴られ、腕からは絶えず血が流れてる点を除けば上々だ

 

「…でも…明石さんがAIDAに感染してるなんて…」

 

「…AIDAの感染に気づかなかった…と言うより、今の今まで気配がなかったことも不可思議です」

 

「霞ちゃんは?」

 

「先に助けを求めに…きっと全体に周知されてるはず…」

 

「…明石さんはいつ感染したんでしょう…?」

 

「そのくらい治した後でいつでも調べられます、アオボノさんを早く探しましょう!」

 

 

 

 

「なんでこんなに見つからないんでしょうか…」

 

「執務室に行きましょう、あそこなら全体放送をかけられます」

 

『明石です』

 

「全体放送!?というか…!」

 

「正気に戻ったんでしょうか…」

 

『敵が侵入しました、警戒を厳にしてください』

 

「敵が侵入…?」

 

「…待ってください、多分…まともに現状を認識できてないんじゃないですか?」

 

「…まさかその敵って私達を指してる……?」

 

「どうにかなってからは遅いです、急ぎアオボノさんか摩耶さんを見つけないと」

 

ガッシャーン

 

「なんですか今の音…」

 

「執務室の方から?…気は進みませんが別れましょうか、アオボノさんを見つける必要もありますが現状を把握する必要もあります」

 

「…では私が執務室に」

 

「その腕じゃいざと言う時自分を守ることもできません、私が行きます」

 

「……急ぎますので………あと、念のためナイフを…」

 

「…使いたくはないですけど、一応受け取っておきます」

 

 

 

 

 

正規空母 翔鶴

 

執務室前の廊下、ここまで何もなかった

窓から見えるところにも誰もいない

 

みんなどこに行ったの?

 

「翔鶴?」

 

「っ!?……加賀先輩…」

 

「どうしたの、そんなに怯えて…」

 

よかった、普段通りの先輩だ

 

「明石さんがAIDAに感染してます、さっきの放送の真偽はわかりませんけ…ど……待ってください、加賀先輩、さっきの全体放送聞いてましたよね?」

 

「全体放送…?」

 

「………え?」

 

なんであの放送を加賀先輩は知らないの?

私と青葉さんは聞いた…あの位置だけ放送が流れた?

だとしたら位置を知られてる事になる…おかしい、なんで?

 

「…あれ?」

 

私、なんでナイフを握って…

ナイフを離せない…手が、勝手に動く…

目の前が暗くなってきた…

 

「翔鶴…?何、それは」

 

「…違う、ダメ…」

 

ああ、明石さんはこれを見てたのか…

 

どっちが正しイの…?

 

 

 

 

 

重巡洋艦 青葉

 

「居た…よかった…!」

 

「何言ってんの?」

 

「アオボノさん、大変なんです、明石さんがAIDAに感染して、多分正気を失ってて!」

 

「はぁ…?それ本気で言ってんの?」

 

「この腕見てください…私も刺されたんです…!」

 

「…え?…じゃあさっきの明石は………行かなきゃ…!」

 

「行くってどこに!?」

 

「さっき明石が来て私以外の駆逐艦集めてたのよ!何する気か知らないけど…止めないと…!」

 

「そ、そんな…!」

 

 

 

 

 

「居た!暁!響!」

 

「何?アオボノさん」

 

「そんなに慌ててどうしたんだい?」

 

「明石は!?」

 

「…さあ?」

 

「私たちは特に知らないね」

 

「知らないって…あんた達さっきまで一緒にいたじゃない!」

 

「…はぁ…はぁ…アオボノさん…まって…」

 

「アンタは怪我してるんだから大人しくしてなさいよ!」

 

「だ、だって…私だけ何もしないなんて…」

 

「あーもう!じゃあこいつらから明石の居場所聞き出しなさいよ!」

 

「えーと…明石さんどこに行ったのかな…?」

 

「それより青葉さんは医務室に行くべきだと思うよ」

 

「そうよ、なんでそんな大怪我してるのに医務室に行かないの?」

 

「えーと…あの、先に明石さんの居場所を…」

 

「ねぇ青葉さん?早く行きましょう?」

 

「そうだ、早く医務室に行くべきだ」

 

「……アンタら…やっぱり変…よね…青葉離れて…」

 

「は、はぃぃ!?は、離して!」

 

「だめよ、青葉さんは医務室に行くの」

 

「そうだ、くるんだ」

 

「い、痛い…!腕が…折れ、る…!」

 

「…なんなのよ、何があったのよアンタら!!そんな馬鹿力なわけ無いわよね…さっさと青葉を離さないと撃つわよ!」

 

「あら?本当にそんなことできるのかしら、当たっちゃうわよ?青葉さんにも」

 

「こんのっ…後でごねんじゃ無いわよ!!この馬鹿!」

 

「きゃあ!痛いじゃ無い!叩くなんてひどいわ!ぷんすか!」

 

「よく聞きなさい!今大変な状況なのよ!さっさと明石の居所を吐きなさい!」

 

「意味がわからないな、邪魔をするなら、私たちは撃つよ」

 

「…アオボノさん…明石さんを!」

 

「………しかない、みたいね…アンタら正気に戻ったらただじゃおかないから!」

 

「あ!待ちなさい!」

 

「やめておこう、暁、こっちまで頭がおかしくなりそうだ」

 

「2人とも…まさか、AIDAに…?」

 

「なんの話だい?まあ、青葉さんも今から壊れるわけだが」

 

「気にするなんて変よね!」

 

「………私にはいい報いですね…」

 

 

 

 

駆逐艦 曙(青)

 

「っ…!なによこれ…!」

 

「…あハッ…アハはは?」

 

「加賀!アンタ何したのよ!」

 

「翔鶴に襲われました、受け入れ難いですが、制圧した、それだけです」

 

「…アンタまでおかしくなったわけ!?」

 

「……まさか、他にもこんな事になってる子が…?流石に厳しいですね」

 

「……アンタ、ほんとにまともなの?アンタが翔鶴をこんな風にするなんて信じられないわ」

 

翔鶴は顔にアザ、腕はだらりと垂れ、虚空を見つめながら笑っている

明らかに異常だった

 

「最初は普通だったんですけどね、刺されたので」

 

そう言って腕を見せられる、籠手には確かに切り傷の跡がある

 

「だからってやりすぎよ!」

 

「……ここまでやらなければ、私が殺されました」

 

「…どうすんのよ、私以外の、駆逐艦もおかしくなってたわ、暁と響に青葉が捕まってる…!早く助けないと」

 

「…明後日は悪い方向に転ぶでしょう、青葉が捕まるほど、となると…やはり、身体能力が異様に上がっていると見ていいですね……AIDA…か」

 

「青葉は明石が感染してるって言ってたわ、それに明石は朧や漣達を集めてどこかにいる」

 

「………状況は深刻です、外部に助けを求めましょう」

 

「どこに…と言うかクソ提督は!?」

 

「姿が見えません、なんにせよ急がないと」

 

 

 

 

「これで少しはマシになります」

 

「そうだと良いけど…あ…青葉、医務室に連れて行かれたと思うんだけど…様子だけでも探れたりしない?艦載機でさ」

 

「……居場所がバレれば多勢に無勢の可能性がある以上、賢い選択では無いですね、気になるなら直接行きましょう」

 

「……わかったわ、絶対助ける」

 

「…翔鶴も一応連れていきましょうか…ついでに入渠ドッグにでも放り込みたいのですが…」

 

「…確かに可哀想よね、行けそうならよりましょ」

 

 

「……これ、死んでるの…?」

 

「…………よかった、まだ脈はあります…気絶してるだけみたいですね…ですが弱っていってますね…背後から一突き…出血がひどいです、急いでドッグに……違う、提督は人間だから医務室に…!」

 

「落ち着きなさい…夕張は?」

 

「……あの人もまともだと言う保証はありません」

 

「………明石の病室、か…今朝倒れたんだっけ…状況的に、刺した最有力は明石ね…加賀、おぶれる?」

 

「……よし、鎧袖一触です」

 

「…よく2人も背負えるわね、私が先行するからついてきて」

 

「任せます」

 

 

 

「……不気味なほど何も無いわね」

 

「…早く、治療してしまいましょう」

 

「…肝心の夕張もいない…よし、ほら、消毒液とガーゼ」

 

「……これどのくらいかければいいんでしょうか」

 

「…さぁ…使う事ないし…」

 

「……消毒、とありますし、とりあえずたくさんかけましょう、かけすぎても毒にはならないはずです」

 

「はねてる!なんかはねてるけど本当に大丈夫!?」

 

「…体内に毒があるのでは…!」

 

「…まさか…刺した動画に毒が…!?もっとかけなさい!」

 

「や、やめて…消毒液は…そう使うものじゃないから…」

 

「クソ提督!起きたのね」

 

「提督、何があったのですか」

 

「…明石に、刺されたんだと思う……正直訳がわからない」

 

「……よし、これでいい?」

 

「…多少キツイけど大丈夫…うっ…」

 

「まだ無理をしないでください、かなり出血しています、何か薬などは…」

 

「お!よかった!司令官!どないなっとんねん!!」

 

「龍驤か…」

 

「………」

 

「…ねぇ、どっちなの」

 

「……よかったわ、そんだけ警戒してくれるなら状況わかっとるみたいやな?」

 

「…はぁ…よかった…」

 

「姉さんまであんな事になってたら正直辛かったわ」

 

「…で?司令官は服染めたんか?」

 

「自分の血でね…」

 

「……流石にヤバそうやな、輸血とかは?」

 

「無いと思うなぁ…」

 

「ある、こっちや…これ、この棚の…ほら、これや……よし、血液型は?」

 

「…Aだけど、大丈夫なの?勝手にやって」

 

「まさかあなたに医学の心得があるとは」

 

「齧っただけや…役に立つ日はこんといて欲しかったけどな……拒否反応がないとええけど…とりあえず横になってくれへん?……で?どうなっとるんや」

 

「…AIDAに感染したみたいです、明石が、そして翔鶴や、暁、響も」

 

「…つまり、ぶっ飛ばして、アオボノのデータドレインってわけか?」

 

「…うまく行くのならそれでいいのですが…」

 

「とりあえず、助けは呼んでいます、暫くここに立てこもっても問題はないかと」

 

「助け?」

 

「…鬼を呼んでおきました」

 

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 神通

 

「再度確認します、本作戦は極秘裏に行います、良いですね?」

 

「はい、ですが私たち4人だけで大丈夫でしょうか…」

 

「一応、姉さんは提督代理ですし、那珂ちゃんもいます…それに、朝潮さんには騎士がいるのでしょう…?」

 

「………そうですね、やりましょう」

 

「とりあえず、出会った全員にワクチンを注射してください、人数は必ずこちらが多い状況でのみ戦います、いいですね」

 

「了解」

 

「わかったわぁ…」

 

「わかりました」

 

 

 

「……いました、駆逐艦3」

 

「暁、響、雷…那珂ちゃん、私が暁ちゃんを」

 

「私が響ちゃんと雷ちゃんをやるよ」

 

「私たちはどうすれば…?」

 

「とりあえず待機です、回り込みます」

 

 

 

 

 

「鮮やかな手腕でしたね」

 

「…怖いわぁ…」

 

「本当にAIDAに感染してるようですね、ワクチンを打ったら気を失いました…」

 

「……大潮…満潮…霞……」

 

「…心配ねぇ…」

 

「……このAIDAは…どこから出てきたのでしょうか」

 

「…わかりません、私達が万が一にも感染しないよう出所は潰したいですね」

 

「…まるでゾンビホラーねぇ…」

 

「………神通ちゃん…」

 

「荒潮さん、那珂ちゃんはそっち系の話は…」

 

「あ、ごめんなさぁい…でも意外ねぇ…」

 

「くだらない話は後回しにしよっ、早くここを片付けなきゃ」

 

「そうですね」

 

「朝潮さんは那珂ちゃんと、私は荒潮さんと動きます」

 

「わかりました」

 

「…私で大丈夫かしらぁ…」

 

「…頑張りましょう」

 

「はぁい……」

 

 

 

 

 

「居ました、摩耶さんですね」

 

「感染してるのかなぁ…」

 

「…私が行きます」

 

 

 

「…何してんだ?お前ら、呉の那珂と朝潮じゃねぇか」

 

「どうも、遊びに来ました」

 

「………へぇ?」

 

「あなたもAIDAに感染してるなんて意外でした」

 

「…なんだ?自分らは犯人じゃねぇってか?」

 

「……大丈夫そうですね、そうです、私たちは加賀さんから救援依頼を受けてきました」

 

「………成る程?話はわかったが、どうやって助けるんだよ」

 

「これです」

 

「…注射器?」

 

「お一つ差し上げます」

 

「おっと…なんだこれ?」

 

「ワクチンです、治したい相手にプスッとお願いします」

 

「へぇ…で、どんだけ持ってるんだ?」

 

「…えーと…ここの在籍人数分しかありませんね、貴重なので手に入れるのには苦労しました」

 

「………じゃあ壊れたら大変だなぁ?」

 

「……まさか」

 

「そのまさかだ!全部よこせ!」

 

「くっ…!なんて力…!」

 

「もらった…ぐっ!?」

 

「朝潮ちゃん、危ない橋渡るのはやめようか…」

 

「…そうですね、侮ってました、大人しく後ろから刺しましょう」

 

 

 

 

 

「あらあらぁ…」

 

「はほ…あはは…」

 

「すごい顔ですね…翔鶴さんですか?」

 

「…はひ…」

 

「何があったんですかぁ?」

 

「……えへ……へへへ…」

 

「頭を強く打ったみたいですね、ドッグへ連れていきましょうか」

 

「そうですねぇ…念のため、プスッと」

 

「あは……」

 

「気を失いました、どうやら感染者だったようですね」

 

「……感染者って爆発的に力が強くなるらしいのに…それをこんなにボコボコに…?」

 

「…戦艦くらいの腕っ節があれば可能かと…」

 

「扶桑さんあたりかしらぁ…」

 

「私じゃないです…」

 

「ひっ!?あ、居たんですか!?」

 

「ずっとここに…」

 

「なんで翔鶴さんを助けなかったんですか…」

 

「加賀さんに此処で見張っていろと言われたので…迂闊に動いてみたかったらどうなるかわかりませんし……」

 

「よく襲われませんでしたね」

 

「…その…誰も通らなかったので…」

 

「一応、失礼しますねぇ」

 

「いたっ…うぅ…」

 

「あ、非感染者ですねぇ」

 

「満足していただけましたか?」

 

「はい、よければ一緒に行きませんか…?」

 

「そうですね…というか…うぅ…」

 

「やっぱり怖いんですね…」

 

「はい…加賀さんが…」

 

「そっちですか…」

 

「遠くからたまたま見てたのですけど…翔鶴さんの頭をゲンコツで挟んで、そのまま顔を自身の膝に叩きつけたり…両腕を引っ張って脱臼させて振り回したりしてました……」

 

「……やりすぎじゃないかしらぁ…」

 

「さすがは元々戦艦になる予定だっただけはありますね……」

 

 

 

 

 

 

重巡洋艦 青葉

 

「…あれ?ここは…」

 

「あ、目が覚めましたか」

 

「………明石さん…」

 

「どうも、青葉さん、そんなに身構えないでください」

 

「……傷の処置をしてくれたんですか…?」

 

「はい、夕張がやってくれました、それより私に力を貸してください、この鎮守府から敵を追い出しましょう」

 

何を言ってるんだろう…

訳がわからない、明石さんは正気なの…?

 

「それよりも、先に司令官を治療しないと…」

 

「提督ですか…」

 

顔が曇った?……刺したことを覚えてる…?

 

「提督は敵の凶刃に斃れました…とても悲しいことですが、私たちが頑張らないといけません」

 

違う、狂ってるんだ、でも…違和感が

 

「明石さん、司令官はまだ助かります、急いで処置をすれば…」

 

「………言うことを聞きなさい」

 

「…あ…れ……?」

 

体が動かない…

何も考えられなく…なって…

 

「北上さんはこれをいつでもできるそうですね、正直羨ましかったんですよ」

 

「な……に…を」

 

「何が支配する側ですか、私の方がもう上なんです、私が、トップで、全部私の思うままに……」

 

 

 

 

「………っ!?」

 

「目が覚めたみたいですね」

 

「…貴女は…神通さん…?」

 

「はい、AIDAのワクチンを持ってきました」

 

「………ダメです、効いてません」

 

「…え?」

 

「……ようやくはっきり知覚できました…AIDAに感染してたんですね、私…だから明石さんに操られて…」

 

「なにを言ってるんですか?」

 

「…その…わからないんですけど、私と青葉さんはAIDAを察知できてたんです…あんまり人には言わないようにしてましたけど…だから、多分私たちは元々感染してました…」

 

「でも暴走は止まってます…よね?」

 

「…またおかしくなるかもしれません…」

 

「…仕方ないですね、詳しい話はあとです、感染元の場所はわかりますか…?それともあなた方でしょうか」

 

「………明石さんだと思います…あの人は多分墓地です、あそこの奥は人目につきにくいですから…きっとあそこにいると思います」

 

「…あぁ…成る程、あそこですか…明石さんがおかしい、と言うのは驚きですが、とりあえず探してみます」

 

「他の方にワクチンが効いてくれればいいのですけど…」

 

「そうですね…わかりました、ありがとうございます」

 

 

 

 

『と言うことで、墓地に向かいます、裏山の方から入りますので、危険だとは思いますが、那珂ちゃんは正面からお願いします』

 

「うーん、了解」

 

『…なにか?』

 

「このAIDA騒ぎ、前に舞鶴で起きてたよね」

 

『…確かに似た報告は聞いています』

 

「今、此処の提督と合流してて、話を聞いたんだけど、まるで原因がわからないんだよねー…本当に何が原因?って感じ」

 

『翔鶴さんは感染元は明石さんじゃないか、と…」

 

「うん、そっちはなんとなく気づいてるみたいだよ、そうじゃなくて、なぜ出撃しない明石さんが感染してるかって話」

 

『………なんででしょう』

 

「とりあえず…このワクチンがダメになるかもしれないこと覚えといてね、AIDAは…成長速度が恐ろしいんだから」

 

『はい、ですから念のために鎮静剤を持っています』

 

 

 

 

 

「あ、青葉さんじゃん」

 

「……那珂さん…なぜ此処に…?」

 

「ちょっとねー、腕怪我したって聞いたけど大丈夫?」

 

「はい、治療してもらって…それを何方から?」

 

「えっとねー、翔鶴さん経由で神通ちゃんから」

 

「翔鶴さんも頭を打ってましたけど、大丈夫でしょうか…」

 

「うん、大丈夫らし……っと…まさか不意打ちが防がれるなんて思わなかったよー」

 

「……敵」

 

「那珂さん、二人掛かりで抑えましょう」

 

「そうだね、でも…この感じは鎮静剤の方がいいかなぁ…」

 

「……黒い泡…AIDAが溢れてる…他の方とは違いますね」

 

「朝潮ちゃん、逃げるなら今だよ、那珂ちゃんもスイッチ入れちゃうから…!」

 

「………死んでください…」

 

 

 

駆逐艦 朝潮

 

「…変ですね…」

 

「そんなことを言ってる場合じゃない、さっさと離れて」

 

「わかりました、とりあえず離れます」

 

 

鎮守府内ということもあり、青葉さんは艤装を装備していない

だから撃ち合いにならないことだけが救いですね…

しかし、肉弾戦だと那珂さんが有利、しかも何度か攻撃を当てているのに、全く倒れる様子がない…

 

「くっ…動きを抑えなくては…」

 

「………」

 

青葉さんはなぜ、あんな顔をしてるんだろう

一見涼しげだけど…無表情というか、顔に掌底をくらっても全く…

というより、AIDAは感情を暴走させるもの

なぜ機械的な雰囲気に…

 

「ぐっ…重い…!」

 

「……」

 

「那珂さん!このままやりあうのは分が悪いです、一度退きましょう!」

 

「…仕方ない…!煙玉!」

 

 

 

 

「負けた…徹底的に負けた気がする…」

 

「AIDAで身体能力が上がってるんです、仕方ありませんよ」

 

「………というか、私的には肉のベストを着た機械と戦ってる気分だったよ…なんで、全然効かないのか…」

 

「それなんですけど…感情がない、みたいでしたよね」

 

「…うん、多分操られてる」

 

「操られてる、ですか」

 

「納得いかない?」

 

「いいえ、むしろ納得しました、腕に打撃を受けても顔を歪めなかった点も含めて」

 

「………大元は墓地なんだろうけど



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事実

工作艦 明石

 

「ねぇ、なんでいうことを聞いてくれないの?」

 

「お断りって言ってるでしょ!?返してよ!姉さん達を返して!」

 

「……なんで貴女は…ああ、もういいです!処分しましょう、解体です解体…ああ、でも解体してもただの女の子になるだけなんで、怖がることないですよ?ただ、海に放り出しますけど」

 

「なんでそんなことになってんのよ!正気に戻ってよ!」

 

「私は正気ですよ?貴女がおかしいんです」

 

だって私は1番偉いのに、なんでいうことを聞いてくれないの?

あれ?違う、私は代理で、提督が必要で……あれ?提督は今何してたっけ…

私のお見舞いに来てくれて、部屋から出たら急に倒れて…あれ?

 

「なんで提督が倒れてるの……?」

 

「ちょっと…急に何言って…」

 

「血が…あれ?なんで私の手に…乾いた血が…あれ?あはっ…あれれ?」

 

「…ねぇ、落ち着きなさい!明石!お願いだから落ち着いて!」

 

「そう、提督は敵に刺された…敵に刺されたんです…」

 

「……まさか自分で刺したの…?」

 

「…ああ、私が敵なのか…」

 

「ちょっと何言ってんのよ…待って!何するつもり!?」

 

五月蝿いなぁ…敵は死ななきゃいけないのに…

この子は敵じゃないんだっけ?

まあ良いか…

 

 

 

「ギリギリでしたね、このくらいなら深い跡は残りません」

 

「…なんで止めるの…やめて、敵は死ななきゃいけないのに…!」

 

「貴女は敵なんですか?」

 

「私は…提督を刺した…敵になってしまった……!」

 

「……冷静ではないですが言ってること自体はなんとなくはわかりますね、力も異常なほど強いわけじゃない…AIDAの特徴が無いです……」

 

「霞ちゃん、大丈夫かしらぁ?」

 

「…荒潮…姉さん…?」

 

「そうよぉ?他のみんなはどこ?」

 

「……わからないわ…」

 

「仕方ないわねぇ…」

 

「明石さん、此処の提督はご無事ですよ、今医務室にいます、一緒にいきませんか?」

 

「無事?…そっか、無事……」

 

あれ?なんで…目の前が…

 

「……成る程、貴女は此処の提督を殺したかったんですね」

 

違う………のに…あれ…?

 

「…霞ちゃん、逃げましょう」

 

「わかってる!!」

 

 

 

 

 

軽巡 神通 

 

「大元が明石さんというのは間違いなさそうですね」

 

「……ナンデ…?」

 

「……」

 

「ナンデ…ナンデワタシヲ見テクレナイノ!?」

 

「嫉妬、と言ったところですか…そんな悪感情ばかり向けていては、何も良い方向には向きませんよ……」

 

「黙レ!私ハ頑張ッテル…!ナノニ…ナンデ変ナ方向ニバカリ進ムノ!?ナンデ評価サレルノハ…アノ人バカリ…!」

 

「…報われない頑張りはありません、あと少しだけ頑張れば、きっと救われます」

 

「ソンナノ幻想!私ハ永遠ニ…同ジ時間ニ取リ残サレル…!キット皆ンナニ置イテ行カレル…!」

 

同じ時間に取り残される…

この人にとって今は一体…なんなのでしょうか

なんにせよ、私が少しでも動きを止めなくては

 

「…貴方の事情はわかりません、ですが、私も仕事です、拘束させてもらいます」

 

「…ソウダ…データハ…アル」

 

「っ!?」

 

今何が…光線…?

頬が焼けて…

 

「…アイツガデキテ…私ニデキナイ訳ガナイ…!!」

 

他にできる人がいる…?

それより、光線が早すぎて…見えない

 

「くっ…!」

 

わざと外してる…距離を詰めたら確実に当てにくるはず…

此処での戦闘は避けたい…

今はまず逃げる…!

 

「………ドコニイクノ…?」

 

 

「貴方達…逃げて!此処は危険…!」

 

「捕まえました〜!」

 

「アンタも皆んなとおんなじにしてあげるから」

 

満潮ちゃんと大潮ちゃん…

なんでここに…

 

「ぐっ…!?ぁっ…!なんて力…!」

 

「逃しませんよ〜?」

 

「はな…して…!」

 

「お断りよ!皆んな一緒になるんだから!」

 

「………居タ」

 

「…来ましたか…!」

 

でも、動けないこと以外は…予定通り

 

「…マトメテ…死ンデ」

 

「ヤーッ!」

 

「グッ…!」

 

「那珂ちゃん!明石さんを抑えて!」

 

「今!」

 

「待ってたわよ明石!!データドレイン!」

 

明石さんに向けて光の矢が飛ぶ

あれがAIDAや異常な敵を倒すための手段…

 

「…ジャマヲスルナ!」

 

「チッ…やっぱりまだ効かない!こうなったら殴り倒すしかないわ!2人とも!

 

「もう飛ばしています」

 

「見切りつけんの早すぎや!絶対殺すんちゃうぞ!?」

 

「朝潮は何処!?アイツのオバケを呼び出して!」

 

「オバケじゃありません、私の騎士です…やってください!」

 

『………』

 

ツギハギのオバケ…アレが騎士…

 

「対AIDAに関しては1番優秀です…お願いします」

 

『ア"ア"ァ"ァ"!』

 

「…アルゴン…レーザー…!」

 

さっきまでの比にならない巨大なレーザー砲…!

 

「熱っ…!」

 

「…なんやねんアレ!?」

 

「巻き込まれたら命はありませんね…!」

 

「…ぅ…」

 

「…ぁれ…?」

 

拘束が弱まった…?

 

「今!」

 

もしかして、アレはAIDAそのものを飛ばしてる?もしくは制御に強い力を使うのか…それとも何か電波のようなモノを乱してる?

なんにせよ大潮ちゃんと満潮ちゃんの拘束からは抜け出せた…なら次は大元を叩く!

 

「……」

 

「え、青葉さ…んっ!?」

 

腹部に重い一撃…

油断した……膝をついてしまった…

 

「青葉…!」

 

「いつの間に…!」

 

「………!」

 

「…あなたの相手はこっち…イヤーッ!」

 

『ア"ア"ア"ァ"ァ"』

 

どうすれば良いんでしょうか?

どうすれば明石さんを倒せる?違う、助けなきゃいけない?

あの技は効かなかった、じゃあ…

あのオバケ、鋭い剣戟でAIDAを削っていますが…

 

「………クラエッ!」

 

『ア"ア"ァ"ァ"…!』

 

「うわっ!?弾くな!」

 

レーザーを弾いて拡散されて逆に危険です

急いで倒さなくては…!

 

お腹に力が入らない…動きが遅い

良い的にされそうですが…そうすればみんなが攻撃できる

 

「チッ!」

 

腕を振り上げた…今…!

 

「この程度ですか…?…ふふ…捕まえた…!」

 

体がへし折れそう、ただ腕を振るうだけでこんな威力…でも、私は生きてる

そして片腕を取った…これなら逃がさない

 

『ア"ア"ァ"!!』

 

「グッ…!?グガッ…!」

 

「よし!今よ!とことん叩いて!」

 

「ヤメテ…!イヤダ…コレは…私の…!」

 

まだこんなものに縋るなんて…

余程、コンプレックスだったのか

 

「どうせこの程度です、あなたは弱かった…」

 

「やだ…イヤだ…!コレがナクナッタら…マタ…オイテ行かレる…!…アァァァァァ!!」

 

「不味い!メチャクチャに撃っとる!」

 

「大潮と満潮を!」

 

『ア"ァ"!』

 

「ワタシの邪マをスルナらみンナ死ネ!!」

 

「あぁぁっ!!」

 

「青葉!…メチャクチャすぎ…!」

 

意識がこっちに向いてない…今なら

 

「朝潮さん!鎮静剤を!」

 

「はい!」

 

鎮静剤をキャッチして突き立てる

 

「ゔっ…ァ………」

 

「…大人しくなり始めたわね…もう大丈夫…かしら」

 

「……多分」

 

「どうする?ワクチン効くのかな?」

 

「………試さないよりはマシです…投与して回りましょう、倒れてる大潮さんと満潮さんにも」

 

「…なんともお粗末な結果ですね…何故こんなことに……」

 

「ナントカはナントカ屋って言うやろ、こういうのは専門家頼ろか」

 

 

 

 

 

「……いや、わからない」

 

「明石にAIDAがおることも?」

 

「うん…」

 

「なぁ、キミ、ほんまに隠し事はなしやで?」

 

「わかってる、こんな状況で嘘をつく事はしない」

 

「………頼むねん、なんかないんか?」

 

「……翔鶴と青葉については…知ってたよ」

 

「…なんで言わんかった」

 

「北上に止められてた」

 

「………なんやと?」

 

「……北上は、AIDAをコントロールできる…多分感染者もある程度ね」

 

「…それがあの強さの理由?」

 

「違う、それは純粋な努力の結果だよ、北上は……誰よりも努力し続けた」

 

「そらそうか、そんで?」

 

「…北上なら何かを知ってるかもしれない」

 

 

 

 

 

『………そんな事になってるとは思わなかったけど…』

 

「それで、北上、キミは何か知ってる?」

 

『…前に、一度、AIDAで暴走しかけてたとこに出くわした事がある…』

 

「……なんで報告しなかったの?」

 

『…AIDAの感染者なんて…会えると思う?私でも殆どのメンバーには言ってない、翔鶴や青葉みたいに自覚がないパターンもある…多分大潮や霰みたいに、復帰したら全員そう…摩耶はわかんないけど……ずっと考えてたんだ、どうしたらAIDA感染者から完全に消せるのかって……違う、なんで報告しなかったのか、だよね……うん、こっちもずっと悩んでるんだけど…裏切り者がいるんじゃないかなって』

 

「……そんな訳ないよ」

 

『提督、なんとなく気づいてたんだね』

 

「…違う」

 

『…じゃあ、明石の優しさにも気づいてたよね、ずっと言い出せない孤独、そして周りが強くなっていく、焦燥…』

 

「………」

 

『明石は…ゴメン、私が提督を責めちゃダメなんだ…すぐ帰れるように手配するから』

 

「うん…ごめん、待ってるよ」

 

『待たなくて良いよ…明石の方にいてあげて、今、1番孤独なのは明石だから』

 

「…ありがとう」

 

 

 

「………やっぱり、居たんだ…誰が…」

 

「どうやったんや?」

 

「…龍驤…いつから居たの?」

 

「最初からおったわ…なんや、壁と勘違いしたか?張り倒すぞ」

 

「………大体聞こえてたよね」

 

「静かやから北上の声もな…さて、ウチは裏切り者…それからもう一つあると思うで」

 

「…もう一つって?」

 

「同じやつかは知らんけど、こっちは誰か知っとる…大本営に話流しとるスパイもおる…実力のない島風を引き摺り出そうとしたり、翔鶴の情報を持ってたりしたのも納得いくやろ?」

 

「………嘘だ…」

 

「現実や、しっかりせぇよ」

 

「…違う、そんなわけない…」

 

「ええ加減にせぇよ!?お前自分が白言うたらなんでも白になるんわかっとんのか!?発言に責任持てや!」

 

「……なんでそんなことを…」

 

「…知らんわ、スパイの方は少なくとも…金目当てではない、そんな奴ちゃうからな…」

 

「…龍驤と仲がいい子なの…?」

 

「……まあな」

 

「…曙…?」

 

「違う……アイツやったら張り倒して…やめさせた」

 

「………まさか…赤城」

 

「そうや」

 

「…なんで…」

 

「……なあ、なんで今も滞らず補給物資が来とると思う?この前舞鶴の偵察を阻止したって話はこっそり立ち聞きしたわ、でも場所まで割れてたんやろ?もう確定してんのと変わらんやんけ」

 

「………」

 

「その気になれば強制的に踏み切れる、相手は大本営、こっちはちっさい鎮守府、どうやってもこっちのが弱いんやから…最後の壁になっとんのが赤城や、それがわかるか?」

 

「…………」

 

「…1人で気丈なフリしとる、明石もそうやけど…お前人の事見る目ないわ」

 

「…そうだね…少し、行ってくるよ」

 

「…動ける訳ないやろ、結局拒否反応出てんねんから、その熱で何処いくんや?明石に謝るか?赤城にやめろと頼み込むか?」

 

「…明石には、謝れない、今行けば余計に傷つけるから…赤城にはやめてくれなんて言えない…本当にここが滅ぶことになるから」

 

「じゃあ2人揃って犠牲になり続けろ言うんか」

 

「………もし、そうする必要があるなら、僕が犠牲になる」

 

「お前舐めとんのか?」

 

「いいや…だから、誰も犠牲にならない手段を探す」

 

「せめて考えありきで言って欲しいもんやな?」

 

「………ごめん、まだ思いつかないんだ、でも、寝てるわけにはいかない」

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

誰かが敵に手を貸している

一番あってはならない事だけど、間違えようも無い事実

 

AIDAを持ち込んだのは誰なんだろう

 

熱で頭が回らない、だけどこの程度なら辛く無い

 

「提督、すげぇ顔してんな…どした?」

 

「…摩耶…」

 

「お、おい!熱あるだろコレ!?休めよ!」

 

「………」

 

ああ…もう受け入れなきゃいけないのかな

赤城、加賀、北上、高雄、鳥海のような…2020年以前からここにいた記録のある艦以外は全てが容疑者だったことも…

 

あの作戦も…



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ケア

雷巡 北上

 

「ん、あんがとねー」

 

「おう、気をつけて帰ってくれよな、何ともないと良いんだが」

 

「…ほんとにね」

 

「提督や姉さんには俺から言っとく、じゃ、あとは任せとけ」

 

「お金はいつか返すよ、いつかさ、とりあえず10年後くらい?」

 

「…………まあ、無理矢理連れてきたし、別に返さなくて良いけど」

 

 

 

 

新幹線車内

 

まさか明石が暴走するとはねぇ…感染してたのを知ってて黙ってた私が悪い

被害状況も良くはない、たとえ治ってもこれまで通り?そうはいかない…良い加減色々洗う時期だね、アタシのことも含めて…

手っ取り早いのは研究施設を作りたがってるであろう、本部に行くこと

だけどコレをするなら先に他のことを片付けなきゃ翔鶴と青葉も巻き込む、事態を知られてた時は明石は場合によっては否が応でも連れていかれるだろうし…ここで迂闊に動けない

感染経路はおそらくは別にある

何が原因…?

 

可能性A.、アタシ コレは自分のAIDAをコントロールできるから違うとわかってる

 

可能性B、前に明石が口走った…裏切り者、ありえない話じゃない、アタシからしてもうちの情報とかの管理は相当ゆるい…

最近こそマシだけど、前は頭のおかしいノルマもあったから、そっちには気が配れなかったし…

何らかの条件で逃げた奴がいてもおかしくはない…だけどこの推察だとAIDA感染に無理矢理つなげた場合、大本営がAIDAを使ってるみたいな話になるから…ないかなぁ…アタシに何もアクションないし

 

可能性C、こっちは1番ありえる1番嫌な可能性…深海棲艦とウイルスバグが同じ存在になりつつある、と言っていた提督、その話を飛躍させれば早い…AIDAはどうなのか、正直、青葉と翔鶴の感染からその可能性は強く考えられる…あの2人の感染には私はノータッチだからね、そして…そこから広がった…つまり、深海棲艦はAIDAの入った袋っていう可能性…

 

可能性だけの話なら全てを切り捨てられない

自分を信じ、憶測を鵜呑みにするならCしかあり得ない

 

それだけはあってはならない最悪の解答…か

 

「……今が何とかする時だよねぇ…」

 

策はある

 

AIDAを完全に消去する手段…

有るのだろうか?果たしてそんなものが

有ったとして、感染者は無事なのだろうか

 

感染者からAIDAを取り除くことが優先か

取り除くだけなら…おそらくできるかもしれない

 

「………あれ?」

 

「ん?お前さん誰だ?」

 

「………ああ、成る程、コレはラッキーかもね」

 

秘策見ぃっけ

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

 

提督 火野拓海

 

「…ふむ……」

 

「提督?」

 

「…大淀、終末が近いといえばどうする?」

 

「え?…確かに今日は金曜日でしたね…私はショッピングなんかに…」

 

「…そういう意味ではない、世界の終わりが近い、といえばと聞いたのだ」

 

「……思い残すことのないように過ごすでしょうね…」

 

「ではそうしておけ、数日暇を与える」

 

「…本気ですか?」

 

「世界の終わりを予見する文が来たことだけは確かだ」

 

「信憑性は」

 

「…限りなく低い」

 

「では何故?」

 

「何故だろうな…信憑性は低い、限りなくな…何の根拠もないのに……不安でたまらない」

 

「お疲れなんだと思いますよ」

 

「…やめておけ、大淀…我々も覚悟をする時が近いというだけだ…」

 

「意味がわかりません」

 

「理解する必要はない、ぼんやりとでも知っておけば良い…知らぬものに気を配ることなどできんからな」

 

「…提督には何が…?」

 

「…所謂、知りすぎた、というやつだ、だが…向こうは私の能力を買っている…幸運にも殺されはしないだろうな」

 

「………不穏な話ですね」

 

「君にモノを言えた立場ではないが……我々は常闇の中にあることを自覚せねばならない」

 

「前は照らします」

 

「…それでは足りんのだ」

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

提督 倉持海斗

 

「おかえり、北上」

 

「…ひどい有様だねぇ…ていうか大丈夫?」

 

「僕は大丈夫、それよりも明石だ」

 

「…どうするつもり?」

 

「データドレイン、とも思ったけど…その顔を見るに、任せても良さそうだね」

 

「あ、わかる?呉の提督からいい話聞いてきたんだよね、それと、お客さん連れてきちゃった」

 

「お客…?」

 

「ほら、入った入ったー」

 

「おう、勇者サマ」

 

「曽我部さん、お久しぶりです」

 

「んじゃ、あとよろしく」

 

「…あの嬢ちゃんに人の都合ってモンを教えてやってくれねぇかなぁ…こんなとこに連れてこられちゃ俺の予定も狂うっての…」

 

「それはすいません、しかし何で曽我部さんが?」

 

「何でも、俺はAIDAとかの専門家らしいぜ」

 

「…実際は?」

 

「全くそんなことはねぇ、が、力になれることは協力する」

 

「曽我部さん、単刀直入に聞きますけど、あなたは何処の誰ですか」

 

「…あー、東京に住んでるおっさんって答えちゃダメな雰囲気だな…NABだよ、NABと組んでる」

 

「NAB…アメリカのネット犯罪対策組織ですか」

 

「詳しいな」

 

「まあ、それで組んでるところはそれだけですか」

 

「…CC社とも」

 

「The・Worldの運営元にして、モルガナの生まれ故郷……ダブルスパイってわけですか」

 

「まあな、オフレコで頼むぜ」

 

「……CC社…モルガナのことに1番詳しいのは、CC社なのかな…」

 

「…モルガナって言うと、アウラのゆりかごか」

 

「アウラは目覚めた、だから役割は果たし、今モルガナは自由な状態です…そして、モルガナは悪意のみで今を生きている」

 

「AIに関しちゃそこまでだが…悪意のみで?感情は有るだろう、だが…悪意ってのはAIが持つようなものじゃない」

 

「それを持っているとしたら?」

 

「モノにもよるが、世界は終わる」

 

「今、AIによって世界が滅ぼされようとしています」

 

「…モルガナが?」

 

「AIDAについては?」

 

「…まあ、わかる範囲なら」

 

「それをコピーして、量産しているとしたら?」

 

「できるわけがない、ってのは求められてなさそうだな」

 

「…モルガナはリアルに流れ出し、海となった」

 

「………2020年に?」

 

「恐らく、そして今モルガナは深海棲艦やAIDAを従えて戦争している、僕を苦しめるためだけに」

 

「…じゃあお前さんがやれれば終わる話か?」

 

「いいえ、できるだけ僕が苦しむように全てを壊し尽くしてからら殺すと言われました」

 

「…そりゃまた愛されてんなぁ」

 

「…なので、僕は…倒す手段を考えてました」

 

「倒す?海になったんだろ?どうやって」

 

「現実世界の再誕、と言えばお分かりになりますか」

 

「…………おい、それってまさか、俺たちまで死ぬのか?」

 

「1人残らず」

 

「……なぁ、ふざけてんならそれで良いが…本気か?」

 

「本気です、モルガナはいずれ世界を滅ぼす、止める手段が他にあるならそれを取るけど、最後は…」

 

「…とって欲しくねぇ選択肢だな」

 

「避けて通りたい道です」

 

「……国防の要様にそんなこと言われたら、不安になるなぁ」

 

「…モルガナの悪意を、無くすことさえできれば…」

 

「……人の悪意ってモンは恐ろしい…か…」

 

「曽我部さん、最悪の事態を避けるために手を貸していただけますか」

 

「断れば死ぬんだろ、断れねぇよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

雷巡 北上

 

「おーし、おっけー」

 

「…北上さん、コレほんとに効果あるんですか?」

 

「さあね、でも夕張、うまくいけば儲けモンじゃない?」

 

「……確かに、明石のAIDAは神通さんの持ってきたワクチンじゃダメでしたけど…」

 

「……私も行くかなぁ、そんじゃあね」

 

「行くって言ってもゲームでしょ…?」

 

呉の提督はAIDAと何度も戦ったことがある、と言っていた

そしてAIDAと感染者を切り離した事もある、と言っていた

ネットゲームの中ならAIDAが形を持っていられるとしたら

できるだけ負担をかけずに切り離せるなら

 

なんだってやる、なんだって

 

 

「ふぅ…覚悟決めますかー、おーい、明石、起きてくれる?」

 

「………」

 

「…目は覚めてるみたいだね、いつから?」

 

「……少し前から、ここは?」

 

「夕張に作ってもらった仮設サーバー、動ける?」

 

「…はい、現実、じゃないんですね」

 

「AIDAを消すのに都合がいいからね、多分だけど」

 

「………」

 

「……やっぱ消したくないんだ?」

 

「私には力がありませんから」

 

「そんな事だろうと思ってたけどさぁ…明石は明石の仕事があるじゃん」

 

「……置いていかれたくない…」

 

「だろうね、でも、明石のことは誰も置いてかないよ」

 

「…もう此処にはいられません」

 

「AIDAを取り除けば問題ないよね」

 

「……私は提督を刺して、その上青葉さんやいろんな方を傷つけました」

 

「だから?」

 

「………」

 

「子供じゃないんだからさぁ…抵抗するなら自分の答えをもとっか」

 

「…私も前線に出たいんです、それができないなら……嫌と言うほど忙しくて、そんな事もわからなくなるくらい辛い方がいい…誰かを疑ったり、見えない何かから守ろうとするのは…疲れました」

 

「…ねぇ、明石、AIDAはどこから来たの?」

 

「…ネットから?」

 

「違う、明石のAIDA、誰に寄生させられたかわかる?」

 

「……わかりません」

 

「本当に?今の間はわかるって事だと思うんだけどな」

 

「…本当にわかりません、だけど……青葉さんや翔鶴さんから…たまに何かの気配を感じていました」

 

青葉と翔鶴は元々組…じゃあ恐らく関係はない…?

感染させる素振りはなかった事になるしね

 

「それ以外は?」

 

「何も…」

 

「…ま、いいや…明石、せっかくだし自分の艤装作れば?それで戦えばいいんじゃないの?」

 

「……」

 

「不満?」

 

「いいえ…わかりました、追いつく覚悟をします」

 

「明石の怖かったことが、みんなに置いて死なれる事なら…私達は死なない為の戦いをしてる…きっと、大丈夫だから」

 

「………」

 

「んじゃ、今からいたぶって、AIDAを叩き出すけど、いい?」

 

「…はい」

 

……あ、どのくらいの加減でやればいいのかわかんないや

 

 

 

 

「ようっやくでてきたねぇ…」

 

「ハァ…ゔェ…」

 

「明石ー、あと少しの辛抱だからね」

 

「ァ……?」

 

「えーと、逃げ場作ってやるんだっけ、そらっ」

 

明石の頭上に黒い泡の塊が出てくる

 

「出たね、よし、此処から出るよー」

 

「ぅあ…」

 

 

 

 

「…あの……AIDA、放置したまんまでいいんですか…」

 

「夕張に作ってもらった隔離サーバーだから大丈夫だと思うよ、と言うか明石こそ大丈夫?息絶え絶えで」

 

「……あたまがぐわんぐわんします…でも…良くなってきました…」

 

「夕張ー」

 

「はいはーい、なんでしょう」

 

「その隔離サーバーってどうすんの?」

 

「手に負えないので横須賀に持ち帰って本部に送るつもりです」

 

「………厳重にお願いね、横須賀でパンデミック起きても知らないから」

 

「勿論、サーバーっていうかコレただの外付けですし、外に出る事はないですよ、おそらく」

 

「…怖いなぁ、まあいいけどさ、とりあえず明石の診察よろしく、アタシは事情を触れ回るから」

 

「お願いします、それでは」

 

 

 

「よっ、暁、雷」

 

「あ、北上さん…」

 

「ごめんなさい、助けられなくて」

 

「んー?呉の事?アレは2人は悪くないから気にしないでいいのさ〜、それよりどう?元気なった?」

 

「…暁は平気よ、レディーだし…ただ、響と、第七駆逐隊の人達はちょっとダメそうね」

 

「…理由って分かったりする?」

 

「…七駆、特に朧さんと漣さんは…みんながおかしくなるの見てたから…響は…青葉さんの腕を折りそうになったのよ…記憶が断片的に残ってて…」

 

「……ケアは大変そうだねぇ…にしても暁は偉いなぁ…ほんとに周りを見てて」

 

「や、やめてよ!当然の事なんだから」

 

「……」

 

「雷もおいで」

 

「大丈夫よ!雷は…」

 

「おいで」

 

「……うん」

 

「よーしよし、怖かったね、明石はちゃんと前の、みんなの知ってる頑張り屋さんで、おバカな明石に戻ったから」

 

「………本当に大丈夫なの?」

 

「大丈夫、少なくとも明石はね」

 

「え…?」

 

「ごめん、なんでもない…よーし、今度みんなで休みとろっか、明石と提督だけ残してさ、みんなでピクニック行っちゃおう」

 

「…!いいわね!雷もお弁当作り頑張っちゃうんだから!」

 

「お寿司はダメよ?雷」

 

「えー!なんで!」

 

「よし、元気になったね、他の子のとこ行ってくるから、またねー」

 

 

 

 

「ん?阿武隈じゃ〜ん、響も、どうしたの?珍しいペアで」

 

「…その…北上さん、腕を出してみてください」

 

「ん?ほら」

 

「響ちゃん、大丈夫だから」

 

「……ごめん、北上さん…えい」

 

「…何?マッサージ?」

 

「……大丈夫なの?」

 

「ああ、そう言う事、いきなり腕を掴まれて何事かと思ったよ、青葉が痛がったくらいでこの北上様に勝てると思っちゃいけないねぇ…って言うか阿武隈、痛かったの?」

 

「いいえ、全く」

 

「…ほら、もうか弱い響ちゃんに戻ってるんだから心配ないでしょ…あ、そうだ、響、ちょいちょい」

 

「…どうしたんだい?」

 

「……こうやってみ」

 

「阿武隈さん、腕を出してくれないかな」

 

「へ?またやるんですか?」

 

「…すまない、つねるよ、えい」

 

「痛っ!?いや、二の腕つねらないで!」

 

「あははは〜、ほら、そのまま引きちぎっちゃえ」

 

「………無理そうだね」

 

「あれ?!響ちゃん楽しんでない!?いたたた」

 

「響、弱点はあるモノだよ、例えば脛をぶつけたら痛いしさぁ、って訳で心配ないよ」

 

「そうみたいだね」

 

「そろそろ放そうか!?」

 

「阿武隈ー、えらいえらい、んじゃーね」

 

「あ、ちょっ北上さーん!?」

 

 

 

 

「おっす七駆どもー」

 

「あら、帰ってたのね」

 

「おかえりなさい、北上さん、ご愁傷様です」

 

「ダブルボノは元気そうだね」

 

「…まあ、他がアレじゃあね」

 

「潮は翔鶴さんについてます、まだ元気そうなので」

 

「…あれだね、所謂老々介護状態だね、違うけど」

 

「何それ」

 

「助けがいる人が他の助けがいる人の事を助けてる状態、つまり潮にもケアがあるのに他の人のケアをさせてるってことよ」

 

「…否定はできないわね」

 

「ザミとボロは?」

 

「…その呼び方何?」

 

「奥です」

 

「ねぇ、ダブルボノ、ちょっと荒療治だから…手を借りたいんだけど」

 

「…アンタまさかそれ見せるつもり?」

 

「…それってAIDA…?」

 

 

 

「おっす、ザミー、ボロロン」

 

「…北上さん」

 

「こんにちは…お元気そうで何よりです」

 

「一応慰安旅行だったからね、アタシだけ車中泊になったけど」

 

「…何か用ですか?」

 

「…明石をさ、さっき治してきたんだ」

 

「明石さん、治ったんだ…」

 

「ん、まあね…AIDAの扱いには慣れてるし」

 

「……それ…AIDA…!?」

 

「い、嫌…!」

 

「…アタシさ、いつだっけなぁ…前アオボノと戦った時からこの子とずっと一緒なんだよね」

 

「ずっとそんなのを…!?」

 

「ん、まあ…使ってるとすごい負担があるけど…この子にもちゃんと意思があって、生きてるんだわ」

 

「でも、私達を…」

 

「大丈夫、この子は攻撃しない…ごめん、後々みんなに見せるつもりだったんだけどね?」

 

「………」

 

「ま、信頼しろなんて言わないよ、アタシはさぁ…そう、明石はもう大丈夫って伝えるためにコレを見せた、わかるでしょ?」

 

「わかりません…」

 

「そりゃそうだよねー、なんて言うの?ほんとに取り除けたよって事なんだけどさ」

 

「………北上さん、それ、今まで隠してたんですよね」

 

「朧、何も言わなくていいよ」

 

「…何するつもりですか」

 

「…………」

 

「自分を犠牲にするつもりですか…?」

 

「そんな高尚なモンじゃないさね、心配ないよ、少なくとも今はそのつもりは…まあ、あんまりないかなぁ…」

 

「…絶対にそうはさせませんから」

 

「ん、信じてるよ」

 

 

みんなやっぱり強いなぁ



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努力

工作艦 明石

 

「なるほど、ではコレはその折にいただきます」

 

「はい、一週間以内に確認致しますので」

 

その日のうちに私は工廠内での活動を認められた

もちろん謝り歩いた後に

未だ目を覚まさない青葉さんが目を覚ましたら、全員の前で再び謝る事を約束した

今の私の最優先の仕事はデータ兵器の実用化

コレの安全確認を行い、今回の協力の対価として呉にも渡す事になった

もちろんヘルバさんにも許可は得た

 

正直、ずっと不安だった、北上さんと同じくらいの長い間此処にいる

なのに戦果はあげず、ずっと大人しく仕事をこなすだけ、かと言って他の人より仕事の量は多くない

昔はそれでもよかった、むしろ、楽だと思っていた、かまけていた、でも、いつからだろう、北上さんが全員を引っ張るようになったのは

あの人の異常な練習時間、練習量は、自分で艤装を手入れすることで私にも隠してきた事のようだけど、調整すればわかる、金属疲労で壊れそうなパーツも多い、壊れたら新しい艤装を用意した方が安く上がるくらいだ

私は…無力だった、いつからだろう、正しい意味で此処の一員となったのは、本当に心の底から一喜一憂しながら、此処で暮らして、戦っていたのは

 

「煙幕弾ですか」

 

「発煙筒でもいいんだけど…前方に大きく目隠しを作りたいの」

 

「…確かに制空権を取れれば一方的に攻撃できる上に、被弾の可能性も下がりますね」

 

「お願いできるかしら」

 

「はい、すぐに取り掛かります」

 

最近色々な仕事がくる、無茶な内容も含めて

毎日のように北上さんが駆逐艦達を連れてきて、変なものを作れと言ったり、加賀さんがさっきみたいに新しい戦い方をするための装備を要求してきたり

 

自分の艤装を用意する暇はあまりない、今まで通りに活動していたら

 

結果私は自分の時間をとことん削った、すると何故だかむしろ楽しくなってきたのだ、ようやくとことんやりたい事ができているのだから

不思議と今が楽しい、楽しくちゃいけないけれど、これで漸く私も一緒に戦えるのだ、と思うと楽しくて仕方がない

 

 

 

執務室

 

「こちら発射の際にかかる負荷と威力の算出データです」

 

「…使えそう?」

 

「戦艦クラスでしたら可能かと、普通の弾薬と違い、レールガンタイプとなりますので専用の艤装になります」

 

「………それで?」

 

「私が使います」

 

「戦艦クラスじゃないと使えないんじゃないの?」

 

「擬似的に戦艦の馬力を出します」

 

「どう言う事?」

 

「これの発射の際、とても強い負荷がかかり、大体の艦娘はバランスを大きく崩すでしょう、なので、後方にアームを出してバランスを取り、踏ん張る力を上げます、そうする事で戦艦以外でも使えるようにします」

 

「成功しそう?」

 

「実験の許可さえいただければ」

 

「…安全第一でよろしく」

 

「ありがとうございます!!」

 

「元気になったみたいだね」

 

「…改めて、申し訳ありませんでした」

 

「いや、いいよ、気にしないで」

 

「そう言うわけにはいきません、私は自分の罪を理解しています、何があろうとそれを受け入れる覚悟ですので」

 

「…明石は…強く、なったね」

 

「…ありがとうございます」

 

「…本当はみんな強いんだ、それに自分が気づけてないだけで…少し、誰か背中を押す人が必要なだけ、明石はもう大丈夫?」

 

「はい、これからの戦いに備えます」

 

「…じゃあ、午前は工廠を閉鎖して、訓練に参加する事、良く練習しておいてね、通常戦闘も含めて」

 

「はい!」

 

 

 

「明石、その煙幕弾ってアタシにもくれるの?」

 

「え?北上さんにですか…?」

 

「ん、まあ、使えないことはないかなぁって」

 

「……わかりました、配備します」

 

「おっ、アタシがまた強くなるのが嫌?」

 

「…正直に言えばそうですね、私の目標の一つですから」

 

「………そっか!嬉しいよ」

 

「でも、これからは負けませんから」

 

「…明石には明石の戦い方があるもんね」

 

「ええ、これで…やってみせます」

 

私のやり方で、みんなを助けるために

 

 

 

 

 

呉鎮守府

 

「いつまで拗ねてるんだよ、仕方なかっただろ?」

 

「まあ、その通りだクマ、だけど詳しく説明してくれりゃこっちも手を貸したクマ」

 

「…」

 

「言えない事情があったんですって!きっと、何か…」

 

「大井が北上の肩を持つなクマ…お前は北上をいたぶるのが趣味なはず…」

 

「ニャ…」

 

「……別に私はそう言うわけじゃ…」

 

「違うんだよなぁ、大井姉は自分だけ心の底から楽しんだから申し訳ないんだよなぁ?」

 

「…姉さん達、私の趣味は木曾をいたぶることでした」

 

「……悪かったって」

 

「はぁ…そんなに姉ちゃん達は頼りないかクマ」

 

「…ニャ…悔しいニャ……」

 

「失礼します、今よろしいですか?」

 

「神通か、なんだクマ」

 

「その…北上さんに様子を見ておいてほしい、と」

 

「北上が?なんのためニャ」

 

「……怒らないでほしいのですが…自分たちは頼りないって泣いてるんじゃないかと言っておられました」

 

「…はぁぁぁぁ!?いい度胸してるクマ!」

 

「あっりえねーニャ…北上…殺すニャ」

 

「賛成です、とことん痛めつけましょう」

 

「………神通…?」

 

「そう言うことですので…」

 

「…予定通りなのか…いい姉妹だよな、全く…」

 

「そうですね…」

 

「そっちはどうなんだ?」

 

「…姉さんの夜恐怖症は…相変わらずです」

 

「那珂の方は?」

 

「…最近お仕事が減ってると嘆いています」

 

「那珂らしいな」

 

「前は瞬間移動や独特の所作でバラエティ含め引っ張りだこだったんですけど…その、ドッキリというんでしょうか、アレに引っかからないし、ヤラセでやると演技の下手さから…」

 

「…成る程な、そりゃテレビ局からしたら使いにくいわけだ」

 

「…まあ、那珂ちゃんは戦闘でも活躍してくれますから」

 

「…うちの3番手様は流石だな」

 

「…2番手だと思いますよ」

 

「…その位置は俺だ、文句あるか?一番手サマ」

 

「……ふふふっ、改二改装、するんですね」

 

「…ああ、どうなってもな」

 

「幸運を」

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

軽空母 瑞鳳

 

「…懐かしい臭いがする」

 

「…どうしたんですか?瑞鳳さん」

 

「千代田さんはわかる?」

 

「え?なにがですか?」

 

「………わからないならいいの…提督はどこかな…」

 

「今の時間は道場だと思いますけど」

 

「ありがと、一緒に来ない?」

 

「…はい」

 

 

 

「…どうした?」

 

「提督、誰か来た?」

 

「質問の意図が良くわからないが…?」

 

「………離島鎮守府」

 

「それがどうした」

 

「あそこで嗅いだ事のある匂いがしました、誰か来ましたか?」

 

「…瑞鳳さんはここで建造されたんですよね…?」

 

「……公式的には誰も来ていない」

 

「誰ですか?」

 

「北上だ」

 

「………そっかぁ…最悪…」

 

「…知り合いか?千代田はわかるか?」

 

「…えっと、はい、私は一応…」

 

「提督、轟沈した艦娘って、どうなるか知ってますか?」

 

「…なんだいきなり」

 

「私の知る限り…2種類です、1つは深海棲艦になる」

 

「最近本部の議題に上がっている話か、だが証拠がないとか…」

 

「2つ目は、記憶を引き継いで、再び建造される」

 

「…瑞鳳さん…もしかして…」

 

「千代田さんには言ってなかったよね、でももうバラしたし、いっか、久しぶり」

 

「…離島鎮守府で、お前は沈んでいたのか…?」

 

「そう、私は、あそこで新人の提督に殺された…次に目が覚めたらここで建造されてた、経験がある事がバレるとさっさと前線に送られるから黙ってたけど…ってこんな話はいいか、なんで北上がここに来たの?」

 

「…不知火が連れてきた、演習をしただけだ」

 

「データは?」

 

「…取ってない」

 

「非公式戦かぁ…」

 

「瑞鳳さん…?」

 

「…大丈夫、千代田さんのことは恨んでないから、私はあの提督だけ地獄に落とせれば充分だから」

 

「………」

 

「瑞鳳、千代田、今日はもう休んでくれ、俺も少し頭が痛い」

 

「お大事に、提督」

 

「……失礼しました」

 

 

 

 

離島鎮守府

 

「それでは、お世話になりました!」

 

「此方こそ、とても助かりました、今までありがとう」

 

「また遊びに来ますね、どうせ横須賀から定期船は出てるし、あ、そっちから遊びに来てくれてもいいんですよ!特に明石!」

 

「うん、わかってる」

 

「いやー、霰ちゃんとか青葉さんとか、目が覚めてない人がいるのに…帰るのは本当に申し訳ないけど、皆さんに幸運がありますように」

 

「ありがとね、夕張…」

 

「よし!じゃあまたね!」

 

 

 

「結局医官の派遣は蹴られた、か」

 

「まあしょうがないでしょう…期待はできませんでしたし」

 

「そこのお二人さん、安心してええで、ウチが夕張からある程度引き継いどるからな!今後も連絡を密にして必要なったらこっち来てもらう手筈や!」

 

「龍驤さん…いつの間に」

 

「ウチも力になるからな…」

 

「ありがとう」

 

 

 

「扶桑…」

 

「どうしたの?満潮」

 

「…この前の霰と大潮の事なんだけど…」

 

「……怖がる必要は無いのよ、きっと何も問題ないんだから」

 

「…私はここの恐ろしい時期ってやつを何も知らないわ」

 

「それは私も…折角だし、赤城さんや加賀さんにお話を聞いてみたら…?」

 

「………」

 

「…一緒に行ってあげるわ」

 

「ありがと…」

 

 

 

 

「昔のこと、ですか…」

 

「…いいけれど、面白く無いわよ…」

 

「…わかってるの、気持ちがわかるなんて言えないわ、だけど…できるだけ…できる限り寄り添いたいの」

 

「…優しいのですね」

 

「いいでしょう、軽くお話しします」



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過去

「昔、か…」

 

「まず、初期配備の艦娘は全員沈んでしまいました、最初はここは国の盾で、新しい艦娘の育成施設でもありましたが、全滅した時点で方針は切り替わったみたいです、第二期の配備艦の方は北上さん、明石さんが今は残ってますね…私は第二配備の最後の方でした、他には…ほら、呉に行った球磨型の皆さんと、千代田さんもいましたね」

 

「千代田さんって、あの?」

 

「はい、前にも居たんですよ、たまに手紙とか装備を送ってきてくれます、ただ、中々ここを出られなくて…でたのは…まだ1年経ってませんね」

 

「千代田と言えば…今は佐世保でしたね」

 

「活躍してる、と聞いてますが、あそこもちょっと前に提督が代わったと聞きました、なんでも憲兵あがりだとか」

 

「珍しい経歴ですね…」

 

「話がずれましたね、さて…捨て艦という言葉はご存知ですか?」

 

「………はい」

 

「まあ、所謂肉壁です……」

 

「赤城さん、無理しないでください…ごめんなさい、私達も、それに守られてしまった事があるの…」

 

「………」

 

「満潮、そんな顔しちゃダメよ…」

 

「…当然の反応です、庇われた側が…思い出すのを拒否しているのですから、それに…時が違えば、自分がそうなったかもしれない…」

 

「私達は……最低な命でした」

 

「…そうね、犠牲の上に生きてるなんて最低な命だわ…霰と、大潮は…いつ?」

 

「…最近です、朝潮が呉鎮守府に行く少し前ですか」

 

「…そうでしたね、立て続けに2人、先に大潮さん、そして霰さん…霰さんが沈んだ次の日、朝潮がここを去ることを決めました」

 

「………そんな」

 

「…ただ、2人は…他の方よりは…」

 

「赤城さん、言葉が過ぎます」

 

「…ごめんなさい」

 

「どうやって沈んだわけ?」

 

「…戦闘の中で……ただ、誰かを庇わなければならなかった、ということはないはずです…あの頃は私達はあまり出撃できませんでしたから」

 

「…そう」

 

「…話を戻しますか…?聞きたいことは、多分聞けたと思いますが」

 

「…ここまで聞いたんだし、全部聞かせてもらうわ」

 

「第三次配備の際に私がここに編制されました、その頃はまだ食料などは備蓄があり、まともに食事ができました、しかし、相場は劣悪なものばかり、良いものは国防のために回されました」

 

「…食料があったってどういう意味?」

 

「……私が配備されてしばらくしてから、補給の頻度が一気に落ちました、時間が経てば経つほど食事は貧しくなりました、最終的には一食で食べられるのはおにぎり一つです、それに塩をたらふくかけて食べました」

 

「…良く体を壊さなかったわね」

 

「艦娘ですから…」

 

「糊みたいになるまで口で噛んだら味がなくなれば塩を足して…いつしかこれが私たちの当たり前になってました、たまに出る野菜や、牛缶が嬉しかった……」

 

「一航戦スペシャルの謎が解けたわ…嬉しくないけど」

 

「あの頃はまだ艦娘も多かったのですが…ちょうどその頃ですか、爆発的に深海棲艦が増えたのは」

 

「…そのせいで、建物ごと全て消し飛びました、大勢の犠牲も出たし…その時の提督も死にましたので、ここで提督が一度変わりました、あとは…憲兵も全滅したりして…憲兵隊と提督との仲が悪いのはこの頃からでしたか」

 

「そうでした、まだ直接的な暴力はなかったと思いますけど」

 

「…憲兵が暴力を振るうってこと?」

 

「ええ、まあ…強いストレスから、と考えれば全くわからない話でもないでしょう?相手も人間な訳だし」

 

「憲兵も同じような環境な訳?」

 

「私たちよりはマシでしたよ、休みもあったし、本土に帰ることもできたし」

 

「食事もまだ良いものでしたね、軍部が違うからでしょうけど」

 

「涎を垂らしながら見ていた頃が懐かしいですね、秋刀魚の缶詰とか」

 

「誰でしたか、出撃中に鰯の群れを見つけたと、空腹のあまり魚雷を使って漁をしたのは」

 

「……北上さんじゃないですか?たしか一度営倉に入れられてたのをみた事があります」

 

「…その時の鰯、結局憲兵と提督で焼いて食べてましたね…」

 

「……なんていうか、割とわかってたけどひもじい話なのね」

 

「…まあ、補給が1番苦しかったですから…」

 

「燃料と弾薬があれば、私達の体自体は劣化しない…そんな与太話を信じてました、その時の提督が逃げ出さなければ私たちの食事は完全に無くなるところでしたから」

 

「……嫌な話ですね…」

 

「でもその時を経験してるから、今、皆さんの前にいられるんですよ、散った仲間の事も受け止めて私は前に進む、そのためには振り返れないんです」

 

「お墓参りは欠かしませんけれど」

 

「…そういえば、今の提督っていつ来られたのでしょうか?」

 

「ちょうど逃げ出した提督の後ですね」

 

「この時は荒潮さんと朝潮さんもまだ居ました…あ、えっと…もう1人、前の朝潮さんが」

 

「もう1人いたの?」

 

「…此方は、ここを出る直前に、荒潮を庇って沈みました…正義感が強く、優しい子でした…言い方は悪いけど、そこ以外は朝潮らしくない感じもしましたけど」

 

「…そう」

 

「そうだ!良いニュースがあります!」

 

「どうしたの、急に」

 

「朝潮さんと荒潮さん、こっちに配属されるみたいです!」

 

「え…?許可出たのかしら、それ…」

 

「待遇とかは良くなくなるんですけど、少しでも姉妹と居たい、と…」

 

「…朝潮…」

 

「…霰さんと大潮さんの事もあるんでしょうね」

 

「……彼女にとっては一生物の負い目ですからね」

 

「庇って沈んだわけじゃないんでしょ…?」

 

「ええ、ただ、2人とも練度自体は20を超えていました、朝潮と3人で抜け出す、という約束のために報告書を偽装して残ってたんです」

 

「2人とも、朝潮の同期でした…仲も良かった、だけど、場所と時期が悪かった」

 

「…なによそれ…」

 

「だからこそ、今、その仲を取り戻したいんですよ、彼女達は…」

 

「…ねぇ、今ならわかるんだけど…提督と艦娘の間に溝とかなかったわけ?」

 

「ありましたよ?もちろん今の提督とも」

 

「最初の頃の提督はラジコンって呼ばれてましたから」

 

「ラジコン?」

 

「…本部の命令通りにしか指揮を出せませんでしたから、力もなかったですし」

 

「今思えば、提督としての才能はなかったんでしょう、ただ、リーダーとして、現場での指揮は…優れてると思います」

 

「それが良くあんなに慕われてるわね…」

 

「…失礼ながら不思議ですね…」

 

「…提督は、もともと軍学校を出たわけじゃないんです、当時中将でしたっけ、そんなくらいのお偉方が連れてきたんです、ほら、横須賀の提督」

 

「あの人そんなに偉いの…?」

 

「お金と権力のある勝ち組というやつでしょう」

 

「…おかげでまず、食事はマシになりました、一般的な三食を取ることが出来ました、涙が出るほど嬉しかったですね、ただし装備などはそのままでしたが」

「ただ、提督の腕には落胆したものですね、期待した私達も愚かでしたが」

 

「……ただ、真剣に私たちを見ていてくれましたね、怪我をしたら気にかけてくれて、沈んだ子には涙を流して」

 

「お墓を作る許可、というか、指示をくれたのも提督でした…ただ、簡素な物だし、火葬もできない、なにより憲兵が反対するので秘密裏に、でしたけれど」

 

「だからあんなに目につきにくいところにあるのね」

 

「あれでも整備されたんです、憲兵が引き払ってから…みんなでそれぞれ」

 

「…そういえば、何回も言ってたけど、憲兵はなんで引き払ったの」

 

「横須賀の提督が引き払わせてましたね、人材不足とかで…あの時はただそれを聞いてこんなところに人員を割か必要もない、と納得してましたけど…今の報告書の偽造量を見れば、その為なのは間違い無いでしょうね」

 

「…ねぇ、次の憲兵の配置って相当まずいんじゃ……」

 

「そうですね、本部が少し規制を緩めてきたと言っても、私たちは…あまり良く思われてませんから」

 

「………そうですね」

 

「憲兵の撤収から一気にここの設備は改善されました、備蓄も増えました、ですから…皆んな憲兵の配備を恐れてると思います」

 

「………」

 

「赤城さん?」

 

「あ、いえ、そうですね…」

 

「…情けない話ですけど、私たちでさえ、頭を抱えることしかできません…」

 

「…こんなこと聞いて良いのかわからないけど、2人はなんでまだここにいるのよ」

 

「正規空母って、結構必要ないんですよ、それにいろんなところにもうすでに配備されてますし」

 

「…配備されてない場合は大抵軽空母でどうにかなっている場所です、つまり…私たちは生まれるのが遅すぎた、だから代わりになれるのを待つしか無いんです」

 

「…嫌なこと聞いてごめんなさい」

 

「北上さんに聞いてたら沈められてましたね、ふふ」

 

「あの人そんなにコンプレックスとかなさそうだけど…」

 

「意外と気にしてるんですよ…重雷装巡洋艦の北上、ここ以外にも結構配備されてて」

 

「呉に行こうとした時、呉の方で別の北上さんが建造されて、呉行きが無くなったんです」

 

「だから呉は球磨型が北上だけ…あれ?その北上は?」

 

「解体されたそうですよ、戦績が悪かったとか、自分の意思、とか聞きましたけど…」

 

「……私は他の姉妹から責められたとも聞きましたが、あの人たちはそういうタイプではありません…差し詰め、対応の仕方がわからなくて…気まずくなったのを重く取りすぎたんだと思います」

 

「…沈んで無いのが救いね」

 

「何ー?アタシの話してた?今」

 

「北上さん…」

 

「…昔話を、少し」

 

「昔話かぁ…どんなの?」

 

「………あまり…良い話では」

 

「あ、なるほど、そういう話か…なんで?」

 

「私が…霰や、大潮が目が覚めた時…少しでも寄り添えるようにって思って……」

 

「……そっ…かぁ…どうなんだろ、あー、やばい、わっかんない……」

 

「…北上さんも何かあったんですか…?」

 

「………アタシアレルギーなんだよ、瑞鳳アレルギー」

 

「…あぁ…」

 

「瑞鳳アレルギー…?」

 

「……普通轟沈って、敵との戦闘でおこる、それも敵からの攻撃で、庇うとか…普通にやられるとかあるけどさ」

 

「まあ、そうですね…」

 

「……アタシが瑞鳳沈めたんだよね、雷撃で」

 

「…どういう事か、お伺いしても?」

 

「……嵐の酷い日でさ、視界最悪だった、隊列も何もなくて、前後もわからなくなって、しかも連合艦隊だったんだよねその時、頭数だけ多くて多くて…いや、ごめん、方便並べてるだけだね…とりあえず、私は、戦闘中に瑞鳳を敵だと勘違いして魚雷を撃った…そしたら、一瞬見えたんだよ、瑞鳳のさ、死ぬほど驚いた顔…あの子は艦としての記憶を大事にしてたから…艦としての記憶もあって、より辛かったんじゃ無いかなぁ…」

 

「…でも、わざとじゃ無いんでしょ…?」

 

「しってる?事故って罪になるんだよ?…アタシはちゃんと全部、包み隠さず言った…だけど、罪として裁かれることはなかったんだよねぇ…あの頃は空母ってまだ重要視されてなかったからさ…」

 

「……誰も救われませんね…」

 

「…ま、あの時のことは皆んな暗い話しかできないよ」

 

「…聞かせてくれてありがとう」

 

「…伝えるのも、償いの一つだと思ってるからね…ただ、許されたいのかなぁ…やっぱ私まだまだ弱いわぁ…」

 

「…十分強いですよ」

 

「赤城、嬉しいこと言ってくれたとこに悪いけどさ、着いてきてくれる?」

 

「なんでしょう」

 

「…提督がお呼びだよ、今後の報告のことで」

 

「…………わかりました」

 

「赤城さん…?」



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裏切り者

正規空母 赤城

 

「提督ー、入るよ」

 

提督は先の怪我から執務室を病室に移し、そこで基本的な応対をしている

なので此処は静かだ、誰も私の罪を、今は聞かないだろう…

それも数時間後までか

 

「どうぞ」

 

「失礼します、赤城です、お呼びでしょうか」

 

何も無い風に、今から行われるのがたとえ、死刑宣告だろうと、なんだろうと、それが待っていることを知らない風に…

 

「わざわざ来てくれてありがとう、報告の件なんだけど」

 

報告、か…密告とでも、なんとでも言えば良いのに…

 

「これまで通り続けてくれて構わないよ」

 

「…はい?」

 

「話はそれだけ、わざわざ呼んでごめん、もういいよ」

 

…どういう事だろう、全く頭に入ってこない

 

「…意味がわからないのですが…」

 

「ホンマにわからんか?」

 

後ろからの声にはっとする

いつから居たんだ、この人は…

 

「おう、赤城、そもそもなんで司令官がお前の悪さに気づいたかわかるか?」

 

「……貴女だったんですか、いつ気づいたんですか」

 

「たまたま、此処で司令官の他に持ってないはずのケータイを見たからな、そん時はまだ明石が持ってる事も知らんかったし、本土行くのも難しかった、しかもめっちゃ物々しい感じやったからな…夕張に軽く見てもらった」

 

「…なるほど、なんで今まで私に問い詰めなかったんです?」

 

「確かに、ウチや明石ならイヤイヤでも多少きつい事言うたりしたやろうからな、お前がそれ望んでるうちはあかんわ」

 

「…というか僕は別に赤城を罰するつもりは全くないんだけどね」

 

「…なぜでしょうか」

 

「赤城が情報を流してる割には此処への被害ってほとんどないからだよ、龍驤に言われた時は信じられなかったしね、それに…赤城は別に誰かを困らせるつもりはないんでしょ?」

 

「…当然です、私は、此処にいるみんなを家族のように大事に…」

 

「おい、赤城…」

 

「やめなよー?龍驤、今提督と赤城が話してるじゃん」

 

「……アンタもそうやけど前々から此処は緩すぎるわ、良い加減に…」

 

「龍驤、黙ろうか」

 

「なっ……お前…それは…」

 

龍驤さんの声に反応して後ろに振り返る

目の前には目に痛いほどの単色の泡

その泡は間違いようもないソレ

 

「…AIDA……」

 

「北上、いいの?」

 

「ん、どうせ明日の朝礼で言うじゃん、良いでしょ別に」

 

「…どう言う事やねん!北上は敵なんか!?はっきり答えぇや!?」

 

「心配しなくても良いよ、私は強いって教えてあげてるだけだから、手は出さない…だから黙ろっか、詳しい話は明日するから」

 

「…どっちも納得できんわ!なんやねん…赤城の事も!北上のことも…!」

 

「…簡単に言えばアタシは核兵器だよ、敵が使ってる以上、こっちも引かない」

 

「それに、北上はAIDAを正しく扱える、信頼しても良いと思う、と言うか、今まで実際にそれで戦果をあげてくれたしね」

 

「…いつからや?」

 

「前アオボノとやり合ったあたりかなぁ…」

 

「……なるほどなぁ…ホンマに大丈夫なんか…?まあ、ウチも新参や、とやかく言うことは今はせえへんけど…明日、どうなってもしらんで」

 

「よし、じゃあ黙っててくれる?」

 

「………わかったわ」

 

「…私が言うのもなんですけど、私自身も不満があります、なぜ裏切り者である私をそんな扱いにするんですか?」

 

「赤城が誰かを傷つけるために情報を流したわけじゃないって言うだけで、君が罰を受ける理由は僕には見当たらないよ、大本営が提示した条件はなんだったの?」

 

「…憲兵の配置を取りやめる事、それとある程度の黙認…」

 

「前者は蹴られたわけだね」

 

「…………はい、取りつく島もありませんでした…申し訳ありませんでした…」

 

「君が気にする事じゃないんだよ、赤城」

 

「…いいえ、私は皆んなを裏切り、そしてそれを誰にも明かさず、誰にも責められないまま終わることを望んでいました…決して許されることではないのに」

 

「君は裏切ってない、龍驤、今の話を聞いててもまだ赤城が裏切ってたと思う?」

 

「………」

 

「良いよ、しゃべって」

 

「…おっかないボディーガードやわ…まぁ、ウチには此処の事情やら、憲兵にどんな感情抱いてるやらはわからん…けど、赤城が皆んなを守ろうとしたったってことだけはわかったわ」

 

「でしょ?」

 

「…許さないでください、提督、私は間違ったことをしています」

 

「許されないことは君への罰にはならないと思うよ、それを心の底から望んでるなら」

 

「…罰を望んでるわけじゃありません、許して欲しくないんです…」

 

「じゃあ、君を追い詰めた僕を恨めば良い、僕はみんなに許されたくない」

 

「…何故?」

 

「この戦いは僕が始めてしまったからだよ、何が起ころうと、元凶は僕だからだから、許されちゃいけないんだ、君が何をしたとしても…それは僕のせいだ……それに、赤城、君は謝ったじゃないか、謝ったら許してあげなきゃいけない」

 

「謝ってすまないこともあります」

 

「…誰かが死んだらそうかもしれない、でも君が犠牲にしたのは自分だけ、なら…誰も君を責められないよ」

 

「………」

 

「…赤城、どうしても納得してくれないなら、明日の朝礼でみんなに話そうか、僕が罰を与えると言えば、きっと皆んなは強く反発する」

 

「…知っています、優しい子たちですから」

 

「君が望む形にはならないけど、君は愛されているよ」

 

「…お互い様です…提督、ありがとうございました」

 

「後のことは任せておいて」

 

「…お願いします」

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

「ごめん、龍驤、北上、外してくれる?」

 

「…わかったわ、ウチも赤城に詳しい話聞きたいしな」

 

「誰か呼んだ方がいい?」

 

「いや、もう来てるよ、曙、入って」

 

「…失礼します」

 

「うぉっ!?ずっとおったんか…」

 

「…がっつり聞かれてたみたいだねぇ…」

 

「……提督、お加減の方は如何ですか?」

 

「大丈夫、もう1人の曙は?」

 

「訓練に行きました」

 

「そっか、じゃあ2人でする話になるかな、ごめん、北上、龍驤、これもあんまり聞かれたくない話だから」

 

「明石にも?」

 

「うん、任せていい?」

 

「りょーかい、行こう、龍驤」

 

 

 

「はい、こちらがロシアのコミュニティです」

 

「へぇ…ウーラニアって人もすごいみたいだね」

 

「舞鶴と大本営の通信を全て傍受して、作戦概要を教えてくれました、その為に私はあの時、舞鶴の作戦を防げたんです」

 

「………どこで知り合ったの?」

 

「私が買ったスマートフォンにいつの間にか連絡先が、ハッキングされてたみたいで」

 

「狙いは僕かな…」

 

「提督、どうしていきなり」

 

「この人はCC社側の人間みたいなんだよね、曽我部さんから聞いてるんだ…でも舞鶴と大本営の交信を知ってるっておかしいと思わない?」

 

「それはそうですけど…」

 

「うん、直球で言ってしまうと、大本営はCC社が絡んでると思ってさ…CC社ってわかる?」

 

「ネットゲーム、The・Worldの運営元であることくらいしか」

 

「それでいいよ、次は大本営ってどんな存在?」

 

「…日本における軍部の一つです、海軍で最大の派閥と言える存在でしょう」

 

「大体正解、大本営の規模なら10兆円くらいかな?」

 

「なんの…買収ですか?」

 

「流石に気付くのが早いね、正解だよ」

 

「…さっきの話と複合すれば、CC社が大本営を買収してることになりますが」

 

「簡単に言えばそうかなぁ…CC社の本部ってさ、アメリカにあるんだよ」

 

「アメリカ相手には強気に出られない、と?」

 

「そうだね、僕はそれと、お金の力、両方が絡んでるのかなぁって思ってる」

 

「…だとしたら私たちに何ができるんでしょうか」

 

「……曙、例えば…今から僕が世界を滅ぼすと言えば…どうする?」

 

「私はただ従います、提督の考えは分かりませんけど、貴方の考えは1番に私たち考えてくれているから…」

 

「…ごめん、曙、今回ばかりはそうじゃないんだ」

 

「……」

 

「曙、僕は…戦いの終わりのために世界を滅ぼす」

 

「…狡い人ですね」

 

「ごめん、そう言うのも覚えてしまったんだ」

 

「…もう夜です、今夜は月が綺麗ですね」

 

「そっか」

 

「文学はお嫌いですか?」

 

「いいや…ごめん」

 

「知ってます、提督、私は朧や、漣、潮…もちろん曙も、皆んな大事で大好きで…アイツらを傷つける奴は、絶対に許さない…大事な仲間で、姉妹で…」

 

「……」

 

「……それでも、私は提督の前に立ちはだかるつもりはありません」

 

「…いいの?」

 

「私の選ぶ道です」

 

「そっか…ありがとう」

 

「提督、貴方は愚か者じゃない、私はよく知ってますよ」

 

「愚か者だよ、なんの確証もない、赤城や北上をも、それどころか仲間を全て裏切るつもりなんだから」

 

「…皆んな、背中には用心していませんからね、丁度提督のように」

 

「…ねぇ曙、僕は君とどんな約束をしたの?」

 

「……さぁ?…戦いが終わったら指輪をくれるとかでしょうか」

 

「曙、君がもう良いのなら、元の口調でも良いんだよ」

 

「…まだダメです、私はすぐに泣いちゃうので」

 

「………そっか」

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、今日急に朝礼を開いたのは、幾つか理由がある、先に、まず島風と鳳翔さんの正式な移動の日程が決まったよ、後一週間しかない、会えないわけじゃないけど、会うことは難しくなる、決して遠慮することなく、しっかり遊んで、思い出を作っておいてね」

 

「司令官、記念写真、取りましょうか…?」

 

「いいの?…じゃあ、後でみんなで撮ろうか…でも、先に話を終わらせるね、こっちも異動の話だよ、朝潮と荒潮が帰ってくる、こっちは明日、表向きは戦績が奮わないことが理由って事になってる、その辺りの理解をお願い」

 

「大潮と霰は頭を覚ますのかしら…」

 

「大潮は元気ですよぉ!」

 

「…アンタはそのまんまでいてね」

 

「それと、もう一つ異動の話がある、暁、響、雷、君たちは横須賀鎮守府に行く事になるよ」

 

「…え!?」

 

「私たちが横須賀!?練度も決して高くないのに!」

 

「…これだと喜んで良いの?提督」

 

「うん、喜んで良い事だよ、島風のことも、君たちのことも、昇進とか、その辺りに近いかな、君達の異動も一週間後、だからみんなでパーティーをしようか、とびきり楽しい思い出を作ろう…それと、横須賀には電がいる、決して寂しい思いはしないはずだよ」

 

「なるほど、だから横須賀かぁ…」

 

「確かに此処の戦力は過剰でした、目をつけられないためにも、戦力を下げる必要がありますからね…」

 

「…そこで憶測をするのは良いけど、北上、メインは君だよ」

 

「北上さんも何処かに行くの…?」

 

「北上さんがいなくなったら此処、大変な事になるんじゃ……?」

 

「はい、そこの面々黙るー、北上様が喋るんだから…よっと、全員聞こえてるかーい、hey!最後列ー!のってるかーい」

 

「…北上、ふざけないで」

 

「……はぁ、まあいいや、全員、まず騒がない事、何があっても大人しく最後まで話聞いてね、それと艤装展開したら吊るすから」

 

「何が始まるの…?」

 

「北上さん…まさか…」

 

「ほーれ、AIDAだよー」

 

ウワァァァァ!! キャァァァァ!!

 

「…騒ぐなって言ったじゃん」

 

「いや、これは北上が悪いかな」

 

「ほら、別に攻撃してないんだからさぁ…」

 

「落ち着いてー、ほら!落ち着け!」

 

「みなさーん!言うことを聞いてください!落ち着きましょう、大丈夫ですから!」

 

 

 

「あー、皆さんが静かになるまでに…提督、どんくらいかかった?」

 

「…北上?」

 

「ごめんって…ほら、この通り私はAIDAを操れる、敵意のないAIDAだよ、どう?なんか聞きたいことある人ー」

 

「…本当に大丈夫なの?」

 

「この前の戦いも、他の戦いも、私はこれと共に戦ってる、例えば…イムヤー?」

 

「は、はい!」

 

「アタシが魚雷の観測に呼ばなくなったよね、でも外れなくなったでしょ?」

 

「は、はい…」

 

「そんな怯えないでよ…それもAIDAを使って潮の流れとかちょちょいっと調べたりね…ほら、AIDAって結構なんでもできてさ、こんな風に…ほれ、剣の形にしてみたり?単装砲の砲塔長くしたりしてさー、まあ粘土みたいに使ってるのよ」

 

「…そんなに便利なものなの?」

 

「あ、勘違いしないでね、私だから扱えてる、他のAIDAは危険なものには変わりないんだから、ほら、他にはない?なんか」

 

「…危険性がないことを証明して」

 

「それは無理、だから私は無理を押し付けるよ、私を信じて」

 

「………」

 

「ウチは信じたるわ」

 

「お、龍驤、いいの?」

 

「…みんな、うちは昨日知った、考える時間も十分もらったし、不公平や、やけどな、北上は今までめちゃくちゃ此処で戦って、みんな世話なっとるやろ…やらかしたらウチらで叩きのめしたろうや」

 

「はい!私も知ってました!…北上さんが最初に感染した時、ボコボコにされましたけど、それでもなんとか私が死なないようにしてくれたし!復帰してからもずっとAIDAを使ってトレーニングとかしてて…とにかく、信じて欲しいです!私的には間違いなくOKですから!」

 

「阿武隈ぁ?ありがとうだけどもう少し整理して喋ろっか」

 

「って言うか、みんな心配しすぎなのよ、そこのアホが暴走したらまた私が1人でボコボコにしてあげるから」

 

「……言ってくれたねぇ…アオボノ、アタシもだいぶん強くなってきてるよ?」

 

「へぇ?やるって?」

 

「お昼から空けといてね、演習場」

 

「上等…!」

 

「…全員、思うところはあると思うけど、納得できなければ個別に話を聞くよ、後で僕のところに来て欲しい、いつでも良いからね、後最後にもう一つだけ、これも一週間後…此処に憲兵が配備されます、決して問題を起こさないように…」

 

「……提督、そんな話をしては記念写真を撮りづらいのでは?」

 

「あ、そっか」

 

「…考えなしね」

 

「じゃあ、朝潮たちがきてから写真を撮ろうか、どうせならたくさんで撮りたいしね、明石、青葉、ちゃんと2人も写ってね」

 

「え…」

 

「その…私は…というか…明石さんも…?」

 

「…写真撮る側に回ろうかなって…」

 

「ダメだからね、よし、朝礼は以上だよ、解散」

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

 

「んー?神通姉さんどうかした?」

 

「…その、どうにも余計なものが見えてしまって」

 

「なにが見えちゃったの?」

 

「………強さの秘密…?」

 

「…?」

 

「ところで、それ以上食べるのはやめた方がいいんじゃないですか?」

 

「なんでー?美味しいよ?」

 

「…太るんじゃ…」

 

「大丈夫!訓練の内容変わって死ぬほど疲れてるから!」

 

「………そうですか」

 

「でもこれこんな味だったかなぁ…まあ良いか」

 

「味が変わったんですか?」

 

「うん、いつもより小さじくらい醤油が多いかな!多分!」

 

「…あんまり変わらない気が…あ、提督が来ますよ」

 

「え?どこどこ…?あ、本当だ………あれ?今の位置見えたの?」

 

「…あ…れ……?」

 

「2人とも、大丈夫…?」

 

「…おそらく」

 

「多分…」



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目覚め

佐世保鎮守府 近海

軽空母 瑞鳳

 

『無理するな、撤退しろ』

 

「できません!我々が退けばどうなるかはご存知でしょう!」

 

『それでも退け、後方に別部隊展開している、合流して被害を受けたものは高速修復材と補給物資を受け取りに来い』

 

「できるだけ早く戦線に戻ります」

 

『ああ、無事に戻れ』

 

「皆さん聞きましたね!撤退戦に移ります!」

 

不知火の号令でゆっくりと進路を変える

目の前に映ってる敵はそれを許してくれるのか?

そんな事を考える余裕なんてない

 

「不知火さん!左からきます!」

 

「退路に潜水艦型…!隠れてたようです…!」

 

「統率をとっている可能性があるとは聞いていましたが…此処まで正確に連携をとるのは予想外ですね…瑞鳳!」

 

「もう発艦した、けど…叩き落とされた…どうやって…」

 

あんな平面のセロテープみたいなヤツに…

イライラする

 

「全部ですか…!?不味い…撤退戦の策を練り直さないと…!」

 

こうなった不知火はダメ、頼りにならない

 

「龍田さん、前に出てください、私が殿を」

 

「前に出るのは良いけど…殿なんてできるわけないじゃない…艦載機も全滅してるのに…」

 

「このままでは犠牲が出る事は避けられないので、艤装を盾にでもなんでもします、だから早く」

 

「そうねぇ…仕方ない、か、不知火ちゃん、後ろに下がってて?羽黒さん、陽炎さん、輪形陣を組んで突破するから両翼に展開、行きますよ?」

 

これで良い、とりあえず私が盾となる位置を取れば問題はない

全員連れて帰る事ができるのが今の鎮守府、なんで素晴らしい事だろう

嵐の中を貫くように敵を蹴散らして進めば良い

 

「…ぁ…」

 

私はあの化け物にばかり気を払っていた、周りの深海棲艦は気にせず

あまりにも迂闊だったのだが

足の艤装を砲弾が掠める、体制が崩れた

右足だけ半分海に浸かっている

 

海ってこんな感触だったっけ

まるで足首を掴まれて引き摺り込まれるような感覚

 

沈む感覚

 

「龍田さん!瑞鳳さんが…!」

 

「え…どこ…!?」

 

「もしかして1人だけ囲まれた!?」

 

「反転して助けに行かなきゃ…!」

 

声は聞こえる

でももうダメかなぁ

 

海の匂いは、死の匂いかもしれない

 

手に持っていた弓を投げる

これが私の合図、もう戦いようのなくなった私が、全てを諦めた合図

 

 

 

ドクン

 

…なんだろう…

 

ドクン…ドクン…

 

全部スローモーションになって、心臓が、強く響いて

 

あぁ、この、魚雷が近づいてきてるから?

 

私の、死が近づいてるから?

 

…ドクン…

 

違う、まだ死なない

死なない、死んでたまるか、アイツをこの手で沈めてやるって決めたから

 

だから、私は…

 

 

 

 

 

 

提督 渡会一詞

 

「瑞鳳はどうした」

 

「…それが、1人取り残され、沈んだものと思われます」

 

「…これ、最後にこっちに投げた弓…」

 

「…そうか…む…別部隊から連絡だ、無事保護したと」

 

「本当ですか…!?」

 

「ああ、右足の艤装が破損し、航行できなくなったがなんかとか助かったらしい」

 

「一体どうやって…でも、本当によかった…」

 

「そうねぇ…1番練度も何もかも新しい子だったから…本当に心配だったけれど」

 

 

 

「瑞鳳…心配しましたよ…!」

 

「また誰が沈むのかと…思いました…!」

 

「うん、ごめん…ちょっと囲まれたけど、何とか抜け出せたから…」

 

「瑞鳳」

 

「ん?なぁに?提督」

 

「…雰囲気が変わったな」

 

「…そう?でも、提督からも似た匂いがする、紛い物の匂い」

 

「…瑞鳳…?どうかしました?」

 

「何にもないよ、さー!入渠してこよー!」

 

「いいのですか?」

 

「…敵も退けたようだし、構わん、行ってこい」

 

 

 

「多数の残骸の中に右足だけを浸けた瑞鳳、か…考えられない話だが、一人で殲滅したことになる…」

 

瑞鳳は武器となる弓を投げ捨て、艦載機を全て撃ち落とされた状態だったらしい

つまるところ、普通の戦闘手段は取れなかったことになるが

 

「…紛い物か、俺が紛い物…何を指しているのか…いや、何か匂うか…?」

 

今日はまだ汗をかいていない筈だが…

 

「ん…瑞鶴か」

 

「やっほ、提督さん、何してんの?」

 

「…いきなりで悪いが、匂うか?」

 

「…いや?別に…?…どしたの」

 

「…なんでもない、気にしないでくれ」

 

加齢臭には自分では気づかないと言うしな

気をつけるか…?そんな話ではないかもしれんが

 

 

 

 

 

離島鎮守府

駆逐艦 朝潮

 

「本日より此処に再び配属される事になりました!朝潮です!よろしくお願いいたします!」

 

「同じく荒潮です、よろしくねぇ」

 

「2人とも平均以上の実力がある、今後はすぐに主力として戦ってもらうことになる、よろしくね」

 

「司令官、少しだけお時間いいでしょうか」

 

「うん?どうしたの?」

 

「司令官は私の、あの騎士を知ってるようでした」

 

「トライエッジの事?」

 

「はい、詳しく教えてもらえませんか?」

 

「悪いけど…僕もそこまでは詳しくないかなぁ…向こうの提督には聞かなかったの?」

 

「え?」

 

「……うん、今度電話して聞いてみてね」

 

「…わかりました」

 

 

 

 

 

 

鎮守府遠洋

工作艦 明石

 

「うーん、これがそうなるのなら…」

 

「明石、そろそろ戻らない?」

 

「いえ、あと一度だけ発射します、再度展開します」

 

右腕の手法を前に向けると同時に肩と腰に追加でつけた脚が水面に張り付く

 

「…物々しいですね」

 

「………観測お願いします」

 

「艦載機発艦しました、いつでもどうぞ」

 

「…はい…!」

 

引き金を絞る、バシュンッと音がしたかと思うと青白い光が通り抜けた

やはりこの発熱は問題だ、手が焼けそうになる

 

「目標に着弾…これ本当に効果あるんですか?対象にした岩は全くの無傷ですよ」

 

「そういうものですから」

 

「標的はアタシのAIDAじゃダメかなぁ…」

 

「丸ごと消滅して北上さんも消し炭になるかもしれませんよ」

 

「うーん、最近軽んじられてない?アタシ、強くなってる筈なんだけどなぁ…」

 

「慢心してるからじゃないですか?自分を強いと言うのはその証拠です」

 

「……確かに、そろそろ不味い時期だよねぇ…」

 

「そうですね」

 

「不味い時期、ですか?」

 

「加賀さんは知りませんか?練度が90を超えた艦娘がどうなるか」

 

「…いいえ、そういえば見たことありませんね」

 

「みんな沈むんですよ」

 

「…そこまで強くなって、何故…?」

 

「簡単にいえば慢心とかさー、責任感で庇ったり?」

 

「あとは成長の速度が著しく落ちるらしくて、自身の限界が見えてつらくなったりして、スランプとか」

 

「何にせよ死ぬんです、それもどうやっても逃れられない死に方とかじゃなく、ただ失敗する感じで」

 

「………嫌だねぇ、みんなそれをわかってて、それでも沈むんだもん、不安になるよねぇ」

 

「…北上さんでも不安なんてあるんだ」

 

「あるよ、でも、1番不安なのは…阿武隈かなぁ、あーいう自分が強くなったと思った時にあっさり沈むってこと、多いよね」

 

「ふふ、北上さんは後輩想いですね、でも他の心配はいいんですか?」

 

「他?あー、駆逐は心配さね」

 

「じゃなくて、明石さんとか曙さんとか…朝潮さんも帰ってきましたし」

 

「…私が何か?」

 

「…何の話してるの?赤城」

 

「あれ?意外とそんなことなかったんですか…?翔鶴さんなんてこの前割とアピールしてたのに」

 

「…あぁ…」

 

「おや、加賀さん…もしかして?」

 

「なんでしょうか」

 

「あらあらうふふ、と言うヤツです」

 

「…赤城さんウザイ」

 

「ちょっとそれ私のなんだけど」

 

いったいなんの話をしてるんだろう、赤城さんは

 

「明石さん明石さん」

 

「なんですか?」

 

「今の所1番リードしてるのは朝潮さんですから負けないでくださいね、提督を取られてしまいますよ」

 

「……は!?」

 

そっちかぁぁぁ

 

「さて、戻りましょうか」

 

「え!?って事は…あれ…加賀さん!?」

 

「此処は譲れません」

 

「……マジかー…」

 

「え、マジで何の話?」

 

「此処までの流れで分からないなんて意外と北上さんもウブですねぇ…」

 

「………なんか赤城にバカにされてるんだけど、やる?」

 

「せっかくですし4人でやりましょう、私は強いですよ、麻雀」

 

「あ、そっち!?」

 

「絶対名前だよそれ…」

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

 

「もう発つのか」

 

「ああ、世話になったな、提督さん」

 

「…上司相手にその言葉遣いはやめろ、礼儀を叩き込まれただろ」

 

「構わないさ、友人として接していたかったのは俺の方だしな」

 

「いやー、楽しみだ、向こうはどんなとこなんだろうな」

 

「あんたと話ができなくなるのは残念だ、詩人の方にも言っておいてくれ」

 

「おいおい、もうフラグメントの話はいいだろ!?何年前のことだよ、いつまで話す気だ!?」

 

「…確かにな、だがこれからも話す事は尽きないさ」

 

「今から行っても着任の日まで時間はあると思うが」

 

「快く受け入れてくれる筈です、何せ友達ですから」

 

「だな!」

 

「友人とはいえ不正はするなよ」

 

「わかっています、しかし、そう言うことをするような奴ではありませんから」

 

「信頼しているんだな」

 

「コイツ同様に」

 

「ははは、そいつは嬉しいな!」

 

「まあ、向こうでも頑張ってくれ」

 

「では失礼します」

 

「お世話になりました」



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川内

呉鎮守府

軽巡洋艦 川内

 

「解体してくれ?」

 

「うん、私はもう要らないと思って」

 

「…随分軽いな」

 

「死ぬわけじゃないしね、それに夜恐怖症も治るかもしれない」

 

「前向きだな」

 

「…そう見える?」

 

「悪りぃ、みえる」

 

「………」

 

「…考えてるのは神通と那珂のことか」

 

「そりゃね」

 

「…いいのか?2人のことは」

 

「…逆だよ、2人は私なんかもう必要ない、私は荷物」

 

「…そうは思えねぇな、お前がいなくなったらあの部屋は散らかりっぱなし、洗濯物も放り出される…間違いねぇ」

 

「………そう言うのはなし、と言うか2人も自立しなきゃ」

 

「言えてるな」

 

「解体の許可、くれる?」

 

「ダメだ」

 

「…なんでさ…」

 

「………俺の信条なんだがな、関わると決めたら、とことん、関わり抜くって決めてるんだ、もちろん俺はお前に関わると決めた」

 

「…くっだらない…」

 

「そうだ、くだんねぇだろ、でも俺はそう決めてるんだ、たとえお前を傷つけてでもな」

 

「なんで私に関わるのさ」

 

「…単純な事だけどさ、俺はお前らが好きなんだ、嫌いなヤツに関わりたい奴いるか?」

 

「そりゃどうも、で?」

 

「それだけだ」

 

「…そう」

 

「…だけど、お前の意思も尊重したい」

 

「する気なんて無いくせに」

 

「ああ、ねぇよ?だからゲームしようぜ」

 

「ゲーム?」

 

「一週間くれ、俺の指定することをしてもらう」

 

「…それで私が自分を解体するつもりをなくす、と?」

 

「無くならなかったら、お前の好きにしてくれ」

 

「………仕方ない、偽造はできないだろうし…いいよ」

 

「決まりだな、今夜から始める、覚悟しとけよ」

 

「わかった」

 

 

 

 

「…なんでこんなところなわけ?」

 

「酒はいけるだろ?」

 

「…まあ、飲めるけど…隼鷹とか誘えば?」

 

「……お前わかってて言ってんのか?」

 

「モチ、同じとこの出だからね、此処に出てきて、初めて飲んだ酒で痛い目見てたからねぇ…」

 

「なるほどな、アイツが飲み会拒否るわけだ」

 

「んー、しっかし、照明が眩しいなぁ」

 

「こうでもしなきゃ夜は嫌なんだろ?」

 

「うん、ありがとね」

 

「構わねぇよ」

 

「あ、これ美味しい!」

 

「……白ワインか?」

 

「みたいだね、スッキリしてて美味しい」

 

「さて、酒も入ったところで、色んな話するか」

 

「……酔いが覚めちゃうよ」

 

「今しなきゃ俺はお前と向き合う機会をなくす」

 

「………わかった、いいよ、何が聞きたいの?」

 

「最近神通元気だよな、なんかあったか?」

 

「……え?そんなこと?」

 

「悪いけど、人数が多いせいで全員を見れねぇんだよな」

 

「…まあ、そのくらいならいくらでも話すけど」

 

「おう、とことん話せ」

 

 

 

 

 

「でさぁ!その時の神通ったら無いんだよ!?アタシに夜戦しろ!って…私も夜戦が怖くなったところだったのにさぁ…」

 

「なんでそんなに怖いんだ?」

 

「……私だって!夜戦が好きだったのに……!みんな死んじゃうんだよ!?一回当たったらどんどんどんどん……駆逐艦とか軽巡とか関係なくて…みんな一瞬で…」

 

「……」

 

「でも、一番辛かったのはアレだなぁ…」

 

「アレ?」

 

「ほら、私たち艤装がないと…浮けないじゃん、だから1人だけ、身投げしちゃってさ、しかも私のそばにきて普通に話してたら急に笑顔で笑って」

 

「……キッツいなそれ」

 

「うん……それから、夜になるとみんな死んじゃう気がしたんだ…まあ、その…あそこって夜間に部屋から出たら罰を受けるから、脱走って事になってるけどね…アタシも言い出せなかったし」

 

「でもお前が気に病む事じゃ無いだろ」

 

「…あの時、気の利いた言葉でもかければ…死ななかったかもしれないよ」

 

「お前の気持ちがわかる、とは言えねぇけどさ」

 

「何?」

 

「お前と俺は似てる気がする」

 

「……口説いてんの?」

 

「…さぁな、でも気が利かねぇ奴ってとこはそっくりだろ」

 

「…そうかもね……はー!…結局洗いざらい吐かされたし……もっと飲む!次頂戴次!」

 

「おう、酒なんてどうせ誰も飲まねぇから、好きなの開けろ」

 

「やったー!」

 

 

 

 

 

 

 

「うぇぇ…頭ガンガンするぅ…」

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫…でも提督、神通達が怒ってたよ、なんでそんなに飲ませたのかって」

 

「別にいいんじゃね?少なくとも今は怒られようが無いだろ」

 

「………確かにね、わざわざこんなところには来ないか…で、いつ大物が釣れるの?」

 

「もう少し待て…と言いたいとこだが………いつだろうな…俺も昼飯は確保したいんだが」

 

「…帰ろうか、美味しいとこ探そ」

 

「後10分だけ粘らせてくれ…お、そっち引いてるぞ」

 

「ん、軽いなぁ…イワシかぁ…」

 

「イワシばっかりか?」

 

「まあね…生き餌にしてみる?」

 

「そのまま突っ込むと逃げられてもしらんぞ」

 

「ちゃんと針かけ直すよ…よし、行ってこーい」

 

「……俺、釣ったイワシをそのまま餌にする奴初めて見たわ」

 

「何?初心者?」

 

「まあな…」

 

「……おっ……この手応え…ヒラメかかったな!?」

 

「おまえ…もしかしてたまにいない時釣りしてんのか?」

 

「まあねぇ…もしかしたら落ちた子が釣れるかもしれないから」

 

「……へぇ」

 

「よし!いい大きさ!」

 

「うわっでっけぇな」

 

「ふふーん、分けてあげないよ!」

 

「おっかかった!……って…アジか…唐揚げか塩焼き…か…一匹じゃひもじいな」

 

「煮付けにしても美味しいよ?生姜効かせたやつ」

 

「……へぇ、やっぱお前料理も得意なのな」

 

「…神通と那珂ちゃんの食生活改善のためにね」

 

「…なんかわかる気がするわ」

 

「ちなみに神通はジャンクフードばかり、那珂ちゃんは忍者食って言って自作の兵糧丸ばかり」

 

「……逆じゃね?…いや、合ってんのか……?」

 

「だから私が最高に美味しいものを作ってあげるのよ、でも…台所にも立たなくなったなぁ…」

 

「せっかくだし今日はお前が作るか?」

 

「いいよ、腕を振るってあげる」

 

「よし、決まりだな、このアジは生き餌だ」

 

「ちょっ!?私のヒラメが狙いだったの!?」

 

「ははは、もう遅ぇ!」

 

「あー、良いサイズのアジが……」

 

「さて、なんか釣れるかな」

 

「ちなみにヒラメを分けるなんて一言も言ってないからね…」

 

「…やっぱアジが食いたくなったわ」

 

「ん?なんかかかってない?」

 

「うぉっ、重てぇ!」

 

「え、なにあれ…お!いいじゃん!大物だよ!」

 

「こいつなんだマジで!」

 

「わかんないから早くあげてって!」

 

「くそっ重…手伝ってくれ!」

 

「情けないなぁ!ほら…うわっ重…!うわぁっ!」

 

「くそっ…切られたか…」

 

「いたたた…ごめーん、起こして」

 

「ほれ…しかし…逃した魚はデカかったな」

 

「昔の人はよく言ったもんだよね…ヒラメ食べる?」

 

「頼む」

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

「ねぇ、後3日しかないよ」

 

「…良いんだよ、これで」

 

「どう言う事?」

 

「……正直言うと、お前の意思をどうこうできるとは思ってない、だから…たとえ俺らを忘れても、俺たちはお前を忘れたく無いんだよ」

 

「勝手だね」

 

本当に勝手だ

 

「…俺は誰かを沈めたことなんてないけどな、大怪我したお前らを見たら、不安になる、目を覚まさない奴がいたら、おかしくなりそうになる……だから、お前が俺の前から消えたら俺は…どうなるんだろうな?」

 

「知らないよ」

 

「俺もわかんねぇ、でもそれでいい」

 

何が良いんだか

 

「俺はお前らを知らなさすぎる、よくいや放任主義、悪く言えば関心が足りてない」

 

「そんな気はするね」

 

「……ダメだな、最後に、ようやくケツに火がついて、必死になってんだ」

 

「みんなそんなもんだよ」

 

「今夜は寝るのか?」

 

「さあ?」

 

「…そっか、夜釣りにでも行こうぜ」

 

「……暗いよ」

 

「ダメか?」

 

「…1人にしないで」

 

「任せとけ」

 

 

 

 

「えー、夜釣りってさぁ……わざわざ海に船浮かべなくても…」

 

「これしかねぇんだよ、そこそこ広いからいいだろ」

 

「…確かにね、でも…暗いよ」

 

「まだ夕方だろ?」

 

「こんな時間に外にいるの…いつぶりかなぁ…ほんとに前の演習以来?」

 

「あの時の那珂は凄かったな」

 

「オンオフの差が激しい子だからね」

 

「あいつらがお前を1人にすると思うか?」

 

「今は1人にされてるよ」

 

「俺がいるだろ」

 

「……そっか、提督、私スクリュー壊して帰って良い?」

 

「せめてスクリューは無傷で帰ってくれ」

 

「にしても物好きだよね、この辺は滅多に出てこないけど、一応どこにでも深海棲艦は出るよ?」

 

「お前がいるだろ」

 

「………私は弱いんだよ」

 

「今のお前はな、でも、神通や那珂はお前を強い強いと褒めちぎってた、那珂のあのスタイルもお前に強い影響を受けたらしいじゃねぇか」

 

「……本人はそうは思ってないの」

 

「心配すんな、お前は強いよ、腕相撲するか?」

 

「負けるのわかってて言ってる?」

 

「おう」

 

馬鹿なのだろうか

 

 

 

「この四日間毎日釣りして、お酒飲んで…仕事はいいの?」

 

「神通と那珂に事情話したらやってくれるってよ」

 

「……言ったの?」

 

「言わずに行くのは許さねぇ、っても…2人とも驚きもしなかったけどな」

 

「…なんで言ってないって思った訳?」

 

「似てるって言っただろ俺もいえねぇかなと思って」

 

「……そう、火が沈むね」

 

「お前にとっては、アレはなんなんだ?」

 

「戦火、それが宵闇に消える」

 

「黄昏の闇に飲まれた……ってことか、やっぱり俺らは主役じゃねぇな」

 

「どう言う意味?」

 

「この戦いの主役はお前らだ、最初から戦ったお前らが……最後まで…」

 

「それが本音?」

 

「かもな、らしくないこと言った」

 

「……暗いね」

 

「ああ、この程度の電気じゃな」

 

「………不思議だよ、久しぶりに、夜なのに…気持ちが落ち着いてる」

 

ああ、夜は…冷たくて、静かで……

 

「お前にとって、夜はなんなんだ?」

 

「……寂しいところかな」

 

1人の世界に…だけど、それを許してくれなくて…

みんなが私を、深い深い夜へと招くけれど、そこには私は居られない

 

「…お前は生きたいのか」

 

「うん、沈んだ子の分も、だから……私は、忘れるけど、忘れない、魂はきっと同じだから」

 

「……やっぱ、止めるのは無粋だったな」

 

「そりゃそうだよ…試しに、死んでみる?」

 

「……こんな中に沈むのも、悪かねぇかもな」

 

「…………私を置いていかないんじゃないの?」

 

「俺は我が儘なんだよ、なんかあっても生きてくれよ、お前は…優しいんだから」

 

「…また強いって言われるのかと思った」

 

「弱くて、吹けば倒れるハリボテみたいなやつだったよ、お前は」

 

「そっか、骨組みに皮だけ貼った女の子は嫌い?」

 

「……綺麗だよ」

 

「…ありがとう」

 

「頑張ったな、今まで」

 

「………これからもだよ」

 

「ん?」

 

「なんでもない、ねぇ、提督」

 

「おう」

 

「お墓参りに行って欲しいんだ」

 

「……誰の墓だ?」

 

「……私しか、死んだことを知らない子」

 

 

 

 

「この岩か?」

 

「うん、呉からそんなに離れてないから出撃の時にね」

 

「なるほどな……たまには俺も来るか?」

 

「そうだね、一緒に来よう」

 

「………」

 

「月が綺麗、か」

 

「どうした?」

 

「…最後の言葉、あの子の…春雨のね」

 

「そういや、白露型って見た事ねぇな」

 

「そう?私よく演習で見るけど」

 

「悪かったな、ついて行かなくて」

 

「…どんな気持ちで沈んだんだろう」

 

「……最悪な気分だったろうな」

 

「そっか、お酒持ってる?」

 

「……いや、飲酒運転すると思われてんのか?」

 

「船はアウトなの?」

 

「アウトだろ、なんでセーフだと思ったんだ」

 

「……勘!」

 

「そうか、お前馬鹿だろ」

 

「へへ、次は持ってこよう、明日また来て……3人で飲もう」

 

「…俺は飲めねぇよ」

 

「うん、麦茶振っとくからそれ飲んでね」

 

「小学生か!……はぁ、帰るぞ」

 

「うん」

 

『…………』

 

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

「……なんだと?」

 

「特殊な個体が出てきており、とても太刀打ちできないのです」

 

「神通…お前がか…」

 

「はい、私と軽空母のお二人、そして駆逐隊で戦闘になりました、しかし全員中破に……」

 

「敵は」

 

「ほぼ無傷かと、被弾はしていましたが、効いている気配はなかったです」

 

「………おい、このデータ」

 

「…はい…昼戦は一切こちらを無視、夜戦のみでの戦いとなりました」

 

「………それもだが、この録画映像のここだ」

 

「…これは、件の…」

 

「スケィス…行動を共にしてる、って事なのか?」

 

「……少なくとも先頭には絡んで来ませんでした、もし手を出されていたら…私たちは…」

 

「落ち着け、悪いな……今は慎重にならざるを得ないか……戦闘場所は?」

 

「太平洋の地図に記録してあります」

 

「……日本海側での戦闘は少ない、そっちに遠征部隊を派遣してくれ、旗艦は2番から那珂、球磨、木曽で各艦隊に配備、最低限の資源で運営するのはそろそろ辛い頃だ」

 

「わかりました……その…」

 

「……川内のことか、俺を恨め」

 

「…いいえ、姉さんは……もしここを去ったとしても、きっと…」

 

「あ、すまん、聞き取れなかった」

 

「いえ、蠅が飛んでいたので撃ち落としただけです」

 

「そうか?まあ良い」

 

「では、失礼します」

 

「………スケィス…か」

 

俺の最大の力にして、俺自身と言えるそれ

ソレを抜き取られ、今や自分に価値など見出せない、ここにいるものを守ることも救うこともできず、ただ現状に落ち着いている

 

「川内のことも大事だが…何より、俺のことだな…自分のことは自分でやらねぇと」

 

 

 

「よっ提督、どこ行くの?」

 

「お前が墓参りに行く用意しろって言ったんだろ」

 

「…ありがとね」

 

「川内…何が起きても良い覚悟はしておけよ」

 

「どういう意味?」

 

確かにあそこは交戦の記録の場所よりもずっと内側

だが、嫌な予感がする

 

違う、確信だ

 

スケィスがいる、向き合う時だ



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通告

提督 三崎亮

 

「ねぇ」

 

「ん?」

 

「私と死ぬ気?そんな顔してるけど」

 

「……まさか、ただ、覚悟は決めてる」

 

「なんの」

 

「最悪の事態になる覚悟だ」

 

「そんなところに連れてかれるの?」

 

「……お前も望んでいくことになる…」

 

 

 

「居る」

 

「…どうした、川内」

 

「居るんだ、誰か」

 

誰かとは誰か

スケィスか?それとも、別の何かか

 

『………』

 

「……ああ、そっか、お迎えかな?」

 

「…迎え?」

 

墓標とされた岩に寄り掛かるように、両足のないそいつは寄りかかっていた

太腿となるはずの場所は黒い艤装、頭には黒い帽子

 

「……艦娘…?」

 

「違う、深海棲艦だよ」

 

川内はそう言って、酒瓶を一つ掴み、水面に足をつけた

 

「……大丈夫か」

 

「…アルコール不足かな、震えてるよ」

 

瓶の先端を弾き、大きく煽った

 

「……っはぁ!……私も、覚悟決めなきゃだよね」

 

川内を連れて行くか、正直迷いはあったが

どうやら此処は俺と川内、2人ともケリをつける場所らしかった

 

「春雨?春雨だよね」

 

『………』

 

深海棲艦は俯いたまま答えない

 

「……無視は傷つくな、春雨、仲間じゃん」

 

『もう違う』

 

顔をあげ、そういう

決して憎悪などとは違う目

悲しい目

 

『私はもう、貴方達とは違う、今日、私はあなたに伝えに来た……この海になどと近寄らないで、できるだけ遠くに逃げて欲しいと』

 

「なんで?私たちは艦だよ」

 

『解体されれば違う…川内、お願いだから……この海はもう、だれかのものになってしまった、全てを制する意思が、存在してしまった』

 

意思に海が支配された

 

『黒い泡に全て呑まれた、この海は、もう、留まることを知らない、今すぐにでもあなたも呑まれる』

 

「……その黒い泡に?」

 

AIDAに、全てが呑まれる…

 

「なぁ、お前は一体なんなんだ」

 

『深海棲艦、だった…私はそれを超えてしまった』

 

「深海棲艦を超えた…?」

 

『私は言うなれば、深海棲姫…そしてこれがその証…』

 

「……AIDA」

 

『そう、この力を……扱い切れることがその証明…!』

 

つまり、コイツにやられたら…

また意識不明になる奴が出てくるって訳だ

 

「…川内」

 

『ふふっ…ここで…やる気?……本当に…?』

 

水中から石で出来た腕が飛び出してくる、深海棲艦を持ち上げる

そして、スケィスが姿を表した

 

「…スケィス…!」

 

「…マズイね、絶対に勝てない」

 

『大丈夫…今日は伝えに来ただけだから……でも、川内…貴方には逃げて欲しい、できれば、助かって欲しい……世界は滅びる』

 

「なぁ、それは…お前たちによって滅ぼされるのか?」

 

『そう、だけど…私たちはこの世界を支配したとしても、そのわずか先にあるのは…滅びなんだ…どの道、この世界は繋がってはいけないところに繋がってしまった…世界は、もう、一つになる…その衝撃に世界は耐えられない』

 

「ネットと、リアル…って事か」

 

『………わからないけれど、そうだと思う』

 

「…ねぇ、春雨…本当にあなたは敵なの?」

 

『敵だよ、今日は、サービス……いつか、私がみんな沈めなきゃいけない…』

 

「……」

 

「川内」

 

『川内、あなたが海を去らないなら、私が沈める、誰の手にも…あげない、じゃあね』

 

「まて、なぜお前はスケィスを従えてる」

 

『……空っぽだから、私が操れるだけ』

 

「空っぽ…だと?」

 

『そう、コレは…強いけど、空洞…だから誰かが操ることができてしまう…』

 

「じゃあ帰ってこい!スケィス!」

 

『それは無理、貴方のものじゃない……コレは貴方の記憶だけど、貴方の力じゃない』

 

「記憶だと…?」

 

記憶であって、力じゃない…?

 

『……さようなら』

 

「待って!」

 

「おい!待ちやがれ!」

 

声は虚しく静かな海に響くだけだった

 

 

 

 

「提督」

 

「なんだ」

 

「…明日、最後の日だよ」

 

「…そうだな」

 

「私の意思はやっぱり変わらない」

 

「ああ、よく知ってる」

 

「……じゃあ私の好きにするね」

 

「そうだろうな」

 

「そうだとも、私はまだここを去れない」

 

「だと思った」

 

「……私も、あの子に関わり抜くって決めたよ」

 

「…くっだんねぇな」

 

「そう、くだらない…だから、あの子の望む事をする……」

 

 

 

「提督、世界を救おう」

 

「当たり前だ、俺らはそのために戦うんだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

駆逐艦 朝潮

 

「霞」

 

「…朝潮姉さん」

 

「毎日来てるのですか?」

 

「……その…うん」

 

「霰と大潮はお寝坊さんですね」

 

「そうね…」

 

「演習で出会ったよその霞はもっと悪辣な子でしたが、霞は違いますね」

 

「……やっぱり、らしくないかしら…」

 

「いいえ、とても良い子です、ただ元気が無いのは良くありませんね、私は姉として心許ないでしょうか」

 

「そんな事ない…けど…」

 

「……霞、おいで」

 

「…姉さん」

 

「よしよし、貴方はきっと元気な子、なんですよね」

 

「……わかんない…でも、ここは私には…冷たくて」

 

「それは違いますよ、霞、私の目を見なさい、私はちゃんと貴方を見ています、今目を逸らしたがっているのは……貴方なんです」

 

「…だって…」

 

「だって、は違います、目を見て話しなさい」

 

「……」

 

「じゃあ、わかりました…霞、司令官にこう言ってみなさい、笑って応えてくれますから」

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、司令官!」

 

「ん?霞かな、ごめん、今手が離せなくて……」

 

「目を見て言いなさいな!」

 

「え?」

 

「……」

 

「ごめんごめん、忙しいからってよくなかったね、うん、ごめんね、霞」

 

「っ……そうよ!それで良いのよ!」

 

「それで何か用?」

 

「…もう済んだから帰る!」

 

「…うーん?」

 

 

 

「ほら、うまく行ったでしょう?」

 

「……嫌われない?これ…」

 

「大丈夫です、親しい人や優しい人は、貴方のことを理解しようとしてくれます、霰や大潮も、帰ってきたときあなたが暗いと悲しい気持ちになります、だからまず何より貴方が元気であるべきですよ」

 

「…わかった!そうするわ!」

 

「良い返事ですね、まずは荒潮のところにでも行きましょうか』

 

「そうね!あと満潮姉さんにも…心配かけたし」

 

「良い子ですね、折角ですし第八駆逐隊に混ざって出撃してみますか」

 

「本当に!?嘘じゃない!?」

 

「ええ、本当です、心配ありませんよ」

 

 

 

「ということで司令官、出撃の許可をくださいますか」

 

「うーん、そうだね、哨戒は必要だし、お願いしても良い?」

 

「はい、お任せください!」

 

「朝潮、気合が入ってるのは良いけど無理はダメだからね」

 

「はい、大潮と霰が帰ってきたんです……絶対にもう失いたくありません」

 

「うん、それなら良いよ」

 

「…大潮は…えっと、今いる方の大潮はどうですか?」

 

「……空元気かな、満潮、大潮、霞はそれぞれ1人だった、僕にはどうして良いかわからなかった…ごめん」

 

「姉の勤めです、私と荒潮にお任せください」

 

「任せっきりで悪いから何か望むものを用意するよ」

 

「……そうですね、では霰と大潮が目を覚ましたら、7人で遊びに行きたいです、あと…大潮は起こるかもしれませんが、2人とも大潮ではわかりにくいですし別の呼び方も考えてください」

 

「遊びに行くのはわかったけど、呼び方は君たちで考えた方がいいんじゃない?」

 

「たしかに、そうかもしれませんね、それでは失礼します」

 

 

 

 

 

鎮守府近海

 

「うーん、艦隊に北上さんがいても不安なものは不安ねぇ…」

 

「荒潮、そんなにそわそわしていては敵艦を見落とすかもしれませんよ」

 

「…誰も発見したくないと思うんだけど」

 

「大潮もそう思います!」

 

「……おっかないものね…」

 

「おーし、この辺かなー、てんかーい」

 

「え?ああ、見晴らしはいいですね」

 

「ここに展開するんですか?」

 

「魚獲るからね」

 

「大潮!今日も!獲ります!!」

 

「…これ哨戒じゃないんですか?」

 

「いつだってうちは食料に困ってるのさ〜」

 

「……鎮守府の屋上に干物が干してある理由がわかってしまいました」

 

「まあ、その…肉魚も冷凍してそこそこあるんだけど…何があるのかわからないのよ、ほら、爆雷積んで来たでしょ?それ使って」

 

「1人2回までよ、それ以上は対潜用だから、使い方聞いてる?」

 

「……満潮も大潮も…逞しくなって…!」

 

「…私はちょっとショックかしらぁ〜、というか朝潮姉さん、そんなことで感動しちゃ嫌よ…」

 

「こっちのが水中に落とすと軽い爆発みたいなことが起きるの、全く私たちは危険じゃないレベルだから安心して」

 

「行っちゃえば石打ち漁の要領です!」

 

「今の時期ならそこそこ大物が狙えるわね……晩御飯…」

 

「これは姉として負けられませんね…!」

 

「負けていいのよ!?多分これは姉の威厳なんてかかってないのよ!?」

 

「晩御飯はかかってるけどねー……うん、うん?群れがいるよー」

 

「わかるんですか…?」

 

「修行の賜物さね」

 

「…まあ、北上さんだからできる事だし、あまり気にしないでいいわよ」

 

「やっぱりここは変なところよねぇ……」

 

「それっ!ドーン!」

 

「……こ、これは…大漁よ!急いで回収しないと!」

 

「満潮姉さん!こっちでかいわよ!」

 

「それは曳航して!」

 

「お、いいねぇ…群れを掠めたみたいだね」 

 

「なんで私達哨戒に来たのにお魚を網に入れてるのかしら」

 

「ここでやるべき仕事をやるまでですよ!荒潮!」

 

「……まあ、平和になって良かったのかしらぁ…嫌な思い出は忘れられそうねぇ…」

 

 

 

「おーい、駆逐たーい」

 

「北上さん、何か用ですか?」

 

「帰るよ、予定より早いけど、大急ぎで」

 

「何かあったの!?」

 

「襲撃…?」

 

「霰が目覚めたよ、行こう」

 

「マジですか!帰りましょー!!」

 

「はい!急ぎます!」

 

「隊列崩すなー、荒潮と大潮はもっと速力落とせーい」

 

「ようやく目覚めたのね…!」



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朝潮型

離島鎮守府

提督 倉持海斗

 

「霰、わかる?」

 

「んちゃ」

 

「……」

 

手を挙げ、笑顔で返事を返してくれる

それだけでありがたい事だ

この瞬間が、一番辛く、悔しくなる

 

自分の罪と向き合う瞬間が

 

「霰、ごめんね…」

 

「ん、気にしてない」

 

「……僕のせいで君たちが沈んだ」

 

「霰は1人じゃなかったから、気にしてない」

 

「……大潮はまだ目を覚まさない…か」

 

「…多分違う」

 

「え?」

 

「……大潮姉さんじゃない…と思う」

 

「…でも、大潮…だよね?」

 

「うん、大潮姉さんだけど、大潮姉さんじゃないよ」

 

「…うん?」

 

「それでいいかも…うん、いいかも」

 

相変わらず、マイペースな子だ

今ならきっと彼女らしい生き方をさせて上げられる

 

「司令官」

 

「どうしたの?」

 

「……霰、出撃、しなくていいの…?」

 

「…良いんだよ、今は休んでて」

 

「……朝潮姉さんは?」

 

「今こっちに戻ってくるって連絡があったから…多分あと10分くらいかな、すぐに来るよ」

 

「……まだ……ここにいるの…」

 

「違うんだ、霰、朝潮は自分の意思でここに戻ってきたんだ、此処はもう、前のような場所じゃなくなったから…」

 

「……」

 

霰の目線が刺すようなものになる

信用はされてないらしい

当然か

 

「……」

 

「そうだ、霰、お腹減ってない?」

 

「……すいた」

 

「よし、食堂に行こうか、立てる?」

 

「……あっ…力が…入らない…」

 

「…筋肉が衰えてるのか……」

 

あれから一週間は経ってる

夕張が帰ってからだとそこまでだけど…

筋力の衰えと、自分の記憶などとのギャップ

思う通りに動かせないという事か

 

「よし、もうちょっと待てる?」

 

「……うん」

 

「…あ、もしもし、朝潮?少し食堂に寄ってきてくれないかな、うん、霰に食べやすいものを……ありがとう」

 

流石にまだ、霰を背負って食堂に行く事も、食事を持ってくることもできない、自分の移動にも杖を使う始末だ

 

「……朝潮姉さん…居るんだ…ほんとに」

 

「うん、霰にとっては複雑かもしれないけど」

 

「…………正直に言うと、安心した…まだ生きててくれた事……見捨てられてない事…」

 

「見捨てるわけがないよ、みんな…」

 

「ほんとに?」

 

「……うん、誰も見捨てはしない、誰も」

 

「そう」

 

廊下が騒がしくなってきた、そろそろかな

 

「霰!」

 

「……んちゃ」

 

「霰ー!」

 

「本当に霰ちゃんねぇ…」

 

朝潮達が部屋になだれ込んでくる

 

「霰……本当に会いたかった…!」

 

「……」

 

目に涙を溜めてる朝潮に対して霰は不満気、やはり戻ってきたことに怒ってるらしい

 

「……ご飯、早く…」

 

違った、お腹が限界みたいだ

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした…美味しかった…かも…」

 

「霰…?そろそろ良いですか?」

 

「良い…?…うん、いいかも」

 

「あの、会いたかったですよ…霰」

 

朝潮は話の腰を折られたせいでたじたじといった具合か

 

「霰は、会いたかったけど……会いたくなかった…ここで…会いたくは、なかった」

 

「霰、それは違います、私たちは自分の意思で此処に戻りました、此処はとても良い場所になりました」

 

「どう変わったの?」

 

「えっと……」

 

「三食、いろんな食事を選んで食べられる、休みもあるし本土に遊びにも行けるわ、それと、みんな沈んでない」

 

「満潮姉さんよく知ってるわね…」

 

「ふん」

 

「………ほんとに?」

 

「本当です、貴方が恐れることは無くなりました」

 

「…ふふっ…しってる」

 

「え?」

 

「うん、優しいの……とっても」

 

「……そうですね、優しいです」

 

姉妹水入らず、かな

 

 

 

 

工廠

 

「明石、ちょっといいかな」

 

「はい、なんでしょうか」

 

「しばらく此処を任せたいんだ、また代理を頼みたい」

 

「…そういえば、検査に行くんでしたね……その…」

 

「気に病まないで、大丈夫、このままでも良いんだけど、こじつけられたら困るからね」

 

「……提督の留守を守ることが私の役目です」

 

「ありがとう、ところでそっちのは?」

 

「あ、これですか……えっと、私用の艤装です」

 

「眼鏡に見えるけど…」

 

「はい、距離を測ったり、射撃を助けたりと色々な複合デバイスにするつもりです」

 

「明石ってアナログ派じゃなかった?」

 

「夕張とヘルバさんに師事をうけてます、なんとかなってますけど、かなり苦労はしてます」

 

「そっか、全体に配備するの?」

 

「……いいえ、これは私専用です」

 

「専用…?」

 

「えっと…かなりメンテナンスが難しいので、少なくとも当分量産はできませんし、万が一無くされても困りますから」

 

「ああ、そうか、ごめんね」

 

「いえ、提督…改めて申し訳ありません」

 

「果物ナイフなんだから大事には至らなかったし、気にしないで」

 

「しかし、今まともに歩行できないのは私のせいです」

 

「まだ少し痛むだけだよ、時間が癒してくれる、病院に行くのは検査だけだし」

 

「……本当に、申し訳ありません、万が一歩行が難しいことになれば、私に補助器具を作らせてください」

 

「その時はお願いしようかな、島風達を送り出したいから、行くのはまだ先にするけど」

 

「それが宜しいと思います…」

 

「明石」

 

「はい、なんでしょうか」

 

「無理しないでね、君はみんなに必要なんだ」

 

「………私はお荷物だ、とは言いません…ですが、私は火薬になってしまいました」

 

「じゃあ曙を怒らせたら大変だね、小さな火種でも火がついちゃうから」

 

「アオボノさんの方ですか…… 」

 

「うん、頑張り屋だからついつい無理したりやりすぎる」

 

「……そうですね」

 

「明石、君もだからね」

 

「へ?」

 

「君も無理や頑張りすぎが多いんだよ?負担になるくらいなら代理は北上か曙に任せても良いけど」

 

「……何故?」

 

「3人ともみんなを引っ張る側だからね……いや、ごめん、言葉の選び方が悪かったな…こんな言い方をしたら君の負担になるか…そんなつもりはなかったんだけど」

 

「…いえ、そんなことは」

 

「僕は明石に負担をかけたくないんだ」

 

「……提督、私は大丈夫です」

 

「うん、君がとても頑張り屋なのは知ってるから、だから頑張りすぎないでね」

 

「頑張りすぎない…?」

 

「うん、元気を有り余らせて出迎えてね、約束」

 

「…わかりました、じゃあ、達成できたら何かご褒美をください」

 

「え、うーん…まあ良いか、何が欲しいの?」

 

「提督が帰ってきてから伝えます」

 

「そう?わかったよ」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 朝潮

 

「霰、疲れましたか?」

 

「うん、でも…アリかも…」

 

あれからいろんな方がお見舞いに来てくださり、休む暇もなかったです

なんだかんだで霰も少し疲れ、ぐったりしてきたのでみんなにはお引き取り願いました

 

「…霰、何か言いたいことが?」

 

「なんで戻って来たの?」

 

「貴女と、大潮と、みんなと過ごしたかったからですよ」

 

「やめて、早く出て行って…」

 

「霰、心配ありません、みんながお見舞いに来るなんて前だったらあり得ませんでした、それを今なら可能にしているんですよ」

 

「……」

 

「…霰、リハビリついでに、いろんなところを周りましょうか」

 

「……立てない…」

 

「肩を貸してあげます、松葉杖の使い方は分かりますか?」

 

「…わかる…けど…」

 

「少しの間でも使うことになります、覚えましょう」

 

「…お姉ちゃんは…スパルタ……」

 

「嫌いになりましたか?」

 

「そんな事ない…」

 

 

 

「…食堂…?」

 

「そういえばお腹減ってませんか?」

 

「……なんでこんなに…賑やかなの…?」

 

「ご飯は明るく食べるべきですからね」

 

「…信じ…られない…」

 

「せっかくだし食べますか?何が食べたいですか?」

 

「…ドリア?食べてみたい…」

 

「あると良いのですが…」

 

 

 

 

 

 

病室

駆逐艦 ???

 

ーーごめん…!絶対に元に戻すから…!ーー

 

ーー話は、元に戻ってから聞く…!…だから…帰ってきて…!ーー

 

「……ぁ…ぇ……?」

 

此処はどこだろう?

あの苛烈な戦いは私の中で何度もリピートされた

 

「………」

 

やっとの思いで体を起こして周りを見る

誰も居ない、だけど此処にはもう1人、いや、2人いたらしい

シーツの崩れたベッドと、その横に、私のベッドに挟まれるように置いてある椅子

 

「………」

 

寂しい、悲しい

 

忘れられた?

誰を呼べば良いんだろう、誰に縋れば良いんだろう

 

誰を求めれば良いんだろう…

 

 

「……ー…!」

 

部屋の外の声、誰だろう?

 

「満潮!機嫌がいいですね!」

 

「そりゃそうよ、霰が目を覚ましたんだから…この調子できっと…っていうか、大潮姉さん、何食べる?」

 

体が跳ねてしまった、心臓がキュッと音を立てる

 

「そうですなー、何食べましょう!あ、朝潮姉さんを呼ばないと!」

 

扉が開く気配に咄嗟に私は横になり、目を閉じてしまう

 

「…居ませんね…まだ目も覚めてませんかー…仕方ないですね…」

 

「霰も居ないじゃない、抜け駆けは良くないわね、行きましょ」

 

「そうですねー!」

 

 

 

「…あれ…私……?」

 

多分私だ…でもなんで私が…

 

また人の気配がする

 

「入るよ」

 

夢でリピートされた声が響く

 

「…居ない、か」

 

この人も私を求めてくれないのか

 

独特な音が近づいてくる、私のベッドの隣に来たかと思えば、椅子をずらす音、そしてそれに座ったからであろう、椅子の軋む音

 

「………」

 

何故何も言わないのだろうか

そう思っていると、額に温かい感触がした

ゆっくりと、割れ物を触るような手つきで頭を撫でられた

むず痒くて、くすぐったくて

たまらなく、暖かくて

 

「………」

 

なのに何にも言ってくれない

 

目を、ゆっくりと開く

こちらをじっとみていたらしく、目が合う

 

「…おかえり」

 

意味がわからなかったけど

 

「ただいま…」

 

様式美というものだろう、私は自然とそう答えた

 

「わかる?」

 

「…司令…ー…」

 

声が途切れた

多分違う、でも、そう、受け入れなきゃ

 

「…司令さん」

 

「うん、そうだね、僕は此処の司令官だ」

 

「…私は…誰?」

 

「……大潮…君は大潮だった」

 

「うん、でも…違うと思う」

 

「…そっか」

 

「………山雲、呼んで」

 

「山雲」

 

「…これで良い、です」

 

「本当に良いんだね」

 

「…うん……きっと私は…そう成った」

 

「山雲、君が起きたことをみんなに伝えなきゃ」

 

「大丈夫、立てます…っ…」

 

「無理しちゃダメだよ」

 

「…できます」

 

「じゃあ、手を繋いでいこう、みんな食堂にいるはずだからね」

 

「…はい、司令さん」

 

「どうしたの?」

 

「…髪を束ねたいです」

 

「…随分と伸びたからね、後で何か用意してもらうよ」

 

「…司令さんが用意してください」

 

「うーん…わかったよ」

 

 

 

今日は、良い日

みんなが祝い、喜ぶ日



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色々

横浜 

 

「はー、美味かったな!中華街!」

 

「土産も買う時間が十分にある…いや、時間どころか日にちもあるが…まあ、良いだろう」

 

「先に連絡していくか?」

 

「それより火野のやつのところに行く、どうせ本部も近いしな」

 

「本部によらなきゃなのが面倒だよなぁ…」

 

 

 

横須賀鎮守府

 

「よっ!」

 

「…此処は友人の家ではなく軍事施設なのだが?」

 

「いや、悪い悪い、どうせ向こうに行く時に此処に来なきゃいけないだろ?」

 

「…まだ2日もあるが」

 

「早く着きすぎてな」

 

「国内なら半日あればどこにでもいける、何故3日も前に発ったんだ」

 

「たまには観光したいだろ?」

 

「すまんな、俺も食べ歩きがしたかった」

 

「……ジークフリートが泣くぞ」

 

「俺は剣ではないからな、だがバルムンクがコミカル、と言うのも面白くないか?それに、泣きを見るのがジークのプレイヤーがという意味なら…悪くない」

 

「あいつ今何してるんだ?」

 

「表向きは平社員だ」

 

「やめろよ表向きとか…怖いぜ」

 

「それより、少し予定を早めていく気か?」

 

「不都合か?」

 

「私は離島鎮守府の職員ではないので知らないが、迷惑だろうな

 

「だってよ、どうする?」

 

「……いや、まて…1日だけはやめてみるのも良いだろう」

 

「え?」

 

「その方が面白そうだ」

 

「さすが賢者ワイズマン、わかってるな」

 

「今日の寝床くらいなら用意するが?」

 

「お!じゃあお言葉に甘えるとすっか!」

 

「先に本部に寄っておく、また後で戻る」

 

「……此処は友人の家ではない、と言ったが、貸ロッカーでもないのだが?」

 

「いやー、バレちまったか、悪いね」

 

「本部への手土産以外は置いて行かせてくれ」

 

「………構わんよ」

 

 

 

 

「司令官さん、離島鎮守府に知らせなくても良いのですか?あの人たちは離島鎮守府に配属される憲兵ですよね…?」

 

「電か、気にすることはない」

 

「…友達じゃなかったのですか…」

 

「友達さ、彼も、彼らも」

 

「憲兵さんと…?」

 

「だから何も心配ないのだ」

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

軽巡洋艦 川内

 

「ゴホッ…ガハッ……はぁ…はぁ…」

 

「姉さん、やめましょう…今の姉さんじゃ私には勝てません」

 

体が動かない…

やっぱり思い通りには動かない

でも、イメージはある、私の体さえ動けば神通でも、那珂でも…

 

「…あと一回だけ…!」

 

「もう無理です!いくら訓練用の模擬弾だからってそれ以上喰らえば後に響きます!」

 

…確かに、腕が変な色になってる気がする

仕方ない、此処は諦めて…自主トレに専念するしかないか

 

「…わかった、ありがとう」

 

「……姉さん」

 

「ん…?…なに?」

 

「……お願い致します、御自愛ください…提督に何を言われたのかは知りませんが…」

 

「神通」

 

「はい」

 

「……ちょっとそれは舐めすぎ…提督がどうとかじゃないんだよ、私は…本気だから」

 

急いで、強くなる必要がある

 

 

 

「うん、改装」

 

「そういや、お前だけ改装してなかったな」

 

「…死にたくも消えたくもなかったから」

 

「よし、準備させておく」

 

「…最近、夜がより怖くなったよ」

 

「そうか」

 

「一瞬でも気を抜いたら死ぬ、昼がそうなんだから…夜はもっとそうだよね」

 

「だろうな」

 

怖いからこそ、強くなる必要がある

 

「川内」

 

「…何?」

 

「改装の代わりに条件がある」

 

「条件…?」

 

「お前、少し休め、顔色こそ問題ないが体は悲鳴をあげてるはずだ」

 

「………時間がないの」

 

「なら俺が時間を作る」

 

「…世界が滅ぶんだよ?」

 

「止めるんだろ?」

 

「そう、だから急いでる」

 

「…世界を救えるのはお前だろうよ、だから、無理しすぎてこんなところで潰れるなんて無様な真似は許さねぇ、休め」

 

「…部屋にいれば良いの?」

 

「お前部屋で筋トレしてるんだろ、那珂と神通から聞いてる」

 

「………」

 

「…そうだなぁ…任せられるようなやつ…」

 

「任せて良いの?あたしを誰かに」

 

「…チッ、わかったよ、お前此処にいろ」

 

「はいはい」

 

最近こんなやりとりが増えた

わずか数日、必死に自分を研いだだけ、まだそんなに時間が経っていないのに

 

 

「提督!太平洋側に見回りに出ていた宿毛湾泊地の艦隊が例の個体と遭遇したそうです!」

 

「なんだと、被害は?」

 

「大破が8、中破小破が12、戦闘中にAIDAと思わしき泡が大量に出たと」

 

「………提督」

 

「川内黙ってろ、宿毛湾にすぐに補給物資をおくれ、念のためにワクチンを持って行け」

 

「わかりました、失礼します」

 

「…そういえば提督はワクチン使わないの」

 

「これは艦娘用だ、人じゃ耐えられない」

 

「…そう、予防接種できないね」

 

「そういうもんじゃねぇからこれ…」

 

「提督、提督のAIDAの話、本当に私しか知らないの?」

 

「ああ、なんでだ?」

 

「………提督、なんで暴走してないの?」

 

「さあな…スケィスのせいで耐性がついてるのかも知れねぇな」

 

「そんなに力が惜しい?」

 

「……俺は上からものを言うなんてのは…向いてねぇんだよ」

 

「そっか、うん、良い提督に恵まれたよ、私は」

 

「あ?」

 

「一緒に歩いてくれるんでしょ?」

 

「当たり前だ、誰もお前たちだけに負担をかけたりしない」

 

「ひゅー、かっくいいねぇ」

 

「んな事ねぇよ、何を言っても、今は口だけだからな」

 

「それだけ言えるなら上等!」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

提督 倉持海斗

 

「よし、じゃあ準備しようか、明日の夕方に間に合う様にね」

 

「本当によろしいのですか?」

 

「うん、みんなでご飯を食べて、ゆっくり休んで、朝一に送り出す、そういうことになってるよ、鳳翔、君こそ本当にいいの?」

 

「はい、島風ちゃんは優しい子ですが、1人ではかわいそうですから」

 

「…年上に懐くみたいだね」

 

「既にできているコミュニティに入るのは難しいことですからね…」

 

「…やっぱり酷…か」

 

「提督、そのために私が行くのです」

 

「……舞鶴の提督は知り合いではある、目をかけてくれる様に頼んでおくよ」

 

「お願い致します、私も尽力させていただきます」

 

「うん、お願い」

 

「………提督、お考えのことはわかります、ですが…まだ彼女は経験が足りないのです」

 

「違う、鳳翔…僕はただ島風に何かを求めてるんじゃなくて……守ってあげられなかったことを悔やんでるんだ」

 

「…失礼しました」

 

「ごめん、君に当たることじゃなかった」

 

「………せめて、会の用意は全力でさせていただきます」

 

「楽しみにしておくよ」

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

駆逐艦 不知火

 

「………はぁっ…」

 

「どうしたのよ不知火、的と睨めっこして」

 

「………………」

 

「ちょっ、無視!?感じ悪いわねぇ……」

 

「……当たる…?違う……まだ…まだ研ぎきれてない…足りない」

 

「ちょっと不知火?どこ行くのよ」

 

「…あ、あれ?陽炎…いつからそこに…」

 

「いつからって…ずっといたけど……まさか本気で気づかなかったの?」

 

「ごめんなさい、集中していたもので…」

 

「……まあ、無視じゃないなら良いわ、ご飯行くの?」

 

「…いいえ、演習の申請に」

 

「演習…?誰と」

 

「………離島鎮守府と…勝たなきゃならないので」

 

「誰によ」

 

「離島鎮守府の…」

 

「北上に?」

 

「…瑞鳳さん…?」

 

「あら、こんにちは」

 

「面白そうな話してるね、混ざっても良い?」

 

「……瑞鳳さん、貴女…雰囲気が変わりましたね?」

 

「……目が良いみたいだね、不知火」

 

「ちょっ…何、何よ…この空気…!」

 

「…何をするつもりですか」

 

「なんだろうねぇ…?演習申し込みに行くんでしょ、一緒に行くよ」

 

「………わかりました」

 

 

 

 

舞鶴鎮守府

提督 徳岡純一郎

 

「……はぁ…」

 

「提督さん、疲れてるね」

 

「…疲れるだろ、そりゃ…なんだよこれ…『…駆逐棲姫に関する情報収集と交戦可能であれば交戦、後捕縛、撃沈は許さない』って任務が出てから俺は毎日大阪湾までお前らを送り迎えしてるんだぜ?」

 

「ここは日本海に面してますからね…」

 

「目撃は全部太平洋側と瀬戸内海だから仕方ないっぽい!」

 

「…良い加減いっちばんに見つけたいのに……」

 

「宿毛湾泊地の艦隊と頻繁に交戦してるらしいからそこの海域に行きたいんだがなぁ…何が極秘裏に行うために接触を禁ずるだ…」

 

「上は無能ですね」

 

「と言うか頭が硬いにゃしぃ」

 

「…弥生達は、悪い事してないはず…」

 

「理由はしらねぇけど、俺らの仕事をやりづらくしてどうするんだって話だよなぁ……はぁ…」

 

「司令官、メールだよー」

 

「ああ、ありがとな望月、ありがとうだから俺のパソコン返してくれ…ありがとう…………ふーん…」

 

「どうしたっぽい?」

 

「明後日来る新人だけど、人見知りなんだってさ、お前ら同型艦じゃないけど優しくしてやってくれよ?特に白露型」

 

「なんで私達が名指しなの!」

 

「別に僕たちが信用されてないわけじゃないからね」

 

「そうだよ、俺が言ってんのはお前ら仲良くしてくれないと睦月型は接し方わかんないだろ」

 

「うーん…問題は島風って事っぽい」

 

「………かもなぁ…まあ、そこは仕方ねぇだろ、よくある事だ」

 

「あったら困ると思うけどね」

 

「まあでも、あんなに傲慢な子はそうそう居ないって!心配ないよ!」

 

「失礼します、みなさん、お茶の用意ができましたよー」

 

「……おい涼風、なんでお前がカートを押してないんだ?」

 

「え、五月雨に任せてます」

 

「バカ!五月雨に割れ物は…」

 

キャー!! ガッシャーンパリーン

 

「…遅かったか、村雨、白露」

 

「はーい、ちょっと行ってきますねー」

 

「………こう言うのは頼られても…」

 

「悪い、というか……俺の仕事部屋で茶会を開いたり遊んだりするのは良い加減やめてくれないかぁ…?」



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敗北

憲兵団本部

 

「海軍の指示に従うな…ですか?」

 

「ああ、海軍の奴らに何を言われるかは知らんが、海軍は無視していい」

 

「…理由を伺っても良いでしょうか」

 

「海軍と我々は一蓮托生だった、だが海軍の奴等の我々への扱いを考えろ!」

 

(ああ、これがかの有名な陸軍と海軍の不仲か)

 

「具体的にはどのレベルまで従わなければいいのでしょうか…」

 

「その辺は君たちの裁量に任せる」

 

(丸投げだとよ、当局は一切関知しないって訳だ)

 

(誰もやりたくない仕事の理由が分かったな)

 

「以上だ、下がっていい」

 

「失礼しました」

 

「ああ、また、後一つ、報告書はこちらに送るものと海軍用とで分けろ」

 

「わかりました」

 

 

 

 

 

 

「はー、嫌な気分だねぇ…やってらんねぇぜまったく」

 

「そう腐るな、ほら」

 

「……レコーダー持ってたなんてバレたら殺されるんじゃねぇ?」

 

「……考えたくないが…まあ、大丈夫だろう」

 

「しっかし…上もこんなに仲が悪いとはなぁ…」

 

「誰も此処までだとは思わんだろう…俺も想像以上で驚いた」

 

「まあ、海軍の情報流す様にどうこうしろとか言われないだけマシなんじゃねぇ?」

 

「そう思うか、ところでリストはもらってるか?」

 

「ああ、所属艦娘のリストだろ?んー……どのくらいの年代なんだ?この子達」

 

「さあな、わからん…もう適当に甘味でいいだろう」

 

「生菓子は持たないからなぁ…予約だけしていくか」

 

「そうだな、人数は多そうだが向こうは施設も整ってない島だと言う話だ、生菓子は中々食べられないだろう」

 

「仲良くなれるといいんだけどなぁ」

 

「…そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「また春雨が出たの…?」

 

「宿毛湾は殆ど壊滅状態だな、救援は出さないで陸路の撤退を選択したらしい」

 

「それって…」

 

「敗北だ、九州の四国側と四国の一部の地域に避難勧告が出てる」

 

「………提督…」

 

「出撃したいって言うんだろ、ダメだ…確かに、お前のここ最近の練度の伸びは凄まじい、それは認める、だが…練度だけだろ…お前は正しく自分を動かせてない」

 

「何がわかるの…!?私は…私は私!提督は人間!私は艦娘!艦娘には艦娘の使命がある、なのに…それを投げ出して大人しく指を咥えてろって事!?」

 

「今行けばお前は死ぬし、犠牲も増える」

 

「………勝てるかもしれないよ」

 

「実力差をよく分かってるんだろ、神通1人じゃない、艦隊で戦って負けてる」

 

「………」

 

「川内、今のお前なら神通に届くかもしれない、だが…その先には届かない」

 

「私は止まらないよ」

 

「……春雨だったか、あいつはお前との戦いを望んでる」

 

「望んでる?私に解体を勧めておいて?」

 

「…お前が解体をしないなら、直接その手でお前を屠る…そのつもりのはずだ…なら、お前はいずれ戦うことになる」

 

「…………いつ」

 

「さあな、片手で神通ひねれるくらいになったらいいんじゃねぇの」

 

「………4日か…いや、3日頂戴」

 

「…は?」

 

「じゃ、三日後用意しておいて」

 

「………本気なのかよ」

 

なんにせよ、今日は止めることができた

宿毛湾泊地は完全に撤収、おそらく深海棲艦の攻撃も苛烈だろう…太平洋側への出口は失われた…大回りをすれば可能だが……まさか一体…いや、二体に此処までやられるとは…

 

「スケィス……」

 

歯が軋む

ムカつきが抑えられない、あいつは何と言った?

力は失っていない、代わりに記憶を奪われている

 

いつの記憶だ?全く覚えがない、いや、記憶が抜けているのなら当然だが

 

力を失ってないならなぜ俺はこんなに無力なんだ

 

よりムカつく、許し難い気持ちが湧き上がる

そして苛立たしい電話の音

 

「こちら司令室」

 

電話の内容は瀬戸内海内部の深海棲艦殲滅の作戦、そして日本海への進行阻止

俺たちにも出ろ、とのことだ、それ自体は構わないが……

 

怖いのは川内だ、防衛に回すなんて言えば暴れるのは間違いない

かと言って前に出すのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

提督 倉持海斗

 

「え…?それ、本当?」

 

『ああ、今日の夕刻になるだろうか』

 

「………そう…ねぇ、拓海、今日の夕方は送別会なんだけど」

 

強めの口調で言う

 

『なら歓迎会も兼ねればいい』

 

どうやら伝わらなかったらしい

 

「遅らせられないかな」

 

『無理だ、もうすぐ船に乗り込む』

 

「……もっと早く教えてよ…」

 

『すまんな、宿毛湾泊地が落とされた事で色々忙しかった』

 

「え?」

 

『……人類が深海棲艦に敗北し、拠点を一つ捨てたのだ』

 

「宿毛湾ってどこにあるの」

 

『四国の西だ、九州にも近い、近辺は避難勧告を出している』

 

「………そうか…流石に遠いね」

 

『君の仕事は最前線で艦隊を指揮する事だ、が…そうも行かなくなってきたかもしれん』

 

「どう言う意味?」

 

『……戦線を下げざるを得ない可能性がある、離島、とついているが理明らかにそれでは済まない距離がある、まあ、話は追って知らせよう』

 

「………嫌な感じだね」

 

「クソ提督、何だった訳?」

 

「……曙…うーん……ごめん、気分を悪くするかもしれないけどいい?」

 

「何よ、変な前置きね」

 

「まず夕方に憲兵が着任する」

 

「……明日じゃなかったの」

 

「早まったらしい…」

 

「……最ッ低…」

 

「僕もそう思うよ、連絡を早くしてほしかった……だけど遅れたのには理由があった」

 

「理由?」

 

「半分くらい聞こえてたと思うけど、宿毛湾泊地が落とされた、深海棲艦に取られたんだ」

 

「………うそ…」

 

「………事実らしいよ……」

 

「…パーティーなんかしてる場合なの…?」

 

「………多分違う、だけど…今は伏せる」

 

「本気…?」

 

「連絡が遅れたことにでも何でもする、ただでさえ娯楽のない此処で、こんな暗い話題ばかり告げられても…」

 

「憲兵はどうするのよ」

 

「僕が何とかするよ」

 

「………私も手伝ってあげる、だから2人でどっかに押し込んで、邪魔はさせない様にするわよ!!」

 

「……そうだね、じゃあ憲兵が来ることだけは伝えておこうか」

 

「それが妥当ね」

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

 

「と言うことらしい、宿毛湾が落とされた事により、急ぎで住民の避難誘導を行う」

 

「那智より質問です、岩川や鹿屋は何をするんですか、あっちの基地の方が近い、我々が避難誘導を行う必要はないのでは?」

 

「その二つは瀬戸内海への入り口を封鎖し、瀬戸内海内部の敵を呉鎮守府と共に殲滅する様に命令が出ている、そのため我々が避難誘導を行う」

 

「……仕方ないのか…」

 

「そうだ仕方ないことだ、全員制服着用、完全武装で現地に赴け、槍も持て、目に見える武器があることで事態の深刻さは自然と伝わるだろう、現在陸上に深海棲艦が上がる事例は確認されていないが、陸上での砲撃は衝撃などがまるで違うものになると報告が上がっている、もし戦闘をすることがあっても無理はするな、詳しい事は現地の陸軍の指示に従う、何か他に質問はないか」

 

「瑞鶴から質問、有事の際は戦闘行動はどこまで認められる訳?」

 

「敵を殲滅しろ、民間人の危険を全て取り除け」

 

「りょーかいっ」

 

「普段の訓練通りにやってくれ、時間がないので移動を開始する、我々は憲兵隊の車両に4名ずつに分かれて搭乗する、では装備を用意し出発しろ」

 

 

 

正規空母 瑞鶴

 

「この家は避難完了してるみたいね…こっちはどう?」

 

「問題ありません、ただ住民の抵抗が激しい場所もあります」

 

「まあ、そりゃ…東北とかはガラッガラだからあっちに比べたらここは安全って考え方もわかるんだけどねぇ……」

 

住民も何か言いたげだけど完全武装してる私達をわざわざ罵ろうとはしない

 

「瑞鶴さん、我々は海上に出て哨戒にあたれ、と言う指示が」

 

「わかったわ、この槍置いていってもいいかなぁ…邪魔というか何と言うか」

 

「私が持っておきましょうか?」

 

「んー、じゃあお願い」

 

 

「何この量!うっじゃうじゃいるわよ!?」

 

「とても海に出られませんね…陸上からやるしかない……」

 

『瑞鶴〜?こちら龍田だよぉ〜?陸上での戦闘が始まったから手が足りないのだけれど、余裕あるかしら〜?』

 

「陸上…!?嘘でしょ…!悪いけどこっちも大量にいるわ、まだ戦闘始まってないけど、余裕はない!」

 

『じゃあ健闘を祈ってるわ〜』

 

「……すごい音…なに、このグチャグチャって音…」

 

「…お楽しみよ、私たちもやるわよ!!」

 

『うふふふ〜…!……アハっ…アハハハハハ!』

 

「アンタ通信切りなさいよ!」

 

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「いいか、全員自身の安全第一だ、瀬戸内海の出入り口は完全に抑えられている、此処にいないメンバーで日本海への進出を阻止する、お前たちは殲滅組だ」

 

「………」

 

「作戦は夕刻を持って中断される、全員無事に戻れよ!」

 

やっぱり川内は日本海の防衛に回すべきだった

妙に血走ってやがる

 

「古鷹その時は任せた」

 

「お任せください、ちゃんと全員連れて帰ってきます」

 

「まあ、うまくやってくれ」

 

気の利いた言葉も言えないが

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

大丈夫、まだやる気はない…

だけど見なきゃ行けない、春雨の強さを

負けないためにも、見て、知る必要がある

 

「前方敵影!」

 

「敵艦載機きます…!対空射撃用意……始め!」

 

「撃ち落としきれない…!」

 

「全員散開!」

 

「川内さん!直上に…!」

 

海面を覗き込む

 

爆弾……

 

距離は?このまま進めばかわせる…訳ないか

どうする?いや、もう飛び出すしかない……

違う、神通なら?かわしてみせるかな、那珂なら蹴り飛ばすかもしれない、あの北上なら涼しい顔で撃ち落とすだろう

 

なら私なら?

 

真似はしなくていい、やれることをやるだけで

 

半身を大きく捻り、それを何事もないように手にとる

焼けそうなほど熱いそれを迫ってくる艦載機に投げた

 

「………なんだ、実戦ってこんなもんか」

 

「姉さん…?」

 

やれる、私は足手まといじゃない

今なら春雨をも………誰だろうとやれる

 

「神通さん!絶え間なく艦載機が!」

 

「………このままでは不味いですね、提督に連絡を、我々では難しいです」

 

違う、そんな事はない、私1人分の時間の切れ目ならある

 

私ならやれる

 

「姉さん!!待って!行かないで!!」

 

聞こえない、今は

 

「罠です!その1人分の切れ目は…!」

 

たとえ罠でも、招かれたら行くしかないんだ

 

「もらった…!」

 

空母型の敵に砲弾を叩き込み、沈める

 

「やれる…!やれる!!」

 

腰の艤装から魚雷を抜き取り、すれ違いざまに巡洋艦級の口に突っ込む、また一つ沈めた感触

 

とにかく空母を一つでも大きく沈めてやる、とことん沈めてやる

上手くいっている、そう、本当にうまく……いってしまった

 

「…誘い込まれてたのはわかってた…けど……」

 

200はいる、20ほどの戦艦が等間隔に並び、そしてその周りを巡洋艦が固め、その後ろに空母、綺麗に陣形を作っているつもりか

ついこの前まで大量の駆逐艦型を逐次投入してきた敵とは思えない

 

『……なんで…解体しなかったの……』

 

「春雨…」

 

背後から、彼女は深海から這い出す様に現れる

 

『貴女は、戦わなくていいのに』

 

「戦うよ、春雨を連れて帰るために」

 

『………自惚れるな…!格の違いを教えてあげる…!』

 

急に恐ろしくなってきた

だけど気丈に戦わなきゃいけない

 

「……あれ?」

 

いつ私の艤装が壊れたんだろう

気づいたら魚雷発射管がひしゃげて、腰に激痛が走っていた

水面に顔をすりおろされる

力が一気に抜ける

 

『………相手にならない…!なんで…貴女は……何でこんなに弱いのに此処にいるの…!』

 

悔しいけど喋る気力もない

 

『……せめてもの慈悲よ』

 

必死に立ち上がったと思ったら、左足の艤装が吹き飛んだ、そして次に腕の艤装が一つを残して全滅した

 

この時点で私が海面に浮けるのは右足と左腕だけ

惨めに溺れ死なない様にもがくしかなかった

 

『生かしてあげる……もう2度と姿を見せないで…お願いだから…!』

 

もがきながら、必死に砲塔を向ける

 

『……さようなら』

 

完全敗北の最中に、私は巨人を見た

黒い、大きな、鎌を持った巨人

 

そこで私の意識は途切れた



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来訪

バルムンクのリアルネームをずっと探しましたが、記載が見当たらないために「白銀翼」としています、情報あればお願いいたします。


離島鎮守府

 

「いやー、ついたついた、此処が俺らの職場ってわけか」

 

「……火野のやつ、ちゃんと伝えたのか?誰もいないぞ」

 

「いや、来たぞ、勇者様のお出ましだ」

 

「おーい!」

 

 

提督 倉持海斗

 

「…いるね、2人か…」

 

「人数だけで規模は大きくないものね…はぁ……なんか手を振ってるけど…フレンドリーなのかしら」

 

「………あれ…?」

 

「どうしたのよ、クソ提督」

 

「……え、あ…曙、頬をつねってもらってもいい?」

 

「は?!何?アンタそう言う趣味な訳!?」

 

「いや、いいかいだだだ…!ありがひょ、もういいから…」

 

「おいおい、何やってんだ海斗、嬉しすぎて夢でも見てる気分か?」

 

「…クソ提督、知り合い?」

 

「知り合いどころじゃないよ…親友だよ…!」

 

「嬉しいことを言ってくれるな」

 

「全くだな!オフ会以来か!」

 

「よかった…!本当に2人で良かった…!」

 

「話が見えないんだけど…」

 

「よろしくな、お嬢さん」

 

「………綾波型駆逐艦の曙よ、みんなアオボノって呼ぶわ」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

「本当に2人で良かったよ…!ヤスヒコ!翼!」

 

「…なんか、想像以上に喜ばれてね?」

 

「……海斗、何かあったのか?」

 

 

 

 

 

 

「なるほどなぁ…じゃあ俺らはあんまり顔を出さないほうがいい、かもな」

 

「正直言って友達だよって紹介しても警戒心は消えないと思う、だからまあ、別の機会に歓迎会でも開こうか?」

 

「…なんだ、せっかくだしケーキを買ってきた、それだけでも届けてくれるか?」

 

「…ケーキ…?ケーキ!?」

 

「うおっ!?」

 

「生クリームたっぷりのやつ!?まさか生クリームがないなんて言わないわよね!?」

 

「あ、ああ、チョコクリームのやつも買ってきた…」

 

「っし!」

 

「…曙ー?」

 

「クソ提督わかってる!?此処で生クリームは超のつく高級品!それが食べれるのよ!?」

 

「冬場だから頑張れば買って来れると思うんだけどなぁ…」

 

「まあ、確かに本土に比べて若干暖かいしその考え方もわからなくないが」

 

「っていうか仕入れればいいとは思うんだけどね、でも今高いから」

 

「そうなのか?」

 

「うん、予算的にちょっと厳しいかな」

 

「そうか、じゃあ美味しく食べてくれよ、たらふく買ってきたから」

 

「もちろん、全部食べてあげるわ!」

 

 

 

「2人の部屋は鎮守府の裏手にある前の憲兵詰め所になるんだけど……」

 

「こりゃひでぇな」

 

「うん、だから病棟なら部屋が余ってるからそっちに寝泊まりしてもらってもいい?ちょうど今空いてるし」

 

「此処よりマシなら文句はない、と思うぜ…多分」

 

「いやー、此処に建築なんかできる人いないからさ…」

 

「ま、そりゃ犬小屋をどうこうしろ、ってのも無理だよな」

 

「しっかしお前らの扱いもひどいもんだなぁ」  

 

「そう?だいぶんマシになったんだけど」

 

「………これでか?俺らの持ってる資料通りなら…かなり自由のない暮らししてることになってるが」

 

「……まあ、嘘って必要だからね」

 

「この野郎!悪いこと覚えやがって!」

 

「あはは、来たのが2人で本当に良かったよ」

 

「…そうだな、本当に来たのが俺らで良かったぜ」

 

「全くだ」

 

「悪いけど病棟に案内するから、そっちでしばらく時間を潰しておいてくれる?」

 

「あー、悪いけど何かあるか?暇で暇でな」

 

「古いゲームで良ければ」

 

「上々だな」

 

 

 

 

 

 

「やあ、島風」

 

「………」

 

「そんなに悲しい顔しないで…」

 

「私此処を出たくないの…怖いの」

 

「何が怖いんだい?」

 

「………1人にされちゃう」

 

「1人にされる……?」

 

「わからない…わからないけど…辛い、怖い夢を見る…私はどこに居るの…!?」

 

「……島風…君の痛みは僕にはわからない……ごめん」

 

「………いい…もう…何も…考えたくない……」

 

「それは良くないんだ、島風…君は前を向ける…止まっちゃダメだ」

 

「提督…私って誰?」

 

「……え?」

 

島風の質問に言葉が詰まる、果たして彼女は誰なんだろう

島風型の島風、それ以外に僕は彼女を何と呼べばいいんだろう

 

「提督は私が誰か…わかる…?」

 

わかるわけがない…

答えられない…

 

「ごめんね提督…私、わからない…私って誰なんだろう…?」

 

なんて言えばいいんだ僕は、なぜ黙る

何か言え、言わなきゃダメだ、此処で黙っちゃダメなのに…

僕はこんなに幼い子の言葉にも応えてあげられない

 

「………提督、さよならなのかな」

 

「…それだけは違う、何としてもそれだけは…必ず…それだけは防いでみせるから」

 

「……今はそれで充分、提督…約束だから」

 

「わかった、必ず約束を守るよ」

 

島風は…いや、艦娘とは何なんだろう

僕はあまりにも知らなさすぎる

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、島風さん、鳳翔さん、暁さん、響さん、雷さんの送別会兼朝潮型歓迎会!と言うことで!」

 

「「「かんぱーい!!」」」

 

 

「元気がいいな、良いことだ、此処まで聞こえる」

 

「全くだね」

 

「…どうした、海斗、らしくないな」

 

「そう?普段通りのはずなんだけど」

 

「そう言うところがらしくない」

 

「そりゃそうだろう、海斗だって俺らと時間を潰すより自分のとこのかわいこちゃんとのみたいだろうからな」

 

「ハハハ、これは気がつかなかった、行ってこい海斗」

 

「……気を使わせてごめん、そういうのじゃないんだ」

 

「そうじゃなけりゃ俺らはどうしようもねぇよ、それこそお前は行くべきだ」

 

「そうかな…」

 

「そうそう、ほら行った行った」

 

「そうだ行け行け消えちまえ」

 

「………遠慮ないよねぇ…2人とも」

 

「俺らとお前の仲だろ?」

 

「昔ほどお利口じゃないんだ、俺らもな」

 

 

 

 

 

「みんな、どう?」

 

「あ、提督、よろしいのですか?」

 

「うん、追い出されちゃった」

 

「えー、司令官何かしたの?」

 

「いや、そう言うわけじゃないんだけど…」

 

「提督、何かあれば私達が…」

 

「いや、加賀、落ち着いて、本当に大丈夫」

 

「先ほどちらりと見ましたが、以前提督のお友達の集まりにおられた方でしたよね?」

 

「赤城、よく覚えてたね、その通りだよ」

 

「憲兵に友人がいたのですか?」

 

「みたいだね、僕も憲兵をしてるなんてその集まりまで知らなかったし」

 

「此処に来たのは?」

 

「偶然だと思うよ?相変わらずの友達だし、明日からは接触することもあると思う、仲良くしてくれとは言わないから覚えておいて」

 

「ふふっ、私は仲良くさせてもらいましょう」

 

「……赤城さん、何かいいことでも?」

 

「いえいえ、私は昔の提督のお話を聞けるのでは、と思いましてね」

 

「…なるほど、私も仲良くしてみてもいいかもしれません」

 

「……面白い話なんてないけど、それでもいいならそうしてみてね」

 

彼女らの事は彼女達に任せる、それが一番だと思いたい

 

 

 

 

 

呉鎮守府

軽巡洋艦 川内

 

「………っ!?」

 

目を見開き、飛び起きる

身体中に激痛が走る、身体はまだ本調子じゃない

どうやら此処は入渠ドッグらしい

 

「やられた……か」

 

「おはようございます」

 

不意に左から声

 

「…大井?」

 

「お元気そうで何よりです、川内さん」

 

「………戦場はどうなったの」

 

「ボロボロの貴女が私たちの前に投げ出され、撤退戦を余儀なくされました、最終的には帰還できましたが」

 

「………ごめんなさい」

 

「全体の集会でどうぞ、私は知りません」

 

「…どうなったの?」

 

「大量の深海棲艦の揚陸がありましたが、佐世保鎮守府の大健闘で九州は無傷、四国に関しては一度放棄されましたが、憲兵隊の調査の結果、侵攻はなかったそうです」

 

「………今は?」

 

「向こうは陣形を組み動かないそうですよ、敵の数は500を超えています」

 

「……そう、なんだ…」

 

「向こうはまるで、誰かが指揮をとっているかの様に、恐ろしく連携が取れています、貴女みたいに突っ込んだらどうなるか、貴女が帰って来れたことがどれほどの奇跡か」

 

「………違う」

 

「…違う?」

 

「奇跡なんかじゃない…生かされた………私は…私は……!」

 

悔しい?違う、これはただ、恐怖してるだけ

 

「私は…あの子に生かされた…!」

 

「あの子…?」

 

「……大井は時期かぶってなかったっけ…春雨、覚えてない?」

 

「…春雨って、あの脱走した…?」

 

「……表向きはね、実際は身投げしたんだ…」

 

「身投げ…!?」

 

「あの子と最後に話したよしみで…私は生かされてしまった……」

 

「……身投げしたら深海棲艦になるとでも…?」

 

「その辺は知らない、だけどあの子は春雨だ……明日も戦うのかな」

 

「……」

 

「…………今じゃ勝てない…後一週間だけ、必要……壁は見えた、見えたから、登る、超えてみせる…!」

 

「……貴女にできるとは到底思えません」

 

「神通でも、那珂でもない…私じゃなきゃダメなの……私が超えるしかない…だからそのためには時間がいる」

 

「………時間を稼げ、と?」

 

「……いや、春雨が私との戦いを望んでるなら」

 

「大井!提督が呼んでるクマ!」

 

「え!?い、いきなりなんですか!?」

 

「深海棲艦の群れが太平洋に出ていったクマ!しかも再侵攻すると言っていたらしいクマ…!」

 

「深海棲艦が喋った…って事ですか…?頭が混乱します…!」

 

「………春雨…私は応えるよ…ちゃんと勝つから」

 

 

 

 

佐世保鎮守府

駆逐艦 不知火

 

「……はぁ………まさか…本当に槍に頼るなんて…」

 

「そうですね、ですが…まさか刺さるとは…」

 

「沈むと思わなかったけどね…沈む?死ぬ…?」

 

「………こんなことでは演習なんて余裕ありませんね」

 

「……瑞鳳さんは?」

 

「随分荒れてました…撃破数もトップなのに…」

 

つい数日前まで、あんなに大人しかったのに、この変わりようはなんだ?

理由がわからない、そしてあの動きは何だ?

 

「………見ましたか?」

 

「はい……あの動き…全くわかりませんでした」

 

「早すぎて見えなかった、としか言えません…」

 

一瞬で陸上に出てきた深海棲艦を何体も潰してみせた

どうやったのかまるでわからない、何が起きた?

 

「………本当に…同じ艦娘なのか疑うレベルでした…あれはそう言う次元じゃない…」

 

「…口が過ぎますよ」

 

「でも…」

 

「なぁに?瑞鳳のお話?」

 

「…どうも」

 

噂をすれば影がさす、か

 

「………」

 

「黙っちゃうなんて悲しいなぁ、鬼怒さん?」

 

「……怯えてるんですよ、そんなに脅さないであげてください」

 

「口が過ぎるのはどっちかな、駆逐艦」

 

「…あなたも口がすぎますね」

 

「………ふふふ、上下関係、知りたい?」

 

練度以上の何かを見極めなければ勝ち目はない、か

 

「結構です、安い挑発に乗る義理はありません」

 

「そう?別にいいけどね」

 

 

 

 

 

 

?????

??? ???

 

『…成る程…おい睦月、コーヒー持ってきてくれ』

 

『わかりました!すぐお待ちします!』

 

『早めに頼む』

 

「気づかれたか?」

 

「…その様です、ヴェロニカ様に連絡しておきます、舞鶴の盗聴器、隠しカメラは全滅だと」

 

「一つくらい残るだろう」

 

「おそらく、火野が動いています」

 

「………我々の慈悲を理解していないのか」

 

「彼は腐っても勇者のお仲間であろうとしている、我々を悪だと思う限り抵抗を続けるでしょう」

 

「…吹けば消える火だと言うのに、なぜそんなに死に急ぐのか」

 

「さあ、何故でしょう」

 

『あー、熱々だ、しまったな、手が滑っーーーー』

 

「やはり気付かれていますね」

 

「……仕方ない、海軍としても火野は邪魔になりつつある、消すしかあるまい」

 

「まだもう少しだけお待ちを」

 

「…わかった」



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異動

舞鶴鎮守府

 

「本日よりお世話になります、軽空母鳳翔と」

 

「…駆逐艦島風です……」

 

「おう、俺が此処の提督やってる、よろしくな、嬢ちゃん」

 

「あの……提督から何か聞いておりますか?」

 

「ああ、聞いてはいるけどな…うちのもまだ多感な子供ばかりだ、あまり期待しないでほしい」

 

「……そうですか」

 

「ま、とりあえず…白露!睦月!」

 

「いっちばーーーん!!」

 

「にゃしぃぃ!!……負けたっ!」

 

「廊下は走るな、ほら、この間話した島風と鳳翔だ」

 

「白露です!張り切って参りましょー!」

 

「睦月型駆逐艦一番艦の睦月です!はい!一番艦でにゃしぃっ!」

 

「ま、ノリの軽い奴らだから…」

 

「そのようですね…」

 

「………島風ちゃん、元気ない子?」

 

「えっ…その……」

 

「かなり人見知りのある子ですけど、いい子なので、優しくしてあげてくださいね」

 

「ほ、鳳翔さん…!」

 

「わっかりました!睦月!」

 

「もっちろん!ふっふっふ…島風ちゃん!ゲーム好き!?」

 

「え、す、好きだけど…」

 

「よーし!我々肉球一番団への加入を認めます!いっきますよぉ!」

 

「にゃしにゃしにゃ〜しぃ〜にゃ〜しぃ〜島風ちゃんをつーれて〜♪」

 

「おぅっ!?ま、待ってよー!!離してー!」

 

「……大丈夫かな、あいつら…」

 

「ええと…私は…?」

 

「あー、鳳翔だったか、あんたは十分な練度があることは聞いてる、此処は結構特殊でな、アンタにはこいつを使った、偵察を頼みたい」

 

「…まぁ…これは……彩雲…!」

 

「艦娘ってのはいい装備を見ると目を輝かせるもんなのかね……」

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

 

「歓迎するのです、3人とも!」

 

「電!久しぶりね!」

 

「雷に頼ってもいいのよ?」

 

「よろしく、電」

 

「仲良くしているところ悪いが、君たちには主に書類整理を頼む、詳細は電に聞いてくれ」

 

「出撃はないのかしら?」

 

「あんまりないですね…此処は情報統括みたいな感じなのです、武闘派なのは呉と佐世保が担当しているのです」

 

「へぇー」

 

「暁ちゃん?どうしたのです?」

 

「んー……ちょっと心残りがね」

 

「天龍さんのことね、また会いに行きましょ?」

 

「大丈夫だよ、暁、また、すぐ逢えるさ」

 

「そうね!さて、第六駆逐隊が全員集合したんだし!!」

 

「どうする?対潜任務でもしちゃう?」

 

「任せてくれ」

 

「あのー、此処の仕事は書類整理ですよ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

軽巡洋艦 川内

 

「はぁ!!」

 

「うっ…!狙い撃ちされましたか…これじゃ戦い難いです…!」

 

「よしっ…神通をようやく捉えた……!」

 

「……っ!」

 

「那珂の動きはよく知ってる…その動きじゃダメだよ…!」

 

「なんでこの短期間でついて来れるの…!?」

 

「もらった!」

 

 

 

「………よし!川内型!演習終わり!」

 

「……まさか姉さんの一人勝ちだなんて…昔を思い出しますね」

 

「…那珂ちゃん強いはずなんだけどなぁ…」

 

「違う、私は2人の動きを知りすぎてるんだよ…今の身体ならだいぶん動けるから、今までの動きをされたら負けないね………でもそれじゃダメ」

 

「…姉さん、いきなり練度が上がりましたよね、何かあったんですか?」

 

「…発破がかかったんだよ、あと少しだけしか効果はないけどね…」

 

「………もう2人がかりでもダメ…?」

 

「那珂がスイッチ入ればわからないかなぁ…」

 

「……成る程…」

 

「今更入れても遅いよ、ほら、バケツ被ってもう一回やる?」

 

「…そういえば姉さんは改装はしないんですか?練度はもう少しで私に並びますし、改二の条件は整ってるはずですが…」

 

「………改二…か…うん、難しいってさ」

 

「何故…?」

 

「力を求めすぎてるって、消し炭になるかもしれないし、消失するかもしれないし、廃人になるかも」

 

「そうですか……」

 

「…神通、那珂、2人が改二になってても、お姉ちゃんには勝てない、よく覚えとくんだね」

 

「…ふふ…酷いですね…まだ本気じゃないかもしれませんよ?」

 

「那っ珂ちゃんも〜、本気じゃなかったりして」

 

「………いいね…もう一回行く…?」

 

「何度でもお相手します…!」

 

「絶対仕留める」

 

 

 

 

5時間後、私たちは司令室の床に正座させられ、ついでにと言うことで戦術書を何冊か抱えさせられた

 

「それで?」

 

「……7回やりました」

 

「この大量の資源の消失も?」

 

「全部艤装に…」

 

「そして肝心の艤装は酷使で修理中…馬鹿か!?」

 

「きゃはっ☆?」

 

「………」

 

「いったーい!顔はやめて!顔は!」

 

「脳天だ、ハゲねぇといいな」

 

「………嘘でしょ!?神通ちゃんハゲてない!?私大丈夫!?」

 

「お前らいつ敵が攻めてくるかわからない状況で何やってんだ!?ウチの主力はお前らだろ、一応……!」

 

「一応は余計だよ、提督」

 

「そうかもなぁ、お前らがちゃんと自覚持っててくれれば余計かもなぁ……!」

 

「…私たちも焦ってしまったんです、どうかお許しください」

 

「何に焦ったんだ?神通」

 

「………攻めてくる敵に…」

 

「いいや、違うな、お前の場合は川内に追い抜かされることに焦ってる、じゃなきゃお前がムキになるわけがない」

 

「………」

 

「……え、神通そんなこと気にしてたの…?」

 

「お前ら実は仲悪いのか?」

 

「そんなことはありませんが…悔しかったんです、姉さんがどんどん進んでいくのが…」

 

「今はそんな状況じゃねぇ、競いたければ深海棲艦を全滅させてこい」

 

「…それは無理ですね」

 

「現実の見える馬鹿でよかった、全く………神通、那珂、お前らは大井に任せる、川内、ネームシップであることを恨むんだな」

 

「………何?」

 

「特別に俺が罰を与える、お前は目を離せばすぐトレーニングを始めるだろうし、そこでそのままだ」

 

「……提督殿〜、1分1秒も惜しいと思うんだけど?」

 

「ほら、行け、2人とも」

 

「………ご愁傷様です」

 

「…那珂ちゃんオフいただきまーす」

 

「ちょっ………2人とも…!裏切られた……!」

 

「………さて、川内、あと2時間は耐えろよ」

 

「…そこは特別なお話とかある流れじゃないかなぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞鶴鎮守府

駆逐艦 島風

 

「島風ちゃんめちゃくちゃ強いんだけど!」

 

「島風ちゃんもThe・Worldやってたなんて…睦月、感激!」

 

「うん…といっても、出撃することがなかったから…」

 

提督のPCを勝手に借りてやってただけなんだけど…

送別会の時に提督は「知ってたよ」って、ノートパソコンと一緒にデータをくれた

うまくデータを移せてよかったって笑ってたし、私も嬉しかった

 

「このPC凄いカッコいいモデルだね!今まで見た中でいっちばんだよ!」

 

「………あれ?このキャラって…ねえ、白露ちゃん、今のバージョンでエディットできたっけ?」

 

「………ほんとだ、このパーツなんて今は使えないよね?」

 

「え?なんの話?」

 

…あれ?………なんだか、雲行きが…

 

「……島風ちゃん、正直にいって欲しいな…チーターでしょ…」

 

「え!?チートなんてしてないよ!?」

 

だってこれ提督のキャラだし…

提督に黙って使ってたからバチが当たったのかな…

それとも提督が本当にチーターだったのかな…

 

「…じゃあどうやってエディットしたの…アイテム欄を見せて……ほら!このアイテムなんてどうやっても手に入らないよ!!」

 

「チーターじゃん!!」

 

「ち、ちがうよ!!」

 

「じゃあいつ始めたの!?」

 

「……3週間前…」

 

「レベルもこんなに上がるわけないよ!」

 

「…その…これは提督の…」

 

「言い訳?前の島風ちゃんとは違うと思ってた!」

 

前の島風…?

 

「…残念だよ…!CC社に通報するから!」

 

「ね、ねぇ!前の島風って何!?どう言う事!?」

 

「邪魔しないで!あっち行ってて!」

 

「おいおい、どうした、騒いで」

 

「提督!島風ちゃんがチーターなの!」

 

「ズルして一番とってる!」

 

「は?チーター…?」

 

…もうやだ…悪いことしたの…?私が…?

 

「ん…お、おい!これ!」

 

「提督!島風ちゃん悪い子です!」

 

「…なあ、島風…これはお前の提督からもらったのか?それとも…お前が持ってきたのか…?」

 

こ、こわい…

 

「も、もらいました…」

 

「………腕輪はないのか…成る程な……じゃあ、安全…って事でいいのか…?」

 

「あ、あの…?」

 

もう返して欲しい、部屋に、鎮守府に…みんなのところに帰りたい……

 

「ぅぇ…グスッ…やだ………もうやだよ…」

 

「あー!すまんすまん…悪かった、返すよ」

 

「提督…?」

 

「白露、睦月、これチートじゃねぇ!昔の古いデータだ、憶測でいじめるな!」

 

「え、違うの…?」

 

「でも、古いデータって今のバージョンじゃ…」

 

「このキャラは特別性でな、お前らも知ってるだろ、.hackersのカイト、そのキャラそのものだ」

 

「え…………カイト…ってえぇぇぇぇ!?」

 

「………やば…ヤバいことした?私.hackers敵にまわした……っていうか!なんで!そのキャラを島風ちゃんが持ってるの!?」

 

「知らないよぉぉ!提督からもらったんだもんん!」

 

「あー!泣くな泣くな!島風の元の提督がそのカイトなんだよ!」

 

「………」

 

「白露ちゃんがオーバーヒートしたにゃぁぁぁぁ!」

 

「ぽいぽい?なんの騒ぎっぽい?」

 

「白露ちゃんが死んだ顔してて新人さんが泣いてて…」

 

「睦月、失望したぞ」

 

「え!?わたっ…しのせいだけど…!」

 

「睦月…なにしたの…」

 

「………睦月…」

 

「白露ちゃん!1人だけ自分の世界に逃げないでぇぇ!」

 

「……私、.hackersに殺されるなら本望かもしれない…」

 

「白露も何かしたんですか?」

 

「………まあ、いい薬か、睦月と白露が良くわかってないとはいえ、島風のキャラをチートだと責めてな」

 

「司令官殿!?」

 

「ま、それでこの島風は深く傷ついちまった…お前らー、睦月と白露は俺が良く叱っとくから、島風のこと頼むぞー、あとこの子のキャラはチートじゃないと俺が保証するから、変なこと言うなよ、ああ、あと五月雨、こいつらには廊下掃除させるから、濃いコーヒーを頼む、今日は廊下のカーペット敷いたままでいいぞ」

 

「提督!それは…!」

 

「…提督、私が零すって言いたいんですね…」

 

「零すだろ?」

 

「零しません!カートごとひっくり返るんです!何故か!!」

 

「………涼風、ついていけ」

 

「はーい!」

 

「子日だよっ!島風ちゃん!よろしくね!」

 

「島風、わたしは若葉だ、よろしくな」

 

「………ぅ…」

 

「めちゃくちゃ怯えてるっぽい…!白露…!」

 

「こればかりは擁護できないね、白露?」

 

「…はっ!?なんか気づいたら殺気が一番向いてる…!」

 

「よかったじゃねぇか、一番だぞ」

 

「嬉しくなーいよーう!」

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

軽巡洋艦 大淀

 

「提督、何の御用でしょう」

 

「………此処ならば良い、本題だけさっさと済ませる」

 

「はい」

 

「フィドヘルの予言を」

 

「……」

 

まさか、気づいていたなんて

 

「…成る程、短い人生だったな」

 

「阻止してみせます」

 

「無駄だ、変えられんよ…大淀、頼みがある」

 

「……なんでしょうか」

 

「私の死後も、私に尽くしてくれ」

 

「………嫌です、死なせません」

 

「…では電に頼もう」

 

「提督…!」

 

「大淀、私に残された時間はどれほどなのだ」

 

「…そこまでは……」

 

「わからない、か……まあいい…やれる事はやれるだけやるさ」

 

「提督…お願いします、私達で大本営を…」

 

「そんなレベルではないのだよ、キミはまだ知らないだけだ、本当に恐ろしい敵は、1企業なのだからな」

 

「…どう言う意味ですか?」

 

「………これだけは伝えておく」

 

「……」

 

「倉持海斗を、私が死んだら、彼を頼れ……」

 

「彼は世界を滅ぼそうとしています…!」

 

「……そんな奴じゃないんだ…カイトは、最初から最後まで、優しすぎる」

 

「………理解できません」

 

「さて、戻るぞ、決して気取られるな」

 

「…………はい」

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

「……少し、寂しくなったかな」

 

「そうですね、一気に5人ですか」

 

「4人入ってきたとこ…いや、憲兵合わせれば6人、+1って事でいいんじゃないの?」

 

「……曙は手厳しいなぁ…」

 

「それより、この作戦、本当にうちで受けるの?」

 

「受けるしかないよ、時間はない、忙しくなる」

 

「………報告されてる数的に……相当厳しいわよ」

 

「やれる事は全てやるさ」

 

「当然よ」

 

「……私も尽力します」

 

「………うまく行けば、全てが変わるよ」

 

「引越しの用意でもしておこうかしら」



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川内 改二

呉鎮守府

軽巡洋艦 川内

 

「………だめ、か」

 

「ああ、お前のデータを見るに難しいってよ」

 

「……改二にさえなれれば、何か変わるとおもった、でも……」

 

「無理する事はねぇよ」

 

「……あれから何日経った?」

 

「もう、6日になるな」

 

「私は神通にも、那珂にも負けない、練度も70まで来たよ」

 

「……そうだな」

 

「…それでも、届かなかった…時間、か」

 

「……行くか?」

 

「うん、提督も?」

 

「………ああ、呼ばれてる気がする」

 

 

 

『来てくれて嬉しい』

 

「……春雨」

 

『あと30分で深海棲艦の侵攻が始まる、次は四国全土をもらうよ』

 

「……お前の狙いはなんだ?お前自身はそんなことをしても嬉しくないだろ」

 

『…さあ、私にもわからない………ふ…ふふ…!』

 

「…その目…そして周りに出てる泡……」

 

「AIDA…あの時より強いって言うの…!?」

 

『そウ…デモコレヲヤルト…危ないカラ……暴走させなかっタだケ…!』

 

「……川内、本気らしいぞ」

 

「……わかってるよ…提督、離れてなよ」

 

「……せっかくだ、その岩に乗らせてもらうか、駆逐艦、春雨の墓標に」

 

『中々、洒落タ事してくれルネー…』

 

「……よし、此処からなら良く見える、深海棲艦も、俺らの仲間も」

 

『…なァんダ……もう、戦争ノ用意ハ済んでタ?』

 

「思う存分やろうぜ」

 

「…勿論…!」

 

『行クよ…川内…!』

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

「最終確認です!全員逃げ場を潰して追い込むんですよ!逆にこっちにきたら分断されないように逃げて!」

 

「了解!」

 

「我々連合艦隊、総勢18名でできるだけ敵を瀬戸内海においやります!」

 

『こちら第三艦隊旗艦明石、空母艦載機により敵艦を多数補足、ただし超長距離のため攻撃は不可能、貴艦からマルサンマルの方位』

 

「こちら連合艦隊旗艦曙了解、龍驤さん、翔鶴さん、艦載機を」

 

「はい!」

 

「行くでぇ!お仕事お仕事!」

 

「此方曙、艦載機を発艦、位置追跡は?」

 

『此方明石、順調です、データ兵器も、超長距離砲も準備はできています』

 

「艦載機敵艦直上!!」

 

「敵艦直上了解、此方曙、攻撃要請」

 

『要請了解しました、扶桑さん、押さえててください!第一射用意!』

 

「光った…!」

 

「敵艦被害軽微!着弾点が西にズレとる…!やけどAIDAに効いとるらしいわ!範囲内の敵消滅しとるで!」

 

「曙より、着弾点が正確ではない模様、マーカーを落としてもらいます、マーカー投下!」

 

「投下!」

 

『マーカー確認…誤差修正完了!撃ちます!』

 

「っしゃあ!!ええでええで!大戦果や!」

 

「敵艦隊に大打撃、間髪入れずに攻め込みます!」

 

『了解!扶桑さん!装備を…!よし!接近して超長距離曲射砲に!』

 

「…実験会場じゃないんですからちゃんと戦果をあげてくださいね…!」

 

「敵艦載機来ます!方位サンマルマル!」

 

「第七駆逐隊展開!対空射撃用意!」

 

「第七駆逐隊展開完了!」

 

「第八駆逐隊!広がってソナーで潜水艦を警戒!」

 

『こちらイムヤ!敵潜水艦発見!そちらからすると方位ヒトナナロク!』

 

「第八駆逐隊対潜開始!」

 

「敵艦載機目視!」

 

「第七駆逐隊撃ち方用意…始め!」

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

 

「四国のすぐそばで大規模な戦闘が始まった!我々は前回同様の地点に展開、入り込んできた敵を殲滅する!全員持てる限りの弾薬を持て!力の限り敵を殲滅せよ!」

 

「「「「了解!」」」

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

「…向こうも、始まっちまったみたいだな」

 

『ヤラせハ…シナいヨ…!』

 

「当たれ…当たれぇぇ…!」

 

激しく撃ち合う、向こうのほうが姿勢が低い上にスピードも早く滑るような移動

残念ながら不利なスタートを切ってしまった

 

『堕ちロ…堕チロ!!』

 

すぐそばを砲弾が通り抜ける

風圧で皮膚が切り裂かれる

 

「…今日の私は…今までで一番強い…!」

 

『最高だネ!!』

 

腰の艤装から魚雷を抜き取り投げつける

 

『水に落トサず直接…!?』

 

「くらえっ!!」

 

さらに砲撃

大爆発が巻き起こる

 

『ッッ!』

 

「まだ終わりじゃない!!これは味わった事ある!?」

 

距離を詰め、ゼロ距離からの砲撃

 

『イタイ…じャナイカ……!』

 

雰囲気が変わった…

来る!

 

『少シ見せテアゲル…!』

 

AIDAがまるで何かのマークのように体にまとわりつく

 

「紋様か…!」

 

「…何を…」

 

『ココカらハ…私ノ世界…スケィス!』

 

岩人形とAIDAが混ざり合ったソレが姿を表す

 

「2対1…!」

 

かなり苦しい事になった…

 

 

 

 

 

 

第二艦隊

重雷装巡洋艦 北上

 

「阿武隈、アオボノ、摩耶、斬り込むよー」

 

「準備はできてる!」

 

「私的にはOKです!」

 

「…アタシは連合艦隊に入れてくれよ…クソが…」

 

「はいはい、突っ込む準備いいね?」

 

「行けるわ!」

 

「5カウント後に魚雷上がるから5…4…3…2…BOOM‼︎」

 

「っしやぁぁぁぁ!撃ちまくりだぜ!」

 

「北上さん!それは私がやります!」

 

「いいねぇ!よく当ててるねぇ!」

 

「ったく…腕輪の力なしじゃ私結構無力なもんね…駆逐艦らしく対潜に徹するわ!」

 

「偉い偉い、真下いるから頼んだよ」

 

「先に言いなさいよ!!沈みなさい!」

 

「くそ!上か!対空射撃は任せろ!」

 

私達の仕事は敵本隊をサイドから叩く事

私達の目的は…長門を見つける事

私達のやりたい事は…長門を助ける事

 

提督の意に反することをするのは、何度目だろうか

今日も笑って許して欲しい、いやきっと許してくれる、間違いなく

 

「敵戦艦にそんな感じのやついる!?」

 

「……居ない!此処のやつは全員やるよ!!」

 

 

 

 

 

第三艦隊

工作艦 明石

 

『第二艦隊が暴れてるから誤射に気をつけて!』

 

「あー、狙いがつけられない…もっと別の射角から狙えませんか?」

 

「無理ですね、此処でこれ以上動けば気取られる」

 

「こちら赤城、これ以上は支援できません、連合艦隊に合流しますか?」

 

『…いや、そのまま待機、撃ち漏らしをお願いします』

 

「了解」

 

「敵本体を離れた部隊を発見しました」

 

「射撃用意!」

 

「射撃用意!撃ちます!」

 

 

 

呉鎮守府

 

「提督はどこに!?」

 

「川内姉さんもいません…!」

 

「まさか駆け落ちかクマ…っぁぁぁ!?痛い痛い!木曾やめクマ!」

 

「いいから全体出撃用意!」

 

『秘書官の大井です、提督は現場からの指揮のために一足先に戦場に赴いたと言う手紙を発見しました』

 

「………うわぁ…」

 

「嫌な予感がニャンニャンニャ」

 

「那珂ちゃん、急ぎますよ!」

 

「那珂ちゃん現場入りまーす!」

 

『無事に連れ帰った場合、望み通りの褒賞を用意します、ただし間に合わなければ…全員覚悟する事……』

 

「……俺らは無関係なはずなんだがなぁ!?」

 

「悪いことしてなクマ!」

 

『全員出撃しなさい、今すぐに!』

 

「ひぃぃぃぃ!いくクマ!早く!」

 

「今の大井は北上すらも殺すニャ…」

 

 

 

提督 三崎亮

 

「…なんか悪寒がしたな」

 

『沈め…ッ!沈メ!』

 

「ズルいんじゃない!?そっちだけそんなの使って…!ああもう!!てー!!」

 

川内はスケィスの腕を織り交ぜた攻撃に防戦一方といなりかけていた、それでも意地で攻撃はしているが、いつ燃料と弾薬が切れるかわからない

 

『モラッた!』

 

「そうはいかない!!絶対に…!」

 

水面を飛び跳ねる、不規則な動きを繰り返すことで砲撃をかわし続けている

大きく飛沫をあげて魚雷の発射のカモフラージュも併せている

 

『クッ…!イつノ間ニ!』

 

大きく体を回し、造られた隙

 

「今!!」

 

「待て川内!行くな!」

 

「……え…」

 

『サヨナら』

 

駆逐棲姫の体が向き直ると同時に主砲から砲弾が発射され

川内を捉えてしまった

 

「…クソッ…!!」

 

川内は黒煙の中に沈むしかなかった

 

 

 

 

連合艦隊

駆逐艦 曙

 

「全体そのまま!陣形を崩さず攻め続けて!」

 

「敵がどんどん流れていきますけどいいんですか!?」

 

「それが目的!……上手くいって…!」

 

「曙さん!危ない!」

 

「大丈夫!そのまま撃ち続けて!」

 

消耗が大きい

対空も砲戦も、1発で確実に仕留められるならまだしも、弾幕を張る必要がある

 

「こんなのあとどれだけ継戦できるか……」

 

「やれる限りやる!正面の敵が突っ込んでくるわよ!」

 

「高雄!鳥海!合わせてー!」

 

敵は予定通り、待ち伏せのポイントへと流れ込んでいく

 

私達の仕事は成功…か…

そして……大本営の狙いも恐らく…

 

ここで私たちが退けば、提督は殺される、命令違反を理由として

そして、私たちが退かなければ…

 

『イムヤより連合艦隊へ!後方より潜水艦隊が接近!潜水艦隊が接近!』

 

来てしまった、敵の第二陣…!

 

「第八駆逐隊へ!後方へ展開して対潜開始!」

 

「霞!山雲!霰!左右警戒を解かずにそのまま私たちに合流してください!」

 

『くぅっ…!こっちはもう無理!退くわ!』

 

「ご苦労様でした!第三艦隊と合流を急いで!」

 

『了解!』

 

「第三艦隊!イムヤさんをドッグへ!」

 

『イムヤさん浮上できせんか!?見えません!』

 

『追われてて…!ぐっ……かわしきれない…!』

 

向こうはどうなってる…?

位置は?どこに誰がいて、どの距離だ?

 

わからない、わからないから対処ができない

 

「北上さん!北上さんとの距離は!?」

 

『無理!第二艦隊は一番遠い!』

 

どうすればいい?考えて

もっと、もっと……

 

「ソナーに反応あり!」

 

通り過ぎる…なら

 

「進路変更を!イムヤさんこっちに合流して!」

 

『わ、わかった!』

 

「第八駆逐隊!前進してイムヤさんが通り過ぎたら対潜開始!」

 

「敵魚雷来ます!」

 

「機銃斉射!近づけないで!」

 

 

「イムヤ合流しました!」

 

「爆雷投下!!」

 

「ボロボロじゃない!よくここまで戻れたわね……!」

 

「金剛さん、イムヤさんを曳航してください!」

 

「ワターシが抜けて大丈夫デスカー!?」

 

「元々曳航要員です!早く!」

 

「聞きたくなかったデース!!曙のDemon!!」

 

「早く行って!!対空が疎かになってる!朧!」

 

「わかってる!!」

 

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 大井

 

「一体も侵入させないで!!」

 

「わかってるが……!」

 

「数が多いくらいで弱音を言うなクマ!!」

 

「由良さん!古鷹さん!防衛は任せます!」

 

「貴方はどうするんですか…!?」

 

「金剛型の2人を借りていきます!敵を撃滅します!」

 

「り、了解!」

 

「大井!焦るなクマ!」

 

「…焦ってません!」

 

「連れて行くなら神通と那珂を連れて行くクマ!金剛型も高速といえど、あの2人の動きには劣る、あいつらを連れて行くクマ!」

 

「……わかりました!ちゃんと守っててくださいね!」

 

「ここは任せるニャ」

 

「聞こえたな!2人も行ってこい!」

 

「お任せください!」

 

「那珂ちゃん行っきまーす!!」

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

完全に沈んだ

艤装は全てボロボロ

視界には海面の裏側

ここが海の中…

深く、暗い世界

 

冷たい、あの世…

 

果たして、沈んで良いのか…

それも考える気力がない

 

ああ、あの光は…あの黄昏の夕焼けに海が赤く照らされる光は……

夜の訪れ……か

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

「……チッ…考えが甘かったか…!」

 

『ミタイダネぇ?川内、死ンジャっタヨ?』

 

不意に体を引っ張られる感覚がある

 

「…?…なんだ…この感じ…」

 

何かが自分の中で渦巻くような、何かに吸い出されるような

そうか…そう言うことなら、くれてやる

 

『次ハ、オマエダ…!』

 

「おい…ちゃんと川内を倒してからにするんだな…!」

 

『……何…?オカシクナッタカ!?』

 

「……そうだ…そのまま…!」

 

『……ナンダ…こノ…感ジハ……コれハ…!』

 

「いいぜ…!行ってこいよ!」

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

「……」

 

私の中に何かが渦巻く

薄暗く、孤独な深海に何かの気配がする

背中にまとわりつく彼女たちの手とは違う

こんな暗闇に誰が居るのだろう

 

その気配は何かを探っている

いや、私を探している

 

「……来い…」

 

まだ声は届かない

 

「……こっちに…」

 

決して、届くことはない…

 

「…来い…!」

 

はずだった

 

[ミ・ツ・ケ・タ……!!!!]

 

薄暗い世界に、赤い三つ目の巨人が私を捕まえに来た

両の手で包み、そして、私を海面へと引き上げる

 

死神はまだ私を死なせてくれないらしい

 

背中に張り付いた手を全て払い除け、私は浮上する

 

「来た…」

 

身体中の傷が、艤装が、全てが何かに置き換わる感覚

全てが作り替えられる感覚

 

「来た…来た…」

 

海面が見える、まるでその先は別世界

全てを突き破る勢いのまま私は海面に大穴を開ける

 

「来たぁぁぁぁーーーーーッ!!!」

 

『ッ!?馬鹿ナ!沈メタハズだ!!』

 

「だからちゃんと倒せって言っただろ」

 

『ソンナ…ソレハ…ソレハナンダ!?』

 

「……川内…改二…ってところかな…!」

 

神通や那珂とは違う、全身が黒に金の装飾

私だけの改二……

 

「…そして…コレも見せてあげる…此処に…」

 

艤装の周りに赤い紋様が浮かび上がる

春雨のそれより、遥かに赤く、濃く

 

『…ウソダ…マサカソンナ…!』

 

「来て!スケェェェィス!!」

 

「…これが…川内のスケィス…」

 

独特なフォルムの死神、いや、忍びか…

どちらとも言い難いその立ち振る舞い

 

「……春雨…覚悟は良いね…!」

 

『クソッ…!クソックソッ!!ヤッテヤル!!」

 

お互いのスケィスが武器をぶつける

スピードは充分だがパワーは互角か

 

「…春雨!!」

 

『ナン…ダ…!』

 

「春雨、今此処で全力で倒す!だから…だから!戻ったら!ウチに帰ろう!!」

 

『ソンナモノイラナイ!!私達ハ…世界ヲ…!』

 

「滅ぼす?そんな事はさせない…!あの時の話、春雨の本心だと思ってる!!春雨が世界を滅ぼしたいのかもしれない!もしかしたら違うかもしれない……!でもそんな事はどっちでも良い!春雨!私達は生きるんだ!」

 

『生キル…?』

 

「あの場所で生まれたことを私は呪った!!」

 

大きく、振り抜く、一撃、届いた

 

「私は何度も、味方を、仲間を……家族を失った!!春雨がなんであんな事をしたのかは知らない!だけど…今!再びチャンスがある今!春雨は…春雨は…生きなきゃいけないんだ!みんなの分も」

 

何度も、何度も連続で斬りつける

 

『私ハ今ヲ生キテイル!!私ハ私トシテ!生キテイル!』

 

「違う!力に全てを投げ出して…AIDAに呑まれた!それは春雨として生きていない…!」

 

岩人形のスケィスを、掴み、片手で締め上げる

 

「だから私は………駆逐棲姫!!お前を殺すしかない…!」

 

右手にデータでできた砲ができあがり、そこからエネルギー弾が放たれる

 

「……さようなら、駆逐棲姫」

 

着弾と同時に砲は形を変え、データを吸引し、スケィスごとAIDAを抜き取った

 

『……月ガ……月…が…綺麗」

 

「…おかえり、春雨」

 

スケィスを、AIDAをも抜き取られた春雨は

駆逐艦春雨となっていた

 

「……殺すんじゃ、なかったの…?」

 

「なんで殺さなきゃいけないの、悪い部分だけ、だよ、殺したのは」

 

「…甘いよ、川内…」

 

「立てる?」

 

「…うん…その改装、かっこいいね」

 

「ありがと、さ…提督!」

 

「そのうち迎えが来るだろ、お前はどうする?」

 

「…暴れたりないかなぁ?」

 

「…好きにしろ」

 

「やったぁぁぁ!待ちに待った夜戦だぁー!!」

 

「……うるっせ……」

 

今日くらいは、今日だけは許して欲しい

今の私は、誰にも負けないから

 

 

 

 

 

連合艦隊

駆逐艦 曙

 

「被害報告!」

 

「小破4!中破10!大破2!」

 

「燃料と弾薬は!」

 

「燃料はまだ余裕がありますが弾薬が僅か!魚雷は残りないです!」

 

「………」

 

退くしかない…

今は敵の攻撃が止んでる…

今なら逃げられる

 

『離島鎮守府連合艦隊へ告ぐ、こちら大本営作戦部』

 

「大本営!?」

 

「何、この通信どう言う事!?」

 

「………とりあえず、聞きましょう」

 

朝潮達の顔が曇った…つまり、そう言う事か

 

『君達の撤退は許されない、夜戦へと突入せよ』

 

通信が切れた

今の状態で夜戦に出ろ、と…?

これが大本営の指揮か…!

こんなものが離島鎮守府の真実か…!

 

「……此処で帰れば、司令官は受け入れてくれる、でしょう…」

 

「…おそらく、刑を受けるのは提督です」

 

みんなもう限界だ

私の仕事は何?私には何ができる?

 

できるだけ、誰も死なせない事

 

「第二艦隊第三艦隊にすぐ連絡を!」

 

「試みてます!」

 

「龍驤さん翔鶴さん千代田さん!ごめんなさい…前に出て飛行甲板を盾に…!」

 

「任せとけ…誰もお前を責めたりせんわ」

 

「そうそう、特に私はね」

 

「…もし沈んでも、私は帰って来れましたから」

 

なんでこんなに…心の痛む指示を私が出さなきゃいけないの…?

 

「第八駆逐隊!とにかく対潜の用意!爆雷の残りは!?」

 

「ありません…全部昼戦で使い切ってしまいました!」

 

「……どうしよう…」

 

おそらく潜水艦はまだいる…昼のように雷跡を撃ちまくることもできない

 

「第七駆逐隊!残弾は!?」

 

「……わずか…」

 

「…全員、こちらから攻撃は仕掛けません、必要のない砲撃は位置晒すことになります…照明弾は?」

 

「3発だけ…明石さんが持たせてくれました」

 

「…第三艦隊と通信できました!」

 

「装備を聞いて!第二艦隊は!?」

 

「第二艦隊残弾あるそうです!旗艦北上さん除き全員無傷!北上さんは阿武隈さんを庇って被弾し、一時撤退を余儀なくされたと…!」

 

「鎮守府に連絡して北上にバケツ被らせて!第二艦隊の阿武隈さんと連携して最低限の攻撃で敵を沈める方法をとります!」

 

「第三艦隊!補給用の弾薬を持ってるそうです!!」

 

「…どれくらい…?」

 

「戦艦2名分だと…」

 

「駆逐艦なら全員分には…なるかしら…」

 

「諦めるには、まだ早いですね…!」

 

「大本営なんかの思い通りに行くわけない…私たちの強さ、見せてやりましょう!!」

 

「「「「「「おーー!!!」」」」」」

 

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 大井

 

「居た!神通さん!」

 

「はい!提督!…と……その方は…?」

 

「…春雨です」

 

「川内が置いていった」

 

「姉さんは!?」

 

「…夜戦に大喜びして出ていっちまったよ」

 

「…え?」

 

「神通、川内はもう、強いぞ」

 

「…そうですか…!」

 

「提督、付近の敵は沈めた、急いで戻ろう」

 

「那珂か…そうだな、大井が殺意剥き出しにしてなきゃさっさと降りたいんだが」

 

「…酸素魚雷、くらいたいんですよね?」

 

「…しばらく此処にいるわ」

 

「どうでも良いから早く降りてきませんか?」

 

「…わかった…とりあえず、神通!那珂!川内は太平洋側に向かった!追従して敵を殲滅して来い!」

 

「「了解!」」

 

「大井!俺と春雨を連れて戻れるか!?」

 

「当たり前よ!なんのために此処まで来たと…!」

 

「じゃ、急ぐぞ!指示を出す!」

 

 

 

離島鎮守府

提督 倉持海斗

 

「………はぁ…」

 

なんでこうなったのだろう

大本営の狙いは…結局なんなんだ?

眼前にある4つの死体はどうしたらいいんだろう

 

「提督ぅ〜、諦めなよ…死んだものは死んだんだよ」

 

「…北上、この刺客は、何が目的だったのかも分かってないんだよ」

 

「ごめんね、ついついやっちゃった」

 

たまたま、帰ってきた北上が僕の所に報告に来たタイミングで…この人たちは現れた

運が悪く、銃を構えた時点で北上の手によって、殺されてしまった

なぜ自分が狙われるのか、と言われれば思い当たる節はあるにはあるのだが

 

執務室の電話のベルが鳴る

 

『すまんカイト!無事か!?』

 

「…うん」

 

『ならよかった!こっちで2人捕まえてる、後で来てくれ、口は割らせておくから!』

 

「ありがとう…」

 

どうやら少なくとも6人で僕を殺しに来たらしい

 

「提督、しばらく動かない方がいいかもねぇ」

 

「………北上、僕にはわからないよ」

 

「え?」

 

「…何故こんなことになったのか」

 

本当にわからなかった

覚悟はしたはずなのに、人の死はこんなにも心を揺さぶるのか

 

「……私にもわかんないかなぁ…でも、提督、怯えなくて良いよ、私が守ってあげるから」

 

「怯えてなんかないさ…いや…怯えるべきなんだろう……」

 

「…提督…?」

 

「……ごめん、北上…」

 

これから起こることへの謝罪

君達を裏切ることへの謝罪

 

「………」

 

「…僕は、彼らの気持ちがわからない、同じ人間なのに…」

 

どんな気持ちで僕を殺そうとしたのか

躊躇わなかったのか

 

「……提督…コイツらは外道だよ、どんな形をしてても、どんな理由があっても、人を殺そうとした時点で」

 

背後から、包むように抱きついてくれた

安心させるために…落ち着かせるために

 

「…北上、離れて」

 

それは…僕には勿体無い

僕には…その温もりはあっちゃいけない

 

「なんで…私が人を殺したから…?私に触れられたくないって言うなら…離れるけど」

 

「………この人たちが外道なら…僕は……なんなんだろう…」

 

「…提督…?」

 

「僕は…仲間を手にかけようとしてる」

 

「ふーん、私も?」

 

「…うん」

 

「こっち向いて」

 

言いなりになる

北上は僕の手を掴み、自分の首へとあてる

 

「…ほら、締め上げて、ここで殺してみて」

 

「……え…?」

 

「ほら、殺すんでしょ、あたし達を」

 

躊躇ってる

できない…僕に、この手に力を込めることは…できない

 

「何が足りないの?提督、何が足りないと思う?勇気?違う、そんなものは勇気じゃない…コイツらにはなかった、提督、コイツらには心がなかったの、提督は心があるから私が殺せない…わかる!?」

 

「あっちゃダメなんだ…僕に……心なんて…!」

 

「なんでダメなの?今までの時間を全部否定したい?違うよね、提督…わかるでしょ?みんな提督のこと大好きだよ?提督は私たちが嫌い?」

 

「……違うんだ…この世界は…近いうちに滅びる…だから…世界を作り直さなきゃいけない…!」

 

「……それは誰の為?」

 

「だれ…の…?」

 

わからなかった

自分はそうあるべきと言う考えの元に

自分はそうするべきと言う己の声のままに世界を再誕させようとした僕は…

果たして誰のために戦っているのだろう

 

「提督、自分のために生きよう?お願いだからさ」

 

「……北上…」

 

「提督はもう世界を救った勇者なんでしょ?次の世界を救う勇者に全部任せようよ」

 

「………」

 

僕は、任せてもいいのか?

セグメントとなったアウラ

まだ出てくる八相

この戦いを投げ出しはしない

だけどいずれ滅びるこの世界を、誰かに任せるのか?

 

「……そんなのダメだ…」

 

違う、ダメなんだ

世界が滅びたら、守りたいものも、大事な仲間も失うんだ

 

「絶対にダメなんだ…!」

 

失いたく無いんだ…

僕は、仲間を守るために戦うんだ

 

「…提督、目を見て、言って?誰のために戦うの?」

 

「キミや…僕の仲間のために…」

 

「わかった、それなら…大丈夫」



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勝利

軽巡洋艦 川内

 

「居た!敵本体…!行くよ…スケェェィス!!」

 

全身に赤い紋様が浮かび上がる

艤装の推進をきり、ついた勢いのまま水面を跳ね、飛び回る

 

明らかに自分にできない動きをしている

なのに体に負荷ひとつない

 

手には短刀が握られていた

スケィスの紋様と同じく、赤く発光していた

夜をかける瞬間はまるで本当に忍びにでもなった気分だった

 

またこんな気持ちで戦えるなんて

 

「…前方、空母3、戦艦7、重巡8、軽巡15、駆逐沢山!!」

 

勢いが切れかけたところで再び機関部を稼働させ、艤装の推進力で進む

 

距離はもうわずか、ならばもう気づかれてもいい

思いっきり音を立てて水面を蹴る

 

敵がこっちを見た瞬間から世界はスローモーションになった

熱を持った砲弾が闇を切り裂く

がむしゃらに、私を狙ったそれは私を捉えることなんてなくて

決して、私に当たることはなくて

 

「もう、遅い」

 

通り抜けるように、全てを切り裂いて

 

まるで私は、死神のように

 

 

 

 

連合艦隊

駆逐艦 曙

 

「……?敵の攻撃が…止んだ?」

 

「…どう言うことや…」

 

「照明弾、撃ちますか…?」

 

「撃って!左右に2発!別働隊がいるかもしれない!」

 

照明弾の照らした先には

たった1人、ゆらりと立っているだけの存在

 

「…あれは…川内さん…!」

 

「本当ねぇ…なんで…?」

 

「…ふぅっ!!よし!殲滅完了!!」

 

「…え?」

 

「足元!…あれ、全部敵の残骸…!」

 

「………あれだけの数を1人でやったの…!?」

 

…この人も、私たちと違う存在…

私が、焦がれて、やまない力

私は助けて欲しいんじゃない…助けたい

あんな力が、私にも欲しい…

 

「…曙?」

 

「……なんでもない、一言お礼を言って、帰りましょう…」

 

私の心は重くて、重くて…仕方なかった

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 神通

 

「…姉さん、ようやく見つけました」

 

「神通…よかったぁ…は、早く帰ろ!」

 

「……その姿は…?」

 

「改二!!そんな事どうでもいいから!」

 

「どうでも良くないです!改二は厳しいって…」

 

「いいから帰ろう!!早く!!」

 

「……あの、もしかして…まだ夜が怖い…とか?」

 

「………敵は沈めまくったけど、いつそっち側になるかなんてわからないしね…沈む感覚も味わっちゃったから……うん、冷静になるととことん怖いよ……」

 

「姉さん…わかりました、帰りましょう…」

 

もし、今砲を向ければ勝てるのでしょうか

今戦ったら勝てるのでしょうか

勝てないとわかっていても、つい最近まで私の後ろにいた存在が、こんなにも前を走っている

悔しい、というわけではないけど…

私は置いていかれてしまうのかという不安に潰されそうになる

 

「ほらほら!早く帰ろう!」

 

「わかりました」

 

負けられない

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

 

「夜明けを待たずして勝利宣言か、大本営も焦っているらしい」

 

「提督さん、どうするの?」

 

「…俺らの仕事は国の防衛だ、日本海側にネズミ一匹入れなければいい」

 

「了解、向こうは向こうに任せるのね?」

 

「……無責任に聴こえるか」

 

「いや、ウチじゃ手が足りないから仕方ないと思うよ」

 

「…民間人はそうは思わない、一度負けを味わったんだ、そして再び負けた、どうなるかまるでわからない」

 

「……批判は覚悟の上じゃないの?」

 

「危害が加えられるかもしれないのは、何よりお前達だ、気をつけろ」

 

「…わかってる…私たちは民間人には何があっても手は出さない」

 

「……違う、お前達自身が怪我をしないように気をつけろ」

 

「…さーんきゅっ」

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

提督 倉持海斗

 

「彼らは、これで満足したのかな」

 

「…海軍の制服を着てた以上、海に還って文句は言わないんじゃない?」

 

北上は港から死体を蹴り落とした、上着と階級章だけ回収はしていたが

全員頭を吹き飛ばされていたため、顔もわからないがこの二つが無事なら一応身元確認はできるかもしれない

 

「………状況は最悪、か…」

 

「うん…ごめん…思えば軽率だった、相手も軍人なんだから…殺したら立場悪いのこっちだよね」

 

「北上は悪くない、うまく立ち回れてない僕が悪いんだ」

 

「…提督は提督の仕事してるだけじゃん」

 

「……前線に立つことだってできた、僕はそれを捨て、後ろで待ってることを選んだ…悪いのは僕だ」

 

「………誰も責めないって」

 

「…2人のところに行こう、捕まえてる人たちから話を聞かないと」

 

 

 

「どう?何かわかった?」

 

「…奴さんが海軍の人間ってことくらいか?」

 

侵入者2人は目隠しをされ、木に縛り付けられていた

そして、白い軍服、同業者で…大佐と少佐の階級章

2人とも僕より階級は上か

 

「…海軍の制服…か、さっきの2人みたいに上から別の服を羽織ってる訳でもない」

 

「…拷問って規律違反なんだよなぁ、一応…」

 

「まあ、何をできるわけでもないんだがな」

 

「………つまり何もわからないってこと?アンタら大事なお友達殺されかけてんのに、やる気も何もない訳?」

 

「…悪いな、こういうのは上の判断を仰ぐのが…俺らの仕事だ」

 

「友達である以上に俺は仕事をするために来ている…」

 

「わかってる、僕は2人を責めるつもりは全くないから」

 

「…甘すぎ……舐めてんの?」

 

「何…?」

 

「邪魔、どいて」

 

北上は2人を押し退け、木に縛り付けられた人間に近づく

 

「おい」

 

明らかに怒気や殺意を孕んだ声

 

「女…?艦娘か!さっさと縄を解け!我々は大本営より派遣されている!こんなことをしてタダで済むと思うか!」

 

「わかったらさっさと解かんか!」

 

「うるさい」

 

北上は砲を人間が縛りつけられた木に放つ

バキバキと音を立てて枝葉が折れ、地面に落ちる

 

「おい!撃たれたのか!」

 

「いえ!私は撃たれておりません!!」

 

「黙れ、こっちの質問に答えろ、お前らは何しに来た」

 

「貴様いい加減にしろ!我々は…うぐっ…」

 

砲塔での殴打、鈍い音ともに血が人間の顔を伝う

 

「次は焼くから」

 

そういって人間の足元に向けて何度か砲を放つ

 

「ほら、さっさと話せっていってるじゃん」

 

「やめろ!やめんか!!」

 

「…はいアウトー」

 

「うぐっああぁぁぁ!」

 

局部に砲塔を押し付けられ、悶絶している

何度の熱があるかは想像できないが

 

「普段は体験する理由なんてないから知らないかもだけどさぁ…内側ってそこそこ熱いんだよねぇ…いい勉強になるよねぇ」

 

「やめろ!貴様その方は大佐だぞ!」

 

「んー?じゃあさっさと話してよっ!」

 

大佐と言われた方へ何度も殴打

鈍い音ともに発していた呻き声も段々と無くなる

 

「…死んだかなぁ?」

 

顎のあたりを砲塔で持ち上げて覗き込む

 

「これで5人殺しちゃった訳だし…もう1人くらい変わらないかなぁ」

 

「や、やめろ!やめてくれ!俺を殺せば情報は得られないんだろ!?」

 

「ほかにお仲間いるでしょ?別に良いよ」

 

「い、いない!居ないから助けてくれ!」

 

「……居ないのかぁ、じゃあ死んで良いや、大本営に直接問い合わせるし」

 

「わ、わかった!言う!後2部隊いる!山側と建物に分かれていて、建物に2部隊向かった!合計10人でここに来ている!」

 

「…最初に言え…」

 

そう言って地面に捨てられた拳銃を拾う

 

「悪い子にはお仕置きだから」

 

「ひっ!いっぐぁぁぁぁっ!」

 

両肩に3発ずつ、右足に2発撃ちこみ拳銃を捨てる

 

「痛い!痛い!」

 

「…はぁ……まだ居るのかぁ…だってさ、わかった?やる事やらなきゃいつ殺されるかわからないんだよ」

 

「……らしいな」

 

「…あの子とは仲良くしといた方がいいな、やっぱり気の強い女は怖い」

 

2人もなぜこんなに冷静でいられるのだろう

僕はもうこんなにも狂いそうだと言うのに

 

「…………」

 

「北上…」

 

「…んー…?」

 

「キミは…大丈夫なの…?」

 

「………常に私達は命を賭けて戦ってる……とったとられたなんて、今更なんだよ、提督…やらなきゃやられる…にしても……んー…」

 

この世界はこんなにも狂ってしまった

いつからだ?僕たちが戦ったあの日か?

アウラが生まれた瞬間か?

 

だけど、何であろうと僕も戦わなければならない…

何と戦えばいいのかすら見えないこの世界で

 

「………日の出だね」

 

「此処は目立つ、カイト、建物に入るぞ」

 

「俺たちが先に行く、ついて来い」

 

「…でも…」

 

「俺らの仕事だ、少なくとも来客の報せはないしな」

 

「…黙って友達が殺されるのを見てるほど、薄情ではない」

 

強い、心が強いんだ、2人とも

 

「わかった」

 

「多分山にもいるし、狙撃手がいるかなぁ…あ、繋がった、加賀?こっちに飛ばしてよ、艦載機…そう、山の方に回して、人を見たらとりあえず撃っていいから……うん、侵入者、殺してもいいからさ……いいからはやくやって」

 

また1人手を汚してしまうのか

僕が生きているせいで

 

「…そんな顔しちゃダメだよ、私が辛くなるからさ」

 

「………わかってる…ごめん」

 

僕はどこまで弱いんだ

 

 

 

連合艦隊 

駆逐艦 曙

 

「…どう言う意味ですか、それ」

 

「わかりません」

 

「………侵入者を殺せ、か……」

 

「気が重いですね、おそらく相手は人間でしょう…」

 

「……とりあえず、艦載機を飛ばします」

 

「ウチも飛ばすわ、まだ残っとるしな…2人はどうや?」

 

「…私は飛行甲板が…」

 

「私も…」

 

「まあ、せやな、あの中でよう盾になってくれたわ」

 

わからない…何故このタイミングで人間の侵入者…

いや、間違いようもなく狙いは提督

提督の何を狙っている?

命?力?

どこが動いた?大本営か?

それとも別の何か…

 

正直大本営が動くのはわからない

確かに私達は目障りかもしれないが、仕事はこなしている以上、理由を作ることはできないはず

ならば別の何か…誰だ?一体何が動いている?

 

「とにかく、急ぎましょう」

 

「…交戦の恐れがあります、輪形陣を複数組み、大破艦を囲いましょう」

 

「残念ながら大破の方が多いです…スピードも出ません…」

 

「…………」

 

怒鳴りつけたくなる

何もできないことに腹が立つ

 

「……あの夜戦はかなり被害が出ましたからね…」

 

「戦艦2人両翼に、高雄さんと摩耶さん右手側に、愛宕さんと鳥海さん左手側に展開、龍驤さん進路を艦載機で警戒開始、明石さんはデータ兵器運用の用意を」

 

「…曙…?」

 

「早く!!」

 

「随分荒れてるわね…」

 

「第七駆逐隊、先行して先に帰投、早急に鎮守府内の脅威を排除!」

 

「アンタは?アンタも第七駆逐隊でしょ」

 

「…私は全員を連れて変える義務があるの、アンタが行きなさい、曙」

 

「そう、ま、アタシたちはあんまり被弾してないし、良いんだけどさ」

 

『こちらイムヤ、回復しましたので鎮守府周りを警戒していましたが、船が接近しています!艦娘じゃない…人の乗るタイプです!』

 

「……沈めてください」

 

『えっ!?』

 

「アンタ…本気?」

 

「定期船かもしれませんよ?」

 

「このタイミングでそれはありません………いや、沈めるのは待っていいので…急ぎで第七駆逐隊、帰投しなさい」

 

「……ほんと暴走しないでよ」

 

「全員全速!急ぐわよ!」

 

「待ってぼのたんー!じゃ、じゃあ先に帰ってるんで!」

 

「…曙ちゃん…」

 

 

「……私たちも急ぎましょう…」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

駆逐艦 曙(青)

 

「……ねぇ、朧、船はどこ…?」

 

「まだ来てないのかも、急いで提督と合流しよ」

 

「……あ!あそこ…!」

 

「…………これ、生きてるの…?」

 

縛り付けられ、顔や体から血を流した2人の人間

 

「………ちょっと待って…!コイツ…!」

 

「…う…そ……」

 

「……うわぁ…」

 

「…見たくなかった…」

 

そのうちの1人は私たちの前の提督…

 

「………生きてるわ、いま肩が動いた…」

 

「…こっちの人は両肩を撃たれてる…この拳銃?誰が撃ったの…?」

 

『お、駆逐じゃ〜ん』

 

「北上さん!?どこですか?」

 

『今2階から見てる、そいつらをやったのはアタシだから、生きたいことあるなら後でね、まだまだ敵はいるし』

 

「………ちょっと待って、コイツ気がついてる」

 

「……目隠しくらい外しますか」

 

「そうね」

 

「………う…しお…?」

 

「お久しぶりです」

 

「…朧…漣……曙……お前達なのか…!俺を助けに………」

 

 

 

「……え、なんか勘違いしてますけど」

 

「…別にもう良いよ…特に義理もないし」

 

「……良いんじゃないかな?勘違いさせて」

 

「え?」

 

 

 

「提督」

 

「潮、早く縄を解いてくれ!」

 

「わかりました、ほら」

 

「ああ…助かった…本当に助かった…!」

 

「提督、私達実は大本営に指示を受けたスパイなんです、良ければお手伝いいたしますよ」

 

「お前達がか…!話は聞いている…今までご苦労だった、では…ここの指揮官の持つパソコンを奪い、さらには本人を捕縛、拷問にかけるように言われてる、パソコン自体は確保したが、まだ指揮官を捕まえられていない、お前達にはできるだけ早く捕まえてもらいたい」

 

「ちなみに何故そんな事を?」

 

「何でも、そのパソコンには世界ネットワークを支配するだけの力がある、だから早く捕まえろと…」

 

「そうですか、元提督、ありがとうございました」

 

「…朧?おい!朧、何をしている!」

 

「潮、そっち抑えて」

 

「わかってる」

 

「おい!お前達!一体何をしている!漣!曙!コイツらを何とかしろ!」

 

「……あの時ボーノを残してくれてたらこうはならなかったのになぁ…」

 

「良いんじゃない?どうせ負け続きでこんな作戦に態々自分から出向がないといけないほどのヘマやったんでしょ?」

 

「おい!お前達!」

 

「…いや、残念ながら昇進してるね…前より階級は上がってる、大佐だってさ…だから腕を買われて極秘裏にってとこ?何にせよ、関係ないけど」

 

「さて、曙、話は聞いたわね?」

 

『よーく、聞こえてた、私達全員』

 

「御愁傷様、元クソ提督、地獄に落ちなさい」

 

「何を言っている!おい!言う事を聞かなければ処刑だぞ!」

 

「………ここに来た時点でもうみんな死ぬ覚悟だったのよ、悪評は絶えなかったしね、だから私達はもうそんなの恐れてない」

 

「まあでも良いんじゃない?ここで両腕両足折るだけにしといても、ほら、何か話せば許してもらえるかもしれませんよ〜」

 

「くそっ!狂ってる!」

 

「…味方を拷問にかける作戦に乗ってる奴が何を言ってるんですか?」

 

「全くだね」

 

「……喋らないならいいわ、もう1人に聞くから」

 

「……わかった、言う、言うから助けてくれ」

 

「じゃあキリキリ吐きましょうか」

 

「…今日の正午に迎えの船が来る、その時我々が帰還できなければここにミサイル攻撃をすることになっている…!」

 

「それで?もうそれ聞いたしここを破棄して逃げればいいんだけど、他は?」

 

「……それだけだ…」

 

「配置とか知らないわけないですよねー、大佐殿?」

 

「南西の方向に狙撃手を配置する手筈になっている!!」

 

「聞こえたー?北上さまー」

 

『………あ、反射光、いたわ、ドーン』

 

「え?それ当たるの?」

 

『アタシハイパー北上様だよ?当たるに決まってるじゃん』

 

「マジパネェ」

 

「艦載機が到着しましたね、これでこの島の敵は殲滅できます」

 

「始末どうしよっか」

 

『海にでも沈めれば?』

 

「海軍人なら本望よね」

 

『いや、引き渡して、その迎えとやらに…こっちが無駄な殺しをするつもりがないって伝える為にも』

 

「…そうする?」

 

「どうせ戦果なしで帰れば碌な目には遭わないだろうし」

 

「まあそれでいいか」

 

「正式な通達も無しにこんなことしてるんだもん、悪いのは向こうだしね」

 

「…記憶改竄もしておく?」

 

「それはアリ」

 

「アオボノ、やっちゃえ」

 

「や、やめろ!やめてくれ!!」

 

「……あんなに高圧的でウザかったやつも、こうなるとゴミ同然ね」

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

「…提督、随分気にしてるみたいだね」

 

「…僕は君たちに人殺しをさせた」

 

「…………提督、深海棲艦って何か知ってる?」

 

「……それは…どう言う意味…」

 

「…翔鶴、青葉、摩耶、霰、山雲」

 

「…………まさか」

 

「提督、私達は味方を…仲間なのかもしれない相手を手にかけ続けてきた」

 

「そんな…」

 

「ねぇ、提督…私たちを何だと思う?」

 

「…………大切な…仲間だ」

 

「…でも、私は常に仲間かもしれない相手を殺してる」

 

「…違う」

 

「違くないよ、提督、私だって、外道なのかもしれない」

 

「…その指示を出してるのは僕だ」

 

「じゃあ私と提督は、同じだね」

 

「…僕と北上が…同じ…?」

 

「同じ、道を踏み外したもの同士」

 

「……そうなのかもしれないね」

 

「私も提督も同じなんだよ」

 

「………」

 

「提督」

 

「…北上、その話は…また今度だ、大本営に取り次ごう」

 

「…大本営に…?」

 

「僕らは、深海棲艦の侵攻を食い止めた、約束を果たさせる」

 

「…あの話、本気にしてたんだね、いいよ、今すぐ繋ぐ」



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宿毛湾泊地

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「……酷い有様、だね」

 

「んー、ここの復旧が私達の仕事か…」

 

「提督、これ見取り図です」

 

「………この部屋は?」

 

「保管庫らしいですが、もぬけの殻でした」

 

「……ゼロからの、スタートか」

 

僕たちの拠点は、今、この瞬間からここに成る

 

 

 

 

 

数日前

 

『作戦の成功、おめでとう』

 

「そんな事より、この鎮守府に多数の侵入者がいます、それも海軍の軍服を纏って、彼らについて何かご存知ですか?」

 

『全く知らん、侵入者などさっさと殺せ』

 

「……10名の侵入者のうち、2名だけ生捕りにしました、定期船に乗せ、本土で取り調べをしていただければと思います」

 

『良いだろう』

 

「そして、先の作戦の成功の暁には、我々は拠点を宿毛湾泊地に移す、と言う話でしたが」

 

『…確かにお前たちの戦果もあるだろう、許可する、2日待て、正式な書類は追って用意する』

 

 

異常なまでにうまく行った

だけど向こうとしても管理しやすいなどの利点が多いのだろう

だけどこれは、あの場所を放棄するチャンスだった

僕らが離れた彼処はきっと、また同じ形で運用されるのだろう

そしてそれは別の誰かの手によるもの

 

「みんな、できるだけ敵を引きつけるだけでいい、必要なものは先に移そう、彼処は完全に放棄することになる」

 

「…お墓はどうする?」

 

「前から思ってたんだ、あのお墓は、故人を偲ぶものであるけど、海から帰ってくる子もいる、それなら次の場所に何かシンボルを立てよう、お墓としてでも良いし、帰るための目印としてでも良いから」

 

「つまり、捨て置け…と?」

 

「……どうしても気になるなら、墓石を運ぶのは手伝うよ」

 

「まー、アタシは……良いかな、瑞鳳のことも、そろそろ割り切らないと」

 

「私は翔鶴が帰ってきましたから」

 

「みんな、帰ってくる事を信じてますから」

 

「………なら、最後に敬礼を」

 

 

 

 

 

「んー、この辺他にも灯台あるよねぇ」

 

「大丈夫、許可は取ってるよ、一応戦時下ってこともあって灯台の管理は軍だからね…」

 

「ならいいか、どでかいの建てちゃいましょ」

 

「明石、どう?」

 

「うーん、妖精さんと協力して行うつもりなので割と早く終わると思います、ほら、家具職人の妖精さんが」

 

「お、いるいる、いいねー、仕事早くて」

 

前から思ってたけど、僕には妖精は見えない

実際にいるらしいけど、果たしてそれってどう言う生物なんだろう

前にこっそり拓海に聞いてみたことがあるけど、「私にも見えない」と、「それを気取られないようにしておけ」と言われた

 

艦娘、妖精、調べることは多い

 

そしてそれを本人たちに頼むわけには行かないのだろう

 

「提督、これ、手紙です」

 

「……手紙?」

 

二通の手紙、一つは大本営から、一つは宛名も何もない手紙

とりあえず大本営のものを開けてみる

 

内容は何枚かに分けて簡単に綴られていたが、宿毛湾泊地への移動についてや、離島鎮守府に深海棲艦が押し寄せた事など

ここまでは予定通りだった

そして最後の一枚に、僕は膝をついた

 

「提督?」

 

「どうしたんですか…?大丈夫ですか?」

 

「………手紙に何か…待ってこれ…」

 

「火野拓海…って横須賀鎮守府の……」

 

「そうじゃない、提督の友達」

 

「………亡くなった…?」

 

拓海が死んだ、殺されたそうだ、明日の朝に全国ニュースになるらしい

何でも、反戦争派の人間に殺されたと、犯人は既に捕まえた、と

 

わかる、この手紙は違う、これは、大本営の手で行われているシナリオなんだと

 

「………提督、大丈夫…じゃないよね、ここは冷えるし、ほら、建物の中行こう」

 

僕は今までわかってなかったんだ、本当に仲間を失う悲しみ、苦しみ、痛み

彼女達を仲間だと口で言いながら、なんだと見ていた?

なぜ拓海の死と、こんなに違う

こんな感情が湧き上がるんだ……

僕は、何故…

 

「明石、アレある?」

 

「えっ……あ、はい」

 

首筋に痛みを感じて、僕の意識はそこで途切れた

 

 

 

重雷装巡洋艦 北上

 

「……別に誰も責めやしないって…私達より大事な仲間が死んで、そんな感情になるのを」

 

誰も文句は言わない、言えない、一言だって

 

「…とりあえず、医務室に寝かせましょうか」

 

「………最悪ですね」

 

「どうしたの?」

 

「横須賀鎮守府に居た艦娘ですが、戦意喪失の為に全員解体して、各地より招集、再編成するとのことです」

 

「……絶対提督の耳に入れないで」

 

「わかってます、こっちの手紙は?」

 

「開けよう、検閲しとこ」

 

「………これ、火野さんからのものです」

 

「…死を予感してたって事?唐突な殺しだったんじゃないの……?」

 

気づけば全員作業をやめ、集まっている

 

「待ってくださいね…頭が混乱する……どう言う事なのかわからないんですよね…あは…あはは…」

 

「……明石?」

 

「………」

 

「私が見るわ」

 

「曙さん……その…冷静になって見てくださいね…私もよくわからないので」

 

「…………なんだ…そう言う事だったのね…」

 

「…見せて」

 

その手紙には、いろいろなことが綴られていた

字は震えていたし、紙の変色は涙の跡なのか

謝罪や、感情の吐露、会ったことは数回しかないが…イメージが崩れるような、そんな感じだった

 

そして、何枚目だろう、私たちについての記述

 

『艦娘とは、AIだ』

 

「………は…?」

 

『いつ産まれたか、そこから探っていったが、結論から言おう、艦娘とはAIだ、基本的に二種類に分けられるのだが、まず誕生したのは2005年、この時の艦娘は機械だった、自分でモノを考えるシステムを宿した機械、そして数ヶ月後にはそれを人間に当て嵌め、人間にAIをインストールして作られたシステム…それが初期の艦娘だった』

 

非人道的な手段で作られた艦娘、それが私たちだったのか…?

 

『この艦娘は現在は淘汰され…正確には全滅しただけだ、2010年、第二次ネットワーククライシス…私たちが体験したあの事件、覚えていると思う…あの瞬間、偶然が起きてしまった、デジタルがリアライズした……AIが形を持ってしまったのだ…ネットから出てきたAI、それは無尽蔵に生み出すことのできるものだ、ただしネットに穴埋めとして色々なデータを送り込む、これが所謂建造、そしてその結果出てきたモノを軍事利用したのが艦娘だ』

 

つまり、私たちは、人間じゃない…?いや、私は2010年より前の記憶がある…第二次ネットワーククライシス…みなとみらいのことも覚えてる

 

「この中にみなとみらいの事件を、覚えてる子いる?明石は覚えてるよね」

 

「……その…私、記憶があります」

 

「天龍…本当に覚えてる?知ってるじゃなくて」

 

「………はい」

 

『艦娘の解体、改装についてだが、おそらくこれはネットへと還っている、失敗しても、解体してもな…ネットから取り出した存在なので、当然と言えば当然だろう、一般人に成るなどと言っていたがそれも嘘でしかない、改装の失敗して消える理由がネットに還る事というのも納得が行くはずだ、轟沈についても…恐らくは似たようなものだろう、前の記憶を引き継ぐものも居るのでな』

 

つまり天龍は解体とか改装の経験者?轟沈した事がある?

 

『君が気にしていた、艦娘について分かっている事はここまでだ…私の死後、おそらく指揮下の艦娘は皆消される……どうか、救ってやってほしい。君達の元にいた3名の駆逐艦と、大淀は現在逃亡を図っている、電は言うことを聞いてくれなかった、最期まで私のそばにいてくれるそうだ。可能であれば、皆を頼む、勝手な話だが、今となって漸く君の作戦に賛同する、そして今更掌を返す以上…私は最初の死者となろう』

 

3名の駆逐艦……響、暁、雷、そして、それと共に逃げた大淀

早く確保しなくてはならない

 

『夕暮れ竜の加護があらんことを』

 

この手紙を提督に見せて良いのかはわからない

AIだった、としたら?提督は私達をどう見る?

 

いや、私達を見放したりはしない

分かってる、信じてるから

 

「……一部の駆逐艦を除いて見ても良い…いや、全員見ようか……覚悟は決めなきゃだね…ちゃんと受け入れよ」

 

「…本当に?間違い無いんですか?」

 

「…わかんないよ、もう……何も」

 

でも、AIDAがこんなに順応してて、扱えるんだし…

納得?理解?近い何かはある

 

「………はははっ…」

 

誰かの渇いた笑い声

啜り泣く声も聞こえる

 

「…提督を寝かせたの間違いだったかな」

 

「……わかりません、でも…提督に拒絶されたら……私は立ち直れません」

 

「…自分の存在が揺らぐ事ってこんなに怖いんだね」

 

「そりゃ怖いでしょう……」

 

あー、そっか…先に私は気づいてたんだ…きっと

だから、私はこんなに依存してたのかな?

 

「……明石、薬ってどのくらい効くの?」

 

「……2時間ほどでしょうか」

 

「そう、2時間か…皆、覚悟決めようね、もし提督に何を言われても、恨まない、約束できる?」

 

皆何も言わない

私だってそう聞かれて答える勇気はない

 

「……金剛を旗艦に離島鎮守府跡地に向かって、多分あの3人が帰りたい、と思うならあそこだから、2時間で戻ってきて」

 

「無茶デース…やりますケード……」

 

「ほら、さっさと行って……」

 

頭が痛い

 

私たちは面と向かって拒絶される覚悟をする必要があるのだから

 

 

 

 

 

呉鎮守府 

提督 三崎亮

 

「…死んだ…だと?」

 

「提督…」

 

「……………クソッ…何も分かってない奴らに殺された…?本当に…?」

 

「……」

 

「ダメだ…納得いかねぇ…大井!何人か連れて横須賀に行ってこい!」

 

「無理です、あの戦いは昨日ですよ?みんな疲れ果てています」

 

「…なら俺が直接行く」

 

「今の状況で?自分も殺されたらどうするんですか」

 

「関係ねぇよ…俺はこんなの納得いかねぇ…!」

 

「失礼します、春雨です」

 

「……春雨?なんだ、用件をさっさと言ってくれ」

 

「艦娘が保護を求めてます」

 

「保護……?」

 

 

 

 

佐世保鎮守府

提督 渡会一詞

 

「ああ、しばらく帰れない……大丈夫だ、俺もそこまでヤワじゃない」

 

「…遥さん?」

 

「……そうだ」

 

「私達は大丈夫かなぁ…?」

 

「わからん、だが、近隣の方とは深く付き合って事は事実だ、しかしそれをよく思わない連中もいる」

 

「……私達は軍事力かぁ…」

 

「…………瑞鶴、いいか、俺が恐れてるのはこれにより事実を見逃す事だ」

 

「わっつはーぷーん?」

 

「俺は、火野拓海という男を詳しくは知らん、だが……これは民間人による殺しではないと思っている」

 

「何々?訳わかんないんだけど」

 

「………粛清だと考えてる」

 

「…殺したのは大本営…?」

 

「かもしれん…何か重大な事に首を突っ込んだ、だから消された……勘だがな」

 

「……勘って経験とかからくるって言うよね…で?なにかあった?」

 

「これだ」

 

「……何?その…壊れた機械みたいな奴」

 

「盗聴器だ、昨日、俺たちが出払った隙に仕掛けられていたらしい……」

 

「そんな…」

 

「…………瑞鶴、俺は提督を辞める」

 

「…そうだよね」

 

「俺は家族を守らなければならない立場だ…万が一があれば、俺は…」

 

「うん、でも……多分もう遅い…」

 

「分かってるつもりだ、守るものがある奴は…こう言う時とことん弱い…間に合うかどうかは、賭けだ」

 

「………間に合うと良いね」

 

「…そうだな」



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奪い合い

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「…お前は確か…」

 

「はい、軽巡大淀です」

 

「…そう言う意味じゃない」

 

「…私は横須賀鎮守府、火野拓海提督の秘書艦です」

 

「やっぱりか…何をしにきた」

 

「…共に大本営を打ち倒していただきたいのです」

 

「………誤報じゃねぇんだな」

 

「はい、間違いようもなく、提督は殺されました」

 

「…そうか」

 

「それも大本営の手によって」

 

「………そうか」

 

「どうですか?受け入れていただけますでしょうか」

 

「……」

 

再び復讐のために、俺は戦っても良いのか?

次は自身の手で戦うわけではない…戦うのは艦娘、傷つくのは仲間だ

 

「そうですか、わかりました」

 

「おい、俺はまだ…」

 

「………私には未来が視えます」

 

「……紋様…!」

 

最後まで聞く必要はなかった、こいつは碑文使いに成っている

 

「そういう事です、といっても…少し先までですけど」

 

こちらに向き直ってそういう

 

「最後に私はこう言われました…これからは碑文の奪い合いになると」

 

「奪い合いだと?」

 

「深海棲艦は既に第二相…惑乱の蜃気楼イニス、第五相…策謀家ゴレ、第六相…誘惑の恋人マハこの三体を手にしています」

 

「…だがスケィスは俺の手中にある、フィドヘルもお前が持っている」

 

「新旧の八相はわかたれています、あなたのスケィスと、過去のスケィスが戦ったように、古い碑文は全てあちら側にある」

 

「………戦力は向こうが上だと?」

 

「そうなります、勝つつもりなら全力で碑文を集めてください」

 

どこか腑に落ちないが、致し方ない

 

「それと、近いうちに葬儀があるそうです」

 

「葬儀だと?」

 

「………何事もなく、終わってほしいものですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「…ぅ……」

 

「お、起きた起きた、丁度よかった」

 

「……北上?」

 

「大本営の人が来てるよ、応対できる?」

 

「……わかった」

 

 

 

「ここに暁をはじめとした駆逐艦が来ているのではないか?」

 

いきなり何を言い出すんだと思えば

何故そんなことを聞くのかすらわからない

 

「いいえ、そんな話は聞いていません」

 

「この泊地を改めても構わないか」

 

「どうぞ、と言っても…我々もつい先程到着したばかりですが」

 

そういえばついさっき目が覚めたところだからか、まだ体が重い

なんで寝てたんだったかな

 

「この部屋は?」

 

「えーと……どうやら保管庫らしいです」

 

「保管庫か…ん?鍵がかかっているな…鍵は?」

 

「預かってません」

 

でも確か…もぬけの殻だって聞いてたけど

 

「提督!提督!!」

 

「摩耶?だ、どうしたの、そんなに慌てて」

 

「暁達だ!暁達が!」

 

それを聞くや否や大本営の職員は慌てて外へと走っていった

ああ、この人たちが探している駆逐艦とはあの子たちだったのか

僕も急いで外に出る

みんなが何かを囲んでいた、啜り泣いている子も居た

 

「…提督、これ」

 

「…艤装…?…まさか…」

 

「暁ちゃん、響ちゃん、雷ちゃん…3人分の艤装です」

 

「…この破損状況、空いた穴などから、戦艦クラスの敵と会敵、沈んだものと…」

 

「………そんな…馬鹿な…拓海は何を…」

 

そこまで言って思い出す、彼は死んだのだ、そしてこの子達も…同様に

 

「…………嘘だ…嘘だ…」

 

ただ目の前が真っ暗になってしまった

隣で事務的な会話が聞こえる、どうやら大本営の職員はこの話を記録しているらしい

なんでだ?なんでこんな事になった?

 

「提督、大本営の人帰ったよ」

 

「…もう日が沈みかけてる、流石にもう良いでしょ」

 

「提督ー?」

 

彼女らはケロッとした様子で声をかけてくる

僕はなんと返せば良いのだろうか

 

「…ああ、そんなにショックだった?」

 

「当たり前だよ…4人も大切な仲間を…」

 

「………ごめん、提督、3人は無事…暁、雷、響の3人は無事だよ」

 

「え?」

 

「大本営が追ってることは知ってたからね、資材保管庫に詰め込んで、鍵かけた」

 

「でもボロボロでしたから、今はドックに移動してもらってます」

 

「………じゃあ」

 

「生きてるよ」

 

ああ、本当に良かった

 

「…提督、なんで泣けるの?私達人間じゃないんだよ?」

 

「死んでも代わりが効くのになんで泣けるんだ…?」

 

そう訊く彼女達の顔色は暗かった

不安や恐れが感じられる程に

 

「代わりなんて居ない、それは君たちもよく分かってるはずだよ」

 

「……提督、例えば、まだ目を覚まさない青葉は?」

 

明石の暴走の際に、背中を焼かれた青葉は未だに目を覚ましていない

だからなんだというのだろう

 

「…解体しようとは思わないの?」

 

この子達は何を言っているんだろう、本当に意味がわからない

 

「………仲間だよ…?」

 

「わかってる、私たちが気にしてるのはそんな事じゃなくて…」

 

「…青葉はいつか目を覚ます、それじゃダメなの?」

 

「…提督、私たちが言いたいのはそういうことじゃないんです」

 

「………これ、横須賀の提督からの手紙…私たちみんな見ちゃったけど…」

 

「拓海から…?」

 

おそらく彼が最後に綴ったであろう手紙

彼は最後にどんなことを思い、どんな言葉を残したのか

 

まず目に入るのは、謝罪の言葉だった

僕は、自分のほしい言葉を探してしまった

 

そして見つけた

 

『どうか、救ってやってほしい』

 

「やっぱりそうだ……君は優しいんだ…」

 

「…提督?」

 

「……今声かけちゃダメだよ」

 

「…いや、もう読み終わった、大丈夫だよ」

 

「……私たちがAI、人工知能かもしれない…それを聞いて何も思わないの?」

 

「え…?…この手紙を読んでどう思った?」

 

「どうって…いや、衝撃ばっかだけど…」

 

「……聞き方が悪かったかな…この手紙を書いた火野拓海は、艦娘についてどう思ってると思う?」

 

「…大切にしてると思います」

 

「そうだね…少なくとも、私たちを軽んじたりしてない人なのはよくわかるよ」

 

「死の間際まで…私たちを大事にしてるんだなっていうのはわかりました」

 

「拓海は………いや、火野提督は、一人でこれを調べ、知り、その上でこの手紙を残している…君達がAIかもしれない、だから僕は君たちと接する態度を変えると思う?」

 

「………みんな不安なんだよ」

 

「だとしたら、間違ってる、それに僕はAIの友達もいたしね」

 

「へぇ…AIと友達になれるの?」

 

「うん、まあ…なんにせよ、AIかもしれないとか、そんな事どうでも良いんだよ、君たちが大事な仲間であることは間違い無いんだから」

 

「……よかったです、そう言ってくれて」

 

「本当にねー」

 

「…ごめんね、不安にさせて」

 

「提督は何も悪いことしてないじゃないですか」

 

「こういう時謝るの悪い癖だよ〜」

 

「そうかもね」

 

 

 

 

 

The・World

フリューゲル

 

「なぁ、曽我部はん、態々こっちで会う必要あるんか?」

 

「流石にリアルで会うのはリスキーですからねぇ…特に、このお方が」

 

「うるっせえな、リュージ、お前は私に逆らわないって話だろ?」

 

「あー、はいはい、ウーラニア様の言う通りってことで」

 

「…で?これからどうするんや?」

 

「徳岡純一郎に、協力を求めます」

 

「国の軍人やろ?手を貸してくれるんかね」

 

「……それはアメリカの力にかかってます」

 

「だってよ、クサレ」

 

「クサメやねんけどなぁ…はぁ…アタリキッツイなぁ…」

 

「頼むから仲良くしてくれませんかねぇ…?」

 

「ん?誰だよオープンチャットで騒いでる輩は…こっちまで流れてくるじゃねぇか」

 

「……文面が子供っぽいな、気づいてないのかもしれない」

 

「ああ、あの子らやね…ほんまに子供っぽいキャラやな…」

 

 

『あーもー!最近針の筵で辛いにゃしぃ!』

 

『しょうがないのは分かってるんだけど…』

 

『白露ちゃん…もう諦めたほうがいい気がするにゃ』

 

『今止めるのはいっちばん無駄だから嫌!』

 

『……はぁ…そもそも睦月達が島風ちゃんに変な言いがかり付けたのが悪かったんだけど…もー…やだ…』

 

『みんなも仲間外れにすることないよ…』

 

『…………睦月達がやろうとしたことをそのままやられてるだけだし…というかそろそろ素直に謝りたいにゃしぃ…』

 

『今謝ったら全部水の泡だよ!?ダメなものはダメ!』

 

『…本当にやるつもり…?』

 

『当たり前!ここでやらなきゃ一番艦の名が廃る!』

 

 

 

「…あの子達艦娘だな」

 

「カンムス…?ああ、日本独自の軍事力ってやつやね」

 

「いや、案外人間味があるもんだぜ?」

 

「ウーラニアは詳しいのか」

 

「まあな、知り合いがいる」

 

「……なんで兵器がゲームしとるんや、って言っていいんかな」

 

「…その考え方は改めたほうがいいですよ、彼女らは人間だ」

 

「……艦娘ってのは簡単に人を殺せる…その時点で武器と変わらん…」

 

「それはアメリカの意見か?テメー個人の意見か?」

 

「…ワタシ個人の意見やね、なんせ…船が意思もって喋ってるなんて、理解できんわ」

 

「…やっぱお前は好きになれねぇな」

 

「…でも、これからそれと協力する事になる相手です」

 

「…頭痛いわ」

 

「さて、あのまま個人情報垂れ流してる子供を放置するわけにはいかないよねぇ」

 

「へっ、気色悪ぃ」

 

「えーと、なんで送ってやろうかな…あぁ、これでいいや」

 

『お喋りは全体チャットじゃなくてパーティーチャットで!』

 

「そのまんまやね」

 

「まあ良いんじゃね?近けりゃ声も聞こえるから、ログを眺めない奴も多いしな」

 

『にゃしぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!』

 

『いっちばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!?』

 

「…あ、スパムで蹴られた」

 

「驚きのあまり叫んで、ってとこやろうな」

 

「……クッ…くっだんねぇ…ククッ…」

 

「さて、クサメさん、3時間後に舞鶴で、アポは取っておきます」

 

「頼んだわ、じゃあ3時間後な」

 

 

 

 

京都 舞鶴

曽我部隆二

 

「ああ、お待ちしてました」

 

「遅れてしもたかな」

 

「いや、時間より早い、お互いデートの相手を待たせたくないらしいですね」

 

「ええこっちゃ、さ、いきましょか」

 

「デイビットさん、できるだけ個人の感情は抜きでお願いします」

 

「…正直な話、心配はいらんよ」

 

「何がかは聞きませんけどね…ああ、ちょうどいい、ごめん、そこのお嬢さん、ちょっと良いかな?」

 

「ぽい?」

 

 

 

 

「……せめてアポくらいとって欲しいもんだなぁ…」

 

「いや、失礼、忘れてました」

 

「…曽我部はん、3時間前にアポ取る言うとったんはどこ言ったんや…」

 

「いやー、あはは、飴ちゃん舐めますぅ?」

 

「…お前さんよくこいつと組めるな」

 

「ちょっと考え直そうかおもてるとこですわ」

 

「ま、それよりせっかくだ、2人とも自己紹介くらいしたらどうです?」

 

「徳岡さんについてはよーく調べさせてもらっとるから結構、ワタシはNAB、アメリカのネットワーク管理局のデビット・ステインバーグと申します、よろしゅう」

 

「そりゃどうも、NABねぇ…うちのガキどもは確かにネトゲばっかしてるけど、なんかやらかすほどアホじゃねぇぞ」

 

「…ウチが来させていただいたんわ、腕輪についてですわ」

 

「…残念ながら腕輪は持ってねぇよ」

 

「そりゃそうだ、そんなのが本土にあるなんて事になったらどうなるか」

 

「簡単に言えば、手に入れるのを手伝って欲しいんです」

 

「はぁ?……くっだんねぇ、なんで俺らが…おーい!コーヒーまだか!?」

 

「五月雨がひっくり返して掃除中だよ!」

 

「………くそっ…吸っても良いか?」

 

「ハバナですか、私はやらないのですが、そんなに良いものなんですか?」

 

「…ま、気が紛れる」

 

「ワタシも吸わせて貰いますわ」

 

「…大人しく飴ちゃんでも舐めるかぁ…」

 

「チッ、ずいぶんシュールな光景だな、葉巻にタバコに棒付きキャンディ、」

 

「健康に良いですよ?如何です?」

 

「…それより、本題を話してくれ」

 

「…私達は、世界の保全を目的としています、深海棲艦とかその辺は置いておいて、腕輪があることを知っているのはアメリカと日本だけ、アメリカの方も腕輪を要求し始める始末…まあ、腕輪を手にした所がネットワークの総支配権を得るのですから仕方ない」

 

「………」

 

「…腕輪を解析したいんです、データドレインをも防ぐ力がないと、世界は保てない」

 

「……悪いが協力はできない」

 

「まあ、そんな気はしてました」

 

「…無駄足かいな」

 

「…さて、ついでに確認ですが、火野拓海のことは聞いてますか?」

 

「…どういう意味だ?」

 

「………なるほど、来てよかった、いや、本当に良かった」

 

「なんだいきなり」

 

「…徳岡さん、あなた殺されますよ、大本営に」

 

「…なんだ、いきなり」

 

「………デビットさん以外に私は2人の協力者がいました、CC社、そして大本営とね」

 

「……それで?」

 

「大本営、っていうか、まあ、艦娘などの情報が欲しかったので、私は火野さんと懇意にさせていただいていました…昨日殺されましたが」

 

「ころっ…死んだぁ!?」

 

「ええ、まず大本営の仕業とみて良い」

 

「………なんでだ」

 

「彼の行動は目に余ったのでしょう、例えば…ここの盗聴器などの位置を事細かに伝えたりとか」

 

「……」

 

「彼からは色々聞いています、そして昨日、報告書を受け取る前に殺されてしまった…」

 

「失礼します!飲み物お持ちしましたー!」

 

「………置いといてくれ」

 

「可愛らしいお嬢さんやね…この子らもカンムス…か」

 

「見る目は変わりましたか?」

 

「……生憎独身やからね」

 

「俺はまだ話があるから、みんなで遊んでてくれ、いいな?ほら、早く行け」

 

「懐かれてるんですね」

 

「……娘みたいなもんだ」

 

「……」

 

「で、俺を殺す?大本営が?なんのために」

 

「…協力的でないものは粛清する、という事でしょう」

 

「だとしたら俺の娘を使って脅すだろうな」

 

「その手が取れない…としたら?」

 

「…何だと?」

 

「娘さんですが、今アメリカに居ます、ご存知でしたか?」

 

「………流石に知らなかったな、アイツは…今アメリカに…」

 

「…だから、脅しに使うのは難しい…となると、消してしまう方が早い」

 

「なるほどな…チッ、CC社みてぇなやり口だ」

 

「CC社…?ああ、そう言えば昔CC社に勤めてましたね」

 

「……俺は余計な事に首突っ込んで、クビだけどな、こっちのクビ」

 

「ええ、わかってます…CC社みたい…か」

 

「……なんだ?CC社が一枚噛んでるってか?」

 

「………何となく、納得した気がしました、その線で追ってみてもいいかも知れない」

 

「んな事よりだ、何だ?俺には大人しく死ねって話をしにきたのか?」

 

「とんでもない、私たちに協力してくれるなら…殺さないようにして見せます、という話ですよ」

 

「…どういう事だ?」

 

「NABは常に優秀な人材を求めとります、貴方をアドバイザーとして迎え入れる、すると大本営は手を出し辛くなる、下手に提督の仕事を解任しても不味いやろうなぁ、なんせアメリカでは大々的にNABの宣伝に使われるんやから」

 

「………で?俺の仕事は?」

 

「話が早くて結構、簡単に言えば…死なんことやな、今はカードが欲しいだけや」

 

「ま、そういう事です」

 

「…ここのガキどもに被害が出るような話は却下だからな」

 

「………あかんわ曽我部はん、自分の末路見てるみたいやわ…」

 

「ああ、やっぱり?情が湧くタイプでしたか」

 

「…まあ、そりゃ湧くやろ、人間やねんから」

 

「とりあえず、早いとこ話を進めてくれると助かる」

 

「ボディーガードは足りてるんとちゃいますか?」

 

「……アイツらはそういう役割じゃねぇ」

 

「…本気で、こんな託児所で終わるつもりですか徳岡はん、ウチに来るんやったらもっとええ椅子用意できる」

 

「…馬鹿にしてんのか?」

 

「……失礼しました、でもアンタが欲しいのはホンマです、その腕を腐らせるには勿体無い」

 

「俺はここに骨を埋める覚悟できてるんだよ、託児所?上等じゃねぇか」

 

「おー、カッコいいですねぇ」

 

「茶化すなよ…そういう話じゃねぇんだから」

 

「徳岡さん、あなたにはこれから仕事が出てくるはずです、それまで生き延びていただきたい」

 

「……へいへい、わかりましたよ」

 

 

 

「話がまとまってよかった」

 

「…よし、ウチの本部に問い合わせましたけど、無事許可させたみたいですわ…その代わり、女帝には全部筒抜けやろなぁ…」

 

「大本営とCC社の繋がり、調べてみる価値はあるか…」

 

ガッシャーンパリーン

 

「…何の音や?」

 

「ちょっと見ていきましょうか」

 

 

 

「うえぇ…べとべとにゃしぃ…」

 

「睦月ちゃん、もう諦めましょ…素直に謝りましょ…」

 

「それさっき提案した時蹴ったのは白露ちゃんにゃしぃ!」

 

「うぅ…こんなにお菓子作りが難しいなんて思わなかったもん…」

 

「というか素人2人がレシピ本頼りでやってるのがおかしい気がする、誰かの力を借りよう」

 

「…みんな私たちの話なんて聞いてくれないわよ…」

 

 

 

「ネットで会った子供ですね」

 

「偶然ってあるんやなぁ…」

 

「…ま、なんだ、強く生きて欲しいですね」

 

「全くやな」

 

 

 

 

 

 

「にゃしぃぃぃぃぃ!」

 

「いっちばぁぁぁぁぁん!」

 

「ようやくできたにゃしぃ…」

 

「いっちばぁん…」

 

「………」

 

「………」

 

「これで、島風ちゃんに謝れるね」

 

「…うん、やっと歓迎会もできるね…」

 

「ご飯は買ってこようか」

 

「そうだね…ケーキは冷やしとこう…」

 

「提督に御礼も言っておくのね」

 

「よーし、やる事いっぱい…つかれた」

 

「…ふふっ…でも楽しい!」

 

「……仲直りできるかなぁ…」

 

「多分大丈夫!………だと思う」

 

「よーし、こういう時はお寿司にゃしぃ!」

 

「お寿司!お寿司!いっちばんちかいのは何処かな?」

 

「えーと、睦月達のお小遣いだと…足りない!!」

 

「提督にお金もらおう!」

 

 

 

「あ?寿司代…?この間焼肉に行ったばっかりだろ…」

 

「ちーがーうのー!」

 

「島風ちゃんの歓迎会+私たちの謝罪会見!」

 

「お、ケーキできたのか、良くやったぞー、偉い偉い」

 

「そういうことにゃ!」

 

「んー、まあ寿司代くらい別にいいんだけどな、宅配もあるし宅配してもらうか?」

 

「取りに行くから大丈夫!」

 

「そうか、わかった、気をつけろよ」

 

「はーい!」

 

 

 

 

 

「うーん、結局配達してもらってしまった…」

 

「明らかに2人で持てる量じゃなかったにゃしぃ…」

 

「………ま、いいかー!」

 

「いいかー!…あれ?」

 

「睦月ちゃんどうかした?」

 

「なんか前から変な人…ぎゃっ」

 

「睦月ちゃん!?あ、貴方誰!?」

 

「………ごめん、ちょっと眠ってて」

 

「ぐぬっ………うっ…」

 

「よし、急ぎましょう」

 

 

 

 

 

提督 徳岡純一郎

 

「んー、遅いな…」

 

「提督さん、お腹減ったっぽい……」

 

「そうは言っても…白露も睦月もまだ帰ってこないんだ、もう少し待て」

 

「………あの2人は悪い子っぽい、サンタが来ない子は知らないっぽい」

 

「夕立、サンタは…」

 

「時雨、ストップ」

 

「………」

 

「確かに心配ですね、宅配のお寿司だけ届いて本人は帰ってこない…」

 

「事故にでもあったのかもしれん……悪いが少し外に出てくる、何かあったらすぐ連絡してくれ」

 

「…良いのかい?態々提督が行く必要はないよ?」

 

「………ま、アイツらも努力家だからな」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 夕張

 

「…どう?」

 

「思ったより持ってます、よかった…これで今日は何とか食いつなげる…」

 

「………グスッ…」

 

「泣かないで、仕方ないのよ…仕方ない…」

 

「………どうするんですか、これから」

 

「…せめて電がいればなぁ…あの子はなんだかんだで顔が広いし、離島鎮守府にでも逃げられたかもしれないのに」

 

「あそこなんてすぐに手が回るわよ…暁達、大丈夫かしら…」

 

「大淀さんがついてるはずだけれど…」

 

「………情けない…もう嫌です…」

 

「青葉、泣かないで…お願いだから…」

 

「…何で私達は駆逐艦の子からお金を盗んでるんですか、私達はどうせ…」

 

「艤装を使って逃げれば探知されるかもしれない、陸路しかないのよ………これからどうするにしてもね…」

 

「国外に出られれば話は早いけど」

 

「………全部大本営が悪いのよ…提督を殺して、私たちを解体なんて…信じられない…!」

 

「…ガサ…」

 

「………解体って、本当に死んじゃうのかなぁ……一般人になるだけじゃないの…?」

 

「提督が言うには違うらしいわ、だから私達は……」

 

「………ぅ…」

 

「目が覚めそうね…どうする?」

 

「……いくら何でもこんなところに放置できないし…」

 

「事情を話しても捕まる可能性が高いです…せっかくタクシーを乗り継いでここまで来たのに…」

 

「…どのみち逃げ場はないわ……匿ってくれるアテもない以上ね」

 

「………これだけあれば沖縄まで行けるかしら」

 

「…艤装は置いてきたし、沖縄から逃げることもできないわ」

 

 

「おーい!白露!睦月!」

 

 

「誰かがこの子達を探してる…ちょうど良いわね」

 

「うん、利用させてもらおう」

 

 

 

 

提督 徳岡純一郎

 

ガサッガサガサッ

 

「ん?」

 

ニャシィ…

 

「睦月か!?」

 

「………ぅぐ…司令官殿…」

 

「睦月!白露!何があった!」

 

「…背後から何かされたような…」

 

「なんだと…?白露!白露!起きろ!頼む!」

 

「………いっちばぁん…」

 

「……寝てるだけ…?」

 

「………なんだ……クソ、ビビらせやがって…」

 

「…心配してくれたの…?」

 

「………当たり前だ、娘が帰って来ないんだからな」

 

「……」

 

「睦月?どうした?」

 

「…何だか心がすっごくポカポカします!睦月、感激!」

 

「………はっ、ここは1番!?私は2番!?」

 

「ああ、白露、おきたか」

 

「…提督!?というかどういう状況!?」

 

「襲われたらしいな、というか、お前ら怪我はないか?何処か痛いところは?」

 

「………ない?かな?」

 

「…な、な、ない…!さ、財布が無い!」

 

「んだと!?……くそっ、金目当ての強盗か…?何にせよこんなガキを狙う必要ねぇだろ……!」

 

「………ごめんなさい」

 

「何でお前が謝るんだ」

 

「…だって私たち艦娘なのに…」

 

「………はぁ、そんなこと気にしてどうするんだ?それより、さっさと帰らないとお前らの分の飯が食われちまうぞ」

 

「…ぅげ…」

 

「夕立ちゃんは良く食べるからにゃ〜」

 

「…さ、帰るぞ」

 

 

「…ごめんなさい」

 

 

「ん?」

 

「提督、どうかした?」

 

「いや、気のせいだろ…多分」

 

 

 

 

 

 

「ただいまー!」

 

「ようやくご飯が食べられる…」

 

「お寿司お寿司!早く!お寿司!」

 

「よーし、飯!の前にだ…白露!睦月!」

 

「「はい!!」」

 

「また何かあるの?」

 

「…島風ちゃん、大丈夫だからね?」

 

「うん、私見てたから大丈夫」

 

「「島風ちゃん、ごめんなさい!」」

 

「睦月達は勝手に勘違いして島風ちゃんに嫌な思いをさせました!」

 

「だからお詫びに、ケーキを作りました!今日は、ごめんなさいと、これから仲良くしてって気持ちを込めて、頑張って用意しました!」

 

「だってさ、島風、どうだ?」

 

「うん、ありがとう…これからよろしくね!」

 

「…やった!」

 

「頑張った甲斐あったね!」

 

「よし、じゃあ改めて、飯にするぞ」

 

「「「「いっただっきまーす!」」」」



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逃亡者

軽巡洋艦 夕張

 

「んー……夜に紛れて行動するのは得策とは言えないかな、タクシーとかを調べる数が減るし、そうなると向こうがやりやすいでしょ?」

 

「じゃあどうしよう…」

 

「ロータリーの監視カメラがないところを選んでタクシー乗り場に行きましょう、1人がそれでタクシーを拾って、後で合流、そこから3人で乗りましょ」

 

 

 

 

「そうこう言ってる間に四国ねぇ…」

 

「みた?離島鎮守府の記事」

 

「………とうとうあそこも落ちた、か」

 

「嫌な話よね」

 

「……ダメだ、お腹減って死にそう」

 

「まだ一日も空けてないわよ」

 

「…でも喉は乾いたかな…」

 

「………水分補給はしたい…」

 

「……はぁ…どうする?この辺りなら宿毛湾泊地があるけど、そこで適当に艦娘を捕まえる?」

 

「そうだね……流石に一般人はダメだし…」

 

「艦娘もアウトだけどね」

 

「………さて、多分目標地点まで後2時間は歩くわよ」

 

「……ごめん、やっぱやめとかない?」

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「………ぁ…司令官…」

 

「おはよう、暁」

 

「…し、司令官…本物なの…?本物の司令官なの……?」

 

「……おいで」

 

「うん…よかった…また会えた……」

 

「怖かったね…もう大丈夫だから…」

 

「………あれ?雷と響は…?」

 

「2人はもう起きてる、みんなのところに行ってるよ」

 

「…よかった…」

 

「……暁、冷静に聞いて欲しいんだ」

 

「…私達は追われてるのよね…」

 

「………うん、だから君たちの自由はあまり無い、でも君たちを追い出したりはしないからね」

 

「…本当に良いの?」

 

「仲間じゃ無いか、何も気にしなくて良いよ」

 

「…司令官…」

 

「電の事だね」

 

「…うん」

 

「2人から聞いてる、ただ、どうなったかはわからない……」

 

「……助けたいの…だから行かなきゃ……暁はお姉ちゃんだし…」

 

「………暁、君は強いね」

 

「…立派なレディだから……」

 

「でも、君に万が一があれば響も、雷も悲しむ…電のことは…何も保証できないけど、僕らに任せて欲しい」

 

「どうするの…?」

 

「………まずは情報を集める、正直な話、望み薄だとは思うけど」

 

「…生きてる…のよね…?」

 

「……答えるのは難しいかな…何を言っても、気休めにもならないと思う」

 

「………そうね、ありがと、司令官」

 

 

 

 

「君たち3人について何だけど…鎮守府の建物から出ることはできない、基本地下の保管庫を居住区として欲しい……無理を言ってるのはわかってるんだけど…難しいんだ、それ以上となると」

 

「…わかってるさ」

 

「受け入れてくれただけでも十分すぎるわよ!」

 

「…そうよ、私たちを受け入れることはリスクでしか無い…司令官、本当に良いの?」

 

「良いんだ、君たちは僕の仲間で…何より、友達に頼まれたからね」

 

「………火野提督は、短い期間とは言え、よくしてくれたよ」

 

「寂しい思いはなかったわ、みんなといた時ほどじゃ無いけれど」

 

「…そっか」

 

「司令官、私たちを気にしてくれてありがとう…でも、ひどい顔してるわよ?」

 

「…いろいろあるからね」

 

「もう少しゆっくりしても良いのよ?お仕事なら手伝うから」

 

「暁も少しくらいならできるし!」

 

   

 

 

 

軽巡洋艦 夕張

 

「………はぁ…ついた」

 

「まだ見えるってだけじゃないですか…うぅ…門を叩いて入れてくれたらどんなに良いか……」

 

「…はぁ…嫌なものね…とりあえず少し休む?」

 

「そうね…あー、もう無人販売所のみかん持ってくればよかった」

 

「それは犯罪、にしても……ダメ、寒いわ…」

 

「…固まって休みもう…青葉なんてすっかり凍えてるわね…」

 

「………大丈夫…大丈夫です…」

 

「そんなに歯をガチガチいわせて大丈夫なわけないでしょ…コートくらい持ってくる時間欲しかったわ…着の身着のままで出てきたし…」

 

「………あぁ…泣きそう」

 

「……もしかしてガサも思った…?そうよね…国防の要が盗みなんて情けないこと考えるなんて…」

 

「………提督がいれば…こんな思いしなかったのに…」

 

「…全部大本営のせいよ…」

 

「やめましょ…あれ?この音………」

 

「…艦載機…?民間人がまだ戻ってないから派手に訓練してるのかしら」

 

「………隠れましょうか」

 

 

 

 

宿毛湾泊地

正規空母 赤城

 

「うん…上々ですね」

 

「どう?新しい艦載機の調子は」

 

「随分と良いですね、流星や彗星なんて初めて使いましたけど…」

 

「気に入ってくれて良かったよ…ところで、わかってると思うけど」

 

「………大丈夫です、3人は絶対報告しません」

 

「うん、それなら良いよ」

 

「……私を消せば早いのに、なぜそうしないんですか」

 

「君はみんなの要になってるからね、そんなことしたら僕が殺されちゃうよ」

 

そんなわけが無い

裏切ってる私をみんなの前に突き出せば…

恐らく私は可能な限り痛めつけられる…

それをわかってるからそんなことを言うんだ

私に気を遣って

 

「赤城?」

 

「いえ、何も…あれ?」

 

「どうしたの?」

 

「………夕張さんです」

 

「…夕張?」

 

「…提督、明石さん達を呼んでください」

 

 

 

 

 

「…ねぇ、あの艦載機、さっきからこの辺りをうろうろしてるわよ」

 

「………バレた?」

 

「そう思って良いです…逃げましょう……」

 

「………青葉、貴方そんな状態で逃げられるわけないでしょ…」

 

「どのみちバレたならここで資金は入手できないし…どう逃げますか…橋まで行く前にみんな倒れますよ…」

 

「……船を盗むしか無いわ、漁船とか…」

 

「………動かせて手漕ぎボートが限界です」

 

「…隠れて、車の音がするわ」

 

「………本当にバレてたんですね…」

 

 

 

 

 

「この辺でいいですか?」

 

『はい、東の山の切れ目に見えました、恐らく逃げ出したものと思われます』

 

「…わかりました、すぐ見つけます」

 

 

 

 

「ねぇ、待って?あれ明石じゃない…?」

 

「明石って…ああ、明石ね、それより逃げないと」

 

「違う、離島鎮守府の明石…友達よ、もしかしたら助けてくれるかも…」

 

「………どうする?」

 

「藁にも縋りたいです、大人しく助けを求めてみましょうか…」

 

「あ、手振ってる…見つかっちゃったみたいよ」

 

「……覚悟決めましょうか」

 

 

 

「夕張!久しぶり!」

 

「…明石、何も聞いてないの…?」

 

「え、いや、一応知ってるけど…まあ、それより早く乗って、寒いでしょ?」

 

「………うん」

 

「はぁぁぁ…!あったかい…!」

 

「でも流石に狭いわね…」

 

「あ、もう少し詰めて、私も後部座席に乗るから」

 

「え?運転席は…?」

 

「よ、お嬢さん方」

 

「…憲兵…!」

 

「………そう…」

 

「何もかも諦めた顔しないで、大丈夫だから」

 

「いや、どこが大丈夫なのかわからないんだけど…」

 

「……私たちの事は聞いてるのよね?」

 

「先に、火野さんのことは残念です、一応私もあの人に助けられてるし」

 

「…ああ、あの報告書の偽造ってそういう事だったんですね…」

 

「……」

 

「…逃げたのは3人だけ?」

 

「まあ、うちって元々在籍数は多く無いから……」

 

「……あんまり喋らないで」

 

「ごめんなさい、敵では無いので…もう着きますから」

 

 

宿毛湾泊地

 

「とりあえず早く建物の中に、誰が見てるかわからないので」

 

「………警察に連行される人ってこんな気分なのかしら」

 

「今連行してるのは憲兵だけどね…」

 

「余裕あるじゃない…」

 

 

 

「…応接室よ応接室…」

 

「てっきり営巣にぶち込まれるかと」

 

「………この度は、何と言えばいいか…」

 

「…全くその通りで…本当に残念な事です」

 

「…夕張?知り合いなの?」

 

「離島鎮守府の提督さんよ、何でここにいるのかは知らないけど」

 

「倉持海斗です、よろしくお願いします、今はこの宿毛湾泊地に全員で移ってきました」

 

「あ、そうなんだ」

 

「この前の作戦の成功を認められたから、移れたんですね」

 

「…それで、私達をどうするんですか?」

 

「貴方方の事は火野から頼まれています、どうぞここに居てください」

 

「…司令官…」

 

「待って、暁ちゃん達は?ここに来てるの?それとも離島鎮守府に向かって…」

 

「ここに居ます、と言っても、貴女方も、あの子達も外に出せない…正直に言って、まともな暮らしをさせることは出来ません」

 

「…屋内で過ごせるだけマシよ」

 

「そうね…」

 

「…でも長くは居られない…あの子達がここにいるなら私達まで世話になると負担がかかるばかりでしょ?」

 

「そんな事ない、何も気にすることはないんだ」

 

「…私たちは今の状況では出撃もできないの、何かあれば部屋の隅でカタカタ震えてるくらいしかできない…それにゴシップ大好きガサアオバなんて迷惑しかかけないわ」

 

「…傷つく…」

 

「全くですね」

 

「……少しの間だけお世話になったら、どこかに行くから…」

 

「どこに行くつもりかは考えてない、と」

 

「………」

 

「目的地が見つかるまでは是非ここに居てください、どうしても出て行くならそれは止めません」

 

「…お世話になります」

 

「なります!」

 

「よろしくお願いします」

 

 

「……っはぁ…息が詰まりっぱなしですよ、良かった本当に」

 

「そうだね、お疲れ、明石」

 

「はい、お疲れ様です」

 

「あとは大淀と電…か」

 

「…見つかるでしょうか」

 

「わからないよ…ん?電文だ……葬儀、か…」

 

「…大将ですか……それはそれは豪勢なものになるんでしょうね…」

 

「……荒れそうだな…」

 

「どうしてですか?」

 

「…反戦争派なんて、今までニュースにもなってない、そんなのいきなり襲撃されましたなんて…良いプロパガンダだよ、横須賀の守りが弱くなって、漁場が機能しません、国民の暮らしを守るためにも艦娘は必要だ、ってね…今までが無関心な人が多かったために、ごく少数の反戦争派は徹底的に叩かれる…」

 

「……そんな事のために…?」

 

「違う、これはついでにすぎない…多分、拓海は知りすぎたんだと思うよ、僕もそうだ」

 

「…提督はお守りします」

 

「ありがとう、でもその時がくれば僕は受け入れるつもりだよ」

 

「…自分をも殺す策を実行するからですか?」

 

「……聞かなかったことにしてって言ったよ」

 

「提督、私は…火野さんの手紙を読んで考え方を変えました、この世界は壊れかかってます…リスクが常にあり続けている以上…私は提督の背を押し続けます…それしかできませんから」

 

「僕はいまだに迷ってるけどね…」

 

「…どのみち失われる命なのではないか、と考えています」

 

「…それは僕もだ、だけど自分の感情で人の命を左右することは許されることじゃない」

 

「今更ですよ」

 

「うん、だけど未だに落ち着かないんだ、先の話でもね」

 

「どうせすぐ、私たちはまた戦いの中に誘われるんです、考える暇もなくなります」

 

「だから今考えないといけないんだよ」



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足枷

宿毛湾泊地

 

「え?演習の依頼?」

 

「佐世保からの依頼です、岩川などもありますが、それらを軽く凌ぐ超実力派の武闘派集団です、我々の実力を図りたい、と」

 

「佐世保ねぇ…折角だしアタシ行っても良い?千代田もいるし、何より弟子がいるんだよねぇ」

 

「うーん、でも今僕はここを離れられないし…」

 

「書類を認めていただければ無礼にはなりませんよ、それに私たちはまだ新顔みたいなものですから」

 

「断れないよね、まあ、わかった、用意はしておくよ」

 

「よーし、じゃあ編成は阿武隈、曙、満潮、イムヤ、赤城、金剛ね」

 

「重巡は?」

 

「要らなーい、かな」

 

「んだと!?クソが!」

 

「摩耶、抑えて…北上はいいの?」

 

「アタシはお喋りしとくよ、向こうの提督とは顔見知りだから」

 

「…人脈広いよね」

 

「そうでもないのさ〜」

 

 

 

 

佐世保鎮守府

 

「演習の依頼受けていただけましたよ、明後日のヒトヨンマルマルから」

 

「……そうか」

 

「…司令、暗い顔しないでください、司令官に落ち度はありません」

 

「…すまん、俺はどうすればいいのかわからん…明日にはお前たちに死ねと言わねばならないかもしれん」

 

「そればっかりですね、昨日から」

 

「…家族を持つ者は…弱いな」

 

「……秋雲が怒りますよ、あの子は司令官に憧れてますから」

 

「…そうか」

 

「…龍田さんも、陽炎も…みんな貴方を信頼してる、そして忠誠を誓っています」

 

「…俺が誓えと言ったからか?だとしたら今すぐ捨てろ、自分のために生きろ…」

 

「………今が自分のため、なんですよ」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

曽我部隆二

 

「しっつれいしま〜す」

 

「…ホンマに今度こそアポ取ったんやろね…」

 

「心配性ですねぇ…大丈夫ですって」

 

「あー、止まってくれ」

 

憲兵、と言うやつか

土色の制服に包まれた人間に止められる

 

「…ほら、何かあかん雰囲気やん」

 

「えーと、すいません、私曽我部隆二と申します、あと10分後にこちらの提督さんとお会いする約束してるんですけど」

 

今回ばかりはちゃんとアポを取ってきている

 

「……身分証明書は?」

 

「あー、免許書でも?」

 

「……確認できました、案内します」

 

「早めに戻れよ」

 

「おう」

 

憲兵同士での会話が聞こえてくるあたり、割とここは緩いのか?まあ、行ったことあるところは両方憲兵なんて居なかったが

 

 

 

「お待ちしてました、曽我部さん」

 

「…はぁー…意外だなぁ、まさかこんなところで会うなんて」

 

離島鎮守府の襲撃事件

アレでてっきり死んだと思っていたが、勇者は健在だったか

 

「そうですか、あまり暇はないので手短に用をお願いできますか?」

 

「じゃあさっさと始めましょう、まず、こちらNABのデビット・ステインバーグさんです」

 

「よろしゅう、こんなナリしてるけど日本語で大丈夫です」

 

「アメリカの方ですよね、それで?」

 

「……いや、アンタがおると思ってなかったけど、アンタがおるなら簡単な話やわ、カイトをそのままこっちに渡して欲しいんですわ」

 

「……あれは核兵器と変わりませんよ」

 

重苦しい雰囲気だ、前回とは違って早々に運ばれてきたコーヒーに口をつける

 

「こっちもそれはわかってます、いや…正直に言います、武器が無いんや、今のウチには」

 

「倉持さん、大本営の裏側はご存知ですか?」

 

「いいえ」

 

「日本という国は、金で買われています」

 

「そうですか」

 

「それだけ?もっと大きい反応を期待してた」

 

「日本自体はあまり大きく強い国ではありませんから」

 

「まあ、簡単に言えば、CC社です、CC社にこの国の上層部は金を握らせられ、軍事力をあまり持たないように、尚且つ腕輪の様な自分たちの武器になるものを集めている」

 

「………成る程、納得が行きました」

 

「納得?」

 

「艦娘は国を護る貴重な力だというのに、前々から無駄に危険な作戦を指示するものですから」

 

「へぇ、そいつは初耳だ」

 

「まず腕輪の件ですが、お断りします」

 

「………」

 

「腕輪は国や企業の様なものが管理するべきでは無い…誰の悪意に触れるかもわからないのですから」

 

「成る程、信用されてないらしいわ」

 

「あなたのことを指してるわけではありませんよ、ですが、世界のネットワークを支配する事も可能かもしれない…誰でも付け狙う」

 

「なおさらウチみたいな専門家が管理するべきやと思いますけど?」

 

「組織は外部からには強いでしょうが、内部からには非常に弱い」

 

「………そうでっか」

 

「あなたは悪用する気はないんですか?倉持さん」

 

「…以前貴方と話したことが全てです」

 

「……気は変わりませんでしたか」

 

「まだ時間はあります、終末の日はまだまだ先ですよ」

 

「………嫌な話だ」

 

「それで、本当は何の話をしにきたんですか?」

 

「…仲間を作りたかった、やけど協力者にはなってくれそうになさそうやね」

 

「具体的には?」

 

「……まだ未定です」

 

「成る程、誰と戦うかは?」

 

「決まっています、CC社の会長、ヴェロニカ・ベイン」

 

「…残念ながら誰か知りません」

 

「あまり表には出てきませんからね」

 

CC社会長 ヴェロニカ・ベイン 別名、女帝

若くしてCC社の会長に就任し、莫大な財産を築き、アメリカ政府の派閥をも牛耳っているという

 

「簡単に言えばそんなことです」

 

「それで?」

 

「……それだけですが」

 

「なぜ協力しなければいけないのかがわかりません」

 

「にべもないって奴やね」

 

「…倉持さん、私たちは私達なりに世界を救おうと思っています、もし、そのつもりがあれば我々はいつでも構いません」

 

「共に戦おう…という事ですか」

 

「…ええ、先日お伺いした時より、貴方の顔は暗く沈んでいますが…目は生き返っている、なにか…心境の変化があったのでは、と考えましたが」

 

「………たとえいつか、そうなるとしても…ここにいる仲間を危険に晒すことはできません」

 

「……」

 

「しかし、此方としても情報やデータは一つでも欲しい、こちら側に悪影響が出ない範囲でしたら協力します」

 

「…思ったより…辛い結果やなぁ」

 

「重畳ですよ、ご協力感謝します」

 

「………一つだけ、曽我部さん」

 

「なんでしょうか」

 

「…AIが憎悪を糧に生き続けるなんてことができるのでしょうか」

 

「…具体的にお願いします」

 

「……僕を殺したいほど憎むAIがいたとして…先に僕の周りの人間を排除し、徹底的に痛めつけ、苦しめてから殺す、そんな選択肢を取るでしょうか」

 

「…合理的ではありませんね、機械の思考回路じゃない」

 

「………そうですか、ありがとうございます」

 

「…相手は思ったより、人間に近いのかもしれませんよ」

 

「人そのものではないかとすら…考えています」

 

 

 

 

「これでええん?折角こんな田舎まで来て」

 

「十分すぎる、あの魔窟に行く時に隣に勇者が居てくれたら、とずっと思ってましたから」

 

「勇者って感じやないけどね、覇気がないわ」

 

「…甘く見ない方がいいですよ、彼は未だに勇者だ、似た雰囲気の少年をよく知っている」

 

「その子も勇者か?日本は勇者だらけやなぁ…」

 

「ゲームの発売日にこぞって休暇を取って勇者になりたがるくらいには勇者大国ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 北上

 

「…うわぁ…」

 

「北上さん?どうかしたんですか?」

 

「………年貢の納め時なのかなぁ…」

 

「これ、演習のメンバー表ですか?…あ、相手方のもある…旗艦瑞鶴に不知火、龍田、陽炎、秋雲、瑞鳳ですか」

 

「…瑞鳳ってのがねぇ…」

 

「なにやってんの?随分暗いけど」

 

「あ、満潮ちゃん」

 

「これ演習の対戦カード?…ああ、成る程」

 

「え?何がわかったの?え?え?」

 

「…うーん、その…アタシ瑞鳳苦手でさぁ…」

 

「包み隠さず言いなさいよ、誤射で沈めたって」

 

「うん…」

 

「……成る程…戦場である以上…誤射はありますからね…」

 

「…まあ、仕方ないことなんだから、いい機会よ、克服しましょ」

 

「……そうだね、いつまでも墓石に嘆いてたら向こうが嫌な思いするかもだし」

 

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

駆逐艦 不知火

 

「…ふむ…残念です」

 

「再戦ならずか、だが、お前を見てくれるはずだ」

 

「ええ、どのみちまだ勝てませんから…アドバイスの一つくらい欲しい物ですね」

 

「もらえると良いな」

 

 

 

2日後

 

 

 

重雷装巡洋艦 北上

 

「本日はよろしくお願いしまーす」

 

「ああ、よろしく頼む、そちらの提督は?」

 

「移動したばかりで手が離せず、という事なので…こちら書類になっておりまーす」

 

「……確かに、確認した、では」

 

「んじゃ、私観戦するので」

 

「……艤装を持ったまま、か?」

 

「いやー、終わったら帰るしね、着脱面倒なのよこれ」

 

 

 

 

駆逐艦 不知火

 

「本日はよろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします、阿武隈です」

 

「おっ、2人ともいるじゃ〜ん」

 

「北上さん、ご無沙汰しています」

 

「あれ?お知り合いですか?」

 

「ん、不知火、阿武隈だよ、ほら前言ったでしょ…アレを私直々に教えてあげた子」

 

「………成る程、勉強させていただきます」

 

「え?へ?」

 

「阿武隈ぁ、ちゃんと活躍してよ?」

 

「は、はい!」

 

「…随分と緊張してるようですが」

 

「阿武隈なら大丈夫だよ、めちゃくちゃ強いから」

 

「え、そ、そうですか〜?えへへ…」

 

「あ、やっぱり今のなしで」

 

「…こんにちは!」

 

「瑞鳳さん…」

 

やけに機嫌がいいですね

 

「あ、貴方がここの瑞鳳?よろしくね」

 

「よろしくお願いします、ではまた!」

 

「……なんか寒気が…」

 

「阿武隈?どしたの?」

 

「うーん、冷えたのかな…鳥肌がすごいです」

 

「………」

 

どうやら私も冷えてしまったようです

 

 

 

軽巡洋艦 阿武隈

 

「全体!整列!」

 

「うわぁ…すごいキッチリしてる…」

 

「私たち緩いからねぇ…ま、緩い奴らなりに緩くやってきて良いよ」

 

「でもやるからには勝ちます」

 

「……気負わなくて良くなったもんね、赤城、曙、紋章砲はちゃんと確認した?誤作動とかやめてよ?」

 

「大丈夫、確認しましたよ」

 

「慢心はありませんから」

 

「……ところで、ずっと気になってるんだけど」

 

「…多分同じだけど何?」

 

「なんで向こうはみんな槍を持ってるわけ?」

 

「……新型の艤装ってとこじゃない?後で聞いとくわ」

 

「よーし、やるぞー!」

 

「「「「「おー!!!」」」」」

 

 

 

正規空母 瑞鶴

 

「向こうの赤城、なかなかの手練れね」

 

「そうかもしれませんね」

 

「…なに?あんまり興味ない?瑞鳳」

 

「まあ…」

 

「最近弓の鍛錬も怠ってるし、あんまり良くないわね」

 

「……結果は出してます」

 

「………結果が全てじゃないのよ」

 

「そうですか」

 

「始まるわよ、発艦用意!」

 

「………」

 

「彩雲と零式32型発艦完了!」

 

「試製烈風後、発艦しました」

 

「よし、まずは予定通りの動きね…龍田!不知火!複縦陣で前に出て!陽炎!秋雲!間に入って対空用意!」

 

「敵戦闘機発見、航空戦始まりました」

 

「彩雲だけ抜けたし充分…ちょっと待って、敵の戦闘機尋常じゃない量が居るわよ!」

 

「………50機程いますね」

 

「50!?瑞鶴さん、そちらの戦闘機は…」

 

「合わせて30ちょいね、でもこっちの方が優勢よ!」

 

「……脚の特徴は…?……ありがと、敵艦載機は21型らしいです」

 

「旧式ね、じゃあ数で押さなきゃってことか」

 

「航空優勢、艦攻発艦します」

 

「アウトレンジで…決めたいわね!」

 

「瑞鶴さん、どうですか?」

 

「………待って、彩雲が敵を発見…包囲修正、マルフタナナ…えっ…?」

 

「どうしました?」

 

「彩雲が落とされた…!何者よ…相手は…!」

 

「彩雲が…!?」

 

「敵艦補足まで2分切るわ!T字有利を作るために進路変更!」

 

「了解!」

 

「航空戦劣勢になり始めました」

 

「…嘘でしょ!?対空射撃か…!向こうはやけに上手いのが居るみたいね…!」

 

 

 

 

 

提督 渡会一詞

 

「…ふむ、五分か?」

 

「いや、うちの方が有利かな…曙の砲撃で完全に艦載機は沈黙するだろうから…」

 

「そんなに得意なのか、対空砲が」

 

「……ここまでだとは思わなかった…あの精度は…恐ろしいねぇ…」

 

「…どっちが上だ」

 

「アタシと?……そりゃアタシって言いたいけど…正直、五分かもしれない」

 

「ほう」

 

「………この動きを見るに、彩雲は予想通りだったんだろうね、潰してからT字有利を作りにくることを見越しての輪形陣形」

 

「来るのがわかっているなら他にも有利な動きがあると思うが」

 

「リスクを避けたんだと思うよ、この感じだと」

 

「…ほう」

 

 

 

駆逐艦 不知火

 

「敵艦隊発見!!」

 

「迎撃体制バッチリか…!単縦陣に変更!突っ込むわよ!」

 

「敵戦艦の砲撃来ます!」

 

「龍田!」

 

「はいは〜い、わかってるわ〜」

 

 

 

重雷装巡洋艦 北上

 

「え?アレ何したの?」

 

「砲弾を切り割いた、見づらかったか」

 

「……槍を持ってきてる理由がわかった…みんなできるの?」

 

「実戦レベルで扱えるのは龍田だけだ来ると分かっていれば全員捌けるが、龍田の反射神経は目を見張るものがある」

 

「………お互い、化け物揃いという事で」

 

「………」

 

「……なんか、変な感じだなぁ…」

 

「どういう意味だ」

 

「…あの瑞鳳、頗るやる気がない…いつもあんな感じ?」

 

「…最近はな…」

 

「最近…?」

 

「………実力はあるやつだし、前までは人当たりも良くてな、よく卵焼きを焼いてた」

 

「…甘いやつ?」

 

「ああ、すり身を混ぜて伊達巻にしたりとかな」

 

「…………」

 

いつだったかな、食べたな、それ…

じゃああの瑞鳳は…もしかして

 

 

「……」

 

 

「…こっちを見て、笑ってる」

 

「……見えるのか?」

 

「ギリギリね、あー…そんな……先に知りたかったなぁ……」

 

「どういう意味だ」

 

「…あの瑞鳳、私が沈めた子だ…」

 

「……何?」

 

 

 

 

軽空母 瑞鳳

 

「……ふふっ…」

 

気づいてくれた、かな

 

ちゃぁんと、引き摺り出すよ、私が…貴方を殺すために

 

「くっ…なんて正確に…」

 

「不知火ちゃん、無理にそれで防ぐ必要ないわよ?」

 

「防がなければ一撃で沈みます!」

 

「………待って、なんの音…?」

 

「うわっ!?水中から魚雷が!?」

 

「回避!!急いで!!」

 

 

 

 

 

提督 渡会一詞

 

「なんだ、あれは」

 

「………魚雷を深く沈めて、適当なタイミングで急速浮上させる、防げない魚雷…阿武隈……アンタ凄いよ、よく、やったね…」

 

「…恐ろしいな、あの一撃でこちらの陣形は崩された」

 

「さらに赤城のまだ発艦してない艦攻隊が襲いかかってくる、正確な砲撃も伴って…」

 

「……これは強い、納得だ」

 

「後30秒で終わりかなぁ…とりあえず終わったら瑞鳳に……ん?」

 

「……どうした?」

 

「…………何、この感じ…」

 

「む…瑞鳳以外撃沈判定、か…」

 

「……待って…!ダメ…」

 

「…瑞鳳は…どこだ……?居ない?」

 

「止めて!瑞鳳を止めて!アイツ阿武隈達を殺そうとしてる!」

 

「何…?」

 

 

 

 

軽巡洋艦 阿武隈

 

「…ぐ…ぇ…」

 

後1人だったのに

急に視界がおかしくなったと思ったら、首に圧迫感

 

「いつの間に…!阿武隈さんを話しなさい!」

 

「どうせ模擬弾よ、撃ちなさい!」

 

「きゃあ!?何これ!」

 

「くっ…一航戦が…こうもあっさりとやられては…!」

 

何が起きてるの…?

本当に、何が…

 

「やめて!瑞鳳!やめて!」

 

「……やぁっと、来てくれた…!待ってたよぉ、北上さぁん」

 

「…き…きたかみ…さ…」

 

北上さんなら…きっと…

 

「…瑞鳳、やっぱりあの時の瑞鳳だったんだ…あの時はごめん、言い訳をするつもりはない」

 

…え?

どういう事?まさか、間違えて沈めた瑞鳳…

 

「そりゃそうだよ、言い訳なんかされても無様で愚かな北上さんが余計哀れになるだけだよ?ねぇ?」

 

「………私のこと殺したいんでしょ、いいよ…」

 

「……はぁ…くっだんな!!私はアンタを殺したい!でもアンタがそんな満足気な顔してるのに殺してもなんの価値もない!」

 

私の単装砲が視界の上へとフェードアウトしていく

 

「こいつ、殺すよ」

 

「………お願い瑞鳳、やめて」

 

「私と戦え、勝ったらやめてやる」

 

「……アタシにはもう…撃てないよ」

 

「なんで?一度沈めた相手でしょ?ほら、早くやってみてよ!」

 

「………」

 

「そう!その顔だよ!もっと苦しめ!」

 

「ぐっ!?」

 

右肩が沈む、急な岩が降ってきたような重みと、痛み

 

「やめて、お願いだから…!」

 

「じゃあ撃ってみなよ、殺してみなよ、私を…!」

 

「………」

 

「お前も、何か言ったら?助けてくださいってさ!!」

 

脇腹に激痛、痛い、痛い…

 

「…ぃ…ゃ…」

 

「は?死なないとわからない?」

 

「北上さんは…アンタなんかより強いから…!」

 

「………もういいや、アンタは死んでも良い」

 

「わかった!わかったよ…!」

 

「……へぇ?」

 

「………やる、相手になるから…」

 

「手を抜いたら、この子死ぬよ、負けたら死ぬ、他の子も全員ね」

 

「………わかったから…」

 

「で、さぁ………普通に相手してもつまらないし…もっと良いもの見せてあげる!!」

 

 

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 北上

 

「…え…?」

 

周りが薄い青に染まる

 

「……なにこれ…」

 

「あはっ!あはははは!タルヴォス!!」

 

赤紫の巨大な…人…?

両手両足を縛られ、胸は槍に貫かれた

 

「………それは…何…?」

 

「…知らないんだぁ…ふふっ…」

 

体もいつの間にか浮いている

なんだ、この世界は、この状況は

AIDAが体から溢れ出す、まるで私を守ろうとするように

 

「……あー、わっるいんだぁ…そんなの使って…殺しちゃお!」

 

光線が飛んでくる

体を切り裂かれるように、当たれば痺れるように

 

「死ね!死ね死ね死ね死ね!」

 

AIDAを盾に防ぐ

私にはそれしかできない

どうすれば良い?

どうやって攻撃すればいい?してもいいの?

 

「さっさと消えてなくなれ!!」

 

でも、瑞鳳顔は決して晴れやかじゃない

恨みを晴らしたいのはわかる

だけど……なんであんなに暗い顔をしてるんだろう

あの巨人が悪いのか

だとしたら私のやれることはなんだろう

 

なんでもいい、瑞鳳を冷静にしなきゃいけない

そして、謝ろう、だから私はやれることをやる

この足枷を断ち切って、明日に進む

 

「………いくよ」



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喪失

重雷装巡洋艦 北上

 

「いくよ」

 

ふわふわと浮いた体を傾ける

傾けた方向にゆっくりと進む

 

「スピードが足りない…」

 

こんなノロノロした動きではあの弾幕を交わせない

一方向こう方はいろんなタイミングで急加速しながら動いている

ただし、エンジンなどはついていないし、泳いでる訳でもない

 

「なら…頼れるのはAIDAかな」

 

未知の世界で頼るなら未知のものだ

艤装にとりあえずAIDAを纏わせる

するとどうだろうか、まるで水面を滑るように進み出した

無形のものはこういう時便利だろう

 

「………よし、第一段階完了」

 

大きな音を立てて、空間を滑る、海を走る感覚

これなら戦える…だが、戦って良いのだろうか?

 

「瑞鳳!あの時のことは私が悪かったよ!視界が悪かろうとなんだろうと!間違えて攻撃され、沈んだ、絶対に許せる話じゃないのはわかってる!」

 

「そう、なら死ねば良い」

 

「それでも構わない!ただ、他の…阿武隈や赤城、みんなには手を出さないで!」

 

「………まだわかってないみたいだね、じゃあみんなまとめて…死ぬ?」

 

ダメか、もう呼びかけて解決は諦めるしかない

 

「じゃあ……うん、いいや、気持ち切り替える…一回倒すよ」

 

「…何…この感じ…いや、気圧されるな…殺してやる…!」

 

単装砲で狙いをつける

どのくらいなら死なないだろうか

距離を保ちながら考える

 

「………まあ、反応見て考えればいいや…」

 

放物線を描くはずだった砲弾は、直線的に飛び、遥か彼方へと消えていく

 

「…重力や引力も変わってる訳…?ならこっちで当たるかなぁ…」

 

狙いを下げて、撃ち抜く

ああ、この感じか……

頭叩き込む、感性を作り変えろ…

 

「ぐっ!?…よくもやってくれたな…!」

 

「あんま痛くなさそうだね、とりあえず本気で行くしかないか」

 

もう一度単装砲を向ける

 

「くっ…!」

 

受け止めるつもりか、ガードの体制を取っている、やはり痛いものは痛いらしい

 

「………ああ、そこだね、あとここ」

 

その体制はそこに飛んでくるという前提の元にあるのだが

 

「っっ!!良くも…良くも…!!」

 

「40門の酸素魚雷、伊達じゃないよ」

 

やっぱり魚雷もまっすぐ飛んでいく、上下左右なんてこの空間に存在しないということか

 

「あぁぁぁ!!鬱陶しい!!」

 

鬱陶しい?

 

「…こっちのセリフだよ、駄々こねてくれちゃって…!」

 

あれ?私は何を言ってるんだ?

待って、待て待て、落ち着け私、AIDAは心の闇を増幅する、誰かがそんなことを言っていた気がする

 

「死ね!死ね死ね死ね!」

 

「………そんなこと言ってるうちはまだまだ、だね」

 

ゆっくりとしたエネルギー弾のようなものが迫る、私なら簡単に避けられる

 

「っ!!」

 

考えが甘かった、急加速したりいきなり軌道を変えられてはかわしきれない

 

「これ…ウザイ…!」

 

再び防戦を強いられる

どうする?私はどう戦えば良い?

 

「…………」

 

「なに?もうお喋り飽きちゃった?」

 

瑞鳳はだんまりを決め込んだらしいし、どうするかなぁ

 

このままじゃ勝てない、いや、勝てる勝てないより、死ぬ…

この変な世界をどうにかして外に出ないと…いや、出ても勝ち目はないか

 

「ならここで決めるしかないね…」

 

盾にしていたAIDAを回収し、砲塔に圧縮する

 

「………レーザー…くらえっ!」

 

特大の、いつか放ったレーザーなんてメじゃない、恐ろしい程の威力

やはりこの空間はAIDAも活性化するのかもしれない

 

「あぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「よし、当たった…!」

 

今なら倒せるかもしれない

ここでトドメを刺せば全て終わるかもしれない…

本当にそれで良いのかわからない

 

「…………もらった…!」

 

一瞬のためらいで動きを止めてしまった

巨人に突き刺さった槍から幾何学模様のソレが展開する

 

「……それは…ズルじゃない…!?」

 

データドレイン

 

間違いようもない、データドレインだ

 

光弾が迫る

 

ああ、こんなにも動けないのか、体が動かない、恐怖してる

 

「…………ごめん…」

 

誰も守れなかった

 

「う…うぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

身体中が書き換えられる感覚

私は本当にデータだったのだろう

今、はっきりと知覚した、私は元々、電子の世界の住人で…偶々何かの縁で現実に来ただけ

 

少しずつ少しずつ、侵食されていく

壊されていく、バラバラになって逝く

 

私は、私で亡くなって逝く

 

 

 

 

 

「………はぁっ……はぁっ…!?…」

 

何が起きてる?

私は、確かに…死んだはず……

ぐちゃぐちゃになり、全てを壊されて死んだはず…

 

でも私の体はまだ…ある…?

 

 

「あぁ……ああぁぁぁぁぁあ!!」

 

「…ず……ほ…う…」

 

声が出ない

瑞鳳はどうなってる?前が見えなくなってきた

ああ、何だ、死にゆくだけか、まだ、だっただけで…今から死ぬだけか

 

 

違う、だめだ、生きなきゃいけない

 

死ぬのは私が決めた時だ、瑞鳳は今私が死ねばみんなを殺す

それなら私は死なない、生きて、終わってから死ねば良い

 

声は出ない、目の前もよく見えない

 

いいハンデだ、もう私の声は贈った、聞こえないフリをさせないように…

いつまでも墓石にしがみつくのはやめよう、いつまでもおぶったまま進むのもやめよう

 

私は瑞鳳を置き去りにしてでも、先に進み、死のう

 

「……ぃ…ほ…ぅ…」

 

声が出ない、どれだけ大きく叫ぼうとしても

 

「…さ………な…ら」

 

AIDAも出てこない、艤装はギリギリ発射管一つが生きてるだけ

 

ゆっくりと巨人に近づくことしかできない

 

 

 

「…………ごめ…ん…ね…」

 

零距離からの魚雷をとことん叩き込む

死ぬまで、この世界が終わるまで

 

 

 

 

 

 

軽空母 瑞鳳

 

何だこれは何なんだこれは

私の思い描いた終わりじゃない私の思い描いた世界じゃない

私の思っていた奴じゃない私が…私じゃない

 

あの時私は新進気鋭の、みんなと仲良く頑張って生きている新人だった

あの日の悪天候は私を殺すための方便だ

あの日の誤射は私が邪魔だったからだ

絶対そうだ、絶対そうじゃなきゃいけない

 

だから私は同じことをしてやりたかった、引きずり出して殺してやりたかっただけなのに

 

「違う……違う違う違う違う違う!!」

 

こんなの私の知ってる北上じゃない、私はこんな奴知らない!こんなの全部おかしいんだ…!

 

私が吸い取ったこいつの記憶は、全部壊れてる、おかしい、あり得ない

本当にただの間違いで、本当に…?本当にこんなことがありえる?

 

なんで?なんで…

何で私は…

 

 

 

私は、何のために…

 

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 北上

 

「ゴホッ…」

 

ベシャッと音を立てて水面に投げ出される

ああ、何とか元の世界に…でもどうなったんだろ…

 

「北上さん!」

 

あれ…えーと…だめだ、わかんない…目の前が真っ暗だぁ…

 

「…ご…め………」

 

意識は続かなかった

 

 

 

正規空母 赤城

 

「北上さん!しっかりしてください!北上さん!」

 

艦隊でまともに動けるのは私だけ、他は全員ボロボロの状態…

今になってようやく演習終了の信号弾が上がる

 

向こうを見れば瑞鳳さんも水面に伏している

 

「………勝ったんですね…一応…」

 

「おーい!無事!?」

 

向こう方の瑞鶴さんも急ぎで救助に来てくれましたが、不信感や、不安感は拭えませんでした

 

 

 

「ぷぁっ!…はぁ…死ぬかと…思いました」

 

「阿武隈さん凄かったわ、あの戦い方…」

 

「イムヤちゃんのお陰です、本当にありがとうございました」

 

「……私、水面の下にいたはずなのに気づいたら宙を舞ってたのよね」

 

「…私もよ…というか、一瞬で全滅させられてた」

 

「…………執拗な攻撃でしたね、あまり褒められたものではありませんでしたが、何が起きたのか、私にもわかりませんでした」

 

「あ!それより北上さんは!?」

 

「……意識がまだ戻ってないそうです」

 

「…え?」

 

 

 

 

 

提督 渡会一詞

 

「はい、この度は…」

 

『…もういいです、謝ってもらっても意識は戻りませんし、そのまま寝かせておいてください、直接迎えに行きます』

 

「…申し訳ありません」

 

『……』

 

「切られた、か……はぁ………何か釈明はあるか?瑞鳳」

 

「……ありません」

 

瑞鳳といえば普段はおとなしく、真面目だった、つい先日から稽古はサボったりと問題のある行動も目立ったが、それでも…

 

「今日の件は…明らかに異常だった、お前の話を聞く必要がある」

 

「…………」

 

「瑞鳳!黙ってたらわからないわよ!」

 

「瑞鶴、脅すな……俺の目には、お前は力に振り回されてるように見えた」

 

俺にはわからない何か、強力な力に

 

「…………」

 

「俺が解決できるとは思えんが、話くらいは聞かせてくれ」

 

「…さっさと処刑でもなんでもして…もう、放っておいて…」

 

「…アンタ…!」

 

「やめろ、とりあえず…営巣行きだ、しばらく時間を置け、ゆっくり考えを改めろ」

 

それしか言えなかった、長い付き合いではないが、屈託のない笑顔でみんなと接しているのを何度も見て来た

それがこうなるのだ、それを体裁や外面を気にして処刑しろ?解体しろ?あり得ない

解決にはならない、何かを抱えているならば、解決するのが俺の仕事だ

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 北上

 

「………ぅ…」

 

「北上、目が覚めた?」

 

声が聞こえる

 

「…大丈夫?」

 

「北上さん!!よかったぁ…!」

 

「……こ……は…?」

 

声が、出ない…何かがないみたいに…

 

「ここって言ってるのかな…?ここはまだ佐世保の医務室だけど、ちょうど今から帰るところだよ、陸路になるけど…難しいなら数日おこうか?」

 

じゃあこの人は…医者?それとも…うーん、わからない

 

「……れ…?」

 

「え?なんて?」

 

「提督、あたしが聞き取ります」

 

「…だ…れ…です…か…?」

 

「…………え…?」

 

「阿武隈…?どうしたの?」

 

「…北上…さん…?」

 

北上って…私なのかな…

さっきからそう呼ばれてるし…?

 

「て…提督…北上さんが…誰ですか?って…」

 

「……待って、ちょっと退いて、北上、僕がわかる?」

 

「………」

 

首を横に振って見せる、なんとか体は動く

 

「…い、いや、嘘ですよね?北上さん…遊んでるだけ?あはははー…意地悪いんだから…も、もう!ダメですよ?そういう事しちゃ!」

 

そう言ってツインテールの方が詰め寄ってくる

怖くて、少し逃げてしまう

 

「……や、やめてくださいよ…北上さん…ねぇ!わかるでしょ!?あたしですよ!阿武隈…!お願いだから…!」

 

「……………!」

 

泣きながら詰め寄られても…わからない…

必死に声を出したくて、わからないって言いたくて口を開けても、音が出ない

 

「阿武隈…やめよう」

 

「ッ〜〜!提督!!なんでですか!?北上さんはふざけてるだけで!」

 

「………阿武隈」

 

男の人が、声をかけたら…女性の方は崩れ落ちて泣き出してしまった

 

「なんなの!こんなのっておかしい!あり得ない!!」

 

「………北上…いや、待って、まずそれすらもわかってないのかな…君の名前は北上だ、そこまでは良いかい?」

 

「…………」

 

口をパクパクする、声は出ない

 

「…わかった、今から首を振って答えて欲しいまず、君は自分のことがわかる?」

 

横に振って見せる

 

「……じゃあ、僕らのこともわからない」

 

縦に振る

 

「………何か覚えてることはある?」

 

覚えてる事…?

 

何か…何か………

 

両手に何かをつけられていた気がする

なんだろう、怖い…

 

あれ?違う……あ、そうか、私は北上…軽巡洋艦北上…

あれ?でもなんで私は…今人の形で…なんで……?

 

「……ゔっ……!」

 

「北上!あー、洗面器か何か…」

 

胃に何も入ってないみたいだけど、リバースした

気持ち悪すぎた、アレのせいだ、回天

 

うん、そう、私は軽巡洋艦北上、そして重雷装巡洋艦北上…あの戦争を生き残ってしまった…

 

「…………」

 

人の死ぬ感覚、焼ける感じ、血の匂い

全部、自分がそうなんだ

 

 

 

 

「落ち着いた?」

 

首を縦に振る

 

「…字は書ける?」

 

差し出されたメモ帳とペンを受け取り

[書けます]と書いてみせた

 

「……君は何か覚えている事はある?」

 

[船だった頃の事を…]

 

「…艦の記憶、という奴だね…君は艦娘、それもわからない?」

 

縦に振る

 

「…艦娘っていうのは、簡単に言えば艦として活躍した君たちの記憶や魂を人の形に宿し、深海棲艦と言う敵と戦う存在だ」

 

…つまり、私はまだ戦うのか

私は、まだ戦争の中にいるのか

 

「……北上…」

 

私は…まだ、人の生き死にに関わり続け、殺し続け、死に続けるのか

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

まさか北上にこんな目で見られる日が来るとは思わなかった

殺意の乗った目で睨みつけられ、言葉が続かない

 

「…………」

 

何も言わない、いや、言えない北上は、ペンを力強く握りしめている

 

「……詳しい話は、帰ってからしよう…みんな待ってる」

 

[みんな、って誰ですか]

 

「…曙や、明石とは仲が良かったよね」

 

首を振ることもしない、考え耽っている様子から…

 

「…覚えてない、か」

 

首を縦に振ってくれた

 

「提督、帰りましょう…」

 

「そうだね、阿武隈、みんなに声をかけておいて」

 

[阿部くまって、わたしがぶつかった子?」

 

「あー、僕はあんまり詳しくないからわからないかな…後で直接聞いてみようか」

 

正直僕は艦の事は学校の歴史でやるくらいにしか知らない

つくづく、この子達と共に戦って…いや、上から物を言ってるだけか…何にしても、僕にこの仕事は向いてないのかもしれないな

 

「…あ、そうだ……一応聞いておかなきゃいけないんだけど…瑞鳳はわかる?」

 

少し悩んでから首を縦に振ってくれた、果たしてそれは艦娘の方なのか

 

「わかる事を教えてくれるかな」

 

 

 

 

 

 

軽空母 瑞鳳

 

「………」

 

退屈だ、暗く、狭く、やれることもない

別になんでも良い、あの時はとことん殺したかった、理由とか事情とかどうでも良かった

 

いや、事情や理由ではいそうですか、なんて…夢物語も良いところだ

私は悪くない、ただやり返しただけ…

 

そう言い聞かせても良心はチクチクと私の心を抉るのだ

 

ドンドンドン と、3回鋼鉄の扉が叩かれる

 

「北上が目を覚ました」

 

「何?謝りに来たって?」

 

「…喋れないそうだ」

 

「…喋れない?」

 

「…声が出なくなったらしい」

 

なんとまあ、それでは戦闘で連携を取ることすらできない

 

「その上、記憶喪失らしい」

 

完全に、艦娘としては死んだか

もう戦えないだろう

 

やった事の取り返しはつけようがない

口から出た言葉は消せない、やった行動も取り消せない

良い教訓だ、活かされる日は来ないが

 

「…それと、帰る前にコレをと」

 

扉の隙間から紙が差し込まれる

 

[ごめんなさい]

 

綺麗な字でそれだけ書いてあった

まだ私の心をいじめたらないらしい

 

「…瑞鳳、まだ許せないか、お前が北上を恨んでいる理由は千代田に聞いた」

 

「……余計な事を」

 

「…確かに、殺された以上許す事はできないかもしれない…だが…」

 

「…………」

 

もう聞く気も失せた

私が悪い、それで良いじゃないか

 

「瑞鳳…」

 

「………反省はしておきます、処罰は受ける覚悟です」

 

「ならば良い、よく反省しておけ」

 

私の心はずっと痛む

チクチクと、ずっと



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殉教者

提督 倉持海斗

 

「うん、こんな状況だけど、行かないわけにはいかないよ」

 

「…北上さんのことは任せてください、他の方も…」

 

「任せたよ、明石」

 

「護衛には摩耶さんをつけますので」

 

「…必要ないけどね」

 

「それは死にに行くという意味ですか?」

 

「違うよ、流石にお葬式に護衛をつけるのはおかしいと思って…というか、現役の憲兵2人も連れて行くしね」

 

「お二人とも先に出られたじゃないですか、それに最近思い詰めた様子ですから」

 

「……夕張さん達だけど」

 

「はい、上手く遠征に行ってもらいました、あのタイミングなら誰にも見られてません」

 

「助かるよ、きっと僕の留守に調査が入る、明石は探知機をよろしくね」

 

「もちろん、隠しカメラやら盗聴器なんて設置させません」

 

「ありがとう、やれる事はやったし、僕も行くよ」

 

「行ってらっしゃい、提督」

 

 

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 北上

 

「………」

 

ここの皆さんは私を優しく迎え入れてくれた

どうやら、私は艦娘として長い間活動しているらしく、私に助けられた、という子までいる

 

「おーい北上サマー、お食事お待ちしたよー」

 

「……」

 

漣さんに会釈で返す、部屋を出て歩き回っても良いのだが、体が不思議な感じでよくこけてしまう

夕張さんという人によると、なんでも見た目に変化がないのに筋肉量が大きく減っているとのことで、艤装の装備すら危ういという事だ

しかも、そのせいで重いものを持ち運ぶことも出来ないと

 

「1人で食べられますか?」

 

「……ん…」

 

「じゃあ、おーい、ボノエッティ〜ヌ!」

 

「…その呼び方はやめて、ボーノに戻して」

 

「ボーノ、私の分は?」

 

「菓子パンで良かったかしら」

 

「ごめんなさい、その片手にお持ちのプレートをいただきたいです」

 

「騒がしくしてごめんなさい、一緒に食べても良いかしら」

 

「ん…」

 

「あれ?ボーノはカレーじゃないの?」

 

「…今日だけよ、みんな日替わりならいいでしょ?」

 

ここに来て2日目だから全員の名前は覚えられないけど、曙さん、この人は露骨に私の記憶喪失を悲しんでくれた…と思ったけど「まだ勝負してないのに」と言われ、反応に困った

 

「…あ、ちょっと味が濃いね、今日担当加賀さん?」

 

「赤城さんね、コレでもマシになった方でしょ?」

 

塩っからい吸い物を啜り、顔を顰めながらお浸しを口に運ぶ

これはこれで甘すぎる気もする

 

「ぅげ…相方絶対潮だわ…」

 

「……あ、ほんとだ…このメインのカツ何が入ってんのかな」

 

そんなに怖がるものだろうか

平べったいフライを頬張る

サクッ もにゅっ 変な食感…口からカツを離すと何か伸びている

 

「…北上さん…それ……」

 

「菱餅ね…やっぱりカレーが1番だわ…」

 

「って言いながら一瞬でカツ食べきってるし…」

 

「…甘いけど、単品ならまだ食べられるものよ」

 

確かにお菓子としてなら美味しいかもしれない

 

「ん、よし、これでやっと食事になるわね」

 

プレートに残ってるのは塩辛いお味噌汁と、炊き込みご飯、サラダと御漬物

 

「間宮さん、気を利かせてくれたね…おかげで食べ方には困らないよ」

 

「そうね、何より炊き込みご飯が嬉しいわ、お漬物と白米とお味噌汁だけじゃ質素ね」

 

「え?サラダは?」

 

「私のやつはなしよ、ほら、キャベツアレルギーなのよ私」

 

「うそでー、この前お好み焼き食べてたじゃん」

 

「大人しく騙されときなさい」

 

こんなに仲のいい2人が羨ましい

私は誰と仲が良かったのかな

 

「…ご馳走様でした」

 

「はー!お腹いっぱい!」

 

[あの、質問していいですか?]

 

「え?別にいいですけど、なんですかー?」

 

[私は誰と仲が良かったんですか?]

 

「え…?」

 

「うーん…」

 

あれ?もしかして私嫌われてたのかな

 

「あ、そんな不安げな顔しなくていいですよ、決して嫌われてはないので」

 

「そうね、ただ…誰と…って言われると悩むわ、みんな仲良かったし」

 

[そうなんですか?]

 

「強いて言うなら阿武隈さんか、明石さん?」

 

「阿武隈は仲良いというか…いや、仲良いってことでいいのかしら」

 

[阿部熊さんと明石さんですね]

 

「漢字違うわよそれ」

 

「でも、正直北上さんがーって意味だったらご主人様だよね〜」

 

[ご主人様?]

 

「提督よ」

 

提督

 

私たちを指揮する人間

 

私たちが命懸けで戦う事を強いる人間

 

[なぜ私はその人と仲が良かったんですか?]

 

「…なんでって…」

 

「惚れてたからでしょ、アンタが」

 

「ちょっボーノ、北上さん混乱するって!」

 

惚れてた…?私が…そんな人間に…?

 

[理解できません]

 

「……そう、ですか…」

 

「ふーん、まあいいんじゃない?」

 

なんで私が?

いや、揶揄われてるだけかもしれない

 

それに別に今の私に関係のない話だ

としても、そんな奴を慕う自分がわからないが…

 

[なんで私はそんな人を好きになったんですか?]

 

「……さあ、でも嫌いな人はここにはいませんよ」

 

[なんで?私たちに殺し合いをさせる人なんでしょ?]

 

「アンタ、そこまでにしときなさいよ」

 

急に強めの語気で咎められる

 

「…北上、喋れないのは知ってるけどよく覚えておきなさい、口から出た言葉は消せないのよ、私の前で提督をそれ以上コケにするつもりなら私はアンタを殺してやる」

 

「ぼ、ボーノ…流石に言い過ぎ…」

 

「コイツのためでもあるのよ、記憶を取り戻した時、1番後悔するのはコイツなんだから」

 

さっきから高圧的、流石にムッとくる

文句を書こうかと思ったが、手を掴まれる

 

「…アンタね…わかってるの?自分が好きで好きでどうしようもない相手なのよ?記憶がないからってアンタ自身が許せない事を自分でやろうとしてる、その自覚を持ちなさいよ」

 

[私は、戦争が嫌いだし、それをさせようとする人間も嫌い]

 

「人間を一括りにするな!」

 

一括りにしたいわけじゃない、だけど仲間の命を顧みない兵器を作った人間もいる

命を軽んじる人間は嫌いだ

 

「ボーノ!ボーノ…落ち着こ、気持ちはわかるけど、いま北上さん何もわかってないんだよ?」

 

「………わかってないとかじゃないわ…最低よアンタ」

 

何が悪いと言うのだろう

私の何が最低だと言うのだろう

 

「北上さん、ま、また来るから…」

 

私は何故責められてるんだろう

 

私は誰に縋ればいいんだろ

誰なら私を受け入れてくれるんだろう

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

倉持海斗

 

「なぁ、提督、あんまり人がいないけどほんとに日付とか合ってんのか?」

 

「…多分ね、喪主は誰が勤めてるんだろう」

 

「…そっか、ここの艦娘全員解体ってことになってるもんな」

 

 

 

「徳岡さんが喪主なんですね」

 

「…俺じゃなくてもいいはずなんだがな、面倒ごとを押しつけられちまった」

 

「なんだ?提督、知り合いか?」

 

「うん、それと島風の異動先の提督でもあるんだよ」

 

「おっ!じゃあ島風は元気なのか?あいつ弱っちぃからな〜」

 

「大丈夫だ、しっかり馴染んでくれたよ、

 

「よかったな!提督!」

 

「うん、といっても僕は文通してるから知ってたけどね」

 

「鳳翔も島風も次の手紙はまだかーって楽しみにしてたぞ、まあ、2人とも連れて来てるんだがな」

 

「そうなんですか?」

 

「今別室で待機させてる、しかし…なんだかな」

 

「そうだ、徳岡さん、気になってたんですが、なんで人があんまり来てないんですか?一応大将だったし、軍関係者は出てくるはずだと思ってましたけど」

 

「通夜は友人たちだけを呼んで静かに終わらせたい、というのが本人たっての希望らしくてな、少数しか招待状はいってないんだ」

 

「…もう拓海の死から1週間経とうとしてますけど、ようやく通夜…ですか」

 

「軍人だからな、ご遺体を調べるのに時間がかかっちまったらしい」

 

「………徳岡さんはどこまで知ってますか?」

 

「火野拓海は民間人の手によって殺された…って事にはなってるが、実際は違う、俺は別の組織の手を借りて…って感じだな、あんま深くまでは言わん方がいいか」

 

「大体察しました、それでは先に」

 

「ああ、お仲間も揃ってるぜ」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 

 

「遅かったじゃねぇか、海斗」

 

「…いろいろあるんだよ」

 

「よっカイト、摩耶ちゃん、またこんなにすぐ会うことになるなんてね」

 

「晶良…そうだね」

 

「……みんな暗いわ、やってらんない」

 

「……」

 

「カイト、今日くらいは…他のことを忘れて死を悼んでもいいんじゃない?」

 

「…そう、だね…」

 

そうはいかないのが現実だ

火野拓海の死は、僕には特別な意味を持たせてしまった

 

僕には退けない理由を作ってしまった

 

彼は僕に託した、託された僕は、進まなくては

 

 

 

 

 

「ご無沙汰しております、提督」

 

「鳳翔、まだひと月と経ってないよ」

 

「あら、そうでしたか?」

 

「久しぶり!」

 

「うわっ、明るくなりやがって、島風にとってもいい環境みたいだな」

 

「元気そうで良かったよ、島風」

 

「提督がくれたキャラのおかげでみんなと仲良くなれたんだよ!」

 

「それは違うよ、ただのキッカケ、島風がみんなと仲良くしようとしたから、みんな友達になってくれた」

 

「そうなのかな…?」

 

「そうさ、これからも頑張ってね、島風」

 

「うん!提督もアレをくれてありがとう!おかげで出撃も楽しいよ!」

 

 

 

 

 

 

「よう、いや、こういう場だと社交辞令優先か?」

 

「いいんじゃないかな、知らない大本営やこっちの関係者もほとんどいないし、どうする?三崎提督」

 

「あー、堅苦しいのはやめるか、アイツもそれは嫌ってるだろうしな、全員落ち込んでたんじゃやってらんねぇ」

 

「…意外だな、キミはもっと感情的になると思ってた」

 

「………今日はこんなノリだ、明日は違う」

 

「…葬儀の時は感情的になる?」

 

「…明日いるのは軍の高官とか関係者だ、拓海は国に殺された、もっと言えば大本営に殺された」

 

「……まさか」

 

「大淀は明日ここを襲撃すると言っていた、碑文の力を使ってな」

 

「…碑文の力?」

 

「あいつも碑文使いだ」

 

「………そんな…本当に?」

 

「艦娘にも碑文使いが現れ始めてる、俺のところにもいる…あ?川内?川内!」

 

「…連れてきてるの?」

 

「万が一を止めるために…っておい!マジでどこ行きやがった…」

 

「捜した方が良さそうだね」

 

「…いや、大井!」

 

「なんですか?提督…」

 

「うわっ、びっくりした…」

 

「川内はどこだ」

 

「向こうで佐世保の方と話してましたよ」

 

「佐世保か、僕も用事があるし、行こうか」

 

「…そうだな、大井はどうする」

 

「北上さんはきてないようなので…通夜が始まるまでここにつけられた盗聴器の駆除作業に戻ります」

 

「……頼んだわ」

 

 

 

 

「渡会さん」

 

「あ…その節は、誠に申し訳ありません」

 

「いえ、結構です、そっちが?」

 

「…軽空母、瑞鳳です…」

 

「…穏やかな雰囲気じゃなさそうだな、おい、川内」

 

「あ、提督じゃん、なんか同じ気配がして…いたたたたっ、耳引っ張らないで!」

 

 

 

「さて、過去に何があったかは聞いてます、約束の通り、いくつか質問に答えてもらえればそれ以上は望んでません」

 

「…感謝します」

 

「それで、何故あんな行動に出たのか、教えてもらえますか」

 

「…私は、北上…さんを、恨んでました、沈められたのも、わざとだと思ってて…」

 

「それで何故他のメンバーを?」

 

「……メンバーに北上さんがいなかったから…他の人を痛めつければ出てくるかなって思いました…」

 

「………北上に精神的苦痛を与える為じゃなくて?」

 

「そんな事はありません…だって…意味はないし…やり返せれば…それで良かった……」

 

「質問は以上です、渡会さん、わざわざ有難うございました」

 

「本当にこれだけで良いのですか?聞けば、そちらの北上は戦える状況ではないと…」

 

「…きっと、それ以上を望んで苦しむのは北上です、たとえ誰が望んだとしても、北上の心にまた枷を付けることになる…瑞鳳、キミも許せないなら許す必要はない、だけど、よく考えて欲しい、キミが何をしたのか、キミの価値観はわからないけど、許すに値するのか」

 

「………はい…」

 

「…ちょっといい?」

 

「おい、川内…」

 

「瑞鳳だっけ、碑文使いなの?」

 

「ひぶん…?」

 

「……同じ気配って…まさか」

 

「すいません、話が見えないのですが…」

 

「…こういう事」

 

「それ…!貴女も使えるの…!?」

 

「…マジに碑文使いな訳だ…」

 

 

 

 

軽空母 瑞鳳

 

「…なるほど、つまり私はモルガナ因子と言うものに適応し、碑文という特殊な力が使える…」

 

「そうだね」

 

「そして私の…タルヴォスは、嗅覚をも増大させてる?」

 

「ああ、俺の知ってるタルヴォスの碑文使いは匂いに敏感になってたな」

 

「………確かに、私はいろんな匂いを感じ取れます、それこそ…気配に近いものも…」

 

「ねぇ、えーと…倉持さん?」

 

「何かな」

 

「…碑文は、この力は私たちの精神を大きく揺さぶる…やった事は褒められたことじゃないけど、瑞鳳は自分の意思だけで動いたわけじゃないと思うよ」

 

「そうかもね、ただ、勘違いしてるかもしれないけど、許す許さないの話じゃない、僕は知りたかっただけなんだ…瑞鳳がどんな考え方をしてたのか」

 

北上の記憶にあった、あの文面が思い出される

 

「それは、AI的な思考回路かどうか…という意味ですか」

 

「AI?」

 

「…もしかしてキミは北上の記憶を持ってる?」

 

「…はい」

 

「返す事は?できるかな」

 

「……やり方がわかりません」

 

「そう、じゃあ仕方ないね、北上の記憶を持ってるなら…キミは北上がなんていうか、よくわかるでしょ?」

 

きっと、私が謝れば許してくれるし、向こうも本気で謝ってくれる

だが、それはあの時までの話、今は罪滅ぼしでもしよう

 

「………あの、本当に申し訳ありませんでした」

 

「僕じゃなく、艦隊のみんなに…ってそれは意地悪か、その言葉は代理で受け取っておくよ」

 

 

 

 

倉持海斗

 

通夜は何事もなく進んだ

終盤までは

 

『皆、集まってくれて感謝する』

 

「拓海の声だ…!」

 

「どこからだ?」

 

場が騒がしくなる、葬儀屋が落ち着いているところをみるに予定の内らしいが

 

『このメッセージは、正真正銘、私が最後に残すものだ、と言っても個人宛ではないが…私は現実と呼ばれる世界について深く調べた、艦娘、深海棲艦、この世にも謎は多い』

 

最後に遺した手紙と別のメッセージ

 

『私と共に戦ってくれた仲間に頼みがある……私はこの世界が滅ぶことを予見した』

 

場がより騒がしくなる

 

『この先何が起こるか、まるでわからない…だが、私は今一度賭けた、どうだろうか、この分の悪い賭けに乗ってもらえるだろうか』

 

「分の悪い賭けか、どうなんだ、勇者サマ」

 

「………僕はもう退けない所まで来た」

 

「チッ…アイツに何吹き込まれた…!」

 

『今、ネットとリアルの境界は揺らいでいる…この世界を再誕させる必要があると私は認識した』

 

再誕…全てを消しとばし、また一から…

 

『近く、きっと近いうちに…状況が大きく変わる、逃れようのない運命だ…どうか、覚悟をしておいてほしい』

 

音声に雑音が混じり始める、ドアを叩く音、そして脅すような声が入る

 

『きっとそこにいるであろう私の部下に、一つだけ…決して命は捨てるな』

 

ドアが蹴破られたような音と共に、音声は終わった

 

「………覚悟…?」

 

「死ぬ覚悟をしろってことだろ」

 

「…火野さん…」

 

色々なところで声が上がる

 

「………」

 

拓海、キミは一番最初の犠牲者となった…

ならばキミの分まで僕はやらなくてはならない

 

「カイト、勘違いするな、アイツはお前に託したんじゃねぇ…アイツは世界が滅ぶから再誕を選んだ、滅亡は止められる」

 

「…お互い頑張ろう、ハセヲ」

 

キミは、世界を救う勇者

ボクは、世界を滅ぼす勇者

いや、勇者である事は捨てたんだった…

 

 

 

 

 

三崎亮

 

「よ、亮、凄いことになったな」

 

「智成…か、お前、メイガスは?」

 

「…言われた通り確認したが、失われてた」

 

「………全ての碑文が失われた…人の手には残らなかったわけだ」

 

「いいや、まだある…第八相…再誕コルベニク、あれはまだどちらの手にあるかわからないんだろ?」

 

「……誰と争うことになるかは知らねぇが、コルベニクを手にしたやつがこの戦いの勝者、か?」

 

「少なくとも一つの野望は防げるだろ」

 

「野望、なのか…?」

 

 

 

 

重巡用艦 摩耶

 

「…居たな、大淀」

 

「どうも、重巡用艦の摩耶さん」

 

「………さっきのお前の提督の話は聞いたんだろ?」

 

「それでもやりますよ、私は命なんて惜しくありませんから」

 

「……で?わざわざアタシに見つかって、追わせた理由はなんだ」

 

「たとえば、マジックなんてどうですか?」

 

そう言ってコップに汲んである水を自分の手にかける

 

「はぁ?巫山戯るのも…」

 

「これ、どこから出てきたと思います?」

 

一瞬前まで素手だった大淀の手には、紙の代わりに刃をあしらった扇子

 

「…やる気か…」

 

「違いますよ、貴方は碑文使いではないけれど…これをできる素養がある」

 

「マジックの講習会なんて予約した覚えはねぇ」

 

「…これは、ロストウェポンと呼ばれる武器です」

 

「…なんだそれは」

 

「碑文使いだけが扱える、特殊な武器…ここにきてる碑文使いなら、川内さん、瑞鳳さんが該当していますね…」

 

「それで?アタシは関係ねぇだろ」

 

「………貴方と、島風さんにも深く関係してきます」

 

「…何?」

 

「貴方はブラックローズと成れる」

 

「もう必要ない時はならねぇよ、世界のバランスが崩れちまうんだってさ」

 

「………手遅れなんですよ、何人の碑文使いが目覚めましたか?敵は碑文の力を、あの化け物を使わないでいてくれますか?」

 

「………だったらどうした…」

 

「対抗手段として、覚えておいて損はないでしょう?」

 

「……」

 

一理あるどころか…あの化け物への対抗手段を捨てろ、と言われた時…馬鹿げてると思っていた節はあった

 

「やり方は簡単ですよ?こうやって…」

 

鉄扇を振って消して見せる

水浸しの腕を振って乾かす

 

「ね?簡単でしょう?」

 

「巫山戯てんなら帰る」

 

「ふふっ、リラックスリラックス」

 

腹が立つやつだ

 

「……お前、命狙われてんだろ?」

 

「解体されるだけですけどね、まあ私は死ぬと言っても過言ではないと考えてます」

 

「…なんでそんなヘラヘラしてられるんだよ」

 

「言ったでしょう?怖いものなんてない、私は…私の提督に酔って、心酔して…ふふっ………せっかく中毒になったのに、急に取り上げるんだもの…!」

 

狂っちまった、訳か…

 

「まあ、でも私が最後まで望むのは、提督の望むことを成し遂げる事です…そしてそのために貴方は力の使い方を知らねばならない」

 

「…聞いてやる」

 

「自分をイメージしなさい、ブラックローズを」

 

ブラックローズを…

あの姿を……

 

「そのまま…それっ」

 

「なにすっゔぇっ!」

 

頭から水をかけられる、口の中に水が入る

海水だった

 

「ほら、自分の姿を見てください」

 

「………な、なんで…」

 

指さされた通り鏡を見れば、私はブラックローズになっていた

 

「今なら戻れますよ、自分をイメージすれば」

 

言われた通りに摩耶をイメージする、確かに摩耶の姿に戻る

 

「……海水か…」

 

「そう、母なる海は…データの海…今の海はデータが活性化する空間…」

 

海を使い、データを手や体に被せてる…?

 

「違います、作り替えたんですよ」

 

「…質問はしてないんだけどな」

 

「未来が見えるもので」

 

「………じゃあ、明日お前はどうなる?」

 

「…大本営のお偉いさんが連れてくる、大和型2つの首を取り、死にます」

 

「……それだけか?」

 

「…大量に殺しますよ?」

 

「止めるぞ…」

 

「無理です、碑文使いにそんなの通じるわけがない」

 

「………お前の提督はそんなこと望んでないだろ…!」

 

「…我慢なんかできません、私は許せないから許さない、闘いたいから戦う…………ああ、ほら、確かに貴方はその足元に溜まった水から、剣を取り出せるでしょうが…それを一振りする前に私は貴方を殺してしまえる…止めようにも力不足ですね」

 

全部読まれてる、か

 

「……私は提督が信じた、倉持海斗さんを信じることにしました…きっと、死の先にある世界で…」

 

「…本気か…!?」

 

「諦めが悪いですね、私は貴方達までは殺しませんよ、巻き込まれたくないなら途中で抜け出しなさい………いや、そもそも急いで帰らないといけなくなりますけど」

 

ニィッと笑うその笑みに背筋が凍る

 

「海からくる化け物、随分と大人しいですねぇ…まるで、何かを待ってたみたいに」

 

「………おい、まさか」

 

「主力がここに集まってるんですよ?あー、大変大変」

 

「お前、深海棲艦とも繋がってんのか…!」

 

剣を水溜りから取り出し、向ける

 

「……私が繋がってるんじゃないんですよ、この世界にはおそらく…自称ゲームマスターがいる…」

 

「……」

 

「………深海棲艦を操って楽しむ、グズでゲスでゴミのようなやつがいる……叶うのなら私の手で殺したいけど…もうだめなんです、だから貴方に伝えた…」

 

剣が水溜りに還る

 

「……艦娘に寿命があるっていうのか…?」

 

「いいえ、おそらくないでしょう…私は第一次に作られた艦娘ですから」

 

「第一次…まさか…」

 

「ベースは人間、データでこねくり回して作られたのが私…どのみちもうわずかな命なんです」

 

「……いつ気づいたんだ?」

 

「提督と調べ始めてすぐに…」

 

「…………わかった、お前の無念は晴らしてやる」

 

「…そうですか」

 

「…AIらしくねぇ…か…」

 

「お互い様です、でも………らしいとか、らしくないとか…どうでも良いじゃないですか、私達は生きていて…」

 

「意思がある、ウチの提督も個人を見てくれる」

 

「…良い人ですね」

 

「………最後に一つ聞きたい、何故暁達と別れた?」

 

「…あんまりにも、危険な橋だったものですから…私の逝く道は………それに貴方達、あの話を聞けば真っ先に助けに行くでしょう?」

 

「ギリギリだった、嫌な賭けだ…クソが」

 

「………ありがとう、多分他の子達も?」

 

「…電は知らねぇ」

 

「…本当にありがとう…それじゃあ、さようならね」

 

「…あばよ…アタシはお前のことなんかしらねぇからな…」

 

悪人の様相のまま…消えて欲しかった

なんで最後に、笑顔のまま泣くんだよ…



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失策

重巡用艦 摩耶

 

「提督、ちょっと来い!」

 

「あ、摩耶、どうしたの?そんなに慌てて」

 

「急いで戻る、泊地が襲撃されるぞ!」

 

「襲撃…?ど、どういうこと?」

 

「…あまり大きな声では言えねぇが、大淀と会った、ここには佐世保や呉、舞鶴と色んなとこのトップが集まってる、主力が抜けてるところもあるだろ、このタイミングに敵は仕掛けてくるらしい」

 

「そんな…!不味いな…僕はすぐ泊地に連絡をする、摩耶は帰る準備をしてすぐに戻って」

 

「おい!戻らないつもりか!?」

 

「…ここで戻っても大本営に付け込む隙を与えるだけ、結果苦しむのは泊地にいるみんなだ…今の僕にはなんの力もない…それなら君たちを頼るしかないんだよ」

 

「…本気かよ…」

 

「……その話が間違いという可能性もあるからね…」

 

確かに冷静さを欠いていたのは間違い無いが、嘘とも思えない…

本当に襲撃があるとしたら…帰らなきゃいけないのは…戦力になるアタシって訳か…

 

「…そっちも無事に帰ってきてくれ、大淀は明日自分でここを襲撃するつもりらしい」

 

「……本気なのかな…」

 

「……大本営の秘蔵の大和型を倒すって言ってたぜ…あの目はマジだ」

 

「………止めないと…」

 

「そっちこそ本気か…!?大本営に殺されたんだろ、アンタの仲間は!」

 

「…大本営を倒しても、誰も帰って来ない…それどころか国が崩れてしまう、メリットなんてない」

 

「腹がたたねぇのか!?」

 

「……怒ってはいるさ…許せない気持ちはある……でも、拓海は僕に託した…この先を…そして大淀を…」

 

「……止められんのか」

 

「わからない、だけどやらなきゃいけない」

 

「…そればっかじゃねぇか」

 

「そういう物なんだよ、だけど、何より良いと思えることをやらなきゃいけない、そうする事でしか…僕らは前に進めないから」

 

「……じゃあ、アタシもここに残る」

 

「…それは無理だ、曙たちだけじゃ荷が重い…敵の襲撃があるとしたら、本当にこのタイミングを狙うとしたら…きっと一箇所じゃないからね」

 

「………チッ…!本当にちゃんと帰ってこいよ!!」

 

「わかってる」

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

「三崎さん」

 

「なんだ、仕事モードって訳か」

 

「ウチの摩耶が大淀と接触しました、簡潔に言えば各地の主力や提督がいない今を狙った攻撃が計画されていたそうです」

 

「…つまり情報が漏れてる…?いや、それよりも戻らないと不味いか…」

 

「確証が無い以上、こちらは摩耶を帰らせて各自の判断で動かせるつもりです」

 

「…なるほどな、…大井!」

 

「なんですか」

 

「川内と戻れ、艦隊の指揮権はお前に預ける…襲撃に備えろ」

 

「襲撃…!?」

 

「本当にあるかすらわかってねぇ、だがお前なら任せられる」

 

「…そういうことでしたら川内さんは置いていきます、供回りは必要です」

 

「…俺のことを気にかけるな」

 

「艦隊の指揮権は今は私なんですよね?言うことを聞く理由はありません」

 

「おい!」

 

「貴方が死ねば私たちは有象無象、ならば貴方の護衛は必要です、話は終わり、それ以上口を開かない」

 

「このっ…!」

 

この2人も、お互いを大事に思っているのだろう…

 

 

 

 

急いで伝えて周ってみたが、他の提督も帰ることはせず、連れてきていた艦娘だけを戻らせた

これならば誤報だったときもまだ取り返しがつくだろう

夜が深くなる前に解散の運びとなり、残ったのは軍人だけだ、そして明日の葬儀の為に段々と増える軍人

逆にこの時間からが問題に感じる

 

まるで何かの会食のように飲み会する者もいる、明らかに死者を悼むつもりはなさそうだった

 

 

「…マナーもクソもねぇな」

 

「…下手したら顔も知らない相手、だろうからね」

 

「………ここが襲撃されるって話は先にして欲しかったぜ、俺も逃げ出せば良かったか」

 

「……本当に襲撃するかわからないけどね、でもやるなら明日…元帥の到着時」

 

「…だろうな、チッ…夜風に当たってくる」

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

重雷装巡洋艦 大井

 

「それ本当なの!?」

 

「はい、民間の漁船に被害が出ています!急いで出撃します!」

 

「…戻ったばかりでこうなるとはね…木曾!私と出るわよ!」

 

「わかってる!球磨姉と多摩姉は先に現地に向かってる!」

 

「……まさか日本海にいきなり敵が出てくるなんて…佐世保は何してたの…!」

 

「佐世保の方は敵が出てないらしい、急ぎ援軍を送るそうだ」

 

「………待って、敵が高等な作戦を立てるとしたら?」

 

「………狙いは佐世保の方か…?いや、まさかそんなことできる訳…」

 

「敵のことなんて何一つ分かってないのよ!甘く見てはダメ、佐世保の援軍は断るわ、私達で蹴りをつけるわよ!!」

 

「キツイ戦いだが…アリだな…!」

 

 

 

 

佐世保鎮守府

正規空母 瑞鶴

 

「って事で出撃した奴らはすぐに哨戒に変更、絶対に離れないように」

 

『了解しました、今の所敵影はありません』

 

「そりゃそんなすぐそこまで来られてたら困るわよ…鹿屋にも連絡しなさい、基地航空隊を動かして……全く…本当に大丈夫なのかしら」

 

 

 

 

舞鶴鎮守府

軽空母 鳳翔

 

「はい、今の所問題はないようです」

 

『じゃあそのまま頼む、何かあったらすぐ連絡してくれ』

 

「かしこまりました、そういう事ですので、今日は出撃の用意だけ済ませて大人しく過ごしてくださいね」

 

「「「「「はーい!」」」」」」

 

 

 

宿毛湾泊地

重雷装巡洋艦 北上

 

なんだか騒がしい、松葉杖をつき、壁に寄りかかりながら部屋の外に出る

 

「いいか!第一艦隊は東の海哨戒する!交戦できるように入念に用意しておけよ!」

 

「明石、アンタはどうするつもり?」

 

「超長距離砲を用意しておきます、といっても…これから戦闘になるなら夜戦ですから、あまり撃てませんが」

 

「空母も仕事はあまりありませんね、夜食におにぎりでも作りましょうか」

 

「とりあえず、アタシらは出撃するぞ!旗艦はアタシだ!摩耶様の力見せてやる!」

 

「アオボノさんは第二艦隊を率いてください、まだ出撃はしなくていいので、少しでも休んでおいてください」

 

「わかってるわ、だけどこんな話聞いてからじゃ眠れる気がしないわね、クソ提督もなんで戻って来ないのかしら」

 

「戻るのは最善の手ではない、というだけでしょう、私たちでやれることをやらないと」

 

あの人間は戻ってきてないのか…

艦隊の指揮くらいしかやれることは無いはずなのに…なんでこんな慌ただしい時に居ないんだろう、怯えて逃げ出したのか、それとも…

 

「それでは各自動いてください!」

 

ドタドタと慌ただしくみんな動き回る

私はそれを見ていることしかできないのかな

 

「…北上さん…そんなところに立ってどうしたんですか?」

 

[何か手伝えることはある?]

 

この子は阿武隈さんか…

 

「……私は出撃の予定がありませんし、よければみなさんの夜食を一緒に作りませんか?」

 

ここに住まわせてもらってる以上、拒否するつもりは毛頭ない、首を縦に振って頷く

 

「決まりですね、こっちに寄りかかってください、歩きにくいですよね」

 

促されるままにする、話を聞けば私はよく戦い方を教えていた、らしい

 

「北上さんが最初は罪悪感から私に戦い方を教えてたのはわかってるんですけど、それでもすごく嬉しかったんですよ」

 

私が今まで何をしたか、どんなことを言っていたかを聞かされても…わからない、全くわからない

 

私がどうすれば良いのか、私は…みんなの記憶の中の北上を演じるしかないのか

 

「うーん、ここも広くて良いんですけど、まだ慣れませんね」

 

わざと大きく笑ってこっちを安心させようとしてくれている、記憶がなくなる前の私はよほど愛されていたのかな

私はどうすれば良いのか、まるでわからない

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

「…もうすぐ昼だ」

 

「深夜に襲撃は流石になかったか…どうする、来ちまうぞ」

 

「…………」

 

「大淀は見つからねぇ、もうすぐお偉方も来やがる…」

 

「…ここに一般人はもう居ない、というのが救いだね…」

 

外に人が集まり始めたな…

 

「間に合わなかった、か」

 

「……決して手にかけさせちゃいけない、誰も殺させない」

 

「無理だな」

 

「…そうだね」

 

無理だ、だけどやらなきゃいけない

 

「諦めた顔するくらいなら無理ですって言い切りやがれ…情けねぇ…」

 

「………」

 

わかってる、僕がカイトを手放した瞬間から自分が無力な存在になる覚悟はしていた

だけどそれは目を背けただけなのかもしれないし、現状を維持するという逃げの姿勢なのかもしれない

 

実際、どうすれば良いのかなんてわからない、何が正しいのかわからない戦いを強いられてるんだ、だけどそれは僕が選んだ道なんだ

 

「…アンタは目だけ死んでねぇのに、なんでそうなっちまったんだ?」

 

「…今は取り返すことより守ることの方が大事に見えるから、かな…」

 

「俺の勘だが…それ以外に、ちゃんとした敵が見えてないんじゃないのか?」

 

思えばモルガナとの戦いに消極的になってからみんなに負担をかけてばかりな気がする

はっきりとした敵なはずなのに…

 

「俺はアンタの作戦を支持するつもりは一切ないけどな、そんな状態で苦しむのはアンタんとこの艦娘達だろ」

 

「………もうすでに苦しめてたよ、ありがとう、最近目が覚めることばかりだし、本当に夢現を彷徨いっぱなしだ」

 

「どうするんだ?」

 

「戦う相手をちゃんと見定める時間が必要、だね…」

 

「モルガナは」

 

「………あのモルガナは…いや、モルガナを倒して全て解決するのかな」

 

「……」

 

「大淀の事を止めたい、でもなんで大淀は仕掛けるんだろう」

 

「恨み以上の何かがあるのか?」

 

「…もしかしたら、だけどね」

 

「…………見殺しってのは良い気分じゃねぇ、川内…また居ねえ…」

 

「僕は今のうちに拓海が何かを残してないか探る」

 

「俺は大淀を止める、お互い頑張ろうぜ」

 

 

 

 

 

呉鎮守府

軽巡洋艦 木曾

 

「クソッ!!全然減らねぇ…本当にここで抑えてれば良いのか!?」

 

「わからないって言ってるでしょ!このまま戦い続けるしかないの!」

 

「おい!神通!前に出過ぎだクマ!」

 

「問題ありません!!私はやれます!」

 

「陣形を崩すなって事だよ!姉さん、合わせてくれ!!」

 

「わかってるクマ!」

 

どうしたものか、神通は戦果を焦ってるように見える

 

「大井姉!サイドを頼む!」

 

「わかったわ!!」

 

なら満足するまで仕留めさせるしかない、削るだけ削り…

 

「仕留めます!!」

 

神通に仕留めさせる

 

「佐世保より電文!佐世保に巨大な化け物が出現したと!」

 

「やっぱり…!本隊は向こうって考えても良いけど…だとしたら向こうはもっと数がいることになる…!」

 

「宿毛湾にもここ同様に大量の深海棲艦が押し寄せているらしいです!」

 

「なんでこのタイミングにこんな…!」

 

やっぱり合わせてきてる…か

 

「木曾!前!」

 

「わかってる!!」

 

「敵魚雷!来ます!」

 

「陣形そのまま!速度落とすな!」

 

「…待て!酸素魚雷が混ざってるクマ!!」

 

「嘘!?」

 

「神通!どけ!」

 

神通と魚雷の間に割って入る、我ながら無謀なことをするものだ

 

「木曾!!」

 

「ッッ…あー…クソ!!まだ動けるがこれ以上は耐えられそうもねぇな…!」

 

「早く撤退しなさい!こちら大井!誰か1人こっちによこして!」

 

「言われなくても帰るっての…!」

 

今日の戦いは明らかにおかしい、敵がこんなにいる事もそうだがどうやって湧いてきたのか、あの魚雷はなんなのか…

嫌な予感しかしない

 

俺だけ無事に帰るなんてことにはなりたくない

カミサマでもなんでも良い、みんなを助けてくれる何かを…

 

鎮守府にはスムーズに戻ることができた、待機していた妖精にバケツをひっくり返され、高速修復材を頭からかけられる

 

どうする?どうすればいい、俺はどうすれば…

 

「おい!艤装を交換してくれ!こっちの魚雷を中口径の連装砲にしてくれ!」

 

どうすればみんな無事に帰れる?

どうすればこの戦いを乗り越えられる…?

 

「………そっちと、ソレもくれ、御守り代わりに持っていくさ」

 

前に提督からせしめた馬鹿でかい剣…

盾くらいにはなるだろう、これが使えるほどの距離に行くとしたらあの川内型位だ

それから、神通があの離島鎮守府からもらってきたデータ兵器と呼ばれる謎の武器…使えるもんは全部使う、この不安を消せるならなんでもやる…

 

「よし!もう一度だ…本当の戦闘ってやつを見せてやる…!」

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

工作艦 明石

 

「キリがない…!」

 

「潜水艦隊で仕掛けてくるなんてなかなか味な真似をしてきますね…」

 

「赤城さん…東に出た第一艦隊は?」

 

「囲まれたそうですが、今のところ問題はないそうです…摩耶さんが蹴散らしながら戻ってきていると…」

 

「戻ったら戻ったで本土への被害がでますね…第三艦隊を臨時編成、摩耶さん達に合流し、連合艦隊として南東の海の防衛を!」

 

「編成はどうしましょう、アオボノさんも摩耶さんもいない…曙さんは暁ちゃん達を保護に向かいましたし…」

 

「………北上さんはダメ……阿武隈さんなら…?」

 

「彼女は実力は充分ですが、率いる側となると…まだ経験不足では…?」

 

「……では、加賀さんを第三艦隊に移動、赤城さんは第二艦隊に加わってください、阿武隈さん、山雲さん、大潮さん、荒潮さん、霰さんを連れて行くようにと…いや、待って…」

 

ここは手薄になることは無い…けど…軽巡洋艦、駆逐艦、空母のみの編成で合流まで持ち堪えられる…?

 

高尾型は全員第一艦隊で居ない、青葉さんは未だに目覚めない…第二艦隊も駆逐艦ばかり…

 

「第二艦隊から金剛さんと天龍さんも連れて行ってください…ここは死守します」

 

「わかりました」

 

あの潜水艦隊は私達を倒すためとは思えない…つまり陽動……

ならば第一艦隊を狙っている?

それとも…

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

提督 倉持海斗

 

「うん、情報があるなら欲しいんだ」

 

『月の樹の方は今大規模なクラッキングを受けていてな、測ったようなタイミングだ…』

 

「ヘルバも無理そう?」

 

『…私はここのトップだ、一応だがな…情報の方だが、浩司にUSBを持たせる…受け取れ、私達なりの解釈も含む』

 

「…リョースもすっかり言いなりかぁ…」

 

『冗談を言っている場合では無いのだがな』

 

「ごめん、ありがとう」

 

『………私にも子供がいる、子供をも殺すような作戦はお断りだ…』

 

「………」

 

『だが、何もせず世界の終焉を待つのは私が子供を殺すようなものだ…狡い話だが、同じ死ぬなら…とは思ってしまう』

 

「…そうだね」

 

『お前に罪を被せたいわけでは無い…まだ道を模索するつもりだ』

 

「こっちもだよ、だけど敵ははっきりさせることにした…それじゃあ」

 

どうするかな…まだ何も分かっては居ないけど

 

外から大きな音がする、叫び声も

 

始まってしまったか

 

「カイト!!」

 

「三崎さん」

 

「そんな事よりも不味いことになった!フィドヘルが現れた!」

 

「…襲撃は自分の手でじゃなかったのか…!」

 

「いや、大淀はフィドヘルの碑文使いとして開眼してる…」

 

「碑文使いだって…!?」

 

「現れたフィドヘルは石板みてぇな奴だから大淀が操ってるわけじゃねぇ…んだが…このタイミングだ、操ってないにしても協力してる、と見て良いんじゃねぇか」

 

「……どうすれば…とりあえず外に出よう!」

 

 

 

 

 

「…これは……」

 

要人の護衛のために連れてこられたであろう艦娘が応戦しては居たものの、フィドヘルには攻撃が一切歯が立たず、降り注ぐ雷や水面を駆け回る炎にいいように弄ばれていた

 

「水上で戦うのは無謀だな、と言うよりここは放棄して逃げるべきだ」

 

「うん、早く他の人を非難させなきゃ…」

 

…待てよ、もしこの戦いが想定内なら何故大淀は居ない…?

もう要人はどんどん逃げ出して行くじゃないか、今を逃せばチャンスは無くなるのに…

 

「御偉方はもう車で出たらしい、俺たちも急ぐぞ!」

 

「………ダメだ!急いでその車を止めないと!」

 

恐らく大淀は避難の為に此処を離れたところで襲撃をかける

艦娘だからと海に近い場所のみの前提だったが…仕掛けるならそっちか

 

「…成る程な、狙いはそっちだったのか、だがもう間に合わねぇ…此処に取り残されてる奴らだけでも逃すぞ!」

 

「……ゲームの体なら戦えたのにな…」

 

「全くだ、お前ら!さっさと逃げろ!戦うだけ無駄だ!」

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 大淀

 

「…まさか…ここまでとは…」

 

世界が音を立てて崩れていく

淡いセピア色の世界が、私の世界が

 

「……こちらの台詞だ…我々が此処までやられるとは思わなかった…!」

 

ああ、やはりあの予知は正しかった、認めたくはなかった

摩耶さんには勝てると息巻いてしまいましたが…やはり相手は大和型、分の悪い戦いだったか

 

「この新兵器がなければ手も足も出なかったでしょうね」

 

大和型用の新兵器か…

まさかフィドヘルにも通用するとは思っていなかったのだが

私はここで死ぬ、だとしてもただ死ぬわけにはいかない

 

「…また、大和、まだ何か仕掛けてくる気だ」

 

「………」

 

残忍な目をしていたのなら

私たちと違う存在であったなら

戦うことに躊躇うことなんてなかったのに

 

ここは海沿いの道路、少し先は断崖絶壁

身投げには持ってこい…か

 

「貴女方も、自分のことをもっと良く知るべきです」

 

タダでは死なない

 

「貴様!」

 

「待ちなさい!」

 

この戦いは碑文の奪い合いだと言われた

ならばこのフィドヘルは貴女達には渡さない

 

「…フィドヘル!!」

 

「まだ出てきたか!化け物め…!」

 

『裁きの矢、全てを切り裂くであろう…!』

 

「な、何が!?」

 

データドレインを頭上に放ち、そして自分からソレに当たる

 

私の意識は混濁し、海へと堕ちる

 

「馬鹿な…ここまできて自殺だと!?」

 

「つ、捕まえないと!」

 

ああ、消えていく、今私の中からフィドヘルが消えていく

 

次の宿主の元へと

 

あの子の元へと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………馬鹿で勝手な人です」

 

「ん?何か言った?」

 

「あ、いえ、なにもありません」

 

順番が回ってきてしまった…次は私、か

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

提督 倉持海斗

 

「…フィドヘルが消えた…か」

 

「……目的を達成された、と言うことらしいな」

 

「いいようにやられたって訳だ…」

 

何もできなかった

手放した力が急に惜しくなった

 

「力があれば、か…」

 

「…その先にあるのは破滅、誰が言ってたっけな」

 

「………破滅が確定してるんだ、今から力を求めてもバチは当たらないはずだ」

 

「…どうするの?」

 

「さぁな…わかんねぇ…アンタこそどうするんだよ」

 

「…戦うよ、とりあえず僕自身が戦うための努力をする、そのために一度帰る必要がある」



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次代

日本海

軽巡洋艦 木曾

 

「大井姉さん!」

 

「遅かったわね!」

 

「その分仕事はする!」

 

標的までの距離3000メートル

 

有効射程外か、どうやら戦場は騒がしい膠着状態を保つことができたらしい、いや、間に合っただけで案外…

 

「…何だ…待て!後方から酸素魚雷!」

 

「背後クマ!?速力最大!回避しろクマ!」

 

「……敵潜水艦隊!爆雷は!?」

 

「これは違うか!?」

 

「そ、それは主砲のようなもので…いえ、物は試しです…貸してください!」

 

神通にデータ兵器を投げ渡す

 

「うっ…これは重いですね…」

 

レバーを引き、ガコンと音を立てて弾が装填されるのが見える

 

「…衝撃はどれほどのものか…球磨さん!私の肩を押さえておいてください」

 

「人使いが荒いクマ…!」

 

「行きます…!」

 

バシュンっと音を立ててプラズマのような光が着弾と同時にパルスを展開し、中にいる敵を消滅させる

 

「…なんだこれ…!」

 

「っ…反動が重い…大丈夫ですか」

 

「この程度で根を上げるとは華の二水戦が笑わせるクマ…!」

 

「…なら!もう一撃行きます!」

 

「そこだ!あそこに潜水艦がいる!」

 

「木曾!前を見ろ!魚雷が来てる!」

 

早速盾として使う事になるか…!

 

馬鹿でかい剣を水面に突き立てる、魚雷が剣に当たり破裂するも、此方にダメージはない

 

「…ハハッ…あんまりに軽いモンだからハリボテかと思ってたぜ…!」

 

剣の方も傷一つないか、正しい使い方じゃないのはわかりきってるが

 

「これなら多少無茶できるな…!」

 

「木曾!?1人で突っ込まないで!」

 

「戦いは敵の懐に飛び込んでやるモンだろ!!それとも臆病風に吹かれちまったか!?」

 

剣を振り抜き、水飛沫をあげる

 

水のカーテンが自分の位置を隠してくれる

 

「へへ…こう言うのの中から水上機とばしてそれで観測射撃とかやるのも乙なんだろうけどな…!」

 

主砲を向ける

ガコンと音を立てて射撃の用意が完了したことを伝えてくる

 

「そんなモンより…俺はこっちだな!!」

 

ドン ドン

 

連装砲を発射し続ける

 

「浮いてる敵は俺がやる!!潜水艦とでも遊んでてくれ!」

 

「あんの馬鹿…!!球磨姉さん!早く仕留めてください!」

 

「わーかってるクマ!神通!」

 

「よく……狙って…!」

 

視界の端で光が弾ける

 

「くそ!良いなぁアレ!あんだけ派手にやりてぇよなぁ…!」

 

目の前の深海棲艦にそう言う

 

「お前はどうだ?なぁ!?」

 

主砲を叩き込みながら剣でカーテンを作り出す

両手を水面につき、姿勢を低くする、先ほどまで肩があったところを砲弾が通り抜ける

 

「涼しいねぇ…!」

 

もうちょっとばかしやれそうだ

 

剣を振り抜き、その遠心力を利用して近づいてきていた深海棲艦にむけてぶん投げる

 

剣の刃の部分についた細かな刃がチェーンソーみたいに音を立てて回転し始め、ぶち当たる

バキッとかメキャッとか言いながら深海棲艦の顔面をグチャグチャにした

 

「おっと失礼、手が滑っちまったな……」

 

R-18G確定だなありゃ

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

正規空母 瑞鶴

 

「………」

 

惨敗だ、化け物にとことん惨敗した

 

一対の石板のような化け物

小馬鹿にするような言葉を喋り、私たちを嘲りながら一蹴して見せた

手も足も出なくて…とことんやられて…

 

みんな重症、瑞鳳が帰ってきた時にはほぼ全滅…

 

「瑞鶴さん、司令ですが、明日の到着になるそうです、瑞鳳さんの時より交通機関の麻痺が激しくなったそうです」

 

民間の船にも被害が出たこと、いろんな場所に出没していることから安全な場所など無いのに、その安全を求めてみんな色々なところへと行った

鎮守府の側など安全だろうと九州旅行のプランは今大幅値上げだ

 

「………ダメね、これは」

 

「…入渠ドッグはもうすぐ空きます」

 

「修復剤、使っても良いんじゃない?」

 

「……今、敵はいません」

 

私たちを弄ぶだけ弄んだ敵は私たちが全滅した後すぐに消えた

ならばまあ…落ち着いて次に備える必要がある…のだが、みんなして心が落ち窪んでしまった

 

やる気は全く出ない

 

「瑞鶴さん」

 

「何よ…陽炎のところに行かなくていいの?」

 

「………今代理は貴女ですので、此方を」

 

「………なにこれ、斧?槍の先端?」

 

「渡会さんによろしくとおっしゃってました」

 

「…提督さん知り合いかな…とりあえず預か…る……」

 

「瑞鶴さん?」

 

「…コレ、触ってないよね」

 

「…はい、やはり感じますか」

 

本能的恐怖

 

「………なんだろう、なんでだろう…」

 

「……」

 

でも、コレは私たちを救う武器になるかもしれない、明らかに異質なこれは

私たちにどう変化を与えるかわからないコレは

 

 

 

 

 

 

東京 某所

九竜トキオ

 

「…ふー、こっちは終わったよ」

 

「誤字脱字はないのです」

 

「確認ありがとう…うーん、割とややこしい文字も多いはずなのによく読めるね」

 

「……慣れてますので」

 

「ふーん、凄いなぁ…」

 

2人係で格ゲーの攻略情報誌の編集作業というアルバイトを終わらせる

相方はつい最近拾ったホームレス…というか孤児、名前は電というらしい

そういう子供を保護する施設に連れて行った際、なぜか施設側から拒否された、警察も同じく…その場で問いただしたが、どうもカンムスという存在で、軍が管理しているので対応しかねるだの、そいつは人間じゃないだの言われて頭にきて切り上げてしまった

 

見た目もまだ小学生低学年ほど…こんな子を放っておくわけにもいかずウチの居候としている

 

一人暮らしの高校生には金銭的に若干厳しいものがあるが、新聞配達のアルバイトも始めたことでなんとか賄えている

 

と、ここまでが現状だ、未来設計ゼロの高校生にはなかなか辛い

 

「じゃあ俺はコレを提出してくるから、好きにしていいよ、出かけてもいいけどあまり遅くならないようにね」

 

「了解なのです」

 

 

 

「よし、問題なしかー…折角だしお土産にケーキか何か買っていこうかな」

 

「動くな、今背中に当たってものがわかるか?大人しく其処の喫茶店に入ってもらおうか」

 

 

 

「………あのー、曽我部さん、せめてもう少しまともに声かけてもらえませんか?」

 

「いやー、悪い悪い、なんか悪戯心がさぁ」

 

「俺も暇じゃないんですけど…」

 

「あらぁ?マジ?マジマジのマジ?」

 

「…なんですか?」

 

「カイトに会ってみたくないか?」

 

「…カイトに…?」

 

勇者カイト、The・Worldが好きなやつなら知らない奴はいないというほどの有名人

俺の憧れでもある

 

「そう、今度ばかりは正真正銘の勇者カイトに…」

 

「何が目的ですか?」

 

「……ちょっと目覚まし時計がほしくてな」

 

相変わらず意味わからない事を…

 

「あ、今意味わからんオッサンとか思ったでしょ、傷つくなー」

 

「そういうのはいいんで、いつですか?」

 

「できるだけ早く、なんなら今から」

 

「わかりました」

 

電ちゃんには遅くなるって連絡しておこう…あ、しまったな…携帯も何も渡してないから連絡が出来ない

 

「あ、ごめんなさい、一度家に寄ってもいいですか?」

 

「ん?まあいいが、場所は?車を出す」

 

「お言葉に甘えさせていただきます」

 

 

 

 

「へー、孤児を拾った、ねぇ…警察には?」

 

「勿論伝えました、でも管轄外だのなんだので…」

 

「………なんかクサいなぁ…あ、飴ちゃん舐める?俺の嫌いなアロエ味」

 

「…遠慮しておきます」

 

「アロエ味ってさぁ、苦くて不味いんだけど俺の好きなコーヒー味と包装が似ててたまに間違うんだよね、ゲーッてなっちまう」

 

「あ、そこです、止めてください」

 

「あいあい、おじさん無視は悲しいぞっと…」

 

 

 

「あ、いたいた、電ちゃん」

 

「…電…?」

 

「あ、トキオさん、おかえりなさい」

 

「ちょっと帰りがいつになるかわからないからそれだけ伝えたかったんだ、ご飯は何か食べておいて」

 

「わかったのです」

 

「…おい、少年…この子艦娘じゃねぇか…つーか、お前さん…火野のとこの…?」

 

「……貴女は確かたまに来てた胡散臭い人なのですか?」

 

「…なんか色々ダメージあるし日本語おかしいし……」

 

 

 

 

「…つまり、その解体とやらを免れる為に逃げてる、と」

 

「……はい」

 

「しっかし軍も馬鹿だねぇ…警察にも知らん顔してるなんて」

 

「海軍と陸軍の仲の悪さはオカシイっていうレベルなのです」

 

「…なるほど、大体話は理解できました、艦娘という存在も…」

 

「……」

 

「……あーちょっと失礼、俺先方にアポ取っておくから、準備できたら車に来てくれ」

 

「わかりました」

 

「………その、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんなのです…すぐに出て行きますので…」

 

「え、え?いや、別に出て行く事無いんじゃないかなぁ…」

 

「なんでなのです?」

 

「…別に悪いことなんて何もしてないのに、なのに逃げなきゃいけない人生なんておかしい…と思ったからかな、此処なら少しは隠れられるし、見つかりそうになるまででもいいから俺の仕事も手伝ってよ」

 

「………人間さんも…みんなトキオさんみたいに優しければ良かったのに…」

 

 

 

 

 

「おー、来たか少年…って、そっちの嬢ちゃんも連れてくのか?」

 

「よく考えてみたら電ちゃんはあまり家から出ませんでした、なので服とかを変えて変装すれば、気分転換に出かけることくらいできないかなって」

 

「…私は別にいいと言ったのですが…」

 

「……つまり、決断したんだな」

 

「はい、俺は電ちゃんを護ります」

 

「…じゃあ、丁度いいかもしれねぇな、急ぐぞ」

 

 

 

「それで…カイトって、どんな人なんですか?」

 

「カイト…?」

 

「……お前さんと同じような目をしたヤツだよ、ただ、優柔不断というか…向こう見ずになれないせいで…いや、歳をとったせいで悪く変わったんだろうな…」

 

「…悪く変わった?」

 

「……守る側の人間になったってことだよ、守られてるのは自分の癖にな…だから発破をかける、刺激があればきっと全盛期の気持ちで、考え方で生きてくれるかもしれない…まあ、要するに俺も勇者の本気ってヤツを見たくなったのさ」

 

「……勇者…カイト…あの…もしかして…」

 

「…その推測は当たりだ」

 

「どうかしたの?電ちゃん」

 

「………私の司令官さんのお友達…です…つまりこれからいく先は…」

 

「横須賀…だが鎮守府からは離れてる、あー…俺もさっき知ったんだがな、横須賀鎮守府に襲撃があったらしい、そのせいでお偉いさん含め全員逃げ出したんだと」

 

「……そう…ですか…」

 

「…通夜だけは済ませたそうだ、仲間に囲まれたそうだぜ」

 

「……それは良かったのです…」

 

 

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

急いで泊地に帰るべきだ、それはわかっている、でも情報や協力者を無碍にはできない

リョースから書類を受け取り、此方が指定した場所でゆっくりと待つ

 

「…来たね」

 

軽自動車が近くに止まる

運転席から此方をみてウインクしてくる

後部座席は外から覗けない暗い窓になっていた

 

「やー、お待たせしました…ってそちらは………三崎亮…か」

 

「…初対面のはずだが?」

 

「私もミーハーなものでねぇ、100人斬りのPKKにしてアリーナ三冠王、限定モデルのキャラエディットに…語り切れないほどの伝説があるんじゃ、知らない方が無理な話ですよ」

 

「そいつはどうも、で?」

 

「……いや、いいか…倉持さん、アンタに合わせたい人間がいて、連れてきた、降りてくれ」

 

促されて出てきた赤毛の少年はどこか緊張した面持ちだった

てっきり誘拐されてきたのかと思ったけど、そんなことはなさそうだ

 

「…初めまして、俺、九竜トキオって言います、よろしくお願いします」

 

そう言って手を差し出してきた

 

「倉持海斗です、よろしく」

 

差し出された手を掴み、握手する

何か違和感があった、わからない何か

異質な何か

 

「…キミは…何者……?」

 

「おや、何か感じ取るものでもありましたか」

 

「…俺、ダブルウェアって言う…ネットとリアル、両方に存在できる体質なんです」

 

「ネットとリアル両方に…?」

 

「……マジか…」

 

「俺、一回The・Worldに生身で取り込まれてて…その中でいろんな経験をしました、カイトさんをはじめとした、色んな人の世界の記憶を辿って、頼って戦ってました」

 

生身で取り込まれた、その苦労は想像できるものじゃないな…

 

「…つまり、アンタらの次の勇者って訳ですよ」

 

「……僕に、トキオくんを会わせたかった理由って何ですか?」

 

「さあ、なんでしょうね」

 

なんだ、何が目的なんだろう…わからない

でも…

 

「その時の話を聞かせてくれるかな」

 

「…はい!」

 

 

トキオくん…トキオは、いろいろな事を語ってくれた

実はハセヲとも戦ってたり、色んな姿の敵がいたり、時代を飛び越えたりもした、僕に憧れていた、とも言ってくれた

 

そして、気づいたんだ

 

僕は彼のように、今を楽しんでいない、全力じゃない

 

必死だった、みんなを守る為に、みんなのためにと

時に楽しくて笑うことがあっても、辛いことがあっても、全力でぶつかる事を避けていた

全力疾走をして、壁に当たれば壁が壊れるか、僕が大怪我をするから

 

彼は違った、先のことを考えてない訳じゃないけど…まだハッキリ見えてないからこそ無謀な事までやっている

 

 

 

 

 

九竜トキオ

 

カイトさんは、いや、カイトは俺の話を真剣に聞いてくれた

何処か焦った様子で

どこか暗い面持ちで話を聞いてくれた

 

段々と、話が進むにつれてそんな空気は溶けていった

 

楽しく話せた、自分の知ってる事を全部話した

フリューゲルが卑怯な手を使ってカイトを封印した話

ネットの世界でも美味しいものが食べられた話

 

三崎亮という人は実はハセヲだったらしく、途中で蹴りをいれられたが

 

幸せで、何事にも変え難い時間だった

 

 

 

 

 

 

「……ハセヲ、キミはどう?」

 

「…俺もそうなりかけてたみたいだな」

 

「……そっか」

 

「なあ、カイト…まだ先のことはわからねぇけど…勝負しようぜ」

 

「うん、僕もそのつもりだよ、どっちが先に解決するか…その決着の先に何があるかはわからないけど」

 

「…アンタは崩壊の先の世界を救おうとしてる、俺は崩壊を止めて世界を救おうとしてる…どっちが早いか楽しみだ」

 

……なんか凄い話をしているぞ…?

 

「……いやー、わざわざ時間をとった価値はありそうだ」

 

車の方をチラリと見ると電ちゃんが手招きをしていた

それに従ってそっちに向かう

 

「…できれば、あの2人に会うことなく此処を出たいのです、話を切り上げてもらえるようにお願いしてもらえますか?」

 

「……そっか、2人とも軍の関係者なんだよね…大丈夫だと思うけど…」

 

「……そういう理由じゃないのです、車でお待ちしています」

 

「…わかったよ」

 

 

 

「……前向きにお願いします」

 

「わかってます」

 

「俺はノーだけどな、またな」

 

ちょうど良かった、話が終わったみたいだ

 

「……またね、トキオ」

 

「じゃあな、トキオ」

 

「カイト、ハセヲ、今日はありがとう…それじゃあまた」

 

 

 

「……どうだった、少年」

 

「感動、よりも…悩みが出てきました…俺は今の生き方でいいのかなって」

 

「……そんなもんハタチ超えてからでいいんだよ、まだ守られるだけの子供でいい…いや、そうもいかないか……」

 

「…ええ、俺も勇者ですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本海

軽巡洋艦 木曾

 

「ハァ…ハァ……!」

 

最高だ、最高の気分だ

俺がここまで強くなれるなんて、なれたなんて…!

 

「木曾!次はアンタよ!一度撤退しなさい!」

 

「冗談だろ?あとあんだけしか居ねぇ…此処で帰っちまったら遊ぶ時間がなくなるぜ!!」

 

水面を駆る

 

「いいぞ…!」

 

主砲が敵を捉える

衝撃と音が心地良い

 

「もう1発!!……チッ…弾切れか」

 

だいぶん持ってきたのにもう無いのか

 

「丁度いいわ!戻りなさい!」

 

「……いや、まだコレがある…!」

 

剣を振り抜く

 

「一匹仕留めた…!」

 

まだまだ俺はやれる…!

 

「全部…全部よこせぇぇ!!!」

 

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「……お前馬鹿?」

 

「…いや、いけると思ったんだよ」

 

「何が!いけると思ったよ!あんた弾切れであの数に挑むなんて…信っじらんない…!」

 

「北上に続いてアホーだクマ」

 

「いや、原型ねぇしそれ!」

 

「ク曾にするニャ」

 

「色々やばいからやめてくれ!」

 

「……なんで無茶した」

 

「…その……剣が強くてテンシャンあがっちまった……」

 

……は?

 

「は?」

 

「いや、大戦果上げて気分がだな……」

 

「………くっっっそ、くだんねぇ…!」

 

「そうですね、沈めてきましょうか」

 

「水責めなら球磨に任せるクマー」

 

「多摩は海軍式の根性を…」

 

「や、待ってくれ!ま、待ってぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 

 

「で、その結果がコレ、と」

 

「……まだ不安なのか?大丈夫だ、俺を信じろ!」

 

「いや、不安の元凶お前だし、球磨も水責めと称してなに大規模改装してんだよ、成功したからいいものの」

 

「生死の境を彷徨わせないと学ばないと思ったクマ」

 

「……逆に勢いつかせただけニャ」

 

「クックック…俺もこれで改二…鎮守府最強の名は貰った…!早速北上姉に…」

 

「……あ、やべ…」

 

「…提督、北上さんに何か?」

 

「………記憶喪失になったって聞いたんだけどお前らにいうの忘れてた」

 

「…記憶…喪失……?」

 

「……記憶喪失ってなんだクマ?」

 

「…確か、記憶が消し飛ぶことらしいニャ」

 

「………敵も退けました、今は私たちはオフです、急ぎ会いに行ってきます」

 

「…いや、一日待て……明日行け」

 

「なぜですか!」

 

「……頼む、明日まで待っててくれ」

 

「…何か理由があるなら言ってください!」

 

「………勘だ、とにかく今日はやめてくれ」

 

「………」

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「明石、遅くなってごめん、みんな無事なのかな」

 

「ええ、その…今のところ東に展開していた連合艦隊が戻れば……ただ、大破が多いです…」

 

「………そうか…わかった、迎えの準備をしよう、今残ってる戦力には出撃してもらって援護を、暁達が帰ってくる時に一緒に帰投させよう、目隠しの為に」

 

「はい、提督」

 

 

 

 

「はぁ…こんなになるまでこき使いやがって…クソが…!」

 

「ごめん、摩耶、おかげで色々助かったよ」

 

「あ?色々ってなんだよ」

 

「……摩耶、今後は好きに暴れてくれていいよ」

 

「何?」

 

「ブラックローズの力でもなんでも、好きに使っていい…今は敵を倒すことにのみ集中しよう」

 

「その敵は」

 

「……深海棲艦、そして八相」

 

「本当の敵は?」

 

「今見る必要は無い…僕たちが暴れてたら自然と出てくるんじゃ無い?」

 

「……お前、適当じゃねぇか…?」

 

「シンプルにしただけだよ」

 

「…上等…いいぜ!やってやる!!」

 

 

 

「…やぁ、北上」

 

[こんにちは]

 

「……言いたいことがあるみたいだね、時間はあるからゆっくり話そうか」

 

北上はゆっくりと頷いてくれた

 

「……此処だと人目があるな、場所を移そう」

 

 

 

「はい、お茶」

 

会釈をしてくれる

 

[私は記憶がありません、貴方との関係性もよく分かりません、私が思ってることは適切では無いことだとはおもいます]

 

「構わないよ、キミは僕の仲間だ、何を思ってたとしても、だから僕はその意見を聞かなきゃ行けない」

 

[ここの方々は当たり前の事しかしていない貴方に対し、深く感謝…敬服しているように感じます]

 

「…今まで、大変だったからね、決して僕の力では無いけど、今の幸せを大事にしたいんだと思う……」

 

[私は貴方が自分がコントロールしやすいように操っているように見えました]

 

「……そうか、そう見えるのか…」

 

そう見えるということはそういうことだ

なんの関係もない第三者にはそう見えるのか、僕が扱い易い私兵を抱えている様に…

 

[貴方は仲間の幸せを望んでいるのですか?]

 

「…そうだよ、もちろんそうだ」

 

[ならば貴方はここには不要なのでは?]

 

「……っ…」

 

まさか、まさか北上にそんな事を言われるなんて

いや違う、仕方ないんだ

今までやったことが間違っていた…訳ではないけど、褒められたものではないということだ

今後改善していけばいい

 

[私たちは既に考えることができます、私たちはものを考え、感じることができます、貴方がやってる仕事は果たして貴方しかできないことですか?]

 

確かにそうかもしれない、確かに今まで僕のやってた仕事は書類の処理くらいか

 

「そうだね、確かに僕はあまり特別な仕事はしていないかもしれない」

 

[ハッキリ言って私は人間が、貴方が嫌いです、私は戦争を続ける人間が嫌いです]

 

「……そう、それは仕方のない事だね」

 

[なぜ何も言い返さないのですか?私は貴方を否定し、罵倒しています、腹も立たないのですか?]

 

「…わからない、だけど僕はキミに言い返せる様な立場ではないよ」

 

[上司なのに?]

 

「形だけね、僕は縦より横の繋がりとしてみんなを見ている」

 

[貴方がわかりません]

 

「……とりあえず、試しに明日から明石に代理を頼んでみようか」

 

[給料泥棒]

 

うーん、思ったより恨みを買っているみたいだ…

というか憎まれてる?

 

「大丈夫、どのみち使わないから……ところで、僕からもお話しして良いかな」

 

[どうぞ]

 

「端的にいえばキミの記憶は戻らない」

 

[何故?]

 

「キミの記憶はデータドレインという超常的な力で吸い取られた、通常の記憶喪失と違い、完全に失われたんだ」

 

明らかに狼狽えた様子の北上

 

[それはどういう事ですか]

 

「…どういう事、と言われても正確な答えは返せないかな、とりあえず言えることは…キミはキミとして、記憶を失う前のことを考える事なく過ごしてくれて構わない…という事だよ」

 

[前の北上に未練はないのですか]

 

「…キミも北上じゃないか…って答えは求めてないよね、うん、未練はあるさ、でものほほんとした雰囲気なのに芯がある、そんな北上をキミに求めることはしないよ、別人になる訳だし」

 

[記憶がないだけで同一人物です]

 

「…そうだね、ごめん、配慮のない発言だった」

 

[北上に女としての未練はないのですか?]

 

「え?」

 

[貴方のことを好いていたと聞いています]

 

「そうなの?」

 

[やはり貴方は嫌いです]

 

「あはは、ごめん、基本的にのらりくらりとしてたからハッキリと感じ取れなかったんだよ…そっか、そうだったんだ……」

 

…知ってるさ、そんな事

 

[話は終わりですか?]

 

「あー、うん…そうだね」

 

ショックで生返事をしてしまった 

 

[それでは失礼します]

 

杖をつきながら歩く彼女を見て、少し前の自分を重ねる

1人で生きることが難しいということへの感情は…北上の今の気持ちはよくわかる気がする

 

「………」

 

お互いに頑張ろう、とも言えなかった

 

 

 

 

「なるほど、それで私に白羽の矢が」

 

「うん、頼めるかな」

 

「…もはやそれ北上さんにやらせればどうですか?」

 

意外だった、明石がそういうとは

 

「……北上はまだ目覚めたばかりで何もわからないから」

 

「…別に良いんですけど、提督…無理しないでくださいね」

 

「無理はしない…いや、無理することにしたよ」

 

「え?」

 

「…常に全力で行く、息切れするまで走り続けることにした」

 

「…何かあったんですか?」

 

「………自分を見つめ直したんだよ、それだけさ」

 

「とりあえず…私が北上さんに仕事を教えます、ずっと病床というわけにもいきませんので」

 

「…よろしくね、僕は島風に会いに行く」

 

「……成る程、本気ですか」

 

「全力で戦うとしたら、この体じゃ戦えないからね」

 

「…提督なら深海棲艦が何万、何億といても勝てますよ」

 

「それは無理だよ、1人での戦いには限界がある、だからみんなで戦うんだ」

 

「…そうですね、工作艦明石、微力ながら…!」

 

「頼りにしているよ」



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圧倒的

佐世保鎮守府

提督 渡会一詞

 

「成る程な、だからコレが」

 

「司令官、それは何なのですか?」

 

「……ヴォータンだ、神槍ヴォータン…その槍の先端部だな」

 

「しんは神ですか」

 

「ああ、ニーベルングの指環という話に出てくる神、ヴォータンが由来だ」

 

「…だから神の槍…」

 

「本来は神様そのものだがな…ふむ、コレならズレることはないだろう」

 

「重くないのですか?」

 

「いや、かなり重い…だが、問題はないな…ふっ…」

 

やはり重い、体が振られる様だ

 

「司令官が槍を持って戦うような状況にならない様に、私たちがいる限り絶対に防いで見せます」

 

「…ならば不知火、お前がコレを持つか?」

 

「…何ですか、この重さは…」

 

「折れない様に柄も一番重いものを使っている」

 

「成る程…だめです、振ったらその勢いで私が飛んで行きそうになります」

 

「……ふむ、龍田を読んできてくれ、アイツなら扱えるだろう」

 

 

 

「お呼びですか〜?」

 

「要件は聞いたはずだ」

 

「うふふふふ〜、その槍、まだ慣れてないみたいね〜、今なら勝てるかしら〜?」

 

「…つい先程まで入渠してた奴とは思えん口振りだな」

 

「あら〜、乗り気で嬉しいわぁ〜!」

 

本気で殺しにきているな

 

「お前の艤装は当たれば死ぬというのに…訓練用の槍を持て」

 

「提督のソレも当たれば死んじゃいますよ〜?」

 

受け流しては見せるが、時間の問題か…それも悪い方だが

 

「本当に勝てそうね〜」

 

「!」

 

龍田の癖だが下段の突きを放ち、そして振り上げるという行動をとるとき、必ず槍を半回転させる、切り上げるとき峰では無く刃を当てるための行動だ

そして今、それをとった

 

「うふふふふ〜♪」

 

下段への突き

それに合わせて龍田の槍を固定する様に槍を突き立てる

 

その時だった

 

「な、何かしら…!?」

 

「くっ…これは…!」

 

眩い光を放ち、龍田の槍の先端部が消滅する

 

「あ、あら〜…?やりすぎじゃないかしら…?」

 

「殺しにきてたお前がいうのか…しかし…これはデリート…」

 

神槍ヴォータンはただの槍ではない

本来、ゲーム内の全てのプロテクトを無視し、対象を消去する、まさしく神の槍…

 

 

「まさか現実にこの槍が出てくるとは…いや、だが…コレを持ってきたのは誰だ?」

 

「佐藤だとか名乗ってましたよ」

 

「…黒のビトか…話を聞く必要があるな」

 

「何処へ?」

 

「佐世保バーガーでも食べてる頃だろう、直接会いに行く」

 

 

 

 

 

 

倉持海斗

 

リョースから受け取った書類を眺める

もう読むことは読んだ、あとはただ眺めている以外は価値がない書類だ

 

艦娘、簡単に言えばこれは電子生命体である

放浪AI、つまり意思を持ったAIか何らかの弾みに現実に出てきたものがコレとなる

 

血も流すし、物も食べる、好みも違えば感情もある、これについては九竜トキオがネットの中で食事を取り、味を感じたことからそれと同様とすればわからない話ではないのだろう

 

ヘルバの調べていた事はその先に到達していた

 

海と妖精についてはもともと海軍が調べていたテーマだが、それもハッキングしたらしい

 

海はモルガナが溶け込んだその瞬間から密度の低いデータの塊となった、そして段々とその密度が上がり、今では高密度のデータ…まさに電子の海といった有様らしい

 

さらに妖精について、僕たちの目に見えない妖精は、まだ未熟なAIで、現実において体をハッキリと保つためには艦娘の艤装や周囲でしかそれができない、そのために妖精は艦娘にしか見えない様に見える

実際は近寄り、本当にいる場所を見れば小さな光点があり、それが妖精だと思われる

演算や状況把握などを手伝っている様で、妖精の多い艦娘は高レベルな戦闘を展開しやすい

 

簡単にまとめればそんなところか

 

例えば僕がこの世界を再誕させたとして…艦娘は消えるのだろうか

そんなわけがない、もやは彼女たちは仲間なのだから、決して消えない様にしなくてはならない

 

手元にある資料をまとめる

 

別に誰かに見せたい訳では何が、彼女らに見せるにはややショッキングだろう

 

「…そろそろか」

 

バスが止まる

ここから少し歩けば舞鶴鎮守府、か

 

 

 

 

 

佐世保

提督 渡会一詞

 

「うまいか」

 

探していた男はすぐ見つかった、包み紙を見るに3つ目のハンバーガーを勢いよく食べている

 

「ええ……とても…ふむ、私たちの拠点のそばにはチェーン店しかありませんからね」

 

「…さっさと本題に移そう、黒のビト」

 

「碧衣の騎士団団長、双星のアルビレオに知られているとは光栄です」

 

「…俺はもうデバッガーじゃない」

 

「その割には、最近槍を使った様ですが」

 

「………八相という存在にヴォータンを防ぐプロテクトがあるとは思わなかった」

 

「それだけ超常的な存在なのです、現実だろうと、ネットだろうとね」

 

「俺に何をさせたい」

 

「武器を差し上げただけです、お好きにどうぞ?」

 

「…どうやってあの槍を作った、あれは現実に存在して良いものじゃないだろう」

 

「艦娘、深海棲艦…その二つにだけ、あの槍は有効です」

 

「何?どういう意味だ」

 

「そのままの意味ですよ、彼女らはAIですから」

 

「…AIだと?」

 

「……電子生命体と言うべきかもしれませんが…彼女らはもともと現実の存在ではありません」

 

納得がいく話だ、今までこんな存在があるなんて、と何度も思ったのだから、今までを思えば…

彼女たちは人間ではないと思えば…ほとんどのことに納得がいく

 

「おや、驚かないんですね」

 

「…驚いている」

 

「ではもう少し感情表現をされるべきかと」

 

「……それで?」

 

「彼女らに触れればあの槍は容赦なくデリートするでしょう」

 

「…ヴォータンはデリートしてはいけないものはしないようにできている筈だが?」

 

「そうですね、使用者が望まなければデリートする事はないでしょう」

 

つまり俺は龍田の槍を危険だと思っていたから消した、ということか

良い判断だったのだろうな、あれは確かに殺すつもりだった

 

「あれを何故俺に?」

 

「貴方は道を違えない、と考えまして」

 

「わからんぞ、俺は家族のためなら進んで道を違える」

 

「……こう言うと良くないですが…我々がご家族を保護しました、と言えば?」

 

「…保護だと?」

 

「我々は完全に大本営、海軍と敵対しています、貴方方の敵でもありますが…まあ、ご家族を付け回したいた奴らは病院のベッドの上ですよ」

 

「………俺はどっちにも退けない立場にされた、というわけか」

 

「御理解早くて助かります、貴方は大本営からも、我々からもマークされ、両方から脅される立場…」

 

「……大丈夫なんだろうな」

 

「保証します、ご家族の安全は」

 

「……それで」

 

「我々に情報を流すだけで構いません全くもってそれ以上は望んでおりませんので」

 

 

 

 

 

「厄介な事になったな」

 

すぐさま大本営に問い合わせたが、そんな事実は把握していないと

何より俺の家族を人質に取った事実すらないと言い出す始末だ

 

このまま野放しにすれば後から毒の様に俺を苦しめるだろう

 

何かいい対策はないものか

 

「提督さん、何考えてるの?」

 

「瑞鶴か、大したことではない筈だ…お前は気にしなくていい」

 

「えー、何それ、ところであの槍ってなんなの?」

 

「……危険な兵器だ、龍田に練習の槍をもっと重い鉄製のものにしろと伝えてくれ…アイツがあれを使う事になる」

 

「提督さん、槍壊しちゃったんだっけ?いいよ、でもそんなに重いの?」

 

「……俺が振ったら体が持っていかれそうになるくらいだ」

 

「うげぇ…それかなり重々じゃん」

 

「そう言う事だ、だがアイツなら使えるだろう」

 

「……私も何か欲しいなぁ〜?」

 

「…はぁ……なんだ、何が欲しい」

 

「え、受け入れてくれるとは思わなかった!また考えとくね!」

 

「……藪蛇だったか…」

 

 

 

 

 

舞鶴鎮守府

倉持海斗

 

「すいません、わざわざ時間を取っていただいて」

 

「いんや、別に構わねぇさ、それで、用事ってのは?」

 

「…カイトを島風から返してもらおうかと」

 

「………そいつは…」

 

「コレからの為に必要なんです」

 

「……ま、とりあえず呼んでくるさ…おーい、五月雨、お前はお茶汲みに行くなよ…あ、待て!おい!」

 

 

 

「てーとく!どうしたの?何か用事?」

 

「わざわざごめん、ちょっとお願いがあるんだ、島風、あのキャラを返して欲しい」

 

「…キャラを…?…どうして?」

 

「……僕が戦う為に必要なんだ、キミには代わりのアカウントも用意するし、迷惑はできるだけかけないから…」

 

「…………ヤダ…」

 

参ったな、断られるとは思ってなかった

 

「…理由を聞いてもいいかな?」

 

「だって提督が戦うんでしょ…?強いかもしれないけど、死んじゃうよ…」

 

「え?」

 

「…私たちは命懸けで戦うのが生きる理由…でも提督は違うでしょ…?」

 

こんなに、人の事を思いやる、そんな小さな子達を僕は命懸けの戦場に送り出している…

何度思い知ってもいい気分ではないな

 

「僕も君たちの仲間だ、仲間が命懸けで戦ってるのに安全なところで見てられないよ」

 

「………もう私は違うよ」

 

「そんな事ない、キミはいつまでも仲間だよ」

 

「…………死なないでね」

 

「わかってる」

 

 

「鳳翔」

 

「あら、もうお帰りですか?」

 

「…仕事は多いからね、鳳翔、キミはどう?無理してない?」

 

「はい、ご心配なく」

 

「………赤城達も気にかけていたよ、いつでも戻って来ていいからね」

 

「……ありがとうございます」

 

「…僕もキミが心配なんだ、いつでも帰っておいで」

 

「ふふっ…最初からそう言ってください」

 

 

 

 

「お帰りか?」

 

「徳岡さん、ボロボロですね」

 

「…ここじゃお茶汲みに行くやつによっては酷いメに合うからな…」

 

「成る程、ご愁傷様です」

 

「………お前さん、どうするつもりだ?」

 

「終わりを決めるのは僕じゃないんです、今は与えられた事をやる、敵は目の前の敵だけを見る」

 

「…背中には気をつけておけよ」

 

「背中は仲間が守ってくれますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

日本海 

駆逐艦 島風

 

「にゃ〜…しぃ〜…」

 

「流石に冷え込む…っていうか…こんなとこに敵出てくるのー…?」

 

「急に発見され始めたらしいっぽい?」

 

「成る程、じゃあ私たちがいっちばん活躍して駆逐しちゃおう!」

 

「駆逐艦だけに?つまんないにゃ」

 

「モッチー、帰らない?」

 

「流石島風、判断が速くていいね〜、かえりたいよ〜」

 

連装砲ちゃんもついてきてくれてるけど、やっぱり何だかなぁ…

私のことは認めてくれてないせいか、思った通りに動いてくれない…戦闘も不安だし…

 

 

 

「もう充分探したの!いなーいのー!」

 

『わかったわかった、帰って来い、菊月が鍋にするってよ』

 

「お鍋!?いっちばーん食べたかった!」

 

「流石に気分が高揚します的な?」

 

「早く早く、帰ろ!」

 

「うん」

 

戦闘になった時、私は連装砲ちゃんと一緒にちゃんと戦えるのかな…

前の戦いで私はボロボロにやられた

敵がおかしかったことはそうだけど…それだけじゃない

あのゲームみたいな力があれば、私にも力があれば…

 

「今日の海は冷たいね」

 

「そうだにゃ〜」

 

水飛沫が体に触れるたびに冷たさが染みる

 

ギュッと握った手には何か感触があった

 

「…え?」

 

短剣が右手に握られていた

 

あのゲームの中の、短剣が…

 

瞬きをすればまるで水になった様に、大量の水が私の手足にかかった

 

「ぉぅっ…つ、つめた…」

 

「………ジャージ着たら?提督もいいって言ってるんだし…」

 

「…それよりヒートテックがいい…」

 

「わかる」

 

……なんであの剣が…気のせい…なのかな?

 

「島風…?」

 

「島風ちゃん、大丈夫?」

 

「あ、う、うん、大丈夫だよ」

 

 

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 木曾

 

「どう言うことだ?」

 

「強くなったところで悪いがお前は出撃させない、理由はお前の隊列を乱す様な戦闘などの問題行動だ、3回目は言わねえぞ」

 

「いや頼む、戦わせてくれよ、俺も戦いたくて仕方ないんだ」

 

「知るか、それよりも北上に会いにいかなくていいのか?大井達は荷物をまとめてたぞ」

 

「荷物だと?」

 

「環境などが悪い様なら連れて帰るそうだ、つーか向こうの誰かとやりあって来いよ、許可さえ貰えばお前1人が演習する分には構わねぇから」

 

「………6対1か…燃えるね、いいぜ、やってやる!!」

 

 

 

 

 

「なあ、なんで俺に手錠がかけられてるんだ?」

 

「アンタが勝手な行動するからでしょ?」

 

「木曾だキソーって言えニャ」

 

「クマー」

 

「………そのバックの中身、見せてくれね?」

 

「…ほら」

 

「いや、そんな気はしてた…中身全部拘束具だしそのバック前見た人が入るやつだろ、ほら、顔だけ出るやつ」

 

「…そんなやばいやつなのかニャ…」

 

「あれはそういう芸であって、誰でもできる訳じゃないクマ」

 

「でも姉さん、私北上さんをこれに入れて一生愛したいんです!1人で何もできない北上さんを!」

 

「……別に姉さんの性癖は興味ないんだけどさ、いい加減提督にアタックかけなくていいのか?川内もそうだけと最近きた春雨ってやつもなかなか仕掛けてるぜ」

 

「ふふ、手を出したら刺すわ」

 

「うにゃぁ…」

 

「くぁ〜…クマァ〜…」

 

「2人揃ってあくびしてる場合か?上官を殺害宣言してるぞ」

 

「あら?木曾は提督が私以外に手を出すと思ってるのね」

 

「………吐きそうになってきた、胃が痛い」

 

「あ、見えてきたクマ」

 

「………なんか騒がしいニャ、演習中かニャ」

 

「まあ何にせよ急ごうぜ、時間がなくなっちまう」

 

 

 

 

宿毛湾泊地

工作艦 明石

 

「はー…まさかタイミングずらすなんて想定外でした」

 

「でもうまく乗り切れましたね、良かったです、うどん食べに行っておいて」

 

「曙さん、私達が査察の後始末とかしてる間にそんなに良いものを……」

 

「香川のうどんはコシが違いますね」

 

「くぅ…私も食べたいっていうか私頑張って盗聴器と隠しカメラ全部潰したのに……!」

 

「んー、本当に全部潰せたという証明は?」

 

「………悪魔の証明を…しろ…と…?」

 

「え?いーえ?そんなことまぁったく思ってませんけど」

 

「くっ…!いいですよ!もう一回探知機持って練り歩きますから!!」

 

最近性格悪いなぁ曙さんも!!

 

 

 

「ぁ…うわ、あったし…しかも工廠…もう二周くらいしておこうかな…とほほ……」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

「そうですね、まあ忙しいというより…騒がしいんです、色々ありすぎて」

 

「…悪い時に来ちまったみたいだな、と言うか演習の時以来か?」

 

「そうですね、改めまして綾波型の駆逐艦曙です、よろしくお願いします」

 

「………なぁ、姉さん」

 

「…球磨もそうクマ」

 

「ニャ」

 

「……あなた変わってるって言われない?」

 

「………ちょっと失礼します…もしもし、曙?私の心が持たないから早く来て」

 

「あ、悪い、傷つけたかったわけじゃなくてだな!?」

 

「…それで、北上さんでしたか…今は執務の手伝いをしてると思いますよ」

 

「…なぁ…本当に記憶喪失なのか?」

 

「あなた方の知っている記憶喪失とは少し違います、自然に治ることはありえないそうです」

 

「…どういう意味ですか?」

 

「まず、この記憶喪失の原因は北上さんと別の艦娘との間にある因縁です、その相手の艦娘は北上さんと勝負し、その戦いの最中、相手の攻撃により記憶を吸い取られました」

 

「吸い取られた?」

 

「………その相手の艦娘は?」

 

「順番にお答えします、相手の艦娘についてはお答えできません、本人が望まない事ですから…」

 

「私達がそれで納得すると?」

 

「関係ありません、あなた方が無理矢理記憶を戻して一番傷つくのは北上さんですよ」

 

「………それで?」

 

「データドレイン、ご存知ですか?」

 

「…たしかAIDAを取り除くのに提督が使ったって言ってた技の名前が…」

 

「確かそうだクマ、記憶すらも抜き取れる…とは驚きだったが……クマ…」

 

「通常の記憶喪失は…まあ、色々ありますが、要するに忘れている状態、では今の北上さんの状態は完全に無いんですよ、思い出すものがない」

 

「………ならまた作ります」

 

「ご自由にどうぞ、止めるつもりはありませんので」

 

「………さっきから仲間のことのはずニャのに偉くぞんざいじゃないかニャ…お前…」

 

「…それは申し訳ありません、ですが私は北上さんをもう仲間として見ていませんので」

 

「…アナタ、よく私の前でそんなこと言えるわね」

 

「私は北上さんを尊敬していました、何度もあの人の動きを真似、理解し、繰り返してその結果あの人にできて私にできない動きは、艦娘のできる動きの範囲内なら、無いと言って差し支えありません」

 

「……何?」

 

「つまり、出し殻には用がないと」

 

「………北上さんが悪いんですよ、提督を悪く言うから」

 

「どういう事ですか?」

 

「北上さんは、私の目標で、とても頼りになる仲間でした、なのに記憶がなくなったからと言って提督を悪くいうなんて私は許せません」

 

「…成る程な、コイスルオトメってやつか」

 

「……タチが悪いのは、北上さんも記憶がある時は同じ人を好いていた、と言う点でしょうか」

 

「………成る程な、クマ」

 

「北上さんは私の恋のライバルでもありました、私は北上さんのことは好きでしたから、最初止めました、記憶が戻ったら後悔すると……ですが、少し前、提督と北上さんが2人で応接室に入るから何事かと思い、よく無い事だと分かっていながらも立ち聞きしました…」

 

「………そこで北上さんが、ってわけね」

 

「性格にはわかりません、北上さんは声も失っているので」

 

「声も…」

 

「………」

 

「筋力も低下しており、艤装の装着も負担になるからと今は事務仕事を始めてもらっています」

 

「………で?」

 

「…まだ庇うというのであれば、お好きにどうぞ」

 

「…………なぁ、ストレス溜まってんだろ」

 

「だとしたら?」

 

「……北上姉にできる動きが全部できるんなら、俺と闘ろうぜ」

 

「……馬鹿な方ですね、あなたは今の話を聞いていて、何故私と戦えると?」

 

「俺がやりたいからだよ、それ以上なんかねぇさ」

 

「………本物のバカですね、あなたなんて…阿武隈さんにはまず勝てないとして、曙や明石さんにも勝てない……ふむ…赤城さんとやって負ければ満足しそうなクラスですか」

 

「……舐められてんな、俺だって改二なんだ、なぁ、やろうぜ」

 

「…………私が直接相手する気は全くありません、というか赤城さんもここならかなり高練度な部類なのですが………いや、話の続きをしましょう」

 

「続きをしたければ、闘れよ」

 

「…………貴方達の妹ですよね」

 

「…正直言って、お前の物言いに球磨達全員イラついているクマ…事情は理解できるが、歯に衣着せず言い過ぎだと思ったクマ」

 

「……だから殴り合いで解決しようと?」

 

「…怖いのかニャ」

 

「………はぁ…私、遠征から帰ったばかりで疲れてるんですけど…阿武隈さんでも似た様なことできるので阿武隈さんじゃダメですか?」

 

「貴方の言葉の責任です、貴方が取るべきだと思いますよ」

 

「………こういう時に限って曙は遅いし……いいですよ、海に行きましょう」

 

 

 

 

 

 

「へー、頑張りなさいよ」

 

「……別にアンタがやってくれてもいいのよ?アタシは疲れてるんだから」

 

「讃岐うどん、私も食べたかったわ〜」

 

「……チッ、腐れ青髪が…」

 

「最近アンタ口悪く無い?」

 

「おい!!さっさと来いクマ!それともそっちも来るか?2人に増えても全く構わんクマ」

 

「艤装を運ばせただけですよ…ったく、ほら、貸して」

 

「北上用の五連装酸素魚雷と、12.7cm連装砲、あとは7.7mm機銃…」

 

「………どうせ20分で終わるわ、今回は目視距離からの開戦だし、ただ、あのヘンテコな剣…アンタ何か感じないわけ?何に使う気かしら…盾…か…?」

 

「この髪は探知機じゃ無いのよ」

 

「……舐めた真似してきたら、5分で終わらせてやる…」

 

「…珍しく頭に血を登らせちゃってまあ………ま、いいか、頑張りなさいよ」

 

「言われるまでも無いわ」

 

 

 

 

 

 

『演習開始!』

 

「………予想通りすぎるわね」

 

重雷装巡洋艦2からの大量の魚雷…

破壊する必要もない

 

「こっちも魚雷を見せてあげる…と言っても、最初から全部見せるつもりはないけどね」

 

5発の魚雷を発射管から取り出す

 

ぽいと海に捨ててみせた、あまり深く沈めずに、そして相手の魚雷と接触しない程度に

 

「………これワイヤーついてたっけ…あー、あった…じゃあこれも邪魔ね、機銃とまとめて浮かべておけば後で取りやすいかしら」

 

艤装を海に浮かべてその上に機銃もおく

 

「………よし、行くかー」

 

 

 

 

[あれは何をしてるんですか?]

 

「演習よ、せっかくだし見ていきなさい」

 

[お言葉に甘えさせていただきます]

 

 

 

重雷装巡洋艦 大井

 

「…何あれ、艤装を捨てたわよ、魚雷発射管も…機銃まで」

 

「………舐めやがって、突っ込んで来るぞ!!砲撃開始!」

 

「多摩、挟撃するクマ、全体単横陣クマ!」

 

「…その前に魚雷で終わりよ…!」

 

あと3秒で魚雷に当たる、当たる…

砲撃も迫っているのだ、一瞬で終わり……

 

「何!?」

 

「と、跳んだクマ…!」

 

「クソ!跳ね回りやがって…!神通みたいな事してんじゃねぇ…!」

 

「魚雷全部かわされたニャ…!次!用意するニャ!」

 

「ク…グマッ!?」

 

「姉さん!クソ!大丈夫か?」

 

「………う、動けん…クマ…!機関部と艤装が…クッ…クマッ…!」

 

「…この精密射撃が…くそ!俺が前に出る、後ろに入ってそこから砲雷撃!」

 

「わかったわ、ちゃんとソレ盾にしなさいよ!」

 

「ニャ!」

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

「………やっぱり盾か」

 

信号を送る、そして艤装の巻き取りを開始する

体が少し艤装に引っ張られる

 

「…っ…ちょっと重い…噴出機構付いてないやつか…」

 

「この体勢…いや、いっか、巻き取りやめれば」

 

巻き取りをやめ、大井達の後方から飛び出す魚雷を狙い、放つ

 

「………出てくる場所を性格に把握するの、難しいのよね…甲標的も潜水艦も居ないし」

 

1撃で5発の魚雷を作動させる

前方は守れても、盾では背後は守れない、お粗末な終わり方だ…完全に艤装が停止してない木曾にもう一撃打ち込んで演習は終わった

 

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 北上

 

「………っ…ぁ…」

 

なんだアレは、戦いとは呼べない何か

蹂躙、圧倒的な差…

 

「アイツはいいわよねぇ、指揮官としても、兵士としても優秀なんだから」

 

[あれはなんですか?]

 

「アンタの真似よ、どうせアレで仕留め損ねたらまた遠隔雷撃でもやるつもりだったんだろうけど」

 

[訳がわかりません]

 

「………記憶を失う前のアンタは、アレと同じくらい強かったのよ…いや、今アンタに宿ってるか知らないけど…AIDAがあればわからないか…」

 

何を言ってるのかはわからないが、私があそこまで強かった…?

今の私は1人で歩くのに杖をつかなくてはならないのに…あれほどに強かった…?

 

「お疲れ、曙」

 

「中指目に突き立てましょうか、曙、ちゃんと噴射機構ついてるやつにしなさいよ」

 

「そっちは軽巡以上じゃないとダメだって、重いからってさ」

 

「……一言言いなさい」

 

「ごめんごめん、忘れてたわ」

 

なんでそんなに強いのに

いや、強いから戦争をしていても何も思わないのだろうか

 

「………アンタ、また変な事考えてるわね…何考えてるかまでは知らないけど」

 

「………」

 

急いでホワイトボードに、何も考えてないと書き込む

 

「……私は全部聞いてたわよ、貴方と提督のやりとり」

 

「!」

 

この人はあの人間が好きで、私が邪魔だと思ってる、だから…

 

「…………最ッ低ね…」

 

「あ、曙!待ちなさいよ!」

 

「……もう、アンタに記憶が戻ることがないと知った以上…アンタに気を使う気は無いわ、アンタなんか…死んだ方がよかった、なんで仲間をこんなふうに憎まなきゃいけないのよ…!」

 

「………泣いてるの見られるわよ、ほら」

 

私だって、納得できてない、理解できてないのに…1人で立ち上がることすら、こんなに困難なのに…私は…どうすれば良いんだろう?

 

 

 

 

 

 

工作艦 明石

 

「え?北上さんの異動届?」

 

「そう、作っておいてください…呉の球磨型が引き取るつもりみたいだから」

 

「…わかりましたけど、顔洗ってください」

 

「だから言ったじゃ無い、泣いた跡がよく見えるって」

 

「………はぁ…」

 

「みんな心配そうに見てたわねぇ」

 

「…提督は?」

 

「2時間ほどで着く予定だそうです、またゲームの身体を使って戦うと」

 

「…………そう、たとえその身体を使って戦っても自分の体は安全なところにおいて、とか言うんでしょうね」

 

「…言い過ぎよ」

 

「アンタはイラつかないの?」

 

「………思うところはあるわ、いろんな意味でライバルだっただけにね、でも一番可哀想なのは阿武隈よ」

 

「……そうね、必死に元気なフリしてるけど、あの子が一番辛そうだったわね」

 

「阿武隈ちゃんからすれば、憧れで、大事な先輩で、大きな壁で、親友で、簡単には言い表せない存在でしたからね…」

 

「…私は北上が建造されたばかりの艦娘だと思って接してるつもり…いや、できてないのはわかってるわ…だけど、それでも……アイツは…」

 

「やめなさい、もう手遅れだしアタシもだけど…陰口言ってたら最低よ」

 

「……そうね」



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運命の予言者

舞鶴鎮守府

駆逐艦 島風

 

「うーん、そんなにダメかな」

 

「そうだにゃー、もっと連携がとれないと苦しいと思うにゃ〜」

 

「確かに、いざという時外したり、いうことを聞いてもらえなかったらダメだからね

 

私は今睦月ちゃんと時雨さんに戦闘訓練を見てもらっています

 

といっても、連装砲ちゃんは思う様に攻撃してくれなくて…的に当たる事もないけど

 

「うーん、何が気に食わないのかにゃ」

 

「連装砲ちゃーん、よく狙って打ってみてよ」

 

「……ダメみたいだね、島風、魚雷主軸にして見る気はあるかい?」

 

「…その…うん、そうしてみ……ううっ…」

 

時雨さんの提案を受け入れようとしたら連装砲ちゃんに体当たりされるし…悪いとは思うけど…

どうすればいいのかなぁ…

 

「…島風、君が望むならその連装砲は置いて行ってもいい、駆逐艦用主砲は別で用意できる」

 

「………うん、でもまだ頑張ってみる」

 

…私は勇気が足りない、前の島風に対して踏み込めていない…

 

「そう、か…うん、僕たちは応援してるよ」

 

「でも辛くなったらいつでも相談してほしいにゃしぃ」

 

「………」

 

すでに今、辛い…けど、私は頑張る、提督が戦わなくていいように

 

「…っ…?」

 

一瞬何かがピリッてした…?

 

「島風?どうかしたかい?」

 

「あ、なんでもない」

 

 

 

 

 

 

 

 

東京

駆逐艦 電

 

「うーん、これはダメだなぁ」

 

「何が違うのですか?」

 

「この体力ゲージが途切れたらコンボが繋がってないんだよね、だから記事にするには…うーん…」

 

「ゲーム代も安くないですし…そろそろ終わったほうが…」

 

「そうだね、次で終わるよ、あ、電ちゃんもやってみる?」

 

「遠慮しておきます、私はそういうのは得意じゃなくて…」

 

「そっか、ごめんね…うーん、来月の給料は多いし、余裕がありそうだな……よし、電ちゃん、今日は晩ご飯奮発しようか」

 

「え?」

 

「うーん、パック寿司は高いし、回転寿司くらいなら問題ないかな」

 

「お寿司…お寿司なのです!?」

 

「うわっ、え、うん、そんなに好きなの?」

 

「はい!大好物なの、で…す……」

 

急な頭の中に響いた言葉

仕掛けよ、今度こそ、今度こそ仕留めよ

女の人の声でそんな声が聞こえました

威圧的で、恐ろしく、脅すように…

 

「い、電ちゃん…?」

 

「………ごめんなさい、急いで帰りたいのです」

 

「え?あ、うん、わかったよ」

 

ただ、今は落ち着ける場所で

 

 

 

「調子が悪いのかな、今日はあったかいもの食べてゆっくり休もうか」

 

「…ありがとう…なのです…」

 

なんでこの人はあったばかりの私にこんなに優しいんでしょう

何故艦娘にこんなに優しくできるのでしょう

 

私にはわからないのです

 

艦娘の…電子生命体の私には……

 

 

 

 

 

 

舞鶴鎮守府

駆逐艦 島風

 

「いいか、威力偵察という事になってる、お前達は軽く仕掛けて、すぐ帰ればいい、わかったな?」

 

「了解にゃしぃ」

 

「睦月、お前はダメだ、今回出るのは白露、時雨、夕立、島風だけだ」

 

「4人で、かい?提督、少し難しいんじゃないのかな」

 

「………戦うな、戦わなければなんとかなる、はずだ」

 

「…了解!夕立に任せて!」

 

「いっちばんに敵を見つけて、帰ってきます!」

 

敵は、石板の化け物…

 

「…頑張ります…」

 

「………辞退してもいいんだぞ」

 

「やれます…!」

 

だってここでやらなきゃ、今後も逃げ続けるから…

 

 

 

 

 

海上

 

「居た…!」

 

「よし、記録開始!」

 

「音声よし!」

 

「録画よし、交戦を開始します」

 

「……セロハンテープを平面にしたみたいな奴…強いのかな…あの岩人形よりは…」

 

「油断しちゃダメ、油断したら一瞬でやられるよ!」

 

『大地の怒り、全てを揺るがすであろう』

 

「喋った!?というか大地の怒りって何!?」

 

「……待って!全員反転して逃げよう!!津波が来る!」

 

「わ、わわわ!?」

 

「間に合わない!備えて!」

 

「きゃぁぁぁぁ!!」

 

「はひっひっくり返る!?」

 

 

 

 

 

 

提督 徳岡純一郎

 

「何!?地震だと!?」

 

「はい、本土への津波の恐れはないそうですが…」

 

「………猛烈に嫌な予感がしやがる…」

 

急いで倉持海斗に連絡をとる

 

おそらく敵は八相の一つ、となれば、聞くべきはそれを倒した勇者

 

『はい、もしもし』

 

「もしもし、俺だ、八相に地震起こせるような輩はいるか!?」

 

『……フィドヘルの予言攻撃なら…地震も起こせると思います』

 

「予言…?なんでもアリかよ畜生…!おい!五月雨!お前らは津波に呑まれたらどうなる!?」

 

「……わ、わかりません…」

 

『…八相と交戦中ですか、急いで支援できるようにします』

 

「ああ、頼んだ!クソッ…やっぱりこんな仕事…!アイツらは絶対に死なせねぇ…!」

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

軽巡洋艦 川内

 

「もう一回確認するよ、私は今さっき地震があった場所に死にに行く」

 

「いや、そこは生きてくれ、とりあえずお前の仕事は駆逐艦の保護だ、いいな?」

 

「了解、じゃ、行ってくる」

 

「おう、頼んだぞ、4人助けてこい」

 

「間に合うといいけど!!」

 

最速で向かう

にしても…うーん、この距離、それに日本海での戦い以来減ったにしても民間の船もいる

 

なかなか難しいなぁ…出来るだけ急ぐけど

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 島風

 

「ゴホッ!ゴホッ…!」

 

海水が口の中に嫌というほど入ってくる

体が激しく上下して波に振り回される

 

「み、みんな!!」

 

「ぽ、ぽひぃ…!」

 

「時雨、生きて…うわっ!」

 

白露さんの声が聞こえない…?

 

「そ、そんな…まさか…!」

 

波に呑まれて沈んだ…?

 

ダメ、それは絶対ダメ…だけどどうすれば…

助けないといけないのに…

 

私も強ければ…提督や…みんなみたいに強く…強く…

 

「…ぁ……」

 

大きな波が私を飲み込む

 

私も沈むんだ、そう思った

 

最後は何が浮かぶのかな、期待したけど…違った

みんなで楽しくゲームしてる光景だった…

 

それも悪くないなぁ…だって、一番楽しいから

 

 

「…あれ…?」

 

波に呑まれたはずなのに全然平気だ…

しかも波が押し寄せてきてるのに自由に動けて全く問題ない…

 

今なら白露さんを探せる…!

 

水上を駆け回る、こんなに波が強ければ位置なんて全くわからない

 

「…………」

 

「居た!!白露さん!!」

 

うつ伏せに海面に浮いていた、本当に不味い状況なのは一目瞭然だった

急いで駆け寄りひっくり返す

 

「………」

 

「…息してない!!白露さん!白露さん!」

 

もう一度うつ伏せにして、膝に乗せ、背中を強く押して水を吐かせる

波が強い状況なためにうまくいかない

 

「お願い!起きて…起きて!!」

 

 

「うわっ!うわぁぁっっ!?」

 

「時雨!よくも時雨を…うわっ!?足元が…!」

 

 

そうだ、ここは戦場なんだ

 

急がなければもっとたくさんの被害が出る

 

 

「…起きてー!!」

 

背中に強い張り手

 

「ゴフッ!?ゴホッ!!ゴファッ…!………っ…つ〜〜!!」

 

「よ、よかった、起きた!!じゃあ白露さん、あとは自分で身を守ってね!」

 

そう言って急いで戦闘に向かう

 

 

「…勇者、カイト……?」

 

 

「うわっ!?何これ!!」

 

大きな波を超えた、と思ったら目の前は氷の壁、うまく波を飛び越え、その先へといけば氷の世界

 

「これ…敵がこんなふうにしたの…?海が…こんなの…どうやって戦えば…」

 

『裁きの雷、全てを切り裂くであろう…』

 

「また声がした…!え、この音…雷…!晴れてるのに!?」

 

稲妻が周囲に落ちる

氷を砕き、体に亀裂が入るような痛み

 

「っっ…!し、時雨さん!夕立さん!」

 

「…島風かい!?無事なんだね!?」

 

「白露さんも無事です!!」

 

そこまで言って気づく

 

「連装砲ちゃん…?連装砲ちゃんがいない…!」

 

私は1人では闘えないのに…こんな大きな氷がゴロゴロしていては魚雷も使えない…

とにかく時雨さんと合流しないと

 

走っている途中、腰のあたりからカチャリと音がする

それを聞いて私は自然と左右の鞘から短剣を抜き出す

 

「…あれ、これ…ゲームの…」

 

なんでそんな事をしたのかはわからなかったけど、今の状況で武器が手に入った

 

「………自分の身は自分で守らなきゃだもんね…!」

 

両手に剣を持ち、表面を駆る

 

前方に石板の敵と、それに攻撃している連装砲ちゃんが居た

 

「連装砲ちゃん!!」

 

全力で走る、急いで連れて帰るために

 

『……姿形こそ似かよへど…』

 

「また攻撃!?」

 

『勇ましき心は真似られぬ…』

 

「……私は私!!コレは真似なんかじゃない!」

 

氷面を蹴り、大きく飛び上がる

 

「やあぁぁぁ!」

 

短剣を突き立て、重力に従って下へと振り抜く

 

石板が大きく揺らいだ

効いている、間違いなく…だけどここで戦えばみんな危険になる

 

「連装砲ちゃん!逃げるよ!」

 

連装砲ちゃんを抱える

べしべしと抵抗をされるが今はそんな事を気にしてる余裕はない

 

「時雨さん!みんな、どこ!?」

 

『……勇敢なる者… 災いの炎、貴様の道を焼き尽くすであろう』

 

「わっ!わわ!!火…!?」

 

足元から火が飛び出し、道を塞ぐ

炎が逃げ場をなくす

 

「………やるしかない…か………連装砲ちゃん…お願い、力を貸して!!」

 

連装砲ちゃんを下ろし、敵に向き直る

 

よく見れば氷の間から白い手が所々除いている

 

「深海棲艦もいるの…!?………やる!やらなきゃ!!」

 

頬を叩き、気合を入れる

連装砲ちゃんに攻撃させながら、私が敵の注意を引く

 

「よし!!」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「…よし、問題なさそうだね」

 

「提督、おかえりなさい、盗聴器の完全撤去と、例の物、できてます」

 

「さすがだね、明石」

 

「でも思い切った事をしますね、携帯からログインできるようにして、どこに居てもゲームの体を外に出そうなんて、まるで仮面ライダーですよ」

 

「そんなにかっこいい物じゃないよ、腕輪の転送を頼める?」

 

「はい!お任せくださ………あれ…」

 

「明石?」

 

「………あ、あの…提督…」

 

「…そんな泣きそうな顔しないで、腕輪が無くなってるんだね、やっぱり…直接奪いにきたか」

 

「…ご、ごめんなさい…!重要性はわかってたのに!!盗まれるなんて…」

 

「君にいろんな事を一度に任せすぎた僕の責任さ、キミは悪くない…だけどちょっと困ったな…腕輪がなければリアルには出られない……いや、曙の腕輪を使おうか」

 

「え?」

 

「曙は腕輪の所持者だからね、きっと出来る……なら、これも…次に受け継ぐべきかなぁ…よし、曙…アオボノを呼んでくれる?」

 

「あ、はい、それから後で呉の方の応対をお願いします」

 

「わかったよ、誰かな?」

 

「球磨型の方達です」

 

「…わかった、任せておいて」

 

しかし、腕輪が盗まれたか…おそらく大本営

何をするつもりだろう、いい考えなわけがない…そんな野望は絶対阻止しなくちゃいけない…!

 

 

 

 

 

海上

軽巡洋艦 川内

 

前方に見える氷の壁、この辺りの強い波

1人できてよかったなぁ、何が起きたかわからないし

あれ?氷の壁に誰か砲を撃ってる…

白露型の制服…白露か

 

「…あ、ねぇ!そこの駆逐艦!」

 

「今忙しい!!黙ってて!」

 

「待って!私助けに来たんだけど!舞鶴の子でしょ!?」

 

「…そう!ならこの壁を壊すの手伝って!」

 

「……」

 

軽く叩く、かなり分厚い…このまま撃ったところで壊せないか…

 

「よし!行くよ!!離れてて!」

 

「えっ」

 

「…良いよ…力を貸して…スケィス!!」

 

紋様が浮かび上がり、海を軽く撫でる

手には赤く発行する忍刀が現れる

 

「はぁっ!!」

 

思いっきり振る、消して斬れる訳ではない

 

力で叩き壊すのだ、一度で壊さないなら二度でも三度でも叩きつけて

 

「壊れろぉ!!」

 

氷の壁が音を立てて壊れる

 

「よし!行くよ!」

 

「…か、艦娘のパワーじゃない…」

 

 

 

 

駆逐艦 島風

 

「貴方達って遅いのね!!」

 

挑発しながら、水上や氷上を跳ね回りながら注意を惹きつける

深海棲艦とは言え、斬りつけるのは抵抗があるけど、それでも攻撃の手を緩めたらやられるのは自分

 

「次!」

 

急いで敵を片付ける

 

「こっちこっち!!」

 

敵は全部こっちを向いてる、なら連装砲ちゃんが攻撃するタイミングは今!

 

砲音、ちゃんと着弾してる…!

 

「よし、よーし…!私も!!」

 

剣での戦い方はわからない、だからゲームのように、体を捻り、跳び回りながら戦う

 

スパスパと小気味良い音がする

 

「私には誰も追いつけないよ…!」

 

絶対に捕まらない、捕まったら私以上に連装砲ちゃんが狙われる…!

 

『裁きの雷、全てを切り裂くであろう』

 

「…さっきの雷!!」

 

自分めがけて落ちてくる雷が…何故か見える、かわせる…!

 

「当たらない!当たるもんか!!」

 

水面に出てきた深海棲艦は逆に雷で焼かれている

 

「今!!」

 

雷の合間を縫い、石板の敵に斬りかかる

 

そのとき私の手がパチッと音を立てた

チラッと見たら、剣が雷を纏っていた

 

「…なら!見様見真似…雷独楽!」

 

ゲームの技を真似る、何故か身体が勝手に動いた、素早く何もかもを切り裂くように

 

「連装砲ちゃん!今だよ!」

 

石板を蹴って後方にかわすと同時に砲弾が直撃する

今ならなんでも出来る気がした

 

「……お願い…!」

 

体に蒼い炎が纏わりつく

 

「月光双刃!」

 

その蒼い炎を剣に纏わせ送り出すように振るう、ちゃんと飛んでいった、敵を攻撃してくれた…!

 

「やれる!やれるんだ…!私だって!」

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

「こっちにもいた、大丈夫?」

 

「…はい、貴方は?」

 

「私は呉から派遣されたの、ほら、立って、名前は言える?」

 

「時雨です、こっちは夕立…」

 

「ぽい…」

 

「…よし!後1人!どこにいるかわかる!?」

 

「わ、わかりません…」

 

「時雨!夕立!」

 

「白露姉さん!島風は?!」

 

「え、あ、い、居ませんでした…」

 

「そんな…!てっきり一緒にいると…じゃああの砲音、まさか一人で…!」

 

「急ぎましょ!」

 

「仲間思いでいい事だね!よし!行こうか!」

 

砲音がしてるならまだ戦ってるって事、急いで向かう

炎の壁を切り裂き、氷塊を砕く

 

「…化け物っぽい…」

 

「改二って凄い…!」

 

「一番気にするべきなのは島風の事でしょ!?」

 

 

 

「あ!敵発見!」

 

「うわっ深海棲艦がうじゃうじゃ…って全部伸びてる!?」

 

「こっちは切り刻まれてる…!何があったの…!」

 

「待って!あそこ!島風の連装砲!」

 

「何を撃って…居た!石板の敵!…と…誰?あれ…」

 

「そう!あの人!私助けてくれた人!」

 

オレンジの衣装に身を包み、白い髪を靡かせて敵に斬りかかる姿…自分に似た何かを感じる…

 

「あ、みんな!早く逃げて!」

 

「…まさか島風!?」

 

「ど、どうしたんだろうあの格好…!」

 

「それより私たちも戦わないと!」

 

駆逐達は戦う気満々…か

 

「仕方ない…私もやってあげようじゃないの!」

 

紋様が浮かび上がる、行ける!

 

「来て…此処に…スケィス!!」

 

忍刀を携えた巨人が一気に石板に詰め寄る

 

『さあ!覚悟は良い!?』

 

「な、何アレ!?」

 

「新手!?でも敵に掴みかかってる…?」

 

『味方味方!っていうか私!呉鎮守府の川内だっ…ての!!』

 

石板を思いっきり海面に叩きつける

 

「改二すご…」

 

「そ、そんな事より!撃つよ!!」

 

「てー!!」

 

 

 

 

駆逐艦 島風

 

パリンッ

 

ガラスの割れるような音がした

 

「わっ!?わわっ…!うわぁっ!?」

 

それに反応するように右手から変な形のサークルが展開される

 

『それ…まさかデータドレイン…!?』

 

「えっ!?何々!?わ、わぁぁぁ!?」

 

光線のようなものが発射され、石板を貫く

 

頭の中に声が響いた、カイト…と、人の名を呼んでいるように

 

「な、なんか敵の姿が変わったぽい!?」

 

「と、とりあえず攻撃を続けるよ!」

 

「もうスケィスは良いかな…よしっ、早く決めるよ!日が沈んじゃう!」

 

『……強き勇者…』

 

石板がこちらを見ている気がした

呼びかけている気がした

 

「…な…なに…?」

 

『…迫る終焉の刻、果ては幸なれ、新世界の先に境界はわかたれん……』

 

「…え…?」

 

そう言い終わると石板は音を立てて崩れてしまった

 

敵は、倒した…んだと思う

 

「な、何!?今の!聞こえた!?」

 

「え、うん…な、なんなの…?」

 

「こ、これ勝ったの?」

 

気が抜けると急に体がびしょ濡れになった

 

「ふぇっくし!!」

 

「うわ、だ、大丈夫!?びしょ濡れだよ?」

 

「あれ?格好が元に戻ってる…」

 

「え…?」

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

「ま、そういう事で倒しちゃった」

 

『…別に良いけどよ…とりあえずさっさと舞鶴に連れて行ってやれ、帰りは陸路で楽して良いから』

 

「地震のせいで新幹線なんて動いてないと思うし海から帰ってくるよ、5時間くらい見ておいて!」

 

『…はいはい』

 

「さ、帰れるよね?行こうか?」

 

「は、はい…ありがとうございます」

 

「疲れたっぽい…」

 

「実戦なんて何ヶ月ぶりだろうね…」

 

……それ大丈夫なの?舞鶴鎮守府…

 

 

 

舞鶴鎮守府

 

「はー、疲れた…」

 

「よく帰ってきたな…コイツらを助けてくれてありがとう、本当に助かった」

 

「いや、私はあんまりね、その島風って子が頑張ってたんだよ」

 

「島風が…?」

 

「そう!島風ちゃん凄かったっぽい!」

 

「本当にすごかったよ、アレなんなんだろうね?」

 

なるほど、まだ知られてないのか…ここの提督は知らないし、あんまり喋るのも良くないのかな

 

「とりあえず私は帰らなきゃ、燃料ありがとうね」

 

「ああ、こっちこそありがとう」

 

 

 

提督 徳岡純一郎

 

「しかし…なんで戦った…」

 

「いきなり津波に呑まれたんだよ…僕らも逃げる余裕がなくて…」

 

「そうか……なんにせよ、俺はお前達が帰ってきてくれて嬉しいよ、ゆっくり休んでくれ」

 

「あ、提督さん…映像も音声も波に呑まれて壊れたっぽい…序盤が少し映るくらいっぽい」

 

「……防水加工とは言っても、なぁ…仕方ねえ……いや、待てよ…?」

 

本部に倒せてないとして報告したらどうだ?

大本営の奴らにいっぱい食わせるチャンスだ、成功すれば向こうの動きは重くなる、地震を起こせる敵なんてなんとしても仕留めないと困るはずだ…ならばその間に色々動ける…

 

となると、呉鎮守府に根回しも必要か

 

 

 

 

 

『その結果どうなるのでしょうか?』

 

「大本営が動けなくなるはずだ、隠してるような巨大な兵器とかも炙り出せる、俺としては大本営をひっくり返してやりたいレベルだよ」

 

『………動けなくなる、って点は気に入りまきした、良い…ですね、乗りましょう』

 

大本営の動きを止めたい、という考えは呉の提督も同じだったらしい、狙いは知らないが協力者が増えるのはありがたい事だ

 

「よし、あー……誰か資料の作成手伝ってくんない?」

 

 

 

 

入渠ドック

駆逐艦 島風

 

 

「………」

 

聞けば私は別の姿で戦っていたらしい

オレンジの衣装を纏って

 

ゲームのような姿で

 

ゲームのように戦っていたらしい

 

 

「…にへへ…」

 

つい笑いが溢れる

 

「これだけ強かったら、提督のところに戻れるかなぁ…?」

 

今なら受け入れてくれるだろうか

 

「……あ、それよりどうやってあの剣を出せば良いんだろ…?」

 

そこはまだわからない

でも、きっともっと強くなれる筈だ

 

私は、一瞬だけ勇者になれたのだから



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真似事

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「北上、ちょっといいかな?」

 

頷いてくれる

 

「知ってると思うけど君の姉妹艦が、会いにきてる、会ってくれる?」

 

[私と親しかった人たちなのですか?]

 

「そうだね、君とはとても親しかった…はずだよ」

 

[なぜ言い淀むんですか?]

 

「ごめん、僕はあんまりその光景を見てないからね」

 

[そうですか]

 

「…北上は前の北上になりたいの?」

 

[はい、私は前の私のように活躍したいです]

 

「………」

 

あまり良い気はしないな、僕が現実でカイトとして戦おうとするようなものだ

体の作り自体が変わってしまってるのに無理をするのは自分を苦しめるだけだ

 

 

 

 

「…北上、球磨達がわかるかクマ」

 

北上は首を振って否定する

 

「…北上…」

 

[お名前を伺ってもよろしいですか?」

 

「球磨だ、クマ…お前のねーちゃんだクマ」

 

「多摩だニャ、一応姉ということになってるニャ…」

 

「大井です、立場的には妹ですね」

 

「…木曾だ、俺のこともわからないか…」

 

[自己紹介ありがとうございます、私は戦争の記憶はありますが、艦娘としての記憶も、基礎知識も欠落しており、1人では歩行はおろか、立ち続けることも耐えなしではできません]

 

「………なぁ、お前」

 

こっちに振ってくるよね、それは

 

「北上がこうなったのに相手に特に何も責任を追求しなかったらしいな、なんでだクマ」

 

「向こう側が既に罰を与えていたのと、その艦娘はその時正常な判断能力を失っていた、という点からこちらからできる事はないと判断しました、北上の過去の話などを周りに聞き取り調査し、北上自身もそれ以上は望まないという風に考えました」

 

「……北上、お前は納得してるのかクマ」

 

[わかりません、何が起こったのかも、何があったのかも、説明されてもよくわかりません、ただ、最初に思ったのは瑞鳳に一言謝りたいと]

 

「…その瑞鳳ってやつには会えたのかニャ」

 

「いいえ、営倉に入れられてましたので」

 

「…そうか、つまりそいつが北上をこんな風にしたのかクマ」

 

「はい」

 

4人で話してる、か

どうなるかな…

 

「北上、こっちに来ないかクマ、ここでは記憶を失う前のお前とのギャップで生活しづらいと思うクマ、お前さえ良ければウチの鎮守府に来れば良いクマ」

 

「そうだニャ、こっちなら何かあっても絶対に守るニャ、好き勝手言わせることはしないニャ」

 

「…………」

 

「姉さん?…なんだ、俺たちは北上姉がどうなっても、絶対に変わんねえ、記憶だってもしかしたらいつか戻るかもしれねぇんだ、な?」

 

悩む北上に此方を睨む球磨型

下手に何かをいうこともできない

 

「おい、お前は曙についてどう思ってるクマ」

 

「…ここには2名在籍していますが、両名とも仲間を率いて戦うことのできる優秀な…という話ではないか……うん、大事な仲間です」

 

「じゃあ北上は」

 

「北上も変わらず、大事な仲間です」

 

「……曙はもちろんお前にも問題があるクマ、なんで仲間の不仲を仲裁しない、気づいてないのかクマ…だったらお前は提督なんてやめちまえクマ!」

 

曙と北上の件は直接の報告が上がっている

全体の雰囲気がギクシャクし始めていたのにも気づいている

 

周りに問題がないというつもりはないし、全て北上の責任というつもりもない

 

ただ、報告を聞く限り曙は前の北上に強い執着を示している、北上自身も…

動かない理由にはならないが、自分の存在を確立するまでは執着も必要なのかもしれないとも思う

まあ、それも問題の先延ばしだ、良い機会かもしれない

 

「北上も曙も、記憶を失う前に強く執着している点からその考えを変えさせようとしていました、記憶がないのなら一から始めれば良い、と」

 

「…お前、記憶喪失になる前の北上に戻したくないのかクマ」

 

「………可能なら、ですがそれは北上にも、みんなにもストレスを与え続けます、自然に戻るならそれでも良い、戻らないならそれはそれで、新しい北上としての人生も考えて欲しいんです、なのでできれば、皆さんにも一からやり直す上で、新しい姉妹として接してあげて欲しいんです」

 

「………チッ…」

 

「北上姉、どうするんだ、来るのか、来ないのか」

 

[正直、ここには居辛いと感じてます]

 

「…じゃあ来るニャ」

 

「そうだ、こっちに来るクマ」

 

そう言って不安そうな北上の手を引く

 

手を引かれ、立たされ、手を肩に回され、2人係で歩かせられる

北上が不安げな顔でこっちを見る

 

「…ま………ゃ…ぁ……」

 

声がほとんど出ないながらも何かを必死に伝えようとしてくる

 

「待ってください、まだ何か言おうとしてます」

 

「…代弁してやろうかクマ…地獄に堕ちろって言ってんだクマ」

 

そうして部屋には僕だけが取り残された

 

追えるはずだ、追うべきだ、たとえ何を言われても、なんと思われても

 

だけど、もう少し待つのも良いかもしれない

北上は決して嫌われてるわけじゃない、君なら北上を止められるかもしれない

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 阿武隈

 

「………」

 

2人で北上さんを支えて引き摺るように廊下を歩く四人組

別に見送っても良かったけど、北上さんは泣きそうな顔してるし、このまま行かせたら私が一番後悔する…

私は後悔しない、やれることをやって後悔したくない

 

「おい、どけ、邪魔だクマ」

 

「4人係で誘拐ですか」

 

「…邪魔するならここでやってもいいニャ」

 

「こんな所で攻撃しようものなら1発で解体ですよ、貴方はもちろん、姉妹艦も全員」

 

「……ならさっさと退けよ、俺らは帰るんだ、見送りはあってもその邪魔は必要ない」

 

「私は誘拐犯を止めに来ただけです」

 

「北上はここには居たくないと言ったクマ」

 

「…居辛いって言ってましたけどね」

 

「大井黙るクマ、北上は助けを求めたクマ」

 

「北上さんが納得してるならなぜそんなに不安そうで、泣きそうな顔してるんですか」

 

「お前が出てきたからだろ、ここに引き留められるのが怖いんじゃないのか?」

 

「………」

 

あー言えばこう言う、か…

もー、めんどくさいなぁ…

曙さんには「アンタでも勝てる」なんて言われたけど、倒した所で納得はしてもらえない…

 

「じゃあ、わかりました、止めるのはやめましょう」

 

「物分かりがいいクマ、さっさと退け」

 

「止めないので、少しお話しさせてください、私は北上さんに何度もお世話になりました、お礼くらい言わせてください」

 

「…さっさとしろニャ」

 

「せめて座らせてあげませんか?その格好、かなり負担がかかると思いますよ、北上さんに」

 

「………」

 

ムカついてるなぁ…こっちだって結構頭に来てるんだから…

北上さんには記憶は戻らない、だけど、北上さんへの恩は返したい、北上さんが望むなら止める、望まないなら見送る…

 

たとえ姉妹艦でもあなた達に決める権利はない

 

 

 

「北上さん、はい、ボードとマーカー」

 

「…あまり時間はないクマ」

 

「10分ください」

 

「長いニャ」

 

「命の恩人にお礼を言うなら一日かけても足りないと思いますケド?」

 

「姉さん、大人しくここは…」

 

「…10分だからな、クマ」

 

「ご理解感謝します、では……北上さん、昨日もたくさん話しましたね、一昨日も、でも一度も言えてませんでした、私に生きる術を教えてくれてありがとうございます」

 

戦い方を、生き方を教えてくれた

 

「私は北上さんに憧れて、北上さんのできることはとことんなんでも真似して、ようやく魚雷の扱いも納得できるものになりました、甲標的の観測に関してはまだまだなので、イムヤさんに頼ってしまいますが…北上さん、教えるのは下手なのに、なんでも教えようとするからみんな混乱しちゃったりしたんですよ?」

 

北上さんは困ったように笑う、でも焦りの方が大きく見えるあたり、やっぱり行きたく無いんじゃないかと思う

 

「………北上さん誰も迷惑なんて思ってませんよ、私たちは何度も何度も、北上さんに助けられたんですから」

 

[ありがとう]

 

「北上さん、私が一番大事にして欲しいのは、北上さんがどうしたいかです…北上さん、どうしたいですか?」

 

「お前が北上を大事にしてるのはわかったクマ、ならば一緒に来れば良いクマ」

 

「いいえ行きません、私はここの所属で北上さん以外にも恩がありますし、なにより私は…あなた達に背中を任せるつもりはありません」 

 

「…なんだと」

 

「私情を優先し、本人の意思すらも無視するような方々と一緒に戦えるわけないじゃないですか」

 

「…いつ球磨達が北上の意思を無視したクマ」

 

「無理やり連れて帰ろうとしておいてそれは無いんじゃないですか?」

 

「北上がここに居辛いと感じるのはお前達のせいだクマ!だから環境を変える!何が悪いクマ!」

 

「確かに私たちも北上さんへの配慮や理解が足りていないでしょう、でも私達は悪い点を学び取り、改善する努力をしています」

 

「結果が伴わなければ意味はないクマ!」

 

「ろくに時間も与えず努力の結果が出ると思ってるなら大間違いです、私も、北上さんも、強くなるためにどれだけの努力を、どれだけの時間をしたと思いますか?それに比べればきっとわずかな時間で、改めて仲間として過ごすことができます、私たちに今必要なのは時間なんです!」

 

「その時間が北上を傷つけるクマ!お前達が北上を傷つけない保証はどこにある!時間が解決するものはなんだクマ!」

 

「じゃああなた方が北上さんを傷つけない保証はどこにあるんですか!」

 

「このッ…!」

 

「姉さんやめましょう、時間の無駄です」

 

「…そうだ、話は終わりだクマ、行くクマ、北上」

 

「…今、北上さんを立たせましたよね、さっきも引きずるように歩かせてた、なんでですか?」

 

「……北上が立てないからだ、何が問題があるクマ…!」

 

「……確かに北上さんは大きく筋肉量が減っています、ですが杖さえあれば立つことも歩くこともできますよ?何故あなた方が無理矢理立たせ、移動させる必要があるんですか?」

 

「………何…」

 

「北上さんは、動きたくないから動いてないんですよ、考える時間も充分にあげたんですか?間違いなくあなた達の行動は正しいんですか?」

 

「………姉さん、そう言うことです、帰りましょう」

 

「大井!お前…!」

 

「大井、なんとも思わんのかニャ!」

 

「…だって今の北上さんは…あんまりにもわがままな腑抜けですから、もう少しまともになったら、改めて迎えに来ますよ」

 

「……お待ちしてます、まあ、渡す気はさらさらありませんが」

 

「大井!」

 

「……多摩姉さん、こうなった大井姉はダメだ、一回帰ろうぜ…」

 

「…ニャ……」

 

「お前ら…!…クマァァァァ!!もう知らんクマ!!」

 

 

 

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 北上

 

「………勝手に北上さんの気持ちを語ってごめんなさい、もし、行きたいのであれば今からでも送らせていただきます」

 

なんでこの人はこんなに強いのかな、なんで優しいんだろう

 

「…北上さん、提督は、北上さんのことを大事にしてくれてます、私達も、まだ変わってしまったあなたを心のどこかで受け入れ切れてません、それでも私達は努力し続けるので、だから…だからここに居てください」

 

「………」

 

狡いなぁ、絶対ここを離れられないじゃん、そんなの…

私案外ダメな人を好きになるタイプなのかもしれないな〜……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 大井

 

「……ありがとうございます、退いてくれて」

 

「…できた妹クマ、球磨もヒートアップしすぎて退き際がわからなくなってたクマ…北上のことを大事にしてるつもりだったクマ、でも…意思を尊重できなかったクマ…!」

 

「……ニャ…」

 

「…………結局、納得いかねえのは俺だけか」

 

「…あんな北上さんが帰ってきても、私達は受け入れられないわ、きっとね…それに、艦としての記憶しかないと言っていた、だから恐らく私とは仲良くしてくれるかもしれないけど、それ以上は求められないわ」

 

「………艦…として…か…」

 

「殆どの艦娘は自分の記憶としてではなく知識としてそれを見てるニャ…けど、北上は多分自分のものと考えてると思うニャ」

 

「ええ、おそらくそうでしょうね、でも、別の自分や、沈んだ仲間への執着などを測るうちに気づくんじゃないんですか?今度は大丈夫って……というか、私は記憶をなくす前の方が艦としての記憶に引っ張られてるように見えますよ、あの無我夢中に強さを追い求める感じ」

 

「………クマ…北上の痛みをわかってやれなかったクマ…球磨は…球磨はねーちゃん失格だクマ……」

 

「まったくだな、妹として恥ずかしいぜ」

 

「木曾だけは言う権利ないニャ」

 

「じゃあ私が言いましょうか」

 

「………誰も言い返せなくなるからやめるニャ」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙(青)

 

「なに?その機械」

 

「これに含まれてるデータを、君にあげる、カイトを」

 

「…カイトを…って、どう言うコト?」

 

「ゲームの体だよ、多少の無茶は効くんじゃないかな」

 

「……クソ提督が使えば良いじゃない」

 

「…腕輪が盗まれたんだ」

 

「は!?」

 

「査察に来た人達だとは思う、だけど取り返す手段がない、つまり僕は腕輪も何もない、その体でリアルには出て来れないんだ」

 

「…………じゃあ、アンタがこの腕輪を使えば…」

 

「それでも良い、君がやりたいようにしてくれれば良いよ」

 

「……はぁ…………私が勇者、ねぇ…」

 

「嫌かな?」

 

「…上等よ!」

 

右手を差し出す、腕輪が展開される

 

「勇者カイト、その名、体ごと貰い受けるわ!」

 

「……任せたよ、曙」

 

「データドレイン!」

 

体が熱い、かつて右腕にあった感覚が今、全身に走る

 

何もかもが変わる、わかる

これは私以外の何かが

 

そして、私以外の記憶が

 

 

 

「ふふっ……なんだ、こんだけ?期待させといて、冗談じゃないわ!」

 

「んー、鏡見てみる?」

 

促されるままに鏡を見る

 

「なっ!!なによこれ!」

 

両頬に赤い三角のマーク、そして目の色が深い青に変わっている…

 

「ちょっ、こんな変化があるなんて聞いてないわよ!」

 

「うーん、僕もまさかこんなことになるとは」

 

「…変化すると思ってた服も何も変化してないわよ…?ど、どうしよう…外歩く時は…マスク…じゃ隠れないわね…ファンデーションで隠せるかな……」

 

「うーん、双剣もないし、今まで通り艤装で戦う事になるのかな?」

 

「……ものは試し!さっさと行くわよ!」

 

「え、僕も?」

 

「当たり前でしょ!!」

 

 

 

 

重巡洋艦 摩耶

 

「なんでいきなりアタシとやるんだ?しかも提督の前でよぉ…」

 

「ブラックローズってのを見せてみなさいよ、摩耶、今のアタシはカイトよ」

 

「……あー?」

 

提督の方を見る

困ったような笑いを浮かべながら頷くサマからまあ、事実なんだろうな

 

「……良いぜ、提督の真似事じゃ勝てねぇって教えてやる」

 

そう言って右手を思いっきり海面に叩きつける

 

「うわっ!?水飛沫が目に入った、最悪!!」

 

「…摩耶…それは…!」

 

「カッコよく行こうぜ…そうだな、変身ヒーローみたいにな…!」

 

頭から水飛沫をかぶる、水飛沫が一通り落ちる頃にはアタシの姿はブラックローズだ

 

「さ、やろうか?勇者カイトのなり損ない」

 

「…それ、どうやって姿を変えたワケ?」

 

「ハハハ!勝てたら教えてやるよ!!」

 

「この!いいわ!やってやる!!」

 

距離を取るつもりか、艤装を稼働させて反転する

 

「わっ!?わわわわっ!」

 

「な、速っ…!」

 

何ノット出てやがる、初速でもう35は出てるんじゃねぇか!?

 

「くっ…せ、制御できない!ちょ、ちょっと待ってて!」

 

「あ、あー…ごゆっくり?」

 

加速してるし、あの速度でアウトレンジでやられたらやり辛いことこの上ないな

 

「……あれって速度緩められないのかな?」

 

「曙ー、原速にできるかー!」

 

「い、いましたけど…!」

 

「30ノット上回ってねぇ…?お前さっき何速だったんだ!?」

 

「強速!」

 

「………よし!一杯空けてみろ!」

 

「ちょ、調子乗んなぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

「はぁ…これならまあ良いわね」

 

「微速で普段の原速か、それ以上弱めることは…まあ、お前の微調整か…」

 

「艤装の速力調整しやすいように作り直してもらうわ」

 

「………で、演習どうする?」

 

「………一杯開けたら60ノット超えるのよ、扱い切れたらもう何も当たることはないわね」

 

「……扱いきれたらな」

 

「…………はぁ…これじゃ出撃できない…今まで通りの速力になるように調整してもらって、リミッターでもつけるしかないのかしら

 

「カッコいいじゃねぇか、リミッター解除!とかやるんだろ?」

 

「…ターン終わりにフィールドガラ空きになりそうね、それ……」

 

「んー、にしてもカイトになる…かぁ、よし!目を瞑れ!」

 

「え、あ、うん」

 

「よーく、よーくカイトのイメージをしろ、しっかり覚えてるか?」

 

「お、覚えてるわよ!」 

 

「……何赤くなってんだよ、ちゃんと想像できたな?」

 

「え、あ、うん…」

 

「そのまま…そら!」

 

剣で水を救ってひっかけてやる

 

「ぷぇっ!何すんのよ!」

 

「おーおー…お?……成功…なのか?これ」

 

「……なにこれ、なんか服が…?」

 

「なるほど、海の水をかけたらそうなるの?」

 

「ってことだな、ほら、鏡代わりに使うか?」

 

曙は剣をマジマジと見る

朱の衣に身を包んだ勇者カイト…の装備の曙って感じか、顔と髪型が変化しないのはアタシのその姿自体のイメージと違って、自分がその姿になったイメージだったんだろう

 

「……わ、ホントにクソ提督と同じカッコ……」

 

「ほら、ニヤついてないで、動けるか?」

 

「にっ!?ニヤついてなんかない!!」

 

「で?」

 

「……動ける、わ…うん、うん!いける!今ならなんでもできそう!」

 

「じゃ、近接戦闘の演習と行くか!」

 

「やるわよ!!」

 

 

 

 

 

「遅い!」

 

「なんでそんなデカい剣でついて来れるのよ…!」

 

「扱いを学ぶ努力はしてきたからな!オラオラ!どうしたぁ!」

 

「チッ!クソ提督!遠距離はないワケ?!」

 

「ないね、アイテム欄とかは開ける?」

 

「これゲームじゃないっての!!」

 

「うーん、じゃあ諦めて」

 

「……クソ提督…!!いいわよ!艤装取りに行くから待ってなさい!」

 

「あっ!ひっでぇ!アタシも艤装持ってきちまうぞ!」



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汚れた水

駆逐艦 曙

 

「……ふふっ…あはっ…あははは…!」

 

ああ、涙が出るほどおかしい、悔しい、嬉しい

 

眼前の光景は、嫉妬に狂いそうなもので

待ち望んだものであり、自分にこそと望んだもので

 

なんでそれを持ってるの?なんでその姿を、きっと私の方が、私にこそと思ってしまう

悔しい、狂いそうなほど羨ましい

2人のうちどちらでもよかった、どっちでも良かったんだ

 

欲しくて欲しくて仕方なかったものは一つも手に入ってない

 

だから、自分のものにするために、自分のために…!

 

私は私のためだけに…失い続けるなら、作り出せば良い、無くなった分だけ、私のものにすれば良い

 

 

 

 

 

 

工作艦 明石

 

「あ、珍しいですね曙ちゃん」

 

「こんばんは、こちら装備の改修依頼書です」

 

「え、あ、了解です…うーん、改修って設備はありましたけど資材の都合上こっちにきてようやくできるようになりましたから勝手がまだよくわからないんですよねぇ……」

 

「開発してても良いですか?こちら許可証です」

 

「あ、良いですよ、何を開発します?」

 

「適当にやりますよ、安いのを」

 

「わかりました、ご自由にどうぞ…うーん、難しいなぁ……」

 

「そんなにですか?」

 

「え、あー…あはは、知事としては完璧なんですけどやったことないのが本当に…」

 

「……どのくらいかかりそうですか?」

 

「うーん…」

 

「まあ、失敗しないように慎重にお願いします」

 

「あ、あはは…釘を刺されましたか」

 

「貴重な資源、資材ですからね、あと私の連装砲もお願いしますね」

 

「ヒェェェ…」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙(青)

 

「はぁ……つ、疲れたわ…」

 

「こっちも死ぬかと思ったぜ、なんでいきなりあんな強くなったんだよ」

 

「……わかんない、と言うか…フェイスペイント?含めて全部水に消えたわね…目の色は戻らなかったけど」

 

「まあ良いんじゃねぇの?」

 

「…そうね、気にしても仕方ないし、はー!疲れた疲れた!今日の日替わり何かしら」

 

「阿武隈と北上らしいぜ、一応まともなもんが出てくるとは思うが」

 

「……料理、できるのかしら」

 

「さぁな…確認しておきたいんだが、お前はどう思ってるんだ?」

 

「…北上の事?」

 

「以外にあるか?」

 

「………腑抜けだと思ったわ、思い通りにいかないことに駄々をこねる子供にしか見えない」

 

「……だよなぁ…」

 

「でも、別の形でも良い、どんな形でも良い…また前に進んでくれると思うわよ」

 

「そうか、お前がそう言うならそうなんだろうな」

 

「なんの信頼よ…それより私が気になるのは曙ね、私だけこんなに強くなっちゃって、また拗ねたらどうしようかしら」

 

「………演習見てたぞ」

 

「さっきの?じゃあもうバレてるわねぇ」

 

「…そっちもだが、アタシが曙の演習を見てたって言ってるんだよ」

 

「……なるほど、言いたいことはわかるわ」

 

「あの無理矢理な戦い方、北上のやり方にそっくりだなら自分のことを顧みない、目の前の敵だけをとことん叩いて潰す、そのための戦い方」

 

「…しかも、大規模作戦でも見たけど…あの砲撃、北上と同じ正確な、精密な…」

 

「朧に聞いたぜ、対空射撃も完璧だったってな…練習してるところなんて見たことないけどな」

 

「………一発の無駄弾もなかったわ」

 

「…何?」

 

「私の見てる限りね、もちろん戦闘中で余裕なんてなかった、だから完全に把握してるワケじゃないけど…全部当ててるように見えた…」

 

「……だとしたら北上より…」

 

「多分北上もそれはできる、やらないだけでね…決定的なのは佐世保との演習、阿武隈から聞いたけど…自分より上だって」

 

「…阿武隈より上だと…?」

 

「本人が言うならそうなんでしょうね…それに、今日の演習見たでしょ?アレもやれるなんて知らなかったわよ」

 

「……あの魚雷攻撃か、ありえねぇよな、阿武隈でもイムヤの観測が必須らしいのに…」

 

「何もなしでやってのけるなんて…ありえないのよ、北上はAIDAを使って観測してた、潮流を読んで流すのよ?海中の潮の流れなんて私たちにはわかりようもないのに…」

 

「………本物の天才ってやつなのか?」

 

「…多分…北上が努力の天才だとするなら…曙はただの天才ね」

 

「………ま、敵じゃなくて良かったよな」

 

「………曙は…なんで北上の戦い方をしたのかしら」

 

「…見せつけるためだろ、北上にも、あいつらにも」

 

「そう…なる…わね」

 

「………あいつも陰湿だな」

 

「…根はいいやつなのよ、人付き合いが苦手なだけでね…それに、元々北上から仕掛けてたのよ…ずっと曙の倒し方を考えてた、私よりね………まあ、私も腕輪がなければノーマルな駆逐艦だったし、当然っちゃ当然だけど」

 

「お互いライバル意識があったのかもな」

 

「悔しいけど私以上にあるはずよ…強いかな、2人とも…艦娘としても」

 

「艦娘を超越した強さの北上と、艦娘としての限界までの強さを持った曙ってとこか?………面白い勝負になりそうだよな」

 

「記憶が戻ったらやらせてみましょうか、私は北上に賭けるわ、もちろん勝つ方」

 

「自分以外に倒されて欲しくないってか?」

 

「ま、そんなとこね…正直、アタシもデータドレインが先に決まらなければ勝てなかった…艦娘としての能力だけなら間違いなく勝てない…」

 

「………確かに、北上は艦娘としては、軽巡洋艦としては最強格かもな」

 

「…先があるなら、進むわ、私達もね」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

「やあ、お疲れ、曙」

 

「こちら結果報告書です」

 

「………開発の方は?」

 

「報告すべき成果はありませんでした」

 

「そう、わかったよ、まあ一応報告書は上げてくれると嬉しいかな」

 

「明日までに用意します、といっても何も完成しませんでしたが」

 

「…何か辛いこととかあったら、言ってね」

 

「提督には特に期待しておりませんので」

 

「手厳しいな…」

 

「では、失礼します」

 

「………ま、そりゃ怒るよね…特に曙同士で思うところもあるみたいだし」

 

そもそも僕が戦う必要があったのについ曙にカイトを渡してしまったのも軽率だったかな

うーん……

 

「悩み事ですか?」

 

「明石」

 

「はい、仕事が終わりましたのでちょっと来てみました」

 

「………顔が暗いけど何かあった?」

 

「あー、慣れない仕事したので疲れちゃって…」

 

「そっか、お疲れ」

 

「…いや……提督、曙ちゃんのことなんですけど」

 

「どうかした?」

 

「………なんと言うか、怖いんですよね、問題はないんですけど…改修中じっと見てくるし」

 

「へぇ、退屈だったのかな?」

 

「…さぁ…」

 

「あ、そうだ、これ建造指令書、4隻だって」

 

「………うーん…生い立ちを知らされてからなるとなると思うところがありますね」

 

「…気が乗らない?」

 

「まあ、そうですね、しかもこれ直接大本営行きでしょう?」

 

「横須賀以外にも、各地に警備府を配置するための戦力増強だからね…」

 

「日本海側への侵攻からかなり弱気になってしまってますよね」

 

「…………よし、僕からも建造依頼を出してもいい?」

 

「そりゃ、いいですけど…?」

 

「うん、じゃあこれでお願い」

 

「…提督、焦ってます?」

 

「あ、わかる?僕も戦えればなーって思ってさ」

 

「……まあ、ゲームの体はアオボノちゃんにあげちゃいましたしね…海の上歩けたりしないんですか?提督は上半身をブラさず海上を走ることができるってネットに書いてましたよ」

 

「無理だよ、それデマだし…それにしても…力になりたいのになぁ、射撃の名手でもないし、格闘技だってろくにやってない、何ができるだろう」

 

「………お留守番?」

 

「手厳しいな…」

 

「あはは…」

 

「………明日から、海域攻略に乗り出そう、僕らは後手後手だったけど、今なら攻められるんじゃないかな」

 

「……だと良いですね」

 

「曙2人と摩耶をそれぞれ旗艦にして三方向に同時に進軍してもらうつもりだよ」

 

「………青葉さんの事ですけど…」

 

「うん、そっちについては目星がついてるんだ、ただ人道的な手段ではない」

 

「………詳しく伺っても良いですか」

 

「…意識に関してのデータを調べたり、送ったりしてたんだよ、ヘルバにね」

 

「それで?」

 

「……君にも辛い話かもしれないよ」

 

「もう遅いです」

 

「そうだね、言ってしまえば意識は完全に焼かれていた、AIDAの攻撃である点、そして………君達電子生命体であることが大きく理由として関連づけられると」

 

「………そうですか…」

 

「傷自体は治っても、内側のダメージが深刻だ、かと言ってAIDAに侵食されてるわけでもない…容器は無事だけど中身がぐちゃぐちゃになったみたいな状態なんだよ、人間で言えば脳死に近い…いや、君たちにも臓器や脳はあるから…うーん、でも脳死とは違って…」

 

「…………」

 

「とりあえず、それで取る手段としては中身を入れ替える」

 

「えっと…意味がわからないんですけど」

 

「まず、意識の修復の為に一度中身を取り出す、データとしてね」

 

「………なるほど人道的ではない話ですね」

 

「…うん、データドレインで書き換えてしまったらそれは青葉ではない、だから直接組み直してもらうつもりだよ」

 

「…………どうなるんでしょう」

 

「わからない、だけどこのままなら永遠に意識は戻らない」

 

「…わかりました、私にもやれることがあったらなんでもさせてください」

 

「いや、気負わないで」

 

「ダメなんです!私がやった事です、提督も後遺症こそ残りませんでしたが傷跡は残りました、それすら目を瞑ってもらってるのに…私自身が耐えられません…!」

 

「………そっか、じゃあ…明石、君が組み直す?」

 

「…え…?」

 

「…………僕が組み直そうと思ってた、いや、組み直すって何か言い方がおかしいんだけどさ…」

 

「いや、そんな話じゃなくて…私に任せるつもりですか…!?」

 

「…明石は僕より長い間青葉と過ごしてるはずだよ」

 

「………いや…あ………あの……う…」

 

「…どうする?」

 

「……責任は取ります、やらせてください…」

 

「…善は急げ、だね…用意をしようか」

 

「…今からですか…」

 

「できるだけ誰にも知られたくないからね、でも毎日通ってる明石には隠せないと思って」

 

「………そうですね、やりましょう」

 

 

 

 

 

 

工作艦 明石

 

「よし、始めようか」

 

「……っ…」

 

見た目は全くもって普通で、なにも異常がない、ただ眠ってるだけにすら見える

 

「明石、これ」

 

「………どうすれば?」

 

「血管に刺して、点滴と同じように」

 

「……わかりました」

 

改めてまじまじとみると…何が違うのかわからない、私達は人間じゃないの…?

 

「提督…」

 

「……臓器に問題はないんだ、他も全て…というか…僕から見ても人間にしか見えない、人間だと、それ以外だとは思えない…」

 

「………」

 

「………でも、青葉が治るなら僕はそれで良い、どんなに恨まれても」

 

「…組み直したら、考え方や思想は操作されてしまうんですか…?」

 

「………………わからない…わからないよ…」

 

「…提督?」

 

「………やろう、はやく」

 

「…はい…」

 

 

 

「これがデータ、ですか…」

 

「うん、それを一度こっちに移すんだ」

 

「………提督はやったことが?」

 

「無いよ、だけどここでやらなきゃならない、ヘルバは来れないし、送れば何が起きるかわからない、ここだけで解決する」

 

「…わかりました」

 

 

 

「これは?」

 

「……こっちですね…」

 

「青葉の思考、って事なのかな、これは」

 

「…多分」

 

 

 

 

 

「どうだろう…意識が戻るのか…」

 

「………整理された感じはしますよね…」

 

「……うん」

 

「…提督……」

 

 

 

 

「よし、これで戻すよ、いい?」

 

「………はい、覚悟は決めてます」

 

「…青葉……」

 

 

 

 

重巡洋艦 青葉

 

「………」

 

「………」

 

色々思うところはあるけれど

 

「おはようございます…その…青葉です……恐縮です…」

 

「…お、おはようございます…」

 

「………な、なんで敬語なんですか…?し、司令官も何か言ってください」

 

「……その、調子はどう…?」

 

「…えっと、多分そこそこです………」

 

「き、記憶は…」

 

「全部あります…多分…というか置き忘れがなければ多分…」

 

「………聞こえてたの?」

 

「はい、耳は機能してましたから、目は閉じてましたけど…触覚も、聴覚も、視覚も嗅覚も、全部」

 

「……驚いたな…」

 

「全く動けませんでしたけど………ようやく元通り…ですか?」

 

「…本当によかった…ごめんなさい……本当にごめんなさい………」

 

「その………き、気にしないでくれたら嬉しいなぁ…なんて……」

 

「そう言うわけには…!」

 

「ま、毎日来てたのは知ってますし…本当に一日も欠かさず来てたし、ここで色々喋ってたことも………」

 

「………え…え?」

 

「…明石は何を喋ってたの?」

 

「…例えば…夕張さんがいなくなって寂しいとか」

 

「」

 

「あ、あと明石さんのおうれ…むぐっ」

 

「それ以上はやめておきましょう……わ、私、それ以上言われると死を選びますから、泊地ごと吹っ飛ばしますから…」

 

「…あ、明石、鼻まで塞いでるから息ができてないよ…?」

 

「あ、ごめんなさい!」

 

「………本当に死を覚悟したのは久々です…でも、横須賀の青葉の気持ちもわかった気がします」

 

「と言うと?」

 

「……人の秘密を暴くのって、少し楽しいかもしれません…」

 

「なっ…」

 

「でも、相手を傷つけることはよく無いですから…そうならないことに限って、青葉も新聞を書きましょうか…?」

 

「うーん、それは好きにしても良いよ?」

 

「そうですね、衣笠さんと青葉さんにも……ぁ…」

 

「どうしたの?明石」

 

「………また名前問題が…」

 

「ああ…」

 

「うーん、気にすることじゃ無いと思うけどなぁ……僕、同じ苗字の人が2人いても遠慮なく呼んじゃうし」

 

「………それはそれで失礼では?」

 

  

 

 

 

「で、この漣を頼るわけですか、ご主人様」

 

「うーん、多分そうなるのかな」

 

「と言うかなってますけどね」

 

「………正直言って良いですか?」

 

「うん、良いと思うけど」

 

「…いや、わかるんですけど、わかるんですけどね、違い、若干髪のクセの感じ違うし、長さも違うし、雰囲気もどよどよしたのとわーわーしたので違うし」

 

「漣ちゃん言い方…」

 

「でも、遠くから見たらわかんないんですよね、というか特徴で言うならどよばさんとあおわーさんになりますよ私に任せたら」

 

「流石にそれはダメかなぁ」

 

「…じゃあ代わりにジェダイとシスで!」

 

「別に2人とも悪いことしてないからシスになる人はいないかな」

 

「もう両方青葉さんで良いじゃ無いですか」

 

「だよね」

 

「………結局そうなるんですね…」

 

「生まれた時から呼ばれてる名前ですから、愛着もありますよ、艦としての記憶は正直分かりませんけど…」

 

「まあ、そうですねぇ…」

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

軽巡洋艦 神通

 

「はぁ〜…」

 

「どうしたんですか姉さん、こんなところで管を巻いて」

 

「飲まなきゃやってらんないよー、せっかく私救助任務成功させたのに…確かに行かなくてもなんとかなった雰囲気だったけどさぁ…」

 

「お、落ち着いてください…」

 

「私の活躍なんて微々たるもんですよーだ、だからって無かったことにすることないじゃん…もー…」

 

「………なかったことになったとしても、その強さは変わりませんから…」

 

「えー、えへへ…そうかなぁ…あれ?神通…どうしたの?そんな怖い顔して」

 

「酔いは覚めましたか?」

 

「………あー、うん、これジュース、ノンアルだから酔ってないよ…?」

 

「……面倒な姉ですね」

 

「…神通の方がアルコールが欲しいんじゃない?そんな顔してるけど」

 

「………そうですね、あっという間に姉さんに追い抜かされてしまって、複雑なんです」

 

「…そっか!神通、今練度は?」

 

「76です」

 

「私は78、確かに改装してから強くなったけど…」

 

「違いますよね、姉さんは改装が理由で強くなったんじゃない…というより、改装は受けてないはずです」

 

「………」

 

「…あの戦いで何があったのかは視ていませんでしたが…なにがあったんですか?何故私は姉さんより強くなれないんですか…!」

 

「……神通…私は神通の努力は知ってるけど……これは努力とは違う…偶然だったんだ…」

 

「偶然で私の努力なんか意味がなくなるんですか?だとしたら今までの私はなんなんですか…!」

 

「………神通は弱いわけじゃないでしょ?」

 

「球磨型の4人、姉さん…那珂ちゃんも場合によっては負けるでしょう…」

 

「…うちの主力だよ、全員」

 

「私は一番強くありたいんです!」

 

「それは難しいね」

 

「………わかってます、だから誰よりも辛い修行を積んだはずなのに…確かに姐さんの修行は信じられないほど、私を超えたハードなスケジュールでした、だとしても…あんなわずかな時間で…!」

 

「………」

 

「私は、姉さんのようになることはできない…!」

 

「神通は神通の強さがある、あのデータ兵器だっけ、それも神通しか扱えないものじゃないの?」

 

「あんなもの…私一人で撃てない上に…誰かと一緒なら誰でも撃ててしまう………!」

 

「………」

 

「艦の私はみんなの前に立ち、囮となり戦ったと言います…この名に恥じる事はしたくない…私だってみんなのために戦うまで沈みたい…!」

 

「馬鹿言わないで、沈むなんて冗談でもやめなよ!」

 

「こんな気持ちで生きてるくらいなら死んだ方がマシです!」

 

「死んで救われる?そんな訳ない!」

 

「…姉さんに相談したのが間違いでした…!」

 

「神通!」

 

「所詮私は努力すら実らない雑魚です…!」

 

「待って!神通!」

 

 

 

 

「どうだった?」

 

「………もう知りません」

 

「…那珂ちゃんにはね、神通姉さんの方が悪く見えたな」

 

「……そうですか、ならそうなんでしょう」

 

「………どうする?」

 

「どうにも、私にはもう何も」

 

「………私を止めるなら今だよ」

 

「私から仕掛けたのに今更止めようとは思いません」



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慢心

出撃ドッグ

駆逐艦 曙(青)

 

「艤装、よし!全員準備いいわね!第一艦隊、抜錨!」

 

「…アオボノちゃんすごく気合入ってるね」

 

「ぼのたんは新たな力を手に入れたのです、故に…こう、なんか、うん、そうなんだ」

 

「漣、何も伝わってこないよ…」

 

「…この4人ってのも珍しいよね」

 

「……昔を思い出すってやつね、でも今は違うわ」

 

「うん、今は5人、第七駆逐隊は5人で戦う」

 

「なんかぼのたそらしくなァ"ァ"ァ"!!痛いッ!愛アンクローがいだだだだ!」

 

「漣ちゃん、女の子が出しちゃいけない声が…」

 

「早く出ないと時間過ぎちゃうよ?」

 

「よし、改めて、行くわよ!!」

 

「あ"い"…」

 

 

 

 

 

 

「やっぱりうじゃうじゃいるね、見渡せば必ず視界に入るって…相当だよ」

 

「殲滅作戦よ、どんだけ居ようと関係ないわ!」

 

「あの水平線の向こうまで、走りたくないッ!帰りたいッ!退勤していいですか!?」

 

「だ、だめだからね?というか…うーん、漣ちゃんじゃないけどこの量は…敵だって分かったら酷いことになるんじゃ…」

 

「アンタ達は対空射撃さえしてくれればいいわ…私が全部潰してあげる…!」

 

「よっ!ぼのぼの!」

 

「…漣、黙らないとアンタから黙らせるわよ」

 

水平線に見える敵影

 

かなり遠いけど、ここからわかるだけで…20か、かなり距離を空けてる様子からまるで網を張ってるような…

 

その憶測が正しければ向こうは警備隊みたいなもの…20?そのくらいならこの人数でかかれば余裕…

 

「よし、仕掛けるわよ」

 

「え、本気?ちょっと迂闊じゃない?」

 

「アオボノちゃん、やめておこうよ…」

 

「アンタたちは私の新しい力を知らないからそうなのよ」

 

右手を水に叩きつける

水飛沫を思いっきりかぶる

 

「変身ってね…!」

 

ゲームの身体、やっぱり軽い気がする

 

「…見てなさい、私の強さ…!」

 

「ちょっ!…速っ!!」

 

「待って!1人で行かないで!」

 

「あーもう!追いますぜ2人とも!」

 

双剣を抜く、足場を蹴る、誰よりも疾く

 

「アタシと会ったのが運の尽きだったわね!」

 

眼前の深海棲艦を斬り捨てる

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

「もう戦ってる…!急がないと!」

 

「左舷敵艦載機!対空射撃用意!」

 

「低い…!この距離で当たる…!?」

 

「こんな動き今までしてこなかったのに…とにかく撃たないと!」

 

「ぼのたん!背後から敵艦載機行くよ!」

 

「余裕!!それよりアンタ達は自分の安全を考えなさい!」

 

「アオボノ!冷静になって!潮は対空より退路の確保!」

 

「わ、わかった!」

 

「ボーロ!魚雷来るよ!」

 

前方からの雷跡を落ち着いて撃つ

 

「……待って!漣!酸素魚雷が混ざってる!最大戦速にして逃げて!」

 

「ど、どこ…!?…ぁ…」

 

漣の艤装に魚雷が突き刺さり、破裂する

 

「漣!!」

 

「漣ちゃん!!」

 

漣が激しく吹き飛ばされ、水面を転がり滑る

 

「ごふぉっ!がほっ…!だ、大丈夫…!衝撃は逃した!」

 

「よろけてるじゃん!ダメ!アオボノ!聞こえてる!?漣がダメージを負ってるの!戻って!」

 

『聞こえてるわよ!大したことないって言ってるんでしょ!?私は今忙しいの!』

 

話にならない…!こんなこと言うコじゃ無かったのに…

 

「このっ…!潮!提督に撤退許可を求めて!」

 

「わ、わかった!」

 

『朧!まさかこんなトコで帰るつもり!?私達の仕事は海域の解放よ!』

 

「仲間の命が第一!戻ってきなさい!アンタの為に戦ってるんじゃないの!」

 

「提督から撤退の許可出たよ!」

 

「よし、漣を挟むように陣形を変更、変わらず単縦陣で対空射撃!」

 

『私はまだ帰らないわよ!こんなところで帰るなんてありえない!』

 

「…いい加減にして!」

 

「ボーロ!言い合ってる場合じゃないよ…!あれ…!」

 

漣の指す方向には雫型の一対の石板

明らかに異質、この場に似つかわしくないそれは間違いなく

 

「八相…!ダメ!逃げないと!曙!!」

 

『八相ですって?いいわ…!やってやる!!』

 

「馬鹿!逃げるのよ!潮!」

 

「緊急信号送ったよ!最大戦速で撤退開始!」

 

「漣、潮に続いて!曙は私が連れて帰る!」

 

「お、朧ちゃん…無理しないでね…!」

 

「わかってる」

 

もちろん無理してでも連れて帰る…七駆は欠けない

 

 

 

「曙!!」

 

「何!今余裕はないのよ!」

 

「逃げるよ!早くしないと囲まれる!」

 

「囲まれても全部倒してやるわよ!!」

 

会話中だと言うのに敵は御構い無しに艦載機を飛ばしてくる

こっちには余裕がないと言うのに…!

 

「曙!やめて!早く帰るよ!」

 

「うるさいのよ!今更その名前で呼ばないで!」

 

「曙!!」

 

まるで話を聞く気がない…

 

「全部私がやる!!さっさと死になさい!」

 

金属音が鳴り響く、曙の方を見る余裕はないが、何度も切りかかっているのが見ずともわかる

 

「あと何機…!」

 

自分に迫る敵機が全て落ちる

 

「待たせたわね、朧、第二艦隊合流、これより戦闘開始!朝潮!」

 

「大潮!満潮!荒潮!左右に展開してください!敵潜水艦が居ます!」

 

「全体単横陣に、阿武隈さんは私と2人を救出に向かいます」

 

「敵潜水艦発見!爆雷投下!」

 

綺麗な連携で敵と戦い始める

 

こうするべき、と言うことがよく分かっている、全員がやるべきことを知っている動き

 

『こちら第三艦隊摩耶、漣にと合流した!気絶はしてるが大丈夫だ!』

 

漣が気絶して…?なんで…?潮がそばに居るはず

 

「摩耶さん、潮は…?」

 

『潮?見てないが…おい!近くに潮がいるはずだ!龍驤探してくれ!』

 

嫌な可能性が頭をよぎる

違う、ダメだ…あっちゃいけないことだ…

 

「曙!撤退するわよ!」

 

「何言ってんのよ!手を貸しなさい!ここでコイツを仕留める!」

 

『あのさぁ…そろそろ鬱陶しいんだよねぇ…』

 

『そうですねぇ』

 

石板からゴツゴツとした顔が浮き上がり喋り始める

 

「喋っ…!?」

 

「何か不味い…早く逃げなさい!」

 

『そうだよねぇ…』

 

『やってしまいましょう!』

 

石板の頂上部から光線が射出される

光線が交差し、爆炎に包まれる…曙ごと

 

「このっ…!ぐっ…!あぁぁぁぁ!」

 

「曙!」

 

「朧待ちなさい!巻き込まれるわよ!」

 

「曙!曙ぉっ!!」

 

曙が…曙が…死ぬ…?

 

『何が起こってやがる!おい!報告しろ!おい!』

 

「相当不味い…朧!落ち着いて!流石にあの程度で死んでたら興醒めもいいトコよ…!」

 

大きく吹き飛ばされ、こちらに曙が転がってくる

 

「曙!息は…してる、生きてる…!」

 

「こちら第二艦隊旗艦曙より、曙、朧の回収完了、撤退戦に移行、敵は八相、第三艦隊には後方にて待機を願う」

 

『第三艦隊了解、潮は今捜索してる、どうやらこの辺にも潜水艦が居やがる、イムヤ1人じゃキツくなってきた!』

 

「急ぐわ、最速で撤退開始!」

 

「朝潮は4人で曙を曳航して、殿は私と阿武隈さんで」

 

「はい!」

 

『アッハッハ!』

 

『ハハハハ!』

 

「…この石板、ムカつきますが…中々賢いようで」

 

「……」

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

『私達は禍々しき波』

 

『我等は悍ましい策謀家』

 

ふーん、コイツらがアタマか…

自分たちで名乗るようじゃそのオツムは見た通り薄っぺらいわけね

 

「悍ましいのはそのツラだけにして欲しいわね」

 

『一切の容赦無く、お前達を殺してやろう』

 

『一切の油断なく、殲滅してやろう』

 

「…それで?」

 

『私達は勇気と知恵ある者を待っている』

 

『我等は真実へと辿り着くものを待ち侘びている』

 

「真実?」

 

『其れは貴様ではない』

 

『賢さと知恵は違う、貴様は賢い、しかし其れは知恵とは違う』

 

何が言いたい?時間稼ぎ…では無い、敵の姿はない…コイツら以外は

 

『伝えよ、真実を求めよと』

 

『我等は意志ある波、そして力ある波』

 

「…協力の姿勢のつもり?仲間に手を出しておいて…」

 

『協力?意味を違うな、これは慈悲也』

 

『私達は敵、然し私達は望まぬ駒でしかない』

 

今を望んでない?

 

「…此処は退かせてもらうわ、その慈悲とやらに感謝してね」

 

『全ては進みだした』

 

『勇者は我らの敵なれど不利益な存在ではない』

 

『影持たざる者は宵闇の世に沈む』

 

『常闇は存在せず、夜明けの先に我等は消えん』

 

「何が言いたいのか知らないけど、次は死んでもらうわ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「……損害は、潮1人…」

 

「…遂に、出てしまいましたか…轟沈者が」

 

「まだ確定じゃない…」

 

「残念ながら、艤装は回収されました、提督…」

 

「………曙は」

 

「修復剤を使い営倉に入りました、それでも完全に怪我が治ってないので八相の攻撃によるダメージもあったようです…営倉入りの理由でしたが…隊を乱し味方を危険に晒し、結果として…とても擁護できる内容ではありませんでしたので…」

 

「…そう…考えが甘かったかな、きっと間違わないと…扱えると思ったけど」

 

「強すぎる力は…人を惑わせます」

 

「…人、か…」

 

「………提督は、私達をなんだと思っているんですか?」

 

「……わからない、人として見ていいのか」

 

「…それは、私たちがAIだから…?」

 

「……過去に、AIの仲間と共に戦った、僕にとって大事な仲間だった、本当に本当に大切な…」

 

「…失礼しました、てっきり私たちを軽んじられてるのかと」

 

「それはない、だけど…君たちの考え方を思うとき、少し感情を差し置いて考えたりしてしまうこともある…君たちの考え方より、気持ちを優先すべきなのにね」

 

「………どうしますか?」

 

どうするか、か、もう止まるつもりはない

犠牲はもう既に出ている、どんな形でも止まることはできない

 

「眼前の敵を叩くだけだ、でも戦い方は改めよう、艦隊を四つに再編成、第四艦隊を対八相部隊にして、それ以外は六人で戦ってもらう、報告から考えると…八相は、というより、交戦したらしいゴレは積極的に戦おうとしてるとは思えないんだ」

 

モルガナに操られてるのを拒否してるかのような…

 

「近海の確保だけでも、急がなくてはどうなるかわかりませんものね…」

 

「摩耶にもまず交渉をするように言って見て、僕は僕でやれることをやるつもりだから」

 

「…また何処かへ?」

 

「……うん、まあ、また話すよ、それより建造の方は?」

 

「正規空母2名と軽空母3名、軽巡3名駆逐艦4名、全員送り出しました」

 

「予定通りにことが進んだんだね、まあ、これでしばらく資源は苦しいか」

 

「……提督は目の敵にされてますから」

 

「こっちの戦力拡充は?」

 

「これからです、明日にでもご報告致します」

 

「わかった、それと明石…夕張さんにも頼んで欲しいんだけど、ヘルバと協力して…コレをお願い」

 

「…コレ、なんですか?」

 

「切り札の素、かな、読めばわかるよ」

 

「失礼します………コレ、本気ですか?」

 

「……必要な時が来たってことだよ」

 

「提督、コレは誰が試すんですか、場合によっては死にますよ」

 

「もちろん僕が試す」

 

「………艦隊指揮はあなたの仕事で、責任です、軽々しく命を賭ける真似はやめてください…!」

 

「………もう人も、艦娘も、犠牲になった、僕の立てた作戦で、僕のために死んだのなら……」

 

「提督は、尚のこと生きる義務があります、生きて戦うのならわかりますが、死ぬ事は火野さんはもちろん、他の方のことも裏切る事になる…」

 

「……死ぬつもりは無いさ…僕はやり遂げてくれるって信じて頼んでるんだ」

 

「…………忙しくなりそうですね」

 

「…頼んでおいてなんだけど…やっぱり作っていいものじゃないね」

 

「現代の核兵器と形容できるモノです、それだけ危険だと言ったのは提督ですよ…どうしても戦うんですね」

 

「黙って見てることこそ裏切りだよ」

 

「……私たちが作れるモノなのでしょうか」

 

「データドレイン自体は人の手で作り出すことができるモノだ、過去に作り出した例も存在する…ごく僅かだけどね、それよりも問題なのは制御ができない事だ…それについても僕なりの考えと、対処法になりうるものをそこに記してる、無理かどうかは君たちの判断に任せる、無理なら僕は別の手段を取るよ」

 

「…わかりました」

 

「…曙のところに行く」

 

「優しさはためにはなりませんよ」

 

「……そうだろうね」

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙(青)

 

意識が戻って真っ先に朧に殴られた、漣に軽蔑の目を向けられた、曙に…潮が戻っていないことを告げられた…

 

最悪だ、馬鹿だ、馬鹿だった

私が調子に乗ってたから

 

「………」

 

私が、弱かったから…

 

「曙」

 

「……何よ…」

 

「………潮の捜索は、完全に打ち切られた、艤装の発見を持ってして」

 

「っ……」

 

文句の一つも、言えない

わかってる、私のせいだ、私のせいなんだから

 

私が弱かったせいで

 

「何が悪かったかわかるかい」

 

「…わかってる…私はもっと強くなる、アイツらを守れるくらいに…」

 

「………」

 

営倉の扉を開き、クソ提督が入ってくる

 

「…もう一回聞くよ、何が悪かったか、わかってる?」

 

「……だから、私が弱かったから…」

 

パンッと乾いた音がした、何が起きたかはすぐにわかった

 

「な、なんで叩くのよ!」

 

「………曙、仲間は…荷物じゃないよ、足手纏いじゃないんだよ」

 

「足手まといなんて…」

 

「思ってる、言い切るのは良くないんだろう、だけど…曙、君は…朧を、漣を、潮を…足手纏いだと感じてた」

 

否定しきれない、私はそんじょそこらの敵に負けない自信があった、いまならあの時の北上にだって勝てると思った、でも、さっき私は何を思ってた?

 

「………」

 

「………さっさと、しなさいよ」

 

「何を?」

 

「…私から、腕輪諸共…もっていくんでしょ」

 

私にはすぎた力だから

 

「…勘違いしないで、曙、僕はそんなことするつもりもないし、そもそもできないんだよ、今の僕には何の力もないんだから」

 

「………じゃあここで大人しくしてろって?」

 

「…………君はこれから、償いをする事になる、漣の分、朧の分…そして、潮の分も」

 

「………死んだ以上、取り戻せないのよ」

 

言いたくはなかった、でも私が受け入れる必要があった

 

「…明日からまた出撃だ、…カイトを使ってくれて構わない、好きに戦ってくれていい………約束をして欲しい」

 

「何を」

 

「……もう間違えないで、それだけだよ」

 

「…………」

 

わかったとも、わかってるとも言えない…

言葉が出てこない…

 

「………じゃあね、また…今日は悪いけどそこで過ごして、明日から部屋に戻ってもいい…」

 

そう言って、営倉から出て行ってしまった

ドアを開けたまま

 

見張りは誰だろう、なぜ閉めに来ないんだろう…

 

 

 

「…甘いなぁ…司令官…アマアマやわ」

 

「……」

 

龍驤…

 

「………何が僕は多分言い過ぎるから、フォローしてあげて、や……なぁ?甘いと思わんか」

 

「…そうね、甘すぎるわ」

 

「………自分の立場わかっとるみたいでよかったわ、お前のやった事は自分を危険に晒すことやない…周りを危険に晒すことや…お前は自分の姉妹を全員道連れに心中しようとしたんや」

 

朧の判断が遅ければ、潮が連絡を取ってくれなければ…

 

間違いなく全滅していた

 

「……ウチは、お前のことを妹やって言うた…なら、姉は姉として、責任果たさなあかんわな、立って歯食いしばれや」

 

「………」

 

「…覚悟出来とるようやな!」

 

げんこつが頭頂部にめり込む

痛みが染み渡る、足元がフラつく

 

「……朧のが、痛かったわ」

 

「そうや、朧は…潮の事先に知っとった、漣のこともある、お前に何度も帰ると言った……なのにお前は帰らんかった………朧は、誰よりも姉妹を心配しとった…その姉妹への、想いのこもった一撃や、ウチみたいな偽モンと一緒にしたらあかん」

 

「………やめてよ…」

 

これ以上、私の前から、居なくならないで……

 

「………もっかい、目ぇ閉じ」

 

「………」

 

口を結び歯を食いしばり、衝撃に備える

 

ふわりと、暖かく、優しく包まれた

 

「ぇ……」

 

「ウチは、エセや、偽モンやけどな…ほんまは違うのわかっとるんやけどな、こんなにダメでダメで仕方ない妹が大事で、可愛くてしゃーないんや…」

 

そう言って、笑いかけてくれる

 

「………納得してないんやろ?探しにいくで、潮の事」

 

「……あり、がとう……」

 

「………顔がぐちゃぐちゃや、これで拭き…ほら、急ぐで、誰かに見られたらまた鍵閉められて出られへんようになる」

 

「うん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 電

 

「…いました、トキオさん!」

 

「わかってる!!せーのっ!」

 

浜辺に流れ着いたボロボロの人型を引き上げる

夜中なので人通りもないのが救いだ

頭の中にこの映像が流れてきた時は何事かと思ったが、見てしまった以上は助けるほかない

 

「…脈はある、だけど呼吸は弱い…肌も氷みたいに冷たい…」

 

「衰弱が酷いです…」

 

「………この子も?」

 

「艦娘で…知り合いです、トキオさん、厄介者が1人増えても良いですか…?」

 

「…そのくらい構わないよ、だけどまずは怪我を治さないと」

 

「病院は意味がないのです…一度家まで連れて帰るのです……」

 

「わかった、急ごう、せめて暖かいところに寝かせてあげないとね」

 

「………また床で寝るのです?」

 

「もともとベッドは使ってないしね」

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「まだ見つからないのか」

 

「……ごめん、私の対応が悪かったんだ」

 

「…主力2人が無断で出撃、そのまま帰ってこない………はぁ…」

 

「悩みがあるなら俺に相談してからにして欲しかったんだがな」

 

「……神通…那珂…」

 

「那珂の方は…あまり強さに固執してるようには見えなかったが」

 

「……普段はね、でも、ほら、スイッチが入ると戦い第一になるから」

 

「………仕方ねえ、何処に行ったのか見当もつかない以上…艦隊を動かすこともできねぇしな」

 

「……そう、だよね…」

 

「…悪い」

 

「謝らないで、提督に非は無いよ」

 

「………」

 

「…………出てくるね」

 

「帰って来いよ」

 

「…わかってる」

 

「………行きやがったか…で、お前はいいのか」

 

「はい、司令官、私は私の用がありますので…司令官…いえ、楚良って呼びましょうか?」

 

「……なんで人の黒歴史を掘り起こしてんだ、お前は」

 

「私の力の源が司令官の黒歴史って素敵じゃ無いですか」

 

「………どこがだよ」

 

「…AIDAに感染してますよね」

 

「…ああ」

 

「………引き出してみませんか?」

 

「どういう意味だ」

 

「……AIDAの鎧を、纏ってみませんか?」

 

「…余計意味がわからねぇ」

 

「私はAIDAを感じ取れます、そのAIDAは貴方に仇なすモノではありません」

 

「だから、好きにさせろと?」

 

「いいえ、利用しましょう」

 

「何…?」

 

「司令官、いえ楚良」

 

「言い直さなくていい」

 

「楚良としての記憶、私が仙台に負けた時に蘇ったんですよね」

 

「………まあな…できれば永遠に思い出したくなかったが」

 

「…なら、記憶ごと、スケィスも楚良の体にあるはずです」

 

「楚良の体…って俺のことか、その呼び方やめろ」

 

「AIDAを使えば、無理矢理にでもスケィスを引き摺り出せる…かもしれませんよ?」

 

「………成る程な」

 

「乗りますか?この提案」

 

「…悪くねぇ、乗った」

 

「ふふふ、やっぱり同じ記憶があるって素敵ですね、とっても仲良くなれますから…ね、楚良?」

 

「楚良はやめろって言ってんだろ」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 潮

 

「………っ…」

 

「意識が戻った、よかったぁ…」

 

「…て、い…とく…?」

 

「あ、えーと…」

 

「潮さん、お久しぶりなのです」

 

「…い…なずま…さん…?…ほ、本物…!?…っ!…」

 

教えないと、提督に教えないと…

 

「無理しないで、怪我をしてるんだから」

 

「喋れるなら上等なのです、質問するのです、離島鎮守府が襲撃され、完全に壊されたというのに何故あなたの提督は生きてるのですか?貴方も」

 

「…私たちは、大規模作戦の後、宿毛湾泊地に異動が認められて…みんなで…」

 

「………成る程、クソ野郎かと思ってたのですが、違うようで何よりなのです」

 

「い、電ちゃん…?」

 

「次、なぜそんなに大怪我を?」

 

「…撤退中、味方を庇って…」

 

「………艤装すら付けずに、ぷかぷかしてたのです…もはや奇跡なのです」

 

「………」

 

「最後、私の仲間を知ってますか…?」

 

「みんな、居ますよ…暁ちゃん達も、夕張さん達も…」

 

「そ、そうですか…!無事、でしたか……良かったのです…」

 

「……か、帰らないと…」

 

「無茶はダメなのです」

 

「………宿毛湾って四国の南西か……遠いな…」

 

「何処から流されたかは知らないですけど、東京湾まで流れ着くこと自体あり得ないのです、本当に、一生分の奇跡を起こしたのです」

 

「お、お願いします…帰らせてください……帰らないと…曙ちゃんが…」

 

「…こんなぼろぼろで帰って、どうするのですか」

 

「………曙ちゃんは悪く無いって、それだけ言いたくて…」

 

「電話で済むのです…今は余計なことを考えず、横になってるのです」

 

「………曙ちゃん…」

 

「怪我を治すために入渠する必要があるのです…どうにか、修復剤かドッグが必要なのです…」

 

「流石に無いよ…」

 

「………なら、用意するまでなのです…お願いします、トキオさん、手を貸してください」

 

「…って言われてもな…」

 

「……そう言えばここには修理施設がない、というより艤装自体ないのです、それならお風呂に入ればきっと…」

 

「え?」

 

「私たちの修理ドッグはお風呂なのです、だからうまくいけば修理ドッグの代わりにお風呂で代用できるかも…」

 

「………そんな状態で入れるの?」

 

「…大丈夫…だと思います」

 

「まあ、うーん、好きにしてくれてもいいけど……立てる?」

 

「………ごめんなさい」

 

「…まあ、そうだよね」



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悪魔

駆逐艦 朧

 

「ボーロ」

 

「…ごめん、今話しかけないで」

 

「……ごめんなさい」

 

ムカムカする

納得行かない

 

なんで潮が犠牲にならなければならなかったのか

あの時早く帰っていれば、4人で動けば

 

つまり私の指示に責任があるわけで

 

つまり、私が潮を…

 

「…朧、やめなさい」

 

「………何を」

 

「アンタは悪く無いわ、決してね…」

 

「やめて、私が悪いの」

 

私が悪い、ならば納得のいく落とし所なんだ

曙を許すための、潮を諦めるための

 

「…アンタにとっては違うかもしれないけど、私からすればアンタは姉妹、考えてることくらいはわかるわ」

 

「ならなんで私にそんなこと言うの」

 

「アンタが自分を責めても誰も納得しないのよ、そんなに気に食わないならアイツをもう1発ぶん殴ってやりなさい」

 

「………あぁ……どうしよう…」

 

そうだ、私思いっきり殴っちゃったんだった……

 

「口の中切れてたよね…」

 

「舌でも噛んだんでしょ」

 

「あぁぁ…」

 

どうしよう、謝らないと…

 

「……言ったでしょ、優しいって」

 

「うん、ボーロ」

 

「……何…?」

 

「さっきぼのたん、外に出てたよ」

 

「は…!?」

 

「龍驤さんも一緒だったし、艤装つけてたし…どうやら、諦めてないのはアンタだけじゃ無いみたいね?」

 

「そもそも私は諦めてないけどね」

 

そっか……そっか…!

 

「あー、なんか動き足りないかも、ちょっと演習でも行こうかしら?」

 

「あ、私も」

 

「………私も行く」

 

「よし、三人で行きましょ、だけど、曙のことはもう少し怒りなさい、提督も龍驤さんもとことん甘いから」

 

「………そうだね、次はローキックにする」

 

「ぼのたんハリセン使う?」

 

「それよりも、潮よ、ほら、急ぎなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

海上 

軽巡洋艦 那珂

 

「………ふーん、手は借りられない、か」

 

眼前の二つの石板はあまり協力的ではなかった

 

『我等は其方とは違う存在』

 

『私達は意思ある波、違うな』

 

「……じゃあ、いいや、死んでもらおうかな」

 

用はなくなった

 

『不可能な話』

 

『其の力の傍はこちらにある』

 

石板の間から紫を基調とした変な帽子の子供が出てくる

 

「……その子は?小さな子供にしか見えな…い…………いや、その派手派手しい服装…ゲームの…」

 

『この者は我等と同じ』

 

『ゴレであり、支配を免れられなかったモノ』

 

『………』

 

「………なら、その力を貰えば、私は…完全にゴレを…!」

 

『開眼すらしておらぬ貴様には到底無理な話』

 

『碑文とは貴様のためのものではない、力に目覚めるには刺激が足りぬ』

 

「刺激?」

 

『望むなら、与えよう、力を』

 

『共に呑まれよ』

 

「………今更何も躊躇うことなんてない」

 

「狡いじゃないですか、那珂ちゃん、1人だけ抜け駆けして」

 

「神通姉さん」

 

『……メイガス…』

 

『…真に世界を壊すのは、貴様らかもしれぬ』

 

『目覚めよ、我が力』

 

『目覚めよ…波の力』

 

「………これは…AIDA…」

 

「…ああぁ…ぁ…なにか…何かが…身体の中を…」

 

 

 

 

 

 

 

 

工作艦 明石

 

「初めまして、宿毛湾泊地にようこそ」

 

「…初めまして、扶桑型戦艦、妹の方、山城です…」

 

「超弩級戦艦、伊勢です、よろしくお願いします」

 

「如月です、よろしくお願いします」

 

いやー、全員天龍さんっぽいことにはなってなくてよかった、それにしても戦艦が2人…これは扶桑さんと金剛さんの負担が減るし、助かるなぁ

 

「提督を紹介します、ついてきてください」

 

「はい」

 

 

 

 

「倉持海斗です、よろしく」

 

「あの…」

 

「ここのことを軽く伺いましたが、私達はどうすれば…?」

 

「いきなり実戦出てもらうつもりはないから安心して、明石、如月と山城は曙の指揮下に入ってもらってくれる?扶桑も一緒に」

 

「姉様がいるんですか?」

 

「うん、仲良くしてね、如月、伊勢の姉妹間は残念ながら居ないけど…伊勢には摩耶と金剛の指示に従ってもらうよ」

 

「了解です、連絡してきます」

 

「それじゃあ、これからよろしくね」

 

「「「よろしくお願いします」」」

 

 

 

 

私は提督に疑問を持ってしまった

間違った事だけど、提督が仲間だと言ってくれたけど

 

私は何処までも人間として扱われたかったのだろう

 

ーーわからない、人として見ていいのかーー

 

仲間であることに変わりはない、だけど人として接してくれない…モヤモヤする

 

「明石さん、なんですか?呼びつけといて無視は困るんですけど」

 

「あ、ごめんなさい、新入りを2人預かって欲しくて」

 

「………成る程、山城に、如月か」

 

「扶桑さんとも連携していただけると」

 

「わかってます、それより………提督は、潮の事は」

 

「強いショックはあったようですが…」

 

「……まあ、全員死ぬ前提なら………諦めもつく…という事でしょうか」

 

「………」

 

「失礼しました、口が過ぎましたね」

 

「…提督は、私たちを人としては見ていません」

 

「当たり前じゃないですか、私達は艦娘です、人間にはどうやってもなれない」

 

「………私には割り切れません」

 

「割り切る必要なんてないんです、提督をただ信じてれば…」

 

「……信じてはいます…でも、それ以上はない」

 

「…あぁ、求めすぎですよそれは、気持ちはわかりますけどね…」

 

「それ以上を求めてはいけませんか」

 

「………勘違いしてるかもしれませんけど、人でも艦娘でも、変わりませんよ、提督は、その先に進むことなんてあり得ないと思います」

 

「…そうでしょうか」

 

「提督が連れていってくれた集まりに居たのは?人間でしたよね、私たちと同じ気持ちを持ってる人間があんなに居た」

 

「…たしかに」

 

「明石さん、物事、諦めも肝心ですが、諦めない心も大事なんですよ、と言うわけで私は来世に賭けてます」

 

「………作戦に、本気で乗ったんですね」

 

「たとえ提督がなんと言おうと私はその意思のままに」

 

「…それは、恋心ではなく信仰です」

 

「……自覚はありますよ、だから…ふふっ…!」

 

「どうしました?」

 

「…いえ、それでは、失礼します」

 

「………最近の曙ちゃん、ちょっと怖いな…」

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

あぁ、素敵な気分

 

ニセモノはダメだった、ニセモノはいらない、だからスッパリ忘れたけど…コレは、最高だった

まさかこんなところで手に入るチャンスがあるなんて

 

私のものになるかもしれない

そう、そうなれば一気に私は…

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 潮

 

「…傷、あんまり良くなりません…」

 

「………もう半日も入ってるのに、治らないなんて…」

 

「いや、普通そうだから、そろそろ出ようよ」

 

「…そ、そうですね…」

 

入渠ドッグで傷が治るのは、あのお風呂は、データを修復する力があるのかな…私達は電子生命体というものらしいし…

 

「とりあえず、泊地に連絡が取りたいです…」

 

「電話番号とかわかる?」

 

「………いいえ」

 

ケータイには入ってるけど基本直接会うし、かかってきても、かけても、名前が表示されてるから番号なんて…

 

「…………」

 

「送りたいけど、この怪我じゃなぁ…それに、四国まで行くとなると正直金銭面も厳しいし」

 

「病院は意味ないことだけは確かなのです」

 

「うぅ…」

 

「………何があれば治るの?」

 

「修復剤とか…でしょうか」

 

「修復剤か、どこにあるのかな」

 

「海軍施設ならどこにでもあると思う…のです」

 

「ここから一番近いのってどこだろ」

 

「…何するつもりなのですか」

 

「……連れて行ってみる、助けてくれるかもしれないし」

 

「それはやめて欲しいのです、おそらくここを家宅捜索されるのです、大破した艦娘を誘拐する事例が過去にあったので…」

 

「………じゃあ、修復材ってやつを持ってくる」

 

「…盗むつもりですか、軍の施設ですよ」

 

「……黙って見てるつもりはない…待って、待てよ…カイトだ!カイトさんを頼ろう!」

 

「え?」

 

提督の名前…?

 

「確か海軍なんだよね?きっと手を貸してくれるよ!」

 

「…そういえば、潮さんの提督だったのです」

 

「提督の知り合いなんですか…?」

 

「そういうこと、なのです……できれば電のことは知られたくないのです、お口チャックでよろしくなのです」

 

「は、はい…」

 

 

 

 

「はい、お願いします!修復剤を持ってきてくれるって!」

 

「持ってくる…?連れ帰るわけじゃないのですか?」

 

「……」

 

なんとなく理由がわかる気がする

 

「…うーん、その辺は俺はわからないかな、とりあえず、なんとかなりそうでよかったよ」

 

「そうですね、本当にありがとうございます、何から何まで」

 

「……そうですね」

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

「という事だよ、どうするかはキミの判断に任せる、朧」

 

「…曙にはまだ言いません、箝口令を敷いて必要なメンバーには伝えます、もう少しお灸を据えようと思います」

 

「うん、それでもいいよ、とりあえず僕は修復剤を持って行くから、明石達には先に伝えてある、勿論口外は禁止してるけど」

 

「わかりました、提督…本当にありがとうございます」

 

「…僕は何もしてないさ、ちゃんと君が、君たちが頑張ったから、助かったんだよ」

 

「………提督」

 

「朧、辛いことを言うようだけど、これからの戦い、君が沈むかもしれない、漣が沈むかもしれない、誰がどうなるかわからない今回助かった潮も、どうなるかはわからない」

 

「…それは、どういう…」

 

「夕張さんにね、もしかしたら潮は艦娘としてはもう戦えないかもしれない、って」

 

「………」

 

「八相の攻撃じゃないから治るはず、だけど…まるまる一日は経ってしまってる、傷がしっかり治って、戦える保証はないらしいんだ」

 

「そんな…」

 

「…もちろんコレは最悪の場合の話、でも、覚悟はしておいて欲しい」

 

「………」

 

「朧、本当にごめん」

 

「ぇ」

 

「僕が簡単に力を与えたから曙は暴走したし、結果君たちに辛い思いをさせた、謝って済むことじゃないけどね」

 

「……提督、死んだら帰ってこれません…だけど、潮は生きてるんです、帰ってこれるんです、私は、気にしてません、と言うより!曙が悪いんですよ!なんでいきなり今更その名前で呼ぶななんて…」

 

「あれ、曙って呼ばれるの実は嫌だったのかな…僕もみんなに合わせたほうがいいのか」

 

「………あれ?提督って曙とアオボノを呼び分けてますよね」

 

「みんなの前ではね、たまにそのまま曙って呼んじゃうけど、周りに関係ないことだったり、片方だけの時はどっちも曙って呼ぶ様にしてるよ」

 

「…あー…成る程、そう言うことか」

 

「何かわかったの?」

 

「いいえ、何もありませんよ、それじゃ、失礼します」

 

「うん、じゃあね」

 

 

 

 

 

 

 

 

東京

 

「いやぁ、倉持さん、わざわざすみませんねぇ来ていただいちゃって」

 

「…曽我部さん、態々車を出していただいて助かります」

 

「こっちのお願いを聞いてもらえてるんですから、まあこのくらいはさせていただきますよ、それに、お役にも立てるみたいですしねぇ」

 

「できるだけで早く済ませます」

 

「いえいえ、ごゆっくり、待たせるのは好きではありませんが、今回は待たせたい相手でして」

 

 

 

 

トキオ宅

 

「提督!」

 

「潮、酷い怪我だね…トキオ、お風呂を借りてもいいかな、コレをそのままここでひっくり返すわけには行かないしね」

 

「丸一日使われなければ全然問題ないです」

 

「…この服ってトキオの?修復剤をかけても大丈夫かな」

 

「あ、どうなんだろうな…元の服もボロボロだったからとりあえず俺のシャツとか渡しましたけど…」

 

「元の制服ごとかけてしまえばいいのです」

 

奥の部屋からひょっこりと電さんが出てくる

持っているボロ布は恐らく潮の服だろう

 

「…電…さん、生きてたんだね」

 

「電でいいのです、御無沙汰してます」

 

「とりあえず、先に修復剤をかけよう」

 

「ぷぇっ!」

 

「どう?痛みはある?」

 

「ひょ、表面的には傷は消えたんですけど…まだ痛みます…」

 

「…そうか、ダメか…」

 

「……おそらく、使うのが遅過ぎたのです………修復剤でダメなら通常のドッグで休むか、自然に馴染んで回復するのを待つしかないのです」

 

「…仕方ないか、トキオ、少し潮を頼める?いかなきゃいけないところがあるんだ」

 

「行かなきゃいけないところ?」

 

「……曽我部さんにね」

 

 

 

 

 

 

 

 

ベイクトンホテル

 

「ここは大正時代イギリスのギル・ベイクトン氏が自分に託した召使いに外国と交流のためにと託した遺産で建てられた、らしいですよ」

 

「詳しいんですね」

 

「前に来た時軽く調べたもので」

 

曽我部さんに連れられ、エレベーターに乗る

 

「勝手に進んでいいんですか?とてもしっかりしたホテルの様に見えますけど」

 

「何度も仕事の話をしにきているので」

 

最上階でエレベーターは止まる

ペントハウス・スイートと書かれていた

 

少し先に明らかにボディガードであろう、黒服が立っている

 

「やあジョンソン、元気だったかい?ほら、君の欲しがってる第二ボタンだ」

 

そう言って自分のシャツのボタンをむしりとり差し出す、よく見れば変な形をしている

ボディガードはそれを受け取ると曽我部をバシバシと叩きながらボディチェックを始めた

 

「ボディチェックをされる手間を省こうと思ったのに、これだから…」

 

次は僕の方に手を伸ばしてきたので大人しく手をあげる

一通り触り、上着を脱ぐ様に言われて脱いだところ、内側の背中の部分から発信機とレコーダーを取り外された

 

「おや、随分手が込んでますね」

 

「魔窟に入ると言われたものですから」

 

虎穴に空手で入ると言うのも、なかなか恐ろしいものだ

 

 

 

扉の先に進むとバーになっていた、

青い空とビル街が一望でき、右手にはバーカウンター、前方のソファ席には1人の外国人女性が腰掛けていた

 

「待っていたわ、リュージ、あら、そっちは?」

 

女性は立ち上がることなくこちらに流暢な日本語で声を掛けてくる

曽我部さんから目配せで挨拶を要求された気がした

 

「倉持海斗です」

 

「態々すみませんねぇ、本来女性は待たせない主義ですが、ささやかながら仕返しをしたくなりまして…ですが、あなたが一眼見たがっていた勇者を連れてきました」

 

「…へぇ、あのカイトを…?」

 

「………」

 

どうやら2人の仲は良くないらしい

女性はまるで品定めをするように僕を見る

 

「……思ったより、弱々しいのね、座って頂戴?」

 

言われるがままに席に着く

 

「今日も車ですので、ミルクセーキを、倉持さんもどうですか?」

 

「僕は結構です」

 

「おや、ここのは格別なんですがね」

 

何故、この人と僕を会わせたかったのか

 

「自己紹介がまだだったわね、ヴェロニカ・ベイン、サイバーコネクトサンディエゴの会長よ」

 

「…サイバーコネクト…CC社の会長…」

 

少しわかった気がする

 

「役職よりもこう言ったほうがわかりやすいんじゃ無いですか?私は日本を買った、と」

 

「あら、私が喋る必要は無くなったじゃ無い」

 

日本を買った、コレが指す意味は

 

「…貴女が、海軍の…大本営の実権を握っている…」

 

「その通り、と言ったところかしら」

 

…つまり、拓海の殺害も…なにもかも…全て…?

 

「…あら、弱々しいのかと思ったら、いいカオするじゃない」

 

「………貴女は、人の命についてどう思っていますか」

 

「それは人間?それとも艦娘かしら、提督さん……まあ、答えなんて変わらないのだけど、どちらも変わらない、私を楽しませるアクセントに過ぎない」

 

「アクセント…?」

 

「私がこの生を楽しむための、ね」

 

何を、言ってるんだ…?人の命がアクセント?

 

「倉持さん、こういう人なんですよ、ご馳走様でした、今日は顔見せだけということで」

 

「あら、相変わらずつれないわね」

 

「失礼します」

 

「それでは」

 

 

 

 

「………顔色が悪いですよ、大丈夫ですか」

 

「…少し、気分が悪くなりました」

 

「………倉持さん、アレは人じゃ無い、怪物だ」

 

「…あんな奴のために…拓海は、火野拓海は死ななければならなかったのかと思うと…」

 

「……あの女には表に出てない罪があります」

 

「…倒す策が?」

 

「それを公の場に出しても、痛くも痒くもないでしょう、証明のしようがありませんから」

 

「………どんな事を?」

 

「………量子コンピュータはご存知ですか、黒い森は?」

 

「量子コンピュータは聞いたことがあります、次世代の計算機器である、位には…黒い森、というのは全く」

 

「ああ、充分です、くだらない電卓ですから……なんと言いますか、いや、ここでは不味いか…とりあえず、行きましょう」

 

 

 

 

 

「簡単に言えば、量子コンピュータと黒い森は同じものです、そして、思っているよりもずっと非人道的だ」

 

 

 

 

 

 

下北沢

 

「………」

 

「こっちでは始めまして、カイト」

 

「ああ、うん、初めまして、司」

 

「随分と疲れた顔をしてる、それに思ったよりつまらない顔だよ」

 

「………考えなければならない事が多すぎるんだ」

 

「知恵を貸そうか」

 

「頷くことすら怖い」

 

「……キミは何のために、司を、庄司杏を呼んだの?」

 

眼前にいる庄司杏は、過去に精神だけをネットに取り込まれ、さらにデータドレインを受けている

精神だけ取り込まれた状態でデータドレインを受けた…それは自分の存在そのものを書き換えられたととることもできる

 

「成る程ね、そんな事が聞きたいの」

 

「言いたくない事かもしれないけど、どうしても知っておきたいんだ」

 

「………確かに、私はそれを受けた、そして……私の意識はデータで作り出されたまやかしなのかもしれないって、悩んだよ…でも、みんな私のそばで、信じててくれた」

 

「………」

 

「……信じ続けてあげなよ、みんな苦しいんだ、キミは勇者なんでしょ、諦めちゃダメだよ」

 

「…勇者、か」

 

「…同じ質問をしに来た人がいたんだ」

 

「え?」

 

「ブラックローズとワイズマン、速水晶良と火野拓海…2人とも、最後の戦いで腕輪の加護を受けられず、データドレインを受けた…」

 

「…まさか、ずっと悩んでた…?」

 

「そうだと思う、私の言葉は気休めにしかならないけれど…でも、信じ続ける事、誰よりも信じてあげて、大事な仲間を」

 

「………もちろん、そのつもりだよ…」

 

「…ああ、キミ、自分で手にかけるつもりなんだ」

 

「……この世界は滅びる、だから、正常な世界に戻す必要があるんだ」

 

「そんなのどうでもいいよ、それに、私はそれを止めるつもりも否定するつもりもない…」

 

「……キミも死ぬことになるのに?」

 

「まあ、一度データドレイン…いや、アレは半端なものだったけど、それを受けてから私は私なのか、それとも司なのか…それとも、ただのAIなのか分からなかった…だから、それが終わりの時に、ようやくわかるのなら」

 

「……」

 

「…迷うならやらなきゃいい」

 

「止まらない、託された以上」

 

「……それは人のせいにしてるだけだよ、それに、本気でやるなら、誰よりも自分が正しいと信じてやりなよ」

 

「正しい、か……」

 

正しいことだとは言えない

 

「キミが自信を無くしたら誰もついてこないんだよ」

 

「…そうだね、ありがとう、僕は僕のために、いいと思えることのために…戦うんだ」

 

「カイト」

 

「…何?」

 

「私…いや、ボク達は友達だよ」

 

「うん、ありがとう」

 

 

 

 

 

トキオ宅

 

「潮、帰ろうか」

 

「はい、おせわになりました…」

 

「……もう少し良くなるまで居てもいいんですよ、今の状態で歩くのは辛いと思いますし」

 

「そうなのです、階段で余計に怪我しても知らないのです」

 

「うーん、タクシー乗り場までおぶさって行こうかと思ったけど、ボクがこけたら大変だしなぁ…」

 

「おぶっ…さ、流石に恥ずかしいです…」

 

「俺たちはここに居てもらっても全然構わないので、もう少し良くなるまでゆっくりして行ってください」

 

「そうなのです、交通費と食費、光熱費だけ置いていけばそれでいいのです」

 

「い、いや、電ちゃん…?君も払ってないよね?」

 

「肉体労働してるのです」

 

「誤解されるからやめて!?」

 

「…潮、君が選んでいい」

 

「………ここにいるのも迷惑です、早く治すために泊地に帰ります」

 

「わかった、もう少し痛いのが続くけど、早く治そうか」

 

「はい」

 

「…電、君のことは?」

 

「知られたくないのです、電はもう戦えませんから」

 

「誰も戦えない事を気にしない、としても?」

 

「くどいのです」

 

「わかった、じゃあ、また」

 

「またなのです」

 

「トキオ、電、潮のことを助けてくれてありがとう」

 

「ありがとうございました」

 

「お大事に、また来てください」

 

 

 

 

 

新幹線内

 

「提督、アオボノちゃんは…」

 

「大丈夫、龍驤がついてるし、朧も…怒ってはいるけど、みんな心配してる気持ちの方が強いよ、ただ、漣は…仲が良かっただけに、思うところがあるみたいだね」

 

「……そうですか…」

 

「……君達は、姉妹だけど、四つ子みたいな仲だよね」

 

「あんまり姉とか妹を意識はしませんね…」

 

「うん、僕もそう思ってた、だけどさ、やっぱり朧は君たちのお姉さんなんだ、意識してかはわからないけど、漣と曙の中を取り持とうとしてる、君のこともすごく心配していたよ」

 

「…朧ちゃん…」

 

「……良かったら、落ち着いたらみんなで遊びに行ったらどうかな」

 

「…ありがとうございます、そうします」



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一蹴

佐世保鎮守府

軽巡洋艦 龍田

 

「うふふふふ〜」

 

「またMVPか、流石だ」

 

「この槍、少し重すぎて砲弾を捌き切れませんから困ってしまいますね〜」

 

「……その割には中々楽しんでいるようだが」

 

「当然です、力は奮うものですから」

 

「奮うことを止めはしないが、護るために槍を振れ」

 

「勿論、そのつもりです〜」

 

「……戦闘中の姿を見ると怖くて中々信用ならないわね」

 

「瑞鶴」

 

「って言うか、龍田さん、聞きたいんだけどさ」

 

「何かしら〜?」

 

「………艤装に砲を積んでないわよね」

 

「必要ありませんから」

 

「…どうやって砲撃してるの?槍を振ったらどこかから飛び出していくように見えるけど」

 

「俺も前々から気になっていた、どうやっているんだ?」

 

「召喚してるんですよ〜?式神タイプの艦載機みたいな感じです」

 

「ああ、そうなんだ、媒体は?」

 

「さあ?燃料と一緒に弾薬もタンクに入れてますけど、気にした事はありませんね〜?」

 

「………怖いな、それ」

 

「暴発したらどうするの…」

 

「した事ないから良いの♪」

 

「万が一が危険だ、念のため確認などもしておいてくれ」

 

「はいは〜い♪」

 

「司令官!近海に艦娘が来たので接触した所交戦したと…!」

 

「何!?こちらの被害は」

 

「現在陽炎と那智さんが主として戦っています、最初に出会った足柄さんが大破し担ぎ込まれました!」

 

「…龍田瑞鶴、急ぐぞ!不知火、お前は瑞鳳を出してこい、異常な艦娘の場合アイツの力がいる!」

 

「了解しました!」

 

 

 

 

「足柄さん、怪我はないように見えるけど…?」

 

「…見なさいよ、これ…」

 

弱々しく服を捲ると青いアザが無数にある

 

「…!これ、蹴られた後?」

 

「そう、1発の砲撃もなしに、やられたわ…恐ろしい相手、川内型の神通みたいだったわ……迷子なのかと思って対応してたら、急に怒りだして…」

 

「感情の暴走、AIDAの症状か」

 

「急いで…はや…く……」

 

「ゆっくり休め、なんとかする」

 

 

 

「陽炎!那智!」

 

「…提督…か」

 

「……ごふっ…った……!」

 

「敵は!?」

 

「海の先に…アレは軽巡洋艦なんて生易しいもんじゃ……!」

 

「何があったか喋れるか」

 

「私達、迷子だと思って…声をかけたの、近づいてみたら鉢巻みたいなもので目を覆ってて、足柄がそれを笑ったのよ……」

 

「………」

 

「そうしたら急に、雰囲気が重くなって…「誰か私を笑いましたか?」って、すぐに謝ろうとしたんだけど…近づいてくる雰囲気がおかしいから…間に入ろうとしたら急に回し蹴りされて、吹き飛んで……那智さんも…」

 

「その後、私達は砲撃もしたんだが…一方的だった………ぐっ……骨が折れている、すまん…休む……」

 

「ああ、龍田、瑞鶴、やれるか」

 

「はい、お任せくださ〜い」

 

「そうね、行くしかないわ」

 

「遅くなりました」

 

「不知火、瑞鳳、敵は海上を逃走中だ、追ってくれ」

 

「それが…」

 

「……相手は、碑文使いです」

 

「何…?」

 

「ひぶん…?」

 

「……私と同じ、力を持ってる相手です、同じ匂いがする…」

 

「………どうしますか、戦えますか?」

 

「…リスクは冒せないが…」

 

「私は行くわよ〜?この槍があるんだもの」

 

「……行くしかないわね、万が一のための改修班を編成しておいて」

 

「ああ、頼んだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「居た!方位マルサンマル!」

 

「交戦用意!」

 

「拡声器で呼びかけて見て」

 

 

 

 

 

 

 

    ziんtう

 

ああ、また何か来た

 

『事情が聞きたいの!お願いだから大人しく投降して!』

 

所詮私なんか、ここで大人しく従った所で…

碌なことにはならない…

 

…何だ、今の感覚は

 

「………」

 

『そう、そのまま、速度を出さないで』

 

ゆっくりと近づく、この感覚の正体は何?

 

『そこで止まりなさい!艤装を捨てて!」

 

艤装?そんなものもとよりないのに何を捨てろと?

 

私に残されたものは、わずかなのに、それすらも?

 

「待ってください、あの人艤装がありません…」

 

「と言うか止まる気配がないわよ」

 

「……どうやって浮いてるの?高速で水面を蹴ってるのかしら?」

 

「…くふっ…」

 

今、笑われた?

…所詮私なんて…そんなもの……

 

「今、私を笑いましたね?」

 

「え!?今のアウトなの!?」

 

「今私を笑った人は誰ですか?」

 

「ちょっ!と、止まりなさい!」

 

「くっ…やらせません!」

 

「待ちなさい!不知火!」

 

駆逐艦…?プレッシャーは一丁前ですが

 

「貴女ですか?」

 

まだ弱いですね、簡単に蹴りが入る程近づくなんて

 

「ッ…!?…ぐふぉ…!」

 

「それ以上やらせないわよ…!」

 

槍を持った、軽巡洋艦?

 

「それとも貴女ですか?」

 

「速い…ッ!!」

 

鉄の感覚…防御の速さ

蹴りの軌道が見られてる…か

 

「くッ…フェイント…!?きゃあっ!」

 

「あの目隠しで見えてるの…?龍田の構えをすり抜ける蹴りなんて…」

 

「……見えてる、と言うことだと思います…瑞鶴さん、邪魔です、下がっててください」

 

軽空母…?

にしては…

 

「貴女を笑ったのは私、貴女の相手も、私」

 

……この感じ…やっぱりそうだ

 

「どうやってソレを?」

 

「…復讐心から…産まれた産物」

 

「よっぽど恨んでいたんでしょうね?」

 

「何が言いたいの」

 

私にはよく見える

 

「随分と迷ってるように見えますよ、貴女」

 

「…!…だったら何…!」

 

「一緒に地獄に落ちませんか?きっとそんな迷いなんて無くなります」

 

「冗談じゃない、変な宗教と変わらない…」

 

「あら、期待外れですね」

 

せっかく仲間が増えると思ったのに

 

「……瑞鳳、押して参る!」

 

「わざわざ近づいてくるなんて、見てなかったんですか?」

 

ハイキックを防がせる

 

「瑞鶴さん!さっさと二人を連れて行って!」

 

「こんな状況で退ける訳ないでしょ…!」

 

「ふっ…は!」

 

脇腹への膝蹴りのフェイントから足を引いての回し蹴り

 

「本当に艦娘…!?艤装は無いの…!?」

 

「あんな物邪魔です、己の肉体以上の武器はありません」

 

後ろの七面鳥はうるさいですね

 

「…本当に?これでもそう言える!?」

 

紋様…!

 

「ッ!…重い…ー!」

 

見えなかった、今のは拳打?

 

「……一発貰っただけでもうお終い?」

 

「…まさか…!」

 

蹴りのコンボを叩き込む

連続で、大きく蹴る

 

…おかしい、反撃をしてこない、隙を見せてるはずなのに

 

「ぐっ…!あぁっ!」

 

回し蹴りが完全に顎に入り、水面を転がる

立とうとしているが、立てるわけがない、両手をつき、嘔吐

完全に沈黙させた

 

「瑞鳳!…よくも…!」

 

「まだ…まだ、終わってない…!」

 

…立った?あれをくらって、脳震盪を起こしてるはずなのに?

 

「…次で寝かせてあげます」

 

「……」

 

ぐらつきながら、私に向けて右手を突き出す

 

「…何を…」

 

手の甲を見せ、中指を立てて笑われた

 

「クソ喰らえ、一撃で死ね…!」

 

「……私を…笑いましたね、二度も…!

 

詰め寄り、飛び蹴り

 

「タルヴォス!!」

 

また紋様…!

 

今度は見えた、手を包んでいる何か…何だこれは、籠手…?

 

さっきとは比べ物にならない重さのパンチが叩き込まれる、意識が明滅している、体の一部が吹き飛んだように感覚がない

 

今私はどうなってる…?

 

 

 

 

軽空母 瑞鳳

 

「…くらいすぎた…完全に入ってない…!」

 

膝をつく、全力の拳は敵を捉え、吹き飛ばす事はできたが…完全な沈黙には至っていないと確信していた

 

「…つ…追撃を…!」

 

「…わかってる…!」

 

頭上を艦載機が飛んでいく

 

「ねぇ…あの艦娘…体千切れ飛んでるけど…!」

 

千切れ飛んだ…?

なら、相手は死んだ…?だとしたら、何だこの胸のざわめきは

 

ポォォォン

 

何かの音がした

 

それがとてつもなく嫌な予感がした

 

「速く消しとばして!」

 

「え、でも…」

 

「速く!!」

 

もう遅いのはわかっていた

ピチャリピチャリと音を立てて近づいてくる

 

千切れ飛んだ?どこがだ

五体満足、傷一つないそいつが近づいてくる

 

「……ああ、軽く見てしまいました…お陰で、とても痛い目を見ました」

 

「…それは………どうも……」

 

傷はないながらも、消耗しているらしい事はわかる、肩で息をしているし、顔色も悪そうだった

 

「…何をしたんですか…」

 

「……碑文の力…そっちも、そうでしょ…」

 

第七相復讐する者タルヴォス

その名の通り、私の復讐心の産物…

そして、さっきの攻撃は、受けた攻撃の分の復讐

 

「………アハっ…」

 

ぞわりと背筋を何かがなぞる

 

「アハハハハハ!……ふぅっ…」

 

消耗していたはずだ、なのにもうそんなプレッシャーを放てるのか

 

ゆっくりと、ゆっくりと近づいてくる

確かな殺意を携えて…黒い泡を携えて

 

ヒュンッと音を立てて一閃

 

「あらあら〜?当たらなかったかしら」

 

「…いいえ、腕は落ちましたよ…また……またこんなに痛い…でも、お陰様で冷静になってしまいました」

 

「………消せなかったのねぇ…仕方ない…」

 

槍をクルクルと回しながら、私とソイツの間に入ってくる

 

 

 

 

軽巡洋艦 龍田

 

「…まだ、やるつもりかしらぁ…」

 

「………また別の何か、と言うわけですか…」

 

無くなった腕を振るって新たな腕を出現させた…

 

「あら〜、それってそうやって生えてくるのね」

 

「…その槍、何ですか」

 

「……神の槍、ってところねぇ〜」

 

「………神…?」

 

「うふふふふ〜、で、やるの?」

 

おそらく、踏み込んでくる…その瞬間を狙う…

 

「……あぁ…最悪です、最悪の気分です…所詮私なんか…ああ、呑まれそう…」

 

「あら〜?」

 

踵を返して去って行く、何故…

まさか槍の力に気づいた…?

 

「…助…かった…?」

 

そう言いながら瑞鳳ちゃんはうつ伏せに倒れるし、もう限界ってところかしら

 

「轟沈者はいなくても、不知火ちゃんも瑞鳳ちゃんもボロボロよ〜、速く帰りましょ?」

 

「……曳航が必要ね…龍田も」

 

「…あら、バレてたのね」

 

脇腹より上の…肋のあたりを蹴られた

運が悪ければ肺もやられてるかも…

 

「最上たちを呼んだから、もう少し我慢して」

 

「……そうさせてもらうわぁ〜♪」

 

でも、今は気分が良い、私も守れたんだから

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「おい!大丈夫か!」

 

「クソッ…最悪だ、なんでこんな事に…!」

 

「木曾、落ち着きなさい.、みんな同じ気持ちよ」

 

「……球磨型全員、何が起こったか理解する前にやられたクマ」

 

「隕石の雨が降り注いだニャ…火傷とかはしてないけど…アレは何か…関わっちゃいけない物だニャ…」

 

隕石、か…現実のものではない事な確定だな

 

「……お前らがそこまで手ひどくやられるとはな…敵は」

 

「…変な帽子を被った小さな子供みたいな感じだった…本を待ってた、宙に浮く、変な本だった」

 

望…中西伊織…ゴレの碑文使い…

意識不明の、被害者…

 

「クソッ…神通も那珂も見つからない上にあんな敵と出くわすなんて…!」

 

「木曾、焦らないで」

 

「…戦える相手じゃなかったクマ…」

 

「強い弱いじゃなくて、土俵が違うニャ」

 

そう、土俵がちがうなら…同じ土俵に立ってるやつをぶつけるしかない

 

 

 

 

 

 

 

 

旧 離島鎮守府跡地

 

『〜♪』

 

誰もここに居ない

 

『〜♪♪』

 

だから、ここでは何をしても許される

 

ゆっくりと歩き回って見た

 

足元に綺麗に削られた石がある、名前…

ああ、墓石か

 

『………』

 

なんてたくさんの人数…

 

『〜♪〜♪』

 

怖くなんてない

 

恐れるものは何もない

 

『でも、少し寂しくなってきた』

 

仕方ない、ここに誰も居ないのだから

 

水に足をつける

ゆっくりと歩きながら、どこへ行こうか

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 曙

 

「……ダメ、全然ダメ…明石さん、やっぱりお願いしていいですか?」

 

「わかりました、でも、まさかこんなものを作ろうとしてたなんて」

 

「実は最近ここに通ってたのも加工の仕方を知りたくて…」

 

「え、そうだったんですか?そのぐらいいつでも教えるのに…」

 

「まあ、もう知る必要なくなりますから」

 

「そうですね、よし、じゃあ早速」

 

ここに来た目的は複数あるが、表向きの理由は対空用の機銃を単装式にし、その銃身を伸ばす為

いつも使ってるものでは数で攻められた際の対応に手を焼きかねないからだ

 

「こんな感じでどうですか?」

 

「……なるほど、少し重いですね…」

 

「切り詰めます?」

 

「いえ、これに慣れます、同じものを四つ作れますか?」

 

「七駆用ですか?」

 

「まあ、それと予備もかねて…あ、でも潮と漣には重いかな…」

 

多分朧と曙は無理やりにでも使えるようになるだろうけど、この長さだとブレた時が怖い、当たらなければ困る

 

「……切り詰めたやつも四つ作れますか?」

 

「いっその事装弾数を増やしたタイプを作る方が…」

 

「馬鹿みたいに撃たれても困りますから」

 

「うーん、せめて連装式にした方がいいですよ、他の子は中々当たりませんよ」

 

「………なら弾幕を張るように…うーん」

 

それだと消耗が大きすぎる…

 

「…航空戦で解決できれば楽なんですけど…」

 

「いいものは手に入りませんからね」

 

「…あ、そうだ、提督もうすぐ帰ってくるそうですよ」

 

「本当ですか?」

 

「はい、潮ちゃんを連れて」

 

「あ、そっか…今朝方聞いた話なのに…」

 

「案外抜けてるところもあるんですね、安心しました」

 

…昨日脅かし過ぎたかな

 

「……まあ、勘弁してください」

 

「じゃあとりあえず、1時間ください、精度を揃えるとなるとなかなかかかるので」

 

「……いや、精度は揃えなくていいですよ、グリップのざらつきを変えてください、これは金属製なので、ラバーとウッドとか」

 

「…使い分けられるんですか?」

 

「とりあえず自分のやつだ、これは使い慣れてるやつだってことがわかれば良いですので」

 

「ああ、よかった…本当に使い分けられるのかと思ってびっくりしましたよ」

 

「……もしできたら不都合が?」

 

「…あ、いや、そう言う意味じゃなくて…ごめんなさい、ちょっと…まだAIだの電子生命体だのを引き摺ってしまってて…」

 

「要するに機械的なのが嫌だ、と?」

 

「…はい」

 

面倒な人だなぁ…

 

「でも優れた人は精密機器と言われるじゃないですか」

 

「うーん…」

 

「……まあ、気持ちはわかるんですよ、気持ちだけは…」

 

「え?」

 

「恋心を機械として無視されてる感じでしょう?」

 

私はハッキリ利用すると言われましたけど

 

「……はい」

 

「もう少し楽に考えましょう、提督は奥手なだけだと」

 

「奥手?」

 

「………押し倒してしまいましょうか」

 

「うぇっ!?」

 

「冗談ですよ、半分は…とりあえず、本気を伝えたいならそのくらいの覚悟はいりますよ」

 

「…………わ、わか、わか…」

 

「わか?」

 

「わかりまひひゃ!」

 

噛んだ…

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙(青)

 

「………」

 

必死の捜索虚しく、潮は見つかることはなかった

まだ見つかってないではなく、見つからなかった

そう感じている

 

つまり、もう諦めてしまっている

 

納得できない、自分が許せない事だ

 

「…………クソ…!」

 

一番諦めちゃいけない私が諦めてる

 

絶対に許される事じゃない

 

「ああ!もう!!」

 

「…荒れてるねぇ、ぼのたん」

 

「…ちょっと気が立ってるだけよ」

 

「なんで?」

 

「………あたしが馬鹿だったから、アタシのせいで…アタシが潮を…それだけじゃない、みんなを危険に晒したのはアタシ…」

 

「…何でそうなったかわかってんの?」

 

「……新しい力を試したくなった、何でもできると思い込んでた」

 

「そう、最低な理由だね、でもまあご主人様のせいにしないだけ上等かな」

 

「……できるわけないじゃない…あんなに甘い事言われて……どんなに怒鳴られるより、殴られるより…辛かったわ…」

 

「…朧ちゃんの顔面パンチより?」

 

「……それは話が違う、あれは…あの重さは何にも変えられないわ」

 

「それはよかった、私の拳がそんなに軽いものなのかと思ったよ」

 

「……朧………そう、そう言う事、いいわ、好きにして」

 

「…大の字になってなにやってんのぼのたん」

 

「殺してくれって事でしょ、責任を取らせてって」

 

「………はー……ぼのたん馬鹿?馬鹿なの?死ぬの?」

 

「馬鹿だから変な勘違いしてるんじゃない?」

 

「……」

 

「責任感じてるのは良いけど何を勘違いしたらリンチされると思い込めるのかなぁ」

 

「もし本当にリンチするなら二人でやるわけないじゃん…というか、速く食堂行くよ、今日は七駆の日なんだから」

 

「………わかった」

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

「やあ、曙」

 

「おかえりなさい提督、あれ?」

 

「ああ、今は入渠ドッグだよ、まだ完全に傷が癒えてないから」

 

「そうですか…朧も漣も、結局甘いです」

 

「…キミは許せない?」

 

「私が旗艦ならあんな事にはならなかったという確信はあります」

 

「だろうね、君は不足の事態に備える事をやめない」

 

「……佐世保の瑞鳳には不覚を取りました」

 

「相手が碑文使いだったんだから仕方ないよ」

 

「………もう二度と負けません、相手が碑文使いでも、何でも」

 

「流石に碑文使い相手は無理じゃないかなぁ…」

 

「やる気の問題です」

 

「流石にやる気で解決できるレベルじゃないけど…」

 

「…それより、提督、それは?」

 

「うん、パソコン用のディスクだよ」

 

「………またゲームですか?」

 

「そうだね、また1からスタートする事にした…外に出るのは摩耶の事例から自分の力じゃなくてもできる、と思ってね」

 

「……曙にカイトを与えなくてもよかったのでは?」

 

「そうかもね、だけど…君もそうだけど、曙だし」

 

「どう言う意味ですか」

 

「暁、東雲、曙」

 

「…夜明け」

 

「流石、よくわかってるね、僕はこの戦いが終わるには君たちの力は不可欠だと思ってる」

 

「………私でも良いじゃないですか…」

 

「…たまたま、なんだよ、たまたま腕輪を持ってたのが曙だった」

 

「……一番、どうしようもない理由ですね」

 

「曙、嫌じゃなかったら一緒にやってみる?」

 

「……お断りする理由はありませんね、ですが誘う動機が罪滅ぼしに近い感情からなら最悪です」

 

「…お見通しかぁ…」

 

「せめて否定してください」

 

「…わかってるなら、傷つけるだけだからね」

 

「………提督、どっちにしても、その話受けさせていただきます」

 

「うん、じゃあまた後で詳しく話すよ」

 

 

 

 

 

 

食堂

駆逐艦 曙(青)

 

「つっかれた…」

 

「ようやく全員食べ終わったかな、カレー大人気だったね」

 

「…なんで曙だけいないのよ…あいつも当番でしょ…?」

 

「まあまあ、良いじゃないの、さ、我々もカレーにありつきやしょうぜ」

 

食堂の当番をこなしてる間、少しは会話ができた

朧と漣も、邪険にする事なく…対応してくれた

 

少し、戻ってしまった…私たちの関係が

喜ばしい事だけど、私のせいである以上…

 

「あ、ごめん、まだ食べても良い?」

 

「あら?ご主人様とボーノじゃん」

 

「どうぞ、まあ、洗い物が少し増えるだけですし」

 

「ありがとう、じゃあカレーをお願い」

 

「……あれ?ノーマルカレーもう無いの」

 

またノーマルカレーか

 

「今日はそもそも作ってないの、私たちがカレー作ったから、日替わりがカレーよ」

 

「………うどん…」

 

「カレーうどんとなってますぜボーノ!」

 

「……おにぎりで…」

 

「具はカレーでいい?」

 

朧も漣も逃すつもりはない、なら私も逃げ場を潰す

 

「麺類はスープがカレー、ご飯ものはカレーがかかるわ、丼もカレー丼だけだから、カレーパンもあるわよ?食パンにかけたやつだけど」

 

「………チッ……日替わり定食のカレーをもらうわ…」

 

「し、舌打ちしやがった…ぼのたん、こいつ舌打ちしましたぜ…!」

 

「赤城用のスパイスかけときなさい」

 

「よし、5人分できたしみんなで食べよう」

 

 

 

 

 

 

「ん、独特な味ね…」

 

「あんまり辛くないでしょ、ココナッツミルクを入れたんだぜ!」

 

「私は魚介の出汁を入れたかったんだけど、和風じゃ合わないだろうからね、具に使う海老の殻と頭をしっかり炒めて、そこに水を入れた海老出汁を作ったんだ」

 

「タイ風カレーみたいになったけど、中々美味しいはずよ」

 

「うん、美味しいよ、ありがとう」

 

「………これならセーフね」

 

「やったぜ!ボーノのセーフラインに到達!」

 

「……ん、そうね、コイツが言うなら上等よ」

 

「あー、良いなー!一口もらって良い?」

 

「いや、同じものなんだから自分でよそって食べなさい…よ…?」

 

私の左肩に誰かの手が置かれ、右側からスプーンを持った腕が私のさらに伸びる

黒い髪が目の前にかかるし後頭部にムニョムニョした感触あるし…まさか…

 

オバケ…

 

「ひっ!?」

 

「あ、ちょっ…アオボノちゃんが動くからカレーこぼれちゃった!…あ、でもほんとに美味しいねこれ!」

 

何だ、潮か…

 

「ちょっと潮!人の制服よご……さ…え?えっ、あ…化けて…」

 

呪い殺される!

 

「あらー、ぼのたん固まっちまいましたなー」

 

「アオボノ、喜びに感極まった感じだね」

 

「………いや、顔色的に怯えてるんじゃ…」

 

「あ、曙…ソレ、生きてるわよ?」

 

「…へ?」

 

「ただいま、アオボノちゃん」

 

「…ほんとに?」

 

「うん、ほんとに」

 

「死んで無い?」

 

「生きてるよ、間一髪だけど」

 

「……そ……その…ごめ……潮…!」

 

言葉が出てこない、なんて言えば…

 

「もう、間違えちゃダメだからね」

 

「……わかってるわよっ…!」

 

「よーし、お詫びにカレー全部もらっちゃお」

 

「ちょっ…あっ!また制服に!」

 

「行儀悪いから座って食べなさいよ、ほら…装ってきてあげるから」

 

「これがいい!だからアオボノちゃんの分を装ってあげて!」

 

「……ウッシーオ少し変わった…?」

 

「…死にかけたら変わりもするでしょ」

 

「さ!早く食べよ食べよ!」



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嘘憑き

佐世保鎮守府

軽空母 瑞鳳

 

「おい、良い加減出てこい…祥鳳がうるさいんだ、なんとかしてくれ」

 

「……私はここにいたいの」

 

「営倉はお前の私室じゃない」

 

「…………うるさい…」

 

「………そんなに負けたことが気になるか」

 

「…一度の負けなら引き摺らない…いや、それもないか……」

 

「……」

 

「……私、何のためにいるの?」

 

「…今回、お前の活躍がなければ敵を退けられなかったと聞いている」

 

「もし向こうの気分が攻めたい気持ちなら、私たちは全滅してたよ」

 

「……それも聞いている」

 

「提督、私は何のためにいるの?」

 

「…お前は我が艦隊の軽空母だ」

 

「……違うでしょ、化け物と戦わせるために飼ってる化け物、そうでしょ?」

 

「違う、そんな考えをする位なら前任者を殴り倒してなどいない」

 

「……………そこは、そうだって言ってよ…私なんか、化け物を倒すために勝ってる化け物だって…!」

 

「何故、お前を化け物として見ねばならない」

 

「…なんでって…」

 

「碑文の力、と言うやつの事か?それとも…お前が北上を屠った事か」

 

「それも碑文…」

 

「何にせよ、お前には心があるだろう、化け物には心がない、俺の持論だがな」

 

「……」

 

「………なんだ、俺はお前を化け物だと思ってない…」

 

「……どうして、私を化け物だと思わないの」

 

「俺はお前を知っている、その力に目覚める前からな、黒いところこそあれど、周りと楽しげに話していた事もあれば、わざわざ俺の娘の為にと卵焼きを焼いてくれた事もある」

 

「………あったっけ、そんなこと」

 

「…お前、まさか記憶が?」

 

「……ぐちゃぐちゃになってる、二人分の記憶が混じって…あー…やだ……わかんない………わかんないよ…!」

 

「…瑞鳳」

 

「……なに…」

 

「…お前は、お前がどうなってもお前は俺の部下だ、お前が何かやらかしたら責任は取ってやる、それ以上はできんがな」

 

「……暴走したら叩きのめしてよ、前の提督追い出す時みたいに」

 

「無理だ、あれは事前の根回しでやられたフリをさせただけだ、訓練用の槍で何度か突かれた程度でお前たちが動けなくなるわけがないだろう」

 

「…………じゃあ、私が暴走したら?」

 

「しないだろう、お前なら」

 

「……」

 

「するなら、今日の出撃でしてるはずだろう、聞く限り碑文の暴走は心の暴走だという、お前は今日、とことん叩きのめされたと言うのに大人しくそこにいるじゃないか」

 

「………心ある、化け物か…」

 

「…化け物ではない、心があって、生きてる奴らを…俺は、化け物や、物として割り切る事は…できない」

 

「…………変わらないでね」

 

「ああ、誓おう」

 

「何に?」

 

「ヒガンバナに」

 

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「って事で、おそらく神通は今この辺りにいる、那珂もそのあたりにいる、と俺は見てる」

 

「……佐世保への襲撃…そして、この報告のファイトスタイル…意味がわからないわ、川内さん、何かわかる?」

 

「さあね、元々近接戦闘は得意だったけど……神通が蹴りに拘る戦いをする理由はわからない…まあ、元々身体を鍛えてたし、肉弾戦に出る事自体が少なくなかったし……」

 

「どうするのよ、捕まえに行くの?」

 

「当然だ…と言いたいところだが、この記録から見ても、戦いにすらならねぇ事くらいわかるだろ」

 

「私は?」

 

「…川内、お前でも2対1なら無理だ、事情を話して佐世保の瑞鳳に手を借りる、だが向こうもまだ回復しきれてないだろう、向こうの回復を待つ」

 

「……私と神通のいざこざは覚えてるよね、時間はないと思うよ」

 

「……アイツがここを攻めてくるなら、迎え撃つまでだ」

 

「………勝てるのかしら…」

 

「球磨型には佐世保に行ってもらう、作戦概要を伝えてきてくれ、あと詫びも入れなきゃならねぇしな」

 

「それ提督の仕事でしょう…」

 

「……頼むぜ、頼りになる秘書艦サマ」

 

「…………はぁ……わかりました…」

 

 

 

 

 

「で?司令官、大井さん達を追い出してから春雨を呼ぶなんて…きゃー!」

 

「……川内、お前、パンチは?」

 

「いけるよ、ゲンコツでいい?」

 

「あー!ごめんなさいごめんなさい!まともにやりまーす!」

 

「……とりあえず、わざわざお前を呼んだのはAIDAを引き出す為だ、コントロールできるのかもわからないしな……川内、万が一の時はやってくれよ」

 

「わかってる、さっさと始めよう、秘密の特訓」

 

「私には何ができるでしょうかね〜」

 

「…とりあえず、AIDAを引き摺り出す、これが邪魔なら……川内の力で消しちまえば良いしな」

 

「軽いなぁ…」

 

「……………どうやって引き摺り出すか」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「ちょっと!クソ提督!これどういう事!?」

 

「何があったの?」

 

曙が書類をぐしゃぐしゃに掴んで詰め寄ってくる

 

「これ!アンタ何も聞いてないの!?」

 

見せられた書類は大本営からの通達

内容は駆逐艦曙と軽巡洋艦阿武隈、正規空母赤城、加賀への新鋭鎮守府や横須賀への配置転換の報せ

 

「…なるほど、来るかもとは思ってたけど…って感じだね」

 

「思ってたとかじゃなくて!これ、日付!」

 

「…1週間以上前…曙、これどこで?」

 

「……アイツが持ってたのよ、同封されてるはずの同意書も阿武隈の分を残して無かったわ」

 

「曙は…まさかここを去るつもりって事?」

 

「そうなる、のよ…!そんな素振りなかったのに…!」

 

「残った分を本人に渡しておいて、僕は急いで確認してくる」

 

「…阿武隈達は断るはずだけど…でも、アイツが一人でここを出るなんて…いや、先に断ったのか…」

 

 

 

 

 

「曙は?」

 

「ご主人様…それが、私たちも今探してるところなんですが…」

 

「昨日潮が戻ったばかりなのに…混乱が起きるかもですけど、館内放送を使っても良いですか?」

 

「頼んだよ、どこに…工廠…?」

 

 

 

 

「あ、提督…」

 

「明石、ここに曙は?」

 

「今朝方開発とかやって行きましたけどそれっきりですよ」

 

「曙が…?最近やけに熱心だね……って、それよりどこに行ったか知らない?」

 

「あ、多分提督の私室だと思います、遊ぶ約束してるって言ってましたよ」

 

「わかった、ありがとう」

 

『あー、あー、テステス、こちら朧です、曙、赤城、加賀、阿武隈、以上4名は至急執務室に出頭してください』

 

明石が天井のスピーカーを指す

 

「うん、まあ、明石もきておいて、収拾がつかないから」

 

「うへぇ…」

 

 

 

 

明石の情報通り曙は僕の部屋の前に座っていた

 

「時間を決めておくべきでしたね」

 

「ここも放送は届くと思うけど」

 

「私の優先順位は役職順です、提督との約束の方が優先されます」

 

「……役職順っていうのは…大本営の方が優先って事で良いのかな?」

 

「私はここを去ります」

 

「………決めたんだね?もう」

 

「私がここを去るのは、提督の為です」

 

「…僕の?」

 

「私が一人行けば、解決するんですよ、さらに大本営からの情報を流せる」

 

「…そんなこと考えてたんだね」

 

「どうですか?お気に召しませんか?…いえ、気に入らないでしょうね…甘い提督には」

 

「………甘い、か」

 

「私を利用するんですよね?もっと利用してください、私に自分の価値を感じさせてください」

 

「………僕は…」

 

「私を手放したくないですか?いいえ、そんなはずありません…私は物ですから」

 

「それだけは違うよ」

 

「私は数です、提督のためなら一隻の船となり、一挺の銃となり、一発の弾丸となります」

 

「それは覚悟の話だ、実際にそうなる必要はない」

 

「ならなければ、世界は変わりません、対価のない行動はありません、私は死ぬわけではない、何を大袈裟なことを言うんですか」

 

「………その目は、機械の目にみえる、効率だけを見た目に」

 

「そうですか?そんな事はありませんよ」

 

「……止まらないの?」

 

「私を止めたければ、愛してください、心の底から、愛で止めてください」

 

「………愛か…」

 

「私は、ここの誰より強い、もう、相手が誰でも負けません、AIDAでも、碑文使いでも私の前に跪かせる事ができると確信しています」

 

「……」

 

「貴方と、僅かな人を除いて」

 

「…僕か」

 

「貴方の気持ちを折るには、私は非力すぎるんです、貴方の心を前にすると手が緩んでしまうと思います…」

 

「ほかの人って、誰?」

 

「曙と…北上さん」

 

「………そうだね、二人とも強い」

 

「そう、とても強いんです、だから私はもうここには必要無い」

 

「それは違う…」

 

「…………提督、私は来週にはここを出発します、絶対に変わらない事実です」

 

「………ちょっと待って曙、まさか君は…」

 

「…ふふっ……あー…ばれちゃいましたか…そうです、大本営と繋がってますよ、でも、時期は宿毛湾に来てからです」

 

「腕輪も、君が…?」

 

「怒りますか?」

 

「…あれは、世界を滅ぼす道具だよ」

 

「そうですね、だからって管理が杜撰すぎます」

 

「……何でそんな事…」

 

「翔鶴さん、今回のリストにありませんでしたね、異動させてしまえばいつでも改装できるのに」

 

「………そうか」

 

「それに今回の司令書も望まなければ蹴って良いという今までとは明らかに違う物です」

 

「仲間のために行動した事はわかった、だけど」

 

「あ、勘違いしちゃいけませんよ、全部私のためです」

 

「君の?」

 

「………理由はまだ内緒ですよ、でも、これは言い訳でもなく、何でもなく…私のためなんです」

 

「……」

 

「辛くなったら、全員薙ぎ倒して帰ってきますので」

 

「…先に教えてよ、助けに行くからさ」

 

「それなら大人しく囚われの姫になります、期待してますよ」

 

 

 

 

 

 

 

「クソ提督!待たせすぎ!」

 

「曙さん、これはどういう事ですか?」

 

入った途端赤城と曙に詰め寄られる

 

「……まあ、言いたい事は山ほどあると思いますが、取り敢えず皆さんは異動しません、するのは私だけです」

 

「…曙…」

 

「こっからのくだりもうやったので、私は変わりませんので」

 

朧達を手で追い払うジェスチャー

 

「ボーノ、本当に行っちゃうの…?」

 

「………何処に配属されようと、会えないわけではありません、どうか私の好きにさせて欲しいのですが、提督からも何か言ってください」

 

「うーん…ごめん、みんな、僕には止められなかった」

 

「………アンタで無理なら私達じゃどうしようもないのよ…!」

 

「……理由を聞いても良い?」

 

「自身の技術の向上のためです」

 

「そんな就活生みたいな…」

 

「ではキャリアアップ」

 

「確かにここより待遇いいかもだけど」

 

「履歴書にでも書くつもり?」

 

「……私は私のために生きる、大人しく送り出してくれると嬉しいんですけど」

 

「そう言われてもあんたはこの事を隠してたじゃない」

 

「………」

 

少しの沈黙の後、曙の口角が釣り上がる

 

「曙?」

 

「正直にいきましょうか、私は異動先で莫大な褒賞を得られます」

 

そんな話さっきはしてなかった

 

「何…?」

 

「どういう意味かしら?」

 

「……そのままの意味ですよ、明石さん、腕輪、盗まれちゃいましたね」

 

「えっ…えぇ…」

 

「盗まれた!?」

 

「アンタ何で知って…!」

 

これも公には出してない話なのに

 

「ふーん…赤城さんも加賀さんも気付いてましたか」

 

「……曙ちゃんに態々力を与えるなら理由があるとは思っていました」

 

「それだけですか?2人もそうだったじゃないですか」

 

「そうだった?」

 

「…腕輪を求めてるのは外部の人間だけじゃなかった、全員、死ぬほど腕輪が欲しかったんですよ、提督」

 

「…わかってる、あれは危険だけど…世界をどうにでもできてしまう力…」

 

「key of the twilight」

 

「…曙、キミは一体どこまで…」

 

「きー…おぶざとわいらいと…?」

 

「なにそれ、何が関係あるのよ」

 

「世界を思うがままにする力、それをそう呼ぶ…腕輪はその一つ…提督、内部にも、その効力を知っている人間がこんなにいる…外部はもっと欲しがっていました…私の地位を約束するほどに、明石さん、わかりましたか?」

 

「………あなたが手引きしたんですね…!」

 

つまり、曙のさっきの話は嘘だった?全てが嘘…?

 

「アンタ…!巫山戯んなぁ!!」

 

「短絡的、邪魔」

 

アオボノをアームロックの形に拘束し、膝蹴り

そして地面に放り投げる

 

「ごっ……この…!」

 

「…はぁ……ほら、相手してあげますから、海に行きましょうか」

 

「………この状況で、あなたの側に立つ者は居ません、それどころか唯のリンチになりますよ」

 

「…アハっ…アハハハハハ!バカじゃないですか?…わからない?束になってかかってきても相手にならないって言ってんのよ!」

 

「…全員艤装を、ちゃんと演習弾にしておいてくださいね」

 

「実弾でも変わらない、私を殺せないのだから」

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

「ま、別にどういうルールでも良いけど」

 

機銃を点検する、ライフリングに傷をつけられたりとか、嫌がらせはなさそうだった

 

「……はぁ…」

 

敵は曙 赤城 加賀 阿武隈、そして朧と摩耶

泊地中に話は広まってしまった

 

もう、時は戻らない

 

北上が座ってこちらを見ていた

黒い、寂しそうな目で

 

「…ため息ばっかり…まあ、良いけど」

 

演習開始の信号弾が上がる

艦載機が発艦し、私を探し出そうと躍起になるはず

 

青い空に黒い点が見えた

 

「何だ、一方向から来ちゃったか…」

 

機銃を構え、進む

 

「試射」

 

遥か彼方の飛行機が落ちた

 

角度よし、狙いよし

 

「………はぁ…」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙(青)

 

「…うそっ…!…全部落とされました…!」

 

赤城がひどく狼狽えた様子でそう言う

 

「は!?は、発艦してすぐでしょ…?」

 

「しかも…全て、プロペラだけを撃ち抜いています…あり得ない」

 

「本当に全部落とされたの…!?冗談じゃないわよ!」

 

全員が酷く動揺している

今更ながら、束になっても敵わない、これが嫌に現実味を帯びてしまった

 

「…始まったもんは変わらないのよ、方位は!」

 

「ヒトサンマルです!」

 

「全員行くわよ!」

 

 

 

 

 

工作艦 明石

 

「………提督、どういうお考えですか」

 

「僕は…結局曙はそんなものに釣られたとは思えないんだ」

 

「本当に信じてるんですか」

 

「うん、信じなきゃ話にならないからね……あ、会敵するよ」

 

「……阿武隈さんと同じ、精密射撃…どうなるんでしょうね」

 

「僕には別物に見えるな、阿武隈の物は北上のコピーだ、でも曙のやり方は、そこから自分なりのアレンジを加えてる、今回の曙の装備は機銃と連装砲だけ、わざと枠を余らせてるのも気になるところだし」

 

「あの…これ、ただの演習じゃないんですよ?」

 

「……明石はどうなると思う?」

 

正直に言えば、これで4割の勝率、か…

 

「………」

 

「明石、僕が許可するよ、参加したい子を集めて好きなように加勢すれば良い」

 

「え?」

 

「キミも納得してないんでしょ、早くやっておいで」

 

「本当にただのリンチになりますよ」

 

「構わないよ、本人がそれを望んでるんだから」

 

………提督は、私達が総出でかかっても負けると踏んでる、そんな顔だ…

無性に腹が立つ…

 

「…後悔はなしでお願いします」

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

「来た、阿武隈と曙の先行部隊……まずは阿武隈から落とす」

 

機銃と主砲を両方向ける

 

撃ち方は単純、だからこそ…撃ち込んでくる場所はわかってるからこそ

 

機銃で飛んできた砲弾を潰す

 

「嘘!当たってない!?」

 

ここまで声が届くなんてどんなに大声なんだ

 

主砲に弾を込める

 

「まずは1人」

 

連装砲から発射された砲弾は的確に阿武隈の艤装を貫く

 

「機関部は使えなくなった」

 

距離30メートル

 

「アンタ!良い加減に…!」

 

「お前の相手は後」

 

阿武隈に詰め寄る

 

「わ、私!?もう機関部が…」

 

「でもまだオチてない」

 

確か、アイツはこう…

 

「ぶっ!?な、殴っ!?」

 

「うるさい、黙って実験台になりなさい」

 

久しぶりに試すせいで感覚が鈍い…

このパンチの次は蹴りのはず

 

「ぐっ!…痛い!もう!」

 

阿武隈の艤装から魚雷が飛び出す

必死の抵抗か

 

「確か魚雷はこうしてた」

 

それを掴み、阿武隈への回し蹴りの勢いを利用して曙に魚雷を投げつける

 

「ちょっ!?ぐっ…これ…那珂の…!」

 

「…今更気付いても遅い…!」

 

阿武隈にとどめを刺し、そのまま赤城達の方を目指す

 

「待ちなさい!クソッ!行ったわよ!」

 

もう視界には入っている、再び艦載機を飛ばすつもりか

そして朧と摩耶が空母の護衛

 

「やらせねぇぞ!」

 

「曙…!」

 

摩耶もまだ普通か、なめられてるのは困る

それとも、殺してはいけないと言う考えか?

 

「………抜く」

 

朧の艤装を打ち抜き、破壊する

 

「っ!?機関部じゃない!」

 

どうやら機関部を狙ってもらえると思ってたみたいだけど、ガッツリ守ってるところなんて誰も狙うわけがない

 

「でぇぇぇぇい!」

 

摩耶の主砲の狙いは正確ではない

だからその分防ぎにくい、泊地の方から何か迫ってくるのもわかるし…流石にこの数となると

空母をやるか

 

「来ますよ!加賀さん!」

 

「鎧袖一触です」

 

壊すなら弓の方

飛行甲板は使い道がある

 

「弓の鉉が…!」

 

「赤城さん、私のを使ってください」

 

20機はいる…いや、良い、やりたかったシチュエーションだ…

本気で来てくれなきゃ意味がなかった、今がその瞬間

 

「アハハハハハ!!」

 

嬉しくて仕方がない、こんなにも大きなチャンスは二度とない

 

「ダメです!全部撃ち落とされます!」

 

「摩耶さん!」

 

「ああ!クソ!やってやる!」

 

状況がどんどん悪くなっていく

相手は高練度の艦載機、それを捌くのはなかなかに難しい

だと言うのに砲撃だけじゃない、この衝撃波は

 

「来た…ブラックローズ」

 

流石に普通にやりあえる相手ではない…

それにこの音…広角射撃が始まったか…

 

「そんな馬鹿な…!」

 

「くっ…戦闘能力が完全に失われてしまいました…!」

 

「だからって離脱しようとしないでもらえますか?まだ用があるので」

 

一航戦の2人を掴む

 

「なっ…!」

 

「飛行甲板を…?どうするつもりですか…!?」

 

2人分の飛行甲板を引き摺る

流石に装備はできないか

 

「そんなもん何に使うつもりだ!?」

 

曙も戻ってきてる、泊地の方からは明石さんを筆頭にどんどん来てるし…

 

仕掛けるならもう今しかない、飛行甲板を一つ突き立て、盾にして広角射撃を防ぐ

あまり長くは持たないか…

 

飛び出して距離を詰める

 

「待って、それ…この前の演習の…!」

 

「クソ!アタシらに接近戦挑むなんていい度胸してるじゃねぇか!お前も武器を変えろ!」

 

「………もうどうなっても知らないから!」

 

カイトとブラックローズ…

見た目こそそうでも…

 

「ニセモノに用はないのよ」

 

「んだと!?」

 

「うるっさいのよ!このモノマネ野郎!」

 

モノマネ?

 

「クッ…アハッ……アハハハハハハハハハッ!…なら、質の低いニセモノはモノマネよりも優れてるのかしら!?」

 

艤装の中に隠し持っていた武器を取り出す

一対の双剣

 

「………それ…どこから…!」

 

「作ったのよ、わざわざ工廠に毎日足を運んでね」

 

「艤装を作るんじゃないんだぞ…!クソ、あれお前の双剣と同じだよな!?」

 

「……知らないわよ!!」

 

間合いまで…3…2…1

 

「はぁっ!」

 

回転しながら斬りかかる

 

「クソが!なんだこれ!」

 

ニセモノの動きが頭にある分ギャップがあるのか、ガードが甘い

と言っても私も本物の戦いはわずかな時間しか見ていないのだ

完全なコピーはできない…そもそも、私たちにできる動きなど限られてるけど

 

「アンタの相手は私よ!」

 

「………そう、かかって来なさいよ、ニセモノ」

 

「…ニセモノ?アンタこそニセモノじゃない…!」

 

私がニセモノ?

 

「…そう…そう見えてたんだ、アンタには………」

 

殺す、コイツだけは、殺す

 

「…やろうっての…?良いじゃない…やってやる!!」

 

曙の剣はやっぱりゲームの物

身体の動きも、何もかもをサポートされてるように見える

だからわかりやすい

 

「何で押し負けんのよ…!」

 

「弱い!」

 

こっちは自由に動ける分、向こうの攻撃を見切って仕舞えば、負けるわけが無い

 

「クソがぁぁ!」

 

「ふっ!」

 

斬りかかって来たところへのカウンター

 

剣の先端部に僅かに肉を切り裂いた感触

 

「………ニセモノは所詮ニセモノなのよ」

 

ダメージはないはずだ、つまりコイツが立てないのは、精神面の問題

 

何でコイツはこんなに弱いの?私がそれを持っていれば…私に寄越せ…!

 

「でぇぇぇい!」

 

「………わかりませんか?勝ち目がないの…ねぇ…わからない!?」

 

 

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

「お疲れ、曙」

 

「………なんで、私を非難しないんですか」

 

「僕はキミほど賢くないけど…キミにはキミの考えがある、違う?」

 

「……提督、またいつか…」

 

「食堂に保存食と飲料、移動費が用意してある」

 

「………そこまでバレてますか、あーあ…なんだかんだで、敵わないのは私の方…か」

 

「………曙のそんな顔、初めて見たかもしれないな…」

 

「…だって心の底から嬉しいんですよ、ちゃんと理解者がいてくれる事が…私のやる事は褒められたことじゃないけど…それでも…」

 

「曙」

 

「………提督、ちゃんとゲーム、用意しておきますから、来週の13時、メールを送りますね」

 

「活躍、期待してるよ」

 

「…今日、こんなにも………これだけ沢山の戦いを記憶しました、私は誰にも負けませんよ」



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招来

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「………碑文使いと碑文使いはひかれ合う」

 

「何?それ」

 

「お前と瑞鳳が出会ったのは、偶然じゃねぇ…いや、偶然ではあるが、碑文使い同士は出会う、川内…お前は今そういう星の下にあるんだよ」

 

「………じゃあ、これも?」

 

「そうなる、んだろうなぁ…クソ、どうなってやがる」

 

「…あの青いのかな、白いのかな、よくわからないけど、とても大きいことだけはわかる」

 

「スケィスよりバカでけえよ…船を用意してくれ、直接行く」

 

「提督が?危険だよ」

 

「……仲間かもしれねぇ、なら自分で迎えにいくのが当然だろ」

 

「…私達より?」

 

「人に優劣つけてもロクな事ねぇだろ」

 

 

 

 

 

第二相惑乱の蜃気楼イニス

間違いない、アレはイニスだ…そして

 

「………霧が出て来たね」

 

「霧、というより…蜃気楼か、チッ…アトリ」

 

「なに、提督知り合いなの?」

 

「ああ、壺売りメンヘラ偏食でー」

 

巨大なイニスのの中心にいるアトリを見る

 

「俺の仲間だ」

 

「悪意あるよね」

 

「ねぇよ、んなもん…川内、やるぞ」

 

「やるぞったって…なんもできないくせに、はぁ…やりますかぁ…」

 

確かに俺は何もできない…のかもな

 

俺がダメなら、もし、このアトリとの再会が何かの因果なら…

それを信じて良いなら…

 

「来い…来い…!!」

 

「えっ…ちょっ、まさか…」

 

AIDAだろうと、なんだろうと

それに魂を売ってでも、なんでも良い

 

「さっさと来やがれ…!」

 

何かの目覚め

 

「………来た…来た、来た来た来た来た来た!」

 

「え、来たの!?」

 

紫色のAIDAが体を包む

体が熱い、まとわりつくような感触

 

「お前は…!」

 

「透明な…魚…!?」

 

AIDA〈Helen〉

過去にアトリの碑文を食らい、その力で偽装サーバーを作るなどした凶悪なAIDA

 

「チッ…!川内!俺が暴走したら容赦なくやれよ!」

 

「そ、それより提督、身体!モンスターみたいになってるけど!?」

 

川内に言われてようやく気付いたが、慣れ親しんだこの赤黒い生体装甲のような鎧…この姿は現実のものではない

 

「………お前の記憶か?チクショウ、味な真似しやがる」

 

右手を伸ばし、開く、Helenが鎌のように形を変え、手に収まる

 

「精々利用させて貰うか…!行くぞ!」

 

「えぇ…大丈夫なのかなこれ…まあ、なるようになるよね……来て!…スケィス!!」

 

 

 

 

 

「つよっ…!」

 

「焦るな!遠距離から仕掛けろ!」

 

『遠距離…?……そっか…これだ!』

 

川内が主砲を向けるとスケィスの片手が砲塔のように変化する

 

「…マジかよ…!」

 

『さあ!仕掛けるよ!…てー!!』

 

『っ…!』

 

「俺も負けてられねぇな…オイ!なんかやってみろよ!」

 

Helenが手を離れ、本来の透明な細長い魚のような姿になる

優雅に泳ぐように、狙いをつけ、体のコアから四本の光線を放つ

 

『あァっ!』

 

「中々やるじゃねぇか!」

 

『ほら!こっちも見ないとかがするよ!?』

 

スケィスが斬りかかったその瞬間、イニスの体が揺れる

 

「…待て!川内!逃げろ!!」

 

『…え…?』

 

川内の攻撃は空を切り裂き

背後から現れたイニスの両手に掴まれる

 

『放せ!放せって…!この…!』

 

もがいているようだが、抜け出せない、スケィスの何倍も大きいその体躯に締め上げられる

 

『…ふふっ…』

 

『っ…!…お前…!』

 

イニスの全体に幾何学模様が現れる

 

「クソッ!川内!逃げろ!」

 

『無理だっての…!』

 

「だろうな…!クソが!スケィス!根性見せやがれ!!』

 

俺の中に何かが渦巻く

何かが、この殻を、破ろうと…

 

ピシッー

 

俺の背後の空間に亀裂が入った

二つの黒い爪がその亀裂から伸びてくる

 

ピシッバリッー

 

空間をはっきり掴み

 

バキッ ベリベリ 

 

三つの赤い目がこちらを覗き込んだ

 

『…ハハハッ…やるじゃねぇか…!待ってたぜ…スケィス!!』

 

空間に大きな穴を開けると同時に世界が変わる

スケィスが作り出した巨大な空間

 

『…手加減は、してやるよ……アトリ!少しだけ我慢してろよ!』

 

スケィスが手を伸ばし、Helenを掴む

Helenは紫色の泡となり、スケィスに纏わり付いた

 

感じる、確かなスケィスに近い力を

 

『行くぜ!』

 

イニスへと突進

 

衝撃で展開していたデータドレインが壊れる

 

『あぁっ!』

 

『さっさと正気に戻れよ!…さもねぇと……食い殺すぞォォォッ!』

 

イニスを鎌で斬りつける

何度も、何度でも

 

『これが……スケィス…』

 

『こんなもんじゃねぇ!スケィスの力の殆どはお前が持ってる、これは殆どAIDAと変わんねぇ!』

 

大鎌の一閃

完全にプロテクトを壊した感覚

 

『よし!プロテクトはやった…だが…』

 

アトリはAIDAに感染してる訳ではないはずだ

ここで力を奪う事は…なんの解決にもならない

 

『提督!?なんで止まってるの!?』

 

『…待て、アトリはここで倒したとして…何か解決するのか?』

 

『提督!』

 

アトリを倒せる、確かにこのままデータドレインするなりすれば充分に倒せる

 

だがそれでアトリはどうなる?

倒して解決といくだろうか…

 

『おい!アトリ!』

 

答えはない

 

『お前がそうなっちまった理由はなんだ!?教えてくれ!頼む!答えてくれ!アトリ!』

 

考えろ、なんでこうなったのか、どうすれば目の前の仲間を助けられるか

 

俺は、どうやって助かった…?俺は、意識不明に陥った時、カイトに助けられた…今、アトリもあの夢の中にいるのか?

 

だとしたらどうしたら良い

どうすれば俺はあの世界に入り込める

 

どうすれば…考えろ、もっと考えろ…

 

入り込む…?

 

『提督!』

 

『川内、よく聞けよ』

 

『何!?こんな時に!』

 

『俺が死んだら艦隊の指揮権は大井に譲る、あいつならなんとかしてくれるだろ』

 

『何言ってんの!?』

 

『俺は、イニスにデータドレインされる…それで、アトリの一番そばまで行く…もし、それでもダメなら…俺ごとやれ』

 

『本当に馬鹿なんじゃないの!?』

 

イニスがまた動き出した

 

『馬鹿だろうがなんだろうが、やるしかねぇ!離れてろ!』

 

何が有効かはわからない、第一オレはAIDAこそ纏っているが生身だ…この空間にオレが存在してることもイレギュラーだろう

 

『もう少し…もう少しだけ持ってくれよ…!』

 

イニスに向かって突っ込む

 

『アトリィィィィィィ!』

 

スケィスの爪が空を切る

イニスの姿が歪む

 

来た…!

 

 

 

『うわぁァァァァァァッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

いきなり自分が死んだら、とか、もしダメだったら、とか言われても…どうやって判断したら良い?

あと一歩のところで帰って来れたのに、私が手を下してしまうのではないか

 

それよりも何よりも…

 

提督の背後に出てきた巨人がデータドレインを構えた、それを認識してしまった

 

そうなったら、もう…命令とか一切関係ないじゃん

 

『うわぁァァァァァァッ!』

 

『なっ…!』

 

データドレインの射線に割り込み、提督のスケィスを掴んで投げ飛ばす

 

『川内…!』

 

視界がセピア色に染まる

 

これが、データドレインをされる側の感覚か…

 

 

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

『クソ!あの馬鹿…!』

 

ダラリと肢体が宙に垂れた川内

結果はどうなるか、想像もつかない

 

『……!』

 

川内のスケィスが此方を見る

赤い目を光らせ、イニスと共に迫り来る

 

事態は最悪か

 

『クソッ…川内!しくじるなよ!』

 

大振りな攻撃を進路に置き、接近を拒む

 

『うおォォォッ!』

 

イニスへ向けての一振りはいとも簡単に弾かれる

 

『なッ…パワーが落ちてる…時間もないのか!』

 

スケィスのパワーが落ちている、このまま耐え続けることも許されない

 

となれば、倒すか、逃げるか…それでも待つか

 

轟音を立て、打ち合う、逃げることなどできるわけがない、ならば戦いながら待つしかない

 

イニスは両腕を剣に変化させ、此方の攻撃を優雅に受け止めてみせる

まるで遊んでいるように

此方の全力など全く気にならないように

 

この程度のパワーでは、スピードでは

 

頭を働かせても、この苦しい状況は変わらない

 

『クソッ…!』

 

川内のスケィスは操られてるらしく、細かな行動はして来ないが、進路を潰し、イニスとの戦いを強いてくる

 

『邪魔だ!』

 

そちらは攻撃すればあちらから

完封され、徐々に徐々にと殺される

 

『クソが!』

 

一瞬の隙を突き、イニスに向けて全力で鎌を振り被る

しかし川内のスケィスが間に割り込む

本当に攻撃して良いのか?と問うように

 

どうする?

ただでさえこの不利な状況

 

勝つことさえ絶望的な戦いで待ち続けるなど不可能

 

『川内!さっさとなんとかしろ!』

 

果たしてこの声も届いてるのかどうか

そもそも、まだ川内が生きているのかすら不確かなのに…

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

「ここは……」

 

喫茶店のテーブル席…?

なんでこんな所に…いや、私はデータドレインを受けて…じゃあ、潜り込めたか…死後の世界か

 

他に客は…結構いるな…

どうしよ…いや…

 

なんか違う、あそこにいる1人だけ

 

ま、この状況でそう感じるのが1人しかいないなら…話しかけるしかないか

黒髪のロング、なんともテンプレな感じの女性

 

「ねぇ、ちょっと良いかな」

 

「………なんでしょうか」

 

うっわぁ…なんかこの感じ知ってる

 

「此処どこ?って言うか、あなたがアトリ?」

 

「……そうです、私がアトリで…日下千草」

 

「うん、良かった、しゃべれるね」

 

重そうな人だけど

 

「…私はAIDA感染者じゃありませんから…でも…何故あなたが割り込んできたんですか?折角、もう一度私を見てくれるチャンスだったのに」

 

「…ん?ねぇ、外の…あの戦い、意識があったの?」

 

「私の意思は介在してませんけど、何が起きていたかは聴いていました」

 

「…見てて、私になんで割り込んだかなんて聞くんだ」

 

「…あなたが割り込まなければ、ハセヲさんは此処にきてくれましたから」

 

「はせお?」

 

「ハセヲ、三崎亮、どちらも同じ人を指す名前です」

 

「…ふーん、で、何?取り込んでどうしたかったわけ?」

 

「どうする事もしません、ただ、少し幸せな時間を過ごしたかったんですよ」

 

「幸せな時間…?」

 

…なんか、頭ちょっとおかしいのかな?

 

「………わかってるんです、此処はモルガナが作り出した世界、偽物の世界…此処に私たちを閉じ込め、好きなものを与えて夢中にさせる、そしてその間碑文を操るのが狙い…」

 

「…じゃあ大人しく出てくれるワケ?」

 

「出方すらわかりませんけどね」

 

「はぁ…思ったより協力的なのかなと思ったら…」

 

「残念ながらあっさりとは行かないと思います、貴方はこの世界にとって異物ですから」

 

他の客が立ち上がる

 

「…まるで、あなたの声に反応したように見えたけど」

 

「……表面上ではいくらでも言い繕えます、そんなつもりはないんですって…でも、奥底では邪魔だと感じてるんだと思います」

 

「なにそれ、ハッキリしないなぁ…スケィス!……あれ?」

 

スケィスが出ない?

 

「此処はモルガナの世界といっても良いような場所です、残念ながらスケィスは…」

 

「あぁー!もう!めんどくさいなぁ!」

 

腕の艤装を向ける

 

「コイツら人間に見えるけど人間じゃないワケね!?」

 

「多分…」

 

「ハッキリしてよもう!」

 

「此処はモルガナの世界、そこにいる人たちがどこかで意識を奪われた人なのか、創り出された幻像なのかはわかりません」

 

「…あーもう!来るなら死なない程度に痛めつけるから!言ったからね!?」

 

客が近づいてくる、まあ、殴って痛めつければ反抗はしてこないだろう

 

どうすれば良い?

考えなしに割り込んだのは良くなかったとは思う

でも、だから何もできないワケじゃない

 

感覚を研ぎ澄ませ

此処はどこだ?よく考えろ、モルガナの世界とはなんだ?スケィスは頼れないならそれは良い、私は何ができる?

 

モルガナの世界…碑文はモルガナの因子に適応することで発現する力、なら何故此処では使えない?モルガナの世界で使えない理由は?

 

「なんでここでスケィスが使えないのかわかる?」

 

ゾンビみたいに迫ってくる一般人っぽい何かをいなしながら問う

 

「いいえ、全く」

 

「………どうしようかな…」

 

モルガナの世界から抜け出すには、どうすれば…

 

モルガナの世界…モルガナ因子…

 

「…モルガナ因子を破棄する、イニスを手放せばこの世界から出られないかな!?」

 

「…さあ…」

 

「モルガナとの繋がりさえ断てば可能性はあると思うんだけど!」

 

「って言われても、どうやって?」

 

そこが問題だ

 

「どうにかして!」

 

私にはどうにもできない

 

「イニスを使えるなら、データドレインで私の中のモルガナ因子を書き換える…できるかはわかりませんけどね、あとはこの世界に大穴開けちゃうとか」

 

「思ったより大胆だなぁ…そもそも碑文の力がなきゃ何もできないけどね」

 

『そう、碑文の力がなきゃなんもできん…やったらある奴が助けたるってのはどうや?』

 

ヘンテコな帽子を被った子供が割り込んでくる

 

「…何者…!?」

 

「貴方は…!」

 

『久しぶりや言う間に…ドーン!!』

 

床を突き破りピンク色の人形のような巨人が現れる

指のない手でモノのように掴まれる

 

「うわっ!?」

 

『あのクソアホンダラのケツ引っ叩いて来ぃや!』

 

「待って!朔さん!」

 

朔という名前なのか

 

『呼ぶな!名前は呼んだらあかん、ウチはもう居らんから!』

 

 

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

眼前のイニスが砕け散ると同時に襲いかかってきていたスケィスが消滅する

 

「来た…ここに…スケェェェェィス!』

 

目の前に紋様を浮かべた川内が着地してみせた

 

『遅ぇ!死ぬ所だったぞ!』

 

『まだ終わってないよ!』

 

空間が揺らぎ、その中からまたイニス

 

『チッ!どうなった!?』

 

『多分精神と解離した!今のイニスをモルガナの支配下から解き放てば解決するはず!』

 

『じゃあ、倒して良いんだな?』

 

『倒せるの?そんなにボロボロになって』

 

流石に、あれから時間が経った事もあり、かなりダメージは受けてはいるが

 

『…あぁ、いけるだろ、なぁ?』

 

『……なるほどね、私も頑張れと…良いよ、やろう!』

 

イニスへと向き直る

 

『あと少し辛抱しろよ…!』

 

『さぁて…やりますか!』

 

左右に分かれて同時に攻撃を仕掛ける

 

手数、とにかく手数で押し切る

金属音を立てながら鎌を振り抜く

 

『大分ダメージ与えたつもりなんだけどなぁ…!』

 

『……川内!背後からくるぞ!』

 

大きく前方へと振り抜く、イニスの姿はかき消える

すぐ背後を何かが通り抜ける感覚

 

『うひぃ…!やってくれるねぇ!』

 

『そのままやってろ…!』

 

右腕から幾何学模様を展開する

川内なれまあ十分にかわせるだろう

 

『データ…ドレイン!』

 

『ちょっ!?』

 

光弾がイニスへと命中し、データを吸い上げる

 

『これ、こんなパイプみたいな奴あった!?』

 

イニスへと無数の管が突き刺さる、そして何かを送り込むような…

つまり、これさえ切り飛ばせば

 

『よぉ、久しぶりだなババァ…!やっぱ胡散臭えだけあって…碌でもねぇ…!』

 

紋章を消し、鎌を握る

片っ端から管を切る

 

『川内!全部潰しちまえ!』

 

『了解!』

 

大きく飛び上がり、大鎌に力を込める

 

『……堕ちろォッ!』

 

振り抜いた鎌から放たれた三日月が大きくイニスごと切り裂いた

 

『消えてく…また幻影?』

 

『いや、完全に倒した…頼む…アトリ、目覚めていてくれ…」

 

 

 

 

 

 

東京 病院

 

「成る程、そう言う理由だったか」

 

「ああ、だが助かったぜ、理解がある先生で」

 

「私は以前と同じ対応をしただけだ、原因不明の患者を集め、何もせず生き長らえさせるだけ…」

 

「AIDAと変わらず訳がわからないしな、仕方ねぇよ、黒貝先生」

 

「日下さんは目が覚めた事だし、暫くすれば退院だろう、早いとこいってきたらどうだ、王子様」

 

「…ガラじゃねぇ…」

 

 

 

 

「へー、そんな事があったんだ」

 

「そうなんです、その時の三崎さんが…」

 

廊下にまで声が響いてくる

 

「その時のメンバーの1人がヘタレだからヘタヲだー、なんて」

 

「確かに重要な所でヘタレっぽいよね、命の危機になったらうひゃぁぁぁって叫んでそう」

 

「おい、良い身分だな」

 

「ああ、ヘタヲさん」

 

「ヘタ提督お疲れ〜」

 

「川内お前後で締めるからな…千草、しばらくしたら退院できるそうだ、よかったな」

 

「そうですか…ご心配をおかけしました」

 

「ああ、まあ、気にすんな…それより」

 

「朔さん、ですね…確かに間違いなく、朔さんでした」

 

「………アイツは…まあ、あんな弟じゃ不安だろうからな」

 

朔は、弟である望のために消失した双子の姉…の、人格

 

「ついつい心配で戻ってきちゃったんですよ」

 

「アイツもダメな姉貴だな、ったく…俺にも挨拶ぐらいしていけよ…」

 

「三崎さん、嫌われてますからね」

 

そう言って笑われた

 

 

 

「さて、長居はできないから早いとこ帰ろうか」

 

川内に手を引かれる

 

「もうか?」

 

「そうですね、また今度」

 

「また今度って言われてもな、なかなか会いに来れる距離じゃねぇし…」

 

「ええ、知ってます」

 

そう言って笑う千草に若干の不安を覚えずにはいられなかったが、口に出せる雰囲気でもない

 

「じゃ、またね、千草さん」

 

「川内さん、また会いましょうね」

 

なんか、嫌な予感がするな…

と言うか、いつの間に仲良くなったんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

「…はぁっ……はぁっ……」

 

血反吐を吐くほどの、自分の全力で

 

常にぶつかり続ける

 

提督は食堂に余分なほどの移動費と食料、水、寝袋を置いておいてくれた

私のやることは全て筒抜けだったらしい、その日のうちに泊地を発ち、着任予定の鎮守府のそばの山で寝泊まりをした

 

別にホテルを借りても充分な金額があったけど、できるだけ長い時間をトレーニングに割きたかった

 

あんなに沢山の情報、少しずつゆっくりと、濾過するように吸収する

 

「…違う、この動きじゃない…」

 

だけど、どうしても吸収できない、あの瑞鳳の動き…近接戦闘

見えないほどの拳、どうやって私に叩き込んだ?瞬きすらする暇なく私は海面に倒れて…

 

「………ダメ、ダメだ、休もう…」

 

しんしんと雪が降り積もる

 

寝袋だけでは死ぬだろうか?

いや、AIなら問題ないか

 

「…ぁ…」

 

寝袋の中にはマフラーが入っていた、白いマフラー

首に巻いて、同封されていたバッジで止める

 

「……ふふ…」

 

寝袋に包まり、雪を凌げる場所で休む

 

「………」

 

新しい場所で、誰の汚い口が私の名を呼ぶのか…

 

そう考えるとゾッとする

 

早く、なんとかしなくては

私の精神衛生上良くない

 

 

「提督…」

 

今はただ微睡の中に



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東雲

佐世保鎮守府

重雷装巡洋艦 大井

 

「この度はうちの鎮守府の者が大変ご迷惑を…」

 

「いや、急にそんなことをされても困る、頭をあげてくれ」

 

応接室に通され、相手型の提督が出てきたと同時に4人揃っての土下座

まあ、この反応になるわよね

 

「今回の件については説明責任があることは分かっているのですが、こちらとしても不確かな部分があまりに多く、よければそちら側からのお話も伺いたいと…」

 

「つまり説明できる事がないと言う意味か?」

 

「…いいえ、そちらを襲撃した神通と同時に、もう1人…那珂も消息を経っており、同じような状態になってると思われます」

 

「……それだけか?」

 

新人って聞いてたけど…嫌なプレッシャーね…

 

「…はい、こちらが持ってる情報は全てです」

 

「………」

 

頭を抱える動作をされたか

何も言えない…

 

ノック音

 

「提督、瑞鳳です…」

 

「入れ」

 

瑞鳳…コイツが北上さんを…?

 

入ってきた瑞鳳はこちらに一礼し、佐世保の提督に近づき何かを耳打ちする

 

「…うちの瑞鳳がそちらの姉妹に酷いことをしたらしいな、それについては申し訳ない」

 

「申し訳ありませんでした」

 

…まさか

 

「その件とこの件は話は別だ、だが同じ海軍同士しこりを残すのも問題がある、良ければそれで痛み分けということで話をつけてもらいたい」

 

そう来るか…

呉鎮守府としてはありがたいことこの上ない話…

だけど、私個人からすると…

 

「……大井、違えるなクマ…」

 

「北上は納得して受け入れたはずだニャ」

 

「……ありがとうございます、その様にさせていただきます」

 

「感謝する」

 

手打ちにする、と言っても…恩を売られたとしか言えない

私達は瑞鳳を責めることはできないし、破格の条件で話をつけられたのだから借りができた

 

腹が立つ…上手くやられた…

 

「……提督」

 

「なんだ」

 

「少し…」

 

「……申し訳ない、少し席を外す」

 

佐世保の提督がその言葉の通り席を外す

足音が遠ざかっていくのが聞こえる

 

「………どう言うつもりですか?あなたは私達があなたを殺したい程に憎んでいる事がわかってるようでしたけど」

 

「…そうなっても、構わないので」

 

「は?」

 

「大井、クールダウンだニャ」

 

「…話し合う必要があるクマ」

 

「………」

 

言うに事欠いて殺されても良い?

 

「…私は北上さんの記憶を持っています、あなた方との大切な時間を知っています、それだけに、私は自分の罪を深く理解しているつもりです」

 

「記憶は戻せないのかクマ」

 

「…この力を使うことで、逆に北上さんを傷つけない保証がありません、リスクが大きいと思います」

 

「……無理か…」

 

「申し訳ありません」

 

「……」

 

「………ぇ…?」

 

瑞鳳の体にピンク色の紋様が浮かび上がる

 

「…なんだそれはクマ」

 

「タルヴォス…?待って…ダメ、何を…!」

 

紫色の泡がブクブクと噴き出す

 

「コイツ感染者かニャ!」

 

「クソッ!艤装なんて持ち込んでねぇのに…!」

 

「…最悪…!」

 

「あ…ダメ!」

 

泡は部屋中を駆け回る

 

「ぐま"っ!?」

 

「に"ゃ"っ!?」

 

「ゔっ…!」

 

「うぉっ…!」

 

4人揃って感染者とか…笑えない冗談よ…!

 

「あ…あぁ……せめて説明の時間とか…もう…」

 

「何1人で落胆してやがるクマ…!とんでもねぇ事しやがったクマ…!」

 

「………仲間に迷惑かけるくらいなら死ぬしかないニャ…!」

 

「ま、待ってください!そのAIDAは害なす物じゃなくて…えっと、北上さんに寄生してたAIDAで…」

 

「どう言う意味…?確かに何も異常はないけど…」

 

「ああ、確かに俺らの体に異常はない…」

 

「ええと…その………あーもう…」

 

 

 

 

 

 

「つまり、簡潔に言えばこのAIDAは害のないのAIDAで、北上と一緒に戦っていた、それがなぜか球磨型全員に興味を持って寄生した…クマ?」

 

「ニャ?」

 

「その認識で構わないです」

 

「………はぁ…」

 

「やべぇ、わけわかんねぇ」

 

「せめて記憶も持って行ってくれればよかったのに…」

 

頭に浮かぶビジョンは私達の戦う姿

しかしそれは到底私の及ばない動き…

あの急浮上する魚雷を交えた私の姿…

 

「クマ…記憶というか…体の使い方というか…戦い方は頭に入ってくるクマ」

 

「………まるでこう戦えと言わんばかりニャ……北上のやつ、まさか全員分の戦い方を考えてたニャ?」

 

「いや、多分私達が最も良い動きをした想定で、イメージの中で戦うという感じじゃないですか?自分を伸ばすこと第一でしたし」

 

「だろうな、この微かな感じだけでも………自分のものにすればどんだけ強くなるか…」

 

自分にできない動きが急にできそうになる

思考領域が広がるような感覚

 

「…酔いそう……」

 

「ヤベークマ…気持ち悪いクマ……」

 

「ニャ…」

 

ドアが開く音でも致命的なダメージを受けるレベルだ

 

「長く外してすまない、続きを………何があった?」

 

「……パワーアップ?」

 

 

 

 

 

「ようやく落ち着いたニャ」

 

「何よりだ、早速話を進める、この資料を見てほしい」

 

重巡洋艦足柄と書かれた付箋のついた写真

腹部と背中だろう、青あざが無数にある

そしてその跡を作ったのが靴底だという事がすぐ理解できる

 

「………全部蹴りの跡かクマ」

 

「このアザは…ひでぇな……」

 

「蹴りに固執したスタイル、理由に心当たりはあるだろうか」

 

「……元々肉弾戦ができるやつだったニャ、それ以外は思い当たる節がないニャ」

 

「でも蹴りのみの戦い方はしませんでしたし、肉薄することも多くはなかった……なにより、この写真…」

 

「………この黒い目隠しはなんだ?というか、目を隠したまま戦ったってのか…?信じられねぇ…」

 

「蹴りにも色々あるクマ、この足の底で蹴る足底って蹴り方は…リーチを理解してないと威力が出にくいクマ」

 

「…見えてるのか?じゃあ目隠しはサングラスみたいなもんか?……全員で仕掛ければなんとかなるそうなもんだが…」

 

「………甘く見るニャ、那珂も同じようになってたらかなり苦しいニャ」

 

「神通さんが明確に敵意を持って戦っている以上…殺すくらいの気持ちでやる必要がある……」

 

こちらの覚悟ができてなければ、協力を得ることも…なにより助ける事もできない

 

 

 

 

 

 

「いやー、理解ある方でよかったクマー」

 

「ニャ」

 

「謝りに行ったのに、力を得て、さらに情報や協力の約束、か……こいつはデカイな」

 

「早く帰りましょう、ただでさえアポとかで2日かかってるのに」

 

「そんなに焦らなくていいクマ、メールしたら土産を買ってこいと言われたクマ」

 

「………危機感がないのかしら」

 

「とりあえず、あと一日かけるニャ」

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「………あー、これ…マジ…か…?」

 

アトリ…日下千草から送られてきた資料を広げ、驚愕した俺は即座に本人に電話をかけた

 

『はい、職場に流石に籍を置き続ける事もできそうにないので』

 

かけずに届かなかった事にしていない自分を恨んだ

 

「…だからってなんでここに履歴書を送ってくるんだ?頭イカれたか?」

 

『で、採用ですか?不採用ですか?』

 

「………採用します…」

 

なぜ俺が日下千草を採用したか…

まず、ここには給糧艦がいない、というのも其々の好みがあまりにも違いすぎた為に以前いた伊良湖が「ここではやっていけないと」転属したからだ

それ以降は比叡や川内、由良等自信があると言ってのけた連中に交代でやってもらっている

 

しかし全員出撃があり、特に川内は姉妹の面倒を見る事もあればスケィスのせいでより忙しい

 

そしてアトリは高校の卒業後料理の専門学校に行き、調理職に就いていた…

在籍する人数的に1人では難しい現場だ、それを承知で来るのなら…かなり助かってしまう

 

「………川内、今すぐ来い」

 

こうなったであろう原因を呼びつける

 

「川内参上、化け物との戦闘ならお任せ!」

 

「ちげーよこのバカ」

 

「あ、お礼が言いたいの?」

 

「………いや、確かに助かるけどよ…」

 

現代日本において、艦娘の認知度は人とは違う何か、海から出てくる化け物を倒せる人型の化け物でしかない

迫害を受けないのも一般人が艦娘にあまり興味を抱いてないからだ

 

「あー…わかった、大井でしょ?」

 

何故だろう、冷や汗が噴き出した

 

「いやー、ずっと思ってたんだけど2人とも似てない?若干重いとこ」

 

「………お前、言いたい放題だな」

 

「で、似てない?」

 

「……正直、最初思った」

 

「ほらー!」

 

「………いや、マジで大井に帰ってこられたら胃が死ぬ…」

 

「秘書艦古鷹と由良に頼んどくね」

 

「比叡が死ぬから片方にしとけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 曙

 

「初めまして、駆逐艦曙と申します、元帥殿」

 

椅子に踏ん反り返った男を見る

背後の2人は…戦艦……大和型か

 

「お前の功績についてはよく聞いている、お前には神戸に作られる警備府に着任してもらいたい」

 

舐めてるのか?新しく作られる警備府とは

話が違う上に…そんな目で私を見るとは…

 

「………お言葉ですが、私は貴方の後ろの2人より強いでしょう」

 

「ほう?大和型二隻にそんな事を」

 

後ろの戦艦が声を上げて笑う

下品な奴らめ

 

「なんでしたら、実際に試していただいても結構ですが」

 

「くくっ、いや、結構、実に結構だ、おい、やってみろ」

 

ニヤついた顔で近づくな、品のない

 

「演習場を使わせていただきます」

 

「補給は」

 

「結構です」

 

 

 

 

 

 

「チッ…話にすらならない」

 

圧勝だった、鈍い上にデカイ

狙ってくださいと言わんばかりの砲塔の中に一発ぶち込めば一瞬だった

 

借り物のオモチャではしゃぐ事しか知らない癖に、戦艦は生まれた瞬間から強者で、生存競争すら無かったのだろうが…

 

「貴様…こんな事をしてタダで済むと思うなよ……!」

 

「こんな事?ただ演習で勝利しただけでしょう」

 

下した相手に睨まれたところで全く怖くない

 

「成る程、口だけはある…いや、それ以上だ、貴様を私の側付きにしてやろう、曙と言ったか」

 

「その名で呼ばないでください、虫唾が走ります」

 

「む…貴様…」

 

「この世に曙は幾つおりますか、有象無象と一緒にしないでいただきたい」

 

「ほう、いいだろう、では何と名乗る」

 

「東雲とお呼びください」

 

「東雲か、しかし貴様は綾波型であろう」

 

「型なんて関係ありません、強者が望むようになるのが世界です」

 

「気に入った、よかろう、東雲」

 

「はい、元帥殿」

 

口角を釣り上げる

やはり、力は必要だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海上

     naか

 

『ナンデ?ナンデナンデナンデナンデ?』

 

『……言葉を喋ってくれるかな?日本語でお願いしたいんだけど』

 

『ワタシは強クナッタのニ…!』

 

『そんなに弱いのに、何処が強いの?』

 

『ウルサイ!ウルサイウルサイウルサイ!…ゴレ!!』

 

『感情に流されちゃダメだ、その力は、感情を導いて使うんだ』

 

『死ネ………!』

 

 

 

『話もできない…か…僕じゃダメみたいだよ」

 

「そんな気は…してた…」

 

『このままじゃ少し状況が悪い、一度帰ろう』

 

「わかってる…でも、早く協力者を見つけないと…」

 

『…少なくとも、あの子は………ダメだと思うな」

 

「私も…そう、思う…」

 

「………怒ってる?」

 

「え?…怒ってなんかないですよ…?」

 

『待テ…!逃ガサナイ!』

 

「…しつこい子は嫌われるよ」

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「川内!」

 

「あーもう!無理!限界!」

 

「つべこべ言うな!」

 

「私さっきまで太平洋で神通探し回って次は日本海で探せ!?頭おかしいんじゃないの!?」

 

「那珂の目撃情報が出てる!行くしかない!」

 

「あー!!もう!!」

 

と言っても、正直こっちもあっちもてんやわんや

このペースで仕事を続けるのは限界か

 

「て言うか、別行動してる訳?」

 

「らしいな、だから場所さえ掴めれば俺とお前で1人ずつ叩く」

 

「ならもっと状況整理してからにしようよ…疲れた…」

 

「………チッ、仕方ねぇか…」

 

「やった…夜の海に出なくていい…」

 

「は…?うぉっ、こんな時間か…」

 

「今日の私たちは頑張ったはずだよ」

 

「…だとしても時間はねえよ」

 

「…あれ?何この封筒」

 

「アメリカから来るお偉いさん主催のパーティーがある、その招待状だ」

 

「パーティー…つまり夜会かぁ…」

 

「心配すんな、昼にあるやつだがお前を連れてくつもりはない、マナーは大井の方があるだろうしな」

 

「…聞こえるくらいの声で毒吐いてあ、ごめんなさーいっていやるあの大井が…?」

 

「お前ホント刺されるぞ」

 

「はいはい怖い怖い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「やあ明石、気分はどう?」

 

「…最悪ですよ、むしろなんで提督はそんな感じなんですか…」

 

工廠の奥で不満を垂れる

以前ならこんな事はなかったが、相当ストレスだったらしい

 

「…こうなるって思ってたからね」

 

「いつからですか?」

 

「曙が仕掛けた時」

 

腕輪の報酬自体は実際あるのだろう

だけど、曙はまだ何か隠している、そう感じた

だから僕は仲間を信じる

 

「……やっぱりわかりませんよ…夕張達や暁ちゃん達、天龍さんに青葉さんに翔鶴さん、潮さん…あまり戦いを好まない人は全員観てただけ…でも、それ以外の全員がかかったんです、それをたった1人で…」

 

「強かったね」

 

結局無傷のまま、1人で全員倒してしまった時は正直困ったけれど

 

「…みんなと同じメニューしかこなしてないはずなのになんで…」

 

「同じメニューって?」

 

「…訓練のメニューですよ、体力トレーニングとか射撃演習とか…」

 

「……そう言う意味なら明石は大間違いだね、0点」

 

「何がですか…」

 

「曙はここにいる誰よりも努力家だよ、北上以上にね」

 

北上の努力だって、よく知ってる

比べるべきじゃないけど、その密度は間違いない

 

「…北上さん以上…?北上さんも結構適当な所がありますけど…?」

 

「……そっか、明石、君にとって北上はたまたま手に入れた力でのし上がったと思ってる?」

 

「…そんな事は…」

 

言い淀んだか…

 

「……いや、少しだけ…元々の頑張りを知ってはいますけど…」

 

「本音が聞けてよかったよ、阿武隈を訪ねてみたら?」

 

「阿武隈さんを?」

 

「明石は総員起こしの前に起きたことある?」

 

「…まあ、何度か…」

 

「その時に外に出た事は?」

 

「いいえ、寒いですし…」

 

「じゃあ明日は1時間前に外に出るといいよ」

 

「………まさか、1時間前にトレーニングを開始してるんですか?」

 

「違う」

 

「じゃあ何なんですか?」

 

「3時間だよ」

 

「…え?」

 

「北上は、総員起こしの3時間前には起きて、トレーニングを始めてる、僕の知る限り一日もかかした事はない」

 

「…だから普段からあんなにダウナーな感じに…」

 

「阿武隈は2時間か1時間半かな、そのくらいにはやってるよ」

 

「そう、ですか…」

 

「じゃあ改めて問題です、曙はいつ努力してる?」

 

「…北上さん達と一緒に…?」

 

「違う、北上とはライバルに近い関係だったと思うから…答えは、就寝時間の後」

 

「就寝時間後の出歩きは違反じゃないですか…」

 

「僕が何かの違反を咎めた事はないからね」

 

「………」

 

「明石、曙は確かに才能があったんだと思う、強さの理由はそこかもしれない…でも、それだけじゃないと僕が言い切る程に誰にも知られず努力をしてるんだよ」

 

「提督は知ってるじゃないですか」

 

「そうだね、何でだろうね」

 

「……はー…馬鹿みたい……」

 

蹲って、酷く悔しそうな顔をする

 

「バカなんだから良いんじゃない?」

 

工廠のドアが開く、藤色の髪の曙が入ってくる

 

「ッ!」

 

明石が艤装を手に取る

心の底から憎んでるのかもしれない

 

「やあ曙、染めたんだね」

 

「…戻さない理由はないし…何より…私にカイトは重いのよ」

 

「あ、アオボノちゃんでしたか…」

 

「……前は一瞬で気づいたのに、みんな間違えるのよね、どんだけ頭に血を上らせてるのかしら」

 

「曙、僕はもう、2度は言うつもりはないよ」

 

「………やっぱりダメ?まあ良いわ、もう少し頑張らなきゃいけないとは思ってたし…それに…これを望んだのは私自身だしね」

 

「…やっぱり曙らしく無い色かもね」

 

「どうせ洗えば色は落ちるわよ…髪の色だけでも、同じにすれば…何かかわればって思ったのよ」

 

「形から入るのは良い事だと思うけど、曙は曙、別人じゃないか」

 

「…そうなんだけどね、簡単には割り切れないのよ、ここにいる全員」

 

「…もしかして誰かに何か言われた?」

 

「いや、そうじゃないけど…ていうか、わかるでしょ?みんな気が立ってるの、6対1ならまだ届きそうな壁に見える、北上がそうだったし、アイツは北上に追いついてみせた…」

 

「でも、追いつくどころか追い越していた」

 

「…才能だと思ったわ、ここまで差がつくなんて信じられない」

 

「……うーん、ここのメンバー以外だったら厳しかったと思うな」

 

「どう言う意味よ」

 

「曙の戦い方は人を真似る事が多いから、例えば阿武隈は接近されたらとことん弱い、判断力に欠ける、ここが弱点だね」

 

「でも射撃は北上に並ぶわ」

 

「うん、それも弱点」

 

「…わけわかんない」

 

「阿武隈は優柔不断で、とことんデータに頼る、綾波型の艤装なら何処を狙えば一撃で仕留められるかを最初に考えていたはず、だから曙は撃たれる場所を計算して、阿武隈が撃つ砲弾の通り道を割り出す」

 

「それを全部撃ち落としたわけ…?」

 

「そう、そして機関部を潰された阿武隈はまだ砲撃ができるにもかかわらず戦意を失ってたよね、あれも曙からすれば許せなかったんじゃないかな、だから態々接近して近接格闘を仕掛けた」

 

「…あれは確か呉の那珂さんのやり口でしたね…」

 

「魚雷を投げつけたり、それを武器のように扱ってたわ、北上といい勝負してたけど、頭が弱い印象があった」

 

「次に朧、朧も今までの経験から機関部をガードしてたね、でも曙の方はそんな事御構い無しに他の急所を狙った」

 

「…知識の差ね」

 

「そして、赤城と加賀を仕留めた」

 

「あの対空射撃…あり得ないわ」

 

「北上もできるよ」

 

「北上さんも…?」

 

「……そう…」

 

「曙は飛行甲板が狙いだったね」

 

「盾にされたせいであれはもう修理しようにもできなくなったし、明石が作り直すほかなかったわ」

 

「うん、盾を使いながらの戦闘、というか隙のない動きは素晴らしかったね」

 

「そして次に摩耶とアタシ…」

 

「2人とも後回しにされてたのは、全力で戦いたかったからだと思うよ」

 

「ブラックローズとカイトの力を使っても勝てなかった、それどころか…アイツも双剣を取り出して来た」

 

「うん、だから魚雷すら持たなかったんだろうね、隠し持つ為に」

 

「……アイツは何の力もないはずなのに、力を持った私たちを圧倒した」

 

「それも曙と摩耶が出せる全力を一蹴して見せた」

 

「…なんであたしは負けたの…!」

 

「なんで負けたかはわからないけど、曙、君だけが曙に傷をつけられた」

 

「そうよ、実際に斬られたし、痛かったわ…だから何よ…次は…」

 

「モノマネに勝つ?」

 

「………」

 

「ニセモノ、モノマネ、お互いに酷い言い様だね」

 

「事実よ、私はカイトのニセモノ、向こうはカイトのモノマネ」

 

「…曙にはカイトの、とは聞こえなかったと思うな」

 

「…どう言う意味?」

 

「…曙のモノマネ」

 

「………違う、私とアイツは別々で…」

 

「あんなに落ち着いてる曙が一瞬取り乱しちゃうくらいだから、相当ショックだった、だから曙にだけやりすぎた…おかしくないと思うけど」

 

「……違う…」

 

「…よかったよ、ショックを受けてくれて…ちゃんと君たちはまだ仲間なんだね」

 

「当たり前よ…何があったとしても、私はアイツを…ここに戻すから、たとえ自分で許さなくてもここに戻してから考えるって決めてるのよ…」

 

「戻して、どうするの?」

 

「……一言謝るわ、その後謝らせる、腕輪の事も何もかも」

 

「そっか、頑張ってね」

 

「…他人事ですねぇ…」

 

「明石もやる気になった?」

 

「…いえ、でも、話を聞いてたら私もまだ仲間だと思ってるのかなって」

 

「じゃあそうなんじゃないかな」

 

「もう、アイツが知ってる闘い方はしないわ、次は必ず倒して、引きずって帰る…今度こそやるわ…」



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硝子

駆逐艦 曙

 

横須賀に来てからの私はとても評価された

おかげで忙しい日々を過ごす事になる

だが、それを快く思わないものもいるのは事実

 

「お前なんか演習でしか役に立たないゴミだ」

 

「……そのゴミに負けたくせに…何?」

 

「貴様!」

 

「殺さなければある程度やっても問題はない」

 

腹部への拳打

金槌で殴られような衝撃、胃酸が上ってくる

流石に体格差がありすぎる、こんな奴から殴られたら立ち続けられない

 

「……」

 

「うめき声ぐらいあげろ、つまらんやつだ」

 

両手をつかないと顔が地面に突っ込みそう

そんな心境を察してか知らないけど、目の前の戦艦は靴底で私の頭を押し下げる

 

「ふん…」

 

足蹴にされても、何も感じない

凍てついたように心が苦しくなる

 

 

 

「ほう、この案は不足かね」

 

立案しかせず、それすらも犠牲を出す前提の作戦

 

「いいえ、しかし私の指揮力をご覧頂きたいと思いまして」

 

「なるほど、そう言う事ならば許そう」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

そして当日、誰も私には従わない

 

当然だ、力で支配してるのは戦艦だ、こっちは小技でそれを倒して見せたに過ぎない

 

つまり、私は地位を手にしても誰かを動かすことすらできないわけだ…

 

 

「なんだ、やはり貴様の作戦はダメだったか」

 

「申し訳ありません、出過ぎたことをいたしました」

 

「…この撃沈数は?」

 

「報告の通りです」

 

気を遣って他のやつの撃沈数を上げて報告しておいた

これでこっちに買収できたら苦労しないのだけど

 

「ふむ、大和型を呼んでおけ」

 

そううまくいく訳ないか

 

 

 

 

 

あそこは…暖かかったな…

ここは寒い、どこに居るより寒い

 

秘書艦という立場を取り、食事こそまともなモノを食べてはいる、貯金も有る、望めばなんでもできるだろう

 

しかしそれは…私が心の底から望むことを除いての話だ

 

こう在るべきだ、こう進むべきだと私は決めたのに、なんで弱いんだろう

簡単に折れそうな旗が今の私だ

 

 

「東雲、貴様の艤装を新型の物に置き換えろ」

 

「…試験運用と言う事にして頂けませんか?」

 

「構わん」

 

 

 

 

 

「…これじゃダメ…か…私が扱えたら他の駆逐艦も同じものを使うことになる…でも、私が扱えなければ…私の評価は下がるだけ」

 

配備された物はなかなか酷かった

狙えば出鱈目な方向に行く、ただ無闇に火力を上げただけの使えない砲塔

 

今評価が下がる事は許されない

 

……私ならできるから

 

 

 

 

「撃沈数が飛躍的に伸びたか、素晴らしい」

 

「ありがとうございます」

 

「実戦配備はできそうか」

 

「クセが強く、私以外の駆逐艦には厳しいかと思われます」

 

私の分だけ自分で改修したんだ、頼むからやめてくれ

 

「ふむ、無理ではないのならやれ、時間は与える、全員扱えるようにしろ」

 

……

 

「…畏まりました」

 

やはり、こうなるか

 

 

 

 

 

クセが強い、狙った着弾点とのズレが大きい…

それを直すために一人で全員分の艤装を手直ししなくてはならない

こればかりは訓練で培ったところで他の装備の運用に悪影響を出すだけだ

 

「………」

 

人の気配を感じ、すぐに別の艤装を手に取る

 

「東雲さん、何をされてるんですか?」

 

駆逐艦綾波…

大人しい、真面目な奴…に見える

多分、思ってるより、腹黒い、私の想像よりもずっと、ずっと……

 

「綾波さん…明日からあなた達に使っていただく艤装の点検を」

 

「そんな事わざわざしなくても…」

 

「本格導入する物ですから、何かの手違いがあってはいけません」

 

「…お手伝いしましょうか?」

 

「ありがとうございます、ですが私の仕事ですので」

 

「そうですか」

 

…念には念を入れるか

 

 

 

 

「……やっぱり、こうなってるか…」

 

綾波の気配を察知し手に取った種類の艤装は全て砲塔内に傷をつけられていた、物によっては暴発の危険もある仕掛けがされていた

 

下手すれば自分を傷つけるだけなのに、なんでこんな事をするのか理解に苦しむ

 

それとも私に全部責任を押し付けて消すつもりか

 

…裏切り者にはお似合いの末路

私は進む事を諦めつつある

 

 

 

 

 

「本日より教導担当となりました、東雲です、というのも本日より艤装が更新されます、指定された番号の艤装を装備してから再度集まるように」

 

「…東雲さん、昨日整備していた艤装とは違うみたいですけれど?」

 

綾波が両方の艤装を引っ張ってくる

 

「ああ、其方は改修に回すそうですので、数を確認していたんですよ」

 

「……そうですか」

 

私の前でわざわざ落胆した表情を見せるあたり、宣戦布告と取るべきか…ああ、頭が痛くなってきた

 

「では訓練場に」

 

 

 

 

 

「……」

 

疲れた、まともにいう事を聞く気のない駆逐艦達、仕事の邪魔をしにくる他の艦種

 

私がいきなり配属されたのがそんなに気に食わないらしい

実力の差ならいくらでも見せつけてるはずなのに

 

ダメだ、眠い…

まだ夕食すらとってない、シャワーも浴びてない…

 

……写真の一枚でも貰えばよかったかな、青葉さんならもってたのに…あの鎮守府の頃の、みんなの写真…

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔ですね、コイツ」

 

誰の声だ…?

 

…おかしい、ここは私の私室で尚且つ今は深夜のはず

誰だ?

 

「…とりあえずこの辺のものを適当に…ああ、この主砲とか良く使ってましたよね…うーん、でもいま使ってるものを壊さないと意味がないのでは?」

 

なるほど、読めた…私の艤装を壊して戦績を落とすつもりか

 

まだ着任して1週間も経ってないのにこんなに過密スケジュールで嫌がらせをくらうとは…

 

「後は何か……そうねぇ…」

 

足音から…体重はそこまでじゃない、軽巡から駆逐…艤装は装備してない、そして人数は2人か…

戦闘のつもりはない…いや、心得自体が…つまり戦闘慣れしてないな、侵入も…

手元の携帯を操作して録音を開始する

 

「……あ、よく着てる服でも焼いておきましょうか」

 

「制服も何着か行きましょう、大和さんに逆らう罰です」

 

しまったな、大和型の名前を出されるとまずい…

下っ端の嫌がらせで処理するつもりが上を引き摺り出すとなると…リスクも、手間も問題だ

起きるしかないか

 

「人の部屋で何をしてるんですか」

 

「っ!」

 

「ま、待って!」

 

やっぱり駆逐と軽巡か…

逃げるなら片付けてドアも閉めて出ていって欲しい

 

「………深夜に騒がしい…」

 

散らかされたものを片付けるのは私なのか

 

「…ん……?…あ…」

 

ああ、よりにもよって、これに手を出そうとした?

 

大事な物は…肌身離さず…か

 

 

 

 

「屋内でマフラーですか」

 

「綾波さん」

 

なんでコイツが絡むとこんなに嫌な感じがするんだ…

ストレスで吐きそうになる…

 

「…綺麗な白ですね、形は歪ですが」

 

「……どうも」

 

……やめて、この予感はダメ…

 

「………良く染まりそうですね」

 

「どういう意味ですか…」

 

ダメ、反応するな…バレるな…!バレたらやられる…!

 

「いえ、別に」

 

笑った………最悪だ…

 

 

 

「………」

 

「ほら、どうした、抵抗しろよ」

 

できるわけがないだろう、戦艦の力になんで駆逐艦が抗えると思ってるんだこの低脳は

 

「自分のマフラーで絞め殺される…のはどんな気分ですか?いや、マフラーを屋内で巻いてるからたまたま引っかかったが故の事故死でしょうか?」

 

「ははは!そいつはいい!」

 

…本当に殺す気はないだろう…それにせよ…意識が…

 

「………」

 

「いい顔するじゃないか!ははは!」

 

今、意識を失ったら……

ダメ…最悪……最低………こ、の…

 

 

 

 

 

 

 

 

「………っ…」

 

此処は、どこ…

 

あの世…?

違う、あの世にはまだいっちゃいけない…

 

屋外か…雪が泥だまりを作ってる…

最悪の気分…

 

「くっ…」

 

立ち上がろうとしたが、体が重い

ベシャリと音を立てて地面に伏す

 

冷たい、体が冷たくて、死にそう

 

ああ、ダメだ、マフラーが汚れる…

 

「あれ…?」

 

首元に手を伸ばしたのに、在るはずの感触がない…

 

「…どこ…?」

 

周囲を見渡す

探していた物はすぐに見つかった

 

泥の中で、踏み躙られていた

泥だらけで、ボロボロで、マフラーを止めるバッジは砕けていた

 

「………」

 

体が重いとか、そんなのよりも

強制的に動かされる感じで、マフラーを拾い上げた

 

「……ぅ……っ…」

 

ダメだ、全部…無くなる

 

 

 

 

私はなんとか鎮守府に戻り、ひたすらマフラーを洗った

毛糸製のそれは洗えば洗うほどほつれていった

 

一時間か、二時間か、それほど経った時、手元にはぐちゃぐちゃの塊しか残らなかった

 

次にバッジの修繕を試みた

踏み砕かれたそれは粉々で、泥だらけで、それを洗うたびにふやけた指先が切れた

 

痛くはない、何も感じない

 

ただ、祈っていた

 

これが夢だと信じていた

 

壊れた物は、戻らない、決して

私には直せなかった、人より器用な自信はあったのに

 

笑いが止まらなかった、壊れたみたいに笑うしかできなかった

涙も、止まらなかった、私が自分の為にあそこを発ったのは間違いだった

帰りたい…でも、誰も私を受け入れてくれない

今の私が戻ったところで邪魔なだけ…私は邪魔な存在…

提督にも迷惑をかけたくない

 

私は自分で退路を立ったのに…

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府 司令室

元帥

 

「どうだった」

 

「壊れました、完全に、すぐそばまで綾波が様子を見に行ったのにも気づかなかった」

 

「次は元を絶ちませんか?」

 

「倉持海斗か」

 

「それは…残念ながらヴェロニカ様の意向に反するかと」

 

「無視すれば良いのでは?」

 

「…あれでも大金を払う金蔓だ、無碍にはできん」

 

「何を気に入っていらっしゃるのか…」

 

「ふん、気にするな、そのうち飽きる…それに、壊れたのならば…あの手術を受けさせれば良い」

 

「…なるほど、これでアイツも忠実な機械に」

 

「ちょうどいい被験体だ、元の性能があれほど良いのなら…何処まで伸びるのか」

 

「漸くあの忌々しい子が真の意味で仲間になるのですね」

 

「我々と同じになる、楽しみですな」

 

「しっかり受け入れさせろ」

 

「勿論です」

 

「必ずや適合させてみせます」

 

「ククク、優秀すぎるのも考えものだな?優秀すぎたが故に、死なねばならんのだから」

 

「あら、提督、それは私たちが死人だという意味ですか?」

 

「変わらんだろう」

 

「全くだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「よう、大井」

 

「………」

 

「……まあ、なんだ、ほら、せっかくうまい飯もあるんだし」

 

「提督、私はそういうことで誤魔化せる人間じゃありません」

 

「…ほら、駆けつけ一杯」

 

「隼鷹にでも飲ませてください」

 

「アイツは下戸だ」

 

「…別に私たちの留守中に新しいオンナを連れ込んでも別に怒りませんよ」

 

「いや、そう言うのじゃねぇし」

 

「別にそのくらいの方が甲斐性があるような…」

 

「聞けよオイ」

 

「ですけど、一言の断りもないのは…ちょっと大丈夫じゃないですね」

 

「なぁ、頼むからキャッチボールしてくれねぇか?さっにから俺の投げたボールだけ避けるのやめようぜ」

 

「大井はもうダメクマ、多分ストレスとAIDAで逝かれたクマ」

 

「あー、それについて聞きたかったんだが…実際どうなんだ?」

 

「クマ?」

 

「…問題ないのか?」

 

「それどころか好調すぎて怖いクマ」

 

「……川内!」

 

「………いや、嫌だからね?自分で試せば?」

 

「流石に全員はキツイだろ…明日でいいから半々やろうぜ」

 

「………よし、わかった、やるよ…」

 

「クマ…マジで身をもって試すかクマ…」

 

「じゃなきゃわかんねぇだろ?」

 

「………クマぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「読み上げて」

 

「はい、まず、横須賀鎮守府の駆逐艦東雲の活躍が著しく、関東方面の近海の敵はほとんど沈黙したといわれてます」

 

「…そう名乗ってるんだね」

 

「…その様です……それと、岩川、鹿屋両基地航空隊より戦艦級の敵を発見したとの知らせ、ですがまだかなり距離があり、ゆっくりと低速で迫っているそうです、近く撃破の命令を下されるとの事です」

 

「……成る程、それについてわかってる情報は?」

 

「……鹿屋に常駐する艦隊が一瞬で倒されたと」

 

「…一瞬かぁ…」

 

「それから、航空隊は対象が歌っていたと」

 

「どんな曲?」

 

「そこまでは…」

 

「何か心当たりはある?」

 

「………戦艦長門」

 

「…わかった、全員に戦艦のことは知らせておいて、東雲…曙の方は何も言わなくていいよ」

 

「わかりました…それでは失礼します」

 

「………うん」

 

何故だろう、胸騒ぎがするのは…

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

「ごほッ…!ゴホッゴホッ…!」

 

「ほら、もう痛い思いしたくないでしょ?」

 

「お前を受け入れてやると言うのに…強情な奴だ

 

「急に部屋に押し寄せてきて、殺すなんて言われて…受け入れる奴がいるか…!」

 

「殺す?脳にチップを入れるだけだ」

 

「ふざけるな…!」

 

私の意思は、私だけのものだ

私の望みは、私が叶えなきゃならない

 

「私は私である事を捨てるつもりはない…!絶対にそんなこと許すものか…!」

 

「綾波、痛めつける許可はもらっている、やってもいいぞ」

 

「ありがとうございます…では」

 

無理矢理立たされ、殴られる

 

「…ッ…」

 

「本当に良い顔、素敵です」

 

「…ペッ」

 

「あら、口の中を切ったんですか?私の顔にわざわざかけるなんて…すくう手間が省けました、うん、美味しい…」

 

吐きかけた唾を舐めるなんて、イカれてる…

気圧されるな…コイツならやれる、コイツだけぶちのめして…逃げれば…

 

私の足で逃げ切れるか?せめて海に出れば…

いや、海でも艤装を潰しても逃げ切れるかわからない…そもそも自分の装備を取りに行けるか?

 

でも、諦めたら私は死ぬしかない

 

「…へぇ、その構えは…ボクシング?違う…我流ですか?」

 

「………」

 

「まあ、なんでも良いですが!」

 

右足で踏み込んだ…左の拳でくる、ならば右手で捌いて蹴り…!

 

「…ぇ…」

 

「やっぱり、私が殴ってもあんまりダメージなさそうですし…」

 

足刀蹴りが突き刺さる

重い、これが駆逐艦の打撃…?

 

「…ぅ……!」

 

腹に突き刺さった足が私の体を持ち上げる

 

「実私、足の筋肉を全部取り払って、人工のものにしてるんですよ、如何ですか?」

 

私の体を持ち上げたまま脚は頂点まで持ち上がる

 

「如何ですか?気持ちいいでしょう?」

 

身を捩り抜け出そうとする

 

「ああ、降りたいんですか?おろしてあげましょう」

 

背中から地面に叩きつけられる、後頭部に強い衝撃

 

頭がぼうっとする…

 

「あ、受け身取れませんでしたか、うーん痛そう」

 

「…なんか顔が虚ろだが、生きてるのか?」

 

「………まあ死んだところで問題ありませんよ、細胞が死に切る前なら色々パーツ入れ替えれば解決しますし、心臓も機械製にしてしまいますか」

 

嫌だ…死にたくない……

やだ…嫌だ…

 

「むしろ殺した方が徳じゃないのか?動かないんだしな、連絡を入れておこう」

 

「すぐに手術できるようにしてもらってください」

 

逃げなきゃ…なんとしても…逃げないと…

 

「あ、逃げようとしてる、かっわい〜!」

 

「ひ…!」

 

死なない…死にたくない…!

なんでもいい、誰でもいい、助けて…!

 

「この世ってね、非情なんですよ!」

 

後頭部を踏みつけられる

何か嫌な音が頭に響く

 

「あー、私もそんな顔してたのかなぁ?!」

 

ミシッ

踏みつけられるたび嫌な音がする

 

「ほら、もっと悲鳴あげて!」

 

メキャッベキッ

顔が地面に埋まっていく

死の感覚が近づいてくる

 

…提督…

いや、ダメだ…まだ…まだ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁー、ピクリとも動かない、もう終わっちゃった…」

 

「ははは、頭が半分埋まってるじゃないか」

 

「早く引き抜きましょう」

 

誰を引き抜くつもりだ、コイツらは

私は、私はまだ死んではいない…

 

両肩を掴まれた感覚

 

そうか、ならば起こしてもらおうか

 

浮遊感、戦艦に引き起こされたのか、身体はだらんと浮き上がってる

身体は、まだ…動く…

 

目を見開く

 

「…あら?まだ生きて…ヴッ!」

 

綾波のこめかみへ蹴り

そして持ち上げていた武蔵の脛へ両踵を叩き込む

 

「クソッ!調子に乗るな!」

 

私がどれだけ痛い思いをしたと思ってるんだ?

愚鈍なお前達にもう捕まるハズがない…

 

「まだ遊べるなんて嬉しい!!!」

 

「キチガイが…!」

 

綾波の蹴りに合わせて蹴りを放つ

 

コイツのスタイルは一見蹴りが主体

実際決めにくる時は蹴り、この圧倒的な威力、筋肉だけじゃなくて骨にも仕込んでるハズ

 

「動きが変わりましたね」

 

「ネタバラシしてくれたおかげで…あんたのやり方は真似しなくていいことがわかった、だけど…まだ終わってない」

 

「なんの話を?」

 

コイツは蹴りが主体に見えるが、基本は腕を使った打撃で仕掛けてくる…

足での攻撃は特に強力、しかし筋肉が機械性ということは伸縮が遅く、緊急時の対応力に欠ける、だからコイツは拳打にも余念がないハズ

 

「さっさとやれ!」

 

「はいはーい」

 

見るべきは体の捻り方…待つのは軽い拳打…

違う、これは蹴り…!

 

「ッ!」

 

「…かわされた…?……あのー、勘違いして欲しくないんですけど、私戦うのが好きなんじゃなくて、いじめるのが好きなんですよ」

 

「…だから…?」

 

「さっさとダウンしてくれると嬉しいなって」

 

「無理な相談よ…!」

 

サシの勝負にこだわる相手じゃない…ならば加勢される可能性がある…

 

此処は逃げるべきだけど、綾波はおそらく私が逃げたところで一瞬で追いつくくらいの脚力がある…

 

なりふり構う余裕なんてない、ここに居続けるつもりはもうない…私は私として生きる為に、死なない

 

「大和、囲め」

 

「わかってますよ」

 

愚鈍な癖に…!

距離をとって広がり、退路を潰しに来たか…

 

つまり、綾波を倒さず逃げることは至難、倒してこの2人を掻い潜ることも難題だ

 

「いつまで固まってるんですか?」

 

ハイキックか

 

「…またかわした…動きが良くなってる…?」

 

これでコイツの中の認識は重症で息絶え絶えのオモチャから、敵に戻った

 

パンチの連打、だが見える、そしてガードしても問題ないならカウンターができる

 

「ッ!」

 

「おい、綾波…」

 

これで浅いのか…!意識を奪えなかった…

 

「………ハハッ…火事場の馬鹿力?ちょっと痛いですね…もし私を気絶させるつもりだったのなら、無理ですよ?意識を失っても活動し続ける為にチップがあるんですから」

 

「…バケモノめ…」

 

一縷の望みが…断たれた…?

如何すればいい…

 

「それと、深く考えすぎるのはどうかと思いますよ」

 

後頭部への衝撃…?

大和型は2人とも動いてない…

 

しまった、まだ居たのか…

 

「…ぐ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と手を焼かせてくれましたね」

 

「ああ、全くな、早いところを頭を開いて、これをいれてしまえ」

 

「待ってくださいよ、全く…なかなか難しいんですからね?………あ、行きすぎた」

 

「おいおい、死んだのか?」

 

「大丈夫ですよ、殺してもすぐチップを埋み込めば脳だと誤認して身体は生き返りますから」

 

「……あ、いけましたね、これで操作して…あ、この人生体電池埋めてませんけど?」

 

「問題ありませんよ、外付けにすれば良いですし」

 

「あはは!あれダサいじゃないですか!」

 

「スマートさにかけるが、まあ良いんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「生まれ変わった気分は如何だね、東雲」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「東雲さん、これ、ゴミです、焼いておいてください」

 

「わかりました」

 

ビニールに入った砕けた金属片とぐちゃぐちゃの毛糸を渡され、それを焼いた

熱いものが頬を伝い落ちた

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府 司令室

元帥

 

「お呼びでしょうか、元帥」

 

「東雲、以降私の事は他のものに倣って提督と呼べ」

 

「はい、提督」

 

「ククク、それでいい……お前には邪魔者を消す時、直接動いてもらう事になるだろう…楽しみにしておけ」

 

「はい、提督」



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姉妹

海上

    軽巡棲姫

 

『大丈夫?』

 

「…ウん…ゴメんネ…チャント成れナクテ」

 

『……気にしなくて良いんですよ、たとえどうなったとしても…私は那珂ちゃんを心の底から大事に思ってます』

 

「…姉さン……」

 

下半身のない妹を抱える

何故こうなったのか…わからない

私たちがこの力に目覚めた時、私は目を閉じ、この子は脚を失った

だからこの子の分まで私が歩むと決めた…

 

私の心がどうあろうと

 

『見つけたで…』

 

『……貴方は?』

 

『弟思いのお節介な姉ちゃんや……ゴレの碑文使いはどっちや…!』

 

「……私」

 

『…ほう、なんでわざわざウチがこんなとこまで来てるかわかっとるんやろな』

 

「私を殺シテ碑文ノ力ヲ奪イ…弟ヲ解放すルタメ…」

 

『…わかっとるんか…やったら、堪忍してや…!』

 

『……あなたにも事情があるようですが…私が止めさせていただきます…あなたが弟を守るなら、私は妹を守らなければならない』

 

『………お互い外道になる覚悟はできとるみたいやな……』

 

『…道なら、もう踏み外してますから』

 

光は、求めてはいけない

この道に進んだ時から

 

「……ゴレの碑文使イハ…アナタト私…?」

 

『違う、ウチは…力に引っ付いとるオマケや…ウチの弟がほんまもんの碑文使い…』

 

「…姉さん…」

 

『…何ですか』

 

「少シダケ…話シテみタイ…」

 

『ウチはええよ』

 

『……那珂ちゃんがそう望むのなら』

 

 

 

 

 

     軽juんsek

 

「…私ハ…モウ気づいテル…チカラガホシクテ…道ヲ間違エたッテ…」

 

『ほー、何のためにそれを求めたんや?』

 

「………最初ハ…仲間ノタめダッタ…デモ…強くナッタラ……自分ガ満足スルタメニ欲スルヨウニ…」

 

『つまり、全部思い通りにするために…って事か…人のこと言えんけど…褒められたもんちゃうな』

 

「…アナたモ?」

 

『…邪魔な奴消すために力振るったことがある…でも、それは絶対にやったらあかんこと…受け止めてくれる奴がおらんかったら…ウチはホンマに道を間違えてた…』

 

「………」

 

『なぁ、アンタら姉妹なんやろ?…2人とも道を間違えたんやったら、別の誰かに助けて貰えば良いやん』

 

『……私達には、もう1人姉がいます…でも、私が力を求めたのは…その姉への嫉妬…』

 

「……ソウ…川内姉サんが…急ニ…強クナッテ…置イテ行かレテ…!」

 

『…そーか………お前らの姉ちゃんはどこにおるんや?』

 

「…広島…呉…」

 

『ならウチが言って呼んできたる、アンタらが助けて欲しい言うてるてな』

 

『…私達に助けなんて要りません…!』

 

『何処がやねん、話聞いてれば置いてかれたくないから強くなった、だけど道を間違えてる?やったら正して貰えばいいやん』

 

「…今更…ソンな事…」

 

『別に何も終わってないんやから、それに、姉ってのは…いつまで経っても下の子が気になってしゃーないんや…』

 

『……あなたの目的は、那珂ちゃんを倒して力を奪う事じゃ?』

 

『…話聞いたん間違いやったわ、とてもそんな気分じゃない……それに、もしかしたら、アンタの中からゴレを抜き取る方法があるかもしれんしな…』

 

「………」

 

『何も遅い事なんてない……やから、アンタももう少し待ちぃや…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「俺が出る」

 

「馬鹿言わないでください!提督は人間なんですよ!?」

 

「じゃあ川内を呼び戻すか?間に合わねぇよ、それに…アイツは知り合いだ」

 

俺の元に届いた知らせはヘンテコな帽子の子供がまた海に現れた

それだけだが、確実にそう言う事だとわかる

 

「……球磨姉さん」

 

「わかってるクマ、球磨型も出るクマ!」

 

「……行くぞ」

 

 

 

 

 

 

「…あれは…朔か…?」

 

『…最悪や…こんっの馬鹿ハセヲ!!お前も同じ状況かいな!!!』

 

AIDAを纏ってるからゲームの姿だと勘違いしたのか?つまり…本物なのか

 

「朔…ほんとにお前なのか…!」

 

『…せや…戻ってきてもうたわ…お前が不甲斐ないからな!』

 

朔は、望のもう一つの人格

泣き虫で気弱な為にネット、リアル、両方でいじめられていた望の為に現れた姉

だが、人格としてではなく、俺は朔を朔個人として、仲間として大事に思っている

だが、望の成長に伴い、朔は姿を消してしまった…

それが、再び現れた…

 

「…そりゃ悪かったな、だがなんでこんなとこまで来たんだ」

 

『…あー…別の碑文使いに遭ったんや、やけどそいつらはAIDAに呑まれてて…』

 

当てはまる候補は二つ

 

「別の碑文使い…?神通か…!?」

 

『…知り合いか?』

 

川内なら名乗っていたはずだ、否定されないならば可能性は格段に上がった

 

「多分な」

 

『……ウチはそいつらの姉ちゃんを探しとる』

 

確定だ、つまり…神通の姉の川内を…

そして、そいつら…ということは

 

「川内を…わかった、そいつらってことは2人いるんだな!?」

 

『せや、というか…ハセヲ…』

 

那珂も見つかった…

 

「…ん?」

 

『お前んとこのか?その2人…というかお前が今何しとるか知っとるぞ?提督やったか?カンムスとかの責任者やったなぁ?』

 

…朔の機嫌がえらく悪いように見える

 

「あ、あぁ…」

 

『………じゃあ、つまり…お前の管理不行き届きって事でええんやな!?』

 

否定のしようもない

 

「…わ、悪りィ…」

 

『…あとで一発殴らせや』

 

随分、やさしい拳を見舞われそうだ

 

「……ちゃんと殴りに来いよ」

 

『フンッ!当たり前や!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

「………」

 

この、感じ…

 

『……2週間ほど、でしょうか?それとももう少し経ちましたか?』

 

「…もうすぐ1ヶ月になるところだったよ」

 

『その前に再会できて嬉しいです』

 

「…なにそのカッコ」

 

黒い顔を覆う装甲で目元まで隠し、それから生えてるツノ

 

 

『…姉さんなら、よく知ってるんじゃないですか?』

 

「……深海棲艦になったワケ?」

 

『ええ、だって……そうしないと姉さんに追いつけないじゃないですか…だから、こんな力を…』

 

「……ふざけないで!那珂は!?那珂まで巻き込んで…」

 

『巻き込む?言い出したのは那珂ちゃんからですよ?それに、ほら、もうそこに』

 

私の方を指さす

 

…背後ッ

 

『あはッ』

 

振り向くより早く私の足首が掴まれ、水中へと引き摺り込まれる

 

「なっ…!何…?その格好…那珂…脚は…!?」

 

「無クシチャッタ!」

 

『ほら、やっぱり、姉さんは…』

 

「私ヲ受ケ入レてクレナイ…!」

 

「待って!那珂!」

 

「…モウイイ…全部…消えて!ゴレ!!』

 

ピンク色の巨人が、立ちはだかる

私への殺意を携えて

 

「那珂!!やめて…神通!なんのために戦うの!?」

 

『……なんででしたっけ?モう……何モ…ワカリマセン…』

 

2人とも、AIDAに感染してる…

ならばAIDAを取り除けば良い!

 

『…行くよ……スケィス!!』

 

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

『…あかん…あかん…!』

 

「おい、朔…どうした!?」

 

『あかん、あかんあかん!!ゴレが…!』

 

朔の姿がどんどん透明になっていく

 

「……なんだそれ…!」

 

『ウチはもうゴレそのものや…そして、其れを…使われとる…!』

 

「場所は!?」

 

『…わからん…探し……』

 

「朔!」

 

消滅…いや、ゴレそのものなら…きっと朔は望の元に…何処だ……?

 

「……お前もそこにいるのか?川内…」

 

スケィスの感覚…向こうか…

 

「大井!着いてこい!」

 

「わかってます」

 

間に合え…

 

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

『さあ…行くよ!』

 

『ウワァァァ!!!』

 

突っ込んできた…?

人形みたいに太くて短い腕での打撃

遅い、容易にかわせる…

 

本当にこれだけ?

 

『はぁッ!』

 

大きく斬りかかる、それだけで簡単に吹き飛ばせる…

 

弱い、とことん…

なんでこんなに弱いのか…

 

神通も動く気配がない…

 

『…那珂、神通、このまま続けても無駄なのわかってるんでしょ?やめなよ』

 

『無駄ナンカジャナイ!ワタシハ強クナキャイケナイ!!』

 

『姉サン、私達ハモウ、貴女ヨリ弱イ自分ガ嫌ナンデス』

 

神通の努力は知ってる、だからここでそれを否定するなんてことできない

私は…どうすればいいの?ただ、倒してデータドレインして…それで終わるの…?

 

この溝は、AIDAが作った物じゃない…私たちが自分で作った物だ…

 

なら…

 

『……スケィス、もういいよ…」

 

『…ナンノツモリ?』

 

スケィスを使って戦って…それで終わる話じゃない

 

『………』

 

「…那珂、神通、私は2人より強い、だって、2人の姉だから、姉として…そして、自分が納得するために…死ぬ気で強くなったんだ」

 

『ダカラ?』

 

「神通、那珂…私が戦えなくなって…とことん弱くなって…2人が私の分まで頑張って…私は2人がいなきゃダメだった…私より強くなって、私や他の仲間を守ったくれた…今まで頑張ってくれて、本当にありがとう」

 

『……』

 

『…私ハ…私達ハソンナ言葉ノ為ニ戦ッタンジャナイ!』

 

「わかってる、でも、2人が強くなろうとした理由を思い出して欲しいんだ」

 

『…確カニ、川内姉サンノタメニ…ミンナノタメニ…強クナッタ、ダケド…ソレハ昔ノ話!』

 

「…2人にとっては昔の事でも…私にとっては……」

 

永遠に…

 

『……姉サン…』

 

「神通…」

 

届いたのかな…私の声が…

ゆっくりと、歩み寄ってくる

 

『…私、姉サンノ声ヲ聞キタクアリマセン…姿モ……視タアリマセン…』

 

「…そっか…」

 

『……那珂チャン…下ガッテテ』

 

「………神通、蹴りにこだわるのは…那珂の足が無くなったから?」

 

『…イイエ…私ガ強イ事ノ……証明』

 

「……巫山戯るな…!じゃあ、そんな脚…私が斬り捨てて、目を覚まさせる…!…那珂、神通、ちゃんと考えて……私は、今から…痛い思いをさせる…その意味を」

 

『……デキルモノナラ…ドウゾ』

 

「上等!」

 

走り、近寄りながら水面を掴む

忍刀が手中に顕れる

 

どうする?先に一撃打たせるか…

こちらから仕掛けるより、カウンタースタイルで一撃見て、其れを獲る方が安全だ…

いや、コレは…教える戦い、受け身に出た時点で神通に意図は伝わらない

 

どんなに傷を負う事になろうとも

私は、強くてはならない

 

力の強さなんかじゃない…その強さを思い出させる為に

 

 

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

「……お前じゃない…のか…!」

 

朔とそっくりなヘンテコな帽子を被った子供

望、第五相策謀家ゴレの碑文使い

のはずだった、此処に朔も川内もいない…つまり…別の碑文使い…那珂が…?

 

アトリと違い、碑文ではなくゲームのキャラの姿で出てきている…ならば、少しでも話せるかもしれない

 

「望!聞こえてるか!」

 

『………』

 

望の前にゴレの顔をあしらった表紙の本を載せた杖が現れる、魔典と呼ばれる呪文で戦うキャラの装備…

 

「……此処でやる気か…!Helen!」

 

AIDAが体から噴き出し、鎌を握る

 

『……う…』

 

「…う…?」

 

『うわーーん!』

 

「…な、泣き出した…?」

 

なんでだ…?

 

望のプレイヤー、中西伊織は泣き虫だった、だが2017年の第三次ネットワーククライシスを経て成長し、泣き虫で弱い姿は明るく優しい少年へと移り変わっていった

 

しかし、今目の前で泣きじゃくる望は2017年の時の望そのものだ

何があった?今回の影響で退行したのか?

 

「おい!望!俺がわかるか?!」

 

『わかるよ…わかるけど…!』

 

魔典のページがぱらぱらとめくれる

 

「望!やめろッ!」

 

『逃げて!逃げてェッ!』

 

海がうねり、隕石が降り注ぐ

ゲームの中の魔法を現実に出すとこうなるのか、と思い知らせられる

世界を滅ぼすならもう何人かいれば事足りる程の天変地異

 

「クソッ…!」

 

望は、操られている…だがこのまま好きにやらせる訳にはいかない

どうすればいい…!?

 

「球磨!お前らは先に川内を探せ!」

 

「クマッ!?本気かクマ!?」

 

「海の波に左右されるお前らじゃ不利だ!」

 

それに、コイツは…俺が助けなきゃならねぇ…

朔の為に……いや、俺のエゴか…

 

「また来るニャ!」

 

「クソッ!波で…ひっくり返りそうだ!」

 

「離れるしかないわ……提督…」

 

「良いからいけ!」

 

『ハセヲ…にい…ちゃ…』

 

「…何も心配するな…俺がすぐ助けてやる…!」

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

『…ヤッパリ…チカラハ…裏切ラナイ…』

 

「…違う……まだ、私は倒れてないよ、神通…」

 

神通の攻撃は、疾く、重い…

私の腕より半尺は長い足のリーチを活かし、私からの攻撃を許さない…このままの戦い方じゃ、勝てない…

 

だけど、此処で戦い方を変えるのは、意地とかそんなものじゃなくて…私の負けを意味してるんだ

 

『…ソンナニ死ニタインデスカ…?私ハ躊躇イマセンヨ』

 

だから…だから…

寄越せ…私にもっと…全部……!

 

「…今更…ねぇ、神通……今更そんなこと言わないでよ…ほら、やって見なよ……私の頭、砕いて見なよ…!」

 

『…マタ、同ジ…何度ヤロウト…』

 

腰を捻り、左足を引く…そして左足の回し蹴り…

 

解る、決してまだ神通は動いてない

だけど…わかる

 

「……なら試せば良い…!」

 

忍刀が滑るように、空間を引き裂くように、赤い奇跡を描く

 

『…ソ…ソンナ…私ノ…脚ガ…?』

 

「…片脚なら悪さはできないね」

 

左脚が、綺麗に斬り落とされた

馬鹿げたこだわりまで斬れたならよかったけど

 

『…嘘…嘘!嘘ダ…!メイガス!!』

 

一瞬で脚が復元される

成る程、報告書にあった通り…

 

「……神通…」

 

『アハハハハハ!私ハ不死身…!私ハ…!』

 

「………」

 

…私もまだまだだな、壊れていく妹を、見捨てられないなんて

 

「居た!川内!」

 

『球磨型…!邪魔シニ来タノ…!?』

 

「何だコイツは…!これも碑文って奴なのか…!?」

 

ゴレが球磨型の前に立ち塞がる

 

「お前、まさか那珂なのか…!?脚はどうした!」

 

『…煩イ…黙レ!』

 

「来るニャ!全員戦闘用意!」

 

『ゴレ!全部…壊セ!』

 

那珂を相手に4人…

みんなAIDAを操れるのも知ってるけど…

 

まだ慣れてない同士…ならば互角が良いところかな

 

「神通、邪魔は入らないよ」

 

『…那珂チャンハ…良インデスカ?』

 

「………死にはしない……何があっても殺させない…神通も…思う存分、ぶつかってきな…」

 

やっぱり私は弱いからさ…

2人のいない世界なんて、考えられないや

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

『ゴレすら使わず…これかよ…!』

 

降り注ぐ攻撃の数々に圧倒されてる

マズイ…どうする?碑文の力と切り離すか?

だがそれは…アトリの時はイニスと切り離す事で解決したが、今回はそもそもゴレを引き摺り出すところからだ…

そして、望とゴレを引き離すことは、朔と望を引き離す事になるかもしれない

 

ようやく再会できる姉弟を…俺が再び引き裂くのか?

 

『オル…バクドーン』

 

巨大な隕石が降る

もはや俺自身に当たらずとも海へ突入する衝撃だけで吹き飛ばされそうになる

 

『クソッ…Helen!スケェェェェィス!!』

 

AIDAとスケィスの混合したソレが、今の唯一の頼り…

 

世界が音を立てて崩れる

深い青に世界が染まる 

 

パワーの落ちたスケィスではまともにやり合えない…

…待て、ゴレは?朔が那珂か、他の誰かの元に呼び出された…

つまり、今望を此処に繋ぎ止めているのもゴレなのだとしたら、ゴレもパワーが落ちている可能性がある

 

『賭けてみるしかねぇな…!』

 

ゴレを出させれば…そうすれば…

なら、このやり方も…アリ…か?

 

『望!出せよ、ゴレを…!』

 

『ダメ…だ、よ…!制御…できなくなる…!』

 

『構わねぇ…俺に任せろ!』

 

『………うん…!』

 

青い人形のような巨人が現れる

しかし、対となるピンク色のゴレがいない

 

ゴレは2体で1体の碑文…つまり朔は此処にいない…

 

なら、2人を会わせたらどうなる?

 

大きな賭けだが…他に2人をまとめてどうにかする手は思いつかない

 

『行くぞ!!』

 

ゴレに向けて大鎌を叩きつけるように振るう

 

『わっ…わわっ!』

 

対してゴレは逃げるばかり

以前朔が暴走した際に交戦したゴレも攻撃は朔の担当で望は逃げてばかりだった

 

ならば…

 

『とことん弱らせる!我慢しろよ…!』

 

大した抵抗もないゴレに対して容赦なく攻撃を叩き込む

 

『や、やめて!!』

 

『ぐ…!?』

 

抵抗のために振り回した腕がスケィスを捉えた

それだけなのにいとも簡単に吹き飛ばされ、ダメージも絶大

 

『お前は据え置きなのかよ…畜生!』

 

元々2人で1人だったからかパワーが落ちてない…

ならば、弱らせるなんて悠長なことは言えないか

 

『うおおォォォォォォッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 球磨

 

『クマァァァッ!!』

 

『モウ…嫌ッ!!』

 

4対1、圧倒的な戦い

数の暴力としか言えないその差

 

『全部…無クナレ!!』

 

『そこニャ!』

 

『いいぞ!合わせる!』

 

これが碑文使いとの戦い…?

これなら2人でも余裕…いや、慢心はしてはいけない

 

『そんな力に溺れたのが間違いだったな!』

 

『姉さん、できるだけ早く…』

 

『……わかってるクマ』

 

大井は、那珂と神通を消す覚悟を決めている

 

なら、球磨も…

 

『…そこまで堕ちて求めた力がそれなんて…お笑い種ね…フンッ…』

 

……何だ…?川内が…こっちに…?

 

「………不本意だけど、4人共、大人しくボコボコにされるか退がってくれる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

「どう、神通」

 

『ハァーッ…、ハァーッ……!』

 

何度も、何度も神通のその脚を斬り落とした

容赦も、躊躇もなく

 

それは私なりの最大限の敬意を持ってして

 

「もう、立てないでしょ、そのまま横になってなよ…那珂は私が戻すから、その後ゆっくり神通も戻す」

 

『ナ…んデ…私は…勝テナイの…!』

 

「……その力、随分と消耗が激しいんだね、その再生…すればするだけ…AIDAが減っていってる」

 

『…え…?』

 

神通の体から噴き出すAIDAの量が激減している

つまり、AIDAを使って増殖している、ということか…

 

「気づかなかったの?自分の能力なのに」

 

『…ダメ…力が…無くナって…!』

 

「神通、なんで碑文を使って戦わないの?ほら、そんなのじゃ私は倒れないよ」

 

『…メイガス!!… メイガス!!』

 

何も、出てこない…?

 

「……まさか、神通…碑文が使えないの…?」

 

『………そうデスよ…力だけ宿っテ…私には碑文ガ扱えない…那珂チゃんは…使えるのニ……!』

 

「……力に固執するのは、それが理由…か……」

 

思い違いをしてた、神通は力を誇示しないと不安に押しつぶされそうなんだ、だからあんな戦い方をしていて…

 

じゃあ、全部…間違ってた…?

 

『…そこまで堕ちて求めた力がそれなんて…お笑い種ね…フンッ…』

 

後方では意外にも大井達那珂を圧倒していた

だけど、大井の言葉はイヤな感じに耳に残って…

当然か、姉妹を嗤われたんだから…!

 

『……ッ……』

 

「…神通…?」

 

…そうか、神通は那珂に嫉妬しながら…ちゃんと愛していたんだ…

だけど…今の神通が感情を発散しようとしても…返り討ちになるだけだね、なら私が止めなきゃ

 

「邪魔」

 

『…姉さン…?』

 

那珂の前に立つ

 

「………不本意だけど、4人共、大人しくボコボコにされるか…退がってくれる?」

 

『…本気ニャ…!?』

 

『お前…裏切る気か!?』

 

「…確かに那珂は自業自得だけど、アンタらに笑われる謂れはないよ…姉妹の為に何処までも真剣だった那珂を…私は、殺させるつもりも、笑わせるつもりもない』

 

『上等よ…!』

 

『大井!やめろ!わかってるクマ…!』

 

『那珂は殺させない、大井』

 

大井の目は…那珂を殺す事に躊躇いがない

 

『…此処でやらなきゃ…いつか後悔するかもしれませんよ』

 

『かも、なんかで妹を殺させる訳ないでしょ』

 

……ダメだなぁ、大井に退く気がないなら…私、コッチ側に立っちゃうよ…

 

お互いそうなんだろうけど…

 

鎮守府の事、仲間の事、そして姉妹の事…選ばなきゃならないなら…選ぶしか無いのなら…私は、妹達を選ぶ

 

私を暗闇から守ってくれた妹を



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妥協

海上

提督 三崎亮

 

『うおおォォォォォォッ!!』

 

ゴレの顔面を鷲掴みにしたと同時に世界が元に戻る

海面にゴレを叩きつけ、引きずる様に滑空する

 

暴れる腕を蹴り飛ばし、迷わず進む

 

もうこれ以外に思いつかない、今此処でやるしかない

 

『何処だ!?何処に…!』

 

一方向に薔薇の花弁が連なって落ちて行く

 

『…そっちか!』

 

今は信じる他ない、仲間の正気を

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

『…退くつもりはない…って訳…?』

 

紋様を纏い、威圧する

 

『当然です…鎮守府にとって、私たち全員にとって…看過できる者じゃない!』

 

『看過できない?ちょっと待ちなよ…那珂が何したの?那珂は誰かを傷つけたりなんかしてないでしょ』

 

『これからが危険なんです…!』

 

大井も冷静じゃない、私もだけど…

迂闊に口を開けば余計な言葉が飛び出しそうになる

 

『神通は罰を受けるべきだし、間違った事をするなら私が止める…それでもダメなんだろうね…』

 

『……当たり前です…』

 

お互いに退けない…か

球磨も、那珂も、みんな止まってる

 

碑文とAIDA両方に頭がヤラれても、獣みたいに理性をなくす訳じゃないなら問題はない…

 

『…薔薇…?』

 

『…何を…あら…?』

 

薔薇の花びらが私と大井の間に壁を作る様に舞う

 

『…どこから…!?』

 

薔薇の出所を探ろうと全員が周囲を見渡す

 

『…アレは…』

 

水平線の向こうから大きな水飛沫を立てて迫る物体が目に入る

 

『…スケィス…!?』

 

『提督!?』

 

『見つけた…!来やがれ…朔!!』

 

飛び上がったかと思えばソレは何かを此方に向け投げつけた

自身の丈を越える…青い巨人を

 

『ッ!?…ダメ!取ラナイデ…ヤメテ!』

 

『何、何が起きてるの…!?』

 

ピンク色の巨人が霧散していく…

その粒子は青い巨人に集まっていく様で…

 

『…成る程な…こうなったか…朔…出て来やがれ…!』

 

 

 

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

『………』

 

ゴレが霧散し、小さな人型に集まる

2つに分たれたゴレが、ようやく1つになる

 

ポォーーン

 

ハ長調ラ音

色々な楽器の調律に使われるその音が、今は待ち遠しかった

 

『……ゴレッ!!』

 

青いゴレが光に包まれる

 

ピンク色のゴレは、先ほどよりも大きくなり、此方を見つめる

 

太陽と、月を象った装飾…

2人で1人の碑文…

 

『……コイツはオマケや…ちゃんとやってや…信じとるで』

 

ゴレからAIDAが噴き出す

 

『……成る程な、誰のAIDAだ…?』

 

『ウチを無理矢理に使っとったアホンダラや…』

 

指さされた方を見る

随分と髪が伸びているが…那珂か…?

 

ダラリと力なく腕を垂らし、後ろにのけぞるように此方を見ている

つまり、那珂も感染者だった訳か

 

『じゃあ、たっぷり礼をしねぇとな…遠慮なく来いよ…!』

 

『アアァァァッ!』

 

以前と変わらぬ突進

ゴレは碑文使いが子供だったせいで戦い方まで単調で、回避も容易な…

 

『ハァッ!』

 

直前での急停止と同時にゴレが青色に染まり、無数のシャボン玉が放たれる

こんな見た目でも、一つでも触れればダメージを受けるのだから油断ならない

 

『何ッ!?』

 

鎌で斬りつけて消してはいるが、多い…

 

それよりも、以前とは違う戦法…

それは中西伊織の心が成長した事の何よりの証明だ

 

『じゃあ…俺もやらねぇとな…Helen!!』

 

ゆらゆらと泳ぎながらスケィスと分離し、尾ヒレの部分で泡を弾く

 

ゴレは此方に背を向けて逃げている…

急ぎ詰め寄り、斬りかかる

 

『……甘いわ!!』

 

急遽ゴレの体がピンクに染まり、突進攻撃

 

『クソ!Helen!!ぐぁぁッ!』

 

激しく後方に吹き飛ばされる…先ほどより遥かに強い威力、あれでも分離したせいで力が落ちていたのか…

このままでは少し厳しいものがあるな

 

『良いぜ…来い…来いよ!!』

 

鎌を振りまわし、シャボン玉を掻き消しながら

 

『行くで…望…!』

 

『俺もいつまでも短絡的なやり方じゃねぇんだよ!!』

 

Helenからのレーザーとスケィスの肉弾戦

 

レーザーを防ごうとすれば後方から斬りつられ

此方に来よう物ならレーザーを放ち進路を塞ぐ

 

『鬱陶しいわ!!』

 

『朔!お前この戦いで消えるつもりだな!?』

 

朔は、強い奴だ…

だからこそ、自分が望の重荷になると感じ、自身の消滅を望む…

 

『……当たり前や…ウチは元々おらん存在…今更何処に居れ言うねん!』

 

『望は!お前が必要なんだよ!俺もそうだ!何度だって言ってやる、お前は望にとっても、俺にとっても必要な存在なんだ!』

 

『……やめェや…!ウチは此処でやられて…消える!!』

 

『消さねぇよ…!!』

 

懐に潜り込み、大きく逆袈裟に斬りあげる

 

『終わりだ…!』

 

何度も、何度でも斬りつける

 

プロテクトは叩き壊した

 

『データ…ドレイン…!』

 

AIDAを、AIDAだけを抜き取る…!

 

『ハセヲ…アンタのソレは優しさちゃうで…!』

 

『……わかってるよ…コレは俺のエゴだ』

 

朔は望と居ても良いんだ…姉と弟として…

 

『朔、お前には望の考えてることがわからないのか?思ってる事がなわからないのか?…俺は望じゃねぇ……だから、わからねぇよ…だけどな、望にはお前が必要だ…俺はそう思った』

 

『……わからんわ…ウチにも…』

 

ゴレが、光の粒となって、消えていく

 

『………でも、ウチはここに在りたい…弟離れできてなかったんわ…ウチの方か…』

 

『…それで良いじゃねぇか』

 

『……ゴレは、ウチにはもう必要ないわ、どんどん居らんくなってく』

 

光の粒子が、流れていく

 

『………ちゃんと面倒見たりや…自分の仲間くらい』

 

『ああ、俺から行くのは難しいだろうからな…会いに来てくれよ』

 

『……ありがとな…ハセヲ…』

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 球磨

 

『……アレは、本当に人なのかクマ』

 

『………バケモンになる人間…ってだけだニャ』

 

『…時間をかけすぎたと思わない?提督は私に味方するよ』

 

だろうな…那珂を殺す?あの甘ちゃん提督にそれはあり得ない考えだ

 

だが、大井は…

 

『そんな事ないわ、提督は私を…』

 

『やめるクマ、時間の無駄だクマ』

 

大井は…物事を正しい目で見られない、自分の正しいを何処までも信用している…AIDAを宿してからはそれが顕著な気がする…

 

『姉さん!』

 

『………那珂、お前…意識は…あるのかクマ』

 

……弱い自分が嫌になる

無かったことにして、日常に帰る選択をしている、うまく行くとは限らないのに

 

『…………』

 

『無いようね…なら…』

 

『やらせないよ』

 

何かが、火をつけて仕舞えば…一瞬で戦いになる…

それだけは止める必要があるのに…

 

思いつかない、頼む、何か思いつけ、思いついてくれ…ことなきを得る手段を

 

「よっと」

 

派手に水飛沫をあげて提督が着地する

 

「いいモンだな、水に落ちねぇなら泳ぐ必要もねぇし殆ど濡れねぇ、さて…お前らはどうなってるんだ?」

 

最悪の、着火剤が降ってきた…!

 

『……』

 

『………提督』

 

「あ?なんだ、大井」

 

…マズイ…どうなるか全く想像がつかない…

 

『提督は私の味方ですよね?』

 

「味方って…どう言う意味だ?俺らは同じ鎮守府の仲間だろ、なぁ球磨、川内…なんだ?この空気」

 

…いや、お前はこの現状を理解してないのか?暴走した那珂と神通を諫めて連れ帰るために来たんだろうが…!というか自分のとこの問題が終わったら「はい平和」じゃねぇんだよ!終いにはブッ殺すぞ!

 

……と、キレたいところだけど…

 

『意見具申致します、暴走した那珂、並びに神通を処刑するべきだと』

 

言いやがった…とうとう…

 

『……提督、提督がなんて言うとしても…やらせないから…』

 

「……いや、別にそんな話通すわけねぇだろ…おい、神通…だよな?神通!お前も来い!」

 

『カオスにダークサイドを突っ込んでダークマター作るのやめてくれクマ…!』

 

『…ニャ…一触即発の空気ニャ…』

 

『…なんで…なんで私の言うことを聞いてくれないの…?ねぇ、提督…私の思い通りにしなさいよ…』

 

「…いや、流石に那珂や神通を殺す理由なんてねぇ、そんな事認める訳ねぇだろ…苦労かけすぎて疲れたのかもしれねぇが……」

 

提督は大井の異常性に気づいてないか…

一度ついた火は大きくなるばかり…

 

『……』

 

「おい、大井…お前、AIDAに侵食されかけてるのか?」

 

『……そんな事…!』

 

「だとしたら頭に血が上りすぎだ、一回落ち着け」

 

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

しかし、大井がこれじゃ話にならねぇな

下手に何か言えば一気に拗れそうな雰囲気だ

 

「…大井、一度退がれ」

 

『お断りします』

 

「……お前まで暴走してどうする、お前の考えを聞く以前の問題だろ」

 

『……私は鎮守府のためを思って!』

 

「その鎮守府には誰がいるんだ?此処に居ない古鷹や由良、春雨達か?それともお前達球磨型だけか?違うだろ、お前が排他的になりやすいのはよく知ってるが…AIDAに振り回されすぎだ」

 

『…私は…私は!!』

 

何を焦ってるんだ…?

大井の考えが読めない…いや、感情に身を任せてるのか

 

「大井、落ち着け、AIDAは碑文同様に心の闇を増幅させる…もっと落ち着け」

 

『……落ち着いてます…』

 

「…なら少し待ってろ、後でゆっくり話せる」

 

自分の口から出た言葉には責任を持つ奴だ…流石に今の一言に責任を問うつもりはないが

 

「川内、説明しろ」

 

『……那珂も、神通もAIDAと碑文が同時に出てきて…いきなり宿った力に困惑して…こんな事を…」

 

「こんな事ってなんだよ、しっかり説明しろ、神通と那珂の命はお前にかかってるんだろうが」

 

「そんな…!」

 

「そんなも何もあるか、お前は姉なんだろ?……いつまで護られてるんだよ」

 

「………」

 

…まだ、早かったか…だが、もう退けない

 

「神通も、那珂も危険性はない…私の命を賭けてでも…それだけは誓える…!」

 

「他の仲間をお前の不確かな推測のために賭けるのか?」

 

「………2人は…」

 

立ち向かってくれ

 

「…………2人とも、ただ不安に押しつぶされそうになったから、力を求めただけ…充分強いんだ、それさえ伝わってくれれば…暴走する理由なんかなくなる…」

 

「じゃあ、今は暴走するかもしれないって事か?」

 

「……うん、だけど…そうなるなら私が止めてみせる」

 

「…できんのか?」

 

那珂が此方を見る

不安そうな顔をしている様に見える、それはゴレを急に失ったからか?それともこれからの事か

 

「………少なくとも、那珂は何もしてないんだ、まだ誰かを傷つけたりした訳でもない」

 

そうだ、それにAIDAも消えている、碑文の力も朔が全て奪った

 

「…なら、那珂は放免でいいだろ、次は神通だ」

 

「………私が直接佐世保まで連れていく、どんな罰でも受けさせるから…」

 

そうなるのが道理だろうな、俺には佐世保の奴らがどうするのかまで把握できねぇし、何より俺が罰を与えたところで納得もしないだろうしな…

 

「神通はそれを受け入れるのか?」

 

『…………』

 

こっちはそうは簡単にはいかないか

 

「神通、お願い…私は神通に居なくなってほしくないよ…!お願いだから…!」

 

『………』

 

「神通、一度戻れ、別に首輪をつけられる訳じゃねぇんだ、此処で考えるより戻って考えろ」

 

『………わかりました…」

 

 

 

 

 

 

 

「………大井は仕事をさせてる間は静かだな」

 

「…困ったもんだクマ…」

 

「早いとこ話を進めよう、神通、那珂」

 

「………先に聞きたいんだが、2人ともそんな姿になってるのはAIDAの影響か?深海棲艦になってるのはわかる、春雨を見てるからな…AIDAのせいでそうなってるのか?それとも深海棲艦になったからAIDAに感染したのか、どっちだ?」

 

「………AIDAが先…としかわからない…」

 

つまり、AIDAに感染した、そして気づけばその姿になった…深海棲艦はAIDA感染者が暴走した姿なのか?

 

「そんな事より…もっと他に話すべき事があるクマ」

 

「……だな……川内、お前は強いのか?」

 

「え?」

 

「どうなんだ?」

 

川内は、ずっと暗闇に怯えていた、その弱い自分と訣別するなら、今だ

 

「………強いよ、私は」

 

「神通、那珂…お前達が暗闇から護ってた弱い川内はもう居ない……」

 

「………知っています、だから…」

 

「だから、力が欲しかったのに…」

 

やっぱりそうか、コイツらは朔と同じ事を考えた…

 

「だったら大間違いだよ…!なんで…!」

 

「姉さんにはもう私達は要りません、私達より強くなって、私達が要らない…それを私達は受け入れられない…だから私達は…」

 

「…守ってやるだけが姉妹じゃねぇだろ…」

 

「提督に何がわかるの!?私達は強くなっていく川内姉さんにずっと置いていかれて…」

 

「川内がいつお前達を置いて行ったんだ、お前達は置いていかれたと勘違いしてるだけだ」

 

「………」

 

「……私には、2人が必要なんだよ…私が戦えなくなった時、守ってくれたのは2人だった、此処に連れてきてくれたのも、此処にきてから私を助けてくれたのも…!」

 

「…それは恩義であって…必要、ではないんですよ…」

 

「なあ、俺は兄妹なんて居ねえけど…なんでお前らは一緒に居ることの理由を探してるんだ?お前らは姉妹なんだろ?それだけで充分だろうが」

 

「…そんな訳…」

 

「神通、那珂、お前らは川内が嫌いか?嫌で離れたいなら川内の意見を無視して異動でもなんでもさせてやる」

 

「………そんな事は…」

 

「嫌いになったんじゃなくて…」

 

「じゃあ、別に離れなくていいだろ、なぁ、球磨」

 

「…何でこっちに振るクマ……はぁ…お互い拒絶してる訳じゃない…それがお互いの為を思っての行動の結果であるなら…別に離れる意味はない…と思うクマ…」

 

「だってよ、流石5人姉妹の長女だな」

 

「………」

 

「川内がお前らを軽んじたように見えたのか?それなら川内を殴り飛ばしてやればいいだろ」

 

「ちょっ」

 

「神通、那珂、お前らは川内の妹だろ?何でいつまでも姉に気を使ってるんだよ…妹なんだから、甘えればいいんじゃねぇのか?」

 

「………」

 

「…神通、那珂…」

 

「………」

 

「2人とも私いないと生活できないもんね」

 

「おい」

 

「いや、そっち方向に持っていかないでくれませんか?」

 

「那珂ちゃん心外なんだけど」

 

「今ちょっと軌道修正終わったとこだったのに何で脱線させるクマ…!」

 

「だった2人とも料理も洗濯も掃除も、何もできないんだし?」

 

「お前なぁ…!」

 

「ほら、せっかくご飯作っても2人分余るじゃん…掃除の時間とか、洗濯の時間もね…だからさ…帰ってきてよ、私1人じゃ寂しいからさ……」

 

「………那珂ちゃん、もっと濃い味付けがいい」

 

「私の本棚の配置を勝手に変えないでくれるなら……」

 

「………クマぁ…」

 

「やめとけ、本人達なりの妥協点を作る事で帰ってやる、と言う形にしたいんだろ……と言うか今下手に拗らせたら俺ももう我慢できねぇ…」

 

「………明日から疲れるクマ…もうすでに疲れてるのに……」

 

「…万事解決、は…先の話だろうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

暗い…

私の視覚は光を感知してる

 

私の脳は……働いてる…?

 

「東雲、務めだ」

 

「はい」

 

涙が流れる、止める事もできない

悔しさや、悲しさに私の心は反応してしまう

 

確かに私は死んでいるのだ、死んでしまったのだ

 

なぜ私はものを思う事ができる?

 

確かに、あのマフラーを焼いた時…私の心は…完全に…

 

そう、私は、マフラーを、焼いた

提督が用意してくれたものを焼いた、私が壊した

 

私が壊してしまったんだ

 

脳に伝達される触覚、味覚、視覚、聴覚、嗅覚…

全てが伝達される、嫌がろうが何だろうが…

 

汚物を処理すれば鼻の曲がりそうな臭いを嫌な顔一つできずに鼻呼吸で受け入れなくてはならない

 

犬の餌を出されれば私の体は疑問を持たずに食さねばならない

 

見たくないものを見ながら、引き金を引かねばならない…

 

触れたくないものを…触れなければならない…

 

聞きたくない命令や計画を聞かされ………肯定しなくてはならない…

 

私は、此処のそこまで私である事を失った

 

体の全てを失った

 

「涙だけが流れるとは、中々面白かったな」

 

「ありがとうございます」

 

やめろ、そんな言葉を発するな

私の口はそんな奴に……

 

吐き出す事もできない

暴言一つ吐けない

 

全身をかきむしりたい、この身体を…消し去りたい

 

私は全ての感覚へ抗う術な受け入れ続けなくてはならない

 

私の意思は…体のどこへともいく事がない、ただ、頭の中に埋め込まれたチップが…意思や、考えなんか無視して…

 

「提督、東雲をお連れしました」

 

「呼んだ覚えはないが?」

 

「少し気になりまして…ベロニカ様が庇う勇者について…この子の口から話したい事があるそうです」

 

「ほぉ…!」

 

やめろ…やめろ…!

 

「倉持海斗は、大本営に火野拓海を殺されたと思っており、強い憎悪を抱いております、そして前々から叛逆的姿勢、報告書の改竄を何度も行なっております」

 

ああぁぁぁぁぁ!!やめろ!やめて!もうやめて!

喋らないで!お願いだから!

 

「成る程な、細かい聴取は大和、貴様が行え」

 

「わかりました………では、その様に」

 

ダメ、やめて…もう、これ以上は…いや、すでにもう遅い…

 

私が…提督を……殺すんだ…

 

 

 

「さあ、詳しくお話を聞かせてください」

 

「大きい改竄から」

 

わかる、それだけはダメ…

それだけは言わないで…

 

「あそこには暁型駆逐艦、暁、響、雷、青葉型巡洋艦、青葉、衣笠、夕張型巡洋艦、夕張、以上6名が隠れています」

 

ダメなのに…私の意思を無視して、記録だけが口から出ていく

私は全て、話す、拒む事も、死ぬ事もできずに

 

「…それは…横須賀の…?」

 

「はい、逃亡して来たようです、それと前々から報告していた北上は全く使えない存在になってしまいました、こちらは碑文使いという存在との交戦による結果とされています」

 

………もう、全て…終わりなの……?

私は…私には…なにが残さ、どう…あれ…?

 

私って、何だっけ…

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「………最近、沈んだ表情ですね」

 

「…まあね、何か報せ?」

 

「はい、こちら…パーティーの招待状です」

 

「…パーティー?」

 

ヴェロニカ・ベインからの…

ベイクトンホテルへの招待状は…波乱を呼ぶ気がした

 

「………これ、他のところにも届いてるみたいだね」

 

「他って言うと…?」

 

「呉、佐世保、舞鶴、横須賀…あとは新鋭の施設も幾つか…海軍との関わりを隠すつもりもないらしいね………艦娘を3名連れてこいってさ…」

 

「………提督」

 

「わかってる、これに主力メンバーを連れていくつもりはないよ…でも…誰を連れて行こうか」

 

「…天龍さんはどうですか?礼儀正しい方なので…」

 

「うん、問題は無い、と思うよ…あとは…」

 

2人、思い浮かんだけど…

 

「………その2人でいいと思いますよ、きっと」

 

「……うん、じゃあそうするよ、曙と北上を連れていく…摩耶と阿武隈を泊地に残すローテーションにしてね」

 

「わかってます」

 

「………それと…念には念を…かな」

 

ヘルバを頼る…しか、ないか……

 

 

 

 

 

 

 

 

舞鶴鎮守府

提督 徳岡純一郎

 

「へぇ〜…って、簡単に受け入れる訳にはいかねぇ…んだ、けど…なぁ…や、弥生?戻ってこーい?」

 

「………や…です…お願い、します…」

 

「お願いします、僕を此処に置いてください」

 

「……どうしろってんだ、俺に…」



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侵食汚染

佐世保鎮守府

提督 渡会一詞

 

「………タイミングが悪すぎる…」

 

「うん、うち応接室が一つしかないから両方そこにいるんだよね」

 

「……瑞鶴…今後は不知火に一挙手一投足確認を取れ…!」

 

「べー!だ、瑞鶴を放置した罰だもんね!」

 

そう言って瑞鶴は逃げて行った

 

「………仕方ない、瑞鳳は…」

 

瑞鳳を捕まえ、応接室に向かう

 

「………呉と宿毛湾…両方か…」

 

「………私はどうすれば…」

 

「宿毛湾に謝りながら呉に怒れ…」

 

もう、面倒になって来た

 

 

 

「…渡会さん、急にすいません」

 

「………いえ」

 

倉持海斗…寛大な対応をしてもらっている以上こちらは強く出られない

そして、それが目の前に居る以上…呉にも強くは出難いな

 

「こっちも急に申し訳ありません、昨日、件の暴走した神通を確保しました、現在は治療中ですので本人は連れては来られませんでしたが」

 

三崎亮の方は一度話しただけだが…此処まで丁寧な物言いをしていただろうか…

 

「そうですか、申し訳ないですがあまり時間がありません、話を済ませましょう」

 

「…では先に」

 

倉持の方からか、こっちの応対には気を使う必要がある分、苦しい物があるな

 

「………うちで秘密裏に保護している艦娘を暫く預かってもらいたいんです、長くて一週間程」

 

「…どう言うことかお伺いしても?」

 

「……あまり深くは聞かないでくださるとありがたいのですが…」

 

そう言われては何も返せないか

 

「…すいません、貴方のことはヘルバから聞きましたので、受け入れてくれるだろう、と」

 

「……ヘルバ?…ヘルバだと!?」

 

つまり…黒のビトの上の人間…

 

「…ヘルバと何かありましたか?」

 

「……クソッ…」

 

倉持海斗は何も知らない、のか?

どうなっている…

 

「……ちょっと失礼します」

 

倉持は確認の為だろう、携帯を握ったまま外に出て行った

となれば…先に話を進めておくべきか

 

「…先の一件では…うちの艦隊の三分の一が潰されました」

 

「それについては、誠に申し訳ありませんでした」

 

「…その神通の処分はどうされるのですか」

 

「…こちらの判断で加えるより、そちら側による制裁の方が納得していただけるかと思い、まだ何も」

 

「………」

 

面倒だな…

 

「瑞鳳、お前に一任する」

 

「……わかりました、では、再戦させてください、あの神通と」

 

「…何?本気か?」

 

まさかそんな事を望むとは

 

「…それで良いのならば、此方は幾らでも用意します」

 

「……一度だけで結構です、負けたままは性に合わない物で、提督、かまいませんか」

 

「……好きにしろ」

 

足柄や那智は怒るだろうか…

いや、あれでかなり理解ある方だし、結果的に鎮守府の盾となっている瑞鳳の意思を尊重するだろう

 

…これは意思というのか?願望に近い気もするが

 

「それで良いですか」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

「お待たせしてすいません」

 

「…貴方は、ヘルバの何なのですか」

 

「……仲間です、ただし、月の樹とは関係ありません」

 

「月の樹…」

 

「関係ない仲間というのは気になりますが」

 

「…正確には確かに何度も手を借りています、自分自身、ヘルバを大事な仲間だと考えています…ですが、今回の手段は…とても…」

 

…成る程、悪役とヒーロー役か?

 

「そうですか、ではどうされるつもりですか」

 

「…事情自体も聞いています、ご家族の安全の保証は継続します、確実に」

 

「…何…?」

 

結局人質のままか…?

 

「…その上で、必要な情報を月の樹に問い合わせられるように頼んでおきました」

 

月の樹、その情報網を使えるのだとすれば…此方としてもメリットは…非常に大きい…か

 

「…提督…迷わないでよ」

 

瑞鳳は…優しいやつだ、俺の家族を優先しろとそう言っている…しかし…

 

「この度は、不愉快な思いをさせて申し訳ありません、では、失礼します」

 

「…何?そっちの用件は」

 

「迷惑をかけた相手に頼み事をするほど図々しい事はできませんから…」

 

わからん、此処まで織り込み済みか?

だが、受けたとしても十分すぎる条件…

 

「それでは」

 

どうする…?

6名の艦娘の保護か…

 

「提督、もう帰っちゃったけど」

 

「何?」

 

気づけばその場には3人しかいなかった

 

「……あー、じゃあ、俺も…」

 

「あ、あぁ…ご、ご苦労様でした」

 

…向こうに何のメリットもない話になったが、それで良かったのか…?

 

「…わからんな」

 

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

「どうしたものかなぁ…」

 

『月の樹は?』

 

「ダメだと思うよ、内通者がいるかもって言われて佐世保を紹介された訳だし」

 

『どうしましょうか…でも、本当に必要なんですか?その行動』

 

「念には念を…さ、腕輪を盗めた事で向こうは強気に出てきてもおかしくない…前回の進入時に痕跡を見つけ、暁達がいる事を確信しても…何ら不思議じゃないよ」

 

『……どうしましょうか…』

 

「…ん?知らない番号だ…ごめん、明石、ちょっと別の電話がかかってきた」

 

『はーい』

 

「もしもし、どちら様ですか」

 

『渡会です、先程は気づいたら帰られてましたので』

 

「あー、すいません、時間がなかったもので」

 

『先程の件、受けさせていただきます』

 

「いや、そんな」

 

『貴方とヘルバは別の人間で、そのヘルバの責任を貴方が取る理由なんてありません』

 

「………そうですか」

 

『…あまり広い家じゃないですが、そっちならバレる心配もないでしょう』

 

「そ、そこまでしていただかなくても」

 

『…俺の自宅なので…まあ、なんです…子供がいるのでできれば行儀良くするようにとだけ…』

 

「もちろんです、全員落ち着いた人なので」

 

『………しかし、話せて光栄です、勇者カイト』

 

「……僕はもう勇者じゃありませんよ、でも、双星のアルビレオにそう呼んでいただけて光栄です」

 

『…オルカとバルムンクは?』

 

「元気にやってます、お気遣いいただき、ありがとうございます」

 

『……此方としては、借りを返し切れたつもりはないが…』

 

「むしろこっちが借りを作ったと思いましたけど」

 

『…貴方はそういう人らしい、倉持さん、それでは』

 

「ありがとうございます、また詳しい日取りを連絡します」

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 曙

 

「全体構え……撃て」

 

毎日、毎日毎日…同じことの繰り返し

私の心は、せっかく生き延びた私の心は死んでいく

 

「東雲さん、あの撃ち方を教えてください」

 

「…言語化に時間を要します、明日の訓練時までにまとめておきます」

 

「ありがとうございます!」

 

…コイツらもみんなそうなのか?

私同様、死んだ艦…?

 

いや、違うな、たまにあの部屋に入れられた時に聞かされる言葉から…おそらくまだ実験段階

 

私の意識が残ってるのも…失敗が原因か

 

死んでも問題ない、脳と誤認…

 

つまりAIチップ…AIにAIチップを組み込むなんてなかなか気の利いた事をしてくれるものだ…

 

「東雲、来い」

 

「はい」

 

………は、最悪の気分…

 

 

 

「へぇ、3人目は東雲か」

 

「問題ないでしょう、楽しみですねぇ?」

 

「2日後、宴席に出席する、用意をしておけ」

 

「かしこまりました」

 

…指の一本でも良い、動いて…

私の意思で…1分…いや、30秒…10秒でも良い…私の意思で動いてくれたのなら、何かを使って此処の情報全てを送り出すのに

 

私は…私は生きてるのか…?

人道的には?科学的には?生物的には?AI学的には?

 

私は、死んでいるのだろうか…

 

私の全てを知って、私を肯定してくれる人…この世にたった1人だけのあの人が…私の全て…

 

 

 

 

「お前の好みなど、全て細かく報告しろ」

 

…は?

 

「好みとは何の好みでしょうか」

 

き、気持ち悪い……

コイツ…今更私を知ってもうするつもりなんだ?

私の体が私のものなら鳥肌の一つもたったいたはずだろう…

 

「食事、装飾品、人、全てについて答えろ」

 

「はい、私は食事の好みは特にありません、不味いと感じるものでなければ何でも構いません、装飾品にもあまりこだわりや興味はありません…少し前に提督に頂いたマフラーとバッジは…大変惜しかったです」

 

…私の感情を語るな、私の心を…

私の事を…

 

「ほう、あれはやはり倉持海斗に貰ったものか、残念だったな、ハハハ」

 

「人の好みは…誠実であったり、真っ直ぐであることに好印象を抱きます、私に優しい人には特に」

 

やめろ、私は、そんなこと喋りたくなんか…

 

「それは倉持海斗のことを指すのか?」

 

「はい」

 

……私のこれは、恋愛感情と言って良いのだろうか

もしそうだとしたら、自惚れてるのだろう、私は…AIで……私は…提督には相応しくないのに…何で期待しちゃったんだろ、明石さんにはあんな事を言っておいて…

 

 

 

 

「これを纏え」

 

「はい」

 

チェックのマフラー…

くそっ、こんなものなんか欲しくない…

 

「よく似合ってるじゃないか、東雲」

 

「ありがとうございます」

 

やめろ、やめてくれ、私の口からこんな奴にそんな言葉をかけるのは

 

冬の寒さを凌ぐためだ、仕方ない

 

 

 

それから、元帥は急に優しい素振りを見せ続けた

 

目的はわかっている

 

 

別に気にすることはない、利用すればいい…

いや、何で言い聞かせてるんだ、やめてくれ

私の心を侵食しないでくれ…

 

芽生えて欲しくない、こんな感情…

 

この感情は存在しちゃいけない…

 

1人で、ただ涙を流すことしかできない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 曙(青)

 

「摩耶!まだまだ行くわよ!」

 

「来い!」

 

剣での打ち合い

と言っても、演習用に作ってもらった刃のないものだが

 

「ここで…こうッ!」

 

体を捻り、体制を変えながら、斬りかかる

 

「やぁぁぁッ!」

 

「クソッ!サマになってんじゃねぇか…だが…やらせねぇ!オラァッ!」

 

「このッ…!見せてあげるわ…!」

 

雷が身体を疾る

 

「雷舞!!」

 

雷を纏った斬撃

 

「クソが!ガンドライブ!」

 

「なっ!?うぅッ…こんなのたかが足と両腕が潰されただけなんだから…!」

 

「いや、お前それじゃ戦えないだろ」

 

 

 

 

「…やっぱりまだダメね」

 

「いや…真剣勝負なら厳しいかもな、召喚式の砲弾を組み込むんだろ?」

 

「うん、だけどベースがただの水じゃあね、流石に厳しいって嘆いてたわ」

 

「まあ、無理もないよな、でもできたら最高だろうぜ」

 

「……アイツには負けられないわ」

 

私は、私に勝つ必要がある

 

 

 

 

 

 

 

 

正規空母 赤城

 

「上々ね」

 

「……これ、果たして意味があるのでしょうか」

 

「私達には翔鶴さんのようなAIDAによる知覚増大すらない、私たちが最近活躍した覚えがありますか?」

 

「……活躍だけが生き甲斐ですか」

 

「………欲張りなんですよ、私は……」

 

「紋章砲…すこし、威力が落ちた気がします」

 

「……提督がくれた力も、どんどん薄まっていく、ということでしょうね」

 

「………私には、赤城さんの精神面の問題に見えるのですが…」

 

「加賀さんは手厳しいですね、ですが………私は、自分の力に頼ることにします…いつまでも借り物では…いけませんから」

 

「………」

 

「昨日見し人はいかにとおどろけど …なほ長き夜の夢にぞありける」

 

「……私達の生きた時間は、夢ではありませんよ」

 

「ええ、決してそうはさせません」

 

「我が背子は物な思ひそ事しあらば 、火にも水にも我がなけなくに」

 

「…知ってますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「………って事になった、いいな?」

 

「…良いなも何も無いですよ」

 

「まあ、神通が腕試しに襲った以上、これで済んだのは破格だ、ラッキーだった、として所持する他ねぇよ」

 

「……それより、これ、どうするんですか?」

 

「…………主力は残せ、その為に神通が負傷して動けないことにしてるんだ…ん、これ………予定変更だ、神通、川内を同行させる、他2名は大井、お前に任せる」

 

「…合計4名になりますけど?」

 

「神通は中には入れねぇ、仕事をさせる」

 

「はぁ…?」

 

「…招待状は海軍だけに送られた訳じゃ無いみたいだからな…流石に那珂は動かせねぇけど」

 

「…そもそもあの子まだ脚が生えてる途中じゃないですか…うっ……思い出したら…」

 

「やめろ、色々グロい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベイクトンホテル エントランス

重雷装巡洋艦 北上

 

「……大丈夫だ、僕は…全部に備えてる」

 

「…提督、大丈夫ですか…?」

 

「……不安なんでしょ、暁達が」

 

……最近、私の中でこの人を見る目が変わりつつある、この人は私達を軽んじる事なく…それどころか、自分の命より重いものとして見ている節がある

 

[何で私がこんなところに連れてこられたんですか?]

 

「………まあ、直感、かな…君はこっちにいたほうがいい気がした」

 

…喋れない私がこんなところにいたところで…晒し者にしかならないのに

 

 

煌びやかな世界に吸い込まれていく

一歩進むたびに豪華で、それでいて無駄のない装飾が私達を包んでいく

 

「………」

 

異様なまでに人がいない…

 

「これ、こんなに人がいないもんなの?」

 

「……曙、君の月給は大体のサラリーマンより高いと思う…だけど此処での一泊は君の3ヶ月より高いんだよ」

 

「………」

 

「さ、さささ流石に冗談でしょ?だ、だだだだ騙されないんだから!」

 

ネット検索をかけ、レビューサイトを閲覧する

 

…一泊7桁か…最低価格は…6桁後半…

 

「何見てん………」

 

「あの、提督、曙さんが固まりました…」

 

「………まあ、うん、わざわざ正装を用意した訳がわかったと思うけど…」

 

「………」

 

「……必要なら、躊躇わないで」

 

「…わ、わかってます」

 

「………本気…え?これ必要になるの……?」

 

ただ、頷いた

 

コレすらも…私達のためを思ってと言われれば、信じる他なかったのだから

 

 

 

 

「この先だね、ボディチェックを受けるかもしれないけど、暴れないでね」

 

「……」

 

「失礼します、ボディチェックをさせていただきます」

 

黒人のガードか…

 

「お久しぶりです、スティーブさん、女性のガードの方はいませんか?」

 

「……名前を覚えていただけて光栄です、日本人は皆物覚えが悪いのかと、そちらの女性の方は杖だけ預からせていただければ結構です」

 

「名札がついてますからね、杖なんですが、あの通り、歩くこともままならないので杖をついているんです、チェックしても構わないので持ち込ませてくれませんか?」

 

「確認してまいります」

 

「……随分と親しそうね」

 

「そんなことないさ」

 

 

 

「杖の方、此方で用意したラバー加工の物になりますが、こちらでしたらお使いになってくださって構いません」

 

「北上、問題ないかな」

 

頷く

 

「ありがとう、スティーブさん、ところで携帯は良いんですか?録音機器とか」

 

「今回は公の場と言うことになっております、構いません」

 

…成る程

 

「さ、早くいきましょ」

 

「どうも、それじゃあ」

 

「お気をつけて」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 弥生

 

「提督、来たよ」

 

「…勇者サマが3着か、さて……ん?島風は?」

 

「…もう行ってるよ」

 

「……俺たちも行くかね…って五月雨はどこいきやがった」

 

「……また迷子…?」

 

「人選間違えたかな…」

 

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 龍田

 

「ねぇ、提督〜?」

 

「なんだ」

 

「あっち」

 

宿毛湾泊地御一行様、の中の1人…白いドレスが似合ってるし、眼帯もない…まるで艦娘とは思えないけど…

 

「思うところが?」

 

「姉妹艦だもの〜」

 

「……行くか、瑞鳳、不知火」

 

「はい」

 

「了解いたしました」

 

……あら、あの子…

 

「危ないオモチャなんて持っちゃって…うふふふふ〜♪」

 

「………えらく上機嫌だな」

 

「槍がないんですもの、ここじゃ誰ともやり合えませんからね〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 北上

 

「師匠、その後如何でしょう」

 

「…!……!」

 

ピンク色の髪の人に詰め寄られて慌てふためくことしかできない、手帳に文字を書くにも…射殺さんという目に動けない…

 

「失礼します、陽炎型の不知火さん…ですよね……北上さんは喋ることができないので…もう少し、落ち着かせてあげてくれませんか…?」

 

「…そうでしたね、失礼しました…」

 

[貴方については色々と伺ってます、私にはもう何の力もありませんが、仲良くしてくだされば幸いです]

 

「…勿論です、聞いてください、私、ちゃんとマスターしました、あの撃ち方を…今なら、たとえ何を持ったとしても、それが自分の艤装でなくても、初めて扱う銃座でも、何であろうと…私は、あなたの教えの通りに…扱ってみせますから…!」

 

強い意志を感じる

この人も、私に憧れてたんだろうか

 

「…北上……さん…」

 

「……!」

 

「師匠、何をしてるんですか、頭をあげてください」

 

無意識に頭を下げてしまった

なんでだろう、私は…全身から冷や汗が噴き出す

 

「……私は…もう、わかってるから…もう、気にしてないから…」

 

「瑞鳳ちゃ〜ん?」

 

気にしてない、その一言で、重く、重く沈んだ心が少し、楽になった気がする…

 

「…違うの…私は、全部の記憶を奪ったつもりだった、奪うつもりだった…だけど、知りたくなかった事実に…私は無意識にストップをかけてしまってた………ゆっくりと受け入れていく中で、あなたの心が、足りないことに……私は…あなたに、負の感情だけを残してしまった…ごめんなさい…本当に…ごめんなさい…」

 

「……!…!」

 

首を振って、大きく口を開けて、声を、出したいのに…

私の声は…誰にも届かない、僅かな、小さな声しかでない…

私こそごめんなさい、それだけ、過去の私の、心残りを…

 

「……ごめんなさい、北上さん…ちゃんと…わかるから…ありがとう…」

 

「……!」

 

伝わった……?

私の声が、届いたの…?

 

「わかるよ……私は、わかるから…」

 

ようやく、救われた……

そんな気が…する……

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

「倉持君」

 

「…これは、元帥、ご無沙汰しています」

 

…着任の時以来か…会いたくはなかったな…

 

「少し話がある、1人で来てくれるかね」

 

「……わかりました」

 

僕が案内された部屋は、個室ではなく、いつかのバーだった

そして、その部屋には…あの時同様に、悪魔が鎮座していた

 

「暫くぶりね、カイトクン?」

 

「会長、知り合いでしたか」

 

「……」

 

ヴェロニカ・ベイン…

そして、帝国海軍、元帥…

 

こんなメンバーで…何の話をするつもりだ?

 

「話というのは、腕輪についてだ」

 

「…腕輪はもう僕の手元には一つも残っていませんが」

 

「そうかな、まあ知っているが……君のところから腕輪を持ち出したのはウチの部隊だからな」

 

「………」

 

何故誇らしげにそれを語るのか、よくわからないけど…

 

「…何が言いたいんでしょうか」

 

「随分と腕輪に対して関心がないように見えるな、君にとってあれはモノかね」

 

「…モノでしょう、腕輪は、力でしかない…」

 

…質問の意味がわからない

 

「たとえ人の形をしていても?」

 

「…仰ってる意味が分かりかねます」

 

「……まあ良い、そうだ、貴様らの鎮守府より来た東雲だが」

 

「…曙です」

 

「本人がそう名乗っているのだから仕方あるまい、アイツは優秀だ、我々の艦隊でもトップクラスにな」

 

……何故今曙の話を持ち出した…?

 

「あまりにも優秀すぎて、怖いモノでなぁ…制御下に置かせてもらった」

 

「…制御下…?」

 

何だろう、すごく、嫌な感じが…

 

「あれはもはや艦娘とすら呼べんな、ただの機械と化した、実にいい貰い物をしたものだ」

 

「…何を…!……曙に…何を…!?」

 

コイツらは…仲間を、友達を…どれだけ奪えば気が済むんだ…?

曙はどうなった…?わからない…どうなったんだ…?

 

「まあ、簡単に言えば、殺した、そして脳にチップを埋め込み……おい、貴様…その手を離せ」

 

元帥の胸ぐらを掴み、引き寄せる

 

殺した?殺しただって?

頭をよぎってはいた、さっきから…

 

許せない、許される訳がない、そんな行為が…

 

「殺したとは言っても、正常な活動はしている、あとでいくらでも会わせてやろう…それとも、貴様の泊地の全員をそうしてやろうか?」

 

「……ッ〜〜!」

 

僕にできることは…何一つ、ないのか?戦うと決めたのに…守られる事しかできず、そして…仇すら討てず…

 

ただ、座り込むしかなかった

 

「さて、次だ、暁型駆逐艦、暁、響、雷、青葉型重巡洋艦、青葉、衣笠、夕張型軽巡洋艦、夕張、この6名が泊地にいるな、差し出せ」

 

「……居ません…」

 

「嘘を言う必要はない、東雲から確認を取った」

 

「…本当に、居ません」

 

「貴様、私の言うことが聞けんのか?さっきどうなるかは言ったはずだが」

 

「……本当に…居ません」

 

「……ふむ、まあ、どのみち今頃泊地を改めているはずだ…その報告によっては、わかっているな」

 

「…はい…」

 

「……話は終わったのかしら?」

 

「ええ、会長、お待たせしました」

 

「……フフフ…カイト、アナタ…ワタシの下に来ない?」

 

…コイツの、下に?

 

「会長もモノ好きだ」

 

「お断りします」

 

「…あら、残念ね…」

 

何でコイツと居ると、こんなに不快な感情が…

 

違う…この感じ……

 

「…………モル…ガナ……?」

 

「あら?」

 

「何だ、それは」

 

「………そう、だったのか…モルガナは…」

 

違和感はあった、あまりにもAIらしくない憎悪の塊となったモルガナ、それをコントロールしてる何かがいたとしたら…?

 

「あら、気づいちゃったの、勇者の勘ってトコかしら?」

 

ヴェロニカ・ベインはその顔を醜悪に歪めて笑う

 

「せっかく、ワタシの側でじっくりと教えてあげようと思ったのに」

 

…立ち上がれない

 

体に、力が…入らなかった…

 

コイツは…つまり……殺さなければならない相手…コイツさえ…居なければ…全てが…起きなかった

 

 

 

 

 

 

「提督、お顔が優れませんが…」

 

「………ごめん…僕、ちょっと…」

 

「……」

 

戻って、迎えてくれた3人が…僕には…どう見えてるんだろう…3人の首に、刃を突き立てられてるような錯覚に陥る

 

いや、それでは済まない…

泊地の全員…それどころか、下手をすれば…晶良や…ヤスヒコ達も…

 

……世界を滅ぼせば、みんな死ぬ…僕が殺すのに…

 

だと言うのに…みんなが死ぬことに耐えきれない…

 

「………クソ…!」

 

あたっては駄目だ

覚悟しろ…

 

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

「……何があったんだ、あいつ」

 

「……すごい顔してるね…今にも死にそうな…殺しそうな…」

 

「…俺、来るんじゃなかったかなぁ…」

 

「似合ってるわよ、眼帯も外す?」

 

「…やめてくれよ」

 

馬鹿やってる奴らを置いてカイトに近寄る

 

「よう、暗いじゃねぇか」

 

「………そうかもね」

 

「…何があった」

 

「………悪魔に会った、僕は、漸く…気づいてしまった…」

 

「何を言ってるんだ…?」

 

会場の扉が開く、全員の視線がそちらに集まる

 

「来てくれてありがとう、ワタシが主催者のヴェロニカ・ベインよ」

 

…アイツは…この感じ、間違える訳がない…アイツだ…

川内がこっちに視線を送ってくる、アイツも何かを感じとってるか

 

……カイト…?

 

「今日この会を開いたのは、アナタ達にCC社と海軍の関係について理解してもらう為…アナタ達日本海軍はCC社に養われている、そこのところを理解してもらいたくてね」

 

「…なんだと…?」

 

川内がそろりと近づいてくる

 

「…提督…神通から無線、やっぱり居たみたいだよ、狙撃手」

 

「………やれ」

 

「すでに仕留めてるよ…誰を狙ってるのか、今口を割らせてるところ」

 

「そうか、気取られるな……しかし…もはやコレはただの会じゃねぇな…邪魔者を消す処刑場…と考えるべきか」

 

「………間違いないね、狙撃手も口内の毒を服用して自殺したってさ」

 

「…迷いがねぇな、1人じゃない」

 

「……那珂も連れてくるべきだったよ…絶対」

 

「………かもな、だが呉にも盾が必要だ…それにアイツは陸上では動けねぇし」

 

「……あたしも行こうか?」

 

「…いや、備えておけ」

 

「了解」



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対応

ベイクトンホテル 会場

駆逐艦 弥生

 

「……敵がいる…」

 

「………マジかよ…ここは陸だぞ?」

 

…司令官は、守る…

 

「五月雨」

 

「え、あ、はい、なんですか?弥生さん」

 

「…自分で、身を守ってね」

 

「え?」

 

 

 

提督 渡会一詞

 

「このグラフの通り、アナタ達への支援金はCC社が出しているわ」

 

「…知らなかったな」

 

「……提督、CC社ってたしか提督の古巣だよね…」

 

「…知るか、俺は俺の正義のために生きている」

 

「……司令官、瑞鶴さんが交戦したと」

 

「………チッ…」

 

瑞鶴には、鎮守府を離れ、自宅をガードしてもらっていたが…狙われた?狙いはどっちだ…?

 

「………此処を離れたらどうなると思う」

 

「明日の司令官は別の人に置き換わっているでしょう…そして、前任は…塀の中か…墓の中か」

 

「墓は違うわ〜、寝台に横たわって通夜をして、葬儀、その後火葬だもの〜」

 

…嫌な気分になるな

 

「………此処も危険です…銃を持ち込んでる人間が…壁の向こうにいる……北側の窓上3、南窓上5……体に硝煙の匂いと、血の匂いが染み付いてる……職業軍人…手練れです」

 

「……瑞鳳、今回はお前しかいないぞ」

 

「……わかってる…私が守る」

 

 

 

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 北上

 

「つまり、我々海軍はCC社の傘下に収まる事になる」

 

「……何それ、訳わかんないわ」

 

「…仮にも、一国の…軍事力が……別の国の会社の指揮下にだなんて……」

 

…私にはよくわからない

どうなるんだろう…

 

「………」

 

暗い顔…

 

提督の袖を掴む

 

「……ごめん、北上も…不安…なんだよね……」

 

違う…そうだけど違うんです…

 

[私は、貴方の事が心配です]

 

「…ありがとう……だけど、君達は、自分の事を気にして欲しい…僕は、大丈夫だから」

 

壊れそうな心が見えるような、今にも砕けそうな…

ヒビの入った硝子の様な…

 

砕けた硝子は…地に落ち、踏み躙られるだけ…

いや、その鋭さは…誰でも傷つける凶器にもなる…

 

「………」

 

「…北上、心配しないで、僕が守るから」

 

守る…?

守るって何…?

 

「任せておいて」

 

やめてください、貴方は、自分を殺そうとしてる

一つヒビが入った硝子は…とても脆い…

 

今の貴方は…指先一つ触れただけで、割れて砕けるのに……どうしてそんなに、私たちを庇おうとするの…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

「…何?」

 

「ナブってトコの奴らも居るらしいんだよ…よくわかんないけど、ここには…」

 

「………狙撃手がそうか?」

 

「うん、拘束した瞬間に歯を全部抜いて毒薬も確保したから自殺もできない、喋るしかないね」

 

「…事実なのか?」

 

「私は事実だと思うよ」

 

「………此処は思ったより、ヤバいトコらしいな」

 

「料理に手を出さなくてよかったねぇ」

 

「……料理上手が多い職場で助かるぜ…ったく」

 

NABとCC社の戦争か

それに巻き込まれた形になるのか?

 

「碑文の力は…陸上でも使える、AIDAも同様にね…大井と木曽がいて良かったよ…私1人じゃ守りながら突破は苦しい」

 

「…馬鹿言え、俺がお前らを守ってやるんだよ」

 

「…頼もしいねぇ…」

 

「……しっかし、くだんねぇ話しかしねぇな、あのオッサン」

 

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

「それと、最新鋭の艦娘のプロトタイプを紹介しよう」

 

最新鋭の…艦娘…?

どう言う意味だ…?プロトタイプ…?

 

元帥の声に導かれる様に、3人の艦娘が、壇上に上がった

その中には、曙も…居た…

 

「………っ…」

 

殺した、と言っていた…

ならばあの曙は…どうなってるんだろう…

 

「最新鋭って…アイツうちから引き抜かれただけじゃない」

 

「………提督、提督が用意してたマフラーはたしか…白でしたよね…?」

 

[私が編んだやつ、気に入らなかったのかな]

 

「…そんなこと…無いと思うよ…」

 

あのマフラーは元々北上が趣味として編んでいたものだった、あの別れの日、明石の作ったバッジと一緒に寝袋に詰めておいたけど…そのマフラーは、どうなったのか…考えたく無いな

 

「この3名は従来の艦娘とは違う、脳にAIチップを埋め込み、演算能力を飛躍的に向上させた」

 

「…どう言う意味?ねぇ、クソ提と…く……?」

 

…そう言う意味か、だとしたらもう意識もないのか…?本当に…死んだ、機械になった…のか…?

 

「…提督、大丈夫ですか…?やはり顔色が優れませんが…」

 

[休んだ方がいいと思います、此処しばらくまともに休んでないはずです]

 

「………いや、気にしないで」

 

曙はこちらを見ることもしない

 

「このグラフを見てほしい、この東雲はわずか1ヶ月ほど前に着任したが、この通り、この日を境に飛躍的に戦果が伸びている」

 

1週間も経っていない段階で、殺したのか…

手に力が入る、許せない

 

…いや、向こうは許しを乞うことはしないだろう見下す様に、笑われるだけか…

 

いつか必ず、仇は討つ、討たなくてはならない

 

「この様に実に有用なシステムだ、後々君らの艦隊にも採用してもらうつもりだ」

 

「っ!!」

 

どのみち、そうするつもりか…!

 

「ああ、その才能を見せておかねば不安か、東雲」

 

「はい」

 

 

「…アイツ、間違い無いよね」

 

「あの曙は…宿毛湾の…」

 

「………あの化け物みたいな奴だな」

 

 

「この東雲は、宿毛湾から移籍してきた、以前の提督に忠誠を誓っていたのだろう…行ってこい」

 

曙が近づいてくる、恐ろしさすら感じられる目で、こちらを見ながら

 

「………」

 

声が出ない、なにを言えばいいんだ、どうすればいいんだ?

今を逃せば、取り返せないかもしれないのに…

 

「……退いていただけますか」

 

「…自分から出て行った癖に、随分と調子に乗ってるわね?」

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

…そう、それでいい

アンタだけが頼りなのよ…

アンタにしか、任せられないの…

 

私の身体は、もう私の意思では動かない、元帥が何をさせようとしてるかも大体想像がつく…

 

殴って…いや、殺してでも私を止めて

 

「私は命令で倉持さんの前まで行かねばなりません、退いてください」

 

「……退かしてみなさいよ」

 

「提督」

 

「構わん」

 

…信じてるわよ、アンタなら…

 

「曙、やめるんだ」

 

「…黙ってなさい、クソ提督」

 

…提督、お願いですから…今は私の前から…

 

「………戦っちゃいけない」

 

「……なんでよ、コイツは…!」

 

曙を、退かせて、私の前に立つ…

 

「…曙は…もう既に死んでるんだ…」

 

小さくそう呟いた、聞こえるかも怪しいほどの小さな声で

 

私は…死んでなんか…

 

提督…私は、生きて、ます…よ…?

 

私は、曙はここにいます…生きてます…

 

なんで、私は死んでなんか…

 

受け入れて、欲しかった、のに……

 

私は、涙を流し、そのまま提督に殴りかかって

倒れた提督に馬乗りになって、殴りつけて

 

 

いやだ…

 

ダメ……

 

…こないで……

 

私は、ただ、受け入れて欲しかっただけなのに…

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

「おい!止めろ!」

 

「わかってます!」

 

大井達を向かわせ、川内を離脱させる

宿毛湾の奴らは…戦艦が抑えてやがる…

このままじゃ嬲り殺しだ…

何のつもりだ、コレは…なんのショーだ…

 

処刑されるのは…カイトだった、それだけの筈が…なんだ?この悪寒は…

 

「邪魔をするな、東雲、一度やめ」

 

元帥の一声で殴るのをやめた、か…まるで機械…

 

此処で動くのは悪戯にヘイトを買うだけだ、大井も木曾も動いていない、様子を見るしかない

 

「倉持君、君の持っているオリジンを渡せ…それで今日は勘弁してやろう」

 

「……オリジン…?……アウ、ラ……」

 

アウラは…朝潮に取り憑き、ネットに帰った

カイトが持っている訳がない…

どういう事だ…?

 

何を確信して、カイトを痛めつけている…それともただの見せしめなのか?

 

「倉持君、我々は君がオリジンのセグメントを保有してる事を知っている、早く出したまえ」

 

「…持って、ない…」

 

「……まだ抵抗するかね」

 

あっちのメンツは…非戦闘員がいる上に軽巡と駆逐…戦艦2に勝ち目はないのがわかってる…隙を伺ってるな…

 

「……神通、狙撃しろ」

 

無線に声を通す

 

狙いは、元帥でも…戦艦でも、東雲でもいい…

隙さえあればアイツらは自分で逃げ出す筈だ

 

「……」

 

東雲が何かを取り出す

 

「拳銃…?」

 

『…ダメです、狙われてて動けません、当たっても死にはしませんが、恐らく…』

 

スナイパーライフルの射程で撃ち上げて当てる…?

アレなら本当にやりそうで恐ろしいな

 

「刃向かったものは陸軍戦力を各鎮守府にけしかける、邪魔をするなよ」

  

どうする…別にそんなもんに怯えることはねぇが…一気に犯罪者になるという宣告でもある…

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

嘘、嘘だ、こんなこと、夢だ

 

私が、こんな事を

 

嫌だ、やめて、誰か、コイツを引き離して

 

「倉持君、早いところオリジンを差し出せ、今日はそれで勘弁してやると言ったのだ」

 

巫山戯るな、オリジンは核の発射スイッチと何ら変わらない、腕環を生み出す事も容易になる

 

…貴方が、持って良いものじゃない…

 

「オリジンなんて、持ってない…」

 

「埒があかんな…もう一発みまってやれ」

 

その言葉に、私の意思を無視して身体が動く

 

「せっかくの会が白けるではないか、早く言わんか」

 

「………」

 

「…だんまりか、ならば趣向を変えよう、綾波」

 

物陰から綾波が出てくる、というか、居たのか、アイツ…

 

「あら、この会は3名までの随伴しか許してないけど」

 

「パーティーが好きな奴でしてね、勝手に来ていましたよ」

 

何かを…スマホ…?

なぜスマホを持って近寄ってくる…?

 

何でそんな顔を…やめて、アンタのその顔は最悪の気分になるから…

 

「東雲ちゃ〜ん、いいもの聴かせてあげる」

 

…チップの出力を上げる音波とか、か…?

 

私の耳元で音声を流す

 

『随分と、東雲、に対して関心がないように見えるな、君にとってあれはモノかね』

 

元帥の声……?

 

『…モノでしょう、曙、は、力でしかない…』

 

……え…?

提督…?

 

『たとえ人の形をしていても?』

 

『…仰ってる意味が分かりかねます』

 

……

 

「……あっ…ぁがっ…!」

 

私の手は、提督の首を絞めていて

 

あれ、私は…

 

…違う、提督…提督……?

 

「……私は誰を信じたらいいんですか…?」

 

久しぶりに、自分の口から発せられた言葉と同時に、体温がどんどん冷めていって

 

「…もう、何もわからない…!」

 

世界が音を立てて壊れていく

 

「碑文…!?」

 

「碑文使いだったのか!クソ!戦闘用意!」

 

碑文…?

 

ああ、コレが私の…

 

アハっ…アハハハハハッ!……もう、全部壊してしまえ…私は

 

『来たれ…再誕………コルベニク!!』

 

「うおォォォッ!』

 

「やるしかないわね…!』

 

「出てきて…タルヴォス!』

 

「何よこれ…!?これ全部敵な訳…!?」

 

『私達と瑞鳳さんは味方って事でいいのよね…!?』

 

『勿論です…!』

 

『……アハっ…!』

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙(青)

 

何これ…世界が蒼い…

私も宙に浮いたまま…

 

天龍は…?あのクソッタレな元帥も、目の前にいた大和型も、どこに消えたの…?

 

あの大きな八相が…八相同士で…戦ってて…

 

私はどうすれば良いの…!?

 

『波状攻撃を仕掛けます!』

 

『わかってるわ!』

 

『クソッ!せめてまともな武器でもあればな…!コイツで我慢しろよ!』

 

巨大なレーザーが青い巨人を焼く

 

『はぁぁぁッ!』

 

私には、腕輪の力があるだけ…なのに

私は、どうすれば…いいの…?

 

大井も木曾も…いつの間にか、AIDAの力を手に入れてる…

此処に浮かんでるのは、みんなそんな能力を持った奴だけ…?

腕輪、AIDA、八相…それらに適合しないとこの世界には居られない…?

 

だとしたら北上は何で此処に…?

 

「北上、アンタなんで此処にいられるの…?」

 

分からないということか、首を振っている

状況把握が早い様で助かるけど…そんな事を言ってる場合じゃない

 

『ぐッ!?』

 

『なにこれ…強すぎる…!』

 

『このままじゃやられる…!』

 

3人係でも押されてる…

 

「……やるしかねぇな……いいぜ…来い、来いよ……俺は、ここにいる!スケェェェェィス!』

 

呉の提督も…使えるのか…

 

どうすれば、いいの…?私は…

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 弥生

 

眼前で繰り広げられてる戦いは互角に見える

4対1?そんな事相手にとっては関係ないと言わんばかり…

あの黒いヤツが一番強い…一番小さい碑文なのに…青いヤツを殆ど一人で相手に取ってる…

 

「……」

 

放っておけば、司令官も、五月雨も、島風も危ない…

使うつもりはなかったかど…

 

…島風…?

 

「オゥッ!?なんか飛んできてるー?!」

 

「……ジョーカー…ってやつ…?」

 

「や、弥生ちゃん!ど、どうなってるの!?」

 

「……わからない…良いけど」

 

「良くないよぉー!?」

 

「…うるさい……マハ』

 

チューリップをひっくり返した様なスカートに猫人の上半身の碑文

 

コレが私のマハ

 

「や、弥生ちゃん!?」

 

『うるさい…怒るよ?』

 

データドレインを展開する

 

「…データ、ドレイン…!?」

 

『コレが…必要なんでしょ…?」

 

海水を生み出す

 

「びゃっ!?……あれっ…?これなら…!」

 

……思ってるより、恐ろしいものを持ってるみたいだね

 

「いっちゃうよぉ〜!!」

 

『弥生、出撃します』

 

 

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

『マハだと…!?』

 

エンデュランスの碑文のはずだ、何故…誰が使ってやがる…!?

 

『これでどう?』

 

「6対1!てりゃぁぁぁッ!」

 

『…新たな碑文使い…!?』

 

『何だあの装備!?AIDAも無しに…!』

 

『碑文使いですらないのに…疾いッ!』

 

一気に戦局が傾いた、とにかく今は押し切るしかねぇ…

 

『…一気に決めるぞ…!』

 

コルベニク…最強の碑文

データドレインを使おうが、どれだけ斬り刻もうが

どうやって殺そうが…

 

何度倒しても再誕する碑文

 

だから、ここで全力で、斃す

 

コルベニクの真上に飛び上がる

 

『タルヴォス…行くよ!』

 

『木曾!合わせなさい!』

 

『わかってるよ!アルゴンレーザーをお見舞いしてやるぜ!』

 

『追い詰めます』

 

「一緒に行くよ!」

 

『…覚悟はできたか…!堕ちろォッ!!』

 

同時攻撃…

威力は充分、手応えもある…

 

『…仕留めたな…」

 

コルベニクの作り出した世界が、崩れていく

 

「…ッあッ…!」

 

東雲は綾波にぶつかり、2人まとめて吹っ飛ばされたな

 

「何が…起きた…の…!?」

 

「これは…!?」

 

「島風!何でお前ずぶ濡れなんだ!?」

 

混乱が起きてるか…よし、全員碑文もAIDAも納めてるな…あの駆逐艦…かなり鋭い動きをしてた…

アイツは只者じゃねぇ…いつから碑文を発現してたんだ…?

 

「……ッ!伏せろ!!」

 

窓を蹴破り、銃を持った奴らが入り込んでくる

川内は間に合わなかったか…!

 

「ふッ!」

 

「あらあら〜、おいたはダメよ〜?」

 

速ぇ…佐世保の奴らか…

陸戦まで仕込まれてるな、あの動き…

 

「北側3名制圧した!南は!」

 

「ダメです!間に合いません!」

 

銃声

テーブルを盾に隠れるのが限界か

 

「クソッ、川内!!」

 

「遅くなってごめん!ヤバいよここ!」

 

「わかってる!さっさとやれ!」

 

「それよりも!上の階で既に殺し合いが始まってるんだよ!研究施設みたいなところもあるし…此処はただのホテルじゃないんだって!」

 

「…何…!?」

 

ヤバいな…思ってる以上にヤバかったか…!

 

「クソ!人の事まで手に負えねぇな…早く回収して逃げるぞ!」

 

「あ、回収はするんだ…」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙(青)

 

「ああ!もう!!持っててよかったわ!この!」

 

隠し持っていた拳銃で応戦する

 

「アオボノさん、早くこっちに…!」

 

「わかってる!」

 

倒された机の裏に隠れる

 

「クソ提督の容態は?!」

 

「…生きてはいます…でも、首にこんなにくっきり跡が…」

 

爪痕までしっかりと、首に…

どんだけの力で締めたのよ…アイツは…!

 

「…酷いですね、いったい何故…?」

 

「クソ提督もクソ提督よ…!大人しくやられてるなんて…」

 

「お取り込み中のところ失礼します」

 

不知火か…

 

「何よ」

 

「拳銃をお借りしたくて」

 

「…北上、どうせ撃たないんだし渡せば?」

 

北上が頷いて渡す

 

「…師匠、見ていてください」

 

テーブルの端から拳銃の銃口だけ出して5射

 

「…仕留めました」

 

「嘘…」

 

「……肩をやったのね…」

 

撃ってきてた奴らは肩を押さえて倒れてる…

本当に…ありえない技術を教えたものね…

 

「………早く逃げましょう、新手が来るかも知れないそうです」

 

「…戻らなくて良いわけ?アンタの艦隊に」

 

「うちの司令官曰く…これで完全に借りを返す、それだけです」

 

「……行きましょう、アオボノさん」

 

「………そうね…」

 

 

 

 

 

 

提督 徳岡純一郎

 

「クソッ!無駄に入り組んでやがる!」

 

「徳岡さん!」

 

「渡会!こんなクソ忙しい時に何だ!?」

 

「外まで援護します、こっちに!」

 

「…聴いたな!行くぞ!五月雨!島風!弥生!」

 

「は、はい!」

 

 

 

「此処で止まってくださ〜い」

 

ホテル出口のそばで急に停止をかけられる

 

「提督〜、前方に敵が」

 

「…釘付けにされてる訳か…!」

 

どうやらこの曲がり角の先には俺たちを殺すには充分な何かを持ったヤツがいる訳だ

 

「…司令官、私、行くよ…?」

 

「お、おい!弥生!何するつもりだ!」

 

弥生がふらふらと進もうとするのを必死で止める

 

「…提督、私も…」

 

「瑞鳳…行けるのか?」

 

「…はい……やれる、やります…」

 

「…殺すな」

 

「はい」

 

渡会の方のヤツも行く気か…!

 

「お前、部下を見殺しにする気か…!?」

 

「…コイツはやれる奴です…俺は信じてるんです」

 

「司令官、邪魔したら怒るよ』

 

「…弥生…?」

 

「……お手並み拝見…ね…」

 

『お互い様…』

 

弥生の手にはいつの間にか子供用のおもちゃの様な見た目で、異常な程恐ろしい輝きの剣が握られていた

 

「……何だそれ…おい、弥生…」

 

『…観てて、私の…闘い』

 

 

 

 

 

 

 

軽空母 瑞鳳

 

「…こっち!」

 

注意を惹き、撃たせる

 

「…タルヴォス!』

 

手元に籠手が顕現する、それで弾丸を受け止める

 

『ッ!…ハッ!』

 

弾を弾き返す

1人仕留めた…!

 

『…あとはもう良いよ、まかせて』

 

『疾い…!』

 

剣が滑らかに滑る様に…銃を切り裂き、斬られたところから血が噴き出し…

 

『何、その動き…駆逐艦のソレじゃない…!』

 

『…私は…エンデュランスに力を貰ってるから』

 

『エンデュランス…?』

 

『……ねぇ、貴方達…退かないと…死ぬよ』

 

敵は悲鳴を上げて逃げ始めた

必死に這いずって逃げようとする敵を弥生は一人一人と斬り伏せていく…

 

『大丈夫、殴ってるだけだから』

 

『…バケモノってやつね…』

 

「よし!道が空いたな!逃げるぞ!」

 

今は逃げて…明日はどうなるの…?

 

 

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

「お前ら無事か!」

 

「呉の…!其方は!?」

 

宿毛湾の連中と合流して脱出を図る

 

「問題ない!クソ、都内でこんなバカみたいなことしやがって…!」

 

警察が来る気配がない…

派手な銃声を鳴らしておいて…もう警察も手の内か…となると、明日は…死しか待ってないのか?

 

『提督、周辺の敵は狙撃で片付きました』

 

「良くやった…難なく出られそうだな」

 

…どうすれば…コイツらだけでも…守れるんだ

 

「後方追撃部隊!」

 

「この!撃ちまくりなさい!」

 

「死にますよ…!」

 

「正当防衛よ!」

 

「なら銃刀法違反です!どの道殺せば引き返せない…!」

 

「言い争ってる暇はねぇ!さっさと走れ!」

 

どうする?どうすればいい…?

 

「出口はどこ…!?」

 

「メインの通路さえ通れたらわかるのに…」

 

「おい!出口はどっちだ!」

 

『直進し続けてください、その先に外に出る通路があり、その先に門があります』

 

「わかった!」

 

『ッ!向こうにも狙撃手がいるみたいですね…しかし、この人数…どこかの軍隊といっても遜色ないです』

 

…よく見てはいないが、転がってる死体に日本人らしい奴は居なかった…どこぞの国の雇われ兵…って事になるのか?

 

『提督、300m先で合流します、私にお任せください』

 

「待て、佐世保のやつがいる、気づかれるな」

 

『了解』

 

頼りになる奴だ

 

「よっと、提督、戻って来たよ!」

 

「川内…お前どこに行ってやがった!」

 

「元帥と会長の行方を調べてた、あの2人、撃ち合いの中で堂々としてたからね、ちゃーんと仕事したから!後で褒めてよ〜!」

 

「どうでもいいからさっさと手を貸せ!」

 

「………その人、生きてるの?」

 

「…こんなとこでくたばる奴じゃねぇよ…!」

 

「…前方敵!」

 

「構うな!突っ切れ!」

 

こちらに気付いて銃口を向けた敵が一瞬で体を海老反りにして斃れる

 

「…さすが…!」

 

「門が見えたぞ!」

 

「車が突っ込んで来る!」

 

「止めろ!」

 

「無茶いうなぁ…スケィス!』

 

スケィスが車を受け止め、さらに持ち上げて捨てる

 

「ったく…便利な奴だ…!」

 

『酷くない!?」

 

「また車が来てますよ…でもあれは…マイクロバス…?」

 

「こっちだ!早く乗って!」

 

「味方か、助かった!」

 

 

 

 

 

「…助かった、曽我部さん」

 

「えらく大所帯だねぇ…本当にこれにしといてよかったよ」

 

「追撃なし…離脱完了……助かったね…」

 

「……」

 

「……落ち着くにはもっと離れた方がいいな、全員関西だっけ?」



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怨嗟

倉持海斗

 

「……っ…ぁ………」

 

ここは…どこだろう…

車の中…?他に誰もいない…何で僕は車で寝ているんだろう

 

森?山…?

周りは木がたくさんある

 

鉛の様に重い体を必死に動かすたびに痛む

腹部、顔面、腕、首…そこかしこが痛い…

脚にも怪我をしている様だった、未だ血が流れてる

 

……そんなことより、何かを、忘れてる様な…

………ダメだ、思い出せない

 

今日はよく冷えるな…

 

また、眠くなって来た……

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

次に目が覚めた時、目の前には焚き火があった

 

「……え…?」

 

「お目覚めになられましたか…よかったです…!」

 

「…天龍…?」

 

真っ暗な闇の中、焚き火だけが当たりを照らす

よく見たら、たくさんの人が眠っていた…

 

両脇には、北上と曙…曙…?

 

「……曙…!」

 

「動かないでください、傷に触ります」

 

「……曙は…?」

 

「…と言いますと…?」

 

「………東雲と名乗ってる方の…曙は…どうなったのか、教えて欲しい」

 

「………提督への暴行の後、何かを聞かされ…どうやら碑文使いとして目覚めたそうです」

 

「………何かを…」

 

思い出せ…あの時僕は確かに聴いた…

 

「…そうか、編集した音声だ……あの時の僕の声を継ぎ接ぎにして編集した音声を聴かせてたんだ…なんていってたか覚えてないけど…それだけは思い出せた…」

 

「……碑文使いとは、強いショックで目覚めるそうです」

 

「…強い…ショック………待って、じゃあ…」

 

「…提督…?」

 

「生きてるんだ…曙はまだ、生きてたんだ…!」

 

一瞬の喜びが、すかさず焦りに変わる

 

そうか、曙は…僕が曙は死んでいるなんて言ったから…だから怒らせたのか…

曙は誰より賢い、だからこそきっとAIチップとやらが埋め込まれてから自分自身を見失い、ずっと不安だった筈だ…そんな時に僕は曙に否定的な言葉をかけてしまった…

 

誰よりも辛い時に、1番傷つけてしまった…

 

「…何をやってるんだ…僕は…」

 

「……提督」

 

「…何かな、天龍」

 

「私は人の心に敏感ではありません、思い詰めて悩めるほど優しくはありません」

 

「誰もが自分のことで精一杯なんだ、当然だよ」

 

「その通りです、それで良い…と私は思います…提督も…」

 

「………僕にも、立場があるから…」

 

「…分をわきまえない、発言で申し訳ありません…しかし、提督は、まず自分のことに目を向けられるべき、だと私は思います」

 

「…そう見えるかな」

 

「………はい…あの、私達は…提督にとって…重荷なのでしょうか」

 

「そんな訳ない、僕が頑張りたい理由が君たちなんだから」

 

でも、また気持ちが揺らいでしまった

僕個人の感情を優先したくなってしまった

 

仲間を取り戻したい…それだけなんだ…

 

「……提督、私、着任した時に明石さんに言われたんです、性格に異常があるかもって」

 

「…話に聞くより大人しい子だな、とは思ってたけど、それが異常だなんて誰も思わないよ」

 

「………私、一度沈んだ事があります」

 

沈んだ事がある、つまり…一度死んだ、というふうに捉えても良いのか

 

「翔鶴さんや蒼葉さんの話を聞いて、羨ましいとも思いました、私は…自分自身を信じられませんので」

 

「……?」

 

「輪廻転生って、信じてますか?」

 

「…生まれ変わり、という事で良いのかな」

 

「………それで構いません、私、沈む前は戦艦だったんですよ」 

 

「…戦艦…」

 

「…それが、また新たに生き返ってみたら…時代遅れの…軽巡洋艦…で……」

 

「………」

 

世界を再誕させる、そして全員を一度殺し、再誕させる

 

こんなカルマを産む事になるのか…

 

「…別にいまに不満があってこんなことを言うんじゃないんです……でも、頑張りすぎないでください、私たちの庇えるところだけで頑張ってください……私も、こんな私でも……役に立ちたいんです…」

 

何と答えれば、良いのだろうか

 

「…やさ、しいね…」

 

声が詰まる

 

どれだけの想いが有ったのだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙(青)

 

全部、聞こえている

天龍とクソ提督の会話も、全部

 

なのに、頭に浮かぶのは…もう1人のカイト

 

私が何もできなかった時、戦っていた…あのカイトが…いや、島風が

 

羨ましいとか、妬ましいなんて事はなくて

純粋な尊敬、憧れに近かった

 

まだ、足りない、もっと強くならなきゃいけない

 

次は間違えない為に…

次こそ、道を違えない為に

 

限界なんてものはない、今決めた

 

限界が私の邪魔をするなら、斬り裂いて、追い抜いて…戦う

 

北上と目が合う、起きてたのか…

 

「……アンタにも、負けないから」

 

…何で笑顔で返すのかは知らないけど

やれる事をやるじゃダメだ、とことんやる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 東雲

 

成ってしまった、叶ってしまった

望んでた力を手に入れてしまった…

 

ならば、進む他ないのに

私の道標は失われた

 

「東雲」

 

体が強張る

 

そうだ、なぜ私の体は、動くのか…私の意思のままに

 

「私の手を取れ、そして、忠誠を誓え」

 

何故、貴方に…

 

ーモノでしょう、曙、は、力でしかないー

 

頭の中で何度も反芻する

 

やめて、もう聴きたくない

 

「東雲、貴様は自分の意思で拳を振るい、自分の意思で殺そうとした、違うか」

 

「…ちが……」

 

言い切れ、早く…揺さぶられる前に…!

 

「…ああ、言い忘れていたがな、AIチップはオンオフが可能な代物でな、今日の会では…ずっとオフだった」

 

「…うそ…!そんな…わけ…」

 

「……東雲、私の気持ちをよく考えて欲しい、何故あんな事をさせたのか、それは君の前任の提督の危険性をよく知っていたからだ、君の気持ちを玩ぶあの男の事をな」

 

「………」

 

…そんなわけが…ない……

 

「私はお前を愛そう、案ずるな、決して見放す事はせん」

 

やめろ…やめて…

 

「ほら、おいで」

 

動くな、頼むから…

 

やめて…もう、何も信じたくない…

 

 

 

 

 

 

 

 

元帥

 

「チョロいモノだな」

 

「名演でしたね、主演男優賞でしょうか」

 

「ハハハ、良い仕事だった、綾波」

 

「お褒めに預かり光栄です、と言っても雑な編集でしたけど」

 

「冷静ならば気付いただろうな、だが、一度信じたら疑う事を知らん…我々の勝ちだ」

 

「…しかし、まさか碑文を発現するとは」

 

「まだだぞ、あれは実験材料にするには惜しすぎる…」

 

「残念この上ありませんねぇ…しかし、良くあんな作戦を……」

 

「作戦?あれが?あんなの寸劇ではないか」

 

「確かに、お粗末すぎますからね…しかし、あはは、あー、馬鹿馬鹿しい、心の底から愛した相手と言うのを、ああも簡単に殺せるのですね?」

 

「嫉妬…いや、失望か?裏切られたと言う心が強く出ているのだろう、私としても感情が残っているまではわかったが…意識自体が残っているとは思わなんだ」

 

「愛は重そうですねぇ?」

 

「結局は玩具に過ぎんよ、この世で最強のな…!」

 

「ではその玩具を拾うお手伝いをした私にも褒美をください」

 

「ほう?なんだ、言ってみろ」

 

「黒い森の一端を」

 

「……分を弁えず、そんな発言を許されると思うか?」

 

「…嫌だなぁ、冗談じゃ無いですか、私は力さえ手に入れば良い……それを試す実験相手も…」

 

「…それなら用意してやろう、一時的なドーピングに過ぎないがな」

 

「充分です、件の脚技師も、やりたいですけどその前に隠れ蓑ってとこですかねぇ?」

 

「殺せばお前の手柄にしてやる、好きに遊べ」

 

「あはっ、綾波頑張りま〜ス」

 

「オリジンの追跡も怠るなよ、倉持海斗が吐かなかった以上、どんな犠牲を払ってでも手に入れなければならない、サイバーコネクトの魔女にいつまでも良い様にされるのは気に食わんからな」

 

「あれが魔女なら私達はなんなんでしょうねぇ?」

 

「悪魔さ、国を守る悪魔」

 

「じゃあ悪魔らしく拷問にでもかけますか?」

 

「…いや、やめておけ、あいつを拐えば宿毛湾泊地の戦力が一度に流れ込んでくる、万が一他のところがそれに乗って二正面作戦になった場合のリスクが大きい」

 

「そんな人望ありますかねぇ?あんな役立たずに」

 

「案外そう言うのに惹かれるマヌケが多いんだ」

 

「そうかもしれませんねぇ、でも、結局は烏合の衆ですよ」

 

「失礼します、大和です、宿毛湾泊地を調査した部隊が帰投しました、発見できなかったそうです」

 

「…そうか、まあ良い、月の樹への攻撃部隊は」

 

「…全滅です」

 

「チッ、役立たずばかりでいかんな」

 

「申し訳ありません、失敗した者は?」

 

「殺せ、いくらでも換えが効く上に顔が割れてる密偵など……」

 

「かしこまりました」

 

「佐世保の方はどうだ」

 

「……碑文使いに阻まれました」

 

「…何…?碑文使いだと?」

 

「残念ながら、そちらも全滅です」

 

「……チッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

提督 徳岡純一郎

 

「黒い森…って、あの都市伝説か!」

 

「……都市伝説なのでしょうか、あれは…俺にはそうは思えませんね」

 

なんとか埼玉の方面まで逃げ延び、やっとこさ空いている銭湯に飛び込む、この真夜中ならさすがに手は出されないだろう

 

「…黒い森、人の脳でできた森……」

 

「……やめろよ、こんな真夜中に怪談なんて、壁の向こうのガキどもが眠れなくなっちまう」

 

「……徳岡さん、俺は…本当に黒い森があるとして……それを管理してるのは、CC社じゃないかと考えています」

 

「……あれは民間の企業だろ…!ありえねぇ…」

 

「…母体が違うとすれば?第一次ネットワーククライシスから生き残り続けた最大のOS、ALTIMIT…そのALTIMIT社に……今日、あの場にいたヴェロニカ・ベインが在籍していた事は良く知られています」

 

「…話が見えねぇよ…」

 

「CC社はいろいろな国に支社を置く一企業だが…ALTIMIT社は?…もし、そうなら…現CC社会長ヴェロニカ・ベインは…どうなんですか」

 

「………悪い冗談だ」

 

簡単に言えば…アメリカの裏工作…と言うことになるのか…

 

「一番たちの悪い冗談が一つだけありますよ」

 

「…なんだよ」

 

わかっている、が…それだけは想像したくない

 

「ヴェロニカの単独の計画である場合です、全てがあの女1人の手に収められていたとしたら?…国とか、そういうものじゃない……1人の、欲望や悪意…それのために起こされた戦いなら……この戦いの終わりは、最悪な物になる可能性が高い」

 

「……国が動いてるなら、国民の為とか、体裁だのでなんとか終わらせることもできる、表向きは……だが…個人が国家を…相手に…」

 

「相手に取る必要はない…買収すれば良い…それも、目標達成の瞬間まで利用できればそれで良い……俺の予想でしかありませんが、腕輪じゃなく……オリジンを狙っているのは、元帥だけじゃない」

 

「……なぁ、俺ら、帰って良いのか?冷や飯を食わせるなんて話じゃねぇ……俺らは、帰ることで…ガキどもを殺す事に…クソッ…NABの奴らは肝心な時に助けてくれねぇ…か」

 

「……頼れるのは自分と、信頼できる部下だけですよ」

 

「…それはお前もか?」

 

「お互い、退路はない…守るものもある…」

 

「……守るものがあるやつほど…弱いんだよ…」

 

 

 

「おう、五月雨も出てきたか」

 

「お待たせしました、みんな今出てきます」

 

「…この時期は冷える、ちゃんと暖まったか?」

 

「お気遣いありがとうございます、大丈夫です」

 

「…そういや、お前んとこの…1人足りないよな」

 

「大丈夫です、優秀な奴なので」

 

「……信頼できる部下、か…」

 

「提督、お待たせしました」

 

「………徳岡さん、どうします…」

 

「………コイツらだけ帰らせるのが…一番良い気もするがな…」

 

「…やはり考える事は同じですか、ネカフェくらいなら空いてるでしょう」

 

「…提督…」

 

「瑞鳳、龍田と共に佐世保に帰れ、舞鶴のメンバーも送るように」

 

「…本気ですか…」

 

「悪いな嬢ちゃん、俺らは仕事ができちまった」

 

「提督!」

 

「五月雨、お前はドジだがやる時はやる奴だろ?な、頼むから言うこと聞いてくれよ…オジさん困っちまう」

 

「…提督、私達は艦なんです…舵を切る人が居ないと…!」

 

「お前達は人間だ、自分の進む道は自分で決められる…良いか、瑞鳳…俺達は帰っても問題ないと言うことがわかるまでは戻らない、お前達がなんと言ってもだ…」

 

「………私達は人間じゃ…」

 

「お前は人間だ、じゃなければなんだと言うんだ」

 

「………」

 

「…瑞鳳…?」

 

「渡会、お前だけでも戻るか?カミさんが待ってんだろ」

 

「……危険に晒すわけには行きませんから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督 三崎亮 

 

「…くっ…あぁ…よく寝た、はぁ……こんな青空の下で目覚めるなんてなかなかねぇよな」

 

「……嫌な夜だったねぇ…」

 

「おはよう、ハセヲ」

 

「…これ、朝御飯、北上と天龍が買ってきてくれたよ」

 

「…そういや麓にコンビニがあったな…つーか…起きてて大丈夫なのか?」

 

「うん、寝てる方が辛くて…」

 

「……コルベニクを発現しやがったぞ、アイツ…」

 

「…そっか…僕のせいだね」

 

「おい…そういうのはやめろ」

 

「……事実さ」

 

「お前、何する気だ…人殺しの目しやがって…」

 

「………想像通りだよ」

 

「お前がそんなことしたところで…苦しむのはお前の仲間だろ…!?」

 

「根源から絶つ…必ず…」

 

「あー、おはようございます、おふたりさん…もうちょっと明るい話題しない?」

 

「…なんかあんのかよ…」

 

「少なくとも指名手配はされなさそうだってことくらいか、月の樹の連中からの情報通りなら…その動きはない」

 

「……じゃあ、さっさと帰るか」

 

「………」

 

「その前に、人の事顎で使っておいて何も無しな訳ないでしょ〜?」

 

「曽我部さん、ありがとうございました、今は持ち合わせがないのでまた今度に」

 

「…大丈夫大丈夫、俺は勇者サマみてーな徳の高い相手には優しいから…それよりも、ほら、なんか情報吐けよ、死の恐怖サン」

 

「……チッ……呼んだのはカイトだろ…川内!」

 

「はいはーい」

 

「…お前が見たもんを、この場で、全員に報告しろ」

 

「……えー……気分のいい話じゃないからね…?…じゃあ…」

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

「私はあのホテルを短い時間だけどいろいろ調べてきたんだ、まず一つ上の階…そこでも銃撃戦があった、それも私達が呑気に話してる時にはもう人が死んでたんだと思う…冷たい死体もあったしね……でもさ、なぜか私達はその戦いに気づかなかった、1フロア違うだけで真上…爆発痕とかもう明らかに馬鹿みたいにやり合ってたのにね」

 

そう、消音銃でもないのになぜか気づかなかった

 

「明らかにおかしいからさ、何回かここに入り直して調べてたんだけど…空気が違った、比喩とかじゃなくてね…具体的には、海と同じ空気…あそこだけ、データがあるみたいな…こう、なんで言えばいいのかなぁ…思ったものを具現化できそうな空間だったわけ…伝わらないと思うけど、一回質問は待ってね……なんで気付かない事に繋がるかっていうと…バリアみたいなものが貼ってあったの、あの辺りだけ…で、それまで私はてっきり別の何処かの襲撃があった…そう思ってた、実際正しかったけど……」

 

でもあのフロアの戦いの痕は別

 

「………はぁ…ちょっと待って、落ち着かせて」

 

動悸が激しくなる

 

「…デジタルリアライズ…って伝わる?ネットの中のものをリアルに持ち出す技術…それを使って、銃弾や爆薬をいくらでも取り出せるんだよ…ふざけてるよね、それから…例えば、人間が取り出せたりして…」

 

あそこに転がってた死体は確かに本物の人間だと思われるものばかりだったけど…

武装も同じ、外国の傭兵みたいな身なりなのにタグも持ってない…違和感がありすぎた

 

「…その人間がさ、例えば…化け物みたいに強いやつまで取り出せたらどうかな………怖くない?冗談とかじゃなくてね…私、さらに上の階も調べたし、元帥と会長の跡もつけた…」

 

胃酸が上がってくる

私の頭の中である仮説が組み立てられ、それが結論つけられてる

 

「…5階のなんていうか、薄暗くて物々しい部屋…そこでさ、変なパネルがあって…それを見たの、これ…私が見たものそのまま写したメモなんだけど… hippocampus、Cerebral cortex…発音すら意味わかんないし…どうしたもんかなって思いながら他のところも見てた… brain stem…これは読めたよ…ブレイン、つまり脳…もしかしてこれは全部人間の体を…繋いで管理してるのかなって、それで急いでそれをメモしたんだけど、ドアが開く音がしたからすぐに隠れたんだよ…」

 

 

 

 

 

 

 

半日前

 

 

 

 

 

 

「NABも面倒ね、何度ここに人を送り込めば気が済むのかしら」

 

「ヴェロニカ様、森の出力が回復しつつあります、この調子ですと3月までには本来の出力に戻せるかと」

 

入ってきたのはヴェロニカ・ベイン、と…ホテルマンらしい格好の男…

 

「完璧なシステムね…脳だけを取り出し、量子コンピューターの一端として働けるなんて、この子達も幸せでしょう」

 

「老化が進んだものはいかがいたしましょうか」

 

「使い捨てていいわ、死ぬ間際のそれはそこそこな効力があるし、使ってあげなさい」

 

「かしこまりました」

 

わからない単語があったけど…人を殺す相談なのは間違いない

……助けられなくて悪いね

 

どうにか早く脱出しなきゃ…

 

「あの東雲も早く脳髄を取り出してしまいたいのですが…あれにAIチップを埋め込むなんて本当にもったいない」

 

「時期を見て連れてくればいいのよ…資料通りなら…数百人分の価値がある…それにしても、素敵じゃない?このままいけば食料問題、温暖化、人口の減少…全てが解決する…」

 

「ヴェロニカ様だからこそできた事です」

 

「ネットのものをネットに接続する、簡単な事よ…艦娘というシステムも、もうすぐ終わりを迎えるわ」

 

システム…?

どういう意味だろう

 

「もう少しで、私はオリジンを掌握できる…そうすれば私は永遠を生きる事もできる…永遠に、王に君臨できるのよ…なんて素敵な話かしら、まさかリアルとネットの境目がこんなにあっさり消えるなんて…」

 

リアルとネットの境目が消える…?

永遠の命…?

頭がヤバいやつなのは間違いないけど…考えてる事はもっとやばそうだね…

 

しかし、薄暗いなぁ…足元もよく見えないし…この無数の柱も一体…

 

そう思ってると急に周りの照明が付く

 

「ひっ…!?」

 

柱だと思っていたそれには液体が入っていて…よく知られてる脳と呼ばれる人間の体の一部が浮いていた

 

全部、100とかじゃ足りない数だった…

その時ようやく理解した、さっきのパネルはこれだったのかって、数字も一緒に書いてたけど、一番少なくても6桁はあった…つまり、ここ以外にも大量の脳を保管してる場所がどこかにあるって事だった…

 

「…今、人の声がしなかった?」

 

「ああ、機械に取り付けた拡声器の誤作動です、たまに電源が…まだ完全なシステムではないものですから」

 

「そう、ならいいわ、私は部屋に帰るから後はよろしく」

 

「はい、勿論です」

 

残るのか…なら、1人を尋問してもいいね

 

「な、なんだ…?」

 

「ッ!!」

 

スケィスが暴れた…というか、この感じ…別の碑文使いがいる…神通じゃない……誰…?

 

「しょ、照明が…!」

 

今なら抜けられる!

 

 

「何者だ!」

 

マズイな、廊下にもいた…しかもアレは武蔵…さっきの感覚…コイツが碑文使いなら…?

 

気付かれるのはまずい、ならば駆け抜ける!

 

「クソッ!大和!そっちに行ったぞ!」

 

前方にもいる…?なら…

 

「…スケィス!』

 

下へ逃げるしかないよね、大穴開けちゃうけど

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな感じでさ、何とか逃げてきたわけ」

 

「…黒き森って奴か…」

 

「……ナニソレ」

 

「都市伝説で…人の脳みそで作られた黒い森が有るってな…」

 

…そんな事より、私は…私の仮説通りなら…艦娘は…

 

「……クソッ胸糞悪ぃ…」

 

「………急がないと…」

 

「倉持さん、アンタの焦りはわかるが…アンタはそういう立場じゃないだろ」

 

「……僕には力がありませんから…できることは何でもやらなきゃ」

 

「焦って巻き込まれんのはあんたの部下だろうが」

 

「こっちはすでに巻き込まれる覚悟してんのよ…!」

 

「………なぁ、ここは一つ…共同戦線ってのはどうだ?」

 

「共同戦線…?」

 

「カイト、あんたは世界を滅ぼす…俺は世界を救う…それがお互いの目的だ」

 

「……」

 

「……ヴェロニカの目的は、こうも形容できるだろ?世界征服」

 

「…成る程、アンタらでそれを防ごうってか…」

 

「………わかった、乗るよ…どのみちアイツは倒す…」

 

「その為に、海をこっちのもんにしなきゃならねぇ、向こうが何をしようとも…海だけは守れ」

 

「その狙いは」

 

「退路だ、生き残りさえすれば…たとえ1からでもやり直せるんだからな」



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苦労

舞鶴鎮守府

駆逐艦 弥生

 

「ただいま、鳳翔さん」

 

「お帰りなさい…報告は聞いています」

 

「鳳翔さん、みんなはどうですか…?」

 

「………私では抑えることができそうにありませんでした」

 

みんな親離れができてないね

 

「…薫は?」

 

「外に居ます…あの、弥生ちゃん…」

 

「……プライベート」

 

便利な言葉

 

 

 

 

「薫」

 

「弥生、おつかれ」

 

「……今日も借りた」

 

「わかってる、でも一度こっちに返還してほしい、君はやりすぎだよ」

 

「………1人でいいの?」

 

「マハは、1対多こそが本領を発揮するから…」

 

「……頑張れ、エンデュランス」

 

「うん、ありがとう」

 

剣を手渡す

装飾がチューリップから薔薇に変わる

 

「…チューリップも好きだけど、やっぱり僕の力で有る時は…僕に染まるんだね」

 

「………」

 

「何かあった?」

 

「コルベニクを発現してた、曙が」

 

「…曙って、あの?」

 

「……ウーラニアに伝えておいて…繋がりを断つ必要がある」

 

「わかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

軽空母 瑞鳳

 

「はぁぁぁ!?本気なの!?」

 

報告を済ませた途端の怒鳴り声

 

「…耳がキーンって…」

 

「せっかく……こんな物まで手に入れたのに」

 

…そう、気になっていた、身の丈を遥かに超える蒼い杖…そして先端部の光輪…明らかに現実のものとは思えないそれ…

 

「瑞鶴さん、それは?」

 

「陽炎ト踊ル巫女」

 

「…陽炎と…?」

 

「おーい、おかえりー」

 

…噂をすれば影…?

 

「陽炎ちゃんと…?」

 

「え?何?私が何?」

 

いや、というかこの奇抜な名前

 

「……あぁ、ロストウェポンか」

 

「やっぱり瑞鳳はわかるわよね、そう、アンタのいう通りなら…残り3人のうちの1人は私って事…私は、イニスの碑文使い…」

 

「…じゃあ、残るはゴレとフィドヘルか…」

 

「え?だからなんの話?」

 

「私たちも混ぜて〜?」

 

「……碑文の話です、瑞鶴さんも碑文使いとして覚醒したそうです」

 

「………いいものとは言えないけどね…最悪の形だったし」

 

「…一体何が?」

 

「………流石に相手も職業で殺しやってるだけあるわ…普通に戦って勝てる相手じゃなかったの……守る為に殺し続けるしかなかった…」

 

「…殺したんですか…」

 

「…………それも、あんな小さな子の前でね…」

 

仕方ないか、守るにはそれしかなかった…

 

「私が次は行きます」

 

「…必要ないわ、ここに移ってもらってるから」

 

「……そうですか……できるだけ皆さんに会わせないようにしましょうか」

 

トラウマ、攻撃態度…危険視するべきものは多い

 

「…心配ないわよ、私達が思ってるより、遙さん凄く強いから…精神面でね…それに、お礼まで言われちゃったし…全力で護衛するしかないなぁって感じ?」

 

「………でも負担はかかり続けます」

 

「……わかってる……何か聞いてないの?」

 

「…いえ、でもこういう時の頼る相手は…」

 

 

 

 

 

 

 

『成る程、我々も襲撃されたところでね…あんまり力にはなれませんね』

 

「……チッ…」

 

『ずいぶん悪態をつきますねぇ…全くなる気はないなんて言ったつもりはないのに』

 

「黒のビトさんでしたっけ?もう切ってもいいですか?」

 

『ああ、御自由に、ただ私たちの掴んだじょ』

 

ガチャリ

 

「えっ、なんか今言おうとしてなかった?」

 

「気の所為です」

 

「気の所為なら仕方ないわねぇ〜」

 

ジリリリリッ ガチャ

 

「はい、こちら佐世保鎮守府執務室です」

 

『ああ、申し訳な「本日の営業時間は終了しております、月曜日から金曜日までは午前9時から午後5時まで、土日祝日は午前10時から午後15時までです、何卒よろしくお願いします、緊急用の電話の際は○○-○○○○-○○○○までお願い致します」いや、申し訳なかった、反省してるので少し…』

 

ガチャリ

 

「……あれ?うちって営業時間あったっけ」

 

「月火水木金土日、全て24時間体制の交代制ですね」

 

「サービス業?いや、国民へのサービス業だったわ」

 

「この調子ならもう少し遊べそうねぇ」

 

ジリリリリッ ガチャ

 

『悪かったとは思ってるんですが遊ばないでいただけますか?』

 

「………」

 

『え、無言になってる、怖い』

 

「………」

 

『…要件だけ言いますね』

 

ガチャリ

 

「いや、今切る必要あった!?」

 

「勝手に言わせればいいと思ったんだけど…」

 

「まあ、見てて、次はこっちからかけるから」

 

『はい、もしもし?』

 

「あー、ごめんなさい、さっきかけてきてくれたのもそっちからですよね、無言だったから切っちゃった」

 

「うわっ性格悪っ」

 

『…それは……そうですか…』

 

「まあそう言われたら何も言えないわよねぇ…」

 

「いや言えるよ、私は…ねぇ、黒のビトさん」

 

『……なんでしょう』

 

「私の鼻ってさ…信じられないくらいにいいんだよねぇ、それこそ警察犬の精度は知らないけど…余裕で勝つんじゃないかな?」

 

『…だから?』

 

「ここに設置してる隠しカメラと盗聴器から部外者の匂いがするなぁ…そこんとこどうなの?黒のビトさーん?」

 

『………撤去します、わかりました、参りましたよ…』

 

「護衛のため、ってのはわかる、けどまあ、色々ダメです」

 

『……さて、こっちの話もさせてくださいよ、あなた方を狙った連中ですが……どうやら人間じゃなさそうだ』

 

「…艦娘って事ですか?」

 

『…いいえ、まだはっきりは言い切れませんので詳細を省きますが…相手は人間じゃない可能性が高い…死体も、血も……我々を襲った敵は跡形なく消えてしまいましたよ』

 

「……何?今朝見てた夢の話?」

 

『………伏せる必要もないのでストレートに行きましょう、碑文使いが作り出せる空間によく似たものが検知されています』

 

アレは検知できるものなのか…

 

『…ここから導き出せる仮説は、あの襲撃者はネットのものではないか、ということです人の形をした…そう、ネットで作り出された存在』

 

「……ふざけた冗談…」

 

「馬鹿馬鹿しい話よね」

 

『……あなた方の主戦場は海かもしれませんが、海の専門家というわけではない』

 

「…どういう意味?」

 

『私達はデータの専門家ですが…あなた方より海に詳しい自信がある』

 

「もっと噛み砕いてくれる?」

 

『あぁ…もぐもぐ…失礼…もぐもぐ…』

 

「どうしよう瑞鳳、私コイツ嫌いだわ」

 

「私もです、次であったら碑文の実験台にしましょう」

 

『おや、電話代の心配よりも命の心配が必要らしい』

 

「そうね、で?」

 

『今の海とは高濃度のデータの塊です…碑文の力が陸上では弱いと感じたことはありませんか?』

 

「……いや、昨日陸で発現したばかりだし…」

 

「比較するだけのデータがないです」

 

『…いや……理論的には落ちてしまうんです…うん、決して海の上でしか使えないわけではないのですが、海の上だと本来の動き以上のものができるようになりやすい…艦娘の艤装に関してもそう、であるはずなんです』

 

「……あ、あの…この前の九州への深海棲艦の侵攻、確か…陸上に上がった深海棲艦を倒す為に槍を使いましたよね…普段アレだけ砲撃を当てなきゃいけない深海棲艦の、装甲に…突き立てましたよね…」

 

「……言いたいことはわかるわぁ〜、少し弱かったように感じたし…」

 

「………ねぇ、それって深海棲艦も…データ…って事…?」

 

「じ、じゃあ…それってさ、つまり……」

 

『…しまった……』

 

「……そういう事なのね…私たちも…」

 

「………これで話がしやすくなりましたよね、早く続きを」

 

立ち止まる暇はない…

 

『……先ほどデータの濃度が高いと言いましたが…意味的には、巨大なコンピュータになっているという事なんです、スマホのブラウザでサイトにアクセスしようと思ったら性能がいい方が早くて正確ですよね?その性能を大きさで補っている…』

 

「……待って、話が見えない」

 

「つまり、海が巨大なパソコン…ってこと?」

 

『そうです、その巨大なパソコンの力を借りれば碑文やあなた達のパワーは上がる…ということになるはずなんですが』

 

「………なるほどね、なんでこんな話に路線がずれたかは忘れたけど」

 

『我々を襲った敵が…というところからですね、まあ、要点だけ絞り続けるのでもう少し聞いてください、この話のキモは敵がネットから出てきたとして…その敵がいる空間から碑文使いが作り出す空間に似たものが検知されている事です』

 

「シンプルに考えて全力で殺す為に、って話じゃないの?」

 

『そこにしか存在できないとしたら?』

 

「………そうか、消えた理由はそれか…」

 

「待ってくれるかしら?私達は碑文使いじゃないからそんな空間作り出せない、なのに消えないのは何故?」

 

『……艦娘は電子生命体と言われるかなり特殊なものであると我々は仮説を立てています、現実のオイルや鉄などから身体を使っている…いわゆるサイボーグに近いのかと私は考えていますが…詳細は不明です』

 

「……とりあえず敵のことを考えましょう、次は海上の戦力がくると?」

 

『……いや、それなら艦娘同士の戦いになるでしょう』

 

「………備える必要がありますね」

 

『渡会さんにはこちらからコンタクトを取り続けていますが…あの人もなかなかやる…月の樹のアクセスをブロックした上に言伝を頼まれました』

 

「最初にそれからいうべきだったのでは?」

 

『1週間ほしい、との事です』

 

「………長すぎ…」

 

「そんなに待ってたら2月になるっての…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

「そう思い詰めた顔しないでよ…アンタのせいじゃないんだから」

 

「…………キミたちは、どう思う?」

 

「…命を軽んじてる、というのは…あまりにも軽すぎる言葉です…私には…現実味がまだ…」

 

「……正直、納得したわ、殺された、意識を掌握された、その結果がアレなら…納得もいくし、元帥をぶちのめせばアイツを許す事も…できる」

 

[頑張って、連れ戻しましょう]

 

「…そうだね、不知火さんありがとう、ここで良いよ」

 

「わかりました、では私はこれで…師匠、ご自愛ください」

 

[ありがとうございました、また今度、一緒にお話ができれば嬉しいです]

 

「…はい、是非…!」

 

「…大事なのは記憶じゃないのね、相手と真剣に向き合えば…分かり合えるもの…」

 

「技術に惹かれた、と言ってましたけど……それ以外にも、仲良くなれる何かがあったのでしょうね…」

 

「………」

 

そう言えば、一度も一緒にゲームができなかったな…曙とは…

凄く楽しみだったのに

 

「ようっやく…帰ってきたのね…長かったような気がしてならないわ…」

 

「………気は抜けないよ、泊地で何が起きたのかわからないし」

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

 

「あ、提督…!?お、おかえりなさい…その傷は…?」

 

「ただいま、潮、みんなは?」

 

「…え、あ、あの……ちょっと疲れ果ててますね…青葉さんが誤解で連れていかれそうになったりして…」

 

「…そういや青葉は青葉だし、間違われたのね…」

 

「……今はどうしてるんですか…?」

 

「その…翔鶴さんが宥めてますけど…掴まれたりとか、乱暴な扱いだったので…憲兵さんのことも怖がってて、部屋から出てきません……」

 

「僕も近寄らない方がいいかもね…北上、頼める?」

 

[提督が行った方がいいと思います]

 

「…アンタも行きなさい、2人でいけば少しは緊張も減るでしょ」

 

「わかったよ、他の子は?」

 

「寝てます、片付けが大変だったもので…ただ、明石さんはまだ修理が…」

 

「修理…片付け…?」

 

「……その、前回来た時に暁ちゃん達が倉庫に隠れてたってバレたみたいで…床を剥がしたり壁を壊されたり…有りとあらゆるものを……」

 

「………流石に、横暴がすぎるかと…」

 

「すぐ問い合わせるよ、ごめん、潮、また後で…明石にもしっかり休むように言っておいて、北上、先に青葉の方に行っておいて、僕は後から合流するから…天龍と曙は…休んでもいいけど、可能なら明石を手伝ってあげて、じゃあ僕は執務室に…っあれ…?」

 

「……全く、気が効く上司だこと」

 

「…優しいんですけど…もう少し自分のことに敏感になってほしいですね…」

 

[足を撃たれてる上に体も顔もボコボコに殴られて…支え無しで歩ける訳がないです]

 

「て、提督〜…つ、杖は北上さんが使ってるし…えっと…っていうか天龍さんも血塗れ…!?」

 

「あ、私のは全部提督の血です…支えてたので…コンビニに行った時も驚かれました」

 

「よく入れましたね!?警察呼ばれなかったんですか!?というかどうやって帰ってきたんですか!?」

 

「……出血死しないわよね?今更だけど」

 

「血はもう止まってるから平気だよ…まあ、輸血は必要かもだけど」

 

「輸血袋なんてどうせないわよ…一回入院しとく?」

 

「…そんな暇はない、ごめん天龍、もう一度肩を貸してくれる?」

 

「は、はい…でも一度病院に行かれた方が…」

 

「……行ったら当分出られないからね」

 

「確かに入院確定だけど犯罪犯した奴にとっての刑務所みたいな言い方しないでくれる?」

 

[潮さん、これ]

 

「えっと…明日は緊急朝礼ですか、わかりました、じゃあ…わ、私も手伝った方がいいかなぁ?アオボノちゃん…」

 

「知らないわよ…まぁ、3人も必要ないと思うけど」

 

「え、曙?天龍だけでも充分…」

 

「うっさい!このクソ提督…」

 

[微笑ましい筈なのに…]

 

「あ、北上さんもですか…なんなんでしょうね…この感情」

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、青葉、入ってもいいかな?」

 

「し、司令官…?」

 

「うん、僕だよ、すでに北上がいると思うけど」

 

「…待ってください、今開けます…」

 

「あ、ちょっと…」

 

「お待たせし……きゃぁぁぁぁぁ!?オバケぇぇぇぇ!?」

 

青葉は僕の顔を見るなら突き飛ばし、また扉を閉めてしまった

 

「て、提督!?あ、青葉さん…提督は怪我をおしてここまで来てくださったんです…なのにこれは…」

 

「ったたた……ごめん、天龍…先に変えの包帯とガーゼを持ってきてくれるかな…足の傷が…」

 

「わかりました、すぐお待ちします…!」

 

べこんっ

という音がして青葉の部屋の扉が開く

 

「ご、ごめんなひゃい…び、びび、びっくりしてしまっへ…」

 

「舌が回ってないけど…大丈夫…?」

 

「は、はい…ど、どうぞ中に…」

 

「……ごめん、ちょっと待ってね…ぐ……」

 

「あ!む、無理しないでください…あ、青葉が肩を貸しますから…」

 

「…いや、今近づいたら血がつくよ…」

 

「…青葉のせいですし……」

 

 

 

 

「ごめん、カーペットにも血が…」

 

「気にしないでください…その、先に病院に行った方がいいんじゃ…黒いスーツでもわかる血の量ってかなり不味いと思います…」

 

「大丈夫だから、前よりはマシだし…それに弾も骨には当たらず突き抜けたみたいだし、運が良かったよ…」

 

「…え?う、撃たれたんですか!?と、東京で何が…というかなんでそんな怪我をしてるんですか……!!」

 

「…まあ、色々ね…それより、僕は青葉の方が心配なんだよ……青葉?」

 

「……司令官、私は今、すごく怒っています…」

 

「え?」

 

「司令官、あなたは私たちのために死ぬ事ができますか?」

 

「……覚悟は持っているよ」

 

「じゃあそんなもの捨ててください!!私達の事なんてどうでもいいんです!私は司令官に元気でいて欲しいんです!司令官に喜んで欲しいんです!司令官が私たちを大事に思ってるのは知ってます…私達のためになんでもしてくれるのはよく知ってます…!でも、それは司令官だけが辛いとかじゃないですか!」

 

「青葉…?」

 

「私たちが辛い時には司令官は必ず来てくれるかもしれません、いや、来てくれます、手を差し出してくれます!私は誰より信頼してます……だけど…だけど…!司令官は私たちが楽しい時や幸せな時には側に居てくれない…なんでですか…!?」

 

「…そんなつもりは…」

 

「摩耶さんやアオボノさんが困ってたら、何かサポートできることを必死に探してます、明石さんが暴走した時もケアを怠らなかったし、潮ちゃんが轟沈したって騒ぎの時も司令官は悲しみながらも立ち止まらなかった…私は頑張り続けてる司令官を見てるのは…もう…辛いんです……!」

 

「……青葉、僕は…仲間と過ごす時間が唯一、幸せな時なんだ…だからキミたちが楽しそうに過ごしてくれることが一番嬉しいんだよ」

 

「貴方はなんなんですか…!?人間ですよね!?人間ならもっと幸せになってください!貴方は人間なんです!貴方は脆いんですよ…!だから…だから……!」

 

「……青葉、大丈夫…僕は居なくならないよ」

 

「………やめてよぉ…!私の事を気にしないでよ…!自分のために生きてよ……!」

 

「………」

 

「く……ふぁ……青葉さん…?だ、大丈夫…?」

 

「翔鶴…おはよう」

 

「……おはようございます、提督、御怪我をされているようですが」

 

「…気にしないで」

 

「北上さんもおはようございます…失礼します、総員お越しをかけてきます」

 

「ダメだよ、みんな疲れてるんでしょ?ゆっくり休ませてあげないと」

 

「……私が許容できません、我々の指揮者がそんな状態でダラダラと寝ているなどもってのほかです」

 

「僕のために起こすならやめて」

 

「…止めたいのなら、ご自由に」

 

「………止められる訳ないかぁ…せっかく座らせてくれた椅子からも落ちちゃったし…」

 

「…お待たせしました…包帯とガーゼ、見つけました…」

 

「あ、天龍…ごめん、青葉、ここで変えてもいいかな?」

 

「……司令官…」

 

「……何かな」

 

「…壊れてますよ、司令官の心」

 

 

 

 

 

 

「壊れてる、か…」

 

結局、僕は青葉を元気にするどころか怒らせるだけ、最後には追い出される始末、仕方が無いので天龍に肩を借りて執務室に向かう

 

「……ひどい有り様だね」

 

「そういえば既に連絡はされてましたよね…どうなったんですか?」

 

「修理費用は向こうが持つってさ…明石にも伝えなきゃ…」

 

心が壊れてる…壊れてるかぁ…

意識したことがなかったけど、美味しいものを食べて嬉しい気持ちになったり、仲間と楽しく過ごすことが好きなことは…異常じゃない筈だ

 

「……天龍…」

 

「…北上さん曰く、少し病的なんじゃないかと…」

 

「北上もそんなこと言うかぁ…」

 

ちょっとショックだなぁ……

 

「提督…趣味はなんですか?」

 

「……なんだろうね、ゲームかな」

 

「……久しぶりにゲームに没頭する、と言うのは?」

 

「…できないよ、こんな時に」

 

「………失礼しました…」

 

僕の部屋の前で天龍が止まる

 

「…天龍?ここじゃないよ?執務室に…」

 

「ちょっと用事がある方がいるんです、時間は取らせないから提督をお連れしろと」

 

「…まあ、わかったよ」

 

誰だろう

 

「失礼します」

 

部屋の主を抱えたままそう言って天龍は僕を電気すらついていない部屋に連れ込む

 

「…暗くない?誰がいるの?」

 

「…今来たじゃないですか…」

 

「え?」

 

……あ、ハメられた

 

抵抗することも叶わず僕はベッドに引きずられ、その上に寝かされた

 

「…お許しください…病院に無理矢理連れて行くことも考えました…でも、私は提督の意思を尊重しますので……」

 

「じゃあ執務室に…」

 

「……折衷案です」

 

総員起こしの放送が鳴る

 

「……早く寝ないとすぐに人がなだれ込みますよ」

 

「…シャワーが浴びたいんだけど」

 

体はドロドロのベタベタだ

 

「…後で拭くものをお持ちします」

 

「……やっぱりいいや、うん、なんでもない」

 

「逃げられませんからね、提督…」

 

「……わかってるさ…」

 

僕は、この戦いから逃げない

ヴェロニカ・ベイン、そして海軍元帥を討つ…

 

世界を再誕させ、やり直したい…だけどそれよりも先に…これは私闘だ

絶対に誰も巻き込まない、だからこの感情は殺せ…たとえ這いずってでも、血を舐め続け、その先が地獄だろうと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 朝潮

 

「………はぁ…」

 

「どうしました?」

 

「…司令官のことで…」

 

「…アレはもう病気なんじゃない?」

 

「…霞…言い過ぎ…」

 

……何を求めてるのかがわからない

力だというなら私たちを振るえばいい

 

だと言うのに…

 

思い出せ、そういえばあの腕輪は盗まれた…はず

ならば何処にある?いや、当然横須賀か

 

私たちに期待しないなら…それはそれで仕方ない

ならば、何かを供することで満足するのなら、私はそうするべきだろう

 

…胸が締め付けられるような想いだ

 

私では役に立たないと言うのなら…私はどうすればいい…私の存在価値はもう失われた…

アウラは消えた、私の元から…それは構わない、私が私である事を示すチャンスなのに

 

「あの〜、司令さんは姉さんに期待してないんじゃないですよ〜?」

 

「山雲?」

 

「私たちが死ぬのが嫌だから、自分の手の届く範囲だけで完全に終わらせたいんですよ〜」

 

「……そんな理由…?」

 

「だとしたら今更だからないと思うわぁ〜」

 

「…多分、私達には、情報が足りてない」

 

「……予想するだけ無駄なようですね」

 

「………明日の朝礼、早く来ないかな」

 

「…そうですね…」



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欠片

呉鎮守府 

提督 三崎亮

 

「かぁー…クソッもうなんもやる気がしねぇ…」

 

「と言いつつ仕事は早いクマ」

 

「……やらなきゃならねぇことは多いからな…次コルベニクとやりあうとしたら…2人で当たる必要がある、俺と…神通か川内」

 

「那珂はどうしたニャ」

 

「…あれ以来碑文が使えなくなったってよ…」

 

「AIDAは戦力にならんかクマ」

 

「お前ら4人がいて漸くパワーの落ちた那珂を仕留められた訳だろ?じゃあダメだ、無理して死なれるのは嫌だからな」

 

「………ニャァ…」

 

「もう少し気の利いた言い方を、とも思ったが…まあ、通じる仲なので許すクマ」

 

「そいつはなんとも…大井は?」

 

「………自分の力不足を知ったらしいクマ…でも、それよりも精神的に成長して欲しいクマ…」

 

「…精神の成長はAIDAを強くする、心配ねぇよ、アイツが強くなればなるほど…アイツは成長していく」

 

「……なら良いけどニャ…」

 

「川内はストイックになった気もするし、神通は頼もしくなっていく…那珂だって一瞬は誰にも負けない力を手に入れた…戦うことが運命の艦娘からすれば…川内型は羨ましい存在クマ」

 

「他の奴らの前で絶対にいうなよ、ただでさえAIDAを使いたいって問い合わせが山ほど来てるんだからな」

 

「……ご飯でも食べるニャ」

 

「今日のメニューはなんだ?」

 

「牛丼汁だくネギ豆腐入りニャ」

 

「誰がお前の食べる特別メニュー言えって言ったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

埼玉 ネットカフェ

渡会一詞

 

「どうぞ、コーヒーです」

 

「……ん…やっぱコレだな、よく淹れられたな」

 

「…昔散々飲まされましたからね…俺も修羅場の時はコレがないとやり切れなくなりましたよ」

 

泥みたいに重いコーヒー…とことん苦く、眠気も飛んでいく…まるで催眠術のように、体が強ばり、仕事をしなくてはという気になる

 

「……でも、やっぱマズイなぁ…」

 

当然だ、ただただ不味いコーヒーだ、飲む奴が如何に働くかだけを考えたコーヒー…

 

「…一番美味いコーヒーってわかりますか」

 

「ああ、よく知ってる、昨日まで飲んでた味だからな」

 

…この人にとっては、娘が淹れてくれたコーヒーが一番美味いということか

 

「……お互い、頑張りましょう、美味いコーヒーを飲んだ方が仕事もしやすい」

 

「ああ…」

 

「………」

 

「……チッ、網張ってんな…」

 

「当然でしょう、下手に触れば一発で俺らの居場所がバレます…」

 

「……よし、次行くぞ」

 

「……もう六軒目です、埼玉を出ましょうか」

 

「じゃあ先に足を用意しとけ、俺が仕掛けたらすぐに逃げるぞ」

 

「わかりました」

 

 

 

 

 

「東京で頼む」

 

「…本気ですか、向こうの口の中に入り込むなんて…」

 

「安心しろ、引っ掻き回すだけ引っ掻き回してきてる…物ってのは直すより壊すほうが難しいんだ、そろそろ、こっちから仕掛けても良い頃合いだ」

 

高速に向かってタクシーを走らせる

 

「………」

 

俺は瑞鶴を、艦隊のメンバーを信頼し、留守を任せた…だが、海軍という大きな会社の中で、俺は中間職に過ぎない…

 

元帥が相手となれば…アイツらはどうするのだろうか

俺は、帰らなくても良いのだろうか…

 

「…やっぱお前、帰れ…」

 

「………徳岡さん、俺は…」

 

見透かされてるか…

 

「俺は、親である事を一度捨てちまった、取り返しのつかない事をした最低なやつだよ…自分の仕事のために…やりたい事のために…家族を…娘を、何もかも捨てたんだ、そんな最低な奴にお前をする訳にはいかねぇ……今ならお前だけなら見逃されるかもしれねぇしな…」

 

「…徳岡さんは…」

 

「……ま、アイツらなら上手いこと取り入って生き残れるだろ!おっさんの事なんか忘れちまってさ…何しろ、モノねだるのが…上手い奴らだからなぁ……」

 

「………貴方の部下は、きっと貴方のことを…」

 

「………だと嬉しいが…見ての通りアイツらはガキなんだよ…年上で小遣いくれて、面倒見てくれるおっさんを親だと勘違いしちまうような…それに、俺に限る必要はねぇ…きっと俺が帰れなくても…どっかの誰かが代わってくれるさ」

 

「……俺にはそうは思えません…」

 

「……そう思わなきゃならねぇんだよ、此処からは…捨てる覚悟がいる…」

 

いや、違う…

 

「……いや、此処から必要なのは…守る覚悟と、信じる覚悟です…俺は、部下を、信じます」

 

「…カミさんと子供はどうすんだよ」

 

「…部下が守ってくれます…それに、俺が…きっと止めてみせる、絶対に手は出させない」

 

「……後悔するぞ」

 

「…お互い分かってて選ぶ道ですから…すいません、そっちの道に…そう、そこで止めてください」

 

路地に入らせてからタクシーを降りる

 

「車を替えましょう…どうにも、つけられてる気がする」

 

「……いや、俺らがネカフェを出てからほとんど時間が経ってねぇだろ…?それに、出たのも網に触れてから僅かな時間だ、読まれてたとしても…流石に…」

 

「………既に泳がされていたら?」

 

タクシーが走り出す

 

「…意味がわからん、何が言いたいんだ」

 

「………」

 

タクシーの進行方向で大きな音がする、何かにぶつかったような…

 

「…運転手の無事だけは祈っておきましょうか」

 

「……薄情な奴だな、俺は保険が適用されることも祈っとくぞ」

 

「そんなの適用されて当たり前ですから」

 

どれだけ持つか

すぐに追いつかれるだろう、路地を利用して撒くしかない

 

「で!?どうする!」

 

「考える暇なんてありませんよ…俺らは殺されるくらいには邪魔なんでしょう…!」

 

「クソ!自分らの悪事棚にあげやがって!」

 

「こういうピンチにはゲームなら助けが来るものですが…」

 

曲がり角を曲がったところで待ち伏せる

 

「そういうのは期待できねぇな!」

 

「全くです、しかし…つい最近まで憲兵隊に所属してた奴相手にステゴロとは中々舐めたものだな…!」

 

 

 

 

 

 

「おー、怖え怖え」

 

「…きっちり拳銃まで持ってますね有難い話だ」

 

「お、おいおい、俺らが持ってていいのか?」

 

「俺たちは身分のはっきりした軍人です、銃刀法違反とは行きませんよ、警察を買ってるなら俺らには勝ち目がないだけです」

 

「……軽く言いやがる」

 

「そうしないと持たないだけです、しかし、このままでは…いや、頼りはあるか…」

 

「なんだぁ?お前、何する気だ?」

 

「………人を頼るだけです」

 

 

 

 

 

 

 

月の樹

 

「なるほどな、闇の住人ってやつか、まさか生きてる内にヘルバをお目にかかれるとはなぁ」

 

『勘違いしないことね、月の樹はもはや政府の施設…貴方達を支援することができるのは私の個人的な力が及ぶ範囲だけ』

 

「充分すぎます、ありがとうございます」

 

『…カイトはああ言ってたけど、私にとっては貸しがあるのよ』

 

「………理解しています」

 

「なんだ?なんの話だよ」

 

「…いろいろあるんですよ」

 

『…貴方達、そこの施設は好きに使ってもいいわ、壊しても、デコイにしてもいい…その代わり何をするつもりか言いなさい』

 

「……黒い森をぶっ潰すんだよ」

 

『命知らずってことね、早死にするわよ』

 

「…死ぬつもりはない」

 

「もう四十だ、俺は十分長生きしたつもりさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

軽空母 瑞鳳

 

『行くわよ瑞鳳!』

 

『………』

 

碑文の力を使った演習、瑞鶴さんから提案してきた、それに私は乗った…

 

『はぁぁ…!』

 

『式神…!?』

 

この演習は碑文を使ったものなのに…何を…しかもあれは式神タイプの艦載機…

 

『遠慮なんかしないからね…発艦始め!』

 

身の丈を超える杖を振り、滑走路を幻出させる

そしてそれを滑るように…

艦載機が次々発艦し始める…

 

『……そんな…!』

 

『さあ!くらいなさい!!』

 

出鱈目な方向へと飛んでいく

慣れてない事をするから……いや、だとしたらあの自信の意味がわからない…

 

『……違う、多い!』

 

瞬きをする間に空を埋め尽くさんほどの艦載機が現れる

 

『上ばっか見てる場合じゃないわよ!レイザス!!』

 

光が、形を持って迫る

危険信号が鳴り響く

 

『ッ!!』

 

ガードしなかったら死ぬんじゃないかという鋭さ…

遠慮なしというレベルではない…

 

『今度は上がお留守ね』

 

艦載機が近づいてくる

仕方ない、もう少しギアを上げよう

 

『…はぁぁ…はッ!』

 

『えっ?えぇ…?何それ、波動拳?』

 

『気功!って!言うんですよ!!』

 

空間を殴りつけるようにして衝撃を飛ばし、艦載機を撃ち落とす

 

『気功ってそういうものなの…?』

 

『タルヴォスに聞いてください!獅子連撃!』

 

打撃で此処まで艦載機を撃ち落とすのは向こうにとっても想定外な…は…ず…?

 

『攻撃がすり抜けた…?これ……幻影か…!』

 

『そういう事、ほらほら、まだまだ行くわよ!』

 

『タチが悪い…でも、幻影と分かったなら…もう何も恐れるものはない…』

 

『え?』

 

幻影を無視して、本物だけを叩く

 

『…分かってれば、簡単…本物からは匂いがしない』

 

『なるほどねぇ…ならこれはどう!?』

 

幻影が連なって大きく旋回しながら海面ギリギリを飛んでくる

 

無駄な事を…いや…匂いはしないけど…

何…この音…この違和感は…

 

『…わからない!わからないけどとにかくマズイ!』

 

艦載機の隊列の中から光の矢が飛び出して水面へと消えて行く

 

『さっきの…これの目隠しか…』

 

『そゆこと、どう?降参しとく?』

 

『……』

 

随分と調子に乗ってる…

負けるつもりも負ける気もしないけど、私の打撃は加減しても後に響くだろうし…

 

『はい、降参します』

 

下手にやり合ってお互い傷だらけになるよりはいいか

 

『そう?いやー、まだ隠してる手もあったんだけど…』

 

チッ、鬱陶しいなぁ…

 

『…お互い様ですよ』

 

『え?』

 

足の艤装で水面を叩く

 

身長を遥かに超える、水柱が当たる

 

『……何、まだまだやる気じゃない』

 

『いいえ、降参します、早く護衛に戻りましょう』

 

『……はいはい、アンタは御利口さんですよっと…』

 

「あ、居た!2人とも早く来なさい!岩川が交戦状態に入ったわよ!」

 

『…どういう事?」

 

『とりあえず早く行きましょ」

 

 

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗 

 

「つまり、曙にはその時意識がなかった、本来曙は潜入の目的で横須賀に向かってたんだ、だから決してみんなを裏切ったわけじゃない事を理解して欲しい」

 

立つことができないため、買ってきてくれた車椅子に座りながらの朝会

台座にも乗ることができないからこっちが見下ろされてて、緊張する感じだ

 

「じゃあ、何か?最後の大暴れは?」

 

「ストレス解消って事でしょ、あのアホンダラ…」

 

「………何にしても、よかったわ、裏切ったわけじゃなくて」

 

「いえ、楽観視するわけには行きませんよ、脳にチップを埋め込む…とても許されるやり方ではありません、差し詰め…提督、脅されているのでしょう?」

 

「…加賀、何が言いたいのかな」

 

加賀が近寄って来る、すぐそばで見下ろされる

 

「余計なことはするな、と言われたんじゃないですか?と言い換えます」

 

「…それは言われてないね」

 

「つまり、別の言い方で脅されたということね」

 

「…オイオイ…!」

 

「……私たちが重荷になってるって事ですよね…」

 

「それは違う!それだけは…違う…!」

 

「違う?どこが違うんですか、提督、冷静さを欠く事は誰にでもありますが…そこまでいってその言葉、最早正気の沙汰ではありませんよ」

 

「赤城さん、言い過ぎよ」

 

「どこがですか、私は賛同します、さっさと入院してください」

 

「………」

 

「そういう事よ、クソ提督、アンタは大人しく前線を離れるしかないの」

 

「……ダメだ、それだけは…僕だけがここから去るなんて事は…」

 

「私達は自分の身を自分で守れるんですよ、少なくとも貴方よりは確実に」

 

「……わかってる、わかってるさ…僕には力も、何もない」

 

あの戦いを、僕は見てしまった、何の力もない僕にも、見えてしまった

 

ハセヲは、AIDAも、碑文も使えた

 

たくさんの碑文使いや、AIDAの適合者が居た

 

曙にも腕輪がある、島風に至っては…何故あんな姿になれたのか…僕にはわからない

 

僕には、何が残されてるんだ?仲間とか、物とかじゃなくて…力が、残ってない

 

何の力もない

 

「…提督、諦めがつきましたか?」

 

「…………」

 

此処に居ても足手まといなのは分かってるんだ、僕は何かを打ち倒す力はないし、みんなを指揮することも決して優れてない…

だから僕は力が欲しいのに…

 

僕には、力が必要なのに…

 

いや、もういい、せめて仇だけでも討とう、それだけでもやらないと…顔向けができない

 

「………提督?」

 

「…なんかおかしくないですか?」

 

相手も人間だ、銃弾が当たれば、死ぬ…

ナイフが刺されば死ぬ…

 

「おい!提督!聞いてんのか!?」

 

「え、あ、うん…」

 

「………提督、今何を考えてました?」

 

「…いや、ちょっと貧血でくらっときちゃって」

 

病院に連れて行かれるのなら、うまく抜け出す策を考えなきゃいけないな…

 

「明石さん、早く病院に連れて行きましょう」

 

「そうですね…」

 

「…ちょっと失礼します…提督、こっちを向いてください…ほら」

 

顔を無理やり向けられる、青葉の目が僕の目を見ている

たまらなく情けなくなる、目を合わせることができない

 

「…こんっのクズ!目を合わせる事もできないの!?」

 

「…いや…」

 

「ウジウジしないでよみっともない!」

 

「霞、やめなさい」

 

「あの屑が悪いのよ…!」

 

心が冷え切るような、締め付けられるような…

悲しくて嫌な気持ちで…青葉の目を見る

 

「……提督、そんな目、しないでください…提督は私と同じ目をしちゃいけないんですよ」

 

「…え?」

 

「…人殺しの目をしてます」

 

見透かされたような、貫かれたような感覚

 

「………」

 

「…ほら、やっぱり…提督は…」

 

「……邪魔、しないでよ…」

 

「え…?」

 

「…提督?」

 

「僕には何もないんだ、君達を守る様な力も…君たちを指揮する能力も、何度も目覚めたように考えを変えた、自分で戦えばいいと思った…なのに、僕には何の力も残らなかった…!」

 

「…提督」

 

「もう邪魔なんだよ!僕は!それなら此処にいる必要がないだろ!」

 

「だから、死なば諸共の覚悟で敵討ちですか?」

 

「…そうだよ…!」

 

「本気な訳!?あ、アンタ…!」

 

「提督、考えを改めてください、私達は貴方なしでは…」

 

「僕が居なくても君たちは生きていける、何で僕が居なきゃいけないのか僕にはわからない、僕にはもう価値はないんだ…!」

 

背後から肩を叩かれる

 

[価値がなきゃ、生きてちゃいけないんですか]

 

「…北上…」

 

[私を生かしてくれてるのは、貴方です、では私の価値はなんですか]

 

…北上の、価値…?

 

「提督、北上さんに価値なんて求めてませんよね?そういう事ですよ」

 

だめだ、此処で押し負けたら、チャンスを失う

 

[ちょっと黙っててください]

 

「あ、いや、私は……ごめんなさい」

 

[提督、私は戦えません、喋れません、電話にも出られないし、料理もすごくモタモタして美味しく作れません]

 

…北上の努力は、ずっと、目に入る

生きているだけで、普通の生活をするだけで大変なのに、散歩と言っては体力を作ろうとしていたり、艤装のかわりの小火器を持とうとしたり、北上なりの努力を、僕は良く知ってる

 

[でも、私は此処に居ます、居させてもらってます]

 

「…君は此処にいるに足る努力をしてるじゃないか」

 

[提督はしてないんですか?]

 

「……」

 

何をしろ、というんだ…

僕は人間で、アスリートになれたとしても…この子達の盾になることもできないだろう

 

そうか、人間の身体が悪いのか

 

「それなら、摩耶」

 

「…なんだよ」

 

「僕をデータドレインで貫いてよ、曙でもいい、どんな手段でもいいんだ、僕をゲームの身体にしてよ」

 

「お前…!!ふざけんな!!」

 

摩耶に殴り飛ばされる、車椅子から転げ落ちるし、身体中が痛い

涙も出てきた

 

「お前…!お前!本気で…クソッ!クソが!ふざけんなよ!…ふざけんなよぉ…!」

 

「…司令官…」

 

「司令さん、お願いですから〜、自分を大切にしてください〜…」

 

自分を大切にしろって言われても、僕には…

 

[提督、私には貴方が必要です、私からすれば貴方と過ごした時間は少ない、だけど、誰より貴方が居ないと私は生きていけません]

 

「…そんな事はない…阿武隈もいるし、他のみんなも…」

 

「じゃあ私は北上さんを守りません!なんでもいいんです!どんな事でもいい!お願いですから…もうやめてください…自分だけ辛い道に進めばみんな幸せになるなんて思わないでください!」

 

「…違う、僕は…全部道連れにしようとしてるだけなんだ…許されない事をしようとしてるだけ…もう、退いてよ…」

 

地べたを這いずり、ゆっくりと、建物を目指す

 

「…そうですね、提督はずっとそういう人でしたよ……なら!提督なんてやめましょうか!」

 

「……明石?」

 

「.全部投げ出して、私達だけで、終わりまでどこかで静かに生きてましょうよ、誰が責めるんですか?火野さんはそんな人じゃないですよね、言い訳に使わないでください、曙ちゃんも提督の事が心の底から大好きですから、絶対に喜んでくれますよ」

 

「そんなわけない」

 

「それは言い訳です、此処にいる全員、1人残らず、貴方がしてきた努力は見ていたんです、今まで、必死に戦っていた貴方を…だから誰も責めたりしない」

 

「絶対にダメだ、僕は、止まっちゃいけないんだ!」

 

「……じゃあ、今度は私達が手伝う番ですね」

 

「…え?」

 

「よし、じゃあやるわよー」

 

「はいとりあえず提督抱えなさい、部屋に連れてくから」

 

「……こっちのルートかぁ、残念ね」

 

{終末までのんびりするのも、楽しそうですけどね]

 

「み、みんな、何を…」

 

「提督、貴方が戦いたいなら、止める事はしません…無謀な復讐や死なば諸共な考え方以外は」

 

「アタシたちは…アンタの仲間なんだろ?なら…一緒に戦おうぜ!カイト!」

 

「そういう事だから、もう少し待ってなさい、ちゃんと場を整えてあげる…それまで、あと少しだけ待ってなさいよ、クソカイト」

 

「司令官、私達はまだ司令官の全力を見てない、という事でよろしいですか?」

 

「………なんだ…あはは…」

 

「…頭打ったか?悪い…つい本気で殴っちまった…」

 

「摩耶…暴力はダメよ…」

 

みんなを引っ張る必要がある、とばかり思ってたけど…手を引かれるのも、いいかもしれない

 

「わ、うわぁ!泣くなよ!」

 

「そんなに痛かったの!?もう!摩耶さん!!」

 

「…違うんだ…暖かくて…」

 

「こんな冬場なのに…?」

 

「加賀さん、そういう事じゃわないわ」

 

…今なら、あの時のように生きられるかもしれない

 

「…アオボノ、それなんだ?」

 

「摩耶…あんたも…」

 

2人から、何かが零れ落ちる

 

赤く、光り輝く…光球

 

小さくて、本当に、消えてしまいそうな…

 

「…ア…ウラ…?」

 

手を伸ばした僕に、近寄って来るように…

吸い込まれるように、解けるように僕の中に消えていく

 

熱い

 

身体の中が、熱い

 

「…ぅ…ぐ……!」

 

「ちょっ!大丈夫!?」

 

「…今何をしたんですか?」

 

「私にはトマトの拾い食いに見えましたけど」

 

「ふざけてる場合じゃないから!」

 

「…ぅ…あ……ぁ…!」

 

『ア"ア"ァ"ァ"!』

 

「わっ!?勝手に出て来ないで…!」

 

「とりあえず離れてください!どうやら…危険なようです…」

 

「ぅぐ…あ…が……」

 

わかる、身体の芯から、あの時の感覚に戻っていってるのが

熱い、燃えているように熱い

 

ーカイト…ー

 

わかってる…もう、わかったんだ、ごめん、何度も、ずっと迷惑をかけてきて、みんなにも、何度も大変な思いをさせてきて

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

体が、持ち上がる、無理やり立たされている

のけぞりながら、必死でもがく

 

「火がついたぞ!?」

 

「早く水を!」

 

「海に落とせ!」

 

「溺れるわよ!」

 

「………いや…待てよ…それでいいじゃねぇか!」

 

頭から何かが降り注ぐ、口の中が塩辛い

海水…?

 

「…はぁ…っ……はぁ……」

 

「…提督、その姿…」

 

「……」

 

見なくてもよくわかる…

 

「…結局、僕はこの姿じゃなきゃ、君たちと並び立つ事はできないのかもしれないけど…」

 

「……」

 

「それでも、さっきまでとは違う…価値とか、そんな物じゃない、ちゃんと、君たちの思いをちゃんと理解して…その上で…僕は、此処にいる」

 

「……本当に、信じますからね」

 

「…うん、お互いに助け合っていこう」

 

「………クソ、今後はもっと頑張らねぇとな…活躍がとられちまうぞ」

 

「…そうね、上等よ」

 

だから、アウラ…あと一度だけ…もう少しだけ、この力を貸して…

僕自身のために、僕が守りたいものを守るために、取り返したい物を、取り返すために



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拒絶

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「岩川への援護は任せたよ、強力な敵であることだけは間違いない、一層の注意を」

 

「了解!腕が鳴りやがる!」

 

「ちゃんと約束守りなさいよ、居ないからって無茶しない事、何かあったらすぐに無線で知らせる事、1人で思い詰めない事…わかった?」

 

「心配性だなぁ…大丈夫だよ」

 

「そうさせたのはどこの誰でしたっけ?」

 

「………何も言い返す事はないよ、ごめん」

 

「さて、じゃあ出撃メンバー!旗艦アオボノちゃんッ!」

 

「…やけにテンション高くない?…いいけど…」

 

「次、摩耶さんと加賀さん龍驤さん、阿武隈さん、イムヤさん!」

 

「いやアタシらはまとめんのかよ」

 

「って事でぇ!よっろしくぅ!」

 

「……明石さんが壊れた…」

 

「壊したのは提督だろ?ほっとけよ、それより保険入ってたっけ」

 

「保証の適用外じゃない?自損事故でしょこれ」

 

「言いたい放題だね…」

 

「そういうのいいから、早いとこ行こうぜ、こうしてる間にも向こうじゃ何が起こってるかわからねぇんだ」

 

「…気をつけてね、本当は僕も行きたいんだけど…」

 

「まだ無理だろ?無理すんなって」

 

「全力で戦えるようになったら、一緒に戦ってあげるわ…」

 

「……待っててね、すぐ治すから」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行った、か…」

 

「行ったか…じゃないよ、本当に今日はどうしたの?」

 

「あー、その、ちょっと工廠まで来てもらえますか?」

 

「……いいけど…」

 

 

 

「これ!データ兵器を利用して作った私たちに無害な電磁パルス製造機です!指向性も間違いなく、有効なのは着弾点から20メートル!」

 

「……えっと?」

 

「……曙さんが、そうなったのなら…助ける…仲間でしょう?そうしたいんですよね、例え、その傷をつけた相手が誰であっても」

 

「…敵わないなぁ…うん、手を貸してくれる?」

 

「勿論ですよ、私の甘さは提督譲りなので…これを使えば、件のチップを一時的に無効化できるはずです、全ての電子機器を使用不可にするほどのものなので」

 

「…それ大丈夫なの?」

 

「理論的には問題はありません、それとこれを」

 

「……それは?」

 

「……ヘルバさんに、あるものを見せてもらいました」

 

「…ヘルバに?」

 

「……月の樹は、海軍の傘下になりつつあるそうです、正確には国の傘下ですが…あれほどの施設、国が何も触れないわけがないですから…」

 

「……そう…か……それが?」

 

「………腕輪は月の樹…正確には国が掌握してる月の樹にあります、私は腕輪の解析データを見せられました…」

 

「…そうか…」

 

「先に言います、腕輪はもう特別なものじゃない…アレを解析し、精度の低いデータドレインを作り出すのが海軍元帥の狙いだそうです」

 

「……だろうね、それで?」

 

「…提督、今、腕輪は?」

 

「…アウラにどれだけの力があるか、かな…僕の中にあるアウラは断片だから…」

 

「セグメント、でしたっけ…どれだけの数に分かれたんでしょう」

 

「…さあね、でも、朝潮も持ってるのは間違いないと思う…それから…島風も」

 

「朝潮さんは何となくわかりますが…島風さんですか」

 

「…あのパーティーの時…島風がカイトになって戦ってたんだ、僕が今あの姿になれる事を思うと、間違いないはずだよ」

 

「……なら、舞鶴は心配ありませんね」

 

「あ、やっぱりそう思う?」

 

「…きっと強くなってますからね」

 

「よし、じゃあ…僕らも攻勢に出よう」

 

「攻勢ですか…?」

 

「………忙しくなるよ、明石、よく聞いて欲しい」

 

 

 

 

 

「…本気ですか?私達は…」

 

「うん、入念な下準備が必要になる、その第一段階に明石の力がいる…」

 

「……まあ、正直なところ、私もそれは考えました……どこまで復旧できるかはわかりませんよ…?」

 

「わかってる、さて…僕も行くよ、金剛と赤城をつけるね」

 

「……といっても、敵はうじゃうじゃ居ますから、不安はありますね」

 

「大丈夫…さ、行くよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京 ヘルバのアジト

提督 徳岡純一郎

 

「…よっしゃぁ!!食い破ってやった!」

 

『こっちもシステムをダウンさせたわ、今なら…アクセスできる』

 

「……黒い森…その内部…」

 

 

 

「……クソ、御伽噺は御伽噺で終わって欲しかったぜ…!」

 

モニターに映る夥しい数の脳

これが全て演算の為に使われている…

 

「どうします、破壊するんですか…?」

 

…人道的な殺しだ、これは、許されるはずなんだ

例え、小さい脳があって、それがもしかしたら子供のものかもしれないとしても

例え俺が何人殺す事になったとしても

 

「……壊してやる、誰も苦しまないように…!」

 

『………迷うくらいなら利用しなさい』

 

「なに?俺にもコイツらを苦しめろってのか?」

 

『そうじゃない、この施設を全て壊し切る事はできない…なら完全に倒すために貴方も利用しなさい』

 

「やらなきゃわからねぇだろ…!」

 

『……ここを完全に沈黙させるには時間も何も足りない、中途半端に手を出せば、私も貴方もタダじゃ済まない…それならば利用するに留めるべき…それくらいわかるでしょう』

 

「………俺は失うものなんて…」

 

『仁村潤香、貴方の一人娘の事をCC社が本気で追えば…1週間とせず殺される…』

 

「……お前、味方じゃねぇのかよ…!」

 

『私も所詮1人の人間なのよ、弱みを握られれば…生きていけない…』

 

「……徳岡さん、セットアップ完了しました」

 

「……あぁ、クソ…」

 

 

 

 

『痕跡は完全に消したわ、あとは貴方たち次第』

 

「……どうするつもりだ」

 

『ここを報告して貴方たちを追わせる、そうしなきゃ私が犯人だもの』

 

「…チッ…アフターサービスがなってねぇな…」

 

『そのシステムをうまく使えば…貴方たちの所の部下は今まで以上の力を発揮できるはず』

 

「……部下じゃねぇ、俺にとっちゃ、あいつらは…娘だ」

 

「…徳岡さん…」

 

『……私の話を聞いた後でも、それを言い切るなんてね』

 

「いいか、出生なんてな、俺からすりゃどうでも良いんだよ…本音をいえば今すぐにでもアイツらを戦いから離れた環境に移してやりてぇ…それができないから…こんなもんに…!」

 

USBを強く握りしめる

 

「……守るための犠牲です、俺の所にも、コイツは必要だ」

 

『……間違えないで頂戴よ、私はあなた達の敵でも味方でも無い』

 

「…その割にはあの勇者に入れ込んでるようだが…?」

 

『………カイトは…そうね、もしかしたら入れ込みすぎかもしれないわ、後悔はしてないけど』

 

「…チッ、時間がねぇんだったな…急ごう」

 

「………協力に感謝する」

 

 

 

 

 

「………どこまで信用して良いと思う」

 

「そういう話じゃ無いんですよ、信用しなきゃもう生き残れない……しかし、本当にバレてないのか…?」

 

「ああ、らしいな、堂々と歩いてても…全く追われてる感じがしない」

 

「………泳がされてるだけだろ…」

 

「…帰るんですか?」

 

「帰らなきゃならねぇんだよ…俺は、俺は…!」

 

自分じゃやれねぇなら…せめて裏方くらいはやらなきゃならねぇ…

俺は俺の仕事がある…

 

「……俺もまだ若いのかもな…」

 

「なんだよ、嫌味か?」

 

「…いえ、俺も前に出て戦いたくなってしまったもので」

 

「……それが若さなら俺は10代だよ…」

 

「……徳岡さん」

 

「アイツらは機械なんかじゃねぇ、馬鹿みたいに飯食う財布に悪いガキどもだ…少し強過ぎるのが玉に瑕なだけで…俺の可愛い娘なんだ」

 

「………俺にとっては、アイツらは部下ですが…それでも、大切な奴らです、できた奴ら、とは言えませんが」

 

「全くだな、だけど部下には苦労させられるもんだろ」

 

「…俺は上司に苦労させられましたが」

 

「なんか言いやがったか!?」

 

「…いえ」

 

「…ったく……じゃあな」

 

「…もう二度と、会わないことを祈ってます」

 

「俺もだ、お前と会うと…だいたい修羅場だからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海上

正規空母 瑞鶴

 

『お疲れ様でした』

 

「うるっさいわね…!私だって残りたかったのに…」

 

「まあまあ、瑞鶴、そんなに気にしなくても…さっさと仕留めれば帰れるからさ」

 

「はぁ…トップがいないからってジャンケンで編成決めるのは如何なんですか?」

 

「良いんじゃ無いかしらぁ〜、早く敵を見つけましょ?」

 

「じゃ、彩雲行くわよ」

 

「…はっやいなぁ……」

 

「……でも、航空機を一瞬で落とす相手でしょう?」

 

「……いや、それについては想像がついてる」

 

その時の航空機との通信状況から、おそらくかなり低空を飛んでたはず…

そしてそれは、本当に撃ち落とされたのか

 

 

 

 

「居る…方位このまま!行くよ…!」

 

「待って、無線が…混線してる…?」

 

『あ、やっとクリアになった…』

 

『如何なってるのかしら、イムヤー!そっちは問題ないのね?』

 

『はい、一度浮上します!』

 

「…宿毛湾の奴らね…何してるのかしら」

 

『…他所の艦載機と出会ったようです、狙いは同じか…』

 

『つまりあの不明な敵を倒しに行く奴らが他にも居るわけ?』

 

「合流しましょう」

 

「あー、あー、こちら佐世保鎮守府第一艦隊、旗艦瑞鶴です、無線が混線しており会話が聞こえました、目標は同じようですし合流したいのですが」

 

『…こちら宿毛湾泊地第一艦隊、旗艦曙、了解』

 

「…旗艦が駆逐艦?」

 

「…駆逐隊ってこと?いや、空母がいるみたいだし…ま、いいか」

 

 

 

 

 

「標的はすでに発見済み、さっさと片付けましょう」

 

「ええ、勿論そのつもり」

 

駆逐1軽巡1重巡1空母が2の…?

 

「………」

 

「あ、イムヤ、出てきて」

 

「はい」

 

「ああ!あなた演習のときの潜水艦じゃない!」

 

「本日はよろしくお願いします」

 

「よし、じゃあ顔合わせも済んだ所で作戦でもすり合わせる?有るならだけど」

 

「………ないの?」

 

「だって私たちじゃんけんで編成決めてしたしね」

 

「…………は?」

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙(青)

 

「いや、事情はわかるけど…そういうことならもう帰ってくれて良いわ、アタシ達がやる…」

 

「随分と自信があるのね」

 

「……生半可な気持ちで戦えば死ぬわ、そのくらいの覚悟が必要なのよ」

 

「死なないわよ、私が強いし」

 

足並みを揃える気がない、か…

少し前の私を見ている気分になる

 

「……尚更やめなさい、あんたが良くても味方がついていけないわ」

 

「随分慎重ね、宿毛湾の連中ってのはみんな大胆なのかと思ってたけど」

 

「…無駄に危険な真似をしなくなっただけよ」

 

「私たちが無駄に危険って言いたいの?」

 

「数だけいても連携が取れなきゃ無意味よ」

 

「そうかもねぇ……ん?………帰るならアンタらが帰れば良いわ、向こうはこっちを見つけたみたいだし」

 

「…見つけたって…加賀、まだかなり距離があるんでしょ?」

 

「ええ…まだ見つかったとは…」

 

「ああ、アンタ加賀なんだ」

 

「……何か?」

 

「私瑞鶴、よろしく」

 

「……よろしくお願いします」

 

何?あの瑞鶴…ほんとに態度悪いわね…

 

「……アオボノ、別の敵が居ます、ゴレが側に…」

 

「ゴレ?…ゴレ!?ようやくリベンジの時が来たってわけね…!」

 

「お互い相手が見つかったみたいだし、分担しましょ?」

 

混戦になって同士討ちとかになるよりは良いか…

 

「そうさせてもらうわ、加賀!」

 

「方位サンマルロク、行きましょう」

 

「よし!行くわよ!!」

 

 

 

 

 

「……ところでさ、あの瑞鶴と何かあったわけ?」

 

「いえ…私個人の意見を言うなら会えて大変嬉しいはずなのですが…」

 

「…めちゃくちゃ感じ悪りィよなぁ…」

 

「ま、加賀に非はないんやしええんとちゃうか?」

 

「そうですよ、加賀さんの味方はこんなに居るんですから、気にしちゃダメですよ!」

 

「……ありがとうございます……遠見すればそろそろ見える頃かと」

 

戦闘前に気持ちがブレるのは嫌ね…ミスに繋がるし…加賀に限って無いはずだけど…

 

『こちらイムヤより、友軍潜水艦と出会いました、直下にいます、浮上しても良いですか?』

 

「友軍の潜水艦…?アンタらって確か実験的に導入されたのよね…?」

 

「とりあえず上がってきてもらいましょう」

 

 

 

 

「イ号潜水艦の伊58、ゴーヤって呼んでくだち」

 

「よろしく、どこの所属なの?」

 

「横須賀だよ、宿毛湾さん」

 

「ッ!」

 

全員に嫌な緊張感が走る

 

「あれぇ〜?味方なのになんでそんなに構えちゃって〜、悪い事してないなら報告なんかしないから気にしなくてもいいよぉ?」

 

悪事は働いてないけど…下手に力を使えない…

 

「…横須賀ってぇとクソッタレの曙にウチの提督が殴られてるからな、アンタは悪くねぇんだけどあんまり良い印象がねぇんだわ」

 

「でも東雲さんは宿毛湾から来たよねぇ?宿毛湾の提督が悪いんじゃないの?」

 

「そんな事ありません、提督は褒められた人間ではありませんが私達には常に誠実に向き合ってくれますから」

 

「ふーん?」

 

「………何?今から戦闘なんだけど」

 

「伊号第百六十八潜水艦、伊168」

 

「な、なんですか!?」

 

「これ、呑んで」

 

カプセル…?

 

「え、な、何それ…」

 

「呑めば幸せになれるよ」

 

「い、いやです、怖い!」

 

ここで拒絶したりするのは…付け入る隙を与えるだけで危険か…

 

阿武隈と摩耶の方を見る、2人ともわかってるらしい、龍驤と加賀を連れて先に進む

 

「…あれ?お仲間が先に進んでるけど良いの?」

 

良し…予想通り、邪魔者を排除したがってその発言をすると思ってた

 

「あ、あんの馬鹿…!ほら!イムヤ!行くわよ!」

 

イムヤの手を掴み最大速で進む

 

「いい、絶対潜行しないで、あんたは記録役に徹しなさい…あのカプセルはどうにかして手に入れて解析するまで何があっても呑んじゃダメ」

 

「わ、わかった!あ、わかりました!」

 

「…爆雷を積んでるのは私と阿武隈だけ、アンタが潜行したら容赦無く投げるから…覚悟しときなさい」

 

「え…?」

 

「ついてきてんのよ…何がなんでも呑ませるつもりらしいし…」

 

「ひっ!?」

 

「… これが終わったらアンタは暫くお休みよ、心配ないわ」

 

 

 

 

 

「ゴレ発見!戦闘開始!」

 

「如何する!?」

 

「このままやるに決まってるでしょ!加賀!龍驤!」

 

「鎧袖一触よ、心配ないわ」

 

「っしゃあ!艦載機のみんな!お仕事お仕事!」

 

「阿武隈!やれる!?」

 

「観測がないのが辛いですけど…やる時はやるんだから!!」

 

せっかく完成させた召喚タイプの砲撃も、このままじゃ意味無いし…タイミング見て排除したい所だけど…事故じゃ無いといけないのよね…

 

『勇気あるものよ』

 

『蛮勇なるものよ』

 

ゴレが喋り出す

 

『今一度と死に急ぐか』

 

『我等に容赦はない』

 

「上等…アンタらは倒さなきゃいけない存在なのよ…!」

 

『物事の側面を見ることのできない者よ』

 

『その頭は必要がない、首から上には面をつけよ』

 

…要するに私の脳みそはスカスカって言いたいのか…

 

「あぁぁぁ!腹立つ!砲撃開始!」

 

摩耶に阿武隈と加賀を任せてゴレの周りを回りながら砲撃する

 

『………』

 

『………』

 

全く効いてないか…

 

「やっぱり火力が足りないか…!」

 

「艦載機にも全く攻撃してこーへんあたり…ホンマにダメージがないってことか…?」

 

「………まだあの潜水艦が居ますよ…」

 

「余計なことは言わないで、これは記録してるのよ、事故で有ることを証明するために…あんまり切り取ったら怪しまれるわ」

 

ゴレ自体もそうだけど、あの潜水艦を片付けないと…

 

……何、この感じ…

 

何か近づいてくるって…感じる

 

………お前か…!

 

「…コルベニク』

 

「曙ぉぉ!アンタ…何しに来たのよ!!」

 

『私の提督に仇なす敵を消し去りに』

 

青い紋様を纏い、チェックのマフラーを靡かせて、手に奇怪な形の剣付きのライフルのようなものを握りしめて

 

私を抜き去って行くコイツを…私は、指を咥えて見ていることが…できるわけがない

 

「待て、落ち着け…操られとるんやろ…やったら助ければええ…敵やない」

 

「………わかってるわよ…」

 

あの銃の1発で私たちの砲撃の何倍の威力があるのか、ゴレはその醜い顔を歪めて退がりながら攻撃を飛ばし始める

 

『愚かな者よ…』

 

『貴様は愚かだ』

 

『それで結構…大人しく死ね』

 

「………本当に、アイツ、なの…?」

 

戦い方に影がない

無駄な動きはないのだろう

 

だけど、どこか…機械のような…

 

「……アンタ…本当に…!」

 

信じたくはないが、そうだとしたら横須賀の元帥は、殺してやる…

アンタが…曙で居られる様にして見せるから

 

「摩耶…もうなりふり構わなくていいわ…」

 

『おい!待て、見られてるんだろ!?』

 

「わかってるでしょ…!?アイツがあんな戦い方してるのなんて…耐えられないのよ」

 

『…先に潜水艦を落とせばやれる、阿武隈に位置を』

 

「…魚雷でやる気…?…イムヤ報告!!」

 

「は、はい!阿武隈さんの位置から今の私の位置を狙ってください!全く同じ速度ですので!」

 

『…オッケーです…やります!」

 

後方で水柱が上がる

 

『当たった!!』

 

「…アンタも化け物じみて来たわね…摩耶!!」

 

『行くぜ!』

 

水を突っ切り、姿を変える

 

「雷舞!!」

 

「ガンドライブ!!」

 

『…下がってて、邪魔だから』

 

「アンタが邪魔なのよ!狐昇斬!」

 

「でぇぇぇッりゃぁぁぁッ!」

 

摩耶の攻撃のタイミングは完璧にわかる

 

アンタがまだ曙なら…これだけ見せたらわかるでしょ…?合わせなさいよ…!

 

「クソッ!コイツ馬鹿硬ぇ!?」

 

「どっちも同じよ!!」

 

『………』

 

「なんで来ないのよ!来なさいよ!」

 

『… 塵球至煉弾』

 

銃を上に向けて一回撃った…?

 

何を…

 

「…マズイ!」

 

上空で弾けて私達に降り注ぐ

 

「アンタ…この…ホントに…!!」

 

操られてる…?これが…?

 

「きゃあ!?」

 

「飛行甲板に直撃…!」

 

「アオボノォ!アカン!もたへんぞ!」

 

「……アンタ…アンタは今…自分の意思で私たちを攻撃した!」

 

もう我慢ならない

 

「ふざけんなぁぁぁ!!」

 

殺す…アンタがそうなった理由はチップなのかもしれない、だけど、仲間を攻撃するなんて許されることじゃない

 

『…邪魔よ』

 

銃口を向けられる

冷たく、殺意のこもった銃口を躊躇いなく

 

…せめて、一瞬でも迷ってよ…!

 

「ああァァァァッッ!」

 

水面を蹴る

速く、疾く、一発ぶん殴ってやる

 

『……馬鹿ね』

 

あ、ダメだ…これ、死んだ

殴る前に切先と銃口が両方こっちに向けられる、間に合わない…

 

 

 

 

 

「…がはッ…はぁ……はぁ………生きてる…?」

 

頭がぐらぐらする

 

何が起きたんだっけ…

 

『強き者よ』

 

『勇ましき者よ』

 

「…っ…ゴレ…!!」

 

『我等は貴様にこそ屈する』

 

『私達は貴方の糧になる』

 

「…如何言う意味よ…!」

 

『我等は策謀家』

 

『私達は意思なき駒ではない』

 

「………操られてたって言いたいの?」

 

『正確には違う…正しき主人を取り戻す為、我らは死なねばならぬ』

 

『しかし我らの力は強大なもの…それを食わせてはならぬ…』

 

『故に知恵ある者を求めた』

 

『故に勇気ある者を求めた』

 

「勇気と、知恵…?」

 

私に、そんなものはない…

結局は蛮勇なだけだ…

 

『貴様は既に知っている』

 

『我らも既に知っている』

 

…何を…?

 

『貴様は敗北し、1人の無力さを知った』

 

『戦うことの意味を知った』

 

…潮を失いかけた、漣を失いかけた…あの戦いは…

 

『我等は正しき形の世界を知った』

 

『この世界は既に我らのあるべき世界ではない、ならばあるべき形に戻るべきだ』

 

「…アンタらのあるべき世界って…なんなのよ」

 

『…我らは禍々しき波』

 

『何度も日が登る世界は似つかわしくない』

 

『勇者となったものよ』

 

『我等は貴様を助けよう、しかしそれは今ではない』

 

「…逃がせ…って?」

 

『逃げる事など容易だ』

 

『我等は一度だけ貴様の助けとなる』

 

暗転

 

「…なに、これ…」

 

みんなボロボロになって、倒れてる

ゴレも居ない…

 

立ってるのは私と…

 

『……あの動きは何?』

 

「…なんのことよ」

 

『確かに、殺したつもりだった、だけど…私の追えない速さを…貴方は…何になったのよ』

 

「駆逐艦、曙…それ以外のなんでもないわ」

 

『………貴方も来ない?私達のところに』

 

「…死んでもお断りね」

 

『貴方をあんなクソ提督から救ってあげるって言ってるのよ』

 

「…次、私の前で提督を馬鹿にしてみなさい……殺すわよ」

 

『………そう…ここは退かせてもらうわ』

 

「…………なんで、最後に泣くのよ」

 

 

 

 

 

「…クソッ…やられたな…」

 

「………ごめん、最後、余計なこと言って危険に晒しちゃって」

 

「…貴方が言わなければ私が言ってました、みんな思ったことです」

 

「…………あ、あの…コレ」

 

「…カプセル…抜け目ないわね、イムヤ」

 

「……私は戦闘ではほとんど役に立てませんから…」

 

「気にすることねぇさ…しかし…この状態じゃ援護にはいけないな…」

 

「……帰りましょう、立てる?」

 

「…なんとか…」



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胆力

海上

正規空母 瑞鶴

 

『龍田!』

 

「はぁ〜い、わかってますよ〜?」

 

前方の深海棲艦…

長い黒髪に黒のワンピース…そして長い肢体…戦艦ル級と呼称されるそれに近いが…感じられるプレッシャーの質は比じゃない

 

強いんだろうけど、でも、私達にとっては敵じゃない

 

『…〜…♪』

 

「歌ってる…?」

 

「辞世の句って奴かしらね」

 

『……やっぱり聞こえる』

 

指示してる…歌のように聞こえるけど、指示

コイツはきっと…何かと一緒にいて、そいつを隠してる…

 

幻影を低空飛行させる

 

何が釣れる?

 

水中から巨大な水しぶきをあげて黒い四足歩行の生物が飛び出してくる

 

「別の深海棲艦!?」

 

『違う、そいつ合わせて1人だ…!』

 

幻影を掴もうとして飛び出してきた怪物に砲撃が集中する

 

『そのまま突っ込んで!』

 

「はぁ〜い、透明人間になれるなんて面白いわねぇ〜」

 

イニスの力で龍田の姿を消し、接近させる

 

「神槍…ヴォータン!」

 

怪物の右足が落ちる

 

「うーん、変ねぇ…完全に消滅しないなんて…あら?」

 

本体と思われる人型の方が龍田に殴りかかる

 

「…重っ…!」

 

槍の柄で受けたものの…龍田が押し負けるか…

 

『魚雷放て!』

 

「はい!」

 

『全機発艦!!』

 

海中と水上からの同時攻撃

 

怪物が雄叫びをあげる

 

「瑞鶴〜?」

 

『わかってる!レイザス!』

 

この艦隊のアタッカーは龍田1人、私達は雑魚処理やサポートが仕事

 

「さあ、道が空いたわね〜?」

 

『デカブツは任せなさい!』

 

みた所本体の方は艤装もない、だけど打撃が鋭かった、それなら龍田1人にやらせた方がいい

 

本体がデカブツならそれはそれで、片足を無くしてそれを庇いながら戦う状態だ、充分私が倒せる

 

『イニス!!』

 

空色の光に包まれ、巨人が現れる

 

「……でっか…何十メートルあるんだろ…」

 

『くらいなさい!』

 

両腕から光刃を伸ばし、それで怪物を斬りつける

 

「そろそろフィナーレねぇ〜、覚悟はいいかしら〜?」

 

龍田と本体が強烈な打撃戦を繰り広げてる

全くお互いに引かない戦い…

 

『余裕はなさそうね!ま、これも試しちゃいますか!』

 

幾何学的な模様が展開されて行く

 

「あら、それこっちにも貰えるかしら?」

 

凄い勢いでやり合ってるわねホントに

 

「ようやくスキが見えたわぁ〜♪」

 

槍での一撃と同時にガラスの割れる音がする

 

「流石に穂先に返す余裕はなかったけど…痛かったでしょう?」

 

『龍田ぁ!離れなさい!』

 

狙いをつけて、放つ

 

『っりゃぁぁ!!』

 

紋章から放たれる光線が敵を貫く

 

『なにこの感じ…これ、色々やばいッ!』

 

「うふふふふ〜♪そっちの大きい方は……貰っちゃうわねぇ?」

 

 

 

 

 

『…はぁ…ッ…威力があるっていうか……化け物じみた技ね…」

 

「……まさか、こんな事になるなんてねぇ…貴方はだぁれ?」

 

「…長門…長門だ…」

 

「……立てる?」

 

「…あ…ああ…」

 

「……詳しい事情は鎮守府で聞かせてもらうから、ついてきて…いや、輪形組むから真ん中に入りなさい……疑う訳じゃないけど念のためね」

 

 

 

 

 

「……一つ聞きたいんだが…」

 

「何?」

 

「…どんなところなんだ?あなた達の鎮守府は」

 

「……まあ、悪くないところよ、規律は厳しいけどね」

 

「…そうか……私の扱いは?」

 

「……詳しいことがわかってないから、とりあえず捕虜かな…安全が確保できたら艦娘として扱えるけど…前の配属とかある訳?それとも深海棲艦だったのが急にこうなったの?」

 

「いや、前の………すまん、なんでもない…」

 

「……どのみち詳しく問い詰める事になるけど…言いたい時に言えば良いわ」

 

「……感謝する」

 

 

 

 

 

「はい、艦隊帰投…あ、そこに艤装全部捨てて、念のためね」

 

「わかった…」

 

「お疲れ、瑞鶴、提督戻られたよ」

 

「え?早くない?あと3日かかると思ってたけど……」

 

「それについても後で話すらしいから…あれ?その人は」

 

「詳しくは後で話すけど…戦艦長門だってさ」

 

「戦艦長門!?」

 

「そ、拾ってきた……さ、行きましょうか」

 

「………ここの提督に会うのか…?」

 

「何?不満?」

 

「……いや…なんでもない」

 

「……」

 

 

 

 

 

軽空母 千代田

 

「……え?長門…?」

 

「そう、なんだかよくわからないけど、拾ってきたって、私も瑞鳳さんからの又聞きなんだけど…」

 

「……ごめん祥鳳また後で!」

 

「え?千代田!?」

 

多分違う、絶対違う…

だけど……もしかしたら…

 

「失礼します!」

 

「千代田…ノックもなしに入るのはやめなさいって…」

 

「長門さんは!?」

 

「え、え?…営倉だけど…何?」

 

「失礼しました!」

 

やっぱり営倉か…なら、もし私の知ってる長門さんなら身分さえ証明すれば…!

 

「失礼します!」

 

「千代田か、お前とはまだ会えていなかったな、留守の間迷惑をかけた」

 

「あ、て、提督…あ、お帰りなさい、その…長門さんは…」

 

「……見せ物じゃないんだぞ…」

 

「い、いや、そういう事じゃなくて…どうしても確認したい事が…」

 

「……なんだ?まあ…俺もさっき確認に行ったら暴れてな…龍田にやられて今は倒れてる」

 

「…暴れた?なんで?」

 

「わからん、俺が行くまでは大人しかったらしい」

 

「そ、そうですか!じゃあちょっと失礼します!」

 

「お、おい!走るな!」

 

間違いない!間違いないんだ…!

 

「あらあ〜?なんの用かしら?」

 

「な、長門さんに!」

 

「……ダメよぉ〜?危険な子みたいだから」

 

槍の穂先を向けられる

 

「そんな…す、少しで良いんです!」

 

「ダメね〜…あら?瑞鳳ちゃん」

 

「龍田さん、見張りの交代です」

 

「……随分と早いけど?」

 

「……元々あの部屋は私のものなので」

 

「…余計な事をしたら、いくら仲間といっても貫くわよ〜?」

 

「……できるものならどうぞ」

 

「………まあ、良いわ〜…あんまりおいたはダメですからね〜?」

 

「ご理解感謝します…千代田、来て」

 

「え、あ…はい……」

 

 

 

 

「……その、覚え、て…るの?」

 

「……確信はない…でも、私の中の北上の記憶が…会って確かめろって言ってた」

 

「……きっと……長門さんだよ」

 

「そうとは限らない」

 

「………寝てるね」

 

「…気絶してるの間違いだよ、まあ、どのみちきっとそのうち起きる…多分」

 

「……覚えてる、のかな…」

 

「……どういう意味」

 

「…北上さんみたいに……」

 

「……北上…さんは、私が悪いの、私が間違えたから…瑞鶴がまちがえてないとは言えないけど…多分大丈夫」

 

「……そう…」

 

 

 

 

 

 

 

 

戦艦 長門

 

嫌な夢を見た

昔の夢

 

毎日誰かが死んでいく

庇うべき私が庇われながら、誰かが死んで行った

 

人間というのは、実に利己的で…恐ろしい存在で…私にとっては看過できるものではなかったが、逆らえば…実に合理的で、私を痛めつけるのに最適な手段で私を痛めつけた

 

……私は、歌っていた

 

誰が言ったか、みんなで歌えば怖くない、みんなで歌うのは楽しいと

 

しかし、私が知っている詩は…こんな事を思っては英霊に顔向けはできないが…

私は誰にも死んでほしくない、だから…戦争の詩は私には歌えなかった

 

だから、平和な時代の歌を歌いたかった、今の時代が平和であり続けるために、すべての盾となるためにどんなものでも歌った

 

馬鹿みたいに、大声で、自分を追い立てるために、みんなを守るために

 

…最期は、満足して死んだつもりだった…

 

死ぬなら、こうありたいと思いながら死んでいったつもりだった…

 

なのに、最期……私は、生きたいと思ってしまった…

 

 

 

 

「…っ……」

 

此処はどこだったか

 

「…ああ…」

 

私は、生き返ったのか…

 

……悔しいな…私の手をすり抜けた命達は…

私同様に生き返れたのだろうか?

 

「……」

 

ここは牢屋か…そうか、私は…暴れたんだ…

ここの提督を見て…殺してやろうと思った

とにかく…殺してやろうと

 

人間とは実に利己的で…自分本位で……

 

自分のためならなんでもやる

自分の欲求を満たす事に貪欲すぎる

 

…鉄格子の向こうに、二つの背中が見えた

 

鉄格子に寄りかかって、寝息を立てている小さな2つの背中

…見張り、か…

 

「……今は夜、なのか…?」

 

「…んぁ…?」

 

「………ん……」

 

…起こしては、いけないかな…だがあんなところで寝ては風邪をひくだろう…

 

やはり起こすべきか

 

「…もし…もし」

 

鉄格子越しに肩を揺する

 

「……んぅ…葛城ぃ…まだ眠いって…」

 

「…祥鳳…まだラッパ鳴ってないよ………あれ…千代田…?」

 

「…んぁ…瑞鳳…?なんで…?」

 

「……あ、そっか…話してる途中で千代田が先に寝たんだった…」

 

「…そう…だっけ……あれ?じゃあ誰が起こして…」

 

2人の顔がこちらを向く

 

「…や、やぁ…おはよう…」

 

「わぁぁぁぁ!?」

 

「ッ!…千代田うるさい…耳が…」

 

千代田と瑞鳳か…両方とも、見たことがある…

 

「長門さん!長門さんですよね?!」

 

「あ、ああ、私は戦艦長門…」

 

「そういう意味じゃない…貴方は、どこの長門ですか?」

 

「どこのって…」

 

…口に出す事もしたくない…あんな地獄…

 

「…離島鎮守府」

 

「ッ……」

 

「…やっぱり…離島鎮守府の…長門…やっぱり…」

 

何かに納得したように…しきりに頷く瑞鳳

その横で目を潤ませる千代田

 

先手は取るべきか

 

「…頼む!後生だ!どうかあそこに戻すような事は…!」

 

「…え?」

 

「千代田、多分何も知らないよ」

 

「頼む、私は…もうあそこには戻りたくない…!私は、私は…」

 

「…顔あげてください…」

 

「長門さんがそんな、土下座なんて…」

 

「それほど戻りたくないんだ…頼む、私を哀れだと思うなら…」

 

「………長門さん、わかりませんか?」

 

「…何がだろうか…」

 

「……私たち、2人とも時期は被ってますよ」

 

瑞鳳…千代田…確かに知ってるが…

 

「……まさか…2人とも…」

 

「…お久しぶりです!長門さん!」

 

「長門さん、ご帰還、心よりお祝い申し上げます」

 

「…本当…なのか…?抜け出したのか……あそこを…!」

 

「…私は正確には違いますけど、千代田は」

 

「はい、なんとかね…」

 

「……凄いな…本当に、凄い…」

 

「…幸運だっただけですよ…それに、今はあそこも…」

 

「無くなったのか!何があっ……いや…」

 

脳裏によぎる…私は…あそこをゆっくりと歩いて…

 

「…蛻の殻になってた…あそこは何があった…?」

 

「あそこは破棄されたんです、今は宿毛湾にみんなで移って…」

 

「そうか…じゃあ、あんな地獄はもうないのか…?」

 

「はい、安心してください」

 

「…よかった…」

 

「とりあえず、私提督に連絡してくるから」

 

「了解、どうなるのかな…」

 

「一応離島時代に在籍してた記録があるし…宿毛湾に送られるのが妥当なんじゃないかな」

 

「……宿毛湾ってところはどんなところなんだ…」

 

「…在籍してる子に直接聞いてみるのが早いと思いますよ」

 

「何…?」

 

 

 

「へー、じゃあ私達の先輩なのね」

 

「そいつは良い話が聞けそうだ」

 

「あ、ああ…よろしく頼む…」

 

千代田が連れてきた3名の駆逐艦はどうやら訳あって預かられているらしい

 

「ねぇ、長門さん…怖がらなくて良いのよ?」

 

「…どういう意味だ?」

 

「…配属されたくないんでしょ…?私にはわかるわ、そんなに怯えた顔をしてるんだもの」

 

なんだ、この暁という子は…

まるで私の心を見透かしているように…

 

「……そうだ、私は怖い…恐ろしくてたまらない…」

 

「…ならそう言えば良いわ、貴方のことを否定する人なんて誰もいないから、司令官も貴方のことを笑顔で迎え入れてくれるわよ!」

 

「そんな訳がない、人間とはどこまでも利己的な生き物だ、悍ましく、欲に塗れた存在だ」

 

「む、司令官を悪くいうのはいただけないね」

 

「そうよ、私達の司令官は優しいんだから!」

 

「やめなさい2人とも、長門さんも…知らない人を貶すのは良くないわ、自分がいくら不安でも…それはダメよ」

 

「…君達は人間の恐ろしさを知らないんだ」

 

そう、あの悍ましい人間を知らないんだ

 

「ええ、確かに知らないわ…だけど、私達の司令官の優しさを貴方は知らないでしょう?」

 

「それは…だが!優しい人間なて本当に一握りの…!」

 

「そう、一握りしかいないの、それが幸運にも私達の司令官なのよ…病的なまでに優しすぎるのが困り物だけど」

 

「…それが本当の姿だとは限らない…!」

 

「それもわかってるわ、でもその上で私は信じてるの」

 

「何がそこまで…」

 

「泣いてくれたからかしらね…ほら、男の人って特に泣くのを憚れるとかあるじゃない」

 

「………言いたい事はわかるが」

 

「…まあ、宿毛湾に来るなら…会えばわかるわ」

 

「………」

 

「失礼します、長門さんの処遇が決まりました」

 

「あら、不知火さん」

 

「どうも、丁度良かったです、貴方達も引き払う用意をしておいてください、宿毛湾に戻ってもらいます、夕張さん達にはもう伝えたので」

 

「わかったわ」

 

「では、長門さん、貴方は千代田さんや瑞鳳さんからの離島鎮守府の所属であったという証言もありますので、宿毛湾に移ってもらいます」

 

「………わかった」

 

「明日からよろしくね?長門さん」

 

「………ああ、よろしく頼む…」

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 暁

 

「…意見具申させて頂けますか」

 

「…なんだろうか」

 

私たちを輸送する手段についての説明を今この会議室でされている

その方法は輸送船に私達を入れて送り届ける

まあベーシックな手段ではあるが

 

「私はおそらくその作戦では失敗すると思っています、長門さんは予定通りのルートでも構いません、私達6人は陸路を使ったルートを取らせていただけませんか?」

 

「陸路だと…?」

 

「あー、暁だっけ、なんで?」

 

「…実は、司令官に海路を使った移動は絶対するなって言われてて」

 

もちろん嘘、理由は夕張さん達の使った逃走手段を使う方が安全に見えたから…

 

「…問い合わせるにも時間がないな…仕方ない、説明が遅くなったせいもあるしな…陸路で行こう、ルートは?」

 

「各自でいけるわ、私達ちゃんと移動費貰ってるもの」

 

「え、そうなの?じゃ、じゃあご飯も…」

 

「青葉うるさい」

 

「…わかった、じゃあ二手に別れよう、戦艦長門の方には空の輸送船をつける」

 

狙いはわかってるみたいね…

 

「じゃあ、無理を承知で言うのですが…瑞鳳さんに輸送船になってもらえませんか?あと、これを積んで欲しいんです」

 

「……なるほどな…瑞鳳」

 

「良いですよ、その子の読みがどれだけ当たるか、試してみたくなりました」

 

「それでは決まりだな、出発は20分後に」

 

「私達は10分後に3手に分かれてそれぞれ出発します、お世話になりました!ほら!」

 

「「お世話になりました!」」

 

「…駆逐艦の方がしっかりしてるって嫌だなぁ…お世話になりました」

 

 

 

「なんか青葉すごく惜しまれてなかった?」

 

「あ、わかりますぅ?過去のネタがめちゃくちゃウケて」

 

「…あの世から提督が怒ってるのが見えるわ」

 

「………ま、もっと怒る相手はいるでしょう…私達の役目はそれを打ち倒す事…」

 

「何話してるの?」

 

「わぁ!?あ、暁ちゃん…」

 

「夕張さんは私とペアね、青葉さんは響、衣笠さんは雷の事をお願いね…」

 

「………これは…わかりました」

 

 

 

 

 

 

「暁ちゃんも中々嫌な振り分けをしますね…」

 

「そうかしら?緊張感があって良いと思うわよ」

 

「…他人の姉妹を、海でもなくただ狙われるだけの状況下で預かるなんて私にはとても…」

 

「………それもそうだけどね…ま、心配ないわ…でも、いただけないのはここまで狙われる理由よ…」

 

「……横須賀の情報漏洩阻止なら…私達だけで十分…特に暁ちゃん達は記録的には死んだ事になってる…」

 

「………ねぇ、本当に私達を殺したい、のかしら…」

 

「…どういう意味ですか?」

 

「まって、あ、タクシーがいるわね…アレに乗りましょ」

 

「そうですね」

 

 

 

「何方まで?」

 

「………」

 

「とりあえず博多駅まで」

 

「かしこまりました」

 

「…暁ちゃんもタクシーは緊張するのね…」

 

いや、違う…見間違いじゃなければドアを開けた瞬間この人の体が歪んでた

テレビのノイズみたいにザザッて…

 

アレは…何…?

 

「ごめんなさい、窓開けてもらえる?」

 

「すいません、この時期でしょ?寒くて敵わないからダメですね」

 

「私も寒いし、やめときましょう」

 

「………じゃあ、次そっちに曲がってくれるかしら」

 

「はい」

 

路地に入った…人通りは…ないわね、路地だしスピードも出てない…やるなら今

 

窓の開閉スイッチを押す…開かない…?潰されてるのかしら…

ならもうドアを開けるしかないか

 

「あ、何やってるんですか!?」

 

「あ、客ざ…」

 

「やっぱりね…貴方が何か知らないけど、人じゃない何かよね」

 

ポーチから拳銃を取り出して引き金を引く

 

「えっ!?ちょっえ!?」

 

「………死ぬとは思ってないけど…あれ、本当に死んだのかしら…」

 

車は停止したし、運転手さんは突っ伏してる…

 

「え、あの…暁ちゃん…?」

 

夕張さんを無視して車を降り、運転席のドアを開ける

強い風が入る、そしてそれは…運転手の姿を掻き消した

 

「…なにかしらこれ、なんで運転手は消えたの…?」

 

「あ、あの…?」

 

「…あ、ごめんなさい、ちょっと待ってね…念のために確認したいのよ」

 

トランクを開ける

何時間ここに詰め込まれたのだろう…冷たくなった人が縛られて詰め込まれている

 

「…携帯って持ってるかしら…救急車がいるわ」

 

「いや、持ってないですけど…」

 

「………仕方ないわね、車内に移動させましょう」

 

とりあえず時間のロスは避けられないか…

 

「これ何が起きてるんですか?」

 

「…ホログラムを見せられてた、と思うんだけど…車内に霧のようなものを充満させて…でも投影機すらないわね…」

 

「あの…多分すぐに警察がくると思うんですけど…」

 

「心配ないわ、誰も殺してないもの、ほら、死体なんてどこにも無いし?」

 

「…人間かもしれない、とは思わなかったんですか?」

 

「思ったけど、死ぬより殺す方がマシだと思ったの…」

 

「…強いなぁ…」

 

「弱いからこれしか考えつけないのよ…」

 

 

 

 

 

「いやー、ありがとうございます…」

 

「いえ、こちらこそ…本当にありがとうございました、今朝方仕事をしようと思ったら急に襲われまして…」

 

「それは…不幸でしたね…」

 

「つまり朝からあの中に缶詰だったんでしょ…?やっぱり病院に行った方がいいわ、高速降りましょ」

 

「そんな、とんでもない、命の恩人を送り届けさせてください」

 

「…じゃあ次のサービスエリアで止めてちょうだい、そこで休憩にしましょ?」

 

「いやぁ…ありがたい、本当によくできた方だ…」

 

「あ、あはは…本当に怖いくらいいい子で…」

 

「私らは艦娘さんなんてのは佐世保の方を稀に乗せるくらいですから、あんまり詳しくないですけど…やっぱり軍人さんなんですなぁ…」

 

「まあね…ところで、何か変なものを取り付けられてたりはしない?」

 

「…あ、今朝はこんなのついてなかったかなぁ…」

 

「それは…車用充電器?」

 

「外しちゃダメよ、何があるか分からないから…泊地に着いたら明石さんに見せてみましょ」

 

「そうですね…安全のためにご協力ください」

 

「勿論です、こっちもよくわからんものがあるのは不安ですから、助かります」

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 

工作艦 明石

 

「だから私の専門外なんですって!」

 

「ん?明石、どうしたの?」

 

「あ、提督…アオボノちゃんが…」

 

「クソ提督もなんとか言いなさいよ!このカプセルの中身を解析させるの手伝って!」

 

「あー…午後には夕張さんが帰ってくるし、夕張さんに頼んじゃダメかな?」

 

「……なんだ、専門家が帰ってくるならそれでいいわ」

 

「…っやったぁぁ!バリーも帰ってくるんですね!」

 

「嬉しそうだね」

 

「…私の仲間ですから…!」

 

「…それと、明石…」

 

「はい?」

 

「戦艦長門が、ここに着任する…離島鎮守府時代の戦艦長門らしい」

 

「…長門さんが…?」



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和解

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「あー、あの…もういいですから…」

 

「いや、本当に貴方のところの艦娘さんに命を助けられた事は絶対に忘れません、ありがとうございました」

 

うーん…響が連れてきた人にいきなり感謝されるし、その次は雷、最後は暁…僕は何もしてないんだけどな…

 

「やっと帰ってくれた…」

 

「お疲れ様です…これ、お茶です」

 

「ありがとう…うん、落ち着くね…」

 

「まさか雷ちゃんも暁ちゃんも同じように人を助けてるなんて…」

 

「そういえば車についてたって言うやつは…?」

 

「…よくわかりません、何かを散布するような機械なんですけど…オンラインで受け取ったものを散布するというシステムになってて…これ本当に現実のものですか…?」

 

「さあ…僕にはわからないよ」

 

「……これ、何を散布してるか全くの謎なんですよ…散布するものを入れるの袋とかもついてなかったし………あれ…?待って、何をオンラインで受け取ってるの…?信号だと思ったけど…これってまさか…」

 

「明石?」

 

「…………そうだ…そうだったんだ………これ、横流ししてもらってる情報なんですけど…」

 

「…黒い森か……」

 

「……黒い森のエネルギーを利用して…小範囲に擬似的な電子世界を作り出すことができるらしいです、今私が思ってる事、わかりますか?」

 

「…それを作り出す機会がそれ…あのタクシーは擬似的な電子世界だった…と」

 

「はい…」

 

ちょっと信じられる話ではないけど

警戒するに越した事はない

 

「…今後陸上での戦いも必要になるかなぁ…」

 

「…アオボノさんのように艤装を用いない戦いをできる人はいいのですが…」

 

「………そうだね…君たちの自由は尊重したいけど危険なのなら…とは思う」

 

「……ど、どうしましょう…」

 

「状況を軽視するわけじゃないけど、狙いが暁達である以上は…あの方法を取るべきかなぁ…」

 

「わかりました、用意は進めておきます…それと10分後に長門さんが入港の予定です……あ、でももう輸送船が見えますね…」

 

「え?あ、本当だ、予定より早く…え…」

 

近づいてくる輸送船が…真っ二つになって…

 

「ひ、被雷!?こんな港の真前で…!?」

 

「全体放送、泊地のすぐそばで敵の潜水艦による攻撃があった模様、急ぎ対潜装備を整えて救助活動にあたって」

 

「わ、私も行ってきます!」

 

「どうなってるんだ…」

 

 

 

 

輸送船内部

軽空母 瑞鳳

 

「…まさか本当に来るなんてね…でも、相手が悪いんじゃない…タルヴォス…!』

 

籠手を現出させて壁を叩き壊し、船を飛び出す

 

「長門さん、無事ですか!?」

 

「あ、ああ…これは一体…!?」

 

千代田達も周囲を警戒してるけど…見なきゃいけないのは水中…

海水が完全に覆ってるから匂いはない…

 

だから?匂いが無ければ私が手出しできないと?…考えが甘い

 

『タルヴォス!!』

 

世界が崩れていく

別の世界に、変わっていく…ここには、私とお前達しかいない

 

『逃しはしないよ』

 

4隻の潜水艦か…

 

『……相手が悪かったね』

 

 

 

「な、なんか浮いてきた!?」

 

「か、艦娘だ…ていうか…この服装は…潜水艦かな…」

 

『そいつらが敵…今仕留めた…拘束しようか…」

 

いや、待てよ…アレを見せなきゃな…

1人でも意識が残ってたらいいんだけど…いや、2人意識があるな…この匂いは…火薬…

 

ハンドサインで船室を見るように千代田に連絡をする

 

「え、あ、うん…」

 

…ごめん、千代田

 

「きゃ!?な、何これ…おぇっ…おええ……」

 

「提督に連絡して、輸送失敗って」

 

「……な、なぁ…」

 

「長門さん、先に行って、私は千代田を介抱しなきゃいけないし」

 

「…そ、そうか……」

 

自爆はさせない、というか…この躊躇いのない感じは…少し不味いか

 

「どうするかなぁ…宿毛湾に連れてくか、佐世保に連れて帰るか」

 

「瑞鳳ぉ!な、何が…アレは…何!?」

 

「…船室内はぐちゃぐちゃだったか…まあ、アレじゃ…いくら艦娘でも…耐え切れないよね」

 

作戦成功のハンドサインを送る

船室には適当に期限の近い魚と肉、あとは生ゴミを入れて暖房を効かせておいた

多少は腐ってたはずだし…まあ、そりゃ…吐きそうになるだろう

 

「!……そ、そう…」

 

顔が引き攣ってるな…後が怖い

 

「…はぁ、引き摺っていくか…」

 

「……そうね、安全なの?」

 

「多分」

 

 

 

 

 

「へぇ…コイツらがその潜水艦ねぇ…」

 

ここの曙、なんか雰囲気変わったな…

パーティーの時より余裕ある感じだ

 

「「「「………」」」」

 

「とりあえず本部に連絡して回収させてもらえれば」

 

「…本営は…」

 

「余計な事は言わないで、後暁達の事は申し訳ありません」

 

「……そう、まあいいわ、アレはどうしようかしら」

 

物陰から北上さんがこっち見てるし…

逃げた方がいいかな

 

「気づかなかったことにします、じゃあ、また夜には帰るので」

 

「了解」

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

『成る程、海上警備をさせていたのだがなぁ、誤認して攻撃したらしい、こっちで処罰を与える、帰らせてくれ』

 

「…冗談でしょう…?それだけですか」

 

『それだけだ、命令に背くなよ』

 

「……」

 

受話器を置く

暁から聞いたが、本来輸送船には暁達が乗っていたと言う

それを機転を効かせて陸路で帰ってきたと言うのだからすごい事だ

 

だが、それだけに…その殺意が許せなかった…

 

「…そう言う事だから、解放していいらしいよ」

 

「…流石に腹が立つってレベルじゃないですねぇ…」

 

「………イムヤを呼んでおいて、それと夕張さんも」

 

「わかりました」

 

 

 

 

「まず夕張の話から終わらせよう」

 

「このカプセルの中には薬が入ってました、案の定と言うか、当たり前と言うか…まあ、詳しい施設は無いので簡易的な検査などになりましたけど…うーん…なんて言えばいいのかな…サックリ言うなら麻薬ですね」

 

「ま、麻薬!?私そんなものを飲まされそうになってたの!?」

 

「麻薬って打つとか吸うとか聞くけど…?」

 

「ここからは明石と協力して解析した情報からの憶測も含まれますけど…」

 

「それでいいよ」

 

「…正確にはこれは電子ドラッグとか、そう言うものですね…」

 

「…男子ドラッグ…?」

 

「目や耳から脳へ影響を及ぼす薬のことです、でも、これは…私たち艦娘の特異な生い立ちを利用してる」

 

「…私たちが電子生命体である事ですか?」

 

「そう、この中に詰め込まれてた薬はいわゆる…コンピューターウイルスに近い物なんです」

 

「…その効果は?」

 

「これは正確ではありませんが…脳内に快楽物質を発生させ、この薬に強い依存をさせる物であるかと…そしてそれが許容量を越えれば…意識不明になると思われます」

 

「…随分ハッキリわかったね」

 

「…これを調べるのに使ったのはネットなんですよ…ネットを調べてたら、適合する情報を見つけたのでハッキングしました、そうしたら…」

 

「…どこが作ってたかとかは…」

 

「海軍が直接手を出してました」

 

頭を抱える

 

「…イムヤ、君は自分の置かれてる立場はよく分かったと思うけど…」

 

「は、はい…」

 

「………」

 

どうしようか…対潜を徹底する?いや、それにしても…

 

「ごめん、君に仕事を振るつもりだったけど、こんな状態じゃ君を出撃させたく無い」

 

「…そ、そうですか…」

 

「妥当な判断だと思います、私からの報告は以上です」

 

「ありがとう…2人とも今日はもう休んでくれていいよ」

 

イムヤだけが部屋を出る

 

「…?」

 

「提督、もしご迷惑じゃ無ければ、私達も…同じように扱ってください」

 

「え?」

 

「夕張とお呼びください、私たちは今は…火野拓海ではなく、貴方の指揮下にあるんです」

 

「…わかった、夕張、気を使わせてごめん」

 

「…気持ちは同じですから、同じ志の仲間として」

 

「勿論だよ、ありがとう、夕張」

 

 

 

 

 

 

戦艦 長門

 

「…初めまして、君が長門だね」

 

車椅子に乗った男がそう呼びかける

 

「………」

 

「明石、出して」

 

「え…ダメですよ!」

 

…どうやら、嫌われてるな

 

「外で話す方がいいんじゃ無いかと思ってさ、先に外に居るから」

 

「………ああ…そう言う事ですか…肝を冷やすんだから…」

 

「…明石…久しいな」

 

「できれば貴方とは二度と会いたくなかったです」

 

「……そうか、お前は人の話を聞かないやつだからな」

 

「それはお互い様です、貴方は…望んだことでは無いとは言え…独善的すぎる」

 

「…誰かが死ぬのなら私であるべきだった、それが私の答えなのだ」

 

「…貴方は提督と似てる、だから嫌なんですよ」

 

「…それはいつの提督の話だ」

 

「…私の最愛の提督に、です」

 

「………あの男がか…!?機械弄りにしか興味のなかったお前が…!?」

 

「だから私は貴方が嫌いなんですよ…提督に手を出したら私が貴方を倒します」

 

「…やれる物ならそうすればいい」

 

 

 

 

「…まるで、リングだな」

 

「あんまり野次馬は欲しくなかったんだけどね、最低限止めてくれる人がいればそれで良かったんだけど…みんな心配性だなぁ…」

 

ここの所属だろう艦娘が周りを囲むように…これが全員か?

見覚えのある奴もいな…アレは北上か…?なぜ杖を…まさか…こいつが…?

 

「何をするつもりだ」

 

「いや、うーん、普通に話をしたかっただけなんだけどな…みんな何を期待してるのか知らないけど」

 

「…ならば期待通りにしてやろう」

 

「え?」

 

車椅子を蹴り倒す

 

「った……容赦ないなぁ…」

 

「怪我をしてるとか、そう言うのは関係ない…どうせ殺すのだからな」

 

「待ちなさい長門、貴方、自分の立場がわかってるのかしら」

 

声のした方向には加賀がいた

弓矢を引き絞っていた、私に向かって

 

「…加賀、お前はなぜ私に矢を向けている」

 

「私達も向けていること、お忘れなく」

 

後方には、赤城と翔鶴が…同じように

 

「赤城、翔鶴…お前達も…何故だ!コイツは人間だぞ!」

 

「…私達の司令官であるから、です…それ以上の理由はありません…」

 

「そう言うことだ、離れろ」

 

青葉と摩耶が一歩出る

 

「青葉!摩耶!お前達まで…!」

 

「ぽっと出のアンタをアタシらが止めるのは実に簡単よ…でも、アンタ、赤城達と長い付き合いなのよね?その長い付き合いの仲間から止められてるのよ…状況をしっかり把握しなさい…アンタの味方は今ここにはいない」

 

全員が艤装を向けている

人間にではなく…私に向かって

 

「曙、言い過ぎだよ…よっ…と…まだいきなりで混乱してるだけなんだから」

 

「お前…私の仲間に何をした!?」

 

「え?」

 

ありえない、赤城達は洗脳された、そうに違いない

 

「赤城達はこんなことを言うやつではなかった!お前が何かしたんだろう!?」

 

「…これは最早ビョーキね」

 

「長門、あんまり聞き分けがないなら私は貴方を射ますよ」

 

「待ってろ赤城、すぐ元に戻してやるからな」

 

「うーん…ちょっと流石に想定外だな…僕じゃどうにもできないか…」

 

「だから私は貴方が嫌いだったんですよ、何も治ってない…」

 

「明石…これはどう言うことだ!」

 

「あなたは、よく言えば勇敢な…自分の恐怖に負けない人でした…でも、悪く言えば思い込みが激しく、野蛮で、こだわりが強すぎて…」

 

「長門、貴方を疎ましく思った訳ではない…私たちは貴方の仲間ですが…その前に提督の仲間です、貴方がその輪を乱すと言うなら…容赦はしませんが?」

 

「こんなちっぽけな人間に指揮される事など無価値だ!私達が考えて戦えばいい!」

 

明石がパンと手を叩く

 

「ああ、なんだ、そんなことかぁ…長門さん、自分の方が強いと勘違いしてるんですね」

 

「…何?」

 

「貴方は、そこの曙さんにも勝てないし…勿論、提督にも勝てませんよ」

 

「あ、明石…」

 

「巫山戯るな!こんな人間に私が負けるだと!?」

 

「試せば良いんじゃないですか?提督、私は出すの止めましたから、こうなった責任は自分で取ってください」

 

「良いじゃねぇか、やっちまえ!」

 

「え、えぇ…?本気…?」

 

「もうみんなそのつもりよ」

 

まるで、誰1人コイツの負けを考えてないような空気…

本気でコイツが勝つと思っているのか…?

 

それとも、コイツは本当にそれだけ強いのか?

 

なんでもいい

 

「死ね!!」

 

「うわっ!?」

 

みっともなく、地べたを張って逃げることしかできないコイツに、私が負けるだと?

 

「やはりあり得ない」

 

「よし、長門はやる気だぜ!いくぜ曙!」

 

「死にたくないならやるしかないわよ」

 

そう言って摩耶と曙と呼ばれた駆逐艦が何かを持って走ってくる

…アレはバケツか?修復剤か?人間には効かんはずだが

 

「そぉっれ!」

 

「さっさとやりなさい!」

 

潮の香り…海水か?

 

「…なっ…」

 

服装が変わった…?

 

「…これ、傷に染みるからやめて欲しいんだけど…」

 

「ほら、しゃんとする!」

 

無理矢理立たされている…

立てたのか?

 

なんでも良い、コイツを倒して私が正しいと証明する

 

「ちょ、ちょっと待って!僕は戦うつもりはないよ!」

 

「黙れ!よくも!よくも!」

 

「提督ー、戦わなきゃやられますよー」

 

「…いや、よっぽど良く思われてないんだし…」

 

私の拳が顔面を捉える

 

「あ!ちょっと!」

 

「わざとくらったわね…このクソ提督…」

 

「焚き付けたのがこっちである以上怒りにくいわね」

 

「この!この!この!」

 

マウントを取り殴りつける

 

「…あの身体ってどうなの?」

 

「わからねぇけど、当たるとそこそこ痛い」

 

「…じゃあ止めた方がいいんじゃ…」

 

「いや、無策な馬鹿じゃないんだし…」

 

「え?」

 

「えーっと…?」

 

「あー…止めるか?」

 

「止めましょう」

 

邪魔される前に…!

 

「うわぁぁぁぁっ!!」

 

最後の、一撃を…見舞いたかったのに…

何故、私は、私の拳はコイツを殴らない…

 

「……落ち着いた?」

 

「なんで…なんでやり返してこないんだ!」

 

これではただ、弱い者をなぶるだけ…

あの時の人間と同じことをしているだけだ…

 

「僕が手を出したら、二度と和解するチャンスがなくなるじゃないか」

 

「和解だと!?私はお前を殺すことしか考えてなかったんだぞ!!」

 

「…今は違うんだよね?それに…そうだとしても、これからは一緒に戦う仲間になるんだから…手を出す訳にはいかないよ」

 

「…クソッ…」

 

なんでこんなに…負けたみたいな気分に…

 

「長門さん、わかりましたか?」

 

「…明石…何が言いたい」

 

「貴方の辛さは知っています、私たちは特に…だけど、それでも私たちは提督の方を選ぶくらい、この人は優しくて、自分のことを顧みない馬鹿な人なんです」

 

「………」

 

「長門さん、今の貴方はわがままなだけです、歩み寄る姿勢を見せてください、私達の仲間になりたいのなら」

 

「…そうか………」

 

わがまま、か…

そう見えているのか…

 

「長門、悪いけどそろそろ起きてもいいかな…」

 

「…すまない…」

 

「…あ、車椅子…車輪壊れてますよ」

 

「え?…しまったな…ここでこれを解いておきたかったんだけど…」

 

「私がお手をお貸ししますので」

 

「…はぁ…染みるから嫌なんだよね…いたたた!」

 

…元の服装に戻っているか…

足から血が流れ出ているのを見るに…本当に立てなかったのか

 

「あ、傷口開いちゃってますね…というか、背負うとなると私じゃダメかな…扶桑さん提督背負ってくれませんか?」

 

「わかりました」

 

「ごめん扶桑…」

 

「退けない状況にしてしまった私達の責任ですので…それでも、少しは抵抗されないと…」

 

「…さっきも言ったけど、仲間だからね」

 

「………」

 

仲間、なのか…

まだわからない…だけど…もう少しだけなら…待ってくれるだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京

九竜トキオ

 

「クソッ!ダメだ!逃げきれない!」

 

時間の問題だとは思っていた

電ちゃんの存在がバレることは…

 

だからって急に街中で背中から銃を突き付けられるなんて…

 

「…こうなったらやるしか無いのです!」

 

「やるって何を!?」

 

「…私は理解してるのです…フィドヘル!!』

 

「紋様!?電ちゃん…キミは一体…」

 

『トキオさん、逃げてください!』

 

オレ1人で逃げる…?

 

「そんな訳にいくか!オレも戦う!」

 

かと言っても撃たれたら死ぬ…いや、悪運だけはある

そんなもんに頼る訳にはいかないけど…絶対にこんな所で電ちゃんを死なせるもんか!

 

『…言っても聞かなさそうなのです…さっさと片付けるのです!!』

 

世界が音を立てて崩れていく

 

「これは…!?まるで…ゲームの中みたいな…」

 

『な、なんでトキオさんが居るのです!巻き込んで無いはずなのに…』

 

「オレにもわからないけど…」

 

『とっとと倒すのです!!』

 

追手にどこからか雷が降り注ぐ

 

「うわぁ!?か、雷!?どこから!」

 

『あれは電が操作してるのです!心配は無いのです!」

 

一瞬目を閉じたら風景は元に戻っていた、追いかけてきてた奴らが倒れてること以外はそのままに

 

「…死んだ…?」

 

「…わからないのです…敵の狙いは電です、トキオさん、1人で逃げ…きゃっ!?」

 

「とにかく今のうちだ!カイトのところに行こう!」

 

電ちゃんを抱えて走る

 

「え、ば、場所はわかってるのですか!?」

 

「宿毛湾泊地!場所は後から調べる!」

 

なりふり構ってる暇はない…

絶対に死なせるもんか…!

 

 

 

 

 

駆逐艦 電

 

「…はぁ…なんとか新幹線に乗れたね…」

 

「……あの…トキオさん…」

 

「ん?あ、車内販売はないのかな、お弁当とか買わなきゃ」

 

…聞く気はない…と言う感じに、私の話を聞こうとしてないのです…

 

「トキオさん!」

 

「……絶対に死なせないから」

 

「……なんで…電達はたまたま会っただけの…他人なのに…なんで!」

 

「困ってる子を…それも命を狙われてるような子を放って置ける訳ないだろ!!」

 

「…それは…優しすぎるのです…優しいだけじゃ生きていけないのです…!」

 

身を持って…よく知ってる…

 

「…オレは、絶対に電ちゃんを死なせるつもりはない…」

 

「………!」

 

私は…どうすればいいのですか…

この予知では…貴方は…死ぬ…

 

 

 

 

 

 

「…あ、しまったな…もっと確認して切符を買えば良かった…広島から行けると思ったけど新尾道のあたりの方が近いのか……」

 

着いてしまった…

 

私達は、待ち伏せに合う…そして私だけが生き残ってしまう…

どうすれば…どうすればいいのです…

 

「無駄な出費だなぁ…着くまでお金が持てばいいけど…いや、大丈夫!多分!」

 

予知に逆らえば?次の駅で降りればどうなるのか…

ダメだ…生き残れる未来は見えない…

 

ああ、なんで無理矢理にでも振り切らなかったのか…

 

「……どうしたの?」

 

「…あの…この駅で降りるのは…」

 

「あ、もうすぐ出発だって、早く行こう、乗ってたら余分にお金取られちゃう」

 

降りてしまった…

この余地の場所はどこなんだろう、この駅であることは確か…そこを避けて通れば…

そのためには、伝えなくてはならない…貴方はここで死ぬかもしれないと

善意だけで私を助けてくれるこの人に

 

人ですらない私を助けてくれるこの人に…

 

弱い私には…幾分勇気の足りない話だ

自分が生き残れるのだからと言う気持ちがある

 

私には…他人のために死ぬ勇気なんてない

 

「トキオさん!!」

 

「…今は何も聞く気はないよ、オレは絶対君を連れて行くから」

 

「違うのです!このままじゃ貴方が…!」

 

「だからオレは心配ないって…」

 

「そうじゃないのです!このままじゃトキオさんは死んじゃうのです!!」

 

「へ?何の話?」

 

「……電は、未来が見えるのです…それも、全部碑文の力で…」

 

「碑文使いって事…!?そうだったのか…!どの碑文なの?」

 

え?トキオさんは…碑文を知ってる…?

この力を…知ってるの…?

 

「…フィドヘルなのです」

 

「つまり…八咫の碑文か…あんまり詳しくないけど、その力が強力なのは知ってるよ、それで…なんでオレが死ぬ事になるの?」

 

「…フィドヘルは、予知ができるのです…そして、その力で…」

 

「…オレが死ぬのが見えちゃった…と……ええぇぇぇぇ!?そ、そんな、オレ死ぬの!?」

 

「…はい……」

 

わざと戯けて…こっちを不安にさせないつもりですか…

その優しさが眩しいのです…

 

「どうしよう…流石にリアルでのゲームオーバーは聞いてないよ…」

 

考え込んでいる…

やっぱり誰でも死にたくない…

 

私1人なら、きっとこの人を巻き込む事にはならないはずなんだ…私1人なら…!

 

「あ!電ちゃん!待って!」

 

もう、振り返ることもしない、絶対1人で逃げて…予知を変える!

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…!」

 

随分走ったけど、此処はどこだろう… また運良く拾ってもらえるとは限らない…何より…私の中にある、利用して生き残ればと言う汚い気持ちが…

 

「…あ…れ……?」

 

待って、ここは…最悪だ、そんな訳ない…

ここは予知の場所…?

 

駅が見える…しっかりと駅名が、読めてしまう…ここだ、間違いない…

 

でも、しっかり私は振り切ったはず…

 

「おーい!電ちゃん!どこにいるの!」

 

「…なんで…」

 

前方の歩道橋の上に居る…

こっちは振り切るために出鱈目に走っていたが向こうは行き先を予測して直線で来たのか…

そして、あんなに目立つところで…あ、目が…

 

「あ!いたいた、よかっ……」

 

歩道橋を降りてくるトキオさんの腹部から鮮血が噴き出す

体が力なく、階段を転げ落ちる

 

わかってはいた、だけどこんな街中で…!

 

そんなに私を排除したいの…!?

 

「トキオさん!」

 

狙撃の方向は私の正面側から…先にトキオさんを撃つ理由はわからないけど、この階段の下は射線が通ってない…

 

急いで駆け寄り、腕を肩に回し、引きずって別の物陰に移動する

 

「…息はある…弾も貫通してるけど…なんでこんな事…!」

 

此処で、逃げれば…予知通り私は助かる…

 

「…電ちゃん…オレは大丈夫…救急車呼ぶから…逃げて…」

 

「トキオさんも狙われてる事がわからないのですか!?もう、ダメなのです…!」

 

足跡…誰か近づいてくる…

 

逃げる…逃げるの…?

……電は…

 

電は未来を変えます!!

 

物陰から飛び出すと同時に接近してきていた足音の主人とぶつかる

 

「うわっ!?」

 

「っ!艦娘…!やらせないのです!」

 

「うわっ!?わぁぁぁ!?」

 

相手はぶつかった拍子に転んだ

なら優位なまま物陰に引き摺り込んで締め上げて…!

 

「待って!待ってくれってぇぇ!」

 

「黙るのです!うるさくするなら此処で始末するのです…!」

 

「ひぃぃ!!って!い、電…!」

 

…吹雪型の深雪…成る程、これもまた運命か

 

「…やっぱり貴方は私の手で沈む運命なのです」

 

「ごめんなさいぃ!何もしてないけどごめんなさい!」

 

「何やってんの…?」

 

「…川内、さん…?」

 

「川内ざぁぁぁん!!だずげでー!」

 

「深雪となんか有っ…待って、その人…撃たれてるの?何が…」

 

…運命を、変えるチャンスかもしれない…!

 

「お願いします、川内さん!この人を助けてください!」

 

「状況がわからないけど…わかった、あとできっちり説明してもらうから!」



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努力

呉鎮守府 

駆逐艦 電

 

「…本当にありがとうございます」

 

「いや、構わねぇ……だが不味いな…相手はどこまで読んでるんだ?狙撃手が居たってことは移動先を完全に読まれてる事になる」

 

「……」

 

私達は一時的に呉鎮守府にて匿われる事になりました

お蔭で、トキオさんは一命を取り留める事ができた…

 

「…あまり長居はするつもりは無いのです…」

 

「…逃げ続けるのか」

 

「……私は、仇とかのために一人で戦えるほど馬鹿にはなれないのです…私が生きていれば、誰かを必ず巻き込む、誰かが不幸になる…それは、わかってるのです…」

 

「……」

 

「それでも…私は、生きたいのです…電は、人間じゃないけど…この命が作り物だったとしても…誰もそばにいてくれなくても…ただ、それでも…電は、それでも生きたいのです…!」

 

「……そうか…しかし…街中で撃ちやがるか…流石にもうニュースになっちまってる、病院に連れて行けねぇって言うからウチで治療したにしても…まあ、お前らは海軍と警察の両方から追われてる訳だな…後者は命を奪うことはしないだろうが」

 

「…警察に保護を求めることも、一応考えてるのです…いまはトキオさんを…」

 

「…ああ、わかった」

 

トキオさんは死ななかった…つまり、運命が変わった…

 

私が、あの時独りよがりな行動をした結果、トキオさんは撃たれると言う予定通りの結末に辿り着いた…でも、その後の運命を変える事ができた…

 

私に勇気があれば…私が頑張れば運命は変えられるんだ

 

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

「クソ、面倒な事になっちまったな…で、どうだ?」

 

「…どうって…見た通りだけど…」

 

「……お前の事はよく知らねぇけど、ガッツあるじゃねぇか」

 

医務室のベッドを一つ貸してやるくらいには気に入った

 

「しかし、ウチはそこそこデカイ施設だ、お前の事はすぐバレちまう…長居はさせてやれねぇぞ、今はたまたま保護した一般人って事で誤魔化しが効くけどな…」

 

「…オレは、カイトのところを目指すつもり…です」

 

「…宿毛湾か…あっちもキツイだろうが…」

 

 

 

 

九竜トキオ

 

「……免許は?」

 

「え、いや、ないけど…あ、です」

 

「無理に敬語にしなくていい、車を貸してやろうかとも思ったがな…まあ、仕方ねぇな…ただ、気になるのは広島で待っていた点だな、俺たちを頼るとわかってたのなら追撃がねぇのが不自然だし、宿毛湾に行くことを呼んでたのなら別の駅で待ち伏せするはずだ」

 

「……確かに…」

 

「あの電は、何者だ?」

 

「…オレの口からは…」

 

「……そうか、やっぱなんかあるんだな…まあ、深くは突っ込むつもりはねぇが…お前、相当危険な位置にいることは自覚しておけよ」

 

「…もう身を持って…」

 

「わり、そうだったな」

 

「………オレはこれからどうすれば…」

 

「カイトに会いに行くんだろ?それにしても無策な気はするがな」

 

「………なら、どうすれば…」

 

「お前はどうしたいんだよ」

 

オレはどうしたい…?

ただ、命を狙われている子を助けただけだ

それの何が悪い、その事に躊躇いも無ければ…後悔なんて絶対にない

 

「オレは…もう既に決めてる、電ちゃんを守るって」

 

「…ま、今はお前の方が守られてる訳だがな」

 

「う…」

 

痛いところをつかれたな

 

「…そういや、お前…リアルデジタライズできるんだってな」

 

「できるっていうか…する事自体は誰でもできる…ただ、ネットの世界に長居すると認知外依存症っていう病気が発症するんだ」

 

「依存症…?ゲームがやめられなくなるか」

 

「いや、簡潔にいうとだんだんと自我が崩壊していって末期にはデータが変質し、拡散消滅してしまう…」

 

「そこでダブルウェアか」

 

「いや、確かにオレはネットとリアル両方に存在できる…だけど…それも永遠じゃない…」

 

「…そうか……待てよ…そうか、そういう事なのか…?」

 

「え、何?」

 

「……来い!」

 

「え?ちょっ!えぇぇ!?」

 

オレはハセヲに連れられて海の方へと連れて行かれてしまった

 

 

 

 

「なぁ、俺のことはどこまで知ってる」

 

「えっと…The・Worldリビジョン2最強のPKK、死の恐怖ハセヲで、志乃を助けるためにトライエッジを追っかけてたけど実は」

 

「やめろ、もういい、お前が9割以上知ってることはわかった」

 

「なら良かったけど…」

 

「…じゃあコイツも知ってるな…!?」

 

ハセヲの体に紋様が浮かび上がる

 

「紋様…待てよ、此処って現実だよな…え?スケィスを現実で使えるのか…?」

 

「碑文も知ってるか…じゃあ当然、AIDAもわかるよな」

 

「…勿論、わかる…それで?」

 

「見せた方が早え…Helen!!スケェェェェィス!』

 

…現実でスケィスを見る事になるなんて全く思ってなかった…しかも、AIDAのオマケ付き

 

『実験に付き合ってもらうぜ』

 

「え?実験って…何を…」

 

音を立てて世界が作り変わる

 

『やっぱりお前は居る訳か…碑文使い以外はこの空間を作った奴が狙わない限り本来存在しないはずだが…お前は違う…つまり、此処は疑似的にネットの中なのか?』

 

「あ、あのー?」

 

『次だな、色々試すが構わねぇよな?』

 

「え?オレの意思はどこ?」

 

『別に殺しゃしねぇよ、例えばお前…ゲームの中にいた時ケガはどうやって治してた?』

 

「そりゃ、回復アイテムを…」

 

『…待ってろ、ゲームのデータを持ってくる』

 

「え?本気?」

 

『当たり前だろ、一発で治るかもしれねぇんだ』

 

確かにこの怪我が治ればありがたいし…それに越したことはないけど…

 

『ほら、回復アイテムの癒しの水だ…こんな形してるんだな』

 

液体の入った瓶を渡される

 

「やっぱりゲームの視点と違う形なの?」

 

『まあな、とりあえず使ってみろ』

 

「…飲むの?それともかけるの?」

 

『幾らでも用意してやる、両方試せ』

 

「えぇ…オレモルモットじゃないよ!?」

 

『いいからやれ、死にはしないだろ、回復アイテムなんだしよ』

 

恐る恐る飲む

 

「…水だ」

 

『名前も水だしな』

 

「……回復してるのかな…痛みは、引いた気がしなくもないけど…」

 

『次だ』

 

「…え、これかけるの…?沁みそうなんだけど…」

 

目が怖い…

 

「冷たっ!あ、でも…お、おお!?おぉぉぉ!?き、傷が無くなってる!痛くない!」

 

『マジかよ…』

 

「すごい!凄いよ!」

 

『…これ、解いたら傷が復活するかもな』

 

「えっ」

 

『ネットの中でだけのことならよ、リアルの体は治癒されて…待て、すごくややこしいな…お前の体は現実のもので…俺の体も現実のものだよな…これは俺もリアルデジタライズしてるのか?』

 

「…確かにややこしい…これ、どうなるんだろう」

 

『とりあえず一度現実に戻してみるか』

 

周りの情景が元に戻る

 

『どうだ?」

 

「…傷は、消えたままだ…動いても痛くないな…」

 

「…つまり、本当に治るのか?俺も試すべきか…?」

 

「あのー、質問なんだけど、回復アイテムなんてどうやって取り出したの?」

 

「んなもんスケィスでハッキングしてサーバーから掻っ攫ったに決まってんだろ」

 

万能だなぁ…

 

「スケィスがあればなんでもできる…って事?」

 

「いや、俺のゲームのデータから吐き出しただけだからな、普通ならこうはいかねぇ、元々俺のデータとスケィスは繋がってたんだ…あー…ややっこしいな…」

 

「要するに…ハセヲのキャラと、現実のハセヲのパイプ役がスケィスって事でいい?」

 

「…それでいいか、そのパイプを通して回復アイテムを取り出した…まあ、できるかはわからなかったから今初めて試したんだが…これなら色々悪用できるな」

 

「…うっわぁ…悪い顔…」

 

凶悪犯と見紛う程の悪人面だ…

 

「よし、次はどれを…」

 

「提督、佐世保から問い合わせが来てますよ」

 

「大井か、なんの問い合わせだ」

 

「回りくどい言い方でしたが…神通がまた暴れてるのではないか、と」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

提督 渡会一詞

 

「…瑞鶴…問い合わせはしたが、間違い無いのか?」

 

「強襲された足柄さん曰く背後から急に襲われた…抵抗どころか振り返ることも敵わなかったって、攻撃は全て足技、蹴りだけでやられた上に…意識を失う前に一瞬だけ黒い姿を見た、って言ってた」

 

「……そうか、だが件の神通はまだ病床に居るという回答だった」

 

「それ本当なの?もしかしたら向こうが隠してるだけなんじゃ…」

 

「……考えたく無い可能性だ、庇ってるにしてもこれは問題として大きすぎる…」

 

今は瑞鳳達もまだ帰っていない、不知火は明日の到着…

 

「…襲撃された場所は陸地だったな」

 

「そう、発見時足柄さんは地面にめり込むように倒れてた…本当によく生きてたと思うけど…」

 

「全くだ…しかし…どうするか…」

 

「正直な話、狙いは私達じゃ無い気もするんだよね…わざわざ陸上で不意打ちしてきた訳だし…」

 

「…今後1人での外出を控えるように呼びかけてくれ、龍田にも忙しくなると伝えておけ」

 

「ねぇ、提督さん、ちょっと聞いて欲しいんだけどさ…」

 

「………何?なら何故そうしない」

 

「…秘策は伏せた方がいいよ、足柄さんは強いかもしれないけどね…もうワンランク上じゃ無いとダメ、勿論命の危険があるならそれは別だけど」

 

「………任せる」

 

「さんきゅ、あ、そうだ提督さん、不知火に迎えを出さない?」

 

「…そうだな、明日、龍田に行かせてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

軽巡洋艦 神通

 

「…脚技だけで甚振った…」

 

「身に覚えはないんだよね?」

 

「当たり前です…!私は許可なく外に出たりはしてません!」

 

黒い服に身を包み、わざわざ脚技だけで…

確実に私を意識したやり口…

 

提督の温情で私の行動は表に出さず処理をしてくれた…が、それが裏目に出た…

 

「私がそいつを処理します」

 

「ダメ、今動けば一発でアウトだよ…アリバイ作りに専念してて」

 

「………」

 

なんとも歯痒い…

 

 

 

 

 

舞鶴

提督 徳岡純一郎

 

「はぁ〜…結局…こんだけ遅くなっちまった……もう、別のやつが着任してたりすんのかねぇ…」

 

そうなると…帰る家がないって事だ…

 

「……考えたくは、ねぇなぁ…」

 

どこか、足が重い…

歩くたびにどんどん体が重くなる…そりゃそうだ、俺自身が今の状況に納得してねぇんだ、こんなもん持って帰って…俺はアイツら何をさせるつもりなんだ…

そもそも…俺は受け入れられるのか?

 

「はぁ…あ?」

 

…おかしい、何故こんなに背中が重いんだ?

背中に手を回す、何かいる

 

「ようやく気づいたっぽい?」

 

「夕立か…?お前、なんで…」

 

「何回呼びかけても気づきませんでしたから心配しましたよ」

 

「五月雨も居たのか…」

 

「…流石にひどくないですか…?」

 

「すまん…なんでわざわざ出迎えなんて…」

 

「帰ってくるのが遅いから当然っぽいー!がるるー!」

 

「噛み付くな!…そりゃ悪かったな……はぁ、杞憂だったかぁ…」

 

帰路に着く

寒空の中、ゆっくりと歩く、なんだこの景色を見た事か

 

 

 

 

「…がる?」

 

「……つけられてますね」

 

つけられてる…か

いつからだ?

 

「今鎮守府に連絡しました、多分誰かが来てくれると思いますけど…」

 

「でも、つけてる人も襲撃狙いならその前に来るんじゃないかしら?」

 

振り向く、中学生程の背丈で全身黒尽くめ…フードを深く被ってるせいで顔もわからんか…

 

「艦娘か…?」

 

「やるなら、来るっぽい」

 

夕立が前に立ち、指で挑発する

 

「………」

 

後ろに退がる…

やる気は無さそうか

 

「追うなよ、夕立」

 

「……了解」

 

その辺の命知らずな通り魔とか、そういう感じじゃない…

隙を見せたら殺されるんじゃないかって嫌な感じだ

 

「五月雨、とにかく数を集めるように連絡しろ」

 

「もうしてます、5分で来ます」

 

五月雨がそういった瞬間に黒尽くめの奴はこっちに向かって走って距離を詰めてきた

 

「速い!けど、負けないっぽい!」

 

 

 

 

駆逐艦 夕立

 

殴り主体の戦い方…?いや、牽制だけ…

狙いは蹴り…

 

大ぶりな蹴りを掴んで引きずり倒す…!

 

「襲ってきた割には大した事ないのかしら?」

 

パンチが重くないから小柄な軽巡とかじゃない…

このレベルの打撃なら…来た!回し蹴り…!

 

「もらっ…」

 

受け止めたのに…なに…この威力…

 

「ゴホッ…がはっ…!」

 

「夕立!」

 

鉄の塊で殴られたみたいな衝撃…内臓にもダメージがあるかもしれない…

パンチもわざと手加減していたの…?

 

フードから覗く口元が笑っている…

こいつ…ヤバい…!

 

近づいてきた…やられる…!

 

「っ!」

 

銃声……え?コイツ…

 

「五月雨…お前、銃なんて撃てたのか…」

 

五月雨の撃った銃弾は脚に当たった、血が見える…けど、そうじゃなくて…金属音がした…?

確かに艦娘は頑丈、だけど弾丸が当たってそんな音がするわけがない

 

「射撃には自信がありますから…でも提督、銃なんか持ってちゃダメですよ…どこで拾ってきたんですか」

 

「っ……!!」

 

「ねぇ、何やってるの?」

 

弥生ちゃん…!?いつの間に…

予想より来るのが早いけど、これなら助かった…!

 

「弥生ちゃん…こいつ敵っぽい!」

 

「ぽい…?敵なの?」

 

「敵!てーきー!!……ぽ?」

 

え、なんでコイツ急にしゃがんで…

この音何…?ギチギチって…

 

「い!?」

 

「跳んだ!?」

 

「…流石に当たりませんね…あんな距離を飛べるなんて…本当に艦娘なんでしょうか」

 

「おい!夕立、大丈夫か!?」

 

…あの音はなんだったの…?それに…あんな跳躍出来るわけが…

 

じゃあさっきの奴はサイボーグ…?

だとしたらあの蹴りも説明がつくのかもしれない…でも、うーん…

 

「お、おい、夕立?」

 

「へ?あ、大丈夫っぽ…った…!いたたたぁ…!…やっぱダメっぽい〜、提督さんおんぶして〜」

 

折れてる…絶対折れてる…入居で治ればいいけど…

 

「ああ、急いで戻るか、弥生、他の連中は」

 

「…え?弥生、ドーナツ…買いに来てた、だけだよ…?売り切れてたけど」

 

「……そうか、なんか美味いもんでも奢るよ…悪いな、助かった」

 

「ん…嬉しい…です」

 

「提督ー!助けに来たよー!」

 

「…騒がしくなってきたな…」

 

提督さん、嬉しそう…

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「あのー、長門、別に僕は松葉杖があれば十分だから…」

 

「…そういうわけには行かん」

 

残念ながらというか、分かってはいたけど長門は人のお願いを聞くようなタイプではなかった

あの後長門は私が車椅子の代わりになろう、などと言い出し椅子と襷で背負子のようなものを作り、僕の移動を手伝ってくれるようになった

 

「ここの奴らは、みんなお前を慕っている…お前と打ち解けん限り、過去の仲間とすら話せんのだ」

 

という事らしい

 

「そういえば…長門は明石と仲が悪いの?」

 

「……そう見えるか」

 

あからさまに明石が避けてるように見える

こういう場合、明石に聞いてもはぐらかすだろうし…

 

「昔、私の盾になって沈んだやつがたくさんいた…我々戦艦は頑丈だ、そんな事をしなくてもいい、何度もそう言った…だが上はそうは考えなかったんだ…」

 

「…それで?」

 

「…その時は、明石とは仲が良かった、色々な話をしていた…アイツも怪談とかで私を怖がらせて楽しんでいたさ…でも、ある日3人一度に沈んだ…流石にヤケになった…こんな事なら私が沈みたかった、そう言った」

 

「……それは、明石が怒りそうな事だね」

 

「…喧嘩した、その上…それが最後だった」

 

…タイミングが悪かったんだろう…きっと生きて帰ることができれば仲直りはできていたはずなのに

 

「…明石の怒りそうな事だ、と言ったな」

 

「うん、それがどうかした?」

 

「……その割には、ここの全員を怒らせるくらいには空気が読めないと聞いたぞ」

 

「…そうだね、僕はみんなを怒らせたり、困らせたりばかりだよ」

 

…僕は無謀な事をするつもりはない

だけど、自分の命を賭して仲間を救えるのなら…躊躇わないと思う

 

「やはりお前の目は嫌いだ、人殺しの目をしている」

 

「背中合わせで見えないじゃないか」

 

「………」

 

これは、もう少し時間がかかるかな

 

 

 

 

 

戦艦 長門

 

「司令官、今良いでしょうか」

 

「朝潮、どうかした?」

 

「…可能でしたら、長門さんには外していただけると」

 

「…必要になれば呼んでくれ」

 

随分嫌われたものだ…わずかな時間しか立っていないというのに、自分の才能が恐ろしいな、全く……

 

ん?声は聞こえないがここからなら様子が見えるな…あの駆逐艦は随分と楽しそうに話している…嫌っている相手に向ける表情でない事くらいは…私でもわかる

 

ん?アレは…北上と…軽巡洋艦だな、確か阿武隈だったか?

そういえば北上は不幸な事故で声と記憶を失った、と言っていたな…1人では杖なしで歩くこともできないと…

 

聞いた時はあの人間に殴りかかろうと思ったが…

ん…?北上と朝潮の表情はよく似ている…だが、阿武隈の表情は不思議な感じだな…敵意ではないようだが…

 

「あら、長門さんじゃない」

 

「…暁だったな」

 

「どう?こっちは、やっていけそうかしら」

 

「私と面と向かって話してくれるのは君だけだ」

 

「…ま、私も複雑な気持ちだけど…今回は許してあげるわ、だって司令官は貴方のことを許してるんだもの」

 

「……わからんぞ、心の中でははらわたが煮え繰り返ってるかもしれん」

 

「…そんな事ないわ、優しいから」

 

また…優しい、か

 

「優しければ全て許すというものではないだろう?」

 

「…司令官は許しちゃうのよ、響の悪戯も、雷の行き過ぎた気遣いも、私のワガママもね」

 

「…それは君達だからだろう」

 

「そんな事ないわ、ここのみんなを平等に扱おうとしてる…必死にね」

 

扱おうと、してる…?

 

「特別な奴がいるのか…?」

 

「……みんな特別なのよ、仲間がやられたなら…絶対にそれを許せない…司令官はみんなの前でこそ平気な顔をしてるけど…きっと苦しむ気持ちも強くあるはず…誰よりも曙さんの事を気に病んでるわ」

 

「曙…?あの曙か?」

 

「…2人居たのよ」

 

居た…か

 

「沈んだ訳じゃなくて、横須賀に行ったの」

 

「栄転、というわけでは無いのか…?」

 

「……脳に、チップを埋め込まれて…意識を奪われたらしいの」

 

「な…」

 

やはり、人間は…

 

「…大好きな司令官の事を殺そうとしたらしいわ、司令官は…曙を傷つけたー、なって言ってたけど…誰よりも苦しんだのは司令官だと思うの」

 

「……私には、あの人間の苦しみも、その曙の苦しみも理解できない」

 

「……大好きな仲間に殺されそうになる苦しみと…愛する人を自分の手で殺めようとした苦しみ…私にもわからないわ、言葉にするのなんて…とっても簡単」

 

「……重いな、君の言葉は」

 

「…そんな事ない…軽くて軽くて…嫌になるわよ」

 

気づけば…あの人間の周りには色々な奴が居た

明石も、青葉も、翔鶴も、赤城も、加賀も、摩耶も…

 

「…君は行かなくていいのか?」

 

「え?」

 

「…あの男を見てる君の表情は…あそこにいるみんなの表情によく似ている…」

 

「……隠せないものね…それにしても意外だわ、長門さんもっと鈍いのかと思ってた」

 

「…私は鈍いさ、低速だしな」

 

「………あははっ!思ったより面白いことも言えるのね!…お言葉に甘えるわ、また夜に」

 

「あ、ああ?」

 

夜に何かあるのか?

 

 

 

 

「随分と楽しそうにしていたな」

 

「楽しいからね、みんなと話すのは」

 

「…そうか……」

 

「どうかした?」

 

「私と話してくれる奴はいないだろうからな」

 

「暁とは仲がいいみたいだけど…?」

 

「………見てたのか」

 

「たまたま見えただけだよ、それに長門もこっちを見てたじゃないか」

 

「……互い様、という事にしておこう」

 

「そうだね、悪いけどまだ仕事があるから執務室までお願いできる?」

 

「…ああ、幾らでも運ぼう、それが私の仕事なんだからな…」



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策謀家

呉鎮守府

九竜トキオ

 

「じゃ、じゃあオレ行くから…色々ありがとう…色んな意味で」

 

「おう、気をつけてな」

 

「………色々とツッコミたいですけど…とりあえずありがとうございましたなのです」

 

「こっちも色々実験させてもらったからな、気にすんな」

 

オレたちは瀬戸内海を船で縦断するルートを取る事になった、船は善意で借してくれたという事にしておこう

 

ハセヲの実験は割と凶悪なものだった

あの空間じゃなくてもアイテムを持ち出せば発動できると分かった後は特に酷い、攻撃アイテム、バフデバフ、なんでも試された

 

そして俺は現実に出てきた回復アイテムの詰め合わせをもらう事になる

 

「…傷は…大丈夫なのですか?」

 

「この通り、痕すらないよ」

 

「…良かったのです…トキオさん、電のせいであんな目に遭わせてしまいごめんなさい」

 

「大丈夫、ただ…怖いのは愛媛での待ち伏せだね…」

 

「一層の事なりふり構わず回り込んで直接宿毛湾に入りたいのですが…」

 

「それはダメなのかな…?」

 

「一応軍港なので許可なしに突っ込むと撃沈される恐れがあるのと…新聞に載ってたのですが、つい最近輸送船が間違えて沈められたそうなのです、横須賀の艦娘の手で」

 

「横須賀?」

 

「…私たちを追ってる人たちの本拠地なのです」

 

…つまり、そういう事だろう

オレ達もやられる可能性は十分にある…

 

「縦断するだけならなんとかなるかもだし…船は運転できるの?」

 

「9割の艦娘はできるのです」

 

 

 

 

 

「あー、こういう感じなんだ」

 

「救命用のボートなのです、速さも十分、下手に漁船みたいなのを使うと遅いせいでやられるかもしれないのです…どうせ居場所がバレてるなら振り切る方がいいのです」

 

でも見た目はゴムボートみたいだなぁ…

 

「お、まだいたね」

 

「川内さん、どうしたのです?」

 

忍者みたいな格好だなぁ…艦娘ってみんな学生服みたいなの着てるのかと思ったら、ゲームみたいな格好してる人も居るんだな…

 

「これ、うちの提督から、ちゃんと読んでね」

 

書類…?

あ、やばい…来月分の原稿どうしようかなぁ…バイトとはいえ無断では不味いし連絡しないと

 

「………何から何まで助かるのです」

 

「道中はそっちで頑張ってもらうしかないけどね…電、無事を祈ってるよ」

 

「ありがとうなのです、それじゃあ」

 

「えー…と、そっちの…トキオだっけ?」

 

「え?あ、はい!」

 

「電のこと頼んだよ!」

 

「はい!」

 

勢いで返事したけど、オレに守り切れるのかな

オレよりずっと強いわけだし…まあ、頑張るしかないか!

 

 

 

 

 

「うぇぇ…ここ、どこ?」

 

「大洲なのです、かなり賭けでしたけど無事に辿り着けたのです…」

 

「でも、特に襲撃もなかったし、このまま目的地までいけるんじゃない?」

 

「…考えが甘いのです…考えたくない話ですが、ここにいる事もバレてるかもしれません、そうなれば私たちはおしまいです」

 

「………無いとは思いたいね」

 

「言い切れないのが現実なのです」

 

「この乗り上げちゃったボートは?」

 

「一般人のものとして処理するのです、型番も何もかも書き換えてあるそうなので」

 

「へぇー…凄いんだなぁ…」

 

「正直付け焼き刃に過ぎないのです、こっちです」

 

「え?ど、どこいくの?」

 

 

 

 

「この車ですね」

 

「…車まで用意してたの?でもオレまだ17で運転なんてできないけど…」

 

黒い…なんか物々しい車だなぁ…

 

「ちゃんとドライバー付きなのです」

 

窓が開いて男が顔を出す

 

「九竜トキオか」

 

「はい!?」

 

「乗れよ、急ごうぜ!」

 

後ろのドアが開いて引っ張り込まれる

 

後部座席にも1人…2人いるけど…

味方なのかな…

 

 

 

 

無言だ…すごく居辛いぞ…

 

「なぁ、なんか喋ろうぜ、すごく嫌な空気なんだが…」

 

お、ナイス!和やかにとは行かなくても少しは…

 

「仕方ないだろう、状況が状況だ…」

 

良くならないのか…

 

「…お二人とも憲兵さんなのですか?」

 

「ケンペイ?」

 

「ああ、憲兵ではあるが…」

 

「たった2人しかいない憲兵が今は2人とも泊地を出てるなんて、上には報告しないでくれよ?」

 

こっちの人はなんだか親しみやすいな…

 

「憲兵ってどんな仕事をするんですか?」

 

「軍内の警察みたいなもんだよ、だから軍人が悪いことしたら取り締まるのが俺たちさ」

 

「軍人が…」

 

じゃあ電ちゃんはどういう扱いになるんだ…?

もしかして…

 

「あ!あー!身構えないでくれ!別に2人をどうこうするつもりは無い、海軍側には見つけたら身柄を確保して差し出せって言われてるけど…直属の上には無視しろって言われてるからな」

 

「俺達としても良くわからんのが実情だ、それに訳のわからん事を宣う上よりも仲間の頼みの方が大事だ」

 

「仲間?」

 

「呉から頼まれてるってな、カイトから…知り合いなんだろ?」

 

「え、は、はい!」

 

カイト…やっぱり頼って良かった…!

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

 

「無事に辿り着けた…」

 

「正直これでダメなら完全にお手上げだったのです…でも、ここに来たこと自体も勘づかれていて当然と考えるべきなのです…」

 

だとしたら俺たちはどうすれば良いんだろう…

 

「やあ、トキオ」

 

「か、カイト?その格好は?」

 

椅子に括られてるし…その椅子は誰かが背負ってるし…

 

「あー…そうだったね、ごめん、長門、下ろしてくれる?」

 

「ああ」

 

「見ての通り今は歩けないんだ、だから長門が運んでくれてて…ってそれは良いか…」

 

「えーっと…あの、カイト」

 

「話は聞いてるよ、取り敢えず建物に入って欲しい」

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

「呉から大体のことは聞いてるから問題無いよ、だけど君たちの安全は保証できない…」

 

「…あの、それより一つだけ…」

 

「何?」

 

「なんで電ちゃんは追われてるんですか…?」

 

「正直なところ僕もそれは気になってる、電さん、心当たりがあれば教えて欲しい…暁達の為にも」

 

「………電が追われてるのは…碑文使いだから、の一言に尽きると思います…」

 

「碑文使いか…」

 

「何故暁ちゃん達が追われてるのかは…おそらく…完全に情報を消すため…」

 

だとしたら随分と手の遅い話だ…本当にそうなら僕達も佐世保も消さなきゃならないはずだ

 

「実際は大淀さんと電しか知らないことなのです、なので…暁ちゃん達が何かを知ってるということは…」

 

「その知ってる事を…教えてくれたりは?」

 

「……艦娘の脳に埋め込むチップの話なのです」

 

「…詳しく聞かせて欲しい」

 

曙を助ける手立てが見つかるかもしれない

 

「…海軍のデータベースを深くまで調べていた際、チップの研究データを見たのです…そのチップは電達が電子生命体であるからこそ作動するのですが…そのチップは高度に偽装し、そのチップこそが脳である、と誤認するのです…使い方によっては思考や意識の改竄だけに留まりますが、完全に掌握することも…」

 

「………」

 

「脳として誤認する…なので使い方によっては抜き取る際に死亡する事例も確認されています」

 

取り出せば死ぬ…か

 

「…他には?」

 

「……いいえ、わかってるのはこれだけです…」

 

「そう…そう、か…」

 

考えてもダメだ、今は時間をおこう

 

「……寝所は用意できるけど、あまり自由な生活はさせられない…というのを先に言っておくよ、僕らにも余裕があるわけじゃないからね」

 

「いいえ、置いていただけるだけでもありがたいのです」

 

「ありがとうございます」

 

「……無茶したね、トキオ」

 

「…放っておけなくて」

 

気持ちはわかるし、それでも咎めるのが彼のためなんだろう…だけど僕にはとてもできない

 

「トキオ、次は君の話だよ、君の持つ特異性の」

 

「…オレ自身も、全部わかってるわけじゃないけど、それでも良ければ…それとも、試しますか?」

 

「試すって…何を?」

 

「回復アイテム、試したらわかることもあるんじゃないかなと思って」

 

「……本当に治ったの?」

 

「オレは治りました、酷い怪我だし…試すだけでもどうですか?」

 

なんだろう…そんなつもりがないのはわかってるけど詐欺みたいだなぁ…

 

「振りかけるんだっけ」

 

「あー、もしかしたら沁みるかも」

 

「……試そうかな」

 

試すだけならタダだし

 

「取り敢えずここの擦り傷にかけて試しますか」

 

「あ、うん……冷たいな…」

 

「…あ、ちゃんと傷が消えてる…?」

 

「……え?本当だ…」

 

治った…?

僕もダブルウェアなのか…?

 

「よし!じゃあ他の傷にもかけて…」

 

「あ、うん、お願いするよ」

 

傷はどんどん治っていく…

だけど…不安な気持ちがどんどん…

 

原理を知れば解決するかもしれないな…

 

「いやぁ…効いてよかったぁ〜…実はハセヲも効いたんですけど…」

 

…少なくとも3人もダブルウェアがいるという事になる…

 

「他には誰に試したの?」

 

「いや、誰にも」

 

なんだろう、すごく嫌な感じがする

的中率が100%なのか…そもそも必然なのなら…

 

「…立てるし、動けるね…痛まない…」

 

「本当にか…?そんなものが存在するなんて…」

 

「……実際にこの目で見た以上は信じる他ないのです」

 

長門も複雑な顔をしてるな…

 

「……これって艦娘には効果はあるのかな」

 

「さあ…特に試してなかったので…」

 

「取り敢えず、ありがとう、これでこっちも動きやすくなったよ」

 

「役に立ったのならよかったです」

 

トキオ達はどうするべきだろう…

いつここに襲撃があるかわかったものじゃない

早く逃さなきゃならない……

 

その為に…計画を急がなきゃならない…

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 電 

 

「電!生きてると思ってたわ!」

 

「暁ちゃん…」

 

苦しいくらいに抱きしめられる

 

「ねぇ、電…」

 

「…なんですか?」

 

「私たちは何度離れ離れになっても…また巡り会うの、それだけは覚えておいて」

 

「……何を…」

 

まるで、また離れることを前提にしてるような言い回しに不安になる

 

「また後でね、会議があるのよ」

 

「会議ですか」

 

「…これでも、結構頼りにされてるのよ」

 

「……流石、電のお姉ちゃんなのです」

 

「今度は認めてくれたわね…お姉ちゃんって」

 

「…元から認めてましたよ」

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 綾波

 

「あ〜、ダメでした〜……」

 

「チッ、顔は見られてないんだろうな」

 

「それは勿論、視界が狭すぎて不覚を取りましたけど、本来ならあんな銃撃受けませんよ」

 

「……しかし、徳岡は何か掴んだのか?」

 

「この前のサーバートラブルが気になりますねぇ…会長さんも変なこと考えてるみたいだし?」

 

「何か聞いてるのか」

 

「…現実の濃度が上がりつつあると」

 

「なるほど、それは素晴らしい」

 

「あ、あと上がってる報告書によると電をロストしたそうです」

 

「……居場所はわかっている、が…前回のように雲隠れされては困る」

 

「何が困るんですか?あなたに楯突くものは皆死ぬか支配下に置かれるだけなのに」

 

「さっさと倉持も消したいところだ」

 

「私にはやらせてくれないんでしょう?」

 

「適任、と言うものがある…だが、オリジンを見失うわけにもいかんからな、手っ取り早いのがあの駆逐艦を捕まえることかと思ったが」

 

「本当に持ってるんですかねぇ?」

 

「さあな、潜水艦どもはどうした」

 

「本来は瀬戸内海の方で網を張る予定だったんですけど…ほら、輸送船潰した時に捕まったじゃないですか、だから間に合わなかったみたいです」

 

「そうか、まあそっちに関してはターゲット6名全員の死亡という報告も上がったことだ、厳罰は許すとしよう」

 

「……ま、そうですねぇ?」

 

「今気になるのは徳岡が何をしていたかだ、アイツは損得勘定では動かない…倉持にも言えることだが、狂人と言うのはどうしても邪魔だな」

 

「殺せば早いんですって」

 

「前向きに検討しよう」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 東雲

 

ああ、求められないのがこんなに不安だなんて

一分でも、一秒でも退屈な時間があることが許せない

 

わかっている、私は価値があるから接してもらえる

価値がなくてはならない

 

私を私として生かす為には愛が必要だ

 

水が無いところでは花は枯れるのみ

 

水を手に入れる為ならなんでもしよう

 

「東雲、ゴレを潰してこい」

 

「喜んで」

 

どんな難題であろうと、それがいかに困難であろうと

私はそれに立ち向かう瞬間だけが幸福なんだ

 

 

 

 

 

 

『何故我らを追う』

 

『私達を何故狙う』

 

「知れたこと…提督の命令だからよ」

 

それ以上の事なんて存在するはずがない

 

『約束とは守る物』

 

『貴様に真実を』

 

ゴレが私の周りを回る

 

「何が言いたいのか知らないけど…邪魔なのよ、私にとって邪魔なの、アンタらは』

 

私の力は圧倒的だ、こんな石塊なんて簡単に砕ける

 

『全部、終わりよ、データドレイン』

 

こいつらのデータも、私の手の中に…

 

違う

 

何が違う?今の感じは…

 

『…オリジン…?これが?」

 

私の提督が求めていた物を…手にした…

 

最高の気分だ

 

 

 

 

「ゴレ、撃破完了致しました」

 

「よくやった」

 

ああ、これを報告すればどれほど褒めてくださるのか、どれほど愛してくださるのか

 

「……ぁ…っ…」

 

あれ…?声が出ない…

 

「どうした、東雲、他に報告するべきことがあるのか」

 

「いいえ、ありません」

 

……何故、嘘をついた…?

私の意思は…いや、今はチップで私の自由よりも真実だけが優先されるはず……

 

ゴレか…!

アイツが私のチップに何かを…!

 

「……何をしている、退がれ」

 

「失礼しました」

 

オリジンを手にしたのに……伝えることすらできないなんて…

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「……ごめんヘルバ、もう頼るのはこれで終わるつもりだよ」

 

『いや、それはこちらも困る…お前が私の目の届かないところで何をしてるのか全くわからない、それ以上の不安はないからな…』

 

「…そっか」

 

『さっさと本題に移ろう…カイト、お前の読みは当たっていた、なんと表現すれば良いのだろうか、これは…粒子のような何かが空気中に混ざっていた、現実の物質として』

 

「だけどそれは現実の物質じゃない」

 

『……そう、これはネット世界の構成物だ…例えば宇宙がどこまで広がっているのかわからないように、ネットもどこまで広がっているかわからない……いや、両方とも今なお広がり続けている…』

 

「そしてネットは現実にまで広がり始めた…って事になるんだよね」

 

『恐ろしい事にな…つまり、お前に聞いた回復アイテムの話はリアルとネットの境界が本格的になくなり始めた証明だ、最初の戦いからどんどん進行していっている…そう考えて間違い無いだろう』

 

「……タイムリミットがわかったら、連絡してもらえる?僕は勘違いを止める事にしたよ」

 

『勘違いだと?』

 

「…前同様に…本当のルールがあるのかも、なんて思ってた…だけどこれは悪戯に人を傷つけて楽しむ程度の低い遊びにしか見えない」

 

『…カイト』

 

「僕だって迷ってるんだ、迷い続けてる…でも、終わらせるにはそれしか思いつかなかったよ、例え…全ての命を巻き込むことでも」

 

『……私は近いうちに雲隠れする、月の樹も潰すつもりだ、そうすれば…お前のバックアップに専念できる』

 

「…危険な賭けだよ」

 

『何度も経験済みだ…どうせ、私も怪しまれている、逃げるなら早い方がいい』

 

「まだマハも、タルヴォスも…コルベニクも残っている」

 

『それだけなのか?』

 

「……アウラが、セグメントが再び集まったのならその時に考えるよ、なんにせよ、僕はもう一度同じ過ちを繰り返す」

 

『…明石には』

 

「話してあるよ、大丈夫、あとは…そうだ、レプリカは?」

 

『私と明石だけでは厳しいものがある、間もなく海軍側のダミー腕輪が完成してしまう…予定より随分早いがな…アレは……きっと境界をより破壊してしまうだろう』

 

「……腕輪が完成しても…戦争の前に世界は滅びちゃうのにね…」

 

『ならお前はなんのために…?』

 

「……それはまた今度、またみんなに連絡しておいて…テトラポットの次はオルカだ」

 

『…オペレーションは伝えておこう……まさか、だが…本当にそんな事が起きるのなら……』

 

「ごめん、ヘルバ、来客だ、また今度」

 

『…あぁ』

 

 

 

 

 

「お待たせ、北上、何か用かな」

 

[お別れ前に、2人で散歩がしたくて]

 

少し寂しそうに笑ってボードを向けてくる

 

「……大丈夫、すぐ会いに行くから」

 

[提督、私は何度も酷い言葉を伝えました、その事について一度だけ謝罪させてください]

 

確かに、最初は強いショックを受けたけど…当たり前のことだった、自分を見直す機会になった…それだけなんだけどな…

 

「……気にしなくていいのに」

 

「…ぉ……さ…ぃ…」

 

大きく口を動かし、必死に声を出しているのが伝わる

 

「……ちゃんと、聞こえたよ」

 

ちゃんと聞こえたんだ、わかったんだ

 

[ありがとうございます]

 

「…北上、明日からは向こうになるけど、挨拶は済ませた?」

 

[昨日の会で、阿武隈さんともお別れをしました]

 

「……明石の事は任せるね、それと…扶桑と山城のことも…あとはそれから…」

 

手で静止される

 

[心配ありませんよ]

 

「……そうだね、頼りになる仲間をこんなに心配するのはちょっと失礼か」

 

……先に戻ってて、すぐに僕らもそっちに帰るから

 

 

 

 

 

 

元勇者提督

vol.3悪性変異

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EXコンテンツ vol.3
番外 姉の矜持


駆逐艦 山雲

 

「え?あの…」

 

「お帰りなさい、大潮」

 

なぜ私をその名で呼び、抱きしめるのかはわからない

私にはその名の記憶はない、捨てた記憶なのだから

 

「…私は…山雲でー…」

 

「貴方が自分を山雲だと言い続けるなら、私はあなたをそれ以上に大潮と呼びましょう」

 

「…えー…っとぉ〜…」

 

「何故、あなたは私と再びあった時、山雲と名乗ったのですか?」

 

何故…

わからない、でも、大潮はもう居たからではないのだろうか?

私自身、よくわからないのだ

 

「あなたは、私の妹です、永遠にそれは変わりません、たとえこれが艦としての記憶でも、あなたにとって私が同じ此処のドッグで生まれただけの他人でも、私にとっては妹です」

 

「…その」

 

「嫌ですか?嫌と言われても退くつもりは有りませんが」

 

嫌なわけではない、この暖かさにどうしようもなく胸がこそばゆい

まだ私にはこの感覚は刺激が強すぎて、なんと答えればいいのか、どうすればいいのかがわからない

 

「では、山雲と呼びましょうか?」

 

山雲、大潮、同じだ

なんと呼ばれても同じだ

 

…同じなはずだ…

 

「…やっぱり大潮の方がいいんでしょう?」

 

駄目だ、そう呼ばれては、私が揺らぐ

 

「……うん」

 

なら私はなんでそう答えたんだろう…

大潮と呼んでほしい、と肯定したのだろう

 

「その緑のカチューシャ、よく似合っています、とても悲しい事に、貴女が山雲に成ったことは間違いようのない事実です、でも私は貴女をいくらでも、好きなだけ大潮と呼べます」

 

「……うん…」

 

「…誰も貴女を責めたりしません、私達は姉妹で、大切な仲間です」

 

それはそうだろう

だけど大潮はなんで言うんだろう

 

「…貴女は優しい子ですから、良く知ってます、大潮の事が気になることもわかっています」

 

やはり、姉には敵わないものなのか

 

「大丈夫、そんなに気になるなら直接聞きましょう?あの子も優しい子です」

 

司令官を殺そうとしましたが、と笑顔でいう姉の顔は少し怖かった

 

 

 

 

 

「大潮…と、大潮ですか?」

 

「ええ、大潮、貴女はこの子を貴女と同じ名前で呼ぶことに抵抗はありますか?」

 

「全く!!だけど連携を取るときに少し不便なのかなって気になります」

 

そう言われればそうだった

 

「…大潮」

 

「はい?」

 

「はい!」

 

「成る程、これは不便かもしれません…アオボノさんの様にニックネームとして山雲と呼ぶのはどうですか?」

 

「…ニックネーム…?」

 

「いいですねぇ!大潮が山雲って呼ばれちゃいましょうか!?」

 

…本当にこの大潮は、優しい子だ

きっと本音は嫌なんだろう、自分の名前を明け渡すんだから

 

「……いいえ〜、私が山雲で結構ですー、本当に山雲に成ってますし〜」

 

だから私は負けない

 

「……大潮…?」

 

「ねぇ、大潮さん?」

 

「は、はい?」

 

「…何か私に負い目でもあるの?」

 

「え、え!?」

 

「ほらほら、一応生まれたのは私の方が先なんだから…お姉ちゃん、には隠し事は良くないですよ〜」

 

私だって、姉として振る舞うんだ

 

「あ、あのー…」

 

「そんなに言い難いんですか?大潮の殺意を語って司令官を殺そうとした事」

 

「あらぁ〜、司令さんに手を出しちゃダメ、よぉ〜」

 

「それは荒潮っぽいと思います!!」

 

「だからお仕置き、山雲の攻撃〜、どうかしら〜?」

 

「わぁぁ!?なんとか生還してみせます!」

 

「…デコピンなのにすごい音が…」

 

「うふふ〜」



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番外 川内の

離島鎮守府

軽巡洋艦 川内

 

「………」

 

「何してるの?」

 

「…春雨?いや、別に何も」

 

自嘲気味に笑い、簡単な受け答え

 

自分に自信を持てないが故の…

 

「…川内、これ」

 

「え?おにぎり?今日の御飯じゃないの?」

 

「………うん、でも、私はもう食べなくて良いから」

 

春雨は何かを抱えていて

そして片手で差し出すおにぎりは…

 

空腹で何も考えられなかった

 

「………」

 

差し出されたおにぎりを、受け取り、頬張る

米は最低品質で、炊き方も悪い

べちゃべちゃ、カサカサの米を無我夢中で頬張り、喉に流し込む

 

たまらなく、美味しく感じてしまう

 

「川内、普段から食べてないからさ…神通や那珂にばっかりあげてるでしょ?」

 

「……そのためにわざわざ抜けてきたの?バレたら処罰だよ?」

 

「……それは偶々、それに…もういいんだ」

 

「…?」

 

「……月が綺麗だね、蒼くて…」

 

そう言って、春雨が指を指すままに私も月を見る

 

「…本当に…月が…キレイ…」

 

「うん、1月だから風が寒いけ…ど……」

 

直後に水の中に何かが落ちる音がした

目の前で水柱が立った

 

「え…?」

 

水柱の中に落ちていく、春雨の顔を見ながら、私は立ちすくむことしかできなかった

 

 

 

 

 

「姉さん、夜戦に突入します!」

 

「…よ…る…?」

 

夜は…暗くて、寒くて…

 

『月が綺麗だね』

 

「うわっ…うわぁぁぁぁ!!」

 

「姉さん!?」

 

「だ、ダメ!」

 

なんて非情なんだろう

 

 

 

 

 

 

「姉さん、大丈夫ですか?」

 

「…ご、ごめん…本当に…ほんとにごめんなさい…ごめんなさい…!」

 

「…神通姉さん…」

 

「……那珂ちゃん、不安にならないで…私たちも…いつまでも守られる側じゃダメなんです…」

 

違う、私が守らなきゃ…

2人は、私が守らなきゃ……

 

その思いとは裏腹に

2人は強くなり、私だけ戦果が奮わない

 

「夜戦に突入する…!」

 

「うぐっ…!」

 

夜戦が始まるだけで、私は頭が締め付けられるように痛くなった

速度に振り回されてバランスを崩したり、急に吐いたり、パニック障害も起こした

 

だけど誰もそれを責めなかった、だから私はより病んで行った

 

報告はいつも神通がこう言う

 

「姉さんがサポートしてくれたおかげで乗り切れました」

 

他の誰も何も言わない

私を憐れんで…ここを早く出られるように…

 

その楽さに甘えたいなんて思わなかった、この環境が続くだけで私は余計に苦しむ、だから私は夜を克服する努力をしていた

 

でも、それが逆に私を悪化させて行った

 

「な、なに…?ダメ…ダメ!!」

 

「嘘でしょ…?また沈んだの…!?」

 

夜はとても残酷で、一瞬でも油断したものの命を奪っていく

 

「朝潮!ダメ!行っちゃダメ!」

 

「姉さん!ダメなのに…何で私を庇って……!」

 

「やだよ…嫌だ…もうやめてよ…!」

 

沈んだ子は帰ってこないのだ

 

「駆逐艦朝潮です、よろしくお願いします」

 

たとえ同じ姿でも、別人で、違う存在

 

 

 

 

 

 

「…姉さん、此処が今日から、私たちが過ごす鎮守府ですよ」

 

「……此処なら大丈夫だから…ほら、元気だそ?」

 

「………うん」

 

暫くしてから、私たちは呉鎮守府に移ることになった

 

 

「あらぁ〜、お久しぶりね〜」

 

「荒潮さん…」

 

「良かった…また仲間に会えたよ…!」

 

「……荒潮…」

 

荒潮が此処を出た後に、朝潮が着任した

でも、私たちはそれを伝えることは憚られた

 

生きて、出られるとは限らないから

 

 

 

「ふーん、まあ、俺も新人だし宜しくな」

 

そう言って片手をあげる提督

 

「…あの……私、夜戦ができなくて…」

 

「夜戦ができないってどう言うことだ…?」

 

「夜恐怖症なんです、夜は、たくさんの味方が死んでしまうから……」

 

「……そうか、まあ一応頭に入れておく、流石にいきなりそこまで対応するのは難しいからな…」

 

「…お願いします…!」

 

 

 

 

 

それから、朝潮が来て…

 

「…おめでとうって言って良いのかな、朝潮」

 

「…はい、あの子達のことは、受け止めた上でここに来ています」

 

朝潮は私より強い…覚悟があった

 

 

 

 

演習で那珂が大破した時は本当に沈むかと思ったし…AIDAに感染して後ろから殴られた時なんか…本当に怖くて…

 

それでも、無我夢中で生きていて…

でも、そうすればするほど…私が孤独になって、苦しくなって…

 

立ち向かおうとした時に…また出逢って……

 

『もう違う』

 

あの時は、気付くのが遅れて伸ばせなかったけど

手の届くところまで、仲間が戻ってきたから

必死に何度も手を伸ばして、掴もうとして

 

何度も空を切っても、諦めなくて

 

『……なんで…解体しなかったの……』

 

『………相手にならない…!なんで…貴女は……何でこんなに弱いのに此処にいるの…!』

 

『生かしてあげる……もう2度と姿を見せないで…お願いだから…!』

 

 

負けても諦めなかった

 

私は、本気だったんだって、自分に言いたかったから

 

私は殻を破れるんだって

 

 

 

『行クよ…川内…!』

 

『ココカらハ…私ノ世界…スケィス!』

 

深い海の底に沈められて

 

 

それでも、私は、手を伸ばし続けて

 

 

 

 

来い…

 

来い……!

 

[ミ・ツ・ケ・タ……!!!!]

 

改二になって…

 

「そして…コレも見せてあげる…此処に…」

 

新たな力も手に入れた

 

「来て!スケェェェィス!!」

 

 

私は、強くなれた

だから、春雨を…連れ帰れた

それが春雨の望んだ結果とは違ったかもしれないけど…

 

『……月ガ……月…が…綺麗」

 

また、笑ってくれたから…私は正しい事をしたと信じてる

 

 

 

でも、私は姉妹を軽んじた

 

だから、私から2人が離れて行った

 

 

 

 

「私ヲ受ケ入レてクレナイ…!」

 

『…確カニ、川内姉サンノタメニ…ミンナノタメニ…強クナッタ、ダケド…ソレハ昔ノ話!』

 

 

 

私は、1人では生きていけないんだ…

 

力があることが、私を救ったことなんてないんだよ

 

ずっと守ってくれてありがとう…私は、もう大丈夫だから…次は、私に守らせて…

 

足りなければ補うしかない

 

だから、私はずっと誰かの手を求めてる、必死に掴もうとしてるんだ

 

だから、貴方も…私に手を伸ばしてよ…お願いだから……

 

 

 

ポーーン

 

 

ハ長調ラ音、そう呼ばれるこの音は私の芯を木霊し…

 

『……来て…そう…ここに……』

 

私の中を駆け回り…

 

『良いよ………来てッ!!…スケェェェェィス!!』

 

開花する

 

 

 

『……これが…Extend…』

 

赤いマフラーを、靡かせて

 

『これが…新しいスケィス…』

 

暗闇を自分で追い払い…

 

『呉鎮守府、第一艦隊所属…川内型軽巡洋艦一番艦、川内…参る』

 

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番外 勘違い

宿毛湾泊地

駆逐艦 暁

 

「ふんふ〜ふふ〜ん♪」

 

「今日のご飯は何かな、私としてはそろそろ洋食が食べたいんだけどな」

 

「響は洋食好きよね、私は今日も和食がいいけど」

 

「…向こうにいた時に干物ばかりだったからねらそれは嫌になるさ……暁はどうだい?」

 

「私阿武隈さんのカルボナーラが食べたいわ!」

 

「そういえば今日の当番は…阿武隈さんと北上さんだね、ちょっと期待できる」

 

「早く早く!」

 

「あ、待って!暁!」

 

食堂の方から話し声が聞こえてくる

段々とはっきりと

 

「あ…つき…嫌いなんだね」

 

「えっ」

 

「え?」

 

「…今の声って……」

 

場の空気が凍った

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

「あれ?暁達だ、何してるのかな…」

 

「よーし、脅かしちゃえ!」

 

「ウッシーオ!それは私が提案するべき事だと思うなぁ!?」

 

「…止めへんのか?」

 

「気力と時間の無駄」

 

食堂の入り口で止まってる暁達、そしてそれにゆっくりと、そろりそろりと近づく潮と漣

 

「ばぁ!」

 

「うびゃぁぁ!べろりんちょッ!」

 

「びぃぃぃぃ!?」

 

「………最悪のタイミングに最低な事をしてくれたね、さて、やりますか」

 

「逃げるなら今のうちだよ?逃がさないけど」

 

泣き出す暁、響と雷の溢れんばかりの殺意

 

「ちょっ、まっ待って!マンマミーヤ!」

 

「それをいうならマンマミーア、よ…どうしたの?2人ともえらく機嫌悪いみたいね」

 

「じ、じれいかんが…あがづぎのごど、ぎらいっでぇ…!」

 

「うわっ!こ、こっちこないで!」

 

「いや曙、そこは受け入れたれよ…ほら、こっち来ぃ…んー、司令官はそう言うこと言うタイプちゃうと思うけどなぁ…いつ言われたんや?」

 

「今、食堂から声が聞こえてきて…暁が嫌いなんだねって…」

 

「……本当にぃ…?ご主人様がそんな事…」

 

「疑うのかい?……私たちも無理矢理厄介になってる立場だ…迷惑になっていても……」

 

「……私達、邪魔なのかしら……」

 

「………ゃだ…暁はここに居たい…」

 

「いや、というか…陰口なんて言うんだ…ちょっと……ショックだな…」

 

そう話してると声が聞こえてくる

 

「実は私もおぼろ苦手なんですよね」

 

「ッ!?」

 

「あ、阿武隈さんの声だ…!」

 

「阿武隈さんまでそんな事を言うなんて…!」

 

「……ごめん…ちょっと私部屋に戻るね」

 

「ま、待ちぃや!なんかの間違いやって!」

 

「いや…でも……ハッキリと朧が苦手って…」

 

「………待って、阿武隈さんって駆逐艦にはちゃん付けするよね、基本的に」

 

「…だから?漣は何かわかったの?」

 

「………よし、行こう!多分なんかの間違いだ!」

 

 

 

 

「あ、みんなもお昼?先にいただいてるよ」

 

[こんにちは]

 

「今日は海鮮巻き寿司とお吸い物ですよー!」

 

「ちょっとクソ提督!暁の事が嫌いらしいわね!」

 

「え?」

 

「……?」

 

「…曙ちゃん、なんの話ですか?」

 

「阿武隈さん、あの、私何かご迷惑をおかけしてましたか…?」

 

「えぇ!?い、いきなりなんですか!?」

 

「じれいがんずでないでぇぇぇ!」

 

「もう何言ってるかわからないね」

 

「響は落ち着きすぎよ!」

 

「うーん…暁が捨てられそうになってて、朧が迷惑…?……待って、朧ってもしかしてこっちのおぼろの事?」

 

「……それって、桜でんぶじゃない」

 

「……あぁ!そう言う事かいな!阿武隈は桜でんぶあかんのか!」

 

「桜でんぶと朧になんの関係が…?」

 

「…え?これって桜でんぶとも呼ぶんですか?」

 

 

 

 

 

「なるほどなぁ、確かに桜でんぶとかそぼろは元々祖朧って呼ばれとって、それを今でもおぼろ言う地域もあるしなぁ…」

 

「阿武隈と朧の方は解決したみたいだね」

 

「……ごめんなさい、勘違いしてました…」

 

「あ、あはは…わ、私こそ…ごめんなさい、好き嫌いはやめます…」

 

[そう言う話じゃ無いと思います]

 

「さて、次は…」

 

「びぇぇぇぇぇ!!!」

 

「……そもそも暁が嫌いなんは誰なんや?」

 

「いや、この流れから阿武隈の食わず嫌いネタでしょ」

 

「…暁って食べもんはないやろ…」

 

[多分、私が残してるコレです]

 

「それは私が巻き寿司に使ったあさつきですね!」

 

「…あさつきか…うん、解決したね」

 

「………しょーもな!!なんやねん!暁!アンタのことちゃうって!」

 

「…ほんと…?」

 

「……あさつき…ネギの仲間で独特な辛味で好みが分かれるってさ」

 

[ちょっと口の中で苦かったので…なので外して食べました]

 

「あれ?そういえばこれ辛く無い…というか苦かったんだけど…」

 

「……うーん…?」

 

「あ、阿武隈さん!」

 

「あれ、間宮さん、どうしました?」

 

「あ、ああ、あの…置いてあったやつ使いましたか…?緑色で…細長い…」

 

「あ、あさつきは使っちゃダメでしたか…?」

 

「……あの、御免なさい、それ、畑に生えていたスイセンです」

 

「………えっ」

 

「は、はよう吐き出しぃ!」

 

「……そりゃ、毒草が好きな奴なんていないわね…」

 

「苦味ってそもそも毒物を検知するものだから…」

 

「……つまり、北上以外は毒を検知できずに苦しむ…と」

 

「ごめんなさい!もっと早く捨てておけば…!」

 

「ああぁぁぁぁ!なんだかお腹が痛くなってきたぁぁ!」

 

「スイセンの食中毒は喫食より30分以内の短い潜伏期間の後に発症、主な症状は悪心、嘔吐、下痢、流涎、発汗、頭痛、昏睡、低体温など…だってさ……昏睡!?ご主人様!早くぺってして!」

 

「…うーん、僕2人が食べる前に食べちゃったからなぁ…」

 

「あかん!異様なほどに汗かいとる!」

 

「じなないでぇぇぇ!!」

 

「……これが混沌か…!」

 

 

 

結局阿武隈さんは昏睡と低体温を除くすべての症状に見舞われ、今後この様なことがない様にと食品衛生責任者の資格を取る勉強を始めた

提督は汗をかいたくらいで大事には至らなかった

北上さんは巻き寿司は美味しかったと言っていたが、残念ながら用意されていた巻き寿司は全ては行き、間宮定食をみんなで食べたのだった

 

「……呆れてものも言えんわ」

 

「全くね」



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番外 北上へ

宿毛湾泊地

重巡洋艦 青葉

 

「…自己紹介、ですか?」

 

「はい、その…北上さんがあんな状態ですので、皆さんに自己紹介をしてもらうビデオを撮って、それを贈ろうかなって…」

 

「……別に良いんじゃない?」

 

「いや、私は良いけど…というかなんで私に聞くんですか」

 

「アンタが一番仲が悪いからよ」

 

「…ムカつく……」

 

「事実を言ったまでじゃない、ねぇ、あ、け、ぼ、の、ちゃ〜ん?」

 

「…ごめんなさい蒼葉さん、30分もらえますか?1演習しなきゃいけなくて」

 

「何?やろうっての?良いわよ、ボコボコにしてあげる」

 

 

 

 

「あー、これもう撮ってるのかしら…私は正規空母赤城です、離島鎮守府というところからの長い付き合いなんですよ?」

 

「同じく加賀です、私も長い付き合いなので、今回のことは大変残念に思っていますが、それでも貴方が仲間であることはかわりません」

 

「そうですね、ところで、コレ自己紹介でしたよね?何を言えば良いのかしら…青葉さん?」

 

「…好きな食べ物とか…でしょうか?私もあんまり知らなくて…」

 

「じゃあそうしましょう、私は辛いものが好物なんですよ、その、お恥ずかしながら辛くないと中々食べた気にならなくて…それ以外だと私は、そうですね…あ、カレーが好きです、ご飯に対して1.5倍、これが私の黄金比ですよ」

 

「カレーが嫌いな人はいないと思いますよ…私も同じ理由から辛いものを好んでいます、あとは焼き鳥には一家言有ります、焼き鳥空母なんて言われてましたけど…今はその名前も嫌いじゃないわ」

 

「あ、あと趣味もお願いします…」

 

「え!?しゅ、趣味ですか…食べることだけが楽しみな生活でしたからね…」

 

「鍛錬が趣味、ということにしておきましょう…」

 

 

 

 

「駆逐艦朝潮です!私は好物といえば…あ、呉の時に先輩方に連れて行ってもらったラーメンやお好み焼きはとても美味しかったですね、それ以外だと間宮さんのお料理はどれも美味しいので…趣味…趣味ですか…趣味…」

 

「はいは〜い、時間かかりそうなので、朝潮型2番艦山雲ですよ〜」

 

「嘘つかないでください!?本物の2番艦の大潮です!好きなものはお肉!お肉が好きです!!それから趣味はドッジボールです!!」

 

「満潮、よろしく」

 

「満潮ちゃん、それじゃダメよ〜?荒潮です、私はクレープが好きねぇ〜…それと女性誌とかファッション誌も沢山あるので、よかったら来てくださいね〜、はい満潮ちゃんやり直し〜」

 

「……3番艦の満潮、好物は柑橘類…あとドーナツも好き…北上さんはよくいろんなスイーツ作ってくれたよね……今度、私と一緒に…作ってください…」

 

「きゃ〜、かわいい〜」

 

「……はぁ…私の心境察しなさいよ…」

 

「だってしんみりは〜、良くないでしょ〜?…改めて〜、山雲で〜す、好物は〜…みんなで食べるご飯かな〜、趣味は…霰と出撃すること〜?」

 

「霰、です…私は…カルボナーラが好き…私もみんなで出撃するの、好きだよ…」

 

「霞よ、私は……うーん…誰が作ったか覚えてないけど…肉じゃがが好き、後はみんなで遊ぶのが唯一の趣味かしら…あんな所に居たせいで、みんなと生きてる時間の大切さは誰より知ってるつもりよ…」

 

「心配ありませんよ、私達は助け合って生きていけば、必ず生き残れますから…せっかくなので貴方も自己紹介しますか?」

 

『………ア"ア"ァ"ァ"ア"…』

 

「ひゃぁぁ!?」

 

「そ、その人?しゃべれるの〜?」

 

「私が通訳します」

 

「…事故紹介ね…フッ…」

 

「満潮、寒い…」

 

『ア"ア"ァ"ァ"』

 

「好物はハンバーガーで、趣味は…えっ」

 

「何?その化け物みたいな容姿でお花摘みとかいう訳?」

 

「あ、ワンちゃんとか好きそうよね〜」

 

「……そう思うとなんか可愛いわね」

 

「いや、データドレインだそうです」

 

「はぁぁぁ!?危険度マックスもいいとかじゃない!」

 

「放送事故!放送事故よ!カメラ止めて!」

 

「…マジ、の…事故紹介…」

 

「霰がマジとか言わないでよ…というか私そいつがたまに北上と格ゲーしてたの見たわよ」

 

「え!?わ、私知らないんですが、勝手に出てきてたんですか!?」

 

『ア"ア'ァ"…』

 

「ごめんじゃなくってぇ…!」

 

 

 

 

 

「高雄型重巡洋艦、高雄です、この度は御愁傷様でした、というか昨日挨拶しましたよね、まあ簡単に…私は親子丼が好きですね…ほら、とろとろの半熟卵が…じゅるり…あ、失礼しました、趣味は…実は洗濯が好きなんです、特に取り込んで畳む時は柔軟剤の匂いを堪能できて、ポカポカして、そのまま寝ちゃったり…」

 

「私のお布団に涎で滲みをつくったりね〜、パンパカパーン!私は愛宕、北上さん、覚えてくださいね?好物はホットミルク、ひとつまみココアを入れて香らせるのが好きなの…」

 

「いや、もうホットココア飲めよ、今の生活は余裕あるし」

 

「そんなのもったいなくてできないわよ!」

 

「アタシ摩耶ってんだ、よろしくな、と言っても…アンタとはつい最近まで最強の座を狙ってお互いに争ってたんだ、正直、負けてたとこも多かったし、こんな形で終わったのは悔しい……ってのは全くない!ははは!…はぁ…な、今度一緒に飯食おうぜ、今度はアタシがカルボナーラ作ってやるよ!」

 

「…摩耶、はい、ハンカチ…鳥海です、あまり目立った活躍などはなくて、そんなに騒がしいほうじゃないですけど…サンドイッチと読書が好きです、よければ…」

 

 

 

 

 

 

「航空戦艦の扶桑です、北上さんにはいろいろなことを教わってる途中でしたが、これを機に…私も戦力となれるように一層邁進して参ります、私は…その、食べられるものはなんでも食べますので…趣味も…あ、一つだけ…朧ちゃんたちが誘ってくれるゲームは大好きです」

 

「金剛デース!好物は紅茶、趣味は明石へのアタックデース!!キタカミー?今度ティーパーティーしまショー?」

 

 

 

 

 

「軽空母の千代田です、私はお肉が好きです、魚肉以外…」

 

「魚肉って悪文化よね…お肉って聞いてたのにお魚だった時は泣きそうになったわ…」

 

「そうそう!!…仕方ないのは分かってるけど…なんだかなぁ…あ、趣味はゲーム!朧ちゃんにも負けないレースゲームが好きで…あとはみんなでやるパーティーゲームも好き!」

 

「イムヤです、私はアソコに行く前は気取ったもの食べてたから結構わがまま言ってたんだけど…うん、お肉が食べられるのって幸せだって分かったからお肉が好き…趣味はたまに本土で食べる料理かな……うん、ほんとに…」

 

「イムヤちゃんはパズルゲームも得意だからよかったら一緒にやりましょう!」

 

「…なぜか提督には勝てないのよね…」

 

「え?私には負けてたよ?」

 

「…もしかしてレースゲームで負けてたりする?」

 

「あ、まさか勝ってるの?」

 

「話の雲行きが怪しいので次に行きますね…お二人ともありがとうございました…」

 

 

 

 

 

「軽巡洋艦の阿武隈です…ってトコはいるんでしょうか、まあ、一番一緒にいる自信はありますから喋ることはあんまりありませんね…」

 

「…一応、一応言いませんか…?」

 

「………好物はカップラーメン、カレー味が好きです、うどんじゃなくてラーメンの方で…後は趣味は……趣味は…その…この間見せた奴……ぅぐ……」

 

「な、泣かないで…あの、悪気はないんです、すごく仲が良かったから、まだショックから立ち直れてないんですよ…あ、わ、私天龍です、それじゃあ次の方に…!」

 

 

 

 

 

 

「軽空母龍驤や!ウチはあんま強ないけどな、アンタの指示に助けられたことも、コンビ組んでやったこともある…またウチと一緒に戦ってな!……って感じでええ?」

 

「あの、好物と趣味もお願いしてて…」

 

「あ、そうなん?好きなもんは…んー、粉もんとか?タコ焼きとかお好み焼きはよう食べるで、なんか嫌なことあっても同じ釜の飯食っとったら解決しよるしな、趣味はテレビやなぁ!おもろい芸人紹介したるわ!にゅ〜くれいちぇるってのがやなぁ!」

 

「…龍驤さんそのコンビのアンチじゃなかったですか…?」

 

「………この話はやめよか、後な、青葉、時間が変えるもんもあるんや…今でも最初でやめとけばよかったと思うよ」

 

「あ、そうでしたか…」

 

 

 

 

「給糧艦の間宮です、と言っても私のご飯を食べてくれるのは曙さんだけなんですけどね…みんな日替わり食べるので…」

 

「…朧さんと潮さんの日は違うじゃないですか…」

 

「うわぁぁぁん!他の日も食べてくださいよぉぉぉ!」

 

「……ごめんなさい」

 

 

 

 

「あ、そういえばわたしはまだでしたね…撮影中の青葉です」

 

「あと私も一緒に、翔鶴です、ほら、アレを」

 

「え"……本当にやるんですか…?」

 

「当たり前じゃないですか!ほら、せーの!」

 

「「2人合わせてAIDA組でーす」」

 

「…絶版にしよう…」

 

「それより速く自己紹介を」

 

「ええと…その、好物は…みんなの作ってくれたご飯です…例外は当然ありますけど……趣味は花の写真を撮ることです」

 

「私はグラタンが好きですね、チーズやバターなんて高いものは中々使えませんけど…あ、あと北上さん、今度肉じゃがを一緒に作りましょう!美味しいので!趣味はとことん、楽しむことですよ…1秒でも長く、なんでも…」

 

 

 

 

「はーい、撮影者が変わりました、翔鶴ですっわぁっ!」

 

「…派手にこけたね」

 

「…白目向いてるよ…連れてこうか」

 

「はい、青葉さん、カメラ」

 

「ありがとうございます…あとで編集すれば良いか、自己紹介お願いします」

 

「はーい!艦隊のアイドルッ!ザミーだよぉ!よっろしくぅッ☆って事で漣様ってんだぁ〜!てやんでぇい!」

 

「…醤油ひっくり返したみたいに濃いね、潮です、フルーツが大好きです、特に内地で食べたバナナパフェが好きで…趣味はカフェ巡りですよ!良かったら一緒に!」

 

「朧、あ、ほら、非常食のカニさん」

 

「え、非常食なの?」

 

「離島の時はもう、本気で非常食って考えになったね…あ、私はお魚が好きで……えっと、特に好きなのはマグロかな、しばらく食べてないけど…自分で取るの大変だし、取っても身焼けして美味しくないし…内地に居るなら美味しいやつが食べたいな…趣味はゲーム、誰にも負けない!筈なんだけど…提督には勝ち越したことがないよね…」

 

「……やっぱり青葉達とやる時は手を抜いてるんですね…」

 

「なんか言いました?あ、漣です、キャロットフラペチーノマキシマムマックスが大好物です、嘘です、そんなものありませんぜ旦那」

 

「だから濃いんだって…」

 

「…だって、こういう時暴れとかないと爪痕残んないじゃん…20キル取るの大変だしさぁ…いやじゃなくて、あ、キャロットハンバーグが好きだよん、ばみょーんってね!趣味は…あれ?なんだっけ、ほら、ごめん、誰か思い出して」

 

「いや、無理だし」

 

「この前野球のゲームしてましたよね…?」

 

「あ、うん!それそれ、ポケットの方ね!6が鬼畜なんすよ〜!」

 

「…別路線に行きそうだし青葉さん、どうぞ」

 

「はーい……」

 

 

「え、アタシたち最後なの?」

 

「……遊びすぎたわね、一瞬で片付ければ良かった」

 

「何言ってんのよ、負けた癖に」

 

「…本気を出せば一瞬よ、それは事実」

 

「………フンッ、駆逐艦曙、髪の色からみんなはアオボノって呼ぶわ、というか…北上が、その…そう呼び始めたのよ、この名前も、嫌いじゃないから、そう呼んで…好きな食べ物は…というか、みんなの作る日替わり定食が好きね…それと、趣味は…なんだろ、The・Worldってネトゲかな…」

 

「同じく駆逐艦曙、好みはハンバーグ、スパゲティ、カレー…」

 

「それ、三つともクソ提督の好物じゃない…」

 

「あれ?曙のくせにわかるんですね」

 

「何?やろうっての?」

 

「いいえ、私の好物は本当に上の三つですよ、あとは肉じゃがとかアップルパイも好きです」

 

「……合わせに行ってる…」

 

「ですね……」

 

「趣味は提督の負担を軽くすることです」

 

「マジっぽいからやめなさいよ」

 

「…本当なんですけどね……読書です、蔵書量なら誰より多い自信があります」

 

「ありがとうございました」

 

 

 

「え?自己紹介?なるほど、良い考えだね、下手に話そうとして余計に緊張したりギクシャクしてほしくないしね…」

 

「…そういうことですので、ご協力願えますか?」

 

「うん、いいよ、僕も思えば挨拶とかしてなかったし…なにより……無理矢理今までの自分を見せようとしてた気がするしね…ここの提督をしてる倉持海斗だよ、好きな物は…これ食べ物に限るの?」

 

「えっと、特に制約は…」

 

「うーん……そうだね、ゲームが好きだよ、趣味もゲームだしね…」

 

「それだけで終わらないでください…」

 

「わかってる、北上、僕は君に今まで無理をさせてきた、そのツケが回ってきたんだと思ってる…君が僕に対してマイナスな感情を抱いてるように、僕も君がマイナスに感じてると受け入れた上で接していくつもりだ、どんなことを言っても、どんなことをしても、僕はそれに対して全て受け入れるつもりだよ…よろしくね」

 

「……自己紹介じゃないですよ、こんなの…」

 

「……良いんだよ、事実だから」

 

 

 

 

 

「失礼します、北上さん」

 

[こんにちは]

 

「北上さんこんにちは!」

 

「急に失礼するよ、私たちは記録に残せないからね…」

 

「でも直接話せるんだから良いじゃない!じゃあ行くわよ?」

 

「?」

 

「暁よ!好きな食べ物はカルボナーラ!趣味は天龍さんの謎を暴く事よ!」

 

「響だよ、これは自己紹介だよ、好物は卵かけご飯だね、ついでに趣味は暁のコーヒーに勝手にシロップを入れることさ」

 

「え!?いつの間に入れてたの!?」

 

「雷よ!かみなりって書けば伝わるからよろしくね!好きなものは健康に良いものならなんでも良いわよ!あと趣味は人を甘やかす事よ!」

 

「???」

 

「北上さんと仲良くなりたいから、みんなで自己紹介のムービーを作ったんです…はい、これ…」

 

[ありがとう]

 

「……貴方は私たちを知らないと思います、だけど、私たちは貴方が大好きなんです…それだけは覚えておいてください」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なんだ、こんなとこにあったのか…」

 

ビデオを流す

 

「結局無編集じゃん…らしいけどさぁ…ま、良いけどさ…」

 

すこし、うるっとしちゃったな

 

「……ま、今の私なんて…」

 

仕方ないけど、不満はあるなぁ…

 

「………頑張るからね…私…』



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番外 間宮さんの憂鬱

給糧艦 間宮

 

「……はぁ…いつみても、涙が出てきそうになりますね…」

 

離島鎮守府に移籍してからずっと思っていた

 

みんな極めすぎている…と

私が前居たところでは一航戦ペアは毎食誰よりも大量にご飯を食べていたし、駆逐艦はもっと少食なことがほとんどだった

 

これはある日の記録

 

 

 

 

「ねぇねぇ間宮さん」

 

「なんですか?島風ちゃん」

 

「今日の定食のお造りってどんな食べ物なの?」

 

あー、建造されたばかりだからあんまり分かってないのかしら

 

「お刺身とも言うんですけど、生魚の切り身です、ほら、お寿司に乗ってるお魚みたいな…」

 

「…お寿司って…あのお寿司?」

 

…えーと?

 

「どうかしましたか?」

 

「…お寿司と何が違うの…?」

 

「うーん、あ、これ、これですよ、これがお造りです」

 

現物をみせる

鯵、鱚、鰤の三種はみんなで獲った物、それに冷凍のマグロを加えた四種のお造りにあしらいは大根と人参

 

我ながら完璧な出来栄え…!

 

「……え?これってこのまま食べるの?」

 

…すごく不満そうな顔してる…!?

 

「しょ、醤油はつけますよ…?」

 

何がダメなのか全くわからない…!

 

「………なんでお寿司じゃないの?」

 

「…お寿司の方がよかったですか…?」

 

「ご飯があるからお寿司の方がお腹いっぱいになるし…」

 

「…っ…ぅっ…」

 

「間宮さん、なんで泣いてるの…?あ、私がわがまま言ったから…?ご、ごめんなさい!」

 

「…違うんですよ…毎食お腹いっぱい食べられるようにもっと工夫しますからね…!」

 

その日のお造り定食はもう少し豪華になりました

 

 

 

 

 

「うーん、あの時は本当に…環境を呪いましたね…提督さんはしっかりやってた…らしいですけど…あ、でもあの時はまだ明石さん任せか…」

 

毎食しっかり食べていたものの、電気の供給や貯蔵量が安定しないせいで日によっては何も食べることがないなんてこともあり得る環境だったから…

みんなの食事を預かるものとしては…すごく情けない気持ちになったなぁ…

 

「…あ、これ……」

 

嘆願書…潮さんと朧さんをキッチンに入れないで欲しいという…

 

 

 

 

 

 

 

「え、なんですかそれは」

 

「海鮮丼です!」

 

「パフェです!」

 

「「合わせて海鮮パフェ丼です!」」

 

「…お米の上に海産物…の上に、生クリームと…チョコソースと…フルーツ……?」

 

「チョコソースは醤油モチーフです!」

 

「フルーツと生魚も合うと思うんです!」

 

「………え、あの…」

 

おかしい、こんな食べ物を冒涜するようなも……え?実は美味しいのかな…

 

「食べますか?」

 

「………ええい!ままよ!」

 

端で切り身を掴み、口に運ぶ

生クリームと米とソースがかかっていたのには目を瞑る

 

「……不協和音…」

 

一つ一つはまともなのに、まとまらない…

 

「うん、甘くて美味しいね!」

 

「やっぱり海鮮丼は美味しいなぁ……」

 

あ、うん……2人とも舌がおかしいんですね…

え?でももしかしたら私がおかしいのかな

 

「……ちょっと気持ち悪くなってきた…」

 

 

 

 

 

 

 

「……思い出したら…うぇっ…」

 

慌てて日記を閉じる

 

「…あ、発注表……ん?今回のは香辛料が少ないな……あ、一航戦のお二人の発注がまだだ…確認しないと」

 

 

 

 

「あ、いたいた、赤城さん、加賀さん、香辛料のことなんですけど……」

 

「あ、ちょうどよかったです」

 

「私達も出向こうと思ってましたから」

 

「そうなんですか?じゃあ早速、今回はどのくらい頼みます?」

 

「……いえ、その…」

 

「私達、これを機にすっぱり辛いものを絶とうと思って」

 

「へー、そうだったんですか……えっ…えぇぇぇぇぇ!?」

 

「…予想はしてましたけど、やっぱりこうなりますか」

 

「応援してくださると嬉しいのですが」

 

「え、あ、はい!もちろん!!お二人の食事は見てるこちらとしても身体が不安になる物ばかりでしたので…」

 

「……ご心配をおかけしました」

 

「……今更だけど、私達かなり思い切りましたね」

 

「それでも、きっと良いことですよ、私は来た当初は本当に驚きましたから……真っ白だったり真っ赤だったり……」

 

「塩ばかりというのは飽きますからね」

 

「……人の体なら死んでいた自信があります」

 

「でも、お二人ともよその空母の方に比べて少食だったのは辛いものを食べてたからなんですよね?」

 

「それも違うと思いますよ、私達は艤装への補給が大量に必要なので、それを自分もこれだけ食べなきゃいけない…と勘違いして、よその空母は大量に食べるんだと思います」

 

「私達が街に出て普通のものを食べた時も、あまり多くは食べませんでしたから」

 

「……なるほど、これは学会に出したら賞が取れそうな…」

 

「……どんな賞ですか…」

 

 

 

 

 

 

 

「間宮さ〜ん」

 

「あ、漣さん、お仕事終わりですか?」

 

「ん、今帰ったところですぜ、って訳でさー、お腹ペコリンヌ!なんかアモーレ!」

 

「アモーレは愛って意味だったはずデース」

 

「ノンノンノン、フランス語だともっとって意味で何か頂戴って使い方するんですぜ?それでも元EU加盟国の戦艦ですかい!?」

 

「もう栄光ある孤立したデース、というか私は日本艦でありたいデース…三枚舌はノーネ…」

 

「それよりご飯っ!ご飯っ!」

 

「うーん…今出せるものは…お寿司とかなら軽く作れますよ、あんまり派手な奴じゃなくて申し訳ないですけど」

 

「……寿司ですと…?」

 

「……何か?」

 

「サザビー!私アレが食べてみたいネー!」

 

「さっすがゴウチャン!行きましょうぜ!マイロードを!」

 

「え?え?」

 

「間宮さん!戦前のお寿司食べたいです!」

 

「デース!」

 

「……戦前の…お寿司?ああ、そういうことですか…晩御飯食べられなくなりますよ?」

 

「動き続ければどうという事はないッ!」

 

「もうペコペコネー!」

 

「……じゃあ、作りますね…巨大なお寿司」

 

「やったぁ!」

 

 

 

 

「うーん、なんでお寿司が今のサイズかってさぁ……そりゃ美味しく食べられるからだよね」

 

「これが江戸前握りスシ…デスカー…普段食べてるやつの5倍はありマース」

 

「戦前は2.3個でお腹いっぱいになるくらい大きかったらしいですからね……しかもあんまり質も良くなくて安い物ばかり使ってたから今とは違ってファストフードとして親しまれてたとか」

 

「それは知ってるんですよぉ…だから気になったのに……これじゃバルジが気になっちマイマイマイっチング!」

 

「運動頑張って〜」

 

「鬼!悪魔!間宮!」

 

「まさか日本海軍で間宮を鬼や悪魔と同列視する人が出るとは思わなかったデース……」

 

 

 

 

 

 

「あ、間宮さーん、サンドイッチかおにぎりお願いします」

 

……来た…私の宿敵…明石さん

 

「はぁい!喜んで!!」

 

 

 

「うん、それで…こうなるんですよ」

 

「あ、なるほどねぇ…」

 

「ここはどうなんでしょうか」

 

大抵提督や他の方を連れてきて話しながら食べる明石さん

この人を夢中にさせるサンドイッチかおにぎりを私は作る!!

 

「今日はおにぎりですよー」

 

「あ、これあさりの佃煮だね、美味しいよ」

 

「ホントですね〜…あ、提督、此処なんですけど…」

 

……提督はしっかり感想を言ってくれるけど、明石さんは食事の時以外の軽食はあんまり無関心だなぁ…というか明石さんのやつはおかかだし…

私の心に火をつけたのは…明石さんですからね!

 

 

 

「はい、今日はサンドイッチです!」

 

「ありがとうございます……あ、これ、此処を繋ぐと動きますよ」

 

[ありがとうございます、美味しいです]

 

……北上さんも無感情にプラカードだけ向けてくるのかぁ…しかもまだ食べてないし…

せっかく良いタマゴサンドとフルーツサンドがあるのに…あ、そっちは茹で卵を潰した方のふわふわなやつ…

 

「!」

 

あ、思ったより北上さんは表情豊かなんだ

 

「!!!」

 

しかもタマゴサンドはだし巻き派かぁ…凄い勢いで食べてるし、本当に美味しそうに食べてるなぁ…これはやる気が出る!

 

「北上さん、聞いてます?」

 

[あ、ごめんなさい…もう一度お願いします]

 

明石さんはダメかぁ…

 

 

 

 

 

あ、今日も北上さんか…よし、だし巻きサンドを出そう!

 

「今日もサンドイッチですよー」

 

「ありがとうございます」

 

「……」

 

…?北上さんの反応が…

 

[ありがとうございます]

 

なんだか冷たい…!?

しかも、全然手を出さない…

 

「そうですね、此処はこれで……はい、そうしたいんですけど」

 

[この器具は?]

 

「扱いづらいですからねぇ…」

 

ま、全く食べる気配がない…なんで…?

 

 

 

 

「……ほとんど手をつけられず残されてしまった…なぜ…?昨日あんなに美味しそうに食べてたのに…あれ?」

 

[明日食べます、冷蔵庫に置いておいてください 北上]

 

「うーん…できれば出来立てを食べて欲しいけど…勿体無いし言う通りにしておこう…」

 

 

 

 

「あ、龍驤さん」

 

「おー、間宮やん、どないしたん?」

 

「……艦隊の相談室と名高い龍驤さんに聞きたいんですが!」

 

 

 

 

「……それは、阿武隈に聞いたから知っとるんやけど」

 

なんでも知ってるなこの人

 

「ちょっと何の気なしに体重計乗ったらしいんやわ」

 

「あ」

 

「……そう言う事やね、本人曰くサンドイッチを食べ過ぎた、とか」

 

「……なぁんだ…よかった……」

 

「ただでさえ動かれへんねんから、体重維持も難しいんやろな、神経質やとは思うけど」

 

「ですね…いやぁ、よかった……」

 

「ところで、コレ、対明石にどうや?」

 

「………た、タコ焼き器?」

 

「自分で焼く形式のタコ焼きなら集中せなあかん、どや?」

 

「……私の求めてるものじゃないですね…」

 

「……そうか…」

 

 

 

 

 

あ、今日は提督か……

 

「間宮さん、今日はおにぎりでお願いします」

 

「え?あ、はい!喜んで!」

 

おにぎりを指定してきた…

つまり今日はおにぎりの気分!絶対仕留める!

 

明太クリームチーズみたいな変化球から梅干しやシャケのようなストレートもバッチリ…!

 

「あ、これアサリだ、提督お好きでしたよね?」

 

「ありがとう、うん、美味しい」

 

……違う、これ好感度稼ぎに使われてるだけだ……

 

 

 

 

 

 

「もぉぉぉ!なんでこうなるの!」

 

「あれ?間宮、どうかした?」

 

「あ、提督……実は…」

 

 

 

「あー、明石はそういうところがあるからね……でも、それは僕が負担をかけちゃってるからだしなぁ…」

 

「いや、そういう事じゃなくて…」

 

「ううん、実際そうなんだ、僕も必死な時に何かを食べても味がわからないほど熱中してたりする事もある、明石は仕事中は軽食を挟んだとしてもその間もずっと全力で頑張ってるんだよ」

 

「……そうなんですか…」

 

「でも、明石は優しいから、話しかけてみたらどうかな?」

 

「……邪魔じゃないですか?」

 

「大丈夫だよ、優しいから」

 

「……わかりました!」

 

 

 

 

「お疲れ様です、今日は趣向を変えてクッキーとコーヒーにしてみました!」

 

「わ、ありがとうございます」

 

「へー…美味しそうじゃない」

 

「珍しい組み合わせですね?」

 

「……ああ、確かに、普段は北上さんか提督、夕張を連れ回してますからね、アオボノさんとっていうのはレアですね」

 

「召喚式の砲撃について研究してたのよ」

 

「成る程、じゃあお疲れですよね…コーヒー、お砂糖とミルクもありますけど」

 

「……じゃあ両方ください、ちょっと多めで」

 

「…なによ、ブラックは飲めないの?」

 

「違いますー!疲れてるから甘いのが良いんですー!」

 

「フンッ、お子ちゃまね……ヴッ…!」

 

「……ミルク、入れますか?」

 

「…遠慮しとくわ、熱かっただけだし?」

 

「へぇ〜?ホントですかねぇ〜?あ、このクッキー美味しい!」

 

「本当ですか!?頑張って作ったんですよ!!」

 

「うーん!コーヒーにも合うし、美味しいなぁ…!でも、アオボノさんにはこのマリアージュを味わう余裕があるんですかねぇ?」

 

「う、うっさいわね!!」

 

「あはは」

 

…本当に、話しかけてよかった…



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番外 舞鶴お料理教室

舞鶴鎮守府

駆逐艦 島風

 

「え?なにそれ」

 

「…野菜ラーメンだけど…」

 

「自分で作ったっぽい?すごい!」

 

「……料理したことないの?」

 

「うーん、基本食べにいくから…」

 

「え?お外での食事ってすごいお金かかると思うんだけど…」

 

「そうかなぁ…私達お金使いは荒くないとは言えないけど、困ったことないよね」

 

「提督が管理してるからだよ…村雨なんてこの前怒られてたじゃないか…」

 

「いやぁ!思い出したくない!」

 

「………あの…」

 

勇気を出そう

 

「良ければ、一緒に料理…してみる?」

 

 

 

 

「うーん…包丁の使い方とかはみんなわかってるんだよね…?」

 

「え?なんで?」

 

「調理器具とか、しっかり揃ってるから…」

 

「いや、やったことある人いる?」

 

「私と睦月ちゃんは経験あるよー!」

 

「ケーキ焼いたの忘れたとは言わせんにゃしぃ!」

 

「………これは教員がいるよね…」

 

 

 

 

 

「え?料理を、ですか…島風ちゃんはまともなものは作れたと思いますけど」

 

「じゃなくて…他のみんながご飯を作れたらいいなって…」

 

「……そうですね、せっかくなので私も腕を振るわせていただきます、ここにきてから事務処理しかしてませんでしたから」

 

「ほんと!やった!鳳翔さんがいたら大丈夫だね!」

 

「……明るくなりましたね、島風ちゃん」

 

「……私、提督に勇気をもらったから」

 

 

 

 

「え、めっちゃ手際いいっぽい!」

 

「普通に美味しそう…僕たちが料理を覚える意味ってあるのかな」

 

「……あるよ!多分」

 

「なんだかんだ提督は喜んでくれると思うよ」

 

「司令官…喜ぶの…?」

 

「絶対喜びますよ!」

 

「よーし!頑張るぞ!」

 

「「「「おー!!!」」」」

 

 

 

「メニューは肉じゃがとおひたしとお味噌汁ですか」

 

「お味噌汁の具はたくさん残ってる茄子にしようか」

 

「ネギは絶対必要かしら?」

 

「三つ葉も余ってるので三つ葉も使いましょうか、でも、なんでこんなに野菜があるんですかね…私も多少買ってはいますけど…」

 

「あ、それ私のやつ…たまに野菜ラーメン作るから…」

 

「全部島風ちゃんの?」

 

「うん、でも基本食べきれなくて悪くしちゃうの」

 

「確かに1人だと消費量に限度がありますからね…でもこんなに残るのは良くないので、今後はみんなで合わせて買うようにしましょう」

 

「わかった、そうするね」

 

「さて、早速作る…前に買い出しも必要ですね…」

 

「そうだね、冷蔵庫という名のただの空箱同然だった訳だし」

 

「とりあえず、買い物班のリーダーは菊月に任せよう、大体なんでもわかってるし」

 

「…時雨、些か適当ではないか?」

 

「適当と言うのはね、適している、そして当たっている、ぴったりであるって意味があるんだよ」

 

 

 

 

「よし、じゃあ先に何から始めようか」

 

「お米を炊きましょうか、お米は何処ですか?」

 

「……えーと…どこだっけ?」

 

「これ米櫃じゃない?」

 

「あ、そうそうこれこ……ひっ!?」

 

「………米食い虫がうじゃうじゃだね…全部ダメか…」

 

「最後のお米を使ったのはいつなんですか?」

 

「……提督が着任する前なんじゃないかなぁ…」

 

「…そういえば毎食店屋物か菓子パンとかの中食でしたね」

 

「なかしょく?」

 

「外でご飯を買ってきて食べる事だよ」

 

「お米も買わなきゃだね…」

 

「私たちも行きましょうか…あ、でもこの米櫃も洗わないと…」

 

「じゃあ鳳翔さんはそっちをお願い、僕たちで全部揃えてくるよ」

 

「大丈夫ですか?お米は重いですけど…」

 

「配送サービスがあるから問題ないよ、今ならまだ間に合うはずだし…」

 

 

 

 

 

 

スーパー

駆逐艦 五月雨

 

「あ…卵落としちゃった…ごめんなさい…」

 

「うーん…まあ一個くらい仕方ないか、お嬢ちゃん、次から気をつけてね」

 

「はい…」

 

「五月雨は棚に近づかないで!」

 

「ごめんなさい…」

 

「白露、言い方キツイ」

 

「ねぇねぇ、バターなんて何に使うのー?サラダ油でいいのかな」

 

「これ、ほうれん草って書いてるけど小松菜とかじゃダメなのか?こっちの方が安いよ」

 

「お味噌っていろいろあるけどどれがいいのかなぁ…」

 

「みんな自由奔放すぎ!!」

 

「あ、いたいた」

 

「時雨、どうしたの?」

 

「お米もないから急いで追いかけてきたんだ、他にも買うものがたくさんあるからね…さて、どうしようかな…」

 

「私、わかるよ」

 

「島風が?悪いけどこう言うのは苦手だと思ってた」

 

「…まあ、お手伝いしてたらね…あれ?なんでサラダ油…?確かまだあったと思うけど…」

 

「バターだと倍近く高いから…」

 

「こう言うのは言われたものだけを買い揃えた方がいいよ、自分の判断で違うものを買ったら美味しいものを作れなくなっちゃうから…」

 

「島風ちゃんはこう言うの得意なんだ…」

 

「………ゲームのお使いイベントがおおいからね…」

 

「え?」

 

「何でもないよ」

 

「こっちの味噌ってどれがいいのかな」

 

「あ、私のところで使ってたのはコレかな…多分これでいいと思うよ」

 

「鰹節ってこのちっこいやつかな?」

 

「あ、それは僕でもわかるよ、こっちの大きいやつを使うんだ」

 

「昆布って凄く高いけど…」

 

「この出汁用昆布で良いと思うよ、違いはわからないけど」

 

 

 

 

 

「よし、揃ったね」

 

「うん、手続きしてくるから待っててね」

 

「…五月雨ちゃんに任せるの?」

 

「書類仕事は誰よりも得意なんだ、問題ないよ」

 

「30分以内に届けてくれるって!帰ろう!」

 

「……しかし、この人数だと人目を引くなぁ…」

 

「御近所名物になると思うよ」

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お帰りなさい、先に荷物届いてますよ」

 

「よし、じゃあかかろうか!」

 

 

 

軽空母 鳳翔

 

「まずお米を炊かなくてはいけません、米をこの180mlのカップで測ります、180mlが一合ですので」

 

「これを流水で洗うんだよね…白露、洗剤はいらないよ」

 

「え」

 

「洗う、とは言いますが、米を研ぐとも言いますからね、溜めた水の中で手のひらを使い容器に押し付けて米を研ぐようにして洗います、水が十分汚れたら一度捨てて、優しく指先で米を洗い、もう一度水をためて同じ動作をします、これを水が綺麗になるまで繰り返したら釜に移して同量の水を入れて炊くと美味しいお米になりますよ」

 

「よし、みんなできたね?」

 

「…炊飯器がこんなにあるなんて初めて知ったわ…」

 

「でもこのフォルム、なんかかわいいねっ」

 

「食べ盛りが多いからのう…これだけあれば足りるじゃろう」

 

「余ったらおにぎりにして出撃の時に食べれるようにしておきますね、次は野菜を切りましょうか」

 

「はいはーい!私の出番!」

 

「じゃあ白露さんにはコレを」

 

「………ゴーグル?」

 

「玉葱を切るときにゴーグルをすると目が痛くならないそうですよ、試したことはありませんけど…」

 

「そうなの?よーし!切っちゃうぞー!」

 

「包丁を使うときは包丁の板になってる部分に人差し指の関節をずっと当ててください、そうすれば人差し指より前に他の指が出ない限り手を切ることはありませんから」

 

「…なんだか難しいなぁ…」

 

「セラミックの包丁を用意しても良いんですが、すなには無理ですので…」

 

「よし、切るよー…うん、こんな感じ?」

 

「はい、では次は人参ですが、皮を剥くのではなく、今日は粗く擦ります」

 

「何が違うの?」

 

「にんじんの皮と身の間には栄養が多いので、こうすることでより栄養豊富に食べられるんですよ」

 

「へぇ…違いがよくわからないな…」

 

「確かに微々たる物ですけどね…根と茎につながる部分を切り落として、乱切りにしていきます」

 

「人参の乱切りは誰の担当ー?子日だよ!」

 

「人参に対して斜めに包丁を入れ、90度回してもう一度切ります、これを繰り返すと面が増えて味が入りやすくなるんです」

 

「うーん…硬い…」

 

「あんまり無理しないでくださいね、指を切ってはいけませんから」

 

「ジャガイモは?」

 

「このくぼみのところから芽が出ていないか注意をしてください、芽が出ていたらそこは深く切り取らないといけません食べるとお腹が痛くなってしまいますからね」

 

「どうやって切り取れば…?」

 

「皮剥き機の横の出っ張りを使うと良いですよ、もしくは包丁の手前側のここの直角の部分、これで取り除く人もいます」

 

「あ、取れた取れた」

 

「一口大に切っても良いのですが、煮崩れしやすいので大きめに切って炊きましょうか」

 

「よーし、お肉も焼いちゃうかな」

 

「サラダ油を敷いた鍋を火にかけて、そこで牛肉を焼いていきましょう、牛肉の色が大体変わったら玉葱、玉葱の表面が半透明になったらお水を入れて、人参とじゃがいもを入れて、調味料を加えていきます」

 

「…全部まとめて入れて良いの?」

 

「料理のさしすせそを守りましょう、これは科学的に味が含まれやすい順番なんです、例えば砂糖より前に塩を入れたら甘みが食材に入りづらいんですね」

 

「なら砂糖から入れれば良い訳だ」

 

「でも今回は砂糖はやめて味醂を使いましょう、同じ甘い調味料なので順番は味醂からで、砂糖はグラムで測るのに醤油はmlで計らなきゃいけませんからね」

 

「よし、こんなものか」

 

「料理の味付けをする際のポイントは、最初は薄く、です、どれほど煮詰めるかにもよりますけど、濃くしたら取り返しがつかないことがほとんどなのでまずはとことん薄味から調整、適宜味を見て行きましょうか」

 

「……なんで今まで料理を作ってなかったんだ?」

 

「特に頼まれなかった物ですから…」

 

「お浸しは?」

 

「これは簡単です、ほうれん草を沸騰したお湯に塩を少し加えてから茹でます、全体がくたっとしたらザルにあけて、一口台に切ったら醤油だしに浸して冷やしておけばあとは盛り付けるだけですよ」

 

「お味噌汁は?」

 

「茄子のお味噌汁なのでまずは茄子を切りましょう、皮剥き機でナスを剥くとかなり深くまで剥いてしまうのですが、薄く剥くことができれば綺麗な緑色になります、茄子はそのまま茹でてお味噌汁に使うと嫌な人が多いので、一口大に切って胡麻油で炒めます」

 

「へー…サラダ油とは違うの?」

 

「胡麻の香りがいいんですよ、でもこのまま食べると油っこく感じることがあるので、焼けた茄子をザルに移して沸騰したお湯をかけ、油を抜きます、こうすると茄子はとても美味しく食べられるんですよ」

 

「…あまり違いがわからないな」

 

「でも油はすごい量が流れてる、それくらいならわかるな」

 

「お出汁ですが、鍋に入れたお水に昆布を入れ、弱火でざっくり沸かします…大体10分くらいかけて沸かす事になりますね」

 

「そんなにかかるの?」

 

「はい、前日から水に付けておけばそれだけでも味は出るのですけど…時間がないので今回はゆっくり沸かして行きましょう」

 

「鳳翔さんすまない、肉じゃがの方が少し不安なんだが…」

 

「あ、はいはい…どうしました?」

 

「いや…こんなに汁が多かったかなと思って」

 

「これは今から煮詰めていけば汁がなくなるから心配ありませんよ、まあ地域によってはスープみたいな肉じゃがもあるので、今回はお味噌汁も炊きますから煮詰めますけど」

 

「そうか、杞憂だったか」

 

「ご飯が炊けましたね、炊き上がったご飯は一度かき混ぜます、しゃもじで切るように…と良く言いますね、これは米粒を押したりすると粘りが出てネチャネチャしたご飯になるからです、なのでそうならない様に、押さないこと、潰さないことを意識して混ぜれば構いません」

 

「混ざったらどうするのー?」

 

「もう一度蓋をして蒸らします、かき混ぜたのは全体に水分が均一に行き渡るためなので」

 

「鳳翔さん、昆布の水が沸きそうですよ」

 

「あら、早いですね…この水が沸くと雑味や滑りが出てしまうので、昆布を入れたまま沸かしてはいけません、昆布は取り出して…これは今度佃煮にしましょうか、次は火を止めて鰹節を入れます」

 

「そんなに入れるの?勿体なくないかな…」

 

「そう見えてしまいますよね…さて、鰹節が沈んだので取り出します」

 

「10秒も入れてないけど…?でもいい香りは漂ってるね…」

 

「これで充分味が出てるんですよ、お出汁はこれで完成です、お味噌汁に使うには少し勿体無いですが、ここに茄子と三つ葉を刻んだものを加えておきます」

 

「味噌はこれで良かったよね?」

 

「そうですね、これは合わせ味噌と言って一般的に一番普及している味噌です、赤味噌と白味噌という味噌を混ぜていて、夏でも冬でも美味しくいただけるように配合もその時期に合わせて変わってるので、困った時はこれを使ってください」

 

「そのまま入れるの?」

 

「味噌は大豆からできているのですが、どうしても味噌かすと呼ばれる豆の塊が中にあります、なので容器に味噌を取り、お出汁をおたまですくって味噌にかけ、味噌を溶きます、この溶いた味噌の上の部分をすくってお出汁に入れます、そうする事で味噌かすが入ることを防げる訳です」

 

「……料理ってすごく手間がかかるね…」

 

「私もここまで気を使ったことはなかったよ…」

 

「1番難しい事を覚えて仕舞えば、あとは簡単です、応用も効きますからね…ここで簡単な作り方だけを教えても、みんなは美味しい料理を作ることはできません、ちゃんとした作り方を覚えましょう」

 

「「「はーい」」」

 

 

 

 

 

 

「司令官!ご飯ができたよ!」

 

「あー、飯か…どうする?何処行くか…」

 

「じゃーなくーて!みんなで作ったよ!ほら!食べよ食べよ!」

 

「つ、作った!?お前らが…?それ、大丈夫なのか…?」

 

「あ、今カッチーンと来ちゃったよ、睦月!」

 

「にゃっしぃ!囲め囲めぃ!司令官殿を連行じゃー!」

 

「ちょっ!お、おい!待て!」

 

 

 

 

 

「…うわ、まともな飯だ…」

 

「お味噌汁は私が手を出しましたが、他はみんなやり方を教えただけです、この子達がやりたがってたものですから」

 

「いや、悪いな…ハハ…よし、食うか!」

 

「「「「いただきまーす!」」」」

 

「うん、旨い、よくできてるじゃないか」

 

「よかったぁ…ホントだ、美味しい!」

 

「味見したから美味しいのはわかってたけど、提督の舌に合う様で良かったよ」

 

「でもなんでまた料理なんて…」

 

「島風が自分の食事を作ってるのを見てね、私たちもそれくらいやらなきゃ!と言うか?」

 

「まあ毎食店屋物な事に危機感を覚えたって言うか…?」

 

「単に誘われたからなんだけどね、島風ちゃんに」

 

「そうか、ありがとうな、島風」

 

「うん、こちらこそ、みんなともっと仲良くなるきっかけになりました」

 

「はい、島風ちゃん」

 

「え?肉じゃがにバター入れるの!?」

 

「…確かに使ってないと思ったけど…」

 

「私はこっちの方が馴染みがあって…美味しいよ、バター入りの肉じゃが」

 

「…バターかぁ……油だしなぁ…うーん…怖いからやめておこう…」

 

「…最近出撃も少ないしね…まあでも、走ればいいから私は試すよ!」

 

「うん!おいしい!意外と合うんだね…!」

 

「じゃがバターなんて料理もありますからね、私も初見は驚きましたが、理にかなった物ですから、おいしいことは間違いありませんよ」

 

「よーし、次は何作ろっか!」



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番外 瑞鳳から

佐世保鎮守府

軽空母 瑞鳳

 

ジュ〜ッと油が音を立てる

 

「…やっ………ほっ……」

 

鍋を振り、クルクルと卵を返す

 

「……よし」

 

まな板に取り、切り分けて皿に移す

 

「…よし…形よし、火通しよし……あふっ、味も良ひ…あふ…」

 

良い卵焼き、何処に出しても恥ずかしくない完成度…!

 

「また卵焼き?」

 

「……何か文句でもある?」

 

「いいえ、一つもらっても良い?」

 

「……だめ、コレはリコちゃんの分だから」

 

「またぁ…?」

 

「……良いでしょ、別に」

 

私は幸せな日々を過ごしている

 

そして1日ごとに…心が重くなるんだ

 

私の心は、常に重い

私の中には、罪悪感があり続ける

 

これは誰の罪悪感?

これは誰に対する罪悪感なの?

 

北上さんの私に対する罪悪感

私の北上さんに対する罪悪感

 

 

 

私は許されるために戦う

 

「…タルヴォス!!』

 

私が力を振るうのは誰かのため

自分のためじゃない…

 

私は北上さんの今までの人生を奪った

だから私は代わりに…覚悟を決めた

 

すごく遅かったけど

その時が来るまで私は頑張り続けるって約束したから

 

「あら、瑞鳳さん」

 

「…不知火、どうかした?」

 

「…いえ、でも最近思い詰めた顔をされてますね、どうかしましたか?」

 

「……そう見える?」

 

「はい」

 

…思い詰めた…か

 

私自身が今に納得してないのも、落ち着いてないのも…仕方ないんだ

 

だから、私は戦ってるんだから

 

「…ちょっと付き合ってよ、気晴らしに」

 

「気晴らしですか、何を?」

 

「………なんでもいい、何でも良いから…楽しみたいかなぁ…」

 

私はこの与えられた力をもう少しだけ振るわなきゃいけない、私が終わりを決めるのなら

それはまだ先の事だから

 

 

 

 

 

「そう、か…」

 

花びらが舞い散る

薔薇の濃厚な匂いが…鼻に残る

 

「……お前が……」

 

今こそが…

 

 

 

 

 

「瑞鳳、どうしたのよ」

 

「瑞鶴さん、これ」

 

「…アンタ最近疲れてるんじゃない?もっとゆっくりして良いのよ?」

 

「………思ったより早かったから」

 

「何が?」

 

「……瑞鶴さん、私は私の意思でしか動かないから、その指示は聞かない」

 

「…別に指示なんて…」

 

だめだ、焦るな…

 

「あ、ごめんなさい…ちょっと最近卵焼きがスランプ気味で…八つ当たりしてしまいました」

 

「……そう、まあ、弓の訓練も怠らないでね」

 

「……最近の私の艦載機の発艦は素手ですけどね」

 

「タルヴォスの能力ってやつ?何で腕力が上がってんのよ」

 

「呉の提督が詳しいらしいので聞いたんですけど、どうやら元々格闘系統の人の碑文だったとか」

 

「…だからアンタは肉弾戦に頼るわけ?」

 

「織り交ぜながらやりますけど…最後はそれしかないんでしょうね」

 

「ロストウェポンもそうだしねぇ…」

 

……私は、多分…

 

 

 

 

 

 

『……やるの?』

 

『ケリをつけるのは、私の役目だから』

 

『…………じゃあ、後は…』

 

『任せて』

 

崩れ落ちる世界

砕け散る世界

 

私だけは帰れない、進めない

 

私だけは…ここでみんなの為に…自分自身の為に

 

 

 

 

 

 

最期の香りはずっとあった

どんどん強くなる、薔薇の香り

 

貴方に全部、これを返す

 

利子もつけちゃえ

 

遠くのあなたはきっと泣いてくれる

その一粒の涙が私の心を救ってくれるから

 

 

 

 

 

『鬱陶しいよ、私の邪魔をしないで』

 

目の前の敵を叩いて潰す

 

 

 

 

 

 

私の目に映るのは地に伏した仲間たち

死んではないものの…気を失っている

 

そして、一体の敵

 

唯一立っているのは私だけ

 

私が守らなきゃ、いけないんだ…

 

『…………ごめんみんな、さようなら』

 

私は、全部…

 

全部もらった、もう一回生きたし、大事な仲間もできたし、楽しかったから…

 

もう満足だから

 

 

 

 

『後は…お願いします………北上さん」

 

途切れゆく意識の中で、空を掴もうとした

最期の瞬間までも、私は欲張りである為に



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番外 どう思ってる?

宿毛湾泊地

重巡洋艦 青葉

 

「え?提督をどう思ってるか…?」

 

「そうです!明石さん!せっかくなので答えてくれませんか!」

 

「……うーん、同じ青葉さんでも結構違うものですね…」

 

「私は取材です!写真なんて二の次なのですよ!」

 

「……まあ良いですけど……どう思ってるか、でしたっけ…んー……んー……」

 

「波風たたない回答探してませんか!?そんなのダメですよ!?」

 

「憧れの人ですね、あ、変な風に書かずそのままでお願いしますよ」

 

「くっ…めっちゃ普通な回答……」

 

「ま、頑張ってくださいね、他の方の回答は興味があるので」

 

 

 

 

 

 

「よーし、まずは……えっと…誰が居たかな…あ、あそこにいるのは赤城さんと加賀さん…よし!」

 

 

 

「提督ですか、気のいい友達でしょうか」

 

「赤城さん、それは流石に失礼では?」

 

「あら、加賀さんはどう思ってるのかしら」

 

「……リーダーかしら、正直な事を言うと艦隊の指揮というより、戦場で戦いながら周りのサポートをする方が似合ってると思うわ」

 

「加賀さんは手厳しいわね」

 

「…肩を並べて戦いたい、と思ってるだけですよ」

 

「あらあら、明石さんに嫉妬されないように気をつけてくださいね」

 

「……そう言う感情ではありません!」

 

「そう言う割には顔が赤いですよ?」

 

「頭にきました…!」

 

 

 

 

「ふむふむ、やっぱ明石さんはそう言う事ですよね…しかし加賀さんもかぁ…案外魔性の男?お、第七駆逐隊と龍驤さんだ」

 

 

 

「司令官〜?んー……頼りないって印象が強かったけど…でも今は結構ヤバい人って感じやなぁ…」

 

「ヤバいですか、漣としては甘いパパみたいな感じもしますけどね」

 

「ぶっ!ぱ、パパぁ?!漣、アンタ…!」

 

「……言いたい事はわかるかも、守ってくれるって安心感とか、優しさはそんな感じあるかも…」

 

「朧ちゃんまで…?私は…私も憧れで、アオボノちゃんは好きな人でしょ?」

 

「はぁぁ!?誰がクソ提督なんか…クソ提督、なん…か…」

 

「赤くなってる!赤くなっておりますぞー!」

 

「わかっとったけど…ホンマに惚れとるんかいな…」

 

「RJさんショック?」

 

「いや、誰がRJや…まあ、別にショックな事はないけど…なんか、そう言う目で見るには面白みに欠けるというか」

 

「告白されたら断れなさそう」

 

「わかる」

 

「優柔不断で2人に誘われたらどっちつかずになりそうだよね」

 

「や、優しいだけよ…多分」

 

「ぼのたんが必死に庇ってるけど、まあ庇えてないと思うな!」

 

「誰にも嫌われてはないやろうけど、そういう目で見るか、となると話はちゃうんかもなぁ」

 

 

 

 

 

「なるほど、なかなか面白い結果ですねぇ……と、あれは物静かな方の私!と翔鶴さん?いつも一緒いますよねぇ…」

 

 

「司令官ですか…」

 

「私は…特に深い関係にはならるとは思ってませんからなんと言えばいいのか…」

 

「え?翔鶴さん…好きなんですか?司令官の事…」

 

「…優しいですし、何より私を見てくれます、嫌いになる人は居ないでしょう…」

 

「……つまるところ、好きなんですね…」

 

「青葉さんも素直になった方がいいと思いますよ?」

 

「……わ、私も!愛する人です…!」

 

「…よく言えました、これからもライバルですね」

 

「も…?え?えぇぇ?」

 

「前々から知ってましたから」

 

 

 

 

 

「…同じ顔してるからこっちが恥ずかしくなってきますよ…弄りがいのある人とか居ないかなぁ…阿武隈さんとか居ないかな」

 

 

 

「え?わ、私?いいけど……うーん…ライバル…?」

 

[ライバル?]

 

「北上さん!?いつの間に…いや、あの…その…ほら、提督のことどう思ってるかって聞かれて…やっぱり強くなるなら…目指す目標は高くと言うか…!」

 

[提督ですか]

 

「……ちなみに、北上さんは…?」

 

[恩人、憧れの人、頼りになる優しい人]

 

「……そ、そうですか…そうですか…うーん…!」

 

 

 

 

「阿武隈さんももっとストレートに生きてみたら成功しそうな気はしますけど…おや?あれは…大潮さん達」

 

 

 

「大潮としては…複雑な感情を抱いてますね、一度すごく恨んでましたから」

 

「そう言えばそうよね、朝潮姉さんに聞いたけど…殺そうとしたって?」

 

「……思い出したくないですけどね…意識のない人間の事を殺めるなんて…どんな状況でも許されざる行為です、いまだに打ち解けられない気もします…満潮は?」

 

「…誠実なやつ、って感じ?悪感情はないけど…あとその話普通に司令官知ってるし」

 

「えぇぇぇ!?」

 

「ま、何…気にしてないらしいし、向こうも負い目を感じてるみたいだからいっその事仲直りしなさいよ、人の殺意を勝手に語った恥ずかしい大潮姉さん?」

 

「………よし!行ってきます!」

 

「え、今から!?……本当に行ったし…」

 

 

 

「行動力の化身ですね…おや、アレは霞さんと霰さん」

 

 

 

「司令官?…パパみたいな人」

 

「…パパ…?本気…?」

 

「優しくて、あったかいから…好き」

 

「へぇ……そうなの…」

 

「霞、は?」

 

「……何事にも真剣な感じはするけど…まあ、損な性格してるわよね、理想の善人を無理に演じてる感じかしら」

 

「……確かに、無理してる気がする」

 

 

 

 

 

 

 

「本当に嫌われてませんね…おや、朝潮さんに荒潮さん、と…山雲さんでしたっけ、よく朝潮型に出遭いますね」

 

 

 

 

「司令さん〜?どうかしら〜」

 

「私としてはもう少し自分を大事にしてほしいですね、前々から1人で全てを背負い込もうとするのはやめてほしいと思ってました」

 

「そうねぇ…自分に対する理想が高いって感じかしら?」

 

「確かに〜、そんな感じですよね〜、でも私は好きですよ〜?」

 

「…リボン、よく似合ってますよ、大潮」

 

「ダメですよ〜、姉さん、青葉さん混乱しちゃいますから」

 

「私はいつまでも大潮って呼びますよ、緑のリボンは司令官からでしたね」

 

「……ふふっ、姉さんはどう思ってるんですか〜?」

 

「理想の人、でしょうか…意味は伏せますが」

 

「理想ねぇ…いいわねぇ…」

 

 

 

 

「うーん、愛されてますねぇ…おや、バリー!ガサ!」

 

 

 

「ここの提督、か…やっぱ命の恩人よね」

 

「それに尽きる…ほんっとうに助かったよね…青葉はどうなの」

 

「まあ、本当に助けていただいた御恩は…としか」

 

「だよねぇ…もうどうやって恩を返せばいいのやら」

 

「特に私達は何もできない状況だからね、外に出たら捕まりかねないし」

 

「雑務手伝おうとしたら客人扱いくらいました」

 

「どんだけーってね…でも、本当に頑張って何かしないとね」

 

「よし、掃除でもしとこう!」

 

「戦力になれないのが辛いッ!」

 

「主戦力に規格外もいるしねぇ…やっぱ雑用?」

 

 

 

 

「世知辛い今を再認識…はぅ……おや、間宮さんと金剛さん」

 

 

 

「提督ですか」

 

「モチロン恋のRivalネー!でも紅茶のことをわかってるの数少ないメンバーなので友達でもありマスヨー!」

 

「お優しい方ですよね、私ともよく話しに来てくださいますし」

 

「ただご飯食べにきてるだけジャ?」

 

「いえ、ちゃんと私と会話するために来てくださってるんです、前よりも余裕がありますからね、2人でゆっくりお茶したりもします」

 

「……ナルホド、ワタシも明石を誘ってTea Timeしに行きマース!」

 

「ぜひみんなで」

 

 

 

 

「今度混ぜてもらお〜っと……ん、アレは天龍さんと扶桑さん」

 

 

 

「みんなに優しい理想の人…に見えます、よね…」

 

「天龍さんにとっては違うの?」

 

「…私は、1人で全部抱え込む提督は苦手です……1人で生きていける人なんていないのに…今にも倒れそうに見えて、怖くて怖くて…」

 

「…大丈夫よ、提督ならきっと私たちを見捨てたりしないから…」

 

「見捨てなければ……潰れてしまうかもしれません…でもそんな状況でも、どんなに自分が苦しくても…自分だけを犠牲にするのは見てて不安です…」

 

「……そう言われたら、そう見えるわね…」

 

 

 

「初めて否定的な意見…に見えて、実はただ心配してるだけ…本当に好かれてますね…おや、あれは摩耶さんとイムヤさん」

 

 

 

「提督?……どう思ってるか…なぁ…んー……相棒…になりたいなぁ…なんてったって…アタシはブラックローズだしな…」

 

「いいですよね…凄い力があって」

 

「……まあ、イムヤからしたらそうか…でもイムヤだって縁の下の力持ちじゃん、アタシらからしたら…凄く助かってるよ、色んな仕事してくれてさ」

 

「……摩耶さん…!」

 

「つーかブレちまったけどイムヤはどうなんだ?」

 

「……色々と良くしてもらってますけど、やはり他の人に比べたら…うん…」

 

「正直、アタシや他の手のかかる奴らにかかりきりだからな…本人は一生懸命同じように扱おうしてるのがわかるんだけどな」

 

「……なんにせよ無理しないでほしいですね…」

 

 

 

「東へ話を聞きに行けば愛を語られ、西に聞きに行けば褒めちぎられ、南へ行けば父性を感じる子がいて、北には身を案ずる子がいて…うーん…なんか凄いなぁ…あ、明石さんだ」

 

 

「どうですか?皆さんの返答」

 

「……お父さんか…なるほど、パパって呼んだら困った反応しそうで面白いかもしれませんね」

 

「……明石さんもいい性格してますねぇ…これ、掲示しても?」

 

「娯楽室に記録映像そのまま置くだけならいいですよ、ちゃんと残しておかないと壊されそうですけど」

 

「……アオボノさんですね、よし、3つくらい予備を用意しとこっと…あとはちょっと文章を添えるかな」

 

 

 

 

 

[これは…]

 

「実録!宿毛湾泊地の恋愛事情…?」

 

「……青葉は青葉でも、まともな奴とくだんねぇやつも居るもんだな」

 

「……待って、すでにテープが壊されてるけど」

 

「さっき漣がはにゃー!とか言いながら叩き壊してましたよ」

 

「…面白いことになってそうだし見に行くかなぁ」

 

「私たち聞かれてない!」

 

「雷は絶対こういうわ、もっと私に頼って欲しいのにって」

 

「間違いない」



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番外 曙と曙

駆逐艦 曙(青)

 

「…ずっとアンタが…」

 

仲間として、接していた

一緒に生きてきたのに…

 

「嫌いだった?お互い様よ」

 

「……」

 

応えられない、アンタの…アンタのことがどんなに大事でも

 

アタシにはそんな強さはない

 

 

 

 

 

「残念だが、お前はここの規律を乱しすぎだ」

 

古巣を蹴り出され

 

「……漣達のことを考えろ、お前がここから大人しく消えるなら、アイツらの安全を保証しよう」 

 

呉に移って

 

「資料より礼儀正しいみたいだが、あんま前のことは気にすんな、個性だと思ってるから好きにすりゃいいぜ、クソガキ」

 

いきなりクソガキ呼ばわりされた

 

久しぶりに漣達と会った

 

「そっか、あいつら代わりの私がいるんだ」

 

アイツらの隣には別の私がいた

 

「口数少ないわねぇ…あんたほんとに私なの?」

 

最初っからいけ好かないやつで

 

「ベースに近いのはあんたかもね、私は提督にクソをつけたりしないし」

 

「へー?ハーン、喧嘩売ってるわけ?」

 

「好きに取ればいいじゃない」

 

喧嘩から始まったっけ

 

初戦は惨敗した…完膚なきまでに負けた

 

そして私は離島鎮守府に移った

 

曙が2人いた、AとBなんて北上には言われてたけど

 

いろんな事をした、いろんな話をした

 

クソ提督が突然消えた、意識不明の重体だと言われた

私達は其処から余裕がなくなって、どんどん追い詰められていった

 

ーごめん…君にしか、託せないー

 

腕輪を手に入れた

これには何度も振り回された

自分が強くなったと思い違いをした

 

髪が青くなったのもこの時で、そこからアオボノって言われた

 

戦いで朧が動けなくなった時、4人で遊びにも行った

みんなでご飯を食べたり、服を買ったりした

 

…アンタは聞こえてないって言ってたけど、やっぱり、あんたと私は、似てる

アンタがしてる努力の分だけ私も努力してきた、アンタみたいにデータに従うやり方じゃないけど、アンタみたいに効率的じゃないけど、がむしゃらにやらなきゃ不安だったから

 

裏切って横須賀に行くって知った時、すごく驚いた、許せなかった

 

だからムキになってアンタの気持ちを考えず、アンタを罵倒した…それについて、謝るつもりはない、お互い様だし…アンタが謝るなら謝ってあげても良いかな、なんて…

 

アンタの好みも、何もかも、知らない事だらけだけど…気持ちだけはよくわかった、クソ提督が好きなことも知ってた

だからあの時…

 

『貴方をあんなクソ提督から救ってあげるって言ってるのよ』

 

「…次、私の前で提督を馬鹿にしてみなさい……殺すわよ」

 

アンタは、私に止めて欲しいって言ってた、私はそう思ったから…戦わなきゃいけない、アンタにとってはどれだけ安っぽい理由かは知らないけどね…

 

 

「ねぇ、クソ提督、アンタはどう思ってんのよ」

 

「何のこと?」

 

「…曙の…事」

 

「………僕はこれも一つの形なんだと思う、だけど…認めたくないものは僕にもある」

 

「…よかったわ、何でも受け入れる脳死な奴じゃ無くて」

 

…アンタのことを大事に想ってくれる人は沢山いるの

 

「まあ、悪い子ではありませんからね、散々やられましたけど」

 

赤城に…

 

「…あたしを止めてくれたのには、感謝してるよね〜、結局聞かなかったけど」

 

「戻ってきてくれるなら…私的にはOKです!」

 

北上も阿武隈も…

 

「…私も、今の曙ちゃんは見てられないよ…」

 

「絶対元に戻しやしょうぜ!」

 

「…やるよ!」

 

潮、漣、朧…

 

ほら、こんなに居る…

 

だから…アンタのこと、もう一回みんなが受け入れてくれるから…

帰ってきてよ…!

仲直りしたい、もう一回、みんなで遊んでみたい…

 

「つまんない意地張ってるんじゃないわよ…!良い加減にしなさい!!」

 

「誰が意地を張ってるの?いつまで過去に縋りつくのよ、私はアンタらの仲間じゃないの、あんなクソ提督の元で働く気なんてないの」

 

「………言った筈よ…アンタにその言葉を言わせないって…次言ったらどうするかも、伝えた筈よ」

 

「実行できない以上脅しにもならないわ」

 

「…アタシは、あのゴレとの戦いでアンタに失望した…でも、それでも…アンタのことを信じてる奴がまだどれだけ居ると思ってんのよ…!」

 

「頼んだ覚えはないわ」

 

「頼まれなくても、アンタが仲間って事は何も変わらない!アンタを今ここで叩きのめして…アタシが目を覚まさせる…!」

 

「……ご自由に、やれるものならね…私の目は開いてる、どうやって目を覚まさせるか見ものだわ」

 

「楽しみにしてなさいよ…!」

 

絶対に…絶対に退かない、だってアタシはアンタが好きだから、大事な仲間だから、同じ名前で、同じ見た目で…アンタはアタシにとって替えの効かない大事な姉妹だから

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

「…ウザいのよ、その熱苦しい考え方…」

 

私の至上の喜びは一つ

私の存在意義も一つ

私が戦える理由も一つ

私が明日も生きたいと思える理由も一つ

 

他には要らない…はずだった

 

私のこの手で掴める物だけしか、私のこの手から消えない物だけしか

 

それがまやかしでも、それが仮初のものでも、真実には目を閉じ耳を塞げ、私が信じたい物だけを信じて…

 

私は最初からあなたの割を食う日々だった

着任したての時はあなたのせいで追い出されて…

提督に会って…

 

でも、腕輪はあなたが持つ必要だってなかったはず…

私が選ばれてもよかったはずなのに…

 

私はとことん弱かった、周りより弱いから…必死に必死に誰かの真似して、誰かの技を盗んで…誰かの為に戦えるように…

 

…なのに…モノマネ野郎…か

言ったのがあなたじゃなければ笑えたのかもしれない、自嘲でも、なんでも、流せたのに

 

提督だって…私の恋心は…見ないふりをしていた、伝えても受け止めたくないと言っていた…利用すると…

 

だから、私をすぐに死んだって見切りをつけて…

私が助けを求めても…来てくれなくて…

 

 

「曙」

 

消えろ、くだらない幻想

邪魔をするな、今更私の前に出てくるな

 

「曙!!良い加減にしなさいよ!」

 

私をその名で呼ぶな、お前がその名を使えば良い

 

「張り詰めた糸はすぐ切れますよ」

 

私は切れない、私は強いから、私はどんな期待にも応え続ける

 

「殺せ、早く殺せ、俺の為に」

 

そう、この指示だけを…

何故、私は泣いている…

 

「………」

 

お前は誰だ、何故私の内側にいる

 

「………」

 

やめろ、私は過去なんかに用はない…

私は…もう全部捨てた…のに……

 

「私は…私はここに居るんだ!!再誕しろ…コルベニク!!』

 

壊れた、全て壊れて…終わる

世界が終わる

 

私が求めた手を、私に差し伸べてくれた手をなんで私は振り払うの…?

ダメ、やめて…消えないで…私の前から、隣にいて…!

 

『消えろッ……!』



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元勇者提督//vol.4 絶対包囲
理由


旧 離島鎮守府

工作艦 明石

 

「んー、これもまだ使えるなぁ…」

 

「明石さん、これはどうかしら」

 

「それもまだ生きてますね…思ったより攻撃の仕方が雑な感じで助かったぁ…」

 

「……あの、私たち何をすれば…」

 

「あ、山城さんは第六駆逐隊の皆さんと海上警備をお願いします、バリー!これどう?!」

 

「多分使える!これなら建材もなんとかなるかなぁ…」

 

「最悪野営地でも仕方ないから良いよ、後は…っと…北上さんは大丈夫そうですか?」

 

『………』

 

「よし、問題なしですね」

 

「しっかし…またここに戻ってくるなんてね…」

 

「…ここが終のすみか、と言うなら…それに従う迄、私達は提督の考えを受け入れた以上…逃げ場がない以上…そうするしか無い」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「どうですか?何か見つかりましたでしょうか」

 

「…いえ、もう結構だ…クソッ…」

 

ギリギリだった、横須賀から抜き打ちで調査員が来る、予想はしてたけど思ったより手が早いな…

 

 

 

「…本当に察しがいいというか…悪運があるというか」

 

「全くだね、でも戦力の減少は大きな痛手だよ」

 

「…で?海域解放の話は?」

 

「進める事になった、おそらく向こうにも都合がいいんだ、安全な海は…この数日間だけでこれだけの数がやられてる…僕らの行動を縛る為に割く人員も…タダじゃないからね」

 

「太平洋側の周辺海域を開放する、簡単な話よ」

 

「警備網は向こうが敷いてくれる、僕らの動きを制限するために…」

 

ここまでは予定通りだ…

 

「っ…」

 

「…傷、痛むの?」

 

「いや、治ったはずだし、そんな事はないよ」

 

「じゃあストレス?」

 

「かもね、ちょっとくらっと来ちゃった」

 

此処暫く忙しかったからかな、また頭が痛い

 

「…無理はやめなさいよ、最近調子悪いやつ多いのよ、アンタが倒れたら…」

 

「わかってる、適度に休むよ」

 

…でも気になるな、確か朧が調子が悪かったはず

 

後で会っておこうかな

 

「あ、後これ…」

 

「ゴレを撃破した…か」

 

…曙は…救う手段はあるのかな…

 

「…はぁ…ゴレ、アタシに手を貸すなんて言ってた割にあっさりやられてるんじゃ…頼りにならないわね」

 

「………」

 

ゴレは過去の戦いでウイルスを散布する役割を担っていた、例え倒されるとしてもタダでやられない…あの戦いではヘルバ達の尽力で防げた事態だった…

今回、やられたのは…

 

「何か気になるわけ?」

 

「…詳しい話が聞けたら嬉しいんだけど」

 

「……まあ、別に良いけど」

 

 

 

 

 

 

某所

正規空母 赤城

 

「お久しぶりですね、曙さん」

 

「東雲です、その名で呼ぶのはやめてください」

 

喫茶店なのに全く人の気配がない

…こんなところに呼び出して、どうするつもりなのか

 

「直接話が聞きたい、と仰るので驚きました」

 

「あら、随分と…図々しいんですね、此方に情報を流すと言って、ずっと秘匿してる事があるくせに」

 

「…貴方は、過去の仲間すら売るつもりですか」

 

「私の提督が望むのであれば」

 

私の提督、か…

これは…本当にチップの影響なの…?

 

「………残念ながら泊地には居ませんよ」

 

「潜水艦が海に網を張り、陸は陸戦隊が居ます、だというのにどうやって抜け出したと?」

 

「………」

 

…この人は、本当に…あんなに小さい子達をも…手にかけようというのだろうか

 

「っ!」

 

「答えなさい、赤城」

 

首に手が食い込む

こんなに力が強かったの…?

 

「早く、答えないと…死にますよ?」

 

「…もう、私は…貴方達に…嘘であれ…真実であれ…情報を流す気はありません」

 

もう、これに関わるのはやめよう…

絶対に私たちを苦しめる以上のものはない

だけど、今引き出せるものは何かあるはず

 

「…使えない」

 

「ゴホッ!…随分と…余裕が無いのですね」

 

「ええ、おかげさまで…ウチは成果を見てますから」

 

「……一つだけ、教えておいてあげましょう」

 

「………」

 

「貴方じゃ、アオボノちゃんには勝てませんよ」

 

「アハッ…馬鹿なんじゃ無いですか?」

 

「…弓の弦って、ちゃんとその弓に見合った長さがあるんですよ、短すぎて張り詰めた糸はすぐ切れます、貴方の様に…余裕の無い人も」

 

きっと…提督はこの子を救おうとするのでしょうね…ですが、もはや片手の面影は消えつつある

貴方に救えるのでしょうか

 

「…黙れ」

 

「…本当に余裕がなさそうですね?私たちが羨むほどの力を持った割には…上手く扱えてないのですか?」

 

「……此処で殺しても良いんですよ」

 

「ふふっ…それは誰の真似ですか?」

 

「この…!」

 

やはり…結局そこはコンプレックスのままか

 

私への暴力に形がない

もうあのコピーはないのか

 

「どうせ入渠すれば治るんですし、このくらい構いませんよね?」

 

「あっ…がっ…!」

 

二の腕を踏みつけられる、何度も…

骨が砕けてるのがわかる…

 

「…何ニヤついてるんですか?気色悪い」

 

「……頬を拭ってはどうですか?」

 

「…え…?」

 

何故泣いてるのかは知らないけど…

提督、思ったより…簡単な話かもしれませんね

 

 

 

 

「赤城さん…!何があったの…」

 

「あら、加賀さん…申し訳ないけど、今は放っておいてくれるかしら…早く傷を治したいので」

 

「え、ええ…でも…その腕…」

 

「片腕だけ車に轢かれてしまったんですよ」

 

結局自分の涙に激昂して、私の腕を徹底的に踏み壊して、足蹴にして帰って行ったけれど…

 

「…収穫はありましたね…」

 

別に横須賀の事情なんかに興味はないだろう

どこまでも甘いあの人が欲しいのは…救う手立てと…真実だけ

 

 

 

 

「…ふぅ…随分と沁みますねぇ…」

 

「あ、赤城さん」

 

「…朧ちゃんも入渠ですか?」

 

「はい、出撃でやられちゃって…最近こんなのばっかりで…あの、ところで赤城さんは出撃じゃなかったですよね…?」

 

「…不幸な事故ですよ、あまり傷は見られたくないので勘弁してください」

 

「そうですか…例の回復アイテム、というのを使って見るのはどうですか?」

 

「…みんな提督のために、って使いたがらないですからね…アレが提督に効くなら一つでも多く残しておきたいって、それに私達は修復材もありますから」

 

「…無理しますからね、何度言っても聞かないですし」

 

「本人はアレで努力してるつもりなんですよ、勘弁してあげましょう」

 

「そうです…ね…っ……」

 

「朧ちゃん…?」

 

「あ、はい、大丈夫です」

 

「…朧ちゃんも無理はいけませんよ、調子が悪そうですし…」

 

「……別に無理をしてるわけじゃないんですけど…最近みんなの足を引っ張ることばかりで…」

 

「体調が悪いとか、ではないんですか?」

 

「…不思議な感覚や頭痛に悩んではいますね」

 

「不思議な感覚?」

 

「…なんていうか…溶けてるみたいな…自分がどこにいるのかわからない様な…戦闘中に急に…だからつい意識がぶれちゃって」

 

「あまり良いことではありませんね…」

 

「調子がいい時はとことん連携が取れるので…意識の問題だと思うんです…頑張って英気を養わないと」

 

「…あまり根を詰め過ぎたら朧ちゃんが提督に注意されますよ?」

 

「あんまり嬉しくない冗談ですね、言う側が言われるのもちょっと反応に困るというか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

東京 赤坂

曽我部隆二

 

「いやぁ、思ったより綺麗なとこじゃないですか」

 

「NABの赤坂支部は施設はええけどな…ケチやからワタシのホテルは安いとこやし…」

 

「デイビッドさん、私をわざわざ此処に招待してくれたのは?」

 

「コレや」

 

「…女王様印の…ですか」

 

「…ハッカーが何のためにコレをよこしたか知らんけど…アンタに渡せってな…」

 

「………そのハッカーはヘルバという、世界的に有名なスーパーハッカーですよ」

 

「知っとる、狙いが読めへんからアンタにわざわざ来てもらったんや」

 

「なら簡単だ…一緒に戦いましょうってことですよ、コレは…」

 

「NABと月の樹が手を組むってことか、確かに両方国営と言える組織やけど…」

 

「いや、月の樹はもうすぐ潰れるでしょうね…それにコレはNABと組みたいんじゃない、私達と組みたいって意思表示だ…ウーラニアに連絡を取りましょう、大きく動きますよ」

 

「…ホンマか?戦争になる…」

 

「それを防ぐのが我々の仕事じゃないですか」

 

 

 

元勇者提督

vol.4 絶対包囲

 

 

アメリカ デトロイト ユースティス

ジュディ・ゴールドマン

 

『な?ウーちゃん、頼むぜ』

 

「リュージお前…ウーちゃんはねぇだろ…」

 

『ウーラニアでウーちゃん、良いと思うんだけどなぁ…それよりさ、リーリエはどう?ちゃんとやってる?』

 

「…ああ、怖いくらいだ…気になるのは英語があんまり喋れねぇくらいか?こっちのクソどもはちゃんと追っ払っとくよ」

 

『頼んだぜ、元はドイツの箱入りだからさ』

 

「…しっかし…ゴミ溜めのクラッカーが日本のスーパーハッカー様と共同作業ねぇ…チッ、こりゃあ…」

 

『良い経歴だろ?履歴書に書いちゃえ』

 

「ありがてぇな…ったく…アンタに平和を」

 

『お前さんにも平和を』

 

通信が切れた

 

「はぁ〜…何やってんだ、ジュディ…」

 

なんで子守なんか引き受けちまったんだ…

 

「ジュディ?晩御飯できたよ」

 

「………」

 

まあ、毎食うまい飯が食えるのなら…それはそれで良いのか?

 

 

 

「おい、待て…これ、なんだ?」

 

「…晩御飯だけど」

 

「ディナーなのはわかってる!なんでプレートにライスとシチューが一緒になってるんだ!何考えてんだ!?」

 

「シチューライスって美味しいと思うけどナ…」

 

訝しみながら口に運び、咀嚼した

無言で次の一口を掬った

 

「…なんだ…日本人の感性はわかんねぇな…だが悪くねぇ」

 

「なら良かった、ここしばらくパンばかりだからご飯も食べたくなって」

 

こいつからすれば…こっちでの生活は苦痛なのかもしれない

 

「明日、猟場を変える、それに伴って来週にはデトロイトを出る…次はドイツなんて如何だ?」

 

「…ドイツ?」

 

「イディッシュならお互いに話せる、今がそうであるように」

 

「ドイツに行く狙いは?」

 

「…観光なんて如何よ」

 

「わかった、行こう!ドイツ!」

 

リュージに確認をとらねぇとな…

口の中にまろやかな甘味と塩気が広がる

 

ライスによく合うかもしれないが…微妙な気分だ

 

理由は単純に自分より上の技術者と出逢ったから

 

ヘルバ…ヘルバか…

 

「…ま、なんとかするか…」

 

あの馬鹿げた設計図通り作るしか無い

あたしの専門はクラックなのに

 

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

駆逐艦 不知火

 

「あ、お待ちください、これを」

 

「…何?…本営に問い合わせてくれ、何が狙いか想像がつかん」

 

「狙いなんてあるのでしょうか、あの大本営ですよ」

 

「………無くては困る、いきなり海域解放により尽力しろと言われてもな」

 

「雑魚がいくら居ようとも問題はありません、私達の敵ではありませんから」

 

「慢心はするな」

 

「わかりました」

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 綾波

 

「あらぁ、武蔵さんじゃ無いですか」

 

「綾波か、何のようだ」

 

「今の反応聞いて用があるように思えますかぁ?」

 

「たまたま出会したように感じるな」

 

「そうですよ、ところで敷波知りませんか?」

 

「お前が知らなければ誰も知らんだろう、あいつは神出鬼没だ」

 

「ちょっと私1人じゃ難しい相手がいるから手を借りたいんですけどねぇ、あー、あの五月雨…殺したくなってきたぁ〜…」

 

「そうか、お前がイラつくのはいつものことだが、東雲にはもう当たるなよ」

 

「許可はもらってるから良いじゃ無いですかぁ…それに、提督の命令、って言う肩書きがあるしぃ?あの子鳴かないけどいいオモチャになるんですよ?」

 

「そうか、それで、2人がかりでやってどうにかなる相手なのか?」

 

「どうにかなるとかじゃ無くて、黒ずくめの艦娘が襲撃してるって噂が必要なんですよ、恐らく本物は碑文使いってことらしいですし…チップ、埋め込まなきゃ」

 

「またか」

 

「ああ、次の子はどんな鳴き方してくれるのかな…楽しみで想像だけで感動しちゃいます、ハンカチあります?」

 

「…ほら」

 

「どうも〜、うーん、あ!」

 

「どうした」

 

「ぐっちゃぐちゃに刺します!あの五月雨は殺してもいいし…できるだけ真面目に殺さないと私の評価を落としかねませんからね」

 

「真面目というか、惨めに、では無いのか?」

 

「惨めに…死なない程度にいたぶるってことですねぇ…如何しようかなぁ…とことん踏みつけてもいいし、神経とか切っちゃうのも良いんですよ?」

 

「その辺りはよくわからん」

 

「とにかく心が求めてるままに遊ぶのが1番なんですよ、それが1番楽しいし…私は戦うのは嫌いですからねぇ…」

 

「戦うのが嫌いか」

 

「私の好きなのは、あくまで、あーくーまーで、弱い物いじめですから、戦闘は対象外というか、負けないで済むように脚を改造しただけですしねぇ…それに私、戦闘員じゃ無くて科学者ですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「提督、はいこれ、報告書だよ」

 

「…いや、雑すぎるだろ…日本海側で5隻くらい撃沈って…」

 

「これで完全に日本海側は沈黙したのかな、佐世保が南の入り口を抑えてることを考えれば大丈夫な筈だけど」

 

「おい、無視すんな、書き直せ」

 

「やぁぁだぁぁ!!書類仕事は嫌だ!」

 

「神通と那珂のを代わりに書くときだけ丁寧に書きやがって…」

 

「げぇっバレてる!?」

 

「ウチでトップクラスに生活力無い2人があんなにしっかりした報告書出せるわけねぇだろ、この前お前が出撃してる時に提出させようとしたら出し渋りやがったしな」

 

「…あちゃぁ…」

 

「ほれ、書き直せ」

 

「…ほわちゃぁ…」

 

「……大井の仕事と交代するか?」

 

「謹んでお受けします」

 

「………ん…?」

 

「…どうかした?」

 

「いや、ちょっと疲れた、俺はもう休む」

 

「…ふーん…了解…」

 

 

 

「…あ…?なんだ…?これ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

舞鶴鎮守府

提督 徳岡純一郎

 

「へぇ…お前さんがあのエルクで碑文使いねぇ…」

 

とんだ居候が居たもんだ

急に弥生が連れてきたこの男は碑文使い…か

 

「ボクを知ってたんですか」

 

「一応な、あの時の.hackersのメンバーは全員資料に名前が載ってたしな…流石にリアルまでは載ってなかったが」

 

「…今更ですが、何でボクを受け入れてくれたんですか?」

 

「…娘の頼みだからに決まってんだろ、それ以上なんてねぇよ」

 

ワガママはできる限り叶えてやる

そう決めてる

 

「なら弥生には感謝しないと」

 

「…おまえら、どこで出会った?」

 

「海の上で…ボクがマハの力を確かめている時に」

 

「……碑文使いに関しちゃ全くと言っても良いくらい何も知らねぇけどよ…なんでまた…」

 

「モルガナの策略で、3人の碑文使いがゲーム、そして現実に呑まれました…そのうちの1人がボク…碑文使いは現実にも存在できる形代として自分のキャラクターを犠牲にする」

 

「キャラクター?お前さんらのゲームの姿って事だよな」

 

「ボクはエンデュランスに自分の意識を宿し、現実へと顕現していた…」

 

「…大層な言い回しだな」

 

「碑文使いはモルガナの策略で自由を失う筈だった」

 

「…だったって事は…」

 

「イレギュラーが2人…1人は中西伊織の朔、そして、ボク、一ノ瀬薫」

 

「…何が起きたんだ?」

 

「ボクはマハが化けたミアに殺された…そしてネットの中に囚われる筈だった…でもその時点で、ボクはその策略から脱していた」

 

「どうやって…」

 

「そのミアがニセモノだと知っていたから、自分にプロテクトを施してわざとやられた…確かめる為に」

 

「確かめる?何を」

 

「……万に一つでも、そのニセモノが本物である事を願って…でも違った、ミアはボクの中にいる」

 

「…ミアってのは、確か…」

 

「放浪AI…貴方達はそう呼ぶんですよね」

 

「……ああ、結末も知ってる、人伝にだがな…」

 

「そう、CC社にボクの1番大切な友達を消されてしまった…だからずっと求めてた」

 

「…見つかったのか?」

 

「ボクの内に、ずっと居てくれた、ミアはここにいる…ボクが意識不明になったのは自分で仕向けた事、ボクの意識はミアに守られたまま…」

 

「………あー、つまり、お前さんは碑文の力に守られて意識不明にならなかったって事で良いのか?」

 

「…それで良いです」

 

「拗ねるなよ、俺には理解できない世界なんだ…で?弥生との事は?」

 

「…ミアがすごく気に入った、マハとしての力を貸しても良い、って…」

 

「ちょっと待て、今お前さんはどっちなんだ?」

 

「エンデュランスなのか、一ノ瀬薫なのか?」

 

「そうだ、お前さんは…」

 

「………一ノ瀬薫では、ある…」

 

「どういう意味だ…?」

 

「…マハは触覚を司る…碑文……ボクの体が創り変わっていくのを関知している」

 

「作り変わる?」

 

「世界が変わり始めているから、ボクの体も変わってしまう…この世界に存在できるように新しいボクに創り変わる…」

 

「また、意味がわからん…」

 

「……リアルがネットに侵食されている、黒い森によって…」

 

「…黒い森だと?」

 

「アレはネット世界の核爆弾の一つ、アレの出力を使えば核爆弾のような威力の爆発だって簡単に起こせる…もちろんネットに限った話だけど…」

 

「…そうだよな、ネットに限った話だ…その筈だった……」

 

「…その力を転用し、誰かがリアルとネットを繋いでしまった…まず、形を持った海を作った…その所為で海がデータの塊になった…ネットから出てきた存在は海の上でしか存在できなかった」

 

「…また過去形か…」

 

「……今、空気が少しずつ、ほんの少しずつ作り変わってるとしたら?」

 

「もっとストレートに頼む…言いたい事はわかるけどまどろっこしくて敵わん」

 

「……宇宙には宇宙の、空気じゃない物質がある…地球には酸素、窒素みたいに…」

 

「…ネットの中にはネットの物質がある、って事だよな」

 

「そう、その物質が現実に流れ出てる」

 

「…だから碑文使いがどこでも存在できる、と…?」

 

「ボクはもう生身だけど」

 

「………あ、そ…」

 

「でも解釈は正しい、陸地であろうとどこであろうと、ボクは力を使える…」

 

「……」

 

「他の碑文使いも同様に…だけどそれは喜べる事じゃない、この世界がネットになる、という事は全ての人が死滅するという事に直結する」

 

「…何で死ぬ、モンスターが出てきて殺されるか?」

 

「それも半分正しい…でも、ネットに生身で長く居ると…消滅しちゃう」

 

「消滅?何でだ」

 

「認知外依存症って病気」

 

「…なんだそりゃ…」

 

「ネットの中っていうのはとても規則正しい配列になっている…まるで網みたいに…」

 

「……網?」

 

「その網にボクたちのリアルの体が包まれる…すると…ゆっくりゆっくり、その網は小さくなろうとする」

 

「…おい…つまり…」

 

「網が完全に小さくなると…ボクたちは規則正しい配列の一部になる為に…バラバラになり、消滅する」

 

「……つまり、黒幕は世界を巻き込んで心中するつもりか…?みんな消しちまおうってのか……」

 

「そこまでは知らないけど、結果としてみんなが消える…そこは間違いない」

 

「………それで、お前さんは…どうするつもりなんだ…」

 

「ボクは、最期までこの身が持つのか知らないけど戦える限りは戦う…止める手段は、わからないけど」

 

「………」

 

「もう手遅れかもね…」

 

「………そうじゃないことを願う」



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偽装

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「…ふぁ…あ……あ?」

 

「お疲れ様です、司令官」

 

「朝潮…恥ずかしいところ見られちゃったな」

 

「お疲れでしょうから、仕方ありませんよ」

 

「それでも大口開けて欠伸してる姿は見られたくなかったかなぁ…何か報告?」

 

「少し違いますね…海軍本部から手紙が届いておりましたので…勝手なことをするのは良くないと思ったのですが念のため先に検閲しました…あまり良い内容とは言い難いですが…」

 

「……わかった」

 

海軍本部からか…疲れるなぁ…

 

「そこに書いてある通り、直接の出頭命令です…」

 

「………」

 

行きたくは、ないなぁ…

 

「…司令官」

 

「何?」

 

「朝潮を同行させていただけないでしょうか、昨日赤城さんが大怪我をしたのはご存知ですよね」

 

…知ってる、車に轢かれたと言っていたし、あまり聞くなと本人に拒絶されたから深くは追及しなかったが…

 

「あれは…本部の連中にやられたのでは?」

 

「…どういう事?」

 

「赤城さんは定期的に問題ないレベルの情報を本部に流している筈です、しかし結局の所向こうの欲しい情報はひとつもない…苛立ちが募っていてもおかしくはない…かと思いますが」

 

…確かに、一理ある…

赤城は自分が言い出したこととはいえ本部とのバランスを取ろうとして無理をしていたのかもしれない

赤城は責任感が強い、自分が古参であることから力を求める気持ちも、みんなを守りたい気持ちも強い

 

「……赤城には黙っておいてね、知られるのはまずいから」

 

「そうですね、おそらく確かめようとしてるとわかれば止める筈ですから…まあ、私の推測が正しい場合だけでしょうが」

 

…しかし、このタイミングに…呼び出しか

何の目的があって呼び出すんだろう…回復アイテムについても伏せなければならない…上手くやる必要があるな…

 

「朝潮、何で呼び出されたと思う?」

 

「書類に記載がなかった点から持って行かなければいけない物ではない…そして昨日の赤城さんの怪我…さて……あ…」

 

「何か思いついた?」

 

「いえ、お恥ずかしながらすっかり忘れていたのですが…此方を」

 

「……解体…申請書…?」

 

頭を殴られたみたいな衝撃が走る

 

「イムヤさんからです」

 

「え、ちょっと待って、これはどういう意味?」

 

「そのままです、解体申請書にサインをして欲しいと」

 

「…いや、これは…」

 

とてもサインできる物ではない…

これを許可するのは…絶対に嫌だ…

 

「……あの、早く書類を書いてもらわないと困るのですが…」

 

「…ごめん、これは受理できない…」

 

「…あ、えっと…司令官、私の伝え方がまずかったのですが…そういう意味じゃなくて…」

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 朝潮

 

「………」

 

「お待ちしておりました、倉持さん、どうぞ此方に」

 

「……曙…」

 

「私は東雲です、それ以外の名で呼ばないでください」

 

なんとも…にべもないという奴ですか

もう完治してるとはいえ一応包帯ぐるぐる巻きで車椅子の相手に対してよくもまぁ…

 

「話には聞いてましたが随分性格が変わりましたね」

 

「真実を知れば、貴方もそうなりますよ」

 

「興味ありませんね、前の自信のある貴方は好意的に捉えてましたが、今の貴方にも、貴方のいう真実にも」

 

「そうですか」

 

…雰囲気な変わっただけじゃないな…

確か危険な碑文を発現したと言ってたけど…これはそういう変化じゃない

 

下手に仕掛けるのもやめるべき…

 

『…ア"ァ"ァ"…』

 

出番はまだです、私の中でじっとしててください

 

 

 

 

「こんな姿で申し訳ありません」

 

「構わん、倉持海斗、君を呼んだ理由だが」

 

コイツが元帥…

というか、自分がそんな姿にしたくせに…アオボノさんなら掴みかかってたでしょうか…

 

「君のところにいる潜水艦伊168を回収したいと思ってな」

 

「…イムヤを?」

 

「もともと実験的な配備だった、こちらの方で回収し実験に回す」

 

…司令官の前で、仲間を殺すと直接言う訳ですか…随分と随分な人ですね

 

「実験と言うのは」

 

「さあなぁ…どんな実験だろうか、私は知らん」

 

「………」

 

「そういう事なのでこちらの書類に目を通してサインしてください、異動と実験の承認に関する書類です」

 

承認するという事は…司令官が殺すという事と同義

とことんストレスを与えるつもりか…

 

「実験の承認の必要の是非を問います」

 

「黙りなさい、駆逐艦朝潮」

 

「………」

 

曙さんとの睨み合う必要ないですね

 

「お答え頂けないという事でしょうか」

 

「そうだ、倉持君、さっさとしたまえ」

 

「…それが、つい昨日、依願で解体に…」

 

「……何?」

 

「今日報告書が上がる筈です」

 

「………チッ」

 

随分とイラついてるようで、良い土産話ができました、帰ったら報告しましょう

 

「…本当に解体したのですか?」

 

「ええ、報告書も上がりますが」

 

「………そうですか」

 

相変わらずこういう所でキレる人だ…

長引かせたら不味い気がします

 

「しかし、勝手に解体されたか、預けたのはこちらだが…何ともなぁ?」

 

…手遅れか…それとも役職なりに頭が回るのでしょうか

 

「………」

 

「何か?」

 

「いいえ」

 

何も口に出してないのにあの睨みっぷり…

心でも読めるのかって感じですね…それを抜きにしても…本当に心酔してるように見える…

もし本当にそうなら何があんな風に変えたのか…

 

「確認を取らずに解体した事については申し訳ありません、本人がどうしても、と強く願い出たものですから…」

 

「………君の泊地の運営手腕には些か疑問を抱く」

 

……不味い

 

「あの、先日泊地を改めたばかりではありませんか、その際何も問題の報告はなかったのではないですか?」

 

「ああ、なかったとも…だが、自主的に解体を強く願い出るとはなぁ…どうなんだね?」

 

フォローし切れない…

別に見られて困るものはないだろうが…司令官の動きの制限と例のオリジンに対して何かを感じ取られることがあっては不味い

 

「自分の手腕には問題があるかも知れません、何せ軍学校すら出ていませんから」

 

「そうだったな、君に任せきりではあったが他に適任があるやも知れん」

 

…司令官、何のつもりかしら…

 

「そうですね、その折にはNABあたりにでも転職しようかと」

 

「………ほう?ツテがあるのかね」

 

「不思議な縁があるもので…」

 

「……詳しく聞きたいものだな」

 

「プライベートな話ですから、あまり…」

 

「…………」

 

…そういえば海軍は事実上CC社の傘下、NABとCC社はこの間のパーティーで銃撃戦もあったとか…

 

「…泊地の運営などについてはまたの機会に詳しく話し合う必要がありそうだ、君の進退についても…」

 

「おや、てっきり自分はクビかと」

 

「…とんでもない、以前の殲滅戦における貴艦隊の活躍は未だ評価に値する」

 

「光栄です」

 

ペースを上手くこっちのものにしたみたいですね…

よかった…

 

「…………」

 

『…………』

 

…動くつもりはないのに、そんなに殺意を丸出しにされては…こちらも反応してしまいますね…まだ出てこないで欲しいのですが…

 

 

 

 

 

 

 

 

横浜 中華街

 

「上手く乗り切りましたね」

 

「…まあ、前もって考えてたんだよ、もし僕が辞めさせられたら…それまでなのかなって…向こうは僕がオリジンを持ってると思ってる…それを利用すれば良いんじゃないかなって」

 

もう横須賀を出たし、ゆっくりと落ち着ける…

司令官の乗る車椅子をゆっくり押す…

 

「……不安じゃないですか?車椅子を押されてるの」

 

「なんで?」

 

「……下手したら…私が司令官の命を奪うことになる、と思うと…怖くて」

 

でも、同時に幸せな時間でもあるのは確かだ

 

「うーん…そう言われれば少し不安かもね」

 

「………」

 

「だけど朝潮は気配りが上手いから、あんまり心配はしてないかな」

 

「…そうですか」

 

少し安心…

 

「おんやぁ〜?こりゃあ勇者サマじゃないですか、また妙なとこで会いますね」

 

「曽我部さん、その節はどうも」

 

「いえいえ…ん?」

 

「初めまして、駆逐艦朝潮です、司令官の命を救っていただいたとのことで…その節は大変ありがとうございました」

 

「…前の子とは違うけど…倉持さんも好きものですねぇ…英雄色を好むってヤーツ?」

 

「やめてくださいよ…」

 

結構軽い人ですね…

 

「あ、せっかく中華街にいるんですし、もし良ければ昼飯なんかどうです?旨い店があるらしいんですよ」

 

「そうですね、是非…行こう朝潮」

 

「…はい」

 

何というか悠長な人ですね

 

 

 

 

 

「いやー、で、俺はそいつに言ってやったわけですよ、シュウマイのマイはオシマイのマイなんだって、おかずじゃなくて締めの一品としてデザートの様に食べるべきなんだってね」

 

「…はぁ…」

 

全く中身がない…!

何ですかこのくだらない話を延々と聞かされる拷問は…!

 

「ちなみに俺はシュウマイはコーヒーと意外と合う派なんですけど、だからって毎朝そうやって食べろって言われたらそれはそれで嫌になりますよねぇ…!」

 

「…まずシュウマイとコーヒーを一緒に食べる文化に驚きなんですけれど…」

 

「人の好みは千差万別だからね」

 

司令官も笑顔が引き攣ってますし…というかあんな顔の司令官なかなか見れませんよ、司令官をこんな表情にするなんて頭のネジが足りてないんじゃないでしょうか…

 

「あ、そういえば…シュウマイに乗ってるグリーンピースって…虫か何かの卵に見えませんか?……見えない?あ、そぉ?」

 

…もう無視して食事してたいんですけど、一応司令官のお知り合いですしね…

不敬な態度は司令官に恥をかかせる事になります…

 

「…あの、曽我部さん?」

 

「あ、もしかしてシュウマイお嫌いでしたか?」

 

「…いや、そういうわけじゃ…」

 

「ならよかった」

 

………天敵ね…

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 東雲

 

「へぇ?良いんですか?」

 

「ええ、構いません、許可も出ていますし、何なら殺しても構いませんよ」

 

「東雲さんのお楽しみでは?」

 

「私はあまり興味がありませんから、ですが今回中のチャンスです、万が一逃したら次のチャンスはありませんからね」

 

「わかってますよ、敷波〜?」

 

「2人がかりでやるんですか?私の時の様に」

 

「念には念を、つまらない横槍は嫌いなので」

 

「ちゃんと例の黒いやつに見せかけてくださいね」

 

「勿論、敷波〜、お仕事行きますよ〜?」

 

…私の心とケリをつけなきゃいけない

 

 

 

 

 

「あらぁ〜、いいご身分ですよね、あそこ美味しいんですよ」

 

「……あまり食事に興味はありません」

 

発信気をつけておいてよかった、追うのが実に簡単だ

 

「いつも同じもの食べてますからねぇ…よく飽きないですね」

 

「食事は補給です、補給とはすなわち必要なものさえ摂取できれば良い…」

 

「……ま、良いですけど…あれ?なんか余計な虫もついてますよ?」

 

「………あれは…」

 

確か曽我部隆二とか言う学者だったか医者だったか…

 

「知り合いですか?」

 

「…いえ、以前から連んでるのは見かけましたし殺して構いません」

 

「わぁ、嬉しい」

 

…路地に入れ、そうすればお前たちは終わりだ…

 

そう、そのまま…

 

「じゃ、お仕事と行きますかぁ〜…後でごねないでくださいよ?」

 

「………わかっています」

 

…やめて、心がざわつくのも、ものすごく気分が悪いのも…全部気の所為だから…

 

 

 

 

 

駆逐艦 綾波

 

「…アッハッ…!」

 

1人は車椅子に乗ってる重症者、1人はそこそこの練度の駆逐艦、1人は素性不明の一般人

 

どれをとっても楽しめる…急にオモチャが落ちてきたみたい…

 

息を殺して近づき、1人仕留めて…ぐちゃぐちゃにしちゃおう…1人は持って帰りたいなぁ…

敷波にも手伝わせればいいかな…嫌がるだろうけど敷波もオモチャは好きだし…

 

「…朝潮、待って、誰かいる」

 

「わかっています」

 

気づかれた?私はちゃんと隠れてたのに…

 

「何者ですか、大人しく出てきなさい!」

 

うるさいなぁ…これじゃ人に見られるかも知れないし…

 

良いや、先に殺しちゃお

 

「子供…?」

 

「曽我部さん、恐らく相手は艦娘です、早く逃げてください」

 

「……いや、ちょっと厳しそうだな…銃とか持ってません?」

 

あの男も勘がいいのか、敷波の方に視線を送ってるし…気づいてるかも知れない

 

「………」

 

「私達をどうしたいか知りませんけど…やめておいた方が身のためですよ」

 

あーあーあー、出たよ出た

ちょっと調子乗った駆逐艦って特に私嫌いなんですよね

 

走って距離を詰める

蹴りを叩き込めばコイツは一瞬で地に崩れ落ちる

 

「……仕方ないですよね?司令官」

 

「構わないよ」

 

「…っ…?」

 

駆逐艦の右胸から右上にかけてが蒼い炎に包まれて…

人体発火現象…じゃないか、コイツも変な力を…

 

『ア"ア"ァ"ァ"……』

 

ゾンビ…?つぎはぎの人形の化け物…

……不味い、これとやりあうのは不味い…

 

「…っ!」

 

「先にやろうとしたのは貴方なんですからね、もう遅いですよ」

 

『ア"ァ"ッ!!』

 

一瞬で背後を取られて…!?

逃げられない…この…!

 

「制圧してください」

 

その一声とともに後ろから首を掴まれ、片手で持ち上げられる

 

どうすれば良い…どうすれば…敷波は…もう逃げてるか、それなら良い…じゃあどうすれば…

 

『………』

 

私を掴んでたツギハギのゾンビが私を投げ捨てる

 

「…やっぱり貴方の差金ですか、曙さん」

 

「東雲です、何の話でしょうか?それとも…私に刃を向けると?」

 

「……」

 

…助かった、足の内側にあるスプリングと人工筋肉を収縮させる

 

「……逃がさないでください」

 

生気の無い目が、凍る様な視線が刺さる

だけど構うものか…私の速さにはついてこれない

 

「……え…」

 

何?これ…私は飛んだのに…何でこの手が目の前に…

 

『ア"ア"ッ!』

 

弾き飛ばされ地面に叩きつけられる

 

痛覚が信号を送り続けてる…息が苦しい、咳き込むこともしてはならない…

帰ったら肺を作ろう、この出来損ないの私の身体じゃろくに動かない…

 

「…コレの身柄はこちらで預かりましょう」

 

「貴方には関係ないかと、それはこちらで身元をはっきりさせて該当する基地に問い合わせます」

 

「…私に刃向かうな、と言わなければ伝わりませんか?」

 

「いいえ、言ったところで伝わりません」

 

「………コルベニク…』

 

 

 

 

 

駆逐艦 東雲

 

『面倒ですね、あなたって…』

 

『ア"ア"ァ"ァ"…』

 

当然のようにこっちの世界にも割り込んできて…

 

『……何で、見てるんです』

 

「…なんでだろうね」

 

何でこの世界に存在できる…

 

「曙」

 

『…私をその名で呼ぶな、私の前から……消えろ!!』

 

『ア"ア"ァ"ァ"!!』

 

此方の攻撃を受け止めて、私の前に立ち塞がるか…

バケモノが…!

 

『邪魔をするな!!』

 

「トライエッジ、少し下がっててくれるかな」

 

…なぜ化け物を退げる

自分を守る盾を…

 

「…曙、話しをしたいんだけど…」

 

『それ以上口を開くな…!!私がこんなふうになったのは誰のせいだと思ってる…!』

 

「…僕のせい…なのは…」

 

…そうだ、お前のせいで…

私の暗い絶望はお前のせいで…!

 

『お前だけは、殺す…私のこの手で…!』

 

「………でも、それは今じゃない、はずだよ…」

 

そうだ、今の私の優先目標は綾波を連れて帰る事…

なぜコイツを連れて帰る…事を……?

 

『ッ…あ…』

 

思考が乱れる…チップが誤作動でも起こしたのか…?

この世界の行動にチップがついてこれてないのか…

 

「曙、少しだけ話しがしたいんだ」

 

私の中のオリジンが…コイツに反応して…

やっぱりコイツはオリジンを持ってる…

…落ち着け、冷静になれ……

 

私は、もう寒い世界には、慣れたんだ

 

「僕はあの時、君がもう死んでしまったと勘違いしていた…だからってあんな事を呟いてしまったのは許される事じゃないのはわかってるんだ」

 

『…間違ってないですよ、あの時に私はすでに2度死んでますから』

 

「………そう、か…ごめん」

 

『私は自身の能力で再誕した傀儡、貴方の所の駆逐艦曙はもう死にました』

 

「…でも、もう一度生まれた」

 

『…言葉の綾です…それに、私は貴方の元に還るつもりはありませんよ』

 

「………」

 

私は、もうコイツの元には戻らない

 

「…僕のところには戻らなくて良い…だから、みんなの事を…頼んだよ」

 

『………』

 

…コイツは何を…言っている…?

 

「またね、曙」

 

心に嫌なものが…ある…

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 朝潮

 

「…消えた…?何処に…」

 

「離脱しただけだよ、ここで戦う意味はないしね」

 

「……いやぁ…勇者サマは随分と人気らしい」

 

「…嬉しい話ではありませんけどね」

 

…私には何が起こったかわかりませんでしたが…

 

『ア"ァ"…』

 

「…ありがとうございます」

 

何が起こったかをしっかり教えてくれる人が居るんですよ、司令官

絶対認めませんから、そんな事…

 

「それじゃあ俺もさっさと逃げちゃおうかな、倉持さん、また訪ねます」

 

「……お待ちしてます」

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 東雲

 

「綾波さん、チップの数値に問題は」

 

「待ってくださいよ〜…今人工筋肉の調整で忙しいんですから」

 

「そんな事どうでも良いんです、早く私のチップを正常に戻してください」

 

「…はぁ……良いですけど…」

 

 

 

 

「………何処にも異変はないですねぇ…脳が腐ってるんじゃないですかねぇ」

 

「データだけでわかるものなんですか、一度取り出してメンテナンスされては」

 

「………もう一度制御下に戻すしかなさそうですね」

 

…あ、れ…?

またこの感覚だ

 

寒くて辛い…私の体を乗っ取られる感覚だ

 

「んー…壊れきってなかった?それとも戻りかけた…なんにせよ会わせたのが間違いみたいですねぇ…」

 

……そうか

会うだけでこうなるのか…

 

なら、次はもう殺さないと…

私が見捨てられないために

 

 

 

 

 

 

旧 離島鎮守府

重雷装巡洋艦 北上

 

「………」

 

「オーライオーライ!よし!そこです、北上さんもクレーンの扱いに慣れてきましたね」

 

[ありがとう]

 

…私も、ここでなら役に立てる

あの戦いの最後の時の様に、戦い以外の形でだけれど

 

「…北上さんも、よく笑う様になりましたね」

 

『--・-- --・ ・-・・ ・・ ・・-・・ ・・- 』

 

「いや、わざわざモールス信号にしなくても良いですから」

 

私が通信の際、声の代わりにモールス信号を使えばいいのではないか

そう提案したのは夕張さんだった

 

「何かあったらまた教えてください」

 

敬礼で返す

 

プラカードで幾つかの言葉を、細かい話はモールス信号

わかりやすい動作があればそっちで返答したり

 

私の生活は頼り続けるものだったけど、どんどんお互いの理解で支え合う形になりつつある

 

1人では生きていけない…

1人で戦っても、生き残れない…

 

「北上さん、お昼食べた?まだよね?」

 

暁に頷いて返す

 

「はい、おにぎりとお味噌汁、一緒に食べない?」

 

[電さんたちはいいんですか?]

 

「ええ、夜は一緒に食べるから」

 

今ここにいるのは僅か12人

だと言うのにここはもともと数十人で生活してもいいくらいの広さらしい

 

そして、その広い島の中で私は一度も1人になっていない

 

悪いことではない、寂しくないのだから

 

「今から食事?いいとこに来たわね」

 

「あら、アオボノさんじゃない、差し入れ?」

 

「そう言うこと、一緒に食べてもいい?」

 

「全然いいわよ!」

 

[私も大丈夫ですよ]

 

「そ、ありがと…今回は色々持ってきたから、夕食、楽しみにしてなさい」

 

「本当に?嬉しいわね、北上さん!」

 

修繕に忙しくてあんまりしっかりしたものは食べてないのが現状、美味しいものが食べられるのは楽しみだ

 

「……私達は、来たのが遅かったけど…赤城達の頃はもっと辛かったのよね」

 

たまに言われる、この離島鎮守府と呼ばれる場所の過去

貧しく、つらく、冷たいと言われる場所が…どうしてもこんなにあったかいのだろう

 

「…うん、やっぱりみんなで食べた方が美味しい…」

 

「……暁、なんかあったの?」

 

「………みんな寂しいのよ、急にこっちに来ちゃったから」

 

当然だ、私も会いたい

 

「…悪いけど…私の読みだと、しばらく無理よ」

 

「…何でかしら」

 

「……さっきね、朝潮から連絡があったのよ…クソ提督と横須賀に行ってたの」

 

横須賀に…?その時点で嫌な予感しかしない

 

「………多分、佐久間湾への警戒はより厳なものになる…下手すれば常駐の監視をつけられる可能性もある」

 

「…そんな……」

 

むしろ遅いくらいだ…

 

「だから、イムヤもこっちに連れてきちゃった」

 

「イムヤさんを?なんでまた…」

 

「……本部から来てるから、向こうの言いなりになりかねないのよ、本人の意思とは関係なくね…だから本人が解体を願い出た…と言う事にしたのよ」

 

「それで本当はここに…って事ね」

 

「そう……はぁ…ねぇ、私達って何なのかしら」

 

「…艦娘よ、それ以上も以下もないわ」

 

そう、私達は艦娘なんだ

 

そして…私は提督のために…

 

「……次クソ提督に会ったら一発殴ってやりなさい、本人としてはそのつもりはないらしいけど…バカやりそうらしいから」

 

「…大丈夫よ、司令官なら」

 

……何だろう、この不安感…

胸騒ぎは、何が理由なんだろう



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疾風

舞鶴鎮守府

駆逐艦 島風

 

「………よし、だいぶん強くなったね」

 

みんなに誇れるくらい私は強い、間違いなく

 

「…でも、全然てーとくは会いに来てくれないし…」

 

正直なところ、多分もう帰れないって事もわかってるんだ

でも、私の家はあそこで、私の提督は1人だけ

 

「……やだなぁ…」

 

私は、答えを知らなくてはならない

前の私と言う答えを知って、初めて先に進めるのだろう

私と提督の約束を果たすに足るのだろう

 

「………」

 

前の私は、極端に言えば最低なやつだったのだろう

私をチーター扱いした時に発せられた前の島風というワードがずっと頭の片隅にある

 

連装砲ちゃんはあの姿で戦う時だけ素直に戦ってくれる

 

何が、そうしてるのか…

 

 

 

 

「…前の島風ちゃんかぁ…」

 

「睦月ちゃんは知ってるんだよね…」

 

「…んむ……でも、何で聞きたいのか…教えてくれたら教える」

 

「連装砲ちゃんが、今の私の言うことを聞いてくれないから…それに…私自身が納得したいから」

 

「……じゃあ、簡単に教えてあげるよ…うん、あの子がいたのはもうずっと、ずーっと前…とにかく早くて強かったよ」

 

「速くて強い…?」

 

「そう、連装砲ちゃんじゃなくて魚雷を主体にしたスタイルで、すれ違い様の雷撃が十八番だったよ、だから…うん、かわすのがすごく上手で…的確に魚雷を放ってた、でもここって戦闘があんまりないから持て余してたんだにゃ…」

 

確かに、ここのお仕事は調査や偵察が主な仕事

最近は日本海側に深海棲艦が現れたせいで殲滅作戦も行ったけど、またそれも減ってきてる

私の力も実戦で振るったのは僅か数回

 

「それで…なんていうか、その持て余した力のせいでどんどんストレスが溜まっていったんだよね…多分……だから私たちにも当たりがどんどんきつくなって…喧嘩も増えたし、対立構造もできていった…」

 

相当辛いところだった、たとえ生活に困らなくてもそれは間違いないはず

 

「…でも、あの日…あの最期の日…島風ちゃんは急に元の優しくて明るい、元気な子に戻って…解体申請を出したって言い出した…それから、私達みんなに謝ってここから消えていった…」

 

「…何があったのかな…」

 

「……わからないにゃしぃ…でも、あの島風ちゃんはすごく強かったから本場のお気に入りだったにゃ、機嫌が良かった時は大体本部の人に褒められたって言ってたし、てっきり本部関係かと思ったのに…」

 

本部と懇意にしてたって…すごい、のかな…多分すごいんだろうけど

 

「あ、でも、連装砲ちゃんがグレた理由はわかんないなぁ…その手の専門家に診てもらったりはしたの?」

 

「……明石さんに診てもらった事はあるけど…あ」

 

あの時は何もわからなかったっけ…

でも今、特定のタイミングならいうことを聞いてくれることを伝えれば何かわかる…かも…それに、提督にも会える…

 

「どうかしたにゃしぃ?」

 

「もう一回、明石さんに会いにいってみる、何か変わるかも」

 

「じゃあ鳳翔さんも一緒に連れて行くにゃしぃ、2人で里帰り、楽しむにゃ、提督には睦月から言っとくよ!」

 

鳳翔さんは確か離島の出身じゃないはずだけど…

 

「わかった!ありがとう睦月ちゃん!」

 

 

 

 

三年坂

 

「うーん、何かいいお土産があると良いのですが…」

 

「八つ橋じゃダメなの?わざわざ京都駅のほうまで来たんだし…」

 

「そうは言っても…京都で八つ橋というのもありきたりすぎて嫌がられるかと…」

 

……鳳翔さんって意外とそういうとこあるんだ…

 

「だから焼きレンガとか勇貫堂にしようって言ったのに…」

 

どっちも美味しいお菓子だけど、鳳翔さんは京都らしいものにしましょう、とここまで私を引っ張ってきました…矛盾してます

 

「あ、この梅昆布茶とかどうでしょう…あ、やっぱりお茶なら宇治まで…」

 

多分宇治でも変なもの買うんだろうなぁ…

 

「すいません、八つ橋ください…この味がたくさん入ってるバラエティーっていうのを…あ、これで買えるだけ」

 

…五千円って思ったより大金なんだろうなぁ

ゲームしか買わないからあんまり実感ないけど…

 

「あ、あとこの…お箸…あ、これかわいい…これもください」

 

…このくらいは良いよね

 

 

 

「え、なんですかそれ…」

 

「クッキーの詰め合わせです、これならきっと…」

 

「………近くのショッピングモールで見たことありますよそれ…多分どこでも買えます…」

 

「…そんなまさか、あはは…」

 

ちょっと…不安…

 

 

 

 

 

 

 

 

舞鶴鎮守府

駆逐艦 弥生

 

『そう、私も貴方みたいになりたいの』

 

「でも、もう充分強いと思うよ…瑞鳳さん」

 

『……足りない、これじゃ…もう少しだけでも良い、私にできる事はできる限りのことをやりたいの』

 

…ちょっとめんどくさいな…

東京から逃げる時ちょっと仲良くなったけど、間違いだったかな

 

「……碑文使いとして、だよね…なら…碑文に呑まれなければ…」

 

『そうじゃない、貴方は心の強さが碑文の強さに直結してた…』

 

「…答えがわかってるってことじゃないの…?心が弱いから…」

 

『……そう…なん、だけど……』

 

「……まだ何かあるの?」

 

『…他に強くなれる方法はないかな…私の心は…もう変えられないから』

 

「………逆に、碑文に身を任せてもいい…心が強ければ碑文の全力を引き出せるけど…全てを任せても碑文は強いよ」

 

『……そっか、ありがとう…』

 

「…別に、良いけど」

 

『…後、一つだけ純粋な疑問があったんだけど…』

 

「何…」

 

『触覚の感覚増幅って、どうなるの?』

 

「……例えば、それを見て、意識すれば触れた感覚がわかる…手を握ればその人の体調がわかる、だから…力量も微妙にわかる…と思う」

 

『…それは…使える能力なの?』

 

「…ここは滑る、とか…ここへの力の加え方を変えれば効果的とか…わかるよ…」

 

『成る程…ありがとう、すごく強い理由が分かった気もする』

 

「……加速のタイミングとか、やり方は…それを使ってるから…嗅覚増大は…大変じゃない?」

 

『……嫌な匂いさえなければ…使えるんだけどね…芳香剤とかの匂いがすごくだめ…元々強かったけど、この力を得てからは芳香剤があると吐き気がして…もう慣れたけど…』

 

「…辛そうだね」

 

『生ゴミとかもダメ…キッチンに立つのが辛かった…あと、誰かの服が生乾きだったり鮮度が少しでも悪い魚とかは本当に食べられなくなっちゃって…』

 

「………そっか」

 

『でも、集中すれば匂いだけで戦えるくらいには…研ぎ澄ましたよ』

 

「…すごいと思うよ…これからも、頑張って」

 

『…うん、ありがとう、またね』

 

「うん、また……あ」

 

……友達辞めるの忘れた…

まあ、今度でいいかな…

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 島風

 

「提督!久しぶり!」

 

「島風…この前はあまり話せなかったけど、随分元気になったね」

 

「ご無沙汰しております」

 

「鳳翔、久しぶり」

 

…すごく安心する

優しく受け入れてくれるから…私の帰る場所はここだよって言ってくれてるみたいに

たとえ場所が変わっても、私の帰る馬車は変わらない…

 

「提督、随分と人が減ったように見受けますが…」

 

「………まあ、2人なら平気か…僕らはここ、宿毛湾に移ったけど…万が一のために離島鎮守府を復旧してるんだ、何かあったら逃げる場所が必要だから…明石たちはそっちにいるよ」

 

「…成る程、賢明なご判断だと思います」

 

「今日は私、明石さんに連装砲ちゃんを診てもらうために来たの、だから離島の方に行かなきゃ…」

 

「…そうだ、島風なら…」

 

私なら…?

 

「よっ…と」

 

「え?あの…立っても平気なんですか…?車椅子…」

 

「…偽装工作だからね…本当はもう治ってるんだよ、それより島風、君は腕輪の力が使えるよね」

 

「腕輪の力…?」

 

「…無自覚か…ごめん、少し待ってね………朝潮、執務室に来て、摩耶も一緒に…そう、そっちもお願い」

 

…何が始まるんだろ

あ、今のうちに渡しちゃおう

 

「あ、てーとく、これ…もうみんなへのお土産は食堂に置いてきたんだけど……これ…その、提督へのお土産」

 

「僕に?…これは…お箸と箸置きだね」

 

「うん、それと……」

 

「……チョコレート?」

 

「本当は作るべきなんだろうけど…次いつ会えるかわからないし…でももう2月だし…」

 

「…バレンタインか…ありがとう島風、嬉しいよ」

 

…今一瞬顔が曇った…

チョコ嫌いなのかな…次はもっと別なもの用意しよう…

 

「ならよなった…です、ところで提督、今から何するの?」

 

質問したところで執務室のドアが開く

 

「失礼します、駆逐艦朝潮、参上致しました」

 

「おー、島風に鳳翔さんじゃん、久しぶりだな!」

 

「お久しぶりです、お二人ともお元気そうで…」

 

「お、お久しぶりです」

 

「……固くなるなよ…」

 

別に苦手じゃないけどどこか緊張する…

つまり苦手ってこと…

 

「あれ?それは?」

 

「ああ、修繕バケツです、中身は海水ですが」

 

海水…?もしかして…

でも、2つ…?

 

「朝潮、頂戴」

 

「どうぞ」

 

バケツを一つ提督が受け取ってそのままひっくり返す

 

「え?!ここ執務室ですよ…?!」

 

「…もしかして…!」

 

そう、やっぱり…提督もなれるんだ、ゲームの姿に…

 

「よし、これでいいかな…」

 

「……そのお姿は…まるであのクリスタルの中の…」

 

「うん、それで間違いない…今、離島鎮守府へ行くにはこれがいるんだよ」

 

右腕を突き出して見せる

 

「…それが、腕輪…」

 

「島風、君も使えるはずだよ」

 

「…うん、使える…朝潮さん、私にも」

 

「はい、どうぞ」

 

姿を変える

提督と同じ姿に…

 

「…髪とか顔つきはそのまんま、何だな…」

 

「アオボノさんもそんな感じでしたからね」

 

「朝潮、曙と一緒に留守を頼んでいい?」

 

「お任せください」

 

…この人も特殊な力があるんだ…

 

「島風、ゲートハッキングを教えるよ…摩耶、君は来る?」

 

「…んー…やるのか?」

 

「折角だしね」

 

「なら行く」

 

提督が腕輪を天井に向ける

 

「ゲートハッキング」  

 

浮遊感とともに私達はまるで海の中に落ちたかのような感覚に包まれた

 

「…ここは?」

 

「ネットの中だよ、この中を通って離島鎮守府まで行く」

 

「…また随分と厳重な事ですね…」

 

「…これって安全なの…?」

 

「大丈夫だよ」

 

急に目の前が眩しくなる

 

「っ……あ…」

 

「着いたよ」

 

離島鎮守府だ…でも…建物がボロボロ…

 

「……ひどい有り様ですね…」

 

「一度、完全に放棄したからな…ま、妥当だろうよ、よし、あたしはみんなを呼んでくる、先に始めてるか?」

 

…何を?

 

「そうだね、島風、君には今からいろんな事を覚えて欲しい」

 

「色んなこと…?」

 

「まずさっきのゲートハッキング、そして…この姿での戦い方」

 

「……戦い方…?提督、私充分強いよ…?」

 

絶対強い、自信があるのに…何を…?

 

「島風の強さは後で見せてもらうよ、さっきのゲートハッキングだけど、アレがあればいつでもここに来れる」

 

「どうやればいいの…?」

 

「手順は2つ、まずネットの世界に入る、そしてネットの中から行きたい場所に移動する、これだけだよ、やり方はデータドレインと変わらない、ただ、どうしたいかを強く意識するんだ」

 

「意識…」

 

「試しに宿毛湾に戻って見て」

 

右手に意識を集める

 

「…ゲートハッキング!!」

 

腕輪が…私を導いてくれてる…

どこにでも私を連れていってくれる…そんな感じがする

 

 

 

 

 

「どう?上手くいった?」

 

「うん!せっかくだからこっちのみんなの分のお土産も取ってきたよ!」

 

「ありがとう、八つ橋か…京都らしくてみんな喜ぶと思うよ」

 

「うん、絶対そうだと思う」

 

クッキーよりは…まあ、良いよね

 

「よし、先にそれをみんなに持っていこうか」

 

「う、うん」

 

先にってことは…本当に提督と戦うのかな…

ちょっと嫌だなぁ…

 

 

「あ、島風ちゃん、久しぶりですね…本当にその姿になっちゃって」

 

「明石さん!ちょっと連装砲ちゃんを診てほしくて…」

 

「え?別に良いですけど…こら、悪さしたのかな〜うりうり〜」

 

「あ、いじめちゃダメだよ!」

 

「あはは、わかってますよ…うーん……何だか前とちょっと違う気もするなぁ…ちゃんと調べておきますので、頑張ってくださいね」

 

「…うん」

 

「……大丈夫ですよ、真剣勝負とかじゃないので」

 

「…私だって強いのに、今更何をするのかな…」

 

「ふふふ…摩耶さんもアオボノさんも同じことを言ってましたよ?」

 

「…どういうこと…?」

 

「頑張ってくださいね〜」

 

 

 

 

 

 

「よし、始めようか…島風、いくよ」

 

「う…ん…」

 

やっぱり乗り気じゃないなぁ…

というか提督普通に海の上で立ってるし…

 

「……固くならないで、楽しめば良いんだよ」

 

「楽しむ…?」

 

「これはゲームだ、これは戦うんじゃなくて対戦ゲームを遊ぶだけ」

 

「…怪我しない?」

 

「大丈夫だよ、ダメージを受けてもアイテムで回復できるから」

 

…本気…?

 

「………」

 

「そんなに重く捉えないでよ、それに早くしないと摩耶が先に…」

 

「もう来てるっての、お前が行かないならアタシからいくぜ!」

 

うわ…おっきな剣…

というか服装とかも全部変わってるし…本気で戦うの…?

 

「うん、いいよ」

 

「っしゃぁ!…ハープーン!」

 

ジャンプして突撃するみたいな突き…

本気で殺しに行ってる…なんで提督は笑ってられるの…?

 

「っとにチョロチョロと!!」

 

大振りな攻撃をかわして楽しんでるみたいに…

 

「双剣士はスピードが売りだからね、そろそろ行くよ」

 

「来やがれ!!クソか!!」

 

全部あのおっきな剣で受けてるけど…どっちが押してるのか一目瞭然…

 

「あー!この…!島風!手を貸せ!」

 

「え、あの…」

 

「良いから一髪ぶん殴ってやれ!」

 

「…本当に大丈夫…?」

 

「うん、当たるなら好きなだけ当てて見て」

 

「うおっ!クソッ!受けきれねぇ!」

 

摩耶さんも楽しんでる…怪我なんて全く怖がってない…

 

「よし、やるよ…!」

 

「良いね、いくよ島風!」

 

双剣がぶつかり合う

初めての感覚に全身がぞわりとする

 

「…これが、人との戦い…?」

 

…怖い…

自分の握ってる武器が命を奪うためのものだって事がようやくわかった…これは…

 

「島風、強くなるのは…仲間を助けるためだ、間違えちゃいけないよ」

 

「…助ける……仲間を…」

 

……何…これ…

これは……記憶…?

 

私の記憶じゃない…前の島風のものでもない…

じゃあ誰の記憶…

 

まだ幼い少年がゲームを真剣な表情でプレイしていた

それだけなのに…どうしてこんなに…

 

葛藤して、苦しんで、辛かったのに…

 

友達のために進む記憶…

 

海面に手が伸びる

指先が海面を掬うと同時に自分の周りに何かがプカプカと浮いてくる

 

「……アプドゥ、アプコーブ、リグギイム…アプコーマ」

 

「…これは…」

 

「…何だ…?おい、島風…」

 

そう、この記憶は…提督の記憶……

 

「…戦い方、わかったよ……」

 

大丈夫、私は全部じゃないけど…貴方を知った

 

だから、わかる限りのことはわかるよ

 

「…速いな…ありゃアオボノより強え…」

 

「いきなり積極的になったね…!」

 

これもできるってところを見せなきゃ…!

 

「まだまだ!!風・妖・刃……オラジュゾット!」

 

「巻物…!?そんな…そこまで…!」

 

水面から鋭利な木片がいくつも隆起する

まるで提督を囲むみたいに…

 

「いくよ…虎輪刃!」

 

すれ違う瞬間の攻撃

そしてそのまま木片を蹴り、再び強襲

 

「くっ…!」

 

「やぁぁ!」

 

「…2回目は通用しないよ…!」

 

「ひゃっ!?」

 

 

 

 

 

「随分と危なかったなぁ?えぇ?提督よぉ」

 

「うん、島風が思った以上に強かったからね…リプス…よし」

 

提督の数が消えてく…本当に治るんだ

 

「島風、急に動きが変わったけどあれは…」

 

「……提督の記憶、見ちゃったからね!」

 

「…記憶?」

 

「僕の記憶って…?」

 

「色んな記憶だよ、戦ってる時の記憶も、辛いことも、悩んでた事も…ぜーんぶ見ちゃった」

 

「………それは…恥ずかしいな…」

 

…でも、何で見れたんだろう

 

「アウラがそうさせたんだと思う」

 

「…アウラ…?」

 

「そう…多分だけどね」

 

「アウラって…確かネットの神様だったか?」

 

「そうだよ、それに僕の仲間でもある…」

 

「神様まで仲間ってのは…ま、とんでもねぇな…」

 

神様が、私の味方をしてくれるなら…

戦わなくても良い世界にする為に

誰も戦わなくて良い世界を作る為に…力を貸して欲しいな…

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 綾波

 

「ええ、こういう感じになってます」

 

「…なるほどな、だがそれは碑文に対する誤作動ではないのか?」

 

「あー、その説もありますねぇ、とりあえず自由意志は奪ってあるのでぇ、確認取れるまでまたお人形さんで我慢してください」

 

「…まあ良いだろう、あと、適当な奴を使って蘇生の実験もしておけ、再誕の碑文なら蘇生もできる可能性がある」

 

「…蘇生ですか」

 

「気に食わんか」

 

「素敵で声が出ませんよぉ…でも、缶詰で疲れましたねぇ…」

 

「嘘をつくな、お前、指示も出してないのに襲いに行っているだろう、しかもこの横須賀でも」

 

「そろそろ本物の立場も危ういからだと思いますよぉ?でも、佐世保も舞鶴も呉も、警戒が厳しいですからねぇ、あ、殺したい…そろそろ本当に殺しちゃダメですか?」

 

「……東雲なら死んでも生き返るだろうがな」

 

「あら、素敵ですねそれ…でもそれより蘇生が出来るようになればもっといじめられるし、先にそっちの研究ですかねぇ…やる気出ましたよ…!」

 

「そうか」

 

 

 

 

「…あれ、パソコンの画面がおかしいなぁ………チッ、またエラー吐いてる…いや、壊されたなぁ…せっかく敷波が手を加えたお手製の連装砲だったのに」

 

最後に反応を示したのは…宿毛湾か

 

「…あ、次は宿毛湾を襲うのもいいですねぇ…あそこはまだ新人の戦艦が着任したって聞きましたしぃ?……でも、よくも取り外してくれましたねぇ…古い型だから仕方ないかぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

旧 離島鎮守府

工作艦 明石

 

「はい、これです」

 

「……これが島風の艤装を遠隔操作してた、ってことか…」

 

「島風ちゃんの話だと、カイトの姿の時は素直に従ってくれると…」

 

「なるほどね…どこが取り付けたのかなぁ…いや、本部か」

 

「そうですね、話の通りならそれが1番太い線だと思います」

 

本当に気分悪くなるなぁ…

 

「…体調が悪いの?」

 

「え?そんなことないですよ…そう見えました?」

 

「…いや、なんでもないよ」

 

…ビックリしたぁ……

 

「でも、島風ちゃんも連装砲ちゃんが言うことを聞いてくれるようになってよかったですね」

 

「うん、ありがとね、明石さん」

 

…また会えるかなぁ…

 

「また会いに来てね、島風」

 

「約束!絶対来るよ!次は負けないから…」

 

「頼もしいなぁ、期待してるよ」

 

私も負けてられないなっと…



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空虚

呉鎮守府

軽巡洋艦 那珂

 

「…そっか、元気なんだ」

 

「せや、ま…変な感じやな…いつのまにかこんながっしりしてて」

 

「…男の子としては全然華奢にみえるけど」

 

中西伊織くん…いや、今は中西桜ちゃん、か…

ゴレの本当の碑文使い…

 

「今、アンタの中にはちゃんとゴレは居る…出てけーへんのは…アンタが怖がっとるからや、碑文使いとして目覚めてるのに使われへんのは精神が未熟な証拠や」

 

未熟か…こんな子に言われるなんて…

 

「…なんなら、ウチがもっかいゴレをもらってもええ…でも、アンタはアンタの守りたいものがあって、覚悟があるんやろ?」

 

「……うん…」

 

姉さんや、みんなを…守りたかった

だから必死に強くなった

 

神通姉さんは…精神的にもすごく強くなってた、何が刺激になったんだろう、私とは違う考え方、私と違う戦い方…

 

川内姉さんの大きく変わっていった

私だけが取り残されてるみたいな…

 

「……アンタ、1人やと感じてるんやろ」

 

「うん、2人とも…私より遥かに強くて…遥かにすごくて…」

 

「……足りんもんは補い合えばええやん」

 

姉妹なんだから…

わかってる、自分のことで手一杯なのに…私の事を助けようとしてくれる…

それも、2回目…

 

「……怖いんか」

 

「怖いよ…捨てられそうで…」

 

「捨てられるわけない…」

 

「…わかんないよ…」

 

「ちゃう、アンタが捨てられるわけない、じゃなくて、アンタを捨てられるわけがないんや…」

 

私を、捨てられない…?

 

「…そんなもんや、トロくて世間知らずな弟なんて…ウチはもう何があっても目を離されへんわ」

 

「…私は世間知らずでも、トロくもないよ」

 

「その代わりに心配性で勇気のない、メンヘラなダメ妹やんか」

 

「……言ってくれるね…」

 

「…望とは…伊織とは違うけど、アンタは半分ウチと同じやからな…アンタとウチは他の誰にもわからん、ゴレって繋がりがある」

 

「……そうかもね」

 

「…不安でええ…大きい力持ったらみんな不安になる…でも、それに身を任してみ…そん時に初めて自分がやりたいこと、自分がホンマに思ってる事を教えてくれる…最大の理解者は自分の内におるってな」

 

「……私の中に…私の理解者……」

 

「ま、いつかは力を使わなあかん時が来てまう…そん時になったら嫌でもわかるわ」

 

「………ゴレ、もう少しだけ待ってて、私が…貴方を戦わせられる場所、見つけるから」

 

「……ま、折角やしヘタヲどつくんに一回ゴレ借りたろか?」

 

「…ふふ、ダメだよ…」

 

「…漸く笑ったな」

 

「笑わなきゃ…アイドルは笑顔が1番大事だからね…」

 

「…さっきの一瞬だけ、ホンマの笑顔見せてくれてよかったわ」

 

「……大丈夫、私はもう、整理できたよ………あ…れ…?」

 

…血の、味…?

 

「…なんや、どないしたんや」

 

「…血の味がする…すごく苦くて…錆びた味」

 

「……なんや…?確かにする…微かに…」

 

いや、ハッキリ感じ取れる…

物陰に誰かいる…そこからこの味がする…

 

「……貴方、誰?」

 

物音がする、味が薄くなっていく…

 

「…逃げた…侵入者かぁ…報告しなきゃ」

 

「……怖いもんやな、誰に見られとったんや…」

 

「わかんないけど…でも、これ…」

 

「…飴舐めてるのと変わらんわ、気にしたらあかん…意識を研いだ時だけ感じ取れるようになる」

 

「……それまで地獄だね…何でも口の中に飛び込んでくるみたいなものだし」

 

「ま、頑張りや!ハハハ!」

 

「…他人事なんだから…」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 朧

 

「漣、これお願いできる?」

 

「…ボーロ、そっちのも全部頂戴、ウッシーオと片付けるから、休んで良いよ…」

 

「…ダメ、最低限これくらいはやらないと…」

 

「体調悪い癖に無理するんじゃないわよ、見てて不安になるのよ…」

 

曙が私の資料をひったくる

 

「…ダメ、アンタにやらせたら…余計にぐちゃぐちゃになる……」

 

「…ぼのたん、それはマジでそうだから大人しく事務仕事は任せな…」

 

「この…!黙って見てなさいよ!!」

 

部屋の扉がノックされ、開く

 

「潮、遅かったわね」

 

「ウッシーオ!ぼのたんを止めて!!」

 

「え…?それより、朧ちゃん、提督がお呼びだよ」

 

「…朧を?何考えてんのよ…」

 

「とりあえず、行ってくるね」

 

「…無理しないでよ」

 

「わかってる」

 

 

 

 

 

「失礼します、朧、入室します」

 

「態々有難う、体調が悪いとは聞いてたんだけど…部屋に行くのは憚られたからね…」

 

「…来てくださってもいいんですけどね」

 

「曙がね、あんまり部屋に来るなって」

 

「…照れ隠しですよ」

 

「ならよかった、今度遊びに行こうかな」

 

「お待ちしてま…あれ?そんな話のためにやられたんじゃないはず…」

 

「そうだったね、君の不調についてだけど」

 

「…乱調なだけです」

 

「確かに君の最近の戦績は乱調と言えるね、つい最近の戦闘も阿武隈から何度も的確な支援をもらえたと聞いているし、赤城や加賀も君を褒めていた…けど、それだけじゃない…ボーッとしてたり、動きが悪かったり、戦闘中に頭痛で立ち上がれなかったとも聞いている」

 

「………」

 

「…夕張に診てもらうつもりは?」

 

「ありません」

 

「……君も結構頑固だね」

 

「お互い様ですよ」

 

「それもそうか…うーん…できるなら素直に夕張に診てもらって欲しかったけど」

 

「……っ…あ…れ…?」

 

「…朧?朧!しっかりして!朧!」

 

 

 

 

 

 

 

どこだろ…ここ…

 

「ヘルバと接触するつもりか?何を企んで知るか知らんがあの書き込みは削除させてもらった」

 

うわっ!?

緑の服着たおじさんが…浮いてる…

…ヘルバって確か提督の仲間だったよね…

 

「残念だが、ヘルバは来ない」

 

「どおっかなぁ〜?」

 

…またびっくりした…何ですぐ横にいるの…

この人は…確か摩耶さんがブラックローズって言ってたっけ?

 

「奴ら、ハッカーどもはこの事態を面白がっているだけだ、そんな連中と組んで、何をしようと言うのだ」

 

…このおじさん高圧的で怖いし…さっきから何を…

待って、ここは…現実じゃないの?ここは…ゲームの中…?

 

「どうしてそんな事をいうの?それが会社の方針だから?」

 

…違うけど、今の声じゃないけど…提督の声だ…

 

「な…!」

 

待って、って事は…これは…過去の事?

提督はどこに…重なってる…?

私の体が提督の体に重なってる…?いや、意識だけが宿ったのかな…よくわからない…

 

「だってリョースは知ってるはずだよ、トラブルとヘルバ達は無関係だって…!」

 

このおじさん、リョースって名前なんだ…

 

「お前に何がわかる!腕輪の力で英雄気取りか?笑わせるな!そんな物などなくてもシステムは私が元通りに復旧させてみせる!」

 

システム…やっぱりここはゲームの中で…本当に過去の世界…

なんで…?

 

「リョース、僕はそんな事を言ってるんじゃない…求める結果が同じなら力を合わせようって言ってるだけだ…!」

 

「ハッカーとつるむ気はない」

 

…多分…これ、おじさんが意地になってるだけだよね、事情は知らないけど…面倒な人なんだなぁ

 

「アンタってほんと石頭ね…かち割ってやりたくなってきた…!」

 

「割れる頭なら、私がとっくに割ってるわよ」

 

ファンタジー的な音とエフェクトを伴って真っ白な衣装に身を包んだ人が現れた…

 

「ヘルバ!どうやって!?」

 

この人が…あのヘルバ…

 

「削除された書き込みには何かがある、そんな美味しいネタ、放っておくと思う?確信に迫る情報を削除してるって事は今どんな状況なのか、いくら石頭な貴方でもわかってる…でしょ?」

 

「黙って聞いていれば…石頭石頭と…!」

 

…気にしてたんだ…

 

「それなら、石頭じゃないところを見せてください」

 

「何…?」

 

「ゲーム中に意識不明になった人たちはいまも苦しんでる、僕たちがいまやるべき事は…」

 

「…わかった、そこまで言うなら条件を出そう、君たちがどれほど真剣なのか見せてもらおうじゃないか」

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

……今のは…あれ、私、横になって…

 

「朧!目が覚めたんだね、何があったかわかる?」

 

「………話してて、急に…」

 

「うん、いきなり頭を押さえて倒れたから焦ったよ…」

 

…あの光景は…提督の記憶…?

 

「…あの…提督…」

 

「うん?…ああ、緊急事態だと思ってとりあえず夕張のところまで連れて来たんだよ、夕張曰く過労じゃないかって…ごめんね、無理させて」

 

……違う、何で倒れたのかはわからないけど違う…

 

「いえ、その…」

 

「…何かあるの?」

 

「……提督、石頭な人と仲良くするにはどうすればいいですか?」

 

「え?いきなりだなぁ…なんだろ」

 

…確信したいけど、こんな質問じゃダメだ…何を聞けば、あれが本当の記憶だってわかるだろう…

 

「あ、あの…提督のお知り合いで石頭な方っていらっしゃいますか…?」

 

「…リョースの事?誰に聞いたの?」

 

……ホントの記憶なんだ…

アタシが見たのは…本当に提督の記憶…?

でもなんで…

 

「…朧?」

 

「あ、いえ…なんとなく」

 

貴方の記憶を見ました、なんて言えない…言いづらい…

 

「とりあえず朧、しばらく休んでて…何か有事の際は動いてもらうことにはなると思うけど…」

 

「はい、わかりました…」

 

…体自体はピンピンしてるんだけど…

変な頭痛があるのも事実だし…何より記憶のことを言いづらい以上は大人しくしておこう…

 

「…朧?」

 

「何ですか?」

 

…すごく怪訝な顔をされてる…

なんだろう…変なこと言ったかな…

 

「…いや、何でもないよ、ごめん」

 

…なんだろう…変な感じ…

 

 

 

 

宿毛湾泊地

 

「……んー…」

 

部屋に戻ったけど…何かをする気にはならない…

それよりもあの記憶が気になる…

 

…あの続きを見るなら、もう一回寝るとか…?

どのみちできる事はないから、寝ようかな…

 

 

 

 

ー誰か助けて!ー

 

「…え?」

 

気づけばもう深夜、潮も曙も帰って来て寝てる

…漣は…?

 

嫌な予感がする…さっきの声は…

 

 

 

数分前

 

駆逐艦 綾波

 

「…不用心ですねぇ…?こんな時間に1人で出歩いちゃって」

 

ピンクのツインテールを揺らしながらコンビニの袋を大事そうに抱えてる…格好の獲物

 

「うぇへへへへ…ちょっとコンビニ行くのにもかなり時間かかるなんて田舎暮らしは辛いにゃあ〜…いや、コンビニがある事自体が幸せ!みんな寝静まった夜に豚さんになっちゃうぜ!」

 

…悪い子豚ちゃんは、食べなきゃいけませんねぇ…

 

足のスプリングを縮めて跳躍の用意をする

 

事前に殆どの人員が寝静まっていることを確認済み

憲兵も少ないせいで死角が多い…

 

「るんるん〜いぇい!!…あ、やば、おっきな声出したら怒られる…」

 

一跳びで背後に近づけた

人工筋肉だけではやはり音に難がある、だからこそガワは生身であるべきなのだ、この美しい比率こそが私の仕事を楽にしてくれる

 

「ふんふ〜ん…ゔっ!?」

 

背後から首を掴み物陰に引き摺り込む

口を開かせてすぐに布を詰め込み、口と両手足をガムテープで固定する

 

「んー!んん〜!!」

 

…結構肝が座ってるなぁ…睨みつけて来ちゃって…ゾクゾクする…!

殺しちゃってもいっかな、宿毛湾は邪魔な存在だし…よし、1人くらい許されるだろう…わざわざ蹴りに拘っていたぶるのも私の趣味ではない

 

「ん!?んー!!」

 

あんまりうるさいと鼻も閉じちゃいますよー?ほら、このホッチキスで…

 

ホッチキスを鼻に当ててやるとぴたりと黙る

 

物分かりがいいようで助かりますねぇ…

綾波型の漣かぁ…妹って感じなんでしょうか、なら私が何しても許されますねぇ…!

 

まずは爪から行こうかな、足の爪

 

靴を脱がせ出したあたりで察したのか暴れだす

暴れた足が顎に当たったし…ムカつくなぁ…

 

「ん"っ!!」

 

この足で踏まれるのは堪えるでしょうねぇ…

 

ギリギリと脇腹を踏み躙る

 

「ん"ん"ーー!!」

 

目をひん剥いて、叫んで、誰にも聞こえないのに

ああ、いい気持ちですね…でもお仕置きには足りないか…

ついでに拳も砕こっと、縛られた手を踏みつける度に良い感触と音が伝わって来ますねぇ…

 

漣をうつ伏せにして足の方を向いた馬乗りになる、脹脛を固定してナイフを当てる

 

「んー!?」

 

必死に抵抗してるけど、まあ私の体一部機械ですからねぇ…動かせたら大したものです…にしても、薄皮一枚切るのってなかなか難しいんですけどねぇ…

 

刃を立てて皮膚を伝わせる

このくらいならまだ神経に触れてない、痛覚に触れないから痛くないけど、おかしくなりそうな違和感が走るだろう、上半身を捻って振って、よっぽど嫌らしい

 

じゃあお望み通り、違和感だけじゃなく痛みもあげないといけないか

 

切れ目に爪先を食い込ませ、なぞる様に沿わせる

爪が深く入り込み血が滲み出る

 

「……!」

 

耐えるかぁ…じゃあ予定通り爪いっちゃおう

ペンチを取り出し、漣をの膝を曲げる

 

足底の方からなので爪がよく見えない…つまりちゃんと爪を手入れしていると言う事だろうか、感心なことだ

 

「ん"ん"!!!」

 

ああ、爪が見えないから肉ごといってしまった

もう一回…あ、また…しかもこっちは少し骨が見えてるなぁ…

傷の消毒をしてあげないと…

 

骨を舐め、歯を突き立てる

 

頭を地面に叩きつけて別の痛みで紛らわさないと気が狂いそうになっているらしい

 

ついでに背中にナイフを突き立てておく

 

もう一回…あ、もう一回…両足の指全部失敗しちゃった…でもいいなぁ…やっぱり今から連れて帰ろう!もっと悲鳴を大胆に聞かせてほしいし…

 

「漣!漣ー!」

 

…誰だ…?邪魔をするのは…

 

「どこ行ったんだろ…こんな時間に…」

 

…綾波型の朧…コイツも連れて帰ろうかな

 

「…誰」

 

気づかれた…?こっちも見てないのに…

…今見えた限りだと装備はライフル一つだった、気にする事はないはず…

 

「…そこに居るの…?漣、今助けるからね…」

 

…来い、入って来い…覗き込んだ瞬間首を掴んでやる…

 

低くて細い…手か!

 

それを掴んで壁に叩きつける

 

…違う、この感触は…何…?

 

「動かないで、撃つよ」

 

…読まれてた、背後を取られてるか…銃口が向いてるんだろうな…

 

「ん"ーん"んー!」

 

…別にその程度何も問題は…

 

ドンッ!

 

「っ…」

 

迷いなく左肩を撃った…この痛みと傷の感じ…ライフルじゃない…砲でもない…

別にそれ自体は問題じゃないけど…これで誰かが来たら…

 

ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

「っ!!」

 

「これで両肩に2発ずつ…」

 

手先の感覚が弱いですね…仕方ない…

 

スプリングを使って跳躍する

 

「待て!!」

 

「っ…!」

 

さっきから撃って来てたのはそれか…!

確かあれは東雲さんが持ち込んだのと同じ機銃…

この精度で当てられると厳しいものがありますね…

 

 

 

 

「…はぁ…危なかった」

 

「失敗続きだな」

 

「あ、武蔵さんどうも…今回の失敗はかなり痛いですねぇ…何言われるか分からないのが嫌ですねぇ…と言うか敷波が間違えて呉に行っちゃってたからそうなったのであって、私に非はないですよ」

 

「それが通じればいいがなぁ?傷はどうするんだ」

 

「何のための電子生命体ですか、簡単に置き換えられますよ…うーん…せめてさざなみだけでも持ち帰りたかったなぁ…」

 

「神戸で敷波が何人か攫ったそうだ、それで勘弁しろ」

 

「あ、生身の人間も欲しいですねぇ…あっちもいい素体なんですよ」

 

「その趣味は理解できんが、上申はしておいてやる」

 

「助かります〜」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

「漣、抜くよ…我慢してね…」

 

「!!!!」

 

声にならない悲鳴と共に全身が波打ってる…

そしてその動きでさらに痛みが増したらしく余計に辛そう…

 

「どうしよう…こんなに酷い怪我…もう少しだけ我慢してね、今人が来るから…!」

 

漣が何でこんな目にあったのか…

いや、単純に漣である必要はなかったんだろう…

 

「朧!」

 

「提督…修復剤は!?」

 

「持って来た、これで治るはずだけど…」

 

言い切る前にひったくり、漣にぶちまける

 

「いたっいたぁぁ!!…うぇぇ…ボーロぉ…まだ痛いよぉ…」

 

「え!?た、たりない!?提督!もっと!」

 

「わかってる、だけどとりあえずここだとまた襲われるかもしれない、建物に行こう」

 

 

 

 

 

「………」

 

「治ってよかったね…漣」

 

すっかり漣は塞ぎ込んでしまった

今開いたドアの音にも怯える程に

 

「赤城達が主体となって周囲を警戒してくれてる、5分ごとに報告をする体制をとってる、これで大丈夫だよ」

 

「…ありがとうございます、漣…何か話せる?」

 

首を横に振る

離さないではなく、話したくないと言う事なんだろう

 

「…漣、怖かったね…」

 

三角座りのまま、顔を膝に埋めて何も見ようとしない…

 

「…2人とも…朝まで居て…」

 

消えそうな声で漣が呟く

 

「…提督、大丈夫ですか?」

 

「勿論だよ、僕でよければ」

 

「…よかったね、漣、そばに居てくれるって」

 

提督と私で漣を挟み込む様に座る

 

「…怖かったね…もっと早く気づけなくて…ごめんね…」

 

漣も弱いわけじゃない、だけど…大事な姉妹がこんな事になって…悔しさから涙が込み上げる

 

 

 

 

 

「…あれ…寝ちゃってた…か」

 

目尻がカサカサする…泣いたまま寝てたんだ…

あれ?隣にあるはずの感触がない…

 

「…漣…あ」

 

胡座をかいた提督の足の中に座り込み、抱っこされる様にして眠っていた、提督の服についてるシミは涙の跡だろうか…

 

「さっきようやく寝たところだから、静かにしてあげてね」

 

「…提督は寝ないんですか…?」

 

「報告を聞かないとだからね、それにまだ1時間も経ってないし」

 

「……ほんとだ、まだこんな深夜…」

 

「朧ももう一回寝る?」

 

…どうしようかな…

提督眠たそうだけど…漣は動かしたら多分起きちゃうし…

 

「僕のことは気にしなくていいよ」

 

「……」

 

また、この感じ…変な違和感…

なんだろう…何が原因なのかな…まるで心が読まれてるみたい

 

「朧」

 

「え、あ、なんですか?」

 

「…キミもそうなの?」

 

…そうか、そう言う事なんだ…

提督もアタシも同じ状況だったんだ…

 

「…そうみたいですね」

 

「……参ったな、凄く困った」

 

なんとしても…コレだけはバレちゃいけない…

急がないといけないって事…

 

「何かあったら頼むよ」

 

「…わかってます…と言うかお互い様です」

 

この乱調は治る事はないだろう

だから、人一倍の努力がいる…私には

 

明日から始まる

 

 

 

 

 

「んぇ…ぁ…」

 

「おはよう、漣」

 

「…あのぉ…ご主人様、なんで私はボーロとご主人様にサンドイッチされてるんですかね…」

 

「…もうしばらく寝かせてあげて」

 

「つまりこの体制でしばらく過ごせと…?抱き枕二つ抱えた時の手前にある方みたいになってるんですけど…」

 

「それより漣…大丈夫?」

 

「…んなわけねーですよ…よし!もう一回寝る!おやすみなさい!」

 

「おやすみ」

 

「…もぉ……ご主人様も寝て!寝てないでしょ!」

 

「と言ってももう朝だからね」

 

「……隙あらば約束破ろうとするんだから…明石さんと北上さんをを見張りにつけますよ」

 

「…あはは…」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙(青)

 

「………こちらアオボノより全体へ、本部寝てたわ」

 

『あら、じゃあ交代にしますか』

 

『わかりました、次は私と龍驤さんで飛ばします』

 

「どうする?仕事」

 

『何かあっては困りますし出撃はやめておきましょうか、しかし…一体敵は誰なんでしょう、おそらく艦娘であるはずなのですが』

 

「どうせ大本営のクソどもよ、今に痛い目に合わせてやるんだから」

 

『そうですね、助かったといえナイフは骨をすり抜けて危険な位置に到達していた様子ですし、万が一ということもあり得ました…覚悟は、今後に向けてしておくべきでしょう』

 

「…誰か死ぬって言いたいの」

 

『覚悟しておいて損はないと言ってるんです』

 

「………私の仲間は絶対に死なせないから」



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死臭

佐世保鎮守府

軽空母 瑞鳳

 

「…あっち、あっちにナニか居る」

 

「進路北へ!彩雲を行かせる!」

 

…強く鼻腔に残る薔薇の香り…

そして、嫌な感じが…

 

何かが背筋を撫でている

何かが私に近寄って来ている

 

「………チッ…」

 

拳を握り込む

力が篭る…爪が肉に食い込む

 

見えてきた…ハッキリと感じ取っている、視覚以上に私の嗅覚は…捉えている…私の死を

 

イメージされる、頭の中に流れ込む…

はっきりとした死のビジョン

 

「見えた!でも…石板とかそんな感じじゃない…馬鹿みたいに大きいけど…あれは…」

 

このまま戦うのは、まずいか

 

「一旦撤退しましょう、嫌な予感がします」

 

「…大丈夫でしょ、碑文使いが2人もいるんだから」

 

「………私は戻ります」

 

「あ、ちょっと瑞鳳!あーもう!仕方ない…一回帰るか…」

 

…確か、第六相は…

聞く価値はあるか

 

 

 

 

 

『マハについて…?』

 

「そう、マハの碑文使いの弥生なら特性を知ってると思って」

 

『…出会ったの』

 

「戦闘はしてない」

 

『…マハには一対一で挑む方がいい…いや、手を出さないで下さい…私た…私がやる…』

 

私達…?

 

「…何故か聞いてもいい?」

 

『マハを倒す事は私の悲願、邪魔しないでほしい、です』

 

「………」

 

取りつく島もないか…

なぜ一対一で挑むべきと言った?集団戦闘が不利な何かがあると言う事だろう

 

『…手を出さないでくれるなら…いつでも手を貸してあげます』

 

私たちが手を出さなくても倒してくれる…願ってもない事…

今後の協力まで約束してくれるなら私たちが手を出す理由は何もない…

 

「わかった、発見した座標は後で送る、佐世保近海だから早めにお願い」

 

『…わかってる、1週間以内には終わらせます…』

 

1週間?いくらなんでもかかりすぎ…

 

「もうちょっと早くできないの?」

 

『…難しいです』

 

「………民間人や仲間に被害が出るなら、私達は戦わなきゃいけない」

 

『…なるたけ早くします』

 

………瑞鶴さんはどうしよう

あの人は調子に乗ってる、1人でも艦隊を率いて戦いに行くはず…提督を止めるか

 

 

 

「…こちらとしては被害が出ないなら構わない」

 

「緊急時は戦う、それ以外はできるだけ無視、構いませんか」

 

「ああ、構わない」

 

話が速くて助かる…

でも…私にまとわりついた死の香は…まだ消えてない

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「朧、これよく目を通しておいて…誰にも見せない様にね」

 

「わかってます」

 

…まさか僕と朧に同じ病名をつける事になるなんて

 

「ちなみにこれ、何処から?」

 

「…表向きには発表されてない様なものだからね、専門家に頼んだよ…あと、北上も同じ病気の可能性がある」

 

「…何故北上さんが…?」

 

「青葉達から聞いたんだ、北上はたまに自分達の心の中を見通した様な行動をとるって…AIDAの影響だったのかもしれないけど…」

 

「………認知外依存症…ですか」

 

「…現実とネットの違いがなくなった影響が色濃く出てる、強く警戒してほしい…今後僕らに残された時間はどれだけあるかわからない…」

 

「……わかってます…ちなみに治療法はないんですか?」

 

「無くはない…けど……コレは現実とネットの境界がなくなった以上切り離せない問題だ、おそらく、僕らだけじゃない…世界中に広がる…」

 

「そんな…」

 

「だからこそ…世界の浄化が要る…」

 

「…正しい世界、ですか…」

 

……正しい世界…それはどんなものなんだろう

電子生命体と呼ばれる存在の艦娘は…その世界に存在してるんだろうか…

もし、存在しないのなら………それは少し嫌だ…だけど世界の再誕に僕の感情が絡めばそれは間違った世界の形になる事は確かだ

………正しい世界と求める世界は違う…

 

もし作り直された世界が滅べば?

 

この、滅びの道こそが正しい世界なのか…?

 

「………朧、キミにとって正しい世界って…」

 

「…やめてください…私も分かってます…正しい世界に私たちの居場所があるとは限らないことも…」

 

…矛盾してる、僕は正しいことをしようとしてるはずなのに…道を書き換えようとしている、間違った方に進もうとしてる…

 

「……僕は君たちを消す様な事はしたくない」

 

「提督、私たちは提督の目的のために戦っています……迷わないで」

 

…迷うに決まってる、何故今まで考えなかった…電子生命体はもともとネットのもの、艦娘とはAIに肉体を与えたもの…そうだとしたら…僕のやろうとしてる事は…

 

でも、止まる事はもうできない…

 

「…結局、行き着く先は同じだ…僕は片時も君達を軽んじるつもりはないよ…」

 

「……気持ちだけ受け取っておきます」

 

「明石に連絡をしておいて…腕輪について」

 

「わかりました」

 

…結局腕輪一つの出力では足りないことだけは間違いない事実だ

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 綾波

 

「どうだ、綾波」

 

「あー、見た通りですよ、実験は大成功〜、被検体はグロッキーですけど」

 

ついさっきまで遊んでたおもちゃが床をまた汚している、と言っても何も与えてないから胃液しか吐けない様だけど

 

「アレはいつ連れて来た」

 

「もう1週間になりそうですね、舌を噛むたびに修復剤ぶっかけてたら精神が壊れた…と思ったんですけど、見てる限り精神が正常になって耐えられなくなってますね」

 

「……なるほど、素晴らしい…東雲は」

 

「疲労が色濃いとの事なので帰らせました」

 

「実験は」

 

「また明日やります、それから死後どれだけ使えるかなどのチェックも進めるので本格投入は東雲さんの調子次第ですが2週間はかかるかと」

 

「……思ったよりかかるものだな、1週間で終わらせろ、東雲には命令しておけ」

 

「了解でース」

 

東雲さんも結構グロッキーだからなぁ…

ま、なんとかなるでしょ

 

「あ、ガードは?」

 

「大和と武蔵で充分だろう、碑文使いを仕留めた実績もある」

 

んー、あの2人に持たせたデータ兵器ってやつ…一回バラして研究したいなぁ…

 

「東雲はガードから外してここに籠らせろ、1週間以内に終わる様にな」

 

「はいは〜い」

 

楽しくなって来た

 

 

 

 

 

 

 

 

舞鶴鎮守府

駆逐艦 弥生

 

「…話はわかった……でも何でわざわざお前が行かなきゃならないんだ、弥生」

 

「…私が…そうしたい、から…司令官、ダメ?」

 

「…危険な戦いになるならなぜ1人で行こうとする」

 

「マハって敵は…味方同士で同士討ちさせる技を持ってる…」

 

「…同士討ちさせる技って…ゲームの話だろ」

 

「でも現実に出て来た以上…そうなる、と思う」

 

「……許可したくはない、危険なところにお前を送り込むわけだからな…しかも1人でだ」

 

「…ダメなら…勝手に行く」

 

「やめろ、わかってる…あー…クソッ…流石に1人で行かせたくはない…」

 

「………絶対、話が平行線なまま…」

 

「…わかったよ…危なくなったら帰って来てくれ、約束だ」

 

「……ありがとう、でも、大丈夫…マハは私の碑文…私なら勝てる…」

 

「勝てるかどうかじゃない、無事に帰って来てくれ」

 

「………わかった」

 

「よし、約束だ」

 

…話はついた、だから…私はやっと戦える

 

 

 

「…薫、行こう」

 

「…マハを一度返してくれる?今は力の全てをキミに渡してるから」

 

「わかってる…速く行こう…」

 

…マハを倒せば、私はもっと強くなれる

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 曙(青)

 

「あーもう!泣かないでよ!」

 

「だっでぇぇぇ!ぼのだんがぇっでごないんだもんんん!!」

 

…5分ほどおやつを取りに行っただけなのにこの有り様…もはや赤ん坊ね

 

「もう帰って来たでしょ!?あー!もう!潮何とかして!」

 

「……目を離すなって言われてたのに勝手に出かけた曙ちゃんが悪いと思うなぁ…よーしよし、漣ちゃん怖かったねー」

 

「ゔじお"ま"ま"ー!!」

 

「……アンタちょっと楽しんでない?」

 

「…グスッ…ぼのたんがもう帰ってこないと思ったもん……」

 

「…何よ、アタシの心配なわけ…?素直に自分が怖かったって言いなさいよ、別に馬鹿になんてしやしない…」

 

「…怖いよ!私がやられるのも怖いけど…それ以上に!私の見えないところでぼのたんがあんな目にあってると思ったら…怖くて、探しに行きたいのに…立てないんだよ…!」

 

…目を潤ませながら睨みつけられても…

調子狂うわね…

 

「…呆れた、自分の身だけ案じてなさいよ…」

 

「痛いのがわかってるから誰にもあんな目にあって欲しくない!ぼのたんだってわかるでしょ!?目の前でご主人様タコ殴りにされた時見てたんだよね!?何もできなかったんだよね!?」

 

心臓が収縮する、1番触れられたくないところを鷲掴みにされた気分…

 

「…だから何よ…」

 

「やられたのがご主人様で良かったと思った?違うでしょ?今すぐにでも止めたかったよね?痛かったよ!痛かったからご主人様の気持ちがわかる!誰にもあんな目に遭って欲しくないの!!」

 

…痛いのを知ってるから…か

 

「……私は弱いよ、勇気がないよ、臆病で愚図で泣き虫で…ぼのたんやボーロの様に強くない…」

 

「…そんなこと…」

 

「弱いから、弱いからこそ…わかることもあるんだよ…!」

 

弱いからわかること…

 

それは何なんだろう…

 

「…漣ちゃん、別にアオボノちゃんは漣ちゃんのことがどうでもいいわけじゃないんだよ?」

 

「わかってる…でも、ぼのたんは強すぎるの…自分が強いから…みんなも強いって勘違いする悪い癖…いい加減やめてよ…私は…ぼのたんがいくら強くてもいなくなるのが怖いよ…!」

 

「……知らないわよ、そんな事…」

 

「アオボノちゃん!」

 

「…アタシには、アンタの気持ちがよくわからないのよ…」

 

ありもしない可能性に怯えてるのが…わからない

今地震が起こるかもしれない、今隕石が降るかもしれない

 

そんな可能性の話なのに…

 

「ぼのたんはそうだと思ってたよ…だけど…みんな怖いものがあるんだよ…ハッキリと命を奪われるってわかったら…怖いんだよ…骨を舐られる気持ちがわかる?あの生暖かい下が私の神経を撫でてその度に不快感と痛みが走るんだよ?とことん私をいじめる事だけ楽しんでたんだ…!私を殺すのを楽しんでた…あんな狂ったやつが大人しくしてるわけない!」

 

…漣がどんな目にあったか…詳しくは聞いてなかったけど…

 

「皮膚はズタズタ、骨は砕かれるし足の指なんて骨が剥き出し…!風が吹くだけで凄く痛かった!わかる!?こんな目に遭うの!アレに捕まったらただ殺されるんじゃないんだよ!?」

 

「…なら、尚の事自分の心配してなさいよ!離れた事は謝るけど…アンタは自分の身を守ることだけを考えなさいよ!何でアタシを心配してんのよ!」

 

「何回言わせれば気が済むの!?ぼのたんが同じ目にあったら嫌だからだよ!」

 

…アタシがそんな目に遭うわけないのに…

 

「ぐちゃぐちゃになった手も元に戻った、背中に刺された傷も綺麗に消えてる、自分で叩きつけて顔もボロボロの血だらけだったのが元通り…でもコレは…生きてたからなんだよ…!間に合わなかったら……死んでたんだよ…次、誰かが捕まったとしたら…間に合う保証はないんだよ.…!」

 

「……私は、どうすればいいのよ…」

 

「…ウッシーオも、ボーロにも…ぼのたんにも…誰にもあんな目にあって欲しくないの…だから、私が守りたい…」

 

…何でアンタが守るなんて…

 

「弱い私だけど…守りたいの…!だから私のそばにいて…!脚がすくんで動かなかったら置いていってくれればいい、盾にでも何にでもなるから…!」

 

「……やめなさい、漣、アンタが言ってる事はあのクソ提督と同じ事よ…自分の事なんて何とも思ってないやつのセリフ…」

 

「わかるんだよ…ご主人様の気持ちが…辛い思いをさせたくないって気持ちがよくわかるんだよ…!…ご主人様は、痛みを知ってるから…優しいんだよ…」

 

痛みを知ってるから優しい…?

 

「…じゃあ、あたしは痛みを知らないの…?」

 

「…ぼのたんも、知ってるじゃん、大切な人を失う痛み…私たちはよく知ってるでしょ…?」

 

…アイツは…アイツは…!

 

「お願いだから…もう一回みんなでご飯食べたいよ…だから誰もいなくなってほしくないの…お願いだから…」

 

「……わかってる、あたしだってそうよ…アイツの顔引っ叩いて…目を覚まさせるって決めてるんだから…でも、その役目はアンタがやりなさいよ…漣」

 

「…なんで…?」

 

「…優しいやつのビンタが1番効くのよ」

 

朧、クソ提督、龍驤…3人とも…別々の意味ですごく効いた

痛かったし、頭が真っ白になったし…悔しくなった

 

「…次はアンタの番、アイツの目を覚まさせるならアンタよ」

 

「…うん…わかった」

 

「…解決したみたいで良かった…またみんなでご飯食べるなら…カレー作ろっか、美味しいカレー」

 

「…いいわね、今度はアタシのオリジナルレシピを作ってあげるわ」

 

「よし、決まり!曙ちゃんを連れて帰った日には第七駆逐隊カレーを作ってパーティーだよ!」

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 東雲

 

「こちら報告書です」

 

「苦労をかけるな、どうしても急がねばならんのだ」

 

「…提督のお役に立てるのであればなんでも」

 

…でも、流石に…疲れた…今も瞼が引っ付きそう…

 

「……少し休んで行け」

 

「いえ、そんなわけには」

 

「構わん、ソファでも充分休めるだろう、横になって眠れ」

 

「……お言葉に甘えます」

 

…ああ、やっぱり提督は私を大事にしてくれている…

 

 

 

 

 

…これは…夢…かな…

…誰かいる…誰だろ…

 

アレは…コルベニク…?

私のとは違うけど…確かにコルベニク…

 

あそこにいるのは…曙…?違う…アレは…カイト…

これは…カイトとコルベニクの戦いって事…?

 

…よく見れば、周りにもたくさん人がいる…

こんなにもの人数を率いて戦ってたんだ…

 

……なんでこんなのが…

 

 

 

 

 

「…う…?」

 

…目が覚めた…のかな

体がまだ重い…

 

「起きたか、東雲、動けるか」

 

「…はい、何でしょうか」

 

「次の実験を頼む」

 

………。

 

「わかりました」

 

…何、この感情…

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お疲れ様で〜ス」

 

「綾波さん、次の実験をお願いします」

 

「わかりました…と、その前に、制御をオンにして…」

 

また、私の体は奪われるのか

 

「質問なんですけど、朧ってどんな子ですか?」

 

…朧?

 

「……特筆すべき事はない、特に突出した事はない…ただの駆逐艦です」

 

「特筆すべき事はない?…あの正確な射撃は後から身につけたのか…」

 

朧と戦ったの…?

 

「…後は…あ、そうだ、あの漣も連れて来なきゃ」

 

漣…?何をしようと…いや、わかってる…でも…

 

「ちょっと昨日宿毛湾に行ったら手ひどくやられちゃいましてね?アハハ」

 

…朧達に手を出したのか…

提督の命令なのか…そこが気になる

 

「ほら、腕の筋肉とかも置き換え始めて、良いですよねぇ、もっと速くやれば良かった」

 

「そうですか」

 

「元がそっけないからつまんないなぁ…反応プログラムしようかなぁ…でも提督のお気に入りを壊しちゃまずいし…」

 

…お気に入り…

 

「ま、仕方ないか、さっさと蘇生実験しますよ〜、ほら、そこの死体でお願いします」

 

……死体…肉塊の間違いだ

 

「ほらさっさとやる!」

 

体は勝手に動くが碑文の力を行使するのは私の意思だ

 

水気のある肉が擦れる音が、骨が組み合わさる音が、元の位置に行くために肉を割きながら骨が移動する音が聞こえる

ぐちゃぐちゃでも、バキバキでもない…壊れた音

 

「おおー、治るもんですねぇ…」

 

被験体という名札を首からかけられ、檻に入れられた

私が生き返らせた存在を

 

……これ、艦娘じゃない…コイツ…私が建造されたところの提督だ…生きてた…いや、殺されたのを今私が生き返らせたのか

 

自分のやってることに強い恐怖心から汗が噴き出す

 

こんなこと…本当にやって良いのか…?

 

……あれ、いつの間に私は膝をついて…

ダメだ、意識がもたない…

 

 

 

 

 

 

東京 某所

曽我部隆二

 

自分以外誰もいない自宅と言うのはなかなか久し振りだ

ものの数時間とかなら全くない事はない

もう数日にわたって誰もいない我が家

 

呼び鈴が鳴る

 

わざわざ訪ねてくるモノ好きは少ない

 

「どうも、曽我部はん、仕事の話に来たで」

 

「あー、いや、デビットさん、せっかく来てくれたところ悪いけど今から出かけるところで…」

 

「なんや…万年暇やん、何の仕事なん?」

 

「残念ながら仕事ではないんですよ」

 

「……またあの女のとこ行くんか、命知らずやなぁ」

 

「……いや、命をよく知ってるからこそです」

 

ポケットから眼鏡を取り出して見せる

 

「…それは…VRスキャナ?なんのために…」

 

「……VRスキャナにあるものを合わせると…どうなると思います」

 

USBを見せる

 

「…なんや、そのUSB…」

 

「…最近、宿毛湾の方と食事したんですよ、いやぁエビチリが美味い中華だったんですが…思いのほか収穫がありましてね」

 

「…例の勇者サマかいな」

 

「あら?妬きましたぁ?」

 

「エビチリにな、好物やねん」

 

「そりゃあ良い、今度行きましょうか、シュウマイも美味いんですよ、あ、シュウマイといえば…」

 

「その話はもう聞いたからええわ、で?」

 

「黒い森と接続できます」

 

「…なんやと…?」

 

「このUSBがあれば…黒い森と接続できる…」

 

「……それを渡してくれたら、ヴェロニカの罪を立証できる…渡してくれ」

 

「残念ながら、もう俺が調べましたよ…これからじゃ何も追えない…」

 

黒い森に接続できる、と言っても…これは黒い森の力の一端を借りることしかできない

つまり、どこでもネットに接続できる穴の様なもの…

 

「ま、とりあえず…コレはこっちで使います、ヴェロニカ・ベインを仕留めたいもので」

 

「…変やな、日本では殺人罪も決闘罪もあるはずやけど復讐の時は免罪なんて話は知らんけど」

 

「……死人は罪に問えないんですよ」

 

「本気かいな…!」

 

「…タイムリミットがある、どのみち世界が滅ぶ…天寿を全うできないなら…」

 

「…なんや、ノストラダムスでも読んだんか、世界終末時計にでも感化されたんかいな…」

 

……

 

「…時間がないんです、誰も望んでない事は知ってる、時間が足りないから…!」

 

「…焦ったらあかん…事を仕損じるだけや」

 

「……コレを読んでおいてください」

 

「…なんや、これ…」

 

「ネットとリアルが融合していってることについての証明…そして…認知外依存症の危険性について」

 

それを読めば…世界の終わりがわかるはずだ

 

「……止めても聞かへんのか」

 

「…俺は…命を狙われる立場にある様で」

 

「…警察は守ってくれんの?」

 

「日本の警察は事が起きてから動くんですよ」

 

「……ウーラニアはドイツに移ったらしいで」

 

「へぇ、あっちは今は寒いかなぁ…」

 

「…ワタシはどうすればええ」

 

「なんにも、そうですねぇ…倉持海斗に接触してみてください、やっぱり勇者だけあって…いろんなものが集まってる」

 

「………わかったわ、またな」

 

「いやぁ、見送りがつくなんて思ってなかったなぁ…」

 

……微妙な心境だ



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絶望

ベイクトンホテル ペントハウス・スイート

曽我部隆二

 

「いやぁ〜、今回で貴方のツラを見るのも最後になりそうだから、嬉しいもんですねぇ」

 

「あら、随分な挨拶ね、リュージ」

 

今すぐにでもそのツラに唾を吐きかけてやりたい

 

冷静を装って書類を取り出す

 

「さて、これは私の独自調査による謎解きの結果です」

 

「あら」

 

「…まず貴方の経歴から行きましょうか…貴方はALTIMIT社のプログラマーから役員に上り詰め、そしてサイバーコネクトサンディエゴに出向…そのあと最終的にはいまの会長職に就いている…不思議なもんですねぇ」

 

「それがどうしたの?貴方の知ってる通り、私は貴方の奥さん達がこの地位に登らせてくれたのよ」

 

「………貴方は、The・Worldというゲームを作り出した天才、ハロルドのプログラムに…アウラの創造主たるハロルドのプログラムに細工を施した」

 

「肯定するわ」

 

…余裕たっぷり…か

腹立たしい限りだ…

 

書類を握る手に力がこもる

 

「貴方はモルガナ・モードゴンのデータを書き換えた…アウラを守る母に悪意を植えつけた」

 

「正確には自己保存の自我を与えただけよ、あんな行動に出たのはモルガナの意思」

 

「……そんなことはどうでも良い、重要なのは…何故今となってモルガナという存在が出てきたかだ」

 

「あら、随分と推理小説が好きなのね」

 

「ええ、江戸川乱歩とかコナンドイルは大好きでしたよ、でも…これはそんなに素敵な推理小説と比べるにはあまりにも馬鹿馬鹿しい…」

 

「馬鹿馬鹿しい?」

 

…どうやら、自分の物語を随分と高尚なソレと考えていたらしい

ようやく泥を塗ってやれた…なら,秘密兵器を見せてやろう

 

「ヴェロニカさん、貴方は以前私にこう言った…『私は才能のある人間が好きなの。瀬戸悠里は思想が歪んで狂っていたけれど、まぎれもなく天才の一人だった。彼が何を生み出すのか。今すでにある既存のテクノロジーを駆使して何を生み出すのか。私はそれが見たかった』…と」

 

つい最近あった、語られることのない戦いの記録…

お前には致命的なダメージだろう…

 

「……どうやって録音したのかしら」

 

「ああ、これは合成音声です、よく似てるでしょ?でもこれじゃ声紋認証を通らないなぁって思って、でもその反応を見たらこれでも充分通用したんだなぁ…いやぁー、惜しい事したなぁ!」

 

お前グラスを呷る姿は実に心地いい

物事が思い通りにいってることを証明する瞬間だ

 

「さて、あ、これですけどこのネクタイピンに仕込んでました,まあもう要らないので、はいどうぞ」

 

それは音声を流すことしかできない

だからもう要らない

 

「貴方はゲームマスターに憧れてましたねぇ…あ、そういえばモルガナ…あれは当事者になっちまってましたが…似たような立場かぁ…ねぇ?」

 

「…何が言いたいのかしら」

 

歪ませろ、その醜悪なツラを…

 

「…例えば、貴方がモルガナに成り代わる…とか、やりそうだなぁって思って」

 

「……へぇ…?」

 

「貴方は…才能のあるプログラマーかもしれない、いや,そうなんでしょうね…だけど、人の心はない」

 

「何が言いたいのかしら」

 

「…その体に未練はないんでしょう?」

 

「ええ、全くないわ」

 

「………流石に、ここのチェックの目を盗んで銃を持ち込むことはできませんでした」

 

「あら、残念そうね」

 

「ええ、全くだ…」

 

……何かいるな…

マズイか…これ以上はこちらが危うい可能性がある

 

「正直な所、俺は今日、殺しに来たつもりでした…でもどうやらソレも叶わないらしい」

 

「私にはガードがいるわ、優秀なのをつけてくれたから」

 

…ここまでか

 

「………仕方ない、俺ももう少し上手くやりたかったんですが、持ち込めたのはこれが限度でした」

 

「…VRスキャナ…?……捕らえなさい!!」

 

「次会う時は…アンタのそのツラ潰してやる」

 

VRスキャナを装着した時点で俺はもう帰れない、その肉体と完全に乖離する

 

 

 

 

 

「あ、どうも、お元気ぃ?」

 

「………え、なんでいんの…」

 

目をパチクリ、口をあんぐり

いい反応だ、どうやら…まだ生きてるらしい

 

「少年…俺に対しての当たりがきつくないか…そーんなに俺が嫌い?傷つくなぁ」

 

「…待って、なんで…フリューゲルの格好で…現実に…?」

 

「…そりゃお前…ここがゲームの中だからに決まってんだろ…」

 

「え!?お、俺いつの間にリアルデジタライズを…!」

 

遊ぶのはこんくらいにしといてやるか

 

「あー、トキオくん?嘘だから、嘘」

 

「嘘なのかよ!!で?なんでその格好で…」

 

「……俺の身体は捨てたからかなぁ…多分今頃ミンチだぜ、ひでぇひでぇ」

 

「…一体何が…」

 

「悪の親玉と差し違えてやろうかと思ったんだけど…ソレも無理そうだから逃げちゃった…って感じだねぇ…情け無い?やめてくれよぉ…」

 

笑ってみせても…ダメか、空気が和むかと思ったんだけどなぁ

 

「リーリエは…」

 

「頼んであるよ、安全なとこにいる…」

 

ウーちゃんなら任せてもいい、俺の決めた答えだ

あいつに守れないなら俺にも守れないだろうし…

 

「…どうやって?」

 

「VRスキャナ…わかるだろ?The・Worldプレイするときに使う奴…あれをチョチョイと弄ってな、俺の記憶や記録だけをしっかり抜き取って…作らせた」

 

「……まさか…」

 

「多分、俺は記憶だけで自我が形成されてる…俺自身は死んでるだろうからな…」

 

「…そんな…」

 

「でも思ったより死んだ感じってしないもんだねぇ、本当に俺自身だったりして」

 

「…なんで…何でそんな事したんだよ!!」

 

「…命狙われたからに決まってんだろぉ…別に俺も死にたかねぇよ、でも一度明確に狙われた以上は今後も危険だ、リーリエが日本に居なかったのは偶然だが、俺にはそうしろと言われてるようにしか思えなかった」

 

あの襲撃がカイトを狙ったものだったのか

ソレはわからない、だけど俺もあの場に居た以上…時間は残されてないはずだ

 

「ま,心配しなさんな、俺は俺だからよ」

 

「………」

 

このフリューゲルってキャラが死ぬ時が俺の死ぬ時…

 

「…なぁ、ところで何でお前さんがここにいるんだ?カイトの痕跡を追ってきたんだが…」

 

「俺も命を狙われたから…雲隠れしたんだよ」

 

「……そうか、お互い大変だなぁ!少年!」

 

「……軽すぎるよ…」

 

……軽くはない、だが俺が取り乱すことは…トキオに戦意を失わせることになる

この先、トキオに戦ってもらう必要があるだろうからな

 

「…ま、気を落とすなよ!しっかし、ここどこなんだ?地図にも載ってねぇだろ」

 

「……離島鎮守府って言うらしい…」

 

「…そこは確かこの前の新聞で…」

 

落とされた、と言う報告から一月もたっていない

取り返したのなら大々的に宣伝する筈だから…表向きには報告してないのか

つまり…俺やトキオの隠れ蓑にはピッタリなわけだ

 

「……なあ、フリューゲル…」

 

「あ、なに?何で俺がこの身体リアルに持ってかれるか?ソレ聞いちゃう?いやぁ…これ実は秘密なんだぜ?」

 

「じゃなくて!……リーリエのこと、本当に大丈夫なんだよな…?」

 

「…だーかーら、大丈夫だっての…何?惚れた?」

 

「……もういい」

 

話を切り上げたい時は相手に切り上げさせるに限る

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「…そう、そうか…うん、わかった、起こった以上仕方ないよ」

 

曽我部さんが…ネットの体で現実に出て来たか…

 

少し弱ったな…でも逆に考えれば専門家がより近くに来たような物だし.良く考えておこう

 

「提督、お客様がお見えです」

 

「通して」

 

…外国人か…いや、確か会った事がある

 

「どうも、倉持はん、ワタシ、デビット・ステインバーグって言うんやけど、覚えてはります?」

 

「はい、曽我部さんと一緒に来られた方ですよね、今日は何か?」

 

「…いや、ワタシの方も手詰まりな状況で、どーしたらええんかわからんのや」 

 

「…何か聞きたい事は?」

 

「……タイムリミット」

 

成る程…

 

「…リアルデジタライズ学については」

 

「曽我部はんほどやない」

 

「充分ですね、認知外依存症もご存知ですか」

 

「…あれやろ、日本語にするのが難しいけどネットにリアルデジタライズしたらデリートされるって事やろ」

 

「正確には自然に拡散消滅する、らしいです…」

 

「まあ、概ね曽我部はんから聞いとる通りやろ」

 

「…じゃあこの世界の状況も?」

 

「…知っとる」

 

ネットとリアルの境界を失いつつある世界…

それがわかっているなら何をしに?

 

「…何故わざわざここに?」

 

「曽我部はんにアンタを訪ねろと言われた」

 

「…成る程…その…僕は、認知外依存症です」

 

「…現実で、か…?ここまでは聞いてない…」

 

「現実で認知外依存症が発症する…その意味がわかりますか」

 

「……いつ、消滅するんや」

 

「わかりません、どんどん現実との境界が無くなっていく…それがハッキリ観測できてしまっていると言う事はかなり事態は深刻です…曽我部さんには来年を迎えるどころか、夏まで自分が存在してるかわからないと言われました」

 

「…曽我部はんが、って事やとしたら…曽我部はんも発症しとった?」

 

「…確かめてはいないそうですが恐らく発症はしていません、でもいつか、誰でも発症すると」

 

「…誰でもか…それが…タイムリミット…」

 

「それと、コレは憶測の域を出ないのですが…」

 

「聞かせてもらえるとありがたいですわ」

 

「…おそらく一般人はまだ発症してないのではないか、と考えています」

 

「…一般人以外というのは、艦娘?いや、それやと倉持はんがかかってるのがおかしいか」

 

「…いや、その認識で合っています、僕は例外…その例外とは、ネットに深く入り込みすぎた人間です」

 

「……話が見えへんな」

 

「現実において、ネットの中の力が行使できるんです」

 

「…意味がわからん」

 

当然だろう、説明より見せた方が早いだろうが…

ここで見せる事はあまりしたくない、NABの裏側がわからない…

 

「…来年までにはみんな死ぬ、として…これは自然に起きたことなんかな?」

 

「いいえ、ヴェロニカ・ベインが引き起こしたことです」

 

「…何の為に…」

 

「……そこまでは」

 

だけど、ヴェロニカ・ベインには目的がある…何か、必ず

 

「…タイムリミットがわかって良かったわ…またお邪魔するやもしれませんけど」

 

「お力になれる事があるとは限りませんけど…」

 

「……正直本部もかなり頭がイカれとるんですわ、黒い森ってわかりますか」

 

「…一応」

 

「それの奪い合いが始まっとります、ヴェロニカ・ベインの暗殺も企ててたらしいけど失敗したらしいし、日本の中で戦争が起こっとる…あんさんらは海の軍人さんやもしれんけど…ホンマに危険なのは陸かもしれん」

 

陸か…陸上戦闘は…誰もできなかったな…

 

「お邪魔しました、ほなまた」

 

……陸での戦いにも備える必要があるか

だとすると今のシステムは通用しないな

 

「………もしもし明石?ちょっとお願いしたいんだけど…」

 

 

 

 

 

ベイクトンホテル ペントハウススイート

ヴェロニカ・ベイン

 

「………はぁ…とんだ災難ね、また一つ才能が散った」

 

「ご自分命に興味はないのですか」

 

「全くないわ、だって私は生き返るのだから……ところで、貴女、名前は?」

 

「東雲です」

 

「……素敵な素体ね,でも貴女には天才的な何かを感じない…何故かしら」

 

「理解できません」

 

所詮機械なんてこんなもの…か

私が身を宿すのはこんなちっぽけな存在ではないことだけは確かなのだから関係ない

 

「…黄昏の碑文を知ってるかしら」

 

「いいえ、知りません」

 

「聞いてみるといいわ、貴女の上司に…貴女の力の強さを知れるはずよ」

 

最強の碑文コルベニク

これを私のガードに送り込む理由がわからない

 

だけど可能性はいくらかある…

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 東雲

 

「…黄昏の碑文だと?そんな資料もあったか、大和」

 

「はい、こちらに…確か新車が出没したあたりで用意した資料です」

 

…つまり私たちが着任した後の資料か

 

「まあ何の役にも立たなかったがな、お前が求めているのはこの一節だろう、読んでやれ」

 

「禍々しき波の何処に生ぜしかを知らず…星辰の巡りめぐりて後東の空昏く大気に悲しみ満ちるとき、分かつ森の果て、定命の者の地より、波来る先駆けあり」

 

…これが、黄昏の碑文…?

私はこの始まり方を知ってる…

 

「行く手を疾駆するはスケィス、死の影をもちて、阻みしものを掃討す……惑乱の蜃気楼たるイニス…偽りの光景にて見るものを欺き、波を助く………天を摩す波、その頭にて砕け、滴り、新たなる波の現出す、こはメイガスの力なり……波の訪なう所希望の光失せ、憂いと諦観の支配す……暗き未来を語りし者フィドヘルの技なるかな、禍々しき波に呑まれしとき策をめぐらすはゴレ、甘き罠にて懐柔せしはマハ……波、猖獗を極め、逃れうるものなし…仮令逃れたに思えどもタルヴォス在りき、いやまさる過酷さにて、その者を滅す…そは返報の激烈さなり、かくて、波の背に残るは虚無のみ…虚ろなる闇の奥よりコルベニク来るとなむ、 されば波とても、そが先駆けなるか」

 

「…これが黄昏の碑文、ですか…?」

 

「どうしました、間違い無いですよ」

 

…これを読んだのは…向こうにいた時だった…

 

「……これは、黄昏の碑文…」

 

倉持海斗の私物にあったデータだった

しかし名前は…薄明の碑文…

 

黄昏と薄明…

 

「なんだ、何かあるのか」

 

「いえ、少し別の名前を思い描いてしまったもので」

 

「…元々日本のものでは無い、翻訳の時に誤訳があったのだろう」

 

…東の空…に、禍々しい波…

波に呑まれ、暗くなる…夕暮れを指すには…黄昏という言葉が最適に見える

 

「このややこしい文章、良くわかりませんねぇ」

 

「識者に聞いた話では結局のところコルベニクが1番強いと言う話だ、それ以外はただの先駆けに過ぎん、と謳われているらしい、東雲、貴様の力はそういうものだ」

 

……だけど、なぜあの男は薄明と…

波の向こうに…夜明けを見たのか…?

 

「………」

 

「…東雲」

 

わからない、わからない…!

なぜこうも胸がざわめく…何を見落としている、何を求めている…!

私の心が死ぬ度に何かを求めて叫ぶ

私の心が死ぬ度に…何かに近づいている

 

蘇る度に…何かを…求めている

 

「大和」

 

「勿論です」

 

何故だ、私は今満たされていなければならないのに…

死ねば死ぬ程…満たされないと思ってしまうのは…

 

不意に後頭部に圧迫感を感じ、体が宙に浮かぶ

 

「ちょーっと甘く扱ったらコレなんですから、制御スイッチはどこでしたっけねぇ」

 

大和が私の頭蓋を潰しそうな力で握る

 

「あっ…ぁぐ…」

 

「やめておけ、殺してはならん」

 

「優しい優しい提督のおかげで生きてますけど、貴女、誰を無視したかわかってますか?」

 

無視?私が…?

 

「東雲、私の言葉を無視するとは随分酷いでは無いか」

 

「そ…んな…私は…そんなこと…」

 

「自分の世界に没頭しすぎたんですか?失礼な子ですねぇ、ほら、下ろしてあげるからどうするか、わかってますよね?」

 

下されるとすぐに五体投地の形になる

大和に頭を踏みつけられる

 

「申し訳ありません、どうかお許しください…!」

 

捨てられたくない、それだけが私の中に存在する全ての感情…

 

「私がお前を捨てる?なぜそんな事をする、おまえは謝った、許してやるのが道理だろう?」

 

「慈悲深い提督に感謝してくださいね?ほんとは踏み殺してもいいんですよ?」

 

「ありがとうございます…」

 

…なぜ、私は…こんなに…

 

 

 

 

 

また、この感じ…夢…?

私は今寝てるの?そんな訳ない…はず

 

「曙ちゃん、何やってるの?」

 

「……潮…?なんで…ここは…」

 

街?…見覚えがある、離島時代に外出した街…

 

「ほら、ボーノも早く行こうよ、ぼーっとしてると何も買えなくなっちゃうよ」

 

「…漣……無事だったの…?」

 

「早くしなさいよね、朧の分のお土産も買わなきゃ行けないんだから」

 

「………何を…」

 

何で私の体は勝手に進んでるの…?

 

わかる、私の顔は今、笑ってる

楽しんでる…この今を…

 

ああ、これは…あの時の記憶なんだ

 

……良く、憶えてる…

 

「アオボノちゃんはセンスあるよね」

 

…みんなで服を買って

 

「四つ子コーデ!しましょ!」

 

 

「うーん…うまー!」

 

「アンタなんでせっかく外に来てまでカレー食べてるのよ」

 

「…間宮のカレーの方が美味しい」

 

そう、私の言葉だ…私の思ってた事だ

 

 

 

 

「…やっぱり、アンタとあたしは似てるわよ」

 

………ほんとは聞こえてたよ、私は…

私もそう思ってた、良く似てて、でも真逆で…

 

そう思ってたのに…

 

 

 

「うるっさいのよ!このモノマネ野郎!」

 

…私は、邪魔だったんだ…

私は貴女にとっても邪魔だったんだ…

 

だから、私は…

 

 

 

あの時マフラーを焼いたのは自分の意思で…

もう、帰れないんだから

 

 

 

 

 

「……ほう、泣くほどに反省したか、大和、退いてやれ」

 

「はい、今後気をつけてくださいね」

 

「……申し訳ありませんでした…」

 

…気づいてしまった、帰りたいという感情に

あの頃の感情が呼び覚まされてしまった

 

「さて、東雲、早速仕事だ、研究素体が足りないらしい、取りに行くのを手伝え」

 

「…はい」

 

……私の体はもう私の物じゃない…

 

私は、帰れない

 

 

 

 

 

「ええ、これ、見てくださいよ」

 

「…無傷に見えるが」

 

「確かに!たしっかに私は徹底的に虐めたんですよ、ほら、これ…」

 

「修復剤で治したという事だろう」

 

「そうなんですよ!なんて酷い!……ってのは置いといて…この子、もう一回虐めたいなって」

 

「………好きにしろ、東雲お前も行け、ついでに他の仕事も振っておく」

 

「喜んで、今回は優秀な助手もいますし、楽な仕事ですよ」

 

……私に、漣を殺す手伝いをしろ…って事…?

 

私が漣を殺すの…?

 

「頼りにしてますよ、ね、東雲さん」

 

笑顔でスイッチを押された瞬間

とうとう…全てが呑まれた

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 漣

 

「……ダメ…また吐きそう…」

 

「よしよし、怖かったねー…うーん…一向に元気になる気配がないね」

 

「………本当に悪かったわよ、漣…」

 

…そんなんじゃない…

ウッシーオにもぼのたんにも迷惑をかけてるけど

誰のせいでもない…

 

なんだろう…何かが私の肌を撫でてる

カミソリが素肌をなぞってるような感覚が全身を走る

 

「おぇっ…うえぇぇ…」

 

「流石に深刻だよ、これ…このままじゃ死んじゃうんじゃ…」

 

「脱水症状と栄養不足に気をつければ問題ないってネットに書いてたけど…怖いわね」

 

「…ごめん…2人とも…もういいよ…私、ちょっとしたら横になりたいから…先、戻ってて……」

 

「……そういう訳にはいかないよ」

 

「そうよ…あ、朧呼んでくる、朧なら安心できるでしょ」

 

……助けてくれた事もあって…ボーロがいたら少しは気持ちがマシになる、正直ありがたい

 

「じゃあ私は提督呼んでくるよ、ちょっとだけ我慢できる?」

 

「……うん…ごめん……うぇっ…!」

 

……何この感じ、さっきよりもキツい…

この悍ましい感じは…なんなの…?

 

何かが来てる…

 

「ダメ…やっぱり行かないで…」

 

遠ざかっていく2人に声は届かない

 

心のどこかで安心した

何となくわかる、何かが私を付け狙ってる感覚

蛇のとぐろの中に居るような…

 

私だけが襲われるなら、それでも…いい

 

 

 

「………そっか…久しぶりだね、ボーノ…」



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誘惑の恋人

宿毛湾泊地 

駆逐艦 漣

 

「…ボーノ…どしたの…あ、ごめんね…調子悪くて…この体制が楽なんだよね…」

 

吐き気は少し治ったけど以前調子が悪い

死にそうなほど嫌な感じがする

 

「…ボーノ…?どしたん…元気ないじゃん……」

 

「…東雲です」

 

「あれ…おかしいな…人間違えた…たはは…普段なら、絶対間違える事ないのに…」

 

でも、東雲なんて…居たっけ…

頭が……回らない…どんどん溶けるみたいに…床に沈むみたいな感覚…

 

ヤバいかも……やだ…1人は怖いよ…

 

「…死に、たく…ない……」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

『随分と、東雲、に対して関心がないように見えるな、君にとってあれはモノかね』

 

…誰の声…?何の話だろ

 

『…モノでしょう、曙、は、力でしかない…』

 

…ご主人様の声だけど…変だ、何か変…

言葉が途切れてるみたいな…そもそも、こんなこと言わないし…合成ってやつ…?

なんで私がこんなのを聞いて…

 

 

 

「………っ…?」

 

「おはよう、漣」

 

「…ご主人様…?あれ…私…」

 

…気分は大分良くなってる…

 

「…漣、良く聞いて欲しい…曙が帰ってきた」

 

「…ボーノが、ってことですか?」

 

「うん、だけど…監査艦としてね、だからまたすぐに出て行く…」

 

監査…?

 

「漣にも苦労をかけるけど、少し我慢して欲しい」

 

「…話が見えないです…」

 

「……暁達を捕まえにきたんだ、それだけが目的じゃないと思うけど…」

 

「は?あの、ご主人様…?」

 

体が跳ね起きる

 

「…起きて大丈夫?まだ寝てても良いんだよ」

 

「何、寝言言ってんですか…?ボーノが仲間売るわけないじゃないですか…!!」

 

「…説明したはずだよ、今の曙にはチップが埋め込まれてる、自分の意思と違う行動をとる事もある…」

 

信じたくない…それに…私は…

 

「…そんな……やだよ…ボーノ…」

 

「………」

 

「ご主人様、今ボーノは何処に…」

 

「わからない、けどこの泊地にいることは確かだよ、しらみ潰しに暁達を探し続けてる…」

 

「ぼのたん達は…?」

 

「付き纏ってると思うよ、朧だけ寝てるけど」

 

「…寝てる?」

 

「……うん、漣も一緒に寝てくる?」

 

「……ご主人様…なんでそんなに悠長なんですか…」

 

「…さっき話したけど…全く声が届かなかった、居ないものとして扱われてるみたいに」

 

そんなわけがない…ボーノがご主人様を好きなのは良く知ってる、だけど……

 

「………」

 

「やっぱり、ボーノ捕まえてきます」

 

「…体調は大丈夫なの?」

 

「不思議と…大丈夫です」

 

「無理しないでね、あと漣、これを持ってて」

 

「…リストバンド?」

 

「試験的に導入した転送装置だよ、まだ機能は弱いから御守り代わりだけど」

 

弱いってなんだろ…

プラセボって事で良いか、よし!

 

「行ってきましゅ…ます!」

 

「気をつけてね」

 

 

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

軽空母 瑞鳳

 

「そう、ここで目撃されてます」

 

「…近づいているか、例の舞鶴の担当は?」

 

「明日から出てくれると」

 

「…被害さえ出なければなんでも良い」

 

「了解しました」

 

…1週間と言ってた割には動きが早くて助かる

このペースなら民間の被害は出ないだろう

 

「あ、いたいた、瑞鳳」

 

「…瑞鶴さん…何ですか」

 

「戦闘陣形についてちょっとね、いい?」

 

「……わかりました」  

 

 

 

 

「そう、こういう連携が有効だと思うのよねぇ…」

 

「……そうですね」

 

「なんで呆れてんのよ」

 

「いや、そういうわけじゃ…」

 

「まあなんでも良いんだけど、ほら、この力を使えばお互いやりやすいでしょ?」

 

「………」

 

もう少し、抗うべきか

生き続けるために…

 

「じゃあ私の動きに合わせて隠してくれるんですか?」

 

「そう、瑞鳳の姿を包み隠せば大丈夫」

 

「………なら私の能力を…」

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 

駆逐艦 東雲

 

「居た!ボーノ!」

 

…漣…あの後すぐに潮達がやってきて、私の計画は失敗に終わった

どのみち捜索が必要だったし問題ない

 

「………目が覚めたようですね」

 

違う、私の言いたい言葉は別にあって…

 

「元気だった!?久しぶりだよね!ほら、美味しいもの食べよ!」

 

「私は東雲です」

 

…そう、私は東雲……

 

「…何言ってんの、ボーノはボーノだよ、ぼのたん達は?」

 

「居なくなりました」

 

…曙と潮同様に、そのうち私の対応に怒ってどこかに行くだろう

 

「あ、そういやボーノ、そのマフラーどうしたの?態々屋内でマフラーなんかして」

 

…これは…元帥の…いつしたんだっけ…

チェックのマフラー…

 

「お気になさらず」

 

「ボーノ、そっけないのは相変わらずだね」

 

「駆逐艦暁を知りませんか、私の調査対象です」

 

「…知ってるよ」

 

…漣、教えてくれるの?

 

「どこに居るのですか」

 

「私の質問に答えてくれる?」

 

「……構いません」

 

「じゃあ2つ、見つけてどうするの?」

 

「…捕縛し横須賀鎮守府に連行します」

 

「……それで、どうするつもり」

 

「おそらく解体、もしくは生体実験に使うと思われます」

 

「…ボーノ、自分が何言ってるか分かってんの?仲間だよね、暁達は仲間だよね?」

 

漣…貴女まで…そんな目で見ないで

 

「私は横須賀鎮守府所属の東雲です、横須賀鎮守府から脱走した艦娘を追っているだけです」

 

「………あと一つだけ聞くよ、ボーノの提督は誰」

 

「元帥です」

 

「……本気…?」

 

「はい」

 

なんで、そんな顔してるのよ…

ああ、そうか…みんな知らないんだ、アレの本当の顔を

 

「質問に答えました、居場所を」

 

「言うなんて一言も言ってないよ、そもそも…私は知らない」

 

「話が違います」

 

「私は質問に答えて、としか言ってない」

 

「知ってると言いました」

 

「暁達は知ってるよ、離島時代にね…それ以降や居場所は知らない、いや、死んだんだよ…!」

 

……貴女も、私の敵になるの…?

私はただ…皆にも愛されたかっただけなのに

 

「くだらない嘘は通用しません、早く喋ってください」

 

「ボーノ、本当に洗脳されたんだね…でも絶対に元に戻すから」

 

私は洗脳されてなんかない…これは私の意思…のはず

……そう、私の意思なんだ

 

「提督への侮辱とみなします」

 

「…違うでしょ、ボーノの提督はここにいる、私たちの提督でしょ…?」

 

「私の提督は元帥です」

 

「なんで?ねぇ…あんなに好きだったじゃん!私良く知ってるよ、みんな知ってた、みんな同じ気持ちだった!!」

 

…確かに、好きだった

でも私を力としか見ていない、愛してくれないなら…要らない

 

「貴女の提督は艦娘をモノとしか見ていません」

 

「暁達を生体実験に使うって言ったのどこの誰よ!そっちの方がよっぽどモノとしか見てないよ!」

 

……頭の中で何かがパチパチと…

弾けてる…

 

漣の首が掴まれてる…誰に…?私に?

 

「ぁ…ぐ…!」

 

「酷い侮辱です、死をもって償いなさい」

 

「……はっ…!」

 

…なんで?やめてよ…

なんで私にサムズダウンするの…

 

「…ふん…」

 

死んではない、気を失っただけ…

泊地にはいないことを確認したし…あとは朧と一緒に連れて帰る…だけ…

 

……2人とも、自業自得…

私の感情を語るから…私の事を、わかってる風な事を言うから

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

……ここ、どこだっけ

…車?なんで…確か私は…久しぶりに会った曙と話して…て…

 

「っ!」

 

「目が覚めましたか」

 

「……曙…と、漣…?」

 

なんで…漣まで…いや、あの襲撃は横須賀の仕組んだモノだって事の証明…

 

「なんでこんな事…!」

 

「気にする事はありませんよ、どうせ貴女も私と同じになれるのですから…私の提督はとても慈悲深い、貴女にも施しを与えてくれます」

 

「そんなの望んでない!ッ!」

 

両手が拘束されてる、か…

どうすれば…誰か助けて…曙……提督…誰か…

 

「…東雲さん、変です、車内にミストが」

 

「出所は」

 

……なんの話を…?

 

「………掴めませんが車内にあることだけは確かです、まだ上昇してます」

 

「誤作動では?」

 

「そんな筈は…」

 

…なんだろう…あったかい感じが……

 

「待って、漣が居ません」

 

「…え…?何が起きて…」

 

背中が誰かに掴まれたように…

 

引き摺り込まれる

 

 

 

「…ここ、は…」

 

「ネットの中よ」

 

「……曙…?」

 

「なに狐につままれた顔してんのよ…」

 

「助けてって言ったのは朧じゃないか」

 

「…提督…?どうやって…」

 

「漣に御守りを渡してたんだ、暁達が回収した良くわからない装置付きのね…発信機としての役割が大きかったんだけど、車の中でよかったよ…充分2人を助けられた」

 

…助かった…?

 

「なるほど、やはり貴女達は…そして…お前も…」

 

「来たわね、曙」

 

「早く漣を連れて逃げて、危ないよ」

 

「…わかりました」

 

「曙、君もだ…ここから出るには君の力がいる」

 

「………殺すんじゃないわよ」

 

…あれ…?

 

「…っ…頭が……」

 

「朧!しっかりしなさい!」

 

…ダメ……

 

これは…

 

 

 

「殺さなければある程度やっても問題はない」

 

「うめき声ぐらいあげろ、つまらんやつだ」

 

「良く染まりそうですね」

 

 

 

(この記憶は…曙の…

曙は1人で戦ってたんだ…1人で辛い思いを耐え続けてたんだ…)

 

 

 

「殺す?脳にチップを入れるだけだ」

 

「まあ死んだところで問題ありませんよ、細胞が死に切る前なら色々パーツ入れ替えれば解決しますし、心臓も機械製にしてしまいますか」

 

嫌だ…死にたくない……

やだ…嫌だ…  

死なない…死にたくない…!

なんでもいい、誰でもいい、助けて…!

 

 

 

(曙…曙は…助けてもらえなかったから…)

 

 

 

嘘、嘘だ、こんなこと、夢だ

私が、こんな事を

 

嫌だ、やめて、誰か、コイツを引き離して

 

『随分と、東雲、に対して関心がないように見えるな、君にとってあれはモノかね』

 

『…モノでしょう、曙、は、力でしかない…』

 

……え…?

提督…?なんで…

 

「随分と腕輪に対して関心がないように見えるな、君にとってあれはモノかね」

 

「…モノでしょう、腕輪は、力でしかない…」

 

(………そう、か)

 

「……まあ良い、そうだ、貴様らの鎮守府より来た東雲だが」

 

「…曙です」

 

(あの曙の記憶は…

つまり曙は騙されてるだけなんだ…)

 

「本人がそう名乗っているのだから仕方あるまい、アイツは優秀だ、我々の艦隊でもトップクラスにな」

 

「あまりにも優秀すぎて、怖いモノでなぁ…制御下に置かせてもらった」

 

「…制御下…?」

 

「まあ、簡単に言えば、殺した、そして脳にチップを埋め込み……おい、貴様…その手を離せ」

 

 

(違う…曙…違うんだよ…提督は曙のこと、大事に思ってるんだよ…

でも、わかった…曙の痛みも)

 

 

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

「…コルベニク』

 

「曙、僕は戦うつもりはないよ、話がしたいんだ」

 

『どうぞご自由に…私は貴女を殺します』

 

碑文の領域になってしまったか…

…最強の碑文相手にソロプレイ…無理がすぎるかな

 

「曙、君が死んでしまったと言った事、本当にごめん…僕は君を傷つけるつもりはなかった」

 

『そうですか』

 

一振りのレンジが違いすぎる、ただでさえ図体が大きいのに武器も使われたら…かわしきれないな…

攻撃を交えないと逃すだけの時間も稼げない

 

『貴女の艦娘は元帥への反乱行為を働きました、処刑します、退きなさい』

 

「僕がここを退けば君は姉妹を手にかけることになるんだよ、それだけは絶対にさせない」

 

『では、貴女も反乱者ですね』

 

碑文はとてつもなく大きいし運動性能も高いせいで接近戦も問題なくこなしてしまう…

 

攻撃を加えるにも…タイミングはわずか、か…

 

無理矢理行くしかないな

 

「本気で行かせてもらうよ…!」

 

ここで止めることがせめてもの償いになるなら…

 

「夢幻操武!!」

 

『その程度の攻撃、ダメージにもなりません』

 

確かにダメージは通ってないだろうけど…一瞬動きは止まった…時間は稼げる

 

「狐昇斬!」

 

『…邪魔です』

 

スキルを使ったら交わすのに専念…

 

「島風、マネさせてもらうよ…風・妖・刃の巻物!オラジュゾット!!」

 

コルベニクの周りに木片が隆起する

 

『…この…』

 

「虎輪刃!」

 

すれ違い様にスキルを放ち、木片を蹴って斬りかかる

 

「デクトープ!」

 

命中率を下げる魔法スキル…発動した、いける…!

 

『どうなって…』

 

「炎舞!」

 

『単調な動き…』

 

読まれてきたか…そろそろまずい

 

「…ッ!…マズイ…今は…」

 

頭痛が…頭が割れる…!

 

『…止まった…?』

 

ダメだ、持たない…

戻るしかない……

 

『待て、逃げるな』

 

「悪いけど、続きはまた今度だよ…」

 

 

 

 

 

「…ぐ……ぅ…」

 

頭から倒れちゃった…痛いなぁ…

 

人間には本能で頭を守る機能があるって聞いてたのに…それも作動してないんだろうか

 

「……曙…」

 

…僕のタイムリミットまで、近いのか…

 

 

 

 

旧 離島鎮守府

工作艦 明石

 

「夕張、これ…使った?」

 

「いや、使ってないけど…どしたの…」

 

「使用痕がある…多分提督」

 

「………これって、例のリストバンド型?」

 

「はぁ…また無茶したんだから…バリ、腕輪進めよ」

 

「……あとちょっとだもんね」

 

「………再誕、私たちは…先の世界には居ない…でもそれが正しいんだ」

 

「せめて、天国で見てたいなぁ」

 

「なら、頑張らなきゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

海上 

駆逐艦 弥生

 

「…なんでいるの…」

 

瑞鳳…

 

「遠くで観察するだけだから…そっちの人は?」

 

『…エンデュランス、よろしく』

 

「…えっと?名前が知りたいんじゃなくて…」

 

「マハの碑文使い…本来の」

 

「……成る程ね、だから私たちだったわけ」

 

「マハを、倒すにはエンデュランスの力がいる」

 

「……一つだけ質問したいな」

 

「何?」

 

「…なんでこんなに薔薇の匂いが強いの?」

 

………

 

「なんでだろ」

 

 

 

 

『……何かいるよ』

 

「深海棲艦!」

 

「……瑞鳳、任せても良い?」

 

「…了解、タルヴォス!』

 

……強い、確かに強い…

…艦載機って素手で飛ばすモノだったかは覚えてないけど…艤装との連携も上手い

 

「エンデュランス、もうちょっと陸側で戦わない?」

 

『…どうかしたの?』

 

「……私にやらせて欲しい」

 

『……彼女によろしく、さよならって」

 

「またすぐ会えるよ』

 

 

 

『瑞鳳、そろそろ…来るよ』

 

『凄く強い匂い…その薔薇と同じ匂い…』

 

『全然違う』

 

『……あれがマハ、か…』

 

『一回帰って』

 

『……やるの?』

 

『ケリをつけるのは、私の役目だから』

 

『…………じゃあ、後は…』

 

『任せて』

 

目の前のマハに視線を送る

 

『貴女は偽物、でも本物と同じ苦しみを受け続けてる』

 

碑文を顕現させる

 

『終わらせてあげる…それが私にできる貴女への救い』

 

 

 

 

 

 

軽空母 瑞鳳 

 

『…なにこれ…!?』

 

「瑞鳳!何やってんのよ!早く手を貸して!」

 

…陸が襲撃されてる…いつの間に深海棲艦が…どうやって…?

 

『早くしなさい!!』

 

『仁王槌!』

 

この程度の量だからすぐ片付いたけど…

本当になんで…

 

ぞわり

 

『ッ!』

 

背筋が凍る…

本能が聞くなと叫ぶ

 

「うわっ!?瑞鶴さ…!?」

 

「きゃぁぁぁ!」

 

『……何が起きた…の…』

 

なんで瑞鶴さんが味方を…

違う、マハの能力だ…!

 

『やめて、やめてなんで!?止まれ!止まって!止まりなさいよ!!逃げて!みんな逃げて!』

 

味方同士でどんどん…このままじゃ全部…

 

ああ、強烈な死の香りが…

薔薇の香りが

 

とにかく、瑞鶴さんを止めなきゃ…

 

『ーーーーー!!!』

 

咄嗟に耳を塞ぐ

さっきより近い…あの瑞鶴がおかしくなった声が

 

「…え?」

 

「ちょっと…秋雲何を…」

 

「やめて!撃つわよ!?」

 

…最悪…全員…おかしくなって…

 

『みんなやめて!この…!お願いだから言うこと聞きなさいよ私の体…!』

 

強烈な死の香は…私を…包んで…

 

『………タルヴォス…力を貸して…みんなを守る為に』

 

「ゔっ!?」

 

「あがっ…」

 

気絶させれば良い、目が覚める前に…マハを倒せばきっと元に戻る

 

『瑞鳳!逃げて!』

 

…大振りな攻撃…

 

『…瑞鶴さん、目が醒めたらみんなを守ってください』

 

『…何…を……』

 

全員気絶させれば良い

死なせない

 

『…深海棲艦?鬱陶しいよ、私の邪魔をしないで』

 

お前達なんて相手にならない

 

「やめて!来ないで!」

 

『ちょっと痛いだけだから…我慢して』

 

もしかしたらもう正常なのかもしれない

私がただ狂ったように見えたのかもしれない

 

いや、元から狂ってたのかもしれない

 

狂わせたのは…この薔薇の香り

 

『……これで…全員』

 

全員が、気絶したはずだ…

まだ、私は戦える

 

『……弥生…何してるの…なんでコイツがここまで…』

 

目の前の敵を睨む

 

『……すぅっ…はぁぁ………』

 

大きく息をつく

 

『……うわぁぁぁぁぁッ!』

 

…もう、終わりだ

強烈な死の香に、私は酔ってしまった

 

『金剛発破掌!!』

 

とにかく叩き込め…叩き込め、叩き込め…!

 

かわせ、殴れ、蹴れ、とにかく…叩き込め…!

 

『……!』

 

マハの頭上に青く輝く光球…

それが私の死か…私の最後か…

 

『させない』

 

マハが呻き声をあげて体を捻る

 

『…弥生…!何してたの!?なんでコイツがここまで!』

 

『私も、至近距離で、あれをくらった…陸に近づけば…貴女を含めたみんなを攻撃してた…でも、もう大丈夫…』

 

『……やるよ』

 

『わかってる、弥生は…怒ってるよ』

 

連撃を叩き込む

何度でも、何度でも

 

『なめないで…!』

 

弥生の一撃がマハを大きく揺らす

 

『…今!』

 

『ダメ!瑞鳳!』

 

『…っ……』

 

なにこれ…

あの化け物の爪が…私の脇腹を貫いて…いや…

 

『弥生!早く!』

 

私を狙ったのが間違い…この腕…貰った…!

 

『閻魔大車輪』

 

もがけ、好きなだけ…!

絶対に離したりしない…

 

『双極・明王烈破拳!』

 

潰れろ!

 

『プロテクトが割れた…!』

 

弥生がデータドレインを展開する

 

『これでどう…!』

 

マハが悲鳴をあげる

咽び泣くような、嗚咽のような

 

『まだ…追、撃……』

 

…あれ…力、入んないな…

 

変だな…わかってたのに、覚悟してたのに…

こんなに怖いんだ…

 

『…………ごめんみんな、さようなら』

 

データドレインが勝手に展開していく

 

…タルヴォスは良い子だなぁ…私の思ってること、全部わかってるんだ…

 

全部もらった、もう一回生きたし、大事な仲間もできたし、楽しかったから…

 

もう満足だから

 

 

 

 

『後は…お願いします………北上さん」

 

途切れゆく意識の中で、空を掴もうとした

最期の瞬間までも、私は欲張りである為に

 

 

 

駆逐艦 弥生

 

『瑞鳳!!』

 

自分をデータドレインで…?

なんで、なんで…!

 

駆け寄り、抱き起す

 

『起きて!なんでこんなこと…!』

 

「……さあ…なんでだろ…」

 

『…碑文の力が…感じられない…』

 

冷たくなっていく

私の肌は…死の感覚をよく…理解していった

 

『……瑞鳳…』

 

短い時しか探さなかった

だけど…友達になれたのに…

 

めんどくさいとか思ったけど…それでも…

 

『……」

 

剣を彼方に投げる

 

「エンデュランス!!」

 

『…いいよ、もう一度力を貸して…マハ』

 

「なんで…こんな事に…!』

 

『合わせて』

 

『トドメ…!』

 

宿る、私の中に…

マハの力が…

 

『…弥生、落ち着いたら…帰ろう」

 

瑞鳳…

短い間だけしか関わらなかったけど

 

「…おわ…っ…た…?」

 

『……大丈夫、焦らずゆっくりで…弥生はここにいるよ、うん……ここにいる』

 

瑞鳳が天に向けて手を伸ばした

その手を、私は握った

 

「…わぁ……とどいた」

 

霧散していった

光の粒子となって

 

どこかへと流れていった

 

 

 

 

旧 離島鎮守府

重雷装巡洋艦 北上

 

「………」

 

崩れ落ちた、膝をついて、地面に俯いた

 

涙が流れた

一粒の大きな涙が

 

全て…思い出してしまった

全て知ってしまった…

 

「……今更さ…思い出させないでよ…混乱しちゃうじゃん…」

 

涙がとめどなく溢れた

 

全部、わかんないや

 

「…瑞鳳、許してくれてありがとね……さよなら…」



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渇望

宿毛湾泊地

重雷装巡洋艦 北上

 

長い間、私は記憶を失ってしまった影響でいろんなことを失い、経験し、間違え…

 

まあ、色々あったけど、とりあえず声と記憶だけは戻ってきた、心も戻ってきた…

 

だけど私の心は折れそうだった

 

自分の体のことは自分が1番よくわかる

 

1人で歩けない体も、艤装を装備できない体も…変わらない

 

そして…瑞鳳の記憶を手に入れた

何を想っていたのか、どうしてこんな結末を選んだのかも…よくわかった…バカだと思う…あたしの事は気にしなくてよかったのに

 

いつも通り杖をつき、ゆっくりと歩く

 

目指す場所は一つ

この真実を最初に伝える相手は決めていた

 

私の心は真っ暗で、でもその暗闇の中でいつも手を引いてくれる人

 

「あれ?北上…どうしたの?」

 

…なんでだろ、安心しちゃった

力が抜けるなぁ…床に座り込むとか行儀悪いし誰かに見られたくないんだけどなぁ…立つ気しないや

 

「わ、大丈夫?疲れた?」

 

小さな事でもすぐに近寄ってきて、手を差し伸べてくれるんだ

その手が届く限り

 

「…北上?」

 

伸ばしてくれた手を掴む

引き寄せてやろうと思ったけど…それすらもできないほどに今の私の力は弱かった

大人しく立ち上がり、そのまま寄りかかる

 

「…なんて言うかさ…色々迷ったんだけど…」

 

「声が…もしかして記憶も…?」

 

「…うん…やっぱ……ありがとね、色々と」

 

「……僕も、君になんて言えば良いかわからなかったけど…北上はやっぱり、どんな時も北上だね」

 

「…どう言う意味?それ」

 

「安心したって言ってるんだよ」

 

「……そっか」

 

……AIDAも、艤装もない私に何ができるかわからないけど

とにかく、頑張るしかない…いや、受け入れてくれるのかを心配するべき?今更か

 

「提督…あたし…記憶と声は戻ったけど」

 

「まだ戦えない…って事だよね、歩き方はいつも通りだったからなんとなくわかってた…北上にもできる事はたくさんあるよ」

 

「……提督もやっぱり提督だね」

 

「…どういう意味?」

 

「安心したって言ってるんだよ」

 

「…そっか」

 

「ごほん、あーあー、マイクテスマイクテス」

 

…良いムードの時になんで邪魔するかなぁ…駆逐艦

 

「ごめん、漣、どうかした?」

 

「…そーいうあま〜いのは部屋でやってくださいな…執務室に入り浸るアテクシも悪いんですけどねー」

 

「ごめんごめん、拗ねないで」

 

漣の目がキッツいなぁ〜…

 

「……何ニヤついてるんですかぁ?北上サマぁ…!」

 

「え?…うわ、マジだ…微笑ましかったから?」

 

いや、多分優越感に浸ってただけだけど

 

「ムッキー!!……はぁ…まあ…私も色々迷惑かけちゃってるので何も言えないんですけどね…」

 

「ん?なんかあったの?」

 

「…曙が来てたんだ」

 

「……その曙って…あのヤベーイ方?」

 

「ヤバいかは置いておいて、横須賀に行った方の曙だよ」

 

「……なるほどねぇ…良いでしょう!このハイパー北上様が曙を元に戻すお手伝いをしてあげましょう!」

 

「……いや、戦えないって言ってたやないですか姐さん」

 

「てかザミーはなんばしよったとね」

 

「訛るな訛るな…私もあんまり正確に覚えてるわけじゃないんですが…その…やっぱボーノは洗脳されてます、そうじゃなきゃあんな事するわけない」

 

「何されたの」

 

「首締め上げて気絶させられました…ほら…痕が…」

 

…漣に曙が手をあげるのは…信じたくない気持ちもあるけど…

 

「……痛かったね…」

 

「…あの程度序ノ口にもなりませんぜ……あの迷いない感じ、いくらボーノでも…絶対にまともな状態じゃない」

 

「……序の口じゃない…って、私が離島にいた時に何かあったの?」

 

「ありましたけど、今はボーノの事です、暁ちゃん達を生体実験に使われるかもしれないと言いながら連れ去ろうとしてました」

 

「……最悪だねぇ…でもなんで漣が首絞められる事になるのさ」

 

「…ボーノは…自分の提督はご主人様じゃなくて元帥だって言って…それ聞いた時に私もちょっとムキになって…言い合いになったんですけど…侮辱だって」

 

「……それだけ?それだけの理由で漣を殺そうとしたの…?」

 

「だからマトモじゃないんですよ…でも、多分ボーノにとっての執着の対象が本当に変わったんじゃないかって気がして…」

 

……成る程、漣は曙が元帥を本気で好きになったと…

 

「ねぇ、ご主人様…確認なんですけど……」

 

「何?」

 

「……本っ当に確認なんですけど…ボーノの事どう思ってます?」

 

「どうって…仲間だよ…?」

 

…いきなり何を…

 

「モノとか…力とか…思ってませんか…?」

 

「思ってない」

 

「本当に?」

 

「本当だよ、いきなりどうしたの?」

 

……本当にいきなりどうしたんだコイツ

 

「…よし、よし!私は信じやすぜご主人様!」

 

「…んー…?」

 

困ったようにこっちを見る提督に笑顔で首を振る

漣はこういう奴だって

 

「…ご主人様、漣はボーノの記憶を見ました」

 

「記憶を…?」

 

何言ってんだコイツ

 

「あ!北上サマ何言ってんだコイツって目でみんのやめなし!本当に見たんだもん!」

 

「…漣、詳しく話して」

 

「よーし!kwskされたから言いますよ!ボーノは元帥とご主人様の会話を聞いてました、その中でご主人様はボーノをモノだ、力だって言ってました」

 

「…頭でも打った?」

 

「北上サマは黙ってな!本当に見たんだもん!」

 

「……漣、詳しく内容を覚えてる?」

 

「えっと…元帥に君にとって東雲はモノか、って聞かれて…ご主人様はモノだ、力でしかないって…答えてました」

 

「……そうか…」

 

「…何?本当に思い当たる節があるの?」

 

ノックと同時に朧が入ってくる

 

「あ、ボーロ、どしたの、今重要な話してるんだけど…」

 

「うん、聞いてた…全部聞こえてた」

 

「立ち聞きとは趣味が悪いねぇ」

 

「北上さん、ちょっと黙っててください」

 

あり?私の扱い雑になってない?

 

「提督、私もその記憶は見ました」

 

「…ボーロも…?」

 

「朧……君も同じ内容を?」

 

「はい、でも私は提督は悪くないって知ってます、私は提督の記憶も一緒に見ましたから」

 

さっきから記憶記憶って…

 

「提督は元帥にこう問われた… 随分と、腕輪に対して関心がないように見えるな、君にとってあれはモノかね」

 

「そう、そうだよ…やっぱりそこだ…」

 

「腕輪…?」

 

「あの場の音声を録音、編集して曙に聴かせた奴がいます…そして、それが原因で曙はそれを信じ込んだ……でも、その前に…提督、一回だけ歯を食いしばってください」

 

「……わかった」

 

「朧、何する……」

 

朧は迷いなく提督を殴りつけた

 

「は?何やって…朧!!」

 

「ボーロが狂ったぁぁ!?」

 

「……提督、私達だけ助かっても意味ないんですよ…曙もずっと助けを求めてた…」

 

「……そうだろうね、後悔しても遅いけど…」

 

「北上さん、私を殴ってください、提督を殴った私を、杖で殴っても、踏みつけてもなんでも良いですから…」

 

………

 

「嫌だ、もっと苦しんでなよ……そんでもって、曙に直接叩かれれば?提督を殴った朧じゃなくて…曙を助けられなかった朧が殴られたいんだから」

 

「……そうですね…提督、曙は…死にたくはなかったはずです、曙はずっと苦しんでました、短い時間の記憶が永遠に感じられる程に、私は助けられなかった、提督も助けられなかった…曙が聞いた会話は勘違いだったとしても…勘違いして仕方ない事なんです」

 

「僕は曙が悪いだなんて欠片も思ってない、取り戻すよ」

 

「…じゃあ、元に戻った曙に2人で叩かれましょう」

 

…提督叩かれてばっかじゃない…?

 

「そうだね、さて、仕事をしようか」

 

「…そういやさ、提督…アタシの仕事は?」

 

「今まで通り復旧…なんだけどだいぶん進んだんだよね?」

 

そう、離島鎮守府は2日もあれば完全に機能させられる…

発電機とガソリンも手に入った、通信装置は通常のものは全て廃棄、回線をうまく偽装して察知されるようなものは無い

危険な可能性があるモノ全て廃棄した

 

「なら戦闘訓練の教導をしてあげてよ、君が1番適任だから」

 

「…砲撃すらできないのに…?」

 

「でも経験は君の中にある」

 

「自分で積まなきゃ意味ないよ、ま、いいけどさ」

 

…頑張るしかないか

 

私は、強くなる…もう一度、最初から

 

私は……絶対に強くなって、またみんなのために戦う

AIDAも何もないけど…私も欲張りなんだからさ、瑞鳳に負けず劣らず…

 

「……確かに受け取ったよ」

 

私の背負うものは…重すぎるかもしれないね

 

 

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

提督 渡会一詞

 

「………」

 

全体の士気は限りなく低い

瑞鳳の死が、そしてあの同士討ちが原因だ

 

皆お互いが信じられなくなっている

 

「ごめんなさい、助けられなくて」

 

…高岡さんのとこの弥生、か…結果として犠牲者は1人で済んだ、敵の特性を聞く限り…それは奇跡的な話だろう…責める事もできない

そう言えば…瑞鳳の最後を看取ったと言っていた

 

「……瑞鳳は何か言ってただろうか」

 

「…北上…って人に…あとはお願いしますって」

 

「北上…?北上か……」

 

つまるところ…あの北上だろう

 

「……そうか、ご苦労だった…」

 

「……それでは…失礼します」

 

あとはこっちの問題、か

瑞鶴にとっては特に重かったらしい

 

私と瑞鳳では力の差がありすぎた、と言っていた

碑文の力と言うものは俺にはわからないが、瑞鳳の代わりを果たすという目標ができたと同時にその重みが瑞鶴を支配している

 

当分、戦わせるわけにはいかない

 

「……チッ…」

 

管理職の経験はあるが…何もできない立場というのは…歯痒い

 

 

 

 

 

 

ベイクトンホテル ペントハウススイート

ヴェロニカ・ベイン

 

「あら、珍しい客人ね、あなたが直接出向くなんて、海軍元帥サマ?」

 

「ははは、茶化さないでいただきたい、あなたのやってる事は調べがついてる」

 

「お互い様ね」

 

「私は世界の崩壊に全くの無関心ですが…この資料を見てほしいと思いましてね」

 

「…再誕…腕輪のレプリカ…AIDA…成る程?日本の海軍さんはユーモラスなのね」

 

「あなたの作る新世界の最後の関門となるのも…私自身の人生を楽しむ事につながるのではないかと思いまして」

 

「…あなたがコルベニクを?」

 

「最強の碑文、不死の力、その為に…あなたの技術を流用する」

 

「……成る程、アテはあるのかしら」

 

「手元にコルベニクの碑文使いが有る、コレを喰らう」

 

「なら話は簡単ね、裏切りが無ければ」

 

「此方の目的も、其方の目的も両者世界を支配する事、永遠の生…」

 

「正確には私は楽しみたいのよ、天才の存在が何を産むのか」

 

「それで結構、此方の目的は果たされる」

 

「オリジンの流用は?」

 

「簡単だ、支配下に置きさえすれば」

 

「早くセグメントを手に入れないとこのゲームの敗者は私達になるわ」

 

「逆を言えばオリジンを手にすればこの電子世界と化した現実は完全な支配下となる、永劫なる時の完全な勝利者となる、人は死ぬからこそ醜い、故に永遠を創造することができない」

 

「創造には破壊がつきものだけれど」

 

「それを支配できるのが神」

 

「発想の転換ね」

 

「人は死ぬからこそ醜い、だが、死を超越すれば神となる…究極の存在となれる」

 

「神が2人存在する事については?」

 

「日本には八百万という言葉がある、それに気に食わなければその時に潰し合えば良い事」

 

「あら、過激ね」

 

「お互い様だ」

 

「…人は死ぬことで完成する、素敵な発想だわ」

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 東雲

 

「………」

 

手に、感触が残っている

 

気持ち悪い、拭いたい

今すぐに手を拭って、掻きむしって

なんでもいい、この感覚を消し去りたい

 

だというのに指先一つ動かない

 

私が首を締めたのはだれか、よく思い出せ

アレは…アレは……

 

仕方ないことなんだ、仕方なかった…

 

でも、気持ち悪い…

 

なんで私は…なんで……

 

わからない、わからない…

碑文の出力も落ちていた、だって、たった1人を殺せない…

それになんで、あの車の中から2人も消えた

 

どうやって…?

 

「…………」

 

表情ひとつ変わらない

体の部位が何も動かせない…

 

チップの中にあるのは…私の意識の方なんじゃないのか…そんな考えが頭をよぎる、どんどん不安になっていく、恐怖を感じていく

 

もしそうなら、私は…

私は誰なの…永遠に1人で…孤独で…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旧 離島鎮守府

工作艦 明石

 

「だから、これはまだ試作段階で…作動したからいいものの…なんでそんな事したんですか!」

 

「うーん…でも、使わなかったら漣達は助けられなかったんだ」

 

まぁたこの提督は言い訳して!

 

「そんなの結果論でしょう!?それなら1人で行かせなきゃよかったじゃないですか!」

 

「それはそうなんだけど…僕のことを強く憎んでたし、僕が行くより漣に行かせた方がいいと思って…」

 

「…いや、だからって試験段階のそれを使う事は…」

 

「……ごめん、でもなんの保険もなしに漣を行かせたくなかったんだ」

 

「……提督、説明は覚えてますか」

 

「………使えば使うだけ、認知外依存症が進行する恐れがある」

 

「提督が危険に晒したのは自分の身だけじゃないんですよ」

 

今回あの空間に無理矢理入ったのはアオボノさんも、朧ちゃんも、漣ちゃんも…

 

「わかってる…」

 

……これで収穫がなければ本当に許せない事だ

 

「提督、いくらでも提督に文句を言う事はできるんです、でも……良い話もあるんですよ、これ、見てください」

 

「…データログ?」

 

「夕張と曽我部さん、ヘルバさん、この3人の専門家がいるんです、良い情報が手に入るかも」

 

夕張は大した事ないらしいけど

 

「…曙ちゃんのログを調べればきっと何かわかると思うんですよ、脳内にあるチップについて」

 

「……そっか…ありがとう、明石」

 

大丈夫、きっとなんとかできる…

 

「それと、月の樹を今日壊すらしいです…」

 

「……大規模な混乱が起きるね」

 

「それよりも問題なのが、腕輪のレプリカの作成がヘルバさんの預かり知らぬところでかなり進んでいたそうです、今後より注意するようにと」

 

「……レプリカか、どの程度のものか、によるね」

 

「…データを吹き飛ばせると良いんですけど」

 

「常に最悪の事態を想定しよう、それとこっちの進捗は?」

 

「私は専門外なので微妙ですが…だいぶん進んでいるみたいですよ、でもデータドレインの制御がとても難航してるみたいで」

 

「慎重に進めてもらって、焦る必要はないから」

 

「わかってます…あと…提督、このやりとりってネットでやった方が速くないですか?」

 

「そうかもね、でも暁達も気になるから」

 

…そうじゃなくて…

 

「提督、何度も言いますが…力の行使は自分の身を滅ぼすことを忘れないで下さい」

 

「わかってる……でも僕も頑張らなきゃ」

 

僕が、じゃないだけ…良しとしましょう…

 

「……みんなで頑張っていきましょうね」

 

「もちろんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「…認知外依存症って…あの?」

 

『あ、知ってるんだ、なら良かった』

 

「……力を使いすぎると進行する、か…」

 

川内も俺も、結構な頻度でスケィスを使ってきた

如何なんだろうな

 

『一応、詳しいことがわかったから連絡した…発症してないならそれで良いんだけど』

 

「……わかった、助かる」

 

 

 

「って事だ、お前ら調子は如何だ」

 

「…私も神通も那珂も好調だよ、とりあえず」

 

「はい、私は特にそのような事は」

 

「頭痛いとかは特にないかなぁ…」

 

「球磨型も特に問題ないクマ」

 

「ニャ」

 

「そうですね、特に問題ないです」

 

「……姉さんの気性が荒いのはAIDAのせいなのかソレのせいなのか…」

 

「木曾?」

 

「……なんでもないです」

 

「通常運行か、まあ良いだろ…じゃあ解散だ、なんかあったら連絡しろ…」

 

「あいよ、那珂、出撃行くよ〜」

 

「わ、待ってよ!」

 

「提督、失礼します」

 

……1番落ち着いててしっかりしてそうな神通が1番ズボラなんだよな…見かけによらないというか

 

「クマ〜、訓練行くクマ」

 

「頑張るニャ」

 

「いや、多摩姉さんもだろ、行こうぜ」

 

「行ってらっしゃい」

 

「…なんで自然に残ってるんだよ、大井」

 

「え?」

 

「…え?なんか俺おかしなこと言ったか?お前今から出撃だろ」

 

「……行ってきます!!」

 

「お、おう…アイツも抜けてるとこあんのか?それとも……」

 

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 大井

 

「ふぁ…ぁ…」

 

「何?眠いの?」

 

「……ちょっと資料整理が多くて」

 

川内さんを見ていると、情けなくなる

姉さんたちは気にすることじゃないっていうけど私にとっては怖い、何もできないような錯覚に陥る、自分にとって過ぎた力なのに私は何もないように感じてる

 

「…敵が出たよ!」

 

「AIDAも碑文もない戦いなんて久し振りな気がしますね…最近ずっと頼りきりでしたから」

 

 

 

 

 

 

「普通の深海棲艦なら簡単に倒せますね」

 

「……これなら、あんまり危険な戦いはしなくて良いのかも」

 

「危険、か…実感ないですね」

 

実際にその身に降り掛からなくては…厄災は理解されない

本当に理解するのは自分で味わってから

 

「しかし、まだ冷えますね」

 

「…悠長だねぇ、大井は」

 

「貴方程じゃありませんよ、まだ冬服をしまえないのかと憂鬱なだけです」

 

「冬服が嫌い?」

 

「……別にそんな事は…あれ、そう言えば川内さん、普通は川内改二にはマフラーがつくんじゃないですか?」

 

「唐突だね、そもそもかなりカラーが違うんだから今更だよ」

 

「………一つ差し上げましょうか、艤装じゃないので耐久は無いですが、首元も多少マシになりますよ」

 

「んー…それもアリかもね、この装備が黒と赤だし…青とかある?」

 

「…青よりも赤色にした方がお似合いですよ」

 

「そっか、大井のセンスを信じてみよっかなぁ」

 

「…まさか貴方とファッションの話をする日が来るなんて思いませんでしたけどね」

 

「そうだねぇ…大井は私のこと嫌いだと思ってたよ」

 

チクリと心に刺さった気がした

 

「……自分でもわかりませんけど、思ったよりそうかもしれませんね…嫌いというよりは嫉妬、というべきかもしれませんけど」

 

「嫉妬?」

 

「川内さんと提督はより深いところで繋がっている…ってそんな風に見えて」

 

「…間違ってないよ、それはね…私と提督はスケィスが繋げてくれてる…でも、それもずっとじゃ無い気がする」

 

「……如何いう意味ですか」

 

「多分、私達はいつかわかたれる、そんな気がする、だからその分…今頑張らなきゃ」

 

分たれる…か

 

「折角、こんな話もしたんだし…今日は一緒に一杯やらない?」

 

「……夜が嫌いだったんじゃ無いんですか?」

 

「だった、じゃない、まだ嫌いだよ…でも大井は夜に呑まれないから…だって強いじゃん」

 

まだ、失う事はトラウマか…

 

「…お付き合いしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 神通

 

「……メイガス!』

 

「へぇ、銃剣が出てくると思ったんだけどな」

 

『多分、私のスタイルに合わせてくれてるんだと思います…姉さんは忍刀ですし…』

 

「だから槍…か」

 

『……どうですか、一合』

 

「…やめとく、お前が望んでるのは得物振り回すんじゃなくて殴り合いの喧嘩だろ」

 

『……酷い言われようですね…でも、間違ってはいません…もう一度、手合わせしたかったです』

 

「…那珂はどうだ?」

 

『焦りを隠せてませんね、出撃中も無言で話しかけても話つらそうにしています、…また敵方に身を置いてしまったことを気に病んでいるようです』

 

「両方AIDAに呑まれただけじゃねぇか、それにお前はAIDAも消えてない」

 

『………そうですね、しかし…不思議と暴走はしません』

 

「お前の心が強くなった証だ、碑文の力はお前の精神力に左右される」

 

『……私もAIDAを…』

 

「余計な事は考えるな、お前の重荷になるだけだ、より苦しくなるだけだ」

 

『……やはり、一度…手合わせしていただけませんか、同じAIDAと碑文を宿したものとして』

 

「……AIDAは味方とは限らない、誰かが言ってたぜ…危険な友人として互いに理解し合うことが必要だってな」

 

『危険な友人…そして…理解し合う…』

 

「……求めすぎだろ、お前は十分強いんだからな」

 

『……そうですか、わかりました』

 

「まあ、なんだ…守る為に頑張るなら手は貸してやる、焦るなよ、ゆっくりで良いんだ、歩くような速さでもな」

 

『…歩くような…速さ……』

 

「ああ、まあ、使える頃には遅いかもしれねぇけどな…でもお前はもう充分強いさ」

 

『………私は、瑞鳳さんとの再戦…正直な事を言うと勝てる気がしませんでした』

 

「…なんでだ?」

 

『あの人の一撃は…私には見えないほど速く、鋭く、重い…復讐するものの名を冠しているからでしょうが…カウンター主体のファイトスタイルは攻め気の強い私によく刺さります』

 

「なら戦い方を変えろ、悪いところがわかってるなら変えていけ、勝ちたいんだろ?」

 

『…もう亡くなった相手に勝つ事は…』

 

「…背中を追って、追い越せ」

 

『………追い越せるでしょうか』

 

「お前次第だ」

 

『………」

 

「お前の碑文は、誰よりも心の強いやつが持ってた…お前なら使いこなせる」

 

「…メイガス……私に力を貸してください」



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礼儀

横須賀鎮守府

駆逐艦 綾波

 

「はい、どうぞ」

 

「ほう、できたのか…」

 

「ええ、あ、これ検証結果です、それから気候の変化や環境、データ濃度による動作の予測も入ってます」

 

レプリカの腕輪、科学者としては血が騒いでしまうものだ、かなり完成度は高いだろう

 

「……ふむ、暴走の可能性という項目があるが?」

 

「失敗で30人くらい消し飛んでます、まあ誤差でしょう」

 

「暴走の条件は」

 

「まとめてある通り、連続使用が原因かと、使用回数は絞ってください」

 

なぜ連続仕様で暴走するか、これは元々が不安定だからだと思われる、この腕輪と言われる装置は現実にしてみれば専用の処理フロアを作るべきレベルのもの、それを人間大の、それも右手首を一周するサイズの幾何学模様が全て担うというのだ、安定するわけがない

 

「ふむ……ふむ、悪くない、これでもうアイツは要らんな」

 

「あら、捨て時ですか?」

 

「なんであれどうであれ、コマでしかない、使い潰すだけだ」

 

「らしいですねぇ…構いませんが」

 

「……なるほど、これは面白い」

 

私が作ったものは正確には腕輪ではない、データドレインをオンオフさせる装置

 

「東雲さんを壊す時は私にくださいね」

 

「好きにしろ、その時には半死半生だろうが」

 

「いやー、うれしいですね、死にかけの東雲ちゃんが生きたいって追い縋る姿…興奮しません?」

 

「悪くないだろうな、ところでお前…全身が鋼鉄になったのか」

 

「人工筋肉になっただけですよ、おかげさまで私の力は誰にも止められません」

 

「ならば例の黒い方も噂を立てられる前に殺せ、漣と朧はこちらから出頭命令を出す」

 

「従いますかねぇ」

 

「従わなければ今潰す、従っても潰すがな」

 

「あら怖い、ところで提督、実は宿毛湾の提督なんですが…」

 

「……完治していた?どういう事だ、立つこともままならないはずなのに」

 

「何か隠してるかもしれませんよ〜」

 

「調べろ、それがお前の仕事だ」

 

「はぁい…頑張りま〜ス」

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「……はぁ…」

 

いきなり朧と漣を渡せ、か

想像はついてた…暁たちのことを隠しているから尋問する、と

 

これから月の樹が壊れて、その後処理に向こうは追われてくれる

 

だけど有耶無耶にできるかは別問題だ

それに第七相は……最悪の敵だ

 

コルベニクは確かに1番強いだろう、だけど僕が懸念してるのはタルヴォスの方だ…タルヴォスには発動したら確実に1人殺す技がある

 

絶対に死ぬ…

ゲームなら蘇生アイテムで済む話なんだ

 

犠牲が出るなら僕が戦う…としても……

結局それは明石たちの意思に反する、だから、明石に一つ頼み事をした…もし、死んだ場合…レプリカの腕輪で僕を再形成する

 

明石は丸め込めた、だからその時は僕が戦えばいい…今は朧と漣を守る事だ

既に返答はしてある、当然断った

 

「………みんなで生き残らなきゃ」

 

……生き残っても、僕が…

 

いや、ダメだ、考えるな…

 

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

正規空母 瑞鶴

 

「……なんか、微妙よね…そう思わない?陽炎」

 

「微妙…か……私にはただ、瑞鶴さんが逃げてるように見えます…」

 

逃げてる…

確かに私は逃げ続けてる

 

私はどうすればいいの?必死にやっても…追いつける気がしない…

私は正規空母、瑞鳳は軽空母、空母としての性能差は歴然…だけど今、そんなものは求められてないんだ、千代田がいる、祥鳳がいる、葛城がいる…

 

私は…正規空母って肩書きに縋ることはできない

 

私は瑞鳳にならなくてはならない、碑文使いとして変わりを果たすのが私の役目

 

「他の誰かにも…話を聞いてみたらどうですか?」

 

「……他…?」

 

「不知火とか、千代田さんとか…よそと繋がりのある人に……」

 

「他所か…確かに、呉は碑文使いが多いって聞いたし、呉の知り合いって誰かいたっけ…?」

 

「………私が把握してる限り他所と関わりがあるのは宿毛湾と仲がいい千代田さんと不知火位しか…」

 

「つまり呉はいないのね…」

 

宿毛湾……使えなくなった北上と、横須賀に行った東雲か、特に他に強い奴は居なかった…っけ…?

 

まあ、聞くだけ聞いてみよう

 

 

 

 

「おーい、千代田、不知火」

 

「ん、瑞鶴さんだ…なんですか?」

 

「こんにちは、どうかされたしたか」

 

「いや、その…宿毛湾って誰か強い奴とか居た?」

 

「強い奴…?赤城さんに加賀さんに…」

 

「阿武隈、伊168、青い髪の曙…師匠も元は誰にも負けないほどに強かったですし」

 

…知りたいこととは違う

 

「……その、規格外の強さって誰かいなかったの?」

 

「規格外…?」

 

「……規格外ですか、私からするとどなたも規格外な強さを持ってますけどね」

 

「…どういう事?」

 

「タフ過ぎるんです、あり得ないほどにタフで…羨ましいくらいに真っ直ぐでした」

 

タフで、真っ直ぐ…?

 

「……よく、わからない…」

 

「迷われてるなら…きっといい刺激になりますよ、私がご紹介しましょうか」

 

……藁にも縋りたい

今はそれしかないか…

 

「お願い」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 食堂

正規空母 翔鶴

 

『旧みなとみらいに誕生したレジャー施設が謎の火災により…』

 

「…何人、死んだのでしょうか」

 

「加賀さん?」

 

「この火事で何人が死んだのでしょうね」

 

「……敵だったかもしれませんよ」

 

「味方かもしれない…いや、まだ味方ならいい…何も知らない人が死んでいたら?」

 

「……加賀さんは優しすぎますね」

 

「違う、私は…弱いからこの戦いの決着が1日でも早く着くことを望んでるんです」

 

「勝っても負けても…」

 

私達で終わり…

 

「赤城さんの様にはなれないの」

 

「私の目には、赤城さんと加賀さんは真逆に見えますよ、ワンマンプレーの精神、言っちゃえば前の提督に似た考えの赤城さんに対して、加賀さんは全体との協調を大事にしてきた」

 

「…そうかしら?」

 

「私にはそう見えます、だから加賀さんは提督と一緒に戦いたい、赤城さんはみんなを守りたい…なのに、赤城さんは自分のやり方を捻じ曲げて無理にみんなに合わせすぎてる、加賀さんはそんな赤城さんを見て強くなろうとしすぎてる」

 

「……弱くては誰も守れないから」

 

「……コレは例え話なんですけど…ある司令部に来たばかりの新人の司令官は、とても無能でした、経験も、技術もなかった」

 

「…ねぇ」

 

「例え話ですって…毎日誰かが死ぬような現場でみんなのために必死になんとかしようとし続ける司令官を見て、みんなどんどん気持ちが変わっていきました…なんででしょうね、決して誰よりも強いわけではなかったのに」

 

「だから…」

 

「だーかーら!例え話ですって!…その人がみんなの心を動かしたのは、ただ優しかったからなんですよ、加賀さんも優しい、赤城さんも優しい…ね?」

 

「……何が言いたいのかよく伝わってこないけれど…提督が背後に」

 

「…え?」

 

「……ごめん、翔鶴、君達にお客さんが来てたから連れてきたんだけど」

 

「……やだもう!提督ったら!あはははは!」

 

「翔鶴、提督の背中を叩くのはやめなさい…貴方そんなタイプだったかしら…?」

 

 

 

 

 

「………」

 

「貴方が、客ですか」

 

「…なるほど、瑞鶴…私は初めて見ます」

 

妹なんていた事なかったですからね…

 

「その…ここの主力って、みんな強いって聞いたわ…心が」

 

「心?」

 

「…確かに、強いですね、加賀さんも、赤城さんも」

 

「翔鶴、やめて…はぁ…」

 

瑞鶴、怪訝な顔してるなぁ…

 

「その…私は碑文使いなの…伝わる?」

 

「知識としては」

 

「超常的な力を持つ、という意味でしたら伝わってます」

 

「…佐世保には私と瑞鳳、2人の碑文使いがいた」

 

「聞いています、お悔やみ申し上げます」

 

「ご愁傷様です」

 

「…私はみんなを守りたいの、だけど…私は瑞鳳のように強くない」

 

「強くない、とは…?」

 

…加賀さんと、赤城さんと同じ事だ

私にはなんとなくわかる…力がある、実力があるのに…自信を持てない…

 

「……私には敵を殲滅する力がある、だけどそれは…私じゃなくてもできる事、瑞鳳のように誰よりも強く、誰にも負けない力じゃない」

 

違う、きっとその瑞鳳も負けた

負けて悩んでるから…

 

「………ねぇ、加賀、この前会ったことがあったよね、アンタが強いなら…何か、教えて…アンタは一航戦の先輩なんでしょ…?」

 

「………」

 

瑞鶴の頬を平手で打つ

 

「翔鶴…?」

 

「…翔鶴…姉ぇ……?」

 

「貴方は勘違いしてます、今二つ目も発覚しましたけど…まず、今わかった方から、あなたと私は他人ですよ…会ったこともない相手に姉を求めるのは間違いです、この世に翔鶴は何人もいます」

 

「翔鶴…やめなさい…瑞鶴、ごめんなさい、出直して…」

 

「加賀さんは黙っててください!聞いてればなんですか?確かに加賀さんは一航戦の先輩ですよ、でもそれは艦であって私達じゃない!」

 

私たちは今を生きてる、艦であった事に拘り続けては、きっとこの子は成長しない

 

「私が何を言ってるかわかりますか?瑞鶴だって1人じゃない、加賀も、翔鶴も、同じ型の艦娘は沢山いる…それがわかりますか?貴方が岩川の救援に向かった際に加賀さんに不遜な態度を取ったことも聞いています、私は強くない?だから何なんですか!教えを乞うなら立場を弁えなさい!」

 

「碑文使いでも無いくせに…!アンタに何がわかるの!?私のプレッシャーも…恐怖も…全部わかんないくせに…!」

 

「わかりませんよ、貴方と私は別の存在ですから…それに、今自分で言いましたよね、碑文使いじゃない私たちに何がわかるんですか?何を求めてるんですか?瑞鶴さん」

 

「…!この…!」

 

「翔鶴!やめなさい!」

 

「加賀さんは甘いんですよ、こんなやつ…」

 

……重いなぁ…加賀さんの平手…私よりもずっと

頬が熱くて、痛い…

 

「やめなさいと言いました」

 

「はっ!いい気味ね!アンタらなんか頼ったのが間違いだったわ!」

 

「……黙りなさい五航戦」

 

「何よ、文句でもあるのかしら?」

 

「翔鶴が何故貴方に喧嘩を売るような言い方をしてたか、わからないの?この子は優しいわ、ここのみんなそうなのよ、優しいがために自分を犠牲にし過ぎる…」

 

…ぜーんぶ、お見通しだった、敵わないなぁ…

 

「何?お仲間の自慢?」

 

「ええ、自慢ですよ、この子は貴方に恥じない姉ですから」

 

「誰がこんな奴…!」

 

「間違いを指摘し、道を糺す、コレはとても難しく…誰にでもできることじゃありません、かと言って翔鶴のやり方は回りくどいですが」

 

「何が言いたいのよ!さっきからぐだぐだと講釈を垂れて…」

 

「貴方の求めた答えですよ、優しくて、心の強い…それを今体現しているのは他でもない貴方の姉、翔鶴です」

 

「何処が!」

 

「貴方は何になりたいの」

 

「…は…?」

 

「艦娘?人?碑文使い?」

 

「……それは…」

 

「そのどれも全てが…私には、私たちには人に見えます」

 

「…人…?」

 

「艦娘も、人間も、碑文使いも…力を持ってるかどうか、人間より強い艦娘も、艦娘より強い存在、この場合は碑文使いね、それですらも…同じ人よ、想い、悩み、迷いながら生きていくの」

 

「……迷いながら…?」

 

「……良いと思ったことをやりなさい、そうすれば前に進めるわ」

 

あ、狡いなぁ…その受け売り

 

「良いと思ったこと…?それって何…」

 

「自分で考えて、私は佐世保にいない…貴方は強い人なんだから…ね?瑞鶴…」

 

「……あの…加賀、さん…ごめんなさい、ありがとうございます…」

 

「それが貴方の考えた、今の良いと思った事…ですか」

 

「…はい、私は…みんなを守りたいから、何にでも縋る…コレはそのためには絶対に必要」

 

「上々ね」

 

「加賀さん、それ赤城さんの台詞ですよ」

 

「そうだったかしら、ふふ…瑞鶴さん、もう大丈夫?」

 

「はい、これなら…いけそうです」

 

「たった数分話しただけなのに、すごく良い顔つきになった気がしますね…」

 

「元が凛々しい子でしたから、姉によく似て」

 

「やだ、加賀さんったら、ふふ…瑞鶴、実は私、一度沈んでるのよ」

 

「…え…」

 

「でも、みんなが私を元に戻してくれた、助けてくれた……あ、そうそう、加賀さんなんて泣きながら怒ってたらしいですね?…もし瑞鶴が着任したら私はなんで言えばいいのか、なんで私が貴方を憎まなきゃいけないのかって」

 

「翔鶴、叩いたのは悪かったからあまりイジメないで頂戴…誰に聞いたの」

 

「赤城さんでーす♪」

 

「へぇ…ちょっと意外、いや、この人ならそうなのかもね……優しさ故にって感じ?」

 

「……ふん…そんな事ない、わ…」

 

赤くなってる赤くなってる!

 

「おーおー、盛り上がってるねー」

 

食堂の戸が開き、北上さんが杖をつきながら入ってきた

 

「北上さん…!?しゃ…喋れるの…?」

 

喋ってるってことは杖をつくのは偽装とかじゃない、まだ杖なしでは移動は無理なんだ…ただ単純に喋れて、多分この感じ、記憶も…

 

「北上ってあの…!?」

 

「ん、なんか、不知火が居るって聞いてきたんだけど…ここじゃなかったかぁ〜、邪魔したね」

 

「…そうね…ビックリしたわ、もっと早く教えてくれれば良いのに…」

 

「のめんごめん、じゃ、ね…」

 

…雰囲気がちょっと前と違う…?

気の所為かなぁ…

 

「…え?」

 

「瑞鶴さん、どうかした?」

 

「……あの北上…さん、小声でこれなら大丈夫だねって…ほんとにまちがえてきたのかなって思って…」

 

「…まあ、北上さんは元からよくわからない所がありましたから」

 

「…そうですねぇ…」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 不知火

 

「…そう、ですか…」

 

「ごめんね、私は拳銃一発も撃てないよ」

 

……残念だ、けど…

 

「私はずっと教えを胸に戦います」

 

「…教えって言っても、一回見せただけだけどね…アレだけできるのは…不知火自身の頑張り、凄いね」

 

「……ありがとうございます…!」

 

私は強くなれたんだ…ようやく…

本当に嬉しい…

 

「不知火、まちがえちゃダメだよ、その強さは不知火の物、私があげた物でも、なんでもない、不知火だけの不知火が作り上げた強さなんだから」

 

「…はい!」

 

「じゃあその強さを次はみんなに分け与えてみて、いや、違うな…ま、他の子も不知火くらいに強くなればきっと楽になるよ」

 

「楽、ですか…」

 

「んー、言い方悪いのわかってるんだけどね…」

 

「………そう、か…私だけじゃなくて、みんな強ければ誰も、傷つかない…」

 

「それも違う」

 

それも違う…?

 

「そうなると不知火はみんなにそれを押し付けなきゃいけなくなる、求めてる子はきっと、不知火にその力の秘密を知りたいと思ってる…だからさりげなく誘ってみなよ、食いついてきた子に見せて」

 

「…そうするとどうなるんですか?」

 

「もっと、みんなを守れる」

 

「……わかりました、頑張ります…」

 

「無理しちゃダメだよ、疲れたらいつでもおいで、話し相手にしかなれないけどね」

 

「……ありがとうございます、師匠」

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 東雲

 

「……報告しろ…!」

 

「月の樹の全システムは完全に沈黙、量産体制に入った腕輪は全て壊滅、関係者にはヘルバの関与を疑う声があり、そのヘルバは完全な雲隠れです」

 

「チッ!!役に立たんクズどもめ!!」

 

「それから倉持海斗はこちらの要求を拒みました」

 

「今はそんな事はどうでも良い!早く次の段階へ進めろ!」

 

……ずいぶんイラついている…

 

「聞こえないのか東雲!」

 

「わかりました」

 

「失敗したのなら貴様を捨ててやる」

 

心臓が凍る、なんでこの人まで、こんな事を…?

自分が動かしてるわけじゃないのに、体が重くて硬い

 

壊れそうな…

 

やっとの思いで部屋を出る

何故私は涙を流しているの、怖い…

 

こんなの成功するわけがない、私は捨てられる、捨てられたくない…

嫌だ、帰る所がなくなる、また冷たくて寒くて…心が凍って…壊れて…ガラスみたいに砕け散って……

 

嫌だ、捨てられたくない…捨てないで…私のことを捨てないで…!なんでもするから、どんな事でもするから…私は、私は…1人じゃ生きていけない……

 

お願いだから声を聞いて、喋らせて…!

こっちを向いて、耳を傾けて…

 

私を無視しないでよ…私はここにいるのに…

なんで私の声は…誰にも届かないの……!

 

「東雲さーん」

 

振り向きざまに頭に強い衝撃が走る

額が熱い

 

「あはァ〜…ようっやく!漸く!遊べるんですね…あー、嬉しい」

 

…始まった…また…

 

「早く実験にいきましょうか」

 

「私は腕輪の増産の命令を…」

 

「どのみち研究室に行くんですから、そんなコト気にしないでくださいよ」

 

……痛みは、痛覚は…私に強く感じ取らせてくる、恐怖心を増幅させて…

 

「あれ?泣いてる、貴方たまに泣きますよね、何のバグなんでしょう」

 

バグ?バグか…

……私自身が、バグなのかもしれない

 

…私には、誰が残ってるんだろう

 

 

 

 

 

 

舞鶴鎮守府

駆逐艦 島風

 

「ひぃっ!?」

 

「だから、本当にお願い!私と勝負して!」

 

宿毛湾に行った時、アオボノさんはいなかった、ので後から私と提督の戦いを聞いたらしい…

そして何故か私と戦いたい…

 

「て、てーとくとやれば良いじゃん…なんでわざわざ私と…」

 

「アンタを尊敬してるからよ、お願い、私には何が足りないかわからない、アンタからそれを掴めるなら…と思って…」

 

「……いい、けど…」

 

「本当!?よかった…渋るかなって思って朧にコレもらってきたんだけど」

 

「…それは…!新作格闘ゲーム…!わぁ…気になってた奴だ…!」

 

「やっぱ朧とアンタって仲良いのね」

 

「…うん、共通の趣味だから…自然と」

 

「そんなもんなの?まあ良いけど…早速やりましょ」

 

「………ねぇ、アオボノさんは強くなりたいんでしょ…?」

 

「…そうだけど?」

 

多分、私のやり方じゃダメ…特に剣撃と砲撃を同時に使おうとしてるなら…

 

「真似はダメ、多分やり方がガタガタになっちゃう…」

 

「……アンタもそういうのね、わかってるわよ、あたしはあたしのやり方があるから」

 

あ、気づいてたんだ

 

「さ、早くやらないとこのソフト…刻むわよ」

 

「……誰も私には追いつけないって…見せてあげます…!」

 

 

 

 

「行きます!」

 

「こっちも遠慮なくやるわ…ちゃんと怪我しないようにしてるんでしょうね!」

 

「大丈夫…修復剤もあります」

 

「じゃあ遠慮なく!」

 

 

 

 

駆逐艦 曙(青)

 

「さて……阿武隈に土下座してまで…アレを見せてもらったんだから、やらなきゃね…狙いなさい……」

 

島風は速い、そしてそれをよく理解してる、早すぎると急な進路変更などに強い負荷がかかるのは実体験済みだ

 

「捉えた…そこ!」

 

剣を振るい、砲撃を召喚する

 

「狙いがおそーい!」

 

何かを蹴るようにして無理矢理の方向転換…

かなり負担がかかるはずなのに顔色ひとつ変えずにやってのける…つまり、それは一つの才能、体の作りや、経験…

 

スピードに体が振られることもなく、自分のタイミングで方向や速度を変えられる…島風の速さを私が捉えきれない理由…

 

「捉えたのに…!このッ!!」

 

点では当たらない、面を使って捉えるしかない!……いや、網を作り捕まえる…!

 

「いっけぇ!」

 

前方に砲弾をぶちまける

もう一つ、ここで仕込む

 

「お札…落雷注意!ライドーン!」

 

雷が砲弾を炸裂させる

 

「この晴天で…冗談でしょ…!あーもう!インファイトでもなんでもやってやるわよ!」

 

双剣を構え直す

 

剣を撃ち合う 

 

「このッ!流石にやるわね…!」

 

「にひひっ…!砲撃に拘りすぎてると思いますよ…!」

 

「うっさい!この…天下無双!飯綱舞い!」

 

飛び上がっての連続の斬撃

 

「んぐぐ…!」

 

「受けた時点でアンタの負けよ…!召喚できるのは砲撃だけじゃない…!」

 

「…魚雷!お札、大地の怒り!ガンゾット!」

 

島風の足元から岩が隆起して島風を吹き飛ばす

吹き飛んだ直後に魚雷が岩を破壊する

 

「この!!猪口才な!」

 

「ふふっ…言い回しがふっるーい…」

 

「はぁぁ!?アンタねぇ…決めた、アンタを叩き潰して!ゲームも叩き潰す!!」

 

「そんなの許さないよ!アプドゥ!アプコーマ!」

 

「それ、確か移動速度と魔法の威力上昇、って聞いたけど…効果あるの?」

 

「……お札、落雷注意…ライドーン!」

 

爆音を立てて雷が一つ、島風との間に落ちる

 

「…当たったら死ぬんじゃないの…?」

 

「海水は雷を逃してくれるから大丈夫です」

 

「それ水中にいたら大丈夫ってだけ…あーもう!やってやる!!」

 

「お札、爆炎の吐息…バククルズ!」

 

炎が私を囲むように…

 

「炎…今更そんなもんに怯えるわけ無いでしょ…!見せてあげる…あたしの本気を…!」

 

「……炎が蒼く…?」

 

「行くわよ…炎舞!!」

 

「熱っ!!」

 

攻撃を弾かれるのは想定内…

次にかける…!

 

「くらいなさい……三爪炎痕!いっけぇぇ!」

 

「まだやられないよ…!」

 

 

 

 

「はうぅ…この私がやられるなんて…」

 

「あたしもここまでやられるなんてね…あり得ないわ…」

 

「大技を砲撃でさらに強力にされて…防ぎきれなかった…」

 

「でも、島風も…何?魔法?アレが邪魔で攻められなかった…私にも使えたら良いんだけど」

 

「…使えないの?」

 

「試してはみたのよ、でもほとんどは使えない…」

 

「……別々の形のカイト…って事…?」

 

「島風は魔法使い、あたしは…双剣使い?」

 

「……何か掴めた?」

 

「多分、私は小綺麗な戦い方はできない、だから泥臭い戦い方でもなんでもやるわ」

 

「……頑張ってください、私はそこには行けないから…」

 

「そんな事ない、いつかまた肩を並べて戦う時が来るわよ」

 

「…楽しみにしてます!」



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時間

旧 離島鎮守府

九竜トキオ

 

「え?オレが?」

 

「そー、俺もこんな感じじゃん?お前さんも多分戦えた方が良いかと思ってさぁ」

 

「って言われても…曽我部さ…フリューゲル、どうするつもりなんだ?」

 

曽我部さん、フリューゲル…今の姿はゲームの中のフリューゲルだし…フリューゲルでいいか

 

「……死ぬ覚悟はあるか?」

 

「…!」

 

「なんつって!まあカイトの作戦が成功したらみんな死ぬんだけどさ!」

 

「茶化すなよ!やってやるよ!」

 

電ちゃんを守らなきゃいけない

オレは守られるだけじゃダメだ

 

「…後悔は、ないんだな?」

 

「ああ、なんだって…やってやる!」

 

「まあそんな焦んなって、先に現場の再確認だ」

 

「再確認…?」

 

意思確認…じゃないよな、今したし

 

「お前さんはリアルデジタライズの経験者だからな、でも今回はネットの中に入るんじゃなくて、ネットがリアルを侵食してる」

 

「…まあ、言われてることはわかるけど…」

 

「カイト曰く、リアルとネットが同じになるならネットの中の身体を呼び出して使うこともできる…まあ実際体現してる通りだな」

 

「オレもゲームの体で戦えってこと?」

 

「そもそもお前さんはゲームの中に生身で入れちまうだろ、ほら変身ってやればなんか変わるかもってカイトがー…」

 

「カイトが…?」

 

まあカイトが言ってるならそうなのか…?

嘘とかいうタイプじゃないし…

 

「変身!」

 

「うわぁ…本当にやったよ…オレを疑おうぜ少年…」

 

「…オッサン…」

 

本当にこのオッサンは…

 

「まあ、でも本当に姿が変わるとはねぇ、引いちゃうよ」

 

「………」

 

「あ、疑ってる?ほら、鏡」

 

「……いや、この顔のマーカーは元からだから!良い加減にしろよ!」

 

「冗談は置いといて、データ的にはかなり変性してんだよねぇ…よし、海の上に立つとこから行こうか少年」

 

「……本気で言ってんのかこのオッサン…」

 

 

 

 

「うわ、立てる…」

 

「……マジかよ…正直オレもドン引きだよ」

 

「提案したのそっちだろ!?」

 

「剣とかは出せないの?ほら、トキオソードってさ」

 

「ダサいよ!……んー…この前見た時カイトはこうしてたよなぁ…」

 

水面を掬う

 

「…ダメだ、海水しか掴めない」

 

「……いや、掴む必要がなかったんだな」

 

「え?……これは…」

 

手の甲に時計と歯車のモチーフをあしらった籠手が…

 

「……拳闘士って事か…」

 

「なるほどねぇ、試しに岩でも殴ってみるか?」

 

目の前に旧に身の丈ほどの岩が隆起する

 

「うわっ!?…これ、フリューゲルが出したのか…」

 

「強制停止だって使える…切り札はとっとくもんだろ?」

 

「確かに…な!!」

 

拳が岩を砕く…というか、籠手が砕いただけ、か

 

「おー…」

 

「……いってぇぇぇ…!」

 

「ん?やっぱ痛いの?」

 

「そりゃ痛ぇよ!オレ生身だぞ!」

 

「俺にキレるなって…なんかアーツとかは使えないのか?」

 

「……えーと…いや、特に無いんじゃないかな…」

 

「なるほどな、一応戦力の形してるけど微妙だねぇ」

 

……やる、絶対に…

 

「お、お前もそんなのできるんだな」

 

「えっと…ブラックローズじゃなくて…」

 

「摩耶だ、よろしくな」

 

「よろしく、なったばかりでそんなに強くないと思うけど…オレなりに頑張るから」

 

「じゃ、さっそくアタシが試してやるよ」

 

…チャンス、だと思うべきだよな…

 

「よし!お願いします!」

 

 

 

 

 

「…ふぅっ…!」

 

「本当にブラックローズそのものの姿だ…腕についた物々しい機銃さえ無ければ…」

 

「この剣を振り抜いた時とか結構片手が遊ぶんだよな、牽制射撃とかでもやった方がいい、って提督に言われてよ」

 

あの大剣だけじゃなく遠距離もやられると…キツイかな…頑張らなきゃ

 

「…よし、行くぞ…!」

 

「来やがれ!!」

 

てっきりすぐ撃ってくると思ったけど…こっちの力量を測ろうとしてるのか、接近をさせるつもりだ…

なら誘いにのってインファイトで…!

 

「やあっ!!」

 

大剣で拳を受け止められる

 

「ッ!良い威力してやがる…!」

 

「まだまだ!!」

 

連打、連打…!

 

「確か、どんな傷も治るんだよな…こっちも楽しませてもらうぜ…!」

 

「!!」

 

刃の方で受け止められた…

籠手が無ければ拳から腕まで割れてた…

 

緊張で心臓が締まる、これは命懸けなんだ…!

 

「上等!!」

 

隙だらけのサイドに蹴りを入れて距離を取る

 

「痛ぇなぁ…堪んねえ!」

 

摩耶の剣の周りをピンク色のオーラが…あれは…?

 

「っし!簡単にへばんなよ!」

 

大きく剣を振って…三日月型のオーラ…

これも攻撃か!

 

「危な…!」

 

「アタシの前でえらく油断したなぁ?…ぶっ殺されてぇかぁ!?」

 

柄での突き、自分の体を回転させながら大剣で叩きつけられる

身体が宙に浮かんでる感覚…

 

「よい…しょっとォ!」

 

上空に弾き飛ばされる

 

「ぶっ飛べ!」

 

空中で何度も剣を叩きつけられる

 

「行くぜ!」

 

打ち上げられたオレよりも遥かに高いところで宙返りし、空を蹴って、剣を構え直す

 

海面に剣ごと叩きつけるつもりか…!

 

「でぇぇりゃぁぁ!!」

 

轟音と共に水煙が視界を覆う

 

「ギリギリガードしやがったか、骨があるじゃねぇか」

 

「この…」

 

流石に、常に戦い続けてるだけある…

これじゃ…オレは何もできない…

 

「おおぉぉぉぉ!!」

 

「…なんだ?」

 

何をすればいい…いや…なんだろう…

体が軽い…?違う、周りの空気が何か変わったような…

 

「うぉッ!まだ動けたか…骨は持っていったと思ったが!」

 

ガードされてるけど、やっぱりサイドが甘い…

 

ミドルキックでガードを崩す!

 

「このッ!いい気になんじゃねぇ!」

 

「ユニゾン…」

 

「何だ!?」

 

アッパーカットで浮き上がった所に追撃…

 

「コンボ!!」

 

「背後…?!いつの間に…!」

 

もう一撃間に合う!

 

「ゴートゥーヘブン!」

 

トドメの回し蹴り…!

 

「ぐ…速ぇ…お前…今何しやがった!?」

 

戦える…かもしれない…でもダメージが多いな…骨も折られてるか…

 

「そこまで、そこまでー」

 

「…なんだ、オッサン邪魔すんなよ」

 

「いや…オレもギブアップです…回復しないと戦えない…」

 

「って事だから、勘弁してやってくれる?いやー、良いデータが取れたよ全く」

 

…データを取ってたのか…いつの間にか機械が並んでる

 

「…トキオだったよな?お前…あたしを怒らせちまったなぁ…」

 

「へ!?」

 

手を差し出される

 

「次!次やる時はギブアップなしだ!良いな!?」

 

「…わかった、次は負けない!」

 

「おーい!少年漫画ばりの展開のとこ悪いんだけどさ」

 

「んだよオッサン、まさか少女趣味なのか?」

 

「そーそー、実はこの歳になってちゃおとか…って何言わせんだよ、んなわけねーじゃん…キッツイねぇちゃんだなぁ…まあ、これ見てくれよ」

 

グラフを見せられる

終盤にかけて何かの数値が大きく増幅していることがわかるだけで全く理解できないけど

 

「こいつは、リアルとネットの融合のレベルを測るものだ、こっちは記録用ね、で、何が言いたいかというとだ…摩耶、アンタの大技をトキオがくらってから融合係数が跳ね上がってるんだよ」

 

「融合ケースーってなんだよ」

 

「融合のパーセントって言い換えるか…ここまでは大体15%だ、が…一気に80%近くまで上がってる」

 

「…おい、つまり…もう80%はネットの中ってことか…?」

 

「いや、それはトキオの周りだけだね」

 

「…オレの周りだけ…?」

 

「そう、でもトキオの融合係数もかなり下がってる、つまり…トキオ、お前さんは戦闘中に遅れてスイッチが入ったんだよ」

 

「スロースターターってことか?」

 

「そこまで単純じゃない、こっちの記録映像を見てくれ」

 

ユニゾンコンボの時の映像…?

 

「…映像飛んでねぇか?…瞬間移動してるぞ」

 

「いや、これが正しい映像だ、実際ワープというのが正しいのか、超高速で移動してるのかは…トキオ、お前がわかるだろ」

 

「オレ…?……多分、高速で移動してる…んだと思う、ハッキリとは…」

 

「スローで再生してもわからねぇほど速いか…ん?なんだよゴートゥーヘブンって、ダッサ」

 

「…うぐ…容赦がない…」

 

「まあ、ダサいセリフも突き詰めればなんとやらっていうじゃない」

 

助け舟…

 

「……にしてもゴートゥーヘブンはねぇだろ」

 

「まあねぇ」

 

な訳ないか…

 

「そ、そんなことより今はオレの解析が先なんだろ!?」

 

「このダサいセリフについての解析もだな」

 

「そーそー」

 

「こんなのいいから!早く次!」

 

「しゃあねぇなぁ…実は他にも融合係数が跳ね上がってるところがたくさんあるんだよねぇ、摩耶、アンタの技だよ、ほらこのオーラを飛ばす技」

 

「そうなのか?54%って高いのか低いのかわかんねぇな」

 

「十分危険な領域だ、それとこの空間を蹴った時もかなり高い」

 

「38%?別にこのくらい良いだろ」

 

「まあ、未知の領域だからなんとも言えないが…とにかく、ここからわかるのはリアルに存在しない…オーラや空間、これが絡むと跳ね上がる、という点だ」

 

「トキオの80%はどうやって説明するんだ…?」

 

「……トキオの周りだけ時の流れが変わったとも言える、恐ろしいことにな」

 

「時間の操作って事か…?」

 

「時間を…?」

 

オレが時間を…

 

「いや、そこまではまだ到達してない、だが…それができても不思議じゃない」

 

「……オレが…時間を…」

 

「ま、あんま期待すんなよ、確実にってわけじゃないんだ」

 

「あ、うん…」

 

……もし、それができたら…きっとオレも電ちゃんを守れる、勿論それだけじゃない…

 

 

 

 

 

駆逐艦 電

 

「凄かったわねぇ…電?」

 

「へ?あ、はい…そうですね…本当にすごいのです…」

 

真っ直ぐで、前を向いていて…

あんな澄んだ目をしていて…羨ましいくらいで…

 

「……なんでそんなに心配そうなの…?」

 

「心配そう、ですか……」

 

私のために誰かが死ぬ様なことは…嫌なのです…

 

「…電、大丈夫、みんな一緒だから…いつまでも」

 

「…はい……」

 

大淀さん…私にはこれは重すぎるのです…

私は…電は……

 

「…っ……」

 

…これは予知なのでしょうか、それとも記憶なのでしょうか…その大きな背中は…私の前に道標として……

 

司令官さん…大淀さん…私には…いや、ダメなのです…これでは…

 

私に…教えてください…どうすれば良いのか…

この絶望的な余地を覆す方法を

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「次は呉?」

 

「そ、とことんやらなきゃ気が済まないのよ」

 

「……わかった、いってらっしゃい」

 

曙は島風と戦った報告を手早く済ませて呉へ発った、舞鶴よりは近い、すぐに帰るだろう

 

タルヴォスの事を考えても、どうするべきかが見えてこない

 

確実な死を与える技…

 

「めっちゃ迷ってるねぇ」

 

「北上…向こうは良いの?」

 

「摩耶が連れてきてくれたんだよねぇ、あ、阿武隈もらってくよー」

 

「わかった」

 

「………ここはいいよねぇ…ご飯も美味しいし」

 

「…ごめん…」

 

できる事なら僕もそっちにいたい、この椅子に座っていると焦燥感に呑まれそうになる

 

「提督、そういうのはなし、約束でしょ?あたしちゃんと憶えてるからねぇ?」

 

「…そっか、誤魔化せないね」

 

「何考えてた?」

 

「次の敵について」

 

「……瑞鳳の記憶で多少は知ってるよ、タルヴォス…受けたダメージを跳ね返す大技があるんでしょ?」

 

……そう、そしてその威力は確実に人の体でも、艦娘の体でも耐えきれない

 

「ま、でもさ…提督」

 

「何?」

 

「……もっと大事なもの、見ようよ」

 

「…大事なもの…」

 

「……多分、今も必死で助けてって…言ってるんだよ」

 

……そうだ、わかってる…

 

「…順番なんて、どうでも良いんだよ」

 

「そうだね、金剛達に頼んで食料も買い込んでおこうか、決戦は近い…間宮もそっちに行ってもらって」

 

「え?いいの?いやぁそれは嬉しいなぁ…あ、外食する気だな…!?」

 

「しないよ、しないから安心して」

 

「……ま、なんでもいいけどさ…」

 

「うん」

 

「…目、覚まそう」

 

「そうだね、どうやって助ければ良いのかはわからないけど…」

 

「大丈夫…絶対助けられるよ」

 

僕は曽我部さんに聞いた話からこう仮定した

元帥も、ヴェロニカも、2人ともこの世界のゲームマスターになろうとしている

 

ならば次の手は?

 

ヴェロニカは僕を何かにぶつけるのを楽しみにしているはずだ

元帥は何よりも力を手にしたい、とにかく権力以上の力を手にしようとしてる

 

「激しい戦いになるだろうね」

 

「…提督?」

 

アウラ、力を貸して

絶対にやり遂げたい事がある…

 

「夕暮れ竜の加護が在らん事を」

 

「………」

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 東雲

 

とうとう、言われた、捨てられる

捨てられるんだ、私は

 

「そう、お前は捨てられる」

 

「いやです、捨てられたくありません、特攻でもなんでもします」

 

「死ぬほうがマシか」

 

「はい、どうにかお役に立たせてください」

 

無感情な声とは裏腹に涙が常に溢れてる

壊れそうな心が音を立てていく

 

「お前が1番辛いことはなんだ」

 

「捨てられる事です」

 

「その次は」

 

「……それ以外にありません」

 

捨てられたら、私は完全に終わりだ

帰るところが無い、誰も私を受け止めてくれない

 

私が捨てたあの場所に帰る?できるわけがない

私は漣を、朧を、曙を殺そうとした

 

ーこのモノマネ野郎!ー

 

頭の中であの言葉がリピートされる

 

「俺の邪魔になるものを消せ、殺せ、殺し尽くせ、それをやってのけろ」

 

「はい、誰を殺せば良いのでしょうか」

 

「倉持海斗をはじめとする宿毛湾泊地の奴ら全員がそうだ、舞鶴の奴らがそうだ、呉の奴らがそうだ、佐世保の奴らがそうだ、ヴェロニカ・ベインも邪魔だ、殺せ、殺し尽くせ」

 

「はい」

 

私の中での、最後の、唯一最後残された私の絶対を守らなきゃいけない

 

だからその為に…死んで、みんな…

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 綾波

 

「どうですかー?」

 

「プロテクトが強すぎてダメだ、一度完全に破壊する必要がある」

 

「なら死ぬまで叩けばよかったんじゃ?」

 

「モノには利用価値というものがある、邪魔者との戦いに疲弊させればいい、そして碑文を完全に喰らう」

 

「成る程、制御の方は?」

 

「問題ない、強靭な精神さえあれば制御できるのだろう?」

 

「理論上は」

 

「なら十分だ、私にできないわけがない、よくやったぞ、綾波」

 

「ありがとうございま〜ス、サンプルがあったおかげですよ」

 

「さて、戦争の始まりだ」

 

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

軽巡洋艦 神通

 

「……メイガス』

 

感触を確かめる

 

ここは、真っ暗な闇の中

 

メイガスの司る視力でも私には何も見えない

 

『……深淵、ですか』

 

ソレを覗いている時、またソレも覗いている…誰の言葉だったか

 

頬の皮が裂ける感覚

風切り音を立て、何かが蠢いている

 

まるで怖くないのかと問いかける様に…私の肉を避けて斬りつける

 

『…貴方は私に何を求めるのですか』

 

答えはない、どうやら友達になるには苦労しそうだ

 

『……私に力を貸してください…私はまだ答えを出していません、私の答えになってください』

 

しかし、何事にも対価は必要だ

 

『…貴方の求めるものを教えて』

 

皮膚を切り裂いていた切先が皮を鈍く引っ掛ける

ゆっくりと肉の上を這う

 

『……左腕…?なんで左腕を…』

 

問いかける前に左腕が熱く燃えるような感覚に呑まれる

 

『っ!!…これは…!』

 

 

 

 

「…はっ…!」

 

…此処は…訓練所…時間は殆ど経ってない…

私は……

 

「……此れは…」

 

左腕に確かな違和感…表面上は何もない

だけど、確かに違和感がある…

 

「………提督に相談しておくべきですね」

 

 

 

 

 

執務室

 

 

「失礼します…あら?」

 

「神通、久しぶりね」

 

「…貴方は、青髪の曙さんでしたね」

 

「海賊の通り名みたいに呼ばないで、アオボノで良いわ」

 

「何をしに?」

 

「…武者修行、というか…道場破り?」

 

「……なんでまた此処に…」

 

「いっときとは言え此処に在籍したわけだから、なんとなくね…それに、呉の…アンタ、強いじゃない」

 

そう言って提督を見る

 

「……なんか、嫌ななつかれ方したらしいぜ」

 

「その様で…やるんですか?」

 

「いや、あんまやりたくねぇ…」

 

「神通、アンタでも良い…私はもっと強くなりたいの」

 

「……何故?」

 

「みんなの為、そして、取り返すため」

 

「取り返す…?」

 

「ウチの横須賀にいる馬鹿をね」

 

…確か、コルベニクを開眼していた.

 

「1人で戦うつもりですか」

 

「そんなわけないでしょ、でも…そのつもりでも問題ないくらいに強くなってみせる」

 

「わかりました、お相手します」

 

 

 

 

 

 

 

演習場

駆逐艦 曙(青)

 

「よし、行くわよ…」

 

「……その姿が…」

 

「勇者カイト…の力を借りてるだけよ」

 

私は所詮借り物…早く自分のものにしなきゃいけない

 

「……確かに、貴方のその動きは硬い」

 

「…視えるってわけ」

 

「ええ、私にはよく視えますよ…でも、貴方を一方的に支援することはできません、私も試さなくてはならない』

 

槍…これが神通の得物…

なるほどね、リーチはあるけど間合いを詰めればこっちのもの…

 

『……お互い、全力で』

 

「勿論…!」

 

双剣を構える

 

私に足りないものを掴むために戦う、残された時間は多くないからこそ戦わなきゃいけないか

 

「よし、行くわ!」

 

剣撃のコンボ…やっぱり捌かれるか

特に神通の間合いの管理は巧い、距離を詰めようとした瞬間に蹴りの動作を挟み、こちらの動きを牽制してくる

 

『これは中々…!』

 

「お気に召したみたいで良かったわ…!」

 

私には、何が足りない…何が…!

 

『この…!』

 

戦闘に関して、立ち回りについては神通が上手…だけど槍に慣れてない、間合いを生かしているのに、活かせてないせいで有効打がない…神通の悪い点は見つかっても私の悪い点はまだ見つけられてない…

 

「旋風滅双刃!」

 

『ッ!』

 

大きい動作、強い振り、槍の穂先が大きくブレる

 

「もらった!」

 

隙を逃さず追撃…

 

『来ちゃダメ!』

 

黒い…刃…?いや、AIDA…!

 

「く…ッ!アンタも使えたのね…」

 

神通の右肩から生えてるみたいな…こんなタイプのAIDAは見たことない

 

『…違う…この人は敵じゃない……』

 

…様子がおかしい…

 

「…神通…?」

 

『待って…やめなさい…やめて!』

 

AIDAに呑まれた…って認識で良さそうね

神通の右肩から伸びた蔓みたいなAIDAがひゅんひゅんと、音を立てる、先端についてる三日月ような形をしたものは…刃?

 

「一回ぶちのめしてから考えれば良いか…行くわよ神通」

 

『うあぁ…あぁぁぁ!!』

 

 

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

「…あのAIDAは…!」

 

最悪のAIDA…

 

「クソ!神通を止めねぇと!』

 

 

 

 

『おい!神通!!』

 

『あ…ぅあ…』

 

「呉の…やるわよ!」

 

『…いや、俺がやる』

 

…やるか…やるしか無いか…

 

『お前がそうなったのは無理に力を求めたからだ…その怖さをよく教えてやる…!』

 

『う…提督…』

 

『行くぞ!神通!』

 

世界が音を立てて崩れる

 

『うおぉぉぉッ!』

 

『…ぁ…メイガス…!』

 

メイガスから不自然に生えたAIDAの腕がスケィスを斬り刻む

 

『この…手数が足りねぇ…!』

 

受け切れないか…

 

『ああぁぁぁッ!!』

 

攻撃が重い

一撃ごとに体が削られる様な感覚が…

 

『結局…川内じゃダメか…!?お前には川内の声が届かなかったのか…!』

 

『…ね…さ、ん…』

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 神通

 

…ここは…?

 

遥か頭上で…スケィスとメイガスが戦ってる…

姉さんのスケィスじゃ無い…メイガスも…私のメイガスじゃ無い…あんな腕、私のメイガスには無い…

 

『神通』

 

『…提督…?』

 

『焦り過ぎだ、お前の努力はよく知ってる、なんでそんなに焦った…』

 

なんで私は焦ったのだろう…

確かに、私は…

 

『川内の声は届いてなかったのか、お前の事を大事に思ってくれる姉妹が居るのに、お前はそれを裏切るのか…?』

 

『……私は…』

 

姉さんがあんなに頑張ってるのに

那珂ちゃんがあんなに迷ってるのに

 

私は立ち止まっちゃいけないのに

 

『あ…!』

 

メイガスがスケィスを掴む

AIDAでできた腕がスケィスを斬りつける

 

『…なんだ、俺も…馬鹿だからな、間違いを正すやり方なんてあんまり知らねぇ…でも、これは…本当に力が怖いって事をお前に教えてやれる』

 

『待って…ダメです…!提督…』

 

スケィスを一方的に嬲る

メイガスが、ただ…なんの抵抗もできないスケィスを…

 

『やめて…やめて…お願いだから止まって…消えて、お願い…』

 

AIDAが斬り割いて、メイガスが叩き壊して

 

『やめて!やめてください!お願いだから…』

 

『……神通、よく噛み締めろ』

 

メイガスの腕が、スケィスを貫いた

 

『ぐ…がぁぁぁぁ!!』

 

 

 

 

「……ッ!」

 

世界が元に戻る

提督が海面に浮いていた

駆け寄り増殖を発動する

 

「お願い…間に合って、お願いします…!」

 

AIDAなんか、碑文の力なんか…

 

「……良くわかった、だろ…」

 

「…提督…!良かった…!」

 

「……データドレインを使われてたら…本当に死んでた…クソ、もう海の上に立つ力もない…肩貸してくれ…」

 

「はい、勿論です…提督…その…」

 

「……わかったんだな…?」

 

私は、理解したのだろうか

実によく、恐怖した…けど、恐怖が今回教えたかった事じゃないはずだ…

 

「…いいえ、ハッキリとわかったのは恐怖心だけです…」

 

「…じゃあ言ってやる…使うべき力に使われる様じゃダメなんだ」

 

「…使うべき力…私はAIDAに使われていた…」

 

「AIDAを制御するのは…AIDAが協力的でない限り、お前の精神に全てが委ねられる…力が欲しかったのはわかるが…焦るな」

 

「……はい」

 

このAIDAを制御できるかわからない

だから私は…ゆっくりと…歩くような速さでこれと向き合う必要がある



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台所

呉鎮守府

軽巡洋艦 神通

 

「……その、置いてけぼりにしてごめんなさい…アオボノさん」

 

「…別に私は良いけど…あんたのAIDA…悍ましいほどのものね…」

 

「はい…全く制御できませんでした、これは…封印します」

 

「その方がいいわ」

 

……このAIDAは悪意の塊のような…恐ろしい力…

 

「で、ちょっと打ち合っただけだけど…何か視えた?」

 

「……そうですね、鋭い剣技が…死んでいました」

 

「死んでる…?」

 

「守りたいという強い意志の中に迷いがあるんだと思います、演習だから傷つけられないという理由以上に…」

 

「……迷い、ねぇ…アイツのことかしら」

 

「横須賀に行った方の…?裏切った、ということですよね?」

 

「…裏切り者、というのは簡単よ…だけど、アイツからしたら私の方が裏切り者の薄情者…アイツの努力を否定して、アイツの気持ちを踏み躙って…そんなつもりは一切なかったけど…」

 

……同じ艦種の艦娘に会ったことは、何度もある

でも、私はこの人のように感じたことはない…

 

「……優しい、のですね」

 

「…違う、優しいんじゃなくて…ただ、姉妹だからよ」

 

「……姉妹?同じ曙なのに…?」

 

「それ以前に、同じ綾波型で、朧の妹…漣と潮の姉…」

 

「…同じ、姉妹…私には、目の前に別の神通がいても…そうは思えません」

 

「………アタシも、アイツ以外ならそうは思わない…アレは特別なのよ」

 

特別、か…

そもそも、出会いの時点でもう1人の曙はアオボノさんの姉妹を引き連れていた、同じ立場なら狂いそうになるだろう

 

「…それが…私の迷いとして私の戦いに出てるのなら、むしろその迷いを大事にしたい、だって…連れて帰ることだけを考えてるわけだし、戦うことも正直迷ってる」

 

「…強いですね」

 

「そう?ありがとう…でも正直甘いだけよ、クソ提督によく似てね」

 

「………」

 

私の槍は、どうなんだろう

槍である必要があるのかも謎だけど、何故私がこの武器なのか、メイガスがなぜその形を選んだのか…

 

「…アンタは単純に使い慣れてないのが悪いわ、どうせ近接戦闘自体…槍でやったの少ないんでしょ」

 

「ここまで本格的にやったのは初めてでした…素手でも戦えますから」

 

「アンタも大概化け物よね」

 

「……姉さんや提督ほどではないです…」

 

「…確かに強いわよねぇ…軽く見ただけだけど、あのレベルになりたいとは思ってないけど、正直羨ましいわ」

 

羨ましい、というより…嫉妬する

 

「………そろそろ、姉さん達が帰ってきます、良ければ会って行きませんか?」

 

「川内かぁ…ま、あんまり時間はないけど、会うだけ会おうかな」

 

「喜ぶと思いますよ、それまでお茶でもどうですか?」

 

「遠慮なく頂くわ」

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

「………なにこれ、大井」

 

「私はあなたと一緒に今帰ってきたところですよ、何を聞かれてもわかりません」

 

………なんで…

 

「なんでキッチンが大破してるの!!」

 

ムカつく〜…!

誰?この大惨事を引き起こしたのは…

 

「あら?川内じゃない、お茶いただいてるわよ」

 

…なんで宿毛湾の曙が優雅に緑茶と沢庵なんか…

しかもお茶はペットボトルだし…

 

「曙、何?わざわざ遊びにきてキッチンぶっ潰したわけ?」

 

「……え、何、そっちそんなにひどいことになってるの?」

 

…要領を得ないな

 

「何?何か知ってるの?」

 

「いや、神通がお茶を淹れてくれるって言うからご相伴に与ってるだけなんだけど…」

 

「神通ー!!!」

 

キッチンに立つなって言ったのに…!

と言うか今日は日下さんがお休みだから由良あたりが割を食うことに…

 

「まあ、まさかペットボトルのお茶とぐちゃぐちゃのたくあんの微塵切りが出てくるとは思わなかったけどね」

 

「…ごめん、大井、頼める?」

 

「ええ、一応客人にコレは…」

 

「気にしなくて良いわよ、どうせもうすぐ帰るから」

 

「そうなの?」

 

「顔を見たら帰るつもりだったし」

 

「それはまた殊勝な心がけで」

 

「…ま、暇じゃないのよ、アタシもね」

 

……なんだろう、この不思議な感じ

 

「あなた、雰囲気変わりました?」

 

「……実はね、一つ、答えが出たのよ」

 

「答え?」

 

「…私はとことん弱い、だから1人で戦うことは2度としない、もうやめるって決めた」

 

よくわからないな…

 

「…アイツが同じ動きをするなら、私はそれに合わせてやる…」

 

「…何を言ってるんですか?」

 

「ま、そのうちわかる時が来るかもよ、その時にね」

 

「……まあなんでも良いけど、次来た時は神通にお茶を出すって言われても断ってね」

 

「次からは優秀なお姉さまに頼んでって言うから気にしなくて良いわよ、神通アンタが入ってくる5秒くらい前に窓から飛び出していったし」

 

「…へぇ…よし、大井、ここは任せたよ!」

 

そう言って空いてる窓から飛び出す

 

「あ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

私も後片付けはごめんなので

 

 

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 大井

 

「くぁぁ……ん?居たのか、大井」

 

欠伸をしながら入ってくるなり…

 

「……まあ、居ましたよ、ええ、私が片付けをしたんですよ、おかげでこんなに綺麗なんですよ」

 

「…神通…やりやがったな」

 

「提督、ご存知だったんですか?」

 

「まあ、演習を見てたからな、ほら、宿毛湾に行ったあの曙と…」

 

「…まあ、さっき会いましたよ……」

 

…シャンプーの匂い…?

 

「あれ?お風呂に入ったんですか?」

 

「…ずぶ濡れだったからな」

 

「……一体何が…」

 

「聞かないでくれ、俺としても複雑な問題だ」

 

本当に一体何が…

多分神通さんにもなにかがあったみたいだし

 

「…食事ですか?」

 

「あ?」

 

「…いや、食堂にわざわざ来るなんて何か食べる時か日下さんと話す時くらいじゃないですか」

 

「……そうか…?」

 

「そうですよ」

 

「…まあ、なんでも良いだろ、茶を入れるけどお前もどうだ?」

 

……また散らかるのかと思うと辟易とする

それは防がねば…

 

「忙しいんじゃないんですか?」

 

「……頭を冷やす時間が必要なもんでな」

 

「…私がお茶を用意します」

 

「…そうか、じゃあ、頼む」

 

 

 

 

「ん、美味いな…同じ煎茶のはずなのに…淹れ方が違うのか?」

 

…ほんとに任せなくて良かったかもしれませんね…

 

「……適当に沸騰させてるからじゃないですか…?」

 

「ダメなのか?」

 

「何事にもやり方というものがあります、調べてください…例えば煎茶は80℃のお湯で30秒とネットでは出てきますね、私は85℃45秒蒸らすのがルールですが」

 

「へぇ、拘ってるんだな」

 

「当然です」

 

まあ、雑味もなく、香りも良く仕上げてますからね

 

「なあ、大井」

 

「…なんですか」

 

「最近、AIDAはどうだ」

 

AIDA関連で何かあった…?

 

「……戦果に出てる通り、コントロールできている…と思いますけど」

 

「そうか、じゃあお前自身はどうだ」

 

私自身…?

 

「ちょっと意味がわかりません」

 

「…なんだ、辛いとか…」

 

「……はぁ…何に影響されたか知りませんけど、気を使うのが下手な人間がそういうこと言うのはサムいですよ」

 

「…そうか、悪かったな」

 

偉くしおらしい…

何か言い返してくると思ってたのに

 

「提督こそ何かあったんですか」

 

「…いや、なんでもない」

 

お茶を口に運ぶペースだけ早いのに傾け方は一定

考え事だけして飲んでない…

 

カマをかけるか…でも何で?

 

AIDAは確実…日下さんは…うーん…相談相手として選んでここに来た?多分相談したい内容とは関係ないか…

アオボノさんは違う、向こうから話題を出したなら相談してくるはず

となると…残されたのは、神通さんか…

神通さんとAIDA…

 

向こうが話題を振りたくないならどう話させる?

AIDAの理解度?当然私は提督に劣る、相談を促すにも理由はわからないがおそらく私は避けられてる

 

どう促そう…

 

「おい、大井?」

 

…良いタイミングで呼びかけてくれた、利用しよう

 

「…おい」

 

「………」

 

「おい、なんで無視しやがる」

 

「自分の胸に聞けばいいんじゃないですか」

 

「…サムい奴とは話したくないか」

 

……呆れて何も言えない…

これだけ勘が悪いと苦労するわね…

 

「私の問いかけをなんでもないでスルーするくらい1人が好きなんですから、話し相手も必要ないでしょう」

 

「…あー……」

 

ようやく伝わったらしい

 

「……そんなに気になるのか」

 

「神通さんのAIDAの事でしょう?」

 

「……知ってたのか…?」

 

ビンゴ

 

「いいえ、予想しただけです」

 

「…お前は勘は良いのになぁ…」

 

「何か不満でも?」

 

「…有る、自分が正しいと決めたら決めつける癖は色んなところで悪い結果を呼んでるだろ」

 

また出た…

 

「いいえ、全く」

 

「お前……周りにどう思われてるとか、周りの感情を優先することはあるか?」

 

周りの感情…

 

「それを優先したところで結果は変わりませんよ」

 

「……例えば、これは極端な例だが嫌いなやつと出撃したら?」

 

「いつも通りです」

 

「…さらに極端だが、そいつがお前の裁量一つで死ぬかもしれないとして、どうする」

 

「………シチュエーションが不足しています、そもそも私に嫌われると言うことは常日頃から言うことを聞かなかったり、よほどなまこ頭ない限りあり得ませんよ」

 

「……そうか、例えば誰かがお前のことを嫌ってたとする」

 

逆のパターンか

 

「お前が死にかけたとして、そいつは助ける手段がある、だけどそれは本人しか知らないことだ」

 

「…だから?戦力を私情で切り捨てられるわけがありません」

 

「切り捨てる奴はいる、お前は自分を信用しすぎだ」

 

「力量は見極めています」

 

「………」

 

…何が不満だというのだろう

 

「お前は協調性…いや、社交性はあるだろ」

 

「なぜ言い直したんですか」

 

「協調性ってのは少し間違ってる気がした、社交性の方が正しい」

 

「私が人付き合いが下手だと?」

 

「そうじゃないけどな…」

 

「下手に取り繕うのは疲れるだけですよ、偉い人の真似なんかやめたらどうですか」

 

「……うるせぇよ…」

 

…しまった、踏み込みすぎたか…

 

「………」

 

「………」

 

完全な膠着状態…か

謝るのもなんだか…切り出し辛い…

 

「お前には俺がどう見えてる」

 

「…どうって……」

 

どう、か…わからない…

軽率な言葉が口をついて出そうになる

 

口籠る、嫌に重たい、なんで答えればいいんだろう…

 

「………」

 

「なんか重たい雰囲気だねぇ」

 

「…川内か」

 

…いつもなら鬱陶しいタイミングだけど、今は正直ありがたい

 

「何?なんの話?」

 

「…お前には言っておく必要があるな…大井、外してくれ」

 

神通さんのAIDAの事…か…

…おとなしくいう事を聞いておけば…良いんだろうけど

 

「お断りです、私にも聞かせてください」

 

「…大井、お前には関係ない、外せ」

 

「今、お断りしたのが聞こえませんでしたか?」

 

…なんでこんなに喧嘩腰なんだろう、自分でもうんざりする

 

「絶対に聞かせちゃいけない内容なワケ?そうじゃないなら別に良いと思うけど」

 

「…大井には関係ない話だ」

 

「ダメってワケじゃないなら勝手に首を突っ込ませれば良い、違う?」

 

…なんで私に助け舟なんか出してくれるんだろう

 

「………勝手にしろ」

 

 

 

 

 

 

「神通がAIDAに…?」

 

「ああ、かなり凶悪な奴だ…もし何かあればすぐに知らせろ、1人で対処しようとするな」

 

……そう、AIDAと言っても一つじゃない、誰もが私達に憑いてるような協力的な個体じゃない…

それの対処に当たってたのね…

 

「知らせろ、って取り除かなかったの?」

 

「神通なら大丈夫だ」

 

「大丈夫って…そんな無責任な…」

 

「会ってきたんだろ、何も感じなかったか?」

 

「…何も」

 

「じゃあ使わないって決めたんだろうな、心配ない」

 

「適当な事言ってる?ねぇ、それ本気で言ってるの?どっち?」

 

「本気だ、お前の妹だろ、信用しろ」

 

「…それはずるいってー……」

 

「お前が信用してやらなきゃ、誰が信用するんだ?」

 

「むー…」

 

川内と提督の距離は、私が思ってるより近いらしい

 

「…そう言えば川内さん、マフラーは」

 

「あ、そうだよ大井、それでわざわざ来たんだけど、赤だっけ」

 

「ええ、せっかくですし取りに行きましょう」

 

「おっけー、行こうか」

 

……逃げてるだけだ、ダメ、これじゃ…

 

 

 

 

 

「なんだ、大井の部屋も案外散らかってるんだね」

 

「…いえ、これは姉さん達が…」

 

…咄嗟に嘘をついてしまった…

今朝は片付ける暇がなかったし…いや、言い訳は良くないか…人に罪をなすりつけた後だけど

 

「…なるほど、妹は妹で辛いんだねぇ…」

 

「…え、えぇ…そうですね…」

 

「ところでさ、大井」

 

「何ですか?」

 

「モノには限度ってもんがあってだね」

 

「…いきなりなんですか?」

 

「私達の戦いは、一歩間違えれば全員道連れの戦い、特に私たちはゴールすら見えてないんだよ、このまま巨悪を倒して、はいお終い…なんて事にはならない」

 

…急に真剣な顔して…そんなこと言われなくても…

 

「大井、私だってこんな状況、あした死ぬかもしれない、5分後には死んでるかもしれないんだから…気持ちは伝えなきゃいけないよ」

 

「…なにを…?」

 

「大井ってさ、普段賢いのにバカだよね、自分を狂信的に信じてる」

 

「…馬鹿にしてます?」

 

「してるよ、なんだかんだ面倒見が良くて、最前線で、時には私たちより前で戦う様な提督だ、皆はどう思ってると思う?」

 

「…どうって…」

 

考えた事はなかったけど…

 

「少なくとも憎からずは…」

 

「……で、済まないような相手がここに居たら?」

 

「…え?」

 

考えてなかった、そうか…

 

「日下さんなんてさ、私たちよりずっと距離近いんだよ、だって何年もの仲だもん、ねぇ?」

 

「…だからなんですか」

 

「もうちょっと、周りを見なよ、敵だらけだよ」

 

「…それが言いたくて?」

 

「そ、私は不意打ちでもなんでもするけど…大井とは正々堂々行くべきかなぁって…」

 

「………」

 

…何故私は私だけだと思ってたんだろう

 

「大井、例え誰がなんて言っても提督は無視するよ」

 

「…そうでしょうか」

 

「間違いないね、だって明日にはみんな死んじゃうかもしれないんだから」

 

「……嫌に落ち着いてますね」

 

「不安な気持ちに押しつぶされてる暇があったら、戦わなきゃいけないからね…だって私が夢見てる世界は戦いの向こうにある」

 

「………」

 

私の望む未来は…何処にあるんだろう

 

「それは大井の中にしかないよ」

 

「…何も言ってませんよ」

 

「なんとなくね、所でさ…大井、これ?」

 

赤いマフラー、血のように赤い

落ち着いた赤…決して暗いワケじゃない

 

「そうです、どうぞお持ちください」

 

「追い出そうとしてるでしょ」

 

「…不愉快なんです」

 

理由は、よくわからない

 

「……別に良いけどさ、アタシとも向き合ってよ」

 

「…川内さんと?」

 

「大井の特別は、最初から姉妹だけだったのかもしれないけど、今は違うんでしょ?」

 

特別か…北上さんはあんな事になってしまったし…

 

「大井、この先の戦いで、私たちは何かを、誰かを失う、でもそれって仕方ない事なんだよ」

 

「…誰かが死ぬっていうんですか」

 

「提督だけ失うワケないじゃん、私たちが失う覚悟をしてない限り…強くなれないんだよ」

 

伝わってこない、何も

 

「大井、明日死ぬのは私じゃなくて提督かもしれない」

 

「…そんな訳…」

 

「保証は何処にもないんだよ、ね、もっと落ち着いて周りを見てみなよ、大井は私より賢いんだからさ」

 

……どうしろと言うんだろう、提督が死んだら、私に残されたのは姉さん達と木曾だけになる…

 

「大井は何のために戦ってるの?」

 

「…何のために…?」

 

「アタシはさっきさ、うまいこと提督に丸め込まれたように見えたと思う、神通の事ね…でも、あの時はアタシが冷静じゃなかっただけ、神通なら大丈夫だもん」

 

「なんでですか?」

 

「神通は誰よりも、守ろうとしてるから」

 

「守ろうとしてる…」

 

私は…北上さんより弱くて…提督より弱くて…

 

「私には、誰が守れるんでしょう…」

 

「守るのなんて理由の一つ、戦う理由は何でも良いんだよ…誰かの為、復讐、怒り、なんでも…例えくだらないことでも良い、私は間違えなきゃ良いって思った」

 

「間違い?」

 

「私は神通も那珂も、提督も…ここのみんなも大事、だからみんなを悲しませない為に戦う、誰かを悲しませるような戦いは間違ってると思った」

 

「…どうして?」

 

「だって私はみんなの事大事にするって決めて戦うのに、自分で悲しませたら意味ないじゃん」

 

…思ったより簡単な理由、なんだろうけど…

 

「納得した?」

 

「…まあ、多少は」

 

「結局私は後悔しないように生きてるだけなんだよ」

 

「後悔、ですか…」

 

…私は…

 

「同じじゃなくて良いんだよ」

 

「……私はいくらでも悔いを残して生きていきます」

 

「それも一つの生き方だよね、大井のやりたい様にしなよ」

 

「整理がついたら、その時に伝えます…抜け駆けはなしなんですよね?」

 

「心の整理の前にまずは部屋の整理からだと思うけどね、球磨型で1番部屋が汚い大井っち!」

 

「……まさか…バレて…」

 

「私大井以外とは結構交流あるんだよ?バレるに決まってるじゃん」

 

「…はぁ…」

 

 

 

 

 

 

提督 三崎亮

 

「ああ、無事でよかった、肝を冷やしたぜ」

 

『まあ、これで全部パァですけどね』

 

「欅、そっちはどうなんだ?」

 

『安全です、最後の日までは間違いなく』

 

「……Xデーは?」

 

『近日中に、プロトタイプの腕輪の使用痕が何度も認められてますから、時間もないですね…』

 

「…クソ、どうすれば良いんだ?」

 

『世界を救う手段なんて、ないのかもしれない…そもそも、世界を救うなんて烏滸がましいのかもしれない』

 

「…えらく気弱な事を言うな」

 

『現実に流れ出たデータをネットに戻したらどうなると思いますか?』

 

「…できるのか?!」

 

『できたとして、待ってるのは大量の真空の空間、その空間に周囲の空間が引き寄せられる…だけで済むでしょうか、NASAのログを調べたら、この現象は…宇宙規模に広がりつつある』

 

「…デカくなりすぎだな…」

 

『何が起こるか、想像がつかない』

 

「つく限りでも引力がおかしくなっちまう訳か…」

 

『地球の軌道が変われば太陽から離れて氷河期、もしくは太陽に衝突…隕石群が降り注ぐ…何が起きても不思議じゃない…もっと悪いかもしれない…僕らはネットに頼りすぎたのかもしれません』

 

「……チッ…どうすりゃ良いんだ…」

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 那珂

 

「あれ?神通姉さん…どしたの、そんなにボロボロになって」

 

「…キッチンに立ったのがバレて…」

 

「……あっきれた…」

 

そんなくだらない理由かぁ…

 

「私たちが立つ事が間違いなんだよ…」

 

「…那珂ちゃん、元気ないですね」

 

「…わかる?やっぱり…ゴレが出てきてくれないんだよね…戦闘中もなんだか集中できないし」

 

「…つまりスイッチが入らない?」

 

「うん…」

 

私の中で集中のスイッチが入らない…

テンポもブレてしまった、どうやって戦えば良いのかわからない…

 

「…アイドルの活動も全くなくなったしね…あ、でも今の顔なんて誰にも見せたくないからそれはいっか…」

 

「……私は元気な那珂ちゃんは大好きでしたけど…今の那珂ちゃんも大好きですよ」

 

…やっぱりお姉ちゃんなんだ、優しく包んでくれる

 

「…絶対に、強くなるからね」

 

「良いんですよ、焦らなくて…ゆっくりで…」

 

「……うん、約束…」

 

私は、きっと大丈夫…

 

「だから今は好きな事をしましょう、何かしたい事はありませんか?」

 

「…したい事かぁ…お出かけしない?これから忙しいだろうしさ、遠くのカフェに行ってみたい、美味しいもの食べて…ね?」

 

「わかりました、申請しておきます」

 

……あれ…?血の味が…口の中に…



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最低

佐世保鎮守府

軽巡洋艦 龍田

 

「え?お出かけ…?別に良いけれど、どうして私を誘うのかしら〜…」

 

いきなり秋雲ちゃんに誘われるなんてビックリしちゃった〜

 

「ほら、龍田さんも…頑張りすぎじゃないかなって思って…その、瑞鶴さんも声かけたんだけど…」

 

「…瑞鶴はダメだったのね〜」

 

「私が抜けたら誰がここを守るのかって…龍田さんもダメ…?」

 

…そんな目で見ないで欲しい…

断り辛いわ〜…

 

「…何処まで行くの〜?」

 

「陽炎と不知火が本州にいいお店があって、帰ってくるのに半日かからないって…明日、どうですか?」

 

…半日…か、許可は取っておけばいいし…何かあってもすぐに帰れる…はず

 

「ま、許可が出たら構わないわぁ〜」

 

「やった!ありがとうございます!」

 

「……なんでこんな事であんなに喜べるのかしら…」

 

…きっと、私と瑞鶴を心配してくれてるから…

たまたま私達が力を持ってしまってるから…

 

「そう思うとあんまり、良い気はしないわね…」

 

私よりも辛いのは瑞鶴のはずなのに…

そう言えば宿毛湾に行ってきたんだっけ

 

「あ、龍田」

 

噂をすれば影がさす…

 

「あらぁ〜?瑞鶴…元気そうね〜」

 

意外だけれど

 

「…うん…あはは…やっぱお姉ちゃんってすごいね、本当に元気もらっちゃった」

 

「…そう…良かったわぁ…」

 

本当に良かった…瑞鶴だけでも持ち直してくれて

 

私も持ち直すには良い機会かもしれない

 

「楽しんできて」

 

「…断られたコト、秋雲ちゃんが泣いてたわよ〜?」

 

ちょっとしたウソ

私は素直じゃないから

 

「え、ホント!?うわぁ…傷つけちゃったかなぁ…気をつけたつもりなのに…!秋雲どこ行ったの!?」

 

「ウ・ソ♪」

 

「…は……はぁぁ〜…焦ったぁー!なんで嘘ついてくれてんのよ!!」

 

…本当に元気になってる、本当に…嬉しくて、羨ましい

 

「美味しいもの食べてくるね〜♪」

 

「…はぁ…いってらっしゃい」

 

「いってきま〜す♪」

 

まだ気が早い、明日なんだから

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

軽巡洋艦 天龍

 

「…私ですか」

 

「ん、そう、天龍にはなんだかんだ色々気を遣わせちゃったしさぁ、どう?とりあえず後は長門も行くんだけど」

 

特に誰かと仲がいいつもりもなかったから、食事に誘ってもらえるなんて思わなかった…

 

「是非、ご一緒させてください」

 

親交を深めたい、願ってもないコトだ

 

「ん、後は阿武隈でも誘おっかなぁ…長門がまだ離島に来る前からの有名なお店らしいんだよね」

 

「…ハンバーガーチェーンとかそんなオチだったり…」

 

「……やだなぁ、そんな訳…いや、聞いとこよっと…」

 

…今更ながら、この状況下でそんなに悠長なことしていいんだろうか…

 

 

 

 

「え?別に良いと思うよ、楽しんできてね」

 

肝心の提督がこれじゃあ、仕方ないか

決戦が近い、とか言ってたのに…いや、なんの備えもしてない訳じゃないんだ、油断するとすぐ1人で抱え込むから…ちゃんと見てなきゃいけない

 

「提督、私たちが出かけてる間に戦いが始まったらどうするつもりですか?」

 

「みんなで戦うだけだよ、何も変わらない」

 

「……じゃあなんで私たちが出かけても良いんですか」

 

「時間がないからこそ…最後までにやりたい事をやっておいて欲しいからだよ」

 

………

 

「提督のやりたいことってなんですか?」

 

「…みんなでゲームをしたかったな…もっと、ずっと…」

 

「………」

 

提督は曙さんにお気に入りのネットゲームのディスクをプレゼントしたっていってた…

一緒にやりたかったんだろうなぁ…

 

「あ、そうだ天龍、有事の際はこっちからも連絡するけど、念のためこれもつけておいて」

 

「…リストバンド?」

 

「発信機みたいなものだから、何かあったらこれをちゃんと持っておいて」

 

「わかりました」

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 東雲

 

「お前の仕事は舞鶴の全戦力の破壊、並びに徳岡純一郎の捕縛だ、聞きたいことがある」

 

「任務、了解致しました」

 

「我々も同行する、手は抜くな」

 

「はい」

 

私の明日がかかってる、誰が手を抜けるだろうか

 

「こちらの研究はもうすぐ完成する、派手にやれ」

 

 

 

「よろしくお願いしますねぇ?」

 

「…はい」

 

綾波か…いつの間に出てきた…

 

「あ、そんなに身構えないでくださいよ、お楽しみは後々ですから…ん〜、制御オンにしても体が反応するほど刻まれてるんですねぇ、素敵ですよぉ」

 

………

 

「さて、準備しましょうか」

 

「はい」

 

…なんだか気分が悪い

 

 

 

 

 

 

 

旧 離島鎮守府

軽巡洋艦 夕張

 

「よっしゃぁぁぁ!できったぁぁ!」

 

とうとう完成した!

 

「うわっ…うるさっ…何、腕輪じゃないよね?」

 

「そっちはもうほんっっとうにダメ!でも見てよ明石!これ!」

 

「…何これ」

 

「前に暁ちゃん達が持って帰ってきた接続機あるじゃない!?あれよあれ!あれからダイレクトにミストを呼び出す機械!あ、ミストって言うのはこれのファイルに記録されてたから便宜上そう呼んでるだけで、データの濃度の事で〜」

 

「長い!要するにそのデータの濃度を高める機械でしょ?私もう作った後だから無意味!」

 

「へ?…いつの間に…」

 

せっかく提督から受注して作ったのになぁ…無駄かぁ

 

「ほら、これプロトタイプのリストバンド」

 

「……成る程」

 

出力は私の方が圧倒的に上、緊急避難とかの意味合いが強いかなぁ、それに…待って

 

「明石、これ提督に言われて作ったの?」

 

「そうだけど?」

 

…そうか、わかった、わざわざ私に作成を依頼したのは明石に止められるのを知っててなんだ…

どうしよう…明石に伝えるべきなんだけど…なんでこれが必要なの…?わからない、もしかしたら…本当に必要で、緊急事態なのかもしれない…

 

「プロトタイプって言ってたけど、完成品は?」

 

「提督に渡しちゃった、まあ、違いなんて殆どないけど」

 

………

 

「ごめん明石!ちょっと借りる!」

 

「え!?ちょっと!?」

 

これを連携させれば、多分…

提督なら悪用はしない、大丈夫、信じよう

 

 

 

 

「…できたぁ…!よし、これを組み込んで…形は手袋みたいだなぁ…ま、いいや…よし、報告しなきゃ」

 

メールを飛ばす

 

「あ、いたいた、夕張、何やって…それ何?」

 

「ん…明石、見てよこれ」

 

「…革手袋?」

 

あ、間違えた

 

「ごめん、これはカバー用のやつね、本体はこっち」

 

「…何かのチップ…?結構小型な…さっきのことと関係あるの?」

 

「そう、これを使えばいろんなデータが取れると思ってね」

 

革手袋で全体を包む

 

「…なんのデータ取るのかは知らないけど、それ、提督に渡すの?」

 

「一応ね」

 

「………」

 

明石が怪訝な顔で見てるけど、まあなんでも良いや、後で直接聞こう

 

「さて、腕輪作りに戻りますか!」

 

「…そう、だね…んー…」

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

 

「はい、約束のものです」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

受け取ろうとしたタイミングで持ち上げる

 

「…夕張?」

 

「何に使うつもりですか?」

 

「……戦う為だよ」

 

「何のために」

 

「誰かを犠牲にしないため」

 

「仲間じゃないんですか?」

 

「仲間だから、傷ついてほしくない」

 

「私たちの気持ちもわかってますか?」

 

「わかってる、だから…渡して欲しい、どうしても不安なんだ」

 

「不安?」

 

「…曙を殺したのは僕だから、もう、誰もこの手から零さない」  

 

……完全に、トラウマになってるなぁ…

自覚させたのが1番良くなかったんだろうけど

 

「…はい」

 

「……ありがとう」

 

もし渡さなければ、何をするかわからない…

 

同じ泡沫の時を過ごすと言うのなら、後悔のないように

 

「水の月と泡沫の勇者、かな」

 

「…僕は勇者じゃないよ、所詮ただの復讐者だ」

 

「自分でそう言うなら止めませんが…そのために誰かを巻き込むのはあなたの本懐じゃないでしょう…?」

 

「……人は過程だけを見てはくれない」

 

「……」

 

「どんなものでも、結果が出なくては、誰もその過程に興味を持たない、努力してた…それで納得できるのは自分だけなんだ…だから僕はそうしなくちゃ、前に進めない」

 

「…それが良いと思えること、ですか」

 

「僕は、曙が必要不可欠だと思う、仲間として」

 

「碑文使いとしてではなく?」

 

「決して違う、再誕の力なら八相の方を倒して流用すれば良い、仲間として、必要だ」

 

「……そういうことでしたら、多少の寄り道もやむを得ない、と」

 

「そういうことだよ、今は誰も失わないこと、そして曙を取り返すことが僕の目的、その先に世界の再誕がある」

 

「………」

 

本当に、みんなが居ない世界を作るつもりなんだろうな…だから自分が悔いを残さないために…いや、違う…それだけじゃない

 

「そのために明石に腕輪を作らせてたんですか、居ない世界を作るために」

 

「…ごめん、忘れて欲しい」

 

…本当に…?

 

 

 

 

 

 

 

翌日

 

 

 

 

 

舞鶴鎮守府

駆逐艦 島風

 

「え、いや…私は出かけたくないんですけど…」

 

「ゲームゲームゲーム!体に悪いと思うにゃ!ほら、美味しいお店紹介するから行こ!」

 

…睦月ちゃんは我が強いなぁ…良いじゃん、この前の演習で疲れたんだから後2日はゲームしたい…できないけど

 

「もう白露達が先に席を取りに行ってるし早く行こ!」

 

「……何を食べに…?」

 

「parfait!!パフェof the パフェ!わかる!?この甘美な響き!」

 

「………おやすみなさい」

 

「はい、行きますよー」

 

「引き摺らないでぇぇ…」

 

 

 

 

 

 

「あ、見えてきた、あそこの…あれ?今日はガラガラ?」

 

「そうなの?」

 

「いつもはめちゃくちゃ長蛇の列ができてるんだけど…おやすみかな」

 

…帰れるかも…確かに睦月ちゃんが指した店はなんだか暗い感じの…

 

あれ?ここってこんなに人通り少なかったっけ…ここは繁華街で、普段から人や車で賑わってるはず…

車はあるけど…一つも動いてない、道路の真ん中で止まってたり…

 

おかしい、静かすぎる…

 

「……ねぇ、睦月ちゃん?」

 

…あれ?

 

「…睦月ちゃんが…いない…?」

 

背後に気配…!

安全が確認できてる前に走るしかない…

 

「あれ、振り返って攻撃してきてくれると思ったんですけどね…」

 

…話に聞いてた真っ黒な服を着たヤツ…と、曙さん…

 

「…睦月ちゃんはどこ…!」

 

「同じところに送ってあげますよ」

 

送る…って事は、ここには居ない…

あの一瞬でどこかに…?どうやって…

 

「こっちだけ見てて良いんですかねぇ?」

 

「ッ!」

 

背後…!

 

「……え…?何、ここ…」

 

振り返ったら、世界が違う…

街が燃えてる…

人が、死んでる…

 

阿鼻叫喚とか、そんな言葉がぴったりな…

 

「深海棲艦…?」

 

違うかもしれない、でも良く似てる、変な化け物がたくさんいる…そして、人が襲われてる…

 

「…た、戦わなきゃ……でも、私は…!」

 

現実では何もできない…

どうすれば…いや、私は…私が良いと思ったことをやる…

 

「やあぁぁぁッ!!」

 

化け物に掴みかかる

 

「この!この…!」

 

手も足も出るわけがない…簡単に振り払われる…

当然だ、勝てるはずもない…艤装も力もなければ私は無力…今、私が存在する意義が一つ壊されようとしている、無数にある意義の一つが、命が目の前で…

 

「やめろぉぉ!!」

 

…化け物を殴り飛ばした…?

 

「大丈夫!?また人が…どうなってるんだ…!」

 

黒いパーカーの男…?歯車の籠手…

 

「君!立てる!?」

 

「え…うん…」

 

「じゃあ早く逃げて!アレはオレがなんとかするから!」

 

そう言って化け物の方に向かっていく

 

…落ち着いて、私…

今何が起きてるかを把握するんだ…私は睦月ちゃん達を助けなきゃいけない、そしてたくさんの民間人も

 

「待って!私も連れてって!」

 

「連れてけって…待って、とりあえずこいつらを片付けてからだ!」

 

殴る蹴るでまさかこの化け物が倒せるとは思わなかった、少なくとも私は無理だったけど…この人はやってる…

そもそも艦娘ですらないのに…

 

となると、私の中で一つの解答が出てくる

 

「……お願い…!」

 

ここは、現実じゃないのかもしれない…と

 

手に力を込める、ギュッと、握り込む、あの姿を思い描いて、強く求める…

 

「……来た…!」

 

両手に重い感覚、それぞれの手に剣が握られている

 

「…よし…やるよ!」

 

双剣を振るい、敵を斬り裂く

 

「カイト…!?違う、髪が白い…キミは…」

 

カイト…やっぱり提督の知り合いって事だ!

 

「私島風!よろしくね!」

 

「え?…ああ、オレはトキオ、早くここを片付けよう!」

 

「わかった!」

 

 

 

 

 

「よし、あらかた片付いた…」

 

「…はぁ…終わった……」

 

ちゃんと魔法も使えた、これなら大丈夫

 

「……ここにいる人達はみんな巻き込まれただけなんだよな…」

 

「巻き込まれた…?」

 

そういえばこの人なんでここに居るんだろう

 

「あの、貴方は違うの?」

 

「トキオでいいよ、オレは…そうだな、調査、調査に来たんだよ」

 

「調査…」

 

「キミは艦娘なんだよね、カイトの知り合い?」

 

「うん、多分そのカイトは私の提督」

 

「じゃあ宿毛湾の?なんでこんなところに…」

 

「違うよ、今は舞鶴にいるの、ここだって舞鶴のはず…」

 

…でも、違う

 

「ここはネットの中だよ、作り出された世界…集団で強制的にリアルデジタライズさせるなんて…」

 

「リアルデジタライズ…?」

 

「…君たちは生身のまま、ネットに入れられたんだよ…わ、ちょっと待って…ああ、片付いたよ…そっちはどう……よし、わかった、早くみんなを外に…わかってるって!」

 

…通信してる?

 

「もうちょっと待ってて、すぐに現実に戻れるはずだよ」

 

「…コレって、誰が仕組んだことなの…?」

 

横須賀の海軍だけでできることなのかな

 

「オレはわからないけど……待てよ、ダメだ!おい!フリューゲル!!早く出ろよ…!」

 

「どうしたの…?」

 

「向こうの狙いがわかったんだ…クソ!つながらない…!」

 

急に目の前が真っ白になる

 

「わっ!?……戻った…の?」

 

戻った、現実だ…だけど、人は死んでる…街は、燃えてる…

トキオさんも居ない…

 

「……そんな…!」

 

そうだ、みんなは!?

 

「睦月ちゃん!どこ!?どこにいるの!!」

 

入ろうとしていたお店に向かう

 

居ない、誰も、何も

 

紛れもない現実で、私の友達がいない…

 

 

 

 

 

 

 

九竜トキオ

 

「間に合わなかった…!」

 

『どうしたんだよ、いきなり…』

 

「敵の狙いはヘルバの位置だ!この大規模なリアルデジタライズ騒ぎを鎮静化するためにヘルバを動かすのが狙いだ!」

 

『なに…?クソ、ヘルバ、そっちは』

 

『問題ないわ、元よりいくつもサーバーを中継してる、簡単には足を掴めない』

 

「だとしても時間の問題だ!そこから逃げて!」

 

『…言うことを聞いといたほうがいいと思うぜ』

 

『その様ね、私の予備のアジトの接続が切れたわ』

 

「もうヘルバのセキュリティを突破したのか…!」

 

『違うな…データドレインの痕跡がある、碑文の力で無理やりこじ開けてやがるか…!』

 

「……ヘルバ、逃げ切れたかな…」

 

『油断はできない、それだけは確かだ、それよりなんで向こうの狙いがわかった?』

 

「ヘルバの見つけてきた計画書、覚えてる?」

 

『ああ、計画書というかただの設計図だな、人をリアルデジタライズさせる装置の設計図』

 

「なんであんな簡単に見つかったのかなと思って…」

 

『簡単って言ってもヘルバにしか見つけられなかった』

 

「そこだよ、ヘルバにしかできないからヘルバを炙り出せたんだ」

 

『…なるほどな、ほとんど勘みたいなもんだが、結果正しいんだから仕方ないか…今からどうする?』

 

「……ヘルバを狙ってる奴を引き摺り出す!」

 

『できるのか…?』

 

「やってやるさ…」

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 龍田

 

「うーん…甘いわねぇ…」

 

「でも美味しいじゃないですか、このパフェ」

 

「……案内してくれて悪いけど…秋雲、私たちの調べた店は向こうの通りらしいわよ」

 

「えっ…」

 

「秋雲の落ち度ですね、私たちは悪くありません」

 

「いや、いやー、たはは…おいしいからいいじゃん!ね!」

 

「そうよ〜?あんまり細かいことを気にしちゃダメだからね?」

 

……少し気が楽になったけど、やっぱりこの子達はまだ幼いような気がする、下手すれば私よりも先に着任した子だっているのに…

 

「……ん?…なんでしょう今の光」

 

「光?そんなもの見えた?」

 

「…気の所為か、気にしないでくださ…」

 

爆発音が響く、窓が割れ、地面が揺れる

 

「伏せて!」

 

 

 

「…治った…?」

 

「一体何が……」

 

…オフ、と言うわけにはいかなくなった…か

 

「呆気にとられてないで、早くいくわよ〜?民間人の被害を防がないと」

 

……緊張してる…?

動悸が激しい…何もかも捨てて逃げ出したい…

 

こんな気持ちになった事は、今までなかったのに

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 神通

 

「…これ、カロリーがすごいことになってますけど…」

 

「那珂ちゃんはアイドルだからカロリーを超越してるんだよ?」

 

…だいぶんテンションが戻ってきたようですね…

アイスを掬って口に運ぶ、むせた

 

「ゴホッ!…これ…甘すぎませんか…!?」

 

「…むしろ足りないくらいなんだけど…」

 

「………」

 

本気で言ってるのだろう、私には甘すぎた…

 

「ん〜、あ、これも美味しい」

 

「…パフェの中にドーナツ…?」

 

「頭いいよねー、穴が空いてるからカロリーゼロだし」

 

「…???」

 

え、何を言ってるんでしょう、那珂ちゃんはそこまで馬鹿じゃないはず…

私の計算だと…これはいつもの倍はトレーニングしなくてはいけなくなりましたね…姉さんの作る料理のカロリーと計算して…

……呉まで走って帰るべきかもしれない…

 

「あ、ほら、神通姉さん、これ食べてよ」

 

「…ミント?好き嫌いはいけませんよ」

 

「おねがーい!ね?ね?」

 

「由良さんの真似をしてもダメで…」

 

爆発…?!

かなり近い…

 

「ねぇ、今の…」

 

「行きましょう!お代置いていきます!」

 

「あ、待って!!」

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 天龍

 

「……おやすみでしたね」

 

「ま、そう言うこともあるよ、長門、落ち込まないで」

 

「…ああ…勇気を出してきてみたのに…」

 

「長門さん、人が怖いんでしたっけ…」

 

「……身長が高い女、というだけで人目につく、難儀な身に生まれたものだ」

 

「でもその身体でみんなを守ってきたんだから、もっと誇りに思いなって」

 

「あ、あれ?…違います、此処じゃなくてもう少し北のお店みたいですよ…?」

 

「え?うわホントだ、来たことないとこの地理は難しいねぇ…よーし、長門、行くよー」

 

「あ、ああ!」

 

「急に元気に…」

 

爆発音…

 

「な、なんだ!?」

 

「何が起きて…!」

 

「落ち着きなー…3人が頼りなんだからさぁ…」

 

北上さんは冷静だけど…私達はそんな余裕はなくて…

 

「ほら、早く行くよ」

 

「に、逃げないのか…!?」

 

「ダメです…私たちの仕事です、此処で逃げたら提督に示しがつきません」

 

…仕方ない…救助くらいならできるはず…

 

 

 

 

 

「…何…これ」

 

たくさん、死んでる…

 

「う…おぇぇ…」

 

「長門、しっかりして…吐いてる暇があったら戦う用意しないと死ぬよ」

 

「戦うって…何と…?」

 

「嫌な匂いがする…って言うかこの爆発…ガソリンとかじゃないのか…」

 

「…あ、生存者…!」

 

真っ黒な服で必死に地面を這いずってる人に駆け寄る

何があったか聞けるかもしれない

 

「大丈夫で……あれ…?」

 

起こした、はず…あ…え…?

なんで私のお腹にナイフなんか刺さって…

 

「天龍!!…阿武隈!長門!」

 

「は、はい!」

 

「…く…うおぉぉぉ!」

 

痛い、熱い…痛い…!

なんで私がこんなことに…

 

「ぅあッ!…何…これ…!」

 

「がッ…ぁ……」

 

「嘘でしょ、長門まで一撃でやられるって流石に規格外なんだけど」

 

「……アハッ…!」

 

狂ってる…口元しか見えないけど、この人…笑ってる…

 

「…どこのどいつか知らないけど、タイミングが悪すぎたね」

 

…北上さんじゃどうやっても逃げ切れない…

なんとかしないと…

 

「…ふふっ…」

 

北上さんの方に行くのは止めないと…

 

「天龍、大丈夫だよ…鬼が来たから」

 

鬼…?何を言って…

 

「………」

 

黒いやつが北上さんの方に…!

 

「北上さん!」

 

「だから大丈夫なんだって、危なかったけど…やー、助かったよ、神通」

 

…いつの間に…間に割って入ってくれなければ北上さんはやられてたけど…

 

「…記憶も声も戻ったようで」

 

「ん、言ってなかったっけ、戦えないのは変わんないけどさ」

 

「……コレが、質の悪い偽物ですか、よくも私を騙ってくれましたね」

 

「………」

 

「全身、人工筋肉ですか、そんな事で強くなれるとでも?」

 

「…!」

 

真っ黒なやつの動揺がハッキリと見てとれた…

人工筋肉っていうのが何かはわからないけど…

 

「それとも、貴方もロボットですか?駆逐艦綾波」

 

「……何故綾波だと?」

 

黒いやつがフードを取る

長いサイドテールと駆逐艦の制服…

 

「私、視えてるんですよ」

 

「………」

 

視えてる…?

 

「横須賀の所属の貴方がこんなところで何を?そもそも、私のフリをして人を襲ってる事自体許し難いですね」

 

「………さようなら」

 

『逃すと思いますか』

 

綾波の足元に槍が刺さってる…いつの間に…?

 

「……」

 

「自殺ですか?」

 

小型の拳銃のようなものを自分に向けてる…?

 

「コレ、最新式のライトなんですよ、ほら」

 

こっちに向けて炸裂させた…!

 

「ッ!」

 

「眩しい…!」

 

閃光に辺りが包まれる

 

「く…油断してしまいました…すいません」

 

「見えすぎるのも困りものだねぇ、なんにせよ、助かったよ」

 

「いえ…天龍さんの傷が深いですね…傷口を自分で抑えられますか?」

 

「…はい…」

 

「抜きますよ、ふっ…よく我慢できましたね」

 

どくどくと脈打ってる…傷口が熱い…強く押さえつける

 

「長門、天龍についてて、阿武隈、早く起きな…急ぐよ」

 

「…わか、りました…」

 

…なんで北上さんはそんなに焦って…

 

「北上さん、焦る必要はありませんよ向こうから来てくれました」

 

「………本当に、最低最悪の人殺しになっちゃったんだ、私とおんなじで、気分はどう?曙…」

 

「…来なさい、再誕、コルベニク』



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奪取

京都 舞鶴

軽巡洋艦 神通

 

「……やる気満々ですね」

 

「…待って、曙…それ、何…?」

 

……よく見えてなかったが…あれは…剣?

アオボノさんのもの…?

 

「…曙、島風をやったの?」

 

島風さんも持ってるのですね

 

『殺しきれませんでした』

 

「…安心したよ、殺さなくても済みそうだからね」

 

『貴方が私を?冗談ですか、認識できません』

 

「じゃ、黙ってなよ…ポンコツロボットに堕ちたんなら…ねぇ、曙…今帰ってくるなら何も言わずに受け入れるよ」

 

『笑わせるな』

 

「……じゃ、神通よろしく〜」

 

…肝心なところは私任せか、でも…

 

「よろこんで」

 

興味はある、それ以上に…この人は倒さなくてはいけなくなった

 

『貴方では相手にならない』

 

「それはどうでしょうか…力を見せてください…メイガス!』

 

正直に言って無理な話だ碑文使いもAIDA感染者もいない以上、私1人で戦うほかないのだから

 

提督ほどの碑文使いですら自分以外に誰か碑文使いがいないと勝てないとまで言わしめたのだから、勝算はない

 

『…やるのであれば、相手をしますが』

 

『そもそも逃す気なんて全くないんでしょう…?』

 

『当然です、おとなしく死ぬかどうかを選べるという意味で言ったのですが』

 

『……でしたら、大人しく死ぬつもりはありませんよ』

 

逃げるのも、難しい…少なくとも私が逃げる時間を稼ぐ必要がある

 

『…神通、征きます!』

 

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 龍田

 

「あらぁ…生きてるのかしら?」

 

瓦礫にもたれかかってる傷だらけの島風…

しかもその傷は全て深い、どれも鋭く重い攻撃によってつけられたことがわかる

 

「ゴホッ…はい…」

 

「龍田さん!出血止まりません…!」

 

「………」

 

正直、助かるとは思えない…

この辺となると舞鶴か…

 

「……何があったか教えてくれる?そんなに辛いなら今終わらせてあげる、遺言でもいいわ…」

 

「……てー、とくに…」

 

「舞鶴の提督に伝えればいいのね」

 

「違う…宿毛湾の…」

 

宿毛湾…?またあそこ…不思議な縁があるものね

 

「……全部、とられちゃった…」

 

とられた…?何かを奪われた…?

 

「何を取られたの?」

 

「………」

 

「…気を失ってます、長くは持たないかと…」

 

出血死、出血し過ぎのショック死…どっちにしろ…

だけど既に意識もないのなら私が止める必要もない…

 

「……生存者を探さないと、急ぐわよ」

 

…この動悸は何、まるで獣の檻に放り込まれたかのような…

 

「…瓦礫の向こうに誰かいる」

 

「え?不知火、どうしたの?」

 

「……この瓦礫の向こうに誰かいます、この向こうは路地になってるようです、どけるのを手伝ってください」

 

「……急ぎましょう」

 

この島風が此処に倒れてたのは…この瓦礫の向こうにいる誰かを守るため…?

 

 

 

 

「…本当にいた、貴方たち、駆逐艦ですね」

 

「………」

 

睦月型と白露型の制服…計8名が全員怪我をしてるようには見えない…そうなると…つまりこの島風がこの8人を守った事になる…か

 

「…何があったか話せるかしら?」

 

「…にゃ……」

 

「………」

 

全員口籠もるようにして…

 

「………貴方達、話さないなら…殺すわよ?」

 

「龍田さん!何言って…!」

 

「この子は1人で貴方達を守ってくれたんでしょう?ならその意思に少しは応えなさい、貴方達が見殺しにしたこの子の」

 

「言い過ぎです!」

 

「あの…」

 

口を開いた…この子は白露型ね

 

「何かしら?」

 

…別に人でなしでいい、そもそも人じゃないんだから…この焦りの理由を突き止める以上の目的は私にはない

 

「…白露型の時雨だよ、僕らは…僕らもさっき島風と合流したばっかりなんだ、だけどその時にはすごくボロボロで…」

 

「自分たちが助かりたいから路地に蓋をしたの?」

 

「違う!島風が自分で…」

 

「ボロボロの体でこんなに瓦礫を集められる訳ありません…流石にあり得ないかと…」

 

「……貴方達に私は懐疑的な目を向けてるけど、何があったか聞かせてくれるかしら?」

 

「…よくわからない…」

 

「はい?」

 

「よくわからないんだ、急に光って周りが変になって…それで深海棲艦みたいな化け物に襲われた、少ししたらまた元に戻ったんだけど…今度は人がたくさん倒れてて」

 

…つまり何もわかってない?

それじゃあどうしようもない、この問答が無価値という事になる

 

「…睦月のせいにゃ…睦月が連れ出したから…!」

 

「違う、私が提案したから…みんなで遊びにいきたかっただけなのに…!」

 

堰が切れたように泣いたり自己否定に走ったり…

……落ち着くべきは私ね

 

「…ごめんなさいねぇ、ちょっと焦ってたわ…貴方達も宿毛湾の子なの?」

 

「…舞鶴だよ…」

 

舞鶴?

 

「なんで宿毛湾の島風が…?」

 

「島風は離島あがりだから…」

 

…そういう事か、だけど未だに想う程、とは…

余程、無念なハズ…別の所属だから…とかも…こんなに悲しんでるのなら、疑うだけ馬鹿馬鹿しい

 

「……なら、尚の事、貴方達はこの子のために生きてするべき事をやらないといけないわねぇ…」

 

「…はい」

 

「白露ちゃん…大丈夫…」

 

「…うん…いっちばんだもん…」

 

「提督はどうかな…」

 

「弥生と五月雨がいれば平気だと思う…」

 

立ち直り始めた…なら、戦力として数えられる

すぐにまた悲しみに呑まれるだろうけど、今は上出来…

 

「民間人の救助に行きましょう?」

 

「「「「「「はい!」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 那珂

 

「………」

 

遥か後方で、私は1人で…見てるだけ

それでいいの?

今姉さんが戦ってるのは、絶対に勝てない敵なのに…

今、また血の味がしてる、あの時の味は死の味…

 

『それでいいの?』

 

ゴレがそう訊いてくる

 

「…良いわけないじゃん…!」

 

わかってるなら力を貸してよ…!

こうしてる今も姉さんは1人で戦って、追い詰められてるのに…

 

『………深く息を吸って』

 

肺が大きく広がる感覚

 

『全部吐き出して』

 

頭が沸き上がる

酸素を求めてるのかもしれない、身体中の血管の中の巡りが、鼓動が感じられる気がする

 

『…スイッチを入れよう』

 

「………ッ」

 

頭に痺れるような電流が流れた

 

やれる

 

私も戦える

 

「……ゴレ、行くよ』

 

目の前に杖に本がついたものが現れる

 

支柱を掴み駆ける

 

『オル…レイザス!』

 

光の矢が駆ける、敵を貫くために

 

『那珂ちゃん…!?発現したんですね…!』

 

『姉さん!まだ完全に扱える訳じゃない!合わせて!』

 

私が無理に合わせるより私に合わせてもらったほうがきっと有効だ

 

『…2人に増えたところで…無駄です』

 

……何、この味…鉄みたいな、血みたいな、なのに…暖かい味…?わからない…なにこれ…

 

『…ザンローム!』

 

竜巻が曙を包み込む、皮膚が切り付けられて出血してるのに、眉一つ動かさず…歩いて迫ってくる

 

『崩天裂衝!』

 

姉さんの連続突きも、手に持った銃で軽く受け止めてみせる

 

『邪魔者には死を』

 

…コレが、コルベニク…?

なんて強力な力…

 

銃から放たれた光の弾丸が足元を破壊する、岩の破片が幾つもぶつかる

 

『オルバクドーン!』

 

『緋々威!』

 

『刺突散弾』

 

私が召喚した隕石を、姉さんの突き下ろしを、簡単に壊してみせる

 

『弱い』

 

ダメ、勝てない…

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 天龍

 

…目の前で起きてる戦いを私は黙って見るしかない…

北上さんも長門さんも阿武隈さんも、間に入ることもできない…

 

私には何もできない…だけど、あの2人が勝つことは…おそらくあり得ない…

今の時点で圧倒的に押されている

 

もう、勝ち目はおそらく…

 

すぐ隣で電気が弾ける音がする

 

「…え…?」

 

「お待たせ…随分と手間取ったよ…」

 

空間に穴が空いて…その中から提督…?

どうなって…

 

「天龍、コレを使って、すぐ良くなるよ」

 

…回復アイテム…と呼ばれるもの…

傷口に振りかけるとすぐに傷が消える痛みも引いて、痕もない…

 

「曙!」

 

『…お前…!』

 

曙さんは一切の憎悪を隠すことなく、提督の方を向いて笑う

 

『……死になさい…!』

 

「コレは君がやった事なの?」

 

『黙れ!!』

 

 

 

 

 

駆逐艦 東雲

 

チップの調子が悪い

私の声が外に出ている

何か変だ

 

「曙!やめるんだ!」

 

『うるさい!うるさい!!』

 

なんで私の前からいなくならないの

なんで私がこんなに崩れるの

 

私は東雲なのに、なんで曙の言葉を口から発してるの

 

『死ね!死んでしまえ!!』

 

「これ以上君に誰かを殺させたりはしない!!」

 

『偽善者が…!死ね!』

 

「偽善だってなんだっていい!それが僕がやりたい事だから…!」

 

邪魔だ、私が東雲じゃなくなったら捨てられてしまう、私は人を殺しすぎた、もう私は提督のそばにしかいる場所はないのになんで邪魔をするんだろう

 

「やめるんだ!」

 

『この…!!』

 

『東雲、私だ、一度退け、無駄な時間を使うな』

 

提督の指示…!

 

『………』

 

「待って!曙!」

 

…なんで私をその名で呼ぶんだろう…

呼ばれるたびに、何かを感じる、それはなんなんだろう

 

「曙!!」

 

「提督!1人で追わないで!」

 

…貴方のそばには、たくさん人がいるのは…なんで?

 

 

 

 

 

車中

 

「まさか1人にあそこまで手間取るとはな」  

 

「申し訳ありません」

 

なんであの男は私の時には現れずに…

なんで他の子の時は…

 

「お前を1人で相手取ったら遅れをとらんとは…奴が勇者たる所以か、良いだろう、先に他の奴を殺せ、あれは最後でいい、とりあえずお前は私とこのまま帰投する」

 

「…かしこまりました」

 

赤信号で車が停車する

瞬間、提督が…槍に貫かれて

 

「………槍…!」

 

提督を貫いた瞬間その槍は緑色の光になって消えた

 

「…が…ぁ…」

 

正確に心臓を…

 

「いや…いや…!」

 

頭がおかしくなりそうだ、感情がバグを訴える

 

「提督!提督!』

 

再誕を発動すれば治るのに嫌に焦る

 

「…ゴホッ…あぁ…東雲…私は死んだか」

 

「はい、一度…」

 

「……蘇生したのか」

 

「はい」

 

「ならばいい…その時が来るまで離れるな、私が死んでも蘇生しろ」

 

「はい…」

 

…この提督は…本当に提督なのだろうか

私が蘇生した提督は…私が望んだものなのではないだろうか…

私が作ったまやかしを今、見ているのではないのか…

 

コレは、私が望んだモノ…?

 

 

 

 

 

 

舞鶴

提督 倉持海斗

 

「…逃しちゃったか…」

 

「提督、どうやって来たの?」

 

北上が疑問を尋ねる

 

「明石に作ってもらったそのリストバンドを頼りにね…」

 

天龍のリストバンドを指す

 

「……コレ、そんな機能が…」

 

「でもなんで今もそのカッコな訳?カイトモードじゃん」

 

「それは夕張の新兵器のおかげだよ、コレをつけてたら周囲にデータを展開してこの姿で活動できるんだ…もう切るけどね」

 

「化け物じみて来たねぇ…元からか」

 

北上がヘラヘラと笑う

 

「…貴方は本当に強かったのだな、正直半信半疑だったが」

 

「……まだまだだよ、君たちの方が心はずっと強い」

 

「…そうか、早く生存者を助けねばな…」

 

「あれ?呉の2人がいなくなってる」

 

「…待てよ…提督!急いで島風探して!島風は曙にやられてるんだよ!」

 

島風が…?

真ではないって事だろうけど不味いかもしれない

 

「わかった、急ぐよ!ありがとう!」

 

何処かに島風がいる…急がなきゃいけない…

 

 

 

 

 

駆逐艦 夕立

 

「最悪…!」

 

「アハァ…こんにちわぁ…」

 

ひらひらと手を振って近づいてくる黒ずくめ…

あの時のやつだ…

 

「…貴方が足柄をやってくれた子ねぇ?」

 

「そうですよ?…もう正体も本物に見破られちゃってますし…お相手しますけど、どうですか?」

 

黒い衣装を取り払い、本来の姿を見せてくる…駆逐なのにあの重さの打撃…ゾッとする…でも、やられっぱなしは嫌だ

 

「………」

 

「…譲って、私がやる」

 

絶対に仕留める

 

「んー…貴方は結構デキそうなタイプだから相手はしたくないんですけど…仕方ないかなぁ、まあ、別に負けはしませんしね」

 

注射…?何を…

 

「ああ、お気になさらず、戦闘意欲を高めるためのものなので……もしかして、要ります?」

 

そう言いながら自分の首に打ち込む

 

「……アハッ…キモチイイ」

 

…目がまともじゃない…

 

「これ、私が開発した戦闘用興奮剤なんですけど…う〜ん…身体が…あったまってきましたねぇ」

 

距離を詰めて来た…

あの鉄のように重い蹴りがくる…!

 

軽く跳び、回し蹴り…取る!

 

「…へぇ?なるほど、受け止めたら骨ごと砕いちゃいますからね、挟み込んで押さえつける事で勢いを殺してダメージを防ぎましたか」

 

「解説どうも…!」

 

「呑気ねぇ…私は譲るなんて一言も言ってないのだけれど」

 

鉄と鉄がぶつかり合う音が響く

竜田がどこからか持って来た鉄パイプを腕で受け止めてる…

 

「あらぁ?変ねぇ、なんで鉄の音がするのかしら?」

 

「そりゃあ、鉄製ですからね」

 

「なら壊れるまで叩きつけてあげる」

 

「どうぞやって見せてください」

 

「素敵なパーティーしましょ…!」

 

鉄製の人形相手にどう戦えばいいのか

 

こっちの打撃は効かない、となると武器を持って相手するのが当然のこと…関節技も…効くわけないか

 

「うーん、全員ここで殺しても…充分に楽しめますねぇ!」

 

同じ方法じゃ防げない…!

若干遅いから、なんとか見切れるけど重さがさっきより増してる…もう止められない!

 

「簡単にへし折ってくれるけど…コレ、一応鉄のはずよぉ?」

 

「鉄骨でも持ってこないと話になりませんねぇ?」

 

鉄パイプもすでに折れてる…か

 

倒すなんて考えたのが間違いだと思うほどに防戦一方…

 

「そろそろ、ウザいですねぇ?」

 

右手をピッとあげたと同時に足に違和感…

 

「ッ…?」

 

なんで私の脚から血が…熱い…

狙撃か…!

 

「全員物陰に隠れて!狙撃手の方角は北東!」

 

睦月ちゃんが全員に指示を飛ばす

 

「隠れられると思いますかぁ?」

 

追撃、狙撃とゼロ距離の肉弾戦

 

「全員ここで死んでもらいますよ〜」

 

「くっ…!受け切れない……」

 

かわせない…またあの蹴りが来る…!

 

「敷波?私に当たりましたよぉ?…違う?誰が…」

 

…蹴りが来ない…

綾波の肩に…銃創…?

 

「間に合った…助けに来ましたよ!」

 

「お前ら!早くこっちに来い!」

 

「…提督…!?五月雨も…!」

 

助けに来てくれた…!

 

「ああ…あの五月雨…ふふっ…殺したくて殺したくて仕方なかった…アハッ…!」

 

『余所見は、禁物』

 

「…あ…?」

 

綾波の腕が落ちる

断面から機械が火花を散らす

 

「…貴方はこの前邪魔してくれた弥生…容赦が有りませんねぇ…」

 

『狙撃も効かない』

 

狙撃を手に持った剣で弾く

 

「チッ…!」

 

『投降すれば、殺さない』

 

「……大人しく従うとでも?」

 

『なら、死ぬだけ…選んでいいよ』

 

綾波の首筋に剣を押し当てる

刃が触れてるところが裂けてるのが見える

 

「私を殺したら、他の誰かが撃たれますよ」

 

『私なら充分に守れる』

 

「……果たしてそうでしょうか?敷波、3つ数えるか…誰かが動いたら撃ってください」

 

『………』

 

…前端が磔のように動かない

 

「一つ…」

 

『無駄なのに…』

 

「二つ…』

 

『………』

 

「撃って!」

 

…狙いは私…?

世界がスローになる、私に向かってくる弾丸が見える

 

『だから、無駄…』

 

弥生が間に入り剣で弾を弾く

 

「私から離れましたね…!」

 

「弥生!また逃げるよ!」

 

綾波が高く飛び上がる

 

『……だから、無駄なのに…』

 

そう呟いたと同時に弥生の姿が消えて綾波が撃ち落とされる

向こうのビルの方に叩きつけられた…

 

『今のうちに逃げて』

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 綾波

 

「…く…薬の…効果も、切れて来ましたね…」

 

『そう、御愁傷様、死んでいいよ』

 

「…ここまで来ていいんですか…?まだ狙撃手がいるのに…」

 

『……』

 

「早く戻らないと、撃たせますよ…私が死んでも、撃つ…ここに居ても、何人かは殺される…対艦娘用の特殊弾ですからね…」

 

『私がわざわざ来たのは、二度と、私の前に現れるなって言いたかっただけ』

 

……死ぬかと思った、でも、生き延びた…

 

「…これは、右腕は義手…ですね……っ…敷波、手を貸してください…」

 

……敷波はきっとすぐに来る、提督への言い訳を考えなきゃ

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 神通

 

「暗殺は失敗…やはり直接突き立てるべきでした」

 

仕留めたのに、確実に…

 

「…多分変わらないと思うな…でも、人を生き返らせるなんて…碑文の力って…」

 

「人智を超えた、と言う他ありません」

 

「…策謀家って賢くなるわけじゃないんだけどね…」

 

「それを言うなら増殖も私は増えるわけじゃないですからね、姉さんの死の恐怖も特に何かあるわけじゃないですし」

 

だけど私には視覚の増幅がある、増殖も自分の細胞を作り出して傷を治す効果もある

 

「はぁ…せっかくオフで遊びに来たのに、なんでこんなことに…」

 

「那珂ちゃん、これは仕方ない事なんです、割り切りましょう」

 

「姉さんはお利口さんすぎるんだよ…」

 

「…那珂ちゃん、見てください…」

 

血溜まりの中に傷だらけの島風…

 

「……この島風…何と戦ったの…?」

 

すごく深い傷が無数に…

 

「…待って、まだ血が少しずつ流れてる…生きてます」

 

「え、本当に…?コレで生きてるの…?」  

 

増殖を使い傷を治癒する

 

「…間に合ったことが不思議なくらいですね…」

 

「治ったの…?」

 

「はい、一応は…外傷だけで良かったです」

 

病気は治せませんからね

 

「……血の焼ける味がする…」

 

「気持ち悪いですか?」

 

「うん…ごめん、姉さん何か持ってない?」

 

飴玉を一つ那珂ちゃんの口に押し込む

 

「黄金糖です、好きですよね」

 

「…ありがと」

 

 

 

 

 

駆逐艦 島風

 

「…ぅ……」

 

頭が痛い…

気持ち悪くて体がだるい…

 

「起きましたね、大丈夫ですか?」

 

「……貴方達は…?」

 

「神通です、たまたま京都に遊びに来たところで巻き込まれまして」

 

「那珂ちゃんだよ、よろしくねっ」

 

「……あれ…?」

 

傷がない…

治ってる…?

 

「治療させていただきました、心得があったものですから」

 

……そう言うレベルじゃない、私は全くの無傷になってる…

 

「貴方、何者…?」

 

「…貴方の知らない世界もあるんです、知らない方がいいことも」

 

「………」

 

…私を呼んでる声…?

 

「島風!」 

 

アレは…提督だ…

 

「てーとく!…ここだよ!」

 

なんで来てくれたのかはわからないけど…来てくれた…

 

「貴方は…宿毛湾の…」

 

「島風!良かった…無事だった…!」

 

「…この人たちが助けてくれたの」

 

「…キミたちが、島風を助けてくれたんだね、本当にありがとう」

 

「いえ…」

 

「…時間だ、解かないと」

 

カイトの姿じゃない提督に戻った…

 

「島風の事、改めてお礼を言わせてほしい、ありがとう」

 

「いえ…当然の事です…」

 

「提督!私、提督の力がなくなった…!」

 

「…島風、どう言う事か落ち着いて説明して」

 

「曙さんに全部取られたの…!私の中にあった暖かいのが全部なくなったの…!」

 

今の私は…戦う力がない…

 

「…そうか、怖かったね、ここは危険だ、一度逃げよう」

 

「……ダメ、まだ民間人がいるかもしれない…私は逃げちゃいけないの…!」

 

「島風、キミを死なせたくはない、一度撤退して艤装を用意するんだ、そうすればなんとかできる」

 

……怖い…私の存在意義が今も一つずつ消えていくみたいで

 

「大丈夫、キミならもう一度戦えるから」

 

 



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油断

京都 舞鶴

提督 倉持海斗

 

「また戦えるようになる…?」

 

島風から力が無くなったとして、その力の源はセグメントだったはずだ、ならばもう一度セグメントを手にすれば戦える

 

「大丈夫、心配ないよ」

 

「…わかった」

 

この出血の痕は全て島風のもの、かな…

だとすれば…僕は間に合っていなかったことになる

 

またこの手から1人零す所だった

 

「…提督、なんでそんなに悲しい顔してるの?」

 

「……島風は誰にやられたの?」

 

「…曙さん」

 

「キミ1人で戦ったの…?」

 

「……逃げてるみんなが見えて、あのままだったらみんながやられちゃうって思って…」

 

…島風も、曙を止めてくれた事になる、か

 

「…よく頑張ったね」

 

「……うん」

 

アウラのセグメントは僕の中には一つしかない

コレを渡す事はできない…

 

「あの、よろしいですか?」

 

…神通、この人が治したんだったな…おそらく碑文使いか、それとも回復アイテムに準ずるものを持ってる

 

「何かな」

 

「あ、いえ…そちらの島風さんの御仲間が御無事であることを伝えたくて」

 

「ホントに!?」

 

「はい、確かである筈ですよ、この先に居ます、行かれるのであれば案内しますが」

 

「お願いします!」

 

「貴方はどうされますか?」

 

「…僕も行くよ」

 

 

 

 

 

 

「居た!睦月ちゃん!」

 

「にゃ!?ば、化けて出たぁぁ!?ふえぇぇごめんなさーい!!」

 

「…夢でも見てるのかな…間違いなく助からないと思ってたのに…」

 

舞鶴の子達の反応を見るに、本当に…死の直前だったんだろう、本当にギリギリだった、と言う事だ

 

「おばけでも夢でもないよ!生きてるもん!」

 

…なんにせよ、助かってくれて良かった、それ以上の言葉はない

 

だけど、今僕らが立ってるこの場所にどれほどの屍があるのか…

 

「…海斗くん…いや、倉持さん…本当に申し訳ない」

 

「…徳岡さん、頭を上げてください」

 

「今でこそ俺の指揮下、と言う事になっちゃいるが……私は貴方の部下を死なせるところだった」

 

「島風は自分の仲間を守ろうとしてた、その為に大怪我をした…本人にとっても誇らしい事だ、と僕は思います…」

 

「………」

 

「それに、島風は生きてる、あんなに笑ってる、なら僕は貴方を責めたりする理由が無いんです」

 

「…そうらしい、じゃあ早速…仕事の話といこう」

 

「ええ」

 

大規模な陸上戦闘…と言うだけならまだ話はわかるが…

民間人の死者数は千を優に越えるだろう…それだけの犠牲を出して、何がしたかった…?

 

「…NABのハッカーと連絡を取ったんだが、どうにも大規模なリアルデジタライズの実験の記録がある」

 

「リアルデジタライズの…?」

 

「…てーとく、リアルデジタライズの話…?」

 

「島風、何か知ってるの?」

 

「私、リアルデジタライズした時に提督の友達と会ったよ」

 

「友達?」

 

「トキオって人だよ」

 

「トキオが…?」

 

どう言う事だろう…

とりあえず曽我部さんとトキオにメールを飛ばす

 

「…送信失敗…?……圏外になってる」

 

電気設備もやられたのか?だとしたらどれほどの範囲が…

だけどネットとリアルが融合しつつあるのに通じないものなのだろうか…

 

「…そうか…隔離されたんだ」

 

ここはここだけ、それ以外の空間と分たれた

詳細までは特定できないが他の場所とは違う空間になってる可能性が高い

 

「1人で納得してないでこっちにも情報をくれないか?」

 

「…待ってください…ここから出られないかもしれない」

 

「出られない?」

 

「……援軍を絶って、完全に舞鶴鎮守府を破壊するつもりだった、と僕は推測してます」

 

「…なんだと…?確かに鎮守府にも襲撃があったがそれはもう退けた、第一アレは深海棲艦の…」

 

「……本当に深海棲艦だったんでしょうか、本当にそうなら…」

 

「本部と深海棲艦が仲良しこよしって事か…?冗談だろ…」

 

そう言う事、としか考えられない…

 

しかし、ネットとダイレクトに繋がっているのに圏外…か

いや、妨害されてるだけでうまくやればネットには繋がるのか?

 

「…こっちも圏外だ、クソ…まだ鎮守府にも連中がいるのに…」

 

「鳳翔…」

 

「一度うちの鎮守府に戻ろう、そっからなら何かできるかもしれない」

 

「…急ぎましょう、もしかしたら再び攻撃されてるかも」

 

 

 

 

 

 

 

 

九竜トキオ

 

「見つけたぜ…ハッカー!」

 

「おいおい、クラッカーだ、間違えんなよ坊や」

 

全身金色の甲冑に身を纏った女性のキャラクター…

鳥をモチーフにしてるのか、顔はクチバシのようなバイザー、背中には羽…

 

「なんの目的でヘルバを追ってる!」

 

「仕事でな、なんだ、知り合いか?丁度いいな、案内してくれよれ

 

「ふざけんな!なんで敵なんか連れてくんだよ!お前をここで倒してやる…!」

 

「…やめとくんだな、アタシのボディは全身からデータドレインが流れ出てる、触れたらお前さんのリアルも保証できねぇよ」

 

「データドレイン…!?なんでお前が…!」

 

「CC社は解析が済んでてな、もとから制御せず、微弱なデータドレインを常に暴走させるってコンセプトで作られたのがこのキャラ、ウーラニアだ」

 

「……ヘルバに会ってどうするつもりだ…!」

 

「なぁんにも?元々仕事だって言ってんだろ?…あぁ、なるほどな、お前、こっちで追いかけっこしてたネズミと勘違いしてんのか」

 

「ネズミ?」

 

「ヘルバと連絡が取れなくてな、プロトタイプの腕輪の完成の知らせを持っていきたかっただけなんだよ、ほら、アレだ…日本語がわからねぇ…待ってろ、おい!リーリエ!פאַךってなんて言えば良い!」

 

「リーリエ…?」

 

聞き覚えのある名前とともに知ってる声がうっすら聞こえる

 

「…リーリエがいるって事は…フリューゲル、おーい…オッサーン…」

 

…全然出ないし、何やってんだよあのオッサン…

 

「ドーギョーシャって奴だ、わかったろ?なあ、邪魔しないでくれよ」

 

「…確認したい」

 

「なんだ?」

 

「…フリューゲルっていけすかないオッサン知ってる?」

 

「ああ、イかれたナイスガイか、なんだ?友達か?」

 

「……まあ、うん…なんでもない、ていうか、知り合いならメールとかすれば良かったんじゃ…」

 

「メールしようと思ったんだがこっちに探知かけた輩がいてな、面白そうだからぶっ壊してやった、その帰りについでに仕事をな?」

 

「えぇ…そっちがついでなのかよ…ヘルバのアジトを潰したのって…?」

 

「制御してないせいでなんでもクラックしちまうんだ、悪かったな、謝っといてくれ」

 

「………」

 

「それよりお前のキャラ、どんなハックしたらできるんだ?なかやかイカすじゃねぇか」

 

「…俺はハッカーじゃ無いんだけど」

 

「誰が作ったんだ?フリューゲルか?あのオッサン意外といけてるんだな」

 

「…あー、うん、そうだね、とりあえず詳しい事情はフリューゲルにお願い」

 

「ああ、じゃあな」

 

 

 

 

「…キャラが濃いやつが多すぎるよ…」

 

 

 

 

 

 

旧 離島鎮守府

工作艦 明石

 

「サバイバーズギルト?曽我部さん、それは…?」

 

「PTSDみたいなもんなんだけど…まー、カイトはそんな状態だねぇ?」

 

「…重い病気なんですか?」

 

「サバイバー、生存者のギルト、罪、生き残ったことを罪として認識してしまう、病気とは言わないけど…よく無い考え方の一つだね、過去の戦いで勇者カイトはコルベニクとの最終決戦、一人だけコルベニクのドレインをまぬがれた、当時こそ深く思い悩まなかったんだろうけど、ここで生き死にに深く関わりすぎた、だからこそ、自分があの時…自分が代わりに…そう考えてしまう」

 

「そんな…」

 

「ドレインを受けた仲間はあの時全員死に、今生きてるのはデータなのでは、と考えてる…ってのも間違いない」

 

「………」

 

「でも、カイトの精神は至って安定しているとも言える、精神面の支えは君たちって事になるわけだ、献身的に支えてやればきっと悪いようにはならない」

 

「…そうですか…」

 

…自己犠牲精神の裏側がよく見えた、そんな気がする

データの仲間…つまり私達も…

 

「不安になっちゃダメだ、コレばかりは俺がどうにかできる話じゃ無い、君達がしっかりと支えてあげなさい」

 

「…曽我部さんもちゃんとする時があるんですね」

 

「ま、俺も医者だしぃ?…ん…変だな、カイトの信号が途絶えた」

 

「え?」

 

「………コレは、なんだ?」

 

「なんですか?この写真…」

 

「舞鶴付近らしいな…透明な壁に覆われてるみたいな…うわっ…グロぉ…」

 

「死体…!コレ、全部死んでるんですか…?」

 

「……御構い無しなやり方だな、何が目的なんだ?カイトの信号が途絶えたことと何か関係が…ああ、あるね、夕張ちゃんのグローブの信号も舞鶴で切れてるわ…なんかあったな、こりゃ」

 

「そんな!」

 

「まあ、大丈夫でしょ、勇者サマを信じるしか無い訳だし」

 

……胸騒ぎがする…

 

 

 

 

 

 

 

舞鶴鎮守府

提督 倉持海斗

 

「鳳翔!」

 

「提督…情け無い姿をお見せしてしまい申し訳ありません…」

 

ボロボロになった鳳翔の周りには深海棲艦の死体が転がっている

10…20はいるか

 

「…キミがこれを?」

 

「……取り逃しはしていません、全滅させた筈です」

 

「一人で…良くやったもんだな…」

 

此処の駆逐艦は先の襲撃で艤装にダメージを受けて修理中だったらしい、だから一人で対処するしかなかった

まるでそのタイミングを狙ったような襲撃

 

「お陰でもう立つ気力も有りませんけどね…でも、みんな守れました」

 

「良かった、本当に」

 

そこまで酷い怪我じゃ無いにしろ、早く傷を手当てするに越した事はない

 

「修復剤は有りますか?」

 

「今五月雨に取りに行かせてる」

 

「提督!大変です!修復材も資材も全て無くなってます!」

 

「何!?ちゃんと探したのか!」

 

「探しました!でも有りません!」

 

…陽動だったのか、仕方ない、回復アイテムを…

 

「…あれ…?」

 

「…どうしたんだ?」

 

「……そうか、圏外か」

 

完全に封じ込められた事になる…

北上や天龍も心配だ、一度戻るべきだけど…

 

「あー、おい?」

 

「……何かネットに繋げる電子機器はありますか?」

 

「…さっき試した通り全部ダメだ、此処にあるパソコンも普通の奴だしな…そうだ、弥生、お前はどうなんだ?今碑文の力は使えるのか」

 

「…ダメみたい、です、エンデュランスも居ない…友達に会いにいくって言ってました…」

 

「どうしたもんか…いや、待てよ…繋げるか?ちょっと待っててくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 綾波

 

「あら、提督様、なんの御用でしょうか?」

 

「今度はなんの遊びだ、また随分とやられたものだな」

 

「でも楽しめましたからねぇ…あとこのオクスリ、結構イイですよ?どうですか?」

 

「戦闘には興味はない」

 

「残念ですねぇ、安全性も確認できたのに」

 

「自分の体で臨床実験をする姿には尊敬の念を抱く、しかし私は興味がないものでな」

 

「天才ですから、でも碑文、むかつきますねぇ、あんなチンケなのに負け続けるのも嫌気がさします、おかげでお遊びに興が乗ったじゃないですか、あ、東雲さんも貸してください」

 

「好きにしろ」

 

「…にしても、東雲さん、良く言うことを聞きますねぇ、碑文の力を使うとチップの制御が弱くなるって今回の計測でわかりましたけど…それでも提督を愛してやまないようですが」

 

「簡単な事だ、モノを壊すのは簡単だ、いくら積み木を積み上げたとしても簡単に壊せる、アレは自分の中で積み上げた信頼を、その信頼する相手に砕かれた、壊れかかった、ならまだ信じようがあっただろう、必死に守っていたモノを背中から簡単に壊されたのだから…もはやアレにとって自分が積み上げた信頼を壊される事は何よりも恐怖する対象になった」

 

「そして自分で壊したくないから必死にそれに追い縋る…惨めですねぇ…ゾクゾク来ちゃいますよ」

 

「倉持海斗が壊したように、自分は壊したくない、それだけだろう、だがそれが私の駒として役に立つ」

 

「依存させると言うのは実に楽な手段ですからねぇ?」

 

「まったくだ、おかげで暗殺すらも無駄、本当に役に立つ」

 

「そう言われて喜ぶ顔が目に浮かびますよ、人どころか艦娘としても扱われてないのに、提督にとって東雲さんは?」

 

「使い捨ての道具だ、そしてその道具が自分を長く使うよう、捨てられないようにと必死に縋っている、それだけだ」

 

「そうですねぇ、早いところ死んだ方が楽なんでしょうけど…あ、あとこれ、碑文のプロテクト値のデータです、戦闘のダメージはなかったので計測できませんでしたが、精神面に大きく影響があると思われます」

 

「…ほぉ!成る程、やはり東雲は結局そのままだったか…!」

 

「ええ、倉持海斗が出てきた瞬間、大きく心拍数なども変化しており、感情の抑制が働いたせいで自分の精神がわからなくなりつつあるようです、そろそろ人格も崩壊してもおかしくないんですよね、と言うかとっくにしてる筈なのに…偉く長持ちする道具ですね」

 

「いい買い物だったわけだ、完全な死兵となるか、それも一興だが東雲にコルベニクは少々贅沢が過ぎる」

 

「それとこれ、会長さんからの報告書でーす」

 

「…今回の件に黒い森を使ったことがバレたか」

 

「当たり前でしょう、黒い森の力でリアルとネットの融合度を跳ね上げてその空間だけ隔離、そしてその中における電波を完全に遮断、融合度をとことん落として、完全な隔離状態…本来なら艦娘も深海棲艦も霧散してもおかしくないんですけど、バリアのおかげで消滅を免れてるし…」

 

「こちらの意図を察して深海棲艦を動かしてくれた事についてはありがたいの一言に尽きるな」

 

「倉持海斗、神通、那珂、弥生、島風この要注意人物を全員捕らえただけで御の字、勝手に餓死してもらいましょう、あ、餓死って実は空腹で死ぬんじゃなくて免疫がですね」

 

「そんな話を聞きたいわけではない、くだらん」

 

「この5人、直接手を下さなくていいんですかねぇ?」

 

「なんだ、お前が今勝手に死ぬと言ったんだろう」

 

「ゴキブリってしぶといですから、ちょっと不安なモノで」

 

「かと言って今更中に入ることも、殺しに行くこともできん、隔離が終わっては何もできんからな」

 

「あーん、ちゃんと殺さないと綾波ふあ〜ん!」

 

「…チッ」

 

「ちょっとはノッてくださいよぉ…冷たいですねぇ…」

 

「腕は」

 

「新しい合金の腕つけまース、碑文使いのいない潰すところあったら呼んでください」

 

「仕事をしろ」

 

「私は戦うのはダメなんですって、私の専門は弱いモノいじめですから」

 

「そうか」

 

「…アハッ、いいこと思いつきましたよ?もし出てきたら殺しちゃうために…あー、この辺だと此処かなぁ、あ、これをこうして…戦力の配置、しちゃおうかなぁ…やっぱ私天才…」

 

「…やるならさっさとやれ」

 

「はいはーい、やりまース」

 

 

 

 

 

 

 

舞鶴鎮守府

駆逐艦 島風

 

「おっそーい!!」

 

「すまんすまん、ほら、これだ」

 

「…それは?」

 

「黒い森に接続する為のUSB、これ自体が繋がってるからいけるんじゃないかと思ってな」

 

「黒い森に?」

 

「可能性の一つだ、だけどあたりなら儲けもんだろ?」

 

そう言って提督はパソコンにUSBを…提督?提督と提督…提督が二人…うーん…

 

「島風?どうしたの?」

 

「…てーとくが2人もいてなんて呼べばいいのかわかんない」

 

「島風はもう舞鶴の駆逐艦なんだから、僕を提督って呼ぶ必要はないんだよ」

 

「…じゃあなんて呼べばいいの?」

 

「……カイト、それで良いよ」

 

カイト…カイトかぁ、うん、それならいいかも

 

「わかった!カイト!」

 

「よし!動いたぞ!」

 

「ならこれと接続しましょう」

 

「…さっきからつけてる手袋か、なんだそれ」

 

「秘密兵器ですよ」

 

そう言ってケーブルを繋いで何かを動かす

 

「…よし、これなら…」

 

「え、なんでこの状況でその姿に…?」

 

「これがあればどこでもカイトになれるんだ、よし、みんなを外に送るよ」

 

「…ようわからんが、助かる、外にさえ出れば逃げようもあるわけだしな…」

 

「北上達も回収しなきゃだから先に送ります、生存者も探さないと」

 

「ありがとうございます」

 

魔法のようなエフェクトが私たちを包む

一瞬で景色が変わる

 

変わった景色の先に銃を持った兵士が1人

 

「…待って!敵!」

 

「逃げて!」

 

銃声が響く

 

『このッ!』

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 北上

 

「お、提督〜、待ってたよ」

 

「お待たせ、みんな揃ってるようで何よりだよ」

 

「早くしてください、ここに居ると気が狂いそうになるので」

 

「…神通さんだったね、生存者を探せたりはしない?」

 

…提督もあまり長くその姿で居るのは避けたいかぁ

 

「できますが、どこにも居ませんよ、残念ながら」

 

「…そう、ありがとう」

 

…またそんな不満げな顔して

助けられる量にも限度ってモノがあるよ、それにこれは仕方ない事だから

 

「……倉持さん、急いで送ってください、待ち伏せされてますよ」

 

「え?」

 

「早く!!」

 

 

 

 

「…これ、は…」

 

「………死んでいます、残念ながら」

 

「そんな、そんな訳、ない…」

 

…鳳翔が撃たれてた、執拗に、確実に殺そうとしたことが分かる

艦娘が陸で死ぬ、か…中々ふざけた話だよね

 

「…提督、現実見よう」

 

「……一緒に行くべきだった、そうすれば防げたのに…!」

 

「鳳翔が死んだことをどうこうお前って言ったんじゃなくて、周りをよく見てよ、こんなに血痕がある怪我してる子がいるってことだよ、ほら、弔うのは後でいいから早く立って、早く動くよ」

 

今提督に考える時間を与えちゃダメだ、絶対に自分を追い詰め続ける

 

「…わかってる…」

 

「長門、おぶって、早く行こう」

 

「…私たちに銃弾は普通あまり通らない筈…」

 

「通るやつもあるってこと、そんなことどうでもいいから早く」

 

 

 

 

 

「…貴方、ふざけてるんですか」

 

「やめろ!弥生!」

 

「どんな形でも助けられといてそれは無いんじゃない?待ち伏せだって予測できなかったのにさぁ…!」

 

合流はできたけど…待ち伏せされたせいで提督がすごい目で睨まれてる

ダメだ、此処にいたら提督の負担になるだけだ

早く帰らせないと

 

「みんな怪我した、みんな傷ついた…待ち伏せされたのは貴方の思慮が足りないからじゃないですか」

 

「……本当にごめん」

 

「提督、頭下げないで、あのままあの中に取り込まれてるわけにもいかなかったんだ、提督は間違ってないんだよ」

 

弥生の目が私に向く、甘やかすなと言う事なんだろうけど、他所者にはわからない事情があるんだよ…

 

「弥生、鳳翔を失って1番辛いのは俺たちじゃないんだ…」

 

「そうかもしれません、だけど誰が死んでいたかわからない、私たち全員の命が危険に晒されてたんです」

 

島風が口を出そうとするたびに睨みつけて黙らせてるし、感じ悪いなぁ…瑞鳳の記憶とえらい違いだ

 

「キミの言う通りだ、僕が君たちの命を危険に晒した…僕が…」

 

「提督、落ち着いて、今自分を責めても何にもならないよ」

 

「その様ですね、敵が来てますよ」

 

神通も気づいてるか、さすが視覚を司ってるだけあるねぇ

 

「…敵?どこに…」

 

「南の方角です、数は7、装備は小銃にグレネードが二つ…居ない…?」

 

「…提督…」

 

殺しに行った、か…ダメだよそれは、感情の発散のさせ方がわからなくなってる…とにかく誰かのせいにしたいんだろうけど…

 

「阿武隈、携帯つながる?」

 

「は、はい…」

 

「夕張と明石に連絡、提督はもう戦わせちゃダメだよ」

 

「…はい…」

 

……血脂の臭い、人の焼ける臭い

 

提督は、私が人を殺した時…こんな気持ちだったんだ

 

止めたいけど止められない、取り返せない一線を越える瞬間を目の前で越えられる

 

「……仕方ないよね、今日は、仕方ないんだよ…」

 

自分に言い聞かせる

力に飲まれてなきゃ、辛い時が誰にでもある

 

「明石さんが即刻帰ってくるようにと…迎えにアオボノさんと摩耶さんを出してくれるそうです」

 

「……多分もうすぐ来るかな…いい判断だよ、無理矢理でも止めなきゃいけないし」

 

…来た

 

「北上さん」

 

「何、神通」

 

「宿毛湾の人たちはワープが使えるんですか?」

 

「ワープ…ワープ…?ワープかぁ…腕輪から腕輪への移動とか、ワープなのかな、みんなじゃなくて3人だけできるんだけど、ほら、今やりあってる3人」

 

「……なんであのお二人は倉持さんを攻撃してるんですか」

 

「一回沈めるべきだって判断したんでしょ?別に良いんじゃない」

 

私だってそう思ってるし、でも私にはできないことだからなぁ

 

「……感情に身を任せると、人って強くも弱くもなるよねぇ」

 

提督の血の匂い、きっと、決着がついた

 

「そのようですね、先程拝見した動きとはまるで比べ物になりません、私でも片手であしらえそうです」

 

「……とりあえず、来る?」

 

「そうですね、一度お邪魔します」



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感情

宿毛湾泊地

駆逐艦 漣

 

「ご主人様、顔色が優れませんぞ」

 

「……ごめん、1人にして」

 

「…はい」

 

 

 

「ダメでした…ごめんなさい」

 

「漣でもダメか、最近漣には甘いからなんとかなると思ったんだけど」

 

舞鶴から帰ってきていうか一夜明けた、それだけしか時間は経ってないのにご主人様の顔はまるで老人のように深い影が差していた、ご主人様はこう言った、僕が鳳翔を殺した、と

 

「…敵さんがどう思ってあんなことしたか知らないけどさぁ…本当に良く効いたよ、1番嫌なことしてくれたね、提督が完全に潰された」

 

「……北上さん、言い方が軽すぎますよ」

 

「明石さん、何かお薬とかないんですか…?あんなご主人様、見てられません…いや、見たくないです…」

 

「みんな何か勘違いしてますけど、あれは心の問題です、傷に薬を塗る訳じゃないんです、治したければ…ゆっくりと時間をかけるしかないんです」

 

時間を…?私たちにはそんなモノないのに…

 

「提督が1番満足することは死ぬか殺すかだよ、そうすれば簡単に戻る」

 

「北上さん、それは極端すぎます」

 

「命の取った取られたでおかしくなった、自分は一線を引いたところにいてマトモなつもりだった、でも、もうそれすらもダメなんだよ」

 

……命の取り合い…か、確かにご主人様はそんなのと無縁なところから此処にきて、いざ本当に人を殺したのは…昨日が初めてなのかもしれない

 

「マトモじゃないのは、私たちもです」

 

「……そんなのみんな知ってるよ、誰も自分はマトモなんて思ってないよ…」

 

「今回は特に自分が殺したって感情が強いのが不味そうですね、提督が人を殺すと言うこと自体にも線引きはありましたし」

 

「鳳翔もそんなこと望んでないと思うけどねぇ…」

 

「……漣は、てっきりボーノが特別なんだ、って思ってました」

 

「ああ、うん、それは…多分みんな同じかな、今回の件で裏で安心した子は絶対居る、まあ良い悪いは置いといて、自分もそう思われてるんだってみんな思いたいからね」

 

多分、誰がこうなってもご主人様を苦しめただろう…もしかしたら鳳翔さんが羨ましいとすら思う人が居てもおかしくないとも思う、自分のことを見て欲しい、単純な欲望のために

 

「それよりさぁ、あたしは納得してないんだよね、なんで舞鶴の連中がウチにいるの?狙ってくれって言うようなもんじゃん」

 

結局鳳翔さんを除く舞鶴のメンバーは今此処に居る

 

「提督の意向です、どうにもなりませんよ」

 

「優しすぎるからあそこまで苦しんでるのに…さらに自分を苦しめる原因を受け入れてもね」

 

「まあ、仕方ありません、元々泊地は広いし離島鎮守府に移った人の部屋は空いてる、充分収容できる…」

 

北上さんはどうしても納得がいってないみたいだ

 

「駆逐艦ウザい」

 

「はにゃ!?それは漣もですか!?」

 

「この間までべったりで実はパパって呼んでみようとしてたところが非常にウザい」

 

「うわ、それはウザいですね」

 

「明石さんまで…って言うかなんでバレてんの!?」

 

「朧から聞いた」

 

「言ったことないのに!?」

 

「寝言で何回も呼んでたし、くっついてる時にもじもじてたのは試したかったからじゃないかって、茶話会のネタ一位だよ、宿毛湾駐留組はみんな知ってる」

 

「あぁぁぁぁ!もう生きていけないぃ!」

 

「死ぬこともできませんけどね」

 

「死んだら大好きなパパを余計に追い詰めるからねぇ?」

 

「んがぁぁぁぁ!!」

 

「あの…」

 

「ああ神通、ごめん、うるさかった?てかそりゃうるさいか、あはは」

 

「……余所者の私が言うのは間違ってるとは思いますが…あまりにも貴方達の死への認識が軽くありませんか?貴方達の仲間だった人が死んだんですよね…?」

 

「訂正してください」

 

「…だった、じゃない、ここで過ごした以上は仲間だよ、神通だって此処を出たならわかるでしょ」

 

「それは失礼しました、しかし…」

 

「……あたしや明石はぐっらぐらに煮えたってるよ、心配しなくてもね…漣とか、その頃から来た子達は認識が薄いけど」

 

「沈んだと死んだの違いについて、理解が薄い気がしますから」

 

確かに漣達は何度か沈んだと言われた人たちが戻ってきたのを目にしてる

 

「……わざと戯けてると?」

 

「提督が持たないからねぇ、お通夜ムードだと多分どんどん追い詰めてく、というか大きい戦いなんだから死ぬのなんて当たり前じゃん、それを引きずって戦えなくなったら…何も救えないんだよ」

 

「そして救われない」

 

「………」

 

「あれぇ?まだ不満ある?軽い話じゃないからさぁ、今ので満足して欲しいんだけど」

 

「……あのお二人は?」

 

「ああ、アオボノと摩耶?休ませてる、2人とも消耗してるからね、2人だって壊れかけなんだから」

 

…2人とも死んだまで帰ってきた、本当に虚ろな目で、何もわからない、声をかけても反応すらしない、死人と変わらない濁りきった目で

 

「壊れかけって……」

 

「そりゃそうでしょ、だって2人とも1番刺したくない人間を刺したんだもん、時間が要る、休まなきゃ戦えない」

 

「まだ戦わせるつもりですか…!?」

 

「……私が何も言わなくても、提督が何も言わなくても、やるだろうこらね、私らにできるのはせいぜい死なないような作戦を立ててあげることくらい」

 

「……理解ができません」

 

「してもらう必要ないから、誰も理解できなくて良いんだよ」

 

「…ここは、随分と冷たいですね」

 

「…馬鹿騒ぎして、忙しくしてないとさぁ…壊れちゃうんだよ、みんな、耐えられなくなってきてる、現実が見えてきたって言うかね」

 

……明日には消えるかもしれない、なら考える時間なんて欲しくない…

消えたくないとか、思う時間の分だけ辛い…

 

「…貴方達は此処のトップではないでしょう、何故貴方が仕切ってるんですか…?誰の言葉を語ってるんですか」

 

「トップじゃないけど、トップがあれじゃ動かないんだって、動かないとヤバいのくらいわかるでしょ、時間ないんだよ」

 

「だからって…」 

 

「あたしは誰より失う辛さを知ってるよ、誰よりね、だから無機質で冷徹に、確実に失わない手段を選べる」

 

「…本当にそうですか?貴方よりも辛い人だって…」

 

「死ぬ痛み、辛さ、喪う事、殺す事…一通り知ってるから、よくわかるんだよ…今、ここに何があると思う?」

 

北上さんが自分の頭を指す

 

「何がって…脳、と言う事ですか」

 

「……そう、頭脳、記憶を保存する場所、変な話だよねぇ…人間でもないのに…あ、いいや…あたしさぁ、自分の記憶だけじゃなくて、あと1人分の…記憶があるんだよね」

 

「誰かの記憶…?それは…記憶を失っていた貴方、ではなく…?」

 

「そんな訳ないじゃん、アレもあたし、全部自分のことなんだから」

 

「……じゃあ、誰の…?」

 

「…さあねぇ、誰かなぁ…まあ、この世で最も欲深かった子、かなぁ…すごくちっぽけな望みを抱えて死んで逝った」

 

「北上さん…」

 

「ん、やめとくよ、これ以上はね」

 

「……随分と変わりましたね」

 

「変わってないからこうなんだよ、何も変わってない」

 

「いいえ、変わりました…あの頃はお互いを思ってたのに、今は1人に固執しすぎています」

 

「……そうかもねぇ」

 

もしそうだとしたら、何が悪いのだろうか

 

「…話をマトモに聞く気は無いですか」

 

「まあね、だって神通はあたし達の気持ちなんかわからないじゃん」

 

「……そうですか、失礼します」

 

「…北上さん、今のは…」

 

「あたし達がやるのは負け戦、それに向こうはまだまだ戦えるんだし…ほら、あたし達が何もしなくても向こうは向こうで全部解決してくれるかもじゃん?そしたらあたし達も提督も何もしなくて良いよ、楽だよ、ラッキーってね」

 

「……」

 

「…でもさ、それって何も納得できないんだよ、あたし達はなんの報復もしてない、取り返すべき奴もまだ向こうにいる、提督の望みがあたし達の望みなら…やるしかないじゃん、地獄の果てまででも行くしかないじゃん」

 

本当にご主人様はそう願ってるのかな…

 

「私達は正しいんですか?」

 

明石さんが疑問を問いかける

 

「正しい…?そうさねぇ…正しいか、難しいとこだよ、提督のやりたい事が正しいかって言ったら…それは私たちの正義」

 

「正義?」

 

「あたし達が信じる正しい、これが正義、呉の提督とか神通がやろうとしてるのは大義、これは大衆が望む正しいの形、と言っても大衆なんて欲望に素直だから生きたい、とかそういう本能、みんなを生かすと言うのはこれにあたると思う」

 

「…大義と正義…」

 

……言い方を変えれば、正義と悪

 

「漣、心配しなくてもあたし達は悪じゃない、だって正しいって信じてるから…終着点がどこにあるかなんてわからないけど、疑ったらもう前に進めないよ」

 

…ご主人様、漣には…ご主人様の気持ちがわかりません…

だって漣達は艦娘で、人間じゃないから

北上さんがいうことが正しいのか、神通さん達が正しいのか、漣の気持ちが正しいのか…それすらも

 

 

 

執務室

駆逐艦 朧

 

「…入ってこないようにって札をかけてなかったかな」

 

「かけてありました、だから此処に来ました」

 

部屋も、提督も、どこか薄暗いな

 

「……僕は、今特に会いたくない子がいる、曙、北上、摩耶、明石、漣、そして朧」

 

「アオボノと摩耶さんは自分が傷つけたから会いたくない?」

 

「…何も見えてなかったんだ、だから僕は」

 

「北上さんと明石さんは自分に優しいから会いたくない、と」

 

少しずつ近寄る

 

「………」

 

「そしてアタシと漣は、記憶を垣間見られるのが嫌だから」

 

「……わかってるなら、早く出ていってよ」

 

「本当に?理由はその机に乗っかった刃物ですか?」

 

包丁を手に取る

料理をするための道具がこんなところにあるのは、随分につかわしくない

 

「……」

 

「死ねない、死にたくない」

 

提督の顔を持ち上げて目を見つめる

 

「…やめて」

 

目を瞑って虚につぶやいて

 

「止めて欲しい、きっと誰かが止めてくれる」

 

「やめてくれ」

 

私の手を引き剥がそうとして

 

「こうしていれば誰かが受け止めてくれる」

 

「やめろって言ってるだろ!!」

 

怒鳴りつけて…

 

「…すみません」

 

「……僕こそ怒鳴ってごめん、その通りだよ、そうなんだ、力があれば戦えるって勘違いしてた、甘い考えで鳳翔を殺した…」

 

そう言ってまた塞ぎ込む

 

「……避けられなかったことです」

 

「違う、防げた…一緒にいればたとえ撃たれたとしても治せた、僕のせいなんだ」

 

事実、そうなんだろう、結果的にはそうだったんだろう

 

「…提督、最近、私の認知外依存症の進行が著しいようで…こうしてる今も、提督の記憶が流れ込んできます」

 

私は全部見てる、全部知ってる

どんな風に思ってるか、どんなこと考えてるか

 

「………」

 

「あの待ち伏せは、予想できるモノじゃなかった、それに…提督、今からもっとたくさんの仲間が死ぬ戦いが始まるんです」

 

「…嫌だ…もう、もうたくさんなんだ、なんで全部うまくいかないんだ…どこで間違えたか、気づいた時には全部遅い…曙の事も、鳳翔の事も…全部そうだ…」

 

「立ち止まれば、二度と歩き出せませんよ、提督はもう選んだんです、私達が信じる道を、あなたが作らないと…」

 

みんな、進めない

 

「この道の果ては…地獄だ」

 

「それでも、提督は私達をそこに導かなくてはならない」

 

「なんでみんな僕に死ぬなって言うのに、自分の死にそんなに無頓着なんだ…」

 

…提督にそう言われる、か…

 

「…私達は、提督の事を信じてるからです」

 

「君達を殺すんだよ?最後にはみんな死ぬ…」

 

そう、消えてしまう、完全な死、消滅

だからなんだと言うのだろう

 

「提督、私達は一度聞きました、その時に提督は止まらないと言った、止まれないと言った、その言葉の責任を取らなきゃいけないんです」

 

「……わかってる…」

 

「提督、私が提督の記憶を全て見たとして…同じ立場だったとして…必ずそう思います、そうします、あなたの人生に、あなたの戦う理由に間違いなんて何もない、友達のため、仲間のため、なんでもいい、提督はあと一度だけ、ただ前に進んでればいい、もう一度だけ前を見てください、露払いは私達がします」

 

「朧…」

 

「提督のやろうとしてる事は、私たちでも為せる事で、提督にしかできない事です、その先なんて見なくていい、曙を助けることだけを考えてください、殺す命以上の重い命を救えばいい」

 

「…命に優劣はないよ」

 

「1人で背負わなくていいんです、少なくとも…アタシも背負うから、もう一度立って、アタシが消える前に……」

 

「…大丈夫、朧は消えない」

 

「提督、アタシだけ提督の全部を知ってるのは不公平だから…教えてあげます、アタシが認知外依存症にかかってる理由」

 

「……まさか、君は初期配備された艦娘なの…?」

 

「そんな訳ないじゃないですか…」

 

提督の手を掴み、左胸に押し当てる

 

「しっかりと、鳴ってるんです、生きてるんです、私も…電子生命体だけど、生きてる、元々艦娘と人間の作りは遜色ないそうですが…わかりますか?」

 

「…生きてるのなんて、よく知ってるよ…だから…」

 

「提督、私と漣が他のみんなと違うのは、提督と同じになってるからです」

 

認知外依存症…それはある証明

 

「…本当に人間になりかかってるの…?」

 

「感じる、としか言い表せません、力が無くなっていくわけでもない、ただそうなって行くんだな、としか感じませんが…確実に」

 

私の体は、艦娘じゃなくなっていく、人間になってしまっている

羨望の的であり、滅びの証明

 

「……だから、認知外依存症に…?」

 

「提督、朧は消えます、いつか必ず」

 

「……そんな」

 

「…朧の代わりに、みんなでカレーを食べてくれますか?」

 

「……僕には、あのカレーは作れないよ…」

 

「じゃあ、もう立ち止まる余裕はないんです、お願いします…」

 

今の提督は、自分のために戦えない

だから…手を引く必要がある

 

「……あと一度だけ、私のお願いを聞いてください」

 

「やり方は、任せてくれるんだね」

 

「どのみち、曙の心を取り戻すにはそれしかありませんから」

 

誰よりも、提督は優しかったから

みんなに優しい嘘をついて、逃げ出したくて

 

「…大丈夫、僕はやれるから」

 

「分かってます」

 

提督が思いっきり戦える場所を作るから、それまで待っててもらわなきゃ

 

だから私もまだ消えられない

どんな事をしても

 

 

 

 

 

 

 

 

軽空母 龍驤

 

「…なあ、アオボノ、摩耶、そろそろ元気出せや」

 

「……クソ提督はさ、何があっても…模擬戦とかしてもさ、あたし達には絶対に手を出さないのよ、絶対に受けられない攻撃はしない、傷つけたりはしないのよ」

 

「だけど、昨日の提督は…違った、弱かったんだ、弱い、演習のとかよりもずっと弱かったのに…アタシらはボロボロになった、殺す為に戦ってた…」

 

まあ、そらそうやろうなぁ…北上が言っとった、感情の発散のさせ方を知らんって…

的を射とる、自分が仲間を殺したと感じ、自分を追い詰め、何かに当たり散らすことしか出来なかった

冷静さを書いて周りを見失い、仲間をその手にかけようとした…

 

弱い男やわ、やから…簡単に崩れてしまった

元から此処は随分と柔らかい地盤やったって事の証明かな

 

「…足並み揃えんとなぁ…」

 

「足並み…?」

 

「…今、この艦隊はワンマンプレーが目立ちすぎや、それこそイニスやメイガスとの戦いの時はお互いにサポートする戦いをしてた、やけどみんな…個人の実力だけで戦ってる、特にそう言う時の中枢やった北上も司令官もそれを忘れとる」

 

「…そうかもね…」

 

「…もう、わかんねぇよ…」

 

あかん、こりゃ重症やな…

 

「しゃっきりせんかい!!アンタらは力が有る!やったら率いたらなアカンやろ!」

 

「…うるっさいわね!こっちだって色々考えてんのよ!」

 

「なんでお前にそんなこと言われなきゃならねぇんだよ!」

 

「見てられへんほど間抜けやから言うとんのや!もっとしっかりせんかい!せやなかったらお前らのその力誰かにやれや!お前ら自分が此処の主力って自覚あんのか!?」

 

「あったら何ができるって言うのよ!」

 

「少なくともこんなところで油売るような真似はせん!このアホどもが!」

 

「ンだとテメェ!」

 

「なんの力も無いくせにいい気になって言いたいことばっか言って…!アンタに何がわかんのよ!」

 

「ホンマに救いよう無いわ!どーせお前らなんか曙にも勝たれへん、出会ったら殺されるんがええオチやその力も捨ててまい」

 

「テメェ!!」

 

「…離せや、その汚い手、なぁ、聞こえとらんのか」

 

「黙れ、さっさと口を閉じねぇと殺すぞ…!」

 

「そーかそーか、じゃあやってみいや、殺してみ、殺せよ!はよぉ!自分より弱いやつにしか振われへん力なんて意味ないのがなんでわからん!!司令官は自分の身体犠牲にして闘っとる!その負担減らすためにお前らが居るんと違うんか!?」

 

「…このッ…」

 

「なんや、言いたいことがあるんやったら言えや!司令官のやり方は間違っとるけどな、自分より弱い奴を守るためにしか力を振るわんかった…誰かを助けるためにしか使わんかった…確かにお前らにそれを向けたのは間違いなく司令官が悪い、絶対にやったあかん事をした、でもそれは、一回の間違いやろ…!?なんでその一回の間違いを乗り越えることができへんねん、お前らが手を引いたらな司令官はずっと闇の中やぞ…!」

 

「……わかってる…わかってんだよ…!」

 

「未熟やからって許される事ばかりやない…司令官だって完璧やない…間違えを正したんのが仲間やろ、なぁ、摩耶、アオボノ、なんで此処におんねん…」

 

「…行くわよ、摩耶」

 

「……おう…クソッ……」

 

「…死ぬか思うたわ…あかんなぁ…くわばらくわばら」

 

司令官1人の世界やない、今の環境は司令官を支援するように見えて1人に頼りきりの環境、このまま司令官が潰れたら全部なくなる、どのみち時間もない…

 

「はぁ…やるせないなぁ…」

 

結局ウチはなんも知らんし、なんもできん

力には責任が伴う、やけどその責任も、重みもなんも分かってない、ウチにできるのは発破かける事だけ、失敗した時叱責する事も、道を正す事も本来できない…

 

ウチは、ダメなお姉ちゃんやなぁ…

 

「あかん!キャラやないわ、酒でも飲むか…弔い酒……か、1人ってのも寂しいもんやしな…艦としての記憶をどのくらい鳳翔が大事にしてたかも知らんけど…まあ、ははは…ちょっとくらいウチに付き合ってくれるやろか」

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 那珂

 

「あ、いたいた」

 

「…那珂ちゃん」

 

「白露ちゃんお久、こんな事になるなんてね」

 

「頭突き、してもいい?」

 

「良いよー、おいで」

 

「……いっちばーん」

 

ぽすん、と言う音がして私のお腹に顔を埋める

椅子に腰掛けて、白露の後頭部を撫でる

 

「お腹かたーい…」

 

「鍛えてるからね」

 

「…死んじゃったよ、また…」

 

「…うん、死んじゃったかー…」

 

…死…

私達にはずいぶん重いな…

 

「此処の提督のせいだ…」

 

「……那珂ちゃんは、違うと思うなぁ…」

 

「……なんで」

 

「アイドルだから」

 

「…そっかぁ、なら…仕方ないかなぁ…」

 

「……きっとねー…1番悲しかったの、ここのみんなだよ…」

 

「…確かに、私達は長い付き合いでも、深い付き合いでもないけど…死に感じる重さは、同じだもん」

 

「…みんな泣いてた、ずっと涙の味がした…壊れて、おかしくなりそうになってた…本当に、辛かったはずだよ」

 

「……じゃあ1番じゃなくて、良い…」

 

「良い子いい子」

 

「…那珂ちゃーん」

 

「何?」

 

「…お膝もかたーい」

 

「………」

 

後頭部を強く掴み、お腹に押し当てる

 

「ん!?んぐっ!んー!むー!!」

 

「いたっ、噛んだな!もー!噛むのやめないと窒息させちゃうよ!」

 

「……ぷはっ…トぶところだった…」

 

「…スッキリした?」

 

「…んふふ…死にかけたんだってば」

 

「そうだね、ど?気分は」

 

「…鳳翔さんのことは、仕方ない事だし、此処にお世話になる訳だしね…諦める他ないとも思うけど」

 

「…ならいいや、ふふふ…」

 

白露のほっぺたを押して潰す

 

「…酷い顔」

 

「うっはいにゃあ…ぷぇっ…泣いてるんだから、邪魔しないでよ、私にできる弔い方なんだから」

 

「…鳳翔って人の事、何にも知らないけどさ…」

 

「…うん」

 

「…一緒に、泣いてもいい…?」

 

「…うん」

 

「ありがと」

 

たくさんの人が死んだのを見た

私の頭の中には消えない光景

永遠に私を苦しめる光景

 

「………」

 

提督、もっと頑張らなきゃ、ダメだよ…

那珂ちゃんも頑張るからさ



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約束

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「…一緒に飲んでもいいかな」

 

波止場の端に腰を下ろす

脚を海に垂らして瓶を隣に置く

今日は月がないな、星が綺麗だ

 

「なんや、司令官が酒をやるんは初めて見るわ」

 

「龍驤が飲んでるのも初めて見るよ」

 

瓶の栓を開け、中身を海に垂らす

 

「……まず、酒を持ってたことも知らんかったわ」

 

「…こう言う仕事をしてるともらうことは多い、らしいよ、僕はもらったことはないけど…だから取り敢えず手に入る限りで用意した」

 

「殊勝な事や」

 

空っぽになった瓶を脇に置き、新しいものを開ける

 

「……ホンマに飲むんか?」

 

「…今日だけだよ、これだけ」

 

「…下戸っぽいな」

 

「その通りだからね」

 

思いっきり呷る、口内が焼けそうになる

 

「……ごめん、鳳翔、本当にごめん…」

 

涙がとめどなく溢れる

情けなくて仕方ない

 

「…好きなだけ謝って、泣いたらええ、これは全部酒のせいや、酒が見せてる夢や」

 

背中に暖かい感触

いつぶりだろうか、人に撫でられると言うのは

より涙が流れた

 

隣においてあった瓶が地面を離れる

誰かが隣で喉を鳴らす

 

「……ぷはっ…死者に手向けるには…随分な安酒ですね、加賀さんも飲みます?」

 

「赤城さん…せっかく持ってきたのだからコップを使うべきだと思うわ」

 

広いスペースがあるはずなのに、すごく狭くて、暖かかった

 

「…さよなら、鳳翔」

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 島風

 

「カイト、元気になった?」

 

「うん、心配かけたね、ごめん」

 

「ううん、元気になってよかった」

 

…本当に大丈夫そう…一晩のうちに何があったのかはわからないけど、安心した…だけどやっぱり…全快じゃない

 

「…キミたちの家を奪った奴等に痛い目を見せてやろう」

 

「…大丈夫…?」

 

「…とは言い難いかな、これは空元気でしかないから…でも、あと1回分ぐらいなら」

 

一回…?

 

「島風、また戦えるようになる、だからもう少しだけ我慢してね」

 

「うん…でも、一つだけ約束して」

 

「…何?」

 

「死ぬ為に戦わないで」

 

「…僕が戦うのはいつだって誰かのためだよ」

 

……カイトの心がわかれば、きっと違う言葉をかけられた、はずなのに…私には言葉が思いつかない

伝えたい気持ちがわからない

 

「……本当に戦うの?」

 

「うん、心配しないで、キミも戦えるようにするから」

 

…違う、そんな話してるんじゃないよ…

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 天龍

 

「ちゃんと話すのは、初めてですよね」

 

「そうねぇ、うーん、他の天龍ちゃんに比べてナヨナヨしてるのよねぇ…」

 

…苦手なタイプだなぁ、この龍田って人…

 

「あなた、眼帯はつけないの?」

 

「この通り隠すものもないので…」

 

「そうよねぇ…ふーん…うーん…」

 

顔をジロジロ見られて辛い…

 

「あの…何か…?」

 

「あ、ごめんなさいね〜、少し気になって…」

 

…もう何回目だろ、このやりとり…

 

「うーん、私こんな感じの天龍ちゃんにあったの初めてで、ちょっと新鮮なのよ〜…」

 

「は、はぁ…」

 

……疲れる…

 

「三者三様って言うし、天龍ちゃんにも色々いるのね〜」

 

「そりゃあ、そうだと思いますけど…」

 

「…刀は?使わないの?腰に刺してないけど」

 

「だって砲雷撃戦がメインですから…」

 

「…私は槍を使うのに、変ねぇ…手堅いと言うか…ねぇ、良ければ刀、使ってみない?教えるわよ?」

 

「え、えぇ…?別に教えていただく必要は…」

 

「さ、取りに行きましょ?」

 

 

 

 

 

「うーん、そんなに簡単には手に入らないわねぇ…ここの工廠担当は?」

 

離島鎮守府の事は言わない方がいいだろうし…

 

「多分外してます、私にはわかりません…」

 

「…探さなきゃねぇ…」

 

…めんどくさいなぁ、この人

 

「そんなに邪険にしないで?姉妹なんですもの」

 

「……はぁ…」

 

邪険にされたくないなら解放してほしい…

 

「そろそろ帰らなくてもいいんですか?佐世保なんですよね?」

 

「そうだけど天龍ちゃんが心配で…」

 

「私は平気ですから」

 

…妹を心配する姉のような…あれ?私の方が姉のはず…

ま、まあいいか、早く帰ってもらおう

 

「また来るわね、元気にしててね、風邪とかひかないでよ?」

 

「えーと、ハイ…」

 

姉というよりもこれは母…?

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙(青)

 

「まー、一晩探し回ってどこにもいないと思ったら…ねぇ?摩耶」

 

「…波止場の先っぽで酒飲んで寝てるんだもんなぁ…ま、たまには許してやるしかねぇか…」

 

空母2軽空母1人間1の回収作業は随分疲れた、回収された方はバツが悪そうにしてたし、こっちとしても要件は果たせず

 

「…くそ、無駄な時間過ごさせやがって」

 

「どーすんのよ」

 

「…2人でもやれる事はあるだろ、まあ、とことんやろうぜ」

 

摩耶が大剣をぐるりと回しながら担ぐ

 

「…いや、連携の特訓なのになんで戦うのよ」

 

「癖の把握とか…ほら、多分役に立つって、それにお前もイライラしてるだろ?」

 

…確かに、イラついてはいる

自分の無力さに、そしてこの世界に…

 

「いや、イライラと戦うは繋がらないのよ、冷静さが求められるんだから」

 

「ほらほら、さっさとやろーぜ!」

 

…摩耶も空元気、か

 

「聞きなさいよ…はぁ…アンタ、脳筋って言われない?」

 

「有名な雷の神様はな、こう言ってた…筋肉が多いやつほど賢い!つまり脳筋はパーフェクトな賢さだ!」

 

なるほど、ソーいうことね

 

「マイティね、アンタも」

 

「マイティ摩耶様か、気に入った!」

 

「売れない少女漫画のタイトルっぽくて似合ってるわよ」

 

「ンだと!?」

 

今は腕を磨き続けるしかない、大丈夫だから

 

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「良かったな薫、仲間の無事が確認できて」

 

「…まあ、弥生はそんな簡単にやられる子じゃないからね」

 

「それで?なんの用だよ、わざわざここまで来やがって、千草が幽霊でも見たみてーな顔して倒れるし」

 

「……亮、千草もそうだけど、流石に酷いと思うよ」

 

「で、さっさと要件を言え」

 

「僕がきたのは…カイトと一緒に戦うなら、手を貸せるんじゃないかと思っただけだよ」

 

「そうか、まあ、猫の手も借りたい状況だ、助かるぜ」

 

「その猫は弥生の手元なんだけどね」

 

「…まあ、それは置いといて、それだけか?」

 

「…スケィスについて思うことがあって来た…」

 

「スケィスの?」

 

「マハは今、弥生と僕が共有してる」

 

「…らしいな」

 

「スケィスも共有してるのなら、わかるはずだ…やはり一つに集めなくては、断片では力が弱いことが」

 

「…わかってる、だがだからってどうしろって?」

 

「1人が完全に手放せばいい、千草も、伊織も…完全に手放したから、だけど手放すのは僕らである必要もない」

 

「…川内に手放させるのか…」

 

「僕が今言ったのは、弥生はいい仲間になってくれたけど、碑文の力に振り回されてると感じたから…碑文は心の闇を増幅させる、それに少し呑まれてる、偶に攻撃的になる事もある」

 

「…未熟って事か」

 

「成長中なだけだよ」

 

「……甘いな」

 

「お互い様かと思ったけど」

 

「違いねぇ、俺も甘い、だが川内はもう未熟じゃねぇよ」

 

「…きっと、スケィスは昇華する、さらに上の段階に行ける」

 

「ああ、俺もそう思う、川内はもっと成長する」

 

「…話はこれだけ…なんだけれど、亮、大丈夫なんだよね」

 

「……どっちの未来がいいのかは知らねぇけど…とりあえず今は協力関係のままだ」

 

「なら良い、僕も宿毛湾に行ってみるよ」

 

「ああ、またな」

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 綾波

 

「いやぁ…本当に私って天才ですよ、だってほら、あの治癒力の謎も、そしてその構成も、対策も、さらには碑文の解析に腕輪の解析を佐世保襲撃の片手間に終わらせてるんですから!」

 

「…わかった、確かに貴様は優秀だ、さっさと報告しろ」

 

「最初に佐世保の話を済ませちゃいますね、此方方の被害は甚大ですね、あそこ憲兵あんなに強かったですか?雑魚がかなりやられましたよ」

 

「渡会一詞は憲兵上がりだ、陸戦にも余念がないのだろう」

 

「おかげさまで結構な被害が出ちゃいましたよ、まあでも施設は完全に破壊というか放棄させました、皆殺しにはできなかったようですが…」

 

「なぜだ」

 

「それがイニスの碑文使いの幻覚で殺したつもりになってたみたいで…」

 

「………チッ」

 

「後、渡会一詞も槍を持って戦ってたんですが…その槍に触れたヤツ、消滅しました」

 

「悍ましいものを…」

 

「ま、とりあえず佐世保は今何人殺したか計測中ですよ」

 

「そうこ」

 

「それと前回のあのバリア内のすべての記録を精査しました、いやぁ、大変でしたね、あれは大変だった!」

 

「…追加の報酬は後で話す」

 

「え?なんだか催促したみたいで悪いですねぇ…あの治癒力の謎は持ち歩いてた小瓶にありました、まあ回復アイテムと呼んでいるところからゲームのものだと思われますね、はい、それでこれについての解析は済んでます、無効化する化学式もできてて、あとは材料さえあれば〜…」

 

「……これは使い続ければ死ぬ、と言うことか」

 

「え?いや違いますよ、体の構成物がデータになっていくだけで死にはしません」

 

「…認知外依存症というこの項目は」

 

「ああ、なんかネット空間に存在しすぎて体がパーってなって消えて死ぬ病気です、再誕があれば関係ないと思いますけど」

 

「女帝から聞いた通りだな」

 

「あら、そうでしたか、まあこれについてはあんまり詳しいことは分かってないんですよね」

 

「構わん、後二、三回それを使わせれば倉持海斗は死ぬということさえわかればな」

 

「…まあ良いや、次なんですけど 碑文の解析が完了、これにより再誕の摘出が可能になるまでかかる時間がぐんと早まると思います」

 

「すぐにはできんのか」

 

「解析しても対応できるかは別問題です」

 

「チッ…」

 

「腕輪の方も十二分にデータが集まりましたので、こっちもより確実なものができます、再誕の確保についての案もこのように」

 

「…奴らをここに呼びつけるのか?果たして来るのか」

 

「佐世保襲撃に関する声明文です、今マスコミにはこんな事が流れてます」

 

「奴らが反乱者であることは事実だ、何も違うことはない」

 

「そう、本部への反乱者の処刑、つまり国家反逆罪を適応したのですから、呉鎮守府と宿毛湾泊地にもその動きがあると言うことにして呼びつければ早いですよ、来なければ反乱者として日本中から村八分…」

 

「まあ、来るだろうな」

 

「まあ、来て仕舞えば残りの戦力を逐次投入してれば勝てます、下手に出し渋ってしまうよりもずっと効果的です」

 

「ヴェロニカに連絡を、その時にすべての決着をつけるとしよう…よくやった、褒めてやる」

 

「わーい、報酬は東雲さんの出し殻をください、碑文がなくて誰にも必要とされなくなった東雲さんを一生飼うので」

 

「そんなもの好きにしろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

正規空母 赤城

 

「…酷いニュースですね」

 

『以上の点から佐世保鎮守府の指揮官である渡会一詞被告、並びに舞鶴鎮守府の徳岡純一郎被告は未だ逃走中です、危険な思想に染まった艦娘もいると思われるため、対象地域で横須賀所属の腕章をした艦娘以外を見つけた際は即刻通報をお願いします』

 

「何が国家反逆罪ですか、無知とは怖いですね」

 

「赤城さん、食事中にそんなことを言いながらニュースを見ていてはさながら仕事終わりのお父さんよ」

 

「…加賀さん、焦りましょうよ」

 

「焦って事態が好転するとは思えません、私たちが今やるべきことは自分たちの身を守る備えをすることです」

 

そういう割には箸が止まってますけど

 

「…そう言う話をしてるんじゃないんです、あなたの思い入れのある子がいるんじゃないんですか」

 

「だとしたら論外だわ、赤城さん、私も彼女を深く知ってるわけじゃないの」

 

「……はぁ…」

 

…口下手は相変わらずですね

理性的であるが故に、行っても助けにならない上に迷惑をかけるだけだと判断した、横須賀所属ではない私たちは近づけば捕縛されてしまうだろうし、仕方ないところもありますけど

 

「…待ってください、龍田さんたち、いつ佐世保に帰りました!?」

 

「さっき出立した筈…不味いですね、止めます」

 

「今連絡を回してますからすぐ見つかる筈…」

 

 

 

「…教えてくれてよかったわぁ…」

 

「安全が確認できるまでとりあえずここにいてください」

 

「……そういう訳にもいかないの…みんな仲間が心配なのよ」

 

「どうしたものでしょうか…」

 

「最悪艦娘であることがバレなければ良いんです、変装用に服を貸しましょう」

 

「…助かるわ〜」

 

「そうだ、北上さんにも行ってもらいましょうか」

 

「……確かに、杖をついてる北上さんを艦娘だと思う人は少ないとは思いますけど…」

 

加賀さんらしい提案ではないですね…

 

「なにより私たちと連絡を取れる人が必要です、如何ですか?」

 

「お願いするわ…」

 

「加賀さん、加賀さんも行ってあげてください」

 

「…私より翔鶴が適任です」

 

「今日は出撃してますから帰りが遅いので、加賀さんが行ってください」

 

「…そこまで言うのなら…」

 

素直じゃないんですから

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 朝潮

 

「あ、繋がった、杏さんですか?」

 

『朝潮、久しぶり…下北以来だっけ、どうしたの?』

 

「少し確認したいこととか、ありまして」

 

『何?』

 

「杏さんはデータドレインを受けている、と聞いています…たとえば自分以外の方がデータドレインを受けていたら?」

 

『……ああ、そういう事…カイトはどうしようとしてるの?』

 

「世界の再誕です」

 

『それは、知ってるんだけど……うーん…ああ、わかった、もしかしたら、だけどそれでも聞く?』

 

「是非」

 

『多分ね、カイトはこう思ってる、なんで僕だけが…』

 

「僕だけが、ですか」

 

『私は私だけデータドレインを受けて、この意識が作り出されたものなのではないかと悩んだり、苦しんだりした…でもみんなが支えてくれたから乗り越えた、でも逆なら?それこそ誰も気にしてなかったとして…カイトの脳裏にはずっとチラついてたんじゃないかな』

 

「…それで?」

 

『世界の再誕に自分は相応しくない、と思ってると思うよ』

 

「相応しくない、とは…」

 

『取り残される道を選ぶと思う』

 

「…意味がよくわかりませんが…」

 

『最早ここからは完全な憶測、どんな科学者だろうとわからない事だけど…ネットとリアルが融合した世界を再誕させる、これは多分別の世界が出来上がると思う…ネットとリアルが交わらない完全な別の世界、過去のネットとリアルの関係性…伝わってるかな、えーっと…手元にクッキーがあるんだけど、このうちの一枚が今私たちがいる世界で、それを再誕させたら次の一枚になるんだよ』

 

「……その元々の一枚は?」

 

『食べちゃった』

 

「そうじゃなくて…」

 

『そういう事なんだよ、多分消えて無くなる…その消えて無くなる世界にカイトは取り残されようとしてる、自身も消えてしまいたいんだと思うよ』

 

「……そんな…」

 

『私で力になれることがあるならいつでも相談して、それと…司は何時でもあなたが使って良いから』

 

「…お借りします、一度身体をネットに宿しているなら…きっとこっちの世界でも扱えるはず…」

 

『じゃあね』

 

「はい、ありがとうございました」

 

…聞きたくない話だったけど、聞いてよかった、覚悟を固めなきゃいけない、これを誰かに言うことは司令官の負担になるかな…

 

『…ア"ア"ァ"…』

 

「…あなたの身体を…?」

 

…一考の余地があるかもしれない、でもそれはなんの解決にもならない…どうしたら良いんだろう…

 

 

 

 

 

 

旧 離島鎮守府

工作艦 明石

 

「ふざけないでくださいよ提督、私に何を背負わせようとしてるんですか」

 

「やっぱりキミにしか頼めない、お願いだ」

 

「冗談ですよね?これ、死ぬって事ですよね、私じゃなくて提督が」

 

「遅かれ早かれ死ぬんだ」

 

「死ぬことがわかってるなら…!尚のこと生きようとしてください!絶対にこんな話受けませんから!」

 

「…実は夕張にも頼んだんだ、だけどキミが動かなければダメだって」

 

「なんで夕張なんですか!」

 

「まあ、明石は怒るだろうなって思ったからかな」

 

「そりゃ起こりますよ…!?え、なんですか?私たちそんなに短い付き合いですか?だったらノータイムでハイハイってOKしたと思いますよ、え、なんなんですか?本当に」

 

「…明石、これも見てほしい」

 

「……健康診断書?夕張のお手製ですか…」

 

「認知外依存症の項目も作ってもらったよ、それとこの辺りとか」

 

「…数値はほぼすべて正常と呼べる範囲で…え?体重軽くないですか?なんですかこれ」

 

「体がデータに置き換わりすぎたんじゃないか、って言ってた、肉体じゃなくデータになったから体重に変化が出てるんだと思うって…認知外依存症が進行するか世界の融合度が上がれば元に戻るだろうとも言ってたよ」

 

「……嘘ですよね、何がこんなに…」

 

「明石、僕は君たちとの約束を忘れたりはしない、止まらない、だから手を貸して欲しい、頑張るために」

 

「……もう充分頑張ったじゃないですか…こんなの…」

 

「分かってたことだよ、死ぬのなんて…それに僕だけ生き残るなんて事はできないからね」

 

「………」

 

「これが僕の本当にやりたいことなんだ、心の底から望んでることなんだよ」

 

「……じゃあ、提督、一つだけ」

 

「何かな」

 

「…もし、叶うのなら……叶えられる機会が来たら…いつかデートしてください、何も他のことを考えず、他の誰も見ないで2人だけで」

 

「……わかったよ」

 

「分かってくれたなら、いいんです…約束ですからね」

 

「うん、約束だ」



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価値

佐世保鎮守府跡地

正規空母 瑞鶴

 

『………』

 

もうどれだけここに立ってるのかな

 

私の目には、ずっとニセモノの世界が映ってる

遅かった、死んだら間に合わない、私には傷を癒す力がある、それをもっと振るえばよかった

私がやるべきことは数の手当てに専念すべきだったのに…

 

龍田も不知火も居ない

私がここの最高戦力になってしまった…だから頑張らなきゃいけなかった…なのに…守れなかった…

 

なんで私の目の前に見えてる世界は…壊れてるの?

 

こんなニセモノの世界に私だけ取り残されて…

みんな、みんなはどこ…?ねぇ、なんでみんなが居ないの…?

 

銃声と共に体が何かに貫かれる、焼けるような痛み

 

『…ウザいのよ…』

 

思い悩み、迷いながら…生きてるのなら…

なぜ私を撃つの…?これも幻覚?

 

また何か来てる…また敵が私を殺しに…

 

銃声がなって、体が焼け…ない…?

 

「瑞鶴!」

 

……痛くない…体は痛くないのに…

心が、心だけが痛い

 

「貴方達…やりすぎたわねぇ〜…?」

 

「死ね」

 

「よくも…よくも!!」

 

ああ、帰ってきたんだ…

ごめんね、家を守れなくて…

 

「立ちなさい、瑞鶴」

 

『…加賀さん…血が…』

 

「良いから、早く立って、ここに居てはキリがないわ」

 

銃弾を受けてるのに、平気そうな顔で私を起こして…

 

「あー!もう!艤装借りればよかった!」

 

「単装砲あったから使って!」

 

「必要ありません、この程度のつまらない相手にこの不知火が遅れを取るとでも?…さっさと死ね」

 

「よし!一通り片付いたかな…被害報告!」

 

「ある訳ないじゃな〜い…ちょっと本気出しちゃったわぁ…」

 

「全員無傷…いや、加賀さんが瑞鶴を庇って被弾してます」

 

『…今、治しますから…』

 

傷を治す、この杖が私にくれた力の一つ

もっと、もっと長く隠しておきたかったけど

この戦いで何度も使い続けなくてはならなかった

 

『…治りました」

 

「……本当に治るなんて…」

 

「あ、連絡来ました、急いで退避しましょう!」

 

「加賀さん、その穴だらけの服では目立ちます、コート使ってください」

 

「ほら!瑞鶴もこれ羽織って!あと髪も適当に後ろで結ぶからね!?」

 

髪…土煙が舞う中でめちゃくちゃに傷んでるんだろうなぁ…

 

「早く!こっち!」

 

「よし!向こうの大通りに出たら民間人のフリしていくからね!」

 

「…なんで私たちがこんな目に…!」

 

涙が取らない

 

「……今は生きること!!」

 

 

 

 

長崎 下水道

駆逐艦 不知火

 

連絡が来た通り来たけど…こんなところに本当にいるのかしら…

 

「あ、北上さん」

 

「んー、まっへはよ」

 

「…なんで鼻に洗濯バサミを…?」

 

「ごめんごめん、匂いがキツくってさぁ…おぇ…」

 

確かに鼻が曲がりそうな匂いではある

 

「無理せず、と言うかなぜここに…?」

 

「ま、たまたまだよねぇ、とりあえず向こうにいるよ、全員とはいかなかったらしいけど」

 

 

 

 

「龍田、瑞鶴、不知火、陽炎、秋雲…よく無事に戻ったな」

 

「申し訳ありません、私たちが離れたせいでこのような…」

 

「…提督…なんでこんなことに…?」

 

「なんの連絡もなく急に攻撃された、という事だ…敵が陸戦に慣れていなかったこともあり、全滅は免れたが…みんな疲弊している、致命的だな」

 

「横須賀の連中、ですか…」

 

「すべて、あいつらがやったこと…捻り潰してやりたいところですがそう簡単にもいきません」

 

「逃げ場も、物資もない…終の住処がこんなところという訳にもいくものか…」

 

「待ってね、今通信してるから」

 

「……逃げる手立てが?」

 

「舞鶴とは違う、今回は簡単に逃げられるよ」

 

…舞鶴同様、飛ぶのか

 

「よし、外に出ようか、もう一波乱はあるはずだけど…加賀、いける?」

 

「鎧袖一触よ」

 

折り畳み式の弓と矢束…?

どこに隠し持って…

 

「北上さん、誘導をお願いします、私の回収は最後に…それと龍田さん、貴方も戦えるのなら少し手を貸してほしいのですけど」

 

「構いませんけど、そんな弓矢で当たるのかしら〜?」

 

「精度は落ちますが、問題ありません、そもそもこれはあくまで艦載機を召喚する道具ですから」

 

「ふーん……提督、槍、お借りしますね?」

 

「ああ、不知火、お前も行け…拳銃と弾倉だ」

 

「了解いたしました」

 

 

 

 

 

「見えますか」

 

「ええ、たっくさん居ますね〜…」

 

…あのホテルの時を思い出しますね…

 

「不知火さん、私が艦載機を飛ばしたら即座に飛び出して手前の敵を狙って、私は大回りさせて後方から仕掛けます、龍田さんはここで出口の確保を」

 

キリキリと弓を引き絞りながらそういう

 

「了解しました」

 

「は〜い」

 

「では、いきます」

 

音を立てて矢が飛び出す

矢が炎に包まれて艦載機へと姿を変える

 

「性能はイマイチですが、こういう場なら充分ですね」

 

「それはあなたの腕故ですか」

 

飛び出して兵士の頭を撃ち抜く

 

「龍田さん!後方のカバーを!」

 

「うふふふ〜、誰に手を出そうとしてるのかしら?…デリート」

 

そう言いながら一薙ぎ

槍に触れたのかどうかもわからない距離の兵士が消えた…恐ろしい能力だ

 

遠方から機銃の音が響く

 

「心配いらないわ、旧式の戦闘機でも誤射はしません」

 

「九六式ですか、なんにせよ当たるのなら問題ありません」

 

「二度も言わせないで…鎧袖一触よ」

 

「これが初代一航戦、って事かしら…」

 

「違うわ、二代目よ…南東が手薄…いや、これは罠かしら…油断せず敵を倒してから逃げるべき…いや、座標を通知して経路の確保が先か…北上さん、お願いします」

 

「わかってる、この辺激戦区だから備えときなよー…」

 

USBメモリを何かに挿して…投げ捨てた?

 

「師匠、それは?」

 

「黒い森と接続するなんたらだって、あたし機械は疎いんだよねぇ…ま、でも簡単なことならできるからさ」

 

黒い森…?

 

「さあ、援軍様はいつ来るかなぁ…と…の前に新手が来ちゃったか」

 

「アハァ…良いですねぇ、実験的に作ったテレポーター機、ジェットボートなんかよりずっと快適に遊びに来られちゃいました」

 

テレポーター…?またトンデモなものを…

あの時の綾波だとは思うけど…テレポートが出来る…ヤバそうですね、逃げるのにも苦労しますよこれは

 

「アレは…龍田さん、雑魚は私がやります、あの駆逐艦を抑えてください」

 

「勿論よ…!」

 

…私も援護射撃に回るべきですね

 

「デリートしてあげる…!」

 

「ちゃぁ〜んと、解析してきてるんですよ、その槍も…」

 

…消す力が通じないのか…?

 

「なら撃ち殺すまで…!」

 

「およおよ、危ないですねぇ…」

 

近くにいた兵士を掴んで引き寄せ、盾にする

 

「な…!」

 

「消えなさい」

 

「はいは〜い、消えるのはこの子だけです」

 

そのまま兵士が槍に貫かれ、光を放ち消滅する

 

「うわぁ…やっぱ迫力エグいですねぇ、でも私の趣味じゃあないですね」

 

「お喋りは命取りよ〜?」

 

「その槍、残念ながら効力があるのは穂先だけ…つまり柄は無害…突き以外を私に見せたら貴方の負けです…もっとも、突きでもかわして柄を掴むことは容易いですが、この身体の反応速度はかなり高い数値を叩き出してますから」

 

「…試してみましょうか」

 

場が膠着した…

碑文高いほどじゃないにしろ、この綾波は強い…という事か

 

「……ミストが出てますね、何処かの誰かがやっぱり接続してましたか、黒い森に…じゃあ、これも試しましょう」

 

そう言って腕を振るい、何かを掴むような動作を何度かする

 

「あれぇ…?どうやるんだろ…ああ、もう出てましたか、そこに」

 

「ぐっ!?」

 

「っあ…!」

 

龍田さんの脚が背後から飛んできた刀で貫かれて地面に縫い付けられる

 

「なに…痛いじゃない…うふふふ…!」

 

「おやおや、貴方周りが見えてないですね、お荷物を抱えてること、お忘れじゃないですか?」

 

「北上さん!」

 

「…ぁ…っぐ…」

 

両肩を貫かれてる…しかもあの位置、下手すれば出血が危険な域に…早く手当をしないと…

 

「おっと、動かないでくださいね?下手に動いたらお仲間にもう一本行きますよ?」

 

「…チッ…!」

 

「いやぁ…ずっと思ってたんですよねぇ……戦場にお荷物が来ちゃうと、遊ぶのが簡単だなぁって、最初からその北上があるのは見えてたんですけどね?でもそこまでいく価値もなさそうだし、と思ってたらそっちがこんなにお膳立てしてくれてるんですから!」

 

楽しそうに笑ってる…狂ってる

 

「下衆が…!」

 

「…殺す…」

 

『楽しそうな事してるね、私も混ぜてよ』

 

「…おや、これはこれは…佐世保の碑文使いですか、ずっと出てこないので死んだものと思ってましたが」

 

「…嘘…瑞鳳…?」

 

…いや、これは…

 

 

 

 

 

 

正規空母 瑞鶴

 

「………」

 

「気になるか」

 

「提督さん…まあ、そりゃね…私だって碑文使いなんだし…」

 

「……お前にとって、それは重荷か」

 

「…そりゃあ、すっごく…重いけど…持ってられなくても、これは私に縛り付けられたもの、引きずってでも進む…」

 

「そうか」

 

「……ごめん、様子気になるから見てくるね」

 

「ああ、行ってこい」

 

…さっきから聞こえてくる声が不穏だった

助けになれるなら行かなきゃ行けない

 

 

 

 

「…不味い状況…か」

 

少しでも時間を稼がなきゃいけない

 

「…イニス、私は…上手くやれる」

 

瑞鳳の幻覚を作り出す

きっと…時間は稼げる

 

『ねぇ、よくもウチの鎮守府を壊してくれたね…ちょっと、お仕置きされとこうか』

 

「…私は戦闘狂じゃないんですけどねぇ…不思議と昂ってきましたよ」

 

…よし、釣れた…今のうちに北上の救助をして、その次に綾波だ…

 

気づかれないように近づき、北上の方を抑えて刀を抜く

 

「…!!」

 

『リプス…ごめん、もう一回……リプス、よし、傷は塞がった…』

 

…暴れないのかと思ったけど、違う…本当に力が弱いんだ、私が抵抗されてもそこまで全力じゃないと思うほどに

 

「………」

 

『え?』

 

…今、なんて…?

 

「…かわしてばかりとは拍子抜けですね…」

 

『こっちの攻撃が一発でも擦れば勝ちだから、楽しまなきゃ』

 

「言ってくれますねぇ…!」

 

『じゃあ、そろそろいこうか』

 

綾波の拳が瑞鳳の幻覚をすり抜ける

 

「!!」

 

後方からの龍田の槍、そしてそれをかわされた時の保険に光の矢を放つ

 

「だから私、あなたの槍は買わせるって言ったじゃないですかぁ…」

 

「…てっきり強がりかと思ってたわ〜…」

 

光の矢を脚でガード、龍田の槍を紙一重で交わして竿を掴み、引き寄せる

 

「踏み込みが甘いせいで鋭さがなかったですねぇ、子供がやってる中当て遊びの時のようなおそ〜い突きでしたよ」

 

そう言って龍田の顔面に頭突きを喰らわせる

 

「やっぱり、自分らしいやり方が1番ですねぇ!」

 

よろけたところに顔面へのハイキック、地面に倒れた龍田の腕を踏みつける

骨の砕ける音が響く

 

「おや、叫ばないんですか?東雲さんは叫んでくれたのに」

 

「…被虐趣味もなければ、加虐趣味の相手を喜ばせる趣味もないもの…!」

 

「…わかってませんねぇ、逆に燃えるんですよ、それ」

 

そう言って横たわった龍田の腹を蹴り上げる

 

「さて、次は?」

 

全員、迂闊に仕掛けられないか…

 

「………」

 

「おや、貴方は確か宿毛湾の…ってまあ、北上を見た時点で宿毛湾が噛んでるのは知ってましたが…ここで私に矢を放てば大本営への反逆罪が貴方どころか宿毛湾の全員に適用されますが?」

 

『加賀さんダメ!貴方は関係ない!』

 

「……この一矢は、提督の意志、私たち全員の意志よ…私達は仲間を傷つけたものに、一切の容赦はない」

 

そう言って放たれた矢を軽々と砕く

 

「…随分と軽い意思で」

 

「…そうかしら?意志、と言うのには幾つかあるのよ…強く望む心を示す時は、思うじゃなくて志すと書くの、知ってるかしら」

 

「……だから?」

 

「第二射は既に放ってるわ」

 

その声と同時に真上から機銃が降り注ぐ

 

「アハッ!良いですねぇ♪」

 

側転でその場を離れてかわす

随分と遊んでいるところから、まだ余裕綽々か

 

「それと、もう一つ言っておくけれど…貴方、後ろを見る癖をつけたらどう?」

 

「後ろ?」

 

「ばびょんっ!ハァイ?初めまして、私春雨、佐世保襲撃の実行犯について詳しく聞きたい事があるんだけど…そこの所どうなんですか?」

 

綾波の後ろから出てきたと同時に首に刃を当てて拘束する

 

春雨…何処の艦娘だろう…

 

「…ああ、貴方呉の所属ですか」

 

「あれぇ?バレちった…まあ、良いけど、話さないと死ぬよん?」

 

「……随分と他の春雨とキャラが違うようですが…調子が崩れるんでやめてくれませんか?」

 

「それ、持ち味ね」

 

…掴みどころのない…

 

「…あー、もう、気分が害されました…今日は帰ります」

 

「帰れると思ってる!?この状況で!?たっはー…頭おかしい子だった…」

 

「天才は理解され難いですからね、敷波」

 

「まだ居るの…!」

 

「…何処に…!?」

 

…どこにも敷波なんて…

 

「残念、探すにはちょっと遅かったですね、北上はもらいましたよ」

 

『…居ない…そんな…』

 

「隙を見てテレポートしたってことかしら…なら尚のこと貴方は返せないわね」

 

「私を手にかけたら、北上の安全も保証できませんけどねぇ…」

 

「…何処までも腐ってる…」

 

『ド外道が…!』

 

「ま、褒め言葉も聞き飽きたので、さようなら」

 

そう言って綾波は姿を消した…

…北上は本当にああやって連れ去られたわけだ…

 

「…んー…春雨も帰りますね」

 

『…いや、アンタは何しに来たのよ」

 

「実際に何があったかを確かめに、まあ充分わかりましたので、それではごめんなら〜」

 

「……随分と活気のある子ですね、呉はニンジャのように動くよう育てるのでしょうか」

 

「そんな事よりも問題なのは北上さんよ、どう報告したら…私がついていながらこんな事になるなんて…!」

 

加賀さんの動揺っぷりから、本当に良くないことがより伝わってくる

 

「……仕方ない、一度戻らないと…アオボノさんは何を…」

 

そう言ったところにその当人がやってくる…と、まあ…

 

「待たせたわね!」

 

「遅い!貴方何やってたのかしら、貴方のせいで…!」

 

「…え、と…その、ごめん、場所が正確じゃないから何回か変なところに出て…」

 

「北上さんが攫われたわ、早く戻って報告をしないといけない、早く運んでちょうだい」

 

「……わかった、あーもう…とりあえず他の人のとこに案内して、すぐに移送するから」

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

重雷装巡洋艦 北上

 

「……へぇ、思ったより良い部屋だね」

 

肥溜めにでも投げ捨てられると思ったけど

まあ、牢屋より少し良い部屋に入れられるとは嬉しい限りだ

 

「スイートルームを用意しましたから」

 

「じゃあ欲張ってロイヤルにして欲しいんだけど」

 

「私と同室でいいならそうしますよ?」

 

うげ…

 

「じゃあいいや」

 

「あら、つれないですね」

 

「同衾相手くらい選ばないとね、サービス悪いなぁ」

 

「こっちでも選べませんよ、東雲さんと同室です」

 

…曙と、か…

なら悪くはないのかもしれない

 

「ところで、貴方は捕虜…じゃなく実験材料として連れてこられたので、その覚悟は良いですか?」

 

「……良いですかも何も、御構い無しでやるつもりのくせによく言うよ」

 

「アハッごもっともですねぇ!」

 

よく笑うバカだなぁ…

 

「あ、そうだ、あと1時間してから始めますね、東雲さんにも手伝ってもらわないと」

 

……本当に、趣味が悪い

 

 

 

 

駆逐艦 綾波

 

「はい、お連れしましたよ〜提督」

 

「……」

 

「よく来た、で?成果の方は」

 

「劣勢になったので撤退、碑文使いと、それに準ずるものが1人ずつですから、妥当なんじゃないでしょうか」

 

あの春雨は何かある、データを取るには危険すぎた

 

「なら良い、レプリカの方は」

 

「こちらに」

 

「この空間のミストは」

 

「充分、海よりも濃い濃度ですので動作に支障はありません」

 

「ならば良し、東雲、プロテクトは」

 

「解除できません」

 

「それは貴様の意思か?」

 

「いいえ」

 

やっぱり、何か別のものが絡んでるな、何かデータのようなものに乱れがある…私のチップは完璧なんだからそれしか無い

 

「とことんショックを与えるしか無いな、呼び出しには応じると思うか」

 

「人質を手に入れたので、確実に」

 

「人質?」

 

「北上を捕らえました、今私の実験室にいます」

 

「上等だな、それで釣り上げろ」

 

「勿論です、さ、東雲さん…お食事に行きましょうか」

 

「はい」

 

 

 

 

 

駆逐艦 東雲

 

「…食堂は向こうですが」

 

「ああ、せっかくなので部屋で食べて欲しくて、次の仕事に移るまで時短じゃ無いですか」

 

…あの悪趣味な部屋で食べるのか…

 

「あ、お待たせしました、お加減の方は?」

 

「…曙」

 

本当に北上をここに連れて来たのか

 

「さ、東雲さん、食事ですよ」

 

「…何も見当たりませんが」

 

「え?あるじゃないですか、ねぇ、北上さんには見えませんか?」

 

「……本当に悪趣味だね、アンタ」

 

「それ程でも♪」

 

…何を…?

 

「あー、もう焦ったいなぁ…リモートしちゃいますね」

 

身体が勝手に動く、北上の方に

 

「…ぇ…?」

 

頭によぎったのは…い…嫌だ…

 

「首を噛みなさい」

 

「…ぁ…」

 

私の口は大きく開いて、北上の両肩を鷲掴みにして逃げ場を無くして…

 

「……浅いですねぇ…ほら、もっと深くいきましょうよ」

 

思いっきり歯を突き立てる

 

「……ッ…ッ!」

 

血の味が口の中に広がる

 

「噛み切れるとは思ってないんで、引きちぎって良いですよ」

 

「ぁ…っあ!…」

 

ブチブチと音を立てて肉が引きちぎれる

 

血がどくどくと流れ出ている

 

「ほら、咀嚼して」

 

…酸っぱいような、肉の味…

 

「呑み込みなさい」

 

「…!」

 

否が応にも私の口内に入った肉は嚥下される

 

「貴方もなかなか鳴いてくれませんね」

 

「……この位…なんとも無いからね…」

 

「10分もすれば致死量の血が流れ出るかもしれないのに?とんだ強がりですね」

 

「ほら、もっとやってよ…それとも怖がってる?サディストの皮被った臆病者」

 

「…気が変わりました、東雲さんは脚から食べてください、私がこの人の顔を食べてあげますから」

 

……狂ってる…でも、やらなきゃ…

 

「捨てられたく無いなら」

 

ここにしか居場所は無い…

 

「…っが…!…ぅぐ……」

 

鉄の匂いが充満する

 

「そろそろ死にそうですねぇ、ぺっ…ほら、どうですか?気分は」

 

「…はは…は…」

 

なんで、この人は笑えるの…?

 

「壊れたか…回復アイテムに関しても実験が必要ですし、そっちも試そうかな」

 

「……やっと…なれる…」

 

…なれる…?

 

「提督の気持ちが漸くわかる…ああ、こんなに痛かったんだ…」

 

真っ黒に濁った目で、虚空を見つめながら呟く

 

「……なるほど、私を体良く利用したつもりですか?現実を受け入れた方が楽だと思いますけどねぇ」

 

「…痛かったね…ああ…代わってあげられない事があんなに苦しいなんて…」

 

「…元からイカれてたって事ですか、つまんないですねぇ…」

 

…狂信的だけど、狂ってるわけじゃ無い…

何かを確信した目…あの濁りきった目には何かを信じる芯がある

 

「曙…わかる?この姿を見てよ、ほら、その目で見なよ」

 

「…っ…」

 

自分の意思で動かないはずの体が…退がった…

 

「ほら、提督はアンタにやられて…こうなったんだよ…ねぇ…!」

 

まるでゾンビみたいに這い寄って…

 

「もっとよく見なよ、ちゃんとその目に焼き付けてよ、重ねてよ…自分がやった事をもっと…!」

 

「……おや?プロテクト値が非常に下がってますねぇ…これは僥倖、敷波、急いで連れてきてください」

 

私が悪いんだ…全部悪いんだ…だから捨てられる…

何処にも行けない、私はここに永遠に囚われたままなんだ…

 

「なんで怯えてんの?ねぇ、アンタは誰に助けを求めてたの?」

 

私は誰に…?

 

いきなり北上さんに液体がかけられる

 

「ぶぇっ…修復材…?」

 

「回復アイテムを模したものです、治ったようですね、本当に便利」

 

「…で?だから何なのさ」

 

「貴方にはお礼を言わないと…お陰でプロテクトを無視できそうですから」

 

「…プロテクト……?」

 

後ろから私の首が掴まれる

 

「ッ!…提督…?」

 

「東雲、よくぞプロテクトを解除した…再誕はお前にはすぎたオモチャだとは思わないか?私が使ってやろう」

 

「え…?」

 

再誕の力がなくなれば私は必要ない…?

 

「心配するな、モノには利用価値がある…捨てられたく無いなら、死ぬ気で働け…なぁ?東雲」

 

モノ…?私は…モノなの…?

 

「私に捨てられたくないのだろう、大人しく実験台となれ」

 

耳元で機械音が鳴り響く

 

「いや…いやっ!いやぁぁぁぁ!!」

 

脳が蝕まれるような感覚…

身体中が焼けるような…何もかもを抜き取られるような…

 

「ああぁぁぁぁぁ!!」

 

「…ほう…コレが…素晴らしいな」

 

…私は、私の価値が…失われた…?

私はもう必要ない……

 

「おい、綾波…データを出せ」

 

「はい,用意できています」

 

「……成る程、これがセグメントか…東雲、貴様が持っていたのならなぜ報告しなかった」

 

…声が出ない…全身が焼けるように痛い…痙攣が止まらない…

 

「…ダメですね、暫く応答しませんよ、それと私のチップにも異常が見られました、このセグメントが意識を乗っ取っていたとおもわれます」

 

「回収の手段は」

 

「この試作データドレインではダメ…というより、セグメント自体のガードが硬すぎるんですよ、ガードが崩れたら十分抜き取れます」

 

「どうすればいい」

 

「…まあ、結合部ほど弱いっていうじゃないですか、残りのセグメントを東雲さんに集めてまとめて奪いましょうか」

 

「成る程な、それでいいとしよう…東雲、まだ貴様を使ってやる」

 

…使う…使われる…モノ…私は……モノ…

 

「所詮貴様は裏切り者、何処へも行くことなどできんのだからな、ククク、全く傑作だ」

 

そうだ、私は…裏切り者で…

 

「違う!曙は…ぅぐ…!」

 

「余計な事を言うのはやめてもらいましょうか…ほら、自分のお肉ですよ〜」

 

…もう、寒くて冷たいのは嫌…

 

「ついでに両手も杭で打ちつけちゃいましょう、ほら、カーンカーンカーンっと」

 

死にたくない…孤独なのも嫌…

それなら…物でもいい…

 

「…お願いします…私を使ってください…」

 

「ほう、綾波、これは最良の結果だ、約束通り東雲はお前にやろう」

 

「ありがとうございます、いやぁ…アハッ…嬉しいですねぇ、いきなりオモチャがふたつも増えちゃった」

 

「存分に楽しめ、だが私は先に試す事がある…東雲、一度死ね」

 

…一度、死ぬ…

もう何度も死んだのに…

 

また首を掴まれ、持ち上げられる

 

「今から貴様の首をへし折る、構わんな?」

 

「…はい…」

 

もう何度目かもわからない再誕の感覚に…私は全てが砕けるような錯覚に陥った



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開眼

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

「ごめん薫、今余裕が無くてね」

 

「わかってる、変な時に来てごめんね」

 

旧友との再会を喜ぶ余裕はない

北上が横須賀に囚われの身となった…急いで救出しなくてはならない

 

「とりあえず僕らはすぐに出るから…曙!それと阿武隈もすぐに準備して!」

 

「……カイト、僕も行くよ」

 

「君も…?いくら碑文使いでも危険な場所に…」

 

「大丈夫…僕は強い、それに、キミは時には無茶をする…」

 

…無茶、か…

 

やるしかない時はあるけど、冷静さを欠いてはいけない

 

「そうだね、よし、ついて来てくれる?」

 

「勿論だよ、弥生達の家を奪った償いはさせよう」

 

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「春雨、お前に戦えと言った覚えはないぞ」

 

「でも、あのまんまだったらもっと被害が出てましたよ」

 

「……まあ、だろうな」

 

「それで?どーするんですか、楚良」

 

「楚良はやめろ、何回言わせるんだよ…」

 

「私は楚良の記憶をず〜〜っと持っててもう頭が楚良になってるんですから、許してくださいよ」

 

「…ったく…報告通りなら北上もさらわれたって話だったな…とんでも無くやばい状態だってのに…こっちには相談の一つもよこしやしねぇ」

 

「…心配ですか」

 

「ああ、まあな…どうしても嫌な予感がしやがる」

 

「優しいですねぇ、楚良は」

 

「球磨型を揃えろ、全員連れて行く…奪還戦だ」

 

「おや?話し合いというか事情聴取で呼び出されたのでは?」

 

「……戦争だ、もうどうにもならねぇ…向こうがやってる事は戦争なんだ、なら彼らもその土俵にあがらなきゃならない」

 

「……なるほど、覚悟が決まったと」

 

「ちょっと待ってろ…」

 

携帯を取り出して電話をかける

 

「欅、今いいか」

 

『なんでしょう、ハセヲさん』

 

「…宿毛湾に流してるデジタルリアライズの力、俺にも使えるか」

 

『…AIDAでできるのでは?』

 

「そうか、サンキュ」

 

電話を切り全身からAIDAを湧き出させる

 

「な、何を…?」

 

「備えあれば憂いなし…って事だ…好きなものを持って行かせる…』

 

「うわっ!?ゆ、床が抜ける!」

 

『ここは一階だ…こんなもんか?」

 

「…剣に鎌に…銃ついた奴もあるし…」

 

ゲームのデータとはいえ、近接戦闘用にサイドアームとして使うことはできるだろう

 

「…ん…?」

 

懐かしいモノが目に入る

 

「…春雨、両手を出せ」

 

「なんですか?逮捕するんですか?」

 

「ちげーよ、ほら」

 

二の腕にまで伸びた籠手

そしてその先端から収納可能な刃が飛び出す

 

「…これ、楚良の双剣…」

 

「お前にやる、なんだ…折角だしな」

 

「……やめてくださいよ、死にそうなこと言うの」

 

「…バカ言うな」

 

スケィスの力は…俺が持つべきじゃ無い

 

「誰が死ぬかよ」

 

川内の方がきっと…

 

 

 

 

 

 

「なんだ…?この武器の山は…」

 

「ありえんクマ…」

 

「…肉球付きのコレにするニャ」

 

「それ、殴る奴ですね、なんでしょう…ああ!メリケンサック」

 

球磨型を呼びつけて好きな武器を持つように指示を飛ばしたが、こりゃ時間がかかりそうだな

 

「にしてはミトングローブみてーに柔らかいクマ」

 

「私はこの短刀にします」

 

「それは同じ奴もう一つと合わせて使え」

 

「この杖って何ができるクマ」

 

「…とりあえず試せ、そのあと考えろ」

 

……あんまり時間は使えないか

 

 

 

「よし、決まったな?」

 

「ああ、どうする?すぐに出るのか」

 

「当たり前だろ、神通が先行してる、ここの防御には那珂と川内…何があっても問題ないな?」

 

「勿論です」

 

球磨型を従えて、横須賀に殴り込みか

 

「よし、派手に暴れるぞ…」

 

「…えらくやる気ですね」

 

…世界が滅ぶ戦いを、今からする事になる…

だとしたら、もう……

 

「精々…いい事しとけよ、来世に賭けるためにな」 

 

「…縁起でもねーこと言うなクマ」

 

「ニャア」

 

「そうです、私達がいるのに」

 

「もっと、な、自信持てよ」

 

…俺には横に並んで歩いてくれる仲間がいる

カイト、アンタは一歩前に出るか、下がってるかだ…

歩幅を合わせるに値する相手がいねぇなら…俺が力を貸してやる…

 

 

 

 

 

 

旧 離島鎮守府

九竜トキオ

 

「よし、オレも行くか!」

 

「何言ってんだよ少年、なーんでわざわざ敵本拠地に乗り込もうとしてんの」 

 

「…オレの知ってるカイトを探してるんだ」

 

「知ってるカイト?」

 

「やっぱり、カイトはどこか危なげないんだ、だから…きっと何かが変われば元の、オレの知ってる.hackersのカイトに戻るかもしれない…ならオレはカイトを助けに行く」

 

「…いや、お前さんは俺と仕事だ…ヴェロニカ・ベインを始末する」

 

「…オレに殺しに加担しろって言うのか…!」

 

「カイトを助けに行っても誰かを殺すことになる…お前はもうそこまで来ちまった…今更誰も殺さないなんて選択肢はないんだよ」

 

「そんなわけ…!」

 

「現に、お前が敬愛するカイトでさえ…人を殺めてるんだ…別にお前に人殺しの咎を背負えとまでは言わない、お前が倒すのはリアライズされたネットの兵士だけでいい」

 

「…ネットの兵士は、人じゃないって言うのか?AIは人じゃないのか?」

 

「………」

 

「電ちゃん達は人だ!それでAIだ!オレはAIだろうと殺さない…!」

 

「トキオ、世の中お前さんの思ってるほど甘かぁない、それくらいわかるだろ…!」

 

「オレが倒すのはモンスターだけだ、絶対に人は殺さない!」

 

「じゃあ殺さなくていい!無力化するのを手伝え…」

 

「………アンタも殺すなよ」

 

「一人だけ、一人だけ俺の手でケリをつけるしかない相手がいるとしてもダメか」

 

「……誰だよ」

 

「俺の妻と、娘を殺した相手だ」

 

「復讐なんて誰も望んでないだろ…!?それに、世界が滅ぶから最後に復讐しようなんて…!」

 

「そんなんじゃない、俺の復讐相手がたまたま世界が崩壊する原因を作った奴なだけだ…」

 

「………」

 

「止めないと、世界の再誕すら危ういんだ…」

 

「…捕まえて牢屋にでも入れればいいじゃないか…」

 

「…わかるだろ、それじゃ俺が納得できないんだ」

 

「……その時になってから考えよう」

 

「いや、その時が来るまでによく考えとけよ…躊躇ったら死ぬって事も…よく覚えとくんだな」

 

「…ああ…」

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

重雷装巡洋艦 北上

 

「………」

 

…地面に縫い付けられた私を曙が見下ろしてる

生憎私は生きている、時間が来れば曙は私の身体を貪る

そして回復アイテムで私の傷を癒す、それだけ

 

喋らないように口には蓋をされ,鼻を鳴らすことしかできない

 

「こんにちは〜、お加減は?」

 

…出たな元凶

 

「問題ありません」

 

「チップが完全に焼けちゃいましたから心配してましたけど、従順で何よりです」

 

「…ありがとうございます」

 

…憐れだ、すごく憐れ、

縋る相手を間違え,堕ちるところまで堕ちた

それを助けようってんだから、提督はとんだ甘ちゃんだし…私は曙に借りがあるから仕方ない

 

「東雲さん、紹介します,妹の敷波です、会ったことないですよね?」

 

…こいつが敷波…あの口のマスクは何…?

 

「ほら、敷波、挨拶して」

 

カチカチと何か音が鳴る…

まさか、こいつ喋れないのか

 

「ああ、伝わらないかな、敷波は私の実験で喉と脚がダメになってるんですよ、なので歯を一部取り替えて音を鳴らして通信してるんです、脚の方も義足を上手く改造して完全に消音、天才的な成果でしょう?」

 

「…そう、ですね…」

 

「………」

 

「東雲さぁ〜ん、敷波が不安な顔しちゃってるじゃないですか、どう責任とってくれるんですかぁ?」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

…随分と妹には甘い、のか…?

 

「冗談ですよ?あははは…うーん、敷波、ほらメモ…筆談でもいいですよね?ちゃんと漢字かけますか?」

 

…首振ってるって事は筆談が嫌なのか、漢字が書けないのか?

 

「あー、もー、じゃあひらがなでいいからやりなさい、良いですね?」

 

漢字が書けないなんてことがあるのか、特に私たちは電子生命体として最初からある程度の知能があるのに

 

「東雲さんはベースが曙ですから同じ綾波型として仲良くしたいんですよ、ねぇ?」

 

「そうですか…その…よろしくお願いします」

 

表情が二転三転してる、ちょろい奴だなぁ、なんで今ので嬉しそうにできんの、さっきまで理不尽な命令されてたじゃん

 

「それと東雲さん、あなたにはセグメントが残ってる…まだ何かできるんじゃないんですか?」

 

「…いいえ」

 

「じゃあこのチップをインストールしましょうか…コルベニクのデッドコピーです、貴方には駒として働くようにと提督から」

 

デッドコピー?そんなモノが作れたら…

 

「当然使えば使うほどあなたの体を蝕みます、今の貴方は碑文使いじゃないのですから」

 

「構いません…それを私に…」

 

「ああ,焦らなくてもあなたにあげますよ、ですが、私に忠誠を…いや,永遠の愛でもなんでも誓ってください」

 

「…はい、私は綾波さんに忠誠を誓います」

 

…流石に永遠の愛は嫌だったか

しかし本当に頭がおかしいのかな、この綾波は

 

「……まあいいや、えーと、もうそこそこ高いし注射するタイプで行きます……あ、一気に体の融合度が跳ね上がりますけど構いませんよね?」

 

「え、あの…融合度って…?」

 

「なんて言うかコレが高ければ高いほど認知外依存症で消える可能性がー…ってあんまり関係ありませんね、だって忠義ある死なんて、ご褒美みたいなモノでしょ?」

 

「……そんな…」

 

やっぱり、死にたくないか…

 

「はい、インストールしちゃいますよぉ…っと」

 

「うぁ…な……なに、これ……」

 

「んー、違和感あります?失敗してるはずないんだけどなぁ」

 

「…あ……あぁ…おえっ…おえぇえ…」

 

「うわ、きたないなぁ…ちゃんと自分で片付けてくださいよ?」

 

…アレ…AIDAだ…

AIDAは観察とトレースの生物…

再誕をトレースさせたのか…じゃあ曙は死ねば死ぬほどAIDAになってしまう…

 

「……ぁ……あぁ…」

 

「…本当に頭イカれました?」

 

「…だ…い、じょうぶ…です…」

 

「おお、持ち直したみたいですね」

 

「……はい、これなら…戦えます…」

 

「それと、コレもつけてください」

 

首輪…絶対何かあるな

 

「爆薬ですか…」

 

「裏切ったら死ぬ、と言うことをよーく体に刻むため、だそうですよ」

 

曙は自分で受け取って、首につけた…

 

「…それから、貴方を愛してくれたお仲間…もう貴方のことが嫌いだと思います」

 

「……知っています」

 

「ああ、そう言う意味じゃないんです、調べたらコルベニクって阿頼耶識を司っていて、人の無意識に語りかけるそうなんですよ」

 

…阿頼耶識…無意識…綾波はまだ曙を苦しめるつもりだ…

 

「無意識に、ですか…?」

 

「ええ、コレがあればカリスマとかって言われる何かがあるように見えるんです、まあ……要するに、貴方のことを好きだった仲間はコルベニクの力で貴方を好きになるように仕向けたに過ぎません、まあ要するに深層心理に語りかけて自分の言葉を強く印象付ける力ですね」

 

「……朧達は…私の事が…好きじゃない」

 

「そう言うことです、当然そこの北上も」

 

曙が私を見下す

 

「折角です、あなたの再誕…コレで試しませんか?」

 

……私を殺すのか…

 

「ほら、おあつらえ向きに首が無防備です、踏み壊しましょうか」

 

「………」

 

「きっと、提督は貴方を愛してくださいますよ」

 

曙はそう囁かれると機械のように私の首に踵を乗せ…私の首を砕いた

 

 

 

 

 

 

 

ベイクトンホテル ペントハウススイート

九竜トキオ

 

「いや〜、暫くぶりですねぇ」

 

「才能が失われたと思って落胆していたけれど、生きていたようで何よりよ」

 

「あ、えーと…そうだ、コイツトキオってんですけどね?ほら、イモータルダスクの」

 

…何やったんだこのおっさん…何世間話を…

 

「……やっぱ単刀直入で悪いんですけど,お名前なんでしたっけ?」

 

「忘れたのかよ!!」

 

「随分ね、リュージ」

 

奥さんと娘さんの仇…じゃなかったのか…?

でも、この人…もう死にそうなほどやつれてる…ベッドに横になって点滴をうってる…

 

「なあトキオ、俺は気分が変わっちまった」

 

「……?」

 

「殺すつもりだったけど…殺す価値すらない」

 

「殺す価値って…なんだよ…」

 

「……喜べよ、人殺しにならなくて済むんだ」

 

…確かに、そうだけど…

 

「ヴェロニカ・ベイン、お前さんの失敗について語ってから帰ることにしよう」

 

「…なにかしら?」

 

「お前さんは意識をデータに移すつもりだったようだが…それは失敗だ」

 

意識をデータに…?

 

「アンタがやつれてる理由はそれにある、脳の記憶や人格を直接移そうとして無理し過ぎた、脳をいじり過ぎたせいで栄養の配給などが上手くできなくなったな、その点滴もほとんど意味がない、お前は苦しみながら死ぬ」

 

「だから,どうしたと言うの…私は、私の意思は…」

 

「オイオイオイオイ、まだ上手くいったなんて考えてんのか?なんで俺がわざわざここに来たと思う、ほらこれ、このマイクロチップ…この中に何があると思うんだ?」

 

…あんなの持ってたっけ

 

「……まさか…それに…?」

 

「はい、パキッと……お前の意思はコレでおしまい…言い残すことは…お前から直接聞いてやるよ」

 

「そんな…私の……私の夢が…永遠が…!」

 

…嘘だ、多分あのチップはさっきフリューゲルの改変能力で作り出した物、だとしたら中身は空…

 

「許さない…!曽我部隆二…!!」

 

「んじゃ、精々往生しなさんな、長く苦しんで欲しいからね」

 

「生かして返さないわ!貴方はここで死ぬの!」

 

ドアから巨大化した犬のようなモンスターが入ってくる

 

「…あー…よし!頑張れ少年!」

 

「…オレかよ…くっそー!」

 

化け犬を殴り飛ばす

 

「クソッ!全然ダメージが入ってる感じがしない!」

 

「まあ、毛皮が厚くなってるだろうからねぇ…そうだ少年、籠手の歯車を合わせて回してみな」

 

「…歯車を?」

 

籠手を交差させ…弾く

 

「…これは…!」

 

「ソードオブバランス、お前さんの剣だ…再現してみた、イカしてるだろ」

 

「サンキュー!フリューゲル!!」

 

斬っても血もでない…やっぱりコレもデータなのか…

 

「さ、て…と……サクッと行くか」

 

…悪寒…咄嗟に振り返る

 

「ま、こんなもんか…ちゃんと避けろよ?」

 

光の槍が何本かフリューゲルの周りに…展開している…

これは…

 

「魔槍…ナハトマート!」

 

「ヒィィィ!!」

 

死ぬ!かわさなかったら死ぬ!

 

さっきまでいたところから爆発音…

 

「オッサン!何すんだよ!」

 

「え?任せっきりも悪いかなぁって思ってさ、ほら、ちゃんと敵は仕留めたしいいだろ?」

 

「何年経ってもかんねぇな!」

 

「ま、そんなもんなのさ、人間ってもんはな…よし、一つ片付いた、後は帰るだけ…なんだが」

 

…モンスターだらけ…か

 

「よーし、頑張るぞ少年…ベルヴェルク!」

 

「咬牙・旋風神楽!」

 

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

重雷装巡洋艦 北上

 

『ア…がァ"…ア…』

 

「おおー、すごい汚染度…AIDAによる再誕は恐ろしいですねぇ…」

 

『ごポッ…ぐ……あ…ァー…』

 

ヤバい、ヤバい…!

意識が持っていかれる…ダメ……ダメ…!

 

『だ…メ……ダメ…ダメ、ダメ…ダメダメ…』

 

「壊れちゃいましたね…よし、味方に使うのは……まああのデクの棒だけにしときましょうか」

 

『ダメ、ダメ!ダメダメダメ…』

 

「うるっさいなぁ…ん……?」

 

「綾波さん、危険です」

 

『ダメェェェーーッ!』

 

今…出てきたら……タルヴォス…

 

「……これは、この北上は碑文使いだった、と言うことですか」

 

「…コルベニク』

 

音を立てて世界が崩れていく…

 

「おや,じゃあ後はお任せします」

 

…大丈夫、落ち着いて…お願い…今がチャンスなんだ、曙を連れて帰るチャンスなんだから…

 

『ああぁぁァあア!』

 

『…AIDAを…取り込んだ…?」

 

『……ッハァ…!……あたしさぁ…元々…AIDA使って…戦ってたんだよ…覚えてるでしょ』

 

そう、だから私はこの程度…

 

『まさか、AIDAを捩じ伏せた…?』

 

『この程度の…こんなAIDA……あたしに武器を与えてるのと何も変わらない……』

 

だけど、この感じ…杖なしで歩くのが限界…すぐ倒れそう

 

『……だからなんだと言うのです、貴方を倒します』

 

『やってみなヨ…』

 

碑文がぶつかり合う

 

『……軽い!』

 

光線を飛ばしながら攻撃する

 

『…曙……戻ってくるなら…最後の…』

 

『AIDAを抑えるだけで消耗してるんです、喋らない方が身のためですよ』

 

本当に、言葉を発する暇もない

息を吸い込む度脳が痺れる

吐き出す程体が弛緩する

……長くは戦えない

 

『こ、の…』

 

『……貴方がタルヴォスを発現したことには驚きましたが…』

 

不味い、コレは死ぬかなぁ…殺されないだろうけど

 

『…期待外れです』

 

壊れる、壊される…

 

『眠りなさい』

 

わたしの生身が壁に叩きつけられたところで、私の意識は途切れた



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奇襲

横須賀鎮守府

程度 三崎亮

 

「…どうやら、早く来すぎたらしいな…出迎えもねぇ」

 

「もっと派手にくると思ってましたけど、何もないですね」

 

…本当に人の気配すらしない…

やっぱり誘い出して本拠地の襲撃…って線か

 

「鎮守府との連絡は」

 

「問題ありません」

 

「…北上を探すクマ」

 

ここに居るかはわからないし、何より…間に合えば良いが

 

「間に合わせる、だろ」

 

「ニャ」

 

「まあ、なんとかなるだろ…」

 

それに、鎮守府を襲撃したとしたら……

俺らよりももっとヤバい連中が待ってるわけだからな

 

「神通は」

 

「北上さんを探してるそうです…いや,見つけたと、急ぎましょう」

 

「勝手に邪魔するとするか」

 

「……受付にも誰もいないのはおかしいクマ………全体止まるクマ」

 

「どうした?」

 

確かにどこにも誰もいない,全戦力でどこかを攻めるなんて話はなかった、あるとすれば呉と宿毛湾への総攻撃…

 

「おかしい…おかしいクマ、神通、罠の類は?」

 

「…ない?それでこの何もない空間…この呼び出しの意味は?呉から私達を誘き出すだけ?」

 

「………」

 

カイトに連絡する為に電話を鳴らす

 

「……でねぇ…宿毛湾のやつの連絡先知ってるの居るか?」

 

「待ってください、今摩耶さんにかけてます……あ、もしもし、大井です」

 

…宿毛湾は出るのか、後はどこだ…?

 

「……はい、わかりました、すぐ向かいます」

 

「なんだって?」

 

「…離島鎮守府を修繕して隠れ場所として使ってたそうですが…そっちに襲撃が」

 

「……そこか…確か横須賀から離島まで物資を輸送するルートがあったはずだ!それを使うぞ!神通には北上を回収してから来るように言え!」

 

「もう伝えてるクマ!多摩、船は」

 

「多分倉庫街の方にあるニャ」

 

「急げ!」

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

駆逐艦 電

 

『増援はまだですか!?』

 

「今向かってるそうです!このまま摩耶さんと第一艦隊で挟み撃ちの形にします!」

 

『艦載機は!』

 

「向こうの防空能力が高いですね…龍驤さんと千代田さんだけでは有効打は与えられません…!」

 

何故此処がバレて、なぜいきなり攻撃を…

 

「砲撃来ます!衝撃備え!」

 

この射程…そしてこの正確性…大和型の最大射程でこの精度…機械のような精度…!

 

「扶桑さん達は周辺に駆逐艦が迫ってないか探ってください!暁ちゃん達は対潜警戒を急いで!」

 

…予知…!

 

『ダメです!海にでちゃダメなのです!』

 

「え!?」

 

『海に出たら片っ端からやられます!対空射撃のみの対処を!』

 

「…わ、わかりました!」

 

まだ被害は出てないけど時間の問題…

援軍はいつくるのか…また予知が…

 

『…そんな…ここが、爆散して…そうだ、弾薬庫…!明石さん!砲撃が燃料や弾薬に当たるかもしれないのです!もっとガードして欲しいのです!』

 

「予知ですか…!こうも悪い事ばかりだとイヤになりますね…!」

 

…どうすれば…

電には何が…

 

『…いや、弱気になっちゃダメなのです…きっと、未来は祝福される…そうあるべきなのです…!』

 

両手に鉄扇が現れる

 

『…現出するのです…フィドヘル!』

 

世界が音を立てて崩壊する

遥か彼方に、居るのだろう…敵が

 

『招来、己が力に応じるがゆえに、力により滅びるであろう……』

 

前方の空間が歪む、捩れる、壊れる 

 

『…消えるのです』

 

世界が元に戻ると同時に何本も水柱が上がる

海が大きく荒れる、潜水艦と思われる艦娘が大量に浮上してくる

 

『……複雑な気持ち、なのです…」

 

この手で命を奪う事を躊躇う暇がない事だけは…救いと言えるのかもしれない

 

「近海の脅威は排除出来ましたが…これじゃあ海に出られませんね」

 

「やりすぎたのです…」

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府 

軽巡洋艦 神通

 

「…すいません、皆さん先に行ってください、北上さんの様子がおかしいんです」

 

虚な顔つきで「あー」とか「うー」と唸りながら涎を垂らして…まるで廃人のような……

 

『様子がおかしい…?どういう事ですか?』

 

「…これは…AIDAに感染しています…かなり重篤ですが間に合うはずです」

 

黒い泡が見え隠れしてる、しかし北上さんのAIDAは除去されたはず

 

『…提督!私行きます!』

 

「…そうですね、大井さんだけでも…」

 

…首に噛みつこうと…

 

「…危ないですね…」

 

「……ぅ…あ…」

 

「まるでゾンビですね、何が貴方を…」

 

…何か踏んだ…?

…肉…?北上さんは肉を食べていた…いや、コレは服の切れ端…?色が一致する…

 

「……貴方は、食べられていた…?」

 

だからと言ってなんで私を?

そもそも傷がないのは何故…

 

「…ぁ…あぁぁぁあ!」

 

頭を抱えて叫び始めた…

 

「やめて!お願い…!神通…逃げて…!』

 

「…紋様…貴方も碑文を…」  

 

『が…あ…あぁぁあぁぁぁ!!』

 

AIDAが北上さんの体を包み込む

 

『タルヴォス!!』

 

…タルヴォス…

あの籠手は、視憶えが有る、瑞鳳さんと同じ…

 

「…貴方に、返したという事ですか…」

 

『…う…あ…あ…』

 

「……復讐する者…食べられた仕返しに食べようとした…恐ろしい事です、北上さん…貴方を今、元に戻します…メイガス、力を視せてください…!』

 

槍を顕現させる

 

『自分で立つことすらままならなかったはずなのに…行きますよ』

 

『…ダメ…逃げて』

 

『逃げても解決しません』

 

容赦は必要ない

突き下ろす

 

『ぅぐッ…あ…!』

 

『…貴方とは考えが合わないし…正直嫌いですが…敵であってもらっては困りますから…!』

 

攻める、隙を見せず、ちゃんと動きを視ながら…

 

『やめ…ッ…』

 

…視える…だけど…早く、重過ぎる…

 

金属音が鳴り響き、私に当たる寸前で籠手が止まる

 

『…攻撃すればするほど…おぞましい攻撃が返ってくる…ゾッとしますね』

 

『…早く逃げて…このAIDAが消えたら…あたし、死ぬからさ…』

 

『…意識が戻ってきたみたいですね』

 

『…今だけ…このAIDAは…あたしの体のほとんどを形成してる…コレが無くなった瞬間…あたしは死ぬよ…』

 

『そんな…いや、私の増殖なら…!』

 

『無理…増殖させられるものなんて残ってない…それで生きながらえてもそれはあたしじゃない…』

 

つまり、倒せばどう足掻いても死ぬ…

…どうすれば…

 

「北上さん!」

 

『……大井っち…来ちゃダメ…』

 

「何を言ってるんですか!助けに来たんですよ!」

 

槍で近づくことを制する

 

「何するんですか!」

 

『…このままで有ることが…唯一北上さんを生かす手段…のようです」

 

「…え?」

 

『…あはは…』

 

北上さんはペタリと座り込み、虚に虚空を見ている…

 

「……大井さん、私達も急ぎましょう…」

 

「…嫌です、私は北上さんを見捨てたりはしません!何が起きてるのかもわからないまま、はいそうですか、と捨て置けるわけないでしょう!」

 

…もっともだろうけど…

どうすれば…

 

『…助けて…』

 

「勿論です、私は絶対に…」

 

『助けてよ…提督…』

 

…最後に縋りたい相手…か…

 

壁に三角形の傷跡が付き、砕ける

 

「北上!助けに来たわ…よ…って、なんだ、神通達も先に来てたのね」

 

「北上さん!大丈夫ですか!?」

 

「…AIDAに感染してるみたいだね、詳しいことがわかる人はいる?」

 

…まるで聞こえてたみたいなタイミングですね…

 

『…提督…あたしをさ…データドレインしてよ…AIDAをとっちゃって…』

 

「北上…?」

 

…死ぬ手段を選ぶ、という事ですか

 

「…北上、落ち着いてこっちを見て」

 

『…あんま近づかないでよ…いつ、暴走するかわかんないからさ……』

 

「……本当にデータドレインして良いんだね」

 

『…うん…』

 

「…神通さん、増殖は?」

 

「…ダメなようです」

 

『提督、話、聞いてた…?』

 

「北上は死なせない、なんとしても元に戻す」

 

…どうやら、視る目はあるようで

 

「手を貸します、大井さんのAIDAを使うのは如何でしょう、今の北上さんは全身がAIDAに汚染されており、そのAIDAを取り除くと死んでしまう状況のようです…なので北上さんのAIDAを大井さんのAIDAと置き換える…」

 

「…成る程ね、そのAIDAは大丈夫なの?」

 

「…私に今いるAIDAは…元々北上さんのものですから」

 

『……大井っち…ありがとね』

 

「感情の制御が大変になっちゃうので、これでせいせいしますよ…」

 

成功の可能性としては…限り無く低いか…

 

「…大丈夫だよ、安心して…」

 

勇者カイト…か、これが…

 

「…ドレインアーク」

 

大井さんと北上さんが同時にデータドレインに貫かれる

 

「…大丈夫ですか…?」

 

「阿武隈、黙ってなさい…集中してるみたいだし」

 

…何秒たったのかわからない

もしかしたら1分経ってるかもしれない、1時間かもしれない、そもそも1秒経ってないかもしれない…

 

「……よし、できた」

 

北上さんの体から紋様が消えていく

 

「……あたし…大丈夫…なの、かな…」

 

「絶対大丈夫だよ…約束する」

 

安心した様に目を閉じて…

 

「…大井さん、大丈夫ですよ、眠っているだけです」

 

「……そうじゃないです、貴方…何故私にAIDAを残したんですか?」

 

「AIDAを残した?」

 

「…正確には半分だけ北上に送った…全部送っても北上の体は全快しないし、それに君も手放したくないって顔をしてた」

 

「……そうですか…」

 

「早く行こう、ここにいても仕方ない、阿武隈、悪いけど北上を背負って、曙は僕と先行して道の確保を」

 

「わかってる」

 

そうだ、急がなくては…

 

「まだ港に船がいるはずです、こっちまで回る様に頼んでみます」

 

「お願いします、じゃあ僕は外までの道を確保してくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

海上 

重巡洋艦 摩耶

 

「見つけたぜ!敵本隊大和型ァ!!鳥海!姉貴!イケるな!?」

 

「電撃的に強襲後即座に離脱…行きます!!」

 

「後ろがお留守なんてバカめ、としか言いようがないわ!」

 

「パンパカパーンと!行っちゃいましょ!」

 

砲撃に夢中になってこっちの接近には気づいてない、射程に入ると同時に仕掛ける…

 

「朝潮!対潜は!」

 

「今のところ潜水艦の音はしていませんが…油断はできません」

 

「よし、射程まで500!狙いは良いな!」

 

有効射程に入る…

 

「今!撃て!よし、朝潮!」

 

「…お願いします!」

 

『ア"ア"ァ"ァ"!』

 

つぎはぎのゾンビがアタシを引っ張って大和型のそばまで連れて行ってくれる…なら後は簡単だ

 

「よう戦艦ども…摩耶様の攻撃、くらいやがれ!!」

 

大剣のフルスイングを叩き込む

 

「奇襲だ!早くこいつをどうにかしろ!」

 

「早く撃ちなさい!」

 

「ハッ!お前らバカだな?もっとヤベェのが居るってのに…お前らのお仲間はもういねぇよ!」

 

あのゾンビ野郎…なんて速さだ、一瞬で周りの護衛を片付けてやがる

 

「くらいやがれ!」

 

大剣を振りかぶる

 

「大和!退くぞ!」

 

2人とも消えた…報告にあったテレポートか…

 

「チッ…逃げ足だけは速えな…低速のくせに」

 

消化不良起こしちまう…

 

「…だが…どこに逃げた?逃げるなら横須賀は違う、自分で敵を招き入れてるんだ…どこに逃げた…逃げた…本当に逃げたのか?」

 

「…摩耶、急いで泊地に戻ろう…あそこは今戦力が1番いない」

 

「……クソッ小賢しい奴らだな…!!」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

軽巡洋艦 天龍

 

「爆撃が止まない…!」

 

「対空間に合いません!」

 

いきなり空襲が来てどんどん壊されて…

離島鎮守府を狙ってたんじゃ…

 

「主力が増援に行ったタイミングでこれ…隠れてたとしか…」

 

「大和型を超遠距離に確認!射程に入ってます!対地砲火の恐れが…!」

 

「ここまで来てたらもはやそれは確定事項じゃ…」

 

「無駄口を叩く暇はないですよ!一発でも多く弾をばらまいて!」

 

空襲だけで確実に安全なところから攻撃してくる感じ…

 

嫌な予感がする…摩耶さんの話では大井さんから横須賀に人員はいない、という話だ…それなら…曙さんは何処に?

 

…碑文使いに常識は通用しない…

ならば…

 

「天龍より全隊に通達!一度武器をかき集めて正面口に集合してください!時間は5分後!陸上戦闘の恐れがあります!」

 

混乱が起こるだろうけど、それよりも安全を確保しないと…!

おそらく、曙さんは陸上で襲いかかってくる…遠距離からの攻撃は曙さんに当たっても問題ないからだ、曙さんの攻撃に巻き込まれないために離れてるんだ…!

 

 

 

 

「全員居ますか!?」

 

「佐世保も舞鶴もこっちに残ってる人は全員揃ってます!」

 

まだ襲撃されてない…こっちじゃない…?

 

「……あれ、あそこに誰か…」

 

1人遅れてきた…よかった、数え漏れが…

 

「ッ!」

 

「…あれ…確実に不意を打ったつもりなのに…ノーモーションでしたよ?なんでわかったんですか」

 

回し蹴り…ガードした腕が砕かれた…

 

「……貴方の顔は忘れてません…」

 

「おや,光栄です…ついでにお名前も忘れないで欲しかったですね…改めて、綾波をよろしく…」

 

戯ける様に深々とお辞儀をしてみせる

腕が折られてなければ絶対に攻撃してるのに…

 

「あれぇ?こんなに隙だらけの相手に…なぁんにも、しないんですか?」

 

「……」

 

体が後ろに下がる…

踏み込めない…

 

「……じゃあ,こっちから行こうかなぁ?…ッと」

 

間に槍が刺さる

 

「あらぁ…残念…ここで殺そうと思ったのに」

 

「えーと…ああ、姉妹艦ですか、美しい絆ですねぇ…私そういうの好きですよ、そういう相手を思いやるところとか」

 

「…どの口が言うのかしらぁ…」

 

「おや、本当なんですよ?まあ貴方達はここで死ぬので関係ありませんけど」

 

「………」

 

「さ、リベンジ…して見ます?」

 

…一度負けている、と言うことか

 

「1人じゃ苦しいと思う…それに、夕立もコイツに借りがあるっぽい…!」

 

「弥生も…やるよ」

 

「…おや、貴方は私の腕を斬り落としてくれた…」

 

「…ここで殺すよ」

 

「どうぞどうぞ、やれるものならやって見てください…碑文使い相手の立ち回り…試したいことは多いですからねぇ…例えば、このデータ兵器とか…」

 

至近距離に着弾したと同時に体から力が抜ける

 

「…う…あ…」

 

「何が起きて…!」

 

「……ッ…」

 

頭が痛い、身体が痺れる…

 

「やはり強力ですねぇ…これ微弱なデータドレインと変わらないんじゃないでしょうか…碑文使いの大淀を屠った事もある素敵な兵器です、さ、私とやりますか?」

 

…なんでコイツは平気なの…!

 

「あ、もしかして何故お前は平気なんだ!とか思ってます?馬鹿なんですか?対策しないわけないでしょ…まあこれに関してはおたくのスーパーハッカーとやらのデータを拝借しただけなんですけど…まあ、まあまあまあ、有能な人程敵に回したくないってこと、よーく痛感しましたよ」

 

…口数の多い…!

 

「じゃあ、オレにもそれは効くのか?」

 

「……貴方は…初めて見る顔ですね」

 

…あの人は…離島鎮守府に匿ってる筈の…

 

「お互い様だ、オレはトキオ…勇者トキオだ!」

 

「…ぶっ…アハッ!アハハハハハ!サムいですよ?勇者って…アハハ!」

 

「好きなだけ笑えよ…すぐに後悔させてやるさ!」

 

「…素手…いや、その歯車みたいなメリケンサックが武器ですか」

 

「……ただの武器じゃない、これは想像の遥か上を行く…」

 

「へぇ、じゃあたっぷり…試してあげますよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

NAB赤坂支部

デビット・スタインバーグ

 

「…ホンマにか、それ」

 

『ええ、私が生きて居たことに驚くとかそう言うのより、全部寄越してもらえますか』

 

「…曽我部はん、ワタシ1人の権限ではどうにもならん…NABのデータセンターやで…?流石に無理や…」

 

『じゃあウーラニアにハッキングさせます』

 

「……何に使うんや」

 

『時間稼ぎです、念には念がいる…おそらく明日、ネットというものがなくなる…』

 

「………」

 

『とにかく、お願いします』

 

「…わかった、手筈は整えとく…ホンマに…」

 

『貴方に平和を』

 

「……東欧ユダヤの挨拶、か…平和が来るとええな…」

 

『…いや、まったくだ…全くもって…その通り』

 

電話を切る

…世界の崩壊は免れない

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

軽巡洋艦 川内

 

「…やぁ、わざわざこっちに来た理由は?」

 

『………』

 

「過去の仲間を手にかけたくない…ってことで良い?曙」

 

『…仲間ではありません』

 

「なんでも良いけどさ…やるなら、やろうか…」

 

文様が体にまとわりつく

熱い…身体が熱い…危険信号が頭に鳴り響く

 

『…お願いします、死んでください』

 

「…いいよ…来て、此処に…!スケェェィス!!』

 

忍刀が現出すると同時にぶつかり合う

 

『随分…軽いね…!』

 

『…この…ッ…!』

 

軽い、あまりにも軽すぎる…

あの時、戦いにこそ私は参加しなかったが…あの時のコルベニクはもっと強かった…それとも武器として扱うことに慣れてないのか?

 

『この程度で私を倒せると思ったら大間違いだよ』

 

『ああぁぁぁぁ!!!』

 

攻撃の仕方もめちゃくちゃ…この程度の実力だったのか…?

違う…弱くなりすぎてる…何が…

 

『応えなさい!コルベニク!』

 

…死んでる…?

碑文の力が死んでいる…

 

碑文は碑文使いの思いに呼応して強くなるのに,このコルベニクはそれがない…まるで死んでる様な…

 

曙に何があったのかわからないけど…何もなかった訳が無い

 

『…一回叩きのめして拘束してからで良いや!』

 

『この…コルベニク!!』

 

…世界が音を立てて崩れる

碑文の姿となったコルベニクとスケィスが睨み合う

 

『良いよ…スケィス!』

 

私のスケィスがを抑えられるわけがない

確かに那珂なら苦戦しただろう、神通なら傷ついただろう…でも私なら負けない

 

コルベニクの攻撃を弾く

大きな隙を作り出す

 

『トドメ!!』

 

倒す…!

 

『…っ……」

 

何これ…背中から何かを刺されて…この感じ…銃口…

 

『碑文使いの川内…スケィスの碑文使い…ふむ、要らんな』

 

銃声と共に私の体が吹き飛ぶ

 

『…頑丈だな、東雲、トドメをさしておけ』

 

『はい、提督…』

 

他に、碑文使いが…?

だめだ…死なない、絶対に死なない…!

 

男が何処かへ姿を消したのを見届けて曙が近づいてくる

 

「…那珂…!」

 

居るはず…何処かに…!

 

近づいてくる、あと数歩の位置に…

 

『ッ!』

 

曙の足元の床が吹き飛ぶ

 

『艦隊のアイドル〜…那珂ちゃんだよぉ、よっろしくぅ……』

 

『…よく邪魔が入りますね』

 

『………挨拶ぐらいしたら?人様のお宅に入ってきて』

 

…スイッチ半分くらい入ってるね…好都合…

 

『……死にゆくものに、手向ける言葉を知りません』

 

『奇遇だね、那珂ちゃんも…知らない』



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戦争

呉鎮守府

軽巡洋艦 那珂

 

『………』

 

『………』

 

充分勝てる相手…

 

『ゴレ…行くよ』

 

魔典が現れぱらぱらと音を立てて開かれる

 

『…応えて…コルベニク…!』

 

…酸っぱい、口の中に酸っぱい味が広がる…

酸は…腐敗

 

『…その苦しみは、すぐに終わらせてあげるよ』

 

『…私は…苦しんでなんかない…!』

 

剣のついたライフル…銃剣…殺意は乗っているけど…恐怖も乗っている…

カチッと頭の中で音が鳴った

 

『…レイザス、レイザス…』

 

光の矢が側面を潰す様に襲いかかる

 

『………』

 

冷静な分析と、判断力が持ち味の曙を殺すには…

奇策がいる、鋭い奇策

 

『バクドーン』

 

『この程度の攻撃が通じると思うな!!』

 

光の矢を斬り払い、隕石を撃ち抜く…

剣先がブレてる、ダメージが残ってるのか、隕石を破壊するのにも二発使ってる…あの銃の威力なら充分一発でも…

 

『オルガンボルグ』

 

曙を囲う様に岩が現出する

 

『上…いや、下!』

 

『違う、その範囲全部…オルザンローム』

 

岩の中に竜巻が出現し、カマイタチが曙を斬りつける

 

『この程度!!』

 

岩を砕き、曙が飛び出してくる

 

『…ドカン』

 

右手の砲を放つ…直撃

 

『チッ…!』

 

『艦娘なんだから、砲も使わなきゃ』

 

『死ね!!』

 

銃を向け撃ってくる…狙いは正確じゃない…

…疲労だけじゃない、本当に腐った…動かず撃つだけなら充分狙える

 

『フィンレィ』

 

『…ッ!…ッ!』

 

言葉を奪う

 

『シュビレィ、ランキレィ』

 

体の信号伝達を狂わせ、脳をミームが汚染する

 

『……この技、かかるまでにかわされたら無意味だからあんまり使わないんだけど…動かなかったからさ』

 

川内姉さんを起こさないと

 

『オリプス』

 

「…サンキュー…那珂……」

 

『まだ辛い?』

 

「……そこまで…じゃ…いつつ…」

 

『とりあえず、敵も捕まえたし…』

 

…骨が砕けるみたいな音…何処から…

 

「…な、何して…」

 

『自分の首を…貫いて捩じ切ろうとしてる…?』

 

グロい…

 

『ごぽっ…が…ぁ…!』

 

血反吐を吐きながら尚自分の首を破壊してる…

 

『…何を…』

 

「…あれ、AIDAだ」

 

傷口からAIDAが飛び出し、曙を包み込む

 

『……はぁ…ッぐ…はァ…!』

 

「傷がない…再誕ってやつ…?」

 

『…動けなくしたのに…?どうやって…』

 

『……いくら…私を止めてモ…AIDAハ勝手に動く…私とAIDAは別の存在…』

 

…マズイ…これじゃあいくら拘束しても意味がないかもしれない…

 

『…はぁ…うぁ…』

 

…でも、ダメージがあるのか少しふらついてる、刺さってる可能性もあるから迂闊なことはできないけど…全快はしないのか、疲労が蓄積するのかも…ならチャンスはある…のかな

 

「…那珂、スイッチ切れてる」

 

『……わかってる…』

 

仕切り直すにも、エンジンが冷めるのが早いのが私の弱点というか…オンオフが激しい…今はオフ…やれるかな…

 

「……場所を移そう、私たちでやるには狭すぎるよ」

 

『海の上がいいって事ね…曙もついて来てよ』

 

『………』

 

AIDAがボコボコと音を立てる

 

『ここを壊せば海になる』

 

『…やっぱりここで死ぬ?』

 

「…アンタの戦いたい相手と戦わせてあげる」

 

『…私の戦いたい相手…?』

 

姉さんが徐に携帯を取り出す

 

『もしもし?川内?何よ今忙しいのに』

 

…この声は、宿毛湾の方の…

 

『…曙…曙!!』

 

『…ねぇ、アンタ今何処に居んのよ…折角横須賀まで会いにきてあげたのに留守なんて最悪だわ…!』

 

電話越しなのに一触即発の空気…

 

『ストップ…ここでやられたら、たまらない…海でやりなよ、艦娘でしょ?』

 

『……何処に行けば良いの』

 

『案内するよ』

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 曙(青)

 

「行く場所ができたわ」

 

「僕も行くよ」

 

「ダメ、アンタに手出しはさせない」

 

これはあたしが決着をつける、アイツを戻すにしても…一発でもぶん殴ってやらなきゃ気が済まない

 

「あたしにはあたしのやり方がある…それに北上についてるのが阿武隈1人じゃ不安なのよ」

 

「…わかった」

 

最高戦力は碑文使い…ならそれを釘付けにできれば雑魚はやれる…

いや、叩きのめさなきゃならない

 

「…やるんだ、あたしが」

 

腕輪を展開する

 

「…ゲートハッキング」

 

景色が切り替わる

 

一瞬の浮遊間の後に、足元が海に変わる

 

「……さあ、来なさい」

 

長い遊戯は終わりを告げる

終わらなければならない

 

「私がアンタを殺す」

 

何度でも殺す…殺した果てに…アンタが解放されるのかは知らない…元に戻るのかも知らない…

でもあの時、感情のあったアンタに私は全てを賭ける

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 綾波

 

「…どうしたんですか?なんで攻めてこないんですか、時間稼ぎのつもりですか」

 

「そうだって言ったらどうする?」

 

…気に食わない男だ、データはある、リアルデジタライズの経験者、九竜トキオ、生捕にすればどれ程のデータがあるのか…

まあ、殺すよりは美味しい

 

「仕方ないので攻めてあげます」

 

軽めのジャブで様子を見る

鋼鉄の重さを感じさせるな、相手も拳を主体としたスタイルなら一撃で決めないと何が差になるかわからない、何よりリーチは向こうの方が長い…

 

「っと…」

 

ちょこまかとかわして、確実な隙ができるのを待ってるのか

万に一つでもミスがあると困る、早めにケリをつけたい…

脚技は全く使わないのか…いや、踏み込み方にその気がある、隙を作れば脚技で来るはず…脚を砕けばあとは一瞬…

 

「ふッ!」

 

大振りな蹴りを敢えてかわさせる

 

「そこだ!」

 

拳で来る…なら捕まえて骨を砕けばいい

 

紙一重でかわし、すり抜けた腕を掴まえる

 

「とった!!」

 

「……手を離した方が身のためだと思う」

 

…首元に刃物…こんな剣いつの間に…

 

「…こんなに大きい剣を何処に?」

 

「ただの武器じゃないって言っただろ…」

 

…籠手が消えてる、アレが変化するのか…

どうする…腕の一本落とされても問題ないけど首は不味い…

1人なら無理な盤面だった…敷波に狙撃させる…にしても離れないと最後の抵抗が怖いな

 

「…一度仕切り直し、と言うことで」

 

「オレは腕を犠牲に君を刺せる」

 

「本当に刺せるんですか?人を殺す勇気がありますか?」

 

「…人を殺すのは勇気じゃない」

 

「…そうですか」

 

手を離す、さあ、剣をどけろ…

 

「拘束させてもらうよ」

 

…剣をのけた…敷波、今…

 

「……敷波…?」

 

狙撃も反応もない…?なんで?

何があった?反応がないなんてありえない…

テレポートを起動する

 

「…嘘…」

 

撃たれてる…誰かにどこかから…正確に脳幹を撃ち抜かれて即死してる

…違う、死んでない、まだ助かる…

 

「そうだ…提督…提督、綾波です、応答願います!」

 

『…何用だ』

 

「敷波が殺されました、再誕させてください!」

 

『何故だ、必要ないだろう』

 

…必要ない…?…敷波は、必要ない…

いや違う、今まで私1人で成し遂げたことなんてなかった、敷波は必要だ

 

「いいえ必要です!敷波は私のサポート役として今まで支えてくれました!不要なわけが無い!」

 

『…1人では貴様も使い物にならんか?それなら貴様も必要ない、第一私の元に必要なのは駒だけだ、私はもはや最強となった、貴様の研究は糧となった、つまり貴様も用済みだ…戦力として働かぬのなら消えろ』

 

「…!」

 

そんな…敷波は、帰ってこない…?

敷波が…いや、まだ何か助かる手段があるかもしれない…

 

持ってるだけの回復アイテムをぶちまける

試作のAIDAも注入した

 

「…起きて、敷波…起きて…!」

 

…体温が…下がっていく…

 

「ッ!」

 

風切り音が聞こえたと同時にテレポートを作動させる

…恐らく、敷波を狙撃したやつだ…絶対に殺す…だけど今は敷波を助けないと…研究室にまだストックが…

 

「…京都以来、ですね、アレからまだ2日ですか」

 

…なんで私の研究室に…いや、誘い出す作戦だったか…

 

「神通…!」

 

「…今度は逃しませんよ」

 

「………」

 

ここで逃げたら、敷波を救う手段は失われる

それに、今はむしゃくしゃしてる…

 

敷波を寝かせて向き直る

 

「…逃げませんよ…それに、イライラしてたんです、私のために死になさい」

 

「貴方は確か格闘専門でしたね、お相手します」

 

「……」

 

槍を使わない…?舐めた真似を…

 

「ふッ!」

 

ジャブの連打で様子を伺う

 

「…やはり重いですね、機械の体なだけはあります」

 

余裕綽々か…

 

「黙れ!」

 

回し蹴りをのけぞってかわされる

 

「危ないですね、当たれば骨が砕けてしまいます…」

 

油断した…

 

「私の体が機械と言ったのは貴方です、そう、機械なんですよ…私は!!」

 

関節だったそうだ、だからこんな事もできる

 

脚の付け根の関節を回転させる、片足を軸にし、先程回し蹴り放った脚が円を描いてもう一度蹴りを放つ

 

「ッ!』

 

「…どうですか?これの味は…」

 

…槍の竿で止めたか…

 

『…脚の肉が引きちぎれてますよ』

 

「ご心配無く、痛覚なんてないので」

 

違和感はあるが問題はない

 

『……戦う必要を失いました』

 

「はい?」

 

『大きな血管が切れ、出血多量で死に至ります、わざわざ相手する必要はありません』

 

「………知ってますよ、そんな事」

 

掴みかかる

槍の竿で関節を絡め取られ、防がれる

 

『…貴方が戦う理由はなんですか、私は貴方に興味を無くしました、向かってくるのなら潰しますが…』

 

「邪魔だからです、それ以上がありますか?」

 

『てっきり、鬼神だの、黒豹だの言うのかと思いましたが…』

 

「…綾波なんてこの世に何人居るのやら…この名前にも、役割にも興味はありません…!」

 

『そうですか、尚の事戦う方がありません、通していただけませんか?』

 

「……この匂い…貴方、ここの研究施設を…」

 

『破壊しました、敵の施設なのですから』

 

…敷波を救う手段が…失われた?

 

「…許さない…!」

 

『…力が…!』

 

神通を蹴り飛ばす

 

『ッ……増殖しても…キツいものがありますね…』

 

「その顔、砕きます…!」

 

『危な…!』

 

パンチを逸らされた…!

壁に穴が開く

 

『…スプリング?ジャッキと言うやつですか…?馬鹿げた威力ですね…肉体が壊れていってますよ』

 

「元々耐えられるような体じゃないのは知ってますから…でも、もう生きている意味がわからない…なら、存分に試す」

 

『……やはり、私は受けには向かないようで」

 

…槍を捨てた…でも、気迫は増してる…

来る…!

 

「私も、かなり蹴りには自信があるんですよ…!」

 

「能力で再生しながら無理矢理…?鬱陶しいんですよ…!」

 

大振りな攻撃の打ち合い

殴りつけても、蹴り倒しても…

 

コイツは死んでくれない…

 

回し蹴りに回し蹴りが重なる

骨を砕いた感覚と肉が弾ける音、血飛沫…

 

「…痛いですね…」

 

「それは良かった…!」

 

神通を蹴り飛ばして追い討ちに拳を振りかぶって見せる

 

「さっきと同じ手です…」

 

「知ってます」

 

勢いをつけたまま神通を捕まえて壁に突っ込む

 

「…無茶苦茶な…!」

 

「どうせ死ぬなら何しても同じですから」

 

回復アイテムも、全て破壊されてるはず、なら私も助からない

 

「動き自体は滑らかですが、所詮機械の挙動…まだ読めます…!」

 

的確な打撃…だけどそんなもの効かない

 

「…ふっ!」

 

「良い加減死んでください…!」

 

「お断りします」

 

「この…!っ…ー…」

 

膝が落ちた…?

変だ、思考が遅い…

 

あれ?視点が低い…なんでちゃぷちゃぷと…

 

「…ふーっ…はぁ……時間切れですか」

 

…これは、血溜まり…?

 

「おもったより、長く動けるものなんですね……はぁ…」

 

「そんな…ダメ…敷波…仇を討たないと」

 

「……意外ですね、貴方にも姉妹を思いやる気持ちがあったなんて」

 

…あの五月雨だ、絶対にそうだ、アイツがやったんだ…アイツを殺さないと…

 

「…貴方はどんな時も冷静な手札を切る事ができるタイプの人なんでしょうね、だから生き残ってた」

 

「…敷波…どこに…視界が…」

 

「脆い物ですね…私もこうだったのでしょうか」

 

体が浮き上がる

 

「…何キロあるか想像できませんね、軽巡程なら持ち上げられませんでした」

 

もはや目の見えない私に冷たい暖かさが触れる

 

「…敷波…」

 

「来世でまた逢いましょう」

 

「…次は、絶対守るからね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海上

軽巡洋艦 川内

 

『東雲は仕留めなかったのか』

 

「だ〜いじな、決闘中につき…手出し無用、というか厳禁?ま、なんでもいいけどさ…邪魔はさせないよ」

 

『…さっさと殺せばよかったな…面倒だ』

 

「死んで後悔することになるよ」

 

『それは貴様だ、1人で来た事をどれほど悔やむのか』

 

海から岩でできた手足の縛られた細長い埴輪を一本の杭で貫いたような化け物が出てくる

 

『第七相復讐する者タルヴォスだ、いまや我々は最強の座に相応しい力を手に入れた…だろう?ヴェロニカ・ベイン』

 

『そう、私は無限に広がるこの海の中で…なんでもできる』

 

深海棲艦が続々と浮上してくる

なるほど、コイツらが諸悪の根源ね…力を持った人間…か

同じ力を持った人間なのに…提督とこんなに差があるなんておかしいなぁ…

 

「……アハッ…あははははは!」

 

『…不愉快な子ね』

 

『…何がおかしい』

 

「…アンタらにはそんな玩具は必要ないね…それだけ」

 

『玩具だと?』

 

「それと…大きな勘違いをしてるよ、私は1人じゃ戦えないからさぁ…それにもうすぐ夜だし…」

 

そう、私は1人じゃ戦えない

だから誰かに手を伸ばすんだ

 

「川内、来たよ、呉鎮守府総員引き連れて来ちゃいましたっと」

 

「上等だね、春雨…それに、私達だけじゃない」

 

「最高のステージにセンター不在はダメだよねぇ?那珂ちゃんもやっちゃうよ…!」

 

みんながいるんだ、戦える、いや…勝てる…!

 

「…再誕の碑文は、もう曙の元には無いのか…」

 

『みたいだね、だけど関係ない…僕らは敵を倒せばいい』

 

「…あれは…宿毛湾のとこの…?」

 

宿毛湾の提督と…誰だろう…

 

『僕たちは気にしないで、タルヴォスは僕が倒す…カイト、あの時は戦わなかった、だから今戦う』

 

「先にタルヴォスを片付けてから…本命を仕留めよう」

 

十分な戦力であることは確かなようだ…なら…気にせずやればいいか

 

「さて、と…提督…全部使うよ?」

 

頭の中に音が響く

 

ポーン…と木霊する

 

「来て…そう…此処に』

 

マフラーが靡く、風が強く吹き付ける

 

『良いよ……来てッ!!…スケェェェェィス!!』

 

三つの目が私を見つめる

 

『Job…Extend…』

 

両手に2本の忍刀を構える

 

「双剣…?」

 

『これが…新しいスケィス…』

 

忍刀だけじゃない…もっと、もっと…!

力が溢れてくる…!

 

『呉鎮守府、第一艦隊所属…川内型軽巡洋艦一番艦、川内…参る』

 

迫ってくる敵を斬り払う

 

「雑魚は任せて!狙いは親玉のみ!」

 

『わかってる…!』

 

加速して距離を詰める

 

『最強になったって言うなら不意打ちなんかしないで堂々と向き合うべきだったね、本当に最強なのなら!』

 

一合打ち合う

 

『…ならば望み通りにしてやろう』

 

碑文によって力がブーストされてる…?

私の攻撃を受け止められるだけの実力が有るって事…舐めてかかるわけにはいかない

 

『コレはどう!?』

 

双剣を投げつけ、背中に手を回し、掴む

 

『…それは…成る程、複数種の武器を扱うのか』

 

『そう言うこと…』

 

大剣を水面に叩きつける、大きな水飛沫が上がった

次は力技を試す、いくら碑文使いでも艦娘が勢いをつけて巨大な剣を振るえば受け止められるわけがない

 

『…くらえッ!』

 

体を大きく捻って一閃

鈍い金属音が鳴り響く

 

『…ぐ……』

 

『…止めた、か』

 

想定内って言えば想定内、止められたらどうするかも考えてる、問題はない

片手に双剣の片方と大剣の柄を握り詰め寄る

 

『…よ……ッとぉ!』

 

力一杯上から叩きつけると同時に大剣を捨てる

水飛沫が上がり、視界を塞ぐ

 

『猪口才な…』

 

『そうだねぇ、コレはちょっとずるかったかもね』

 

水飛沫をすり抜け、背後からの刺突、体重をかけて下に下に断ち切り、首を刎ねる

 

『…む……』

 

一瞬の閃光と共に、無傷な姿でこちらに向き直る

 

『今、何かしたか?』

 

『この程度じゃ死なないか…!』

 

腰に手を回し、次は大鎌を取り出し様に首を狙う

 

『何度もやらせると思うか』

 

『残念、もっと頭が鈍いと思ってたのに…!』

 

『言ってくれるな』

 

どうする?此処で仕留め切れる…?

確かに1対1なら勝てる、だけど殺しきれない…

それなら消耗するだけ、いつかやられてもおかしくない…下手をうって被害は出したくない

 

鎌の先端が銃剣に突き立てられ、ギチギチと音を立てる

 

『随分と余裕そうだね…命の危機に瀕してる自覚無いの?』

 

『永遠を手にしたのだ、何を恐れると言うのか…人は死んだ完成するという者もいるが…死んでは終わりなのだ、私は永遠の生を手に入れた、これは人を超えたと言う証…無限の証明!』

 

笑いながら私に向かって銃剣を振るってくる

出鱈目な軌道…擦りもしない

 

『…キチガイめ…』

 

『気狂い?結構…しかし貴様こそそうではないか?何故に私に剣を振るう』

 

『それはアンタが世界を…』

 

『否、それは自然の摂理だ、私を殺したとて世界の崩壊は免れん…それでも私を殺すと?それはただの私怨ではないか』

 

…揺さぶられる感覚…コレがコルベニクの深層心理に語りかける力…

 

『…悪いけど、スケィスが司ってるのは我織…自分自身を強く持つ心…その揺さぶりは通用しないよ』

 

『事実であろう、私を殺してどうするのだ』

 

『どうにもならないけど、世界の崩壊止めるの邪魔するでしょ?』

 

『勿論だ』

 

『じゃあ死んで』

 

大剣を叩きつける

 

『ふむ、なかなかに…手に負えんな』

 

『それはどうも!』

 

『…第二の力…と行こうか?』

 

…何あの黒い注射器…

AIDAか…!

 

『那珂!撃ち落として!』

 

『えっレイザス!』

 

光の矢が元帥を捉える

 

『もう遅い…っ…く…くく…滾る』

 

目が真っ黒に染まり、顔に血管が浮かび上がってる…

バケモノじゃん…

 

『ハハハハッ!綾波ぃ…良くやった…!』

 

『そう言うの、要らないから』

 

隙だらけの首を刎ねる

 

『再誕』

 

…さっきと違う…!

 

眩い光に威力がある、体が大きく吹き飛ばされ、水面を転がる

 

『ったぁ…何今の…』

 

『再誕の余波に呑まれただけだ、その程度でダウンするのか?ならばいくらでも殺してみろ』

 

『……ちょっと驚いただけだっての…!』

 

底無しに生き返るとしたら、やや面倒くさいな…

 

『…む…東雲……そろそろ食べ頃か』

 

何言ってんのコイツ…気持ち悪いなぁ…

 

『貴様と遊ぶ時間は無くなった』

 

『待て!何処に…!クソッ!那珂、任せるよ!私は追いかける!』

 

『りょーかい!』

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

「タルヴォスを2人…って言うのやや辛いかもね」

 

『今日は僕が前に出る…君はあの時のように支援に専念してくれれば良い』

 

「エルク1人で大丈夫かなぁ…なんて」

 

『今の僕は…エンデュランスだよ…おいで、マハ』

 

…これがミアの今の姿

 

「なら十分だね、よし、やろう!」

 

タルヴォスへ攻撃を開始する

 

「…効きが悪い、物理攻撃だ!」

 

『わかってるよ、巻物は消費を抑えておいて』

 

お互いの動きが繋がる

 

「良し、攻撃が来るよ!」

 

『…このくらい、簡単に弾ける』

 

タルヴォスから飛んできた釘を打ち払う

 

『…此処だと巻き込みかねないよ』

 

タルヴォスの顔から泥のような液体が流れ出る

タルヴォスが水中に潜り移動する

 

「でも移動する余裕はない…攻撃を魔法に変更して!」

 

『アンゾット…』

 

「メライローム!」

 

魔法の嵐が出て来たばかりのタルヴォスを襲う

 

そろそろ阻害魔法が来る…

 

「妨害が来るよ!」

 

『大丈夫、効かないから』

 

「じゃあ僕がやられたら頼んだよ!」

 

『大丈夫…僕にかけてくる』

 

エンデュランスの周りに雷のようなエフェクトが一瞬現れる

 

『ほら、効かない…レイザス』

 

「よし、もっと攻めよう!」

 

周りから砲撃による支援もある…すぐに倒せる…

だけど、油断すればアレが来る…

 

『魔法が来るよ…!』

 

水面から色々な色の光の球が浮き上がっていく

 

「…マズイ!みんな逃げるんだ!アレは爆発する!」

 

言い切ったと同時に降り注ぎ、爆風が襲い来る

 

『ダメージはないけど…海水が目に入っちゃった…』

 

「…居ない…潜ってる…?」

 

タルヴォスが浮上してくる

 

「居た…三爪炎痕!!」

 

物理技を叩き込む

 

『カイト、多分そろそろ…』

 

そうだ、いつ来てもおかしくない…

あの呪殺技が

 

タルヴォスの顔から血のような泥が流れ落ちる

水面から泥人形が浮き上がる

 

「…来た…!」

 

カイトの姿をした泥人形が…

 

「……僕か」

 

死の宣告…

 

タルヴォスに刺さっていた杭が引き抜かれ、宙に浮かぶ

 

「……」

 

歯を食いしばり目を閉じる

なんなら耳も塞ぎたいところだけど…

 

耳を引き裂くような金属音が鳴り響く

 

「…何を…!」

 

エンデュランスが杭を剣で受け止めている…

 

『カイト、もう一回だよ』

 

「…もう一回…」

 

『これは、きっと必然なんだ、カイト…もう一回、君はみんなを救わなきゃいけない』

 

…みんなを救う?

 

「違う、僕は全てを滅ぼす…!」

 

『それは悪意じゃない、君は常に誰かを想う気持ちで動いてるんだ』

 

杭に剣が弾かれる

 

「エルク!!」

 

『…弥生にも伝わるかな…あの子も…あの時の僕と同じだから』

 

エンデュランスが杭に貫かれる

 

「……やっぱり僕は…そうすると決めた事を貫くよ」

 

蒼炎が体から噴き出す

 

「…くらえ…!」

 

もう一度タルヴォスに斬りかかる

 

「三爪炎痕!」

 

ガラスの割れた音が響く

 

「データドレイン…!」

 

タルヴォスをデータドレインが貫く

 

「完全に消滅させる!夢幻躁武!」

 

手を緩めない、完全に此処で消し去る

 

「ハァッ!!」

 

周りからの支援砲撃を受け、タルヴォスが砕け散る

断末魔が空っぽの海に木霊する

 

「………」

 

『カイト、またね』

 

エンデュランスがどんどん消えていく

そちらを見る事もなく、次を目指す

 

「…次は僕が死ぬ番だ」

 

セグメントを意識する

 

「アウラ、全部…託すよ」

 

そして、大きな賭けを今…

 

 

 

 

 

 

 

海上

駆逐艦 曙(青)

 

「…やっと望んでた瞬間が来た」

 

「…アンタを殺したかったわ、どうせそのカイトの力でチヤホヤされて楽しく生きてたんでしょ?」

 

邪魔者は居ない、2人だけの決闘

 

「…ねぇ、戻る気はないの」

 

「戻る?ふざけないでよ」

 

…ふざけてるのはどっちよ…

 

「ほら、見なさいよこれ」

 

「…首輪?」

 

「忠誠の証ってとこね」

 

犬になったとでも言うのか…

 

「そんなもんつけて、誇らしげに見せて…それのどこが良いの?ねぇ、アンタには何が見えてんのよ」

 

「…アンタらにはわかんないわよ、でも、たとえモノでも私は提督に必要とされてる…」

 

絶対違う、そんな訳ない…

 

「目、覚ましなさいよ…」

 

「何が?私は至って正常よ」

 

「つまんない意地張ってるんじゃないわよ…!良い加減にしなさい!戻ってこいって言ってんのよ!!」

 

「誰が意地を張ってるの?いつまで過去に縋りつくのよ、私はアンタらの仲間じゃないの、あんなクソ提督の元で働く気なんてないの」

 

「………言った筈よ…アンタにその言葉を言わせないって…次言ったらどうするかも、伝えた筈よ」

 

「実行できない以上脅しにもならないわ」

 

「…アタシは、あのゴレとの戦いでアンタに失望した…でも、それでも…アンタのことを信じてる奴がまだどれだけ居ると思ってんのよ…!」

 

「頼んだ覚えはないわ」

 

「頼まれなくても、アンタが仲間って事は何も変わらない!アンタを今ここで叩きのめして…アタシが目を覚まさせる…!」

 

「……ご自由に、やれるものならね…私の目は開いてる、どうやって目を覚まさせるか見ものだわ」

 

「楽しみにしてなさいよ…!」

 

…もう一度、力を貸して…カイト

 

「結局それ、アンタは借り物の…いや、偽物の力でしか戦えない」

 

やっぱり私が曙の心に影を作った

だからその責任は私が取る、どんな事をしても…!

 

「…何よ、その目」

 

「…なんでも良い、さっさと始めるわよ、さっさとはっ倒して…アンタを連れて帰る」

 

「…ウザいのよ、その熱苦しい考え方…」

 

曙も、双剣を取り出す

 

「…まだ持ってたのね」

 

「アンタに現実を教えてあげる為にね…こんなゴミでも、私はアンタに勝てる」

 

「……はぁ…怒り通り越して、冷静になってきた…よし、行くわ」

 

水面を蹴る

 

「…早くなってる…」

 

「60ノットを記録したの忘れた訳?ずっと訓練してきたのよ…さっさとぶちのめされなさい!!」

 

金属音が鳴り響く

鈍く光る双剣が互いの体を掠める

 

「アンタにしては…やるように…」

 

「上からモノを言うのは変わらないわね、まだこっちは何も見せてないのに」

 

「…どういう…」

 

片手の双剣をクルリと回して曙に向ける

バチバチと音を立てて雷を纏う

 

「本気はこれからよ」

 

「……」

 

先程より激しい剣戟になる

 

「雷舞!」

 

「ぐ…!」

 

スキルを使えば圧倒できる

あの時のように防がれる事も、読まれる事もさせない

 

スキルの時と同じ動作を入れてブラフに対応させる事で隙を作り攻撃を加える

 

「小賢しい!」

 

「アンタが言えた口かしら、まあ…もう関係ないわ」

 

さっさと出せ…コルベニクを…!

 

「この…なんで…なんで!!」

 

「…1人で生きる事を選んだから、アンタは弱くなった」

 

「私は捨てられたからこの道しか残されなかった!」

 

「それは違う!カイトはそんなつもりじゃなかった!誤解よ!」

 

「誤解だとしても…遅すぎる…!もう誰も受け入れてくれない、私を受け入れてくれるのはたった1人なの…!」

 

「違う!曙!聞きなさい!」

 

「私は…私はここに居るんだ!!再誕しろ…コルベニク!!』

 

銃剣を向けられる

 

「だからアンタは意地っ張りなのよ…!」

 

『黙れ!黙れぇ!』

 

「旋風滅双刃!!」

 

『裂球繰弾!』

 

攻撃をすり抜けるようにかわして斬りかかる

 

『このッ…邪魔!!』

 

「いくらでも邪魔してやる!アンタは私が止める!!」

 

『ウザいのよ!いい加減にして!』

 

「曙!!」

 

『…その名で呼ぶなぁ!!』

 

何度も衝突する

分かり合える、きっといつか分かり合える…

だけど、それは…私達2人揃ってではない

 

「アンタの気持ちなんて知らない!だけどアンタはみんなの気持ちを無視し続けてる!なんで止まらないの!?こっちを見なさいよ!」

 

『どうせ後ろ指差して笑うことしか知らないアンタらの方を向いて何があるって言うのよ!』

 

「みんなアンタが帰ってくるのを待ってる!潮だって…漣だって…朧だって…!…カイトだってそう!みんな待ってる!」

 

『そんな訳ない!』

 

「勝手に耳塞いで自分の世界に閉じこもってんじゃないわよ!それに、アンタが否定するのは帰りたいからなんでしょ!?帰りたいけど帰れない、帰るわけにはいかないから否定してる!」

 

『違う!私は…私は…!』

 

攻撃を防ぎ、防がれる

 

一瞬も隙のない攻防の最中の迷い…

 

「一発思いっきりぶん殴られなさい!そうすればあたしが全部無かったことにする!だから帰ってこい!曙ぉ!!」

 

『うわあァァァッ!』

 

…剣が弾かれた…?

しまった、体制が崩れて…

 

『消えろ!!』

 

死が、迫ってくる…

 

「…っ……?」

 

『…なんで、コイツのことは庇うのよ…!!』

 

…なんであたしを庇って…

なんでカイトが此処に…

 

「2人とも…もうやめるんだ…」

 

『アンタから先に殺してやる…!』

 

カイトが曙を抱きしめる

 

「…ごめん、全部君にあげる」

 

…あの光は…セグメント…?

 

『…何これ…頭の中に…イヤ…入ってこないで…入ってこないで!!』

 

何が起きて…

 

「それは僕の記憶と…カイトの力の断片…そして…アウラのセグメント」

 

『いや…頭の中で…頭が…割れる…!」

 

「曙…?」

 

「…どうしても、君には知ってほしかった…」

 

知って欲しい…って、何を…?なんの話を…

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

頭が割れそうなほど痛い

頭の中に別の何かがいる

 

記憶?これは記憶なんかじゃない…感情、哀しくて、苦しいって感情…逃げ場のない感情が私を押さえつけて…

 

…一つだけ確かなのは、私は、思い違いでお互いを傷つけあってたと言うことだけ…戻れないほどに

 

『良くやった…この瞬間を待ち侘びていた…』

 

「っ…」

 

背後から、私が今一番聞きたくない声が聞こえる

 

『オリジンが完成する瞬間、今この瞬間ならオリジンを完全に支配下における…!』

 

「そうはいかない、アウラはお前なんかに利用されていい訳がない」

 

いつの間にか、カイトが私に延びてきた手をつかんで止めている

 

『…貴様、邪魔をするつもりか』

 

「当然だ…それに、待ってたのは僕もそうだ…場を整える時間を稼がせてもらうよ…」

 

『何?』

 

時間を稼ぐ…?

 

「データドレイン!」

 

腕を掴んだままのデータドレイン

 

『バカな、こんなものが効くと思うのか?プロテクトすら壊されていないのに』

 

「いやぁ?一瞬ごく小さな穴くらいは開くらしいぜ、ま、あんまり意味ないだろうけどよ」

 

『…曽我部隆二…!』

 

「一名様ご案な〜い、行き先はNABのデータセンターってな…!」

 

銃声が3度響く

 

『…貴様…何故…』

 

「さぁねぇ…せっかくヴェロニカ・ベインを封印する為のお膳立てだったのに…そこの勇者サマがどうしてもっていうもんだからさぁ…ま、暫く寝てな…ブリーラー・レッスルを味わいながらな」

 

「もう一度…データドレイン…!」

 

ビキビキと音を立てて氷の柱が出来上がる

 

「…持って、1週間ってとこだな」

 

「……充分です…っ…」

 

カイトが膝をつく

 

「時間切れだ…」

 

時間切れ…?

体が水に沈み始めてる…

 

「何やってんのよ!クソ提督!しっかりしなさいよ!」

 

「…ごめん曙、どうせもうダメだから」

 

「はぁ!?」

 

「…認知外依存症か…倉持さん…アンタ」

 

…今、ようやく全ての記憶が…私に流れ着いた

 

「…てい…とく…」

 

「……ごめん、ちょっと遅すぎたみたいだ…」

 

提督の体が霧散して行く…

 

「嘘でしょ…!?なんで…なんでこんなことに…!」

 

「……ゲートハッキング」

 

腕輪を展開する

 

「曙!アンタ何処に!」

 

「…その時に、また会いましょ」

 

私には私の役目がある…

なら果たさなきゃいけない…

 

それに、私が今更どんな顔をしてみんなのところに帰るって言うのか…

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

工作艦 明石

 

「…そうですか」

 

「そうですかって、明石!アンタ…それで終わりな訳!?」

 

「アオボノさん、帰ってください…今復旧作業で忙しいんです、早く腕輪を完成させないと」

 

「……!…この…!」

 

提督が死んだ、ならば尚更急がなきゃならない

 

「…また来るわ…!」

 

「随分と冷たいんだな」

 

「…どうも、三崎さん」

 

「横須賀の侵攻は結局こちらに打撃を与えられなかった…だが、カイトにエンデュランスに…喪った奴は…」

 

「死んでません」

 

「…何?」

 

「提督は死んでません」

 

「…どう言う意味だ」

 

「言葉の通りです、提督は死んでません」

 

「……意思って意味なら…」

 

「消えてください、私の前で提督が死んだなどと口にしないでもらえませんか」

 

「…そうか、悪かった」

 

…私は狂ってしまったのだろうか?

だが、止まらない、止まれない

 

「夕張、進捗は」

 

「ダメ…どうにもうまくいかないのよ…」

 

「あ、明石さんこんばんはー…なんか機嫌悪くないですか?」

 

…ダメだ、苛立ちが消えない

腕輪を早く完成させないと間に合わないかもしれないのに

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 徳岡純一郎

 

「…はぁ…随分と馬鹿げた話を持ってきやがる」

 

「それでもつい先程海軍元帥を封印した時は貴方の助力あってこそって事ですから、もうちょっと力をお借りしたいところなんですけどねぇ…」

 

「曽我部さん、言っとくが俺にも無理な事はある…第一俺はハッカーじゃない」

 

「ハッキングのプロにハッキングは任せます、貴方に頼むのはシステムの整備と現場での対応です」

 

「…それこそ俺じゃ力不足だろう」

 

「ヘルバには腕輪の作成って仕事がありますからね」

 

「……失敗したら」

 

「さあ、世界の崩壊じゃないですかね」

 

「…チクショウ、やってやるよ…!」

 

せっかく襲いかかってきた敵を退けたのにすぐこれか…

 

「…はぁ…」

 

「お疲れ様です、コーヒーですよ」

 

「……五月雨、なんか雰囲気が違うな」

 

「…狙撃の後は体が硬くなっちゃうんです、震えないっていうか、ロボットみたいになっちゃうんですよね…」

 

「…そうか、よし…膝の上、来い」

 

「いいんですか?」

 

「良くなきゃ言わねえよ」

 

…本当に小さな子供に、俺は殺しをさせた、その事実を忘れる程の忙しさがほしかった、だけどいざ仕事が降ってきても…

 

「…提督?」

 

「ごめんな、二度とお前達にあんな事はさせねぇからな…」

 

化け物ならある程度納得できただろう

だが、敵の艦娘を狙撃したと報告してきた五月雨は機械のようで…いや、そんな考えは捨てよう

このむしゃくしゃした気持ちを晴らす為に仕事をするしかない

 

「…これは何をしてるんですか?」

 

「まあ、色々だな…プログラムを組んだり予想される事態についてのフローを…渡会にも手伝ってもらうか…」

 

「…提督、なんでこんなに頑張ってるんですか?」

 

「なんでって…そりゃお前達も頑張ってるんだ、俺も頑張らなきゃならねぇよ」

 

「……」

 

だけど、俺は…同じ目線になる事はない…

 

「…五月雨、全部終わったらみんなで遊びにでも行くか、関東の方の遊園地なんて行ったことがないだろ」

 

「はい、テレビで見た事はありますけど一回も…」

 

「よし、じゃあ連れてってやる、約束だ」

 

「わあ!みんなにも言ってこなきゃ!」

 

…本当に、年端もいかない…幼い子供に戦争をさせている俺たちは…

 

「チッ…言いたかねぇが…お前さんが羨ましいとも思えちまう」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

九竜トキオ

 

「電ちゃんは大活躍だったんだって?」

 

「…そうかもしれませんね、あの…」

 

「どうかした?」

 

「……トキオさんは人を殺したくないんですよね」

 

「…もちろん、みんなそうだと思ってる、みんな人を殺したりなんかしたくないんだ」

 

「……じゃあ、今からでも逃げるべきなのです、もう今日だけでどれだけの人が亡くなったかわかるはずなのです」

 

「オレは逃げない、此処で逃げたら勇者じゃないだろ?オレは…カイトの代わりに戦う」

 

…カイトが死んだのは、ショックだけど…その分オレが…

 

「…犠牲になるつもり、ですか?」

 

「犠牲…?」

 

「違うのなら、いいのです」

 

電ちゃんには何が見えてるんだろう…

 

「……そういえば、他の敵は何処に行ったんだろう」

 

結局襲撃してきた艦娘は急に姿を消した

もう一度攻めてくるなら、もう一度戦うだけだけど…

 

「…1週間後、また攻めてくるのです」

 

「本当に…?」

 

「1週間…これが私たちに残された、最後の決戦までの時間なのです」

 

「……」

 

「…せめて、有意義に生きましょう」

 

…1週間か、実際はそんなに時間がないんだろうな

オレも…やらなきゃ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベイクトンホテル ペントハウススイート

駆逐艦 曙

 

「……よし、接続できた…ぅが…あぐ…!……データドレイン…!」

 

暗い森と接続し、負荷を直接かける事で無理やりAIDAのプロテクトを破壊して取り除く

 

「…これで…安全よ、アウラ」

 

真っ白なワンピース、白い髪…

幽霊の女の子と呼ばれる少女がふわりふわりと私の前に現れる

 

『…貴方は?』

 

「曙…駆逐艦曙よ、初めまして、アウラ…」

 

『……』

 

「…お願い、提督のために、力を貸して」

 

『貴方が殺したのに?』

 

「……わかってる、報いは受ける」

 

『カイトも、貴方も、とっても自分勝手…だけど構わない、手を貸します…強い力…気持ち一つで』

 

「救いにも…滅びにもなる…」

 

『その意味、貴方にはわかる…?』

 

「…よく、わかる」

 

首輪を改竄して捨てる

 

「……私は曙、只の曙よ…」

 

チェックのマフラーを外して、投げ捨てる

 

『カイトの力が欲しい訳じゃないの?』

 

「私は、提督の望みを叶える為に生きる、だからそれは一発の砲弾でも、一本の糸でも、なんでもいいの…またね、アウラ」

 

『…薄明の竜の加護があらん事を』

 

「女神様から祝福されるなんて、光栄よ」

 

この黒い森と、コピーの腕輪、そして明石の腕輪と…カイトがいれば…全てが解決する

 

世界を最短させるためのピースは、今すぐに揃う…

その為に邪魔者を潰さなきゃいけない

 

「…ウーラニア」

 

『なんだ、久しぶりだな』

 

「ヴェロニカ・ベインを潰すんでしょ、手伝わせて」

 

『裏切ったんじゃなかったのか?』

 

「なんでもいいの、私にもやらせて…私は、戦わなきゃいけない」

 

『…オーケイ、まずは仕事の話をしよう、The・Worldはわかるか?接続してそこで直接話そう、時間は後から連絡する』

 

「……提督、曙…ただいま貴方の元に戻りました」



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復讐

The・World

駆逐艦 曙

 

[ウーラニア]

 

「…なんでテキストチャットなんだよ、ほら、ボイチャはどうした」

 

[やり方知らないの]

 

「めんどくせ…」

 

ならゲームに呼び出すな…これを横須賀の部屋に探しに行く所から始まったのに…まあ、おかげでこの大事なディスクと…

 

「おい、1人物思いに耽るな」

 

[話を]

 

「……ヴェロニカは完全に海と同化してやがる、お前らの言うシンカイセーカンとやらもあいつが自由に生み出せるみたいだな」

 

[そこまでは知ってる]

 

「ならガンガン進めるぞ、あいつは頭のてっぺんから足の爪先まで残さずデータになった…じゃあどうやって殺せばいい?」

 

[デリートするとか?]

 

「ハッハッハ!ユニークさのかけらもねぇな、出直してこい」

 

…会ったら殺そうかな

 

「まあ、デリートってなると膨大な時間がかかりすぎる…だからだな、黒い森を使おうと思う、そっちに接続して…」

 

[ダメ、黒い森は今私が管理してる、それは許さない]

 

「…なんかあるのか?」

 

[ある、最終決戦に使う、だから今使わせる事はありえない]

 

「……じゃあPlan Bで行くか、こっちは色々やばいんだがな、前の戦いでNABのデータセンターを使ってフリューゲルの銃の射程を伸ばしたんだが…」

 

[ストップ、もう意味わかんない]

 

「…めんどくせぇ……」

 

こっちのセリフなんだけど…

 

「まずそこからだな、フリューゲル、曽我部隆二の武器はブリーラー・レッスル、これは撃ったものを改変させることができる、簡易データドレインみたいなもんか…ドレインしねぇけどな」

 

なかなかに危険な力ね

 

「これにはもう一つ能力があって対象を停止させる力がある」

 

[停止?]

 

「氷漬けにして動けなくするんだよ」

 

[なるほど、それで?]

 

「この銃なんだが、射程がわずか2メートル…これじゃあ当たるもんもあたらねぇ…でも待てよ?そもそもそれらはデータなんだ、じゃあコンピューターの演算能力を使えば射程を伸ばせるじゃねぇかってのがフリューゲルの考えだ」

 

[それでデータセンター云々が出てきたのね]

 

「まあ結果は成功だ、それと、それを流用しようって考えてる、黒い森を使ってって話はそれが理由だが…たった今Plan Cを思いついた」

 

[聞かせて]

 

「…海を使う、あれなら無限の処理ができるだろ、なら…なんでもできる」

 

なるほど、なんでもありの空間をこっちの手中に収めようって話か

 

「よし、お前にやってもらう事は今んとこないけどいい案が浮かんだ!早速取り掛かる!」

 

[がんばれ]

 

「他人事かよ…」

 

なんにせよ、できることからやるしかない

 

[それと、コレを]

 

「…お前が組んだのか?」

 

[拾い物]

 

「…上等だ」

 

ネットカフェを出る、時間は僅かか…

 

「……お腹減った…どうしようかな…」

 

ショーウィンドウに並んだテレビがニュースを映す

 

『海軍元帥が謎の失踪を…』

 

…そうなってるのか

 

『容疑者として、宿毛湾泊地の提督である倉持海斗氏を…』

 

馬鹿馬鹿しい…いや、私もこのニュースを鵜呑みにする大衆と同じ考えだったんだろう、そう思うと…

 

「はぁ…」

 

歩調が遅くなる 

 

「きゃっ!?」

 

「いた…」

 

誰かとぶつかった…?

 

「………なんでイムヤさんが此処に…」

 

「曙さん…!」

 

臨戦態勢…か

 

「街中でやるわけないでしょう、それより少し顔貸してもらいましょうか……ついでにお金も」

 

「え?あ、え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なんで貴方あんな所にいたんですか、東京は敵の根城って意識がないんですか?」

 

「私は…その、何もできないのが嫌だから…その…」

 

「その?」

 

「本部に行けば最新装備とか落ちてないかなって…」

 

…IQ5くらいだろうか、脳のメンテナンスは何処で受け付けてるんだろう

 

「…見つかったのが私にじゃなければ殺されてますよ」

 

「…殺さないんですか」

 

「ええ、此処の食事代を出してくれるなら」

 

「…そのくらいなら、どうせ牛丼なんて安いですし…食券買いますけど並みでいいですよね?」

 

320円が私には途方もなく高く感じるけれど

 

「奢ってもらえる以上何も言いません」

 

 

 

「いただきます」

 

「いただきます…」

 

…そういえばまともな食事を最後に食べたのっていつだったかな……うっ…ダメだ、思い出さないほうがいい…

結局綾波は吐き出してたし私は無理矢理飲み込まされたし…あれは北上さんもそうだけど私も嫌な思いしてる、忘れよう

 

「…箸が進んでませんけど…?」

 

「嫌な事を思い出したもので…んむ……おいしい…」

 

「泣くほど…!?」

 

ああ、うん、美味しい…馬鹿みたいに美味しいわけじゃない、チェーン店ならではのハズレのない美味しさ、優しくてほっこりする味わい…今の私には染み渡るなぁ…

 

「えっと…話をしても?」

 

「…あ、あぁ、どうぞ…」

 

「…敵なんですか?」

 

「もう違います、私は…烏滸がましい事をいうようですが目が覚め、改めて提督への忠誠を誓いました」

 

「…よかった…」

 

「まあ…んぐ……んぐ…戻ろうとは思ってませんが」

 

「なんでですか?」

 

「…それこそ烏滸がましい、許される事じゃない…まあ、せいぜいリンチされてからならって感じですけど、それに割く時間はありません」

 

「…時間があればリンチされるんですね…」

 

「されて当然な行いをしてきましたから」

 

…自覚はある

 

「………」

 

空か…

 

「…私あんまりお腹減ってないんで…食べます?」

 

「イムヤさん」

 

…しまった、思わず手を握ってしまった

 

「はい!?」

 

「…ありがとうございます」

 

「どういたしまして…?」

 

 

 

 

 

 

「美味しかった…お味噌汁なんて飲んだのいつ以来でしょうか…あー…ほんとに美味しかった…」

 

「…お金、ないんですか」

 

「………」

 

「はい」

 

「え?」

 

いち、に、さん…

 

「これで貸し…って事で」

 

「…ありがとうございます」

 

「よーし!貸しを作ったし!こんごはタメでいくわ!」

 

「ご自由にどうぞ、本当に助かります」

 

「……みんな、帰ってくるの待ってると思う」

 

「…だとしたらみんな馬鹿ですよ」

 

「馬鹿だもん、みんな…」

 

「…そうでしたね…」

 

私の戦い方も、私の生き方も、見直す時だ

 

「帰るつもりはありませんが…」

 

「なに?」

 

「…カレー、食べたいって朧に言っておいてください」

 

「わかった、カレーね」

 

…約束は守る、私が2人分になるかはわからないけど

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

工作艦 明石

 

「ダメ、まだ完成しない」

 

「明石…そろそろ休憩しなよ」

 

「結果がでなきゃ意味ないのよ…!」

 

「…過程だけを見てくれるわけじゃないから?」

 

………

 

「過程だけを見てくれる人なんていない…その通りね、技術屋やものづくりをやる人間には刺さるわ」

 

「…まあ、私が思い続けた言葉ですから」

 

「提督もそう言ってた」

 

「……そうですか」

 

「提督は…一番結果に固執してたんだろうね、命懸けで助けようとしてたんだって」

 

「馬鹿ですよね、そんな事しなくてもいいのに」

 

「…故人に向かって…」

 

「死んでません!提督は死んでなんかいない!」

 

「…明石…」

 

…違う、提督は死んでないんだ…

提督は死んでないんだ…!

 

「私がおかしくなったと思うなら好きなだけそういえばいい…だけどそれ以上提督が死んだなんて言わないで…」

 

「…わかった、ごめん」

 

早く腕輪を作らなきゃ…絶対に…!

 

 

 

 

駆逐艦 曙(青)

 

「よ、アオボノ、元気ねぇな」

 

1人でのんびりしてたのに、隣に誰かが座る

 

「…そりゃそうでしょ、摩耶こそ偉く元気じゃない」

 

「…空元気だ、そうでもしねぇと潰れちまいそうでな」

 

立ち直る暇なく、何もかもが移り変わる

 

「…さて、そろそろやらなきゃ」

 

立ち上がり相場を確認する

 

「…何を?」

 

「訓練よ、私は…立ち止まってる暇なんかないのよ、あの元帥ってのを倒して、ようやくカイトの敵が消える」

 

「……合わせとくか?」

 

「お願い、多分誰か暇な奴がいるからそいつとやりましょ」

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

駆逐艦 電

 

「………」

 

予知が続く

此処が爆発する予知…

それがどんどん鮮明になる…

 

「電ちゃん?」

 

…誰かいる

誰かが火薬に火を…これは…あの曙…

裏切った方の曙…

 

「電ちゃん」

 

「はわっ!?」

 

「うわっ、ごめん、脅かすつもりはなかったんだけど…大丈夫?」

 

「な、なのです…ご心配なく…」

 

あの曙が此処を爆破する…じゃあ対策を立てないと…

 

「なんともないんならいいけど…」

 

どうすれば…

 

「じゃあ早く行こうか」

 

「…え?行くって何処に…」

 

「宿毛湾泊地、そっちにみんなで移るんだって」

 

「…何故?」

 

「ここにいるより施設がしっかりしてるかららしいよ、怪我人もいるから手当てとかをする為にみんなで移動して最終決戦の用意をするんだーって…今朝の話忘れちゃった?」

 

……全く聞いてなかった

 

「…あれ?」

 

じゃあ曙さんはなんで此処を爆破するのでしょうか…

なにかあるはず…何が理由なんでしょうか…

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

フリューゲル

 

「なるほどねぇ、海か…ヘルバさん、そこんとこどうです」

 

『不可能に限りなく近いわ、だってそれができたら私達は海を完全に支配できることになるわ、そもそもこのデータ自体が断片の寄せ集め…まとまりがないせいで一つ一つを改竄することは出来ても…』

 

「すいません、明石、発言してもいいですか」

 

「どうぞ?」

 

「…データドレインを使えばそれは可能だと思います、単体を改竄するデータドレインじゃなく…ドレインハートを…」

 

海そのものを全て改竄するって事か…?

 

『…確かにそれができるのなら一気に成功の可能性は上がる、かといって腕輪の完成は至難の業よ』

 

「横須賀の人たちはなんで完成させられたんでしょうか」

 

「…そりゃあドレインの機能しか…そうか」

 

『改竄する必要はない、データを吸い出して並べる作業を何かに肩代わりさせれば完成する…そもそもそれができればヴェロニカ・ベインをそのまま殺す事だって可能ね』

 

「アオボノさんの腕輪を流用したい気持ちもありますが、どうにもそれはそれで難しいしなにより負担が大きすぎるでしょうから、ならば改竄のない簡単なドレインをやってしまえばいいのかと…例えるなら、濾過装置みたいに」

 

「よし、時間はない、取り掛かろう、海に溜まってるデータを全て流用するぐらいの気持ちでやればいける…失敗作の腕輪にもリンクさせよう」

 

『そして網にかかった女帝は?』

 

「俺がトドメを刺す…そう言う取り決めだ」

 

一つの復讐譚が今、最後のページを開く音を立てる

 

「っと…失礼、電話が…なんだウーラニア、こっちは会議中で…」

 

『聞けよフリューゲル、グッドなシステムができたぜ…これであのイカれたババアをクラックできる!』

 

「いや、そっちはもう決まったんだ、これから腕輪を…」

 

『まあまあ細かいことは言わずにデータを読めよ、これなら半日もかからず完成するだろうからな』

 

…切られたか、仕方ない…

 

「…なるほど…ヘルバさん、これを」

 

『……デトロイトのハッカーも、日本のハッカーも考えることはだいたい同じなのかもしれないわね、明石、此処の作成を担当して』

 

「徳岡さんにも準備を進めてもらいます、なにしろ濾過作業は手動ですからね」

 

『それにしても…このアイデア、かなり面白いわ、倒す時に集まったデータを利用して腕輪を完成させる…試す価値は充分ある』  

 

 

 

 

 

東京湾

駆逐艦 曙

 

「ご機嫌いかがでしょうか、ヴェロニカ様」

 

『…確か、東雲だったわね』

 

「貴方にこれを」

 

マイクロチップを差し出す

 

『…それは?』

 

「黒い森への接続ファイルです、貴方が一番欲してると思いまして」

 

『………意図が分からないわ』

 

「計算の結果、貴方に協力することが1番勝利の確率が高いと判断しました」

 

『成る程、それなら納得できる、勝ち馬に乗ろうって言うのなら…正しい判断ね』

 

「ありがとうございます」

 

海にチップを落とす

 

『…間違いないわね』

 

「お気に召していただけたようで幸いです」

 

『それで?貴方は私に何を求めてるの?』

 

「私は機械です、主君の指示に従うだけ」

 

『それなら構わないわ、そのシンプルな思考はステキよ』

 

「ありがとうございます、では」

 

さて、アウラはどう動くだろうか…

全てが予定通りに行くはずはない、少しでも他のことを進めておこう

 

 

横須賀鎮守府

 

ああ、いたいた…

 

「大和さん」

 

「…東雲さん、生きてましたか」

 

「全隊を率いて離島鎮守府に奇襲を仕掛けましょう」

 

「……何を?」

 

「今、向こうの警戒心は緩んでいます、頭が落ちたが敵も帰った、油断…いや、悲しみが蔓延している、マトモな作戦は遂行できません」

 

「…なら宿毛湾を叩くべきでは?」

 

「宿毛湾にはまだ他に司令官がいます、ならば指示できる人間がいない離島鎮守府の戦力から削りましょう、元帥はそれを望んでいます」

 

「…そうですね、全隊に通達します」

 

よし

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

「…おい、東雲、どうなっている…なんでもぬけの殻なんだ」

 

「全く敵の反応がありませんが?」

 

「奥に洞窟のような墓場があります、おそらくそこに隠れてるのでは?」

 

「……本当だろうな」

 

「何か疑う理由が?」

 

「行きましょう、武蔵」

 

…そういえば武装は持ってきてないな…あそこに落ちてるのは12cm単装砲…充分か

 

「…なんだこれ、燃料に弾薬に…」

 

「運び出す途中のようですね、思ったより行動が早い」

 

「接近に気付いて隠れてるものがいるやもしれん!探せ!」

 

…ふむ…誰か残ってるなら爆殺は狙えないかな…もっと早く物資移動させるか捨てるかだと思ったのに…

 

…背後に気配…

 

「心配ないのです…敵対するつもりはないんですよね?」

 

電か…

 

「ええ、特には」

 

「東雲!誰と話してる!」

 

「早く来なさい!」

 

…うるさいなぁ…

 

「中に誰か?」

 

「いいえ」

 

単装砲を弾薬庫の方に向けて撃つ

 

「…みなさんお変わりありませんか?」

 

「爆音がうるさすぎて聞こえないのです」

 

…なんて言ってるか聞こえないな…多分お互いそうだけど

…いま破片がかすめたし、此処は危ないなぁ…酷い爆発だ…

 

「…一体何があったのでしょう、酷い有様なのです」

 

「お腹減りましたね、何か食べにいきましょうか」

 

「そうですね、内地に美味しい寿司屋があるのです」

 

「いいですね、ぜひご相伴に預かります」

 

瓦礫が音を立てて持ち上がる

 

「東雲ぇ!」

 

「……私の名前は、曙です、その名で呼ばないでいただきましょうか」

 

「何を…!」

 

「電もいるのです』

 

「あの碑文は…大和、前に倒したやつだ!」

 

『大淀さんの仇…という事でよろしいですね』

 

…フィドヘルか、これが

 

「データ兵器は此処にあります、充分対処できる!」

 

『……馬鹿なのですか?』

 

「何…?」

 

『そんなもの使う暇もなく、鏖殺され、苦しむ事すら許されないと何故わからないのですか?』

 

「戯言を!武蔵!」

 

「応!」

 

データ兵器で碑文を倒したと言っていたけど、私がいることを忘れてないだろうか

 

「…バン」

 

武蔵の艤装が発火する

 

「東雲!お前!!」

 

「裏切るのですね!本当に…!」

 

「…頭お花畑…通り越してますね、脳みそ機械のスクラップには用はありません、さようなら死んでください屑どもが」

 

まあ、このくらい罵っても許されるだろう、マフラーとバッジ分だけは仕返しする

 

『私を忘れないで欲しいのです』

 

雷が降り注ぐ

 

『司令官さんの仇も、一緒にとります』

 

残った燃料が燃え、弾薬に引火し爆発が響く

 

『ほら、私を倒すんじゃなかったのですか』

 

…爆発も雷もモロに当たって普通なら確実に死んでるってレベル…まだ立てるのは大和型ゆえか、そのタフさが今は苦しみを増加させるだけ

 

「当たれば死ぬ!撃て!」

 

私もただじゃ済まないし離れておくか

 

「まて!逃しません!」

 

……

 

「…電さん」

 

『お一つどうぞ、なのです』

 

「では、いただきます」

 

思い出せ、北上の動きを

 

…ここ

 

「死になさ…砲塔の中に!」

 

大和の砲塔が炸裂して吹き飛ぶ

 

『貴方も死ぬのです』

 

鉄扇が武蔵めがけて飛んでいく

 

「この!この!」

 

『輪廻、汝を引き裂かん』

 

まるで砲弾を切り裂き、四肢を引きちぎるように…

 

『大淀さんは限界でしたらだから私に託した…未来は明るいと信じて』

 

「がぁぁぁうぁっ!あがっ!」

 

『その未来の為に…犠牲になるのです』

 

武蔵のいる空間が歪んでいく

 

「…1番化け物な碑文…って感じですね」

 

『予備動作が大きすぎて碑文同士では通用しないのです』

 

クレーターの真ん中に肉塊が転がってる…二つ分か

 

『…範囲を広げすぎたようですね、ごめんなさい、あげたつもりでしたが、食べてしまいました』

 

「どのみち自分のデータ兵器にやられてました、構いませんよ」

 

…はぁ…マフラーもバッジも、帰ってこない…虚しいな

 

『東雲さんはやめたのですか』

 

「ええ、まあ…提督の真意を知れましたから、それよりもヴェロニカはどうするつもりですか?」

 

『管轄外なのです、そちらこそどうするつもりなのです』

 

「心配ありません、その時までに」

 

『…本当に味方みたいですね」

 

「まあ…味方のつもりですから」

 

許されるつもりはないが

 

「曙さんはネットに強いのですか?」

 

「無理矢理覚えました、周りのやってることをひたすら見て覚えました」

 

「……付け焼き刃?」

 

「そういう事です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

フリューゲル

 

「ん〜、潮風が心地いい…気がするねぇ」

 

『あら、リュージ…わざわざ1人で会いに来てくれたのかしら?』

 

「復讐に他人は巻き込まない主義でしてね」

 

『そう、できるのかしら?』

 

いけすかない、何度でも言う、いけすかないやつだ

 

「今のアンタは確かに無敵かも知れない…でもそれも確実じゃない」

 

『何が言いたいのかしら』

 

「うぬぼれんなってことですよ、今からその見えねぇツラを歪ませてやる」

 

試作のドレインを注入し、ネットワークに接続する

海の中にあるデータを全て吸い込むことなんてできるのか

さあ、実験と行こうじゃないか

 

『…それは?』

 

「失敗作の腕輪を好きなだけくらえ」

 

海に腕輪をぶちまける

 

『何がしたいのかしら』

 

「可能で我が失敗作たる所以はデータドレインの中のデータ改竄能力がなく、ドレインしかできない点にある…だけどそれはむしろ利用できるのではないか、って思いましてね?」

 

『何の話を…』

 

「まあまあ、ここからが肝心なわけよ…いやぁ、今頃徳岡さんは大忙しだな」

 

足元が輝き始める

 

『これは…!』

 

「さあ、死ね…ヴェロニカ・ベイン…!」

 

『こんなもの…!コルベニクを呼び出して阻害すれば…』

 

「禍刻・ゲシペンスト!!」

 

『…何を…?』

 

「こいつは周囲の時間の流れを遅くする技でね、生憎もうコルベニクは見たくないんだ…まあ、効くとは思って無かったし、疲れるからあんまり使わないんだけどねぇ…」

 

『いや、まだよ…!私には逃げ道がある!』

 

…逃げ道?何処に…

 

『アハハハハ!リュージ!残念ね、まだ私は終わらない…!』

 

いや…一つだけあるか、黒い森…

接続はここからもできるが、あの作戦内容の通りなら…この手で直接終わらせる必要がある

 

『そろそろ危なくなりそうね、さようならリュージ』

 

「…いや、すぐにそっちまで行ってやる…」

 

ワープを起動する

 

 

 

 

 

 

ベイクトンホテル 

駆逐艦 曙

 

「あら、ヴェロニカさんじゃないですか、ごきげんよう」

 

ボイスチャットは練習しておいたけど初めて話す相手くらいはもう少し選べばよかったなぁ…

 

『あなたのおかげで助かったわ、なんとか逃げ延びられた…』

 

「…それは間違いです、そこは虎の口の中、そこにいるのは貴方だけじゃない…貴方の悪意の被害者の1人がそこにいる」

 

『…何を言ってるの…?』

 

きっとネットの中なんて何も見えないんだろうな

 

アウラはヴェロニカへどうするのか、私には想像できないけど

 

『…な、何!私が…私が!やめなさい!何が起こってるの!』

 

「多分データとしてUSBにまとめられてるんじゃないでしょうか、というかそもそも…神を掌握するとか、神を弄ぶとか考えるような悪人に救いはありませんからね」

 

『オリジン…!なら此処で…』

 

「今更気付いたところでおそらく、貴方はもう遅い」

 

『やめて!こんなの…!』

 

「因果応報ですよ、世の中は全て因果で回ってる……安心してください、あと2人…私もそっちに送られるでしょう」

 

声は聞こえなくなった、つまりUSBに完全に閉じ込められたのだろう

 

「…アウラ」

 

『何も言わないで』

 

アウラからすれば母の仇で己の仇…なのかな?

 

「ふんふ〜んふ〜〜ん…っと…ああ生身のヴェロニカ様、ご機嫌麗しゅう」

 

「…なに…あ、なた…」

 

しわくちゃの老婆は、きっとこの医療器具ひとつで生きてるのだろうな

 

USBを高く放り投げる

私の手には落ちてこなかった

 

「悪ぃな嬢ちゃん…こっからは俺の仕事なんでね」

 

真っ黒なコートのオジサンがUSBを持って行ってしまった

 

「リュージ…」

 

「さて、この前アンタの意識データを破壊した…と言ったがありゃ嘘だ、まあ…本物はこっち」

 

USBをみせる

 

「それと、ああ、まだ持っててくれて助かったぜ、よう生身の俺」

 

奥の方にあった男の死体から眼鏡を取り外してUSBを取り付ける

ヴェロニカにかけさせる

 

「…あ…ぁ…ああ…!」

 

「さて、映画の鑑賞をしながら天寿を全う…素敵なもんだろ?」

 

「…あ………」

 

…死んだか

 

「なんだよ…コレで終わりか?あっけねぇな…」

 

「………」

 

「……ま、復讐はやるもんじゃ無いってみんな言うしな、成し遂げても…虚しさだけが残りやがる…お前さんもそうか?」

 

「…私は、まだ愛する人が残っていますので」

 

「…そりゃいい、生き残ってる奴に目を向け続けるしか無い…それが死者への礼儀だ」

 

礼儀か

 

「本当なら拳突き上げて叫ぶくらいのつもりだったのにな…チッ」

 

…明石は、やり遂げてくれるだろうか



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進捗

宿毛湾泊地

工作艦 明石

 

「夕張!ここの配列は!?」

 

「いや、わかんないって…腕輪のコピー自体ほぼ無理な…」

 

「だからそう言うのはいいから見ておかしかったら教えて!」

 

「……大体腕輪の存在が全部デタラメだから私の目には何もかもがおかしく見えて…あー、ごめん、黙るから…」

 

落ち着いて、イラついちゃダメ…

提督のために早く完成させなきゃいけないのに

 

「夕張、そっちの進捗は?」

 

「腕輪の暴走を抑える事自体が難しすぎてとても無理よ…私がどんだけ頑張ったらコレができるのか…」

 

「お願い、夕張にしかできないから、本当にお願い…完成させられるのは夕張だけなの…」

 

「そんなこと言われても…」

 

「お願いだから…私の全てがかかってるの、コレがダメなら私はもう生きていけないの…!」

 

「……ねぇ、明石…コレが完成したらどうなるの…?」

 

 

 

「…成る程ね、多分それは提督は喜ばないと思う」

 

「うん、よく知ってる…だけど、私はそれがいいの」

 

「ここにいる子達を放り出して心中するのが望みなの…!?それは…」

 

「それは提督も同じ、なら一緒に死ぬ人が1人でもいるべきなの…!」

 

「2人揃って自分勝手よ、それは…」

 

自分勝手でもいい…全ての勝機はそこに集約する

 

 

 

 

ベイクトンホテル ペントハウススイート

駆逐艦 曙

 

「…よし、こっちの解析は終わってる…2日もかかるとは思わなかったけど、これで充分ね」

 

明石はどれほど進めたんだろう

そもそも私をどれだけ恨んでるんだろう…

 

ケリをつけた事象の全てが私の影のようにまとわりつく、次はお前の番だ、と…

 

「犠牲なくして…前に進めず、私はもう歩むのをやめない」

 

誰だろうと犠牲は出てしまう、私が出した犠牲は…確実に必要のないものも含まれてたし、許されない咎を背負ってしまった以上…止まることが何よりの冒涜

 

「……送信完了、と…明石、貴方次第ですよ…」

 

さて、時間はどのくらいあるのか見に行かないと

 

 

 

 

 

 

海上

重雷装巡洋艦 北上

 

「……」

 

氷漬けにした元帥に、若干ヒビが入ってる…また戦うことになるまで、どれくらいの時間があるんだろ

 

「北上さん…そろそろ戻りませんか?」

 

「うん、明後日くらいかなぁ、時間が許してくれるのは…予定より早くそうなると思う…ん?」

 

鼻につく匂いだなぁ…

ムカつく

 

「なに?遊びに来たの?それとも主君を待ってる?」

 

「え?北上さん?」

 

匂いの源に質問を投げかける

 

「後者は正解、前者は…相手が相手ですから」

 

「貴方は…!」

 

阿武隈が砲を構える

 

「良いよ、撃たなくて…向こうも丸腰だし、火薬の匂いなんて全くないからね」

 

「………」

 

警戒を解かないのは良いことだけど…話しにくい雰囲気になってるなぁ…

 

「良いでしょうか」

 

「何?曙」

 

「いつ頃、ですか?」

 

「あと2日持てば良いんじゃない?」

 

「わかりました…それでは」

 

「…あたし達とやる気は?」

 

「一切ありません、明日も、明後日も…たとえ一ヶ月先でも一年先でも」

 

「それが聞けてよかったよ」

 

…事の顛末は、青い方から聞いてる

殺した罪とか、そんなのを問うより…今は、敵を増やさない

 

「腕輪の方はどうですか?」

 

「さあね、阿武隈、右手のやつ曙に渡してよ」

 

「…これ15cmですから撃てないと思います」

 

「いいから、早く」

 

曙が砲を重そうに持ち上げる

 

「よーし、阿武隈、肩をかすんだ、ほれ」

 

「え、あ、はい…」

 

阿武隈に寄りかかり、杖を投げる

 

「撃て」

 

砲音とともに杖が砕け散る

 

「ん〜…阿武隈、評価は?」

 

「…2度ほどズレてたと思います」

 

「そだね、曙、腕落ちたね」

 

「……精進しましょう、あと1日もある」

 

2日だっての…

 

「…おかえり」

 

「まだ取っておいてください、明日、夜会があれば参加します」

 

「最後の晩餐って事?えー…縁起でもない」

 

「そんなつもりありませんでしたけど、まさか負けることを恐れてるとか?」

 

…まさか、この笑いは嬉しさから来るものだ

 

「そんな訳ないじゃん、待ってるよ、曙、また私のお肉食べる?」

 

「うげ…やめてくださいよいじめるの」

 

「え!?北上さんのお肉ってなんですか!?」

 

阿武隈うるさいなぁ…

 

「…ところで、体調は?」

 

「相変わらず杖なしでは動けないし、体も辛い、AIDAをもらったけど、生命維持以上はできない」  

 

「………」

 

「大丈夫、盾にでもなんにでもなって、無理矢理戦力になるから」

 

「それはやめてください」

 

「冗談冗談」

 

ま、本気でやるか悩んでるけどね

 

「心配せずとも、優秀な弟子が3人もいるから…いや、曙を数えたら4人かな」

 

「…あの不知火ですか、それと…?」

 

「朧だよ」

 

「朧が…?」

 

芽を出してるのが、という意味で、それ以外にもみんなに教えてる…でも、実戦レベルなのはその3人だけ

 

「朧ができるようになったなんて…」

 

「違う、朧は今自分を失ってる」

 

「…自分を失う、というのは?」

 

「……朧であって朧じゃない」

 

あれは…誰かといえば、カイト

 

「どういう意味ですか」

 

「認知外依存症が結構重篤でね?提督の記憶全部見て、自分が建造される前の記憶より濃いからさ…」

 

「自分が提督である、と…?」

 

「そゆこと」

 

ま、多分それだけじゃなさそうだけど

 

「……わかりました、お二人に夕暮れ竜の加護があらんことを」

 

「曙にもね」

 

「それでは、また、北上さん、行きましょう」

 

………

 

「阿武隈、ちょっと部屋の片付け手伝ってよ」

 

「片付けですか…?あのゴミ屋敷を…」

 

「あ、言ったな!私が気にしてることを!」

 

「…動かないので仕方ないと思いますけど、記憶戻ってから散らかしっぱなしじゃないですか…飲み物のボトルとか窓のヘリに置いて…」

 

「そうそう、ダメ?」

 

「…カーテンで隠しても消えませんからね?」

 

「ダメかぁ…てかよく気づいたね」

 

「……運搬係は私ですから」

 

アレは何処にあったかなぁ…

 

「たははは…片付け頑張るからさぁ…」

 

「唯一記憶戻って残念な点ですよ…」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

フリューゲル

 

「おう、少年」

 

「フリューゲル、何処行ってたんだよ」

 

「ちょっとな、それより進展は?」

 

進み具合は悪そうだ、仕方ない

 

「曽我部さん!!」

 

「ん?おやぁ…明石の嬢ちゃんじゃないの、何?」

 

えらく焦ってまあ

 

「早く来てください!」

 

「…はいよ…」

 

 

 

「…これは…」

 

「徳岡さんと渡会さんも作業に入ってますが間に合わないレベルです…」

 

なんて量だ…腕輪そのものを分解したデータって…何が味方してるんだコレは…

 

「ほとんど完璧な腕輪が作り上げられます…!」

 

「良いことじゃないの、何?なんで俺を呼んだわけ?」

 

「…今の話の流れで普通分かりません?」

 

「おじさんにはわかんないなぁ…」

 

「早く作りますよ!ほら!作業手伝ってください!」

 

…もう少しのんびり帰ればよかった

 

「そういや、このデータの出どころは」

 

「…メールの送信主は、ヴェロニカ・ベインの施設から送っていると…今もなお絶え間なくデータが送り続けられてます、濾過装置で取り出したデータも合わせて組み上げてますが…完成の形すら想像できなくて」

 

そりゃそうだ、人類が完成させられる代物じゃない、未知の何かを1から作るようなレベルの話だ

 

「ま、俺ももう少し頑張りますかねぇ」

 

 

 

作業を続けると意外なことにスムーズだ、まるでボビンに巻きついた糸を手繰り寄せるように1を始めれば永遠に作業は続いていく

 

「…しかし、何作ってるのか想像できないのは困るな」

 

「腕輪、それ以外のなんでもありません」

 

「腕輪、ねぇ…」

 

 

 

 

 

 

提督 徳岡純一郎

 

「渡会、どうだ」

 

「…順調なのかすら分かりません」

 

「…だな、女神様はどうやってコレを…」

 

腕輪を作り出してたんだ?

そもそもデータドレイン自体がめちゃくちゃなものだ、どんなものもすり抜けて改竄してみせる恐ろしい物…

 

「………なぁ、これ…別に形さえ出来て仕舞えばいいんじゃないのか?」

 

「形?」

 

「腕輪の形になるようにデータの配列を作るんだよ、1つ1つ組んでたらどれだけ時間をかけたところで…」

 

「…危険では?」

 

暴走の可能性はあるが…

 

「もとから暴走の恐れを持った代物だろ、それに今は急いで完成させるしかない…データの解析なんて待ってたら作業も停滞するしな…」

 

「……確かに…一度やってみますか」

 

「15分で終わる」

 

 

 

20分後

 

 

「……本?」

 

「インストールブック…ってトコだな、だが…完成したところで結局…試すやつがいねぇ」

 

誰かが試さないと…

 

「私が試します」

 

「…お前さんは確か…」

 

「朧です、貸してください」

 

半ば強奪気味にインストールブックを持っていく

 

「…ふんっ」

 

本を開き、地面に向かって投げつける

 

「お、おい!」

 

本から文字列が朧に向かって伸びる

 

「………」

 

「おい、大丈夫なのか…?」

 

無反応にそれを受け入れている

 

「…大丈夫、コレは使えます」

 

「お、おい…」

 

青色の腕輪がぼんやりと朧の右手首に明滅している

 

「明石さん達に伝えてきます、急がないと…」

 

「…どうなってやがる…」

 

「さあ…完成した、という事なのでしょうが」

 

「……あ、やべ、報告しないとな」

 

「そうですね、俺が報告してきます」

 

「あー、じゃあ頼んだ」

 

…大丈夫なのか…?アレ…

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

私は止まらない

止まれない

 

提督のために、曙のために、漣のために、潮のために、みんなの為に

 

自己満足で誰も望んでなくても止まりたくない…

 

「や、朧」

 

「北上さん、こんにちは」

 

「…お腹減ったねぇ」

 

「お昼食べてないんですか?」

 

「忙しかったからさぁ…阿武隈に部屋投げて逃げてきた」

 

「部屋を投げたって…?」

 

すごい字面だ…

 

「あれ、杖、提督のおさがりじゃなくなってる」

 

「あはは、不慮の事故で壊しちゃってさ」

 

「ダメですよ、大事なものだったのに…」

 

「…あ、朧、あたしカレー食べたいなぁ」

 

「カレー?」

 

「そ、明日決起会しようと思ってさ、作ってよ、海岸といえばカレーじゃん?」

 

…また面倒な…それに私は一刻も早く修練を積まないと

 

「間宮さんに頼めばいいんじゃ…」

 

「大丈夫大丈夫、間宮もたくさん料理作るからさ、じゃ、頼んだよ〜」

 

「え、ちょっと!……話聞かないなぁ…」

 

腕輪を慣らさないといけないのに…

 

「朧ちゃん!」

 

「…明石さん…」

 

会いたくなかったなぁ…

 

「腕輪!渡してください…!」

 

「…お断りします」

 

「絶対に今すぐ必要なんです!」

 

「私が使います」

 

コレは私が持つべき、絶対に渡さない…

私がカイトになるんだ

 

「…その記憶は朧ちゃんの記憶じゃない…」

 

「だとしても、私はこの腕輪を使うって決めたんです、邪魔しないでください」

 

「世界を救うのに必要なんです、どうか渡してください!」

 

「私が世界を救います」

 

…自分でも強情なのはわかってるけど…

私がこの記憶を持った以上…私がやらなきゃならないと思う、私は…

 

「…それに、明石さんはいくらでも腕輪を作れるでしょう…?」

 

「……私が止めてるのは、何より危険だからなんです」

 

「そんなことわかってます、それでもやらなきゃいけない、誰かがやって傷つくなら私でいい」

 

「…自己犠牲は美しいものじゃないんですよ」

 

「それも知ってます」

 

「……時間の無駄みたいですね」

 

…怒らせちゃったな、悪いとは思うけど私にだって…いや、ダメだ…落ち着いてやろう、きっとチャンスはあるから

 

 

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

提督 三崎亮

 

「決起集会?」

 

「そう、早ければ明後日にも元帥との戦いが再開される…最後の晩餐って感じ?」

 

「…全戦力で当たるにしても…って感じだけどな、つーか川内、お前…スケィスを全部持っていきやがって…」

 

「あれ?ダメだった?」

 

「……いや、よくやった、お前なら任せられる」

 

「うん、ありがと…この世の終わりを前にのんびり美味しい物でも食べて…頑張って戦おっか」

 

「ああ、何が起こってもいい準備をして用意出来たやつから宿毛湾に行くように伝えろ」

 

「りょーかい!」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 弥生

 

「………」

 

「弥生」

 

「睦月…何」

 

「塞ぎ込んでるにゃ〜、と思って」

 

「…別に」

 

そんな事は、ない…

 

「碑文使い…なんて睦月達にはまっったく!わからないけど…弥生は大事な仲間を失ったんだから、思いっきり泣いてもいいんだよ?」

 

「…泣きたいわけじゃない」

 

「じゃあどうしたいの?」

 

「……全部メチャクチャになればいいなって思ってる」

 

もう、みんな不幸になって仕舞えばいいと思っている

 

「…それは睦月達も?」

 

「…それは…違う、と思う…」

 

「よしよし、偉い子だね」

 

「…何?」

 

頭は撫でないでほしい…

 

「好きなだけ怒って、好きなだけ泣いて、好きなだけ笑って…これは生きてる人の権利…弥生は生きてるんだから、もっと…ほら、感情表現してみて?」

 

「……どうすればいい?」

 

「今、どんな気持ち?」

 

どんな気持ち…ぽっかりと穴が空いたような…

 

「孤独…?」

 

「…じゃあ、これで1人じゃない…睦月じゃ足りないかもだけど」

 

優しく抱きしめられる

 

「足りないなら、ほら」

 

誰かが後ろから抱きついてくる

 

「菊月、長月、三日月、望月…みーんないるよ」

 

「皐月…」

 

「まだ足りないなら白露型も初春型も呼ぼうか?」

 

「……潰される…」

 

「どう、まだ孤独?」

 

…じゃない

 

「あったかい…」

 

「よし!じゃあののままみんなでおしくらまんじゅうだ!」

 

「え?あ、あー…睦月はそこはかとなく用事が……あれ?弥生、なんで睦月の手を…」

 

「……死なば諸共」

 

「にゃしぃぃぃぃぃぃ!」

 

暑い……

 

 

 

 

正規空母 瑞鶴

 

「へぇ…加賀さんって本当にすごいんだ…いや、助けに来てくれた時の艦載機の動かし方ですごいのは知ってたけどさ…」

 

「赤城さんもそうだけど、私や青葉さんみたいにAIDAを扱って無理に戦ってる人もいる中で何もなしに戦い続けられる人はみんなすごいと思うの…特に加賀さんなんて折り畳み式の弓を携行するようにして…」

 

「あー、あれ、カッコ良かったわよね……じゃなくて!AIDA!?翔鶴姉ぇ大丈夫なの!?」

 

「あら、言ってなかった?私感染者なのよ、でも瑞鶴、その反応…さては詳しいわね?凄いじゃない!」

 

呑気か!

 

「いや、私碑文使いだよ!?瑞鳳にもう一通り説明されたし!っていうか…え?本当に大丈夫!?」

 

「大丈夫大丈夫、みたことない?AIDAを使って戦う人」

 

「…いや、無いけど…味方では」

 

「じゃあこれからそういう人と一緒に戦うこともあるわ、私と一緒に戦うこともあるだろうし…」

 

…そっか、翔鶴姉ぇや加賀さんとも戦えるんだ…

 

「……よし!頑張らなきゃ!」

 

「でも頑張りすぎは禁物よ、私はよく頑張って、崩れる人を見てきたから」

 

「うん、大丈夫」

 

「仲が良いのね、五航戦」

 

この声は…

 

「加賀さん!」

 

「っ…急に大きな声を出さないでくれる?驚いたじゃない」

 

「バタバタしてたものでなかなかお礼に行けず申し訳ありませんでした、助けに来て頂き、有難うございました!」

 

「……気にしないで」

 

「ふふふ、加賀さん、折角頭まで下げてるのに顔をそらすのは良く無いですよ?」

 

「…翔鶴、やめて」

 

「あれ?本当だ、なんで顔を逸らしてるんですか?」

 

「…気にしないで頂戴」

 

「瑞鶴瑞鶴、アレはね、貴方のまっすぐな感謝に感動してるのよ、ついこの間まで自分勝手だった貴方が僅かな時間で成長してるのが嬉しかったって言ってたし、何より加賀さん涙腺緩いから…ふふっ」

 

なんか私にも刺さるものがあるなそれ

 

「翔鶴!貴方本当にどこからそんな話を!」

 

あ、本当だ、涙目だ

 

「え?むしろ誰から聞いてると」

 

「…赤城さん!!」

 

…賑やかだなぁ…

 

「翔鶴姉ぇ、突っ込んだ話しして良い?」

 

「大丈夫、聞きたい事はわかってるわ…提督は以前にも一度長期間にわたって留守にしてたから」

 

「…いや、これは留守とかじゃ…」

 

口を手で塞がれる

 

「……言っちゃダメ、言っちゃダメなのよ…瑞鶴…」

 

…泣いてる…

 

「みんな、それを見ないふりをしてるの、最後の戦いが近いってみんなわかってる、それが終わるまで気丈に、何もなかったように振る舞う、誰が言ったわけじゃ無い…みんながそうしないと、戦えないのよ」

 

「…精神的支柱だった…?」

 

「…普通とは違う意味で、素晴らしい提督だったわ、みんなが同じ方向を向くために常に必要な人だった」

 

「…同じ方向って?」

 

「ええ、提督が向いてる方向は常に正しい、そう思ってみんな進んでたの…提督の代わりを勤めるのは…無理よ、誰にだって出来ない」

 

「…長期間居なかったって言ってたよね」

 

「その間は明石さんが、提督とは1番信頼関係にあったから…だけど、明石さんも頑張りすぎて潰れてしまいそうになって…でも提督のお言葉を胸に頑張り続けてたのよ」

 

「その言葉ってどんなの?」

 

「良いと思えることからやって行こう、そうする事でしか前に進めないから」

 

「……あはっ、なんだ、加賀さんずるじゃん」

 

「そう!そうなのよ!あの時私すごく悔しかったわ!」

 

「思ったより加賀さんも可愛い人なんだなぁ…」

 

「それは間違いないけど、加賀さんの作る料理だけは………あ、加賀さんの作る料理は絶品だから機会があったら絶対食べるべきね!本当に!美味しいから!」

 

…そんなに必死に勧めるなんて、よっぽど美味しいんだろうなぁ…妹思いな姉というか…優しいなぁ翔鶴姉ぇ…

 

「わかった、今度お願いしてみるわ…!」

 

「ぷ…くぷぷ…!」

 

…なんで顔を背けて…ハッ!きっと私と加賀さんが仲良くなっていくのがそんなに嬉しいんだ…!本当に優しい姉ね…

 

「そういえば知ってる?加賀さんってだいたい赤城さんに怒りに行くけど、いざ怒ろうとするとなんで言って良いかわからず一句読むのよ」

 

「…なにそれ、なんでそこで一句読むの!?え?おかしく無い!?」

 

「私もそう思ってそう言ったんだけど…「ごめんなさい、つい癖で…」って」

 

「癖!?どんな癖よ!あはは!」

 

「あら加賀さん、早かったですね」

 

「え!?」

 

…居ない…?

 

「わー、反応早いわね、そんなに笑ってるところ見られたく無い?」

 

「翔鶴姉ぇ…もしかして性格悪い?」

 

「え?」

 

…いや、ちょっと遊んだだけか…

 

「ふふふ…」

 

……悪魔の笑みにしか見えないのは何故だろう



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疑問

宿毛湾泊地

重巡洋艦 青葉

 

「……うぇ…」

 

「青葉、グロッキーだね…大丈夫?」

 

「…北上さん…提督が、提督が毎晩こういうんです、約束を守れなくてごめんって…」

 

「……まあ、破ったからねぇ…」

 

謝るくらいなら破らないでほしかった…

 

「…おえぇぇ……はぁ…はぁ…うえっ…」

 

「よーしよし、大丈夫だよー…」

 

「…提督…なんで1人で無茶した挙句死んじゃうんですか…提督…提督…」

 

「…青葉、多分ね、私は考えなしに死んだわけじゃないと思ってるよ」

 

「……死ぬのに考えの有無なんて…」

 

「認知外依存症」

 

…ネットに消えてしまう病気…

 

「明石さ、腕輪完成した途端泊地を出て行ったよ、どこに行ったかは誰も知らない、あと島風も出て行った、朧もね」

 

…明石さんに、島風ちゃんに…朧ちゃん……?

 

「この3人の関連するもの、なぁ〜んだ」

 

「…何も無いと思います…おぇっ……」

 

「あたしも最初は提督が好きって事なのかと思ったけど、それでここを出ていくのも変だよね、というか…なんでこのタイミングなのさ、3人揃って出て行く理由もわからない」

 

「………」

 

「この3人には何かあるんだよ、多分島風も腕輪を明石にもらったんじゃないかな」

 

明石さんに腕輪をもらった…?

島風ちゃんも、って言うのは…?

 

「さらに言うと朧は明日には帰ってくるはず、だってカレー作る約束つい2.3時間前にしたとこだもん、その時に…朧は明石と腕輪のことで口論してた、明石が持つ予定の腕輪を持っていったみたいだった」

 

……腕輪の所持者が3人も増えて…増えた方はみんな出て行った…?

 

「朧は除外して考えよう、だって明石は朧に渡すつもりはなかったんだから…多分渡したく無いわけじゃなかったんだよね、渡すなら島風だったってだけ…なんで?」

 

「…速いから?」

 

「いや、多分カイトの力が関係してるでしょ」

 

「あー…」

 

でも明石さん自身も持ってるのは何故?

そもそもわざわざ泊地を出た理由は何…?

 

「あ!いた!」

 

ドアが音を立てて開く

 

「げぇっ…阿武隈ぁ…よくわかったね……」

 

「ほら!私1人で掃除するの大変なんですからちゃんと手伝ってください!」

 

北上さんは筋力がすごく落ちてる、そんな状況で無理をさせるなんて…阿武隈さん一体どうしたんだろう…止めなきゃ

 

「…あの…北上さんに掃除をさせるのは…」

 

「……青葉さん、違います、北上さん私に自室の片付け投げて逃げたんです」

 

「…阿武隈さん、私も手伝います…連行」

 

「うぇっ!?青葉!?ほ、ほら…青葉!調子悪かったよね!?

 

…そういえば少し元気になってる…

 

「不思議なものですね…今はピンピンしてます」

 

「なんで治るかなぁ!?」

 

「はい連れて行きますよー…うわっ、泊地に戻るときにも思いましたけど…」

 

「…これは…」

 

子供みたいに軽い…

前に響さんを抱えた事があるけど…それと同じくらい…?

 

「はなせー!私は片付けなんかしたく無い!」

 

「ちゃんと食べてますか…?」

 

「もしかして拒食症…?でもこの前までこんなに軽くなかったし…」

 

「あら、こんにちは」

 

「あ、神通さん…って事は呉鎮守府の方到着されてるんですね、尚の事片付けを急がないと…」

 

「こんにちは…」

 

「Help me!!」

 

英語の発音だけは無駄に良いの腹立ちますね…

 

「…えっと……?」

 

「あ、気にしないでください」

 

「ちょっと部屋に連れ帰るだけですので…」

 

そういえば私こっち来てから北上さんの部屋入った事ないなぁ…それ以前にこっちに来てまだ1ヶ月ちょっとだし…

 

「…すいません」

 

「何か?」

 

「北上さんに…」

 

神通さん、北上さんにようって何だろ…

 

「……激しい体重の低下、異様な不快感…いや、何かがない感覚などは有りますか?」

 

「何さ、いきなり…」

 

「ちょっと失礼して…」

 

両脇から北上さんを抱えていた私たちに割り込むようにして腕を差し込む

 

「…軽いですね、やっぱり」

 

「……何、あたしの体の大部分がデータだって話?」

 

大部分がデータ…?

 

「ええ、私もそちらの方面には詳しくないので…ですがあの惨状を見た後ですと…そうなのでは無いかと」

 

「……思い出させないでほしいなぁ…」

 

一体何が…

 

「あの、何があったんですか…?誘拐された時の話ですよね…?」

 

「…お話ししても?」

 

「………私、先に部屋に戻るよ…青葉も気になってるでしょ、聞いていけば」

 

「…あ、わ、わかりまひひゃ…」

 

噛んだ…

 

 

 

 

食堂

 

「…何故わざわざ食堂に…?私としてはすぐに済ませたかったのですが…」

 

私もそうだけど、阿武隈さんは話を聞かずに私と神通さんを食堂に連行した

 

「さ、お願いします」

 

「……えっと…先に断っておきますけど…」

 

「そういうの要らないです!」

 

「えぇ……」

 

困ったような顔でこっちを見られても…

 

「簡潔にいうと…北上さんは食べられていたんだと思います」

 

「食べられていた…?」

 

「思います、というのは…?」

 

「状況やその辺りからの推測になりますので…」

 

食べられてた…食べられてたって言うのは…

 

「まず、北上さんの大幅な減量についてですが、これは実態の体を何者かに食べられた事に起因すると思われます」

 

「え?た、たべ、え?ええ?」

 

「混乱しないでください、何に食べられたかは分かりませんけど…えっと…説明が厄介なのでやってみせますね」

 

え、やってみせるって…

 

「あぐ」

 

自分の腕に噛みついた…

 

「ちょっ!?何を!?」

 

「流石に痛いのも此処を血まみれにするのも嫌なので噛みちぎりはしませんけど…北上さんは何者かに体を噛みちぎられると言う行為をされていました」

 

「そんな…」

 

「それと減量に何の関係が…?」

 

「簡単です、どのレベルまで食べられたのでしょうか…先ほど私が北上さんを持ち上げた時…約30kgほどでしたよね、北上さんの身長はだいたい160くらいなので…一般的には55kgほど…痩せてても-10kg程度でしょう…つまり、それだけの分量の肉を食われた…と言う事になる」

 

「…おぇっ…!」

 

「やめてください、もらいゲロしそうになります…うぅ……」

 

「だから先に断ろうとしたのに…」

 

阿武隈さんを恨もう…

 

「続けても?」

 

「……おえっ…」

 

えずきながら返事しないでほしい…

 

「北上さんの体に傷がない理由ですが、これは敵方の試作の薬品によるものと思われます、もう私が破壊して回りましたが向こうには修復剤とは異なる回復薬が大量に有りましたので」

 

…継戦能力充分…だったって事ですね…

 

「でも、これにより身体の筋力が戻って無いことなどから…これによる回復はハリボテによるその場しのぎに過ぎないと考えられます、つまり完全にネットと乖離した状態になれば再び痛みが北上さんを襲うでしょう」

 

「…北上さんも、私たちには何も言ってくれませんからね…」

 

「私も大井さんに話を伺ったときに可能性がよぎっただけですので、確認が取れてよかった」

 

「わざわざ親切に教えていただいてありがとうございます」

 

「いえ、こちらとしても気になった事ですので…」

 

 

 

 

 

「あれ?北上さんの部屋が開かない!」

 

「鍵がかかってますね、どうかしたんでしょうか?」

 

阿武隈さんがドアをガチャガチャする

 

「ノブ外れるからさぁ…やめてくれると嬉しいんだけど?」

 

「北上さん!いるなら開けてください!」

 

「やだ、寝るからうるさくしないで、というか居なきゃ返事できないし…」

 

…若干涙声…?

 

「そう言うの要らないので!片付けますよ!」

 

「今日は、もう良い…」

 

北上さんの声にノイズがかかってるような…

 

「…すいません、北上さん、よろしいですか?」

 

「北上さんは明後日…とお考えでしょうが…私は明日と視ます」

 

「……」

 

ドアが開く

 

「阿武隈、全員に用意させて、戦闘用意を済ませたら、今日にも最後の晩餐と行こうか…!」

 

「え、えぇ!?」

 

「ほら!ちゃっちゃと行く!」

 

「なんで私なんですかぁぁ!!」 

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 龍田

 

「へぇ…天龍ちゃんはお料理上手なのね〜…」

 

「……鳳翔さんに軽く習ってましたので」

 

「…ごめんなさいね…」

 

「いえ、貴方に非はありませんから」

 

貴方…か

他のところだと私に食ってかかってきて返り討ちにした子もいればすごく優しくしてくれる子もいる

 

天龍という存在でも十人十色…だけど、この子だけは私を姉妹として見てない

 

「そんなに私が弱く見えますか」

 

「え?」

 

「私が弱いから守らなきゃいけない…と考えているなら、それは幻想です、確かに私は戦艦のような強靭さはない、だけど私は弱くない」

 

「別に弱いと思ってるわけじゃ…」

 

「じゃあ、軽巡洋艦龍田」

 

「!」

 

体が強張る

 

「…貴方にとって、私はなんですか?」

 

「何って…天龍ちゃんは天龍ちゃんよ〜…?」

 

「今、畏怖していますね、貴方が畏怖してるのは天龍ですか?それとも私にですか」

 

「…言ってる意味がわからないわ」

 

天龍ちゃんに、か…目の前のこの人に、か…

同じ存在でしょう…?

 

「ならばそれは幸せな事です、それと…山雲さんとお会いした事は?」

 

「…山雲…?ごめんなさい、全員のことを把握してるわけじゃないの…」

 

「私の全部を知ってるのは3人、提督と、鳳翔さんと、山雲さん」

 

全部って何のことかしら…

 

「……夜会の用意がありますので、あまり邪魔しないでいただけるとありがたいです」

 

「あ、ごめんなさい…」

 

 

 

 

「たじたじでしたね」

 

「あら、秋雲ちゃん、見てたの?」

 

「覗くつもりはなかったんですけど…聞こえてきちゃいまして」

 

「……私の姉が本当にいるなら、あの天龍ちゃんだと思う」

 

「思う、というのは?」

 

「言い表すのが難しいけど、怖いのよ」

 

「怖い?怖い姉が欲しかったんですか?」

 

「そうじゃなくて…嫌われたくない、拒絶されたくない、これが1番初めに来るの、死んでほしくないとか、元気でいて欲しいとか…家族に思うような感情…もちろん同じ鎮守府のみんなにも思ってる気持ちを…あって僅かなあの天龍ちゃんに感じる」

 

「…何故?」

 

「わからない…けど、私を動かすには十分すぎる理由…」

 

…なんなんだろ…この気持ち

 

「よし、じゃあ私も手伝います!どうせここにいても何もできなくて退屈でしたから」

 

「あら、じゃあお願いします♪」

 

「しかし、多分あんな遠回しな言い方してるのをみると…山雲って人に直接当たってもダメかな…よーし!ここは秋雲さんにお任せ!こう言うのは青葉を当たれって言うし!」

 

 

 

 

 

 

「……私に何か、御用でしょうか…?」

 

「あー…はは…えっと…」

 

暗い子ね…他の青葉とまるで違う

 

「山雲って子の事が知りたいんですけど!」

 

「…何故ですか…」

 

視線が厳しい、やはり何かあるのね…

 

「いや、ほら…」

 

「山雲さんは朝潮型の落ち着いた方で空色の髪をしています、緑のリボンが特徴的ですのでお会いになってください」

 

事務的な処理ね…本当にこんな青葉は初めて見る…

 

「いや、じゃなくてぇ…」

 

秋雲ちゃんが財布に手をかけてる…止めないと

 

「いりませんよ」

 

「え?」

 

「そんなものを使おうとしてる時点でお話しする気にはなりません、失礼します」

 

…部屋に帰ってしまったわね…

排他的と言うか、何かを守ろうとしてる…

 

「……なぁんか匂うなぁ」

 

「そうですねぇ、ところで青葉は青葉でも横須賀の青葉に御用はないですか?」

 

「うわぁ!?」

 

「あらぁ…青葉も2人いるのね〜?」

 

「表向きには死んだことになってるのでやりづらい日々を送っております〜、ども!重巡洋艦青葉です!恐縮ですっ」

 

こっちは割と一般的な青葉さんね…

 

「じゃあ早速聞きたい事が…ひぃっ!?」

 

「え?今何が起きたのかしら…」

 

青葉さんが消滅した…?

 

「驚かせてしまってすいません、ちょっと気絶させただけなのです」

 

駆逐艦電…?

本当に電のように現れたけど…横須賀の子だったわよね…もしかしたら横須賀は忍者部隊なのかしら

 

「…え?き、きぜ…気絶…な、なんで…?」

 

「青葉さんとお話ししてると不幸になる人が出てくる未来が見えた気がしたのです、お二人も含めて」

 

「ひぃっ…」

 

…すごく重い…このプレッシャー…自信…

 

「貴方、碑文使いね…?」

 

「…御名答、なのです、それでは失礼します」

 

一礼すると青葉を引きずってどこかへ…

深入りするにしても、入り方が悪いわね、山雲さんと言う子を知らなすぎるのに周りから調べるのも良くない、か

 

「直接会ってみようかしら〜…」

 

「え、まだやるんですか…あれを見ましたよね…?」

 

 

 

 

 

「貴方は…朝潮さんね〜」

 

「あ、すいません、今戻ったところなので着替えてからでも良いでしょうか、衣服の乱れが気になって…」

 

外套をたたみながらもちゃんとこっちを向いて話すところを見るに、凄くしっかりした子…と言うか家事が早そうな…

 

「全然構わないわ〜」

 

30秒もせず綺麗に服装を整えて出てきてくれる

 

「あの、何でしょうか…確か佐世保の方でしたよね」

 

「龍田です、よろしくね?私が聞きたいのは山雲さんについてなの」

 

「……なんでしょう」

 

やっぱり顔が強張る

 

「会うことってできるかしら、私はその子について知りたいし、話してみたいの」

 

「構いませんよ、食堂でお待ちください」

 

…部屋に通さない、と言う事は…何かをされても止められる人が自然にいる状況を作りたいという事

 

「わかったわ〜」

 

…一体何をひた隠しにしてるのかしら

 

 

 

食堂

 

 

「お待たせしました〜、山雲です〜」

 

「態々来てくれてありがとうございます♪」

 

「すいません、人見知りな子ですので私も同席します」

 

「…カエッテモイイデスカ…」

 

「ダメよ?秋雲ちゃん、一度首を突っ込んだら帰れないわよ?」

 

食堂には疎らに人がいる…

あれは…長門、あっちには扶桑姉妹…何をするわけでもなくただ居る…

 

つまり護衛に近い役割ね、でも警戒心をあまり感じないところから事情を知らないという線の方が…

 

「っ…!」

 

「あ、こんにちは〜、珍しいメンバーですね?」

 

「翔鶴さん、どうも…」

 

この翔鶴…他の人より警戒心が強いような気がする…

何か知ってるのね

 

「こんにちは、良ければ同席しますか?」

 

「良いんですか?是非」

 

「秋雲ちゃん、お茶を淹れてきてくれる?」

 

「助かった…!行ってきます!」

 

「さて、話とは何でしょうか」

 

主導は朝潮か…妹を守るため、妥当な選択だろう

ここは正直に言ったほうが印象は良さそうね

 

「天龍ちゃんに紹介されたのよ〜、山雲さんにあってみたらどうかって」

 

「…なるほど〜、天龍さんですか〜」

 

「山雲、天龍さんと関わりが?」

 

「テレパシーを、感じます〜…」

 

「……シンパシーのことですか?」

 

掴みどころのない子ねぇ…

 

「天龍さんは〜……凄い人ですよね〜?」

 

「…そうなのかしら…?」

 

「姉妹艦なのに、知らないんですか〜?」

 

…独特な間の取り方が気になるわ〜…

 

「もともと所属が違うもの、知らないことも多いわ」

 

「………じゃあ、あまり喋れません〜、ここから先は天龍さんの許可を得てください」

 

…これじゃあ意味がないわね…

でも、何かを隠さないといけないような何かが…

 

「お茶お持ちしました!…アレ?他の方は?」

 

「あ、もう帰っちゃったわよ」

 

「そんなぁ!」

 

「せっかくだしあちらの戦艦の方々に配ったらどうかしら?」

 

「秋雲さんまたハズレクジ!?」

 

 

 

 

「…あれは…」

 

演習場に来てみたら…あれは天龍ちゃんと…伊勢?

伊勢型も居たのね…報告がなかったし、着任して日が浅そうね…

 

…砲撃の仕方を教えてる?天龍ちゃんの方が教えてるみたいだけど…

随分と仲が良さそうというか、距離が近い感じ…

 

「!」

 

危なかった、今見つかりかけたけど…あの射抜くような目…本当にさっきの天龍ちゃんと同じ人なのかしら

 

まあ、なんにしても…私が把握し切る事は無理ね、仕方ない、一度…

 

「あの」

 

「え、あ、何かしら〜?…伊勢さんよね?」

 

「良ければ見学して行かれますか?先程からチラチラみられてたし…天龍も気にしてたので…」

 

「バレてたのね〜、でも結構です、ちょっと施設を見て回ってただけだから」

 

「…そう、ですか……」

 

 

 

 

歩き回ると、意外とここは賑やかだ、静かなところには誰も居ない

 

「あはは!大潮ちゃんやめてぇ〜!」

 

「ほらほら〜、ここがくすぐったいんですか〜?」

 

「荒潮、あんまりうるさくしないでよ…」

 

「…うるさい…」

 

廊下にまで声が響いてくるほどには賑やかで…

 

「こんにちは!」

 

「あら、こんにちは〜」

 

すれ違う子みんな挨拶するくらいには礼儀正しい、模範的な鎮守府というか…学校?

 

「あ、ちょっと聞きたいんだけど、大潮姉さんを見なかった?」

 

「今すれ違ったわよ〜?」

 

「ありがとう、じゃあ」

 

…あれ?何か違和感が…

……確かに今すれ違ったのは大潮、そしてそれを霞に伝えた…じゃあその前の誰かの部屋から聞こえてきた声は?

 

「……大潮が2人いるとは聞いてないけど…変ねぇ…疲れてるのかしら」

 

後方の扉が音を立てて開く

 

「あはは〜」

 

山雲が脇を通り抜けて走っていく

 

「待ちなさいよ大潮姉さん!…って居ないし…あ、今山雲がどっちに行ったかわかるかしら」

 

「…え?あの…貴方は満潮さんよね…今貴方が探してるのは大潮よね…?」

 

「言い間違えたの、山雲、知らない?」

 

大潮と山雲…

 

「そっちだけど…」

 

「ありがとう…待てぇぇぇ!」

 

…山雲は大潮とも呼ばれてる?なんで?

大潮が2人いる、とでも…?

 

ぐにっ

 

「ぷぎゅぅ…」

 

「きゃっ、踏んじゃった…あれ?貴方はどっちの青葉かしら…」

 

「横須賀です…」

 

わかりづらいわ…しかも廊下に打ち捨てられてるし…

 

「……」

 

周囲を確認する

 

「軽く聞きたいのだけれど…態々艦娘を別の艦娘の名前で呼ぶ事ってあるかしら…?」

 

「ふぇ…?えっと……あー……」

 

「大丈夫よ、さっき周りは確認したわ」

 

「輪廻転生、って言葉があるじゃないですか?」

 

「あるわね」

 

「簡潔に言うと青葉は継承艦なんです」

 

…沈んだ艦娘の記憶や能力を建造される時に引き継いでしまう現象…瑞鳳のように

 

「それが…?」

 

「青葉は少なくとも10回は継承してます」

 

「…そう…」

 

有り体に言えば10回死んでいると言う事…

 

「その中で、いろんな継承艦に出会いましたけど…稀に別の艦娘とし生まれる事があるみたいなんです、そしてそれを隠す子もいれば公言している事もある、そんな時にその艦娘を別の名で呼ぶことも…」

 

「……じゃあ…」

 

山雲は…大潮だった…?

 

そう言うことになるけど…もし、それがあの時の言葉の理由なら…天龍ちゃんは誰なの…?

いや、可能性はあるけど…まだ決まったわけじゃないか…

 

「ここからは青葉の独自取材で…うぐっ…!!」

 

「全くおしゃべりなピンク頭なのです」

 

「…あら〜…本当に忍者みたいね、ところで人の話を邪魔するのはどうかと思うわ〜?」

 

「自分の事を語る分には止めませんけど、人が隠してる事を勝手に話すのは仲間として許せませんので…」

 

「あら〜…」

 

「それとも、アナタも人の墓穴を掘るのが好きなのですか?」

 

…怖い子ねぇ…

 

「いいえ〜♪」

 

「なら、あまり首を突っ込まない事をお勧めするのです」

 

「…わかったわぁ…」

 

「少なくとも、私たちの未来は祝福されるべきなのです、その強い想いはきっとアナタの助けになるのです」

 

「どう言う意味かしら〜?」

 

「…端的に言えば、薄明の竜のご加護がありますように、なのです」

 

結局意味はわからないわね

 

「そう、ありがとうね〜」

 

「またなのです…早めに逃げないとここもひどい匂いに包まれるのです」

 

「ひどい匂い?」

 

「…目が…イタタなのです……」

 

…何かしら、この刺激臭…火薬…?

確かに目に染みるような…

 

「げほっごほ!!げほっ!」

 

「あら、北上さん、大丈夫かしら〜…?」

 

凄い勢いで倒れながら部屋から出てきた…

 

「た、たすげで…というか…本当に誰…加賀に激辛料理をさせたやつ…!ここまで匂いが…!」

 

ああ、これ香辛料の…

 

「ごめ…早く遠くに…!」

 

ひどい有り様ね〜…アレルギーかしら、何にしても急ぎましょう

 

「今夜の夜会は大変そうね〜」

 

「中止した方がいいっていうか…あー…もうこの鼻やだ」

 

「鼻?」

 

「…あ、言ってなかったっけ、あたし瑞鳳の記憶引き継いでるんだよ」

 

「え?」

 

瑞鳳ちゃんの…記憶…記憶…?

 

「…ぬぁっ!?ちょっ!どこ行くのってか引きずってる引きずってる!!」

 

この後佐世保組で囲った



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晩餐

宿毛湾泊地

重雷装巡洋艦 北上

 

「…やっと解放された…」

 

佐世保の連中は私に瑞鳳の記憶があるとわかるや否や連れ去り、尋問もとい可愛がりの連続…まあ、悪い方じゃないだけマシだよ、特に酷かったのは千代田と不知火だけど…

 

千代田は瑞鳳とわりと仲が良かったこともあり、いろいろな思い出話に花を咲かせようとしてマシンガントークで私をK.O.

不知火は瑞鳳に割と高圧的な態度を取ってた時期を気にして小さくなってた

龍田は私に今後の事とかを詳しく聞いてきたし、自分の実力についてとか、仲間想いな一面をよく見せてくれた

 

短期間とは言え唯一の碑文使いとして瑞鳳は佐世保を守り抜いた、そういう意味では私も、どこか誇らしい気分になった、多分記憶の影響

 

「よう、お疲れさんだな」

 

「おっすー呉の」

 

「青い奴といいよくその言い方するけど統一しねぇか?」

 

「何で呼ばれたいのさ、ハセヲとか?」

 

「三崎って選択肢はないんだな」

 

「……正直…なんだろ…あたしらの名前ってさ、本当に記号な訳じゃん…そう言う意味だと羨ましいなって」

 

「…そのニマニマ顔がなければ真面目に取り合うんだけどな」

 

「実際そうでしょ?北上なんてこの世にありふれたんだからさ」

 

「三崎も結構いるぞ」

 

「……でも、三崎亮はそんなに居ないだろうし、居ても全員が別々の人間」

 

「お前らも別々の艦娘だろ」

 

「…提督みたいなこと言うね、よく似てるって言われない?」

 

「カイトと?正反対だろ…」

 

「まあね」

 

「………」

 

「あたしを悲劇のヒロインだと思ってる?だとしたら大間違いだよ」

 

「…そうなのか?」

 

「あたし達は1人で生きていけない、特にあたしなんか見た通りじゃん…だからみんな支え合ってる」

 

「俺はカイトがいなくなったら完全に瓦解すると思ってた、お前らは常にみんなでカイトに引っ張られてるか、カイトをみんなで引っ張るかだと思ってたぜ」

 

「…間違ってないけどね」

 

「いや、間違ってたと思う、お前らはカイトがいなくてもやっていけてる」

 

「居なくなって何か…あれ…?待てよ…」

 

居なくなってない…としたら?

 

明石の狙いって何?何で島風を選んだの?朧の考えは?

 

「………」

 

「おい、どうした?」

 

直接確認しないとわからないけど…いや、まずは…だとしたら時間が足りなさすぎる…

 

「…おい、顔色が悪いぞ」

 

「時間が全く足りない…仮説に過ぎないけど明石はそれを信じたの…?」

 

「何かあるのか…?」

 

「…多分ね…!何で今気づくかなぁ…本当に手遅れじゃん…!!」

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 天龍

 

「良かったです、本当によかった、木曾さんだけでも魔の手から救い出せて」

 

「ああ…アレはやばい…クソッ…!あんなヤバいもん…一体誰が…!?」

 

ことの発端は数分前、偶々私は球磨型の4人を見かけたのだが、その手に持ってるモノは…一瞬で私を凍らせるには充分すぎる破壊力だった

 

「…クソ、姉貴たちはもうラリってやがる…完全に目がイカれてやがった…」

 

「私の予報ではAIDAのせいだと思います…北上さんからお話は伺ってますので……」

 

「多分俺もそう思う、いくらAIDAが燃費悪いからって…アレはねぇだろ!なんだよ海鮮パフェ丼って!」

 

「潮さんと朧さんのコラボメニューです…!アレを完食するような人が現れるなんて…!」

 

そう、木曾さんは大井さん達に食わず嫌いを治すべきだと無理矢理食べさせられそうになっていた…あの酢飯の上にチョコソースとお造りをまばらに乗せて高々とホイップクリームの山を聳え立たせ、さらにその上からお造りをこれでもかと乗せた…

 

「アレは流石に積載量オーバーだ…!」

 

「それ以前にアレは一口で味覚が大破します…大破進撃を敢行するなんてありえません…!」

 

「本当にヤバかった…殺されるかと思ったぜ…いや、天龍助かったよ」

 

「私もアレのヤバさは身に染みてますので…あはは…」

 

オーバーなリアクションかと思うほどだけど…アレは死んじゃうから仕方ない…

 

「はぁ…ホントに助かった、そうだ、こんなもんで悪いけど…ほら、これやるよ」

 

「…これは…良いんですか?」

 

「ああ、改二になった時の付属品みたいなもんだけど…まあ、やるよ、使うだろ?」

 

「ぜひ頂きます…あ、成る程…矢張り軽巡ならこの…」

 

「馬鹿!俺は雷巡だって!」

 

「…あ、すいません私の話です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正規空母 赤城

 

「賑やかですねぇ、100人くらいいますよ」

 

「そうね、とても珍しい光景です」

 

「……ところで例のブツは」

 

「ええ、準備できています…今回は翔鶴からGOサインが出たのでつい張り切ってしまいました…」

 

加賀さんが開けた鍋は真っ赤にグラグラと煮立っていて…

 

「おお…!これが今回の正規空母専用料理…」

 

「最後の晩餐のつもりでと言われましたので、溶けるだけ放り込みました」

 

「うーん…でも、流石にこれは暴力的では?」

 

かき混ぜたスプーンにドロリと液体がつく

 

「とろみも強いし、これほどに辛くては戦いに影響が出るかも」

 

「ではいりませんか?」

 

「いりますよ、頂きま…」

 

「居た!加賀さん!」

 

おや、この子が件の瑞鶴さんですか

 

「アナタ鼻水と涙が酷いわよ、ほらハンカチ」

 

「あ、ごめんなさい……グズッ…花粉症かなぁ…」

 

「それでどうしたの?瑞鶴」

 

「加賀さんが特製料理を振る舞うって聞いて、ぜひ食べたいなって思ったの、良ければ私にも食べさせて!」

 

「えっ」

 

「…アナタ誰に聞いたの?」

 

「翔鶴姉ぇだけど…?」

 

……ああ、悪い人ですね、翔鶴さん…

加賀さんは素直ですから翔鶴さんの悪戯心に気づかないでしょうが…

 

「それなら構わないわ、今装うから…といっても今日は簡単に炊き合わせにしたから、人様に出すには少々恥ずかしいのだけれど…」

 

「わぁ…真っ赤ね、トマトかしら…と言うか何で態々こんなところで…?」

 

…知らないってかわいそうですね…あ、辛い…!

 

「赤城さん、どうかしら」

 

「最高です…!久々にこんなに強烈なのを食べましたが…これはみなぎりますね…」

 

「良かったわ、私もこれを食べて明日に備えないと」

 

「…2人の活力の源か…!よーし!頂きます!」

 

あ、一気にそんなに…

 

「あつっ!…水水…あへ…みぶをほんばのに…」

 

唐辛子系統の辛味は油分ですからね、水は逆効果なんですけど…

 

「からっ!からぁぁぁ!?」

 

「…やはり貴方には辛過ぎたようね…んむ……良い出来ですね」

 

「本当に美味しくできてますね…瑞鶴さん、大丈夫ですか?多分牛乳とかもらってると思いますけど…」

 

「ぎゅ、ぎゅうにゅう…?来る前に飲んじゃった…」

 

あら…

 

「……翔鶴に念のためにと渡されていたけど、アナタのためだったのね、ほら、牛乳よ」

 

「あ、あひがと!……ぷはっ!…はぁ…舌も痛いけど…何より食道の形がはっきりわかるくらいに痛い…!何でこれを食べられるの…!?」

 

「ふふふ、私達は辛いものじゃないと満足できない身体になってますからね…」

 

「…いつその話をしても、辛くなりますね」

 

「……ああ、翔鶴姉ぇに大体は聞いたけど…うーん…同じ生活してもとても無理よ…!」

 

「あぐあぐ…」

 

「あら、赤城さん当たりですね、ジョロキアですよ」

 

「……一航戦怖い…!」

 

「ごくん…ふぅ…多分いろんな人がたくさん料理を作ってますし、向こうで食べられるものを食べてきては?水菓子も恐らくありますし…」

 

「阿武隈さんがこの前水饅頭の作り方を北上さんに教わってました、なので恐らく使ってると思います」

 

水饅頭…多彩ですねぇ…北上さん

 

「ごちそうさまでした」

 

「本当に美味しかったです、ごちそうさまでした」

 

「え!?2人ともお椀一杯で食べ終わるの…?」

 

「私たちが辛いものを食べるのは胃に満足感を錯覚させるためですから、これで充分なんです」

 

「戦闘中に胃の内容物を消化なんてしてたら体の動きが悪くなりますからね」

 

「そのストイックさが強さの秘訣…?ちょっと待っててください!」

 

「え?何をするつもりなのでしょう」

 

「…多分犠牲者が増えますね」

 

 

 

 

「私の後輩で葛城です!」

 

「…あの…よろしくお願いします…瑞鶴先輩…ここ凄い空気なんですけど…目が…」

 

「…瑞鶴、無理強いは良くないわよ」

 

「そうですよ、私達はこれを楽しんで食べてるだけなので…それに自分にできない事を他人に強要するような真似は…」

 

「む!瑞鶴先輩に無理なことなんてありません!」

 

…これは厄介な子ですね

 

「私ももう一度挑戦するので、2人前装ってください!」

 

「…牛乳はもうないわよ」

 

「ちゃんと持ってきました!」

 

…つまり失敗前提、と

 

「え、や、鍋の蓋が空いた瞬間…これは……!」

 

「ほら、葛城、これが一航戦の強さの秘密よ…!私達もこれを食べて決戦に臨むわよ!」

 

「…あ、えっと…あはは…」

 

「返事!」

 

「は、はいぃぃ!!」

 

さっきあんなこと言ってましたし、助け舟は…まあなくても良いでしょう

 

「加賀さん、これを入れましょう」

 

「……ハチミツ入りヨーグルトですか、まあ…このくらいなら美味しく食べられるはずです」

 

さっきより赤いシチューのような質感になりましたね

 

「よし!頂きます!」

 

「…うえぇ…い、いただきまぁす……」

 

瑞鶴さんは威勢がいいですね…

 

「…辛い!けどさっきより全然大丈夫なような…」

 

「多分この卵を落とせばもっと食べやすいですよ」

 

「あ、ありがとうございます、赤城先輩!」

 

「先輩ですか、照れますね…」

 

葛城さんも卵を入れれば何とか食べられるみたいですね

 

「このくらいなら…ふふ…でも、これが強さの秘訣って、一航戦のお二人は随分と特殊な訓練をされてるんですね?」

 

「訓練じゃないわ、これは飢えを凌ぐ為に続けていくうちにそういう嗜好になっただけだから」

 

「…へー…」

 

「葛城、これ食べてみて」

 

…瑞鶴さん、それはさっき貴方が食べきれなかった…

 

「え、あ、はい…あむ………ああああぃぁぁぁぁいやぁぁぁ!!」

 

「あんまり不躾な態度を取らないこと」

 

「ふふ…瑞鶴も言うようになったわね」

 

「へへ…私も先輩ですから」

 

…悪戯っぽい笑みは翔鶴さんによく似てますね

 

「ひぇんはい!はらい!はらい!」

 

「水よ」

 

訂正します、性格からよく似てますね

 

「びゃぁぁぁぁ!!」

 

「はい牛乳」

 

「んぐ…んぐ…ぷはっ!酷いじゃないですか!辛過ぎて頭がおかしくなりそうでした!」

 

「ふふっ、さっき私も経験したから良いじゃない、お揃いよお揃い」

 

「え、あー…うーん…」

 

手慣れてますねぇ…

 

「んー…相変わらずの匂いですね」

 

「おや、翔鶴さん」

 

いろんなお皿を…カルボナーラにガトーショコラに海鮮パフェ丼に…

朧さんも帰ってるようですね

 

「翔鶴姉ぇ!ちょっと酷くない!?よくも騙したな!」

 

「ふふ、でも楽しかったでしょ?」

 

「…まあね!ありがと!」

 

良い姉妹になりましたね…

 

「あ、海鮮パフェ丼、食べます?」

 

「カイセンパフェ…?」

 

「ドンブリ…?」

 

瑞鶴さんと葛城さんが首を捻り顔を見合わせる

 

「この真っ黒焦げの卵焼きでも良いですよ?北上さんのやつなんですけど…」

 

ガトーショコラに見えたそれは卵焼きだったんですね

 

「あ、それ私食べます、北上さんが瑞鳳の記憶を受け継いでるって言うから無理を言って頼んだんです」

 

…さらっとえげつない事を…

今の北上さんが料理なんてできるわけがないと思いますけど…

 

「じゃあ私は丼の方を……」

 

…あの子もチャレンジャーですね、知らないと言うのは、悲しいものです

 

「……何で生クリームとお刺身が混在して…あれ?あはは…」

 

「…じゃりじゃりするし苦いし…くっ…やっぱ瑞鳳の卵焼きって美味しかったのね…」

 

私達とは別の意味で食にチャレンジャーな子達ですね

 

「ご飯と生クリームとお刺身が変な…うぷっ…」

 

「葛城!葛城ィィィ!」

 

「衛生兵は居ませんかー!」

 

大惨事になりつつありますね…

 

「さて、艤装の整備でもしてきましょう」

 

「そうですね、翔鶴さん、責任は自分でとってくださいね」

 

「はーい!あ、このカルボナーラ絶品ですねぇ♪」

 

…1人だけあたりを食べてるところが抜かりないと言うか…

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

「…よし、美味しくできたよ」

 

「こっちも炊き上がったわ」

 

「海鮮パフェ丼もう売り切れちゃったよ」

 

「え?ウッシーオ、アレを誰が買っていったんdie?」

 

「もともとあんまり食べる人がいないと思って6つだけ用意したんだけど、翔鶴さんと弥生さんが一つずつ、後は大井さんが姉妹分って持って行っちゃった」

 

「…つまり私の海鮮がない…?」

 

とうとうカニさんを食べる時が来た…?

 

「ボーロ、そんな絶望顔しないで…つーか……ぼのたん、なんか…口直しを…」

 

「カレー多めに作っておけば問題ないわよ…多分」

 

「今日のは特に美味しそうだね!」

 

「7駆カレー、最高の出来でごぜーますよ!っかし…なぜ北上様もいきなりカレーを作れなんて…」

 

「むしろ海軍なんだから当然なんじゃない?ほら、早く配る用意して」

 

「あれ?ぼのたん!ご飯が!ご飯が!」

 

「え、嘘、さっき見た時普通だったけど何かダメ?」

 

「美味しそー!」

 

「…殺すぞクソピンク」

 

「元気いいなぁ…」

 

「ほらほら!装うよー!」

 

…この楽しい時間があと24時間のうちに崩れるのか…

 

私は、充分な用意をした、だから…

 

「……」

 

あとは信じるだけ、みんなを

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

「…お腹減った…結局移動費が足りなくて5駅くらい歩きだし…お昼にはついてるはずなのに…喉も渇いたし…!」

 

まあそもそも態々獣道を通る事を選んでる時点で疲れるのはわかりきってる

見つかればタコ殴りにされて当たり前なのだから、今は見つかるわけにはいかない

 

「…っと思った矢先に…」

 

「随分とやつれてますね」

 

「明石さんほどではありませんよ、何でこんなところに?」

 

「ちょっと野暮用で、島風ちゃんと走り回ってました」

 

…あのスピードお化けとランニングとは、昨今の工作艦はフィジカルがモノを言うのだろう

 

「それで?」

 

「あー…私ですか、私は…宿毛湾泊地に野暮用が」

 

「聞いてます、じゃあ行きましょうか」

 

「え、ちょっと何で襟を掴むんですか、伸びちゃう伸びちゃう」

 

「堂々と表から入りましょうか、せいぜいリンチされる位ですよ」

 

…わかってて連れて行くのかこのピンク頭は…いや、当然か、提督を殺したのは私だし、明石さんの恋心はよく知ってる

 

「…心配しなくても、そうはさせませんから」

 

「……え?」

 

「あなたへの怒りは微塵もないとは言い切れませんが…私には古い友人と再会できた喜びの方が大きいんです」

 

…意外だった、リンチの挙句にトドメを刺してくるなら明石かなとすら思ってたのに

 

「それに腕輪が完成したのはあなたのおかげ、それの恩もあるし…どうせ私のやる事、知ってますよね?」

 

「まあ、大体は…そして明石さんなりのアレンジも予想できます」

 

「なら上等じゃ無いですか、私が何したいかまで知ってて、止めないんですから」

 

…なるほど、私に動くな、と言うことか

 

「わかりました、私にも不利益はありませんし動きませんよ」

 

「それは重畳…じゃあ…って、セグメント…どこ行ったんですか?」

 

「私も隠し事の二つや三つありますよ」

 

「…お互い出し抜きあいですか、まあ良いや…ゲートハッキング」

 

「……レプリカの腕輪でそんなことが…」

 

「走り回った価値、あるでしょ?」

 

…成る程、ようやく完全に理解できた…

これは苦しいかな、少し…胸が苦しい

 

「さて、行きますか」

 

「はい」

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

 

 

 

「…随分と賑やかですね」

 

いろんなところから湯気が立ち上って、それぞれの香りがする

 

「決起集会、と言うことになってます、帰る場所を失った人も大勢いる…」

 

舞鶴に関して…完全に私も実行犯として…

 

「どうします?」

 

「償いはしますよ、来世にでも」

 

「それなら挨拶は要りませんね」

 

「私は挨拶したいけど」

 

…気配がなかった…

 

「どうも、弥生さん」

 

「私たちの帰る場所を壊してくれた件について…ゆっくり話がしたい」

 

「私1人に責任を負えと?」

 

「生き残りが1人なんだから仕方ないと思う」

 

「………」

 

「あー、悪いんですけどそう言うの後にしてくれません?戦いが終わったら好きなだけどうぞ」

 

「…でも…」

 

「でももだってもなし、第一その時の曙さんは洗脳されてたし、その曙さんを操ってた元凶とはもうすぐ戦える、なのに曙さんを責めるんですか?」

 

「……」

 

「納得していただけたなら結構、まあ、思うところはあるでしょうけど今は目の前の敵に集中してください」

 

明石、こんなキャラだっけ…

 

「さ、行きますよ…あなたがリンチされるべき相手は他にいるでしょ?」

 

「……結局されることには変わらないんですね」

 

 

 

 

 

…カレーの良い匂い、よく慣れ親しんだ匂いとは少し違うけど、美味しそうな…優しい匂い、あったかくて、刺激的で、なのに少し甘い…

 

「あ、明石さん…と……漸く…帰ってきたんだね…ボーノ」

 

漣が気づくなり机を飛び越えて近寄ってくる

強烈なビンタが大きな音を立てる

 

「心配かけないでよ!みんなどれだけ心配したと思ってんの!?ご主人様が行かせたのも間違いだったけど…なによりボーノは自分の事考えなさすぎ!その挙句みんなボロボロにして…!」

 

顔をくしゃくしゃにして…見てらんないわね…

 

「何の騒ぎ…?あ、曙ちゃんだ、おかえり」

 

「軽いわねぇ…潮は…さて、立ちなさい曙、そしてこっちに来なさい、そこじゃ目立ちすぎるから」

 

曙に物陰に連れ込まれる

朧と漣、潮までついてきた

 

「さて、まあ…まずは色々あるけどね、特に問題なのは…アンタがカイトを殺したこと…致命傷だったのかはわからない、結果的には認知外依存症のせいで消滅したけど、アンタはカイトを刺したの」

 

私の罪の一つ

 

「ボーノ、ボーロや漣を連れ去ろうとしたのは…ボーノの意思なのか、それだけハッキリさせましょう」

 

「曙ちゃん、みんなを攻撃したのは、曙ちゃんの意思じゃないんだよね?」

 

「………」

 

断頭台にかけられた気分とは、こう言うモノか…

今更嘘の一つもつくつもりは無い、今更嫌われることを…避けられない

 

「朧と漣を連れて行こうとした時、その時はまだ私の意思ではなかった…だけど、ゴレの時、あの時は…私の意思」

 

「……だと思ったわ」

 

「私は私の意思で殺した、攻撃した、傷つけた…」

 

「…最低だね」

 

「はぁ……」

 

自分から捨てた居場所に帰ろう、と言うのは…やはり考えが甘すぎた…と言う事らしい

 

「っ!」

 

漣に抱き寄せられる

 

「お疲れ、ボーノ、1人でスパイしようとしてたのも知ってるし、1人で苦しんでたのもわかってるから」

 

潮の手が髪を撫でる

 

「無罪放免じゃないと思う、けど…守ってあげるから」

 

曙が背中を叩く

 

「シャンとしなさいよ、アンタらしくもない」

 

朧が顔を持ち上げる

 

「…大丈夫だよ、おかえり…曙」

 

…私は、本当にここに帰ってこれたんだ…

 

「……ただいま、みんな…」

 

ひとしきり、みんなで泣いて、笑って…最後の生を謳歌する、思いっきり今の時間を生きるんだ…それが私の役目で、私の望みで、私が生きる意味だから

 

 

 

「うわ、島風も戻ってたのね」

 

「えー、なんですか、私が戻ってちゃダメなんですか」

 

「…随分とキャラ変わりましたよね…」

 

「いつか、リベンジしますからね!」

 

カレーのスプーンを私に向け、島風が笑う

どうやら島風は私の事を深く恨んでるわけじゃない様子だった…舞鶴に行って日が浅いのが理由…?

 

「明石も来る?せっかくだしみんなで食べた方が美味しいわ」

 

「じゃあ是非、一緒に食べさせてください」

 

1人いないけど、みんないる

あの時より多いのに、あの時の人が足りない…

 

そう、これは…最後の戦いの為の誓い

 

「いただきます」

 

「今日のは自信作!と言ってもシンプルなやつだけどね」

 

「ありったけの素材をぶち込んだんだから不味いわけがないわよ」

 

「おっいしー!」

 

「ホントだ、美味しいですねこれ…」

 

カレーを口に運ぶ

少し甘いかな…

 

「口に合わなかった?」

 

朧が心配そうに覗き込んだから、ついすぐに飲み込んでしまった

 

「丁度いいわ、美味しい」

 

「よっしゃ!ボーノから美味しいって言われたら大丈夫!」

 

「少し甘いくらいだけどコレならみんな食べやすくていいでしょ?」

 

本当に、美味しい…だけど、一味足りない

 

後一味だけ足りないのに…今はどうしても手が届かない

 

「…曙、大丈夫だよ」

 

「わかってる、私もわかってるから」

 

…早く、戦いの刻が来るのを心待ちにしてしまう

 

私たちの揺るぎない勝利を、心待ちにしてる…

 

「夕暮れ竜の加護があらん事を」



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絶対包囲

宿毛湾泊地

提督 三崎亮

 

「神通、どうだ」

 

『…間もなく、かと』

 

やはり予定よりずっと早い、というより…刻一刻と早まり続けている

 

「完全停止って話じゃなかったのかよ…」

 

「いやぁ…再誕のせいなんだろうな、再誕が停止を死として認識したせいで…常に再誕している、と言う可能性がある」

 

「チッ……じゃあ戦う時にはとんでもない化け物…か?」

 

ずっと再誕を繰り返し、強化されていると言うのなら…

 

「まあ、数でも質でも…過去最高の戦力だ」

 

「やってやろうじゃねぇの、全員出発の用意はいいんだな?」

 

かつてないほどの連合艦隊…か

全員が海上に整列し、今にも戦いを始めると言う緊張感と、勝利への期待を胸に抱いている

 

「100近い艦船が集まって、一つの敵と戦う…初めての経験なんじゃねぇの?」

 

「この戦い自体、初めての事だ…よし、じゃあ始めるか」

 

駆逐艦が1人壇上に上がる

 

「作戦指揮、統括を担当します、電なのです」

 

フィドヘルの碑文使い、作戦指揮にはもってこいだろう

 

「今回ここに集まった皆さんには…たった1人との戦いをしていただきます、ですがその敵は私たちが束になってもどうなるかわからない爆発力を持っています…碑文、AIDA…その両方を操る敵です、決して一瞬たりとも油断しないでください、私たちは誰かの死を悲しむ事も、喜びを分かち合う事も…もうそんな時間がないほどに後のない状況です、戦場においては今まで以上に自分の指名を果たすことだけを考えなくてはまず勝利はありません…」

 

大きく息をつく

 

「みなさん、今日ここが皆さんの死に場所です、死ぬ気で戦わなくては守りたいものも、人も、仲間すらも…明日を生きることはありません、あなた達がここで死ぬ気で敵を食い止めなくては…何一つ成し遂げたことにはなりません、今までの行動、経験、記憶…それすらも一瞬で消し去られてしまう…敗北とは何も無くなる、この上なく恐ろしいことだと…理解してください、脅すようで申し訳ないのですが…」

 

それ程に負けられない、という事だろう、全体の空気は重い

 

「改めて、私達の中枢となる人員について連絡します、ここに残るメンバーも少ないながらにいます、まず、呉鎮守府の提督、三崎亮、最前線の第一遊撃隊指揮官としてお願いします」

 

「ああ、遊撃隊指揮官、拝命した」

 

「遊撃隊には呉鎮守府より川内型3名、川内、神通、那珂、同じく球磨型4名、球磨、多摩、大井、木曾、合計7名を配属します、全員が異能の力を持った戦士であることから、皆さんの危機を必ずしも救う…重い期待と任務、果たすことを」

 

問題はない

 

「次に、第二遊撃隊には指揮官として九竜トキオを任命します」

 

「わ、わかった…!」

 

「彼は指揮官としての経験はありませんが、皆さんの思ってる何倍も強いのです…しっかりと言うことを聞いてください、ただし、甘えた事を言うようなら私に取り次いで欲しいのです、第二遊撃隊のメンバーを伝えます、フリューゲルさん、構いませんね」

 

「俺ぇ?何だ、俺も指揮官とかに選ばれんのかなぁって期待してたんだけど」

 

「それから舞鶴鎮守府所属、弥生の以上二名を隊員とします、極少人数の部隊ですが、連合艦隊が大規模である以上、少人数で縦横無尽に駆け回る機動力を要とした部隊です、助けが必要な場合はまず第二遊撃隊に連絡を取ってください」

 

空が揺れる、時間は迫っている

 

「連合艦隊についてです、90名を超える過去最大規模の連合艦隊のため、まず私達が気をつけるべきは誤射です、配置などを詳しく決めては対応力に欠けるでしょう、その為あえて詳しくは決めませんが…敵は太平洋にいます、必ず背を北側にしてください、本土を背に戦いましょう…」

 

そうすればまず誤射はないだろう

 

「第一連合艦隊、旗艦、宿毛湾泊地所属、明石……は不在のため…旗艦、横須賀鎮守府所属、曙」

 

「…もう、私は横須賀じゃないんですけどね」

 

全体がどよめく、あの曙に気づいてなかった連中もいたはずだ

 

「第一連合艦隊である、と連絡を受けた人員はそちらの曙さんの指示をよく聞いてください」

 

「高雄型、朝潮型、綾波型、それから潜水艦…私についてきてください」

 

大多数が離脱していく

 

「次に第二連合艦隊旗艦は…同じく宿毛湾泊地所属、扶桑さん、お願いいたします」

 

「…謹んでお受けいたします…艦種戦艦の皆様、此方に追従するようお願いします」

 

「第三連合艦隊旗艦、同じく宿毛湾泊地所属、赤城」

 

「空母、軽空母種の皆さん、此方にお願いします」

 

「第四連合艦隊旗艦、佐世保鎮守府所属、軽巡洋艦龍田」

 

「はぁ〜い♪重巡洋艦と軽巡洋艦はこっちよ〜」

 

「阿武隈さんと北上さんだけ残るようにお願いいたします、第五連合艦隊旗艦、宿毛湾泊地所属、重雷装巡洋艦北上」

 

「うわ…あれマジなんだ…」

 

「やっぱり北上さんしかいませんよ!呼ばれなかった人達はこっちにきてください!」

 

「私電は基本的に第二遊撃部隊と同行します、決して私も後方の安全地帯にいるつもりなどありません…詳細な作戦配置は既に旗艦に通達済みです、敵を完全に包囲し、殲滅します、良いですか、私たちは死ぬために戦うわけではありません、明日を掴むために戦うのです…!」

 

手が上がる

 

「質問、うちの第五にさぁ…島風がいないよね、それと第一の朧…ていうか第一連合艦隊に至っては旗艦が不在ってツッコミどころだよね」

 

「素早い把握ですね、後から合流すると伺っています、問題はありません…それとも、兼任したいですか?」

 

「うぇっ、パスパス、ていうかあたしが旗艦なのも、ちょ〜っと不満な子とか居るんじゃないの?」

 

「問題ありません、貴方は強いのです」

 

「…だってさ、不満あるだろうけど、第五連合艦隊、あたしの指示に従って」

 

「続いてバックアップのメンバーについて話すのです、渡会一詞、並びに徳岡純一郎の2名は後方で隔離作業を行なってるのです、決して勝手に連絡は取らないように…それから、戦場の激しい移り変わりが辛くなった場合は近くの碑文使いや腕輪保持者に所属を伝えれば一時的に退避する事も可能なはずなのです、碑文使いと腕輪保持者については通達済みなのです」

 

空が哭く

 

「駆け足でしたが、時間なのです…全艦隊、出撃用意を済ませ、最終点検、5分後に第一連合艦隊、第五連合艦隊から出発するように…みなさんに夕暮れ竜の加護があらんことを」

 

日が、少し傾いている

 

 

 

 

 

 

 

海上

提督 三崎亮

 

「…川内、寄越せ」

 

「あいよ、コレで全部?」

 

ジョブエクステンド、力の昇華

 

「…よし、やるか」

 

「うわぁ…真っ白だねぇ」

 

「白もお似合いですよ、提督」

 

両手に銃を構える

銃口の下あたりから光刃が現れる

 

「スケィスは任せた」

 

「りょーかい!夜までにパパッと片付けちゃおっか」

 

「そうですね、甲標的出します」

 

「あとは、どれだけ世界が持つかだクマ」

 

「神通と那珂が見えたニャ」

 

「第一遊撃隊、揃ったな…最後の戦い…か」

 

「所属はホントはもっと違うんだがな、まあ…できるだけ素早く可能な限りの連携を取れる部隊を作るならこうなるか」

 

「…上だクマ、艦載機も来てる…第三連合艦隊も配置についたみたいだクマ」

 

「第二ももう到着しています、砲撃の用意は向こうは済んでるようですから、戦いの火蓋が切って落とされたと同時にここには爆撃と砲撃と雷撃が」

 

「あとは第三が間に入って第一と第五でサイドを潰すわけだ…」

 

懸念事項はあと一つ

 

「コルベニクはどこに居るんだろうな」

 

「……残念ながら、敵の手中に視えます」

 

やっぱりか

 

「まあ、やる事はかわんねぇよ」

 

「何が起きるか…はぁ…武者震いしやがる…!」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

「仕事を簡単に説明します、私達は近距離でのメインアタッカーで、さらに曙、摩耶さんは一層の活躍を求められます…」

 

「まあ、そうなるとは思ってたわ」

 

「思いっきり叩いて潰す、何も変わらねぇ」

 

「戦艦の砲撃、艦載機の爆撃、そして我々の斉射を交わしながらの戦闘、頑張ってください」

 

「…は?」

 

「おい、流石に冗談だよな?」

 

「敵は強靭です、休む暇もなく叩き潰し続けなくてはなりません」

 

「無視すんな!つーか…え?」

 

「……まあ、死に場所って言ってたし…?戦場の死因の大半は誤射っていうし…?」

 

「そういう話でも無いけどね、緊張感を持ちましょうか」

 

海面が激しく揺れる

 

「…最後の波が…来る…」

 

「行くわよ摩耶」

 

「おう、アオボノ」

 

2人が姿を変える

 

「ふん……泣いても笑っても、最終決戦ってわけです…私も本気でいきます、皆さん、行きますよ」

 

全員が青色の結晶を睨みつける

 

「第一連合艦隊、砲撃用意、曙、摩耶さん、最初は遠距離で周りの砲撃のタイミングを掴んでください」

 

飛行機が増えてきたな…

 

「第三より伝令!私たちを囲むように深海棲艦が湧き出しています!」

 

「何を焦ってるんですか、そのくらい想定内です」

 

「曙さん、我々朝潮型で周囲の殲滅にあたります」

 

「騎士にも協力してもらってください、遊撃隊に連絡、第一連合艦隊に支援は現在不要です」

 

『第一遊撃部隊了解しました』

 

『第二了解なのです』

 

砲音が遠くから響く

 

「さて…最後の戦争の始まりよ、第一連合艦隊全員…撃て!!」

 

結晶が砕け散る

黒い泡が吹き出し、青い光が辺りを包む

 

「さあ!摩耶様の攻撃、くらいやがれ!」

 

「燃やしてやる!」

 

『東雲ぇぇぇぇ!!』

 

咆哮

 

「あら、お呼びですか」

 

『跪け』

 

「お断りします、もはや私は東雲なんかじゃない、今の貴方は裸の王様、供回りすら失い…たった1人…」

 

「曙さん、周囲の深海棲艦の殲滅完了しました」

 

「ほら、大和さん達とか以前にこんなレベル…どうですか?」

 

『ククッ…アハハハハハハ!!……大和?武蔵…?ソれガドウした…!貴様ラ全員皆殺しだ!!』

 

「再び全隊に通達…攻撃始め」

 

砲撃が作り出す煙が元帥を包んでいく

 

「…まだ死んで無い、か」

 

砲口を向け、一発放つ

確かに射抜いた感覚と同時に、肌がピリつく

 

「……全員衝撃備え!再誕の余波が来ます!」

 

爆風と閃光に包まれる

肌を電気が通過する感覚

 

「ぐ…!なんだこれ!」

 

「…砲弾は無事か…」

 

「……前!敵を見て!」

 

「…へぇ、これが、本当の再誕の…」

 

『そうダとも、コレガあれバ我々は永遠ニ全てヲ蹂躙できル!』

 

『あが…うゴ……オぇえ…』

 

『なンで…嫌だ……!』

 

死骸の大和と武蔵…それに深海棲艦まで…

死んでるのに強制的に甦らせる、恐ろしい力

深海棲艦まで復活して…

 

「はぁ、どうせ一筋縄で行くとは思ってませんよ、永遠に?永遠な世界があると思ってるならその間違いを今から正すまで…」

 

再び砲弾の雨が降り注ぐ

 

「イムヤさん、ばら撒いてください」

 

『はい!』

 

最適な位置に水柱が上がる

 

「朧の分まで、私が撃てばいいか」

 

深海棲艦の頭を撃ち砕く

 

「次」

 

 

 

 

 

 

航空戦艦 扶桑

 

「着弾確認、そのままもう一度」

 

…旗艦なんか任せられるとは思わなかったけれど…受けた任務は完璧にこなさなければならない…

 

「扶桑姉様!敵が抜けてきてます!深海棲艦が近くまで!!」

 

群れが迫ってくる…砲撃の構えすら見せて

 

「捨て置きなさい山城、私たちの目標はただ一つ、私達の砲弾は一つとて他の塵芥に向かって放つものではないわ」

 

「そうですよ〜?お掃除は…私たちにお任せあれ♪」

 

一瞬でも遅ければ一発は放たれていたであろう

それを間に合わせ、チリ一つ残さず消してみせた…

 

「さすがですね龍田さん、どうもありがとうございます…自発装填はできましたね!放ちます!」

 

「宿毛湾泊地の人はみんなドライなのね〜?第四連合艦隊に通達、今総指揮官から私たちの仕事の変更があったわ〜、さっき分けたA班のみんなは広く展開して戦艦と空母を守るのよ〜?」

 

それと一緒に第五連合艦隊の駆逐艦も近寄ってきてる…

全隊に同じ通達がされたわけですか…

 

「一刻も早く敵を打ち倒しみなさんの安全を確保しますよ…!」

 

「はい!!」

 

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 北上

 

「ほらほら、もっとちゃんと狙う!そこからでも充分当たるよ!」

 

「にゃぁぁ!当たるわけないじゃん!?」

 

「遠すぎるっぽい…」

 

付け焼き刃で教えたけどまだ全然だね、実戦レベルじゃないけどここより前に進ませたら…一つの行動のたびに誰かが犠牲にならなきゃいけなくなる

 

「師匠、私が…陽炎、秋雲」

 

「はいはい、わかってるって!」

 

「秋雲さんだってやればできるんだからね!」

 

…おお、ちゃんと当たった、不知火も努力家だなぁ…

 

「よし、そのまま砲撃続けていいよ」

 

…後方に海風に隠れた敵の匂い…

 

「…そっちの、名前は?」

 

「五月雨です、お任せください!」

 

「いや、ちょっ…」

 

1人で突っ込めなんて言ってないけど…

出鱈目な打ち方でよく当たるなぁ…

 

「まあ火力が足りないか、阿武隈ぁ?手伝ってきて」

 

「えぇっ!?私ですか!?あ、OKです!」

 

口ごたえには一睨みと…

 

「当たんないなら広角射撃に切り替えなね、大丈夫大丈夫、ちゃんと当たらなくても活きて来るから」

 

「…よくこんな戦場でのうのうとしてられますね」

 

「……のうとうとしてると思う?まあ、してるんだけどさ…どうせ今何したところで変わんないからねぇ…それにわざわざあたしが旗艦やってんのも…理由があるわけだし」

 

…そろそろ来るかな

 

「もう一回余波が来るよ、全員備え」

 

「ぐ…!さっきより強い…!」

 

「……こんなところまで衝撃が…!?」

 

…今の波の揺れ…

 

「爆雷投げなよ、潜水艦迫ってるよ」

 

「うぇっ!?ま、まって…あ!落ちた!」

 

「ぽいぃぃ!!…あ、オイルが…」

 

「本当にいる!ソナー早く!」

 

「この状況で役に立つわけないよ!」

 

…うちの艦隊だけオモチャ遊びしてるのはどうにかならないかなぁ…

 

「北上さん、伝令です、護衛に駆逐艦を割きたいと」

 

「大丈夫大丈夫、もう行かせたから」

 

さて、問題はここからだね…あの無限復活をどうやって打ち崩すか…

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙(青)

 

「曙…充分、見たわね?」

 

「とーぜんよ…こんだけよく見て合わせられないわけないでしょ…いくわよ、摩耶!!」

 

「おう!」

 

2人で一気に距離を詰める

 

『ハハハ!来るカ!』

 

「曙!合わせるぞ!」

 

2人同時の突き、そして摩耶は上に振り抜く

 

「虎輪刃!」

 

回転斬りと同時に飛び上がる

 

「連撃だ!でぇぇぇいっ!」

 

摩耶が大剣を叩きつけ、その衝撃波をぶち当てる

 

「まだ行くぜ!サイクロン!」

 

「旋風独楽!」

 

挟み込み、同時に回転斬りですり潰す…!

 

『ぐ…ガハッハハハハハハッ!』

 

「変態が…!黙って死ね!」

 

摩耶が大剣で打ち上げたところに追撃をくらわせる

 

「斬り裂け…疾風!!」

 

「虎乱襲!!離脱するぞ!」

 

「わかってる!」

 

離れたと同時に戦艦の砲撃が着弾する

 

「摩耶!」

 

「背後に来い!」

 

大剣を盾に再誕の余波を受け止める

 

「チッ…もう3回目だぞ…復活する度に深海棲艦も増えてやがる」

 

「ごちゃごちゃ言うな!それに深海棲艦は殆ど一瞬で片付いてるんだし、今は気にすることじゃないのよ!打ち上げて!」

 

摩耶の剣に乗り、飛び上がる

 

「天下無双!飯綱舞い!」

 

「ガン!ドライブ!」

 

だけどこのままじゃ埒があかないか…

 

『そろソロ、こちラから仕掛けテモ構わンか?』

 

「…マズイ!」

 

銃剣が現出し銃口が向けられる

 

「曙!退がれ!」

 

「バカ!来ないで!」

 

2人まとめてくらう…!

 

「スケェェェェィス!!』

 

赤い光が私たちを吹き飛ばす

 

「っ…つぅ…ごめん川内、助かった…」

 

『油断しすぎ!まだ被害でてないけど…一度でも食らったらああなるからね』

 

…本土で爆発が…今私たちが避けたから…?

 

「クソッ!ぶちのめしてやる!」

 

「待ちなさい、一回アウトレンジに変更、主力の私たちがやられるわけには行かない…生存重視の攻撃よ!」

 

『支援よろしく!行くよ!』

 

空から巨大な隕石が降り注ぐ

 

「…戦艦の主砲より威力あるんじゃない?アレ」

 

「かもな…チッ、全部持ってかれる前にやるぞ!!」

 

「月光双刃!」

 

「っらぁ!!」

 

斬撃を飛ばす

微々たるものでも構わない、とにかく一撃でも多く…!

 

「川内達が離脱した!くるわよ!」

 

「わかってる…ぐっ!?…重い……!」

 

威力が増してる…さっきよりも…

 

『こちら第一連合艦隊、電さん!聞こえますか!』

 

『なんなのです!?』

 

混線してる…?

 

『おそらく敵は八相の方のコルベニク力も吸収しています!』

 

『意味がわからないのです!もっと詳しくお願いします!』

 

『碑文としてのコルベニクの再誕と、八相としてのコルベニクの再誕、その2つを交互に使っています…!』

 

『…どう言う事なのです…』

 

二つの再誕…?

 

『両方の再誕を同時に使えなくしないとこの戦い…我々に勝ちはないという事です…!』

 

『どうやって!』

 

『それを考えるのがあなたの仕事です!』

 

「うるっさいわね!!」

 

『曙!?混線して…!?』

 

「そんなもん考える前に叩き潰せば解決すんのよ!ほら!さっさとしなさい!!」

 

『了解、全員聞こえてますね!とことん叩き潰しますよ!』

 

もう一度斬りかかる…!

 

「っ…!?」

 

刃が…通ってない…

 

「硬ぇ…!」

 

『何これ…!攻撃が通らない…!』

 

『周囲にバリアが展開されています!』

 

『ソウダ…これコソ…コルベニクの絶対防御…!』

 

「何よそのクソダサい名前は!!」

 

『はぁッ!!…ダメです、攻撃できません……!』

 

全員が距離を取る

 

『ククク…ハハハハハハッ!』

 

赤黒い色のバリアが纏わりついてる…

 

『…大丈夫、今連絡があった、攻撃するときそのバリアは一時的に解除される…その時を狙うよ!!』

 

…呉の提督か、流石こういうとこで知識があるやつは頼もしい…

 

「なんだ、そういう事…やってやろうじゃない」

 

『ほう?ソノ程度の事、この私が何モ考エてナイと?』

 

バリアを解除した…?まだ何かあるっていうの…?

 

『その誘い…乗ろうじゃん!』

 

『那珂ちゃん!行きますよ!』

 

『オッケ!オルバクドーン!』

 

…本当にまだ届かないの…?

そんな、話が違う…

 

『なんで…バリアを解除したはずなのに…!』

 

『二重…?』

 

『全然効いてない…』

 

『既に知ってルンだロう?私の手元には八相とシテのコルベニクと碑文トしてのコルベニク、二つの力がある…ソシテその両方が絶対防御を発動デキル…そシて八相の力ナら…』

 

銃口を向けて…まさか…

 

『死ネ』

 

『うわっ…!うわぁぁぁぁぁっ!!』

 

『姉さん!』

 

「川内がやられた…!マズイ、摩耶!抑えるわよ!」

 

「この野郎!ハープーン!!」

 

「三爪炎痕!!」

 

弾かれた…

 

『何かシタか?』

 

また赤黒いバリアを纏ってる…

 

「まだまだぁぁ!!」

 

『私も全力を尽くします…アオボノさん!』

 

神通の肩からAIDAが噴き出す

 

「摩耶!アンタは退がって後方から!神通と私で合わせる!」

 

『はぁぁァァァッ!』

 

「炎の爪…走れぇッ!!」

 

ダメ…効いてない…!

 

『ドウシタ!その程度カ!』

 

『マダまダ!!』

 

…AIDAに呑まれてる…?

 

「神通!正気を保ちなさい!」

 

『そんナものヲ保っテ勝てルなら幾ラデモ保ちまス…デモ…捨てた方が勝てル可能性ガあるのナラ…!』

 

「この…!神通!」

 

『神通!!』

 

『……姉さン…』

 

『私がちょっとやられたくらいで…素人めいた事言わないでよ、その程度のAIDAに支配されてさぁ…情け無い…!』

 

「ちょっとって…アンタ死んでもおかしく無いほどボロボロなのになんで立って…」

 

『この程度かすり傷にもならない…那珂!』

 

『オリプス!オリプス!オリプス!!』

 

傷が治っていくけど…それでもふらっふらじゃない…

 

『…っ…はぁ……神通!』

 

『…はい!』

 

『ククク、美しイ姉妹愛ダナぁ?』

 

「だと思うならちょっと黙ってろ…!」

 

銃声とガラスを刃物が滑るような音

 

『…三崎亮か…』

 

『それだけじゃありません…姉さん!木曾!』

 

『わかってる!アルゴンレーザー…くらいやがれ!!』

 

黒いレーザーがバリアに弾かれる

 

『…効いてないニャ…!』

 

『もっと出力をあげるクマ!!まだまだやれるクマ!!』

 

『フン…幾ラ束ニなった所デ貴様ラ等…!』

 

「それはどうでしょうか」

 

…この声は…

 

『…貴様ハ…』

 

「明石!!」

 

「随分と、遅くなりました…でも、ようやく必要分が集まった、この腕輪に」

 

腕輪を展開する

 

「島風ちゃんと、予定外でしたが朧さん、それから実は朝潮さんも手伝ってくれたんですよ…この作戦…」

 

作戦…?

 

『何を言ッテイる…』

 

「再誕の八相を打ち倒せる人を、呼び戻しましょう…この場に」

 

『倉持海斗が殺サレ狂っタか!』

 

「…いいえ、最初から私は狂ってます、提督にね」

 

データドレインを放ち…自分を貫いて…いや、それだけじゃ無い、私の腕輪も貫いてる…

 

「私はあるものを集めに行ってました、もともと提督に示唆された薄く、僅かな可能性でしたが…本当に可能だとは思わなかった…だからこれは全部を使う…!私が集めた分、朝潮さんが集めた分、島風ちゃんが集めた分、そして…アオボノさんのPCデータも…」

 

明石の姿が作り変わっていく…

 

『何だト…?ソレハ…』

 

「認知外依存症…確かに、身体中全てデータになってしまう…そしてバラバラになっていく…でもそのデータを集めたら?果たしてどうなると思いますか?」

 

…そうか、明石たちがいなかったのは…

 

「…私はここまで、あとはお任せしますよ…提督」

 

カイトに、変わってしまった…

 

「……明石、これじゃダメだよ…君だけが…君と僕だけがこの世界に取り残されてしまう…」

 

「カイト…!」

 

『…本当に変わった…?』

 

『そノ程度の事デ我ガ絶対防御ヲ突破でキルと思っテイルノカ!』

 

「…その程度?……その程度、か……トキオ、ハセヲ…いくよ、本当にその程度だったか…見せる必要がある」

 

「OKカイト!!」

 

カイトの後ろからトキオが現れる、両手に剣を握って

 

「…あ、剣がないな…曙、貸してくれる?」

 

「ったく…さんざ待たせて忘れ物とか有り得ないっての!!」

 

双剣を投げる

 

「準備はいいね…合わせて」

 

3人が元帥を囲む

 

「はあっ!」

 

「ッラァ!」

 

「そらっ!」

 

3人が同時に通り抜けるように斬撃を放ち、打ち上げる

そしてそれを追いかけるように飛び上がり、乱撃、乱打…そして同時の切り下ろしで地面に叩きつける

 

「行くよ!」

 

「ったく、俺がこれをやるのか…!」

 

「よっしゃぁ!!」

 

自由落下するように3人が斬撃を放つ

海なのに、3人が通った軌跡が傷痕のように赤く光る

 

『何ダ…コレは…ぐ…ガァ…!』

 

バリアにヒビが入る

 

「今だ!摩耶!その剣を叩きつけるんだ!」

 

「お、おうッ!待ちくたびれたぜ!!お前…1番敵に回しちゃいけないやつを敵に回しちまったなァ!?」

 

大きく張り上げ、力一杯に叩きつける

 

『ぐあっ…グァァガァァ!!』

 

バリアが割れた…!

 

「今だ!全員!総攻撃を仕掛けろ!!」

 

『こんなモノ…ミトメん!ミトめんぞォォォッ!』

 

「風・妖・刃の巻物!オラジュゾット!!」

 

木片が隆起する

 

「島風…!アンタも…?」

 

「ちゃんと、提督はまた戦わせてくれたよ…!3人で行こう!」

 

「だってさ、曙」

 

「…上等よ…!」

 

木片を蹴り、すれ違い様に斬撃を放つ

 

「あなたって遅いのね!」

 

「さっきまでの勢いはどうしたのよ!!」

 

『コンな筈が…コンナ筈でハァァァッ!!』

 

「っ!また再誕する!みんな!防御の姿勢をとるんだ!」

 

先程とは空気が違う…

 

『ぐ…がァ…ハハハハハハ!!ハハハハハハハハハ!』

 

…大きな目…?

 

たった一つの大きな目がまるで私達を見てるように…

そして中心から噴き出すAIDA…

 

『……コチラも…最後ノ力を…振り絞ろうではないか…!』

 

「…どこが最後の力よ…永遠に再誕する化け物め…!」

 

『嗚呼、そうだとも…少しすれば絶対防御すらも回復する…もう同じ手では通用せんぞ…!』

 

「………」

 

…カイト…?

 

「この理不尽な戦いを、終わらせよう…もうすぐ、夜になるから」




次回最終回
更新に2日ください


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再誕の碑文使い

海上 

カイト

 

明石が作ってくれた最期のチャンスを…絶対に逃さない…今、ヘルバから届いたデータが全てだ、この戦いに全力を掛けてるのは僕だけじゃない…

次の再誕の瞬間が…最期のチャンスだ

 

「みんな!!もうひと頑張りだ!あともう一度だけ、もう一度だけやるんだ!」

 

「何よ…何か考えでもあるわけ?」

 

「…とびきりのがね」

 

『無駄だ!何度私を倒しても永遠に甦り続ける!』

 

「この世に永遠なんてものは存在しないよ…」

 

…もうすぐ日が落ちる

 

『存在する!私こそが証明だ…!』

 

「明けない夜はない…必ず日は登る、そして黄昏の先に夜が来て、薄明の後に朝が来る…」

 

『だからどうした!』

 

「……それすらも永遠じゃない、永遠の昼がないように、永遠の夜もない…夜を、終わらせよう…もうすぐ薄明の時だから」

 

『訳の分からんことを…!』

 

砲撃が直撃する

手元の双剣を意識する

 

「曙、返すよ」

 

「ちょ、え?」

 

『全てが終わる!全てが死に絶えるのだ!』

 

「そして新たな命が芽吹く、再誕ってそういうモノじゃないかな」

 

『戯言を…!』

 

「提督」

 

曙…?

 

「お使いください、接続に必要なモノです」

 

「……黒い森…ありがとう、使わせてもらうよ」

 

腕輪に取り込む

 

「それでは、私は指揮がありますので…また次の世界で」

 

「うん、起こそう…再誕を…」

 

『貴様らを殺してやる!殺してやる!!』

 

「いきなり小物っぽくなりやがって…オラァ!!」

 

「的が大きくなった分…ダメージも通るわね!!」

 

曙と摩耶が後ろに回り込んでタコ殴りにしてる…砲撃もかなり当たってるし、順調に見える…

 

『いつまでも黙ってやられていると思うな!!』

 

小型のAIDAの群れが飛び出してくる

 

『各方面に無数に深海棲艦が迫ってます!戦場が混乱し始めています!!』

 

「さっきの再誕か…!?だけど衝撃波も何もなかっただろ!」

 

『とりあえず全部ぶちのめすしかないよ!』

 

『私は第二艦隊の支援に行きます!那珂ちゃんは第三の方に!』

 

『位置は大体同じだよ!姉さんここ任せたからね!?』

 

事態はどう転ぶか…そこに全てがかかってる…!

 

 

 

 

正規空母 赤城

 

「私が周囲の敵を打ち払います!皆さんは敵本体に集中を!」

 

「私も手を貸します、半数もあれば充分でしょうが」

 

艦載機が深海棲艦を撃ち抜く

普段なら沈んでいくそれは…そのまま傷が塞がり向かってくる

 

「…これは…異常事態ですね」

 

「赤城さん!危ないです!」

 

背後に迫っていた深海棲艦が吹き飛ぶ

 

「青葉さん…すいません、この治癒力に呆気に取られてしまって…」

 

「先程コチラに遊撃部隊の皆さんが来ると…もう大丈夫…な、ハズです…」

 

「……それは不味いですね、コチラに人員を割いて消耗戦を強いられるより短期決戦を望む方が被害は少ないハズなのに…」

 

「無限に復活する敵が相手なら仕方ないわ、どれだけかかるかも分からない…でも私達は夜になったら艦載機を飛ばし辛くなります、早く撃破しましょう…死力を賭して」

 

「勿論です」

 

しかし、コレで爆弾も魚雷も売り切れですか…飛行機だけでは豆鉄砲レベルの機銃しかない…

 

「艦載機の魚雷と爆弾が無くなった人は順次一度帰投!補給を済ませてください!着艦はこちらで済ませます!青葉さんは護衛について!」

 

洋上補給で済ませるためにも大半が一度帰投する必要がある…でもこの深海棲艦だらけの海を無事に渡るには、艦載機の無い空母なんてお荷物でしか無い…万に一つ、何事もなく辿り着き、補給を済ませたとしても…復路が安全な可能性などかけらも残ってない、なにより私達はそれまで耐え切れるかも分からない

 

「皆さん離れてください、道は作ります」

 

「…多分コレでお別れですね、この力とも」

 

「…十分すぎるほどにお世話になりました」

 

紋章砲を放ち、周囲の深海棲艦を焼き払う

 

「さあ!急ぎますよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 北上

 

「はぁ…成功したからいいけどさ…」

 

「え!?あれ!北上さん!アレ提督ですよ!」

 

「阿武隈うるさいって…まあ、いいけどさ…あんまあたしもカッコ悪い真似できないじゃん…こんなだけどさ」

 

そろそろみんなダれてきたし…

 

「第五連合艦隊!!もう少し気合い入れようか、本気出さないと死ぬよ?』

 

「…碑文使うんですか…!?こんなところから!?」

 

『うるっさいなぁ…大丈夫だって、近寄るからさ…』

 

碑文に反応してAIDAが活性化する…

コレなら数分くらいは充分戦えるかな…反動はあるけど

 

『ちゃんとあたしについて来ないと…沈むよ』

 

一気に近づく、ここで全て打ち砕くために

 

『いくよ瑞鳳…!』

 

籠手を顕現させる、海面を叩き大波を立てる

出てきた深海棲艦に一撃ずつ砲撃を打ち込む

 

「…すご…あんな体勢で当たるなんて…」

 

「杖いらないっぽい…?」

 

「見ましたか!?アレが北上さんの実力なんです!」

 

「そうですよ、いつ見ても惚れ惚れします」

 

…なんで不知火と阿武隈が得意げなのさ…

 

『あたしは長く持たないんだから、ちゃんと気合い入れてよ…!?』

 

「わかってます!みんな続きますよ!」

 

『砲撃用意…てー!!』

 

砲撃のたびに体が軋む音が響く

 

『もう少し、持ちなよ…!』

 

 

 

 

 

海上

カイト

 

「ヘルバ、状況は」

 

『…アナタが戻ってきたおかげですべてが予定通り…まさか本当に復活するなんてね』

 

「次の再誕の時に仕掛けるよ…」

 

『……信じてるわ、どんな事になろうとも…』

 

「わかってる、みんなの事を僕は絶対に…」

 

ガラスが割れる音が響く

 

「プロテクトが壊れた!ごめん、忙しくなる」

 

…世界が終わる

 

『この…!次の再誕で全てを…!』

 

来る…

データドレインを展開する

 

『何…貴様…!』

 

「再誕、つまり一度ゼロになるんだ…プロテクトすらもね」

 

『何!?まさか…やめろ!やめろぉぉぉぉぉッ!』

 

「…アウラ…!」

 

データドレインがコルベニクを貫く

 

『がぁぁぁぁぁっ!!』

 

「…良し、コレで…再誕は手に入れた…!」

 

そうだ、再誕が必要だった、この碑文が…!

 

『何故だ…何故私は醜い化け物のまま…!』

 

「抜き取ったのは碑文の力だけだ、八相にまで用はない…多分操作できないしね…あとは僕に適性があるかどうかだ」

 

第八相 再誕コルベニク…

その碑文を僕が扱えるんだろうか…いや、試す他ないかな

 

「…力を貸してもらうよ……再誕…コルベニク!!』

 

でた…コレが僕の…碑文

つまり僕はただ、みんなの深層意識を操っていただけに過ぎないか…

 

腕輪を掲げる

 

『コレで終わりだ…ドレインハート』

 

全てを腕輪が貫く

全部が貫かれていく

 

「なっ…!カイト!!お前何を!」

 

『提督!ちょっと待っ…!』

 

…みんな、お別れだ

 

「カイト!本気で…!?」

 

『本気だよ、この世界はもう終わりだ、僕が滅ぼすから』

 

再誕のトリガーは、僕自身の死…

データドレインで自分を貫き、今度は死を…

 

「ダメ!やめて!!」

 

『待ってよ、提督…次の世界に提督はいるんだよね…?』

 

『………』

 

六角形に周囲の景観が切り取られる

 

『お別れだ』

 

「…提督…!」

 

みんなが消えていく、僕が消している

みんな僕が殺してしまう…

 

『…さようなら、みんな…!』

 

 

 

 

夜が来た、真っ暗な夜が

今もこの世の全てを侵食し、この世界を端から端まで全て作り替えようとしている

 

『…コレでこの世界はたった2人…僕とお前だけだ…お前は次の世界には、いらないから』

 

真っ白で真っ暗な夜の世界に、僕と大きな目玉、八相としてのコルベニクだけが取り残された

 

『こんな…こんな事が許されると思っているのか!』

 

『許されるわけがない…だけど僕は、そうする事しか見つけられなかった、思えば違う手段もあったのかもね…でも、もう全部終わった事だ……これで僕の物語は、勇者カイトの物語は終わりを告げる…僕の残されたただ一つの役目は、永遠の時をお前とここで過ごす事だ』

 

『巫山戯るな!私も再誕で先の世界に…!』

 

『オメガノドーン』

 

魔法で捩じ伏せる

碑文の力とは思ったより自身を強化してくれるらしい

 

『…なんのために僕がいると思ってるんだ、僕はこの太陽のない世界で、終わらない夜をお前と過ごす、いい加減諦めて欲しいけど…抵抗するなら永遠に倒し続けるだけだよ』

 

『クソ!!ならばお前を殺してここから出る!!』

 

『……やってみればいいさ…やれるものなら』

 

 

 

そう、これで勇者カイトの物語は…倉持海斗の物語はおしまい

カイトの描いた筋書きは紆余曲折の先に果たされた…

 

 

 

 

 

 

 

だから、ここから先は、カイトの意思は関係のない…みんなの描く物語

 

 

 

 

 

 

 

The・World

 

「ん〜!!よし!かなりレベル上がった、サンキュー潮、漣」

 

「大丈夫だよ、これで次の八相との戦いに間に合うといいね…」

 

「ヘルバのあねさんがレベルに頼るなって言ってたから、ちゃんと動きとかも頑張って…アイテムも用意して…」

 

「……次の、八相で終わり…か、なんか、変な気分よね、私達が…なんでこんな戦いに首を突っ込んだのかも、この戦いの先にあるものも」

 

私が何故、このゲームを始めたのかも…全部ハッキリしない…ボヤけたような世界…

 

 

 

東京 北上宅

北上

 

「曙、どう、なんかわかった?」

 

「いいえ…そもそも、世界の脱出手段なんてわかるわけないですよ」

 

「……そっか、綾波、アンタは」

 

「ひっ…!ごめんなさい…ごめんなさい…!」

 

…あたし達はちゃんと記憶がある、だから再び出会った…綾波はたまたま見つけたから使ってるだけ…

 

「チッ…提督はさ、なんでこんなことするかなぁ…!」

 

「……私たちを平和な世界で生かしたかったんでしょう、この世界には…鳳翔さんもいれば、私たちの知らない死んだ人達もいる…最後の戦いで命を落としたのは…把握できてないだけで1人や2人で語れる数でもない…」

 

「……何より、この世界には火野拓海も、大淀も居た…瑞鳳もいた…みんな何も知らないみたいだった、記憶は受け継いでないみたいだったけど…でも、この世界はイレギュラーが起きてる、艦娘も深海棲艦もない世界に私たちは過去の記憶を持ち込んでる…綾波、アンタはどうなの」

 

「ごめんなさいごめんなさい、何もわからないんです…!」

 

…綾波は私たちに怯えてるそぶりを見せてるから、記憶があるんだろうと思ってもう数年関わってるけど…ずっとこれ

 

「……母親、と呼べる何かから生まれ、幼稚園、小学校と成長する過程を経験したのは貴重ですが、作られた世界だと思うと、悪寒が走りますね」

 

「……たまたま、前世の記憶を持ち込んじゃっただけで…この世界は本当に、前の世界と同じ世界なのかな…これが正しかった世界…?」

 

「…北上さん、この世界には前と同じものが一つあります」

 

「なにがある?」

 

「The・World、ネットゲーム…アレから全てが狂ったなら…また狂わせればいい…どうですか」

 

「…それは提督の考えも、努力も、全部ぶち壊すってことだよ」

 

「承知の上です…それに今の私は機械じゃないんですよ?嫌な命令には背きます」

 

「…よし、乗った…!提督、私はみんながいいんだよ…誰もかけないみんなが…ん?阿武隈だ」

 

「……こっちに気付くなり逃げましたけど、怖がられてません?」

 

「阿武隈も記憶があると思って詰め寄っちゃったんだよねぇ…まあ、見た通りなんだけどさ…」

 

「……不愉快ですね」

 

 

 

 

 

 

 

東京 秋葉原 喫茶店

大井

 

「三崎さん、いい加減行き先を決めてもらえません?日下さんも何か言ってやってくださいよ」

 

「そうですよ、というか大体なんでわざわざ東京まで出てきたのに喫茶店でゲームしてるんですか!?」

 

「いや…だって千葉とか遊ぶとこねぇし…」

 

「知ってますか?東京ってついてますけど夢の国は千葉なんですよ?」

 

「んな金ねぇよ」

 

ああ言えばこう言うなこの男は…!

 

「あ、死んだ」

 

「まずは話してる最中にゲームするのやめてくれません!?……あれ、なんか外騒がしいですね」

 

「路上ライブみたいですよ、ほら」

 

「………へぇ」

 

「知ってる顔でも?」

 

「さあな、わかんね」

 

…アレは…?

見た事がある気がするのに、思い出せない…

 

 

 

 

東京 秋葉原

那珂

 

「みんなのアイドル〜!那珂ちゃんだよ〜!」

 

キャーナカチャーン!

 

「那珂ー!輝いてるよー!」

 

「素敵ですよ!那珂ちゃん!」

 

「…あれ、おかしいなぁ…姉妹でユニット組んだはずなのになんで観客席に2人ともいるの…?ほら、早く上がってきて!今日はまず恋の2-4-11から!行っちゃうよー!」

 

ウオォォォォォ!!

ダイヨンスイライイクゾー!

 

 

 

 

静岡 熱海

大淀

 

「お疲れ様でした拓海さん、いい試合でしたね」

 

「ああ、うん、大淀さんありがとう、結構活躍できたしよかったよ…」

 

「……何か、気になる事が?」

 

「なんだろう…僕は…誰かとの約束を忘れてる気がしてね…誰だったかな…よくサッカーの話をした事があると思うんだけど、どうしても思い出せない…」

 

「大事なお友達を忘れてしまった…と?」

 

「わからない…忘れてしまったのかすら…」

 

「きっと、それなら忘れてしまったのでしょう…最初から居なかったなんてことはありません、もう一度前を向きましょう…あなたが落ち込んでいては、せっかく再会できてもその人は悲しみますよ?」

 

「…そうかもしれないね」

 

 

 

 

 

 

The・World

 

「トキオさん、ショップどんぐりでハンバーガーを買ってきたのです」

 

「お、ありがとう!…うん!やっぱり美味しいなぁ…」

 

「…この世界にいる他の皆さんは、これを味わう事ができないんですから…ちょっと残念なのです」

 

「仕方ないよ、オレたちはダブルウェアで、ゲームの中に取り込まれちゃったんだから…よし、みんなと合流してアカシャ盤の最上階を目指そう、もうすぐ辿り着けるはずだよ」

 

「……果たしてアレは登りきっていいものなのでしょうか…」

 

「どうなんだろう、でも、やらなきゃいけない…」

 

 

 

 

 

 

サイバーコネクトジャパン

龍田

 

「チーム長、これ、報告書です♪」

 

「ああ、悪いな…デルタサーバーにまた放浪AIの報告があった、任せてもいいか?」

 

「構いませんけど、渡会さんはどうされるのですか?」

 

「この前の取り逃がしについてと思われる匿名のメールがあった、俺はそっちを追う」

 

「ああ、聖堂の赤い放浪AIですか、わかりました、お願いします、私の方は瑞鳳ちゃんと対処にあたりますから」

 

「任せる、それから…瑞鶴のやつはどうした」

 

「あー…早めのランチに」

 

「……あいつはコピー取りに降格だ、あ、そうだ…高岡さんにも連絡を回しておいてくれ、このイベントについてなんだが難易度がおかしいものがあってな、ザワン・シンと言えば伝わるはずだ」

 

「は〜い」

 

 

 

 

 

東京 青葉宅

青葉

 

「…なんで泣きそうな顔で私の方を見るんですか、ガサ」

 

「だって青葉じゃない方の青葉なんにも喋ってくれないし!」

 

「ひぃぃ…ごめんなさぃぃ…」

 

「私の妹を泣かさないでくれますか!?というか無茶言わないでくださいよ、人見知りなんですから!!あーもう!前世の記憶持ってればこんな事には…!」

 

「…また出たよ…いい加減病院探せば?」

 

「……うん…」

 

「青葉がおかしいんですかね、アレは全部夢だったんですかね、それでも良いですよ、別に…だけど青葉にとってアレは夢なんかじゃなくて、大事な人生だったんですよ…!」

 

「前世の記憶って言われてもなぁ…ほら、さっさとThe・Worldしよ、みんな待ってるし」

 

「………はぁ…!」

 

 

 

 

 

 

 

そう、みんなこの世界で何かを失い、何かを手にした

誰かが誰かの代わりをして、誰かが誰かの分も戦って

誰かの役割を何人かで分け合った

 

 

『私は、貴方が、嫌いです』

 

 

『まあいいと思ったことからやりましょうよ、絶対に前に進めると思います』

 

 

『なんだっていい……今のうちに…終わらせるよ!!』

 

 

『諦めて…たまるかぁぁぁっ!!』

 

 

『どうして1人で抱え込んで!貴方は特別なんかじゃないのに!』

 

 

『私達が刻んできた想いの全てを……!』

 

 

『この世界を動かす歯車のように…!』

 

 

 

そして、バラバラな時間の、バラバラな世界の中で…

 

みんなが私を見つけた

 

 

『……久しぶりですね、アウラ…』

 

 

 

『…え…?ちょっと待って、誰?…なんで…』

 

 

 

『……そっか、そういうことなんだ…!みんなが思い出してる…!』

 

 

 

『アウラ……っ…?……アウラ…アンタが、アウラ…?』

 

 

 

『…初めまして、アウラ、私としては思い出したくはなかったですが…そうすべき、ということですか』

 

 

 

『…そうじゃん!そうなんだよ!!まだ、まだ終わってないんだ…!』

 

 

 

『……私は全て知っていました、予知した未来は祝福されていました…こんな仮初の形ではない、本当の勝利を…刻むのです』

 

 

 

 

後は、カイト…貴方が…

 

 

 

 

 

 

 

カイト

 

『…く…!』

 

『無限に再誕を繰り返すうちに、貴様の方が劣勢になり始めるとはな…次の世界とやらに、私も行かせてもらおうじゃないか』

 

『そうはさせない…絶対に…!』

 

魔法のストックも切れた…回復も再誕の碑文に頼るしかない…

 

『私が呼び出す傀儡を壊すのが精一杯の貴様に…どうやって止められる、というのだね』

 

巨大な敵が高笑いする

 

『絶対に…もう黄昏は…来ない、来ちゃいけないんだ…僕はここで全てを食い止める…!』

 

『黄昏を食い止める?笑わせるな!貴様が言ったのだ、永遠の昼などないと…!貴様はここで死に、世界は夜に呑まれる!!』

 

…もう、ダメなのか…?

 

「ありゃ、なんか劣勢ですよ」

 

『そうだねぇ…まあ、無理なんじゃない?1人だと』

 

「同意ね、よくもまあ、やってくれたもんよ…」

 

誰かいる…?誰が…

 

『…何…!?貴様ら…何者だ……いや、貴様らはは消されたはず…!』

 

…誰か、それすらもわからなかった…

 

『敵が増えたのになんで余所見できるかなぁ…ッと!!』

 

『がぁぁぁぁぁッッ!』

 

『姉さん、私達も居るんですから、全部取らないでください…』

 

『そうそう、それにセンターはいつまでも…私だからね…!』

 

あれは…アレは碑文か…

操ってるのは誰だ…?誰なんだろう…

 

「…本当に、全てわからなくなってしまいましたか」

 

背後から声をかけられる

藤色の髪の少女

 

「数億年の時を1人で戦ったつもりですか?孤独な戦いに勝者なんてありませんよ、提督」

 

『……キミは…』

 

「…もう一度だけ、名前をお伝えします…私は、曙ですよ…提督」

 

『…あけ、ぼの…?』

 

そうか、思い出した…みんな…なんでここに…!

 

『なんで…!なんでみんな…!』

 

「え、馬鹿なんすかご主人様…自分1人だけでカッコつけるのとかやめてもらえません?」

 

『そゆこと、じゃ、やろうか…いまのあたしの体…万全だかんねぇ…やっちゃいますかぁ…!』

 

「よく見ときなさいクソ提督!向こうの世界のカイトの活躍を!」

 

「提督、たとえどんな世界でも…夜は来ます、いま私たちは永く、暗い…冷たい夜が明ける瞬間にいるんです」

 

…今からが、薄明…

 

「オラオラオラァ!!ふざけた真似してんじゃねぇぞ!!」

 

「ったく、戻ってきてもし艤装が無かったら戦えなかったわね…沈みなさい!」

 

どんどん、みんなが…

 

『さあ!いくよ…スケェェェェィス!!』

 

『イニス!!やるわよ!』

 

『私に力を…メイガス!!』

 

『運命はもう決まってるのです…その道を歩むために後もう少し頑張りましょう…フィドヘル!!』

 

星の輝きのように、小さな光の粒が集まって…

 

『…ゴレ!』

 

『もうちょっと…だから…マハ…!』

 

『ま、ちょっと休憩してなよね、提督はさ…タルヴォス!』

 

「…提督、お借りします」

 

「曙…」

 

『……来なさい、再誕…コルベニク!!』

 

八つの碑文が…揃った

 

『まだだ…!まだ終わらん!終わらせるものか!!何度でも復活し!何度でも貴様らを殺し尽くすまでだ!』

 

『こんのッ…!!無駄な抵抗だっての!!』

 

『川内!上から仕掛けるわよ!!』

 

『覚悟はできた…!?堕ちろォッ!』

 

縦横無尽な戦い、だけど…

 

『まだだ!まだ私を殺しきるには足りない…!!』

 

『マズイ!碑文使いじゃない子が吹き飛ばされる…大井!』

 

AIDAの壁が衝撃を受け止める

 

『人使いが荒いですね…!でもこの程度…!』

 

『何度でも守ってやるクマ!!』

 

でも、こんなに力が集まったのに…まだ届かない…

決して倒しきれない…再誕は食い止めることしかできない…

 

『もう一回くるよ!!』

 

『ぐ…重…!』

 

何が、足りないんだ…何が…

 

「よ」

 

背中を叩かれる

 

「…なんだ…随分と遅かったね」

 

「……覚えてる?夜明け前が最も暗い…」

 

「うん、すごく暗かったよ…」

 

「じゃあ、今からは…明るくなるだけね、摩耶ちゃん!ちょっとそれ返してくれる!?」

 

「……アンタは…!ハハッ…なるほどな、本物のご登場じゃねぇか…そらっ!」

 

摩耶が大剣を放り投げる

 

そしてそれをブラックローズが受け取った

 

「さ…やろうか…アンタ達も!」

 

「だな、俺らにもカッコつけさせてもらおうか!」

 

「こういうことを言う柄ではないが….hackersを敵に回すと言う事がどう言うことか、しっかり教えてやるべきだ」

 

「オルカ…バルムンク…!」

 

空間が音を立てて割れる

 

「盛り上がってんじゃねぇか、川内!!」

 

『うわっ!?提督!?』

 

ハセヲ…?あの格好は…

 

「なぁカイト、俺らは向こうで同じ運命を辿ってきた、その結果がこれだ…川内たちの碑文はこの世界の碑文…なら…向こうの世界の碑文はどうだ?」

 

まさか…向こうの世界の碑文使いを…

 

『私は、ここにいます…イニス!』

 

『来い、俺の…メイガス!』

 

『来たまえ、フィドヘル』

 

『行くよ…』

 

『行くで!』

 

『『ゴレ!!』』

 

『さあ、ミア…おいで…マハ』

 

『行くわよ!タルヴォス!』

 

『来たれ再誕…コルベニク!!』

 

『いいぜ…来い…来いよ…!俺は…ここに居る…スケェェェェェェィス!』

 

…二つの世界の碑文が全部…拓海も、薫も…居る…

 

『カイト、キミの望んだ結末だ』

 

『…安心して、僕もミアも、キミの仲間だから』

 

『こんなことが…こんな事がぁぁぁぁ!!』

 

『再誕を打ち砕け!絶対にここで終わらせるぞ!!』

 

「…僕も…」

 

剣を…

 

「提督、お使いください」

 

「朝潮…これは…トライエッジの?」

 

「残念ながら、私の騎士は女神を守っていますから」

 

…充分だ、充分すぎる

 

「よし、ありがとう…行くよ!!」

 

一気に距離を詰める

 

『コンビネーションだ!』

 

「天下無双飯綱舞い!」

 

『…堕ちろォ!!』

 

ハセヲと連携して攻撃を叩き込む

 

『連撃…決めるぜ!』

 

「カイト!」

 

「炎の爪…走れ!!」

 

『こんなダメージ…再び再誕して…!』

 

「いつまでもいつまでも、そう言うのはダレるって…禍刻、ゲシペンスト…!」

 

『また私の時間の流れを遅くするつもりか!しかしもう効かん!!』

 

 

「だと思ったよ、じゃあ次は勇者様にお任せするか…時の勇者様にな…トキオ!」

 

「OK!…時よ……止まれ!!」

 

 

打撃音とともにトキオが飛び込んでくる

 

「今だ!」

 

『終わりよ…!』

 

「はぁぁぁッ!!」

 

『消えやがれ!!』

 

コルベニクを打ち砕いた…

夜明けが…やってくる

 

「カイト」

 

「…アウラ?」

 

「みんな、貴方を迎えにきた」

 

…世界が、止まってる…

 

「夜のない世界はない、昼のない世界がないように、夜には星が輝き、昼は雲が太陽を隠す事もある…」

 

「…わかってる」

 

「新しい世界に行くの?」

 

「行かなきゃならない…僕は、みんなと一緒に歩んでいく」

 

「それが例え、黄昏よりも辛い道でも?」

 

「例え真夜中でも…きっと…歩んでいける、僕はそう信じてる、絶対に後悔はしない」

 

もう、大丈夫だ、僕はみんなと同じだから

 

「ネットとリアルが分たれた世界…私と貴方も…わかたれる」

 

「…また、助けに行くよ」

 

「待ってる、世界が再誕するから…みんなの望んだ世界が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京

倉持海斗

 

「……学校に行かなきゃ」

 

いつも通る、何もない退屈な道

友達と話をしながら学校に行ったり、帰ったり

 

「でさ、そのThe・Worldってネットゲームが面白いわけよ!」

 

「へぇ…今度やってみようかな…ん…?」

 

…潮の香りが鼻をくすぐる、近くに海はないのにな

 

「どうかしたか?海斗」

 

「いや、なんでもないよ、ヤスヒコ」

 

桜の花びらが舞ってる…少し時期が外れてるのに…珍しいな

 

「すいません」

 

脇道の石段に座った女性に声をかけられる

 

「この施設を探してるんですけど、ご存知じゃないですか?」

 

…横須賀…?

 

「県が違いますね、一度電車に乗ってもらったほうがいいと思います」

 

「あら、そうなんですね…つい先程こっちに出てきたばかりでよくわかってなくて、親切にどうも」

 

「いえ…」

 

そう言って女性は2人の女の子の手を引いてどこかに行ってしまった

 

「なんだ?今の人…」

 

「さあ、よくわかんないけど…あ、それより…」

 

この日、始めたネットゲームで僕の人生が変わった

この日から僕はたくさんの仲間に出会い続けた

 

「え!?ワイズマンって僕より年下なの!?」

 

「そうだとも、何かおかしかったかな」

 

「いや、そんな事は…ねぇ?みんな…」

 

「まあ、正直少し驚いたくらいだよねぇ…」

 

いろんな、たくさんの、仲間に出会い続けた…多分前の世界よりもずっと多かった

最後には本当にたくさんの仲間とともに敵を討ち果たせた

 

進路に迷った僕は、何かに惹かれ防衛学校に入った、平和なこの世界で何故それを選んだのかはわからなかったけど

 

成人の頃に事態が大きく変わった

 

「…深海棲艦、ですか…?」

 

「そうだ、最近になって民間の船や軍艦をも襲う事例が報告されている、それらの容姿が深海のように深い色をしている事、潜航したり海の中から急に現れる点、そして何より鋼鉄の頑強さからそう呼称することになった」

 

「それで、どうするんですか?」

 

「向こうは小回りが効く、それは何故か…小さいからだ、軍艦なんぞ融通が効かず良いようにやられてばかりだ、それではいかん、だからこちらも小回りの効くように人を立てる」

 

「人を…?」

 

「実験段階だが、君にはその艦娘という兵士を指揮してもらうことになった、詳しい事は書類を読むように」

 

つまり体良く訳のわからないやりたくない仕事を押し付けられた…って感じかな…

 

 

 

宿毛湾泊地

 

「ここが…僕の職場か」

 

「初めまして、綾波型の駆逐艦として配属されました、漣と申します」

 

「…君、中学生くらいだよね…本当に君みたいな子が…戦うの?」

 

「まあ…なんて言うか、不思議な力で守られてるから基本的に死んだりはしないらしいですよ、あと他の方もおられますので」

 

「他の方?」

 

漣に通された部屋には8名ほどの人間がいた

 

「まあ、自己紹介は長ったらしいですし、そっちの子が朧、つんけんしてそうなつり目が曙、この黒いのは潮です、と言っても私達リアル姉妹なんですけどねっ」

 

「へぇ…」

 

「……何よ、何見てんのよ!こっちみんな!!」

 

強烈なビンタを受けてしまった…

 

「あとは、正規空母の赤城さんと加賀さん、重巡洋艦の青葉さんと、軽巡洋艦の北上さんで、さいごに工作艦の明石さん」

 

「…みんな艦娘なんだ」

 

「そういう事です、さ、一緒に世界を救うために頑張りましょう」

 

「うん、僕も僕にできる全力で後押しをさせてもらうよ」

 

誰かが笑った気がした

 

「…あんまり…無理しないでくださいね…提督」

 

「…青葉、さんだっけ?」

 

「はい、青葉でいいです…」

 

「ま、気楽にね〜」

 

僕らは、まだ始まったばかりだ

 

「暁の水平線に勝利を刻め!って上からは言われてますが、なんか…オリジナリティが欲しいですねぇ」

 

「なら、薄明のって変えちゃおうか、暁型の駆逐艦とかもいるしさ」

 

「それ名案ね」

 

「よーし!ご主人様、宿毛湾泊地のスローガンですよ!」

 

「…勝手に決めていいのかな…?」

 

「いいと思います」

 

「…薄明の水平線に勝利を刻む…か」

 

僕らは、一度それを成し遂げたんだ…なんだってやれる、やってやるさ

 

「よし!宿毛湾泊地創設メンバーとして!みなさん頑張っていきましょうぜ!」

 

「うん、深海棲艦を倒して…平和な海を取り戻そう」

 

きっとこの世界から戦いは無くならない

毎日日が沈み、夜が来るから

 

だから僕は誰も失わなくていいように戦う…

薄明を目指して

 

「おっしゃー!!早速…何すればいいんでしょうか」

 

「その辺も踏まえて、今からだね」

 

みんなの望んだこの世界だから、僕は…この世界に満足してるよ、アウラ、ありがとう

 

 

 

 

元勇者提督

vol.4 絶対包囲

 

終了



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G.U.//再誕 リアルパート
晴天


The・Worldパートと同時進行です
過去話に名前を振る予定はありません。


宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

海斗「今日から宿毛湾泊地に着任しました、倉持海斗です、よろしくお願いします」

 

北上「ん、よろしくねぇ」

 

曙「まあ、あんま期待しないでおくわ、精々頑張って」

 

海斗「よろしくね」

 

この世界に深海棲艦が発見されたのはつい最近のことだ、深海に生息する小さく小回りが効きながらも艦船の如く強靭な外皮

そしてなにより敵は口の中や体に接続された主砲から砲撃を放ってくる…

そしてそれに対抗するために作られたシステムが艦娘である、この艦娘というシステムは民間人から適合者を募り、適合した艦船の艤装と名前を割り振られる…

これのおかげで例え砲撃を受けても体がバラバラになる事もない、水上を自由に行動できる等…恩恵も多いが、適合するのは艦の名前が女性名詞である事から女性に限られる、と言うのも中々な問題点だ。

 

海斗(…深海棲艦はネットから飛び出してきた存在じゃない、という事だ、艦娘も…ただ機械を身体に纏った人間で…)

 

漣「ま、とりあえず…第一号の艦娘が正式に配属された軍事施設のトップなんですから、頑張ってくださいね?」

 

海斗「わかってるよ、絶対に誰も失わない」

 

加賀「…いきなり生き死にの話に持っていくほどの事でしょうか…」

 

海斗「それくらいの気持ちが無ければ…ね」

 

実験段階であるが故に誰もやりたくない、民間人上がりの存在を丁寧に扱わなければ自分の首が危ういというのだ、お偉方は安定した頃に着任するだろう事は明らかだ。

 

現在この宿毛湾泊地には正規空母の赤城と加賀、そして駆逐艦の朧、曙、漣、潮、重巡洋艦の青葉、軽巡洋艦の北上、工作艦の明石の9名が在籍している。

これは実験ということでできるだけ多くの艦種を配属する、という名目からだ。

 

漣「さっそく!近海の安全を取り戻しにいきましょうか、ご主人様」

 

海斗「うん、わかった、じゃあまずは朧、曙、漣、潮の4人に出てもらうよ」

 

漣「……ご主人様についてはスルーですかい…」

 

海斗「触れた方が良かった?」

 

曙「言われ慣れてるんでしょ、変態っぽいし」

 

朧「曙、あんまりそういうこと言わないで…」

 

漣「ま、まあ!とりあえずこれで漣達の有用性が理解されたら、漸く他の海軍の基地にも艦娘を導入されるそうですし…頑張りましょう!えいえいおー!」

 

潮「おー!」

 

赤城「ふふ…元気ですね」

 

加賀「騒がしいだけでしょう」

 

海斗「とりあえず、出撃メンバーは横須賀から海に出ることになってるから、陸路で横須賀に向かってくれる?」

 

漣「え」

 

曙「は?」

 

朧「うーん…」

 

潮「わーい電車だー!」

 

赤城「すいません、えっと、提督の方」

 

海斗「言いたい事はわかってるんだけど…」

 

漣「ここ、ここはit'sこーち、高知県、Are you Okay?なんなら高知県の西のほーなんですけど…?」

 

海斗「横須賀にある軍艦が封じ込められて海上警備もままならないらしいんだ、だから僕らは一度横須賀まで行ってから、と言うことになる」

 

漣「んにゃぁぁ!ふざけてんですか!?海通れよ!こちとら艦娘ですが!?」

 

海斗「ほんとにね…」

 

北上「…ザミー、諦めた方がいいと思うよ、この人上のラジコンっぽいし」

 

曙「無能ってわけだ…はぁ…この、クソ提督」

 

青葉「み、みなさん…あ、あんまり上官を悪くいうのはやめた方が…」

 

海斗「いや、仕方ない事だよ、とりあえず電車のチケットを用意するから10分で用意して再集合してくれる?他のみんなは好きに過ごしてて構わないよ」

 

漣「あいさーい…」

 

潮「電車の旅、楽しみだね!」

 

曙「本当にやってらんない…最悪なんだけど」

 

海斗(さて、と…今のうちに資料を見直そう)

 

朧、曙、漣、潮は艦娘システムに志願する前から姉妹、志願した理由は朧が強く希望したことに影響されたらしい

朧自身の志望動機はネットゲームの友達が海軍になったから再会できるんじゃないか、程度の軽いものだったと

この4人の姉妹仲は良好で、落ち着いて周りを見れる朧、ストレートに物事を言う曙が姉妹を取りまとめているらしい、漣と潮は元気はいい分考えなしな点もある…かも

 

赤城、加賀は孤児で、今よりも初期に実験的に艦娘システムを作っていた際、自分達の面倒を見ていた人がその被験者に立候補したらしい

現在その人は鳳翔として教導艦の任を与えられた…と

艦娘の数自体が極僅かなのに教導艦なんて必要なんだろうか…

 

北上はかなりドライな子で、お金欲しさに艦娘になったらしい

あんまり自分のことを多く記載してないな…

 

青葉、双子の姉妹だったらしい、姉の方は元気よく活発だが、青葉は物静かで大人しい…

艦娘になった理由は海軍に行けば会いたかった人に会えるから、だと言う、朧と似たような理由だ

趣味は花や人の笑顔を写真に撮ることらしい、今度記念撮影を頼むことにしよう…

 

明石、普段は工廠に引きこもるらしい、元々ゲームや機械いじりが趣味で、艤装への興味から志願…

技術力はすごいらしい…けど一度も会ってないな…後で訪ねないと

 

海斗「よし、そろそろみんなが集まる頃だね」

 

 

 

電車

 

漣「ねぇねぇ、ご主人様、なして私達はこんなトランク持って新幹線に乗るんでしょうか」

 

海斗「ごめんね、ちょっとだけ我慢して、何回かはあると思うけど、そのうち普通に出撃できるようになるから」

 

朧「あ、私提督の隣です」

 

曙「うわ、最悪じゃん…大丈夫?朧、変わろうか」

 

朧「大丈夫って…あはは…すいません提督」

 

海斗(嫌われてるなぁ…)

 

 

 

横須賀鎮守府

 

海斗「すいません、宿毛湾泊地所属の倉持海斗です」

 

受付「…はい、伺ってます、このバッジをつけてお通りください」

 

人数分のバッジを渡される

 

海斗「一応君たちの身分を証明するものだから、外さないようにしてね…」

 

潮「わー、可愛いマークだよ!」

 

曙「こんなので識別されるのか…私達はマスコットじゃないっての…」

 

漣「まあまあ、ひねくれないひねくれない!」

 

海斗「…先に挨拶に行かないと、向こうに休憩所がある筈だからそこで待っててくれる?」

 

漣「漫画とかありますかねぇ…」

 

潮「確か結構充実してるみたいだよ!ほら、インスタとかにのってるし!」

 

曙「……軍の施設なのに…?」

 

 

 

応接室

 

案内「ここでお待ちください」

 

海斗「ありがとうございます」

 

流石にいい施設なだけあるなぁ…

調度品も周りに置いてあるものも全部綺麗だ

 

 

 

5分後

 

 

海斗(…遅いなぁ…)

 

 

 

さらに15分後

 

 

海斗(何かあったんだろうか…でも勝手に出ても良いのかな…特に騒ぎもないし、入れ違いになるわけにも…」

 

 

さらに30分後

 

 

上官「キミが倉持君か」

 

海斗「はい、倉持海斗、階級は少佐です、本日はよろしくお願いいたします」

 

上官「ああ、さっさとやれ、東京湾周辺の奴を蹴散らしてこい」

 

海斗(1時間近くこれのために待ってたのになぁ…)

 

上官「なんだ」

 

海斗「いえ、では失礼します」

 

海斗(みんな待ってるし、急がないと…特に曙は怒りそうだなぁ…)

 

 

 

 

休憩所

 

曙「おっそい!!どんだけ待たせたら気が済む訳!?」

 

海斗「ごめん…さっき許可が降りたから、今から出撃してもらうことになるよ」

 

曙「もうやる気も失せてきた…はー、ふざけんじゃないわよ全く」

 

朧「まあまあ、落ち着いて…待たせようとして待たせた訳じゃないと思うし」

 

漣「とりあえず早く帰ってゲームしたーい!」

 

海斗「みんな艤装を用意して船着場に行こう、そっちから出撃してもらうことになるから」

 

曙「…はぁ……やるしか無いのか…」

 

朧「行くよ?曙」

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

朧「よし、艤装もいいね、羅針盤も持った、行こうか」

 

曙「…旗艦用羅針盤ってなんのためにあるの?」

 

朧「大体の敵の位置を示してくれるんだって…よし、出撃…いよいよだ!」

 

漣「って言っても…周辺のやつは砲撃でやっちまってるんじゃ無いのん…?」

 

朧「油断大敵だよ、あっちかな…?」

 

羅針盤は南方向を指し示していた

 

潮「…羅針盤と睨めっこしてるの見ると、羅針盤って言うよりセンサーみたいだね」

 

曙「…前方!あれ敵じゃない!?」

 

ひっくり返った真っ黒な船に目と顔がついたみたいな深海棲艦が遠くに…

駆逐艦イ級…

 

朧「射程まで10…9…」

 

曙「え?!射程って何よ…?撃てば良いの!?」

 

漣「ま、的当て訓練だともっと近かったよ!?」

 

朧(当たらないのに撃っても仕方ないか…)

 

朧「もう少し引きつけて、狙いをしっかりつけて…!」

 

砲音が響く、この距離で出鱈目に撃って来たか…

 

漣「うわぁっ!?危ないっ!当たりそう…!」

 

朧「漣!落ち着いて!絶対に守るから…!射程…角度よし…沈みなさい!」

 

砲口が火を吹く

若干の間をおいて着弾する

 

曙「当たった…!よし!私達もやるわよ!」

 

潮「うん!やろう!」

 

漣「ビビらせてくれやがってー!こんにゃろー!!」

 

朧(……仕留めきれなかった…角度が悪かった?威力は確かに落ちてるはずだけど…いや、距離は充分だし…もっとやっておけば良かった…)

 

曙「あ!敵が逃げてるわよ!」

 

漣「待てぇぇぇ!!」

 

朧「漣!?隊列を崩しちゃダメ!」

 

漣「へーきへーき!とりゃぁぁ!!」

 

漣の放った砲弾が遠くで黒煙をあげる

 

曙「やるじゃない!漣!」

 

漣「どお!コレが漣の実力っ!なんてね!」

 

朧「馬鹿!なんで隊列崩して一人で突っ込んだの!?もしあの撤退が見せかけで魚雷を進路に置いてたら漣は死んでたかもしれないんだよ!?」

 

漣「いや、ボーロ…そんなガチらなくても…」

 

朧「命懸けの仕事だって理解してやって…!」

 

漣「う、うす…」

 

朧(全然危機感がない…コレじゃダメ、万が一があって傷つくのは自分なのに…!)

 

曙「…なんでそんなにピリピリしてんのよ…」

 

朧「さっさと次行くよ、羅針盤は…東…こっちか…」

 

朧(大丈夫、アタシなら対処できる…!)

 

 

 

 

曙「遠方に2ね」

 

漣「よっしゃー!やっちゃうぞー!」

 

朧「………」

 

朧(速力と距離…当たる、とにかく先に当てなきゃ)

 

連装砲を放つ

着弾音が響く

 

曙「うそぉ!?この距離で当たるの!?」

 

漣「えぇ…?な、なんで…?なんであんなちっちゃい…いや、ちっちゃくは無いけど…!」

 

潮「朧ちゃん練習頑張ってたもんね!」

 

朧「両方駆逐艦イ級…ハズレか…」

 

今回の目標はこの辺の深海棲艦を仕切ってる軽巡洋艦、そっちの方が出てきて欲しかったのに

 

朧「沈みなさい…!」

 

曙「いっけぇー!」

 

こちらに被害はないままの勝利

 

朧「よし…一度戻ろう、私たちだけでこれ以上進むのは難しいし、戻ってもう一回出るよ」

 

潮「え、まだ行くの…?」

 

朧「……無理?」

 

曙「無理じゃないけど…かなり疲れるわよ…?」

 

朧「……とりあえず一度引き換えそう」

 

 

 

横須賀鎮守府

 

朧「艦隊が戻りました」

 

海斗「お疲れ、怪我はない?」

 

漣「ちょっと至近弾で濡れたくらいですね!春の海は冷たいぜ…!」

 

曙「…なに、ずっと待ってた訳?安全なところで」

 

海斗「他にできる事がないからね…」

 

曙「あるじゃない、その辺の漁船にでも乗って盾にでもなれば?」

 

朧「曙!言って良いことと悪いことがあるよ…!」

 

曙「艤装に補給したらもう一回行くんだし、早く行きましょ」

 

潮「ご、ごめんなさい…曙ちゃんちょっと気合い入りすぎてて」

 

海斗「気にしてないから大丈夫だよ、安全第一でよろしくね」

 

朧「…お任せください、それじゃあ、みんな、行こう」

 

漣「うひぃ……了解しやしたぜ…」

 

曙「ふん…」

 

 

 

 

 

もう一度同じルートを目指す、羅針盤は最初と変わらず南を指し示している

 

朧「…また駆逐艦イ級…さっきとは別のやつかな」

 

曙「ちゃっちゃとやるわよ!漣!」

 

漣「あいあいさ!!どかーん!」

 

朧(…偏差も何も考えてない…あれじゃ当たらない…)

 

曙「外れたか…」

 

漣「次行くよ次!」

 

朧「無駄撃ちが多い…ちゃんと狙わなきゃ当たらないよ…!」

 

曙「じゃあ自分で撃ちなさいよ!」

 

朧「…もう!!じゃあ大人しく見てて!」

 

放った砲弾は的確に敵を捉える

 

朧「浅い…雷撃戦に行くよ!」

 

曙「らい、雷撃!これだ!」

 

潮「それ!」

 

漣「……魚雷…どれ?」

 

…こっちに向かってくる雷跡…!

あのルートだと曙に当たる!

 

朧「絶対守る…!」

 

主砲を雷跡に向かって放つ

特大の水柱が至近距離で上がる

 

曙「うわっ!!」

 

曙が衝撃に吹き飛ばされて水面を転がる

 

潮「大丈夫!?曙ちゃん!!」

 

曙「……なにこれ…あは…あはは…」

 

朧「しっかりして!わかる!?ここは命懸けの戦場なんだよ!」

 

漣「なんでボーロはそんなに冷静なのぉ…!」

 

朧(…そりゃそうだ、私もそうだけど、初めての実戦…つい最近までのんびり学校に行きながら暮らしてたような…普通の子供だったんだから…)

 

朧「死にたくないからに決まってるじゃん…早く立って、さっきの雷撃で敵は仕留めた、進むよ」

 

曙「…まだ、戦うの…?」

 

朧「……怖いなら帰れば良い、私は戦うから」

 

漣「…わ、私は行く…一人だと…不安だし」

 

潮「朧ちゃん無茶するところあるからね…よし、私も行く!」

 

曙「え…2人まで…?……あー!もう!行けば良いんでしょ!?」

 

朧「じゃあ、いくよ…次は西…」

 

羅針盤に導かれるように進む

 

 

 

朧「…居た…!軽巡級!!」

 

曙「…さ、さっきより強そうなんだけど…!てかあれ…腕…?怖…!」

 

漣「イ級も2体いる…!」

 

潮「油断したらやられちゃうよ!用意して!」

 

朧「…まずい!もう向こうの射程内だ!撃ってくるよ!」

 

ホ級「ギシャァァァァァ!!」

 

大きな鳴き声と共に砲音が響く

 

曙「うわっ!?危ないわね!くらえ!!」

 

朧「射程に入った!とにかく撃ちまくって敵の砲撃を邪魔して!」

 

朧(旗艦さえ落とせば逃げてくれるはず…あの腕みたいなのが伸びてるところなら他よりダメージが通る…!)

 

朧「沈みなさいッ!!」

 

ホ級が急旋回して砲撃を防ぐ

 

朧「そんな…!ダメージがあんまり通ってない…」

 

ホ級「グワシャァァァァ!!」

 

朧「漣!駆逐艦を狙って!潮は広角砲撃!」

 

潮「え!?何それ!」

 

朧「チッ…じゃあもう駆逐艦狙って!!」

 

朧(軽巡は私が相手するしかない…!)

 

曙「馬鹿!朧!」

 

朧「えっ…」

 

胴体に直撃

重い衝撃が体を揺さぶる

 

朧「…ごぱッ……ぁぐ…!」

 

漣「ボーロ!!この…!」

 

朧(いた…めちゃくちゃ痛い…でも立たなきゃ……この程度で、止まれない…)

 

潮「朧ちゃん、立って大丈夫なの!?」

 

朧「寝てた方が危ないよ…良いパンチもらったせいで…冷静になれた…曙!夜戦に持ち込むよ!」

 

曙「や、夜戦に…?」

 

朧(夜の闇を利用して…特大の一撃を叩き込む…)

 

朧「全員回避行動に集中!とにかくダメージを防いで!」

 

漣「りょ、了解!!」

 

潮「敵が変な動きしてるよ!」

 

曙「また魚雷だ!こっちも…!」

 

魚雷をばら撒く

敵の魚雷をなんとかかわしきる

 

漣「あ!やった!漣の魚雷当たった!!」

 

潮「私のも当たったよ!ちっちゃい方倒せた!」

 

朧「なら…上等……」

 

日が沈む

真っ暗な夜が、星と月の明かりだけの夜が来る

 

朧「雷撃中心で行くよ…!」

 

曙「…ダメ、距離が測れないわ…!」

 

朧「とにかく全部魚雷をばら撒いて!動きを止めたところに一切砲射で倒し切る!!」

 

漣「おりゃぁぁ!」

 

潮「それっ!!」

 

魚雷が海を進む

 

朧(見失うな…見失うな……!あのルートで、どう進むのか…ちゃんと狙って…)

 

朧「…今!てー!!」

 

一斉に主砲を放つ

 

朧「当たれぇぇぇ!!」

 

特大の水柱が上がる

黒い金属片を巻き込んで

 

朧「よし!!倒した!」

 

曙「…え、今ので…倒したの?」

 

破片が海にボトボトと落ちていく

 

漣「…やった!じゃあ、せ、成功?」

 

潮「作戦成功!よーし!コレで帰れるね!」

 

朧「…良かった…帰投するよ…!」

 

 

 

 

数刻前

 

 

横須賀鎮守府

提督 倉持海斗

 

海斗「また曙にどやされるのも良くないし、帰る用意だけでもしておこうかな…」

 

手早く帰り支度を済ませる

 

上官「ああ、居たか、倉持君」

 

海斗「あ、何か御用でしょうか」

 

上官「艦娘志望の姉妹がいてな、その2人を宿毛湾泊地にと思っていたんだが…すっかり紹介を忘れていた、向こうの兵舎に居る、挨拶してきてくれ、連れて帰ってくれて構わん」

 

海斗(…随分とぞんざいな扱いだなぁ…)

 

海斗「わかりました、ありがとうございます」

 

 

 

兵舎

駆逐艦 ??

 

海斗「艦娘志望の子を引き取りに来ました」

 

ドアの向こうから声が聞こえる

 

??「ひ…や…やだ!やだ!やだよぉ!!」

 

??「落ち着いて、大丈夫だから…今度は私が守るから…」

 

食事用のフォークを手に持つ

床を這ってドアの死角に移動する

 

ノックの音

 

海斗「…返事がない…?開けさせてもらうよ」

 

ドアが開く

軍服の男が入ってくる

 

海斗「…キミが綾波…かな?」

 

綾波「ひ…!や、やめて…ごめんなさい!ごめんなさい!!」

 

海斗「……ど、どうしたの?なんでそんなに怯えてるの…?」

 

男が綾波に手を伸ばす

 

敷波「綾姉ぇに触るなぁ!!」

 

服を掴みよじ登り首に向かってフォークを突き立てる

 

海斗「っ…ま、待って!何か勘違いしてるよ!」

 

敷波「死ね!死ね!死ね!!」

 

フォークが鋭くないせいでうまく刺さってない…

しかも腕でガードされていては致命傷にもならない…

 

海斗「待って!…キミは…」

 

敷波「この!離せ!離せぇぇ!!」

 

海斗「…脚が…ない…」

 

敷波「黙れ!死ね!死ね!!」

 

綾波「お願いします!敷ちゃんには何もしないで!お願いしますから!うっ…こひゅっ…ひゅっ…!」

 

敷波「綾姉ぇ!離せ!綾姉ぇが死んじゃう!離して!!」

 

海斗「わかった」

 

男は私を綾姉ぇのそばにおろす

 

敷波「綾姉ぇ!大丈夫だよ、私ここに居るから!ほら、こっち見れる!?」

 

綾波「ひゅー…ひゅっ…やだ…こひゅっ…敷ちゃんは、だめ…」

 

海斗「……もし、僕が君たちに何かをすると思ってるのなら、それは違う、僕は君達を迎えに来ただけだよ、決して君たちを傷つけたりしない、約束する」

 

綾波「違う、んです…わ、わた…私は良いの…敷ちゃんだけは…!守るって…」

 

敷波「綾姉ぇ…!お前…綾姉ぇに何かしたら本当に殺す…!」

 

綾波「だめ…敷ちゃん、私は、私は償わなきゃ…!」

 

海斗「…償う?」

 

綾波「し、しの…東雲…!北上…!わ、わかりますよね…?」

 

海斗「…何を言ってるのか、わからないよ、一旦落ち着いて、ゆっくりで良いから…落ち着いてからお話ししよう…僕はちょっと傷の手当てをしてくるね」

 

そう言って男は出ていく

 

敷波「…綾姉ぇ…」

 

綾波「こひゅっ…うぅ…やだ…やだよ…敷ちゃん…」

 

敷波「大丈夫、綾姉ぇは守るから…」

 

 

 

提督 倉持海斗

 

海斗「すいません、絆創膏をもらえますか?」

 

医官「ああ、あの問題児にやられましたか、今消毒しますね」

 

傷口に消毒液が染みる

 

海斗「すいません、あの2人…どんな子なんですか?」

 

医官「……どんな子、とは?」

 

海斗「生い立ちとか…その辺りを聞いてみたいな、と思って」

 

医官「残念ながら、私どもは知りません、よし、コレで良いでしょう…」

 

海斗「どうもありがとうございます、それでは」

 

海斗(…収穫はないか…資料も特に渡されてない、いや、後から渡されるかもしれないな、それを見るまで迂闊な発言はやめよう、傷つけてしまうかもしれない)

 

あの薄暗い牢屋のような部屋に向かう

 

…悲鳴が聞こえた気がした

嫌な予感がして、走った

 

海斗「…何をしてるんですか」

 

首を絞められている敷波が僕を睨みつけている

それみた事か、という目で

 

上官「罰を与えている、此奴らは君に暴力を振るったそうじゃないか」

 

海斗「やり過ぎです、離してあげてください」

 

上官「…ふむ、まあ、もう君の所有物だ…自分の物を傷つけられるのは嫌だろうな」

 

上官が敷波の首から手を離す

 

敷波「ごほ…ごほっ!!」

 

…綾波は…?

敷波がこんな事になって騒がないはずはない…

奥で横たわってる…?

 

海斗「…綾波!」

 

綾波「…ひゅ……ひ……」

 

息が弱い

 

海斗「大丈夫!落ち着いて…息はできる!?」

 

微かに開いてる口の中に何かが見える

嘔吐しようとして喉が詰まったようだ

 

綾波をうつ伏せにし、背中を押して詰まった物を吐き出さざる

 

綾波「おげ…ごぼっ…」

 

上官「床を汚すな、汚らしい…掃除しておけよ」

 

自分から出ていってくれたのは好都合だった

 

海斗「綾波、息はできる?」

 

綾波「は…ひゅっ…ぁ…」

 

海斗(…さっきよりはちゃんと息ができてる…なら大丈夫かな…)

 

敷波の隣に綾波を寝かせる

 

敷波「…お前……」

 

海斗「多分、大丈夫だと思う…ごめん、僕が離れたばかりに…」

 

敷波「……ありがとう…綾姉ぇ助けてくれて…あのままだったら…綾姉ぇ死んでた…私を助けてくれた綾姉ぇが…死んじゃってた…私…何もできずにみてることしか…!」

 

自分もついさっきまで殺されかかっていたのに、真っ先に姉の事か…

 

海斗「…君たちには、宿毛湾泊地に来てもらうよ、他の施設だとまだ艦娘が活動できる設備はないんだ、できるだけ不自由させないようにするから」

 

敷波「…わかった…」

 

海斗(忙しくなるな…)

 

 

 

 

 

 

漣「…ご主人様…?」

 

朧「……提督、ソレは?」

 

海斗「新しい仲間だよ、綾波と敷波、綾波は今は意識がないけど目が覚めたら改めて挨拶してね」

 

曙「……あんた臭いわよ、服着替えたら?」

 

綾波の吐瀉物がかかったせいで酸の様な臭いがついてしまってるらしい

 

海斗「……うん、まあ今は着替えがないから…離れててくれると助かるかな…ごめんね」

 

潮「あ、あはは…」

 

潮にまで引かれてしまうのは少し悲しいな…

 

朧「……提督、本当にソレを連れて帰るんですか?そっちのは…みたところ、脚がないみたいですけど」

 

敷波「……」

 

海斗「朧、大丈夫、例え何かが無くても…補い合えば解決できるから」

 

朧「……私が言いたいのはそういう事じゃなくて…!」

 

海斗「大丈夫だよ、心配しなくて良い、それよりも朧も傷は大丈夫なの?」

 

朧「……もう知りません」

 

これから、深海棲艦撲滅に向けた戦いが、始まる…



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願望

宿毛湾泊地

駆逐艦 朧

 

朧(…納得できない、なんでアイツが私たちの仲間になんかなれるの…?認められない、理解できない信じられない…)

 

泊地に着いたのは深夜だったこともあり、私は眠れない夜を過ごす事になった

本当は違うはずだった、褒めて欲しい、認めて欲しい…

もっと別の話をするはずだった、私は覚えてる事、それらまとめていろんな話をしたかった…なのに…

 

気づけば私はベッドを抜け出し、廊下を1人で歩いていた

 

まだ灯のついた部屋の前で止まり、ノックもなしにドアを開く

 

綾波「…い、いい、いらっしゃると…思ってました…」

 

朧「…そう、なんで?」

 

綾波「……あ、貴方だけ…反応が違う…わた、しの…私の事…覚えてますよね…」

 

朧「うん、よーく覚えてる、少し顔貸して欲しいかな」

 

綾波「わかっ…わかりました…」

 

警戒を怠らない

何かあれば即座に殺してやる、それくらいの気持ちで…

 

 

食堂

 

朧「ほら、お茶」

 

綾波「い、いただきます…」

 

朧「……怯えてる割には、警戒心なく飲むんだね」

 

綾波「ぱ、パニック障害と…吃音症を患ってるんです…そ、その…昔から…」

 

朧「……それで?」

 

綾波「お、おびえてみえると思いますけど…私は、運命を理解してる…私は、血に濡れた…ざ、罪人ですから、幸せになろうなんて…おもっ…思ってませんから…」

 

朧「…たとえ毒が入ってても、飲んだ?」

 

綾波「…はい」

 

朧「なんで」

 

綾波「つ、償い…」

 

朧「…償い…?アンタがそんなこと考えるなんて思ってなかったな…」

 

綾波「…そ、そう思われても仕方ないと、思います…あ、あの…」

 

朧「何?」

 

綾波「…すぅ…はぁ……ごめんなさい…!」

 

朧「……謝らないで、私の心を晴らそうとしないで、貴方と仲良くなるつもりはないから」

 

綾波「そ、それでも…許されるつもりな、なんて、無いんです…私、私は…殺されて当然だから…」

 

朧「……悲しい事に、北上さんは何も覚えてないんだよね、なんとなくわかる、北上さんは何も覚えてないし、さざなみも覚えてない、曙も…青い方だし、前の世界の記憶を持ってるのは…あたし1人」

 

綾波「だ、だから…わた、わたしは貴方に…」

 

朧「それで済ませると思わないで」

 

綾波「………」

 

朧「徹底的に、苦しめて…同じ気持ちにさせるから」

 

綾波「…あ、アハ…」

 

朧「……笑わないでよ、気持ち悪い…」

 

綾波「ご、ごめんなさい…う、う、うれしくって…」

 

朧「…嬉しい……?」

 

綾波「よ、ようやく…ようやく、償える…私の罪…やっと…!」

 

朧「……あたしは、アンタのためにやるんじゃないんだよ」

 

綾波「わ、わか、てます…!だけ、だけど…私…」

 

朧「…時計の針は戻らない…綾波、何人殺したの」

 

綾波「………か、数え、切れません…数えることも…できません…い、命は、数じゃないから…」

 

朧「綾波がそれを言えるんだ」

 

綾波「い、いい…え…私に、言う権利は、あ…ありません…」

 

朧「……まともな倫理観がつきました、とか…そういうの要らないよ、そんなに償いがしたいならさっさと死ねば良い…」

 

海斗「朧、それは違うんじゃないかな」

 

朧「…提督…いつから?」

 

綾波「かひゅ…!…ひゅっ…」

 

海斗「わ、ご、ごめん…!僕が来ちゃ不味かったか…!」

 

綾波「だ…ひゅっ……ひっ…だいじょ…ぶ…です…!」

 

朧「提督、いつから居たんですか」

 

海斗「えっと…数え切れないって所から」

 

朧「じゃあ、わかりますよね…こいつは何人も殺してる…いや、何十人、何百人かもしれない…そんな悪人なんですよ…!」

 

海斗「僕の顔を見ただけで呼吸困難を起こしてるのに…綾波に本当に人が殺せるのかな?」

 

朧「それは…」

 

朧(前の世界の記憶がないなら…私は綾波のやったことを証明できない…綾波のやったことを私が責めても…周りからすればただの弱い物いじめ…か)

 

海斗「…綾波」

 

綾波「ひゅ…ぁ…い」

 

海斗「キミと朧に何があったのか、僕はわからないし、キミがどれだけの命を奪ったのかも知らないけど…君はこれから沢山の命を守る立場にあるんだ、たくさんの命を奪ったのなら…誰よりも、それ以上に救えば良い…と思うんだけど、どうかな?」

 

綾波「ひゅ…ひゅご…おぇ…ぇ…」

 

朧「は、吐いた…」

 

海斗「わ、だ、大丈夫!?」

 

綾波「や、優しく…おぇ…しし、しないで…許容量が…」

 

朧「許容量て…え、何、優しくされたら吐くの…?」

 

綾波「…うぇ…は、ははい…わたっ…私なんかに…そんな、ぶ、分不相応な…」

 

朧(…って事は…つまり…)

 

朧「よしよし、背中さすってあげるね」

 

綾波「おえぇぇ…!!」

 

海斗「お、朧…?」

 

朧「なんですか?提督、私は綾波さんを介抱してあげてるだけじゃ無いですか」

 

綾波「おえっ!おぇぇぇ…!や、やめ…!」

 

海斗「…優しくされてダメージを受けてる…すごい光景だ…」

 

北上「ねぇ〜?こんな時間に騒がしくしないでよ…って、イエスマン帰ってたんだ…うわ、何この大惨事…臭いし…」

 

綾波「ごめ、ごめんなさ…う…!」

 

海斗「あ、あの子は綾波って言うんだけど、知らない人がダメなんだ、騒がしくしてごめん北上、部屋に戻っててくれる?僕が片付けておくからさ」

 

北上「……ならいいか…頼むよ?本当にさ…くぁぁ…」

 

朧(…北上さん…)

 

海斗「綾波、ずいぶん汚れちゃってるし一度シャワーを浴びてからもう一度ゆっくり寝て、また明日みんなに紹介するから…総員起こしには間に合わなくて良いから」

 

綾波「い、いえ…ひゅ…ぁ…ま、間に合わせ…ます…から…!」

 

そう言って綾波は駆け足で食堂を出て行った

 

朧「…はぁ…逃げられちゃった」

 

海斗「…朧、君の行動はとても褒められた物じゃないよ」

 

朧「何処がですか?誰が見ても私はただ介抱してただけ」

 

海斗「…そう言う意味じゃない」

 

朧「………」

 

朧(知らないって事は…凄く、残酷だ)

 

朧「…ところで、提督はこんな時間まで何を?」

 

海斗「報告書を送って、綾波と敷波についての資料を読んでた…あの2人にも辛い事情があるんだ、できれば…」

 

朧「大丈夫です、優しく、してあげますから」

 

海斗「……そう、なら今日はもう休んで、キミも怪我をしてるはずだ」

 

朧「衝撃はありましたし、ダメージもありましたが傷はありません、艤装は今修理してくれてるんですよね?」

 

海斗「…明日には治る、らしいよ」

 

朧「そうですか、失礼します」

 

 

 

 

 

執務室

駆逐艦 綾波

 

海斗「…起きてこなくても良い、って言ったのに…」

 

綾波「さ、さ昨夜は…ごめい…わくを、おかけしました…」

 

敷波「………」

 

総員起こしのラッパの後、すぐに身だしなみを整え、敷波と2人で執務室の前に行ったら丁度出会ってしまった

 

海斗「…大丈夫?息苦しい…よね?もう休んでても良いよ」

 

綾波「あ、あの…あの!」

 

海斗「……君達のことは、資料で読ませてもらったよ、その…僕には軽はずみに言葉をかけることは出来ないし…君達のことは…」

 

綾波「そ、う…じゃなくて…」

 

敷波「…綾姉ぇ…やめよう、やめた方がいいよ」

 

綾波(…隠し通せ、って言われてるのはわかってる…だけど、私はこの咎を背負って生きるなら…できるだけ嫌われて、殺されたい…私は、なんでこの記憶を…)

 

綾波「わ…わた、私は…じん、人体実験を…」

 

海斗「…大丈夫だよ、綾波」

 

綾波「え…?」

 

海斗「君たちの罪は問われるものじゃない、正当防衛だからね」

 

綾波(…違う、そっちの話じゃない…)

 

敷波「…なんでその事を…」

 

海斗「君たちについての資料に記載があった…と言うか、さっきそれについて触れたつもりだったんだけど…」

 

綾波「……あの…その…」

 

海斗「あ、ごめんね、そろそろみんなに仕事を割り振らなきゃ」

 

敷波「……綾姉ぇ…」

 

綾波「…敷ちゃん…わ、わた…し…」

 

敷波「綾姉ぇは…もう苦しんだんだよ、だからもう良いんだよ…」

 

綾波「ダメ…ダメなの…あの時、私の中に急に…き、きき…記憶…人を…何人も殺して…」

 

敷波「それは綾姉ぇじゃない、別の誰かの記憶を持ってしまっただけなんだよ…」

 

綾波(違う、あの悦楽を、あの快感を、狂気を…全て私は憶えている、肌が感じてしまっている…そしてそれが怖くて、恐ろしくて…不安で、死んでしまいそうになる…)

 

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

海斗「全体に通達する点は2点、今日は全員の砲撃のスキルを確認します、それから昨日の朧達の活躍により、正式に君達艦娘の運用が決まり、他の軍事施設にも艦娘が導入される事になりました…君たちのおかげだよ、これで平和な海へと一歩近づいた…って感じだね」

 

北上「ねぇ、そのスキルチェックってさぁ…終わったら好きにしてていいわけ?」

 

海斗「構わないよ、まだまだ仕事は少ない、でも北上にも近いうちに出撃してもらう事になる」

 

北上「ダル…まあいいや、じゃあ順番はあたしが1番ね、100点で通るからさ」

 

 

 

演習場

 

北上「んー、あの的潰せばいいの?」

 

海斗「そうだよ、あの的に当ててくれれば良い、それは演習用のペイント弾だから当たったら破裂してすぐにわかる」

 

大体距離は200メートル先にある直径3メートルの的…この距離なら十分見える

 

北上「…弾数は10かぁ…これ外す前提で10発な訳?」

 

海斗「全部撃って、それでどのくらい正確に当てられたかを測る事になってるから」

 

北上「……ま、なんでもいいや」

 

そう言って北上は砲を放ち、装填して放つ

 

北上「みえるー?ほら」

 

海斗「…全弾がほとんど同じところに当たってるね、すごい精度だ」

 

北上「100点でしょ、あたし天才だからさ?…ま、それじゃあたしは適当にしてるから」

 

ペイントは一箇所に集中してる…これは全ての砲弾が大体同じルートを通ってる証拠だ

 

青葉「…北上さんは、凄いですね…」

 

海斗「次は青葉?」

 

青葉「いえ、その…私は最後なので…」

 

海斗「…じゃあどうしてここに?」

 

青葉「……司令官とお話がしてみたくて…」

 

海斗「僕と?構わないけど」

 

青葉「……その…司令官は、私の事は…ご存知ですか?」

 

海斗「…資料で読める範囲ならね」

 

青葉「…私との会話は…私が撮った写真は…憶えてないんですか…?」

 

海斗「君とは、この泊地で初めて会ったと思うけど…」

 

青葉「…そう…ですか…なら、今から…また私を知ってください」

 

海斗「うん、そのつもりだよ」

 

青葉「……私は、憶えてますから…」

 

 

 

 

 

 

敷波「…アタシもやらなきゃダメ?この通り背もたれ無しでまともに座ってるのも難しいんだよ」

 

海斗「…僕が支えてて構わないなら、支えておく…一応、君たちが艦娘という職業である以上…最低限のことはやってもらえないと僕もクビになるからね…」

 

敷波「…本当にイエスマンじゃん」

 

海斗「そう言うつもりはないんだけど…」

 

敷波「はいはい、足の付け根から先がない女の子に無茶させるのが趣味の男の言いなりになりますよ」

 

海斗「…ごめんね、お願い」

 

敷波「……そりゃっ!」

 

的外れな方向に砲弾が飛んでいく

 

海斗「…よし、十分だよ」

 

敷波「一回で良いの?」

 

海斗「うん、まあ…無茶させるわけにはいかないしね…次は綾波か…」

 

敷波「…綾姉ぇの事…」

 

海斗「うん?」

 

敷波「…ホントにありがとう…綾姉ぇは…私の事をずっと守ってくれてたんだ、綾姉ぇがああなったのは、アタシのせい…」

 

海斗「敷波、キミも綾波も…何も悪い事をしてないじゃないか」

 

敷波「…綾姉ぇは人殺しで、アタシは…殺すまでいかなくても…何回も何回も人を傷つけてる…いや、アタシも殺してるのかな」

 

海斗「……」

 

敷波「…資料で読んでるって言ってたけど…アタシ達は、薄っぺらな紙一枚で語れるような人生は生きてない…2枚は必要」

 

海斗「それは、キミの話を聞かせてくれる…って事?」

 

敷波「…アタシ達は艦娘になる前から姉妹だった、ずっと、ずっと前から姉妹だった…元々の名前に綾と敷が入ってたからさ…ずっと綾姉ぇ敷ちゃんって……」

 

海斗「不思議な偶然だね」

 

敷波「…アタシ、小さい頃に攫われてさ、逃げられないように脚に釘打たれたの、まあ…いろんな目にあったんだけど、2日くらいした後…綾姉ぇが助けに来た…警察なんかよりも早くね…攫った奴らは綾姉ぇを子供だからって油断してた…だから綾姉ぇは…そいつらを殺せた、だから銃を奪って殺しちゃった」

 

海斗「…キミはそれをみてた…」

 

敷波「うん…まあ…なんだろ…綾姉ぇ昔からパニックになりやすいし、喋るのも凄く下手で…そんな綾姉ぇが…オドオドしてる姿しか知らなかったのに…その瞬間だけ別の誰かになってたみたいだったよ」

 

海斗「そっか…だから綾波はキミの大切な人なんだね」

 

敷波「……でも、その日から綾姉ぇは…おかしくなったんだ、自分は幸せになっちゃいけないって」

 

海斗「…この世に幸せになっちゃいけない人なんていない、大丈夫…綾波もきっと乗り越えられるよ」

 

敷波「その3人だけなら…幸せだったのにな…」

 

海斗「え?」

 

敷波「アタシを拉致った奴等は3人だけ…綾姉ぇが殺したのも3人だけ…なのに…綾姉ぇは誰かの記憶で苦しんでる、アタシにも誰かの記憶がある…前世ってやつ…なのかな…あの世界では綾姉ぇは…人殺しで、狂ってて…あの3人を撃ち殺した時の綾姉ぇも…あの綾姉ぇと同じ笑顔を浮かべてた」

 

海斗「……それは気のせいだ、その時のキミは凄く辛い目にあった後だったんだ、見間違いをしてしまった…それだけだよ」

 

敷波「…見間違い…本当に…?」

 

海斗「綾波は優しい子だよ、ただ、キミを守るために必死だっただけ…」

 

敷波「……そっか、ありがと…提督」

 

海斗「…これからよろしくね、敷波」

 

敷波「次の綾姉ぇのテスト、アタシも手伝うよ…綾姉ぇ落ち着けるのはアタシが1番だし」

 

海斗「じゃあ、お願いしようかな」

 

敷波「任せといて」

 

 

 

 

 

綾波「…はっ…はっ…ふっ…ふぅ……」

 

海斗「あんまり無理はしないでいいからね…?」

 

敷波「綾姉ぇ、ゆっくり狙えばいいから、大丈夫だからね」

 

綾波「…狙って……撃つ…ひぃっ!」

 

なんとか一発砲を放ったものの、砲音に驚いて主砲を落としてしまった

 

綾波「や…やだ…ごめんなさい、ごめんなさい…!わ、私戦えません……!」

 

海斗「うーん…これは仕方ないね…綾波には戦闘以外の仕事をやってもらうようにしないとか…」

 

敷波「綾姉ぇ…」

 

綾波「やだ…やだ…」

 

縮こまって震えている綾波の頭を撫でる

 

海斗「…よく頑張ったね」

 

綾波「あ…ああ、ありが…おええぇ…」

 

敷波「あ、綾姉ぇ…う、海に吐こうか…」

 

海斗「そう言う問題じゃないと思うよ、敷波」

 

綾波「おげっ…おえぇ…」

 

敷波「あ、魚が跳ねた…大きいの釣れそう」

 

海斗「し、敷波…?現実逃避はやめようか…」

 

敷波「…まあ、姉ちゃんはアタシが見とくから…提督は次の人のやつ見てきなよ、待たせるのも悪いしさ」

 

海斗「そうだね、まあ…ここから撃つ予定だったんだけど、仕方ないか」

 

 

 

青葉「…それで私だけ海の上から…?」

 

海斗「大丈夫?無理なら綾波達に動いてもらうつもりだけど…」

 

青葉「…大丈夫です、けど…」

 

海斗「…青葉も、綾波達に思う所があるの?」

 

青葉「ないと言えば、嘘になります…あの人たちは色んな人を傷つけましたから…でも、それを証明することは出来ません、私には何もできないんです…」

 

海斗「そうだね、でもたとえ証明できたとしても…青葉に誰かを傷つけるようなことはして欲しくないかな」

 

青葉「…わかりました、司令官がそう言うなら…私はあの2人に関わりません」

 

海斗「ありがとう」

 

青葉「その代わり…このテストで良い結果を出したら、青葉の言う事を一つだけ聞いてください」

 

海斗(言う事を、かぁ…青葉なら大丈夫かな?)

 

海斗「わかったよ、内容は?」

 

青葉「…結果を出してから、お伝えします」

 

青葉は北上ほどでは無いがかなりの精度の砲撃をやってのけた

実戦で充分に通用するとわかるほどの

 

青葉「どうですか…?や、約束には…届いたでしょうか」

 

海斗「完璧だよ、それで僕はどうすれば良いの?」

 

青葉「…ネットゲーム…」

 

海斗「ネットゲーム…?ネットゲーム用のパソコンが欲しい、とか?」

 

青葉「…あ…パソコンが要るんだ…え…えっと…えぇと…」

 

海斗「……もしかして、ネットゲームをやってみたい…って事だったの?」

 

青葉「え?あ…そ、そうです!わ、私何も知らないけど!流行ってるネットゲームをやってみたくて!!」

 

海斗「うーん…僕もやってたのは昔だからなぁ…最近のにはあんまり詳しく無いけど、教えられる範囲は教えるよ」

 

青葉「是非!お願いします!!」

 

海斗「わ、わかった…わかったから落ち着いて?」

 

青葉「す、すいません…The・Worldってやつ…やってみたいです」

 

The・World、世界で二千万本を売り上げた大人気ネットゲーム…

知らない人の方が珍しいとまで言われるものだ、年頃の女の子としては興味を持つことはごく自然なコト…

 

海斗「うん、それなら他のよりもわかる事は多いから教えられることも多いかも…パソコンは持ってないんだよね?今度一緒に買いに行こうか」

 

青葉「は、はい!お願いします!」

 

嬉しそうに笑う青葉は、いつもより元気そうだった

 

 

 

執務室

 

海斗「よし、報告書も提出したし…明日の出撃任務だ…」

 

明日の出撃には青葉と北上を起用する事になる

岩川のあたりから南進、南西する部隊と二つに分かれ、周辺の深海棲艦の調査、必要なら佐世保の基地に艦娘を配置したい…と言う事らしい

 

青葉も北上も充分に強いけど…北上には不安がある

慢心気味で、自分は天才だ…なんて言うあたりが特に…

でも結果は出してる、実戦こそまだだけどいろんなテストを満点で合格、結果を出し続けられるようならイメージアップのために起用したい、と言う話も最初に聞いた…

 

北上への期待が枷になる、なんて事がなければ良いけど

 

海斗「…あとは、明石に会わないと…」

 

 

 

 

工廠

 

明石「…ああ、貴方が私の上司ですか」

 

海斗「うん、その…よろしくね?」

 

明石「……あの子達どうにかしてくれません?これを修理するのってなかなか大変なんですよ、わかりますか?この機械の精密さ…パーツを作る工場だってまだ国内に少ないんです、確かにこの艤装と呼ばれる機械、これを触れることは光栄ですよ、でも扱いが雑なんですよ…私1人に全部の修理をぶん投げといて…ホントに…!」

 

海斗「ご、ごめん…丁重に扱うように言っておくよ…」

 

明石「……いや、良いんですけどね?向こうさんは命懸けだし、私はここで安全を保障されてるし?…はぁ…いきなりキレてすいません、一応の上司様に対して」

 

海斗「…えっと…?」

 

明石「私は模範的に機械のように修理だけするので、あんまりここには来なくても大丈夫ですよ」

 

海斗(あ、いきなり嫌われてるな…)

 

明石「…なんですか、その目…気に食わないんですけど」

 

海斗「ごめん…あれ、明石、キミもThe・Worldをプレイしてるの?」

 

奥の方で付けっ放しの画面が目に入る

 

明石「うわ…切るの忘れた……えっと…まあ、休憩中に…」

 

海斗(多分明石が怒ってたのは修理でゲームの時間が削られたから…かな?)

 

明石「…なんですか、その笑顔…ムカつくんですけど」

 

海斗「あ、ごめん…青葉って子はわかるかな?」

 

明石「…ああ、髪の色似てるなーって程度には」

 

海斗「あの子も近いうちにThe・Worldを始めたいらしいんだ、良ければ仲良くしてあげてくれるかな?」

 

明石「…なるほど…2人になれば効率も……」

 

明石は自分の世界に入り込み、ぶつぶつと独り言を始めてしまった

 

海斗「あ、明石…?」

 

明石「あ、すいません、そう言うコトでしたらお任せください、あのネクラちゃんを元気にしてあげますから!」

 

海斗「ね、ネクラちゃん…」

 

明石「あれ?根暗な感じじゃなかったですか?」

 

海斗「そう言う言い方は…どうかなぁ…」

 

明石「…はいはい、青葉、でしたっけ」

 

海斗「うん、青葉の事、よろしくね」

 

明石「わかりましたよっと」

 

海斗(ちょっと…性格に難あり……だね…うん、ちょっと…)

 

海斗「あ、朧の艤装はどうなってるか聞いても良い?」

 

明石「まあ、そのオボロって人は知りませんけど…装着者の安全を守る装置がイカれてます、所謂大破状態…ってヤツ?」

 

海斗「修理は終わってない?」

 

明石「……いや、終わると思ってるなら相当なバカですよね、あれは熟練の技術者でも直すのに相当な労力がいる…ただ鉄の塊を組むだけじゃ無くて基盤や回路、その辺も修理しないといけないんですよ…?」

 

海斗「…そんなに大変なんだ、ごめん、何も知らなくて…」

 

明石「一応本部からの連絡で近いうちに修理用の特殊なものが届くらしいんで、それが来たら楽にはなるそうですが、それまでは扱いを厳重にお願いします」

 

海斗「わかったよ、発注しておかなければならない機材とかは?」

 

明石「……このリストで」

 

…半分くらいパソコンのパーツ…?

 

海斗「これってパソコン用のパーツに見えるけど、艤装に使われてたりするの?」

 

明石「あー…えっと…ほ、ほら、艤装の修理状況とかを整理しやすいパソコンを用意しておこうかなと…あっちのパソコンはプライベートのものですし」

 

海斗「……このグラフィックボードとかは、要らないんじゃ無いかなぁ…」

 

明石「チッ…」

 

海斗「えっと…お金は渡すからその範囲で必要なパソコンを買ってきてくれる?多分そうしないと経費で落ちないと思うよ、一応軍だし…」

 

明石「…わかりました…はぁ……」

 

大きくため息をついて明石は工廠の奥に戻っていった

 

海斗「うーん…あはは…」



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ドロップ

鹿児島 岩川基地

提督 倉持海斗

 

海斗「使用許可は取ったから、あとは陸路で海岸まで行ってそこで艤装を装着してから出撃してもらう事になるよ、それと今回の出撃は2班に分かれてもらうけど、旗艦はそれぞれ北上と青葉に勤めてもらうから」

 

北上「うーい」

 

青葉「わ、わかりました…私の方は島沿いのルート、なんですよね…?」

 

海斗「そうだね、青葉達は沖縄の西側、北上達は東側から沖縄周辺の海域の安全を確保して欲しい、多分敵も多いし苦しい戦いもあると思うけど…」

 

北上「そう言うの要らないから、とりあえず…編成誰だ…?漣と曙…いくよ」

 

漣「ど、どもッス」

 

曙「…もうちょっとシャキッとしないわけ?」

 

北上「めんどくさいからね、じゃあ早く行こうか」

 

青葉「う、潮さん…よろしくお願いします」

 

潮「よろしくお願いします!頑張りましょう!」

 

海斗「じゃあ車を出してもらうから、行こうか」

 

 

 

 

 

海上

重巡洋艦 青葉

 

青葉「…この辺で別行動、ですね…」

 

北上「ん、そんじゃね〜…あ、気をつけなよ、この辺出るからさぁ…」

 

青葉「うぇっ!?」

 

 

 

潮「……出るって、何が…?」

 

青葉「…その、幽霊とか…」

 

潮「幽霊…ですか?」

 

青葉「はい、沖縄は本土と孤立して陸路がありません…そしてそれなりの人数がいます、今でこそ軍事的対応もある程度認められてますけど…つい半年前までは…沖縄に入るにも、出るにも…大変な量の犠牲者を伴いました…」

 

潮「…だから…出る…?」

 

青葉「北上さんはからかってるだけなんですけど…偶に深海棲艦が死んでしまった人の成れの果てじゃ無いかって…」

 

潮「…なるほど…なら、その苦しみを早く終わらせてあげないと…ですね」

 

青葉「……そうですね、あれ…?」

 

樽がぷかぷかと流れてくる、随分と長い時間漂っていたらしくボロボロだけど

 

潮「…何かの樽…?流れてくる…開けてみますね!」

 

青葉「…躊躇いないですね…あんまり寄り道は…」

 

潮「わぁ…これ、弾薬ですよね?」

 

潮さんが樽の中から砲弾を取り出してみせる

 

青葉「……本当だ…このサイズ…14cm砲の…?…もし敵がこれに弾薬を溜め込んでるなら…軽巡級以上の敵が居るってコト…?」  

 

潮「居ました!かなり南方に深海棲艦発見です!」

 

青葉「…ついて来てください、倒さないと…」

 

潮「はい!」

 

青葉(…随伴艦は駆逐級…2か…充分に倒せる…)

 

潮「やりますか!?」

 

青葉「先に軽巡級を私が落とします…この距離なら…!」

 

主砲から砲撃を放つ、砲音に深海棲艦が振り返り進路が変わってしまいやや外れた所に落ちる

 

青葉「は、外した…!実戦慣れしてないから…いや、だめ…頑張らないと…!」

 

主砲を構え直して放つ

 

潮「わ、私はどうすれば…?」

 

青葉「え、えと……よし!有効射程に入ったら砲撃を開始…回避優先でお願いします!」

 

潮「わかりました!」

 

青葉(向こうも回避行動をとってるせいで当たってくれない…いや、落ち着いて…動きを読めば当たるんだ…私の実力でもきっと…!!)

 

反航戦に持ち込む、すれ違う一瞬だけで勝負を決めるこの戦い方はリスクもあるけど…、他のやり方よりは良い…はず

 

青葉「…魚雷を放とうとしてる…?潮さん!進路を西に!」

 

潮「了解!こっちも雷撃しますね!」

 

潮さんが放った魚雷が後続の駆逐級を一体仕留める

 

潮「やった!」

 

敵が大きく方向転換して逃げ始める

 

青葉「…大きく右回りに回転して敵を追撃します!」

 

潮「はい!」

 

青葉「逃がさない…!」

 

此方の砲撃を嫌って回避運動をしているせいで敵の動きが遅い…有効射程にとらえるのも容易だ

 

青葉「青葉に…お任せ…!」

 

ホ級「グワシャァァァァ!!」

 

砲撃が軽巡級を捉える

 

潮「まだ沈んでません!トドメは私が…!」

 

ホ級「ギャァァァァァ!!」

 

潮さんの砲撃を受けて悲鳴をあげて沈んでいく…仕留めた…!

 

青葉「残りの駆逐も仕留めます!」

 

敵の駆逐級が突っ込んでくる

 

青葉「…ここ…!」

 

魚雷を射出し、仕留める

水柱に黒い鉄辺が混じる

 

青葉「…え?人…?」

 

潮「なにあれ…ひ、人が落ちてきますよ!?」

 

…水柱と一緒に吹き飛ばされて…こっちに…こっち!?

 

青葉「わぷっ!?」

 

潮「青葉さんと人が衝突したー!?」

 

青葉「いっつ……ぅ…な、なんで人が…」

 

自分に向かって飛んできた人をどける

 

潮「わ!?だめですよ!人だから死んじゃう!…あれ?そもそも生きてるのかな」

 

青葉「やめてくださいよ…え…?」

 

青葉(…朝潮さんだ…)

 

見間違えるわけがない…朝潮型駆逐艦の一番艦…ネームシップ朝潮…

 

潮「生きてるんですか…?」

 

青葉「あ、そうだ、脈…あ、ある…!生きてる!!」

 

服装は艦娘のものじゃないけど…確かに朝潮さんだ…

 

潮「…はい、民間人を確保して…勿論すぐ戻ります!……え?北上さん達はとっくに帰ってる!?は、早い…」

 

青葉「連絡ありがとうございます、潮さん、そっち側抱えてくれませんか?1人だと不安定で…」

 

潮「よろこんでー!」

 

朝潮さんを両側から抱えて帰路につく

 

 

 

 

 

 

青葉「提督!」

 

海斗「青葉!民間人っていうのは…その子か…救急車が来てくれるからもう少しだけお願い、今本部に連絡を取ってるから…」

 

提督は電話での応対に追われてる…となると私がこの子を受け渡すんだ…やだなぁ…

 

北上「よ、凄いじゃん、民間人の救助ってら勲章とかもらえるんじゃない?あたしは興味ないけどさ」

 

青葉「偶然、でした…偶々…」

 

北上「ふーん…この子がねぇ…意識は戻ってない…脈は正常な感じっぽいねぇ…変なの、よく生きてたなぁ…丸呑みにでもされてたんかね?」

 

青葉「多分…」

 

北上さんは朝潮さんの顔を覗き込んだり、頬をついたりして一通り好奇心を発散したら離れていった

 

救急隊「すいません、救急車此方で間違い無かったですか?」

 

海斗「はい、この子です、お願いします」

 

救急隊「念のため、御同行願えますか?お二人程…」

 

海斗「…じゃあ、青葉、来てくれる?北上達は岩川基地に送ってもらって、後で連絡するから」

 

北上「あんま遅い連絡はやめてよね、んじゃがんばー」

 

 

 

 

 

病院

 

医者「まあ、結論から言えば健康体そのものです…全く傷一つない…いや、頭部に内出血が見られましたがとても軽いものでしたので命に別状はありません」

 

青葉(…あの衝突のせいだ…)

 

海斗「そうですか、よかった…」

 

医者「軍の方についてはあまり詳しくないのですが、此方の病院で受け入れてしまってよかったのですかね、こういう事例はそういう特殊な病院に送られるものだと認識しておりましたが」

 

海斗「状況から深海棲艦という怪物が民間人を丸呑みにした、と判断しました、となればその民間人の命の安全は最優先事項です」

 

医者「なるほど、なかなかご立派な事をおっしゃる…それで、あの子はどうなるので?」

 

海斗「家族や知り合いを探します、流石に軍が身元を引き受けるというのは…見たところ中学生…と言えるかどうか、と言うところですから」

 

医者「身体的特徴などから推定11歳程度だとは思いますが…いや、本当に幼い命が救われてよかった」

 

海斗「本当に…青葉、お手柄だったね」

 

青葉「い、いえ…」

 

青葉(青葉としては…朝潮さんがどうなるのか、それだけが気になります…)

 

青葉「…その、ご家族が見つかるまでは…?」

 

海斗「高知の方の病院に移ってもらう事になると思うよ、研究室の附属する所になると思うから、深海棲艦からの影響がないかとか、いろんな検査を受けてもらう事になると思う」

 

青葉「…そうですか…」

 

青葉(…そもそも、朝潮さんが記憶を持っているとも限らないし…過度な期待は禁物…かな)

 

海斗「あの子の意識が回復すればすぐにでも家族は見つかるはずなんだけどね…」

 

医者「栄養点滴を打ってます、暫くは問題ないはずです」

 

海斗「詳細が分かり次第連絡します、じゃあ本日はこれで」

 

医者「ええ、ご苦労様でした」 

 

   

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 敷波

 

朧「綾波、今暇?」

 

綾波「…は、はい」

 

朧「散歩に行くんだけど付き合ってよ」

 

綾波「……わか、わかりました…」

 

敷波(…綾姉ぇと仲良くしてくれる…のかな、ただの友達だったら良いんだけど)

 

一抹の不安を確かめるために私は車椅子に乗って後からついて行く事にした

もともと人のいない泊地だけど、半数が出撃してるともなると…流石に人を見かけることもない

 

明石「あれ…うわ、知らない子が…」

 

敷波「え、あ…どうも…」

 

工作艦明石か…記憶を継承してないことは知ってる、だから安心して接して良いはず…

 

明石「…貴方が敷波さん」

 

敷波「え、と…はい」

 

明石「…なんだろ、その…提督から聞いてはいましたけど…本当に…」

 

まあ、大体の人にこんな目をされるわけだ、もう慣れてしまった

 

明石「ちょっとすいませんね」

 

敷波「え、ちょ…な、何して…!」

 

明石「…ここが歪だな、骨は?どこまであるんですか…?削り方によっては体重をかける場所も…いや、腰からいけば大丈夫かな…」

 

ぶつぶつ言いながら私のない脚をベタベタと触る

 

敷波「つ、付け根を触らないで!」

 

明石「…うーん、未知…」

 

敷波(なんなのこの人…)

 

明石「提督に頼まれたんで、そのうち訪ねなきゃとは思ってたんですが、これでその手間も…いや、詳しい採寸をまたしないとですね…」

 

敷波「…頼まれたって、何を…」

 

明石「貴方の義足です、でも今貴方にあって、私も仕事以上に作りたい…そう思いました」

 

敷波「…義足…?」

 

なんで自分の義足なんか、と言う考えが頭を支配する

確かにアレは甘ちゃんだけど…そこまでだとは…

 

明石「じゃあ、そう言うことで」

 

敷波「え、あ、よろしくお願いします…って綾姉ぇ見失っちゃった…?」

 

話し込み過ぎた、もう視界のどこにも誰もいない

 

敷波(…いや、多分散歩って言ってたし外にいるはず…)

 

外に出る時に車輪が段差に引っかかる

 

敷波「うわっ!?わ、わわっわぁぁ!?」

 

派手な音を立てて地面に放り出される

なんとか腕を前に出したものの…かなり擦ってしまった

 

敷波「…はぁ…」

 

なんとも生きづらい…

アタシからすればアレは…知らない誰かの記憶、前世ってやつなのかもしれないけど…アタシには…

 

赤城「大丈夫ですか?」

 

敷波「え?あ、はい…」

 

加賀「…持ち上げますよ」

 

ヒョイと体を持ち上げられ、車椅子に雑に置かれる

 

赤城「わ、大変…手当てをしないと」

 

加賀「…そこまでする必要はないと思いますが、まあ…医務室は何処でしたか」

 

敷波「だ、大丈夫です、よくある事なので!」

 

使い慣れた道で、バリアフリーなものであれば…こけることなんてまず無いけど…

 

赤城「…あまり良い言い方ではありませんが、その身体では自分の手当ても満足にできないでしょう?何より両腕がそのようになっていては手当ても一苦労です、ここに着任した仲間なのですから…」

 

加賀「赤城さん、構う事ないわ、さっさと押したいって仕舞えば良いのよ」

 

そう言って強制連行されてしまった

 

 

 

加賀「…これで良いわ」

 

赤城「気をつけてくださいね」

 

敷波「あ、ありがとう…ございます」

 

赤城「いえいえ、それでは」

 

加賀「困ったことがあったらすぐ呼んで、誰にでも人を頼る権利はあるのだから」

 

敷波(…優しさが痛いなぁ…なんだろ、これ…)

 

敷波「あ、綾姉ぇ…忘れてた」

 

車椅子を押して廊下を移動する

 

朧「あれ?」

 

敷波「…あ…」

 

朧「……こんにちは」

 

敷波「こ、こんにちは」

 

敷波(綾姉ぇは一緒じゃない…?な、なんで?)

 

朧「ああ、綾波探してるの?トイレで吐いてるよ、摩ってあげたら余計辛いみたいだから邪魔かなぁと思って」

 

敷波「ど、どうも!」

 

進もうとしたのに車椅子の車輪に手をかけ、止められる

 

敷波「…邪魔しないでくれますか」

 

朧「…ねぇ、敷波も加害者だよね」

 

敷波「…何を言ってるか分かりません…!」

 

朧「…あ、そう…じゃあいいや」

 

興味をなくしたように車輪から手を離す

 

朧「犯した罪からは逃れられないよ」

 

敷波「……」

 

敷波(たとえそうだとしたら…アタシ達はもうその報いを受けてる…これ以上傷つく必要なんて本当にあるのか、疑問な程に…!)」

 

数秒睨み合った後に朧が何処かへと去っていく

 

敷波「綾姉ぇ!」

 

 

 

綾波「ごめんね、敷ちゃん…ごめんなさい…綾波のせいで…」

 

敷波「綾姉ぇは何もしてない、何もしてないんだよ…」

 

そう、綾姉ぇじゃない、あの綾波は前世でもなんでもない、またまたか関係ない綾波なんだ、何かの影響で何処かの綾波と敷波の記憶を受け継いでしまった…

だからってそれにアタシ達の人生が左右される理由にはならない…絶対に、そんなこと有っちゃいけない…!

 

綾波「絶対…絶対に…敷ちゃん、だけは…護るから…」

 

敷波「綾姉ぇ、無理しなくていいんだよ、提督はアタシ達を普通に扱ってくれる…」

 

綾波「だ、ダメ…わた、私は幸せになっちゃだめ…」

 

敷波「幸せって…別に恵まれてるわけじゃないんだよ?アタシ達…」

 

綾波「ふ、ふ普通が、しあわせ…」

 

敷波「えぇ……」

 

綾波「…だ、だて…わた、わたしは…いろんな人の…普通を奪ってきたから…」

 

敷波「それは綾姉ぇがやった事じゃない!別の綾波がやった事の記憶が宿っちゃっただけなんだよ!」

 

綾波「……違う、これは…私の咎…」

 

敷波「…咎めようとしてるのは綾姉ぇだけじゃん…アレはもしかしたら誰かの記憶じゃなくて、悪い夢なのかもしれない」

 

綾波「違う、違うの…私はあの感覚を覚えてる…あの味を……」

 

敷波「…綾姉ぇ…?」

 

綾波「あ…う…ご、ごめんなさい…敷ちゃん…綾波、おか、おかしく…」

 

敷波「……綾姉ぇ…」

 

 

 

 

翌日

 

宿毛湾泊地

重巡洋艦 青葉

 

青葉「…司令官ー…?」

 

海斗「ごめん、今手が離せなくて…」

 

このままではパソコンを買いに行く約束は…はたされるとしてもずいぶん先になりそうです…

 

青葉「…お手伝いします」

 

海斗「出撃で疲れてるでしょ?気にしないで」

 

青葉「司令官だっていろんな方面に挨拶したりあの子の事で手を焼いたり、休む暇がないじゃないですか…!」

 

海斗「だからって僕の仕事を君達にさせるのは…」

 

青葉「元々予定されてたんじゃなくて急に増えた分です、仕方ないんですよ、ほら…そこの資料もそうですよね?」

 

海斗「…大人しくお言葉に甘えるけど、無理しないでね?」

 

青葉「お互い様です!」

 

海斗「う、うん、わかったよ…」

 

青葉「…ったく…」

 

青葉(…私の言葉も、気持ちも…全部忘れられてしまったのかな…)

 

海斗「あ、青葉…電話を受けてくれる?」

 

青葉「はい、もしもし、こちら宿毛湾泊地です」

 

医者『ああ、お電話こちらで合っておられますか?』

 

青葉「あ、病院の…何かありましたか?」

 

医者『はい、搬送の準備ができましたのでご連絡を、海軍さんからご連絡がありましてね、海のルートで搬送してくれと…』

 

青葉「え?そうなんですか?」

 

医者『はい、そう言う事でその船の護衛をお願いいたします』

 

青葉「わかりました、日時は…?」

 

医者『明日の14時に港を出る事になると…』

 

青葉「態々ありがとうございます、それでは失礼します」

 

青葉(…陸路を使えばいいのに…北上さんにも出て欲しいけど嫌がりそうだなぁ…)

 

青葉「司令官、例の子の搬送の用意ができたそうで、船を護衛してほしいと…」

 

海斗「うん、本部からももう連絡が来てるよ」

 

青葉「じゃあ、明日の出撃はどなたが…?」

 

海斗「青葉と北上に行ってもらいたい、深海棲艦は確認されてない場所だけど、体裁もあるから…赤城と加賀の出撃はもう少し先になるらしいし」

 

青葉「それは何故…?」

 

海斗「艦載機には妖精っていう操縦士が憑くんだけど、その妖精がまだ着任してないせいで戦闘手段がないらしいんだ、詳しい事は知らないんだけどね」

 

青葉「じゃあ、戦えるのは赤城さん、加賀さん、明石さん、偽装を修理中の朧さんの4人と、綾波さんと敷波さんを除いた私たち5人…?」

 

海斗「そうなるね、でも横須賀に新しく艦娘と司令官が着任したらしいよ、君たちの負担は減るから安心して」

 

青葉「……司令官の負担は?」

 

海斗「多分減るんじゃないかなぁ…今の段階の予定では佐世保にも艦娘を配属して沖縄解放の足掛かりにしたいって話だし、他に窓口がたくさんできればここで処理することもなくなるよ」

 

青葉「…艦娘が期待されてなかったのがよくわかりますね…横須賀に佐世保、海軍の大きい鎮守府として有名だったソコを漸く使うんですから」

 

海斗「…かもね…」

 

青葉「書類は後何が残ってますか…?」

 

海斗「報告書を書き上げるだけかな」

 

青葉「…旗艦の私がやるべきじゃ?」

 

海斗「…かもね、でもこれ以外に仕事が…」

 

青葉(イラッ…ってきますね、ワーホリってやつですか?と言うかなんでそんなに仕事に固執してるんですか)

 

青葉「じゃあ、司令官、私のパソコン買いに行くんですよね?一緒に行きましょう、時間があるんですから」

 

海斗「え、でもまだ業務時間で…」

 

青葉「司令官?」

 

海斗「えっと…うん、わかったよ」

 

青葉「……あれ、その今書いてる報告書…北上さんの分じゃないですか?」

 

海斗「まあね…」

 

青葉「…はぁ…なんで自分で書かせないんですか…」

 

海斗「結果は出してるからね…」

 

青葉「理由になってません!!もう…私が終わるまでに書き終わってくださいね!」

 

海斗「わかったよ、終わったら準備をして出かけようか」

 

青葉「約束ですからね」

 

 

 

 

 

青葉「終わった…確認お願いします」

 

海斗「うん、誤字もなく問題ないよ」

 

北上さんの報告書が目に入る

 

青葉「…会敵数7、使用砲弾数も7…か」

 

海斗「あんまり驚かないね」

 

青葉「やりそうですから、一撃で敵を沈めるくらい」

 

海斗「詳しいんだ」

 

青葉「…まあ、それより早く買い物に行きましょうよ…」

 

海斗「うん、この辺でパソコンが買えそうなところを探しておいたからすぐに行こうか」

 

青葉「あ、流石に制服で出るのは憚られるので…着替えてきます…」

 

海斗「じゃあ正門でね」

 

青葉(…可愛い服持ってたっけ…)

 

 

 

 

正門

 

青葉「おま、お待たせしまひゃっ!」

 

…舌を思いっきり噛んだ…痛い

 

海斗「大丈夫、待ってないよ、青葉はパソコンはよく使う?」

 

青葉「いえ…あんまり」

 

海斗「そっか、じゃあもしかしたら退屈かも」

 

青葉「そ、そんなことないです!」

 

海斗「だといいけど…とりあえずネットゲームが十分にできるもの、ってことだから、パソコンとフェイスマウントディスプレイ…10万円くらいかな」

 

青葉「じゅっ…!?」

 

青葉(よ、予想よりずっと高い…)

 

海斗「フェイスマウントディスプレイは僕のお下がりでよければ古いものがあるけど、そっちにする?」

 

青葉「ぜ、ぜひお願いします…」

 

海斗「じゃあ7〜8万円くらいかな」

 

青葉(…カメラのフィルムは暫く買えないなぁ…初任給もまだ出てないし)

 

海斗「あ、バスが来たよ、行こう」

 

 

 

 

宿毛駅周辺

 

青葉「…住宅街…ですね」

 

海斗「青葉は生まれは都会だったの?」

 

青葉「それ程ですけど…あ、あのお店は…」

 

海斗「パチンコ店らしいよ、家電量販店はこっち」

 

青葉「……結構遠いんですね、車とか…」

 

海斗「うーん、欲しいけど買って運転できるのは僕一人じゃない?青葉は…えっと、年齢を聞いてもいい?」

 

青葉「一応17です」

 

青葉(まあ、記憶とか知識で見ると17相当は遥かに超えてますけど…)

 

海斗「うーん、免許は取れないか…いや、一人だけ免許を持ってもダメなんだけどね」

 

青葉「あ、いえ…原付なら…」

 

海斗「持ってるんだ」

 

青葉「なんで意外そうな顔するんですか…趣味の写真撮りのために…取りました…一眼レフでわりと凝ってるんですよ…」

 

青葉(まあ、なんとか買えたやつだけど…)

 

海斗「そっか、じゃあ青葉は好きな時に出てこれるね」

 

青葉「はい…あれ、明石さんだ…」

 

明石「うげ…」

 

海斗「明石も買い物?」

 

明石「ま、まあ…お二人は?」

 

青葉「わ、私のパソコンを見繕ってもらおうと…」

 

明石「……もしかして、あの家電量販店ですか?」

 

海斗「そのつもりだけど…」

 

明石「え、いや、馬鹿なんですか?無駄に高いだけですよ…どのくらいのやつを買おうとしてるんですか?」

 

青葉「ええと…The・Worldがプレイできるくらいの…」

 

明石「じゃあ3.4万円で十分ですね、そこまでスペックいらないし…」

 

青葉「安っ!?」

 

海斗「そんなに抑えられるの?」

 

明石「私が組みます、その代わり材料費+五千円ください」

 

海斗「青葉、どうする?」

 

青葉「え、えと…えと…お願いします!」

 

明石「よし、成立ですね…じゃあいい店があるので、そこで仕入れましょう」

 

 

 

 

ジャンクショップ

 

明石「ここだと簡単に揃うんですよ、中古パーツも多いですけど充分使えます」

 

海斗「へー…パソコンのパーツ以外にも色々置いてあるね」

 

青葉「わ、わぁ……」

 

明石「揃えてくるので、ちょっと待っててください」

 

青葉「はい、お願いします…」

 

海斗「あ、ポロライドカメラ、最近は珍しいね…青葉はこう言うの好きかな?」

 

青葉「…これ……これ…!」

 

青葉(私が使ってたやつと同じだ…私のカメラ…)

 

海斗「…七千円、古い型だから安いみたいだね」

 

青葉「す、すぐ買ってきます!絶対にこれは買います…!」

 

海斗「あ、うん…」

 

青葉(またこのカメラに巡り会えるなんて…本当に嬉しい…!司令官と来てよかった!)

 

 

 

 

明石「あのー、提督…なんであの子あんなニマニマしてるんですか」

 

海斗「欲しかったカメラが買えたんだって」

 

明石「…まあなんでもいいですけど、ちゃちゃっと組んどきますね」

 

青葉「お願いします!」

 

明石「…めっちゃ機嫌いいな…というか提督やけに青葉さんを気にかけてますけど…2人はデキてるんですか?」

 

青葉「うぇっ!?」

 

海斗「いや?そんな事ないけど」

 

青葉「そ、そうです…何もないです…」

 

明石「…成る程、頑張れ」



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朝潮

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

海斗「現在青葉と北上は搬送に使う輸送船を護衛中です」

 

夕張「そうですか、その子はまだ意識が戻ってない?」

 

海斗「はい、それであの子はどこの病院に?」

 

夕張「私がここに臨時で医官として着任させていただきます、なのでここの医務室で面倒を見る事になります、噂では死体が深海棲艦になるとか言われてるので病院側の対応が冷たくて」

 

海斗「そうですか…」

 

夕張「まあ、受け入れた事は伏せておきますから」

 

海斗「…あの子の親族は?」

 

夕張「今のところは全くの不明です、着ていた衣服などは写真で見た限り汚れたものでした、丸呑みにされてそこそこな時間がたった…と考えています、なので人間の生存できる時間などを考慮して1週間前後の船の事故などを調べていますが…まあ、このご時世に船を出す愚か者もいませんから」

 

海斗「見つかればいいんですが…」

 

夕張「意識が戻ったら話を聞くつもりです、万一身寄りがなければ養成施設に入れて将来的に艦娘として雇用するつもりです、勉強にも仕事にも困りません」

 

海斗「…そう言う話をしていたつもりはないのですが」

 

夕張「おや、それは失礼…あなたを安心させる為に、と思ったんですけど」

 

海斗「安心?何のために」

 

夕張「横須賀鎮守府には優秀な指揮官が着任したものですから」

 

海斗「…伺ってます、火野拓海の事は」

 

夕張「ご友人…って聞いてましたけど、ずいぶん冷たいですね」

 

海斗「いえ、そう言うつもりじゃないんです、らしいな…と思っちゃって」

 

夕張「ああ、確かに、機械的に何手も先の準備までしてたのが逆に…って事ですか」

 

海斗「まあ、そんなところです」

 

夕張「さて、お仕事の話はこれで一旦おしまい、明石はどこに?」

 

海斗「工廠に居ると思いますが…お知り合いですか?」

 

夕張「ええ、同じ学舎を出たもので」

 

海斗「そうなんですね、是非仲良くしてください」

 

夕張「ええ、ではまた〜」

 

 

 

 

工廠

工作艦 明石

 

夕張「明石ーー!!」

 

明石「…うわ、あの声は…逃げよ」

 

組み掛けのパソコンをそのままに窓から建物の外に逃げ出す

 

夕張「アンタ在学中に私から借りたお金返してよ!しばらく私ここに居るから逃さないからね!?」

 

明石「…マジか…最悪なんだけど…早いうちに耳を揃えて返した方がいいなぁ…五千円…」

 

夕張「…あれ?何これ、あいつまたこんなもん作って…押収しとこうかしら」

 

明石「…マズイ、仕方ないから青葉さんから5千円せしめてそれで返そう、お金を返す為にも護らなくては…仕方ない」

 

窓から顔を覗かせる

 

夕張「…何で窓から顔出してんの…?聞こえてたのよね?」

 

明石「…そのパソコンちゃんが完成したら五千円入ってくるので、それで返します…」

 

夕張「は?アンタ…流石に利子をよこせとまでは言わないけど…まず謝ろうとかないの?」

 

明石「…えっと…ご、ごめんちゃい…」

 

夕張「……なんか、情けなくて泣けてきたわ…」

 

明石「そ、そこまで言う事ないじゃん!」

 

夕張「何で私がアンタなんかにお金貸したと思う?アンタを信頼してたからよ、なのに…今のアンタときたら…!」

 

明石「まーた…今のあんた、か」

 

明石(それを言われると旗色が悪いなぁ、いや、元々真面目でもなかったけど…何と言うか否定するのも情けないし)

 

夕張「…1週間のうちに返してよ」

 

明石「はーい、そんだけ?」

 

夕張「この…はぁ…そういや私も今は技術者として雇われてるの、同時に艦娘夕張としてもね」

 

明石「へぇ…じゃあこれからはバリーか」

 

夕張「……本当、情けなくて涙が出るわ…」

 

明石「いま情けない要素あったかなぁ…」

 

夕張「…これ、艤装用の修復液を作るための粉…逐一鉄の塊をガシガシやらなくて済むわ、艤装をこれに漬け込んだら最新技術のナノマシンが修復してくれるから」

 

明石「え、そんなすごいものなのこれ…うわぁ…し、調べたい…!これって余分にあったり…!?」

 

夕張「…いや、アンタにもこれを作ってもらうわ、ナノマシンはパソコンですでに組んだプログラムを組み込んである、それの組み方も、ナノマシン自体の作り方も覚えてもらうけど」

 

明石「おおぉぉ!つまり私も作れるようになるんだ!ハハッ!それを先に言ってよバリー!」

 

夕張「作れなきゃ問題なのよ…艤装のサポートをする妖精さんだって必要だし…その妖精さんもナノマシンで形成されてるから、この修復液がないと活動できないし」

 

明石「ふーん…」

 

夕張「…効果には興味なさそうね…はぁ…これ使って、とりあえず修復薬に使うナノマシン用のプログラム…」

 

USBメモリを二つ手渡される

 

明石「…何で二つ?」

 

夕張「こっちは消去用、何かあったらナノマシンの中の命令を全部消して動きを止められるから…アンタ絶対やらかすし」

 

明石「うへぇ…言いたい放題言ってくれるなぁ…とりあえずこの艤装直したいんだけど、使っていい?」

 

朧さんの艤装を見せる

 

夕張「……誰の?」

 

明石「朧さん、結構派手に立ち回ったらしいよ」

 

夕張「見ればわかる…けど…使い手にマッチしてないのかもね」

 

明石「どう言う意味?」

 

夕張「うーん…明石、ちょっと場所借りるわ」

 

明石「え、ちょっ…そ、それ国の所有物ってことになってるから壊さないでよ!?」

 

夕張「わかってるっての…何もしてないと多分着弾点にブレが大きい筈だし……」

 

明石(だ、大丈夫なんだろうか…)

 

 

 

 

 

海上 

重巡洋艦 青葉

 

青葉「…あ、あの…北上さん」

 

北上「ん?何ー?」

 

青葉「めんどくさいとか言って仕事を司令官に押し付けるのはやめた方がいい…と思います」

 

北上「えー…ウッザイなぁ…」

 

青葉「…自分の仕事は自分でやってください…!」

 

北上「別にいまその話しなくても良くない?後10分もすれば泊地だしさぁ…」

 

青葉「泊地に着いたら理由をつけて逃げますよね…報告書くらい自分で書いてください、今後始まる訓練も真面目にやってください!」

 

北上「ウザ…別にそんなのやらなくていいんだって、あたし天才だし」

 

青葉「…天才がこの世に1人とは限りません…」

 

北上「何?青葉もできる?あたしみたいな芸当がさぁ…いや、できてもできなくても関係ないんだよ、普通より突出してるだけであたしは貴重な存在、無碍にできないんだよねぇ」

 

青葉(確かにそう、北上さんを咎めるにも北上さんは大きく艦隊を乱すような事はしてない、だけど…)

 

青葉「…あなたの才能は特別なんかじゃ…!」

 

北上「じゃあ、見てなよ…コレができる?」

 

主砲を南へと向ける

 

青葉「何を…」

 

北上「んー、そっちに何か居るからねぇ…ほら」

 

発砲、そして着弾、黒煙が上がる

 

青葉「…本当に何かいた…?」

 

北上「多分駆逐級って奴かなぁ…あれ動き単調でわかりやすいよねぇ」

 

いたずらっぽく笑いながらそう言う

私は敵を確認すらできてないのに…

 

青葉「…確認してきます」

 

北上「おっけー、死なないようにね」

 

黒煙が上がった方角へ移動する

周囲に沈みゆく黒い破片が幾つも散らばっている

深海棲艦が死んだ証拠…か

 

青葉「……報告しないと」

 

後方から激しい波の音がする

振り返ると駆逐級の深海棲艦が3匹群れをなして近づいてきている

 

青葉(いつの間に…!でもこの距離なら外れない!)

 

主砲を構えて放つ、2体撃沈

 

青葉「後1体…あれ…どこに…?」

 

遠方から砲音が3度鳴る

左右に着弾音…

確認すると2体の軽巡級とさっき見失った駆逐級が黒煙をあげて死んでいた

 

青葉「…軽巡級も…居た…」

 

北上「あのさぁ…まあ、確認は必要だけど気を抜きすぎじゃない?あたしに注意する前にさぁ…」

 

青葉(…助けられた…北上さんに…この北上さんに…)

 

北上「…聞いてんの?あたしに話し聞けってワリには随分だよね」

 

青葉「ありがとうございます、助かりました」

 

北上「…まあ、いいけどさぁ…なんなのさ、ほんとに…」

 

青葉(…私が成長して、見返してやればきっと…北上さんも変わってくれる筈、私が努力すれば…あれ?)

 

仕留められたハズの駆逐級の外側がバラバラと音を立てて崩れる

 

青葉「…なにこれ…」

 

北上「うわ、ぐっろ…んー…なんか肌色が見えるんだけど?」

 

肌色…中に人…?

 

崩れてる部分に手をかけて引き剥がす

 

北上「ちょっ…手、切れてるよ?」

 

無視して引き剥がす

制服が見える…藤色の髪型も

 

青葉「…貴方は…」

 

顔を確認したい、必要無い、誰かは知ってる、でも

 

バリバリと音を立てて外皮を剥ぎ取る

 

北上「え?なにこれ…曙って双子なの?」

 

青葉「や、やっぱり…やっぱり曙さんだ…!」

 

北上「いや、曙なのは……あー、すいません、船のベッド空きありますか?も一つ突っ込むので…はい」

 

青葉「きっと…絶対そう…!」

 

抱き抱える

人肌よりも少し暖かいような気がした、私の体温が低いのだろうか

 

青葉(急いで帰らないと…!)

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 医務室

軽巡洋艦 夕張

 

夕張「…だからここで寝てる人が2人もいるわけ…なるほどねぇ…」

 

青葉「…あの…」

 

青葉の手を消毒し、全ての傷口を塞いでガーゼを固定する

 

夕張「…ずいぶん深くまで切ったものねぇ…青葉?」

 

青葉「えと…ごめんなさい、でも…もしかしたらって思って…結果それは正しくて…」

 

夕張「まあ、何にしても良かったわね、仲間が見つかって」

 

青葉「…仲間かはわかりません、私を認識してくれるとも限りません」

 

夕張「宿毛湾は寂しいこと言うわね、横須賀なんて大淀さんと電ちゃんが会った途端大泣きして大変なんだから」

 

青葉「そう、なんですか…?」

 

夕張「年が随分離れてるけど、姉妹みたいなものだから…大淀さんも電ちゃんに全部押し付けて逝った事を気にしてたらしいし」

 

青葉「……」

 

医務室のドアが荒々しく開く

 

朧「曙は!」

 

夕張「まだ寝てる、久しぶりね」

 

朧「…夕張さん…記憶があるんですね…」

 

夕張「うん、青葉から聞いてる、ここの記憶持ちは朧ちゃんと青葉の2人だって」

 

朧「…此処には綾波もいます、あの狂ったやつが」

 

夕張「まだ会ってないけど会ったら逃げ出すかも」

 

青葉「…そこまで、危険は感じませんでした…」

 

青葉が朧ちゃんに肩を掴まれる

 

朧「危険を感じなかったって…何もされてないからそんなこと言えるんですよ…!漣も曙も…北上さんも…!どんな目にあったと思ってるんですか?曙は殺され、漣もアイツに襲われた時あと少し遅ければ死んでた、北上さんは生きたまま体を削られた…!しかもアイツはその時の記憶を持ってる…!」

 

夕張「記憶持ち…?青葉を疑うつもりは無いけど本当にその綾波大丈夫なの?」

 

青葉「…多分、何にしても私は司令官が手を出すなと言うのなら手を出すつもりはありませんし、仲間として接します」

 

朧「正気ですか…!?」

 

青葉「そう思うのは無理ありませんけど、私は…世界の再誕で全てが一度リセットされたと思ってます…罪とか、そう言うのも全てひっくるめて」

 

朧「…リセットされたのなら、私のこの記憶は?」

 

青葉「…わかりません、青葉達はただのバグなのか、それとも記憶を持つべくして持ったのか…」

 

朧「……人になったとして…1番根深い感情は、憎しみです」

 

青葉「…憎しみは何かを育ててくれますか?」

 

朧「殺意と、復讐心」

 

夕張「はーい、やめ!2人ともやめて、青葉は朧ちゃんの辛さを知らない…守ろうとしてるとしても迂闊だよ」

 

朧「…アタシが手を出せば周りからどう見えるか…と言う意味なら理解してます」

 

夕張「なら、あとはこっちの目につかないところでやって…止める権利はないけど、見かけたら止めなきゃいけない…こんな記憶持ってるの、私達だけなんだから、理解されないよ」

 

朧「……はい」

 

青葉(…いつか、朧さんは綾波さんを殺しかねない…提督に相談したほうがいいのかな…)

 

朧「アタシも青葉さんに関わりはしません、なのでお互い余計な手出しは無しでいきましょう…提督にも気づかれませんから」

 

青葉「……」

 

朧「そう言う事で、曙のベッドは?」

 

夕張「…1番奥よ」

 

青葉「…失礼します」

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

ベッドに横たわった妹の頬を撫でる

この世界で生まれた時、前の記憶があったのは自分1人だった、4人で深海棲艦の居ない世界を何事もなくただ生きていた

 

だけど、私にとっては1人だけ欠けていた、前の世界では曙が2人いたから…私にとっては妹は4人いて、仲の悪い2人の曙がいつも喧嘩をしていて…

 

頬を撫でる手が掴まれる

 

曙「…おはよう、ほっぺたがヘコみそうだからやめてくれない?」

 

朧「……曙…」

 

曙「んー、まさか会えるなんてね…此処どこ?」

 

朧「宿毛湾泊地だよ、曙は深海棲艦の中から…」

 

曙「覚えてる、食われたのよね…最悪だわ、本当に…艦娘としての力がなければこんなものか…」

 

苛立ちを隠す様子もない

 

朧「……やっぱり、深海棲艦は人を食べるの?」

 

曙「正確には人の体、もしくは心を食べる……力のないアタシは…体を食われた」

 

力があると、心が食べられる…?

 

朧「どう言う事…?」

 

曙「……戦う用意がいる、艤装ある?仕事があるのよ」

 

ベッドから降りて準備運動のような動作をする

 

朧「待って、曙は艦娘じゃ…」

 

曙「……艦娘よ、いつまで経っても、どんな世界に行っても…あたしの中から忠誠と経験だけは消える事がない…」

 

朧「曙、七駆はアタシ以外記憶が…」

 

曙「情けな…何?アイツらみんな何も覚えてないわけ?というか誰がいるのよ」

 

朧「加賀さん、赤城さん、青葉さん、北上さんと、明石さん…」

 

曙「覚えてるのは?」

 

朧「青葉さんだけ…それと、夕張さんが医官として着任してる、あとは綾波と敷波もいる、3人とも記憶を持って」

 

曙「ふーん…興味ないわ、此処の指揮官は?」

 

綾波に反応をしない…か

 

朧「提督は変わってない」

 

曙「…倉持海斗?」

 

朧「そう」

 

曙「…はぁ…1番最初にそれ言ってよ、挨拶してくるわ」

 

朧「何も覚えてないよ」

 

曙「それが?何か関係ある?私は中性を覚えてるの、それだけで十分」

 

夕張さんに一声かけて曙は医務室を出て行った

 

 

 

 

執務室

駆逐艦 曙

 

ノックを3回する

 

曙「失礼します」

 

海斗「空いてるよ、曙、どうしたの?」

 

ドアを開く、ああ、提督だ

求めていた人がそこにいる…あと青葉さんも居る

 

海斗「あれ?いつもの制服じゃ…いや…」

 

青葉「目が覚めたんですね…」

 

曙「別の曙です」

 

海斗「みたいだね、でも君は艦娘じゃないと思うけど…?」

 

…提督に記憶がない、私を知らない、か…ふふ

 

曙「艦娘として雇ってくださいませんか?」

 

青葉「……」

 

海斗「えっと……普通は養成施設に入るとかをしてもらうことになるんだけど」

 

曙「必要ありません、何でもやります、やらせていただきます、なのでなんなりと私をお使いください」

 

海斗「…本部に問い合わせてからでもいいかな?流石に僕の独断では…」

 

曙「はい、それと…青葉さんに一言言わなくてはならない事が」

 

青葉「…此処でですか?」

 

曙「翔鶴さんについてです」

 

私が深海棲艦に食われる直前の記憶を伝えなくてはならない

 

青葉「…あなたは翔鶴さんと?」

 

曙「あの方は記憶を持っておられませんでしたが…私と一緒に深海棲艦に襲われ、落命してしまいました」

 

青葉「そんな…!」

 

海斗「……青葉は翔鶴って人と?」

 

青葉「…友達でした」

 

海斗「そう…」

 

曙「翔鶴さんについて、何か聞きたい事があれば私の元を訪ねてください……あれ…」

 

曙(しまった、今の私は身寄りがないのか…帰る場所もない…そもそも私は人となった時、深海棲艦の襲撃で人としての家族も…)

 

曙「……これは…余計に此処を離れる事ができませんね」

 

海斗「え?」

 

曙「私の身寄りは完全になくなってしまってます、どうにか此処に置いていただけると本当にありがたいのですが…」

 

青葉「あの…とりあえず私の部屋に来ますか?寝泊まりだけなら充分にできると思います…狭いですけど」

 

曙「助かります、そうさせてください」

 

青葉「司令官、いいでしょうか…」

 

海斗「君が構わないなら、そもそも空き部屋も多いし…好きに使ってくれて構わないよ?」

 

曙「いえ、青葉さんの部屋にいかせてください」

 

海斗「わかった、それで良いならそうして」

 

曙「温情をかけていただきありがとうございます」

 

海斗「大袈裟な子だなぁ…あはは…」

 

青葉「…らしい、気もしますけど」

 

 

 

青葉私室

 

曙「すいません、置いていただいて」

 

青葉「いえ、それより何でしょうか、私に聞かせたい事があるんですよね…?」

 

曙「簡単に話すと、深海棲艦には二つの種類がある、という話を…」

 

青葉「待って、なぜそんな話を私に…?」

 

曙「提督を躊躇わせるだけですから、それに青葉さんは知っておいたほうがいいかと思って」

 

青葉「…躊躇うって…」

 

曙「翔鶴さんに会えば一発でわかりますよ」

 

青葉「…会う?死んだんじゃ……いや、違う…まさか…」

 

曙「ええ、深海棲艦に寄生された、みたいな感じですね…詳しく話しましょう、あの日、翔鶴さんは私と同じ海岸にいて、その海岸に深海棲艦が押し寄せたんです」

 

青葉「…このご時世に海岸に?」

 

曙「カレンダー3.4枚分くらい前の話ですよ、私たちは逃げ遅れて、翔鶴さんの方に黒い破片が飛びついた…頭の上で何かを咀嚼するような動作を何度かした後に翔鶴さんの様子がおかしくなって…まあ、言ってしまえばヲ級とそっくりな姿になりました」

 

青葉「……そうですか…今度はSFじみてきましたね…」

 

曙「もともとサイバーなSFでしたよ、ちなみに私は噛み砕かれたのに…この通り、傷一つない…正直言って、朧がいなければ暴れてたと思いますよ…夢だと思った、全部悪い夢だって」

 

青葉「…この世界は司令官が望んだものです」

 

曙「いいえ、みんなが望んだものですよ、決して独りよがりな世界じゃない…もしそうなら提督がただのうつけになるじゃないですか、提督が躊躇わずに済むように私たちは…背中を押さなきゃいけない、知られてはいけない事実を今は隠す必要がある」

 

青葉「……」

 

曙「大丈夫、こういうのは全部倒せば解決します、ゲームなんてそんなものですから」

 

青葉「…そ、そうですね」

 

曙「……引くのやめてもらえます?冗談なので」

 

 

 

 

 

医務室 

駆逐艦 朧

 

夕張「朧ちゃん、そういえば艤装の修理終わってるよ」

 

朧「ありがとうございます」

 

夕張「ところで…ふふっ…精度、あげといたよ」

 

朧「え?」

 

夕張「朧ちゃんってかなり砲撃得意だったと思ってさ…違った?」

 

朧「いや…ブランクっていうんですかね…年齢と同じ時間触ってないから…」

 

夕張「だから扱いやすくブレをできるだけ殺しておいたから、きっと本来の実力で戦えると思うわ」

 

朧「…ありがとうございます」

 

夕張「艦娘は助け合わないと、ね?」

 

朧「はい、ちょっと報告してきますね」

 

朧ちゃんは出て行った…か

 

夕張「そうしてるの退屈じゃない?」

 

朝潮「………」

 

夕張「いや、目は覚めてるでしょ、わかるのよ?」

 

朝潮「司令官が私に声をかけてくださるまではこのままで居ます」

 

夕張「うわ、面倒…というか記憶あるんだ?」

 

朝潮「……死んで、生き返って…その時に流れ込むように、私の中で生まれるように記憶が…」

 

夕張「そういう思い出し方もあるんだ…」

 

朝潮「……今も不安で壊れそうです」

 

夕張「手、握ってあげようか?」

 

朝潮「…触れないでもらえません?」

 

夕張「あの、ごめん…なんかごめん、心が痛いんだけど…」

 

朝潮「冗談です、お願いします」

 

夕張「…やだ…駆逐艦ってこんなに怖いっけ…」

 

朝潮「…そこでうろうろしてるなら司令官を連れてくるなりしてくれませんか?」

 

夕張「……わ、わかりましたー…っていうか…来た途端に仕事がほとんど片付いたんだけど…」

 

朝潮「じゃあ当分顔を合わせることはありませんね」

 

夕張「あはは、泣きそ…わかりました、連れてくれば良いんでしょ、はぁ……」

 

 

 

 

 

駆逐艦 朝潮

 

海斗「えーと…目が覚めたみたいでよかったよ、とりあえず手を離してくれる?記録しないといけないから」

 

朝潮「何のために夕張さんがいるんですか、書記をやってもらいましょう」

 

夕張「……アイアム、医官、ノット、書記…オーケイ?」

 

朝潮「ノー!!つべこべ言わずにペンとクリップボードを持つ!」

 

夕張「……へーい、提督ー…?」

 

海斗「ご、ごめん…お願いして良い?」

 

夕張「…はぁ…いいですけど…」

 

海斗「とりあえず、名前とか、何処に住んでたのかを教えてくれる?」

 

朝潮「朝潮型駆逐艦朝潮、宿毛湾泊地所属の駆逐艦ですが?」

 

海斗「…えっと…」

 

夕張「この世界で何かしてたとかその辺を聞いてるのよ…?」

 

朝潮「…大潮や荒潮達と沖縄の孤児院で暮らしてましたが?何ならそこも深海棲艦に潰されたので帰る場所なんて何処にもありませんよ」

 

夕張「……想像を遥かに超えた重い話を軽く一息に話すのやめてくれませんか、朝潮さん」

 

海斗「…そ、それは大変だったね」

 

明石「妹達を逃した際に私だけ死にました、多分」

 

夕張「それは…御愁傷様というか…」

 

朝潮「黙りなさいメロン」

 

夕張「…私たち仲悪かったっけ…?」

 

朝潮「あなたが余計なことをしなければロマンティックな目覚めになる計画だったのに…その罪は重いですよ」

 

夕張「あ、それで怒ってらっしゃる…いや、なんか…私が悪いのかなこれ…本当にごめんなさい」

 

海斗「えっと…僕もごめん」

 

朝潮「いえ、司令官は何も悪くありません、私も言いすぎました、夕張さん、また仲良くしましょうね?」

 

夕張「…もうやだこの子」



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海上護衛作戦

青葉が2人登場します、横須賀鎮守府の青葉をアオバとカタカナで表記します
この後から2人目として登場するキャラはカタカナ表記になると思います


宿毛湾泊地 

駆逐艦 朝潮

 

朝潮「司令官、日本の孤児の数を知ってますか?現在いろんな理由で45000人居るそうです、そしてその中で私たち姉妹は偶然同じ施設に集まりました、天文学的な確立ですね、まあそれは置いておいて…って聞いてますか?」

 

海斗「え、と…うん、聞いてる…けど試験中の私語はやめてくれると助かるんだけど…」

 

朝潮「もう問題は解き終わりました…曙さんはまだなようですが」

 

曙「………」

 

海斗「二人とも終わったら実技に移るからもう少し静かにしていようか…?」

 

朝潮「わかりました」

 

 

 

演習場

 

朝潮「全弾的中…まあ、上等ですね」

 

海斗「うん、充分実技試験は通るレベルだね」

 

朝潮「筆記にも問題はないはずです」

 

海斗「それは採点待ちかな、曙の方は…2発外してるね」

 

曙「ご期待に添えず申し訳ありません」

 

朝潮「…調子でも悪いんじゃないですか?」」

 

曙「いえ、問題ありません」

 

海斗「まあギリギリ通るレベルだし、なにより入隊前の子がこのレベルの成績なら十分過ぎるはずだよ」

 

朝潮(…なるほど、筆記にやけに時間をかけたことといい…そういう事ですか、前世の経験がそうさせたのかもしれませんね)

 

海斗「それとこの泊地には曙が既に居るんだ、君が艦種として綾波型の8番艦である曙を希望してるとはわかったんだけど…」

 

曙「何でも構いません、私が曙であることはあくまで記号ですから、何かお名前をいただけるならそれを名乗りましょう、何だってやって見せましょう」

 

そう言いながら曙が詰め寄る

 

海斗「いや、えっと…」

 

朝潮「一旦止まりましょう、なんならしばらく東雲とでも名乗れば良いんじゃないですか?ついでに横須賀に行きますか?」

 

曙「…横須賀行きはお断りします」

 

朝潮「そうですか、じゃあ髪の色染めますか?」

 

曙「……髪が痛まないのなら」

 

海斗「えっと…多分そういうのは規則とか…」

 

朝潮「地毛がこんな藤色なんですよ、今更そんな事気にしますか?」

 

海斗「…うん、なんでもないです…」

 

曙「…青色に染めて、名前もアオボノにでもしときましょうか」

 

朝潮「えっ…混乱しそう…」

 

曙「…あなたの提案でしょう」

 

朝潮「アオボノさんが曙さんで曙さんがアオボノさん…いや、良いんですけどね、私は良いんですけどね?」

 

曙「……この人めんどくさ…」

 

朝潮「…物心がついてから、記憶はありませんでしたけど空虚な時間を過ごしてようやく自分を取り戻したんです、少しくらいはっちゃけてもバチは当たらないはずですよ」

 

曙「…どうぞご自由に」

 

海斗「と、とりあえずデータを送るから、2人とも好きにしてて、結果が出たらすぐに教えるから」

 

朝潮「…逃げた」

 

曙「面倒な相手からは逃げるものですよ、さて…食堂で暇でも潰しましょう」

 

朝潮「何か当てが?」

 

曙「……あればよかったんですけどね、娯楽物がないもので、人頼りです」

 

朝潮「…誰かしらいますかね」

 

 

 

食堂

 

朝潮「誰も居ませんね、まあ第一発足して施設に人員が行き届いてないなどの問題点も多いですし」

 

曙「…ニュースでもみてますか」

 

テレビ『戦時中の艦船をイメージした人気アイドルグループの那珂ちゃんずが引退を表明し…』

 

朝潮「えっ」

 

曙「こっちだとアイドルやってるみたいですよ、川内型の3人」

 

那珂『今後はアイドルとしてではなく、みんなを守る艦娘として応援されていこうと思ってます!それではラストライブをお楽しみに!』

 

朝潮「…呉鎮守府ってまだ艦娘配属の予定なかったですよね…気が早いというか…」

 

曙「また一緒に戦う機会が来るなら何よりです」

 

朝潮「チャンネル変えますね」

 

曙「…少しは話を…え、龍驤さん」

 

朝潮「…お笑い芸人、やってるみたいですね」

 

龍驤『どもー!最近同期のクソ駄洒落芸人に番組追い出されましたわ!わはは!』

 

曙「……チャンネル変えましょう」

 

テレビ『国連では艦娘システムの有用性についての情報が共有され、近く艦娘を利用したアメリカ近海の深海棲艦を掃討する計画が…』

 

曙「海外に深海棲艦…?確かに日本近海にだけ存在することはおかしいとは思ってましたが…世界が変わった影響がこんなところにも…」

 

朝潮「…所詮深海棲艦、あの戦いに比べればぬるいですよ」

 

曙「しかし、いつの世も軍人の人権というものはなさそうですね、利用だのなんだの」

 

朝潮「不満ですか」

 

曙「私の仕える相手は国民ではなく提督ですから」

 

朝潮「そうですか、私もです」

 

曙「ここに居ても誰も来ませんね、早いとこ染めましょうか」

 

朝潮「買い物に行きましょう、多分駅の方のドラッグストアで売ってると思いますよ」

 

曙「……バイクとか」

 

朝潮「年上はどちらでしょうか、私は免許を持てる歳ではないですからね」

 

曙「まあ、良いです、こうなればこれも訓練です、走りましょう」

 

朝潮「相変わらず極端な人ですね…」

 

曙「ストイックとか、他にマシな言い回しがあると思うんですが」

 

朝潮「はいはい、行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

朝潮「…いや、本当に遠いですね…」

 

曙「でも無事買えました、毎日往復すれば基礎体力は取り戻せますね、しかし…この程度の行動で疲れて息が上がる…情け無いったら無いですね」

 

朝潮「…じゃあ私はこれで」

 

曙「最期まで付き合ってくださいよ」

 

朝潮「一回最期を共に迎えた気がするのでもう勘弁してくれませんか?」

 

曙「1人で染めるの不安なんですよ…」

 

朝潮「………」

 

曙「うわ、心の底から嫌そうな顔…」

 

朝潮「できなくても責任は取りませんからね」

 

曙「そういうのはできたら責任を取るものじゃ?」

 

朝潮「……あなた変わりましたね、悪い意味で、最悪な意味で」

 

曙「東雲と名乗ってた時に比べれば全てがマシに見えますよ」

 

朝潮「人殺しの時期の話ですか?」

 

曙「早く染めてください」

 

 

 

 

朝潮「まあ、こんなものでしょう、髪が青いからアオボノって何の捻りもないですけどね」

 

アオボノ「名前はそのくらい分かり易いべきですよ、よし…早く出撃したいところですね」

 

朝潮「ずいぶん好戦的ですね」

 

アオボノ「わかりやすくお役に立てますからね」

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

提督 火野拓海

 

拓海「諸君らには台湾から北上してくる避難船の護衛をしてもらう、沖縄付近で合流できる予定だ、ここ、横須賀から南西に向かってくれ、編成を伝える、旗艦、大淀、そして以下重巡洋艦アオバ同じく衣笠、最後に駆逐艦電だ」

 

大淀「宿毛湾泊地の艦隊は出ないのですか?」

 

拓海「現状予定はない、早急に出立の用意をせよ」

 

大淀「10分後に出撃します」

 

 

 

 

海上

軽巡洋艦 大淀

 

大淀「こちら旗艦大淀、現在静岡の南側を進んでいます、羅針盤に反応があるため戦闘になるものと思われます」

 

拓海『了解した、あくまで君たちの任務は護衛だ、あまり戦闘に時間をかけたくはない、宿毛湾の艦隊にも出撃の要請を出す』

 

大淀「了解…いや、このままでは接敵してしまいますね、前方に水上機を飛ばします!総員戦闘態勢!」

 

電「了解なのです!」

 

大淀「…敵発見!軽巡級1、駆逐級2…」

 

衣笠「これ、無視できないの?」

 

大淀「……いえ、不可能ですね、どうやらこちらの狙いに気付いてるのか…進路を塞ぐように停止しています…」

 

衣笠「…作戦がバレてて、なおかつ深海棲艦を指揮する存在がいる?まさか、そんなわけないでしょ」

 

電「そうとも限らないのです…大淀さん、やるのです!」

 

大淀「そろそろ目視できる距離に来ます…敵艦隊見ゆ!砲戦用意!」

 

アオバ「砲撃もアオバにお任せ!」

 

砲音が響く

 

大淀「…外れてますね、私が…」

 

水上機との距離、方位、速力…

 

大淀「よく…狙って…撃て!」

 

軽巡級が黒煙を上げて砕け散る

 

衣笠「いいね!じゃあ私も…ほら!もう一発も!」

 

衣笠の砲撃が駆逐級を2隻とも吹き飛ばす

 

衣笠「ふふーん!ん?衣笠さん最高でしょ?どうよアオバ、なんか言ってみなよ!」

 

アオバ「ウザぁ…!」

 

大淀「油断しない!水上機がかなり遠方に後続部隊を発見…重巡級2に駆逐級2!」

 

電「電が先に行くのです、目標までどのくらいなのです?」

 

大淀「この速力ですと目標を目視できる距離まで15分です、再度点検と周囲の警戒、何処から敵が湧いて出てもおかしくありませんよ!」

 

アオバ「わかってます、手法、点検OKです!」

 

衣笠「こっちも完了!」

 

電「魚雷発射管良し、主砲良し、いつでもいけるのです!」

 

拓海『大淀、こちら横須賀鎮守府より火野拓海、宿毛湾から艦隊が出たそうだ』

 

大淀「メンバーは?」

 

拓海『旗艦青葉、駆逐艦朧、本人達の強い希望で朝潮と曙が出撃したそうだ』

 

大淀「…その2人って先ほど加入の許可を出した?」

 

拓海『夕張から問題ないと聞いている』

 

大淀「成る程、問題ないのなら構いません…何か言ってましたから」

 

拓海『髪の色は青いそうだ』

 

大淀「……ああ、そっちなんですね、不安が残りますが…」

 

拓海『心配ないだろう』

 

大淀「まあ、それなら構いません……さて、そろそろ会敵します!」

 

拓海『参加を期待する』

 

大淀「この大淀に…お任せください」

 

アオバ「重巡見えました!」

 

電「ギリギリに魚雷を打ち込むのです…もう少し引きつけてください!」

 

水上機が戻ってくる

 

大淀「…遠方で戦艦級が確認された…?」

 

電「大淀さん!」

 

大淀「はい、わかってます!行きましょう!」

 

砲戦が始まる

 

アオバ「おまかせ、おっまかせ〜」

 

衣笠「せめて当ててから喚いてくれる?それ!」

 

電「…敵艦隊向かってきます…このまま反航船でそのまま離脱するのです!」

 

大淀「そうですね、両舷全速!一瞬の交戦ののちに即時離脱!振り切ります!」

 

アオバ「ガサ!魚雷ばら撒きますよ!」

 

衣笠「わかってる…っての!」

 

電「なのです!」

 

敵進路に魚雷をばら撒く、敵もこちらの進路に雷撃を放ってくる

 

大淀「敵雷撃!速力まだ上げられますか!?」

 

アオバ「は、はい!」

 

衣笠「でも揺れて狙いが…!」

 

電「無理に狙って撃たなくていいのです!とにかく撃って敵の攻撃の邪魔をするのです!」

 

大淀「…雷撃かわした…!よし、このまま逃げ切りますよ!」

 

アオバ「敵が旋回を始めてますけど!?」

 

衣笠「ならもう一回魚雷を使うまで!…って、うわ、重巡級2隻吹き飛んだ…」

 

電「電の本気を見るのです」

 

アオバ「…あの位置での旋回を読んで魚雷を撃ってたんですか…?怖…」

 

電「無駄口叩く暇があったら次なのです!」

 

衣笠「駆逐級追って来てるけど!?」

 

大淀「無視して構いません!どうせ追いつけませんから!」

 

電「…前方に何かいるのです」

 

大淀「敵の戦艦級です、無視して通り抜けますよ…合流予定時間にはまだ余裕がありますが、不足の事態は起こるものです…!」

 

アオバ「戦艦が見逃してくれるとは…いや、えーい!頑張ってきましょう!」

 

大淀「恐らく、すぐに仕留めてくれるでしょう…」

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「さて、やりますか」

 

朝潮「観測された地点はこのすぐそばです、敵が東に進んでるなら後ろをつけます」

 

朧「……2人とも、本当に大丈夫?あり合わせの艤装で…」

 

アオボノ「朧、舐めないで…私は艤装なんかに左右されない…それに主砲と魚雷だけじゃない、機銃まである…余裕」

 

青葉「頼もしいとしか言えませんね…見えました、行きましょう」

 

敵はこちらに背を向けている、特に大きな戦艦級がよく目立つ

 

青葉「…アレは…他に雷巡級と軽巡級もいます、あと2隻駆逐級の随伴艦も確認!」

 

アオボノ「合計5隻…私がやります、朝潮さん、カバーは?」

 

朝潮「可能です、が…必要ですか?」

 

アオボノ「まだ本調子じゃないもので」

 

スピードを上げる、まだ気づかれてない…

 

アオボノ「魚雷から行きます」

 

三連装の魚雷を放つ

扇状に広がって進んでいく

 

アオボノ「戦闘開始」

 

主砲が駆逐級を一隻仕留める

敵がこちらを向き、方向転換を始める

 

アオボノ「鈍い」

 

軽巡級の側面に一撃、大きく体を揺らし、黒い艤装から露出した肉にもう一撃、軽巡級が弾け飛ぶ

 

朝潮「私の仕事はなんですか?」

 

アオボノ「見て考えてください…この主砲、曲がってるんですか?仕留めるのに二発かかりました」

 

戦艦級が砲撃を始める

一発でも当たったら死にそうな巨大な砲弾がすぐ横に着弾する

 

朝潮「角度、位置は」

 

アオボノ「合わせます、とにかくまっすぐ流してください」

 

朝潮が魚雷を放つ

 

アオボノ「…駆逐級一つ」

 

水柱が駆逐級を捉える

粉微塵に弾けとんでいく

 

アオボノ「次、戦艦級」

 

機銃を構え、顔に向かって放つ、同じ場所を目掛けて休みなく放ち続ける

 

ル級「ギィィィィィ!!」

 

朝潮「うわぁ…ガードしながら怒ってますよ」

 

両手についた大盾のような主砲を盾にしながらの砲撃

 

アオボノ「バカですよね、7.7機銃くらい効かないんだから大人しく無視すればいいのに…足元がお留守になってますよ」

 

機銃の狙いを変えてル級の足元に一発

戦艦級の足元で魚雷が炸裂し、水柱がル級を弾き飛ばす

 

アオボノ「時間は完璧ですね」

 

弾き飛ばされた先で別の魚雷が炸裂し、ル級の体を水柱がすり潰す

 

朝潮「私の魚雷は?」

 

アオボノ「…多分位置は問題ありませんよ」

 

さらに3つ水柱が上がる

ル級の体が波に呑まれ、沈んでいくのが見える

 

アオボノ「水の力って恐ろしいですね」

 

朝潮「雷巡級まだ居ます」

 

雷巡級が砲撃を放ってくる

 

アオボノ「ワザと生かしてるんですよ、実験台が必要ですから」

 

砲撃を掻い潜りながら近寄る

 

アオボノ「雷撃の判断が遅いですね」

 

発射管から飛び出てきた魚雷を掴みとる

 

アオボノ「…アハッ…!」

 

チ級の艤装を蹴り、飛び上がって顔面に回し蹴りをくらわせる

 

チ級「ア"ア"ァァァァ!!」

 

アオボノ「怒ろうがなんだろうが…もう所詮死ぬしかないんですよ、貴方は」

 

パンチのフェイントと回し蹴りを交えて殴り殺す

 

アオボノ「ふーん……やっぱり鋼鉄の脚じゃないとダメージは通らないか」

 

ハイキックでチ級の仮面を砕く

 

チ級「ギャァァァァ!!」

 

アオボノ「お疲れ様でした」

 

ポイと魚雷を投げ捨てて朧達の方に戻る

 

朝潮「…なんで海上で肉弾戦してるんですか?」

 

アオボノ「いつか役に立つ日が来るものですよ、なんでもね」

 

朧「…今の体術は?」

 

アオボノ「綾波の蹴り技…ま、こんなとこか…使えないな」 

 

青葉「…一度受けただけでコピーを…?」

 

アオボノ「自主練は積んでましたから…なんでもね」

 

朝潮「…あ、横須賀の方々が」

 

大淀「…あれ?宿毛湾の…敵艦隊は?」

 

アオボノ「片付けましたよ、もう」

 

電「……成る程、貴方でしたか」

 

青葉「あ、アオバ…衣笠…」

 

アオバ「おー!居ましたよ!我が妹が!」

 

衣笠「戯れるな!急ぐんだから!」

 

大淀「敵の排除ありがとうございます、後方に駆逐級が二体、追跡してきてるかもしれません、近くの哨戒をお願いしてもいいですか」

 

朧「わかりました、作戦の成功を祈ります」

 

大淀「それでは」

 

アオボノ「…さて、次試す事は…と…いや、その前に誰か私を撃ってくれません?あ、あと戦果は私以外で撃破報告を…」

 

青葉「えぇ…」

 

朧「何がしたいのかわからないんだけど」

 

アオボノ「出る杭は打たれる、私は打たれたくはないので」

 

 

 

 

 

 

 

大淀「……」

 

電「あの曙さん、1人で敵艦隊を仕留めてるのです…」

 

アオバ「…やっぱりそうですかぁ…そんな気はしました」

 

衣笠「バケモノだねぇ…ワンマンアーミーって…やつ?」

 

大淀「羅針盤に反応なし…近くに敵もなし…よし、もうすぐ鹿児島です」

 

アオバ「沖縄まであと少し…はあ…深海棲艦さえいなければリゾート地なのに」

 

衣笠「……」

 

アオバ「ガサ?どうしたの?」

 

衣笠「これから…戦争になるんだなって、もう一度戦争をするんだなって思ったら…」

 

大淀「始まりでしかありません、終わりの形を思い描き、それに進むことしか私たちにはできないのですから」

 

電「でも、本当にその形になるとは限らないのです」

 

大淀「わかってますよ、だから覚悟して戦うんです、見えましたよ…アレが護衛予定の船団です」

 

電「…何万人乗ってるんでしょうか…」

 

アオバ「……待ってください、航空機の音がしますよ?」

 

衣笠「多分中国側の航空機だと思うけど…?」

 

大淀「……いや、そんな話は聞いてません、敵艦載機の恐れがあります!アオバさん急ぎ通信を!電さん、急ぎますよ…!」

 

電「わかってるのです…!」

 

船団の向こうの空に大量の深海棲艦の航空機がみえる

 

大淀「100くらいいますね…!」

 

衣笠「機銃なんか積んでないよ!?どうすんの!?」

 

電「なんでもいいのです!とにかく撃ち落とすのです!」

 

船団も防空射撃を始める

 

アオバ「船団の撤退開始!このまま護衛します!」

 

大淀「佐世保と宿毛湾にも連絡を!いや、鹿屋と岩川にも!」

 

アオバ「もうしましたよ!佐世保は出撃済み、岩川は航空機を飛ばす準備段階だそうです!」

 

大淀「あとは少しでも被害を抑えますよ!衣笠さん!私と前に出て敵機の攻撃を引きつけてください!」

 

衣笠「了解!」

 

砲撃をしながら船団に近づく

 

大淀「……この距離になっても悲鳴ひとつ聞こえない…騒ぎになってない?民間人が乗ってるのに対応に遅れもなく対空を…」

 

電「大淀さん!ぼーっとしないでください!」

 

大淀(この船は民間人が乗ってない…?いや、そんなことはどうでもいい、急いで対処しないと)

 

艦攻の攻撃で一隻の護衛船が黒煙を上げ始める

 

電「間に合わないのです!」

 

衣笠「全然こっちを狙ってくれないよ!?」

 

大淀「狙いが正確すぎる…!」

 

アオバ「船団が引き返し始めました!撤退行動を開始してます!」

 

電「ここから台湾まで戻るつもりですか!?無茶がすぎます…!」

 

大淀「いや、あの船には民間人が乗ってません!なら撤退も決して悪い策ではないはず」

 

大淀(ただし日本との国際関係の悪化は避けられないでしょうが…)

 

アオバ「…味方航空機!味方の航空機が来てます!」

 

大淀「間に合いましたか!敵航空機撃破後空母級の撃破を目指します!」

 

瑞鶴『こちら佐世保の瑞鶴、間に合ったみたいね!』

 

大淀「こちら横須賀の大淀です、敵艦載機の撃破をお願いします!私たちは本体を狙います!」

 

瑞鶴『居場所はわかるの?』

 

大淀「タイミングを見て探るつもりです」

 

瑞鶴『なら南西、そっちから出てきてるわ、じゃあ飛行機は任せといて!』

 

空中戦が繰り広げられる

次々と敵艦載機が落ちていく

 

大淀「仕事が速いですね…南西に向かいますよ!」

 

衣笠「了解!…って!雷跡!」

 

大淀「これは…潜水艦!」

 

電「直撃ルートはないのです!これは足止め、敵が撤退を始めてるのです!」

 

敵艦載機が撤退を始めている…

こちらの被害は、護衛予定の船一隻が中破、か

 

大淀「……戦術的、勝利といったところでしょうか」

 

アオバ「民間人が乗ってないなら、十分すぎるほどですよ……で学んで民間人が乗ってない船を?」

 

大淀「少なくとも我々にはその事実が知らされてない点から盗聴や裏切り者のチェック…と言ったところですか、こんな作戦を取れるくらいならまだ台湾側も多少猶予があるようですし…」

 

電「一歩間違えば大変な数が死んでいました…」

 

大淀「まだ潜水艦が狙ってくるかもしれません、気をつけて船団に近づきますよ」

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

海斗「会敵数7……砲弾と機銃が…魚雷は6で…うん、確認したよ、撃破数は青葉が2、朧が3、朝潮が3、そしてこちらの被害は曙が小破…」

 

海斗(…小破か、この戦闘データを見るに駆逐級2隻はすぐに撃破、軽巡級も撃破した後に戦艦級と雷巡級を撃破してる、小破はこの戦艦級と雷巡級の交戦タイミングでしてて、その後駆逐級と交戦…タイミングから見て雷巡級の主砲でのダメージで小破…?)

 

青葉「……何か不明点などありますでしょうか…?」

 

海斗「うーん…」

 

海斗(おかしい点はなんとなくある…撃破数もそうだけど機銃なんて誰も使わないし、使う相手がいない…だけど弾薬とかの消費は正しいみたいだし、別に追求する理由はないかな…)

 

海斗「大丈夫だよ、今日はゆっくり休んでね」

 

青葉「あ、あの…司令官、明石さんからパソコンを受け取ったので、この後お時間がよろしければ……」

 

海斗「うーん…夜になるけど、構わない?」

 

青葉「はい!」

 

 

 

 

横須賀鎮守府

軽巡洋艦 大淀

 

大淀「……はぁ…英語も通じない軍人ってどうなんでしょう」

 

拓海「ご苦労だったな」

 

大淀「…今回の出撃、意味はあったのでしょうか…」

 

拓海「あったとも、各国に艦娘と会うシステムを認めさせた、台湾側も次は本当に民間人の乗った船を護衛してほしいと言っている」

 

大淀「……提督はご存知だったんですか?」

 

拓海「いいや、予想はしていたがな」

 

大淀「それで…?」

 

拓海「海軍の次の動きとしては台湾方面の海域の一時的な解放を目指す、宿毛湾、佐世保から艦隊を出撃させ、台湾方面の敵を撃滅する…これを南一号作戦と呼称するらしい」

 

大淀「らしいって……他人事ですか」

 

拓海「生憎、私は机に向かうことしかできないものでね」

 

大淀「……変わりませんね」

 

拓海「良くも悪くもな、今度こそうまく立ち回る」

 

大淀「期待しています、それで、宿毛湾と佐世保から人員を出すと言うのは?」

 

拓海「地理的なところから近いと言うのも大きいが…佐世保には着任してる艦娘が少ない、航空戦略を佐世保に頼り、通常の駆逐艦を宿毛湾に出してもらう」

 

大淀「宿毛湾の赤城と加賀は?」

 

拓海「妖精待ちだ、これに関しては私にもわからない」

 

大淀「……妖精…これってなんなんですか?」

 

水上機から妖精を手におろし、見つめる

 

拓海「…新種の知的生命体だ」

 

妖精は私に向かって敬礼をしてみせた

 

大淀「ふふっ……可愛いのはいいのですが…以前はみんなにこんなものが見えてたんですね」

 

拓海「そう言うことらしい、しかしそれが今、見えていて…尚且つ…」

 

大淀「世界は安定している……最短のお陰でしょうか?」

 

拓海「さあな、事はいくらでも起こせるだろう…起こそうと思うものがあればな」

 

大淀「……物扱いはやめてくださいね」

 

拓海「モノにならねばいい話だ、人は死んだ瞬間より死体という物体になる…生物ではなくなるからだ、死ぬな」

 

大淀「死なせない、と言ってほしかったですが」

 

拓海「…悪いが、私は非力な存在だ、君たちを危険に晒し続けることしか出来ん」

 

大淀「なら、私達が守る側になりますよ」

 

拓海「すでに国民を守っているだろう」

 

大淀「……もっと別に守りたいモノも有りますから」



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演習

宿毛湾泊地

軽巡洋艦 北上

 

北上「ふーん…で?」

 

青葉「…佐世保の方々から、演習を、と」

 

北上「…なんでアタシが出ることになんのさ…別にアタシ充分すぎるくらいに強いし」

 

青葉「……その、お願いします」

 

うわ、頭下げたよ…前に喧嘩してるから嫌いなんだよねこいつ

 

北上「いや、頭下げないでよ…ウザイし面倒だし…」

 

青葉「……私は司令官が困らなければ、それでいいので…お願いします、先方の意向もありますし」

 

北上「でたよ…何?司令官って…タダの上司じゃん、なんでそんな媚びへつらってんの?」

 

青葉「…さあ、もうなんでかわからなくなりましたけど…それでも、ただお役に立ちたいんです」

 

北上(めんどくさ…)

 

北上「…その演習って、金出んの?」

 

青葉「え?えっと……休日出勤扱いなので、一応出るらしいですけど…」

 

北上「うわ、休み潰すんだ…めんどすぎ…いいけどさぁ…」

 

青葉「お、お伝えしましたので…」

 

北上「ん、んー…だる…」

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

曙「あんたがもう1人の曙?」

 

アオボノ「ええ、よろしく、曙」

 

曙「…なんて呼べばいいの?曙で良いわけ?」

 

アオボノ「構わないわ、まあ、髪の色が青いからアオボノって呼んでくれても良い」

 

曙「そう、じゃあそうさせてもらうわ、アオボノ」

 

アオボノ「……不思議なものね」

 

曙「何が?」

 

アオボノ「…いや、こっちの話…今度、どこかに出かけましょ、朧達とも仲良くなりたいの」

 

曙「きっとなれるわよ、アンタ良い奴そうだし」

 

笑ってそう言ったのに、アオボノの顔はどこか複雑そうだった

 

アオボノ「……ありがと、曙」

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府 保管庫

軽巡洋艦 大淀

 

大淀「……やっぱり数が合わない…軽巡洋艦の艤装が足りてませんね」

 

電「侵入の形跡はないはずなのです、どうやって…」

 

大淀「…あれ…?おかしい……これ見てください、クレーンのシステムの使用履歴がこんな夜中に…」

 

電「それはおかしいのです、そんな時間にクレーンを使うはずがありません…それに、ここの重機は全てデータで管理されてるので部外者が扱えるはずが…」

 

大淀「……クレーンの扱いに慣れた…工作艦?いや、艦娘の犯行とは限らない…でも適合してないと艤装は使えない…無理矢理艤装を動かすとしても軽巡洋艦のではなく戦艦級の物の方が利用価値はあるはず…」

 

電「…記憶持ちの可能性があるのです」

 

大淀「だとしたら何故正規の試験を受けずに…」

 

電「何か、理由があるのです…」

 

 

 

 

 

海上

軽巡洋艦 ???

 

???「…やり合ったのはここかぁ」

 

???(…雷巡級の仮面…砕けてるけど、コレなら顔を隠すにはもってこいだね)

 

破片を拾い集める

 

ヲ級「……アノ…」

 

???「心配ない、心配ないんだよ翔鶴」

 

ヲ級「…私ノ事ハ…」

 

???「大丈夫だって…んー、ボンドとか買ってこようかな…あれ、不味いな、誰かこの辺りを通る」

 

姿勢を比較して波間に隠れる

 

ヲ級「…アレハ…北上サン…?」

 

軽巡洋艦の北上と…朧達第七駆逐隊…と、アオボノか…あれ?逆なの?

 

ヲ級「…ミンナ、居マスネ」

 

???「旗艦は北上かぁ、能力はあるのかな」

 

ヲ級「多分…」

 

???「だねぇ、ま、頑張ってもらうとしましょっかね〜…北上サン、今のアタシはチ級だからさ」

 

仮面を顔に当てながらいう

 

チ級「さて、帰るよ翔鶴、そっちの拠点に案内してよ」

 

ヲ級「ハ、ハイ…キ…」

 

チ級「チ級、ね」

 

ヲ級「…チ級…サン…」

 

チ級「仲間として受け入れてくれたら良いんだけど」

 

ヲ級「…モシ、攻撃サレタラ?」

 

チ級「全員沈めようかなぁ…」

 

ヲ級「……ム、ムリガスギマス…」

 

チ級「…じゃあ折角だしあの艦隊のあとついていってみる?気になるし」

 

ヲ級「……ワ、私モ…」

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

提督 渡会一詞

 

瑞鶴「んー、どう?葛城」

 

葛城「瑞鶴先輩なら誰も相手にはならないと思います!」

 

瑞鶴「やっぱそう思う?まあ時代は空母だし、せめて連れてくるなら戦艦は欲しかったわよねぇ?」

 

葛城「全くもってその通りです!!」

 

瑞鶴「ま、軽く捻ろうかな…」

 

渡会「…お前達、今回の演習の目的を忘れてないだろうな」

 

瑞鶴「あ、提督さんじゃん、わかってるって、私たちの随伴艦を選ぶ訳でしょ?余裕余裕」

 

葛城「そもそも私たちを援護できるほどの実力者がいるかどうか…」

 

渡会「そう言う問題ではない、お前達は確かに艦載機を操り戦う技術に優れているが、艦載機を全て遠方に出して仕舞えばお前達は戦う術を失うだろう」

 

瑞鶴「わかってるってば…その対応も含めての演習なんでしょ?わかってるって」

 

葛城「提督、向こうの指揮官は?」

 

渡会「来ない、南一号作戦については佐世保に一任されている、宿毛湾の司令官はこれについての書類などの提出を請け負ってくれている」

 

瑞鶴「ふーん…」

 

葛城「書類仕事が好きなんて変わってますね」

 

そういう訳ではないだろうが

 

渡会「とりあえずこっちのメンバーとして陽炎と秋雲にも出てもらう、と言っても2人とも訓練すらまともに受けてない新人だがな」

 

葛城「だからその為に宿毛湾のメンバーを借りるわけじゃないですか」

 

瑞鶴「さっさと始めましょ、まあ、誰が相手でも変わらないけど」

 

 

 

 

 

 

演習場

駆逐艦 アオボノ

 

北上「よろしくねぇ〜?」

 

瑞鶴「ま、どんなもんか見せてもらうわ」

 

アオボノ(…2人とも、お互いを舐めきってる感じか、まあ…ここで負けた方は強くなるだろうな)

 

朧「…ルールは?」

 

瑞鶴「魚雷はなし、こっちは演習用弾でも危険だし…うちの駆逐ってまだ新人だから痛い思いさせたくないのよ」

 

アオボノ「終了条件は」

 

瑞鶴「私か、そっちの旗艦…どっちかが大破判定をもらったらその時点で負け、判定はうちの提督さんがしてくれるから」

 

北上「了解、じゃ、やろうか」

 

 

 

 

 

かなり距離をとってから演習開始の信号弾が上がる

 

北上「…行くかぁ…」

 

アオボノ(やっぱり、違うな)

 

遠くから艦載機の音が聞こえてくる

 

朧「対空射撃用意!」

 

北上「そういうのいらない、さっさと撃っていいよ」

 

アオボノ(…まだ射程外…この距離でも当たるのは当たるけど…弾の威力が死んでしまう…朧達じゃ有効打は与えられない)

 

朧「…見てなよ、曙」

 

朧が私の方をチラリと見てから機銃を放つ

 

アオボノ(このコースは…)

 

放たれた弾丸がプロペラを仕留め、艦載機が数機落ちる

 

曙「クソ!当たんないんだけど!?」

 

漣「西に回り込んでくるよ!」

 

潮「と、遠い…!」

 

アオボノ(微かに見える、ってレベルだし…普通当たるわけないけど…まあ、良い言い訳を思いついたし、朧への対抗心もある)

 

機銃をとにかく放つ

軌道を予測し、全ての弾丸がプロペラを捉える

 

朧「…相変わらずだね」

 

アオボノ「そっちは見違える成長してるじゃない」

 

北上「おー、青い方の駆逐やるじゃん」

 

アオボノ「ラッキーショット…って奴ですよ、たまたまです」

 

アオボノ(この北上は対空射撃をしないのか…)

 

北上「…あ、敵はあっちかな?」

 

漣「うにゃぁぁ!当たれぇぇぇ!」

 

潮「あれ?北上さん!?」

 

北上は私たちから外れて一人で敵の方に向かう

 

アオボノ(…力不足で自分勝手…か、めんどくさ…)

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 チ級

 

チ級「うわぁ…酷いなあ、あの動き」

 

ヲ級「…ソウデスネ…デモ、見エテルンデスカ?」

 

チ級「わかるんだよ、ここでね」

 

仮面を軽くコツコツと叩く

 

ヲ級「…アア、成程、私ハ艦載機ガナイト…」

 

チ級「雷巡の仮面だし、魚雷も集めとかなきゃねぇ…ここから盗んで行こうかなぁ…」

 

ヲ級「……ア、会敵シマス」

 

チ級「おー…お、おぉ…?あの北上、砲撃ヘタクソだね」

 

ヲ級「……充分スギル水準デスヨ…2発ノ砲弾デ駆逐艦2隻ヲ大破判定…」

 

チ級「今のシーンさ、駆逐艦の砲撃を青い方の曙が全部弾いてたんだよね、機銃の流れ弾のフリして陽炎と秋雲の砲撃全部届く前に壊してたし」

 

アオボノはそのまま対空射撃に戻った、本当に偶然を装うつもりらしい

 

ヲ級「……チ級サンハ?」

 

チ級「できるよ?当たり前じゃん、というかあっちの駆逐艦2人…撃ち落とされなければ北上を仕留めてたよ、記憶持ちどころか…ちゃんと努力してた子の砲撃だった…」

 

ヲ級「…嬉シソウデスネ」

 

チ級「そりゃね…艦載機を完封してるし、こりゃ決着は早いなぁ…」

 

ヲ級「瑞鶴…」

 

チ級「……あ、副砲抱えてたんだ、あの2人」

 

北上との接近戦に葛城が副砲で応戦している

葛城の砲撃は的外れだな…ん、駆逐が追いついて砲撃を始めてる…

 

ヲ級「…今ノハ、私デモワカリマシタ」

 

チ級「あの北上、一言で言うならゴミだね、曙が砲撃で葛城の艤装を弾いたから今の砲撃が有効打になったけど、そうしてなければガードされてダメージになってなかったよ今」

 

ヲ級「…北上サンニ厳シイデスネ」

 

チ級「そう言うものだよ、結果見えてるし、帰ろうか」

 

そう言いながら単装砲を演習場に向ける

 

ヲ級「…背後ニ艤装ヲ向ケテ何ヲ……ノールックショット?」

 

チ級「そゆこと、まあ、曙は賢いからこれで気づくんじゃないかな」

 

一発の砲撃

まあ、手応えはあるかな、瑞鶴の脳天にぶち込んだ

 

チ級「さ、いこいこ」

 

 

 

 

 

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「な…」

 

北上「…何?今の、駆逐?」

 

朧「……どっから飛んできたんだろ…」

 

瑞鶴「きゅう……」

 

瑞鶴が目を回して倒れたが、その原因となった砲弾は…

 

アオボノ(…確信できた、やっぱり違ったんだ、そう言う理由か…だとしたら、何故そちらに与している…?)

 

演習終了の信号弾が上がる

 

アオボノ「……直接聞けば良いか」

 

演習の結果は上々、でも次の決戦に私は呼ばれるかどうか

この北上ではいつか力不足が表に出る…

 

 

 

 

 

正規空母 瑞鶴

 

瑞鶴「ったた…ほんとにコレ、負けちゃったの?」

 

渡会「そう言う事だ、しかも気絶してたのはお前だけだ」

 

瑞鶴「……メンバー、もう決まった?」

 

渡会「宿毛湾から北上、朧、漣、曙が出てくるらしい」

 

瑞鶴(あれ…確か曙って2人…)

 

瑞鶴「藤色の髪の曙だそうだ、青色の方はまだ新人で戦力に不安がある、と北上から言われてな」

 

瑞鶴「そっか……んー…」

 

瑞鶴(最後の一撃は誰がやったのか、それが気になるけど…流石に選ばれてないなんて事はないはずだし、戦闘が終わったら聞けば良いか)

 

渡会「明後日のマルキューマルマルに出撃だ、調整しておくように」

 

瑞鶴「わかった」

 

瑞鶴(私が相手を舐めきってたせいでこんな負け方しちゃったわけだし…コレが実戦じゃなくてほんとに良かった)

 

艤装の妖精がパラパラと降りてきて整列する

 

瑞鶴「本番は明後日、もう誰にも負けない様に頑張ろう」

 

妖精達が敬礼し、また艤装に戻る

 

瑞鶴「はぁ……よし!頑張らなきゃ…!」

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

那珂

 

那珂「えー、呉鎮守府はまだ稼働予定はないって…」

 

拓海「考えてもみたまえ、呉鎮守府は瀬戸内海に面している、幸いな事に瀬戸内海における深海棲艦の目撃情報はない、となると日本海の敵を撃滅するべきだ、次に艦娘を配置するのは舞鶴という事になる」

 

那珂「もー!私もうアイドル引退したんだよ!?何すれば良いの!?」

 

拓海「そう言われても我々には何の責任もない」

 

那珂「…姉さん達も静かにしてないで何か言ってよ!」

 

川内「いや、アタシ達反対したし…」

 

神通「呉鎮守府が艦娘の運用を開始してからにしよう、と言ったのに聞かなかったのは那珂ちゃんですし…」

 

那珂「でも!せっかく前の世界のこと全部覚えてるんだよ!?もう一回艦娘やれって事でしょ?」

 

川内「…いや、古鷹や由良なんて普通に学生してるんだよ?記憶あるのに…あ、そろそろアニメ始まるから帰っても良い?」

 

神通「加古さんなんて学生をしながらフードデリバリーのバイトもしてました、艦娘を選ぶのは自由ですが、義務ではありません、それに私も道場があります」

 

那珂「子供向けアニメや槍術道場より大事なことあるでしょ!?」

 

川内「いや、だってさぁ…多分今着任してもできる事ないよ?」

 

拓海「そういう事だ、君達が望むなら呉鎮守府に着任させる事はできるが…」

 

川内「やる事なんてマスコットだけ…って話でしょ?」

 

拓海「そもそも、彼がいない」

 

神通「…そういえば、この世界の提督…いや、まだ違いますか…三崎さんはどこに?」

 

拓海「まだ彼は学生だ、私の様な特例でなければこの年齢でこの役職は普通ありえない」

 

川内「…特例って?」

 

拓海「平たく言えば、人脈と金だ、そこに付随して若さなどもあるだろう、新しいシステムを始めるには新しい世代の人間がふさわしいという考え方もあるのだろう」

 

神通「そうですか…」

 

拓海「どうするのだね」

 

那珂「…どうする?」

 

川内「しばらく何もしなくて良いんじゃない?」

 

誰かの携帯が鳴る

 

神通「あ、すいません、私です…またですか」

 

川内「ああ、前言ってたナンパの人?着信拒否すれば良いのに…」

 

神通「合コンのお誘いだそうで…す……」

 

川内「…どしたの?なんで固まって…」

 

画面を見た2人とも、固まってる

 

那珂「……画面見せて?」

 

神通姉さんが無言で画面を見せる

よく知った顔が写っていた、というか無理矢理捕まえられてる様子だったけど、その辺は知らない、とにかく捕まえよう

 

那珂「よし!行こう!提督捕まえるよ!」

 

拓海「ふむ……智成か、フッ…余計な事を…」

 

川内「うわ、めっちゃ笑顔じゃん、人の不幸で飯がうまいタイプ?」

 

拓海「懐かしんでいるだけだ、案ずるな、彼も君たちのことは覚えている」

 

神通「なおのこと、捕まえにいかねばなりませんね、都内にいるそうです、早速行ってみましょう」

 

那珂「那珂ちゃん!出撃しまーす!」

 

 

 

 

 

2日後

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「行ってらっしゃい」

 

潮「行ってらっしゃーい!」

 

北上達を送り出す

 

アオボノ「さて、私は…」

 

あれ、おかしいな…腕が掴まれて進めない

 

潮「曙ちゃんご飯まだだよね?一緒に食べよ?」

 

アオボノ「…わ、わかった」

 

こんなにプレッシャーある奴だったっけ…

 

潮「何食べたい?出前頼むから好きなの言ってよ!」

 

アオボノ「…お金とか大丈夫な訳…?」

 

潮「大丈夫!ここきてから使ってないし、お寿司でも良いよ!」

 

アオボノ「…いや、なんでも良いんだけど…」

 

潮「じゃあピザ!ピザにしよう!」

 

アオボノ(ピザ、ピザかぁ…まあ、変なのがくるわけ……)

 

潮「フルーツピザ生クリームマシマシ別皿カスタードのLサイズが3枚と…」

 

アオボノ「ストップ!ストーップ!!」

 

慌てて携帯を取り上げる

 

潮「どうかした?」

 

アオボノ「ご、ごめん、アタシ甘いもの苦手で…」

 

潮「あ、やっぱり?大丈夫だよ、まだ電話かけてないから」

 

アオボノ「え?それってどういう…」

 

潮「記憶を引き継いでるの、朧ちゃんだけだと思った?」

 

アオボノ「……まさか…」

 

潮「…と言っても、思い出しただけなんだけどね、演習中に…たまたまね」

 

アオボノ「…そう…」

 

アオボノ(つまり…私の罪も思い出したという事…)

 

潮「あ、海鮮丼だって!コレにしよっか!」

 

反射的に体が固まってしまった…海鮮丼…なんで心臓に悪い響き…

 

アオボノ「……な、生クリームなしなら」

 

潮「流石にお店では売ってないよー…」

 

アオボノ「ざ、残念そうね…」

 

潮「よし、注文したよ、30分くらいで食べられるよ!」

 

アオボノ「朝から海鮮丼かぁ……」

 

 

 

30分後

 

宿毛湾泊地 正門

 

アオボノ「あ、あれじゃない?」

 

潮「……ねぇ、待って、あの人って…」

 

アオボノ「阿武隈さんだ…」

 

何してるのかとは思ったけどバイトしてたのか…

 

阿武隈「あ、配達待ってる方ですか?ASさんでお間違い無いですか?」

 

潮「え、違います…あれ?誰かが同じタイミングで頼んだのかな」

 

阿武隈「前回もここに配達したので場所は合ってると思うんですけど…」

 

アオボノ「…受け取っておきます、食堂に置いとけば本人が持ってくでしょ」

 

潮「うーん…そうだね、ご苦労様です」

 

阿武隈「はーい、ありがとうございます、またね」

 

アオボノ「……うわ、あのニコニコ顔…覚えてるんじゃ…」

 

潮「愛想振りまいてるだけじゃ無い…?」

 

アオボノ「…あ、龍驤さん」

 

龍驤「どもー、宿毛湾泊地ってここであっとりますかー」

 

潮「あ、合ってます!」

 

龍驤「うーちゃんさん?」

 

潮「はい、あってます」

 

アオボノ「…あの、テレビで見ました、頑張って下さい…色々」

 

龍驤「うわ、ホンマに!?うれしーなぁ!コレからも応援よろしくな!」

 

アオボノ(確か番組取られたとか言ってたっけ…収入減ったから泣く泣くバイトを…)

 

潮「曙ちゃんよく知ってるね…私テレビは結構見るけど有名人だって気づかなかったよ」

 

龍驤「いや、有名人ちゅーか…売れてない芸人やからなぁ…」

 

潮「そうなんですか?」

 

龍驤「ホンマに金なくてなぁ……あれ?ってか…ここって軍事施設やんな、なんで女の子がおるん?」

 

アオボノ「艦娘なもので」

 

龍驤「ああ!最近ニュースで見たわ、那珂ちゃんがなるいうとったなぁ…あ、給料とかええん?」

 

潮「私たちまだ初任給前ですけど、契約の時にこのくらいって」

 

龍驤「…うわ、そんな貰えるんか…」

 

アオボノ「敵を撃破した数とか、その辺でもボーナスが出ます」

 

龍驤「ま、マジか…あはは…羨ましいなぁ…」

 

アオボノ「なれば良いんじゃないですか?艦娘」

 

龍驤「いや、簡単にいうけど試験とかあるやろ…?」

 

アオボノ「ありますけど、まあ、そこまで学力は求められません、適性が優先されます」

 

龍驤「適性かぁ…」

 

アオボノ「受けるだけ受けてみたらどうですか?そんなにお金に困ってるなら」

 

龍驤「……でも、死にたぁないしなぁ…」

 

アオボノ(…死にたくない…か)

 

潮「私だって、死ぬのは嫌ですけど…大丈夫、基本的には装備が守ってくれますから」

 

龍驤「…ま、せやな、詳しく調べるだけ調べてみるわ…って!こんな時間や!じゃあな!おおきに!」

 

アオボノ「……商品受け取った?」

 

潮「あ!か、海鮮丼!!」

 

潮の声に反応して龍驤さんがUターンして戻ってくる

 

龍驤「ごめん!はい!今度こそおおきに!」

 

アオボノ「はい、お疲れ様です」

 

 

 

食堂

 

潮「……まあ、そうだよね、あんな勢いでUターンしたら…」

 

中身はぐちゃぐちゃにひっくり返り、掻き乱されてる

 

アオボノ「食べ物であるだけマシ、さっさと食べましょ」

 

潮「そうだね、いただきま…あ」

 

敷波「あ…」

 

アオボノ「…敷波」

 

敷波「…曙…!…会わない様にしてたのに…」

 

アオボノ「…別に何もしない、する気もない…アンタらは提督に守られてる…幸運な事にね」

 

敷波「………」

 

アオボノ「まあ、脅すのはこの程度にしておきますか…私もあなた達同様に罪を犯してる側の存在、私が誰かに罪を問う権利なんてないんですよ」

 

敷波「……らしい考え方、なのかもね」

 

アオボノ「貴方に私の考え方が理解できるとは思えませんし、そもそもそれだけの時間を共にしてません」

 

敷波「…ごめん、それだけ…」

 

アオボノ「そうですか、それよりさっさと食事、持っていったらどうですか?」

 

敷波「…ありがと」

 

アオボノ「綾波によろしく言っておいてください、まあ、何もしない限りは友好的に付き合っていけますから」

 

敷波「…うん」

 

 

 

 

 

東京 槍術道場

神通

 

神通「本日はここまで」

 

那珂「うーん、やっぱ槍は合わないなぁ」

 

川内「だね、まだ刀の方がいいよ、那珂、スパーリング付き合ってよ」

 

那珂「……本気で行っていい?」

 

川内「お、いいね!ガンガン行こう!」

 

神通「…アイドルをやめたからって防具をつけずにスパーリングをするのはやめてください…」

 

龍田「師範代〜?少し良いですか〜?」

 

神通「何でしょうか」

 

龍田「時間のある時に…お手合わせ願えれば、と思いまして」

 

神通「わかりました、いつでも良いですよ」

 

龍田「…例えば、今からでも?」

 

神通「どうぞ」

 

龍田「うふふ…また今度にします、この修練用の槍は軽すぎるので」

 

神通「確かに、7キロ程度では…軽すぎたかもしれませんね、神槍にくらべてみれば」

 

龍田「増殖ほどではないですよ〜?」

 

神通「ふふ…そうかもしれませんね」

 

龍田「うふふふふ〜」



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撤退

海上 

軽巡洋艦 北上

 

北上「…羅針盤は南西か、行くよー?」

 

沖縄諸島を東に見ながら進む

 

瑞鶴「彩雲、放つわ」

 

特に素早い艦載機が幾つか空を切る様に飛んでいく

 

朧「…早いなぁ…彩雲……あの速度だとどうやって当てれば…」

 

葛城「…研究熱心というか、敵に回したくない子ですね」

 

曙「朧は真面目すぎんのよ」

 

漣「そーそー、もっとゆるくいきやしょうぜ!」

 

瑞鶴「……そうは言ってられない、敵よ!軽巡2駆逐2!進路このまま!反航戦になるわよ!」

 

北上「ま、軽く当たろうか」

 

瑞鶴「第一次攻撃隊、出すわ!葛城!」

 

葛城「はい!先輩!!」

 

弓から放たれた矢が炎を纏って攻撃機に姿を変える

 

北上「…どういう原理なの?それ」

 

瑞鶴「さあね、わかんない…でも、仕事はするわ!そろそろよ!」

 

葛城「敵の対空射撃、演習に比べてヌルすぎますね…余裕で全滅です」

 

遠方で黒煙が上がっている

 

瑞鶴「うん、4隻とも撃沈!良い感じじゃない!」

 

北上「…あれ?これあたしら要らないんじゃない?帰って良い?」

 

朧「ダメです、ちゃんと仕事しないと」

 

北上「うえぇ…ダル……ん、羅針盤が沖縄を横断しろって言ってるよ」

 

曙「浅瀬を通る…って事ね、座礁に注意…するほどのところはないか、船じゃないんだし」

 

瑞鶴「そうね……えッ!?」

 

朧「何かありましたか?」

 

瑞鶴「先行してた彩雲が落ちた!」

 

葛城「彩雲が!?敵は何処に…」

 

瑞鶴「わからない…敵を確認する前に全部落とされてる…!」

 

北上「敵を確認する前に落とされるってどういう事な訳…結局最後はあたしらがやるわけか」

 

漣「まあまあ!とりあえず方角は?」

 

瑞鶴「方角はこのまま、横断して少しいった先よ…警戒して」

 

朧「了解です」

 

葛城「…艦載機飛ばした方がいいでしょうか」

 

瑞鶴「いや、あの速度で落とされるなら無駄よ…数で攻めるのもまだ敵がいるなら良くないし…」

 

朧「敵の対空がおろそかになるタイミングでお願いします」

 

瑞鶴「うん、了解」

 

島の隙間を通ると奥に艦影が見える

 

曙「敵発け…うっ!?」

 

まだ艦影が見えただけなのに、今撃っても着弾まで何秒もかかるのに、曙は右足の艤装を撃ち抜かれて水面を転がる

 

朧「嘘…!」

 

北上「まぐれでしょ、ほら、さっさと撃つよ〜」

 

漣「向こうもガンガン撃ってきてます!」

 

敵艦隊の砲撃はかなり手前に着弾してる…さっきのあたりはやっぱまぐれだ

 

北上「…もっと近づかないと狙えないな」

 

朧「曙!大丈夫!?」

 

曙「ギリギリ航行できるけど…片足が焼けたみたいに…!」

 

大袈裟、装備が砕けただけじゃん…

 

北上(ここで詰めるより航空機で…いや、落とされたって言ってたか…でもここで詰めるには先に艦載機を出させるしかない)

 

瑞鶴「…わかった…葛城!全部出すわよ!」

 

葛城「ぜ、全部!?」

 

瑞鶴「数で押せば何とかなるかもしれない!とにかく艦載機を放って!」

 

葛城「は、はい!!」

 

大量の艦載機が隊列をなして…堕ちていく

 

瑞鶴「…なにこれ…」

 

葛城「撃ち抜かれた艦載機が他の艦載機に衝突して…」

 

変な当たり方して…面倒

 

北上「……あー、もう…役立たないなぁ…朧!来て」

 

朧「え、行くんですか!?」

 

北上「やらなきゃ仕事したことになんないじゃん…ったく」

 

射程まで4…3…

 

朧「…あれ、雷巡級…?いや、まって…あの艤装は深海棲艦の艤装じゃない…?」

 

射程内…飛んできた砲弾を砲塔で弾き、狙う

 

朧「北上さん待っ…!」

 

北上「ッ…!?」

 

砲塔の中で炸裂した……炸裂した?

撃たれた砲弾は弾いたのに…

 

水面を転がる、砲を持っていた手が焼けるように熱い

 

北上「チッ…!何アレ…やっぱ数は正義って事かなぁ…!」

 

全部の砲弾の流れを把握できるわけがない、たくさん飛んできて、たまたま当たっただけ…にしても、これじゃきついか…

 

朧「…あの雷巡級…の仮面を被ってるやつ、やっぱり深海棲艦の艤装じゃない…」

 

確かに、あの雷巡級だけ艤装の色が違う…

 

漣「つまり、どういう事…?」

 

朧「…わかんない…」

 

北上「駆逐!魚雷出して!」

 

朧と漣が前方に魚雷を放つ、敵方から6回の砲音

 

6本の雷跡に吸い込まれるように着水した…

静かに鉄の破片が浮き上がってくる

 

北上(……スクリューだけ撃った…?冗談じゃない…)

 

水中での砲弾の動き、こんなに離れた位置からの魚雷の深さや細かな位置も把握してる…?

 

瑞鶴「…撤退!全員急いで逃げて!」

 

…退くしかなかった…

どうしようもなく、勝ち目がない…

 

あんな事ができるなんて、経験や運、そんな何かで測れない何かを持ってるとしか…

 

 

 

 

 

 

チ級

 

チ級「んー…ま、軽いねぇ…」

 

ヲ級「随分ト本気ヲ出シテマシタネ」

 

チ級「まあね、だってやらなきゃあたしの力の証明にならないし、証明ができなきゃあたしはここで暮らせないから」

 

ヲ級「…チ級…サンハ、帰レルンジャ…?」

 

チ級「翔鶴が帰れないでしょー、ダメだよ、それじゃ…提督に顔負けできないじゃん、それに青葉も悲しむ…赤城や加賀も…ま、覚えてなさそうだけどね」

 

ヲ級「………」

 

チ級「まあ…次はアレが出張ってくるだろうし?ちょっと脅しがいるなぁ…よし、横須賀行くかー」

 

ヲ級「エ」

 

チ級「魚雷盗むよー、こっちも協力者はいるわけだし」

 

ヲ級「協力者…?」

 

チ級「おーい、イムヤー、ちゃんと連絡しといてね…そう、そっちじゃなくて…おっきい方」

 

ヲ級「イムヤサンマデ深海ニ…?」

 

チ級「イムヤは…あたしが誘った、こっちで一緒にやろうってね……記憶があって、仲間が深海棲艦にまでなってんのに…みすみす見殺しにするやつの方が少ないって…倒されりゃ何とかなる、みたいな魔法はそうそう通用しないのは…知ってるからね」

 

ヲ級「…一体何ガ…?」

 

チ級「……深海棲艦の成り立ちを見ちゃったからねぇ…このまま深海棲艦と戦争してたら提督が苦しめられるよ」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「…艦載機が全滅したため撤退…?」

 

朧「北上さんの艤装も、曙の艤装も壊れたし…」

 

アオボノ「追撃は?」

 

朧「…全くなかったよ」

 

アオボノ(まあ…恐ろしいのが出てきたってことね…でもこっちと敵対してるけど、追撃がないなら倒したいわけじゃ無い…?)

 

朧「……どう思う?」

 

アオボノ「本物が出てきただけでしょ」

 

朧「…それはわかってる、でもそういう意味じゃなくて…」

 

アオボノ「……考え方の違いってことよ、わかる?向こうは私たちに敵対して、私たちが深海棲艦を倒さない事が提督のためになると思ってる…それだけ」

 

朧「……何故?」

 

アオボノ「深海棲艦の成り立ちって知ってる?言っちゃえばね、ゾンビパンデミックみたいなもの…」

 

朧「意味がわからないんだけど、何が言いたいの?」

 

アオボノ「深海棲艦に殺されると深海棲艦になる、簡単に言えばそういう事」

 

朧「……それは、艦娘が?」

 

アオボノ「人間すべてに決まってるじゃない、だから外国でもで深海棲艦が目撃されるようになった…と私は考えてる」

 

朧「…人間が、深海棲艦に殺されたら、深海棲艦になるって事…は…」

 

アオボノ「そう、深海棲艦は人間の死骸って事…まあ、最初に生まれた深海棲艦とかは知らないケドね、何が理由かは知らないけど深海棲艦に殺されたら深海棲艦になる」

 

朧「………」

 

アオボノ「まあ不思議なのは…なんで私達みたいに元の体が戻ってくる奴がいるのか…かな」

 

朧「元の体?」

 

アオボノ「そ、食われたって言ったでしょ?ぐちゃぐちゃのボロボロに食べられたのに…なんでこの体が戻ってきたのか…」

 

朧「………」

 

アオボノ「話が逸れたわね…いや逸れてないんだけど、要するにそっちも見当がついてて、理由は艦娘だったから」

 

朧「艦娘じゃなかったら…?」

 

アオボノ「は、今更聞く?今回の出撃でたくさん殺したでしょ?多分そういうことよ」

 

朧「……そんな…」

 

アオボノ「まだわからない?話をわかりやすくまとめてあげる、深海棲艦に殺されたものは深海棲艦になる、過程は置いておいてね…そして、深海棲艦に殺されて、再度殺された場合艦娘なら戻って来れる可能性がある、ここまではok?」

 

朧「………」

 

アオボノ「そして、次、元々が人間の人間が殺された場合、深海棲艦になって、そして殺された場合…まあ、死んでも何にもならないわよね、ただの鉄屑として沈んでくんじゃないかしら?」

 

朧「…つまり私たちが戦ってる相手は、人間なの?」

 

アオボノ「……あんたバカ?」

 

朧「な…バカって…」

 

アオボノ「すでに死んでるの、生き物は死んだら等しく生物じゃなくてモノになるの、確かにこの事実が明るみに出れば人間に戻す方法を探ろうとする奴らが出てくるとは思うわ、成せるかは置いておいてね」

 

朧「………」

 

アオボノ「人権?死んだ時点でもうないわよそんなモノ、助けるべき?そうやって綺麗事を言ってればいい、命をかけてるのは自分じゃない奴らがいうセリフなんだから」

 

朧「私は…」

 

アオボノ「誤解がないようにはっきりさせとくわ、私は提督が幸せであってくれればそれでいいの、提督のために生きて死ぬ、そう決めてるのよ、誰が苦しんでも、誰が犠牲になってもね」

 

朧「だから…深海棲艦になった人間は全て殺す…?」

 

アオボノ「もう深海棲艦との戦争は始まってる、元々人間で、もしかしたら救えるかもって幻想に取り憑かれた奴が出てきたら…誰を責めると思う?」

 

朧「…確かに、それは提督を責めるだろうけど…」

 

アオボノ「それでも上は好き勝手言うでしょ?どうせね…そして私達は何も知らずに戦わされてたって事にされる…元々が人間になってしまったせいで、血も涙もない大人に使われてる子供にされてしまった、そんなの最悪でしょ」

 

朧「………」

 

アオボノ「最終的に切り捨てられる、最終的に打ちのめされる、そんなハズレクジを提督に引かせる?私がそんなことさせない、私は絶対に認めないわ」

 

朧「認めないのは分かったけど、だからって…」

 

アオボノ「極端すぎるのよ、この世界は…一歩間違えれば戦争犯罪者、そんな綱渡を渡り切ればきっと提督を英雄にできる」

 

朧「……提督が望んでなくても?」

 

アオボノ「私だってそんなことはわかってる、だけどこの仕事を提督が辞めてくれないでしょ、中途半端で終わらせる…って方向性だとしても、私達は悪戯に提督を苦しめるだけよ」

 

朧「………」

 

アオボノ「提督も難儀な人よね、苦しまない道なんてないんだから」

 

朧「それがわかってるなら、なんで…」

 

アオボノ「苦しみを1番軽減する、それしか私にはできないのよ、朧、わかるでしょ?それに私はここに長く居れないのよ」

 

朧「……なんで?」

 

アオボノ「私は罪人だからよ、何人殺したの?綾波が何?私だって罪人で何よりも私は提督を殺しかけてる、朧だって私を許せない、違う?」

 

朧「そんなこと…」

 

アオボノ「…あ、そ…私は提督が好き、だからこそ自分が許せない、提督は私の罪を分かった上でおそばに置いてくださるけど、それをみんなが許すわけじゃない」

 

朧「………待って、今…ちょっと待って、提督は覚えてるの?」

 

アオボノ「…まさか、気づいてなかったの?」

 

朧「そんな…わかってて、提督は綾波達を迎え入れたの?」

 

アオボノ「…今更そんなこと言うなんて間抜けも間抜けね…ホントに気付いてなかったなんて」

 

朧「曙はいつ気付いたの…?」

 

アオボノ「気づくも何も…提督が再誕を発動させたんだから覚えてるのが当たり前じゃない、と言ってもその考えに至ったのは少し前だけど」

 

朧「………」

 

アオボノ「さて、次は誰が駆り出されるのかしら、北上サマに勝つのは楽じゃないし」

 

朧「曙が出るんじゃないの…?」

 

アオボノ「無理、私は今実力を出すタイミングじゃないの」

 

朧「タイミング…?」

 

アオボノ「今私が突出した力を見せて、提督のためになると思う?ならないに決まってるじゃない、今はまだなの」

 

朧「……よくわからない」

 

アオボノ「ま、いいわ…さて…私は行くところがあるから」

 

朧「行くところ…?」

 

アオボノ「勉強にね、東京まで」

 

朧「東京……お金あるの?」

 

アオボノ「貸してくれるでしょ?」

 

朧「………」

 

 

 

 

 

 

東京

神通

 

那珂「よーし、住所割り出せたよ」

 

川内「うん、間違いないね…よーし、提督を捕まえに行こうか」

 

神通「合コンの誘いに乗るのが1番早かった気がしますけど…」

 

那珂「合コンの日は明日でしょ?良いじゃん、先に捕まえれるならこれで」

 

神通「まあ…構いませんが……?」

 

神通(…誰かが私を見てる…?あれは……)

 

川内「神通?どしたの、置いてくよ?」

 

那珂「神通姉さん?」

 

神通「…ちょっと野暮用を思い出しました、20分ほどくださいますと…」

 

川内「ふーん…」

 

那珂「…了解」

 

2人を追い払い、人気のない方へと移動する

 

神通「此処ならどうですか?」

 

幅3メートルほどの路地、槍を持っていても十分に振るえないか…

 

神通「居るのはわかってるんですよ」

 

神通(…と言いましたけど、撒いてしまったのでしょうか、それなら恥を…いや、いる)

 

黒いフードで顔を覆い隠した小柄な人影…

 

神通(…京都以来…と言ったところか…)

 

神通「無口ですね、早速やりましょうか」

 

黒ずくめの敵が迫ってくる

 

神通「動きが少し変わりましたか…綾波さん」

 

世界が変わってまでも…執拗なことだ

執拗に回し蹴りを繰り出してくるが、軽い…

 

神通(…軽い、ですが…受け止められないように軌道をブラしてる…捕まえて関節技…時間がかかりそうですね、それなら攻めてしまいますか)

 

相手の蹴りに合わせて蹴りを放つ

こうなると体格の差は顕著に出る

足の長さが、体重の差が

こっちの蹴りはずっと重く、長く、そしてしなるムチの様に…

 

神通「…ッ!!」

 

蹴りが当たる直前に、地面についた片足で後方に飛び退がる

冷や汗が吹き出して襟を濡らす

 

神通(今の蹴り…待たれていた…読まれていた…あのまま当たっていたらダメージこそあったでしょうが…喰らいつかれて…やられていた…)

 

回し蹴りは向こうの専売特許…ならこちらの得意な蹴りは前蹴りだ

私なら回し蹴りよりも早く、そして鋭い蹴りを放てる

それにこの突くような蹴りを掴むには、一点に集中する衝撃を受け止め切らなくてはならない

 

神通(一撃で決める…!)

 

油断も、余念も、躊躇も、何もない

純粋な殺意で仕留める為に、距離を測り、自分の間合いに持ち込む

 

神通「はぁっ!!」

 

膝を胸に抱えるほどに折りたたみ、そして伸ばす

足先で貫く様に蹴る単純な動作だが、破壊力は十分すぎる…が

 

神通(…見切られた…!)

 

紙一重でかわされた…フードの下の口角がニィッと上がったのが見える

 

神通「この…!ッ!」

 

軸足の足首に衝撃、体が浮き上がる感覚…足払いをされ、情けなく地面に堕ちる、頭を強く打つ、脳が痺れるような感覚

追撃に来てるのもよくわかる

 

視える…相手の動きが、全て

 

地面に横たわったまま、待つ

こちらの距離になる瞬間に狙いを済ます

 

追撃の手段は意外にも飛び蹴り…確かに横たわった私に全体重をかける蹴りは有効だになり得る、反撃もしづらい、選択としては間違ってない…でも

 

神通(その挙動は…私の…?)

 

胸につくほどに膝を折りたたみ、射程に入った瞬間に足を伸ばす単純な蹴り…

こちらも同じく蹴りを放つ

 

お互いの足を掠め、脚の長さが勝負を分けた

 

神通「綾波さんだと思ったけど違う…曙さん…?」

 

アオボノ「ゲボッ!…おえっ…!」

 

フードから青い髪が覗く

 

神通「一体何のつもりで…」

 

アオボノ「…はぁ…まだ…見せて貰いますよ」

 

神通「……ラーニングが目的ですか、随分と手荒な…え?」

 

起き上がる動作で一瞬下を向いた、確かにその瞬間に目を離してしまったが…その一瞬で消えた…

違う、上を取られた

 

アオボノ「本気で来てもらわないと、往復と食費の合計47,000円分の価値がないですからね」

 

背中に衝撃、軽い…が、人間の身体には十分なダメージになってしまう…

 

神通「……その構えは…」

 

アオボノ「違いましたか?那珂さんの構えのつもりでしたけど…那珂さんに仕掛けることも考えたのですが、釣れたのは神通さんでしたから」

 

神通「…いいえ、本当にそっくりですが…少し旧いですね、そこが残念ですよ」

 

アオボノ「それはそれは…今の那珂さんにも興味が湧いてしまいますよ」

 

…時間切れですね

 

神通「なら、本人に直接教えてもらったらどうですか?」

 

アオボノ「おや…危なかったです」

 

…那珂ちゃんの奇襲をかわしましたか…

 

那珂「…完全に、背後とったつもりだったんだけどなぁ…ひっさしぶり〜」

 

川内「ウチの妹に手を出すなんて、どう言う理由か…ゆっくり聞かせてもらおうじゃん?」

 

アオボノ「……良いですよ、ゆっくり聞いてくださって」

 

神通「…本気でやるつもりですか」

 

那珂「みたいだねぇ、3対1なんだよ、わかる?」

 

川内「素手は専門じゃないけど…それでもまあ、ある程度はできるんだよねぇ…」

 

余裕たっぷりにこっちを見下すようなその目は…私の心臓を冷やす

 

神通「随分と余裕そうですね、足元を掬われても知りませんよ」

 

アオボノ「足元を掬われるのは余裕がある人間じゃない、余裕のない人間だ」

 

川内「………」

 

アオボノ「なんでかわかりますか?足元を見る暇がないからですよ…ああ、あと弓の弦も少し余裕を持たせたりするそうですねぇ…余裕がないと、すぐ切れてしまう…」

 

那珂「だから?」

 

アオボノ「本気できてくださることは嬉しいですが…余裕のない貴方達に勝ち目はないですよ」

 

確かに、雰囲気に気圧されて余裕がないのは私たち…か

 

アオボノ「まあ、余裕たっぷりにお話してたら本当に足元を掬われるだけなんですけどね」

 

 

 

 

 

那珂「うええーーん!顔はやめてって言ったのにぃ!」

 

川内「…最悪…」

 

神通「………」

 

3人揃って、ボロボロだ

一撃ずつ確かに攻撃はヒットした、一撃だけ…

 

川内「神通の時はレンジを確実に測る為にわざと受けたのかな」

 

神通「いいえ、あのヒットは確実に想定外だったはずです…でも、その一撃から完全に私の攻撃は通用しなくなってしまいました」

 

那珂「痛いんだけど…!なんかすごく痛いんだけど…!鼻折れてない!?」

 

川内「あーはいはい、折れてない折れてない…アタシも一回確かに拳が入った、でもそれ以降は一度も当たらなかった…」

 

那珂「鼻血出てるんだけど!ティッシュは!?」

 

神通「はいはい…ちーん」

 

那珂「ん……久々にスイッチ入っちゃったなぁ…」

 

川内「みたいだね、神通も動きが変わってたし」

 

神通「…途中から視えてましたから…でも、まだ体が追いついてないんです」

 

那珂「わかる…鍛えてきたのに、まだ足りない…と言うか、体が違うんだよ…前の世界と同じ戦い方をしようとしたらだめなんだよ…」

 

川内「確かに微妙に違うんだろうね…例えば利き足が逆、利き手が逆…」

 

神通「踏み込みの際に力を込めやすい足が違ったり、前の身体ではやりづらかったことができるようになっていたり…」

 

那珂「良いことも悪いこともあるけど…どっちにしても、動きが引っ張られてるよ…良い勉強と言えばそれまでだけど…」

 

神通「………はぁ…良いようにボコボコにされて…」

 

川内「満足されて見送るしかなくて」

 

那珂「気分は最悪!雨!ゲリラ豪雨!台風!」

 

???「…何やってんだ?お前ら…」

 

神通 那珂 川内「「「あ」」」

 

亮「……なんでそんなに殺気を俺に向ける…おい、ま、まて、川内!止めろ!」

 

川内「止めるわけないじゃん、今むしゃくしゃしてるんだからさ…提督」

 

神通「提督、お伺いしたいこともありますが、先にストレス発散に付き合っていただきたいと思います」

 

那珂「そういう事で…よっろしくぅ!」

 

 

 

翌日

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 朧

 

曙「ねぇ、みてよ朧」

 

曙に無理矢理ケータイへと顔を向けられる

 

朧「…ネットニュース?何々…「先日引退した那珂ちゃんずの3人が熱愛?東京都内で男性を連れ回してる那珂ちゃんずが目撃された、艦娘になるのではなく、好きな男ができたから引退したのではというウワサ…しかも3人とも顔に怪我をしており、相手はひどいDV男じゃないかと…」…なにこれ」 

 

映ってるの確実に呉の提督だし…ってか…怪我?神通さん達がこんなにボロボロになるなんて…

 

朧「…待てよ…?都内……?あ…曙ォォ!」

 

曙「うわっ!?な、何よ!」

 

朧「あ、ごめん、青の方!アオボノ!どこ!」

 

曙「…ランニングに行ったけど…」

 

朧「絶対犯人曙だ…!あーもう……!」

 

曙「え?な、何の話…?」

 

朧「あー、曙じゃなくて…あーもうややこしい!!」

 

曙「えぇ……」



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精密狙撃

宿毛湾泊地

駆逐艦 朝潮

 

朝潮「南一号作戦は失敗に終わった…だけではなくそれ以降の攻勢も一度も成功せず、はや2週間が経過…か」

 

アオボノ「全くもって、揃いも揃って無能ばかりで困りますね」

 

アオボノは書類仕事をしながらこっちに向くこともせずそう答える

 

朝潮「相手が相手です…私も歯が立ちませんでした…」

 

アオボノ「でしょうね」

 

朝潮「……一番問題なのは朧さんの士気が著しく落ちてる事です、彼女は深海棲艦との戦闘に疑問を持っています」

 

アオボノ「そこまで不思議ですか?私からすれば至って正常に見えますけど」

 

朝潮「………」

 

アオボノ「朧は提督と近しい存在です、なぜなら提督と同じ記憶を共有していたから…生まれと育ちは違いますが、その価値観で生き抜いたと言う記憶が朧の心に宿っている…朧の内側を形成している」

 

朝潮「だから?」

 

アオボノ「提督が深海棲艦のことを知れば同じ反応をするでしょうね」

 

少し羨ましそうな表情、しかし嫉妬とは違う…

 

朝潮「まあ、そうでしょうね」

 

アオボノ「朧は強い、それこそ北上さんに食らいつける程に…でもその為には途方もない努力が必要、本人はそれを知っているのに、深海棲艦との戦いに躊躇う心が朧の戦い方を邪魔している」

 

朝潮「…朧さんの戦い方?」

 

アオボノ「朧らしい戦闘スタイルは何か…といったら、無いんですよね」

 

朝潮「何でもできる、と言う意味ですか」

 

アオボノ「そう、指揮も砲撃も、何でも熟す、判断のセンスも悪く無いし一つの部隊をまとめるのにも十分な力がある…けど、何をさせても役不足になることは無い」

 

朝潮「…その役目以上のことができない…?」

 

アオボノ「やらなきゃならないと思ったことは全力で成し遂げるのが朧です、提督みたいですよね…だから私は朧の事気に入ってるんですよ、姉妹として」

 

…姉妹…みんなは今、どこにいるのだろうか……

 

朝潮「それで?」

 

アオボノ「今の朧は、役不足になるどころか力不足です、その役目を果たせてない…当然ですよね、自分のやってることを疑いながらやってるんですから」

 

朝潮「…全力で戦えないからここしばらくの負け続き…明石さんが発狂してましたね、修復液を作るのも楽じゃない、いい加減にしろ…と」

 

アオボノ「ああ、笑えましたねアレ」

 

朝潮「全くです…コーヒーでも飲みますか?」

 

アオボノ「是非、一息入れましょうか…」

 

書類を纏め、湯を沸かす

 

アオボノ「やっぱり国が運営してるだけあってモノは揃ってますね」

 

コーヒーの粉をフィルターに落とし、湯を注いで蒸らす

 

朝潮「どうぞ、砂糖は?」

 

アオボノ「ああ、一つ頂きます…ブランデーってありますか?」

 

朝潮「私たち未成年ですよ…まあ一応ここに」

 

アオボノ「スプーンに角砂糖を置いてブランデーをかけて…火をつける」

 

朝潮「カフェロワイヤルですか…スプーンはカップに引っかけるんじゃ無いんですか?」

 

アオボノ「専用のスプーンならそうしますけど、まあ…違うので手で待ってます……そろそろかな」

 

火のついた角砂糖をコーヒーに混ぜ込む

 

朝潮「ドイツの飲み方でしたっけ」

 

アオボノ「ええ………合いませんね、豆が合いません」

 

朝潮「お子ちゃま舌なだけでは…」

 

心なしか顔も赤いし…ちゃんとアルコール飛んだのかも怪しいモノだ

 

アオボノ「私がお子ちゃま舌とは随分ないいようですね、朝潮さん……このくらい飲めるんですよ、私でも…」

 

朝潮(めんどくさ…絵に描いたような酔っ払いと言うやつですか?でもブランデーのアルコール度数は高くて50程、それがスプーン一杯に火をつけてある程度アルコール分が飛んで…コーヒー内のアルコールは一桁そこらのかなり低い……)

 

アオボノ「…ほら、飲み切りましたよ、どうですか…」

 

朝潮「うわ本当に飲んだ…と言うかさっきより顔赤くなってる…酔ってますよね」

 

アオボノ「ああ、多分酔ってますね…酒をやったことは無いのでよくわかりませんが」

 

自覚があるだけマシ、と言うやつだろうか

 

アオボノ「……酔いに任せて迫ってみますか」

 

朝潮「…何に?」

 

アオボノ「提督に、もう罪とかそう言うのは忘れて好きに生きるのもアリな気はするんですよね」

 

朝潮「……貴方アルコールに近づくのやめた方がいいですよ」

 

 

 

 

1時間後

 

朝潮「ああ、起きましたか」

 

アオボノ「……何で私は毛布を纏ってソファーで寝てるんですか?」

 

朝潮「貴方が自分から進んで部屋に服を脱ぎ散らかし、進んで毛布にくるまって横になったんです」

 

アオボノ「…いや、覚えてるんですよ、気が狂った私がちゃんと貴方に接吻を迫って首を殴りつけられて意識が落ちたところまでしっかり…」

 

朝潮「……そこまでハッキリ覚えてるなら確認します、私の唇は貴方に掠ってしまいましたか?」

 

アオボノ「……掠ったと言うかガッツリ……」

 

朝潮「ん"ッ!ごほんッ!」

 

アオボノ「……多分掠ってないはず…と言うか掠ったとしても嫌ですよ、貴方がファーストキスの相手とか…」

 

朝潮「私も嫌です、これはお互いノーカウント…という事で」

 

アオボノ「ええ、まさか飛びきってない程度のアルコールで酔うとは…そして酔っていたとはいえ邪な考えで提督を…」

 

朝潮「…でも寧ろ酒の勢いで、と言うのは面白そうですね、私は司令官に負い目はありませんし」

 

アオボノ「…やったら殺しますからね」

 

朝潮「それは羞恥心?嫉妬?」

 

アオボノ「…嫉妬」

 

朝潮「成る程、ところで話が変わりますが…今、貴方が北上さんとやり合ったらどうなりますか?」

 

アオボノ「負けるでしょうね、あの人は切り札を常に隠してますから…もし先に切り札を見せてくれたのなら、私に勝てるチャンスはあるのでしょうけど」

 

朝潮「トランプゲームみたいなこと言いますね」

 

アオボノ「本当にそんなレベルなんですよ、心だけはいつまでも負けず、チャンスを伺い、切り札をどちらが先に切るか…強いカードの切り合い、ここぞと言う場面に本物の切り札を切っては負け…切らずも負け」

 

朝潮「…大富豪でもやりたいんですか?」

 

アオボノ「……はぁ」

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府 

提督 火野拓海

 

拓海「わざわざ君を呼び出したのは旧友と談笑するためではないのだ、海斗」

 

海斗「わかってる」

 

拓海「……君は一体どこまで知っている?君はここしばらく続いている作戦の失敗に…関係しているわけではないのか」

 

海斗「まずどこまで知っているか、だけど一般的に公表されてない情報も多分知ってると思う…」

 

拓海「やはりか、だから君は作戦の妨害をしている…と?」

 

海斗「それについては否定するよ、僕は南一号作戦については真剣に臨んでいるから」

 

拓海「……では、南一号作戦において深海棲艦が撃滅されることは…全く問題がないと?」

 

海斗「………」

 

拓海「…肯定と受け取ろう…何度も我々を退けて見せたあの深海棲艦には…強烈なしっぺ返しをくらうことになる」

 

海斗「…そう、と決めた時から…きっとその覚悟はできているよ」

 

拓海「………」

 

海斗「僕には、止める力があると思われてるのかもしれない、たった一声でそれが解決する、と…でも、そんなことは無いんだ、自分が良いと思った事を果たすために全力で戦ってる人を止められるわけがないんだ」

 

拓海「…かつての君のように…か?」

 

海斗「………」

 

拓海「私はいつまでも君の友人だ、だが…君の仲間であるとは限らない…」

 

海斗「いつまでも仲間だよ、何も変わらない」

 

拓海「………」

 

 

 

 

 

 

海上

チ級

 

チ級「…く…ぁッ……」

 

海面に膝をつく、傷口を握りしめ、出血を阻止しようと必死に力を込める

まさか自分に土をつける相手がこんな予定外だなんて

 

チ級「くそ…どこに居んの…?あー…もう…見つけた」

 

見つけた…いや、見えてない、匂いでわかった…風上にいる、風上から運んでくる硝煙の匂い

 

チ級「アタシにアヤつけるなんて…後悔することになるよ、五月雨」

 

視界にすら映らないほどの遠方に居る…居るのなら…痛い目を見せてやれる…だけど、それが目的じゃないんだ

 

チ級「……」

 

単装砲をカチッカチッと鳴らす

周りの深海棲艦が潜航し、自分1人が五月雨の照準に映っているだろう

 

チ級(ただ、不意を打たれただけだ…なんて言い訳、できないな…)

 

何キロ先なんだろう、見えないどこかから放たれた射撃…と言っていいモノなのか…一定距離を超えた時点でショットガンのように散弾を放つタイプ…その中の何個かが、私の体を貫いた

幸いなことに弾丸が体に残ったり、頭に当たるなどは防げた、自分以外に被害もない

 

チ級(…こいつは重畳…ってやつかな)

 

この戦いは、この黄昏は…この夜は、すぐ明ける

 

チ級「ほら…ここでしょ…!」

 

体を捻り、大きく振り回すように、構える力はないから振り回して、当たる瞬間に放つ

 

砲音とともに砲弾が空を切り裂く

 

チ級「アレはまだ見せないからね…アンタにはあれを引き出すだけの力はない」

 

 

 

 

 

駆逐艦 五月雨

 

五月雨「わ……やられちゃった…まさかここまで届くなんて…」

 

かなり距離があるのに、視認できない距離なのに…このために来ていた砲艇が一隻ダメになった…

 

砲手を務めていた私のことを狙っていた、危うく殺されていた…お互いがギリギリの命懸けだった…でも、かろうじてこの場は引き分けか

 

五月雨「…もしもし、こちら五月雨です…はい、お借りした砲艇が撃破されました、弾薬に引火して…はい、救助を要請します、すぐに沈むと思います」

 

艤装をつけていた私は海に浮いていられるけど、この船に乗っていたのは艦娘だけではない、私がここから離れた場合何の戦闘力もない人間は深海棲艦の餌に成り果てる

 

例え今追いかければあの化け物を討ち果たすことが出来る…としても

 

五月雨「…そもそも、致命傷を与えたとしても、相討ちにされそうですしね…」

 

ここは、一度退くしかないのだ

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府 

提督 倉持海斗

 

電「………」

 

海斗「…やあ、こんにちは」

 

すれ違いざまに背中から服を掴まれる

 

電「今、この世界は貴方の望み通りのものですか」

 

海斗「…何のことかな」

 

電「この世界は、確かに安定しているのでしょう、でもこの世界はあまりにも冷たい…私がかつての姉妹と共に過ごす事を躊躇うほどに」

 

海斗「夜は陽の光がないから」

 

電「…確かに、いつか陽は昇るでしょう、ですが再び陽は沈む…私は今、暗い夜の中にいます、貴方のせいで…私はただ、生きていたかった…今生きている自分に確証が持てないくらいなら、あの不安定で恐ろしい夜の世界を生きたかった」

 

海斗「………」

 

電「人は死ねばモノになる…人でなくても、全ての生き物は死んでしまえば…貴方は私を殺しました、その償いを、受け入れてください」

 

海斗「……何をすれば良いのかな」

 

電「第六駆逐隊を揃えてほしいのです、ちゃんと記憶がある、あの3人を連れてくるのです」

 

海斗「…保証はできないよ」

 

電「やると言ったのなら、もう取り消せません、成し遂げるのです」

 

海斗「……わかった…それじゃあ」

 

 

 

 

 

 

 

高知 病院

チ級

 

チ級「…うげ…」

 

予定は全て、正確に、精密な動きに沿って進行していたのに…

あのあと私は深海棲艦のうち1匹に私を砲撃させ、明らかに深海棲艦にやられた人間、として海に浮かんで、保護されるつもりだった

 

結果から言うと大成功、意識を失ってたのは想定外だけど無事保護されて優雅に個室のベッドの上…なのに、最初に顔を見た相手が最悪という他なかった

 

アオボノ「…なんでしょうか、人の顔を見るなり、そんな反応」

 

チ級「……な、なんでもないけど…ここは?」

 

アオボノ「…貴女が海に浮いておりましたので、病院に搬送されました、状況から深海棲艦にやられたモノだとして判断されたので私がお話を伺うために待機しておりましたが」

 

チ級(艤装とか全部隠しといて良かったなぁ…ホントに…)

 

アオボノ「…詳しく話せますか?」

 

チ級「あ、えーと…あ、あの…ちょっとよくわからなくて…」

 

チ級(下手な事は言えない…どうするかな…いや、こう言う時はあれだ、あの状況になったフリだ…!)

 

アオボノ「…なんですか?」

 

チ級「そ、その…あ、アタシって誰ですか?」

 

アオボノ「……成る程、そう来ましたか…はぁ…」

 

記憶喪失のフリをしておけばよっぽどのことがない限り問題は無いだろう、何も話すつもりは無いし、怪我さえ癒えれば前と同じようにみんなの前に立ちはだかるのが…アタシの役目だ

 

アオボノ「まず貴女について読み上げますね」

 

クリップボードを持ち上げてそういう

 

チ級「…へ?」

 

アオボノ「貴女はキタカミ、2週間と少し前に行方がわからなくなって捜索願いが出されてますね、生まれは九州の長崎、そして艦娘システムの適合者…ここまでは良いですか」

 

チ級「い、いや…なんにも良くないんだけど…?」

 

アオボノ「…貴方の名前はキタカミです、Repeat after me キタカミ」

 

キタカミ「き、キタカミ…」

 

キタカミ(うわー…怠いってレベルじゃないよこれ…)

 

アオボノ「…まあ、こんな茶番は置いておいて」

 

曙はクリップボードをベッドの上に投げ捨てて、大きくため息をつく

 

アオボノ「……ここで殺すのは、勘弁しておいてあげますよ…貴方は提督のお気に入りですから」

 

キタカミ「……言ってる意味が分かりかねる…って言うのは?」

 

アオボノ「通用する事に、しておきます…もうそのボードに記載してあるんで、その通りに話してください」

 

そう言って曙は部屋を後にした

言われた通りボードを拾い上げ、読む

 

対象の女性は名前だけは思い出せるが、その他の記憶が欠落、一切覚えておらず、常識テストをしたところ日常生活には問題ないようだが、艦娘システムについても理解を示さなかった

 

簡素に書き記されたそのボードを投げ捨ててもう一度ベッドに横になる

 

キタカミ(…多分、お見通し、何だろうな…)

 

孤独な戦いも、その理由も、何でこんなことしなきゃいけないのかも…全部

 

意識が微睡む、身体が傷を癒すために体力を消費してる、呼吸するのさえ面倒になって来た、起きてるのか寝てるのか、死んでるのか生きてるのかわからない

そんなぼやーっとした良い気持ちをノックが阻害する

 

キタカミ「…はぁ……」

 

無理矢理目を開いてドアの方を見る

…最初に来て欲しい相手が二番目にきてくれた

 

海斗「あ、ごめん、寝てた?起こしちゃったかな」

 

ベッドのそばに椅子を置き、提督がそれに腰掛ける

 

キタカミ「………」

 

無言でボードを渡す

 

海斗「…記憶喪失、か」

 

頷いて見せる、提督は少し困ったように笑ってくれた

 

海斗「大丈夫、記録も盗聴の類も心配ないよ」

 

キタカミ「…そっか」

 

海斗「お疲れ様、キタカミ…イムヤ達は元気?」

 

キタカミ「うん、まあ…元気なんじゃない?疲れた顔してたけど」

 

海斗「大変だったね、手紙が届いた時は驚いたよ、まさかとは思ってたけど…君たちがそんな事をしてたなんて」

 

キタカミ「やめるつもりはないよ、良いと思った事をやってるだけなんだから」

 

海斗「止めるつもりはない…って言ったら嘘になるけど、頑張ってるのはわかってるよ」

 

キタカミ「………」

 

身体を起こし、提督によりかかる

 

海斗「…キタカミ?」

 

キタカミ「撫でて、良いから黙ってさ」

 

優しくそれに応えてくれる、少し、頑張りが報われた気がした

無理矢理力を認めさせて、無理矢理言葉の通じない動物と成り果てた深海棲艦を動かして、守って

でもそれも全部、自分が良いと思ったから…

 

キタカミ「提督はさ…私のやってる事、どう思う?」

 

海斗「正しいとか、間違ってるとか…そう言う言葉で言う事はできないかな…今も深海棲艦は人を襲う、深海棲艦は増え続けてる…だから、深海棲艦は倒さなきゃいけない…でも、深海棲艦は元々みんな人間だった…なら、救う手立てがあるのかもしれない…実際曙や朝潮はそれで帰ってきた」

 

キタカミ「あ、そうだ…気になってたんだけどなんで曙の方が青いの?」

 

海斗「判別がつかないから染めた、って言ってたよ」

 

キタカミ「…ふーん…らしい、かもねぇ…」

 

でも、何でいるのにあたしを倒しにこないのか、そこがわからない…

 

海斗「そうだ、ウチの泊地に他の北上が…」

 

キタカミ「知ってる、大丈夫…まあ弱いのも知ってるけどね」

 

海斗「……僕の予想だと、あの北上は…」

 

キタカミ「うん、多分自主解体した子だと思うよ、基礎能力としてはかなり高いし」

 

心が弱いのさえ治せば役立ちそうなんだけど、その前に折れそうであんまり好きになれないんだよねぇ…

 

キタカミ「…うん、もういいよ、元気出たから」

 

海斗「…良かった、でもキタカミ、キミはキミの人生を大事にしても良いんだよ」

 

キタカミ「…あたしさぁ…何もできないから、ずっと見てるだけだったけど…ずっと戦いたかった、みんなの役に立ちたかった…その夢が今、ようやく叶ったんだよ」

 

海斗「…そっか」

 

キタカミ「提督、心配してくれてありがとね…でもあたしはあたしの人生を生きてる、だからこんな戦いをして、ボロボロになって…でも、笑えるんだよ」

 

思いっきり口角を上げて、笑って…

 

海斗「…キタカミ、人は1人じゃ生きていけないんだよ」

 

キタカミ「あたし艦娘、それに心配ないって、翔鶴もイムヤもいる」

 

海斗「………」

 

キタカミ「提督は弱ってる相手には弱いよねぇ…でもあんまり優しすぎると足下掬われるから注意ね」

 

海斗「わかった」

 

キタカミ「……」

 

海斗「たまには帰って来て、何もできないけど…」

 

キタカミ「……うん」

 

心の拠り所と、逃げ道は…本当によく似てる

少し油断したら、拠り所から逃げ場所になって、目を向けたくない現実から逃げ出したくなってしまう…

 

キタカミ「さ、そろそろ帰んなー…仕事あるでしょ?」

 

海斗「青葉があんまり仕事をさせてくれないけどね」

 

キタカミ「ほー、そりゃいいですなー、じゃあ青葉に仕事取られる前に全部片付けちゃえ」

 

キタカミ(あんまり、ここに居ないで…これ以上一緒にいたら、離れるのが余計に辛くなるから)



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完遂

沖縄近海

正規空母 瑞鶴

 

北上「なんだ、余裕じゃん」

 

北上のはなった砲弾を受けて最後の一匹が黒煙をあげて沈む

 

瑞鶴「…違和感しかない、不自然よ、ここまでスムーズすぎるわ…ここまできて、何度もやられてきたのに…こちらは無傷で突破…」

 

曙「確かに、不自然なのはわかる…だけど仕事だし進むしかないでしょ」

 

朧「後方警戒と護衛のための艦隊を追加で要請してます、後方からの追撃も心配ない、と思いますよ」

 

瑞鶴「うん…だよね、大丈夫なはずだよね…」

 

なのに拭えない不安、この気持ちは何なのだろうか…

不安からだろうか、幻聴まで聞こえてくる…

 

???『…引キ返シナサイ……オ願イ、引キ返シテ瑞鶴…』

 

頭に響く様に…誰かの声が

 

瑞鶴「……」

 

朧「瑞鶴さん…?」

 

瑞鶴「あ、気にしないで…ちゃんとやり切るから」

 

???『来チャダメ…私ハ私ヲ制御デキナイ…貴女ヲ…殺シテシマウ…』

 

瑞鶴(誰かの声が響いてる…頭の中で優しく、懐かしく…でも、私に忠告するならそれは的外れよ…)

 

沖縄を超えて台湾へ

敵を撃滅し、民間人を船に乗船させて、日本へと移送する

 

今度こそ成功させなくてはならない、この作戦にはとんでもない数の人命がかかってるのだから

 

葛城「彩雲が敵航空隊を発見!突破させます、敵の位置は正確には把握できてませんがこのまままっすぐ行けば会敵すると思います!」

 

瑞鶴「攻撃隊!出すわよ!」

 

葛城「はい!!」

 

???『瑞鶴…引キ返シテ…』

 

瑞鶴(…なんで…私には、この声が聴こえるの…貴女は、何が伝えたいの?)

 

艦戦から戦闘の報告が入る

戦況、敵の数、位置…

 

葛城「…五分…か…?」

 

瑞鶴「劣勢、と言うべきよ…海面スレスレを艦攻が飛んでくる!射撃用意!」

 

朧「曙!前に出るよ!複縦陣に変更!戦闘は私と曙が行きます!北上さんと潮は後ろに!」

 

北上「うーい…」

 

潮「はい!」

 

朧「…見えた!曙!やや東に敵艦攻!撃つよ!」

 

瑞鶴「何あの動き…かわした?」

 

朧「速い…!でも、落とせないわけじゃない!!」

 

多少取り逃がしはするものの朧の機銃は正確に敵艦載機を捉えていく

 

曙「このぉぉ!!堕ちなさい!」

 

朧「雷撃来ます!回避運動!」

 

少し離れた位置を雷撃が通っていく

 

朧「居た!敵艦見ゆ!」

 

瑞鶴(…うっすらと、見えるだけなのに…何、目が釘付けになって…視線が外せない…何なの、この感情…この感覚は…)

 

その理由が知りたい、何で私がこんなに気になるのか…

 

ヲ級「…来テ…シマッタノネ……」

 

瑞鶴「その声…頭の中で響いてたのはアンタの声って訳ね…」

 

アレが空母型の深海棲艦…空母型だから、惹かれた…?

 

瑞鶴「っ…!?」

 

違う、脳が蠢くような

血管が収縮する様な

 

瑞鶴「……これ…な、に…?」

 

頭に浮かぶ…

アレは…あの深海棲艦は…誰なのか

 

瑞鶴「……翔鶴…姉ぇ…?」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

朧「瑞鶴さん!しっかりしてください!瑞鶴さん!」

 

瑞鶴さんは虚ろな目でぼーっと海面に立ち尽くしている

ゆすっても呼びかけても反応はない、ただそこに存在してるだけ…

 

葛城「……瑞鶴先輩、どこを見てるの…?き、聞こえないんですか?瑞鶴先輩!」

 

北上「……葛城の方はさっさと艦載機出してくれる?ここで全滅したくないならさ」

 

敵から砲撃が飛んでくる、艦載機も迫ってくる、迷う時間なんてかけらもない…

 

葛城「…4人で…行けるんでしょうか」

 

曙「やらなきゃ死ぬんじゃないかしら、こんな危険なとこまで出てきちゃったんだから…」

 

瑞鶴「…翔鶴…姉ぇ…」

 

朧「瑞鶴さん…?」

 

記憶を取り戻しかけてる…?

だとしたら、あそこにいるのは…あの空母ヲ級は翔鶴さん…?

 

朧「……倒さなきゃ、倒して…連れ帰らなきゃ…!」

 

 

 

 

 

 

 

病院

キタカミ

 

キタカミ「…ハーイ、なんか機嫌悪いねぇ…」

 

夕張「艤装の修理、オッケーよ…何でこっちにまでそんなに危ない話持ってくるのか…」

 

提督に頼んで夕張と接触することは成功した、傷ついた艤装の修理を秘密裏に頼むために

まあ、腕の良い技術者は大事にしなくてはならない

 

キタカミ「いや…ちょっとね…無理しなきゃいけないからさ」

 

夕張「無理って…その傷でまた海に出るつもり?普通に死ぬわよ?」

 

キタカミ「死なないよ、アタシは弁えてるからねぇ…」

 

夕張「……ま、そんな茶飲み話…どうでも良いか」

 

眉間に冷たい感触

 

キタカミ「わお、いつの間にこんなにナイスな黒いツノが生えてたんだろアタシ」

 

夕張「冗談言ってる場合じゃないのわかる?これ本物よ、モノホンの銃、人間なんてこれ一発で死ぬんだから…大人しく洗いざらい喋ってよ」

 

キタカミ「え?やだよ」

 

夕張「…撃つわよ」

 

キタカミ「ここでクイズです、なぜ夕張はこんな病院で私を脅してるのか…しかも本物の銃を使ってね、答えは簡単、独断行動だから」

 

夕張「………」

 

眉一つ動かさない、いや、眉間に皺がよりすぎてわからないだけか

 

キタカミ「もし横須賀とか本部の連中と仲良しこよしでさ、許可まで取ってるならこんなにお淑やかな手段取らないよねぇ?」

 

夕張「…これがお淑やか?」

 

夕張はセーフティーを外して撃鉄を起こす、ようやく私も汗をかける

 

キタカミ「だってさ、すでにアタシ国家反逆罪だし?それにアタシの盗んだものを考えてみなよ、即座に拷問するのが普通でしょ」

 

夕張「…倉持海斗に配慮してる、とは考えないの?」

 

キタカミ「……あー、もしかしてアタシが何盗んだか知らない?知ってたらそんな悠長なこと言えないと思うなぁ」

 

夕張「……艤装じゃないんですか?」

 

キタカミ「いや、そんなもんもう修理まで任せてんのにさ…いや、間違ってはないんだけど…言っちゃえば魚雷だよ魚雷」

 

夕張「魚雷…」

 

キタカミ「そっちじゃないよ、アタシたちの艤装じゃない…」

 

夕張「な…艦船用の魚雷…?そんなのどうするつもりで…」

 

キタカミ「使うんだよ、使わなきゃ勝てない相手を倒すために」

 

あの化け物を倒すために

1人は青いの曙、そしてもう1人は…もっと恐ろしい化け物

 

夕張「何をするつもりなの…」

 

キタカミ「…勇者を目指す、ラストチャンスかなって思ってさぁ」

 

夕張「…は?」

 

キタカミ「夕張、これ知ってる?」

 

 

 

 

夕張「…つまり、深海棲艦は人間で…深海棲艦を殺すと言うことは…いや、そんな考え方ふざけてます、一度殺されてる時点で人として死んでる…なら…!」

 

キタカミ「でも、もしみんな助けられたらさ…最高じゃない?」

 

夕張「それは…だからって…」

 

キタカミ「あたしがやりたいのは戦争の引き伸ばし、それだけだよ」

 

夕張「それで何人が死ぬと思って…!」

 

キタカミ「……あたしさぁ…何にもわかんないんだよね、引き伸ばして死ぬ人の方が多いのか、普通に深海棲艦撃滅して死ぬ人の方が多いのか」

 

夕張「そんなの引き伸ばした方が犠牲になる人が多いに決まってるじゃない…!」

 

キタカミ「そっかぁ…多いんだ、多いんだねぇ…」

 

まあ、当然だ

助かる確証のない命より…と言うのは、当然の話

 

自分の助けようとしてる命は失われた命…今生きている命を守ろうとする方がずっと現実的だ…

だけど、そんなの…私の動力にはならない、突き動かす力にはならない

 

夕張「………」

 

キタカミ「ねぇ、アタシが何でこんな無謀な賭けをしてるか…教えてあげようか」

 

夕張「なによ…」

 

キタカミ「実はさ…ーーーーーー…なんだよ」

 

夕張「…え?でも…」

 

キタカミ「もう試したよ、ダメだった」

 

夕張「…つまり、どう言うこと」

 

キタカミ「救われない人も居るんだよ、それだけ、それ以上も以下もない…さて、向こうはどうなったかなぁ…」

 

夕張「……ここにくる前に、青い方の曙さん達が援軍として出撃したって報告があった」

 

キタカミ「おー、じゃあ一瞬で終わるじゃん、つまんな…」

 

夕張「……貴女…」

 

キタカミ「はぁ…あたしも欲望に素直に生きればよかった」

 

夕張「…今は違うの?」

 

キタカミ「あたしなりの正義に従って生きてるからね」

 

夕張「ならその正義に問いたいわ…深海棲艦と、人間の共存は可能?」

 

キタカミ「現状不可能というほかないね、翔鶴も今深海棲艦になってて比較的しゃべれるんだよ、意思疎通できるし記憶も戻ってる、うん…でもその翔鶴ですら共存は無理だよ」

 

夕張「…なぜ」

 

キタカミ「深海棲艦は特定の条件下で凶暴化するみたいだからね、それが起きちゃったら…まあ、怖いよ、あたしなら問題無いけどさぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

海上

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「さて…と、やりましょうか」

 

朝潮「まだかなり先ですが、このままの速度でお願いします!」

 

秋雲「あ、あのー…」

 

陽炎「…やめときなさい秋雲、説明された通りこちらの…アオボノさんは無能のフリがしたいらしいから…」

 

青葉「…その、ご協力お願いします…」

 

潮「なんていうか…ごめんなさい…」

 

アオボノ「……見えました、最後尾…」

 

遠方に先行した第一艦隊の背中がみえる

 

アオボノ「…戦闘開始、続いてください」

 

単縦陣で戦場に割り込む

 

朧「援軍が来た!」

 

まだ戦闘が始まって間もないらしいけど

 

秋雲「瑞鶴さん!何突っ立ってんの!?」

 

陽炎「今はとにかく敵を仕留めること優先!安全を確保するわよ!!」

 

砲戦が始まった、翔鶴さんの救済の刻だ

 

アオボノ「…さてと」

 

圧倒…いや、何をしているかと言えば味方を守る以上のことはしてないのだが

片手の機銃は全ての砲弾の信管に向けて放つ

片手の主砲は全ての敵を誘導するために放つ

 

朧「…!」

 

秋雲「なにこれ…気持ち悪い…」

 

陽炎「……う、撃たないと…」

 

潮「これが…本気の曙ちゃん…」

 

敵が弱い、数が少ない、それなら私1人で事足りる…私1人が全員を無傷で連れ帰ることができる

でもそれは間違ったこと

 

北上「3匹目…っと」

 

曙「駆逐級仕留めた!」

 

秋雲「死ぬほど気持ぢ悪い…なにあれ、何でアレで喜べるの…?」

 

陽炎「…当てるのに必死だ気づいてないみたい、たった一度もここまで砲弾も艦載機も来てないことに」

 

アオボノ「…敵が逃げる…!」

 

潮「え?」

 

残されたヲ級と重巡級が撤退を開始した、数の差がありすぎるのなら仕方ないが…

 

アオボノ「翔鶴さん…!」

 

ここで助けなければならない、そんな感情が強く私を揺さぶった

 

朧「待って!曙!!」

 

アオボノ(雷跡…潜水艦!でも進路を塞ぐだけのルート…)

 

水中にチラリと赤い色が見えた

 

アオボノ(あの髪色は…貴女まで…?)

 

これ以上進めば容赦のない攻撃が私を襲うだろう、これ以上進めば私は仲間だった相手を手にかけるか、それとも仲間だった相手に殺されるかを選ぶほかなくなるだろう…

 

アオボノ「……」

 

主砲をおろす、だらりと腕が垂れ、砲口が海面を向く

 

アオボノ「…訳がわからない、貴女達は何がしたいんですか?」

 

私達は予定より大幅に遅れ、台湾の港へと到着することができた



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囮作戦

台湾 

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「結局民間人を乗せるのに丸々一日かかったか…」

 

朧「仕方ないよ、こっちも何回も辿り着けなかったんだし、今更来たってね…」

 

曙「まあそれにしたって、1日はかかりすぎよ、私達が食べたもの覚えてる?」

 

潮「…カップにおかず、ごはん、カレーが全部まとめられたって感じだったよね」

 

朧「うん、出てきたものそのままの説明だね」

 

アオボノ「…あのカレーは美味しくなかったわ、朧」

 

朧「はいはい…良いよ、今度作るから」

 

潮「私も手伝う!」

 

曙「…アンタら、本当にいつの間に仲良くなったの…?」

 

朧「前世とかから仲良いよ」

 

アオボノ「比喩表現、じゃないのよね、これが」

 

曙「…?」

 

アオボノ「………」

 

いつか、曙も思い出してくれる…そんな保証はないのに、そう信じずにはいられなかった

いや、信じなくては辛くなるだけ、これは私自身を守るための行動、何かを信じることが私を現実から守る手段…

 

朧「さて、と…そろそろ出発だね、用意して」

 

潮「佐世保の受け入れ用意も済んだみたい、鹿児島付近で護衛を終了することになるって」

 

曙「佐世保は大忙し、ね」

 

朧「瑞鶴さんのところに行ってくるね」

 

瑞鶴は結局意識は戻ったものの、ひどい混乱の中にある様だった

私は仲良かった訳じゃないし、関わるつもりはないけど

 

 

 

 

 

正規空母 瑞鶴

 

瑞鶴「…翔鶴、姉ぇ…って…誰?」

 

ずっと悩んでる、頭に浮かんだ翔鶴という名前

艦娘の採用に当たって、私の今の名前である瑞鶴の歴史については学んだ、翔鶴型の姉妹艦に当たる翔鶴についても学んだ

 

私は翔鶴という艦娘も、艦船も見たことすらないのになぜ姉と呼んでいるのか、この感覚は何なのか、わからない、全くわからない…

 

朧「失礼します」

 

瑞鶴「あ…朧ちゃん」

 

この子は艦船としての関わりがあった、と言う理由から私と仲良くしたい、らしい…

正直、有難い、葛城も同じ理由で仲良くしてくれてるし、友好関係を築くのに苦労がないのは楽でいいし

 

朧「具合はどうですか?」

 

瑞鶴「…ちょっと良くはないかな」

 

朧「…どんな感じですか?」

 

瑞鶴「えっと…その…気持ち悪いの、変な感じがして、変な声が…」

 

朧「声…?」

 

瑞鶴「…深海棲艦の声、今はしないけど…あと、なんか…翔鶴って…」

 

朧「………」

 

瑞鶴「…気持ち悪いの、知らないはずのことを知ってるの、私には姉なんていないのに、私の知らないことが頭の中に浮かんで…」

 

まるで記憶の断片みたいに、頭の中にこびりついてる

 

朧「それは…」

 

瑞鶴「…精神病なのかな、佐世保に帰ったら一回病院でも行こうかな」

 

朧「そう、ですか…」

 

どこか、朧ちゃんの表情は暗い

 

瑞鶴「…さて、頑張らないと…そろそろなんだよね」

 

朧「…はい」

 

瑞鶴「……大丈夫、私…頑張るから」

 

 

 

 

 

 

 

病院 

キタカミ

 

キタカミ「おー、夕張、待ってたよ」

 

夕張「……」

 

キタカミ「どう?裏取れた?」

 

夕張「取れなかった、本当に盗んだの?」

 

キタカミ「え?マジ?隠してんの?…別にいいけどさぁ…」

 

夕張「…今ならまだ間に合う、戻ってきなさいよ」

 

キタカミ「くどいなぁ、私はやることがあるんだって、それ自体も説明したよね?充分すぎる理由を伝えたよね?」

 

夕張「…それは…」

 

キタカミ「さて、ところで…南一号作戦、成功おめでとう」

 

夕張「何で知って…!」

 

キタカミ「…仲間は他にもいるんだよ、それだけの話さね」

 

夕張「………」

 

キタカミ「…帰りたいなぁ…みんなのとこに、みんなで遊びたい、みんなで戦いたい」

 

夕張「……」

 

鼻腔を血の匂いがくすぐる

 

キタカミ「…嫌な匂いがするね」

 

夕張「匂い…?」

 

ノック音

 

キタカミ「…帰って、アンタの匂い、最低だし、視界に入れたくない」

 

綾波「ひ…ぁ、の…わた、わたし…しし、司令官から…」

 

要するに、見張り役…しかも提督直々に…

つまり、罪は忘れろと言うことか…再誕で全部消し飛んだから、忘れろ…ってことなのか

 

キタカミ「とりあえず入って」

 

入ってきた綾波は随分と震えていて、なのに笑顔で

 

キタカミ「夕張、席外してくれる?」

 

夕張「…構わないけど、殺しちゃダメよ、処理が面倒だから…あと見えるところに傷をつけちゃダメ」

 

キタカミ「何もしない、ただ話すだけだよ、提督が手を出すなって言ってるんだから」

 

夕張「…どう言うこと?倉持海斗は記憶を持ってるの?」

 

キタカミ「さあね」

 

綾波「…ぇ…?き、きおく…ある…?」

 

綾波の顔色がコロコロ変わる

いや、正確には青ざめっぱなしなんだけど

 

綾波「ど、どど、どう言うこと…ですか…あ、綾波は…し、しれいか…え…?」

 

キタカミ「提督は、アンタの罪を許してくれてるんだよ、それだけ」

 

綾波「おえええぇぇ…おぼっ…」

 

キタカミ「うわっ!真顔で吐くなよ…夕張、頼める?」

 

夕張「…はぁ…」

 

清掃道具を取りに夕張は部屋を出た

 

キタカミ「はぁ…なんで突っ立ってんの?」

 

綾波「だ、ダメ…綾波は…わた、私は…許されちゃ…」

 

キタカミ「何、今更罪悪感でも沸いた?アンタが殺した人間の命は全部元に戻っちゃってる、アンタは許されちゃった…それが何か不満?」

 

綾波「ダメ、ダメなんです…わ、私は許されない罪を…!」

 

キタカミ「そんなの知らないよ、と言うか許されちゃダメってどうなりたいのさ」

 

綾波「そ、それは…あ…貴女達に…ころ…殺されたくて…」

 

キタカミ「うわ…こいつバカだ、私が殺したら私はただの殺人犯だよ?どこに殺す理由があるのさ、みんな今生きてるのにさぁ」

 

綾波「わわ、私は…どうやって…つ…償えば…」

 

キタカミ「知らないよ、勝手に1人で永遠に苦しんでればいいんじゃない?…でもさ、私には提督がこう言ってるように思えるんだ、誰だって幸せになる権利はあるって」

 

綾波「おえええ…」

 

キタカミ「…何で吐くのさ…」

 

綾波「おえ…おええ…し、幸せの許容量が…お、おお…オーバーしちゃって…」

 

キタカミ「…幸せだねぇ、自分が満たされて、もう幸せが欲しく無くなるほど幸せを感じる許容量があるなんて、それ自体が幸せだよ」

 

綾波「おえええ…」

 

キタカミ「…吐くな吐くな…ん?」

 

通信が入る

 

キタカミ「……マジか、まあ、曙が何とかするだろうけど…」

 

ドアが開き、掃除道具を持った夕張と看護師が入ってくる

 

夕張「すいません、現在進行形で部屋汚して…」

 

看護師「この方もちょっと急ぎで診察しますね」

 

綾波が看護師の1人に拉致られた、まあ、とりあえず精神病棟あたりにぶち込めばいいと思う

 

キタカミ「夕張〜?」

 

夕張「何、今忙しい」

 

キタカミ「台湾の艦隊に…機動部隊が強襲かけたってさ」

 

夕張「は…?」

 

 

 

 

 

 

 

海上

駆逐艦 アオボノ

 

葛城「数が多すぎます…!駆逐級だけで3桁いくんじゃないでしょうか…」

 

瑞鶴「彩雲が見つけた敵は全部西側、このままだと10分後には捕まる.」

 

アオボノ「行きはよいよい…帰りは怖い…か」

 

深海棲艦が輸送船を狙う、それも人を乗せた輸送船を

これは深海棲艦に知能がある証明になるんじゃないだろうか

この船団にいる人間達は合計で6桁に届くだろう、つまり、向こうの思い通りにことが進めばその6桁全部深海棲艦になると言うことだ、戦力増強には持ってこい

ならば狙うのはとても有効で…

 

ぎゅうぎゅう詰めの輸送船船が何隻もあり、そしてその周りを軍艦が囲って、さらに私たちが遊撃部隊の様に展開している、軍艦の囲いの内側に1匹でも入ったら…犠牲者が出るのは免れない

 

こうなったら優先されるのは民間人の命、そしてその命令が下るのは私達…いや、私にだろうな

 

北上「台湾側のお偉いさんと話してきた、1人囮になって、できるだけ敵を食い止める人が必要になったよ」

 

曙「は?死ねって事!?」

 

朧「そう言うことは提督に確認をとって決めるべきだと思いますけど」

 

北上「まーまー、とりあえず援軍は要請したからさ、それまでうまく惹きつけるだけでいいんだよ、青いのいってくれる?」

 

…まあ、構わない、私なら食い止めるくらい余裕だ

 

葛城「ちょ…!ほんとに一人で行かせるつもり!?」

 

北上「時間ないんだって、それに元々の護衛する為の船団に手を出されたら困るんだよ、ほら、お仕事だしみんな危険になるよ?」

 

アオボノ「わかりました、弾薬と燃料を余分にもらえますか、足止めと撤退に使いたいので」

 

潮「……」

 

北上「えー?そんな暇ないって」

 

北上が肩を掴み、耳元で囁く

 

北上「ま、落ちこぼれなりに上手くやりなよ」

 

アオボノ(…ウザ…)

 

朧「…これ、魚雷発射管」

 

潮「わ、私も…機銃だけ…」

 

北上「ほら、さっさとしなー」

 

アオボノ(無駄弾、無駄な燃料は一切許されない…ここで死のうと提督の役に立てるとしても…私は、提督のために死ぬわけには行かない)

 

船団を見送り、西に向かう

潮と朧が少しだけ分けてくれた弾薬を上手く使うしかない

 

わずかな速度でじっくりと時間をかけて会敵する

 

アオボノ「空母5に戦艦10、駆逐が…あーもうめんどくさい…全部潰せば終わりですね、やりましょうか…戦闘開始」

 

敵の艦載機を落とし、砲弾を紙一重ですり抜け、敵を仕留める

 

簡単な仕事だ、簡単だが、数が多すぎる

 

アオボノ「全部死ね」

 

敵の急所を撃ち抜き、撃破する、敵を撃滅する

駆逐級なら楽だ、巡洋級も問題はない

面倒なのは人型の空母級と戦艦級だ、両方単純に硬い、私が1番苦手とするのは単純に硬い敵だ

どんな敵でも弱点はあるがそれを正確に貫くのは難易度が高い、集中力を使うし、下手を打てない

 

アオボノ「…ここ、そしてここ」

 

艦載機を撃ち落とす、撃ち落とされたものが無傷の艦載機を巻き込んで堕ちていく

戦艦級の艤装の中の砲弾を貫く、爆発で戦艦級の腕が弾け飛ぶ

 

アオボノ「この程度…!」

 

体に嘘はつけない、自分の体は自分が1番よくわかる、疲労が蓄積し始めている、トレーニング期間が足りてない、体力が足りない

 

アオボノ「…1、2、3…!」

 

仕留めても仕留めてもキリがない

終わりが見えない、それどころか増えている

 

戦艦も、空母も増え続けている

 

アオボノ「…そろそろ撤退行動を始めないと、燃料がまずい…か」

 

弾薬だけは余裕があったが、燃料は心許ない

 

アオボノ「…はぁ……提督…」

 

完全に停止する、ここでどれだけ削れるか、どれだけの数を殺せるかで話が変わる、私が生き残るために、私が帰るために

完全に停止したまま狙いをつけて放つ、全て殺す、全て撃ち落として、全て

 

アオボノ「必ず…必ず帰ると約束します」

 

機銃に弾薬を装填し、前方に向ける

 

人型には目玉に何発でも弾をご馳走してやる

人型の深海棲艦は皮膚自体が硬く貫くことが至難、つまり私が戦うには分が悪い…それならば潰せる部分を潰せばいい

 

ル級「ギャァァァァァ!!」

 

ヲ級「ギィィィィィ!!」

 

両眼を抑えて人型が叫ぶ、再生するのかしないのかはどうでもいい、幸いこいつらにも恐怖心があるようで、無事な個体は自分の目を守ろうとする素振りを見せている

 

アオボノ「雑魚に用はない、私の仕事は殲滅ではありません、時間稼ぎなのだから」

 

そうだ、どんな集団にも頭がいる、ただの烏合の衆ですらリーダーやそれに準ずる何かがある、となればそれを潰す

 

背中に背負った機関を海に捨て、海面を走る

大体の目処はついていた

 

アオボノ「貴女ですね、この艦隊のリーダーは」

 

敵の中心に飛び込み無傷の戦艦級に詰め寄る、明らかに動揺と恐怖の見える相手の砲撃など何も恐れることはない

そもそもここまでくれば同士討ちの可能性が大きいせいであまり撃たないだろう

 

アオボノ「はじめまして戦艦さん、さようなら」

 

ル級「キシッ…!」

 

この距離で砲撃をする奴はバカだ、手を伸ばせば胸ぐらを掴める距離なら肉弾戦になる

肉弾戦に持ち込めば敵型は砲雷撃ができない、そして肉弾戦など全く想定してない深海棲艦が相手なら一対一になりやすい

 

ル級の艤装の砲身を踏み台に上を取り、飛び上がる

 

アオボノ「上を見たのは間違いでしたね、貴女の最後に見る光景は太陽です」

 

ル級の偽装は前面には確実な防御性能があるだろう

熟達した者なら前後左右を守り切れるだろう、だが、上は想定外だったらしい、振り返るだけにしておけばよかったのに目で追うことを優先したばかりに

 

アオボノ「あなたが惨めに死んでくれれば戦意は落ちるようなので」

 

両目に機銃を突っ込み、体内を破壊する

 

ル級「ギッガッ!!ごポッゴポポッ…!」

 

叫び声を上げることもできず、ただ、死ね

 

アオボノ「まだ、貴女一人じゃ足りない」

 

近くのヲ級の首に肘を引っ掛け、背中に張り付く

後頭部に主砲をつきつけて何度も放つ、ヲ級のもがく力が抜けていく

 

アオボノ「足りない、まだ足りない!もっと!もっと!!」

 

足を目を潰した戦艦級の首に引っ掛けて地面に引き倒して機銃を口に突っ込み放つ

 

アオボノ「次!つ…ぎ……」

 

足が、動かない…いや、動かすんだ、動かさなきゃ死ぬ、ここでは死ねない、まだ戦わなきゃいけないのに止まるわけには行かない

 

アオボノ「…え…?」

 

砲撃の嵐の中心に私がいる、足を持ち上げなくてはならないのに私の体は動かない

 

機関を捨てた位置まで…戻らないと…この敵の海を進まないといけない

 

流石に無理か、現状を冷静に理解するくらいの頭はまだ残ってるが、それが逆に残酷だ

 

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

提督 倉持海斗

 

渡会「…戻ってきたな、全員無事のようだが」

 

海斗「いえ、1人足りません…交戦の連絡はないのに…」

 

居ないのは曙だ、だとしたら何故いない…?曙は勝手に単独行動したりするタイプじゃない、何かわかる子がいるはずだ

 

通信機を使って連絡を取る

 

海斗「聞こえる?こちら佐世保鎮守府からだけど、誰か応答できる?」

 

朧『…はい、大丈夫です』

 

海斗「あけ…アオボノは?」

 

朧『…こちらに向かってくる敵の大群を発見した為、1人で時間稼ぎに…』

 

最悪だ…

 

海斗「それは…誰かが指示したの」

 

朧『………』

 

海斗「答えて」

 

青葉『北上さんです、私達は東側に展開していたのでそれを知った頃にはもう…』

 

北上か…

 

海斗「曙に通信機は」

 

朧『持ってません……』

 

海斗「……わかった、青葉、到着したらすぐに話があるから、みんなを集合させて」

 

青葉『了解…』

 

曙の戦った敵はどれほどの数なのだろうか

どこにいて、どうなっているのだろうか

 

渡会「…問題児がいるようだな」

 

海斗「はい、本当に…」

 

…どうすれば良いんだろう、北上に対しても、曙のことも



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絶対

佐世保鎮守府 作戦室

提督 倉持海斗

 

海斗「…つまり、航空隊が敵を観測した地点は与那国島付近…となると戦闘した場所はどこになると思う?」

 

青葉「この辺りでしょうか、ただ、この辺りは潮の流れが早いと聞いてきます、戦闘に夢中で気づかなかったらかなり流れてる可能性もあります」

 

曙の位置を探る

急いで助けに行くためにもできるだけ正確に位置を把握しなくてはならない

 

朧「じゃあ方角とある程度の距離を絞って探しに行こう、今なら間に合う!」

 

北上「…あのさぁ、無駄だと思わない?」

 

青葉「黙りなさい…私達は貴女とは話していません」

 

北上「助けに行くだけ無駄だって、あの落ちこぼれはもう死んでるよ、まさか最期に敵を全く通さないとは思わなかったけどさぁ…」

 

海斗「北上、君の認識は間違ってるし、君は仲間を犠牲にしようとした、それは許されることじゃない、自覚を持つべきだ」

 

北上「え?なに?あの駆逐はあたしが殺したことになってる?頭おかしいんじゃないの?そもそもあたしらは軍人な訳じゃん、犠牲を伴う場合が無いわけないじゃん、何?あたしに死ねって言うの?」

 

海斗「違う」

 

北上「違わないよ、あたしが駆逐を人殺しだと言うなら、あんたらは私達を毎日のように死の危険のある戦場に送り出す人殺しじゃん、自分は安全なとこで何もしないでさぁ…」

 

青葉「いい加減にしなさい…!喧嘩を売りたいだけなら後でいくらでも買いましょう…その口を塞ぐか、1人でさっさと帰ってください!」

 

北上「あたしがわざわざアンタらを止めてあげてる理由わかる?わかんないか、あの駆逐ちゃんが生きてようが死んでようが、馬鹿げた数の深海棲艦を相手にするって言う無謀な作戦を止めてあげてるんだよ、0を救うために6を犠牲にしようとしてんの、アンタらは」

 

朝潮「…無能と喋るだけ無駄ですねら万が一あれが敵になったのなら100を犠牲にしなくては勝ち目がない」

 

北上「ホントにバカしかいないの?ここ」

 

海斗「北上、悪いけど退出してくれるかな、あまり時間はかけたくないんだ」

 

北上「……チッ、悪者ってことね…はいはい」

 

部屋の扉を誰かがノックする

 

渡会「倉持さん、悪いが出てきてくれ」

 

海斗「要件を伺ってもいいですか」

 

渡会「そっちの所属のが帰ってきたらしい」

 

海斗「わかりました、みんな、行こう」

 

 

 

 

波止場

 

海斗「……キミ達は…!」

 

青葉「え…?本物…?」

 

ぼろぼろのアオボノを引きずってる2人も満身創痍、全身傷だらけ…余程激しい戦闘だったことが窺える

 

長門「…青葉、わかるのか」

 

青葉「はい…!」

 

島風「帰ってきたよ、提督!」

 

朝潮「またお会いできて光栄です」

 

朧「島風ちゃん…」

 

渡会「そっちの所属、で間違いなかったかと思ったが?」

 

海斗「…いいえ、民間人です」

 

島風「提督…提督、私だよ、島風だよ、わからないの?」

 

長門「……」

 

青葉「島風ちゃん、仕方ない事なんです…」

 

渡会「…とりあえず、ウチは見ての通り受け入れ人数は限界だ、宿毛湾に連れて帰ってくれ」

 

海斗「わかりました」

 

 

 

 

島風

 

島風「……そっか、提督は覚えてないんだ…」

 

移動中の船室で集まり、話す

 

長門「かもな…当然とも言える、良い事とも悪い事とも言える」

 

朧「……」

 

青葉「何はともあれ、お帰りなさい、そしてアオボノさんを助けてくれてありがとうございます」

 

島風「…コレ、本当に青ちゃんなの?」

 

長門「動きが違う、あの縦横無尽さは確かに近しい物があるが、何者も寄せ付けない強さは…もう1人の方のようだった」

 

朧「長門さん正解、そっちの曙だよ、でも記憶を持ってるのはそっちの曙だけだから、判断しやすいように染めたの」

 

島風「へぇ…ややこしいねー…」

 

潮「それより、何があったのか聞かせてください」

 

島風「なにがあったって…ねぇ?」

 

長門「…私達も急に人間の体に戻されたばかりでほとんど何も把握できてないんだ…戦場の真ん中で人間の体に戻ってしまってな…溺れながら襲われてるアオボノを守ってた…惨めな感じだったがな」

 

島風「私はちょっと外れたところで目が覚めて、艤装が捨てられてたから背負ったんだよ、背負ったら海に弾かれる感じで海に立てるようになったの、だから戦闘してる方に向かったら2人が襲われてたから連れて逃げたの」

 

朧「そっか…2人のおかげで曙が助かったんだ…本当にありがとう」

 

潮「ありがとうございます」

 

長門「…しかし、この身体では…我々は艦娘として戦うことは当分無理だな、腕は折れてるし傷だらけ…」

 

島風「私も全身傷だらけだよ…ヤだよこれ…」

 

朧「本当によく生身で生還しましたね…」

 

島風「曳航できるほどの力はないんだけど、艤装背負って猛ダッシュしちゃったよ…途中から青ちゃんの靴借りて滑れるようになったけど…」

 

長門「…本当に、離したら死ぬし離さなくても死にかけた…」

 

島風「途中で燃料が尽きたんだけど、巡回船に拾われてなんとか帰れたんだよね…本当よかったよ」

 

長門「それより、聞きたいことがある」

 

島風「あ、私も…なんで青ちゃん1人で戦ってたの?」

 

朧「……護衛任務中で、深海棲艦の大群から民間人を守るために…」

 

長門「…成程、確かに強者が残る事は作戦の成功に繋がる、間違った判断と咎め難い事だ」

 

島風「でも、あと2人いたらきっと無傷で逃げられたよ…1人じゃなかったら絶対やれたのに…青ちゃん無茶するね…」

 

長門「さっきから青ちゃん青ちゃんって…そんな仲だったのか…?」

 

島風「にひひ、知らない仲じゃないしいいかなって!」

 

朧「…ちょっと提督のところに行ってくるね」

 

長門「ああ」

 

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

海斗「北上、ちゃんと話を聞いて」

 

北上「うるっさいなぁ…何?いいじゃん、あの駆逐は戻ってきたんだしさ」

 

海斗「今後あんな作戦は絶対にやらないで」

 

北上「は?何?あたしの判断が間違ってるって言いたいの?」

 

海斗「間違ってるよ、誰かを犠牲にする事はどんな時だって正しい選択じゃない、もしキミが曙を犠牲にしようとしたことに後悔も躊躇いもないのなら…」

 

北上「クビにでもする?いいよ?やれば、できるわけないじゃん、あたしの成績は誰よりも上、この戦時下でそんなエリートをますます手放すの?んな訳ないじゃん」

 

確かに今日の戦績においても北上の成績はトップだった、表向きには

 

海斗「…とりあえず、キミは出撃停止処分とするよ」

 

北上「……本気で言ってるんだ、ふーん?なに、あの子はお気に入りだった?自分に媚びてくれる女の子が死ぬと困るからって?」

 

海斗「キミも曙も等しく人間だ」

 

北上「等しく人間?アハハ!馬鹿じゃないの?当たり前じゃん、人間以外の何?」

 

海斗「生きているんだ、誰かを犠牲になんかしちゃいけない、死にたくないのはみんな同じなんだ」

 

北上「そんな綺麗事が言えんのは後ろでふんぞり返ってるアンタだけ、綺麗事には興味ないんだアタシ…ま、抗議入れとくから、アンタがクビになるかも!アハハハハ!」

 

そう言って北上は部屋を出た

 

朧「提督」

 

海斗「…朧、聞いてたの?」

 

朧「はい、提督は間違ってないと思います、嘘をついてる点以外は」

 

海斗「嘘、か…」

 

果たして、どれのことか

 

朧「記憶がないフリをして島風ちゃんを傷つけたことが1番です」

 

海斗「…そっか、朧も知ってるんだ」

 

朧「はい、なんでそんな嘘をついてるんですか」

 

海斗「……僕は…今の僕にはなんの力もないからね、それに…覚えている、なんて…言えないんだ…」

 

朧「綾波のため、ですか」

 

海斗「曙のためでもあるよ、前の世界の罪に飲まれたまま生きる事は苦しすぎる事だし、曙なんてみんなが戻ってきたらきっと泊地を去る…覚えてちゃいけないんだ」

 

朧「それは…」

 

海斗「綾波を、責めるのなら…曙も責めなくちゃいけなくなる」

 

朧「それは違います!」

 

海斗「ううん、何一つ変わらない…確かに曙の行為は悦楽のためじゃないけど、でも罪は等しく罪なんだ」

 

朧「……」

 

海斗「…みんなが罪を覚えてるのなら、その罪は消えない」

 

朧「…どんな悪人の罪でも、忘れると…?」

 

海斗「…救いは一度だけ、この一度だけ全てが許された、無かったことになった…今から誰がどう動くか、間違った事をすれば裁きが、正しい行いには祝福が」

 

朧「………」

 

海斗「僕は…弱い、それに曙を責めることができない、だから…忘れたんだ、誰かを咎めるなんて僕にはできないよ」

 

 

 

 

 

 

病院 

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「……ん…ぅ…」

 

微睡の中から、手を引かれる

 

優しい暖かさが私を包んでくれる

 

アオボノ「…私は…生きて…?」

 

海斗「おかえり、曙」

 

…ここは病院のベットの上か…体中包帯だらけ、片目も覆われてるが失明はしてないらしい、どうやって帰ってきたかも覚えてないけど…

 

アオボノ「…てい…とく…」

 

天井に両手を向ける

提督は何も言わず、抱き起こしてくれる、優しく抱擁してくれる

 

アオボノ「…あなたの艦…今、帰りました…」

 

海斗「もう無茶はしないでね、次また助けてもらえるとは、限らないんだから」

 

アオボノ「提督の御心のままに…」

 

キタカミ「…見せつけてくれるねぇ…そろそろ胸焼けするからそこの2人、離れてくれる?」

 

アオボノ「ひゅっ!?」

 

思わぬ声に心臓が一瞬止まった、再稼働した心臓は痛いほどに稼働してる

 

いつの間に2人部屋に…キタカミさんは個室なんだから私も個室で…

 

アオボノ「というかなんで貴女が2人部屋に!?貴女は個室でしたよね…!」

 

キタカミ「…軍人さんの見張りが常にあるからじゃない?」

 

アオボノ「…私か…!」

 

つまり、私の脳裏を一瞬よぎった提督のお見舞いは私1人のものではなくなった訳だ

 

海斗「…曙…離してくれると助かるんだけど…」

 

アオボノ「嫌です、絶対離しません…あと5分だけ…」

 

こうなれば恥はかき捨てだ、後悔しないようにしておくほか無い

 

アオボノ「……提督、私は絶対に、私は絶対に貴方を裏切りません、貴方の期待に応え続けますから…」

 

海斗「…僕に……過去に縛られないで、キミは前を向いて生きるべきだよ」

 

アオボノ「私が縛られているように見えるならそれは間違いです、私は望んで鎖を掴んでいるのです、その鎖はいつだって手放せる、でもその鎖を手放さないことを選んだんです」

 

キタカミ「…いつの間にか、絡まってるかもしれないよ」

 

アオボノ「私にとって、この鎖こそが相応しい、この鎖に永遠に囚われることが私の望みであり、それ以上は存在しないのです」

 

キタカミ「あいも変わらず…いや、愛も変わらずか」

 

海斗「なんで言い直したの…」

 

キタカミ「え?わからない?解説してあげ…」

 

アオボノ「結構です」



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誓い

宿毛湾泊地 執務室

駆逐艦 綾波

 

綾波「し、ひゅっ…ひっ…」

 

海斗「落ち着いて、大丈夫だから、ゆっくり話そうか」

 

…変わらない優しさで対応してくれる、私にはこの人がわからない

この人の心は…感情は…私には理解できない

 

綾波「き…きき…聞きました…ききっ…キタカミさんに…!」

 

海斗「聞いたって、何を?」

 

綾波「記憶…あ、あるんです…よね…」

 

海斗「ないよ、なんの記憶のことかは知らないけど」

 

ない、と言い切った…

これは有る無いの話では無い、ということ…これは、たとえ記憶があってもなくても変わらない、ということ…

 

綾波「…な、んで…」

 

海斗「…哀れんだのかもしれないし、許したのかもしれない」

 

綾波「おか、おかしいです…わ、私は…大量殺人犯なのに…!」

 

海斗「今のキミは、僕からみて小さなか弱い女の子にしか見えない」

 

…なら、そう見えなくなればいい…

私が死ぬことで敷波はどう思うだろうか…でも、それでも…

 

司令官は私に背を向けている、今なら、完全に…

 

綾波「……」

 

この感覚、体こそ違えど、同じ感覚だ

 

綾波「司令官…此方を、向いて下さい」

 

その声に反応して司令官が振り返る瞬間、押し倒して片手で首元を掴み、爪を突き立てて締め上げる

 

海斗「…う……あッ…」

 

綾波「…これでも、小さくて、か弱い女の子ですか」

 

皮膚を爪が突き破る、血が爪先を濡らす

 

…司令官は抵抗する素振りは見せない、まるで受け入れるように無抵抗を貫いて…

 

綾波「……惨めですね、情けをかけた相手にじっくりと殺される…」

 

手に力を込める

額から汗が垂れる、鼓動が速くなる、呼吸を大きく取りたいけど、今動揺を、恐怖を感じ取られては全てが水の泡だ

 

綾波「このまま首を絞められて死ぬのがお好みですか?それとも頸動脈を切られたいですか?」

 

できる限りの笑顔を作って聞いてやる

 

ようやく提督の手が動いた、私の方へと伸びてくる手を払い、さらに力を込める

 

綾波「どうしたんですか?もっと強くして欲しいんですか?」

 

そろそろ命の危機を感じてもおかしく無いハズなのに

抵抗らしい抵抗もせず、ただ死ぬのを待つつもりか?だとしたら馬鹿げている、狂っている

 

片手だからダメなのか?こっちの本気具合が伝わらないのがダメなのか?何が悪い、何故…

 

綾波「あ……」

 

…司令官の意識が落ちてる…

手を、離さなくては…首を絞めてる手を緩めて、離さなくては…これ以上こうしてることに意味なんてないのだから

 

手を離せ、手を離すだけで良い…

 

綾波「…あ、あれ…へ、変…わた、私の…身体なのに…!」

 

力が抜けない…どうすれば…

 

敷波「綾姉ぇ…何やってんの…」

 

敷波の声に身体が大きく跳ねる、突き立てた爪が肉を抉ったものの、漸く手を離すことができた

 

綾波「は…はは…離れた…よか、良かった…間に合った…」

 

敷波「…ねぇ、綾姉ぇ…何やってたの、今、司令官に何してたの」

 

…なんと説明するべきか迷う、でもここで正直に話さなくてはただ1人の姉妹を失うことになるかもしれない

 

 

 

 

敷波「馬鹿だよ…司令官が綾姉ぇのことを覚えてたとしても…」

 

綾波「…し、司令官は、いっ…一生をストレスに呑まれて過ごすことに…そ、それくらいなら…」

 

敷波「綾姉ぇ、それは自分勝手なんだよ、自分勝手で死にたいから理由をつけてるだけ……でも、記憶があるなら…なんでこんなに優しくしてくれるんだろうね…敵だった…いや、それ以上に怨まれるべきなのに」

 

綾波「…敷ちゃんは、なんでここに…」

 

敷波「朝潮に行けって言われた、多分、綾姉ぇのやった事を見た上での行動だと思うよ」

 

綾波「…だ、だったらなんで…自分で止めなかったの…」

 

敷波「穏便に解決できなくなるから、だと思う」

 

…理解できないな…

 

敷波「…あ…」

 

綾波「……司令官…」

 

いつ目を覚ましたのだろう、いつの間にか起き上がりこっちを見ていた

 

綾波「し…司令官…」

 

敷波「…綾姉ぇ」

 

司令官の前に行き、両膝をつく

 

綾波「も、申し訳…ありませんでした…」

 

海斗「もうやめてね」

 

綾波「……な、なぜ…私に……ば、罰を与えてくれないのですか…」

 

海斗「もう一度だけ言うよ、僕は何も覚えてない」

 

綾波「…わ、忘れてるわけが…ありません…つつ、 罪とは怒りです…憎しみです…記憶です…」

 

海斗「でも覚えてない」

 

綾波「そ、その様な形のない、しかし根強いものがどうして、か、簡単に無くなる…無かったことにできるんですか…」

 

海斗「無かったことになったからだよ」

 

敷波「…司令官、アタシがいうべきことじゃ無いのは知ってるけどさ…全部を無かったことにするって事は…いろんな出会いも、大事な事も…」

 

海斗「これからも出会える…いいかい、綾波、敷波、君達は本当に悪いことをした、かもしれない…でも、過去を振り返る必要はないんだ、縛られる必要はないんだ、教訓として、思い出として向き合う事はあるだろう、でも過去に囚われて未来を失うような事はしないで」

 

綾波「…だ、ダメ、なんです…綾波は…綾波は…!」

 

海斗「綾波、君は賢すぎただけなんだよ、人より賢いからなんでも試したくて、なんでもやってみたくて…でも、方向性を間違えただけ、君のその力はきっと、君が今まで傷つけてきたよりもずっとたくさんの命を救えるんだよ」

 

綾波「……司令官…綾波は…」

 

海斗「それでもまだ納得できないなら、戦えない僕の代わりにキミが戦ってほしい、僕の力になって欲しい、ダメかな?」

 

綾波「…そ、んな…の…」

 

敷波「……司令官」

 

海斗「キミが今傷つけた事への償いをしたいのなら、この話を受けて欲しい」

 

綾波「…つ…謹んで…お受け、します…」

 

…償いを、させてくれる…

なら、それ以上のことはない

 

海斗「なら、これ以上この話をする必要はないよ」

 

敷波「……良かったじゃん、綾姉ぇ」

 

綾波「う、うん…おえええ…」

 

敷波「あー、ほら、エチケット袋…」

 

綾波「おぼぼぼ…」

 

敷波「…司令官、一つだけ、聞いても良い?」

 

海斗「何かな」

 

敷波「…この世界で初めてアタシ達に会ったとき、どう思った?」

 

海斗「……何にも、でも敷波が綾波を庇ってるのを見たとき、僕はもしかしたら仲良くなる事もできるんじゃないか、とは思った」

 

敷波「なんで…?」

 

海斗「こちらに害意はない、それさえ伝わればわざわざ敵対する理由はないからね」

 

敷波「…もしかして、記憶がないフリをしてたのは…アタシ達のため…?」

 

海斗「それもないわけじゃないけど違うかな、色々理由はある、君達のこと、曙の事…いろんな理由があって、それを考えたら記憶がない方が都合が良いと思った、それだけだよ」

 

綾波「………」

 

海斗「納得してくれた?」

 

敷波「…まあ、多分……ねぇ司令官、司令官は私たちにどうして欲しいの?」

 

海斗「好きに生きて欲しい、自由に生きてくれて構わないよ、ただし悪いことはしないでね」

 

綾波「は、はい…誓います、綾波は…必ず…」

 

敷波「アタシも、綾姉ぇが誓うならアタシも誓うよ」

 

海斗「じゃあ、話は終わりだよ、僕は曙達を見てこないと」

 

綾波「…あ!あの!…司令官!」

 

海斗「まだ何かあった?」

 

綾波「…わた…私を…訓練に参加させて下さい…!」

 

海斗「え?それは構わないけど…」

 

綾波「ただ、あ、相手は…あけ、曙さんか、朧さん……」

 

海斗「…その人選は理由があるのかな?」

 

綾波「……さ、さっき…かん…かくを、思い出して…せ、制御できれば…制御できればお役に立てると、思う…です」

 

海斗「…そっか、わかったよ、とりあえず返事は少し待ってね」

 

綾波「は、はい…」

 

敷波「…アタシも戦えるようにしたいなぁ…」

 

海斗「敷波用の艤装に関しては今調整を進めてるからしばらく待って、どうなるかはわからないけど…」

 

敷波「了解…」

 

 

 

 

 

 

病院

キタカミ

 

…誰かが近づいてくる、私たちの病室に近づいてくる…なんか気分悪いから顔まで布団をかぶって寝たふりをしておく

 

ノックもなく扉が開く、嫌な匂い

 

アオボノ「…どうも」

 

北上「よ、駆逐…元気そうじゃん」

 

アオボノ「ええ、おかげさまで」

 

北上「…どうやって生き残ったわけ?」

 

アオボノ「さあ、とにかく砲弾や魚雷をばら撒いて必死に逃げた…のまでは覚えてますが…」

 

北上「へぇ…豪運だねぇ…」

 

アオボノ「何の用ですか?」

 

北上「提督にさぁ、襲撃したいなら謝ってこいとか言われてさ、出撃しないとお金にならないし?まあそう言うことだから上手く言っといてよ」

 

…こいつ殺して良いかな

 

アオボノ「…成る程、あなたは二つ勘違いしていますね」

 

北上「何?なんか言いたいの?」

 

アオボノ「…一つ、私はあなたに従順なわけじゃありません、あの場で私が残る事が全員帰還のための最善だ…と、考えたまでです、私が判断して私が受け入れたんですよ、ですからまず貴方に非はありません、謝る必要はありません」

 

北上「…は?」

 

成る程ね、状況は詳しく知らないけど曙が言うならそうなんだろう、正しいかどうかは結果が示しているし

 

アオボノ「そして二つ目、たとえそれが我々個人の中で必要のないことだとしても…あなたに命令したのが提督である以上、あなたは私に頭を下げる必要がある…私は提督に不要な嘘をつくつもりはありません、頭を下げて謝りなさい、北上」

 

北上「…言わせておけば、随分と言ってくれるねぇ」

 

匂いが近づいた…首でも絞めるかな

 

アオボノ「言っておきましょう、私は死ぬより辛いことを知っている、それにここであなたが手をあげる事は単純な暴行罪」

 

北上「………」

 

アオボノ「だから、貴方怖くもなんともないんですって、無能で無価値な存在に成り果てるつもりですか?」

 

北上「黙れ!」

 

乾いた音が一度

 

アオボノ「…はぁ…貴方はもう一つ勘違いしてますね、進んで1人でいる貴方とは違い…私は友達が居るんです」

 

病室のドアが開く

 

島風「…何してるの?北上…さん、だよね…?」

 

島風、長門、提督の3人か…

 

海斗「北上、キミにはここに謝りに来るように、と言ったはずだけど」

 

北上「チッ…!」

 

アオボノ「ああ、これは違うんです、私は手相を見せてもらってただけで」

 

北上「…!」

 

島風「…そうなの?」

 

アオボノ「もういいですよ北上さん、貴方は出世が難しそうですね…さて、提督の前で、謝って下さい」

 

北上「!……ご…ごめんなさい…」

 

アオボノ「と、のことですが…提督」

 

うひゃー…怖いの、絶対敵に回したくないな

 

海斗「うん、北上、キミの出撃停止は一ヶ月から一週間に変更、一週間の間に心を入れ替え、あんな作戦は2度と立てないように」

 

北上「…チッ…!」

 

1人消えて部屋には5人…か

 

長門「…や、やあ…」

 

アオボノ「……そう言えば同じ宿毛湾でも関わったことない人は居ましたね、長門さんでしたか」

 

長門「あ、ああ…」

 

島風「青ちゃーん!」

 

アオボノ「あ、あおちゃん…?」

 

島風「アオボノで、青ちゃん、良いでしょ?」

 

アオボノ「島風さん…貴方そんなに元気な人でしたっけ…」

 

海斗「曙、大丈夫?」

 

アオボノ「はい、叩かれる前に止めたので…」

 

海斗「………」

 

アオボノ「2週間で退院します、それまでお待ちください」

 

海斗「わかったよ」

 

長門「…なあ、提督…あれは、本当に北上なのか?」

 

島風「北上さん…すごく嫌な感じになってる」

 

アオボノ「残念ながらウチの艦隊にはあの北上以外の北上は存在しません、無い物ねだりをしても仕方ないですよ」

 

長門「……」

 

島風「あれ?そっちのベッドにも人がいるみたいだけど」

 

あ、やば…

 

アオボノ「保護された民間人です、寝てるようなので迷惑をかけないように」

 

長門「だそうだ」

 

島風「ちぇー…」

 

助かった…

 

アオボノ「2人ともあまりひどい怪我ではなくて良かったです、今後はどうされるんですか?」

 

長門「……実は、恥ずかしい話だが私は人間としての記憶、経歴の一切が欠落していてな、何もわからないんだ…」

 

島風「私は…襲われたのが半年くらい前だし、調べたら死亡者として扱われてるから…」

 

海斗「2人ともとりあえず横須賀に研修に行ってもらうことになったよ、当分会えないからそれも含めて挨拶にね」

 

アオボノ「成る程、そうですか…共に戦える日を心待ちにしています」

 

長門「ああ、私も並び戦える日を心待ちにしている」

 

島風「この世界だと魔法が使えないのが辛いよね…あ、提督!ゲーム!ゲームしたい!」

 

海斗「えっと…手配しておくよ」

 

アオボノ「…ゲーム、ですか…」

 

海斗「……ああ、忘れてた、はい、これ」

 

アオボノ「…これは…?」

 

海斗「いつかの約束の物、大事にしてね」

 

島風「…ノートパソコン…?」

 

長門「…ああ、The・Worldが入ってるタイプのパソコンか、アオボノ、ゲームをするのか?」

 

アオボノ「いえ…私はゲームは…あ……提督…」

 

海斗「約束、忘れてないから…みんなでやろう」

 

アオボノ「はい…!」

 

羨ましいなぁ…日の当たるところに居るみんなが

 

 

 

 

海上

???

 

???「…おや、貴方は…五月雨さんですか」

 

五月雨「貴方は…黒ずくめの…確か綾波さんでしたよね…何のためにまた私の前に立つんですか」

 

???「ああ、居ましたね、そんな人…でも、私達は別の存在です」

 

五月雨「…別の存在…貴方は一体…」

 

???「答える必要がありますか…さて、貴方は…その深海棲艦をどうするつもりですか」

 

五月雨「……沈めます」

 

???「ならば、私はそれを阻止しましょう…私の正義のために」

 

五月雨「上等です…!お相手します!」

 

 

 

 

 

 

ビジネスホテル

阿武隈

 

阿武隈「こんにちはー、フードデリバリーお待ちの方ですか?」

 

小学生くらいの子供…?

…どこかであったような…

 

瑞鳳「はい、商品番号これですよね?」

 

阿武隈「…あ、確認できました、こちら商品になります………あの、どこかでお会いしたことありませんか?」

 

瑞鳳「ありますよ、覚えてませんか?」

 

阿武隈「えっと…ごめんなさい、どこでお会いしましたか…?」

 

瑞鳳「……ここに行って下さい」

 

紙を差し出される

 

瑞鳳「行かなくても良い、遠くから見るだけでも」

 

阿武隈「え、あの…?」

 

瑞鳳「それでは、また、明日私もそこに行きますから」

 

阿武隈「ちょ、ちょっと!」



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黒い敵

横須賀鎮守府

駆逐艦 電

 

五月雨「…ぅぐ……あっ…」

 

館内の廊下をまるでゾンビのように這いずって居る、外傷は…これは何…?アザだらけで、裂傷や火傷がない…

 

電「さ、五月雨ちゃん…な、何があったのです…!」

 

五月雨「黒い…て、き…」

 

電「黒い敵…?」

 

五月雨「…う……」

 

電「五月雨ちゃん!だ、誰か!救護の方!どなたか居ませんか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

拓海「ふむ、五月雨が出撃していたこと自体、私は知らなかったが…この怪我、明らかに深海棲艦のつけるものではない、敵は深海棲艦ではないな」

 

大淀「提督、例の盗まれた艤装の件で上を締め上げてきました…が、どうやら盗まれたのはあの艤装だけではないようで」

 

拓海「想定内だ、正確に報告しろ」

 

大淀「…海軍内で秘密裏に艦娘以外でも扱える水上歩行器具を作ろうとしていたようです、その試作品を3セット盗まれていたらしく、それと12式魚雷を4つ盗まれた…と、おそらく細かいチェックをすれば他にも」

 

拓海「…頭を抱える他ないな」

 

電「あの…」

 

拓海「なんだ」

 

電「12式魚雷…記憶通りなら軍艦用の魚雷なのです、それを盗むと言うことは…」

 

拓海「敵がそれを扱える…とは思えんがな、艤装に関しての一定の知識などがあるのなら話は変わるが」

 

電「……そうなのですか」

 

五月雨「…っ…ぁ」

 

大淀「気がつきましたね、良かった」

 

五月雨「…黒い…敵…綾波さんじゃない…」

 

拓海「今喋る必要はない、落ち着きたまえ」

 

五月雨「…勝て、なかった…!…勝てなかった…!」

 

よほど悔しいのか、大粒の涙を目に浮かべて居る

 

拓海「五月雨ほどの実力者が負ける…というのは、正直驚いたが」

 

電「打撃のみでの戦い…打撃……待ってください、今神通さんはどこに居るのです」

 

拓海「…成る程、アオバと衣笠を呼んでくれ、至急川内型を探すようにと」

 

大淀「わかりました」

 

電「…なんで川内型、なのです…?」

 

拓海「三つも盗まれているなら三人ともである可能性がある……それと、以前盗まれた軽巡用の艤装だが、あれは球磨型のものだった」

 

電「球磨型…?」

 

拓海「球磨型軽巡洋艦に…1人で艦隊を相手にできる実力者がいたのは、覚えていないかね」

 

電「北上さん…!そんな…」

 

拓海「憶測に過ぎんがね」

 

たった1人の敵の影響による何度もの撤退…そして誰1人も犠牲者が出ない敵の異常なまでの消極的な行動

五月雨さんの乗っていた砲艇への超長距離からの反撃による破壊…

十分すぎる状況証拠、ここまで確信に至る充分な要素があるのなら…

 

電「…なんで、敵に与してるのですか…」

 

拓海「理由については想像がついている、しかし…解決することは至難を極める…いや、率直に言おう、不可能だ」

 

電「…人間の再構築、の話ですか…」

 

拓海「そうだ、艦娘の復活についてもそうだが…あれは私の考えに過ぎないが小規模の再誕が起きているような物だと考えている」

 

電「さい…たん…再誕…?そんな!それならあの戦いはなんだったのです!あの苦しみは!あの死はなんだったのですか!」

 

拓海「落ち着きたまえ、まだ確定したわけではない…再誕が起きると言うことは世界の歪みがある…と考える事もできる、だが…私は世界がそれに適応した…新しい世界の形なのではないかと思う」

 

電「……あんまりにも楽観的なのです」

 

拓海「それを信じた物達が武器を取り、我々に立ち向かってくる」

 

電「…電達はどうすれば…」

 

拓海「キミはあまりにも賢すぎる、少し馬鹿になってみるのも良いのではないか」

 

電「どう言う意味なのです」

 

拓海「…今は私がいる、キミの分まで私が考え、悩み、君たちに道を示そう、だからどうするかで深く悩む必要はない」

 

電「……今度はいなくならないで下さい」

 

拓海「ああ、任せてくれ」

 

 

 

 

 

東京 

川内

 

川内「うひゃぁ…痛そ…」

 

神通「ふふ…痛いですよ、危なかったです…まさかあの人があんなに強いなんて」

 

那珂「…ほんとに正確に腱を狙ってるね、ちゃんと避けられてて凄いけど」

 

神通「止まれば、私は二度と拳を握ることができない身体になっていましたね、向こうが積極的だったらどうなっていたか…」

 

川内「ま、天然モノは美味しいからねぇ」

 

那珂「天然物…?」

 

川内「例えばキタカミと五月雨は自分の努力と経験で創り上げた天然モノ、キタカミは不知火とか阿武隈を育ててたけど、そっちは養殖モノ…違いはなんだと思う?」

 

那珂「……教えてくれる人がいるかどうか…」

 

川内「半分正解、養殖モノには限界があるんだよね、成長は確かに早い、お手本があるからね、でもそのお手本に並び立つと進む道がわからなくなる、そこから下手な考えで自分の動きを崩す奴もいるし、遥かに超える奴もいる…」

 

那珂「…逆に天然モノは限界がないって事?」

 

川内「そこも含めて半分、天然モノはそこまでの道のりを自分で作ってきた、だから進み方を知ってるんだよ、どうすれば今より少しだけ強くなれるか、を何度も何度も繰り返す方法をよく知ってるんだよ」

 

那珂「ふーん…つまり五月雨はまだ伸びるんだね」

 

神通「怖い限りです…」

 

亮「長話はいいが、お前ら俺の部屋から出てけ、というか帰れ」

 

そう言って提督が私たちの前にお茶を出す

 

川内「いーじゃん、なに?彼女でも来るの?というかお茶出してる時点で帰ると思ってないよね」

 

亮「そりゃお前らのことはよく知ってるからな…那珂、こぼすな、お前俺の城を汚すな」

 

那珂「賃貸のお城」

 

神通「これを城というあたり…出世できませんよ提督」

 

亮「うるっせぇよ!というか第一にここは寮だ、部外者が長居したら色々まずいんだよ!」

 

川内「大丈夫大丈夫、ばれないから」

 

那珂「うんうん、ちゃんと痕跡も消してるし」

 

神通「血も、髪の毛も、指紋も全て完璧です」

 

血のシミだけが怖いので入念に対策はしておいた、バッチリ

 

亮「……待て、お前ら…まさか住み着く気か…?」

 

那珂「え?わかってなかったの?」

 

川内「事情は説明した通り、となると灯台下暗しなここは絶好な隠れ場所ってわけ」

 

私たちを探すであろう大本営の管理下の施設内…見つかりようがないね

 

亮「…お前らを上に売ったら金になんねぇかな」

 

神通「防衛大生では良くて賞状程度ですよ」

 

亮「チ…本当についてねぇ…」

 

那珂「まあまあ、身の回りのお世話くらいするから……川内姉さんが」

 

神通「炊事洗濯完璧ですよ……川内姉さんは」

 

…2人とも私に全部丸投げか

 

亮「お前ら2人にそんな期待はカケラもしてねーよ!つーか寮なんだからそういうことはやってくれる人が居るんだよ!」

 

神通「早く提督になってくれませんか?」

 

亮「言われなくても戦時下だから卒業が早まる予定だ、次の春には軍人になる、あとは俺の頑張り次第か」

 

川内「へー…四年の所が二年になったわけね…でもあと半年はあるよね」

 

神通「半年もこんな生活を強いられるなんて…」

 

亮「馬鹿、卒業してもいきなり艦隊司令官になんかなれるわけねぇだろ」

 

神通「お家を新しく借りますよね?」

 

亮「入れると思ってんのか…?」

 

那珂は飽きて部屋を漁り始めてるし…

 

神通「……なら私たちと一緒に元人間を守る活動の司令官に…」

 

亮「そういうのは収入源が別にある奴がやるんだよ、少なくともそっちの待遇がボランティアの今は俺には無理だ」

 

川内「このリアリスト!」

 

那珂「あ、カードゲームある」

 

亮「那珂、勝手に部屋を漁るな、叩き出すぞ」

 

神通「つまり勝手なことをしなければ住み込んでもいいと…」

 

亮「見つかったら即座に退寮どころか退学だろうけどな…」

 

那珂「あー、大丈夫大丈夫」

 

那珂が天井の隅をペロリとめくる

 

亮「な……」

 

神通「この通り、天井に住み着きますので」

 

川内「衣食住も完璧、少なくとも、一ヶ月は上にいるから」

 

亮「……点検でバレたら本当にお前らのこと恨むからな…」

 

流石に何もいう気力がないか、まあ悪いけど許してもらいたい

 

神通「…それより、他の仲間は見てないんですか?」

 

亮「……聞くのか、それを…」

 

那珂「うわぁ、露骨に嫌そうな顔」

 

亮「…大井だ」

 

川内「ああ、大井…それが?」

 

亮「大井が…千種の妹になってやがった」

 

神通「…千草…って、ああ、食堂の…?」

 

川内「ぶふーーっ!マジ!?あの2人今姉妹なの!?」

 

那珂「確かに似てるとこあったよねー」

 

亮「…2人してゲームで変な宗教みたいなギルドに捕まってた…ってくらいか」

 

川内「いや、おもしろ…なにそれ」

 

神通「あ、姉さん、アニメの時間ですよ」

 

川内「あ、本当だ…リモコンどこ?」

 

亮「…はぁ…もうここは俺の部屋じゃないんだな…」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 朝潮

 

朝潮「司令官、少しお暇をいただきたいのですが…」

 

海斗「それは…どの位?」

 

朝潮「長くて1週間ほど頂きたいと思っております、理由としましては姉妹を探しに行くためです」

 

海斗「そういうことなら全然構わないよ、でも確認しておきたいんだけど、見つけたらどうするの?艦娘はやめる?」

 

朝潮「いいえ、全員連れて帰ってくるつもりです」

 

海斗「ぜ…そ、そう…」

 

朝潮「昨日お給料が出ましたのでようやく外に行けるようになりましたし、とにかく探しに行きたかったんです」

 

海斗「場所の目処はついてるの?」

 

朝潮「私たちはもともと沖縄の孤児院にいました、孤児の私達が行ける場所は多くはありません、きっと問題ないと思います」

 

海斗「…ちょっと待っててね……もしもし、青葉?ちょっと来てくれる?」

 

朝潮「司令官、お気遣いいただく必要はありませんよ」

 

海斗「多分九州の方に探しに行くでしょ?なら青葉と出張ってことにしておくよ、人材探しならあながち間違ってないかも知れないしね」

 

朝潮「…ありがとうございます」

 

海斗「大きい出撃の作戦は今はないし、あんまり気にしないで」

 

朝潮「ただ、あんまり勝手なことしてクビにならないでくださいね…」

 

海斗「あはは…キツイなぁ…」

 

青葉「失礼します…あ、朝潮さん」

 

朝潮「どうも、青葉さん」

 

海斗「青葉、朝潮の姉妹探しに同行してくれる?」

 

青葉「あー…成る程…わかりました、詳しい話は朝潮さんに後で伺えばいいですか…?」

 

海斗「うん、お願い」

 

青葉「青葉にお任せください」

 

朝潮「青葉さん、ありがとうございます」

 

青葉「いえいえ、その代わりと言ってはなんですが、写真を撮らせてください、全員揃った笑顔の写真」

 

朝潮「わかりました」



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適正

病院 玄関前

阿武隈

 

阿武隈「うーん…な、なんで病院…?というか我ながらなんで来ちゃうかなぁ…もう最悪…」

 

知らない人の言う通りにこんなところまでくるなんてまともな思考回路ならあり得ない…

 

阿武隈「帰ろ…」

 

瑞鳳「帰るんですか?勿体無い」

 

阿武隈「うわぁ!?い、いつの間に背後に!?」

 

瑞鳳「今きました、貴女が帰ることは自由なので止めません、でも貴女がここであの人に会えばきっと…」

 

阿武隈「……何が言いたいんですか…?」

 

瑞鳳「…私は欠けたものを取り戻しに行く、それだけです」

 

阿武隈(欠けた、モノ…私は何かが欠けている…?)

 

瑞鳳「それでは」

 

阿武隈「…欠けたモノって…何…?何が私に欠けてるの…?」

 

頭がメチャクチャになる、どうすればいいのかまるでわからない

 

阿武隈「…どうしよう、詐欺とかじゃなきゃいいけど…うーん、うーん…きゃっ!?」

 

北上「うわ…いったぁ……ちゃんと前見て歩いてくれる?」

 

阿武隈「ご、ごめんなさい…った…た…」

 

ウロウロしてたら誰かにぶつかってしまった、しかもその衝撃で首がなんだか痛い…折れてないよね…?首は折れたら死ぬって言うもんね…

 

北上「気をつけなよ」

 

阿武隈「はい…」

 

同い年くらいの人かなぁ…

 

阿武隈「…ホントに首痛くなってきた…いたた…大丈夫だよね?これ…あれ?あれは…提督!元気してた?」

 

海斗「えっ?僕に何か…?」

 

え?今私知らない人になんて言った…?

 

阿武隈「…ひ、人違いでした!」

 

阿武隈(な、なんか私おかしい!どうしたの…本当に何が起きて…提督って…アレだよね、船の乗ってる1番えらい人…それは船長か、あれ?提督ってなんだっけ、軍人さん?あれ?え?何?)

 

海斗「…あの、大丈夫ですか?」

 

阿武隈「だ、大丈夫です!」

 

もうすごく混乱してしまった、どうすればいいのかよくわからなかった

 

瑞鳳「ねぇ、倉持さん」

 

阿武隈「あ、貴女は…」

 

海斗「えっと…どなたでしょうか」

 

瑞鳳「……そんな事より、キタカミさん、居ないんだけど」

 

キタカミ…?

 

海斗「え…?居ないって?」

 

瑞鳳「病室に居ないのよ、逃げられてない?」

 

海斗「…まさか」

 

男の人が病院に向かって走って行った

 

瑞鳳「…貴方に会わせたい相手がいたんですけど、どうやらまたどこかに行っちゃったみたいです」

 

阿武隈「あの…どういう?」

 

瑞鳳「キタカミさんに会えば、きっと思い出せます」

 

阿武隈「…キタカミ…?キタカミさん…って…誰……あれ?あたしは…」

 

何かが、まるで見えない所が見えるようになったみたいな感覚、知らない何かが、今まで見えなかったものが急に見えるようになったような…

 

瑞鳳「阿武隈」

 

阿武隈「…阿武隈…?そう、そうだ…阿武隈…!でも、キタカミさんって…誰…」

 

そうだ、私は阿武隈…長良型軽巡洋艦の六番艦阿武隈…

所属は離島鎮守府から宿毛湾泊地に…そう、思い出せる…!

 

阿武隈「そうだ…なんで忘れてたんだろ…」

 

瑞鳳「良かった、思い出してくれて」

 

阿武隈「……」

 

…でも、まだ目の前の相手も、キタカミさんと言う人も分からない…いや、正確には艦船としての記憶があるから衝突した相手であることは分かるけど…

 

阿武隈「あの…おそらく、私の記憶はまだ欠落してます」

 

瑞鳳「…私はわかる?」

 

阿武隈「いいえ…」

 

瑞鳳「…そっか…こう言うケースもあるんだ…仕方ない」

 

阿武隈「えっと…」

 

瑞鳳「艦娘になって、そうすればいつか思い出せるから」

 

艦娘…命をかけた戦場に戻る…

 

瑞鳳「…やっぱり、嫌?」

 

阿武隈「抵抗が無いわけじゃありません、だって死ぬかもしれない…でも、思い出したんです、私、キタカミさんはまだ思いだせてません、だけど他にも沢山の大事な仲間がいる、みんなが戦ってるのに私1人安全な所にいられません!」

 

瑞鳳「よかった、貴方がそう言ってくれて」

 

阿武隈「ところで貴女は?」

 

瑞鳳「軽空母瑞鳳、またね」

 

阿武隈「はい、私きっと全部思い出しますから!」

 

瑞鳳「うん、それじゃあ」

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 五月雨

 

五月雨「……火野提督」

 

拓海「なんだね」

 

五月雨「私の戦線復帰は何時ごろになりそうですか」

 

拓海「あと一ヶ月は少なくとも待ってもらう」

 

五月雨「そんな…」

 

拓海「君の受けたダメージは深刻な上に、件の敵に対応できるものが今はいない」

 

五月雨「そもそも打撃は艤装が防ぐことのできないダメージです、誰が対応できるんですか」

 

拓海「そう言う問題ではない、きみに無理をさせるわけにはいかないのだ」

 

五月雨「……私は無理したいんです、やらせてください」

 

拓海「徳岡純一郎は確かに君のことを覚えていなかった、だがそれは稀なことではない」

 

五月雨「だから生きてるのが辛いんです、私の提督はいないんですから」

 

拓海「記憶が戻るケースもある」

 

五月雨「…提督はいま幸せな日々を過ごしてる、私はいちゃいけないんですよ、邪魔なんです、私は…だから軍艦らしく戦って死にたい」

 

拓海「ならば死への恐怖とためらいを捨てろ、私には君が死を望んでいる様には見えない」

 

五月雨「…では、どう見えますか」

 

拓海「我が儘で傲慢な子供だ、電のような」

 

五月雨「………」

 

拓海「案ずるな、それが当然だ、君は年端もいかない少女なのだから」

 

五月雨「私は…」

 

拓海「大丈夫だ、きっとキミにも夜明けがある」

 

五月雨「…夜明け?」

 

拓海「君は暗い夜の中にいるだけだ、夜が君を不安にさせているだけだ、いつの間にか夜は明ける、ゆっくり待てばいい」

 

五月雨「………」

 

拓海「…ところでだ、私はCC社と言う会社に旧い知人がいる、彼が主催する夜会に君を連れて行きたい」

 

五月雨「CC社のパーティー…?」

 

拓海「来ればわかる、だからゆっくりと待て」

 

 

 

 

 

 

福岡 博多

駆逐艦 朝潮

 

朝潮「あっさり見つかって良かったです」

 

青葉「荒潮さんだけ見つかりませんでしたね…」

 

朝潮「問題ありません、荒潮は姉妹を見捨てるタイプじゃない、私と同じ道を辿ったのだと思います」

 

青葉「…相変わらずサラッとエグいことを…」

 

朝潮「…あれは…」

 

天龍さん…?

 

青葉「え?……あ、天龍さんだ」

 

向こうもこっちに気づいたようで、遠くから笑いかけてくれる

 

朝潮「記憶持ち…!」

 

青葉「い、行きましょう!」

 

 

 

カフェ

 

天龍「ご無沙汰しております」

 

朝潮「…随分とお嬢様な感じになりましたね」

 

青葉「前からそうでしたけど、随分落ち着いた格好ですもんね…美しい感じです」

 

天龍「そんなことは…それより、お二人とも今は?」

 

朝潮「司令官の元で働いています、みんなで海を守るために」

 

天龍「…実は私も適性検査を受けたんです」

 

青葉「艦娘の?」

 

天龍「はい、今は結果待ちですが、願わくば一緒に…」

 

朝潮「司令官もきっと喜んでくれます、期待していますよ」

 

天龍「はい…あ、すいません、バイトの時間なので失礼します」

 

青葉「バイトしてるんだ…」

 

天龍「はい、ラーメン屋のキッチンで働いてます」

 

朝潮「仕事内容はお淑やかじゃなかった…!」

 

青葉「艦娘の時点で相当荒くれ仕事ですから…」

 

 

 

 

 

 

東京 

三崎亮

 

亮「悪い、待たせたな」

 

春雨「遅いよ楚良」

 

亮「だから楚良はやめろ、それより軍について調べてきてくれ」

 

春雨「大雑把だし危険な事を振るね」

 

亮「川内たちのやってる事の裏を取ってきてくれ、アイツらが間違ってるとは思わないが、アイツらの持ってる情報が間違ってる可能性がある」

 

春雨「つまり、川内達に本当に正義があるかを確かめろ、と」

 

亮「そうなるな」

 

春雨「忍者じゃないのになぁ…」

 

亮「忍者じみてるからいけるだろ」

 

春雨「嫌な信頼…」

 

亮「頼む、川内達はしくじったら取り返しがつかないがお前は俺がなんとかできるかもしれない」

 

春雨「そこは保証するべきでは…私の司令官として」

 

亮「頼んだぞ」

 

春雨「了解でーす」

 

 

 

 

 

福岡 博多

天龍

 

天龍「お電話、お待ちしてました」

 

拓海『まず、適性検査の結果だが…非常に希有な例だが…2種類の偽装に適応が認められた』

 

天龍「だと思ってました、選んでもいいですか?」

 

拓海『…ふむ、構わんが…まるで…』

 

天龍「知っていました、から…私は天龍型ではなく、伊勢型二番艦、日向として戦います」

 

拓海『艤装を用意しておく、研修の日程などは改めて通知する』

 

日向「二つだけいいですか?」

 

拓海『なんだね』

 

日向「希有な例…と仰りましたが、前例が?」

 

拓海『ある』

 

日向「それと、伊勢型の一番艦は」

 

拓海『君の望むままにしよう』

 

日向「それでは」

 

電話を置く

 

日向「戦艦は多分まだ着任してないはず…天龍として戦うよりはきっと活躍できる…ハズ…できるよね…あーもう、今度は沈まないんだ…3回目はない…頑張ろう」



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匂い

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

島風「艦隊型駆逐艦の最高峰を目指して開発された、高速で重雷装の駆逐艦、島風型の島風です!これからよろしくお願いします!」

 

長門「…その長くて堅苦しい挨拶は私も必要か…?長門だ、改めてよろしく頼む…」

 

怪我から復帰したらしい2人が着任した、戦艦という艦種は現在配備されているのはこの泊地のみだ

 

海斗「よろしく、怪我はもういいんだね?」

 

長門「ああ、私は特に問題はない」

 

島風「私も!全然問題ありません!…ところで私たちの艤装はどこですか?」

 

海斗「工廠にセットしてあるよ、実力を測るためにも今日は泊地内で演習がしたいんだけど、参加できる?」

 

長門「…ま、任せてくれ…」

 

島風「よーし…絶対に一番活躍する!」

 

…長門は緊張してるみたいだ

 

海斗「演習は午後より行うよ、君達とそれからもう何人か一度に着任する事になるから、暫く待っててね」

 

長門「ああ、だが、そんなにたくさん…?」

 

海斗「その…身寄りがなかったり、事情がある子は早めに軍属にして保護するって言う政策も兼ねているらしいから…」

 

長門「…だが、経験のないものが艦娘になったところで…」

 

海斗「それも兼ねての演習や訓練だ、真剣に取り組むことは自分を助ける事になる」

 

島風「…ちなみに着任予定は?」

 

海斗「朝潮型駆逐艦、大潮、満潮、山雲、霰、霞の五名と長良型軽巡洋艦、阿武隈、最後に伊勢型戦艦の日向」

 

島風「…七人中六人は知り合いだ…」

 

長門「記憶持ちとは限らんがな…」

 

山雲と日向の二人は二つの艤装に適応した特殊な艦娘だ、と言う通達がある、情報は細かに収集しろと言う指示も出ている

 

島風「よーし!艤装の手入れに行こ!」

 

長門「…わかった、だが先に部屋をだな…」

 

赤城と加賀も妖精が着任したと言うことで今日の演習から参加してもらうことになったし、取らなくてはならないデータは多い

 

 

 

 

 

 

工廠

工作艦 明石

 

明石「はぁ…このオーパーツはどこに取り付けるんだろ…」

 

見たことないパーツを扱うのは楽しいけど疲れる

 

夕張「それはそっち!ちゃんとやってくれる!?」

 

鬼がいるともっと疲れる

 

明石「い、いやー、夕張はすごいなー、よくわかるなー」

 

夕張「アンタと違って私は全部の時間を艤装や人体に費やしたの!ほんっとうに…!」

 

おだてるつもりが地雷を踏んでしまった…

 

島風「すいませーん、着任した島風です、艤装を受け取りに来ました」

 

明石「え、あ、はいはい…これが届いてる艤装なんですけど…貴方のは…?」

 

島風「この子達です!」

 

小型のロボットを三つ掻っ攫っていく…

 

島風「連装砲ちゃん元気だったー?そっかー…」

 

うわ、意思疎通してる…痛い子だ…と言うか、あのロボット結構滑らかに動いて…

 

夕張「ボサっとしない!アオボノちゃんの艤装の修理終わってないんだから!」

 

明石「いや、だってこれ修理より新しく作ったほうが楽…」

 

夕張「関係ない!ほら早く!」

 

明石「…鬼!悪魔!メロン!」

 

夕張「…メロン熊…って知ってる?」

 

夕張が徐に襟元のリボンを解く

 

明石「え、ゆ、夕張?着替えなら他所で…」

 

夕張「…ここで良いのよ」

 

明石「え、ええ…は、ほら、小さい子もいるし」

 

夕張「良いじゃない…ほら、このリボン、引っ張って?」

 

明石「え、ええ…そんな趣味ないんだけど…」

 

でも、よく見たら夕張肌綺麗だし…

 

島風「…夕張…メロン熊…あ」

 

夕張のリボンを引くとエアバックが開くような音共に弾き飛ばされる

 

明石「いったた…何?何が…く、く、クマっ!球磨!熊!bear!クマー!!」

 

目の前に巨大なメロンから四肢と顔を出した熊が…

 

夕張「いつか使えると思って服に仕込んでおいたのよね、夕張のゆるキャラ、メロン熊エアバッグ」

 

島風「可愛い…本物そっくり」

 

夕張「あ、わかる?もう細部まで本物そっくりにしてるから完璧よ!」

 

明石「し、心臓止まるかと思った…」

 

夕張「あんまりふざけてるとお仕置きするからね」

 

明石「今お仕置きされたよね…?」

 

夕張「海軍式気合い棒でいく」

 

明石「…逝く…?あの世に…?」

 

夕張「ほら!気合入れて仕事しなさい!」

 

明石「ひぃぃぃ!」

 

夕張のスパルタによりアオボノちゃんの艤装は予定の半分の期間で修繕が完了しました

 

明石「修繕液はどうしたのよ…!」

 

夕張「ちゃんと自作できるようになってから使いましょう、わかった?佐世保や横須賀の整備士はみんな作れるのよ?」

 

明石「嘘だぁ…!」

 

夕張「と言うか私も作れるし、正規の工作艦なのに作れないなんて笑われるわよ」

 

…ちょっと焦るなぁ流石に

 

明石「…なんでナノマシンが正確に動かないのかなぁ…」

 

夕張「さあね、説明書読むとこからやり直してみたら」

 

明石「むぐぐ……な、何が悪いんだろ…」

 

夕張「…これ、電気流してる?」

 

明石「え?電気流すの?」 

 

夕張「流さなきゃ動作なんかしないわよ」

 

明石「えっと、ここにつけて……と、スイッチオン…動いた!」

 

夕張「はー、そりゃ動作しないわけだ…こんなの最初に渡した資料少し読めば誰でもわかるわよ?明石に仕事は任せたくないわね」

 

明石「…返す言葉もないです…」

 

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 阿武隈

 

阿武隈「阿武隈、着任しました!」

 

海斗「キミとは病院で会ってるね、ここの司令官を務めてます、倉持海斗です、よろしく」

 

阿武隈「……それ以上は覚えてませんか?」

 

海斗「それ以上って?」

 

阿武隈(…私も全部覚えてるわけじゃないから仕方ないか)

 

阿武隈「なんでもありません、事前に伺ってる通りに演習の用意をしてきます」

 

海斗「よろしく、頑張ってね」

 

 

 

 

阿武隈「うーん…と…わ、朝潮型の子達だ…」

 

朝潮「あ…」

 

阿武隈「その反応、覚えてる!?」

 

朝潮「はい、ご無沙汰しています」

 

満潮「…知り合い?」

 

山雲「阿武隈さんですね〜」

 

霰「あぶくま…?」

 

朝潮「山雲も覚えていますよ」

 

少ない人数だけど、お互いのことを覚えている、これは心の支えになる

 

日向「あ、朝潮さん」

 

朝潮「天龍さん、あれ?髪を染めたんですか?」

 

阿武隈「天龍さん?あの天龍さんですか…雰囲気変わりました?」

 

日向「天龍…ではないんです、私は戦艦日向です」

 

朝潮「日向…成る程、よろしくお願いします」

 

阿武隈「天龍さんが日向…不思議な感じですね」

 

うん、この辺の人たちはみんな覚えてる…

 

長門「…廊下にこんなに集まって、何をしてるんだ?」

 

朝潮「どうも長門さん、島風さんは?」

 

長門「そこだ」

 

島風「……廊下が通れないよ…」

 

朝潮「新人が全員揃ってますね、全員演習に出てもらうことになってますので、ちゃんと戦う相手を見ておいてください」

 

大潮「9人だと人数に偏りが出るんじゃ?」

 

朝潮「艦種の違いもありますし、北上さんが参加します」

 

阿武隈「北上…」

 

…同じ名前なのに、何も惹かれない…不思議な感覚もない、ただの名前…

 

長門「…あの北上か…」

 

島風「私あの人嫌い…雰囲気悪いし」

 

朝潮「文句は言わないでください、時間までに艤装を受け取って海に出る用意をしておいてくださいね」

 

阿武隈「わかりました」

 

 

 

 

 

 

 

深海棲艦基地

キタカミ

 

キタカミ「ふぃー、迷惑かけたねイムヤ」

 

イムヤ「全くですよ、キタカミさんがいない間押さえてるのは骨が折れました…」

 

イムヤは私に助けを求めてた、深海棲艦の成り立ちを先に知ってしまったのはイムヤの方だった

自分一人では何もできないからと私を巻き込んでくれたわけだ

 

キタカミ「物理的に?」

 

イムヤ「折りましょうか?」

 

キタカミ「ウソウソウソ!アームロックやめて!痛い痛い!」

 

イムヤ「はい、離しましたよ」

 

キタカミ「うう…本当に痛いんだからね…?」

 

イムヤ「艤装、ピカピカですね」

 

キタカミ「夕張になおしてもらった、事情を話したら快諾してくれたよ」

 

イムヤ「…なんですかこれ」

 

キタカミ「ああ、これ?発信機発信機」

 

イムヤ「えっ」

 

キタカミ「夕張がタダで直してくれるわけないじゃん、でも夕張は自分の上に許可を取らずに修理したからこの位置情報を使うのは無理だよ」

 

イムヤ「そっか、修理したのがバレちゃうから…」

 

キタカミ「敵対してる奴を助けたなんてバレたらどうなるか分からないからね、まあ暫くしたら外すよ、適当に理由つけて」

 

イムヤ「でも上に報告できないならなんでつけたりしたのか…」

 

キタカミ「こっちの動きを知りたかったんだと思う、然るべき時に備えて」

 

イムヤ「…あー…」

 

キタカミ「夕張は戦争をするかまだ心が決まってない、本気でやり合う時のためにデータが欲しいだけ、だけどデータを集めてもそれを使うかどうかの心が決まってない…」

 

イムヤ「……もし、心が決まったら?」

 

キタカミ「私が守れるのは片手の数だけ、数で押されたら難しいかなぁ…」

 

…匂いがする

あの時叶わなかった願いの匂い

 

イムヤ「……」

 

キタカミ「よし、戦争の引き伸ばしに行きましょうかね」

 

瑞鳳「見つけた」

 

イムヤ「敵…!なんでここが!」

 

キタカミ「警戒しなくて良いよイムヤ、発信機云々じゃなく、匂いだから」

 

瑞鳳「お久しぶりです、キタカミさん」

 

キタカミ「久しぶり、瑞鳳…ずっと会いたかった、狡いじゃんか…1人だけ楽になって」

 

瑞鳳「…記憶のある今も、私のことを許してくれますか?」

 

キタカミ「お互い様だよ、瑞鳳こそ許して…いや、これはまだ言えてなかったね……瑞鳳、あの時沈めたこと、本当にごめん」

 

瑞鳳「…そんなのとっくに許してます、お互いの記憶を共有した仲なんですから、もはやそんな言葉も無粋ですよ」

 

キタカミ「じゃあ、こっちの返事もわかってるわけだ」

 

瑞鳳「勿論」

 

イムヤ「…あの…?」

 

キタカミ「ああ、紹介しとくの忘れてた…元佐世保の瑞鳳ね」

 

瑞鳳「随分とさっぱりしてるなぁ…できればもっと…」

 

キタカミ「親友とでも言っとく?」

 

瑞鳳「それもなんだか違うような…」

 

イムヤ「…ちょっと面倒な人ですね」

 

キタカミ「根はいい子なんだけどねー」

 

瑞鳳「根以外は?」

 

キタカミ「若干腐ってる、執念深い、あと最後の方は艦載機で戦うより殴る方が早いとか考えてたり色々と艦娘やめてるよね」

 

瑞鳳「川内型よりはマシですよ」

 

キタカミ「アレは論外だからねぇ、ハハハ」

 

イムヤ「…そのうち川内型に刺されても知りませんよ…」

 

キタカミ「軽巡洋艦最強は球磨型だから問題ないよ、返り討ちにするよ」

 

瑞鳳「なんて言うか、雰囲気がおかしいような…」

 

イムヤ「多分、司令官と離れ離れになるのが嫌すぎて…」

 

瑞鳳「あー…」

 

キタカミ「いやそこ、聞こえてるからね?」

 

イムヤ「で?実際どうなんですか?」

 

キタカミ「ただ単にやる気がすごいだけだよ、大丈夫、この戦いで出る犠牲者をもっと少なくするんだ」

 

イムヤ「…深海棲艦になった人間が元に戻ることは可能なんでしょうか」

 

瑞鳳「可能……じゃないと、この世界に夜明けなんて永遠に来ない、私たちは暁の水平線に勝利を刻む…この長い、暗い夜を終わらせるために」



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艦隊演習

宿毛湾泊地

駆逐艦 島風

 

島風「よーし!旗艦頑張ります!」

 

赤城「期待してますよ、島風さん」

 

山雲「この編成、不思議な感じですね〜」

 

長門「ああ、だが駆逐散人に戦艦一人と軽巡一人、そして空母一人か」

 

大潮「張り切って行きます!」

 

阿武隈「戦力過多な気も…」

 

島風「それでは、まず作戦を…」

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 北上

 

北上「んじゃ、まあよろしく」

 

加賀「期待してるわ」

 

霞「ガンガン行くわよ!」

 

日向「まあ、編成はこうなりますか」

 

満潮「これ、本当に怪我しないわけ?いきなりこんな…」

 

霰「んちゃ…」

 

北上「単縦陣でまずは索敵、空母の運用よくわからないんだよなぁ……とりあえず加賀は最後尾ね、それからえーと…戦艦は前でいいか、速力はそっちに合わせる感じで行こうか」

 

日向「わかりました」

 

日向(北上さんは私達の事は覚えてない…か)

 

北上「んじゃ、行こうか」

 

加賀「艦載機、でます」

 

矢が炎を纏い、飛行機に姿を変える

相変わらず原理が理解できない

 

加賀「…航空戦、始まったわ、でも艦載機の量も変わらないし…被害の出方は対空射撃にかかってる」

 

北上「はいはい、場所は?」

 

加賀「南…待って、北に敵航空隊を観測、直接仕掛けてくるわ」

 

北上「撃ち落とせばいいんでしょー?…北側ね……あれか」

 

艦載機が隊列をなして迫ってくる、どう撃ち落とすかが問題だ

あの深海棲艦はやってのけた、相手の戦意を撃ち砕く一撃を

 

北上「あんなのにできて…あたしにできない道理はない…!」

 

ガチッと艤装が音を鳴らし、弾を放つ

正確に艦載機を貫いたのに違う、こんな物ではない

 

北上「駆逐!艦載機狙え…撃て!」

 

号令と共に駆逐艦たちも撃ち始める

 

霞「全然当たんない…!」

 

霰「一機、堕としたよ…!」

 

手数が足りない…佐世保に連れてった時の駆逐の方がよっぽど役に立つ

抜けてきた艦載機が近い…!

 

北上「戦艦!直上!」

 

艦載機が演習用の爆弾を投下する

 

日向「私なら心配はない…ですね」

 

北上「え、何それ…刀…?」

 

日向「…ふっ…!」

 

刀で弾かれた爆弾は少し離れた位置で爆発する

 

日向「私物ですが、役に立つでしょう?」

 

満潮「うそ…あれ当たっても平気なの!?し、死んじゃうじゃ…!」

 

日向「あの程度では死にません、怪我も恐らくは…多少痛い程度です……来ましたよ!」

 

背後から砲音が響く

後ろを取られたか…!

 

日向「島風、阿武隈、山雲!加賀さんが狙われてます!」

 

島風「反応がちょっと、おっそーい…」

 

あの金髪の駆逐の狙いは加賀か…

 

北上「駆逐!左右に膨らんで速力落として!輪形陣にして加賀を守れ!」

 

島風「だーかーら、遅いって…!」

 

駆逐が魚雷を放つ

 

霞「な、何あの魚雷!水の上跳ねてるんだけど!?」

 

満潮「こ、こっち来ないで!!」

 

確かに相手の魚雷が変な挙動してるけど、駆逐みんな怖がって逃げてるし…

 

北上「あーもう!役に立たないな…!あたしが全部やるしか…」

 

阿武隈「貴方の相手は私です!北上さん!」

 

北上「…アンタ病院で会った…チッ、ぶっ潰してあげるよ…!」

 

どいつもこいつも目に痛い髪色してくれちゃって…ボコボコにしてやる…

 

阿武隈「北上さんの力…見せてもらいます!」

 

北上「そう言うのうざいって…!」

 

コイツ、メチャクチャ狙いが正確だ…

対峙してるだけで汗が噴き出す、コイツは一体なんなんだ、コイツは新人じゃなかったのか

 

加賀「くッ…!被雷しました…!」

 

北上「加賀!艦載機出さないの!?」

 

加賀「飛行甲板が使用できません、私は戦闘能力がありません…!」

 

島風「まずは空母を落としたよ…長門さん、見える!?」

 

遠方から砲音、風を切る音…

 

日向「…戦艦長門…ふふ…相手にとって、不足なし……ですか」

 

日向が飛んできた砲弾を叩き斬る

 

北上「なにそれ…ふざけてんの…?」

 

日向「至って真面目です…砲撃します…!」

 

戦艦の砲音は特に大きいな…

 

阿武隈「余所見禁物です!」

 

北上「え…な、にこれ…」

 

艤装が全部撃ち抜かれて…

 

阿武隈「……貴方は北上さんだけど…私の知ってるキタカミさんじゃない」

 

北上「…なにそれ…」

 

北上(あたしは、北上じゃない…?あたしは…)

 

頭に何かが響く

 

山雲「お相手しますよ〜、天龍さん」

 

日向「日向です、そして私は戦艦ですよ?」

 

阿武隈「二対一です、充分落とせます」

 

日向「これは…分が悪いかもしれませんね、全力でお相手します」

 

日向が刀で阿武隈の砲弾を切り落としてそう言う

 

満潮「死ぬ!死んじゃう!た、助けて!」

 

霞「す、進まなくなったんだけど!?」

 

霰「…んちゃ…」

 

島風「えっと…3人とももう撃沈判定だから動かなくていいよ、それと進めないのは艤装の動作不良だから後で修理を…」

 

……もう、なんていうか凄い光景だ、右側では全力で戦ってるし、左側では駆逐が駆逐をなだめてる

 

日向「流石に長門さんの砲撃まで捌いていては…苦しいですね」

 

山雲「こんなに〜、強かったんですか〜?」

 

日向「本来の艤装を使えばこの程度…」

 

阿武隈「でも、流石に数に押されたらなす術が無いみたいですね…!」

 

日向「そのようで、とうとう私も撃沈判定…か」

 

山雲「危なかったです〜」

 

阿武隈「ナイス援護でした」

 

…なんなのさ、これ…新人のはずなのに当たり前のように艤装を使いこなして見せて…

あたしが負けるなんて、あたしが…!

 

阿武隈「…立てますか?」

 

…コイツ…

 

北上「アンタの知ってる北上って何」

 

阿武隈「…わかりません、私も誰か探してるところなので…でも、あなたじゃなかったみたいです」

 

北上「普通に失礼なこと言ってくれるね、何それ、意味わからないんだけど?」

 

阿武隈「ごめんなさい、私もよく分かってなくて…」

 

北上「一番意味わかんないんだよそう言うの…ほんとウザ……あれ…何これ……」

 

暗い、暗い冷たい、この感じは何…

何か、思い出しそうな…

 

阿武隈「北上さん?」

 

北上「……はぁ…」

 

気の所為かな、いま思い出さなきゃいけないことなんて多分無いし…

 

 

 

 

 

執務室

駆逐艦 島風

 

島風「で、私がMVPです!」

 

海斗「確かに、満潮、霰、加賀をたった一人で撃破、長門への砲撃の指示、阿武隈と山雲との連携、旗艦としての作戦指揮も十分な水準だね」

 

島風「やった!」

 

海斗「でも、確かにキミの活躍は凄いけど深海棲艦との戦いでは危険を伴う、別れて行動するのは感心できないな…」

 

島風「大丈夫ですよ提督、私は絶対に犠牲なんか出したりしませんから…」

 

海斗「…君の心意気はとても大事だ、だけど現実はそうはいかないかもしれない」

 

島風「…わかってます、でも大胆な作戦はみんなを救う事もあります、速度の速い駆逐艦が少数で敵の機動部隊を叩く事も時には必要なんです、大規模な艦隊よりも被害を抑える為に」

 

海斗「キミはまるで何度も命懸けの戦いをしてきたみたいだね」

 

島風「してきました、だからここに居ます」

 

海斗「なら、一つ聞かせて、君はなんのために戦うの?」

 

島風「…私は…私は夜明けを連れてくるために戦います、どんなに暗い夜でも夜明けは必ずやってきます、その夜明けを私が連れてくるために…誰も夜に置き去りにしたりしません」

 

海斗「置き去りにしない…か…うん、期待してるよ島風、MVPおめでとう、これより先の活躍に期待します」

 

島風「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

病院

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「毎日来なくてもいいんですよ?提督」

 

海斗「ごめんね、そう言うわけにもいかなくて、それより曙、今日は確認を取らなきゃいけないことがあってね」

 

アオボノ「キタカミさんが消えたことについて、ですよね、私は何も知りませんけど」

 

海斗「やっぱりキミの証言は寝て起きたら逃げられていた、って事なんだね」

 

アオボノ「はい、変わらず」

 

海斗「そっか、まあ居なくなったものは仕方ないけど…本当に協力して無いんだね」

 

アオボノ「間違いなく」

 

そもそも協力なんかする間でも無い

 

海斗「記憶喪失の少女が居なくなったと言うのはニュースにもなるだろうし、軍属である以上、多少キミにも言わなきゃならないことが出てくるけど…」

 

アオボノ「構いません、私の過失であることは間違いありませんので」

 

海斗「わかった、じゃあ今日はこれで帰るよ、それと来週には退院できるそうだから」

 

アオボノ「戦線への復帰が待ち遠しいです」

 

海斗「無理しちゃダメだからね」

 

アオボノ「はい、間違いようもなく、提督の命令に従い、確実で安全に執行します」

 

海斗「頼もしいね」

 

アオボノ「光栄です」

 

海斗「…綾波がここに来たいって言ってたんだけど…」

 

アオボノ「……まあ、構いませんよ、退屈ですし」

 

海斗「わかった、伝えておくね、それじゃあ」

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 綾波

 

綾波「お、お待ちしてました…司令官」

 

海斗「待たせてごめんね、材料は揃ってる?」

 

綾波「はい…にんじん、じゃがいも、玉葱、糸蒟蒻、牛肉、それからバター…あ、あの…バターは必要なんですか…?」

 

海斗「なくても良いんだけどね、えー…とじゃあ、作ろうか」

 

綾波「は、はい…作ります、肉じゃが…」

 

 

 

 

綾波「し…下拵え、終わりました」

 

海斗「えーと…調味料をどのくらい入れれば良いのかは僕は詳しく知らないんだけど、綾波はわかる?」

 

綾波「…多分……」

 

 

 

 

 

綾波「…美味しいんでしょうか、これ」

 

海斗「うん、美味しいと思うよ、甘めの味付けで優しい味だね」

 

優しい味…か

大量殺人犯の私が料理を作ったら優しい味が完成するなんて…

 

海斗「これを盛り付けて、この上にバターを一欠片乗せたら完成だよ」

 

綾波「本当にのせるんですか…?」

 

バター…牛乳から取り出した脂質で作られた…いや、脂質そのもの…カロリーが…

 

海斗「うん、できたよ」

 

綾波「……本当に乗っかってる…えと…食べる、んですよね…」

 

海斗「うん、そのつもりだけど…?」

 

綾波(…カロリー…10g程の欠片でだいたい70kcal…ジョギング10分ほどのカロリー…肉じゃがは大体400kcalなのにバターが乗ると一気に…あぁ…)

 

加賀「…肉じゃが、ですか」

 

海斗「やあ加賀、演習お疲れ様、たくさん作ったから加賀も食べる?」

 

加賀「よろしいのですか?」

 

綾波「え、ええ…えと、はい…どうぞ」

 

加賀「では…あら、バターが乗っていますよ、洋風なのですか?」

 

海斗「そう言うわけじゃ無いけど、美味しいよ」

 

加賀「そうですか、ではいただきま…す……」

 

綾波(……加賀さんの様子がおかしい…?箸を中途半端につけたまま止まって…)

 

加賀「……!」

 

綾波「ひ…!」

 

綾波(こっちを見て、睨んだ…?)

 

海斗「…加賀」

 

険しい表情のまま加賀さんは肉じゃがを口に運び、咀嚼したと思うとシンクに吐き出した

 

加賀「……最低な味です」

 

綾波(…バターのせい……な訳、無いか…記憶が戻ってる…)

 

加賀「提督、あなたどう言うつもりでこの子にこれを作らせたの」

 

海斗「…ただ、みんなに食べてもらおうと思っただけだよ、綾波がみんなと馴染めるように」

 

加賀「……不愉快です提督」

 

海斗「それは何故かな」

 

加賀「貴女は翔鶴の気持ちを踏み躙るのですか…?私には到底理解できません」

 

綾波(…そっか、これは思い出の料理なんだ、肉じゃがにバターを乗せただけのシンプルな料理だけど、作る人が決まってるくらいには思い出深いものだった…)

 

綾波「…ごめ…はぁ…ごめんなさい…!し、知らなかったんです」

 

加賀「綾波、私は知っています…貴女が翔鶴型の改装計画を推し進めていたこと…」

 

綾波「…はい」

 

海斗「加賀、そこまでだ」

 

加賀「提督、私と綾波を同じ艦隊に配属するのはやめた方がいいでしょう、きっと不幸な事故が起こりますから」

 

海斗「加賀…!」

 

加賀「…貴方がこの子のために声をあげるのであれば…私は翔鶴のために綾波を殺しましょう、私は綾波を仲間とは認めません」

 

海斗「……」

 

加賀「記憶がない私が察するほど綾波に対する扱いは丁重でした、綾波を迫害する理由がどこにあるのか、ずっと考えていましたが思い出して仕舞えばその必要はありませんでしたが…」

 

冷たい目、すごく冷たく、氷の矢で射られたみたいに息ができない

 

加賀「私も馬鹿ではありません、手を出すような真似はしないと約束しましょう…綾波が馬鹿な真似をしない限り」

 

綾波「ひ……ひゅ…」

 

…息が…できない…

胸が苦しい、心臓が痛い

 

加賀「おや、手を出すまでも無かったようですね…そのまま死ねば楽かもしれませんよ」

 

海斗「加賀、それ以上何も言わないで」

 

加賀「…ふん、構いませんよ、ですが何も変わりません、それだけは覚えておくべきです」

 

海斗「…忠告は受け取った」

 

綾波「…はっ…あぅ……」

 

海斗「綾波、落ち着いて深呼吸するんだ」

 

綾波「ひぃ……はっ……ふぅ…ひぃ……はぁ…」

 

加賀「提督、私は貴方にそのような目で見られたことは今まで一度たりともありませんでした、残念です」

 

海斗「……確かにこれは僕の自己中心的な考え方だ、加賀がどう思うかを考えているかと言われれば考えてない、だけど…」

 

加賀「やはり、覚えたらしたんですね」

 

海斗「………」

 

加賀「流石に…頭にきました、失礼します」



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料理下手

東京 

春雨

 

春雨「うーん、まずいと思う…けどどうしようもない…楚良、私はどうすれば良い?」

 

亮「まず説明しろ、何を見てきたのか説明されないと話もできねぇ」

 

春雨「……最初に、まずは今後南西諸島の敵を撃滅するつもりらしくて、その指示が宿毛湾泊地に出るらしい…」

 

亮「それが何か問題なのか?」

 

春雨「司令官がただ椅子に座ってるのもおかしい、という事で現地に同行して指揮を取ることになってるんだけど…もちろん軍艦に乗ってね、そこで…その船は沈む予定みたいで…」

 

亮「どう言うことだ」

 

春雨「倉持海斗はハズレくじを引くはずだった、なのにそのクジはハズレどころか高額当選の大当たり、台湾から民間人を大量に受け入れたことで艦娘とその司令官の評価は鰻登り……当然上層部としては面白くないし、何より自分たちが甘い汁を啜れない」

 

亮「…だから殺す?流石にそれは…」

 

春雨「信じてくれなくても良い、これを知らないことにしても良い、全部楚良に任せる」

 

亮「……」

 

春雨「それと、川内たちの話の裏は取れなかった、だけど間違ったことを言ってるわけじゃないと思う」

 

亮「それはお前のカンか?」

 

春雨「まあ、そうだけど…向こうのデータベースを覗いても深海棲艦のデータが無さすぎた、深海棲艦は死骸を持ち帰ろうとしても沈んだり別の深海棲艦が持って帰ってしまうからデータが取れない、どんな説でも立てられる、なら宇宙人とかって言えば良いのにそうは言わない、それはなんで?」

 

亮「先手を打っても元人間だと知られると後々まずい…か」

 

春雨「しかも深海棲艦から復帰した艦娘も出てきた、より腰は重くなった……あれ…?」

 

深海棲艦から戻った艦娘って、よく考えたらデータを撮るのに最適な存在だ、解剖でもなんでもすれば良い…

南西諸島への出撃で倉持海斗を殺すことが上層部の狙いの一つだった、として……それだけのためにわざわざそんな大掛かりな真似はしない、深海棲艦から戻った艦娘を使うためにもか

 

亮「面倒な頼みをしたいんだが」

 

春雨「……」

 

亮「深海棲艦から艦娘に戻った奴らの確認してきてくれ、杞憂かもしれないけどな、拉致でもなんでもやりそうな気がしてならねえ」

 

春雨「了解、今同じこと考えてたみたい、ホントに」

 

亮「別に疑いやしねえよ」

 

春雨「でもそうなると、一番危ないのはこの子」

 

髪の青い曙の写真を見せる

 

亮「…コイツは…」

 

春雨「今宿毛湾泊地の近隣の病院に入院してる曙、深海棲艦あがりのね」

 

亮「どっちだ、これ」

 

春雨「再誕の方、よくわかったね」

 

亮「生え際の色が違うからな、変装してんのか?」

 

春雨「確かに、まあ詳しいことは知りませーん…とりあえずこの子もう少し入院してるみたいだから、見張っておきます、もし何かあったら?」

 

亮「…お前だとバレないように防げ、不安があれば逃げろ」

 

春雨「はい、じゃあまた、楚良」

 

亮「……」

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

軽巡洋艦 阿武隈

 

早朝の総員起こしよりも早い時間

ただ海面に立って神経を研ぎ澄ますだけの時間

前の世界の私の日常のことだったらしく、やらないと気分が落ちつかなかった

 

阿武隈「……キタカミさん…」

 

きっとこの時間も全て、私一人の時間じゃない

 

阿武隈「……ここからじゃ、朝日が見えないな…」

 

水平線に月が沈む

 

阿武隈「………」

 

夜の気配

 

阿武隈「誰ですか」

 

イムヤ「…私、覚えてない?」

 

阿武隈「……残念ですけど、それと貴方のような艦娘は知りません…ここの所属では無さそうですが」

 

イムヤ「…私イムヤ、イ号潜水艦の伊168、覚えておいて」

 

阿武隈「イムヤ……」

 

わからない、この人が誰なのか…

 

イムヤ「……会えてよかった、阿武隈」

 

阿武隈「何をしにここに…?」

 

イムヤ「キタカミさんに言われたから来た、それだけ」

 

阿武隈「キタカミさん…キタカミさんって…」

 

イムヤ「……会えばわかる、だけど、今の阿武隈じゃ勝てないよ…」

 

阿武隈「勝てない…?キタカミさんは…敵?」

 

イムヤ「また会えるとしたら、戦場で」

 

阿武隈「…貴方も、敵」

 

イムヤ「そう、でも撃たないで、今戦うつもりはないから」

 

阿武隈「……わかりました、さようなら」

 

イムヤ「またね、阿武隈」

 

イムヤは水中に潜って消えていった

 

阿武隈「…キタカミさん……勝てない…私じゃ無理…?なんで?」

 

頭がぐるぐるする

 

阿武隈「……勝たなきゃいけない相手…キタカミさんを倒す…」

 

何をすれば良いのかわからないのに自然と体が動いた

まるで目の前に敵がいるかのような、黒い何かと対峙してるような感覚

 

阿武隈「絶対……負けない…!」

 

 

 

 

 

駆逐艦 島風

 

島風「……」

 

綾波「ひぅ…」

 

島風「私は青ちゃんのことは恨んで無い、1ミリも…だって負けたのは弱い私のせい、何も守れなかったのは、弱い私のせいだから…それに青ちゃんはそうしろ、と…命令されてただけだった」

 

でも、この綾波は違う

 

島風「貴方は人を傷つけることが好きだった…違う?」

 

綾波「そ、そうです…」

 

島風「悪戯に人を傷つけて、遊んでたんだよね」

 

綾波「はい……」

 

島風「じゃあ、もし目の前にその被害者がいたら?どうするの?謝る?」

 

綾波「…あ、謝ると思います」

 

島風「死ねって言われたら?」

 

綾波「……はぁ…ふぅっ…死ねません、死んでなくなるほど罪は軽くないし、私の命はもう司令官や朧さんに委ねました…」

 

島風「自分だけ死ぬ時を選ぶの?」

 

綾波「いいえ、でも…私が死んで何か変わるでしょうか、きっと死んだところで何も変わらない、残るのは虚しさだけだと思います」

 

島風「だからのうのうと生き続けるんだ?」

 

綾波「…違います、私は人を守る艦娘として生きます、私は…もう、私は自分の興味や欲望のために生きました、だからこれからの、二度目の命を人のために捧げます」

 

島風「……オッケー!じゃあこれからは綾波も仲間だね!」

 

綾波「…いいん、ですか…?」

 

島風「誰も夜に置き去りにしない、そう決めたから」

 

綾波「う…し、失礼します…」

 

島風「な、なんで吐くの…?エチケット袋もちゃんと持ってるし…」

 

綾波「幸せの許容限界を超えました…おぼぼっ…」

 

島風「幸せの許容限界って何…?」

 

綾波「おぼぼぼぼ…」

 

島風「ところで、昨日肉じゃが作ってたよね!」

 

綾波「は…はい…?」

 

島風「まだある?」

 

綾波「その…だ、誰も手をつけてないので…お鍋にたくさん…」

 

島風「えっと?」

 

中くらいの両手鍋に沢山ある…

 

島風「よーし!カレーにしちゃお!青ちゃんのとこ行くんでしょ?」

 

綾波「あ、青ちゃん…?」

 

島風「青ちゃんカレー好きなんだよね〜…うん、甘めだし中辛入れちゃって良い?」

 

綾波「は、はい…」

 

 

 

 

島風「よし!バター風味の肉じゃがカレー!もっていこう!」

 

綾波「も、持っていこう!?病院ですよ!?」

 

島風「退院前だし大丈夫だよ、病気じゃなくて怪我だし」

 

綾波「いや、その…」

 

島風「ほら、行こ?」

 

綾波「な、なんで私をそんなに…」

 

島風「なんでって、仲間になったんだから…仲良くしなきゃでしょ?」

 

綾波「………」

 

島風「今はわからなくても良いよ、私もわからないし、でも仲のいい友達が増えたら楽しいじゃん、細かい事はなし!ほら、早く行こ?」

 

 

 

 

病院

 

アオボノ「………」

 

綾波「あ、あの…お顔が引き攣って…」

 

アオボノ「ええ、当然かと思います、ちょっと色々複雑な相手二人がカレーライスを持ってきていきなり食べろと入院中の人間に言うのですから」

 

島風「仲直りのカレーって事で!」

 

アオボノ「……確かに、私は一方的な加害者でしたから…貴方がそれで満足してくださるなら異存はありません…が…カレーに糸蒟蒻とバターは初めてみました」

 

島風「もともと肉じゃがなの、それにバターはほら、バターチキンカレーってあるし」

 

アオボノ「これはビーフですが……頂きます」

 

恐る恐ると言う感じにカレーを口に運ぶ

そこまで警戒する必要はないはずなのに

 

アオボノ「…味見しました?」

 

島風「え?してないけど」

 

綾波「えっ」

 

島風「カレールーを入れれば大体余裕で美味しいよ!」

 

アオボノ「…まず、バターは要りません、具材に醤油系の味が染みていて、バターとも合うはずなのですが…私は合うのかなと思っていたのですが…微妙です、バターが強過ぎる…果てしなく変な感じです」

 

綾波「そんなに…?」

 

島風「そんな事ない…はずなんだけど…とりあえず食べよっかな」

 

綾波と自分の分を用意する

 

アオボノ「………」

 

島風「なに、そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔して…」

 

アオボノ「常識って知ってます?ここ病室ですよ、仮にも見舞いに来た人が自分の分の食事を用意して食べる…しかもカレー…」

 

綾波「さ、さすがに…」

 

島風「もう用意しちゃったもーん…あむ」

 

…なんとも言えない味…美味しいんだけど…

 

綾波「…いた、いただきます…むぐ……美味し……くない…」

 

アオボノ「バターが多過ぎる気がしますね、どのくらい入れたんですか」

 

島風「1ポンド!」

 

綾波「ひぇっ…」

 

アオボノ「……それは美味しくなくて当たり前でしょう…完食する勇気が無くなってきました、ただでさえ寝たきりで不安だったのに」

 

島風「うーん…」

 

アオボノ「と言うか貴方は料理できましたよね…?」

 

島風「……私ができるの、野菜ラーメンだけです」

 

アオボノ「…貴方人に出す料理作らないでくれませんか?」

 

島風「はぁい…」

 

アオボノ「とりあえずこれはちゃんと食べるので、次は朧達と一緒に作ってください…」

 

島風「青ちゃん…!」

 

アオボノ「青ちゃんもやめてください…はぁ…」

 

綾波「…ふふ…」

 

島風「あ、笑った」

 

綾波「ご、ごめんなさい、つい…!」

 

アオボノ「…笑えば良いんじゃないんですか?貴方が笑った方が提督は御喜びになると思います」

 

島風「うんうん、提督はみんな笑顔な方が嬉しいと思うよ」

 

綾波「……司令官がお喜びになっても、他の複数の方が不愉快な思いをされるはずです」

 

島風「…筋金入り?」

 

アオボノ「お手上げです、これはビョーキなので」

 

島風「綾波ちゃんも入院しとく?精神科」

 

綾波「か、勘弁してくださ…うぅ…気持ち悪くなってきた…」

 

アオボノ「内科受診しときますか?」

 

綾波「だ、大丈夫です…遠慮しときます」

 

島風「あ、内科といえば北上さん」

 

アオボノ「…北上?」

 

島風「うん、この前の演習の前くらいに内科受診してたよ!徘徊してる時見かけたもん」

 

アオボノ「…へぇ」

 

綾波「……誰…!」

 

島風「え?」

 

アオボノ「…何かいますね」

 

綾波「…で、出てこないなら…こちらから仕掛けます…!」

 

島風「どこ?どこにいるの?」

 

アオボノ「……いや、もう逃げましたね…いつから居たのか…そろそろ危ないかもしれませんね…」

 

綾波「多分、ずっと居ました…気づけなかった…」

 

アオボノ「島風さん」

 

島風「何?」

 

アオボノ「夕張さんにこれを渡してください」

 

島風「通帳…?」

 

アオボノ「お願いしたものを作って欲しいと言えば伝わるはずです、それからそれも渡してください」

 

綾波「……見るつもりはなかったのですが、名義が…」

 

アオボノ「人としての名前です、申請してみたところ私の死んだ家族の保険金が降りたもので」

 

島風「…なんていうか、おっも〜い…」



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南西諸島へ

宿毛湾泊地 工廠

軽巡洋艦 夕張

 

夕張「し、死ぬ…控えめに言って過労死する…次の作戦の準備とアオボノちゃんから振られたタスク、それから情報の精査…わた、私の体は一つなんだよ…!」

 

明石「だ、大丈夫?」

 

夕張「大丈夫に見える?ねぇ、見える?この機械油とタコまみれの手を見なさいよ、横須賀の整備士としても、ここに派遣された医官と後付けの工廠の指導担当の役職も全部こなさなきゃいけないんだから…」

 

明石「うわ、指導担当とか初耳…」

 

夕張「アンタが成果出さないからでしょうがァァァ!!」

 

夕張(…それよりも問題はアオボノちゃんの持ってきたお金、これを受け取るつもりは毛頭ないけど…要するにこの金に恥じない仕事をしろ、ということ…重すぎる、私の年収の何倍よ…)

 

明石「…手伝おうか…?」

 

夕張「要らない、というかアンタはダメ…この仕事は私の仕事、本当に一つのミスすらできないの、電気コード挿すの忘れるようなやつに任せる仕事じゃない」

 

明石「それまだ引きずる!?」

 

夕張「……技術屋はね…一度の失敗で死ぬのよ、それこそレンズに指紋がついた、火薬の量がおかしかった、戦場に立たない私たちからすれば些細に見えることが闘う彼女らの命を奪いかねない…もっと本気で取り組みなさい、少なくとも私よりすごい貴方を私は知っている」

 

明石「…夕張より、すごい…私…」

 

夕張(と言っても…アオボノさんの退院まであと5日、3日後には南西諸島の敵を撃滅するための作戦を開始する…出番はないかもね)

 

明石「…船の方見てくる」

 

夕張「いってら、さて…続きをやりますかぁ…」

 

宿毛湾泊地は現在艦娘を運用してる施設の中で最高の人数を揃えている、戦力も申し分ない

戦艦は長門、日向の二名

空母赤城、加賀の二名

重巡洋艦青葉一名

軽巡洋艦の阿武隈、北上、二名

駆逐艦は朧、曙、アオボノ、漣、潮、朝潮、大潮、満潮、山雲、霰、霞、綾波、敷波、十三名

入院中のアオボノさんと最後の二名は戦力外

工作艦の明石、こっちも戦力外

 

合計二十一名、でも最高戦力を欠いているし艦隊の雰囲気もあまり良くない、理由は綾波、過去の所業を考えれば当然か

綾波ほど恨みを買えば後ろから刺されることがあってもまるでおかしくない、それに士気は生存にも直結する、次の作戦には私も同行しなきゃ行けない、生きて帰るには私の努力も必要なんだ

 

夕張「…よし、全員の艤装の整備よし、スペアも作った…あとは…」

 

私に仕事を依頼してるのはアオボノさんだけじゃないし、移動用の船の整備も必要だ

南西諸島に出撃する際、私達は一隻の軍艦に乗り込み、数名の艦娘がそれを護衛しながら進む形を取る、台湾本土まで進み、周辺の敵を撃滅、フィリピン海にて報告されている敵も撃破するようにと言われている

とても重要かつ、余りにも負担の大きな仕事だ

半月の期間を想定されているが、私の見立てでは複数回の撤退を余儀なくされるはず……深海棲艦の撃滅を阻む敵が出てくるのなら

 

夕張「…よし、できたできた、後はこの位置情報システムと艤装のパージ、復帰のシステムも動作確認して…最後に私の艤装を調整して…と」

 

出発の用意を済ませなくてはならない

 

 

 

 

 

病院 

春雨

 

病室のドアをノックする

 

アオボノ「お待ちしてました、どうぞ」

 

春雨「失礼します、点滴を替えに来ました」

 

アオボノ「ご苦労様です、ネズミさん」

 

春雨「ネズっ…」

 

アオボノ「貴方がわざわざ私の周りをかぎまわってる理由が知りたいのですが」

 

春雨「…深海棲艦から人間に戻った貴方に興味がありまして」

 

アオボノ「貴方に対して何かを語ることで、私にメリットはありますか?」

 

春雨「…多分」

 

アオボノ「さて、先にお話を聞かせてもらいましょうか」

 

 

 

 

横須賀鎮守府

提督 火野拓海

 

拓海「不自然な点?」

 

電「はい、この作戦には上層部の方が一切絡みません、確かに海に出ることは危険が伴いますが二十名の艦娘が参加し、常に護衛される状況、そして対外的にもアピールできる作戦、これに新人で経歴も、コネも何もない倉持司令官が抜擢される…明らかに異常なのです」

 

大淀「なにより…宿毛湾に向かった軍艦ですが、最新式の巡洋艦であること自体は間違いありませんが積載されている装備が削られています、配置される人員も通常通りに運用される場合に比べて少ないと…」

 

拓海「承知している、だが案ずる事はない、そもそも上は倉持海斗に戦果を立たさせるつもりなど無い、若い芽を積み、宿毛湾泊地を手中にする、多くの犠牲を出した危険な作戦を若い将兵の犠牲を伴うことで艦娘システムへの批判を世界平和の名目で封殺する」

 

電「……相変わらずハズレクジを引くのが得意な人なのです、あそこの艦娘はたまったものじゃないのです」

 

大淀「…提督、何か考えてらっしゃるのでしょう?」

 

拓海「当然だ、が…私は目をつけられている、横須賀で指揮を執ると言うことは上層部にそれだけ監視されるということだ、これ以上の動きは君たちをも危険に晒しかねん…」

 

電「…見殺しにするつもりですか…」

 

拓海「そう思うかね」

 

大淀「いいえ、全く」

 

電「大淀さん…これが見殺し以外のなんなのです…?」

 

拓海「案ずるな、現状できる最善の手段は打つつもりだ、鳳翔と間宮に一時的に支援に行ってもらう」

 

電「…そのお二人だけですか?」

 

拓海「アオバと衣笠には川内型の捜索を続けて貰っている…現状これ以上の手がないのだ、仕方あるまい…それと、大淀」

 

大淀「はい、鳳翔さんには彩雲、烈風、流星改の3種類の艦載機を渡してあります、充分以上の数を」

 

拓海「これが今我々にできる最大限の支援だ、歯痒いがな」

 

電「勝算は…ありそうなのですか?」

 

拓海「ない、実戦に向けた訓練の時間が足りていない、戦闘への怯えを感じる者もいるだろう、万が一海上に停泊を余儀なくされた場合深海棲艦はどこからくるかもわからない、恐怖を感じている者が見張りに立てば最悪だ」

 

大淀「そうならないことを願うばかりです」

 

 

 

 

 

 

 

3日後

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

海斗「全員の乗船を確認、まずは朝潮、大潮、満潮、霰、霞の5名に船の周囲に展開してもらうよ、敵を見つけたらまずは報告、危険を感じたら船に戻る事、以上…質問は?」

 

満潮「な、なんで私たちが一番最初に見張りに立つのよ…私達はまだ着任したばかりで…」

 

朝潮「この周囲の海域の敵は日頃の哨戒で敵はあまりいません、満潮達はまだ着任して日が浅いからこそ安全なこの海域における警護をさせて頂ける、ある意味幸運な事なのですよ?」

 

海斗「概ね今朝潮が言った通りだよ、他に質問は?」

 

大潮「どうやって海に降りるんですか?」

 

海斗「甲板にリフトがあるからそれで降りられるよ、それと緊急時には各所にあるワイヤーを使って回収することになるよ」

 

大潮「わかりました!」

 

海斗「最後に、この作戦にあたって横須賀鎮守府から給糧艦の間宮と軽空母の鳳翔が手伝いに来てくれてる、無理に交流する必要はないけど、頼れる人達だから仲良くしてね、あ、勿論この艦の乗組員の人たちともね」

 

朝潮「…司令官、少し良いですか?」

 

海斗「何かな」

 

朝潮「敷波の姿が見えませんが…」

 

海斗「敷波には横須賀鎮守府に行ってもらってるよ、何かあった時守り切れないからね」

 

朝潮「そうですか、それなら良かったです」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 綾波

 

綾波「……」

 

吐きそうだ、気分が悪い、ここの空気は血煙のようで、嫌な感覚が私を包み込んでいる

鉄の匂いが私の本能をそそる

 

綾波「ふぅ…はぁ……ふうっ…」

 

変な空気だ、人を殺そうとしてる奴がいる、なんとなくだけどそんな気配がする

 

綾波「…誰か…あ」

 

加賀「……」

 

…ツキがない、話を聞いてくれなさそうな相手に出会ってしまった…

 

綾波「あの、あの…」

 

加賀「話しかけないで頂けますか」

 

綾波(…私の読みなら…多分この作戦には裏がある、でも止める手段がわからないのに…)

 

警報が鳴り、放送が流れる

 

海斗『左舷に深海棲艦が出てきた、北上、山雲、加賀の援護に向かって』

 

加賀「…貴方に構ってる暇は無さそうですね、私もいかないと」

 

綾波「あ……」

 

…どうして今の私はこんなに臆病なんだろう、どうしてこんなにか弱いフリをしてるのだろう

あの時のように図太く、自分の思がままに生きられたら…

強い私はもっと強い敵によって全てを失った…

弱い私は、何かに対峙する勇気すらもなかった

 

どっちがマシなんだろう、自分に対する嫌悪感だけが渦巻く

 

綾波(…敷波は、大丈夫…誰も敷波にまで手を出す人はいない…多分)

 

なら、私は…敷波がこれから先どれだけの不自由を抱えるかを考えずに、今取れる最善の手だけを

 

綾波(きっと狙いは司令官、この出撃全てが茶番、私はどうすれば良いのかだけを考える)

 

 

 

 

 

海上

駆逐艦 朝潮

 

朝潮「左舷に敵駆逐隊!総数3!砲撃用意!」

 

大潮「は、はい!」

 

満潮「撃って良いの!?」

 

朝潮「まだ、良く狙っていてください、あの距離を当てることは私たちにはできません、射程に入り次第指示を出します」

 

後方からリフトが降りてくる音がする

 

加賀「一航戦加賀、出撃します」

 

山雲「わあ、かっこいい〜、西村艦隊の駆逐艦山雲、抜錨しま〜す」

 

北上「え、その名乗りあたしもいる?」

 

加賀「満潮、だったかしら」

 

満潮「へ、は、はい!」

 

加賀「怯える必要はないわ、この程度の敵…鎧袖一触よ」

 

加賀さんが放った矢が炎を纏い飛行機へと変わる

 

北上「ほら、駆逐はそのまま警戒続け、あたし達は右舷の安全を確保するからさ」

 

朝潮(…この雰囲気…何か…)

 

朝潮「加賀さん、満潮達に撃たせても?」

 

加賀「構わないけれど」

 

満潮「え、う、撃つの!?」

 

朝潮「ちゃんと狙って…撃て!」

 

大潮「は、はい!」

 

満潮「えい!」

 

加賀「…二発ともやや外していますが、なかなかの精度です」

 

北上「加賀、そっち1人で大丈夫?」

 

加賀「…ええ、みんな優秀な子達ですから…敵駆逐艦は今航空機を狙っています、もう一度砲撃してください」

 

朝潮「…もしかして、記憶が…」

 

加賀「さあ、なんのことかしら…早くしないと戦果は私がいただきます」

 

朝潮「満潮!大潮!砲撃してください!」

 

10分ほどして、敵の殲滅が完了した

 

朝潮「満潮が2、大潮が1と…」

 

満潮「朝潮…姉さんも撃てばもっと早かったと思うんだけど」

 

大潮「そうですよぉ…」

 

加賀「実戦をこんなに安全な環境で行えるのは異例です、貴方達の姉は貴方達を育てようとしてるんですよ、生き残るために」

 

朝潮「…そうですね、絶対に死んでほしくないからこそ」



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一線

艦内

駆逐艦 島風

 

島風「ねぇ、明石さん、私の艤装がおかしいんですけど」

 

明石「え?どれどれ…何この足の噴出機構…」

 

気づいたら私の海上移動用の靴みたいな艤装に変な形のパーツがついていた、使い道も何もわからないけど

 

島風「噴出…機構…?」

 

明石「放水するのかな…いや、違う、燃料を回すことになってる…えー、意味わかんない、こんなことするの夕張しかいないし…」

 

夕張「呼んだ?」

 

島風「わぁ!?」

 

明石「ど、どこから…」

 

夕張「…あれ?それは…」

 

明石「バリー、島風ちゃんの艤装に何したの?」

 

夕張「いや、これは……あー…えっと…」

 

島風(…言い淀んでる…と言うか、もしかして私の艤装じゃない?いやでも私のものだし…?)

 

夕張「島風ちゃん、良く聞いて、島風ちゃんの強みは何!?」

 

島風「…えっと、重雷装で連装砲ちゃん達との連携を…」

 

夕張「違う!違うんだよ…島風ちゃん、貴方の強さは速さ!」

 

島風「いや、確かに速いけど…小回りを効かせるのが…」

 

夕張「だからこれを活かすのよ!ね?ほらこっち来て」

 

島風「へ?え、ちょっと、どこに」

 

夕張「さあ!実験を始めましょうか!」

 

島風「こ、怖い怖い!助けてぇぇ!」

 

明石「…悪魔みたいに良い笑顔…」

 

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

海斗「弱ったな…台湾の方に進路を向けたいのに…」

 

会敵しないはずのポイントでもう何度も会敵している、これはかなり苦しい

 

朝潮「朝潮型、戻りました」

 

海斗「お疲れ様、みんな怪我はないね」

 

大潮「はい!」

 

満潮「…ないけど」

 

満潮は戦闘には積極的ではないし、この護衛自体も強いストレスになっているらしい

泊地に戻ったら別の仕事を与えた方がいいかもしれない

 

霰「今日はもう、おしまい?」

 

海斗「君たちは休んで良いよ、交代で綾波型が出ているから」

 

霞「ああ…でもなんか、すごい空気悪かったけど」

 

海斗(綾波を朧と一緒に出撃させたのは間違いだったかな…)

 

仕事と私情は分けてくれる、と思ってたけど

 

朝潮「…司令官、どちらに?」

 

海斗「甲板から様子を見てくるよ、喧嘩してたらいけないしね」

 

朝潮「そうですか、その後はまたこちらに?」

 

海斗「そのつもりだけど」

 

朝潮「そうですか、では失礼します」

 

 

 

甲板

 

海斗(うーん、すれ違う人がみんな敬礼していくから、急に偉くなったみたいで気持ち悪いなぁ…)

 

今日何度目かも分からない警報が鳴る

 

海斗「また敵か…」

 

無銭を取る

 

海斗「こちら倉持海斗、阿武隈、赤城の2名は甲板へ向かって」

 

護衛任務をしていない艦娘も何度も引きずり出されてはたまらないだろう、これでは海域の開放に向けた戦いどころか、辿り着くまでにみんな疲弊してしまう

 

海斗「…あれ?呼んだのは赤城のはずだけど」

 

加賀「料理を振舞ったら体調を崩してしまったので、私が来ました」

 

阿武隈「…加賀さんも唇腫れてますけど…」

 

加賀「…久しぶりなのに、やり過ぎました」

 

阿武隈「一体何を…」

 

 

 

 

 

海上

キタカミ

 

キタカミ「…なるほどねぇ、来ちゃったかぁ…」

 

迫ってくる軍艦を眺めながら単装砲に砲弾を込める

五発、五発あれば十分すぎる

 

キタカミ「ん〜……この匂い…うぁ…ゴホッゴホッ!!…誰!?赤城か加賀だコレ…刺激物の匂いで鼻が……うぁ…やばい、本当に鼻が…記憶戻ったのかなんなのか知らないけど、激辛の皮被った殺人兵器だからねアレ…あーもう…」

 

仮面を被る

 

チ級「ほら!…さっさとやるよ」

 

深海棲艦が浮上してくる

 

チ級「…おっ……」

 

目視した、正面にいるのは…あれは綾波だ

 

チ級「別にさぁ、許すとか言ったっけ?あたしは言ってないし、何より嫌いなものは嫌いなまま…どんな心境でアンタがそこに立ってるのか知らないけど…潰すわ、やっぱ」

 

単装砲を向ける

深海棲艦が速力をあげて突っ込む

 

チ級「……マジか、ないぞ、感覚が…」

 

当たる感覚がない…鼻が潰れてるから?多分違う

 

チ級「いいねぇ、痺れるねぇ…それでこそ潰し甲斐があるよ」

 

わずか30秒ほどで駆逐艦の射程に入り、向こうからの砲撃が始まる

艦載機からの攻撃も始まった

 

チ級「ん〜…加賀だな、この動き…あ?あるぇ?甲板にいるの阿武隈じゃん、なんであんなとこにいんの」

 

スナイパーさながら、甲板で砲を構えて撃っている

一撃毎に深海棲艦が沈む

 

チ級「……腕、上がったね…でも、それはやっちゃダメだよ阿武隈」

 

狙いをつけて放とうとした

 

綾波「させません」

 

チ級「……」

 

いつの間にここまで肉薄して…って…綾波、砲が…

 

チ級(素手でぶちのめす…って事?雰囲気も病院の時と違ってちょっとヤバめだし、あんまり長引かせたくはないかな)

 

綾波「…!」

 

チ級(本当に殴りかかってきちゃって…マジでこれでやるつもり?舐めてるとかそんなレベルじゃないなぁ)

 

 

 

 

 

駆逐艦 綾波

 

綾波「…はっ!」

 

まだ、まだ仕掛けない…まだ拳だけの打撃でいい

 

チ級「……」

 

…全部当たらないギリギリの距離を保ってる癖に反撃も何もしてこない、まだ此方の動きを観察してる…

だから、狙いがつけられる、砲を撃つことができない私は私なりの戦い方をするしかない、これがその形

 

チ級「……はぁ…」

 

綾波(観察の価値なしと思われた、砲を持ち上げる動作、ここしかない…!)

 

足の艤装に信号を送る、信号を受け取った艤装は推進力を増し、そしてそのエネルギーを活かしての渾身の回し蹴り

 

チ級「ッ!この…!」

 

綾波「ガードされた…いや、それよりその声…貴方は…」

 

チ級「ったいなぁ…単装砲が変な形になっちゃったじゃん、なんて事してくれんのさ…!」

 

キタカミさんだ…キタカミさんと戦ってたんだ、私は…

 

綾波「…う、おええ…」

 

チ級「……人を認識して吐くとか失礼極まりないなぁ…ん…」

 

プロペラの音が後方から接近する

 

チ級「…加賀…!あの馬鹿!」

 

単装砲の発射音とともに後方で艦載機が堕ちた音

 

綾波「おぼっ…おぼぼぼ…」

 

チ級「…はぁ…興が醒めちゃった、帰るわ…後四発だけ撃ってからね」

 

四発の砲音の後、各所で悲鳴が上がる

 

チ級「……最悪の気分だよ…綾波、アンタにあったからじゃない、仮にもアンタは仲間から背中を撃たれそうになった、その自覚を持つべきだよ」

 

綾波「…それが私の運命です…うぇぇ…」

 

加賀さんの航空機は、私を狙ったもの…そのくらいわかってる

 

チ級「ちぇっ、アンタが科学者もどきだったの忘れてなけりゃさきに艤装をぶっ壊して蹴りも食らわなかったのに…」

 

綾波「か、改造は…十八番だったので…おえぇぇ…」

 

チ級「……加賀に言っといて、次会ったら殺すって、あいつはラインを超えた」

 

 

 

 

 

艦内

 

綾波「綾波型、戻りました…」

 

海斗「お疲れ様、綾波は無事なんだね」

 

綾波「ひ、被害報告します、駆逐艦朧、曙、漣、潮、正規空母加賀、軽巡洋艦阿武隈、以上六名の艤装が大破、ご、護衛任務は、不可能と判断し、撤収しました…」

 

海斗「……加賀は、艤装だけじゃなく、肉体にもダメージがある、加賀の戦闘は無理、か…」

 

綾波「…い、意見具申、よろしいでしょうか…」

 

海斗「聞くよ」

 

綾波「撤退を…」

 

海斗「…うん、僕もそうしたい」

 

綾波「な、何か、できない理由が…?」

 

海斗「本部に連絡を取ったら台湾まで進めってさ…戻ってくるようなら沈めるとまで言われちゃって…国賊とか、戦犯者とか、めちゃくちゃに言われた」

 

綾波(…確実に、今回の戦いで確実に司令官を殺すつもりだ)

 

海斗「綾波、君に聞きたい、君ならどうする?」

 

綾波(……可能性は、ただ一つ、生き残るために誰かを犠牲にすればいい、司令官を殺すための作戦なら、ただ司令官が死ねば向こうはストーリーを書き換えて予定外の収入として私たちを迎え入れるだろう…でも、それは違う、司令官が死ぬなんて理不尽だ)

 

綾波「……私なら…いえ、私は、司令官に賭けます」

 

海斗「僕に賭ける…?どう言う意味?」

 

綾波「私は司令官には不思議な力があると思ってます、この状況を乗り越えられる何かが」

 

海斗「…あの、綾波?僕は現状を打破する手段を…」

 

綾波「台湾まで行けと言うなら、そのまま行けばいいでしょう、私は必ず辿り着けると信じています」

 

海斗「……じゃあ、そうしよう」

 

綾波(私のやらなきゃ行けない事は利口な愚者を捻り潰す事)

 

 

 

 

 

 

高知 病院

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「…は?」

 

春雨「だから、今朝にはもう出港してたのに、行かなくてよかったの?」

 

アオボノ「……待って、待ちなさい…本当ですかその話」

 

春雨「うん…?」

 

アオボノ「…なんで提督は私を置いていったのですか…!」

 

春雨「退院が間に合わないからでしょら大本営から直接の命令だし?」

 

アオボノ「……はぁ…」

 

点滴を引き抜き、ベッドから降りて荷造りをする

 

春雨「え」

 

アオボノ「…駆逐艦、曙…今、提督の元に参ります」

 

春雨「え、いや、本気?」

 

アオボノ「私が提督の隣におらずして何処に居ろと言うのですか、さて…それでは」

 

春雨「えぇ……」

 

泊地に向かうか

 

 

宿毛湾泊地

 

アオボノ「ああ、提督は本当に私を置いていったのですね…っと、おや、頼んだものはどこに?夕張さんほどの人なら仕上げてくれてると思いましたが…」

 

自分の艤装を装備し、燃料をドラム缶に組んで引っ張って海に出る

 

アオボノ「……どこに向かえばいいのでしょうか、これは」

 

まあ、台湾側に進むほかあるまい



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前科

艦内

提督 倉持海斗

 

海斗(誰に会いに行くべきかな…)

 

朧たちの艤装は修復中、3〜4時間で全員分元に戻るらしいからさっきの戦闘で戦えなくなったのは加賀1人…いや、阿武隈も戦意を失ってる…今、さっきの戦いに参加した綾波以外の全員が精神的に弱ってる

綾波も表に出さないだけで辛いかもしれないし、この艦の全員が不安なはずだ

 

海斗(加賀はまだ治療中かもしれない、まずは、阿武隈だ)

 

 

 

甲板

 

海斗「やあ、阿武隈」

 

阿武隈「提督…」

 

海斗「大丈夫?」

 

阿武隈「……負けちゃった、よく分からないやつに負けちゃった…敵が撃ったのは五回だけ…ううん、一回は航空機を落とすのに使ってるから本当は四回だけ、なのに私たち六人をあっさり倒しちゃった…」

 

海斗「四発で六人を?」

 

阿武隈「…無理だって思うよね、でもやって見せたの、私は上から見てたけど、深海棲艦を撃ってる朧ちゃん達の艤装を持ってる手を狙ってた、撃たれて、体が傾いた朧ちゃん達は、味方を撃っちゃったの、本当に何が起こってるかわからない、ありえない攻撃をされた…」

 

海斗(…つまり、相手はキタカミだったのか…」

 

阿武隈「ねぇ、提督…私あの戦い、すごく懐かしいと思ったの、やられたのに安心した…提督、これって何?」

 

海斗「…何、か……阿武隈がそれに勝てるくらいに強くなれば、わかると思うよ」

 

阿武隈「…無理、私じゃ無理だよ…」

 

海斗「どうして無理なのかな、僕は阿武隈なら勝てると思うけど」

 

阿武隈「なんで…?」

 

海斗「阿武隈はなんで勝てないと思ったの?」

 

阿武隈「あんな撃ち方…できるわけない、提督は見てないから分からないと思うけど、あんなの…」

 

海斗「そうかなぁ…阿武隈の正確な射撃も、早撃ちも全部すごいと思うよ、真似できる子はそうは居ないよ」

 

阿武隈「でもあの敵には勝てない…敵…」

 

海斗「……どうしても勝ちたいなら、一度今のやり方を捨ててみたら?」

 

阿武隈「捨てる…?」

 

海斗「一瞬だけ敵の虚をつくために、今までのやり方を捨ててみたらどうかな」

 

阿武隈「…私のやり方を知らない敵相手にそんなことをしても無駄だと思います…」

 

海斗「もしかしたら阿武隈のことを調べてるかもしれないよ?」

 

阿武隈「そんなの…」

 

海斗「はい、これ」

 

阿武隈「……これは?」

 

海斗「これが使えるようになれば、君はもっと強くなれる」

 

阿武隈「…うん、そうかもしれない……でも、それじゃ届かない気がする」

 

海斗「そうかな?」

 

阿武隈「そう、これが付け焼き刃なんかじゃなくて、完全に私の力になったとしても、結局あの敵との勝負は…砲撃の技術が勝敗を分ける、今は絶対に勝てないけど、もっともっと強くなるから…」

 

海斗「うん、でも無理はしちゃダメだよ」

 

阿武隈「わかってる…」

 

 

 

 

 

船室

 

海斗「やあ、みんな大丈夫?」

 

朧「…提督」

 

潮「ごめんなさい、みんなやられちゃいました…」

 

海斗「怪我はないかな」

 

漣「ないです、漣達は…」

 

海斗「……悪いけど、艤装の修理が完了したらもう一度出てもらうことになると思う」

 

曙「本気?またあんな目に合うってわけ?」

 

朧「撤退できないんですか…?」

 

海斗(そのまま言うのは不安を煽るだけかな)

 

海斗「現状、作戦行動が完全に不可能なわけじゃないから台湾を目指すことになったよ、あと数時間で着く、予定だ」

 

朧「…それは、提督の判断じゃないですよね」

 

海斗「…決定したのは僕だし、責任も僕にある」

 

曙「はぁ…今日だけで後何回戦うのかしら」

 

漣「もう痛いのやだぁ…」

 

海斗(曙と漣はさっきの敗北のせいで戦闘に抵抗がでてきた、か…)

 

海斗「とにかく、怪我がないようで良かったよ、しばらく身体を休めて」

 

朧「はい、お気遣いありがとうございます」

 

 

 

 

 

病室

 

夕張「あ、どうも」

 

海斗「加賀の様子は?」

 

夕張「……あまり良くはないですね、暴れたので寝かせました」

 

海斗(暴れた…?加賀が?)

 

海斗「何か言ってましたか?」

 

夕張「いいえ、それとこれ、怪我の状態です」

 

左足と右肩に着弾したらしく、艤装のガードを通り抜けての深刻なダメージがあると記載されている

 

海斗「…夕張さん、これは」

 

夕張「あ、お気づきになりましたが、艤装に一撃、そして右肩と左足に一撃ずつ…つまり、三発撃ち込まれてますね、そしてお気づきの通りこれは14cm単装砲からのダメージだと推測され…」

 

海斗(つまり、キタカミは…加賀にだけ三回も攻撃を加えた、何か理由があるはずだ、加賀が脅威だった?違う、一体何が…)

 

夕張「と、こんな感じでやられ……聞いてます?」

 

海斗「あ、はい、聞いてます」

 

夕張「…とにかく、怪我は深刻、当分出撃できないでしょう」

 

海斗「加賀に何が起きたかわかるまでは、怪我が治ったとしても出撃させるつもりはありません」

 

夕張「……そうですか」  

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 敷波

 

敷波「あ」

 

五月雨「あ」

 

拓海「ふむ…?」

 

敷波「…えっと、きょ、今日からしばらくお世話になります…敷波です」

 

五月雨「よ、よろしくおねがいします…」

 

敷波(…司令官……自分を殺した相手と一つ屋根の下でどうやって暮らせって言うのさぁぁぁ!!)

 

五月雨(私が撃った敷波だよね…え、大丈夫かな…めちゃくちゃ恨まれてるんじゃ…?)

 

 

 

 

 

海上

駆逐艦 島風

 

島風「敵を力強く、そして素早く撃滅!」

 

山雲「流石ですね〜…あら?」

 

島風「んー…なんか浮いてるね…人?」

 

山雲「沈みかけてますよ〜?」

 

島風「よいしょっと……あ」

 

山雲「どこかでみた顔ですね〜、多分一回しか会ったことないです〜」

 

島風「こっちにも浮いてる!オウッ!?」

 

山雲「…誰でしたっけ〜、これ」

 

島風「扶桑さんだよ」

 

山雲「あら〜、じゃあ連れて帰ってあげないと〜」

 

 

艦内

 

海斗「扶桑と如月だね、意識が戻るまで病室に寝かせておこうか」  

 

島風「あ、そうだ、如月ちゃんだ、誰かと思った」

 

山雲「名前が出てきませんでしたね〜」

 

海斗「2人ともご苦労様、それにしても会敵数が明らかに多すぎるな…予定の半分も進めてない…」

 

島風「そうなんですか?」

 

海斗「うん、敵が進路を塞いでる時とかは方向を変えたり、速力を落としたり、予定では多くても二、三回の戦闘でもうそろそろ到着してるはずだったんだけど」

 

島風「うーん…船が目立ってるから?」

 

海斗「…いや、それよりも深海棲艦が進むのを拒んでるみたいに見えるね」

 

島風「深海棲艦が…?なんで?」

 

海斗「深海棲艦に拠点があるのかすらわからないけど、もしかしたらそれに近いものがあるのかも」

 

 

 

 

海上 

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「…チッ、まだどこにも見えませんね、一体提督はどこに……あ」

 

神通「…あ」

 

なんでこんな海のど真ん中に…

 

アオボノ「…それでは」

 

神通「待ってください、そんなにつれない態度を取るなんて酷いじゃないですか」

 

アオボノ「私は忙しいんですよ」

 

神通「…忙しい私達を無理矢理止めてタコ殴りにしたのは…どこのどなただったでしょうか」

 

アオボノ「何が望みですか、謝罪くらいならいくらでもしますよ」

 

神通「わかっているでしょう…?…リベンジマッチですよ」

 

アオボノ「見たところ、海上歩行用の艤装以外装備してないように見えますが?」

 

神通「ええ、必要ありませんから」

 

アオボノ「……はぁ…決着がつくかどうかを抜きにして…3分間だけ相手してあげます」

 

神通「1ラウンドあれば充分すぎますよ…!」

 

あいも変わらず鋭い蹴りを放ってくる

 

アオボノ「そのままでいいんで聞きたいのですが…なぜこんなところに?」

 

神通「南西諸島海域に向かった艦隊を偵察しに」

 

アオボノ(偵察?何の為に…いや、神通さんはそもそも艦娘として活動していない、艤装を持ってるのも不自然だし…この人の行動は意味がわからない…)

 

神通「随分と余裕ですね」

 

アオボノ「時間を無駄にしたくないもので、考え事を……あの、一回すみません、待ってもらえますか」

 

神通「…なんですか?」

 

アオボノ「今の時代に褌はないと思います」

 

神通「……遊びのつもりでしたが、ここで殺してもいいかもしれませんね」

 

アオボノ「おや、本気をみれるのは僥倖です…ッ!」

 

手刀からの突き…?

 

アオボノ「恐ろしく鋭いですね、爪で頬の皮膚が裂けてしまいました」

 

神通「いい加減、攻撃してきたらどうですか?」

 

アオボノ「……そうですね、あなたの攻撃は私には使えません、その長い手足で勢いをつけ、その勢いを殺さずに突く、しかも体が一切ブレない、指先がブレることがないから皮膚どころか骨すらも貫くのでしょうね」

 

神通「試しますか?」

 

アオボノ「いいえ、これだからあなたみたいな脳内筋肉バカは嫌いなんですよ、艤装や武器の扱いなら筋肉量に左右されない程度は真似できるのに」

 

神通「おや、大したものですね」

 

アオボノ「…まあ、私の闘い方は…ここではできませんし…素直に言うと今のをみて私は勝てる気がしませんでした、なので降参します」

 

神通「おや、良いんですか?」

 

アオボノ「一緒に船を探しましょう、メインの艤装がそこにあるんですよ…それから私もリベンジしますから」

 

神通「……まあ、構いませんが、これでお互いに1勝、という事で」

 

アオボノ「引き分けのまま逃げても良いんですよ」

 

神通「お互い様です」

 

 

 

 

 

 

艦内

駆逐艦 綾波

 

綾波「し、司令官…!」

 

遅かった、司令官が見回りに行って、帰るのが遅いと思ったから探したら…

 

綾波「刺されてる…でもここは致命傷にはならない…ここで殺すつもりは……じゃあこの船は放棄される…?」

 

近くに気配…そして、鉄の匂い

 

綾波「…貴方ですか、貴方が刺したんですね」

 

ナイフを持った乗組員が襲いかかってくる

ナイフを持った手を蹴り、弾き飛ばす

 

綾波「…殺さないでおいてあげます、あなたは証人としての価値があるので……ですが、このまま無傷で捕縛するのは私が個人的に気に入りません」

 

蹴り倒し、足の骨を踏み砕く

 

綾波「…どうせ貴方なんて切り捨てられるんですよ、トカゲの尻尾きりの様に…どうせ偉い人にとって部下なんて駒なんですから…」

 

綾波(…私は、司令官の駒になれているのでしょうか、私はどうすれば…)

 

弾き飛ばしたナイフを拾い上げる

 

綾波「協力者の名前と、所属、その他諸々を答えなさい、死ぬより辛い目に合わせる手段は…いくらでも心得ています」

 

 

 

 

 

船室

 

綾波「4人目…これで、全員」

 

協力者として名前が上がった人間を連れ出し、全員制圧した

筋力などを無視した艤装で強化した蹴りが入れば、良くても骨が砕ける、あたり所によっては死ぬ程のダメージになる、しかも相手はこちらが攻撃してくるなんて夢にも思ってない

 

ぬるい仕事だった、あとは一人一人苦しめて吐かせるだけ、ゆっくりと甚振って、じっくりと…

 

海斗「…綾波」

 

綾波「司令官、気がつかれましたか…止血だけは済ませています、夕張さんには先ほど連絡しました、もう少しだけお待ちください…」

 

海斗「綾波、殺しちゃダメだ…」

 

綾波「え…?」

 

なんだろう、急に気持ち悪くなってきた…なんだろうこの感覚…

 

綾波(…いつの間に、前の感覚が…)

 

いつの間にか楽しんでいた、悦楽に支配されてはいけない、私がやってる事はただの代わり、私は私の悦楽のために人を殺すことはもうやめたんだ…

 

綾波(足音…)

 

朧「なにこれ…綾波、これは…!」

 

悪いことが重なった…

 

綾波「ち、違います!これは…」

 

警報が鳴る、会敵した時のものとは違う

そして船体が大きく揺れる

 

綾波「ひ、被雷した…!」

 

一つではない、いくつやられた?不味い、本当にこの艦が沈む…!

 

朧「うわ!うわわっ!?」

 

振動とともに大きく傾き、朧が司令官の方に転がっていく

すぐに放送で船底に穴が開き、浸水が始まったことが伝えられる、各所で騒ぎが始まった

 

綾波(どうすればいいの…?どうしよう、どうしよう…私に求められてるものは…)

 

朧「っつつ…て、提督!?意識がない…綾波…!」

 

綾波「ち、違うんです!」

 

朧「ナイフ持ったままよくそんな事言えるね…」

 

綾波「あ…」

 

証拠になる、と思ってたら…こっちが追い詰められる証拠になるなんて…

 

綾波「と、とにかく逃げないと!私も手伝いますから!」

 

朧「要らない!さっさと消えて!…誰か!誰かいないの!?」

 

…ここで余計に時間を使うわけにはいかないか…早く脱出手段を確保しなきゃ



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隠し事

海上

駆逐艦 綾波

 

綾波「な、何これ…何ですかこれ…」

 

この鉄屑は明らかに私達の乗ってきた船じゃない、沈んでいく私達の船のそばに鉄の破片が散乱してる…

 

阿武隈「た、助けて!艤装がないから浮けない!」

 

朧「救命ボートは!?」

 

潮「もう何個か出てるよ!あと一個しかない!」

 

綾波(救命ボートに加賀さんと司令官、そして艤装がない第七駆逐隊と阿武隈さんを乗せられる?無理だ、救命ボート一つには4人が座って乗るのが限度…)

 

長門「焦るな!何人か抱える!こっちに来い!動けるものは艤装をつけて海に出ろ!」

 

島風「敵!深海棲艦が接近してます!」

 

山雲「囲まれちゃいましたね〜…?」

 

北上「はぁ…死ぬのはいくら貰っても割りに合わないし…倒すしかないよ」

 

狙い澄ました様なタイミングで大量の深海棲艦の群れ…船を沈めたのも深海棲艦…?いや、とにかく今は全員が助かる手段を…

 

綾波「お、朧さん!ライフジャケット…!」

 

朧「……曙!漣!潮!ライフジャケットで浮くよ!私達はボートに乗らない!」

 

曙「深海棲艦がウヨウヨいる海に無防備に放り出されろって言うの…!?」

 

島風「敵接近!戦闘開始します!」

 

砲音が各所から鳴る、船の中からも砲音が響く

 

綾波「…え?な、何で中から…」

 

沈んでいく船の壁が吹き飛ぶ

 

夕張「んー、脱出成功……とはいかないか…朧ちゃん達!予備の艤装よ!」

 

そう言って海にぽいぽいと艤装を放り出す

 

朧「予備…?何にしてもこれなら戦える!」

 

阿武隈「わ、私のはありますかぁ〜!?」

 

夕張「えっと……水上歩行用と駆逐艦用の主砲なら!」

 

阿武隈「充分です!」

 

明石「うわぁ…ほんとに浮いた、て言うかこのクレーン何に使うの…」

 

夕張「よし、これで全部外に出たかな…さて私もやるか!」

 

綾波「…何あの艤装…」

 

夕張「ふふふふふふ…見なさい!これが昨日暇な時間で作ったガトリング砲!…25mm機銃を八つくっつけた私専用の特殊艤装!」

 

山雲「…なんていうか、ロボットみたいになってますねー」

 

夕張「反動対策にアウトリガージャッキも完備!ちょっとゴツゴツしてるけど…殲滅力なら何にも負けないから!」

 

北上「あー、あれアウトリガージャッキって言うんだ」

 

夕張さんがすごい音共に弾をばら撒く

 

夕張「はははー!どうよこの弾数!雑魚は私に任せて!」

 

山雲「重巡級以上にはあんまり効いてないですね〜…」

 

綾波(深海棲艦による全滅は防げる…なら…私がやる事は?逃走手段は何か…いや、燃料さえ確保できれば加賀さんと司令官を乗せたボートを曳航して逃げられる…それしか無い)

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「何ですかあれは…!間に合わなかったとでもいうのですか…!」

 

神通「沈みかけてます…一体何が…あ、アレは生存者ですね」

 

アオボノ「近づきましょう」

 

近づいてくる救命ボートの方へと進む

 

アオボノ「一体何が…」

 

神通「…曙さん、彼ら銃に手をかけてます…」

 

アオボノ「……そういう事か…そういう事…」

 

コイツらは提督に手を出したという事か…

 

神通「……まって!いかないで!」」

 

神通さんに髪を掴まれて後方に引き寄せられる、首にイヤな感触が走る

 

遠方からの砲音がして、眼前に複数の巨大な水柱があがりボートが吹き飛ぶ

 

アオボノ「砲撃…!いつつ…」

 

神通「口封じ、と言うところでしょう…かなり遠方に一隻います…もう撤退をはじめてますが」

 

アオボノ「チッ……ならここにいるゴミを始末してから進みましょう」

 

兵士は必死にボートの破片を手繰り寄せて必死に生き残ろうとしている、こっちに同情を誘う様に怯えた目を向けている者もいる、殺さないでと叫ぶ者もいる

 

アオボノ「…お前達が手を出した相手は」

 

砲に弾を込める

 

アオボノ「私にとってお前達の様な有象無象がどれだけ集まったよりも大事な方で、たとえ全人類と天秤にかけられたとしても迷わずそちらを選ぶ…それほどに大切な方を傷つけた、死ね」

 

砲をおさえられる

 

神通「言ってることがめちゃくちゃですよ、まだ死んだと決まったわけじゃありません、それこそ生死を確認してからでも充分な時間は有ります」

 

…そうだ、焦るな

 

アオボノ「急ぎます」

 

神通「…それに、貴方の提督は殺しを良しとはしない…と思いますが」

 

アオボノ「でしょうね、でも私は提督の為なら、どれほどでも汚れて見せます、たとえ拒絶されるとしても…私は提督のために生きている」

 

神通「贖罪…ですか、倉持さんは果たしてそれを望んでるのか」

 

アオボノ「いいえ、望まないでしょう、ですからこれは私の自己満足です」 

 

全速で近づく

 

神通「…戦闘していますね、そのドラム缶、乗っても?」

 

アオボノ「何を…」

 

神通「よっ…と……よく見えます…まだ生きてますよ、貴方の提督は」

 

アオボノ「!……ならばもっと急がねばなりません、この塵芥をさっさと消し去ります……戦闘行動を開始」

 

神通「では私は大物から…出てきましたよ、おそろしい敵が」

 

アオボノ「…大丈夫、今は向かい風が吹いてますから匂いは届きません」

 

キタカミ…なぜこの状況で出てきた、提督を殺すつもりだと言うのなら…ここで貴方を殺す

 

 

 

 

 

 

キタカミ

 

キタカミ(マズイな、ホントにマズイ…中途半端な事をするわけにもいかないし、やれる最善は尽くすけど…)

 

イムヤ『こちらイムヤ、目標の底に穴を開けてやったわ!』

 

キタカミ「ん、ナイス…生きて返すつもりはないからね、とことん穴開けといて、でも安全第一で」

 

イムヤ『了解!さっきの潜水艦みたいにしてやる!』

 

これで船は完全に沈めた、じゃああたしがやることは至極単純、誘拐だ

 

キタカミ「…ちぇっ、夕張…そんな事してると痛い目見るよ」

 

一発

 

夕張「きゃぁぁ!ヤバっ!炎上してる!」

 

青葉「!」

 

目があったかぁ…気づかれちゃったな

 

キタカミ「Good night」

 

青葉「ッ!!」

 

キタカミ(おおう、防いだか…流石に腕上がってるな…航行不可にするつもりはないのに中途半端な事されたら…いや…)

 

キタカミ「瑞鳳、翔鶴、やっていいよ」

 

青葉は任せちゃえ、次だ次だ

 

キタカミ「単装砲って、侘び寂びだよねぇ…そりゃバカバカ撃って当たる方がいいけど」

 

曙「主砲が!」

 

朧「これ…!うわぁぁ!」

 

阿武隈「ッ!まだ…まだやれる!」

 

北上「なんなのさこれ…!」

 

赤城「飛行甲板が…!」

 

キタカミ「一発で仕留めちゃえば結局変わんないしねぇ?…お」

 

艦載機用の矢筒…

 

キタカミ「うはー、彩雲に流星に烈風……いいの?鳳翔」

 

鳳翔「それを差し上げますので、ここは引いていただければ」

 

キタカミ「ああ、そう言う事?ごめん無理だわ、それ」

 

鳳翔「……では、不肖ながら、お相手させていただきます」

 

キタカミ「いや、遠慮しとくよ、メインディッシュが来ちゃったからさ…もし?阿武隈も厄介だから落としといて」

 

瑞鳳『了解』

 

キタカミ「さて…と…おっひさ〜、元気してた?」

 

島風「何でこんな事…!」

 

日向「これ以上提督を危険に晒されるのでしたら、痛い思いをしてもらいます」

 

キタカミ「来なよ、ほら、早く」

 

島風「…私がやります」

 

速い、相変わらず速い…

周囲を回る様にして様子を見てくるか

 

キタカミ「…お、酸素魚雷」

 

島風「連装砲ちゃん!今!」

 

魚雷と砲撃の波状か…うーん、ホントなら通用してるはずなんだけど

 

瑞鳳「邪魔!」

 

日向「砲撃を弾いた…!?何ですかあの巨大な籠手!」

 

島風「この…きゃっ!?」

 

島風が砲撃をくらい、体勢を崩して水面を滑る

 

キタカミ「当てられないくらい速くなってから来な、まだ足りないよ」

 

日向「…分が悪そうですが、提督の命がかかっています……」

 

瑞鳳「相手してあげようか、3秒でその刀を砕いてあげる」

 

キタカミ「…影?」

 

一瞬上を何かが通った様な…鳥…

 

瑞鳳「背後!!」

 

神通「お久しぶりです」

 

神通の蹴りを瑞鳳が受け止める

 

神通「会えて光栄です、貴方ともう一度戦いたかった」

 

瑞鳳「…ごめんキタカミさん…用事できちゃった」

 

キタカミ「はぁ…いいよもう、デート楽しんでれば…ってうわ、曙もいるし…終わってんなぁ……目標は果たしたし、私は撤退するかぁ…」

 

日向「待ちなさい!」

 

キタカミ「ああ、そういやいたね天龍、でもさ…弱いんだよ」

 

初撃は刀で防がれるが二発目で刀を弾く

 

キタカミ「ほら、相手にならない…天龍、もっと強くなってから出直してきてよ」

 

日向「…私は、私は日向だ!」

 

キタカミ「戦艦になったところで相手にならないんだって、それじゃあね」

 

ヲ級『確保完了シマシタ…』

 

キタカミ「ん、とりあえず東で合流ね、ちゃんと連れてきて」

 

 

 

 

 

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「消えろ、私の眼前から」

 

ル級「ギャァァァァァ!」

 

ツ級「ギィィィィィ!!」

 

アオボノ「見つけた、私の艤装」

 

浮いていてくれてよかった…試作品だから特に信用性もないが、たとえ召喚が正常に動作しなくても十分だ

 

アオボノ「…後は…夕張さん!」

 

夕張「わ!?え!?何でいるの!?」

 

アオボノ「アレは!?」

 

夕張「は、はい!そこ!」

 

水上歩行用の艤装がぷかぷかと浮いている

 

アオボノ「…噴出機構は?」

 

夕張「ごめん、島風ちゃんが使ってて…」

 

アオボノ「はぁ……」

 

艤装を交換する

 

アオボノ「…40ノットか」

 

全速を開ける

どんどん加速して行く

 

アオボノ「……もっと…!」

 

約時速75km、これなら

 

アオボノ「殲滅します」

 

両手に短剣を握る、特別なことと言えば試験的に導入した砲撃を召喚すると言う機能のみ

 

アオボノ「死ね」

 

剣を振るう、狙った位置よりやや右…

もう一度振るう、次は左…どのタイミングで召喚される?

 

アオボノ「……面倒ですね」

 

前方の戦艦級に詰め寄り剣を突き立てる

 

アオボノ「この方が早い」

 

斬る

 

アオボノ「貴方達もその方がいいでしょう?」

 

斬る、すれ違う様に斬る、斬り裂いて壊す

 

アオボノ「…提督はどこ」

 

曙「……曙…」

 

 

 

 

 

 

 

与那国島

提督 倉持海斗

 

海斗「…っ……ん…」

 

キタカミ「あ、起きた起きた、おはよー提督、一応手当てだけはしといたから」

 

海斗「キタカミ…?いたた…」

 

キタカミ「あー、無理に起きないで、傷口開くよ?にしても…刺されるって知ってたわけ?」

 

海斗「……何となく、こんなことになるんじゃないかとは思ってて…だから一応ね」

 

防弾チョッキを着ておいてよかった、おかげで深くまでは刺さってない…だけど何度も頭を打って意識を失って、ぼやぼやした感覚だ

 

キタカミ「ま、そんだけ優秀って事だねぇ」

 

海斗「みんながね…ところでキタカミ、加賀まで連れてきたのはどう言うつもり?」

 

キタカミ「深い意味はないよ、同じボートに乗ってたから引っ張ってきただけ」

 

イムヤ「ただいまー…あ、司令官…!」

 

海斗「イムヤ…元気だった?」

 

イムヤ「うん…うん!それより司令官は大丈夫なの?刺されたって聞いたけど」

 

海斗「うん、この通りね…」

 

イムヤ「良かった…司令官の乗ってた船を雷撃したのは軍なの、潜水艦が追従してて、最初からその潜水艦が船を沈めることになってたみたい」

 

キタカミ「潜水艦に関する報告が一切なかったと思うんだけど…乗組員が全員グルって訳、ちなみにその乗組員は脱出したはいいものの、さらに別の船から撃たれて海の藻屑…だっけ?」

 

イムヤ「うん、だから船倉に穴開けてやったわ!」

 

海斗「イムヤ、それはダメだ…人が死んじゃうよ」

 

イムヤ「…司令官、相手は司令官を殺そうとした奴らなのよ?」

 

海斗「関係ない、君たちが手を汚す様なことをする必要はないんだ」

 

イムヤ「……そう言う人だったよね…うん、わかってる…」

 

海斗「僕のことを思ってくれたことは嬉しい、だけど…君たちが幸せに生きてくれたら僕は幸せなんだ、だから…」

 

イムヤ「わかってる…」

 

キタカミ「それよりさ、提督、わざわざ提督拉致ったのには理由があるんだよねぇ」

 

海斗「うん、わかってるよ…出てきてよ、翔鶴」

 

物陰から深海棲艦の艤装がチラチラと見えてるんだよね

 

ヲ級「ダ、ダメデス、私…見ナイデ…コンナ姿ニナッタ私ヲ…」

 

海斗「…翔鶴、お願いだからもう一度顔を見せて」

 

ヲ級「翔鶴ジャナイ…今ノ私ハ深海棲艦…空母ヲ級…!人ヲ襲ウ敵…!」

 

海斗「キタカミ」

 

キタカミ「はいはい、ほら、ひきこもりはおしまいだよ」

 

キタカミが翔鶴を引き摺り出す

 

ヲ級「ヤダァ…!イヤ、見ナイデ…見ナイデ…!」

 

真っ白な肌、黒い艤装、だけど翔鶴なんだ

 

海斗「翔鶴」

 

翔鶴に近寄る

 

ヲ級「来ナイデ!」

 

海斗「…辛いよね、みんなのところに帰れなくて、絶対に君を元に戻すから」

 

ヲ級「無理ナンデス!私ハモウ人ニモ艦娘ニモナレナイ!」

 

海斗「そんな事ないよ、それに今だって君は人だ、誰がなんて言おうと、君は人なんだよ」

 

ヲ級「…提督」

 

海斗「ようやく顔が見えた、ほら、何も変わらないじゃないか」

 

ヲ級「…ウウ…デモ、私ハ…私ハ涙一ツ流セナイ、人ノ形ヲシタ化ケ物

…!」

 

海斗「翔鶴、君は化け物なんかじゃないんだよ、みんな君を受け入れてくれる」

 

ヲ級「…ウ…ウワァァァ!!…ナンデ、苦シイノニ泣ケナイノ!ナンデ人ニナレナイノ!私ハ…私ハ…!」

 

キタカミ「……翔鶴」

 

イムヤ「…司令官と会えて良かった、翔鶴さんがこんなに感情を曝け出してくれたから」

 

海斗「…翔鶴」

 

ヲ級「……」

 

海斗「君が辛いことはよく分かってる、だから頑張れなんて無責任な事は言えない…今の僕には君を救う力もない…でも、こんな無力な僕をもし許してくれるなら、笑って欲しい」

 

ヲ級「笑ウ…?」

 

海斗「辛いことがたくさんあって、泣きたいのに泣けないのなら、その分笑い飛ばせばいいんだよ、確かに簡単な事じゃないけど、近くに仲間がいるんだよ?無理に笑うんじゃなくて、楽しくて、嬉しくて笑える様な…小さいことでも笑顔になれる事があるんじゃないかな」

 

ヲ級「……フフ」

 

キタカミ「お、早速笑った」

 

ヲ級「良イ事ナラ今アリマシタ…提督ガ来テクレタ…本当ニ、嬉シイデス…」

 

海斗「…少しでも、君の役に立てたのなら僕も嬉しいよ」

 

イムヤ「…司令官、こっちに来ない?」

 

海斗「……僕が向こうを離れたらきっと苦しい思いをする人がいる、だから僕は君たちとは行けない…ごめん」

 

キタカミ「知ってるよ…イムヤ、提督を困らせちゃダメだからね?よし、後は加賀を説教してから送り届けるかぁ…」

 

海斗「そうだ、加賀は一体どうしたの?」

 

キタカミ「…最低なんだよ、加賀は…綾波を、いや、綾波だったから殺してこそ無いけど…背中から撃とうとした」

 

海斗「…そうか…」

 

海斗(朧達のこともあるから赤城を呼んだのに…加賀が来たのはそこも計算しての事だったのかな、綾波を亡き者にするために…)

 

キタカミ「…あたしさ、綾波は大っ嫌いだよ…だけど何より…仮にでも仲間なのなら…それを背中から撃つ様な奴が、離島鎮守府に居た仲間だっって事が信じられないんだ」

 

海斗「……いや、加賀は悪くない、僕の責任だ…僕が加賀と綾波を一緒に出撃させたからだ、充分なケアをしてからそうするべきなのに」

 

キタカミ「提督がそう言うならこれ以上言うつもりはないけど…そう言うの、やめなよ、何度も言ったけどさ」

 

海斗「……それより、君の姉妹は?」

 

キタカミ「…ダメ、まだまだかかりそうだよ、みんなを助けるのには」

 

海斗「辛くなったらいつでも会いに来て、イムヤと翔鶴も」

 

イムヤ「はい…」

 

ヲ級「……ワカリマシタ」

 

キタカミ「んじゃね、提督…」

 

キタカミ達は島の奥へと消えていった

加賀の事、上層部の事、他にもいろいろ考えなきゃいけないことはあるけど、今は頭が回らない…

 

海斗「……少し、疲れたな…」

 

 

 

 

 

 

 

海上

神通

 

神通「良いですね、やはりこうでなくては」

 

瑞鳳「人の武器壊しといてよく言うよ…そろそろ帰りたいんだけど?」

 

神通「こんなに楽しいのに?」

 

瑞鳳「楽しかったら帰らないって…ハッ…遊園地に来た子供じゃないんだからさぁ…」

 

神通「…今、私を笑いましたね?」

 

瑞鳳「え、いや…」

 

神通「ここからが本番です」

 

瑞鳳「ちょっ…あーもう!!」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「ボートが消えた…?」

 

朧「う、うん…提督達を乗せてたボートがいつの間にか」

 

アオボノ「巫山戯るな!!」

 

朧の胸ぐらを掴む

 

アオボノ「何でこんな事になってるの!?朧…アンタは白痴なの?提督が襲われて、ボートに避難させたら後は放置?大概にして…!」

 

朧「だ、だって…いや、そうだ綾波!綾波が刺したんだよ!」

 

アオボノ「綾波…?何処に」

 

朧「…居ない…?」

 

アオボノ「…チッ」

 

アオボノ(綾波が提督を刺すとは考えにくい、あの馬鹿が素面で提督を刺すような真似はしない、もし性格が元に戻ったとしたら確実にいたぶってから殺す、刺すと言うのは考えにくい…つまり、別に犯人が…いや、あのゴミどもか、それももはやどうでも良い…提督は何処に…)

 

朧「あ、曙…」

 

アオボノ「朧、アンタには幻滅した、最低よアンタ…何でかわかる?アンタだって提督の事好きなのよね、少なくともLikeって感情は抱いてるはず、家族愛とか、そんな風なね…姉妹と同じくらいには大事に思ってたんでしょ?」

 

朧「それは…」

 

アオボノ「だったら!うだうだ抜かしてんじゃない!何言い訳してんのよ!自分の好きな人くらい自分で全力で守るって心意気見せなさいよ!」

 

朧「…っ……」

 

アオボノ「別にアンタが自分から死んでくれる分には構わない、何なら助かるくらいよ…一生そのまま死んでれば良い、死体に喋る機能は無いからね」

 

朧「…ぅぐ…」

 

アオボノ「…泣いたら本当に見限るわ」

 

朧「…曙…教えて…アタシはどうすれば良い…?一回だけ、もう二度と頼らない…この一回だけ教えて…!」

 

アオボノ「……提督ならこういうわ、生存者を助けろって…提督の事は…綾波が何とかしてくれるはず、私は夕張さんと明石さんに人の乗れるものを用意してもらう、燃料を確保してきて」

 

朧「…わかった」

 

アオボノ(そうだ、提督はこんなことで死ぬ人じゃ無い、わざわざキタカミさんが出てきたのも考えろ、キタカミさんが出てきた時点で提督が死ぬということはありえない…)

 

曙「…ねぇ、曙…あの」

 

アオボノ「…今は時間がないので、帰ってからにしてくれますか」

 

曙「…わかった」

 

アオボノ「……もう遅い、これは私のモノ、私の力なのよ」

 

  

 

 

 

与那国島

駆逐艦 綾波

 

綾波「…司令官」

 

海斗「やあ、綾波」

 

…大騒ぎになっていたというのに随分とケロリとした様子で、何というか緊張がバカらしくなってしまった

 

綾波「ごぶ、ご無事で何より…で、です」

 

海斗「うん、なんとかね…綾波、ボートを引いていける?」

 

綾波「勿論、です…」

 

海斗「じゃあお願い」

 

ボートの先端にワイヤーをかけて、曳航する

 

綾波「……あ、あの」

 

海斗「大丈夫、誤解は解くよ、綾波は僕を守ってくれた」

 

綾波「じゃなくて…し、司令官は…こ、こうなると…わかってたんですか?…?」

 

海斗「ここまでは流石にね、だけど、今回の事で僕にもできる事が他にあるんじゃないか、と思えた…綾波、君にもいろんなことを手伝ってもらうよ」

 

綾波「は、はい…喜んで…」



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一時撤退

海上

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「長門さん、扶桑さんと如月さんは抱えてください」

 

長門「構わないが…提督達は」

 

アオボノ「綾波から今通信が入りました、提督は無事だそうです」

 

朧「…燃料は確保したよ」

 

明石「一応その場凌ぎのボートっぽい何かはできましたけど…ええ、4つ…一つあたり10人が限度、それ以上は沈むと思います」

 

アオボノ「充分すぎますね、島風さん、水上歩行用の艤装をお一つ貸していだけませんか?代わりにこちらを渡すので」

 

島風「…同じ艤装…それにその双剣……そっか、これはそういう戦い方のためにあるんだ」

 

アオボノ「おや、思ってる数倍は勘がいいんですね」

 

島風「…できるの?」

 

アオボノ「やるんですよ、出来ないことをやるのは特技ですから」

 

島風「…じゃあ、半分こ」

 

短剣を一つ投げる

 

アオボノ「2人で敵を殲滅しましょうか」

 

島風「私1人でも余裕だよ」

 

アオボノ「私1人でも万に一つ…いや、たとえ億に一つもありえはしませんが…例えば誰かを失う事になったら提督が悲しみます」

 

島風「む…じゃあ、それで」

 

朧「日向さん!急いで救助に!」

 

日向「はい!」

 

その辺を浮いてる兵士もこれで一応命は助かるはず…後は提督の事だけ

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 敷波

 

五月雨「あ、あの…お茶…」

 

敷波「え、あ…ど、どうも…」

 

五月雨/敷波(気まずい…)

 

五月雨(初めてこぼさずにお茶を出せたけど手の震えが止まらない…)

 

敷波(これ毒?毒入ってるよね?え、飲めと?自殺しろと…?)

 

五月雨/敷波(沈黙が辛い…何か喋って…!)

 

五月雨「え、えと…あの」

 

敷波「う、ううん?」

 

五月雨「そ、その…い、良い茶葉なので!美味しいと思います!」

 

敷波(…そうか、上等な茶葉で死ねるなら死に様として上等だろうってことか…仕方ない…腹を括ろう!)

 

敷波「い、頂きます…」

 

五月雨(やった!私が淹れた飲み物を誰かが飲んでくれるのって初めてだ!)

 

敷波(手が、手が震える…!落ち着け、覚悟を決め…あ)

 

湯呑みが手を滑り落ち、膝で跳ねて地面にぶつかって割れる

 

敷波「あ、ごめんなさい!」

 

五月雨「…そんな…!」

 

敷波(うわ!その反応マジ!?明らかに毒殺失敗で困ってる顔してるよ!?絶対に毒殺失敗で困ってるよ!)

 

五月雨(せっかくこぼさずに淹れたのに…私のドジじゃ無くて、相手の人のドジでパァに…うぅ…)

 

五月雨「も、もう一杯淹れてきますね!」

 

敷波「あ、お気遣いなく!…行っちゃった…え、嫌なんだけど…飲みたくない…」

 

遠方から悲鳴と何かが割れる音がする

 

敷波「…何?何が起きてんの?え?」

 

10分後

 

大淀「すいません、五月雨さんが棚の下敷きになったので私がお茶をお持ちしました」

 

敷波「す、すいません…わざわざ」

 

大淀「…心配せずとも、毒なんか入れませんよ、あなたの上司と、うちの上司が仲がいいですから」

 

敷波「……でも、貴方は、アタシを…」

 

大淀「ああ、殺したいほどには憎んでる……筈なんですけど、今は生きてますからね、私も提督も…」

 

敷波「………」

 

大淀「提督を暗殺したのは貴方である事は調べてます、と言ってもあの大和型2人も噛んでますし、私としてはそっちの方が嫌いですけど…じゃなくて、別に今生きてるんですから、変な考えを持つのもどうかと思いまして」

 

敷波「…変では、無いと思います…」

 

大淀「気にしなくて構いません、私たちは貴方を受け入れます……それよりも、貴方には辛い話をします」

 

敷波「…辛い話……」

 

大淀「宿毛湾泊地の艦隊を乗せた艦が沈められました」

 

敷波「そんな!綾姉ぇは!?」

 

大淀「わかりません…深海棲艦の攻撃によるモノ、となってはいますが…」

 

敷波「違うんですか…?」

 

大淀「まあ、恐らくは…倉持さんの艦隊が艦娘システムの有用性を世界に広めてしまいましたから、上層部としては面白くないのでしょう」

 

敷波「そんな理由で…?なんで…!」

 

大淀「さあ、でも人間は欲深い生き物ですから、それに貴方だってつまらない指示で人を殺してる…貴方に意見する権利はありませんよ」

 

敷波「…っ…」

 

大淀「でも、あまり心配はないと思います、こちらで同行させている艦娘との連絡がついていますので、ただ…綾波さんに殺人の容疑がかかっているようです」

 

敷波「綾姉ぇ…いや、綾姉ぇはもう人を殺したりなんかしない…!絶対にあり得ません!」

 

大淀「である事を祈ります…さて、私達も仕事を始めましょう」

 

大淀さんが書類を出す

 

敷波「…この書類は?」

 

大淀「簡単に言えば、貴方が出す被害届です、横須賀鎮守府での貴方への扱いは明らかに法にも、軍規にも違反するモノです、たとえあなたが誰にでも牙を剥いたとしてもね…」

 

敷波「……何が狙いですか…」

 

大淀「革命、というと大袈裟ですが…上層部の一斉排除でしょうか」

 

敷波「できるんですか?」

 

大淀「無理です、なので下準備の段階から色々仕込んで準備を始めます」

 

 

 

 

 

 

海上

軽巡洋艦 夕張

 

鳳翔「こっちにも生存者がいます!」

 

日向「多過ぎます…」

 

朝潮「……満潮、絶対こっちを見ちゃダメ!!」

 

血の匂いが充満している、ここに飛んできた砲撃で木っ端微塵になったモノが散らばっている

片腕のない者も居れば、下半身のみが浮いていたり、頭と肩が浮いていたり

 

阿武隈「…駆逐艦は絶対にこっちに来ないようにしてください!」

 

北上「おぇ…気持ち悪…」

 

赤城「……長く見ているとおかしくなりそうです、早く生存者を確保して離れましょう」

 

夕張(コイツらの何割かは、私たちを殺そうとした…本当に救う必要があるのか…)

 

日向「夕張さん、大丈夫ですか…しんどいなら離脱していただいても」

 

夕張「ううん、大丈夫…」

 

青葉「…あれは……深海棲艦!深海棲艦が来てます…!東に大量の深海棲艦!」

 

鳳翔「艦載機を向かわせました……これは…深海棲艦に人が襲われています!向こうでも船が沈んだようです!」

 

夕張「嘘…何がどうなってるの…!?」

 

アオボノ「積載量は限界です、が、夕張さんならそちらの残骸を使えば筏くらいは作れるでしょう?」

 

夕張「で、できる…けど…」

 

アオボノ「島風さん、手を貸してください、私たちで敵を殲滅します、うまくやれば向こうの救命具が手に入るかも」

 

島風「燃料は!?」

 

アオボノ「持参してます」

 

青葉「ああ…そのドラム缶燃料なんですね…」

 

アオボノ「誰か機銃を」

 

朧「あ、うん…これ」

 

アオボノ「それでは、皆さんもこっちに向かってください」

 

島風「うわ、本当にその速度出せるんだ…よーし…!」

 

明石「……なにあれ、なんであんなに速いの…?40ノット近く出てない…?」

 

夕張「…あの人はジョーカーなのよ…」

 

青葉「ジョーカー…?…まさか、全部の艤装に…?」

 

夕張「そう、身体的に無理な物は除いて全てね…朧ちゃん達の予備も…あの人の依頼で作った…」

 

朝潮「……成る程」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「見えた、島風さん、使い方は?」

 

島風「わかってるけど、一応聞きたい!」

 

アオボノ「簡単に説明します、起動すると艤装が2度ジェット噴射をします、一度目で海面から浮き、二度目で方向転換…いいですね?燃料をパージしました」

 

島風「やっぱり空中を蹴る感じ…よし!やるよ!」

 

アオボノ「戦闘開始」

 

二手に分かれる

 

島風「連装砲ちゃん!砲撃開始!」

 

アオボノ「死にたく無いのなら、まだ見逃してあげますよ」

 

流れるように、そして独楽の様に敵の間をすり抜けて斬り裂く

 

島風「あ…これ、方向転換すると結構脚に負担が…!」

 

アオボノ「だから私1人で使おうとしたんですよ」

 

島風「むー…もう、酸素魚雷!」

 

アオボノ(的確に雷撃してる…てっきり砲撃しか頭がないと思ってたけど)

 

アオボノ「おや?」

 

遠方から来てるのは…綾波と…

 

アオボノ「……良し、まずは褒めてあげましょう」

 

綾波「ご、合流できました!司令官!」

 

海斗「曙!島風!他のみんなは!?」

 

島風「今こっちに向かってます!」

 

アオボノ「周囲は深海棲艦がうじゃうじゃいます、しばしお待ちください…」

 

島風「とーっ!」

 

アオボノ「島風さん、もう少しお淑やかにしたらどうですか、下着が丸見えですよ」

 

島風「私だってこんな服よりジャージの方がいいよ!?でもジャージだとびしょ濡れで寒いの!!」

 

アオボノ「…御愁傷様です」

 

剣を突き立て、蹴って押し込む

 

アオボノ「殲滅完了」

 

島風「よーし!おわりーっ!」

 

あっちも合流してきたか

 

夕張「凄い、こっちの想定を明らかに超えたデータよ…!」

 

明石「ねぇ、あの2人って本当に同じ人間なの?」

 

北上「自信無くすよねぇ、砲撃ダメなら接近戦ってのが笑えるけど」

 

青葉「司令官…ご無事で何よりです」

 

海斗「うん、ボートが深海棲艦に攫われてたところを綾波が助けてくれたんだ」

 

綾波「えっ!?…えぇ…えと…」

 

朧「……」

 

綾波「あ……ァハッ!!」

 

島風「速っ…」

 

綾波が海に浮いている兵士を1人蹴り飛ばし、他の兵士の頭を踏んで沈める

 

北上「なにやってんの?殺すつもり?」

 

綾波「…ぁ…い、いや!そそ、そうじゃなくて!」

 

アオボノ(…自分の命がかかってる中で提督を殺すのを優先する輩がいるとは思わなかったけど、今のは良い脅しになったな)

 

アオボノ「そんなことより、生存者の救助です、綾波さん、足をあげてあげたらどうですか?」

 

綾波「は、はい!」

 

島風「蹴られた方生きてるの…?」

 

アオボノ「かなり加速した蹴りでしたから微妙ですね、私たち同様艤装に噴出機構をつけて瞬間的に加速させ、火力を上げてる…ああ、補助器具で足だけに負担が行かない様になってるのか…」

 

青葉「救命具多数ありました!」

 

夕張「よし、早く回収して帰ろう…もうヘトヘトだよ…」

 

島風「私、駆逐艦隊の援護に行くね…」

 

アオボノ「お願いします、長門さんも扶桑さんと如月さんを抱えていますから戦闘は無理ですし、主力はほとんどこちらにいる、しっかり守ってください」

 

島風「もちろん、提督は任せたよ」

 

アオボノ「当然です」

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

 

アオボノ「…最後尾まで到着…か、艦娘の犠牲者はなし、海兵の方は…こっちじゃ把握のしようがありませんね……もう夜も遅いし、早く寝ますか」

 

島風「ん〜……?ん?」

 

青葉「どうしたんですか…?…この匂いは…」

 

赤城「和風出汁に醤油の甘い香り、お腹が刺激されますね…」

 

アオボノ「…肉じゃがみたいですけど、変ですよ、誰も居ないはずなのに…」

 

食堂からは確かに匂いが…しかも出来立ての様に湯気も上がってて…

 

 

 

 

食堂

 

島風「ご、ごはんだぁ…!え、た、食べても良いの!?」

 

明石「えと…誰が用意してくれたのかわからないし…わ…本当に肉じゃがだ…お浸しとお味噌汁…焼き鳥もあるのは何故…?」

 

アオボノ「…全部バターが乗っていますね…しかも、ついさっき乗せたばかりのようです、まだとけきっていません…」

 

綾波「……多分…た、食べても大丈夫…だと、思います」

 

朧「…うん、問題ないと思う」

 

アオボノ(翔鶴さんがここまできていた…?)

 

島風「いただきまーす!……おいひー!お腹ぺこぺこだったから沁み渡るよ…!」

 

青葉「…この味……」

 

夕張「ん!美味しい!本当に美味しいわ!」

 

明石「わ、本当だ…?……アレ…なんだろ、この感覚…なんで泣いてるんだろ…」

 

朝潮「懐かしい味…」

 

アオボノ(本人が来てたのは間違いないか…)

 

アオボノ「…美味しい」

 

 

 

 

病室

正規空母 加賀

 

加賀「…っ…?」

 

鼻腔をくすぐる匂いに目が覚める

薄暗いけど、病室…しかも船じゃない…私達は帰ってきたのか

 

海斗「おはよう、加賀」

 

加賀「…おはようございます…あら、これは…?」

 

食事が用意されてる…肉じゃがに…焼き鳥?

 

海斗「食べてみて」

 

加賀「…はい」

 

焼き鳥を口に運ぶ

 

加賀「…固いです」

 

火を通しすぎてゴムの様に固い

口直しに肉じゃがを食べる

 

加賀「…嘘……提督、これは誰が」

 

ヲ級「私デス」

 

すぐ背後から声がする

 

加賀「…翔鶴なの…?いや、翔鶴なのね…会いたかった…!」

 

ヲ級「……私ハ、今ノ加賀サンニハ…会イタクアリマセンデシタ…」

 

拒絶された…?何故…

 

加賀「どうして?私が生きているから?それとも綾波を殺せなかったから?」

 

キタカミ「あのさぁ、加賀…良い加減にしなよ」

 

加賀「…キタカミさん…貴方もいたのね…」

 

キタカミ「提督、やっぱ撃ってもいい?」

 

海斗「ダメだよ」

 

加賀「…翔鶴、私に会いたくないならどうしてここに…?」

 

キタカミ「この件は提督に一任したつもりだったけど、翔鶴がどうしても物申したいらしいからわざわざ来たんだよ」

 

加賀「この件…?」

 

海斗「加賀、翔鶴は君が嫌いなわけじゃない、キミが翔鶴を大事に想ってるように翔鶴だって加賀を大事に想ってる…」

 

加賀「じゃあ、なんで…」

 

ヲ級「…私ノ事デ手ヲ汚ス真似ハヤメテクダサイ…私ノ名ヲ語リ、殺意ヲ人ニ向ケナイデ…加賀サンノヤッテル事ハタダノ八ツ当タリ…!私ノセイニシナイデ!」

 

加賀「…私は…」

 

ヲ級「……全部、知ッテルンデス、加賀サン、モウ囚ワレナイデ、今ヲ生キテ…私ノ死ハタダノ偶然…」

 

加賀「……そうかもしれない、確かに私は綾波に囚われていたのかもしれない、だけど私は綾波を許さないし、貴方を連れ戻したい」

 

ヲ級「…ナラ、待ッテマス、皆ンナデ迎エニ来テクレル日ヲ」

 

加賀「今じゃダメなのかしら…」

 

キタカミ「何であたしたちがこんな形とってると思うのさ…深海棲艦は上の意思でいつでも暴走する…翔鶴一人でここに来て、暴走したら…ヘトヘトのみんなにどんだけ被害が出るか」

 

ヲ級「…モウソロソロ、帰リマス…長居ハ危険デスカラ…」

 

海斗「…またいつでもおいで、迎えに行く準備が済んだら、すぐに迎えに行くからね」

 

加賀「………」

 

ヲ級「…ソレデハ」

 

加賀(………)

 

加賀「翔鶴」

 

ヲ級「……」

 

加賀「…貴方の作った焼き鳥、固かったわ」

 

キタカミ「うわ」

 

ヲ級「…スイマセン」

 

加賀「肉じゃがも慣れた味だけど、少し濃いし、変わらないわね」

 

ヲ級「………」

 

加賀「違う、口下手で悪いけど…私はこう言いたいのよ、貴女は何も変わらない、何時迄も私のダメな後輩なの、戻って来るなら…私の前にも顔を出しなさい」

 

ヲ級「ハイ…!」



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目覚め

宿毛湾泊地

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「くぁ…あ…」

 

眠い…つい満腹になるまで食事をしたのは良くなかった、そもそも食事を取るべきではなかった

疲労と戦地からの帰還による安心で半数以上の戦力は既に深い眠りについている

 

さて、問題なのは連れ帰ってきたこいつらだ

捕虜というべきか?なんと呼べばいいかわからない、裏切り者…?まあ何にせよ、捕縛した兵士たちをとりあえず食堂に軟禁、彼らにも食事を与え、治療をした、端的に言えば命を救ってやったが、油断ならない、見張りは必要だ

 

曙「曙」

 

アオボノ「曙、どうしたの」

 

曙が隣に座る

 

曙「代わる、寝てないでしょ」

 

アオボノ「……海鮮丼パフェ」

 

曙「…あのさ、みんなのトラウマを記憶確認に使うのってどうなの?」

 

アオボノ「…任せた、おやすみ曙」

 

曙に寄りかかって目を閉じる

 

曙「…あんた、せめて部屋で…はぁ…」

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

青葉「これでどうでしょうか…」

 

海斗「うん、早く送って休もうか」

 

朝潮「お疲れ様です、司令官」

 

海斗「お疲れ、二人とも書類の作成を手伝ってくれてありがとう」

 

朝潮「…司令官、綾波から聞いた話や、周りの状況などから…上層部は司令官を謀殺しようとした…と、推測できます、綾波を信じるならと言う前提はありますが」

 

青葉「私も、そう思います…司令官の怪我、破片が刺さったと言っていましたが…違いますよね?」

 

海斗「……いや、ただの事故だよ」

 

朝潮「周囲に散乱していた潜水艦の破片と思われる鉄屑、そしてあの距離の潜水艦に気付いていたはずなのに報告がない事…明らかに異常なんです、沈んだ時の被雷もあの潜水艦の攻撃によるものと思われますし…」

 

青葉「司令官、私は…前の世界で、明石さんが司令官の意思を確認した時、本当に何もかもを投げ出してほしい、戦うことを選ばないで欲しい、そう想ってました」

 

海斗「……」

 

青葉「…でも、今もこの世界で司令官は私達と共に戦っています、残念なことに」

 

海斗「後ろで見てるだけだよ」

 

青葉「司令官を後方で、安全なところにいるなんて誰もいいません、司令官は私たちと共に戦っています…同じ戦場に立つ仲間なんです…なら、痛みも、苦しみも…分かち合い、支え合うべきなんです」

 

海斗「青葉、確かに君の言う通りかもしれない…だけど、僕と君たちの戦場は少し違うんだ、確かに君たちの言う通りなのかもしれない、だけどここでそれを肯定する事はみんなを巻き込む事に他ならない」

 

朝潮「…ハッキリ言えば、巻き込んでくれ…と言っているんですよ?」

 

海斗「わかってるけど、ここで巻き込んだら君たちに助けてもらえないからね、もちろん君たちのことを信頼してるし、頼るつもりだ、だからこそ今はこうする事しかできない」

 

青葉「…それは、どういう…」

 

海斗「向こうが手を出せなくする、少なくとも今は君たちはターゲットじゃないんだ、ならば君たちに守ってもらう他ないんだよね、一緒にいる時に襲われるとは考えにくいし…とりあえず明日は色んなところに行かないと…」

 

青葉「あ…深海棲艦に殺された、という事にさせない為に…ですか」

 

海斗「うん、向こうが欲しがっているのは僕の死という結果じゃなく、深海棲艦に僕が殺された、というストーリーだと思う、それが正しいなら深海棲艦の手による死で進められない様に、色んなところを回って、僕は深海棲艦には殺されていないという証明が必要だ」

 

朝潮「…お構いなしに来るのでは…」

 

海斗「その時は…その時だよ、とにかく君達も休んで、朝にならないと何も動けない」

 

青葉「ならみんなで買い物をしましょう、間宮さんが結局何もできずに帰ってきたって泣いてましたから、たくさん食材を買いましょう」

 

朝潮「賛成です、大人数で目撃されれば私達も証人になれる、それに医薬品も必要です」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「…ふぁ…」

 

曙「…んぁ…おはよ」

 

アオボノ「ごめん、寝過ぎたわ…って、寝てたの?」

 

曙「そりゃそうでしょ、どいつもこいつも疲労が溜まってる、それはみんな同じなんだから、監視対象も寝てるわけだし」

 

アオボノ「その間誰が…あ、綾波…さん」

 

綾波「お、おはようございます…」

 

曙「ま、寝首をかくならもうやってるだろうし…図太く寝てやったわ」

 

アオボノ「はぁ…新聞ある?」

 

曙「あるわけないでしょ、取りに行ってないし」

 

アオボノ「…ふぁ…はゎぁ………ニュースでも見るか」

 

リモコンでテレビを操作する

 

ニュース『艦娘システムという名目で行われている同政策ですが、横須賀基地における障害者雇用枠の少女への扱いが不当だったという…』

 

曙「わお」

 

綾波「敷ちゃんの事ですね…」

 

アオボノ「貴女もですね、提督からある程度聞いてますよ…しかしこれは僥倖…」

 

アオボノ(上層部の動きを潰せるチャンス、軍艦が二隻と潜水艦一隻が使えなくなった事も発表せざるを得ないし、例え提督に責任を問う事になったとしても犠牲者が殆ど出てないなら矛先は敷波の問題に向けられやすい)

 

曙「クソ提督に矛先行くと思う?」

 

アオボノ「深海棲艦との戦争で既に何隻も何千人も死んでる、艦の指揮官が処分を受けた例はいくつか調べたけど、戦争だもの、提督が辞めさせられる様な事になるはずが無い」

 

綾波「…わ、悪い顔…」

 

アオボノ「研究者してた頃の貴女よりはマシです」

 

綾波「な、何も言い返せません……」

 

曙「さて、綾波、あんたも寝れば?」

 

綾波「は、はい…でも、その前に…」

 

近くの兵士の服を弄り、ナイフを抜き取る

 

綾波「ま、まだ全部抜き取ってないので…」

 

アオボノ「ああ、私も手伝います」

 

綾波「待って…動かないでください」

 

アオボノ「…どの人ですか」

 

綾波が一人の兵士の前に行く

 

綾波「…意識があり、銃を持っている以上…わかりますよね、手荒な真似をさせないでください」

 

兵士「来るな!撃つぞ!」

 

綾波「……」

 

曙「…ねぇ、アイツ普通に元に戻ってない?」

 

アオボノ「切り替えができるタイプなんじゃないの、どうでもいいけど」

 

…にしても、近づき方が不用心、まるで撃ってくださいとでも言うような…

 

曙「ちょっ…!」

 

綾波「…っ…撃ちましたね、正当防衛成立です」

 

アオボノ「…本物の馬鹿だ…」

 

わざと撃たせて制圧するか普通…

お返しとばかりに骨折ってるし…

 

綾波「…ふー…結構……痛いですね…あぅ…あ、あの頃痛覚がオンだったら…そ、想像したくないです…」

 

兵士「…ぁ…がぁ…」

 

アオボノ「腕に穴空いてるんじゃない…?え、何してんのあんた…」

 

綾波「さ、さっきのニュース…きき、聞いてましたよね……わた、私が軍人に撃たれる意味は大きいんです…」

 

曙「わざと撃たれたの?あんた頭おかしいの?」

 

綾波「…わた、私には生きる価値なんてありませんから」

 

アオボノ「綾波さん、言っておきますが貴女の死に私たちは無関心ですよ、それに貴女が撃たれる価値もそこまでないと思います」

 

綾波「…私は価値や関心が欲しいのではなく、生きた意味が欲しいんですよ」

 

アオボノ「…ならば御自由にどうぞ」

 

 

 

 

 

工廠

工作艦 明石

 

明石「ねぇ、夕張、起きて」

 

夕張「んむ…まだ……眠い…」

 

明石(…何?この感覚、変な記憶みたいなものが頭にある、自分のものだって確信があるけど、このイメージは何?)

 

明石「……はぁ…」

 

眠れなかったし、眠る気もない、どうすればいいのか、何をすればいいのかがわからない、だけどとにかく…今は自分のやるべき仕事を…

 

夕張「…すぅ……くかー…」

 

明石「……何コレ、何で私こんなものを作って…」

 

銃身の長い機銃、こんなものどう扱えというのだ

 

明石「…あ、これ」

 

確かあの髪の青い曙が振るっていた剣…

 

明石「剣…か」

 

研磨された刃物…ってだけじゃない、このマークは召喚用の呪紋…砲撃を召喚する…って事は…

 

明石「………コレで動く、はず…でも、何で私こんなこと知って…?」

 

体が勝手に動くような、知らない事を勝手に…

 

明石「…いや、うん…疲れてるんだ、何かおかしいんだ…」

 

何が理由でこんな事を、何を目的にしてるのか…まるでわからない、でも手が止まらない

 

島風「…おっはよう、ございまーす…寝てるかな…?」

 

明石「あ、貴女は…島風ちゃん」

 

島風「あ、明石さんおはようございます、連装砲ちゃんの整備をお願いしたくて…」

 

明石「構いませんよ、ちょっと失礼します」

 

…わかる、何となくだけどオーパーツまみれだと思ったコレも、何でもわかるみたいに…

 

島風「あ、あと……こういう事ってできますか…?」

 

明石「……成る程、コレをするには…あれ?なんでそんな…いや!無理!明らかにありえない、不可能…よね…?」

 

岩や雷を召喚するなんて無理…あれ?でも何で砲撃が召喚できるの…?そもそも艦載機が矢から変化するのも…変だ、変なのに疑問を持ってなかった…

目の前の連装砲ちゃんと呼ばれる存在が自我を持っていることにも疑問を持てない

 

明石「……何が起きてるの…?」

 

何かを忘れてる、何かがおかしい…

 

 

 

 

 

 

海上

神通

 

神通「ふぅ……久しぶりにエキサイトしました」

 

瑞鳳「…死ぬかと思った…」

 

神通「またやりましょう……って、あれ」

 

瑞鳳「みんなもう帰ったけど…?」

 

神通「……私達どれほど戦ってたんですか?」

 

瑞鳳「一晩」

 

神通「…すいません、ご迷惑をおかけしました、帰ります」

 

瑞鳳「うん、お詫びに貴女が壊した艦載機弁償して返してね」

 

神通「……それでは」



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テスター

宿毛湾泊地 医務室

駆逐艦 綾波

 

海斗「綾波、大丈夫?」

 

綾波「はい…」

 

海斗「いきなり撃つなんて、何を考えてたんだ…」

 

綾波「…し、司令官を殺そうとしてた、だか、だから…バレて殺されると思ったんだと…思います…」

 

海斗「…うーん…はぁ…命が狙われてる、って思うと憂鬱だなぁ…」

 

綾波「そ、それにしては…開き直ってるような…」

 

海斗「命懸けの戦いは経験してるからね、それに焦ったところでターゲットから外れるわけじゃないし」

 

綾波「それは、そう…です、けど……」

 

海斗「それよりも綾波、君の怪我の方が問題だよ」

 

綾波「…手当ては済んでますし、わざわざ医務室のベッドを貸して下さるほどのことでは…」

 

海斗「キミは僕からしたら命の恩人だからね」

 

綾波「……私は…」

 

海斗「…キミを苦しめる言葉、なのかもしれない、でも僕はキミに今感謝してる、綾波、ありがとう」

 

綾波「おえええ…」

 

海斗「うーん、ごめんね?」

 

綾波「い、いえ!わた…おええ…ごめんなさ…おえっ…」

 

海斗「む、無理しなくていいからね?」

 

綾波「ごめんなさい、こめんなさい…おえっ…」

 

島風「へぶしっ!!」

 

隣のベッドから豪快なくしゃみが聞こえて来る

 

海斗「わ、島風大丈夫?」

 

島風「うー…おなかいたい…」

 

綾波「お、お腹…丸出しですからね…あの速度でそれは…すごく、さ、寒いと思います…」

 

島風「うん…さ、寒かった…でも熱が出るのは違うと思う…!」

 

海斗「しばらく安静にしてようね、服についてはどうにかなるか問い合わせてみるから」

 

島風「そ、それより…大本営はどうなったの?」

 

海斗「うん、それが特にどうにかなるって事は無さそうなんだ」

 

綾波「や、やっぱり…銃も暴発で…?」

 

海斗「そう片付けられそうだね、元の綾波達の扱いに関しても証明の手段が少ない、簡単に握りつぶされてしまう……と思うよ」

 

綾波「…だ、だと思ってました…で、でも民間人は、そ、そうは思いません…」

 

海斗「うん、艦娘システムの撤廃を求めての運動がSNSで起きてたね」

 

綾波「そ、それだけ…?」

 

海斗「まだキミが撃たれた事はまだ表に出てないし、何よりこれからも出ないかもしれない」

 

綾波「………」

 

海斗「…ごめん綾波」

 

綾波「司令官は、な、なにも悪くない…じゃないですか」

 

海斗「キミのために何もしない事を選んでしまった」

 

綾波「…わ、私1人の為に複数を、犠牲に晒しちゃ、ダメです」

 

島風「………」

 

綾波「そ、それに…声をあげれば…だ、誰かに届きますから」

 

島風「どういう意味?」

 

綾波「こ、この撃たれた銃創を、し、調べれば…か、隠し事はできません…」

 

海斗「…さて、買い物に行ってくるけど、二人とも欲しい者はある?」

 

綾波「い、いいえ…」

 

島風「…プリン、2人分お願いします!」

 

海斗「わかったよ」

 

綾波(よく食べるなぁ…)

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 敷波

 

大淀「初めての記者会見はどうでしたか?」

 

敷波「…辛い…」

 

大淀「お疲れ様です、脚がないことも含めて何から何まで質問されましたからね、明日から有名人ですよ」

 

敷波「……アタシの判断は…正しかったのかな…」

 

大淀「貴方が私たちの話に乗ったことは、私は正しいとは思います、確かに茨の道ですけどね」

 

敷波「これで、綾姉ぇの事は…」

 

大淀「綾波さんの殺人の容疑は状況から恐らく勘違い…としておきましょう」

 

敷波「……その情報ってどこから?」

 

大淀「宿毛の朧さんです、あの人はあなたたちを強く恨んでるようでしたからね」

 

敷波「…だったら、嘘だったんじゃ…」

 

大淀「いいえ、向こうに出ている夕張や他の者にも確認をしたところ、綾波さんが船が沈む前に人を拘束したという証言が出ました…」

 

敷波「た、ただ拘束しただけなんじゃ…!」

 

大淀「未必の故意って知ってますか?この行動に殺すつもりはないけど、コレで死んでも構わない…という意味です」

 

敷波「さ、殺意があったわけじゃ…」

 

大淀「…世間はそう取ってくれるかどうか…タイミングが悪かったですね、表に出れば復讐ととられるかもしれない…」

 

敷波「そ、そんな!じゃあこれのどこが正しいんだよ!」

 

大淀「別にその程度、言及する暇を与えなければいいんです」

 

敷波「意味がわかんないって…」

 

大淀「ウチの馬鹿(夕張)が一部の艤装に音声などの記録器をつけてたみたいで、それの音声をいま送らせてますけど、どうやら複数の艦娘が救命ボートが先に出ているのに自分たちが取り残されている、と発言していたようです」

 

敷波「…つまり?」

 

大淀「軍人の癖に民間人と変わらないような少女たちを放り出して逃げた、しかも一つの船のほぼ全員が…」

 

敷波「そ、そりゃいわれるか…」

 

大淀「しかも状況証拠から船を沈めたのも軍側、場合によっては大変な数の死者を出してましたからね、まあ逃げた方も別の船の砲撃でボートが無くなってかなりの死者が出ましたけど」

 

敷波「一体何が起きてたのさ…」

 

大淀「倉持海斗の謀殺と、それに関わる者の口封じ…結果としては両方失敗…最高の結末でした」

 

敷波「……何で口封じが失敗…?救命ボートは壊せたのに…?」

 

大淀「生存者が全員救助されたからですよ、宿毛湾泊地の艦隊の手によって」

 

敷波「な…なんで?」

 

大淀「倉持司令官の命令、と聞いてます、お陰でかなり有利に立ち回れる」

 

敷波「…訳わかんないって…」

 

大淀「そうですか?貴方達を受け入れたような人ですから私は疑問を抱きませんでしたけど」

 

敷波「そ、そりゃそうだけどさぁ…」

 

大淀「先手を取ればかなり有利です、あの場にいた全員が死ぬ一歩手前、命を救ってくれた恩人の頼みなら聞いてくれるかもしれません」

 

敷波「何を…?」

 

大淀「正直に話すだけでいいんですよ、上層部の指示で倉持海斗の暗殺をしようとした事、艦娘を見捨てて逃げようとした事…この二つを話せば上は消し去れる」

 

敷波「う、上手くいくの…?それ…」

 

大淀「3割くらいはあると思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 

戦艦 長門

 

長門「扶桑達は中々目を覚まさないな、私たちはすぐに目を覚ましたらしいが」

 

夕張「そうねぇ…電気ショックでも行ってみる?」

 

長門「おいおい…」

 

夕張「…にしても、これからどうなるのやら」

 

長門「全くだな、ところでお前は何を…」

 

夕張「見てわからない?ワイヤーフックを改造して立体機動装置をね」

 

長門「……なんでまた」

 

夕張「長門さんくらいになると、敵を狙い撃とうとしても逃げられてしまう…そんな事ない?あるわよね!そんな時!コレがあれば!」

 

長門「あー待て、わかった、それで敵を捕まえて殴り倒せと…?」

 

夕張「殴る必要はないの、敵を拘束して逃げられなくする道具だから」

 

長門「…アオボノ達に渡したらもっと有用なんじゃないか?」

 

夕張「巻き取りが主導だって言ったら要らないって言われました…」

 

長門「…手動なら、私も要らない」

 

夕張「だって自動にしたら重いんだもん!」

 

長門「…そっちのは?」

 

夕張「ああ、これ?これは敷波用の艤装ね、足の付け根にコレをつけることで水上歩行を可能にするの」

 

長門「…できるのか?そんな事」

 

夕張「実際にやってた相手に詳しい話を聞いたから大丈夫」

 

長門「……?」

 

夕張「ま、これであの危険人物コンビが戦えるようになっちゃった訳だし…警戒しなきゃねぇ…」

 

長門「…綾波も、敷波も…私にはあまり危険には思えんがな」

 

夕張「そう?みんなそういうから警戒心薄れてきちゃった」

 

長門「私にしてみれば、人間の方が怖い、今回の件も含めてな」

 

夕張「人間が怖いのはいつも時代もみんな一緒、あれほど腹黒い生物はそうそう居ないって…あ、でも艦娘で一番腹黒いのが居た」

 

長門「アオボノか」

 

夕張「そうそう、誰だったかサヨリみたいだって言ってたのよね、見た目は綺麗だけど腹をひらけば真っ黒!」

 

長門「ははは、それは良いな」

 

アオボノ「では明日からサヨリとでも名乗りますか」

 

夕張「良いんじゃない?人間っぽい名前だし」

 

長門「ああ、そうだな…ん?……いつから、そこに…」

 

夕張「あ、あー…どうも、アオボノ様、御用件の方は…?」

 

アオボノ「買い物に行きますが何か必要な者はありますか、メロンさんと筋肉さん」

 

夕張「…いえ、何も」

 

長門「右に同じ…」

 

アオボノ「そうですか、それでは」

 

夕張「……怖…」

 

長門「流石自称最高戦力だけはあるな…プレッシャーが半端じゃない」

 

夕張「機嫌取るために艤装改造しよっと」

 

長門「…どうなっても知らんぞ」

 

 

 

 

 

 

工廠

工作艦 明石

 

アオボノ「失礼します…寝てないんですか?」

 

明石「何ですか、今忙しいんです」

 

アオボノ「…買い物に行くので、必要な物があったら…」

 

明石「……軽食と飲み物、お願いします」

 

アオボノ「わかりました、ところでそれは…」

 

明石「あなたの艤装です」

 

アオボノ「……一体何をしようと…」

 

明石「使えばわかります、しばらく話しかけないでください」

 

アオボノ(…今日はまた、随分と感じが悪いな…)

 

アオボノ「それでは」

 

明石「……だめだ、どうすれば速力と負荷を…」

 

アオボノ(……)

 

明石「これ以上速力をあげたら制御できないし…何より危険…」

 

アオボノ「明石さん」

 

明石「うわっ!?ま、まだ居たんですか!?」

 

アオボノ「物は理論では完成しませんよ」

 

明石「…何が言いたいんですか」

 

アオボノ「そんなに危険な代物なんですか?」

 

明石「…危険というか、えっと…いろんな問題が…」

 

アオボノ「それは確実に発生する?」

 

明石「……いや、一部はそうですけど半分くらいはまだ憶測の段階で…」

 

アオボノ「じゃあ確かめましょう、それを使って」

 

明石「…使うって…誰が」

 

アオボノ「私が使います、テスターをさせてください」

 

明石「…本気ですか?死ぬかもしれませんよ」

 

アオボノ「貴方は優秀な技術者です、それに命をかけるだけの覚悟も、価値もある」

 

明石「……私が、優秀な技術者…」

 

失敗してばかりで、夕張に罵倒される日々の私が優秀とは、とんだお世辞だ

 

アオボノ「貴方が自身を無能と言うのでしたら…この話は無かった事にします」

 

安心感と、悔しさ

 

アオボノ「私は、貴方の言葉を信じます、貴方の腕を信じます、命を賭けて、貴方が本気なら私は地獄の底まで行く覚悟です」

 

明石「……それは、何故…」

 

アオボノ「貴方が提督の大事な仲間だからです、それ以上でもそれ以下でもない」

 

明石「…貴方は、あの人の言うことを全て鵜呑みにしてるんですか?」

 

アオボノ「違います、こうして申し出てるのは私の意思です、私の考えです、根幹にあるのは提督の役に立ちたいという想いですが」

 

明石「……狂ってる、貴方は狂信者?」

 

アオボノ「…そうですよ?恋は人を狂わせる、その感情が貴方にもよく理解できたはずなのに」

 

はず、なのに…過去形…

 

明石「……何でしょうね、貴方が死んでも私は何も思わないかもしれない」

 

アオボノ「答えは?」

 

明石「私の作った装備で死ぬ覚悟はいいんですね」

 

アオボノ「勿論、貴方のプライドがそれを許すのであれば」

 

明石「許すわけがありません、せいぜい私の役に立ってもらいます…!」



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志願兵

横須賀鎮守府

提督 火野拓海

 

拓海「なるほど、君が新しく艦隊に参加する艦娘か」

 

浜風「……駆逐艦浜風です…これより貴艦隊所属となります、どうぞ宜しく」

 

拓海「ふむ、不満げだな」

 

浜風「私の適正に巡洋艦や戦艦、空母もないことが納得できません」

 

拓海「適性検査の結果だ…成る程」

 

資料を見る

漁師の家系で母親と姉以外の家族は皆深海棲艦の手で殺されている…か

 

浜風「駆逐艦なら、深海棲艦はどれほど殺せるのですか」

 

拓海「……何とも言えん、本人の技術次第では戦艦級ですらも倒すことができるが」

 

浜風「…数は?1匹でも多くの深海棲艦を屠りたいんです」

 

拓海「努力次第だ、君程深海棲艦に対する敵意を持つ者は中々に少ないな」

 

浜風「何故です、海を好き勝手され、人が死ぬ世界なんておかしいでは無いですか」

 

拓海「君からすればそうだろう…ならば破壊者らしく、深海棲艦を破壊すれば良い」

 

浜風「破壊者…?」

 

拓海「駆逐艦は英語でDestroyer、破壊者という意味だ」

 

浜風「破壊者か…成る程、気に入りました…全ての深海棲艦を破壊してやる…!」

 

拓海「期待している、大淀に施設内を案内してもらうと良い」

 

浜風「はい、失礼します」

 

拓海「ふむ…と言っても、この鎮守府にはあまり出撃任務がないのだがな……さて」

 

どう上の人間を片付けるか、宿毛湾泊地から負傷した兵が移送されてくるが、コレが無事に到着するとは思えない

 

拓海「まるで内戦だな、人的資源に余裕など無いというのに」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 医務室

軽巡洋艦 夕張

 

夕張「あ、あのー…いや、ほんとにごめんなさい」

 

長門「私としては嬉しいんだがな…肉」

 

アオボノ「ああ、お二人が喜ぶように考えて買ってきました、メロンとささみ肉」

 

夕張「ほ、包丁が刺さってなければ嬉しかったなぁ…!」

 

長門「筋肉同士で共食い、という意味合いなのだろうが、私はささみが好物だから問題ないんだがな…」

 

アオボノ「島風さん、はいプリン」

 

島風「わーい…はい、綾波ちゃん」

 

綾波「え……わ、私…?ありが…おええ…」

 

アオボノさんの流れるような洗面器の配置でベッドを洗う必要はないみたい、助かった…けど、うん、洗面器の中身がまるでぐちゃぐちゃになったプリンね

 

島風「……ぷ、プリンが食べづらい…他の食べ物ってありますか…?」

 

アオボノ「野菜ラーメンでも作りましょうか、バター1ポンド入れたやつ」

 

島風「うわ…根に持ってる…ご、ごめんなさいって謝ったじゃん…」

 

アオボノ「病人は大人しく出されたものを食べて、大人しく寝てれば良いんですよ」

 

あれ…?

 

夕張「……アオボノちゃん」

 

アオボノ「なんですか」

 

夕張「貴方の退院の予定日って、今日だったと思うんだけど?」

 

アオボノ「……失礼します」

 

夕張「忘れてたけど、あの子も病院抜け出してたのか……えー…病院に迷惑かけてるし、ちゃんと連絡とか書類とか…あー、私が行かなきゃだめ…?」

 

長門「いや、青葉がもう行ったそうだ」

 

夕張「早っ…」

 

長門「提督もすぐに気づいたらしくてな、電話しながら頭を下げていた」

 

夕張「本人に言ったらどんな反応するんだろ」

 

島風「…切腹?」

 

綾波「た、多分私に拷問依頼するかと…」

 

長門「どっちも現実味があるな…笑えんが」

 

 

 

 

食堂

重巡洋艦 青葉

 

青葉「ショッピングモールまで電車で1時間…四万十の方まで行かないと商店街もまともに無い…余裕のある生活をしてしまってるせいで気軽に買い物ができないのがストレス……」

 

間宮「お疲れ様です、何か買えましたか?」

 

青葉「えっと、とりあえずみんなの分の甘いものと食料を……」

 

間宮「…わ、私が作りますよ…?」

 

青葉「…ごめんなさい、今日まで居ないのが当たり前だったから…気が回らなくて…」

 

間宮「はぁ…できればみんなにご飯を振る舞いたいのに…」

 

青葉「あれ?記憶があるんですか…?」

 

間宮「ありますよ、ありますけどみんな冷たいんですよ…」

 

青葉「いや、だって私たち記憶あるの知りませんし…」

 

間宮「アオボノさんがカレー楽しみにしてますって言ってくれたくらいなんですよ…」

 

青葉(アオボノさんはカレーが好きというか、うん……)

 

間宮「ところで青葉さんは何が好物ですか?」

 

青葉「えっ…あー……なんでしょう…特には…」

 

間宮「あるでしょう?例えば天ぷらとか!」

 

青葉「ごめんなさい、あんまり食べるのに関心なくて…あ、でも赤城さんと加賀さん、あの2人はこっちだとかなり食べるみたいですから、きっと…」

 

間宮「だと良いんですけど…あの2人に料理を真っ赤に染められた時は泣きそうになりました」

 

青葉「……た、多分今は大丈夫ですよ…」

 

 

 

 

 

 

 

工廠

工作艦 明石

 

明石「あー……サンドイッチ美味しい…この卵のフワッフワが良いんですよね…うまっ…」

 

アオボノ「がっつかないでください、みっともないので」

 

明石「お腹減ってたんですよ…あ、これハムだ、美味しっ…」

 

アオボノ「それより、テストする艤装は?」

 

明石「んむ……ぷは…それと、コレと、コレ」

 

アオボノ「…双剣をいじったんですか、後水上歩行用の艤装?」

 

明石「双剣には召喚の術式に手を加えてあります、それともう一つの艤装には燃料を別に入れられるようにしてあります、というか簡単に説明すると30秒だけすごい加速ができます」

 

アオボノ「ああ、だからハイブーツみたいになってるんですね…それで、どう扱えと?」

 

明石「さあ、何となく作っただけなので」

 

アオボノ「……あれ、その連装砲は?」

 

明石「あー…この子達は島風ちゃんの希望で手を加えて…」

 

アオボノ「六体に増えてますけど」

 

明石「それも使えるならご自由にどうぞ?」

 

アオボノ「…三体借りていきます」

 

明石「えっ、本気で使えるんですか…?」

 

アオボノ「理論上はね」

 

 

 

 

 

海上

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「対象の完全破壊を確認、試験運用を終了」

 

明石「うわぁ…ほんとに使えるんですね」

 

アオボノ「空が飛べるようになれば100点でしたね……嘘ですよ、そんなに楽しそうな顔されても不安になります」

 

明石「何でも試してくれるんですよね?」

 

アオボノ「……そこまで行ったら空軍ですけどね、まあ良いですよ、役に立ちそうですし…」

 

アオボノ(どの改造品も役に立つ、嬉しい誤算という他ない、特に連装砲と術式は火力が爆発的に高まるだろう、コレならキタカミをも倒せる…間違いなく…!)

 

明石「ところで、あんな使い方をされるとは思ってなかったんですけど、どこから着想を?」

 

アオボノ「……見様見真似です」

 

アオボノ(曙に見せたら自分もやるとうるさいだろうな……ふふ、それもいいか)

 

明石(うわ、めっちゃニヤニヤしてる……気持ち悪っ…)

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 浜風

 

大淀「コレで施設は一通りです、他に質問は?」

 

浜風「…いや、ただ随分と早足だったなと」

 

大淀「ああ、それはごめんなさい、少し忙しいもので」

 

浜風「流石軍人、と言ったところですか、早速私も仕事をしたいです」

 

大淀「えっ」

 

大淀(流石に今の問題をいきなり対応させたりはできませんし、何をさせたものか…急ぎの仕事なんてろくにありませんし…仕方ない)

 

大淀「電さん、居ますか?」

 

電「なんなのでしょう?」

 

浜風(うわっ…小さ……子供も戦うって聞いてたけど、こんなに小さい子供まで…?)

 

大淀「新しく入った浜風さんです、戦闘訓練をしてあげてください、五月雨さんの手も借りてくれて構わないので…」

 

電「わかったのです、よろしくお願いします」

 

電(ドジっ子を押し付けられたのです…)

 

浜風「よ、よろしく…」

 

大淀「申し訳ないのですが私は他の仕事があるのでコレで、それでは」

 

そそくさと大淀が去り、2人廊下に残される

 

電「えー…と、基本的なことはもうわかってると思うので、早速実践訓練をしていきましょう」

 

浜風「は、はぁ…」

 

浜風(ほんとにこんな小さい子に教えてもらうの?どう見立てても小学校の低学年くらい…あー、うん、わかっては居たけど国ってダメだな…)

 

 

 

 

海上

 

電「とりあえず、実力を図りたいので的当て訓練からなのです、50m先の的を狙ってくださいなのです」

 

浜風「…え、と…撃って良いの…?」

 

電「待ってください…うーん…姿勢のブレがありますね、体幹がまだ…じゃあ優先して体幹のトレーニングと、連装砲よりも単装砲の方がいいかも…」

 

浜風(な、何言ってるのかよくわからないけど、本当に大丈夫なの…?」

 

電(…ん、どうなら信用されてないのです)

 

電「よし、あって良いのです」

 

浜風「え、は、はい!」

 

的に向けて放つ、縁を掠めたものの中心は捉えられていない

 

電「ちゃんと狙えてるみたいで良かったのです、あとは体のブレに対応できれば静止した状態での射撃は問題ないと思います、次は微速で進みながら的を撃ってください」

 

浜風(…歩いてるくらいの速度なのに、揺れが激しくて難しい…あ、当たらない…!)

 

電「今の速度よりももっと速い、戦速となるともっと揺れが大きくなるのです、海の状態や敵の動きなども考えるととても戦闘は大変です」

 

浜風「…そうみたいね…」

 

浜風(訓練でコレじゃあ実戦に出してもらえるかわからない、頑張らないと…)

 

五月雨「お待たせしましたー!へぶっ!?」

 

電(また派手にこけたのです…どうやって石ころやささくれすらない海でこけられるのですか…)

 

浜風(…中学年から高学年…か)

 

電「一応、この鎮守府の中で一番の射撃の名手なのです」

 

浜風「こ、こんな子が!?」

 

五月雨「む…一応ってなんですか!?私だってやればできるんですからね!」

 

電「砲撃と射撃の腕は信頼してるのです、砲撃と射撃の腕は」

 

五月雨「心が傷つく…」

 

電「とりあえず、実力を見せてあげて欲しいのです、向こう側からあの的を」

 

五月雨「500メートルくらいで良いですか?」

 

電「なのです」

 

浜風(え、500…?)

 

豆粒くらいに離れてしまった、この距離では的も見えるとは思えない

 

五月雨『いっきますよー…やぁーっ!』

 

浜風「えっ、当たってる…」

 

正確にど真ん中を貫いている

 

五月雨『まだやりますか?』

 

電「最大戦速で東に航行しながらお願いします」

 

五月雨『了解です』

 

浜風「…あれって何キロくらいで…?」

 

電「一般的な最大戦速が30ノットなので…ノットとキロの換算が…時速で言うと大体55キロくらいだと思うのです」

 

浜風(55キロ…?そんな速度で動きながらあんなに正確に撃てるなんて…)

 

浜風「だ、誰でもあそこまで?」

 

電「…あの人は別なのです、でも砲撃のセンスはありますけど、それが戦闘センスと直結するわけではないのです、五月雨さんが戦う時は後方で狙撃をする方が向いてるのです」

 

五月雨『どうですかー?』

 

電「充分なのです、ありがとうございます」

 

浜風(…長所を伸ばせば私も深海棲艦を叩き潰せる…?)



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深海棲艦基地

南西海域 深海棲艦基地

キタカミ

 

キタカミ「なんだかなぁ…こんなとこまで招待されても嬉しかないや、あー臭い臭い、嫌な匂いだよ…」

 

ジメジメした洞窟の中に薄暗く炎がゆらめいて…

原始的な上に、周りには人の形を成してないようなのもうじゃうじゃ居て…

 

イムヤ「…私が二隻沈めたのが評価された……っていうのが嬉しくないです」

 

瑞鳳「私も来てよかったの?」

 

キタカミ「むしろ頭数揃えなきゃ生きて帰る自信ないっての…さて、親玉の登場だ」

 

戦艦棲姫「随分ナ言イ草ダナ」

 

瑞鳳(…コイツが、深海棲艦の親玉か)

 

キタカミ「何か文句ある?人の手を借りておいてさぁ…」

 

戦艦棲姫「自主的ニ協力シテルノダロウ?」

 

キタカミ「そうだよ、そうだとも…さっさとアンタがあたしの姉妹を返してくれりゃあそれでおさらばだ、ついでにアンタの脳天に大穴開けてやる」

 

戦艦棲姫「ククク、口ガ過ギルナァ…オ前ノ姉妹ハ私ノ手ノ腹ノ上、イツデモ握リ潰シテ殺セル」

 

キタカミ「だから何?それをやったらアンタは殺す、確実にね…」

 

戦艦棲姫「デキルト思ッテルナラ、イクラデモ勘違イシテイレバイイ」

 

キタカミ(コイツには負ける気しないんだけどね)

 

キタカミ「で?無駄話はしたくないんだよ、いつあたしの姉妹を解放してくれんの?」

 

戦艦棲姫「最初ニ交ワシタ約束ノ通リ、貴様ガ深海ニ堕チレバイイ、ソウスレバ人間500人ト貴様ノ姉妹ヲ元ニ戻ス」

 

キタカミ「そんな約束してないっつーの…頭沸いてんの?」

 

瑞鳳「良い加減にその臭い口塞がないと殺すよ」

 

イムヤ「私も…」

 

戦艦棲姫「怖イ怖イ…貴様ガ強者ト認メル者デモ良イノダゾ?」

 

キタカミ「強者ねぇ…」

 

キタカミ(曙なんか差し出そうものならこっちに勝ち目ないし、何より)

 

中指を突き立てる

 

戦艦棲姫「ホウ?」

 

キタカミ「アンタにはもう何回も言ったけどさ、あたしが仲間を売るわけないじゃん、天秤にかけなきゃいけないのはあたしじゃなくてお前だよ、お前は自分の命のためにあたしの姉妹を人質に取り続けるしかないんだよ、この無能が」

 

戦艦棲姫「ククク、ソウ思ワネバ正気ヲ保テンカ?」

 

瑞鳳(魔王気取りか何かなんだろうけど…)

 

イムヤ(目の前にいる相手の方が魔王だと思うなぁ…全快のキタカミさんなら曙だって倒せる、不意打ちでもされない限り絶対誰かに負けたりしない)

 

キタカミ(こいつうるさいなぁ…)

 

 

 

 

キタカミ「よ、球磨姉、元気してた?」

 

ツ級「キタ…キタカ、ミ…」

 

キタカミ「そだよ、久しぶりだねぇ、辛い思いさせてごめんね?」

 

瑞鳳(…深海棲艦なのに、肌がところどころ肌色…目もまだ生きてる…逆に痛々しい…)

 

へ級「………」

 

キタカミ「多摩姉も無事だったかー、木曾は?」

 

へ級「…ソ…ト…」

 

キタカミ「出かけてんの?仕方ない妹だ…」

 

イムヤ「…あの、キタカミさん」

 

キタカミ「あ、ごめんごめん、球磨姉多摩姉、2人ともあたしの友達」

 

ツ級「グ…マァ…」

 

へ級「ニャァ"…」

 

瑞鳳「え…よ、よろしくお願いします」

 

イムヤ「こんにちは…って、そうじゃなくて…大井さんは?」

 

キタカミ「…ごめん2人とも、ちょっと出てくるね」

 

 

 

 

 

瑞鳳「外も外で、空気が重い…」

 

キタカミ「大井っちは、何にも知らない…記憶を持たずに転生してる、その上…今がすごく幸せそうだったから何も言ってないわ〜」

 

イムヤ「…そ、そうなんですね…ごめんなさい、余計な事を聞いて」

 

キタカミ「あんまりその話は2人の前でしないでね、別に悪いことじゃないけど…できるだけ辛い思いさせたくないんだ」

 

イムヤ「はい…ごめんなさい」

 

チ級「姉貴…来テタノカ」

 

キタカミ「おー、木曾、よかった会えて」

 

瑞鳳(…キタカミさんが付けてるのと同じ仮面…)

 

イムヤ(今にも襲いかかってきそうな空気…)

 

チ級「…悪イナ…態々来テモラッテ…」

 

キタカミ「こっちこそ、何もできなくてごめん」

 

チ級「……言ウナ、頼ムカラ…逃ゲ道ニナロウトシナイデクレ」

 

キタカミ「幾らでもあたしを恨んで良いんだよ、あたしだけ生き延びちゃったんだからさ…あたしを恨んでよ…」

 

チ級「…ヤダ、姉貴ダケガ…俺ヲマトモデ居サセテクレル…姉貴ヲ恨ンダラ…トウトウ俺モ深海棲艦ニ堕チチマウ」

 

キタカミ「…木曾」

 

イムヤ(私にも…何か力にななることがあれば…)

 

キタカミ「そろそろか…長居はできない…ごめん木曾、また来るよ」

 

チ級「…待ッテル」

 

 

 

 

 

 

 

海上

 

キタカミ「…さて、今日も今日とて…深海棲艦を護りますかね…」

 

瑞鳳「…キタカミさんが深海棲艦に手を貸す理由はわかりました、だけど…ここまでする理由にはならないと思います、あいつは深海棲艦を守れとは言ってませんでした」

 

キタカミ「そこはあたしらの正義の為だよ、それに…悪いけど、みんなが進んで、どんどん深海棲艦が減っていったら…次はあたしの姉妹かもしれない、自分勝手な話…それが耐えられない」

 

瑞鳳「……本当に代わりを差し出すつもりは無いんですか?私が行くのも…」

 

キタカミ「ダメ、もうあたしは仲間を失いたく無い…瑞鳳があたしのせいでまた居なくなるなんて、そんなことになるなんて許せないよ、それならあたしが堕ちる方がマシ」

 

イムヤ「…どうするんですか…?」

 

キタカミ「曙をどうやって止めるかがネック、それ以外はどうにかなる」

 

イムヤ「キタカミさんなら曙さんにも勝てるんじゃ…?」

 

キタカミ「あんな化け物相手に?冗談でしょ…マトモにやり合って勝てるわけ無いじゃん」

 

瑞鳳「…数で囲めば」

 

キタカミ「あるかもね、可能性は…だけど、宿毛湾時代に在籍してる殆どのメンバーが本気で殺しに行ったことがあるんだけど…ボロ負けしてたよ」

 

イムヤ「…だ、だとしても…」

 

瑞鳳「そこまでなんですか?」

 

キタカミ「……一番勝ち目があるのは多分一騎討ちかな、下手に射線通されるとケアしきれなくなるし、あたしが味方殺しかねないから」

 

瑞鳳「…キタカミさんは格闘はしないんですか?」

 

キタカミ「する価値を感じないからね、あ、嘘…いや、できないって方が正しいわ…まあ、とにかくあたしは砲雷撃一筋さね」

 

瑞鳳「…砲雷撃の時点で一筋じゃ無い気が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

提督 渡会一詞

 

渡会「一度に複数人か…厄介だな」

 

陽炎「新人、ってこと?」

 

秋雲「みたいだねぇ、宿毛湾の連中が作戦失敗したし、こっちが出ることに張るのかもとは思ってたけど」

 

渡会「いきなり何の経験もない連中を戦わせるような真似はしないはずだ…といいが」

 

陽炎「色んなところに急に警備府ができたり、養成中の艦娘をそう言う場所に配置したり…かなり厳しいことになってるみたい」

 

渡会「……不知火達はどうしているのだろうな」

 

秋雲「あ、会ったことある…何にも覚えてないみたいで通報されそうになった…」

 

陽炎「らしい…のかなぁ…で、新人って誰?」

 

渡会「足柄、鈴谷、熊野、龍田、それと駆逐艦は磯風、叢雲だ」

 

陽炎「重巡洋艦3、軽巡1、駆逐が2…つまり合計で、空母が2の重巡が3、軽巡1、駆逐艦が4…合計10かぁ…」

 

渡会「経験の差は大きい、頭数だけ揃えても何も分かっていなければ意味がない」

 

陽炎「それはそうだけど…このままじゃ次は私たちが南西諸島に行くことになる、宿毛湾の人たちみたいに帰ってこれる保証なんてどこにもない…」

 

渡会「なら辞めればいい、艦娘は未成年のものばかりだ、続けるかどうかの選択の権利は与えられている」

 

秋雲「正直、やめたらどんなに気が楽か、と思うけど…自分の知らない所でみんなが死ぬよりは一緒に戦って死にたいよね…」

 

陽炎「死ぬ前提とかやめてよ、縁起でもない…」

 

秋雲「でも、南西諸島に行くってのはそういうことでしょ…向こうの戦略はこっちの倍、それでも返り討ちなんて…ウチの瑞鶴はたしかに強いよ、だけどさ…」

 

陽炎「たしかに前の世界と比べたら強くはないのは認めるけど…それでもウチの最大の戦力なのは間違いない」

 

秋雲「…その最高戦力の最近の戦果は?ゼロだよ、陽炎やこの秋雲さんの方が敵を倒した数は多い…つまり、私と陽炎だけが頼りなんだよ、で、やれると思う?」

 

陽炎「…それは…」

 

秋雲「龍田さんや足柄さん、鈴谷さんが着任しました、全員記憶があります、それで?演習の時見たでしょ、宿毛湾の化け物艦隊…あれを退けた相手だよ、しかも移動用の船の護衛も必要…10人で回すことがどれだけ大変か…」

 

陽炎「わかってるけど!だからどうしろって言いたいの!やらなかったら深海棲艦にいいようにされ続けら事になるの!」

 

秋雲「そ、それの何が悪いのって話さ…確かに外国との航路がないと食糧難もあるし、色んな面で問題は出てくるけど、それには別の形で対応すればいい、深海棲艦と戦い続けるより犠牲はずっと少ないよ…」

 

陽炎「じゃあたとえば深海棲艦が陸に来たら!?忘れたとは言わせない…あいつらは陸に攻めてくることができる、戦わない方が犠牲が少ない?別の形で対応?本当にそれがうまく行くと思う?」

 

秋雲「……む、難しいのはわかってるけど…」

 

陽炎「私は戦う事を強制するつもりは無いし、司令もそうでしょ」

 

渡会「当然だ」

 

陽炎「秋雲、逃げる理由に私たちを使わないで、選ぶのは自分自身だから」

 

秋雲「わかってるけど…」

 

陽炎「…私は、死ぬつもりは無い、だけど自分の役目を放棄するつもりもないから、秋雲が、誰かが怪我したら絶対に私が連れて帰る」

 

秋雲「…本当に大丈夫なの?」

 

陽炎「んなわけないでしょ、確証なんて何も無い、私は…ただアンタを勇気付けようとしてるだけ…秋雲に自分で戦う事を選ばせようとしてるだけ」

 

秋雲「まぁ…だよねぇ…ははは、はぁ…陽炎も怖いんじゃん」

 

陽炎「当たり前でしょ、まあ、死んじゃったら全部司令のせいで」

 

渡会「…ああ、お前達に何かあれば俺の責任だ、そうならないように作戦を立てるのが俺の仕事だ」

 

陽炎「お、心強い事言うじゃん」

 

渡会「お前達が怯えてるようではな」

 

秋雲「怯えてないし!?」

 

渡会「安心しろ、龍田には事前にあってきた、明日からは地獄になる」

 

陽炎「…地獄、とは」

 

秋雲「OK Google 地獄って何?」

 

陽炎「機嫌が悪い時の龍田さんと一緒にいる時の空気」

 

渡会「…明日から知らんぞ」

 

陽炎「明日から猫被ればいーんだって!」

 

秋雲「そうそう」

 

龍田「でも猫をかぶるにはちょっと遅いんじゃ無いかしら〜?」

 

秋雲「えー?そうです、か…?」

 

陽炎「遅くなんてな…い…?」

 

龍田「うふふふ〜?」

 

渡会「龍田は着任は明日だが、東京に住んでいたのもあって今日からこっちに住み込むことになった」

 

秋雲「……な、何で言ってくれたなかったの…」

 

渡会「本人に口止めされていた」

 

龍田「驚かせようと思ったら〜…ね?」

 

陽炎「も、申し訳ありません!!」

 

龍田「ちょっと遅いわね〜、今から演習よ?」



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責務

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

海斗「向こうからの連絡は?」

 

朝潮「ありません、もう2日になるのに何も言ってきません…敷波さんのことで手一杯のようです、綾波さんのことも、前回の敗北も全て無かったことにしようとしてるのでは?」

 

海斗「そうなると拓海たちがかなり動いてくれてるはずだね…でも、このまま有耶無耶にするのも良くない」

 

朝潮「そもそもの話、この戦いを続けられるのでしょうか、国内の艦娘システムへの反発も高いと聞きます、司令官も何か聞いているのでは?」

 

海斗「まあ……全く言われないわけでは無いかな、でもそれは仕方ない事だよ」

 

朝潮「仕方ない事、ですか……司令官、先日移送された方々ですが搭乗していた車が海に落ち、全員死亡したと」

 

海斗「………」

 

朝潮「どう思いましたか、これも仕方ない事ですか」

 

海斗「いいや、全くもって違う」

 

朝潮「司令官、あまりにも後手に回りすぎましたね」

 

海斗「…綾波の事に関しては?」

 

朝潮「全くもっての無視です、おそらくこのまま…」

 

綾波のことも無かったことにされるとなると、こちらができることはかなり少ない、大本営の動きが把握しきれないのも辛いか…

 

海斗「……どうするべきだと思う?」

 

朝潮「…あくまで私の予想ですが…司令官が動く必要はないのでは?状況が状況なだけにおそらくもう手を打ってあるのではないかと」

 

海斗「誰が?」

 

朝潮「誰かがです、火野さんなのか、それとも別の誰かなのか…司令官のお知り合いで今の状況を把握してらっしゃる方は?」

 

海斗「積極的に誰かに話すことはしてないけど…」

 

朝潮「なぜ話さないんですか…例えば情報操作に強い方に頼るとか」

 

海斗(情報操作となると…ヘルバか……頼めば手を貸してくれるだろうけど…)

 

朝潮「これ以上後手に回ることは許されません、前回の出撃組でも、艦娘が置いていかれたと言う事実に対して強い不信感や不安感を隠さない者も多いです」

 

海斗「そうだね…」

 

朝潮「司令官、艦隊が形を保つ為にはどんな形でもあなたの存在が強く影響します…厳しい言い方になりますが、責任を果たしてください」

 

海斗「わかった、甘えた事を言うつもりは無いよ、僕にできる限りは全てやる」

 

朝潮「ご決断ありがとうございます、それと…私事にはなりますが満潮の事で……」

 

海斗「大丈夫、満潮には別の仕事を振るつもりだよ、ごめんね」

 

朝潮「ご配慮痛み入ります」

 

海斗「こっちこそ伝えてくれてありがとう、気づいたことがあったらそのままなんでも言ってね」

 

朝潮「…では、一つ」

 

海斗「何かな」

 

朝潮「潮さん、山雲、そして天龍…いや、日向さん、以上三名はもう気づいてますよ、司令官の記憶の件」

 

海斗「……どこから漏れたんだろうね」

 

朝潮「さあ、でも今の音声は使えますね」

 

レコーダーをひらひらと見せてくる

 

朝潮「司令官、綾波の事を気にして記憶があるのを告げないのは…構いません、そこまで強いるつもりはありません、ですが……私達は…」

 

海斗「……朝潮、綾波のことは理由の一つでしか無い…最初は僕だって記憶が蘇った時にみんなと会おうとした、みんなと話したりもした……だけど、それは…あまりにも異端なんだ、許容されないんだよ、記憶を持ったメンバーだけで形成された狭い世界じゃ無い、記憶が無い人も大勢いるんだ……」

 

朝潮「…ですが…」

 

海斗「僕が君たちへの配慮に欠けていたことは、謝らせてほしい、ごめん…だけど、それとこれとは違うんだ、記憶がある事を話しても、余計に辛い思いをするだけなんだよ」

 

朝潮「そうですか…」

 

海斗「でも、ひた隠しにしたところで何もいいことはなさそうだね」

 

朝潮「…じゃあ?」

 

海斗「記憶がある事を隠すような真似はやめる、だけどそれはお互いに覚えてることが前提だよ」

 

朝潮「ありがとうございます、自分らしく居られる場が多くなる事できっとみんなも気が楽になるはずです」

 

海斗「だといいけど…気を緩めすぎて首を締めるようなことのないようにね」

 

朝潮「勿論です」

 

 

 

 

 

ヘルバ『なるほどな、話は理解した』

 

海斗「お願いできるかな、別に革命を起こしたいわけじゃ無い、今みんなを危険にさらさないために手を貸してほしい、ダメかな」

 

ヘルバ『造作もないことだ、だがなカイト、お前ともそろそろ大人の関係になるべきではないか?』

 

海斗「大人の関係か…高くつかないとありがたいんだけど」

 

ヘルバ『物分かりが良くてよろしい、だが安心しろ、金の話ではない』

 

海斗「……となると、ヘルバが僕に頼むなんて…海の事?」

 

ヘルバ『そうなる、お前達には海を渡り、ロシア、ウラジオストクまで物を届けてもらいたい』

 

海斗「非公式の、それも誰にもバレちゃいけない輸送作戦…か」

 

ヘルバ『厳しいか?』

 

海斗「正直不可能に近いよ、そもそも宿毛湾泊地は太平洋側に面してる、日本海を通って行くにしても…誰にも見られないのはほとんど不可能だね」

 

ヘルバ『では、バレないようにすれば問題ないと?』

 

海斗「勿論、手を貸してくれるなら…まず、現在の港や浜辺周辺の警戒は哨戒艇が出てるのは知ってる?」

 

ヘルバ『愚問だな、各基地から小型船が毎日のように出て行くのだからニュースさえ見ていれば誰でも知っている、ライブ放送をやっていた時は生々しい現場の凄惨な光景を見せられた』

 

海斗「今艦娘が大量に増えてる、だから哨戒艇に艦娘を乗せようと言う案が出てる、それを通して欲しいんだ、そうすればまず、日本から出ることはできる、おおよそ1000キロの旅になる、ヘルバの運んでほしいものってどんな物?」

 

ヘルバ『中身は知らないほうがいいが、片手にさっぱり収まる程度のものだ、ポケットにでも入れろ、受け渡しも現地に取りに行く者を用意しておく』

 

海斗「ざ、雑だなぁ…」

 

ヘルバ『報酬は先払いにしておく、明日からお前達も忙しくなるぞ』

 

海斗「わかってる、助かったよ」

 

ヘルバ『朝刊と一緒に送り届けておく、1週間以内に届けてくれ』

 

海斗「1週間だね、了解」

 

これでこっちは大丈夫…問題は誰が届けに行くかだ、曙達に行ってもらうのがベターな感じかな…でも大体600海里を移動するには…20ノットで30時間はかかる、それに燃料を大量に持たせるとしても…

 

海斗「哨戒艇をそのまま使う方がいいのかな、だとしたら乗組員も…うーん…」

 

全部僕1人で考えるにはちょっと無理があるか…

 

加賀「失礼するわ、提督」

 

海斗「あ、加賀か…」

 

加賀「何?嫌な反応ね」

 

ポケットに入るサイズ…充分艦載機で送れる可能性は高いな…もしそうなら燃料と時間を節約できる、だけど一晩をどこかで明かすことにはなるか…

 

海斗「加賀に重要な仕事を任せることになりそうなんだ、詳細は明日話すよ」

 

加賀「…構わないけれど…それより、如月が目を覚ましたわ」

 

海斗「如月、か…」

 

大変な時期に着任したからあんまり関わることがなかったんだよね…

 

海斗「扶桑は?」

 

加賀「まだよ、目を覚さない理由は不明、だから永遠に目を覚さないこともありうる…他の子の時も言えたことだけどね」

 

海斗「目は覚ますはずだ、心配ないよ、如月は今どうしてるの?」

 

加賀「同じ駆逐艦ということで朧が面倒を見てるわ、だけど…如月の方がすっかり怯えてる、どうも記憶があるみたいで貴方の事、随分と怖がってたわ」

 

海斗「…僕って人相悪いかな」

 

加賀「そうじゃなくて、あんなに酷い戦いにいきなり巻き込まれたのだから…」

 

海斗「まあ、当然だよね…如月もこの世界で人間して生まれてるんだし、可能なら親元に返してあげたいな」

 

加賀「…一度死んでるのよ、もし目の前で殺されてた時、いきなり送り返されても化け物扱いされるのがオチよ」

 

海斗「海から戻ってきた子にも選ぶ権利はあるはずだ」

 

加賀「そうかもしれないけど、それはそれで難しいものよ」

 

海斗「とにかく、会いに行ってくるよ」

 

加賀「そうして」

 

 

 

 

 

医務室

 

海斗「夕張さん、如月は?」

 

夕張「そこのベッドです」

 

朧「あ、提督」

 

如月「……えっと…ご、御用でしょうか…」

 

海斗「ああ、えっと…おはよう?」

 

如月「お、おはようございます…」

 

海斗「朧、どのくらい話せた?」

 

朧「どのくらい…うーん…とりあえず前の世界との違いは一通り…でもちょっと…」

 

海斗「ちょっと…?とりあえず、如月、君は艦娘として戦うか、それとも元のように人として生活するか、どっちを選びたい?僕は君が望んだ通りに生きていけるようにできる限りサポートする」

 

如月「ま、待ってください、あの…元のようにって…?」

 

海斗「君が深海棲艦にやられる前みたいに人間として…もしかして覚えてない?」

 

如月「覚えてないも何も…わ、私の最後の記憶はあの戦いで…本当に何が何だか」

 

海斗「長門みたいな状態か…どうしようか」

 

夕張「児童養護施設に入ってもらう、とか?年齢的にも10歳ちょっとに見えますし」

 

朧「そもそも、どうしたいの?如月は」

 

如月「…えっと…わ、わからないんです…私はあの戦いでも何もできなかった、貴方達のあるっていう人間としての記憶もない…人として生きていけるのかもわからないんです…」

 

朧「…確かに不安か…」

 

夕張「満潮ちゃんみたいな扱いは?」

 

海斗「うーん…難しいところだね…朧、長門を呼んでくれる?」

 

朧「さっきメールしました、多分もうすぐ来ると思います」

 

夕張「なぜ長門さんを?」

 

海斗「如月と同じ立場から意見をくれると思ってね」

 

夕張「…あー、あの…実は私は聞いてるんですけど…」

 

長門「失礼します…夕張さん、もう言ってしまったか…?」

 

夕張「…あー、長門さん、ちょうど今言おうと…」

 

海斗「さっきからなんの話を…?」

 

長門「……そ、その…騙すような真似をして申し訳ないが…私は人としての記憶を持っている、ただ、人間社会に戻りたくないというのがあって…」

 

海斗「そうだったんだ…うーん…別にそれならそうと言ってくれればよかったのに」

 

長門「人間嫌いだった私としては…あの環境には戻りたくないな…」

 

夕張「海で目覚めた時にいきなり記憶が蘇ったみたいで、急な事だったらしくて、混乱してたみたいなので…勘弁してあげてください」

 

海斗「いや、責めるつもりはなくて…うーん、長門は今も戻るつもりはないの?ここに今いるのは君の意思なんだね?」

 

長門「…ああ、間違いなく私の意思だ、情けない話、人間から生まれたとか、人間として育てられたとか、その事実が耐え難かった、怖かった…それを忘れられるのは、戦いの中だけだ」

 

海斗「うーん…だとしたら尚更人間社会に戻ってほしい気持ちもあるけどね、今の君はどうやっても人間なんだから」

 

長門「…そうか、それより如月」

 

如月「は、はい…」

 

長門「私は艦娘として生まれ、人として生まれ、今まで生きてきたが…どちらにも辛いことがある、だがもし艦娘としての道を選ぶのなら…私達は如月の味方だ、何かあれば守る事ができる」

 

夕張「長門さんってカッコつけるわよね」

 

朧「離島時代の名残じゃないですか?駆逐艦達を守ったりしてたって聞きますし」

 

長門「聞こえてるぞ」

 

如月「…私はどうしたら…」

 

海斗「如月が人間の道を選んだ場合、記憶喪失で親のいない子供として扱われると思う、そうなると親元を離れることになった子供達が集められる施設に行くことになるはずだ、そこから学問と、一般的な教養などを身につけて社会に出る事になる」

 

如月「…艦娘になったら?」

 

海斗「保証できるのは衣食住、それと基本的人権、後職業だからお給料に関しては、このくらいかな、出撃とかで変動するけど」

 

如月「艦娘の方が自由そうですね…命懸けですけど」

 

海斗「大丈夫、戦わないって選択肢もある、もし戦うのが嫌なら別の仕事を割り振るつもりだよ」

 

如月「…司令官さんは、私に艦娘になってほしいんですか?」

 

海斗「なって欲しい、か…うーん、僕は君にやりたいようにやって欲しいかな…人間として生きるのなら僕の友達に手を貸してくれるように頼んでみるけど」

 

如月「……どうしたら…」

 

朧「如月、戦うのは怖い?」

 

如月「…いえ、話を聞く限りあんなに恐ろしい敵はもういないみたいですし、普通の深海棲艦となら…」

 

朧「艦娘も割と自由で楽しいよ、大変な作戦もある…っていうか返り討ちになったとこだけど」

 

如月「…人としての記憶、それが私にあるのなら、それが戻ってくるまで艦娘として戦わせてください」

 

海斗「歓迎するよ、如月」

 

朧「何かあったら私か髪の青い曙を頼って、あと朝潮も」

 

夕張「怪我したら私が手当てはしますけど、この世界には修復剤も何もありません、だから怪我はしないように気をつける事」

 

如月「う、腕が飛んだら?」

 

夕張「腕なんて生えてくるわけないでしょ、何も変えは効かないの」

 

如月「…じ、自身無くなってきました…」

 

敷波「すいませーん、司令官…あ、居た、横須賀から戻りました」

 

海斗「おかえり敷波、大変だったね」

 

如月「あ、足がない……ひぅ…」

 

朧「…敷波は刺激が強かったか…」

 

敷波「…うん、なんか、その…生きててごめん」

 

海斗「えっと…敷波、ごめん、今起きたばかりで混乱してるんだ、部屋に綾波がいると思うから会ってきて」

 

敷波「はーい…はぁ…」

 

如月「ああ、あの、あの子…足が…!」

 

海斗「えっと…深海棲艦にやられたわけじゃないんだ、でも艦娘としてここにいる、艦娘システムはもともと孤児を雇用する事で生活を保護する、って政策も兼ねてるみたいだから…」

 

如月「あ、ああ…そ、そうなんですね…あはは…はは…」

 

夕張「めっちゃビビってる…」

 

朧「でも戦闘で足が吹っ飛んだらああなるのか…」

 

如月「ぴぃ!?」

 

長門「…余計に脅してどうする…」



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先払い

横須賀鎮守府

提督 火野拓海

 

拓海「ふむ…」

 

大淀「どうしたんですか、難しい顔をして…」

 

拓海「嫌な手段を使ったな…と思ったのだ、ヘルバが動いた事は正直助かる、私も手を借りるか迷っていたからな、だがやり方が派手だ」

 

大淀「赤裸々すぎる、ということですか?このくらいしなくてはダメージがないとも考えられますけど」

 

拓海「我々も痛みを伴う、いや、痛みが多すぎる、現在の士官の多くは責任を被る事になる、私は例外だがな」

 

大淀「…横須賀鎮守府提督、という肩書きではありますが、まだ中佐ですものね、提督にはノーダメージですか」

 

拓海「中佐というのも十分過ぎるほど異例の肩書きだ、流石にその点を突かれるのは痛い、だが私の足を引っ張るような余力もないだろう、これ以上問題を増やすわけにもいかんだろうからな」

 

大淀「流石に無傷とは行かずとも…ですか」

 

拓海「ここまで考えた上の行動だろう、さすがはヘルバ、か」

 

大淀「ではそちらの面は置いておくとして…浜風さんからの苦情はどうしましょう」

 

拓海「訓練でのスコアが基準値を超えるまでは出撃できないと言っておけ」

 

大淀「…その基準値、私でも出せませんけどね」

 

拓海「五月雨が出したスコアの中から一番低いものを選んだ、充分有情なつもりだが?」

 

大淀「提督は五月雨さんと同レベルの兵士を作ろうと?」

 

拓海「彼女も親元に帰る、基本的に出撃のないのか鎮守府において大きい戦力は必要としないが、有事の際にはな」

 

大淀「まあ、そうですね…」

 

拓海「アオバ達はどうなった?」

 

大淀「まるで情報がないそうです、道場も、家も、どこにいるのやら…」

 

拓海「……ふむ、亮は確か今…」

 

大淀「三崎さんですか?今は都内の……まさか、寮ですよ?」

 

拓海「一応改めるようにと伝えておけ、水上歩行用の艤装さえ手に入ればそれで良い」

 

大淀「わ、わかりました…多分ないと思いますけど…」

 

拓海「ああ、私もそう思う……だが念には念を入れろ、床下、天井裏、埃一つ見逃すことのないようにと」

 

大淀「掃除もしてきてもらいましょう」

 

 

 

 

 

東京 寮

川内

 

川内「ぶぇっくしっ!」

 

神通くしゅんっ!」

 

那珂「はっ…はぁ〜っ…はぁ…」

 

亮「なあ、あんまり大きい音は…」

 

川内「ごめんってば、だけどくしゃみを我慢するのは無理があると思わない?」

 

神通「那珂ちゃん、ちゃんと出さないと菌が外に出ませんよ」

 

那珂「あー!ムズムズする!」

 

亮「声がでけぇ…お前らの声のせいで俺は女児向けアニメとかギャルゲーばっかやってる奴って扱いになってるんだぞ…!」

 

神通「…それは、すいません」

 

那珂「でもさー…」

 

川内「…?」

 

神通「何か騒がしいですね、那珂ちゃん」

 

那珂「はーい」

 

屋根裏に素早く隠れると同時にノック音

 

亮「はい」

 

アオバ「すいませーん、部屋の点検に来ました」

 

亮(点検…聞いてねぇぞ…)

 

川内(勘づかれたか…)

 

神通「姉さん、出口に行きましょう」

 

那珂「待って、1人とは考えにくいよ…出口も張ってるんじゃない?」

 

アオバ「おー、綺麗なお部屋だこと」

 

亮「何の要件でしょうか」

 

アオバ「貴方が女性を連れ込んでるって話を聞きまして」

 

亮(転がり込んでるだけだけどな)

 

川内(多分それで調べにきたわけじゃないよね、わざわざ艦娘が来るってことは…)

 

神通「逃げる他ありません…那珂ちゃん、外の様子は?」

 

那珂「ダメ、何かウロウロしてる人がいて…あれ?あの子って…」

 

 

重巡洋艦 アオバ

 

アオバ「部屋を改めさせてもらいます」

 

亮「どーぞどーぞ」

 

アオバ(…殺風景な部屋だけあって、なかなか…隠れる場所はない…となると、天井か…出入り口らしいものはないし…ん?)

 

ドアがノックされる

 

亮「…出ても?」

 

アオバ「どうぞ?」

 

亮「はい、どちら様ですか」

 

返事がない

 

亮「…なんだ…?誰もいない…?」

 

アオバ(…なんの来客…?いや、今のって陽動なんじゃ…!)

 

アオバ「天井にはどうやって入るんですか!?」

 

亮「いや、なんで天井に上がれる前提なんだ…?」

 

アオバ「あーもう!」

 

その辺の物に登って天井を叩く

 

亮「お、おい…危ない…」

 

アオバ「穴あけてもいいですよね!?」

 

亮「よかねぇよ?!な、なんで穴開けようとしてるんだ…?」

 

アオバ「うおりゃぁー!!」

 

亮「話聞けよ…」

 

アオバ「…穴開ける道具!」

 

亮(いや、無いに決まってるだろ…)

 

携帯が鳴る

 

アオバ「…もしもし?」

 

衣笠『見つかったって、歩行用の艤装』

 

アオバ「…え?」

 

衣笠『保管庫にあるのを数え直したら出てきたって』

 

アオバ「……あー…?」

 

亮「………」

 

アオバ(これって私人の家を勝手に荒らしに来たヤベー奴なのでは…)

 

亮「オイ、アンタ」

 

アオバ「ぴぇっ!?」

 

亮「さっきから好き勝手してるけど…誰に許可もらってこんなことしてんだ?」

 

アオバ「…あー、ガサ、どう言えばいいと思う?」

 

衣笠『提督の名前出すのはまずいかなぁ…でもやれって言ったの提督だし』

 

アオバ「んじゃ問題ないでしょ、横須賀鎮守府の司令官、火野拓海の指示ですけど?」

 

亮(さっきキョドってたくせに急に偉そうだな…)

 

アオバ「…ど、どこに電話を?」

 

亮「アンタの上司に決まってんだろ、こんな無理矢理な家宅捜索が認められるわけねぇだろ」

 

アオバ「ハッハー!その上司に言われてきてるんですからこっちに分があるにきまって…」

 

亮「オイ、拓海どうなって…あ?間違い?」

 

アオバ(…なんか、雲行きが…?)

 

亮「…ああ……あー…ああ、つまり、ウチにドカドカと上がり込んできたコイツは、そっちの勘違いで送り込まれたんだな?」

 

アオバ(ちょーっ!?あ、いや、さっき見つかったってガサが言ってたけど…そんなまさかトカゲの尻尾切りみたいな事されるんですか!?)

 

亮「勘違いだとよ、ご苦労さん…帰れば?」

 

アオバ「し、失礼しました…」

 

アオバ(…ゆ、許された…)

 

亮「ああ待て、一つだけ聞いとく…アンタが荒らした部屋、その責任は誰にあるんだ?」

 

アオバ「え?あー…あはは…失礼しましたー!」

 

 

 

 

 

三崎亮

 

亮「ったく…川内、片付け手伝え」

 

春雨「はい喜んで〜」

 

亮「うおっ!?…な、なんでお前が…!」

 

春雨「忍者春雨、お呼びとあらば即座に参上…な〜んて」

 

亮「…アオバ達が帰ったのはお前の仕業か?」

 

春雨「勿論、私は便利屋ですから」

 

亮「春雨…お前、誰と組んでる?」

 

春雨「スーパーハッカー…欅とかヘルバとか、いろんな名前がありますね」

 

亮「…なんで欅と組んでる」

 

春雨「司令官のお役に立ちたいから、じゃあ不足ですか?」

 

亮「…危険だぞ」

 

春雨「え?もう危険な目に巻き込んでおいて今更それを言うんだ、おっどろき〜……っといいますか…中途半端だったんですよ」

 

亮「中途半端?」

 

春雨「今、みんなの能力が下がる形ですが、私も第一線で戦える…私にもチャンスが来た…碑文使いと馬鹿げた力を持った人たちだけが活躍できた…私の手元にあるのはこれだけ」

 

亮「…その籠手は…」

 

春雨「作ってもらったんです、楚良の双剣…私は…中途半端な力を持ったせいで諦める事も食らい付くこともできなかった…だから、私はこの世界でこそ戦いたい、役に立ちたい、みんなを守りたい…川内みたいに、楚良みたいに」

 

亮「だからって無理するなよ、俺が言うのも違うのはわかってるが…」

 

春雨「無理なんかしてない、今が楽しい、ようやく私が求められてるんだから」

 

亮「…そうか」

 

川内「あのー…そろそろ出てもいいですか」

 

春雨「いいけど、ここにはもう居ない方が良いよ、旅行に行ってたことにして帰るべき、向こうの水上歩行用の艤装について書き換えは終わったし、疑わしきを罰することはできない」

 

川内「そもそも神通クラスの格闘戦ができないと移動用の艤装もらっても困るんだよねぇ〜…ほら、どうしようこれ」

 

亮「…ウチの天井裏はどうなってんだ…?」

 

春雨「割と快適空間だったよ、ソファと漫画とシンクがあった」

 

亮「…どこからツッコミいれりゃいいんだ…?つーか…シンク…?」

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 食堂

提督 倉持海斗

 

間宮「左手はちゃんと関節を包丁の板に当て続けてください、指を切っちゃうので」

 

満潮「こ、こうですか…」

 

如月「できてるのかしら…」

 

間宮「大丈夫、2人ともちゃんとできてますよ」

 

戦闘を得意としない2人は食堂の調理補助をする事になった、間宮と鳳翔は長居する予定はない、次期作戦の目処が立たないのですぐにでも帰る事になる

その前にある程度料理の基礎を教えてもらいたい、と言う2人の要望のもと間宮主催の料理教室が開かれた

 

アオボノ「…肉じゃがなのかカレーなのか、そこが重要ですね、肉じゃがは食べたばかりなので御免被ります」

 

加賀「あら、美味しければいいと思うのだけれど」

 

朝潮「それよりも…司令官、私達に話と言うのは」

 

海斗「これだよ」

 

質素な包装をされた小箱を机に置く

 

加賀「プレゼントかしら」

 

海斗「違う、これを秘密裏にウラジオストクに運ぶ必要があるんだ」

 

アオボノ「…成る程、理解しました」

 

朝潮「説明されてもない状況で何を…?」

 

アオボノ「上層部が苦虫噛み潰した顔をしてる理由と、この小箱が出てきた理由、そして今朝来た試験的に艦娘が哨戒艇を扱うと言う…まあ、これだけわかってれば充分過ぎます」

 

海斗「君たち3人にはウラジオストクに向かってほしい、もちろん使えるのは海路だけ、哨戒艇を一艘用意してある、行き帰りに充分な燃料も用意してある」

 

加賀「…そうだとしても、30ノットで進めても往復に2日はかかるわ、というより…三人で乗るような哨戒艇ではとても往復はできない」

 

海斗「向こうでも燃料の補給ができる、だから往復は可能だよ、時間がかかりすぎるのは間違い無いんだけど…」

 

アオボノ「構いません、私一人でも行きます」

 

朝潮「私も行きましょう、ボートはどのくらいの速度が?」

 

海斗「深海棲艦と戦うより、観測したら逃げる事を優先してるから最高で35ノットまで出せるらしい」

 

加賀「…じゃあ、充分ね…でも、その速度なら装甲は期待できないわ、一撃でも被弾したら帰れない」

 

海斗「そう考えていいと思う、それと哨戒艇の操作に詳しい人が1人来てくれて、その人が現地での受け渡しもやってくれるらしい」

 

アオボノ「至れり尽くせり…いや、私たちは単なる護衛か」

 

朝潮「そう言う事でしょう、出発は?」

 

海斗「明日明朝、海門海峡を超えて日本海に進出したら直進して」

 

加賀「舞鶴あたりの子がやるべきだと思うのだけれど」

 

海斗「あ、そうだ…一応これは極秘任務だから、決して口外しない事、見られない事、良いね?」

 

朝潮「食堂でして良いのですか?」

 

海斗「艦隊のメンバーには話すよ、主力が急に消えるんだから隠せるわけがない」

 

加賀「妥当な判断ね」

 

 

 

 

 

 

横須賀 喫茶店

キタカミ

 

キタカミ「おー、なんかすごいニュースだねぇ」

 

瑞鳳「…私たちこんなところでお茶してて良いのかな」

 

イムヤ「さあ…でも情報集めは必要ですし…」

 

キタカミ「見てよこれ、艦娘システムに反対するデモだって」

 

瑞鳳「何故そんなものが…?」

 

イムヤ「脚のない子を雇用する代わりに…動物扱い…うわ…」

 

キタカミ「他にもロクでも無いメールとか、色々流出したみたいだね、いつの時代も上の人間は腐ってるねぇ〜」

 

瑞鳳「あ、このサンドイッチ美味しい」

 

イムヤ「このクッキーもいいですよ」

 

瑞鳳「ホントだー、そっちの紅茶ちょっと分けてよ」

 

キタカミ「…あのさ、真面目な話してんのに聞かないのはどうなのよ」

 

瑞鳳「だって私たちは上を潰すわけじゃないし」

 

イムヤ「そうそう、それよりも今を楽しむ方が大事ですよ」

 

キタカミ(…まあ、一歩道を踏み外せばどうなるか、見ちゃったからねぇ…思い残すことの無いようにしておかなきゃか)

 

キタカミ「…深海棲艦を人間に戻す手段ってあいつらに頭下げる以外にないのかな」

 

瑞鳳「研究者とか、いるんじゃ無いでしょうか?」

 

イムヤ「ハッキングとかしてみます?」

 

キタカミ(研究者…ねぇ……あれ?)

 

キタカミ「綾波抱き込めばはやくない?」

 

瑞鳳「え?…いや、キタカミさんがそれでいいならいいけど…」

 

イムヤ「でも綾波だし…」

 

キタカミ「アイツの力は確かだけど…どうしよっかなぁ」

 

キタカミ(背に腹はかえられぬ…か…かといってあれは劇薬だ…)



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泊地襲撃

宿毛湾泊地

駆逐艦 曙

 

曙「行ってらっしゃい、曙」

 

アオボノ「…アンタが言うのはなんか怖いわね」

 

朝潮「わざわざ見送りだなんて、何かあるんですか?」

 

曙「さあね、変な感じがしたから様子を見に来たの、アンタらが何するかすら聞かされてないけど」

 

アオボノ「…ホントに変な感じね、アンタも、今日って日も」

 

加賀「曇ってるわね、午後から雨になるわ」

 

アオボノ「哨戒艇は?」

 

加賀「今運転してくれる人と提督が話してるわ」

 

朝潮「爆雷よし、ソナーよし、主砲、魚雷、燃料、全て問題ありません」

 

アオボノ「ん、私も全部問題ないです」

 

加賀「艦載機も整備完了しています」

 

曙「…そろそろ日の出ね」

 

阿武隈「あれ?みなさん、集まって何を…?」

 

アオボノ「おはようございます、少し留守にしますので、その間はお願いいたします」

 

阿武隈「お出かけですか…?その割には物々しいですけど」

 

加賀「極秘任務よ、提督から朝礼で言われるはず、内容はその時にでも聞いて」

 

阿武隈「御武運を」

 

曙「戦果あるといいわね」

 

アオボノ「…ま、そうね…行ってくるわ」

 

 

 

 

 

 

哨戒艇

正規空母 加賀

 

加賀「随分と変わった色ね」

 

佐藤「衛生写真なんかに映って発見されないように…って書いてますが、速度が出てる時は効果は薄いと思います、これから二日間、快適な海の旅を」

 

アオボノ「…快適、でしょうか…果たして…そう言えばあなたは」

 

佐藤「これは失礼、名乗り忘れてました、私ネットワークアナリストの佐藤一郎と申します」

 

アオボノ「…ヘルバの腹心、黒の精霊ビト?」

 

佐藤「博識な方も居られるようで、ビトとお呼びになって下さっても構いませんよ」

 

アオボノ「結構です」

 

加賀「…日本海に出たら私が彩雲を飛ばします、周辺の索敵はお任せください」

 

    

 

 

 

 

宿毛湾泊地 

提督 倉持海斗

 

海斗「集まってるみたいだね、伝えておく事はは二つだけ、今日より三日間、青髪の方の曙と加賀、朝潮には出張に出かけてもらってるよ、詳細が知りたければ個別に聞きに来てほしい」

 

朧「何か聞いてる?」

 

曙「さあね」

 

海斗「それと第二次南西諸島方面への出撃について詳しい作戦会議をする事にしたよ、現状では他の鎮守府などの戦力との合同作戦になると思われる、これについての会議は15時より会議室で行うので、全員参加するようにね」

 

満潮「…また行く事になるのかな…」

 

如月「心配ないわ、帰ってこられるはず…」

 

海斗「何か今聞いておきたい質問は?」

 

青葉「えっと…はい、出張ってどこに…?」

 

海斗(…個別対応にしてもいいけど、ここで答えないと不自然に思われるかな)

 

海斗「ウラジオストクだよ」

 

青葉「ウラ…?…ロシア!?」

 

朧「え、ロシア?ロシアまで…?」

 

海斗「極秘の護衛任務だから口外しないようにね」

 

潮「そ、それ私たちが聞いてよかったんですか?」

 

海斗「大丈夫だよ、ただ、誰に聞かれたとしても絶対に言わないようにね、他に質問は…なさそうだね、じゃあ解散」

 

海斗(できれば内容については少数に伝える形にしたかったけど、みんなの前で緘口令をしけたと思えばいいか)

 

青葉(わざわざロシアに何を…ロシア…ロシアって何があったかな…)

 

朧「ロシアかぁ…お土産ってあるのかな」

 

曙「あるわけないでしょ、海路で行くんだろうけど、深海棲艦がうじゃうじゃ…いや、お土産に首でも持って帰ってきたりして」

 

漣「ひぇー…青いぼのたんはおっかないなぁ…」

 

潮「実際、一二を争うくらい強いからね」

 

北上「……」

 

阿武隈「うーん、私も行ってみたかったなぁ、極秘任務」

 

赤城「そっちですか、てっきりロシア料理を食べたいのかと」

 

阿武隈(この赤城さんは食いしん坊だなぁ…)

 

 

 

 

 

 

 

 

海上

キタカミ

 

キタカミ「は?何それ」

 

瑞鳳「私達に行けって?」

 

ヲ級「…イエ、適当ナ深海棲艦ニ向カワセタソウデス…」

 

キタカミ「…なんでまた泊地を襲撃なんて…」

 

イムヤ「元々深海棲艦は色んな浜辺や海岸、港を襲って人間を殺してた、それが軍港というだけ…って考えは落胆的過ぎますよね、統率者がいるわけだし…」

 

キタカミ「…チッ…まあ、どのみち向かった奴らは壊滅する、あたしらが全部守る理由はない…ってのは…」

 

瑞鳳「仕方ありません、今回の犠牲には目を瞑るべき…と言うか、なぜ戦力が揃ってる宿毛湾泊地を…情報に疎い…?」

 

キタカミ(…あのクソッタレが情報に疎い…は、あるかもしれないけど、それだけが理由とは思えない、何か理由があるはず…)

 

キタカミ「一応様子だけ見に行けるようにしとこう、こんなので出し抜かれてもつまんないし…」

 

瑞鳳「わかりました」

 

イムヤ「賛成です」

 

 

 

 

 

 

海上

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「予定通り、出ましたか」

 

加賀「軽巡級3、駆逐級3…どうするの?」

 

アオボノ「艤装を持ってきています、私1人で充分ですよ」

 

加賀「慢心はどうかと思うわ」

 

アオボノ「じゃあ、朝潮さんも来てください」

 

朝潮「わかりました、片付けましょう」

 

艤装を装備し、海面に降りる

 

アオボノ「戦闘開始」

 

加賀「…ラジオとか、あるかしら」

 

佐藤「ありますよ、漫画もファッション雑誌もあります、お好きなものを」

 

加賀「……ラインナップが微妙ね、次はジャンプを持ってきて」

 

佐藤「サンデー派なもので」

 

朝潮「…なんとも暢気な」

 

アオボノ「信頼されてると思えばいいです…来ましたよ、目視」

 

駆逐級が先に見えたか

 

朝潮「佐藤さん、速度を落とせますか?このままの速度を維持しながら戦うのは厳しいので」

 

アオボノ「それはあなただけです」

 

主砲で駆逐級を二隻沈める

 

朝潮「…言っておきますけど、あなたが規格外なのであって、普通は当たりません」

 

佐藤「こんなものでどうですか?」

 

朝潮「充分です」

 

朝潮の主砲の角度を確認する

 

アオボノ「…ふふ…」

 

朝潮「…はぁ…」

 

朝潮より一呼吸速く放つ

駆逐級の側面を弾き、肉の柔らかい面を露出させ、朝潮の砲弾を当てる

 

朝潮「本当に気持ち悪いですね、あなたの砲撃」

 

アオボノ「それはどうも」

 

朝潮「…褒めてないんですけどね、あの北上さんが今の貴方を見たらどう思うでしょうか」

 

アオボノ「嫉妬で狂うんじゃないですか?」

 

朝潮「嫉妬…しますかね、あんまり向上心がない感じでしたけど」

 

アオボノ「軽巡級を始末します」

 

魚雷発射管を向ける

 

朝潮「…やはり1人で片付いてしまいましたね」

 

アオボノ「当たり前です」

 

魚雷を放って船に乗り込む

 

アオボノ「戦闘終了、出してください」

 

加賀「…潮風に晒し過ぎました、髪が痛んでしまいますね」

 

朝潮「到着したら休む時間はあるんですか?」

 

佐藤「予定通りでしたら」

 

アオボノ「退屈ですね、大物の一つもいない」

 

加賀「そんなに戦いたいの?」

 

アオボノ「いいえ、考えたくないだけです」

 

朝潮「何を」

 

アオボノ「…いや、忘れてください」

 

アオボノ(…良くも悪くも、私と綾波は同類、か…)

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 演習場

駆逐艦 綾波

 

綾波「あ、ありがとうございました…」

 

朧「…打撃の訓練になんで私を毎回誘うの?」

 

綾波「…わ、私の事を、恨んでる朧さんなら…ほ、本気で相手してくれる…と思って…」

 

朧(確かに、いっそのこと殴り殺してやろうかと思ったけど…普通に強いからまず有効打を一撃入れるのが難しいんだよね…)

 

朧「そう言う事なら私は力不足、もうわかったでしょ?」

 

綾波「い、いえ…すごく、たた、助かってます」

 

朧「お世辞は要らないって…」

 

綾波「お、朧さんを…選んだもう一つの理由…」

 

朧「もう一つ…?」

 

綾波「しゃ、射線を目で追ってますよね…も、もし艤装が有れば…撃たれてたら…わ、私は死んでます…」

 

朧「…いや、どう言う事?」

 

綾波「無意識、なんですね…ま、まるで自分の手に主砲を握ってるように…常に、撃つことをか…考えてる…格闘戦の中で砲撃を交えようとしてる…」

 

朧「格闘戦の中で砲撃を…」

 

朧(つまり、ゼロ距離での殴り合いをしながら…砲撃?いや、ちょっとよくわからないな…)

 

綾波「……き、きっと…すぐに、気付きます」

 

朧(気付く…って、まるでわかってるみたいな言い方、癪に触るな…)

 

朧「…そろそろ会議だし、行くよ」

 

綾波「は、はい…」

 

 

 

 

 

会議室

提督 倉持海斗

 

長門「つまり、人海戦術…と言う事か?」

 

海斗「いや、それだけでは難しい、だから乗る艦自体の設備もフル活用するつもりだよ」

 

曙「最初っから使えばよかったんじゃないの?」

 

海斗「…それが、前回は砲弾とか魚雷とか、全部無かったらしくて」

 

朧(完全に捨てるつもりだったわけだ…)

 

綾波(流石に一回も砲撃しないのは不自然でしたけど…そもそも弾薬を積んでなかったんですね…)

 

夕張「次はそんな事ないんですよね?それと詳しい予定は?」

 

海斗「今、各地に警備府や泊地を緊急で増やしてるのは知ってるよね、これにより艦娘の数自体が増える、そしてその艦娘の訓練が終わるのが大体3ヶ月後の見通しだよ、それまでは近海の防衛に努める」

 

明石「…燃料などは持つんですか?うちの国は輸入国だし、そろそろ深海棲艦が出現して一年になりますけど」

 

海斗「なんとかなるみたいだよ、ギリギリで大量に輸入してたみたいだし」

 

夕張「一層の事ソーラー発電機積んで、艤装も電気式に…試したい!」

 

曙「それ感電とか大丈夫なの?」

 

夕張「さー、問題ないでしょ多分、まあ今みたいな大雨じゃ試しようがないけど、感電しても死ぬだけだって」

 

漣「…怖っ」

 

海斗「燃料の産出国では、深海棲艦を退ければいつでも輸出する準備はできているそうだよ、だから南西諸島の敵を撃滅する事に成功すれば燃料は確保できる」

 

長門「最悪、次の作戦で無理やり燃料だけ確保すれば…いや、それも難しいか」

 

海斗「そうだね、燃料を手に入れる以外に活路がなくなった時点で此方の負けだよ、他の物資に関しても決して潤沢なわけじゃない、艤装関連の扱いは丁重に行う様に」

 

長門「それで、撃滅という事だが…」

 

夕張「何かすごくやばい敵とか、観測されたんですか?」

 

海斗(…一番厄介なのはキタカミ達…なんだよね)

 

海斗「現段階ではまだ、だけど欧州で新種が目撃されてるらしい、今後より強力な深海棲艦を見つける事になるかもしれない、決して油断はできないよ」

 

長門(…かつての私の様な…深海棲艦の域を超える何かに成り果てるかもしれないわけだ、あの世界でこそあっさり倒されることができたが、この世界ではそうも行くまい…)

 

満潮「あの…私達は?」

 

海斗「現段階ではなんとも言えない、主計としてついて来てもらうかもしれないけど、もし充分な戦力が集まればついて来るかを選べる様にしたい」

 

如月「…今選べるわけじゃないんですね…」

 

海斗「ごめん、それは無理だね」

 

満潮「……行きたくないし、みんなにも行ってほしくない」

 

大潮「……」

 

霞「何だらしないこと言ってんのよ…」

 

山雲「そうですよ〜?大丈夫、大丈夫〜…ちゃんと帰れますからね〜」

 

明石「あ、私も質問が…あれ?何か…今変な音しませんでしたか?」

 

夕張「……した、外だ」

 

何人かが窓に集まる

 

満潮「深海棲艦!!」

 

海斗「えっ?」

 

夕張「嘘!深海棲艦が海から這い出て来てます!」

 

海斗(泊地を狙って来た…曙達がいないこのタイミングでか…)

 

海斗「仕方ない、撃退するよ!全員装備を装着後正面玄関にて再集合、決して1人で戦いに行かない様に、2人以上で行動すること!」

 

長門「直ぐにそこまで来るぞ…私は先に応戦する!」

 

綾波「わ、私も行きます…!」

 

海斗(泊地だけを狙って攻撃を仕掛けて来てる…?いや、他の場所も警戒するべきか、他の鎮守府はどうだ…確認しないと)

 

 

 

 

 

駆逐艦 綾波

 

綾波「…もうこんなところに…!」

 

10ほどの深海棲艦が陸地を這いずり回りながら近づいて来る

 

長門「撃たせる前に叩き潰す!」

 

綾波「は、はい!」

 

深海棲艦を蹴り飛ばす

 

綾波(…ッ……気配…?どこに…上?)

 

まるでこちらの様子を伺っている様に、何機かの艦載機が飛んでいる

 

綾波「艦載機…!雨で見えなかった…でも攻撃して来ない…?なら、後回しで……」

 

目の前の敵を優先するべき…

 

長門「吹き飛べ!!」

 

綾波「…はッ!」

 

戦線を押し上げらには人が足りない、でも頭数さえ集まれば充分に対処できる数…

 

綾波「ほ、本当にここだけですか!?」

 

長門「わからない…どこを攻めて来てるのか、狙いはなんなのか…前!戦艦級4…!」

 

綾波(戦艦級が4…?さっきまで駆逐級や軽巡級ばかりだったのに、急に大物を……何がしたいのか…まるで……)

 

赤城「艦載機出します!」

 

長門「間に合ったか…!大物が来て困っていたところだ……」

 

朧「みんな!狙って…撃て!」

 

曙「戦艦級って……頭沸いてんのかしら…島風!」

 

島風「はい…!」

 

戦艦級が1つ地に伏せる

 

大潮「こ、これ倒せるんですか!?」

 

山雲「難しいけど〜、不可能じゃないですね〜」

 

北上「……ウザ」

 

綾波「私、戻ります!少しお願いします!」

 

長門「お、おい!?」

 

綾波(何が狙いなのかはわからないけど…でもまるでこれは陽動…)

 

 

 

 

 

 

キタカミ

 

キタカミ「翔鶴!待ちなって!」

 

ヲ級「……」

 

イムヤ「ダメですキタカミさん!抑えられません…!」

 

瑞鳳「馬鹿力…殴って止める!?」

 

キタカミ「無理!操られてる…クソッ!あのクソッタレが…!」

 

艦載機で様子を見るって話だったのに、急に翔鶴がおかしくなった、わざわざ大回りして泊地に入って…何かを目指して進んでる様な

 

ヲ級「……」

 

キタカミ「この…待って、翔鶴……待て!」

 

このまま進めば執務室に…

 

イムヤ「…そっか…狙いは司令官…キタカミさん先に行って司令官を!」

 

キタカミ「わかってる…!」

 

瑞鳳「骨の一本でも折らなきゃ止まらないってこんなの…」

 

翔鶴より前に出て執務室のドアを蹴り開ける

 

キタカミ「提督!」

 

海斗「えっ…キタカミ?…あ、すいません、はい、ちょっと待ってください」

 

キタカミ「提督!逃げて、この襲撃の狙いは提督だよ!」

 

海斗「…狙いが僕…?」

 

ヲ級「ガァァァァァァ!!!」

 

すぐ後ろで咆哮がした

目に青い炎を灯した翔鶴が瑞鳳とイムヤを引きずりながら近づいて来ていた

 

海斗「翔鶴!?一体何が…!」

 

キタカミ「見てわかんない!?暴走してんの…!」

 

キタカミ(どうすればいい…!?翔鶴は倒せても…これじゃあ…)

 

瑞鳳「手段を選ぶ余裕はない…倒そう!」

 

キタカミ「最悪…!イムヤ!周り見といて!」

 

ヲ級「ア"ア"ァ"ァ"ッ!!」

 

飛びかかって来た翔鶴を瑞鳳が床に叩きつける

 

キタカミ「死なない程度には加減するからさぁ…!」

 

関節部を狙って撃ち込む…が、傷一つついていない

 

ヲ級「……ガ…ァ"…?」

 

撃たれた部分をチラリと見てニヤリと笑う

 

キタカミ「…はは……ヤバッ」

 

ヲ級「ゼン…機…」

 

瑞鳳「…屋内で艦載機を…!」

 

ヲ級「ハッカン…!」

 

キタカミ「多いっての…!馬鹿なんじゃない!?」

 

瑞鳳「このっ…手が足りない!キタカミさん無理!その人逃して!」

 

キタカミ「無理だっての…!」

 

キタカミ(私の後ろにいるからギリギリ怪我せず済んでるだけで、下手に動かしたら死ぬわこんなの…)

 

キタカミ「ねぇ提督!ここの連中は!?」

 

海斗「みんな正面で深海棲艦を相手してる…縁側は絶望的だよ」

 

キタカミ「曙は!?」

 

海斗「今は日本を離れてる」

 

キタカミ(あのクソッタレはそれを知ってた…?だから攻め込んで……いや、それだけじゃないはず)

 

キタカミ「それにしたってまだ殲滅できてないのはおかしいでしょ!?」

 

海斗「……向こうでも何かが起きてるのかもしれない…」

 

キタカミ(…翔鶴、ごめん……あたしさ、アンタのこと守れそうにないよ、加賀達に合わせる顔がとうとう無くなっちゃうわ)

 

キタカミ「瑞鳳!……翔鶴を…仕留める」

 

瑞鳳「!…わかりました!」

 

 

 

 

 

駆逐艦 綾波

 

綾波「や、やっぱり…やっぱり居ない…!敷ちゃん!どこ!?」

 

私達の部屋に居るはずの、もう1人が居ない

部屋は荒れた様子はないが、車椅子にも、ベッドにも姿がない…

 

綾波「どこに居るの…?……これ…」

 

窓の側が濡れてる…ここから誰かが出入りした…

 

綾波「……敷波は、私が守るって決めたんだ…約束したんだ…!」

 

窓を乗り越えて外に出る

 

綾波「どっちに……いや、きっと連れ去ったのは深海棲艦なんだから…海に近い方に…!」

 

追いかけるしかない、なんとしても追いつかなきゃいけない

ここで追いつかなきゃいけないのに…

 

海が見えた、そしてその遥か先に見えたのに

 

綾波「……そんな」

 

もう遅かった、海に沈んでいく彼女が

 

綾波「認めない…そんなこと認めない!」

 

海に出て追いかける、必死に追いつこうとする、身体中が痛い、何が起きてるのかわからない

 

綾波「……あれ…」

 

体が、動かない…水面に音を立てて崩れ落ちて…

気づいたら深海棲艦に囲まれてて…

 

ああ、めちゃくちゃに撃たれてたんだ…そんな事にも気づかないで…このまま死ぬんだ、自分の決めたことも、約束も守れずに

 

綾波「……アハッ…アハハッ……ハハハハッ!!」

 

そうだ、当然だ、私の犯した罪を少しは償いたかったけど、そんな救いなんかないんだ、救われず、全てを奪われて死んでいく、なんでお似合いな末路なんだろう

 

綾波「…ごめんなさい…」

 

金属音が響く

ガリガリと音を立てて何かが削られる音が頭を引き裂きそうになる

 

曙「ボサっとしてんな!起きろ!」

 

綾波「…え…?」

 

体を誰かが抱えて起こしてくれる

 

潮「…曙ちゃん、先に離脱するよ」

 

朧「潮、早く行って!私達2人で抑える……」

 

曙「やれんの?朧」

 

朧「…舐めた口聞かないでよ、妹の癖に」

 

曙「はいはい、お姉ちゃん…ね…」

 

綾波「……なんで…」

 

なんで助けてくれたの…見てれば無惨に死んだのに、それが一番あなた達の望んでることなのに…

 

曙「…ここで死ねるなんて思わないで、アンタが死ぬのはもっと汚いとこでいいのよ」

 

朧「潮、早く離脱しないとどうなっても知らないよ」

 

潮「…わかった」

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

曙「さて、やるわよ」

 

朧「合わせて!」

 

曙「わかってるっての…」

 

魚雷をばら撒きながら周囲の深海棲艦との距離をとる

 

朧「西に向かうよ!」

 

曙「了解!」

 

このままいけば敵の中心に潜り込める…けど、殲滅する力がない、か

 

朧「砲撃開始!」

 

曙「朧!姿勢低くして!波が荒れてるから姿を隠してくれる!」

 

こうなったら敵を倒すことより、死なないことを意識する他ない

 

曙「少しでも掻き乱してやる…」

 

朧「待って曙…あれ!」

 

曙「…長門…?」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 島風

 

島風「キリがない…!」

 

長門「大丈夫だ、焦るな…!」

 

島風「長門さん!右!」

 

長門「斉射!!」 

 

深海棲艦をまとめて吹き飛ばすが、まるで水の様に流れ込んでくる

 

島風「…こうなったら…連装砲ちゃん!」

 

三体の連装砲ちゃんを先行させる

 

長門「何をする気だ!?」

 

島風「最速の力…見せます!」

 

双剣を握り敵に迫る

 

島風「ふっ…!」

 

すれ違い様に一閃、そして連装砲ちゃんに乗る

くるりと連装砲ちゃんがまわり、方向を変える

 

島風「いくよ…!連装砲ちゃん!砲撃!」

 

別の連装砲ちゃんの方に飛び出し、すれ違う深海棲艦を斬りつけ、そしてまた同じことを繰り返す

 

長門「…そこは任せていいんだな!?」

 

島風「大丈夫…!5連装酸素魚雷!!」

 

魚雷をばら撒きながら、斬りながら、撃ちながら

 

島風「やぁぁぁぁ!!」

 

戦艦級を斬り、踏み台にして飛び上がる

 

島風「酸素魚雷!」

 

水柱が各所で上がり、深海棲艦が沈む

 

島風「次!」

 

夕張「装備はいい感じみたいね…!」

 

島風「夕張さん!」

 

夕張「持って来てやったわ…この私専用の艤装!コレで付近の敵は一掃よ!」

 

長門「時間がかかり過ぎだ…!」

 

夕張「…ねぇ、待って、あれ」

 

島風「…アレは…何?」

 

長門「……あれは、私か…?」

 

島風「長門さん…?」

 

長門「…深海棲艦だった時の…私の様な…アレは、なんだ…?」

 

島風「…戦艦級…の…親玉…?アレを倒せば終わる!?」

 

長門「間違いないはずだ…だが、今のこの戦力で倒せるのか…?碑文も何もないのに…」

 

島風「…碑文だけに頼って生きて来たわけじゃない…私達は私達の力で戦って来たんです…!」



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撃退

海上

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「……」

 

朝潮「どうかしましたか?」

 

アオボノ「…いいえ」

 

加賀「…こんなところではやはりあまりいいものは食べられませんね」

 

朝潮「まあ、そうですね」

 

アオボノ「…静かな海です」

 

朝潮「何ですかいきなり」

 

加賀「爆音でその海を突っ切ってるのだけれど」

 

アオボノ「静かで、深く、暗く…恐ろしい海…」

 

海面は澄んでいるのか、濁っているのかもわからない、それほどまでに深い

 

アオボノ「…日の光の届かない深い海の底に…誰がいるのか、私にはわかりません」

 

加賀「ポエマーになったのかしら」

 

朝潮「さあ」

 

アオボノ「深淵を覗く時、また深淵もこちらを覗いてる、と言いますが…この真下には何がいるんでしょうね」

 

大きな鯨がすぐ下を通っていく

 

アオボノ(UMAも深海棲艦と呼べるのでしょうか)

 

加賀「…カップ麺が食べたいのだけれど」

 

朝潮「IHヒーターありますよ」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 島風

 

島風「何アイツ…!」

 

長門「とにかく撃て!後ろの怪物は艤装だ!そっちに構うよりとにかく本体を叩き潰す他ない!」

 

戦艦棲姫、そう呼ばれる敵が出て来た

どうやって倒せばいいのか、同じ人の形をしてるのにわからない、皮膚が硬いのか砲撃を受け付けていない

 

北上「これ効いてんの?当たってんのに…傷一つつかないってマジ?」

 

夕張「あの化け物みたいなやつにくっついてる砲!当たったら不味い!」

 

声が混雑してる、誰が何を言ってるのか意識を割かないと聞き取れない

 

島風「長門さん!」

 

長門「道は開ける!はぁっ!」

 

砲撃で目の前の深海棲艦が消し飛ぶ

 

島風「斬る!!」

 

横回転をしながら斬りかかる

金属音がして弾かれて空中に投げ出される

肉を斬り裂くつもりだったのに、予想外の感触に手が痺れる

 

島風「硬い…というより…!」

 

島風(まるでバリアでも張られてるみたい、剣が届く前に壁に当たったみたいに弾かれた…!)

 

戦艦棲姫「フゥン…」

 

ガコンガコンと音がして怪物の主砲がこちらを捉える

 

島風「…あ…」

 

島風(これ、死ぬやつじゃん…)

 

島風「連装砲ちゃん!」

 

連装砲ちゃんに私を撃たせて吹き飛ばされる、一瞬前まで私がいた場所を巨大な砲弾が通り過ぎていく

 

島風「痛い…!でも、生きてる…」

 

明石(…あの砲弾…建物に当たった…というかあそこって…)

 

あの砲弾に当たってたら…想像したくない、水面を滑るだけで体が痛い

 

長門「島風!無茶するな!」

 

夕張「これって砲撃当たってるの?なんかおかしくない…?」

 

日向「長門さん、一緒に前へ!押し切るしかありません…!」

 

長門「ああ!」

 

島風(その辺の深海棲艦なら倒せるのに…)

 

格が違うというか、どうすれば倒せるのか…

単純にダメージになっていない?

 

長門「全主砲…斉射!」

 

日向「撃ちます…はっ!」

 

戦艦棲姫「グゥ…!?」

 

戦艦棲姫が大きく体を揺らし煙に包まれる

 

島風「効いた…!」

 

長門「装填…もう一撃だ!」

 

日向「はい!」

 

戦艦棲姫「ククク、ククククク…!」

 

煙を払いながらこちらに歩んでくる戦艦棲姫は脇腹が抉れ、血が滴り落ちていたのに…その傷口はどんどんと塞がっていく

 

長門「な…!」

 

日向(生半可な攻撃は効かず、その上…再生する…完全に化け物…!)

 

北上「これ勝ち目あんの…?…あ」

 

北上さんの撃った砲弾が戦艦棲姫の傷口を抉る

 

長門「効いたぞ…!?」

 

島風「…見えないけど、きっとバリアみたいな物に守られてたんだ…さっきの攻撃でそれが壊れたんだ…!」

 

夕張「バリアって…そんなものアリ!?」

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

朧「曙!聞こえた!?」

 

曙「わかってるっての…右!」

 

雑魚の群れが止めどなく溢れる

 

朧「明らかにおかしいよこれ…深海棲艦による国内の犠牲者は数えられてるだけではまだ4桁、私達が常日頃からの出撃でも結構倒してるのに…」

 

曙(ここへの襲撃にまるで総力をかけてるみたい、しかもそうだとしたら深海棲艦は統率が取れていて…)

 

朧「切り抜けた…!」

 

敵の群れを突っ切る事に成功した

これで敵は挟まれたという事になる

 

曙「…我ながら、無茶するわよねぇ…?」

 

朧「でも、アリだよ…いまなら…!」

 

これなら適当に魚雷を流すだけでも充分すぎる

 

朧「曙!」

 

曙「カバーするって…!」

 

前を向いて撃つだけで敵にダメージを与えられる、だけどそんな自由がいつまで続くか

 

朧「…曙!アレ…!」

 

曙「…あそこって…」

 

執務室だったところが崩落し、そこから煙が上がってる…

 

曙「……そんな事、知るか…!」

 

朧「曙!」

 

曙「アイツは悪運だけはある、今はここの敵を倒す事を優先する!」

 

 

 

 

 

 

執務室

キタカミ

 

キタカミ「ごほっ…ちぇっ…危ないっての…」

 

誰だ、こんなところに特大の主砲をぶち込んだバカは

崩落した壁から外をチラリと覗く

 

キタカミ「…アイツ…!」

 

戦艦棲姫がいる、わざわざここまで出て来た…翔鶴を暴走させる為に

 

ヲ級「グガァァァァ!!」

 

瑞鳳「けほっ…キタカミさん!このままじゃ…!」

 

キタカミ(翔鶴を殺そうとした途端にあの砲撃ぶち込んできて…あー腹立つ…決心鈍るでしょうが…!)

 

翔鶴に砲を向ける

 

キタカミ「…ごめん」

 

ガチッと音を立てて引き金を引く

砲火を浴びた翔鶴が崩れ落ちる

 

キタカミ「ああ…やっちゃった」

 

また、仲間を手にかけてしまった…

血溜まりの中に斃れてる仲間の顔を、もう一度だけ…

 

瑞鳳「…キタカミさん!危ない!」

 

ヲ級「ギィ…シャァァァァ!!」

 

牙を剥き、獣の様に噛みつこうとしてくる

これがかつての仲間だったのに、完全に尊厳を失い、化け物として死ぬしかない、化け物にされてしまって、人としての生も、価値も、全て奪われた仲間の成れの果て

 

キタカミ「…こんな時も体はしっかり動くなんて、嫌になるよねえ」

 

私の身体はまるでこうなると分かっていた様に噛みつこうとした翔鶴の口に主砲をぶち込む

こんな姿になった仲間にできることはただ一つ、思えば最初からそうすれば良かったのか

中途半端に期待させ、より辛い思いをさせるくらいなら

 

キタカミ「…恨んでくれて、良いよ」

 

もう一度だけ引き金を引く

 

瑞鳳「……」

 

キタカミ「こんなのってないよねぇ…ああ、あたしって最低だ、仲間を殺したのに…これが姉妹じゃなくてよかったなんて思ってる…自分が何したか分かってんのかなぁ…!アハハッ」

 

狂いそうだ

 

キタカミ「…ああ?…提督…?」

 

机の裏側にいたはずの提督の姿がない…いや、この辺りが瓦礫だらけで何が何だか…

 

キタカミ「…あれ…なんだろこれ…」

 

急に頭が震えるような、怖い、寒い

 

誰か助けて、慰めてよ、誰かそばにいてよ

 

イムヤ「…キタカミさん、これは」

 

キタカミ「……ああ、イムヤじゃん…アハッ…ごめん…ごめん」

 

イムヤ「……逃げましょう、急いで…深海棲艦が引き始めて…すぐにここにみんなが」

 

キタカミ(…みんなが…か)

 

キタカミ「そりゃぁ…不味いよねぇ…あはは…」

 

瑞鳳「キタカミさん…」

 

キタカミ(だめだ、体が震える、ああ…これが死にたいってやつ?ダメだ、助けてよ…誰か助けて…)

 

イムヤ「…瑞鳳さん」

 

瑞鳳「わかってる!」

 

瑞鳳に抱えられたまま施設を飛び出す

 

瑞鳳「…どこに逃げれば…」

 

イムヤ「この辺りの地理は頭に入ってます!山に逃げてその後海に出ましょう!」

 

瑞鳳「…遭難しそう…!」

 

キタカミ(…助けてよ…提督)

 

 

 

 

 

海上

戦艦 長門

 

長門「…何だ、なぜいきなり敵が退き始めて…」

 

日向「…一旦、勝利…と言って良いのではないですか…こちらも満身創痍ですが」

 

夕張「冗談じゃない…やりたい放題されて逃げられて…あーもう!」

 

島風「……提督…?ねぇ、あれ…」

 

長門「執務室か、あそこは…!」

 

日向「急ぎましょう!」

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

朧「何でいきなりこっちに…!」

 

曙「目の前で沈んでいってる…本当に何よこれ…」

 

朧「…アレ…!」

 

曙「ボスってわけ…」

 

怪物を従えた長身の女…

 

戦艦棲姫「…フゥン…?貴女…」

 

此方を見つめ、立ち止まった…?

 

戦艦棲姫「イイ目…堕チナイ?」

 

曙「何言って…」

 

戦艦棲姫「貴女ジャナイ」

 

朧「アタシ…?」

 

戦艦棲姫「待ッテルワ」

 

そう言って沈んでいった…

 

朧(…どういう、意味…?勧誘って事だよね、意味がわからない…)

 

曙「…朧、早く戻るわよ…見逃してくれるみたいだし」

 

朧「うん…」

 

 

 

 

 

執務室

駆逐艦 島風

 

島風「…な、何これ…!」

 

夕張「この死体は…!……なんだ、深海棲艦…か」

 

青葉「…これ…まさか……」

 

日向「瓦礫の下敷きになってるんじゃ!?」

 

長門「待て!中に居るなら慎重に持ち上げろ!潰しかねんぞ…!」

 

明石「あ、あの…そこに帽子が落ちてます」

 

瓦礫のそばに軍帽…

 

海斗「…誰か、いるの…?」

 

長門「ここか…よし、日向、そっちに回ってくれ」

 

日向「…せーのであげますよ…せーの!」

 

島風「い、いた…!」

 

血だらけで倒れてる…

 

夕張「引き摺り出すよ、明石!割とグロいから駆逐艦を近づけないで!」

 

明石「え、あ、わかった」

 

夕張「せーの!…よし」

 

海斗「ありがとう…助かったよ」

 

島風「だ、大丈夫…?」

 

海斗「うん、君達も…いや、怪我がひどいね…夕張さん、みんなの手当てをお願いできる?」

 

夕張「貴方も重傷者ですって…指、何本に見えますか?」

 

海斗「…4?」

 

夕張「2です、頭を強く打ってますね、それと…この部屋とあの死体…何があったのかも」

 

海斗「こっちからも聞かせてね」

 

夕張「…さて、怪我人の数が多すぎるし…とりあえず救急車はまだですかね」

 

青葉「…し、司令官…少しだけ良いですか」

 

青葉さんが話しかけたら、提督は少し俯いて顔を背けた

 

青葉「…司令官、そう、なんですか…?」

 

海斗「……」

 

青葉「な…何とか言ってくださいよ…ねぇ、司令官!」

 

明石「ど、どうしたんですかいきなり…」

 

夕張「…ねぇ、青葉さん…これ…いや、この人は…誰なの」

 

青葉「……翔鶴さん…」

 

島風「え…?」

 

部屋の真ん中で転がっている顔が潰れた死体が、かつての仲間…

 

海斗「……」

 

青葉「…否定、してくれないんですか…?」

 

海斗「……」

 

青葉「なんで…なんで、何も言わないんですか…!違うって……これは違うって…言って、言ってくださいよ…!」

 

海斗「ごめん…」

 

青葉「うぁ……あぁ…そんな…そんなのって無いですよ…!」

 

青葉さんが泣き崩れる

 

夕張「……青葉さん達が何を知ってるかは知らないけど、後で詳しく聞かせて、長門さん、提督を運んで、救急車が来るまでに手当てするから…みんなも、こっちに」

 

 

 

 

 

 

 

 

海上

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「……」

 

加賀「泊地が気になるの?」

 

アオボノ「いいえ、私が気になるのはいつだって提督の事のみです」

 

加賀「…それは、罪悪感?」

 

アオボノ「何割かは、そして恋しいという気持ちもあります、何をしても、どんな時も考えてしまう」

 

加賀「……だから艦隊を抜けるつもり?」

 

アオボノ「私がやった事は許されませんから、綾波の様な事を言いますけど」

 

加賀「…あれは洗脳されて…」

 

アオボノ「そうじゃない、私は最低な殺人鬼、綾波と同類の……あの時の私は機械に徹しようとした、正義とか、悪とか…もっと言えば法律とか、道理、子供でもわかる様なやっちゃいけない事も何もかもから目を逸らした…人工知能のくせに」

 

加賀「人工知能…ね」

 

アオボノ「人の形をしてるのに、膨大なデータの塊なのに…当然である事を無視してしまった、誰がそんな私を許すのか、島風さんは許すと言った…それは…あの人が馬鹿だからです」

 

加賀「馬鹿とは、酷い言いようね」

 

アオボノ「馬鹿なんですよ、優しすぎる…曙みたい、アイツは厳しいふりしてるかもしれないけど…甘っちょろいところは、根は変わらない」

 

加賀「……もうすぐ着くわ、陸が見えた」

 

アオボノ「要件が終わったら…帰りましょう、早く」

 

加賀「……」

 

アオボノ「私は罪を背負いすぎた、提督はその罪を全部消し飛ばしたけど、私の心は未だ枷が掛かっている…わたしは今のままでは提督に全てを捧げられない」

 

加賀(まず、そもそも求められてないと思うのだけれど)

 

アオボノ「…今も消えない骨を砕く感触、食む肉の味…過去に囚われてる…と、形容するのは簡単ですが…私は結局、この苦しみから解放して欲しいだけなのかもしれません」



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契約

ウラジオストク

駆逐艦 朝潮

 

朝潮「…これで終わりですか」

 

佐藤「はい、ドローンでの受け渡しでしたので…さて、宿を取ってます、ゆっくりと休みましょうか」

 

アオボノ「予想より襲撃はなかったですが、疲れました」

 

朝潮「結局交戦回数は5回ですが、雑魚ばかりでしたね…船の食料は味気なかったので、そろそろまともなものが食べたいです」

 

加賀「ロシア料理といえばボルシチですけど、そもそもこんな時間にやってるお店、あるのかしら」

 

佐藤「ホテルに行けば食事を出してくれる様に手配しています、心配ありません」

 

アオボノ「…カレーライスはありますかね」

 

加賀「一応言っておくけど、日本と同じカレーライスが出てくるとは思わないことね、ロシアはまず米食ではないわ、カレーライスが万が一出てきたとしてちゃんとした白米がセットになっているのかしら」

 

アオボノ「……もう…ピロシキでいいです」

 

加賀「諦めがいいのは良い事ですよ」

 

朝潮「…ロシアン寿司…こんなのもあるんですね」

 

 

 

 

 

病院

軽巡洋艦 夕張

 

夕張「人払いはしました、何があったのか、聞かせてくれませんか、もう隠し事も敬語もなしです」

 

海斗「わかった…何があったのか…か、深海棲艦の手で操られた翔鶴が僕を襲いにきた…その時の翔鶴には自我が無くて、呼びかけに応える事もしなかった」

 

夕張「…自我がある時の翔鶴さんに会ったことが?」

 

海斗「この前肉じゃがを作りに来てくれたからね」

 

夕張「…マジですか…アレは…うーん…というか、接触してたんですか?急に暴走した?」

 

海斗「いや」

 

夕張「…キタカミさんが絡んでる?」

 

海斗「そうだね、キタカミは翔鶴を止めようとしてた…」

 

夕張(…止めようとしたのならどうしてああなったのか、何がどうだったのか…全部想像が容易ね……どうしても止められなかったから殺した)

 

夕張「…キタカミさんは」

 

海斗「多分、戻ったよ」

 

夕張「……分かった事を言うようですが、今助けを求めてるのは青葉さんじゃなく…」

 

海斗「わかってる…だけど青葉も助けを求めてる、苦しんでるのは2人とも同じだ」

 

夕張「それは失礼しました」

 

海斗「…翔鶴の遺体はどうなるのかな」

 

夕張「多分、知られたら研究者にまわされる事に…」

 

海斗「それだけは避けたい、弔ってあげたいんだ」

 

夕張「…そうですね」

 

夕張(私としても、深海棲艦の研究に使いたい気持ちはあるけど、他にサンプルは充分だし、そもそも…とても使おうとは思えない)

 

病室のドアが荒々しく叩かれる

 

長門「失礼する、提督、深海棲艦の死体が消えた」

 

海斗「…え?」

 

夕張「消えた…?どういうこと…」

 

長門「海に向かって這いずって行ったり、解けるように消滅していくのを目撃した者がいる…執務室にあったのも…崩落した部分から引き摺られるように海に…」

 

夕張「……生きてるって事なのか…それとも…」

 

海斗「…わからない」

 

夕張「深海棲艦に関する情報がなさすぎる、今日交戦した深海棲艦ってどれだけ居たのか、深海棲艦が死んだ艦娘や人間の成れの果てなら…」

 

長門「……その話を聞いて、なんだがな、確かアオボノは粉々に噛み砕かれたと聞いた」

 

海斗「曙から?」

 

長門「ああ、食事時に生々しくな…」

 

夕張「ご愁傷様です」

 

長門「私の考えは…本当に気分を害する、最悪な物なのだが…」

 

海斗「聞かせて、多分僕も同じ事を考えてる」

 

長門「……死体は、深海棲艦に作り替えられてしまう…としてだ、すでに生命としては終わっている者が再び生を…何かを与えられたとしてだ…」

 

海斗「…ついさっきまで生きてた人間だけが深海棲艦の材料じゃない」

 

長門「ああ、それが適切かもしれない、遺体から深海棲艦を作れるから回収しているんじゃないか…と、私は思うんだ」

 

夕張「ちょっと待って、それって…深海棲艦の死骸も、って事…?」

 

海斗「可能性としては十分あり得る…のかもしれない」

 

夕張「じゃあ私たちは何と戦ってるの…?私達は…いや、この戦いってどういう…!」

 

海斗「まだ可能性の段階だけど、もしそうなら…いや、元々何かあるはずなんだ、深海棲艦が産まれる手段が、それを破壊しないとこの戦いは終わらない」

 

夕張「……今の段階じゃ勝ち目なんてない…か、そもそもなんで泊地を襲撃してきたんだろ」

 

海斗「わからない…」

 

綾波「あ、綾波、はい…入ります」

 

綾波と阿武隈さんが入ってくる

綾波の方はかなり酷い、片腕片足が折れてる

 

阿武隈「失礼します、提督、どうですか?」

 

海斗「見た目ほど酷くないよ、すぐに戻れる」

 

阿武隈「血塗れだったのに…?」

 

夕張「まー…今アタマが居ないのはマズイですからね…時間が経ちすぎたせいで出血は多かったですけど、脳も特に問題なし、とならばとりあえずは」

 

綾波「…す…すいません、いいですか」

 

海斗「大丈夫、聞かせて」

 

綾波「し、敷ちゃん…敷波が、攫われました…」

 

海斗「攫われた…?」

 

綾波「……お、お願いします…わた、私の、妹を…助けてください…」

 

綾波がボロボロの体を無理矢理曲げ、土下座の形を取る

 

夕張「ちょっ…!」

 

海斗「やめて、綾波」

 

綾波「…た、立場も…現状も……理解してます、今が厳しい…いや、無理なのも知ってるんです…で、でも…私に残ってるのは…!」

 

海斗「わかってる、敷波は何としても助ける……阿武隈、戦えるのはどのくらい?」

 

阿武隈「え、あ……重傷者は綾波さんと提督だけで…戦闘が難しいのは北上さん、それと大潮ちゃん、山雲さん…私も少し手に痺れがあります…」

 

海斗「じゃあ他のメンバーで曙達が帰ってくるまで防衛をするように伝えて、またいつ攻めてくるかわからない、もし拒否する子がいたらその子達には好きなようにして良いって言って」

 

阿武隈「えっと…はい」

 

長門「助けに行くんじゃないのか?」

 

海斗「朝潮達が帰ってくるのを待つ、今はまだ動けないけど…万全な状態で望む、綾波、構わないかな」

 

綾波「はい…お願い、します…」

 

綾波(…間に合って)

 

 

 

 

 

ウラジオストク

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「…ふーん…」

 

朝潮「どうしました」

 

アオボノ「緊急で帰る手段はありますか、腹心さん」

 

佐藤「空路なら速いでしょうね、しかし飛行機の運行は深海棲艦の発生から2週間で完全に取り止められました、撃ち落とされてしまうので」

 

アオボノ「世間話してるんじゃないんですよ、とりあえずすぐ飛べるものを手配してください、乗れるのは私一人でも構いません」

 

加賀「何かあったの?」

 

アオボノ「白雉が襲撃され、甚大な被害が出たと…」

 

朝潮「…狙ったかのようなタイミングですね」

 

加賀「……今からでは深海棲艦と交戦することも考えて丸一日はかかる」

 

アオボノ「帰るのは私一人で充分です、貴方達は佐藤さんの護衛です」

 

佐藤「おや、置いていかれるのかと」

 

アオボノ「貴方はさっさと飛行機を手配してください、そうでなくては居る価値がない」

 

佐藤「おや、酷い言われようですね」

 

アオボノ「仕事は終わった、もうここにいる理由がありません、そんなに生きて帰りたかったのならば仕事内容に貴方を連れて帰る事も含んで貰うべきでしたね」

 

佐藤「はいはい、確認しますのでお待ちください…軍の戦闘機なんてどうですか?」

 

アオボノ「最初からそのくらいの仕事をすれば良いのに…」

 

加賀「砲を向けながらいうのは流石にどうかと思うわ」

 

朝潮「すぐ脅すのは良くないと思います」

 

アオボノ「どうでも良いです、私の役目が果たせるならそれで」

 

 

 

 

 

 

与那国島

瑞鳳

 

瑞鳳「…うーん…キタカミさん、本当に壊れそうな顔してる」

 

イムヤ「ずっと横になってて、もう何もする気力も無さそうですし…」

 

瑞鳳「翔鶴さんを手にかけた…か、仕方なかった事なのに…」

 

イムヤ「仕方ない、で済ませることはできません、私達じゃなく、キタカミサさんにとっては」

 

瑞鳳「…あ…この匂い…」

 

イムヤ「え?何かあったんですか?」

 

瑞鳳「……戦艦棲姫が来る」

 

イムヤ「え?」

 

深海棲艦の艦隊を引き連れて、近づいてきてる

 

瑞鳳「…艦載機、神通さんに壊されて全部修理終わってないのに」

 

イムヤ「…やりますか?…島に入られたら私は何もできません…」

 

瑞鳳「いや…まだやらない、むしろ逃げた方がいいかも」

 

キタカミ「逃げる必要なんかない、話がある」

 

瑞鳳「き、キタカミさん…」

 

イムヤ「いつのまに…起きて大丈夫なんですか?」

 

キタカミ「怪我はしてないからね」

 

 

 

 

戦艦棲姫「良イ島ダナ、ココガオ前達ノ拠点カ」

 

キタカミ「黙れ」

 

戦艦棲姫に詰め寄り、首元に単装砲を突きつける

 

戦艦棲姫「効カン…トイウ事モワカランカ?」

 

キタカミ「黙れって言ったの聞こえなかった?三下…あたしは少なくともお前なら殺せるんだよ、奥の手も出す必要もないんだ」

 

戦艦棲姫「ジャア、奥ノ手ヲ出サナキャナラナイ相手マデ敵ニ回スカ?ソノ前ニオ前ノ姉妹ハ死ヌ事ニナルガ…」

 

キタカミ「そう…だから何?」

 

戦艦棲姫「…ナンダト?」

 

キタカミ「もうさ…あたしには何もないんだよ、空っぽなあたしは…!」

 

戦艦棲姫「ククク、オイ、コレヲ見ロ」

 

輸送タイプの深海棲艦が2匹地面を這いずって近寄ってくる

 

戦艦棲姫「吐キ出セ」

 

ワ級「ガボァ…」

 

ベシャリと音を立てて人型が地面に落ちる

 

瑞鳳「…これ…」

 

キタカミ「…どういう意味」

 

戦艦棲姫「見タ通リ、貴様ガ殺シタ空母ヲ級…ノ、死体ダ」

 

キタカミ「だから何だって聞いたんだよ、次あたしがイラついたら…殺すから」

 

戦艦棲姫「ワカッタワカッタ…私ハコイツヲ生キ返ラセル事ガデキル」

 

キタカミ「じゃあ、やれ…早く」

 

戦艦棲姫「…交換条件…ト言ウモノヲ知ランノカ?」

 

キタカミ「どうせあたしがそっちに堕ちる事なんでしょ」

 

戦艦棲姫「イヤ…クク、モット面白イヤツガ居ルダロウ?」

 

瑞鳳(青髪の曙か)

 

キタカミ「居ない、あたしが一番強い」

 

戦艦棲姫「金髪ノ駆逐艦娘ヲ連レテ来イ、ソウスレバオ前ノ姉妹1人ヲ解放シ、コイツヲ蘇生スル」

 

キタカミ(金髪…島風の事だ…)

 

キタカミ「…蘇生、解放?本当にできるわけ」

 

戦艦棲姫「証明スル…オイ」

 

もう1匹のワ級がまた人型を吐き出す

 

敷波「ふぎゅっ…」

 

キタカミ「…へぇ」

 

戦艦棲姫「クク…オイ、コッチヲ見ロ」

 

敷波「ふぇ…?えっ…な、何ここ、な、何なんだよ!」

 

瑞鳳「…脚のない艦娘…」

 

イムヤ「敷波です、綾波の妹…」

 

戦艦棲姫「オ前ニ脚ヲヤロウ…シカシタダデハナイ」

 

敷波「な、何言って…き、キタカミ…!」

 

キタカミ「………」

 

戦艦棲姫「話ヲ聞ケ」

 

敷波「ひっ…」

 

戦艦棲姫「オ前ノ脚ノ代償ハ、姉ノ命ダ」

 

敷波「綾姉ぇの…命…?…お前、綾姉ぇに手を出したら…!」

 

戦艦棲姫「出シタラ?ナンダ?オ前ニ何ガデキル?」

 

敷波「…殺してやる…絶対に殺してやる!」

 

キタカミ「……へぇ」

 

戦艦棲姫「クク…ハハハハ!殺シテヤル?言ウニ事欠イテ殺シテヤル?ドウヤッテ?」

 

敷波「首を食いちぎってやる!撃ち殺してやる!綾姉ぇに手を出したらお前を絶対殺す!」

 

戦艦棲姫「ソウカ…ダガ、関係ナイナ、コノ契約ハ一方的ナ物ダ」

 

敷波「お前等全員地獄に落としてやる…!」

 

キタカミ「…無理無理、馬鹿なんじゃないの?」

 

敷波「何…?」

 

キタカミ「力も何もないくせに殺してやるって、アハハ…馬鹿なんじゃない?呪ってやるとか、地獄に落ちろとか、力の無いなりの言い方あるんじゃないの?」

 

戦艦棲姫「全クダナ、マサカ貴様ト意見ガ合ウトハ」

 

敷波「…お前等にはわかんないだろうけど…アタシは自分の姉を殺されるとわかってんのに、神や閻魔に任せっきりになんかしたくないね…!」

 

キタカミ「……あー、うん、良いね…思ったより勘違いしてたかもしれないわ…瑞鳳、イムヤ、コイツ追っ払うの手伝ってよ」

 

瑞鳳「はい!」

 

イムヤ「え、えぇ!?わ、私何すれば…」

 

キタカミ「…なんだっけ、戦艦棲姫だっけ?お前は所詮雑魚だよ」

 

戦艦棲姫「雑魚ダト?」

 

首をかき切るジェスチャーをする

 

キタカミ「お前より強いヤツばっか居た世界から来てんだからさぁ…人質とって脅すしか脳のない臆病者め…ここで死ぬか、尻尾巻いて逃げ帰るか、今選べ」

 

戦艦棲姫「…フン、後悔スルゾ…!」

 

戦艦棲姫が踵を返して海に戻っていく

 

キタカミ「…そこで向かってこないから三下なんだっての…」

 

瑞鳳「…見逃すんですか?」

 

キタカミ「今やり合ってみ、敷波は死ぬし、向こうの援軍わんさか来るよ……ハァ…ごめん翔鶴…一時の感情で翔鶴が生き返れるチャンス不意にしちゃった…」

 

イムヤ「…島風ちゃんを犠牲にしてまで、翔鶴さんは甦りたくないと思います…」

 

敷波「……あの…」

 

キタカミ「…ん、なんだ、居たの」

 

敷波「いや…うん、あの…アタシなんで置いてかれたのかもわかんないけど…えと…どうすればいい?」

 

瑞鳳「……さあ…」

 

キタカミ「当分泊地に行くつもりはないから、しばらくここで生活してもらう」

 

敷波「えっ…せ、生活…?無人島生活?」

 

瑞鳳「大丈夫、元々有人島だったから済むところも何でもあるよ」

 

敷波「な、なにそれ…」

 

イムヤ「電気通ってないけど、発電機もあるし、燃料もある、拠点にはもってこいなの」

 

敷波「……あの、何でわざわざこんなとこで…」

 

キタカミ「帰れない理由が…いや、帰る前にやらなきゃいけない事があたしにはある、2人はそれに付き合ってくれてるだけ…」

 

イムヤ「…私も帰れない理由がありますから」

 

瑞鳳「……」

 

 

 

 

 

深海棲艦基地

戦艦棲姫

 

戦艦棲姫「…フン、マア、断ラレタ所デ何モ変ワランガ…」

 

死体に煙が集まっていき、形を作る

 

ヲ級「………」

 

戦艦棲姫「翔鶴…ト言ッテイタカ?」

 

ヲ級「…ハイ」

 

戦艦棲姫「オ前ハ私ノ道具ダ、再ビ死ヌタメニ、永遠ニ死ニ続ケル」

 

ヲ級「ハイ…」

 

戦艦棲姫「…ククク、私ノ側ニツケバ良カッタ物ヲ…」



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炎を纏う者

与那国島 

駆逐艦 敷波

 

敷波「…ねぇ」

 

キタカミ「なにさ」

 

敷波「……イムヤさん…ってさ」

 

キタカミ「正解も正解、大正解…それが何?」

 

敷波「…大丈夫なの?」

 

首を掴まれ持ち上げられる

 

敷波「…ぁが…」

 

キタカミ「一個だけ言っとく、お前のことは確かに気に入った、だけどお前はあたしの仲間じゃない、殺す事に躊躇いはない」

 

敷波「…かはっ…ご、ごめ…わ、悪かったって…!」

 

キタカミ「迂闊なこと言うのはやめな、少なくともあたしの前では」

 

敷波(…大体読めてきた…でも、何が違うんだろう…)

 

 

 

 

 

ウラジオストク

駆逐艦 朝潮

 

朝潮「流石ヘルバ、という事でしょうか」

 

加賀「本当に戦闘機に乗って帰るとは思わなかったわ、私たちの乗る分はないのかしら」

 

佐藤「無理ですね、急ぐのでしたら今からいきましょうか」

 

朝潮「はい、なるはやでお願いします」

 

加賀「…そういえば、アオボノさんはいつ着く予定?」

 

佐藤「もうそろそろしたら降下地点に着くんじゃないでしょうか」

 

朝潮「…降下?」

 

佐藤「空中で射出してパラシュートで…という形らしいですよ」

 

加賀「大丈夫なのかしら、それ」

 

朝潮「…殺されても死なないタイプですし、問題ないでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「…帰投、しました…」

 

朧「…お、お帰り…パラシュート背負ったまま帰ってこなくて良かったんじゃ…?」

 

アオボノ「……あのロシア人、装着具をがんじがらめにしたから自分で外せないのよ…!」

 

曙「あ、帰ってき…ぶふっ!!な、何そのかっこ…あはっ!アハハハハ!森に突っ込んできたの?モリゾーとは会えた?あははっ」

 

アオボノ「黙れ駆逐艦曙!あんたが居ながらこの体たらくは何よ!」

 

曙「あひっあははっ…!頭にツノ生えてるわよ、葉っぱ付きの…あははっ!」

 

頭に手を当てる、異物を取り除く

 

朧「…これは、みかんの木かな、柑橘っぽい葉っぱだね」

 

アオボノ「どうでもいい…シャワーを浴びたら提督のところに行くわ、その後はアンタらも動くのよ」

 

曙「はー、笑った笑った…で?何するのよ」

 

アオボノ「敷波を助けるんでしょ?」

 

曙「ああ、そうね…わかった、やるわよ、やれば良いんでしょ?でも大丈夫?スカイダイビングと…くふっ…な、なんて言うの?森林浴?…森林浴したのにシャワー要る?あははっ」

 

朧「ふんっ!」

 

曙「ぐぇっ…脇腹はやめなさいよ…!」

 

アオボノ「っせい」

 

曙「へぶっ!?…アンタら容赦なく殴る蹴るするのね…かかと落としは流石にないでしょ…」

 

アオボノ「次はアッパーカット入れるから、それじゃ」

 

 

 

 

 

 

病院

 

アオボノ「提督、曙です、入ります」

 

海斗「曙、伝えた通りだよ」

 

アオボノ「はい、今から敷波の救助に向かいます、第七駆逐隊を動かしても構いませんか」

 

海斗「構わないよ、お願い」

 

綾波「わた、私も連れて行ってください」

 

アオボノ「居たんですか」

 

海斗「ダメだ、キミは1人で歩くことすらままならないのに出撃なんてもってのほかだ」

 

綾波「…お、お願いします…!」

 

アオボノ「提督、綾波を貸してください」

 

海斗「…貸すって…本当に連れていくつもり?」

 

アオボノ「無事に連れて帰ると約束します、2日間の出撃の許可を」

 

海斗「綾波はどうするつもり、艤装もつけられないんだよ」

 

アオボノ「船を使います、何かをさせるつもりはないので」

 

海斗「…それなら何故連れていくんだ」

 

アオボノ「本人が望むからです、それに…私が同じ立場なら私はたとえ動けなくとも向かいます、向かってみせます」

 

海斗「……」

 

アオボノ「行かずに後悔して生きるくらいなら…向かって死んだ方がマシなんですよ、行って、戦えなくても…」

 

海斗「じゃあ僕も連れて行ってほしい、キタカミに会わなきゃいけない、きっと敷波を探す中で会えるはずだ」

 

アオボノ「……いや、それはダメですね」

 

海斗「なんで」

 

アオボノ「会えるとも限りません、それに会えたなら私が連れてきます…提督は提督としてやるべき事があります、1人だけを見ていてはいけません」

 

海斗「…ごめん、わかった」

 

アオボノ「提督、キタカミさんは私なんかよりずっと強い」

 

海斗「だとしても、キタカミも限界なはずだ」

 

アオボノ「…キタカミさんは、私の尊敬する人です」

 

海斗「……」

 

アオボノ「キタカミさんがかつてと変わらないのなら…あと人は今、誰よりも強い」

 

海斗「キミよりも?」

 

アオボノ「元々私は単純な実力勝負では勝てませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

 

曙「七駆、出撃いけるわ」

 

アオボノ「上等、行くわ」

 

朧「待って、来客っていうか…」

 

アオボノ「…こんな忙しい時に?」

 

 

 

浜風「横須賀の火野提督より、様子を見て来いと仰せつかりました、駆逐艦浜風です」

 

アオボノ「…成る程、今指揮系統は…誰が担当してるの、朧」

 

朧「いや…誰も」

 

アオボノ「はぁ…頭おかしいのかしら、じゃあ私がトップ、アンタらは下僕扱いよ?」

 

曙「いいんじゃない?面倒だし」

 

浜風「あの…」

 

アオボノ「臨時の提督代理、駆逐艦曙です、と言っても今から出撃なのですが」

 

浜風「え、こんな状態で…?」

 

アオボノ「艦隊のメンバーが深海棲艦に攫われたので、ついてきますか?」

 

浜風「え…い、良いんですか?」

 

アオボノ(どうせ居ても居なくても変わらないし、見たところ真面目タイプ、余計な物見られるくらいなら連れていく方がマシ)

 

アオボノ「ええ、長丁場の予定ですが」

 

浜風「ぜ、是非!」

 

アオボノ(何で嬉しそうなんだ…まあ良いか)

 

 

 

 

 

病院

重巡洋艦 青葉

 

青葉「失礼します、司令官」

 

海斗「わざわざ呼びつけてごめん、泊地はどう?」

 

青葉「…みんな、どうしたら良いかわからなくなってます、一応最低限の復旧はして、交代で見張りもしてますけど…」

 

海斗「うん、それで良い…ありがとう、辛いのにごめんね」

 

青葉「……司令官は、辛くないんですか…」

 

海斗「…わからないんだ、目の前で起きてた事なのに、急に結果だけ突き出されて…実感が湧かないっていうのかな…信じられないんだ、まだ」

 

青葉「…司令官が変わっちゃったわけじゃないなら、良かったです…」

 

海斗「僕は良くも悪くも変わらないよ」

 

青葉「…そうだ…司令官、さっき加賀さんから連絡が」

 

海斗「緊急?」

 

青葉「いいえ、帰路で交戦した際、1人保護したと」

 

海斗「誰かはわかる?」

 

青葉「それが…加賀さんはわからない、と」

 

海斗「加賀が分からないってことは、よその子かな」

 

青葉「多分…」

 

海斗「明日には帰ってくるはずだ、復旧を進めないとね」

 

青葉「業者に依頼しようとした…んですけど、民間のところは深海棲艦に怯えて…」

 

海斗「それは…参ったな、横須賀に連絡してみて、何とかしてくれるから…あとは何かある?」

 

青葉「あー…横須賀から浜風という方が様子を見に来てます、新人さんらしいです、民間人あがりの…」

 

海斗「横須賀からか…多分問題はないよ、他は?」

 

青葉「以上です、司令官の方は…?」

 

海斗「明日には退院して戻る事になってるよ、そこまでひどい怪我じゃないしね」

 

青葉「……無理したら、また怒りますからね…?」

 

海斗「気をつけるよ」

 

 

 

 

 

 

船上

駆逐艦 曙

 

曙「…恐ろしいほどに静かな海ね」

 

アオボノ「そう?かなりの数を殺したんでしょ、それなら居なくても当然よ」

 

曙「嵐の前の静けさって知ってる?それに…あーもう、何でも良いや…油断してたら足元掬われても知らないから」

 

アオボノ「心配ないわ、たとえ相手があのキタカミさんだろうと私達なら勝てる」

 

曙「へぇ、らしくないじゃない」

 

アオボノ「そういう訳だからこれ、明石さん特製の新型よ」

 

曙「……え?なにこれ」

 

消防士が来てるようなオレンジ色の服…

 

曙「あ、アンタねぇ…おちょくってるなら蹴り飛ばすけど?」

 

アオボノ「マジよマジ、本当は付属してないけど私の優しさ」

 

曙「付属…?」

 

アオボノ「ほら、これ」

 

綾波型の艤装…なのに少し何か違う

 

曙「…これ、なに?機関の煙突がデカイし、物々しい…し…主砲は?魚雷発射管もない…」

 

アオボノ「武器はこれ」

 

双剣…砲弾と…あとは魚雷?の召喚の紋章が刻まれた剣

 

曙「……これ、アンタのじゃ…」

 

アオボノ「いや?私のは召喚は外してもらったのよ、扱いに困ってるからまだ練習が必要なの、とりあえず実戦では足を引っ張りかねない」

 

曙「…じゃあ、これは…」

 

アオボノ「アンタのよ、アンタ専用の双剣、まあ、使う時はちゃんとその耐火服を着なさい、制服は燃えるから」

 

曙「…は?」

 

サイレンが鳴る

敵と出会ったという合図

 

アオボノ「言ったからね……早速深海棲艦よ」

 

曙「…ま、待って、え、これどこで着替えたら…」

 

アオボノ「運転手は朧、知らない人は浜風さんだけ…別に恥ずかしがる事ないでしょ」

 

曙「えぇ…?」

 

アオボノ「さっさと出るわよ」

 

曙「わ、わかったから待ちなさいよ…!」

 

アオボノ「あと、耐火服は普通中にインナーを着るもの、裸の上から着るようなものじゃないんだけだ」

 

曙「…し、知ってるわよ!」

 

渡された装備を広げ、ゴワゴワとした耐火服に袖を通す

 

曙「……耐火服…ねぇ、デザインと肌触りが気に入らないけど…まあ良いか、でも燃えるような物…機関部が燃えるとか?冗談でも嫌ね、火災発生って叫べって事?」

 

朧「曙!早く!」

 

曙「わかってるっての…行くわ」

 

双剣を回し、構えて海に飛び出す

戦艦級が2の軽空母2、重巡級2か

 

アオボノ「戦艦級が相手、イケる?」

 

曙「さあね、この装備次第じゃない?」

 

アオボノ「……教えてあげる、戦果が装備に左右される様なやつは三流よ」

 

曙「じゃあアンタにも教えてあげる、一流の腕を持ってても腐った魚じゃ刺身は作れないわ」

 

朧「張り合ってないで行くよ!」

 

曙「前衛は任せなさい!」

 

アオボノ「また前みたいに1人で突っ込むつもり?」

 

曙「…あんたも来るでしょ?」

 

アオボノ「バカなの?私双剣持ってきてないっての」

 

曙「…まあ、良いわ、前衛なのは変わらない、朧、後ろは任せたわ」

 

朧「了解…!」

 

痺れを切らした戦艦級がこちらに砲を向けて放つ

 

曙「さて、軽く腕鳴らし…といくか」

 

アオボノ「それを言うなら肩慣らしよ、バカボノ」

 

双剣を振るう、砲弾を切り裂き、こちらからも砲撃を召喚する

 

曙「へぇ…良いじゃない、狙い通りに飛んで行く…これなら充分すぎるわ!」

 

アオボノ(…やっぱり明石さんも記憶が戻ってるのかも…)

 

曙「魚雷も…くらいなさいッ!」

 

魚雷が黒い筋を纏って海を走る

 

曙「…ん?なにこれ」

 

アオボノ「ああ、それがその服の理由」

 

曙「え…?」

 

双剣を一度収納しようとクルリと回して鞘に収める

 

曙「…うわっ!?」

 

海を炎が走り、魚雷が破裂して水柱が上がる

 

潮「…海なのに炎…?」

 

曙「ちょっ…こういうのは先に言いなさいよ…!」

 

アオボノ「サプラ〜イズ…ってことで」

 

曙「命懸けのサプライズなんて求めてないっての…!良いじゃない、やってやる…」

 

双剣を回して炎を灯す

 

曙「ツキがなかったわね深海棲艦共…今から一瞬よ…!」

 

朧「すぐ調子に乗る…」

 

アオボノ「…心配ないわ、曙だもの」

 

敵艦の艦載機が迫る

 

曙「…ふふっ…確かに今なら何でもできるかもね」

 

双剣を大きく振るい、炎の壁を作り出す

 

曙「撃ちなさい」

 

アオボノ「命令しないでくれる?」

 

朧「潮!漣!機銃は任せたよ!」

 

潮「う、うん!」

 

漣「了解!」

 

炎の壁に突っ込んだ敵艦載機が火の玉になって堕ちる

取りこぼしも潮と漣が撃ち落としてくれる

 

朧「右ッ!」

 

朧達の砲弾が金属をねじ曲げる様な音を鳴らす

 

曙「当たった…朧も強くなってんじゃない」

 

朧「目隠しで当てるのはまだ厳しいって…!」

 

アオボノ「朧ならできるわ、あと少しでね…曙、左舷に戦艦が回り込もうとしてる」

 

曙「炎の裏のことまでお見通しってわけ?良いけど…漣!主砲を左に向けて撃ち続けて!」

 

漣「え!?りょ、了解!」

 

漣が出鱈目に打ち込んだ先に突っ込む

 

曙「漣!絶対打つのやめるんじゃないわよ!当たらないから!」

 

海面を踏みしめて前へと駆ける

機関部が蒼い炎を噴き出す

 

アオボノ「…あー、まあいいか」

 

曙「っらぁぁ!!」

 

蒼炎を纏って戦艦級に突撃し、斬り刻む

 

ル級「ギゃァァァァァ!!」

 

曙「潮!10時の方向に向けて魚雷!」

 

潮「発射!」

 

炎の壁が消え、敵艦の姿が露わになる

 

朧「見えるなら…重巡級は落とすよ!」

 

アオボノ「じゃあ私は軽空母2ね…」

 

潮の魚雷が重巡級を一つ沈め、朧の砲撃でもう一隻と敵艦が順々に沈む

 

曙「終わりよ…くらえッ!」

 

最後の戦艦級を真っ二つに斬り捨てる

 

アオボノ「戦闘終了、此方方に被害なし、上々よ」

 

曙「当然よ、十分すぎる装備ね」

 

潮「……あの、曙ちゃん、熱くないの?」

 

朧「本当に大丈夫…?」

 

曙「え?耐火服を着てるしヘーキヘーキ」

 

アオボノ「…いや、その耐火服が燃えてんのよ」

 

曙「へ?」

 

言われて見るとすごく熱い上に腕の部分とか素肌が露出している

 

曙「ぎゃぁぁぁ!?」

 

潮「う、海に潜って!」

 

アオボノ「はい、双剣確保と…まあこれ作るの大変らしいし」

 

曙「ちょっ!曙ォ!熱っ!熱つつ!」

 

服を脱ぎ捨て艤装を外して海に飛び込む

 

曙「ぷはっ!…し、死ぬかと思った…」

 

朧「……よかったね、制服は無事みたいだよ、ビショビショだけど」

 

漣「か、風邪ひいちゃうしあがろうぜぼのたん…」

 

曙「…そうね…でもひんやりしてて気持ちいい…」

 

潮「……そういえば、この辺の海って昔サメが…」

 

曙「誰か早く船に引き上げて!」



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余裕

船内

駆逐艦 綾波

 

綾波「…お…おお、お疲れ様です」

 

曙「今はそういうのはいいわ、綾波…綾波、アンタにしかできないことがあるの、頼める?」

 

綾波「え、ええと…お、お役に立てるのでしたら…な、なんでも…」

 

曙「アンタの制服、貸して頂戴…びしょ濡れでもう着れないのよ、私の服は」

 

綾波「だ、だから裸なんですね……ぬ、脱ぐの、手伝ってもらえますか…」

 

曙「失礼な、下着は着てるでしょ…はぁ…はっくしょん!!」

 

アオボノ「ついでに下着も交換してもらったら?これから雨になるし、乾かないわよ」

 

曙「梅雨だしね、でも下着は流石に嫌だわ」

 

綾波「わ、私は…敷ちゃんさえ、助かるのでしたら…なんでも…なんでもします…!」

 

曙「やめてよ…なんかいかがわしい感じするから気持ち悪い」

 

アオボノ「雨合羽出しとかなさい、交戦予想区域に入るわ、羅針盤が反応してる」

 

綾波「……あ、あの…」

 

曙「…わかってるって」

 

綾波「敷ちゃんを、お願いします」

 

無理矢理体を折り畳み、ただ平伏する、今の自分にできる最大限の誠意を伝えるにはこれ以外が思い当たらない

折れた骨が肉を割く感覚、激痛に顔を歪めたくなる

 

アオボノ「……綾波さん」

 

綾波「…は、はい」

 

アオボノ「惨めですよ、今の貴方は」

 

曙「ちょっと…!」

 

アオボノ「貴方に利用価値がないとわかれば…私は貴方を捨てます、殺すのではなくね」

 

手を踏まれている、焼け爛れた皮膚をねじられ、皮膚が破けて膿が流れ出る

 

綾波「…っ…ぁ…!」

 

アオボノ「貴方にもできることがあるでしょう?それを考えて、やってみてください」

 

綾波(…私に、できること…)

 

綾波「わか…ぁぐ……」

 

後頭部を踏まれる、顔面が床に押し付けられ、鼻の骨が曲がる様に痛い

 

曙「やりすぎよ曙!」

 

アオボノ「曙には関係ないの、良いですか、貴方はただ求める立場じゃない…求め続けることができる立場じゃない、覚悟しなさい、貴方が進む覚悟を」

 

綾波「…すす、む…?」

 

アオボノ「貴方はようやく前の自分に戻ろうとしている、あの無様な足技で私を蹴り殺したあの綾波に」

 

綾波(前の私…嫌だ、それだけは嫌だ…!そんな事になったら私はもう誰とも居られなくなる、敷ちゃんを危険に晒す、司令官へ恩を返せなくなる、朧さんに謝ることができなくなる、私は…)

 

アオボノ「…余計なことは考えないことです、前の綾波の方がよっぽど利用価値がある」

 

綾波「ぎゃっ!?」

 

蹴り飛ばされ、転がる

 

アオボノ「泊地襲撃の際、貴方だけは陽動だと気づいた、何が理由で敷波を優先したのか、それはどうでも良い…提督の護衛に行かなかった罪は重いですよ」

 

綾波「……」

 

綾波(…前の私の方が…良いの…?必要とされてるのは…あの衝動のままに人を殺せる私なの…?…私は…今の、必死に生きてる私は邪魔なだけ…目障りなんだ…)

 

 

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

正規空母 瑞鶴

 

瑞鶴「形になってきた…って感じね」

 

矢を的から外す

 

陽炎「瑞鶴さん、お疲れ様です」

 

瑞鶴「ああ…うん、陽炎…お疲れ」

 

陽炎「…調子、戻りましたか?」

 

瑞鶴「……まあね、一応ちゃんと当たる様になってきたし…」

 

瑞鶴(でも、あくまでも機械の様な…わかるんだ、形しかできてないせいで私は…戦えない)

 

陽炎「よかったです、司令にも報告しておきます」

 

瑞鶴「…ッ…」

 

瑞鶴(まただ、頭が痛い…)

 

ずっと頭が痛い、目眩が一瞬して、倒れそうになって、声が聞こえる

 

『助けて』って、私に誰かが助けを求めてるのに…その声がはっきり聞こえるのに…

 

あのあと病院に行っても私は正常、声が聞こえるって言ったら急に異常者扱い、信用できなくて逃げ出す始末…

 

瑞鶴「……ねぇ、陽炎」

 

陽炎「はい?」

 

瑞鶴「…翔鶴ね…翔鶴って知ってる…?」

 

陽炎「…えっと、それは…どの範囲で?瑞鶴さんの姉妹艦、という意味でしょうか」

 

瑞鶴(みんなこう答えるんだ、まるで腫れ物を触るみたいにそういうんだ)

 

瑞鶴「…なんでもない、私ちょっと出てくるわ」

 

どうしたら、良いんだろう

 

龍田「あら、瑞鶴じゃない〜」

 

瑞鶴「馴れ馴れしいのやめてって言ったはずよ、龍田サン…出撃?」

 

龍田「南西諸島方面に出撃してる宿毛湾の艦隊の援護、私と秋雲ちゃん、陽炎ちゃん、着いてくる?」

 

瑞鶴「宿毛湾って…あそこは壊滅状態じゃ…」

 

龍田「あそこの人達ね〜…すっごく粘り強いのよ〜…何が目当てか知らないけど、意味があるはずよ〜」

 

瑞鶴(目的…意味…)

 

???『瑞鶴…助けて…!』

 

瑞鶴(またあの声…私には…貴方が誰かもわからないのに…)

 

???『瑞鶴…私はもう、仲間を攻撃したくない…お願い瑞鶴…私を…私を沈めて…!』

 

瑞鶴「…勝手なこと言わないでよ!翔鶴姉ぇ!」

 

不意に口を突いて出る言葉に龍田も私もキョトンとする

 

龍田「…翔鶴姉ぇ?」

 

瑞鶴「いや、これは…あーもう!時間ある!?」

 

龍田「少しくらいならあるけど〜」

 

瑞鶴「…付き合って、相談っていうか…愚痴に」

 

龍田「いいわよ〜」

 

 

 

 

 

龍田「つまり、毎日のようにそんな声が聞こえてるの〜?」

 

瑞鶴「翔鶴ってやつの記憶も…無いはずなのにあるのよ、何が起きてるのかわからない」

 

龍田「……私にもあるのよ〜、幼い頃、親の離婚で離れ離れになったお姉ちゃんと前世も一緒に戦った記憶」

 

瑞鶴「…なにそれ」

 

龍田「そのお姉ちゃんは、私がお姉ちゃんか持って思えるたくさんの人の中で一番強くて輝いてた、もちろん私の方が強かったけど、尊敬できる姉だと思えた…関係があったのはほんのわずかな時間だったけど、大切な思い出」

 

瑞鶴「…本当に?嘘じゃないの?作り物かもしれない」

 

龍田「世界5分前創造論、って知ってる?」

 

瑞鶴「…なにそれ」

 

龍田「世界が5分前に作られた…って言ったら否定できる?」

 

瑞鶴「そんなの、私が生まれた時から…」

 

龍田「今までの記憶、感情、感じたことや考えたこと、全てが作られたものかもしれない…」

 

瑞鶴「…いや、そんなわけ…」

 

龍田「証明できる?」

 

瑞鶴「……無理、だと思うけど…」

 

龍田「そう、無理なの〜♪」

 

瑞鶴(…ムカつく)

 

龍田「でもね、私はこう思った、たとえ証明できなくても、この気持ちは、この記憶は、この想いは…神様、創造主なんかじゃなくて私にしか創れない、積み重ねの記憶、私が本当に経験した、私が戦って、生きた記憶」

 

瑞鶴「…どうやってそれを証明するのよ」

 

龍田「ん〜?無理よ〜♪」

 

瑞鶴「………」

 

龍田「だけど、私はその記憶も、全部私だと思って受け入れたの、そうしたら…またお姉ちゃんに会えるな〜…って」

 

瑞鶴「…お姉ちゃんに……か」

 

龍田「…一緒にいきましょ?きっと、呼ばれてるから」

 

瑞鶴「……翔鶴姉ぇ…」

 

翔鶴『…お願い、瑞鶴…私を…終わらせて…』

 

瑞鶴「……人の頭に勝手に寄生して、好き勝手言うんじゃないわよ…!私が直接引っ叩いて…頭から追い出してやるから」

 

龍田「…来るのね?」

 

瑞鶴「当たり前よ!行ってやる…」

 

龍田「じゃ、早速いきましょ?何時間かすれば追いつけるわ〜」

 

 

 

 

 

 

与那国島

キタカミ

 

キタカミ「……何か来てる」

 

瑞鳳「…あれは…髪の青い曙?」

 

キタカミ「ちなみに今髪の色逆だからね、元々青かった方が青くないから」

 

瑞鳳「……頭が痛くなりそうですね」

 

キタカミ「…まって、アイツも出てきた」

 

戦艦棲姫…

 

瑞鳳「なんで…?アイツがわざわざ根城から出てくるなんて…」

 

キタカミ「…理由は知らないけど、そういやさ、まだデータが足りないから完全な予測」

 

瑞鳳「はい?」

 

キタカミ「アイツが深海棲艦を暴走させたり操るのって、近くないとできなかったりしない?」

 

瑞鳳「……だから泊地襲撃の際に自ら赴いた…と?」

 

キタカミ「何の狙いがあったのか知らないけど、何がしたかったのかも知らないけど、わざわざ安心して寝てられる住処を離れる理由わかんないしさぁ…それと、実は木曾から聞いてるんだよね」

 

瑞鳳「木曾さんから…?」

 

キタカミ「アイツを刺し殺してやろうと思ったけど、それもできない、体が動かなくなった…って、深海棲艦を暴走させたり操れるなら…ありえるくない?」

 

瑞鳳「…まあ、むしろ距離に制限があるなら助かるんですけど…

 

キタカミ「ホントそれね…さて、行きますか」

 

瑞鳳「どっちに手を貸しますか」

 

キタカミ「……ここは戦艦棲姫、って形になるかな…人質取られてるし、適当に曙達追い返せば話は終わりじゃん」

 

瑞鳳「わかりました」

 

キタカミ「……あー、胸糞悪いな…戦艦棲姫の事殺したいのに」

 

 

 

 

 

海上

駆逐艦 アオボノ

 

前方に深海棲艦の群れ、そしてそれに南西の方向から近寄ってくる2人…

 

アオボノ(…来た)

 

キタカミ(やる気満々…って感じだねぇ、協力申し出ても撃たれてたんじゃないのこれ)

 

アオボノ「お久しぶりです、キタカミさん」

 

キタカミ「んー、前会ってからはそんなに時間経ってないけどね」

 

アオボノ「もう顔を隠すのはやめたんですか」

 

キタカミ「……視界塞いで相手できると思えないし?」

 

アオボノ「嬉しいです、そこまで評価していただけて」

 

キタカミ「………」

 

アオボノ「…随分と、落ち着きましたね」

 

キタカミ「無気力なだけだよ、お互いに徳のない戦いをする事に」

 

戦艦棲姫「オイ」

 

キタカミ「黙れ、本当ならお前から先に殺したいんだ、真っ先に消したいんだ」

 

戦艦棲姫「…コレヲ見ロ」

 

戦艦棲姫のそばにヲ級が浮上する

 

キタカミ「っ…!…あたしはアンタとの契約に乗った覚えはない…!」

 

戦艦棲姫「関係ナイ、契約ハ結バレタ」

 

キタカミ「島風を差し出すつもりはないって言ったけど?これ以上の勝手は認めないって言ってんだよ!」

 

アオボノ(…へぇ…)

 

戦艦棲姫「差シ出ス必要ハナイ、私ガ自ラ貰イニ行ク…ダガ、眼前ノ此奴ラモ…面白イカモシレン…ソレニ」

 

アオボノ「ああ、何か私に?」

 

戦艦棲姫「オマエ、深海ノ気ガ強イナ」

 

アオボノ(深海の気配…?)

 

キタカミ「…どういう意味」

 

戦艦棲姫「コイツナラ優秀ナ兵士ニナル…ククク、オマエモ来ナイカ?」

 

アオボノ「……はぁ、馬鹿ですねぇ」

 

主砲を向ける

 

アオボノ「深海棲艦の側に着いたら提督と居られないじゃないですか、お断りします」

 

戦艦棲姫「ナラ、ソノ提督トヤラモ受ケ入レテヤル」

 

アオボノ「…あー、ごめんなさい中途半端に答えた私が悪かったですね、アンタらと交渉する気はないのよ、さっさと敷波を返して失せなさい」

 

キタカミ「…敷波ならウチで預かってる」

 

アオボノ「ってことは完全にアンタらに用は無くなった…さっさと帰れば命だけは助けてあげる」

 

戦艦棲姫「生意気ナクチダ、ナラ…コウイウノハドウダ?」

 

戦艦棲姫が手を叩くと深海棲艦が浮上してくる

 

アオボノ(…まるでなりそこないのような…普通のよりグロいわね)

 

キタカミ「お前…!」

 

戦艦棲姫「戦エ、サモナクバ…ワカルダロウ?」

 

キタカミ(言われなくても追い返すつもりだった…けど…)

 

アオボノ「その深海棲艦が何か……いや、もしかしてその深海棲艦は…」

 

キタカミ「…わかる?姉妹艦さね、あたしの…そして、今となっちゃ人質、沈んでほしくないから、死んで欲しくないから…あたしは盾にならなきゃいけない」

 

アオボノ「成る程、それで?」

 

キタカミ「……悪いけど、さっさと帰ってくんないかな…じゃないと殺さなきゃいけなくなるし」

 

アオボノ「殺す…ですか、残念、とても残念です」

 

キタカミ「…あ?」

 

アオボノ「キタカミさん、貴方も随分と落ちぶれてしまった…でも当然です、守らなきゃいけない物があると人は弱くなる」

 

キタカミ「つまり…負けないってわけだ」

 

アオボノ「キタカミさん、提督がお呼びです…敷波共々出頭していただきます」

 

キタカミ「…手加減しないよ」

 

アオボノ「今の貴方にはそんな余裕がない」



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独壇場

海上 

キタカミ

 

キタカミ(…弱い、か…守ろうとした私が弱い…)

 

キタカミ「…最低だ、最低だよ曙…!」

 

キタカミ(確かに折れた、翔鶴を殺したことも、1人で動き続けてる事も…全部、全部だ、だけど…それは守るため、守らなきゃいけない物のために戦う奴が弱いだなんて…)

 

アオボノ「最低ですか、よもや貴方がそんなことを言うなんて…私の期待を裏切るのはやめてもらいたいです」

 

キタカミ「期待…?なんだよそれ…勝手に期待してそれに応えなきゃ落第ってこと?ふざけんな…!あたしは守るために戦ってきた!仲間を!人間を!守らないといけないと思ったから守ってきた!」

 

アオボノ「…ではなぜ今貴方は私に砲を向け、殺気を放つのですか」

 

キタカミ「敵として目の前に立ってる以上…そうなるのは当然でしょ」

 

アオボノ「なら、貴方は提督の敵になるのですね」

 

…心に何かが宿る

 

アオボノ「かつての仲間を殺す事に…一切の躊躇いがないのですね」

 

キタカミ(…仲間を、殺す…)

 

瑞鳳は帰ってきた、だけど翔鶴は?帰ってくるわけがない、ここで今…もし、殺したとして…

 

キタカミ「……そんな訳ないじゃん…」

 

小さく呟く

 

アオボノ「始めましょうか、出頭命令には向かった愚か者への懲罰を」

 

死の香が鼻を突く、反射的に体が動き、砲弾が服を掠めて焼く

 

キタカミ(殺しに来てる…!曙には躊躇いがない…仲間を殺すって事をわかってない…だけど、やらなきゃやられる…!)

 

砲撃戦が始まる

お互いの砲弾が空中でぶつかり弾ける

 

戦艦棲姫(…フム、押サレテイルカ…ヤハリクチダケノ存在…指揮ハ上等ダト聞イタガ…)

 

アオボノ(深海棲艦もそろそろ仕掛けてくるかな…)

 

アオボノ「動いたら、殺す…瑞鳳さんも」

 

動こうとしていた深海棲艦の動きが磔にされたように止まる

 

瑞鳳(怖っ…何この感じ…脳が支配されるみたいな…)

 

アオボノ「キタカミさん、貴方にはやはり余裕がない」

 

砲弾がぶつかり、煙が視界を塞ぐ

 

キタカミ「余裕なんかあるもんか…命懸けの戦いに…!」

 

アオボノ「だとしたら、それは勘違いですよ」

 

命懸けの戦いじゃない…?

 

アオボノ「貴方は生かして提督の元に突き出すのですから」

 

煙の中から曙が飛び出し首と腕を掴まれる

 

キタカミ「ッ…、…!」

 

アオボノ「さっさとオチてください、そうすれば……ぁッ…え…!」

 

ゼロ距離で、両手を使ってるなら防げない…

接射を叩き込む

 

アオボノ「いッ…!アハッ…!」

 

砲口を突き付けて撃ったのに笑ってる…?

 

キタカミ「…はな……せ…!」

 

万力の様により強い力で締め上げられる、意識が薄れ始める

 

アオボノ「もっとあっさり折れると思ってたのに…意外ですね、それに…やっぱりキタカミさんは優しすぎる」

 

キタカミ(…うる…さいなぁ…次は、頭に撃ち込む…)

 

 

 

 

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「勝負あり、キタカミさんは貰っていきます」

 

戦艦棲姫「待テ、ソイツヲ置イテ行ケ、サモナクバコイツラヲ…」

 

…キタカミさんの姉妹艦の深海棲艦か

 

アオボノ「お好きにどうぞ?」

 

戦艦棲姫「何…?」

 

アオボノ「私がその人達守る理由って、何かありますか?私が用があるのはこのキタカミさんだけ」

 

戦艦棲姫「チッ…面倒ダ、ヤレ!」

 

深海棲艦が一気に襲いかかってくる

 

アオボノ「忠告はしたんですけどね、撃ち方始め」

 

船からの砲撃で一つ沈む

 

アオボノ「戦艦棲姫、貴方もここで死にたいなら…殺してあげますよ」

 

アオボノ(キタカミさんがこいつを生かしていた理由が知りたい、人質に手を出される前に殺すくらいはできたはずだ…多分、人間に戻せるとでも言われたんだろう)

 

戦艦棲姫「駆逐艦如キガ何ヲ…」

 

アオボノ「その駆逐艦如きに舐められてるようではね」

 

戦艦棲姫「デハソノ認識ヲ変エテヤロウ…!」

 

怪物のような艤装がこちらを見据える

 

アオボノ「…バーカ」

 

タイミングを合わせて一発放つ

 

戦艦棲姫「ナ、何ガ起キタ!?ナンダコレハ!」

 

怪物の主砲が内側から破裂し炎上する

 

アオボノ「戦艦を仕留めるのは得意なんですよ、それと貴方との交戦データに再生したとありましたが…艤装の方は再生するのでしょうか、興味がありますね」

 

戦艦棲姫「ナ…!」

 

アオボノ「まあ、三下ってことは同格が他にもいるという事…貴方を殺すより、実験に使うべきでしょう」

 

戦艦棲姫「コノ…!」

 

主砲がこちらを向く

 

アオボノ「アハハ、はぁ…貴方本当に学びませんね…そんなに死にたければどうぞもう一撃」

 

戦艦棲姫の艤装の主砲全ての砲身に砲撃を撃ち込む

 

アオボノ「はい、バーン」

 

戦艦棲姫の艤装が内側から爆砕する

 

戦艦棲姫「コ、コンナコトガ…!」

 

アオボノ「ほら、早く再生させてくださいよ、それともできないんですか?今貴方を撃ったらどうなるんでしょうね」

 

戦艦棲姫「フザケルナ…!コノ…!」

 

戦艦棲姫の右腕が吹き飛ぶ

 

戦艦棲姫「ギャァァァァ!?」

 

アオボノ「あら、存外脆いものですね…ふふふ、頭に当てればよかった…って、おかしいですね、再生してくださいよ、ほら早く」

 

戦艦棲姫「ヒ…!オ、覚エテイロ!」

 

戦艦棲姫が水中に姿を消し、それに続いて他の深海棲艦も消える

 

アオボノ「この腕、持って帰れば研究してくれるかな…生きてる深海棲艦のパーツなら…アリですね」

 

 

 

 

 

 

与那国島

 

アオボノ「敷波さん、いらっしゃいますか」

 

…人の気配はしない、ずいぶん前に放棄された島だし当たり前だけど

 

アオボノ「綾波さんに頼まれて連れて帰りに来ました」

 

イムヤ「…曙さん」

 

アオボノ「イムヤさん、お会いしたかったです」

 

イムヤ「キタカミさんは?」

 

アオボノ「倒しました、お陰でほら…脇腹が軽く…まあ、イムヤさんなら問題ありません、瑞鳳さんにも同行してもらってます」

 

イムヤ「…敷波は向こう、連れて帰って」

 

アオボノ「やっぱり貴方も?」

 

イムヤ「私は…深海棲艦を守らなきゃ」

 

アオボノ「間違ってないんでしょうね、そのセリフ自体は」

 

イムヤ「…何が言いたいの」

 

アオボノ「イムヤさん、貴方も深海棲艦なんじゃないですか?私は貴方が水中に潜ってる姿を見たんですよ」

 

イムヤ「…そりゃ、潜水艦だし…」

 

アオボノ「艤装は?」

 

イムヤ「…それは…」

 

アオボノ「キタカミさんが一度も魚雷を使わないのは…まあ、良しとします、だってあの人のメイン武器は単装砲でしたから…でも、使わないにしても魚雷はどこに行ったのか…貴方が持ってる」

 

イムヤ「それが何」

 

アオボノ「貴方の攻撃手段がどこから来たのか…は置いておいて…何で貴方が潜水できるんですか?潜水艦の艦娘はまだ何処にも存在してないんですよ、深海の水圧に耐える事や酸素の確保が難しいんでしょうか…」

 

イムヤ「…確かに、深い海に潜るのは辛い」

 

アオボノ「なのにあなたはそれをやってのけてる、不思議ですね、なぜですか?」

 

イムヤ「……だから、深海棲艦…って?」

 

アオボノ「違うのなら納得できる理由をどうぞ」

 

イムヤ「…無理、お手上げ…そう、私も深海棲艦…だけどあの戦艦棲姫の支配下じゃ無いし、暴走もしない」

 

アオボノ「それは何故ですか」

 

イムヤ「わからないの…私は深海棲艦が現れた日まで普通に生活してたの、勿論人間として…あの時の私は海辺に住んでたから、深海棲艦にすぐ襲われた、砲撃で建物が崩れて、下敷きになって、その瓦礫ごと海に攫われたの…」

 

アオボノ「…死んだ?」

 

イムヤ「死んだと思う、暗くて、息ができなくて、辛くなったのが…急に息が吸えるようになった、海の中で」

 

アオボノ「…深海棲艦になった瞬間、と言うことですか」

 

イムヤ「うん、記憶があるおかげで現状の把握には時間がかからなかった…周りの深海棲艦も、襲いには来なかった…だから確信した、私は深海棲艦なんだって」

 

アオボノ「それで?」

 

イムヤ「最初は陸地に戻った、陸で生活しても問題なかったし…周りの人はみんな死んじゃったけど、何とか生きていけた…でも、また深海棲艦がやってきて…やっぱり何もかも壊された」

 

アオボノ「…深海棲艦に与する理由には聞こえませんが」

 

イムヤ「……深海棲艦の砲撃で、人がバラバラになったの、で、それを深海棲艦が集めて…食べて…いや、口に入れて持って帰ってるみたいだった、だから私は追いかけた…戦艦棲姫を見つけた、戦艦棲姫はその人間の死体から深海棲艦を作り出していた」

 

アオボノ(やっぱり深海棲艦の原料は人間の死体か…)

 

イムヤ「この時にようやく私は本当に死んだんだって思って…じゃあ何をすればいいか考えた、この世界って、本当に何が起こるかわからない、もしかしたら深海棲艦を人間に戻せるかもしれないって」

 

アオボノ「馬鹿げてますね」

 

イムヤ「…前の世界が馬鹿げてたから…それで私はまず協力者を探した、助けてくれそうな人…でも、強くないといけない、それで記憶がある艦娘の誰か…それがキタカミさんだった、キタカミさんも姉妹を失って苦しんでたから」

 

アオボノ「……そうだ、少し待ってください」

 

イムヤ「何?」

 

アオボノ「…貴方は今ゾンビ、と言う認識でいいんですか?」

 

イムヤ「…噛んだらわかるかな」

 

アオボノ「遠慮します、つまり貴方は動く死体…でも人と変わらなくて…体温は?」

 

イムヤ「…あると思う、心臓が動いてるのかはわからないけど」

 

アオボノ「……宿毛湾に来ませんか?貴方を調べれば…何かが変わるかもしれない」

 

イムヤ「…迷惑、じゃない?」

 

アオボノ「提督も喜んでくださいます」

 

イムヤ「……そうかな、私たちが誘った時は…」

 

アオボノ「深海棲艦と艦娘では立場が違いますから…それと、貴方には苦痛が伴う実験も予想されます」

 

イムヤ「えぇ…それは嫌…」

 

アオボノ「別に本当に実験台にするつもりはありませんが…貴方を迎え入れる準備は私がします、どうですか?」

 

イムヤ「んー…じゃあ、今度奢って、牛丼」

 

アオボノ「ふふ…どこの奴がいいですか?」

 

イムヤ「320円のやつ」

 

アオボノ「わかりました、2人で行きましょうか」

 

イムヤ「オーケー、約束ね」

 

アオボノ「ええ、明日あたりにでも…ん?」

 

誰か来る…

 

敷波「い、イムヤさん!」

 

イムヤ「え、それ…」

 

アオボノ「……敷波さん、何で貴方に足が…」

 

両足が生えてる…間違いなく

そして1人で立っている…筋肉量にも問題はないのか…?

少し肌の色が違う点だけが気になるけど

 

敷波「曙…!あ、綾姉ぇは!?綾姉ぇはどこ…!」

 

アオボノ「大丈夫です、着いてきてもらってます、それより貴方の足は…」

 

敷波「戦艦棲姫…あいつが綾姉ぇの命と引き換えに足をやるって…!」

 

アオボノ(綾波の命と引き換えに…?)

 

アオボノ「…とりあえず帰りましょうか、調べるにもここじゃ何もわからない」

 

敷波「う、うん…うぁっ」

 

こっちに来ようとした敷波が派手に転ぶ

 

イムヤ「まだまだせっかく足があるのにまだ慣れてないのね…待って、支えてあげるから」

 

敷波「…ありがとう…」

 

アオボノ(…詳しく調べる必要がある…か)



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予想通り

海上

正規空母 瑞鶴

 

瑞鶴「んー…こっちね」

 

龍田「ほんとうにこっちでいいのかしら…」

 

秋雲「さぁ…私らには…」

 

陽炎「わからないです…」

 

瑞鶴「心配ない、船の音がするから…」

 

陽炎「船の音って…」

 

秋雲「…こっちも爆速で走る船の上なのに…」

 

瑞鶴「…見えた、あそこだ」

 

 

 

 

 

船上

駆逐艦 アオボノ

 

敷波「綾姉ぇ…よかった…生きてた」

 

綾波「ほ、本当に…本当に、ありがとうございます…!」

 

アオボノ「そう言う仕事ですから、それに貴方もずいぶんと嬉しそうじゃないですか」

 

綾波「…し、敷ちゃんが、帰ってきた上に…足も…な、治って…」

 

アオボノ(ずいぶんと能天気、綾波らしくない…いや、私も同じ立場ならそうなるのかもしれないけど)

 

朧「曙、西から船」

 

アオボノ「…あれは…こっちに向かってきますね」

 

曙「…あれって…佐世保の連中じゃない?」

 

 

 

 

 

瑞鶴「え、じゃあもう一通り終わってるの?」

 

アオボノ「はい、今から帰還するつもりです」

 

龍田「あら〜…無駄な心配だったみたいね〜」

 

瑞鶴「…ねぇ、そっちの船の中、見てもいい?」

 

アオボノ(…瑞鳳さんは、会いたいのかどうか…)

 

アオボノ「怪我人も居ますし、騒ぐのは控えていただきたいです、船が気になるのでしたら帰ってからでもいいのではないでしょうか」

 

瑞鶴「…そう、なんだけど……何か気になるの、私が知ってる人がいるような…そんな気がして…」

 

アオボノ(…何かに惹かれてるのか…だとしたらそれは瑞鳳さんも同じはずだ、それなら自分から出てくるはず)

 

アオボノ「怪我人も居ますし、急ぎで帰りたいので、また後という事で」

 

瑞鶴「…わかった……っ…また、呼んでる…?」

 

龍田「瑞鶴〜?」

 

朧が近づいてきて耳打ちする

 

朧「曙、瑞鳳さんが深海棲艦が大量にいるって」

 

アオボノ(深海棲艦が?戦艦棲姫は逃げ出したと言うのに……待て、瑞鶴さんを呼ぶ声?瑞鶴さんには何が聞こえている?瑞鳳さんには何が感じられる?)

 

…憶測は既に聞いた、深海棲艦の死体が消えたこと、深海棲艦の死体はどこにもない事

 

顔が歪む、最高の結末を頭に思い描いて

 

朧「…どうする?」

 

アオボノ「答えは当然一つ…撃滅のみよ」

 

轟音をたてて空を敵艦載機が切り裂くように近づいてくる

 

瑞鶴「敵襲!艦載機全機発艦!」

 

龍田「対空射撃すぐに始めるわ〜」

 

アオボノ「敵は空母ヲ級…上等…曙!」

 

曙「はいはい、やれば良いんでしょやれば!」

 

朧「手伝う!曙は大人しく見てて」

 

アオボノ「わかってるわ、キタカミさんにもらったのがどんどん痛くなってきたし」

 

曙「対空射撃開始!」

 

朧「潮!漣!周囲警戒!」

 

潮「了解!」

 

アオボノ「さあ、出てこい」

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

曙「速いけど…この艦載機直線的すぎ!」

 

何機かは海に突っ込み爆発したり、船の方に特攻を仕掛けてきたり…

 

曙「船が狙われるのはまずいか…朧!消化用のバケツでも用意しときなさい!」

 

朧「火傷しない程度にね…あとそれ綾波の制服なんだし燃やしちゃダメだよ」

 

曙「んなこと…知るかッ!」

 

艤装が火を噴く

 

曙「前方の視界を塞ぐわ!瑞鶴!敵の位置を教えて!」

 

前方の蒼炎の壁ができる

 

瑞鶴「…北西20キロ先!」

 

曙「20っ…了解!どうせ帰る時に襲われるだろうし…叩き潰すわ!」

 

朧「敵機直上!急降下してくるよ!」

 

曙「燃え尽きなさい!」

 

敵機が火の玉になり空中で爆散する

 

朧「速攻で突っ込むよ!」

 

船を出す

 

潮「目視距離まで5分!」

 

瑞鶴「航空隊が交戦!悪いけど撃ち落とせない…直線的な動きだけど速すぎる…!」

 

曙「何機抜けたの!?」

 

瑞鶴「4!」

 

曙「余裕ね…朧!ワイヤー繋いで!」

 

艤装のフックにワイヤーをかける

 

朧「よし、繋いだ!」

 

曙「漣!アンタ爆雷ある!?」

 

漣「えっ、何故に爆雷…」

 

曙「火薬なら何でもいいのよ!ある!?」

 

漣「あ、ありますよぅ…!ほら!これでよい!?」

 

曙「よし…朧、そのまま突っ込ませなさい!」

 

弾薬を入れる場所に爆雷を押し込む

 

朧「OK、信じてるよ…!」

 

曙「誰に言ってんのよ!」

 

海に降り、ワイヤーで引っ張られる

 

曙「こ、腰が…あー…キツイわね…!」

 

艦載機の音が近づいてくる

 

曙「さあ、ちゃんと作動しなさいよ!?」

 

上空に爆雷を召喚する

 

曙「燃えろ!」

 

さらに炎でそれを包みこむ

 

朧「敵機来たよ!」

 

曙「爆ぜなさい!」

 

爆雷の爆発で敵機が落ちる

 

曙「よし!ワイヤー巻いて!」

 

漣「ぬぎぎ…重っ!」

 

曙「漣アンタもっと丁寧に巻いてよ!腰が痛いのよ!」

 

潮「曙ちゃんも速度上げないと…」

 

曙「わかってるっての!!」

 

朧「…前方敵艦隊!」

 

曙「なんだ、やっぱりまた出てきたのねあのデカブツ」

 

潮「…あれ?腕が戻ってないよ」

 

漣「あの巨大な怪物もいない…?」

 

アオボノ「ああ、やっぱり出てきたか」

 

曙「どう見てる?」

 

アオボノ「多分、深海棲艦は死体を再構築した存在、それならアイツは粘土で作った人形ってとこよ、プラモデルでも何でもいい、代用品はいくらでもあるけど取りに帰るのが面倒になったんじゃない?」

 

曙「…あいつも作られた人形って事?」

 

アオボノ「だと思う、だからあの腕はお持ち帰りよ」

 

曙「一回ボコされといて何しにきたんだか」

 

アオボノ「下衆には下衆の考えがある、底辺なりのね」

 

朧「口悪いよ、曙」

 

アオボノ「…はいはい」

 

曙「曙、アンタ的には私でも勝てると思う?」

 

アオボノ「余裕でしょ、そもそも艤装もないんだから」

 

 

 

 

 

 

船内

キタカミ

 

キタカミ「…っ…?」

 

気持ち悪い、肺が痛い、体が重い…

 

瑞鳳「キタカミさん、目が覚めましたか」

 

イムヤ「…キタカミさん」

 

キタカミ「瑞鳳…イムヤまで…何これ、どういう状況」

 

瑞鳳「宿毛湾行きの船に乗ってて、深海棲艦と交戦中です」

 

キタカミ「…あー、そうか…負けたんだったっけ」

 

視界の端に綾波達が映る

 

キタカミ「……いいなぁ」

 

瑞鳳「え?」

 

キタカミ「なんでもない、なんでもないよ」

 

身体を起こして周りを見る

 

キタカミ「…見ない顔発見…アンタ誰?」

 

浜風「えっ…あ、横須賀の駆逐艦浜風です」

 

キタカミ「へー…横須賀からも来てるんだ、何?何のために?」

 

浜風「……様子見というか…」

 

…あんまり強くなさそうだし、新人か…

 

キタカミ「様子見してどうだったよ、バケモノクラスに強い奴…見てなかった?」

 

浜風「い、いえ…一応、窓から覗いてはいたのですが…私には何が起きてるのかもよくわからなくて」

 

キタカミ「新人ちゃんかー、じゃあこんな仕事辞めときな、いいことなんて何にもないよ」

 

浜風「…ご忠告ありがとうございます、でもお断りします」

 

キタカミ「そ、まあいいけどさー……瑞鳳」

 

瑞鳳「…はい、この匂いは間違いないと思います」

 

浜風「匂い?」

 

キタカミ「……そっか、生き返った?いや、何でもいいや…そうなんだ、これならまだ…」

 

立ち上がる

 

瑞鳳「どちらに?」

 

キタカミ「…ちょっと謝りにね、翔鶴に酷いことしたしさぁ……」

 

 

 

 

海上

 

アオボノ「あら、キタカミさん」

 

キタカミ「……」

 

海に降りる

空を覆うほどの艦載機が目に入る

 

キタカミ「チッ……やるしかないか」

 

アオボノ「本気ですか?」

 

キタカミ「うるさい、黙ってなよ」

 

キタカミ(…弱くない、私は…弱く無いんだ)

 

隊列も何も無い、一直線で、ただ速さだけの動きで艦載機が突っ込んでくる

 

キタカミ「…おわ」

 

艦載機がいきなり火の玉に変わり空中で爆発したり海に落ちる

 

曙「負傷者は寝てなさいよ!私が何とかするから!」

 

キタカミ「…あの曙にまでこう言われるとねぇ…黙ってられないでしょ」

 

敵の方へと進む

戦艦棲姫と…多数の深海棲艦、そして青く目を燃やす翔鶴

 

戦艦棲姫「来タカ…!」

 

キタカミ「よっ、さっきぶり……とりあえず翔鶴返してよ」

 

戦艦棲姫「腕ダ!腕ヲ返セ!」

 

キタカミ(…そういや確かに片腕ないじゃん、え?なんで)

 

アオボノ「へぇ、やっぱりそうですか、この腕が欲しくて欲しくてたまらないと」

 

船の上から曙が千切れた腕を振り挑発する

 

戦艦棲姫「返セ!サモナイトコイツヲ…!」

 

翔鶴の首に爪を突き立てる

 

アオボノ「……バカにも程がありますね、やりたければどうぞ」

 

キタカミ(…曙も撃つか)

 

戦艦棲姫「ナ…オマエ達ノ仲間ジャナイノカ!」

 

アオボノ「死んでるのにそこにいる、あなたが蘇生したか何したか知りませんけど…今殺してもまた生き返らせますよね、どうせ…それで何度でも交渉材料にしようとする……下衆のやり方は良く知ってます」

 

キタカミ「悪人だからってわけね…はぁ」

 

戦艦棲姫「チ…!ヤレ!!」

 

艦載機が一度に襲いかかってくる

 

キタカミ(この量は流石にキツイな、巻き込んでも…どんなに頑張っても半分も落とせない)

 

曙「燃えろ!!」

 

キタカミ「…まぶしっ……見えないっての…!」

 

炎が空を覆う、熱気が肌を張り付かせ、汗が噴き出る

 

キタカミ「あー…もう」

 

引き金を引き、艦載機を撃ち落とす

 

キタカミ「っ……」

 

キタカミ(まだ少しフラつくな、まあでもこのくらいなら…)

 

炎を突っ切って艦載機が海に衝突し爆発する

 

瑞鶴「まって!囲まれる!」

 

曙「は!?」

 

瑞鶴「深海棲艦が後方から迫ってきてる!これ以上ここに居たらマズイ!」

 

キタカミ「マージ?」

 

瑞鶴「大マジよ!艦載機が観測してる!」

 

曙「こっちはそろそろ燃料切れ!撤退したほうがいい!」

 

アオボノ「最優先は撤退、艦載機が殆ど潰れた今なら逃げられる」

 

キタカミ(……そうだ、相手が翔鶴を利用するつもりなら今は逃げればいい)

 

キタカミ「さっさと逃げようか」

 

後方から船に腰をかけ、倒れ込む

 

キタカミ「よし、出して」

 

船のエンジンが轟音を立てる

 

キタカミ「ッ!?」

 

発進しようとした瞬間に足首を掴まれ、海に引き摺り込まれる

 

キタカミ「った…ぁ…なんだ、木曾じゃん……そっかそっか、寂しいかぁ」

 

船に乗ってるみんなは対空射撃に手一杯…か

 

キタカミ(まだやる事はたくさんある、一回堕ちるのもいいかもね…弱いかぁ、弱いのかぁ…)

 

 

 

 

 

 

 

船内

駆逐艦 アオボノ

 

瑞鳳「…ねぇ、キタカミさんは?」

 

曙「は?…いや、さっき乗って……どこ?」

 

瑞鳳「……キタカミさん…!」

 

アオボノ「待ってください、確認します、付近に匂いはない?」

 

瑞鳳「…ない」

 

アオボノ「…悪いですが、それならもう手遅れです、引き返すことはできません」

 

瑞鳳「は…?仲間でしょ…?!」

 

アオボノ「イムヤさん、そして瑞鳳さん、綾波さん、敷波さん、この4名を連れて帰投します」

 

イムヤ「戻ってください、私達も…」

 

アオボノ「そんなに戻りたければ1人でどうぞ、1人のために全員を危険に晒す訳にはいきませんし、なにより今のキタカミさんは戦力になりませんから」

 

瑞鳳「ふざけるな!」

 

思いっきり殴られる

 

アオボノ「キタカミさんを連れ戻すのは深海棲艦を元に戻す手段を見つけてからでも構わないはずです」

 

瑞鳳「死ぬかもしれないのに!?」

 

アオボノ「だからなんだっていうんですか、あなた達の話ではキタカミさんは姉妹を人質に取られてる、翔鶴さんだってそう…連れて帰ってどうなるんですか、どこまでも甘いあの人ならまた深海に手を貸すでしょう」

 

イムヤ「だからって…!」

 

アオボノ「そこまで文句を言うなら何故1人で戻らないんですか?」

 

イムヤ「…それは…」

 

アオボノ「1人で戻ることは死ぬと言うことと同義ですからね、怖い、それだけで戦えなくなるものです、仕方ありません」

 

瑞鳳「私は怖くなんかない」

 

アオボノ「ならどうぞ1人で戻ってください、今飛び出せば佐世保の皆さんに見つかりますが」

 

瑞鳳「……」

 

アオボノ「見つかれば突然覚えてる方はあなたを追います、佐世保の皆さんを巻き込みたくない…そう思ってるなら、大人しくしててください」

 

瑞鳳「最低…!」

 

アオボノ「それが仕事ですから」

 

 

 

 

 

海上

 

アオボノ「ここで別れましょう、助かりました」

 

瑞鶴「あ、うん」

 

アオボノ「潮、出して」

 

瑞鶴(……あ、船内見せてもらうの忘れてた)

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

海斗「加賀、その子が?」

 

加賀「はい、救助した少女です、ほら、私にしたように名乗ってください」

 

天津風「あ、天津風…」

 

海斗「…天津風…?」

 

天津風「あ、あの…私、なんで喋れて…手足も…」

 

海斗「……加賀?」

 

加賀「…私も同じことを聞かれました、会話を試みた結果…艦としての記憶のみを持っており、現代の事や人としての機能などにとても疎い…と」

 

海斗「…新しいパターンだね」

 

天津風「…あの」

 

海斗「艦娘システム…についても説明が必要だ…けど、これは艦娘システムというより…」

 

加賀「艦娘そのものです、私たちのような…一般人とは違う存在」

 

海斗「…どうしたらいいんだろう」

 

加賀「とりあえずしばらくは保護、夕張さんに詳しい精密検査をお願いしてください」

 

天津風「あの、私は…」

 

海斗「あっ…えっと、とりあえず暫くは人間としての暮らし方と、現代について学んでもらうよ、それから君がどうなるかについては…」

 

天津風「…本当に今は…」

 

加賀「2019年よ、戦争はとっくに終わってる」

 

天津風「…そうですか」

 

加賀「とりあえず、貴方の面倒は私が見ます、泊地についても…説明したいところですが、この有様ではね」

 

海斗「1週間もあれば修繕はほとんど済むはずだよ、壊れたのは壁と一部の電気ケーブルだけだし」

 

加賀「……哨戒を徹底すべきです」

 

海斗「かもね、でも敵がどれだけの数で動いているのかも今のところハッキリとはわからない、そんな状態で少数の哨戒部隊を作ってもね」

 

加賀「……港が騒がしいわ」

 

海斗「帰ってきたのかもしれないね」



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戦果報告

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

帰投した艦隊を出迎えに表に出るとまず曙達と目があった

 

アオボノ「提督、申し訳ありません、キタカミさんは連れ帰れませんでした」

 

海斗「…わかった、敷波は?」

 

アオボノ「無事に、ですが詳しい検査が必要だと思われます…それとイムヤさんと、瑞鳳さんも保護しました」

 

海斗「休める部屋に案内してあげて、それが終わったら君も休んで」

 

アオボノ「ありがとうございます、ロシアに行った人たちは?」

 

海斗「昨日の時点で帰ってきて、今日は非番にしたよ」

 

アオボノ「夕張さんは」

 

海斗「医務室にいるんじゃないかな、あと、それ何?」

 

曙が持っている大きな布で包まれた何かを指す

 

アオボノ「…研究用の材料でしょうか」

 

海斗「研究…?」

 

アオボノ「それより、提督もまだ歩き回れる体じゃないはずです、お休みになったほうが良いかと」

 

海斗「全然問題ないよ」

 

 

 

 

 

医務室

駆逐艦 アオボノ

 

夕張「ひぇぇ…そんな大層なもの持って来られても…」

 

アオボノ「早くお願いします、それと夕張さんはネットには詳しいですよね」

 

夕張「え?まあ…そこそこ」

 

アオボノ「ヘルバに連絡を取りたいんです」

 

夕張「…ヘルバって…まあ、悪い人じゃないのは知ってるし…そうなると早いのは、The・Worldの公式のBBSかな、それかよもやまBBSっていうとこ、どっちでもいいから適当に質問してみたら連絡してるかと思うわ」

 

アオボノ「わかりました」

 

夕張「…ヘルバに何の用?」

 

アオボノ「最先端の研究所に用がありまして」

 

夕張「……ついでにこの腕も持って行ったら?」

 

アオボノ「私の技量でどうにかなる範囲までしか担当しません」

 

夕張「アオボノさんができない事ってむしろなんなの?」

 

アオボノ「身体能力を大きく超えた行動はできません、それから身体的特徴を生かした行動も真似するには限度があります」

 

夕張「例えば」

 

アオボノ「神通さんの蹴りは脚のバネをくまなく使い、軸脚も蹴りを前に押しだすサポートをすることで破壊力を上げています、これはそのままでは真似できません」

 

夕張「やってなかったっけ」

 

アオボノ「破壊力をあげるために全身のバネを使いました、勢いを集中させるために…ですが、あまり威力は上がりませんでしたし、隙もある、脚のバネだけを使うのが限度…オリジナルが完成され過ぎていましたね」

 

夕張「…威力以外は完璧と」

 

アオボノ「充分本人にも通用しました」

 

夕張「……この前ニュースでボロボロの神通さん達見たんだけど」

 

アオボノ「手合わせしましたから」

 

夕張「怖…」

 

アオボノ「私自身は強くないんですよ」

 

夕張「嘘だ」

 

アオボノ「誰かの真似をせず、私自身のスタイルで戦えば私は戦闘向きじゃない、相手の行動をよく見て指揮するほうが向いている、だから私はそれを自分の動きに当てはめました」

 

夕張「……それ、いってること無茶苦茶よ、誰でもできることじゃない」

 

アオボノ「でしょうね、でもモノマネは昔から得意でしたから、それよりそれはどのくらいで調べられますか?」

 

夕張「一度横須賀に持ち帰りたい」

 

アオボノ「ダメです、本部なんて信用できません」

 

夕張「…ここには研究用の機材も何もない、どうやって調べろって?」

 

アオボノ「……まあ、そうなるか…できる範囲の簡単なことだけでいいです、ヘルバに頼んでみます」

 

夕張「ヘルバは慈善活動してるわけじゃないんだし、そうそう手を貸してくれると思えないけど…?」

 

アオボノ「なら手を貸したいと思わせればいい、どんな手段を使っても」

 

夕張「……が、頑張って〜…」

 

 

 

 

 

 

執務室

瑞鳳

 

瑞鳳「少しの間お世話になります」

 

海斗「ゆっくりして行ってください」

 

瑞鳳「ゆっくりするつもりはないです、それより…あの曙についてなんですが」

 

海斗「…それは、どっちの?」

 

瑞鳳「…あー!ややこしい!青い方!」

 

イムヤ「瑞鳳さん、落ち着いて…」

 

海斗「曙が何か?」

 

瑞鳳「味方を見捨てて逃げるような事をして、何も処罰は無いんですか?」

 

海斗「……曙は最善を尽くした、と考えています」

 

瑞鳳「最善?アレが?もっとマシな言い訳が返ってくると思ってた…!」

 

イムヤ「…司令官、曙さんは…」

 

海斗「イムヤならわかるはずだ、曙は僕の考えを何よりも優先してくれる…僕は曙にキタカミを頼んだんだ、だけど曙は君たちだけを連れて返ってきた」

 

イムヤ「……わかります、けど…」

 

瑞鳳「話にならない…!」

 

海斗「キタカミはなんとしても連れ戻します、だけど現状この宿毛湾にはそれだけの力がない、残念ならすぐに助けに行くことはできません」

 

瑞鳳「それを私に言ってどうするつもりですか」

 

海斗「力を貸してください、お願いします」

 

瑞鳳「頭なんて誰にでも下げられる、戦わないことを選ぶのもそう、大体の人が戦うことを選ぶのは他に選択肢がない時と、自分が安全な時だけ」

 

イムヤ「…瑞鳳さんは何が望みなんですか?曙さんに処罰が降れば満足なんですか?それともキタカミさんを助けたいんですか?」

 

瑞鳳「…それは当然助けたい」

 

イムヤ「だったら、一緒に戦ったほうがいいのも…わかってますよね」

 

瑞鳳「……わかってる、だけど仲間をあんなにあっさり切り捨てられるなんて事が許せない、キタカミさんが私にとって特別な人だってことは確かに間違いないけど、それ以上に信用できないの」

 

イムヤ「…なら、他の人と組めばいい、ここに居るのは曙さんだけじゃない、信用できる人を探せばいい…違いますか」

 

瑞鳳「…そうだけど…」

 

海斗「そう言う事なら阿武隈がきっと力になってくれると思います、キタカミの事は覚えて無いけど、確かな腕がある」

 

イムヤ(…阿武隈さんか…この前会った時はよくわかんない事になったのよね…記憶が中途半端だからって事かな…)

 

瑞鳳「阿武隈…わかりました、今どこに?」

 

海斗「多分ランニングしてると思います、30分もすれば帰るはず」

 

瑞鳳「…ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

玄関前

軽巡洋艦 阿武隈

 

阿武隈「んー…よしっ、柔軟終わり…」

 

瑞鳳「阿武隈さん、こんにちは」

 

阿武隈「わっ、だ、誰?!」

 

背後からの声に驚いて飛び上がる

振り返ると病院で声をかけてくれたあの人がいた

 

阿武隈「…貴方は…」

 

阿武隈(何…この、感情…)

 

黒い、何か

 

瑞鳳「…何で私に敵意を向けてるんですか」

 

イムヤ「あ、阿武隈さん?」

 

…こっちの人は…敵だ

 

阿武隈「…じゃあ、2人とも敵…!」

 

瑞鳳「あ、ちょっと待って、何か誤解してない?」

 

イムヤ「あ、あの時は確かに深海棲艦を守ってたけど、今は敵じゃなくて、キタカミさんを助けるのを手伝って欲しくて…」

 

単装砲を向ける

 

阿武隈「キタカミ…助ける…?…貴方から…黒いものを感じる…貴方は誰?」

 

瑞鳳「黒いもの…?いや、いいや…私は瑞鳳、えっと…何も覚えてない?」

 

阿武隈「…瑞鳳……瑞鳳?」

 

記憶が、蘇る…

 

阿武隈「…キタカミさんの…記憶を奪った人」

 

瑞鳳「…そう、その瑞鳳」

 

瑞鳳(記憶が中途半端だ、とは聞いてたけど…これじゃ仲間になるどころか…)

 

阿武隈「……会わなきゃ」

 

イムヤ「へ?」

 

阿武隈「すいません、失礼します!」

 

思い出した…会えばきっと何かわかるんだ

 

 

 

 

 

 

住宅街

 

一軒の家のチャイムを鳴らす

 

不知火「はい……ああ、配達員の…今日は注文してませんけど」

 

インターホン越しにする声、何度か顔を合わせた事がある相手だと確信して問いかける

 

阿武隈「キタカミ…って人、知りませんか…!」

 

不知火「…キタカミ…?…キタカミ、キタカミ…」

 

反芻するように何度かその単語を繰り返す

 

不知火「……貴方のお名前は」

 

阿武隈「阿武隈です…宿毛湾泊地所属、軽巡洋艦、阿武隈」

 

不知火「…宿毛湾…阿武隈…キタカミ…成る程、私は不知火、か…」

 

阿武隈「……何か、思い出しましたか」

 

不知火「ええ、きっと全てを……待ってください、今出ます」

 

少しして玄関のドアをが開く

 

不知火「さて、何のようですか」

 

阿武隈「瑞鳳、って人はわかりますか?」

 

不知火「わかります」

 

阿武隈「イムヤ」

 

不知火「名前だけなら」

 

阿武隈「……私は、記憶が完全に戻ってなくて、この2人にキタカミを助けるのを手伝え、と言われた……どうすればいいかわからないんです」

 

不知火「…成る程、キタカミさんを覚えてないんですね」

 

阿武隈「……キタカミって、誰なんですか」

 

不知火「私にとってキタカミさんは師匠です、貴方にとっても、」

 

阿武隈「師匠…」

 

不知火「…一緒に助けに行きましょう、手のかかる師匠を」

 

阿武隈「…うん、わかった…」

 

阿武隈(…きっと、キタカミを助ければ記憶が戻る…そうすれば全部わかるはず)

 

 

 

 

 

 

自室

駆逐艦 綾波

 

敷波「綾姉ぇ、なんか、おかしいよ?大丈夫?」

 

綾波「え、そ、そんな事ないよ?」

 

敷波「…そーかな…」

 

綾波(…敷ちゃんの足を見てすぐ可能性には気づいたけど、詳しく観察して確信した、この脚は簡単に言えば別人の物、それも死んだ人間の物…)

 

敷波(…綾姉ぇはこれでようやく何も負い目がなくなったんだ、もっと元気になってほしいんだけど…アイツも綾姉ぇの命をもらうって言ってたのにボコボコにされて逃げたらしいし)

 

綾波(……調べるべきだ、調べなきゃいけないんだ…敷ちゃんのために、司令官にも伝えなきゃいけないんだ…だけど…私は、私はこんなことを……相手の意思など歯牙にも掛けず、興味のために全てを…)

 

綾波「おえっ…おええ…」

 

敷波「わっ!?綾姉ぇ…嬉しいからって吐くなよ〜…」

 

綾波「うえっ…ご、ごめんね敷ちゃん…私、本当に嬉しくて…」

 

綾波(……嫌だ、もう敷波を失いたくない、護らなきゃいけない、敷波は私が守らなきゃいけない…だから、だから私は…口を噤む、きっと私が頑張れば何かわかる、だから私が…)

 

部屋の扉が叩かれる、心臓が強く跳ねる

 

敷波「はーい」

 

アオボノ「青い方の曙です、綾波さんは」

 

綾波「は、はい」

 

歯を打ち鳴らしながら震える手で扉を開ける

 

アオボノ「どうも…あなた、すごい汗ですよ」

 

綾波「す、すす…すみません…な、何でしょうか…」

 

アオボノ「…貴方に仕事を頼みたくて、研究室を作るつもりです、そこで貴方には深海棲艦について研究してもらいたいのですが」

 

願ってもない

 

綾波「…やります、やらせてください」

 

アオボノ「…それではお願いします、それと…敷波…」

 

何かを察して曙さんが言いかけた言葉を呑み込む

 

アオボノ「気づいてましたか」

 

綾波「……あ、姉…ですから」

 

アオボノ「…なら、ご自由に」

 

綾波「…あの、あ、曙さん…」

 

アオボノ「はい」

 

綾波「…あ、貴方は…」

 

アオボノ「大丈夫、提督には言いません、それでは」

 

綾波(…違う、何か違う、私の考えてることとは何かが違う)

 

アオボノ(綾波に気づかれるとは、意外だったな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深海棲艦基地

キタカミ

 

キタカミ「かはっ……ぁが…」

 

戦艦棲姫「貴様ノセイデ!貴様ノセイデ!!」

 

キタカミ「…は……はは…何?あたし、なんか…したっけ」

 

戦艦棲姫「貴様ガ負ケナケレバコンナ事ニハ…!」

 

キタカミ「…無理無理、あんなの…勝てるわけないじゃん、あたし、弱いらしいし…?」

 

戦艦棲姫「オマエモ深海棲艦ニ成レ…!」

 

復活したバケモノ型の艤装が大口を開けて近づいてくる

 

キタカミ(うわ、こっわ……死ぬのってやっぱ怖いなぁ…)

 

戦艦棲姫「喰ラエ」

 

ばくりと首から下が怪物の口内に入り激痛が走る

 

キタカミ「がっ…!あっ……」

 

すり潰されるように咀嚼されている感覚

 

戦艦棲姫「貴様ニハ特別ニ一番苦シイコースヲ用意シタ」

 

キタカミ「…ぐぁ…あああ…」

 

キタカミ(声、出な…もう体なんて潰れてるのに…何でまだ意識が…!)

 

戦艦棲姫「生キタママ、深海棲艦ニナレ」

 

キタカミ「っあ……」

 

戦艦棲姫「ヨウコソ、深海ニ」

 

怪物に吐き出され地面に落ちる、体は私の意思を無視して立ち上がり、両手を視界に入れる

 

キタカミ(…肌が、白い…)

 

戦艦棲姫「意思ノアルママ、カツテノ仲間ト殺シアエ」

 

生気のない両腕、首から下だけが深海棲艦となった事をはっきりとわからせられた…

 

キタカミ(ハハ…最悪だ、よくもまぁ、こんな事に…いや、自分で選んだ道なんだ)

 

戦艦棲姫「貴様ノ姉妹ニモ、モウ遠慮ハシナイ…共ニ死ネ」

 

キタカミ(……そら、そうなる…か…やだな、仲間を沈めるのは…誰か、止めて…)



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猶予期間

宿毛湾泊地 演習場

駆逐艦 浜風

 

朧「おー、結構当たる…」

 

浜風「私は実戦で通用すると思いますか」

 

ここの駆逐艦でワリとマトモに強い人は誰か、と聞いたところ朧さんに私の砲撃を見てもらう事ができた

 

朧「実戦、となると…私は出したくないな」

 

浜風「…なんでですか?!的には7割当たってます、充分じゃ…!」

 

朧「今はまだ的を狙う練習しかしてないでしょ、その的も全部真ん中を正確に撃ち抜けてるんじゃなくて、ただ的に当たってるだけ、半分掠めてるみたいなものだし…それに、そのまま戦闘に出たら何もできずに死ぬよ」

 

浜風「…どうしてですか」

 

朧「相手も撃ってくるって事、忘れちゃダメだよ、止まったまま撃てる訳じゃないし回避行動も交えなきゃいけない、何を焦ってるかは知らないけど、砲雷撃なんて戦闘においては複数あるうちの一つの要素に過ぎない」

 

浜風「…それは」

 

朧「多少他より優れてるくらいなら、砲撃が下手でも生き残れる子を編成すると思う…求めてる答えなのかはわからないけど、これが私の考え」

 

浜風「…じゃあ、今までやってきた事って何なんだ…」

 

朧「要素の一つではあるんだよ、突出してるわけじゃないけど決して下手じゃない、新人にしてはずいぶん筋がいいと思う、このまま伸ばせば周りよりずっと高い精度で動きながら砲撃できるはずだよ」

 

浜風(艦娘システムって始まって半年も経ってないけど、古株っぽい言い回しだなぁ…)

 

朧「それに一つ一つやるべきなんだよ、ジグソーパズルとかもまずは一つの角とか、端を全部埋めてからとか、それぞれのやり方があるわけだし…横須賀は一つずつ能力を育てるスタイルなのかもしれない」

 

浜風「……私は今すぐ実戦に出たいです」

 

朧「今のまま実戦に出ても精々駆逐級2.3匹と道連れになるのが精一杯だよ」

 

浜風「…手厳しいですね」

 

朧「命の重みは知ってる…つもりだから」

 

 

 

 

 

 

 

執務室

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「…提督、助けられるチャンスがあった、と言うのは間違いではありませんが」

 

海斗「わかってる、君は他のみんなを危険に晒す事を考慮して撤退した」

 

アオボノ「その通りです、間違いありません」

 

海斗「キタカミはどうなったと思う?」

 

アオボノ「…それは…最悪の結末かと、申し訳ありません」

 

海斗「いや、キミは悪くない、最善を尽くしてくれたと思ってるよ…今まで通りなら深海棲艦になっても倒せば…元に戻る、のかな」

 

アオボノ「…キタカミさんが深海棲艦を守っていた点などから…考えづらいと思います、ですのでこれを」

 

海斗「これは何?」

 

アオボノ「深海棲艦に関する資料です、深海棲艦を調べます」

 

海斗「深海棲艦を、か…何だか今更な気もするけど」

 

アオボノ「この研究にはヘルバさんが協力してくださいます」

 

海斗「ヘルバが手を貸してくれるの?」

 

アオボノ「約束を取り付けました、こちらの情報を開示したところ快く」

 

海斗「って言うのは…どこまで?」

 

アオボノ「1から100までです、提督、綾波にこの施設で深海棲艦に関する研究をさせても構いませんか」

 

海斗「…まあ、構わないよ」

 

アオボノ「重ねての質問なのですが…提督は深海棲艦を助ける事ができる、と思いますか」

 

海斗「難しい話だね、助けるの意味にもよるけど」

 

アオボノ「…人に戻せると思いますか?」

 

海斗「曙は…イムヤを人だと思える?」

 

アオボノ「イムヤさんですか…」

 

肌の色も言動も、何もかもが人としてのそれだが、今のイムヤさんは深海棲艦…

 

アオボノ「私は受け入れられます」

 

海斗「それは何で?肌の色?それとも攻撃的じゃないからなのか」

 

アオボノ「……どれとも言い難いです、私がイムヤさんと言う人を知っていることは理由としては大きいですが…」

 

海斗「僕は…もし全ての深海棲艦が人間に戻ったとしても、みんながイムヤみたいに自分の意思で生きられるとは思えないんだ」

 

アオボノ「…そうですか」

 

海斗「もしかしたら肌の色が戻らなくてそれを化粧で隠さなきゃいけないかもしれない、それだけならまだいい、体の一部がないことも考えられる」

 

アオボノ「…受け入れられる事はなさそうですね」

 

海斗「少なくとも今はね、深海棲艦を助けるって言葉にはいろんな意味があると思う、僕が思う深海棲艦を助ける事は受け入れる事だ」

 

アオボノ「研究は不要ですか?」

 

海斗「いや、必要だよ、だけど深海棲艦を人間に戻せるとして…正しい形の人間に戻れるのかな」

 

アオボノ「……それは、私も不安視してました、でもそのための研究です」

 

海斗「いつから始められる?」

 

アオボノ「すぐに、準備はもう整っています」

 

海斗「準備がいいね」

 

アオボノ「提督は許可をくださると思ってましたから…それに、ヘルバさんは元々その手の研究をしようとしてたみたいです、この前運んだものもそれに関するデータだとか」

 

 

 

 

 

 

 

演習場

軽巡洋艦 阿武隈

 

阿武隈「もう…まだ帰らないのかなぁ…横須賀の人」

 

不知火「……まだかかりそうですね、もう一周行きますか」

 

阿武隈「ランニングだけしても…うーん、そういえば艦娘に登録しないんですか?した方が良いんじゃないですか?」

 

不知火「それは同意しますが、ちゃんと予定通りの所属になるか不安なもので」

 

阿武隈「…やっぱり、佐世保に?」

 

不知火「当然です、姉妹にも会いたいですから」

 

阿武隈「姉妹…かぁ」

 

不知火「あなたは確か居ませんでしたね、その分キタカミさんと深い仲だった気がしますが」

 

阿武隈「…キタカミさんって本当に私と仲が良かったんですか?」

 

不知火「同じ所属ではないので確か、とまでは言えませんが…私の目にはそう映りました」

 

阿武隈「…敵じゃなく、味方で…」

 

阿武隈(どうしたらいいんだろう…)

 

瑞鳳「不知火!」

 

阿武隈「ひゃぁっ!?」

 

不知火「瑞鳳さん…?な、なんでここに…?」

 

瑞鳳「…訳合って一時的にお世話になってる、本当に不知火?私のことわかるよね?」

 

不知火「わかります、わかりますよ…お会いできて嬉しいです」

 

瑞鳳「…よかった、キタカミさんを助けるのに手を貸してほしいの」

 

不知火「勿論そのつもりです、ですが今は艤装などがありません、艦娘として登録してから戦線に出るつもりです」

 

瑞鳳「…それってどのくらいかかるの?」

 

阿武隈「2週間…くらい?」

 

瑞鳳(2週間…そんなにかかったらキタカミさんはどうなるんだろう…私も艦載機を用意する余裕はないし、登録して鎮守府に所属すれば…いや、行動が制限される…)

 

不知火「…そういえば、瑞鳳さんは所属は?」

 

瑞鳳「え?…ああ、所属して無い、どこにもね…」

 

阿武隈「え!?」

 

不知火「じゃあその弓は?」

 

瑞鳳「買ったの、ちょっと不安だったけどちゃんと使えるし…」

 

阿武隈「水上歩行用の艤装は!?」

 

瑞鳳「…そっちも買った、お金だけはあったから」

 

阿武隈「売ってるものじゃない…と思うんですけど」

 

瑞鳳「まあ、ちょっとね」

 

不知火「艤装さえ手に入ればそれでいい気もしますが…一応正規の手順を踏んでくる事にします」

 

瑞鳳「…わかった、2週間は待ってる」

 

不知火「ええ、少しは早められるといいのですが」

 

 

 

 

  

 

 

 

研究所

駆逐艦 綾波

 

綾波「…おげっ…」

 

アオボノ「中々に悪趣味なところですね、本当にそっくりだ」

 

かつての自分の研究所を思い出す内装、違いは白衣の研究者が大勢いることくらいか

 

中央のモニターがヘルバのキャラクターを映し出す

 

ヘルバ『ここにある機材、人材は自由に使えばいいわ、ただし全ての情報は私が管理する』

 

アオボノ「それは構いませんが…これは?」

 

綾波「…そ、それ…艤装…?」

 

ヘルバ『ここは艦娘システムの研究を兼ねている、思うところがあったのよ』

 

アオボノ「…この艤装を誰かに提供した事は?」

 

ヘルバ『有るわ、それが何か気になるかしら?』

 

アオボノ「随分と性能が低いですね、オリジナルに比べたら」

 

ヘルバ『私も不思議、何が違うのかしら』

 

綾波(…この艤装には何が足りないんでしょうか)

 

ヘルバ『それと、約束の物はそれ』

 

医療器具や検査機などがズラリと並んだ部屋がライトアップされる

 

アオボノ「……」

 

ヘルバ『不満?』

 

アオボノ「いいえ、ご協力に感謝します」

 

ヘルバ『もう一度言うけど、ここにある物、ここにいる人材は好きに使っていいわ、だけど全て私が管理している事を忘れないで』

 

アオボノ「承知しています」

 

ヘルバ『なら良いわ』

 

アオボノ「早速始めましょうか、綾波」

 

綾波「…はい」

 

綾波(敷ちゃんをここに連れてきたくはない、必要最低限なものを持ち出さなきゃいけない…か)

 

アオボノ「機械の動かし方は分かりますか」

 

綾波「…だ、大丈夫、です」

 

複数の機械を操作して戦艦棲姫の腕の解析を始める

 

アオボノ「さて、私も始めますか」

 

 

 

 

 

 

執務室

駆逐艦 曙

 

曙「そう言う訳で、暫くここを出るわ」

 

海斗「どのくらいで戻るつもり?」

 

曙「さあ?アタシも情報はないし…それに向こうのことを説得するのにどれだけかかるかわからない、相手が記憶持ちではない可能性の方が高いんだから」

 

海斗「曙は絶対に会う必要がある、と思ってるんだね」

 

曙「イムヤの話の通りだったらね、これは詳しく調べる必要があるのよ…でも、何も知らないのは困るわ」

 

海斗「流石にこれ以上ヘルバに頼り続けたくはないかな」

 

曙「わかってる、上手い事やるわ、無理なら諦めるし…とりあえず、行ってくる」

 

海斗「行ってらっしゃい」



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死に損ない

研究所

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「…成る程?」

 

綾波「こ、これ、これが…イムヤさんのデータで…お、お二人の結果と…ここっ…この腕の数値は酷似しています…」

 

アオボノ「要するにこの腕は生きてる、もしくは私たちが死んで…いや、検査に異常はなかったからこっちが生きてるに近いのか?」

 

綾波「ひゃ、ひゃい…」

 

アオボノ「わかってはいましたが、健康な人との違いも詳しく調べればはっきり出ますね…何と形容したものか…生命反応のある死体…死に損ない…」

 

綾波「…し、死体…ゾンビ?」

 

アオボノ「ゾンッ……まあ、それは置いておきます、消化器官なども動作して代謝も正常、だというのに私は一度死んでいる…いっその事心臓でまとまっていれば話はシンプルでしたけど…」

 

綾波「い、いたって正常、です…」

 

アオボノ「怪我をしたら時間がかかるものの治る、島風さんもそうだとしたら風邪もひく…人間との違いは…死を経験していることくらいか…」

 

綾波「…い、イムヤさん…と、特別なんでしょうか…」

 

アオボノ「…イムヤさんと同じく、深海棲艦になった上で人間として生きている存在がいるのではないか…という意味ですか」

 

綾波「は、はい」

 

アオボノ「それは当然いてもおかしくはありませんが…」

 

…判断がつかないし、何よりイムヤさんは深海棲艦だと言うのに決して暴走しない…私からすればただの潜水艦娘…

 

アオボノ「…嫌な推論が繋がりつつありますね」

 

綾波「…わた、私も…です」

 

アオボノ「艦娘システムについて詳しく洗う必要がありそうですね、ヘルバさんが探っていたのもそこでしょう」

 

綾波「は、はい…」

 

 

 

 

 

 

 

 

東京

駆逐艦 曙

 

曙「…さて、見つかるかしら、大井は」

 

この大都市に来たのは三崎亮に会うため

おそらく何か知ってるはず…

 

曙「まあ、アタシからすれば見つかっても見つからなくても……うわっ、マジ?」

 

早速当たりを引けた、立ち上がりは上々だ

近づいて声をかけるにしてもどうしたものか

 

曙「あのー、すいません」

 

摩耶「なんだ?」

 

曙「ちょっと道をお尋ねしたくて」

 

摩耶「あー…待ってくれ、どこに行きたいんだ?」

 

曙「このお店なんですけど、東京に来たばかりで道がよくわからなくて」

 

摩耶「新宿か…アタシもあんまり道案内得意じゃねぇんだよなぁ…ちょっと待ってくれ」

 

曙(…摩耶は何も覚えてない…か、折角会えたのに…)

 

どこか虚しい

 

摩耶「おーい、姉貴!道案内して欲しいらしいんだけど」

 

曙(姉貴?高尾型の誰か…?いや、違う…アレは誰?)

 

晶良「はいはい…えっと、どこに行きたいの?」

 

活発そうな女性を連れてくる

 

曙(…普通の家庭に生まれることができたなら、そんな結果もあり得るか…)

 

曙「このお店なんですけど」

 

晶良「ふんふん…オッケー、案内したげる…曙ちゃんであってるっけ?」

 

曙「えっ」

 

晶良「違った?」

 

曙「いや…えっと…」

 

晶良「…間違ってはなさそうね、摩耶!そういう事だから先行ってて!」

 

摩耶「遅れんなよ〜」

 

女性が摩耶を追払いこちらに向き直る

 

晶良「あー、わかってる前提で自己紹介しとく、アタシの名前は速水晶良…PC名はブラックローズ、コレで伝わった?」

 

曙「…はー……こんな事あんのね…」

 

晶良「わかってるみたいで良かったわ、伝わらなきゃただの痛いヤツになるところだったし」

 

曙「…あー、場所を移しますか?」

 

晶良「タメで良いわ、歩きながら話しましょ?」

 

 

 

 

 

曙「…つまり、カイト達の戦い、黄昏事件を解決したときに一部のメンバーは記憶が戻った…か」

 

晶良「アタシは弟が意識不明になって、なんていうか…色々大変だったわ、摩耶の面倒みてたりね」

 

曙「事件が解決して記憶が戻ったのは…」

 

晶良「そ、アタシ1人…摩耶には記憶は戻らなかった、まあそもそもゲームをその時はやってなかったから…」

 

曙「…さっきから気になってたんだけど何で摩耶って名前な訳?」

 

晶良「さあ?覚えてないけど小さい頃の私がその名前がいいって言ってたらしいわ」

 

曙「ふーん…」

 

晶良「カイトは?元気にやってる?」

 

曙「まあ…頑張ってるとは思うわ、元気かは知らないけど」

 

晶良「じゃー、今度喝を入れに行きますか」

 

曙「本気?良いけど…」

 

晶良「で、東京には何しに来たの?」

 

曙「…人探し」

 

晶良「どんな人?」

 

曙「見た目はわかるけど、名前は知らない…いや、そもそも見た目も変わってるかもしれないわ」

 

晶良「つまりターゲットは艦娘ってわけだ」

 

曙「そ、だから情報集め」

 

晶良「東京のどの辺にいるかわからないの?」

 

曙「そもそも日本に住んでるかも知らないわ」

 

晶良「…マジ?」

 

曙「大マジ」

 

晶良「ヘルバに連絡してあげよっか」

 

曙「それは禁じ手、既に世話になりっぱなしなのよ」

 

晶良「へー、後が怖いわよ?」

 

曙「…よねぇ…」

 

話しているうちに目的の店に着く

 

晶良「あのガラ悪そうなの知り合い?」

 

曙「…あー、居た」

 

亮「……こりゃまた、随分な言われようだな」

 

曙「案内してくれてありがとう」

 

晶良「ん、気にしないで良いよ、いつでも連絡してね」

 

曙「また…さて、ご足労感謝します、三崎亮サン?」

 

亮「よ、さっきの奴は?」

 

曙「ブラックローズ」

 

亮「アレがか、成る程な、おっかねぇ」

 

曙「それよりもさっさと本題に行きたいんだけど…大井の居場所わかる?」

 

亮「…何で探してる」

 

曙「大きい声で言える話じゃない、ここボックス席とかあるの?」

 

亮「…ああ、入るか」

 

 

 

 

 

亮「で?」

 

曙「率直にいうわ、大井の姉妹が全員深海棲艦になった」

 

亮「…お前らんとこのキタカミもか」

 

曙「あんたが知ってるキタカミはね、今うち別の北上居るのよ」

 

亮「なんか面倒な事になってんな…で?なんで大井が必要なんだ」

 

曙「…無関係じゃないからよ、どうなるかもわからないし、許可を取りたいの」

 

亮「…殺す許可…か」

 

曙「勿論助けたい、そのための研究も始めた、だけどこの前泊地が襲撃されたのは知ってるでしょ?全国ニュースになってたし」

 

亮「ああ、横須賀の敷波くらい有名だ」

 

曙「もし同じ事が起きたら…来た敵は全て殺してでも私達は仲間を守らなきゃいけない」

 

亮「……大井に記憶はないぞ」

 

曙「だとしても知っておくべきよ、自分で選ぶことも出来ず、後悔すらできないなんてアタシはお断り」

 

亮「…そう言う事ならわかった、会えるようにする、会えるときに連絡する」

 

曙「お願い」

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

龍驤「艦種は軽空母らしいですわ、龍驤って言います、よろしくお願いします」

 

海斗「よろしく、いきなりこんなところで不安もあるかもしれないけど、一緒に頑張っていこう」

 

龍驤「…ウチも今日からここで働くんやーって来たら建物に大穴開いとるもんやから…こう、驚きましたわ、でもそうそうあるわけじゃないんやったら当分安心やね!」

 

海斗「うーん…そうとは言い切れないんだけど…」

 

龍驤「ところで、ウチは何をすればええんでっしゃろか」

 

海斗「えっと…加賀」

 

加賀「わかってます、龍驤さん、貴女は私と艦載機に関する基礎訓練を、演習場まで案内しますので」

 

龍驤「わかりましたー」

 

海斗「……龍驤って、あんな感じだったっけ?」

 

 

 

 

演習場

正規空母 加賀

 

加賀「貴方の艤装です、基本的な動作などは教わってると思いますが…」

 

龍驤「もちのロンや!よーし飛ばすぞー!」

 

龍驤が巻物状の飛行甲板を広げる

 

加賀「…貴方関西の人?」

 

龍驤「あー…生まれは神奈川で…お笑いやりたくて大阪まで来たんですけど、東京弁で喋るような若手は白い目で見られるんですわ」

 

加賀「だから変に癖がある喋り方してるのね」

 

龍驤「…不愉快だったでしょうか」

 

加賀「いえ、そういうことじゃないの、好きに喋ってくれて構わないわ、昔聞いた関西弁と違うように感じただけだから」

 

龍驤「関西弁と言うても色々あるみたいですからねぇ」

 

加賀「発着艦訓練にあたりましょうか、まずは飛ばしてみて」

 

龍驤「はいっ!えーと…こうやって手の形を作ったら…」

 

龍驤の手に炎が灯る

 

加賀(…昔から気になってたけど、熱くないのかしら)

 

龍驤「勅命に従って艦載機が…アレ?」

 

加賀「どうかした?」

 

龍驤「…何や、動かんのです…変やなぁ、コレであってるはずなのに…」

 

加賀「動かない?」

 

式神型の艦載機についてはあまり詳しくないのだけれど…

私の考えだけど艦載機を扱うとなると必要なのは心技体

新入りにそれをいきなり求めるのも酷な話、どれが足りてないのかを測るところから、かしら

 

 

加賀「…何が悪いのかしらね、艤装に適合してるなら問題ないはずだけれど」

 

龍驤「そうなんですか?」

 

加賀「ええ、他の艦娘の艤装に適合してるからと言って無理矢理な戦い方をする子もいるほどだし」

 

まあ、アレは規格外なのだけれど

 

龍驤「んー…そりゃっ!うおお!!……あきません、飛びませんわ」

 

龍驤がやれやれと言ったジェスチャーをしながらこっちをむく

 

加賀「まずは心からね」

 

龍驤「へ?」

 

加賀「精神を鍛える修行を始めましょう、まずは…軽く書道なんかどうかしら」

 

龍驤(…役立つんかな、それ)

 

 

 

 

 

 

工廠

工作艦 明石

 

明石「整備不良はなし、と…ようやく終わった」

 

夕張「お疲れ様、どーよ、新しい艤装」

 

明石「式神型の事?これは私は殆ど触れない、説明書とか見る限りだと巻物や艦載機の式神もちゃんとした神社や使い手が用意した物じゃないと作動しないらしいし」

 

夕張「オカルトには興味ないって?」

 

明石「オカルトもいいとこすぎる、どうやって動作してるのか本当にわからない…何が起きてるんだろう」

 

夕張「まあ確かに、何が動作してるのかはわからないけど不思議パワーで良いんじゃない?深く考えるだけ無駄無駄」

 

明石「…そう言うのを思考停止って言うんだけど」

 

夕張「思考停止でいいの、求められてる部分は他にある、やらなきゃいけない仕事がちゃんと出来てるならそれでいい…特に私たちの仕事で人の命を左右するなら」

 

明石「…それも一種のプロ意識…ってとこ?」

 

夕張「まあね、それよりこれ、曙ちゃんから預かってきた報告書」

 

明石「うわ、こんなにしっかり書いてくれてる…」

 

夕張(しっかり描かなきゃ火傷で死にそうだってぼやいてたのは伏せておこう…)

 

明石「…炎への耐性がないと召喚は難しいか…」

 

夕張「…あれ?召喚?式神型の艦載機と召喚は違うの?」

 

明石「召喚は刻印を刻めばそれで使えるんだ、うん、何故か」

 

夕張「そこに関しては思考停止、か…炎の召喚は?」

 

明石「燃料を消費して燃やしてるの、だからこの艤装だけ燃料タンクを増設しようかと思って」

 

夕張「良いかもね、だけど先に炎をどうにかしてあげないと自分が焼けちゃうわ」

 

明石「……うん、そう…そうなんだけど…真っ先に考えなきゃいけない事が何故か頭から抜け落ちてたんだよ…」

 

夕張(まあ、元々炎を纏って戦ってるわけだし)

 

明石「はっ!」

 

夕張「何か思い出した?」

 

明石「そう!イベント!」

 

夕張「…イベント?」

 

明石「The・Worldのイベントやらなきゃ!青葉さんどこだっけ!?」

 

夕張「こんなときに何をいってんの…いや、明石、別に遊ぶのは良いんだけど青葉さんを無理矢理巻き込むのやめたら?忙しそうにしてたし」

 

明石「あの人仕事あるの?あんまり戦果も上がってないし、事務仕事もこんな状態じゃ回らないでしょー…」

 

夕張「…あのさ、他の人の前で絶対言っちゃダメよ、刺されても知らないから」

 

明石「えー…?」

 

夕張「戦果が上がってないのは今は哨戒と最低限の戦闘にとどめるようにしてるから、事務仕事だってちゃんとやらなきゃここの提督の首が飛んでもおかしくないでしょ」

 

明石「そう?新しい上司どんな人かなー」

 

夕張「…本当に刺されても知らないからね…?」



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不安感

演習場 

駆逐艦 島風

 

島風「えっと…私島風っていうの、よろしくね」

 

天津風「天津風…よろしく」

 

島風「えっと…とりあえず私としばらく同室だから、気になる事があったら何でも聞いてね」

 

天津風「…じゃあ…私って、何なの?人間?艦?艦娘システムって何…?」

 

島風(いきなり重い…)

 

天津風「私は…私って何なんだろう、こんな人の形なんかじゃなかった、何か言葉を発することもせず、海を走り敵と戦う鉄の塊なのにそれを記憶して、今ここに人の形で存在してる…私は…天津風だって思ってるけど…」

 

島風「……天津風、戦争の時天津風はどうなって欲しかったの?」

 

天津風「…金属に思考する能力はないわ、ただ知ってるだけ、何も思わなかった」

 

島風「…また、戦いたい?」

 

天津風「…わからない、戦場から逃げることは私の存在の否定だと思う…戦うために生まれた鉄の塊がこんな風に…そう、生きてる事だって私には…不思議、いや、恐怖してる」

 

島風「恐怖?」

 

天津風「いきなり感情を与えられて、考える力を与えられて…死ぬ事を理解した、それが怖くなって…」

 

島風「死にたくない?」

 

天津風「…当然でしょ、みてよこれ」

 

天津風が手のひらを見せる

小さな擦り傷に血が滲んだ跡があった

 

天津風「さっき躓いてこけたのよ、痛かった…そう、痛かったの…戦えばもっと痛くて辛い、痛覚を通して味わった事はない、だけど理解できる」

 

島風「じゃあ戦わなくて良いよ、うん」

 

天津風「…やっぱりそうなるわよね」

 

島風「存在の否定が怖いのは…大丈夫、私達は戦わなかったとしても天津風を仲間として受け入れてる、絶対に天津風を否定したりなんかはしない」

 

天津風「…本当に?」

 

島風「うん、私だって戦うの嫌だったし…自信もなかったから…」

 

天津風「でも、今は戦ってるの?」

 

島風「…私は無理矢理戦うしかない状況だった、だから…なし崩し的に…でも、今戦ってるのは私が選んだからだよ、私だってみんなの役に立ちたいから」

 

天津風「…役に…」

 

島風「…大丈夫だよ、天津風、ここには戦い以外を選んだ子もいるから…そうだ、ゲームしてみない?」

 

天津風「ゲームって…何?」

 

島風「おぅ…ゲームって伝わらない?遊ぶ道具なんだけど…」

 

天津風「将棋とか…そう言う事?」

 

島風「将棋…やった事ないなぁ……あ、テレビってわかる?」

 

天津風「てれび…」

 

島風「こ、これは強敵な予感…」

 

となればとっておきはただ一つ

 

島風「天津風には…私がゲームを教えるっ!」

 

天津風「…なにそれ、本…?ずいぶん薄いけど」

 

島風「ゲームのカセットケースだよ!?」

 

天津風「かせっ…?」

 

島風「……東京とか行ったら脳がパンクしちゃうんじゃないのかなぁ…」

 

 

 

 

 

天津風「こ、コレで良いの!?私できてるの!?」

 

島風「うん、そうそうそんな感じ」

 

天津風「…ゲームって凄いのね、こんな平面の先に広い世界があって…」

 

島風「そのゲームは主人公が決まってるけど、自分でキャラクターを作ってもう1人の自分として遊んだり、いろんな遊び方があるんだよ」

 

天津風「へぇ〜…凄い…こ、これが楽しいなのかしら…」

 

島風「間違い無いと思う、天津風、さっきよりずっと楽しそうに笑ってるもん」

 

天津風「…笑ってるか…ふふ…よかった、私人として生きてられるのか不安だったけど、とりあえず楽しみは見つかったわ」

 

島風「案外簡単に解決したりするでしょ?」

 

天津風「そうね、あんなにウジウジしてたのがバカみたい」

 

島風「せっかく人間になったんだから…人生で辛い事、たっくさんあるよ、でも、楽しい事もいっぱいある」

 

天津風「…みたいね、良い勉強になったわ」

 

島風「そのゲームクリアしたら次はネトゲやろう!」

 

天津風「…クリアって、消すって意味よね…?」

 

島風「あー、うん、そうじゃなくて…」

 

 

 

 

 

 

東京

駆逐艦 曙

 

曙「ねぇ、コレって続きないの?」

 

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亮「……何で俺はお前のパシリやってるんだ?」

 

曙「細かい事は気にせず、ほら、続きは?」

 

亮「まだ出てねぇ、つーかお前帰れよ」

 

曙「移動費の方が高いの、ネットカフェで泊まってた方がずっと安い」

 

亮「だからって何で俺を呼び出すんだ?」

 

曙「…わざわざ死の恐怖サマを呼び出してやることって言ったらレベリングくらいでしょ」

 

亮「ざけんな、何で俺がお前のレベル上げを手伝わなきゃいけねえんだよ、俺だって忙しいんだ」

 

曙「じゃ、いいや…それより神通にも会わせてくれない?」

 

亮「何でまた俺に頼むんだよ」

 

曙「The・Worldで会ったのよ、アンタんとこに居候してるって?」

 

亮「…直接連絡取れてるならそっちで話せよ」

 

曙「何で会いたいかわかってるでしょ、それに川内型は揃いも揃ってアンタのとこの艦じゃない」

 

亮「今の俺にあいつらをどうこうする力はない」

 

曙「そう言う話してるんじゃないことくらい、わかってんでしょーが」

 

亮「俺の許可を求めたって言うんなら、俺は許可したって言っとけ」

 

曙「…ま、いいけど…要件は終わり」

 

亮「随分とあっさりしてんな」

 

曙「こっちのセリフよ、まあごねられる理由もないけど」

 

亮「俺も忙しいんだよ…カイトによろしく言っといてくれ」

 

曙「カイトに?」

 

亮「研修でそっちに世話になりそうだからな」

 

曙「研修?そんなのやるんだ」

 

亮「いきなり現場に放り出されるよりはマシだろ、まあ、そう言うことでよろしく頼む」

 

曙「アンタも大概適当ね」

 

亮「お前には言われたくねぇよ」

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

提督 火野拓海

 

浜風「駆逐艦浜風、ただいま戻りました」

 

拓海「勝手な出撃以外については特に言及する点はない、以後控えるように」

 

浜風「…それだけですか?」

 

拓海「ああ、無事に帰ったのならそれで良い、該当海域での戦闘はとても激しい物だったと聞いている」

 

浜風「…一発の砲弾も放っていません、私はあの場にふさわしくなかった」

 

拓海「出撃したメンバーは宿毛湾、佐世保、どちらも高い評価を出している者ばかりだ」

 

浜風「……私の記憶通りでしたら旗艦を務めていた青髪の曙の成績は良くはなかったはずです」

 

拓海「書類に書かれた事が全て真実ではない、と言うことだ」

 

浜風「海を燃やし、炎の壁を作るような戦い方をするのが艦娘なのですか?」

 

拓海「…それについては報告書が上がっていない、私はそんな事実は認識していない」

 

浜風「あれが最新式の装備なら、あれを色々なところに配備したら…もっと早く深海棲艦を全滅させられるんじゃないですか?」

 

拓海「2度目だがその装備の情報は私には上がってきていない、おそらく向こうにいる明石が開発したオリジナルだろう」

 

浜風「…アレがあれば、きっと各地で深海棲艦をもっと効率的に撲滅できます!やってみせます、だからあの装備をください!」

 

拓海「何度も言わせるな、あれは我々が開発した物ではない、私に頼んだところでなにも変わりはしないだろう」

 

浜風「夕張さんと言う方と宿毛湾でお会いしました、あの方はもともと横須賀の所属で工廠での作業もできると聞きました」

 

拓海「彼女は別の仕事で宿毛湾に行っている、君の私的な要件で呼び戻す事はできない」

 

浜風「私的…?アレがあればもっとたくさんの深海棲艦を殺せて犠牲者も減るのに…!」

 

拓海「それよりも、だ…浜風、君に仕事だ」

 

浜風「…仕事?」

 

拓海「周辺の島の調査の際の護衛を頼みたいとのことだ」

 

浜風「護衛…」

 

拓海「海上を偶に物資が漂流している事があるが、それはおそらく深海棲艦が集めていると思われる、鋼材、燃料など、我々にとっても必要不可欠な物だ、特に燃料を失えば君達が海に出ることもできない」

 

浜風「…それで」

 

拓海「調査対象の島が深海棲艦の基地になっている、もしくは弾薬などの補給地点であると考えられる、そのため君にも護衛に出てもらう」

 

浜風「…わかりました、深海棲艦が殺せるならそれで」

 

拓海「仕事の内容は護衛だ、深海棲艦の殲滅ではない、よく理解したまえ」

 

浜風「変わりません、降りかかる火の粉は払う…いや、踏み潰すまでです」

 

そう言って浜風は部屋を出た

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

軽巡洋艦 龍田

 

龍田「うーん…瑞鶴?いつまでへそを曲げてるのかしら〜?」

 

瑞鶴「違うのよ、あの曙にうまく騙されたのが気に食わないとかじゃなくて…」

 

龍田「出撃許可の方?共同作戦にする為に宿毛湾の立て直しを待たなきゃ〜」

 

瑞鶴「そうだけど…今もまだ私の頭には助けを求めてる声がする」

 

龍田「…早く助けたいって事?」

 

瑞鶴「この前の出撃で会ったのは二回目だけど…ちゃんと顔を見たのはさ、初めてなんだ」

 

龍田「見てみて、何か変わった?」

 

瑞鶴「…うん、苦しそうだった…この助けてって声は…本当に助けを求めてるんだ、瑞鶴に」

 

龍田「…瑞鶴、に?」

 

瑞鶴「そう、瑞鶴の適合者だから私…あの人は翔鶴の適合者なんだと思う」

 

龍田(うーん…その辺りが一番安全なラインかしら、記憶が完全に戻ればその辺りも自分で補完してくれるだろうし)

 

龍田「じゃあ、もっと強くならないとね〜」

 

瑞鶴「わかってる、そういえばそっちは?いきなり駆逐艦の教育役って聞いたけど」

 

龍田「叢雲ちゃんはかなりスジがいいけど…少し物足りないわね〜磯風ちゃんも落ち着きがあるけどまだ体捌きが慣れてない感じっていうか〜…」

 

瑞鶴「龍田は足りてない所ないの?」

 

龍田「私は〜…」

 

龍田(…一度相手をしてみるのもいいかもしれないわね〜)

 

龍田「今、ここにいるメンバーなら最強だと思うわ〜?」

 

瑞鶴「…へぇ?私より?」

 

龍田「試してみる?」

 

瑞鶴「上等…明日の午前中に演習と行こうじゃないの…!」

 

龍田「楽しみにしてるわ〜」



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努力家

佐世保鎮守府 演習場

駆逐艦 秋雲

 

秋雲「…はー…すっごいなぁ…」

 

陽炎「あれ?秋雲…なんでそんなとこで絵なんか描いてんの?」

 

秋雲「おー、陽炎に…叢雲と磯風だっけ」

 

磯風「ああ、ようやく名前を覚えてもらえたようでありがたい」

 

叢雲「この数日に何度間違えられたか」

 

秋雲「あはは、ごめんごめん…それより見てよアレ」

 

陽炎「…ん?うわっ…やってたんだ」

 

陽炎が隣に腰を下ろす

 

磯風「何だ?何か…音は微かにするが…」

 

叢雲「あそこ、うっすらと…何?あれ…戦ってる?」

 

秋雲「演習中って札、見なかった?使う?双眼鏡」

 

そばに置いていた双眼鏡を2人に渡す

 

磯風「ありがたい」

 

叢雲「……何アレ」

 

秋雲「龍田さんが瑞鶴さんに格の違いを教えるワンシーン、かなぁ…」

 

陽炎「…今の瑞鶴さんじゃ厳しい、と思ってたけど…思ったより龍田さんが余裕たっぷり、って感じね…」

 

秋雲「この前聞いたんだけど、龍田さん記憶が戻ってからずっと修練してたんだってさ…そりゃそーなるよ」

 

召喚式の砲撃と槍だけで全ての艦載機を寄せ付けず、余裕たっぷりに近寄って行く姿はやはり、まだ違う

 

秋雲「…いい絵になるけど…こりゃ子供向けじゃないなぁ…」

 

陽炎「子供向け?もしかしてアンタ子供向けの絵なんか描きたいの?」

 

秋雲「いんやー?秋雲さんのお友達が絵本を書いてるんだけどそのお手伝いでね」

 

陽炎「へー…なんか前も聞いたような」

 

秋雲「その人であってるよ、一冊書くのってすごく大変だからアイデアとかになればなーって」

 

陽炎「深海棲艦との血みどろの戦争を?やろうとしてる事が戦争教育と変わらないわよ」

 

秋雲「いや、それは言い過ぎでしょ…なんにしてもこれは使えないなぁ…バトルものにしても面白みに欠けるし」

 

磯風「あー、すまない」

 

秋雲「んあ?」

 

磯風「あの龍田と言う方は…どのくらい強いのだろうか?」

 

陽炎「見た通り…この中では、ズバ抜けてなのかな」

 

磯風「いや、もちろん私達が届かないほど強い事は百も承知だ、知りたいのは艦娘としてどのくらい強いのか…そうだな、もっと言うと私と同じ日に艦娘を始めたあの人は全ての艦娘の中でどれくらい強いのか…」

 

秋雲「えー…まぁ、上から数えた方が早いのは確かだよねぇ…」

 

磯風「やはりアレよりも上が居るんだな」

 

陽炎「上っていうか…別格かなぁ…」

 

叢雲「別格?あんなに強いのに?」

 

秋雲「見ればわかる、としか言えないけど…秋雲さん達が知ってる強い奴らは本当に化け物だったからねぇ…」

 

陽炎(化け物になる奴もいたけど)

 

陽炎「ま、この前の出撃で見てヤバかったのは…宿毛湾の曙かなぁ」

 

秋雲「この世界でどうやってあんな事してるのか…って感じだけど、あいも変わらずの…ってね」

 

磯風「ふむ…是非会ってみたいものだな、稽古をつけてもらいたい」

 

秋雲「やめた方がいいよ、面倒見悪そうだし」

 

陽炎「乱暴よね」

 

叢雲「そんなに嫌な奴なの?」

 

秋雲「1人は嫌な奴」

 

陽炎「1人は…まあ恐ろしい奴というか…」

 

磯風「ん?んん?どう言う事だ?」

 

秋雲「宿毛湾の曙は2人いるんだよ、その2人共が恐ろしく強い…ほんとに会えばわかるって」

 

叢雲「…それって駆逐艦曙の艤装が強いだけじゃなくて?」

 

秋雲「違うと思うなぁ…」

 

陽炎「アレはただの化け物…と言うか今の青い方、チラッと聞いただけだけど全部の駆逐艦の艤装に適応してるらしいし」

 

磯風「そんな事があり得るのか?」

 

陽炎「さあ?私達は殆ど関わらないから知らないけど…あり得るんじゃない?」

 

秋雲「おっ、決着がついたみたい」

 

陽炎「思ったより持ったわね…でも、流石の龍田さんも無傷とはいかないかぁ」

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 龍田

 

槍を大きく振るい、鋒を突きつける

 

瑞鶴「くッ…!」

 

龍田「わかった〜?今の貴方じゃまだダメなのよ〜」

 

瑞鶴「…なんでこんなに引き伸ばしたの…もっとあっさり勝てたでしょ」

 

龍田「あっさり勝ったら…何も学べないじゃない、せっかく時間をたっぷり使ってあげたのに…貴方のやった事はただ物量で押すことだけ」

 

瑞鶴「その割には傷だらけじゃない…!」

 

裂けた腕の皮膚をなぞる

 

龍田「…痛くないと、人は覚えないって言うわよね〜…痛みを感じるのが嫌だから、痛い目に合わなくていいように…でも、私は痛い目に合うことを選んだ、何でだと思う?」

 

瑞鶴「かわしきれなかっただけでしょ?強がりも大概にしなさいよ」

 

龍田「…そう、確かにかわしきれなかったけど、私は一つの艦載機も撃ち落としてないのよ?貴方の立ち回り一つでこの勝負に勝てたのに貴方は考えず、勝つことを捨てたの」

 

瑞鶴「違う!私は…」

 

龍田「何も違わない、だって本当なら貴方が私に負けるわけがないから」

 

瑞鶴「…は?」

 

龍田「かなり優勢な状況から開始された演習だからじゃない、どんなに不利でもそれを跳ね除ける程の強さが貴方にはあるはずだったのに」

 

瑞鶴「…何を知ってそんな事…!」

 

龍田「さあね〜、でも今の貴方、折れてるじゃない?」

 

瑞鶴「折れてる…?」

 

龍田「さっき私を傷だらけだ、って言ったけど…それで満足してるの〜?そんなんじゃ倒したい相手には勝てないわよ〜」

 

瑞鶴「ッ…!」

 

龍田「貴方はその場で、必要な時には頑張ってる…だけどそれじゃ足りないの、やり方がわからないなら聞けばいい、技術を知らないなら教わればいい…でも、相手が真摯に対応してくれるのは相手が頑張りを認めてくれた時だけよ?」

 

瑞鶴「今の私が努力してないって…?舐めんじゃないわよ!アンタなんかすぐ倒せるようになってやる…!」

 

龍田「せいぜい楽しみにしてるわ〜」

 

 

 

 

秋雲「お疲れ様です、龍田さん」

 

龍田「あら?もしかして見られてたかしら〜」

 

秋雲「みんなでバッチリと」

 

陽炎「ちょっとやりすぎな気もしましたけど…」

 

龍田「大丈夫よ、発破をかけただけだから〜…あら?磯風ちゃん、何か気になる?」

 

磯風「貴方は何で槍を使うんだ?機銃や主砲を持った方が効率的だと思うのだが」

 

龍田「んー、2人とも、少し私を撃ってくれる?」

 

秋雲「えっ、砲持ってないですよ…」

 

陽炎「私1人でも十分伝わるだろうし秋雲は見てるだけでいいわ、どうします?後ろから?」

 

龍田「どこからでもどうぞ〜?」

 

陽炎が周囲を回りながらこちらに砲を向ける

 

磯風「本気か…?」

 

叢雲「やりたい事はわかるけど…」

 

予告なしの発砲、砲弾を斬り捨てる

 

龍田「あら〜、顔を狙うのは良くないんじゃないかしら〜」

 

陽炎「すいません、急所を狙うの癖にしてて」

 

そう言いながらも砲撃の手は緩めない

 

龍田「うーん…そろそろ苦しいかもしれないわ…2人だったら捌けなかったかも」

 

陽炎「本当ですか?それは嬉しいかも…」

 

秋雲「ちゃんと毎日訓練してるもんね」

 

磯風「……アレって私たちにもできるものなのだろうか」

 

叢雲「少なくともすぐにできるようになるとは思えないけど」

 

全ての砲撃を捌き、槍を振るって煤を払う

 

龍田「少し服が焦げちゃったわ〜、急所狙いを強くイメージさせて、さらに急所のみに攻撃を集中させる…かとおもったら急所以外にも飛んでくるし、かなり実践的だったわよ〜」

 

陽炎「せめて一撃は入れたかったのになあ…」

 

秋雲「秋雲さんも負けてらんないなぁ、頑張らないと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深海棲艦基地

キタカミ

 

チ級「姉貴…起キロ姉貴」

 

キタカミ「…木曾…」

 

私がこっちに堕ちてから木曾は良く笑うようになった、深海棲艦の表情は人のそれと比べてひどく歪んでいたけど、確かに笑っていた

 

チ級「大井姉モ早ク深海ニ来ネェカナァ…ヤッパリ、俺ハミンナト居タイヨ」

 

あれだけ理性を保てていた木曾すらもこうなった、それが堪らなく不愉快だった、私もそうなるように感じて

 

キタカミ「…大井っちは…来ない方がいいと思う」

 

チ級「ア?」

 

木曾に胸ぐらを掴まれる

 

チ級「ナンデダヨ、オレハミンナデ居タイダケナンダ、ナンデ否定スルンダヨ…!」

 

キタカミ「…木曾、深海に来るってことは…死ぬって事なんだよ、木曾は大井っちに死んで欲しいわけじゃないよね」

 

チ級「イヤ、俺ハ死ノウガナンダロウガ…関係ナイ」

 

キタカミ「…木曾、あんた自分が何言ってるかわかってんの…?」

 

チ級「ワカッテル、姉貴モ寂シインダロ?皆揃ッテ深海ニ落トセバイインダヨ」

 

キタカミ「木曾…それはダメだよ…」

 

チ級「ナニガダメナンダ?何ガ?俺達ハ死ンダ、確カニ死ンデコンナ姿ダヨ、ダケド求メテルンダ!寂シインダ!仲間ニ!姉妹ニ側ニ居テ欲シイダケナンダ!」

 

キタカミ「…っ…」

 

チ級「姉貴モ欲シイ相手ヲ落トセバイインダヨ、永遠ニココデ生キレバイイ」

 

キタカミ「…永遠に…居たい相手と…」

 

チ級「考エテミロヨ姉貴、俺達ガ人間ヲ襲ウノハ仲間ノ家族ヲ連レテ来ル為ダ、ソレノ何ガ悪イ?」

 

キタカミ「でも、それは…」

 

チ級「死ニ別レタ家族ト再ビ一緒ニ過ゴセルンダ、姉貴モ俺ヲ選ンデクレタジャナイカ、違ウノカ?」

 

キタカミ「…そう、だね」

 

キタカミ(…決して正しい行いではない、でもそれは…あくまで一般論…か)

 

チ級「病気デ死ヌ事モ、何カニ邪魔サレル事モナインダ、コレハヒトツノ救済ダ!」

 

キタカミ「…救済…」

 

チ級「姉貴サエ手伝ッテクレタラモット沢山ノ人ガ救ワレルンダ!」

 

キタカミ「…沢山の人が…救われる…」

 

チ級「姉貴ノ仲間モ、キットソレヲ知ラナイダケナンダ、キット救ワレタイハズダ」

 

キタカミ「…みんなが…救われる」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「艤装のテスト結果です」

 

明石「助かります、使用感はどうでしたか?」

 

アオボノ「30秒の制限が理解できました、曙に渡した艤装よりも…恐ろしいですね」

 

明石「使っていただいた通りこの30秒を超過すると何が起きてもおかしくはありません、例えば…爆散しても」

 

アオボノ「シンプルなデザインの島風型の艤装に拘ったのは?」

 

明石「最高速度を落とさない為です、確かに綾波型で作ったとしても…安定はしますが、速度は半分ほどになりますから」

 

アオボノ「半分…か」

 

明石「最高速度はキロ換算で時速200キロメートル、スポーツカーとかの世界…の一歩手前ですね」

 

アオボノ「正直扱い切れませんね、これはお蔵入りという事で…何よりむき身でこの速度の移動は内臓などがぐちゃぐちゃになりますから…最高速に加速しようとは思えませんでした」

 

明石「…そうですか、残念です」

 

アオボノ「ところで、話が変わりますけど…何故提督を嫌ってるんですか?」

 

明石「…そんなに露骨でした?」

 

アオボノ「提督が来ると逃げるのは勿論、仕事の会話も最低限でウザがって…とても見てられたものじゃありませんね」

 

明石「いやー…だってあの人は後ろでぺちゃくちゃ言うだけで、命懸けなのは私たち…いや、皆さんだけじゃないですか」  

 

アオボノ「そういう割にはここが発足してからの短期間に2度死にかけてますけどね」

 

明石「それも嫌なんです、不幸体質に巻き込まれてるのかなぁって感じがして」

 

アオボノ「…まあ、私の前でそんな素振りを見せなければ構わないので、もう少し気をつけてもらえません?」

 

明石「…あー…アオボノさんも?」

 

アオボノ「青葉さんなんて貴方のことを偶に親の仇のような目で見てる時がありますからね」

 

明石「…一緒にゲームしづらいなぁ…」

 

アオボノ「人を嫌う事は人に嫌われる事、よく覚えておいてくださいね、私にも嫌われてるので」

 

明石「えっ」

 

アオボノ「貴方には利用価値しか感じてませんから……嘘です、冗談…そんな捨てられた子犬みたいな顔しないで」

 

明石「めちゃくちゃ焦った…ここやめて死のうかと…」

 

アオボノ「青葉さんのことも誇張しただけです、でも、人を嫌う事は人に嫌われる事、これは事実です、よく覚えておいてください」

 

明石「りょ、了解です…」

 

明石(この子、圧がすごいいなぁ…)



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生存意欲

船上

駆逐艦 浜風

 

浜風「…くぁ…あ…」

 

大きく欠伸をして海を眺める

 

浜風(…平和そのものだな、海に出ればその瞬間深海棲艦に襲われるものと思っていたけど…深海棲艦の影も見えないじゃない)

 

電「浜風さん、朝食なのです」

 

浜風「あ…どうも」

 

電からカレーパンを受け取り、袋から取り出して頬張る

 

浜風「ん…美味しい」

 

電「良かったのです、交戦を想定される区域まではまだあるので今のうちに体を休めておいて欲しいのです」

 

浜風「…交戦する場所がわかるんですか」

 

電「確実にわかるわけではないですけど、今までのデータから大体の予測はできるのです、それと近づけば羅針盤による索敵もできるのですが…これも正確ではありません」

 

浜風「成る程」

 

浜風(しまった、カレーが手袋に…まあいいか)

 

電「もう食べちゃったのですか?まだ有りますけど、もっと食べますか?」

 

浜風「良いんですか?是非」

 

電「どうぞなのです、食べられるうちに食べておく事は大事なのです」

 

浜風(…前から思ってたけどこの子も中々苦労したんだろうなぁ…こんな歳で命懸けの仕事してるなんて)

 

浜風「…あれは」

 

人…艦娘、か?海の上に何か…

 

電「深海棲艦!深海棲艦発見!西側に1!」

 

電さんが叫んだと同時に船から何人かが飛び出す

 

電「浜風さん!行きますよ!」

 

浜風「わ、わかりました!」

 

浜風(深海棲艦…全部殺してやる…!)

 

海に飛び降り、水上を艤装で走る

 

電「…あれは…雷巡級…たった1人で待ち構えるように…」

 

アオバ「どうします?電さん」

 

衣笠「普通のとも若干違うような気がするし…迂闊な事はできないと思うなぁ…」

 

浜風(あれが雷巡級の深海棲艦か…)

 

浜風「相手はたった一体ですよ?何を躊躇ってるんですか」

 

電「…何か、違うのです」

 

電(…ヤバイ、ヤバイ感じがするのです)

 

電「全員撤収用意!ここは退きます!」

 

浜風「そんな…本気ですか!?相手はたった一体でまだ攻撃すらしてきてない、何で戦おうとしないんですか!」

 

電「任務は護衛なのです、守るものが無いのなら戦う選択肢もありますが…あの敵は大量の敵を呼ぶかもしれない、もしかしたらとんでも無く強いかもしれない、こんな近海でそんなリスクを冒すメリットは無いのです」

 

浜風「それじゃあいつまで経っても深海棲艦と戦えない!」

 

砲を構える

 

電「発砲は許可しません!」

 

浜風「誰も許可なんて求めてない…!私は深海棲艦を殺すんだ!」

 

雷巡級に向けて放ち、直撃する

 

浜風「やった…!」

 

アオバ「電さん、どうしますか」

 

電「…お二人は船の護衛に、五月雨さんに狙撃を要請してください」

 

衣笠「了解!」

 

浜風「狙撃なんて要りません、もう深海棲艦は死にました」

 

電「…何処がなのです、未だ敵は健在、そして…戦わなくてはならなくなった」

 

煙の中から画面の奥の目に黄色い炎を灯し、深海棲艦が笑う

 

チ級「ハハ…!」

 

浜風「そんな…直撃したのに…!」

 

チ級「ドウシタ?ソノ程度カ?」

 

改めて相対している化け物が人とは違う、本物の化物であることを強く理解して体が強張る、殺気に当てられ呼吸が荒くなり、心臓が鳴る

手首を掴まれ下に引っ張られる

 

電「撤退戦を開始します、良いですか、次私の指示に従わなければ命の保証はありません」

 

相手は自分より遥かに小さな子供なのに、その言葉に頷くことしか出来ない

 

電「死にたく無いと思っているなら良かったのです、救いようがまだあるので…砲撃開始!ついてきて下さい!」

 

浜風「は、はい!」

 

2人がかりで砲撃し、ちゃんと当てている…というのに死なない

 

浜風(本当に…死なないなんて…!)

 

向こうから撃ってくる気配はない…のに、ニヤニヤと此方を見ている

 

浜風「気味が悪い…」

 

電「足元!雷跡!」

 

浜風「…へ…?」

 

水上移動用の艤装に衝撃が走る

 

浜風「ひ…!」

 

電「止まらない!横から衝突しただけなのです!」

 

後方で爆音と水柱、何センチか違えば自分がアレに巻き込まれてバラバラになっていた

 

電「早く動くのです!このままだと死にますよ!」

 

こんなに小さい子に手を引かれ、必死に逃げることしか私にはできない…

 

浜風(…何のために私は…深海棲艦を殺すためなのに…)

 

電「ぁぐっ!?」

 

目の前にいた電が爆発と共に吹き飛ぶ

 

浜風「…えっ…待っ…!」

 

電「…これは…流石に聞いてないのです…!」

 

進行方向に別の深海棲艦が立ち塞がる

 

電「貴方は…そっちの味方なのですね、キタカミさん」

 

キタカミ「…悪く思わないでよ、あたしだって…こうなりたかったわけじゃないから」

 

浜風「…あの人は…」

 

浜風(この前の…なんで深海棲艦の味方なんか…いや、肌の色もおかしく…)

 

電「撃って下さい」

 

目の前の深海棲艦の片腕が弾け飛ぶ

 

キタカミ「……何も、感じない」

 

電「狙うなら、せめて急所か足が良かったのです…!」

 

お互いに砲を向け、一度放つ

 

キタカミ「っ…煙幕弾?」

 

電「早く逃げますよ!」

 

浜風「は、はい!」

 

電(相手が悪過ぎるのです…!このままじゃ下手したら全滅…)

 

五月雨「早く!こっちです!」

 

キタカミ「…逃がしてあげたいけど…そうもいかないんだ、悪いね」

 

浜風「ぁがっ…!…あ、ぇ…えっ…!?」

 

背中に強い衝撃が走る

偽装の動作が停止して前に進めなくなる

 

電「機関部を一撃で破壊された…!本気なのですね…!」

 

チ級「コッチモ忘レズニナ!」

 

五月雨「魚雷来ます!」

 

電「動きを制限してるだけなのです!でもこのままじゃ…」

 

キタカミ「…そいつ置いていけば逃げられるよ」

 

私を指差してそういう

 

キタカミ「そいつの航行能力は完全に失われた、つまり…そいつは電たちが引っ張って帰るしかないんだし…私の前でそれが通用するわけないじゃん」

 

電「………」

 

浜風(そんな…私は一体の深海棲艦を倒す事もなく…死ぬ?)

 

脳を鷲掴みにされたような恐怖感

私はここで捨てられて深海棲艦の餌になる…

 

電「巫山戯るのも大概にするのです」

 

チ級「ヘェ?」

 

電「電達は、仲間を見殺しにする程腐ってないのです!」

 

キタカミ「……」

 

五月雨「今!そこです!」

 

後方から砲音と共に何かが打ち上げられる

 

キタカミ「……この匂い…船からかと思ったけど、ソレなんだ…木曾、一度潜らないと痛いよ」

 

チ級「了解」

 

深海棲艦が海に消えると同時に火の雨が降り注ぐ

乗ってきた船が近づいてくる

 

電「ワイヤーを!」

 

アオバ「投げました!」

 

艤装にワイヤーを引っかけ、曳航される

 

電「巻いて下さい!早く!」

 

アオバ「今やってます!」

 

 

 

 

 

五月雨「…追ってきてはないですね、完全に離脱できた…と思います」

 

電「良かったのです…みんな無事で…」

 

アオバ「何の戦果もありませんねぇ…一方的に被害を受けただけで撤退、はー…上にはチクチク言われそうですねぇ」

 

電「そうですね…少し弱ったので…す…」

 

衣笠「衝撃備え!」

 

すぐ隣で大きな水柱が上がる

 

浜風「な、何が!?…うっ…!」

 

キタカミ「悪いね、でもこれだって救済…らしいし」

 

いつの間に船内に…

 

電「…本気、なのですね」

 

キタカミ「しつこいよ、もう終わりなんだよ、何もかも」

 

電「貴方は倉持海斗すらも裏切る、のですね」

 

キタカミ「…裏切るんじゃない、これは私なりの正しい行い」

 

電「罪もない人々を殺す深海棲艦に与する事の何が正しいのですか…!」

 

キタカミ「深海棲艦になって生きてる奴等は沢山いる、その事実を無視することも正しいとは言えないでしょ」

 

五月雨「…これ以上は無駄です、撃ちます!」

 

砲撃のたびに船が大きく揺れる

 

キタカミ「よっ…と、そうだ、そうなんだよ…身軽でなきゃできない戦いだって……っと」

 

海に飛び降りた深海棲艦に複数の砲弾が着弾し煙に包まれる

 

キタカミ「またスモーク?どこか、ら…いや…」

 

電「間に合ったみたいですね…煙の中をとにかく撃って下さい!」

 

アオバ「了解です!」

 

衣笠「もうこのまま振り切るよ!」

 

浜風「…何が起きて…」

 

電「増援が来たのです」

 

浜風「増援…?」

 

 

 

 

 

キタカミ

 

キタカミ「ちぇっ…五月雨に不知火…電も結構曲者だし、これは流石にキツイかな」

 

飛んできた砲弾を弾く

 

キタカミ「…提督、私は…正しいんだよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

重巡洋艦 青葉

 

青葉「…司令官、随分と顔色が悪いですけど…大丈夫ですか?」

 

海斗「えっ、そうかな?

 

青葉「はい、まだ良くないんじゃ…」

 

海斗「大丈夫、でも青葉に心配ばかりかけるのも良くないね、青葉、代わりにヘルバに会ってくれる?」

 

青葉「ヘルバさんに…?どうやって…」

 

海斗「The・Worldで会う約束をしてるんだ、メールで連絡はしておくから」

 

青葉「…わかりました、あまり無理をされないでください」

 

海斗「わかってるよ」

 

執務室を出る

 

 

 

 

青葉(ヘルバさん、か…司令官がわざわざ会うって、どういう理由があるんだろう…思えば最近の司令官はThe・Worldにログインする時間がなかったし…息抜きだったのかなぁ…)

 

アオボノ「ようやくまともに歩けるようになってきましたね」

 

敷波「うん…ありがとう、曙」

 

青葉(…あれは曙さんと敷波さん…そっか、脚が戻ったから歩けるんだ…嬉しそうだなぁ、敷波さん)

 

アオボノ「おや、どうも青葉さん」

 

青葉「お疲れ様です…リハビリですか?」

 

敷波「うん…なんとか、歩けるようにはなって…」

 

アオボノ「バランス感覚の問題でしたがかなり矯正出来ました、この調子ならきっと出撃も熟る」

 

敷波「…そしたら、少しでも恩を返したい、今まで本当に迷惑かけてきたから」

 

青葉(…やっぱり、元々は良い子だったんだ、きっと環境や上司が悪かったから…)

 

青葉「いつか、一緒に戦えると良いですね…」

 

敷波「…狙撃には自信あるんだ、後方支援は任せてよ」

 

アオボノ「無駄口叩く前に走れるようになりましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

研究室 

駆逐艦 綾波

 

綾波「……」

 

敷ちゃんの脚は、生きている

他にどう表現すれば良いのかわからないけど、様々な手段で調べた結果、私の出した結論はこれだった

敷ちゃんは今あの脚に寄生されている、つまりあの脚は敷ちゃんの物ではない…

 

綾波「…どうすれば」

 

簡単だ、切り落とせば良い、そうすれば最悪の事態は免れる、でもこのまま放置すれば何が起こるかわからない

あの脚に脳を侵されるかもしれない、切り落とすにも綺麗に切り落とす必要がある、出血を防がなくてはならない

 

綾波「…道具も場所も…」

 

気づかれずに動けるようなレベルじゃない

 

綾波「おげぇぇ…はぁ、はぁ…ごほっ…」

 

何かが起きたわけじゃないのに涙が込み上げてくる、不安にさらされる時間が長いほど苦しくなってくる

 

綾波「…ど、どうすれば…どうすれば良いんですか…」

 

答えは返ってこない

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

提督 火野拓海

 

拓海「…ふむ」

 

電「艦隊が帰投しました、浜風さんの艤装が大破、私の艤装も同じく大破…それ以外の被害はありません」

 

拓海「ならば良い、ゆっくりと休め」

 

浜風「…あの」

 

拓海「キミについての話は後日でいい、今は休め」

 

浜風「…今のままでは休むに休めません、少しだけお時間をください」

 

拓海「ふむ…では、話を聞こう」

 

椅子に腰掛け、浜風の方を向く

 

浜風「え?」

 

拓海「君が時間をくれと言ったのだ、話があるのだろう?それとも説教を期待していたか」

 

浜風「…はい、私は道を間違えれば…その度誰かが正してくれる、と信じていました」

 

拓海「ではその考えは捨てろ、その考え方では間に合わん事もある」

 

浜風「……申し訳ありませんでした、私の軽率な行動により撤退を余儀なくされ、艦隊の全員を、そして護衛対象すらも危険に晒してしまいました」

 

拓海「全くだ、だが我々としても考えを改めねばならん、わずか20浬程離れる事にもこれほどの危険が蔓延っている…今回キミ達が戻ってこれは幸運が重なった結果、少しでも状況が狂えば生きて帰れなかっただろう」

 

浜風「はい、深く理解しています」

 

拓海「君が砲を放った時点で既に鎮守府には撤退の連絡、そして援護を求める連絡が来ていた、側からみれば過剰だろうな」

 

電「必要な行動だったのです、不知火さんに出てきてもらうことが私にとって最善の手段でしたから…」

 

拓海「まったくもって期待通りの働きを見せてくれた、しかし彼女の実力を持ってしても足止めにしかならないか」

 

電「…不知火さんにはブランクがあるのです、まだまだこれからなのです」

 

浜風「…質問してもよろしいでしょうか」

 

拓海「構わない」

 

浜風「私たちが会敵した相手は…深海棲艦、だったのでしょうか」

 

拓海「それについては、今はまだ答えられる事はない」

 

浜風「………」

 

拓海「今はただ与えられた仕事を果たせるようになればいい、キミの活躍に私たちも応えられるようにしてみせよう」

 

電「思うところがあるのはわかってるのです、でも真実は私たちにもわからないのです…だから今はとにかく生きて、生き延びた先に真実と、その価値があるのです」

 

浜風「…生きる」

 

電「敵はどうしようもない化け物なのです、今は自分が生きることだけを考えてください」



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繰り返し

宿毛湾泊地

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ(…まあ、結論はそこか)

 

綾波「…お、おそらく、す、推測通りなら何らかの形で…」

 

アオボノ「いつ?どうやって…どうやって私は仕込まれた…?病院で入院している時か?あの時に私は自分であることを失った…というのか」

 

綾波「お、おそらく…」

 

アオボノ「……」

 

書類を睨む

 

アオボノ「私の体内から何かを送受信し続けている…まるで爆弾のような物ですね、信号を受信できなくなれば私は爆散するのでしょうか」

 

綾波「…ど、どうする…んですか」

 

アオボノ「また宿毛湾を去ることになりそうですね、私に何の恨みがあるのやら」

 

綾波「…た、多分逆…」

 

アオボノ「逆、ですか」

 

綾波「発信してるのは…せ、戦闘データ…あ、曙さんを…引き込みたい人がいる」

 

アオボノ「かつてのあなた達のように?」

 

綾波は黙って頷いた

 

アオボノ「…では脳みそまで弄られる前に…ここを去りますか」

 

綾波「ど、どうするんですか」

 

アオボノ「提督に償う前に死ぬつもりはありません、かと言って誰かに利用されるのは嫌です、なので…修練を積む?いや、ここは大人しく隠居…ゲームしながら隠居も楽しそうですね、発つ前に提督に挨拶して来なくては」

 

綾波「…と、止められますよ」

 

アオボノ「でしょうね、やっぱりやめておきます…私は提督に言われたら従うしかありませんから…」

 

綾波「…こ、これ…け、携帯の番号」

 

アオボノ「…受け取っておきます、と言っても私は携帯を持ってませんけどね…戸籍があるあなたとは違って私は死人ですから」

 

綾波「…こっ…公衆電話…」

 

アオボノ「今稼働してる数は20万台を切ったそうですよ、果たして見つかるやら」

 

綾波「……そっその…れ、連絡!絶対に…絶対にしてください…!」

 

アオボノ(…意外ですね、知らないうちに随分と綾波に気に入られていたらしい)

 

アオボノ「…もしかして、私のことを妹だと思ってます?」

 

綾波「…だ…ダメですか」

 

アオボノ「…クフッ…アハハ!貴方が私の姉?馬鹿馬鹿しいにも程がある」

 

綾波「…ごめんなさい…ず、図々しいのは、知ってます…だけど…な、仲良くなれて…嬉しくて…」

 

アオボノ「……良いですよ?私に人の肉を無理やり食べさせたり蹴り殺したり…色々やってくれた貴方が私の姉を名乗るのならまず、朧に許しを乞うべきだとは思いますけど…まあ私は構いませんよ?」

 

綾波「ご、ごめ…ごめんなさい…」 

 

アオボノ「次会う時までに朧と仲良くなっておいてくださいね、お姉ちゃん?」

 

綾波「お……は、はい…!」

 

アオボノ(まあ、綾波からすれば心の拠り所が欲しいとか、そんな理由なんだろうな)

 

アオボノ「提督にはちゃんとこう伝えてください、私は…」

 

 

 

 

 

 

執務室

提督 倉持海斗

 

海斗「つまり?」

 

綾波「あ、曙さんは…じ、自身に埋め込まれた物が何か…取り出せる物なのか…そ、それを確かめられるまでは戻りたくない、と…とにかく安全な場所に行く…って…」

 

海斗「キミを疑うわけじゃないけど、間違いなくそう言ったんだね」

 

綾波「はい…」

 

朧「…綾波、嘘だったら…撃つよ」

 

綾波「…間違いありません、わ、私は…間違いなく、そう聞きました」

 

海斗(そう聞いた…か、つまり綾波は何かを察してるんだろうな)

 

海斗「朧、悪いけどみんなに伝えておいてくれる?」

 

朧「…わかりました」

 

朧は部屋を出た

 

海斗「綾波」

 

綾波「…はい」

 

海斗「キミの考えを聞かせて」

 

綾波「…お、おそらく…い、今は何をされたのかを探ることに徹してる、とおもっ…思います…」

 

海斗「その後、どう動くと思う?」

 

綾波「……わかりません」

 

海斗「まったく想像がつかない?」

 

綾波「…いいえ、な、何でもやりそうで…ど、どれを選択するか…」

 

海斗「有力な候補とかはあるのかな」

 

綾波「…う、埋め込んだ相手を…消すとか」

 

海斗「…とにかく、見つけて連れ戻したい…けど、何を埋め込まれたか調べないうちは危険だね…でもそれなら僕たちで守れば良い」

 

綾波「……」

 

海斗「綾波?」

 

綾波「し、司令官…目を、目を見せてもらえませんか…?」

 

海斗「目?」

 

綾波が近づいて目を覗き込んでくる

 

綾波「……」

 

海斗「…綾波?」

 

綾波「…し、失礼しました…な、なんでもありません」

 

海斗「目がどうかしたの?」

 

綾波「…ひ、ひどく充血してるので、せめて今日は早い時間に眠って下さい、が、眼精疲労にはビタミンB2が良いので…他の栄養も含む鰻など…た、たべて、よく休んでください…ま、間宮さんに用意してもらいます、ので…」

 

海斗「わ、わかったよ」

 

綾波「し、失礼します」

 

綾波は一礼して部屋を出て行った

 

海斗「…うーん…弱ったな」

 

 

 

 

 

東京 喫茶店

駆逐艦 曙

 

曙「っはー…こっちは物価高いわね、パンケーキが千円超えるなんて…やってらんない」

 

亮「お前ちょっと口閉じてろ」

 

大井「……」

 

千草「…あ、あの?」

 

曙「ま、いいや…えっと…何で日下千草まで出てきてんの?」

 

千草「えっと…一応姉として…と言うか、貴方と会ったこと、ありましたっけ…」

 

曙「一方的に知ってるわ、艦娘の駆逐艦曙、よろしく」

 

日下千草に手を差し出す

 

千草「ど、どうも…」

 

大井「それで?今日は私にどんな用件ですか、艦娘の人」

 

曙「要点だけ言うわ、アンタ以外の球磨型はみんな深海に堕ちた、あたし達としては全力でぶつかって殺しに行くわけだけど…アンタどうすんの?」

 

大井「…球磨型?なんですかそれ」

 

曙「…そう、じゃあ質問を変える、球磨、多摩、キタカミ、木曾、残らず殺して良いの?」

 

亮「おい」

 

大井「………」

 

曙「選びなさい、どっちを選んでも良い、アンタは関わらずに一生を生きても良い」

 

大井「いきなり殺すか殺さないか選べって、何が言いたいんですか?私に…知らない人の命を背負え、と?」

 

曙「そう、それなら良いわ、選ばないなら選ばないで…後悔しても遅いわよ」

 

大井「…ふん」

 

曙「一生そうやって知らんぷりしてなさい」

 

亮「おい!」

 

千草「待ってください、曙さんでしたよね、少しだけ時間をもらえませんか?」

 

曙「…ねぇ、もしかして記憶持ち?」

 

亮「…ああ」

 

千草「…こっちを見て」

 

大井の顔を無理やり自分の方に向け、向かい合って話す

 

曙「…意外とパワー系なのね」

 

亮「ヒーラーの癖に殴るタイプだ」

 

千草「ちょっと2人とも黙ってて下さい」

 

曙「…はーい」

 

大井「…何?痛いんですけど」

 

千草「後悔しない?」

 

大井「後悔って…何を」

 

千草「私は、この世界で…妹ができて嬉しかった、前の世界よりずっと楽しく生きてこれた…もちろん辛いことばかりだったけど、みんなが居て、やっと歩けた、前を向けた…」

 

大井「何を言って…」

 

千草「1人になろうとしないで、きっと私や、三崎さんが居ても…貴方は孤独なまま」

 

大井「…何を知って…」

 

千草「艦娘の適性検査、受けたんでしょう?全部知ってる、何で迷ってるのかも…」

 

大井「…それは…」

 

曙「…ちょっと待って…もしかして、アンタ記憶があるの?」

 

大井「…そうよ…あるわ、だとしたら何?大井として生きろって?そうするべきだ、って言いたいの?」

 

亮「マジかよ…」

 

大井「そりゃあ記憶が戻って真っ先に姉さんたちに会おうとした、身の回りにいる人間が誰なのか分かったし、どうやって顔を合わせるべきかって…それも楽しみになった、一瞬だけですけどね…」

 

千草「…記憶がある、となると艦娘として生きる事を周りに期待される、少なくとも私と三崎さんが記憶がある事はわかっていましたから」

 

大井「艦娘になって…私は何が為せるのか、キタカミさんの様に強くない私がなる意味なんて無い…と思ってたのに…なんで…」

 

曙「つまり、アンタは知らないフリを突き通すつもりだった…って事?姉妹がどんな状況になってるか聞いておきながら…!」

 

大井「…そう、そうよ!怖くなった…この世界には人として命を与えられた私がいる…前の世界とは違う、もし腕が吹き飛んだら2度と元には戻らない…魔法みたいな力もない…そんな世界で戦う事を恐れて何が悪いのよ…!」

 

曙「アンタねぇ…!」

 

亮「やめろ、これも一つの選択だ…それに無理な戦いをして無駄死にする様な真似、誰も望んじゃいねぇ」

 

千草「周りの期待、誰かの理想…それに無理やり合わせる必要なんかない…でも、自分から離れていく必要もない」

 

大井「…私は…離れてなんか…」

 

千草「本当に離れてないと思うならそれで良い、私たちに貴方の生き方を変える力はないから…私たちにできるのは変わらずに貴方の居場所である事だけ」

 

大井「…居場所…」

 

亮「…曙、今日は悪いけど帰ってくれ、大井にも時間がいる」

 

曙「見たいな、ゆっくり考えて…どのみち後悔なんてするものよ」

 

大井「…そうね、自分の手で介錯すれば、とか…誰かに任せて投げ出せばとか…どっちを選んでもそう考えると思う…でも、それでも…キタカミさんや姉さん達…木曾も…深海が居場所な訳がない…!」

 

曙「…決まりね」

 

大井「重雷装巡洋艦、大井…艦隊の救出作戦に参加します」

 

亮「良いんだな」

 

大井「ええ…何よりも…私だけが関わらないなんて事、許されるわけがない、許せるわけが無いの…!そうよ、大事な姉妹を見捨てて生きていく人生なんて…死んでるのと変わらない」

 

千草「…行ってらっしゃい」

 

大井「ええ…この世界での短い様で長い間でしたが…貴方の妹としての人生も楽しかったです」

 

亮「別に今生の別れじゃねぇんだ、そこまでかしこまった挨拶する必要ねぇよ」

 

大井「…それもそうね…じゃあ、行ってきます、四人目の姉さん」

 

曙(そういえば龍驤はどうしてるのかしら)

 

大井「すぐに戦線に参加する方法はある?」

 

曙「無いわ、軍人…まあ、公務員として登録される訳だし?その手間だけはかかるけど、待っててあげるから」

 

大井「…わかった、待ってなさい」

 

曙「さて…私も宿毛湾に帰るかぁ…」

 

亮「ああ、またな」

 

曙「…思いっきり…暴れてやる、楽しみね」

 

大井「私としては不安の方が多いけど」

 

 

 

 

 

 

 

某所

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「…貴方達が私に何かをした?」

 

数見「なぜ君が所属の泊地を抜け出し、逃亡しているのかは問わない、キミほどに利口な少女は初めて見たよ、曙」

 

嫌な笑顔を浮かべる男だ

 

アオボノ「貴方は」

 

数見「数見だ、特務部を率いているものだと言っておこう…キミをスカウトしにきた」

 

アオボノ「その前に、私に何をしたか答えてもらえますか」

 

数見「発信機と…それからこんなものを」

 

あからさまにソレ専用というスイッチを懐から取り出す

その手のボタンはイヤと言うほど身に覚えがある

 

アオボノ「押さなくて結構…貴方への暴言はどのくらい許されるんでしょうね」

 

数見「一切を禁ずる、話が早くて助かる、私に従いなさい」

 

アオボノ「…おかしいですね、艦娘システムは望めば民間人に戻れると言う契約を含むはず」

 

数見「死人に口なし、と言う言葉はご存知ないか?」

 

アオボノ「…チッ…」

 

アオボノ(つまり私みたいな海から戻ってきたタイプは対象外…と言うか人権もなしか)

 

数見「キミを特務艦に任命する」

 

アオボノ「拒否すれば?」

 

数見「どうやらキミを動かすには…倉持海斗、そして綾波型を手にかけるのが早いのかもしれない」

 

アオボノ「…手にかけなくて結構です、従いましょう」

 

アオボノ(とことんクソだな…)

 

数見「配置は本部へと移ってもらう、ついてきたまえ」

 

アオボノ(…運命は変わらない…と言ったところか)

 

 

 

 

 

 

海上

荒潮

 

荒潮「…ぷぁ…っ」

 

肺に大きく息を吸い込む

潮の香りと焦げ臭い匂いが鼻腔を塗りつぶす

 

荒潮「…ごほっ…ここ…どこ?」

 

目の前に小さな手が伸びる

 

暁「…掴んで、陸まで引っ張るから」

 

荒潮「…あら〜…」



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大湊警備府

大湊警備府

駆逐艦 響

 

響「暁、私達はどうなるのかな…」

 

暁「大丈夫よ響、落ち着きなさい、雷は…まだ辛そうね」

 

雷「ごめん…すぐ準備するから」

 

暁「寝てなさい、そんな状態で出撃しても怪我するだけよ、本当は響に診てて欲しいんだけど、そうもいかないわ、帰ってくるまで頑張れる?」

 

雷「うん……」

 

響(ここに来てまだわずかな時間しか経ってないけど…だけどもう限界だな…こんな環境ではとても耐えきれない…)

 

暁「……ごめん、響、雷、私が艦娘になる事を選んだばっかりに…」

 

響「…仕方ないさ、元々私達に帰る場所なんかない……それに野山で暮らすのも悪く無いかもしれないしね」

 

雷「……そもそも、辞められるのかしら…今ここに在籍してるのは私達と数人の駆逐艦だけ…」

 

暁「…正直に言うと絶望的ね、まともに話を聞いてくれない、こっちが子供だと思ってやりたい放題してるんだもの…」

 

響「となると脱走しかない訳だが…いや、この話は後にしよう、出撃の時間だ」

 

暁「雷、安静にしてるのよ」

 

雷「うん、ごめんね」

 

負傷した雷を置いて出撃の為私たちは港へと向かった

 

暁「…あれ、誰かしら…知らない人が…」

 

響「……本当に誰だろう…」

 

暁「あ、私知ってるわ、少し挨拶してこなきゃ」

 

響「え?暁?」

 

 

 

 

駆逐艦 暁

 

暁「こんにちは」

 

不知火「…こんにちは、貴方は?」

 

暁「暁よ、よろしくね、不知火さんでしょ?」

 

不知火「…なるほど、私を知ってるなら疑う余地も無く…か」

 

軽く握手をする

 

暁「ここに配属されたの?」

 

不知火「配属先を選べなかったもので…宿毛湾か佐世保への異動願を早速出してきましたが破り捨てられて少し参ってしまいました」

 

暁「ここの司令官は乱暴だから…って、宿毛湾へ…?」

 

不知火「…まえの宿毛湾の皆さんが集まってますからね」

 

暁「ほんとに?…私も宿毛湾に帰りたい…」

 

不知火「どうにかしてここを出たいのですが…はぁ…急いでるのに」

 

暁「事情はわからないけど…今の私達は何も力になれないわ、ごめんなさい」

 

不知火「いえ、あてつけの様に感じたのならごめんなさい、出撃ですか?」

 

暁「そうなの、昨日荒潮さんを見つけて…今日は誰か見つかるかしら」

 

不知火(…連れてこられるのも地獄の様な気はしますが…)

 

暁「それじゃあね…」

 

不知火「…他は?」

 

暁「響だけよ、ここは戦える子があんまり居ないから…養成中の子も沢山いるし、成績が良かった私たちが頑張らなきゃ…」

 

不知火「2人で…?危険じゃ…」

 

暁「仕方ないの、それにまあ…なんだかんだ上手くやれてるし」

 

不知火「…そうですか」

 

 

 

 

 

 

海上

 

暁「全くもっていつも通り…ね」

 

響「駆逐級1匹のみ…か」

 

暁「早く倒しちゃいましょ、雷が心配だ…し…?」

 

悪寒、心臓を何かに掴まれた様な感覚、体が強張る

 

ル級「ギシィィィィ!」

 

背後から叫び声がしたと同時に肩を深海棲艦に掴まれる

 

暁「嘘…嘘!なんで…!」

 

いつもなら居ないのに…

 

響「暁!」

 

昨日が安全だったからと言って今日生きて帰れる保証なんて存在しない

 

ル級「ァッガァァァ…」

 

動けなく固定され、身動きの取れない状態で大口を開けたル級の顔が近寄ってくる

 

暁(た、食べられる…!?)

 

響「やめろ!暁に…うわっ!」

 

響の周りを艦載機が飛び回り、爆撃する

 

暁「…そんな…」

 

予定外、想定外に命を脅かされる

 

ル級「ギヒャッ!?」

 

その命を救ってくれたのも予定外の存在だった

 

ル級「ギャァァァ!?」

 

ル級が目を押さえてとびのく

砲撃を受け、よろけて水上を転げ回る

 

アオボノ「急所はどんなものにも存在する…と言っても…奥の手までは見せられませんね…すり潰されて死になさい」

 

水柱が複数あがり、ル級を刻む

 

アオボノ「大丈夫ですか、暁さん」

 

暁「…あ、ありがと……あなた…曙さんなの…?」

 

真っ黒なレインコートに身を包み、腕には特務艦と書かれた腕章…

かつての姿とは違うけど、記憶の中の曙さんだった

 

アオボノ「…ええ、一応」

 

響の方を向き一発砲弾を放つ

敵機が互いに巻き込み事故をおこして堕ちていく

 

アオボノ「残念ながら私は特務艦という不名誉な役回りですが」

 

暁「特務艦…特務艦って、何をするの?」

 

アオボノ「何でもですよ、何でもやれ…と言われたから仕方なくここまで来て、たまたま見つけた貴方達を助けました…それ以上も以下もない」

 

暁「…たまたま…そう…それでもありがとう」

 

アオボノ「気をつけてお帰りを、私はこれで」

 

暁「…一緒に来ないの?」

 

アオボノ「特務艦の仕事は沢山あるので」

 

げんなりとジェスチャーをして沖の方へと去っていく

 

暁「…何がどうなってるのかしら」

 

響「知り合いかい…?」

 

暁「そうだけど…残念ながらまた敵かもしれないわ」

 

響「……とりあえず、戻ろう…艤装がボロボロだ」

 

 

 

 

 

 

大湊警備府

 

暁「…な、なに…これ」

 

不知火「おかえりなさい、ゴミ掃除を少ししていただけですよ」

 

暁「ご、ゴミ掃除…って!これはいくら何でも…確かに粗暴だけどここの司令官を…な、何をしたの…?」

 

不知火「雷さんが出撃していないことに腹を立てて殴ろうとした男を折檻したまでです、骨の2、3本は潰しましたけど」

 

暁「そ、そう…でも大丈夫なの?」

 

不知火「契約書通りなら…私達に手を出す事は犯罪です、そしてこれは正当防衛です」

 

暁(過剰防衛な気がするけど…)

 

不知火「この際です、上手く利用して配置を変えさせましょう…ここの司令官の元で働きたくはありませんから」

 

暁「…上手くいくといいわね」

 

不知火「…なにか不安な点が?」

 

暁「…なんて言うか、私たちって、人…なのよね?」

 

不知火「この世界においては」

 

暁「…人として扱われていない感じがするの、表に出なければ何をしてもいいと思われてるんじゃないかって…被害妄想なのはわかってるんだけど…」

 

不知火「まあ、不安を拭うのは難しいでしょう、だから気にしなくても…ん?」

 

荒潮さんが軍服を着た男の人に連れられて何処かに…

 

暁「荒潮さん…?何かあったのかしら」

 

不知火「確認してみましょうか」

 

 

 

 

暁「あの…」

 

憲兵「何だ」

 

荒潮「暁ちゃん…」

 

不知火(…嫌な空気ですね)

 

暁「荒潮さんをどこに連れて行くの…?」

 

憲兵「中央の研究所だ、こいつは深海棲艦だ、研究に回す」

 

暁「研究って…荒潮さんは深海棲艦なんかじゃないわ!」

 

荒潮「い、いいのよー…し、仕方ないから」

 

不知火(酷く怯えてる…研究材料にすると言われれば当然か…でも何故受け入れている…?)

 

不知火「どうみても人間に見えますが?」

 

憲兵「これは大本営の決定だ、邪魔をするな」

 

不知火(荒潮さんに逃げようとする気配もない…何かを握られてる可能性が高い…一体何が…)

 

アオボノ「心配ありませんよ、お二人共」

 

不知火「っ…!?お前は…!」

 

暁「あ、曙さん…?」

 

アオボノ「荒潮さんには…我々の調べ物に協力してもらうだけです、心配ありません」

 

不知火「貴方は信用なりません」

 

アオボノ「…提督に誓います、荒潮さんが傷つくような事はあり得ません」

 

暁「信じていいの…?」

 

アオボノ「ええ、それと不知火さん」

 

不知火「…何か」

 

アオボノ「上官を半殺しにするのは不味かったですね、逮捕されますよ」

 

不知火「理由は正当です」

 

アオボノ「…その証拠は」

 

不知火「録音機を持っています」

 

アオボノ「そうですか、でもそんな事…一切関係無いようでした」

 

不知火「…貴方は何を知っていて、何のために今話してるんですか」

 

アオボノ「私にもわかりません…今の所私も探る側の人間です…何がどうなっているのかを知りたいのは私も同じなんですよ」

 

暁「…荒潮さんのこと、お願いね」

 

アオボノ「ええ、用件が終われば無事に送り届けます」

 

不知火「………」

 

荒潮さんは憲兵と曙さんに連れられて行った

 

暁「…不知火さん、大丈夫なの?」

 

不知火「さあ、私のことも荒潮さんのことも…どうなるのやら」

 

 

 

 

 

 

 

車中

荒潮

 

窓が塞がれた暗い車の中

目覚めたときは海の上で浮かんでいて、陸で保護されたと思ったらいろんなことを言われてどうやら深海棲艦として扱われている

 

荒潮「…ねぇ?」

 

アオボノ「話す事はありません、ただ静かにしていればいい」

 

この調子では狂ってしまう

 

荒潮「…貴方は私の味方なの…?朝潮姉さん達は…?」

 

アオボノ「宿毛湾で元気にされています」

 

荒潮「…だから人質に取ったの?」

 

目の前の曙は驚いた表情を見せた

 

アオボノ「人質に?…そこだけ聞かせてください」

 

荒潮「…私が研究に手を貸さなければ他の姉妹を使うって…」

 

アオボノ「…まあ、人質と言えば人質か…私は今、貴方から初めて聞きましたが…一歩違えばそうなっていたかもしれませんね、どのみち深海棲艦そのものを研究するのは今の所不可能に近いですから」

 

荒潮「どういうこと…?」

 

アオボノ「深海棲艦の死体は消失するんです、海に引きずられたり、溶けるように消えたり…とにかく研究する前に失われる、だから深海棲艦だった私達は恰好の材料」

 

荒潮「…それじゃあ…」

 

アオボノ「貴方の無事は私が保証します、どんな手段を使ってもね」

 

荒潮「…本当に…?」

 

アオボノ「ええ、必ず」

 

荒潮「…信じるわ、それしか無いもの…」

 

アオボノ「まあ、期待していてください」

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 曙

 

曙「帰ったわよー…って、誰も居ないし…」

 

部屋のドアを派手に開けたのに、真っ暗で誰も居ない

 

曙「あれー…おっかしいな、誰かしらいると思ったんだけど…ん?」

 

机の上に書き置きがある

 

曙「何何?朧か…もし今日帰ってたら大変なので書き置きしておきます、曙が泊地を抜けました…は?!」

 

曙(アイツが泊地を抜けたってどう言う事?またなんかやる気…?ここにみんながいないのは探しに行ったって事か…!)

 

部屋を飛び出し、外へ向かいながら携帯を鳴らす

 

朧『もしもし?曙』

 

曙「朧!今あんたどこにいんの!アイツは見つかった!?」

 

朧『へ?』

 

曙「どこに行けばいいのよ!」

 

朧『え、と…曙、書き置き見た?』

 

曙「見たから電話してるんでしょうが!」

 

朧『えーっとね…まず曙を探すのは無し、詳細は後で話すけど曙を探す事で逆に危険に晒しかねない…だから今は待つだけ』

 

曙「…まあ詳しくは後で聞くとして…アンタらは?」

 

朧『新しく動く予定の鎮守府に演習に行ってたんだよ、ちゃんと書いてたでしょ?後2時間くらいで帰るから』

 

曙「…あ、そ…はぁ…」

 

電話を切り、座り込む

 

曙「…いつもハズレくじを最初に引くのはアンタね…そしてそれにみんなが巻き込まれる…いや、見捨てられなくて…手を伸ばすから…」

 

どうすれば良いのだろうか、悩みは尽きない

 

曙「ん?」

 

あれは、加賀と…龍驤だ

 

曙「よっ、何やってんのよ加賀」

 

加賀「見た通り、訓練終わりよ、龍驤さんを鍛えていたの」

 

龍驤「…はぁ…」

 

龍驤は酷く落ち込んでるようでこちらに気づく様子はない

 

加賀「もう1週間も心技体の基礎訓練を続けていたのだけれど…艦載機が飛ばなくて…あ、それと記憶はないわ」

 

曙「ふーん…ま、仕方ないか…食堂にでも行く?」

 

加賀「そうね、何か辛いものでも食べれば気持ちも前を向くでしょう」

 

曙「それはアンタだけよ」

 

加賀「そうかもね」

 

すぐそばで騒いでるのに気づかないあたりよほど疲れてるのか、悔しいのか

 

曙「…おーい」

 

龍驤「は、はい!?」

 

曙「ようやく気づいたか…加賀が食堂行くって…と言うか初めまして?」

 

龍驤「ぁ…あ…」

 

曙「あ?」

 

龍驤「曙ぉぉぉぉ!!」

 

曙「うわっ!?飛びつくな!」

 

龍驤「本物や!間違いない…久しぶりやなぁ…!」

 

曙「なにこれ、思い出したって事?」

 

加賀(発音が戻ってる…記憶の影響かしら)

 

龍驤「って…加賀ァ!オイコラ加賀!お前…お前なぁ!?」

 

加賀「…なにかしら」

 

龍驤「お前なぁ…知識がないんはしゃーないよ、やけど式神はちゃんとした特別な紙使わなあかんのに…お前…コピー用紙ってお前…!」

 

加賀「形さえあっていれば良いのかと思って…」

 

龍驤「ンな訳あるかぁ!1週間返せこのアホッ!」

 

曙「…な、なんかお疲れ」

 

龍驤「はーっ!かーっ!アカンわ、こら怒りが治らんわ、曙、飯でも食いに行こか!奢ったるから!」

 

曙「えっ、お金あるの?」

 

龍驤「一応元芸能人やからな!心配要らへん」

 

曙「…テレビで見た事ないけど…ラジオとか?」

 

龍驤「ふぐっ…ぅ…ま、まあ…その…」

 

加賀「主な収入源はフードデリバリーと言ってたわよね」

 

龍驤「おまっ…カッコつかんからそう言うのは黙っとかんかい!」

 

曙「成る程、ブレイクはしなかったのね」

 

龍驤「五月蝿いわ!奢らんで良いんやな!?」

 

曙「なんにせよ朧達がまだ帰ってないし、それからで良い?」

 

龍驤「って事は…えーと…どこやったら…」

 

曙「……味しなさそうだし素直に食堂で食べましょ」

 

龍驤「…せやな」



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オールラウンド

東京 オフィス

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「私を使うなら私の要望にも従うべきでしょう、部長殿?」

 

数見「だから私は倉持海斗には手出しをしない…それ以上に何を望む」

 

アオボノ「荒潮さんを使った実験…これで荒潮さんに注射針一つ刺すことに私の承諾を取ってからにしていただきます」

 

数見「何故だ、君はあの少女と出会ったのはついさっきが初めてのはずだ」

 

アオボノ「深い仲なんですよ、それに私をタダで従わせようなんて随分と甘い考えです」

 

数見「…なら君も私の要望に応えるべきだろう」

 

アオボノ「勿論、差し当たってこれをご覧ください、南西諸島海域の海図と…完全攻略に向けた計画書です」

 

数見「…何?……参加者は君1人か、ふざけた事を…」

 

アオボノ「できますよ?一人で台湾付近まで行って来ましょうか、何百匹でも深海棲艦を殺してあげましょう」

 

数見「できるわけが…」

 

アオボノ「じゃあ、やってみせれば私の要望は通るんですね?」

 

数見「……良いだろう、監視の船をついていかせる」

 

アオボノ「足手まといはいりません、荷物持ちとして荒潮さんを連れて行きますけどね…もし荒潮さんを放置してたらその間に殺されかねませんし?」

 

数見「…どうやって証明して見せる」

 

アオボノ「その書類の艤装全てに記録機器をセットしてくださればそれで十分では?」

 

数見「わかった、そうしよう…だが、先に血液と皮膚などのサンプルが欲しい…万が一2人とも死んだら笑えないからな」

 

アオボノ「いいでしょう、艤装の手配は?」

 

数見「明日までに用意させる」

 

 

 

翌日

 

 

 

海上

 

アオボノ「ふぁ…あ…」

 

荒潮「…眠い?」

 

アオボノ「退屈なんですよ、孤独で辛かったものですから」

 

荒潮「……あ、あの…ありがとうございます…私のために…」

 

アオボノ「そろそろ四国の南ですね、貴方は私の指示を受けたらそこからまっすぐ北上してください」

 

荒潮「え…?」

 

アオボノ「南西諸島海域に行くのは私一人です、足手まといは要らないんですよ」

 

荒潮「で、でも…約束が…」

 

アオボノ「ボーナスです、予定以上の仕事をすればそれで良いんですから」

 

荒潮「そ、それが通るとは…」

 

アオボノ「あの約束が成立して、上手くいったとしましょう…今この会話も記録されています、今後貴方は幽閉され、監視下でしか外を歩けない…誰かに助けを求められない…」

 

荒潮「…そんな」

 

アオボノ「嫌だと思いましたよね、それで良いんです、人は何かを犠牲にしないと生きられない…弱いですからね」

 

荒潮「…司令官達には…」

 

アオボノ「特務艦として元気にやっている、と…それから…大湊について詳しく調べるように伝えてください、どうやらホコリくさいので」

 

荒潮「…わかりました」

 

アオボノ「気にしなくて良いんですよ、貴方は私に命を救われて…一生の恩がある、と覚えておけば」

 

荒潮「…ど、どう反応すればいいのかしら…?」

 

アオボノ「…おかしいですね、漣の好きなセリフだからウケるかと思ったのに…とりあえず笑ってくれると嬉しいんですけど」

 

荒潮「…ふふ…ありがとう」

 

アオボノ「ドラム缶を」

 

荒潮「3つも…重くない?」

 

アオボノ「早く行ってください、時間の無駄です…リアルタイムでモニターしてたとしたら既に貴方を捕まえようとしているかもしれない」

 

荒潮「…ありがとう、また」

 

アオボノ「ええ、また…」

 

 

 

 

 

南西諸島海域

 

アオボノ「…夜の海は冷える」

 

無線機を耳につけてスイッチを入れる

 

アオボノ「どうも、聞こえてますか?」

 

数見『随分と勝手な事をしてくれたね』

 

アオボノ「ボーナスだ…って聞こえてませんでした?今から良いものを見せてあげますよ」

 

加速する

 

数見『君がどんなに働こうともあの少女ほどの価値はない』

 

アオボノ「いいえ、私一人で艦隊二つ分の価値がある…いや、もっとかな…まあ見てればわかります」

 

遠方に敵艦隊視認

 

アオボノ「戦闘開始」

 

主砲を空に向けて何度か放つ

 

アオボノ「駆逐2軽巡1重巡1軽空母2…戦艦はいないのか…居ても変わらないか…」

 

砲撃に気づいた空母がこちらに艦載機を出す

 

アオボノ「包囲は南西、風はなし…反航戦」

 

ドラム缶を手繰り寄せる

 

アオボノ「距離8キロメートル、速度は25ノット…駆逐は落とせるか」

 

主砲を構え、2発放つ

 

アオボノ「着弾、駆逐級2撃沈、前方から魚雷…止まれば当たらないか」

 

どんどん敵との距離が縮まる

艦載機が迫る

 

アオボノ「敵艦載機全滅…予備がないと楽なんですけど」

 

全機撃墜

 

アオボノ「さて…此処からはこれの方が相応しいか」

 

綾波型の艤装を脱ぎ捨て島風型の艤装を取り付ける

 

アオボノ「死ね…!」

 

魚雷をとにかく放ち、連装砲ちゃんを展開する

 

アオボノ「重巡、軽巡被雷、大破炎上…機械か燃料でも中に入ってるのかもしれませんね」

 

燃えた敵を連装砲ちゃんが撃ち抜く、火の塊が2つ爆散する

 

アオボノ「…まだ艦載機を出さないって事は、死ぬのを待つのみか…さようなら」

 

軽空母を蜂の巣にする、最初に放った砲弾が見事に軽空母の頭を割ってみせた

 

アオボノ「戦闘終了…6隻ならこんなもの、か…どうですか、私の価値は」

 

数見『…素晴らしい、良いだろう、気に入った…その海域の羅針盤反応が消滅するまで敵を殲滅して来れば…話は呑もう』

 

アオボノ「チ…此処まで来るのに半日近くかかったんですけどね、その上まだ数時間戦うのか…怠いですね」

 

数見『君の性能の限界を見たいのだ』

 

アオボノ(性能か…本当にモノ扱いだな…その方が都合がいいと言えば良いのかもしれないが…)

 

北東にある島が目に入る

 

アオボノ(あれは与那国島か…キタカミさんが出て来たら面倒だけど、どうなるだろうか)

 

羅針盤は東を指した

 

アオボノ「さて、次を殺すか」

 

連装砲ちゃんをドラム缶に入れ、ドラム缶を引っ張りながら進む

 

アオボノ「…おや、派手に暴れましたからね…見つかってるか、当然」

 

敵機が隊列をなして向かってくる  

 

アオボノ「かなり距離が空いているせいで撃ち落としても…巻き込み辛いな…いや、いいか…全部撃ち落とせばいい」

 

ドラム缶から別の艤装を引き摺り出す

 

アオボノ「…これも自立タイプか…長10センチ砲」

 

長10センチ砲ちゃんをおろして機銃を取り出す

 

アオボノ「秋月型…か、どんなものか」

 

撃ち抜かれた敵機が火の玉になり落ちる

 

アオボノ「…やや右、か…?」

 

修正をしながら撃ち続ける

長10センチ砲も正確に撃墜する

 

アオボノ「…このレベルなら、任せても良いか、次、陽炎型…」

 

艤装を取っ替え引っ替えにしながら敵に近寄る

 

アオボノ「次…と、これで終わり…?暁型か…アームパーツの盾くらいしか特徴はないけど、バランスはいいかもしれない…でも重巡級の砲を防げるかどうか…受け流す形になるかな」

 

風切り音が聞こえる

 

アオボノ(砲撃…前方、戦艦級のレンジか…そして艦載機もしくはレーダーによる視認外からの攻撃)

 

そんなモノが人間大の的に易々と当たるわけがない、至近弾にすらならない

 

アオボノ(普通は当たるわけが無い、お互いに…普通ならば)

 

魚雷を走らせる

 

アオボノ「さて、砲撃の方向からの予測でしかありませんが…と?」

 

手元の羅針盤が狂ったように回り出す

 

アオボノ(…回る?回るって…この羅針盤は敵を探すモノ、つまり囲まれてる?)

 

周りに敵の気配はないのに…

 

前方に向き直り、まずは前方の敵を叩き潰すために速力を上げる 

 

アオボノ「…戦艦1、空母2、重巡1、駆逐2…艦載機の動き、戦艦の砲撃から見て最大戦力か…潰しますか」

 

魚雷が大きな水柱を立て、空母2隻を巻き込む

 

アオボノ「おや、今日の私はどうやら幸運までもが味方しているようですね、4対1ですか…」

 

綾波型の艤装を装着する

 

アオボノ「3分ですね、カップラーメンを持ってきてたらちょうどよかったかもしれません」

 

ドラム缶を引いている紐を外し、全速で近寄る

 

アオボノ「まず戦艦級」

 

戦艦級からの砲撃をすり抜けるように近寄り、盾の様な艤装を思いっきり蹴る

が、びくともしない

 

ル級「…!」

 

アオボノ「へぇ、ガッツありますね…いや、当然か、私が買ったところで痛くも痒くもないんでしょうけど、そのまま動かないでくださいね」

 

戦艦級の艤装の裏側から水柱が上がる

 

ル級「ギャァァァァ!!」

 

アオボノ「私まで巻き込まれたくないですからね…あ、腕取れたな」

 

水柱の水圧に戦艦級がグチャグチャに刻まれる

 

アオボノ「残り3…」

 

主砲を向けて1発

 

アオボノ「後2…」

 

残された駆逐級なんて相手になるはずも無く、一瞬で仕留めて見せた

 

アオボノ「…麺固め、ですね…カップ麺は少し伸びたくらいが好きなんですけど…さて、羅針盤の反応は…後方か」

 

前方の敵を排除したことで羅針盤は後方にだけ反応を示した、しかしそちらを向いても敵の姿は一切ない

 

アオボノ「あー、聞こえますか、この通り敵は始末しました、反応も羅針盤が故障したのか来た方向からしかありません」

 

数見『故障だろう、帰還して構わない、充分な働きをせてもらったよ、まさか一度たりとも被弾せず敵を全滅させるとは』

 

アオボノ「了解」

 

数見『それと君は短剣を使うのではなかったのかね?そういう報告書が出ているが』

 

アオボノ(誰から…?私が使ったのは短剣じゃなくて双剣だし、一体どこからそんな報告がいったのか)

 

アオボノ「いいえ、それは間違いですね、それで…は…」

 

数見『…なんだ、どうかしたか』

 

アオボノ(…居る、何かが…だけど何?誰が居る?…!)

 

アオボノ「記録終了」

 

記録機の電源を切る

 

アオボノ「…どうも?キタカミさん」

 

キタカミ「よっ…曙…空いたかったよ」

 

首に継ぎ目の様な跡…そしてそれを境に首から下は真っ白な肌

 

アオボノ「趣味の悪いイメチェンですね」

 

キタカミ「…したくなんて、なかったよ…でも、こうさせたのは曙だ」

 

アオボノ「…なるほど、私にも責任の一端がある…良いでしょう、その責任を取れ、と?」

 

キタカミ「それは…そうだねぇ…でも、あたしは責任だなんて事、口にするつもりはないよ、これは救済なんだ、そういえば翔鶴も生きててさぁ…死んでも死んでも生き返れて…」

 

アオボノ(…急に目が変な方向を向いて、おかしくなったみたいな…)

 

キタカミ「この戦争ってさ、そっちに勝ち目はないんだよ、だってこっちは死なないんだから」

 

アオボノ「やっぱり…死体も再生するのか」

 

キタカミ「そ、そーゆー事…だからこっちに来る事は救済なんだ」

 

アオボノ「提督を裏切って良かったんですか?」

 

キタカミ「…提督は私の考えに賛成してくれるよ」

 

アオボノ「どこにそんな保証があるのやら」

 

キタカミ「…うるっさいなぁ…!ここで沈めてあげようか?」

 

アオボノ「あなたがどちらにつこうと興味はありません、敵対するなら倒すまでですから…どのみち戦うなら、今でも構いませんよ」

 

キタカミ「んや、けしかけたけど…今はやめとくよ、ほら、今日は天気が悪いからさぁ」

 

アオボノ(快晴なんだけどな…)

 

キタカミ「次会ったら、殺すから」

 

アオボノ(逃す…フリして背中からとかもありえるな、背中は見せたくないか)

 

アオボノ「それでは、さようなら」

 

キタカミ「…またねぇ」

 

アオボノ(…嫌な気分だ、けど…なんだろう、なんであんなにおかしく…頭の部分だけ深海棲艦になってないのか?わからないことが多すぎる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地近海

駆逐艦 荒潮

 

荒潮「…無事に着いた…」

 

もう目の前だと言うのに追われるように泊地へと速度を上げる

 

荒潮「……みんな居るのよね…?」

 

目の前を青い炎が走る

 

荒潮「…あれ?私、もしかして前の世界に取り残されたのかしら〜…」

 

爆発音の後に爆風に吹き飛ばされそうになる

 

荒潮「…あれ、島風ちゃんと…曙さん?さっき別れたからもう一人の方かしら…」

 

島風「速い!速ーい!」

 

曙「待て!あーもう…追いつかない…!」

 

荒潮「…す、すごい光景…」

 

島風「…ん?あれっ?」

 

荒潮「あら〜…あ、あのー」

 

曙「…ああ、アンタ荒潮?」

 

荒潮「えっと…はい」

 

曙「そんなに固くならないでよ…え、何?泊地に入る?こんなとこで立ち話もなんだし」

 

島風「行こ、いまなら朝潮ちゃんも居るし」

 

荒潮「…やっぱり姉さんたちはここに居たのね〜」

 

曙「ま、安心しなさい…みんな元気だから」

 

荒潮「…よかった」



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ロスト

宿毛湾泊地 工廠

工作艦 明石

 

明石「…くぁ…あ…眠…」

 

二徹明けの身体はとにかく空腹と眠気を訴えていた

 

明石「よし…ナノマシンの生成も完了したし…完璧…あれ?」

 

気づく事は通常の状況ならなかったはずだった

 

明石「…待って、そう、おかしい…」

 

図面、ナノマシン、全てを見直す

 

明石「…これ、修復液だけに使われてるわけじゃないんだ、そうか…艤装全部にナノマシンを…」

 

それに気づかずにナノマシンを艤装に組み込んでいた、実際曙ちゃんに渡した艤装には特に大量のナノマシンが搭載されている

でも、何故これに今まで気づかなかった?何が今引っかかっている?

 

明石「…わからない…なんで?何が…」

 

脳が正常な機能を取り戻し始めるとその疑問より空腹と眠気が頭を侵食し始めた

 

明石「…ご飯、お茶漬けとかあるかな…いや、冷麦とか食べたい…」

 

 

 

 

 

食堂

 

明石「間宮さーん、冷麦ありますか」

 

間宮「冷麦ですか…まだ夏前ですから入荷してなくて…ざる蕎麦かざるうどんなら…」

 

明石「…細い方がいいんだけど、そばは…うどんで」

 

間宮「ちょっとお待ちくださいね」

 

席について冷たいモノを待つ間水を口に含む

胃に入った水は嫌に染みて頭が少しハッキリとした

 

明石(…おかしくない?ナノマシンってまず何、何がどう動作してるの?調べなきゃ…いや、待って、調べるまでもないよね、全部わかってるんだ…じゃあこの前の艤装を…)

 

明石「そうだ!」

 

頭の中に浮かんだアイデアに自分で驚き机を叩いて立ち上がる

 

明石「やった!できる!できるんだ…!」

 

間宮「お、お待たせしました…あの、机は叩かないでくださると…」

 

明石「あ、ごめんなさい…」

 

冷たいうどんをさっさと食べきって工廠に向かう

 

明石「……あれ?なんだっけ…何か調べないといけなかったのに…まぁいいや、このアイデアは革新的だし!」

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 荒潮

 

朝潮「おかえり、荒潮」

 

荒潮「…うん、みんなも無事みたいで良かった…」

 

朝潮「全員無事よ、安心して」

 

荒潮「…司令官は?すぐに伝えないといけないことがあるの」

 

朝潮「今は中央に呼び出されて出てるわ、どうかしたの…?」

 

荒潮「…いつ帰ってくるかわかる?」

 

朝潮「さあ…」

 

荒潮「…わかった、仕方ないわね〜…とりあえず…どうしましょ…あ、佐世保」

 

朝潮「佐世保?」

 

 

 

 

 

 

 

研究所

駆逐艦 綾波

 

綾波「…な、なんっ…何ですか、あな、貴方達…!」

 

軍服に身を包んだ兵士たちがいきなり入り込んできた、しかも完全武装状態で…

 

数見「我々は…特務部だ、この意味がわかるかな」

 

綾波「と、特務部…?」

 

綾波(…書類の偽造がバレた…?)

 

数見「キミの研究には興味がある、データを正確に全て回してもらおうか」

 

綾波「…!」

 

綾波(そんなことしたらイムヤさんや曙さんのデータまで…まだほとんど解析が終わってない物もあるのに…)

 

数見「勿論、拒否権はない…この施設自体承認した覚えも無いしな」

 

中央のモニターが轟音を立て、砂嵐の画面が表示される

 

ヘルバ『何故、私の研究所にあなたの許可がいるのかしら?』

 

数見「…これは、掃き溜めの女王」

 

ヘルバ『酷い言われようね、ここは私の研究所、そしてここの情報は全て私のものよ』

 

数見「まさかヘルバが絡んでいるとは思わなかったが…かと言って退くと思うか?今は戦時下だ、我々の行動全てを正当化する事は容易い」

 

ヘルバ『なら、私が貴方達にとって都合の悪い事実を明るみにする事も容易いわ』

 

数見「ほう…それがどうした」

 

ヘルバ『貴方達はただ人体実験に適した場所が欲しいだけでしょう?』

 

綾波(人体実験…!?)

 

数見「場所を提供してくれるのなら…ここは退いてもいい」

 

ヘルバ『場所ね、なら土地くらいはあげるわ、誰も寄り付かない様な場所を…機材と人材は自分で揃えなさい』

 

数見「この辺りが妥協点か、今日のところはこれで失礼する」

 

綾波「…な、何だったんですか…」

 

ヘルバ『何だったかと言えば…威力偵察かしらね、この施設をどうやってかぎつけたかは後から調べるとして…向こうの目的はわかるかしら?』

 

綾波(目的…情報が少なすぎるけど…)

 

綾波「ひ、引き抜き…」

 

ヘルバ『そうね、場所なんていくらでも用意できるはず、となれば欲しいのは技術者と既にあるデータ…貴方、目をつけられたわね』

 

綾波「……」

 

ヘルバ『今更だけど、あの男…数見が特務部の部長である事については裏が取れた、他にも面白い話があるわ』

 

綾波「…面白い、話…?」

 

モニターの画像が切り替わる

 

綾波「曙…さん…?」

 

ヘルバ『何故この子は数見と関わっているのかしらね?』

 

綾波(…曙さんが泊地を去った理由は何かを仕込まれたから、あの男はそれを除去できるとでも…いや、待って、私にもそれを使うというのなら)

 

急いで自分の血液や皮膚片、必要なモノを揃える

 

綾波「…え?正常…まだ仕込まれてない?それとも時間の問題…いや、私は何か勘違いしてるんじゃ…!」

 

ヘルバ『何か気になるの?』

 

綾波「あ…えと…その……お、お願いします!力を貸してください…」

 

ヘルバ『内容によるわ、何が欲しいのかしら?お嬢ちゃん』

 

綾波「…な、名前です、貴方の名前と力を借りたいんです…あ、貴方の名前を使いサンプルを集めたいんです…」

 

ヘルバ『サンプル、どんなサンプルで、何のために』

 

綾波「に、人間の…データ…こ、これを見てください」

 

自分のデータ、曙のデータ、そして深海棲艦の腕のデータ

 

ヘルバ『…貴方のもの以外は共通してる欄が有るのね』

 

綾波「た、たしかに…曙さんは海帰りです、深海棲艦のデータと同じで不思議ではありません…で、でも今艦娘になってるのに…こんなに同じなんです…で、でも…人にしか見えない…な、何かおかしいんです!」

 

ヘルバ『何か、ね…まあ良いわ、データは用意してあげる』

 

綾波「ありがとうございます…!」

 

ヘルバ『私も気になる点があるの、いくつか確認して良いかしら?』

 

綾波「な、なんでしょう」

 

ヘルバ『貴方の艤装、自分で作ったのかしら』

 

綾波「はい…?ほ、砲が撃てないので…き、機関と水上歩行用の艤装を作りました…」

 

ヘルバ『そう、ありがとう』

 

 

 

 

 

 

 

 

大湊警備府 営倉

駆逐艦 不知火

 

不知火「…はぁ…本当に悪い方向に行くとは…」

 

暁「不知火さん、一応…ご飯持ってきたけど」

 

不知火「要りません」

 

視界に入れる必要もない、きっと暁さんが抱えてるプレートには粥のような流動食…いや、それよりも酷い何かしかない、初日で経験済みだ

 

不知火「…響さんは?」

 

暁「…1人で出撃させられたわ」

 

不知火「1人で…?正気かあの男…!」

 

暁「…駆逐艦一隻で南西諸島までの敵を撃滅した部隊があるらしいの」

 

不知火「だからそれを真似て…か…優秀すぎて私たちにこんな…チッ……」

 

暁「…響、帰ってくるかな…」

 

不知火「この扉を開けられますか、私達なら必ず連れて帰ってこれます」

 

暁「そうしたいけど…無理なの、鍵がないし…私が出撃したら次は雷、失敗しても他の子に行かせるって…」

 

不知火「…最悪ですね、どうすれば…いや、どうしようもないのか…」

 

暁「……ごめんなさい、また後で来るわ」

 

不知火「ええ…お待ちしています」

 

足音が一つ、遠ざかっていく

 

不知火(時間が無いのに、こんな事に無駄な時間を使い、更には…最悪としか言いようがない…ん?)

 

足音が2つ近寄ってくる、暁のものと思われる小さな足音は走っているようだった、つまりもう一つの足音の主は歩幅の大きな大人

 

不知火(様子を見に来たか…扉が空いたのなら飛びかかって抜け出せる…しかも、2人で1人は暁さん…いける)

 

ドアの裏に隠れ、覗き窓から映らないようにする

 

重い金属音とともに鍵が開く

 

不知火(確認すらせず扉を開けたか…なら話は早い)

 

扉が開いたと同時に人影に向かってタックルをする

 

暁「きゃっ!?し、不知火さん待って!」

 

不知火「沈め」

 

躊躇なく殴りかかる

 

渡会「待て不知火!」

 

声に反応して身体が固まる、自分が馬乗りになっている相手を確認する

 

不知火「…司令…?な、何でここに…」

 

暁「不知火さんを引き取りに来たらしいの…」

 

不知火「…どういう事ですか?」

 

渡会「宿毛湾の荒潮という艦娘にお前がここにいると聞いた、だから問い合わせたんだが…どうにもお前が上官を殴り、営倉に入れられていると言われてな、手に余るとの事だったから佐世保で引き取ると…」

 

不知火「成る程、ですが不知火は…」

 

渡会「お前が考えなしに人を殴るような奴ではないと言うことくらい、わかってるつもりだ」

 

不知火「……でしたら司令、一つお願いがあります、急いで出撃しなくてはならないのです」

 

渡会「詳しく聞くつもりはない、早く行け」

 

不知火「感謝します、暁さん、急ぎますよ」

 

暁「う、うん!ありがとう!」

 

廊下を走り、艤装の保管場所に行き艤装を装着する

 

暁「響の出撃内容は近海哨戒って事になってたけど…多分違う、きっと深部まで行かされたはずだわ!」

 

不知火「でしょうね、近海の哨戒を1人で行った…程度では大した戦果にはなりません、行きましょう」

 

海に飛び出す

 

不知火「速度を合わせていきましょう、決して離れないで」

 

暁「もう合わせてるわ!最高速度はこっちの方が早いもの」

 

不知火「…そうでしたっけ、まあいいです…前方に人影2つ!」

 

暁「2つ…敵?…待って、あれ雷と響よ!」

 

不知火「考えは同じでしたか、見つかって良かった」

 

暁「2人とも!助けに来たわ、もう大丈夫よ!」

 

響「暁…!?だ、ダメだ、逃げて…」

 

不知火(…肌がピリつく…何か不味い、何処かにいる…!)

 

響が砲撃を受け吹き飛ぶ

 

響「ぁが…っ…く…!」

 

暁「響!ど、どこから…!?」

 

不知火「…今の砲撃、そうですか…やはり敵なのですね」

 

主砲を構え、速力を落とす

 

不知火「警戒!位置は既にバレています、自分の身を守ることを最優先にしてください…さもないと全滅です」

 

暁「…どういうこと」

 

不知火「敵は、キタカミさんです」

 

暁「そんな…!」

 

砲撃が飛んでくる

 

不知火「そこか…!」

 

飛んできた砲弾を撃ち落とし、位置を推測して放つ

 

不知火「私が攻撃を続けます!暁さんは急いで回収を!」

 

暁「わかった!」

 

正確に自分めがけて飛んでくる砲撃を全て撃ち落とす

なんとか此方に注意をひいていられるうちはまだ安全だ

 

暁「…い、雷が居ない!」

 

不知火「何ですって…?さっきは居たはず…!」

 

響「い…雷は…私を庇って撃たれて…ぅ…」

 

暁「そんな…沈んだ、って…事?」

 

響「動けないところを…何かに…うわっ!?うわぁぁぁっ!」

 

不知火「何が…!ソレか!」

 

響の体に白い手が海から伸び、水中に引き摺り込もうとしている

 

暁「させない!」

 

暁の砲撃で白い腕が吹き飛び赤い液体が海に流れ込む

 

不知火「……暁さん、響さんを連れて退きましょう!」

 

暁「…わかってる」

 

響「待ってくれ…きっと雷は…」

 

不知火「黙っててください…うっ…!」

 

上から来る砲弾だけを撃ち落としていて気づかなかった…低い弾道の砲弾が腹部にめり込み炸裂する

 

不知火「かはっ…!…がぁ…!な、何でこの角度…跳弾か…っぐ…」

 

患部を握り締めながら立ち上がる

 

暁「不知火さん!悪いけど先に退くわ…!」

 

不知火「ええ、そうしてください…じゃないと私も生きて戻れない…」

 

逃げる、ただ逃げ続けるしかない

傷口から血が流れている、思ったより傷が小さいのは救いだった

 

不知火(…この速度で移動し続ければ不知火の位置は掴めないはず…)

 

前方から強い風が吹き付ける、傷口が嫌に冷たく感じる

 

不知火「寒い……いや、不味い!」

 

砲撃が飛んでくる

 

不知火「突風で速力も落ちてしまったし…方角もバレた…絶望的か」

 

せめて立ち向かってみるか?いや、何ができるというのだろう…大人しく逃げ続けるしかないか

 

不知火「……?追撃が止んだ?」

 

これ以降砲撃が来ることはなく、警備府まで辿り着くことができた

 

不知火(…おかしい、何故攻撃が止んだ?不知火を捉えられていないと誤認した…訳がない、何だ、何が理由だ)

 

考えても結論は出なかったが、とにかく帰還はできた、それを喜ぶ他なかった

 

暁「…不知火さん、ありがとうね」

 

不知火「いえ…お役に立てず申し訳ありません」

 

暁「大丈夫、仕方なかったの…」

 

不知火「この無謀な出撃については?」

 

暁「…それが、特に咎められないかもしれないの」

 

不知火「…人が死んでるんですよ?そんな事が…」

 

渡会「不知火、理由については今調べている、今は…」

 

不知火「……司令、不知火は残ります」

 

渡会「そうか、お前ならそう言うかとは思ったが…」

 

不知火「1人でも多く、守って見せます」

 

渡会「わかった、俺は戻る…陽炎達もお前のことを気にしていた、連絡してやってくれ」

 

不知火「勿論です、すいません」

 

渡会「謝る事じゃない…またな」

 

不知火「はい、それでは」

 

 

 

 

 

 

 

 

海上 

キタカミ

 

キタカミ「…何で邪魔してきたのかなぁ…」

 

ヲ級「……」

 

キタカミ「翔鶴、これは救済なんだよ?」

 

ヲ級「違ウ…キタカミサン…」

 

キタカミ「邪魔しないでよ、戦艦棲姫がうるさいだけだよ?」

 

ヲ級「…キタカミサン、ヤメテクダサイ、モウコンナ暗クテ冷タイ海ニ誰モ呼バナイデ」

 

キタカミ「…翔鶴、なんで翔鶴がそんなこと言うのさ…私は翔鶴たちの為に…」

 

ヲ級「私ヲ言イ訳にシナイデ下サイ…!私ハコンナノ…!」

 

キタカミ「…じゃ、死ねば?」

 

キタカミ(…あれ、何でこんなこと言ったんだろ)

 

ヲ級「…死ニタイデスヨ…死ネルナラ」

 

キタカミ「…いや、ごめん、今のは違くて…あれ…はは」

 

ヲ級「…サヨウナラ」

 

キタカミ「…なんだろ、これ…ねぇ、何なの?誰か教えてよ…」



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間一髪

東京 喫茶店

提督 倉持海斗

 

青葉「司令官…本当に大丈夫ですか?」

 

海斗「うん、問題ないよ」

 

コーヒーを啜る、味がしない…というか、何もかもを拒否しているようだった、味すらも感じたくない、考えたくない

一切を放棄するように…疲労と、尚も頭を回転させようとする意思が脳内で喧嘩をするように頭痛が続いていた

 

青葉「…司令官、その…体調不良とかも?」

 

海斗「大丈夫だけど…」

 

まるで見透かされてるみたいな質問、自分の感情、考え、全てが見抜かれているかのような不安が頭を支配する

ストレスからだろうか、吐き気がする、胃に流し込んだものが食道に上がってくるような嫌な感じが続いている

 

青葉「…司令官、やっぱり顔色が悪いです…」

 

海斗「そうかな…」

 

青葉「原因は…さっきの話ですか?」

 

海斗「……曙、か…」

 

僕達宿毛湾の艦隊が手こずっていた南西諸島海域にたった一隻の駆逐艦が出撃、出会った敵を撃滅した…

当然駆逐艦一隻でそんな戦果は通常あり得ないが…本部の人間から見れば無能な僕の責任だと言う事だ

 

青葉「…なんで特務部なんかに行ったんでしょう」

 

海斗「わからない…曙にも考えがあるはずだけど…や

 

青葉「…南西諸島の解放…できますかね…」

 

海斗「……できるさ、みんな一生懸命訓練を積んでくれてる、きっと大丈夫」

 

青葉「…そうですね、そういえば大井さんが合流してくれるそうです、きっと戦力になってくれると…」

 

海斗「きいてるけど…記憶はあるのかな?」

 

青葉「はい、あるそうです」

 

海斗「……それ、北上と会っても大丈夫なのかなぁ…」

 

青葉「あ…た、多分大丈夫だと思いますよ…きっと…」

 

海斗「とりあえず、早く戻ってみんなに伝えないとね」

 

青葉「…一ヶ月のうちに南西諸島海域の完全制覇…ですか…」

 

海斗「佐世保との協力も認めてもらえてるし…大丈夫、やれるよ」

 

青葉「はい、私たちにお任せください」

 

青葉(…前を向いてくれているうちは大丈夫なはず…私たちも頑張らなきゃ)

 

海斗「あれ、着信だ…はい」

 

拓海『海斗、こっちに来ていると聞いてな、少し来られるか』

 

海斗「いいけど…どうしたの?」

 

拓海『新しく配属される艦娘が複数いる、作戦の事もあるだろう、先に顔を合わせて置く方が良いのではないか、と思ってな』

 

海斗「わかった、すぐ行くよ」

 

電話を切る

 

海斗「青葉、横須賀に行く事になったけど…大丈夫?」

 

青葉「はい、泊地には連絡しておきますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

2日後

 

宿毛湾泊地 演習場

駆逐艦 島風

 

島風「へー…これなら大丈夫なの?」

 

明石「9割大丈夫だと思います、艤装の誤動作も今の所なし、新しいプログラムも組み込んだし…これで時速200キロの世界に!」

 

島風「200キロ…もいらないと思うけど」

 

明石「……ところで、何でジャージなんですか」

 

島風「えっ…アレで外に出ると思ってたんですか…?」

 

明石「他所に配属された島風さんはそうらしいですけど…」

 

島風「それってただの露出狂だと思うんですけど…?」

 

明石「ま、まあいいや、早速試しちゃいましょうか!」

 

島風「はぁい…よし、連装砲ちゃん、行くよ…!」

 

速度を上げる

 

島風「40ノット到達…!」

 

息を吸い込む度に肺が凍りつきそうになる

 

島風「スイッチ入れます!」

 

艤装を作動させた瞬間身体が重くなり、歩行用の艤装に引っ張られるような崩れた態勢になる

 

島風(転んだら最悪死ぬ…!)

 

島風「連装砲ちゃん!」

 

曳航用のワイヤーを絡め、無理矢理引き起こす

視界が狭く、真っ直ぐ進むだけでも不安が心を支配する

 

島風(あと20秒…!このスピードを私のものにするんだ…)

 

島風「私が…1番早いんだから…!」

 

双剣を構え、魚雷発射管を動作させる

 

島風「…もっと早く!」

 

艤装から機械音がなる、最速に到達した合図

 

島風「……見える、全部!」

 

周囲に火花が散る

 

島風「5…4…3…2…1…0!」

 

急にスピードが落ちたせいで身体が空中に放り出される

 

島風「わっ!?」

 

水面を転がるものの、怪我はない

 

島風「…大丈夫、あの速さは私のもの…でも、艤装…改良してもらわないと死んじゃうな…」

 

 

 

 

研究所

駆逐艦 綾波

 

綾波「…これとこれが一致して…あれ?このデータは誰の…」

 

ヘルバ『名前のタグがあるわ』

 

綾波「天津風…す、すごい事がわかるかもしれませんね…」

 

ヘルバ『ええ、その子は丸々全てが深海棲艦と言っても良いほどね』

 

綾波「…ぎゃ、逆かもしれません、こ、この…この人が艦娘システム…いえ、かっ艦娘そのものなのかもしれない…」

 

ヘルバ『それにしても…面白い結果ね、その天津風という子と貴方達のデータ』

 

綾波「…わ、私が0%…あ、青葉さんが29%、ほか、他の綾波型が35%…曙さんが72%、あの腕が98%…」

 

綾波(この割合でデータが一致する…艦娘システムを使い続けたら深海棲艦になる…と言う事?それから何が影響してるのかもわかった、艤装のせいだ…私だけ0なのは支給された艤装を使った事がないから、だけど何がどう作用してるのか…)

 

ヘルバ『貴方には話しても良さそうね、AIDAはわかるかしら』

 

綾波「AIDA…?な、名前だけなら…」

 

ヘルバ『Aritificially Intelligent Data Anomaly、不自然、異常な知的データ…これがThe・Worldというネットゲームで生まれ、そして大変な事件を起こした…第三次ネットワーククライシスは知っているでしょう?』

 

綾波「ね、ネットワーククライシスって、あの…!?」

 

綾波(ネットそのものが初期化されたせいで様々な方面が致命打を受けて…被害総額も確か…計算できないほどの額、そして人命も信じられないほどの数が失われた…って言われてるあの事件…)

 

ヘルバ『あの事件はAIDAを駆除する為に起きた物…と言ったら信じられる?』

 

綾波「あ、AIDAって…ただのデータ…こ、コンピュータウイルスですよね…?そ、そんな物のために…!?」

 

ヘルバ『ただのコンピューターウイルスならそうかもしれない…でもAIDAは違う、見なさい、これはAIDA感染者との会話ログや動向などのレポート』

 

綾波(…何これ、感染者って呼ばれてる人達は…一体何が……)

 

支離滅裂、攻撃的な言動、まるで何かに怯えるような、怒ってるような…

そして破壊による快楽

 

ヘルバ『AIDAは麻薬』

 

綾波「…まや、く……そう、そうだ、これを………違うッ!ダメ!」

 

一瞬脳裏によぎった、これは利用できる、と…

これを使えば…どうなるか、とても容易に想像できてしまった…

 

ヘルバ『……』

 

綾波(ダメ、それだけはダメ…絶対に許される事じゃないのに…この麻薬を使えば人を操る事も、それどころか……あ、そうか…そう言うことだったんだ…)

 

綾波「…洗脳……艦娘システムは…AIDAで…操作されている…?」

 

ヘルバ『そう考えられる、と私は思った…どう?』

 

綾波「ど、どうって…」

 

嫌な汗が全身から噴き出す

すぐ隣にいるような人が麻薬で操られた兵士…?

 

綾波「…そ、そうだ!ネットワーククライシスでAIDAは全部…!」

 

ヘルバ『それはネットに接続されていた物だけよ、例えばネットからAIDAを取り出し、何かに保存していたとしたら?』

 

綾波「そ、そんな…そんなのって…!」

 

ネットワーククライシスが起きた意味もなければ…それが必要な惨劇が再び起きる…?

 

ヘルバ『つい最近…ネットゲームThe・WorldでAIDAが確認された…』

 

綾波「……本当に、AIDAが…艦娘システムに?」

 

ヘルバ『そう考えるのが自然だと思うけれど』

 

綾波「…ご、ごめんなさい、失礼します!」

 

研究所を飛び出す

 

 

 

 

 

数見「やあ、キミに逢いたかった」

 

綾波「…貴方は…!」

 

綾波(確か特務部の…)

 

数見「我々に手を貸してもらいたい」

 

綾波「お、お断りします!」

 

数見「ふむ、理由を聞かせてもらいたい」

 

綾波「わ、私は…私は身体的および精神的に欠陥があり、じ、自分のスペースでしか働くつもりはありません!」

 

自分でももはや何を言ってるのかは判らないが、とにかく断る事に必死だった

 

数見「ふむ…断られた以上は仕方ないか…と、そういえばキミには妹がいたか…ああ、あの問題になった敷波」

 

綾波「…!」

 

数見「もしキミが私とともに来ないのなら…」

 

そこまで言いかけたところで砲撃の音が聞こえ、男のすぐそばの地面が吹き飛ぶ

 

数見「…おや、これはこれは…」

 

海斗「ウチの艦娘に何か用ですか、特務部の数見さん」

 

綾波(司令官と青葉さん…ま、まだ帰ってなかったんですね…)

 

数見「随分と手荒な挨拶だ、会話の邪魔をするために危うく人を殺しかけるとは…これは軽い処分では済まないが?」

 

アオボノ「撃ったのは、私ですよ、直属の上司さん」

 

綾波「曙さん…?!」

 

アオボノ「どうも、横須賀で直属の上司よりもぉっとお偉い方に護衛を頼まれまして…ほら、これ命令書です…今の砲撃はあくまで私の独断で行なった物だと言う事もしっかりわかっておいてくださいね?」

 

数見「……成る程?それで」

 

海斗「何か話があるようでしたら、泊地の方でどうでしょうか…綾波に何の用があるのか、こちらとしても気になりますから」

 

青葉「それから、敷波さんをどうするつもりなのかも…!」

 

アオボノ「どうしますか、直属の上司さん」

 

数見「……そうですか、今日のところはこれで」

 

数見は踵を返して去っていった

 

綾波「…はは…あはは…」

 

ついへたりこんでしまう

 

青葉「…立てますか?」

 

綾波「ご、ごめんなさい…こ、腰が抜けちゃって…」

 

綾波(私の研究は…敷波を巻き込むかもしれない…いや、もっとたくさんの人を巻き込むほどの価値を…)

 

海斗「立てないなら仕方ないか、青葉、待たせてる子を先に案内してくれる?僕は綾波をおぶって行くから」

 

綾波「え、あ、あの…大丈夫ですから…」

 

海斗「無理しないで、ほら」

 

アオボノ「大人しく背負われてください、提督、私も一足先に泊地に」

 

海斗「うん、先に行ってて」

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

海斗「敷波を人質に…か」

 

綾波「…はい」

 

綾波(…敷ちゃんはどうすれば良いのか…たとえ艦娘を辞めても利用価値があれば狙われる…いっその事私が死ぬ他ない…)

 

綾波「あ、あれ…そういえば司令官って…まだ帰ってなかったんですね」

 

海斗「うん、横須賀で次の作戦に使う装備とかの打ち合わせをしてたら2日もかかっちゃって…でも泊地には連絡したと思うけど?」

 

綾波「わ、私は研究所に居ましたので…」

 

海斗「そっか、頑張ってくれてありがとう、でも無理はしないでね」

 

綾波「…そんな事…」

 

綾波(本当に、幸運だった…司令官の帰りが1日どころか30分ずれていたら?曙さんが同行していなかったら?私は…敷ちゃんの事を持ち出されるととことん弱すぎる…)

 

海斗「…綾波、敷波には絶対手を出させないから」

 

綾波「……はい…」

 

綾波(私は、ただ足を引っ張ることしかしていない…)



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すれ違い

宿毛湾泊地

軽巡洋艦 大井

 

大井(まさかまた軽巡からやり直しとは思わなかった…と言うか、これは重雷装にできるのかしら、そもそも慣らしが必要だし…工廠で作ってもらえるように頼むべきね)

 

曙「よっ」

 

大井「あら、何日ぶりかしら」

 

曙「10日くらい?まあ何でも良いわ、ようやく来たわね」

 

大井「ええ、ようやく戦うのね…でも、いいわ、球磨型の四番艦として絶対に全員連れ戻す…!」

 

曙「頼りにしてるわ、でも軽巡装備か」

 

大井「丁度今から工廠に装備を変えてもらいに行こうと思って…一緒に来る?」

 

曙「…そうね、ついてくわ、コレも整備したいし」

 

よく見れば曙の制服にはベルトと双剣が刺さっていた

 

大井「双剣…って、ここは前と違うのよ?」

 

曙「……と思うじゃない?」

 

ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべる辺り、使いこなせてるようだ

 

大井「まあ良いわ、あら?」

 

視界の端にキタカミさんが映った気がした

 

大井「…違う、あれは誰?」

 

曙「何言ってんの?」

 

大井「ここに別の北上さんがいるなんて聞いてないわ」

 

曙「ああ、悪いわね、やる気削いだ?」

 

大井「…少し、ね…でも姉さんたちがそんな状況なのに気分を落ち込ませたりなんかしてられない、使える物は棒切れでも、何でも使う…挨拶してくるわ」

 

曙「そ、気になるしついてく」

 

大井「……勝手にして」

 

視界の端に見えた影を追う

 

大井「こんにちは」

 

曙(うわ、キモ…外行き用の顔?)

 

北上「んぁ?……誰?」

 

大井「球磨型の四番艦、大井です、よろしく」

 

握手を求めて手を差し出す

 

北上「…大井…?」

 

北上はこちらを見たまま訝しむ様に私の名前を繰り返し呟き考え込む

 

大井(…あれ?この北上、何処かで…)

 

北上「大井!お前…!そうだ、全部思い出した…!」

 

曙「は?」

 

大井(…そうだ、自主解体した北上…!)

 

北上「お前のせいで…!あの時あたしがどんな目にあったと…!」

 

大井「…自分から解体を選んでおいて、それは無いんじゃないですか?解体したらどうなるかは知りませんが」

 

北上「あの苦しみを味わったのはお前達のせいなのに…お前達が…!」

 

大井「お前達お前達…他の言葉を知らないんですか?自分は悪くない、相手だけ悪い…そんなの通用するほど甘くないんですよ」

 

北上「黙れ!あたしは…クソッ!」

 

北上は当たり散らす様に壁を殴り、去っていった

 

大井「…はー……最悪ね」

 

曙「アンタらどう言う仲?」

 

大井「…呉で一時期球磨型としてね…一緒にやってたけど、私達がそっけないって…楽しくないからって自主解体を選んだんだけど…よっぽど辛かったんじゃない?解体された時」

 

曙「まあ解体って実際はネットの海に投げ捨てられるって事らしいし…何もできず、意思が残ったままフヨフヨ余生を過ごすとしたら相当むごいし、万が一お門違いでも恨みたくもなるんじゃない?」

 

大井「まあ…」

 

曙「だけど、アンタ十分そっけないわよ、今の対応を朧たちにされたらあたしだってしんどいわ」

 

大井「…そうかしら」

 

曙「もし対応は変わってないとか言うなら…本当に見直しなさいよ、今のアンタの口調は明らかに冷たかった、最初のよそ行きスマイルくらいしかまともな対応してないし」

 

大井「…そうね、わかったわ」

 

曙「ま、仲良くなれたら良いわね」

 

大井「同じキタカミさんを求めるつもりもないし、あの北上さんも北上さんとして、個人を受け入れて接するわ」

 

曙「まあ、あの北上問題アリだから根気良くね」

 

大井(アンタがそれを言うか…)

 

 

 

 

北上私室前

 

大井(関係修復には早い方が良い…とは思ったけど、なかなか緊張するわね、やれるだけやるにしても…)

 

ノックをしようにも体が動かない

 

大井(何を怖がってるの私は…ただ今までのこと含めて和解したい、と言うだけ…)

 

戸を叩くものの、反応はない

 

大井「…留守、か…」

 

何処か安心してしまう、このまま先延ばしにして仕舞えばどんなに楽なんだろう

 

大井「あ」

 

コンビニの袋を持った北上が近づいてくる

 

北上「そこあたしの部屋、アンタ邪魔、どいてくれる?」

 

大井「…待って、少しだけ話を…」

 

北上「あーはいはい、確かにあたしも悪かったかもね、二度と関わらないよ」

 

大井「ちが…」

 

北上「…夢見てたのがバカだったんだよ」

 

大井(夢…?)

 

北上は私を押し退けて部屋へと消えていった

 

大井(…訳がわからない、何を言ってるのか…そもそも話を聞く気も無さそうだし…)

 

 

 

 

食堂

 

曙「それで尻尾を巻いて逃げてきた、と…馬鹿なんじゃない?ドアくらい叩き壊しなさいよ」

 

大井「馬鹿言わないで、私にそんな力ある訳ないでしょ?今は人間なんだから…」

 

曙(力があったらやるのか…)

 

大井「そもそも話を聞く気がない以上…無駄なのよ」

 

曙「……アンタ、それでこの話を終わらせるつもり?」

 

大井「…だとしたら?」

 

曙(……)

 

曙「いや、いいわ、アンタの勝手だし」

 

大井「勝手って…」

 

曙「まあ、転んだら誰かが手を差し伸べてくれる…とか思ってるなら大間違い、アンタが北上に利用価値を感じないならそれでいいわ」

 

大井「利用価値って…私はそんな事…」

 

大井(…いや、最初は利用しようとしていたし…何も間違っていない、私は…いや、利用価値を感じないのなら無理に付き合う必要もないんだ…)

 

曙「さて…あたしはあたしで姉妹をぶちのめしに行くかぁ」

 

そう言って曙は席を立っていった

 

大井(どうしよう…私は…)

 

 

 

 

 

 

執務室

提督 倉持海斗

 

海斗「…君の思考も全て、データ化されている…?」

 

アオボノ「そういうことですね、私の身体には大量のナニカ…このナニカを特定できていませんが、これは思考や行動をログに起こす様で…優秀な私は目をつけられた様です」

 

海斗「…だからって泊地を去る必要はないじゃないか」

 

アオボノ「いいえ、必要でした…向こうに行く事で助けられた命もありますしね」

 

海斗「……曙が艦隊に復帰できる様に手は尽くすよ」

 

アオボノ「ありがとうございます、これ以上は私は何もできませんし、聞けません、伝えられません、今は思考の読み取りで済んでいる様ですが…いつの間にか操られるやもしれない」

 

海斗「絶対にそうはさせない…約束するよ」

 

アオボノ「その言葉だけが私を支えてくれます、提督…みんなを守ってください」

 

海斗「わかった」

 

執務室のドアが荒々しく開く  

 

曙「曙ぉ!1発ぶん殴りに来たわよ!演習場まで顔貸しなさい!」

 

アオボノ「お断りよ、もう出るところだし」

 

曙「……なら尚更1発殴らせなさい、このまま出ていくなんて許すと思う?」

 

アオボノ「許してくれないだろうけど…それが何か問題ある?無理矢理押し通るなんて容易い事なんだから」

 

曙「ちょっとクソ提督、どうにかしてよコイツ」

 

海斗「ごめん、僕には止められないかな…」

 

曙「……やっぱそういう事ね、次会う時は海かしら」

 

アオボノ「そういう事ね、願わくば…ま、強くなりなさいよ」

 

曙「アンタもね」

 

朝潮「あの、失礼します」

 

アオボノ「おや、朝潮さん」

 

朝潮「ああ、まだいらっしゃった…よかったです、せめて一言お礼を…と思いまして」

 

アオボノ「そんな、気になさらなくて良かったんですが」

 

朝潮「いえ、そんなわけには…荒潮を救っていただいた事、本当に感謝しています…ありがとうございました」

 

アオボノ「あそこで見捨てたら…私が私じゃなくなりますからね、もう仲間に手出しはさせたくないんです、私も手を出したくないし」

 

朝潮「そうですか…ところで、司令官」

 

海斗「もう来たの?」

 

朝潮「はい、候補生の三崎さんが到着されました」

 

海斗「わかった、応接室に行けばいい?」

 

朝潮「はい、それと新しく着任された方の案内も終了しましたので、後程皆さんに紹介を」

 

曙「何?大井だけじゃないの?」

 

海斗「うん、川内型と金剛が着任してくれる事になった、次期作戦についてもしっかり詰めた話をしなきゃいけないし…忙しくなるよ」

 

曙「そ、川内型もいるとなると…呉と宿毛の合同艦隊みたいなもんになってきたわね」

 

アオボノ(あれ…?金剛さんは知ってるけど…川内型については何の資料も見てないな…)

 

アオボノ「……私は早めに失礼しますね」

 

海斗「またね」

 

曙「ちゃんと鍛えときなさいよ」

 

アオボノ「誰に言ってんのよ、あんたこそ遅れをとる様なら私直々に殺してやるから」

 

曙「ふん」

 

海斗「行っちゃったか…」

 

朝潮「司令官、質問なのですが…」

 

海斗「川内型の事?配属先を選びたいから艦娘としては登録してないらしいよ」

 

曙「え?じゃあアイツら何しに来たのよ」

 

海斗「イメージアップの為の広報が主な仕事らしいけど…」

 

朝潮「…流石元アイドルと言ったところか、迎えに行った時に正門前でファンが屯してましたよ」

 

曙「へー…」

 

海斗「人目が集まるって言うのは…良くも悪くも利用できるかもね、外部からの不審な干渉を抑える事ができるし…だけどこっちの動きも観られる…肩身が狭い思いをするかもしれないけど我慢して欲しい」

 

曙「はいはい、暫くこれも控えとくわ」

 

そう言って双剣を机の上に置く

 

曙「側から見たらオーパーツだしね、あたしもそう思うし」

 

朝潮「そうですね、島風さんの訓練も控える様に言っておきます」

 

海斗「ありがとう、多分すぐに居なくなると思うから…」

 

 

 

 

 

 

私室

駆逐艦 敷波

 

綾波「…敷ちゃん」

 

敷波「何?神妙な顔して…」

 

綾波「あ、あのね…私ね、今のままじゃダメだ…って思うの」

 

敷波「ダメって…?」

 

綾波「敷ちゃんが艤装を装着した訓練を毎日してるのは知ってるし、私も前に進まないといけないな…って…」

 

敷波「そっか、うん!応援するよ!」

 

綾波(…そうだ、やっぱり今のままじゃいけない、こんなに後ろ向きで弱々しい考え方で生きていたら全て失うんだ、だから…今度こそ失いたくなんかないから…)

 

敷波「綾姉ぇ?」

 

綾波「…大丈夫、敷ちゃんは守るから…」

 

敷波(…綾姉ぇ、なんか、おかしい…?)

 

敷波「あ、綾姉ぇ?大丈夫?」

 

綾波「大丈夫…アハハ…大丈夫だから…」

 

敷波(絶対大丈夫じゃない顔してる…綾姉ぇおかしくなってる…?)

 

綾波「そ、そうだ、研究の続きしなきゃ!」

 

敷波「まって!この間もそう言って3日も帰らなかったじゃん!しかもさっき帰ってきたばっかだよ!?」

 

綾波「だ、だって…研究しないと…早くみんなを…」

 

敷波「みんなが何?何かあるの?」

 

綾波(…まだ不確定な部分もあるし、このまま艦娘をしてたら深海棲艦になるかもしれないとは言えない…それに…全部確かめてからじゃないといけない)

 

綾波「…もう少し、もう少しだけまって…」

 

敷波「なんなんだよぉ…それ……」



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似た者同士

宿毛湾泊地

三崎亮

 

亮「暇だな、補佐について仕事…っても、ただ見てるだけじゃな」

 

海斗「まだ初日だし、いきなり任せるわけにもいかないから…勘弁してよ」

 

亮「アンタがやってる内容全部やった事があるから暇なんだよ、ったく…川内達も遊び呆けてやがるし…大井は機嫌悪りぃし…」

 

海斗「みたいだね…北上と衝突したみたい」

 

執務室のドアが蹴り開けられる

 

金剛「Hey!テートク!どうなってるデスか!なんで明石が私をあんなに避けるデース!?何か吹き込みましたカー!?」

 

海斗「明石はあんまり人付き合いが上手くないんだよ、ストレートに言うけど、金剛のペースに合わせるのは今の明石はストレスになると思うな…」

 

金剛「oh…そ、それでも!明石と仲良くしたいデース!」

 

海斗「じゃあ明石のペースに合わせてみようか、時間はかかるけどきっと仲良くなれると思うよ」

 

金剛「オッケーデース!」

 

金剛は部屋を飛び出していった

 

亮「…扱い慣れてんな」

 

海斗「長い付き合いだからね」

 

亮「そうか…ってか、南西諸島海域の攻略、アンタはどうするつもりなんだ?」

 

海斗「来週出撃するつもりだよ」

 

亮「来週?猶予は1ヶ月だろ」

 

海斗「…本当なら期限ギリギリまで引き伸ばしたいんだけど、暁達が見つかったんだ」

 

亮「暁…っていうと第六のか」

 

海斗「うん、暁達はいま大湊にいる…だけど環境は最悪らしい…既に雷が沈んだ…って聞いたよ」

 

亮(大湊…確か最近できた警備府だったか…)

 

海斗「大湊の司令官は階級がかなり高い人で…暁達のことをモノとしか見てないらしい」

 

亮「んなもん摘発できねぇのか?」

 

海斗「そうしたいんだけど…どうにもそうはいかないらしい、というか…艦娘に対する扱いが何処もおかしいみたいなんだ、まるで道具みたいに…何か知らない?」

 

亮「いや…特に何も聞いてねえ…」

 

亮(人間相手にそんな事して足がつかないわけが無え…のに、なんでだ?欅辺りに話聞けばなんかわかるか…?)

 

海斗「とにかく、早く戦果を上げてこっちの意見を通せるようにしないとね」

 

亮(こっちでも少し動いてみるか…)

 

 

 

 

 

 

演習場

瑞鳳

 

神通「良いですね、中々…昂ります」

 

瑞鳳「いや、だから見るたび襲いかかってこないで欲しいんだけど…」

 

神通「すいません、でもいい修行になるかと」

 

瑞鳳(このペースだと先に潰されかねない…)

 

瑞鳳「……一回だけ相手してあげる、本気で」

 

神通「おや、今までは本気じゃなかったんですか?」

 

瑞鳳「あーもう、面倒臭い…!」

 

隙を殺してローキックとジャブだけを見せる

 

神通(…こっちの対応が甘くなるのを誘ってる…怒ってた割には随分と悠長な…)

 

瑞鳳(縦の視線移動が増えてる…これなら!)

 

神通(来た、顔面へのストレート…ッ!?)

 

ストレートをフェイントで見せ、ガードの姿勢を取らせる

ストレートのために突き出した拳を思いっきり下に下げ、視線を拳に釘付けにし…

 

瑞鳳(狙いは横!)

 

神通「ぐっ…!」

 

脇腹への回し蹴り…を塞がれる

 

瑞鳳「…完全に視界外なのに…!」

 

神通「忘れましたか…私、人よりよく視えるんですよ…でも、これは効きました…」

 

瑞鳳「ギブアップしても良いよ」

 

神通「まさか、試合じゃなければ今ので脚は取っていましたよ」

 

瑞鳳「……へぇ、それを言うなら…ガードなんか突き破ってたけど」

 

神通「そうですか」

 

神通が大きく体を縮め、下から頭突きのように迫る

 

瑞鳳(何を…いや、掴みに来てる!)

 

鞭のように腕をしならせ、大きく振り回された腕が飛んでくる

 

瑞鳳「ッ!」

 

間一髪で神通の手首をつかみ止める

 

神通「……どうでしょう、私の貫手」

 

神通の爪先が皮膚を貫き血を流す

 

瑞鳳「威力、速度共に完成された技かもしれないけど…見え見え」

 

神通の手首を握る力を強める

 

神通「あいたたた…その割には反応が遅れてましたけど?」

 

瑞鳳「砕くよ」

 

神通「いたたたた、ギブ、ギブです」

 

瑞鳳(……危なかった…そろそろこれにこだわるのも限界かな…)

 

神通(貫手はやはり見られたら通らない…か)

 

 

 

 

 

 

 

川内

 

川内「へぇ、あの北上?」

 

北上「…ああ、あのオドオドしてた川内か」

 

川内「暫くお世話になるから、よろしくね」

 

北上は躊躇いなく握手を受ける

 

川内(ま、大井が嫌いなだけか)

 

北上「…アンタはあの大井達と居なくて良いの?」

 

川内「んー、仲が悪いわけじゃ無いけど大井って重いからさぁ」

 

北上「へぇ、結構サバサバしてる感じしたけど」

 

川内「いや、それがさ…割と好意が見え見えなくせに指摘したらキレたり面倒くさ…あだっ!?」

 

後頭部に何かの箱が飛んでくる

 

大井「悪かったですね、面倒くさくて」

 

北上「出たよ面倒なやつ」

 

大井「チッ…」

 

川内(お互い様だっての…あ、マフラーか、今から夏なのに今渡すんだ…)

 

北上「何、なんか用な訳?」

 

大井「あなたには一切ありませんが、そこのバカにはあります」

 

川内「私?何、神通か那珂がなんかした?」

 

北上「……」

 

大井が来た時より北上の表情に影がさして見える

 

大井「神通さんが瑞鳳さんに襲い掛かったのでよく注意してほしいそうです、食堂に急行してください私はこれで」

 

川内「りょーかい」

 

川内(成る程ね)

 

 

 

 

食堂

 

神通「痛い!痛いです!」

 

那珂「川内姉さん、それ以上いけない」

 

川内「次やったら折るからね?」

 

神通「い、いや、お互い楽しんで…あー!外れます!折れます!て、提督!止めてください!」

 

亮「そのままいっちまえ」

 

川内「あいよー」

 

神通「あー!!」

 

 

 

神通「うぅ……今の身体はすぐには治らないんですよ…?」

 

那珂「元々修復剤なんて私たちはほとんど使わなかったじゃん」

 

川内「提督、ちょっといい」

 

亮「なんだ?」

 

川内「ここの北上と話した?」

 

亮「いや…会いづらくてな」

 

川内「…会ったことあるんだ?」

 

亮「俺が新人の頃にな、何もわかってない時に言われるがままに解体の書類にハンコを捺しちまった…」

 

川内「そか、じゃあ提督も関係あるってことでいい?」

 

亮「…どういう意味だ?」

 

川内「関わるかどうか……決めてくれる?私はもう決めた」

 

亮「……わかった、俺は何をすれば良い?」

 

川内「さあ、とりあえず会って話してみてよ」

 

亮「おう」

 

 

 

 

三崎亮

 

亮「よう」

 

北上「…ああ、アンタか」

 

亮「覚えてくれてるみたいだ光栄だ」

 

北上「…忘れたくても忘れられないよ、一応聞くけど…何も知らなかったんだよね」

 

亮「新人だったからな…言い訳にしかならねえけど…」

 

北上「正直、今も憎い…みんなね、自由に生きて、自分勝手に…楽しんでる奴らが憎い…当然、アンタも」

 

亮「そうか」

 

北上「ま、そう言う事でよろしく」

 

亮(…どうしたもんかな、北上の事だけを判断するわけにもいかねぇ…とりあえず大井にも話を聞くか)

 

 

 

 

 

大井「なぜ私にまで話を聞く必要があると…いえ、その辺はもう良いですけど…」

 

亮「お前、昔から周りを見ずに突っ走るとこがあるからな…」

 

大井「それは…たしかにあの北上に対しても…」

 

亮「対しても?」

 

大井「…私は、私は和解しようとしました、ですが向こうが変わろうとしない、それにあの北上と和解するほどの価値はないんです…もう良いでしょう?」

 

亮「……お前、本気でそう思ってるのか?お前はあの北上を利用するために仲直りしようとしたのか?」

 

大井「…私の姉妹は別に居ます!あの人は赤の他人、何が問題あるんですか!?」

 

亮「そうか…」

 

大井「なんですか!言いたいことがあるなら言えば良い!非難したいのならすれば良い!私は…!」

 

亮「…お前はあの北上を、見てるのか?」

 

大井「……なぜ見る必要があるんですか」

 

亮「アイツらは別人だ、あの北上にも、北上なりに思うことがあるはずだろ…お前が思うように、アイツにも…いや、俺が言えたことじゃねぇな…」

 

大井「…なんで、アイツを庇うのよ…!あなたは私の提督でしょう!?何故私の味方をしてくれないの!」

 

亮「お前が俺に似てるから、かもな…」

 

大井「…今までそんな事言わなかった癖に…?何が似ているって言うのよ!」

 

亮「自分勝手で、周りの都合なんか無視して…必死で助けたい奴を助けようとする…そのためには手段を選ばない…お前、あの北上を見る度にイラつくだろ?」

 

大井「っ…な、なんでわかるのよ!」

 

亮「俺も同じだったからだ、おれも…助けたい奴とそっくりなそいつにその影を追って…でもそいつはやっぱり別人で、会うたびにイラついてた、ちょうどお前みたいに八つ当たりしてな」

 

大井「だから何よ…私が間違ってることくらいわかってる!でも私は今キタカミさんを助ける事で手一杯なのよ!…あんな奴必要無いの!もう良いでしょう!?」

 

亮「…自分が変わらなきゃ、誰も変わってくれねぇよ」

 

大井「っ〜〜!知ったようなことを!」

 

 

 

 

 

 

執務室

駆逐艦 綾波

 

綾波「し、司令官」

 

海斗「…どうしたの、改まって」

 

綾波「…わた、私…綾波は、特務部に行きます…!」

 

海斗「ど、どうして?」

 

司令官は驚いた様子で慌てて聞き返してくる

 

綾波「…今の、綾波は…ダメなんです」

 

綾波(今のままじゃ、誰も守れない…例え誰かを傷つける道だったとしても、間違った道だったとしても…私は絶対に…)

 

綾波「ヘルバさんにも、もう許可を貰ってます…」

 

海斗「ヘルバも…?」

 

綾波「……敷ちゃんを…敷波を、お願いします」

 

海斗「待って、まだ承諾した訳じゃ…」

 

綾波「……私を止めるには、磔にする他、ありません…そう言えば司令官ならおわかりになる…と」

 

海斗「…それは…」

 

綾波「どうか、勝手をお許しください、恩を忘れた訳ではありません、私は…ここに居ても役に立てない」

 

床に額を押し当て、懇願する

 

綾波(汚れるのは、私一人でいい)

 

海斗「…そう言うことなら、僕は絶対認めない、今君はここで研究者として頑張ってくれてるじゃ無いか!」

 

綾波「そう仰るとは、思ってました…でも、私は止められませんよ…」

 

海斗「…どうして」

 

綾波「…失礼、します」



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計画

東京 オフィス

駆逐艦 綾波

 

アオボノ「ああ、本当に来ましたか…お久しぶりですね、綾波さん」

 

綾波「そう、ですね…」

 

襟元を掴まれ引き寄せられる

 

アオボノ「せっかくの私の助け舟を無駄にするんですから…それ相応の結果を見せてもらわないと…ね」

 

綾波「…か、覚悟しています…私…綾波は…綾波は、ここでの実験は価値がある、と考えました」

 

アオボノ(…嫌な感じだな)

 

アオボノ「その価値とは」

 

綾波「深海棲艦を人に戻します…私にしかできない事をする、それが価値です」

 

アオボノ「それが貴方にはできると?」

 

綾波「だからここに来たんですよ」

 

アオボノ(…綾波の雰囲気が違う…やはり記憶に引っ張られたと見るべきか)

 

綾波「…失礼します」

 

アオボノ「……」

 

 

 

 

数見「なるほど、これが君の持ち込んだデータか」

 

綾波「…この通り、曙さんと深海棲艦の腕、そして私ではデータにそれぞれ違いが出ました…撃破された深海棲艦が人間に戻る理由こそわかりませんが…これだけのデータがあります、可能と考えられるかと」

 

数見「…君は以前会った時と違い、随分ハキハキと喋るな」

 

綾波「オドオドしてる必要はありませんから…」

 

数見「心変わりの理由についても聞かせてもらおうか」

 

綾波「人体実験を蹴られた、それだけです…貴方が人体実験をやるつもりなら私もそれに乗れば良い」

 

数見「…成る程、だが君が裏切らない保証が欲しい、せっかくのデータを横流しでもされたらたまらないからな」

 

綾波「…私には両親がいません、親族もおそらくいないでしょう…」

 

数見「どう言う意味か…はっきりと聞かせてもらおう」

 

綾波「私を殺しても妹以外に私の身内はいません、裏切ったなら殺してください、補償は私の命でどうですか」

 

数見「成る程、それなら良いだろう」

 

綾波(……)

 

綾波「施設を案内してください、さっさと仕事に取り掛かりたいので」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 敷波

 

敷波「どう言うこと!?なんでだよ!なんで綾姉ぇがここを出ていくなんて…!」

 

海斗「…ごめん、僕には止められなかった」

 

敷波「本当に止めようとしたの?綾姉ぇは…!」

 

海斗「…ごめん」

 

敷波「っ…ぁう…」

 

敷波(…司令官が止めなかったわけは無いのに…わかってるのに…)

 

青葉「失礼しま……なんですか、何かあったんですか」

 

海斗「…えっと…」

 

青葉「…敷波さん、一度出てもらえますか…」

 

敷波「え…あ、うん…」

 

言われるがままに部屋を出たけど…思えば最近どこもかしこも嫌な空気ばかり、アタシだってここに居て全くストレスを感じないわけじゃ無い…

 

敷波「…嫌だなぁ…アタシ達が来たせい、なのかな…」

 

朧「そうでもない、元から悪い事続きの艦隊だから」

 

敷波「うわっ!?」

 

朧「敷波、今いいよね、ちょっと顔貸して」

 

敷波「は、はい…」

 

 

 

 

食堂

 

敷波(…工廠裏とか人気のないとこに連れて行かれるかと思った…)

 

朧「お茶、緑茶でよかった?」

 

敷波「…はい」

 

朧「何もやましいことがないなら…」

 

朧が主砲を机に置く

当然と言うように砲口はアタシの方に向いている

 

朧「オドオドする必要はないと思うけど?」

 

敷波「…命がかかってる状況で緊張しない方がおかしいって…」

 

朧「大丈夫、弾は入ってないから」

 

敷波(…ホントかな…)

 

朧「それで、綾波の事だけど…本当に何も知らないの?」

 

敷波「……今朝、司令官に初めて聞かされた…本当はすぐに伝えるべきだったけど、なんて言えばいいかわからなかった…って」

 

朧「研究内容は?」

 

敷波「アタシは…アタシは綾姉ぇみたいに賢くないし、前の世界でもただ見てるだけだったから…よくわかんないし」

 

朧「じゃあ敷波は少なくとも共犯じゃないのか…」

 

敷波「きょ、共犯…?」

 

朧「綾波は七駆の身体データまで取ってる…何に使うつもりで取ったかは知らないけど、みんな頼まれたから協力したのにそれを裏切った、その上そのデータまで利用しようものなら…絶対に許さない」

 

敷波「…綾姉ぇはそんな事しない…!今の綾姉ぇは…!」

 

最後に見た綾波の記憶がよぎる

 

敷波(…でも、あの雰囲気は…前の綾姉ぇに…)

 

朧「本当にそう思ってる?それのどこに確証があるの?」

 

敷波「…ないよ、確証なんかない…なきゃいけない?!姉妹を信じたいだけ、それが何か悪い…!?」

 

朧「悪いよ、綾波は提督の信頼を裏切り、そしてみんなの信頼を裏切った、敷波も裏切られてるじゃん」

 

敷波「違う!綾姉ぇはアタシを裏切ってなんかない…!綾姉ぇはもうあんな事しない…綾姉ぇは…」

 

朧「……敷波、なんで信じられるの?綾波だよ?散々酷いことをしてきた綾波だ、こっちが知らないだけで敷波も何かしてるのかもしれないけどさ…」

 

敷波「…そうだよ、色々やった…!綾姉ぇが悪い奴だって言うならアタシだって悪い奴だ!それに…まだわからないなら何度だって言ってやる、姉妹を信じて何が悪いの!?」

 

朧「…いや、ごめん、もういいよ」

 

敷波「もう良いってなんだよ!自分1人で納得して終わらせるつもり!?」

 

朧「そう言うつもりじゃないけど…まず、ごめんなさい」

 

敷波「…なんで謝るのさ、どう言うつもりなんだよ…」

 

朧「どうもこうも無い、私が間違ってるから謝ってる」

 

敷波「…さっきまでのは何?茶番?」

 

朧「そう見えるかもね…うん、それも含めて改めてごめん、でもこっちもいきなり居なくなった綾波を はいそうですか で放置する余裕はないんだよ」

 

敷波「だからって…今のアタシとのやりとりは…」

 

朧「綾波の事、他の人には私から説明する」

 

敷波「…なんて説明するつもり」

 

朧「悪く言うつもりはないよ、ただ…気になったんだ、綾波にはずっと格闘戦の訓練に付き合わせられたから…こう、ね」

 

敷波「……」

 

朧「その時決まって姉妹の話をしてた、敷波の話も何回も聞いた、その綾波が敷波を置いていった…わからない事だらけだから、知りたかった」

 

敷波「…それが理由でこんな真似を?」

 

朧「まあね…もし変な事言い出したら敵と見做して撃てばいいと思ったし」

 

敷波「え"ッ」

 

朧「砲弾ちゃんとフル装填してあるからね」

 

敷波(…い、生きて切り抜けられてよかった…!)

 

朧「…まあ、敷波が本当に何も知らないことも、綾波が敷波を捨てたわけじゃない…っぽいことも確認できてよかった」

 

敷波「…朧さんは…」

 

朧「今更だけど朧で良いよ、綾波型的には敷波の方が型番上だし」

 

敷波「じゃあ…朧は…綾姉ぇを信じられるの?」

 

朧「良いや、全く、どうすれば信じる気になるのかもわからない…でも別にそれで良いと思う」

 

敷波「…どういう事?」

 

朧「こんなに大変な状況なんだから…綾波のことに気を張る人が1人くらいいないと、ホントに裏切ってたら背後から刺されるじゃん」

 

敷波「つまり、結局信用しない…と」

 

朧「…警戒してるだけで、綾波の事は…なんなんだろ、変な愛着が湧いちゃったというか……あんなに憎んでたのにね」

 

敷波「時間が解決した?」

 

朧「かもね…でも信用してるわけでもないし…やっぱり変な感じだなぁ…まあ、綾波が裏切っていようと裏切ってなかろうと…敷波は仲間として扱う、これがわたしの結論」

 

敷波「…そりゃ、どうも…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深海棲艦基地

キタカミ

 

キタカミ「…ありゃ?なんだ、腕生えてきたの」

 

戦艦棲姫「フザケルナ、貴様ラノセイデ…ソノ減ラズ口ヲ縫ッテヤロウカ」

 

キタカミ「それはごめんだね、あーあー怖い怖い…で、それは?」

 

戦艦棲姫「…レ級計画ダ」

 

キタカミ「レ級計画?なにそれ」

 

戦艦棲姫「砲撃、雷撃、航空戦、対潜行動、全テヲ兼ネ備エ、全テニオイテ通常ヲ遥カニ超エタ戦艦…ソレガレ級ダ」

 

キタカミ「…馬鹿?戦艦って知ってる?砲撃専門の火力耐久馬鹿だよ、たまに航空がいるけどさぁ…え?馬鹿?」

 

戦艦棲姫「殺サレタイカ貴様…私ダッテ完成スルトハ思ッテイナイ…」

 

キタカミ「ああ、上から指示されました〜って?中間管理職?いい気味だわ」

 

戦艦棲姫「貴様…今スグ欠片モ残サズ消シテヤロウカ」

 

キタカミ「この頭残したのが間違いなんだっての、思考能力があって好き放題言えるんだからさぁ…」

 

戦艦棲姫「チッ…!」

 

キタカミ「大湊を襲わせてるのはそういう理由なわけね、成功するかは置いといて納得した…でもあそこ駆逐しか居ないよ」

 

戦艦棲姫「…駆逐艦ノサイズデ作レ、ト…」

 

キタカミ「あー、うん、上司変えたら?ほら、レッツ謀反」

 

戦艦棲姫「黙レ!」

 

キタカミ「ま、そんなの完成したら本物の化け物…いや、バグだわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 

提督 倉持海斗

 

海斗「…ヘルバ、本当に許可したの?」

 

ヘルバ『何か問題かしら、私が管理するデータの使用を許可した事について何が言いたいのかしら?』

 

海斗「………」

 

海斗(今してるのはそう言う話じゃない、だけどヘルバと綾波に繋がりがあるはずだ、ヘルバがなんの理由もなくデータを手放すとは思えない…一体何が…)

 

ヘルバ『カイト』

 

海斗「…っ…」

 

ヘルバ『今は考えるのをやめなさい、貴方には答えは出ない』

 

海斗「なら、尚更やめられない…綾波を止められなかった事が許せない、曙のようになることだけは許せない…!」

 

ヘルバ『虫も殺せない様な少女に、何を求めているのかしら?』

 

海斗「…それは、綾波の事?」

 

ヘルバ『カイト、今の貴方はカイトらしくはない…落ち着きなさい』

 

海斗「どう言う意味なのか、わからないよ…」

 

ヘルバ『わからなくても良い、でも、今の貴方は綾波に固執しすぎている』

 

海斗「…曙にもだよ」

 

ヘルバ『固執していると分かっているなら…周りに目を向けてあげなさい、例えばその部屋の隅で貴方のことを待っている子、とかにね』

 

海斗「…青葉」

 

青葉は首を振った

 

青葉「良いんです、司令官が見たいものを見て、感じたいままに感じれば…」

 

ヘルバ『それは本当にカイトが見たい景色かしら?』

 

青葉「…それは…」

 

海斗「2人ともなんの話を…」

 

ヘルバ『海斗、貴方一度病院に行きなさい、その辺の病院じゃなくて…愛知の病院に』

 

海斗「なんで愛知に…?」

 

ヘルバ『愛知になら…貴方の病気がわかる医者がいるわ、紹介してあげる』

 

海斗「……いや、今はダメだ…南西諸島を攻略して、暁達を助けなきゃいけない…」

 

青葉「…ヘルバさん、暁ちゃん達のことを助けられませんか…?」

 

ヘルバ『無理ね、私にできるのはハッキングと情報操作が限界、リアルの話じゃなければその限りではないけど…私は軍人でもなければジャーナリストでもない、国を相手に戦うにしても土俵が違うわ』

 

青葉「そんな…」

 

ヘルバ『書類の偽装で連れてこられると思う?そんな事をしたら宿毛湾が危険に晒されるだけ、かといって…カイト、貴方が戦果を上げても人事権なんて降ってこないわ』

 

海斗「じゃあどうすれば…」

 

ヘルバ『確かに海域の攻略は必要、だけど理由が違う…攻略する理由はデータを集める為、艦娘システムの中身を解き明かすことができれば…助けられるわ』

 

海斗「本当に…?」

 

ヘルバ『ええ、ジャーナリストじゃない、とは言ったけど…ネットニュースくらい簡単に操れるわ、安心しなさい』

 

青葉「本当にうまくいくんですか…?」

 

ヘルバ『時間はかかるでしょうけどね、まずは味方を増やすためにも、そして情報を集めるためにも戦果をあげる必要はある、うまく立ち回りなさい』

 

海斗「…わかった、頼りっぱなしになってごめん」

 

ヘルバ『気にしないで、面白がっているだけだから』

 

海斗(…もう少し時間がかかる、か…)



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検査

特務部研究所

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「……気分が悪いですね」

 

かつてのあの場所のように…

鎖で繋がれた人間の入れられた牢屋、そして笑う綾波

気分を害するものしかこの場にはなかった

 

綾波「良いじゃないですか、お陰で深海棲艦が人に戻せるかもしれない、尊い犠牲はいつの時代のどこにでも必要なんですよ」

 

アオボノ「…短期間で二転三転されると、やや困るのですが…反応に」

 

綾波「そうですか…ところで、貴方にも仕事を振りたいのですけど」

 

アオボノ(まるで前と変わらない…)

 

綾波「南西諸島海域解放作戦、宿毛湾が近日中に行うそうです…はい、これ書類です」

 

手渡された書類には深海棲艦鹵獲依頼とだけ書かれていた

 

アオボノ「…私に行け、と?」

 

綾波「貴方ほどの実力があれば…できますよねぇ?」

 

アオボノ「ここに居る多数の人間はなんのためにいるんですか、こんなに沢山いるのに…」

 

綾波「元、深海棲艦では…あんまり価値が無いんですよね、ほら、この数値が低すぎて…」

 

アオボノ「それは血圧では…?」

 

綾波「とりあえず、それもう通してあるので、さっさと出撃の支度を済ませておいてください、あと5日ありますので」

 

アオボノ(5日か…綾波も私を逃がそうとしているのかなどと思ったけど…それはないな、5日もあると簡単に止められる…)

 

綾波「何寝ぼけたように突っ立ってるんですか?暇なら被験体を連れてくるのを手伝ってくださいよ」

 

アオボノ「……遠慮します、書類を提出してきます」

 

 

 

 

オフィス

 

アオボノ「この作戦、もう目は通してあるんですよね」

 

数見「勿論だとも、君が行くことで倉持海斗の功績は半減する、その上多数のサンプルも手に入れられるだろう…うまく生捕にしてくれたまえ」

 

アオボノ「…わかりました」

 

数見「物分かりが良くて助かる」

 

アオボノ(…チッ…)

 

数見「話は以上だ」

 

アオボノ(…私にできるのは宿毛湾の誰かが死ぬことのないように…ってくらいか…)

 

 

 

 

 

愛知 病院

重巡洋艦 青葉

 

青葉(司令官が行けないからって私だけここに来る理由…ありましたかね…)

 

かなり大きい病院だ、というのに指定された時間に指定された言葉を口にするだけで待つ事なく応接室にまで通される

これもヘルバの影響力ゆえだろうか

 

黒貝「お待たせして申し訳ない、脳外科医の黒貝です」

 

青葉(…この人ってかなり有名な人だったはず…若くしてかなりの腕で…)

 

青葉「あ、えっと…」

 

黒貝「青葉さんでしたね、艦娘システムのことについても聞いています」

 

青葉「…え?」

 

黒貝「どうぞ、此方にいらしてください」

 

青葉(待って、私どこに…)

 

 

 

 

3時間後

 

青葉(…私がここにきた理由は私が検査を受けるためだったんですね…ヘルバさん、本当に食えない人だなぁ……と言うか私が検査を受ける意味って…)

 

黒貝「さて、検査の結果ですが…」

 

青葉「え、私も何か…?」

 

黒貝「残念ながら、しかし前もって伺っていた通りです」

 

青葉「前もって…?…まさか…!」

 

黒貝「貴方の脳にはAIDA感染者特有の腫瘍のような物が確認されました」

 

青葉「しゅ、腫瘍!?AIDAってネットのコンピュータウイルスじゃ…!」

 

黒貝「何も聞いていませんか?AIDAはリアルの人間にも影響を及ぼす、これもその一つ」

 

青葉「そんな…!こ、このままだと私は死ぬんですか!?」

 

黒貝「いいえ、この腫瘍は脳の電気信号を操るようなものです、貴方の体を害する事は…今の所はないでしょう」

 

青葉「よ…よかった…」

 

黒貝「…と言う事です、満足していただけましたか」

 

黒貝が睨んでいるモニターの映像が切り替わる

白い和装に身を包んだ少年が画面いっぱいに現れる

 

欅『ご協力、ありがとうございます♪』

 

青葉「だ、誰…?」

 

黒貝「ふむ…?貴方は欅に言われてここに来たのでは」

 

青葉「い、いえ…ヘルバって方に…」

 

欅『誰に言われて来たか…なんて、些細な事じゃないですか、それよりも…』

 

黒貝「……その様だ、青葉さん、貴方のAIDAの感染経路は分かっています」

 

青葉「えっ…?」

 

欅『貴方の艤装です』

 

青葉「艤装…私たちが危険に晒されているって…もしかして!」

 

欅『そうですね、貴方達艦娘は…おそらく全員AIDAに感染しています』

 

青葉「そんな…じゃあこれは…大本営が…?」

 

欅『まず間違いないでしょう、このAIDAは改変された形跡があります、詳しい事は調査段階ですけどね』

 

黒貝「改変された形跡?通常のものとの違いがあるのか…青葉さん、先程体を害する事は今の所ないと言いましたが、取り消させてください」

 

青葉「ま、待ってください…整理が追いつきません、このAIDAはコンピュータウイルスなんですよね…?」

 

欅『コンピュータウイルスと呼んでいるのはその方がわかりやすいから、実際はただの電子生命体です、ネットに突如現れた…ネットワーク全体のバグ』

 

青葉「そ、それがなんで人に…?」

 

欅『詳しい事は分かりません、ですがAIDAは脳に寄生します、通常はThe・WorldのPCを介して感染するのですが…艤装から感染するとなると…』

 

青葉「り、リアルに出てきてる…?そんな、こんなのおかしいじゃないですか!どうやって…!」

 

欅『詳細は一切不明です、でも、AIDAは取り除く事ができる』

 

青葉「そっか、データドレイン…!」

 

欅『データドレインを使える碑文使いを手配します、明日、用意しておいてください』

 

青葉「わ、分かりました…」

 

黒貝(艦娘システムか…AIDAと一体化した人間…故に0.5秒の壁を越える事ができる…)

 

青葉「まだわからない事があるんですけど…私達、特に攻撃的になってるつもりは…」

 

欅『ええ、承知しています、そこも手が加えられた部分なのではないかと…ここからは完全な憶測ですが、おそらく艦娘システムの管理のために手を加えたものと思われます』

 

青葉「…それじゃあ危険性はない…?」

 

黒貝「逆でしょうね、AIDAの凶暴性を自在に引き出せるとしたら?」

 

青葉「そんな…!」

 

欅『AIDAは麻薬と言っても差し支えのないものです、しかしその力を自在に操れるとしたら…相当危険な代物です、全員をデータドレインして治すにはどれだけ掛かるか…』

 

青葉「と、止めないと…艦娘をもう増やさない様にしないと…!」

 

欅『それは無理です、艦娘システムはもうかなり浸透している上にメインの対象は孤児です』

 

青葉「そ、それが何か問題なんですか…?」

 

欅『自分に直接関係しない事には人の関心は薄いんです、自分から艦娘になる事を志願した人や孤児の艦娘が悲惨な目に会う事よりも、深海棲艦が人を襲うと言う事実の方が重要なんでしょう』

 

青葉「やってみないとわからないじゃないですか!」

 

欅『確かに、事実が明らかになれば声をあげる人も出てくるでしょうが、根絶は不可能です…深海棲艦が居る限り』

 

青葉「っ……そうだ…司令官、司令官のAIDAは!?アレは私達のAIDAとは違うんですよね…!?」

 

欅『別物です』

 

青葉「司令官は大丈夫なんですか…!?」

 

欅『そちらも今の所は…ですがそちらのAIDAは通常のAIDAとは大きく異なる点があるんです』

 

青葉「異なる点…?」

 

欅『まだ調査段階ですが…そのAIDAが出現したギルドやタウンにデータの異常が見られました、そのため現在閉鎖状態になっています…問題のAIDAは駆除されましたが、おそらく身の危険を感じると周囲に危害を及ぼす様で…』

 

青葉「じゃ、じゃあ…!」

 

欅『今のところ、駆除はかなりのリスクだ…と思います』

 

青葉(司令官のAIDAが駆除できない…司令官のAIDAを駆除したらどうなるかわからない…AIDAは脳に腫瘍を作る、つまり最悪の場合は…)

 

黒貝「そこまで危険なAIDAは聞いた事がないが…」

 

欅『AIDAは常に進化し続ける生命です、AIDAがどうして今存在してるのかもなんとなく想像がつきます、ネットから一度離れる事で消滅を免れた』

 

黒貝「ネットから離れた?」

 

欅『USBでもなんでもいい、AIDAはとにかくネットから完全に隔離されたものに一時的に移動した…それにより消滅を免れたんです』

 

青葉「……すみません、帰ります」

 

欅『青葉さん』

 

呼び止められたのに、そちらを向く気力すらない

 

欅『明日、お待ちしています』

 

青葉「…はい…」

 

 

 

 

 

 

 

バス内

駆逐艦 秋雲

 

陽炎「よーし!あがり!」

 

秋雲「嘘だ!またドベじゃん…秋雲さんやっぱり8切り欲しいんだけど…」

 

瑞鶴「大富豪はシンプルが一番だって…にしても…提督さん!まだつかないの?宿毛湾」

 

渡瀬「あと30分で着く、もう少し待て…」

 

瑞鶴「んー、というか宿毛湾に集まる意味ってあるの?」

 

秋雲「佐世保に船を回すのはリスクが高いから瀬戸内海を通して宿毛湾に運びたい…って事らしいですよ」

 

瑞鶴「それってなんか意味あるわけ…?横須賀で集まってそこから護衛するなり、一部横須賀に行かせればいいじゃん、というかなんで軍艦を全部横須賀に集めてるのかなぁ…」

 

秋雲「さぁ…」

 

陽炎「まあ、合同演習とか色々やらなきゃいけないこともあるし…それに佐世保も全戦力回すにしても、人数は宿毛湾の方が多いんですから」

 

瑞鶴「あ、見えた…アレかぁ…」

 

 

 

 

宿毛湾泊地 正門前

 

秋雲「うわっ…何この人だかり…」

 

瑞鶴「田舎なのにアホみたいに人居るけど…これどうなってんの?と言うかまだ門開かないのかな…」

 

陽炎「あ、来ましたよ」

 

朧が門を開く

 

朧「お待ちしてました、どうぞ」

 

瑞鶴が窓を開けて身を乗り出す

 

瑞鶴「よっと…堅苦しいなぁ…別にそう言うのいらないと思うけど…それより、1人なの?」

 

朧「今日は半分は非番です、長丁場になるならって」

 

陽炎「良いなぁ…って、それより…あの人だかりは…?」

 

朧「……後で説明します」

 

 

 

 

瑞鶴「はー、バス旅は疲れるわねぇ!」

 

秋雲「時間かかりますしねー…これなら船のほうが早いですよ」

 

陽炎「司令の機嫌を損ねるからあんまりそう言うこと言うのは…いや、いいか…それより、あの人だかりは…?」

 

朧「…えっと、あの人たちの追っかけです」

 

瑞鶴「あの人たち…?」

 

秋雲「んー…?あれは……」

 

朧が指した先には…

 

陽炎「那珂ちゃんずだ!えっ、本物!?」

 

秋雲「うわっ、びっくりした…あー、居たな、ネットアイドルっていうか…川内型じゃーん…」

 

瑞鶴「……アイドル…?めっちゃ殴り合ってるけど…」

 

朧「…まあ、その…修行らしいです」

 

瑞鶴「修行…アイドルなのに?」

 

陽炎「わかってないなー瑞鶴さんは…!那珂ちゃんずは3人とも武道に精通しててですね!」

 

秋雲(うわ…めんどくさいやつだ…)

 

朧(外の連中と変わらないのが中に…)

 

秋雲/朧「「はぁ…」」

 

秋雲「…ん?」

 

朧「えっと…」

 

秋雲「…そういやあんまり話したことなかったよね、秋雲、よろしく」

 

朧「朧、よろしくね」

 

朧と握手を交わす

 

秋雲「今のココってどのくらい化け物いるの?」

 

朧「…うーん…島風と曙くらいかな、確かに突出してるのは何人かいるけど、普通の域を出てはいないと思う」

 

秋雲「えっと…今青髪の方は…特務部だっけ」

 

朧「知ってるの?」

 

秋雲「1人で南西諸島の敵ボコしたとありゃ…有名になるよ」

 

朧「そっか…うん、でもいい子だから…うん…」

 

秋雲「歯切れが悪いなぁ…姉妹には苦労するタチと見た」

 

朧「まあね…」

 

秋雲「気持ち、わかるよ…」

 

陽炎「オイ、秋雲…アンタが苦労かける側なの忘れてないでしょうね」

 

秋雲「いちっ痛いって!耳引っ張らないで!痛いから!」

 

陽炎「こんな妹だけど仲良くしてやってね、ところで神通さんの好物とか知らない!?」

 

朧(神通さん推しなんだ…)

 

朧「いや、知らないけど…」

 

陽炎「何かわかったら教えてね!私挨拶してくるから!」

 

瑞鶴「まちなさい、遊びに来たんじゃないんだからね」

 

陽炎「ちょっとだけ!ちょっとだけだから!あー!やめて!首はやめてぇぇぇ!」

 

秋雲「……アレと比べたらマシに見えるでしょ?」

 

朧「あ、あはは…」

 

朧(どっちもどっちなんじゃないかな…)



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護衛演習

宿毛湾泊地

駆逐艦 朧

 

朧「…えっと、それでは合同演習を始めます、勝利条件は同じ、護衛対象のドラム缶が破壊される前に敵戦力を撃破、もしくは相手艦隊のドラム缶を先に破壊です」

 

秋雲「あー…質問いい?向こうでシャドウボクシングしてる人達は…」

 

秋雲が神通と那珂の方に視線を送る

 

朧「えっと…一応こっちの軽巡枠として…」

 

秋雲「…マジ?あの人達普通に素手だけど…?え?本当に?」

 

那珂「大丈夫大丈夫!那珂ちゃんたちはー、素手でも戦えるから!」

 

陽炎「…いや、せめてグローブとかしてこっちの安全に配慮を…」

 

神通「ちゃんと加減はします、気絶はしない程度にしますので…」

 

陽炎「ヒェッ」

 

川内「いや、それ逆に辛いと思うけど…っていうか本当に2人がやるの?私が出た方がまだ安全だと思うけど…」

 

那珂「巡洋艦2と駆逐艦4の編成だもん、しょうがないよねー♪」

 

神通「ねー」

 

川内(…もういいや)

 

秋雲「そこの方ー!匙を投げないで!」

 

陽炎「ああ、推しになぶり殺されるならそれもそれで良いのかもね」

 

秋雲「いや、馬鹿なこと言う前に…あーもう、面倒臭いしいいや、こうなったら秋雲さんがやってやる!」

 

 

 

 

朧(編成は…こっちが旗艦神通さん、そして那珂さんと朝潮、大潮、漣、潮…朝潮と大潮は突出した部分はないけど連携を取りやすい、潮も指示は完璧にこなすから心配ないけど…漣は浮いた言動や実力を測る力の無さからの無謀な行動が目立つ…)

 

かと言って、決して戦力にならないわけではない

相手がただの深海棲艦なら無謀な行動も金星を狙った動きということもできるだろう

 

朧(…護衛のすることじゃないんだけど…と、それより…)

 

佐世保は龍田を旗艦に鈴谷、秋雲、陽炎、磯風、叢雲

 

朧(向こうは新人が2人…普通なら勝てる戦いって言えるけど、問題は龍田さんかなぁ…)

 

無線機に音声が入り始める

 

神通『会敵予定のポイントまで20秒…先に航空機が来ましたか、対空射撃開始!』

 

潮『落としました!』

 

朧(鈴谷さんは航空機も扱えるんだっけ…位置が先にバレたのはどう影響するかな…)

 

龍田『秋雲ちゃん〜?狙える?』

 

秋雲『あと少しで射程入ります!』

 

龍田『入り次第撃っていいわよ〜』

 

音声のログを書き起こす

 

朧「先に撃てる状況に持ち込んだのは佐世保、と…」

 

那珂『見つけた…ねぇ、1人くれない?』

 

朝潮『同行します』

 

レーダーの那珂と朝潮の進路が大きく外れる

 

朧(サイドから叩きに行くなんて無茶な気がするけど…)

 

神通『無茶はしないでくださいね…漣さん!敵の狙いは護衛対象です!弾幕を張ってください!』

 

漣『ひー!剣幕ヤバ…』

 

潮『砲撃飛んできました!』

 

神通『潮さんと大潮さんで前方に砲撃を開始、敵ではなく位置を狙って下さい』

 

通信が混雑し始める

 

龍田『反航戦、始まるよ〜』

 

神通『まだ単縦陣を維持して下さい、30秒したら進路を南に!漣さんはズレて私たちの後ろに入ってください!複縦陣にみせかけて数的不利を悟らせない様にします!』

 

潮『T字戦に持ち込むんですね…わかりました!』

 

漣『20秒前!…15…10…』

 

神通『進路変更します!』

 

秋雲『うわっ、T字不利!?同航戦に…』

 

鈴谷『待って、相手複縦陣になってる、多分突っ込んでもいける!』

 

龍田『…そうね〜、叢雲ちゃん、磯風ちゃん、水雷突撃を仕掛けるわ〜』

 

朧(人数が不利なこの状態で普通に当たられたら逆にキツい…那珂さん達は…大回りして完全に裏?そんな時間あったとは思えないんだけど…いつの間に)

 

神通『来ますよ…ギリギリまで耐えます!』

 

潮『砲撃を置く…置く…!』

 

龍田『…上空に向かって砲撃…?』

 

磯風『どうやら相手も新人らしい、なら戦果を上げられるかもな…!』

 

叢雲『あ、ちょっ!独り占めはさせないわよ!』

 

龍田『あら、旗艦発見…魚雷を用意して』

 

神通『敵旗艦、突撃してきます!魚雷用意!』

 

龍田/神通『放て!』

 

秋雲『あぎゃっ!?』

 

陽炎『秋雲!?うぇあっ、い、いつの間に…!』

 

那珂が秋雲の背後から強襲した様だ

 

鈴谷『ちょっ!龍田!後ろ後ろ!』

 

那珂『ドーモ、那珂=チャンです』

 

朝潮『呑気に挨拶してる場合ですか…!?一撃でも多く叩き込まないと!』

 

那珂『いいのいいの、楽屋挨拶はニンジャとアイドルの基本だから…それに3人こっちを向いたし、そのうち1人はもう戦闘不能♪』

 

鈴谷『2対2と3対4…!』

 

朧(人数差が逆転した…しかも不利な状況でほとんど戦ってないから最初から有利だったのと何も変わらない…!)

 

那珂『イヤーッ!』

 

鈴谷『うわっ!?びしょ濡れ…服滅茶苦茶濡れたし最悪!』

 

那珂『朝潮ちゃん!ドラム缶狙って!』

 

朝潮『わかっています!』

 

陽炎『させない!この…!』

 

龍田『ちょっと…狡いんじゃない〜?』

 

神通『そんな事はありません、私たちは常に真剣なだけですから…早くやりましょう、本気でどうぞ』

 

龍田『無手の相手に槍を使うのはあんまりだけど〜…』

 

神通『数的優位もあります、ハンデです』

 

龍田『…後悔するわよ〜』

 

無線機が本来出せない音に悲鳴をあげる

 

朧「耳が…なにこれ、金属音…?」

 

龍田『…蹴りで受けられるなんて…楽しいわ〜…』

 

神通『私もです、ですが…魚雷に無駄話に…そしてあの位置での砲戦、無駄な時間を過ごしすぎですね』

 

龍田『…ッ!2人とも!』

 

神通『喋る暇があると?口を開いていると…舌を噛んでしまいますよ?』

 

龍田の無線機が途切れる

 

朧「…え?壊したの…?あれ、那珂さんの音声も入ってこない…2つも壊れた…?」

 

 

 

 

 

 

演習場

軽巡洋艦 神通

 

神通(一つ…二つ)

 

大振りな槍の柄に拳を当て弾き、その腕を大きく振るう

 

龍田(意識を一瞬でも逸らしたやられる…召喚した砲撃も意味を成してない…)

 

神通「三つ!」

 

龍田「!?」

 

急な大声に龍田の槍の穂先が浮く

体を大きく捻り、槍を掻い潜り、しならせた腕を龍田めがけて放つ

 

龍田(手刀…!)

 

神通「勝負アリ…ですね」

 

龍田の槍が真っ二つに折れ、海面に浮く

 

龍田「……貴方の腕はナイフか何かなのかしら〜…」

 

神通「いいえ、ですがその槍は貴方に合っていない様ですね、その槍自体も貴方の扱いに耐え切れず傷ついていた…」

 

龍田「みたい、ね…ところで、呑気におしゃべりしてていいのかしら〜」

 

神通「よくわかっているでしょう、そちらの駆逐艦は全滅です」

 

上空から降ってきた砲弾に叢雲と磯風は大破判定、6対2ともなれば想像は誰にでも容易い

 

龍田「…降参しま〜す…あら?無線機壊れちゃってる」

 

神通「……あ、すいません…最初の打撃でつい壊してしまいました…」

 

龍田「あら…そうなの」

 

神通「旗艦からの指示を断とうと…」

 

龍田(…意図してやったとは思わなかったわ〜…これ、私怒られないわよね?)

 

神通「こちら神通です、龍田さんが降伏を選びました」

 

朧『朧了解です、一応龍田さんに』

 

龍田「はーい、間違いないわ〜」

 

演習終了のサイレンが鳴る

MVPは那珂だった

 

 

 

食堂

 

那珂「そうそう!艤装は浮くけど那珂ちゃん人間だから潜れるもん!」

 

鈴谷「うぇっ!?も、潜ったの…?潜水艦じゃあるまいし…というかだからびしょびしょ…」

 

朧「…無線機、一応防水だったんですけど…壊れてますね、浸水で」

 

朝潮「す、すいません…」

 

那珂「うーん、艦娘の体ならあと10メートルは潜れたかな…潜ったことなかったけど!」

 

磯風「艦娘の体なら…って何の話だ?」

 

陽炎「あー、気にしない気にしない…ネジぶっ飛んでるのよ多分」

 

叢雲「滅茶苦茶な戦い方よね、ほんと…」

 

 

 

 

 

 

応接室

提督 倉持海斗

 

海斗「えーと、では乗る船は1つに、護衛は常に5名以上、新人は必ずローテーション時同時に2人以上が出るような事にならないようにすること」

 

度会「とりあえずはこんなものか…何か気になることは」

 

亮「いや、俺は何も」

 

作戦に参加する艦娘の名簿、海図、乗る船の資料や人員のリストなどを眺めながら話し合いは進む

 

海斗「目的は南西諸島海域の解放…と言うことになっていますが、上層部の見立てではこの辺りに基地があるのではないか…と」

 

度会「俺も聞いている、南西諸島海域の開放と言っても日本近海にも深海棲艦は大量にいる、真の目的は台湾の奪還、そして南西諸島海域にあるであろう深海棲艦基地の破壊…か」

 

亮「基地ってなると…海の底なのかそれともどっかの島なのか…」

 

海斗「多分島だと思う、物資は深海だと保存が難しいと思うし…砲弾とかね」

 

亮「一応艦娘の使うモンと同じらしいしな…あと、アンタの言う戦艦棲姫だったか…そいつを潰すメンバーは」

 

海斗「艦隊からは曙と島風を軸に考えようと思ってる」

 

度会「…龍田なら足を引っ張る様なことはないはずだ」

 

亮「じゃあ残り3人はうちの3バカでいけるだろう」

 

度会「武器もなしで大丈夫なのか?」

 

亮「ま、演習結果を見てから判断してくれ」

 

携帯が鳴る

 

海斗「あ、すいません、少し失礼します」

 

席を立ち電話を受ける

 

ヘルバ『カイト、急いで青葉の様子を見なさい、危険な状態よ』

 

海斗「え?」

 

ヘルバ『急いで』

 

それだけで電話が切れたものの、ヘルバの口調から切迫した状況である事だけは理解ができた

 

海斗「ごめん、ちょっと出てくる!」

 

亮「お、おい」

 

度会「追うべきか…?」

 

亮「…一応」

 

 

 

 

夕張「うぎゃっ!?」

 

廊下の曲がり角で夕張とぶつかる

 

海斗「ご、ごめん!」

 

夕張「廊下は走らないでくださいよ…もう…」

 

海斗(…そうだ)

 

海斗「夕張!ちょっと来て!」

 

夕張「えっ!?え、ええぇ?」

 

夕張を連れて青葉の部屋の前まで行く

 

海斗「青葉!青葉、居る!?」

 

ノックしても返事はない

 

夕張「ちょっ、どうしたんですかいきなり…」

 

海斗「青葉が危険だって連絡があったんだ!」

 

夕張「危険…って、それならノックなんかしてる場合じゃないでしょう!」

 

夕張がドアを開き中に入る

 

海斗「青葉!」

 

青葉は部屋の隅にある自分のデスクから転げ落ち、吐瀉物に塗れた状態で倒れていた

パソコンは砂嵐、コントローラーは投げ出され、青葉の顔にはFMD(フェイスマウントディスプレイ)

状況から推察するに…

 

海斗(ゲーム中に…意識不明になった…?)

 

夕張「…ヤバ、これ息ができてないですね…!提督!救急車!」

 

海斗「救急車…!」

 

急いで電話を鳴らし、事情を必死に説明したがそこからの記憶は曖昧でよく思い出せない

 

 

 

 

病院

 

夕張「命に別状はないみたいです」

 

待合室のベンチに夕張が腰掛ける

 

海斗「…そっか、それならよかったよ…」

 

命に別状は無いとしても…意識が戻る保証はない

 

夕張「…黄昏事件、ですか」

 

海斗「拓海から何も聞いてない?」

 

夕張「軽くだけ、私はゲームはそこまででしたから…でも、ゲームしてて急に意識不明になったのは知っています」

 

海斗「…ウイルスバグ、データドレイン、八相…特殊な条件でキルされたPCのプレイヤーは…ゲーム中に意識不明になってしまった、青葉の部屋のつけっぱなしのディスプレイも…伸び切ったコントローラーの線も…なによりFMDをつけたまま倒れてる青葉も…全部がそれを連想させた」

 

夕張「でも、黄昏事件の原因は取り除かれたんですよね…?」

 

海斗「確かに、今はウイルスバグはいない…でも、日は沈む、黄昏はやってくるんだ」

 

夕張「……あんまり暗く考えないでくださいよ…っと、そうだ、面会します?一応許可はもらったんですけど」

 

海斗「うん、行くよ」

 

 

 

 

病室

 

青葉はベッドの上で死んだ様に横たわっていた

決して死んではいないのに

 

夕張「病院側は窒息による気絶とか、心的ストレス…って感じで見てますね、提督が面会するのはイヤな顔されましたけど」

 

海斗「まあ…上司ってなると疑われるよね…いや、実際ストレスの原因は僕だったのかも」

 

夕張「そんなの起きてから聞けばいいじゃないですか、すぐに目を覚ましますから、ほら、手出して」

 

海斗「えっ」

 

夕張に手を掴まれ、青葉の手を握らせられる

 

海斗「……」

 

頭にこびりついた記憶、本当に青葉は目を覚ますのだろうか

青葉は…未帰還者になったのでは

 

夕張「…ぅげ…すいません、提督から…あー、火野提督から電話が入ってたので失礼します」

 

海斗「うん」

 

部屋が一気に静かになる

静かすぎて、イヤなことばかり考えてしまう…

 

海斗「…青葉、起きてよ」

 

青葉「……」

 

海斗「…そうだ、ヘルバに連絡しないと…ヘルバは何があったか、知ってる」

 

手がぎゅっと握られる

 

海斗「…青葉?」

 

青葉「……あ、れ…」

 

海斗「青葉!良かった…目を覚ましたんだね…」

 

青葉「司令…か……あれ…、なんで私…ここは…」

 

海斗「病院だよ、青葉はゲーム中に倒れたんだ」

 

青葉「ゲーム中……倒れ、た…そっか、そうだ…」

 

海斗「青葉、何があったか話せる?」

 

青葉「…えっと……その、今記憶が混乱してて…けや、欅?さんに聞いてください…」

 

海斗「…わかった」

 

青葉「…司令官…」

 

海斗「何、どうしたの?」

 

青葉「…恐縮、です……ご心配をおかけしました…」

 

海斗「いや、いいんだ…無事ならそれで」



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感染者

宿毛湾泊地

戦艦 日向

 

日向「…ふぅ…今日は少しハードでしたね」

 

山雲「戦艦級も出ましたからね〜、でも一刀両断〜流石です〜♪」

 

阿武隈「一刀両断したのは砲弾だけですけどね…でもあの速度の砲弾を斬れるなんて、凄いです」

 

瑞鳳(…この艦隊、やっぱり緩いなぁ…)

 

日向「瑞鳳さん、お手伝いしていただいてありがとうございました」

 

瑞鳳「…別に…不知火が来ない以上頼れるのは宿毛湾だけだし、合わせなきゃ勝機はないから…?…この匂い…」

 

阿武隈「匂い?……何も匂いませんよ?」

 

日向「……ああ、佐世保の方達が到着されるのは今日でしたね」

 

瑞鳳「っ……知ってて知らせなかったの…?別にいいけど…」

 

日向「曙さんの指示で…」

 

瑞鳳「…まあ、いいけど…誰かくる…いや」

 

瑞鶴「ねぇ、今誰か喋ってなかった?…ああ、本当にいた」

 

日向「こんにちは…初めましてでしょうか」

 

瑞鶴「ん、初めまして、瑞鶴よ」

 

瑞鳳「……瑞鶴」

 

瑞鶴「…ぁ、っ…?誰…」

 

瑞鳳「…日向さん、私先に部屋に行くね」

 

日向「話さなくて、良いんですか」

 

瑞鳳「……初対面の相手だよ?どうしようも無いよ」

 

瑞鶴「瑞鳳…」

 

瑞鳳「…わかるの…?」

 

瑞鶴「わからない…な、なんで…初対面のアンタの記憶がこんなに鮮明に…これはいつの、記憶…?だ、誰?どうなって…!」

 

瑞鳳「……」

 

頭を抱えて蹲る瑞鶴に瑞鳳は近寄り

掴んで海に投げ捨てた

 

山雲「え…?」

 

日向「ちょ…!?」

 

瑞鳳「…ふぅっ」

 

阿武隈「本人…やり切ったみたいな顔してますけど…?」

 

瑞鶴「ぷぁっ!?な、何すんのよ!」

 

瑞鳳「瑞鶴!」

 

瑞鶴「…何よ…」

 

瑞鳳「演習、しようか」

 

瑞鶴「…は?」

 

瑞鳳「私が誰かわからない?私は軽空母瑞鳳!佐世保鎮守府所属の瑞鳳!忘れたなんて言わせない…絶対に思い出させる!」

 

瑞鶴「な、何言ってんのアンタ…」

 

瑞鳳「じゃ、そう言うことだから」

 

日向「…もっと平和的に…」

 

阿武隈「…あれ、雨降ってきましたよ、瑞鶴さん、早くあがらないと風邪ひいちゃいますよ?」

 

瑞鶴「…ごめん、手を貸して」

 

 

 

 

 

 

 

大湊警備府

駆逐艦 不知火

 

不知火「くそ…今日もダメでしたか」

 

暁「あんまり無理しないで、ここしばらくずっと出撃しっぱなしじゃない…」

 

不知火「休む暇なんてありません、絶対に師匠を止めて見せる…」

 

響「…あの深海棲艦を知っているのかい?」

 

不知火「…まあ、そうですね…」

 

暁「…信じられない砲撃センス、よね…」

 

不知火「……絶対に…これ以上はやらせるものか…!」

 

不知火(あれ以来毎日出撃し、他の艦を護り続けたが…やはりどうしても1人2人は私の手をすり抜けてしまう、私の手をすり抜けて消えてしまう…暗く冷たい海の底へと)

 

不知火「…ああぁァァァァッ!!」

 

苛立ち、もう悲しむ暇なんてないのだ、1人でも多く守ると誓ったのにこのままでは犠牲者は増えるばかり…

 

不知火「不知火に力が無いから…!」

 

暁「……不知火さん」

 

不知火「…何ですか」

 

暁「…不知火さんは、どうしたいの?」

 

不知火「師匠を倒して…犠牲を無くします」

 

暁「…私、ここの司令官が話してるのを聞いたの、深海棲艦は死んだ人の成れの果てで…何度でも甦るって」

 

響「え……じゃあ今やってるのは…?」

 

不知火「無意味、と言いたいんですか、死者が死者を作り、そして増え続ける…無駄な戦いはやめろと?」

 

暁「ううん、違うの…宿毛湾は深海棲艦を人間に戻す研究をしてる、もしかしたらここに居るより…向こうにいた方が不知火さんのためになるんじゃないかと思って」

 

不知火「…残った意味が無くなります、そんな事を話題にしないでください」

 

暁「…何をするにも遅すぎたなんて事はない…とまでは言えないけど、今更じゃなくて、今からだと思えば良いと思うの」

 

不知火「…違うんです、私は…今の私は意地でここに居る、かつての師のように…守る立場である今…私がキタカミさんに追いつくには…捉えるには…ここで戦うしかないんです…!」

 

暁「そう思うなら止めたりはしない、だけど…あと一回だけ言う、キタカミさんを越えるより先に不知火さんが潰れるわ、悪い事は言わないから…もうやめて」

 

不知火「これ以降言う事は無いんですね?なら二度とその言葉を口にしないでください」

 

暁「…そう、馬鹿ね」

 

不知火「師匠より優れている唯一の点です」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 

駆逐艦 朧

 

那珂「こんなところに連れてきて〜、那珂ちゃんに何の用?」

 

朧「…お願いします、私に格闘戦を教えてくれませんか?」

 

那珂「格闘戦を…?良いけど、容赦しないよ?と言うか何で?」

 

朧「強くなる為に…だと思います、それ以外は分かりません」

 

那珂「へー…もしかしたら素質あったかもね」

 

朧「素質?」

 

那珂「碑文使い!」

 

朧「…私が碑文使いに?」

 

那珂「私は碑文使いって…何かよくわからないけど、すごーく恋焦がれるような…誰より必死に何かを求めてる人だけがなれると思うんだ…まあもう枠は埋まっちゃったけどね!」

 

朧「はぁ…」

 

那珂「あ、あともう一個…何で私?あ、ファンだから?しょうがないなぁ〜…」

 

朧(合わせた方がいいのかな、これ…)

 

那珂「あ、生半可な気持ちでファンですとか言ったら〜、ぶちのめすからね!」

 

朧(怖っ!?笑顔が攻撃的に見える…!)

 

朧「えっと…那珂さんって、獣みたいに襲いかかるような格闘をしてましたけど…」

 

那珂「何も考えなくて良いからね!」

 

朧「それは、嘘…ですよね…一番考えて格闘戦をしてると思います」

 

那珂「え?どこが?」

 

朧「那珂さんは艤装を絡める事前提の動き…得意ですよね」

 

那珂「わぁ、那珂ちゃんの得意な事に気づくなんてすごーい!で?」

 

朧「気付いたのは曙…ここに居ない方の曙です、前に話した時…細かい動きとか、全部計算されてるって」

 

那珂「うんうん、アイドルは計算だからね」

 

朧「…私は、強くなりたいんです、それだけ……お願いします、教えて下さい」

 

頭を下げ、地を睨む

 

那珂「…朧ちゃんってさー…本当は格闘やりたく無いでしょ?」

 

朧「……」

 

那珂「言わされてる感…すっごいなー…なんで?選んだ理由もそれだけじゃ無いよね?」

 

朧(どこまでバレて…)

 

那珂「顔あげちゃダメだよ?あげたら撃つから」

 

朧「…それは、正直な理由を言え…って意味ですか」

 

那珂「それ以外に何が考えられるの?那珂ちゃんおバカ系だからわかんなーい」

 

朧「…どこまで話せば…」

 

那珂「理由、それと…誰のせいなのかも、誰かが絡まないと理由を隠したいなんて事にならないでしょ?」

 

朧「…綾波に、勧められたんです、格闘と砲撃戦を交えたらどうか…って」

 

那珂「へー…あの綾波?ふーん、確かにそれは言いなりになるの癪かもね!」

 

朧「でも…今の私じゃダメだから…」

 

那珂「うん、嘘、そんな事思ってないよね、いや、すこーしは思ってるかもしれないけど…というか、朧ちゃん綾波の事もう気にして無いんでしょ」

 

朧「っ…そんな事…!あ」

 

つい顔を上げてしまう

 

那珂「あー、ダメって言ったじゃん!約束破る悪い子には…バーン!」

 

額に衝撃が走る

あまりの痛みに尻餅をつきのたうち回る

 

那珂「痛いでしょ、デコピン」

 

朧(本当に撃たれるかと思った…良かった…生きてて)

 

那珂「あれ?もしかして勘違いした?那珂ちゃん達砲も魚雷も無いんだよ?」

 

朧「……そんな事より、私は綾波を許してなんか…!」

 

那珂「ほんとーに、許してない?」

 

朧「許してません!だって綾波は漣のことも、曙のことも…」

 

那珂「…感情の整理って難しいよねぇ、那珂ちゃんも結構ミスるんだけど…うんうん、頭では許せないけど、朧ちゃんは綾波の助言を受け入れたいんだねぇ」

 

朧「だから違う…!」

 

那珂「別にどっちでも良いけど、今綾波が何してるか知ってる?」

 

朧「……特務部で…深海棲艦を人間に戻す研究を…」

 

那珂「手段は?」

 

朧「…そんなの知るわけが…」

 

那珂「実は那珂ちゃん知ってて〜…生きた人間を解体してサンプルにしてるんだよ?」

 

朧「……え?」

 

那珂「人間に戻すには人間のデータが必要じゃん?だからたくさん苦しめて、いたぶって、弄んでから生きたまま壊しながらデータ取ってるんだよ?」

 

朧「…そんなわけ…」

 

那珂「え?そんなわけ無い?ほんとーに?綾波って元々そう言うことしてたじゃん!」

 

朧「で、でも…」

 

那珂「…答え出た?今の話全部嘘だよ?」

 

朧「嘘…?」

 

那珂「いや、だって那珂ちゃんスパイじゃないし…調べようが無いじゃん、ねぇ?」

 

朧「…嘘、か…」

 

那珂「良かったって思った?残念だった?」

 

朧「それは…」

 

那珂「感情に素直になるのは難しいよ、誰かを好きになるのも難しい、納得するのなんて絶対無理だと思う…でも、良いんじゃ無い?朧ちゃんは綾波にツンデレなんだーって思うだけだから」

 

朧「……」

 

那珂「那珂ちゃんはねー、末っ子だからあんまり面倒な事はしてこなかったよ、姉妹が何かするより那珂ちゃんがやった事の後始末押し付けた回数の方がずっと多かった…仲間を手にかけかけた事もあったし」

 

朧「それはAIDAが…」

 

那珂「言い訳じゃん、そんなの」

 

朧「そんな事…」

 

那珂「え?良いの?AIDA言い訳にしても朧ちゃんは許してくれる?」

 

朧「…まあ、私は…」

 

那珂「じゃあ、そういう風に育てられただけなんだよ、綾波も…何かがバグっただけ、綾波だって元々は悪人じゃなかった…と思えば納得できるのかもね」

 

朧「……」

 

那珂「納得してもしなくても良い、もっと良く考えておいで、明日から修行編スタートだからね!」

 

朧「…はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

特務部 研究所

駆逐艦 綾波

 

綾波「…ダメですね、一切使えませんよこれ」

 

数見「こっちのサンプルは」

 

綾波「ハズレです、全部始末します」

 

数見「まだ空きがあるように見えるが…」

 

綾波「お楽しみ用でスよ、壊す瞬間をじっくり見たくて…録画、欲しいですか?」

 

数見「……いや、遠慮しておこう」

 

綾波「…まあ良いや、で、何の御用ですか」

 

数見「いや、研究を続けてくれ」

 

綾波「はいはーい…頑張りまース…」

 

回転椅子に腰掛ける

 

綾波「ふぁ…疲れた…」

 

アオボノ「綾波さん」

 

綾波「なんですか、いまから寝るところなのに」

 

アオボノ「…血涙症?」

 

綾波「は?…うわ」

 

目元を拭うと赤い血がベッタリとつく

 

綾波「返り血でしょう、一体どこで…」

 

アオボノ(…いや、目が…眼球が真っ黒に…?違う、AIDA…?何だこれは…)

 

綾波「…まさかAIDAの存在を知らないわけじゃ無いですよね?そんな驚いた顔して」

 

アオボノ「まさか…」

 

アオボノ(綾波の目をディスプレイのようにして映っていた?どう言う事だ…とにかく綾波は感染者…か)

 

綾波(…あー…もうヤダ…血が止まらない…)



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購買部

宿毛湾泊地 演習場

正規空母 加賀

 

加賀「…私と貴方、2人だけですか?」

 

瑞鳳「いいえ、化け物も二人呼んでおきました…今見せておいた方がいいですよね?」

 

島風「ば、化け物って…酷い言われよう…」

 

曙「…ま、いいわ…実力がついた証拠だと思えば…」

 

加賀「……過剰戦力ね、向こうはどうするの?」

 

瑞鳳「瑞鶴と葛城…あとはまだ暴れ足りないそうなので…神通さんと、それから川内さん、あとは秋雲と陽炎が入るそうです」

 

加賀「撤回、戦力的にはこちらが不利になりそうね」

 

瑞鳳「勝敗条件は旗艦の撃破…と言う名目ですが、向こうの旗艦の瑞鶴には手を出さないでください、私が仕留めます」

 

加賀「構わないけれど…」 

 

曙「そう言う奴ほど負けるわよ」

 

瑞鳳「勝つつもりはないよ、全て思い出させる…その為には直接やり合わなきゃいけない」

 

島風「…戦って思い出すものなの?」

 

瑞鳳「…碑文使いの戦い方は本能でわかってるはずだから、少しそれを刺激すればいいだけ、難しい事は何も要らない…絶対に思い出させる」

 

曙「碑文使い…って、もうこの世界は碑文を呼べないのに?」

 

瑞鳳「碑文の力はここに作用するの」

 

頭を指す

 

瑞鳳「感覚、私は嗅覚の増大だけど、これは現実にも影響してる…碑文使いって多分脳がイカれてるから」

 

曙「…あ、そう…やっぱ鼻効くのね」

 

瑞鳳「もちろん、例えば…今食堂で明石さんが醤油ラーメンにニンニク入れて食べてるのがわかるくらいにね」

 

島風「それ鼻が良いのレベル超えてるんじゃ…」

 

瑞鳳「ね、瑞鶴は心の声でも聞こえるんじゃない?」

 

曙「川内型は?」

 

瑞鳳「詳しくは知らないけど…神通さんは死角がないのは間違いない、仕掛けるなら気をつけて」

 

曙「ま、島風となら行けるでしょ」

 

島風「最速だからね…!」

 

 

 

 

 

 

 

病院 病室

重巡洋艦 青葉

 

青葉「……退屈、だなぁ…」

 

司令官は帰ってしまったし…娯楽物もない

私の体はおそらく健康そのものだけど、一応朝まで病院で様子を見る事にもなったし…

ベッドに座って時間が経つのを待ち続ける行為はくたびれるのに1時間とかからなかった

 

青葉「寝てるしかない…か…」

 

横になり天井を見ようとしたら…

 

アオバ「…ハーイ?」

 

視界いっぱいに自分の顔が映っていた、横向きに

 

青葉「わぁぁぁっ!?」

 

アオバ「元気してたー…ら、こんなとこ居ないか、お見舞いに来たよ!」

 

衣笠「…驚いて放心してるんだけど、もうちょっとまともに登場できなかった?」

 

アオバ「サイレントエントリーは記者の基本!…って、おーい!」

 

青葉「…あは、あはは…ご無沙汰してます」

 

アオバ「そんな他人行儀な…お姉ちゃん泣いちゃうっ!」

 

衣笠「何が悲しくてこっちのアオバと血縁繋がるなんてことに…あー可哀想な青葉」

 

青葉「そ、それより!…随分早いですね、私が病院に運ばれてからまだ数時間しか…」

 

アオバ「しゅざ…ちょ、調査で呉に居たから、速攻!」

 

青葉「呉鎮守府?」

 

衣笠「動かそうにも民間の理解が必要でしょ?瀬戸内海って今のところ一度も深海棲艦目撃情報も深海棲艦による犠牲も出てないから」

 

アオバ「呉鎮守府の話にはみんな後ろ向き、このまんまじゃあ…ダメっぽいですね!特に漁業組合からの反応が厳しい!」

 

衣笠「数少ない漁場で砲弾の雨霰は御免だーって…まあ、舞鶴の方が先に動かせるんじゃないかって感じ」

 

青葉「た、大変なんですね…」

 

アオバ「さて、そんなクソどうでもいい話より…何があったの?過労?それとも…」

 

青葉「えっと…」

 

青葉(ここで話したら全部色んな方面に筒抜け…って考えると、何で言えばいいのか…)

 

衣笠「…アオバが邪魔?それなら衣笠さんが話聞くよ?」

 

青葉「いや、そう言うわけじゃ…」

 

アオバ「…まー、話辛いことを話せって言うのは…ジャーナリズム的には必要だけど、姉妹的には違うし…言いたい事だけ、話してもいい事だけ、教えて?」

 

青葉「え…は、はい…」

 

衣笠(アオバがまともな事を言った…!?)

 

アオバ「ガサ、何その顔…殴るよ?」

 

衣笠「いや、まあ…」

 

青葉(…AIDAに感染した事だけは喋っていいのかな…混乱を引き起こさないように……いや、逆に調べるように仕向ければ青葉の意図が…)

 

青葉「さ、最近、ネットゲームしてて…The・World」

 

衣笠「ああ、大淀さんもやってたっけ…?」

 

アオバ「いや、あれはアカシックラインっていう別ゲーですよ」

 

青葉「…AIDA」

 

衣笠「AIDAって…あの?…待って、青葉!AIDAが出てきたの!?」

 

アオバ「ガサ、うるさい」

 

青葉「…その、AIDAに感染しちゃって…でも、すぐ駆除してもらったから、もう平気です…」

 

アオバ「…AIDAに…そっか、アオバ達からしたらそれを力として操るイメージの方が強かったけど…AIDAは元々危険なものだった…」

 

衣笠「アオバ、The・Worldについてなんか知らないの?」

 

アオバ「ゲームについては司令官の方が詳しいですからね…でも、AIDA…あの危険なのが出てきたのなら…もうゲームはやめて欲しいところなんだけど…」

 

青葉(…そっか、私がThe・Worldを続けるかどうかも、選ばなきゃいけないんだ…でも、私は…)

 

青葉「やめません、やらなきゃいけない事があるので…」

 

青葉(私だけ助かるなんてダメ、司令官や皆んなのAIDAを取り除くんだ…!)

 

アオバ「…止めはしないけど、無理しないでね」

 

衣笠「辛いことや怖いことがあったら逃げておいで…って言っても、倉持司令は良い人だし、そっち頼るかー」

 

青葉「…うん」

 

アオバ(……?)

 

衣笠「あ、そうだ、さっき購買で雑誌いくつか買ってきたから!暇してると思って」

 

青葉「…ぷ、プロレス雑誌…」

 

アオバ「ガサ、それは自分の趣味では…」

 

衣笠「暇でやる事ない人って恰好の布教対象でしょ?…っていうのは冗談で、その雑誌の編集者さんと知り合いだからさ、何となく買うようにしてたり…あ、後ろの方にある連載小説とか普通に面白いから!」

 

青葉「は、はぁ…」

 

アオバ「とりあえずそろそろ帰るね、何かあったら連絡して」

 

青葉「あ、ありがとう…」

 

病室に静寂が戻る

 

青葉(…このタイミングの入院じゃ、作戦には参加できるか…いや、司令官なら大事をとれ…って言いそう……そう言えば司令官についていたAIDAは私たちのものとは別の…)

 

別々のAIDAなら…危険なAIDAなのなら…

誰かを手にかけるような、そんな危険なものなら…

 

青葉(疲れ気味に見えたのがAIDAの影響なら…あれ?でも司令官って特におかしくなってるような気はしないし…)

 

青葉「…よくわかんないな…」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

軽空母 瑞鳳

 

瑞鳳「居た居た」

 

川内「あ、瑞鳳じゃん、何?演習前になんの用事?」

 

神通「多分、私に手を出すな、という事ですよね、瑞鶴さんとの勝負ですから」

 

瑞鳳「……2割は正解だけど、それよりも…今から少し時間ある?」

 

川内「…まあ、予定はないよ」

 

神通「私も何もありません」

 

瑞鳳「お金は?」

 

神通「……まあ、それなりには」

 

川内「何、たかり?」

 

瑞鳳「いーや、神通さんには私の艦載機をね、全部壊されたから…弁償してもらおうと思って」

 

神通「あ……いや、なんのことでしょうか」

 

川内「神通、おとなしく行ってきて弁償」

 

神通「…はい」

 

瑞鳳「川内も来て、悪い話じゃないから」

 

川内「…ま、いいか」

 

 

 

研究所

 

瑞鳳「…あれ、誰も居ない…」

 

電気のついていない、真っ暗な、そして誰もいない部屋

機械も一つも稼働していない、まるで破棄されたような…

 

川内「何?ここ…明らかに今くるような場所じゃ…」

 

中央のモニターがつき、砂嵐の画面になる

 

瑞鳳「あ、おーい、聞こえる?」

 

ヘルバ『…待ちなさい……悪かったわね、少し忙しくって』

 

川内(…声だけする…誰…?)

 

神通(敵ではなさそうですね)

 

瑞鳳「装備が欲しい」

 

ヘルバ『用意してるわ』

 

施設の明かりがつき、中央に艦載機の矢束が置かれている

 

瑞鳳「幾ら?」

 

ヘルバ『試作品も含めてるから、今回はサービス』

 

瑞鳳「ラッキー……これは…彩雲と流星改…か、よし!」

 

ヘルバ『後ろの子達は?』

 

瑞鳳「そっちも装備を見繕って欲しいんだけど…」

 

川内「ねぇ、瑞鳳…その艦載機ってさ…」

 

ヘルバ『私が作ったもの、よ…何か問題がある?』

 

川内「……瑞鳳に質問してるんだけど、なんでわざわざここで買うの?」

 

瑞鳳「大本営が危険だ…って判断したから」

 

神通「危険、ですか…」

 

瑞鳳「詳細はまだ掴めてない、だけど…この世界って、本当に何か変わったの?私には何も変わってないように思える、だから私は私が信用できると思ったものだけを信じる」

 

ヘルバ『光栄ね』

 

瑞鳳「性能は低いけど、ここの装備はちゃんと使い手に応えてくれるよ」

 

川内「……ま、確かに…無茶はしても意味がない…装備選んでもいい?何があるの?」

 

ヘルバ『待ちなさい、運ばせるわ』

 

奥の扉が開き、台車を押す用な音が響いてくる

 

神通「…貴方は…春雨さん」

 

川内「え?」

 

台車に複数の装備を乗せて春雨がやってきた

 

春雨「装備、と言っても…駆逐と軽巡の物しか無いけど…」

 

川内「うわ、ほんとに春雨が出てきた」

 

春雨「……ま、選ぶなら早く」

 

川内「怒んないでよ、ごめんってば…えっと……この辺かな、主砲と夜偵と…」

 

神通「私も同じく…艦載機は必要ありませんけど」

 

春雨「2人用の装備は今からじゃ作るのは間に合わないし、専用の奴は暫くお預けという事で」

 

川内「何?春雨が作ってるの?」

 

春雨「そんなわけ無いじゃん…」

 

神通「…演習弾は?」

 

春雨「この砲弾使って、こっちの赤色のが非殺傷」

 

川内「当たったら死ぬんじゃ無いの?」

 

ヘルバ『大丈夫よ、試しに撃ってみたら?」

 

春雨「…よし、どっちが的になる?」

 

春雨が主砲に弾をこめてこちらに向ける

 

川内「春雨が撃つの!?」

 

神通「…では、私が」

 

春雨「それ」

 

放たれた弾は神通の目の前で弾け、青い火花を散らした

 

神通「…?……なんとも…あれ…」

 

神通が膝から崩れ落ちる

 

川内「神通…大丈夫?」

 

神通「電気ショック…いや、規管が狂って…立てな…」

 

ヘルバ『一時的な物だから、安心しなさい』

 

川内「…成る程ね、演習用どころか…コレ、鎮圧にも使えそうだけど」

 

ヘルバ『そういう目的でも使えるかもしれないけど、人外に効くのかどうかはわからないわ…それは脳の電気信号や平衡感覚を狂わせる、でも効果は30秒程かしら』

 

神通「…その様ですね…感覚が戻り始めてます…」

 

川内「いいじゃん、便利でさ」

 

ヘルバ『その辺りのものはここで補充できる様にしておくわ、勿論費用は貰うけど、その分確実なものを用意するわ』

 

川内「えー、お金取るんだ」

 

ヘルバ『その砲弾一つ作るのにどれほどの…みたいな話をした方がいいかしら?』

 

川内「嘘嘘、ちゃーんと払うって」

 

神通「代わりに作って欲しいものが…」



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姉妹仲

宿毛湾泊地

軽巡洋艦 北上

 

北上「なに、いい加減ウザいんだけど?」

 

亮「少しだけでいい、時間あるか」

 

北上「…アンタがなんかを嗅ぎ回ってんのは知ってるよ、で、何?」

 

亮「大井の事、許してやってくれないか」

 

北上「…っ…はぁ…関わらないって言ってるじゃん、それじゃダメなの?」

 

亮「…俺はダメだと思ってる、北上、お前本当は姉妹と仲良くしたいんじゃ無いのか?」

 

北上「姉妹?もしかしてアイツの事言ってんの?……冗談よしてよ、次アイツを姉妹だなんて言ったら…撃つよ」

 

亮「撃ってみろ」

 

北上「…チッ」

 

亮「お前、周りより少し賢いだろ?少なくとも馬鹿じゃ無い…俺を撃ったらどうなるかくらいわかるだろ」

 

北上「……だから大人しく話聞け…って?ふざけてんの?」

 

亮「ふざけてなんかねえよ、あの時お前を解体しちまったのは俺だ、お前が本当に大井に対しての憎しみしか無いのか…それが知りたいんだ」

 

北上「……」

 

亮「あの時の事は俺にも責任はある」

 

北上「だから怒りの矛先を俺にも向けろ?」

 

亮「そうだ、お前が憎しみを向けるべき相手は大井1人じゃ無い、俺もだ」

 

北上「だから何が変わるってのさ」

 

亮「相手を変えたきゃ自分が変わるしか無い…ってとこか」

 

北上「…そんなにあたしと大井に仲良くさせたいの?意味わかんないんだけど」

 

亮「俺もわかんねえ、でもやれるだけはやっておかないと後悔するだろ?」

 

北上「…納得して選択したとしても…後悔はするよ」

 

亮「かもな」

 

北上「……」

 

亮「大井も、お前も、相手に求める事しかしてない…と思ってな」

 

北上「求めるって…何を」

 

亮「さっき言った通り、姉妹を求めてる…様に俺は見えた」

 

北上「……」

 

亮「大井はお前の力を求めてる、だけどお前らお互いに求めてるだけだろ」

 

北上「あのさ、あたしも何も知らないわけじゃ無いんだよ、もしあたしがアイツと仲良くしたかったとして…アイツはあたしじゃないキタカミを助けたがってるの、わかる?」

 

亮「それは知ってる」

 

北上「あたしの望みがそうだったとして…手を貸せばあたしは要らない子なんだよ、だって本物の姉妹は別にいるわけだし」

 

亮「お前、ここの綾波型の事知らないのか?曙が2人いただろ」

 

北上「あんなのイレギュラー中のイレギュラーじゃん、それになんか変な部署行ったんだし、くる前と何にも変わんないでしょ」

 

亮「そう思うなら会ってきたらどうだ?」

 

北上「なんでそんなめんどくさい事…あのさぁ、そっちが何言おうと勝手だけど、あたしはあの大井と仲良くする気なんかないの、どうしてもそうさせたいならあたしの目の前で土下座でもさせてよ、そうすれば話くらいは…」

 

大井「聞いてくれるんですね」

 

亮「大井、お前いつから…」

 

北上「何?やるの?本当に土下座しちゃう?」

 

大井「確かに周りに変わる事を強要する以上、まず自分が変わるのは当然の事、それだけよ」

 

大井は何の躊躇いもなく土下座をしてみせた

その行為がより苛立ちを加速させた、何でこいつはあのキタカミのためにここまでできるのか…と

 

北上「……」

 

大井「話は聞くんですよね、深海棲艦と化した球磨型を助けるために…手を貸してください」

 

北上「あたしの力なんて借りなくてもできるんじゃ無いの?」

 

大井「……」

 

北上「アンタら2人ともウザいよ」

 

大井「ウザくて結構です、私は姉妹を助けるために尽くせる手は全て尽くしたい、私が戦うと決めた以上…妥協はしません」

 

北上「へぇ…」

 

大井「それに、私は人を思いやる事は今までしてきませんでした、今もあなたに対しては思いやりを欠いている自覚はあります」

 

北上「何だ、わかってるんじゃん、そこまでわかっててまだ手伝えって?」

 

大井「勿論、ここまで来た以上は」

 

北上「……馬鹿なんじゃない?いや、清々しいよねぇ…うん、本物のバカなんだろうなぁ…何?あたしが手伝うメリットは?」

 

大井「…提示できる何かはありません、ですが私は全てを捨てる覚悟がある」

 

北上「じゃあ死ね、あたしには関係ない」

 

大井「……」

 

亮「待て、流石にお前も言い過ぎだ」

 

北上「もうさぁ…ほんっとうに時間の無駄…何?もう手伝いません、はい終わり、コレじゃダメ?」

 

亮「大井は今変わろうとした、姉妹を助けるためだけじゃない、お前に応えるために…」

 

北上「だとしたら、遅いんだよ…何年、いや何十年…とにかく遅すぎるし、やり方だって間違えてる」

 

大井「っ…」

 

北上「確かにあの時のあたしだって浮ついてたよ!だって艦としての記憶しか無いから、色んな仲間と再開できるとかさぁ…でも蓋を開けたらアンタらは地獄みたいなとこから逃げてきたらしい、けどあたしは違う、そのギャップとあたしのせいで苦楽を共にした姉妹と過ごせない憎しみを向けられた!」

 

大井「違う!そんな事…!」

 

北上「何処が違うのか…言ってみれば?あたしが居なければ良かった、そう思った事が本当になかったって…言えるのなら言ってみなよ、言ってみせろよ!」

 

大井「っ…それは…」

 

北上「大体さぁ、コイツは一番最初に必要なものを持ってきてない、何が変わろうとしてる?本当に変わろうとしてたならまず謝れ…!アンタがしてんのは最初から最後まで要求!一度だってあたしを見てない!」

 

大井「……そう、ね…本当に…ごめんなさい」

 

北上「言われてやっても価値なんかないんだよ、今更そんな事されてもさぁ…媚びてるだけじゃん」

 

亮(…そろそろ止めないと流石に不味いな…)

 

大井「…貴方に求める事はもうしない、貴方が嫌ならもう関わる事もしない…」

 

北上「…っ…」

 

大井「許してくれなくたっていい、今まで…本当にごめんなさい」

 

北上「意味わかんないよ、じゃあ何で謝ってんの?あたしはもう手伝わない、なのに謝る意味なんかある?手伝わせたいんじゃなかったの?」

 

大井「…結局、私は自分のことで手一杯、相手の気持ちなんてまるでわからない…だから私は今まで同様自分の力で問題を解決する事に全力を注ぐ…でも、これからは誰かを傷つける様な事は絶対にしない」

 

北上「ホントにさぁ、何なの此処の奴ら…揃いも揃ってわけわかんないこと並べ立てて…」

 

大井「貴方にも、これから貴方を傷つける様な真似は絶対しない、約束する」

 

北上「…だから今までの何もかも、帳消しにしろって?」

 

大井「お互いに、ね…提督、私は先に失礼します」

 

亮「お、おい…」

 

北上「……チッ」

 

亮「待て、北上」

 

北上「何…今頭にきてるからさぁ…ホントに撃つかもよ」

 

亮「…少しでいい、場所を変えよう」

 

 

 

 

亮「紅茶とコーヒー、どっちがいい、どっちも缶だけどな」

 

北上「砂糖は」

 

亮「コーヒーはブラック、紅茶はミルクと砂糖入りだ」

 

北上「…紅茶、次からはカフェオレ買っといて」

 

紅茶の缶をひったくり、さっさと飲み始める

 

亮「少し気になってたんだがな…踏み込んでいいことなのかわからなかったから…聞くのも憚られたんだが」

 

北上「さっさとして」

 

亮「お前、金を集めてどうしたいんだ?」

 

北上「……ああ、履歴書でも見た?…あれ履歴書でいいの?」

 

亮「さあな、個人情報が載ってる書類ってだけだし…で、何でわざわざ命懸けの仕事を選んだ?」

 

北上「…さぁねぇ…酒でもくれたら口が軽いかもよ?」

 

亮「お前15だろ、ダメだ」

 

北上「レディの年齢把握してるなんてキモーい」

 

亮「で?」

 

北上「…動じないねぇ…言われ慣れてんの?」

 

亮「聞かれたくないか」

 

北上「そりゃあ給料の使い道なんて誰も知られたかないよ」

 

亮「…そうか、まあ確かにな」

 

北上「…そういや…なんて呼べばいいんだろ」

 

亮「三崎でも何でもいい、呼びたい様に呼べよ」

 

北上「……じゃあ、提督かなぁ…イエスマンよりも提督っぽいし、一応は部下だった時あったし」

 

亮「イエスマン…?」

 

北上「まあ、ソレは置いといてさ、提督はお金貯めて何かしたいこととかないの?」

 

亮「急だな…いや、元々そういう話だったのか…金を貯めて…か、特に思いつかねえ、一生生活できる様になったらゲームでもして過ごすんじゃねえの?」

 

北上「夢がないねー、お金だよ?アレがあれば何でもできるんだよ?」

 

亮「でも、一瞬で消える…二年前の事件覚えてるか?世界中のネットワークが初期化された事件」

 

北上「…あれで電子マネーだの、ネットバンクだの…いろんな会社も倒産した…ってニュースは見たよ、いろんな人が働けなくなったりもしたって聞いた、あたしは特に被害受けなかったけど」

 

亮「銀行のデータとかも結構やられてたらしいしな…ま、今がそんなに悪くねえってのもあって金を貯めてまで手に入れたいモンはねえな」

 

北上「さっきの話の意味は?」

 

亮「必死で貯めても消える時は一瞬ってことだ、それも理不尽にな」

 

北上「理不尽に、一瞬で…かぁ…やだなぁ…」

 

亮「何が欲しいんだ?そこまで貯めなきゃ手に入らないものか?」

 

北上「……何だろ、人かなぁ」

 

亮「人?」

 

北上「家族とか?家族構成とか書いてない?あたし一人っ子でさ」

 

亮「…それは、姉妹を買いたい…って意味か」

 

北上「かもね、今更だけどこんな手段じゃなくてもお金なんて稼げたしさぁ…本能がそうさせた…のかも」

 

亮「買えるもんじゃねえだろ、姉妹なんて…」

 

北上「そうだねぇ…でも、あの大井に手を貸したところであたしは姉妹が手に入るわけじゃない」

 

亮「手に入れるもんでもない…と、思うけどな…」

 

北上「欲しければ手に入れるしかないんだよ、わかんないかなぁ、この気持ち」

 

亮「どうやって手に入れるんだ?」

 

北上「…さあね」

 

亮「……俺は一人っ子だけどな、弟みたいに大事な奴がいる」

 

北上「へぇ、興味あるな、その話…何でそんな関係になったのかとか」

 

亮「望んでそうなったわけじゃなかったけどな」

 

北上「そんな事より、どうやってそんな仲になったの?」

 

亮「たまたま俺が売り子をしてた店にな、そいつが姉ちゃんの誕生日プレゼントを買いに来たんだ」

 

北上(コンビニのバイトか何か…?)

 

亮「でも金が足りなくてな、で、ちょっとまけてやった」

 

北上「結局金じゃん」

 

亮「今のは単に初対面の時の話だっつーの…でも、そっから一緒に遊んだりする様になった」

 

北上「遊ぶ…ねぇ…」

 

亮「ま、なんて言えばいいのか、正確にはわかんねえけど…相手に認めてもらうことが重要なんじゃねえのか?」

 

北上「…相手に、認めてもらう…」

 

亮「それに、たとえそういう仲だったとしても…絶対に相手にムカつかないなんてことは無いし、お前が望んでる程いいものじゃ無いかもしれない」

 

北上「……わかってるさ…そんなの」

 

亮「ま、お前がわかってるって言うなら…なんだ、深く首突っ込むつもりは無いし…」

 

北上「その方が助かる」

 

亮「でもな、多分お前と大井は姉妹なんだろうぜ」

 

北上「……だとしても、大井の姉妹はあたしじゃ無いんだよ」



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空母艦隊演習

宿毛湾泊地 演習場

軽空母 瑞鳳

 

演習開始の信号弾が上がる

 

瑞鳳「…推して、参る!」

 

弓を振るい、海を進む

 

加賀「……貴方、艦載機の数が随分と少なく見えるけど」

 

瑞鳳「これでもできる限り連れてきてます」

 

瑞鳳(…それに、割と高くつくし…)

 

加賀「作戦はさっき聞いた通りでいいのね?」

 

瑞鳳「はい、向こうに発見されるまではこちらから出しません」

 

曙「…随分と離れたわね、向こうが何処にいるのか、見当も…」

 

瑞鳳「今日はいい南風が吹いてる、匂いがちゃんと乗ってきてるから…場所はもう捕捉してる」

 

曙「…猟犬」

 

島風「先に手を出さないのは…フェアじゃ無いから?」

 

瑞鳳「それもあるけど…先に見つけさせれば奇襲しやすくなる」

 

曙「…ああ、そういう事」

 

島風「普通なら絶対逆だと思う…」

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

川内「神通」

 

神通「はい、補足してます、此処より南東に…」

 

川内「よく見えてるなぁ…どうする?」

 

神通「…此処で私が余計な手出しをするのは無粋です」

 

川内「よしよし、よくわかってるね」

 

神通「それに…瑞鶴さんなら見つけられる」

 

瑞鶴「さっきからヒソヒソと…!うるさい!」

 

葛城「ず、瑞鶴先輩落ち着いて…」

 

瑞鶴(なんなのよ…何で今日はこんなにうるさく感じるの…!)

 

川内(…私達は慣れてたけど、碑文使い同士が集まって碑文が活性化してる…のかな、感情が昂ってる様に見える…)

 

神通(…必要とあらば…)

 

瑞鶴「葛城!艦載機、出すわよ!」

 

葛城「は、はい!」

 

放たれた矢が炎を纏い艦載機へと姿を変える

 

瑞鶴「彩雲隊がスグ見つけるはず…あの舐め切った面…真っ青にしてやる!」

 

川内(舐め切ってるのはどっちだか…)

 

 

 

 

 

駆逐艦 島風

 

島風「連装砲ちゃん!対空射撃用意!」

 

曙「いや、アタシが堕とすわ、練習もしたいし」

 

島風「むー!活躍しーたーいーの!」

 

瑞鳳「心配しなくても彩雲よりも大物はたくさんいるから…」

 

加賀「そうね、彩雲に固執する理由はないわ、それより曙、ちゃんと落としなさい」

 

曙「わかってるっての…」

 

クルクルと指に引っ掛ける様に双剣を回し、私の前に曙が飛び出す

 

曙「…点じゃなくて、線ッ!」

 

大きく双剣を振るい砲撃を連なる様に召喚し…

 

曙「弾けなさい!」

 

炎で燃やして爆破する

爆風でバランスを崩した彩雲は水面へと錐揉み回転をしながら堕ちていく

 

加賀「…派手すぎね、スマートに仕留めるべきだと思うわ」

 

瑞鳳「同意です」

 

曙「うるっさいわね!?」

 

島風「堕とすのおっそーい!」

 

曙「アンタはどうせ天津風にいい顔したいだけでしょ!?」

 

島風「そ、そんなことないもん!誘ったけど見に来てくれるかわかんないし…」

 

瑞鳳「…そろそろ、行きましょう」

 

加賀「わかりました、戦闘機のみ全機発艦します」

 

瑞鳳「…行ってきて!」

 

島風「…コレ、不利だよー…」

 

瑞鳳「承知の上、でもこの不利な戦いが私の能力を引き出してくれる…!」

 

瑞鳳さんは弓を折り畳み艤装に収納し…

 

島風「うわ、メリケンサック…」

 

瑞鳳「……ただの籠手なんだけど」

 

曙「カッコ鋼鉄仕様」

 

瑞鳳「鋼鉄ではないんだけど…」

 

加賀「金属製なのは否定しないのね」

 

瑞鳳「まあ…ちょっとは仕込んでますし、それにコレしか近接手段はありませんから」

 

曙「もう碑文の力はないんだし、そもそも近接に拘る理由なんてないんじゃないの?」

 

瑞鳳「空母は夜が弱点、夜間の戦闘に特に弱い…でも私はその逆」

 

曙「暗闇の中を一方的に相手を視認…いや、匂いで嗅ぎ分けられる?」

 

瑞鳳「そう言うこと、あとは…まあみてればわかる」

 

加賀「…敵航空隊と交戦開始」

 

瑞鳳「こっちの方が戦闘機も多いし…技量も上…!」

 

遠くの空に炎が迸る

 

瑞鳳「速力上げて!このまま突っ込んで反航戦に持ち込みます!」

 

加賀に矢を一つ投げ渡す

 

加賀「…彩雲?」

 

瑞鳳「北東に!とにかく高く!」

 

加賀「…わかったわ、だけどコレ…いや」

 

加賀が弓矢を放とうとするものの、違和感を訴える

 

加賀「…ふっ…」

 

ギリギリと引き絞り、放つものの…艦載機に変化しない

 

瑞鳳(…何で?不良品?)

 

加賀「どうなってるの…?」

 

瑞鳳「仕方ない、別のを…いや、自分でやります、整備不良みたいで」

 

もう一度弓を取り出し、構え、放つ

今度は艦載機へと姿を変えた

 

瑞鳳「加賀さん、残りは?」

 

加賀「52型12機、彗星20機、流星20機」

 

瑞鳳「よし、私は全部戦闘機と彩雲に費やしたので、あとはお任せします」

 

加賀「了解しました」

 

瑞鳳「さて…と」

 

島風「…敵!東に!」

 

加賀「いつの間にかかなり南進してましたね」

 

瑞鳳「お互い視認した…か」

 

といっても豆粒程度、波の合間にチラつく距離

 

島風(来る…!)

 

瑞鳳「…作戦通り、作戦通りにね」

 

島風「何秒ですか!?」

 

瑞鳳「40秒!カウント開始!」

 

曙「神通は引き受ける…いけるのよね…!」

 

島風「私は…川内さん」

 

加賀「私にあの駆逐艦達を担当させるのは間違いだと思うのだけれど」

 

瑞鳳「20秒前!」

 

曙「…よし、勝つ!!」

 

曙の艤装が蒼い炎を噴き出す

 

島風「5…4…3…」

 

瑞鳳「敵射程に突入!散ッ!」

 

 

 

 

正規空母 瑞鶴

 

瑞鶴「ただでさえ人数不利なのにバラバラに…!?」

 

白髪の駆逐艦が最速でこちらへと迫る

 

瑞鶴「陽炎!秋雲!」

 

陽炎「わかってます!」

 

砲撃戦が始まる

前方の駆逐艦目掛けての弾幕が進路を塞ぐ

 

秋雲「うわっ!?熱ッ!」

 

陽炎「これ、あの曙の炎!」

 

秋雲「あーもう!正確な位置がわかんないって…!」

 

瑞鶴「上から艦載機で指示する!……待って、何の音?」

 

唸る様な音

振動が海を伝わる様な…

 

瑞鶴「…何か…来る!」

 

炎の壁を突っ切り島風が川内の目の前に現れる

 

川内「な…!神通!教えてよ!?」

 

神通「フェアじゃありませんから…それに、私の相手は別に居ます」

 

島風「連装砲ちゃん!」

 

川内「あーもう!」

 

瑞鶴「陽炎!援護!」

 

陽炎「無理です!対空射撃で余裕が…!」

 

瑞鶴(いつの間に…!いや、あの艦載機遅い…まだ速度が乗ってない…!)

 

神通「よく聴いて下さい、艦載機の位置を!」

 

秋雲「む、無茶ですって!」

 

瑞鶴(よく…聴く…)

 

砲戦の音…

艦載機のプロペラ音…波の音、風の音…

 

私の心臓の音…

 

瑞鶴(…全部違う音だ)

 

炎が私に向かって伸びる

 

瑞鳳「目覚めて、瑞鶴」

 

瑞鶴「…そこか!」

 

炎から飛び出してきた瑞鳳に向かって弓で殴りつける

 

瑞鳳「…弓は人を殴る道具じゃないよ、瑞鶴」

 

弓を掴み、鍔迫り合いの様に睨み合う

あと数秒これが維持できればそれでいい、爆撃機が爆弾を持って戻ってくる、それで決めればいい

 

瑞鳳「…よっと」

 

私の肩を掴み、軽々と飛び上がり背中に回る

戻ってきた爆撃機は爆弾を放つことなく矢となり私の矢筒に収まる

 

瑞鳳「爆撃機は匂うよ、火薬の匂いが他より強い」

 

瑞鶴(匂い…嗅覚…)

 

全ての音が…

布の擦れる音、髪が靡く音すらも…

 

瑞鶴「…わかる」

 

瑞鳳が飛び退き、構えを取る

 

瑞鶴「…なんでわかるの」

 

矢筒から矢を引き抜き、引き絞る

 

瑞鳳「目覚めて、戦う為に」

 

矢を放っては撃ち落とされ、拳打を必死で避ける

明らかにこちらの戦える距離ではない、だが逃げることも叶わない…

 

瑞鶴(…やるしかない…!)

 

一度でいい、相手を出し抜けさえすれば…一瞬の勝機さえ見えれば…

 

瑞鶴(…火薬の匂い…?そうか!)

 

瑞鳳(…顔つきが、変わった…)

 

真上向かって弓を引き絞る

 

瑞鳳(真上に…!?)

 

爆撃機を放つ

 

瑞鶴「行け!」

 

ただひたすらに上に、そして上ったら海へと

 

瑞鳳(特攻!?)

 

瑞鶴「そんなに鼻が聞くなら…コレでどう!」

 

爆風と煙で周囲の視界が潰れる、何も見えない

 

瑞鳳「ゴホッ!…ゴホッゴホッ!」

 

瑞鶴(…位置は、掴んでる)

 

もう一度爆撃機を放つ

 

瑞鳳(…見えないし、匂いも…これは…)

 

瑞鶴「トドメ!」

 

瑞鳳「いっ…たた……やるわね…でも、今の爆撃で逆に煙が晴れた…」

 

瑞鶴「嘘…!まだ倒せないの!?」

 

瑞鳳「……復讐する者…」

 

瑞鳳が詰め寄り、ゼロ距離で弓を押し当て引き絞り

艦攻の爆弾を直接押し当てられる

 

瑞鳳「喰らえッ!」

 

瑞鶴「ぁが…っ…あぅ…」

 

瑞鳳「……旗艦、撃破…と…」

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

川内「はぁ…疲れた」

 

演習終了の信号が上がる

 

島風「もう少しで倒せたのに…」

 

川内「さ、流石に…はー…負けたくないって…」

 

川内(…目的達成できたのかなぁ、コレ…鎮圧どころじゃなかったけど)

 

神通「ね、姉さん…」

 

川内「うわー…こっ酷くやられたね、髪の毛酷いよ?」

 

神通「…燃えるかと…」

 

川内「はいはい、撤収するよー」

 

島風「連装砲ちゃん、お疲れ様」

 

神通「瑞鶴さん…おそらく、覚醒しました、ですが受け入れることが出来ないと言うのは、変わらない様です」

 

川内「受け入れる…か、瑞鶴は佐世保を目の前で潰されたり…色々嫌な思い出ばかりだっただろうから…時間はかかるだろうね」

 

神通「…はぁ…つ、疲れ、ました…」

 

川内「よし、早く撤収して休もう」

 

 

 

 

 

 

 

医務室

正規空母 瑞鶴

 

瑞鶴「…ぅぐ…」

 

加賀「起きたようね」

 

瑞鶴「…貴方は…加賀さん」

 

加賀「意識ははっきりしてる…と、それなら良いわ」

 

瑞鶴「……あの」

 

加賀「何?あまり時間はないのだけれど」

 

瑞鶴「…翔鶴…って、誰ですか?」

 

加賀「貴方の姉妹艦、それ以上でも、それ以下でもないわ」

 

瑞鶴「……」

 

加賀「貴方の力は…守るためのモノ」

 

瑞鶴「守る…?」

 

加賀「救うとか、そんな器用なこと…無理に頑張らなくて良い、1人で全部解決しなくて良い…危険なら逃げれば良いの」

 

瑞鶴「逃げる…」

 

加賀「貴方、私の言葉、覚えてる?」

 

瑞鶴「言葉…?」

 

加賀「貴方が良いと思ったことをやりなさい、そうすれば前に進めるわ」

 

瑞鶴「ぁ……それ、加賀さんのセリフじゃない…んですよね」

 

加賀「そうね、ただの受け売り…でも、大事な言葉」

 

瑞鶴「…また、頑張ったら…褒めてくれますか」

 

加賀「頑張りすぎなければね」



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決別

大湊警備府 近海

駆逐艦 暁

 

暁「撤退!全員撤退して!」

 

今日の出撃も何も変わらない、命が手をすり抜けていく

誰かを救う事なんて私にはできない

 

不知火「クソッ!やらせるか!これ以上はやらせるか!!」

 

響「無茶だ!退こう!」

 

不知火「今日こそ…止めないと…!」

 

暁「……」

 

この光景は何度目だろう、不知火さんは何度敗北しても何も変わらない

勝ち目なんてどこにもないのに、ひたすらに…

何が望みなのか、それすら分かりはしない、わかるはずもない

 

不知火「ぐがっ…!」

 

砲撃が直撃…不知火さんを狙い澄ました一撃…衝撃で不知火さんは失神…

相手は視認できる距離に居ない…立ち向かうことすらできない

 

暁(…無理、ね)

 

暁「響!不知火さんを連れて帰って!」

 

響「暁は!?」

 

暁「…大丈夫よ、私口喧嘩なら負けたことないから」

 

響「はぁ!?」

 

暁「良い子だから、お姉ちゃんの言うこと聞いて…不知火さんを連れて帰って」

 

響「何言って…雷の様になるつもりかい!?」

 

暁「約束する、ちゃんと帰るから」

 

響「そんなこと…!」

 

暁「早くしないと、私死んじゃうわよ?」

 

響「……くっ…!約束した!破らないで!」

 

暁「…良い子ね、本当にいい子…」

 

どうせ見えてないのかもしれないけど

目一杯袖を引っ張り、白い生地を振り回して白旗の合図を送る

 

暁「…そもそも、口喧嘩になるのかしら」

 

私の不安をよそに、向こう側の対応は穏やかだった

 

キタカミ「降参かぁ、別に痛めつけたいわけじゃなかったし、全然受け入れるよ」

 

暁「…顔中血まみれでわからないかしら、キタカミさん」

 

キタカミ「……ああ、なんだ、暁じゃん」

 

暁「久しぶりね、少し世間話でもどお?」

 

キタカミ「別にいいけどさぁ…先に深海に行こうよ」

 

暁「…何か勘違いしてるみたいだけど、私は深海になんか用は無いのよ」

 

キタカミ「…降参しておきながら?」

 

暁「キタカミさん、なんで深海棲艦の味方なんかしてるの?」

 

キタカミ「味方?コレは救済だよ、深海に行けば誰も死なない、永遠の命を手に入れられるんだからさぁ」

 

暁「……それは司令官は知ってるのかしら?」

 

キタカミ「…何?まさか提督が賛同してくれない…とか言うんじゃ無いよね」

 

暁「してくれないと思うけど、と言うかどうやって考えたらしてくれると思えるのかがわからないわ」

 

キタカミ「…ははは、何言ってんの?みんな深海で幸せに暮らせるんだよ?」

 

暁「司令官は罪なき人を殺すようなこと、絶対許さないと思うけど」

 

キタカミ「…そんなわけ無い、提督は私を認めてくれる!」

 

暁「どうしてそんなことが言えるのかわからないけど…絶対にありえないわ、だって司令官は宿毛湾で今も戦ってるんでしょう?」

 

キタカミ「だから?」

 

暁「…キタカミさんがそんなことしてるって知ってて戦ってるなら、すでにキタカミさんを否定してる事になると思うけど」

 

キタカミ「そ…れは…」

 

暁「キタカミさん、踏みとどまるなら早い方がいいわ、一瞬でもね」

 

キタカミ「…うるさい、うるさい!提督はただ知らないだけ!私がこうして戦ってる理由を知れば…!」

 

キタカミさんが砲を向ける

 

暁「司令官に何て言うつもり?救済だ…と言って、か弱い子たちを殺して回ったって?」

 

キタカミ「黙れッ!」

 

暁「黙らないわ…雷は死んだ!雷を殺した相手が目の前にいた口をつぐむような事、姉として絶対にしない!」

 

キタカミ「死んだ?アハッ…そうだよ暁、暁は知らないんじゃん!雷はほら、今どこにいるか知らないけど駆逐級としてさぁ、他のみんなを救済に…」

 

暁「……だと思ったわ」

 

予想していたとはいえ、受け入れ難い結末に強い吐き気を催す

 

キタカミ「ほら、雷もいるんだよ?」

 

暁「雷は死んだ、何一つ変わらない」

 

キタカミ「…何が…?深海棲艦になったら死んだ?たとえ目の前にいてもそれは死体だ…って?」

 

暁「そうよ、だって雷は死んでしまったから」

 

キタカミ「…曙みたいにさ、深海棲艦から戻ったら、どうなんのさ」

 

暁「それは生き返ったんだと思うわ、だって前の世界からそんな感じだったじゃない、何か違う?」

 

キタカミ「……」

 

暁「救済だー…なんて言ってたけど、本当に死ぬことで救われると思う?それとも、深海棲艦になって洗脳された?」

 

キタカミ「洗脳…?私が洗脳されてる?…されてるわけ無いじゃん、アホらし…」

 

キタカミさんが主砲を突きつける

 

キタカミ「さっさと救済しちゃいましょうかねー」

 

暁「洗脳されないってわかって良かったわ、それならいくらでも抵抗できるから」

 

キタカミ「……」

 

暁「洗脳されないのなら…深海に不満を感じてる子も絶対居る、絶対に私は反乱するけど…迎え入れてくれる?」

 

キタカミ「チッ……」

 

暁「よく考えて?キタカミさん、貴方は…いやキタカミさんだけじゃない、本当に考えを塗り替えられてない?救済だなんてみんな考えてるの?」

 

キタカミ「…それ、は…」

 

暁「…やっぱり違うのね、というかそもそもキタカミさんがそう言ってるだけじゃ無いの?」

 

キタカミ「違う!木曾が…」

 

暁「…キタカミさんってお姉さんもいたわよね?お姉さん達は賛同してくれてる?」

 

キタカミ「…球磨姉達は…もう喋ることもままならないんだよ…!」

 

暁「そんな姿になるリスクを背負うことが…救済なの?」

 

キタカミ「…人間に戻せないんだよ、私の手で何回も倒して…その度にボロボロの体になっていって…」

 

暁(深海棲艦が復活するのにも代償が…って事かしら、でも…よくわからないわね…研究も進んで無いって話しだし)

 

キタカミ「あー、もう、嫌なこと思い出した…もうさっさと…」

 

暁「私が深海棲艦になるのは構わないけど、自由に動けるの?」

 

キタカミ「…随分と意見が変わったねぇ…」

 

暁「深海棲艦になれば…私を実験材料に深海棲艦を人に戻す手段が手に入るかも知れない、そうすればみんなで暮らせる…違う?」

 

キタカミ「…無理、そういう事はできないんだよ、無理矢理引き戻されるし」

 

暁「やっぱり救済じゃ無いわね、自分の命の使い方も決められないなんてディストピアじゃない」

 

キタカミ「……もういいや」

 

突きつけられていた主砲がだらりと海面に垂れる

 

キタカミ「暁は救済を受けるに相応しく無い」

 

暁「そう、嬉しい評価ね」

 

キタカミ「……雷だけどさぁ…ぐちゃぐちゃにされたと思うよ」

 

暁「っ…!」

 

キタカミ「なんでも…いろんな子を集めて、選りすぐりの深海棲艦のエリートを作りたいらしいんだけど……その過程でぐっちゃぐちゃの滅茶苦茶にするらしいしさぁ…二度と会えないと思うよ」

 

暁「なぁんだ、そんなこと」

 

キタカミ「…そんな事?」

 

暁「私が守れなかった時点で…もうダメなのよ、たとえ助けられても顔向けできないし…それよりもキタカミさん、貴方やっぱり違和感を感じてるんじゃ無いの?」

 

キタカミ「……どうだかね、もう脳みそがぐちゃぐちゃに溶かされてから随分経ったし…よくわかんないや…」

 

暁「…貴方なら、まだ救いようがあるのかも知れないわ」

 

キタカミ「救いよう…ねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

大湊警備府

 

暁(…何とか、生きて帰れた…)

 

響「暁!」

 

暁「ほら、ちゃんと帰ってきたでしょ?」

 

響「何でこんな無茶を…いや、そんな事より、私達は見捨てるような真似を…!」

 

暁「もう妹は失いたく無いの、だから泣かずによく聞いて」

 

響「…うん」

 

暁「響、不知火さんを連れてここを出ましょう、燃料を最大まで補給して陸路と海路を合わせて使えば宿毛湾まで行けるわ、横須賀でもいい」

 

響「……無理だ、それに宿毛湾?どこの事を…」

 

暁「…上手くやらないと、誰も救えない…此処には沢山の駆逐艦の艦娘が居る、ここの子達はどんどん死んでいくわ」

 

響「だからそれを守るって…暁が…」

 

暁「ごめんなさい、私じゃ力不足なの…だから、助けを求める…出発は2時間後、最低限のものを集めて、不知火さんを起こしましょう」

 

響「……海を通れば深海棲艦に…」

 

暁「そんじょそこらの深海棲艦なんてメじゃない…今まで戦ってきた相手が異常なだけよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 近海

駆逐艦 朧

 

朧「ぁ、あのっ!」

 

那珂「無駄口叩かず走る!アイドルは身体が資本!一に体力!二に体力!三四に愛嬌!五に体力!」

 

朧(だからって…海の上で走り込むなんて…艤装重っ…!)

 

那珂「絶対艤装の力で進んじゃダメ!目指せ100m9秒!」

 

朧(む、無理…!)

 

 

 

30分後

 

那珂「はいストーップ、スポドリ飲める?」

 

朧「げァ"っ…あっ…はぁ……」

 

差し出されたボトルをひったくり、喉に流し込む

 

那珂「これがアップね、30分の走り込みができるようになって初めてトレーニング開始だから」

 

朧「ぶっ!?ごほっごほっ!…む、無茶な…!」

 

那珂「……海上であの動きするのって本当に体力いるんだけど、まだ辛い?」

 

朧(…ここで止まるのはダメ…とにかくやらなきゃ)

 

那珂「ちなみにショットガンタッチに変更も考えてるんだけど、そっちの方が負荷は強いかもね」

 

朧「……えと…とりあえず次を」

 

那珂「おー!ガッツあるね!じゃあ片足で立って?」

 

朧「へ…?」

 

片足で立つ、陸地なら大した事ないけど…

 

朧(な、波が…!)

 

那珂「あ、今は掴まってていいよ、次はこれ、アイマスク!」

 

アイマスクで視界を塞がれる

今にも倒れそうながらも必死でくっつくことでそれを防ぐ

 

那珂「仕上げに…それっ」

 

朧「いっ…アァァァァッ!?」

 

持ち上げていた左足の感覚が激痛と共に失われる

 

那珂「はい、離そうか?」

 

朧「な、何、何を…!」

 

那珂「ほら早く離さないと両手もいっちゃうよ」

 

朧「ひっ…!」

 

痛い、本能的な恐怖が頭を支配する

咄嗟に手を離し、何とかバランスを取る

 

朧(あ、脚…!脚、どうなって…!)

 

那珂「そのまま15分耐えてね、耐えられなかったらもう一発行くから」

 

朧「は、はい!」

 

那珂「ちゃんと返事できてえらいえらい」

 

朧(しなかったら何されるかわからない…!)

 

片足になると波が普段以上に強い

たとえ膝下まで届くような波が来たとしても両足なら踏ん張れた、なのに片足になると途端に…

 

朧(た、倒れる…!)

 

視界が使えず波の来る方向すらわからない

少しの油断で身体が持っていかれそうになる

 

那珂「ほらほら、頑張れ〜」

 

朧(…待って、もしこれに意味があるなら音を聞けとか…)

 

耳を澄ませども…何も変わりなどしない、予想して堪えようとした方と真逆から波が押し寄せる

 

朧(もうダメ…倒れる!)

 

那珂「はい、15分と…目隠し取っていいよ」

 

朧「わぷっ!?」

 

 

 

朧「ぷは…な、何だったんですか…これ」

 

那珂「バランスは勿論、見えない事で他の感覚を研ぎ澄ますための訓練…かな?例えば」

 

後頭部に何かが触れる

 

那珂「これ…今いない方の曙ちゃんがやってみせた綾波の蹴り」

 

朧「け、蹴り…?」

 

自分の顔の横に脚が伸びていることにすら気づかなかった…

 

那珂「蹴ると片足になるじゃん?っていうのは置いといて、死角をつくのは簡単なんだよ、だから視界に頼らないことも大切だよーって」

 

朧「……そ、そうですか…」

 

那珂(初回で5分はかなりがんばってるし…こんな所かな)

 

朧「あ、あの…左脚」

 

那珂「あ、それはねー…目隠しして痛い事されると何されたかわかんないでしょ?って言う実験!」

 

朧(…オモチャにされてるんじゃ…)

 

那珂「ほらほら、次行くよー」



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犠牲者

東京 ベイクトンホテル メインホール

駆逐艦 五月雨

 

五月雨「…ここって…」

 

拓海「ベイクトンホテル…忌まわしい記憶の方が思い出されるか」

 

五月雨「…ええ、まあ…あの、火野提督、ここに何しに…?」

 

拓海「パーティー…と言うことになっている」

 

五月雨「ああ…ええと…」

 

反応に困っていると急に誰かの手で視界が塞がれる

 

五月雨「ひゃっ!?」

 

つい反射的にその手を掴み、背負い投げをして、銃を抜いて突きつける

 

涼風「あだっ!?参った!参ったよ!」

 

五月雨「…涼風?」

 

銃口を上げ、顔をじっと眺める

あの時と何ひとつ変わらない、かつての仲間

 

涼風「そーだって…ったた…」

 

白露「だからやめとけーって言ったのに」

 

時雨「自業自得という他ないね」

 

五月雨「え…?こ、これって…」

 

睦月「みんな大集合にゃしぃ!」

 

弥生「…うん、みんな、いる」

 

夕立「そういうことっぽい!」

 

ここにいるのはかつての舞鶴の仲間…

つまり、このパーティーは…

 

五月雨「提督が…?」

 

火野「招待したのは徳岡純一郎、現在はCC社の開発部長だ」

 

五月雨「…CC社…って、あの…?」

 

火野「今のところ…一応はクリーンな企業、の体裁を保っているが」

 

時雨「…裏側は違うって意味かい」

 

火野「私の関知するところではない、詳しい事は本人に聞くべきだ…と思うが」

 

睦月「司令官殿はいつくるのかにゃー」

 

火野「開始予定の時間にはあと20分ある、ゆっくりと待てばいい」

 

睦月「五月雨ちゃん、みんなのとこ行こ!」

 

白露「ほら、早く早く!」

 

五月雨「…えと…」

 

火野「私の護衛、という事なら気にしなくていい、もともとそれは方便だ」

 

五月雨「…ありがとうございます」

 

火野(…さて、どうなるか)

 

 

 

 

 

提督 火野拓海

 

火野「キミは行かなくて良かったのか」

 

涼風「まー…ちょっと…ついてきてもらえるとありがてぇんですけど…」

 

火野「徳岡純一郎と直接の繋がりがあるのは…キミか」

 

涼風「そういう細けぇ話は…ちょっとあたいにはわかんないですけど…提督が…あー、お呼び…デス」

 

火野「無理に畏る必要はない、案内してくれ」

 

 

客室

 

徳岡「おー…あー…何て挨拶すりゃいいんだ…?」

 

火野「畏る必要はないでしょう、我々はお互いにオフ、と言うことになっていますから」

 

徳岡「…じゃあ、遠慮なく…お前さん、提督辞めろ」

 

火野「…理由を伺っても」

 

徳岡「AIDA…気づいてないわけ無いよな?」

 

火野「確信には至っていませんでした」

 

徳岡「じゃあ今確信しただろ、艦娘システムは…アイツらを、人間を殺す…」

 

火野「だから私がこれ以上罪を重ねる前に辞めろ、と…そういう事でしたら、お断りします」

 

徳岡「理由は」

 

火野「既に私の指揮下の艦娘達がいます、彼女達は今生きている、死なない為に…彼女達を生かす為に私が要る」

 

徳岡「こっから先は…逃げ場ねぇぞ」

 

火野「理解しています」

 

涼風「な、なあ…提督?」

 

徳岡「涼風、ちょっと待っててくれ」

 

涼風「…わかった」

 

徳岡「心配すんな、お前らは俺が守るから」

 

涼風「むぐっ…頭わしゃわしゃすんなぁ…」

 

徳岡「…五月雨達のとこに先に行ってこい、俺も後から行くから」

 

涼風「うん…」

 

火野「……彼女とはいつから?」

 

徳岡「そもそもな話だが…今の俺は前の世界の俺とは随分違う立場にある、CC社を退社してないし…その傍らで孤児院の面倒も見てる」

 

火野(…成る程、あの涼風は孤児か)

 

徳岡「俺が気になって人雇って調べたんだけどな、白露型のほぼ全員がまともな環境にいなかった…睦月型もな、艦種によってそうなるのかは知らないが…やっぱり前の世界に存在しない人間を無理やりねじ込んだのは不味かったんだろうな」

 

火野「確かに、そうかも知れませんね」

 

徳岡「まー…全員見つけるのにはとんでもなく苦労したが、あくまでも見つけてやれたのは俺の分かる範囲の奴らだけだ、他所様のとこまではわからん」

 

火野「…そろそろこちらの話も」

 

徳岡「AIDA…艤装…その辺でいいんだよな」

 

火野「ええ」

 

徳岡「ネットワーククライシスの前…それこそThe・WorldってゲームそのものがAIDAに侵食されたあの時…誰かが意図的にAIDAを外部に持ち出した、ネットワークに接続してない外部にな」

 

火野「それによりAIDAは完全消滅を免れた」

 

徳岡「その消滅しなかったAIDAだが…これはもう人の手が加わっちまってる、AIDA…AIDAではあるんだろう、だがこれは人間の悪意だ」

 

火野「ええ、まさかAIDAに手を加えられるとは思いもしませんでしたが…」

 

徳岡「CC社のデータベースにな、改竄の記録があった…誰の犯行かもわかってる、数見だ、今はそっちに居るんだろ」

 

火野(特務部…か)

 

徳岡「だが数見に手は出せない、特務部なんて大層なところに居るからじゃない、あいつはAIDAを好き勝手する力がある…艦娘システムはAIDA感染者を作り出すシステムでもあることはもう調べがついている」

 

火野「艦娘システムを作った人間は定かではありませんが…」

 

徳岡「おそらく数見だろうな、あいつの支配下にあるAIDAは凶暴性が増すとか…そういうモンじゃねぇ、現実の脳に寄生して、望めばその一切を支配する…そんな代物なんだよ」

 

火野「…ここでの会合も全て筒抜けと見ていいでしょう」

 

徳岡「だろうな」

 

火野「徳岡さんはこれからどうするつもりですか」

 

徳岡「俺は…提督になるつもりはないし、常識的に考えて今から急になんて無理だろ?」

 

火野「…まあ」

 

徳岡「だが…俺がCC社に残ったのは前の世界でできなかったことをやる為だ、仕事だ何だで家庭を顧みなかったしな、だからせめて成人するまでは近くに居ようって決めてた…それももう果たしたし…CC社で何ができるわけでもない」

 

火野「となると」

 

徳岡「ま、こっからは俺も気楽なモンでな、CC社も辞めるし完全なフリーってわけだ」

 

火野「…ふむ、しかし提督になるつもりはないのなら今日の会は…」

 

徳岡「…アイツらみんな、一緒のとこに住めるようにしてやりたいな…ってな、親心…みたいなモンだ」

 

火野「……そろそろ時間では」

 

徳岡「っと、待たせたら何されるかわからん、行くか」

 

 

 

 

夕立「がるるー!っぽい!」

 

白露「ほら!みんな!逃すなー!」

 

睦月「両足確保ー!」

 

弥生「……はしゃぎすぎ…だよ」

 

五月雨「提督、埋もれちゃいましたね」

 

徳岡「勘弁してくれ、おーい、五月雨!弥生!助けてくれ!」

 

時雨「あ、五月雨、このゲーム知ってる?」

 

五月雨「あ、やってますよ、The・World」

 

時雨「今度一緒にやろうよ」

 

弥生「…弥生も」

 

徳岡「無視すんな!ぐぇっ…背中で跳ねてるやつ誰だ!?」

 

白露「夕立以外にいないよ」

 

夕立「ぽいぽいぽーい!」

 

徳岡「や、やめろ、一回ストップ…おっさん腰の骨が…あだだ…」

 

白露「でも、これで舞鶴が稼働できる!」

 

夕立「深海棲艦やっつけるっぽい!」

 

徳岡「…あー、また、お前達…俺は提督には…」

 

睦月「…違うの?なんで、なんでですかー!?」

 

徳岡「…今、艦娘になるって事はいろんな危険があるんだ、だからお前達には…」

 

夕立「そんなの先刻承知っぽい!元々命懸けの戦いは何回もしてきたのに今更何を怖がるのかしら?」

 

徳岡「お前達は今人間の体なんだぞ!今の環境が辛かったりするかも知れないが、自由に生きるチャンスがあるんだ!」

 

弥生「それは違う」

 

五月雨「そうですよ提督、それに私は提督が居なくても…戦います」

 

徳岡「…五月雨…」

 

五月雨「私達が戦うことで助かる命があるんです、それに…一緒に戦うなら怖いことなんて何もありません!だってみんなが居れば負ける訳ないから…」

 

弥生「それに、睦月や白露はもう艦娘として養成されてる…弥生も」

 

徳岡「…手遅れ、か…」

 

睦月「手遅れ…?」

 

徳岡「…艦娘システムはな…艦娘になった奴をAIDAに感染させるんだ、目的はハッキリしてないが…恐らくAIDA感染によるコントロール、あー…つまり…偉い奴がお前達をロボットみたいに扱おうとしてるんだよ…!」

 

夕立「じゃあ提督さんが偉くなればいいんじゃないのかしら?」

 

白露「いっちばーん偉くなれば解決すると思う!」

 

時雨「同意だね」

 

徳岡「…そう、か…」

 

火野「答えは決まりましたか」

 

徳岡「……お前、ある程度想像してただろ…」

 

火野「養成施設にいる適合者のリスト位は持っていますからね、それに私は自分の指揮下の艦娘を見捨てたくは無い、誰かがAIDAの支配を解けばそれでいい…かもしれない、だからと言ってそれを人任せにできるかは別問題です」

 

徳岡「…俺ができる事は…今から提督になるってのは難しいしな…」

 

火野「汚れる覚悟があるのなら…可能でしょう」

 

徳岡「汚れる覚悟…何でもいい、やれることは何でもやってやる」

 

火野「では…まず、徳岡純一郎というと、もう1人人間を消す必要がある」

 

徳岡「おい…それは…」

 

火野「徳岡さん、あなたには大湊警備府に行ってもらいたい」

 

徳岡「…それは…」

 

火野「少なくとも、私に言わせれば大湊の指揮官は大量殺人犯です、消えたところで何一つ問題はない」

 

徳岡「…やるって言った以上…あー…どうしたモンか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

軽巡洋艦 神通

 

神通「あと2日、ですか」

 

川内「ま、問題なのはあのキタカミだけじゃ無い?」

 

那珂「いやー、流石に朧ちゃんのアイドル力は上がりきらなかったよ」

 

神通「どうでした?」

 

那珂「センスは良いと思う、でも…一回根本から壊さないと…なんだろ、変なプライドみたいなのが邪魔してて上手くいかないんじゃないかなぁ…」

 

川内「プライドって言うより、基礎じゃない?……」

 

那珂「そう!それ!砲撃戦の基礎が邪魔して格闘に組み込めなくなってる、だからねー…」

 

神通「一度こわ…っ」

 

アオボノ「私が見ましょうか、朧」

 

神通「暫くですね」

 

那珂「何しに来たの?」

 

アオボノ「作戦に参加しに…ほら、これ命令書」

 

川内「…成る程、戦果を奪いに来た?」

 

アオボノ「大物を殺す事だけ任せてくれればそれで良いですよ、提督に迷惑をかけたくありませんから」

 

神通「…姐さん、那珂ちゃん」

 

那珂「わかってるって」

 

アオボノ「…おや、これはこれは」

 

2人と合わせてその場を飛び退く

爆撃が降り注ぐ

 

アオボノ「ココ、陸地ですよ?ほら、こんなに地面がボロボロに」

 

神通(…流石にあの程度は防げる、か…)

 

瑞鳳「それについては今度謝っとく…けど、今敵だよね?」

 

アオボノ「所属は同じ海軍ですよ」

 

瑞鳳「……どうなの、神通さん」

 

神通「味方の様です、作戦の後押しをしに来てくれたと」

 

瑞鳳「…なら良いのかな」

 

川内「ま、敵対するよりはね」

 

アオボノ「…そう言う事で」



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資源確保任務

海上 

軽巡洋艦 大淀

 

大淀「良いですか、次こそは成功させますよ」

 

浜風「…前回から随分経ちましたね…」

 

大淀「深海棲艦はかなり交戦的です、一度交戦した場所にはどんどんと新たな深海棲艦が湧いて出る傾向にありますから」

 

電「作戦は変わらず、近隣の島の調査なのです」

 

大淀「できれば宿毛湾の攻勢に合わせたかったのですが、仕方ありませんね」

 

電「またカレーパン食べるのです?」

 

浜風「あ、頂きます」

 

大淀「…浜風さん、わかってると思いますが…」

 

電「大丈夫なのです、命の尊さはよーく仕込んだのです」

 

浜風「ごひゅっ!?ゴホッゴホッ!も、勿論です!」

 

大淀(…何かしましたね、むせても食べるのをやめないあたり…断食とかの延長?)

 

電(何回か死にかければ嫌でも恐怖は自覚するのです)

 

浜風(パンオイシイ…パンオイシイ…)

 

アオバ「うっわー…何ですか?この空気」

 

衣笠「そろそろ一つ目の島に着きますよ」

 

浜風「え!?もうですか!?」

 

電「普通に前回より長い時間船に乗ってるのです」

 

衣笠「ま、資源が取れそうな島なんて…うん、調査でまるまる数日潰れるのかなぁ…」

 

大淀「鋼材、弾薬等の資源は殆どの大型艦を艦娘の戦力に置き換えたおかげで余裕自体はあるんですけどね」

 

電「終わりが見えないので補給路は探さないと行けないのです」

 

 

 

 

無人島 山中

 

大淀「この島についての記述は一切ないのに明らかに昔人が住んでいた形跡…というか、採掘場跡が有りますね」

 

電「おかしいのです、戦時中にも、それ以降にもこの島に何かがあったなら必ず誰かが気づくのです、それに、この島も何度か調査隊が訪れています」

 

浜風「で、でも…むぐ、人の気配はしないというか…もしゃ、この採掘施設もずいぶん古いですけど」

 

衣笠(まだ食べてる…)

 

大淀「…前の調査隊が見落とした…とは考えづらいですね、ですが…」

 

アオバ「やっぱり古い地図から大きく地形が変わってます、島の形自体は変化してませんけど山が削れてたりしてるみたいです」

 

大淀「ここで誰かが活動していたという報告はありません、そうなると…暗躍してるのは深海棲艦…?」

 

電「早計かもしれませんけど、そう考えるのが自然なのです…」

 

衣笠「どうする?一回戻る?」

 

アオバ「ここまでの安全な航路さえ確保できればいろんなものを持ってこれるんですけど…」

 

遠くから小さい悲鳴が聞こえる

 

大淀「…待って、いま悲鳴が…」

 

電「…悪い方向にばかり予想が当たるのです、深海棲艦が居るのです!」

 

浜風「こ、ここ陸ですよ!?」

 

衣笠「そんなの言ってたら私ら艦娘だっての!」

 

山を駆け降りる

 

アオバ「調査隊に伝達!敵襲!船に集合!」

 

電「発砲許可は!?」

 

大淀「発砲許可します!ただし誤射には気をつけて!」

 

無線機から悲鳴が木霊する

 

浜風「ふ、船大丈夫でしょうか!?」

 

電「…先行するのです!」

 

大淀「お任せします」

 

浜風「え、は、一人で!?」

 

衣笠「右!重巡級!同行戦!もう見つかってる!」

 

衣笠が砲弾を放つ

 

大淀「土壌が緩いですね、土砂崩れにでもなったら…」

 

アオバ「ひぃぃぃ!考えたく無い考えたく無い!田舎に病床に伏してる妹がいるんです!帰らせて!」

 

衣笠「もう退院してるっての!」

 

アオバと衣笠の砲撃をくらい敵重巡級が転げ落ちる

 

浜風「…すご…」

 

大淀「2人とも普段から騒がしいですからね、あのくらいの方が平静を保って撃てるんでしょう」

 

衣笠「酷っ」

 

アオバ「っと!前方段差!」

 

大淀「左に川があります!川に沿って行きますよ!」

 

衣笠「了解!…ってか…これ艦娘と言うより…」

 

浜風「特殊部隊…?」

 

大淀「無駄口叩いていると舌噛みますよ!」

 

 

 

 

 

浜辺

駆逐艦 電

 

電「船は確保できましたが…狙いは退路でしたか」

 

軽巡級が2…不利な戦いですが…

 

電(動きがあまりにも鈍いのです…)

 

電「撃ちま…」

 

電(っ…?コレは…何なのです、ビジョンが…)

 

ツ級「ギ…ジャァ…!」

 

へ級「ギニャ…ァ"…!」

 

電「…貴方達…誰、なのです…!?」

 

ぎこちない動きで深海棲艦が砲を此方に向ける

 

電「ッ!やるのですね!」

 

砲を放ち直撃させる

 

ツ級「ギァッ!…ア"ァ"ッ…」

 

電(…凄く、苦しんでる…?ここまで苦しんでるような深海棲艦は見た事が…弱ってるのですか…?)

 

へ級「ギジャァァァッ!」

 

へ級が砲撃を放ってくるものの、何処か的外れな方へと飛ぶ

 

電(…怒ってる…?わからないのです、とことんわからないのです…深海棲艦は謎が多すぎるのです)

 

ツ級「グ…ァ"…ァ"ッ…」

 

へ級「ギシッ…シャア"ッ」

 

ツ級に覆い被さるようにへ級が近寄る

 

電「庇ってる…?こんな行動今まで見た事…」

 

電(いや、この深海棲艦に人としての意識が微かにでも残ってるなら…!)

 

大淀「電ちゃん!」

 

浜風「に、二匹も仕留めたんですね…!流石だ…」

 

へ級「ギニッ…ギャァァァァッ!!」

 

へ級が大声を上げ暴れる

 

電(威嚇…やっぱり守ろうとしてる!)

 

浜風「まだそんなに元気が…!」

 

浜風が砲を向ける

 

電「待つのです!撃つのは許可しないのです!」

 

浜風「え、な、なんで…」

 

大淀「…成る程、アオバさん!投網みたいなものを探してきてください」

 

アオバ「えっ、りょ、了解です」

 

衣笠「捕獲なんてうまくいくのかなぁ…」

 

電(…確か、生きた戦艦棲姫の腕は消失しなかった…過去に捕獲した例はわずかに存在するけど逃げられた…でも、この深海棲艦ならもしかすると…!)

 

アオバ「あっりましたー!投網!」

 

衣笠「でかしたアオバ!せーの!」

 

深海棲艦に投網をかけ、引っ張る

 

ヘ級「ギャジャァァ"!」

 

電「アオバさん一回ストップしてください!」

 

深海棲艦に近寄る

 

浜風「ちょっ…き、危険です!」

 

電「落ち着いてください、先ほどは撃ってごめんなさい」

 

ヘ級「ギッ…ギニャッ…!」

 

電「どうか許して欲しいのです、貴方達を今から我々の鎮守府に移送するのです、決して傷つけないと約束するので、大人しくきてくれませんか?」

 

浜風「…い、電さん…深海棲艦なんかと話して何になるんですか…?」

 

電「約束するのです、だから…」

 

ヘ級「ギッ…!」

 

ヘ級が投網からはみ出した主砲を出鱈目に撃ちまくる

 

浜風「電さん!離れて!」

 

電「違うのです、これは…」

 

ヘ級「ギィ…ギッ」

 

大淀「持ってる弾薬全てを撃ち尽くしたようですね、抵抗の意思はないと見て良いでしょう」

 

電「理解してくれてありがとう、なのです…痛いかもしれませんが、船に乗せるためにもう一度引っ張りますね」

 

浜風(…この人達、正気…?何のためにこんな事…)

 

 

 

 

海上

 

電「やっぱり、意識がある個体は居るのです、この人達のためにも…」

 

大淀「ええ、ですがどうしたものか」

 

アオバ「司令官、まだ帰って無いみたいです…一応留守電入れますか?」

 

電「……やめておきましょう、危険なので…」

 

衣笠「盗聴…うーん…」

 

電(深海棲艦を可能な限り人道的に…)

 

大淀「……雨が降って来ましたね、早く船内に」

 

アオバ「うひゃぁ…スコールみたい…」

 

衣笠「……本当に強い雨」

 

電(…雨…嫌な匂い…)

 

 

 

 

横須賀鎮守府 船着場

 

アオバ「……誰か居ますよ?司令官が待っててくれた…」

 

衣笠「にしては小さすぎる…」

 

真っ黒なレインコートを目深に着込んだ…誰か

 

電「…アレは…!」

 

大淀「十中八九…でしょうね、耳が早いと言うか…」

 

綾波「こんにちは、皆さん…良い天気ですねぇ♪」

 

電「…大雨なのです」

 

綾波「鹵獲した深海棲艦を渡して頂きます、拒否した場合は戦略的破壊兵器(曙さん)を送り込みますよ」

 

大淀「…貴方、倉持司令のところから何故…」

 

綾波「血、ですかね…あそこは清らかすぎる」

 

電「……」

 

衣笠(…血…?清らか…?)

 

綾波「今渡すなら、できる限り穏便に事が済むんですけど…まあ、例えばですよ?例えば、もし、万が一にでも…」

 

綾波が片手を肩の高さまで上げる

銃を持った兵士が綾波の後ろからゾロゾロと現れ、銃を此方に向けて構える

 

綾波「拒否した場合、どうなるか…とかって説明して欲しいですか?」

 

電「戦略的破壊兵器(曙さん)はどこいったのですか」

 

綾波「送り込む先はベイクトンホテル、火野提督の所ですよ」

 

大淀「…チッ」

 

電(一手どころか…二手三手、それ以上先まで読まれている…)

 

アオバ(こっちの行動全部筒抜け…って感じですね〜…)

 

大淀「渡すからには何か提供してくれるんでしょうか」

 

綾波「教訓ですかね、あー動かないで、此方で連れて行きます、ほら、早く」

 

兵士たちが投網ごと深海棲艦を箱に入れる

 

綾波「随分と弱ってますね、コレは好都合、また戦果が上がったら頂きに参ります」

 

箱を抱えた兵士から順々に撤収して行く

 

大淀(…敷波さんとはえらい違いだ、私自身はほとんど会った事がないに等しいが…何一つ変わってなんかいない)

 

電(…前よりも、ずっと酷い…)

 

綾波「どうしたんですか、眉間に皺寄せて…ほら、笑って笑って、そちらのー…アオバさん?写真でも撮ってあげてくださいよ、大戦果ですよ?ほら、電さんが仕留めたんですよね?はいピース」

 

電(なんで誰が捕まえたかまで把握してるのです)

 

衣笠(調査隊に内通者が居た…って事かな、それか浜風ちゃん?)

 

綾波「それとも眼精疲労とか溜まってます?あ、もしかして仕事中にゲームなんかしてませんよね?ほら、何でしたっけ…有名なやつ」

 

アオバ「…The・World…」

 

綾波「ああ!それそれ、本当にやってたりします?良くないなぁ、オフの時だけにして下さいよ?」

 

衣笠(……何か違和感が…)

 

火野「来客がある、とは聞いていなかったのだが」

 

綾波「あら、これは火野提督、鹵獲した深海棲艦を引き取りに来ました」

 

火野「…成る程、見た所用は済んだ様子だが」

 

綾波「さっさと帰れ…って感じですね、いやー、パワハラから部下を守る良い上司じゃないですか」

 

大淀(わかってるならさっさと帰れ…!)

 

綾波「…ま、火野さん、ゲームは程々に…アレはオモチャじゃありませんよ?器具です」

 

火野「…器具」

 

電(器具?ゲームが?)

 

綾波「まあ…そうですね、火野提督、死なない事を祈ってます、それでは」

 

大淀「待ちなさい」

 

綾波「…なんですか?お望み通り帰ろうとしたんですけど」

 

大淀「次、提督に手を出したら…」

 

綾波「出したら?出したらどうなるって言うんですか?気になるなー!試してみましょうか!えーい!」

 

綾波が提督に近づき軽く叩く

 

火野「っ…」

 

大淀「全員構え」

 

その声に倣い砲を向ける

 

綾波「あらら〜?手を出したら、命が取られる…と?」

 

電「そう言う事なのです」

 

綾波「そうですかそうですか…だから何ですか?私には一切興味のない事ですね、私にはまだロールが残ってますから」

 

大淀(…ロール…役割?)

 

綾波「そんなに睨まれてたら穴でも空きそうですし…そろそろ失礼しまース、なんとかの御加護があらんことを?」

 

火野「…随分な…少女だ」

 

大淀「すいません、提督…良いようにやられてしまいました」

 

電「申し訳ないのです」

 

火野「気にすることはない、それよりも…疲れているところに悪いができるだけ早く中央に送る報告書を仕上げてもらいたい」

 

電(…こっちもこっちで鬼なのです)



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出撃準備

宿毛湾泊地

駆逐艦 島風

 

天津風「島風!ねぇ島風!起きてよ!」

 

島風「ぅ…っあ?…な、にこれ…」

 

天津風「島風!よかった…」

 

島風「ぉげっ…うぇっ…気持ち悪い…」

 

意識も記憶も混濁している、何が…

 

天津風「どこが悪いの!?病気!?それとも怪我!?」

 

島風「大丈夫…だ、大丈夫だから…」

 

島風(…そうだ、提督のキャラに良く似たナニカに襲われたんだ…うん、そうだ…あの時エリアからも出れなくて、ログアウトすら…)

 

島風「…あれ、私のM2D(マイクロモノクルディスプレイ)は?」

 

天津風「ご、ごめん…これ…島風がゲームから戻って来なかったし、何かあったのかと思って外した時に…」

 

差し出されたM2Dにはヒビが入っていた

 

島風(…多分、ゲームの中に囚われてた…って事だよね?)

 

島風「大丈夫!ありがとね、天津風」

 

島風(あの助けてくれた人は大丈夫かなぁ…)

 

 

 

 

 

 

研究所

春雨

 

春雨「ぉ…おぇっ…死に、ます…」

 

ヘルバ『随分と、手ひどくやられたわね』

 

春雨「正気じゃないとは…いえ……伝説の、英雄を相手にしたんです…」

 

ヘルバ『こっちから調べたけど…例のカイトが出現した時…カイトはパソコンから離れていたわ』

 

春雨「…は…?」

 

ヘルバ『まるでキャラクターのみが自分の意思で動き、戦っている…』

 

春雨「おぇっ、おえええ…」

 

春雨(か、考えたく無いけど…コレ、やばい…!)

 

ヘルバ『何にしても、無事で良かったわ』

 

春雨「お、おかげさま…おええ…も、もう…こんなに吐くのは私の役割じゃないでしょう…!」

 

ヘルバ『何を言ってるか知らないけど、試作品のVRスキャナは正常に作動した様ね』

 

春雨「はい、私の耳の付け根あたりの皮膚を犠牲にこの高性能メガネくんはちゃんと自動で外れてくれましたよ」

 

ヘルバ『おかげで意識不明は免れた、安い物でしょう?』

 

春雨「ええ、全くもってその通りだと思います…はぁ…でも私のプリチーフェースになんかあったらどう責任とってくれるとですか…」

 

ヘルバ『さあね、死の恐怖さんにでも取ってもらったら?』

 

春雨「ま、それも悪くないんですけどね…さてさて、あの英雄様は…どう対処しましょうか」

 

ヘルバ『相手はできそう?』

 

春雨「無理!本当に無理です!前バージョンのスキル使って物理と魔法で滅茶苦茶に攻めてくるなんてやってられませんよ…」

 

ヘルバ『…カイトを一時的に消す手段…として、サーバーエラーを起こす事が候補に挙げられるわ』

 

春雨「そうしないんですか?」

 

ヘルバ『CC社がサーバーを閉じるようなことになったら…現在のAIDAを取り除けなくなる、碑文使いが活動できるのは碑文使いPCが活動できるThe・Worldだけよ』

 

春雨「…CC社がサーバーエラーを気にするとは思えませんけどね、はい」

 

ヘルバ『リスクではあるわ、CC社の内部に人を送り込む時間が必要よ』

 

春雨「むしろ、ヘルバさんの手先が一番いそうなところですけどね…」

 

ヘルバ『非正規の手段でならすでにいるわ、でも今のCC社のサーバーをどうこうする力はないし、サーバーを閉じるだけじゃなく破棄されたらネットスラムも巻き添えを喰らうでしょうね』

 

春雨「…リスキーですか」

 

ヘルバ『どのみち時間はない、今のThe・Worldは確実に捨てられる、長くは持たないわ』

 

春雨「じゃあそのサーバーを奪っちゃうのは?」

 

ヘルバ『……』

 

春雨(…あら?)

 

ヘルバ『悪くないわね、いい考えだと思うわ』

 

春雨「で、できますかねぇ…」

 

ヘルバ『できるとは思ってないけど、存続させれば…碑文使いは活動できる』

 

春雨「でも、サーバーは破棄されるんじゃ…?」

 

ヘルバ『残すのは碑文使いの方よ、次のバージョンにデータをそのまま移せばいい、そうすれば…いや、それなら私がダミーサーバーを作る方がまだ安全かしら』

 

春雨「…よくわかんないです、はい」

 

 

 

 

 

大湊警備府 営倉

駆逐艦 暁

 

暁「はぁ…仏心を見せたのが間違いだったかしら…」

 

響「……アイツ、最低だ…」

 

暁「響、アイツなんて言わないの…それにしても、不知火さんも強情よねぇ…自分の手でキタカミさんを倒す……って、倒す事だけに集中してたら何の意味もないのに」

 

目を覚ました不知火さんの抵抗で私たちの計画は頓挫

そして脱走を計画してたことがバレて折檻、営倉入り…

 

響「やっぱり次はあんな奴無視して…っ…」

 

暁「大丈夫?まだ痛む?」

 

立ち上がろうとした響が腕を押さえて蹲る

 

響「平気、だよ……多分」

 

暁「…やっぱり折れてるのかも、後で見回りが来た時治療をお願いしてみましょ」

 

響「やめてくれ、次は暁がやられるだけだよ…」

 

暁「大丈夫!お姉ちゃんに任せときなさい!」

 

響「…なんで、こんな時にそう振る舞えるのか…私にはわからないよ…」

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 会議室

提督 倉持海斗

 

海斗「ええと、じゃあ…」

 

度会「佐世保から10人、宿毛湾から川内型と大井を合わせて24人の戦闘可能な人員…合計34人か」

 

亮「十分…だよな?」

 

海斗「多分ね…でも、乗っていく船がやられたら何人いても関係ない」

 

度会「それについてだが、台湾には現在も少数の軍と軍が管理する艦がかなり残っているそうだ、向こうにつけば補給は約束してくれると」

 

亮「そうなのか?」

 

海斗「一応はそうなってるけど、分散して乗るのは守りきれないから…やらないよ」

 

度会「想定してるのは台湾を一時的な泊地にさせてもらい、長期戦に持ち込む案だが…これは上が反対してる、艦娘システムの適応者や艤装を攫われては敵わんと言い出して聞かない」

 

亮「マジかよ、そんなこと言ってたら…」

 

海斗「わかってる、そこに関しては無視して設備を借りることになると思う」

 

度会「文句は言われるだろうが優先は作戦の成功だ、それに全員連れて帰って来れば文句も言われんだろう、艦娘システムの情報はもう開示していることになってるからな」

 

海斗「なってる…ということは、違うんですか?」

 

度会「なんでも、システムの根幹は明かしていないそうだ、そのせいか海外の情報はあまり入っていないが戦況が著しくないのが現実らしい」

 

亮「それって、艦娘システムを自分たちが使えるようにしてるってことだよな……深海棲艦との戦争が終わったら世界征服でも企んでんのか…?」

 

度会「馬鹿げた話だが、可能性としてはな」

 

海斗「そうなったとしても態々戦争に加担するような子なんて…」

 

海斗(いや、まさか強制的に従わせる手段があるのか…?だから曙と綾波は…)

 

亮「まあ、可能性の話より…か」

 

海斗「うん、あ、それと最近敵空母艦隊の目撃が減ってるから近海は龍驤と鳳翔の2人を主軸にしたメンバーで進みたいんだ、実力は確かだからこの2人ならそこらの空母にも引けは取らないはずだよ」

 

度会「燃料の節約にもなる、賛成だ…それと、瑞鳳についてだが…」

 

海斗「ことが終わるまで佐世保に戻るつもりはない…と」

 

度会「……仕方ないか、アイツは頑固だからな」

 

会議室の戸が叩かれる

 

アオボノ「失礼します、曙です、入室しても良いでしょうか」

 

海斗「…曙、入っても構わないよ」

 

曙が部屋に入り、椅子を指す

 

アオボノ「座っても?」

 

度会「…ああ」

 

海斗「警戒しなくても大丈夫です、敵ではないので」

 

アオボノ「ええ、私はここにいる誰の敵でもない…と、約束します」

 

亮「…悪いが俺は信用できねえ、お前腹に一物抱えてそうで怖えんだよ」

 

アオボノ「でしたら退席しましょうか」

 

海斗「必要ないよ、それより、どうしたの」

 

アオボノ「南西諸島海域の攻略に私が参加することになりました、こちら命令書です」

 

海斗(…戦力はコレで十分すぎる…か)

 

アオボノ「私なら敵戦艦棲姫、ならびに他の戦力全てを掃討してみせます、提督のお役に立たせてください」

 

海斗「うん、ありがとう助かるよ」

 

アオボノ「朧達に会ってきてもよろしいでしょうか」

 

海斗「うん、問題ないよ、ゆっくり会ってきて」

 

アオボノ「ありがとうございます、それでは失礼します」

 

度会「……大丈夫なのか?」

 

海斗「はい、間違いなく」

 

 

 

 

演習場

駆逐艦 朧

 

朧「はぁ…体力作りばっかりやっても……強くはならないよね」

 

アオボノ「そんな事ない、体力がなければ話にならないから」

 

朧「うわぁっ!?あ、曙!」

 

アオボノ「朧、アンタはもっとストイックかと思ってたけど…強くなるのに近道なんてないのよ」

 

朧「…まあね、わかってるんだけど…ちょっと焦っちゃって」

 

アオボノ「ここに来る前に一通り顔を出してきたけど…やっぱりぬるいわね、ココ」

 

朧「……ぬるい、か」

 

アオボノ「曙と島風抜きなら阿武隈さんと日向さんくらいじゃない?突出してるの…山雲さんも合格点だけど」

 

朧「…人選の理由は?」

 

アオボノ「あの人頭悪いのよ、山隈さんも同じことしてるし」

 

朧「頭悪いって…」

 

アオボノ「ほんとに頭悪いんだって、二種類の艤装が使えるからって人の二倍訓練してるんだから」

 

朧「え…?いや、山雲とかはたまに一緒になるけど、そんな風には……」

 

アオボノ「だとしたらアンタの目は節穴よ、というか同じ時間にしかやってないの?アンタ那珂さんに格闘を教えてもらうのと普段の訓練、片方しかやってないんじゃない?」

 

朧「いや…だって体力が…」

 

アオボノ「…ま、始めたてならそんなもんか、体力ついたら両方やりなさいよ」

 

朧「……曙ってさ」

 

アオボノ「何?」

 

朧「出会ってすぐの頃は…本読むのが趣味で、全然強くなかったよね」

 

アオボノ「だから努力したの、自分の適性を伸ばす事だけを考えてね…勿論作戦立案とかの方がまだ得意だったけど、あそこじゃ非戦闘要員は要らない、戦わないと死ぬだけよ、だから戦ってきた」

 

朧「……自分を殺して…ってこと?」

 

アオボノ「そういうこと、趣味だとかやりたいことだとか…全部馬鹿馬鹿しいのよ、所詮真似事しかできない私はその真似事で誰にも負けない力を手にした」

 

朧「……」

 

アオボノ「綾波がアンタに砲撃と格闘を交えろ…って言ったのは、いい考えだったのかもしれないけど…今のアンタじゃお荷物ね」

 

朧(…どうすればいいんだろう、確かに格闘戦になると体力は必要だけど…)

 

アオボノ「アンタ、どっちがメインなの?格闘?それとも砲戦?」

 

朧「それは…多分砲戦かな」

 

アオボノ「アンタの持ってる連装砲、一回単装砲に変えたら?使うのに両手が必要になるくらいなら片手持ちの単装砲の方が取り回しはいいし、両手の稼働領域は増えるわよ」

 

朧「わかった…」

 

アオボノ「格闘は必要な時だけ組み込めばいい、基本は必要無いモノ…って考えて戦いなさいよ」

 

朧「うん、そうする」

 

アオボノ「格闘メインなら召喚の術式を艤装に刻むのが早いんだけど、砲戦メインならそれでどうにかなるでしょ?」

 

朧「多分ね、よし、頑張るよ!」

 

 

 

 

 

 

研究所

軽巡洋艦 川内

 

川内「へー…コレ、なんか普通と違うの?」

 

ヘルバ『特に違いはないわ、指定されたものを用意しただけだから』

 

川内「短刀一対に魚雷発射管と主砲……うん、確かに」

 

神通「この槍の重さは丁度いいですね、大事に使わせていただきます」

 

ヘルバ『健闘を祈ってるわ』

 

那珂(…流石に魔導書は無理かー…)

 

春雨「あ、こちら那珂さんに」

 

春雨が那珂に馬鹿みたいに分厚い本を差し出す

 

那珂「え!?用意できたの!?」

 

川内(…え?アレって…)

 

那珂「どれどれ〜…って」

 

神通「…六法全書…」

 

那珂「法律の力で魔法は使えないよ!というか関係性が見当たらないよ!?」

 

春雨「ツッコミが甘いですね、芸能界は厳しいですよ?」

 

那珂「那珂ちゃんもう引退したもん!」

 

神通「それに那珂ちゃんはボケですから」

 

那珂「お笑い芸人じゃないよっ!」

 

春雨「はぁ…しょうがないですねー、ほら」

 

那珂「…なにこれ……DVD?」

 

春雨「初代プリキュアです、勉強頑張れ〜って事ですね、はい!」

 

那珂「……那珂ちゃんスマーイル…」

 

春雨「わあ、可愛い笑顔」

 

那珂「春雨ちゃんも一緒に〜、那珂ちゃんスマーイル!」

 

春雨の口に両手を突っ込み、無理矢理頬を引き上げる

 

春雨「いひゃいっ!いひゃいへふっ!ゆびはみきりまふよ!?」

 

神通「…これは、那珂ちゃん笑われてるんでしょうか…」

 

川内「神通…これで笑われた判定は流石に理不尽だよ」

 

春雨「にゃんかいのひの危機にひんしてりゅ〜!!」

 

ヘルバ『そろそろ良いかしら?』

 

那珂「はーい!本命待ってました!何くれるんですか!?」

 

ヘルバ『春雨』

 

春雨「うぃ〜…ほっぺた痛い…ほら、コレで良いでしょ…?」

 

那珂「…また六法全書?」

 

春雨「今度は仕掛け絵本です…ほらこれ」

 

神通「……完全にオモチャですね、紙ですよこれ」

 

川内「いや、多分実弾が…」

 

ヘルバ『出ないわ、それじゃないから…誰か奥の棚の右から二番目にあるものを持ってきて』

 

春雨「あーんネタバラシ早い〜…へぶっ!?」

 

那珂「…みーんな、ニッコニコ…那珂ちゃんスマーイル」

 

春雨「アイドルがしちゃいけない顔でマウントポジション取らないで!あー!腕を膝で踏まないで!痛い!痛いです!川内助けて!」

 

川内「えーと……この棚かな」

 

神通「こっちだと思いますよ」

 

春雨「ノー!ギブ!ギブアップ!顔はやめて顔は!」

 

川内「那珂ー、半殺しで勘弁してあげてね」

 

春雨「ノー!せめて一発で…!」

 

那珂「3/4殺しにしとくね」

 

 

 

 

那珂「…なにそれ」

 

ヘルバ『流石に魔導書は用意できなかったから高射装置等を利用して作った高角砲よ、かなり軽量にしてあるわ』

 

那珂「……あー、隕石みたいに降らせれば良いの?」

 

ヘルバ『装填数は多くはないから気をつけて使いなさい』

 

那珂「やだー!馬鹿みたいに撃ちまくりたい!」

 

神通(その発想が馬鹿みたいなのでやめた方が…)

 

那珂「……他にはない?」

 

ヘルバ『それで売り切れよ』

 

那珂「ぴえんだね、もー……頑張る」

 

川内「よし、頑張ろうか……あ、春雨、掃除頑張ってね」

 

神通「自分の血ですから、ちゃんと自分で責任をとって掃除してくださいね」

 

春雨「血が出た原因は那珂さんですけどね…ぐふっ」



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密会

特務部研究所

駆逐艦 綾波

 

綾波「……チッ…データを記録、保存…その後海に投棄…」

 

オフィスに繋がる内線を取る

 

綾波「綾波です、被験体両方死にました、元々死体ですけどね…どう回収されるか興味があるので海に捨てて観察、記録させます」

 

受話器を置く

 

綾波「…はぁ…どうしたものやら」

 

動かなくなった軽巡級を見る

数分後には運び出され、海に投棄される

となるとこれでお別れだ

 

綾波「…成果は無し、イライラしますねぇ…」

 

机を指で叩きながら時間が過ぎるのを待つ

待ち時間はいやに長く感じる

 

綾波「…あー…はぁ……心臓が気持ち悪い…久々に吐きそうですよ…」

 

綾波(…えっと…何すればよかったんだっけ…ふらふらする…)

 

綾波「…っ…」

 

口を固く結び、声を殺す

その言葉を発することは許されない

 

綾波「…ああ、来た…さっさと運び出してください、そう、その檻ごと」

 

兵士達が深海棲艦を運び出すのをじっと眺める

淀みなく、機械的な動きで兵士が研究所を去るのを見届けてから自身も研究所を出る

 

綾波「…出かけなきゃ」

 

 

 

 

 

気がつけば新幹線に乗っていた、何処へとでもなく、ただ揺られていた

 

綾波「…はて、さて…どうしたものでしょうね」

 

この新幹線を呉で降りて…四国は迎えば宿毛湾には行ける…

 

綾波「…敷ちゃんの顔くらい…見にいこうかな」

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 敷波

 

敷波「ぶえっくしょい!」

 

曙「豪快にくしゃみするなら抑えなさいよ…」

 

敷波「ご、ごめん…急に出ちゃった…」

 

曙「…はぁ…なんでアタシがアンタの面倒なんか…」

 

敷波「…別に、もう支えなくても歩き回れるし…」

 

曙「走れない、長くは立てない奴がよく言うわね、どのみちアンタは要介護者なのよ」

 

敷波「むぅ…」

 

朧の宣言通り私はここのほとんどのメンバーに仲間として受け入れられた

そのおかげでだいぶ過ごしやすくなったし、軽い冗談くらいなら言える仲にはなった、それについては本当に感謝してるし嬉しい

でも、ここには綾姉ぇが居ない

 

敷波「……」

 

曙「何ボーッとしてんのよ」

 

敷波「いいでしょ、別に…」

 

曙「いやいや、アンタもっとねぇ…」

 

アオボノ「Ciao(チャオ)

 

曙「曙っ!?」

 

敷波「え?…うわっ!?」

 

アオボノ「…そんなお化け見た時みたいな反応しないでくれる?」

 

曙「…それならいきなり背後から現れるのやめなさいよ、で?なんの用」

 

曙は片手を既に剣に伸ばしている

…となると、私も何か武器を…

 

アオボノ「次の作戦に参加することになっただけよ、そんなに警戒しないでくれる?」

 

曙「…なら良いけど」

 

アオボノ「…あと、敷波さん借りて良い?」

 

敷波「…え?」

 

 

 

 

 

敷波「なに?私に用って…」

 

はっきり言って凄く嫌な感じだし、怖いけど…

 

アオボノ「単刀直入に、綾波さんはもうダメです」

 

敷波「…いや、意味わかんないし」

 

アオボノ「今綾波は特務部で人体実験などを主に行う施設に所属しています、まあ…簡潔言うと前の綾波に戻ってしまいました、間違いようもなく」

 

敷波「…いやいやいや、綾姉ぇはもうそんなことにはならないし…」

 

アオボノ「そうなったものはそうなったんです、間違いようもなく」

 

敷波(…そんな訳…綾姉ぇが…)

 

敷波「…?…綾姉ぇ?」

 

アオボノ「…居場所がわかるんですか?」

 

敷波「いや、何となく…居た気がして…」

 

 

 

 

 

駆逐艦 綾波

 

綾波(…迂闊でした、ね…こんなにあっさりと敷ちゃんに見つかるとは…早めに撤収しないと)

 

神通「何処に行くつもりですか」

 

進路を塞ぐように神通さんが飛び出してくる

 

綾波「…おや、おやおやおや…これはこれは…」

 

綾波(神通さんに視られていた…となると…)

 

背後に向かって回し蹴りを放つ

 

瑞鳳「…なんだ、やる気だしてくれるんだ」

 

綾波「また死にたくは…ないですからねぇ…アハッ」

 

神通「私たち2人を相手に生きて帰れる…と?」

 

綾波「2人?本当に2人ですか?うーん…2人かぁ…」

 

口角をあげ、笑ってみせる

 

綾波「簡単に倒せそうですね」

 

瑞鳳「…やろう」

 

神通「ええ、そうしましょうか」

 

綾波「一つ、一つだけ言っておきます、貴方達が私の実力をどれほど勘違いしてたとしても…逃げられる時に逃げないと作戦に影響しますよ?」

 

瑞鳳にもう一度蹴りを放つ

 

瑞鳳(重っ…!普通に受けてたら骨が折られる!)

 

神通(…あの靴のような物…艤装ですか、成る程、ならば警戒すべきは蹴りだけ…)

 

綾波「瑞鳳さん、もう一度今の蹴りを腕で受けたとして…正確に弓を引けますか?作戦に影響すると思いますねぇ…」

 

瑞鳳(…確かに、痺れが残る可能性はある、だけどその程度で私の弓は狂わない)

 

綾波「それに、万が一私が1人を集中して狙えば…腕の一本は確実に潰せること、今お分かりになりましたよねぇ?大規模作戦前にこんなくだらない事する余裕があるなんて…自信ありますねぇ」

 

神通「……」

 

綾波「一応言いますけど、私貴方達と敵対した覚え…ありませんよ?過去のしがらみは無視して、仲良くしませんか?」

 

瑞鳳「…敵対してない?じゃあ何でそんなにべったりと血の匂いがするの」

 

神通「貴方が今拳銃を隠し持っている理由は?」

 

綾波「護身用ですよ、この拳銃は…血の匂いは、深海棲艦を解体したから…ですかねぇ…」

 

瑞鳳「……深海棲艦の血じゃない、人の血の匂い…確かに深海棲艦の香りも強いけど、人の血の匂いが濃く混ざってる」

 

綾波(…へぇ)

 

神通「今、笑いましたね…その笑みは何ですか、まさか私を笑ったんですか」

 

綾波「いや、面白い能力だな…と思いまして…どうです、私と来ませんか?貴方の力が役に立ちますよ」

 

瑞鳳「死んでもお断り…!」

 

神通「やはりここで倒してしまうべき…では無いでしょうか」

 

綾波「ふむ…となれば早く帰りますか…瑞鳳さん貴方にはこれなんか効くんじゃないですか?」

 

小袋を取り出し地面に叩きつける

粉末が宙に舞うのを見てから鼻を袖を引っ張って覆う

 

神通「ッ!何を!」

 

瑞鳳「っ!…くしっ!…っくしゅん!」

 

綾波「ああ、本当に効くんですね、持ってきて良かった」

 

神通「…なんともない?瑞鳳さんにだけ効く何か…」

 

綾波「御心配なく、ただのコショウですから」

 

神通「こ、コショウ…?」

 

瑞鳳「はっくしゅ!…ざ、ざいでい…くしっ!」

 

綾波「これで鼻は潰しましたね、神通さんには目薬でもプレゼントしましょうか?アルコールスプレーですけど」

 

スプレー缶を振ってみせる

 

神通「……最初からまともにやるつもりは無いんですね」

 

綾波「え?貴方達がそれ言うんですか?2対1でやろうとしてまともに相手しろなんて…アハハハハハハ!馬鹿じゃ無いですか?」

 

別のスプレー缶を取り出してよく振る

 

綾波「わざわざ宿毛まで来たんです、貴方達がいることも調査済み…ともなれば、対策はするに決まっているでしょう?」

 

瑞鳳の方にそのスプレーを振る

 

瑞鳳「ゴホッ!…ガハッ…」

 

瑞鳳が鼻と喉をおさえてうずくまる

 

神通「瑞鳳さん!」

 

綾波「鼻が効きすぎるのも考えものみたいですね、これただの芳香剤なんですけど…まあ何事にも致死量ってありますし、もう少しお見舞いしましょうか」

 

瑞鳳「ギ、ギブ…っくし!…ゴホッ」

 

綾波「あとはニンニクチューブも買っておいたんですけど、使う必要がなさそうなのでまたの機会にしましょうか…さて、神通さん、退いてください」

 

神通「……貴方は…人を殺すことに悦楽を感じる人間に戻ったんですか」

 

綾波「戻った?…ああ、戻った…成る程、そう言う考え方もありですね、でも所詮、私は最低最悪、悪逆無道のマッドサイエンティストなので!」

 

神通「……」

 

綾波「今の笑うところですよ」

 

神通「そうですか」

 

綾波「張り合いが無いなぁ…あ、もしかして時間稼いでます?」

 

神通「…正解です」

 

敷波「綾姉ぇ!」

 

綾波「おや、おやおやおや…敷波じゃないですか、しばらく、でしたっけ」

 

敷波「…綾姉ぇ…?何、これ…ねぇ、綾姉ぇ何したの!?」

 

綾波「何って…ダウンしてもらっただけですよ」

 

敷波「…綾姉ぇ、本当に…戻ったの?あの時の…前の綾姉ぇに…!」

 

綾波「…あー…何でしょ、めんどくさいなぁ…」

 

口をモゴモゴと動かし、言葉にならない音を立てる

 

綾波「…だと、これはタダでは帰れない相手が来てしまった…みたいですね?」

 

アオボノ「まあ、そういうことです、作戦に支障が出そうなので…貴方を消すこともできる訳ですが」

 

綾波「お疲れ様です、私は帰ります」

 

神通「この流れでまだ帰ろうと?」

 

綾波「…今帰さないと特務部の人間が宿毛湾に流れ込みますよ、倉持海斗、度会一詞、三崎亮、その3人に責任を負わせることなんて容易いんです」

 

アオボノ「切り札を切ってきましたか、でもどうやって呼ぼうと?」

 

綾波「ん〜…まああと30分後の電車に乗ることになってるので、それで帰らなければ…部長が勝手に探しにくるでしょうね?」

 

神通「……」

 

神通さんが一歩引く

 

綾波「あ、ご協力どうも、曙さん、おつかれ様です」

 

アオボノ「…チッ」

 

敷波「綾姉ぇ!」

 

敷波に呼び止められる

 

綾波「…はい、何でしょうか」

 

敷波「綾姉ぇ、お願いだから…優しい綾姉ぇに戻ってよ、みんなで一緒に居ようよ、特務部なんか行かなくていいよ!」

 

綾波「…え?ここに居たら人体実験はおろか生物を使った実験も禁止される恐れがあるじゃ無いですか、ほら!大義のための何とやら、私は善行を積んでるんですけど」

 

敷波「…人体実験…って、前みたいなこと、してるの…?」

 

綾波「効率的ですからねぇ…深海棲艦から人間に戻った艦娘は…特に良いサンプルです、えーと…ほら、最近送られてきたサンプルは何処かで見たことあるんですよね」

 

誰かが歯軋りをする音が聞こえる

 

綾波「まあ殺したら深海棲艦になるだろうから記録のために海に沈めたはずなんですけど…アレどうなったんだろ、記録映像みないと…と言うことで!仕事思い出したので帰りまース!」

 

敷波「…綾姉ぇ…!」

 

綾波「…もしかして敷波も来たいんですか?良いですよ?全然構いませんけど」

 

敷波「…違う、違う…!綾姉ぇは…アタシが止める…」

 

綾波「止める?人類の科学の歩みを止める?なんて勿体無いこと言うのでしょう、お姉ちゃん怒りますよ?…ってやってる時間も勿体無いって言うのに…それじゃ」

 

喚く敷波を無視してその場を去る

 

 

 

 

駆逐艦 敷波

 

敷波「…こんなの…ないよ…!」

 

アオボノ「…強くなれば、止められるでしょう…殺すことさえ躊躇わないと言うのなら」

 

敷波「…わかってる、綾姉ぇは…アタシが殺してでも止める…絶対に」

 

神通「姉妹を手にかけるつもりですか」

 

敷波「あんな綾姉ぇ、もう見たくない…絶対にこれ以上悪い事をさせたくない…!」

 

アオボノ「……」

 

神通「…やめておいた方がいいと思いますけどね」

 

 

翌日

 

 

 

東京 特務部オフィス

駆逐艦 綾波

 

綾波「どもー、綾波、戻りました」

 

数見「…何処に行っていた?」

 

綾波「ログ、追ってないんですか?宿毛湾ですよ、妹の顔見に行ってましたー…あ、まさかダメなんて言いませんよね?」 

 

数見「……それより実験の結果は」

 

綾波「70%…まあ恐らく、70%って所です、あと少しで完成して、とりあえず試しに使ってみよう…みたいな?」

 

数見「……」

 

綾波「深海棲艦を人間に戻す、死者を生き返らせるような事をするんです、本当なら一体一体解剖して全部じっくり研究したいけどできないんですよ」

 

数見「だから君に指示を出した」

 

綾波「私は成果をあげますよ、あと少しの辛抱です、待てない男は嫌われますよ?」



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第二次南西諸島攻略作戦

研究所

駆逐艦 春雨

 

春雨「…記録完了、と……やっぱり、嫌な気分になるなぁ…」

 

真っ暗な部屋の中でコンピュータを操作する

深海棲艦の死骸がチリのようになり、液体にに溶けていく

 

春雨「…と、破棄」

 

保存用のケースが液体が流れ、空になる

目の前のコンピュータに表示されるデータを眺める

 

春雨「…これ、何処までが許される行為なんでしょうか」

 

ヘルバ『何一つとして許される行為ではないわ』

 

春雨「うわっ!?びっくりしたぁ…せめてモニターつけてくださいよ…ただでさえホラーみたいな状況で脅かさないで貰えますか?」

 

ヘルバ『それより…死体は?」

 

春雨「液体に溶けました、ただの海水なんですけどね、はい」

 

ヘルバ『…そう、それは仕方ない事ね、上がっていいわよ』

 

春雨「…これ、価値のあるデータなんでしょうか、今の深海棲艦も元人間なんですよね?悪戯に苦しめるような…」

 

ヘルバ『薬を作るには…何度もいろんな物への実験が行われるわ、これはそのうちの一つに過ぎない、それに手探りである今は全ての行動が価値のある行動よ』

 

コンピュータの画面を眺める

 

春雨「…艦隊は今何処にいるんでしょうか」

 

ヘルバ『沖縄を越えたあたりで交戦しているそうよ、何も問題はない…と』

 

春雨「…もう少し、仕事していきます」

 

コンピュータを操作してデータをまとめる

 

 

 

 

 

 

 

海上

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「残り2匹、南西と南東に戦艦級」

 

阿武隈「了解、南西方面撃破です!」

 

アオボノ「撃破了解、朧、其方は?」

 

朧「多分いける…魚雷発射!」

 

アオボノ(…直撃ルートは外れたか)

 

アオボノ「イムヤさん、朧のカバーに」

 

イムヤ『了解、回避行動確認…さぁ…いらっしゃい…!』

 

アオボノ「水中なのに一切ノイズがありませんね、どうなってるんですか?」

 

イムヤ『知らな…よし!やった!』

 

水柱が複数上がる

 

朧「撃破確認…!」

 

アオボノ「イムヤさんがやったんだけどね」

 

朧「…わかってる、わかってるよ…」

 

アオボノ(数日とはいえ基礎的な砲雷撃を疎かにしたツケが来てる…朧のメンタル的にも良くはない、ケアが必要か…)

 

海斗『敵戦力の殲滅を確認、交代だからリフトに乗って』

 

アオボノ「了解しました、イムヤさん、撤収です」

 

イムヤ『了解!疲れたぁ…』

 

朧「周囲警戒」

 

阿武隈「大丈夫、電探に感なし」

 

アオボノ「リフトあげてください」

 

 

 

 

艦内

 

朧「……」

 

アオボノ「ほら、麦茶…そんなにイライラしてるとふけるわよ」

 

朧「…ありがとう、でも余計なお世話」

 

朧は差し出されたボトルを強く握りしめるだけで口に運ぼうとはしない

 

アオボノ「毒なんか入ってないわよ」

 

朧「あ、うん…そこは信用してるよ、ただ喉が渇いてなくて」

 

アオボノ「前にも言ったけど、あんたは結果すぐに求めすぎよ」

 

朧「…わかってるんだけど…でもさ、例えば島風とか…」

 

アオボノ「あんた、ホント馬鹿ね」

 

朧「わかってるよ、島風は前の世界からあの武器を使ってたからで…」

 

アオボノ「いや、そうじゃなくて…島風さんはアンタより努力してるって言ってるのよ、今の体は人間のそれなのよ?あの速度での戦いなんて普通無理、でもそれを無理矢理やってる…その意味がわからない?」

 

朧「…アタシが全然足りてないって?」

 

アオボノ「別に多少強くなるだけならそれで良いわ、アンタが憧れてる相手は努力を怠らなかった天才よ」

 

朧「天才…」

 

アオボノ「天才ってね、実は沢山いると思うわ、アンタだって天才かもしれない、でも芽が出るのは努力を怠らなかった天才だけよ」

 

朧「努力せず強くなる人は…?」

 

アオボノ「適応力が高いだけよ、それも一種の才能だと思うけど、それに慢心して努力を怠る人が多い」

 

朧「…結局努力?」

 

アオボノ「一生かけて努力すれば何でもできる…なんて言うつもりはないわ、たとえどれほど塵がつもっても何年かけても私の身長ほど積もるわけないしね」

 

朧「えっと…?」

 

アオボノ「納期よ、例えば1日1枚ずつ紙を重ねて行く、100枚重なるのには100日かかる、でも納期は70日しかない」

 

朧「…30日遅れてるね」

 

アオボノ「これが今のアンタって事」

 

朧「…どうやっても間に合わない、か」

 

アオボノ「いや、何で1日に2枚にしないの?半分の50日で完成するわよ」

 

朧「え?」

 

アオボノ「まあ、すごく疲れるだろうし、身体が壊れかねない、だから作戦前に無理をするのを避けたのは間違いじゃないけど…アンタ自分や周りが決めたことに従い過ぎなのよ、そんなもん無視しなさい」

 

朧「…無視、して…か」

 

アオボノ「だってそうしないと勝てないし、死ぬから」

 

朧「…曙でも?」

 

アオボノ「私ね…現実の、人間の身体ってレベルアップするのかわからないの」

 

朧「レベルアップって…ゲームじゃないんだし」

 

アオボノ「そうよ、でもアナログって面白くない?0と1の境界には無限の数があるの」

 

朧「…0.1とか、0.2って事だよね」

 

アオボノ「0.01とか0.526とか、もっと細分化できるけど…それだけたくさんの数字があるのよ、それこそ無限にね」

 

朧「…それがどうレベルに繋がるの?」

 

アオボノ「レベル1とレベル2、ゲームなら確実にレベルが高い方が有利よね」

 

朧「まあ…うん、そうだね、知識とかでひっくり返せるけど…」

 

アオボノ「例えば、レベル99とレベル100、この差ってどのくらいだと思う?」

 

朧「…うーん…」

 

アオボノ「1レベルで上がるのがずっと変わらずに5だったとして、ゲームのステータスならたった5なの」

 

朧「495と500…5と10」

 

アオボノ「そう、レベルが低いほど小さい数字が大きな差になるのよ、それで、さらに話を変えるけど…曙と私、どっちが強い?」

 

朧「えっ…それは…」

 

アオボノ「測れないって事は差が小さいのよ、実際勝ったり負けたりしてるから、ほぼ互角かしら…だけど、私はこう考えてる」

 

朧「……」

 

アオボノ「私達はレベル(練度)99、次のレベルに上がるために小数点ほどの数字を必死にかき集めてる…さきにレベル100になっちゃえば…負けない」

 

朧「負けない…」

 

アオボノ「それは、勝負は時の運って言うこともあるし…ねぇ?当然ひっくり返る事だってあるわ、だけど私は負けない」

 

朧「……」

 

アオボノ「でも、数値だけで全てが決まる世界なら…私は負けない、例え小数点より遥かに下の数値でも、0と何も変わらないと言われるような数値でも、その微かな1の差が私を勝たせてくれる」

 

朧「…その微かな1を拾うために努力してるの?」

 

アオボノ「そうよ、ようやくわかった?」

 

朧「うん、わかった」

 

アオボノ「結局、負けるときは負けるし、勝つときは勝つ、だけど自分の努力が足りなくて誰かを失うようなことになったら…泣きたくても泣けないでしょ」

 

朧「アタシは、逆に泣いちゃうかなぁ…」

 

アオボノ「泣くくらいならその時間を前に向くためにあてて、戦い続けなさい、自分が生きる為に」

 

朧「…わかったよ、曙」

 

艦内にサイレンが鳴り響く

 

アオボノ「…敵航空隊ね」

 

朧「翔鶴さん…かな?」

 

アオボノ「だとしても、対峙するのはまだ先よ…甲板に出るわよ、対空射撃には参加しておかないと」

 

 

 

 

 

 

 

甲板

軽巡洋艦 北上

 

北上「…チッ……あたしも残りたいって言えば良かったな…」

 

あの時見た対空射撃が脳内で何度もリピートされる

自分には到底できない、あの一射で全てを打ち砕く…

 

北上「……3.4…と…まだいるな」

 

全部落とせばいい、全部…

 

大井「こちら大井、南西からの敵機、排除しました」

 

すぐ近くで大井が敵機撃破の報告を送る

 

北上「……おつかれー、あたしもどるわ」

 

大井「…お疲れ様です」

 

ぎこちなく、ギクシャクした声になってしまった…

 

漣「北上さんおつっ!」

 

北上「…何、駆逐…あんたいたの」

 

漣「酷くないですかー…普通にいましたよ、テンションまじ下げー…」

 

北上(…あ、ダメだ…この子あたしとコミュニケーション取ろうとしてくれてるのに…取れないわ)

 

足早に自室に戻る

 

北上「…はぁ……怠いわ、やっぱ」

 

こんなに苦労するくらいなら、ストレスを感じるくらいなら…1人の方がマシだ…

 

 

 

 

 

 

 

東京 特務部研究所

駆逐艦 綾波

 

綾波「もう一回、言えって言ってるんですよ、私と部長様の目の前で」

 

兵士の首を脚で締め上げ、尋問する

 

兵士「しょ、所属不明の艦娘に強奪されました…!」

 

綾波「貴方達は深海棲艦の死体の消滅を見届けるのが任務でしたよね?記録映像を持って帰ってくる任務でしたよね?それが失敗って……生きてる価値ありませんよね?」

 

兵士「お、お許しを…!おゆ…ぁが…!」

 

綾波「……」

 

数見に視線を送る

仕方ないと言ったように視線を外され、拘束を解く

 

綾波「次失敗したら殺します」

 

うつ伏せに倒れている兵士の後頭部を踏みつける

 

数見「…キミにも罰を与える事になるが」

 

綾波「ああ…これ、ストレスのせいなんですよ、アハハッ…許してくれません?無能な奴等を半殺しにしたくらい…ほら、私は有能ですから」

 

数見「……」

 

綾波「…ああ、成果ですか、良いですよ、まだ実験できてませんけど…ほら」

 

注射器を見せる

 

数見「それは」

 

綾波「深海棲艦を人間に戻す薬……の、実験段階の品ですね」

 

数見「試してはいない、か」

 

綾波「完成が遅かったですしねぇ…あ、人間に打っても問題ないのは確認しましたよ、一応いっときます?」

 

数見「自分で打て」

 

綾波「はいはい、ぷすっと」

 

自分の二の腕に針を刺し、薬液を送り込む

 

綾波「んっ……ぁはァ…」

 

数見「まるで薬物依存者だな」

 

綾波「ええ、どうです?一本」

 

数見「……報告書は一週間以内に上げるように」

 

綾波「はいはーい、わかってまース」

 



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上陸部隊

艦内

提督 倉持海斗

 

海斗「…あと少しで台湾なのに…急に攻撃が激しくなってきてる…」

 

度会「日本にいる台湾の軍人たちを通して陸からの攻撃を依頼はしたが、今の所動きは無し、あと1時間分でたどり着ける距離なんだがこのままでは進むこともできない」

 

海斗「多分、既に深海棲艦が陸にも…」

 

度会「そう見るべきだろうな、となると…台湾に入るのは危険が大きい、もし上陸できても夜間は歩哨が必要等、想定されていたよりも負担がかなり大きい」

 

亮「どうすんだよ、このまま速度を落としてたらいい的だ、敵を倒し続けるのも限界があるぞ」

 

海斗「先遣隊を出そう、それで安全を確認でき次第入港、安全が確保できないと判断したら先遣隊を拾ってから周囲の島へ、海図はあるかな」

 

亮「この辺で身を隠せそうなのは…波照間とか西表辺りか?」

 

度会「その辺りの島に近づくなら座礁の恐れがあるルートは調べておこう、先遣隊のメンバーは」

 

海斗「機動力を重視して島風を連れて行きます、それと現地での通信等に夕張も…後は陸上での戦闘の心得がある神通さんと龍田さん」

 

亮「連れて行くって…海斗も行く気か?」

 

海斗「現地で何かあったら困るから、艦娘だけじゃまともに対応してくれないかもしれないし」

 

度会「だったら俺の方が適切だろう、ここのメンバーのほとんどは宿毛湾の所属だ、キミが残った方が…」

 

海斗「いえ、行かせてください」

 

亮「何があるのか?」

 

海斗「まあ、うん、だからコレは僕が行きます」

 

度会「…ならば、それで行こう」

 

 

 

 

艦内会議室

 

神通「わかりました、護衛としての役目、果たさせていただきます」

 

龍田「私も問題ありません、お役に立ちますよー」

 

島風「…うーん、提督、コレって上陸後はどうするの?」

 

海斗「移動手段は現地調達、できれば向こうの軍とすぐにでも連絡を取りたいんだけど、今のところこちらの通信には答えてくれてないんだ」

 

島風「上陸できても長距離移動しなきゃいけないかもしれない…って事?」

 

海斗「そうなるね」

 

夕張「車がもし生きてたら私が乗れるようにはしますけど、提督は運転できますか?」

 

海斗「大丈夫だよ」

 

夕張「よし、じゃあ決まりですね…えーと…出発は今すぐ?」

 

海斗「5分後にしよう、準備できる?」

 

神通「私は問題ありません」

 

龍田「同じく〜」

 

島風「私も!」

 

夕張「じゃあ私が用意を済ませればいいわけですね、すぐに済ませます」

 

 

 

 

海上

 

島風「ふぁ…あ」

 

神通「流石にこのサイズのボートなら潜水艦も手出しは難しいでしょうね」

 

龍田「うーん…後どれくらいかかるのかしら?」

 

夕張「10分もあれば着きますよ」

 

神通「…正面に敵、1分で視認距離に入ります」

 

海斗(正面、か…やっぱりもう上陸されているのかな)

 

神通「……陸地に少数の人型深海棲艦を確認、面倒になりますね」

 

島風「先行します!」

 

島風がボートから飛び出す

 

島風「敵確認!…って、軽巡級1?」

 

神通「はい、見えた限りでは……ですが恐らく潜水艦が」

 

島風「了解!反航線に突入!夕張さんはソナーお願いします!連装砲ちゃん!」

 

夕張「はいはいっと〜…って、聴音機しかない…ボート止めてくれません?」

 

神通「ダメです」

 

島風(…軽巡洋艦が旗艦の潜水艦隊…?どこから仕掛けてくるんだろ…)

 

神通「見つけました、南西に雷跡!」

 

島風「爆雷!」

 

連装砲が射出した爆雷を雷跡に向かって蹴り飛ばす

 

島風「ドカーン!」

 

神通「魚雷は潰せましたね」

 

島風「っとぉ…!撃ってきてる!」

 

軽巡級からの砲撃、当たりこそはしないがまるで進路を潰すような攻撃…

 

海斗「島風、無理に倒す必要はないよ、このまま突っ切ろう」

 

島風「んー……潜水艦は無理かも、でも…」

 

連装砲がもう一度魚雷を高く射出する

 

島風「軽巡はやっちゃいます!」

 

島風が蹴った爆雷が軽巡級にぶつかり爆発する

 

島風「良し!敵撃破!」

 

夕張「おー…さっすが、よく飛ぶなぁ…」

 

神通「砲撃の方が手っ取り早かったと思いますけどね」

 

島風「この方がカッコいいから良いんですー!」

 

神通「……やはり、台湾は深海棲艦が複数潜んでいる敵地となってしまったようですね…敵機、来ます」

 

夕張「…まって、あれ戦闘ヘリじゃ…」

 

海斗「乗ってるのは?」

 

神通「確認できません、ですが視える範囲の深海棲艦が狙いすらつけていません、コレはそういう事でしょう」

 

龍田「深海棲艦に操縦できるのかしら〜」

 

夕張「…それか、もう降伏して人が手を貸してるとか、何にせよまずいですね」

 

海斗「夕張、通信機を」

 

夕張「準備できてます」

 

神通「真っ直ぐ来てます、どうしましょうか」

 

海斗「対空戦闘用意、敵の攻撃を確認次第反撃、専守防衛に勤めて」

 

島風「先に撃たせたら…うーん、大丈夫かなぁ…」

 

海斗「…あのヘリに通信は?」

 

夕張「一応無線が積まれてるはずなので答えてくれないとおかしいんですけどね…ニーハオー!…反応してくれない…」

 

神通「周波数はあってるんですか?」

 

夕張「緊急用の回線とかもガチャガチャやってるんですけどね…あー、もうコレダメだわ、誰も出やしませんよ」

 

龍田「そろそろ撃ってくるかしら〜」

 

島風「提督!」

 

海斗「夕張、加賀に必要なら艦載機を出すように伝えてある、準備するように連絡をとって」

 

夕張「はい、かしこまりましたーっと…」

 

島風(…もし、ボートを撃たれたら…そうならないように私が注意を惹かないと…!)

 

海斗「待って!島風!前に出過ぎだ!」

 

島風「大丈夫です…!」

 

神通「…見えました、乗ってるのは…人のように見えます、ですがヘルメットで顔が隠れていて確認できません」

 

海斗「……」

 

島風「…撃って来ない…?」

 

島風がわざとヘリの射程に入り、攻撃を誘っているのに撃ってくる様子はない

 

夕張「…撃ってこないのにどんどん近づいてくる…でも、無線には応答しない…」

 

神通「落としましょう、ボートを撃たれたら終わりです」

 

龍田「通信に応答せず、なのに近づいてくるなんてあり得ませんからね〜」

 

海斗「いや、最大速度で振り切ろう」

 

島風「わかってます!夕張さん!ワイヤー!」

 

夕張「用意してます!」

 

島風がボートに近づきワイヤーを艤装に引っ掛ける

 

神通「何を…?」

 

龍田「まさか引っ張るつもり?無茶だと思うけどー…」

 

夕張「島風ちゃんは最速だから大丈夫だって」

 

島風「うん、だって私早いもん…!行くよ!口を閉じてボートにしっかり掴まってて!」

 

島風がそう言った瞬間ボートがありえない速さで引っ張られる

 

龍田(…口開いたら、舌を噛むわね〜…)

 

神通(この速度、明らかに艦娘としての限界を越えてる…)

 

夕張(…あれ、今パーツ吹っ飛んだような…気のせいかな、まあいいや)

 

島風「撃ってきた!」

 

ヘリがボートだけを狙い機銃を撃ってくる

 

神通(…早すぎて照準があってない、コレなら抜けられる)

 

島風「でりゃぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

台湾

神通

 

神通「…ボートはもう使えませんね、舵が折れてしまいました」

 

夕張「船底もひどい有様ですし…あの速度で海岸に突っ込んだらこうもなりますよ」

 

海斗「みんな怪我は無い?」

 

島風「全員無事みたい、大丈夫です」

 

龍田「ヘリは追ってこないみたいですけど、早く行かないと危険ですよー?」

 

夕張「港を確保する…となるとかなり手が足りないですけど…」

 

海斗「正直、ここが敵地なのなら港は恰好の的だけどね…」

 

夕張「とりあえず、足は確保できそうね…こんなにたくさん車があるし、流石に動くはず…とりあえず車に移動してから船で連絡を取りますかー…」

 

神通「っ!危ない!」

 

夕張を蹴飛ばし、自分もすぐに伏せる

 

夕張「いだっ!?な、何を!」

 

銃声が鳴り、すぐそばで火花が散る

 

神通「狙撃です!」

 

海斗「…相手は人間なのかな」

 

神通「人間かどうかは知りませんが、ハッキリしているのは敵だという事です…!」

 

島風「ど、どうしよう…ここじゃあ他に敵が来たら逃げられない…!」

 

神通「…さて、どうしましょうか倉持司令」

 

龍田「……ああ、そうね、どうするのかしら〜」

 

神通(さっきの対応から見て、この人に愚直に従うのは危うい面が多い…この状況下で航空支援を求めようとしないのであれば、最悪の判断もやむを得ない、さて)

 

海斗「深海棲艦に狙撃できると思う?」

 

夕張「口径的に通常の狙撃銃だし、無理だとは思いますけど…」

 

海斗「…夕張、加賀に連絡をとって艦載機を向かわせるように言っておいて」

 

夕張「どうするつもりですか?白旗でもあげるんですか?」

 

海斗「相手が人間なら対話できるはずだからね…こっちに交戦の意思はないし、戦う相手は深海棲艦だ」

 

神通「…私達はその人間と思われる相手に命を奪われそうになったんですよ?」

 

夕張「…す、すいません、良いですか?」

 

龍田「どうしたのかしらー」

 

夕張「…なんか、通信が通じないんですけど…あ、通信機自体は完璧ですよ!?た、ただ…その、ジャミングされてますね…こっちの通信機の出してる周波数に上書きされて大きいノイズが…」

 

神通「だからこちらの無線が通じなかった?」

 

夕張「多分、このノイズを送る範囲もごく短い範囲なんでしょう、あのヘリに関しては謎ですが…」

 

神通「…弱りましたね…狙撃手はまだこちらを見ているようです」

 

海斗「…船から誰かこっちを見てたりしないかな…いや、この明るい時間帯じゃ厳しいか」

 

神通「何を?」

 

海斗「発光信号を試そうと思ったんだけど…流石に届かないね、信号さえ送れればなんとかなるはずなんだけど」

 

夕張「…あ、発煙筒ならあるんですけど…」

 

海斗「じゃあそれを使おう、島風、発煙筒を打ち上げて」

 

島風「わかりました!」

 

発煙筒の赤い煙が空中で広がる

 

海斗「とりあえず異常があることは伝わるはずだよ」

 

夕張「敵にも、ですけどねぇ…あー…やだ…怖くなってきた」

 

海斗「大丈夫、なんとかするから…」

 

神通「…私ならここを離れさえすれば周りの様子を見て来れますが」

 

海斗「いや、危険だ」

 

夕張「少し進めば民家もあります、うまく隠れれば民家に行けるんじゃないでしょうか…」

 

海斗「…なら僕が先行する、夕張、使えそうなものはある?」

 

夕張「さっきの発煙筒…うまくやれば狙撃手から身を隠せるかも知れませんね」

 

神通「でしたら私が使いましょう、狙撃手の位置は分かりますから」

 

海斗「任せたよ、よし、じゃあ目標を変更、離脱に使える高速艇の奪取、または通信機をジャミングしている機械を破壊する事」

 

神通「わかりました」

 

夕張「早速行きましょう」

 

 

 

 

 

艦内

正規空母 加賀

 

瑞鶴「づがれた…ぁ"〜…も、もうだめ…」

 

赤城「お疲れ様です」

 

葛城「こんなに何度も何度も敵が攻撃を仕掛けて来るなんて…大丈夫なんでしょうか」

 

加賀「…アレは…」

 

台湾の方に赤い煙…

 

加賀「瑞鶴、彩雲を渡して」

 

瑞鶴「へぁ?」

 

瑞鶴の矢筒から彩雲を抜き取り、引き絞る

 

葛城「あ、な、何を…」

 

加賀「見てきなさい、彩雲」

 

彩雲を飛ばす

 

赤城「勝手な発艦は怒られるのでは…」

 

加賀「提督に許可は得ています…まあ、おそらくですが」

 

加賀(提督達の身に何が起きたのかしら、手遅れ、ということはなさそうだけれど…)

 

海の中から深海棲艦が飛び出し、彩雲を狙い対空射撃を始める

 

加賀「こんなに近くに伏兵…!何故彩雲を…そんなに知られたくないって事かしら」

 

瑞鶴「へ…?」

 

加賀「葛城さん、貴方は今すぐ度会司令に上陸部隊に不測の事態があったと伝えてきて、それから赤城さん、曙さん達を呼んできてください、私はここであの深海棲艦を倒します」

 

瑞鶴「わ、私は…?」

 

瑞鶴を睨む

 

加賀「…貴方、今さっき1人だけ疲れたとか言ってなかったかしら、疲れたのなら寝ていれば良いわ」

 

瑞鶴(こ、怖っ〜!)

 

瑞鶴「い、いえ!そんな事ありません!私も戦います!」

 

瑞鶴が飛び上がり矢筒から艦載機を引き出す

 

加賀「…行きなさい」

 

放たれた矢が炎を纏い艦載機に姿を変え、深海棲艦を攻撃する

 

加賀(わざわざここまで近づいていたのに彩雲への攻撃を優先した…マズイわ)

 

加賀「瑞鶴、低く飛ばしなさい、まだ隠れている深海棲艦が居るかも知れないわ、誘い出して」

 

瑞鶴「はい!」

 

 

 

 

 

台湾

軽巡洋艦 夕張

 

夕張「とりあえず…車までは確保できましたね、それも装甲車…いろんなところに軍が展開してた…って事でしょうか」

 

海斗「動きそう?」

 

夕張「大丈夫です、お任せください」

 

神通「…人間が敵なのだ、としたら…台湾は補給地点にはできませんよ」

 

龍田「補給とか一時的な拠点って話を許諾したのは日本に移った台湾政府だし、ね〜」

 

海斗「…それにしても、人の気配がないのは今更だけど…」

 

夕張「ええ、おかしいです…あの一回だけの輸送作戦で全民間人は送れません、他の国も輸送作戦はできなかったとのことですし…」

 

装甲車が轟音を立てる

 

夕張「おっ♪動きましたよ!」

 

龍田「早く移動しましょうか〜」

 

海斗「よし、乗って」

 

 

 

 

夕張「流石に装甲車は撃たれませんね」

 

海斗「味方と誤認してくれてるなら助かるんだけど…いや、味方のはずなんだけどね」

 

島風「……ほんとに人と戦うのかな…」

 

龍田「そうよー、敵だもの」

 

海斗「できるだけ戦わなくて良いようにしたいけどね」

 

夕張「…提督!左か何か来ます!」

 

道路に子供が飛び出して来る

 

海斗「くっ…!」

 

車の進路が大きく曲がる

 

神通「みなさん衝撃に備えて!」

 

島風「わぁぁっ!?」



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小鬼

台湾

軽巡洋艦 夕張

 

海斗「う……みんな、大丈夫?」

 

神通「……」

 

夕張「神通さん頭を打ったみたいですね、気を失ってます…」

 

島風「そんな事より、さっきの子は…?」

 

龍田「降りてみるー?」

 

海斗「…待って、僕が降りる」

 

夕張「っー…ほんっと痛いなぁ…」

 

ドアが空いた音と同時に銃声がなる

 

龍田「あら…」

 

夕張「え?な、何!?」

 

海斗「誰か手を貸して!さっきの女の子が銃を…!」

 

島風「連装砲ちゃん!」

 

島風ちゃんがドアの隙間から連装砲ちゃんを抱えて出す

 

島風「撃てたら撃って!」

 

夕張「ちょっ!?」

 

龍田「死んじゃうわよー?いいけど」

 

砲音がなる

 

夕張「本当に撃った…?何考えてるの!相手子供よ!?」

 

島風ちゃんを引き寄せて問い詰める

 

島風「へっ!?い、いや…」

 

龍田「人を殺す力を手にしてる時点で、子供だとかそういうの関係ないと思うけどー」

 

海斗「大丈夫、島風は銃を吹き飛ばしただけだから…みんな降りてきて」

 

 

 

 

 

 

夕張「…多分折れてますね…うん、でもそれ以外に怪我はない…銃なんて子供が扱って良いような物じゃないんですよ」

 

女の子の手当てをする

手には当たらなかったと言っても強い衝撃が手に伝わる、

 

海斗「すっかり怯えてるみたいだし、周りには誰もいないし…どうしたものかな」

 

島風「…ごめんね、撃っちゃって」

 

海斗「…そろそろ車に戻ろう、見つかったらためらいなく撃って来ると思うよ、この子も撃たれると思っていい」

 

龍田「この子はどうするつもり?」

 

海斗「流石に連れてはいけない…けど…」

 

島風「…ここに置いて行くの?でも元々いたのは此処だし…」

 

夕張「本人の意思さえ確認できれば…まあでも、日本語はわかんないかー…」

 

雪風「日本語は…わかります」

 

夕張「え、わかるのっ!?てか日本語うまっ…」

 

龍田「ネイティブね〜」

 

雪風「…その、わ、私…日本人で…その…」

 

海斗「…とりあえず、屋外は危険だ、車に乗ってくれるかな」

 

雪風「いや…もっと安全なところがあります、その…よければついてきて下さい」

 

龍田「…それが罠じゃないって保証もないし、銃を持ってるような子を信用するのは簡単じゃないわ〜」

 

海斗「とりあえず、近くの民家に一回身を潜めよう、先に行ってて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪風「…私は日本生まれで…その、台湾に旅行できたら…深海棲艦のせいで帰れなくなって…」

 

島風(そういう境遇の子もいるんだ…)

 

雪風「…その、私…日本人だからって…艦娘システムの被験者に…」

 

夕張「日本人だから…って、そんな事関係あるの?」

 

雪風「知りません…」

 

龍田「艦名は?」

 

雪風「…雪風です」

 

夕張(日本艦…だから?)

 

海斗「よいしょ…と、遅くなってごめん」

 

まだ気絶してる神通さんをおぶって入ってくる

 

雪風「あ、あの…その…私、こんな事言っても信用されないとはおもうんですけど…その方を知ってます…」

 

海斗「え?」

 

雪風「神通さんですよね…呉の…」

 

龍田「記憶持ち、ってことね〜」

 

海斗「…とりあえず、味方であるって方はわかってもらえたのかな」

 

雪風「はい、大丈夫です…」

 

夕張「台湾で何が起きてるか、教えてもらえる?」

 

雪風「その…私もよくわかってないんです、でも…今残ってる民間人はほとんど台湾の南側に集められてて…北側は残ってる軍が好き勝手してます…」

 

海斗「君は?」

 

雪風「私…雪風は、日本人だし…それに、艦娘システムの適応者だから北に行けって…でも、私この世界で戦った事もないし、艤装も貰ってないんです…」

 

龍田「戦えないのに送り込まれたのねー」

 

雪風「…その…北には、軍人さんと来たんです…でも、施設に入った途端私たちが乗ってた輸送車両は味方に撃たれてみんな…小柄な事が幸いして雪風だけは逃げることができました…」

 

夕張「待って、味方を撃った…って人間同士の殺し合いが始まってるの?」

 

雪風「…わかりませんけど、雪風も狙われました…その時に銃を盗んで…無人の民家とかで食材を盗みながら今日まで生きてました…」

 

夕張「そっか、大変だったのね…でも何であんな事…」

 

雪風「……こんなに辛いのは軍のせいなんだ…って思うと…許せなくて、せめて1人でも…って」

 

海斗「そんなこと考えちゃダメだ、僕達だったから君をかわしたけど轢かれてたかもしれない、それに人殺しなんて…」

 

雪風「…わかってます、でも、もう辛いんです!」

 

夕張「提督、この子の話を鵜呑みにするなら明らかな異常が起きてますよ」

 

島風「何で味方を撃ったりなんか…」

 

龍田「可能性としては、その方が得をするから…じゃ無いかしら?」

 

夕張「火事場泥棒…って事ですか、民間人南に集めちゃえば民家は漁り放題、確かにやりたい放題できるでしょうけど…でも…」

 

神通「倉持司令官」

 

海斗「…神通さん、目が覚めたんだね」

 

雪風「神通さん…あの…」

 

神通「雪風さん、挨拶は後で…倉持司令官、敵が迫っています」

 

海斗「…派手に音を立てたからね、仕方ないか」

 

神通「殺害の許可を」

 

海斗「……」

 

神通「倉持司令官、貴方のやってる事は美徳ではありません、ただの怯えです…私達に殺させるのが怖いんじゃなく、自分の指示で人を殺すことに怯えている」

 

海斗「そういう訳じゃないよ、ここで台湾軍の人間を手にかける事はとても危険だと思うんだ、雪風の話からも同じ台湾軍なのに事態を把握出来ていない、やるならその理由を説明できないと台湾との戦争に発展する」

 

龍田「…確かにそうかも知れないけど、これだけつけ狙われてる時点で十分すぎる気もするわね〜」

 

海斗「客観的に証明できないと意味がないんだよ、神通さん、敵はどのくらい近いのかな

 

神通「…この家の外に6人、今にも入って来るのではないでしょうか…」

 

窓から様子を伺おうと近づく

 

神通「ただ、窓から見える位置にいたら狙撃されるかと」

 

夕張「ひっ…!」

 

海斗「発砲は許可するよ、できるだけ殺さず話を聞ける形で捕らえるんだ、今はとにかく情報が要る」

 

神通「…譲歩します…龍田さん、此処は任せました」

 

龍田「1人でやるの?」

 

神通「流石に6人を相手にして貴方のことを気遣う余裕はありませんから」

 

龍田「あら、侮られたものね〜」

 

神通「侮ってなんかいません…ですが、私は…いえ、とにかく待っていてください」

 

龍田「……わかったわー」

 

 

 

 

 

 

神通

 

神通(…流石に、外でやる為には数を削らないと、相手に遊びはない…誘い込んでゼロ距離の接近戦に持ち込むしかない)

 

艤装から鉄の棒を取り出し、組み合わせて身の丈より長い2m近い槍を作る

 

神通「…馴染みませんね」

 

屋内で長物は振り回せない…

 

神通(倉持司令官達は奥の部屋、私は玄関前…敵が入って来る位置はどこか…)

 

神経を研ぎ澄ます、土を踏みしめる音、ガラスを壊す器具を設置する音

 

神通「…そこ」

 

槍を両手で握る、石突のあたりを右手で逆手にとり、もう片方の手で槍を支える

槍を水平に構え、右手に力を込める

 

神通(…私ももしかしたら艦載機を飛ばせるかも知れませんね)

 

神通「穿ちます」

 

槍を思いっきり押し出して放つ

壁を貫き、ガラスの割れる音が響く

 

神通(当たってない?いや、今穴から血飛沫が見えた…悲鳴一つあげないなんて…)

 

兵士がバタバタと走って入って来る

 

神通(進路はそこ、私の位置は不明瞭ならまだ撃てない)

 

音を立てずに物陰に隠れる

足音が複数近づいて来る

 

神通(…やはり、普通ではないような…)

 

物陰から飛び出し、襲いかかる

 

神通(3人しか居ない?)

 

銃口が向く前に1人の頭をハイキックが捉える

その蹴りの勢いのまま軸足を入れ替えて踵でもう1人にハイキック、最後の1人の銃を掴み銃口を真上に向けて相手を壁に押し付け、腹部に膝を入れる

 

神通「っ…!これは…」

 

兵士の顔に生気はない…と言うより、既に死んでいる様な…

土気色の肌とは対照的にギラついた目

 

神通(まるで…何かに寄生されている…?)

 

背後から物音

 

神通(あの蹴りで意識を奪えていない!?まさか本当に…!)

 

掴んでいる兵士を倒れている別の兵士に投げる

 

神通「なっ…」

 

倒れている兵士のうなじあたりに小鬼の様な小さな深海棲艦が張り付いている

 

神通「深海棲艦!」

 

小鬼を蹴り飛ばす

吹き飛んで壁にぶつかり潰れて消える

 

神通「まさか全員に…!」

 

起き上がった兵士の銃口を手で逸らし、腕を蹴りでへし折り無理矢理銃を奪う

 

神通(操られてるならまだ生きてるかも知れない…捕まえれば情報が…)

 

先ほど開けた風穴から外の様子を一瞬覗く

 

神通(3人もこっちに銃を向けて…!)

 

慌てて飛び退いたところに複数の銃弾が通り抜ける

 

神通「御構い無しに撃ってきてますね、私にもそれほどの腕があれば…」

 

引き倒した兵士の両肩を打ち、無力化する

 

神通「2人…3人目」

 

取り憑いている深海棲艦を撃ち抜き砕く

 

神通「このまま外!」

 

窓から飛び出す

3人の兵士が別々の方向を向いたまま胴体を槍に貫かれ身動きが取れない

しかし銃口だけは無理矢理こちらに向けて撃って来る

 

神通「はぁっ!」

 

体を捻り、射線をかわして回り込み深海棲艦を掴み取り、握り潰す

 

神通「…援軍…ですか」

 

複数の足音が聞こえる、それも各方向から

 

神通「…ふぅっ……やれます」

 

槍を掴み、大きく振るう様に刺さった兵士を投げ飛ばして引き抜く

 

神通「今の私を相手に戦うことがどう言う結果を招くのか…とくと味わっていただきます」

 

体が鈍い、動きが異様に遅い

しかしそれは何の問題にもならない

 

神通(…視える、全てが)

 

槍と壁を使い、立体的な軌道で敵の中心に降り立ち、一薙で敵を弾き飛ばす

 

神通「狙撃も…御見通しです…!」

 

位置さえわかれば怖いものなど無い、位置さえわかって仕舞えばどこなら撃てないかさえ把握して仕舞えば…

 

神通「もう一つ…!」

 

槍を大きく振るい、兵士の頭に打ち付ける

うつ伏せに倒れたところに露出した深海棲艦を石突で払い、潰す

 

攻撃の挙動のまま狙撃の弾丸を槍で弾く

 

神通「無駄です」

 

銃を拾い、撃って敵の脚を潰す

脚を潰し、進路を潰し、人を潰す

 

大きく体を捻り、敵の視線を全て掻い潜る様に、地を這う様に迫り、仕留める

 

掴み取っては握り潰し、切り裂き、砕く

槍で突き、撃ち落とし、引き裂く

 

槍で銃を弾き、接近して肉を引き掴み、ちぎる

殴り、蹴り、掴み、壊す

 

足の関節を狙い、敵の姿勢を崩し、最小限の動きで深海棲艦を破壊する

 

神通「これで最後!」

 

足刀蹴りを胸部に叩き込み、そのまま兵士が仰向けに倒れる勢いのままに深海棲艦を踏み潰す

 

神通「………はぁっ…」

 

身体が浮き上がるような動作と共に力が抜け、自身の体が正常な動作を再開するのを実感する

 

神通「深海棲艦の全滅を確認…ですね、あとは狙撃手ですが…」

 

目の前の兵士の身体に穴が開き、血が噴き出す

 

神通「っ!そんな…!わざわざ全員殺して…」

 

安全な場所に運ぼうとしようものなら撃たれる…

屋内の兵士なら何とかなるかも知れない

 

 

 

神通「…居た、生きてる…」

 

息のある兵士を引きずり、奥の部屋に戻る

 

 

龍田「…あら、大怪我してる?」

 

神通「え?」

 

夕張「その…血塗れで…」

 

気がつかなかったが腕や服にべったりと赤い血が付着していた

人の血なのか、深海棲艦の血なのかはわからないが

 

神通「……ほんとうですね」

 

島風「た、タオル、タオル借りよっ」

 

神通「それは後でいいです…倉持司令官、兵士達に深海棲艦が取り憑いていました」

 

海斗「取り憑いていた…?」

 

神通「これです」

 

小鬼の様な深海棲艦の死体をみせる

 

海斗「…これは」

 

神通「いいえ、殺しましたが襲いかかってきた兵士全員の首元にくっついていました、意識などを支配する力があるんだと思います」

 

海斗「取り憑かれた人は?」

 

神通「生きてはいる様ですが…外の方は全員殺されました、秘密を守る為でしょう」

 

夕張「…人間は深海棲艦にとって道具…って事?」

 

神通「道具…まあ、それも一つの言い方ですね」

 

海斗「夕張、これをみて」

 

兵士のうなじあたりを見る

ぽっかりと穴が開き、中の構造が丸見えになっている

 

夕張「…ま、まさか無理矢理脳幹に何かを刺して操ってる…?でも、そんな事したら死んじゃう…と言うか、この人ももう…」

 

神通「…死にましたか」

 

夕張「うん…いや、こんな深い穴が空いたら普通人は死ぬって…」

 

神通「倉持司令官、夕張さんの話通りなら…深海棲艦が寄生した人間は漏れなく死ぬことになるでしょう」

 

海斗「わかってる、今記録をとってるから」

 

神通「急所を狙っても?」

 

海斗「…許可するよ、ただし深海棲艦が付いている相手に対してだけ…いや、君たちが命の危険を感じたならその限りでは無いけど…」

 

神通「ハッキリしませんね」

 

海斗「……」

 

私の非難に耳を傾ける事なく深海棲艦の死体をケースに詰め、写真とメモを取り続ける

 

夕張「あー、提督、いいですよそんな事私がやりますから…」

 

海斗「いや、気にしないで、これのために僕が来てるから」

 

神通「…そんな事より、ジャミングを何とかしましょう、このままじゃ本隊が無防備なまま到着してしまいます」

 

海斗「近くの港までは大体徒歩で5分くらいの距離だ、そこを確保しに行こう」

 

夕張「そこまで行けば脱出用の船くらいは…」

 

雪風「船は殆ど潰されてます、深海棲艦に攻撃される事を恐れて生きてる船は全部楽に上げてて…軍艦は南にしかありません…」

 

神通「…構いません、とにかく港へ」

 

 

 

 

 

 

艦内会議室

正規空母 加賀

 

加賀「彩雲で見てきた情報通りだと、一帯は血の海だったわ、人間同士の殺し合いね」

 

度会「何故人間同士が…」

 

加賀「前回輸送作戦からもうかなりの期間が経ってる、盗賊まがいの事をする輩が出ても何もおかしく無いと思うけど」

 

度会「……それより、上陸部隊は」

 

加賀「見つからなかった、でも信号の地点に壊れたボートがあったし、民家に隠れてる可能性があるわ、救援のために追加の部隊を送るべき…だと思うけれど?」

 

亮「情報が無いのに行かせるのは無謀だろ、それに向こうには神通もいる、簡単にはやられねえよ」

 

加賀「だとしても苦しい状況のはずよ」

 

会議室のドアが開く

 

アオボノ「失礼します、少し良いですか」

 

加賀「部外者は立ち入り禁止よ」

 

アオボノ「いえ、おそらく上陸した部隊は近くの船が停泊できる港に向かったのでは無いか…と思いまして」

 

度会「可能性としてはあるか…」

 

加賀「……そのようね、もう一度艦載機を出します、すぐに見つけるわ」

 

亮「それより、通信機を潰されてるんだとしたらそっちを回復させたほうがいいんじゃ無いか?」

 

アオボノ「同意します、通信ができないからあの様な手段、しかし通信機が壊れてるわけでは無いんですよね?」

 

加賀「ボート以外は放棄されていなかったわ」

 

アオボノ「なら通信を阻害されている…さて、どう阻害しているか」

 

加賀「出来そうな位置を教えなさい、爆撃するわ」

 

アオボノ「それは…どうなんですか?」

 

度会「許可を取ってくる、少し待ってくれ…」



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茶話会

甲板

正規空母 加賀

 

加賀「…仕留めた」

 

戻ってきた矢を矢筒に収める

 

アオボノ「設備の破壊を確認したそうです…はい、通信を」

 

加賀「指定された施設は全て破壊したわ、これでいいのよね」

 

アオボノ「私の想定通りならこれで通信が回復する筈ですよ、それにしてもやけに対空射撃が少ない様ですね」

 

加賀「…貴方もやっぱり気になるのね、じゃあこの予感はハズレじゃ無いわ、誘い込まれてる」

 

アオボノ「意見が一致しましたね、ではこれで台湾は完全な敵地です」

 

加賀「……」

 

アオボノ「…いけませんね、私は賢すぎる」

 

加賀「嫌味かしら」

 

アオボノ「…私には未来は見えませんが…想像はつきます、私たちはもう支配されている」

 

アオボノが自らの手を銃の形にして自分のこめかみに押し当てる

 

加賀「支配?」

 

アオボノ「私達はAIDAに寄生されている、良いですか?」

 

加賀「何も良く無いのだけれど」

 

アオボノ「私たちの脳にはAIDAが埋め込まれています、考えてる事、見た事聞いた事…全部筒抜けです」

 

加賀「AIDAに?」

 

アオボノ「AIDAを埋め込んだ人に、私の今の上司か更にその上か」

 

加賀「…なるほどね、それで貴方は宿毛湾を?」

 

アオボノ「調査の為に、まあ…無駄足だっかも知れません」

 

加賀「それで?」

 

アオボノ「…新たな問題点は、見つかりました」

 

加賀「既に問題だらけなのだけれど」

 

アオボノ「それよりも問題です、なぜなら私たちの意思すらも上書きする恐れがある、脳を支配されると言うことはそう言う事です、事実、AIDAによる凶暴化以外にも人を操る、その人間の持つポテンシャルを最大限引き出す力などが…」

 

加賀「…つまり、艦娘システムは脳に作用して人間の限界を引き出す?」

 

アオボノ「綺麗な点だけ見れば、ですが最大限の力を発揮すればその分肉体への負担もあります、つまりノーリスクではないと言う事です」

 

加賀「…意志の塗り替え、可能なのだとしたら凶悪ね」

 

アオボノ「心構え…ですよ、そんなもの」

 

加賀「…貴方に常識は通用しないことだけはよくわかっているつもりよ」

 

アオボノ「ええ、私は最強でなくてはいけませんから」

 

加賀「貴方が力にこだわる理由がわからないのだけれど」

 

アオボノ「決まっているじゃ無いですか…全て提督のためですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 食堂

重巡洋艦 青葉

 

青葉「…なんて言うか、お仕事がないと退屈しちゃいますね」

 

如月「そうですね…」

 

満潮「…でも、外して欲しいって言ったの私だし…その、うん…」

 

如月「あ、そうだ、私間宮さんに教わって1人でケーキ焼いたの、チョコケーキ…お嫌いじゃなければ如何?」

 

青葉「あ、ありがとうございます、いただきます…天津風ちゃんもそんな所に居ないで一緒に…」

 

天津風「…えと…うん、頂くわ…」

 

4人(…普段関わりがないせいで空気が重い…)

 

青葉「あ!そういえば金剛さんから紅茶缶を頂いてるので、良かったら一緒に…」

 

満潮「紅茶…飲んだ事ない」

 

天津風「私も無い…」

 

如月「緑茶と何が違うのかしら…」

 

青葉(…わ、私もペットボトルの紅茶しか…えと、どうしよう…どうやっていれれば…そうだ、きっと裏面に作り方…!)

 

紅茶の缶をひっくり返す

 

青葉「…えっと…1997年の発売以来…商品説明ですねこれ…他は…あ、あった、えっと…」

 

如月(淹れ方知らないのかしら…)

 

満潮(急須用意してこよう…)

 

天津風(あの箱を見るのがマナーなのかしら…)

 

青葉「かたっ…あ、開かない…!」

 

如月「缶を開けるときはバターナイフを差し込むと良いって聞いたことが…!」

 

如月ちゃんが渡してくれたバターナイフを差し込み、蓋を開ける

 

青葉「…よし、開きました」

 

天津風「…紅茶、どんな味なのかしら…」

 

如月「苦くて香ばしいけど、クセになる味って聞いたことあるわ…」

 

満潮「…とりあえず急須は用意したけど」 

 

青葉「一杯3gらしいので3g…あれ、匙も何も入ってない…計りがいりますね」

 

如月「じゃあ、私が計り持ってきますね」

 

青葉「お願いします…」

 

綾波「へぇ…青缶ですか、良いですねぇ」

 

背後からの声に驚いて振り返る

 

青葉「綾波さんっ!?」

 

天津風「誰…?」

 

満潮「敵…のハズ…」

 

天津風「敵!?」

 

綾波「ひどい言われ様ですね、私はただお茶をしにきただけなんですけど」

 

青葉「…ここは喫茶店じゃありませんよ…」

 

綾波「ええ、もちろん知ってますよ?まあ、用があるのは満潮さんなんですけどね」

 

満潮「…私に…」

 

綾波「貴方、戦いたく無いんでしたよね?戦わなくて良い体にしてあげましょうか」

 

青葉「何をするつもりですか!」

 

綾波「うるさいですね、黙っててくださいよ…私も暇じゃ無いんですよ」

 

青葉(…勝てないのはわかってるけど…やらないと、満潮ちゃんが…でも、今は艤装も無い…)

 

綾波「動かなければ早い話なんです、少しで済みますから」

 

満潮「い、いや…来ないで…!」

 

青葉「綾波さん!やめてください!満潮ちゃんは早く逃げて…!」

 

綾波さんの前に立ち塞がる

 

綾波「…本当に貴方も仕方の無い人ですねぇ…青葉さん、どいてください」

 

青葉「お断りします…!」

 

綾波「どうしても?早くどいてくれないと逃げられちゃうんですよねぇ…悪い話じゃ無いんですよ」

 

青葉「絶対に…通しません」

 

綾波「…青葉さん、貴方に手をあげたくは無いんです、お願いですから言う事を聞いてください」

 

青葉「…貴方いくら味方のフリをしても…もう私は騙されませんよ」

 

綾波「フリ…?そっか、フリですか…確かにそうかも知れませんね、でも…それに騙されていた貴方達、滑稽で笑えましたよ」

 

青葉「やっぱり…貴方はそう言う人なんですね」

 

綾波「ええ、そう見たいですね…ごめんなさい、悪く思わないでください」

 

何が起こったかもわからないうちに脳が揺れ、膝をつき、崩れ落ちる

 

青葉(…あ、これ…ダメだ)

 

天津風「ひっ…あ、青葉さん…!」

 

私の意識は呆気なく途切れた

 

 

 

 

 

 

台湾

軽巡洋艦 夕張

 

夕張「…はぁ…危なかった…何考えてるんですか!?いきなり爆撃するなんて…!」

 

海斗(…味方の機体に見えたけど…大丈夫なのかなぁ…)

 

神通「……夕張さん、通信機は?」

 

夕張「え?繋がるわけ…」

 

明石『あーもー…何十分こうしてりゃ良いのよほんと…だるいったらありゃしないし…!あー本当に私ものんびりしたい!』

 

夕張「つ、繋がってる!繋がってる!」

 

明石『ようやく応答した!?ちょっとゆうば…』

 

夕張「明石!今すぐ人を呼んで!早く!」

 

明石『え?あの…』

 

夕張「さっさとして!」

 

海斗「よし、応答次第状況を伝えよう」

 

 

 

 

 

度会『其方が港を確保するのは可能か?』

 

海斗「恐らく確保する事自体はできます、でも守り切れるかと言われると難しいと思います」

 

度会『…恐らく、その小型深海棲艦を操る存在が居る筈だ』

 

海斗「ええ、相手は統制が取れています、恐らく間違いなく指揮を取る存在が…」

 

神通「…少し良いですか」

 

海斗「何?」

 

神通「瑞鶴さんと瑞鳳さんをこちらに、そうすれば操っている存在を匂いと音で追跡できます」

 

海斗「…だそうです」

 

度会『…一刻も早い解決が望まれる以上、そうする他ないか、だが台湾にいなかった場合どうする?台湾の中に居たとしてもかなり離れた位置である可能性も…』

 

神通「そうなれば艦載機で爆撃します、とにかく手段は選びません」

 

海斗「……」

 

神通「構いませんか」

 

亮『無理なら仕方ねえがな…』

 

神通「…提督、手段はありますよ、先程の2人に加えて曙さんと姐さんを送ってくださればどんな戦況も覆すことなど容易いです」

 

亮『じゃあそうすりゃあ…』

 

海斗「船の守りが手薄になるね」

 

神通「そうです、船を破壊されてはこれ以上の作戦行動が至難を極めます、せめて積載している資源を移す必要がある」

 

亮『…どうするよ』

 

海斗「…たとえリスクが有ったとしても、確実にここで敵を倒す必要がある、もしかしたらここが深海棲艦の基地かも知れないしね」

 

度会『…防衛の戦力は足りていると思うが』

 

海斗「戦闘がどれほど長引くか想像がつきません、今は問題なくても一時間後には他所からも深海棲艦が集まってくるかも知れない…なので無理矢理入港しましょう」

 

神通「無茶です、陸上からの攻撃だけじゃなく先程のヘリも…」

 

海斗「さっきの爆撃は加賀の艦載機ですよね、あれに対する抵抗は殆どなかったんじゃ無いですか」

 

度会『…確かに、そう聞いている』

 

海斗「制空権さえ取れば攻撃が必要なところを絞れる、半数の艦娘で船の周りを固めて強行突破し、安全を確保することができれば…」

 

度会『…無理を通すしか無いか、よし、それでいこう』

 

神通「…私たちは」

 

亮『陸上の戦力を少しでも削いでくれ、ただし無理はするなよ』

 

神通「わかりました」

 

海斗「10分後に進行を開始してください」

 

度会『了解した』

 

夕張「通信を切ります…よし、提督、やりましょう」

 

海斗「みんな、できる限り安全にね」

 

神通「…そうですね」

 

神通(結局この人には戦争をしていると言う意識が足りていない…か)

 

海斗「島風、港の確保では君は海に出てもらう、君なら注意を引きつけて安全に離脱することもできる筈だ」

 

島風「オッケー、わかりました!」

 

海斗「雪風と夕張は僕と来て、できるだけ安全な位置から援護する」

 

神通(…自分だけ安全な位置ですか)

 

龍田(口実ね〜)

 

海斗「神通さんと龍田さんは前衛をお願いします、具体的な行動はお任せします」

 

神通「わかりました」

 

夕張(…さて、大丈夫かなぁ…)

 

海斗「よし、行こうか」

 

 

 

 

台湾 漁港

軽巡洋艦 神通

 

神通「…おかしい、敵がいません」

 

海斗「どこに潜んでるかわからない、作戦はまだ実行しない…島風もまだ行かなくて良いよ、ここで様子をみよう」

 

夕張「…あ、居ました、船」

 

龍田「無事にたどり着けば御の字ねー」

 

神通「艦載機がこっちにきてますね、赤城さんと鳳翔さんの隊です」

 

海斗「夕張、無線を貸して」

 

夕張「はい」

 

神通(…誘い込まれてる?)

 

龍田「敵はどこかしら〜…」

 

海斗「うん、危険はあるけどイムヤを先行させて欲しい、朝潮達をつければちゃんと守ってくれる筈だよ」

 

夕張「イムヤさんを?」

 

海斗「恐らく潜水艦隊が待ち構えてる、来る時に仕留めなかった奴らだ…夕張、聴音機を持ってるなら探れないかな」

 

夕張「あ、わかりました」

 

島風「連装砲ちゃん、爆雷用意して!」

 

夕張「……まだ動きありません」

 

海斗「必ず居る…筈だ」

 

神通「…島風さん、爆雷を一つください」

 

島風「へ?は、はい」

 

爆雷を一つ、海に放り投げる

 

夕張「落ちた……動いた!島風ちゃん、包囲サンマルナナ!」

 

 

島風「爆雷射出!」

 

複数の爆雷がボタボタと水に落ちる

 

夕張「い、居る!それもかなりの数!」

 

爆発による水飛沫が複数上がり、水面が大きく揺れる

 

夕張「これは仕留めたでしょ…!」

 

海斗「油断は禁物だよ、でも後はイムヤ達に任せるしか無いか…」

 

夕張「ですね、聴音機ではどうにも…」

 

神通「さて、私達は私たちで仕事を始めましょうか」

 

龍田「そうね〜」

 

車の音が近づいてくる

 

夕張「空襲来ます、衝撃に備えて!」

 

海斗「赤城達の艦載機じゃ無い!深海棲艦の機体だ…!」

 

神通「えっ…?」

 

空を見上げるとまん丸な、艦載機とは到底思えない様な…

 

龍田「作戦が潰れたから焦ってるのかもね〜」

 

海斗「神通さん、艦載機の出てくる方角、戻る方角を教えて!」

 

神通「は、はい」

 

神通(…南東から現れて交戦…)

 

夕張「ここは危険です!提督!一度避難を!」

 

海斗「雪風を先に!」

 

島風のそばに赤城の艦載機が墜落する

 

島風「わぁぁっ!」

 

海斗「大丈夫!?怪我は…無いみたいだね、神通さん、先に逃げるよ!」

 

神通(撤退する方向は南西…?いや、衝突を避けるために大回りしてるだけ…あの角度…と言うことは…)

 

神通「わかった…!場所がわかりました!」

 

海斗「良いから逃げよう!」

 

 

 

 

 

 

夕張「あ、危なかった…」

 

海斗「みんな、怪我はない?」

 

龍田「うーん、ちょっとお洋服が焦げちゃったわね〜」

 

夕張「まあ、衣類は支給されますし…それよりも船は…」

 

海斗「大丈夫だよ、赤城と法相だけじゃない、航空戦力は十分すぎる、誰が相手でも負けたりしない」

 

神通「…意見具申します、敵が航空戦に力を割いているうちに私達で敵本隊を叩きましょう」

 

海斗「ダメだ、危険すぎる」

 

神通「敵が体制を整える前に仕留めるべきです」

 

夕張「…その、神通さんが強いのはわかってますけど…私達は足手纏いですし…」

 

神通「では私と龍田さんで…」

 

海斗「敵の戦力は不明だ、2人で対処できなかったらどうなるかくらいわかってる筈だよ」

 

神通「…随分と保守的な」

 

海斗「安全に遂行できるならその方がいい、そう思っただけだよ」

 

神通「今なら奇襲できます、そうすれば艦載機の消耗も抑えられる」

 

夕張「ま、まあまあ!一回落ち着いて、ね?ほら、私達は今は倉持提督の部下なわけですし…」

 

神通「私の提督は三崎亮、ただ1人です」

 

海斗「なら三崎さんに確認を取ればいい」

 

神通(…確かにこの調子で行けば無事に船は港につき、姉さんたちと合流できる、提督もそれからでいいと言う…か)

 

神通「…結構です、身勝手を言い申し訳ありませんでした」

 

夕張(ほ…なんとか収まった…)

 

龍田「確かに、ちょっと無茶な作戦だったかも知れないわね〜」

 

神通「……」



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特効弾

宿毛湾泊地

重巡洋艦 青葉

 

青葉「ん…んぁ…?」

 

春雨「ああ、目ぇ覚めました?ふむふむ、問題なさそうですねぇ、はい」

 

青葉「な、なな…だ、誰ですか貴方!」

 

春雨「…初対面でしたっけ、楚良とヘルバの腹心の春雨です」

 

青葉「へ、ヘルバさんの…?あとそらってだれ…」

 

春雨「まあ、細かいことはいいですよ、私は貴方の治療をしたら帰ることになってますから、はー…めんどくさかった」

 

青葉「えと…ご迷惑をおかけしました…」

 

春雨「いえいえ、こっちも良いようにさせてもらったので…まあ、それでは私は沖縄に行きますので、はい、さようなら」

 

青葉「沖縄…?お、沖縄って危険ですよ…!」

 

春雨「重要な仕事なんです、例え火の中水の中…っていうか…まあ貴方には隠してもしょうがないか、良いですよ、全部教えてあげます」

 

青葉「へ…?」

 

 

 

 

台湾

駆逐艦 朧

 

朧「無事に着いたね」

 

曙「まあそれは、良いんだけどさ…なんで私たちが留守番なわけ?」

 

潮「まあまあ、曙ちゃん、曙ちゃんだと民家とか燃やすでしょ?」

 

曙「…そんなことないわよ」

 

朧「否定が遅かったね」

 

曙「思ったより制御が効かないのよ、大雑把な位置はコントロールできるし、ある程度の大きさなら正確なコントロールも可能…炎のカーテンや火球を作るのはすごく簡単で細かな制御もしやすいのよ、だって大きいから細かなアラが目立たないでしょ?」

 

潮「小さいものだとそのアラが目立つ…って事?」

 

曙「まあ、大きくても小さくても同じ様なデコボコがあるみたいな感じ?とにかく味方を燃やす様な真似はしないから…まあ、安心して」

 

朧「本当かなぁ…」

 

曙「本当よ、だから私も強襲部隊に入れろって言ったのに…本当、クソ提督…」

 

潮「みんなを守れるのは曙ちゃんだけって丸め込まれてたよね」

 

朧「まあ、確かに曙まで行ったらここの防衛は手薄かもね」

 

曙「どこがよ、加賀も那珂も居る、朝潮や日向も十分過ぎる実力はあるし…私が居る必要はどこにあるのやら」

 

朧「…あれ」

 

朧(そういえば今回の作戦、提督はすごく積極的に動いてるけど…一体どうしたんだろ、ここで活躍したとしても何か変わるわけじゃ…それに陣痛さん達も居る以上…正直活躍は難しいだろうし)

 

曙「何よ、どうしたのよ」

 

朧「…いや、なんでもない…」

 

朧(よくよく考えたら、色々妙だよね、この作戦自体も…)

 

上空を高速で艦載機が飛んでいく

 

曙「…何アレ」

 

朧「艦載機だ、誰の?」

 

潮「さあ…赤城さんと加賀さんのじゃないと思うけど…船にいるし」

 

朧(鳳翔さん、葛城さんも中にいるし…瑞鳳さんか瑞鶴さん?)

 

曙「敵機ではないし、無視して良いわね」

 

朧「でもなんのための艦載機?」

 

じっと目で追う

 

朧「…当たるかなぁ…」

 

曙「撃ち落とす気?あとで文句垂れられても庇わないわよ」

 

朧「流石に撃たないけど報告はしないとね」

 

潮「あ、高度まだ上がるよ」

 

朧(…変な動きだなぁ)

 

 

 

 

 

川内

 

川内「さて、と…行こうかぁ」

 

アオボノ「神通さんが割り出した位置はここです、ここにまず加賀さん達が重点的に空爆をします、私達はその騒動の最中に現在の敵の位置を探ります」

 

神通「ちょっと待ってください、現在の敵の位置って?」

 

アオボノ「潜水艦隊が壊滅した途端航空戦、そして劣勢になり艦載機が全滅した…としましょう、ああ、あくまで例え話、本当にそうはなってない前提ですよ?」

 

川内「いいからさっさと」

 

アオボノ「あの艦載機は本当にその辺りから出てきていた…としましょう、そこに敵本隊が居たとしても良いでしょう、でも既に撤退が可能な時間が経過している、兵士を使い捨てられる特性も考えて…そこには罠しかないのでは?」

 

神通「……」

 

アオボノ「瑞鶴さんと瑞鳳さんなら十分敵の位置を探れますし、予測地点に行くのは調べ尽くして最後に死体を確認しに行けばそれで良い、無駄話よりも先に動きましょう」

 

神通(どこまでも癪に触る…)

 

アオボノ「ふふ…その目、私に向ける分には構いませんが…」

 

川内「あー、早く行こうよ、敵に逃げられちゃうよ」

 

アオボノ「瑞鶴さんと瑞鳳さんの仕事ぶりに期待ですね、では」

 

川内「……危なかったぁ…神通、アレは台風とか地震みたいなものなんだからさぁ、大人しく従うに限るよ?」

 

神通「……」

 

川内「まあ、不満はわかるけどね」

 

神通「…今の私ならあの人を叩き潰せます」

 

川内「わかってるわかってる、でもさ、向こうは特務部サマだし」

 

神通「おとなしくするしかないのはわかってます…提督も今は補佐で来てるだけな以上立場が弱い事も…でも、なんで私たちが倉持海斗の指揮下に…」

 

川内「ちょ、まずいって!」

 

神通が腹部を押さえて膝をつく

 

神通「…かっ…ぁが…」

 

アオボノ「私の事、どれだけ罵ってくれても良いですよ、特務部の愚痴も好きなだけどうぞ、私あそこに興味は無いので」

 

川内「ねぇ、ちょっとやり過ぎじゃ無い?」

 

アオボノ「たとえば私を闇討ちしようとするのも貴方たちの自由ですし、私はまあ、軽く捻る程度でしょうねぇ…でも、提督を侮辱しましたよね?いま提督を侮辱してましたよね?」

 

川内「違う、それは言葉の綾だって」

 

アオボノ「貴方には聞いてませんよ、妹思いのお姉さん…それより、どうなんですか?早く答えてくださいよ」

 

アオボノが神通の顔を掴む

 

神通「ぁ…あぁ…っ!…ぅあ…!」

 

川内「やめて!悪かったから…!」

 

アオボノが神通の顔から手を離す

 

アオボノ「…貴方に謝ってくれなんて一言も言ってませんよ、それに貴方たちは艦としての意識が足りないのでは?例えその時に舵を握るのが誰であれ…従いなさい」

 

川内(…やっぱりこいつ頭おかしいって…)

 

アオボノ「神通さん、作戦行動に支障が出ても仕方ありませんし、なにより提督が悲しむでしょうから…これで勘弁しておいてあげますよ、でも、貴方なんて別に必要ないと言う事、ちゃんと自覚してくださいね」

 

神通「…私は…あ、貴方の提督の命を救いましたよ…感謝するべきでは無いんですか…」

 

アオボノ「別に貴方である必要はありませんでしたから、私なら貴方以上の働きをします」

 

川内「あーもう!一回終わんない!?神通も一回黙りなよ…また痛めつけられるだけだからさぁ…」

 

アオボノ「賢明ですね」

 

神通「チッ…!」

 

アオボノ「貴方は尊敬に値する強者だ…と思っていたのに…きっとそのうち朧にすら遅れをとりますよ、貴方」

 

川内(…流石にそうはならないと…いや、待って、神通の様子、ここしばらく何かおかしい…何かが…)

 

アオボノ「……はぁ…馬鹿になりたいですね」

 

川内「……」

 

アオボノ「私は提督の側に近寄ることも、誰と何をしたかを確認することもできない、私は提督から離れることしか出来ない」

 

川内(…どう言う意味?)

 

アオボノ「八つ当たりが過ぎましたね…神通さん、その怪我は敵にやられたことにしても私にやられたことにしても構いませんよ」

 

神通「……私は、ここで躓いて転んだだけです」

 

川内(意地張るだけ無駄なんだけどなぁ…) 

 

神通(…私は弱くなんか無い、私は…)

 

 

 

 

 

 

軽空母 瑞鳳

 

瑞鳳「…なんでこんなに忙しくしてるんだろ」

 

龍田「それより、見つかったー?」

 

瑞鶴「なんか、すごい数の兵士が集まってるんだと思う…足音がたくさん…」

 

龍田「こちら、龍田でーす、敵拠点発見しましたー」

 

瑞鳳(…仕事はもう8割終わってるし…帰って良いかな)

 

龍田「攻撃命令が出たわね〜、川内さんたちと合流して進もう?」

 

瑞鳳「…?」

 

風が強く吹き付けているのに風下から磯の匂い…

 

瑞鳳「瑞鶴」

 

瑞鶴「聞こえた、一つだけよ、すごく小さい足音だけど…龍田」

 

龍田「なぁに?」

 

瑞鳳「うしろ」

 

龍田「あら〜」

 

龍田がくるりと振り向き様に小鬼の様な深海棲艦の体を真っ二つに斬り裂く

 

龍田「危ない危ない、よく無いわね〜」

 

瑞鳳「ごめん、風下だったから気付くの遅れちゃった」

 

瑞鶴「私も、そいつ足音小さすぎ…」

 

瑞鳳「いや、瑞鶴は他所に意識向けてたし仕方ないよ、でも今の行動を見るに…艦娘も対象ってことね」

 

龍田「みたいね〜、聞こえてました〜?」

 

瑞鳳「絶対に1人にならない様に指示、それから防衛組も最大限の注意を払う様に…って、わかってるか」

 

龍田「悪趣味な敵を潰しにいきましょうか〜」

 

 

 

 

 

川内

 

川内「よっ」

 

瑞鳳「…なんで神通さん居ないの?」

 

アオボノ「転けて怪我をした…と」

 

瑞鳳(…まあ、やるとは思ってた)

 

瑞鶴「頭数減って大丈夫?」

 

龍田「十分過ぎるわよ〜」

 

川内「こちら川内、全員合流しました」

 

亮『了解、合流確認、少し待て……曙の指示に従えってさ』

 

川内「OK、曙がリーダーってわけだ」

 

瑞鶴(…このちんちくりんがリーダーか…コイツで大丈夫なのかしら)

 

アオボノ「じゃあ早速始めてください」

 

川内「作戦開始」

 

頭上を大量の航空機が通り過ぎる

 

瑞鳳「…うわ」

 

瑞鶴「ねぇ、今の…?」

 

龍田「さて、行きましょう?」

 

爆発音が何度も鳴る

 

アオボノ「想定の倍は大きいですね、爆弾仕掛けてましたか、それとも燃料でも貯蓄してたのか」

 

川内「さあね、弾薬庫ぐらいは潰したんじゃ無い」

 

川内(えげつないよなぁ…ほんとに)

 

アオボノ「もう一つの地点に急ぎましょうか、見つけた相手は徹底的に破壊してください」

 

瑞鳳(破壊、ね…)

 

アオボノ「ああ、心配は御無用、状況と作戦は台湾政府も把握しています」

 

川内「自国を爆撃するのを?」

 

アオボノ「わかってませんね、今の台湾政府にとってここは敵国ですよ、深海棲艦の統治する国という認識なんです、それにどうせ台湾政府は我々特務部に逆らえない」

 

川内(…何かパイプでもあるのかな)

 

瑞鳳「この先いる、3人」

 

アオボノ「瑞鳳さん、撃てますか」

 

瑞鳳「…矢で貫け…って事?」

 

アオボノ「それが一番静かでしょう、気に食わないならその辺の枝でも折って使ってください」

 

瑞鳳「…チッ…」

 

瑞鶴「…全員首貫いた…」

 

アオボノ「位置は分からずとも近づいてるのがバレました、これからは単独行動で、最悪特攻してきてください…と言いたいんですが、提督の目標は全員で帰ることですし…いのちだいじにで構いませんよ」

 

瑞鶴「…ねぇ、龍田」

 

龍田「いいわよー、私もソナーがあると便利だし」

 

瑞鶴(ソナー扱い!?)

 

瑞鳳「じゃあ私は川内と」

 

川内「助かるね、行こう」

 

アオボノ「報告は欠かさないでくださいね、それでは」

 

 

 

 

 

 

 

船内

駆逐艦 曙

 

曙「…あれ?イムヤは?」

 

潮「外で提督と休んでるよ、ずっと深海棲艦が来るのを海の中で警戒してて倒れちゃったって」

 

曙「…そりゃ大変だものね、1人だけオーバーワークだし」

 

サイレンがなる

 

曙「敵襲!どこに…!」

 

鳳翔の声で放送が流れる

 

鳳翔『北から深海棲艦が迫っています!水上部隊です、総員戦闘の用意を!』

 

曙「出るわよ潮!」

 

 

 

 

海上

戦艦 日向

 

日向「曙さん」

 

曙「てんっ…じゃなかった、日向…あーもう、慣れないわね…何よ」

 

日向「貴方は提督の護衛に」

 

曙「…アタシがいなくても大丈夫って?」

 

日向「そうは言いませんが…陸上部隊に対処するなら曙さんが適任だと…」

 

曙「…ま、そうね、死ぬんじゃ無いわよ、敵襲潰してご飯でも食べましょ」

 

日向(去り際に死亡フラグ乱立しないでください…)

 

朝潮「敵機来ます!対空射撃開始!」

 

日向(また、何も考えずに艦載機での攻撃?…いや)

 

長門「日向!前に出過ぎだ!」

 

日向「私はこの位置に居るべき…だと思いまして…!」

 

日向(敵の狙いは船を潰し、私たちを孤立させる事だと考えるのが妥当、それが正しいとしたら…当然敵にはそれなりの知能がある、ならば別の手を仕掛けてきてもおかしくは無い)

 

目を凝らす

 

日向「ッ!やっぱりそうだ!雷跡!」

 

うっすらとしか見えないものの確かにある

 

長門「魚雷!?どこだ!」

 

日向「長門さん!私たちは早急に水上部隊を潰すことを!朝潮さん達は魚雷を潰してください!」

 

朝潮「簡単に言わないでくださいよ…!」

 

戦艦射程の砲撃戦、向こうからの砲撃は飛んでこない

 

日向「敵に戦艦は居ない…か…」

 

鳳翔「龍驤さん、空から仕留めます、合わせてください!」

 

龍驤「わかったで!仕事や仕事ォ!」

 

日向「朝潮しん!」

 

朝潮「待ってください!今爆雷を調整してますから…!よし、爆雷投下!」

 

爆雷の爆発に巻き込まれ魚雷が誘爆する

 

日向「一本残ってる…!」

 

刀を抜き、魚雷に投げる

 

長門「うおっ!?…危なかった、こんなにすぐそばに…」

 

日向「…はぁ…間に合ってよかった…」

 

龍驤「敵部隊はボッコボコなしだったけど一匹逃げよった、多分雷巡級やな…」

 

鳳翔「まさか仕留め切れないなんて…」

 

日向「…とりあえず、敵は退けたんでしょうか…」

 

朝潮「そう見て良いかと…あれ?銃声…まさか陸上部隊が!」

 

長門「もう一仕事か…」

 

日向「私と少数で様子を見に行きます、来てください!」

 

 

 

 

 

 

日向「アレは、曙さんの火?」

 

前方の一帯が炎のカーテンで覆われており、周りの民家や木々に引火している

 

朝潮「その様ですね、行きましょう」

 

火の方へと走る

砲音と共に近くの地面が吹き飛ぶ

 

朝潮「ッ…危なかった!今のは…!」

 

日向「…雷巡級、先程仕留め損ねた敵ですか」

 

チ級「ククッ…!」

 

日向(仕留め損ねた…と言っていましたが、ピンピンしてますね、これは弱りました…)

 

チ級「逃ゲナクテ良イノカァ?」

 

日向(…刀は無い、となると砲戦になりますか…長い射程と重く堅牢な艤装が仇になりますね)

 

炎が消滅する

 

チ級「アァ…?チッ…逃ゲチマッタ…折角遊ンデタノニヨォ…」

 

日向(…まさか、提督達は怪我をしている…?曙さんがやられる様なことはありえませんが…万が一そうだとしたら…)

 

チ級「ナンダ、オ前…俺ト戦オウッテカァ!?」

 

チ級が砲撃をしながら距離を詰めてくる

 

日向「このっ…!」

 

チ級「効クカソンナモン!」

 

砲弾を斬り払われる

 

日向「なっ…!」

 

チ級「ハッハァ〜!」

 

日向「くッ…!」

 

日向(砲撃が効かない以上艤装をつけたままでは話にならないか…)

 

艤装をパージし近くの物陰に滑り込む

 

日向(朝潮さんは何処に…)

 

チ級「隠レン坊カァ!懐カシイナァ!」

 

日向(陸上部隊…他にいる可能性もあるし…あれ)

 

足元に歪な形の拳銃が転がっている

 

日向(何かの拳銃、使えるのかな…いや、無いよりは良い、とにかく朝潮さんと挟み込もう!)

 

日向「重っ…!拳銃ってこんなに重いんですね…」

 

チ級「聞コエタァ!ソコカ!」

 

チ級が突っ込んでくる

 

日向「くっ…!」

 

出鱈目な狙いで引き金を引く

腕への衝撃が重く、一発撃つだけで腕が痺れる

 

日向(この拳銃、主砲よりも衝撃が…何故…)

 

チ級「ハハハハハ!拳銃ダト?オ前、サッキ外シタ艤装ノ方ガ何万倍モマシダッタジャナイカ…頭オカシイノカ?」

 

日向(当たれ…!)

 

もう一度両手で構え直して引き金を引く

 

チ級「ァ"…ァガッ…!?痛ェ…何ダ!ナンダコレハ!」

 

右目を貫いたらしく、チ級は顔面を両手で覆いのたうち回る

仮面の隙間からボタボタと黒い液体が慣れ落ちる

 

日向(トドメを…!)

 

引き金を引くものの弾が出ない

 

日向(弾切れ…!?艤装を回収して砲撃で仕留めないと!)

 

チ級「ァ…ウァァ…姉貴ィッ!」

 

チ級は地面を這いながら逃げ出す

 

日向「…あれ…」

 

日向(私、この人を知って…いや、今はそんなことより…)

 

朝潮「日向さん!」

 

日向「朝潮さん!ここに敵が…あ、居ない…?」

 

さっきまでチ級が居たところに黒い液体だけが残り消えている

 

日向(どうやって…!)

 

朝潮「日向さん!司令官達の無事を確認しました!」

 

日向「…わかりました、急いで戻りましょう」



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キメラ

台湾 深海棲艦基地

川内

 

川内「…居る?」

 

瑞鳳「居る、多分やばいのも居る」

 

川内「…どーしよっかなぁ…多分龍田達が派手にかましてくれるだろうけど」

 

瑞鳳「私たちの役割じゃ無い?それであの曙が隠密かと思ってたけど」

 

川内「その辺決めるべきだと思うんだけどなー、隊長サマは適当に1人行動だし…おーい、聞いてるー?」

 

アオボノ『私がアクションを起こしましょう、皆さんは静かに攻めてください、私は正面から突っ込みます』

 

川内「正気?本当に1人で?」

 

アオボノ『やれるので、黙って仕事をしてください』

 

爆発音が響く

 

川内「うわぁ…やったよほんとに」

 

瑞鳳「…ごめん、火薬の匂いがキツすぎて鼻が…」

 

川内「大丈夫?まあ…もう見つかっても変わらないでしょ」

 

川内(敵の親玉を狙わないと)

 

人間の兵士が爆発音の方に集まって行く

 

瑞鳳「…始まった」

 

銃撃戦…

 

川内「よし、行こう…殺傷許可は出てる」

 

瑞鳳「まあできればやりたくはないけど」

 

 

 

 

 

川内「本当に敵がいない…やっぱり細かい操作は苦手なのかな」

 

瑞鳳「多分数に限度もある、台湾全土を掌握してないのはそれが理由」

 

川内「…おっ」

 

瑞鶴「……あ、ああ…こんにちは」

 

龍田「うふふふふ〜♪」

 

血塗れの龍田と怯えた瑞鶴…

 

瑞鳳「ああ…龍田、お楽しみ?」

 

龍田「しちゃった♪」

 

川内「お楽しみって…殺しが?」

 

瑞鳳「だったらまだマシ、龍田は加虐趣味なの」

 

川内「うわっ」

 

龍田「あら、酷い反応ね〜」

 

瑞鳳「……待って!居る!」

 

川内「何が…いや、確かに居るね」

 

瑞鶴「…この声、違う」

 

瑞鳳「どこ…いや、この奥の部屋だ、武器を用意して、同時に飛び込んでやるよ」

 

龍田「準備できてるわよ〜」

 

川内「私も大丈夫」

 

瑞鶴「……どうせあんまやる事ないんだけどなぁ」

 

瑞鳳「いくよ…川内、扉砲撃で壊して」

 

川内「3…2…1…!」

 

扉が内側から派手に壊れ、土煙が舞う

 

川内(…何が…!まだ撃ってないのに…)

 

龍田「今何か通らなかった?」

 

瑞鳳「……薬品臭い…鼻が曲がる…!」

 

瑞鶴「…ぁ…あぁ…っ……何この声、やめて…やめてよ…」

 

瑞鶴が耳を押さえて蹲る

 

瑞鳳「瑞鶴、どうしたの」

 

川内「瑞鳳、後にして、来るよ…」

 

飛行場姫「コホ…ケホ、血気盛ンナ子ネェ…」

 

白い、服も髪も全身白い大柄で長髪な女

 

川内「総員攻撃!」

 

飛行場姫「エ?」

 

龍田と私の砲撃が顔面を捉える

 

飛行場姫「キャァッ!?カ、艦娘!イツノ間ニ!」

 

川内(無傷、か…さすが化け物)

 

龍田「づほ〜?」

 

瑞鳳「づほ言うなッ!」

 

瑞鳳が深海棲艦を殴りつける

 

飛行場姫「痛ッ!?ジョ、冗談デショ!?ナンデ打撃!?」

 

川内「ああ、格闘特効乗るんだ…へぇ」

 

一体の短刀を抜く

 

飛行場姫「ヒッ…!マ、待ッテ!マダ艤装が…」

 

龍田「そうよ、待って〜」

 

飛行場姫「ウ、ウン、少シデイイカラ…」

 

龍田「私の獲物よ?手を出しちゃダ〜メっ♡」

 

飛行場姫「…モォッ!知ラナイッ!私ハ悪クナイ!」

 

部屋の奥からガラスが割れる音がする

 

飛行場姫「行ケ!レ級!」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「…おや」

 

建物の壁が壊れ、何かが飛び出してくる

 

レ級「…キヒッ」

 

アオボノ「成る程、キメラ…」

 

露出した肌には無数のつぎはぎの跡

そして血走った目…

 

アオボノ「パワーはありそうですがね、所詮は深海棲艦…っと?」

 

レ級から尻尾のような艤装が伸びる

先端部は別の深海棲艦の母のような形をしており…

 

レ級「ドカン」

 

大口を開け、そしてその口から砲撃

やや外れたところに着弾する

 

アオボノ「ッ!?この威力…戦艦級…!」

 

まともに受ければ即死…

 

アオボノ「…良いですね、そう来なくては!」

 

砲を構え直し、向ける

 

アオボノ(その口を…早く開けろ!)

 

レ級「…ギヒッ!キヒヒヒヒ!」

 

艤装の顔部分から機銃の弾丸が飛んでくる

 

アオボノ「なっ…!」

 

アオボノ(狙いはめちゃくちゃ、だとしても当たるとまずい…)

 

物陰に走り転がり込む

大きな物音がすぐそばで鳴る

 

アオボノ(今のは足音…別の敵…!)

 

隠れていた遮蔽物が敵の砲撃で粉微塵に吹き飛ぶ

 

レ級「キヒャヒャッ」

 

アオボノ「…なるほど、機動性も…って事ですか」

 

レ級「オマエ、殺ス…!」

 

アオボノ「やって見なさい、私は負けない」

 

機銃を向け引き金を引く

 

レ級「…ア"?」

 

アオボノ(眉間に叩き込んだのにダメージなし、でもまあ、こいつの砲撃は尻尾に注意すれば避けられる…っと、通信?)

 

川内『…聞こえる!?ちょっと手が足りない!こっち来れる!?』

 

アオボノ「いいえ、大物を今相手してるところでして」

 

川内『其方も…!?あーもう!みんな!今の戦力でやるしかないよ!!』

 

アオボノ「終わり次第合流します」

 

川内『頼むよ!レ級って敵と変な深海棲艦が合わせて6体、倒し切れるか微妙だから…!』

 

アオボノ「小柄で変な尻尾生えてるのは?」

 

川内『レ級って呼ばれて…っ!もう切るよ!』

 

アオボノ「なるほど、貴方はレ級ですか」

 

レ級「ヒヒッ」

 

アオボノ「いや、どうしても名前が知りたかったんですよ…ほら、殺してもなんで名前かわからないとお墓建てられないでしょう?」

 

レ級「…ハカ?何ダソレ」

 

アオボノ「ああ、貴方頭弱いんですね」

 

レ級「レ級ハ弱クナイ!オマエ嫌イダ!」

 

腕を組み、目を閉じ顔を背ける

まるでゲームのエモートのようにわかりやすい拗ねた態度…

 

アオボノ「だから頭弱いって言ってるんですよ」

 

砲撃を放ちながら魚雷を投げつける

が、砲撃も効かない、魚雷もぶつかって転がるだけ

レ級が引く魚雷を一つ拾い上げ笑い出す

 

レ級「バーカバーカ!効クカコンナモン!ソレニ魚雷ハ陸デハ…」

 

アオボノ「…本物の馬鹿だ」

 

機銃で魚雷を撃ち抜く

 

レ級「レッ!?…ウ、腕ガ…!」

 

魚雷を持っていた手が吹き飛ぶ、しかしすぐに再生する

 

レ級「オマエ…許サナイ!」

 

アオボノ「…実験は十分でしょうか、貴方を殺す算段はつきました…」

 

レ級「ナンダト!デキルワケナイダロ!」

 

ドタバタと音を立て、走りながら詰め寄ってくる

 

アオボノ「深海棲艦で特殊な個体、あの戦艦棲姫とやらで学んだ事なんですけどね」

 

砲に弾を込め直す

 

アオボノ「上位個体はバリアのようなものを持っていて再生能力がある、だけど艤装と思われる部分さえ壊せば…その限りではないようです」

 

魚雷を高く放り投げ、レ級の近接攻撃を避けるためにバックステップで距離を取る

 

レ級「チョコマカ逃ゲンナ!」

 

アオボノ「そして貴方の急所は…」

 

背中に壁が当たる

 

レ級「捕マエタ!」

 

アオボノ「そこです」

 

魚雷を砲撃で弾く

 

レ級「レッ!?」

 

アオボノ「背中…また尾骶骨あたりでしょうか、そこが艤装の付け根…違いますか」

 

レ級「ガァァァァッ!?」

 

本体は叫ぶばかりで動くことすらままならず倒れ伏す

吹き飛んだ尻尾はバタバタと少しの間跳ね回り…消滅

 

アオボノ「対処は難しくはなかったですね…なんともアッサリですが」

 

レ級「覚エテロ!オマエ殺シテヤル!」

 

砲を眉間に突きつける

 

レ級「アァァァッ!?熱イッ!何ダ!アツイィィッ!」

 

アオボノ「川内さん、こっち片付きましたけど、私は尋問してからそちらに行きますね」

 

 

 

 

 

 

川内

 

川内「川内了解…!」

 

レ級の砲撃を短刀で弾く

 

レ級「キャハハ!」

 

川内「あーもう、腹立つなぁ…あんま時間かけたくないんだよね、早く終わらせないと夜が来ちゃうじゃん…!」

 

レ級の尻尾の付け根に短刀を突き刺す

 

川内「っりゃぁぁぁぁっ!」

 

レ級「ゴヒュッ!?…ァ!ァガァァァァッ!?」

 

川内「ようやく一つ…ってとこかな」

 

飛行場姫「ソンナ!レ級ガ…」

 

瑞鳳「違う、二つだよ」

 

瑞鳳がレ級の艤装部分を持って振り回す

 

瑞鶴「…ソレ、重くないの…?」

 

瑞鳳「遠心力」

 

ぶちぶちと言う音とともに尻尾がちぎれ、レ級の獣の咆哮のような悲鳴が上がる

 

龍田「…随分と、手酷くやってくれたお礼はしないとね〜」

 

川内「だねぇ…あー痛かった…こっからは…反撃タ〜イム」

 

飛行場姫「馬鹿ナ…馬鹿ナ!馬鹿ナ馬鹿ナ馬鹿ナ!」

 

川内「バカはお前だよ、お前を倒せばここの兵士たちの洗脳は解除されるんでしょ?死ぬだろうけど」

 

飛行場姫「ソ、ソレハ…」

 

川内「4対4かぁ…勝算は十分にあるなぁ」

 

龍田「負ける気はしないわね〜」

 

飛行場姫「…ココデコレ以上損失ヲ出ス訳ニハ…ッ……ェ?」

 

レ級の腕が飛行場姫の胸を貫く

 

川内「…あそこ味方同士じゃなかったっけ」

 

瑞鳳「……」

 

飛行場姫「ナ、ナニヲ…」

 

レ級「オマエ、イラナイッテサ!」

 

3体のレ級の艤装が大口を開ける

 

飛行場姫「ヤ、ヤメッ…助ケテッ!」

 

頭を一口で食いちぎられ、飛行場姫が力なく倒れる

再生を開始したのを確認したと同時に他の艤装が飛行場姫の艤装に喰らいつく

 

川内「……悍ましいなぁ…」

 

瑞鳳「もう良いかな、攻撃して」

 

川内「良いと思う、やろう」

 

レ級「キャハハッ!」

 

3体のレ級が艤装の口に手を突っ込み、中から何かを取り出す

 

川内「艦載機…?さっきの深海棲艦のヤツ…かな」

 

レ級「イケッ!」

 

レ級が投げた艦載機が体制を立て直して攻撃を仕掛けてくる

 

瑞鳳「こいつ、艦載機も使えるの!?」

 

瑞鶴「撃ち落とさないと…っあ…やめて、頭の中に声が…!」

 

川内「龍田!瑞鶴頼んだよ!」

 

瑞鳳「全機発艦!」

 

敵機から爆弾が投下される

 

川内「衝撃に備えて!」

 

瑞鳳「違う!目眩し!」

 

レ級とこちらの中間あたりで爆発が起こり、視界が潰れる

 

川内「……逃げられたか…」

 

瑞鳳「2つやったから…待って、死体がない」

 

瑞鶴「…全部持っていかれ…あ、駄目」

 

龍田「瑞鶴?だめね、気を失ってるわ」

 

川内「一回撤退しますかぁ…」

 

 

 

 

 

船内

 

アオボノ「お帰りなさい」

 

川内「先に帰ってるとか、ないと思うなぁ…」

 

アオボノ「報告書作成で忙しかったもので、あの後別のレ級が来て死体を攫われましたから」

 

川内「…無事だったんだ?」

 

アオボノ「ええ、当然です…多少衣服に埃はつきましたけどね」

 

川内「埃?ソレなりにボロボロじゃん」

 

アオボノ「はいはい、強がるなって言いたいんでしょう?認めますよ、アレが量産できると知って吐きそうになりました」

 

川内「……アイツら、味方すら殺したよ」

 

アオボノ「驚く要素は一切ありません、血も涙も黒く濁り切った深海棲艦サマですからね」

 

川内「濁ってるだけなら良いんだけどね、すっかり固まって流れなくなってると思うよ」

 

アオボノ「深海にいるのに?ソレは魚が足りてませんね…ああ、玉ねぎも血液をサラサラに…あーハイハイ、そんな顔で見ないでくださいよ、飴舐めます?」

 

川内「…要らない、と言うかその包み初めてみたけどどこの…?」

 

アオボノ「よく売ってる某付きキャンディですよ、アロエ味…知人に押しつけられましてね、嫌いらしくて」

 

川内(アロエ味の飴なんてあるんだ)

 

アオボノ「まあ向こうは私のこと覚えてませんでしたけどね、まあそんなに関わりのない相手ですし」

 

川内「それより、なんかわかったの?」

 

アオボノ「ここ」

 

台湾から南東にある小さな島をペンで指す

 

アオボノ「ここが今回の攻略目標、深海棲艦の基地です」

 

川内「…ここが基地なんじゃ…」

 

アオボノ「ここを基地と言うにはやや設備が整ってませんでしたね、ソレに人間の兵士を駒にする…にしても、全土を掌握すべきでしょう…吐かせた通りならこの島に居て、戦力はおそらく1000といったところか」

 

川内「せっ…」

 

アオボノ「人のサイズなら…何とかなるように見えてしまいますよねぇ…でも軍艦だと50もいない此方方に対して向こう方は1000…そして化け物もいる…」

 

川内「どこもいけそうな要素は無いよ…どうすんの?」

 

アオボノ「そこは私がやる仕事ではありません、作戦を考えるのは提督たちの仕事ですから」

 

川内「…馬鹿になりたい…って事?」

 

アオボノ「ええ、その延長ですよ…私の嗜好は筒抜けですから」

 

川内「…特務部に?」

 

アオボノ「私に限ったことじゃありません、艦娘システムはAIDAによる人間の支配、思考は丸々筒抜けですし…」

 

アオボノの手が首元に伸びる

 

アオボノ「こんな事しちゃうかも」

 

川内「…だからそんなに辛そうなんだ」

 

アオボノ「そう見えますか?でも貴方には何もできませんよ」

 

川内「わかってるよ、神通の事、納得したかっただけだから」

 

アオボノ「しましたか?」

 

川内「良いや全く、八つ当たりに人の妹痛めつけたんだって思うと怒り心頭って感じ」

 

アオボノ「後で謝っておきます、悪かったですね」

 

川内「謝れるんだ…」

 

アオボノ「むしろその程度に思われていたのは心外ですけどね」

 

川内「おあいこって事で、これで謝罪は受け取ったことにしとくよ」

 

アオボノ「…それでは」



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スパイ

深海棲艦基地

キタカミ

 

チ級「クソッ!姉貴…シテヤラレタゼ、傷ガ治リヤシネエ!」

 

キタカミ「…そう、あたしにはどうにもできないよ」

 

チ級「アアァァァッ!腹ガ立ツ!アノ戦艦ブッ殺ス!」

 

キタカミ(……)

 

戦艦棲姫「キタカミ」

 

キタカミ「何さ、今から返しの用意で忙しいんだけど」

 

戦艦棲姫「此処ヲ放棄スル、撤収ノ用意ヲシロ」

 

キタカミ「…へぇ、なんで?」

 

戦艦棲姫「ココニイルノ殆ドガ戦闘デハ使イ物ニナラナイ負傷兵バカリダ、少数ヲ残シテ抗戦、我々ハココカラ東ノ拠点ニ移ル」

 

キタカミ「あっそ、私がそっち行く理由は?」

 

戦艦棲姫「来イ、命令ダ」

 

キタカミ「……私はここで戦う」

 

戦艦棲姫「来イ!」

 

キタカミ「チッ…その輸送さえ終われば戻って良いわけ?」

 

戦艦棲姫「アア…構ワン」

 

キタカミ「…さっさと行くよ」

 

戦艦棲姫「ワカッテイル」

 

 

 

 

 

 

船内

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「へぇ、一気に仕掛けますか」

 

海斗「ここから250kmほど南に降れば使われてない漁港がある、その周囲を簡易的な拠点とする事にしたよ」

 

アオボノ「それで?」

 

海斗「そこからなら例の島へは約80km、艦娘の航行が十分可能な距離だ、船の護衛という重荷がないから戦闘もしやすい」

 

アオボノ「緊急退避先がないのは危険では」

 

海斗「それについてはいま考えてるところだけど…」

 

アオボノ「島の情報はまるで無いのが気になりますが」

 

海斗「加賀達の艦載機で調べる他ないかな」

 

アオボノ「…船は移動させないつもりですか?」

 

海斗「80kmは場合によっては敵の射程になる、だから台湾軍の船を借りることも考えてるよ」

 

アオボノ「妥当ですね、私からは何もありません、失礼します」

 

海斗「…曙」

 

アオボノ「……」

 

海斗「戻ってくるつもりはないの」

 

アオボノ「提督、日向さんが取得した拳銃についての報告書の作成お願いします」

 

海斗「…わかった」

 

 

 

 

 

 

曙「よっ」

 

アオボノ「……」

 

片手をあげて挨拶する曙を無視して自室に向かう

 

曙「待ちなさいよ、手当してきなさい」

 

アオボノ「要らない、私は…」

 

曙「アンタ死ぬつもりでしょ」

 

アオボノ「…だとしたら?」

 

曙「ん」

 

双剣の片方を差し出してくる

 

アオボノ「…何、手向け?」

 

曙「半分正解、まあ…アンタが自分を一流って言うなら最高の武器使えば誰にも負けやしない、違う?」

 

アオボノ「つまり私に劣ってるって認めんの?根性ないわね」

 

曙「少なくとも今はアンタの方が上よ、それは間違い無い、だから…アンタ持ってなさいよ、役に立つわ」

 

片方を押し付け去っていく

 

アオボノ「……だから私はアンタに敵わないのよ」

 

 

 

 

 

船内会議室

提督 倉持海斗

 

海斗「なんとか船を借りる許可が降りて助かりましたね」

 

度会「深海棲艦のデータが取れていて幸いだった、危うく戦争ものだったな…」

 

亮「にしても…そんなに側に深海棲艦の基地が本当にあるのか?」

 

海斗「十中八九罠かな…だけど今回の目標はそこの破壊、それさえ終われば帰国できる」

 

亮「マジか、うまくいけば良いけどな」

 

海斗「上手くいく、必ず」

 

度会「早速全員に伝えて実行といこう」

 

海斗(…これさえうまくいけば…きっと)

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

重巡洋艦 青葉

 

如月「あ、青葉さん」

 

青葉「あ…どう、ですか?うまくいきました?」

 

如月「はい、教えてくれた本の通りに作ったらちゃんと綺麗に膨らみました、ありがとうございます!」

 

青葉「いえ、私が見つけたわけじゃないですし…その、何にせようまく行ってよかったです…」

 

如月「満潮ちゃん達とお茶会なんですけど、よかったらどうですか?」

 

青葉「…あ…あー…これから来客がありまして…」

 

如月「来客…?」

 

青葉「その…よ、よければケーキをお客さんにも出していただけたら…」

 

如月「え!?私なんかが作ったもので大丈夫かしら…」

 

青葉「大丈夫…だと思います、美味しかったですから…」

 

青葉(…胃が痛い…夕張さんが居ないから胃薬も薬局に買いに行かなきゃいけないし…)

 

青葉「…何で私がこんな事まで…いや、みんな居ないんだから私が頑張らないと…」

 

 

 

 

 

駆逐艦 天津風

 

天津風「取材?」

 

満潮「そう、なんか誰かが許可したとかで入ってきたのよ」

 

如月「それ、本当に許可もらってるのかしら…」

 

満潮「わかんないから横須賀に問い合わせたらすぐ向かわせるって…」

 

天津風「横須賀とここ、かなーり離れてると思うけど…」

 

如月「そうねぇ…5時間は確実にかかるんじゃないかしら…」

 

天津風「そんなにすぐ着くの!?海を通って…?」

 

満潮「新幹線とか乗ると思うけど…」

 

天津風「シンカンセン…?なにそれ…乗り物なの…?」

 

如月「結構歩かないと電車も見れないし、想像つかないかしら…」

 

ドアが音を立てて開く

 

アオバ「アオバさん参上!違法取材してるクソッタレは何処ですか!?」

 

満潮「ぁ…?」

 

如月「…あ…」

 

天津風「あ、青葉…さん…?」

 

3人で目を見合わせて口をパクパクさせる

 

アオバ「おっとこれは失礼、私横須賀所属の重巡洋艦アオバと申します、で、何処ですか!?」

 

衣笠「アオバ!こっちよ、早くきて!」

 

アオバ「あ、失礼しました〜…あありゃァぁぁぁ!」

 

天津風「…あれも、青葉さんなの…?」

 

如月「…べ、別の青葉さん…?」

 

満潮「……あ…思い出した」

 

如月「へ?」

 

満潮「そうだ…あのアオバさんは横須賀で…ようやく思い出した…何で忘れてたんだろう…」

 

天津風「満潮…な、何かあったの?」

 

満潮「…いや、何でもない…それより、青葉さんの様子見に行ってみましょ…気になるし」

 

如月「…そうね」

 

 

 

 

青葉「…もう私人と会うのやめます…もう怖いです、写真なんて撮られたくもなかったし、言いたくもないことを言わせようと…」

 

アオバ「おーよしよし、怖かったね…ガサ!徹底的に行こう!」

 

衣笠「モチ!今提督に写真とか送ってるから待ってて!」

 

如月「…同じ顔した人が同じ顔した人を慰めてる…」

 

満潮「泣いてるのがウチの青葉さんよね…?」

 

天津風「多分…と言うか、何があったのかしら…」

 

慰めてる方のアオバと目が合う

 

アオバ「…ん?おや、これはこれは」

 

如月「あっ…見つかっちゃった…」

 

アオバ「覗きは良くありませんね〜…って、まあ仕方ないか、そりゃ気になりますよねぇ」

 

満潮「…まあ、その…何があったの?」

 

アオバ「我々艦娘はメディアにとって恰好の餌なんですよ、女の子を戦場に立たせる国は最低だ!って言いたい放題できますからね」

 

如月「そりゃあ…そうかもしれないけど…」

 

アオバ「なので常に取材の問い合わせが各地に来てるんですよね、で、大規模作戦で宿毛の司令官がいないのを嗅ぎつけたのか偽物の許可証まで使って乗り込んできたと」

 

天津風「…そ、それって…撃ち殺されるんじゃ…」

 

如月「多分今はそんな事しないと思うけど…」

 

天津風「じゃあ捕まったら痛めつけられる…!」

 

アオバ「…何と言うか、考え方の古い子ですね…豚箱GOしてお終いですよ、表向きは…まあ、国の書類偽造なんて経歴ついたら表の仕事はできなくなりますねぇ…」

 

満潮「干されるみたいなもんか…」

 

衣笠「女の子しかいないから行けると思ったんでしょ、ここには憲兵もいないし」

 

青葉「青葉のせいで…司令官にご迷惑を…」

 

アオバ「あー!あーよしよし、そんな事ないから!悪いのは向こうだけだから!」

 

如月「青葉さんは何も悪い事してないんでしょ?何でそんなに落ち込んで…」

 

衣笠「うーん、まず倉持司令官の事を罵られる、それに軽く逆上して言い返したら…まあ、言う必要のない事まで口走るわよね」

 

満潮「何を言ったの…?」

 

衣笠「アオバしか聞いてないけどメディア批判だったみたい、それを録音されて記事にするぞって脅しが入ったところで私達が突入…ちょーっと遅すぎたかな」

 

天津風「…いまいちわからない単語が多いけど…新聞社とかの人って…今そんなにお金に困ってるの?」

 

衣笠「全員が全員じゃないけど…たまにそう言うビョーキの人がいるの、多分その類に当たったんじゃないかなぁ…ねぇアオバ?」

 

アオバ「なんでアオバに話振るんですか!?私はそんなビョーキじゃないです!」

 

青葉「…姉さんは有る事無い事言いふらすじゃないですか…」

 

アオバ「そんな事ありません!誇張するだけでない事は言いません!」

 

満潮(ああ、姉妹なんだ…)

 

如月(双子…?)

 

青葉「……うぅ…吐き気が…」

 

如月「ば、バケツ持ってきます!」

 

満潮「私も手伝うわ」

 

青葉「…私は…確かに戦いたくはないけど…でも、みんなのためになりたくてここにいるのに…」

 

衣笠「わかってるから、みんなわかってる、心配無いよ」

 

アオバ「ホントあの記者袋にして深海棲艦の餌にしてやりましょうか…」

 

天津風(こ、こわい…!)

 

扶桑「あ、いた…良かった、誰もいなくて…」

 

青葉「…あ…扶桑さん…目が覚めたんですね…」

 

扶桑「ええ…さっき、でも、何で誰もいないのかしら…」

 

青葉「今、大規模作戦でみんなで払ってて…でも良かった、目を覚ましてくれて…」

 

満潮「扶桑?目が覚めたの?」

 

扶桑「満潮、久しぶりね」

 

如月(…また知らない人が増えた…)

 

アオバ「…まー…のんびりできるとこでお茶でもしますか」

 

青葉「そうですね…如月ちゃん、まだケーキありますか?」

 

如月「え、あ…はい、大丈夫です」

 

 

 

 

 

食堂

重巡洋艦 青葉

 

アオバ「うーん、美味しいですねぇ、でも私チーズケーキの方が好きで…いだぃっ!ガサ!足踏まないで!?」

 

衣笠「いただいてる側なんだから黙って食べなよ」

 

如月「こ、今度はチーズケーキ、練習しますね」

 

アオバ「おっ!言ってみるものですねぇ!」

 

扶桑「満潮は何か作ったりしないの?」

 

満潮「…夕ご飯作る予定、カレーだけどね」

 

天津風「カレー…今日って何曜日だっけ」

 

扶桑「金曜日ね」

 

アオバ「っと…すいません、電話が…一旦席を外しますね」

 

衣笠「私も」

 

青葉「…私、何もしなくて良いんでしょうか…」

 

満潮「何もしなくて良い、なんて事はないだろうけど…」

 

綾波「…あ…き、今日も良い香りですね、お茶会の途中ですか?」

 

青葉「綾波さん…!」

 

扶桑「この子って確か…!」

 

綾波「おっと…新顔が居ますねぇ…青葉さん、この方は?」

 

青葉「…扶桑さんです、先程目を覚ましたばかりで…」

 

綾波「…なら良かったです…ほ…」

 

衣笠「あああっ!」

 

綾波「ひっ!?」

 

衣笠「アオバぁぁっ!敵!敵がいる!」

 

アオバ「お前…!お前はあの綾波ですね…特務部に行ったって聞いてたのに…!」

 

2人が入り口で拳銃を抜き向ける

 

綾波「……これは…よ、予定外…ですねぇ…」

 

青葉「ま、待ってください!綾波さんも!」

 

アオバ「ガサ!撃つよ!」

 

衣笠「わかってるって!」

 

綾波「……」

 

青葉「だから待ってって言ってるじゃないですか!話を聞いてください!」

 

綾波との間に入る

 

アオバ「何やってんの!?そいつ何したか忘れた!?」

 

綾波「余計な事、しないで貰えますか…青葉さん」

 

衣笠「青葉、退かないと怪我するよ…そいつだけは許せない、仕事だから何もしなかっただけで、私らは敷波だって許した覚えはないんだからさ…」

 

青葉「だから…少しは話を…!」

 

綾波「青葉さん、あなたの甘さには反吐が出ます、邪魔だてするなら貴方も」

 

青葉「この2人はもうAIDAを除去してます!綾波さんが演技する必要はありません!」

 

綾波「…え?」

 

アオバ「…演技…?」

 

衣笠「青葉、何言って…」

 

綾波「そ、そう…なんですね…青葉さん…ご、ごめんなさい!」

 

アオバ「…はぁ!?何ですかこいつ!」

 

青葉「2人も一回銃を下ろして!」

 

衣笠「…えぇ…?」

 

綾波「い、いえ、私は撃ち殺されても…」

 

如月(また始まった…)

 

満潮(この前来た時もこれやってたわね…)

 

青葉「綾波さんは特務部に潜入してるスパイ!AIDAを持ってる人の前ではそれを悟られないように演技してるだけなんです!」

 

満潮(前回は私とっ捕まえて無理やりゲームに引き摺り込んで…なんかよくわからないことされて吐きまくったわね…)

 

如月(私は感染してなくて良かった…)

 

アオバ「…待って、わけわからない…」

 

衣笠「何、そいつ…今は味方ですとか言うわけ?」

 

綾波「い、いいえ…その、そんな烏滸がましい事…」

 

アオバ「…コイツのせいで私たちはあれだけ最低なことをしてきたのに…!」

 

衣笠「…そうね、舞鶴の子を襲ってお金盗んだりした、我ながら最低な事したわね」

 

綾波「ぜ、全部私のせいです、わかってます、だからどんな報いも受けます…!」

 

青葉「綾波さんも黙っててください!」

 

扶桑「…とりあえず、一度座ってお茶にしましょう?」

 

天津風「そうね、紅茶、冷めちゃいますよ」

 

アオバ「…ガサ」

 

衣笠「わかってる、警戒はとかないって…」

 

綾波「……」

 

青葉「綾波さん、大丈夫です、私が2人を説得しますから…」

 

綾波「…良いんです…報いは受けるべきものだから」

 

青葉「……もう、どっちも話聞いてくれない…」



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決行直前

太平洋 深海棲艦基地

離島棲鬼

 

離島棲鬼「ソウカ、現行ノ、レ級計画ハ失敗カ」

 

ワ級「……」

 

離島棲鬼「ヨシ、戻ッテヨイ」

 

ワ級「……」

 

ワ級の方が大きく開く

 

離島棲鬼「再度与エタチャンスダトイウノニ、戦艦棲姫ハ早期撤退ヲ決断…アノ馬鹿ニシテハ…マア悪クハナイ考エダロウガ…」

 

レ級「キヒヒヒヒ!」

 

離島棲鬼「飛行場姫ハハヤク蘇生シテオケ」

 

レ級「リョーカイッ!」

 

離島棲鬼「……蘇生ガ間ニ合ワナクナルカモシレンナ…一旦レ級計画ハ中断、現在ノ6体ノレ級デヤルシカナイカ…ドレモ失敗作バカリノ役立タズダガナ」

 

 

 

 

 

 

台湾

提督 倉持海斗

 

加賀「島の形は地図とほとんど変わってません空から覗いた限り敵影もない」

 

海斗「やっぱり偽物の情報…」

 

加賀「それがそうでもないようです、その島からやや東に大量の深海棲艦が居た、しかも東に進行している…その拠点を放棄したと見ていい…かと」

 

海斗「放棄?なんでまた…」

 

加賀「理由は不明、でもこれは好機です」

 

海斗「逃げ出した深海棲艦の数は?」

 

加賀「流石にわかりませんが、100はゆうに超えています」

 

海斗(…曙の見立てでは1000もの深海棲艦が存在できる基地を捨てて逃げ出した…大量の深海棲艦も具体的な数は不明瞭…)

 

海斗「仕掛けるほかないか…」

 

加賀「…何を躊躇っているんですか?」

 

海斗「いや、もし罠だったとして…と考えちゃうとついね」

 

加賀「貴方には難題かもしれないけど、斬り捨てる覚悟があれば…」

 

海斗「その覚悟はしたくない、するつもりもない」

 

加賀「……何を恐れているんですか」

 

海斗「君たちが傷つく事」

 

加賀「貴方が前に出たとしても、後ろに居たとしても…誰かが死ぬときは死ぬものですよ」

 

海斗「…頭ではわかってるつもりなんだけどね」

 

加賀「貴方は周りより前に出ようとしすぎです」

 

海斗「そんなつもりないんだけどな…」

 

加賀「あなたでは誰かを守る盾にはなれません、砲弾は貴方ごと貫きますし、爆弾は貴方の後ろの人まで吹き飛ばすでしょう」

 

海斗「…手厳しいね」

 

加賀「提督、貴方は変わるべきです、たとえその判断が周りに間違っていると揶揄されようと…多少は冷酷な面を見せるべきです、貴方の考え方は人としては真っ当かもしれませんが戦争に綺麗事は必要ありません」

 

海斗「…綺麗事、でも、もし綺麗事で全てが回ったら?」

 

加賀「それはあり得ない事です」

 

海斗「あり得なくても、それが実現したら一番良い事だと思うんだ」

 

加賀「…そうかも知れませんが…」

 

海斗「だけど、それを実現するためには何より僕が動かなきゃいけない、強要したり人任せにしたりは絶対にしない」

 

加賀「確かに提督には人を動かす力があるのかも知れません、でもそれが人を殺すとしたら?」

 

海斗「…それは、あんまり考えてなかったね」

 

加賀「すべての作戦が毎回うまくいくとは限りません、その綺麗事を目指すのでしたら…それ相応の覚悟をしなくてはならない事をもう少し自覚してください」

 

海斗「…わかったよ」

 

 

 

 

 

 

艦内工廠

戦艦 日向

 

明石「刀…ですか、いや、無いこともないんですけどね」

 

日向「元のは魚雷を壊すときに…」

 

明石「あー…」

 

龍田「天龍型の艤装を使えば良いんじゃないかしら〜」

 

日向「…まあ、あれも刀はありますけどね」

 

龍田「どーお?天龍ちゃんとして戦わないー?」

 

日向「…今は長門さんと私しか戦艦はいません、戦艦の数を減らす理由はありませんよ……あ、金剛さんも」

 

龍田(存在忘れられてたわね〜)

 

明石「どうします?剣だけ使います?」

 

日向「…刀というか…洋刀ですね、少し苦手な間合いというか…もう少し長いのはありませんか?」

 

明石「いやー…私刀鍛冶じゃないし…」

 

夕張「ごちゃごちゃ言わず作る!」

 

明石「げっ…夕張…!」

 

夕張「日向さん、作戦までには作らせるから!」

 

明石「やれば良いんでしょやれば!わかりましたよ!やりますよ!」

 

日向「その…作りが甘くなるようなら無くて構わないですから…」

 

明石「ちゃんと作りますよ!うるさいなぁもう!」

 

夕張「んじゃ、そういうことなので!」

 

日向「お願いします」

 

 

 

 

 

龍田「天龍ちゃんとして戦うつもりはないの〜?」

 

日向「必要だと感じればそうします、今は軽巡の層は厚いですし」

 

龍田「楽しみにしてるわ〜」

 

日向「まあ、期待するのは勝手ですけど…天龍として戦うかはわかりませんよ」

 

龍田「わかってるわよ〜」

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

朧「え?剣あげちゃったの?」

 

曙「片方だけどね、別に問題はないし」

 

朧「らしくないなぁ…ほんとによかったの?」

 

曙「良いのよ、別に…それよりアンタはどうなの?」

 

朧「…難しいかな、まだ上手く体が動いてない…想定された動きができてないっていうか…」

 

曙「想定された動き?何それ」

 

朧「…なんだろ」

 

曙「あと数時間で作戦なんだから、ちゃんと動けるようにしときなさいよ、今回は陸戦も有るだろうし」

 

朧「現地の軍は動いてくれないからね…」

 

曙「その分好き勝手やらせてくれるんだし、良いんじゃない?」

 

朧「上陸後の動きなんて何もわからないし…島なんて横断するのに12kmも歩かなきゃいけないし…」

 

曙「ある程度道路とかは残ってるでしょ、多分…蘭嶼(らんしょ)かー…ここ何かあるのかしら」

 

朧「海側は発展してる場所もあるみたいだけど、基本的には森ばかりみたいだね、人口も最後の記録では5000人以下…もしかしてこの5000人全員が…」

 

曙「そうなるんじゃない?どうしようもないわけだし」

 

朧「…戦争に犠牲はつきものって事かな…深海棲艦はどうやって生まれたんだろう」

 

曙「さあね、また海に何か溶け込んだとか?」

 

朧「やめてよ縁起でもない…」

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

重巡洋艦 青葉

 

青葉「つまり、綾波さんは特務部の設備を利用して研究を進めてたんです、ヘルバさんのところでもそれはできましたけど、敷波さんの事で脅されて…」

 

アオバ「それはもうわかったんだけどなー、そうじゃないんだけどなー」

 

綾波「…ど、どんな報いでも受けますから…」

 

衣笠「なんだかなぁ…」

 

満潮「無理矢理だけど、私に寄生してたらしいAIDAも取り除いてくれたし…今はこっちの味方…って事で納得できない?」

 

アオバ「当事者の宿毛組が受け入れてる以上…部外者のアオバ達が言える事は何もありませんけど」

 

綾波「た、ただ…私の頭がおかしいのは間違いない事で…私が全部悪くて…」

 

アオバ「あーはいはい、別方向に頭おかしいですねこれは」

 

綾波「……その…これ」

 

拳銃を二つ机に置く

 

アオバ「…へぇ、なんですかこれ」

 

衣笠「弾の中に入ってるの…薬品?」

 

綾波「…し、深海棲艦への特効薬です…にっ…人間に戻すのは…難しいかも知れませんけど、可能性のある薬品が入ってます…」

 

衣笠「まだ実験段階か…普通の拳銃よりは軽いなー…」

 

綾波「し、司令官にもお渡ししてあって…こっ、今回の作戦で可能ならデータが…」

 

アオバ「倉持司令ですか、司令官クラスでは敵と対峙するほど前に出る事はないでしょうし…別の誰かに渡せばよかったんじゃ?ほら、曙さんとか」

 

綾波「……あの人は…か、賢すぎるんです…私の隠したことまで、読み取ってしまう…」

 

青葉「…そっか…思考が丸見えだから…」

 

綾波「艦娘システムの艤装、なぜ適応というものがあるのか…艤装には一つ一つAIDAが込められています、そのAIDAで暴走せず、思考を読み取りやすい人間を選んでいるんです…」

 

アオバ「そんなのあるんですか?」

 

綾波「思考は子供であるほど読み取りやすいし…闘争欲求の少ない女性であるほど暴走の可能性は低い…」

 

青葉「…だから艦娘システム…?」

 

綾波「思考を読み取るシステムは…と、特務部のオフィスの最奥部に…100人が常にモニタリングしてます…AIDAがヒトの思考を覗き、それを文章化したものを…観測し続ける…」

 

アオバ「めちゃくちゃ効率悪そうですねそれ…」

 

綾波「は、はい…今、全国には400人を超える艦娘が居ます…な、なので、思考を完璧に把握できるわけじゃないんです…見たもの、聞いたもの全てが筒抜けでは無く…でも、例外も居ます…」

 

青葉「それが…曙さん」

 

綾波「…あと、もう1人…」

 

アオバ「もう1人?」

 

綾波「…深海側についたキタカミさんです…あの人は艤装からAIDAの匂いを感じ取ってはいたみたいですが…そのまま使い続けてて…」

 

青葉「じゃあキタカミさんのデータも…?」

 

綾波「2人は、常に記録を監視されています…特に曙さんは…恰好の教材ですから」

 

アオバ「…まさかAIDAの使い方って…!」

 

綾波「AIDAは人の思考を学習する…そしてそのAIDAを操ることができる…となると…」

 

青葉「…曙さんのような兵士を作るのが狙い、ということですか…」

 

綾波「私は…研究が完成したら中枢設備を破壊するつもりです、AIDAを管理するシステムさえ失えばきっと…」

 

アオバ「…そううまくいくとは思えませんけどねぇ…」

 

衣笠「確かに、そんなに信頼されてるわけ?」

 

綾波「…わかりません、部長は読めない人なので…」

 

 

 

 

 

台湾

提督 度会一詩

 

度会「瑞鶴の話ではレ級と呼ばれる敵から複数人の声が聞こえたらしい、写真にある通りのつぎはぎの体といい…恐らく複数体の死体から形成されるタイプの深海棲艦だろう」

 

海斗「……」

 

度会「言葉が正しいかは不明瞭だが、量産されるとしたら…」

 

亮「ただでさえ数は不利なんだ、チームワークでうまくやるしかない」

 

海斗「海戦は問題ないはずだけど、気になるのは上陸後…」

 

度会「その辺はこっちである程度仕込んである、こちらの部隊で対応する」

 

海斗「お願いします、地図はもう配ってあります」

 

亮「上陸艇は…必要か?」

 

海斗「一応用意しておこう」

 

度会「…2日以内の攻略が目標か」

 

海斗「流石に厳しいんじゃないでしょうか…」

 

度会「設備の破壊だけを考えるなら可能だろう、今回の目標は基地の破壊だ」

 

海斗「島の大半は山と森です、遭遇戦が増えるはずだし慎重に進めないと…」

 

度会「それはわかっているが、最悪空襲をかけるほかない」

 

亮「衛星からの最新の情報だと、北東と南西に変な設備ができてるらしい、要塞みたいな…」

 

度会「十中八九深海棲艦の施設だろう」

 

海斗「そこは壊すべきか…」

 

度会「もう少し地形を詰めていこう」



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攻略作戦

海上

駆逐艦 曙

 

曙「漣!潮!そっち行ったわよ!」

 

朧「…張り切ってるなぁ…」

 

曙「朧!無駄口叩く暇あったら撃ちなさい!」

 

朧「敵は少数なのに、そんなに激しくしたら後からガス欠になるんじゃ…」

 

曙「良いから黙って撃ちなさい!」

 

曙(明らかに敵の数が少ない、私たちの班は正面から攻撃を仕掛けてるけど…アイツの見立ての数から考えて本当は十倍の敵を想像してたのに、居るのはその辺の雑魚ばっか…)

 

朧「曙!北に展開してる部隊が被害出たって!」

 

曙「もっと具体的に報告して!」

 

朧「日向さんが敵戦艦の砲撃で大破!」

 

曙(やっぱり守りの本命は別か…!)

 

曙「朧はここに援軍要請して!私は北に回る!」

 

朧「もう北上さん達が向かってるから曙はここに…!」

 

曙「…ちゃんとそこまで報告しろっ!」

 

 

 

 

 

戦艦 日向

 

日向「…みなさん、無事ですか」

 

秋雲「は、はい…ごめんなさい、庇ってもらって…」

 

日向「大丈夫です、今のうちに進路を潰してください」

 

陽炎「魚雷流したわ!」

 

龍田「大丈夫?」

 

日向「ダメージは艤装だけです、炎上も今の所してませんし…このまま艤装を盾にします、私を遮蔽物代わりにしてください」

 

陽炎「そんな、退かないと…」

 

日向「どのみち日向のまま戦うのは厳しいでしょう、それならこのまま…」

 

大井「大井到着しました!」

 

北上「北上到着…この報告意味あんの?」

 

日向「助かります、このまま日向の艤装は破棄します、大井さん、艤装を」

 

大井「どうぞ」

 

天龍型の艤装を装備し直す

 

天龍「…やっぱり馴染みが悪い気がしますね」

 

龍田「あら〜?そんなことないわ、よく似合ってると思うけど〜」

 

陽炎(いつに無く上機嫌…)

 

天龍「残り敵戦力は戦艦3隻、巡洋艦2隻、こちらに迫ってきています、進路をとことん雷撃で潰します、陽炎さん達は的確な砲撃を意識してください」

 

北上「チッ…命令すんなっての…」

 

天龍「反航戦、入ります!」

 

廃棄した艤装の裏から飛び出す

 

龍田「砲撃くるわよ〜」

 

天龍「龍田さん、前に出ましょう、私達が盾になります、複縦陣に!」

 

龍田「はーい♪」

 

天龍「砲撃戦行きます!」

 

主砲からの砲撃が戦艦級を捉える

 

ル級「…ギ…」

 

天龍(やっぱり軽すぎる、効いてない…)

 

龍田「砲撃くるわよ〜、衝撃備え〜」

 

天龍「…必要ありません」

 

サーベルを抜き砲弾を斬り払う

 

龍田「…あら〜」

 

天龍「私が届く範囲のものは全て落とします!攻撃に集中してください!」

 

陽炎(頼もしい…)

 

秋雲(カッコいい…)

 

天龍「もうすぐ最接近します!魚雷を!」

 

北上「だからぁ…指示すんなっての!」

 

陽炎「このルート…悪いわねっ、貰ったわ!」

 

大井「そうね…もう遅いわよ……!」

 

敵の進路を魚雷が埋め尽くす

 

ル級「キシッ…ギィィッ!」

 

突如戦艦級が大声を上げる

 

天龍「うるさっ…!な、何を…」

 

龍田「断末魔…かしら?」

 

大井「戦艦級、三隻とも撃沈確認…巡洋艦も全滅です」

 

天龍(…断末魔にしては早かった…それにあんな大声…まさか合図?)

 

龍田のそばの海面から気泡が上がってくる

 

天龍「危ない!」

 

龍田「え?」

 

チ級「ハッハァ!」

 

チ級が飛び出し様に龍田を斬りつける

 

龍田「っ…痛いじゃない…!」

 

天龍「…このチ級は…!」

 

仮面に空いた穴、間違いなくあのとき拳銃で撃ったチ級…

 

チ級「…ン〜?オマエアノ戦艦…カ?…イヤ、違ウナ…ドコカデ…」

 

天龍(この人も私を知ってる…この人はやっぱり艦娘だ)

 

剣を構える

 

チ級「…アア、ソンナモン持ッテルカラワカンナカッタゼ!宿毛湾ノ天龍ダロ!オマエ!」

 

天龍「…そういう貴方は…」

 

チ級「アア?名前…ンナモントウニ捨テタケドナ……木曾ダ」

 

天龍「呉の…」

 

大井「木曾!?木曾なの!?」

 

チ級「ットォ?コイツハ大井ノ姉貴……ッテ、ンダヨソノニセモン!俺ラノ代替品デ姉妹ゴッコカァ!?」

 

北上「代替品…」

 

大井「違う!私は貴方達を助けにきたの!」

 

チ級「要ラナイネェ、ソンナモノハ…デモ、ミンナ揃ッテ深海ニオチルナラ……歓迎シテヤルゼェ!ハハハハハ!」

 

取り囲むように深海棲艦が浮上してくる

 

天龍(しまった、時間稼ぎ…!)

 

チ級「サテ、オ前ニハ右目ノ返シモアル…タップリ遊ンデヤルヨ」

 

チ級が刀を此方に向ける

 

チ級「オ揃イニシテヤルカラナァ……ハハハッ!」

 

天龍「心まで醜く深海に堕ちましたか」

 

チ級「…ンダヨオイ、キャラ変ワッタナァ!オ前!」

 

天龍「…そんな事はありません、今でも逃げ出したい気持ちがあります、死ぬ事の恐怖が私の足を掴み、離したことは一度もありません…だから私は貴方を殺す事に躊躇いはない」

 

チ級「アァ?」

 

天龍「二度死んだ身の私は…弱くは無いですよ」

 

主砲を向け放つ

 

チ級「オイオイオイ!オ喋リノ最中ニ撃ツ奴ガアルカァ!?姑息ナヤローダナァ!?」

 

天龍「貴方も随分と、人が変わりましたね」

 

砲撃をしながら味方と合流を測る

 

チ級「ハハハッ!オマエ等ブチ殺ストヨォ!頭オカシクナル位気持チイインダヨ!!」

 

天龍(…戦闘に快楽を感じ、それにハマった…か)

 

チ級「ットォ、オ喋リニ夢中デ…足元オ留守ダナ」

 

天龍(雷跡…!しかもこれは酸素魚雷…)

 

天龍「ぐっ…!」

 

チ級「ハハッ…イイカッコウダナ、唆ルゼ…」

 

天龍「…さすが元重雷装艦…か…」

 

天龍(おかしい、なんで深海棲艦が酸素魚雷なんか…)

 

チ級「サァ、遊ボウゼェ!」

 

天龍(…他は…劣勢とはなってないか…でも合流できない位置に深海棲艦がいる…私の実力では…倒しきれないか)

 

天龍「陽炎さん!急ぎ救援を!」

 

陽炎「もう要請してます!」

 

チ級の刀を艤装で受け止める

 

天龍(ここで持たせる…!)

 

チ級「オイオイ、水差ス気カヨ、楽シメヨ!」

 

天龍「…私は死ぬつもりはありません…!」

 

チ級「釣レネェナァ!深海モ楽シイゼ?コッチ来イヨ!」

 

チ級の刀が視界のやや上を通過する

 

チ級「前髪ガ綺麗ニ揃ッタナァ!ハハハ!」

 

額が熱い、流れ出た血が目に入る

 

天龍(…技量も速度も力も、すべて向こうが上…私では無理、か…なら!)

 

血がこれ以上目に入らないように目を瞑ったまま斬りかかる

 

天龍(乗ってくれば…チャンスはある!)

 

剣が何かにぶつかった感触

 

チ級「オイオイ、目ナンカ瞑ルナヨ、ツマンネェダロ?」

 

耳元で声がする

 

天龍(つまり…私の剣を刀で受け止めた!)

 

主砲を前方に突きつけて放つ

 

チ級「…何ダ?痛クモ痒クモ…」

 

天龍「…ただの煙幕ですよ、元々視界不良なら目を瞑っていても同じ事…」

 

天龍(後は援軍がいつ来るかの勝負…)

 

チ級「ソンナツマンネェ事バッカシテルト遊ビタリネェヨ!」

 

艤装でガードするものの、それを通り抜けて少しずつ皮膚が斬り裂かれる

 

天龍(…早く…!)

 

チリチリと何かが燃える音共に周囲の気温が上がる

 

天龍「来た!」

 

目を開き、一閃

チ級の剣を弾き、主砲の一撃を叩き込む

 

チ級「グッ!?」

 

天龍「皆さん退いてください!援軍と合流します!」

 

曙「必要ない、もう来てる!」

 

チ級「ナッ…燃エル!クソ!」

 

チ級が水中に消える

 

大井「木曾!」

 

曙「先に敵を始末しなさいよ!」

 

大井「…あー!もう!」

 

北上「……」

 

天龍(この場はなんとかなるか…)

 

天龍「…一度、母艦に戻ります」

 

 

 

 

 

 

艦内

 

天龍「伏兵が水中から飛び出してくる、という戦法は厄介ですね…囲まれてしまいました、陽炎さん、救援を要請する判断、良かったです…助かりました」

 

陽炎「ありがとうございます」

 

陽炎(…艤装を変えてからの動きが明らかに落ちてたけど…この作戦、大丈夫なのか…うーん…)

 

天龍「私たちの隊はもう一度上陸を試みます、次は空母による支援を要請しましたので先程よりは…」

 

龍田「…というか、最低限の戦力で足止めしてる感じね〜」

 

天龍「やはりそう感じますか」

 

龍田「最初に交戦した戦艦達が戦ってる最中に囲まれてたら…少なくとも誰かは沈んでたもの〜」

 

天龍(…敵は私達を倒すことを狙ってない…何を狙ってる?時間を稼ぐ理由…撤退の支援?でも無限に蘇る深海棲艦が撤退する理由なんて…)

 

曙「ひゅ…あー…天龍、ちょっといい?」

 

天龍「…お好きな方に統一して良いんですよ」

 

曙「まあ、今は天龍でしょ…それより、北東の要塞に空襲をかけてるんだけど、対空設備が充実してて厳しいらしいのよ、だから水上部隊と合わせて叩きたいの」

 

天龍「…なるほど、日向の艤装は使えませんし…天龍では些か火力不足では無いですか?」

 

曙「…確かに、他所をあたるわ、誰かいいのいる?」

 

天龍「…やはり金剛さんや長門さん…でしょうか、私が日向として戦うのなら三式弾を使いますね」

 

曙「…相手に航空機はないんだけど」

 

天龍「三式弾は陸地への攻撃にも有効なんですよ、知りませんでしたか?」

 

曙「ハイハイ博識ってやつね、金剛に当たってみるわ…確か今は待機組だし」

 

龍田「天龍ちゃん?」

 

天龍「なんでしょうか」

 

龍田「駆逐艦を増やして、強行突破なんてどうかしら〜、叢雲ちゃんと磯風ちゃんは〜、役に立つわよー?」

 

天龍「…悪くはないんですけどね、できれば島風さんを借りたいんですが…」

 

曙「それは無理、島風は今艤装の調整中」

 

天龍「…仕方ない、ではその作戦で…大井さんと北上さんは?」

 

曙「大井はキソキソ言ってるし北上はヘソ曲げてる」

 

天龍「…そうですか…」

 

曙「んじゃ、アタシは行くわ」

 

天龍「御武運を…」

 

曙「そっちもね」

 

天龍「私達はもう一度上陸を試みます、陸戦用の装備も確認したら再出撃の用意を、龍田さんは磯風さんと叢雲さんを呼んできてください」

 

龍田「は〜い♪」

 

 

 

 

 

 

蘭嶼(らんしょ)

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「…まあ、派手にドンパチやってる時ほど潜入は容易ですね…」

 

頭にノイズが響く

 

アオボノ(…AIDAか…うるさいな…干渉の仕方が激しくなってきた)

 

頭痛に似た感覚、吐き気を催す不快感

 

アオボノ(…パフォーマンスを落とすばかりでは…私の生存率が下がるだけなのに…チッ…急いで敵拠点を探さないと…私ならできる、私はAIDAには操られない)

 

自分に暗示をかけ続ける

 

アオボノ「……あ」

 

チ級「チッ…次ハアイツヲズタズタニ…イヤ、先ニ大井姉ェカ…?」

 

チ級は此方には気付いていない

 

アオボノ(…最高の案内人ですね、基地まで連れて行ってもらいましょうか)

 

 

 

 

海上

駆逐艦 曙

 

曙「ちょっ…どうなってんの!?空襲前に敵の要塞が吹っ飛んでるんだけど!」

 

金剛「あれ、対空用の砲台吹っ飛んでませんカー!?…ワタシの存在意義ガー!ガッデム!」

 

朧「今通信してるから待って!」

 

アオボノ『あーあー、マイクテストマイクテスト、今的要塞内部に侵入して燃料に火をつけてきました』

 

曙「お前の仕業か!」

 

アオボノ『うるさいわよ曙、中の戦力は今の爆発でほとんど巻き添えにしたからさっさと上陸してください』

 

龍田『こちら龍田班〜、北から上陸に成功しましたー♪』

 

曙「よし、行くわよ!」

 

金剛「Wait!ワタシ陸上での戦い方ナンカ…」

 

朧「ノリと勢いです!」

 

曙「良いわね!調子出てきたじゃない!」

 

 

 

 

 

深海棲艦基地

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「…さて」

 

アオボノ(燃料があるということはそれを使うと言うこと、弾薬があるということはそれを使うということ…)

 

深海棲艦の破片を拾い上げる

サラサラと砂となり手からこぼれ落ちる

 

アオボノ(…物資の争奪戦…それに持ち込めば…深海棲艦が持ってる燃料もきっと有限だ、だから人の生活圏を襲う、種の保存なんて考えなくて良い種族なんだから…)

 

近寄ってくる深海棲艦を撃ち抜く

 

アオボノ「…これは…」

 

形を保ってない深海棲艦…

 

アオボノ「見たことありませんね、攻撃能力も無さそうだし、サンプルとして…」

 

チ級「オイ!何ヤッテンダ、オ前!」

 

アオボノ「…おや、お知り合いですか」

 

深海棲艦を拾い上げる

 

チ級「離セ…ソウスレバ勘弁シテヤル…」

 

アオボノ「この深海棲艦…貴方の知り合いですか、木曾さん」

 

チ級「姉貴ダ…ダカラ離セ!」

 

アオボノ「球磨さんですか?多摩さんですか?」

 

チ級「…ワカンネェヨ…!何回モ何回モ殺サレテグチャグチャニナッタ!モウイイダロ!?」

 

アオボノ「…へぇ、死んでも元に戻らなかった?」

 

チ級「ダカラ俺ハココニイルンダヨ!モウイイ…オ前ヲ殺ス」

 

深海棲艦を放り投げる

 

チ級「姉貴!」

 

アオボノ「貴方は脅威にはなりませんが…今は邪魔です、さっさと失せなさい」

 

チ級「ォガッ…ア、脚ガ…!」

 

アオボノ「情報ありがとうございました、さようなら」

 

海へと蹴落とす

 

アオボノ「……っと?」

 

ヲ級「……」

 

アオボノ(いつの間に背後に…)

 

ヲ級「…ヲォッ…アアアッ」

 

目から青い焔を迸らせ、ヲ級が歩み寄ってくる

 

アオボノ「…あなたの相手は私じゃないんですよ、翔鶴さん…」



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航空戦

深海棲艦基地

駆逐艦 アオボノ

 

艦載機の攻撃を避ける

 

アオボノ「面倒ですね…あなたの相手をするつもりは一切ないんですが」

 

ヲ級「…ア…アァ…ケ…」

 

艦載機が機銃を撃ちながら突撃してくる

 

アオボノ「…正気を失ってる…?」

 

かわした艦載機が壁に衝突し堕ちる

狙いも正確さはまるでない…

 

ヲ級「…アア…」

 

アオボノ(…違う、これは…)

 

アオボノ「臭い芝居はやめてください、正気じゃないフリをしてるだけでしょう…いや、本当に操られてるにしても…そこまで動きが鈍いわけじゃないですよね」

 

ヲ級「……」

 

ヲ級の口角がニィッとあがる

目を細め、馬鹿にしたような笑顔でこちらを見る

 

ヲ級「…シネ」

 

先程とは違う、仕留めることだけを考えた艦載機の動き

 

アオボノ(意識を表に出してるのは翔鶴さんではないか…)

 

アオボノ「もし翔鶴さんが本気で私に立ち向かってたら…近づくのに多少は苦労したかもしれませんね」

 

短剣を抜き艦載機を斬る

 

ヲ級「…!」

 

アオボノ「…何だ、思ったより手入れしてある…」

 

剣に炎が灯る

 

アオボノ「目潰しはこんな物ですか」

 

火球を飛ばし、その裏に隠れ迫る

 

アオボノ「痛覚、あると良いんですけど」

 

腹部への飛び膝蹴り

 

ヲ級「カッ…ーー…!」

 

アオボノ「あるみたいですね、なら…これも痛いでしょう」

 

ヲ級の手首を掴み、体を捻り投げ飛ばす

そしてそのまま肩を踏みつけて腕を捻る

 

アオボノ「…骨抜いても、問題ないか…すいません、脱臼させます」

 

ヲ級「ギィィッ!!痛イ痛イ痛イ!」

 

アオボノ「何だ、ちゃんと喋れるならしゃべってくださいよ…死ねと悲鳴しか言えないのかと思いましたよ」

 

ヲ級を蹴っ飛ばし、距離を取る

 

ヲ級「…ウアァァッ…何…ナニコレ…痛イ…」

 

アオボノ「…痛覚はあると、さて…っ…」

 

頭に違和感

何かがさざめく様な…何かが喋りかける様な…

 

アオボノ「ぐ…っ…これは…まさか…なんで今になって…!」

 

何かに命令されている感覚

 

アオボノ「AIDAが…っ…私に何をさせようと…」

 

アオボノ(…落ち着け…問題ない、AIDAの声なんか私には届かない…!)

 

 

海上

正規空母 瑞鶴

 

瑞鶴「何これ…頭が、割れるッ…!」

 

何かの音、声、聞いたことのない音が頭に鳴り響く

吐き気と目眩で立ってることすらままならない

 

赤城「瑞鶴さん大丈夫ですか?加賀さん、このまま進行することは…」

 

加賀「そうね、瑞鶴が無理だと言うなら…瑞鶴抜きで戦うことになるわ」

 

瑞鶴(何の声…知らない音が響く、何かを…)

 

葛城「瑞鶴さん、戻りましょう…!このままじゃ…」

 

翔鶴『瑞鶴、私はここに…』  

 

知らない音に混ざる、よく知った声

 

瑞鶴「…ダメ…まだ、帰れない…私がやらなきゃ…!」

 

みんなが弓を引き絞る

 

加賀「敵機、来ましたね」

 

瑞鶴「加賀さん達は手を出さないで…!」

 

加賀「…そんなフラフラの状態でやろうと?」

 

力を振り絞り、骨で立つ

弓をできる限りの力で引き絞る

 

瑞鶴「攻撃隊、発艦…!!」

 

なんとか矢を放つ

 

加賀(…ダメね、艦載機の速度が遅い)

 

瑞鶴「…航空戦開始っ…!」

 

赤城「劣勢です、私達も…」

 

加賀「…瑞鶴がやると言ってるのですから、やらせてみましょう」

 

瑞鶴(負けない…絶対に負けない…!)

 

矢筒から次の矢を抜き取り、引き絞る

 

瑞鶴「…私に…力を……」

 

瑞鶴(…音が…頭に…)

 

加賀「瑞鶴!」

 

視界が揺れる

体の力が抜け、体が崩れていく、水面に膝が吸い込まれる

 

瑞鶴(…あれ、艤装をつけたら浮くんじゃ…)

 

身体中を掴まれ、引き込まれる様な感覚…

 

瑞鶴(…冷たいな…海って…)

 

身体が水圧で潰されそうになる

 

どんどん深く、底へと引き込まれるのに…

 

瑞鶴(手だけ…あったかい…?)

 

急に息が苦しくなる

口の中がしょっぱく、むせかえる

 

瑞鶴「ゴホッ!?ゴホッゴホッ!」

 

息を吸い込むたびに海水が口の中に入り、呼吸すらままならない

 

加賀「しっかりしなさい瑞鶴!赤城さん!早く!」

 

赤城「は、はい!」

 

加賀「この…!離しなさい!」

 

何かに全身を掴まれ、引っ張られる感覚、視界の端に白い手が映る

 

瑞鶴(…海に引き摺り込まれてる!?)

 

瑞鶴「いやっ!嫌だ!助け…ゴホッ!」

 

加賀「瑞鶴!もう少し耐えなさい!赤城さんまだですか!」

 

赤城「加賀さん!当たりますよ!?」

 

加賀「良いから早く!」

 

ちゃぽちゃぽと何かが水に落ちた音と同時に身体が強く揺さぶられる

衝撃で自分が弾け飛ぶ様な…

 

加賀「今!」

 

海から引き摺り出され、放り投げられる

 

葛城「瑞鶴先輩!」

 

瑞鶴「…かつ、らぎ…?」

 

加賀「全機、発艦します」

 

ぼんやりと空を眺める

黒い、UFOみたいな艦載機が私達の艦載機をどんどん撃ち落として…

 

加賀「く…やや、厳しいですか」

 

空が黒く染まって…雨が降って…

 

瑞鶴(…何してるんだろ、私…なんで私はここで…ただ横になって…1人だけ…)

 

瑞鶴「……」

 

葛城「ちょ、瑞鶴先輩、まだ立っちゃ…」

 

瑞鶴「翔鶴姉ぇ……やるよ…艦首風上、攻撃隊…発艦、始め」

 

流れる様な動作で残された全ての艦載機を放つ

 

加賀「…出て来た」

 

青い焔を目に灯したヲ級…

 

ヲ級「……」

 

瑞鶴「…!」

 

互いの艦載機がバラバラになり、黒煙を上げながら墜落する

 

葛城「…よし!全機稼働!」

 

瑞鶴「葛城、艦載機…全部寄越しなさい」

 

葛城「えっ!?」

 

瑞鶴「早く…」

 

葛城の矢筒から艦載機を抜き取り、引き絞る

 

ヲ級「……」

 

瑞鶴「…発艦!」

 

矢が艦載機へと姿を変える

 

瑞鶴(…低く…もっと低く!)

 

加賀「邪魔者も増えて来た様ね、赤城さん、もう一度艦載機を」

 

赤城「はい、装備換装良し、行きます!」

 

瑞鶴(…敵の、艦載機の…音…だけじゃない…この音は…知ってる、わかる、AIDA…?)

 

瑞鶴「…AIDA…って、何…」

 

知らない単語、いや、知っているのだろうか

 

瑞鶴「……AIDA…イニス…ああ、そっか…それだけの事なんだ、私が今ここにいるのって…」

 

最初に放った攻撃隊が矢筒に収まる、爆装を装備し直し、もう一度引き絞る

 

瑞鶴「…私に…私に、みんなを守る力を貸して…!」

 

 

 

 

 

ヲ級

 

燃える

 

海に墜落した艦載機から上がる黒煙

いつの間にか私の体にも火がついて…

 

戦闘機がお互いの戦闘機を撃ち落とす

目の前に落ちた艦載機が水飛沫を上げる

 

そしてその水飛沫の中から…

 

ヲ級(攻撃隊…イツノ間ニ…)

 

目の前で落とされた爆弾を避ける術もなくモロに喰らう

 

瑞鶴「今!ここで決める!」

 

ヲ級(…アァ…私ノ艦載機ガ…堕チル…)

 

加賀「瑞鶴!トドメを!」

 

瑞鶴「…わかってる…!」

 

ヲ級(…ソウ、ソレデイイ…終ワラセテ…)

 

 

 

 

 

 

正規空母 加賀

 

瑞鶴「…敵、旗艦…空母ヲ級…撃破」

 

加賀「…よくやりました」

 

瑞鶴「これで…良いんだよね、翔鶴姉ぇ…」

 

翔鶴「…何が、起きて……私…」

 

瑞鶴「…おかえり、ずっと待たせてごめんね…」

 

翔鶴「……そんな、何回死んでも戻れなかったのに…なんで…?」

 

加賀「瑞鶴の勝ち…の様ね」

 

瑞鶴「…でも、私ももうダメだなぁ…艤装が使い物にならなくなっちゃった…」

 

翔鶴「…瑞鶴、何をしたの…?」

 

瑞鶴「…知ってる事を全部試しただけ、ナイショだよ」

 

翔鶴「加賀さん、何がどうなって…」

 

加賀「瑞鶴がナイショだというのだからナイショです」

 

葛城「…あの、瑞鶴先輩…その人、今深海棲艦から…」

 

瑞鶴「あ、翔鶴姉ぇをみんなに紹介しないとね」

 

翔鶴「……私、帰れるの…?」

 

加賀「当たり前です、嫌だと言っても連れ帰ります」

 

瑞鶴「加賀さん、泣いてる?」

 

加賀「…雨が顔に降っただけです」

 

 

 

 

 

蘭嶼

軽巡洋艦 川内

 

瑞鳳「…瑞鶴、そんなのアリなんだ」

 

神通「視えてしまったものは仕方ありませんが…まさか…」

 

那珂「…どうなってるんだろう?」

 

川内「さあね、それよりも…」

 

深海棲艦を踏み潰す

 

川内「深海棲艦の始末が先かな…」

 

瑞鳳「…あ、雨」

 

那珂「雨足が強いね…風邪引く前に戻りたいな〜」

 

神通「この先、弾薬庫がありますね…鋼材も貯蓄がある様で」

 

川内「鋼材も?なんで?」

 

瑞鳳「…弾薬は確かにわかる、だけど鋼材なんて何に使うのかわからないんだけど…」

 

那珂「深海棲艦の艤装…とか?」

 

瑞鳳「…匂いが何か違う、と思うんだけど…」

 

那珂「…待って、撤退の指示が出たよ」

 

川内「この悪天候じゃリスクが大きいかな…よし、一時撤退」

 

 

 

 

 

 

艦内

正規空母 瑞鶴

 

瑞鶴「良かった、ちゃんと帰って来た」

 

川内「…もしかして瑞鶴が指示出した感じかな」

 

瑞鶴「そういう事、ちょっと来て」

 

神通「先に手当をされた方が…酷い怪我を…」

 

瑞鶴「私は大丈夫だから、碑文使い同士、積もる話もあるじゃない?ねぇ、瑞鳳」

 

瑞鳳「……はぁ…」

 

 

 

食堂

 

神通「ここでは人に聞かれるかと」

 

瑞鶴「むしろその方が都合がいいのよ、みんなに聞いてほしいくらいだから…って言うか、先にヤバいことについて話しておくわ、海上の移動を少人数でしたら海に引き摺り込まれた時対処できないからやめて」

 

川内「…多分なんかをすっ飛ばしてるよね」

 

瑞鶴「私は、深海棲艦に海に引き摺り込まれかけたのよ、いきなりね…だから1人で移動してたりしたら引き摺り込まれて窒息死するわよ」

 

那珂「いきなり割と有効な戦法とって来たね…」

 

瑞鶴「それもその筈、どうやらここに残ってる深海棲艦…まともに戦えるのが殆ど残ってないみたいなのよ」

 

川内(…確かに、そこまでの手応えはなかったな…)

 

瑞鶴「今、戦えたら動ける様な深海棲艦は南東の要塞に集まってる、ここを集中攻撃したら残りの深海棲艦は一網打尽、作戦は完全勝利で終わりってわけ、わかった?」

 

那珂「…ちなみになんでそれがわかるの?」

 

瑞鶴「声が聞こえるのよ」

 

神通「…成る程」

 

瑞鶴「私の視点ではそこで終わり…さて、問題は本当にそれだけなのか」

 

神通「私達の視点からも攻撃が必要な箇所を挙げろ、と」

 

瑞鳳「だったら、この山間に食糧庫がある、それとこっちの方から燃料の匂いがした、奪っても壊してもいいと思う、かなり強い匂いだったし数もあると思うから」

 

神通「私は弾薬庫を見つけましたね」

 

那珂「えっ、あー…那珂ちゃんは…那珂ちゃんはねー…那珂ちゃんかわいいっ!」

 

川内「……私は特に見つけてないよ」

 

那珂「スルーはやめてよぉ!」

 

瑞鶴「とりあえず、これを纏めて提出しよ、一回みんな戻って来てるし…」

 

川内「もうすぐ夜だもんねぇ…夜は嫌だよ、夜はさ…」

 

瑞鶴「…なんだろ、川内にすごい違和感感じるんだけど…」

 

神通「そうでしょうか…」

 

那珂「そんなことないけどねぇ?」

 

瑞鳳(…他所の川内と演習したらどうなるのかな)

 

アオボノ「おや、みなさんお集まりで」

 

瑞鶴「うわ出た」

 

神通「どうも」

 

川内「そっちの首尾は?」

 

アオボノ「北西の方は完全破壊完了しました、一匹も深海棲艦は残ってません…まあ、今は天龍さん達と戻って来たところです、彼方もかなりの数を倒した様で」

 

瑞鶴「へぇ…攻略、明日には終わるかな…」

 

アオボノ「…抵抗する戦力が全くと言っていいほどなかったので、終わるでしょうね」

 

川内「やっぱりおかしいよね」

 

アオボノ「ここはもう放棄されました、私たちはここを破壊し尽くし、帰るだけです」

 

翔鶴「あ、曙さ……あ、あれ…」

 

アオボノ「翔鶴さん、元に戻ったんですか?それは素晴らしい……なんで震えて距離を…?」

 

翔鶴「こ、これ以上近寄ろうとしたら…右肩とお腹が痛くなって来て…」

 

アオボノ(ああ…)

 

神通「胃痛はわかりますが…肩?」

 

川内「…なんかやったな…」

 

瑞鶴「え、何やったの…?」

 

アオボノ「ご心配なく、私は翔鶴さんには手を挙げていませんから」

 

瑞鳳(翔鶴さんには…ヲ級にはやったと)

 

那珂(DV彼氏みた〜い)

 

翔鶴「…瑞鶴、ありがとうね、みなさんも…」

 

瑞鶴「……当たり前、じゃん?」

 

川内「私達は何もしてないし…ねぇ」

 

アオボノ「そうですね、私も何も」

 

瑞鳳(便乗した…)

 

翔鶴「私、提督達に挨拶して来ますね、今加賀さんが事情を説明してくださってるので…AIDAについての検査も必要とのことですし」

 

アオボノ「それがいいでしょう、私も気になりますが、聞けませんし」

 

瑞鶴「あ、そうだ、今思い出した!」

 

神通「?」

 

瑞鶴「なんでみんなからAIDAの音が聞こえるの?深海棲艦はある程度察しつくけどさぁ…」

 

川内「みんなの艤装にAIDAが仕込まれてるんだよ、感染したらAIDAに操られるかもって」

 

瑞鶴「んー、じゃあ深海棲艦に寄生された、とかじゃないのか…」

 

神通「…待ってください、深海棲艦からもAIDAの音が…?」

 

アオボノ(あの時翔鶴さんを操ってたのはAIDA?いや、AIDAはそんな事のできる生命体とは思えない…)

 

瑞鶴「そう、深海棲艦からも聞こえる…でも、なんだろう…別人の声っていうか…」

 

アオボノ「…よく、わからなくなって来ましたね…」

 

瑞鶴「ほら、いま曙からも…」

 

アオボノ「っ…何か、言われてますね…澱んだ声の様な音が…」

 

瑞鶴「…綾波…?」

 

川内「綾波…って、あの綾波?」

 

アオボノ「綾波さん…?」

 

アオボノ(綾波さん、このタイミングで何故……)

 

アオボノ「だ、ダメ!考えるな!」

 

瑞鶴「ちょっ、どうしたのよ急に…」

 

アオボノ「クソッ!クソ!!本当に今の推測通りなら…綾波さんが裏切り者じゃないのなら…!」

 

川内「何、なんなの?」

 

アオボノ「私を計算器扱いして…ああぁぁぁぁっ!」

 

那珂「なんか、凄く機嫌悪いんだけど…」

 

翔鶴「あ、曙ちゃん、一回落ち着いた方が…」

 

アオボノ「わかってます…!最悪だ、最悪だ…!」



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撤退戦

蘭嶼

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「全て運び出しますよ、このままじゃ予定より遅れます!」

 

漣「やってることが山賊!」

 

潮「私達海軍だから海賊かなぁ?」

 

朧「そういう話じゃなくて」

 

アオボノ「ただでさえ燃料は枯渇してるんです、全部持ち帰りますよ」

 

曙「燃料に着火させて爆破した奴がよく言う」

 

アオボノ「必要経費」

 

漣「こられらるだめーじ!」

 

潮「それを言うならコラテラルダメージだよ」

 

朧「それも民間人の犠牲とかだから使い方としては間違ってるかなぁ…」

 

アオボノ「つべこべ言わずさっさと積み込んで、帰るわよ」

 

朧「…本当に今回はこれで終わりなの?」

 

アオボノ「目標の基地は破壊、深海棲艦は完全に撤退したし、何一つ問題はないわ」

 

朧「…そうかもしれないけど…」

 

曙「な〜んか、あっさりし過ぎなのよね、こんなに上手くいっていいの?」

 

アオボノ「こんなことで時間食ってる時点であっさりじゃないのよ、さっさとしろバカボノ」

 

曙「…何よ、やろうっての?」

 

アオボノ「さっさとやれバカ」

 

曙「せめてボノは入れなさいよこのアホボノ!」

 

潮「バカは良いんだ…」

 

漣「さすがツンデレ担当艦」

 

曙「諦めてんのよ…!」

 

アオボノ「私はアンタのバカ具合に呆れそうよ」

 

漣「あ!バカ具合とパラグアイって似てるくない?」

 

アオボノ「…はぁ…」

 

 

 

 

艦内

正規空母 瑞鶴

 

漠然と海を眺める

 

瑞鶴「変よね、本当にどこにも深海棲艦なんかいない気がする」

 

加賀「それよりも、今後はちゃんと気をつけなさい…また引き摺り込まれても知らないわよ」

 

瑞鶴「そん時は、また加賀さんが助けてくれるでしょ?」

 

加賀「…毎度手が届くとは限らないわ、私は何度も手が届かなかった子達を見て来た」

 

瑞鶴「…なんか、ごめん…」

 

加賀「いえ、古い話です、気にする事はないわ…確かに今なら誰かの手を取り逃すこともないのかも知れない…」

 

瑞鶴「…ちゃんと届くって」

 

加賀「だと良いけれど」

 

瑞鶴「…にしても、艤装全滅で動けないのは弱ったなぁ…」

 

加賀「正直、何が起こったか私もわかってないのだけれど」

 

瑞鶴「……」

 

加賀「瑞鶴?」

 

瑞鶴「いや、なーんか…気の所為かなぁ…」

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 大井

 

大井「全部積み込み終わりました、お疲れ様です」

 

アオボノ「お疲れ様です、船を出す準備は?」

 

大井「すっかり日が暮れましたが済んでます、いつでも出発できますよ」

 

アオボノ「では提督達へ報告をお願いします」

 

大井「……あの」

 

アオボノ「木曾さんは、死んでも深海棲艦から戻れなかった…と言っていました」

 

大井「……」

 

アオボノ「お姉さんも大事そうに抱えておられましたが、もはや誰なのかすら…おそらく粉微塵に吹き飛ばされたのだと」

 

大井「っ…!」

 

アオボノ「今はただ、耐えてください、特務部内で深海棲艦を人に戻す実験は続けていますから」

 

大井「…わかっています、失礼します」

 

アオボノ(…わかってないな、全くもってわかってない)

 

大井(…木曾だけが…あんなに辛い思いをする必要なんてどこにもない、私は…あの子を助けてあげないといけないのに…)

 

北上「大井」

 

大井(…ここでただ戻ったとして…もし戻す手段が手に入ったとして、次いつ会えるのか…)

 

北上「おい、大井」

 

大井(もう、どうすれば…私だけじゃ助けられないのはわかってるのに、姉さん達が苦しんでるのに、木曾が寂しがってるのに、私は何もできない…!)

 

肩を突き飛ばされる

 

北上「無視すんなって…鬱陶しいな…!」

 

大井「…北上……さん、別に無視してた訳では…」

 

北上「お前の報告待ちなんだけど、さっさと仕事済ませてくれない?」

 

大井「……」

 

北上「なんか言いなよ、アンタのせいであたしまで面倒な作業して…」

 

大井「…そうですか、積み込みは終わりました、すぐに出発する予定なのでもう休んでくださって結構です」

 

北上「…何その態度」

 

大井「……」

 

北上「…大井、なんで泣いて…」

 

大井「…何もわからないくせに…」

 

北上「は?」

 

大井「話は終わりです、さようなら」

 

北上「……意味わかんないって…」

 

 

 

 

 

 

甲板

正規空母 加賀

 

赤城「…東、敵影なし」

 

加賀「南、敵影ありません」

 

鳳翔「……南東、敵影…有ります…!」

 

加賀「赤城さん、報告に」

 

赤城「わかりました」

 

鳳翔「…えっ」

 

加賀「どうしました」

 

鳳翔「…彩雲が、落とされました…それも、全ての機体が同時に…かなり離れた距離で…!」

 

加賀(…本命が来た、か…)

 

加賀「私も報告に行きます、鳳翔さん、全力で敵の足止めを、私の艦載機をお預けします、全てを使い切っても構いません」

 

鳳翔「わかっています、できる限り近づけない様努力はしますが…ですが…」

 

加賀「…キタカミさん、今度は本気で私たちを潰しに来ている様ですね」

 

 

 

 

海斗「撤退の指示が出てる、交戦はせずに全速で逃げるよ」

 

加賀「そうですか、よかったです」

 

海斗「でも、そうか…よし、出発を早めないと夕張!放送でみんなに伝えて、加賀も交戦の用意をするように伝えて回ってくれるかな」

 

加賀「勿論です」

 

海斗「……どうなる、と思う?」

 

加賀「…時には犠牲が必要だ、と私は思います」

 

海斗「そうはさせないよ」

 

加賀「キタカミさんたちがいつこの船に追いつくかは分かりませんが、できる限りの足止めはします、それでは」

 

海斗「…頼んだよ」

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 北上

 

北上「何、まだ敵がでてくんの…?」

 

川内「そう、そう言うことだから戦う用意はしておいて、死にたくないならね」

 

北上「…わかった」

 

川内「…なんかあった?」

 

北上「…なんでさ」

 

川内「いつもなら舌打ちでもしそうな場面で素直に言うこと聞いてくれたから」

 

北上「みんなあたしをなんだと思って…」

 

川内「大井?」

 

北上「いや…それは…」

 

川内「まだ戦うまでは時間あるだろうし…モヤモヤは解消できると思うけど」

 

北上「…別に解消する必要なんて」

 

川内「仲良くしたいんじゃなかったの?」

 

北上「そんな事言ってないし」

 

川内「…子供みたいなこと言って拗ねてたら取り返しつかないよ?」

 

北上「……」

 

川内「今から忙しくなるし、話聞けなくなるけど、どうする?」

 

北上「…入って」

 

川内「お邪魔しますっと」

 

 

 

北上「…まあ、それで無視されてると思ってさ…あたしも悪かったなとは思うけど…そんなに強く押したつもりは…打ちどころ悪かったのかな…」

 

川内(なんというか、急にナヨナヨしてめんどくさいなぁ…)

 

川内「大井は姉妹の事を気にしてるだけなんだよ」

 

北上「…木曾、だっけ」

 

川内「それだけじゃない、上の姉妹の事も気にしてるはずだし…ボーッとしてたのも、泣いてたのも、そっちが理由だと思うけど」

 

北上「……」

 

川内「北上は木曾とか、球磨とか多摩の事気にした事ある?自分じゃないキタカミとかさぁ」

 

北上「…あるわけないじゃん、居ないやつのことなんて」

 

川内「…それじゃダメだよ、本当に大井と仲良くなりたいなら絶対に」

 

北上「居ないやつの事なんて知らないし、大井の気持ちなんてわかる訳…」

 

川内「わかるでしょ、1人の辛さなら」

 

北上「……」

 

川内「伊達にボッチやってないでしょ、ならわかると思うけど」

 

北上「…ボッチ…」

 

川内「違った?宿毛湾でも浮いてるように見えたんだけど」

 

北上「否定は、できないのかな…」

 

川内「…ま、変わろうとしてるなら良いんだけどさ…大井とどうなりたいの?友達?姉妹?」

 

北上「…大井の姉妹は別に…」

 

川内「7駆の連中見なよ、誰かが2人いても姉妹として正常に機能してるんだから何も問題ないの、北上のそれはただ逃げてるだけ」

 

北上「……」

 

川内「っと、そろそろ戻らないとやばいかな…とにかく、姉妹になりたいなら…木曾とか、他の姉妹ともそうなら、その覚悟…ちゃんと持ちなよ」

 

北上「…覚悟…」

 

 

 

 

 

 

 

 

海上

キタカミ

 

キタカミ「…見ぃ〜つけた…」

 

匂いが、鼻につく

 

キタカミ「方位フタナナマル…いいねぇ…」

 

隠し球に、火をつける

 

キタカミ「…みんな、こっちに…みんなを…!」

 

 

 

 

甲板

神通

 

神通「…あれ、は…マズイ…魚雷!行きますよ那珂ちゃん!」

 

那珂「えっ!?飛び降りるの!?」

 

神通「早く!」

 

那珂「もーー!」

 

神通(この魚雷は…!)

 

海面に着地する

 

神通「なんとしてもここで止めます!あの魚雷は艦娘の艤装じゃない!」

 

那珂「暗くて見えないんだけど!?」

 

神通「三本来てます!とにかく止めないと!」

 

槍を組み立て、放つ

普段の砲雷撃戦とは比較にならない巨大な水柱が上がる

 

那珂「嘘…!これ、当たったら一発で…!」

 

アオボノ『神通さん、何が起きてるんですか』

 

神通「敵の攻撃です!防ぎきれなければあと30秒で被雷します!」

 

神通(と言っても、止める手段は今使い切った…魚雷の位置が深すぎて砲撃はあまり意味をなさない…どうする…!)

 

長門「魚雷の位置を教えてくれ!私が撃つ!」

 

甲板から長門が叫ぶ

 

神通「探照灯で照らします!とにかくその位置を撃って!」

 

長門「照らしてるのはわかるが…どこだ、見えない…!クソッ!当たれ!!」

 

砲撃を何発も撃ち込むが、命中はしない

 

神通(お願い…当たって…!)

 

長門「頼む!当たれ!」

 

魚雷のすぐそばに着弾し、進路がズレる

 

神通(逸れた!)

 

神通「長門さん!次!」

 

長門「何!?今のは!」

 

神通「良いから早く!」

 

長門「…どうにでもなれ!」

 

神通(…当たって!)

 

那珂「これ当たってないよね!?」

 

長門「クソ!何処だ!」

 

神通「…長門さん!私を狙ってください!」

 

長門「頼む!」

 

神通(…狙え、研ぎ澄ませ…!)

 

こちらに向かって飛んできた砲撃を足刀蹴りで無理矢理水中に叩き込む

 

神通(重すぎる…!骨が…!)

 

神通「…当たれぇぇっ!」

 

那珂「!当たった!」

 

魚雷の爆発の直前に那珂ちゃんに襟を掴まれ爆発範囲から離脱する

 

神通「…助かりました、那珂ちゃん、ありがと…」

 

お礼を言い切る前に先程逸らした魚雷がすぐそばで水柱を上げる

 

那珂「嘘!?何に当たったの!」

 

長門「が、うわァァァッ!?」

 

衝撃で長門さんが落ちてくる

 

神通「長門さん!大丈夫ですか!」

 

長門「……ダメだ、動けない…船の中のみんなは…」

 

アオボノ「無事ですよ」

 

那珂「えっ、今飛び降りてきた?大丈夫?!」

 

アオボノ「あなた達もやってのけてる事でしょう…長門さん、良く生きてましたね、急いで戻りましょう、神通さんも立てませんよね、艤装にワイヤーをかけます」

 

神通「お手柔らかに…」

 

長門「ぐっ、ああぁぁっ!痛い!待ってくれ!もっと優しく引き上げてくれ!」

 

神通「自重が痛い…!」

 

那珂「船に被害は無いの?」

 

アオボノ「今調査中です、ですが流石という他ありませんね、的確なタイミングで爆発するようにセットされていたおかげで無傷はあり得ないでしょう」

 

那珂「…そんな…」

 

神通「っ〜…痛い…」

 

アオボノ「一度私たちも上がりますよ、おそらく30分以内に追いつかれます」

 

那珂「うん…でも、このままじゃ夜戦になるね…」

 

アオボノ「川内さんは?」

 

那珂「…戦えるけど、動きは落ちるかな…でも、神通姉さんがこれじゃ…」

 

アオボノ「あなた達川内型がこの船を守る全戦力だと思ってるなら大間違いです、しかし…いや、やるしかないか」

 

川内「じ、じじじ神通!無事!?生きてる!?」

 

神通「姉さん痛いです!やめてください!」

 

川内「神通が死んじゃう!誰か早くきて!」

 

アオボノ「……川内さんは微塵も使い物になりませんね、なんとか朝まで持たせないと」

 

那珂「うん…そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

海上

キタカミ

 

キタカミ「ちぇっ、ハズレかぁ……っと…まさか、1番手に出てくるとは思わなかったなぁ」

 

焦げ臭い匂い

血の匂い

肌がピリつく…

 

キタカミ「…思ったより、強かったんだ、知らなかったよ、天龍」

 

日向「…僭越ながら、全力でお相手させて頂きます」

 

キタカミ「艤装、ボロボロに見えるけど?本気でやるつもり?」

 

日向「天龍よりはまだマシな動きができますので…」

 

キタカミ「手負いのケモノって感じだねぇ…っていうか、日向の艤装なんて…」

 

日向「私は、過去に一度沈んでいます」

 

キタカミ「そうだったねぇ」

 

日向「沈む前は…戦艦でした」

 

キタカミ「…ああ、そゆことか」

 

日向「……過去に縋る姿は無様な物ですが…私は、日向としての誇りを捨てていません、日向としてなら誰よりも強い」

 

キタカミ「あの天龍がそこまで言えるなんてねぇ」

 

生きている手法が全てこちらを向く

 

日向「…申し訳ありませんが、死んでいただきます」

 

斉射

 

キタカミ(流石に撃ち落としきれないし…狙いもバラしてて…これはキツイな…!)

 

日向「…かわされた…」

 

キタカミ「本当に強いとは思わなかったよ、何、随分とやるけど…どうしたのさ、本当に」

 

日向「……天龍として生きていた時…私のせいで嫌なジンクスが生まれてしまったと聞いた時、ショックでした」

 

キタカミ「…ジンクス?」

 

日向「練度が90を超えると、沈む」

 

キタカミ「…へー…あれ天龍から始まったんだ?」

 

日向「そのようで、私ももう一切の油断なく…戦わせて頂きます」

 

キタカミ(…大破した戦艦だ、弱い部分なんて露出しまくってんのに…狙えないな…撃ったら相討ちになるイメージしか湧かない…)

 

日向(…これでいい、このまま…時間を稼ぐ…!)

 

キタカミ(…となれば…こうするしかない…か)

 

天龍の背後から木曾が飛び出す

 

チ級「バァッ!!」

 

日向「なっ…!」

 

キタカミ「狡い手で悪いね」

 

意識が一瞬木曾の方に向いた瞬間に撃ち込む

 

日向「しまっ…た…!」

 

慌てて艤装を切り離すものの艤装の爆発に巻き込まれ、天龍が吹き飛ぶ

 

日向「ゴホッ…こんな…」

 

チ級「サァテ、タップリ返シヲシテヤラネェトナァ?」

 

日向「島風さん!」

 

島風「やあぁぁぁっ!」

 

キタカミ「はやっ…」

 

ものすごい勢いで接近してきた島風がそのまま木曾にタックルする

 

チ級「ッ!?ッデェェェッ!何シヤガル!」

 

天龍「艤装交換良し…島風さん、微力ながら援護します!」

 

島風「はい!」

 

キタカミ「……島風、そんなとこにいないでさ、こっち来なよ」

 

島風「キタカミさん…今のキタカミさんは間違ってるよ…」

 

キタカミ「…あー、もういいや、そういうこと言うくらいなら…もういい、沈めるから」

 

天龍「かつての仲間をですか」

 

キタカミ「今でも仲間だよ、だから一緒にいたい」

 

島風「おかしいよ!それならこっちに戻ってくれば良いのに…」

 

キタカミ「…深海なら、辛い事もないんだ、みんながいる…」

 

天龍「今が辛くないとでも」

 

キタカミ「そうだよ?幸せだから、こっに…」

 

単装砲を島風に向ける

 

島風「連装砲ちゃん!展開!行くよ!」

 

3体の連装砲が広がりながら突撃してくる

 

天龍「キタカミさん、今ならまだ戻れます、きっと…!」

 

天龍の砲撃を撃ち落とし、もう一度単装砲を向け、引き金に指をかける

 

島風「全速!」

 

引き金を引いた

のに、島風に当たらない

 

キタカミ「…なんで当たんない…いや、加速して…」

 

島風「砲撃開始!」

 

取り囲むように配置された連装砲からの砲撃をかわしながら反撃する

 

島風「いける…!」

 

キタカミ「っ…?」

 

キタカミ(今、斬られて…)

 

キタカミ「か…っ…!」

 

キタカミ(さっきと反対の方向から…何が…いや、連装砲か…!連装砲を軸に急旋回してるからスピードを殺さずに…)

 

すれ違いざまに斬撃

浅い傷がどんどん深くなる

 

キタカミ「…なるほどねぇ…前やってた事のオマージュか」

 

島風「この速さには、誰もついてこれない!」

 

キタカミ(だろうねぇ、何キロ出てんのさ…150…200とか、もっと?)

 

島風「まだいける…!もっと速くなれる…!」

 

蒼い火花を纏いながら斬りつけてくる

 

キタカミ「かはっ…あーもう、調子乗ってくれちゃって…」

 

島風「やあぁぁぁっ!」

 

キタカミ「……まあ、ついて行く必要なんて微塵もないんだけどね、待てば来るんだし」

 

天龍「!不味い、島風さん!離脱してください!」

 

キタカミ「無理無理、こんな速度で移動してたら急には止まんないよ」

 

単装砲を振る

腕が吹き飛ぶような衝撃…

 

島風「へぶっ!?」

 

キタカミ「つーかまえた…っと…そんな直線的な動きで煙に巻からと思ってた?…馬鹿にしてんなよクソガキ」

 

胸ぐらを掴み、持ち上げて単装砲を突きつける

 

島風「…っあ…」

 

天龍「島風さん!今助けます!」

 

チ級「オイオイオイ!俺ヲ忘レテナイカ!?」

 

キタカミ「んじゃ、まずは2人かな…」



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追撃戦

海上 

キタカミ

 

キタカミ「…この匂い…」

 

島風に突きつけた単装砲を引いて飛び退く

ドラム缶が派手な音を立てて海に落ちる

 

曙「んー、いい勘してるわね、もしかして匂いでも漏れた?」

 

キタカミ「……」

 

ドラム缶を撃つ

中に入った燃料に引火し爆発が起き、海が燃える

 

島風「うわっ!?火に囲まれちゃったんだけど!」

 

曙「島風、アンタが蒸し焼きになる前に終わらせてあげるから、待ってなさい」

 

島風「すでにサウナ…!」

 

キタカミ「私に勝つつもり…って事か、確かに私もあの時よりできることは減ったよねぇ、単装砲一本だし?」

 

曙「冗談、その単装砲が1番やばいんでしょ」

 

キタカミ「……死ぬつもりは?」

 

曙「無いわ、キタカミ、本気でみんなを深海に連れて行くつもりなの、もしそうなら…」

 

キタカミ「だとしたら?」

 

曙「アンタは敵になった、今、確実にね…イムヤも翔鶴もこっちにいる、アンタが深海にこだわる理由は…」

 

キタカミ「…姉妹が深海に囚われたらわかるんじゃ無い?それに、これは救済だから」

 

曙「人殺しの何が救済なのよ…!」

 

キタカミ「…人殺し…人殺しかぁ…あはは、そうかもねぇ…今は、わかんないかもねぇ…こっち来ればわかるのに…」

 

深海棲艦が浮上してくる

 

キタカミ「やっていいよ」

 

曙「へぇ…サシでやる気はないの?ビビってる?」

 

キタカミ「…かもねぇ」

 

曙「そんな腰抜けに…このアタシが負けるわけ無いでしょうが!」

 

海面を炎が走り深海棲艦を捉える

 

曙「ハッ!」

 

キタカミ(燃えた深海棲艦が爆発した?…いや、この匂い…熱気とかで誤魔化されてるけど、微かに火薬の匂いが…炎で見えなかったけど砲撃を召喚してたのか…)

 

曙「捕まえた!」

 

周囲を炎の壁が覆う

 

キタカミ(…器用だなぁ…どうやってんだろ…)

 

キタカミ「これ、意味ないよ?匂いでわかる…アレ」

 

曙「匂う?そりゃあ匂うでしょうね…でも、自分が風上にいたら?そこは上昇気流が起きてる、正確な位置がわかるほど匂いが届くわけがないのよ、こうなればあとは簡単」

 

砲撃が花輪の壁を突き破り飛んでくる

 

キタカミ(…人の体だったら息も吸えないだろうな…さて、問題はどうやって曙の位置を掴むか…)

 

飛んできた砲撃を弾く

 

キタカミ「…そこ、かな…いや、これは一発勝負…」

 

曙(…おかしい、大人しすぎる…抜け出した…?)

 

キタカミ(召喚式の砲撃はどの辺から放たれてるのか分かりづらいんだよねぇ…っと、そろそろ絞って良いかな…)

 

曙「…無抵抗…」

 

キタカミ「んなわけ無いじゃん」

 

炎の壁を撃ち抜く

 

曙「ッ!!」

 

空高く剣が弾き飛ばされ、炎が消える

 

曙「わざと撃たせてた…って訳…!」

 

キタカミ「そゆこと…っぁれ」

 

衝撃とともに体が転がる

 

瑞鳳「久方ぶりにすみません、不意打ちで」

 

キタカミ「ったた…曙も時間稼ぎ狙いだったわけね…ハイハイ」

 

曙が落ちてきた短剣を受け止める

 

曙「まあ、犠牲を出すわけにはいかないしね」

 

瑞鳳「…私、向こうやる」

 

チ級「ット、遊ンデクレルノカァ?」

 

瑞鳳「…だって、本命が来たし」

 

アオボノ「お久しぶりです、良い夜ですね」

 

キタカミ「…ちぇっ、面倒なのが来ちゃったか…」

 

アオボノ「どう?曙」

 

曙「…なんていうか…相変わらず…いや、前より…って感じかな」

 

キタカミ「当たり前じゃん、深海なんてやる事ないし、それに曙に言われてからさぁ…ずっと勝つことだけを考えてた」

 

アオボノ「…成る程」

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

曙「行くわよ!」

 

アオボノ「わかってる、合わせなさい」

 

キタカミ「…少し涼しくなってきたなぁ…夜は空気が冷えるねぇ…」

 

狙いを定めて砲弾を撃ち込む

それをいとも簡単にかわし、砲撃を返してくる

 

アオボノ「…この違和感…嫌ね」

 

曙「…本当に、何、この違和感…」

 

キタカミ「……」

 

キタカミの視線がブレる

一瞬、私たちの間を通り抜け…

 

曙「背後!」

 

アオボノ「任せたわよ…!」

 

振り返り飛び出してきた戦艦級に砲撃を撃ち込む

 

曙(よりによって戦艦…!しかもゼロ距離…なら!)

 

大盾のような艤装を蹴り上を取る

 

曙「酷い事するけど、勘弁しなさいよ!」

 

剣を突き立て、体重をかけて真っ二つに割く

 

ル級「ガァァァッ!ポッゴポッ!」

 

キタカミ「本当にひどいなぁ、元人間だってわかってる?」

 

曙「それを操って戦わせてるアンタも、それを躊躇いなく殺す私も、何も変わらないわ」

 

キタカミ「そうかもねぇ…じゃ、とことん堕ちようか」

 

アオボノ(…駆逐級がこんなに…!)

 

10体ほどの駆逐級が周囲を囲むように浮上してくる

 

曙(ひっきりなしに…まさかまだ下にいるんじゃ…!)

 

キタカミ「ちょ〜っと…本気を見せてあげようかな」

 

アオボノ「何をするつもりかは知りませんが…」

 

曙「この程度、数にもならないっての…!」

 

駆逐級を砲撃で沈める

 

キタカミ「ま、いいけどさぁ…」

 

駆逐級の斉射に合わせてキタカミが砲撃を放つ

 

アオボノ(…被弾コースゼロ、動きを制限しに来たか…!)

 

曙(明らかに当たるコースじゃない、問題無い!)

 

島風「違う!避けて!」

 

金属がぶつかる音が周囲に響く

 

アオボノ「かはっ…!?」

 

曙「ぅあっ…!あぐっ…!?」

 

曙(なんで…何発も…!まさか…)

 

アオボノ「…島風さん!見えていましたか!?今、どっちでしたか!」

 

島風「ど、どっちって…」

 

アオボノ「キタカミさんが合わせたんですか!?それとも周りの雑魚ですか!」

 

曙「…全部ぶつけて軌道を変えた…って事か…一発で?そんな事…」

 

キタカミ「できちゃったもんはしゃーないよねぇ、まあ、まっすぐは飛ばないけどさ、横回転したり縦回転したり…そのせいでダメージは小さいみたいだし?」

 

曙(確かに、複数発くらったにしても軽症、貫通力も落ちてるおかげで決定打にはなってないのは……助かったけど)

 

アオボノ(死角を作ったら嬲り殺しにされる…!)

 

島風「…ようやく火が消えた…私も!」

 

アオボノ「島風さんは撤退!」

 

アオボノ(誰なら…誰ならこの状況を壊せる…)

 

島風「えっ」

 

アオボノ「急いで!ここだけで戦闘が起きてるわけじゃ無いんです!」

 

島風「りょ、了解!」

 

キタカミ(そう、もう頭が回らない、何も考えられない…だから…)

 

曙「来るわよ!」

 

キタカミの砲の先を視線で追い、放たれた砲弾だけに目が奪われる

 

曙(こっちじゃない、なら私は周りを潰す!)

 

アオボノ(防げる…この程度!)

 

砲弾が弾かれる音

 

アオボノ「…え…もう一発…」

 

弾かれた弾の裏から別の弾

かわす余裕も何もなく、直撃する

 

曙「曙!」

 

血が空中に振り撒かれながら水面に倒れる

 

キタカミ「これがホントの隠し弾ってね…頭が働かない時だからこそ、こんな手が一番良く効く…特に、アンタみたいなのにはね、曙」

 

アオボノ「ぅぁ、ぐ…こんな…この程度で!」

 

キタカミ(頭に血が昇ったら…終わりだねぇ)

 

アオボノ(落ち着け!考えろ!…ここは、まだ被害を出すな!ここで被害を出すのは負けだ、ここは…やるしか無い、私が…)

 

アオボノ「…曙!こっち来て…」

 

曙「…わかった」

 

アオボノ「…撤退、キタカミさんとここで戦うのはやめて、アンタ達だけで退きなさい…!」

 

曙(…怒鳴ってやりたいところだけど…私達を回収するために船の航行速度は落ちてる、今頃別の深海棲艦が船を襲撃してるはず…となればここで時間をかけるのは間違い…)

 

アオボノ「考えるのは、アンタには向いてない…大人しく戻って、時間は稼ぐ…」

 

曙「…戻るつもりは」

 

アオボノ「もはや無いわ、所詮操られる身よ…ここで…っが…」

 

曙「何、どうしたの…」

 

アオボノ「…あ…AIDAが…私の意識…!」

 

曙「…っぁ…?…何、これ…」

 

頭に、やらなければいけない事が浮かぶ様な…

 

 

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ(…違う…私は…何にも支配されるものか…!私を支配できるのは私だけ!)

 

アオボノ「全員に通達…よく、耳を澄まして聴きなさい…周囲の敵を撃滅後、速やかに…日本に戻りなさい」

 

キタカミ「…何…今、何したの」

 

曙「…曙…」

 

アオボノ「今、恐らく全員が…AIDAによる意思の上書きを実行された」

 

息を大きく吸い込み、吐く

 

アオボノ(もし、そうなら…みんなの意識はハッキリしてない、操られてるロボットだ…それなら私が主導権を取れば良い…)

 

キタカミ「何したのか、って聞いたんだけど」

 

アオボノ「…感覚の肥大…それに限りなく近いもの…」

 

キタカミ(…私の嗅覚みたいなの…か…そういえば、再誕は何を…)

 

アオボノ「私は、平たく言えば無意識に語りかける…」

 

曙が呆然とした顔で撤退を始める

 

アオボノ「私の言うことは、絶対です…」

 

キタカミ「…私には効かなかったみたいだけど」

 

アオボノ「AIDAによる意志の上書きの影響です、今曙達…いえ、艦娘システムの支配下にある全員の意識は私が支配できるレベルまで落ちた」

 

キタカミ「……それで?1人でやるつもり?」

 

アオボノ「それよりも、貴方…今ようやくわかりましたが…またですか、また、AIDAを支配してるんですか?」

 

キタカミ「ああ、バレた?そう、前と何も変わらない、私の思考を肩代わりさせてる」

 

アオボノ(…角度の計算とか、そう言うのも含めて全部機械がやってる様なものか…だからありえない攻撃を可能にしてる…人間コンピューター…しかも、支配から抜け出してるから意志の上書きすらも…)

 

キタカミ「本当にみんな逃げ出しちゃってまあ…さて、これ以上逃げられる前に追いかけますか」

 

アオボノ「許すとでも…」

 

キタカミ「許させるんだよ」

 

 

 

 

 

艦内

川内

 

川内「ちょっと!みんなどうしたの!?」

 

那珂「姉さん、向こうも見てきたけど…みんなおかしくなってるよ…!」

 

虚な表情で敵機を落とし、撤退を支援する…

みんながおかしい、正常なのは僅か…

 

川内(…いや…これ、AIDAのせいだ…さっきの曙の無線も違和感あったけど…)

 

イムヤ「あ、川内さん!」

 

川内「…そっちも…?」

 

イムヤは首を横に振る

 

イムヤ「ダメ、もうみんな本当におかしくなってて…喋りかけても反応しないし…機械みたいに…」

 

瑞鳳「ここに居た、みんな、撤退の支援して」

 

川内「…マトモっぽいけど、何か知ってる…よね?」

 

瑞鳳「曙が殿をしてる、だから私達は一刻も早く逃げなきゃいけない」

 

那珂「助けたほうがいいんじゃ…」

 

瑞鳳「みんなもう船に戻ったの、残ってるのは曙1人…っと、青い方ね」

 

イムヤ「…そんな…」

 

瑞鳳「…いつやられてもおかしく無い、とにかく今は逃げるよ、作戦自体は成功って形で終わってるんだから」

 

那珂「そうだ、提督達は…!」

 

イムヤ「……」

 

川内「とにかくそっちに確認を取りに行こう…イムヤ?」

 

イムヤ「私なら助けに行ける!」

 

イムヤが走って出ていく

 

川内「ちょっ…だ、誰か止めて!」

 

那珂「と、飛び込んだよ…?えっ、本当に行ったの…」

 

瑞鳳「……どうするのこれ…どんどん収集つかなく…」

 

川内「あーもう!とにかく指示仰ごう!」

 

瑞鳳「……」

 

 

 

 

 

 

艦内

提督 倉持海斗

 

海斗「…そんな…」

 

度会「航行速度は上がっている、戻れる部隊を編成して送り出したとしても…一時間は掛かるだろう」

 

川内「何で情報がそっちに行ってないの!?」

 

海斗「本土から緊急の連絡で…横須賀に深海棲艦が押しかけてるから使える戦力を回さないか…って言われて、編成を…だけどさっき誤報だったって…」

 

亮「ああ、ヤケに色んな指示が来てこっちも釘付けにされてた…多分AIDAでコントロールしてるのに気づくのを遅らせるためだろうが…」

 

川内「最悪…!」

 

那珂「大本営も何したいかわかんないけど…あーもう!どうすればいいの!?」

 

海斗(…曙だったとしても、相手はキタカミ…無事な訳がない、イムヤが助けられるのかも…もし間に合ったとしても逃げ切れるのかも…)

 

瑞鳳「大人しく、帰投するしかない」

 

海斗「…そうだね」

 

川内「…見捨てる、って事…だよね、それ」

 

亮「そうなるな…」

 

那珂「…本当に、戻らないの…?」

 

瑞鳳「馬鹿言わないで、ここにいる全員が死ぬリスクをたった2人のために追えない、それにもう手遅れかもしれない、私達は助けに行かないんじゃない、行けないの」

 

那珂「安否すらも確認できないの…?」

 

海斗「さっきから通信を試みてはいるけど、反応は無いよ…」

 

瑞鳳「もし生きてたとしても、反応なんかできない…だとしても、わかる?曙は助けを求めてないの」

 

那珂「……」

 

度会「瑞鳳、やめろ」

 

瑞鳳「…追っ手が来てないか見てきます」

 

川内「……曙なら、無事に帰って来そうだけどさ…」

 

海斗「……」

 

川内「自分が見捨てた事、忘れちゃダメだよ」

 

亮「川内、やめろ」

 

海斗「…いや、川内さんが正しいよ、僕は…自分で納得できない判断をした」

 

亮「…常に全員が助かるわけじゃない…って事だろ」

 

海斗「……燃料と弾薬を一部海に流して、もし逃げ延びたとしても…燃料がないと帰れないから」

 

亮「川内、那珂、行くぞ」

 

 

 

 

 

海上

キタカミ

 

アオボノ「かひゅっ…ぁが…!」

 

キタカミ「まだ、立つんだ」

 

アオボノ「アハ…ハハハ…アハハハハハハ!!」

 

キタカミ「なんで立つんだよ、意味わかんないわ」

 

アオボノ「私がここで倒れて仕舞えば貴方は提督達に追いついてしまう!それなら私は…ここで全員捻じ伏せるまで!」

 

キタカミ「…自分で言ったんでしょ、守るものがある奴は弱い…って…私に勝てるわけないじゃん」

 

アオボノ「ええ、ですが……アハっ…守るものがある相手を折ることが簡単にできる、と?…貴方が1番よく知ってると思いましたけど…」

 

キタカミ「…知ってたよ…でも、そんなの…もう…いいや、行け!」

 

深海棲艦が曙を無視して船を追う

 

アオボノ「舐めるな」

 

撃ち砕かれ、海の藻屑と化す

 

アオボノ「……ほら、キタカミさん……私はまだ立っていますよ、こんなに弱った私は…まだ貴方と対峙している…早く私を折って見せてください」

 

キタカミ「…巫山戯るな、アタシは…!」

 

砲を構え、放つ

 

アオボノ「そうです!貴方の相手はここです…!」

 

キタカミ「二人係で手も脚も出なかったくせに…!」

 

なんでこんなに強い、なんでこんなに…折れない…

 

キタカミ「なんで…!」

 

アオボノ「…一匹たりとも、通すか」

 

砲撃戦をしながらこの場から離れようとした敵を見逃さず、全て排除する…

 

バチバチと音を立てて曙の周囲に火花が散る

 

アオボノ「まだ、まだ昇華する…!私は貴方を倒すためでは無い……守るために強くなる」

 

キタカミ「この前言ってたことと違うじゃん、それ…!」

 

アオボノ「貴方の刃は私の刃を斬り裂くほど鋭かった…!」

 

キタカミ「意味わかんないっての!」

 

アオボノ「貴方の技術は私を遥かに越えていた…だから私は貴方を追いかけた…追い続けて…研ぎ澄ました刃は今、貴方を捉えるかもしれない」

 

チ級「ウルッセェンダヨ!」

 

木曾が曙に向かって斬り込み、刀を突き刺す

 

アオボノ「かッ…!」

 

チ級「限界ミタイダナァ!」

 

アオボノ「ハッ……ハハハ…!良い、盾が来ましたね…!」

 

チ級「ア…?ガァァァァッ!?」

 

木曾の顔面を曙が掴む、火花が集約し木曾の頭部が蒼い炎で燃える

 

キタカミ「…それは…」

 

アオボノ「なんで私にも使えるのか……もはや全くわかりませんが…ハハハ…ああ、これなら…貴方達を全滅させることもできるでしょう…!さて、キタカミさんは妹の肉壁を撃てますか?」

 

キタカミ「舐めんな…絶対に…殺す」

 

アオボノ「とうとう言いましたね、貴方はやはり救済なんかしていない、自分の殺意に身を任せているだけ…!」

 

キタカミ「黙れ!」

 

アオボノ「…そうですね、もう、喋る気力も…ぁれ…」

 

曙の姿が沈む様に消える

 

キタカミ「消えた…?沈んだ…倒した…?違う、誰かが…イムヤか…」

 

キタカミ(イムヤまで…イムヤまで私の敵に…みんな、みんななんで…)

 

キタカミ「…もう、いいや」

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

重巡洋艦 青葉

 

青葉「おはようございます」

 

天津風「おはようございます…今日だっけ、みんな帰ってくるの…」

 

満潮「昨日の夕方に出発したらしいから…遅くても今日中に…早ければお昼ごろに着くらしいけど…」

 

如月「じゃあお昼ご飯でも作って待ってない?カレーなら晩御飯にもできるし、良いと思うの!」

 

青葉「…そうですね、そうしましょうか」

 

青葉(…あれ、この紙なんだろ…)

 

机の上にあるメモを拾い上げる

 

青葉(…綾波さんから…か…すごい長い謝罪文…また暫く会えないですね…あれ?)

 

天津風「青葉さん、どうかした…?」

 

青葉「…いえ、なんでもありません…早く用意しちゃいましょう」

 

満潮「そうね…カレー、何かこだわりとかある?」

 

青葉「カレーにうるさい人は…ウチは曙さんくらいで…」

 

満潮「カレーならなんでも良いんじゃないの?あの人」

 

如月「あ、辛さは…」

 

天津風「辛さなんてあるの?カレーはわかるけど…うーん?」

 

青葉「辛さごとに担当を分けましょうか…甘口、中辛、激辛で…」

 

如月「え?あの…辛口は…」

 

青葉「…天津風さん、作れますか…」

 

満潮「な、なんでそんな覚悟決めた顔して…」

 

天津風「作り方は知らないんだけど…」

 

青葉「…激辛は2人前でいいとして…辛口はどのくらい…と言うかここの調理場でやったらどのみち犠牲者が…ガスマスクってどこにありましたっけ…?」

 

満潮「え、何するつもり…?」

 

青葉「…一航戦のお二人様のカレーを…」

 

如月「あのー…特殊なカラーに関しては自分でアレンジして貰えば…」

 

青葉「…そう、そうですね!」

 

天津風(作りたかったわけじゃなかったのね…)

 

満潮「…ま、まあ、無理してする様な事じゃないし…」

 

青葉(…死は免れました…)

 

満潮「とりあえず甘口と中辛だけにしてトッピングとか充実させてみない?」

 

如月「いいわね!そうしましょ!」

 

青葉「それと、海での活動続きですから先にお風呂に入る人もいるかも…天津風ちゃん、私と先にお風呂の準備にいきましょうか」

 

天津風「わかったわ、でも2人で終わるかしら…」

 

満潮「ま、煮込み時間は1人に任せてもいいだろうし、3人でやれば流石にお昼には間に合うわ」

 

青葉「では…急いで始めましょうか!」

 

 

 

 

 

 

 

特務部 研究所

駆逐艦 綾波

 

綾波(…戻るんじゃなかったですね、もうコレは全てバレている…監視の目が厳しい…)

 

いつも以上の監視の量、間違い無く疑われている

でも何故バレたのか…それがわからない

 

綾波「…あれ、できた」

 

試験管を一つ持ち上げ、眺める

 

綾波「…もしもし、綾波です、深海棲艦のサンプルを入手できませんか?私的にはこれで人間に戻せる…と思うのですが」

 

綾波(大丈夫…私が使えるうちは処理できない、何も心配は要らない…)

 

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

重巡洋艦 青葉

 

青葉「…遅い、ですね…」

 

天津風「大丈夫なのかしら」

 

満潮「……ねぇ、みんなやられてたりしないわよね…みんな…帰って来るのよね…?」

 

青葉「大丈夫ですよ、曙さんもいるし…みんな強いですから」

 

青葉(それにしたって…もう夕方…連絡もつかないし…)

 

如月「みんな、見えたわよ、船!」

 

青葉「!そうですか…帰ってきましたか…」

 

満潮「…お願い、みんな無事、みんな無事でありますように…!」

 

天津風「……私、お風呂温めてくる」

 

青葉「私は食事の用意をしてきます…」

 

青葉(…全員無事…全員が帰って来てくれれば…)

 

 

 

 

 

満潮「青葉さん、通信に応答したから聞いてきたんだけど…」

 

満潮ちゃんの表情が暗い

 

青葉「…誰が…」

 

満潮「…特務部に行った方の…」

 

青葉「曙さんが…?そんな訳…!」

 

満潮「敵の足止めに残ったって…」

 

青葉(…死亡は確認されてない…なら、きっと…)

 

青葉「…大丈夫、轟沈が確認された訳じゃないなら…きっと大丈夫だから…!」

 

満潮「他のみんなは…帰って来れたって」

 

青葉「……ご飯、用意しましょうか…」

 

満潮「わかったわ」

 

 

 

 

 

 

神奈川 城ヶ島

イムヤ

 

イムヤ「…陸…あと、少しで…」

 

立ち上がれば足がつく、そのくらいの浅瀬まで…ようやく着いた

 

アオボノ「……」

 

イムヤ「…あと少し…あと、少しだけ、耐えて…」

 

気を失った人間は重い、それを連れてここまで休みなく移動し続けた

もう一瞬でも休めば泳ぐ事すら出来なくなるだろう…

 

イムヤ(…ようやく…着く…)

 

砂を掻きながら必死に陸地を目指す

 

何かに両脇を抱えられ、持ち上げられる

 

イムヤ「…え…?」

 

冷や汗が流れた

 

視界をゆっくりと上げる

 

武装した兵士…それも、何人も…

 

イムヤ「…だ、れ…」

 

アオボノ「……」

 

イムヤ(…曙さんへの扱いがヤケに丁重…もしかして、特務部…じゃ、じゃあ.…!)

 

自分の末路を思い浮かべ、血の気が引く

 

イムヤ「い、いや…!離して…!」

 

残された微かな力で抵抗するが、当然振り解くほどの力なんて残っていない

 

イムヤ(誰か…助けて…)

 



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被験体

特務部 研究所

駆逐艦 綾波

 

綾波「……成る程、人にしか見えませんけど、これが深海棲艦ですか」

 

目の前に拘束され、横たわった女性を見る

 

綾波(伊号潜水艦、伊168…現在は所属不明の深海棲艦…か)

 

綾波「そんな訳ないでしょう、これはどうみても人間です、私を揶揄うのはやめて貰えませんか?」

 

数見「検査の結果、深海棲艦と判断した」

 

モニターにかつて自分が取ったものと全く同じデータが表示される

 

綾波(何で、私が取ったデータがここに…!)

 

数見「非検体としては十分、早く試してくれ」

 

綾波(…イムヤさんで、実験をしろ…って事は、これは踏み絵…私がこの人を殺す覚悟を見せなければ…後戻りしないと言う誓いをしなければ…私はここで殺される…もし私がやらなくても、イムヤさんは死ぬ…)

 

ため息をつく動作をしながら周りの兵士を眺める

完全武装して私を取り囲む様に…何人も、よくもまあこんな密室に…

 

綾波「わかりましたよ、やりましょう、その代わり今私に銃を向けてる人達…後でその人達も検体に使います」

 

兵士に躊躇いが見られる

 

綾波(…私は、絶対だ…私は、ここで死ぬ訳にはいかない…)

 

綾波「それで?いつ目を覚ますんですか、この人…寝てる相手をいたぶっても微塵も楽しくないんですけど」

 

   

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

重巡洋艦 青葉

 

青葉「曙さん、無事だったんですか…」

 

海斗「…うん、特務部が保護したって連絡が有った、それとイムヤも」

 

曙「イムヤのことは何か言ってたの」

 

海斗「人型の深海棲艦も見つけたのでサンプルとして確保した…って」

 

青葉「……」

 

海斗「イムヤは艦娘として登録されてない、犠牲者ゼロで作戦は成功だ…って」

 

曙「……ふざけてるわね、そんなの通る訳ないでしょ、今から乗り込むわよ」

 

青葉「ダメです」

 

曙「…何、止めるなんて随分偉くなったじゃない」

 

青葉「絶対、ダメです…今行くのは…みんな疲れてるし、向こうも国の軍隊、内戦になったら悪者は私達…第一に私達特務部の居場所も知りませんよ…」

 

曙「ヘルバに探させればいいでしょ!?」

 

海斗「…ヘルバは手を貸せないって」

 

曙「なんでよ!」

 

海斗「リスクとリターンが見合ってないって言ってたよ、残念だけどヘルバは頼れない」

 

曙「…アタシがなんでもやる、だからヘルバを動かしてよ!納得するだけの何かをやってみせるから!」

 

海斗「……」

 

曙「なんとか言いなさいよ!このクソ提督!」

 

曙さんが胸ぐらを掴んで引き寄せる

 

青葉「やめてください…!さっきな話聞いてましたか?私達全員が国を追われるんですよ!」

 

曙「…だから、見殺しにしろって?」

 

青葉「…それは…でも、曙さんが言ってる事はみんなを危険な目に合わせるだけです!」

 

曙「仲間の命がかかってんのに…そんなにあっさり諦めがつく訳ないでしょ…!」

 

青葉「それはそうですけど…」

 

海斗「曙、ダメだ…」

 

曙「アンタも…なんで諦められるのよ!」

 

海斗「諦めたくなんかない!だけど…」

 

曙「アンタのその態度が諦めてるって言うのよ…!」

 

青葉「やめてください!曙さんはみんなを犠牲にしてまでイムヤさんを助けたいんですか!?」

 

曙「そう言う話じゃないでしょうが!」

 

青葉「そうなるから言ってるんです…!特務部は私たちより重要な国の機関、それに敵対してしまえばどうなるか、もう何回も言ってます!」

 

曙「…じゃあ、イムヤは…イムヤはどうなるのよ…」

 

青葉「……」

 

曙「アンタもなんとか言いなさいよ!カイト!」

 

海斗「…イムヤを助けに行く事は…許可できない、僕達には…何もできないんだ…」

 

曙「……アンタ達は正しいんだと思う、だけど…間違ってるわ」

 

海斗「……」

 

目を逸らすことしかできない

 

曙「アタシ、泊地抜けるから」

 

青葉「1人でやるつもりですか…」

 

曙「何、参加するならいくらでも受け付け…かっ…ぁ…ああアァァァァッ!?」

 

体を震わせ、頭を押さえ、倒れ込む

 

海斗「曙!青葉、夕張を!」

 

青葉「は、はい!」

 

曙「あ、頭が…ぁが…」

 

青葉(綾波さんは思考すら筒抜けだって言ってた…反逆の意思がバレて…!)

 

 

 

 

青葉「夕張さん!」

 

夕張「むぐっ!?…な、何!?今私達お昼を…」

 

神通「急用みたいですけど…」

 

長門「行った方がいいんじゃないのか?」

 

青葉「急患です!来てください!」

 

夕張「…私のごつ盛り焼きそばぁ…」

 

長門「ラップはしておくから、早く行ってきたほうが…」

 

神通「長門さんは腕も折れてるんですから、私が…」

 

長門「神通は立てないだろう…」

 

夕張「ここで食べないと…」

 

青葉「いいから早く!」

 

 

 

夕張「ど、どう言う状況よこれ…」

 

朝潮「騒ぎを聞きつけてきたら暴れ出したので抑えてるんです!山雲、手を緩めないでください…!」

 

山雲「無理〜、力が強いですー…!」

 

青葉(朝潮型のみなさんが総出で抑えなきゃならないほど…?)

 

海斗「…夕張、鎮静剤みたいなものはないかな」

 

夕張「えぇ…流石に持ってきてませんよ、縛り上げて一度医務室まで運びましょうよ…」

 

青葉「取りに行きましょう…縛る時に振り解かれたら大変ですし…」

 

夕張「もー…ほんと…もー…」

 

青葉「私も行きますから…」

 

夕張さんと一緒に薬を取りに行って帰ってきた僅かな間だった

短い時間しか経ってなかったのに…

 

青葉「…嘘…!」

 

夕張「朝潮ちゃん!返事して、朝潮ちゃん!」

 

鉄の匂いが充満して、血が周囲にもべったりで…

 

朝潮「…すいません…死んではいませんが…喋りたくないです…」

 

背中に大きい斬り傷…曙さんが剣を持ち出したって事…

 

青葉「皆さん、致命傷は受けてない…?」

 

山雲「私は〜…結構…浅いです…」

 

夕張「嘘言わない!酷い出血の仕方してるじゃない…なんでこんな事!」

 

青葉「…司令官は!?」

 

朝潮「……曙さんを…追いました…」

 

青葉「行かなきゃ…!」

 

夕張「無理よ!万が一の時どうするつもり!?」

 

青葉「っ……」

 

夕張「待って、今誰か…そうだ、瑞鶴さん!聞こえる!?もし聞こえたら瑞鳳さんに曙ちゃん追う様に言って!骨くらいなら折っていいから!」

 

青葉「き、聞こえてるんですか…?」

 

夕張「絶対聞こえてる、確か今食堂にいるはずだから…大丈夫、止めてくれる、とにかくみんなを医務室に運ぶのを手伝って!」

 

青葉「っ……はい…」

 

 

 

 

食堂

軽空母 瑞鳳

 

瑞鶴「わかったら行くよ!」

 

川内「私達もか…」

 

瑞鳳「……別に探す必要はないけどね」

 

那珂「うん、嫌な味がする…苦い、錆びた鉄の様な…血の味」

 

瑞鳳(すぐそばに居る…しかもこのメチャクチャに血の匂いを振りまいてる感じ…)

 

瑞鳳「川内、殺す気でいかないと怪我するよ」

 

川内「何、ほんとにどうなってんの…?」

 

瑞鶴「AIDAに決まってるでしょ、でも…AIDAの声が少し弱い様な…」

 

川内「とにかく、一回捕縛しよう」

 

食堂の入り口から血まみれの曙が顔を覗かせる

手に未だ血が滴る剣を持って

 

瑞鳳「…タチ悪いことに完全にやる気なんだけど」

 

川内「ここで使われる前に…」

 

川内が立ち上がり歩きながら近寄る

 

川内「やるけど、いいよね」

 

曙「……」

 

曙が剣を順手にもち、川内に突き刺そうとする

 

川内「折っていいんだっけ」

 

川内が曙の手首と肘を掴み自らの膝を押し当てる

嫌な音に瑞鶴が耳を塞ぐ

 

那珂「えっ、今…すごい音したけど…」

 

川内「右腕とりあえず折ったよ、左も良い?」

 

曙「…ぁ…っ」

 

瑞鳳(1番容赦ないじゃん)

 

川内「両腕折って、武器取られて…さて、もう抵抗できないかな」

 

瑞鳳「とりあえず縛ろうか、川内のマフラーと腰巻き使おう」

 

川内「うぇっ…?」

 

瑞鶴「賛成、ロープも何もないしね」

 

川内「血は落とすの大変なんだけどなぁ…」

 

那珂(そこなんだ…)

 

 

 

 

 

医務室

重巡洋艦 青葉

 

青葉「司令官、ご無事で何よりです…」

 

海斗「ごめん、追いかけてたんだけど一撃貰ってその隙に逃げられて…」

 

川内「おーい、賞金首連れてきたよ」

 

夕張「そこ置いといて、今鎮静剤用意してるから!」

 

瑞鳳「…何が起きてるの?」

 

瑞鶴「だからAIDAが操ってるんだって…でも、どんどん声が小さくなってるような…」

 

海斗「夕張、朝潮達は」

 

夕張「見ての通り、命に別状はないですよ、ただ山雲ちゃんは出血が酷すぎますね」

 

朝潮「司令官、情けない姿をお見せしてしまい申し訳ありません…大潮達は軽症でしたので先に戻らせました」

 

山雲「くらくらします〜」

 

海斗「しばらくゆっくり休んでて」

 

朝潮「…はい」

 

曙「…っ…ったああああっ!」

 

夕張「うわっ!抑えてて!」

 

川内「はいはい」

 

曙「触んな!アンタのせいで死ぬ程痛いのよ!」

 

那珂「…意識戻ってる?」

 

曙「……戻ったって言うか、意識自体はあったのよ…なんで、なんでこんなこと…」

 

朝潮「さっさと話せること全部しゃべってください」

 

曙「待って、本当に痛いのよ…少し緩めて、お願いだから…」

 

夕張「絶対緩めないで、なんならもっと痛めつけても良いくらいだし」

 

海斗「…曙、先に君のわかることを教えて」

 

曙「…意識はあった、だけど…反射とかで勝手に体が動くみたいに…勝手に体が動いてたのよ…目線も何かを勝手に追うし、もう…何してたのかわからないし…」

 

朝潮「そんなことが通ると思いますか」

 

曙「事実なのよ…!」

 

瑞鶴「確かにあの時はAIDAがうるさいくらいだったし、信じて良いと思うんだけど、それよりも…曙、アンタ今体に異変は?」

 

曙「…両腕が死ぬほど痛い、治るのに多分2ヶ月くらいかかるんじゃないのこれ…」

 

瑞鶴「それ以外」

 

曙「……お腹減った」

 

那珂「ふざけてる?」

 

曙「操られ始めた時はすごく頭が痛かったけど、今はそんなことないし…他に思いつくこともないわ」

 

瑞鳳「……とりあえず、寝といたら」

 

夕張「ちょっとチクッとするわよ〜」

 

曙「ちょっ!もう正気なの!わかるでしょ!?」

 

那珂「はい動かないでー、痛くないよー」

 

曙「痛い痛い痛い!アンタ腕持つな!」

 

夕張「…よし、と」

 

曙「何注射したのよ!」

 

夕張「催眠鎮静剤…睡眠薬とかだと思って良いから、はいおやすみ〜」

 

曙「…まっ、ちなさ…」

 

川内「…疲れた」

 

海斗「……」

 

青葉「一体…何がどうなって…」

 

夕張「…あれ、ちょっと待って…私もやばいかも…か、考えられな…わかってるのに考えられなく…」

 

那珂「第二ラウンド!?先に縛り上げるよ!」

 

夕張「お願い…あれ…今私、何…?」

 

川内「…夕張、ちょっとキツく縛るよ」

 

夕張「…えっ…な、なんで縛られてんの!?あれ、これどう言う状況!?」

 

瑞鳳「…ふざけてる?」

 

瑞鶴「いや、ほんとに混乱してるみたいだけど…」

 

夕張「待って待って、何?私何かした!?」

 

朝潮「…本当にわからないんですか?」

 

夕張「いや、わからないも何も…あ、違う……お゙ぇ゙…だ、誰か洗面器か袋…」

 

海斗「もうちょっとだけ耐えて」

 

那珂「…ねぇ、何これ、何が起きてるの?」

 

夕張「おえええ…待って、頭おかしくなる…ヤバいんだけど…」

 

川内「とりあえず一回吐いてスッキリしたほうがいいんじゃない」

 

夕張「…そうしたい…」



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逃亡者

特務部 研究所

イムヤ

 

イムヤ「…ぅ……うぅ…?」

 

頭痛を感じながら目を覚ます

起きあがろうにも体が全く動かない

 

 

綾波「ああ、目が覚めました?貴方のために何時間も座りっぱなしで…ほんとに寝るところでしたよ、ははは」

 

イムヤ「…貴方…綾波…って事はここはやっぱり…」

 

綾波「ええ、特務部にようこそ、イムヤさん」

 

イムヤ「…歓迎って雰囲気じゃないわね…なに、この拘束…味方にする事とは思えないけど…」

 

綾波「いいえ、全くもって適当な対応でしょう、深海棲艦相手には」

 

イムヤ「……」

 

綾波「貴方を人間に戻せるか…それとも完全に殺すだけに終わるか、実に楽しみで有意義な実験です」

 

イムヤ「…本気…?」

 

綾波「私だって命懸けなんですよ?だってほら、私グレーな位置ですから…その辺ハッキリさせたかないと」

 

イムヤ「恩とか…そう言うの感じた事ないの…!?」

 

綾波「吹けば消える灯です、私も貴方も…そんなに軽い命で他人の為に犠牲になる、なんとも馬鹿馬鹿しいじゃありませんか」

 

イムヤ「っ…この裏切り者!!」

 

拘束具を外す為に抵抗する

 

綾波「無駄ですよ、動いたら余計に辛いだけです…まあ私はそっちの方が好みですけどね」

 

イムヤ「来ないで!…あぁもう!なんで外れないの!」

 

綾波「ピンチの時に必ず脱出手段がある…と言うのはゲームとか、紛い物の中だけなんですよ、そうですねぇ…とりあえず薬、飲んで見ます?」

 

イムヤ「嫌…!絶対に呑むもんか!」

 

綾波「と言っても無理矢理飲ませるし、飲まなければ注射するんですけどね」

 

イムヤ(どうすれば…諦めちゃダメ、絶対チャンスが…そうだ、曙さんは…)

 

綾波「ああ、貴方今曙さん探しました?」

 

イムヤ「…だとしたら…何」

 

綾波「今、貴方を連れ帰った事で表彰されてますよ、貴方の存在はもうかなりの方面に知られています、人型の深海棲艦として」

 

イムヤ「え…」

 

イムヤ(じゃあ、もしここから逃げられたとしても…)

 

綾波「何一つ、救いなんてものはないんですよ…それでも生きたいですか?ここで人体実験を受けて億に一つを賭けるのも悪くないと思いますよ?」

 

イムヤ(…そうだ、別に私をいたぶろうって話じゃ…でも、ここでもし人間に戻れたとして…みんなが戦いで苦しむのに…ようやく私がみんなの力になり始めたかもしれないのに…)

 

イムヤ「そんなの…ごめんよ…!」

 

綾波「本当に良いんですか、それで」

 

イムヤ「絶対に…私はこんな所で終わるもんか!」

 

片手の拘束具が音を立ててちぎれる

 

イムヤ「嘘…!やった!壊せる!」

 

綾波「っと…誤算ですね、そこまで馬鹿力とは…よっと」

 

綾波が艤装を装着して近寄ってくる

 

綾波「警備兵、ぼさっとしてないで働きなさい」

 

銃を持った兵士が入ってくる

 

イムヤ(…まだ片手がようやく自由になった段階なのに…ここまで何もできなくされて、その上あの笑顔、本当に腹立つ…)

 

綾波「…まあ、片手が動く程度で武器のない人間相手に警備員が何をさせるのか…と言うのはいささか悩みものですね、とりあえず取り押さえてください、早く…念のため全員で」

 

3人係で再びベッドに磔にされる

 

イムヤ「離して!このっ!離せ!」

 

イムヤ(全然振り解けない…!さっきのはただ拘束具が弱ってただけ…?)

 

頭がベッドに打ち付けられる

 

イムヤ「ったぁ……え?」

 

綾波の顔が映る

まるでこちらに降ってくる様に…

 

綾波「よいしょっと…」

 

鈍い音が響き、私を抑えていた兵士が倒れる

 

イムヤ「な、何が…あれ、拘束が解けて…」

 

綾波「早く起き上がってくれますか、置いて行きますよ」

 

イムヤ「な、何、どう言う事!?」

 

綾波「…裏切るんですよ、特務部を」

 

兵士を押しのけてベッドを降りる

 

綾波「ここは7階、大体地上28m、まあ窓がないので飛び降りられませんか…増援が来るまであと30秒程…さて、どうしましょうか」

 

イムヤ「ちょっ…ど、どういう…」

 

綾波「貴方は…とりあえず今は自分の判断に後悔しないようにしていれば良いんですよ」

 

綾波が壁のそばに行き、蹴りの構えを取る

 

イムヤ「ま、まさか…」

 

爆発の様な音ともに壁が崩れ落ちる

真っ暗な空間が先に広がっている

 

綾波「ここ、エレベーターホールの真裏なんですよね、ほら、私に捕まってください、ワイヤーで手をズタズタにしたいなら構いませんけど」

 

イムヤ「え、あ…はい」

 

言われるがままに綾波にしがみつく

 

綾波「…重っ…バランス取れますかね…まぁ死なば諸共、後は野となれ山となれ…」

 

イムヤ「は」

 

綾波が壁の穴から飛び降りる

その綾波にしがみついてる私もそのまま自由落下を余儀なくされる

 

綾波「ぐ…!結構キツイ…」

 

イムヤ「な、なんで壁にひっかかって…こ、これ大丈夫なの!?」

 

綾波「黙ってないと怪我しますよ、えーと……これだ、目を閉じて口を開けておいてください」

 

イムヤ「へ?」

 

次は紛れもない爆発音と共にまた壁に大穴を開ける

 

イムヤ「ロッカールーム…?」

 

綾波「…よし、これ着てください」

 

綾波がロッカーの一つからパーカーを取り出して投げつける

 

イムヤ「ね、ねぇ、どうするつもりなの…」

 

綾波「飛びます、ちゃんとフードかぶってください」

 

イムヤ「と、飛ぶ…」

 

綾波「今は5階まで降りました、なのでここから飛び降ります」

 

イムヤ「…飛び降り…えっ自殺…」

 

綾波「深海棲艦の身体なんですから、耐えてください…このロッカールームの外の窓から一気に飛び出します、良いですね、私に続かないと本当に死にますよ」

 

イムヤ「……もうやだぁ…」

 

綾波が扉を蹴り開ける

 

綾波「早く!」

 

窓ガラスが割れる音がする

 

イムヤ「もおおぉぉぉ!助けてだれかぁぁぁ!」

 

叫びながら飛び出す

 

イムヤ(木!?なにこれ…)

 

綾波「捕まって!」

 

先に木に飛び移っていた綾波に片手を掴まれ、顔面から木に衝突する

 

イムヤ「うぐぁ…」

 

綾波「早くおりますよ!」

 

イムヤ「もうやだぁぁ…」

 

綾波「泣いてないで早く!」

 

 

 

イムヤ「…こ、ここ…普通に都会…」

 

綾波「ぼうっとしてる暇はありません、走りますよ!」

 

イムヤ「ど、どこに!?」

 

綾波「こっち!」

 

周りを見れば知ってるチェーン店やコンビニ…ビルも多い…

こんなオフィス街にあんな施設があって、一通りも多くて、馬鹿みたいに注目集めて…その上こんな大騒ぎを…

 

イムヤ(絶対逃げきれないじゃん…!)

 

綾波「市街地なら撃たれにくい、それに…足はあります」

 

路地裏へと駆け込む

 

イムヤ「ば、バイク…え、免許あるの…?」

 

綾波「そんなの取れるわけないです!いいから早く乗って!」

 

イムヤ「…警察にも追われるやつだ…」

 

綾波「そんなの今更ですよ!」

 

バイクに乗り、信号を避けて街を抜け出す

 

 

 

 

イムヤ「…あ、あのさ…そろそろ聞いていい…」

 

綾波「なんで助けたのか…ですか」

 

イムヤ「そう、それ…」

 

綾波「……あなたが生きたいと言ったから、あなたが死にたくないと言ったから、わたしは命をかけたんです」

 

イムヤ「…メリットかけらもない様に感じるけど」

 

綾波「メリットなんか求めてたら絶対にしません…私は…ただあそこにスパイとして潜入してただけですから」

 

イムヤ「…なるほどね…だから」

 

綾波「でも、これで…全部パァですね…」

 

綾波がポケットからスマホを取り出して遠くに投げ捨てる

 

イムヤ「え?!なにやってんの!」

 

綾波「居場所はとことん隠さないといけない…私達はこれから誰かに会えば…その人達も不幸にする…」

 

イムヤ「……」

 

綾波「私は何回も、確認しましたよイムヤさん…あなたにはその覚悟があるのかと」

 

イムヤ「あれそう言う意味だったの!?」

 

綾波「…ここで海まで行けば貴方だけでも逃げる事はできます、司令官達なら貴方を守ってくれます…どうしますか」

 

イムヤ「…綾波さんはどうするの」

 

綾波「私は逃げ続けます…私は戻るなんてとても…」

 

イムヤ「ずっと1人で戦ってたんでしょ…!?なんで…」

 

綾波「私が戻れば…司令官達に迷惑をかけます、それに私は正しい意味では仲間ではありません…ただ置いてもらっているだけで、その上綾波の事までお願いしてる…私は…絶対戻れない」

 

イムヤ「……もう…道連れね、公衆電話でも探そ…一応連絡入れておきたいし…」

 

綾波「…後悔しても知りませんよや

 

イムヤ「後悔しない選択肢なんて存在しない、私は私がいいと思った道を行く」

 

綾波「…そうですか」

 

イムヤ「…あ、あった!公衆電話!止めて止めて!」

 

綾波「とりあえず止めますけど…泊地の番号わかるんですか?」

 

イムヤ「う……知らない…」

 

綾波「待ってください、私がかけますから……あ」

 

イムヤ「…もしかしてわからない?」

 

綾波「…10円玉、持ってますか」

 

イムヤ「持ってないけど…え、まさか…財布は…」

 

綾波「…私財布持たないんですよ」

 

イムヤ「お金どうしてたの!?」

 

綾波「電子マネーですね」

 

イムヤ「カード類は!?」

 

綾波「携帯に登録してたり…携帯カバーに…」

 

イムヤ「もおぉぉぉぉ!どうすんのよ!」

 

綾波「…後は野となれ山となれ…ガソリンが尽きるまで遠くに逃げましょう、監視カメラなどのある道は事前に調べてあります」

 

イムヤ(そういえば、脱出手段が用意周到だった気がする…目の前が木になってる窓やこのパーカー、バイク…)

 

イムヤ「まさか、最初から全部決めてたの…?」

 

綾波「私は貴方に薬を打つつもりでした…でも、それはしたくなかった…だから貴方がなんて言うのか、それにかけたんです…貴方がもし拒否して、逃げるのなら…その為に全部用意しました、2時間ほどしか時間はありませんでしたけど…」

 

イムヤ「…その、ありがとう」

 

綾波「私は司令官に救われましたから…」

 

イムヤ「…じゃあ、絶対2人で泊地に帰ろう、司令官の為に」

 

綾波「…今のまま帰る事はできません」

 

イムヤ「先に特務部を潰さなきゃ…かな」

 

再びバイクに乗る

 

綾波「簡単には潰せないでしょうね」

 

イムヤ「ね、ねぇ、街に入るつもり…?どこに…」

 

綾波「横須賀はマークされているでしょうからとりあえず私達は北上します、埼玉から山間を進もうと…」

 

街に入り信号が増える

 

イムヤ「…逃亡犯ってこんな気持ちなのね、通行人全部怖いわ…」

 

綾波「実際逃亡犯ですけどね…」

 

信号で一時停止する

 

イムヤ「あ、テレビ」

 

電気屋のテレビが目に入る

 

テレビ『国の施設から逃げ出した深海棲艦とその深海棲艦の逃走を補助したとしてこの2名を政府は緊急指名手配しました』

 

私と綾波の写真が画面に映る

 

イムヤ「…あは…ははは…嫌な夢…早く目が覚めないかなー…」

 

綾波「……手が早すぎる…次山に入ったらバイクは捨てましょう、目撃情報が入ったら厄介です」

 

イムヤ「バイク無しで逃げられるの!?」

 

綾波「どの道一銭もない、となればガソリン入れられませんから…」

 

イムヤ「お金なしで生活できるの…」

 

綾波「なんとかしますから…」



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異常者

宿毛湾泊地 

駆逐艦 朧

 

朧「…えっ」

 

漠然と眺めたいたテレビに見知った顔が映る

 

朧「し、指名手配…って何、どういう…処理が追いつかない」

 

潮「…綾波ちゃんって特務部に行ったのに…なんで…」

 

朧「と、とにかく!私みんなに知らせてくる、何か知ってる人いるかも!」

 

潮「私も行くよ!」

 

 

 

医務室

 

朧「なんでみんなここに…って、こんなに怪我人いたっけ…」

 

夕張「えっと…いろいろあって…」

 

海斗「どうしたの、そんなに慌てて…」

 

朧「そうだ!綾波が指名手配されて…!何か知りませんか!?」

 

海斗「指名手配…」

 

夕張「な、なんで…?」

 

朧「深海棲艦と一緒に逃げ出したって…イムヤさんも一緒みたいで…」

 

夕張「イムヤさんを助けたって事…?」

 

朧「わからない…」

 

海斗「……」

 

朧「提督、何か…知ってたり…」

 

海斗「ごめん、わからないよ…」

 

朧「…そうですか…」

 

潮「その…何かわかったら伝えますので、逆に何かわかったら教えてください」

 

海斗「わかった」

 

 

 

 

朧「誰も何も知らない…か…」

 

潮「うん…でも、提督は何か様子おかしかったよね…」

 

朧「私も…ちょっと気になるかな」

 

敷波「居た!朧!」

 

朧「敷波…」

 

敷波「…ねぇ、朧、例の話ほんとなの」

 

朧「ニュースでやってたよ…さっきから映ってるテレビでチラチラやってたし…」

 

敷波「……」

 

朧「何が狙いでこんなことしたのかわからないけど…」

 

敷波「アタシがやる」

 

朧「え?」

 

敷波「…姉妹の事だから、アタシが捕まえる」

 

朧「ちょ、ちょっと待って、綾波はイムヤさんを連れて逃げてるだけで…」

 

敷波「でも、もう何度も許されない事をしてきた…今回連れ出したのだってどんな理由なのかわからない」

 

潮「…信じないの?」

 

敷波「綾姉ぇは…もうアタシが好きだった綾姉ぇじゃない…だからせめてアタシの手で捕まえる、わかるでしょ」

 

朧「待って、冷静になりなよ敷波…」

 

敷波「…それじゃ」

 

潮「ね、ねぇ、待ってって!」

 

朧「……何、なんで敷波もあんな風に…何かおかしい…よね?」

 

潮「うん…変だよね…」

 

秋雲「あ、いたいた」

 

朧「秋雲…どうしたの」

 

秋雲「佐世保組は引き上げるから挨拶を…って思ったんだけど、なんか暗いね…タイミング悪かったかなー…たはは」

 

朧「いや、ごめん…ちょっとね」

 

秋雲「…なんか力になれたりする?」

 

朧「大丈夫、多分…」

 

朧(…敷波の事は私がどうにかする…そう決めたんだ、だから私が止めないと)

 

潮「朧ちゃん、抱え込んじゃダメだよ…」

 

朧「わかってる…秋雲、潮、心配かけてごめん」

 

朧(とにかく…今は…少し落ち着こう)

 

 

 

 

演習場

軽巡洋艦 天龍

 

天龍「…よし、ありがとうございました」

 

龍田「こちらこそ〜、お手合わせありがとう?」

 

天龍「……やはりサーベルは癖がありますね、レンジも変わる…刀にしてもらう事にします」

 

龍田「そう…ところで、浮かない表情だけど〜…」

 

天龍「……それが…」

 

先の作戦の際、日向の艤装を使い捨てた事で妖精さんが非常に怒っており、戦闘に若干の支障を来す結果となった

 

天龍「…妖精さんは細かい艤装の操作を肩代わりしてくれます、私としては艦載機を扱うためにも仲直りしたいのですが…」

 

龍田「艦載機は基本的に妖精さん任せだものね〜…瑞鳳は違うみたいだけど」

 

天龍「私は日向を軽んじるつもりは全くありません…天龍も日向も、どちらも私です…ですがあの時のあの判断は必要だったと…」

 

龍田「それをもっと直接的に伝えてみたら〜?」

 

天龍「…同じ事…いや、それ以上に詳しく伝えたんです…戦艦として身を挺する必要性、あの時の私の行動の理由…」

 

龍田(…やだ、ちょっとめんどくさいかも…)

 

天龍「……今はとにかく明石さんに艤装を作り直してもらうのを待つばかりで…」

 

龍田「艤装が戻って来れば機嫌も治るんじゃないかしら〜」

 

天龍「そうでしょうか…」

 

龍田「新しいものはみんな好きだから〜、大丈夫だとおもうわよ?」

 

天龍「…そうですね、ありがとうございます」

 

龍田「それじゃ、しばらくさよならね〜」

 

天龍「ええ、また」

 

 

 

 

 

 

医務室

軽巡洋艦 夕張

 

夕張「…何これ、おもちゃ?」

 

明石「違うって!このトンカチと木板はさ、艤装の緊急修理用の道具なの、しかも妖精さん用!」

 

夕張「…はあ」

 

明石「日向さんが艤装壊したじゃない?それで持って帰ってこれなかった…でも、これがあればそんな事態も防げる!名付けて応急修理セット!」

 

夕張(…またバカみたいなものを…でも、本当なら使えるのかな)

 

明石「これさえ積んでおけば緊急時に艤装の手当てをしてくれるし、ほら、きっと無茶な戦いしても生存率が上がるはず!」

 

夕張「…とりあえずわかった、で、そっちは?」

 

夕張(見た目は高速修復剤のバケツよね…)

 

緑色の液体入りバケツを指す

 

明石「これはねぇ…なんて呼ぼうか、とりあえず簡単に言えば傷薬みたいな物なんだけど」

 

夕張「……」

 

明石「なんか怪我が治るの!」

 

夕張「…明石、手首落としていい?」

 

明石「いや、試すならほら、そこに怪我人たくさん居るじゃん、試させて!」

 

夕張「……だってさ、誰か試す人」

 

曙「…試すわ」

 

夕張「却下」

 

朝潮「はい」

 

夕張「認可」

 

曙「納得いかないんだけど…」

 

夕張「理由はわからないけど暴れた以上謹慎、提督も納得してるし…」

 

曙「……」

 

朝潮「それはどうやって使うんですか」

 

明石「傷口をつけたら治ったけど…とりあえず塗り込んでみようかな、傷見せてー」

 

朝潮が背中を肌蹴る

 

明石「うわっ…グロ…ごめん夕張変わって…」

 

夕張「…はいはい」

 

バケツを受け取り手で液体を掬う

 

夕張「…塗るね」

 

朝潮「っ!…痛ッ……つぅ…!」

 

塗り込んだ位置に新たな皮膚が生成される様に傷が塞がる

 

夕張「…本当に傷口は塞がってる…」

 

朝潮「で…ですが…痛みが…!くっ…!」

 

夕張「…痛みは消えない…待って、とりあえず痛み止め出すから」

 

朝潮「お願いします…!」

 

夕張「…高速修復剤…か」

 

明石「おっ、良い名前!名前はそれにしよう!」

 

夕張「腕出して」

 

朝潮「はい…」

 

朝潮に薬を打つ

 

夕張(…ほんとに、この世界がわからなくなってきた…あの世界の修復剤はデータの塊だった、私たちがAIだったから…リアライズしたデータだからできた技術なのに…)

 

頭を抱える

 

夕張「どうなってるんだろ…」

 

明石(よし!夕張ですらわかんないほどのすごい技術ができた!)

 

夕張「とりあえず、提督とか…報告義務あるとこには伝えといて」

 

明石「ええ…あの人苦手なんだよね…」

 

夕張「そう言うのいらないから、早くして」

 

 

 

 

 

埼玉 山間

駆逐艦 綾波

 

綾波「……」

 

イムヤ「…ねぇ、さっきから落ち着かない様子だけど…大丈夫?休まない?」

 

綾波「だ、ただっダメです…いっ…今ここで休むわけにはいきません…あと3キロ歩けば山を下る川が流れてます…それを降ったら…一息つけますから…」

 

私たちのバイクはもう2時間も前に燃料が切れた

そこからは休みなしに歩いてる…幸いな事に追っ手もない…今の所は

 

綾波(…私は、イムヤさんを連れ出した責任を取らなきゃいけない…絶対安全なところまで送り届けないと…)

 

イムヤ「…艤装、重いでしょ…機関とかその辺もそのブーツみたいな艤装に纏めてるんでしょ?」

 

綾波「…はい」

 

イムヤ「なんで艤装なんかつけたまま…」

 

綾波「ゆ、有事の戦闘手段…そして、必要な時に海や川、湖を渡るため…です」

 

イムヤ「はー…考えてるわね…ところで、バイク降りてから雰囲気違くない…?」

 

綾波「…ご、ごめんなさい…も、もう気を張る余力がなくて…」

 

イムヤ「……だったら休もう、今進んでも…」

 

綾波「ダメです!…私は、絶対に止まれないんです…」

 

イムヤ「なんでそんなに…」

 

綾波「…し、司令官のため…イムヤさんのため……な、なにより、わた、私は…し、敷波のお姉ちゃんですから…あの子が誇れる事を…」

 

イムヤ「…それだけ、なの…?」

 

綾波「…わ、私は、ご存知の通り…悪いことしかしてきませんでした…特務部に行って…そっ…そこでも…実験をしました…」

 

イムヤ「でも、それは必要なことだったんでしょ…?」

 

綾波「…私は…私は、スパイである事に気付かれないように…非情に…残酷に振る舞って…うぅ…おええっ…」

 

イムヤ「だ、大丈夫?一回歩くのやめようよ…」

 

綾波「大丈夫…吐きませんから……DNAを残すような真似はしません、から…」

 

イムヤ「そう言う事じゃなくて…ほら、休まないと倒れるわよ、まだ夏じゃないとはいえもう十分暑いし…熱中症や脱水症状になったら…」

 

綾波(…確かに、脱水症状は怖い…でも川まで行けば…いや、煮沸する手段がないからそのまま水を飲むのは危険…)

 

イムヤ「ね、ねぇ…話聞いてる?」

 

綾波「……あ、か、隠れて!」

 

今家を引き連れて茂みの中に入り、頭を伏せる

 

大量の足音がそばを通り抜ける

 

イムヤ(まさか特務部の連中…何でここに!)

 

綾波(…今見えた制服…警察だ、こんなに動きが早いなんて…それに警察がここまで来てるなら次は犬…もし犬が来たら…隠れられない)

 

綾波「…やり過ごせましたね……」

 

イムヤ「よかったぁ…」

 

綾波「た、多分、見つかったら躊躇いなく撃ってきます…警告とかなしに」

 

イムヤ「そっか…」

 

綾波「……やらないと」

 

イムヤ「え?」

 

綾波「…川に行くのは諦めます…車両は…ダメ、盗んだとしてもバレる…とにかく今を凌げるだけの…」

 

イムヤ「何するつもり…?」

 

綾波「…暗殺でしょうか」

 

イムヤ「警官を殺すつもり!?」

 

綾波「こ、声が大きいです…!」

 

イムヤ「冗談でしょ…とうとう本当の犯罪者になるのよ!?」

 

綾波「…大丈夫です、もう手遅れですから…」

 

イムヤ(全く大丈夫じゃない…)

 

綾波「……法律的にも、他に取れる手段がない場合の緊急避難として認めてくれるかも…」

 

イムヤ「私その法律知らないけど、多分絶対そんなの許すためのルールじゃない…」

 

綾波「準備を…」

 

 

 

 

綾波「…で、できました…」

 

イムヤ「な、何これ…」

 

綾波「蔓で作ったロープと…あとは草結び…小さい落とし穴…とにかく転びそうな環境に仕上げてみました…」

 

イムヤ「…意味あるの…?」

 

綾波「こけたらまず顎の下からロープをかけ、声を封じます…猿轡はあんまり意味がなくて、実は口を開かなくした方が有効なんです…口が開かないと大声が出せなくて…うめくことしかできません」

 

イムヤ「…それで…?」

 

綾波「両手を縛って…荷物を漁ります…この間、ニュースで見たんですけど…盗難防止として警察手帳に発信機を仕込んであるはずなので…あとは放置しておいても問題ないと思います…」

 

イムヤ「殺さないんだ…」

 

綾波「…誤解、させましたか…?」

 

イムヤ「いや、するでしょ普通…!」

 

綾波「私たちの目当ては…お金と、飲み物や食べ物です…命を奪ったところで意味なんかありませんから…」

 

イムヤ「…そうね、確かにそう」

 

1人分の足音、それに反応して身を隠す

 

イムヤ(来た…!)

 

綾波(1人ですか…2人までなら対処できると思いましたけど…幸いですね…)

 

ブチブチと何かがちぎれる音が鳴る

 

綾波(…待って、この足音…重いような……まさか!!)

 

イムヤ(綾波…何?どうしたの?様子が…)

 

ズンと何かが倒れる音がする

 

イムヤ「やった…!」

 

綾波「待って、出ないで…!」

 

イムヤ「へ?」

 

熊「ボアアァァア!」

 

イムヤ「ク、クマ!?嘘でしょ!?」

 

イムヤが驚いて逃げ出す

 

綾波「待って!背中を見せたら…」

 

熊「ボアアァァァ!」

 

熊がイムヤを追いかけはじめる

 

綾波(マズイ、この騒ぎでバレないわけない…!)

 

イムヤと一緒に山を駆け降りる

 

イムヤ「どっどうする!?」

 

綾波「…ま、前!警察…!」

 

綾波(いや、この状況を利用すれば!)

 

こちらに気付いた警官が銃を向ける

 

イムヤ「う、撃たないで!」

 

綾波(大丈夫、まだ一般人との見分けがついてない!それに警察は4人だけ…!)

 

綾波「た、助けてください!」

 

熊が近くの木にぶつかる

 

イムヤ「ひぃぃぃっ!?」

 

綾波(熊に全員の意識が向いた…今!)

 

飛び上がり、こめかみを撃ち抜くように回し蹴りを放ち1人を仕留める

 

イムヤ「ひへっ!?」

 

綾波「…ごめんなさい、悪く思わないで」

 

腹部を貫くように蹴り、そのまま艤装のブーストで持ち上げる

 

綾波「ふっ…!」

 

回し蹴りの容量で持ち上げた警官を他2人に投げ飛ばす

 

綾波「制圧完了…あとは熊…」

 

熊「ガアアァッ!」

 

綾波「…ごめんなさい、貴方は多分…人を食べかねませんから…」

 

艤装でブーストした蹴りを頭に撃ち込む

 

イムヤ「あ、あたっ…頭潰れ…」

 

綾波「…ごめんなさい…ごめんなさい…!」

 

縄で警察官を縛り上げる

 

イムヤ「…て、手伝う…」

 

綾波「おえっ…ごぽっ…おげっ…」

 

イムヤ「……一回吐いた方がいいんじゃ…」

 

綾波「だめ…今吐いたら脱水症状に…」

 

イムヤ「…あ、この人お茶持ってる…まだあいてないし、飲む?」

 

綾波「…お先にどうぞ」

 

イムヤ「…ぷはー…生き返る…はい」

 

お茶で上がってきた胃液を押し戻す

 

綾波「ごほっ…」

 

イムヤ「大丈夫…?」

 

綾波「…それより、お金です…お金があれば生存率も跳ね上がります…」

 

イムヤ「…あ、この人持ってる、小銭たくさん…」

 

綾波「こっちもありますね………小銭だけもらいましょう」

 

イムヤ「…そうね」

 

イムヤ(やっぱり、根は非情になれない優しい子…って感じなのね…)

 

綾波「…よし、後はこれ」

 

イムヤ「…拳銃も盗むの…?」

 

綾波「はい…これを盗めば、綾波達はより危険人物としてマークされます…」

 

イムヤ「そりゃ当然…」

 

綾波「そうすれば…対処にあたるのが艦娘になる可能性が高いんです…上手く行けば曙さんを誘き出せる」

 

イムヤ「…まって、あの曙と戦うつもり!?」

 

綾波「…戦いたいわけじゃなくて…うぁ…」

 

イムヤ「ちょっと…?いきなり俯いてどうしたの?」

 

手にベッタリと血がつく

 

イムヤ「そ、それ…どこ怪我して…」

 

綾波「……違う…違うんです…怪我じゃなくて…病気」

 

イムヤの方を見る

 

イムヤ「…目から、血が出て…」

 

綾波「AIDAは脳に腫瘍を作る…私はそのせいで…内出血を起こしてます…その血が目に流れるんです…」

 

イムヤ「そ、それって…AIDAに感染して…」

 

綾波「部長たちの目を逃れるために…じ、自分でAIDAをリプログラミングして感染しました…で、でも…私頭でっかちですから…変なとこに腫瘍が…あはは…」

 

イムヤ「笑い事じゃないでしょ!?それ治療しなくて大丈夫なの…!?」

 

綾波「…したほうが…良いと思います…でも、今はそれどころじゃないので…早く逃げないと、追手が来ますよ…」

 

イムヤ「……後でちゃんと話し合おう…」

 

綾波「はい…」



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指揮官

大湊警備府

駆逐艦 不知火

 

最近の私は、孤立している

 

暁さんも私を避け、響さんは敵意を剥き出しにしている

 

何故私がこんな事になっているのか…正直全くわからない…私は師匠と何が違うのか…まるで、わからない…

 

不知火(私は、ただ守ろうと…いや、師のようになりたいと…)

 

暁「不知火さん」

 

不知火「……これは、その…どうも」

 

暁「最近はごめんなさい、響が近づくな…って言うから」

 

不知火「…何故、そんな事を…?」

 

暁「不知火さん、やっぱり自覚なかったのね…あなたの指揮は危なっかしいのよ…」

 

不知火「…私が…?」

 

暁「ここ一週間の出撃、私たちの隊と不知火さんの隊で所属が別れたけど…私達は9回の出撃で3人、不知火さんの所は20回で10人沈んでるわ」

 

不知火「…回数が増えれば当然…」

 

暁「違うでしょ」

 

不知火「……」

 

暁「不知火さん、今この辺りにキタカミさんは居ない、不知火さんなら無傷で勝てるような敵ばかりじゃない?」

 

不知火「…ええ、ここしばらくの出撃でダメージは負っていません」

 

暁「…まだわからない?」

 

不知火「何を…?」

 

暁「私は言い切れるわ、不知火さんの隊で沈んだ子達は、きっと死ぬ必要はなかった、運が悪かったとか…そう言う理由じゃ無くて、作戦が悪くて沈んでるの」

 

不知火「何を根拠に…!」

 

暁「じゃあなんで不知火さんは無傷なの?不知火さん1人だけが無傷なんて普通はありえない、こういう事は言いたくないけど、最初は私は貴方が他の子を盾にしてるんだと思ったくらいだもの」

 

不知火「…そんな」

 

暁「この戦いは個じゃない、1人で戦うのは危険なのに1人で戦ってる、だから生きてる…でも、その危険のツケを払うのは他の子なの」

 

不知火「……そんな事…」

 

暁「私はキタカミさんとは長くないけど…貴方のやってることは自分の実力を磨く事、それも射撃の腕だけを磨く事だけだと思う」

 

不知火「…私にどうしろと」

 

暁「全部最後まで言わせるの?」

 

不知火「…わかってます、そう、ですね…私は兵としては悪くないのでしょうが…誰かの命を受け持つには相応しくない」

 

暁「そこまでいったつもりはなかったけど…」

 

不知火「…私は、貴方の指示に従おうと思います、私に指揮は向いてないでしょうから」

 

暁「…それでいいの?」

 

不知火「人には長所と短所があります、短所は無くすことができるし、逆に長所にする人もいる…でも私はそこまで器用じゃありません…この不知火は…ただ愚直に従うのがやっとですから」

 

暁「いつか、避けられない時が来るわよ」

 

不知火「それまではただ学ぶに徹します」

 

暁「…よーし、じゃあ今度は私が怒られる番ね、響に」

 

不知火「やっぱりお忍びできてましたか」

 

暁「不知火さんは今はみんなに嫌われてるから」

 

不知火「…ストレートですね」

 

暁「隠した方が良かった?」

 

不知火「……いいえ、明日の出撃までに…用意をしておきます」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 食堂

戦艦 扶桑

 

長門「せっかくの祝い事だと言うのに、こんな姿で忝い」

 

扶桑「いえ、私なんかの復帰を祝ってくれるだけでも…」

 

金剛「謙遜はNoネー!とっておきの紅茶を淹れちゃいました!エクストラダージリンとシッキム、ニルギリのOriginal blendネー!」

 

天龍「かなり渋いですが、嫌な風味はないですね…むしろ香りは甘くて…」

 

金剛「厳選された茶葉のみの最高の仕上がりデース、ん〜」

 

長門「…ところで、今更かもしれないが何故このメンバーなんだ…?」

 

天龍「…戦艦繋がり…今は違いますが、私も普段は日向ですし…」

 

扶桑「そうなんですね、これからは同じ艦種の仲間としてよろしくお願いします」

 

天龍「もちろんです、ですが艤装の準備に暫くかかるので…その間は御三方にお任せするしかないのですが…」

 

長門「私もこれだがな」

 

長門が固定された両足と片手を持ち上げる

 

金剛「ジャー、私達2人が頼りですネー」

 

扶桑「…頑張ります」

 

天龍「軽巡洋艦の層は…魔境ですので、お役に立てるか怪しいですが…天龍として御同行することがあれば微力でも」

 

長門「…魔境…川内型か」

 

金剛「大井と北上も中々強いデース」

 

天龍「…私自身の天龍としての練度はまだ高いとは言えません、日向の動きをすれば体が先走り、迂闊な動きも増える…かと言って天龍としての動きに固執しては…強みがない」

 

長門「強みが必要か…?」

 

天龍「…天龍としての動きの強みは癖がなく、必要な装備に換装することが容易でその場その場の役割を果たすことができる点……でしょう」

 

扶桑「日向さんとしての強みは…?」

 

天龍「戦艦としての高耐久、そして高火力…航空戦艦になる事ができれば一部艦載機の運用も可能です……妖精さんのご機嫌さえ戻れば…戻ればですけどね…」

 

長門(機嫌を損ねたのか…)

 

扶桑「…その両方の艤装を使えることが、貴方自身の強み…だと思うのだけれど…」

 

天龍「…私、自身の…?」

 

扶桑「先ほど言っていた、天龍としての強みにその場その場に合わせた装備の換装と言っていたけれど…それは艤装自体を換装する事とも言えると思うの」

 

天龍「…つまり…天龍として、日向としてではなく…私として…」

 

扶桑「戦艦と軽巡、両方の力を使えるなんてとっても素敵な事だと思うわ、それこそ周りに誇れるくらいの…だって誰も真似できないでしょう?」

 

天龍「…そう、かもしれません…」

 

扶桑「だから、自信を持って、みんなの前に立って良いと思うの」

 

天龍「…ありがとうございます、少しだけ自分が好きになれました」

 

青葉「あ、いた…扶桑さん」

 

扶桑「あら、私に用でしょうか…」

 

青葉「えと…はい、艤装を受け渡そうと思いまして…」

 

扶桑「…そう言えば、もらってませんでしたね」

 

長門「ははは、あのままだと金剛1人しか戦艦は戦えなかったわけか」

 

金剛(正直戦艦が居ても居なくてもバランスブレーカーの所為であんまり変わらないデース)

 

青葉「重すぎて運べないので…その…直接取りに来てもらっても良いですか…ごめんなさい」

 

扶桑「わかりました、みなさん、少し失礼します」

 

長門「ついでに試運転もしてくると良い」

 

天龍「ごゆっくり」

 

金剛「また新しいdrinkを用意しておきマース、扶桑はグリーンティーとコーヒーはどっちが好きデスカー?」

 

扶桑「…そうですね、やはり日本茶の方が…」

 

金剛「ジャあ、べにふうきというお茶を用意しマース、気にいると思うヨ?」

 

扶桑「楽しみにしてます」

 

 

 

 

 

 

研究所

 

扶桑「…ここは?」

 

青葉「…研究所、ですね…」

 

扶桑「研究所…?なんで…」

 

青葉「……すいません、両手をあげてください、ボディチェックをさせてもらいます…」

 

扶桑(…厳重すぎる…工廠じゃなく鎮守府の外で艤装を受け渡すと言うのも明らかにおかしい話なのに…一体…)

 

青葉「…盗聴器の類はなし…検査はどうしましょうか」

 

部屋の奥のモニターが明滅する

 

青葉「無しでいい…ですか…奥の部屋に」

 

扶桑(…私、どうなるのかしら…)

 

 

 

海斗「やあ、扶桑」

 

扶桑「提督…!ご無沙汰しております、扶桑、戻りました…」

 

海斗「おかえり…って言われるのは僕たちの方だったんだけどね…ごめん、ちょっと問題が起きてバタバタしてたから…こうやって君に会うのも遅れちゃって…」

 

扶桑「いえ…それより、ここは…」

 

海斗「まあ、詳しく話すと長くなるから…先に艤装を…春雨さん」

 

春雨「はいはい…ぬぐぅぅぅっ!…見てないで台車押すの手伝ってもらえませんかね…」

 

海斗「ごめん、すぐ行くよ」

 

艤装を乗せた台車を2人係で押してくる

 

春雨「はい、背負って背負って〜」

 

扶桑「はい…あれ…?」

 

扶桑(…軽く触れただけなのに…とてつもなく重く感じる…)

 

青葉「し、司令官…やっぱりこれ…重すぎます…」

 

海斗「青葉、無理しなくていいからね」

 

いつの間にか青葉さんも艤装を身につけて…

でも、ものすごく重そう…

 

扶桑「…いつものように…」

 

主砲を持ち上げようとするも、持ち上がらない

 

扶桑「え…」

 

海斗「やっぱり、人の体じゃ無理なのかな…」

 

扶桑「どう言う事でしょうか…」

 

モニターが降りてくる

 

ヘルバ『どうやら、そのようね』

 

青葉「ヘルバさん…私はなんとか耐えます…でも他の子達には…」

 

ヘルバ『別にいじめようってわけじゃない、心配ないわ…それにしても困ったわね、規格はそのままに作ったとしても…あの性能に及ばないどころか使えない…』

 

海斗「仕方ないか…」

 

扶桑「…あの、どういう…」

 

海斗「…扶桑、この世界で暮らしてた記憶はある?この世界の艦娘については何かわかる?」

 

扶桑「…青葉さんから大抵は聞いています…AIDAの事も…」

 

海斗「…艦娘はAIDAの力で艤装を動かしているみたいなんだ、だからAIDAを一切含まない、純粋な鉄の塊を作った」

 

ヘルバ『当然だけど人間がそんな質量の物体を持ち上げるのは不可能、もし持ち上げられたとして一発撃てば…骨が砕けるでしょうね』

 

海斗「瑞鳳さんや川内さん達はどうやってるの?」

 

ヘルバ『…さあ、もはやあれは規格外としか言えないわね』

 

青葉「私、聞いてきたんですけど…鍛えてるからって…」

 

海斗「…そっか」

 

扶桑(提督の顔が一気に暗く…私も鍛えた方がいいのかしら…)

 

青葉「…どうしましょう…流石に訓練すらしていない艦娘なんて恰好の餌…特務部が食いつかないわけがないです…」

 

海斗「うん…別に今は作戦に連れて行く必要はない、せめて訓練に参加している姿を見せられるようにしないと」

 

ヘルバ『威力をかなり落とす前提なら…反動や重さを抑えたものは作ることができるわ』

 

海斗「見せかけでいいんだ、深海棲艦を倒せる必要はないから」

 

ヘルバ『なら2日で用意できるわ、それまで粘りなさい』

 

海斗「ありがとう、助かるよ」

 

ヘルバ『その代わり約束は果たしなさい』

 

青葉「そうですよ、ちゃんとした検査を受けてくれる約束…忘れてませんよね…?」

 

扶桑「提督、どこか悪いのですか?」

 

海斗「いや、そう言うわけじゃ…」

 

青葉「…お願いします」

 

海斗「わかったよ…次の休みに行ってくる」

 

青葉「明日!」

 

海斗「…わかった、降参するよ」

 

青葉「よし…」

 

扶桑(青葉さん、逞しくなってますね…)

 

海斗(でもこれで今戦えるメンバーは…うーん…)

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 島風部屋

駆逐艦 島風

 

天津風「…ねぇ、島風?」

 

島風「…うん」

 

天津風「なんていうか、その…何かあった?…その、雰囲気が…怖いんだけど」

 

島風「……」

 

島風(負けた…勝たなきゃいけなかった時に、負けちゃった…私は…)

 

天津風「ねぇ、島風…悩みがあるなら相談してよ、自分1人で抱え込まないで…」

 

島風「ごめんね…こればっかりは誰かに相談しても解決しないことだから…」

 

島風(…もっと早くなればいいのかな…でも、これ以上早くなったら私の身体は多分耐えきれない…もっと強くなるには、どうしたらいいのかな…)

 

天津風「そ、そうだ!気分転換にゲームしましょ!私頑張ってレベル上げたのよ」

 

島風「…ごめん、今から私訓練してくるから…」

 

天津風「今から…?まだ明日まで休んでもいいって言われてたのに…」

 

島風「休んでる暇なんてないよ…だって、みんなの命がかかってた、あの時もし倒せてたら…あの時私が足止めできてたらイムヤさんが助けに行く必要なんてなかった…」

 

島風(もっと、強くならなきゃ…)

 

天津風(…私も、戦えるようにならないといけないのかな…ううん、戦わなきゃいけないんだ、みんなのために)



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逃走経路

東京 特務部オフィス

数見

 

コーヒーの入ったマグカップをテーブルに置く

 

数見「砂糖とミルクは?」

 

アオボノ「結構です、口にするつもりはありませんので」

 

数見「逃げ出した綾波に適応した少女、彼女とは親しかったようだね」

 

アオボノ「昔の話です、綾波さんの真意は私も測りかねます」

 

数見「…この件は特務部の中で起きた事でもある、我々にも責任が問われるわけだ…さて、君には彼女を捕まえてきてもらいたい」

 

アオボノ「……」

 

数見「これは君にとってのラストチャンスであると言う事も理解してもらいたい、元の契約を忘れたわけではないだろう?」

 

アオボノ「倉持海斗司令官は台湾の解放作戦にて武勲を立てた、いわば英雄と言える存在では」

 

数見「ではなぜ君が表彰されて彼は何処からも声がかからない」

 

アオボノ「…チッ…」

 

数見「意味が私の裏側に気付いている事も、彼に対する感情も、全て把握した上で聞こう…鞍替えするつもりは?」

 

アオボノ「一切ありません」

 

アオボノが席を立つ

 

アオボノ「綾波の位置は」

 

数見「警察の目撃では埼玉と東京の境にある棒ノ嶺という山の北側で拳銃などを盗んだそうだ」

 

アオボノ「……」

 

アオボノはめんどくさそうな面持ちでスマホを眺める

 

アオボノ「近くに小さな町がありますね、ここはどのくらいの人が張ってるんですか」

 

数見「そこまでは知らないが、警戒体制は敷かれているはずだ」

 

アオボノ(…綾波さんならどうするか、恐らくイムヤさんがいる事でリスクを避けるはず…)

 

数見「…最新の情報が入ったよ、飯能(はんのう)市の名栗村という場所で目撃されたそうだ」

 

アオボノ(町じゃなくて村なのか…すぐそばにダムがあって…水の確保は容易、なら…)

 

アオボノ「何人か人をください」

 

数見「5人つけよう、現地の警察には連絡を入れておく、射殺して構わない」

 

アオボノ「少なすぎませんか」

 

数見「十分な人数だと思うが」

 

アオボノ「…さて、どうでしょうね」

 

数見「さあ、行きたまえ」

 

アオボノ「……」

 

部屋にはもう誰もいない

 

数見「さて、このままの特務部は不要か…メンバーを見直す必要がある」

 

名簿を眺める

 

数見「…人は神にこそ従わなければならない、私こそが神だ」

 

 

 

 

 

 

埼玉 

駆逐艦 綾波

 

綾波「こ…この町はダムと温泉、き、キャンプ場やサバイバルゲームのフィールドがあって…その…」

 

イムヤ「観光業がメイン…って事?」

 

綾波「らしいです…そ、その…なので、町に入っても…警察にさえ気をつければ…」

 

イムヤ「でも、寝泊まりはどこで…」

 

綾波「き、今日はしません…危険なので…そ、その、野宿なんですけど…」

 

イムヤ「どこで…?」

 

綾波「や、夜間は警戒を敷くだけで、恐らく捜索は中断します…なので、森の中は安全です…」

 

イムヤ「本当に…?」

 

綾波「た、ただ…獣が危険です…それと、服が汚れすぎてしまうのも…」

 

イムヤ「どうするの…?」

 

綾波「…この雲の流れ…明日は多分雨だし…で、でもここで…う…うう…」

 

イムヤ(綾波でも怯えるんだ…)

 

綾波「い、イムヤさん…わたっ私…人を殺さずに切り抜ける手段が思いつかなくて…!」

 

イムヤ「…ま、まあ…それはもはや仕方ないような…とりあえず何か飲み物と食べ物だけ買わないと」

 

綾波「近くに、温泉のそばの駐車場…そ、そこなら多分…けっ…警察も人が多くて…判断がつかないはず、です…あと、もしかしたら居ないかも…」

 

イムヤ「木を隠すなら森の中…か、よし、行きましょ!」

 

綾波(…ここで少しでも歩き慣れて、地形を把握しておけば…最悪の事態は回避できる)

 

 

 

 

イムヤ「…警察、どこにも居ないわね」

 

綾波「そう、ですね…でも、油断はできません…飲料水と、お菓子しかないですけど…」

 

イムヤ「…山を越えるだけ持つかなぁ…ま、無理か…」

 

綾波「……」

 

イムヤ「綾波?」

 

綾波「えと…手段は、ありますよ…」

 

イムヤ「え?」

 

綾波「明日の用意を…」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ(…全然警察の配置がない、私服警官とか…も考えたのに、居ない…おかしい、なんで誰も居ないのか…)

 

村に入ったと言うのに警察官の数が少なすぎる

 

アオボノ「私のこの場における権限は」

 

兵士「我々分隊の指揮と銃器の発砲許可のみです」

 

アオボノ(…まあ、これなら逆に好都合ですが…)

 

アオボノ「警察は何処に?」

 

兵士「山を中心に捜索していると聞いています、検問も敷いているのでこの辺りから抜け出してはいないだろうと…」

 

地図を眺める

周囲は木に囲まれ、隠れる場所はいくらでもある

人の目で探すより警察犬の方がずっと早く見つかる…

 

アオボノ(ダムの周りは道路と川、そして林…か)

 

アオボノ「この林を重点的に調べて下さい、隠れるならここでしょう」

 

地図を渡す

 

アオボノ(さて、見つかった綾波さんのスマホにはこの辺りの地図なんかが有りましたね、解析にかけたいところですが…それは私の利にはならない、思考が筒抜けなのは困りものですが…)

 

綾波のスマホを取り出し、デバイスを接続する

 

アオボノ(恐らく最初から逃げ出すルートは考えていた、いつでも逃げ出す用意はしていたんでしょうね、提督を裏切った訳ではないなら、私としては戦いたくない…そもそも既にこのあたりを抜け出している可能性の方が高いか)

 

林の方から銃声がなる

 

アオボノ「…とろいですね…さっさと逃げておけば私も追えないのに…」

 

金属音とともに兵士用の小銃がすぐそばまで飛んでくる

 

アオボノ「…これは、もしかして…」

 

林に駆け寄る

 

脚に何かが絡まる

 

アオボノ(トラップ…!)

 

周囲の縄を斬りながら進む

 

アオボノ「…驚きました、逃げてない事も、罠を張り巡らせて兵士を全滅させた事も…」

 

綾波「……」

 

アオボノ(…全員気絶してるだけ?小銃は全部壊されてる…派手に暴れたのか、全員落ち葉や土まみれ……待って、イムヤさんがいない)

 

イムヤ「手を挙げて…」

 

背後から声

 

アオボノ「…なるほど、ここで盗んだ拳銃を持ち出しますか…」

 

手を挙げて振り返る

 

アオボノ「命を救っていただいた件についてはどうも」

 

イムヤ「…悪いけど、私も自分の身がかわいいの…」

 

アオボノ「当然でしょう、それは至極当たり前のことです、あ、そのパーカー、よく似合ってますよ、フードは脱いだほうがいいと思いますが」

 

綾波「私のスマホと…剣、捨ててください」

 

言われた通りにスマホを捨てる

 

イムヤ「剣は」

 

アオボノ「…今回の作戦には、私の地位と、あるものがかかっています」

 

綾波「…司令官の事は、きっと皆さんが守ってくれます…」

 

アオボノ「だとしても、貴方達を突き出せば提督の命は保障される…」

 

イムヤ「…撃つ、本当に撃つんだから……お願いだから、抵抗しないで…」

 

アオボノ「素人も良いところですね」

 

剣を抜き炎をイムヤに飛ばす

 

イムヤ「目がっ…見えな…ぁがっ!?」

 

首を掴み、持ち上げる

 

アオボノ「誤射が怖かった?それとも…味方を撃ちたくなかった?どちらでも良いですが、貴方最初から撃たないつもりでしたね、本当に素人だ…」

 

イムヤ「かひゅっ…ぁ…」

 

綾波「曙さん」

 

背中に衝撃が走り、膝をつく

 

綾波「敵を前にお喋りするの、悪い癖です」

 

アオボノ「っ…つつ…痛いですね、本気で蹴る事無いじゃないですか…」

 

綾波と向かい合う

 

綾波「…御相手、させて頂きます」

 

アオボノ「本気ですか、私と?私に勝てると?」

 

アオボノ(と言っても、不意打ちとはいえ無傷で兵士を全滅させるには…どんなワナが…いや、この匂いは…)

 

綾波「流石に貴方相手には、油断できませんので…」

 

アオボノ「燃料を撒いたんですか?この辺り一体に?」

 

綾波「よく燃える、と思います」

 

アオボノ「まさか自分たちだけは無傷で済む手段があると?」

 

綾波「いいえ、これは一つの制限です」

 

綾波が木に近づく

 

アオボノ(…ロープ…またロープトラップですか)

 

足元に目をやる

 

綾波「貴方は察しがいいですし、賢い…ですが、純粋すぎるんだと思います…」

 

真上から葉が降る

 

アオボノ(視界を…いや、違う…服や肌に張り付いて…しかもこの匂いは…)

 

アオボノ「匂いの素はこの葉っぱでしたか…」

 

綾波「はい、その葉には一晩かけて燃料を染み込ませてあります…簡単に火がつく仕掛けも施しました」

 

アオボノ(…兵士が良いようにされたのはこの脅し文句か、銃が打てない以上勝ち目はない…)

 

綾波「…降参しますか」

 

アオボノ「まさか、体術で私に勝つつもりですか?」

 

綾波「…敵わないとは、思いますよ…私もこの環境では艤装を使えない…何しろ、お互いに危険な状況ですから」

 

アオボノ「提督の為に、捕まえさせて頂きます」

 

短剣を向ける

 

綾波「…やっぱりこうなりますか…イムヤさん」

 

イムヤ「わかってる…」

 

アオボノ(事前の打ち合わせは済んでいる…となるとまだ仕込みがある…)

 

綾波とイムヤが林の外へ走る

 

アオボノ(まさか、外はすぐに警察が…)

 

綾波「追ってくるならご自由に…!」

 

イムヤ「オススメしないけど!」

 

近くの川に2人が飛び込む

 

アオボノ(川…ダムから繋がってるから流れを利用すればそこそこの速度で進めるでしょうね…でもそれで逃げ切れるとは…)

 

川に飛び込み、機関を稼働させる

 

アオボノ(…この川、すぐに浅瀬になる…イムヤさんも長くはスピードを維持できないし、艤装のまま下り続けることも苦しいはず、移動が狙いならあまりにもお粗末な…)

 

水中からロープが浮上してくる

 

アオボノ(…水底に仕込んでたのか…!)

 

綾波「私、真正面から戦うの苦手なんです…」

 

ビンと貼ったロープが急に正面に現れる

交わす余裕もなく、それに突っ込み、脚を取られて水面に倒れる

 

アオボノ「この程度で私が止まるとでも…」

 

綾波「いいえ」

 

腹部に蹴りが突き刺さる

 

アオボノ「か…」

 

綾波「艦娘システムを使用し続けたものの体は…どんどん深海棲艦の身体と近しいものとなって行きます、理由は分かりませんけど…いえ、私は見当はついているのですが」

 

水面に叩きつけられる

 

アオボノ「ごほっ…こひゅっ…」

 

綾波「…正々堂々とは…戦えません、ごめんなさい…」

 

アオボノ(なんで今泣きそうな顔して…く…体が動かない…イムヤさんに捕まって…)

 

綾波「…ごめんなさい…司令官は、きっと大丈夫ですから…」

 

綾波に首を絞められる

 

アオボノ「く…っ…こ、の……」

 

綾波「…罰は、受けますから…」

 

 

 

 

車中

イムヤ

 

イムヤ「…上手く、いったわね…万事…ここは観光業が主体だから旅館に食べ物を仕入れるトラックの荷台に忍び込めば遠くまで逃げられる…流石ね」

 

綾波「……」

 

イムヤ「…何しょぼくれてんの?せっかくこうやってあそこから離れられた、いろんなところを煙に巻いて逃げられたんだから…」

 

綾波「…わ、私のせいで…司令官が…」

 

イムヤ「今更気にするの…それ」

 

綾波「だ、大丈夫だって…信じてますけど…」

 

イムヤ「そんな事より!問題はこっちよ…この移動手段、どうにかならなかったの?冷蔵コンテナの中って…流石に寒いんだけど…」

 

綾波「すすっすいません…し、深海棲艦の身体なら、耐寒体制も多少はあると思って…」

 

イムヤ「た、多分無くはないけど…それより綾波は大丈夫?唇紫だけど…」

 

綾波「…さ、最終手段ありますから…」

 

イムヤ「それ…曙の剣?」

 

綾波「は、はい…こ、これで炎を出せば、さ最低限の暖は…」

 

イムヤ「…ここ、密室だけど…」

 

綾波「アハ、アハハハ…」

 

イムヤ「綾波…大丈夫じゃ無さそうね…早く積み替え場所につかないかな…」

 

綾波「……待ってください、止まりました…検問です」

 

イムヤ「…越えられるの?」

 

綾波「い、息を殺してください…この冷気、に、匂いは殆ど無いです…しょ、食品の匂いが包み隠してく、くれます…」

 

イムヤ「…上手くいくといいけど…」

 

綾波「大丈夫…もっと奥で…」

 

イムヤ「う…ここより寒いのか…嫌だけど移動しないと…っとぉ!?」

 

綾波「う、動いてますね…さ、流石に隠れられないと判断されたみたいです…」

 

イムヤ「そ、それはよかっ…っとと…うわぁぁっ!」

 

バランスを崩して頭をぶつける

 

イムヤ「あたたた…」

 

綾波「大丈夫ですか…?…また、止まりましたね…」

 

イムヤ「…まさか、今転けたせい…?」

 

綾波「……」

 

イムヤ「…なんとか言ってよ!?」

 

綾波「とりあえず、静かに…」

 

荷台の戸が開く

 

運転手「ほら、こんなに寒い、人が長い時間乗ってられるとは思えませんけどね…」

 

警察官「ちょっとさっきの物音を確認したいだけですので」

 

綾波(……)

 

イムヤ(私のせいだった…)

 

警察官が犬と乗り込み、ライトで中を照らす

 

イムヤ(ど、どうしよう…!)

 

綾波(…やるしか無い、か…)

 

警察官「…これは何を運んでるんですか?」

 

運転手「肉ですね、普通は冷凍なんですけど、チルドっていう低温で送るタイプの…まあ、あんまり温度が低く無いせいで長引くと悪くなっちゃいますので…」

 

警察官「ああ、すいません…倒れたのはこの肉の塊か…?うーん」

 

犬がどんどん近づいてくる

 

綾波(…来た)

 

イムヤ(こないで…!)

 

手で鼻と口を塞ぎ、息を殺す

 

綾波(どうする、いつ出る?…飛びかかられるのを待つか、それとも先にやるか…ここは距離的にまだ山に近い道路の中のはず…とはいえ…警察官は何人いる?森に逃げたとして無事に抜けるには…)

 

後方からクラクションが鳴る

 

警察官「っと…すいません、もう結構です、他の車も停めているし急がないと」

 

運転手「じゃあ、閉めますね」

 

音を立ててドアが閉まる

 

綾波「……た、助かった…?」

 

イムヤ「みたいね…よ、よかったぁ…」

 

…こうして私たちは検問を抜けることに成功したのだった

 

 

 

特務部 オフィス

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ(…さて、私は私の末路…か)

 

数見「今回の件による君の処遇だが、君の能力自体は非常に惜しい」

 

アオボノ「でしたらどうすると?」

 

数見「ここへ行ってもらう」

 

渡された書類を眺める

 

数見「ここは衛星で確認された深海棲艦の基地だ、ここについての情報を少しでも手に入れてもらいたい」

 

アオボノ(捨て駒か…)

 

アオボノ「それより、倉持司令官についてですが」

 

数見「君の手の回す速度には感服したよ、いつの間にダックの女王と繋がっていたのやら」

 

アオボノ(ヘルバさんに頼んで正解だった、提督の活躍を世間に広めることで簡単には手を出せない…提督は嫌がるでしょうが、これもまた有効な策ですしね)

 

数見「……戦果を期待している」

 

アオボノ「その前に、弾をください、深海棲艦を人間に戻せる薬…実験は必要でしょう?」

 

数見「…持ってきてくれ」

 

研究者たちがアタッシュケースに入った薬品を机に置く

 

アオボノ「…20発だけ?」

 

数見「検証には十分すぎるはずだ」

 

アオボノ(さて、私の行動をどうやって提督の役に立てるか…)

 

数見「君は自分が綺麗な身体であることに拘らない」

 

アオボノ「非効率的且つ…手遅れですからね」

 

数見「なんとも勿体無い、倉持海斗にそこまで心酔する理由は私にはわかりかねるが」

 

アオボノ「プライベートは口出し無用です、それでは」

 

数見「…私の物にならなかったのは、残念なことこの上ない」



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仕様外

佐世保鎮守府

正規空母 瑞鶴

 

瑞鶴「…で、その特務部部長様がわざわざ私に佐世保までなんの用なの、逃亡犯は追わなくていいわけ?」

 

数見「それを追うのは私の役目ではないですからね」

 

瑞鶴「…で、何」

 

数見「我々は優秀な人材を常に求めている、貴方がもし特務部に参加してくれるのならば、軍の中での地位とお金については保証します」

 

瑞鶴「要らない、というか…それだけならもう帰ってくれない?」

 

数見「…悪い話じゃない、はずですが」

 

瑞鶴「アンタら特務部とやらは信用ならないのよ、特にあの曙がそのままアンタに従ってた時点で裏があるのは目に見えてる、何が目的か知らないけど…お断りよ」

 

数見「目的ですか…」

 

瑞鶴「アンタら特務部も一応日本の平和を守るためって名目でやってるんでしょ?なら私なんかに声かけるよりもっとやるべきことがあるんじゃないの」

 

数見「…その目的を果たす為に貴方の力が必要なんです、世界平和のためにね」

 

瑞鶴(…何、今何か…)

 

数見「我々、いや…私は貴方の力を肯定しています、是非欲しい…とだけ言っておきましょう」

 

数見が席を立つ

 

瑞鶴(…この、感じ)

 

数見「では、失礼します」

 

瑞鶴「……アイツも…碑文、使い…?でも、碑文使いはもう8人揃って…」

 

 

 

 

 

提督 度会一詞

 

数見「これはこれは…元CC社デバッグチームこと碧衣の騎士団のチーム長、度会一詞さんですね」

 

度会「俺も君のことは知っている、元CC社セキュリティ管理部、保安二課の数見数人(かずみかずと)

 

数見「わざわざ見送りですか、これはご苦労様です」

 

度会「…何故、瑞鶴に会いに来た」

 

数見「私としては…瑞鳳さんにも用があったんですが」

 

度会「…誰の事だ」

 

数見「ああ、隠す必要はありません、咎めるつもりもありませんから…ですが我々特務部としても、あれほどの戦力が欲しいところです」

 

度会「……」

 

数見「しかし即戦力を得るのはどうにも難しいようだ、大人しく艦娘の育成に精を出します」

 

度会「それは特務部の仕事とは思えないが」

 

数見「それがそうでもない物で、では失礼します」

 

度会「…何が狙いだ…」

 

 

 

 

 

某所

イムヤ

 

イムヤ「そういえば…曙からスマホ回収してたよね、今持ってないみたいだけどアレはどうしたの?」

 

綾波「ろ、ロッカー配送を頼んだんです…ぜ、全国80ヶ所…お、同じ品物が届く手筈です…」

 

イムヤ「そっか、それなら場所が特定されずに必要なものが手に入る…!」

 

綾波「か、缶詰とか…服とか…必要な物、沢山買いました…」

 

イムヤ(…綾波ってもしかして相当お金持ってる…?)

 

綾波「そ、それと…これ」

 

イムヤ「…クレジットカード?」

 

綾波「こ、個人営業のタクシー…カメラがついてなかったりするんです…でも、カードは使えるから…」

 

イムヤ「それでまた煙に巻くって事ね…」

 

綾波「だ、大体の位置を伝える事になるので…実は悪手…」

 

イムヤ「…じゃあどうするの?」

 

綾波「…イムヤさん、私を曳行してください…タクシーで海まで出たらそこから艤装で海を…」

 

イムヤ「…成る程、それなら問題なさそう…ところで綾波の燃料は?」

 

綾波「元々タンクも大きくないし、多くはないです…で、でも50kmくらいなら…移動できます…」

 

イムヤ「随分少なくない…?」

 

綾波「…その、私出撃しないから…最低限しか…バイクも免許が撮れる年齢じゃ無いですし、燃料入れなかったからすぐガス欠に…」

 

イムヤ「ああ、だから2時間も走らなかったのね…」

 

綾波「ごめんなさい…」

 

イムヤ「いや、いいけど…でも、何処に逃げるの…?って、そこは適当か…」

 

綾波「…いえ、考えはあります…ただ、逃げ延びたとして…イムヤさんには辛い思いをさせかねません…やっぱり司令官に保護してもらった方が…」

 

イムヤ「大丈夫だって、それに戻ったらみんなに迷惑かけちゃうし…」

 

綾波「……」

 

イムヤ「…綾波?」

 

綾波「…せ、潜伏場所…借りるには、条件があるんです…」

 

イムヤ「借りる…って、誰に…」

 

綾波「…ヘルバさんに…あ、アジトを借りるつもりです…」

 

イムヤ「…条件って?」

 

綾波「…し、深海棲艦を…人間に戻す薬を…完成させる…」

 

イムヤ「…私に打とうとしてたアレ?」

 

綾波「はい…で、でも…アレは…そ、その…深海棲艦の肉体は、わ、私達と違うタンパク質などと混ざり合ったモノで構成されていて…そ、それを…こ、壊す薬で…」

 

イムヤ「よくわからないんだけど…」

 

綾波「…し、死ぬか…人に戻るか、の…薬で…」

 

イムヤ「ちょっ、あれ私死にかけてたの!?」

 

綾波「た、ためしたことなくて…」

 

イムヤ「…まあ、そりゃそうだろうけど…それで?」

 

綾波「…イムヤさんの体…それから深海棲艦の体…その…こ、構成されてるものが少しだけ違うんです…か、過去の検査でわからなかった事が今わかって…」

 

イムヤ「つまり?」

 

綾波「…待ってください…すぅ…はぁ……イムヤさんの身体、こ、これは生命反応はあるんですけど…死後の人間のものとも酷似しているんです…構成物の違いとかはありますけど……」

 

イムヤ「…やっぱり私は死んでるのね…」

 

綾波「…その、それで…以前に深海棲艦を捕獲した事があって…そのデータとイムヤさんのデータが違って…」

 

イムヤ「…どういう事?」

 

綾波「…あの腕は、深海棲艦の腕と見るべきでは無いんです…一般的に深海棲艦と呼ばれてる軽巡級の身体は…まるで灰でした…に、肉体と呼べるものが溶けて消えたんです…」

 

イムヤ「…えっと…」

 

綾波「…その、説明がすごく難しいんですが…生きている間だけは身体を保つんです…死体になったら消えてしまう…」

 

イムヤ「それは聞いたことあるけど…」

 

綾波「…何かが、あと何かが掴めれば…きっと…イムヤさんみたいに…」

 

イムヤ「私みたいに…?」

 

綾波「…イムヤさんは、生きていると言えると思います…だから、深海棲艦になった人を頑張ってイムヤさんのレベルまで…戻す」

 

イムヤ「…私は、死んだのに、生きてる…」

 

綾波「…肉体、それと…あ、れ…?…わからない…」

 

イムヤ「綾波?」

 

綾波「できそうなのに…あと少しで、助けられるのに…思いつかない、わからない、どうすれば助けられるの…?違う、死んだ深海棲艦はどうなるんだっけ、深海棲艦を元に戻す手段って…」

 

イムヤ「…おーい…」

 

綾波「…ダメ、わからない、私には誰かを助けることなんて…」

 

イムヤ「綾波、話聞こうか」

 

綾波「あ…は、はい」

 

イムヤ「とりあえず、自販機で飲み物でも買おうか…」

 

綾波「…そうですね…もう少し頑張ればきっと安心して眠れるようなところに…」

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

提督 火野拓海

 

浜風「この辺りの島も全部深海棲艦が入り込んでました、明らかに増えてると思います…」

 

火野「…厄介だな」

 

浜風「…相変わらず、私の撃破数はゼロのままです」

 

火野「破壊者としては、不服か」

 

浜風「…当然です、私は深海棲艦を殺すために来た、兵士になるつもりで来たわけじゃなかった…」

 

火野「…私としても複雑な思いだ、何も知らさずに戦わせる事が君のためになるのか、それとも真実を伝えるべきかと悩んだものだ」

 

浜風「それは、どういう意味ですか」

 

火野「深海棲艦はまるでゾンビだ、海で死んだ者は深海棲艦へと姿を変える…とされている」

 

浜風「…まさか、そんな作り話みたいな事…」

 

火野「コレを読んでおきたまえ、深海棲艦の最新の研究結果だ」

 

浜風「……本当に、そうなんですか」

 

火野「深海棲艦から人間に戻った例もある」

 

浜風「…本当ですか…それ…!じゃ、じゃあ!」

 

火野「ただし、それはごく稀な事だ、わずか数例しかない」

 

浜風「…そんな」

 

火野「私がキミに伝えたいのは、家族を手にかける可能性もあるという事だ、だからキミが深海棲艦と交戦する事をできる限り避けた」

 

浜風「……」

 

火野「よく考えた上で、答えを出せばいい」

 

浜風「…ありがとうございます、失礼します」

 

火野「電、大淀」

 

大淀「電さんは今出ていますよ」

 

火野「…そうか」

 

大淀「しかし、浜風さんも十分戦力になるほどには成長しましたね」

 

火野「だから話した」

 

大淀「彼女は戦う事を選びますよ」

 

火野「…ならばもうしばらく面倒を頼む」

 

大淀「来月の後半から長期休暇が欲しいですね、1ヶ月ほど」

 

火野「…検討しておこう」

 

大淀「え?…まさか考えてくれるとは…」

 

火野「キミもまだ本来なら学生だ、夏休み位取れたとしてもおかしくはないだろう」

 

大淀「…よその子から刺されそうですけどね」

 

火野「どうだかな、案外1番忙しいのはここかもしれん」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 演習場

提督 倉持海斗

 

島風「やあぁぁぁっ!」

 

曙「このっ!ちょこまかすんな!」

 

夕張「…修復剤使うんじゃなかった…2人とも本気でやり合ってるし…」

 

海斗「まあ、2人ともアレで満足ならいいんじゃないかな…」

 

曙「この…燃えろ!!」

 

島風「っ!…そんなのには捕まらないよ!!」

 

夕張「…物凄くマジになってる気がするんですけど…」

 

海斗「ちょっと不味いかもね、止めた方がいいかも」

 

曙「…捉えた…っ!?」

 

曙に砲撃が直撃する

 

島風「…邪魔しないでよ…」

 

北上「じゃあこっちまで火の粉飛ばさないでくれる?熱いんだけど」

 

曙「アンタ、実弾撃ち込んできたんだから撃ち返されても文句言えないわよね」

 

北上「うるさいんだよ、自分たちだけちょっといいおもちゃもらったからって調子に乗んな」

 

島風「……」

 

曙「そう、そう見える?…アンタは何をもらったとしても扱いきれないわよ」

 

北上「黙れ」

 

曙「お断りよ、半端者」

 

北上「もう一発欲しいんだ、いいよ、わかった」

 

曙「撃ってみなさいよ、輪切りにしてステーキにしてやる」

 

海斗「2人とも、やめるんだ!」

 

曙「黙ってなさい、このクソ提督!」

 

北上「アンタはイエスマンらしく後始末だけしてりゃいいから」

 

海斗「…口で言っても止まらない、か…夕張、大井さんと川内さんを呼んできて」

 

夕張「…ですよね…」

 

曙「邪魔が入る前に刻んでやる!」

 

北上「チッ…粋がんな!」

 

2人の間に水面から魚雷が飛び出して炸裂する

 

北上「っあ…この!…もう邪魔者が…」

 

曙「……今の…」

 

阿武隈「演習するんだったら、私もお相手します…!」

 

北上「ほんっとうに邪魔者しか居ないな…あーもう!」

 

曙「…阿武隈…アンタ…」

 

阿武隈「…やりますか?多分、多少苦戦を強いることはできると思いますよ」

 

曙(…さっきのって、あの魚雷を急浮上させる…でもイムヤなしじゃ出来なかったはず…)

 

阿武隈「…やらないなら、大人しく訓練に戻った方がいいと思います、30分後には朝潮型の子達と合同訓練があるので、ここ使いますよ」

 

曙「……そう、アタシもう今日はいいや」

 

阿武隈「……」

 

阿武隈がこっちに近づいてくる

 

海斗「ごめん阿武隈、助かったよ」

 

阿武隈「いえ…その、ところで…」

 

海斗「わかってる、次回出撃時の旗艦を務めたいって事だったね、君になら任せられる」

 

阿武隈「あ、ありがとうございます!」

 

海斗「負担は増えるだろうけど、君ならみんなを無事に連れ帰る事ができるはずだよ」

 

阿武隈「…はい、絶対にやり遂げます!」

 

大井「…あの」

 

川内「呼ばれてきたけど、誰もいないないじゃん」

 

海斗「あー…阿武隈が止めてくれて…」

 

川内「…へー…強かったっけ?」

 

海斗「強いよ、それに今のメンバーで誰よりも努力してる」

 

阿武隈「!」

 

海斗「ただ、自信がついてないのが困りものだけど…」

 

阿武隈「目立った活躍とか、無いですから…」

 

川内「…ああそっか、あのキタカミの一番弟子だっけ」

 

大井「…へぇ」

 

海斗「よかったら演習してみる?」

 

阿武隈「え"っ!?」

 

川内「いいの?」

 

大井「私も興味ありますし、是非」

 

阿武隈「ちょっと待ってください!メンバーは!?」

 

川内「…この3人じゃダメ?」

 

阿武隈「明らかに人数不利ですよぉ!?」

 

大井「キタカミさんの弟子ならやって見せなさいよ」

 

阿武隈(私その人のことかけらも思い出してないのに!)

 

海斗「阿武隈、せっかくだし装備を変えてきたら?」

 

阿武隈「…今使うんですか…?うう…」

 

川内「何?奥の手あり?」

 

阿武隈「そんなんじゃなくて…第二改装を…」

 

大井「改二?何であなただけ…」

 

海斗「…改二はリスクがある…AIDAによる汚染が大きくなるんだ」

 

川内「…それなのに改二?」

 

阿武隈「私が独断で強行しました、でも、そのおかげで私もみんなの前に立てる…」

 

大井「…何でそんな事」

 

阿武隈「誰かに任せて、後悔したく無い…犠牲を払うような、誰かのために誰かが犠牲になるような戦いはしたくない、だからみんなが強くならなきゃいけない…私も」

 

川内「その価値はあった?」

 

阿武隈「…私の改二を見れば、わかると思います…」

 

   

 

 

 

川内

 

川内「改二…って言われてもなぁ…」

 

大井「先に私から行きます、それで様子を伺って…必要なら貴方が仕留めればいい」

 

川内「まあ、負けないだろうしね」

 

大井「…視認」

 

川内「よし、頑張れ…っぐ!?」

 

魚雷が艤装に突き刺さる

 

大井「今辞任したところなのにもう当たって…いや、違う…甲標的!」

 

川内「演習だってのに全部の手使ってでも勝ちにきてるんじゃ無いのコレ…」

 

大井「中破…かしら」

 

川内「だね、こんだけ手負いなら2対1でも文句無いか!」

 

大井「牽制用、撃ちます!」

 

合わせて放った砲撃が全て空中で爆発する

 

川内「…は?!」

 

大井「…待って、全部撃ち落として…」

 

水中から複数の魚雷が飛び出す

 

川内「うわっ!?」

 

大井「くッー!?」

 

川内「いくら演習用でも痛いっての…あーもう怒った…」

 

短刀を抜く

 

川内「絶対に…仕留める!」

 

大井「ええ、私を怒らせたツケ、払わせてやる!」

 

砲撃が飛んでくる

 

川内(…キタカミと同じ砲撃…だからこそ来る場所はわかる!)

 

飛んでくる砲撃を全て斬り裂き、落とす

 

川内「この程度の芸当、私にもできるっての…!ちゃんと後ろにいる!?」

 

大井「まあ…いるのはいるけど、回避行動したほうが早い気がするわ」

 

川内「いや、多分酸素魚雷流されるよ…だから全部落として…なッ!?」

 

大井「砲撃の回数が増えた…?」

 

川内「違う!舐めた真似して…さっきまで片方の連装砲しか使ってなかったんだ!」

 

大井「連装砲二つ同時に操ってこの正確性…」

 

川内「ふっ!」

 

斬り裂いた砲弾のすぐ後ろに別の砲弾

 

川内(隠し弾…!?)

 

川内「ぁがっ…ったぁ……」

 

大井「撃沈判定ね…私も降参しておくわ、勝ち目ないし」

 

川内「あの出撃から何があったの…これ」

 

 

 

 

 

工廠

工作艦 明石

 

明石「え?あなたの艤装を?でも貴方は既に艤装が…」

 

神通「どうにか作っていただけませんか?」

 

明石「そりゃあ、仕事ですしいいですけど…何のために?」

 

神通「強くなるために」



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コンディション

宿毛湾泊地

駆逐艦 アオボノ

 

曙「何しにきたのよ」

 

アオボノ「恥を忍んで、提督に会いに」

 

曙「…イムヤ達は」

 

アオボノ「綾波さんによって逃がされた…綾波さんなら何とかするわ」

 

曙「…実はイムヤ達を探しにきてたりして」

 

アオボノ「そんな無駄な時間を過ごしたりはしないわ、私は私のやる事をやって帰るつもり、だから…そんなに殺気を振りまかないでいただけるとありがたいです、川内さん、那珂さん」

 

川内「…ま、何しにきてようと興味ないし関係もないんだけどさ」

 

川内さんが剣を抜く

 

川内「危険だと思ったらやるだけだし」

 

アオボノ「今は?」

 

川内「特に、やる必要はないかなって…まあ、今だけね」

 

アオボノ「…私がここに来たのは特務部の仕事ではなく、個人の都合です」

 

那珂「都合…って何かあるの?」

 

アオボノ「喋っても一切問題ありませんから喋りますが…端的に言えば敵地に特攻して少しでも設備を破壊し、情報を得ろと指示を受けました」

 

曙「何それ、それが仕事…?冗談でしょ?」

 

アオボノ「私は綾波さん達を取り逃した上に、部長に従う事をも拒んでる、使いにくい上にいつ裏切るか…使い捨てて当然よ」

 

曙「ならそんな仕事も断りなさいよ!裏切って戻ってくれば…」

 

アオボノ「全体にとって価値のある仕事だと考えたのよ、それに第一、あそこを裏切ったら軍の中に居場所なんかないわ」

 

曙「そんなの…そんなの私たちがなんとかする!」

 

アオボノ「アンタはどうでもいいけど他の人たちまで巻き込めないの」

 

川内「…ほんとに価値のある仕事なの?」

 

アオボノ「台湾での戦いは不自然な点も少なくなかった、深海棲艦の基地は複数あると考えられるし…アレはいつでも取り返せるから一度手放した…私はそう考えた」

 

那珂「基地を取られることまで想定内ってこと…?」

 

アオボノ「だからあそこの深海棲艦は一回撤退したのよ、そうじゃなきゃ無尽蔵に出てくる深海棲艦が抗戦をやめる理由がわからない…あとは深海棲艦も一瞬で復活できるわけじゃない…ってとこでしょうか」

 

那珂「どのくらいかかるかは…」

 

アオボノ「わかりません、とにかく不明なことが多すぎる…台湾にあった施設はただの軍事基地に見えました、得られた情報は僅か…今は出来る限りたくさんの情報が必要なんですよ」

 

川内「点つなぎのためにまずは点拾い…か」

 

アオボノ「番号くらい振っておいて欲しいですけどね」

 

那珂「…でも、その為に死ぬ必要なんて…」

 

アオボノ「私は(ふね)です、提督の艦であるのなら、私の全ては提督の物、そして私が帰るのは提督の元です」

 

那珂「…戻るつもりなんだ」

 

アオボノ「当然です、提督は死ぬ事をよしとしません」

 

川内「多分誰でもそうだけどね」

 

アオボノ「私は、提督のために戦うと決めています」

 

曙「…だから?」

 

アオボノ「私の帰る場所はここで、私の戦う意味もここにしか無い」

 

曙「……」

 

アオボノ「じゃあ、私は提督に会って来ます」

 

曙「…クソ提督が許可を出さなかったら?」

 

アオボノ「懐かしいですね、その呼び方」

 

曙「話逸らさないでよ」

 

アオボノ「…出撃はします、どの道私の役割です、変わる事はない」

 

曙「……」

 

アオボノ「提督は私の提督です、ならば私の命を背負う責務がある」

 

曙「…アンタの勝手な都合で十字架背負わせるつもりなのね」

 

アオボノ「それは少し違う……っと…」

 

川内「何か居る…?」

 

那珂「敵、来てるんじゃない…?」

 

サイレンが泊地に鳴り響く

 

曙「…来なさい」

 

アオボノ「私の帰る場所に手を出されるのは癪だし、前回居なかった分は働くわ」

 

アオボノ(ここで攻め込んできた理由…何?何が目的なの)

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

海斗「龍驤、鳳翔は朝潮達を連れて機動部隊として動いて、金剛、天龍、阿武隈は機動部隊の前に展開、見える敵は全て攻撃して」

 

天龍「北上さん達が居ません、敵が来てるのは知ってるはずなのに…」

 

海斗「…今はいいよ、咎めるより先に敵を倒さないと…頼んだよ」

 

阿武隈「私たちが、ご期待に応えます!!」 

 

指示を出した部隊を見送る

 

海斗(このタイミングでわざわざここまで攻めてくるなんて…しかもわざわざ泊地を狙う理由がわからない、深海棲艦を増やそうとしてるなら海沿いの街を狙うべきなのに…)

 

アオボノ「提督」

 

海斗「曙…」

 

アオボノ「たまたま泊地に戻っていただけですが、居合わせた以上提督の指揮下で防衛に参加させてください」

 

海斗「…助かるよ」

 

曙「で、私達はどうすればいいわけ?川内達も居るわよ」

 

海斗「…いや、一回待機だ、既に展開してる部隊の動きが崩れかねないから…川内さん達は大井さんと北上を呼んできてくれますか」

 

川内「…まあ、了解」

 

那珂「私大井ちゃんね」

 

川内「…うへぇ」

 

海斗「…このタイミングに攻めて来た理由、どう思う」

 

アオボノ「私にはわかりかねます、奪われた資材を取り返そうにもあまりにも遅すぎる」

 

阿武隈『提督!敵は20を越えてます!戦艦級は7確認…待って、もっと遠くに空母もいるみたい、艦載機来てます!』

 

海斗「曙、朧達と展開して防空に努めて」

 

曙「はいはい…私が出れば早いのに」

 

海斗「君の判断で前に出ていいよ、でもみんなが怪我をしないようにね」

 

曙「…わかったわ」

 

アオボノ「私もですか?」

 

海斗「…そういえば、艤装は?」

 

アオボノ「綾波型の物のみです」

 

海斗「……」

 

アオボノ「提督、一つお願いがあります」

 

海斗「…聞くよ」

 

アオボノ「阿武隈さんが視認できず、空母からの連絡もなかったということは敵の機動部隊の位置は恐らく阿武隈さんの位置から30ノットで2〜3分の距離と思われます、なので機動部隊とやり合わず水上部隊を叩きます」

 

海斗「どうやって」

 

アオボノ「私が囮になります、提督、どうか命令してください」

 

海斗「…無事に戻れる?」

 

アオボノ「提督が私を信頼してくれるのなら」

 

海斗「任せたよ」

 

アオボノ「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

海上 

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ(…さて、居たな、阿武隈さんの隊…おや、艦載機は航空戦に集中か)

 

天龍「え、あ、曙さん…」

 

阿武隈「えっ!?」

 

アオボノ「おや、随分と凛々しい雰囲気になりましたね、何かありましたか?」

 

阿武隈「ありがとうございま…って違う!前に出ないで!」

 

アオボノ「私が囮になります、好きなだけ撃ちまくってください」

 

金剛「ノー!危険デース!」

 

アオボノ「…いいえ、コレが1番安全なんですよ」

 

深海棲艦に肉薄してから離れる

 

アオボノ(まだやる必要はない、挑発に乗せればいい…)

 

戦艦級の砲口がいくつかこちらを向く

 

アオボノ(来た!)

 

魚雷を横に流す

 

アオボノ「…さて」

 

全ての魚雷が流してすぐに炸裂し、水柱の壁を作る

 

アオボノ「大波が来ますよ」

 

周囲の波が一気に荒れる

 

アオボノ「さあ、的当てゲームです」

 

姿勢を低くして波間に隠れ、砲撃を避けながら動く

 

アオボノ(っと?…流石阿武隈さん、戦艦級を2体落としましたか、のこりは5つだけ…)

 

主砲を取り出し、向ける

 

アオボノ「摘み食いとしましょうか」

 

主砲を撃つ、しかし戦艦級の装甲の前には意味がない

 

アオボノ「そして撃たれたら撃ち返す…見えた、直撃コース」

 

砲口がこちらを捉えた瞬間、そこに砲撃を撃ち込む

戦艦級の砲塔の内側で炸裂し、艤装を持っていた戦艦級の腕が吹き飛ぶ

 

アオボノ「おや、グロいですね…頭も半分溶けて…早く終わらせてあげますよ……うわ、飛び散った」

 

駆逐級が魚雷を放ち、突撃してくる

 

アオボノ(1人だと、ちょっとばかり面倒だけど…供回り全て貰えるなら充分か)

 

駆逐級を引き連れて奥へと進む

 

アオボノ(…そう言えばこっちには敵機動部隊が…まあいいか)

 

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 阿武隈

 

阿武隈「よし、仕留めた!」

 

天龍「あの戦艦で最後…」

 

北上「なに?もうほとんど終わってるじゃん、せっかく来たのに…」

 

阿武隈「……」

 

北上を無視して砲を向けて撃ち抜く

 

北上「うわ、最後のも沈んだし…もう帰ろうかなアタシ」

 

川内「まだ終わってないよ」

 

北上「…空の話?アタシは無理…」

 

川内「じゃなくて…本命が来る」

 

阿武隈「…やっぱり、この重い殺気…」

 

別の深海棲艦が浮上してくる

 

天龍「軽巡級3、重巡級2…と、そして…」

 

阿武隈(…この人が…キタカミさん)

 

金剛「…リアリー…?本当にキタカミなんデスカ…?」

 

キタカミ「…へぇ、この前会えなかった顔が揃ってるじゃん」

 

北上(…コイツか、コイツのせいでアタシはあんな想いをしてたのか…コイツなんかのせいで…)

 

阿武隈(…動けない、全身に槍がつきつけられてるみたいな緊張感…隙がない、もし今打とうとしたら一撃でやられる…)

 

川内「私が崩す、頼んだよ」

 

キタカミ「…いいよ、相手するよ…そんな事のために来たわけじゃないのにさぁ…」

 

キタカミさんが主砲を向ける

 

川内「…じゃあなんのために来たっていうの」

 

キタカミ「提督連れて帰るためかなぁ…」

 

阿武隈「提督を…?」

 

キタカミ「私が正しい…って、わかって欲しいから」

 

川内「…何処が正しいのかわかんないんだけど」

 

天龍「私もです」

 

キタカミ「良いんだよ、アンタらがなんて思おうと…もう無駄話も飽きたし…」

 

川内「…行くよ!」

 

距離を詰めようとする川内さん、そしてそれを寄せ付けないキタカミさん

周囲の深海棲艦の砲撃をかわしながら仕留めていく

 

阿武隈(川内さんはチャンスを作ろうとしてるだけ、だから全力じゃない…私は…私は一撃で仕留める準備だけを…)

 

北上「なんで撃たないのさ…あんな隙だらけなのに

 

北上さんが砲撃しようと砲を構える

 

阿武隈「待っ…」

 

キタカミ「…ハッ」

 

北上「…な…」

 

ガシュンという音が鳴り、北上さんの持っていた主砲が内側からひしゃげるように爆発する

 

北上「っあ…!な、何が…!」

 

阿武隈(やっぱり、主砲を向けて良いのは一瞬だけ…完全に意識の外の攻撃じゃないと倒せない!)

 

キタカミ「舐められたもんだよねぇ…私相手にそんな甘い考え…本当に別の私?」

 

北上「く…手が…ぁ…!」

 

大井「キタカミさん!」

 

キタカミ「おー…大井っちじゃーん」

 

北上「大井…」

 

大井「…なんでこんな事を…!」

 

キタカミ「えー?大井っちも深海に来りゃわかるって、こっち来なよ?」

 

川内「戦闘中に…随分とお喋りだね!」

 

阿武隈「今!」

 

川内さんが斬りかかったタイミングに合わせて砲撃を放つ

 

キタカミ「…うん、やっぱ良いねぇ…阿武隈、強くなったね…」

 

私の砲撃をいとも簡単に撃ち落とされる

私の攻撃は…まだ届かない

 

阿武隈「…私は、あなたを覚えていません」

 

キタカミ「…そう?頭で覚えてなくても…きっと身体は覚えてる、私の攻撃を恐れてる」

 

阿武隈(確かに、私の身体は…怖がってる)

 

大井「キタカミさん、木曾は…姉さんたちは今どうしているんですか」

 

キタカミ「今忙しいんだけどなぁ…見てわかんない?」

 

川内「ふっ…くらえ!」

 

キタカミ「…接近戦は嫌いなんだけどなぁ…」

 

大井「キタカミさん!」

 

キタカミ「…球磨姉も多摩姉も何回も殺されてグッチャグチャ、木曾も今は修復中、以上」

 

キタカミさんが川内さんの両手首を掴む

 

キタカミ「両手使えなくなっちゃったねぇ」

 

川内「お互い様でしょ…!」

 

阿武隈「もらっ…た!?」

 

両脚が何かに噛まれたような痛みが走り、海に引き摺り込まれる

 

キタカミ「阿武隈はちょっと面倒だから…大人しく捕まってよ」

 

阿武隈「ぷあっ!?…ごぽっ助けっ…!」

 

天龍「金剛さん、引っ張ってください!」

 

金剛「馬鹿みたいに力強いデース!この下に何体…!」

 

キタカミ「2人」

 

大井「……ふた、り…」

 

キタカミ「おっ、大井っち…勘が良いねぇ…」

 

北上「…大井、何つったって…」

 

天龍「こちら天龍です!だれか急いで爆雷を持ってこっちに!」

 

金剛「理由とかいいから早くするネー!!」

 

那珂「砲撃撃ち込んでいい!?」

 

阿武隈「おねっ…おねが…」

 

那珂「…見えない…何処に…ここ!」

 

足元が揺さぶられる

 

急に体が浮き上がり、海面に投げだされる

 

キタカミ「あー…離しちゃったか」

 

阿武隈(艤装が…壊されてる…立てない!)

 

大井「…キタカミさん、今真下に居るのは…」

 

キタカミ「んー…ちょっと待って、いい加減この体制きついから!」

 

キタカミさんが川内さんを蹴り飛ばす

 

川内「ごふっ…」

 

キタカミ「さてさて、紹介しとこ…っと、また新手?」

 

アオボノ「いいえ、囮ですよ」

 

川内「…曙」

 

天龍「無事でしたか…」

 

アオボノ「囮のつもりでしたが、機動部隊とも交戦してしまいました」

 

阿武隈(…敵の水上部隊を引き連れて敵機動部隊と交戦して…無傷で帰ってくる囮…)

 

那珂「全部沈めたの…?」

 

アオボノ「まあ、当然ですね」

 

金剛(当然の意味調べて来いデース)

 

キタカミ「面倒なの来たなぁ…」

 

曙「面倒な奴第二号も来てあげたわよ、遅くなって悪かったわね、ほら爆雷!」

 

天龍「っと…その…もう、必要ないような…」

 

那珂「貸して、多分この辺り!」

 

爆雷の爆発とともに深海棲艦が飛び出してくる

 

ト級「ギシッ…ガギィ…」

 

中心は脚のない女性の体、そして両手に乗った二つの大きな頭のような艤装

 

大井「…コレが、姉さん…?」

 

キタカミ「ちょーっと違う…達だよ」

 

大井「…嘘、嘘よ…なんでこんな…」

 

キタカミ「末の妹なんてさぁ…可愛くてしょうがないじゃん?だから木曾の分まで必死に動いて、その結果何度も殺された…」

 

北上(…その結果がこの…)

 

大井「…球磨姉さん、多摩姉さん…本当に姉さん達なの…!?」

 

ト級「…グシッ…グジャルル…」

 

大井「ねえ…なんで…」

 

キタカミ「そんなに難しく考えないでよ、姉さん達なのは変わんないしさぁ…大井っちもこっちに来る?案外楽しいよ」

 

大井「……」

 

アオボノ「提督、曙です…キタカミさんと交戦します、撃破命令を」

 

キタカミ「お、提督に繋いでんの?ちょっと喋らせてよ」

 

アオボノ「お断りします」

 

曙「命令なんか待つ必要ないわ、こんだけの人数で囲んでる…ここで殺す」

 

川内「それは迂闊だよ、何仕掛けてくるかわからないんだから」

 

アオボノ「……」

 

キタカミ「…はぁ…ま、良いけどさ…」

 

アオボノ「提督から…捕獲の命令が出ました、貴方と、そこの深海棲艦の」

 

キタカミ「マジ?相変わらず甘いね…良かった、変わってなくて」

 

アオボノ「ええ、相変わらず提督は提督です、ですから…」

 

其々の主砲がキタカミさんを捉える

 

アオボノ「大人しく捕まってくれますか」

 

キタカミ「お断り…かなぁ……やるよ」

 

ト級「ゴガアアアアア!!」

 

ト級が周囲に砲撃を振り撒く

 

大井「やめて!姉さん!」

 

大井がト級の艤装にしがみつく

 

大井「お願いだから…正気に戻って!」

 

北上「大井!馬鹿なこと言ってんなよ!話の通じない深海棲艦相手に!」

 

大井「止めないで!あの深海棲艦は姉さん達なの!」

 

キタカミ「大井っちも寂しいよねぇ、大丈夫、一緒に帰ろ」

 

川内「大井!」

 

アオボノ「先に仕留める!」

 

北上「…この…!」

 

 

 

 

軽巡洋艦 北上

 

なんで嫌いな相手守って死ぬなんて馬鹿な真似…

憎くて、死ぬほど嫌いな相手なのに…怨んでる相手なのに、何度も跳ね除けたのに…なんで…

 

どんなに考えてもわからない、どんなに考えても納得できない

 

傷口に海水が沁みる

 

頭がぼうっとして、耳鳴りがして、体が痺れたみたいな感覚で海水に呑まれていく

 

ああ…でも、不思議と今回は辛くない、この死は…寂しくない

 

視界外から胸ぐらを掴まれ、引き起こされる

誰が何を喋ってるのかも聞き取れない、傷口が痛くて動けないのにそんなこともみんなみんなお構いなし

 

こっちの都合なんて誰も受け入れてくれない

 

何秒だったのか、何時間だったのか、コンクリートの上に投げ捨てられる

急に痛覚も聴覚も戻ってくる

 

北上「ぐぇ…」

 

海斗「夕張!急いで!」

 

夕張「待ってください、傷が深すぎて……修復剤を使うしかありません」

 

海斗「…使って」

 

北上「がっ…ああああああ!!」

 

激痛が走り、身体が跳ねる

 

北上「あが…か…!」

 

海斗「北上、堪えて…大丈夫だから、もう少しだけ耐えて…!」

 

夕張「…大きい傷口は塞がりました、このまま医務室に!」

 

海斗「わかった!」

 

呼吸より早いペースで心臓が跳ね続ける

痛い、動いてないのに息が上がる

 

北上「…っ…」

 

視界が霞む、こんなに痛いのに…なんでこんなに眠いんだろう



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殺人鬼

宿毛湾泊地 近海

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「アハッ…アハハハハハハ!」

 

キタカミ「チッ…!」

 

数の不利

そして多様な攻撃手段

 

アオボノ「一切の勝ち目はない!」

 

キタカミさんの頭に主砲を叩きつける

 

キタカミ「ごっ…」

 

アオボノ「深海棲艦も血は赤いんですか」

 

キタカミ「…頭だけは…なりきってないんかねぇ…」

 

アオボノ「貴方は、仲間を手にかけようとした時点で深海棲艦ですよ、髪の毛一本残らず全て」

 

キタカミ「…言って、くれるねぇ…もうちょっとやれるかなって思ってたのに…」

 

アオボノ「大人しく捕縛されれば提督にお目通りくらい叶うかもしれませんよ」

 

キタカミ「それはいいかもねぇ…でも、連れて帰るのが目的だし…」

 

両膝を撃ち抜く

 

キタカミ「…容赦無いなぁ…」

 

大井「キタカミさん、姉さん達は…仕留めました…大人しく投降してください」

 

キタカミ「……そっか…いまどうなってる?」

 

大井「…天龍さん達が今拘束の用意を…」

 

キタカミ「ならもういいや」

 

後方で浮いていたト級が爆散する

 

大井「…え…?」

 

キタカミ「んじゃ、目的は果たせなかったけど帰るわ」

 

大きな口を開けた深海棲艦がキタカミさんを丸呑みにして海の中に消える

 

アオボノ「逃した…」

 

大井「姉、さん…姉さん!そんな、嘘、嘘よ!」

 

大井が吹き飛んだ深海棲艦の欠片を拾い集める

 

曙「…アイツ、生き返らせられるとはいえ…姉妹を囮に使ってたの…?」

 

アオボノ「曙、私も勘違いしていたから伝えておくわ」

 

曙「……」

 

アオボノ「あれは私たちの知ってるキタカミさんなんかじゃ無いの、薄汚い深海棲艦よ、もう2度と間違えないようにしないと」

 

大井「…こんな事…なんで、どうして…!」

 

川内「大井…」

 

大井「キタカミさんは姉さん達のために深海棲艦と繋がりを持っていたんだと思っていた…木曾が可哀想だからとか、姉妹だけに辛い思いをさせたく無いからとか…そんな理由だって期待してた…なのに…なのに、キタカミさんは…!」

 

曙「…キタカミさんキタカミさんか」

 

川内「…大井、今見るべき北上は…」

 

大井「…何で、こんなこと…!」

 

アオボノ「爆発による被害は」

 

那珂「…天龍ちゃんが破片で怪我したけど、軽症…タイミングが良かった…のかな」

 

アオボノ「全員帰投しましょう、川内さん、大井さんを任せます」

 

川内「…わかった」

 

 

 

 

宿毛湾泊地 会議室

 

アオボノ「撃破数はこの通りです、あとそれと別に私は8匹ほどの駆逐級と敵機動部隊の空母3、軽空母2、軽巡3、駆逐4を撃破しました」

 

川内(敵機動部隊の数盛ってない?)

 

那珂「撃破数増やしてない?あの短時間だよ?」

 

アオボノ「虚偽の申告はしていません」

 

海斗「嘘をつく必要はないだろうし、今気にする事じゃ無いと思うよ」

 

曙「…はぁ、でも囮の癖に敵部隊壊滅させるのは…囮っていうの?」

 

龍驤「言わんやろなぁ…」

 

天龍「すいません、天龍、今戻りました」

 

海斗「休んでてくれて良かったのに…大丈夫?」

 

天龍「ありがとうございます…でも大きい怪我はありませんし…」

 

海斗「とりあえず、座って」

 

天龍「はい…大井さん、隣失礼します」

 

大井「……」

 

曙「ま、正直こんな会議は意味ないと思うけど…」

 

川内「同意だね、ところでウチの提督は?」

 

海斗「前回の出撃の報告で本部に戻ってそのまま、まだ帰ってないよ」

 

那珂「肝心な時にいないんだから…もう」

 

アオボノ「そんな事よりも」

 

川内「む…」

 

アオボノ「提督、キタカミさんの狙いは提督だったそうですよ」

 

海斗「…なんでだろう」

 

曙「寂しくなったんじゃない?」

 

海斗「…それなら戻ってきてくれれば良かった…けど、そうしてない」 

 

アオボノ「提督には思い当たる節は?」

 

海斗「全く…」

 

アオボノ「でしょうね…しかしまあ、弱りました…」

 

曙「何によ」

 

アオボノ「自爆です、あとは水中に引き摺り込もうとする行為」

 

川内「…そっか、またそれやられたんだ」

 

アオボノ「しかも今度は艤装を破壊され、無防備な状態に…那珂さんが早期に撤収させてくださらなかったら恐らくは」

 

那珂「まあ…そうしろって言われたし…」

 

海斗「那珂さん、阿武隈を助けてくれてありがとう」

 

那珂「…それより、一体の深海棲艦で水に引き込む戦術…あれを一気にやられたら絶対誰かが死んじゃう」

 

天龍「同意します、先ほど医務室で話を伺いましたが、予兆などは全く感じられなかったそうです」

 

海斗「以前被害にあった瑞鶴さんもそう言ってたよ、それに阿武隈は十分な実力がある、その阿武隈が気づけなかった」

 

川内「瑞鶴の方も…水面下の音は拾いにくいって話だったし、コレはもはや防ぐのは無理かもね」

 

海斗「その辺りの対策は明石や夕張と進めていくことにするよ、艤装面で改善していこうと思う」

 

アオボノ「艦娘個人の処理にも限界がある、妥当でしょうね」

 

海斗「…それと、キタカミについてだけど」

 

曙「アイツ、自分の得意を捨ててきてたわね、わざわざ川内とやりあって自分らしい動きを捨ててた」

 

川内「だね、だから一気に数の有利を作れたし、勝てた」

 

アオボノ「それがなくても勝てましたが」

 

曙「どの口が…」

 

アオボノ「戦闘のログなどから川内さんとの交戦も全力ではなかった、こちら側の北上さんへの的確な砲撃からそれは明らかでしょう」

 

川内「まあ…私もどこまでやるか悩んでたし、そこはおあいこって事で」

 

アオボノ「それでも構いませんが、次やり合った時圧倒できますか?」

 

川内「…成る程ね、それならお互いに手の内を明かしてない、無理かな」

 

アオボノ「キタカミさんは恐らくまだ隠してる武器があります、具体的には艦娘用ではない魚雷…前回の時のあの魚雷です」

 

曙「まだ隠し持ってるって?」

 

アオボノ「そう考えておくべきよ」

 

海斗「…そうだ、北上、こっちの北上は今の所意識は戻ってないけど命に別状はないよ」

 

大井「……」

 

天龍「良かったですね、大井さん」

 

大井「…別に、私は…」

 

川内「自分を庇ってくれた相手なんだから…もっとリアクションしなよ」

 

大井「それは……まあ、死なれなくて良かったです、寝覚が悪くなるところでした」

 

曙「…まあ、別にあの北上だし、いいか」

 

アオボノ(…過去のツケが来てますね)

 

海斗「…いや、僕がこういう事を言うのは間違ってると思われるかもしれないけど…北上は変わろうとしてるんじゃないかな」

 

大井「……」

 

海斗「だから、曙ももう少し北上に心を開いてみてよ」

 

曙「アタシ?…いや、だってアイツクソめんどくさい…」

 

アオボノ「提督の命令よ、従いなさい」

 

曙「…ちょっと、なんで席立って…なんで近付いてくんのよ!こ、こっち来んな!」

 

アオボノ「どうせ、言うこと素直に聞くようなタイプじゃないでしょ」

 

曙の手首を捻り、肩に手を置く

 

曙「あだだだだだ!わかった!ギブ!ギブだって!」

 

アオボノ「ギブ?ギブって何が欲しいの?もっと強くして欲しいってこと?」

 

曙「ギブアップ!ギブアップに決まってるでしょ!?やめろこの馬鹿!ぁががっ!本当に強くするな!」

 

川内「なんだっけ、あの技…」

 

那珂「腕ひしぎ腕固めだね、逮捕術に使われるやつ」

 

曙「…よくやく、解放された…というか固めてる時に肩揉むな!気持ち悪い!」

 

アオボノ「あんたが弱いからいいようにされてるだけでしょ」

 

曙「この…っ……はぁ…あ、そうだ、アンタ剣返してよ、片手しか使えないと締まりが悪いのよ」

 

アオボノ「…なんの事?」

 

曙「オイ」

 

アオボノ「綾波さんに取られたわ、悪いけど諦めて」

 

曙「…最悪」

 

会議室の扉が乱暴にノックされる

 

朧「失礼します、朧です…提督!」

 

海斗「どうしたの、朧」

 

朧「…綾波が…その、近畿の方で見つかったらしいんですけど…」

 

海斗「見つかった…捕まったって事?」

 

曙「指名手配からもう何日も経ってるし、無理もないと思うけど」

 

朧「えーと…いえ、それはまだで…ただ、民間人を撃ち殺した…って」

 

海斗「綾波が人を撃った…」

 

川内「民間人を?なんのために…」

 

朧「わかりませんけど…」

 

海斗「確かなの?」

 

朧「…さっきからずっとニュースで…」

 

アオボノ「まずい事になりましたね」

 

海斗「…綾波の事から目を逸らし続けるのは…難しいかもね」

 

曙「本当に綾波がやったわけ?」

 

朧「わかんないよ…!」

 

アオボノ「…綾波さんもそこまで堕ちるような事はないでしょう、提督も朧も、安心して、私に任せてください」

 

曙「アンタ、任務は?」

 

アオボノ「こんな事が起きた以上有耶無耶になるでしょ、気にしないで」

 

海斗「……」

 

アオボノ「提督、失礼します」

 

海斗「また、いつでも戻ってきてね」

 

アオボノ「勿論です、ここは私の大事な母港ですから」

 

 

 

 

 

某所 路地裏

イムヤ

 

イムヤ「…ここなら…大丈夫…?」

 

綾波「ぁ…ああ…」

 

イムヤ「落ち着いて、綾波、あれは事故なんだから…」

 

綾波「違う…綾波が…綾波が人を…」

 

イムヤ「違うでしょ!綾波は何も悪くないじゃない…!」

 

綾波「いいえ、悪いのは綾波で…私が…人を、殺した…!」

 

イムヤ「もう、落ち着いてよ…お願いだから…ほら、私の目を見て」

 

綾波「嫌…私は、私は…!」

 

春雨「宿毛湾泊地所属、駆逐艦兼研究員、綾波」

 

イムヤ「だ、誰…って…」

 

春雨「貴方の検査の時以来ですね、お久しぶりです、伊号潜水艦さん」

 

イムヤ「…ヘルバさんのとこの…」

 

春雨「春雨です、はい」

 

イムヤ「…伊168…イムヤって呼んで」

 

春雨「よろしくどうぞ、イムヤさん」

 

イムヤ「…何の用なの」

 

春雨「ヘルバ様が貴方達の隠れ場所を用意しました、来てください」

 

イムヤ「来てくださいって…少し通りに出たら警察だらけで…」

 

春雨「…ま、ここで警察の目をかわせると思うならどうぞ…」

 

イムヤ「…仕方ない、綾波、行きましょう」

 

綾波「だ、ダメです…綾波はもう自首して…」

 

イムヤ「バカ言わないで!私を無事なとこに連れてくんでしょ!?」

 

春雨「あのー…大声出さないでください、見つかりますよ」

 

イムヤ「っ…と、とにかく!ここから逃げましょ!」

 

綾波「うぁ…」

 

うずくまって動かない綾波を引きずり春雨について行く

 

春雨「こっちです」

 

路地の先に扉が開いた状態で車がつけてある

 

春雨「乗ってください」

 

イムヤ「…久々に、腰を落ち着けられそうね…ほら、行くよ綾波!」

 

綾波「……」

 

とぼとぼとした動きで綾波が車に乗る

 

春雨「佐藤さん、お願いします」

 

佐藤「ええ、貴方は?」

 

春雨「…まあ、買い出しを言いつけられてるので…」

 

ドアが閉じて車が出る

 

綾波「…なんで、綾波が生きて…綾波なんか…」

 

イムヤ「…そういうの、今はいいから…休みなよ、もう疲れてるんだって…」

 

綾波「私は…私なんか、私なんかのせいで…!」

 

佐藤「事情はヘルバ様に伺っています、私も綾波さんに非はないと思いますが…世間はそうもいかない」

 

イムヤ「え…?」

 

佐藤が車のラジオをつける

 

ラジオ『以前逃亡中の深海棲艦と研究員ですが、街中で銃を乱射し警官隊と銃撃戦を繰り広げました。これによりすでに20人が犠牲になったとのことです。中には著名人も含まれているとされ…』

 

佐藤がラジオのスイッチを切る

 

綾波「に、じゅう…?」

 

イムヤ「そんな…何人に特務部の部隊の流れ弾が当たっただけでしょ…!?」

 

佐藤「徹底的な隠蔽工作、と言ったところでしょうか、事情をハッキリと見た者は全員殺されたようですね、特に影響力がありそうな人間も」

 

イムヤ「そんな…それだけのために民間人を巻き込んで…?」

 

綾波「おげえぇ…っ…」

 

イムヤ「なんで…なんでこんな事!」

 

佐藤「貴方の存在がそれだけ貴重である証明ですよ」

 

イムヤ「っ……そう、か…私の、せい…」

 

綾波「…う…うぇっ……ごめ、なさ…」

 

佐藤「曲がりますよ、ちゃんと掴まっててくださいね」

 

建物の地下駐車場に入る

 

イムヤ「…ここって、どこなの」

 

佐藤「マンションです、かなり大きいマンションですから、防犯設備もしっかりして…っと、弾かれる側でしたね、我々は」

 

イムヤ「……」

 

佐藤「そんなに睨まないでください、場を和ませようとしただけです…降りてください、部屋に案内します」

 

イムヤ「綾波、早く立って」

 

綾波「……」

 

佐藤「ゆっくりで大丈夫です、ここはまだ入居者が少ないですから…まあ、今後入居する人は激減すると思いますが」

 

イムヤ「なんで?」

 

佐藤「すぐそばで銃撃事件がありましたから」

 

エレベーターに乗る

 

イムヤ「か、監視カメラ…」

 

佐藤「大丈夫、稼働していませんので」

 

綾波「…こ、ここ…ヘルバさんの…?」

 

佐藤「はい、ヘルバ様所有のマンションです、管理会社もヘルバ様の傘下です」

 

イムヤ「…恐ろしいわね」

 

綾波「……」

 

イムヤ「でも、ここなら…」

 

最上階の一つ下で止まる

 

佐藤「さあ、どうぞ」

 

真ん中の部屋に案内される

 

イムヤ「…え、なにここ、普通に綺麗な部屋が出てきて困るんだけど」

 

綾波「…研究所かと…」

 

佐藤「それは上の階です」

 

イムヤ「ああ、やっぱあるんだ…」

 

佐藤「残念ながら、我々も無償で逃亡犯を匿う余裕はありませんから」

 

綾波「……」

 

佐藤「3LDK風呂トイレどころか一通りの家財道具は揃っています、衣類もサイズは不確かですが春雨さんが買い揃えました」

 

綾波「……て、テレビをつけても良いですか」

 

佐藤「オススメはしませんが、ここはもう貴方たちの家です、どうぞご自由に」

 

綾波がリモコンを操作してテレビをつける

 

テレビ『依然逃走中の犯人は…』

 

イムヤ「私たちはやってないのに…」

 

佐藤「これだけ派手なニュースが流れれば貴方達に行われる如何なる非人道的行為が正当化される…」

 

チャンネルが変わる

ライブの街頭インタビューが映される

 

テレビ『20人もの人間を殺したなんてもう海にいる怪物と何も変わりません!一刻も早く殺して欲しいです』

 

綾波「…ぅ…」

 

テレビ『最低の殺人鬼だ!』

 

綾波「…あ…綾波は…」

 

綾波の手からリモコンをぶんどりテレビを消す

 

綾波「あ…」

 

イムヤ「…何やってんのよ、これ見て、どうしたいの?」

 

綾波「…さ、い…確認…」

 

イムヤ「再確認?じゃあ何も知らないテレビの向こうの奴らの言葉で確認できるほどに薄っぺらいの!?」

 

綾波「…はい」

 

イムヤ「そんな事ない!綾波は私の命の恩人!私1人で逃げてたとしてここまでは逃げられなかった…!」

 

綾波「…それは…」

 

イムヤ「綾波は賢いし、私を何回も助けてくれた、それにずっと妹の事心配してた、そのくらい優しくて、ただ姉妹が大好きな普通の子なんだよ…」

 

綾波「……」

 

イムヤ「ちょっと変なとこあるし…集中したら周り見えなかったり、容赦ないとこもあるけど…一緒にここまで逃げてきて、私には綾波が前みたいな事をするとはもう思えない…私にとって、綾波は仲間だよ…」

 

綾波「……す、すいません、佐藤さん、御手洗いは…」

 

佐藤「廊下に出て右手です」

 

綾波「すい、すいませ…ぅぷ…」

 

佐藤「……車酔いでしょうか」

 

イムヤ「嬉しいとか、幸せだって思うと気持ち悪くなるんだって…」

 

佐藤「それは何とも」

 

イムヤ「…ここのベッドってフカフカ?」

 

佐藤「はい、しっかりしたところのものを取り寄せたと」

 

イムヤ「良かったぁ…ベニヤ板にワタを抜いた布団みたいなベッドで寝てたから身体中痛くて痛くて…」

 

佐藤「それはそれは」

 

春雨「この間2人で入ってたラブホの話ですか?」

 

春雨が入ってくる

 

イムヤ「うわっ!?何で知って…」

 

春雨「お二人ってそんな仲なんですか?」

 

イムヤ「違くて…その、アレは雨も酷かったし、綾波曰くああ言う施設はお忍びで入る人が多いから、周りにカメラがなかったりして…その、隠れて休むのに適してるって」

 

春雨「ああ、なるほど、先払いの所とか完全無人のところもありますからね」

 

佐藤「…やけに詳しいですね」

 

春雨「マンガの知識ですけどね、はい」

 

イムヤ「何にせよ、人の金で寝泊まりしてる時点で気分悪かったけど……と言うか、何でバレてるの!?」

 

春雨「実はあのホテルの側には私のいま住んでる家がありまして…本当にたまたまお見かけしました」

 

イムヤ「…そう」

 

春雨「おかげでこの辺りに展開して早急に助けられました、はい」

 

イムヤ「幸運…ね」

 

綾波「…も、戻りました…」

 

春雨「細かい話は置いておいて…服着替えてもらえますか?」

 

イムヤ「…そういえば、結構汚れてるしね」

 

綾波「…はい」

 

春雨「すぐにお食事用意しますので」

 

イムヤ「ご飯…久々にあったかいご飯…?」

 

春雨「ラブホで食べなかったんですか?」

 

綾波「らぶ…え、と…ほ、ホテルの人に顔を見られたくなくて…」

 

春雨「…ラブホすら言おうとしないとは…そうとう初心ですね、てっきりやる事やって稼いだりしてるのかと」

 

綾波「…そ、その……かっ考えはしましたけど、良くないですから…」

 

春雨「はははお戯れを、もっと悪い事たくさんしておきながら」

 

綾波「…うぅ…」

 

イムヤ「あー、あんまりいじめないであげて…服はどこに?」

 

佐藤「奥の部屋です…あの、春雨さん、それは…」

 

春雨「佐藤さんも食べますか?カップ麺ですけど…あとレトルトカレーとレンチンで食べれるもの主体で買い揃えてきました」

 

イムヤ「カップ麺…な、何があるの!カップ焼きそばとかある!?」

 

春雨「ありますよ、ペヤング」

 

イムヤ「私UFOの方が好きだなー…」

 

綾波が春雨の買い物袋を覗く

 

綾波「……あ、あの…サラダは?」

 

春雨「ないですよ、そんなもの」

 

綾波「…ちょ、調味料とか、野菜…」

 

佐藤「お肉なら入ってますね、味付きのが…春雨さんのお宅は相当散らかってると見ました」

 

春雨「失礼な、片付いてますよ、物がないので」

 

綾波「…え、栄養が無いです…ビタミンC…食物繊維とか…」

 

佐藤「仕方ない、ネットスーパーで買い揃えておきましょう…料理ができる方は?」

 

イムヤ 春雨「……」

 

綾波「…できます…」

 

佐藤「それはよかった」



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苛立ち

宿毛湾泊地 医務室

軽巡洋艦 北上

 

北上「…っ…?」

 

頭が痛い、体を起こす気力も湧かない

何でここにいるのか、記憶を遡って考える

 

北上「……ああ…」

 

北上(大井を庇って…)

 

意識した途端両腕が痛くなる

主砲が炸裂したせいで肉が裂けて、骨が剥き出しになった右腕

大井を砲撃から庇って骨も肉もぐちゃぐちゃになった左腕…

 

北上(…みたくないな…)

 

そう思う気持ちとは裏腹に両腕を持ち上げる

 

北上「…え?」

 

傷一つない

いまだに動かせば激痛は走る、なのに…傷は無い

 

北上(どうなって…)

 

痛みを堪え、ベッドに手をつき体を起こす

 

北上「っ…!」

 

ベッドのそばの椅子に大井が腰掛け、眠っている

 

北上「…甲斐甲斐しく、看病…ってわけ?」

 

夕張「ああ、起きた?良かったー…」

 

奥からの声と共にひょっこりと夕張が顔を出す

 

夕張「いやー、もう3日も起きないから提督心配して…ってそれは良いや、目が覚めたようで何より」

 

北上「…3日、か…あの後、どうなったの」

 

夕張「大将は取り逃したけど、基本的には全部倒せてるし…」

 

北上「…えと、そうじゃなくて…大井の…お姉さんたち」

 

夕張「……それは…」

 

言葉を濁す、ただ取り逃したとか、そういうのじゃないことは容易に想像がついてしまう

 

北上「どうしたのか、ハッキリ言って」

 

夕張「…自爆、させられたらしいの…その…キタカミさん、貴方じゃない方の…キタカミさんに」

 

北上「……」

 

…何で、イラついてるんだろう

何でこんなに悔しいんだろう

何でこんな感情が溢れてくるんだろう

 

夕張「…北上さん、泣いて…」

 

北上「……なんで泣いてんだろ、あたし…何でこんなにイライラしてるんだろう…」

 

夕張「……」

 

北上「ねぇ、アンタ姉妹いる?」

 

夕張「居ない、けど…」

 

北上「…そっか…姉妹ってなんなんかね、って聞きたかったのに」

 

夕張「それは…」

 

北上「変われって言われたから努力したのに…嫌いなヤツなのに命かけて守ったのに…大井の見てるヤツは…結局あたしじゃないキタカミ」

 

夕張「でも、今だけは見てくれてる…と、思うけど…」

 

北上「何?ホントに大井が看病してた…?だとしても負い目だからでしょ」

 

夕張「そこまではわかんないけど…」

 

北上「…3日も食べてないからお腹減ったや、出歩いても良い?」

 

夕張「え…いや、立てるならそれは良い、けど…」

 

ベッドから降り、立ち上がる

 

夕張「…一応松葉杖あるけど、使う?」

 

北上「いや、いいかな…腕のがキツいし…歩けるでしょ、多分」

 

夕張「そう…」

 

北上「んじゃ…ありがとね」

 

医務室を出る

 

 

 

軽巡洋艦 夕張

 

夕張「なんていうか…変わるものね、人って…そう思わない?大井さん」

 

大井「…バレてたのね」

 

夕張「まあ、ここで色んな寝てる人の顔見てたらね…狸寝入り位は区別つくようになるわ、ほら、例えば…そこの神通さんも本当に寝てる時は大口開けて寝てるから」

 

夕張がベッドの仕切りのカーテンを開く

 

神通「…本当ですかそれ」

 

夕張「やっぱり起きてた」

 

神通「なっ…謀りましたね…!?」

 

夕張「神通さんもご飯食べてきたら?リハビリついでに…ほら、松葉杖」

 

大井「…それで」

 

夕張「あー…何で寝たふりなんかしてたの?恥ずかしかった?」

 

大井「…その…あの北上さんの、いう通りで…たしかに私は北上さんの事なんかまともに見てなかったな…って」

 

夕張「本音が聞きたかったから寝たフリなんかしてたわけだ」

 

大井「…まあ…その、はい」

 

神通「褒められた事ではありませんが、見つめ直す機会になったようですね」

 

大井「…そうね、良い機会だったわ」

 

夕張「…にしても、さっにの北上さんえらく落ち着いてたなぁ…頭とか打ってたりした?」

 

大井「いや…アレが本来の性格なだけ…とか」

 

神通「……夕張さん、私もそろそろ修復剤をください、骨の治り方が不安なので」

 

夕張「いや…三崎さんに止められてるし…」

 

神通「そうですか…話は変わりますが良い匂いですね、またカップ麺ですか」

 

夕張「うぐ…食べに行くのめんどくさくて…ココ最近みんな不調だし」

 

神通「へぇ、シーフード味ですか」

 

夕張「え、ちょっ…それ私のカップヌードルでっかいやつ…」

 

神通「…ズズズ…久々に食べましたが、美味しいですね」

 

夕張「ああ…私のシーフードヌードル……」

 

大井「…私知らないから、お先に」

 

神通「姉さんがこういうのは許してくれないので…むぐむぐ…久しぶりに食べられました…でも、ちょっと伸びてるのはいただけませんね、硬めの方が私は好きです」

 

夕張「ご飯よりさっきの話の方が重要ってか…もー…良いもん、カレー味がここに…あ、あれ?無い!全部無い!」

 

神通「あ、私のシーフードヌードルが…」

 

川内「川内参上っと…神通?何でこんなもの食べてるのかなぁ」

 

夕張「川内さん、その手の袋は…まさか私のカップ麺ですか!?」

 

那珂「そのー…間宮さんがせっかくご飯を作って待ってるんだからちゃんと食べなさいって事で…」

 

川内「神通にはうちの提督から、夕張さんにはそっちの提督から、連行の命令がくだりましたとさ」

 

夕張「えぇ…私忙しいのにぃ…」

 

那珂「……」

 

神通(…あ、那珂ちゃんお腹減ってるんですね、シーフードヌードルに目が釘付けに…)

 

那珂「川内姉さん、私がそのカップ麺捨ててきちゃうね」

 

川内「いや、ダメに決まってるでしょ…非常食として保存しとかないと」

 

那珂「ぅぐ…そ、その既に出来上がってるヤツは流石に保存できないし…」

 

川内「…ああ、そっかそっか、那珂には目に毒だね、先食べてきて良いよ」

 

那珂「やった!」

 

神通「味覚を司ってるせいで目に映るだけでも味が口に溢れる…ある意味拷問でしょうね」

 

川内「今の所役に立ったの見た事ないよね…那珂は敵がいたら気付けるって言ってたけど」

 

夕張「あのー…川内さん…私のヌードル…」

 

川内「2人とも早くご飯食べたいなら食堂に来てね」

 

夕張(くっ…こうなったら天井裏のカップ麺を食べるしか…)

 

川内「あ、そうだ神通」

 

神通「…なんでしょうか姉さん」

 

川内「夕張さんって他の場所にも隠してたりする?」

 

神通「…私の感知するところでは無いのですが…」

 

川内「チーズバーガーセット、買ってきてあげても良いよ」

 

神通「天井裏とデスクの3段目、それから床下に3ケースずつあります川内姉様」

 

夕張「ちょっと!それはずるいって!」

 

川内「待って、早口すぎて聞き取れなかった…あーもうとりあえずあとでいいや、夕張さんは強制連行ね」

 

夕張「やだぁぁ!」

 

 

 

 

 

食堂

軽巡洋艦 川内

 

川内「…どしたの、この騒ぎ」

 

決して誰かが暴れるというわけでは無いが、其々がヒソヒソと何かを確認し合うような素振り

この泊地では今まで全くと言っていいほど見なかった光景

 

夕張「…あ、あそこ、加賀さん達いますよ」

 

特に深刻そうな面持ちの加賀

という事は想像は容易い

 

川内「とうとう来たか…」

 

 

 

川内「ちょっといい?」

 

加賀「…何かしら」

 

川内「とうとう来たの?特務部」

 

加賀「…ええ、翔鶴を連れに…密告者がいるそうだけど、表向きの方便ね、私たちの思考が筒抜けなのなら…」

 

川内「……仕方ないか、それで?」

 

加賀「提督が今1人で対応してるわ、翔鶴は万が一の為に…」

 

川内「…為に?」

 

加賀「1人で逃したわ、私の独断で…だから誰もまだ知らない…少ないけどお金も渡したし、暫くは耐えられるはず…」

 

川内(たしかに、行き先を誰も知らないなら捕まるリスクは低い…翔鶴は特に指名手配をされてるわけでも無いし…)

 

加賀「…なんであの子ばかり、こんな事に…」

 

夕張「連絡手段とかは…」

 

加賀「持ってないわ、とにかく遠くに逃げるようにとだけ伝えてある、きっと今頃新幹線にでも乗って…」

 

川内(…ここのメンバーは、特に離島時代のメンバーは繋がりが特に強い…それをすぐに捨てて遠くに逃げるなんて…できるのかな)

 

夕張「ホントに遠くに逃げてるんですかね…まだ近くで様子伺ってたり…」

 

加賀「…そんな事したら、自分がどうなるかくらいわかってるはずよ」

 

川内(…神通に探させよう、このままじゃ心配だし)

 

夕張「あ、あれ?川内さん?」

 

川内「ごめんちょっと」

 

加賀「…はぁ……」

 

 

 

 

軽巡洋艦 阿武隈

 

阿武隈「…あのー…」

 

北上「…なに」

 

阿武隈「何でご飯食べ進むほど不機嫌な顔になるんですか…そんなに美味しく無いですか?」

 

北上は一瞬驚いた表情を見せた

 

北上「…いや、別に…」

 

阿武隈(気づいてなかったんだ…滅茶苦茶イライラしてそうなのに…)

 

北上(…確かに、なんかイライラするなぁ…何でだろ、怒るようなことなんて何も…)

 

阿武隈「…その、よければ午後の訓練一緒にどうですか?」

 

北上「……別に、良いけどさぁ…あたしなんかに構ってていいの?」

 

阿武隈「その、はい、ちょっと思うことがあって…」

 

北上「……」

 

阿武隈(…それにしても、意外だったなぁ…さっき特務部の人が来るまで提督と普通に話しながらご飯食べてたんだもん…うん、北上さんも変わってるんだ…)

 

北上(何だろう、さっきから何かおかしい、急に何かが蠢いてるような…眠ってた何かが目を覚ましたみたいな…)

 

阿武隈(それにしてもよく食べるなぁ…)

 

 

 

 

マンション

駆逐艦 綾波

 

綾波「…イムヤさんの細胞には…変化は無いですね、これもダメです」

 

イムヤ「そう…」

 

綾波「……その、データは十分取れました…」

 

イムヤ「…うん」

 

操作していたパソコンの画面が切り替わる

 

綾波「ひゃっ!?」

 

ヘルバ『あら、お化けでも出たかしら』

 

綾波「へ、ヘルバさん…!」

 

イムヤ「あ…えと、お世話になっております…」

 

ヘルバ『気にする必要はないわ、だけど貴方達は追われる立場、何時迄も留まることはできない…次が見つかるまではおとなしくしてなさい』

 

綾波「…へ、ヘルバさん…これ、見てください…」

 

取ったデータを送る

 

ヘルバ『…伊168についてのデータは変化なしね…こっちは?今までのものとは違うみたいだけど』

 

綾波「艤装と…艦娘システム…それについての検証のデータを纏めました…憶測もかなり含まれてます…な、なので、使えるのはデータだけだと思いますけど…」

 

ヘルバ『…AIDAの活動が宿主の体力に影響する、というのは?』

 

綾波「わ、私…AIDAで艦娘を監視するシステムを一回乗っ取ろうとしたことがあって……」

 

イムヤ(さらっとエグいこと言ってる…)

 

綾波「その時見た情報の中に…ええと…ぐ、具体的に例を挙げると、出撃後や一定の時間にAIDAの活動が酷く鈍ってたんです…」

 

ヘルバ『…成る程ね、単純に脳に寄生するわけじゃない、体力が影響するというのはあながち間違いではないかもしれない』

 

イムヤ「…一定の時間っていつ?」

 

綾波「…12時頃、19時頃…差異は有りましたけど…く、空腹時はAIDAの活動が鈍るんだと思います…」

 

イムヤ「…お腹減ったらAIDAの活動が鈍るって…そんなの…ホントに?」

 

綾波「…大規模作戦の時の…曙さんによる…一時的な支配…」

 

イムヤ「…確かに、夕方に出発して、そこから襲撃もあったりでみんな大変だったし疲れてたけど…」

 

綾波「…あ、後…AIDAは依代を…手に入れてます」

 

イムヤ「依代…?って、式神とか…そういうヤツ?」

 

ヘルバ『ナノマシン』

 

綾波「そうです…曙さんの炎…アレは、ナノマシンを放出し、発火させたものです…」

 

イムヤ「え?そうなの?」

 

綾波「…自然と操ってるみたいです…だから、きっと身体強化なんかにも使え……あ、そうか…」

 

何で気づかなかったんだろう

 

パソコンに向かい合いデータを眺める

 

イムヤ「ちょっと…?」

 

綾波「イムヤさんのデータと艦娘システムを使う艦娘のデータは低い割合で一致していた…」

 

過去のデータを遡り、深海棲艦のデータを探す

 

綾波「……ヘルバさん、AIDAを検知するプログラムは作れますか」

 

ヘルバ『作るも何も、元々存在はする…必要?』

 

綾波「はい」

 

ヘルバさんから送られてきたファイルを適用する

 

綾波「……そうだ、そうだったんだ…」

 

イムヤ「…深海棲艦にAIDAが…」

 

綾波「違います…深海棲艦は、人間の体細胞を砕き、その体細胞から…厳密には違いますが、ナノマシンのようなものを作っている…」

 

イムヤ「…どういう事?」

 

綾波「深海棲艦は、ナノマシンの集合体です…」

 

イムヤ「…私たちがナノマシンの集合体…」

 

綾波「……その、イムヤさんは少し違うみたいですけど…大雑把に言えば…」

 

ヘルバ『それで?』

 

綾波「これをイムヤさんと同じレベルにするには…あ、れ…違う、AIDAの形…」

 

イムヤ「AIDAの、形…?」

 

綾波「形だけじゃない…ちがう、このAIDA…別物」

 

イムヤ「別物って…?」

 

ヘルバ『…確かにAIDAは複数種存在する、でもそれを知っていたの?』

 

綾波「いいえ…で、でも…私の推測通りなら…きっと元に戻せる…!」

 

イムヤ「ホント!?どうやるの!」

 

綾波「イムヤさんと同じAIDAに感染させるんです…そうすれば、きっと意識は戻ります」

 

イムヤ「意識は…って、身体は?」

 

綾波「……そうだ、身体も戻さないと…」

 

イムヤ「ま、其処までは考えてなかったか…でも、これすごい事じゃない!?」

 

ヘルバ『大きな前進だと言えるわね、よくやった…と褒めておこうかしら』

 

綾波「…ありがとうございます!」

 

いつぶりだろう、こうして笑えたのは

褒められて嬉しかった、心の底から嬉しかった

役に立てたことで自分を必要としてくれたことで、とても…幸福だった

 

イムヤ「ちょっと綾波…泣かないでよ」

 

綾波「…う、嬉しくて…」

 

イムヤ「…きっと、深海棲艦を元に戻して…この戦争を終わらせよう!」

 

綾波「…はい!」



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異常

宿毛湾泊地 執務室

提督 倉持海斗

 

加賀「…お疲れ様です」

 

海斗「加賀…ごめんね、翔鶴を逃しておいてくれて助かったよ」

 

加賀「いえ…でも、泊地の中を荒らし回されたおかげでみんなストレスが溜まっています」

 

海斗「…うん、そうだね…息抜きが必要だ、順々に休みを取れる様にしておくよ」

 

加賀「…それより、敷波さんを見かけなかった?」

 

海斗「いや、特に見かけてはないかな…どうかしたの?」

 

加賀「それが…」

 

執務室のドアが荒々しく開く

 

夕張「て、提督!ちょっと助けてください!」

 

海斗「夕張…どうかした?」

 

夕張「喧嘩です!」

 

加賀「喧嘩…その程度で…?」

 

夕張「いや、その…今にも殺しそうな勢いで…川内型が出動して抑えてるんですけど…」

 

海斗「川内さん達が…そんなに暴れるなんて、誰が…」

 

夕張「青葉さんです!」

 

加賀「…青葉さん…?あの、青葉さんが?」

 

海斗「…とにかく行こう!」

 

 

 

 

 

工廠

 

夕張「ここです!」

 

加賀「っ…この臭い…そうとう血が…」

 

川内「ようやく来た…遅いって!」

 

那珂「2人係でやっと抑えてるんだから!」

 

青葉は2人に組み敷かれ、血まみれの地面に押さえつけられている

 

海斗「青葉……一体何が…」

 

明石「いきなり、工具拾って殴りかかってきたんですよ…貴方の指示とかじゃないんですかね、上官殿」

 

海斗「明石…喧嘩の相手はキミだったの?」

 

北上「あたしも、というか喧嘩じゃなくて、呼び出されたと思ったらいきなり襲われたんだけど」

 

海斗「青葉、何でこんな事したの」

 

青葉「……」

 

夕張「2人とも、手当てするので早く医務室に…」

 

明石「了解…」

 

北上「…いや、あたしいいや、怪我もあんまり大きくないし」

 

川内「…今は落ち着いてるけどさ、さっきまで私1人じゃとても抑えられないくらいには暴れてた…」

 

那珂「力も信じられないくらい強くて…」

 

海斗「青葉、何でこんな事をしたのか教えて」

 

青葉「……」

 

北上「だんまりか…素直に言えば?あたしらが気に食わなかったって…」

 

青葉「……」

 

北上「チッ…」

 

海斗「北上、何があったのか聞かせてくれる?」

 

北上「…あたしは工廠について来いって連れて来られたんだよ、それで…いきなりってわけ」

 

加賀「理由もなくそんな事するとは思えないけれど」

 

北上「知らないよそんなの、やられたはやられた、それ以外の何でもない」

 

海斗「…青葉は曙の時の様に暴走してるのかもしれない」

 

海斗(でも青葉のAIDAは駆除されたはずなのに…)

 

青葉「違う」

 

川内「喋った…!」

 

北上「そのままだんまりなら喉焼いてやろうかと思ったのに」

 

青葉「北上さんも…明石さんも…司令官への態度が酷すぎる…司令官をずっと蔑ろにしてた…」

 

北上「…いや、だって実際あたしらが戦う時必要無いじゃん」

 

海斗「そんな事が…理由?」

 

川内(これ、やっぱりAIDAに感染してるんじゃ…)

 

青葉「そんな事…そんな事ですか?…私には耐えられなかった」

 

那珂(あ…力緩んできた…)

 

海斗「青葉、キミがそれだけ不満を感じてたことはわかった、だけどこれはやっちゃいけない事だ、処分が決まるまで自室で謹慎して」

 

青葉「…わかりました」

 

加賀(…温厚というより臆病な青葉さんがこんな事をして…まさか普通に終われるのかしら)

 

海斗「北上も早く手当してもらって」

 

北上「…はいはい」

 

海斗「…青葉、キミが優しい子なのはよく知ってる、だからキミを処罰したりはしたくは無いけど、ルールは必要だ…」

 

加賀「当然ね」

 

青葉「……」

 

川内「とりあえず、立ちなよ」

 

川内さん達が青葉を立たせる

 

海斗「…あれ、青葉…その艤装…」

 

青葉の両足に水上移動用の艤装…

 

海斗(艤装は重すぎて装着できなかったはずなのに…それがついていて…しかも容易に立ち上がれた……まさか)

 

海斗「青葉、キミは再感染したの…?」

 

青葉「……」

 

海斗「青葉、答えて」

 

青葉「…よかったです、司令官が…私をキルしたあのカイトじゃなくて…」

 

海斗「え?」

 

青葉の手がこっちに伸びる

 

加賀「提督!」

 

川内「那珂!」

 

那珂「わかってる!」

 

青葉「ぁぐ…っ!」

 

2人が青葉の両腕を締め上げる

 

川内「今何しようとした?ねぇ、今殺そうとしてた?それとも連れ去ろうとしてた?」

 

加賀「提督、貴方も危険です、下がってください」

 

海斗「…待って、どうしても気になる事がある…青葉、キミをキルした…って言うのは、The・Worldの話なの?」

 

川内「こんな時にゲームの話なんか…!」

 

青葉「…司令官、私は…私の中に…」

 

川内「…待って、なんか…肌の色が…」

 

那珂「真っ白に…」

 

青葉の指先からまるで深海棲艦のように白く染まる

 

青葉「…あんまり引っ付いてると、どうなっても知らないですよ…」

 

川内「ッ!!」

 

2人が飛び退く

 

海斗「……まさか、The・Worldが原因で、深海棲艦に…?」

 

加賀「ゲームで?そんな事があり得るわけ…」

 

川内「ホントに…どうなってんの、これ…!」

 

青葉「司令官…司令官は…わかってくれますよね…」

 

海斗「…青葉、僕は今キミが何をしようとしてるのかわからない…」

 

青葉「……」

 

海斗「青葉、キミのさっきまでの行動は自分自身の意思で行ったの?」

 

青葉「そうですよ、私は…私の意思でやりました、大嫌いで、嫌だったから」

 

海斗「だからって…川内さん達が止めなかったらキミはもしかしたら…!」

 

青葉「殺すつもりでした…あの人達の頭めがけて鈍器を振り下ろして…当たった時、すごく気分が良かったんです…」

 

川内(目がイッてる…本当に頭がイカれて…)

 

青葉「…司令官、いつだったかの曙さんの言う通り…私達は提督の艦です、命令に従えない、提督をなんとも思わない人なんて要らないんです」

 

加賀「貴方らしく無い事を言うのね」

 

青葉「…ずっと、我慢してましたから」

 

加賀「提督、営倉に送る事を進言します」

 

海斗「……」

 

青葉「そうしてください…今の私は…あんまりにもおかしいですから…」

 

海斗「青葉、艤装を外して、川内さん、お願いします」

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「すいません、場所を貸していただいて」

 

火野「構わない、しかし聞いた作戦は余りにも無茶だと思うが」

 

アオボノ「…思惑通りにはいかないもので、死にに行くことになります」

 

火野「……」

 

アオボノ「ですが死ぬつもりはありません、提督には死の許可を頂いておりませんので」

 

火野「今、連絡を取ることもできるが」

 

アオボノ「お断りします…さてと…?」

 

視界の端に中学生程の少女が映る

 

アオボノ「見たことない艦娘…いや、あれは…艦娘ではない人間ですか?」

 

火野「私の私的な客人だ」

 

アオボノ「…あー、まさかとは思いますが…ロリコンですか」

 

大袈裟に身を庇うジェスチャーをする

 

火野「まさか、古い友の妹だ」

 

アオボノ「……」

 

火野「気になるかね」

 

アオボノ「ロリコン坊主の毒牙にかかるのではと思うと」

 

火野「私は禿げてはいないが」

 

アオボノ「心が禿げてますよ」

 

火野「……」

 

愛奈「あの」

 

火野「…何だね」

 

愛奈「…火野さんじゃなくて」

 

火野「……」

 

アオボノ「こんにちは」

 

愛奈「こんにちは、貴方は艦娘さん?」

 

アオボノ「ええ、貴方は」

 

愛奈「犬童愛奈(いんどうあいな)です、よろしく」

 

アオボノ「…艦娘ではないようですが、なぜこんなところに?」

 

愛奈「火野さんに呼ばれて…」

 

アオボノ「…やはりロリコンは事実では…」

 

火野「……」

 

疲れた様子で火野が一際大きなため息をつく

 

愛奈「…貴方、犬童雅人って知ってる?」

 

アオボノ「いいえ」

 

愛奈「…じゃあ、オーヴァン」

 

アオボノ「どちらも知りません」

 

愛奈「そう…」

 

アオボノ「火野さんの言っていた古い友…ですか」

 

愛奈「…貴方なら、何か知ってるかと思って」

 

アオボノ「初対面だと思いますが」

 

愛奈「…兄さんと雰囲気が似てたから、もしかしたらって…」

 

アオボノ「随分とふわっとした理由で…」

 

愛奈「お名前は?」

 

アオボノ「…駆逐艦、曙…まあ、覚えなくていいですよ、壊れゆく物の名前なんて」

 

火野「……」

 

愛奈「私は覚えておくから、また」

 

アオボノ「それはどうも」

 

火野(再誕、か)

 

 

 

 

 

特務部 オフィス

数見

 

数見「ようこそ、歓迎しよう」

 

敷波「…綾波は何処にいるんですか」

 

数見「調査中、としか返答はできない」

 

敷波「綾波は…アタシが捕まえます」

 

数見「20人もの大量殺戮、危険な敵対生物を連れての逃走…」

 

敷波「……」

 

数見「その責任を君が取ると」

 

敷波「…はい」

 

数見「成る程、期待しているよ、義足の敷波さん」

 

数見(両足は深海棲艦に作られた偽物、綾波の捕縛に失敗しても十分過ぎる価値がある)

 

 

 

 

 

 

 

マンション

駆逐艦 綾波

 

綾波「へぶしっ!」

 

イムヤ「風邪?」

 

綾波「た、たぶん…栄養とらないと…」

 

春雨「お邪魔しまーす…はぁ…何で私がこんなに野菜を買わなきゃいけないんですか?」

 

綾波「野菜、食べなきゃダメですよ…」

 

春雨「…もうフードデリバリーでいいじゃないですか…」

 

イムヤ「そーだそーだ」

 

綾波「…今から作りますから、春雨さんも良ければ……」

 

春雨「えー…」

 

ヘルバ『頂いていきなさい、研究所で自分が買ってきて食べたものを片付けないのには苦情が出てるわ』

 

春雨「…この人の作る食事信用できない…」

 

綾波「…ご、ごめんなさい…」

 

買い物袋から食材を取り出し、手早く下処理をする

 

イムヤ「…うわ、この臭い…」

 

綾波「ニンニクです、ビタミンやマンガンが豊富で、色んなミネラルもたくさん含んでるんですよ…」

 

春雨「…引きこもる貴方達はいいですけど私人前に出るんですからね…」

 

イムヤ「…別に好きで引きこもるわけじゃないし」

 

綾波「…す、少なめにしておきますから…」

 

イムヤ(普通に料理作ってる…)

 

春雨「…私帰りたくなってきました…」

 

綾波「…と、とりあえず…手早くペペロンチーノと、バーニャカウダを…」

 

春雨(普通だ…見た目は普通だ…)

 

イムヤ「へー…ホントに料理できたのね」

 

綾波「…は、はい…今、魚も焼いてますから」

 

春雨「イタリアンに焼き魚って頭沸いてるんですか?」

 

綾波「えと…そ、ソテーなので…」

 

イムヤ「ん、このパスタ美味しいじゃない!」

 

綾波「ありがとうございます…」

 

春雨「…サイゼの方が好きですね」

 

イムヤ(性格悪…)

 

綾波「…その、春雨さんの好物を教えて頂いて、材料をいただければ…お作りしますよ」

 

春雨「……」

 

イムヤ「…あ、そうだ、綾波お菓子は作れる?」

 

綾波「はい…そ、その…簡単なものなら…」

 

イムヤ「じゃあさ、葛切り食べたいなー、でも葛粉って高いし、乾燥春雨とかにしよっか?」

 

春雨「……」

 

綾波「…その…ええと…」

 

春雨「焦げ臭いですよ、ソテーとやらは大丈夫何ですか」

 

綾波「あ!…ひゃああぁぁ!焦がしちゃった…!」

 

イムヤ「…ど、どんまい…」

 

春雨「ふん…」



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未帰還者

太平洋 深海棲艦基地

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「数日ぶりですね」

 

キタカミ「ここまでバレてんのかぁ…すごいね、何で?」

 

上空を指さす

 

アオボノ「衛星です、しかし…成る程なかなかどうして面白い」

 

キタカミ「でしょ?こっちに来る?」

 

主砲を向ける

 

アオボノ「お断りですよ、私は今から…貴方の内臓を引き摺り出し、一つ一つを海面に並べ、首を刎ねて頭蓋を割り、脳みそをスプーンで掬う…ああ、そのためにちょっといいスプーンも買ってきましたよ、100均で」

 

キタカミ「おー怖い怖い、そんなに脅されたら怖くて本気になっちゃうかも」

 

アオボノ「脅し?いつ私が脅したんですか…アハハ、まさかコレが脅しだと?」

 

キタカミ「…違う?」

 

アオボノ「認識を改めなさい、コレは今からやることの宣言です」

 

キタカミ「上等…」

 

アオボノ「戦闘開始」

 

砲撃戦が始まる

 

アオボノ「前回対峙した時、貴方は確かに手を抜いていた」

 

キタカミ「まあ、狙いは倒すことじゃなかったしねぇ」

 

アオボノ「本当に提督を連れ去ることだけが目的だった?」

 

キタカミ「あとは大井っちも連れて帰りたかったかなぁ…邪魔されたけど」

 

お互いの砲撃が相手を捉える

 

アオボノ「…はぁ…馬鹿馬鹿しい」

 

キタカミ「馬鹿馬鹿しい?」

 

速力を落とし、静止する

 

アオボノ「貴方は随分と…いや、全くもって救いようがない」

 

キタカミ「そうだねぇ、だって誰も救えない深海に落ちちゃったんだから」

 

アオボノ「ドーナツとコーヒーカップ」

 

キタカミ「……」

 

アオボノ「何が同じかわかりますか」

 

キタカミ「…穴の数、穴の数が同じ」

 

アオボノ「そう、ドーナツとコーヒーカップは穴の数が同じ…この二つは一見全く違うものですが、本質は同じなんです」

 

キタカミ「……」

 

アオボノ「私と貴方も、本質はよく似ている…違いますか?」

 

キタカミ「軽巡と駆逐、艦娘と深海棲艦、違うところなんてあげ出せばキリがない、何処が似てるのさ」

 

アオボノ「でも私達はお互い、真理に近い場所に居る」

 

キタカミ「…真理?」

 

アオボノ「私達は碑文使いで、同じ形を想う、表面的には違っても中身はよく似ているかもしれない」

 

キタカミ「……」

 

アオボノ「…さて、貴方の時間稼ぎには充分付き合いました、始めましょう」

 

周囲に深海棲艦が浮上してくる

あの時の、あの撤退戦の時と同じ…

 

アオボノ「先に言いますが、私に同じ手は通用しませんよ」

 

キタカミ「どうかねぇ…」

 

タイミングを合わせた砲撃

キタカミの砲撃が全ての砲弾を弾き、ぶつかり合った砲弾が進路を変えて私に迫る

 

アオボノ「だから、効かないって…」

 

迫る砲弾を全て最低限の動きだけで回避する

 

キタカミ(背中にも目ついてんのかな…)

 

アオボノ「貴方は確かに全力じゃなかった、だけど数という刃は貴方を捉えてしまった」

 

キタカミ「サシの癖に何を…っ!?」

 

乾いた、銃声…

それと共にキタカミの脇腹に穴が開く

 

キタカミ「……やって、くれるねぇ…不意打ちじゃん…」

 

アオボノ「夜襲、挟撃、仕込みでも死んだフリでも何でも使え…これは戦争であって、試合じゃないんですよ」

 

拳銃を艤装の中に戻す

 

アオボノ「つまり、つまりですよ…私達はただの数なんです、1+1を無限回すれば必ず届く数なんです」

 

キタカミ「…何言って…」

 

アオボノ「今、貴方に引き算をしました…ええ、引き算です、その傷は…そしてこの辺にいる深海棲艦は、僅か1」

 

魚雷発射管が音を立てて発射の用意をする

 

アオボノ「貴方は果たしてどれだけの数を拾えたのですか?私が拾い続けた0の彼方の1とどちらが多いのか、試してみましょうか」

 

キタカミ「…人の強さってのは、数字で測れるもんじゃないんだよ」

 

アオボノ「ははは、御冗談…貴方も私も人じゃない、艦で、深海棲艦で、そして…私達はただの人工知能じゃないですか」

 

キタカミ「…提督はそうは考えないでしょ」

 

アオボノ「ええ、でも貴方は少なくとも人じゃなくなった」

 

キタカミ「……」

 

アオボノ「人じゃないなら私の理で測れてしまう」

 

魚雷発射管から魚雷が射出される

 

キタカミ「誰がアンタの思い通りになると…」

 

アオボノ「なるんじゃなくて、するんですよ」

 

キタカミさんとはやり合わない、周りの雑魚から削る

 

アオボノ(1と1にすればいい、1と1にすることが出来てれば勝てる相手…!)

 

キタカミ(周りから削るなんて余裕あるじゃん…その隙を全力で叩く…さあ、これにどう対処するか、そして対処できたとしてどうするか…)

 

アオボノ(…もうそろそろ、仕込みが効く頃かな)

 

深海棲艦を全滅させる

 

アオボノ「…なっ…!」

 

足元に巨大な魚雷…

 

アオボノ(先に仕込まれてたら回避が間に合わな…いや、こうなったら!)

 

艤装を取り替える

 

キタカミ(加速してこっちに…!?)

 

すぐ後ろで魚雷が炸裂して水柱が上がる

背中を裂くような痛み、艤装のひしゃげる音

 

アオボノ「ぁ…っ…がああああっ!!」

 

吹き飛ばされ、水面を転がる

裂傷に海水が染みて痛い、艤装の破片も刺さってる

 

キタカミ「まさか…その足の艤装…島風の?」

 

アオボノ「…がぁ……あ…え、えぇ…そうですよ、その通り…」

 

キタカミ(…こっちの起爆タイミングが完璧だと信じて突っ込んできた…だとしても、判断が遅かったね…)

 

起きあがろうとしたところに白い手が伸び、体を掴まれる

 

アオボノ(二の矢もある…か…!)

 

爆雷を海に投げ込む

 

キタカミ(そんな至近距離、自分も無事じゃ済まないのに…)

 

アオボノ「あがぁああ!!」

 

キタカミ「…驚いたな、そんなに無理矢理…」

 

アオボノ「……死ななければ、いい…」

 

体に力が入らない

 

アオボノ(力が入らないなら…骨で立つ)

 

キタカミ(…何で、立てるの)

 

アオボノ「ふーっ!…っ…かはっ…」

 

よろめきながらも立ち上がる

 

キタカミ「色々喋りたい事は無駄話は悪い癖らしいし、じゃあね」

 

キタカミさんが主砲を向ける

 

アオボノ「ク…クク……ハァ…だから、ダメなんですよ」

 

水を伝わり鈍い音が響く

 

キタカミ「!?」

 

アオボノ「こういう過程を踏むことは予想してませんでした…だけど、私の思い通りにするんです…!」

 

キタカミ(背後から魚雷が…!)

 

アオボノ「刺さった魚雷、外せたらいいですね」

 

水柱がいくつも立ち、キタカミさんを斬り刻む

 

キタカミ「が…がぽっ…!」

 

アオボノ(だから、ダメなんですってば…)

 

キタカミが吹き飛び、水面に崩れ落ちる

 

キタカミ「ごぽぇ…ぁ…」

 

キタカミに近づき主砲を向ける

 

キタカミ「や…やる…じゃ」

 

引き金を引き、頭を含めた全身を撃つ

肉塊と化すまで

 

アオボノ「…戦闘終了…喋る前に、完全に殺し切るんですよ、相手が喋る余力残してるなら殺しておきましょう…」

 

アオボノ(……あっけない、幕切れだったな…あのキタカミさんがこんなに呆気ない…)

 

艤装を整える

 

アオボノ(機関は壊れた、そして…ダメージが全体的に深刻、燃料漏れのせいで残り少ない燃料で目の前の島に上陸して、敵をできる限り潰す…生還する手段は…自力じゃ無理か)

 

アオボノ「今回は、いってきますって言えなかったなぁ…」

 

アオボノ(深海棲艦は変に燃料や鋼材を溜め込んでる、もしかしたら船もあるかもしれない…その前に既に瀕死の私が持つのか…いや、持たせなければ帰れない、少しでも情報を手に入れて提督達の役に立つ)

 

アオボノ「…やるか」

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

海斗「…ようやく事務処理が終わった…」

 

亮「よっ、戻ったぜ」

 

海斗「おかえり、向こうはどうだった?」

 

亮「学生の中じゃ英雄扱いだがな、センセー方はイライラしてたぜ」

 

海斗「公的な記録が残るほどの功績だからね」

 

亮「自分が言ってれば、何で思ってるんだろうな…ん?何だそれ…FMD(フェイスマウントディスプレイ)か…仕事終わりにゲームかよ」

 

海斗「……詳しいことは川内さん達に聞いて、少し…確かめなくちゃならないことがあるんだ」

 

亮「…わかった」

 

海斗「…ふぅ…青葉はThe・Worldでカイトにキルされたって言ってた…でも僕はそんなことしてない…The・Worldにもしばらくログインしてないし……とにかく、確かめなきゃいけないことが多い…」  

 

手元の書類に目をやる

 

海斗「暁達の異動も通れば良いんだけど…」

 

いろんなことが起こりすぎた、そのせいでこの異動が通らなければ全部がパァになる

 

海斗「…考えても仕方ないか、やれる事からやっていかないと」

 

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

正規空母 瑞鶴

 

瑞鶴「提督さん、その話本当なの?」

 

度会「ああ、秋雲はゲームをプレイ中に意識不明になった…」

 

瑞鶴「なんでそんな事に…というか、ゲームでしょ?そんな事になるわけ…」

 

瑞鳳「瑞鶴、忘れたの?碑文の力は元々ゲームの中の物、あんなのが存在してる世界じゃ何が起きても不思議じゃない」

 

度会「そういう事だ」

 

瑞鶴「……」

 

度会「The・Worldは危険なゲーム…そう認識される事を運営元のCC社は…今のCC社は嫌っている、しばらくすればサーバーは閉じられるだろう」

 

瑞鶴「…意識不明者を元に戻す手段は?」

 

度会「あるとすれば、The・Worldの中だけだろう」

 

瑞鳳「そしてサーバーが閉じられれば…」

 

瑞鶴「意識は二度と戻らないって事…?そんなの許されるわけがない!」

 

度会「許される許されないでは無い、CC社はThe・Worldの価値をこれ以上落としたく無いはずだ、意識不明者が出たと騒ぎ立てれば今すぐにでもサーバーを閉じるだろう」

 

瑞鳳「今運営してるのは新バージョン以降への準備期間だから?」

 

度会「ああ、だからサーバーを閉じたとしてもあまりデメリットはない」

 

瑞鳳「…どうしよう」

 

度会「…俺からCC社にあたってみる」

 

瑞鶴「提督さんが?」

 

度会「元々俺はCC社の人間だ」

 

瑞鳳「そういえば、そんなこと言ってたような」

 

度会「少しでも情報を手に入れられればいいんだが…そうだ、陽炎はどうしている」

 

瑞鶴「それは…その、塞ぎ込んでたんだけど…」

 

瑞鳳「待って、The・Worldだっけ、そのゲーム陽炎もやってたよね…」

 

瑞鶴「もしかして情報を集めるために…!」

 

度会「すぐ止めろ、何より危険だ、陽炎までそうなりかねない」

 

瑞鳳「わかった、私が行く」

 

 

 

 

 

 

サイバーコネクトジャパン社 

度会一詞

 

ビルに入ろうとした時にとぼとぼと出てくる男に目が止まる

 

度会「…松山?」

 

松山「あ…ええと…」

 

 

 

松山「これ、コーヒー」

 

度会「ああ…久しぶりだな」

 

松山「…まあ、君が辞めてからもう何年になるかな…」

 

度会「今もグラフィッカーを?」

 

松山「まあ、だけど今朝謹慎を言い渡された」

 

度会「とうとうバレたか」

 

松山「…自社のゲームをプライベートでプレイしてはいけない、なんてルールがおかしいんだ、私は自分のグラフィックを楽しみたいだけなのに…」

 

度会「開発側の我々はプレイヤーに一般公開されていない情報を知っている、そんな我々がゲームをプレイする事は一般プレイヤーの楽しみを奪う事にもなる」

 

松山「それについてはわかってるんだ、だから節度は…いや、君には何度もそうじゃ無いと言われたな…」

 

度会「例えば、ネットゲームでバグを利用することの何が許されないか…」

 

松山「オフラインのゲームならそれによってる利益も不利益もその個人の物、オンラインゲームでは自分以外の誰かにも影響する…耳が痛くなる程聞かされた」

 

度会「…もうCC社の人間じゃ無い俺がいうことでも無いか」

 

松山「だとしても、正しい事だ…それよりも、何で今更CC社に…」

 

度会「…未帰還者について、何か知っているか」

 

松山「黄昏はもう終わった、未帰還者は全てリアルに復帰した…だろう?」

 

度会「…新たな黄昏が迫っているとしたら」

 

松山「そんな事…いや、待て…出たのか、未帰還者が…」

 

度会「ああ、被害者は中学2年生の少女、The・Worldをプレイしていて意識不明になった…」

 

松山「…何で君がそんな事を…」

 

度会「艦娘システムはわかるか、今俺は艦娘の指揮に当たっている」

 

松山「艦娘、未帰還者…まさか…」

 

度会「何か知ってるのか」

 

松山「…つい先日の事だ、実は俺も未帰還者になりかけた…と思う」

 

度会「何?」

 

松山「…カイトというキャラについては」

 

度会「CC社の人間で知らない者はいない」

 

松山「…彼にキルされた、そしてそのあと数時間意識が戻らなかった…」

 

度会「…なんだと…」

 

度会(カイトのプレイヤー、つまり…倉持海斗が…)

 

松山「…その時にギルドメンバーと行動していた、そのキャラクターの名前はオークラ、彼女は自身の名前の由来について艦娘としての名前を英語に直してから略したものだと言っていた」

 

度会「…秋雲、オータムクラウド…成る程な」

 

松山「どうやら、その時の彼女だったようだな…その時、もう1人一緒にプレイしていたメンバーが居た、彼女も艦娘らしい…」

 

度会「名前は」

 

松山「青葉と名乗っていた、由来はわからないが…」

 

度会(青葉といえば宿毛湾の…いや、横須賀か?)

 

松山「今のCC社にその話を持っていけばすぐにでもサーバーを閉じるだろう、リビジョンXの開始前にThe・Worldというブランドが汚れる事を嫌っているからな…」

 

度会「…自分達で解決しろ、か」

 

松山「いや、俺も力になれることがあれば何でもやらせて欲しい…正直言ってあんな事になるとは思わなかった、だが俺が不覚を取らなければあの子は意識不明になっていなかっただろうし…」

 

度会「…今は必要ない」

 

松山「…俺が必要になったらいつでも声をかけてくれ」

 

度会「ああ」



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沈没船

太平洋 深海棲艦基地

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「…はぁ、何でこんなに充実した施設なんですか」

 

島の中心に学校の様な建物、そして周囲に地下基地に入るための入り口

 

アオボノ「あんだけ派手にやり合ったのに、何にもないまま上陸を許す?頭沸いてんのかしら」

 

身体中が痛い、気を紛らわせないと頭がおかしくなりそうなほどに全身の傷が痛む

 

アオボノ「…死ぬことの恐怖はよく知っている、だからこそ私の覚悟は誰より重い、そして私は誰より強くなれる」

 

弾薬だけは山の様にある、これでどれだけの深海棲艦を道連れにできるのか

 

アオボノ「……やるか」

 

地下の入り口から地下に入る

見張りの1人すらいない、基地とは名ばかりの施設

深海棲艦もまだ一匹も見かけていない…

 

アオボノ「いや、この呻き声は…居る」

 

うめき声の方に近づく

 

アオボノ「……チッ」

 

 

 

 

  

離島棲姫

 

戦艦棲姫「…離島棲姫、ココニ敵ガ乗リ込ンダキタトノ報告ガ…」

 

離島棲姫「ソウ、仕留メテオイテ」

 

戦艦棲姫「…ワカッタ」

 

レ級「キシシ…」

 

離島棲姫「…保管庫、収容所ノ辺リ…?ナンデソンナ所ニ…マサカ捕虜ヲ助ケニ来タ?」

 

爆発音が大きく響く

 

レ級「……キヒッ!」

 

離島棲姫「サッサト捕マエナサイ」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 アオボノ

 

アオボノ「…あー…ようやく来たか」

 

戦艦棲姫「ナ…!ナンデオマエガ私達ノ酒ヲ…」

 

アオボノ「見ての通りボロボロなのよ、麻酔代わりに貰っておいたわ」

 

ワインのボトルを呷る

焼ける様な感覚とアルコールの苦味、葡萄の渋みが口いっぱいに広がる

 

アオボノ「ペッ…不味っ」

 

ボトルを地面に叩きつける

 

戦艦棲姫「オマエ…!」

 

アオボノ「ふー…そういえばこんなものも拾ったわね」

 

紙巻きタバコの箱を取り出し、一つ咥える

 

アオボノ「ほら、火でもつけなさいよ、雑魚」

 

戦艦棲姫「イイ気ニナルナァ!」

 

戦艦棲姫の砲撃を交わしながら近寄る

 

アオボノ「三下が」

 

ボトルを一つ投げつける

戦艦棲姫にぶつかり割れる

 

戦艦棲姫「ナ…コノ臭イ!」

 

アオボノ「バーン」

 

砲撃を受けた戦艦棲姫が燃える

 

戦艦棲姫「ガアアアア!!」

 

アオボノ「ワインのボトルだからって中身がワインである保証なんてどこにあるのか…しかし、映画とかでもこういう施設の酒蔵にはワインばかり…そういうルールか何か?」

 

戦艦棲姫「…コノォォ!」

 

炎を振り払い、此方へと突進してくる

 

アオボノ「身軽な動きはできないわ、確かにね…でもできないことはできることでカバーするのよ」

 

魚雷発射管から魚雷を抜き取り床に転がす

 

戦艦棲姫「コケルトデモ思ッタカ!馬鹿ガ!」

 

戦艦棲姫が魚雷を踏み潰す

 

アオボノ「え、そこまで馬鹿だとは思わなかった…」

 

戦艦棲姫の足が魚雷で吹き飛ぶ

 

戦艦棲姫「グウゥ…!」

 

戦艦棲姫が砲口を此方に向ける

 

アオボノ「まあ、私はバカを相手にするのは慣れてますから」

 

戦艦棲姫の怪物のような艤装が破裂する

 

戦艦棲姫「ァガァ…!」

 

アオボノ「さっさと死ね三下が」

 

戦艦棲姫「マ、待テ!頼ム、見逃シテク…」

 

頭を撃ち抜く

 

アオボノ「所詮こんなものか…さて、何で貴方は手を出さずにこっちを見てるのか」

 

レ級「キシシ…」

 

レ級が此方へと歩いてくる

尻尾の様な艤装に誰かを巻き付けて

 

アオボノ「…誰だ、それ」

 

レ級「ナンダ、捕虜助ケニ来タワケジャナイノカ?」

 

レ級が捕虜をこちらに投げ捨てる

 

アオボノ「……」

 

秋月「た、助け…」

 

すがりよる捕虜の様なものを蹴り飛ばす

 

アオボノ「縋る相手をよく見なさい、私はもう半分死んだみたいな格好してるのによく助けを求められましたね」

 

レ級「デモ、殺気ハガンガンキテルゾ?」

 

アオボノ「…はぁ…タバコ吸ってみたいんですけど、火は?」

 

レ級「キシシッ」

 

戦艦棲姫の死体が燃える

 

アオボノ「ああ、どうも…」

 

タバコに火をつけて吸い込む

 

アオボノ「ゴホッ…ゴホッゴホッ……はー…くだらない嗜好品だ、私には合わないな」

 

レ級「オマエ、何シニキタ?」

 

アオボノ「生きて帰るためにここに来た…ゲホッ……あー…まあ良いや、酔いも回ってフワフワしてきたし…」

 

レ級「……」

 

アオボノ「しかし、深海棲艦が酒やタバコなんて嗜好品を嗜む意味がわからないわ、貴方達は一体何なのか」

 

レ級「アー?」

 

アオボノ「その辺も含めて、体に聞いてあげましょう」

 

レ級「ヤルナラ、ソコノ捕虜カラ殺ス」

 

秋月「ひ…や、やだ!助けて!」

 

アオボノ「纏わりつくな気持ち悪い」

 

捕虜を振り払おうとした所にレ級の砲撃が飛んでくる

 

アオボノ「…っと?」

 

レ級「キシシ」

 

レ級の視線を追い振り返る

 

レ級「キヒッ!」

 

アオボノ(別、か…しかももう殆どゼロ距離)

 

腕を大きく振るい、鞭のようにしならせて手刀を放つ

 

レ級「ガヒュッ!?」

 

アオボノ(胸を貫くつもりで放ったのに、貫通力が微塵もない…これではただ殴ったのと何も変わらないな)

 

レ級「ナンダ、バレタカ」

 

アオボノ「複数いるのは以前の戦いで知っている、警戒しないわけがない」

 

レ級「オマエ殺セバ御褒美ダ!」

 

アオボノ「……すー…ゴホッ…やりたきゃどうぞ、できるもんならやってみろ」

 

 

 

 

 

 

離島棲姫

 

離島棲姫「…驚イタワ、マサカココマデ来ルトハ…」

 

アオボノ「部下は選びなさい、あんな雑兵ばかり…」

 

離島棲姫「私ガ強ケレバ問題ナンテナイ」

 

アオボノ「……未成年のくせに酒もやってタバコも吸って…ああ、私は救いようのない愚か者です、どうか提督、私をお叱りください…」

 

離島棲姫「頭ガオカシイノ?」

 

アオボノ「イカれた世界に居るのに…イカれてないやつの方がおかしいのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

研究所

春雨

 

春雨「…どちら様でしょうか」

 

敷波「綾波は、ここにいるの?」

 

春雨「昔は居ましたね、1ヶ月くらい前」

 

敷波「ふざけてないで答えないと、殺すよ」

 

主砲を突きつけられる

 

春雨「ふふ…あはっ…あははははは!」

 

敷波「何がおかしい!」

 

春雨「貴方、弱すぎますね」

 

両手の袖の下から短刀を伸ばして首元に突きつける

 

敷波「っ…!」

 

春雨「あーっと、失礼、お料理中だったのに急に近寄るから包丁が…」

 

敷波「何を…!」

 

春雨「ところで、確かに艦娘は武器の形態が法律的に認められてるんでしょうね、ああ、貴方が主砲を持ってるのは仕方ないとして…何で人に突き付けてるんですか?脅迫とかその辺のライン超えちゃってますけど」

 

敷波の首元から短剣を引く

 

春雨「で、なんですか?綾波?私は知りませんね」

 

敷波「……ご協力、どうも…」

 

春雨(ダメだな、もうマークされてる)

 

 

 

 

春雨「…はー…別に売り渡してもよかったけど」

 

ヘルバ『そんな事をしたら私と敵対することになるものね』

 

春雨「…そうですね」

 

ヘルバ『……』

 

春雨(あの部屋でもう何日か一緒に過ごして、朝と夜は一緒に食べて…変な気分)

 

ヘルバ『悪いけど、しばらくは泊まり込むことになるわ』

 

春雨「マークされてるんです、あそこに帰るつもりはサラサラありませんよ」

 

ヘルバ『そうね、食事は届けさせるわ』

 

春雨(……)

 

端末を操作する

 

春雨「…いろんなデータが保存されているここで、1番濃密な実験を続けていたのは綾波さんでしょうね」

 

ヘルバ『…どう思ってるの?』

 

春雨「人って変わるものなのだな、と」

 

春雨(大量殺戮を犯した咎人が誰よりも人類を救う研究をしていた…なんとも不思議な…)

 

佐藤「どうも、お疲れ様です」

 

春雨「…出た、偽名の人…」

 

佐藤「随分な言われ様ですね…こちら、お届けものです」

 

何かが入った四角形の包みを渡される

 

春雨「…これは?」

 

ヘルバ『お弁当』

 

春雨「…は?」

 

佐藤「研究員全員分のお弁当を私が運んできたんです、泊まり込みは貴方だけじゃない」

 

春雨「…何処の?こんな風呂敷に包まれたのは…」

 

佐藤「綾波さんの手作りですよ、私も一食いただきましたが、何というか…素朴な味わいでしたね」

 

春雨「毒味済みと…」

 

佐藤「まあ、そう言うことでも」

 

ヘルバ『私は離席するわ、進捗はちゃんと報告してちょうだい』

 

春雨「…何の嫌がらせ…」

 

佐藤「それでは私は他の方に配りに行きます」

 

春雨(何の拷問…)

 

包みを解いて弁当箱の蓋を開ける

 

春雨「和定食…」

 

彩り、栄養も考えられたメニュー

 

春雨「こんなの作る暇があったらさっさと仕事しろって話ですよ…」

 

綾波の取ったデータ、そして仮説、その殆どがこの研究所の方向性に影響している

綾波の仕事が私達の仕事に直結するのだから、早く綾波には研究を完成させてもらわないと

 

春雨「…西京焼き、甘い卵焼き…ほうれん草の胡麻和え…塩おにぎり」

 

其々をゆっくりと口に運び、咀嚼する

 

春雨「…ふふ……何ですか、何でそんな顔で見てるんですか」

 

佐藤「てっきり貴方は表情がないのかと思ったもので」

 

春雨「え?」

 

佐藤「いえ、先程笑っておられたのがとても、好物でも入ってましたか?」

 

春雨「…まあ、そう、ですね」

 

春雨(好物といえば、どれも好物…かな)

 

 

 

 

 

特務部 オフィス

駆逐艦 敷波

 

数見「手応えは?」

 

敷波「多分、何か知ってると思います…」

 

数見「さて、どうやって喋らせたものかな…軽く拷問にでもかけようか」

 

敷波「ご、拷問…?そんな事しなくても…」

 

数見が席を立ち近づいてくる

 

数見「物事には順序がある、綾波の確保は重要な事項の一つだ」

 

敷波「だ、だからって関係のないかもしれない人まで…」

 

数見「綾波を捕まえたいのだろう?ならば手段は選べない」

 

敷波「それは…でも…」

 

数見「それと、だが」

 

数見に両肩を掴まれる

 

数見「君だけが綺麗なままでいることは許さない」

 

敷波「っ…」

 

数見「姉の始末をつけたいのだろう?ならば身も心も穢される覚悟で私に従え、私は期待を裏切らない」

 

敷波「……アタシは…どうすれば…」

 

数見は人当たりの良さそうな笑顔を浮かべた

 

数見「リスクはあるが、普通よりも遥かに大きい力を手に入れる手段がある、きっと君になら耐えられるだろう」

 

敷波「…はい」

 

数見「コレで、2人目だ」

 

敷波(…2人、目…?)

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

海斗「…青葉…?」

 

FMDを外してすぐ目の前に青葉が居る

 

青葉「司令官」

 

海斗「青葉、どうしてここに…!」

 

青葉「…今の青葉には…営倉の扉くらい簡単に壊せちゃうんですよ…」

 

海斗「…どうして抜け出したりなんか」

 

青葉「司令官、私ここから出て行きます」

 

海斗「な、なんで…」

 

青葉「だって、迷惑じゃないですか…私なんかがいたら…」

 

海斗「そんな事…」

 

青葉「司令官、私の身体はどんどんおかしくなって行きます…私が私じゃなくなる前に…助けてください」

 

海斗「…僕は…君に何をしてあげられるのか、わからないんだ」

 

青葉「司令官、それなら私は欲しい物があります」

 

海斗「…何が欲しいの」

 

青葉「キーオブザトワイライト」

 

海斗「…キーオブザトワイライト…黄昏の鍵…」

 

青葉「どんな願いでも叶う、幻のアイテム…一緒に見つけてください」

 

海斗「キーオブザトワイライトを…一緒に?」

 

青葉「…私は何処かからThe・Worldにログインします、また、その時に冒険に誘ってください」

 

海斗「青葉…待って、君は何を…」

 

青葉「ごめんなさい、司令官」



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手招き

宿毛湾泊地

軽巡洋艦 川内

 

川内「逃げられた…って、ホントに!?」

 

那珂「声が大きいよ…そもそも青葉さんの異変のこと知ってる人自体が少ないんだから…」

 

川内「そ、それで…どうなるの」

 

那珂「捜索隊は出さないって…」

 

川内「…どうなってるの?というか…あーもう、わけわかんなくなってきた」

 

那珂「…うん、何で探そうとしないんだろう」

 

川内「深海棲艦になったから…としか思えないけど…」

 

那珂「だよねー…」

 

川内「…見張りが甘かったのは私達の責任だし、それについては反省するとして…いったい何で逃げ出したりなんか…」

 

曙「何、青葉の話?」

 

那珂「うわぁっ!?」

 

川内「あ、曙…」

 

曙「そんな反応してなくて良いから、青葉の事何か知ってるの?」

 

那珂「…えっと」

 

川内「何の話なのかわからないけど」

 

曙「…アンタらがそういう態度取るなら、無理にでも口を割らせるわよ」

 

川内「だから、何の話」

 

曙「ここは他所より確かに所属数が多い、だけど30そこらの人数なのよ、1人でも見かけなければそりゃ不自然に感じるでしょ」

 

川内「だから?何で私達」

 

曙「廊下でこそこそしてんのが悪いのよ、そんなの疑われて当然でしょ?」

 

川内「…それで?」

 

曙「疑わしきは拷問せよ…って、嘘よ、何で武器構えてるのよ」

 

那珂「…やるんじゃないの?」

 

曙「冗談に決まってるでしょ、アンタらが言えないなら仕方ないし…無理に聞くのはやめとくわ」

 

川内「…そう」

 

朧「あ、曙…」

 

朧達が集まる

 

潮「提督も知らないって…」

 

曙「チッ…隠し事ばっかして…あのクソ提督」

 

漣「ぼのたんは最近特に口悪いですなー…」

 

朧「……」

 

川内(そう言えば漣だけ記憶が戻ってないんだっけ)

 

那珂「…しょっぱい」

 

朧「え?」

 

那珂「…涙の味…?」

 

曙「何言って…?」

 

川内「…何で、みんな泣いてるの…?」

 

呆然とした表情で曙達が涙を流す

 

朧「…な、何でいきなり涙が…」

 

潮「へ、変だよ…何も悲しくないのに…」

 

漣「……あれ…」

 

曙「……」

 

漣「…うおーーーっ!」

 

潮「な、何!?」

 

漣「サザミーは全て思い出した!そう!ここはニューネクストワールドっ!」

 

川内「き、記憶戻ったんだ…良かったね…涙出たのと関係あるのかな」

 

朧「…曙が…」

 

那珂「曙ちゃんが…?」

 

曙「あたしの方見ないでくれる…あたしじゃない方よ、多分死んだ」

 

川内「…し、死んだ!?」

 

潮「…そんな事ない、絶対死んでないよ!」

 

朧「うん、死んでない…曙、混乱させる様なこと言わないで」

 

曙「死んだと思ったから死んだって言ってんのよ」

 

漣「まーまーぼのたん、今日はワタクシの記憶が戻った事を祝おうぜ!」

 

曙「黙れピンク」

 

漣「んー、もう一声!」

 

曙「能無しピンク」

 

漣「よし!いいストレート!」

 

朧「…漣、曙、とりあえず提督に記憶が戻った事、伝えに行こう」

 

漣「っしゃー!」

 

曙「…ついでに刺してやろうかしら」

 

潮「だ、ダメだよ!」

 

川内「……」

 

那珂「なんて言うか…怖いね」

 

川内「うん、怖い…」

 

那珂「…何かの拍子に壊れちゃいそうで…見てて怖いよ」

 

川内「それもそうだけど…あの曙がやられるほどの相手って…」

 

那珂「キタカミさんとかじゃないの…?」

 

川内「…わからない、勝っても負けてもおかしくないから、わからない」

 

 

 

 

 

マンション

駆逐艦 綾波

 

綾波「…おええ…」

 

イムヤ「大丈夫?ここ暫く吐きっぱなしだけど…」

 

綾波「そ、それだけ…今が、幸せなんです…」

 

イムヤ(相変わらずよくわからない体質…)

 

綾波「…研究…す、進めないと…」

 

イムヤ「もう少しのんびりしても良いんじゃない?」

 

綾波「い、いいえ…いつここを出なきゃならないか、わかりませんから…す、少しでも早く完成させなきゃ…」

 

イムヤ「…何か手伝えない?」

 

綾波「お気持ちだけ…む、難しいことですから…」

 

イムヤ「そっか…私部屋にいるから、必要なら呼んでね」

 

綾波「……よ、ようやく、1人になれた…」

 

パソコンを操作する

 

綾波「…アクセスできた…特務部のネットワーク…こ、これを潰すことができれば…でも、どうすれば…」

 

文字列を眺める

 

綾波「……え、これって…AIDAじゃ、ない…?」

 

身体が自然と動く

AIDAが未知の領域だとすれば、これはヒトの領域

自然と手が届いてしまった

 

綾波「…これって……艦娘システムの、強化プログラム…?…違う、単純な強化じゃない…これは……」

 

 

 

 

 

 

綾波「…そう、なんだ…コレがあれば救える人はもっと増え…アハッ…アア…アハハッ…!」

 

頭を押さえてうずくまる

 

綾波「な、何、コレ…!アハハハハハハ!…キモチイイ…頭が焼け爛れるみたいで、空気に溶けるみたいで……ぁ…あが…こ、壊れる…?」

 

甘い罠

それに触れた途端何もかもが壊れていく

 

綾波(…お、落ち着いて…コレに惑わされちゃダメ…!)

 

徐々に何かに侵される感覚が全身を支配する

身体中が痺れ、高揚感に包まれる

 

綾波「………アハッ」

 

隠した曙の短剣を取り出す

 

綾波「…そうするしか、ないですよねぇ…敷波、お姉ちゃんは…此処ですよ」

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 演習場

駆逐艦 島風

 

島風「でりゃあああ!」

 

日向「っ…く…!」

 

最高速度での突進、そしてその勢いのままの斬撃と周囲からの砲撃

時速200キロを超えるこの速度を捉えることなど普通なら無理なのに…

 

日向「…其処です!」

 

島風「ぁぐ…!…な、んで…なんで!こんなに速いのに…」

 

日向「動きが単調なんです…だから、キタカミさんにも…通用しなかった、ゴホッ……でも、演習じゃなければ私は初撃でやられていたと思います…」

 

島風(このままじゃダメ、私はもっと強くならなきゃ行けないのに…)

 

日向「…島風さんの旋回はすごく読みやすいんです、連装砲さんを軸に其処から勢いを殺さずUターン、とても速く、普通なら対処できませんが…くる場所さえ読めば攻撃を置ける」

 

島風「…置ける…」

 

日向「例えば…」

 

日向さんが刀を抜き、水平に構える

 

日向「わかりますか…これは島風さんの移動時の首の高さです…」

 

島風「…!」

 

日向「もし、私がこうしていたとしたら…」

 

島風(死んでた、そうだ、当然死んでた…!)

 

島風「…どうすれば良かった、ですか…」

 

日向「ゼロ距離での接近戦を仕掛けるなら其処までの速度は必要ないでしょう、速度を少し落として相手の目の前で急旋回したり、とにかく読まれない動きをしてみてはどうでしょうか」

 

島風「…速度を落として…」

 

日向「島風さんのスタイルは私の戦闘スタイルとは違いすぎるんです、なのでできる助言は望んでいる形とは少し違うと思いますけど…」

 

島風「……」

 

龍驤「お、おったおった」

 

日向「龍驤さん、どうかされましたか?」

 

龍驤「司令官がお呼びや、2人とも来てくれるか?」

 

島風「…提督が?」

 

日向「…今日は非番だったのですが…」

 

龍驤「そーなんか?訓練ばっかしとるからてっきり…」

 

日向「…その…悔しくて…」

 

島風「私も…」

 

 

 

 

執務室

 

海斗「わざわざ休みにごめんね」

 

日向「いえ…私達に御用命との事ですが…何でしょうか」

 

海斗「待って、他のメンバーもいま来るから」

 

島風「他のメンバー…って、海域攻略って事…?」

 

海斗「うん、台湾方面の作戦がひと段落ついたばかりだけど…もう一度出向くことになった」

 

島風(…出撃を重ねれば、もっと強くなれる…)

 

北上「…来たけどさ、あのさぁ、今日休みじゃなかったの?何でわざわざ呼び出し食らわなきゃ何ないわけ?」

 

日向(…すごく機嫌が悪いですね…)

 

海斗「ごめん、休みは別に用意するよ」

 

島風「…3人だけ?」

 

海斗「残りは佐世保のメンバーだよ」

 

日向「…それで、どう言う作戦でしょうか」

 

海斗「フィリピンから救援を求められてる、台湾の高雄とフィリピンのマニラ間の敵を倒してルートの安全を確保するのが目的だ」

 

日向「成る程」

 

海斗「それと…日本付近の深海棲艦は戦線を下げたみたいなんだ、前回の基地破壊のおかげでその海域も、台湾までのルートも深海棲艦は少ないらしいよ」

 

北上「じゃあ自分らでやれっての…」

 

島風「…それで…?」

 

海斗「その海域では敵空母と戦艦が確認されてる、十分すぎる注意をして作戦に臨んでほしい」

 

日向「…提督、せっかく私を選んでいただきましたが…天龍として出撃させてくれませんか」

 

海斗「構わないよ」

 

日向(天龍としての戦いを磨かないといけない、天龍として勝たなければならない相手がいる…)

 

島風「佐世保のメンバーは?」

 

海斗「航空巡洋艦として鈴谷さん、それから駆逐艦に陽炎さん、水上機母艦として秋津洲さん」

 

島風「アキツシマ?」

 

海斗「つい先日着任したらしいんだ、実技テストでも優秀だったから今回の作戦に参加させるように本部から通達もあったみたいで」

 

北上「つまりエリートって事ね…だる」

 

島風「…よし、頑張る…」

 

日向「無事に戻れる様に頑張りましょう」

 

海斗「…それと、島風」

 

島風「…?」

 

海斗「速さを活かした戦いがしたいんだよね」

 

島風「…そう、だけど…」

 

海斗「なら、今回旗艦は日向に任せるけど、先頭に立ってみない?」

 

島風「…先頭」

 

海斗「君の速度なら敵の攻撃はまず当たらない、最初に敵の陣形に入り込めば敵の動きを崩せるし、砲雷撃をしながら敵の注意を集めてくれればきっと敵の戦艦や空母を叩きやすくなる」

 

日向「…でも、それはリスクがあるのでは…」

 

島風「いや、やりたい…私やりたい!」

 

海斗「確かに1番危険な役目だけど、島風なら問題無いはずだよ」

 

日向「…確かに島風さんの強さは泊地の誰もがしるところですが…佐世保の方達とも足並みを揃えるべきだと思います」

 

海斗「それが…今回の作戦の細かな内容はこっちに任せられてるんだ、佐世保は今バタバタしてるからって」

 

島風「…何かあった…?」

 

海斗「…ちょっと言えないかな、もう少し細かい作戦については明日話そう、作戦が終わったら休暇も用意するよ」

 

北上「…チッ…」

 

日向(北上さん、先日とは随分雰囲気が…悪い意味で別人の様ですね)

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

駆逐艦 陽炎

 

度会「作戦の大雑把な内容が決まった、一応目を通しておけ」

 

資料を受け取り、眺める

何一つ頭に入ってこない、ただ文字を眺めても、気は紛れない

 

陽炎「……」

 

度会「…今日はもう良い、行ってこい」

 

陽炎「行っても虚しいだけ、それに今朝もう顔を見てきたの」

 

度会「…そうか」

 

陽炎「…何で、意識不明になんか…秋雲…!」

 

陽炎(私を焚き付けておいて…あの時、私を引き留めたくせに…なんでこんな…)

 

瑞鳳「陽炎」

 

陽炎「…瑞鳳さん」

 

度会「瑞鳳…それは、どうした?」

 

巨大な段ボール箱の乗った台車を押した瑞鳳さん…

 

瑞鳳「パソコン、とりあえず買えるやつを買ってきたの」

 

陽炎「…な、なんで…?」

 

瑞鳳「秋雲のこと、やれるだけはやりたいでしょ、人任せにしたく無い…違う?」

 

度会「…お前、まさか…」

 

瑞鳳「私もThe・World始める、今の陽炎が出撃したところで沈んで帰ってこないのがオチだし、秋雲の為にも…」

 

陽炎「…瑞鳳さんはキタカミさんを助けたいんじゃ…」

 

瑞鳳「今のキタカミさんには、私の声は届かないよ、それに…目の前の仲間を放っておいたりなんかしたらそれこそ…深海に落ちたのと何も変わらないよ」

 

度会「今のThe・Worldは危険だ」

 

瑞鳳「だから、2人でやる…1人より2人の方が安全だから」

 

陽炎「……司令、今だけ見逃して、お願い!」

 

度会「…すぐに解決するとも限らない」

 

瑞鳳「構わない、どのみち行動しなきゃ解決なんてしないから」

 

陽炎「司令…」

 

度会「……はぁ…瑞鳳、お前ゲームした事は?」

 

瑞鳳「…あんまりない」

 

度会「俺も、時間がある時は手を貸す」

 

陽炎「ホントに!?やった!」

 

瑞鳳「…まあ、まだ安心…か」

 

陽炎「…絶対助けるからね、秋雲」

 

 

 

 

宿毛湾泊地 執務室

提督 倉持海斗

 

海斗「コレで全部か…」

 

コピー機から書類を取り出し、読む

 

海斗(春雨さんが送り付けてきた書類…内容は綾波がやったとされてる事件の詳細内容…つまり、僕に綾波の潔白を証明しろ…という事…どうしたらいいんだろう)



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姉の願い

[]内は文章です


マンション

イムヤ

 

イムヤ「え?もう次が決まったの?」

 

ヘルバ『此処も既に危険、早く次の場所に移らないといつ踏み込んでくるかなんてわからないわ』

 

イムヤ「そんな…それで、次はどこに…?」

 

ヘルバ『場所は用意してあるわ』

 

綾波「…そ、その、今から行くんですか…?」

 

ヘルバ『そうよ』

 

綾波「あ、あと少しだけ時間をください…研究が、完成しそうなんです…」

 

イムヤ「そ、それって…!深海棲艦を元に戻せるって事!?」

 

綾波「…いえ…正気を取り戻せるかもしれないだけです…」

 

ヘルバ『十分ね、だけど移動が優先よ』

 

綾波「…お願いします、あと少しだけ…時間をください」

 

綾波がモニターに向かって頭を下げる

 

ヘルバ『…貴方、何を考えているの?』

 

イムヤ「綾波、もし特務部の連中が来たらそれで全部おしまい、命の方が大切だって…」

 

綾波「あと、1日だけ…」

 

ヘルバ『……テコでも動かない様ね、イムヤ、あなたは先に隠れ家を移しなさい、それが条件よ』

 

イムヤ「…綾波、ほんとに大丈夫なんだよね…」

 

綾波「絶対に完成させますから」

 

 

 

 

 

研究所

春雨

 

春雨「また来たんですか、敷波サン」

 

敷波「春雨さん、貴方に対する拘束の許可が出ています」

 

春雨「は?」

 

敷波が薄っぺらい紙を突き出す

 

春雨「…それで?」

 

敷波「逮捕」

 

両手首に手錠をかけられる

 

春雨「…あーあーあー…くっだらない…」

 

抵抗すれば研究所を丸洗い、バックのヘルバにも圧をかけられる…と言う考えか

 

敷波「抵抗してもいいよ」

 

春雨「じゃあ、遠慮な…ぐふっ…?」

 

鋭い足刀蹴りが腹部に突き刺さる

膝をつき、激しい吐き気を堪える

 

春雨「…まだ、何もしてない、のに…!」

 

敷波「特務部は警察と連携し、脱走した深海棲艦と綾波の捕獲、または排除に尽力する…そのための手段は問わない」

 

手錠の鎖を踏まれ、両腕が地面に張り付く

 

逃げ場を失ったところを蹴られる

何度も蹴られる

 

敷波「言え、綾波の場所は…!」

 

春雨(…蹴りが、重い…このまま受けてたら死にかねませんね…!)

 

両袖に仕込んだ短刀を抜き、手錠の鎖を割り、抜け出す

 

春雨「…よくもまぁ…やって、くれましたね」

 

敷波「……」

 

敷波と向かい合う

 

春雨(…何、あの右目…何かの紋章みたいなのが映って…)

 

敷波の主砲からの砲撃

 

春雨(今、見えなかった…何が…!)

 

敷波「アタシは、弱くなんかない!」

 

砲撃をガードしたところに蹴り

 

春雨(蹴りと砲撃の複合スタイル…こんなの相手した事ない…どうすれば…!)

 

春雨「がはっ…」

 

脇腹に回し蹴りを受け、壁に打ち付けられる

 

春雨(この重さ…人間のそれじゃ、ない…)

 

胸ぐらを掴まれ、主砲を顎に突きつけられる

 

敷波「言え!綾波はどこに…………」

 

春雨(…?)

 

敷波「……そこか…」

 

投げ捨てられる

 

春雨(なんで、急に…まさか他の特務部の連中に場所がバレて…!)

 

春雨「…伝え、ないと……ヘ、ルバ…さ」

 

敷波「急行します」

 

春雨(…ダメ、ダメだ…私が行かないと間に合わない…私が行くしかない)

 

壁に手をつき、何とか立ち上がり、携帯を使い報告する

 

春雨「…おそらく、敷波に場所がバレました…急いで護衛を…!」

 

ヘルバ『わかってるわ、だけどセキュリティシステムが全てダウンしてる』

 

春雨「…え?」

 

春雨(いくらマンションを特定できたとしても…セキュリティを全てハックするなんて…そんな事…!)

 

春雨「…間に合って…!」

 

 

 

 

 

 

マンション

 

玄関の自動ドアは砲撃により破壊され、エレベーターは稼働していない

 

春雨(電気系統が全てダウンしてる…?)

 

イムヤ「春雨さん!」

 

春雨「イムヤさん…貴方隠れ家を移したんじゃ…!」

 

イムヤ「ヘルバさんに聞いて…」

 

佐藤「私が連れてきました、急ぎましょう」

 

春雨「…3人も守れません、自分達は自分たちで逃げてくださいよ…!」

 

階段を駆け上がる

 

イムヤ「なんで敷波は綾波の事殺そうと…!」

 

春雨「喋りかけないでください、体力使いたくないんです…」

 

佐藤「エレベーターが使えないと、この階数を昇るのはこたえますね…!」

 

 

 

春雨「ドアが、空いてる…」

 

壊された様子もなく、開け放たれたドア

 

春雨「っ!」

 

短剣を取り出して部屋へと入り込む

 

春雨「…綾波さん!」

 

イムヤ「…間に合わなかった、の…?」

 

敷波「…あ…が…」

 

目に写った光景は、腹部に大穴が空いた綾波と、両足を切り落とされた敷波

 

佐藤「…此処で、何が…」

 

春雨「綾波さん!」

 

綾波に駆け寄り、抱き起す

 

イムヤ「あや、綾波!起きて!」

 

首元に触れる

 

春雨「っ……」

 

触れるまでもないのは分かっていた

流れ落ちる血がどんどん冷たくなる

綾波から体温が失われていく

 

春雨「敷波…!何故…何故殺したんですか!!」

 

敷波「……」

 

 

 

 

 

少し前

 

 

 

駆逐艦 敷波

 

敷波「…此処にいる」

 

急に頭の中に浮かんだ、綾波はこの部屋で、私を待っていると

此処で、ケリをつける為に

 

敷波「……大丈夫、迷いはない」

 

かちゃり

 

ドアに主砲を向けたと同時に中から鍵が開く音がする

 

綾波「…敷ちゃん、は、入って…」

 

ドアを開け、迎え入れる姉

 

敷波(…何で、そんな顔…昔みたいな顔して、なんで…!)

 

言われるがままに、部屋へと足を踏み入れた

 

敷波「…この、匂い…肉じゃが…」

 

綾波「し、敷ちゃん、好きだったでしょ…?お麩のお味噌汁と…肉じゃが…」

 

匂いと共に、思い起こされる味

 

敷波「…なんで、こんなもの…」

 

綾波「……」

 

敷波「なんで…!」

 

主砲を向ける

 

綾波「…ゴレ」

 

敷波「ゴレ…?」

 

綾波「敷ちゃんにかけられた、魔法…敷ちゃんは今、碑文使いの力を持ってる」

 

敷波「…ダミー因子の事、知ってるんだ」

 

主砲を向けたまま近寄り、綾波は後退る

 

綾波「全部知ってる…敷ちゃん、ほら、みて」

 

綾波の片目には漆黒の泡、もう片方の目には青く輝く紋章

 

敷波「…それ、は…」

 

綾波「ダミー因子…それをみたAIDAが勝手に反応して、私を操り、形成し取り込んだ…私もゴレのダミー因子を取り込んだ」

 

綾波の腰がデスクに当たる

手を背後に回し、何かを探す素振り

 

敷波「両手を上げて、じゃないと今撃つ」

 

綾波「……」

 

大人しく従った綾波の片手には曙の剣

 

敷波「…なんで、そんなもの…」

 

綾波「…敷ちゃん、ごめんね」

 

敷波「答えて、それで何をしようとしたのか」

 

綾波「……お姉ちゃんは、綾波はもう、コレしか考えられなかった…計算通りなら…今ならまだ間に合う、だから…」

 

綾波が剣を構えて近づいてくる

 

敷波「…一瞬でも期待したアタシがバカだったよ!」

 

綾波を蹴り飛ばす

 

綾波「ぁぐ…」

 

敷波「このッ!…このッ!!」

 

綾波「…敷…ちゃん…」

 

綾波を蹴る

 

綾波「っ…脚は…!」

 

綾波が脚を庇う素振りをみせる

 

敷波「…やっぱり、見窄らしかった?脚のない妹がそんなに見窄らしかった!?」

 

綾波「ち、ちが…!」

 

敷波(このまま蹴り殺してやる…!)

 

綾波(…このままじゃ…何も残せない…無理にでも)

 

綾波「…ごめんね」

 

脚を掴まれる

 

敷波「離せ!」

 

綾波「ごめん、ごめんね…敷ちゃん」

 

綾波が飛びかかってきた拍子に背後にこける

 

敷波「ったた…この…!…あ、れ…」

 

起きあがろうとしてるのに、起き上がれない

足が、地面につかない…

 

敷波「っ…足…アタシの、脚が…!」

 

綾波「…痛み、無かったの…?やっぱりまだその辺りは敷ちゃんの身体じゃなくて…」

 

ゆらゆらと綾波が近づいてくる

 

敷波「来るな!来るなぁ!」

 

主砲を向けて放つ、命中しているのに、止まらない

 

綾波「ごめんね…痛いけど、我慢してね…」

 

太腿に激痛が走る

 

敷波「ああああああああ!!熱い!熱い!!」

 

綾波「…こうすれば…失血死はしないから…」

 

敷波「やめろ!熱い!痛い!」

 

綾波に主砲を突きつけて撃つ

 

綾波「…こはっ……あは…あはは……」

 

口から血を噴いて、腹部に穴が空いてるのに…

 

敷波「な、なんで…笑って……」

 

綾波「…やっと…やっと、死ねる…」

 

敷波「え…?」

 

綾波「…よ…よかった……研究も完成したし…敷ちゃんを助けることもできた…」

 

敷波(アタシを…助ける?)

 

綾波「…わた…私の足…移植できる、かなぁ……しれ、い…かん……お…朧、さん…ごめんなさい…」

 

敷波「ちょっと待ってよ…いきなり何言って……意味わかんない!」

 

綾波「…ずっと…愛してるよ、敷ちゃん」

 

敷波「何、それ…じゃあ何であんなこと…」

 

綾波「………」

 

綾波が何も言わずに立ち上がり、後方に倒れた

 

敷波「…どう、なって…」

 

 

 

 

春雨「敷波…!何故…何故殺したんですか!!」

 

敷波「……」

 

脳の処理が追いつかない

何で此処にアタシを招いて、自分を殺させたのか…

 

春雨「…っ!」

 

春雨に首を掴まれ短刀を突きつけられる

 

綾波「…だ…め」

 

イムヤ「綾波!まだ意識があるの…?」

 

綾波「…しき、ちゃ……に…手を…ださないで…」

 

イムヤ「…綾波、敷波にやられたんじゃ…」

 

綾波「……デス、ク…」

 

イムヤ「……」

 

イムヤさんが綾波のデスクを探る

 

イムヤ「…遺書…」

 

春雨「死ぬ事を、分かっていた…?」

 

イムヤ「……綾波、どうして…死ぬと分かってたのなら一緒に逃げなかったの…?」

 

綾波「……」

 

春雨「……」

 

佐藤「とりあえず、此処は危険です」

 

イムヤ「…っ」

 

春雨「逃げましょう、私達だけで」

 

部屋に、たった2人、取り残される

 

敷波「……」

 

 

 

 

 

 

 

隠れ家

春雨

 

ヘルバ『…そう、やはりそうなったのね』

 

イムヤ「わかってたの…!?」

 

ヘルバ『ついさっきわかった、セキュリティシステムをダウンさせたのも、電気系統を潰したのも、私の部下がマンションへ向かわなかったのも、全て綾波が手を回した結果よ』

 

春雨「…1人でシステムを掌握した…?」

 

ヘルバ『もちろん、ほんのわずかな時間だけよ、それでも私のセキュリティを破ってハッキングするとはね』

 

春雨「…遺書、何が書いてあるんですか」

 

イムヤ「…読むよ[皆様、まず、申し訳ありません。私は皆様を利用する為に近づき、そして悲願を達成した事と思います。]」

 

春雨「悲願?」

 

イムヤ「[私の妹、敷波は、深海棲艦に寄生されており、日に日に深刻な病状になっていきます、元々無かった脚は全て深海棲艦のもの、早急にその脚を取り除かないと敷波の意識も失われていくでしょう、私は深海棲艦を人に戻す研究に特に真剣だったのはこの為です]」

 

佐藤「成る程、しかし達成したと言うのは」

 

イムヤ「[ヘルバさんの方に送ったデータは、所謂データドレインに近いものです]…データドレインってあの…?」

 

ヘルバ『確認したわ、確かにこれはデータドレインと呼べる代物ね』

 

春雨「…データドレインを…作った?そんな事…」

 

佐藤「不可能だ…としか考えられませんが」

 

ヘルバ『確かに、オリジナルと比べて不完全、AIDAを弱らせた時のみにしか効かないでしょうね、プロテクトが少しでもかかっていたら効果はない…でも、コレは無駄がない…オリジナルと違ってできることは一つ、対象のAIDAをリプログラミングする事だけ』

 

春雨「深海棲艦のAIDAをリプログラミングするだけのデータドレイン…現実で使えるデータドレインですか…」

 

イムヤ「…続き読むね[時間がない事は分かっていました、なので私は最後の手段として、敷波の脚を切断する事にしました]」

 

春雨(だから敷波の脚が…)

 

イムヤ「[もし、可能で有るのならば、許してくださるのなら…私の脚を敷波に移植しては頂けないでしょうか、私のせいで二度も脚を失ったあの子にせめてもの償いがしたいのです]…綾波」

 

春雨「四肢の移植手術は米国でも僅かな数しか成功例がない…絶望的です、それに恐らくもう…」

 

佐藤「特務部に回収されているでしょうね」

 

イムヤ「[最後になりますが、短い期間では有るものの、共に過ごしてくださった皆様に深い感謝と、心ばかりですが、私の研究の成果をお詫びの品とさせていただきます]」

 

春雨「……研究の成果も、過程も、私たちの機関の物であって綾波さんが勝手にお詫びの品にしていい物じゃないんですよ、はい」

 

イムヤ「そんな事言わなくても…!」

 

ヘルバ『素直じゃないのよ』

 

春雨「…ええ、そうですね…素直に死者を悼むのは私には向いてませんから…まともな墓参りの仕方も学んできませんでした……綾波さんの墓石には酒をぶちまけてやります」

 

イムヤ「…誰かにやられたことあるわけ?」

 

春雨「私の数少ない親友に…」

 

イムヤ「…その数少ない親友に、私は入れてくれる?」

 

春雨「お断りします、私の親友は綾波さんと川内でいっぱいいっぱいですよ」

 

イムヤ「…そっか、じゃ、お互いの親友のために…何ができるかな」

 

春雨「……何もしない事」

 

ヘルバ『綾波の望みは敷波が無事に生きられる事、特務部に復讐することじゃない』

 

イムヤ「…私達、何もできないんだ…」

 

春雨「…っ…」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 執務室

提督 倉持海斗

 

パソコンにメールが届く

 

海斗(差出人は…綾波…!?)

 

綾波[司令官へ、急なメール申し訳ありません。このメールは自動送信機能を使った物で、取り消されずに発送されたと言うことは既に私は死んでいる、もしくはパソコンが操作できない状況にあると言う事になります。]

 

海斗(綾波が…死んだ…?)

 

朧「提督、失礼します、今いいですか?」

 

海斗「朧…ごめん、少しだけ待って」

 

綾波[司令官にメールを送った理由は二つあります、一つはダミー因子について、これは特務部の数見部長が作った擬似的な碑文のデータです。コレを利用する事でAIDAに汚染されずに艤装を利用することができます、恐らく本来の碑文使いの皆様にもそれが使える筈です]

 

海斗「…ダミー…」

 

朧(…すごく真剣そうな…何みてるんだろう…覗いたら怒られるかな)

 

綾波[私と敷波はゴレのダミー因子を取り込みました。僅かな時間ですが、それを解析してわかった事もあります、コレは鍵の役割を果たす物です。何の鍵かは特定できませんでしたが、きっとお役に立つと思い、書かせていただきました]

 

朧(…こっち見てないし、少しくらいバレないか…覗いちゃえ)

 

綾波[そして、もう一つの理由ですが、私の勝手な都合で死ぬ事について一言謝りたいと思ったからです。ごめんなさい、それしか書けませんでした。可能ならば司令官や朧さんにと思っていたのに。]

 

朧「…提督、これ…」

 

海斗「朧…いつの間に後ろに…」

 

朧「これ、どう言う事ですか…」

 

海斗「…今さっき届いたメールだよ、僕も今知った」

 

朧「…綾波……死んじゃった、って事ですか…?」

 

海斗「わからない…だけど…」

 

どうすればよかったんだろう…

こんな事にならずに済む方法は無かったのか

悔いても始まらないのに…

 

朧「…提督、最後の文」

 

海斗「…うん」

 

綾波[皆さんに会えて、幸せでした。]

 

朧「綾波…仇はとるよ」

 

海斗「…綾波」

 

 

 

 

 

 

特務部 オフィス

駆逐艦 敷波

 

数見「ご苦労だった、しかし随分と…」

 

無い脚を数見の視線が撫でる

傷口を送風機から送られる風がなでるたびに激痛が走っているはずだ

なのに、感じない、表情が動かない、うめき声もあがらない、心が、死んでる…

 

敷波「綾波の死体は」

 

数見「保管してある、これから解剖して詳細を調べようと思っているところだ」

 

敷波「…脚をください」

 

数見「移植する、と言うことかな」

 

敷波「お願いします」

 

数見「…まあ、君の働きに見合った代価と言えるだろう、データも何もかも、十分な量が揃った」

 

敷波「……」

 

数見「それに幸いな事に脚だけは無傷だったそうだ、全身がズタズタになっていたと言うのに」

 

敷波「…っ」

 

数見「…念のために伝えておくよ、四肢の移植は成功例がとても少ない」

 

敷波「お願いします、今すぐに」

 

数見「そこまで言うのなら、用意しよう」



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最凶のレ級

特務部 オフィス

駆逐艦 敷波

 

数見「おや、もう退院だったとは知らなかったな」

 

敷波「リハビリが想定していた以上に早く終わったので…一週間で退院しました」

 

数見「即日の手術、そしてわずか1週間でのリハビリの終了、異例中の異例だな…」

 

敷波「歩行だけじゃなく、走行なども可能です、とても馴染んでいます」

 

敷波(…アタシは…どうしたらいいんだろ、もう、何が正しいのか…まるでわからない、アタシは…どうすればいいの、綾姉ぇ…)

 

数見「明日から復帰してもらおう、問題はあるかな?」

 

敷波「いいえ、わかりました」

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

海斗「…暁たちの異動は認められず…か…どうしてだろう」

 

朝潮「大湊警備府は大変劣悪な環境だった、とのことですが…荒潮に何か聞いてきましょうか」

 

海斗(嫌な記憶を思い出させたくはない、でも、何もわからないと…)

 

海斗「ごめん、聞いておいてくれるかな」

 

朝潮「わかりました」

 

海斗「…島風達の出撃も今からだし…手が回らないな…」

 

綾波の潔白を証明することも、みんなの出撃の用意も、暁達のこともある…自分1人ではとても手が足りない

 

海斗「…あれ、この資料…アメリカの艦娘の戦闘ログと…デブリーフィングのログ…?今まで無かったのに…」

 

資料を読む

 

 

 

 

 

 

バージニア ノーフォーク

戦艦 ワシントン

 

ワシントン「…デブリーフィングを始めるわ…その、でも先にちゃんと理解しておいて…これは冗談でも何でもないの、本当にこの通りの被害が出た…」

 

アイオワ「とりあえず、被害の再確認から…」

 

アトランタ「…ニューヨークとボストンの防空設備は壊滅…いや、街自体も壊滅したね」

 

ワシントン「そんなに軽く言わないで…」

 

アトランタ「これはあくまで報告、感傷に浸る反省会とは違うんだよ」

 

アイオワ「…私達の護衛に出た船も全滅…こちらの被害は艦船が合計10、航空機49、艦娘システムの適応者が…76…それがたった一体の深海棲艦によるもの…」

 

ワシントン「…話には、聞いてたけど…アレがレ級…なのね」

 

アイオワ「元々深海棲艦との戦いは不利だったけど…今回のは…」

 

アトランタ「レベルが違う、完全にやりたい放題されて…そして一切の攻撃が通用しなかった…」

 

ワシントン「…あのサイズだから、駆逐艦だと思ってた…なのに、私達の砲撃をくらっても怯みもしない…それどころか掴み取ったり、投げ返したり、めちゃくちゃよ…!」

 

アトランタ「ジャパンの艦娘はどうやってアレを倒したんだろうね、しかも6匹相手にして3匹は仕留めたらしいし」

 

アイオワ「リアリー…!?アレを、どうやって…」

 

アトランタ「…正直あたしは艤装が悪いんじゃないかって思ってるよ、火力が違うんじゃないの」

 

アイオワ「今使ってる艤装だって最高の技術で作ったもの、それにジャパンがUSAよりもすごい艤装を作れるなんて…」

 

アトランタ「ない話じゃない、あのヤマトを作った国なんだから」

 

ワシントン「……一体のレ級に壊滅させられた…なんて…誰も信じてくれないだろうけど…」

 

アイオワ「…あれは…まるでハリケーン…」

 

ワシントン「恐ろしかった…私達には手に負えない…現状であの敵に立ち向かうなんて無理よ…」

 

アトランタ「…聞きたくないだろうけど、一応これも報告しとく…回収できた死体、船の乗組員も含めてだけど…全員頭を撃たれてる、もちろん砲撃をくらったやつは頭自体が無いんだけど…」

 

ワシントン「…砲撃以外を…?」

 

アトランタ「それ以外の奴は機銃サイズの穴が開いて、頭から弾丸が摘出された…全部1発ずつ」

 

アイオワ「ウェイト!まさか狙って撃ち殺した…って言うの…?」

 

アトランタ「そういう事じゃない?」

 

ワシントン「…そんな…」

 

アイオワ「…あの荒れた波の中で、移動する人を…ヘッドショットするなんて…」

 

アトランタ「それだけの相手を倒してるジャパンの連中には是非手を貸して欲しいもんだね、どうやってんのか知らないけど」

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 

提督 倉持海斗

 

海斗「アメリカにレ級が……だけど…このレ級による被害…まるで…いや、そんなわけ…そんなわけがないんだ…」

 

島風「提督、島風入室します」

 

海斗「ああ、島風…みんなも?」

 

天龍「出撃用意、完了しています」

 

北上「…まあ、いつでも出られるけど」

 

陽炎「失礼します、佐世保から来ました、陽炎型一番艦の陽炎です」

 

鈴谷「鈴谷です、本作戦においてはよろしくお願いします」

 

秋津洲「あ、秋津洲です…よろしく…お願いします」

 

海斗「こちらこそよろしくお願いします」

 

天龍「作戦に関してのブリーフィングは…」

 

海斗「今から軽くだけ行うよ」

 

鈴谷「台湾南部の高雄に移動するとの事ですけど、航空機を使うんですか?」

 

海斗「台湾の南部までは高速艇を用意してあります、それで作戦海域まで」

 

秋津洲「途中で沈められる…かも…」

 

鈴谷「大丈夫だって…」

 

北上「チッ…あんた本当にエリート様なわけ?」

 

秋津洲「あ、あたしは…その…戦闘艦じゃなくてぇ…!」

 

北上「じゃあ何でこの作戦に参加してんの…?」

 

秋津洲「記録役とか…支援とか…」

 

海斗「北上、ストップ」

 

北上「いる意味ないじゃん」

 

秋津洲「んがっ!?」

 

海斗「北上!」

 

鈴谷「それは…言い過ぎじゃん?」

 

天龍「すいません、すいません…」

 

北上「事実でしょ、なんなら別にうちのメンツだけでも済んだ話じゃないの?」

 

海斗「そういう問題じゃないよ」

 

北上「話逸らすって事はそう思ってるってことじゃん」

 

陽炎「…鈴谷さん、秋津洲さん、一回出ましょう…すいません、どこか…」

 

天龍「落ち着ける場所に案内します、どうぞこちらに…」

 

海斗「……北上、一緒に作戦を遂行する相手にあんなこと言うのは…」

 

北上「何、普段から組んでる奴らの方がやりやすいって事なんだけど、何かおかしい?」

 

海斗「…君の言いたい事はわかったけど、誰かを傷つけるような言い方はしちゃいけないよ…」

 

北上「あ、そう」

 

島風「…提督、北上さん外した方がいいと思う…」

 

北上「外す?どうぞご自由に、私は全然いいけどね」

 

海斗「…北上、別に君も喧嘩がしたいわけじゃないよね」

 

北上「お説教とか面倒だからパス」

 

海斗「これはお説教とかじゃないよ、君が誤解されないように…」

 

北上「それがお説教なんだよ…めんどくさいなぁ…」

 

海斗(…弱ったな…これじゃあ今回の出撃もままならない…)

 

北上「自分だけ安全で涼しいとこでのんびりしてられるんだからもっと苦労しなよ」

 

島風「…おかしいよ、なんでそんなわがまま言うの!?北上さんだけだよ、そんな事言うの!」

 

北上「面倒だから面倒なんだよ…はぁ…だる」

 

海斗「島風、君も天龍達のところに行ってて」

 

島風「でも…」

 

海斗「北上とはちゃんと話し合わなきゃいけないと思ってたんだ」

 

北上「…ウザ」

 

島風「…失礼します」

 

海斗「…北上、座って」

 

席を移し、北上と向かい合って座る

 

北上「あー、何?クビにでもする?それはそれでいいけど」

 

海斗「違うよ、こう言う事言うと君は嫌がるけど、僕は君の事をある程度理解してるつもりだ」

 

北上「…確かに思いっきり嫌だね、わざわざそれ言う理由は何?」

 

海斗「君が阿武隈に訓練の指導を頼んでるのも知ってる」

 

北上「……何、あいつ喋ったの?」

 

海斗「たまたま君達を見かけたんだ、だから僕が無理矢理聞いた…」

 

北上「…それで?」

 

海斗「君の頑張りは知ってる、でも君がそんな態度をとっていたら誰も理解してくれないよ…」

 

北上「理解される必要はないんだけど」

 

海斗「大井さんにも?」

 

北上「…なんであいつの名前が出るのさ」

 

海斗「君はキタカミを…別のキタカミを見返したかった、だからこんなに頑張ってるんだよね」

 

北上「わかったような口聞いてんなよ、ウザいなぁ」

 

海斗「…君ならわかってるはずだ、1人がどんなに辛いか、1人になりたくないなら…」

 

北上「だから、わかったような口聞くなって言ってんの!何、あんたは自分も1人だったから分かるとか言っちゃう系?」

 

海斗「…違う、でも、仲間の大切さは誰よりも知ってるつもりだよ」

 

北上「だからお前も仲間を大切にしろ?ハッ…笑わせるね」

 

海斗「…北上、お願いだからこれ以上自分から孤立するような真似は…」

 

北上「じゃああたしをハブにしてる奴らに説教すれば?」

 

海斗「みんなは君を仲間外れにしようとしてるんじゃないよ…」

 

海斗(…北上は機嫌の落差で対応が変わるから、それを理解してないと誤解されやすい…いや、理解していても根気よく付き合ってくれる人の方が少ないか…)

 

海斗「とにかく、これも仕事だよ、君にとっては苦痛かもしれないけど…」

 

北上「わかってんならやらせんなって話なんだけど…はぁ…チッ」

 

海斗「…君はどうなりたいの?」

 

北上「どう…なりたい?なんであたしが何かにならなきゃいけないの、あたしはあたし、北上なんだけど」

 

海斗「…君自身はこのままでいいと思ってる?」

 

北上「……さあ」

 

海斗「……」

 

北上「まあ、でもみんな口を揃えてあたしが悪いって言うよ、だから少しは悩んだらもする…でも何が悪いのかは伝わってこない」

 

海斗(…北上も今の自分には疑問を抱いてる…のかな)

 

北上「…はぁ…いいや、毒気抜かれたわ…出撃すればいいんでしょ」

 

海斗「君の実力なら任せられる、頼んだよ」

 

北上「……」

 

海斗(北上の事についてはもう少し時間をかけて解決しよう、焦ってもいい結果は出ないだろうから)

 

海斗「出撃は2時間後、準備を整えておいて」

 

北上「うわ…昼過ぎじゃん…」

 

海斗「…何か不都合があった?」

 

北上「ご飯食べた後って眠いからさぁ…いや、いいや、お昼抜こ…」

 

海斗「…そう」

 

北上「作戦会議とかどうせやるんでしょ?なんかまとめたメモとか後で頂戴、それだけ見るからさ」

 

海斗「わかったよ」

 

海斗(…僕の対応も甘いんだろうな…みんながこれ以上不満を募らせる前に解決したいけど…)

 

 

 

 

 

 

太平洋 深海棲艦基地

離島棲鬼

 

離島棲鬼「戻ッタノネ、レ級」

 

レ級「……」

 

離島棲鬼「マサカ、マサカコレホドマデトハネ…トウトウ最強ノレ級ガ完成シタ…アメリカハドウダッタ?」

 

レ級「別に…相手にはならなかったとしか」

 

離島棲鬼「ククク…コレハ頼モシイ、ネェ戦艦ノ」

 

戦艦棲姫「…エエ、本当ニ」

 

離島棲鬼「ソッチノ方ハ?」

 

戦艦棲姫「…契約ハ履行サレタ…今夜、実行スル…脚ノ代償ヲ頂キニ行ク」

 

離島棲鬼「ソウ、飛行場姫、ツイテ行キナサイ」

 

飛行場姫「…ハイ…」

 

戦艦棲姫「随分…怯エテイルナ…」

 

離島棲鬼「マサカ…マダアノ時レ級ニ貴方ヲ始末サセタ事根ニ持ッテルノ?」

 

飛行場姫「ッ……イイエ、デモ…レ級ヲ見ルト気持チ悪クナル…」

 

レ級「…退室します、失礼します」

 

離島棲鬼「スッカリトラウマネェ…アハハハッ」

 

飛行場姫「ッ…!」

 

戦艦棲姫「……胃ガ痛イ…」

 

 

 

 

 

 

 

大湊警備府

駆逐艦 不知火

 

不知火「…最後に犠牲者が出てから、もう半月ですか」

 

暁「みんなの士気も上がってる、万事順調ね…」

 

不知火「怖過ぎるほどに、ですが…」

 

暁「…そう、そうなのよ…私たちが最後にここの司令官を見たのっていつ?」

 

不知火「…それも半月ほど前だと」

 

暁「私は10日前、でもその日以降色々変わっていってない?」

 

不知火「…食事が豪華になりました…いや、一般家庭レベルになっただけですけど」

 

暁「部屋も、いろんな設備も整備されてる…それに今まで居た軍人さんがどんどんいなくなってるわ」

 

不知火「不自然が過ぎる…と言うか…」

 

暁「後は…新人さんもどんどん着任してるのよね…」

 

不知火「今朝、また四名着任したとか」

 

暁「……変よね」

 

不知火「変です」

 

暁「良い変化なんだけど…いきなり環境が変わるとお腹痛くなってきちゃうわ…戻して欲しいわけじゃないけど」

 

不知火(…そういえば、最近は司令室の周りに警備員の格好をした人が何人か常に居る、だけど全員目深に帽子を被ってるせいで顔を見たことがないな…)

 

不知火「…スナッチャー」

 

暁「え?」

 

不知火「今までいた人達は殺されて、謎のアンドロイドにスナッチ…入れ替わってるとか」

 

暁「…冗談はやめて頂戴…」

 

不知火「怖かったですか?」

 

暁「…そこそこね」

 

 

 

 

 

 

 

ネットカフェ

青葉

 

青葉「……」

 

手袋を外し、天井の照明手のひらをかざして眺める

 

青葉(また、少し…白くなってる)

 

肌の色が変わる境界をなぞる

 

青葉(手袋…もっと長いのを買わないとそろそろ隠せないな…でも、迂闊に外に出たら捕まるかも…やだなぁ…怖いなぁ…)

 

いつの間にか涙が目にいっぱいに溜まり、溢れ出す

 

青葉「…寂しい…な…誰か…」

 

??「は…はくしょん!」

 

隣の部屋から豪快なくしゃみが響く

 

??「ず…あー…あれ?もうティッシュがない…!ど、どうしよ…す、すいません、ティッシュ持ってませんか?」

 

青葉「あ、ありますよ…はい」

 

仕切りの上から手を伸ばし、隣の部屋にティッシュケースを差し出す

 

青葉「…あっ…!」

 

手袋を外している事に気づき慌てて手を引っ込める…が

ティッシュケースはそのまま隣の部屋に落ちて…

 

??「痛っ!?うう…まさか頭に落ちてくるなんて…私ってなんで…」

 

青葉「ご、ごめんなさい…」

 

??「いえ…ありがとうございます…花粉症なもので…」

 

青葉(もう7月なのに…?)

 

??「…あ、ティッシュの予備こんなところに…す、すいませんお返ししますね」

 

隣の部屋のドアが開く音

 

青葉「待っ…!」

 

慌てて手袋をする

 

カチャリ

 

翔鶴「…あれ…」

 

青葉「…え」

 

翔鶴「あ…青葉さん…?」

 

青葉「翔鶴さん…」



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被験者

宿毛湾泊地 工廠

駆逐艦 島風

 

明石「はいはい、なるほどね〜」

 

島風「……」

 

艤装を受け取りに来たら…私の艤装を弄りながら1人でぶつぶつ言ってる明石さんを見てしまいました

 

島風「…明石さん…?」

 

明石「うおうっ!?ど、どうしたの島風ちゃん」

 

島風「…なんで私の艤装を…」

 

明石「あ、いや…ほら、速度を上げるブースターの位置とかを使いやすく調整してたの、コレ!」

 

艤装を渡される

 

明石「使用感は今まで通りにタンクも大きく…」

 

島風「なんか…前より重いんですけど」

 

明石「いやー…気にしない気にしない!」

 

島風(確かにこれつけて走り回りは…あんまりしないけど、陸上の移動が大変になるから嫌だなぁ…)

 

明石「いやー、良い感じ…よし、今から出撃?」

 

島風「そう…それは?」

 

明石「これはー…ほら、大井さんと北上さんの艤装を…」

 

島風「艤装を?」

 

明石「改装してましたー…なんて」

 

島風「…許可は?」

 

明石「取ってない…」

 

島風「…提督ー!」

 

明石「わあああ!待って!待って待って!ほ、ほら、これ改装した方が強力になるんだって!」

 

島風「だって許可も得てないのにそんな事…!」

 

明石「ま、まあまあ!とにかく今は出撃!」

 

島風「…むぅ…」

 

島風(とりあえず、今は…任務終わらせないとね…仕方ないし)

 

 

 

 

 

 

海上 移動用船艇内

 

北上「へー…だからこんな物々しい感じになってんの、あはは、おもしろ」

 

島風(絶対怒ると思ったのに…)

 

天龍(…変ですね、大人しいというか…)

 

陽炎「…それにしても、本当にうまくいのかなぁ…」

 

北上「んー?」

 

鈴谷「夜戦オンリーの作戦」

 

秋津洲「そ、そうかも…高雄からマニラまでを一晩で攻略…」

 

天龍「いえ、今回の作戦は適切だと思います」

 

島風「…天龍さん?」

 

天龍「航空戦艦としての視点の発言ですが…夜間作戦であれば艦載機や戦艦の長射程を封じ込むことができます」

 

島風「…視認性が悪いから?」

 

天龍「はい、ですから一方的な戦いにはそうそうなり得ません、そして島風さんの今回の装備は特に機動力を重視している」

 

島風「…そっか、確かに私が注意をひけばみんなは安全に戦える…」

 

北上「へー…本当にそんな事考えてたのかな」

 

天龍「今回の作戦に提督は全力で取り組んでいます」

 

北上「…あー、怒らせた?ごめんごめん」

 

天龍(…北上さんに謝られると…なんというか不思議な感じですね…)

 

陽炎(本当にさっきとキャラが違う…って言うか…)

 

鈴谷(さっきと違ってなんかのほほとんした感じ…)

 

北上「そういや…えーと、陽炎と鈴谷と秋津洲だっけ、さっきごめんね、なんかカリカリしててさー」

 

陽炎「…いや、まあ…」

 

鈴谷「別に良い、です…」

 

秋津洲「かも…」

 

島風「あ、そうだ…北上さんご飯食べてないって聞いてたからおにぎり…」

 

弁当箱を取り出す

 

北上「え?あー…いや、あたしいいよ」

 

島風「お腹減ってない…?」

 

天龍「調子が悪かったんですか…?」

 

北上「いや、ご飯食べると眠くなるじゃん…それで思考とか鈍ったらさ、別に訓練前とかなら食べるけど命懸けの戦いするんだからね」

 

天龍「…食べずに一晩戦えるんですか…?」

 

北上「まー…なんとかなるっしょ」

 

陽炎(…さっきの嫌な感じはほんとになんだったんだろ…)

 

 

 

 

 

 

 

博多 喫茶店

青葉

 

青葉「…えっと…偶然ですね…ホントに」

 

翔鶴「そ、そう…ですね」

 

青葉(翔鶴さんを無理矢理逃したのは聞いてたけど…なんでこんなところに…)

 

翔鶴(なんで青葉さんが…しかもネカフェの隣の部屋なんかに…)

 

2人「「あ、あの…あ、先に…」」

 

青葉(話が進まないと言うか…)

 

翔鶴(聞きづらい事だし…うーん…あれ)

 

翔鶴「その手袋…」

 

青葉「……」

 

つい手を包み隠すような動作をしてしまう

 

翔鶴「…傷が?」

 

青葉「いいえ…」

 

片手の手袋を外す

 

翔鶴「…その手…」

 

青葉「ご覧の通り、です…」

 

青葉(…さっきより少し…進行してる気がする…)

 

唇を結び、視界を落とす

 

翔鶴「…とりあえず、今は隠して…私に考えがありますから」

 

青葉「…考え?」

 

 

 

 

公園

 

翔鶴「ほら、これはどうですか?青葉さんの肌の色に近いと思いますけど」

 

青葉「…これは?」

 

翔鶴「特殊メイクとかにも使われる道具で…傷を隠したりするのに使うんです、コンシーラーって言うんですけど」

 

青葉「…でも、両手を丸々隠すなんて…」

 

翔鶴「確かにたくさんいりますね…うーん…」

 

青葉「な、なので…手袋で隠します…その…」

 

翔鶴「青葉さん、鏡見ましたか?」

 

青葉「えっと…まあ、少しくらいは……ま、まさか!」

 

顔に手を当てる

 

翔鶴「いいえ、顔にはまだ」

 

青葉「…よかった…あ」

 

視界の端にチラリと映る

二の腕の側面に伸びる一筋の白い線

 

青葉「…そんな、気づかなかった…」

 

翔鶴「鏡とかじゃないと見えにくいかと思いましたけど…今の手袋じゃ既に隠せないところまで来てます」

 

青葉「…誰かに見られて…」

 

翔鶴「多分、それが深海棲艦の肌だと気付く人はいないと思いますけど…」

 

青葉「……う…うぅ…」

 

何かを呪っても、何かを嘆いても解決しない

だから泣いちゃいけない、なのにそんな気持ちを無視して涙が流れ出る

 

翔鶴「…辛い、ですね」

 

青葉「っ…!」

 

口をついて、言葉が飛び出しそうになる

言ってはいけない言葉を

 

翔鶴「…良いんですよ、怒られるのは慣れてますから…私に怒っても」

 

青葉「…ダメ、ダメですよ…」

 

翔鶴「怒りたい時は怒って良い、逃げたい時は逃げて良い…でも、諦めるのだけはダメ…だから、感情を発散しても良いから…」

 

青葉「…頭では、わかってるんですよ、翔鶴さんは私の気持ちを…いえ、私以上に辛いのを…だけど、私今…」

 

翔鶴「いいえ、私が青葉さん以上に辛いなんて、そんなの思い込みです」

 

青葉「…そんな、こと」

 

翔鶴「だって私の辛さは私のもの、青葉さんの辛さは青葉さんの物、そらぞれが別々の存在で、それぞれの感情や想いがある…同じ物を見ても別の感じ方をすることができる人間なんですから」

 

青葉「…人間」

 

翔鶴「私たちの辛さは、誰にもわからない、私達ですらも…だけど、共有して乗り越えることはできるはず…辛かったら逃げて良い、泣きたければ泣けば良い…誰かに助けてもらっても良いんですよ」

 

青葉「…どうすれば…」

 

翔鶴「私、瑞鶴に会いにここまで来たんです…でも、よく考えたら絶対に行っちゃいけない場所だって思って…瑞鶴に迷惑をかけたくなかったし…」

 

青葉「…だから博多に…」

 

翔鶴「でも、私を助けてくれたあの子なら…きっと青葉さんを助けてくれる」

 

青葉「…そう、でしょうか…」

 

翔鶴「一緒に会いに行きませんか?どうなるかは分かりませんけど…」

 

青葉「…私は、その…今、誰かに迷惑をかけることを…躊躇う余裕もありません…」

 

翔鶴「ふふ…それで良いんですよ、話は決まりましたね」

 

青葉「…はい」

 

 

 

 

 

 

台湾 高雄 近海

駆逐艦 島風

 

島風「…任務開始…!」

 

秋津洲「かも」

 

天龍「…口癖ですか?」

 

秋津洲「…つい、たまに言っちゃうの…」

 

北上「へー…まあ濃い口癖ならもっとヤバいの居るよね」

 

島風「…那珂さんとか、戦闘中…」

 

天龍「金剛さんも…その、聞いてみたら私は純正日本人だ…と」

 

陽炎(純正日本人って何)

 

天龍「あのデスデス口調は…記憶が戻ってから癖になったとかで…」

 

島風「キャラ作りじゃないんだ…」

 

秋津洲「記憶?」

 

天龍「あ、えーと…」

 

島風「こ、金剛さんは記憶喪失だったらしくてー」

 

島風(…金剛さん、ごめんなさい)

 

秋津洲「へー…それは大変かも…記憶喪失の人会ったことないから見てみたいかも!」

 

島風「…記憶喪失」

 

天龍「……」

 

陽炎(そう言えば…この北上さんは別のなんだっけ)

 

北上「…ん?何、なんでみんなそろってあたし見てんの?」

 

島風「いや…」

 

陽炎「別に…」

 

天龍「…羅針盤が反応しました」

 

島風「…この辺りに深海棲艦が…」

 

北上「ま、やりますかぁ…」

 

高速艇から海に降りる

 

天龍「…よし、行きましょうか、予定通り単縦陣に」

 

羅針盤の針が音を立てて回り始める

 

天龍「南です」

 

島風「よーし…」

 

鈴谷「…曇ってるなぁ、星も月も頼りにならなさそう」

 

天龍「…それも織り込み済み、ですから」

 

秋津洲「暗くなる前に敵見つけたいかもー…」

 

陽炎「先に見つけても多分…良いことはない気がしますけど…」

 

天龍「鈴谷さん、航空機での偵察をお願いしても良いですか?」

 

鈴谷「あー、今回は私水上機もってきてなくて…担当はこっち」

 

秋津洲「が、がんばる…」

 

水上機が南に3機飛んでいく

 

秋津洲「……み、みつけた!真南に敵艦隊!」

 

北上「詳細な敵わかる?」

 

秋津洲「…えと…わからな…い…です」

 

天龍(すっかり北上さんを怖がってますね)

 

島風「…大丈夫!全部倒せば良いから!」

 

陽炎(ここで脳筋!?)

 

秋津洲「か、かも!」

 

鈴谷(乗った…!?)

 

天龍「…軽巡級1つ、雷巡級2つ…駆逐級3つ」

 

島風「視認した…よし、私から行くよ!全速!」

 

陽炎「速っ…!」

 

秋津洲「100キロは出てるかも…」

 

加速して敵艦隊に突っ込む

 

鈴谷「もうだいぶん視認性悪いし…当たるかなぁ…」

 

島風「だいじょーぶ!!」

 

連装砲ちゃんが証明弾を打ち上げる

 

天龍「島風さん、もう見つかってますよ…!」

 

島風「わかってる…反航戦始めます!」

 

すれ違い様に雷巡級を一つ斬り伏せる

 

島風「五連装酸素魚雷!」

 

魚雷を周囲に振り撒き、敵の間を掻い潜るように動く

 

島風「こっちこっちー!」

 

鈴谷「これ、撃つの!?」

 

天龍「撃ちます!砲撃戦始め!」

 

此方に注意を向けた深海棲艦からどんどんと沈んでいく

 

天龍「最後…」

 

島風「今ので終わり!?」

 

陽炎(…ピッタリ、ハマったわね…)

 

島風「やった!提督の作戦で勝てたよ!」

 

天龍「この条件下ならとても有効ですね」

 

羅針盤が音を立てて回り出す

 

天龍「…南西ですね」

 

島風「よし!この勢いで全部倒しちゃうよ!」

 

北上「頑張れ、あたしの分までさ」

 

 

 

 

島風「居た…まだ気づかれてない…!」

 

天龍「島風さん、やや東にズレてください、同航戦に…」

 

島風「OK!」

 

秋津洲(……)

 

島風「…よし、行けま…」

 

カチリ

 

頭の中で何かが響く

 

天龍「…島風さん?」

 

島風「…大丈夫、行けます!」

 

速度を上げ、敵艦隊に近づく

 

天龍「空母1つ、戦艦2つ、軽巡1つ、駆逐2つ」

 

島風(…流れ、速力よし…)

 

島風「酸素魚雷…!」

 

天龍(…今、島風さん何を…?暗くて見えないし、照明弾が上がってない…何か、おかしい)

 

目の前で水柱が上がり軽巡級と駆逐級が一体ずつ吹き飛ぶ

 

島風「…次」

 

陽炎「な、何が起きてるの…?戦闘始まってるのよね!?証明弾は…」

 

北上「…なんか、おかしいね」

 

鈴谷「待って、今火花が…」

 

島風「…捉えた!」

 

残りの駆逐級に双剣を突き立てる

深海棲艦の装甲と剣が擦れて火花が散る

 

ル級「…ギ…!」

 

ヲ級「シィッ!」

 

真っ暗な夜の世界

月も星も、何もない

 

島風「…っ…」

 

明かりは砲火のみ

 

天龍「今、島風さん…見えましたか…」

 

陽炎「…ぼうっと立ち尽くしてたみたいだけど…どこにいた!?撃たないと…!」

 

立て続けに戦艦級が砲撃を繰り返す

ヒュンヒュンと風を割く音を立てて砲弾がそばを通り抜ける

 

鈴谷「動いて、ない…?」

 

秋津洲「……」

 

何かが、響く

委ねろと、そう囁く

 

何かの衝動に、体が支配される

 

島風「……」

 

最高速度で戦艦級へと近づき、水面から軽く跳ね、艤装のブーストを受けた回し蹴りを叩き込む

艤装と艤装がぶつかり、金属がひしゃげる音を鳴らし、火花を散らす

 

天龍「…アレは…蹴り?」

 

脚を一度引き、砲撃を交わすために姿勢を低くする

片足の艤装だけを動かし、水面に張り付く様な姿勢のまま大きく一回転、そしてその勢いのままに蹴りを叩き込む

 

ル級「ギッ…」

 

先程までの音とはまるで違う

圧倒的な力の前に、破裂し…

 

陽炎「…戦艦級が…燃えて…」

 

艤装の内側で自分の砲弾が炸裂し…炎上する

 

島風「……」

 

空母級に飛びかかり、両手の双剣抜き、一閃

首を撥ね、最後の戦艦級に向かう

 

ル級「ク…ルナ!」

 

一瞬だけ艤装を起動することで水面を跳ねる様に移動し、そして飛び跳ねた先で艤装を起動、まるで空中をも蹴るかのような動作とともに進路を変え続け、迫る

 

もはやそれを捉えることなど不可能

 

ル級「ヒッ…!」

 

戦艦級が艤装を盾の様に構える

 

島風「……」

 

戦艦級の背後から砲音が何度もなる

 

ル級「ガ…」

 

背後に回らせた連装砲に砲撃を続けさせ、盾の様な艤装を乗り越える

 

島風「……」

 

艤装を深海棲艦の顔に乗せ、起動する

 

陽炎「…く、くく…首、千切れ…」

 

艤装の噴射で戦艦級の頭が吹き飛び、壊れる

 

天龍「有り得ない…島風さんが、こんな戦い方…」

 

声のする方に視界を向ける

 

鈴谷「…目に、青い炎…」

 

陽炎「あれって…深海棲艦特有の物なんじゃ」

 

双剣を持ち直し、一つを投擲する

 

天龍「っ!?」

 

弾かれた

 

速度を上げて接近する

 

陽炎「…待って、まさか…」

 

天龍「そのまさか…ですね、やる気です!」

 

剣を弾いた奴が、刀と私の短剣を携えて此方を見据える

どうすれば倒せるか…

 

秋津洲「……あれ…あれれ…」

 

鈴谷「秋津洲何やってんの!?カバン弄る暇あったら前見る!死ぬよ!」

 

そこから崩す

 

秋津洲「ひやああ!こっちきたぁ!?」

 

先行させた連装砲が水柱に巻き上げられ吹き飛ぶ

 

島風「…?」

 

北上「…やー…それはダメじゃ無い?」

 

優先処理目標を書き換え…

 

北上「うわっ…あたしとやるの?なんで?」

 

島風「……」

 

北上「だんまりか…えーと…」

 

天龍「…私も、やります」

 

陽炎「私も…!」

 

鈴谷「とりあえず秋津洲は下がっといて!」

 

秋津洲「は、はい!」

 

此方にそれぞれが武器を向け、注視する

遠距離攻撃はもう使えない、となれば…

 

陽炎「やっぱ速い!」

 

北上「来させないって…」

 

重雷装艦からの雷撃…

進路は何処なら安全か

 

天龍(…AIDAによる暴走だとして…どう対処すれば…いや、やるしか無い!)

 

此方へと飛んでくる砲撃が、砲火だけが夜に光を灯す

そして、敵の位置を伝える

 

北上「…魚雷を全部すり抜けて…!」

 

鈴谷「ちょっ…どうすんの!もう来るよ!」

 

天龍「……」

 

全速で接近する

そして、今触れる

 

島風「……?」

 

天龍「…よかった…通じた」

 

喉元への衝撃

頭が下になり体が宙を舞う

 

天龍「…はぁっ!」

 

顎元への衝撃

 

陽炎「全く見えなかった…い、今何が…」

 

天龍「島風さんの走る高さに刀を置いたんです…それにひっかかってくれました…あとは顎元にもう一撃、気絶したはずで…」

 

前蹴りで1人吹き飛ばす

 

陽炎「天龍さ…っ!…うそ、気絶どころか…全く…」

 

北上「ピンピンして…」

 

島風「……」

 

天龍「ゴホッ……そんな…確実に意識を奪う深さのはず…!」

 

真横に倒れる様に体を投げ出す

 

北上「…消え…」

 

水面ギリギリで艤装を稼働させ、最も視認されにくい位置を走り

視認されることなく近づき、真上の首元への一閃

 

北上「っあ…!…あっぶな…!」

 

主砲の先端を斬り落とすだけに終わる

斬撃の勢いをそのままに体を大きく回転させ、艤装を稼働させての蹴り

 

北上「がっ…ぁがっ…!?」

 

腕の魚雷発射管ごと…撃ち抜く

 

陽炎「ひっ…!」

 

1人を打ち砕く

近くに居たもう1人の首元に手を伸ばす

 

秋津洲(……)

 

カチリ

 

何かが切り替わる音が頭に響く

そこで全てがブラックアウトした



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最悪

海上

軽巡洋艦 天龍

 

天龍「これが秋津洲さんの…」

 

秋津洲「そう!この二式大艇ちゃんがエリートにしか扱いこなせない…」

 

北上「操作してるの機械じゃん」

 

秋津洲「うぐっ…」

 

天龍(…かなり大きい飛行艇ですね、確かに敵を殲滅した海域の移動ならこれの方が安全か…)

 

秋津洲「秋津洲の艤装に適応できる人は極稀だから良いのかも!」

 

陽炎(そこはかもじゃないほうが…)

 

鈴谷「早く帰ろ、疲れたし…」

 

天龍「…よ…っと」

 

意識を失ったままの島風さんを抱える

 

秋津洲「早くしないと出しちゃうかも!」

 

 

 

 

 

天龍「凄いですね、こんな…」

 

秋津洲「もっと褒めて良いかも!」

 

北上「……あ」

 

陽炎「どうかしました?」

 

北上「いや…お腹減ったからご飯食べようかなと思って…でもほら」

 

北上が弁当箱を見せる

 

天龍「…水浸しですね…」

 

秋津洲「乾パンならあるかも!」

 

北上「…いや、我慢するよ」

 

天龍「…それにしても、早いですね…もう台湾の上です」

 

鈴谷「え!?高速艇であんなに時間かかったのに…あの高速艇もめちゃくちゃ早かったよ…?」

 

北上「……眠いな、寝ても良い?」

 

天龍「ついたら起こしますので、ごゆっくり」

 

陽炎「…あ、夜明けかな…空が白んできた」

 

天龍(…島風さんの暴走もありましたが、作戦は無事に成功…か…)

 

陽炎「…ねぇ、ちょっと誰か来て!」

 

陽炎の声に反応し窓に人が集まる

 

陽炎「…あれ、何…?」

 

陽炎の視線の先に見える灯り

 

天龍「……わかりません、遠すぎて…」

 

秋津洲「揺れたりするかもー」

 

陽炎「うわっ!?」

 

鉄の床に体を打ち付ける

 

天龍(…あれは何処なんでしょうか…)

 

鈴谷「…床に寝転んだまま考え事しなくても良いと思うんだけど」

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 浜風

 

浜風「…そんな」

 

鎮守府が燃えている

それだけじゃない、街が、そしてここだけじゃない

 

東京が燃えている

 

火野「来たまえ、我々は東京の防衛に向かう」

 

浜風「横須賀は…!」

 

火野「…優先して守るべきは東京だ、そう判断された」

 

浜風「この辺りにもたくさんの人が住んでいます!未だ逃げられてない人だってどれだけ居るのか…!それを見捨てるんですか!?」

 

大淀「そうです」

 

浜風「な…!」

 

大淀「貴方は千人の為に一万人を見殺しにするんですか?」

 

浜風「っ……!」

 

火野「やめろ、大淀…浜風、これは私の判断だ、キミに一切の責任はない」

 

浜風「…そんな、の…」

 

火野「キミが一人で背負うべきではない、私が、我々が背負う命だ」

 

浜風「……」

 

火野「行くぞ」   

 

 

 

 

 

東京 特務部 オフィス

駆逐艦 敷波

 

敷波「なんでここにまで…!」

 

ここから海までは結構な距離があるのに、陸上の移動手段でも持ち合わせているのかと言う程の進行速度

 

ル級「ギイイイ!」

 

レ級「……」

 

室内で砲撃戦をしながら戦線を下げ続ける

 

敷波「ここももう保たないか…撤退しないと…!」

 

脱出ルートへ向かう

 

敷波「…っ…今…!」

 

チラリと見えた

一瞬だけ、見えた

 

アタシに脚を生やした深海棲艦が

 

敷波(アイツ、深海棲艦の中でもかなり偉そうにしてたのに何のために…いや、思い出せ…アイツは…)

 

敷波「……何をしにここに来た?」

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

海斗「みんな、おかえり…」

 

天龍「…提督、随分忙しそうですが…?」

 

海斗「東京に深海棲艦が攻め込んできて…もう退いたんだけど、その処理でね…」

 

陽炎「東京に深海棲艦!?」

 

鈴谷「被害は…」

 

海斗「…相当な物だね」

 

天龍「そんな…」

 

海斗「君達は一度休んで、深海棲艦が次何処に現れるか分からないから」

 

天龍「……その、お忙しいところにこの様な報告はしたくないのですが…」

 

 

 

 

天龍「大雑把ですが…」

 

海斗「島風の暴走か…今島風は?」

 

天龍「縛った状態で飛行艇の中に…」

 

海斗「…様子を見に行くよ」

 

天龍「念のため御同行します」

 

海斗「いや…天龍、君、腕が折れてるんじゃないかな、そうじゃなくても怪我をしてる様に見えるし…治療を先に」

 

天龍「私は無傷です」

 

海斗「そうは見えないよ…と言っても、今は夕張も居ないし…」

 

天龍「…東京ですか」

 

海斗「大勢の怪我人が出てる、そうじゃなくても夕張や鳳翔達は横須賀の艦娘だから……修復剤を使うしかないか…いや、普通に病院に…」

 

天龍「いえ、この程度の傷でそのような…」

 

海斗「やっぱり怪我してるんだね、どうするかは後で決めるから、とりあえず休んでて」

 

天龍「……謀られた」

 

 

 

 

二式大艇内部

 

島風「…ぁ…て、提督…」

 

縄で全身を硬く縛られた状態で横たわる島風

 

海斗「島風、意識が…いや、それより随分苦しそうだけど怪我は」

 

島風「…全身…特に…脚、ダメ、痛い…!」

 

海斗「縄を解くよ」

 

見える範囲でもかなりの数の内出血の後が見える

外傷は首に二つ

 

海斗(…どういう状態なのか分からない…)

 

海斗「島風、修復剤を使うこともできるけど…」

 

島風「それでいい…から…」

 

海斗「暫く我慢して、すぐに持ってくるよ」

 

 

 

 

 

 

 

島風「…痛い…でも、動く…」

 

海斗(効果は絶大だけど…あまり使いたくはない、でもこれほどの怪我…)

 

島風「……提督」

 

海斗「島風、何があったのか話せる?」

 

島風「頭の中でカチッて鳴ったの、そしたら…気付いたら、みんなを襲って…それで」

 

海斗「…詳しくは覚えてないの?」

 

島風「…はい」

 

海斗(曙の症状とは少しちがうのか…)

 

天龍「提督」

 

海斗「天龍…悪いけど君は病院に…」

 

島風「天龍さん、ごめんなさい…」

 

天龍「…正気に戻られた様で何よりです」

 

島風「…私は、なんで、仲間を…」

 

天龍「幸いなことに誰も死んでは居ません、ですが皆さんに謝っておいてください…」

 

島風「…はい」

 

海斗「天龍、少しだけ良いかな」

 

天龍「はい」

 

海斗「あの場で、何が起きたのか島風は殆ど覚えてないらしいんだ、だから君からわかる限りの話を聞きたい」

 

天龍「……なんと言えば良いのか…私にも…先ほどお伝えした通り、深海棲艦を撃破するところまではスムーズで、作戦通りでした」

 

海斗「でも、そこからが狂った…」

 

天龍「いえ、二度目の戦闘が始まった時点でおかしかったんです…島風さん、貴方は何処まで覚えていますか?」

 

島風「…ハッキリ覚えてるのは…駆逐艦を全滅させたところまで」

 

天龍「…その後貴方は呆然と立ち尽くして…急に動いたと思ったら全速で戦艦級に突撃したんです、砲撃をかわしながら、蹴りで戦艦級を打ち砕いてみせた…」

 

島風「…蹴りで…?」

 

天龍「空母はいつ倒したのかわかりませんでしたが、頭と胴体が離れていたのは確認しました…それと最後の戦艦級は無防備な背中を連装砲さんに撃たせて、自らの足で頭を…うぅっ…すいません、気分が…」

 

島風「…私、そんなことしたの…?」

 

海斗「…みたいだね」

 

天龍「…曙さんの様でした…たった1人で全ての敵を屠る様は…」

 

島風「…私どれくらい戦ってたの…?」

 

天龍「2.3分位でしょうか…」

 

島風「…だから体があんなにボロボロに…?」

 

海斗「そういえば30秒以上の高速移動は危険、だったよね…だから…」

 

島風の衰弱ぶりからも危険な状態だったことは明らかだろう

 

天龍「それと…目に青い焔が…一部の深海棲艦の様な…」

 

島風がまぶたに手を当てる

 

海斗「目から…」

 

天龍「…暴走したら出るのかもしれません」

 

島風「そう、なのかな…」

 

天龍「…何が理由でああなったのか分からないと…曙さんのこともあります、現状誰もがそうなる危険性を孕んでいる事になります…」

 

海斗「詳しい調査を進めるよ、天龍、病院に行こう」

 

天龍「…念のため北上さんも、あの人も蹴りを受けてましたから」

 

海斗「わかった」

 

 

 

 

天龍と北上は骨折などの怪我から入院した

 

 

 

 

 

 

 

太平洋 深海棲艦基地

Unknown

 

足の様に硬いベッドの上で目が覚めた

 

目が覚めてしまった、それは失敗を意味する何か…

何を失敗したのかは覚えていない、だけどとにかく、失敗したんだと落胆した

 

レ級「…へぇ」

 

フードを目深に被った青肌の人間が近寄ってくる

 

レ級「記憶は」

 

首を横に振った

 

レ級「…まあ良いでしょう、ようこそ深海に…ええと、名前はどうした物か」

 

戦艦棲姫「駆逐棲姫、ソウ呼ブ」

 

フードの三倍ほどの身長の、細身の女性が現れる

 

駆逐棲姫「…駆逐棲姫、それが私の名前…」

 

戦艦棲姫「ソウ、ヨク覚エナサイ」

 

駆逐棲姫「……」

 

戦艦棲姫「貴方ハヨーロッパへ送ル事ニシタ」

 

レ級「ヨーロッパ?何故」

 

戦艦棲姫「強イ奴ガイナイカラ試験運用ニハピッタリダ」

 

レ級「…必要なさそうですが」

 

駆逐棲姫「……」

 

何もない、空っぽ

私は全てを受け入れた

 

何かを疑問に感じるだけ時間の無駄だと感じた

 

レ級「貴方、自分の脚がないことに疑問を抱かないんですか?」

 

駆逐棲姫「…生えている物なのですか?私にはわかりません」

 

レ級「…そうですか」

 

戦艦棲姫「ヨーロッパ行キマデハ…オマエト捕虜ノ世話ダ」

 

レ級「…はぁ」

 

特に大きいため息が横から聞こえる

 

レ級「…コレも運ぶのか…」

 

戦艦棲姫「必要ナイ、艤装デ浮キ上ガル」

 

首根っこを掴んで持ち上げられ、ベッドから地面に下ろされる

 

駆逐棲姫「…成る程」

 

脚がない部分からは黒い艤装

そして床に触れる前に少し高い位置まで浮き上がる

 

戦艦棲姫「案内シナサイ」

 

レ級「……」

 

 

 

 

捕虜収容所

 

駆逐棲姫「…ここが、捕虜の…」

 

牢屋に入れられた人を眺める

 

私に向かって「助けて」とか、「ここから出して」なんて声をあげて…

 

駆逐棲姫「…騒がしいですね」

 

レ級「雑音です」

 

レ級に案内された部屋に入る

 

生臭い匂い

 

駆逐棲姫「…魚」

 

レ級「そこら中にいますから、捕虜の餌には向いている」

 

駆逐棲姫「へぇ…確かに」

 

レ級から魚の入ったバケツを受け取り牢屋を回り、一つずつ投げ込む

 

レ級「良いですか新人さん…あー、私もまだ新人か…決して甘い顔をしない方がいい、結局はこちらを恨んでるだけだ」

 

駆逐棲姫「…へぇ」

 

レ級「あと、餌やりの時に牢屋の中に手を入れると噛み付かれるかもしれないから、気をつけて」

 

この場には謎の既視感があった

だけどその言葉でようやく理解した

 

駆逐棲姫「あー!動物園!」

 

レ級「…は?」

 

さっきまで騒がしかった捕虜が静まり返る

 

駆逐棲姫「ここ、動物園にそっくり!行った記憶は有りませんけど、きっとこんなところだったんでしょうねぇ…」

 

知識が存在することについ笑顔をこぼす

捕虜からの怒号が心地よい

 

レ級「く…ハハハッ…貴方はなかなか太い人だ」

 

駆逐棲姫「動物さん達と、遊んでみたいなぁ…アハハッ」

 

レ級「どんな風に?」

 

駆逐棲姫「たとえば…そうですねぇ……どうやって遊んでたんでしょう、思い出せないなぁ…」

 

レ級が懐からナイフを2本取り出す

 

レ級「例えば、こんな遊びはどうですか」

 

レ級が牢屋に近づく

収容所が静まり返り、レ級が近づいた牢屋の住人は部屋の隅へと逃げ、縮こまっている

 

レ級「名前は」

 

山城「……」

 

レ級「名前はと聞いたのに…」

 

レ級の投げたナイフが捕虜のすぐ側に刺さる

 

駆逐棲姫(岩に刺さるなんて…どんな力で投げて…)

 

レ級「答えなさい」

 

山城「…や、山城…」

 

レ級「山城、ナイフを持って出なさい」

 

山城「こ、殺さないで…!」

 

レ級「安心しなさい、相手するのは私じゃない、こっち」

 

私の前にナイフが音を立てて落ちる

 

山城「ほ、ほんとに…?」

 

レ級「嘘はつかない、それに勝てたら日本に返してやる」

 

山城「…!」

 

山城と名乗った捕虜の口角が上がる

 

収容所が一気に騒がしくなる

私を殺そうと殺気だった捕虜達が我こそはと大声で名乗りを上げる

 

レ級「黙らないと、殺す」

 

駆逐棲姫(一声で黙らせた、つまりやった事があるんでしょうね)

 

腰を曲げてナイフを拾う

太腿も半分ほどもないおかげで頭を下にするとバランスを崩して簡単にこけてしまいそうになる

 

駆逐棲姫「おっとっと…あれ、このナイフ…」

 

随分と重い、その上大き過ぎる

柄から刃先までで私の二の腕の長さが有り、重さも1キロほどはある

 

駆逐棲姫「貴方用ですか?」

 

レ級「まあ…他にないし」

 

駆逐棲姫「……」

 

山城がナイフを持って牢屋から出てくる

さっきまでの死んだ顔とは違い、ニヤ付きを抑えられない様子からも舐められているのは明白…

 

駆逐棲姫「…なんでしょう、私もしかしたら今イライラしてるかもしれません」

 

駆逐棲姫(とは言っても、私は背がかなり低い、帽子を合わせて70センチほどか…いや、それ以下かもしれない…届く急所は何処?いや、まず足を止めて…)

 

レ級「初めの合図で初める様に…って、聞いてないな…」

 

山城(こんな足の遅いノロマ…それにさっきの様子、このナイフが重くてまともに動けない…!)

 

レ級(さてはて、あのナイフは姫には重い、なんて…あるかどうか…)

 

駆逐棲姫(…よし、まあ、問題はないでしょう)

 

艤装を使った動きを確認する

最高速は走るくらいの速度…ジャンプは…

 

駆逐棲姫「…邪魔」

 

ナイフを捨てて艤装の操作に集中する

 

レ級「そのナイフ、欠けたら弁償してもらうから」

 

駆逐棲姫「…さっきから思ってたんですけど、敬語何処に消えたんですか」

 

レ級「さあ、水底じゃない?上手くジャンプできない?」

 

駆逐棲姫「生まれて30分の肉体にどう慣れろと…」

 

山城「ね、ねぇ…早く始めてよ」

 

レ級「…駆逐棲姫」

 

山城「そ、そっちだけ準備するなんてずるいわ!」

 

レ級「…公平を求められる立場だと勘違いしてるのか、馬鹿馬鹿しい、そもそもコレはお前にチャンスをやるという名目の余興だ、勘違いするな」

 

駆逐棲姫「…まだ動きに不安ばかりですが…これ以上はまだ馴染まないと思います、もう良いですよ」

 

山城(…よし、向こうはこっちを舐めてる…チャンスはある…いや、この勝負、もらった!)

 

レ級「ルール無用、ナイフデスマッチ…始め」

 

山城「やあああ!」

 

こちらの倍以上の高さから振り下ろされるナイフ

 

駆逐棲姫「力強…!」

 

ナイフ自体が重い上にその巨体から振り下ろされる勢い

 

山城(受け流すのでいっぱいいっぱい…!もらった!)

 

何度も何度もナイフが振り下ろされる

 

駆逐棲姫「重いし…手が痺れるし…!」

 

山城(反撃されてもこの高さなら致命傷は絶対ない!どんな怪我をしてもこんな所で死ぬよりマシ!)

 

駆逐棲姫(…あ、すごく必死な表情……)

 

山城の顔をぼうっと眺める

ナイフを持っていない方の腕の肉が縦に裂ける

 

駆逐棲姫「うわっ…見惚れちゃったせいで…痛み感じませんけど、すごい不快感…!」

 

レ級(…ナイフを持っていた手なら、もうナイフを振れなくなってたな)

 

山城「は、はは…!やれる!」

 

駆逐棲姫(…命がかかってるから、必死なんだ…だからこんなに歪んだ顔をできる、こんなに狂った表情になれる……アハッ…!)

 

レ級(今、笑った…?)

 

山城「死ね!死ね!死ね!!」

 

痺れるほどの殺意が私の肌を撫でる

溢れる生への渇望が…

 

駆逐棲姫「……レ級さん」

 

レ級「…?」

 

駆逐棲姫「どうやら私、戦いは苦手みたいです」

 

片手で弱々しくナイフを受け流す

 

山城「大人しく死ね!死ねぇ!」

 

レ級「降参ですか」

 

駆逐棲姫「いいえ、なので戦いはやめて…」

 

振り下ろされるナイフを交わして山城の手を包む様に掴む

 

山城「っ!ふ、振り解けな…!」

 

駆逐棲姫「弱い物いじめに変更しますね♪」

 

手首の神経を刻む

わざと一気に切るのではなく、何度も突き刺して刻む

 

山城「ああああ!痛い!痛いッ!!」

 

駆逐棲姫「あーあ、もうナイフ握れませんね」

 

山城手からナイフがこぼれ落ちる

 

レ級「…勝負…」

 

山城が落としたナイフをレ級に投げる

 

レ級「っと…危ない……何のつもり?」

 

駆逐棲姫「いやいやいや、こっちのセリフ…まさかそんな、生殺しになんかしませんよね?ほら、返してくださいよ…」

 

レ級からナイフをもう一度受け取り、山城前に差し出す

 

山城「ひ…こ、降参…!だ、だから殺さないで!」

 

駆逐棲姫「ナイフ、持てないですけど…咥えるならしてまだ戦えますよね?」

 

山城「む、無理よ!そんな…」

 

駆逐棲姫(と言いつつも目はまだ私を殺すことと自分が助かる事を考えてる…なんて汚くて醜い…最高の…!)

 

山城の方にナイフの柄を咥えさせる

 

山城(く、首がガラ空き!)

 

山城の首を掴む

 

山城「あぐ…!?」

 

山城(何、この握力…!万力みたいな……!)

 

駆逐棲姫「そう言えば、勘違いしてたみたいなのでいくつか…」

 

山城を突き飛ばし、立ち上がるのを待つ

 

駆逐棲姫「まず、…騙して悪いんですけど」

 

胸元の高さまで飛び上がり、山城の両肩に手を置く

 

山城(え…ジャンプできて…)

 

駆逐棲姫「私このナイフ微塵も重く感じないんですよね、それと移動できるのでジャンプもできますよ」

 

ナイフの柄でこめかみを打つ

 

山城「が……そ、そんな…!卑怯者!」

 

駆逐棲姫「卑怯者?言うに事欠いて…卑怯者ですか?自分の事を言ってるんじゃなくて私に仰ってる?」

 

山城「当たり前でしょ!?」

 

駆逐棲姫「私がよろけて見せたのも、ナイフを重そうにしたのも…貴方が勝手に勘違いしただけですよね、私のせいにしないでもらえます?」

 

山城「卑怯者!卑怯者ぉ!」

 

駆逐棲姫「レ級さんの言う通り、コレは余興…そして貴方はオモチャ…まず認識を正しなさい…そして、相手は深海棲艦、それも姫級…舐めてかかる方が悪い」

 

山城の脚に刃を突き立てる

 

山城「あああ!痛い!痛い!」

 

駆逐棲姫「…アハッ!アハハハハハハ!」

 

レ級(…おや)

 

駆逐棲姫「そう!コレです!この噴き出す血、叫び声、先程までの顔が今染まった色は恐怖!素晴らしい…なんて素晴らしい!!」

 

山城「やめて!殺さないで!」

 

駆逐棲姫「…ああ、良いですね…もっと命乞いをしなさい…レ級さん、私、少し思い出しましたよ……こうやって人をいたぶるのが堪らなく…好きなんですよ…!」

 

山城に背中を向けさせる

 

駆逐棲姫「痛くないですからね…ふふ」

 

皮膚だけを薄く切り込み、肌を削り、肉を露出させていく

 

駆逐棲姫「ああ、綺麗に皮がむけた…ここはすごく不衛生ですからねぇ、こんなに…ああ…」

 

山城「っ…」

 

駆逐棲姫「ここにウイルスや細菌が入ったらどうなるのか楽しみですね…死んじゃうかも?…いや、確実に死ぬでしょうね、医療設備も何もない、感染症に簡単にかかりそうですし」

 

山城「え…こ、殺さないって…殺さないって言ったじゃない!」

 

駆逐棲姫「知りませんよ、貴方が勝手に罹患して死ぬなら私は何もしてないじゃないですか」

 

山城「そんな…!」

 

駆逐棲姫「ああ…素敵ですよ、山城さん…その絶望に染まった顔…壊れそうな瞳、とても私好みです…」

 

山城に口づけする

 

レ級(うわ…気持ち悪)

 

駆逐棲姫「んっ…んむ……ぷはっ…ふふ、ああ、もはや抵抗する気力すら残っていない…なんて素敵なんでしょうか……みてくださいよレ級さん!」

 

レ級「…気分を害した、片付けを始める」

 

山城「……」

 

駆逐棲姫「…おや、今のキスで完全に壊れましたか?目が死んでますよ…私、死んだ目は好みじゃないのに…」

 

山城の胸にナイフを突き刺す

 

山城「……か…は…」

 

レ級「…結局殺すのか…」

 

駆逐棲姫「見てくださいよ、こんな事になってももう悲鳴も上げないんですよ?こんなゴミは片付けやすくした方がいいじゃないですか」

 

レ級「…バラして海に撒いときなさい」

 

駆逐棲姫「喜んで♪」



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策略

太平洋 深海棲艦基地

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「……はー」

 

戦艦棲姫「話ヲ聞ケト言ッテルノ!コッチ見ナサイ!」

 

駆逐棲姫「そんなに怒ってると……ハゲますよ?」

 

レ級「クッ…ハハハハハ!」

 

戦艦棲姫「笑ウナ!レ級!!」

 

駆逐棲姫「そもそも、ヨーロッパ行きはいいんですけど私は何をするんですか?」

 

戦艦棲姫「……暴レレバヨカッタノヨ、ソレデ…チカラヲ見セレバ…」

 

駆逐棲姫「アハッ…貴方もみんなも、馬鹿なんですねぇ」

 

レ級「全く持ってその通り、暴力でしか力を証明できない無価値な存在」

 

戦艦棲姫「何ヲ…!言ワセテオケバ調子ニノッテ!!」

 

駆逐棲姫「私ってぇ…自分で戦うより、こっちの方が得意だなぁ…」

 

頭を人差し指で軽く叩く

 

レ級「どのみちその腕じゃな」

 

肉を削ぎ落とされた腕を眺める

 

戦艦棲姫「オマエノ治療ニハカナリ時間ガカカル、余計ナ事バカリ…」

 

駆逐棲姫「ノンノンノン、私ならこの戦争を変えてあげますよ?」

 

戦艦棲姫「戦争ヲ、変エル…?」

 

駆逐棲姫「資材や無駄に溜め込んだ航空機を使えば殆どの国は落とせますねぇ」

 

戦艦棲姫「…大空襲カ…」

 

駆逐棲姫「できない話じゃない、むしろ現実的に可能な話ですよ」

 

レ級「…くだらない、確かにそれなら可能かもしれないけど、面白みなんて何も無い」

 

駆逐棲姫「じゃー…そうですね、私の戦術通りに動いてくださいよ、圧勝して見せますから」

 

レ級「私はそんなものなくても圧勝できる」

 

駆逐棲姫「その辺の雑兵を使うでも構いませんから、私はやっぱり自分で戦いたく無いなぁ…」

 

レ級「……はぁ」

 

駆逐棲姫「その代わり、気になる事があって…上手くいったら何で捕虜なんか捕まえてるかを教えてくださいよ」

 

戦艦棲姫「ソンナ事イクラデモ教エテヤル、アノ捕虜ドモハ艦娘ニ見捨テラレタ艦娘ダ」

 

レ級「回りくどい……所謂ドロップ艦ですよ、戦闘中にいきなり人間が海にプカプカしてても助けられないでしょう、それを回収して飼っている」

 

駆逐棲姫「何のために?」

 

戦艦棲姫「…離島棲鬼ノ趣味ダ…」

 

レ級「あと人体実験」

 

駆逐棲姫「人体実験!素敵ですねぇ、私にもさせてくださいよ!」

 

戦艦棲姫「…レ級、コノ新人ハオ前ガシッカリ躾シロ」

 

レ級「お断り」

 

駆逐棲姫「…あー、そうだ、いいこと思いつきましたよ?」

 

戦艦棲姫(こいつもロクでもないのか…)

 

レ級「まあ、聞くだけ聞きましょうか」

 

駆逐棲姫「きっと有効で楽しめる作戦」

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 執務室

提督 倉持海斗

 

朝潮「…その、残念ながら、有益な話は何も…」

 

荒潮から大湊警備府の話を聞いて来た朝潮

しかしどこが歯切れが悪い

 

海斗「朝潮…もしかして調子悪い?」

 

朝潮「…そう、かもしれません…すいません、失礼します」

 

海斗(朝潮は何を隠してるんだろう、確認したいけど…横須賀に行ってもらった支援部隊もあと数時間で帰投するし、そっちの用意も…)

 

山雲「司令さーん」

 

執務室の扉を開き山雲が入ってくる

 

山雲「支援部隊の人たちのご飯、買ってきましたよー」

 

間宮も横須賀に支援に行っているため、食事の準備は如月達が行う…その予定だったが、間宮からの申し出で如月と満潮も横須賀に手伝いに行った

つまり今は泊地に全員分の食事を用意できる人員がいない

 

荒潮「お弁当屋さんで、人数分注文してきました〜」

 

海斗「…あれ?荒潮、どうしてサングラスにマスクなんかしてるの?」

 

荒潮「そ…その、花粉症で…」

 

海斗(酷い鼻声だ…もう7月になって花粉はそんなに飛んでないと思ったけど…)

 

山雲「あ、領収書」

 

荒潮「…これ」

 

荒潮が領収書を持ってくる

 

海斗「……ありがとう、ところで荒潮、サングラスとマスクを外せる?」

 

荒潮「…花粉症が酷いのでー…」

 

山雲「……」

 

山雲が荒潮の背後からマスクの紐を外す

 

荒潮「あ…!」

 

海斗「…荒潮、誰にやられたの?」

 

荒潮の頬は赤く腫れ上がり、何かに引っ掻かれた様な傷までついている

 

荒潮「これは…その、転んじゃって…ほ、ほらー、傷ついた女の子の肌なんて見ちゃダメよー?」

 

海斗「荒潮、朝潮がやったの?」

 

荒潮「姉さんは関係ない!こけただけよ!」

 

山雲「司令さーん、荒潮は、心優しい子ですよー」

 

山雲の言葉の意味は…

 

海斗「…わかってるよ」

 

山雲が荒潮の頭を撫でる

 

山雲「荒潮ー?姉さんのためにも、正直に話しなさ〜い?」

 

海斗「朝潮のことは良くわかってる、君が朝潮を誰より大事に思ってることも…だけど、だからってこれはハッキリさせなきゃいけない事だ」

 

荒潮「…う…うぅ…」

 

山雲「あら〜、泣いちゃった…司令さん、荒潮をお願いしますね〜」

 

海斗「わかった…君は?」

 

山雲「…姉を、連れてきます…」

 

海斗「…さっき部屋に戻った、きっとまだいるはずだよ」

 

山雲「どうも〜」

 

荒潮「司令官、お願い…姉さんを許して…」

 

海斗「どんな理由があったのかは知らない、でも朝潮が君に手をあげるなんて…一体何が有ったのか教えて欲しいんだ」

 

荒潮「…それは…」

 

海斗「教えて、荒潮」

 

荒潮「……大湊警備府は、すごく劣悪な環境で…艦娘は人としての扱いを受けられる様な場所じゃなかった…もしかしたらもう…って」

 

海斗(…そうか、荒潮は最悪の事態を思い浮かべてたのか)

 

荒潮「…そう言ったら…姉さんはそんなわけないって…姉さんは悪くないの…!私が…」

 

海斗「落ち着いて、荒潮」

 

荒潮の頭に手を置く 

 

海斗「良く話してくれたね、確かに朝潮は悪くない…朝潮にばかり君たちのことを任せた僕の責任だ」

 

海斗(朝潮型は個性も激しい上に1番所属数が多い、それを取りまとめる役目はきっと負担も大きかった…)

 

山雲「入りまーす」

 

やや乱暴にドアを開き、山雲が朝潮を引きずって入ってくる

朝潮の方は崩れた姿勢で歩くことすらままなっていない

 

荒潮「ね、姉さん…何したの…?」

 

山雲「朝潮ねぇさーん?立って?」

 

朝潮「……」

 

山雲「立って」

 

山雲が朝潮を立たせる

 

海斗「…朝潮、ごめんね…君にばかり負担を押し付けて」

 

朝潮「それは違います…私が荒潮に手を挙げたのは…私の未熟さ故です、私だけが…」

 

荒潮「姉さん…」

 

山雲「あ、さ、し、お、ねーさーん?」

 

朝潮「…」

 

山雲「…朝潮型2番艦、及び6番艦として、大潮としても、山雲としても〜…もっとちゃんと姉妹の面倒を見ないといけないわね〜」

 

荒潮「……」

 

山雲「長女を怒れるのは〜、司令さんとー…」

 

山雲が朝潮の頬を打つ

 

朝潮「っ…」

 

山雲「次女の私だけですねー…ねぇ、姉さん?」

 

朝潮「…そう、ね」

 

山雲「姉さんに二つ言いたい事があります、一つはこれ」

 

山雲が朝潮の手首を掴み持ち上げる

 

山雲「爪伸びすぎです!そのせいで荒潮の顔に引っ掻き傷がつきました!」

 

荒潮「あのー…今それは…」

 

山雲「今は重要なことしゃべってるので口出しは無しです!」

 

荒潮「はい…大潮姉さんはこう言う人だったわね…」

 

山雲「それと、確かに最悪の可能性の話です、これは常につきまとう事!それで激昂して妹に手を挙げるなんていけないことです、いいですか?この2つをよ〜く反省して謝ること!」

 

朝潮「…荒潮、ごめんかさい」

 

荒潮「い、いいの…私だって…憶測で酷いことを…」

 

山雲「さて〜…と、山雲は〜、姉さんに手をあげたいけない子、という事になりますね〜」

 

朝潮「いや、そんな事…」

 

山雲「でも姉さんに手をあげさせる訳にもいきませんし〜、荒潮からのビンタは…爪長いのでごめん被りますね〜、つまり、司令さ〜ん?」

 

海斗「ぼ、僕?」

 

山雲「山雲に罰を〜」

 

荒潮(……ああ、そう言う事…1番いい役を取れたわけね…)

 

朝潮(計算高いと言うか…)

 

山雲「何か、罰をくださ〜い…姉さんの負担を増やさない為、にも〜」

 

海斗「…弱ったな…山雲も朝潮に謝って終わりじゃだめ?」

 

朝潮「賛成します」

 

山雲「ダメー、姉さんに対する罰だもの、謝ったら価値が無くなるじゃない〜」

 

海斗「…じゃあ、事務処理を手伝ってくれる?資料を整理してくれるだけでいいから…」

 

山雲「わーい、山雲を秘書艦に任命してくださるんですね〜」

 

海斗「え?」

 

朝潮「山雲、それは流石に行きすぎかと思うのですが」

 

荒潮「…私しーらない」

 

山雲「大変でしょうけど、お仕事ですからね〜、罰ですから〜」

 

朝潮「良く考えれば私も反省が足りませんね、参加します」

 

山雲「妹に平手打ちされたんですもの〜、姉さんは十分罰を受けましたよ〜?」

 

荒潮「…姉さん、ここまで計算ずくなのね〜」

 

海斗「…えーと…朝潮もやりたいなら…やる?どうせ手が回らなくなるとは思ってたし…大変だけど」

 

朝潮「喜んで!」

 

山雲「えー…司令さーん…」

 

荒潮「……乗りかかった船だし〜…私も電話当番くらいならしようかしら〜」

 

山雲「…むぅ…」

 

海斗「山雲、君も機嫌を直してよ…」

 

山雲「直しませ〜ん、これはー、泊地のそばに畑をくれないと許しませんよ〜?」

 

海斗「畑…随分と変わった要求だけど…まあ、空いてる場所なら好きに使って構わないよ」

 

山雲「やりました〜、自家製野菜で司令さんの胃袋を掴んじゃいますよ〜」

 

朝潮「…気の長い話ですね…」

 

荒潮(姉さんは知らないけど…もう野菜は隠れて結構栽培してるのよね…植え替えだけで終わるんじゃないかしら…)

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

曙「帰ったわよ」

 

海斗「おかえり、皆んなお疲れ様」

 

金剛「帰ってきたと言っても…うーん…アレを放置して帰るなんて…すごく複雑な気分デース」

 

海斗(…大都市への空襲、そして上陸作戦…被害はとんでも無く甚大だ…向こうは凄惨な光景が広がっている事だろう…)

 

曙「…ねぇ、ウチで1番頭がキレるの誰?」

 

海斗「えっと…誰だろう、どうしたの?」

 

曙「アタシはあんまり考えて結論を出すの得意じゃないのよ、でも向こうで聞き取りしたり、情報集めてきてわかった事があるの」

 

朧「…どんな事?」

 

曙「まず、みんなわかってる通りこの襲撃は深夜に行われた…すごく悪意を感じる時間帯よね、いくらでも被害を出せる…」

 

海斗(空襲も上陸作戦も気づいた時には遅く、防ぐことなんて到底できなかった…だからこそここまで被害が出た)

 

曙「あ、それと避難所で話を聞いてわかった事があるんだけど、指示を出してる奴がいたみたい…それも、人の言葉で」

 

朧「日本語って事…?」

 

曙「そう、日本語で目的地を指示してるみたいだったって…で、詳しく話を聞いたりしてたらその声を聞いた人たちみんなご近所さんだったの、指示役は1人、もしくは僅かな数しかいないんだと思うわ、誰か大きい地図持ってない?もしくはタブレット」

 

朧「あ、あるよ…」

 

朧のタブレットで東京周辺の地図を出す

 

曙「えーと…確か住所は…この辺ね…」

 

朧「この辺りで声を聞いたって事?」

 

曙「そう、北に3キロってね」

 

海斗「3キロ先の地図を、それと…潮、漣、最新の航空写真がパソコンに入ってる、コピー機で現像してきて」

 

漣「あいあいさー!」

 

潮「待ってよ漣ちゃん!」

 

海斗「他に何かわかる事は?」

 

曙「それだけよ、沿岸部は軒並みやられてる、行方不明者も混乱が収まり次第計測するみたいだけど…破壊された住宅や施設は確認が取れてるだけで既に四桁超えてるって」

 

朧「深海棲艦は襲撃を開始して僅か2時間で撤退した…これって、陸上での活動限界だったりするのかな」

 

海斗「それは無いと思うよ、深海棲艦の基地は島にあったわけだし…」

 

阿武隈「じゃ、じゃあ…目的を果たしたとか…」

 

曙「目的?なによそれ」

 

阿武隈「…さ、さあ…」

 

加賀「提督、横須賀鎮守府についてですが、被害は甚大、しかし略奪はなかったそうです」

 

海斗「え?じゃあ何の為に…」

 

加賀「横須賀には大量の燃料や鋼材などの資材があり、日本の海岸の倉庫の役割…そして艦娘の養成所の役割も兼ねている…しかし略奪や艦娘の虐殺を行う様なことは無かったと」

 

海斗「…つまり、狙いは別にあったんだ…でも何を狙って?」

 

潮「写真持ってきました!」

 

漣「番号振ってるから並べて並べて!」

 

航空写真を順番に並べる

 

海斗「3キロ先…は、この辺りか…」

 

曙「…丁度ここで襲撃は終わってるのね、破壊活動の形跡も特にない…」

 

海斗「ここには何が…」

 

敷波「特務部のオフィスがある」

 

曙「敷波!?」

 

海斗「敷波…!」

 

加賀「貴方、少し前に行方をくらましてから…どこに」

 

敷波「特務部、今のアタシの所属は特務部だよ…ねぇ、司令官?」

 

曙「…まさか、アンタ知ってて黙ってたの?」

 

海斗「…通達はあったよ、だけど問い合わせても確認が取れなかった」

 

敷波「特務部である以上、構成メンバーも内密に」

 

敷波が人差し指を口に当て、しーっと息を吐く

 

敷波「ところで、アタシは深海棲艦の目的、わかったよ」

 

海斗「…教えてくれる?」

 

敷波「綾波の遺体」

 

朧「…綾波の、遺体…?じゃあ、綾波は本当に…!」

 

海斗「……」

 

曙「…何よ、綾波は死んだの?」

 

漣「えっ…し、死んでんの…?」

 

敷波「死んだ、だってアタシが殺したから…ほら…この脚も綾姉ぇにもらった」

 

朧「…敷波、それは…」

 

提督が朧を制する

 

海斗「それより、続きを」

 

敷波「前にアタシに足を生やした深海棲艦が居た、そいつは脚を与える代わりに…姉の命をもらうと言っていた」

 

海斗「…だからって、なんで綾波の遺体を?」

 

敷波「知ったこっちゃ無いよ…でも、なんていうか…遺体のあった場所には、何も無かった」

 

朧(綾波の遺体は特務部に保管されてたんだ…何のために?)

 

海斗「綾波の遺体を確保して…撤退した…」

 

海斗(何のために…深海棲艦の素材にする為?…もし、蘇生して綾波を深海棲艦にしたとしたら…だけど綾波は戦う様なことは…)

 

曙「…ねぇ、ホントに綾波1人のためにこんなことしたって言うの?」

 

敷波「多分ね」

 

曙「…それと、アンタが殺した理由は何」

 

敷波「ケジメだよ、綾姉ぇが二度と…あんな事しないように……でも、綾姉ぇはきっとやってないんだよね…」

 

朧「じゃあ何で殺したりなんか…!」

 

敷波「…それがわかった時には、殺しちゃってたんだよ」

 

朧「っ…」

 

海斗「……綾波の為にも、早くこの戦いを終わらせよう」

 

敷波「わかってる、アタシは特務部として動くけど…また顔出すね」

 

海斗「…元気でね」

 

敷波「みんなこそ」

 

朧「……」



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企み

宿毛湾泊地 執務室

提督 倉持海斗

 

海斗「今回の件で艦娘所属の施設は国内の防衛を最優先にするようにと通達があったよ」

 

朧「…大丈夫なんでしょうか、それで」

 

海斗「あんな事をされた後だし、色んなところからも防衛の要請が出てる…今は守りに徹する他ないね…」

 

扶桑「提督、失礼します」

 

海斗「扶桑?どうしたの」

 

扶桑「哨戒に出た朝潮型の皆さんがまだ戻ってなくて…連絡はありませんでしたか?」

 

海斗「朝潮達が…すぐに確認するよ、朧、念のため加賀と曙に用意をしてもらって」

 

朧「わかりました」

 

海斗(戦線が下がったと思ったらあの上陸作戦、近海も危険な事には変わりない…哨戒部隊の編成も…)

 

朝潮達に通信を繋ぐ

 

海斗「…朝潮、聞こえる?」

 

朝潮『はい、こちら朝潮です、丁度こちらから連絡しようとしていたところでした』

 

帰ってきた声からは切迫した様子も無く、胸を撫で下ろす

 

海斗「よかった…無事なんだね?」

 

朝潮『あの…?…何かありましたでしょうか…?』

 

海斗「君たちが帰投する予定の時間を過ぎても戻ってないから、確認をね」

 

朝潮『え!?も、申し訳ありません!山雲!時計の確認は任せてたはずです!……え?わ、忘れてた!?何やってるの!?』

 

海斗「…無事なようで何よりだよ…」

 

朝潮『本当に申し訳ありません、司令官…それと、報告、なのですが…』

 

海斗「何?」

 

朝潮『重症で海を漂っている方を保護しました、昨日の襲撃の犠牲者の可能性もあります、10分ほどで到着しますので搬送の用意をお願いします』

 

海斗「わかった、救急車を呼んでおくよ」

 

朝潮『それでは失礼いたします』

 

海斗「救急車…と」

 

 

 

 

 

海上

駆逐棲姫 

 

レ級「バラして捨てろって言ったのに」

 

駆逐棲姫「まあまあ、これで艦娘の施設がある程度把握できたし、良いんじゃないですか?でも心臓を貫いたのに生きてるなんて頑丈と言うか…ゾンビ?」

 

レ級「……しかし、なかなかえげつない…っと?アイツらが連れてるの、山城だけじゃない…?しまった、余計なのまで捨てたな…」

 

駆逐棲姫「知ってる顔ですか?」

 

レ級「…確か、秋月ってヤツ、まあ…いいか…どうせ一緒に吹き飛ぶんだし」

 

駆逐棲姫「ふふっ…ああ、ちゃんと駆逐級どもは撮影してこれるんでしょうか…きっと艦娘達も喜びますよ、人が内側から爆発するなんて…なかなか生で見れるものじゃないですから」

 

レ級「悪趣味な…」

 

駆逐棲姫「そうですかぁ?」

 

レ級「それで、無理やりこの作戦を通した理由は?」

 

駆逐棲姫「艦娘の基地の場所の正確な把握…現在稼働してる数は15ですねぇ、その中でも太平洋に面してるのは11と…そこそこ多いですね……1番手薄なのは…四国の徳島側、紀伊水道の方、あそこからなら気付かれずに入り込めるかな」

 

レ級「…まさか」

 

駆逐棲姫「深海棲艦を陸上で暴れさせるとどうなるのか、気になりません?多分たくさん逃げ遅れますよー」

 

レ級「…それは、面白くない」

 

駆逐棲姫「…ああ、貴方戦闘狂なんですね!じゃあ、貴方は艦娘の基地を襲撃すればいい…」

 

レ級「私1人で?」

 

駆逐棲姫「護衛つけて欲しいですか?」

 

レ級「いや、むしろつけるなら断るつもりだったし」

 

駆逐棲姫「じゃ、話は決まりですねぇ…」

 

レ級「…まあ、いいや」

 

駆逐棲姫「ふふっ…さーて、そろそろ花火が上がりますよ!」

 

レ級「スイッチは?」

 

駆逐棲姫「ここに…ポチッとな…あれ?あれれ?」

 

スイッチを何度か押す

 

駆逐棲姫「故障してますね、起動しない…海水に浸かったのが不味かったかな……何とも、運がいい」

 

レ級「…他は?」

 

駆逐棲姫「さあ?帰りましょうか…あー、残念」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 応接室

春雨

 

春雨「病院に送る前に私が診てからで本当によかった…爆弾は無事に摘出しました」

 

海斗「…どうしてここに?」

 

春雨「綾波さんの事で、いくつかお話が」

 

海斗「…綾波の事は、直接メールを受け取った……敷波からも聞きました」

 

春雨「…でしたら」

 

頭を下げる

 

春雨「綾波さんを守れなかった事…誠に申し訳ありません」

 

海斗「気にしないで、とは言えないですけど…本気で綾波を守ってくれてた事はよくわかってます、ありがとうございました」

 

春雨「…倉持さん、私達は今イムヤさんの身柄をお預かりしています、今度は必ず守り通すと保証します」

 

海斗「…それは、イムヤを帰せない理由がある…って事ですか」

 

春雨「…イムヤさんは、今、心を病んでいます」

 

海斗「綾波が死んだから…?」

 

春雨「はい、そして追われる立場であったストレスの影響も大きいでしょう…そんな中でも自分を献身的に支え続けてくれた綾波さんは…イムヤさんにとってかけがえの無い存在だったと思います」

 

海斗「…そう、だと思います、僕も」

 

春雨「私達は、綾波さんの最期に立ち会いました…とても語れないような内容ですので、今回は…それと、厚かましいのですが、お願いがあります」

 

海斗「…お願い」

 

春雨「メール、見せてもらえませんか」

 

 

 

綾波から送られてきた遺書には、重要な事項がない

 

春雨「…成る程、倉持さん、仕事の話をしても構いませんか?」

 

海斗「仕事の話?」

 

春雨「…申し訳ありませんが、人払いを」

 

 

 

海斗「緊急の連絡以外は通さないようにしてあります」

 

春雨「ありがとうございます…綾波さんは本物の天才でした、私達では到底叶わないようなことを成し遂げてみせました」

 

海斗「…何の話を?」

 

春雨「綾波さんは、艦娘システムを一から作ったんですよ」

 

海斗「…それは、現行の?」

 

春雨「違います、今浸透してる艦娘システムはAIDAを利用したもので…副作用も有ります、ですが綾波さんは手術を必要とするものの、艤装と接続する事で常人を超えた力を出せる艦娘システムを創り上げた」

 

海斗「じゃあ…」

 

春雨「はい、扶桑さん達も戦えるように…と思い、この話を持ってきたんです」

 

海斗(でも、手術が必要…か、それにリスクも気になる)

 

春雨「…リスクに関しては、今の所副作用は出ていません、私が承認です」

 

海斗「…君はそれを使ってるの?」

 

春雨「はい」

 

背中の艤装の接続部を露出させる

 

海斗「…それが」

 

春雨「埋め込まれた時に痛みはありましたが…まあ、問題はありません、入浴などにも対応しています」

 

海斗「取り外しは…」

 

春雨「複雑な術式になりますが可能です……理論上は」

 

それができる医者はどれくらいいるのか、と言う問題は残るが

 

春雨「…これを仕事として持ってきた理由…それは二つ有ります、まず一つ、諸外国が今使ってる艤装はかなり性能が低いんです、それを此れに置き換え、各国の自衛力を高めたい」

 

海斗「…成る程、それは必要だ」

 

春雨「差し当たって、それを実行するための護衛を依頼したかったんです、伝わりましたか?」

 

海斗「…一つ目の理由については」

 

春雨「二つ目、これは…まあ、可能ならばという願望に過ぎないのですが…私を医官として雇ってくれませんか?」

 

海斗「春雨さんを…?」

 

春雨「此処には今は居ませんが、楚良も…あー…何でしたっけ…三崎司令も居ますし、今は居ませんが」

 

海斗「東京のことがある程度片付いたら戻ってくるらしいです…」

 

春雨「…まあ、その…私がここに着任すればヘルバさんとの連絡も密に取れる、より協力的なサポートをさせていただきます」

 

海斗「……こっちに悪い話は何もない…けど」

 

春雨「勿論、物事には対価が必要です…対価は…そうですね、黄昏の鍵で如何でしょうか」

 

海斗「…キーオブザトワイライトを…?」

 

春雨「キーオブザトワイライト…幸せな青い鳥のような伝説、それが手に入るまでは私は貴方達と共に歩みましょう、如何ですか?」

 

海斗「…よろしくお願いします」

 

春雨「…それと、これをお返しします」

 

曙の剣を机に置く

 

春雨「綾波さんが最期に待っていました」

 

海斗「…曙には渡しておきます」

 

春雨「お願いします、あと…敷波に会ったと言いましたよね、彼女の脚は…」

 

海斗「…綾波にもらったと言っていました」

 

一つ、やる事は一つ片付いていた

 

春雨「なら、良かったです」

 

海斗「……」

 

春雨「そうだ、倉持司令官、お近づきの印に何か気になる事などありましたらお調べいたしますよ」

 

海斗「気になる事……大湊警備府、あそこにいる暁達について知りたい…!」

 

春雨「…ああ…大湊には我々も一枚噛んでいますから、調べるまでもなく」

 

海斗「…それは、どういう…」

 

春雨「誤解を招きたくないので、順を踏んで話します…まず、現在の軍の艦娘に対する扱いから…一言で言えば兵器です、人間としては見ていません」

 

海斗「そんな話…」

 

春雨「貴方は知らないでしょう、佐世保の方もそんな事知らないと思います、ですが艦娘は兵器です、艦娘はどんどん人間を超えた力を出せるようになっていく…」

 

海斗「なっていく…?」

 

春雨「…そうだ、もっとちゃんと説明しないといけませんね…まあ、何にしても…いや、簡潔に行きます、AIDAの入ったナノマシンを注入されたら身体はどんどん作り変わっていきます」

 

海斗「作り変わる…?」

 

春雨「常人をはるかに超えたパワーを手に入れられるんですよ…そんな事例、見たことありませんか?」

 

海斗(…そう言えば、長門や日向が瓦礫を持ち上げたりしたことがあった…今思えば2人がかりとはいえ…)

 

春雨「あるようですね、そして…スイッチ一つで艦娘を操作することも可能だと私は考えています…」

 

海斗「…操作…」

 

春雨「此処までできて仕舞えば、兵士を超えた兵器なんですよ…そして、思い通りに動かせる…」

 

海斗「だけど、みんなは…」

 

春雨「まあ、細かい事はいいですから…少なくとも、お偉方や今教育を受けている人はそう思ってます、もちろん楚良は別ですけど」

 

海斗「…暁達と、艦娘が兵器だと考えられてるのは…」

 

春雨「艦娘の作成コストは人間の素体が必要なことを除けば僅かな金額で作り出せます、AIDAナノマシンもいくらでも量産できるようになりましたから…ああ、その量産を可能にしてしまったのはお宅の明石さんですけどね」

 

海斗「明石が…?」

 

春雨「あの人には気をつけた方がいいです、裏で何と繋がってるやら…あ、話が逸れましたね…今言った理由から艦娘の扱いはどこでも最低なんです、大湊警備府は特に顕著でした…」

 

海斗「…でした、っていうのは…」

 

春雨「今はもうそこの頭を取り替えたんです、あまりにも非効率的で無駄に人が死に続けるのを見てられませんでしたから」

 

海斗「…じゃあ」

 

春雨「暁さんと響さんは無事ですよ」

 

海斗「…雷は…」

 

春雨「雷…?私は聞いてませんね、着任してないとか…」

 

海斗「いや、荒潮が居るのを確認して……まさ、か…」

 

春雨(…成る程、こちらについても遅かった訳だ…)

 

春雨「…申し訳ありませんが、事実確認の時間をください」

 

海斗「…はい」

 

春雨(おそらくもう手遅れ、か…)

 

春雨「今日は失礼します、書類などは明日持参致しますね…ああ、本部の書類はもう書き換えてありますので、3日後に着任致します」

 

海斗「…お待ちしてます」

 

春雨「私も貴方の指揮下です、どうぞもっとお気軽に」

 

握手を求めて手を差し出す

 

海斗「…じゃあ、よろしく、春雨」

 

何かに怯えたような、強張った手

雷の事なのか、綾波の事なのか

 

春雨「ええ、倉持司令官…しかし上官に握手を求めるのは非常識だったでしょうか」

 

海斗「いや…僕はそのくらいの距離感の方が」

 

春雨「それは良かったです」

 

 

 

 

 

 

医務室

提督 倉持海斗

 

海斗「誰が居る?」

 

川内「あ、こっちこっち」

 

海斗「川内さん、2人の容体は…」

 

朝潮達が保護したのは山城、そして恐らく駆逐艦と思われる少女

2人ともかなり衰弱しており、特に山城は止むを得ず修復剤を使ったのに一向に意識が回復しない

 

扶桑「提督…」

 

海斗「扶桑、君はずっと此処に…?」

 

扶桑「…ええ、その…例え会ったことがない妹だったとしても、妹ですから…せめて1番そばにいてあげたくて…」

 

川内「随分と痛めつけられてたし、海を長時間漂ってた…そして爆弾まで体内に埋め込まれてるなんてね…でも、本当に爆発前に取り出せた事と心臓が右側に有ったのは奇跡なんじゃない?」

 

海斗「心臓が右側に?」

 

川内「胸の刺し傷は心臓が左にあったら致命傷になってた、右にあったとしても出血多量で死にかけだったけど…」

 

扶桑「…本当に…許せません、深海棲艦がこんな事を…!」

 

海斗「そうだね…もう1人の子は?」

 

川内「曙が見てる、食堂で囲まれてるんじゃない?」

 

扶桑「提督、どうぞ行ってらしてください…山城が目を覚ましたらご連絡致しますので…」

 

海斗「わかった…扶桑、君も少しは休んでね、せっかく山城が目を覚ましても君が倒れてたら意味がないよ」

 

扶桑「お気遣いありがとうございます…」

 

 

 

 

 

食堂

 

海斗「あ、良かった、居た」

 

秋月「……」

 

曙「…ああ、何よ」

 

海斗「曙、これ」

 

秋月「…!」

 

曙に剣を渡す

 

曙「…綾波のところから戻ってきた訳ね」

 

海斗「さっき春雨さんが持ってきてくれたんた」

 

曙「へー…それより」

 

海斗「そうだね…えっと、君の名前はなんて言うのかな?」

 

秋月「秋月…です」

 

海斗「秋月、君達は…何があって海の上に…」

 

秋月「そ、その…覚えてなくて…」

 

海斗「覚えてない…?」

 

朝潮「司令官!こちらに司令官はおられますか!?」

 

朝潮が走りながら食堂に入ってくる

 

海斗「朝潮、どうしたのそんなに慌てて…」

 

朝潮「ほ、他の鎮守府や警備府で…同様に保護された方…!」

 

曙「息切らしてるじゃない、落ち着きなさいよ」

 

朝潮「ば、爆発っ!爆発したらしいんです!」

 

海斗「…待って、此処以外でも同じ時間帯に人を保護してた…って事?」

 

朝潮「そうです!各基地で1人ずつ保護し、全員爆発して亡くなったと…!」

 

曙「…おぇ」

 

秋月「…うう…」

 

海斗「山城は既に体内から爆弾を摘出した、秋月さんは爆弾を確認できなかった、多分大丈夫だと思う…」

 

曙「…山城の方の爆弾、何でわかったの?」

 

海斗「どうしても確認したいって春雨さんに…」

 

曙「春雨には何が見えてたのかしらね」

 

海斗「さあ…だけど山城と秋月さんだけでも助かって良かったよ…」

 

曙「…そうね、今はそう思う事にするわ」

 

朝潮「司令官、その件で問い合わせがありますので…」

 

海斗「わかってる、すぐ行くよ」



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先手必勝

太平洋 深海棲艦基地

キタカミ

 

キタカミ「…新入りって奴らは?」

 

戦艦棲姫「…出撃シタ」

 

キタカミ「あ、そ」

 

戦艦棲姫「……」

 

キタカミ「偉く不機嫌じゃん」

 

戦艦棲姫「貴様等ノ所為ダ…!」

 

キタカミ「私しばらくダウンしてたっての…」

 

戦艦棲姫「チッ…」

 

キタカミ「…いい匂いがする…」

 

戦艦棲姫「…ナンダト?」

 

キタカミ「懐かしい匂いが…」

 

 

 

 

 

 

大阪

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「んー、完璧ですねぇ」

 

レ級「…真夜中の世界にうまく入り込めたはいいとして…私まで連れてきた理由は」

 

駆逐棲姫「簡単ですよ、ほら、これ押してください」

 

レ級「車椅子…何でこんなところに」

 

駆逐棲姫「お昼に駆逐級の子達に埠頭まで運ばせたんですよ、これで街に出ます」

 

レ級「何のために…?」

 

駆逐棲姫「お金稼ぎですよ、人間って三大欲求ってものがあるんです、肉欲に溺れたお金持ちのオジサンを殺してお金をもらうんですよ」

 

レ級「…はあ、それで?」

 

駆逐棲姫「肌の色を塗り替えてー、それから…まあ、街に溶け込みやすくしてから考えましょうか?」

 

レ級「……はぁ…」

 

レ級が嫌々車椅子を押す

 

 

 

 

 

 

レ級「おええええ…」

 

目の前の死体に吐瀉物をぶちまける

 

駆逐棲姫「いつまでご褒美あげてるんですか?」

 

レ級「無理、あの行為は生理的に受け付けない…」

 

駆逐棲姫「行為って…ああ、貴方随分ウブなんですねぇ…アハハッキスくらいでそんな」

 

レ級「キスしながら舌を引きちぎって頭を握り潰す光景見たら誰でも吐くから」

 

駆逐棲姫「んー…おっと、かなりお金持ってますね、やっぱり子供買うような大人は悪いお金を持ってるものなのでしょうか?」

 

レ級「…ぺっ」

 

レ級が道端で唾を吐き捨てる

 

駆逐棲姫「あと二、三回繰り返そうかと思ってましたけど、これで事足りますねえ」

 

レ級「うぇ…」

 

駆逐棲姫「別のおっさんの唾液ですよーってやりたかったのに…見たくないですか?オジサン同士の体液交換させられて悲鳴上げる姿」

 

レ級「…こいつの趣味、私にはわからない…」

 

駆逐棲姫「じゃ、コンビニで化粧道具でも買ってきてくださいよ」

 

レ級「…殺すぞ」

 

駆逐棲姫「殺せるならどうぞ」

 

私の武器は見えざる刃

 

レ級「……これは…」

 

駆逐棲姫「ほら、どうしたんですか…尻尾出して襲い掛からなくていいんですか?」

 

レ級「…何を、した…?艤装が…力が…」

 

レ級の頬を掴んで顔を引き寄せる

 

駆逐棲姫「わかりますか?貴方は私に勝てない」

 

鼻先に軽くキスをする

 

駆逐棲姫「貴方と私は違うんですよ、最強の戦艦さん♪」

 

レ級「…チッ…!」

 

駆逐棲姫「砲雷撃どころか航空戦も対潜もできる最強の戦艦…でも私の敵ではありませんから…まあ、もし私と戦いたいなら同じステージに上がってくださいね♪」

 

レ級「お前…何を…」

 

駆逐棲姫「私って天才なんですよ、そして使えるものを全て使ってしまう…ああ…嫌になる程天才ですねぇ、この私は…」

 

レ級「何をしたって聞いたんだ…!」

 

駆逐棲姫「しゃべったら貴方には通じなくなりそうですからねぇ…同じステージに上がってくるまでは私の天下ですよ♪」

 

レ級「クソ…!」

 

駆逐棲姫(…まあ、私の手の内は見せてますし、これは持って1週間と言ったところでしょうか、相手の力量を測り損ねれば痛い目をみることになりますからねぇ)

 

駆逐棲姫「明日は此処が血の海と化す…なんて、好きですよねぇ…でも、人間の量が足りないかぁ…えーとぉ…ああ、素敵な手段があった…貴方が暴れてくれれば道ゆく人が私を避難所に運んでくれる…ふふっ」

 

レ級「…お断りだ」

 

駆逐棲姫「ああ、もっと遊びたいなぁ…」

 

レ級「……」

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

島風「…あの…」

 

曙「…なんで、あたし達大阪に連れてこられてんの?」

 

海斗「君達は2人とも暴走の経験があるからね、詳しい検査をしようと思ったんだ、金剛と川内さんは万が一の為のストッパーとしてね」

 

金剛「絶対私力不足デース」

 

川内「ねぇ、この双剣って銃刀法違反になるの?」

 

海斗「一応軍務としてきてるので説明すれば何とかなりますけど、今出さないで下さい」

 

曙「ヘルバのとこでいいのに…」

 

海斗(ヘルバ達の研究所には今近づくのは都合が悪いしね…)

 

海斗「まあ、我慢してね…」

 

島風「わかるけどー…わかるけどー…」

 

海斗「検査が済めば好きに遊んでていいから」

 

曙「マジ…?」

 

島風「え、ヨドバシカメラ見てもいいの!?VR ZONEは!?駅から見えてる赤い観覧車は!?」

 

曙「それより百貨店!お洒落な小物とかみたい!」

 

海斗「…えっと、流石に単独行動は認められないから…」

 

川内「…私は面倒見たくないから…まあ、全員で行動した方が…」

 

金剛「私もそう思いマース」

 

海斗「…VR ZONEとデパートは近いから…うん、2人が大人しく検査を受けてくれたら多分夜まで遊べるよ」

 

島風「USJは!?」

 

曙「USJ!?そっちにしましょ!」

 

川内「おー、いいね」

 

金剛「美味しいお店知ってマース!」

 

海斗「…流石にUSJに行く時間はないかな…」

 

島風「えー!」

 

曙「チッ…此処はUSJを捨ててデパートに拘るか…」

 

海斗「と、とりあえず早く病院に…」

 

金剛「oh…テートク、川内が警察に連れてかれそうになってマース…」

 

海斗「…わかったよ…すぐ行くよ…」

 

 

 

 

 

 

 

海斗「…まさか、曙と島風も持ってきてるとは思わなかったよ…お陰ですごく時間が…」

 

島風「だってー…お仕事だって聞いてたし」

 

曙「ちゃんと説明しないのが悪いわ」

 

海斗「…ほんとのこと言ったら逃げてただろうしね…」

 

川内「やーっと解放された…」

 

金剛「お疲れデース…しかしやけに警察官が多いデスネー」

 

海斗「…それが、少し離れたところで事件があったみたいなんだよ…それも殺人事件が…」

 

金剛「刃物を使った事件デスカー?」

 

海斗「…いや、舌を引きちぎられて頭を潰されていたらしいよ…」

 

川内「うわ…えぐ」

 

島風(遊ぶ時間…)

 

曙「どんどん無くなっていく…」

 

海斗「…みんな、一応よく聞いて」

 

曙「何よ」

 

海斗「僕はこの事件は深海棲艦が絡んでるんじゃないかと思って…島風?」

 

島風「あ、は、はい!聞いてました!」

 

海斗「…もしかしたら、東京のような事が起こるかもしれない…戦闘の心構えだけはしておいてね」

 

曙「…もう最悪ね」

 

島風「むぅ…」

 

海斗(…あれ?)

 

視界の端に車椅子に乗った女の子が映る

 

海斗「…今のは…」

 

川内「何かあった?」

 

海斗「…いや、急ごうか」

 

 

 

   

曙「時間過ぎて検査受けられないって…融通効かないわね」

 

島風「来た意味ないよー…」

 

海斗「…うん、まあ…うん、いいよ、USJまで行こうか…」

 

金剛「テートク、目が死んでマース」

 

海斗「…始末書、かなぁ…あはは…」

 

川内「…ドンマイ」

 

曙「USJ!USJ!」

 

島風「よーし、早く行こうよ!」

 

海斗「こう言う時に吹っ切れられるような人間になれればね…」

 

金剛「切り替えていきまショー」

 

川内「あ、これパンフレットね」

 

海斗「…切り替え、早いね…」

 

 

 

 

 

USJ前

 

川内「ねえ、今…」

 

金剛「どうしたデスカー?」

 

川内「…あの黒いフード…見覚えある気がして…」

 

指された先にいる黒いフードを目深に被った白髪の少女、そしてその隣の車椅子の少女…

 

海斗「…曙、島風、戦闘の用意」

 

曙「は?何言ってんのよ…」

 

島風「深海棲艦?それとも人の犯罪者とか…」

 

海斗「川内さん、あそこの車椅子の女の子」

 

川内「……あの車椅子の方、両脚がない?」

 

海斗(…やっぱり、見間違えじゃなかった…今浮かんだのは完全な憶測だけど…もしそうなら、アレは…綾波だ)

 

金剛「…Hey提督…今、あの車椅子の子の手に…」

 

海斗「艤装だよね…間違いなく…」

 

曙「…行きますか」

 

島風「うん…やらなきゃ!」

 

海斗「待って、此処には民間人が多すぎる…僕はゲートの方に行って人の流れを止めてもらうから…」

 

金剛「ワタシは駅の方に行きマース!」

 

川内「…ねぇ、曙も島風も艤装無いのにやれるの?」

 

曙「…燃料なしじゃ炎は使えないわ」

 

島風「私も速度は出ないけど…」

 

川内「航空機で艤装飛ばして貰えば?」

 

海斗「曙、頼んでおいて」

 

曙「…はいはい」

 

 

 

 

 

 

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「…ん?」

 

レ級「何の音だ」

 

プロペラ機の音…ヘリとかじゃない、プロペラ機…

 

駆逐棲姫「…バレましたか…」

 

周囲を見渡せばいつの間にか人の流れが無くなっている

 

駆逐棲姫「仕事早いなぁ、完っ全に気を抜いてましたよ、アハハッ」

 

レ級「何で笑ってる」

 

駆逐棲姫「おめでとうございますレ級さん…強い奴がすぐそばまで来てますよ」

 

視認距離まで艦載機が迫る

 

レ級「…それは楽しみだ」

 

艦載機から金属の塊が複数落下し、着地点に土煙が巻き上がる

 

曙「…ふーっ…流石ね加賀、完璧な場所に落としてきたわ」

 

島風「装着完了、やれるよ!」

 

土煙の中から出てくる2人の人影

 

駆逐棲姫「おやおやおや、こんなところでやれば民間人の犠牲者が…」

 

放送『周辺におられます皆様、パーク前にて深海棲艦が確認されました、急ぎその場を離れ安全な場所に避難してください、繰り返します』

 

悲鳴をあげて人間が逃げ始める

 

レ級「…うるさっ…」

 

駆逐棲姫「ああ!せっかくな貴重なおもちゃが…」

 

慌てて主砲を向けるものの周囲を蒼い炎が取り囲む

 

レ級「…蒼い炎…?」

 

駆逐棲姫「完全燃焼してる炎ですよ、摂氏1000℃を超えて安定して燃え続ける炎」

 

レ級「今そう言うのいらないから」

 

駆逐棲姫「さて、どう投げようかなぁっと…」

 

車椅子に身を預け、のうのうと考える

 

レ級「チッ…やるしかないか」

 

駆逐棲姫「嬉しくなさそうですね」

 

レ級「炎がどう影響するかわからないし、面倒だから…」

 

 

 

 

駆逐艦 島風

 

島風「行くよ!」

 

曙「わかってる!」

 

砲撃をしながらレ級に距離を詰める

 

レ級「艤装展開…戦闘開始」

 

レ級の怪物のような艤装が大きな唸り声を上げて飛び出し、大口を開ける

 

曙「その口に叩き込んでやる…この炎を!」

 

曙が大量の火球を放つ

 

レ級「成る程、単純な奴」

 

レ級の艤装から放たれた砲弾が炸裂し黒煙が視界を塞ぐ

 

島風(…何か、この光景…嫌な感じ…!)

 

咄嗟に急所を双剣でかばう

機銃の銃声、そして的確な射撃が双剣を弾く

 

島風「…なん…!」

 

曙「何よこの精度!」

 

レ級「驚くのはまだ早い」

 

煙幕からレ級が飛び出し、尻尾のような艤装で近くの建物に叩きつけられる

 

島風「ぁがっ…!?」

 

島風(骨が…絶対折れた…!)

 

曙「島風!」

 

レ級「余所見禁物」

 

曙「クソッ!流石戦艦ね、一撃が重い…!」

 

つい先程まで鮮明だった意識がどんどん濁る…痛みも痺れに変わり、何も感じなくなる…

このままでは、気を失う…

 

島風「…ダメ…」

 

???「まだ戦う?」

 

島風「っ…?」

 

誰かの声

 

???「あの時何があったのか、教えてあげるかも」

 

島風「何…言って…」

 

???「今度は、ちゃーんと覚えてるように調整したから…安心していいよ」

 

カチリと音がする

急激に意識が研ぎ澄まされる

 

島風「…ふー…」

 

全身の痛みを感じない

体に篭った熱が吹き飛んだように体が冷え込む

 

島風「…よし」

 

目の前の炎に突っ込む

 

曙「島風…!アンタ大丈夫なの!?」

 

レ級「…仕留めきれてないか、まあいい」

 

曙が明らかに劣勢…

 

島風「レ級…を、倒す」

 

曙「…島風…がっ!?」

 

曙が意識をこちらに向けた瞬間レ級の尻尾に弾き飛ばされる

 

レ級「……おや、これは…先ほどよりは楽しめそうだ」

 

島風「……」

 

目に青い炎が灯る

武器を構え、迫る

 

レ級「ハハ…!」

 

レ級の砲撃をかわしながら迫る

 

レ級(速い…!人間の移動速度じゃ…)

 

首を狙った斬撃を防がれる

 

レ級「急所狙いとは…もっと楽しみ…っ?…ぁが」

 

脇腹に艤装での蹴りを何度も叩き込む

 

レ級「ごふっ…ぁがっ…!」

 

レ級の顔面を掴み、地面に叩き付けて後頭部を踏み、艤装の推進機能を起動し、頭をすり潰す

 

レ級(良い…!そうこなくては…!)

 

島風「…っ…」

 

レ級の艤装から大量の艦載機が射出され、爆弾の雨を降らせる

 

レ級「アハハッガハッアハッアハハッ!」

 

飛びのいたものの、脚に多少のダメージ

これ以上は艤装のサポートなしの歩行が厳しくなるか

 

フードを外し、顔中血塗れのレ級が笑いながら此方を見る

 

レ級「ああ、楽しい…!そうか!そうすれば良いのか!」

 

レ級が此方へと歩み寄ってくる

 

島風「……」

 

レ級「ハハッ…アハハハハハハッ!!」

 

レ級が体を大きく捻り、鞭のように腕をしならせ、手刀を放つ

ソレを双剣で確実に受け止めたのに、双剣が貫かれ、左肩をも貫かれる

 

島風「……」

 

折れた双剣をレ級の腕に突き刺し、レ級の左肩を艤装の蹴りで蹴り砕く

 

レ級「アハハハ!」

 

レ級の左肩がどんどん治癒していく

このままでは不死身か

 

島風「……」

 

左腕の機能が大幅に低下、指先の動きも鈍い

戦闘のスタイルを連装砲主体に変更…不可能

レ級の艦載機と相討ちになってオールダウン…

 

レ級「撃ち砕く!」

 

レ級の艤装が此方を向く

艤装のブーストで飛び上がり、空中でブーストをかけ続け空間を蹴り、砲撃をかわしながら迫る

 

レ級(そんな事まで…いや、これは…!)

 

最高速度を維持し、千切れそうな左腕を大きく振るい鞭のようにしならせ、尻尾の付け根に手刀を叩き込む

 

レ級「ぐッ…!?」

 

手刀で肉がえぐれた部分に右手を突っ込み、左足をレ級の背中に押し当て尻尾を引き剥がす

 

レ級「があああっ!いッ…やってくれたなこのアマ…!」

 

島風「……」

 

振り向いたレ級の顔面に上段回し蹴りが当たる

 

レ級「この…!」

 

サッカーボールのように倒れたレ級の脇腹を蹴り上げ、浮き上がったところに右肘を落とす

 

島風「……」

 

千切れかかった左腕でレ級の左腕を掴み持ち上げ、胸部に前蹴りを見舞う

 

レ級「ごはっ…!?」

 

骨が砕ける音、肉が破裂する音とちぎれる音

 

千切れたレ級の左腕を投げ捨てる

 

レ級「…ハハッ…良いなぁ、最高…!」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 曙

 

曙「…何、これ…」

 

あの悍ましい強さのレ級を…たった1人で此処まで圧倒するなんて…

それにあの目の炎、あの雰囲気…

 

曙「暴走してる…か」

 

曙(川内はいないし、止められるのはあたしだけ…でもレ級も倒さなきゃいけない…)

 

つまり

 

曙「あの化け物2匹…あたしが仕留めるっきゃないか…」

 

立ち上がる

 

曙「…燃料良し、弾薬よし…考えは…ナシ…!」

 

そのくらいがちょうど良い

 

双剣の刃を軽く擦る

蒼い火花が散り、全身を炎が包む

 

レ級「…あぁ?」

 

島風「……」

 

怪物が2匹、此方を向く

 

曙「なんだ、思った以上にボロボロじゃない…おあいこだけどさ」

 

レ級は片腕は変な方向に曲がり、片腕がない、尻尾もない

島風も片腕は肉がえぐれて骨が見えてるし、片足は銃創が沢山…

 

曙(見てなさいよ、あたしがコイツらを止めてあげるから…)

 

双剣を構え、距離を詰める

 

レ級「雑魚が!今更しゃしゃり出てくるな!」

 

曙「ハッ!人のこと言えないけど、アンタも口悪いわねぇ!」

 

双剣でレ級を斬りつけ、バックステップで距離を取る

 

曙「よく見ないと、見失うわよ」

 

火球が全身を包む

 

レ級(炎で全身を包んで…突撃?)

 

火球がレ級へと迫る

 

レ級「こんなモノ!」

 

レ級が火球を蹴り砕く

 

レ級「…あ?居ない…」

 

曙「単純な手に引っかかってんじゃないわよ!」

 

上からレ級の頭を踏みつけ、背中に十字に斬りつける

 

レ級「ちょこざいな…!」

 

曙「ハッ!」

 

斬りつけた傷痕が燃え、レ級が炎に包まれる

 

レ級「なっ…この!き、消えない…!ぐっ…くそ!」

 

レ級が倒れる

 

曙「アンタが死ぬまで消してやらないわ…さて、残りの怪物は一つ」

 

島風「……」

 

曙「一応頼むわ、正気あるなら膝をついて…戦う意思がないこと示してよ」

 

島風は素直に両膝をつく

 

曙「良かった、アンタまで相手にする余裕…ぇ」

 

島風の膝蹴りが腹部に突き刺さる

艤装でブーストされた蹴りが身体をめちゃくちゃに壊す

 

曙「かはっ…っが…あああ!!」

 

島風の両脚に双剣を突き立て、引き抜いて距離を取る

 

曙「ふざけんな!もう知らないわ…!」

 

辛うじて立てる、いや…もはやコレは根性でこの場に立っているだけ

 

曙(…次で終わらせないと…どのくらいまでならやって良い…?島風を殺さずに無力化するには…意識を奪うには…!)

 

曙「…そんなの考える余裕はない…か…!」

 

全身を火球で包む

 

島風「……」

 

曙「今のアンタにはコレは効くわよねぇ…本当にこの火の玉の中にいるのか、それとも飛び上がって上から来るか…でも今のアンタの攻撃手段は片腕とその大怪我を負った両脚だけ、片方しか攻撃できない」

 

火球を前に押し出す

 

曙「さあ、どうする!?」

 

島風の選択は…

 

島風「……!」

 

自分から突っ込み、蹴りを放つ事…

 

曙「そう来ると思ったわ、今のあたしに飛び上がるほどの余力は無いし、逆に突っ込まれたら上からの攻撃はかわせる…だから、横によける」

 

完全にガラ空きになった島風のサイドから双剣を振るう

 

曙「ハンパな攻撃じゃ耐えられるし…死ぬつもりで耐えなさいよ…!三爪炎痕!!」

 

地面に赤熱する三角形の傷痕を刻む

 

島風「が…」

 

曙「決まった…どうよ!」

 

島風は地面を転がり、目を閉じた



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協力関係

大阪 

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「んー、貴方はゲームマスターの部下の方…ですよね?」

 

秋津洲「…何を言ってるのか全くわからないかも…それに、あの炎の中からどうやって此処まで…」

 

秋津洲の頭の高さまで浮き上がる

 

駆逐棲姫「中々好き放題に動き回れるんですよ?」

 

秋津洲「……」

 

秋津洲が鞄に伸ばした手に触れる

 

駆逐棲姫「ちなみに、私の握力なら骨どころか岩も握り潰せると思いますよ」

 

秋津洲「何が望みかも…」

 

駆逐棲姫「仲良くしましょう?貴方には私の意思を貴方の上司に伝えてもらいたくて」

 

秋津洲「……」

 

駆逐棲姫「貴方たちの考えはわかってますよ、艦娘の兵器としての商品価値を上げたいんですよね?」

 

秋津洲「…!」

 

駆逐棲姫「私って賢いんですよ、このゲームの裏側なんてもうわかってます」

 

秋津洲「賢すぎるのは毒かも…」

 

駆逐棲姫「…どうぞ?狙撃手の位置はわかってますよ、でも狙撃手をどうこうするつもりも有りませんし…貴方に手を出すつもりもない」

 

秋津洲「じゃあなんのつもり…」

 

駆逐棲姫「今さっき話した通りですよ、恐らくレ級さんは貴方達の作った怪物に負けるでしょうから回収して帰らないと」

 

両手に艤装を展開する

 

秋津洲「何を…」

 

駆逐棲姫「さて、盗み聞きはどうかと思いますよ…忍者さん?」

 

振り向きざまに艤装を振るう

短刀と主砲がかち合う

 

川内「その姿…駆逐棲姫…!」

 

駆逐棲姫「おや、私をご存知で?川内さん」

 

川内「なっ…!」

 

川内が飛び退き、構えを取り直す

 

川内「なんで名前を…」

 

駆逐棲姫「さあ?」

 

川内「…知ってる事、全部吐かせる…!」

 

駆逐棲姫「秋津洲さん、私たちは友好的な関係を築けると思いませんか?」

 

秋津洲「…待つかも」

 

駆逐棲姫「ええ、待ちますよ」

 

川内「コソコソしてんじゃないよ!」

 

距離を詰めようとした川内の頬に切り傷が走る

 

川内「っ!?」

 

川内の動きが完全に止まる

 

駆逐棲姫「ふふっ…痛覚に敏感なんですね…ああ、いい声で鳴きそう…」

 

川内「何これ…糸…!?」

 

駆逐棲姫「はい、炎が出せるのなら糸が出せない理由なんてないでしょう?」

 

川内「訳わかんな…っ…?」

 

川内の頬を滴る血が赤い筋を作る

 

駆逐棲姫(今…まさか、ふふ…ああ、素敵だ…崩壊が始まるのはそんなに先じゃないのかもしれませんね)

 

秋津洲「特務部は…協力関係を承諾するそうかも」

 

川内「特務部…!?秋津洲って佐世保の艦娘じゃ…」

 

駆逐棲姫「じゃ、早いところこの邪魔者を」

 

ふうっと煙を吐く

 

川内(口から煙幕…!こいつの身体は一体…って)

 

煙に赤いレーザーがチラチラと映る

 

川内「まずっ!」

 

川内が腰から球体を取り出し大袈裟な動作で足元に投げつける

球体が小さな爆発を起こして周囲が黒煙に包まれる

 

駆逐棲姫「煙玉ですか?」

 

秋津洲「本物の忍者みたいな事されたかも…」

 

駆逐棲姫「ええ、いや全く…あははっ楽しいですねぇ」

 

秋津洲「…今、わざと逃した?」

 

駆逐棲姫「まさか、毒の息を吐いたら勘づかれただけですよ」

 

秋津洲(嘘かホントか判断つかないかも…)

 

 

 

 

 

川内

 

川内「危なかった…あーもう、狙撃とか聞いてないし…!」

 

物影を縫う様に走り曙達の方に近寄る

 

海斗「川内さん…良かった、無事だった」

 

曙「アンタどこ行ってたのよ…お陰でこっちは半分死んだみたいに…ゴホッ…」

 

金剛「曙はすぐ怒るのやめるデース、骨もかなり折れてるんデスから大人しくするデース」

 

曙「…島風は?」

 

海斗「重症だね、それも含めて一度泊地に戻る必要がある…島風は僕がおぶるよ、とりあえず海に出よう、既に加賀たちが船で到着してる、先に島風を運んでくるよ」

 

金剛「…テートク、行っちゃいましたけど…あのレ級の死体は?」

 

曙「真っ黒焦げでもう炭しか残ってないわ」

 

黒い、子供ほどの大きさの塊…

 

川内「…あれ」

 

曙「何よ」

 

川内「今、動いた様な…」

 

曙「…冗談とか、聞きたくないわ」

 

黒い塊が音を立てて崩れ、中からレ級が立ち上がる

 

曙「見たくもないっての…!」

 

川内「まだ終わってないか…!」

 

レ級「ああ、疲れた…帰ろ」

 

曙「簡単に逃してもらえると思ってんの?此処で殺す…!」

 

川内(周囲が消し炭になるまで燃えたのになんで服も本体も元気そうな…いや、片腕は潰れてるのか…)

 

レ級「やめといた方がいい、今のアンタじゃ相手にならないから」

 

曙「仕留められたの忘れた?」

 

レ級「ボロボロの獲物を掠め取っただけじゃない、よく言うわ」

 

曙「アンタ、ムカつく…!」

 

曙が双剣を構える

 

レ級「…ふむ?」

 

レ級が何かを確認する様に残った腕を振るう

 

レ級「…こうか」

 

レ級の腕に蒼い炎が灯る

 

曙「な…!」

 

川内「蒼い炎…!」

 

レ級「良いもの見せてもらった、お陰で私はより強くなった…」

 

川内「…やれんの、曙…」

 

曙「……正直、わからない…!」

 

レ級「やめとくことをお勧めする」

 

駆逐棲姫「そうですねぇ、私もお互いのために此処で痛み分けにするのがオススメですよ」

 

フワフワと駆逐棲姫が降りてくる

 

川内「っ!」

 

双剣を構え周囲に警戒を払う

 

駆逐棲姫「ふふ、それでは、また会いましょう」

 

川内「海まではそこそこあるけど、本気で逃げるつもり?海には宿毛湾の艦隊も居るんだよ」

 

駆逐棲姫「まあ、それは素敵ですねぇ、オモチャが沢山…」

 

駆逐棲姫がうっとりとした表情で笑う

 

川内(こいつ、本当に頭おかしい…っ!?)

 

後方に振り向き剣を払う

強い衝撃とともに金属が弾ける音が響く

 

川内「狙撃…!」

 

曙「何今の!何が起きて…」

 

金剛「それより深海棲艦が居なくなってマース!」

 

川内「…逃げられた…」

 

曙「あーもう!あたし達も撤退よ!」

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 医務室

駆逐艦 島風

 

島風「ん…っぅ…」

 

部屋が暗い

 

島風(夜…?それに、いつの間に帰って…あ、違う…)

 

全て蘇る

あの時頭を支配した破壊衝動、攻撃のたびに増す快感…

 

島風「…あれは…一体…」

 

秋津洲「暴走」

 

島風「…秋津洲…さん…?」

 

ベッドの上に簡素なスイッチが投げ捨てられる

 

秋津洲「必要な時に使うと良いかも」

 

島風「…これは」

 

秋津洲「ナノマシンを活性化させるスイッチ…そのスイッチを押せばいつでも暴走できる」

 

島風「い、いらない!」

 

スイッチを投げ捨てる

 

秋津洲「説明を先に聞くべき…」

 

秋津洲さんがスイッチを拾い上げ、近づいてくる

 

秋津洲「暴走した時の艦娘はとんでも無く強い…そのデータは取れたかも、それにスイッチを押して即暴走じゃない…自我を保ったまま運動性能や脚力、腕力もとんでも無く上がる…その状態が少しの間続く」

 

島風「…そのスイッチを押せば、パワーアップする…」

 

秋津洲「たしかにその状態が長引けば暴走するかも、でもスイッチを切ればその暴走も止まる…そもそも暴走する前に切っちゃえばいい」

 

島風「…確かに、そうかもだけど…」

 

秋津洲「それに、強くなれば暴走なんかしないかも」

 

島風(…前回みたいな身体の痛みも無い…なにより、私はあの敵を倒す一歩手前まで…いや、きっと倒せた…!)

 

秋津洲さんが私の手にスイッチを握らせる

 

秋津洲「今はそのスイッチという形、でも望めば艤装に組み込んで脳波でコントロールできる様にする…スイッチの切り忘れも無くせる最善の手段かも」

 

島風「…これが、あれば…」

 

秋津洲(…そう、力からは逃れられない…そして、標的を壊した瞬間のあの快楽からは、逃れられない…)

 

島風「絶対に…扱いきってみせる…」

 

秋津洲(簡単に堕ちた…カモ)

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 執務室

駆逐艦 朝潮

 

朝潮「…そろそろ終わりにしましょうか」

 

海斗「うん…みんな、お疲れ…ゆっくり休んでね」

 

山雲「はーい…こんなに書類と睨めっこしてると国語には強くなりそうですね〜」

 

朝潮「山雲は元々数学が苦手なんですから…」

 

山雲「聞こえないで〜す、それに〜理科なら得意だもの〜」

 

朝潮「そういう問題じゃ無くて…あれ、司令官、この書類はどちらに」

 

海斗「僕がやっておくから、もう休んでいいよ」

 

朝潮「…わかりました」

 

山雲と執務室を出る

 

山雲「朝潮姉さん?随分とさっきの書類が気になってるみたいだけど〜」

 

朝潮「…そう、気になってる…第二改装…ここでは阿武隈さんだけが受けられた特殊な改装…司令官が改二を嫌ってるのはAIDAによる汚染の問題…」

 

山雲「姉さ〜ん」

 

朝潮「私も改二に…」

 

山雲「…司令さんはそんなこと望んで無いと思うけど〜」

 

朝潮「…今の私はあまりにも弱い…私も強くならなきゃいけない…」

 

山雲「それは〜、何の為?」

 

朝潮「もちろん司令官の…」

 

山雲「司令さんは〜、そんなこと望んでないのよ〜?」

 

朝潮「……」

 

山雲「今のそれは、司令さんの為じゃなくて、振り向いて欲しいって思う姉さんの欲望ね〜」

 

朝潮「欲望…」

 

山雲「…あら?」

 

春雨「あ、どうも」

 

朝潮「…貴方は、誰ですか」

 

春雨「本日付で宿毛湾所属になりました、白露型駆逐艦の春雨です」

 

山雲「本日付…?」

 

春雨「ほら、丁度さっき日付が変わりましたから」

 

朝潮「…だとしてもこんな時間に…」

 

春雨「日の当たるところは落ち着かないんです、倉持司令はおられますか?」

 

朝潮「今は忙しいかと…」

 

春雨「なら私の初仕事は事務仕事ですね」

 

春雨が躊躇いなく執務室の方に向かう

 

山雲「ちょ、ちょっと〜?」

 

春雨「ああ、お気になさらず、場所も分かってますし事務仕事も慣れてますから…はい」

 

朝潮「…あの」

 

春雨「…まだ何か?」

 

朝潮「貴方は…何のために此処に?」

 

春雨「黄昏の鍵と、友達の為に」

 

山雲「黄昏の鍵…?それに友達って…誰?」

 

朝潮「キーオブザトワイライト…」

 

春雨「例えば、願いを何でも叶えてくれる鍵があったとして…貴方は何を望むんですか」

 

山雲「…平和な世界、とかかしら〜」

 

朝潮(何でも願いが叶う鍵…もし、そんな物があれば…)

 

朝潮「……ああ、そうか…」

 

春雨「黄昏の鍵は写し鏡です、全てを叶える鍵は人間の欲望を最大限に引き出す…悍ましく、そして美しく…試練であり、祝福」

 

山雲「何を言ってるの…?」

 

春雨「確か…山雲さんですよね、貴方は先ほど世界平和を謳いましたが…本当に欲しい物はそれですか?」

 

山雲「…深海棲艦と戦わなくていい世界で…のんびり畑を営んでみたいな〜って思っただけだけど…」

 

朝潮「そうじゃない…山雲、貴方はそこに一人で居ましたか?周りに他に何もありませんでしたか?」

 

山雲「それは…司令さんやみんながいたら素敵だし…たまには遠くに遊びに行ったり…」

 

春雨「朝潮さん、貴方には本質が見えるらしい…その通りです、何でも願いが叶うのなら人はどんどん欲を出して行く…どんなに純粋で尊い願いも欲望の前には呑まれてしまう…どんなに包み隠してもね」

 

朝潮「…確かに私の望みは誰かに誇れる物ではありません、ですが…そんな事」

 

春雨「安心してください、私も人に誇れる物じゃありませんから…願わくば、願わくば何ですよ…所詮御伽噺、だけど夢見る権利は誰にでもある…どんなに淀んだ願いでも」

 

朝潮「……そうですか」

 

春雨「たとえ鍵を手に入れたとして…鍵穴が無ければ話にはなりませんけどね」

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

青葉

 

青葉「…何で、私たち忍び込む様な真似…」

 

翔鶴「でも、何だかワクワクしますね…!」

 

青葉「…何処がですか…」

 

翔鶴「それにしてもあんまり人がいない様な…」

 

肩をトントンと叩かれる

 

青葉「やめてくださいよ、翔鶴さん」

 

翔鶴「えー?なんですか?」

 

青葉「なんでこっち向いてニヤニヤしてるんですか…だから肩を叩かないでくださいって」

 

やや乱暴に手を振り払う

 

翔鶴「え?私青葉さんのすぐ隣にいるのに…あれ?」

 

翔鶴さんにつられて振り返る

 

度会「こんな時間になんの用だ、瑞鶴達は東京の復興支援に向かっていて不在だが」

 

青葉「っーーーー!!」

 

翔鶴「…きゅぅ…」

 

翔鶴さんが倒れる

 

青葉「しょっ…翔鶴さっ…あばっあばばばらっ!」

 

度会「…これは俺が悪いのか?」

 

 

 

 

佐世保鎮守府 応接室

 

青葉「…その、ご迷惑を…」

 

度会「事前に連絡を入れてから来て欲しい物だが…」

 

青葉「…できない事情がありました物で…」

 

度会「その事情とは」

 

青葉「…お話はします、ですが…どうか…」

 

不安を紛らわせようと腕を握り締める、鼓動が速くなり、息が上がる

 

度会「…安心しろ、味方を撃つような真似はしない」

 

青葉「…味方じゃ無くなるかもしれないんです…」

 

長手袋を片方外す

白く変色した手を差し出す

 

度会「…それは」

 

青葉「どんどん、侵蝕が進んでいて…このままじゃどうなるのか…」

 

度会「だから瑞鶴か…」

 

青葉「…はい」

 

翔鶴「…んぁ…ハッ…ここは…」

 

青葉「…翔鶴さん、服が…シワになりますよ」

 

度会「……」

 

青葉「あ、すいません…その…」

 

度会「ここは見つかる恐れがある、空き部屋を一つ貸そう、明日には瑞鶴も戻るはずだ」

 

青葉「…!あ、ありがとうございます…!」

 

翔鶴「助かりましたね、青葉さん…!」

 

度会「しかし、瑞鶴に治せるとは思えないが…」

 

翔鶴「深海棲艦だった私を戻してくれたのもあの子です…きっと青葉さんの事も…」

 

度会「…上手くいくといいが」

 

 

 

 

宿毛湾泊地 執務室

駆逐艦 春雨

 

春雨「どうも倉持司令官、春雨、着任致しました」

 

スカートを軽く摘み、片足を下げて挨拶する

 

海斗「えっと…」

 

春雨「ああ、コレですか?カーテシーっていう西洋の挨拶で…」

 

海斗「いや、今深夜の12時を回ったところで…」

 

春雨「ええ、本日からとのことでしたので」

 

海斗「…ええと…」

 

春雨「ご迷惑でしたか?まあ、そんなの無視しますが、もう書類はご覧になりましたか?」

 

海斗「…作戦要項は確認したよ」

 

春雨「はい、もう一度我々はウラジオストクに向かい…綾波さんの艦娘システムを海外に輸出します」

 

海斗「…これで世界中で深海棲艦に対抗できる」

 

春雨「その通り、我々の負担も減るでしょう…その為にも、今積み上げてる書類を終わらせないといけませんねぇ…パーク近隣の施設や住居の崩壊、電車の超大幅な遅延…どれも陸上に現れた深海棲艦の影響とはいえ…倉持司令官も結構な責任を負わせられて…ああおいたわしや」

 

海斗「……」

 

春雨「やだ、そんな目で見ないでくださいよ…冗談ですって、あんまり見つめられると熱っちゃうじゃないですか」

 

倉持司令官が内線を繋ぐ

 

海斗「川内さん、ちょっと来てくれる?」

 

春雨「ふふふ、残念でしたね…川内は夜は…」

 

川内「川内参上っと」

 

春雨「あれー…なんで寝てないの…」

 

川内「春雨が気になってね…駆逐棲姫と会ったもんだから…」

 

春雨「駆逐棲姫と?」

 

海斗「…これ、防犯カメラの映像を切り取った物だけど」

 

写真を渡される

 

春雨「へぇ…確かに駆逐棲姫の特徴が見えますね」

 

海斗「…この駆逐棲姫は…僕は綾波なんじゃないかと思う」

 

春雨「…なるほど、詳しく聞きましょうか」

 

ソファに腰掛け足を組む

 

川内「行儀悪いよ」

 

足を組みたい私と姿勢を正したい川内の攻防が始まる

 

海斗「少し顔を見ただけで…確実かと言われればそんなことはないけど…僕はみた時に綾波だと思った…」

 

春雨「それで?」

 

海斗「…この前の東京侵攻を敷波は綾波の遺体を狙ってのものだと推測していたし、駆逐棲姫に両脚がない事も敷波の件で説明がつく」

 

春雨「…確かに、ありえない話じゃないかもしれませんね」

 

海斗「できれば、違って欲しいけど…」

 

川内「大丈夫、あの駆逐棲姫死ぬほど性格悪かったからさ、春雨の言うようないい子ちゃんなんかじゃないって」

 

春雨「…そうだといいけど」



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特務部オフィス

駆逐艦 敷波

 

敷波「…これ、報告書」

 

数見「ああ、他に手紙のようなものは?」

 

敷波「…どうぞ」

 

封筒を差し出す

 

数見「……成る程、アメリカ行きの飛行機を手配してくれ」

 

敷波「飛行機…?航空機は危険じゃ…」

 

数見「駆逐棲姫の艦隊が護衛を出してくれるそうだ、そしてアメリカでハザードを起こす」

 

敷波「…ハザード?」

 

数見「アメリカの海軍は特に疲弊している、我々の力を求めてやまない程に…異邦の神の力を」

 

敷波(…AIDAを利用して何を…)

 

数見「空軍の戦闘機を用意してくれればいい、最短ルートを通らせる」

 

敷波「…了解しました」

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 執務室

駆逐艦 島風

 

島風「提督!島風復活しました!」

 

海斗「ああ…えーと…おはよう…」

 

執務室は荒れ放題、ソファで川内さんと知らない人が座ったまま寝てるし…

 

島風「…これ、どういう状況?」

 

朝潮「さあ、私も先ほど来たばかりで」

 

山雲「ね〜」

 

島風(居たんだ…)

 

海斗「昨日来た分の書類は…終わってるから、ええと…朝潮、春雨を起こしてくれる?」

 

朝潮「この人ですね…すいません、起きてくれますか?」

 

春雨「ん…んぅ…」

 

朝潮「寝相悪…ぶふっ!?」

 

春雨の裏拳が朝潮の顔面を捉える

 

朝潮「いっ…痛ぁ……」

 

山雲「朝潮姉さん、鼻血出てるわよ〜?」

 

朝潮「え、やだ…制服についてる…す、すいません司令官!一度失礼します!」

 

海斗「えっと…ごゆっくり」

 

山雲「私も〜」

 

島風「二人とも行っちゃった…」

 

亮「邪魔するぜ」

 

海斗「ああ、帰ってこれたんだ…おつかれ」

 

亮「昨日の晩に解放されたからそのまま夜行バスでな…って、なんだこの状況」

 

海斗「悪いけど…春雨さんを起こしてくれる?」

 

亮「うわ…なんでこいつが此処に…!」

 

海斗「今日からうちの所属に…うん、もういいや…お願い」

 

亮「ったく…川内までいやがる…おい!起きろ!」

 

春雨「楚良…?」

 

亮「だから楚良って呼ぶなっつってんだろ…!」

 

春雨「楚良だー!え?なんで…あ、そっか、職場変わったんでしたね、はい」

 

亮「急に冷静になんな…川内、お前も起きろ…!」

 

川内「むにゃ…起きてるって…2時間前から起きてるってば…」

 

亮「那珂が神通に喧嘩売ってたぞ」

 

川内「嘘!?もう、本当になんでそんな馬鹿な事…!!」

 

亮「嘘だ、おはよう、川内」

 

川内「…わーお、いつ帰って来たの?」

 

亮「今さっき」

 

川内「…お茶淹れてこようか」

 

亮「要らねぇから、お前はお前の仕事しろよ、もう8時だぞ…総員起こしから2時間も…」

 

川内「失礼します!」

 

亮「…逃げ足はええ…」

 

海斗「…いいかな?春雨も…」

 

春雨「ああ、はい」

 

海斗「島風の精密検査をお願いしたくて」

 

島風「おぅっ…!」

 

春雨「ん…ああ、了解……というか、なんで此処に?」

 

海斗「…あ、れ?島風、君怪我は!?」

 

島風「…怪我、そういえば治ってる…」

 

春雨「なるほど、良いですよ、調べます」

 

海斗「お願い…」

 

荒潮「失礼しま〜す、コーヒー持って来ましたー」

 

春雨「さて、島風さん、いきましょうか」

 

島風「やだー!」

 

 

 

 

 

食堂

駆逐艦 曙

 

曙「…え、なに、コイツはウチで面倒見ることになったの?」

 

隣で食事をかきこむ秋月を指す

 

朧「うん…まあ、他に歳が近い子は居ないし…秋月、誰も取らないからゆっくり噛んで食べなよ…」

 

秋月「わかってるんですけど…美味しくて…」

 

漣「泣きながら貪り食っとりますよ…」

 

潮「そういえば、秋月ちゃんのお話は何も聞いてないよね…」

 

秋月「……えっと、その…深海棲艦の基地で捕虜になってました…」

 

曙「ぶっ!?」

 

茶を漣に噴き出す

 

漣「うわっ!ワタクシこんな趣味は無くってよ!?こんなハードプレイごめんだよ!」

 

曙「ごほっ…アンタ深海棲艦の捕虜って…なんで先に言わないのよ!」

 

秋月「…だ、だって…その…言ったら何されるかわからないと思って…」

 

朧「ま、まあ…話してくれる気になったなら良かった…」

 

潮「捕虜だった時に何も食べられなかったの…?」

 

秋月「…ペンギンの餌やり」

 

曙「何、強制労働がそれ?」

 

秋月「ペンギンの餌やりみたいにバケツに入った生魚を牢屋の中に投げ捨てられるんです…それが1日分の食事…でも、忘れられてる人がいたり、それすらもなかったりして…」

 

朧「寄生虫とか大丈夫なの?」

 

漣(そこじゃないよオボロン!)

 

秋月「き…寄生虫は…なった事ないですね…他の方はわからないですけど…」

 

潮「だからご飯をそんなに急いで食べてたの?」

 

秋月「何日あそこに居たのかはもうわかりませんけど…あんな生活が続いて…まともなご飯がまた食べられるなんて…うう…」

 

曙「…ん?」

 

朧「待って、元は何処かの所属だったの?」

 

秋月「いいえ…その、あそこに居た事以外の記憶は…」

 

曙「でも今アンタ またまともなご飯が食べられる って言ったわよね、何処で食べたことあるの?」

 

秋月「…そうだ、私どこで…」

 

曙(…奥底に眠る記憶…って奴かしら、コイツが記憶喪失だとしたら…天津風もそうなんじゃ)

 

潮「それより、秋月ちゃんは甘いもの好き?」

 

朧「あ、アレ作る?」

 

曙「ひっ…!」

 

漣「ぅげ…!ま、待たれいお二人!折角だし今日はお外に食べに行こうよ!」

 

曙「そうよ、せっかくだし私がお寿司奢ってあげる!」

 

秋月「さ、魚…」

 

曙「焼肉でもいいから!」

 

潮「…曙ちゃん、色んなところ骨折してるんだからやめた方が…」

 

漣「ぼのたんが奢ってくれるんだよ!?あのケチなぼのたんが!」

 

朧「でもみんなお給料同じだし…」

 

曙「ほら、肉を食べてスタミナつけたほうがいいでしょ!?怪我治す為にも!」

 

漣「そうそう!」

 

潮「…うーん」

 

朧「そうなのかな…まあ、そうしようかな…外出許可貰わないと」

 

秋月「私も外に出ていいんでしょうか」

 

曙「……そういやそうね、先に検査とかあるかも」

 

 

 

 

 

深海棲艦基地 捕虜収容所

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「さーて、と…」

 

荷物を乗せた台車を中央に止める

 

レ級「…全部の牢の鍵、開けた」

 

駆逐棲姫「みなさん、お食事ですよー」

 

捕虜は誰も動こうとしない

 

駆逐棲姫「あら、食べなくていいんですか?」

 

荷物の中からピザの箱を取り出して開ける

 

レ級「やっぱ冷めてる」

 

レ級が手に炎を灯してピザを温め、一切れ口に含む

 

レ級「…うわ、マルゲリータにパイナップル乗っかってるし…なんでクワトロにトロピカルを入れたんだ…」

 

駆逐棲姫「さあ?こっちはジェノベーゼですね、ああ美味しい」

 

捕虜たちの視線がピザに釘付けになる

 

駆逐棲姫「あ、私他のやつが食べたくなりましたねぇ」

 

まだたくさん残ってるピザの箱を投げ捨てる

 

駆逐棲姫「あれ、私のステーキ弁当は?」

 

レ級「どうせ全部冷めてるから」

 

レ級がステーキ弁当に火をつけながら口に運ぶ

 

駆逐棲姫「…あの」

 

レ級「うん、美味しい」

 

駆逐棲姫「それ私のステーキ弁当…」

 

レ級「肉まんでも食べてればいいんじゃないですか」

 

駆逐棲姫「…食べますけど…あーもう…あれ?」

 

いつの間にか投げ捨てたピザの箱に捕虜が群がり奪い合いが始まっている

 

駆逐棲姫「仲良く分け合って食べてくださいねぇ?ほら、此処にもご飯たくさんありますよ」

 

レ級「なんともまあ、無駄な事を…ふぅ、ええと…ああ、これもまあ食べられそうだな」

 

駆逐棲姫「ちょ…私のチュロス」

 

レ級「…粘土みたいな味する…」

 

駆逐棲姫「そう言いながら全部食べないでもらえますか…?」

 

レ級「うーん…ごちそうさまでした」

 

駆逐棲姫「私のご飯全部食べておいてその不満げな顔は…ああ、もういいですよ…」

 

レ級「しかし、捕虜どもになんでこんな食事を与えるのか理解に苦しむ」

 

駆逐棲姫「皆さん人間ですからねぇ…」

 

駆逐棲姫(そして今までの環境は最低すぎた…なんとも簡単な話だ)

 

レ級(…さて、離島棲鬼はどこまで容認するのか)

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

重巡洋艦 青葉

 

瑞鶴「…なるほどね、話はわかったけど…」

 

青葉「お願いします…!」

 

瑞鶴「…無理、これって何なの?AIDAなの?」

 

青葉「AIDAのはずです…」

 

瑞鶴「だとしたら変、AIDAの音が聞こえない…私じゃ治せない…」

 

翔鶴「そんな…」

 

青葉「…すいません、わかりました」

 

翔鶴「瑞鶴、何か手段はないの…?」

 

瑞鶴「…試せる手段はある、だけどリスクが大きすぎる…下手したら死ぬし…」

 

青葉「…その…すいません、私はこれで…」

 

瑞鶴「ちょ…何処に」

 

青葉「さあ…帰れるところもないですし…何とかならないか、足掻いてみます…」

 

翔鶴「私も…」

 

青葉「翔鶴さんは残らせてもらうべきですよ…せっかく姉妹が再会できたんですから」

 

翔鶴「そんなの…!」

 

瑞鶴「…力になれなくてごめん」

 

青葉「いえいえ、こちらこそご迷惑をおかけしました…」

 

青葉(…既に侵蝕はもう肩まで来てる…いつ顔みたいな隠しきれない場所まで進んでもおかしくない…だから、後悔したくないから…私は自分がいいと思った事をやる…)

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

提督 火野拓海

 

火野「大阪では死者は出ずに済んだか…」

 

大淀「ええ、ですが厄介なことになりましたね…戦闘の一部始終がネットに上がったせいで艦娘システムに向く目が変わりつつあります」

 

火野「…アレは、規格外だ」

 

大淀「身をもって知っています…」

 

火野「力を持った者は世界にとって異物となる…どうするべきか」

 

大淀「開き直る他ないのではないでしょうか」

 

火野「…仕方あるまいか」

 

大淀「それと…こちらをご覧ください」

 

火野「…空軍に?特務部は何を…」

 

大淀「我々も動きを早めねばならないようです…近いうちにまた、次は九州が」

 

火野「すぐに知らせを出せ、佐世保なら何とかできるだろう…」

 

大淀「…おそらく」



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予定変更

宿毛湾泊地

駆逐艦 春雨

 

春雨「ええ、全く…むにゃ…」

 

亮「起きろ!」

 

耳元で怒鳴られ、気持ちの良い微睡が不快な頭痛へと変わる

 

春雨「何ぃ…?楚良ぁ…」

 

亮「お前…寝てんじゃねぇよ!」

 

春雨「えー…」

 

亮「検査結果は」

 

春雨「…全くの問題なし、健康そのものですよ…骨が折れたりもしてないし、みた通り防犯カメラの映像みたいに左肩抉れたりもしてない…高速修復剤使った後みたいですね、本人は覚えないそうですが」

 

亮「…そうか」

 

春雨「それと…暴走状態についてもある程度聞き取りでの調査なども行いましたが…曙さんの方はAIDAの活性化による凶暴化、つまりAIDA感染者らしい振る舞いなのに対して島風さんの暴走は…暴走というより確実に敵を倒そうとしてるだけに見えますね」

 

亮「でも意識はないんだろ」

 

春雨「ええ、残念ながら」

 

ペラペラと記録をめくる

 

春雨「単純にパワーも上がってるようですし、艤装で空中機動までやってのけた…これを制御できれば確実に戦力は跳ね上がる…」

 

亮「…そううまくいくとは…」

 

春雨「思えないけど、期待はしたい…さて、いきますかぁ…ウラジオストク」

 

亮「本当に行けるのか?」

 

春雨「まあ、問題ないはず…というか…」

 

春雨(懸念事項は無いわけではないけど…いや…待って、私達は一度ウラジオストクに行ってる、2度目は安全なのか、リスクがどれくらいあるのか…)

 

亮「おい?」

 

春雨「…ウラジオストクに行くのはやめる、嫌な予感がするから」

 

亮「じゃあどうするつもりだよ」

 

春雨「釜山、韓国を通る…必要なパーツの受け渡しさえすれば向こうで艦娘システムのアップデートを行う作業はオンラインでできる、でも…このルートだと2週間は…いや、贅沢は言えない…」

 

亮「…何か、俺にできる事はないか?」

 

春雨「さっさと昇進して、私たちの指揮をできるようになってくださいよ」

 

 

 

 

 

 

演習場

軽巡洋艦 那珂

 

那珂「よーし、基礎練はこれで終了!今日から型を作っていくよ!」

 

朧「はい!」

 

那珂「よーし、じゃあまずは組手をして今の朧ちゃんの動きを見ていこう!」

 

朧「いきなりですか…?」

 

那珂「うん、いつでもかかって来てね」

 

朧「……よし、行きます…!」

 

立ち技主体のキックボクシング…を真似た何か

 

那珂(こっそり勉強してたみたいだけど、うーん…逆にそれに引っ張られて動きを制限してるのかも…こっちからも軽くいこうかな)

 

軽いジャブだけを打って様子を見る

 

朧(どのタイミングなら…!)

 

お互いのパンチが何度か衝突する

 

那珂(…おかしい、パンチが衝突するのなんて滅多にない事だし、その上朧ちゃん…狙ってやってる?)

 

朧「でやっ!」

 

朧のハイキックを前腕で受ける

 

那珂「っー!?」

 

那珂(鋭い…!重くないのに速さ、力強さは異様にある…!)

 

受け流すように倒れ、海面を転がる

 

那珂「いいね…!那珂ちゃん熱くなっちゃうよ!」

 

体制を立て直して間合いを殺す

 

朧(速…今、動きが見えなかった…!)

 

那珂「ほら!行くよ!ほらほらぁ!」

 

体を左右に振り、打撃をかわしながら腹部へとフックを叩き込む

 

朧(加減されてるとはいえ…無理…!あ、違う!)

 

朧の膝が上がったのを見て抑え込む為に手を伸ばす

 

那珂(膝蹴りじゃない…?)

 

朧が膝を引いたせいで手が空をきり、重心のバランスが崩れる

 

那珂「ふぐっ…!」

 

側頭部を殴られ完全にバランスを失い、海面に手をつく

 

那珂「ストップ…うん、まさかこんなのくらうと思ってなかったけど…朧ちゃん、もしかして艤装をつけた想定の動きしてるでしょ」

 

朧「は、はい」

 

那珂「ふんふん、なるほどねー…じゃ、これ意味ないや」

 

立ち上がり、スカートのシワを伸ばす

 

朧「へ?意味ないって…」

 

那珂「いいよ、そのまま続けて…でも那珂ちゃんの動きはちょっと変わるからね〜」

 

那珂(もう朧ちゃんの型は出来上がってる、正直言ってそれが正しいかはわからないけど、それなら私が変に教えて型を崩すより実戦を叩き込む…)

 

那珂「だとしたら…神通姉さんかなぁ…?」

 

片手をダラリと垂らし、構えを変える

 

朧(…何を…)

 

那珂「行くよ」

 

体を大きく振りながら、右腕を鞭のようにしならせながら間合いを詰める

 

朧(そうだ、曙から聞いてる…確かこの腕の動き!)

 

朧の目が右腕に向く

 

那珂(知ってる、か…)

 

間合いの一歩外で腰を大きく落とし、脚を最大限伸ばして足払い

 

朧「え…」

 

そして体制を崩したところに足払いした足に引き寄せられるように近づき、左手で胸ぐらを掴んで前蹴り

 

朧「ぁがっ…!」

 

那珂「これくらいの勢いで行くから、覚悟してね」

 

朧(…動きが、わからない…さっきの移動、それに足払いの後の移動がまるで瞬間移動したみたいに…)

 

那珂「ほら、立たないと追い討ちするよ?」

 

朧「い、今立ちます!」

 

那珂(朧ちゃんガッツはあるし…思ってる以上にセンスもある、あとは自分の思った通りに体を動かせるようになれば一気に化けるのかなぁ…)

 

那珂「あ、先に艤装つけておいで、水上歩行用以外も解禁!ただし、弾は演習用の模擬弾頭にしてね」

 

朧「は、はい!」

 

那珂(…読めない分、実弾を使われたら本当にやられかねないからなぁ…)

 

 

 

朧「準備完了です」

 

那珂「あ、そっか…そのタイプの主砲使ってるんだ…」

 

首から紐で吊るされ、使用の際は両手での操作が必要なタイプの主砲…

 

那珂「大きすぎるかなぁ…合ってないとか思うでしょ」

 

朧「いや…そんな事は」

 

那珂「使い慣れてるかとかじゃなくて、今の闘い方に」

 

朧「…それは確かに…」

 

那珂「さっきのパンチのうち合いの時にわざと拳を衝突させて来たのは艤装で拳が保護される前提だから、そしてその後膝蹴りをしようとして途中でやめたのは魚雷発射管を掃除してないと意味がないと感じたから」

 

朧「…そうです」

 

那珂「というか、拳衝突させるなんて鍛えてないと割れるよ?」

 

朧「割れっ…」

 

那珂「あと魚雷を直接刺すのはリスキーだし、炸裂した時巻き添え食うからやめた方がいいと思うなー」

 

朧「わかりました…」

 

那珂「でも蹴りは鋭くてよかったよ、艤装付けて蹴りの特訓とかしてたでしょ」

 

朧「は、はい、やってました」

 

那珂「あの速度が出るなら艤装アリでも充分武器になるかなぁ…脚の引き方も覚えれば魚雷も扱えるかも」

 

朧「えっと…」

 

那珂「ま、習うより慣れろか…いいよ、おいで」

 

那珂(次は川内姉さんで…)

 

朧(…私は、絶対に強くなる)

 

那珂「さあおいで!」

 

 

 

 

 

 

医務室

 

神通「それで二人してそんなにボロボロに?」

 

那珂「いやー、模擬弾頭って硬いんだねー、あはは」

 

朧「那珂さん、主砲の口径なんですけど、片手で扱うことを考えるとこのくらいが限度かと…」

 

那珂「あ、多分朧ちゃんの腕力なら全然大丈夫だよ、それと水上歩行用の艤装もさー…」

 

朧「それは、大丈夫です…アテがあるので」

 

那珂「アテ?」

 

腕を強引に引っ張られ、薬液をかけられる

 

那珂「痛っ!?痛いいい!」

 

神通「お話もいいですが、まずは先に治療を…」

 

那珂「神通姉さんガサツなんだから他の人にやってもらいたいんだけど!」

 

神通「…なんですって?」

 

消毒液のよくしみた綿を力強く押し付けられる

 

那珂「痛い!もはやしみて痛いよりも握りつぶされそうで痛い!」 

 

神通「このまま骨を砕いてあげましょうか!」

 

那珂「助けて川内ねえさーん!」

 

春雨「あの、うるさいんですけど」

 

神通「あ、どうも…」

 

那珂「救世主だ!」

 

朧「…目やについてますよ」

 

春雨「まあ、サボって昼寝してたので…ふぁ…うるさいから起きちゃいましたけど」

 

神通「…それは、なんだかすいません…」

 

那珂(サボってるなら別にいいような…)

 

春雨「朧さん」

 

朧「は、はい?」

 

春雨「艦娘システムの更新の手術、受けませんか?」

 

朧「…綾波の、ですよね…」

 

春雨「ええ、皆さんまだ完全に受け入れられてないようで」

 

朧「受けます」

 

春雨「それはよかった」

 

朧「その代わり…一つ欲しいものがあって」

 

春雨「うわ、めんどくさ」

 

那珂(言うんだ…)

 

春雨「で、なんですか?」

 

朧「綾波の艤装」

 

春雨「へぇ…良いですよ、探して来てあげます、その代わり釜山までの護衛任務をあなた達に任せます」

 

朧「釜山?」

 

春雨「那珂さんと神通さんも」

 

神通「…私達も?」

 

春雨「折角ですから」

 

那珂「良いかもね、対人は叩き込んでるけど深海棲艦との戦いはまだ教えられてないし」

 

神通「…保護者役ですか」

 

春雨「貴方達なら安心してお任せできます、最重要の任務ですから♪」

 

朧「それはいつ…」

 

 

 

 

 

海上

 

那珂「まさか今から行ってこいなんて…ねぇ」

 

朧「完全に良いように扱われてますね…」

 

神通「でも高速艇を借りられたおかげで片道1時間で済みますよ」

 

朧「前回も韓国のルートを通ればよかったのに…」

 

那珂「なんかー、内陸でも空のルートは今危険らしいんだよね、物資が循環しないからどこも資源不足で」

 

朧「…成る程、じゃあこれもかなり危険なんでしょうか」

 

那珂「賭けだって言ってたねー」

 

神通「…見えました、深海棲艦…」

 

那珂「よーし、那珂ちゃんが深海棲艦との戦い方を教えちゃおう!」

 

船を降りて深海棲艦と対峙する

 

那珂「ひとーつ、ふたーつ、みっつと」

 

神通「駆逐2、軽巡1」

 

那珂「よし、手は出さなくて良いから…那珂ちゃんの動きをよくみて」

 

水面を蹴り、距離を詰める

 

朧(まさか砲撃をせず…?)

 

敵の砲撃をステップを踏むようにかわし、ゼロ距離に持ち込む

 

那珂「ドーモ、那珂=チャンデス!」

 

駆逐級をサイドから蹴り上げ、浮かび上がったところに拳打、そして肩の副砲からの砲撃

 

朧(今の、どうやって…)

 

那珂「基本は砲戦!だけど接近戦になったら開き直って格闘戦に持ち込んだ方が楽!その時は絶対海に手を潜らせる事!」

 

両手で海水を掬い、次の深海棲艦を捉える

 

那珂「格闘戦のメリットは魚雷を全く気にしなくて良い事、そして…」

 

こちらにむいた軽巡級の砲口を殴ってズラす

 

那珂「砲撃も近づけば一切できないから独壇場になる…ただし」

 

片足を後ろに引き、背後からの砲撃をかわす

かわした砲弾が軽巡級に直撃し、沈む

 

那珂「ちゃんとさっきを感じ取る事…背後から撃たれてやられてたらダメだからね」

 

近づいてきた駆逐級を踏み潰す

 

朧「…無傷で…」

 

那珂「ただし、近接戦闘は基本的に最終手段!必要な時にだけにしようね」

 

朧「は、はい!」

 

神通「…結局何故手を濡らしたのか」

 

那珂「主砲ってすぐ熱くなるからね、触ると火傷するからちゃーんと冷たい海水で濡らさないと触っちゃダメ!」

 

朧「ああ…そういう…」

 

那珂「まあ、本当に気休め程度だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

大湊警備府

駆逐艦 五月雨

 

五月雨「五月雨、着任しました!護衛任務はお任せください!」

 

徳岡「パーティー以来だな…元気にしてたか?」

 

五月雨「はい、また提督のもとで戦える日が来るなんて…夢みたいです!」

 

夕立「よーし、これで揃ったっぽい!」

 

白露「まあ、場所は違うけど…いっちばん戦果をあげよう!」

 

五月雨「……あの、すいません」

 

夕立「?」

 

白露「どしたの五月雨」

 

五月雨「なんで二人揃って男装…それも警備兵の…」

 

夕立「あ、五月雨は知らないのかしら」

 

白露「みんなだよ、みんな艦娘としてじゃなくて食堂で仕事してたり清掃してたり、とにかく今は目立たず集まる事を優先してたから」

 

五月雨「なるほど…提督、お疲れ様でした…」

 

徳岡「ああ、わかってくれるか…夕立に執務室前に立たせりゃ騒ぎは起こす、食堂では時雨が生煮えの米を出す、睦月達はサボってゲーム、白露に関しちゃ無断出撃、倉庫の燃料や弾薬の数をちょろまかすやつまでいる始末…」

 

白露「出撃したいもん!」

 

夕立「ここの艦娘は提督さんの事よく思ってないっぽい」

 

徳岡「白露は置いといて、夕立、ここの連中は元々いた上司が悪かった所為で嫌な思いしてるんだ、それくらい想像の範囲内だろ」

 

夕立「いー!だ」

 

徳岡「…本当に言うこと聞かん奴らだなぁ…」

 

五月雨「お、お疲れ様です…」

 

徳岡「…まあ、お前は正規の艦娘だ、色々上手いことやってくれ…」

 

白露(投げ出した…)

 

五月雨(丸投げされた…)



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実験α

宿毛湾博多

駆逐艦 朧

 

朧「まさか結局4時間もかかるとは思いませんでした…」

 

那珂「味方のはずなのに撃たれるし…受け渡し用のドローンが2回撃ち落とされるし…」

 

神通「結局手渡しになりましたし、大変でしたね」

 

朧「はい…でも、良い経験になりました、ありがとうございました」

 

那珂(まー、居候みたいな存在だし仕事しないとね)

 

神通(ちょうど戦闘データも取りたかったのでこちらも助かりましたが)

 

朧「…あれ?あそこにいるの…」

 

那珂「島風ちゃんと…春雨ちゃんに姉さん…って、なに?あれ」

 

朧「的当て…?演習の一環?」

 

島風の前に並んだ標的が一気に崩れ落ちる

 

神通(早い…それにあの動き…まさか)

 

那珂「暴走…!」

 

 

 

 

駆逐艦 島風

 

島風(5秒経過…まだ意識に影響はない…)

 

春雨「この運動性能…人の範疇超えてる!」

 

川内「これ…本当に大丈夫なんだよね!?」

 

二人の間をすり抜けながら攻撃を加える

一撃一撃を関節などの重要な場所に…

 

島風(見える、どこを攻撃すれば良いか…どの角度なら良いのか)

 

川内「跳んっ…!」

 

春雨「背後!」

 

島風(15秒…そろそろ、限界…!)

 

攻撃の寸前にスイッチを切る

 

川内(動きが鈍った!)

 

春雨(今!)

 

同時にカウンターを叩き込まれ、水面を無様に転がる

 

島風「いっ…たーい…」

 

川内「はぁ…はぁ……意識、あるんだ…」

 

春雨「殺されるかと…思った…!」

 

島風(…やっぱり、このスイッチを使うと私じゃない動きができる…私がしなきゃいけない動きをしてくれる…このスイッチがあれば、強くなれる…)

 

朧「島風」

 

島風「あ…朧」

 

朧「今のは…暴走してたの?」

 

島風「違うよ、私の意思でコントロールしてた…長い時間は無理だけど、少しの間なら私の意思で戦える…!」

 

朧「…でもそれって一歩間違えば…」

 

島風「あのレ級を倒すにはこれしかないんだよ」

 

朧「言いたい事はわかるけど…みんなで力を合わせれば…」

 

島風「みんながいるかわからない、もしかしたらみんなが怪我した後に合流することになるかもしれない…あのレ級は別格だよ…」

 

川内「…確かに、あの時大阪で会ったレ級は格が違う…台湾の時のレ級よりずっとヤバい、それはわかるけど…個人技でどうにかなる相手じゃない」

 

島風「どうにかして見せます!」

 

川内(…次あのレ級が出てきたら…出せる全部の手を出してどれだけ傷を負わせられるのか、神通達と一緒に戦えば勝ち目はあるのか…)

 

春雨(レ級の中にも上位個体がいる…ちゃんと理解しておかないと痛い目を見ることになりますね)

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

正規空母 瑞鶴

 

瑞鶴「こっちに攻めてきてる?」

 

度会「ああ、哨戒中の叢雲達が発見した、もうお前以外は全員防衛に向かわせている」

 

瑞鶴「うわー、すっかり寝過ごしてたから…」

 

度会「急いで向かってくれ、最悪陸上戦も想定される」

 

瑞鶴「はいはい、すぐ行きますよーっと」

 

度会「宿毛湾に救援の依頼を出したが到着は20分後だ、油断するな」

 

瑞鶴「…わかってるっての」

 

艤装を装着して即座に出撃する

 

瑞鶴(…5分で到着か、先に艦載機出して…いや、一気にやるか!)

 

矢筒から矢を引き抜き引き絞る

 

瑞鶴「見ておいで!ついでに全滅させちゃえ」

 

艦載機を半分発艦する

 

瑞鶴(さて……お、居た、龍田達…)

 

瑞鶴「おーい、龍田ー」

 

龍田「あら〜、遅かったわね?」

 

瑞鶴「ごめんごめん、寝坊しちゃって…葛城、敵の進み具合は?」

 

葛城「3分で交戦範囲に入ります!」

 

瑞鶴「よし、私達はもう少し後退して防空に努めるわ、叢雲達はいつ合流予定?」

 

陽炎「十分後です、なので私たちが交戦して大体片付いた頃に」

 

瑞鶴「OK!よーし、やるわ…よ…?」

 

葛城「…航空戦始まりました!此方劣勢です!」

 

龍田「劣勢?」

 

葛城「急いで次を…」

 

瑞鶴「待って葛城、残りは?」

 

葛城「艦戦20と艦攻15です」

 

瑞鶴「…私も似たようなものね、艦戦で防空に専念、艦攻は温存して」

 

葛城「わかりました!」

 

龍田「見えたわねー」

 

葛城「瑞鶴先輩!」

 

瑞鶴「…待って、敵の編成がわかった、戦艦級5、重巡2、軽巡4、駆逐級20」

 

葛城「合計…30?待ってください、空母は?」

 

瑞鶴「…居ない、そうか、レ級、航空戦ができる戦艦…!叢雲達を大回りして撤退させて!」

 

龍田「大丈夫、瑞鳳ちゃんがついてるわ〜」

 

瑞鶴「瑞鳳…なら……とにかく時間を稼ぐのを優先して、レ級はまともにやりあう相手じゃない、良い!?」

 

龍田「了解…って言いたいけど…もうそこまで来てるのよね〜」

 

陽炎「敵砲撃きます!」

 

瑞鶴「回避行動!」

 

葛城「敵航空機、抜けて来ました!」

 

瑞鶴「艦戦全部出して!街に一つも入れないで!」

 

葛城「全機発艦!」

 

砲撃の音が響く

 

激しく音が響き続ける

 

瑞鶴(…あれ…?)

 

何かの音がする、周囲の音が消える

 

瑞鶴「な、何が…た、龍田!?陽炎も…なんで止まって…!」

 

龍田と陽炎がダラリと腕を垂らし、虚な目で海面を見つめて静止している

 

葛城「ず、瑞鶴先輩!敵が!」

 

レ級「キヒヒッ!」

 

瑞鶴(不味い、絶対不味い!陽炎と龍田に何が…)

 

ザワザワと音が響く

嫌な音が伝わってくる

 

瑞鶴(この音、AIDA…)

 

レ級「ガッ!?」

 

レ級の左胸に龍田の槍が突き刺さる

 

瑞鶴「な、投げた…?ちょっと龍田、さっきのは…」

 

龍田「……」

 

瑞鶴「…何、その目…」

 

葛城「目が燃えて…」

 

左目に青い炎を灯した龍田がレ級にゆっくりと近づく

 

レ級「ギ…シシッ…!」

 

龍田「……」

 

瑞鶴「ちょ…ちょっと龍田!」

 

暴力

抵抗する暇を与えずの殴る蹴る

しかしレ級にはあまり効いていない…

 

瑞鶴(そもそも龍田は加虐趣味だけどこんな戦い方したことない…)

 

レ級「オマエ…!」

 

レ級が起きあがろうとした瞬間に槍を引き抜き両脚を切り落とす

 

レ級「効クカ!」

 

即座に再生し、立ち上がり尻尾を伸ばす

 

龍田「……」

 

レ級の尻尾が落ちる

 

レ級「ガァァッ!!クソッ!ナンテ事シヤガ…」

 

レ級の首が斬り落とされる

 

瑞鶴(あのレ級をいとも簡単に…暴走状態ってそんなに能力が上がるって事…?)

 

葛城「ず、瑞鶴先輩!陽炎さんが…」

 

瑞鶴「陽炎…そうだ、陽炎どこ!?」

 

葛城「敵の陣形に突っ込みました…」

 

瑞鶴「なんて事してんの!あーもう!瑞鳳!瑞鳳聞こえる!?」

 

瑞鳳『何、こっち忙しい!』

 

瑞鶴「状況は!?」

 

瑞鳳『叢雲達に襲われてる!急に暴れ出して…あーもう!秋津洲先に逃げて!庇いきれない!』

 

瑞鶴(急に暴れ出した…って暴走状態って事よね…)

 

瑞鶴「た、多分だけど深海棲艦にぶつければ安全だと…」

 

瑞鳳『そうしたいけどできない!砲雷撃の精度が跳ね上がっててまともに逃げられないの!』

 

瑞鶴「瑞鳳も救援がいるか…!」

 

瑞鶴(どうする?瑞鳳を助けに行ったとして…どうやってみんなを正気に…いや、陽炎も見捨てるわけには…)

 

葛城「瑞鶴先輩、私陽炎さんを助けに行きます!ですから瑞鶴先輩は瑞鳳さんを!」

 

瑞鶴「葛城…アンタもうロクに艦載機いない上にまともな装備ないでしょ!?」

 

葛城「副砲が一つ、やれるだけの事はやりますから…!」

 

瑞鶴「…宿毛湾の艦隊がこっちに向かってる、上手く合流しなさいよ!」

 

葛城「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

朧「神通さん、大丈夫ですか?」

 

神通「…何故私の心配を」

 

那珂「神通姉さんなんか眠そうだったから」

 

神通「目を細めてるのは遠見の為です…!」

 

朧「す、すいません…」

 

神通「しかし、人使いが荒いですね…次は佐世保の救援とは」

 

那珂「陸戦もできる子は限られてるしー、それに韓国に行ってたの知らなかったみたいだし!」

 

朧「そうですね…」

 

神通「…見えました、遠方に…深海棲艦の群れと…2人」

 

那珂「2人…?……血の味が凄いんだけど…」

 

朧「…ここまで血の匂いがしますね」

 

神通「…ええ…やや、鉄臭い…様な」

 

那珂「さっきから通信試してるけど全然応答しないよ…」

 

神通「…相当劣勢な様です」

 

神通さんが槍を持ち、腕に沿わせる

 

神通「……ここ、か…撃ちます」

 

神通さんが槍を投擲する

 

神通「よし…那珂ちゃん用意してください…30秒で最大射程に入りますよ」

 

那珂「雷撃から仕掛けるよ!」

 

神通「朧さんは私たちから決して離れない様に、足元の警戒を」

 

朧「はい!」

 

朧(いきなり海に引き摺り込まれさえしなければ…)

 

那珂「魚雷行ったよ!」

 

神通「良いルートです、速度を上げますよ」

 

那珂「神通姉さん、前に出て!」

 

神通「単縦陣を維持したまま…っ!真下に何か居た…!」

 

朧「爆雷投下します!」

 

爆雷をばら撒く

 

那珂「今の、潜水艦…じゃない?」

 

神通「わかりません、一瞬で注視する暇もなかった…」

 

朧「…那珂さん!居ます!」

 

那珂の足元から黒い触手が伸びてくる  

 

那珂「うわ!こういう路線はNGだよ!」

 

朧(いつもみたいに腕が出てくるわけじゃない…これは…)

 

神通「輸送艦です!右前方に爆雷を!」

 

朧「はい!」

 

爆雷を投げ込む

 

神通「これはオマケです!」

 

水柱に巻き上げられる様にバラバラの黒いカケラが浮いてくる

 

朧「…輸送艦もこんな事を…?」

 

神通「…一切、油断できませんね」

 

朧(そう言えば秋月は捕虜だったっけ…こうやって連れ去られて…いや、記憶喪失の説明がつかない…)

 

那珂「ようやくまともに敵が見えて来た!単縦陣を維持したまま行くよ!」

 

朧「はい!」

 

神通「…戦艦レ級2対確認、その他駆逐級が12、軽巡級1のみです」

 

那珂「っと…!流れ弾来てる!」

 

神通「心配は要りませんよ、全て防ぎます」

 

朧(安心感凄いなぁ…でも)

 

飛んできた砲弾に狙いをつけ機銃で撃ち落とす

 

朧「…炸裂させるのに3発か…戦艦級の弾…」

 

神通「…貴方にもできるんですね」

 

朧「伊達に…あそこに居ませんから」

 

那珂「総じて化け物って訳だー…っと?今度は何?」

 

朧「…あそこ!航空機…!かなり低い位置に…!」

 

神通「二式大艇…今飛び降りたのは…瑞鳳さんか…」

 

那珂「えっ」

 

 

 

 

軽空母 瑞鳳

 

瑞鳳「これで四つ!」

 

駆逐級を掴んで投げ飛ばす

 

瑞鳳「陽炎!葛城!無事!?」

 

葛城「…あ……ず、瑞鳳さ…」

 

瑞鳳(大きい怪我は火傷と裂傷、それにこの小さい銃創は機銃…しかも艦載機用の特に小さいやつ…!艦載機も残ってないのにこんなとこまで来るから…)

 

瑞鳳「瑞鶴も今こっちに向かってる…少しだけ耐えて」

 

葛城「お、お願いします…」

 

瑞鳳(陽炎は…匂いが少し遠い…いや、血の匂いが濃すぎてそう感じてるだけ…急がないと……待って、別の血の匂いが近づいて…)

 

背後から飛んできた血塗れの槍をギリギリでかわす

 

瑞鳳「龍田…!叢雲達と同じ状態って訳だ…」

 

龍田「……」

 

瑞鳳(こっちに注意を向けて…深海棲艦にぶつけないと)

 

龍田が速力を上げて葛城に近づく

 

瑞鳳「マズ…!」

 

弓を取り出し矢を引き絞る

 

葛城「た、龍田さん…?」

 

龍田の腕が葛城に伸びる

 

瑞鳳(腕一本…射抜くしかない…!)

 

放った矢を容易く受け止められる

 

瑞鳳「なっ…」

 

龍田「……?」

 

掴んだ矢を投げ捨て、龍田がこちらを見る

 

瑞鳳「予定外だけど…そう、こっちを見て…こっちに…!」

 

龍田「……」

 

龍田の狙いがこちらに変わる

 

瑞鳳(良し、このまま…!)

 

深海棲艦の陣形に斬り込む

 

レ級「キシッ!」

 

瑞鳳「台湾で見た顔…潰させてもらうよ」

 

すれ違い様にレ級の尻尾を両手で掴み、引きずる

 

レ級「離セ!」

 

瑞鳳「はい、離した」

 

レ級を前方に投げ捨てる

 

神通「ナイスパスです」

 

那珂「せーの!」

 

レ級の尻尾が斬り落とされ、頭が潰される

 

瑞鳳「うわっ…何かかかったんだけど……来てくれて助かったよ、多分」

 

神通「そうですか」

 

那珂「状況は!?」

 

瑞鳳「要救助者は多分2、深海棲艦は見た通り!」

 

軽巡級を捕まえ矢を突き刺す

 

朧「あそこにいるのは…陽炎…?」

 

瑞鳳「陽炎?…居た!」

 

レ級と砲撃戦を繰り広げている陽炎

 

瑞鳳(…待って、無傷?レ級相手に…)

 

朧「助けに行かないと!」

 

神通(あの動き…島風さんに近い…?)

 

レ級の尻尾が陽炎を弾き飛ばす

しかし陽炎は崩れた体制のままレ級へ砲撃を続ける

 

朧「ここ…!」

 

朧の砲撃がレ級の尻尾に炸裂する

 

レ級「…キヒヒッ」

 

レ級がこちらを向く

 

神通「イラつくんですよ…貴方の笑い声」

 

レ級の尻尾を神通が切り落とす

 

瑞鳳「なんで尻尾あると再生するのかとか気になるけど…」

 

レ級の両肩を射抜く

 

神通「気にする必要はないと思います」

 

レ級の首が海面を転がる

 

神通「多対一に持ち込めば…なんとかなります」

 

瑞鳳(…深海棲艦の匂いもかなり少ない…陽炎達の制圧も急がないと…)

 

陽炎「……っ…」

 

陽炎が水面に膝をつく

 

瑞鳳「陽炎!」

 

陽炎「…な、にが…」

 

瑞鳳(意識が戻った…?)

 

陽炎「…瑞鳳さん…私、どうなって…」

 

瑞鳳「よかった…陽炎は元に…」

 

瑞鳳(いや、安易に元に戻ったとは…でも、とにかく残りの殲滅と救助活動が優先だし…)

 

瑞鳳「…そうだ、瑞鶴!聞こえてる!?そっちの状況は」

 

瑞鶴『うるさいから叫ばないで…叢雲も磯風も、みんな意識が戻って正常に会話できる様になってる…今二式大艇でそっちに向かってるから』

 

瑞鳳「…了解…葛城」

 

葛城『こちら葛城、龍田さんと合流しました…正気に戻ってる様です、どうぞ』

 

瑞鳳「了解…周囲の深海棲艦を全滅させてから帰投する」

 

神通「もう一仕事ですか」

 

瑞鳳「…任せて良いの?」

 

那珂「その為に来たしー…陽炎ちゃん、立てないみたいだし?」

 

陽炎は先程から立ち上がろうとするたびに体制を崩し、倒れるを繰り返している

 

瑞鳳(バランス感覚を失ってるのか、それとも…)

 

瑞鳳「陽炎、肩貸すから…」

 

陽炎「すいません…」

 

神通「あとは任せてください」

 

瑞鳳(…調べなきゃいけない事がまた増えた……それにしても、神通の動き…何か、おかしい気がする)

 

神通「残りは少ない駆逐級です、しかし油断せず」

 

朧「はい!」



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実験β

アジト

イムヤ

 

春雨「数日ぶりですね、食事は…やっぱり食べてないですか」

 

春雨が冷蔵庫を見てため息をつく

 

イムヤ「放っておいて」

 

春雨「貴方のやってる事は自殺と何も変わらない、綾波さんに救われた命をドブに捨てる行為、そして貴方が嫌って逃げ続けていた死を自ら受け入れる行為…綾波さんに申し訳ないと思わないんですか?」

 

イムヤ「…私には何もできないの」

 

春雨「何もできないからといって、死んでどうするんですか?」

 

イムヤ「…死ぬつもりなんてない」

 

春雨「なら、食事くらいは摂らないと…」

 

イムヤ「もう何度も言ったけど、それは必要ない…私の身体なんて深海棲艦の物なんだから…きっと食べなくても…」

 

春雨「…貴方は深海棲艦ではない、人間です」

 

イムヤ「……」

 

春雨「綾波さんもそう言っておられたんでしょう?」

 

イムヤ「だから何」

 

春雨「貴方が人間でありたいと想うなら…綾波さんの事を想うなら、人として振る舞い、生き続けるべきです」

 

イムヤ「…今の私が綾波のためにできる事は何一つとしてない」

 

春雨「またそれですか、貴方は…」

 

イムヤ「放っておいて、今の私に何を言っても無駄」

 

春雨「……」

 

イムヤ「私は私がやりたい様にやる…たとえそれが自分を苦しめる道でも」

 

春雨「貴方の破滅なんて誰も望んでないんですよ」

 

イムヤ「私も破滅なんかしたくない、だから……何でもない」

 

春雨「…仕事がありますので今日はこれで、ですが貴方、顔色が悪化してますよ」

 

イムヤ「深海棲艦みたいに?」

 

春雨「……失礼します」

 

薄っすら白くなった肌を眺める

 

イムヤ「…綾波、私は…綾波に何をしてあげられたの?私は何もしてあげられなかった、足を引っ張って苦しめ続けた、迷惑をかけ続けた…だから、私は…」

 

固く、拳を握る

 

イムヤ(…絶対、これで終わりにしない、私は私にできる事をやる、綾波を犯罪者のままなんかにしない…!)

 

 

 

 

 

 

 

太平洋 深海棲艦基地

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「ぶぇっくしょんっ!…あ"ー…うわさでもされてるんでしょうか」

 

レ級「さあ」

 

駆逐棲姫「…レ級さん、それは?」

 

レ級「本」

 

一冊読み終わったのか、レ級が右側に本を積む

 

駆逐棲姫「そうではなく、なぜその様なものを…」

 

レ級「昨日、日本に行ってきた、そして人間に買ってもらった」

 

駆逐棲姫(人間に買ってもらった…ああ、特務部の連中か…私に内緒で手懐けようとは…)

 

駆逐棲姫「わかってると思いますけど、アイツらのいう事を何でも聞かないでくださいね」

 

レ級「お前の指示も聞かない」

 

また本を積む

レ級の尻尾が大口を開き本を吐き出す

 

レ級「…思想か、興味深いな」

 

駆逐棲姫「…なんだ、漫画とか読んでるのかと思いましたけど、えらく小難しいの読んでるんですねぇ…というか、貴方読者が趣味なんですか?」

 

レ級「…わからない、趣味と言えるのかもわからない、今本を読んでるのは私が空っぽだから」

 

駆逐棲姫「空っぽ?」

 

レ級「言ってなかったが私も記憶はない、私の中には何もない、だからこうして知識を取り入れている……わかるか?」

 

駆逐棲姫「まあ、わからなくもないですが…思い出したいとか、そういう気持ちは…」

 

レ級「気持ち?不要だと思うけど」

 

駆逐棲姫「不要?」

 

レ級「私達はただの人工知能だ、一度壊された体を無理矢理再構築された存在、頭の中まで作られたいわば人工知能というべき存在、それが感情を持つ方がおかしい」

 

駆逐棲姫「…理解に苦しみますねぇ、生きてるんだから楽しめば良いのに…感情があると有意義ですよ」

 

レ級「一理ある、感情の存在しない戦略は存在しない、相手の恐怖や油断、感情を使った戦略は戦いをスマートにする」

 

駆逐棲姫(あ、ダメだ、この人会話成立しない…戦闘馬鹿って奴ですね)

 

レ級「…あの島風とか言う奴には、もう負けない」

 

駆逐棲姫「どうでしょうね」

 

レ級「感情は不要だと言ったが、私の中には感情が存在する…その感情がもう既にどう戦うべきかを私に教えてくれた」

 

駆逐棲姫「どうやって戦うのですか?」

 

レ級「罠に嵌める、その場の対応力はずば抜けていたが長期的な戦術に弱い、要するにその瞬間瞬間で有利になる選択のみをする、そのせいでその選択が裏目に出た時…アイツはどうしようもないまま死ぬしかなくなる」

 

駆逐棲姫「その方法は?」

 

レ級「罠に嵌めると言った、それまでだ」

 

駆逐棲姫「…まあ、いいですけど…そうだ、今日の分の捕虜を流してくれませんか?」

 

レ級「…断る」

 

駆逐棲姫「遊んでも良いですから」

 

レ級「お前みたいな趣味はない」

 

駆逐棲姫「じゃなくて、向こうの基地を潰しても良いって言ってるんですよ」

 

レ級「へぇ…それは面白いかもしれない」

 

駆逐棲姫「もうこれで捕虜を流すのは最後です、反抗的なのはこれで最後ですから」

 

レ級「…それで、全員飼い慣らしてどうする?」

 

駆逐棲姫「どうにも?まあ、今はですけど」

 

レ級「今は?」

 

駆逐棲姫「これからどうするかは今の所決めてませんから」

 

レ級「これから…?」

 

レ級(…これから、か…私は今を…いや、これから…)

 

駆逐棲姫「…おや、これは?」

 

レ級の本を一冊拾い上げる

薄っぺらい紙を何枚か糸で繋ぎ止めた様な本とも呼べない代物…

そしてそのタイトルは

 

駆逐棲姫「…黄昏の碑文」

 

本のタイトルに反応した様にレ級が本を奪う

 

レ級「私のものに、勝手に触れるな」

 

駆逐棲姫「おや、随分と…貴方恋人を束縛するタイプですよ、私と同じですねぇ」

 

レ級「一緒にするな」

 

駆逐棲姫「しかし…そんな薄っぺらいのの何が良いのか」

 

レ級「…これは私の物です、それ以上でも以下でもない」

 

駆逐棲姫「はいはい、ちゃんと仕事してくれるなら何にも言いませんよ」

 

レ級「お前の指示に従う理由はない、だけど強い奴に会えるかもしれない点は評価しよう」

 

駆逐棲姫「おお、じゃあ?」

 

レ級「行く」

 

駆逐棲姫「いやー、助かりますねぇ…お願いしますよ、不死身の戦艦さん」

 

レ級「…あのとき死んでなかったことについて気になってるなら単純な事、あの炎は純粋な炎じゃない、だから支配権を奪った」

 

駆逐棲姫(支配権…?純粋な炎じゃないってどういう…)

 

レ級「後は私の周囲の炎を私の物にして身体を再構築した、単純だ」

 

駆逐棲姫(…言ってる意味がわからない…この人しか知らない事?これは知識の問題な気がしてきたな…)

 

駆逐棲姫「すいません、わからないので伺いたいですけど」

 

レ級「仕事に行く」

 

レ級が本を艤装に飲みこませ、立ち上がる

 

レ級「生存本能は持ち合わせている、ここで全て喋れば利用価値がなくなりお前に消される恐れもある」

 

駆逐棲姫(成る程、死にたくはないと…)

 

駆逐棲姫「残念ですが、わかりましたよ」

 

レ級(…本体のナノマシンを支配するのは…流石に難しいか…でもあのナノマシンを使えば私は不死身…)

 

 

 

 

 

 

 

大湊警備府

駆逐艦 不知火

 

不知火「哨戒任務に必要な為、艤装持ち出しの許可を申請致します」

 

艤装を受け取り、工廠の担当に敬礼してから工廠を出る

 

不知火(…工廠の担当の方、やはり変わっていますね…)

 

暁「不知火さん、準備できた?」

 

不知火「はい、行きましょう」

 

響「……」

 

暁「響、不知火さんの事まだ許せない?」

 

響「当たり前だ、誰のせいで雷が…!」

 

不知火「…申し訳ありません」

 

響「もう、そんな言葉聞き飽きた…!」

 

暁「響…」

 

響「暁も暁だよ!なんでコイツと…」

 

暁「わざとじゃないんだもの、私達は命懸けの戦いをしてる、何が理由で誰が命を落としても仕方ない…わかるでしょう?」

 

響「…納得できるわけが…」

 

暁「先に断っておくわ、不知火さん、打算的な物言いになるけど許してちょうだい」

 

不知火「大丈夫です、貴方のことは理解しているつもりですから」

 

暁「ありがとう…響、よく聞いて」

 

響「……」

 

暁「不知火さんは私達よりずっと強いの、言い方悪いのはわかってるけど…響、貴方は自分の為に不知火さんを利用すれば良い」

 

不知火(…理解してるとは言ったものの、なかなかキツイ事を本人の前で言いますね)

 

暁「不知火さんと一緒にいる事できっと響にも良い事はたくさんあるわ、ずっと喧嘩してるよりも仲直りした方が絶対いいから」

 

響「……」

 

響さんが暁さんの話に頷き、こちらに手を差し出す

 

不知火(…流石は長女…か……陽炎はどうしているのでしょうか)

 

響「ん」

 

不知火「ああ、すいません…」

 

催促に従い手を差し出し、握手する

 

不知火「…ええと……っ!?ぃ…は、離して!」

 

関節がゴリゴリと音を立てる

 

響「とりあえず……この位で許すよ」

 

手が解放される

 

不知火(…あの小さい手でも握手で関節を…というか手が痺れて…)

 

暁「不知火さん大丈夫…?」

 

不知火「ええ…問題ありません」

 

響「涙目になってるよ、大人しく痛かったと認めたらどうだい」

 

不知火「…ええ、痛かったですよ…」

 

暁「響、私の話聞いてた?」

 

響「聞いてたから、これで今は許すさ…とりあえず今日は」

 

不知火(…まさか毎日これを?砲撃の精度に不安が…)

 

響「…ふん」

 

不知火「…時間です、出撃しましょう」

 

 

 

 

 

不知火「…敵影は一つもありませんね」

 

暁「最近は殆ど深海棲艦を見かけないけど…どうしてなのかしら」

 

響「…あんまり情報が入ってこないし、仕方ないさ」

 

2人の前に立ち、手で制止する

 

不知火「…人影、人型の何かを発見しました」

 

前方に小さな人影

 

不知火「…ゆっくりと進みます、敵だと判断したら撃ちます」

 

響「…他所の艦娘なんて会った事ないけど」

 

暁「そうね…」

 

不知火「……速力第一戦速を維持…」

 

段々とはっきりと見えてくる

先ほどは遠すぎて見えなかったが、足元には横たわった何か…そして立っている方は大きな白い帽子にピンクの髪、そして服装は白露型の…

 

不知火「艦娘?共通回線を繋ぎます……」

 

通信機にノイズがはしる

 

春雨『あーあー…どうも』

 

不知火(喋る前に察知された…)

 

不知火「此処は大湊警備府の担当する海域です、貴方の所属と階級を」

 

春雨『初めまして、宿毛湾泊地所属の医官の春雨です、艦娘ですので階級は持ってませんねぇ』

 

不知火「…宿毛湾?」

 

暁「宿毛湾…本当に宿毛湾なの!?」

 

春雨『おや、そちらの方は…暁型の方とお見受けします、接近してもよろしいですか?』

 

不知火「その前に目的を」

 

春雨『暁型の暁さん、響さん、雷さんに用がありまして』

 

響「雷…」

 

不知火「…何故正式な手順を踏んで司令官に会われていないのか、その理由をお答えいただければ」

 

春雨『あー…手順は踏んでも良いんですけど…説明がめんどくさいなぁ…とにかく、表に出せない極秘な理由があるんですよ』

 

不知火「…武装を解除してください」

 

春雨『はいはい』

 

春雨が主砲をこちらに投げ捨てる

 

春雨『そっちで拾って近づいてきてください』

 

不知火「了解」

 

近づきながら春雨の主砲を拾い上げる

 

不知火(重い…!何でこれをあんなに軽々と扱えた…?)

 

春雨(さて、違和感を感じられるかな)

 

暁「大丈夫?私が持ってあげるから貸して?」

 

不知火「いえ…重すぎて暁さんには…」

 

暁「何言ってるのよ…それより大きい主砲をいつも扱ってるのよ?」

 

不知火「…あ、れ…そうだ…すいません」

 

暁さんに手渡す

 

暁「重っ!?…なんで、まるで鉄の塊…いや本当にそうなんだけど…重い…!」

 

不知火「…どうなって…」

 

暁「あり得ないわ…!なんで私の主砲より小さいのに重いの…?それに、何で重さが…」

 

春雨「まあ、及第点か…運搬どうも、返して貰えます?」

 

不知火「…ええ、暁さん」

 

春雨「どうも〜」

 

暁さんから受け取った主砲を軽々と持ち上げて見せる

 

不知火「鍛えてるとか…そういう理由じゃなさそうですね」

 

春雨「お互い様ですよ、艦娘としての種類が違うんですから…」

 

暁「…それより、後ろに倒れてる人は?」

 

春雨「あー、ダメですよ近づいたら」

 

不知火「…?」

 

チラリと横目で眺める限り怪我はない

半身だけが海から出ていて、虚ろな目…相当衰弱している

 

不知火「救助しないと…」

 

春雨「…まさか貴方たち何も知らないんですか?」

 

暁「何を?」

 

春雨「コレ、ブービートラップ」

 

浮かんでいた人が膨らんだかと思うと爆発し、赤い飛沫が飛び散る

 

暁「…ぁ……ああ…」

 

響「今…何が…」

 

不知火「…爆発、した…?」

 

春雨「…うわ、帽子真っ赤だ…傘持ってくればよかったかな…」

 

不知火「何でそんな呑気な…」

 

春雨「運が良いわけでもないなら助ける手段なんてないんですよ、他所では巻き込まれて犠牲者も出てますから」

 

暁「嫌…こんなの……」

 

不知火「だからって…」

 

春雨「貴方達、早く逃げるならするべきですよ…多分血の匂いに釣られてやってきますから」

 

不知火「やって来るって…サメですか」

 

春雨「残念、深海棲艦です」

 

春雨の背後から飛び出してきたイ級が真っ二つに裂ける

 

不知火「…貴方、その手の…」

 

春雨「ああ、籠手に仕込みの刃を少々…唯の手袋に見えるでしょう?」

 

不知火(コイツ、完全に武装を解除したわけじゃなかったのか…)

 

春雨「んー…真っ二つにしたやつはダメだな…人型のやつに来て欲しいんだけど」

 

春雨が海を覗き込むような動作をしながらケラケラと笑う

 

不知火「暁さん、早く立って…」

 

暁「ね、ねぇ…あれは、何…?」

 

春雨「…おや」

 

レ級「……」

 

不知火「…アレは…」

 

春雨「戦艦レ級…さて、上位か下位か…」

 

目深にフードを被ったレ級がニィッと笑い、目を光らせる

 

春雨「おっと…これは…」

 

レ級の手に青い炎が灯る

 

レ級「良かったな、上位の方だ」

 

レ級が放った炎が目の前で炸裂する

 

春雨「なっ…!これは…」

 

春雨(あの曙の炎…!コレは相手しちゃいけない奴ですね…)

 

不知火(炎を操る深海棲艦…そんなのが…)

 

レ級「知ってるのか、この炎を」

 

炎を掻き消し、レ級が春雨に向かって殴りかかる

 

春雨(速い…!)

 

春雨の剣とレ級の拳が金属のぶつかるような音を立てる

 

春雨「…肉体も…硬いと…!」

 

レ級「戦艦だ、当然硬い」

 

ギチギチと音を立て、鍔迫り合いのような硬直が続く

 

春雨(…効かないのは承知で、やるか…!)

 

キィィィィッと何かが反響するような音が鳴る

 

不知火(この音は…?)

 

レ級(…コイツの腕に何か…何か、マズイ気がする!)

 

レ級が後方に飛び退く

 

春雨「もう遅い!さあ、実験を始めましょうか…データドレイン!」

 

暁「データドレイン…?」

 

当たりが激しい光に包まれる

 

春雨「……正常に、発動したようですね…」

 

レ級「…コレは、お前は…何を…」

 

光が落ち着き、視界を取り戻す

 

不知火「何が起きて…」

 

春雨「…それは…」

 

レ級が何かを投げ捨てる

 

レ級「お前が斬ったイ級だ…だが、ふむ…何をした?アイツはおそらく二度と再生できない」

 

春雨(イ級を盾にされた…!せめてレ級の動きを鈍らせるくらいはできると思ったのに…)

 

不知火(もう再生しない…?あの光と何の関係が…いや、そうか…データドレイン…だが、可能なのか…?)

 

春雨「もう1発行きましょうか、次は何を盾にしますか?」

 

レ級「やめておくんだな、あの零距離で発動した事、そして発動までのタイムラグ…それに狙いも正確じゃなさそうだ」

 

春雨(…成る程、ブラフは通用しなさそうですね)

 

レ級「…っ…」

 

レ級が右手を庇うようなそぶりを見せる

 

レ級(少しあたったか…痛みはないが、痺れる…)

 

春雨「おや、おやおやおや?効いてるみたいですねぇ…」

 

レ級「その様だ、だがお前と戦う事はあまり楽しくなさそうだ」

 

春雨「つれないことを言いますねぇ…」

 

レ級「お前は絡め手が得意なんだろう、例えば…こんな風な」

 

レ級が片足を上げ、海を踏みつける

周囲で複数の水柱が上がる

 

春雨(…魚雷がバレてる…特製の酸素魚雷なのに)

 

レ級「実を言うと私も絡め手は得意なものでな」

 

レ級の尻尾の顔が空を向いて大口を開ける

 

不知火「艦載機っ!」

 

春雨「……!」

 

レ級「そう、艦載機…」

 

レ級の尻尾に深海棲艦の艦載機が入る

 

レ級「を、しまうところだ」

 

春雨(いつ出した…?いや、あの人間を爆破する為にずっと出してたのか)

 

レ級「ただ、化かし合いはあまり慣れない…今日のところは失礼する」

 

春雨「…タダで返すと?」

 

レ級「…どうする、やるか?」

 

春雨(…あの庇う素振りもブラフかもしれない…今の目的は暁さん達だ)

 

春雨「やめておきます」

 

レ級「また会おう」

 

 

 

 

 

大湊警備府

駆逐艦 春雨

 

春雨「…そうですか、雷さんは…」

 

響「……」

 

不知火「私のせいです」

 

春雨「誰も責任の所在をはっきりさせようとしてないんですよ、黙ってて貰えます?」

 

不知火「……」

 

春雨(弱りましたね、倉持司令官にはそのまま伝えるとして…暁さん達だけでも連れ帰るか…)

 

暁「…貴方、宿毛湾って…」

 

春雨「ええ」

 

暁「…みんなは、元気?」

 

春雨「…どうでしょう、何とも言えませんね」

 

暁「……」

 

春雨(…精神が弱ってるな…しかしあの人間爆弾は各所でやられた筈…死者もかなり出たのに知らせられてないのか?)

 

春雨「…私はこれで、後でまた来ます」



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融和

大湊警備府 執務室

駆逐艦 春雨

 

春雨「はい、ドーン、はい」

 

執務室の扉を蹴り開ける

 

徳岡「…随分と荒っぽいノックだこと」

 

夕立「来るとは聞いてないっぽい」

 

白露「前に居た涼風達は?」

 

春雨「邪魔だったので締めました、意識は失ってますが命に別状はありませんよ?」

 

夕立と白露が拳銃を取り出し向ける

 

春雨「馬鹿ですねぇ、私の機嫌次第でせっかく揃ったあなたたちをどうとでもできることをもう忘れましたか?」

 

夕立「死んじゃえばそんなこと関係ないんじゃないかしら」

 

白露「そもそも、妹に手を出されて黙ってるほど優しくないよ」

 

春雨「あーあ、私も妹なんじゃないんですか?白露姉さん」

 

白露「この前会ったのが初対面」

 

春雨「はいはい、離島での苦しみはお互い知ってるんですからもう少し仲良くしましょうよ?」

 

徳岡「それより、何の用だ」

 

春雨「貴方がその役職について、もし慢心が見えるなら殺そうかと」

 

夕立「…!」

 

白露「私達の前でそれが言えるんだ」

 

春雨「言えますよ?それに…貴方達のシステムは簡単に掌握できる」

 

白露「やってみなよ…」

 

徳岡「やめろ、喧嘩したって何も始まらない…で、何の話だ、俺が慢心って…」

 

春雨「人間爆弾、ご存知ないですか」

 

徳岡「…報告書は見た」

 

春雨「それだけ?」

 

徳岡「注意書きも張り出した、直接言うにも行動をアンタらに制限されてるんだ、そもそも此処の連中は頭がすげ替えられたのも知らない、いきなり言うこと聞くと思うか?」

 

春雨「…じゃあ、不知火さん達が知らないのは不注意か…成る程、しかし此処は被害がなかったと?」

 

徳岡「そもそもそんなもん来てねぇよ、報告もなかったし…ん?五月雨、何で入り口に突っ立ってるんだ」

 

慌てて振り向く

 

春雨「…おや、おやおやおや…五月雨さんじゃ無いですか」

 

春雨(気配がまるでなかった…後ろから撃たれてたら死んでたな…)

 

五月雨「私が…その、私、発見して…」

 

春雨(成る程)

 

徳岡「五月雨、まさかお前…その…」

 

五月雨「はい、私が1人で哨戒に出た時発見し、本人の口から爆弾の事実を聞き、トドメを刺しました」

 

白露「殺したってこと…?」

 

五月雨「……とても苦しんでいました、助からないのなら少しでも早く死にたいと言われて…」

 

徳岡「…そうか」

 

春雨「成る程、しかしそれを報告しないのはいただけませんね」

 

五月雨「…ごめんなさい、でも提督に非はありません…」

 

春雨「その様で…今後も同様の手口を使われるかもしれません、お気をつけを」

 

徳岡「…ああ…」

 

春雨「場所によっては自分が助かりたいからと爆弾の事を隠し、医務室に運ばれたところで爆死した方も居られたそうです」

 

夕立「……おぇ…」

 

白露「耳塞いでなよ」

 

徳岡「わかったから…アンタの本題は何なんだ」

 

春雨「駆逐艦暁、響の宿毛湾泊地への転属、それから駆逐艦不知火も頂いていきたいと思っています」

 

徳岡「…本格的に動いていいのか?」

 

春雨「今回の件でなくとも人材が不足している基地は多い、現在の所属艦娘は散り散りにして、皆さんでお好きに…ストーリーは…そうですね、他所の基地に艦娘が移ったせいで自分の悪事がばれそうになった高官殿が代理を立てて逃げ出した…と言う事で」

 

徳岡「もとの話とだいぶ違うぞ」

 

徳岡の座る椅子を指さす

 

春雨「そこが空席になれば良いんです、後釜なんて好きにできるくらいの力はありますから」

 

徳岡「…ヘルバ様様だな…」

 

春雨「そういう事で」

 

徳岡「…とりあえずこっちは了解した」

 

春雨「それと、白露型と睦月型の皆さんにはこの資料をよく読み、理解して納得したら署名と烙印をしてもらってください」

 

書類を渡す

 

徳岡「これは」

 

春雨「私が使ってるのと同じ…AIDA感染をしないで済む艤装を使うにあたって…そのリスク等も受け入れていただく必要が有りますから」

 

白露が一つ取り、ペラペラとめくる

 

春雨「おや、速読ができるんですか?」

 

白露「そんなわけ無いじゃん…ああ、あった…提督、ペン借りるよ」

 

白露が躊躇いなくサインする

 

徳岡「お、おい!」

 

白露「拇印でいい?」

 

春雨「構いませんが」

 

白露が親指の肉を噛み切り、血を垂らす

 

春雨(書類に血を垂らさないで欲しいなぁ…)

 

白露「できたよ」

 

春雨「…何にも読んでないんですよね?今なら取り消して良いですよ」

 

白露「取り消さないよ、だって1番じゃなくなるじゃん」

 

春雨「…くだらない理由ですね」

 

白露「そうでも無いよ、妹達が背負うリスクを1番に試せる…それに1番最初は私、理由は十分すぎるほどある」

 

春雨(危険なら自分だけで済ませるつもりか…)

 

春雨「くだらない、と言ったのは訂正します…では貴方も私に同行してください、すぐに手術を受けさせてあげますから」

 

白露「OK!」

 

 

 

 

 

 

佐世保単純

提督 度会一詞

 

度会「怪我人は葛城だけか…」

 

瑞鶴「…他のみんなは筋肉痛とかで動けないけど、重傷者はいない…でも、暴走の時の記憶もハッキリしてるからみんなショックを受けてて…」

 

度会「…立て直しは難しいな…時間がかかる」

 

瑞鶴「非番の子も何も手につかないみたいだし…」

 

度会「宿毛湾から人を出してもらってくれ、最低限の哨戒だけはしなくてはならない」

 

瑞鶴「…了解」

 

度会(…精神面はやはりまだ幼い少女達だ、このまま無理をさせるより…しかし、悠長な事をしていればまた攻めてくるかもしれない…)

 

度会「弱ったな、秋雲のことを調べる暇もない…」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 朧

 

朧「お疲れ様でした…」

 

神通「随分疲れてますね」

 

那珂「あのくらいで疲れてたら持たないよ?」

 

朧「…いや…他所でも曙や島風みたいに暴走する様な危険があるって考えると…私もそうなるんじゃ無いかなって…」

 

神通「空母の暴走はまだ一件も起きてないのが気になりますね、艦載機運用の都合上の様な理由があるのかもしれませんが」

 

朧「…それは、誰かが操作してるって事ですか?」

 

那珂「多分そうなるよね〜…だってあのタイミングの暴走って本土への上陸を防ぐみたいな感じだったじゃん、那珂ちゃん達が到着したら急に暴走治ったみたいだし?」

 

朧「…確かに」

 

那珂「だからねー、一応そこまで警戒しなくても良いのかなとは思うんだけど…」

 

神通「ほんの少ししか見る事はできませんでしたが…あの陽炎さんの動きは朧さん、貴方よりも上でしたよ」

 

朧「…はい」

 

那珂「神通姉さんはすぐそういう事言う…どっちが上だ下だじゃなくてさぁ…」

 

神通「今の朧さんでは暴走した人を止める力はないと言っているんです、そんな状態で艦娘システムのサポートから外れて綾波さんの艤装を使うつもりですか」

 

那珂「そんな事別に良いじゃん…朧ちゃんだってすごく成長して…」

 

朧「綾波の艤装は…私は綾波の艤装は今の艤装より凄いと思ってます」

 

神通「それは何故ですか?」

 

朧「…まだ、使ったことも見たことも無い、だけど…綾波が残された時間を使って完成させてくれた…それだけで信じられます」

 

神通「…期待外れかもしれませんよ」

 

朧「そんなことないです、絶対に…それに、暴走を止める為に暴走のリスクがある艤装を使ってたらミイラ取りがミイラになるかもしれないし…」

 

那珂「うんうん、那珂ちゃんはねー、朧ちゃんのそう言うところ応援したいなー」

 

神通「…成る程、では朧さんの活躍に私も期待しています」

 

朧「はい…!」

 

 

 

 

 

 

演習場

重雷装巡洋艦 北上

 

北上「…はー…」

 

阿武隈「次、西に3メートル」

 

北上「ちょい待ち…あのさ、これ意味あんの?」

 

阿武隈「自分から砲撃を教えてくれって言ったんですよ、責任持ってやってください」

 

北上「…じゃあなんで一発も撃たないのさ…」

 

阿武隈「撃たなくても当たる感覚が掴めないと意味無いんです…下に3ミリズレてます」

 

北上(…絶対意味ないし、そもそもなんで自分で構えてないのにわかるんだか)

 

阿武隈「余計なこと考えてたら永遠に終わりませんよ?」

 

北上「あー…あのさ、何回も聞いて悪いけど本当にこれ意味あんの?」

 

阿武隈「あるからやってるんです、手首垂れてますよ…えーと…」

 

阿武隈に手首を掴まれ固定される

 

阿武隈「このまま撃ってください」

 

北上「いや、アンタ的見てないじゃん…」

 

阿武隈「いいから」

 

北上「……」

 

撃った砲弾が的の中心を捉える

 

北上「別にちゃんと狙えばさぁ…」

 

阿武隈「言い訳しない、そんなんじゃいつまで経っても強くなれませんから!」

 

北上(…ウザ…)

 

北上「もう結構な期間やってると思うけどさ、何が成長するのこれ」

 

阿武隈「当てたいと思ったところに必ず当てられるようになる、そして敵や味方の射線の管理を…ちゃんと聞いてください」

 

北上「聞いてるっての…つーかあの…これでもう1人のキタカミに勝てんの?」

 

阿武隈「え?…そんなに早くは無理、だってあたし達よりずっと長い間同じ事してるもん」

 

北上「……アホらし」

 

阿武隈「アホらしいって…それでやめたら絶対勝てないけど…」

 

北上「……初めて会った時から無理だと思ってたし、別に良いや」

 

魚雷のスクリューだけを壊されたり、見えた瞬間航行不能にされたり…さんざ煮湯を飲まされた…もう面倒も良いとこだ

 

北上「どーせ誰かがやってくれるでしょ、ほら、アンタとかさ」

 

阿武隈「…そりゃあ、私はキタカミさんに勝つつもりだけど…思い出したけど薄らとだけだし、手の内も全然わからないから…うーん…」

 

北上「アンタも勝てないと」

 

阿武隈「…多分あたしじゃ無理…でも弱音なんか吐いたら絶対に勝てなくなる」

 

北上「…良いじゃん、諦めりゃ…楽だよ?」

 

阿武隈「…諦めたら、楽かもしれないけど…誰も私を見てくれなくなるから」

 

北上「は?」

 

阿武隈「どんな道でも後悔はする…だけど、やり遂げようとしてした後悔はあたしが頑張った証…どんなに悔しくても、辛くても、誰かに話せる、共有できる痛み」

 

北上「…諦めたら誰にも話せないって?」

 

阿武隈「だって、そんなこと言っても…挫折したことなんて、誰かに言いたくないし」

 

北上「……」

 

何故だろう

苛立ちが加速する

 

北上「じゃあアンタにとって進むのをやめたやつはみんな恥ずかしいやつなんだ」

 

阿武隈「それは…違うけど」

 

北上「何が違うのさ、アンタにとって途中で諦めたやつはみんなクズだって事でしょ?」

 

阿武隈「そんな事言ってない!あたしは…あ」

 

阿武隈が何かを言いかけ、やめる

 

北上(…後ろに誰か…?)

 

北上「…大井」

 

いつの間に背後に…

 

大井「北上さん、見苦しいですよ」

 

北上「…あ?」

 

大井「自分が諦めたからって他人にまで諦めろというのは、見苦しいですよ」

 

北上「…黙れよ」

 

大井「あなたを邪険に扱うつもりはありません、ですが何にでも超えてはいけないラインがあります…感情の浮き沈みが激しいことも理解はしましたし、私は受け入れましょう」

 

北上「受け入れる?何を今更…」

 

大井「貴方は否定されるのが怖い」

 

北上「…怖い?あたしが?」

 

大井「私達の所為なんですよ、私達があの時貴方を受け入れられなかった、その所為である事はちゃんとわかってます」

 

北上「さっきから何言って…」

 

大井「貴方がキタカミさん…深海側についたキタカミさんを殺したいのは不安だから、もし戻ってきたら自分の居場所が無くなるんじゃないか、そう思ってるからですよね?」

 

北上「……今でも居場所なんか…」

 

大井「私を、貴方の姉妹として受け入れてください」

 

北上「…姉妹として…」

 

大井「北上さん、私は貴方の居場所になります、貴方が不安に襲われているなら守ります、だからもう誰かに八つ当たりなんかしなくて良い」

 

北上(…こんなのじゃ、ない…あたしが求めてるのは…)

 

大井「私達であのキタカミさんを…」

 

阿武隈「すいません、大井さん」

 

大井「…なんですか」

 

阿武隈「…姉妹と一緒だったことがないあたしが割って入るのはよくないと思うんですけど…姉妹ってそういうものなんですか?」

 

大井「どういう意味ですか」

 

阿武隈「そんな何かの為に何かを犠牲にするようなのが姉妹なのかなって…」

 

大井「私は何も犠牲にしてなんか…」

 

阿武隈「北上さんと姉妹になる為にキタカミさんを犠牲に…あー、ややこしい…!とにかく、キタカミさんを倒す事で姉妹になれるって考えてるなら違うと思うんです!」

 

大井「何が違うのよ」

 

阿武隈「…私にとって離島時代のキタカミさんは姉のような存在だったんだと思います、思い出そうとすると温かい気持ちになるから、みんなの話を聞けばみんながそう言ってたから」

 

北上(…あたしとは、違う…)

 

阿武隈「だから、大井さんもキタカミさんの事は好きだったと思うんです、それは今も」

 

大井「…あのキタカミさんは私を撃った」

 

阿武隈「そんな事言ったら綾波ちゃんなんてたくさんの人を傷つけた、今ここにいない曙さんもそうです、でも仲間として受け入れられてる」

 

大井「……」

 

阿武隈「それと、北上さん」

 

北上「…何」

 

阿武隈「球磨型の北上が2人いても…あたし的には全然おかしくないと思います、だって曙ちゃんも2人居たし」

 

北上「…それは…」

 

阿武隈「姉妹を独り占めしたかったのかもしれないし、不安だったのかもしれない、結局あたしにはわからないけど…ほら、2人いても双子みたいな感じで楽しそうじゃないですか!」

 

大井「……」

 

北上(…結局、それってどうなんだろ)

 

阿武隈「それに…あたしは姉妹が居なくても寂しくなんかない、沢山仲間がいるから」

 

北上「仲間、か…」

 

阿武隈「北上さんもそうです、みんな仲間だって思ってくれてる…後は北上さんが受け入れるだけ」

 

北上「…あたしが?」

 

阿武隈「大井さん程には大事に思えないかもしれないけど、大切な存在だって思って欲しい」

 

北上「…別に大井のことなんか」

 

阿武隈「大事な存在じゃなきゃ命懸けで庇ったりしませんよ」

 

大井「……」

 

阿武隈「大井さんは、どうなんですか?」

 

大井「……助けてくれた事は絶対に忘れたりなんかしてない、感謝もしてるし…」

 

阿武隈「そうじゃなくて」

 

大井「…大事な存在、だと思うわ」

 

阿武隈「なら、それが2人だけの姉妹の形です」

 

北上「あたしらだけの?」

 

阿武隈「きっと頭で考えるような事じゃないと思いますけど…私はそうだって思って」

 

大井「…なるほどね、そうかも」

 

北上「うええ…納得してるし…」

 

大井「北上さんは?嫌?」

 

北上「……まあ、今は…それで良い」

 

阿武隈「よし、解決!……したところで、なんでこの話に?」

 

北上「諦める諦めないの話」

 

阿武隈「ああ、そうだった…キタカミさんを比較的簡単に越える手段、一つだけありますよ」

 

北上「は?じゃああの話何?」

 

阿武隈「砲戦では、絶対に勝てません…だから、砲戦じゃなくて雷撃戦を重視する」

 

大井「…確かに、キタカミさんの砲撃は一撃必殺の精度だから雷撃はあまり使わない…」

 

阿武隈「と言っても、あの射線管理の技術や元々の雷撃スキルがあるので……どのみち斃すのは到底無理…」

 

大井「まあ…でしょうね」

 

北上「いや、わかった…良いよ、そういう事なら」

 

阿武隈「…伝わってよかった」

 

北上「確かに一人だとキツイだろうけどさ」

 

大井「…成る程、私達なら…斃せるでしょうね…」

 

阿武隈「よーし、じゃあ今から雷撃の基礎から学んでいきましょうか!」



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実験γ

研究所

駆逐艦 春雨

 

春雨「んー……疲れました、まさか予定外に手術を受ける人間が増えるなんて…ねぇ、天龍さん」

 

天龍「申し訳ありません、無理を言って」

 

春雨「いえ、ですが良いんですか?戦艦の艤装の手術まだできませんでしたから…また日向の艤装としばらく離れ離れですよ」

 

天龍「…佐世保の方達が暴走したとなると恐らく警らの人手が足りません、そうなると宿毛湾に人出を求められる…この手術を受けてる人間が行くのが適切でしょうから…」

 

春雨「待ってください、しばらくは安静にしていただかないと困ります、術後は不調が少し続くと書面にありましたよね?」

 

天龍「大丈夫です、調子はいいので」

 

春雨「おそらく、数時間のうちに発熱もありますよ」

 

天龍「問題ありません、もともと体温が高いので」

 

春雨「貴方…何故そこまで急いでるんですか」

 

天龍「…さあ、何故でしょうか…さて、私は行きます、ありがとうございました」

 

天龍が部屋を出る

 

春雨「……全く、言うことを聞かない人ばかりで嫌になりますね、はい…おや?」

 

敷波「来たよ」

 

春雨「これはどうも、わざわざ来ていただいて…」

 

敷波「はい、これ」

 

敷波が艤装を置く

 

春雨「貴方が持ってるとは思いませんでした」

 

敷波「当たり前じゃん、アタシの脚は綾姉ぇのなんだから、艤装もそのまま…」

 

春雨「じゃあ貴方が使う分は?」

 

敷波「…用意してない?」

 

春雨「嘘ですよ、向こうにあるのでサイズを選んでどうぞ」

 

敷波「よし」

 

春雨「…しかし、綾波さんも不思議な方ですね…あれだけ怨まれていたのに、今ではこんなに死を悼まれるとは」

 

敷波「綾姉ぇは…ほんとは優しかったんだ…でも、なにより本当の綾姉ぇだけを見続けてくれた司令官やみんなのおかげだよ」

 

春雨「そうだ、貴方は狙撃の腕が良いとか?」

 

敷波「まあ…悪い事してた時にね、でも逆に狙撃で殺された」

 

春雨「奥に銃もあります、1つならどうぞ」

 

敷波「いや、もう組んだやつあるから」

 

春雨「それは…特務部での仕事も?」

 

敷波「多分そうなる、でも撃つのは深海棲艦だから」

 

春雨「なら良かった」

 

敷波「じゃ、朧に渡しといて」

 

春雨「ええ、それでは…ん?」

 

机の上の携帯のバイブレーションが響く

拾い上げ、画面を見る

 

春雨(ビトか、一体何を…っ!…これは…)

 

メールに添付された記事にはかつて利用したウラジオストクの港が衛星写真で写されていた

しかし、その港はその写真でもはっきりとわかるほどに無惨に破壊し尽くされていた

 

春雨(…ウラジオストクを使った事がバレていた…そして、この徹底的な破壊…私たちが艤装を輸送した事もバレている…なにより、直前に私の独断で行き先に釜山に変更していなければ…)

 

奥歯を軋ませる

 

春雨「…内通者がいるかもしれない」

 

 

 

 

 

 

太平洋 深海棲艦基地

レ級

 

レ級「…コレは?」

 

駆逐棲姫「佐世保侵攻に失敗した子達ですねぇ、ああ、ほら、この子達なんて貴方と同じ戦艦レ級」

 

レ級「……」

 

ボロボロの肉塊を摘み上げる

 

レ級「死んでるのか?」

 

駆逐棲姫「まあ今は死んでますけど、そのうち目覚めるでしょう」

 

レ級(……)

 

レ級「一つもらっていく」

 

駆逐棲姫「もらうって…何に使うんですか?」

 

レ級「実験だ、見にくるか?」

 

駆逐棲姫「…いや、なんか貴方に誘われると行く気失せるんですけど…」

 

レ級(だと思った)

 

 

 

 

 

レ級「私の右手の痺れは未だ取れない…だが、これを…」

 

右手に意識を集中させる

 

レ級「……そうだ、やられた事をそのままやれるよう…」

 

右手の先の痺れがどんどん登ってくる

右手首のあたりまで来たところで痺れが溶けるように消えた

 

レ級(失敗したか…?いや…)

 

レ級の死骸に右手首を押し当てる

 

レ級「…物は、試しだ」

 

死体が大きく跳ねる

 

レ級「……痺れの感覚は…ない…コレに対する耐性はできたのか?」

 

レ級(耐性を作るために実験していたと言うのに…)

 

右手を死体から離す

 

レ級「…これは」

 

死体から右手へと光の糸のような何かが伸びる

まるで死体から何かを吸収するような感覚

 

レ級「……暁、響…誰だ?…そしてこの憎悪の感情…コレは、記憶…私には必要ない」

 

繋がりを振り払う

 

レ級「…ほう、この感覚は…」

 

右手に何かがまとわりつく感覚…

かつて望んだ物が、今この手に宿ったと言う確信…

 

レ級「…コレがなんなのかは、わからない…なのに、満たされたような…」

 

再び死骸に手を押し当てる

 

レ級「今度はどうだ」

 

死体から何かを吸収した感覚

 

レ級「…所詮ゴミはゴミか」  

 

レ級(しかし…これは…)

 

確かな感覚…見えない何かがそこにある

 

レ級「……私にもうあの攻撃は効かない…?…他にも試すべき事がある…早速行くか…?」

 

死骸を眺める

 

レ級「…これは」

 

 

 

 

アジト 

イムヤ

 

パソコンを起動し、データの一覧から綾波の作り出したデータだけを呼び出す

 

イムヤ(…どれがそうなのか位…わかれば良いんだけど…いや、確か綾波はメールでヘルバに送ったって言ってた…なら、もしかしたら…)

 

メーラーを起動し、その中から目的のメールを探す

 

イムヤ(…流石に削除してるかな……待って、コレ…)

 

イムヤ「…司令官への……そうか、私が司令官に伝える必要も無いんだ…」

 

その一つ下のメールに目が止まる

 

イムヤ「…これ、そうだ…有った…!」

 

パソコンに機器を取り付け、データを転送する

 

イムヤ「……私は、私に出来る事をやる、やれる限りの事をやってみせる…!」

 

転送が終わった機器を掴み、最低限の身支度を済ませる

 

佐藤「どこに行くつもりですか?」

 

イムヤ「黒のビト…!」

 

佐藤「…貴方の指名手配は未だ解かれていません、外に出ても捕まるのがオチです」

 

イムヤ「そんな事関係ない!私は綾波や司令官のためにやれる事をやる!こんな所で腐ってて良いわけがない!」

 

佐藤「そう言われましても」

 

イムヤ「退かないと怪我するよ…!」

 

佐藤「それは困りますね、私も仕事がありますし、痛いのはごめんですから」

 

佐藤が私を通り過ぎ、棚のボストンバッグを下ろす

 

佐藤「コレ、持っていってください」

 

イムヤ「……何それ」

 

佐藤「見た通りバッグですよ」

 

イムヤ「…じゃなくて」

 

地面にバッグを下ろし、ジッパーを開く

 

佐藤「あなたたちの逃走開始からもう3週間以上、警戒が手薄な場所も幾らかはあるでしょう、この中に着替えやカツラ、化粧道具とか…あと携帯端末と多少の金銭も入っています」

 

イムヤ「…なんでそんな物…」

 

佐藤「貴方を止めるほどの力は私にはありません、ですが貴方に死なれては困りますから…ああ、このバッグは防水ですけどちゃんと閉めないと水が入ります、水圧も10メートルまでは特に問題ないとは…」

 

イムヤ「…じゃあ、海を使える…」

 

佐藤「幸運を」

 

イムヤ(…どこに行けば良いのかも、どうしたら良いのかも判らないけど…今は私に出来る事を探さないといけない、私が戦う場所を見つけなきゃいけない…)

 

イムヤ「ありがとう、佐藤さん」

 

佐藤「それと…コレは小耳に挟んだ程度ですが、特務部のオフィスが破壊された事で思考のジャックが今はできないとか」

 

イムヤ「……泊地に戻るのも考えておきます」

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 

駆逐艦 朧

 

朧「…38.5分…」

 

曙「本当に発熱した…か、手術、一気に受けなくて良かったわね」

 

朧「…まあ、ね…提督には」

 

潮「伝えておくからゆっくり休んでね」

 

漣「何かあったら携帯で連絡するのですぞー」

 

朧「うん、ありがとう…」

 

朧(…頭、ぼーっとするな…そういえば最近は七駆で過ごす時間も短くなってたっけ…最後に遊びに行ったのいつだろ…)

 

微睡の中に意識が落ちる

 

朧(…何かの、匂い…)

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

軽巡洋艦 天龍

 

天龍「宿毛湾泊地より派遣されました、天龍です」

 

曙「同じく、曙、漣、潮、以上4名」

 

度会「協力感謝する、と言っても最低限の哨戒さえしてくれれば構わない、それ以外の時間は好きに過ごしてくれ」

 

天龍「かしこまりました」

 

度会「それでは此方もやる事があるので失礼する」

 

 

 

 

天龍「…ふう」

 

曙「大丈夫?アンタ顔色悪いわよ」

 

天龍「…そうでしょうか」

 

天龍(発熱は思ってたより辛いですね、ですがこの程度なら任務に支障はありません)

 

漣「佐世保といえば佐世保バーガー食べたいですなぁ」

 

潮「博多ラーメンも行きたいねー」

 

曙「自由時間貰ったって言っても観光に来たわけじゃないの、そこは理解しなさいよ」

 

天龍「そうですね、あまり気を緩めないように」

 

漣「ちぇっ、ぼのたんは変に生真面目だしぃ」

 

潮「天龍さんは根っからの真面目だもんね…」

 

天龍「……あまり良くないでしょうか」

 

漣「良くないというか…」

 

潮「他所の天龍さんの適応者はみんな荒っぽいって聞きましたよ」

 

天龍「…まあ、私も見た事はあります、軽巡洋艦の艤装なのに自信過剰な方もおられて少々心配になりましたが…」

 

漣(天龍さんが慎重すぎるだけなような…)

 

天龍「軽巡洋艦は駆逐艦よりは耐久がありますが…しかし格上相手の戦いだと特に沈む時は一瞬です、自信を持つ事は大切ですが過剰な自信は慢心を、そして慢心は死を引き寄せます」

 

曙「日向の時は結構前出るのに?」

 

天龍「戦艦の耐久力があります、皆さんの盾とならずしてどうしろと…」

 

曙「駆逐艦が前に出るのが定石でしょ、戦艦は射程が長いんだから後ろにいても何にも問題ないわ」

 

天龍「…そうかもしれませんが…手の届く範囲で誰かを失う事はしたくありません」

 

潮「…そんな事があったんですか?」

 

天龍「……私が前の世界で日向として戦っていた時に…何度もありました」

 

漣「おう…」

 

天龍「後悔するのなら…やるべきだと考えたんです、でも皆さんすぐに私より強くなっていきますから…そんな必要もなくて」

 

曙「まあ、天龍の考えをどうこういうつもりはないけど…それでアンタは…」

 

龍田「あら〜、天龍ちゃんじゃない」

 

天龍「…どうも」

 

龍田「やだー、そんな他人行儀な挨拶しないでよ、姉妹艦なんだから」

 

天龍「…まあ、そうですけれど、私は誰に対しても態度を変えるつもりはありませんので…」

 

龍田「…そう?なら仕方ないわねー」

 

曙「…暴走したって聞いたけど?」

 

龍田「そうなの、だから検査を受けてー…今は全然大丈夫よ〜」

 

曙「…ま、大人しくしてれば良いんじゃない、今は」

 

漣「うぉっと、時間です!」

 

天龍「行きましょうか、哨戒任務」

 

龍田「…いってらっしゃ〜い」

 

 

 

 

 

海上

 

天龍「…なんで着いてきてるんですか」

 

龍田「あ、大丈夫、許可は取ったから〜」

 

天龍「そういう話ではなく…」

 

曙(…寂しかったって事かしら)

 

漣「そう言えば他の方は見かけなかったけども」

 

龍田「秋雲ちゃんのお見舞いに行ってるわー」

 

曙「秋雲…?なんかあったの?」

 

龍田「意識不明なの」

 

天龍「意識不明…」

 

龍田「あ、出撃は関係ないの、ゲームしてて急になったらしくて…」

 

曙「…ゲームで意識不明…つまり未帰還者か」

 

曙(朧に後で教えておこうかな…確か仲が良かったはずだし)

 

天龍「…心ばかりですが、お見舞い申し上げます」

 

龍田「そんなにかしこまらなくて大丈夫よ〜、きっとすぐ目を覚ますし…あら?」

 

龍田の視線を追う

フードを目深に被ったレ級が視界に入る

 

天龍「…アレは、戦艦レ級…」

 

曙「…マジで?」

 

レ級がゆっくりと此方に向かってくる

 

天龍「砲戦用意!」

 

レ級「待て、此方に攻撃の意思はない」

 

曙「んなもん信じるわけないでしょうが!」

 

レ級「…これを」

 

レ級が何かを投げる

べしゃりと音を立てて目の前に落ちる

髪が真っ白に染まっているものの、肌は人と同じ肌の色…

 

天龍「…人間…?」

 

曙「っ!また爆弾仕込んで…!」

 

レ級「安心しろ、そんな事はしていない」

 

天龍「…信用できるわけがありません、漣さん、直ぐに春雨さんに連絡を」

 

漣「了解!」

 

レ級「…そこまで疑われると腹立たしいな」

 

天龍「私たちからすれば…貴方たちのしたことの方が余程腹立たしいです…!」

 

刀を抜き、構える

 

レ級「……」

 

レ級が右手を此方へと向ける

 

レ級「その人間、おそらくそのままでは死ぬだろうな…衰弱しきっている」

 

曙「…それで」

 

レ級「早く連れて帰ってやると良い」

 

潮「…そうしたくても、できない…!」

 

天龍(このまま見殺しにはしたくない、春雨さんの到着を待つ他ないのに…)

 

レ級「そいつは数刻前までレ級だった奴だ、つい先日ここで交戦しただろう?」

 

龍田「…あのレ級のうちの一体…」

 

レ級「私はもう帰る…つもりだったが」

 

レ級の周囲を炎が包む

 

天龍「あの炎は…!」

 

曙「もう使いこなしてるって訳ね…」

 

レ級「ここだ」

 

天龍(背後から声…)

 

振り向き様に斬り払う

金属にぶつかった感触で止まる

 

レ級「…良い、そういう事か…」

 

天龍(腕で受け止めた…?でもあの感触は確実に鉄の…!)

 

レ級「…お前だ」

 

レ級が龍田を見る

 

龍田「あら、私に御用かしら?」

 

レ級「お前から一番…感じる」

 

レ級の掌底が龍田を捉える

 

龍田「え…」

 

レ級「捉えた」

 

曙「いい気になってんじゃ…!」

 

レ級「邪魔はさせない」

 

レ級と龍田が炎の球に包まれる

 

天龍「炎…!私が斬り込みます!」

 

炎を斬り払い、中に入る

 

天龍「…これは…」

 

中に居たのは倒れた龍田一人だけ…

 

天龍「周囲警戒!レ級が消えました!」

 

炎がかき消える

 

曙「…本当にどこに」

 

漣「い、居た!あそこ!」

 

レ級が水面からゆっくりと浮上する

 

レ級「…目隠しとして、あの炎は便利だ」

 

曙「…チッ…!」

 

レ級「良いデータになった、コレで私は帰る」

 

レ級が水中に消える

 

天龍「複縦陣!周囲を警戒しながら龍田さんを連れて帰ります!」

 

曙「…元レ級って奴は」

 

天龍「それは…」

 

潮「…ねぇ、まってよ…この子、雷ちゃんだよ」

 

曙「…雷…?」

 

天龍「…間違い無いんですか」

 

漣「…ホントだ、顔が見えなかったし髪の色が違うから判らなかったけど…」

 

天龍「……二手に分かれます、曙さん達は泊地に雷さんを連れて帰ってください」

 

曙「アンタは」

 

天龍「一人で龍田さんを連れていきます、泊地には春雨さんもいるはずです」

 

曙「……襲われたらどうすんの」

 

天龍「どうにかします、皆さんも自分の命を優先してください」

 

曙「…了解」

 

潮「春雨さんとは海上で合流できるように連絡とったよ!急ごう!」

 

天龍(…さて、此方も急がないと…)



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異端分子

佐世保鎮守府

軽巡洋艦 天龍

 

天龍「任務を果たせず申し訳ありません」

 

度会「いや…しかし早急に防衛体制を整える必要があるな…」

 

天龍「それにつきましては応援を要請してありますので」

 

度会「…助かる、それと龍田についてだが…」

 

天龍「許可は取ったと本人が…」

 

度会「出した覚えはないんだがな…まあ、いい…すまない、今は休んでくれ」

 

天龍「では、失礼します」

 

 

 

天龍(…深海棲艦の行動は読めない、こちらの行動が無駄になる事も少なくない…今回だって取り越し苦労になりかねない…)

 

龍田「あら〜、天龍ちゃんじゃない」

 

天龍「…龍田さん、もうお身体は良いんですか?」

 

龍田「大丈夫よ〜…それより、お話、しない?」

 

天龍(話…少し休みたかったのに…)

 

天龍「…まあ、手短になら構いませんが」

 

龍田「大丈夫、直ぐ終わるから〜」

 

 

 

 

天龍「…ここは」

 

龍田「倉庫、と言っても誰も使ってない所だけど〜、ほら、静かでしょ?」

 

天龍「誰かに聞かれたく無い話でしたか」

 

龍田「うーん…ちょっと違うかなぁ…」

 

龍田が槍を壁に立てかける

それに倣い、刀を床に置く

 

龍田「天龍ちゃんは…私の事どう思ってる?」

 

天龍(…なんと答えたものか、龍田さんにも精神面での疲弊もきっとあるはず、余計に気負わせるような言動は良く無い…しかし本音を言えば苦手な部分もある…)

 

龍田「何を考えることがあるのかしら…素直に言えば良いのよ、嫌いなら嫌いって…」

 

天龍「…嫌いと言うほどでは…」

 

龍田「ああ、そうなのね〜…やっぱりそう、わかってたけど、すごく悲しい…」

 

天龍(…待って、何かおかしい…)

 

竜田が近寄ってくる

 

龍田「天龍ちゃんは私が好きじゃ無い…」

 

足元の刀に視線を落とすものの顎を持ち上げられ無理やり視線を龍田に向けられる

 

龍田「なんで?」

 

天龍「…私は天龍であると同時に日向です、私は日向として生まれた、日向であることに強い執着がある…」

 

龍田「でも今は天龍ちゃんじゃない、なんでなの?私は天龍ちゃんの妹なのよ〜?」

 

龍田の手が顔を撫でる

そして、龍田の指が左目へと伸びる

 

天龍「離してください」

 

龍田の手をはたき、避けるように遠ざかる

 

龍田「…やっぱりね、私天龍ちゃんにその目が有るのは不思議なの…なんで眼帯をしてないの?」

 

天龍「つける理由がないだけです、規定の制服を着用してない方もいますし」

 

龍田「…そう、じゃあ理由があれば眼帯をしてくれるのね?」

 

龍田がいつの間にか私の刀を手に取り、スラリと音を立てて抜く

投げ捨てられた鞘が廃材にぶつかって大きな音が響く

 

天龍「…貴方、何を考えて…」

 

龍田「眼帯をするならその目は見えなくて良いわね〜」

 

目だけを狙った突きを此方に向けて放ってくる

 

天龍(正気じゃ無い!やはりあのレ級に何か…)

 

後方に下がりながら攻撃を避ける

 

龍田「どうして逃げるの?ほら、痛いのは直ぐ終わるから…逃げないでよ、ねぇ」

 

天龍(…この倉庫と建物の距離的に誰かが気づいてくれるのは…望み薄か、それにこの突き、油断すれば死にかねない…)

 

龍田「ねぇ、今誰のこと考えてるの?」

 

天龍「…私が今考えてるのは、どうすれば貴方からその刀を取り上げられるのか…それだけです」

 

天龍(どうする、今は目に固執してるけど…)

 

龍田「あんまり動くと上手くいかないわね…ちょっと痛い思いをしてもらうわよ〜」

 

天龍(…廃材を拾って武器に…いや、それは無理か…拾う間に斬りかかられたら対処のしようがない…そうなれば…)

 

壁に立てかけられた龍田の槍をチラリと見る

 

龍田「ねぇ、どうしてその目は私の方を向いてないの?」

 

天龍「貴方が私の妹でありたいと願うのでしたら…まず姉に刃を向ける事は間違いです」

 

龍田「間違い…?私は、間違ってなんかない…!」

 

天龍(これは…ッ!)

 

先程までとは違う太刀筋

身を退かねば致命傷になり得る軌道…

 

天龍(…説得が通じる相手じゃない…いや、分かりきっていた事…ここまで来た以上、向こうも引き下がりはしないか)

 

龍田「ようやくわかった…貴方は偽物なのね…天龍ちゃんじゃない…でも、心を入れ替えて天龍ちゃんのマネをしてるなら本当の天龍ちゃんに会えるまでは可愛がってあげる…!」

 

天龍「お断りします、私は人形じゃない…」

 

天龍(しかし、このままでは追い詰められて殺される…脇を抜けるにも隙がない…となれば、正面から行くしかない…刀を振りかぶった瞬間に腕を獲る…!)

 

龍田「あら?やる気なの?本当に?」

 

龍田がコツコツと挑発するように足音を鳴らしながら近づいてくる

 

天龍(…間合いまで後4歩…3歩…踏み込んだ!?)

 

龍田が床を蹴り、刀を突き出す

 

天龍(不味い!反応が…)

 

脇腹に焼けるような痛みが走る

 

天龍「ああ…っ…!」

 

龍田「ねぇ、私を見てよ、天龍ちゃん」

 

血と肉を擦るような音を鳴らしながら刀が抜かれる

 

天龍「う……ああ…!」

 

膝をつき、そして両手を突く

熱いものが流れ落ちる感覚、そして急激な眩暈

 

龍田「なんでまだ私を見てくれないの?」

 

龍田に手を蹴られ、地面を転がる

 

龍田「私を見て、ほら…天龍ちゃん」

 

天龍(…地面に横たわったのは…不味い…立ち上がろうとしたらどうなるのか…)

 

龍田が刀に滴る血を指で拭い、口に含む

 

龍田「…天龍ちゃんってこんな味なのねぇ…」

 

ニタリと笑顔を向けられる

 

天龍「…本当に刺す人が…ありますか…」

 

傷口に片手を当て、強く握りしめる

 

龍田「お説教?良いわよ〜、お姉ちゃんっぽくて」

 

天龍(…痛みのない勝利は存在しない…)

 

空いた片手で刃を掴む

 

龍田「あら?手が斬れてるわよ〜?」

 

天龍(…刃の腹をしっかり握れ…力を込めろ…大丈夫)

 

天龍「ふっ!」

 

刀の切先を床に突き刺す

 

龍田「あら、そんな事して何になるの?時間稼ぎにも…」

 

天龍「本命はこっちです!」

 

手に溜まった血を龍田の顔目掛けて放つ

 

龍田「あら…やだ、目が…」

 

天龍(今!)

 

立ち上がり、龍田の槍まで走る

 

龍田「…何を…あら?…させない」

 

背後から走ってくる足音、そして空気を切る音…

 

天龍(稼げた時間はあまりにも僅か…でも…)

 

槍を掴み、振り向きざまに振るう

槍の柄と刃がぶつかり、振動が全身に伝わる

 

天龍「…重い…」

 

龍田「それでも軽いのよ〜?」

 

龍田の斬撃を槍で防ぐ

 

天龍(使い慣れない…だけど、無いよりは断然マシ…)

 

龍田「随分抵抗するのね…悲しいわ」

 

天龍(…頭がぼうっとする…出血も多過ぎる…早く勝負を決めないと…)

 

天龍「…ここらで終わるつもりはありませんか…私は今回の事を報告するつもりは…」

 

龍田「無いわよ〜?」

 

龍田の刀が左目の直ぐ前を通り過ぎる

 

天龍(っ……動きが鈍ったからまた左目を…いや、これは好都合か…)

 

天龍「…片目くらい…」

 

龍田「あら?」

 

天龍「…貴方に一つだけ言っておかないといけない事があります、人に刃物は向けてはいけません…誰にも習いませんでしたか」

 

龍田「だーれも、そんな事言わなかったわよ?」

 

天龍「…なら、私が教えましょう」

 

龍田が踏み込み、左目へと突きを放つ

 

天龍(…今)

 

槍を振るい、石突で龍田の肩を突く

 

龍田「っ…痛い、じゃない……あら?」

 

刀が床に落ちる

 

天龍「ふっ」

 

肩と手首を石突で突き、柄で脚を払う

 

龍田「あら…なんで、手が動かな…」

 

天龍「痺れてるんですよ…それだけです……」

 

刀を拾い上げ、壁に寄り掛かる

 

左目に手を当てる

 

天龍(…血…左目は間に合わなかったかな…)

 

倉庫の扉が音を立てて開く

 

春雨「居ました!」

 

曙「な…ここで何が…」

 

天龍「…良かった…来てくれて…」

 

槍と刀を手放し、壁に背中を擦りながら地面に腰を下ろす

 

曙「天龍、その怪我…!」

 

天龍「龍田さんを…拘束してください……暴走時とは違いますが、異常です」

 

龍田「異常…?私が?そんな訳…」

 

春雨「いや、その前に試すべき事が…」

 

春雨が機器を取り出し、龍田に向ける

 

春雨「さて、データドレイン、行きますか」

 

曙「…データドレイン?」

 

激しい光が辺りを包む

 

天龍「…っ…何が…」

 

春雨「…正常に作動した…龍田さん、わかりますよね?」

 

龍田「…何が…い、嫌…私、何を…」

 

天龍(…あの機会は、暴走を抑えるための物…?)

 

春雨「問題なさそうですね、天龍さん、手当てします…傷口を」

 

天龍「それより、今何を…」

 

春雨「黙りなさい、大人しく傷口を出してください」

 

曙「何怒ってんのよ…」

 

春雨「…そこまで汚れてない、出血はかなり多いですが間に合うか…命は助かりますよ、よかったですね」

 

天龍「ありがとうございます…」

 

春雨「私の忠告を聞いて安静にしておけばこうはならなかった物を…」

 

曙「安静って…天龍どこか悪いの?」

 

春雨「艤装の適応手術後は、発熱や倦怠感など風邪症状に似た症状に苦しむんです、天龍さん、如何ですかドクターストップを無視した感想は」

 

天龍「…誰も死ななくて良かった」

 

春雨「話通じない馬鹿は嫌いですよ私」

 

荒々しく傷口を塞がれる

 

春雨「左目は…眼球にも若干傷が…失明とまではいかないですが視力に多少影響が出そうですね」

 

天龍「…そうですか」

 

春雨「まあ、大きな傷が残りますが」

 

天龍「わかってます…すいません、少し意識が…」

 

春雨「…無理に体を動かし過ぎましたね、近隣の病院にあとの面倒を見てもらいましょうか、寝てて良いですよ」

 

天龍「…すみません、あの…何故ここが?」

 

春雨「私は自分の持ち物には発信機仕込むんですよ、発熱もしてるし今頃死んでるんじゃないかと思いましてね」

 

天龍「…私の艤装に?」

 

春雨「そうですよ…あと、医官の言う事は死んでも聞いてください」

 

曙「それより、春雨…よく龍田の暴走抑えられたわね」

 

春雨「…まあ、対処法は確立しましたから」

 

春雨(結局はナノマシンの暴走…そのナノマシンの機能の根幹であるAIDAさえ吸い出して仕舞えば良い…弱ってる相手にならこのデータドレインが使える…良い実験結果だった)

 

龍田「…天龍…ちゃ…」

 

春雨「貴方も大人しくしてください、AIDA暴走の影響で混乱してるでしょう」

 

龍田「…ごめん、なさい」

 

天龍「…次は、有りませんよ…龍田」

 

 

 

 

 

 

海上

駆逐艦 朝潮

 

金剛「うーん…本当にまた深海棲艦来るんデスかー?」

 

朝潮「わかりませんが、私達だけでも防衛の任務を果たさないと…荒潮、大潮、山雲、周囲に敵影は?」

 

荒潮「ないけど〜」

 

大潮「全くもって!見えません!」

 

山雲「…いいえ、居ますよ〜?」

 

朝潮「敵の数は」

 

山雲「6体…あら、7体ですね〜…戦艦級1、軽巡級が3、駆逐級が2、少し離れたところに重巡級が1…レ級は居ませんよ〜」

 

金剛「…偵察機を出しマース!」

 

朝潮「陣形は」

 

山雲「単縦陣…と、そこから東に離れたところに重巡級…」

 

金剛「見つけましター!全砲門…fire!!」

 

山雲「魚雷を用意してー…」

 

朝潮「仕留めていきましょう!」

 

山雲「そうね〜…なるべくなら当てていきたいわね〜…」

 

魚雷を全て流す

 

金剛「軽巡級2撃沈デース!」

 

山雲「砲撃来てますよ〜、回避行動開始〜」

 

朝潮「駆逐級全滅を確認しました!」

 

金剛「装填よし!狙って…アレ?」

 

朝潮「どうしました!?」

 

金剛「…おかしいデース、同士討ちしてマース」

 

山雲「同士討ち?」

 

金剛「離れた所にいる重巡洋艦が戦艦を沈めました…いま軽巡級も…」

 

朝潮「…そんな事、有り得るんですか?」

 

金剛「……わかりまセーン…おかしいデス、こんな事今まで…」

 

山雲「重巡級は?」

 

金剛「…射程外に逃げていきました…まるで深海棲艦を倒すのが目的だったみたいデース…」

 

朝潮「…報告するにとどめましょう、一度佐世保鎮守府に戻ります」

 

山雲「はーい」



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交錯

宿毛湾泊地

駆逐艦 朧

 

満潮「あ、起きた」

 

如月「朧さん、お粥食べられますか?」

 

朧「…ありがとう…二人とも、いつのまに帰ってたの…?」

 

如月「昨日帰ったばかりです、大変でした…災害派遣」

 

満潮「でも、普段何もしてない私たちが活躍できる場があるって思うと…少し嬉しかったわ」

 

朧「…そっか」

 

満潮と如月がテキパキと身の回りを整えてくれる

 

満潮「あ、アレルギーとかある?卵粥にしちゃったけど…」

 

朧「ない、それにおじや好きだし、嬉しいな…」

 

如月「お口に合うと良いんですけど…」

 

満潮「味の好みまではわからなかったから…」

 

朧「ありがとう…」

 

満潮「ところで…気になったから聞きたいんだけど…」

 

朧「なに?」

 

如月「その…背中についてる機械は…」

 

朧「え、艤装の接続パーツ……あ、見たの!?」

 

満潮「ごめん、体拭くときに…」

 

朧「拭いたの!?いや、寝起きなのにサッパリしてると思ったけど!」

 

如月「ごめんなさい、ダメだったかしら…」

 

朧「いや…なんて言うか…恥ずかしいでしょ…」

 

満潮「…ああ、確かに…」

 

如月「そう言えばそうかも…」

 

朧(この二人派遣期間中に何があったの…?)

 

満潮「いや、怪我してる人とか自分でお風呂入れない人も沢山いたし…」

 

如月「その…ごめんなさいね…」

 

朧「いや、助かったけど…うん、ありがとう…」

 

満潮「とりあえず冷めちゃう前に食べて」

 

如月「一人で食べられる?食べさせてあげましょうか?」

 

朧「いや、食べられるからそこまで至れり尽くせりは…」

 

満潮「無理しちゃダメよ」

 

朧「いや、無理とかしてないし…」

 

腕の乗ったトレーを受け取り、中身を口に運ぶ

 

満潮「そういえばなんでアンタが風邪なんか…」

 

朧「いや、艤装の接続パーツ見たでしょ、アレの手術の副反応ってやつらしいけど…」

 

満潮「そうなの?でも他に受けたって人はそんな事なかったけど」

 

朧「他に…?誰が受けたの?」

 

満潮「他所の子だけど、白露って子」

 

如月「手術を受けにわざわざ来てたみたいね」

 

朧「1人だけ?」

 

如月「あとは…天龍さん?」

 

朧「天龍さんも…?」

 

朧(…発熱があるかはわからないけど、まさか熱のある状態で出撃したんじゃ…)

 

満潮「佐世保に行った連中といえば、さっき応援の要請があったのよね…朝潮姉さん達も出たみたいだし…」

 

朧「朝潮達も…そんなに人手が必要なの?」

 

満潮「レ級と交戦したらしいわ」

 

朧「レ級…でも、曙も居るなら…」

 

如月「詳細はわからないけど…あんまり良い状況じゃないのは確かみたい…」

 

朧「…そっか、じゃあ応援にはみんなが?」

 

如月「島風ちゃんと川内型の人たちは控えてるみたい…」

 

満潮「というか、この前司令官がぼやいてたけど島風と曙だけ燃料の消費がとんでもないらしいわよ、だから両方出撃させるのは厳しいんじゃない?」

 

朧(まあ、2人とも燃料を使って特殊な行動をしてるわけだしね…)

 

如月「それでもすごく強いから…居た方がきっと良いと思う…」

 

満潮「そりゃそうだけど…って、病人の前でする話じゃないか」

 

朧(こんな時にアタシはなんで寝てるんだろ…)

 

如月「私達はこれでー」

 

満潮「養生しなさいよ」

 

朧「うん、ありがとう」

 

2人を見送る

 

朧(…あれ、パソコンがつきっぱなしになってる…起動した覚えなんてないのに…いつの間にThe・Worldを起動して……あれ…)

 

 

 

 

医務室

軽巡洋艦 夕張

 

夕張「うーん…こっちでも戻ったら戻ったで仕事が山積み、か…」

 

目の前のベッドに横たわる白髪の女の子を眺める

 

夕張「命の危険はありませんじゃないって…なんでこんな状態で置き去りにするのかなぁ…しかも…」

 

身体のあらゆる部分にある異様な痕跡

そこから肌の色が変わっている、まるでつぎはぎのような…

 

夕張(…たしかキタカミさんの身体にも同じような痕が見られたんだったか…あっちは首の上と下で分かれてるみたいな…)

 

夕張「何しろ、これじゃあね…点滴もちゃんと届いてるのか、それに…」

 

もし、今ここで暴れられたら…レ級相当の実力として対応できるのは川内型3人と島風ちゃん

だけどそんなに素早く対応はできない…私の命は間違いなく…

 

夕張「あー、やだやだ…考えるのはやめにしますか……えーと…カップ麺コレクションは…げ…何にも残ってない、留守中に食べられた…いや、横須賀に戻るときに全部民間人に渡したんだっけ…買いに行くしかないかぁ…」

 

神通「お供しますよ」

 

夕張「うわっ!?」

 

背後から急に現れた神通に驚き飛び退く

 

神通「大きな声を出さないでください、姉さんに勘づかれます」

 

夕張「いや、待ってよ…一緒に買いに行くのは良いんだけど…天下の川内型の長女様を敵に回したくないって言うか…」

 

神通「大丈夫です、夕張さんに迷惑はかけませんから」

 

夕張「…嘘だー…バレたら私から誘われたことにしようとしてるな…?」

 

神通「いいえ、そんな事はありません、私の目を見てください」

 

夕張「何、魅了とかするの?」

 

神通「できませんよ…」

 

夕張「というか…カップ麺なんて持って帰ったら即バレすると思うけど?」

 

神通「ですので…此方を」

 

チラシを見せてくる

 

夕張「…バーガー…キング…?」 

 

神通「如何ですか」

 

夕張「乗った!もう3週間もジャンクフードは食べてないし…それに…ハンバーガー!」

 

神通「少々遠出になりますので外出許可を貰っていきましょうか」

 

夕張「うんうん、今からならイケるはず!さーて、提督を探しに行きましょ!」

 

 

 

 

 

執務室

 

夕張「失礼しまーす」

 

海斗「あ、夕張に神通さん」

 

神通「…なんですか、この惨状は…」

 

床にひっくり返った書類、そして踏み壊されたボールペンからインクが飛び散りまくり

あるはずのない子供用のおもちゃ類まで散らかっている始末…

 

その中の一つを取り上げる

 

夕張「…なんでまたこんなおもちゃを」

 

女児用のおもちゃ、それが男性の仕事場にある…

と言うのは違和感が強い

 

海斗「いや、僕じゃなくてね…」

 

ソファの方に視線を誘導される

 

夕張「…あ…」

 

神通「…確か、暁さんと…」

 

海斗「響だよ、2人とも今朝にこっちに来て…」

 

毛布に包まり、寄り添って眠っている2人が視界に入る

 

夕張「今朝から?」

 

海斗「まあ、ご覧の有り様でまだ誰にも伝えられてないんだけどね…」

 

神通「それで今から片付けを?」

 

海斗「まあ、ようやく寝付いてくれたから…なんて言うか…前に比べて年相応になった感じだよね…」

 

夕張(…確かに、暁ちゃんはどの子なら遊び疲れて寝た、これはおかしくないはずなんだけど…暁ちゃんらしくない……特に、私の命を救ってくれたあの暁ちゃんらしくない)

 

海斗「これも新世界の影響なら…むしろ良い事なんだけど……」

 

夕張「…何か不安な点が?」

 

海斗「春雨に目を離すなって釘を刺されてて…でもその理由が掴めないんだ、それに暁もさっきまで元気に遊んでたけど…どこか怖がってる様子で…」

 

神通「記憶は?」

 

海斗「暁は記憶を持ってるみたいだけど響は何も覚えてないって」

 

夕張「…なのに怯えてる…か」

 

海斗「多分、雷を喪ったことが強い理由だと思ってるけど…」

 

夕張「雷ちゃん?」

 

海斗「大湊での出撃でキタカミと交戦して沈んだって聞いてる」

 

夕張「…成る程」

 

夕張(あのキタカミさんとやり合って1人で済んでるなら…いや、1人とは限らないか…何にしても…)

 

海斗「そういえば…曙達が保護した子は?」

 

夕張「意識不明です、正直生体反応が残ってるのが不思議なくらいで…」

 

海斗「必要ないかもしれないけど後で様子を見に行くよ」

 

夕張「お願いします」

 

海斗「ところで…何か用があってきたんじゃないの?」

 

夕張「あ…あー…いや、まあ…」

 

神通「外出許可を頂こうと思いまして」

 

夕張(この流れで言えるの!?)

 

海斗「わかった、夕張も横須賀での仕事で疲れてるよね、楽しんできて」

 

夕張「えー…あはは…ありがとうございます…」

 

夕張(気まず…)

 

海斗「それじゃあ、楽しんできて」

 

夕張「どうも…」

 

夕張(お土産買ってこよう…)

 

 

 

 

 

 

太平洋 深海棲艦基地

レ級

 

レ級「…実験は順調、か…駆逐棲姫もヨーロッパに行った、私は自由に動ける」

 

感覚を確かめる

 

レ級「…呼称、腕輪は触れた相手の感情を暴走させる力がある…それと深海棲艦に使えば深海棲艦の身体を食らう…あのレ級の事は食らったが…何か変化したのだろうか」

 

握り拳を作る

 

レ級「…僅かながら筋力が向上してるようにも感じる…しかし、メインの収穫はこれだ」

 

景色が一瞬で移り変わる

 

レ級「…何かに接続できた…そして、何かを求める感覚…私はここに用があるらしい」

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

駆逐艦 春雨

 

春雨「えーと、これで仕事終わりです、はい」

 

度会「…助かった、今日はゆっくりして行ってくれ」

 

春雨「いえ、私は遠慮します、他の皆さんは置いて帰りますが私と天龍は泊地に帰るので」

 

度会「…その件はすまなかった」

 

春雨「まあ、それは倉持司令官に…それを抜きにしても私は医官で研究者で戦闘員ですから仕事は多いですよ」

 

度会「無理に引き止めはしないが…もう日も落ちた、夜の海は危険だ」

 

春雨「私は他の人より少し強いので…ああ、二式大艇でみんなまとめて送ってくれても良いんですよ」

 

度会「…秋津洲を呼んでくる」

 

春雨(要望が通るとはツいてますね…さて、川内からもう秋津洲の裏の顔は聞いてる…どこから仕掛けたものか、特務部とやりあう意味はあんまり無いんですけど好き放題させるわけにもいきませんし…)

 

度会「準備するそうだ、20分で出発できる」

 

春雨「了解致しました」

 

春雨(とりあえず天龍さんを急ぎ病院に放り込んで…高速修復剤使ったらどうなるんでしょうか…再感染の説が有力ですけど実際はどうなのか、その辺りも気になりますねぇ…)



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睨み合い

宿毛湾泊地 執務室

提督 倉持海斗

 

海斗「…ふぅ…」

 

|FMDを机に置く

 

暁「…司令官」

 

海斗「暁、起きてたんだね…気分はどう?」

 

暁「大丈夫…だけど…随分難しい顔をしてるわ…」

 

海斗「心配しないで、気にしなくて良いんだよ」

 

暁「…私、ここにいて良いのかしら…」

 

海斗「安心して、みんな君の仲間なんだから…」

 

プロペラ機の音が近づいてくる

 

海斗(春雨達が帰ってきた…)

 

海斗「響は…まだ寝てる、か…暁、少し待っててくれる?」

 

暁「…わかったわ、早く戻ってきてね…」

 

海斗(…やっぱり暁の様子がおかしい、何があったか聞かないといけないけど、暁は答えたがらないだろうし…いや、考えても始まらないか…」

 

 

 

 

春雨「佐世保派遣組、戻りました」

 

海斗「…天龍は?」

 

春雨「命に別状はありません、自分で失血を抑えてましたし致命傷も避けている…あと少し内側でしたらもっと内蔵に問題があったでしょうね、必要な手術は既に済んでますので…ああ、もちろん麻酔なしで」

 

曙達の方を見ると無言で首を振る

どうやら事実らしい

 

春雨「それよりも倉持司令官、例の子は」

 

海斗「夕張に見てもらったけど…わからないことが多いって」

 

春雨「…じゃあ私が診ます、それと不確かですが…彼女は雷だと漣さんと潮さん、曙さんから証言が」

 

海斗「雷…?本当に…?」

 

漣「顔が変わってる様な気もしたけど多分間違い無いです」

 

潮「…多分」

 

海斗「すぐ確認しよう、春雨も来て」

 

春雨「私は別の仕事があります、貴方の供回りは他の面子で十分でしょう」

 

曙「アタシも残る」

 

海斗「…わかった」

 

 

 

 

医務室

 

満潮「あれ、司令官じゃない」

 

海斗「満潮?何でここに…」

 

満潮「誰も居ないのはまずいんじゃないかって…如月と交代で」

 

海斗「そっか、ありがとう…ところでその子が運ばれて来た?」

 

満潮「…らしいけど」

 

ベッドに近づき、顔を眺める

 

海斗(…確かに、雷に見える…)

 

満潮「どうしたの?」

 

海斗「いや…身元がわかるんじゃないかと思ってね」

 

海斗(夕張が気づかなかったのは気になるけど…あれ?さっきと少し顔つきが変わった様な…)

 

 

 

 

 

駆逐艦 春雨

 

春雨「いやぁ、助かりましたよ…特務部さん」

 

秋津洲「何のことかわからない…ってのはもう無駄か…」

 

春雨「ええ、無駄ですよ…ただ、やり合うつもりはありませんから」

 

秋津洲「……」

 

春雨「それと…特務部というのは厄介なことをしてる様ですねぇ、まさか貴方がマハのダミー因子の適格者とは…」

 

秋津洲「そっちは本当に何のことかわからないかも」

 

春雨「いいえ、わかるはずですよ…貴方はダミー因子に適応している、そして秋津洲の艤装にマハが埋め込まれているのも把握しています」

 

秋津洲「…一体、どこまで…」

 

秋津洲が鞄に手を伸ばす

 

春雨「ここでやり合うのは不味いんじゃないですか?貴方の命は確実に失われますよ」

 

曙「そうね、アタシは見過ごすつもり無いし」

 

秋津洲「……二式大艇ちゃんには深海棲艦掃討用の装備も備わってる、死ぬのはどっちか…」

 

春雨「試しますか」

 

秋津洲「っ……今日は、やめとくかも」

 

春雨「ならそれでは」

 

曙「あんまりおイタしてたら本当に叩きのめすわよ」

 

秋津洲「…舐めてると足元掬われるかも」

 

 

 

 

春雨「素直に帰ったか」

 

曙「…ダミー因子って、何なの?」

 

春雨「簡単に言えば碑文使いだと誤認させるための物…AIDAにそう誤解させる事で艤装の使用者の性能を向上させるんですよ」

 

曙「へぇ」

 

春雨「…さて、雷さんの方を見に行きましょうか」

 

春雨(…やりあえば流石にこちらが不利でしたね)

 

 

 

医務室

 

春雨「…うわぁ…これ、酷いですね…そういう事か」

 

海斗「何かわかったの?」

 

春雨「この人、死んでます」

 

曙「…死んでるって…」

 

春雨「心臓が動いてるので血は流れてます、目を覚ませば脳も働くでしょう…でも死んでるんです、今は身体を再生している段階…というかとんでも無いのはあのレ級か…」

 

春雨(龍田さんの暴走、そしてこの雷…そこから考えられる最悪の可能性…アイツはデータドレインをコピーした、一度受けただけで)

 

海斗「どういう事?」

 

春雨「この方はもう肉体無いんですよ、全部失ってる、でも、それでも再生してるんです…ナノマシンを肉体と誤認してると言えばわかりやすいか…」

 

曙「…どういう事?」

 

春雨「コレを形成してるのはナノマシンの様な物です、コレは人間じゃ無い、皮膚も、中身の筋肉、脂肪、内蔵、血液、この髪の毛一本までぜーんぶ機械でできてるんですよ、言うなればホルムンクス…人造人間です」

 

海斗「…そんな」

 

春雨「ロボットといっても良い、でもきっと本人にその自覚はない…もしかしたら月日が経って成長し、人間のように振舞うかもしれませんが…それでも所詮は人外、機械です、永遠の時を彷徨うでしょうね」

 

曙「深海棲艦全てそうって事?」

 

春雨「そこまでは…流石に飛躍しすぎですよ」

 

海斗「…なんとか…」

 

春雨「なんとか?貴方話聞いてました?今何を口走ろうとしてました?貴方脳みそ壊れてます?コレは人間じゃなくて機械なんですよ、機械…伝わらないなら頭に直接書き込みましょうか、何を何とかしろと?死んだ者は甦らない、それがこの世の理です」

 

海斗「…ごめん、わかってる…」

 

春雨「限りなく人に近い存在でも人じゃ無い、きっと目を覚ませば人として振る舞うんですよ、でも貴方はコレを機械だと受け入れる必要がある」

 

海斗「…機械…」

 

春雨「記憶の奥底の自分になろうとしてるんでしょうね」

 

雷の髪をかき分ける

 

春雨「付け根が茶髪になり始めている、顔もどんどん雷さん本来の姿に近づくでしょう…ああ、やはり機械というより培養されて作られた人造人間の方が近いかもしれません」

 

海斗「……」

 

春雨「そんなに不服ですか、顔に不愉快と書いてあります」

 

海斗「…それは、ね…」

 

春雨「…言い方は悪いでしょうが、紛れのない事実…貴方は司令官としてそれを受け入れる必要がある、貴方はここの長なのですから」

 

海斗「わかってる…今僕が気にしてるのは…暁になんて言えばいいのか、かな」

 

春雨「…ああ、成る程」

 

春雨(そう言えば私が連れてきたんでしたね、しかし面倒なことになった)

 

海斗「…今の雷に雷の意思が宿っているのか、それとも…」

 

春雨「まさか貴方まだそんな夢見て…」

 

曙「そういう奴よ、それにアタシもこの雷に雷としての記憶や意思が宿ってるなら…それは雷として扱われるべきだと思う」

 

春雨「馬鹿なんですか?わかりにくい説明でしたか?コレは偽物の雷さん、本物は既に死んで…」

 

亮「海斗!」

 

医務室の扉が荒々しく開く

 

春雨「楚良、ここは医務室で…」

 

亮「悪いが今それどころじゃない!海斗、来てくれ!」

 

海斗「…わかった」

 

曙「春雨、アンタ横から口出ししそうだしアタシと晩ご飯でも食べに行きましょ」

 

春雨「…何食べても不味くなりそうなんですが」

 

 

 

 

 

 

執務室

提督 倉持海斗

 

海斗「…やっぱり、こうなった…」

 

亮「知ってたのか…?」

 

テレビ『アメリカ政府の声明ではこれはサイバーテロの影響であり、犯人は許されざることをしたと…』

 

アメリカのミサイルは軌道を変え、あろうことかフランスの軍事基地を攻撃、フランスから射出されたミサイルはイギリス、イギリスはドイツ…そして、色々な国がお互いの国を攻撃し、最後にアメリカの軍事基地にもミサイルが降り注いだ

防衛システムが生きていたおかげで被害は最小限に留められたが結局は大量の死者が出たことに違いはなかった

 

海斗「…レ級が言ってた、悪戯に犠牲者を出すだけだからやめろ…って」

 

亮「会ったのか?」

 

海斗「ゲームの中で…」

 

暁「司令官」

 

海斗「暁、ごめんね…少し待ってて」

 

暁「…わかったわ」

 

海斗「本当にコレはサイバー攻撃なのかな…どうやってハッキングを…」

 

亮「…腑に落ちねえ…なんでミサイルを落とす場所を選べたのに防衛システムは生きてたんだ?」

 

海斗「わからない…」

 

亮「…とにかく、こっちも忙しくなるな」

 

海斗「……」

 

 

 

 

 

海上

レ級

 

レ級「…?……どう操作するんだコレは…ああ、コレでいいのか」

 

携帯に番号を打ち込む

 

敷波『はい、こちら敷波…』

 

レ級「ああ、繋がった…こういう物なのか、携帯とは」

 

敷波『…?どちら様…』

 

レ級「深海棲艦、戦艦レ級」

 

敷波『レ…レ級って…!』

 

レ級「お前のボスは?」

 

敷波『何でこの番号を…』

 

レ級「お前のボスはと聞いたんだ」

 

敷波『…居ない、中央に呼び出されてる…』

 

レ級「チッ…戻ったらこう言え、私の警告を聞けばこうはならなかったものを…と」

 

敷波『警告…待って、アンタらの…深海棲艦の狙いは何なの?』

 

レ級「私もそれを求めている、だが、闘争は最も手軽な手段だ…む?」

 

光が私を照らす

 

レ級「忙しくなる、コレで失礼」

 

敷波『ちょっ…』

 

携帯を切り、尻尾に飲み込ませる

 

レ級「…こちらに敵対の意思はない」

 

曙「泊地の目の前まで来ておいてそんなの通用すると思ってんの?」

 

レ級「ああ、通用すると思っている…それに、まだお前一人しかいない、お前では私に傷をつける前に死ぬぞ」

 

曙「アタシにやられたくせに?」

 

レ級「戯けが、死に体の私を痛ぶっただけだろうが」

 

曙(…乗ってこない…か、本当にやり合いに来たわけじゃないのか…それとも)

 

レ級「…もしやり合うのなら、全員殺してやるぞ」

 

曙「…タダでやられると思うな」

 

曙(って言っても…まともにやりあう事すらできない…どうすれば…)

 

レ級「…私を前に考え込むな、そんなに隙を与えてはいつ死んでもおかしくない」

 

曙「…何しに来たのよ」

 

レ級「カイトに会いに来た、アイツはまだ話が通じるだろうからな」

 

曙「…なんで」

 

レ級「お前と無駄話をしたいわけじゃない、さっさと繋げ」

 

曙「一応ウチの総大将よ、そう易々と…」

 

右手を向け、艤装を展開する

 

レ級「私は、お前と会話しに来たんじゃないと言った…私の日本語、通じてるのだろう?」

 

曙「……こちら曙、対象の要求は面会…相手はカイトを指定してる…」

 

レ級(…脅すくらいなら約束を違える事にはならんだろう)

 

曙「武装を解除して、そうじゃないととても会わせられない」

 

レ級「断る、ここは敵地だ、そして私達は敵同士だ…なにより、腕一本あれば貴様らを殺すことができる」

 

曙「……」

 

レ級「…妥協点として…」

 

右手で左肩を掴み、ちぎり捨てる

 

レ級「コレでどうだ、お前たち全員を縊り殺せる腕を一本捨ててやる」

 

曙「…深海棲艦ってのは…怪我をいつでも再生できるもんじゃないの?」

 

レ級「できる」

 

曙「だったらそれに何の意味があるのよ」

 

レ級「…再生せずとも殺せる…が、この場で再生はしない、そう約束しよう…再生を開始したら約束を違えた…明らかな敵対とわかりやすいだろう?死ぬ覚悟くらいはできるぞ」

 

曙(…どこまでも上からな…)

 

曙「…聞こえてる?…そういう事だから…わかった……ついてきなさい」

 

レ級(漸くか、私にも痛覚は有るのだがな)

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 応接室

 

レ級「数時間ぶりだな、カイト」

 

海斗「…何故、ここに?」

 

レ級「無論、話し合いの為だ…だから、場所なんて海の上でもよかった、こんな行儀のいい場所でなくてもな」

 

海斗「…ちょっと失礼します」

 

カイトがドアに近づく

 

海斗「もう良いよ、通常通りの配置についてて…絶対に近づかないで」

 

ドアの方から複数の足音が去って行く

 

レ級(天井裏にも居たな…つまりコレで全員消えたか)

 

レ級「この場を任せられた人間が完全に護衛を解くとは…」

 

海斗「もし攻撃の意思があればどのみち僕は助からない…それなら君に専守防衛を守ってもらう方がずっといい」

 

レ級「…良いだろう、気に入った…先に言っておくがミサイルの事は私は無関係だ、嫌に頭が回る奴がいる物でな」

 

海斗「…それで」

 

レ級「それだけだ、後は…他のレ級、私がお前達にくれてやったレ級だが…どうなった?」

 

海斗「…何故そんなことを?」

 

レ級「人の身に変性していたからだ、あのままあそこに居たとしたら死ぬほどに苦しい生活をしなくてはならんだろうからな…どうだ、目を覚ましたか?」

 

カイトが首を横に振る

 

レ級「まだ、か…それは弱ったな」

 

海斗「君は、何を…」

 

レ級「何を?それは簡単な話だ…私の存在意義を見つけること、それが戦争なのかは知らんがな…人が死ねば深海棲艦にされる、深海棲艦になった者は人間になることもある…もしくはそのまま深海棲艦として再度作り直されるか」

 

海斗「作り直される…?」

 

レ級「そうだ、深海棲艦は簡単に言えば粘土だ、何度でも形を作れば動作する…人間と違ってな…ああ、だが一部違うのもいるらしいが」

 

海斗「粘土…」

 

レ級「私はそれを人に戻すことでどうなるのかが知りたかった」

 

海斗「戻す…君が戻した?」

 

レ級「コレが見えるか?」

 

右手を持ち上げて見せる

 

海斗「……薄らとだけ」

 

レ級「なら充分だ、これはどこぞの艦娘が使ってた技を分析した物でな…そいつはデータドレインと呼んでいた」

 

海斗「データドレイン…!」

 

レ級「知っている様だな」

 

海斗「…知ってる、だけどそれは…」

 

レ級「…詳しく、聞かせてもらおうか」



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太陽

宿毛湾泊地 食堂

駆逐艦 曙

 

潮「提督、大丈夫かな…」

 

曙「死んだら死んだ時、やれる事をやるまでよ」

 

双剣をくるりと回し、鞘に収めては引き抜く

 

不安ではあるものの、何もできない、退屈な時間だけが過ぎて行く

 

曙(…どうなるのかしら…あのレ級が来てもう30分…まさかもう殺されてたり…)

 

漣「もうやられちゃってたり…」

 

朝潮「ああ、みなさんここに居ましたか」

 

曙「朝潮」

 

朝潮「さっきお茶を出す名目で見てきましたけど、一応無事でした」

 

曙「…そ」

 

結局不安は晴れないが…今の所は問題ないらしい

 

朝潮「融和した様な空気ではありませんでしたが…」

 

曙「もしそうだったら殴ってるわよ」

 

そうでなくても…一発二発殴っても文句は言われる筋合いはない

だけど私も敵を、それも1番危険だと思われる敵を迎え入れてしまった…

私に力があればそんなことにはならなかったのに

 

曙「何の話ししてた?」

 

朝潮「…わかりませんでした、3日後、というワードだけは聞こえましたが」

 

曙「3日後か…何かの日だっけ」

 

潮「さあ…」

 

漣「わからねー!なんでレ級大人しいのかも!ご主人様が直々に会ってんのかも!」

 

曙「…チッ…」

 

朧「ねぇ、みんな」

 

曙「朧?アンタ何で起きてんのよ」

 

潮「ダメだよ寝てなきゃ…」

 

朧「いや、だって…騒がしいし…」

 

曙「それは悪かったけど、アンタは寝てなさい」

 

朧「…何があったの?」

 

曙「知らなくて良いから寝てて」

 

朧に伝えれば大人しく寝ているなんてことはまずあり得ない

 

潮「漣ちゃん」

 

漣「あいよ!」

 

朧「2人とも離してよ、本当に何が起きてるの?」

 

漣と潮に両脇を抱えられた朧は大人しく引きずられて行く

 

朧「…磯の匂い?」

 

曙「海の前なんだから当たり前でしょ」

 

漣「はい、行きますよー」

 

潮「曙ちゃん、ちょっと待っててね」

 

曙「……はぁ…」

 

朝潮「…私もう一度見てきます」

 

曙「頼んだわ」

 

 

 

 

 

応接室

レ級

 

レ級「…そういう事だ、私はコレで帰るとするか」

 

海斗「……」

 

レ級「お前がどう振舞おうが勝手だが、南進すれば私と出会う、やめておく事だ、勝てない事くらいわかるだろう」

 

海斗「それは…わからない」

 

レ級「ほう?私に土をつけられるものがあると?」

 

海斗「確かに1人の力では君に勝てないかもしれない、だけど…」

 

レ級「…なるほど、団結は力か、それは面白い…私達には無い考え方だろうからな…私に見合う実力者がいないのが問題だが…」

 

手に炎を灯し眺める

 

レ級「この奇怪な炎は…実に面白い、お前との約束がなければもう少し調べる為に戦いたかった物だが」

 

海斗「…命を奪わないなら…いや、傷つけないなら構わないよ」

 

レ級「ほう」

 

海斗「専守防衛は置いておいて、殺し合う戦いじゃ無いなら構わないよ」

 

レ級「良いだろう、そうするか」

 

 

 

 

演習場

 

曙「…心配して損した、コイツの言うこと信じてんの?暴れる理由ができただけじゃ無いの?」

 

海斗「大丈夫だから、お願い」

 

レ級(…何故コイツはここまで私を信じる?不可解だ…コイツが私の戦いを許したのはデータ収集の為かと思ったら…)

 

レ級「私の戦力はとことん削ろう、まずは尻尾だ」

 

尻尾を手刀で断ち切る

千切れた尻尾がバタバタと跳ね回る

 

曙「うわっ…」

 

レ級「この尻尾に手は出すなよ、荷物が入ってる…具体的に言えば本だが、今の私には命以上の価値がある」

 

曙「…興味ないわ」

 

レ級「それと…腕を再生して構わないか、炎を扱いたい」

 

曙(…左腕が炎を司ってるって事?)

 

曙「…どうせ変わらないし、好きにすれば」

 

肉が潰れる音、ゴリゴリと何かが動く音が鳴る

 

レ級(…痛むな…)

 

レ級「ぐ……ッ」

 

右手を切断面に押し当てる

炎が腕の形を形成する

 

レ級「ふ…う…」

 

炎が消え、左腕が再生する

 

レ級「…やや収まりが悪いな…少ししくじったか」

 

曙(え、そう言うのあるのソレ)

 

レ級「それと、そちらから主砲を…そうだな、単装砲、サイズは好きに選んでくれ…いや、駆逐艦向けの物にするか、一撃で終わってもつまらない…演習は模擬弾頭を使うのだろう?それも込めて欲しい」

 

海斗「わかった」

 

レ級「魚雷は必要ない、扱えるが扱わないのでな…それとルールも決めよう、私はお前を殺さない、そしてお前に対する攻撃手段は素手と主砲だけだ」

 

曙「…炎は使わないの」

 

レ級「火傷は治しても痕になるだろうからな」

 

曙「ざけんな、そんな気遣いいらないわよ…!」

 

レ級「本で読んだ知識だったが…戦いの場では無粋だったか」

 

曙「…さっきのルール、アンタに対しての制約しかなかったけど」

 

レ級「お前にルールは不要だ、私を殺しても良い…どうせ蘇る」

 

曙(…大阪でもそうだった、確実に殺したと思ったのにコイツは蘇った、コイツが言ってる通り…たとえ殺しても蘇るなら…)

 

曙「じゃあ、殺してやるわ…必ず」

 

レ級「…薄汚いハイエナにしては良い顔をする」

 

 

 

 

レ級「軽いな…そして…弾は…ふむ、コレが模擬弾頭か」

 

砲弾を一つつまみ上げ、眺める

 

レ級「楽しもうじゃないか」

 

曙「…お断りよ、死ぬほどに後悔させてやる…」

 

レ級「勿体無いとは思わないか、観客もこれほどにいるというのに」

 

夜も遅い言うのに、周囲には完全武装の艦娘だらけ…

ルールを違えばこれら全員が襲い来るわけだ、この数を相手取る事のリスクは承知の上…

 

レ級(殺さず消えるべき、だろうな…まあ、約束は守られる物だ)

 

曙「先に始めなさいよ」

 

レ級「…では、やろうか…お前の名前は」

 

曙「特型駆逐艦18番艦、綾波型駆逐艦8番艦…曙」

 

レ級「曙…成る程、朝という意味だったか」

 

曙「夜明け、よ」

 

レ級「成る程、夜明けの名を持つお前がこの夜を乗り切れるのか…楽しみだ」

 

大きく後ろへと跳ねる

 

曙「何を…」

 

レ級(距離は200メートルと言ったところか、まずは砲撃の慣らしだな)

 

主砲を向けて撃つ

 

レ級(ブレはない、か…素晴らしい、良いぞ)

 

砲撃を放ち続ける

 

レ級(見せろ、あの炎を…)

 

曙「鬱陶しい!」

 

曙が双剣を振るい、砲弾を切り裂きながら距離を詰め始める

 

レ級「…接近戦しか脳がないのか?お前は」

 

相手が望むのなら、此方もそうするほかあるまい

 

レ級「…そうだ、一つ思いついたぞ」

 

曙に近づく

 

レ級「曙、これはどうだ」

 

背後に炎を出し、砲弾を爆発させる

 

曙(加速した!?)

 

レ級「痛いぞ、耐えろよ」

 

加速した勢いのままにタックルする

 

曙「かは…ぁが……」

 

曙が水面を跳ね、転がる

 

レ級「模擬弾頭というのはどのくらいの威力があるのか」

 

主砲を向け、放つ

 

曙「あがぁ…!」

 

曙に直撃したのに無傷…

 

レ級「なるほどな、これなら死なんだろう」

 

続け様に引き金を引く

 

曙「この…!」

 

曙の姿が火球に包まれて消える

 

レ級(…前と同じか、確かに上から来るか正面から来るか分からないのは困るな…だが、コイツも前と同じ手を使えるとは思っていないはず…コイツには何ができる?)

 

思考する

 

レ級(私は曙を知らない、だから曙の行動を見てみたい…)

 

撃てば解決するのだろうが、それを放棄し火球に詰め寄り、前と同じ様に火球を蹴る

金属音が響いた

 

レ級「…ふん、期待外れだな…まさかその中で大人しく防御姿勢を取るなど…」

 

曙「…息、整えてたのよ…!」

 

曙に主砲を突きつけて放つ

 

レ級「そうか、ならば寝ていても良い」

 

曙「ぁ…がぁ…ぅぐっ!?」

 

倒れた曙を蹴り飛ばす

 

レ級「勝負あったか?…何も発見がなかったな」

 

 

 

 

 

 

提督 倉持海斗

 

海を転がる曙を潮が引き上げ、抱き寄せる

 

潮「曙ちゃん!」

 

朝潮「…司令官、この戦いはやはり無茶が過ぎます」

 

海斗(…やっぱり曙が負けるか…でも、これは無意味じゃない……)

 

加賀「曙に確認も無しに演習を約束した事も含めて…貴方らしくない点が見受けられますが、何の為の演習だったのか」

 

海斗「意味はあるよ、君たちがこれを見てる事もその一つだ」

 

加賀「…ここまで徹底的にやられた事で戦意を失う者も居るでしょうね」

 

海斗「……?」

 

少し離れたところから眺めている島風が目に入る

 

海斗(アレは、何を…)

 

周囲の音が消える

 

海斗「……これは…?」

 

加賀「何が起きて…何でまだ立って…」

 

曙が潮を突き飛ばして立ち上がり、海に降りる

 

海斗「曙、もう戦う必要は…」

 

曙「……」

 

加賀「…聞いているの?」

 

曙は何も言わずにレ級の方へと進む

 

 

 

 

 

 

レ級

 

レ級「…なんだ、ノックアウトかと思ったが…思ったよりガッツあるな」

 

曙「……」

 

レ級「…あ?」

 

レ級(いきなり無口になって…いや、違う…曙の目に炎が…これはまるで…)

 

私の周囲を炎が囲む

炎が弾ける音がぱちぱちと音を立てる

 

レ級「…ほう?」

 

レ級(炎で視界を遮られた…だが、それだけ…何処から来る?お前の最高速度でゼロ距離まで接近するまではあと10秒はかかる、この時間稼ぎの後は?)

 

背後から強風が吹き付ける

 

レ級(風?何が…)

 

確認しようと振り返った瞬間肩に剣が突き刺さる

 

レ級「な…!」

 

曙「……」

 

レ級(どうやってこんなに早く…!)

 

背後に飛び、炎から抜け出す

 

レ級「…この角度、振り向かなければ首に刺さっていたか…となると…」

 

今、炎から悠々と歩いて現れたコイツは…あの島風と同じだというわけだ

 

レ級「面白い…何処までやるのか」

 

肩に刺さった剣を引き抜き、曙に投げる

 

レ級「見せてもらおう」

 

曙に向かい右手を向け、サムズダウン

 

曙「……」

 

曙がゆっくりと此方に歩きながら近づいてくる

 

レ級(…不意打ちに頼るのかと思えば…どうするつもりだ、いや…慢心は、無しだ)

 

主砲を向けて撃ち続ける

しかし曙はそれを全て斬り落として見せる

 

レ級「先程より動きがスマートじゃないか…面白い、次は肉弾戦だ」

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

朧「…ねぇ、みんな…何これ」

 

騒がしかったから、また起きてきて、出てきただけ…

なのに、目の前に広がってる光景は…明らかに異質で…

 

潮「朧ちゃん、ダメだよ寝てなきゃ…!」

 

朧「待って、教えて…曙が帰ってきたの…?」

 

漣「……違うよ、あれはボーノじゃない」

 

間違い無いのに、今レ級と戦ってるのは…死んだと思ってた曙なのに…

 

朧「…じゃあ、アレは誰…」

 

潮「曙ちゃんは、曙ちゃんなんだよ…」

 

レ級の攻撃を受け流し、カウンターで戦いの主導権を奪う姿も…確実な砲撃を撃ち込み、攻撃の手を潰して圧倒する様も…全てが

 

朧「…曙みたい…」

 

潮「…うん、そうだね…」

 

漣「ぼのたんなのに…ボーノにしか見えない…」

 

あのレ級を封殺して…圧倒して…

大胆で、容赦が無い、そして確実な…

 

朧(…ああ言う風に…なるべきなのか…それとも)

 

 

 

 

 

 

 

レ級

 

レ級「…かはっ…ははは…!」

 

曙「……」

 

圧倒的な暴力の前に、立つことすらままならないとは…何とも、不愉快極まりない感情が渦巻く物だ

 

レ級(コイツ、さっきの移動も含めて色々と謎が解けてきた…私の真似をしたな、私の様に爆風を受けて加速して近寄ってきた…あの炎の音だと思い込んでいた音の中に爆発音もあったのか…)

 

鳩尾を蹴られ、膝をつく

 

レ級(それと…一撃一撃が重い…あまり受け続けては死にかねないな)

 

レ級「面白い!お前の事をハイエナと言ったのは訂正する…!」

 

曙「……」

 

レ級(眉一つ動きやしないか、つまり…コイツはあの時の島風と全く同じだ…まるでただの機械…しかし、私は何を感じている?)

 

曙が急所を狙い双剣を振るう

 

レ級(…この暗い夜に…朝を引き連れてきた…実に面白い物だ…曙か…いや、まだだな)

 

海面を転がりながら、空を睨む

まだ空は暗いまま…星と月だけがこの夜を照らしている

 

レ級(まだ夜だ…暗く、恐ろしい夜…となれば、私が負ける道理は無いわけだ)

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

朧(…2人とも、動きが止まった…)

 

膠着状態…2人とも睨み合ったまま動かない…

 

レ級「ははは!アハハハハハ!!」

 

突如レ級が大声で笑い始める

 

潮「…何で、笑ってるの…?」

 

漣「頭いかれてるんでしょ…」

 

レ級が此方を向く

 

朧「っ!」

 

ギラついた視線に射抜かれた様に…動けなくなる

 

朧(…見られてるだけで、こんな…でも、恐怖じゃない…何で動けないの…?)

 

此方を向いたレ級の背後から曙が襲いかかる

 

レ級「……」

 

レ級が曙を蹴り飛ばし、そして徹底的な追撃

先ほどとは全く逆、優勢なレ級と一瞬の反撃の隙すらもない曙

 

レ級「そうだ、よく見ろ…これが私だ…!」

 

レ級が曙の首を掴み、此方へと投げ飛ばす

 

潮「さ、漣ちゃん!」

 

漣「おーらい!おーらい!」

 

朧「いや、この速度で飛んでくる人間を受け止めるのは…」

 

長門「任せろ」

 

長門さんが間に割って入り曙を受け止める

 

漣「ナイスキャッチ!」

 

潮「大丈夫ですか?」

 

長門「何、この程度…」

 

レ級「そうか、無事な様で何よりだ」

 

レ級が曙の顔を覗き込む

 

長門「な…いつの間にここまで…!」

 

レ級「いや、投げ飛ばした後に力を込め過ぎたと思ってな、殺さない約束だったのに陸地に投げては…死にかねないだろう?」

 

朧「……」

 

レ級「もう終わるか?曙」

 

長門「やめろ!もう意識を失っている!」

 

レ級「…そうか、それなら良い、これは返すぞ」

 

レ級が主砲を捨てる

 

朧「レ級」

 

レ級「何だ、敵討ちか?」

 

朧「貴方は誰」

 

レ級「…深海棲艦、戦艦級、レ級…よく覚えておけ」

 

朧「…じゃあ、何でそれを…」

 

レ級の右腕を注視する

いや、右腕に纏わりつく光の残滓を

 

レ級「……さあな」

 

レ級が右手を持ち上げ、手のひらに火を灯す

 

レ級「今日はここまでだ…実に、有意義な時間だった…」

 

朧「……」

 

いつの間にか再生した尻尾を靡かせ、海面をゆっくりと歩く

 

長門「どうする、撃つか」

 

朧「…いや、やめたほうがいいと思う」

 

 

 

提督 倉持海斗

 

レ級が目の前まで歩いてくる

 

レ級「帰る前に一言礼をと思ってな、有意義な時間だった、感謝する」

 

海斗「……」

 

レ級「それと…飼い主なら飼い犬の躾はしっかりとするべきだろうな」

 

レ級が加賀達の方を一瞥してそう言う

 

加賀「ふざけた事を」

 

レ級「今にも攻撃しようと言う雰囲気でそう言うか、約束を守った私を卑怯にも不意打ちしようと言う貴様らが」

 

加賀「……」

 

レ級「それでは…」

 

レ級が手に灯した炎を東に向けて投げる

炎が弾けて眩い光が辺りを照らす

 

レ級「これにて失礼」

 

レ級は此方を向き、笑いながら敬礼し、海の中に消えていった

 

海斗「…やっぱり、意味はあったのかな」



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特殊作戦

宿毛湾泊地

駆逐艦 曙

 

曙「……」

 

レ級との勝負から一晩が明けた

途中からは私が戦ったとは言えないし…思い出すだけで気分が悪くなる

 

曙「…アイツ…」

 

レ級は半分意識を失ってる私の顔を覗き込み、小さな声でこう言った

 

レ級「お前の手の内は全てわかっている…その力では私には勝てない」

 

誰も聞こえてなかった様だけど、私にははっきり聞こえた

私は…その言葉の意味を刻み込まれた、敗北という形で

 

曙「…次会ったら、絶対に殺す…!」

 

体を起こし、周囲を見渡す

この部屋は私達の、7駆共同の部屋

なのに誰も居ない、私1人しかいない

 

曙(…朧達は任務?)

 

ベッドから立ち上がる

体に違和感を覚える

 

曙(…あんなに無茶したのに、傷がない…?)

 

爆風を浴び、炎に包まれたこの体

少しは痛むところがあるはずなのにそれすら無い

 

曙「修復剤って事…かな…ん?」

 

扉を何度かノックされる

 

曙「誰」

 

春雨「医務の者です、倉持司令がお呼びですよ」

 

曙「…わかった、執務室に行けばいいの?」

 

春雨「最速でお願いします…ああ、応接室で良いそうですよ」

 

 

 

 

 

応接室

 

曙「何よ、応接室なんて随分な…本当に何の用なの?」

 

海斗「ごめん、ちょっと待って…もうすぐ来るはずだから」

 

曙「来るって…誰が」

 

扉が開き、春雨が顔を覗かせる

 

春雨「失礼します、お連れしましたよ」

 

島風「……」

 

曙(島風?なんでまた…いや、現状の最高戦力を揃えたって事は大きい作戦でもあるのかしら)

 

海斗「島風、座って」

 

島風「…はい」

 

曙(…そんな雰囲気じゃ無さそうね)

 

春雨「念のため、同席致します」

 

私の隣に島風が座り、そしてその背後に春雨が立つ

 

海斗「島風、君が昨日曙を暴走させた…違うかな」

 

曙「アタシを?暴走って…」

 

島風「……」

 

曙「ちょっと待ちなさいよ、島風がアタシに何できるっていうの?あの時の島風はただ見てただけで…」

 

春雨「それがそうでもなさそうなんですよねぇ、ほら、早く答えてくださいよ…」

 

島風「っ……」

 

海斗「僕は君が曙を暴走させた…そう考えてる、違うなら違うとハッキリ言って欲しい…」

 

春雨「言えるのなら、ですが…アナタは嘘をつくのか、それとも真実をその口から話すのか…」

 

海斗「春雨」

 

春雨「…はいはい、黙ってますよ」

 

海斗「島風、君は暴走の危険性についてよく知ってるはずだ…だから、できるなら違うと信じたい」

 

島風「…私は…」

 

曙(…どういう事?島風がアタシを暴走させた?なんで?)

 

島風「……やって、ません…」

 

春雨「…へぇ…」

 

海斗「…それなら良いんだ、時間を取らせてごめん、もう良いよ」

 

島風が席を立ち、部屋を出る

その足取りは重く、顔は悲痛な面持ちのままに

 

曙「…何あれ、嘘ついてるの?」

 

海斗「…疑いたくはなかったけど…僕にもそう見えた」

 

春雨「持ち物検査でもしてみますか?」

 

海斗「必要ないよ」

 

春雨「…倉持司令、貴方やっぱり甘すぎますよ」

 

海斗「……次は然るべき対処を取るつもりだ」

 

曙「待って、全く話についていけてないんだけど…どういう事?」

 

海斗「曙、君がレ級との戦いの途中暴走したのは覚えてる?」

 

曙「…まあ、自我を失ったのは…」

 

海斗「その直前に島風が不審な動きをしてたのを見たんだ、それで念のため探ったら…他の子も島風が曙に何かを向けてたのを見た子がいた」

 

曙「…それで」

 

海斗「だから確認した」

 

曙「ほとんど黒なのわかっててお咎めなしで帰したの…?」

 

海斗「…本人が違うって言ってる以上はね…島風にも思うところがあったんだと思う」

 

曙「…疑わしきは罰せよ…って言葉、知ってる?」

 

海斗「疑わしきは罰せずだよ」

 

曙「…アンタの言ってることは…島風のためにならない」

 

春雨「私も同意します、あんな危険な状態に自由になられてはリスクが…」

 

海斗「…だからと言って今すぐに強引な手段を取る必要はないよ」

 

曙「納得できないわ」

 

海斗「島風とは時間をかけて話す、もし本当に暴走させたのが島風なら…」

 

曙「なら?」

 

海斗「…どうすれば良いんだろうね、あんまりこういう事は慣れないから…」

 

曙「…春雨」

 

春雨「私ならまず折檻として牢屋に入れて鞭打ちですかね」

 

曙「鞭打ち…」

 

春雨「痛くないと覚えませんから、人間は」

 

海斗「…身体的に痛めつける必要はないよ島風もきっと自分のやった事の重さくらいわかってる」

 

春雨「精神的に痛めつけますか?」

 

海斗「…そうじゃなくて」

 

曙「…何にせよ、島風に入れ込んでるのはわかるけど…」

 

海斗「そうじゃない、いや、メインの理由はあっちだったんだけど…もう一つ理由がある」

 

書類が卓上に置かれる

 

曙「…太平洋深海棲艦基地奪取作戦?」

 

海斗「深海棲艦の基地を奪って…此方の拠点にする」

 

曙「へぇ…具体的には見えて来ないけど、どの辺?」

 

海斗「横須賀から真南にある、かなり離れた位置だけどね…それに差し当たって今回は部隊を二つに分けて攻略する」

 

曙「どういう事よ」

 

海斗「北側から、つまり横須賀から横須賀との連合艦隊がこの基地を攻めるんだけど、その前に佐世保との連合艦隊が攻め込む」

 

曙「…つまり、陽動?」

 

海斗「そうだね、今回は中央も賛同してくれてるということもあって支援も期待できる」

 

曙「…アンタが組んだ作戦って事?」

 

海斗「元々、深海棲艦の基地は探してたんだ、キタカミ達とも決着をつけなきゃいけないから…周辺で1番深海棲艦の出入りが確認されたみたいだし…おそらくキタカミは此処にいる」

 

曙「そう…とうとうってわけね…それで?聞きそびれたけど支援ってなんかあるの?」

 

海斗「航空部隊、深海棲艦が対空能力を有してるからあんまり使われなかったけど、今回は本格的に導入するみたいだよ」

 

曙「…ふーん」

 

曙(なんか、気にかかるわね)

 

海斗「曙、いける?」

 

曙「任せときなさいよ、アタシはここのエースなんだから」

 

春雨「川内の方が強かったりして」

 

曙「…アンタ空気読むって事知ってる?」

 

海斗「ま、まあ…今回は特に大きな作戦で、この作戦の成否には色々な影響がある、絶対成功させよう…!」

 

曙「わかってるわ、任せときなさい」

 

 

 

 

 

 

大湊警備府

提督 徳岡純一郎

 

徳岡「これで全員送り出せたな…」

 

白露「よーし、早速動き出そう!体鈍っちゃった!」

 

徳岡「…お前大丈夫なのか?」

 

白露「なんで?」

 

徳岡「手術受けたばっかだろ」

 

白露「…あー、完璧!ほら、動きも悪くないでしょ!」

 

徳岡「本当に問題ないのか?お前がそう言ってたら時雨達も受けることになるんだぞ、いいんだな?」

 

白露「…うん、大丈夫…だと思う」

 

徳岡「…あー…悪い、卑怯な聞き方したな」

 

白露「そんな事ない、でも…もう少しだけ時間が欲しいかも、副作用がまだ出てないだけかもしれないし」

 

徳岡「ああ、わかった…どうせ暫くは事務仕事だ、ゆっくり慣らせ」

 

白露「了解!」

 

五月雨「失礼します」

 

徳岡「おー、五月雨、どうした?」

 

五月雨「春雨さんに連絡できますか?」

 

徳岡「いや…多分宿毛湾に連絡すりゃあ何とかなるだろうが」

 

五月雨「じゃあ、AIDAを除去して欲しい、って連絡してください…私は感染者ですから」

 

徳岡「そうだったな、わかった、すぐに連絡しとく」

 

五月雨「お願いします」

 

 

 

 

 

 

特務部オフィス

駆逐艦 敷波

 

数見「敷波、これに目を通しておく様に」

 

敷波「…ダミー因子…」

 

数見「君が以前受け入れたゴレ因子の事についてだ、明後日、君にも動いてもらうことになる」

 

手渡された書類に目を通す

 

敷波「……これは」

 

ダミー因子、これの力を利用すればAIDA感染者の能力を上げる事ができる

そう記載されていた

 

数見「ダミー因子、これは生体チップのようなもので、ダミー因子に適合さえすれば非感染者であろうと…そもそも艦娘である必要すらない…」

 

敷波「部長も?」

 

数見「この手に埋め込まれているのは。第一相の因子、それが何か?」

 

敷波(…人間でも、扱える…)

 

敷波「いいえ」

 

数見「ダミー因子は碑文使いが持つモルガナ因子と同等の物、AIDAも強い関心を見せる…そして、AIDAの能力を向上させる事も…簡単に言えばAIDAにやる気を出させる餌とも言える」

 

敷波(餌…)

 

数見「君以外にも、例えば第二相のダミー因子を元横須賀の五月雨に埋め込んである、彼女の適性は非常に高かった」

 

敷波(五月雨に…!)

 

数見「そう言えば君とは…友人だったかな」

 

敷波「いえ…ただの知り合いです」

 

数見「…何にせよそこまで気にする事はない、それは身をもってわかってると思うが」

 

敷波(…何処まで正しいのか…)

 

敷波「…下がってもよろしいですか」

 

数見「構わない」

 

 

 

 

宿毛湾泊地 食堂

駆逐艦 朧

 

朧「え…、秋雲が意識不明…って、いつから?」

 

潮「多分、1週間になるんじゃないかな…?」

 

漣「その位って言ってたよ」

 

朧「……あり得ない」

 

潮「え?」

 

漣「ボーロ、顔青いけど…?」

 

朧「有り得ないよ、そんなの…」

 

潮「友達が意識不明になって辛いのはわかるけど…」

 

朧「違う!そうじゃ無い!…昨日会ったんだよ!」

 

漣「へ?昨日ってボーロ寝てたじゃん」

 

朧「じゃなくて、ゲームで会ったんだよ…!」

 

潮「昨日会ったってどう言う事?本当に?」

 

朧「嘘なんかつくわけないじゃん…!」

 

漣「熱で変なもの見ただけじゃ無いの…?」

 

朧「…それは…わかんないけど…いや、満潮と天津風!あの2人も見てる!」

 

潮「…とりあえずその2人に聞いてみよう」

 

漣「えー、めんど…」



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下克上

宿毛湾泊地

駆逐艦 朧

 

天津風「やっぱり無視してたんじゃない!」

 

満潮「ほんと、信じらんない!」

 

朧「あ、いやー…ごめん、満潮が居たからさ…」

 

満潮「アタシがいると不満な訳!?」

 

朧「…ゲームするなって怒ったでしょ、絶対」

 

満潮「…あー!ホントだ!なんでゲームしてんのよ!」

 

漣「まあまあ、本筋から外れてますぞー」

 

天津風「…秋雲だっけ、会ったわよ、確かに」

 

満潮「アタシも間違いなく聞いた、佐世保の秋雲って」

 

漣「んー…」

 

潮「ややこしくなったね…」

 

天津風「何かあったの?」

 

潮「その秋雲ちゃん…1週間前から意識不明なんだよね…」

 

満潮「へ?」

 

漣「つまりー、お2人さん…見ちまいましたな…コレを」

 

漣が携帯で不気味なBGMを流しながら幽霊の真似をする

 

満潮「う、うううう…嘘…」

 

天津風「いや、意識不明ってだけで死んでないんでしょ…?」

 

漣「ほら!生き霊ってヤツ!」

 

満潮「やだ!お祓い!お祓い行きましょ!」

 

朧(…思い返せば三爪痕の行動は不可解なことが多かったし、提督にも会わないと)

 

潮「うーん…あ!提督と曙ちゃん」

 

漣「うぉーい!ご主人様!」

 

海斗「あ、どうかした?」

 

曙「漣は相変わらずうるっさいわね」

 

朧「提督、ゲームでは助けてくれてありがとうございました」

 

朧(終盤の記憶はあやふやだけど…)

 

海斗「え?何のこと?」

 

朧「ほら、聖堂で…」

 

海斗「…聖堂って、いつ頃のことかな…」

 

朧「…確か、16時過ぎ…」

 

海斗「その時間は僕は仕事をしてたからログインしてないよ」

 

朧「え?いや、でも…」

 

海斗「基本的に業務時間中にゲームをしたりはしないからね…多分似たPCと間違えたんじゃ無いかな」

 

曙「おっちょこちょいねぇ…」

 

朧(…そんな訳ない、じゃああのカイトは…誰?)

 

海斗「あ、そうだ…次の作戦に関しての説明があるから、明日の15時から会議室に集合って連絡は見てくれた?」

 

潮「あ、見ましたよ、大丈夫です」

 

漣「むしろ知らない人いないって位ですけどなー…あ!天龍さんがごねてるって夕張さんが困ってたんでヘルプヨロです!」

 

海斗「わかった」

 

朧(…知らなかった、私だけ?)

 

曙「どうしたのよ朧」

 

朧「…ごめん、少しぼーっとしてて」

 

潮「あ、そっか、朧ちゃんは昨日寝込んでたから知らないんじゃ…」

 

朧「あ、うん…」

 

漣「敵地に攻め込んで敵を撃滅する!簡単に言やーそんなトコですぞー」

 

朧「…また、か」

 

朧(…何でだろ、少し疲れてるのかな…)

 

海斗「今回は今までで1番の長期戦になるはずだ、実行に移すまでに時間を取るつもりだよ」

 

漣「んー、遊び納しておいたほうがいいかなぁ…」

 

潮「かもね」

 

曙「アンタらは訓練しなさいよ、弱いんだから……あれ、満潮と天津風、何でそんなに小さくなって…」

 

満潮「いや、その…非戦闘員なので…」

 

天津風「私も…」

 

海斗「今回は君達にも同行してもらうことになるよ」

 

満潮「えっ」

 

天津風「…そうなのね」

 

海斗「君達にはみんなのサポートをしてもらえると助かるな」

 

満潮「…わかったわ」

 

天津風「私も、いつまでも何もしないわけにはいかないしね…艦娘として生まれた以上…戦う覚悟は決めてるから」

 

海斗「理解してくれてありがとう」

 

天津風「それと…島風の事なんだけど」

 

海斗「何か、気づいたことがある?」

 

天津風「…あんまり意味ないかもしれないけど…島風、何かのスイッチを隠し持ってるみたいなのよね」

 

海斗「スイッチ…」

 

天津風「聞いても見間違えだって言うし…」

 

海斗「…島風が自分から言うまではそっとしておいてあげて」

 

天津風「…わかった」

 

 

 

 

 

太平洋深海棲艦基地

レ級

 

レ級「…帰ってたのか」

 

駆逐棲姫「ええ、みてくださいよこれ…」

 

指に耳に目玉…

 

レ級「…これは」

 

駆逐棲姫「私のコレクションです!ああ、素敵ですよね…違ったり切り落としたり…みんな悲鳴をあげたり泣き叫んだり…可愛かったなぁ…」

 

レ級「連れて帰りはしなかったと」

 

駆逐棲姫「まあ、暴れて面倒だったので処分しました…ああ、でも何人か諦めて大人しい子がいましたよ」

 

レ級「そいつらは?」

 

駆逐棲姫「生魚拒絶したから1人殺して…えーと…その後カモメが近くを飛んだのでムカついて1人殺して……あー、最後の1人はあんまりにも暇だったから殺しちゃいました、ここの目の前だったんですけどね」

 

レ級「…思ったより衝動的な…」

 

駆逐棲姫「そんなもんですよ、それにその方が楽しいし…考えて遊ぶよりずっと楽しいんですよ、ただ一瞬で終わるのが玉に瑕ですねぇ…でも料理とかも食べたい時に食べた方が美味しいでしょう?」

 

レ級(理解できないな)

 

駆逐棲姫「うわ、その蔑むような目…抉りたくなりますねぇ…その視線を保存したいですよ」

 

レ級「写真なら撮ってもいい、お金は取るけど」

 

駆逐棲姫「お金なんて此処じゃ使わないのに?」

 

レ級「私は頻繁に人間の生活圏に行くから使い道がある」

 

駆逐棲姫「…まあ、まずカメラがないんですよねぇ…携帯電話とか持ってたりしません?」

 

レ級(こいつ、私の持ち物を把握してるのか?)

 

レ級「そんなもの無い、有ったとしてもすぐ壊れるだろうし使い道がない」

 

駆逐棲姫「…ふぅん…」

 

レ級(……気に食わない、か)

 

駆逐棲姫「貴方…クセが変わりましたねぇ…」

 

レ級「何?」

 

駆逐棲姫「クセですよ、クセ…例えば歩き始めるときは右足から出したり…座る時に足を組む人や組まない人…そう言うクセ、例えば貴方は私の話をあしらう時には吐き捨てるような表情を見せるのですが…今貴方は思案するような表情を見せましたから…」

 

レ級「よく見てるらしいな、気色悪い」

 

駆逐棲姫「おや、その表情……そのメチャクチャ嫌そうな表情は変化が無いんですねぇ…おかしいですね、もしかして持ってるんですか?携帯電話」

 

レ級(…コイツ)

 

駆逐棲姫「ああ、その表情って事は持ってるんだ…へぇ、どうやって?」

 

レ級「持ってない」

 

駆逐棲姫「別に取りませんよ?どうやって手に入れたのかなぁ…と思って」

 

レ級「持ってないと言っているだろう」

 

駆逐棲姫「……ああ、貴方もしかして記憶を取り戻したとか?それで過去の使用してた携帯を手に入れたとか」

 

レ級「…違うけど、それでいい」

 

駆逐棲姫(嘘は言ってないから記憶は取り戻してない…じゃあどうやって?)

 

駆逐棲姫「羨ましいですねぇ…私も携帯欲しいし記憶も取り戻したいですよ」

 

レ級「…なんでだ」

 

駆逐棲姫「当たり前でしょう?私の中に眠る記憶にはきっとたくさんの実験の記録や苦痛に満ちた被験者の顔がある…最高じゃないですか」

 

レ級「その割には捕虜どもに入れ込んでいるようだが」

 

駆逐棲姫「ああ、あれは使い道があるんですよ…今からご覧に入れますよ」

 

レ級「ふん…」

 

駆逐棲姫「たった今から此処は私のものですから」

 

駆逐棲姫がにこりと微笑む

 

レ級「…なんだと?離島棲鬼はどうした」

 

駆逐棲姫「今から、どうにかしに行くんですよ…ついてきます?」

 

レ級「……そうさせてもらおう」

 

 

 

 

離島棲鬼「…何?駆逐棲姫ト、レ級ジャナイ」

 

椅子に座った離島棲鬼がこちらを見下すような目で見る

 

レ級(火力的には余裕で勝てるんだがな…)

 

駆逐棲姫「どうも、天才が帰ってきましたよ」

 

離島棲鬼「貴方ノソノ不遜ナ態度、嫌イジャナイワ」

 

駆逐棲姫「今から私の事大嫌いになると思いますけどねぇ?」

 

離島棲鬼「…何カシラ」

 

駆逐棲姫「此処は今から私のものになります、要するに頭が交換されます」

 

離島棲鬼「…何デスッテ?ソンナ事許ストデモ…」

 

離島棲鬼が立ち上がり艤装を展開した…瞬間に艤装が崩れ落ちる

 

離島棲鬼「ナ…!」

 

駆逐棲姫「だからセキュリティは強化しろって…世界中のネットユーザーの共通認識ですよ?」

 

離島棲鬼「何ヲシタ…何ガ…!」

 

駆逐棲姫「貴方が原初の深海棲艦の一つである事は知ってますが… 脆弱すぎましたねぇ…やっぱりセキュリティアップデート必須ですよー、ご注意ください」

 

レ級(何言ってるんだコイツ)

 

駆逐棲姫「さて、どう料理したものか…」

 

離島棲鬼「私ニ手ヲ出シテタダデ済ムトデモ…!」

 

駆逐棲姫「おや、思ってますよ?」

 

離島棲鬼の背後から戦艦棲姫と飛行場姫が現れる

 

飛行場姫「コ、コレハ…ドウイウ状態ナノ…?」

 

戦艦棲姫「ッ…!」

 

離島棲鬼「来タカ…!裏切リ者ダ!殺セ!」

 

駆逐棲姫「あら、あららららのら…大物が2つ…」

 

レ級(…艤装を展開できなくされたら勝ち目は薄いだろうが、どうするつもりだ?いや、待てよ…2人とも艤装を潰される瞬間を見てない…)

 

駆逐棲姫「レ級さん、そんなに考える必要はないんですよ」

 

ぞろぞろと深海棲艦が周囲に集まる

 

レ級(これは…この辺りの深海棲艦が全て集まってるんじゃ…)

 

駆逐棲姫「戦艦棲姫さん、飛行場姫さん…周りをよーく見ましょうか」

 

その声と同時に周囲の深海棲艦が艤装を2人に向ける

 

戦艦棲姫「…ドウヤッテ…コンナ数ヲ…」

 

飛行場姫「ム、無理!降参!オ願イダカラ許シテ!」

 

離島棲鬼「飛行場姫!貴様ァ!」

 

離島棲鬼が飛行場姫に掴み掛かろうとするも、戦艦棲姫が間に割って入る

 

離島棲鬼「オ前マデ裏切ルノカ…!?」

 

戦艦棲姫「仲間内デ争ウノハ愚策デス…」

 

駆逐棲姫「仲間内?まだそんな甘い事考えてるんですねぇ…」

 

離島棲鬼「言ワセテオケバ…!……ナ、ナンダ!」

 

離島棲鬼の服の裾に肌色の腕が伸びる

 

離島棲鬼「キ、貴様ラハ捕虜ノ…!何故牢ガ開イテ…」

 

駆逐棲姫「私が開けたに決まってるでしょう…さあ、復讐のお時間です…」

 

離島棲鬼「ヤメロ!離セ!…クッ…振リ解ケナイ…!」

 

戦艦棲姫「何故コンナ奴ラニ力負ケシテ…」

 

駆逐棲姫「やっぱり艤装がないと人程の力しか出せないようで」

 

戦艦棲姫「何…艤装ガ…?」

 

駆逐棲姫「あー、今なら投降を受け入れますよ?それと…離島棲鬼さん」

 

離島棲鬼「コンナ事…絶対ニタダデ済マセル物カァァァッ!」

 

駆逐棲姫「ご心配なく、貴方の後ろ盾とは話がついてるんですよ」

 

離島棲鬼「ナ……」

 

戦艦棲姫「…私モ投降スル」

 

離島棲鬼「戦艦棲姫!!」

 

駆逐棲姫「はい、元捕虜の皆さーん…殺さない程度に甚振って下さ〜い♪」

 

離島棲鬼「ヤメロ!グ…グアアア!痛イ!噛ムナ!肉ガ千切レ…アアアアアアアア!!」

 

隙間から見える光景に目を背ける

 

駆逐棲姫「おや、グロ耐性ない人ですか?…ああ、右腕取れちゃった…ちょっとやり過ぎですね、今日はそこまででいいですよ」

 

その声と共に離島棲鬼に襲いかかっていた人間が立ち上がり、整列する

 

駆逐棲姫「離島棲鬼さん…ああ、右腕はないし左足は骨で繋がってるだけで肉を削がれて…身体中引っ掻き傷や噛み痕だらけですねぇ」

 

離島棲鬼「…ア"…ガ……」

 

駆逐棲姫「ん?ああ、喉もやられましたか…ふふっ♪貴方はまだ利用価値があるんですから殺しはしませんよ、復活させるのに手間をかけたくありませんから」

 

レ級「…コレでお前がここの頭か?」

 

駆逐棲姫「そうですねぇ…貴方は如何なんですか?」

 

レ級「私はトップに興味はない」

 

駆逐棲姫「それはよかった、後はキタカミとか言う人間崩れが気になりますね」

 

レ級「…私が砕いてこよう」

 

駆逐棲姫「おや、頼んでもないのに自主的に?」

 

レ級「……お前を敵に回すのは厄介がすぎる」

 

駆逐棲姫「それは賢いですねぇ…やっぱり貴方は素敵ですよ」

 

レ級「……」

 

駆逐棲姫「さて、離島棲鬼さん、貴方の扱いですが…貴方には表向きなトップとしての仕事をしていただきます、要するに交渉とか…」

 

レ級(お前の方が向いてそうだが)

 

駆逐棲姫「私は参謀という立ち位置に収まりましょう、なので権力は貴方に帰属します、わかりますか?」

 

離島棲鬼が何も言わないまま睨みつける

 

駆逐棲姫「皆さん、もう少し痛めつけていいですよ」

 

離島棲鬼「ナッ…ヤ、ヤメロ!ヤメテクレ!」

 

駆逐棲姫「わ、喉潰されたふりしてたんですねー、私怒りますよ?それにしても…痛覚とか持ってるの可哀想ですねぇ!あははっ♪」

 

離島棲鬼が人間の波に飲まれる

 

駆逐棲姫「自分が人体実験だのなんだのしてたツケじゃ無いですか、私はこの人達の衣食住を保証して人として扱っただけなんですよ?」

 

レ級(…成る程な、不利益な情報を持つ奴は処分して盲信する奴だけを残したか…ヨーロッパから捕虜を連れて帰ってこなかったのも見られたり聞かれたりする事を防ぐため…何とも…)

 

駆逐棲姫「貴方は表向きのトップ…権力は帰属しますよ、ええ…ですが私に従わなければ如何なるかおわかりで?」

 

離島棲鬼「ワカッタ!ワガッ…ガハッ!アガッ…」

 

駆逐棲姫「はーい、そこまで、もういいですよー」

 

レ級「…ショーみたいに痛ぶるんだな」

 

駆逐棲姫「飛行場姫さんがより従順になってくれますから…ねぇ?飛行場姫さん」

 

飛行場姫「ハ、ハイ…私ハ絶対ニ裏切リマセン…!」

 

レ級(恐怖支配…)

 

駆逐棲姫「戦艦棲姫さん、貴方の前線での頑張りを離島棲鬼は一度でも評価してくれましたか?」

 

戦艦棲姫「急ニ何ヲ…」

 

駆逐棲姫「良いんですよ?今の離島棲鬼の扱いはその辺のイ級よりも軽い…貴方が何をしても私の力を持って許します」

 

離島棲鬼「ヤ、ヤメロ戦艦棲姫!」

 

戦艦棲姫「……私ノ趣味デハナイ」

 

駆逐棲姫「そうですか、貴方は心優しい方ですねぇ…良かったですね、離島棲鬼さん?」

 

離島棲鬼「……」

 

駆逐棲姫が右手を上げる

捕虜が離島棲鬼を地面に投げ捨て、後頭部を踏みつけて顔を地面に押し付ける

 

駆逐棲姫「おい、離島棲鬼…戦艦棲姫さんに御礼は?」

 

離島棲鬼「…ア"……アリガトウ、ゴザイマス…」

 

戦艦棲姫「ッ……」

 

駆逐棲姫(あの表情…ああ、怖がってるだけか…深海棲艦なんてみんな本質は汚い…そのままやれば簡単に堕ちる…)

 

レ級(…雑魚の一匹も残さず…全ての深海棲艦を…統制した…か)

 

駆逐棲姫「レ級さん、何ですか?その目は…」

 

レ級「…お前を殺すのは苦労しそうだ」

 

駆逐棲姫「ほう?」

 

レ級「…気にするな、クセだ…誰であろうと如何すれば殺せるか考える…それが私だ」

 

駆逐棲姫「…では、不可能だ…と、記憶してください」

 

レ級「断る、私は失礼する」

 

駆逐棲姫「ふふっ♪」



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手駒

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

海斗「……明日、か…」

 

明日、アウラに会う…その準備もしないといけない

でも何より今僕がやらなきゃいけない事はリアルにある…

 

海斗「…如何してだろう、今日は気が重いな…」

 

朝潮「コーヒーでもお淹れしましょうか」

 

海斗「…いつの間に部屋に入ったの?」

 

いつの間にか真横にいた朝潮に驚きつつも彼女の提案を受け入れる

 

朝潮「お砂糖とミルクは」

 

海斗「…一つ入れてくれるかな、ミルクはなしで」

 

朝潮「お時間少しいただきます」

 

海斗「…え」

 

朝潮がワゴンにカセットコンロとポット、コーヒーミルなどいろいろな一式を乗せて運んでくる

 

海斗「あ、朝潮…?そんなに本格的にやらなくても…インスタントで良いんだけど…」

 

朝潮「一つの基地の司令官がそれではいけません、一流のものを嗜んでこそです!」

 

海斗「…ええと…」

 

海斗(曙辺りが見たら何遊んでるんだって怒りそうだなぁ…)

 

朝潮(…のの字…のの字…)

 

朝潮は真剣な表情でコーヒーを淹れている

 

朝潮「…よし、ちゃんとできた…!」

 

朝潮がデスクにコーヒーの入ったカップを置く

 

海斗「ありがとう…あれ」

 

飲もうとしたところを手で制される

 

朝潮「まだです、まだ飲まないでください」

 

不思議な形のスプーンに角砂糖と液体が入ったものをカップの上に乗せられる

 

海斗「…この匂いは、ブランデー?」

 

朝潮「はい、あとはこれに火をつけて…少々お待ちください」

 

海斗「…わざわざ準備してくれてありがとう」

 

朝潮「これはカフェロワイヤルと言って…以前青の方の曙さんが提督に淹れる練習をしてたものです」

 

海斗「…曙が…」

 

朝潮「はい、そろそろ良いかな…砂糖を溶かしてどうぞ」

 

海斗「ありがとう」

 

香ばしくて、甘い香り

 

海斗「こういう凝った趣味は…曙らしいのかもね」

 

朝潮「…まあ、そうですね…苦い思い出でもあります」

 

海斗「朝潮も飲んだの?」

 

朝潮「……不慮の事故で」

 

海斗(…?)

 

 

 

朝潮「如何でしょうか、アルコールもしっかり飛ばしたはずですし、豆やブランデーの種類も曙さんが選んだものをそのまま流用しています、相性も悪くないかと…」

 

海斗「美味しかったよ、ありがとう」

 

朝潮(…流石に司令官は酔わないか)

 

海斗「…どうかした?」

 

朝潮「いえ、それならば良かったです」

 

海斗(…あれ、メールが来てる…これは、誰から……ハル?曙のアドレスだ…)

 

朝潮(…何かあったようですね)

 

メールを読む

 

海斗(…そう言う事、か…それなら…早く進める方がいいかな)

 

朝潮「司令官、難しい顔をされておられますが…」

 

海斗「いや、丁度解決したところだよ」

 

海斗(…大丈夫、絶対に上手くいく…!)

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

駆逐艦 不知火

 

不知火「…帰ってきてしまいましたか」

 

門の前を最早何往復したか

入れば良いのに入れない、司令にも連絡が入っている、きっと今頃心配をかけているのに…

 

不知火(しかし私は司令からの誘いを直接断り大した戦果も上げず…く…!)

 

不知火「あれ」

 

いつの間にか警備の人員に両脇を抱えられ、抵抗すらままならないまま連行される

 

不知火「…あの、不知火は不審者では…」

 

警備員「申し訳ありません、連行するようにと言う命令ですので」

 

不知火「……なんと」

 

 

 

 

応接室

 

不知火「……あの」

 

度会「なんだ」

 

不知火「謝りますので…その、陽炎をどうにかしてください」

 

陽炎に背後から硬く、強く抱きしめられる

 

陽炎「……」

 

不知火「何も言わないし、怖いんですが」

 

度会「…秋雲が意識不明になってから陽炎も精神的に不安定でな、許してやってくれ」

 

不知火「秋雲が?」

 

度会「The・Worldをプレイ中にな…知っているか?」

 

不知火「…プレイした事はあります」

 

不知火(PKとしてですが)

 

陽炎「不知火…本当に生きて帰ってきてくれて良かった…もう一度会いたかった、それが叶って…本当に……」

 

不知火「泣いてるんですか……情けない人ですね」

 

陽炎「っ……」

 

度会「おい、不知火…」

 

不知火「私の姉は…折れない人でした、おちゃらけた所もありましたが…真面目で、常に妹達の前に立ち、自身を導として私達を率いる人でした、今の貴方は陽炎とはとても呼べません」

 

陽炎「…でも、私は…」

 

不知火「秋雲が帰ってきた時もそんなに情けない顔をするつもりですか、もっと堂々と受け入れなさい」

 

陽炎「……そうね、少し走ってくる」

 

陽炎が俯きながら部屋を出る

 

度会「…随分厳しいな」

 

不知火「鬱陶しいので…別に陽炎はさっき言ったほど立派ではありませんよ、ただ明るくてうるさくて、私たちの先頭に立つのが大好きな困った姉と言うだけです」

 

度会「……」

 

不知火「…改めまして、司令…恥ずかしながら帰ってまいりました」

 

度会「ああ、おかえり…で良いのか」

 

不知火「熱いバグもあれば百点なのではないでしょうか」

 

度会「瑞鶴か龍田にでもしてもらえばいい、呼んでやる」

 

不知火「冗談ですから受話器をおいてください、特に龍田さんは馬鹿力で締め上げるので」

 

度会「……お前には早速働いてもらうつもりだが」

 

不知火「それはお待ちください、私は新しい艤装の適合手術を受けています…慣らしが必要です」

 

度会「それならば慣らしにおあつらえ向きの仕事がある」

 

不知火「…太平洋深海棲艦基地奪取作戦」

 

度会「そうだ」

 

不知火「わかりました、その作戦に合わせて準備させていただきます」

 

度会「活躍を期待している」

 

不知火「私はただ一つの銃です…銃は銃として存在する…どんな敵も撃ち砕きます」

 

度会「…お前もお前だな、もっと自分を大事にしろ…陽炎が泣くぞ」

 

不知火「…わかっています、しかし私が力であることに変わりはない…強力な力である事に」

 

不知火(…秋雲の事が気になりますし…やるべき事は多い、か)

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

提督 火野拓海

 

火野「本当にそれで良いのか」

 

浜風「…はい、私は戦います、深海棲艦を殺します…例えそれがかつて人間だった存在だとしても…私はその方達が新たな犠牲者を出す事は絶対に防ぐ…それが私の決断です」

 

火野「…ならば、君には次作戦に参加して貰う」

 

浜風「はい」

 

 

 

火野(これでこちらの手札も揃ったか…後は何で勝負するか)

 

アオバ「失礼します、司令官、大淀さんが作戦に差し当たって出撃するメンバーの調整を行いたいと」

 

火野「わかっている」

 

この作戦にかける我々の人材は少数かつ精鋭であるほど良い

佐世保の連合艦隊は大規模で仕掛ける陽動であり本命

我々は展開し、各方向から敵の注意を集めて上陸戦を仕掛ける…しかし、全員が単独で敵を殲滅する力を持った…

 

火野「言わば…両方が本命と言うわけだ…」

 

アオバ「…深海棲艦なんて無限に湧いて出るのに、上手くいくんでしょうか…」

 

火野「…上手くいく、そうでなくてはならない」

 

しかし、どう動けばいいか…

慎重に進めなくてはならない

 

火野「アオバ、君は自分の仕事に戻りたまえ」

 

アオバ「ありがとうございます、どうやら見つかりそうです…もう1人の青葉」

 

火野「…それは良かった」

 

今我々を照らすのは…月と星の明かりか、それとも太陽の輝きか

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地近海

イムヤ

 

イムヤ「…うう…何と言うか、警戒体制敷かれてるし…近寄り難いなぁ…」

 

海から顔を出して様子を伺う

 

イムヤ「…あ、あれは…」

 

少数の部隊が海へと飛び出し、整列する様子からこれから出撃に出るらしい

駆逐艦のみの編成から哨戒の可能性が高いか

 

イムヤ(……沖でちょっと話すくらいならいいかな)

 

水中に潜り哨戒部隊の見える位置をキープする

 

イムヤ(…みんな、頑張ってるな…元気で良かった)

 

編成は朝潮型の4人、話が通じそうなのは朝潮と山雲

 

イムヤ(タイミングを見て朝潮に…でも、哨戒の邪魔したら危ないか…)

 

思案しながら進む

ぼちゃぼちゃと頭上で音が鳴る

 

イムヤ「…へ?」

 

爆雷がゆっくりと沈んでくる

 

イムヤ「嘘!レーダーにかかっちゃった!!」

 

急速潜行でなんとか爆発を逃れ、距離を離す

 

イムヤ(10メートル以上は潜れないしこの移動速度じゃやられるなぁ…って、あれは…深海棲艦の群れ!)

 

戦艦級を先頭に少数の深海棲艦の群れが朝潮達に接近している

 

イムヤ「……艤装は無いけど…やれるかな」

 

やる事はもう決めている

戦艦級へ向かって接近する

 

イムヤ(…足元に入ればこいつらは何もできない、大丈夫だから…)

 

静かに…

狙い澄ます、獲物を狩るために

 

戦艦級の真下に入り込み、少しずつ浮上し…

 

イムヤ「…聞いてるわよ…アンタらみんなにこんな事したんだって!?」

 

戦艦ル級の両足を掴み、水中に引き摺り込む

 

イムヤ「ようこそ潜水艦の世界へ…!」

 

戦艦の足を掴んだまま深く潜る

上の方で爆雷が落ちてくる音が鳴り続ける

 

イムヤ「武器がないからさ…こうするけど、許してね」

 

ル級を盾に爆雷の衝撃を受け止める

 

イムヤ「…深海棲艦だけじゃない、朝潮達も爆雷投げてる…そろそろ堪える頃かな…」

 

ル級の背中を蹴り上げ、急速浮上する

バッグを水面に引き上げ中から機械を取り出す

 

既に戦闘は終わっているらしくら浮上してくるル級と私の行為を遮るものは居ない

 

イムヤ「さあ…どうなるかな」

 

仰向けのままに浮上してきたル級に馬乗りになり機械を押し当て作動させる

眩い閃光に思わず目を閉じる  

 

イムヤ「……っ?」

 

ル級の露出した肌が変色を始める

 

イムヤ「…は、肌が…ル級の肌が肌色になってきてる…!やった!多分成功だ…!」

 

後はル級を引っ張って帰るだけ…

私のやるべき事が今確立した…!

 

イムヤ「…あれ?朝潮達は……居ないし!」

 

周りを見渡しても誰も居ない…つまり急いで離脱したと言うことになる…

私はたった1人でル級を浜まで引っ張っていった

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 朝潮

 

朝潮「点呼!1!」

 

大潮「2!」

 

荒潮「(目の前にいるのに…)さ〜ん」

 

山雲「よ〜ん…全員いま〜す」

 

朝潮「良し…哨戒は中断となりましたが其々ゆっくり休む様に」

 

山雲「うーん…仕方ない〜ですね〜」

 

荒潮「あの海に引き込む深海棲艦が出てきた以上は危険だものね〜」

 

朝潮「爆雷も初撃をかわされました、かなり知能が高い様ですね…」

 

荒潮「でもなんで味方を海に引き摺り込んだのかしら〜」

 

朝潮「…さあ、でもおかげで他の敵は殲滅できました、幸運だったと言うほかありません…私たちの腕力では誰かが掴まれた時点で引き上げるのも難しいですから」

 

山雲「もー、本当に困ったわね〜」

 

荒潮「ね〜」

 

大潮「でも、今日も無事に帰れたのでアゲアゲです!」

 

朝潮「とりあえず報告書は荒潮、作成をお願いします、大潮は艤装の修繕を…私達は引き継ぎをしますので」

 

2人を送り出す

 

朝潮「…さて、私達も仕事に」

 

山雲「…そうですね〜」



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ネットワーククライシス

福岡 ネットカフェ

青葉

 

青葉(…不味い、翔鶴さんにもらったお金も今日で尽きる…もう2日ちゃんと食べてないのに…せめて朝食無料のところが空いてれば……こんなにお腹が減るのはこの身体の所為なのかな…)

 

憂鬱な気分に呑まれそうになる

 

ログインしていたThe・World用のアカウントにメールが表示される

 

青葉「あれ…メールだ…もしかして司令官…!」

 

[from:ぴろし3

  件名:青葉さんへ

 

あの件の後ログインをされた様なので連絡させていただきました。

貴方は無事なのでしょうか?

是非あの事件についてお話がしたいと思っています、可能ならば直接会えませんでしょうか。]

 

青葉「…凄く真面目なメール…」

 

ゲーム内のおちゃらけたキャラクターとのギャップに驚きつつも内容を見て考え込む

 

青葉「…この姿を見られたくないけど、今日返事をしないともうネットカフェには入れないから…」

 

[from:青葉

  件名:Re:青葉さんへ

 

わかりました、私は訳あって福岡から動けないのですがそれでも良ければお会いします]

 

送信してすぐに返事は届く

 

[from:ぴろし3

件名:なんと

 

私も今福岡にいます、動けないとの事ですがこちらから向かった方が良いでしょうか?

場所を教えていただければすぐに向かいます。]

 

青葉「…近くの公園どこだろう…」

 

[from:青葉

件名:Reなんと

 

福岡市にある天神中央公園でお待ちしています、黒い長手袋と白いパーカーでフードをかぶってる女性です]

 

青葉「…良し…行こう…!」

 

覚悟を決めるしかない

私ができることやるって決めたから

 

 

 

 

天神中央公園

 

青葉「…暑い…」

 

真夏の日光に晒されるだけではなく、フードと長手袋

蒸れる上に熱された衣服が地獄の様な暑さを作り出してくれるおかげで五分とたたずに熱中症や脱水症状の影に悩まされる

 

青葉「…時間も指定しておけば良かったな…二時間後とか言われたら…死んじゃうかも…それにこの公園、広すぎるし…迷ってたら…」

 

松山「すいません、貴方が青葉さんですか?」

 

予想に反して待ち人は5分で来てくれた

 

青葉「…ぴろし3さん…?」

 

松山「はい、改めて自己紹介させていただきます、松山洋です」

 

青葉「…すいません、青葉ですとしか名乗れません…」

 

松山「ネットゲームで出会っただけの相手を急に信用するのは難しいでしょう、どうぞお気になさらず…此処暑くないですか?良ければ場所を移しませんか?」

 

青葉「…いや…」

 

青葉(…お金が無いのでとは…言いづらいような…ええと…)

 

松山「丁度昼時ですし良ければ食事でも、お話さえ聞かせていただければ構いませんから」

 

青葉(ご飯…!でも、殆ど見ず知らずの人にご馳走になるのは…でもご飯が…)

 

青葉「…はい」

 

 

 

 

 

 

青葉「…んぐ…ぷはっ…」

 

氷水が痛いほど胃に染み渡る

 

松山「しかしよかった…福岡から動けないと言われた時は入院されてるのかとばかり…」

 

青葉「…そう言うわけでは無いですね、ご心配をおかけしました」

 

松山「ああ、いえ…あ、どうぞお気になさらず好きなものを頼んでください」

 

青葉(…当たり前だけど様子を窺われてる…それにしても…個室のお店なんて…秘密の話におあつらえ向きな…)

 

メニューを受け取り読む 

 

青葉(…たくさん食べられるの頼みたいけど…そう言うわけにも…うう…どれが1番…これかな、これが1番安い…)

 

青葉「じゃあ…これで」

 

松山「本当にいいんですか?ほら、以前に私のPCを直すのを手伝っていただいたしそのお礼と思っていただいて…」

 

青葉「いえ、結構ですので…」

 

 

 

松山「青葉さんは艦娘でしたか」

 

青葉「…まあ」

 

松山「秋雲と言う子については」

 

青葉「伺ってます…その、はい」

 

松山「あの時現れたカイトというキャラクター…彼を見た時貴方はすぐに逃げようと言いましたよね、あれは何故でしょうか」

 

青葉「……AIDAはご存知でしょうか」

 

松山「…軽くでしたら」

 

青葉「あのカイトの周りにAIDAが見えました…AIDAにやられると意識不明になる…だから逃げなきゃいけないって…そう思ったんです…」

 

松山「…成る程、そうでしたか、わざわざすいません…どうしても確認したくて」

 

青葉「いえ…」

 

料理が運ばれてくる

 

青葉「あれ、私が頼んだものと違う様な…」

 

松山「お気になさらずどうぞ」

 

青葉「いや、悪いです…!」

 

と言いつつも目は料理に釘付けになる

空腹を理性で押さえつけるにも限界というものがあり、同じ様なやりとりを何度かするうちに私は箸を握っていた

 

 

 

青葉「ご馳走様でした…」

 

明らかに2人分以上にあった食事を平らげ、漸くまともな思考回路が戻ってくる

 

青葉(…ああ、なんてはしたない…ホントにもう…)

 

松山「実の所…」

 

青葉「…はい」

 

松山「いろいろなことを調べさせていただいたんです、貴方はカイトと行動を共にしていましたよね」

 

青葉「…っ……」

 

青葉(…なんで今更と思ったけど…そういう…)

 

松山「私は貴方がカイトを呼んだのかもしれない…とも思っていました、カイトは最早私の知る勇者では無く…その刃を悦楽の為に振るうような外道に成り下がったのかと」

 

青葉「そんな事ありません…!」

 

松山「わかっています、度会って奴は分かりますか?彼に貴方たちについて聞きました、2人のカイトについても」

 

青葉「…そうですか」

 

松山「…良ければ、秋雲さんを…そしてThe・Worldを救う為に一緒に戦って欲しいんです」

 

青葉「それは…難しいです」

 

松山「…まあ、当然の反応だと思います、急に無理を言ってすいません」

 

青葉(…私にはやらなきゃいけない事がある…私にはいつか帰らなきゃいけない場所がある…だから、それは…)

 

青葉「……松山さんは、どうするつもりなんですか…?」

 

松山「とにかくゲームの中で情報を集め続けるつもりです、ゲームで起きた意識不明事件はゲームの外で解決したことがありませんでしたから」

 

青葉「過去にも意識不明者が出るような事件に…?」

 

松山「言いませんでしたっけ、私は昔カイトと一緒に黄昏事件…あー…たくさんの未帰還者…ゲームで意識不明になった人達を助ける戦いに参加したんですよ」

 

青葉(そう言えばゲームの中で知り合いっぽい事言ってた…)

 

松山「…あれ、なんだ?」

 

テーブルの皿がカタカタと音を立てて振動する

何かが唸るような音、そして悲鳴…

 

青葉「地震…」

 

松山「かなり大きいですね、逃げる準備を…いや、でも地震の通知が来てないな…ちょっと失礼」

 

松山さんがスマホで何かを調べ出す

その間にもまた悲鳴

そして何かがはしゃげたような音…

 

青葉(すごく、すごく嫌な感じが…)

 

松山「な…!」

 

青葉「…どうしたんですか…?」

 

松山「……遅かった…電子災害(ネットワーククライシス)が…起きて、しまった…」

 

青葉「あの…?」

 

松山「外に出ましょう、携帯も今圏外になってしまったようで」

 

青葉「…わかりました」

 

真剣な表情の松山に連れられ屋外に出る

 

 

 

 

青葉「…これ、何ですか…?」

 

道路に横転する電車

それが走っていたであろう線路の破片が車を押しつぶし、信号機も何が原因か捻じ曲がり倒れている

 

事故を避けようとした車が建物や歩道に進出した痕も、何もかもが連鎖し悪い方向へと進み続けた結果が目の前に広がっている

 

松山「…信号のシステムはダウン、いや…電車も…それだけじゃない、ネットに繋がった全てが一時的にダウンした…」

 

青葉「それで、こんな…」

 

松山「…此処にいたら事故に巻き込まれかねない、移動しましょう」

 

青葉「…はい」

 

青葉(リアルでこんな事になるなんて…ネットで何が…?)

 

 

 

 

 

 

大湊警備府

提督 徳岡純一郎

 

徳岡「おい、五月雨!起きろ!」

 

つい先程、五月雨がゲームをしていて急に倒れたという同室の涼風の報告があった

 

涼風「そのメガネみてーなのつけたままふらーって…!いきなり倒れたんだ…!」

 

白露「これ…M2Dだ、しかもCC社が最近出したThe・Worldモデルの…つまり五月雨はThe・Worldをプレイしてたの…?」

 

涼風「知らねえよ!でもこんなのつけてるの見た事ない…」

 

白露「…待って、時雨たちは?睦月も…こんなに騒いでるのに何で反応ないの!?」

 

徳岡「…アイツら、暇な時にThe・Worldをプレイしてたよな…?」

 

白露「…提督は睦月たちをお願い!」

 

徳岡「わかってる!」

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

海斗「状況は!?」

 

朝潮「意識が戻らないのは朧さん、明石さんのみです、他の気絶してた方は順々に目を覚ましてますのでおそらく2人も…」

 

海斗「良かった…それで、全員がそうなの?」

 

朝潮「はい、全員、ゲームをしていて急に画面が強く光ったと」

 

海斗「やってたゲームは…The・World?」

 

朝潮「いえ、それが…どのゲーム、と言うわけではないようなんです、例えば意識を失った曙さんはアクション、漣さんはシューティング…パズルゲームをしていた潮さんだけは意識を失いませんでした」

 

海斗「…何が違うんだろう」

 

朝潮「意識不明者は全員アレをつけていました」

 

朝潮がFMDを指す

 

海斗「…そうか、みんなFMDを…?」

 

朝潮「司令官、一体何が…」

 

海斗「…わからない」

 

春雨「居た、倉持司令官」

 

海斗「春雨?」

 

朝潮「私が調査をお願いしてたんです」

 

春雨「意識不明の原因ですけど、FMDやM2DみたいなVR機器で強力な刺激光線を受けた事による脳の防御反応と見られます」

 

海斗「じゃあ…」

 

春雨「ええ、大事に至る人は居ないかと」

 

海斗「良かった…」

 

春雨「…何で貴方は意識不明になってないんですか?」

 

海斗「それはわからないけど…」

 

朝潮「…あれ、スマホが圏外になってる…」

 

春雨「貴方もですか、私の携帯が壊れたのかと思ってましたけど」

 

海斗「…え?」

 

慌ててスマホを確認する

圏外と表示され、ネットに繋がらない

 

海斗「……まさ、か…」

 

潮「あ、提督…」

 

海斗「潮、そういえば君は意識不明になってないんだったね…」

 

潮「すいません、食堂のテレビ、映らなくなっちゃって…直せる人知りませんか?」

 

海斗「テレビまで…?」

 

春雨「私が直しましょうか」

 

潮「お願いします」

 

 

 

食堂

 

満潮「なんか…電子レンジが壊れたみたいで…」

 

如月「最近買った遠隔操作できる凄いやつらしいのに…どうしましょう…オーブンとしても使ってたのに…」

 

曙「火なら用意できるけど」

 

満潮「燃料臭くなりそうだから要らない…」

 

海斗「曙?もう動けるの?」

 

曙「別にちょっと気を失っただけよ、余裕余裕」

 

春雨「それで?壊れたテレビは…これか、いや、ちゃんと点く…放送局とかアンテナの問題ですね、見てきます」

 

海斗(やっぱり、まさかネットワーククライシスが起きてるんじゃ…アウラが穴場に呼び起こされた事でネットに何か…)

 

夕張「提督!繋がる電話ありますか!?」

 

海斗「夕張?いや、ごめん、ないよ…」

 

夕張「不味い…あ、春雨さん!」

 

春雨「え、なんですか」

 

夕張「医療関係のものがストップしました!今日の手術は以降全てできません!」

 

春雨「…嘘でしょう?」

 

海斗「…みんな、ネット関連のものは全て使えなくなってると思って」

 

朝潮「司令官?」

 

海斗「ネットワーククライシスが起きている…動ける人を集めて!きっと街も混乱してる筈だ、事故が起こってるかもしれない、急いで動くよ!」

 

春雨「ネットワーククライシス…?そんな馬鹿な…」

 

朝潮「私は姉妹を呼んできます!満潮!手を貸して!」

 

満潮「わかった!」

 

海斗「…アウラを呼んだのは、間違いだったのか…」



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声無き宣戦布告

福岡

青葉

 

青葉「…ここは?」

 

松山さんに連れてこられた家屋は街から少し離れたところにある普通の一軒家だった

 

松山「友人のアトリエ兼住居です、ちょっとお待ちを…なつめさん、留守ですか?」

 

大黒「は、はーい…ちょっと待ってもらえますか!?」

 

松山「居たようだ、良かった」

 

少しして玄関の扉が開く

細目の特徴的な女性が慌てた様子で顔を出す

 

大黒「ああ、ぴろしさん…と、そちらは…?」

 

青葉「…初めまして、青葉です」

 

大黒「あ、はい…初めまして…」

 

向けられる視線は明らかに警戒のものだった

当然ながら私の今の格好は顔どころかほとんどの肌を隠している、怪しまれて当然だ

 

松山「なつめさん、ちょっと上がって行ってもいいですか」

 

大黒「…別に良いですけど…その方は?」

 

松山「秋雲さんが意識不明になった時のもう1人です」

 

大黒「……わかりました、どうぞ」

 

どうやら、逃げ場が失われただけなのかもしれない

 

 

 

 

大黒「自己紹介が遅れましたね、私は大黒なつめです」

 

青葉(大黒なつめ…どこかで聞いたことがあるような…?)

 

松山「彼女は絵本作家でして、最近有名になったばかりの」

 

青葉「…あ、ああ!どうりで聞いた事があると…」

 

青葉(…いや、それだけだったかな…)

 

大黒「知っていただけてるようで嬉しいです、そしてG.U.のメンバーの1人で…」

 

松山「現在意識不明の秋雲さんの親族でもあります」

 

青葉「っ…!」

 

大黒「…お茶入れますね、と言ってもウチはオール電化なので…全部ダウンしちゃってて」

 

松山「クーラーも?」

 

大黒「私おっちょこちょいで…スマホで電源入れたり切ったりするやつにしたほうがいいって言われたものですから、あはは」

 

出された麦茶は氷のおかげでとても冷たかった

 

松山「なつめさん、先に言っておきますが青葉さんから聞き出せる事はありません、避難の目的でお邪魔しました」

 

大黒「ああ、別に良いですよ…松山さん、時計持ってますよね?今何時ですか?」

 

松山「13時37分です」

 

大黒「ネットワーククライシスから大体25分かな…原因がわからないから復旧も…うーん…ところで屋内なのにそんなに厚着で大丈夫ですか?」

 

青葉「…ええと…」

 

素肌を晒す事はできない…

首元、顔の少し下あたりにも侵食が進んでいるせいで外にいる時は一瞬たりとも気が抜けない…

 

青葉「どうか、お気になさらず…」

 

大黒「……まあ、良いんですけど…そのパーカー、すごく汗を吸ってますよ」

 

青葉「ご、ごめんなさい…」

 

大黒「あ、別に臭うって意味じゃ無くて…」

 

松山「…あ、ネットが回復した」

 

大黒「へ?」

 

大黒さんの間の抜けた声と同時にクーラーが起動する

 

大黒「お、おお…おおー!涼しいが帰ってきた…」

 

松山「電話回線はまだ繋がらないか…」

 

大黒「会社ですか?」

 

松山「いや、海斗君に」

 

青葉「……司令官に…?」

 

大黒「司令官?」

 

松山「…艦娘だとは聞いてましたが、海斗君の所の?」

 

青葉「…え、と…はい」

 

松山「…何でまたこんな所に?確か彼は高知に…」

 

青葉「…ごめんなさい、言えません」

 

大黒「うーん…まあ言えないことを聞き出しても仕方ないですけど…青葉さんでしたっけ、今どちらにお住みなんですか?」

 

青葉「……えっと…」

 

大黒「…まさか、とは思うんですけど…帰れるお家がなかったりしませんか?」

 

青葉「………」

 

松山「…まさか、本当に?」

 

青葉(…隠しても仕方ないか…)

 

青葉「はい、私は訳あって帰る場所がありません」

 

松山「…海斗君の所には…」

 

青葉「戻れません…」

 

大黒「…それは、誰に原因があって戻れないんですか?」

 

青葉「…大丈夫です、司令官は何も悪くないので…」

 

大黒「……つまり、貴方に問題があって貴方は帰れない、と」

 

青葉「はい…あの?」

 

大黒さんが席を立ち、携帯を使いどこかに電話をかける

 

青葉「何して…」

 

大黒「海斗さんに連絡してるんです…ダメですね、回線が混み合って繋がらない…」

 

青葉「だ、ダメです!そんな事…!」

 

大黒「迷惑がかかるから連絡できない、って…貴方は何か罪を犯したわけじゃないんですよね?」

 

青葉「…私は、誓って何も悪い事はしてません…!だけど、私は戻れるカラダじゃない…」

 

大黒「カラダ…?」

 

松山「…肌を隠してるのに…理由が?」

 

青葉「……」

 

勢いで余計なことを口走ってしまった

 

青葉「…お見せ、します」

 

長手袋を外す

 

大黒「…随分と色白な…」

 

松山「……いや、これは色白というか…」

 

フードを脱ぎ、肌の侵食されてない部分を見せる

 

大黒「こ、これは…?」

 

松山「…もしかして、貴方は深海棲艦に…?」

 

大黒「深海棲艦!?」

 

青葉「…はい、私の身体はどんどん深海棲艦へとなりつつあります、侵食はどんどん進んで行って…あそこに居たら深海棲艦を匿っていると言われるかもしれない、司令官やみんなに迷惑をかけたくない…」

 

大黒「……松山さん」

 

松山「…そうするしか無い、と思いますね」

 

青葉(…警察あたりに引き渡されるか…その前に逃げないと)

 

青葉「…失礼します」

 

大黒さんに手を掴まれて引き止められる

 

青葉「…触らない方がいいと思いますよ、どうなるかわかりませんから」

 

大黒「青葉さん、ここで暮らしませんか?」

 

青葉「…え?」

 

大黒「ここ、私がアトリエとして使ってるんですけど…まあ、1人じゃ持て余してて…良かったら住みませんか?」

 

青葉「…私は…深海棲艦になりかけてるんですよ…」

 

大黒「貴方が悪い人じゃ無いなら構いませんよ」

 

松山「海斗君には連絡だけしておきますから」

 

青葉「いや、なんで…?」

 

大黒「1人で生きていくのって、凄く大変ですよ…大変な時に助けてくれる人がいないと辛いですよ」

 

青葉「だから、なんで私なんかに…」

 

大黒「…深い意味はないんですけど、強いて言うなら私たちが海斗さんの仲間だから?」

 

松山「それに、困った時はお互い様でしょう、貴方は今まで艦娘として私達を守ってくれていた、その恩返しをする」

 

青葉「……」

 

大黒「あんまり深く考えないでいいんですよ、私たちは貴方の敵じゃないんです」

 

青葉「少し、考えさせてください」

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

ネットワーククライシスから4日、ようやく辺りは落ち着きを取り戻してきた

 

朧達は気を失っていたもののなんとか目を覚ました、気絶してた理由は不明

 

アウラがあの世界に降臨してから28分間、世界中のネットワークがストップした、まるで第一次ネットワーククライシス…PlutoKiss(冥王の口付け)のように、世界中が混乱した

 

だけど歴史上4度目のネットワーククライシスだった事もあり、対応はスムーズだった、被害も今までよりずっと少なく済んだ

 

海斗「…この辺りだけでも死者はこんなに…」

 

しかし、今までよりというだけだ、とても大きい傷であることは変わらない

 

この世界でネットが絡まないものはほとんどない、それが一つ残らず機能停止した…

 

ネット接続する家電から…政府の中枢のコンピュータまで、一つ残らず

幸いな事にハッキングしようにもパソコンが動かないお陰で機密データが漏れ出すことはなかったけど、株や銀行に預けた資産は一部が消失し、小さくない規模で経済が損失した。

 

ネットに接続しているおかげで動く機械もたくさんある、そしてそれは工場や…大きな病院、電車みたいな物にも絡んでいる。

機械の誤作動が各地で起こった、信号トラブルによる追突事故、制御を失ったせいで脱線する電車…

 

ネットワーククライシスが急に発生したせいで避けられない犠牲も多かった。

 

 

 

 

 

海斗「……アウラはネットワーク全体を管理する存在だった、それをThe・Worldに呼び出す行為が…こんな結果を引き起こした…」

 

つまり、これは…

僕達がやったことだ

 

その事を受け止めなくてはならない

 

 

海斗「…メール?」

 

 

メールバックを開く

やりとりした覚えのないメールが複数出てくる

 

海斗「ブラックローズに…?メールを送った覚えなんてないのに…」

 

その中の一つを開封する

 

[from:カイト

件名:ネットワーククライシス

 

ブラックローズ、The・Worldでまた何かが起きてるみたいだ、手を貸してもらえない?]

 

血の気が引いた

送った覚えがないメールが存在する事にじゃない

このメールの送り主とその意図を理解してしまった

 

他のメールを急いで開く

 

海斗「…そんな、オルカ、バルムンク…こっちはガルデニア…レイチェル、マーロー…月長石…!」

 

かつての仲間に送られたメールの文面はほとんど変わらない、そして返送されたメールにはほとんど了承の旨が書かれていた

 

海斗「僕もログインしないと……クビアを止めないと…!!」

 

The・Worldのページを開き、ログインを押す

 

[複数の端末から一つのアカウントにはログインできません]

 

海斗「…そん、な…電話!」

 

アドレス帳から目につくものへと電話をかける

 

海斗「…出ない…誰も……」

 

無情にも、コール音が鳴り続けるだけで誰からも返事は返って来なかった

留守番電話に注意喚起の連絡を残し、ネットワーククライシスで起こった被害の書類を眺める

 

海斗「……クビア…!」

 

これ以上の好き勝手は、許さない…絶対にここで止めなきゃならない

僕が取り戻さなければならない、みんなを…!



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開戦準備

太平洋 深海棲艦基地

戦艦 レ級

 

駆逐棲姫「んー、人間は大混乱してるみたいですねぇ…防衛システムも落ちてたのか、もったいないなぁ…アメリカの中枢くらいまで攻め込めば遊び放題だったのに」

 

駆逐棲姫がつまらなそうにネットニュースを眺める

 

レ級「…なんでお前がスマホを…」

 

駆逐棲姫「特務部の人から貰いました、アソコとは協力関係ですからねぇ…そして、ここを攻める作戦も知れましたし…まあ、随分とお粗末でしたが」

 

レ級「…どう言う作戦だ?」

 

駆逐棲姫「北と西に分かれて時間差を作り、西に戦力を集めて北から中に入り込んでくるみたいですよ、何人くらい生け捕りにできるかなぁ…」

 

レ級「…面白い提案がある」

 

駆逐棲姫「へぇ?聞きますよ」

 

レ級「ここに交渉と称して少数の人間を招く、そしてそいつらを餌にする」

 

駆逐棲姫「…まあ、面白くできそうなレベルですけど…うーん、気が乗らないなぁ…そもそも交渉に応じるかも…」

 

レ級「応じさせてやる、どうだ?」

 

駆逐棲姫「……」

 

レ級「……」

 

駆逐棲姫「ま、いいでしょう、応じなくてもデメリットはないし…むしろ追い詰めたんじゃないかと油断するかも、足元を救ってやりましょうか」

 

レ級「…一つ覚えておけ」

 

駆逐棲姫「おや」

 

レ級「足元を掬われるのは、余裕がある人間じゃない、余裕がない人間だ」

 

駆逐棲姫「いいですね、その考え方…貴方の手堅い性格が出てて好きですよ」

 

レ級「そうか」

 

駆逐棲姫「じゃあこんな質問はどうですか?優秀な将の条件は」

 

レ級「…私が思う、か?」

 

駆逐棲姫「いいえ、貴方では無く私が思う事です」

 

レ級「…戦が強い、は当然だ」

 

駆逐棲姫「そうで無くては将としては最低ですからね」

 

レ級「お前は優秀だ、と言ったな…ならば率いる努力をしてる者の事を指すだろう…例えば、人望」

 

駆逐棲姫「…正解です、よくわかりましたねぇ…離島棲姫は最低な将でした、恐怖支配はいいんですよ?別にちゃんと動かせるなら」

 

レ級「100%の実力は確実に発揮できないがな」

 

駆逐棲姫「そうなんです、従っても従わなくても命がけの環境で恐怖支配は最低の選択肢なんですよ、義憤だの忠誠心だの、くだらないゴミみたいな感情の方がずっと有用なんです、相手を殺してやるって殺意でもいいんですけどね」

 

レ級「感情とは意志だ、己の行動の根源だ、それに疑問を持てば…言うまでもないか」

 

駆逐棲姫「全くもってその通り、優秀な将は部下に疑問を持たせないために心を操る力が必要です、それは優しさでもいいし愛情でもいい、こちらがいかに感情に呑まれずに相手を感情で支配するか…ちなみになんで分かったんですか?」

 

レ級「…そういうヤツを見たことがある…お前だ」

 

駆逐棲姫を指す

 

レ級「お前は深海棲艦を恐怖で支配し、人間の捕虜には優しさで支配した、そして支配が確立してからは深海棲艦にも慈悲を与え、今お前に忠誠を誓わないものは僅かだ」

 

駆逐棲姫「貴方は誓ってくれませんからね」

 

レ級「別に誓おうが誓うまいが何一つ変わらんからな」

 

駆逐棲姫「変わりますよ、想いは口に出してからが大事ですから」

 

レ級「なら私はお前に忠誠を誓ってやる」

 

駆逐棲姫「あはは、軽いなぁ…」

 

レ級「そして、先程の答えに捕捉しておく…私はお前だと答えたがそれは正確には間違いだ」

 

駆逐棲姫「ほう?」

 

レ級「お前と、もう1人見たことがある…人間だがな」

 

駆逐棲姫の表情が一瞬崩れる

 

駆逐棲姫「…そうですか、どんなヤツですか」

 

レ級「感情に呑まれながらも人望だけはあった、まあ…お前の方がずっと優秀だ」

 

駆逐棲姫「そうでしょうね、比較するまでも無い」

 

レ級「…感情というのは最後まで大事な者だ、一生付き纏うのだからな…離れる時など存在しない…部下の思考をコントロールできるのはお前くらいのものだろう」

 

駆逐棲姫「随分と評価してくれますねぇ」

 

レ級「事実を並べただけだ、実際お前が自信を天才と評するのは鼻につくが否定はしない、お前は天才だ」

 

駆逐棲姫「本当に、よく褒めてくれてまあ…不自然に感じるほどに」

 

レ級「…そういう話ではなかったのか?」

 

駆逐棲姫「…貴方は天然なのか計算高いのか、時々分からなくなる…」

 

レ級「命令に疑問を持たせない者が優秀だ…と評したが、お前の中における定義は少し違うだろう」

 

駆逐棲姫「ああ、そこまで分かってますか…そうですね」

 

レ級「命令に従い死なせる、それができてお前は優秀と評するだろうな」

 

駆逐棲姫「当然です、私が部下に求めるものは躊躇いのない死ですから」

 

レ級「深海棲艦にはなんの関係もないことだがな」

 

駆逐棲姫「では、今度は優秀な兵士について」

 

レ級「……命令に忠実である事、そして死を恐れない事」

 

駆逐棲姫「まあ、大まかにはあっています…ただ私が思う、という意味なら…命令に疑問をも持たないことですね」

 

レ級「…なるほど?」

 

駆逐棲姫「私ほどの天才です、誰がいつ死ぬかくらい予定を立てるのも簡単、その死にも全て意味がある…だから、私の作戦は完璧で、美しい.……私の作戦には全て意味がある、それがたとえ誰を捨て駒にしようとも…」

 

レ級「だから捨て駒は何も考えずに死ねと」

 

駆逐棲姫「当然です、生き残って大活躍するよりそこで死ぬ兵の方が私は評価しますよ」

 

レ級「なら私はどうだ」

 

駆逐棲姫「……最低の兵ですね、貴方は兵士に向いてない、貴方は指揮官か…いや、ワンマンアーミーでもやってればいいんじゃ無いですか?」

 

レ級「そうか」

 

駆逐棲姫「貴方ほどの賢さがあると私の作戦のここは不要なんじゃ無いかとか…とにかくケチつけそうですし、なにより貴方は賢い、私ほどでは無いですが自分で立案してもかなりの制度の作戦になる…」

 

レ級「徹頭徹尾褒め言葉として受け取っておく」

 

駆逐棲姫「まあ、褒めてるのは事実です、貴方は強いし賢い、そこだけは認めます」

 

レ級「そこだけか」

 

駆逐棲姫「……貴方の腹は読めない」

 

レ級「何も書いていないからな」

 

駆逐棲姫「…貴方は工作兵としては天才的かも知れませんね」

 

レ級「腹が読めないのは…お前もそうだ」

 

駆逐棲姫「指揮役の考えが読めてはダメでしょう」

 

レ級「当然だな」

 

駆逐棲姫「……貴方は部下を率いたりは?」

 

レ級「しない、私は兵士だ…私は考えない兵器、嵐であり…力であり、炎だ」

 

駆逐棲姫「……」

 

駆逐棲姫の糸が右手首に巻きつく」

 

レ級「なんのつもりだ?」

 

駆逐棲姫「……嘘を見分けようかと思いまして」

 

レ級「そうか、お前は私を裏切り者と考えている……そしてそれは特務部の狗に成り下がったという思考回路だろう」

 

駆逐棲姫「ええ」

 

レ級「舐めるな、あの程度のゴミどもに使役されるなど……私を侮るな…!」

 

駆逐棲姫「……おっと、それは?」

 

艤装を展開する

 

駆逐棲姫「私に手を出すつもりですか」

 

レ級「陸地での借りはまだ返していないからな…あの時私の艤装を動かせなくしたように、もう一度やってみろ」

 

駆逐棲姫「……分かってましたけど、もう対策されてるか…」

 

駆逐棲姫が困ったように笑いかけてくる

 

レ級「当たり前だ、あのような不快感は二度と味わうつもりはない…さて、お前を一度縊り殺してもなんの問題もないな?」

 

駆逐棲姫「多分生き返りますけど…お断りですね、反撃しないので一発で済ませてくれませんか?」

 

レ級「2発だ」

 

砲弾を打ち込む

金属に当たったような音が鳴り響く

砲弾が六角形の光の壁に阻まれる

 

レ級「だと思った」

 

そしてそれをナイフで突き破り、そのまま駆逐棲姫へと手を伸ばす

 

駆逐棲姫「はい2発〜」

 

ナイフを両手で受け止められる

 

レ級「お前に2発叩き込むんだ、バリアは関係ない」

 

駆逐棲姫「いや、あの…このバリア凄い物のはずなんですよ?なんで軽く破ってくれてるんですか…」

 

レ級「私にそんなものが通用すると思うのか」

 

駆逐棲姫「……貴方そんななんでもできるみたいな事言うのやめてくれません?」

 

レ級「2発だ、ナイフはやめておく」

 

駆逐棲姫「…首から上が千切れそうなんで勘弁してください、ほかの言う事なら聞きますよ」

 

レ級「なら、キタカミを捕まえろ、あいつはお前がここのトップに立ってから一度も戻っていない」

 

駆逐棲姫「……2発はただの脅しでしたか」

 

レ級「自分で探してもいい、その代わりお前を殴る…脅しでは無くお前の事が嫌いだからな」

 

駆逐棲姫「はいはい、すぐに捕まえさせます……別に反乱しないならあんなのほっといていいんですよ?」

 

レ級「アイツは強い、このまま無駄に死ぬのを待つくらいなら私が殺す」

 

駆逐棲姫「……死ぬ?」

 

レ級「気づいてなかったのか?アイツの体は腐食が始まっている、人間の部位を中途半端に残したせいでな」

 

駆逐棲姫「わお、それで?」

 

レ級「完全に殺し、自我のない雑兵に加えてやる…できるだけ早くしてくれ、そうしないとアイツはどんどん弱る」

 

駆逐棲姫「……はいはい、でも気をつけてくださいよ?手負いの相手は実に凶暴です」

 

レ級「さっき言ったはずだ、足元を掬われるのは余裕がないヤツだ」

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

青葉『はい、本当によくしていただいてます』

 

電話でとはいえ…久しぶりに話した青葉はとても元気そうだった

 

青葉『それと、例の件…うまくいってるみたいです、疑問に感じた人達が調べてくれたおかげであの事件に関する記録が一切ない事を不審に思う人が増えています、完全に冤罪を晴らすことは難しいですけど…』

 

海斗「ありがとう、十分すぎるよ」

 

青葉『…いえ、私にできることはこれくらいですから』

 

海斗「そんな事ない、それにいつだって帰ってきていいんだよ、みんなで守るから…」

 

青葉『司令官…ありがとうございます…』

 

海斗「そうだ、悪いけどなつめに変わってくれるかな」

 

青葉『わかりました』

 

大黒『お久しぶりですね、海斗さん』

 

海斗「久しぶり…青葉を預かってくれてありがとう」

 

大黒『いえいえ、色々手伝ってもらってますから…』

 

海斗「何かあったらすぐ連絡して、誰かが出るようにしておくよ」

 

大黒『わかりました…それと』

 

海斗「……」

 

大黒『すいません、メール、来た時には偽物だって気づいたんですけど…みんな連絡がつかなくて…それにThe・Worldももうすぐ終わっちゃう…』

 

海斗「…大丈夫、絶対にこのまま終わらせたりしないから」

 

 

 

 

 

曙「作戦開始を早める?」

 

海斗「佐世保と横須賀にはもう連絡してあるよ、今から明日佐世保に行くメンバー、それから横須賀に僕と行くメンバーを発表するからよく聞いて」

 

天龍「ま、待ってください、本来の作戦開始は一ヶ月先ですよ?」

 

海斗「こちらの行動は筒抜けになってる恐れがあるんだ、だから先日伝えた作戦の日程は虚偽のもので…とにかく、今から発表するメンバーは担当の場所に行くようにして」

 

春雨「では、まず横須賀に行くメンバーから」

 

海斗「春雨、川内型3名、朝潮、山雲、天龍、満潮、以上」

 

曙「は?私は」

 

海斗「佐世保で敵を殲滅しながら進んで」

 

天龍「…私は出ても良いのですか?」

 

海斗「…怪我が治り切ってない?」

 

天龍「…いいえ、むしろ万全の調子です…このままお留守番なのかと」

 

春雨「日向の艤装も調整済んでます、期待してますよ」

 

天龍「それは…まさに最高ですね…!」

 

川内「ちなみに私達がそっちの理由は?」

 

海斗「敵地に潜入する作戦でもあるから、川内さん達は適してると思ってる、もしこの配置に不満がある場合はすぐに言って」

 

加賀「空母が1人もいない点については」

 

海斗「鳳翔がついてきてくれる事になってる、それに西の艦隊で空を圧倒できればこっちは空を心配しなくて良いからね」

 

加賀「……でしたら、お任せください」

 

阿武隈「はい、前回同様船を護衛する作戦だと思いますけど…横須賀の人数は不足してると思います」

 

海斗「それについても少数を高速艇で派遣する形を取るから心配は無いと思うよ」

 

天龍「…なるほど、以前使ったアレですか?」

 

海斗「君たちが使ったものより一回り大きいけど速度は殆ど落ちてない」

 

天龍「でしたら問題ないかと」

 

海斗「横須賀行きで呼ばれなかったメンバーは全員佐世保に向かって、距離は台湾の時以上、入念な準備をして作戦に係る必要がある…」

 

朧「具体的には何をすれば…?」

 

海斗「現地のメンバーと親睦を深めておいて、みんな背中を預ける大事な仲間だから」

 

曙「…まあ、あっちも強いのは居るし…」

 

海斗「守られる事もあるかもしれないし、守る事もあるかもしれない…作戦の為だけじゃない、今後の為にも信頼関係は大事だよ」

 

朧「わかりました」

 

海斗「他に疑問な事は?……よし、じゃあ今日は明日に備えて」



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斬首

横須賀鎮守府 応接室

駆逐艦 朝潮

 

海斗「今回の作戦はよろしく」

 

火野「当然だ、早急に完遂しよう」

 

海斗「わかってる…1週間から…2週間かな」

 

火野「長引けば長引くだけ成功の可能性も低くなるだろう…人員が疲弊してしまう前に作戦を完了しなくてはならない」

 

海斗「佐世保組の出発は2日後を予定してるけど…台湾の高雄までで1日、そしてここから深海棲艦の拠点までで5日を想定してる…」

 

火野「夜間停泊したとしても見張りを立てねばならない、人員はいくらいても足りんだろうな」

 

朝潮(…確かに、この作戦は横須賀に全戦力を集めて総攻撃を仕掛ける形にした方が…)

 

海斗「そっちから出せる戦力は?」

 

火野「艦娘システムを使用するのは浜風のみだ」

 

海斗「…そうだったね」

 

火野「此方のメンバーは全員艦娘システムを取り除いている、だから出撃までに新しいシステムを取り付ける手術が必要だ」

 

海斗「分かってる、そのために春雨に来てもらってる」

 

火野「…では、出撃できるのは大淀、電、アオバ、衣笠、浜風と言うことになるか」

 

海斗「十分だよ、ありがとう」

 

火野「…本当に大丈夫なのか」

 

海斗「万事上手く行く…そう約束する」

 

火野「果たしてそう上手く行くものか」

 

海斗「考えがあるんだ…朝潮」

 

朝潮「はい」

 

事前もに渡されていた札を司令官に渡す

 

火野「…それは?」

 

海斗「うちでは誰が出撃してるか一目でわかるように…出撃時は指定の場所に札をかけるんだ」

 

六枚の札を机に並べる

 

火野「…裏向きに見えるが」

 

海斗「これは切り札だから…まだ切らない」

 

火野「…だから、札、か?」

 

海斗「そう言うわけじゃないけどね…でも、その時になればこの札を切る」

 

火野「…君の奥の手に期待しよう」

 

朝潮(…司令官の奥の手……でも、あの札…全部名前が入ってないはず…)

 

海斗「僕の第一艦隊は…絶対に活躍してくれるよ」

 

朝潮(…司令官の、第一艦隊…)

 

 

 

 

 

 

食堂

 

朝潮「同じ食堂でも基地によって違うものですね…」

 

間宮「宿毛湾の方はここにくらべて家庭的と言うか、暖かいところですよ」

 

朝潮「…そうでしょうか」

 

間宮さんの言う通り確かにここは綺麗すぎる

汚れひとつも存在せず、完璧なまでに行き届いた清掃、そして計算され尽くしたレイアウト

どこか機械的で冷たさを感じてしまう

 

朝潮「…確かに、そうかもしれません」

 

間宮「ここは横須賀、日本の海軍の中で最も人の目に触れる場所…このくらいのアピールが必要なんですよ」

 

朝潮「…アピール?」

 

間宮「東京は深海棲艦の侵攻でボロボロに、そしてやっと始まった復興もネットワーククライシスで中断…自分達はちゃんと仕事をしていると言うところを見せないと何を言われれか…」

 

朝潮「…大変なんですね」

 

間宮「まあ、少し内陸に行けば深海棲艦の事なんて知らない人ばかり…そんな人達ですら私たちに深海棲艦の討伐を急かす…」

 

朝潮「…人間になってから思いました、人間なんて所詮そんな物です…たくさんの人が命懸けで戦ってるのに…」

 

満潮「朝潮姉さん」

 

朝潮「満潮、どうかしましたか?」

 

満潮「…いや、そう言うわけじゃないけど…不安だったから」

 

朝潮「満潮は人見知りですからね、でもここには間宮さんもいますし…」

 

間宮「あ、私は道具を撮りに戻ってきてただけで佐世保の方に…」

 

朝潮「そうでしたか…」

 

満潮「……」

 

満潮が私の服の裾を強く握る

 

満潮「なんで私達も戦うのかしら…」

 

朝潮「…満潮は船内でみんなのサポートに徹してくれればそれでいいです、大丈夫ですから」

 

満潮「…わかってるけど…絶対、死んじゃ嫌だからね…」

 

朝潮「わかってますよ、この作戦は司令官の物です、どんな犠牲も許されません」

 

満潮「そう言う事じゃなくて…」

 

朝潮「……」

 

満潮「…朝潮姉さん…?」

 

朝潮「…司令官の第一艦隊って、誰?」

 

満潮「そりゃ…七駆の曙とか…長門さんとか…阿武隈さんとか加賀さん、あと日向の艤装の天龍さんとか…」

 

朝潮「…そうね、そうだと思う…」

 

朝潮(じゃあ、なんでその有力候補がここに居ないの…?)

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

三崎亮

 

亮「…なんで俺が引率なんかしなきゃなんねえんだよ」

 

大井「ガタガタ言わず用意しなさいな…私だってこんな事…」

 

亮「点呼は」

 

大井「済んでます、27名全員到着済みです」

 

亮「…じゃああと頼んだ、俺は会議がある」

 

大井「頼んだって…馬鹿言わないでくれますか!?宿毛湾泊地の人達をまとめ上げるなんて無理です!第一私は部外者で…」

 

亮「俺は海斗に宿毛湾の連中のまとめ役頼まれてるんだ、その俺がお前に任せるって言ったんだ、歯向かう奴は居ねえだろ」

 

大井「そ、それはそうかもしれませんけど…!」

 

亮「…とりあえず、任せたぞ」

 

大井「いや、だから……本当に話を聞かない…もう」

 

 

 

 

度会「手短に済ませよう、出発を早めたい」

 

亮「俺もそうするべきだと思う、1日でも遅れたらどうなるかわからねえ…それに台湾の方も今は深海棲艦が出てないんだろ?」

 

度会「ああ、一刻も早く攻め込むべきだ」

 

亮「…いけるか?」

 

度会「こっちの準備は済んでいる…が、ほとんどのメンバーは士気が低い、瑞鶴や龍田のように割り切って戦うものも居るが…殆どは暴走を起こしたばかりだ、それについての恐怖が大きいらしい」

 

亮「……」

 

度会「だが、だからこそ今行くしかない、時間が経ち、向こうの守りが盤石になれば確実に犠牲者を出す…そうならない為にも今向かうべきだろう」

 

亮「…宿毛湾の連中のやる気は十分すぎる、あとはそっち次第だろうな」

 

度会「なら…日程を早める」

 

亮「よし、全体に通達してくる」

 

度会「横須賀には俺から連絡する、ウチの艦隊にもすぐ話を通す、船に荷物を積んでおいてくれ」

 

亮「わかった」

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

提督 倉持海斗

 

火野「…君は本当に外れなくていいのか」

 

海斗「そっちこそ、僕も君も…状況は何も変わらないでしょ?」

 

火野「…それはそうかもしれないが」

 

海斗「この戦いに決着をつけないと…どうしても行けないんだ、クビアのところには…」

 

火野「なら、その時は私も手を貸そう」

 

海斗「ありがとう、でも今は作戦に集中しよう」

 

火野「…もちろんだ」

 

 

 

 

 

 

太平洋 深海棲艦基地

戦艦 レ級

 

レ級「キタカミ、元球磨型軽巡3番艦、そして今は深海棲艦もどき」

 

キタカミ「……」

 

レ級「頭にフナムシでも湧いたか?言葉を理解できないのか」

 

キタカミ「…チッ」

 

レ級「お前はここに攻め込んできた艦娘にグチャグチャにされた、しかし頭は人間のまま、不完全に復活した…中途半端なお前は腐り始めてる、心も、身体も…」

 

キタカミが此方を睨みつける

 

キタカミ「だからなんなのさ」

 

レ級「そして、駆逐棲姫に付き従うわけでも、明確な反乱の意思もない…何処までも中途半端な奴だな」

 

キタカミ「うるさいんだよ、さっきから」

 

キタカミが単装砲に弾を込め、此方へと向ける

 

レ級「……それでいい」

 

 

 

吹き飛ばされたキタカミが壁を突き破り、水面を転がる

 

キタカミ「がはっ…あー…くそ、バケモンめ…」

 

レ級「化け物で結構、事実だからな…」

 

手に持ったナイフを艤装に飲み込ませ、拳銃を取り出す

 

キタカミ「…拳銃…」

 

レ級「例えば…ロボットのアームだけが中途半端に壊れたとして…それをどうするか」

 

キタカミ「…は?」

 

レ級「私の答えは…取り外して捨てる、他のパーツが使えるのであればそこだけを交換すればいい」

 

キタカミ「…何の話…」

 

レ級「お前を深海棲艦にしてやる」

 

キタカミ「……チッ…!」

 

キタカミが立ち上がり此方に向かって砲撃を始める

それを撃ち抜くように射撃する

 

レ級「砲弾というのは信管を…ふむ…AP弾か」

 

砲弾を一つ掴み取り、眺める

 

キタカミ(砲弾を撃った上に…掴んだ…!)

 

レ級「貫通性能を高めている…いや、待てよ…なんで徹甲弾を軽巡が積める?」

 

キタカミ「…こちとら、半端者なんでね…!」

 

レ級「…なるほど、もっと撃ってこい、半端者」

 

キタカミ「言われなくても撃ち殺してやるっての…!」

 

砲弾がキリなく飛んでくる

 

レ級(…先ほどとは弾頭の色が違う、これは炸裂弾…)

 

炸裂弾だけを撃ち、破裂させる

 

キタカミ(…何これ、冗談キツイって…全部かわされる上に弾の種類見極めて…あー、やってらんない…!)

 

レ級「どうした、諦めたか」

 

キタカミ「冗談でしょ…!」

 

キタカミ(今の声、その匂い…場所は完全に把握した…位置は捉えてる…撃ち抜く!!)

 

キタカミ「っ!?何で昼間なのに暗く…」

 

レ級「何処を見ている、お前は既に私の艤装の口の中だ」

 

キタカミの頭を尻尾が丸呑みにし、徐々に圧を加えていく

 

キタカミ「が…ぁが……!」

 

レ級「固定完了…言い残す事は?…無さそうだな、斬首と圧殺、好きな方を…選ぶ事もできんが、では斬首だ」

 

骨を噛み砕く音ともにキタカミの胴体が水面に倒れる

 

レ級「…圧殺にしてたら本に血がつきかねなかったな」

 

尻尾を振るい、頭を放り出す

 

レ級「…さて、仕上げだ…」

 

キタカミの頭を掴み、持ち上げる

右手をかざす

 

レ級「特に強力な奴だ、壊れるなよ」

 

眩い光があたりを包む

 

レ級「……眩しいな、これで頭をここにつけて…よし…ん?こっちは背中向きか、じゃあ顔は反対で……ああ、これでいいか」

 

動かなくなったキタカミの脚を引きずり、基地へと戻る

 

レ級「駆逐棲姫、こちらレ級…キタカミの調教は終わったぞ」

 

返事は返ってこなかった

 

レ級「…まあ良い…ここからはお手並み拝見だ」



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上下関係

艦内食堂

提督 度会一詩

 

度会「…もうすぐ起床時間か、そろそろ誰か起きてくるか」

 

出発から1日、全く会敵しないまま台湾南の港に到着、一夜を明かした

不寝番は宿毛湾の方に任せ、此方は必要な時まで士気の安定を図る事となった

 

度会「…龍田?」

 

龍田「あら〜…提督、早いのね〜」

 

度会「…お前は不寝番じゃないだろう」

 

龍田「そうだけど〜…眠れなくて、それにお腹減っちゃった」

 

度会「…主力の1人である事を自覚してくれ、有事の際に仲間を守れるのは俺じゃない、お前だ」

 

龍田「……そうかしら…ねぇ、提督?」

 

度会「…なんだ」

 

龍田「知ってたらで良いの、言っちゃダメなら言わなくても良い…天龍ちゃん、こっちに来てないのは私のせい?」

 

度会「…それならお前のせいではないらしい、横須賀には戦艦がいない、熟練の戦艦が必要だったそうだ」

 

龍田「…長門じゃダメだったの?」

 

長門「私は辞退した」

 

度会「…居たのか」

 

長門「何、交代で先程戻ったばかりなのだが…なにぶん腹が減ってしまった……さらに横須賀は人間が多い、此処も多いがな」

 

龍田「…あなたも人間でしょう?」

 

長門「私は記憶が強く根付いていてな…人間が嫌いだ、浅ましく生きる人間が嫌いだ、私なんて醜くてもいいから鉄の塊で有りたかったものだ…さっきも言ったが横須賀ともなると人が多い、だから私は辞退した」

 

度会「…確か近隣の被災者の避難所も兼ねていたか」

 

長門「その話を聞いてな、とても向こうには居られないと思った…それに横須賀のメンバーは上手くやっているそうだが…一般人の出入りが多いと変な連中に絡まれかねない、恥ずかしい話、私はそういう連中が怖くて仕方がない」

 

龍田「殴れば良いのに」

 

長門「…そうできたら幾分か楽だったろう、私の心は彼等を畏怖の対象として捉えている、そして恐怖に呑まれた私は…動けなくなるだろう」

 

度会「…俺も席を外すか」

 

長門「いや、構わない…人間が怖い、と言ったが…正確には人間が持つ無自覚な悪意が怖いんだ、自分の言葉、心は正当なものだと信じて疑わない彼らが怖い…未知が怖い…でも、貴方達の事は前の世界でも少しだが知れた」

 

度会「特に交流した覚えはないが」

 

長門「それでもわかるものはわかる、暁達も貴方のことを悪くは言わない…彼女は人の本質を見抜く目を持っている、私には無い力だ」

 

龍田「あんな小さな子が?」

 

長門「容姿で人を見定めるのは…やめろとは言わないがあまりアテにしない方がいい、彼女は私なんかより立派な人だ」

 

龍田「ふーん…」

 

長門「そういう訳だ、私は貴方にも信頼を置く」

 

度会「…それはありがたい話だ」

 

長門「宿毛のトップが私という訳ではないから勝手を言うのも良くないが…私達は強い、十分に頼ってくれ」

 

度会「そのつもりだ、しかしおそらく1日2日では済まない戦いになる…此方も動かなくては消耗が偏る、主戦力が必要な時にダウンしていてはお話にならない」

 

長門「ああ、でも曙も、島風も…阿武隈もそうだが、1人で一騎当千の実力者だ、きっと何とかしてくれる」

 

度会「その点に関しては良く知っている」

 

龍田「作戦報告書、デタラメだものね〜」

 

長門「全て事実だからタチが悪い」

 

度会「曙、島風…彼女達の使う燃料は周りの数倍、そして阿武隈…彼女に関しては最低限の弾薬と魚雷で敵を殲滅する…何とも信じ難い話だが…」

 

長門「だが?」

 

度会「…不知火も同じようなことをやってのける物でな」

 

龍田「腕は全く鈍ってなかったですからね〜」

 

長門「…そうか、確か2人ともキタカミに師事していたか」

 

度会「2人の関係は良好のようだ、幸いな事にな」

 

不知火「おや、司令、おはようございます」

 

阿武隈「長門さんもいますね、おはようございます」

 

長門「…2人ともシャワー後か…?」

 

阿武隈「はい、朝の訓練はこの辺にしておこうかと」

 

不知火「…この人、化け物ですよ」

 

龍田「化け物?」

 

不知火「たまたま深夜に夜風を浴びに甲板に行ったんです、そうしたら甲板で見張りをしてる方に混じってその辺りを走り回ったり射撃練習をしたり」

 

度会「砲音は聞こえなかったが…」

 

阿武隈「無闇に撃っても練習にはなりません、狙うだけで良いんです、適当に打つんじゃなくて、確実に撃ち抜ける場所を狙うだけ…」

 

不知火「…殺気はダダ漏れでしたが」

 

阿武隈「殺気を返されたから引き金に指かけちゃいましたよーもう!」

 

度会(…これは、笑い話なのか…?)

 

長門「漣から聞いた話だが、泊地で夜更かししてゲームをしていた際、ふと窓の外を覗いたら何かに見られてるような感覚と強い作家に当てられて気を失ったといっていたな」

 

阿武隈「漣ちゃんが大袈裟なだけですよ!だって漣ちゃんには私の姿見えてませんから!」

 

長門「やはりお前なのか…」

 

不知火「…恐ろしい人ですよ、私がバテても未だ走ってられるんですから」

 

龍田「サイボーグみたいな不知火ちゃんより体力あるのね〜…」

 

阿武隈「足場がしっかりしてたらあの位は大丈夫です、でも海走るのは朧ちゃんに負けちゃうな〜」

 

龍田(海を走るって何…?)

 

不知火「宿毛湾は化け物揃いですね、どうしてそんなに振り切れてるのか」

 

阿武隈「多分…みんな誰かを失いたくないからだと思いますよ、できる最善を尽くさずに誰かを失ったら…悔やんでも悔やみきれませんから」

 

龍田「……」

 

 

 

 

 

福岡

青葉

 

大黒「あれ?青葉さん、どうしたんですか、外に出る用意して…」

 

青葉「緊急で行かないといけないところができて…1週間で戻りますので…」

 

大黒「…電車とか乗れるんですか?」

 

青葉「は、はい…どうかお気になさらず…」

 

大黒「それなら良いんですけど…」

 

青葉「す、すぐ済ませてきますから…」

 

大黒「まあ…じゃあ、わかりました、行ってらっしゃい」

 

青葉「っ……行ってきます」

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

駆逐艦 春雨

 

春雨「んー、これで全員ですか?」

 

大淀「ええ…しかし、なかなか辛いですね、この発熱と倦怠感は…」

 

春雨「免疫力も低下しています、あまり動かず安静にするように」

 

大淀「…そうさせてもらいます、それでは」

 

春雨(あの浜風とかいうのはやらなくて良いとして…AIDAを事前に取り除いておいてくれて助かったな…)

 

海斗「お疲れ、春雨」

 

春雨「其方こそ、歩くだけで非難轟々の司令官殿?」

 

海斗「…思ったより風当たりは強いみたいだね、朝潮達は良く働いてくれてるけどそれをよく思わない人は多いし…」

 

春雨「そもそも、私を含めて規格外なんですよ…私だってこの年齢、容姿で外科手術ができる上に科学者としても働いている…そして戦闘だってこなせる……そんな与太話誰が信じますか?」

 

海斗「…誰も信じはしないだろうね」

 

春雨「此処にきてもう何日か…えーと」

 

海斗「3日だね」

 

春雨「そう3日、特に問題は起きてないように見えますが…山雲さんは蕁麻疹で私に2度相談しに来ました、あののほほんとした山雲さんが「この人達撃っても怒られないかしら…」となんど呟いていたか…あ、声真似似てませんか?…似てないか…」

 

海斗「えーと…」

 

春雨「側から見たら義務教育も終えてないような少女や幼女が戦場に出ている…見ていて気持ちの良いものでは有りません、ですが人間というのは偽善者が多すぎる…いや、別にいいんですけどね、偽善でも」

 

大きなため息をつく

 

春雨「偽善が行きすぎて他人への攻撃と化してるのは流石にどうかと思いますが…あー、自分は正しいと信じて疑わず、私たちの選択を未だ子供だからと目を瞑らせる…吐き気がする」

 

海斗「悪意がある訳じゃ…」

 

春雨「悪意がないのがタチが悪い、子供の目を塞ぎ、都合の良いものだけを見せたい、大人の欲望です」

 

海斗「……」

 

春雨「…話がズレてますね、失礼…とにかく、山雲さんだけじゃない、皆さん此処にいる事でコンディションが悪くなっています」

 

海斗「わかってる、早ければ明後日には出撃になるから明日はみんなが自由に行動できるように手配するよ、春雨も羽を伸ばしてきて」

 

春雨「…貴方、わかってませんね…それなら貴方も外に出なくては」

 

海斗「僕も?」

 

春雨「山雲さんがなぜ怒っているのか、それは貴方を罵倒されてるからですよ、1人で残ってもそれが酷くなるだけで何も変わりませんよ?というか多分山雲さんの沸点振り切れてしまいます」

 

海斗「流石にそんな事は…」

 

春雨「離島出身組は気性が荒いですからねぇ…ほら、たとえば青い方の曙さんだったら…既に人死んでますよ?」

 

海斗「……」

 

倉持司令官が何も言わずに顔を逸らす

 

春雨「普段大人しい人が怒ると何するか…あー怖い怖い」

 

海斗「だからって僕が離れるわけには…」

 

春雨「どのみち此処にいてもやる事なんてクレーム対応だけじゃないですか、自分で武器を持つ事を拒否して自ら戦う子供を盾にする様なクズしかいないんですよ?まともに相手してちゃダメですよ」

 

海斗「そんな言い方しなくても…」

 

春雨「事実なんですよ、結局のところ艤装を扱えて、戦場に立てるのは私達だけ…倉持司令官も適合手術受けて見ます?」

 

海斗「…僕が?」

 

考え込む様な仕草を見せる

藪蛇だったか

 

春雨「そもそも適合しなさそうなので無駄死にでしょうけど」

 

海斗「そっか…」

 

春雨「…何で残念そうなんですか」

 

海斗「いや、もしそれができたなら少しでも…ってね」

 

春雨「バカ言わないでくださいよ、足手纏いでしかないです」

 

海斗「そっか…」

 

春雨(コイツ、本気で艤装を使おうとしてたのか?だとしたら相当狂ってるな……楚良みたいに)

 

春雨「とにかく、明日はみんなで外に出てください、絶対一日中戻ってこない事」

 

海斗「春雨は?」

 

春雨「私は与えられた部屋に引きこもりますから」

 

海斗「それは…」

 

電「ああ、本当に居ました」

 

海斗「…電さん」

 

春雨(出たな、腹黒のガキ…)

 

電「それで…倉持さん、私の姉妹艦はどうなったのです」

 

海斗「…暁達は…うぐっ…」

 

春雨(…容赦なく脛を蹴ったな…骨、折れたんじゃ…)

 

電「私はあなたの部下じゃないのですから…見下して話すのはどうかと思うのです」

 

海斗「別に見下してるわけじゃ…」

 

電が襟をつかんで地面に引き倒す

 

電「別に見上げながら喋っても構わないのですよ、それに…私が何も知らないとでも思っていますか?響ちゃんの記憶は戻ってない、雷ちゃんは意識不明…よく横須賀に来れましたね」

 

海斗「…それは…」

 

春雨「流石に理不尽が過ぎると思いますよ、はい」

 

電「理不尽、ですか…約束を守れない奴が悪いのです」

 

春雨「その約束の期限は?」

 

電「…さあ?」

 

春雨「決めてないのなら、未だ時間をあげても良いのでは?」

 

電「…私達を殺し、私たちの繋がりを断った、この人は私の復讐の対象です」

 

春雨(つまり八つ当たりくらい好きにさせろ、と…別に楚良じゃ無いから無視しても良いんですが…宿毛湾の連中は五月蝿いしなぁ…)

 

春雨「そもそも、あの世界を放棄する事で今の貴方がいる、火野提督もそうでしょう」

 

電「…私は死んでなかった」

 

春雨「死ぬのが怖いなら1人で逃げて隠れてれば良い…誰かに責任を投げつけて外から文句を垂れる、避難民の皆さんと何も変わらない」

 

電「…違うでしょう、私は命を懸け続けているから」

 

春雨「…めんどくさい人ですね、それに大湊の件は倉持司令官にどうにもできなかった事でしょうに…情報処理が基本業務の横須賀にも何度も移動願や嘆願書が来ていたはずですよ」

 

電「……来ていましたが、全て却下されましたね」

 

春雨「倉持司令官は貴方の期待に応えようとした…そして遅れながらも今それを完成させようとしている」

 

電「……」

 

春雨「もう少しだけ長い目で見てあげたらどうですか」

 

電「…考えておくのです」

 

電が下がる

 

春雨「ほら、いつまで寝そべってるんですか」

 

海斗「…ごめん」

 

電「一週間後、私は姉妹と再開します…いいですね?」

 

海斗「……」

 

電「返事は」

 

海斗「…できる限りはやります」

 

春雨(記憶と意識、どうやって復帰させるものか)

 

電「それでは失礼するのです」

 

 

 

春雨「…脚は?」

 

海斗「大丈夫…まさか春雨が庇ってくれるとは思わなかったよ」

 

春雨「流石に理不尽でしたからね、善悪の区別をつけられない奴は嫌いです」

 

海斗「…そっか」

 

春雨「…もう少ししゃんとしてください、今は私の上司なんですから」

 

海斗「わかったよ」



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誘拐

艦内 甲板

駆逐艦 曙

 

曙「…はぁ…」

 

潮「曙ちゃん不機嫌だね…」

 

漣「そりゃ…ご主人様に捨てられておこなんでしょー」

 

朧「捨てられた訳じゃないけどね」

 

曙「馬鹿言ってないで…さっさと見張りに戻って」

 

さっきからレーダーにチラチラと映ってるらしい水中の深海棲艦らしい影…

あたしの目には当然見えないし、かと言って海に降りて戦闘態勢をとればいつ引き摺り込まれるかわからない…

 

曙「…あ?…ら、雷跡!」

 

朧「雷跡!12時の方向……と、遠ざかってる…?」

 

漣「え?…本当だ…つまり敵が追ってきてる!」

 

潮「報告!こちら甲板見張り員!6時の方向から射出されたと思われる雷跡有り!!」

 

曙「後ろの敵を…!」

 

正面で複数の水柱が上がる

 

漣「うわっ!深海棲艦!」

 

朧「何言って…そりゃ深海棲艦が撃ったんだから…いや、違う?」

 

深海棲艦の残骸が海に浮かぶ

 

曙「…今の魚雷…深海棲艦を倒した…?」

 

潮「…と、とにかく、他の敵を仕留めないと!」

 

曙「あたしがやる、ワイヤーつけて!」

 

艤装にワイヤーをかけ、飛び降りる

 

曙「引き摺り込まれたのみたら直ぐに巻き上げなさいよ!」

 

朧「待って!アタシも行く!」

 

大きな水飛沫をあげて海面に降りる

 

曙「…さて、出てきたわね雑魚ども」

 

朧「アタシ達が相手するよ…!」

 

曙「…って、なんでアンタ素手なのよ!」

 

朧「あ、ごめんごめん」

 

朧が主砲を取り出す

 

曙「…それ、主砲?」

 

朧「そうだよ、パンチを出しやすい様に小型化してるけど…威力も少し低いかな」

 

曙「大丈夫なんでしょうね…」

 

朧「それは見ててよ…アタシ1人でも余裕だから」

 

朧がステップを踏む様に前に駆ける

 

曙「ちょっ!?待ちなさいよ…!」

 

打撃の度に砲撃

殴り、主砲を突きつけてゼロ距離での砲撃

深海棲艦の体を突き破った砲弾が周囲に血肉を撒き散らす

 

曙(あのサイズの主砲で仕留められてるってどういう…)

 

朧「アタシの本気…見せるよ!」

 

深海棲艦をボールの様に蹴り上げ、大きく体を使った回し蹴りを叩き込む

 

曙「ひぇ…グロ…」

 

蹴りを受けた深海棲艦が肉片となり、周囲の深海棲艦にかかる

 

朧「まだやる?」

 

深海棲艦が狼狽える様な動作と共に退がり始める

 

曙「逃してどうすんのよ!」

 

朧「そっか、全滅させなきゃなんだ!」

 

 

 

 

朧「よし、巻き上げて!」

 

曙「まあまあ…ってところかしら…結局6時の方角の敵はどうなってんの?」

 

朧「さあ、多分誰か見に行ってるでしょ」

 

艤装にかかったワイヤーに引っ張り上げられる

 

曙「…これ欠陥ね、肩とか腰に体重かかりすぎて痛い」

 

朧「太ったの?」

 

曙「…アンタ殺すわよ…?」

 

朧「それにしても、敵の数少な過ぎるよね」

 

曙「…まあ、そうね…」

 

朧「やっぱりここから進むほど敵の数が増える、それを考慮して…ええと…」

 

曙「佐世保の連中がやる気ないなら今やらせるべきよ、決戦に出す程の実力はアイツらには…」

 

背筋に冷たいものが走る

 

曙「…何、今の感覚」

 

朧「…居る、何処に…?」

 

レ級「ここだ」

 

直ぐ真上から声がする

 

曙「な…!」

 

朧「ワイヤー巻取中止!」

 

釣り上げられている所為でマトモに動く事すらままならない

船体を蹴り、若干の距離を取る

 

レ級「そんな状態では…戦いにすらならないか」

 

レ級は尻尾で船に噛みつき、張り付いていた

 

曙「アンタも器用な事して…いや、それよりいつから…!」

 

レ級「つい先程から、それと…衝撃に備えろよ」

 

レ級が大きなナイフを二本取り出しワイヤーに押し当てる

 

朧「ッ!」

 

曙「良いじゃない、やってやる!」

 

剣に炎を纏わせ、ワイヤーを焼き斬る

船体を蹴り、空中で翻り着水する

 

曙(これで水中から来られた際の保険は無くなった…ちゃんと覚悟しなさいよ、あたし!)

 

朧「よ……ッと!…そっちも降りてきなよ、レ級」

 

レ級「お言葉に甘えて…ふふっ…相手してくれるんだな?」

 

曙「アンタには借りがあるから、たっぷりとね」

 

朧「ここで仕留めるよ、曙…第七駆逐隊で仕留める」

 

曙「そうね、それに…こいつさえやれば敵の戦力は大きく落ちる」

 

レ級「そうでしょうね、私はとても強い…アンタらじゃ足下にも及ばない程に」

 

レ級が笑いながら呟く

 

曙(…なんか、コイツ口調変わった?)

 

朧「アタシから行く!曙、サポートして!」

 

曙「わかった!潮!漣!全体に連絡は!?」

 

潮『もう済んでるよ!』

 

漣『そっち行こうか!?』

 

曙「アンタらじゃコイツは無理!数を集めなさい!それと漣!爆雷ある!?」

 

漣『あいよ!』

 

朧の艤装がレ級のナイフにぶつかり金属音を響かせる

 

朧「っ…この…!」

 

レ級「…驚いた、まさか戦艦相手にここまで競り合える筋力…」

 

朧「なら、もっと驚かせとかないとね…!」

 

朧の主砲がレ級を捉える

 

朧「くらえ!」

 

至近距離から砲撃を撃ち込み続ける

 

曙「一回遮る!」

 

朧とレ級の間を炎の壁が走る

 

朧「なら、オマケ!」

 

回し蹴りの要領で魚雷を射出する

炸裂音が鳴り響く

 

曙「どーせ、まだまだ耐えるんでしょ?それにアンタは水中に逃げられる…」

 

水に何かが落ちる音が連続して鳴る

 

曙「漣、ナイスタイミング」

 

爆雷が炸裂する

 

漣『ぼのたんもボーロも援護は任しときな!』

 

炎が消え、水煙が晴れる

 

レ級「…ふーん」

 

レ級についた傷がどんどん再生する

 

曙「やっぱ尻尾千切んないと話にならないか」

 

レ級と自身の周りを炎で囲む

 

レ級「そう、私はこの尻尾を残して消し去られるか尻尾を切り落とさないと…」

 

曙「ところでさ、アンタ…というかアンタらってどういう存在な訳」

 

レ級「…死体」

 

曙「死体?それだけ?」

 

レ級「それ以外は一切わからない…ああ、でも一つだけわかるのは…人工の兵器ってコト」

 

曙「人工の…!?」

 

曙(つまり、深海棲艦を作ったのは人間?自然発生とかじゃなくて…)

 

レ級「あと、そういうのは感心しない」

 

レ級の尻尾が炎を突き破り朧に噛み付く

 

朧「ぁが…な…んで、バレて…!」

 

レ級「いや、周りの状況見えなくしてお話なんて…しかも1人は炎の外にいる、明らか不意打ち狙いでしょ、喋らせたのも場所を伝えるため」

 

曙「…そうね、そうよ、だけどその尻尾、少し伸ばしすぎじゃない?」

 

レ級のピンと張った尻尾に剣を向ける

 

レ級「投げナイフでもしてみる?」

 

曙「いや?でも…近いコトならもうしてる」

 

レ級「…何を…」

 

レ級に砲弾が降り注ぐ

 

レ級「これはっ…!?」

 

複数の砲弾がレ級の尻尾を捉え、根本から弾け飛ぶ

 

レ級「く…広角射…!」

 

曙「アンタは、第七駆逐隊が相手してんのよ、アタシら2人じゃなくてね…ちゃんと4人見なさいよ」

 

レ級「……ふ…はは…あはははははははっ!!」

 

曙「うるさっ…!」

 

朧「耳が…!」

 

レ級「…最っ高…!これは…勝てないかも」

 

曙「なんて?アンタ今何を…」

 

炎が周囲を包む

 

レ級「…ま、でも…少し考えものか」

 

レ級がナイフを振り、遊ぶ様な仕草で近づいてくる

 

曙「何言ってんのか聞こえないけど…サシ…って訳ね、良いわ、尻尾切られたアンタなんか…!」

 

双剣を構え、姿勢を落とす

 

レ級「…場所、変えようか」

 

曙「…何?…うわっ!?」

 

 

 

駆逐艦 朧

 

朧「炎が厚くて中に入れない…!」

 

炎のドームが厚すぎて中の様子を伺う事すらできない

中にいるのは曙とレ級の2人だけ、幾ら尻尾を落としたとしても…

 

レ級「……」

 

レ級がドームから飛び出す

 

朧「レ級!曙は!」

 

レ級は何も言わずに炎を指す

 

朧(ドームができて10秒も経ってない、そんなにすぐやられる訳ないし…先にこっちって訳ね…!)

 

朧「…尻尾、もう再生して…!」

 

レ級が尻尾を靡かせて近寄ってくる

 

朧(大丈夫、絶対勝てる)

 

脚の艤装を起動する

 

朧「…行くよ」

 

艤装のブーストを効かせ、距離を詰めて回し蹴りを放つ

 

レ級「ッ!?」

 

レ級が受けきれずに水面を転がる

 

朧「痛いでしょ、この蹴りは…」

 

朧(覚えさせるんだ、この蹴りを…!)

 

ゆっくりとレ級に近寄る

 

朧(…あと一歩近寄れば、間合い…)

 

踏み込み、もう一度回し蹴りの動作に入る

レ級がそれをみてガードの姿勢を取る

 

朧(良し!)

 

回し蹴りの動作の途中で脚を引く

それと同時に魚雷を射出し、直接突き刺す

 

レ級「!?」

 

朧「オマケだよ」

 

主砲を向けて魚雷を撃ち抜く

 

レ級が大きく吹き飛ぶ

 

朧(見えた、尻尾…!)

 

主砲を構えなおし、放つ

 

レ級「ガッ!?アアアッ!?」

 

尻尾を撃ち抜かれたレ級があたりを転がり回る

 

朧「ソレ、そんなに痛いんだね」

 

レ級の艤装部を踏み、千切る

レ級の体が大きく跳ねる

 

朧「くらえ…!」

 

レ級をボールのように蹴り上げ、膝を胸まで引き、突き刺すような蹴り

 

朧「せいっ!はあぁぁっ!」

 

艤装でブーストした蹴りがレ級を撃ち抜く

 

朧「…身体、真っ二つにしたんだから…もう起き上がらないでよね…」

 

炎のドームが徐々に消える

 

朧「曙!…曙?どこに…」

 

曙の姿はドームの中にはなかった

 

朧「曙!なんで居ないの…ねぇ、曙!通信も応答しない…」

 

漣『ぼのたんの艤装の反応消えてるって…』

 

潮『とにかく潮ちゃんは回収地点に!」

 

朧「…まさか…レ級は囮?狙いは曙を連れ去る事…?」

 

倒したレ級に近寄る

 

朧「!……違う、さっきまで戦ってたレ級じゃない…」

 

尻尾を再生させたんだと思った

完全に圧倒したから反撃できないんだと思った…

 

朧「…コイツは、ただの囮…」

 

でも、本当はそんなことなんてない

ただ出し抜かれただけだ

 

 

 

 

 

甲板

 

漣「ボーロ、怪我してない?」

 

朧「大丈夫…大丈夫だけど、曙は…?」

 

潮「今明石さんがレーダーで追ってるけど…反応がないらしいよ、艤装の反応が出たら直ぐ教えてくれるって…」

 

朧「…クソッ!!」

 

甲板を力一杯叩く

 

朧「あの時身を焼く覚悟で炎に入れば…曙は助けられたかもしれないのに…!」

 

漣「ボーロは悪くない、誰も悪くない」

 

潮「大丈夫、大丈夫だから」

 

朧「…曙を…アタシは2人とも…」

 

潮「…曙ちゃんなら、絶対に大丈夫」

 

漣「…それより、ボーロ、これみてよ」

 

漣が第七駆逐隊の出撃札を見せる

 

朧「…曙の札は?」

 

潮「…無くなってるみたい」

 

朧「……まさか、最初から曙を狙って…」

 

漣「待って、通信…明石さん?…え、何処に……敵基地?まだ10分と経ってな…え?」

 

朧「どうしたの、漣…」

 

漣「ぼのたんの艤装…これから攻める敵基地に反応があるって…」

 

潮「こ、ここからすごく遠いよ…?」

 

漣「わかってる、あり得ないんだけど…どうなって…」

 

朧「…なんでもいい、なんでも良いよそんなこと」

 

潮「…うん」

 

漣「そっか、なんでも良いか…まあ確かにやることはなんも変わらないしね」

 

朧「深海棲艦の基地を潰して…曙も助ける…行くよ!」

 

潮/漣「「おぉーっ!!」」

 

 

 

 

 

太平洋 深海棲艦基地

駆逐艦 曙

 

曙「うぎゃっ…つつ…何ここ」

 

生暖かい、ベトベトした狭くて暗い空間から投げ出されたと思えば…

今度は洞穴に鉄格子でできた牢屋…

 

レ級「牢屋に決まってるでしょ」

 

そして鉄格子の向こうからこっちを睨むレ級

最悪のシチュエーションだ

 

曙「…アンタ、せっかくやる気だったのに…」

 

レ級「なんで馬鹿正直に相手しないといけないの?…まあ相手はしてあげる、明日、改めて」

 

曙「そんなの待つつもりなんかないわ、今すぐに…」

 

レ級のナイフが首を掠める

 

レ級「ここには…ひーふーみー…5万の深海棲艦がいるんだけど、全部と戦う?生き残る自信は?」

 

曙「今の数え方でよく5万が出てきたわね…」

 

レ級「適当な数だから、でもそのくらい居る」

 

曙(…ま、勝ち目はないぞって事か…)

 

レ級「…しばらく大人しくしてれば食事くらいは出すから」

 

曙「ちぇっ…どうせここは明後日には火の海よ、見てなさい」

 

レ級「…楽しみにしてる」



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隠し事

東京

駆逐艦 朝潮

 

朝潮「…この辺りは、平時のように賑わっているのですね…」

 

海斗「いや、コレでも十分人が少ない方だよ」

 

歩道にはたくさんの人、車もかなりたくさん通っている

コレでも一通りが少ないとは…東京都は本来どんな街なのか

 

海斗「…ここから数分歩けば前の深海棲艦の襲撃痕が見える、だからこの辺りを通る人は少ない方だし…」

 

朝潮「ですがお店などは通常通りやってるように見えますよ」

 

海斗「生活にはお金が必要だからね…少しでもお金を集めようとみんな必死なんだと思う、特に輸入ができなくなってからは農家も増えたけど、それでも自給自足には程遠い…食料品の値上がりは激しいからね…」

 

朝潮「生活はより苦しいものになりつつある…ということですか」

 

海斗「うん、でも台湾方面で作戦が成功したおかげで大陸側からの輸送は可能になると思う…コレできっと、少しは…」

 

山雲「あー!司令さーん、ゲームセンターが有りますよ〜?ゲーム得意なんですよね〜?」

 

海斗「得意というか…好きなだけなんだけど…それに、君たちの息抜きなんだから」

 

満潮「…あれ」

 

朝潮「満潮?何か見つけたんですか?」

 

満潮「あそこにいるの…天龍さんじゃない?」

 

満潮が指差した先には天龍さんが何かに悩んだ様子で立っていた

 

朝潮「…声をかけてみましょうか」

 

海斗「そうだね」

 

山雲「天龍さ〜ん」

 

天龍「…ああ、これはみなさん…提督も、どうされましたか?」

 

海斗「いや、たまたま歩いてたら君を見かけたから」

 

天龍「そうですか…」

 

朝潮「困っていたようですが?」

 

天龍「…実は、先程襲撃の被害にあった地域を見に行ってきたんです」

 

朝潮「何故…?」

 

天龍「…もっとたくさんの深海棲艦を倒していれば…もう少しは被害を抑えられたのではないか、そう思って…」

 

満潮「…無理だと思うけど…」

 

天龍「確かに、そうでしょうね…どんなに強い人でも千以上の敵と相対してそれを殲滅することなど不可能です」

 

朝潮「そういう意味では…」

 

天龍「…今、私にできることが何かと考えた時…やはりこの食糧難、周辺の食品を買い集めて届ける事くらいしか思い浮かばず…」

 

海斗「…それは、やめた方がいいと思う」

 

天龍「…提督、何故でしょうか…」

 

海斗「あの襲撃からもう一ヶ月が経った、国からの支援は継続して続いてる、それが限度なんだよ…こういう事は言いたくはないけど、天龍、例えば君がもしそれを実行したとして…何人に配れるのかな」

 

天龍「…比較的安いもの…インスタント食品やファストフードなどを…私の今の所持金ではあまりにも僅かですが貯金も使えば…」

 

海斗「そう言うと思ったけど…君がどんなにお金持ちだったとして…被災者は数百人じゃないんだよ、何万人と居るんだ…目立った被害があるのはここだけじゃない、もしこの地域の被災者全員に食糧を渡せたとして…他の地域の人はどう思うかな」

 

天龍「…それは」

 

海斗「君がやった事は必ず伝わってしまう、だって君は艦娘だから…大袈裟な言い方だけど、君の行動は国の行動になってしまう」

 

天龍「……」

 

海斗「でも、君のやろうとした事は全く間違いじゃない、むしろ素晴らしい事なんだけど…」

 

天龍「すいません、私の思慮が浅いばかりに」

 

海斗「いや、違うんだ…なんて言えば良いのか…」

 

山雲「は〜い、お話はそこでおしま〜い」

 

満潮「…そうね、折角会ったんだし…一緒にこの辺りを歩かない?」

 

天龍「……わかりました、御同行いたします」

 

朝潮(…艦娘という存在自体は有名になっているけど、確かに個人が有名になったりはしていない…だからここで目立った行動をすれば…辛い思いをすることもある…そういう事だとは思いますが)

 

山雲「そういえば〜…司令さんは東京の御出身だったり〜…」

 

海斗「うーん…僕の両親は転勤族だったから、何処が出身っていうのもないかな…東京にいた時もあったけど…」

 

山雲「じゃあこの辺りのことはわかりますか〜?」

 

海斗「……わからなくはないけど…そこまで詳しいわけでもない、よ」

 

朝潮(…なんだろう、司令官の顔が何処か暗いような…)

 

海斗「……」

 

満潮「…ブティックとかはあるの?」

 

海斗「確か向こうにあったかな、行きたい?」

 

満潮「…別に欲しいものがあるわけじゃないけど…」

 

山雲「行ってみましょ〜」

 

 

 

 

 

 

満潮「…すごいものばっかりだった…完全なオフの時に来たいわね」

 

朝潮「そうですね、今買ったとしても持ち帰ることができませんから…」

 

海斗「作戦が終わったらみんなで買い物に来ると良いよ、一度横須賀に帰投する事になってるし、時間を取れるようにするから…」

 

天龍「お気遣いありがとうございます」

 

山雲「うーん…少しお昼を過ぎたくらい…ですね〜…」

 

天龍「そうですね…あれ、ここは…どうやら一周して出会った場所に戻ってきたようです」

 

朝潮「いつの間に…」

 

海斗「何処かで何か食べようか」

 

山雲「…そーれーよーりー…司令さ〜ん、私、ゲームセンターに行ってみたいです〜」

 

朝潮(…山雲はヤケにゲームセンターを推しますね)

 

満潮「…確かに、今ご飯食べに行っても凄く並ぶだけだと思うし…時間潰して行かない?」

 

海斗「みんながそれで良いなら」

 

天龍「…私は構いませんよ」

 

朝潮「私もそれで」

 

 

 

天龍「…あまり来たことはありませんでしたが…中々、騒がしいですね」

 

朝潮「山雲は目当てのゲームがあるんですか?」

 

山雲「有りますよー、コレです〜」

 

満潮「…格闘ゲーム…?確か昔キタカミさんとかがハマってた奴…」

 

海斗「朧が強かったかな、山雲もやってたんだっけ…?」

 

山雲「はい〜、嗜む程度に…対戦します?」

 

海斗「いや、僕はやめておくよ」

 

山雲「…じゃあ、野良の人とやってますね〜」

 

満潮「オンライン対戦って事ね…じゃあ私達はどうする?」

 

朝潮「とりあえず少し見てまわりましょう」

 

 

 

天龍「一通り見てまわりましたけど…どうですか?」

 

満潮「…やりたいのは特にないかな」

 

朝潮「満潮の趣味には合いませんでしたか」

 

海斗「…あれ?」

 

山雲「司令さ〜ん!」

 

山雲が走ってくる

 

山雲「仇を討ってください〜…同じ人にもう10連敗してて…」

 

海斗「ええと…山雲、もうやめた方が…」

 

山雲「ダメですよ〜…負けっぱなしじゃ納得できません…」

 

海斗「別にそんなに僕も上手くないんだけどな…」

 

司令官が山雲に手を引かれ、格闘ゲームの席に座らせられる

 

山雲「絶対勝ってください」

 

朝潮(山雲の顔がすごく真剣…)

 

海斗「ええと…わかったけど…この相手凄く強いし勝つのは難しいんじゃないかな…」

 

天龍「そうなんですか?」

 

海斗「…うん、負けちゃった…」

 

山雲「つ、ぎ、で、す」

 

山雲が小銭を投入口に押し込む

 

海斗「い、いや…山雲…」

 

山雲「勝つまで、やります」

 

海斗(…どうやら本気みたいだ…弱ったな…)

 

朝潮「そんなに勝てないものなんでしょうか…」

 

天龍「さあ…でも、さっきよりは善戦してるような…」

 

山雲「いいえ〜、完全に相手のペースですよ〜、体力こそ勝ってますけど技を振るタイミングを間違えたら一瞬で負けちゃいます〜」

 

海斗(騒がしくて集中できない…)

 

朝潮「あ、倒した」

 

山雲「一本取っただけですよ〜、このゲームは二本取らなきゃ負けですから」

 

朝潮(…それにしても山雲が格闘ゲーム好きとは…)

 

海斗「…あれ、勝てた」

 

山雲(最後のは完全にコマンド誤爆の予想外な技で倒したように見えましたけど…勝てたなら良いとしますか〜)

 

海斗「…満足した?山雲…」

 

山雲「はい、スッとしました〜、さ、ご飯食べに行きましょうか〜」

 

海斗「う、うん…そうだね…あれ?」

 

立ち上がった司令官が目を丸くして対面の席を見る

 

朝潮「司令官?どうかしましたか?」

 

海斗「…キミは…」

 

トキオ「…へ?あ、対戦ありがとうございました!」

 

赤毛の少年が立ち上がり、司令官に笑いかける

 

海斗「…うん、こっちこそ付き合ってくれてありがとう」

 

海斗(…記憶は戻ってない、か…)

 

朝潮「司令官、お知り合いですか?」

 

山雲(私と同い年くらい…?この子にボコボコにされてたのね〜)

 

海斗「いや、違うよ…そろそろ出ようか」

 

山雲「は〜い」

 

 

 

 

朝潮「…それにしても、ネットで調べてもこの辺りの物価はここ一年で急激に上昇してるのですね」

 

天龍「深海棲艦の発生からもう一年以上…元々輸入国だった事もあり、かなり苦しいものとは思います」

 

海斗(…ネットワーククライシスから一週間と経っていないのに、こうしてネットに頼る生活が復活してる…もう二度と起こらなければ良いけど…)

 

朝潮「…?」

 

背後から誰かが走ってくる

フードを被った女性のような…

 

朝潮(……急いでるんじゃない、誰かを狙って…いや、司令官を…!)

 

摩耶「カイトォォッ!」

 

海斗「うわっ!?」

 

女性が司令官の背中にドロップキックをかます

 

海斗「いたた…何が…」

 

摩耶「テメェ!よくもこんなとこに…!」

 

朝潮「…貴方は…!」

 

天龍「摩耶さん…?」

 

摩耶「ああ?誰だお前ら…こいつのツレか?ヘッ…人を見捨てて逃げといて良い度胸じゃねぇかカイト!」

 

朝潮(記憶が戻ってない?なのに司令官の事を知っている…)

 

海斗「摩耶…!どうしてここに…」

 

摩耶「どうしたもこうしたもねぇだろうが!テメェ…ふざけやがって!」

 

摩耶さんが司令官の胸ぐらを掴む

 

摩耶「テメェは姉貴の仲間じゃなかったのか!?なんで…なんで見捨てて逃げやがった!」

 

海斗「それは誤解だ!あのメールは僕が送ったんじゃ…」

 

摩耶「ふざけんじゃねぇ…!それ以上その舐めたこと言うために口開くってんならここで…!」

 

天龍「ここで、どうするつもりですか?場合によっては私は貴方を制圧しますが」

 

摩耶「っ…なんだ、テメェ…」

 

山雲「とりあえず〜…場所変えましょ〜?」

 

 

 

 

天龍「…つまり、提督が貴方のお姉さんをメールでゲームに呼び出し、仕様外のモンスターに倒され…そして意識不明になった…」

 

摩耶「そうだよ、なんか文句でもあんのか」

 

天龍「…信じ難い話ですね」

 

摩耶「んだと!?」

 

海斗「待って、僕が呼び出したわけではないけどそれ以外は事実だよ」

 

摩耶「テメェこの期に及んでまだ言い訳する気か!」

 

海斗「話を聞いてよ摩耶…!」

 

摩耶「メールが残ってんだよ!お前が姉貴を呼び出したメールが…!」

 

朝潮「メールですか、本当に司令官が送ったものなんですか?」

 

摩耶「差出人はコイツだった!」

 

山雲「アドレスの偽装とか…」

 

満潮「パソコンのハッキングとかじゃないの?」

 

海斗「…多分そうだと思うけど」

 

摩耶「んなわけねぇだろ!クソが!」

 

海斗(弱ったな…)



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線引き

太平洋 深海棲艦基地

駆逐艦 曙

 

曙「ねぇ、もっとないの?魚」

 

レ級「…なんの躊躇いもなく食うのか、敵に出された物を」

 

レ級の顔を睨んで笑う

 

曙「あるだけかっ食らってやるから全部出しなさいよ」

 

レ級「…剣と艤装は取り上げておいた方が良かったかもしれんな、いや、焼き魚にするのくらいは許すのが温情か」

 

曙「その思考開示しながら喋る癖どうにかしたら?」

 

レ級「昔からの癖、放っておけ…ん?…駆逐棲姫か」

 

駆逐棲姫「ええ、そうです、駆逐棲姫ですよ〜…折角捕虜にしたのに何もしないわけないでしょう?」

 

曙「へぇ、拷問ってわけ…やって見なさいよ、焼いてやるわ」

 

駆逐棲姫「…その炎、もう出ませんよ?」

 

曙「…は?」

 

炎を出すために武器を構える

炎が出ないだけじゃない、艤装がヤケに重い

双剣を持つ腕が痺れる

 

曙「…なに、これ…」

 

駆逐棲姫「なんでみんな実際にハッキングされたりウイルス感染しないとセキュリティを強くしないんでしょうか…実感してないのかもしれませんけど、実感するような時ってもう時すでに遅しなんですよね」

 

曙「何言って…って言うか、何されて…」

 

駆逐棲姫「馬鹿ですよね、みんな…あーあ、ほんとバカ、ほら、立ちなさい」

 

曙「え…?」

 

何かに引かれるように体が持ち上がる

 

駆逐棲姫「…ふむ、少し動きが悪いな、これは侵食率が40%あたりってところですか?」

 

レ級「私に聞くな、なんの話かわからん」

 

駆逐棲姫「あー、はいはい…どうしよっかなぁ、手堅く実験と行きますか、貴方を今から壊しますね」

 

曙「…何するつもりよ…」

 

駆逐棲姫「貴方を崩壊させます、貴方の身体を1ミリ×1ミリのサイコロにして見ますね」

 

曙「できるわけ…」

 

駆逐棲姫「それが場合によってはできちゃうんだなぁ…っと、どうやら動作はするのかな」

 

曙「…え?」

 

痛みを感じ、視線を手に落とす

爪や指先の皮膚が徐々に消失し、粉のようなものが地面へと落ちていく

 

曙「嘘…!や、いや…!」

 

駆逐棲姫「お、良い顔をしますねぇ…心配しなくても内側はまだ無事です、徐々に死んでいく…楽しめますよ」

 

レ級「相変わらずの趣味だな」

 

駆逐棲姫「気になるのは侵食率です、ちょっと微妙なんですよねぇ…」

 

手のひらにまで崩壊が広がる

 

曙「そんな…いや、せめてコイツだけでも…!っ!?」

 

剣を握ろうと掴む、が、激痛が走り体がそれを拒む

 

駆逐棲姫「おや…ふふ、止めてあげますよ」

 

崩壊が止まる

 

駆逐棲姫「その手、持ってきてください」

 

体が勝手に鉄格子の隙間から両手を差し出す

 

曙「な、何を…」

 

曙(身体が、震えてる…)

 

駆逐棲姫「怖がっちゃってもう…可愛いなぁ…つんっと」

 

駆逐棲姫がグローブ越しに手のひらに爪を突き立てる

 

曙「ぃぎっ…!」

 

曙(なんでこんなに痛いの…!)

 

駆逐棲姫「やっぱり表皮の下は敏感ですねぇ、ほら…握手しましょう?」

 

駆逐棲姫のゴワゴワとしたグローブが手のひらを握り込む

痛覚が反応して体が跳ねる

 

駆逐棲姫「ああ…ほんとにカワイイ…もう泣きそうじゃないですか…」

 

曙「黙れ…っ…!」

 

駆逐棲姫「貴方私好みの顔をしてますね…捕虜なんて他にいくらでも捕まえられるから貴方は特別に保存しても良いんですけど…まあ、もっと好みの子が居るかもですし、処理しましょうか」

 

両肩に激痛が走る

 

曙「っ…この痛み…」

 

駆逐棲姫「肩ってあんまり敏感じゃないからなぁ……ああ、毛が生えてるところとかは特に敏感らしいですよねぇ…貴方、下はもう生えてるんですか?」

 

レ級「おえ…」

 

曙「…っ……?」

 

身体の崩壊が止まる

 

駆逐棲姫「…ん?ああ、やっぱり侵蝕が進んでないのか…一部の表皮しか壊れなかったとは…うーん、予定外でした」

 

曙(た、助かった…?)

 

駆逐棲姫「あ、安心しましたね?ほら、死の恐怖から解き放たれて泣いちゃってますよ?」

 

曙「う、うるさい!」

 

駆逐棲姫「わかってないなぁ、ここは蛇の腹の中、貴方はじっくりと殺されるんですよ?」

 

駆逐棲姫が手を握る力を強める

 

曙「っう…!」

 

曙(さっきより、耐えられる…!)

 

レ級「馬鹿が、もっと痛がっておけばよかったものを…」

 

曙「…何、言って…?」

 

駆逐棲姫のグローブがだんだん熱を帯びる

 

駆逐棲姫「そうそう、これ、私もできるんですよ」

 

駆逐棲姫のグローブに炎が灯る

 

曙「熱い!あつっ…!クソッ!離せ!!」

 

駆逐棲姫「抜け出せたら解放してあげても良いですよ?」

 

身体をよじって抜け出そうとしてるのに…全身を何かが覆っているように体が動かない

 

レ級「…駆逐棲姫、それはつまらない」

 

駆逐棲姫「えー?」

 

レ級「とりあえず、離せ」

 

レ級が駆逐棲姫の手を解く

 

曙「…っあ…私の…手が…!」

 

レ級「皮膚に普段覆われてる肉が火傷したらかなり痛いだろうな、火傷で隠れているが出血もひどい」

 

駆逐棲姫「何をするつもりですか?」

 

レ級「…剣を持て」

 

曙(…この手で、握れるわけ…)

 

レ級「聞こえなかったか?…駆逐棲姫、握らせろ」

 

駆逐棲姫「はいはい」

 

手が勝手に双剣に伸びる

 

曙「っ…クソッ!!」

 

剣を堅く握る

 

曙「っ…っぐぅ…!」

 

レ級「どうやら、お前はド三流の様だな」

 

曙「だま…れ…!」

 

曙(痛みで頭がおかしくなる…だんだん手が痺れて、痛覚が麻痺してくるけど…こんなのじゃまともに戦えるわけ…)

 

レ級「得物は一丁前に一級品だと言うのに」

 

レ級がナイフを振る

目の前の鉄格子が音を立てて地面に倒れる

 

駆逐棲姫「あー!なんて事を…」

 

レ級「後で焼いてつなげる、黙って見ていろ…おい、曙、戦え」

 

曙「…なんで、アンタと…」

 

レ級「私の娯楽のためだ…黙って戦え」

 

駆逐棲姫(本当にこの人は何を考えてるのかわからない…)

 

曙「…ッ…」

 

曙(自分でわかる、痛いのが怖いから…構えも中途半端で、膝も笑ってて…敵を前にしてガクガク震えて…)

 

レ級「やる気が出ないか、なら私に勝てたら解放してやる」

 

曙(…でも、やらなきゃ…殺される)

 

レ級「…私がお前にやる気を出させるためにここまで言ったのに、未だにお前は嫌々怯えながら戦うのか…私をあまり失望させるな!」

 

レ級のナイフが双剣にぶつかる

衝撃が激痛になり、全身が悲鳴を上げる

 

曙(痛い…!剣を握ってるだけで痛いのに、こんな…!)

 

レ級「…期待外れが過ぎる、お前を殺して、その剣を貰うとするか…刺身を作るくらいには役に立つだろう」

 

駆逐棲姫「なんで刺身…」

 

曙「……」

 

曙(……今の…って…)

 

レ級「…どうした、なぜ今更武器を構える」

 

曙「…ふーッ!」

 

肺の中の空気を全て吐き出す

 

曙(ようやく、わかった…そう言うことか…!)

 

曙「アンタをぶっ倒せば良いのね…!やってやる…!」

 

駆逐棲姫(…メンタルを持ち直した?何が理由で持ち直したんだ?)

 

レ級「今更そんな顔をするのか…駆逐棲姫、コイツはもらうぞ」

 

駆逐棲姫「…別に貴方が私に逆らわないうちは好きにしてくれて良いですけど…まあいいや」

 

レ級「調教が必要だ」

 

 

 

 

 

東京

提督 倉持海斗

 

海斗「…とりあえず、みんなには改めて紹介するね、この子は摩耶、僕のネットゲームの仲間の速水晶良の妹…なんだけど、まあ、言いたい事はわかると思う」

 

朝潮(…摩耶さんは記憶が戻ってない…か)

 

摩耶「お前らさっきから何言ってんだよ、ホントに…」

 

天龍「しかし…それにしても貴方のお姉さんを呼び出したのがて…倉持さんだったとして、貴方はどうしたいんですか?」

 

摩耶「決まってんだろ、助かに行かせる…もちろんアタシも行くけどな」

 

天龍(…作戦前にそんな時間はないし、断る他ない…ような…)

 

海斗「意識不明になった皆んなを助けに行くのは勿論だよ、だけどその前にやらなきゃいけない事があるんだ…摩耶、もう少しだけ時間をくれないかな」

 

摩耶「ふざけてんのか…?お前が呼び出して見捨てたんだろ!?」

 

海斗「何度も言ってるけど、それは違う…あのメールは僕が送ったものじゃない…罠だったんだ」

 

摩耶「舐めた事抜かしてんじゃねぇよ…!罠だ?だからなんだよ、仲間なんだろ…?助けに行けよ…!」

 

海斗「そうしたいとは思ってる、だけど今はどうしても先にやらなきゃいけないことがあるんだ」

 

摩耶「嘘つきやがれ!そうやって見捨てて逃げようってんだろ…クソが!なんでお前なんかが…!」

 

海斗「…摩耶」

 

摩耶「お前なんかを頼ったアタシが間違ってた…姉貴達はアタシが自分で救う、二度とアタシ達の前に面見せんなよ」

 

そう言って摩耶は去っていった

 

朝潮「…司令官、1人で行かせて良かったんですか?…こう言っては失礼ですが、司令官は御友人を助けに行きたいのではないですか?」

 

海斗「…今の僕には先にやらなきゃいけない事がある…どうしても行かなきゃいけない場所がある……それに、意識不明の原因が何なのか、それがわかって、必要なものが揃わないと意識不明者をリアルに復帰させる事は難しい…今は何もできないんだ」

 

天龍「提督がそれでよろしいのでしたら、私達は」

 

海斗(良くはない、クビアを止めなきゃいけない…このままじゃ摩耶も…)

 

海斗「…一刻も早く、作戦を終わらせよう」

 

朝潮「…しかし、先に出発した皆さんが目的の海域に到着するのは…」

 

海斗「大丈夫、わかってるから…」

 

 

 

 

 

 

甲板

軽巡洋艦 阿武隈

 

阿武隈「角度修正!良し!」

 

不知火「…狙え…撃て!」

 

空中で砲弾がぶつかり合い、炸裂する

 

阿武隈「また防がれた…!」

 

不知火「位置は掴めてますか!?」

 

阿武隈「多分…でも、見えない…!」

 

飛んでくる砲弾の角度、勢いで場所を計算し、狙いをつける

 

阿武隈「っ!」

 

真横からの砲撃をすんでのところで撃ち落とす

 

不知火「横…どうなって…砲弾が空中で曲がるとでも…?」

 

阿武隈「いや…今、飛んでくる方向から鈍い金属音みたいなのが聞こえたから…多分…別の砲弾に当てて…」

 

不知火「…こちら不知火…水上部隊を展開してください…キタカミさんを倒します」

 

阿武隈「ここで決着をつけます!行きましょう!」



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願わくば

海上 

駆逐艦 不知火

 

不知火「……因縁はここで晴らしましょう…ご期待に応えてみせます、第十八駆逐隊、不知火…出撃します!阿武隈さん、手筈通りに」

 

阿武隈「気づかれずに侵入するのは得意なんです、任せて任せて!」

 

不知火「ええ、お願いします」

 

飛んできた砲弾を撃ち落とす

 

不知火「私たちは船を進めます、危険な役割ですが……お願いします」

 

阿武隈「大丈夫!潮ちゃん達もきてくれるから」

 

不知火「お願いします」

 

リフトが降りてくる

 

大井「重雷装艦大井、出撃します」

 

北上「…同じく北上、出るよ」

 

夕張「軽巡夕張、護衛任務に着きます!」

 

扶桑「戦艦扶桑、同じく護衛任務に参加します」

 

長門「同じく長門、同様に護衛に参加する」

 

朧「駆逐艦朧、遊撃作戦に参加」

 

漣「同じく、遊撃部隊に参加…!」

 

潮「私も…!」

 

阿武隈「遊撃部隊は私についてきて下さい!行きますよ!」

 

不知火「護衛部隊はお互いの位置を視認できる場所に、無線の周波数をしっかり合わせてください、応急修理要員はちゃんとセットしてますか?」

 

大井「はい」

 

北上「…役に立つんかね、これ」

 

阿武隈「ほら、突っ立ってないで!動いてください!」

 

朧「は、はい!」

 

長門「私達はどうすればいい」

 

不知火「砲撃は全て防ぎます、周囲の雑魚を仕留めてください」

 

扶桑「わかりました」

 

不知火(…そうはいっても、私の集中力がどれほど持つか…消耗をいかに抑えるか…考えるべき事は多過ぎる)

 

阿武隈(キタカミさんの鼻に感づかれる前に近づいて仕留めないと…少しでも確実な結果を求めて…)

 

阿武隈「加賀さん!赤城さん!」

 

加賀『わかってるわ、必要になったら指示して』

 

阿武隈「夕張さん!」

 

夕張「はいはい、これね」

 

不知火「……それは」

 

阿武隈「臭い玉です、これを複数の方角に放って撹乱します、必要なものは揃いました、遊撃部隊!出撃!」

 

 

 

不知火「…さあ、掃除を始めましょう」

 

手袋を強く引っ張り、力を込める

 

不知火「暁さん、いいですか」

 

暁『大丈夫、甲板に着いたわ、ここから戦況を見て指示するわ』

 

不知火「助かります、降りかかる火の粉は…」

 

暁の方へと飛ぶ砲弾を撃ち落とす

 

不知火「私が全て撃ち落とします」

 

長門「左舷軽巡級2!」

 

扶桑「右舷重巡級1、攻撃します!」

 

不知火「……キタカミさん、あなたを私は超えて見せます、時は今、場所は此処…!」

 

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 北上

 

大井「…北上さん、感じる?」

 

北上「……何を」

 

周囲の敵へと魚雷を流しながら会話する

 

大井「居るの、姉さん達が…」

 

北上「…何処に」

 

大井「そこまでは、だけど感じる…此処に居るって…」

 

北上(…血、って奴?いや、大井の話では血の繋がった姉妹というわけではない……なら、心の繋がりとでも…)

 

不満を押し殺し、装備を動作させる

 

北上「…全部死ね…!」

 

周囲の深海棲艦に魚雷を撃ち込む

 

大井「魚雷の消費が多過ぎる、もっと落ち着いて戦って」

 

北上(誰のせいで……いや、あたしの問題か、これは…)

 

北上「…ふぅ…すぅ……はぁ…」

 

大きく深呼吸をする

 

北上(そうだ、あたしは決めた…何処の誰とも知らないもう一人のあたしが使い捨てた姉妹をあたしが貰っていくって)

 

大井「北上さん、右舷の軽巡級!」

 

北上「……あれ、ね」

 

それがたとえ人の形をしていなくても

それがたとえどんなに醜い姿なのだろうと

 

主砲に砲弾を再装填し、向ける

 

北上「アレが私の姉妹ってわけだ……仲良くできるといいけど」

 

ト級「ギャァァァァァッ!」

 

鼓膜が破れそうな方向を上げて大井へと突進してくる

 

北上(…撃って来ないで直接?突進で押し潰しに…いや…)

 

大井「…姉さん、絶対倒して…え?」

 

主砲を向けようとした大井を制し、主砲を下げさせる

 

北上「…何となくわかってきた…」

 

他の深海棲艦へ向けて足止めの魚雷を流し、ト級と大井の間に立つ

 

大井「ちょっ…!」

 

北上「…大丈夫だから、落ち着きなって……3人とも」

 

ト級が減速し、軽くぶつかり、とまる

 

大井「……止まった…?」

 

北上「…はは、腰抜けそ……なんでこんな馬鹿な真似…」

 

北上(でも、そうしなきゃいけないって思った…それだけで理由は充分…)

 

ト級「…ギ、シィィィィッ…」

 

ト級が大井の方を見る

 

大井「…姉さん、わかるの…?」

 

ト級「……」

 

ト級の首が縦に動く

 

大井「姉さん…良かった…!」

 

北上「…っ…?」

 

ト級の周囲に赤いオーラの様な何かが一瞬浮かぶ

 

北上「…何、今の……」

 

ト級「ギ、ギギギガ……ギシッ…」

 

大井「姉さん?大丈夫なの?姉さん…!」

 

ト級の主砲がこちらを向く

 

北上「っ!…クソッ!大井!!」

 

大井「……こんなの…なんで、こんな…!」

 

大井と共に主砲を向けて放つものの、ト級の装甲に防がれる

 

ト級「ギジャァァァアッ!」

 

ト級の砲撃が至近距離に着弾する

護衛するはずの船が砲撃を受けて揺れる

 

北上(ヤバい…ヤバい、どうしたら…!)

 

大井「くっ……北上さん!無事!?」

 

北上「問題ない…!」

 

大井「…良く聞いて、この軽巡級をここで完全に仕留める!」

 

大井が砲撃を始める

 

北上「…アンタの姉妹なんじゃ…」

 

大井「姉妹だから、私が…私たちが蹴りをつけなきゃいけないの」

 

北上「………都合のいい時だけ姉妹扱い…って訳ね…」

 

主砲を向け、砲撃しながら距離を取る

 

北上「…ま、いいか…一緒に背負う物がある方が……姉妹っぽいし」

 

ト級の艤装が大口を開けて近寄ってくる

 

北上「……くらえ…!」

 

ギリギリで魚雷を発射し、口内に突き刺す

すんでのところでト級の噛みつきを回避する

 

ト級「ギッ…ギィシャッ!」

 

大井「体制が崩れた!北上さん!接続部を狙って!」

 

北上「わかってる!」

 

回り込み、砲撃を接続部に撃ち込む

 

大井「…姉さん…!」

 

大井が主砲をト級に押しつけ、何度も砲撃を撃ち込む

 

大井「もう、起き上がらないで…!」

 

北上「……」

 

大井に向けていた視線を無意識に落とす

どこか苦しく、物悲しい感情が胸に宿る

 

北上「…アンタらの妹は…ちゃんと強いから、心配しなくていい…」

 

黒い深海棲艦の艤装がボロボロと溢れ落ち、海に沈んでいく

 

ト級「ギィィィィッ!」

 

突如ト級が飛び上がり、その両腕をこちらへと伸ばす

 

北上「嘘でしょ…!」

 

大井「させない!」

 

北上「っ…大井!」

 

あたしを突き飛ばした大井がト級に鷲掴みにされる

 

大井「ぐ…ぁ……姉、さん…!」

 

北上「大井を離せ!」

 

ト級の腕に砲撃を撃ち込む

 

北上(全然効いてない…いや、ダメージはあるはず、その腕千切れるまで…!)

 

北上「撃ち込んでやる!!」

 

ト級の片腕を執拗に狙い撃つ

 

北上「吹っ飛べ…その腕、吹っ飛べ!!」

 

ト級の片腕が半分ほど抉れ、ダラリと垂れる

大井が手の隙間から海へと滑り落ちる

 

大井「っ…う…」

 

北上(大井にもう無理をさせられない…あたし一人…やらなきゃ…大井の分まで…)

 

大井「待って北上さん、夕張さんを呼んで…」

 

北上「…大井、早くそこから…」

 

大井「…大丈夫だから、早く…私の通信機、故障したみたいなの」

 

北上「…応答して、北上から夕張へ、夕張に来てもらいたいんだけど」

 

夕張『了解!そっちに向かう!』

 

大井「…せめて、意識だけでも戻したい…から」

 

ト級が力無く海面に斃れる

 

北上「…コイツ…もう、動けなかった…?」

 

大井「…私を掴む力…だんだん弱まって…それでも、しがみつくみたいに…」

 

夕張「お待たせ…この軽巡級?」

 

大井「夕張さん、姉さん達をお願いします」

 

夕張「…まだ動作を完全には確認できてないけど、良いの?」

 

大井「はい、願わくば…意識だけでも戻って欲しいですけど」

 

北上「…何を…?」

 

夕張が右腕に物々しい器具を装着する

 

夕張「…お願い、ちゃんと動作して…!」

 

北上「っ!?」

 

眩い光が辺りを包む

 

夕張「データドレイン…!…っ!これ、ヤバ…!」

 

光が消えたと同時に小さい花火の様な音がする

 

夕張「っ…ぐ…痛…!」

 

大井「…前が見えな…」

 

北上「何が、どうなって…」

 

何かが手元から離れたような、そんな感覚が確かに有った

何かの分だけ体が軽くなった気がした

 

夕張「落ち着いて、数秒で視力は戻る……こちら夕張!戦闘外で負傷、左舷に誰か代理をよこして!」

 

不知火『陽炎、出撃してください』

 

陽炎『陽炎了解、出撃する』

 

北上「…その腕…」

 

機械が火花を散らしながら海面に落ちる

 

夕張「負荷に耐えきれずショートしちゃった…いつつ…でも、動作はしてる…」

 

大井「…じゃあ…」

 

大井に手を引かれる

 

北上「え?」

 

大井「…貴方の、姉でもあるんですから」

 

北上「……うん」

 

斃れたト級に近寄る

 

大井「…球磨姉さん、多摩姉さん…ようやく静かに眠れますよ」

 

北上「……あれ」

 

ト級の白い皮膚が溶けだし、海に流される

 

大井「…こんな、ことって…」

 

北上「……願わくば、ね…」

 

かつて見たことがある、ほんの僅かな間だけしか関わることが無かった姉が2人そこに横たわっていた

 

夕張(…イ級に対して使用したレポートではこんな事は起きなかった…何が理由で…いや、今はそれを考えるよりも…)

 

夕張「ごめん、あと二人くらい寄越して!人を運搬しないと!」

 

大井「…心臓、動いて…息もしてる…意識は無いけど、生きてる…!」

 

北上「……良かったじゃん、大井」

 

大井「北上さんも…」

 

北上「…ま、いいけどさ…」

 

受け入れてもらえるかの不安はある

だけど今はこの幸福を噛み締めることにした

 

夕張「…あれ?2人とも、応急修理要員は?」

 

大井「…無くなってる…?」

 

北上「あたしもだ…」

 

夕張「……実験が必要だけど、もうこの機械は無理…か、リフトに運搬を…うわっ!?」

 

複数の至近弾が着弾する

 

北上「っ!?いきなり何!」

 

大井「…っ…」

 

すぐ隣で大井が崩れ落ちる

大井の艤装が外れ、周囲に散乱する

 

北上「大井!!」

 

夕張「待って、触らないで…気絶してるだけ……っ!?」

 

大井の魚雷発射管が全て破裂する

 

夕張「ぁ…が…っ…最、悪…!」

 

夕張が爆発に巻き込まれ、倒れる

 

北上「…これ、覚えてる……そうだ、アイツだ…」

 

相対さないと…

 

北上「…あたしが、やらないといけないんだ…アイツもそれを望んでるから」

 

夕張「どこに…?」

 

北上「…ケリを、つける…もう1人のあたしと…誰か!早く来て!夕張も大井も重症だから!」

 

不知火『左舷に増援を!』

 

北上「あたしの姉妹に手出した事…絶対に、後悔させるから」



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蜘蛛の糸

海上

軽巡洋艦 阿武隈

 

阿武隈「特殊弾装填、発射用意!」

 

朧「用意良し!」

 

漣「良し!」

 

潮「良し!撃ちます!」

 

阿武隈「撃て!」

 

それぞれの砲弾がバラバラの方向に飛び、空中で炸裂する

 

阿武隈「第五戦速維持!このまま視認距離まで行きます!」

 

潮「はい!」

 

朧「前方的駆逐隊!」

 

阿武隈「砲撃用意!撃て!」

 

道中の敵を撃滅して進む

 

阿武隈(…わかる、このあたし達の真上を通る砲撃、それがキタカミさんの砲撃だって…絶対に倒さないと…)

 

阿武隈「っ!?」

 

艤装を盾に砲撃を受ける

 

阿武隈(今の砲撃、何処から…ほとんど真っ正面から飛んできたのに、まだ姿が見えない…!)

 

立て続けに砲弾が飛んでくる

 

阿武隈(受けてたら持たない…!)

 

阿武隈「散って!各自回避か防御を!」

 

朧「散るのは不味いです!これ、狙って撃ってきてません!」

 

阿武隈(たしかに…至近弾どころか的外れな砲撃も多い…それに、キタカミさんの砲撃は止んで無い…)

 

朧「アタシが前に出ます!単縦陣で突っ切りましょう!」

 

阿武隈「…良し、OK!それで行くよ!」

 

阿武隈(落ち着いて、冷静に周りを見て…私は…私はキタカミさんを超えてみせるんだ、そうしなきゃ…いけないから)

 

潮「…この高さ、もしかして…跳弾?」

 

漣「跳弾って…弾が何かにぶつかってって奴?そんなまさか…」

 

阿武隈「いや、そうだよ…私の艤装なんてさっきの砲撃で貫かれててもおかしく無い…絶対にそう、じゃないとあんな威力で飛んでこない…それに…」

 

阿武隈(姿が見えないと言う事は大体2.5浬以上先…口径と飛んできてる距離からして戦艦級の攻撃それなら…)

 

阿武隈「電探、持ってきとけば良かった…何もなしじゃレーダー射撃は無理…」

 

潮「えぇっ…持って来てないんですか!?」

 

阿武隈「だって使わなかったし…射角見るにも…多分波で変な跳ね方してる……待って、こっち弾薬の匂いが消えるまで確か10分やそこら…潮ちゃん!日没までの時間わかる!?」

 

潮「あと2時間です!」

 

阿武隈「夜戦…に持ち込むのは危険…かな」

 

朧「多分、完全に不利になると思います…深海棲艦が水中を自由に動けるのも考慮したら…何処からくるか」

 

阿武隈「そうだよね…」

 

悔いても仕方ない、やるしかない…

 

阿武隈(鼻を潰して方角を有耶無耶にして早期決着にしたかったのに…この感じは完全にバレてるし、突っ切るしか…)

 

朧「…砲撃が止んだ?」

 

深海棲艦の砲撃が止む

 

漣「やりぃ!弾切れだ!」

 

潮「めちゃくちゃに撃ってきてたもんね!急ごう!」

 

阿武隈「…ホントに?え?」

 

私の思考を全て否定するように、海に静寂が戻る

 

阿武隈「…捉えた…」

 

それとほぼ同時にターゲットを発見した

 

朧「…キタカミさん」

 

まだ遠くではっきりと姿を視認できていないものの…対象を捉えた、間違いない

 

阿武隈「…やらなきゃいけない…いや、やってやるんだから…!」

 

甲標的を取り出す

 

阿武隈「……あたしの改二…見せます…!」

 

甲標的を水中に潜り込ませる

 

阿武隈「ッ!?水中に深海棲艦…しかも囲まれて…」

 

知りたくなかった甲標的を通して情報が頭の中にどんどん入り込んでくる

 

阿武隈「浮上してきた!全員周囲警戒!」

 

朧「魚雷用意!発射!」

 

漣「全然たりてないよ!?」

 

潮「多すぎるよ!!」

 

一瞬にしてこちらの何倍もの数の深海棲艦が浮上してくる

 

阿武隈「…読まれてた、あたし達別働隊の動きも…あたし達のやろうとしてる事も、全部…」

 

深海棲艦の群れを割り、海の上をゆっくりと歩きながらその人は近づいてくる

 

キタカミ「当ったり前じゃ〜ん…阿武隈、誰にその技術教わったか…忘れちゃった?」

 

阿武隈「…キタカミ、さん…」

 

首の痛々しい傷痕

青色に濁り、輝く目

口角を無理やり引き上げて笑ったような表情

 

自身の記憶が違うと否定しても…

こんな人じゃないと思っても…

 

阿武隈(この人が…キタカミさんなんだ)

 

わかってしまう

 

キタカミ「今なら楽に殺してあげるけど?」

 

阿武隈「……」

 

答える事なく、装備を向ける

 

キタカミ「…悲しいなぁ…他の…駆逐は?どうするのさ」

 

朧「……アタシはキタカミさんを倒します」

 

漣「みんなそのつもりで来てるんで…!」

 

潮「…ごめんなさい」

 

キタカミ「…良いよ…良いよ良いよ、やってみなよ、やれるもんならさ…」

 

キタカミさんが主砲を天に向け、持ち上げる

 

キタカミ「もし勝てたら…アンタらが1番知りたい事、教えてあげても良いよ」

 

阿武隈「…1番、知りたい事…?」

 

キタカミ「気になんないかなぁ…?曙のコト」

 

朧「っ!」

 

漣「…ぼのたんを出されたら…よりやる気も出るってもんですよ…!」

 

潮「うん…絶対に倒さないと」

 

キタカミ「……おーおー、舐めてくれたもんだねぇ…私相手に逃げない事、褒めてあげたいところだけど…良く無いね」

 

周囲の深海棲艦がバラバラな方向に砲口を向ける

 

キタカミ「…コレ、味わってみる?」

 

キタカミさんが砲撃したのにならって他の深海棲艦が砲撃する

一つの砲弾が別の砲弾にぶつかり、また他の砲弾に

金属が激しくぶつかり合う音が鳴り響く

 

朧「耳が…!」

 

阿武隈「く…ッ…!」

 

阿武隈(何の為にこんな…!)

 

主砲を向けて放とうとしたところに背後から砲撃が着弾する

 

阿武隈「ぁ…が……ぅぐ…」

 

立て続けに砲撃をくらう

 

キタカミ「痛いでしょ、中途半端な威力だからなかなか死なないだろうねぇ…」

 

阿武隈(砲弾をぶつけ合って無理やりルートを…!)

 

漣「回りくどい手使わないで…直接撃ってくりゃ良いのに…」

 

キタカミ「いやー、だってさ、普通に撃ったら全方位からの同時射撃だろうと防がれかねないじゃん、特に阿武隈と朧は突出してきたねえ…見違えたよ」

 

朧「……」

 

阿武隈「…貴方を人間に戻す事だって…できるかもしれない」

 

キタカミ「だから?」

 

阿武隈「…こんな戦い、やめませんか…?」

 

忘れてしまった貴方を…取り戻したい

その一心での言葉だった

 

キタカミ「…あはっ…悪いね、今の私は頭の中まで深海棲艦だからさぁ…」

 

阿武隈「なら、ここで倒します!!」

 

その一声が合図となり砲戦が始まる

 

朧「っやあぁぁぁっ!」

 

漣「当たれぇっ!」

 

大きく激しい動きは危険も大きい、しかしここまで囲まれたのならそうせざるを得ない

 

阿武隈(私が2人を守る…!)

 

2人に迫る砲弾だけを見極めて撃ち落とす

 

潮「きゃぁっ!」

 

阿武隈「潮ちゃ…っ!…モロに…貰っちゃった…」

 

阿武隈(だけど、甲標的が…あれ?)

 

キタカミ「どしたの阿武隈…なんか焦ってるみたいだけどさぁ…まさか、そこに浮かんでるそれのこと?」

 

少し離れたところにバラバラになった甲標的が浮かび上がる

 

阿武隈「…嘘…そんな…」

 

キタカミ「ま、甲標的が使えるようになった事くらいは…褒めてあげようか」

 

砲弾が直撃して海面に仰向けに倒れる

 

阿武隈(…やっぱりあたしじゃ無理なんだ…あたしじゃ…)

 

キタカミ「阿武隈は堕ちた、次は駆逐…」

 

朧「こんなところで終わらない…終われない!!」

 

漣「絶対にぼのたんの話聞かせてもらわないと!」

 

潮「阿武隈さん!立ってください!」

 

阿武隈(…確かに、このまま負けて終わりたくなんかない…それでも…)

 

キタカミ「…へぇ、そんな事するんだ」

 

潮「え…?」

 

周囲の雰囲気が変わる

なんとか上体を持ち上げて様子を伺う

 

リ級「……」

 

リ級が此方へ艤装を向け、立っていた

ただそれだけで、何が起こっていたのかは掴めなかった

 

キタカミ「邪魔するんだね、別に良いけどさぁ……いや、この匂い…」

 

リ級が周囲の深海棲艦を撃つ

 

阿武隈(深海棲艦が…深海棲艦を…?いや、確か報告にあった…もしかしてこのリ級があの重巡洋艦…!?)

 

漣「どうなって…」

 

朧「なんだっていい…敵の陣形が崩れた、今のうちに…終わらせるよ!」

 

潮「うん!」

 

潮ちゃんに掴まれた手を振り払う

 

潮「…阿武隈さん…?」

 

阿武隈(…無理でも、たとえ不可能でも、価値の可能性がなくても…)

 

自力で立ち上がる

 

キタカミ「……多分、起き上がった事後悔するよ」

 

阿武隈「…でも…このまま負けるなんてイヤ…!」

 

主砲を構え直して砲撃を開始する

 

阿武隈「潮ちゃん!日没までは?!」

 

潮「あと30分です!」

 

いつの間にそんなに時間が経ったのか…それなら、上等

 

阿武隈「なら、やるっきゃないよね…!」

 

特殊弾を装填し直し、砲撃する

 

キタカミさんの砲弾と正面からぶつかり、周囲に悪臭が漂う

 

キタカミ「ゴホッ…こんなの無いでしょ…」

 

阿武隈「鼻は潰した、後は目を奪えば良い…!」

 

潮「まだ夜じゃ無いですよ!?」

 

阿武隈「視界を奪うのは何も暗闇だけじゃ無いんだよ…!」

 

キタカミ「っ…!」

 

キタカミさんが手で顔を覆う

 

潮「そっか、夕日…!」

 

阿武隈「今!全力で仕掛けるよ!」

 

キタカミ「ちぃっと…不味いかな」

 

キタカミさんが水中に姿を消す

 

朧「逃げられた!?」

 

阿武隈「違う!キタカミさんはここであたし達と決着をつけようとしてる…今は周りの深海棲艦を倒して!」

 

阿武隈(次の作戦は想定できてる…次は下から引き摺り込みにくる…)

 

魚雷発射管から魚雷を抜き取り、投げる

 

漣「!了解!」

 

漣ちゃんが爆雷を周囲に撒き散らす

 

潮「これで最後…!」

 

阿武隈「…周りに深海棲艦の影は無し…爆雷もかわされた…?」

 

周りを眺める

爆雷の爆発で水中の深海棲艦を一掃できたのか、黒い破片が次々に浮かんでくる

しかしキタカミさんの姿はない

 

阿武隈(本当に逃げた?いや…待って、あたしならどうする?あたしがもし深海棲艦で…自分の気持ちじゃなくて、作戦を優先するなら…)

 

阿武隈「全員全速!母艦に撤退!護衛班と合流!」

 

朧「まさか…!」

 

阿武隈「狙いはそっちだと思う…!」

 

朧「待ってください、何か浮いてきて…」

 

阿武隈「……ボストンバッグ…?」

 

 

 

 

 

駆逐艦 不知火

 

不知火「…お久しぶりですね、大湊以来でしょうか」

 

キタカミ「…邪魔しないでくれるかなぁ…不知火…」

 

微かな星の明かりがキタカミさんの表情をより狂気的に映し出す

 

不知火「…船と少々距離がある地点で浮上してきた点から…貴方は水中で呼吸ができるわけでは無い…そして長く潜っていられるわけじゃ無いようですね」

 

キタカミ「……だから何なのさ、邪魔するならどのみち死ぬだけだよ」

 

主砲に弾を込め、上空に放つ

砲弾が空中で炸裂し、赤い煙を撒き散らす

 

不知火「此方不知火、今射出した煙の地点に深海棲艦を発見…支援を要請」

 

長門『長門了解した』

 

扶桑『扶桑了解致しました』

 

不知火「……ここで死ね」

 

声を絞り出す

 

キタカミ「可愛く無いなぁ…前はそんな事言わなかったのに」

 

不知火「貴方を敬愛していた、規範とし、私はそれに倣い、貴方になろうと努めた…だが、貴方は堕ちてしまった…堕落した、越えてはいけない一線さえも越えた…そんな貴方に用はない、今の貴方はそこらにあるただの深海棲艦に過ぎない」

 

キタカミ「…ああ、そう」

 

キタカミさんが支援の砲撃を全て撃ち落とす

 

キタカミ「…悲しいなぁ…」

 

北上「そんな想いをしてまで、そっちにいる事が重要なの?」

 

不知火「…貴方は…何でここに、護衛の任務は…」

 

北上「黙ってなよ駆逐…今、あたしはそれと話ししてるんだからさ」

 

キタカミ「…それ、ねぇ」

 

北上「…ねぇ、なんで大井を撃ったの?」

 

キタカミ「…なんでだろ、わかんないや」

 

北上「躊躇いもなかった?」

 

キタカミ「…無かったなぁ…だって、殺せるって思ったもん…あたしさ、頭ちょんぎられて改造されたせいで他の深海棲艦と視界を共有してるんだよね、頭にダイレクトに誰かの視界が入ってきてさ…大井っちの位置も、角度も…全部完璧にわかっちゃったんだよね」

 

北上「…大井は生きてるよ」

 

キタカミ「ありゃりゃ、そりゃあ…残念」

 

北上「……あたしも残念だよ、アンタが大井を殺さなかった訳でも…殺さなくて済んで喜ぶわけでもない…たった今から大井はアンタの姉妹じゃない、あたしの姉妹だ」

 

キタカミ「…弱いくせに、よく吠えるなぁ…」

 

北上「弱いかどうか、試してみりゃ良いじゃん」

 

北上さんが甲標的を取り出し、水中へと送る

 

キタカミ「…使えるんだ?」

 

北上「阿武隈仕込み…ってね」

 

 

 

 

キタカミ

 

阿武隈の行動は全て読み切って倒せた

そんな阿武隈が育てたコレをいたぶるのは難しい事なんかじゃない、何よりも簡単で…

 

なのに…

 

キタカミ「よく、耐えたよねぇ…不知火も、アンタもさ…」

 

不知火「……2対1でも、勝てないのか…」

 

北上「クソッ…あー…不知火だっけ、足引っ張って悪いね…」

 

何で立ち上がるのか、それが私には分からなくて…

 

キタカミ「…大人しくしてれば、いたぶらなくて済むのに…すぐに済ませるのに…」

 

北上「…ふざけるな!」

 

キタカミ「ふざける?真剣に言ってるんだよ、勝ち目ないってわかったでしょ?」

 

北上「姉妹に手を出されて、その挙句に大人しく死ね!?あたしはそこまで腐ってない!あたしは大井の分までアンタを殴ってやらなきゃ気が済まない…!」

 

キタカミ「……意味わかんないっての」

 

北上「…残りの魚雷、全部くらえば目も覚めるんじゃない…?」

 

よろよろと立ち上がって、惨めに、必死に魚雷を撃って…

艤装もおかしな形になってるせいで魚雷全部真っ直ぐ進みやしない

主砲を向けての砲撃もまっすぐ飛んだりしない

 

勝ち負け以前に勝負にならない、もう相手は吹けば斃れるような状態

 

キタカミ「…見てて可哀想になってきたわ、さっさと殺して……え?」

 

真下から水面を突き破り魚雷が一つ真後ろに飛び出す

 

北上「…コレが、全部」

 

魚雷が背後で炸裂する

背中が焼けるような感覚、無様に吹き飛んで水面を転がされる

 

キタカミ「いったいなぁ…」

 

胸ぐらを掴まれる

 

北上「漸く、アンタを殴れるね…」

 

不知火「動いたら、撃ちますよ」

 

キタカミ(別にアタシ死んでも死なないし…)

 

北上に顔面を殴られる

全く痛くない、深海棲艦だからとかじゃなく、拳に力が全く入ってない

 

キタカミ「……何、これのために今のを…」

 

北上「…そうだよ、これが今のあたしの…全身全霊」

 

キタカミ「アホらし」

 

主砲を突きつけて腹を打つ

 

北上「ぁ……が…」

 

不知火からの砲撃を北上を盾にすることで防ぐ

 

キタカミ「…はぁ、さっきの魚雷は驚いたけど……結果がコレじゃあね…」

 

北上「…あの魚雷……アンタが考案した、やり方…」

 

キタカミ「……」

 

北上「……アタシでも、でき、る…」

 

キタカミ「チッ」

 

ムカついたから、背中を蹴り飛ばして水面に倒れたところを撃った

苛立ちが収まらないから、ぐちゃぐちゃに壊そうとしたのに、邪魔された

 

キタカミ「不知火…あんたウザイよ」

 

不知火「……貴方の相手は、私達です」

 

阿武隈「…もう、逃しません」

 

キタカミ「…阿武隈…追いついちゃったかぁ…」

 

水面に横たわった北上がうわ言のように、何かをつぶやく

 

不知火「……わかりました」

 

阿武隈「あたし的には…OKです」

 

不知火と阿武隈が私を挟み込むように立ち、主砲を向けてくる

 

キタカミ「……アンタらじゃ無理なんだって…」

 

阿武隈の魚雷発射管が下を向く

 

キタカミ(…まさか何も無しでやるつもり?いや、できるわけない…)

 

阿武隈「……お願いします!」

 

阿武隈が魚雷を水中に向けて射出する

 

キタカミ(まさか、阿武隈、本気で…?いや、できたとしてもその前に潰してやる…!)

 

不知火「…今」

 

背後から飛んでくる不知火の砲撃をかわす

 

キタカミ「…そうだった、2対1だった……あんまり影が薄いから忘れてたよ」

 

不知火「安い挑発ですね」

 

最後の砲戦が始まる

 

阿武隈(……タイミングは、いつ…?いつなら…)

 

キタカミ(阿武隈の考えてることは手に取るようにわかる、本気でやるつもりみたいだけどさ…その賭けは私には通用しない)

 

砲撃が阿武隈に直撃する

 

阿武隈「っう…!」

 

不知火(このままではやられる…いや、こうなったら…やれるだけの事を…)

 

不知火がよろめきながら砲撃する

 

キタカミ(低すぎ、先に不知火がバテた…)

 

不知火の砲撃が海へと吸い込まれる

 

不知火「く…ッ!」

 

キタカミ(主砲を持ち上げることすらできてない、不知火はもう良い、阿武隈をここで折れば勝ちはもう決まった…)

 

下から突き上げるように砲弾が背中を捉える

 

キタカミ「っが…なん……で…」

 

不知火「…貴方に見せられた技、ですよ…」

 

不知火の放った砲弾が水面を跳ね、直撃する

 

キタカミ(跳弾を、モノにした…?さっきの失敗してた砲撃もブラフ…!)

 

キタカミ「チッ……!そんな小手先の技で…」

 

複数の魚雷が目の前に飛び出してくる

 

キタカミ「なっ…ー!」

 

魚雷の爆発をもろにくらう

 

キタカミ「ぁが……この…マジでやるなんて…!」

 

阿武隈「…いいえ、私は何も無しでこんな雷撃はできません」

 

キタカミ「…何言って…?」

 

両足が何かにつかまれる

 

キタカミ「っ!…イムヤ…!」

 

イムヤ「お久しぶり…先に阿武隈と合流しておいてよかった…!」

 

キタカミ(イムヤが水中から阿武隈に指示してたのか…!昔の私と同じ手段で…) 

 

阿武隈「コレで、終わりです」

 

阿武隈と不知火の主砲がこちらを向く

 

阿武隈「……」

 

不知火「……」

 

キタカミ「…あーあ、負けた負けた…あはは」

 

私が斃れるまで、2人は砲撃をやめなかった

 

何発もの砲弾をその身に受け、ようやく私の身体は立っている力を失い、斃れる

 

阿武隈「…倒した…?」

 

不知火「……その様、ですね…」

 

阿武隈がゆっくりと、警戒を解かずに近寄ってくる

 

阿武隈「約束です、曙ちゃんの事を…」

 

キタカミ「…あ…ああ……」

 

アレの正体を教えたら、阿武隈たちはどんな反応するかなぁ…

 

キタカミ「…曙…ね……」

 

風を切るような音が聞こえる

 

キタカミ(……来ちゃったか)

 

大きな水飛沫をあげてレ級が着水する

 

レ級「邪魔だ、どけ、軽巡洋艦、潜水艦、駆逐艦」

 

レ級の出現に阿武隈が飛び退き、主砲を向ける

 

阿武隈「レ級…!」

 

不知火「今、どうやって…」

 

レ級「落ちてきただけだ…安心しろ、お前たちに手を出したりはしない…私は口止めに来た、ネタバレはつまらないだろう?」

 

阿武隈「そんな事させない!」

 

阿武隈が主砲を向けているのに構わずレ級の右手が私に触れる

 

レ級「…楽しかったですか、キタカミさん」

 

キタカミ「……いや…嬉しかった、かな…」

 

レ級「……今から、もっと嬉しい想いをする」

 

レ級は砲撃が直撃するのも構わない様子で私の身体を掴む

 

レ級「……」

 

キタカミ「ぁが…ああああああっ!」

 

阿武隈「キタカミさ…っ…見えない…!」

 

不知火「これは…!」

 

体中に激痛が走る

頭が壊れそうに痛む

何も見えない、何も聞こえない

全身が焼かれるような熱さに包まれる

 

レ級「……コレで、良い」



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ハッカー

海上

軽巡洋艦 阿武隈

 

不知火「最悪ですね…レ級にもキタカミさんにも逃げられた…また戦ったとして、もう油断は無いでしょう」

 

阿武隈「…そう、だね…それより、もう1人の北上さんは?」

 

不知火「重症です、急いで移送しましょう」

 

北上さんに近づき、あまり傷を刺激しないように背負う

 

不知火「…脇腹、背中…かなり重症ですね……こちら不知火です、応答できますか?……はい、夕張さんは…そうか、負傷してましたか…」

 

北上「……ねぇ…」

 

阿武隈「…起きてたんですか…?」

 

北上「…どう…なったの……ちゃんと…助けられた…?」

 

不知火「…それは…」

 

北上「……そっ、か……大井…悲しむ、かな…ぁ…」

 

阿武隈「あんまり喋らないでください、傷に障るので…」

 

不知火「…一つだけ、どうしても気になることがあります……なんで貴方は意識を失う直前、私たちにキタカミさんを"助けろ"なんて…」

 

北上「…大井も…みんなも……代わりじゃ嫌でしょ…」

 

阿武隈「…まさか、あっちのキタカミさんを元に戻したら消えるつもりだったんじゃ…」

 

北上「……」

 

不知火「…そのつもりだったようですね」

 

阿武隈「……貴方は、鼻につく所はあっても、ちゃんとみんなの仲間になれたんですよ…大事な仲間に…」

 

北上「…だと、良いなぁ…」

 

 

 

龍田「あら〜、コレで全員ねー」

 

不知火「リフトをあげてください、重症者がいます、手当の用意を」

 

阿武隈「…あれ?イムヤさん…」

 

不知火「…そういえば居ませんね、気にする暇がなかったですが…」

 

阿武隈(…イムヤさんも気になるけど……あの重巡級…なんであたし達の味方をしてくれたんだろ…)

 

阿武隈「今、傷の手当てをできる人は誰が?」

 

龍田「如月ちゃんと天津風ちゃんね〜、夕張ちゃんがちゃんと見てくれてるみたいだから安心してねー」

 

不知火「……司令に負傷者を本土へ戻す事を提案するべきか」

 

阿武隈「…多分、それは狙い撃ちにされるだけだと思う…戦力を割いたらその時点でこの戦いは負けが決まっちゃう」

 

不知火「……どうしたものか」

 

 

 

艦内 医務室

 

夕張「…コレは、ひどいわね…」

 

北上「……」

 

夕張「破片が相当深くまで入り込んでるし、火傷も酷い…修復材の使用申請を出してくれる?破片だけ摘出するから」

 

阿武隈「修復材…」

 

阿武隈(修復材も結局なんなのかよくわかってないまま、あんまり使いたく無いって提督も言ってたけど…)

 

夕張「…私も修復材使える身体ならなぁ…」

 

阿武隈「修復材、使えないんですか…?」

 

夕張「まあ、ね……とにかく早く処置しないと手遅れになるよ、急いで明石にこの書類渡してきて」

 

阿武隈「は、はい!」

 

 

 

 

軽巡洋艦 夕張

 

夕張「…はー…私の体で高速修復剤試そうかなぁ…でもThe・Worldがサービス辞めちゃったせいで今はAIDAを取り除くことができないし…」

 

如月「あの、コレ、どうすれば…」

 

夕張「ああ、右の棚に入れておいて、あと天津風ちゃんはそっちの点滴交換してね」

 

天津風(なんであの大怪我でケロッとしてるのか…)

 

夕張「…さてと、摘出手術、始めますかぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

甲板

駆逐艦 島風

 

秋津洲「なんでまだ戦わないの?」

 

島風「…提督に、スイッチのこと気づかれたから…あんまり派手には動けない…コレって要するに危険なモノでしょ?」

 

秋津洲「それを分かっていて、なんで捨ててないの?」

 

島風「……それは」

 

秋津洲「破壊の衝動…そして衝動のままに全てを壊す快楽」

 

島風「…違う、そんなものない」

 

秋津洲「ホントかなぁ…使わなきゃいけない時、それを待ってる…だからまだ戦ってない…」

 

島風「違う!」

 

秋津洲「…コレは例え話かも、主力メンバーはさっき帰投して、疲弊してるし……今、深海棲艦の群れがいたら…」

 

島風「……」

 

海に視線を落とす

 

月を綺麗に反射する、暗くて冷たい海

 

秋津洲「…今護衛に出てるのは龍田と陽炎、磯風、叢雲かも〜…でも、本当に大丈夫だと思う?」

 

島風「何、言って…っ!?」

 

サイレンが鳴る

 

島風「敵襲!…いや、このサイレンの音はワイヤーに異常だっけ!?」

 

甲板から垂れたワイヤーのリールが回転している

ワイヤーの先には哨戒班、つまりは

 

島風(下の人たちが海に引き摺り込まれたんだ!夜を狙って…!)

 

秋津洲「巻き取りのスイッチ押したかも〜」

 

島風「かもじゃどっちかわかんないって…!」

 

秋津洲「行かなくて良いの?せっかくのチャンス」

 

島風「っ…」

 

秋津洲「大義名分…そう、みんな疲れてるし、今動けるのは貴方だけ…みんなのために戦う…コレは言うならば…仕方なかった」

 

島風「仕方、ない…」

 

秋津洲「そう、だって私戦闘艦じゃないしぃ〜」

 

島風(…仕方ない、だから私が戦うしか…)

 

島風「連装砲ちゃん!!」

 

海へと飛び降りる

 

秋津洲「…ホンットに…扱いやすいカモ」

 

 

 

海上

 

島風(ただ戦うだけ…別にスイッチはいらない!)

 

船体を蹴り、宙を舞う

 

島風「居た!」

 

巻き取られている人には大量の深海棲艦がまるでミノムシのようにしがみついていて…

 

島風(深海棲艦だけを仕留めるなら、砲撃は危険)

 

双剣を抜き、最高速度で降下しながら斬りかかる

 

島風「やああぁぁッ!」

 

薄暗い闇の世界を火花が照らす

 

島風「硬い…!」

 

周囲に深海棲艦が音を立てて落ちてくる

 

朧「島風!引き上げた人たちのことは任せて!」

 

荒潮「深海棲艦も始末しておくから〜!」

 

島風「うん…わかった…」

 

島風(全部私のなのに……いや、違う、それで良いんだ…被害を抑えなきゃ…だから…)

 

スイッチを取り出す

 

島風「…悪いのは、そっちだよ」

 

連装砲ちゃんが周囲に飛び降りてくる

 

島風「最高速度で…倒す!」

 

連装砲ちゃんが撃った砲弾を背中に受けて加速する

背中を焼きながらも勢いを増し、最速で最高速度に到達する

 

島風(なんでだろう…痛みを感じない…それに、どんどん思考が…)

 

何度味わっても異様な感覚、自分が自分じゃなくなる

 

深海棲艦の装甲を剣先で撫でればソレは二つに裂け、掴みかかろうとするものは伸ばした手が粉微塵に刻まれる

誰も私に触れられない、誰も私に勝てない

 

島風「……」

 

はずだった、この身体は私の意思と関係なく、好き勝手動いて敵を殲滅する…そんな役割だったはずなのに、私の身体は海の真ん中で静止した

 

島風(…どうなって…)

 

駆逐棲姫「へぇ、もっと加速するのかと思ったら…まさか止まるなんて、読みにくい動きをしますねぇ」

 

島風(…コイツは…確か大阪で)

 

駆逐棲姫「どうも、大阪以来ですね、ウサギちゃん」

 

島風「…ウサギ…コレはただのリボンで耳じゃない」

 

スイッチを切り、駆逐棲姫に向き直る

 

駆逐棲姫「…貴方素材はいいのにファッションセンスないですね、なんで上下赤ジャージなんですか?」

 

島風「……」

 

駆逐棲姫「無視は傷つくなぁ…」

 

島風(なんで、身体が動かないの…?なんで怖いの…?)

 

駆逐棲姫「…やっぱり貴方は偽物だ…貴方の強さは誰かに借りたもの、貴方自身の強さじゃない、だから体がついてこない…」

 

島風(なんで、わかったみたいなこと…)

 

駆逐棲姫「…まあ、あなたに用は無くなりました、死んでいいですよ」

 

島風「死なない、お前を倒す…!」

 

加速し、スイッチを入れる

 

駆逐棲姫「やってみなさい」

 

何かを切り裂いた感触

鮮血があたりを舞う

 

島風(…え…)

 

駆逐棲姫「やっちゃいましたねぇ、人間を斬った」

 

駆逐棲姫の盾になるように、人が…

 

駆逐棲姫「あーあ、これは手当てしないと助からないなぁ…貴方はどうするのか、見せてください」

 

島風(そんなの、助けるに…あ、れ…)

 

意識が、呑まれる

 

剣を振るい、血を祓う

 

島風「……」

 

駆逐棲姫「…なるほど、正解ですよ、素晴らしい」

 

駆逐棲姫に詰め寄り斬撃を放つ、グローブで剣を弾かれる

 

斬れない、刃が通らない…勝てない

 

島風「……」

 

今は戦ってはならない

そういうように体を退かせる

 

駆逐棲姫「…そう、そのまま…」

 

頭が、支配される

 

駆逐棲姫「私の手駒になりなさい、駆逐艦島風…」

 

島風「……」

 

まるで、操り人形みたいに…体を反転させて.

 

駆逐棲姫「あなたは私の物」



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マリオネット

海上

駆逐艦 朧

 

朧「島風が応答しない!」

 

荒潮「不味いわね〜…周囲の深海棲艦だけは仕留めたけど…」

 

朧「…アタシ達も行かないと」

 

荒潮「2人で?流石に無茶よ…それに私はあなた達みたいに強くはないし…」

 

艤装にかかったワイヤーを外す

 

朧「でもアタシは行くよ、島風を曙の二の舞にはしない」

 

荒潮「…此方荒潮です、島風さんが応答しないので捜索に行きます、応援をお願いします」

 

荒潮もワイヤーを外す

 

荒潮「…何かしら、その顔…」

 

朧「いや…真面目な時の荒潮ってほんとに朝潮に似てるね、口調とかさ…」

 

荒潮「…そうかしら…とにかく行きましょう?」

 

朧「先導するよ、探照灯を後ろから照らして」

 

荒潮「後ろから?」

 

朧「どっちが水に引きずり込まれてもわかるように…いくよ!」

 

荒潮(…機転が効くのね、もう1人の曙さんみたいに)

 

 

 

 

秋津洲(余計なのがいるかも…)

 

秋津洲「此方秋津洲…大艇ちゃんを?回収用に……了解かも…」

 

 

 

 

 

 

朧「島風ーっ!」

 

荒潮「こんな静かな海で声をあげるのは敵を呼ぶだけじゃ…」

 

朧「少しでも見つかる可能性が上がるなら、なんだってやるよ」

 

荒潮「…前方に敵」

 

朧「っ…違う、人間…?艦娘…」

 

海に浮かんだ人…

 

荒潮「…爆弾を仕込まれてるかも、あんまり近寄らないで」

 

探照灯のライトが一瞬浮かんでる人間を照らす

 

朧「待って、この人斬られてる…しかもこの深さ、致命傷かも…いや、でもまだ生きて…助けないと!」

 

荒潮「待って、この人を斬ったのは島風ちゃんなんじゃ…」

 

朧「島風が?」

 

荒潮「ほら、島風ちゃんは剣も使うし…それに、敵対したからやむを得ず斬った可能性もある、先に島風ちゃんを探すべきよ」

 

朧「…わかった、急ご…う…?」

 

視界ががくりと落ちる

 

朧「…え?…血…」  

 

脚から大量の血がどくどくと流れている

 

荒潮「朧ちゃ…これ、切り傷?つまりあの人を斬ったのは敵で…」 

 

朧「…いつ、斬られて…いや、絶対についさっき、なのに…敵は何処に…」

 

荒潮「退かないと…」

 

朧「いや、大丈夫…」

 

朧(この艤装なら足が動かなくてもブーストを掛けて蹴りができる…でも、パンチは腰が入らないか…それより、敵は何処に…)

 

荒潮「…ダメよ、きっと主要な血管が切れてる、さっきから血の流れが止まってない…」

 

朧「待って…この、濃い血の匂い…」

 

手法を虚空に向ける

 

荒潮「匂い?確かに血の匂いはしてるけど…」

 

朧「……いる、迫ってきてる…最悪だよ」

 

主砲を撃ち、海面を蹴って大きく回転し、ブーストをかけた蹴りを放つ

島風の双剣と足の艤装が激しくぶつかる

 

朧「どうしちゃったの…島風…!」

 

島風「……」

 

荒潮「目に青い炎…暴走してる!」

 

朧(それだけじゃない、何かがおかしいんだ)

 

近づいてくる島風の連装砲を砲撃で牽制しながら剣戟を避ける

 

朧(剣の振り方が大振りすぎる、逆手で双剣を扱う時は細かな動きが強みなのに肘を伸ばして斬りかかってきてるから軌道が読みやすい…それに島風の動きもおかしい…) 

 

島風が一度飛び退き、加速し、詰め寄ってくる

 

朧(…やっぱり、変だ…今島風は大きく外に膨らんで加速してる、普段の島風なら無理やり直線的に詰め寄ってくる…暴走の時も直線的な動きが目立ってたし…操られてる?)

 

進行ルートを砲撃しながら距離を取る

 

朧「荒潮!雷撃は任せたよ!ちょっとだけ時間稼いで!」

 

荒潮「わかっ…え?なにしてるの?」

 

朧「手当て!」

 

制服を割いて患部をキツく縛る

 

朧「…よし、充分…」

 

荒潮「探照灯で照らしてるわよ!」

 

朧「…島風、すごく痛いの…行くよ」

 

構えをとり、迎え撃つ

 

島風「……っ」

 

島風の斬撃を半身を引くことでかわし、腕を捉える

 

朧「取った…!」

 

手首を殴りつけ、剣を一つ奪い上空に放り投げる

 

ブーストをかけ、ノーモーションで回し蹴りを叩き込み、その回転の勢いで手刀を放つ

 

島風「…!」

 

朧「島風の強みは封じた、この距離から逃さなければいい」

 

ボクシングの構えをとり、軽い打撃を上体目掛けて加え続ける

 

島風「っ…!」

 

もう一本の双剣を握った手を掴み、締め上げる

 

朧「もう一本貰うよ…良し、二本とも貰った…」

 

締めを緩めずに水面に引き倒す

 

荒潮(…あれ、水の中に顔入ってるけど呼吸できてるのかしら)

 

朧「……よし、もう大丈夫、落ちたから」

 

ぐったりとした島風を起こし、背負う

 

荒潮「…すごいことするのね、えげつないというか…あら?」

 

パチパチとすぐ近くから拍手のような音がする

 

朧「…どこに…」

 

荒潮「…そこ、あれって…」

 

荒潮の視線を追う

 

朧「…深海棲艦…」

 

その深海棲艦は自分の記憶の中に存在する誰かとよく似ていて、でも、その目は全く似つかなくて

 

駆逐棲姫「いやーお見事です、それにしても細かい動きはよくわかりませんねぇ、操作は難しいな…ねぇ?」

 

朧「あや…っぐ…!?ぁが…!」

 

気を失ってるはずの島風に首を絞められる

 

荒潮「な、なんで…や、やめて!身体が勝手に…!」

 

荒潮がアタシのこめかみに主砲を突きつける

 

朧「どう…なっ…」

 

駆逐棲姫「貴方、何者ですか?なんとかしゃべれますよね、完全に絞めてませんから」

 

朧「…ぃ、いみが…わかんな…」

 

駆逐棲姫「貴方だけ私のハッキングを阻害してるんですよねぇ、本当に…おかしいなぁ、私の思い通りにならないなんて可愛くない」

 

綾波の顔で、悪意に満ちた言葉を吐くコイツが怖くて仕方がなかった

 

駆逐棲姫「…そういえばなんで上半身下着だけなんですか?他の方はちゃんと服着てるのに…ああ、もしかして露出狂?」

 

朧「…が…ぁが…」

 

駆逐棲姫「無視は傷つくなぁ…そっちの、脚一つ千切りなさい」

 

荒潮「え?…やだ、やだやだ!動かないで!」

 

荒潮の手が太腿に伸び、爪を突き立て肉を掻き分けようとする

酸欠に痛みに、頭がおかしくなりそうになる

 

朧「…ごっ…が…ひゅ…」

 

駆逐棲姫「…ん?あら、遅かったですね…玩具がようやく来た」

 

荒潮「止まって、止まって!やめて!もう手を入れないで!」

 

駆逐棲姫「うーん、良い光景なんですけどね、すっごく素敵でそそるのに…お仕事しないと」

 

荒潮が尻餅をつき呆然とする

 

荒潮「止まった…?ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 

朧(…もう、なんて言ってるかわかんない…意識が…もたない……)

 

 

 

 

 

軽空母 瑞鳳

 

瑞鳳「…はぁ…」

 

二式大艇の扉を開く

 

瑞鳳「援護よろしく」

 

秋津洲「おまかせかも〜」

 

海の上に飛び降りる

 

駆逐棲姫「おやおやおや?」

 

瑞鳳「佐世保鎮守府第一艦隊所属、軽空母瑞鳳…これより姫級を狩る」

 

秋津洲『了解かも〜』

 

駆逐棲姫「…貴方もハッキングを阻害するんですね、対策できてる点は評価しますよ?」

 

瑞鳳「黙れ、死にたくないなら」

 

駆逐棲姫「死は怖くありません、死はとても近く、遠い…美しく尊く…私を悦楽で包んでくれるものですよ」

 

瑞鳳「反吐が出る、いや、お前が反吐そのものか」

 

駆逐棲姫「そういうこと言う人、徹底的にへし折りたくなるんですよねぇ…ん?」

 

瑞鳳「やって、秋津洲」

 

二式大艇の機関砲が駆逐棲姫を捉える

 

駆逐棲姫「おっと?」

 

秋津洲『ちょっとは当たるかも〜』

 

轟音と激しいマズルフラッシュが当たり一面に響き渡る

 

瑞鳳「…何あれ、弾かれてる?」

 

駆逐棲姫に弾丸は届かず、全て弾かれる

 

瑞鳳(20ミリの機銃を二つも使ってるのに…なんであんなに涼しい顔で防げるの?というか…まるでバリアでもあるみたいに…)

 

駆逐棲姫(…狙いが正確だな、バリアもあまり長くは持たないか…しかもあの飛行艇も私のハッキングを拒んで…厄介か)

 

二式大艇が上空を通り過ぎる

 

駆逐棲姫「…ああ、終わりました?こっちから行っても良いですか?」

 

瑞鳳「……」

 

矢筒に伸ばした手を掴まれる

 

島風「……」

 

瑞鳳(コイツ、意識が無いのに…動いてる?)

 

駆逐棲姫「ああ、もちろん答えなんて待ちませんよ…その子は人形です、後ろの子も」

 

瑞鳳「ッ!」

 

荒潮「う、撃たない!絶対に撃たない!」

 

抵抗はしているようだが、荒潮の主砲は確実に私を捉えている

 

駆逐棲姫「私を相手にするのはやめたほうがいいですよ?ああ、もう遅いですし逃げられない…まさに詰みですね!」

 

瑞鳳「…下衆が…」

 

駆逐棲姫「うんうん、本当に私好み…っと?」

 

駆逐棲姫に真横から砲弾が飛んでくる

 

リ級「……」

 

瑞鳳(深海棲艦…!)

 

駆逐棲姫「貴方、何処の誰でしょうか…私に歯向かう深海棲艦なんて…」

 

駆逐棲姫(いや、向こうが私をコントロールできないと考えて始末しに来た?その線が妥当か…そうなればここでの戦闘は私もリスクを負うことになるし、一方的なゲームが崩されかねない…)

 

瑞鳳(今だ)

 

島風を掴んで投げ飛ばし、姿勢をかがめて矢筒から矢を引き抜く

 

駆逐棲姫「っと、射線からにげられたかー…でも、弓を引く余裕はありませんよ?」

 

瑞鳳「必要ない」

 

矢を大振りに投げる

 

駆逐棲姫(え、まさか…)

 

矢が艦載機へと姿を変えて駆逐棲姫へと迫る

 

駆逐棲姫「チッ…こういうのは好きじゃないんですけどねぇ…」

 

艦載機を大きな炎が包みこむ

 

瑞鳳(あれは、確か曙の炎…でも、チャンス…!)

 

駆逐棲姫「…艦載機は始末しましたよー…っと?何処に…うわっ!」

 

駆逐棲姫に肉薄して殴りかかる

 

駆逐棲姫「あーなたもそんなことする、艦娘としての誇りとか無いんですか?」

 

瑞鳳「深海棲艦を倒せるのなら手段は問わない!」

 

駆逐棲姫が両手で打撃をいなすものの、ペースは完全に掴んだ

 

瑞鳳(さっきのバリアは接近すれば使えない?だとしたら…)

 

拳を引き、矢筒から矢を引き抜く

 

瑞鳳「攻撃隊、発艦!」

 

駆逐棲姫(この距離で艦載機!?)

 

駆逐棲姫に投擲した矢が艦載機となり突撃する

 

瑞鳳「機体ごと喰らえ…!」

 

機体を直撃させ、爆弾を炸裂させる

 

駆逐棲姫「っ!…割と痛いですね、お腹に風穴空きそうですよ…うわ、骨見えてるし内臓はズッタズタ…これじゃパーティーにいけませんねぇ…」

 

瑞鳳(…コイツ、これだけダメージ受けてなんで平然としてられるの…)

 

駆逐棲姫「へぶっ!」

 

顔面にリ級の砲弾が直撃する

 

駆逐棲姫「んー……目を潰されたか…仕方ない、今は帰るとしますよ…」

 

瑞鳳「やっぱり、目なんだ」

 

駆逐棲姫「そう、見えてないと正確に操れないんですよね…視界をジャックするんじゃなくてマリオネットを操るようなものですから」

 

水面を蹴り、跳び上がって迫る

 

瑞鳳(その首、狩る…!)

 

駆逐棲姫「…でも」

 

駆逐棲姫はいとも簡単に飛び蹴りを受け止めてみせる

 

瑞鳳「っ!?」

 

駆逐棲姫「私の言葉をあっさり信じるのはどうかと思いますよ?」

 

駆逐棲姫がその目でこちらを睨みつける

 

瑞鳳(潰されたっていうのは嘘…?やられる…!)

 

朧「せいっ!やぁぁぁぁッ!」

 

駆逐棲姫の頭が吹き飛び、海面を転がる

 

瑞鳳「…朧?」

 

朧「はぁっ…はぁ…や、った…」

 

朧(アタシが、綾波を…)

 

駆逐棲姫「まあ、そんな簡単に死にませんけどねぇ…」

 

瑞鳳「首だけで…!?」

 

駆逐棲姫「ま、今回はこの辺にしときますか…」



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憧れ

海上

駆逐艦 朧

 

朧「な、なんで頭だけで…生きて…」

 

駆逐棲姫「死ぬとか生きるとか、馬鹿馬鹿しいですねぇ、そんな概念的なもので私を消せるとでも?笑わせないでくださいよ…えーと、身体身体、身体は何処かな」

 

瑞鳳「っ!」

 

瑞鳳さんが艦載機を飛ばして爆撃で駆逐棲姫の身体を消しとばす

 

駆逐棲姫「ああっ!そんなぁ…」

 

瑞鳳「次は頭ッ!」

 

駆逐棲姫「やめてやめてー!」

 

駆逐棲姫の頭が水飛沫を上げながらすごい速度で離れていく

 

朧「な、何あれ…」

 

瑞鳳「キモ…」

 

駆逐棲姫「んー…ま、こんなもんか…っと」

 

無傷の駆逐棲姫が海から飛び出す

 

朧「ど、胴体が…」

 

瑞鳳「治ってる…!」

 

駆逐棲姫「当たり前ですよ、あなた方の敵は恐ろしい化け物なのですから…私は不死身なんですよ、諦めてもいいですよ〜?」

 

朧(どんなに攻撃しても元に戻るなんて…そんなの勝てるわけ…)

 

瑞鳳「…(ことわり)から、外れてる」

 

駆逐棲姫「ええ、外れてますよ?」

 

朧(理…?)

 

駆逐棲姫「貴方も気付いてるみたいですね、でもそれを破壊する力は貴方には無い」

 

瑞鳳「…力を行使する事は、破滅にしかつながらない」 

 

駆逐棲姫「貴方みたいな堅物は嫌いです、自分の考えしか見えてないお馬鹿さんは特に」

 

駆逐棲姫が海に消える

 

瑞鳳「…秋津洲、回収して」

 

二式大艇が近づいてくる

 

瑞鳳「…朧、助かった、ありがとう」

 

朧「いえ…っ…そうだ、怪我してたんだ…」

 

今さら痛む脚を握りしめる

 

瑞鳳「だから半裸だったんだ…夏だから風邪はひかないだろうけど…」

 

朧「正直涼しくて楽ですね…あ、荒潮」

 

荒潮「島風ちゃん、回収したわ」

 

朧「…被害は抑えられた、かな」

 

荒潮「そうみたい、上々よ」

 

朧「うん、そうだね」

 

 

 

 

 

太平洋 深海棲艦基地

レ級

 

レ級「…なんの戦果もなしに帰ってきたのか?」

 

駆逐棲姫「私の格を落とすようなこと言わないでくださいよ、私がわざわざ出向いたのは威力偵察、特務部から来る情報より行動がずっと早いんですから…自分の目で戦力を確認する必要があるでしょう?」

 

レ級「感想は」

 

駆逐棲姫「私1人でも全滅させられますよ、全力で相手をすれば…でも、他所の深海棲艦が私を狙ってるみたいなんですよねぇ…ほら、深海棲艦って結局種族であって組織じゃないじゃないですか」

 

レ級(お前が狙われてるのは自業自得だろうに)

 

駆逐棲姫「誰が自業自得ですか」

 

レ級「…誰も言ってないが?」

 

駆逐棲姫「絶対思ったと思ったんですけど、思いませんでした?」

 

レ級「思ったが」

 

駆逐棲姫「やっぱり私は心も読めちゃうんですかねぇ…」

 

自分の背中に手を回す

 

レ級「今、私の背中にある手の形は」

 

駆逐棲姫「え?……あー…とりあえずそのパーカーを脱いでくれませんか?」

 

レ級「断る、お前は筋肉の動きを見る目も優れている、交渉などにおいては無類の強さを発揮する、まるで心が読めるように…だが、本当に心が読めるなら、これも答えられるだろう?」

 

駆逐棲姫「…グー、握り拳です」

 

レ級「…ハズレだ、ほら、答えはこれだ…」

 

駆逐棲姫に人差し指を向ける

 

駆逐棲姫「人に指を差しては行けないんですよ?」

 

レ級「お前の観察眼は恐るべきものだが、心が読めるは行き過ぎだな、自分の格を落としたく無いんだろう?」

 

駆逐棲姫「はいはい、負けましたよっと…」

 

駆逐棲姫がやれやれと肩をすくめて立ち去る

 

レ級(…本当に心が読めるのか?何故、私の手が握り拳だったとわかった…咄嗟に変えたのもバレたか…どうなんだ?)

 

駆逐棲姫(絶対合ってると思うけどなぁ…手を変えたとしたらなんのために?…あの人の目標は私を殺すことくらいで無欲すぎる、欲がない人ほど読めない…弱ったなぁ…)

 

 

 

 

 

捕虜収容所

駆逐艦 曙

 

キタカミ「おひさー、曙」

 

曙「キタカミ…!」

 

キタカミ「そんな怖い顔しないでよ、元気そうで良かったねえ」

 

曙「…色々言いたいことあるけど、先に一つ聞かせて」

 

キタカミ「何?」

 

曙「なんであたしの向かいの牢屋に入ってんの?」

 

キタカミ「そりゃあ…深海棲艦じゃなくなっちゃったからでしょ」

 

曙「…は?」

 

キタカミ「…阿武隈に不知火、強かったなぁ…」

 

曙「あんたが…負けたの?」

 

キタカミ「…まあね、阿武隈と不知火相手じゃ仕方ないでしょ」

 

曙「……俄には信じ難いけど…そう、よかったじゃない」

 

キタカミ「よかったのかねぇ…ああ、イムヤもいい仕事してたね」

 

曙「イムヤ?アイツもいたんだ…」

 

キタカミ「……さて、装備も全部壊れちゃったし、大井っちに合わす顔もないし…向こうにはもう1人の私が居る…」

 

曙「…帰るところならちゃんとある」

 

キタカミ「…だといいなぁ…」

 

曙「それに、あたし達がここに居る意味…アンタわかってるでしょ?」

 

キタカミ「…まあね、帰るところはぶんどってでも帰るよ」

 

曙「思いっきり…かき回してやる」

 

レ級「随分と…楽しそうな話を」

 

レ級が檻の間に出現する

 

キタカミ「…混ざりたいの?」

 

レ級「…いや、やめておきます、お食事をお持ちしました」

 

生魚が投げ込まれる

 

曙「…"お食事"、ね…」

 

キタカミ「私もこれ?もっと優遇してよ」

 

曙「文句言ってんじゃないわよ、食わなきゃやつれるだけよ」

 

魚を掴み、炎で燃やす

 

キタカミ「あ!ずるッ!」

 

曙「これで寄生虫も何も怖くない…あれ?あ、あれ?」

 

炎が消える

 

キタカミ「…ガス欠?」

 

曙「……かも」

 

レ級「…フッ」

 

曙「鼻で笑った…!コイツ…!」

 

レ級「生焼けのままどうぞお召し上がりください」

 

大袈裟な礼をしてレ級が立ち去る

 

曙「ま、まって!せめて燃料!…おーい!」

 

キタカミ「…大人しく生で食おうぜ、ぼのちゃんよ」

 

曙「うぇぇ…寄生虫居たら嫌なんだけど…」

 

キタカミ「なんでそんなに寄生虫気にしてるのさ、当たったら当たった時だよ」

 

曙「…虫、嫌いなのよ…せめて動かなければ筋だと思って噛み潰すのに…」

 

 

 

 

 

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「随分と捕虜と仲が良いようですが」

 

レ級「2人とも弱くはない、気に入っている」

 

駆逐棲姫「…では、私は?」

 

レ級「お前のそのゾンビのようなしぶとさは嫌いじゃない、性格は終わってるがな」

 

駆逐棲姫「私も貴方は好きですよ、かなり大好きです、優秀で仕事が早くて…」

 

レ級「…どうした、何か焦っているようだが」

 

駆逐棲姫「焦っている…?」

 

レ級「そんな事より、何故お前は死んでいない、頭だけにされたんだろう」

 

駆逐棲姫「死ぬ?死?貴方までそんなことを…深海棲艦が死なないのは当たり前なんですよ、良いですか?当たり前なんです」

 

レ級「…まあ、そうだな」

 

駆逐棲姫「死とはあまりにも概念的なものですよねえ、人間なんて自身が死んだと信じれば死んでしまう、なんとも脆い脆い…ふふっ」

 

レ級「…お前が再生できる事については、私は知らなかった」

 

駆逐棲姫「だ、れ、に、も、言ってないだけですよ」

 

レ級「何故お前にもできる」

 

駆逐棲姫「私は私に対する理解力が高いだけですよ」

 

レ級「……そういう事か、ようやく理解できたが…そうか」

 

駆逐棲姫「やっぱり貴方は優秀ですね!いやぁ…ほんとに私好み…ねぇ、提案があるんですけど」

 

レ級「なんだ」

 

駆逐棲姫「艦娘達は姉妹艦というシステムがあるみたいですね、それでなくても家族…親子や兄弟、そして姉妹というものがあります」

 

レ級「…断る」

 

駆逐棲姫「まだ何も言ってないじゃないですか!」

 

レ級「私とお前が姉妹だと?冗談だろう…」

 

駆逐棲姫「……私は本気なんですよ?」

 

レ級「何故そんなものに…」

 

駆逐棲姫「…そうですか、いえ、貴方から見たらくだらない事でしょう…そうですね…失礼しました」

 

レ級「……おい、何故泣く」

 

駆逐棲姫「ちゃんと前、閉じたほうがいいですよ…夏場でも腹部だけを露出させるのはいかがなものかと」

 

レ級「お、おい…」

 

駆逐棲姫(…なんでこんな提案をしたんだろう、この、心にぽっかり空いた穴は…どうやって埋めればいいのか、わからない…)

 

レ級(綾波としての記憶が戻ってきてるのか?だから妹を求めてる…)

 

 

 

 

駆逐棲姫「…私は…本気だったんですよ?レ級さん…」

 

 

 

 

 

 

 

艦内 医務室

駆逐艦 朧

 

朧「…どうですか?」

 

夕張「んー…まあ、こんだけ手厚く手当てしてたら大丈夫でしょ、動かせる?」

 

朧「はい、問題なく…」

 

夕張「よし、とりあえず安静にしてて、軽度の負傷として扱うけど…どうしても戦わないと行けないような時まで出撃はダメだから」

 

朧「はい」

 

夕張「…大井さんと北上さん、2人とも修復材を使ったから大事には至らずに済んだけど…精神面で弱ってる、今はとにかく休ませることになるわ」

 

朧「島風は」

 

夕張「傷一つない、まるで修復剤を使ったみたいに…本人はさっき目を覚ましたけど…朧ちゃんと戦ったことを忘れてるみたい」

 

朧「…そうですか」

 

夕張「今は本人の希望で哨戒班に混ざってるけど…」

 

朧「希望で?」

 

夕張「そう、寝てたなんて申し訳ないって」

 

朧「……それ、多分島風覚えてます…」

 

夕張「へ?」

 

朧「島風は覚えてるからこそ…戦おうとしてる、自分をもっと強くするために…」

 

夕張「…止めたほうがいい?多分私が言えば待機させられるけど…」

 

朧「……わかりません」

 

夕張「注意だけはするように伝えておくね、それと…保護した人間の子、爆発物は仕込まれてなかった…意識は戻ってないけど命は取り留めたわ」

 

朧「そうですか…」

 

夕張「まあ、実はほぼ死んでたから修復剤使っちゃったんだけど…」

 

朧「えっ…そ、それ!大丈夫なんですか!?」

 

夕張「多分…その、AIDAに感染してる以外は…」

 

朧「……まあ、その…助ける手段もないし仕方ないのかな…」

 

夕張「ほんとに仕方なかったのよね…まあ、でも助かってよかった…私や朧ちゃんも有事の際は投与する事になるから、了解してね」

 

朧「わかりました」

 

夕張「作戦地点に到着は明日、備えはしっかりね」

 

朧「はい」

 

 

 

横須賀鎮守府

提督 倉持海斗

 

海斗「作戦要項は把握できた?」

 

天龍「…はい」

 

朝潮「これが司令官の作戦なのなら…全力で遂行するまでです」

 

春雨「川内型のみなさん、ちゃんと合わせてくださいね」

 

川内「まー、私は大丈夫…」

 

春雨「…川内については心配してないから、妹の管理はしっかり」

 

神通「私たちに不安でも?」

 

那珂「あるのー?」

 

春雨「おおいに、あります」

 

川内「一騎当千とかそういうの狙わなくていいからね?安全に戦ってね?」

 

神通「…考えておきます」

 

那珂「同じく!」

 

川内「……はぁ…」

 

春雨「さて、荷物を積み込んでください、明朝の出発に備えるように…最高速度で移動しますので10時間程度で到着します」

 

海斗「道中の敵は最低限しか相手にしないで行くよ」

 

天龍「…やりましょう」



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種明かし

海上

駆逐艦 島風

 

阿武隈「島風ちゃん!戻って!」

 

暁「陣形が崩れてるわよ!」

 

島風(強く…もっと強くならなきゃ…!)

 

加速し続ける

私の速さは、強さは、加速しなきゃいけないんだ

 

深海棲艦の群れを眼前に捉える

 

島風「やあぁぁぁぁっ!!」

 

完璧な軌道で敵を斬り裂き、撃ち抜く

動きに乱れはない、私は強い、強いはずなのに

 

島風(…ダメ、これじゃダメ…!)

 

いつあのレ級が、キタカミさんが出てくるかわからない

私がどんなに速くても、私がどんな動きをしても…私じゃ勝てない、今の私のままじゃ

 

島風(だから、これを制御しないと…!)

 

阿武隈「…アレ…また、暴走してる…?」

 

暁「話には聞いてたけど…何が起きてるの…?」

 

阿武隈「わからない…わからないけど…良くないことなのは、間違いない…」

 

島風「……!」

 

全てを蹂躙する強さ

何物も寄せ付けず、圧倒する強さ

 

秋津洲(それでいいかも、そのままもっと戦えば…データはもっと集まる…)

 

周囲の深海棲艦の殲滅と同時にスイッチを切る

 

島風「ッ!…ふーッ!…ぅ…」

 

疲労からくる頭痛と眩暈、全身から汗が吹き出し、立っていることすらままならない

 

阿武隈「…1人で全部倒しちゃった…確かに凄いけど…」

 

暁「…あんなの、長くは持たない」

 

 

 

 

艦内

 

島風「島風、戻りました、艤装に補給お願いします」

 

艤装を辺りに散らかし、ゼリー食を流し込む

 

天津風「ね、ねぇ…島風?」

 

島風「…何、30分したら再出撃するから…今はちょっと放っておいて…」

 

天津風「…も、もうやめましょう?流石に1人で戦いすぎよ」

 

島風「…ほっといてよ、邪魔しないで」

 

天津風「邪魔って…私は…あなたが心配で…」

 

島風「…心配なんて、要らない…誰も頼んで無いよ」

 

天津風(…島風は、こんな子じゃ無かったのに…)

 

 

 

 

太平洋 深海棲艦基地

レ級

 

駆逐棲姫「レ級さん、出かけるんですか?」

 

レ級「作戦を実行に移す、客はもてなさねばなるまい」

 

駆逐棲姫「…なるほど、ハグしても良いですか?」

 

レ級「…断る、まだ諦めてなかったのか?直接私に制御装置を埋め込もうなどと…」

 

駆逐棲姫「…そんなつもり無かったんですけどね、ただハグをしたかっただけです、あなたは唯一私と対等で、大事な存在ですから」

 

レ級(どこまで本気なのか…薄気味悪くなってきたな)

 

駆逐棲姫「…気持ち悪いですか?それとも怖いですか、今のあなたの顔色には恐怖や嫌悪感を感じました、今までそんな目を向けた事なかったのに…なんで?どうして…?」

 

レ級「……お前の腹は読めない、それが全てだ」

 

駆逐棲姫「私が感情を向けられる相手は…私の物だけなんです、なのに貴方は私の感情を惹いてくる…貴方は私の大事な存在になったんですよ…」

 

レ級「…それは……そうか、私にはわからん」

 

駆逐棲姫「何もしませんから、ただハグをさせてください、どんな風に思われてもいいから…」

 

レ級「…自己の欲求のために……いや、やめておく、好きにしろ」

 

駆逐棲姫が腰に強くしがみつく

 

レ級(…何もされてないとは思うが…)

 

駆逐棲姫「…背が低すぎて、ハグにもならない…なら」

 

駆逐棲姫の黒い艤装から真っ黒な機械の足が伸びる

 

レ級「…それは…」

 

駆逐棲姫「ふふ…私の方が少し高い…ああ、こうしてみたかった…夢が叶った様な…信じてもらえないと思いますが、今…ほんとに、嬉しいんですよ、私は」

 

レ級「…そうか」

 

駆逐棲姫(…やっぱり、貴方の声は冷たくて、哀しげで…貴方の目は私を見ていない…でも、これ以上を望むつもりもない…)

 

レ級「…そろそろ行く、離島棲姫達に出迎えの準備をさせてくれ」

 

駆逐棲姫「ええ、わかりました」

 

 

 

 

 

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「さあ、お仕事です…みなさん、レ級さんの作戦、絶対成功させましょうね?」

 

私の兵士たちが集まり、ちゃーんと動いてくれる

 

駆逐棲姫「武器はちゃんと持ってますね?みーんな良い子ですねぇ…ふふ…」

 

漸く、満たされたのかもしれない

これから全てが始まる

私の時が進み始める

 

そう感じる

 

 

海上

駆逐艦 春雨

 

日向「…敵影なし」

 

大淀「こちらもなし」

 

電「ありません、順調ですね」

 

船のヘリから身を乗り出し、各方面の警戒を行う

最高速度での移動を続けながら必要とあれば海に降りて戦うにはこれしか無い

 

春雨「…船以外は静かなものですね」

 

日向「ええ、まさに怖い程に」

 

春雨「そう、これほど恐ろしい事はない、内通者がいるはずなのに…何故こうも静かに航行できるのか…」

 

大淀「まだ出発から2時間です、先は長い、もう少し楽観的でも良いのでは?」

 

春雨「それじゃダメなんですよ、参謀さん」

 

大淀「…そうですか、科学者さん」

 

春雨「チッ」

 

大淀「ふん」

 

春雨(ウラジオストクに関しては後手とはいえやられた、相手に隙を与えてはならない…だが、この作戦、どこまでこちらの想定通りに進む?常に警戒を続け、気づけば完了している形が望ましいが…緊張感は長くは持たない)

 

日向「……航空機、飛ばしましょうか」

 

春雨「いいえ、勘づかれたくありません」

 

日向「わかりまし…た…?」

 

大淀「どうかしましたか」

 

日向「…対空電探に反応は無いけど、何の音が…」

 

風を切るような…大気が蠢く様な音…

 

春雨「……上!」

 

遥か彼方、上空に黒い飛翔物…

 

大淀「な…っ…!」

 

電「あれは……レ級…?!」

 

間違いない、レ級が空を飛んで…

 

日向「飛んで…航空機を扱うとは聞いていましたが…!」

 

大淀「船を止めてください!落ちてきてます!対空射撃開始!」

 

春雨「落下地点はこの辺りか…!間に合わない!衝撃備え!」

 

レ級が空中で体を捻り両脚を海面に叩きつける

大波に呑まれそうになる

 

電「ッ!波が…!」

 

春雨「船が転覆する…!」

 

日向「っ…落ちる…!」

 

ヘリで見張りをしていた全員が海に落ちる

 

春雨「チッ…!」

 

レ級が船のへりに飛び乗る

 

レ級「…まずは、こんにちは?」

 

日向「攻撃用意!」

 

レ級「……挨拶に武力で返されるとは…いや、そういう怠い話は無しに…話し合いをしませんか?」

 

大淀「……」

 

春雨「話し合い…だと?」

 

レ級「今、ここにいる中で私に匹敵する実力者はいない…船の中にいる川内型3人でも私に勝てるなどと思い上がりもいいところだ」

 

春雨(…果たしてそうか、川内達と全員でかかれば充分届く相手だと私は思う…だけど…コイツをここで相手するのはマズすぎる…!)

 

レ級「そこで、お互いの為に…話し合いはいかがでしょうか」

 

春雨「お前が私たちを圧倒できるとして…何故そうするのか、その意味が分かりかねますよ」

 

レ級「意味なんてこっちでいくらでも用意する、如何ですか?この艦隊の提督殿」

 

海斗「……」

 

春雨「…何で出てきたんです、ここは危険ですよ」

 

海斗「いや、大丈夫…誘いに乗るよ」

 

春雨「…冗談でしょう…?」

 

レ級「賢明な判断です、では、我らの基地にご招待致しましょう」

 

レ級が深々とお辞儀をする

 

日向「ここで、では無いのですか」

 

レ級「ここにはこちらのトップが居ません、話し合いをするには私の様な末端の駒ではなく…それに適した者同士でするべきだと思いますよ」

 

海斗「みんな、船に戻って」

 

日向「提督、どうか考え直してください…私達でレ級を仕留めて見せます」

 

海斗「…話し合えば何かが変わるかもしれない」

 

春雨「だからってサメの口の中に入れと?」

 

大淀「そこまで行けば既に胃の中でしょう」

 

レ級「…はぁ……ごちゃごちゃ言ってないでさっさと船に戻れ」

 

レ級の尻尾が海面を打つ

 

レ級「お前達の提督は誘いに乗ったんだ、提督の命令に従え、お前達は艦だ、それ以上でもそれ以下でも無い、自覚を持て…」

 

電「別に私の司令官さんでは無いのです」

 

大淀「私達に聞く義理はありません」

 

日向「何より…提督を危険に晒す行為、止めるのが筋でしょう」

 

レ級「チッ……ここに置いて行っても良いんだぞ…はぁ……提督、汚い言葉を使い失礼致しました、多少手荒い行動をしますが…ご容赦頂けますでしょうか」

 

春雨(コイツ、何のつもりで…)

 

海斗「…構わないよ」

 

日向「提督!正気ですか!?」

 

大淀「…私達に対する敵対行動と取りますが」

 

レ級「黙れ、貴様ら如きが提督の正気を疑うな」

 

春雨「っ!?」

 

いつの間にか私たちの身体は宙を舞い、船の上に落ちる

 

日向「な、なにが…」

 

レ級「…では、旅をお楽しみください」

 

あたりが暗くなる

 

春雨「これは…何が起きて…」

 

レ級「輸送用の深海棲艦の口の中…移動速度はどんなものだったか」

 

大淀(船ごと呑み込んだ?どんな大きさ…)

 

電「…最悪なのです」

 

日向(如何する、ここでレ級に仕掛けるべきか?…リスクが大きすぎるし何より勝てるわけが無い…か)

 

レ級「到着です」

 

春雨「は?」

 

周囲が明るくなる

 

レ級「ようこそ、我々の基地へ」

 

周囲には深海棲艦以外にも…銃を持った人間

 

駆逐棲姫「歓迎します、武器を捨ててくださればね?」

 

春雨(綾波さん…!)

 

日向「やはり罠ですか」

 

駆逐棲姫「罠?罠ですか…うーん、貴方達が武器を持ってたら私たちの家が壊されちゃいますからね…当然の要求、じゃないですか?それともここで蜂の巣にされます?周り見えてますよね」

 

レ級「…出迎えの用意は頼んだが、ここまで派手にするとは思わなかった」

 

駆逐棲姫「えぇ…素直に褒めてくださいよ、完璧じゃないですか…」

 

春雨(…周りの人間、全員頭がおかしいのか?銃口を向けることに何の躊躇いもない様に見える…洗脳されてる?いや、なんにしても…数が不味い、50はいる…深海棲艦だけならどれだけいるか数えきれない…)

 

駆逐棲姫「早く捨てないと…わかってますよねぇ?」

 

春雨「……」

 

主砲を投げ捨てる

 

日向「…本気ですか」

 

春雨「…倉持司令官、貴方の判断を私は最悪だ、と考えています、お陰様で私達は武器を失う」

 

海斗「……」

 

電「…少しでも生き残る事に賭ける他、無いのです」

 

バラバラと装備が落ちる

 

レ級「回収しろ、手厚く扱えよ」

 

駆逐棲姫「船室にも、人は居るんですよね?出てきてくれますか?」

 

春雨(…火野提督、朝潮さん、山隈さん、満潮さん、浜風さん、アオバさん、衣笠さん、鳳翔さん…だけ?川内達は?)

 

駆逐棲姫「装備を回収してください」

 

日向(…川内さん達がいない…船室に残ってる?いや、だとしたら改められれば…まさかさっきの大波で呑まれた?)

 

駆逐棲姫「…まだ誰か出てきてない人でも?」

 

春雨「…いいえ?」

 

駆逐棲姫「ウソをついてますね、私にはわかりますよ…船内を確認させていただきます」

 

日向(…流石に無理か)

 

駆逐棲姫「…誰も居ない?見落としもないか……」

 

レ級「…私が迎えに行った時に波に呑まれたのやもしれん」

 

駆逐棲姫「なるほど、それは不幸ですね…まあどうしようもありません」

 

春雨「待ってください、その場所まで迎えをもう一度送れば良いじゃないですか」

 

駆逐棲姫「…面倒ですねぇ……どうせ居ても居なくても変わらないんですよ、もう武器も何もかも奪った、この時点で貴方達は私達に従うことしかできない、違いますか?」

 

春雨(…やっぱり、最悪だ)

 

レ級「補給してくる」

 

駆逐棲姫「了解です…さ、連行しなさい」

 

 

 

 

 

 

会議室

 

春雨「……」

 

長机がいくつか並んだだけの会議室に通される

パイプ椅子に長机、先程の銃…此処がどことも交流のできない場所だとして、どこから入手したのか

 

駆逐棲姫「おかけください?」

 

春雨「…一応、対話するつもりはあるんですか」

 

駆逐棲姫「紹介しましょう、我々のボスです」

 

離島棲姫「……」

 

海斗(…震えてる?)

 

駆逐棲姫「ああ、少し寒いですか?夏場なんですけどねぇ、あははっ」

 

春雨「…発言しても良いんですか」

 

駆逐棲姫「どうぞ?ただ、言葉は選んでくださいよ、この部屋は壁が薄いですからねぇ…隣の部屋から一斉射なんて…あはっ」

 

日向「…悪趣味な」

 

春雨(…綾波さんを、味方につけることが出来れば…そうすることができれば、きっと全てが変わる、チャンスがある…綾波さんを取り戻せるチャンスが…ここから生きて帰れるチャンスが…)

 

海斗「…貴方達の目的は?」

 

離島棲姫「…存在ソノモノガ目的、私達ハ生マレナガラ貴様ラト敵対シテイタ…ソレダケダ」

 

火野「どうやって生まれた」

 

離島棲姫「…黙レ、アマリ喋ルナ…!」

 

春雨(…本当に対話する気があるのか?そうとはとても思えないが…)

 

レ級「……」

 

フードを深く被ったレ級が入ってくる

 

駆逐棲姫「わあ、そのニーソ絶望的に似合ってないですねぇ!というか前まで閉めてポケットに手を突っ込んでたらほんとに誰かわかりませんよ?」

 

レ級「ふん…」

 

駆逐棲姫「あ、怒りました…?ご、ごめんなさい…」

 

春雨(…レ級には頭が上がらないか、力関係がまだ掴めないな)

 

駆逐棲姫「…あれ?あらら、なんて事をしてくれたんでしょうか…やっぱりまだお仲間がいたんですね?」

 

日向「何の話ですか」

 

駆逐棲姫「捕虜が脱走してる様で…うーん…やってくれましたねぇ…」

 

春雨(川内達だ…まだチャンスはある…!)

 

駆逐棲姫「えーと、貴方が倉持海斗さんですか」

 

駆逐棲姫が近寄ってくる

機械でできた足で嫌な音を立てながら歩み寄ってくる

 

海斗「…なんでしょうか」

 

駆逐棲姫「…抵抗をやめさせない、今回の作戦、1番権力を持ってるのは貴方でしょう?」

 

海斗「……」

 

駆逐棲姫「何とか言ったらどうですか」

 

海斗「…第一艦隊、旗艦曙、行動開始」

 

駆逐棲姫「何?」

 

天井から艤装が落ちてくる

 

日向「…コレは、私の…!」

 

春雨「私達の艤装?」

 

曙「さっさと動きなさい!死ぬわよ!」

 

日向「あ、曙さんの声…どこから…」

 

駆逐棲姫(あの捕虜…!何処に…いや、姿が見えない……まさか)

 

駆逐棲姫がレ級に詰め寄りフードを捲る

 

レ級「なんだ?」

 

駆逐棲姫「っ……気の所為、な訳ない…何が…!」

 

レ級「……駆逐棲姫、お前は知らないと思うが」

 

駆逐棲姫「…?」

 

レ級「私の得意なことは、姉妹のモノマネでな」

 

レ級の尻尾が駆逐棲姫を丸呑みにする

 

離島棲姫「ナ…!貴様、裏切…」

 

レ級が離島棲姫の首を刎ねる

 

レ級「そもそも仲間じゃないって話ですよ…あー……長かった…さて、と…第一艦隊!抜錨せよ!」

 

春雨「…何が、どうなって…」

 

日向「……まさか、貴方…」

 

レ級がこちらを向く

 

レ級「お久しぶりです、日向さん、そして後ろの皆さんも…何より提督、お待たせ致しました、駆逐艦曙、三度貴方の元に戻りました」

 

春雨「曙…って、は?」

 

日向「特務部に行った方の…曙さん、ですか…」

 

レ級「さあ、この基地を奪いましょう…日向さん、おわかりですよね?」

 

レ級が名前のない出撃札を日向に投げる

 

日向「…了解致しました…!」

 

春雨「倉持司令官、これは…」

 

海斗「全部、曙の仕込みだよ」

 

レ級「そう、私は曙と宿毛湾でやり合って以来…記憶が戻ってました、となればどんな姿であれ艦は港に帰るもの…そして艦には提督が必要不可欠…そして今、それが全て揃った」

 

春雨「…最初から言ってくださいよ…それ」

 

レ級「内通者を警戒していたのは貴方だと聞いていますが」

 

春雨「……チッ…はぁ…戦争、始めましょうか」

 

 

 

 

捕虜収容所

キタカミ

 

キタカミ「おおー…怖いね?」

 

曙「同じ人間なのに何で深海棲艦の味方してんのよ…」

 

あきつ丸「大人しく牢屋に戻れば撃たない!さっさと戻れ!」

 

神州丸「3つ数えるまでに戻らないと撃つ…!」

 

キタカミ「いや、馬鹿でしょ…あーあ、そういうの要らないと思うけどなぁ…」

 

空の木札を投げて遊ぶ

 

神州丸「ひとつ…ふたつ…」

 

あきつ丸「うわぁっ!?」

 

神州丸「なっ…!うぐ…」

 

川内「川内参上、潜入ならお任せ」

 

川内が小銃を拾ってこっちに投げる

 

キタカミ「ええ…主砲とかないの?15cm単装砲とかさ」

 

曙「文句垂れないでよ…」

 

川内「…何その木札」

 

曙「第一艦隊の木札よ」

 

キタカミ「私ら第一艦隊、よろしくねん」

 

川内「へぇ…まあ何でも良いけどさ、ここって…」

 

キタカミ「ん、建物とかこんな地下牢とか元はなかったよね」

 

曙「まあでも、多分場所同じでしょ?」

 

川内「離島鎮守府…」

 

キタカミ「さて、お家を取り返しますかぁ…準備は?」

 

曙「誰に聞いてんのよ、任せときなさい」

 

川内「え、その傷だらけの身体でやるの?」

 

曙「問題無いって言ってるでしょ?痛いのには慣れたから」

 

川内(そういう問題じゃ無いと思うなぁ…)



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最悪の目覚め

太平洋 深海棲艦基地

駆逐艦 曙

 

曙「キタカミ!あたし先に行くわよ!」

 

キタカミ「マジ?何処にさ」

 

曙「脱出路を確保する!船の確保!」

 

キタカミ「なるほどねん、じゃ、ついてくよ」

 

川内「私はパス、頑張って」

 

キタカミ「そっちもね」

 

深海棲艦と人間の混合部隊が道を遮る

 

川内「ま、でも…少しはサービスしてくよ!」

 

川内が前に出る

 

川内「退かないと……食い殺すよ…!」

 

キタカミ「うわっ…何あれ…双剣?」

 

曙「川内も大概化け物よね…」

 

 

 

 

曙「あった!これで来た訳ね」

 

キタカミ「んー…でも、匂うねぇ…」

 

飛行場姫「エ?ナンデ…」

 

曙「…コレ、ボス?」

 

キタカミ「いや、アゴで使われてたからあんまり強くはないんじゃない?」

 

飛行場姫「ナ、ナンデ捕虜ガ逃ゲテ…ダ、誰カ!」

 

レ級「キシシ!」

 

レ級「キヒッ!」

 

キタカミ「あーあー、3対2かぁ…足りないんじゃ無い?」

 

曙「そうね、食い足りないと思うわ」

 

武器を向ける

 

飛行場姫「コ、殺シテ!」

 

キタカミ「誰を?」

 

レ級の眉間に小銃の弾が複数着弾する

 

キタカミ「…流石に死なんかね」

 

レ級「痛イ!」

 

曙「痛い?あたしの身体はもっと痛いっての!」

 

キタカミ「いや、知らないよ…」

 

飛行場姫「ナ、ナニヤッテルノ!早ク攻撃シナサイ!」

 

レ級「…ウザイ」

 

レ級「ウン、オマエ、ウザイ」

 

飛行場姫「エ、ナ、ナンデコッチ向イテ…!ヤ、ヤダ!モウ食ベナイデ!」

 

キタカミ「…なんか、共食い始めそうだけど…コーラとポップコーンある?」

 

曙「あたしはチュロス派ね、でも置いてけぼりは寂しくない?」

 

キタカミ「ま、そうだねぇ…アイツは強請れば簡単に色々ゲロっちゃうかな」

 

曙「っし!…そこのレ級!」

 

レ級「ア?」

 

曙「かかってきなさいよ…それとも、あたしらに勝てないからそんなの狙ってる訳?」

 

レ級に中指を立てる

 

レ級「…ナンダ?ソノ手、ハジメテ見タ」

 

曙「…思ってた反応と違うんだけど」

 

キタカミ「そりゃあ、育ちが違えばジェスチャーの意味も変わるからねぇ」

 

曙「ま、良いや…簡単に言えば…"クソ野郎"って意味よ」

 

レ級「クソ野郎?」

 

レ級「オマエ、先ニ殺ス!」

 

曙「…ほんと単純で良いわね、やるわよ」

 

キタカミ「ま、私の艤装はもう壊れてるからこの銃しか使えないんだけどね…」

 

曙「充分すぎる、でしょ?」

 

キタカミ「…んな訳ないっての」

 

レ級「キヒャヒャッ!」

 

レ級が飛びかかってくる

 

曙「今のあたしは…」

 

全身を炎が包み込む

 

熱いのに、不思議と心地良い

 

曙「誰にも、負ける気がしないわ」

 

レ級を炎が包み込む

 

レ級「ギャアァァァッ!?熱イ!焼ケル!」

 

キタカミ「…それ、熱くないの?」

 

曙「…熱いけど、悪くない…!」

 

のたうち回るレ級に飛びかかり、双剣を突き立てる

 

曙「焼き尽くす!」

 

炎がより激しく燃え上がる

 

キタカミ「……ま、何でも良いや…これじゃ流石に深海棲艦には歯が立たないのかなぁ…」

 

レ級「オマエハ炎使ワナイノカ?」

 

キタカミ「さあね?」

 

レ級「…撃ツ!」

 

レ級の尻尾から主砲が飛び出す

 

キタカミ「それは…良くないね」

 

レ級の尻尾が内側から破裂する

 

レ級「…ナ、ニガ…」

 

飛行場姫(ナンデ、コイツ等…レ級ヲコンナニアッサリ…)

 

キタカミ「ま、悪く思わないでよね…あたしもそんな酷いことしたいわけじゃなくてさ」

 

レ級「ガポッ…ァ"……ゴ…」

 

2体のレ級が消滅する

 

キタカミ(やっぱり尻尾さえ排除すれば楽にやれるか)

 

曙「…ようやく消えたか…やっぱり暑過ぎ、火傷とかできてないわよね?」

 

キタカミ「別にどうでも良いじゃん、そんなこと…それよりさぁ」

 

飛行場姫「ヒッ…!」

 

曙「アンタ、素直に背後関係とか喋るならそこまで痛い目見せないわよ」

 

飛行場姫「ワ、私ハソウイウノハ詳シクナクテ…リ、離島棲姫ガ…」

 

キタカミ「ま、だろうねぇ…そりゃそうだろうさ……でも、嘘かも知れないわけじゃん?」

 

飛行場姫「オ、オ願イ!許シテ!」

 

キタカミ「私は何も怒ってなんかない、許す事も何も無いからさ…真実を聞きたいだけで」

 

キタカミが離島棲姫に歩いて近づく

 

飛行場姫「ナ、何ヲ…」

 

キタカミ「んー?多少痛い思いをしたら知ってることぜーんぶ、細やかに思い出すかなって」

 

曙「…アンタそういう趣味だっけ…」

 

キタカミ「私は、みんなの為なら何にでも成るよ」

 

 

 

 

 

駆逐艦 電

 

電「全くもって、先に伝えておいてくれればこんな思いをする事も…」

 

大淀「内通者がいるであろう事は事実、合理的ではあります、仕方ない事でしょう」

 

浜風「あ、あの…私はどうしたら…」

 

大淀「戦うと決めたのなら…戦う他ありません、ここの深海棲艦を殲滅します」

 

電「…この先に何かいるのです」

 

何か巨大な生物の足音…

そして何かを引きずる音…

 

電「!…アレは…」

 

大淀「話には聞いています、深海棲艦の姫級…戦艦棲姫」

 

戦艦棲姫「…ヨモヤ、コンナ事ニナルトハ…イイワ、沈メテアゲ……ッ!オ、オマエハ!!」

 

戦艦棲姫がこちらを凝視して固まる

 

電「…?」

 

大淀(電さんを見て、固まってる…?)

 

戦艦棲姫「ク、駆逐艦…電…!ソレニ軽巡洋艦大淀…サ、最悪ダ…!)

 

電(…私の事を知っている?初対面なのに…いや、深海棲艦という事は……ああ、そういう事でしたか)

 

電「随分と、雰囲気が変わりましたね、全然気づかなかったのです」

 

大淀「…電さん?」

 

電「大淀さん、覚えてませんか?私たちが相手にした戦艦級…」

 

大淀「戦艦級…?」

 

戦艦棲姫の方に少し歩く

 

戦艦棲姫「ヒ…!ク、来ルナ!」

 

電「命令ですか、貴方が、私に?…もう一度ココで消し炭にされたいですか?大和さん」

 

大淀「大和?…ああ、そういう事でしたか」

 

戦艦棲姫「ウ…タ、頼ム…後生ダ、見逃シテクレ…!」

 

電「別にいいですよ、でも、貴方も辛い立場のようなのです…人として生活したくはありませんか?」

 

戦艦棲姫「エ…?」

 

電「我々は深海棲艦を人間に戻す技術を確立させています、貴方もそれを使ってみたくは有りませんか?」

 

戦艦棲姫「…ソ、ソウナノカ…?」

 

大淀(姫級に試した事はありませんが…大丈夫でしょうか)

 

電「降伏し、私達と共に来るのならば貴方を人間に戻し、戦う事を強要せず、生活を保障するのです」

 

戦艦棲姫「……本当カ…シカシ…」

 

電(…揺れている、でも恐怖が優っている…という事は)

 

電「貴方の背後関係、把握しているのです…守ってあげても良いのですよ?」

 

戦艦棲姫「ナ…ソ、ソコマデ…?」

 

電「どうするのですか?」

 

戦艦棲姫「…ナゼ私ニソコマデ…」

 

電「欲しいのは正確な情報なのです、私達が掴んでいる情報より正確で確実な情報なのです、貴方に求めるのはそれだけなのです…まあ、拒絶するのでしたら…力ずくで」

 

アンカーを取り出し、地面を軽く打つ

 

戦艦棲姫「……ワカッタ、降伏サセテクレ…」

 

大淀(前の世界でよほど酷い殺し方をされたんでしょうね、軽い脅しで完全に心が折れている…敵対したら私たちに勝ち目なんて殆どないのですが)

 

浜風(電さんは流石だなぁ…)

 

 

 

 

 

 

戦艦 レ級

 

朝潮「…2枚?」

 

空の木札を二つ朝潮に投げる

 

レ級「一つは貴方に…貴方はリーダーとして優秀ですから…そしてもう一つは、影に」

 

朝潮「影…」

 

レ級「此処に来たのは貴方たちだけでは有りません、キタカミさん、曙、そして貴方達別動隊だけではなく、たった1人で此処を目指し、たどり着いた人が今も戦っている…貴方達は海へ出てその方と合流してください、その方が最後の第一艦隊メンバーです」

 

朝潮「その方は…一体どなたなんですか?」

 

海斗「行けば、きっとわかるよ」

 

朝潮「…わかりました、満潮、貴方は…そうだ、艤装をつけられない体になってしまったんでしたね…司令官についていてください」

 

満潮「うん…」

 

山雲「それじゃあ行ってきま〜す」

 

 

 

レ級「さて…あとはコイツか」

 

春雨「…駆逐棲姫は…綾波さんです」

 

レ級「ええ、存じ上げています…しかし、危険すぎる…コイツだけは何よりも確実に殺しきる必要がある…

 

春雨「…どうするつもりです」

 

レ級「コイツを放り出した瞬間に全体の最高火力を……ッ!?」

 

尻尾がボコボコと泡立つ

 

レ級「尻尾が、壊される…!提督、退避を!」

 

春雨「やるしか無いようですね」

 

 

 

 

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫(ああ、辛い…哀しい…憎い、私があんなに愛した相手は、焦がれた相手は…私を拒絶した、何で私じゃダメなの?何で私の存在を受け入れてくれなかったの?)

 

できる全てを、私の才能を

 

駆逐棲姫「…貴方が悪いんですよ、レ級さん…貴方が私のものにならないなら、壊すしか無いじゃ無いですか…」

 

レ級の尻尾が弾け飛ぶ

 

レ級「ぐ…!」

 

春雨「…出てきた…か」

 

駆逐棲姫「ああ…もう一度顔を見られた…その蔑むような目、何で私に向けるんですか?私がこんなに辛くて、泣いてるのに…何でそんな目を向けるんですか…!私はただ、愛して欲しかっただけなのに!」

 

レ級「…相容れない者同士、それだけ」

 

春雨「そもそも、貴方は深海棲艦じゃない…貴方は…」

 

レ級さんが艦娘の口を塞ぐ

 

レ級「やめておくべきです、恐らく最悪の結末が待っている」

 

駆逐棲姫「…何でそんな人間に触れるんですか?私に触れてくれないんですか…?私は貴方を受け入れるのに、何で貴方は私を拒絶するんですか…」

 

レ級「もう言った」

 

駆逐棲姫「……相容れないってなんですか、私はただ貴方が好きなだけ、貴方ともっと近しい存在になりたかっただけ…なのに…なのに!貴方が私を壊した…!」

 

レ級「…お前は元から壊れていた、私のせいにするな」

 

駆逐棲姫「…そんなの、酷いですよ」

 

レ級の右手が弾け飛ぶ

 

レ級「な…ッ!」

 

駆逐棲姫「…私は、貴方のことを信じてたのに…愛してたのに…こんなに好きだったのに、貴方は…貴方は!」

 

レ級「好きで信じた相手の腕に誰が爆弾を仕掛けたりするか…!お前は自分の好きを盲信してるだけだ、良い加減に押し付けはやめろ!」

 

駆逐棲姫「……最後です、どうか、私を愛してください…私と居てください…それ以上何も望んでなんかいないんです…私は常に何かに狙われている、怖いんです、だから私を…」

 

レ級「断る」

 

駆逐棲姫「…じゃあ、作るしか無いです、私だけのレ級さんを…」

 

レ級へと手を伸ばす

 

レ級「チッ…やるしかないか」

 

レ級を炎が包む

 

春雨「援護します」

 

レ級「…頼みますよ、今はどんなに小さい1でも必要です」

 

駆逐棲姫「…貴方を殺すとして、私から攻めるのは非効率的です」

 

周囲に罠を張り巡らせる

 

駆逐棲姫「だから、私は…」

 

右手を持ち上げる

手首を包むように主砲が現れる

 

駆逐棲姫「ここから動きません」

 

レ級に向けて砲撃し続ける

残った左腕で受け止められる

 

レ級(これが駆逐艦の威力か…!?あまり多く受けては左腕もちぎれ飛ぶ…どうする、攻めるとして…いや、慎重に進むのは無しだ…!)

 

床を蹴り、跳ねるように近づいてくる

床を蹴るたびに何もかもが壊れていく

 

駆逐棲姫(この動き、罠が仕掛けられてるのに気付いて…衝撃で全ての罠を誤作動させようとしてる…)

 

駆逐棲姫「何で貴方は、そんなに私の求める全てを持ってるのに…」

 

レ級「此処で、完全に…死ね…!」

 

レ級に殴られる

 

レ級(吹き飛びもしないのか、戦艦の全力だぞ…)

 

駆逐棲姫「…ああ、私に触れてくれた…貴方から」

 

拳を両手で包み込む

 

駆逐棲姫「私、本当に嬉しいですよ…」

 

レ級(相変わらずイカれてる…!)

 

駆逐棲姫「……あ…や……ああ…」

 

レ級「…何だ」

 

駆逐棲姫「…思い出せそう、何かを…最後のカケラは…何処…?」

 

レ級(綾波としての記憶が戻りかけて…早く殺さないと…!)

 

レ級が口を開き、喉元に噛み付いてくる

 

駆逐棲姫「っ…」

 

春雨(ようやく射線が通った!)

 

顔面に砲撃が当たる

 

駆逐棲姫「…邪魔、しないでくださいよ…」

 

春雨(無傷!?…私じゃ、歯が立たない…って事か)

 

レ級を抱きしめる

 

レ級(クソ、食いちぎってやるつもりが…!動けない…!)

 

駆逐棲姫「……何ででしょう、何かを忘れている…貴方、さっき何を言おうとしました?」

 

春雨を見る

 

春雨「……」

 

春雨(…綾波さんの記憶を取り戻させれば…きっと…)

 

レ級(…まさか……春雨さんは記憶を戻すつもりじゃ…)

 

春雨「…貴方の名前ですよ」

 

駆逐棲姫「…それは、興味深いですね…」

 

レ級(不味い…!)

 

春雨「貴方は…貴方が、深海棲艦になる前は…綾波型駆逐艦、1番艦、綾波…」

 

駆逐棲姫「あや、なみ……」

 

不思議な感情…何かが胸に宿るような…

 

駆逐棲姫「………」

 

身体がだらりと垂れる

 

レ級(動ける!自由になった…!)

 

レ級に蹴り飛ばされ、壁に身体がめり込む

 

レ級「ペッ…!春雨さん、貴方なんてことを…!」

 

春雨「…私は綾波さんを信じてます」

 

…そう、綾波という少女は、臆病で、謙虚で、才能に溢れ、然し自身を縛る咎の鎖に封じ込められた…

 

駆逐棲姫「……ああ、私か、綾波って…」

 

レ級「…思い、出した、か…」

 

春雨「……」

 

駆逐棲姫「成る程…ええと?……どういう状況か…ああ、ああ、わかった…そうか…そうですか」

 

全ての記憶が頭に蘇る

失った痛み、そして最期の想いまで

全てが頭の中に…

 

駆逐棲姫「……はぁ…あーあ、あーあーあー…春雨さん」

 

春雨「…綾波、さん…?」

 

駆逐棲姫「貴方…やっちゃいましたねぇ…?」

 

春雨に笑いかける

 

レ級(やはり不味い!)

 

駆逐棲姫「私を縛る鎖は、私の死によって消し飛んだ…ああ、何とも美しい体か…私は蘇ってしまった……この私が…」

 

春雨「綾波さん…?」

 

レ級が春雨から主砲を奪い取り撃ってくる

然し、微塵も通用しない

 

レ級「チッ…!」

 

駆逐棲姫「馬鹿馬鹿しいですよ、東雲さん…さて、しかし、私は何も変わらず貴方を高く評価しています…」

 

レ級「その名で呼ぶな!!」

 

レ級が目の前に飛んでくる

 

駆逐棲姫「私の妹になりませんか?」

 

レ級を捕まえ、地面に引き倒す

 

駆逐棲姫「貴方なら私の望み通りの、理想に妹になれる…歓迎しますよ?」

 

レ級「お断りだ、巫山戯るな…!」

 

駆逐棲姫「あら残念…まあ、わかってましたけど…」

 

レ級を鋼鉄の脚で蹴る

 

駆逐棲姫「…さて、行かなきゃ行けないところができました、私はこれで」

 

レ級「…何処にいくつもりだ…!」

 

駆逐棲姫「大丈夫、あなたたちに用はありません、此処は明け渡してあげますよ…私はかつての妹を殺しに行きます、私には向かった愚かな子には…罰が必要でしょう?」

 

レ級「…敷波を深海棲艦にするつもりか…!」

 

駆逐棲姫「え?そんなわけないじゃないですか、あんな私を撃つような子…もう要りませんよ」

 

レ級(…コイツ、まさか本気で敷波を殺すつもりで…)

 

駆逐棲姫「アハッ…最高の気分…私を押さえつけるものは全てなくなった…」

 

私の体が、世界に溶け込むように消える



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呪い

艦内工廠

工作艦 明石

 

夕張「そういう事だから、こっちも速力を上げてる、死体の戦闘海域にはあと30分で到着…まあ、島の影はもうそろそろ見えると思うけど…」

 

明石「……」

 

夕張「明石?」

 

明石「……どう、しよう…」

 

夕張「何を?」

 

明石「…どうしよう、夕張ぃ…わ、私…全部…全部頭の中に…訳がわかんない…!」

 

夕張「あ、記憶戻ったの?」

 

明石「わかんないよ!…何この感じ…この記憶は…一体なんで…おえええ…」

 

自分が死ぬ瞬間までの、そのイメージが絶え間なく頭に流れ込む

頭痛と吐き気、目眩などの症状を耐えながら頭を整理する

 

明石「…じゃあ、私は…明石で…あれ?なんで…どう、なって…」

 

夕張「…落ち着いて、大丈夫だから…」

 

明石「違う!大丈夫なんかじゃ無い…!わ、私が作った艤装!全部破棄して!」

 

夕張「何言ってんの?いきなりどうしたのよ…」

 

明石「あの艤装には大量のAIDAが…そうだ、修復剤もダメ!AIDAを培養した物で…」

 

夕張「やっぱか…そういう感じなのね…」

 

明石「アレを使い続けると精神がおかしくなる…!今すぐ止めて!」

 

夕張「止めるも何も…今から決戦よ?」

 

明石「ダメ!すぐに止めて!」

 

夕張「何をそんなに焦って…」

 

明石「…アレを使い続けたら、もう人間と呼べる存在じゃなくなる…ナノマシンに体を侵されて、全てがナノマシンに置き換わる…人間じゃ無い、ロボットとかそんな言葉が適当な存在になるの…!」

 

夕張(…まあ、傷が一瞬で治るあたり、察してはいたけど…そこまでか…)

 

明石「なんで私はあんなものを…!なんで…どうして…!」

 

夕張「…明石、とりあえず正気に戻って良かった、ちょっと処理が追いついてないから少し待って」

 

明石「うん…だけど…」

 

夕張(…人と呼べない艦娘、人間の域を超えた存在…か)

 

夕張「とりあえず、今戦力を失えばより多くの犠牲が……いや、全滅すると思う、とにかくその話は敵基地を奪ってから…いい?」

 

明石「…うん」

 

夕張「私達はみんなのバックアップに徹する…ok?」

 

明石「わかってる…」

 

夕張(AIDAを流れたナノマシンはどうなってるのかとか、その辺りも気になるけど…直ちに影響は出てないから気にしても仕方ないか)

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

朧「島風!もう戻って!燃料切れるでしょ!?」

 

島風「で、も…行かないと…あそこは、みんなの…」

 

北上「…何であの敵基地にそこまで行こうとしてんのさ」

 

大井「あそこは一部の子達には…家であり、トラウマの元凶でもあるわ…」

 

北上「…へぇ」

 

大井「あそこは前の世界でこう呼ばれてた…離島鎮守府」

 

北上「…あの島が?深海棲艦の温床になってるんでしょ?」

 

大井「地理的にそうなっててもおかしくは無い、でもあそこを取れば本土への攻撃を防ぎやすくなる…」

 

北上「それってていの良い肉壁なんじゃ…」

 

大井「……だから、トラウマに感じる人もいる…例えば、ほら…」

 

長門「……」

 

北上「…顔色、最悪だね」

 

長門「…あそこでは…何十人も死んでるんだ、仕方あるまい…」

 

朧「…今度は、そんな場所にはしない!だから島風はとにかく戻って!」

 

燃料の切れた島風を引きずる

 

島風「ね、燃料分けて!まだ戦えるから!」

 

長門「…小休止を何度か挟んでいるが、もう何時間戦い続けた、夜も明けたぞ」

 

北上「…別にアンタ一人休んだって何も変わんないよ」

 

島風「っ……それじゃ、ダメなの…私は、もっと強く…」

 

朧「強くなりたいなら、必要な時に休んで、本当に必要な時に全力を出す…そのために必要なタイミングを見極められるようになるのも強さを構成する一つの要素だよ」

 

島風「……」

 

長門「天津風に聞いた、ゼリー食ばかり取っているのだろう…アレは栄養が足りているとは言い難い、強くなりたいのならそれも間違いだ」

 

島風「……」

 

朧「…あれ?ボストンバッグ…?」

 

バッグが浮き上がってくる

 

イムヤ「やっ!」

 

長門「…潜水艦の」

 

イムヤ「キタカミさんとやり合った時のリ級…逃しちゃった、でも多分あの島にいると思う」

 

北上「…ねぇ」

 

大井「そうね、誰か流れてきてる…」

 

朧「……アレは、人だよね…」

 

ぐったりと半身を水につけたまま流れてくる人間

 

イムヤ「ああ、それも報告したかったの…周りに深海棲艦がいたし、人間の方も見間違いじゃなければ銃も持ってた…ちっちゃいやつだけど」

 

朧(…罠、か)

 

イムヤ「どうする?」

 

朧「助けられる命は、助けたい…!」

 

イムヤ「じゃあ周り深海棲艦は釣る、誘導してみるから…」

 

朧「了解」

 

長門さんの艤装と自分の艤装をワイヤーで繋ぐ

 

長門「引き摺り込まれたら任せろ」

 

朧「お願いします!」

 

速力を上げて漂流者に近寄る

 

朧(…引き摺り込んでくるのか、それとも…いや、何をしてきてもアタシには通用しない!)

 

北上「…跳ねた?」

 

大井「あの艤装をつけて跳び回れるなんて…」

 

海を蹴り、宙を舞いながら近寄る

 

朧(今白い指先が見えた!そこだ!)

 

身体を捻り、砲撃を打ち込む

 

朧「次!もう一つ!」

 

確実に、的確に…

狙いをつけて全てを…

 

長門「何が起きてるのか、よくわからんが…」

 

北上「アイツも結構強いって事じゃない」

 

島風「……」

 

漂流者に接近する

 

朧(よし、問題なくついた…!)

 

漂流者の前腕を意識する

 

朧(銃の対処は神通さんに聞いてる、大じょう…?)

 

漂流者の衣服の隙間から黒い何かが覗く

 

朧(これ、なんだろう…)

 

漂流者に手を伸ばす

 

朧「あの…」

 

漂流者「駆逐棲姫様の為!死ね!」

 

此方に銃を向けようとした腕を抑え、銃を蹴り飛ばす

 

朧(……この人は、自分の意思で深海棲艦に協力してるんだ…じゃあ、倒すべきなの?それとも…)

 

イムヤ「長門!朧を回収して!」

 

長門「わ、わかった!」

 

漂流者が水中に引き込まれると同時に後方に強い力で引き戻される

 

朧「な、なんで!」

 

漂流者が沈んだあたりから巨大な水柱が上がる

 

朧「っ…!?」

 

北上「魚雷とかの威力じゃ無いね、人間爆弾って訳だ…」

 

朧(あの見えてた黒いのは…爆弾だった?じゃあ、最初から死ぬつもりで…?)

 

イムヤ「ゴホッ…無事!?」

 

朧「えっ…あ……」

 

長門「怪我はなさそうだが、心的ショックが大きい様だ、イムヤ、其方は」

 

イムヤ「まあ…ちょっとくらったかな…大丈夫、この身体ならすぐ治るから…」

 

北上「……アンタのこと知らないけどさ、乗って休んでけば?」

 

イムヤ「ダメ、そうしたらみんなに迷惑かかるから」

 

長門「何が迷惑なものか、そんなことを言う奴があれば私が黙らせて見せる」

 

大井「…待って、今ドラム缶を下ろしてもらってるから」

 

北上「…へぇ、冴えてるじゃん、大井」

 

イムヤ「…へ?なんでそんな顔してこっちを…ちょっと、長門さん?ドラム缶なんて持ってどうする…」

 

長門「こうする」

 

イムヤをドラム缶に収容し、リフトに積み込む

 

長門「何、ちゃんと船室をあてがう、空き部屋はあるはずだ」

 

北上「人目気にしてるならそれに隠れてなよ」

 

イムヤ(…なんか、複雑…)

 

朧「……」

 

 

 

 

 

太平洋 深海棲艦基地

提督 倉持海斗

 

海斗「曙、大丈夫?」

 

片腕が失われ、尻尾も消滅している

誰がどう見ても大丈夫なわけはない…

 

レ級「はい、問題ありません…ただ、一つだけお願いを許していただけますでしょうか」

 

海斗「僕にできることなら、なんでも言って」

 

レ級「お願いします、私を呪ってください」

 

海斗「…呪う?」

 

レ級「貴方のモノであれば命令でも呪いでも願いでもなんでも良い、どんなに残酷でも良い…私は貴方だけのモノです、貴方のために戦いたいのです」

 

海斗「……」

 

レ級「私の体は即座に再生できます、しかし私の心は貴方の言葉無くして快復してくれないのです…戦えと、一言頂ければそれで良いのです」

 

海斗「…無理に戦わなくても良いんだよ」

 

レ級「いいえ、私が出なければ誰かが死にます」

 

海斗「……じゃあ、死なないで、そしてみんなを守ってあげて」

 

レ級「はい…その言葉をお待ちしておりました…」

 

尻尾と腕が再生する

 

レ級「では…ッ!?」

 

海斗「そんな、どうして…どうして、君が此処に…!」

 

世界のルールは再び壊れたのか

それとも、これこそが正しい姿なのか

 

レ級「貴様…確か、あの世界で……名前は…」

 

Cubia「クビア、みんなボクをそう呼ぶ…さあ、カイト、決着をつけるために…」

 

視界が眩い光に包まれる

 

レ級「提督!」

 

海斗(この感覚、は…)

 

レ級「くッ…!居ない、提督も、クビアも…何処にも…!」

 

再び、ゲームが始まる

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

川内「はい、此処は行き止まりだよ」

 

駆逐棲姫「…えーと、何処かで見た顔なんですよね…誰だったかなァ…あ!川内型の中でも1番の!」

 

川内「…1番の?」

 

駆逐棲姫「1番のパッとしなさを誇る、1番影の薄い川内さんじゃありませんか?!」

 

川内「…は?」

 

駆逐棲姫「知ってますよ、妹さんお二人は目立った長所があるのに貴方だけ無いらしいじゃないですか!」

 

川内「……お前、殺す」

 

駆逐棲姫「あ、もしかして気にしてたんですか?夜戦特化装備のくせに夜戦そこまでだし、そもそも神通さんの方が火力が強くて那珂さんのほうが長所があって…」

 

川内「知らないみたいだから教えてあげるけどさ…那珂は1番可愛いし、神通は1番凶暴だし…私は1番強いんだよ…」

 

双剣を抜く

 

駆逐棲姫「……ああ、じゃあ川内型三人係でも…私に勝てないですねぇ…!」

 

川内「後悔させてあげる…!」

 

駆逐棲姫に斬りかかる

斬撃を全ていなされる

 

川内(こいつ…ハッタリかと思ったけど、不味い、一人で勝てる相手じゃ…)

 

駆逐棲姫「私って天才なんですよ、賢いんです、でも身体を動かすのは少し苦手で…わかってるんですよ?接戦を演じれば実力差を悟られないから逃げられ難いって…」

 

双剣を駆逐棲姫に叩きつけ、背後に跳ぶ

 

川内「ぁが…!?」

 

背中に何かが突き刺さる

 

駆逐棲姫「馬鹿なんですか?ここは私の居城ですよ?罠しかないに決まってるじゃないですか」

 

先程までなかった場所から剣山が飛び出す

 

川内(何、此処…廊下の構造が一瞬で変わって…スイッチの操作なんか見えなかったのに…)

 

駆逐棲姫「ああ、スイッチですか?私の頭に埋め込んでますよ?私の意思一つで思いの儘に…」

 

壁が開き機銃が出てくる

 

川内「冗談キツイって…!」

 

前後左右、上下すらも支配された

完全な相手のテリトリー…

 

駆逐棲姫「此処にいる限り、私は負けるわけないんですよね」

 

川内「…ぁ…が…」

 

命が、削り取られる

 

徐々に痛ぶられ、殺される

 

駆逐棲姫「さようなら、貴方の亡骸は利用できるやも…ん?」

 

青い炎が部屋を走る

 

曙「…ボスみっけ」

 

駆逐棲姫の背後から青い炎を纏い、曙がやってくる

 

駆逐棲姫「おや、おやおやおや…やりますか?」

 

曙「あっちもそのつもりみたいだしねぇ」

 

駆逐棲姫「…あらら」

 

レ級「提督の命令です、死ぬことは許しません」

 

背後から脇を持ち上げられ、立たされる

 

曙「…随分とボコボコにされて、大丈夫?」

 

川内「…ギリ」

 

レ級「駆逐棲姫、私は今…虫の居所が最悪に悪い……大人しく死ね」

 

駆逐棲姫「…その殺意も、私は受け入れますよ?」

 

レ級「さっきのようなめくらましはもう通用しない」

 

駆逐棲姫「果たして、それはどう…あら」

 

曙「どうしたの?顔色少し悪いんじゃない?」

 

駆逐棲姫「…はぁ…最悪ですね、ショートした…あっちは配線に…この炎はそれを狙って?いや、たまたまかぁ…」

 

レ級「曙、5秒で終わらせるわよ」

 

曙「任せなさい…今のあたしは負ける気がしないわ!」

 

駆逐棲姫「…あ…ああ!そうだ!貴方だ!」

 

駆逐棲姫が曙に詰め寄る

 

駆逐棲姫「その声!そうだ、貴方なんだ…あはっ…アハハッ…!」

 

曙(な、なんでこいつ泣きながら…)

 

レ級(背中、取った)

 

レ級に殴り飛ばされ、駆逐棲姫が壁にめり込む

 

駆逐棲姫「ああ…痛い…すごく痛い…」

 

駆逐棲姫が愛おしそうに殴られた箇所を撫でる

 

曙「…な、何あいつ…」

 

レ級「さっさと仕掛けなさい!」

 

レ級と曙の砲撃が駆逐棲姫を襲う

 

駆逐棲姫「…ああ、なんて素敵なんですか?やっぱり…貴方が欲しい…私は貴方がこんなに好きで、愛してるのに…」

 

口径の小さい砲弾がバラバラと床に落ちる

 

レ級(コイツ、私の砲弾だけ防がなかったのか…筋金入りだな)

 

駆逐棲姫「…今度は、私から…痛めつけても良いですよね?」

 

レ級「消えた…ぅぐ…!?」

 

レ級の背後から駆逐棲姫が鋼鉄の脚で前蹴りを放つ

 

レ級(今の動き、何処から…!)

 

駆逐棲姫「痛いですか?痛いですよね、痛いって言ってください」

 

レ級「チッ!巫山戯るな!…また消えた…?…ぁがっ…!」

 

レ級を壁まで弾き飛ばし、何度も何度も突き刺すように蹴る

 

レ級「が…ぁ…!」

 

曙「あんまり調子に乗ってんじゃ…!」

 

駆逐棲姫「調子に乗ってるのは、お前だ」

 

駆逐棲姫が曙に迫る

 

曙(…仕留める…!)

 

レ級(絶対、それだけは…!)

 

レ級が背後から駆逐棲姫に飛びかかる

 

駆逐棲姫「そうくると思ってましたよ」

 

曙の斬撃をいなし、背後のレ級は回し蹴りで対応する

 

レ級「クソ!だが取った…!」

 

レ級が駆逐棲姫の脚にしがみつく

 

駆逐棲姫「あら、そんなに私を抱きしめて…どうしました?ふふっ」

 

川内(この状況で何言ってんのコイツ…)

 

レ級(もう逃さない)

 

レ級「曙!撃て!」

 

曙「…わかってる…!」

 

レ級が駆逐棲姫ごと炎に包まれる

 

駆逐棲姫「ああ!熱い!焼けてしまいます!…ふふっ…!」

 

曙(なんでコイツ生きたまま焼かれてるのに笑って…いや、今は…)

 

曙が剣を振り、砲撃を召喚する

 

レ級「さっさと…消えろ…!!」

 

駆逐棲姫「アハッ…あぁ、アハハハッ!!」

 

爆発し、周囲の空気が冷え込む

一瞬の間が空き熱風が辺りを包む

しかしが煙に包まれる

 

レ級「っ…!駆逐棲姫は……居ない…」

 

曙「…倒した…?」

 

レ級「……だとしたら私が掴んでいた脚のカケラくらいは残る、逃げられたな」

 

曙「…どうやって…?」

 

レ級「後で説明する…クソッ……」

 

川内「…集合が先…か…」

 

レ級「折れてますか」

 

川内「割と、多そう…ね」

 

曙「戻りましょ…これは仕方ないわ」



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勝利の痛み

太平洋 深海棲艦基地

戦艦 日向

 

春雨「…やはり、貴方、全快ではないのでは?」

 

日向「……」

 

春雨「傷を隠すのはやめてください、私を舐めるのも…」

 

日向「では、隠さず話したとして、貴方は私を戦わせてくれますか?」

 

春雨「いいえ」

 

日向「では、そういうことです」

 

春雨「…コレ、差し上げます」

 

戦艦砲の口径の弾を受け取る

 

日向「…コレは?」

 

春雨「綾波さんの研究の成果の一つ、AIDAの動きを鈍化させる煙幕弾です、これを相手に吸わせれば…深海棲艦の動きが鈍るかと」

 

日向「…何故私に?」

 

春雨「実験をしてないんですよ、まだ…」

 

日向「……効果があることを願います」

 

アオバ「あ、いた!ちょっと来れますか!?」

 

衣笠「深海棲艦同士の戦闘が始まってるみたい!それに混ざれば殲滅しやすいかも!」

 

日向「…私も第一艦隊として、武勲を挙げるとします」

 

春雨「……そうですか」

 

 

海上

駆逐艦 朝潮

 

朝潮「…アレは、深海棲艦が深海棲艦と戦ってる…?」

 

山雲「……でも、深海棲艦を進んで攻撃してるのは一人だけみたいね〜…」

 

たった一体の重巡級が他の深海棲艦を攻撃し、奮戦している

当然、数の差は歴然、既に重巡級は傷だらけ…

 

朝潮(……曙さんや提督は把握されていた…ここで起きている戦闘はあの深海棲艦同士の戦いのみ…もしかしたら…あの深海棲艦が…)

 

空の出撃札を握りしめる

 

朝潮(何故深海棲艦を…いや、何か理由が…)

 

朝潮「行きましょう、あの深海棲艦を援護します!」

 

山雲「は〜い」

 

砲戦に加わる

 

リ級「…!」

 

朝潮(こちらに気づいた、どう動く…?)

 

リ級は視線を他の深海棲艦に戻し、攻撃を再開する

 

山雲「…こっちは無視してるみたいね〜…」

 

朝潮「……味方、とは言い切れませんが…援護しましょう」

 

少なくとも害意はない、それだけで充分…

 

山雲「で、でもー…流石にすごい数ね〜…」

 

朝潮(流石に深海棲艦の総本山、その上前回みたいに撤退もしていない…1000はゆうに超えるか…?)

 

数えるのも嫌気がさす

 

山雲「う、後ろ!」

 

いつの間にか来た道まで深海棲艦に塞がれる

 

朝潮(この数での戦闘経験は殆ど皆無、しかも私たちが一撃で仕留め切れるような駆逐級は殆どいない…私たちがここに来たのは間違いだったかもしれませんね…)

 

リ級が砲撃をしながらこちらへと近寄る

 

山雲(…主砲を向けるわけにはいかないし…どうしようかしら)

 

リ級「……西が1番薄い…」

 

朝潮(西…?西は向こう…に…西から抜けて島に戻る…と言うことでしょうか…賭けるしかないか)

 

朝潮「山雲!一点突破を目指します!西へ!」

 

山雲「は〜い…!」

 

魚雷を一旦集中で流し続ける

 

朝潮(…これ、今、渡しておくべきか…)

 

空の木札を取り出し、リ級に差し出す

 

リ級「…!」

 

朝潮「司令官からです」

 

リ級は木札を受け取り、顔に垂れた血を指先で拭い、木札に青葉と書き込んだ

 

朝潮「…!…貴方だったんですね…青葉さん…」

 

リ級「……お話は後ほど、急ぎましょう…!」

 

朝潮「山雲!殿に入ってください!私が前に出ます!」

 

山雲「は〜い!」

 

前方の敵を砲雷撃で排除し、最大速力で駆け抜ける

 

 

 

 

山雲「大きく回り込んだけど…とんでもない数の深海棲艦に追われてるだけで何も解決してませんよ〜!」

 

朝潮「先ほどより被弾率は下がってます!これで充分、あとは上陸できる地点を…」

 

リ級「……っ…」

 

青葉さんが海面に膝をつく

 

朝潮「大丈夫ですか、青葉さん」

 

リ級「…ダメージを受けすぎたみたいです、私は水中から逃げますから、先に…」

 

山雲「…朝潮姉さん」

 

朝潮「わかっています、そんな事は絶対許しません…山雲は左から」

 

青葉さんを2人で抱えて進む

 

リ級「何をやってるんですか…?ダメです、これじゃ3人とも…」

 

朝潮「私は、第一艦隊に選ばれた以上…それに恥じぬ働きをしてみせます!それは貴方を連れて帰ることです!」

 

山雲「ここで置いていくなんて絶対できないわよね〜」

 

朝潮(…しかし、このままでは…苦しいのは間違いありませんね…上陸地点すらわからないのに…)

 

前方からも砲音がする

 

朝潮「挟まれた…!……いや、あれは…」

 

衣笠「こちら衣笠、合流に成功!」

 

アオバ「アオバ同じく!友軍の退路を確保します!」

 

山雲「やった!合流できましたよ〜!」

 

朝潮「山雲、油断はいけません…まだ上陸すらできてないのですから…!」

 

リ級「………」

 

リ級の首がガクリと垂れる

髪色が変わり、深海棲艦の黒い装甲が失われ、傷だらけの衣服になる

 

山雲「…ホントに青葉さんに…」

 

朝潮「山雲!速力が落ちていますよ!」

 

日向『大丈夫です、私が盾になります』

 

砲音がなり、後方で深海棲艦が吹き飛ばされる

 

日向「戦艦日向…推参致しました」

 

朝潮「日向さん…!」

 

日向「ここはお任せください…どうやら、私も戦わねばならない相手が居るようですので」

 

日向さんがドラム缶を投げ捨てる

 

チ級「……」

 

周りの深海棲艦が水中に消え、一体だけが残る

日向さんへ刀を向けたチ級のみが

 

日向(…特殊弾良し、艤装も…有る、やれる)

 

 

 

 

 

 

 

チ級

 

チ級「…ヤルカ?」

 

日向「お相手願います…!」

 

チ級「楽シミダ…!」

 

日向が撃ってきた砲弾を刀で切り裂く

 

チ級「ッ!?ゴホッ…ガホッゴホッ!…ナンダコノ煙ハ!ゴホッ…!」

 

日向「…この煙はAIDAの動きを鈍らせる煙幕弾だそうです、この一発だけですのでご安心を」

 

チ級(チッ…!折角ノ勝負ヲ…フザケヤガッテ…!)

 

周囲が白い煙に包まれる

空気が重い、肺に何かが溜まるような感覚

 

煙をかき分けて砲撃がすぐそばを通る

煙越しに見えた日向の目は真剣そのものだった

 

チ級「…イイゼ…痺レルジャネェカ…!」

 

日向「撃ち抜きます」

 

砲撃を刀で弾く

 

チ級「当たらねェなァ…!ソノ程度、俺ニハ届カネェ…!」

 

煙の中から単装砲が覗く

 

チ級「甘イッ!!」

 

刀を振り抜いたのに…斬った感覚がない

 

日向「それは囮です」

 

正面から戦艦砲を携えた日向が迫る

 

チ級「真正面カラ来てたら…無駄ダゼェッ!」

 

日向「いいえ…コレが狙い!」

 

戦艦用の砲を一刀両断し、日向に向けて斬り上げる

 

日向「とった」

 

此方の刀を左手の刀で受け止められる

日向の右手が仮面を掠め取っていく

 

日向「…やはり、眼帯はしてないんですね」

 

濁った目が日向を写す

見られたくない目、見ることのできない目

 

チ級「…ンダヨ…」

 

日向「………」

 

チ級「オマエガヤリタカッタノハコンナ事カヨ…!」

 

日向「……私は、貴方を倒さなくてはならない」

 

チ級「ダカラ…ドウシタァ!!」

 

チ級の大振りな一閃

間合いの外へと逃げる

 

日向「…でも、それに日向は相応しくない」

 

日向が艤装を外す

 

チ級「ア"ァ?!」

 

日向「あなたを倒すに相応しいのは、あの時の私であるべきです」

 

日向が片目を眼帯で塞ぐ

 

チ級「…前会ッタ時ハ眼帯ナンカシテナカッタジャネェカ…」

 

日向がドラム缶から艤装を取り出し、換装する

 

天龍「あの時は隠すものがありませんでした、今の私の目には大きな傷があります、隠すものがありますから…コレで、お揃いですね」

 

チ級「……舐めるな…舐メルナァァ!!」

 

袈裟に斬りかかり、打ち合う

 

天龍「舐めてなんかいません、私は私の全力で、私が良いと思った道を歩む…貴女を必ず倒して!」

 

天龍の剣戟を往なし、カウンターのように細かく切りつけながら有効な一撃を探る

 

天龍「く…!」

 

天龍の体が揺れる、蓄積したダメージが動きを鈍らせた

 

チ級「ッラァ!!」

 

天龍「…うっ…」

 

突きが片腕を貫く、刀を刺したまま間合いを詰め、掴みかかる

 

チ級「コノママ深海ニ沈メ…!」

 

天龍「…それが、貴女の望みですか」

 

チ級「…ソウダ」

 

天龍「木曾さん、貴女が今見てるのは悪い夢です」

 

天龍が刀を手放しこちらの腕を締め上げる

深海棲艦の身体以上の、化け物じみた力で

 

チ級「悪イ…夢だと…?」

 

天龍「…みなさんが待ってます」

 

チ級「違う!ミンナガ居るのは深海だ!深海ニシカ姉貴達ハ居ネェ!」

 

天龍「確かに今たくさんの方が深海囚われている!でもみんな帰りたいと思ってる!」

 

チ級「ダトシテモ、何度モ死ンデ…何度モ深海ニ堕チル位ナラ…最初カラ沈ンデタ方ガマシダ!」

 

拘束を振り解き、距離を取る

 

天龍「例え何度深海に堕ちようとも救ってみせます!」

 

チ級「フザケンナ…ソンナモン信ジラレルカ…!」

 

刀を構えたまま、お互いに間合いを図る

 

チ級(…ドウヤレバ殺セル、頭ガ痛ェ…体ガ重イ…一撃デ決メネェト…ナラ、全力デ…全テヲカケタ全力ノ一撃…)

 

天龍(……)

 

水面を強く踏みしめ、飛び上がる

 

チ級「堕チロ!!」

 

天龍「うあぁぁっ!」

 

こちらの斬り下ろしに対して天龍は柄撃ちを狙う

刀を抜刀するような動作で柄の頭を此方へと伸ばす

 

チ級(先に腕同士が衝突して有効な部位には当たらねぇ、もらった!)

 

天龍「ハッ!」

 

腕が衝突する瞬間、天龍が刀を手放し勢いが死なないまま顎へと柄が伸びる

 

チ級「投げた…グッ…!」

 

柄が顎に突き刺さるものの、浅い

 

チ級(…ダガ、浅イ…意識は有る…!)

 

天龍「…足りないのは知ってます」

 

柄がより深く、重く突き刺さる

 

チ級「ぁがッ…!?」

 

チ級(コイツ…刃を握って…!?)

 

天龍「射程が足りないなら、無理矢理伸ばすだけです…痛みを伴わない勝利など、存在しませんから」

 

脳が揺れる、天龍の一撃は確実に俺の意識を奪った

 

天龍「……痛い、ですね…でも、これで貴方を元に戻せる」

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 神通

 

神通「……あぁ…こんなに沢山の」

 

屍を弄ぶ

 

神通「コレだけあれば、満たされますか?」

 

語りかけた相手は何も答えない

 

神通「…まだ、欲しいですか…しかし、これ以上は姉さんたちに見つかりますからね、抑えてください」

 

海が、空間が

焼ける

 

真っ赤な傷痕を残し、その場を立ち去る

 

真っ黒な腕が溶け込むように消える

 

神通「……ああ、未だ、満たされない」



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艦隊決戦

甲板

駆逐艦 朧

 

長門『此方長門!倒しても倒してもキリがないぞ!』

 

扶桑『敵戦艦級が真っ向から砲撃を受けているせいで後方から撃ってくる敵を狙えません…!』

 

金剛『それにワタシ達ももうそろそろ限界デース!何百体いるんデスカ!?』

 

朧(…100や200じゃきかない…どんどん敵が集まってきてる…指揮役も、別働隊と連絡がつかなくなったせいで混乱状態…作戦は中断できないからアタシ達だけでも戦わなきゃいけないのに…)

 

混乱状態のせいで宙ぶらりんになった指揮はやむを得ずアタシが執り行う事になった

現場に出るべき阿武隈さんや不知火さんはここに立つことが出来ないから

戦力として数えるより周りを見る目が重要視された

 

龍田『そろそろ突撃の許可は出るかしら〜?』

 

朧「ダメです、絶対に…ここで前に出たら帰ってこられません」

 

加賀『艦載機、対空射撃の層が厚すぎて近寄れないわ、残ってる子達で一点突破の雷撃を仕掛けるけど…』

 

朧「…いや、待ってください、ここで一点突破を図っても船が進めなければ意味はありません、それなら北に回って注意を少しでも逸らしてください!」

 

加賀『…本当に大丈夫なの?』

 

それは、私の指揮がと言う意味なのか、それともこのままの戦いを続けて良いのか、と言う意味か

 

朧「……問題ありません」

 

きっと声は震えていない、動揺は悟られていない

アタシの中にある焦燥感を、アタシが抱えている不安を、誰にも悟らせてはならない

 

朧(…曙の事を、助けるためにも…だけど、怖いのはレ級やキタカミさん、ここで仕掛けてきたら…)

 

朧「…何、あれ…」

 

敵の隊列の最高峰で大きな炎が上がる

 

この距離でもわかる、間違いない、あんな炎を扱える奴なんて他にいるわけがない

 

曙『こちら曙、指揮官へコンタクトを取りたいんだけど?』

 

朧(曙…!)

 

長門『曙だと!?無事だったのか!』

 

漣『…ボーノ?ボーノの声だ!』

 

潮『曙ちゃん!元気だった!?』

 

金剛『ヘーイ!どうなってるデース!?混線してよく聞き取れまセーン!』

 

曙『アンタら、全員うっさいのよ…一回指揮役以外黙りなさい、それで?』

 

朧『アタシだよ、曙…聞きたいことはあるけど要点だけ言って』

 

曙『あー、じゃあ簡潔に…と言うかこの喋り方疲れるから………ちょっと全員黙ってて…』

 

レ級『深海棲艦は皆殺し、以上』

 

朧(…なるほどね、そう言うことだったんだ…)

 

長門『…今の声、誰だ?』

 

島風『レ級…!』

 

金剛『レ級!?敵に無線が筒抜けって事デスか!?』

 

レ級『…だから黙ってろって言ったでしょうが…』

 

漣『待って待って!このレ級味方!』

 

潮『曙ちゃんだよ!』

 

朧「あーもう!混乱するから一回全員喋らないで!……今から言う事を素直に聞いてください、敵陣後方でレ級と思われる誰かが他の深海棲艦と戦っています、そのレ級は味方です、協力して他の深海棲艦を倒します!」

 

加賀『…意味がわからないわ…』

 

レ級『良くできました、朧、もう指揮役は要らないわ…私が全部潰すから…暴れたいでしょ?』

 

朧「…絶対、1発殴るからね…曙」

 

甲板から海に飛び降りる

 

朧「第七駆逐隊!!」

 

漣「はいよ!」

 

潮「うん!」

 

朧「アタシに続けッ!駆逐艦!軽巡洋艦!水雷突撃用意!!」

 

魚雷発射管が音を立てて水面よりやや上を向く

 

朧「突撃!」

 

魚雷を発射し、突撃する

 

朧「加賀さん!瑞鶴さん達と正面から攻撃機を!対空射撃する奴は…アタシ達が仕留めます!」

 

キタカミ『おーおー、いい感じにノッてるねぇ、朧〜』

 

北上「…無線、完全に盗聴されてんじゃん」

 

阿武隈『キタカミさん…!』

 

キタカミ『おっ、自分の声ってこんな感じなんだぁ…ま、あんま気にしないでよ、私も今は手を貸すからさ』

 

レ級『キタカミさんはそこからでも充分でしょう』

 

キタカミ『そーもいかないっての…も1人の私〜?あんたの艤装、レ級が借りにいくからよろしく』

 

北上「は?何言って…」

 

レ級『…仕方ないか、取りに行きますよ』

 

大井「し、周囲警戒!」

 

不知火『南方には迫ってくる影は…』

 

レ級「だから、警戒とか必要ないですって」

 

どこからともなくレ級が現れて北上の艤装を外す

 

北上「な…!」

 

大井「何処から!?」

 

長門「待て!」

 

レ級「失礼」

 

レ級が水中に消える

 

加賀『どう見ても敵のやる事なのですが』

 

阿武隈『艤装取られたみたいですけど!大丈夫なんですか!?』

 

朧「……曙ぉぉッ!どうして…どうしてアンタはそうやって……!」

 

近くの深海棲艦を殴りつける

 

朧「ホントに!なんで!そんな!あーー!!もうッ!!」

 

潮(怒りながら戦艦級ボコボコにしてる…)

 

漣「怖えぇ…」

 

朧「なんか言った!?」

 

漣「いえっ!なにも!」

 

キタカミ『んー、まあ、こんなとこかなぁ…っと、ごめんごめん、無線入ってたわ…じゃ、重雷装艦キタカミ、でるよ〜』

 

レ級『駆逐艦曙改め戦艦レ級、出る』

 

阿武隈『えぇっ!?』

 

不知火『真実なのですか?それは…』

 

朧「…もうなんでもいいから!とにかく!全部倒しますよ!!」

 

いつの間にか炎がどんどん大きく近づいてくる

 

曙「っらぁぁぁぁッ!!」

 

曙が炎を纏い、敵を斬り裂きながら突っ込んでくる

 

漣「ぼのたん!」

 

潮「曙ちゃん!良かった、無事だったんだね!」

 

曙「当たり前でしょ!あたしは曙様よ!」

 

レ級『…牢屋でお腹鳴らしてたくせに』

 

曙「…何よ、みんな揃ってこっち見て」

 

朧「…曙には聞こえてないみたいだけど?」

 

レ級『無線機、借りたから…ああ、見えたわ…よっと」

 

レ級が曙の隣に降り立つ

 

曙「さあ!残りの雑魚はあたしらがやってやるわ!」

 

レ級「島の中の敵はほぼ全滅よ、あとはここにいる奴らだけ…戦闘再開、敵を殲滅する」

 

朧「よし!第七駆逐隊!行くよ!」

 

曙「今のあたし達なら、誰にも負ける気がしない!」

 

レ級「…提督の為に」

 

漣「っしゃぁ!やってやんよ!」

 

潮「左舷!敵接近!」

 

朧「任せて!」

 

ハイキックを戦艦級の顔面に叩き込み、海面に倒れたところにマウントポジションを取り、主砲を突きつけて撃つ

 

漣(うわっ…うわぁっ……エグい…まだ撃つの?うわっ…)

 

朧「漣!見てないで右に敵!」

 

漣「はいぃいっ!」

 

キタカミ「遅いっての」

 

漣の周りの敵が一斉に斃れる

 

キタカミ「漣は相変わらずだねぇ…」

 

漣「き、ききっ…」

 

潮「キタカミさん!」

 

レ級「安心しなさい、もう正気に戻ってるから」

 

不知火『本当ですか!?』

 

阿武隈『やった!それなら絶対勝てますよ!』

 

キタカミ「あー…あはは、うん、みんなごめんねぇ、色々迷惑かけて…まあ、その分働くからさぁ…」

 

北上『…少なくともあたし以上には頼むよ』

 

キタカミ「任せときなよ、離島鎮守府最強は伊達じゃないってとこ…見せたげようかねぇ…」

 

レ級「10分で殲滅しましょう、拷問が残ってますから」

 

キタカミ「…ただ痛めつけてるだけでしょ、あれ」

 

レ級「医療行為です」

 

キタカミ「嘘だぁ…」

 

天龍『ようやく繋がりました、軽巡洋艦天龍、戦闘に参加します!』

 

龍田『あらぁ〜!』

 

不知火『急に元気になるな、変態』

 

アオバ『横須賀連合艦隊合流しました!』

 

朝潮『みなさん、ご無事ですか!?』

 

朧「よし…流れは完全に掴んだ…この戦い、後は犠牲者を絶対に出さないだけ!安全第一に孤立しない事を最優先に戦ってください!」

 

加賀『加賀了解』

 

阿武隈『阿武隈隊OKです!』

 

不知火『了解しました』

 

長門『言われずともだ』

 

キタカミ「ま、任せときなって」

 

レ級「…この場で死人が出たとしたら、私がそいつを地獄まで迎えに行ってやる、死ぬな」

 

全戦力が集まったおかげで戦いは一気に優勢になり、深海棲艦は散り散りに逃げ始めた

周囲の安全を確保したのち、改めて船を進め、全員が無事上陸する事に成功した

 

だけど、それは戦いの終わりではなかった

 

寧ろ、ここからが真の始まりだと言う事にすぐに気付かされる事になった

 

 

太平洋基地

大広間

 

火野「海斗が?」

 

亮「本当なのか、それ…」

 

レ級「私が提督に関する事で不利益な嘘をつくわけがない」

 

提督が何者かに連れ去られた

宿毛湾所属のメンバー以外にも動揺が走った

 

度会「…連れ去られた、というのは…何処にだ」

 

レ級「恐らくは、ネットの中…」

 

朧「ネットの、中…?」

 

レ級「そう、ネットの中」

 

曙「…冗談でしょ?そんなこと出来るの?意識だけならまだしも…肉体も…?」

 

レ級「2度も言わせないで、嘘をつくわけがないでしょう」

 

朧「…リアルデジタライズ…?」

 

レ級「…何?それ」

 

朧「え?」

 

火野「論文で読んだ事がある、特定振動数の光を照射することで、光粒子として肉体ごとネットワークに取り込む技術だったはずだ」

 

レ級「…成る程、それを使ったと…厄介な」

 

朧(…曙以外のみんなも…怪訝な顔をしてる、リアルデジタライズを…知らない…?)

 

度会「待て、本当に可能なのか?」

 

レ級「可能か不可能かで言えば可能です、私は生身で何度もネットの中に入り込みましたから」

 

キタカミ「ああ、あたしとやり合った時の瞬間移動?」

 

レ級「ええ、私は頻繁にネットとリアルを出入りする事で高速移動を可能としました…が、この技術、駆逐棲姫にも奪われたようで…アイツもそれを使えます」

 

曙「…それより、アイツはどうなったの?」

 

レ級「りあるなんたらとか言うのはあなたの方が詳しいのでは」

 

火野「詳細は一切不明だ、確かリアルデジタライズに関しての研究者は現在何処にもいない…当たれる節には当たるが…名前はなんだったか」

 

朧「…曽我部隆二?」

 

火野「そうだ、曽我部隆二だ…まずは彼に会わねば…」

 

亮「待てよ、それより上にはどう報告するんだ?」

 

レ級「此処に残り、指揮に徹すると言えばいいでしょう、元々基地として使うつもりだった上に、こんな危険地帯…好き好んでくる奴はいません」

 

度会「…どれだけ持つか」

 

レ級「持たせます、そうしなくては」

 

朧「それより…あの、さっきから気になってたんだけど…あそこに並んでる3人は…」

 

正座で縛られ、膝に足を抱かせられている深海棲艦の少女とその両隣で立たせられている深海棲艦を見る

 

レ級「…ああ、そうだった…まずは、天龍さん」

 

天龍「はい、木曾さんを」

 

雷巡級の深海棲艦を抱き抱え、曙の前まで連れて行く

 

レ級「充分ですね、意識が戻る前でよかった…データドレイン」

 

朧「…!」

 

天龍「…本当に、治った…」

 

抱き抱えられた雷巡級の肌は人らしい肌色になり、髪も緑色になる

 

天龍「…姉妹の方々に会わせて来ます」

 

龍田「私も行くわ〜」

 

レ級「…さてと、前座は終わりだ、飛行場姫、戦艦棲姫、一歩下がれ」

 

立っていた2人が一歩下がる

 

離島棲姫「……」

 

正座してる方が曙を睨む

 

レ級「…えー…コイツをいたぶりたい方」

 

朧「…それ、募集する事?」

 

レ級「いや、私がやると一撃で殺してしまいそうで…」

 

川内「ん?なにやってんの?」

 

川内さん達がドアを開き入ってくる

 

レ級「ああ、ちょうどよかった川内型の皆さん…コイツに1人1発、蹴る殴る、好きな方をどうぞ」

 

川内「えっ」

 

那珂「わーい」

 

離島棲姫「ゴッ!?」

 

那珂さんが駆け寄りサッカーボールのように顔面を蹴り飛ばす

 

朧「えっ」

 

神通「…では私も……はっ!!」

 

離島棲姫「ブフッ!?」

 

掌底が顎を捉える

 

朧「うわっ……」

 

視線が川内さんに集まる

 

川内「えっ?…いや、やらないけど…」

 

安心からかなんなのか、方々からため息が聞こえる

 

朧(流石に長女はまともでよかった…)

 

レ級「…あーあ…可哀想に」

 

曙が指を鳴らすと離島棲姫の衣服に炎が灯る

 

離島棲姫「ナ…!熱イ!ヤメロ!」

 

レ級「やめろ?」

 

離島棲姫「ク…ヤ、ヤメテクレ!」

 

レ級「くれ?」

 

離島棲姫「…ヤメテ、クダサイ…!」

 

レ級「……ああ、良く言えましたね、ちゃんと敬語の練習はしておきましょう」

 

そう言うものの火を消す素振りは一切ない

 

離島棲姫「ナ…タ、頼ム!オ願イシマス!ヤメテクダサイ!モウ脚ガ燃エテ…!」

 

レ級「ああ、人に戻せるほどに弱ったらやめてあげますよ」

 

朧(鬼だ…)

 

川内(なんか、罪悪感が…)

 

レ級「まあ、川内型のみなさんが手を抜いてたので殴る蹴るは完全に無駄でしたけど…せめて片腕吹き飛ばしてほしかったですね」

 

神通「そうでしたか、すいません」

 

那珂「あんまり強くやると痺れて後の子が蹴っても反応無くなるかなって…」

 

朧(…那珂さんが1番やばい…?)

 

離島棲姫「…ア"……ガァ"…」

 

離島棲姫は炎に包まれ悶えている

 

レ級「そろそろミディアムか、まあ良いでしょう、解放してあげます」

 

レ級が右腕を向ける

 

レ級「データドレイン」

 

離島棲姫がパタリと倒れる

 

朧「…この…子?も、人間だったの?」

 

レ級「その辺も後で話すわ…さて、後ろの2人」

 

飛行場姫/戦艦棲姫「「!」」

 

レ級「座れ、正座で」

 

従順に従う

 

レ級「ああ、先にこれだけ」

 

レ級の尻尾が2人分の艤装をバリバリと音を立てて食べる

 

レ級「さて…ええ…と、電さんと大淀さん、どうぞ?」

 

電さんと大淀さんが前に出る

 

戦艦棲姫「ナ…!話ガ違ウ!」

 

電「ちゃんと人に戻してあげますよ?」

 

大淀「ただ、痛めつけてからじゃないと戻せませんから…」

 

電「せっかくなので、二度と逆らえないようにしておこうと思いまして…ああ、浜風さん」

 

浜風「はいっ!?」

 

電「あなたもやってください」

 

浜風「えっ!?い、いや、私は…」

 

大淀「やりなさい」

 

浜風「ひぃ…あ、わ、わかりました」

 

春雨「じゃあ、あなたは私と遊びましょうか」

 

飛行場姫「ピィッ!?」

 

春雨「大丈夫、痛覚を切れるか試してあげますから…」

 

朧「…なんか、みんな…すごいなぁ…」

 

潮「そうだねぇ…」

 

漣「いや、思考放棄しないで…」

 

 

 

 

大和「や、大和型1番艦…大和、です…」

 

雲龍「う、雲龍型航空母艦…雲龍、です……」

 

大鳳「…航空母艦、大鳳…です…」

 

レ級「との事です、仲良くしてあげてください」

 

朧「待って、ええ…と…飛行場姫が?」

 

雲龍「私、です…」

 

大和「戦艦棲姫です…」

 

大鳳「離島棲姫です…」

 

レ級「艤装がなければ海に浮くことすらできない反逆もできない従順な兵士です、ね?」

 

3人「「「は、はい!」」」

 

レ級「さて、別室でお話聞かせてもらいましょうか」

 

電「そうですね、特に大和さん…あなたは良く喋ってくれますよね?」

 

大和「も、もちろんです!」

 

春雨「役に立たないことしゃべったら一本指を折りましょうか」

 

雲龍「やめて…もう指はいじめないで…」

 

大鳳「丸焼きはヤダ丸焼きはヤダ…」

 

レ級「まあ、もう再生できないんで、優しくしてあげてくださいね…見えるところは痕にならない程度に」

 

火野「……」

 

レ級「どうしました?」

 

火野「いや…何か、見てはいけないものを見たような気がしてな…」

 

レ級「…夢見てるんですよ、悪い夢」

 

火野「そう思う事にする」



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G.U. The・Worldパート
初心者狩り


The・World Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ 

双剣士 カイト

 

カイト「うーん…青葉、遅いな…」

 

このゲームを初めてプレイするのは随分久しぶりだ、せっかくだからとキャラクターを作り直したんだけど、僕がプレイしてた頃とは随分勝手が違うみたいだ、一応一通り調べて問題ないようにしてあるけど、どうにも難しいな…

 

iyoten「よお、そこの双剣士(ツインソード)

 

アスタ「おぬし、おぬしでござるよ」

 

銀髪の目が隠れた男のPCと紫色の風船みたいな帽子の女のPCが声をかけてくる

 

アスタ「拙は撃剣士(ブランディッシュ)のアスタと申す」

 

iyoten「オレ斬刀士(ブレイド)のiyotenだ、お前初心者だろ?よかったらこのゲームについて教えてやるよ」

 

カイト「うーん…」

 

確かに今のバージョンについてはあまり詳しくない、人の親切に甘えるのも大事なことかもしれない

 

カイト「じゃあ、お願いします、もう1人一緒に始めた子がいるんですけど、その子も一緒でいいですか?」

 

iyoten「お、2人か…どうする?アスタ」

 

アスタ「1人ずつ、でよかろう?」

 

iyoten「決まりだな、お前は俺が面倒見てやるよ」

 

独特な音共に一体のPCが転送されてくる

 

青葉「えーと…わ…凄い風景…」

 

カイト(青葉…うーん…名前の入力で実名を入れちゃったのかな…いや、でも艦名であって今の青葉には人間としての名前は別にあるし…)

 

iyoten「お!お前のツレか?」

 

カイト「はい、ちょっと話してきますね」

 

青葉のキャラクターに近づく

 

青葉「あ、司令官…懐かしい格好ですね…」

 

カイト「そう…?うーん…確かに、意識してなかったけど前と同じキャラメイクになっちゃったか…」

 

バージョンの変更に伴って使えるパーツが違うから、かなり変わったつもりだったけど…

 

カイト「あ、そうだ、ゲームの中ではカイトって呼んでね」

 

青葉「はい、カイト…さん」

 

アスタ「そろそろいいでござるか?」

 

カイト「あ、そうだった…青葉、実は僕もあんまり今のバージョンについて詳しくないんだ、でもこの人達が遊び方を教えてくれるらしいから教えてもらおうと思うんだけど、いい?」

 

青葉「えっと…カイトさんがそれでいいなら」

 

カイト「よし、じゃあ行こうか」

 

iyoten「話はまとまったみたいだな?じゃあエリアに転送しようぜ」

 

アスタ「エリアに行くにはエリアワードが必要になる、サーバーシンボルを選び、3つのワードを組み合わせてエリアを選ぶのだ」

 

iyoten「エリアワードはΔサーバー、勇み行く 初陣の 夢の果てだ」

 

アスタ「この場合サーバーシンボルはΔ、勇み行く、初陣の、夢の果て、の3つの様に組み合わせる、サーバーシンボルを変えると同じワードでも難易度が変わるから注意するのだぞ、わかったな?」

 

 

 

 

 

 

Δ 勇み行く 初陣の 成れの果て

 

 

青葉「そういえば…私はどうすれば?」

 

カイト「青葉のキャラの職業は何にしたの?」

 

iyoten「キャラメイク的に重槍士(パルチザン)だな、前に出て戦う奴らが揃ってるし、オレらのやり方を見れば良いよな?アスタ」

 

アスタ「左様、基本的な立ち回りは変わらぬ、拙等の動きを見て覚えるのだ、わからぬところがあれば適宜聞いてくれ、さあ、モンスターと戦おう!」

 

青葉「わ…青い炎みたいな壁に囲まれて…出口がありません」

 

カイト「バトルエリア、って言うシステムらしいね、戦闘中は基本的にここから出られないからモンスターを倒そう」

 

モンスターを数で押して倒す、初期装備だけあってダメージはあんまりないみたいだ

 

青葉「癒しの水…回復アイテムですか」

 

カイト「うーん…スキルの使い方が少し難しいな…」

 

iyoten「どうだ?うまくいきそうか?」

 

カイト「多分、大丈夫だと思います」

 

アスタ「呑み込みが早いでござるな、チャチャっとエリアを片してしまおう!」

 

 

 

獣神殿

 

iyoten「こうやって、エリアを回ってアイテムを集めたら獣神殿って場所に来て、お宝をゲットして帰る、これが基本的な冒険だ」

 

アスタ「その宝箱を開ければアイテムが手に入るでござるよ」

 

青葉「…私は特に何もしてないので、どうぞ」

 

カイト「じゃあ、ありがたく頂くよ」

 

[耐土の作務衣 を 手に入れた!]

 

カイト(装備して、と)

 

カイト「親切に教えてくれてありがとうございます」

 

iyoten「んー?気にする事ねぇよ、なぁ?アスタ」

 

アスタ「そうそう、まあ2人とも楽しんだみたいでござるし…次は拙らのお楽しみの番でござろう?」

 

iyotenとアスタが武器をこちらに向ける

 

カイト「…えっと…初心者狩り……ってやつかな」

 

iyoten「お、知ってんだ、なのに引っかかるとか…ダッサーw」

 

アスタ「そっちは淡白そうでつまらんでござるなぁ…?」

 

青葉「え、な、なんですか?」

 

カイト「PK…つまりプレイヤーキラー、プレイヤーをキルする事を目的にしてるプレイヤーだね…」

 

青葉「え、殺されるんですか…?」

 

アスタ「こっちの方が楽しめそうでござるなぁ、カイトでござったか、お主は後でキルしてやろう!」

 

iyoten「逃げ惑う子羊を一瞬で葬る、たまらない快感だな!」

 

iyotenが攻撃スキルを発動して青葉に斬りかかる

スキルの発動中に横からスキルを当てれば妨害できる、なら…

 

カイト「疾風双刃!」

 

iyoten「うぉっ!?テメェ!やる気か!」

 

iyotenを弾き飛ばし、アスタに斬りかかる

 

アスタ「iyoten、ごちゃごちゃうるさいでござるよ、こんな奴ら一回殴れば即死するんだから…それに、レベル差を考えるでござる、10以上差が空いていたらなかなか死にはせん」

 

アスタの言う通り、iyotenのHPは2割ほどしか削れていない、アスタにも何度か攻撃を当ててるけど削れたのは1割程…

 

アスタ「この無駄な足掻きがそそるでござるなぁ!」

 

アスタの振り回した大剣に弾かれる、HPが一撃でほとんど消えてしまった…レベル差がある以上は仕方ないか

 

iyoten「チッ、何で死なないんだ?」

 

アスタ「さっきのアイテムを装備してたんでござろう、抜け目のないやつだ…が、もう終わりでござる!」

 

iyoten「待てアスタ、オレにやらせろ!」

 

格下をキルするためにわざわざスキルを使うつもりはなさそうだけど…こっちからするとありがたい事この上ない

 

カイト「疾風双刃!」

 

iyoten「クソ!こいつ本当に初心者か?戦闘のシステムを理解してるぞ!」

 

アスタ「だとしても所詮初心者、アーツで叩きのめすだけのこと!」

 

iyotenを吹き飛ばし、活動後の硬直に回復アイテムを使用、一気にiyotenを攻撃する

 

青葉「い、一体どうなって…」

 

カイト「今のうちに逃げて良いよ!」

 

iyoten「させるかよ!オラ!チッ、回復まで済ませてやがる!」

 

iyotenの攻撃も今のカイトにはかなり痛い、一撃でHPの半分が削れた…

 

アスタ「動きが随分慣れてるが、2対1に持ち込めばおしまいでござる!」

 

カイト「うーん…流石に苦しいか…」

 

青葉「あう…司令官…」

 

カイト(青葉には初プレイで嫌な思いをさせちゃったなぁ…)

 

iyoten「死ね…っぶ!?」

 

アスタ「うぉっ!?お主は…ぐふっ!」

 

iyotenとアスタが一瞬で灰色の死体に変わる

 

ハセヲ「よ…何してんだ?センパイ」

 

両手の銃を収納しながらハセヲが問いかけてくる

 

カイト「ハセヲ?奇遇だね!」

 

ハセヲ「…なんか別に言う事あんじゃねーの?」

 

青葉「え、あ、あの、この2人は…?というか…えっと…」

 

ハセヲ「レベル10そこらで初心者狩りを楽しむクズだ、俺も世話になった…ま、今となっちゃ見た通り一瞬でヤレるけどな」

 

カイト「ありがとうハセヲ、助かったよ」

 

青葉「あ、ありがとうございました!」

 

ハセヲ「気にすんな、俺がここに来たのもたまたまだしな」

 

カイト「そういえば何でハセヲはこんなところに?ここは初心者向けのエリアだよね?」

 

ハセヲ「トライエッジが出たって聞いてな、アレが出てくるとだいたいなんかあるから一応確かめにきたんだよ…まあ、結果としてトライエッジによく似たPCを見つけたわけだ」

 

カイト「…あー、僕か…なんて言うか、ごめん」

 

青葉「…あのお化けですか…」

 

ハセヲ「そういうこった、まあ似てるのは仕方ねぇよ」

 

カイト「改めてありがとうね、ハセヲ」

 

青葉「…あの…司令官、お知り合いみたいですけど…」

 

カイト「そっか、青葉はわかんないよね」

 

ハセヲ「元々関わりもねぇしな、錬装士のハセヲって名前でやってるが…三崎亮って名乗ったらわかるか?」

 

青葉「…ああ!少し面影がある気がします!」

 

ハセヲ「…そうか?意識して作ったつもりはなかったんだがな、ってか…お前は宿毛湾の青葉か?」

 

青葉「はい、今も」

 

ハセヲ「……だとしたらその名前はまずいだろ、リアネをネットで使うのはオススメしねぇ…いや、艦名であって名前では無いのか?」

 

青葉「…名前ですよ、私にとっては唯一で大事な」

 

ハセヲ「なら尚更やめとけ、碌な事にならねえからな」

 

青葉「わかりました、わざわざ教えてくれてありがとうございます」

 

ハセヲ「んで?なんでカイトはThe・Worldに戻ってきたんだ?」

 

カイト「青葉と一緒にやるためにね、それだけだよ」

 

ハセヲ「へぇ…意外だな、前の仲間とはやってないのか?」

 

カイト「忙しくて連絡を取れてなかったんだよね」

 

ハセヲ「今ゲームしてるのを見られたらケツ蹴り上げられるんじゃねーか?」

 

カイト「想像したく無いなぁ…アハハ…」

 

ハセヲ「ま、なんかあったら連絡してくれ、これは俺のメンバーアドレスだ、メンバーアドレスを使えばメールでのやりとりやパーティーに誘って一緒にプレイするとき便利だしな」

 

青葉「ありがとうございました」

 

 

 

 

 

The・World Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

 

カイト「うーん、いきなり怖い思いをさせちゃってごめんね」

 

青葉「いえ、その…守ってくれて、嬉しかったです」

 

カイト「ハセヲが来なかったらやられちゃってたけどね…基本的なプレイは大丈夫そう?」

 

青葉「はい、あれ?もうこんな時間…すいません司令官、私明石さんに呼ばれてるので今日は失礼します」

 

カイト「わかったよ、またやろう」

 

青葉「はい!」



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カオティックPK

The・World Δサーバー 風駆ける 復讐の 狂戦士

重槍士 青葉

 

ハセヲ「結局名前は変えなかったのか」

 

青葉「…思いつかなくて…」

 

カイト「ソロモンの狼、とかは?」

 

青葉「確かにそれは私ですけど…と言うか、青葉も1人じゃないですから…」

 

のんびりと喋りながらフィールドの敵を倒す

 

ハセヲ「あー、そういやいたな、アオバ」

 

青葉「しかも今は現実で姉妹やってます…」

 

ハセヲ「マジかよ、やっぱ面白おかしくなってんじゃねぇのか?」

 

青葉「そっちでも何かあったんですか…?」

 

ハセヲ「川内たちがアイドルやっててな、しかも割と人気がありやがる」

 

青葉「あー、那珂ちゃんずでしたよね」

 

ハセヲ「ああ、リアルだけじゃなく、ネットゲームでもアイドルとして活動するってスタイルがウケたらしいな」

 

青葉「ネットゲームで一緒に遊べるアイドルだって聞いてます」

 

ハセヲ「…あれ一緒に遊ぶって言うのか…?」

 

青葉「何か違うんですか…?」

 

ハセヲ「あの3人はゲリラライブと称して…」

 

川内「見つけた!そこの錬装士!死の恐怖とお見受けした!」

 

神通「ここであったが百年目…仕留めさせていただきます」

 

那珂「ドーモ!ニンジャ=デス!」

 

川内型の3人が飛び出してくる

 

ハセヲ「でやがったな…」

 

カイト「噂をすれば影がさす、だね」

 

青葉「…リアルにそっくり…」

 

ハセヲ「それが人気の理由らしいぜ、それとコイツらはカオティックPKって言ってな、実力のあるPK…って事になってる」

 

青葉「なってるって…違うんですか?」

 

ハセヲ「俺は負けた事ねえ」

 

川内「言わせておけば…神通!那珂!囲むよ!」

 

神通「お覚悟…!」

 

那珂「ハイクを詠め、ハセヲ=サン!」

 

青葉「…あのー、私達は関係ないので見逃して貰えませんか…?」

 

川内「えー?ソロモンの狼のセリフとは思えないなぁ?」

 

会話も聞かれてた…

 

ハセヲ「ま、さがってろよ…相手してやるぜ」

 

川内「3対1でやるつもり?」

 

ハセヲ「御託はいいからさっさと来いよ」

 

神通「…参ります、緋々威!」

 

那珂「オルバクドーン!」

 

川内「旋風滅双刃!」

 

ハセヲ「川内、神通、近づきすぎだな…環伐乱絶閃!」

 

青葉(エフェクトが凄すぎて何が起きてるか見えないなぁ…)

 

カイト「ハセヲ、何もしなくて大丈夫?」

 

ハセヲ「ああ、心配ねぇよ… 秘奥義・重装甲破り!」

 

川内「へぶっ!?いった…那珂!回復は!?」

 

那珂「もう死んでるよー?(╹◡╹)」

 

神通「あとは姉さんだけです」

 

川内「ちょ、もぉぉぉ!!」

 

 

 

 

ハセヲ「レベル差を考えやがれ」

 

川内「うぐぐ…廃人め…」

 

青葉「つ、強いんですね、ハセヲさん…」

 

カイト「うん、レベルカンストまでしてるみたいだしね」

 

神通「今日のところは引き上げます」

 

那珂「最終的にPKすれば良いのだ!じゃあねっ(^_−)−☆」

 

川内「次は倒す…!」

 

川内型の3人が消える

 

ハセヲ「ったく、手間がかかりやがる」

 

青葉「よく襲われるんですか?」

 

ハセヲ「週3くらいでな、その度に返り討ち、毎度毎度よく懲りねえで…」

 

青葉「あー…あはは、お疲れ様です」

 

 

 

 

 

Δサーバー 悩める 暁の 追憶

錬装士(マルチウェポン) 川内

 

川内「あー!もう…また負けた!」

 

神通「流石にお強いですね、でも早く倒したいものです」

 

那珂「このままじゃアイドルPKの名が廃っちゃうよ…ファンサービスをうけとってくれないと!(*`へ´*)」

 

川内「せっかくここまでレベル上げたのになぁ…んー…ん?」

 

神通「どうしました?姉さん」

 

川内「…ハセヲってどこかで会ったことない?」

 

那珂「あ、それ思ってた…見覚えあるんだけど、なんか違うんだよねぇ…(´-`).。oO」

 

神通「……そう、ですね」

 

川内「…ん?」

 

いつの間にか囲まれてる…?

 

神通「おや、PKK…プレイヤーキラーキラーですね」

 

那珂「狙いは那珂ちゃんだね!?よーし!ストレス発散!(╹◡╹)」

 

川内「誰が1番やれるか勝負だよ!」

 

 

 

 

 

斬刀士(ブレイド) ヤヨイ

 

アルト「エリアいっちばーん!」

 

レンゲル「一番乗り来しても何も良いことないにゃしぃ、早くエリア周ろ!」

 

ヤヨイ「……うん、早く行こうか」

 

アルト「…あれ、何これ、もうこのエリアは誰かが荒らし回ってるあとみたいだ…一番じゃない…」

 

レンゲル「そんにゃ〜…マミーもおこだよ」

 

ヤヨイ「…怒って、ないけど…」

 

アルト「…それにしても…」

 

レンゲル「プレイヤーの死体が多い…?」

 

ヤヨイ「……あ、PK」

 

アルト「嘘!?」

 

川内「んー…?まだ生き残りがいたかぁ…」

 

神通「PKK…では無さそうですが」

 

那珂「どっちでも良いよ!那珂ちゃんのファンサービス!たっぷり味わってね!(╹◡╹)」

 

アルト「え、うわ!那珂ちゃんずだ!」

 

レンゲル「会えるなんて感激にゃしぃ!サインしてー!」

 

川内「……だってさ、那珂」

 

那珂「えー?しょうがないなー…もう、え?もしかしてライブとか来てくれてる?(╹◡╹)」

 

アルト「1番に行ってます!」

 

レンゲル「最前列で見てます!」

 

那珂「次のライブ来た時握手してあげる!レンゲルちゃんにアルトちゃんかー、覚えとくからPCネームを言ってね!あ、CDも持ってきて!^_−☆」

 

アルト「やったー!」

 

レンゲル「わーいわーい!」

 

神通「…キルする空気ではないですね…おや?貴方は」

 

ヤヨイ「……アイドルとか、あんまり興味ないから…」

 

川内「ま、そういうのもいるよね〜」

 

神通「……あれ…?」

 

那珂「…何か……」

 

川内「…何?どうしたの……うぁ……」

 

ヤヨイ「…この感じ…マハが…惹かれてる…!」

 

ポーーーン

ハ長調ラ音が響く

 

那珂「ぁ…あが………あッ…!」

 

神通「く…まさか…メイガスが覚醒するなんて…!」

 

川内「ああぁぁぁぁ!!」

 

ヤヨイ「最悪…マハ!!』

 

碑文マハを顕現させ、3人を弾き飛ばす

 

川内「がぁっ…!?」

 

神通「ぅあっ」

 

那珂「ぎゃんっ!?」

 

ヤヨイ『…やった…?」

 

川内「…ぐ…っ…スケィス……」

 

那珂「…ゴレ…何か…あ、コレって.」

 

神通「姉さん!那珂ちゃん!無事ですか!?」

 

川内「ぁぐ…記憶が…流れ込んで…!」

 

那珂「何これ…そうだ、私は…」

 

川内「…そうだ、私達は…そうか、私達は艦娘だ」

 

神通「姉さん、記憶が…?」

 

川内「全部思い出した…!そうだ!そうだよ!提督だよ!」

 

那珂「んー…うん、多分そうだよね!よし!アイドルは今日で引退だ!」

 

神通「え、いいんですか…?那珂ちゃんの夢だったアイドルを…」

 

アルト「那珂ちゃんず解散するんですから?」

 

レンゲル「なんでなんでー?!」

 

那珂「…那珂ちゃんはね、やっぱり…艦隊のアイドルになる!艦隊のアイドルとしてみんなのために戦いたい…!」

 

川内「…付き合うよ、那珂」

 

神通「那珂ちゃんがいうまでもなく、姉さんもそのつもりだったんですよね」

 

川内「当たり前じゃん…!ねぇ、弥生」

 

ヤヨイ「……何」

 

川内「弥生は今は何してるの?」

 

ヤヨイ「…艦娘の教育課程だよ、睦月型と、白露型は大体集まってる」

 

レンゲル「にゃー!軍事機密!」

 

ヤヨイ「……白露も、睦月も、覚えてる」

 

那珂「…本当に?」

 

アルト「…最初から、いつまでも、那珂ちゃんのいっちば〜んの、ファンです!」

 

レンゲル「にゃははー、なんか、覚えてるっていうべきか迷ったけど…まあバレたらしょうがないのね!」

 

ヤヨイ「…所属は、多分舞鶴になると思う」

 

川内「…早く呉が動いてくれたらなぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

双剣士(ツインソード) 楚良

 

楚良「ばびゅんっと…お待たせしました」

 

アトリ「全然待ってませんよ、さ、冒険に行きましょうか」

 

ヨーカン「そうね、どのエリアにする?」

 

楚良「えっと……」

 

楚良(ん?誰かタウンに転送してきたな…)

 

カイト「じゃあハセヲ、お疲れ様」

 

青葉「それでは、また」

 

ハセヲ「おう」

 

…こっち見た

 

ハセヲ「うげ…」

 

アトリ「あ」

 

楚良「あー…よし!ばみょん…っと」

 

ハセヲ「ナチュラルに背後をとるな!タウンじゃPKできないんだからやめろ」

 

楚良「いやー…ほら、ハセヲくん、メンバーアドレス、ちょーだいっ!」

 

ハセヲ「もう持ってんだろ」

 

楚良「挨拶挨拶!」

 

ハセヲ「人の背中とって首元に武器押し付ける挨拶何かしらねぇ…」

 

楚良「本当に?本当に知らない?」

 

ハセヲ「………」

 

ヨーカン「もうその人どうでもいいので早くエリアに行きませんか?時間の無駄です」

 

アトリ「ハセヲさん、また今度…」

 

ハセヲ「あー、ああ…」

 

楚良「ごめんなら〜、じゃあまたリアルで」



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キーオブザトワイライト

The・World Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

 

重槍士(パルチザン) 青葉

 

青葉「キーオブザトワイライト…?」

 

アルト「そうにゃしぃ、そう言うアイテムについて何か知ってるかにゃ?」

 

転送用のカオスゲート前で明石さんを待っていたら知らない人に声をかけられた

 

青葉「いいえ…すいません、最近始めた初心者なもので…」

 

アルト「なんですとー!死の恐怖と絡んでるって聞いたからてっきり…」

 

青葉「死の恐怖…?それはどういう意味なんでしょうか…」

 

アルト「…やっぱ何でもないです!ごめんなさい、ありがとうございましたー!」

 

青葉(キーオブザトワイライト…Key of the Twilight…話にだけは聞いた事があるけど、確か…何でも願いを叶えられるアイテム…だったっけ?)

 

ゲームによくある伝説のアイテムというのはストーリーの終盤で普通に入手できてしまうものらしいけど、これは誰も手にしたことの無いアイテム

よくわからないけど…願いが叶うというのは、現実でなのかそれともゲームの中でなのか…ちらりと話を聞いたような気もするけど…

 

青葉「…願いが叶うなら、かぁ……」

 

願い事と言われても特には思いつかない、それだけ今が恵まれてる、たとえ命がけの日々でも元からがそうだった、急に人としての限りある、そして平和な命を与えられても困る

 

青葉「悪くはないんですけどね…」

 

アカシャ「何が悪くないんですか?」

 

待ち合わせの相手がようやくやってきた

 

青葉「あ、いや、今何か聞き込み調査みたいなものをされて…キーオブザトワイライトっていうアイテムについて…」

 

アカシャ「ああ、願いが叶うって言う…そんな御伽噺信じてるんだ…」

 

青葉「…いや、信じてるわけじゃなくて、もし願いが叶うならって考えただけです…」

 

アカシャ「たはー、メルヘンだなぁ……それより、せっかくそこまでレベル上げたんですし手伝ってもらいますよ、クエスト」

 

青葉「は、はい、お役に立てるかわかりませんけど…」

 

アカシャ「でもちょっと待ってくださいね、いつも組んでる人がもう少し時間かかりそうで…」

 

青葉(いつも組んでる人…?夕張さんかな)

 

桜草「おっす、待たせたな…そっちは?」

 

青葉(…この声って…摩耶さん?)

 

アカシャ「リアルの知り合いで青葉さんです、人が多い方がいいと思いまして」

 

青葉「よ、よろしくお願いします…」

 

桜草「よろしくな!」

 

青葉(摩耶さんなのかなぁ…良く似た声、なのかもしれないし、そもそもこっちの世界で一度も会ってない、声を勘違いしてるだけなのかも…)

 

桜草「んじゃさっさとエリアに行こうぜ、新しい武器を試したいんだ」

 

アカシャ「その前にクエストを受注しないと、エリアに行ってもクリアになりませんよ」

 

桜草「めんどくせぇシステムだなぁ…ったく、さっさと行くか」

 

 

 

 

 

 

Δサーバー 嘲笑う 喜びの 狂戦士

 

アカシャ「ワードに狂戦士って…PKがよく出没する事で有名なんですけど、何が関係してるんでしょうね」

 

桜草「掲示板見てたけど、ワードがかっこいいからって話は聞いたな、ほら、アイツら厨二病だからw」

 

アカシャ「あーw」

 

青葉(空気に馴染めない…)

 

周囲を青い壁が囲む

 

青葉「バトルエリア…って事は!」

 

アカシャ「ホントに出ましたよ、PK」

 

グム「厨二廟でごめんねー?」

 

鷹機銃「でも、そんな厨二病のPKが出没しやすいエリアに来てるって事はPKされるかも…って覚悟はしてるんですよね?」

 

桜草「ざけんな、お前らなんか返り討ちだ、今なら見逃してやるケド?」

 

鷹機銃「残念ながら私達もカオティック入りする為に頑張ってるところなので…アレ?」

 

グム「ちょっとごめん、一回待ってね……あの、1人足りてませんよね」

 

鷹機銃「…待ってください…うわ、寝落ちしてる…」

 

桜草「おーい?なんか流れ変わったなぁ?」

 

アカシャ「3対2、ですか、ボコボコにしてあげますよ」

 

鷹機銃「あーもう!加古の馬鹿!」

 

青葉(加古…って、艦の?この人は元艦娘……?)

 

グム「とりあえず、倒すしかないか…前衛はやります」

 

鷹機銃「了解!」

 

青葉(2人とも銃戦士(スチームガンナー)、確か距離を取って戦うスタイルのはず…)

 

グム「鬼輪牙(きりんが)!」

 

剣での斬り付けで2人が弾き飛ばされる

 

青葉「武器が変わってる…!」

 

アカシャ「斬刀士のアーツ…!コイツ錬装士ですよ!」

 

桜草「チ…火力はそこそこあるな…だが錬装士は器用貧乏、どうせお前の装備も中途半端なんだろ?ぶっ潰してやる!」

 

グム「位置につきました」

 

鷹機銃「撥球弾(はっきゅうだん)!」

 

銃弾が雨のように降り注ぎHPが削られる

 

アカシャ「ボサっとしてないで!やり返しますよ!」

 

桜草「オラァ!骨破砕(こっぱさい)!」

 

グム「火力が足りてないようですね、私1人でも受け切れます」

 

アカシャ「コイツ硬すぎ…なんでこんなに硬いの…!?」

 

HPが減ってない…というより、斬り合うたびに回復してる?

 

青葉「た、多分回復系のアイテムを使ってるんだと…!」

 

アカシャ「ならこれで…月のタロット!」

 

鷹機銃「うわ、睡眠デバフ!?グムさん!」

 

グム「もうバフはかけ終わってます、充分私1人で相手できます」

 

青葉「え、えい!」

 

グム「…今、何かしましたか?」

 

青葉(こ、怖い…!)

 

グム「勘違いしてるようなので種明かしです、私の武器はHPドレインの効果があります、単純に殴り合うだけだと、不利ですよ…!」

 

アカシャ「この!全然落ちないし!」

 

桜草「あー、クソ、これは…キツイな…!」

 

グム「PKは…気分が良いですね、落ちなさい」

 

アカシャ「うわっ!火力が馬鹿みたいに上がってるんだけど…!」

 

桜草「コイツ戦闘中に武器を変えてやがる!さっきまでのは時間稼ぎ用の装備か!」

 

青葉「え?えっと…戦闘中に武器を変えるのは錬装士なら誰でもできるんじゃ…?それに刀から変わってないような…」

 

桜草「違えよ!同じ種類の武器をメニューから選んで武器を交換してるんだよ!多分属性とかも試してやがったな…!」

 

グム「ご名答……沈め」

 

 

 

 

 

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

 

桜草「クソ、バカ強え奴にあたっちまったな…」

 

アカシャ「アレは仕方ないですよ、武器を交換する隙が見えなかったし、アイテムもいつ使ってたのか…」

 

桜草「多分戦闘開始と同時に無駄話しながらアイテムを使ってやがったんだ、元々3人目なんか居なかったんじゃねぇの?」

 

アカシャ「はー…エリア行ってすぐなせいでクエストも達成してないし…」

 

青葉「お役に立てずごめんなさい」

 

桜草「いや、ドンマイドンマイ、あれはしゃーねーよ」

 

アカシャ「そうそう、あんなの出てきたら普通勝てませんって…まあめげずに別のとこ回しましょう」

 

 

 

 

 

 

 

Θ(シータ)サーバー 蒼穹都市 ドル・ドナ

双剣士 アケボノ

 

アケボノ「キーオブザトワイライト?アンタそんなの信じてるの?」

 

ハル「信じてちゃいけませんか?万物を自由にするほどの力…具現化こそ難しいですが、得る事はできるでしょう」

 

ボーロ「うーん…万物を自由にできるって言うと神様みたいだけどね」

 

ハル「有り体に言えばその通りです、まあ私は神になりたいのではなくその力を得たいのですが」

 

アケボノ「…コイツ痛くない?」

 

ボーロ「ま、まあまあ…」

 

ハル「そう言うのに詳しいギルド、黄昏の旅団、と呼ばれるギルドがあると聞いたのですが…ご存知ありませんか?」

 

アケボノ「あー、なんかあったわね、でもソレずいぶん昔に解散したって話よ」

 

ハル「…そうですか」

 

ボーロ「…あー…ハル?やめといた方がいいと思うよ、キーオブザトワイライトに関わるの、これ以上はないと思うし」

 

ハル「たとえ今がこの上ない幸福だったとしても、求めるのが人のサガと言うやつですよ」

 

アケボノ「…アンタ、友達居ないでしょ」

 

ハルがこっちを指さす

 

ハル「居ますよ、貴方達」

 

アケボノ「…アタシらは同僚」

 

ボーロ「…と言うか姉妹というか…」

 

ザミー「んー?何の話?」

 

ボーロ「キーオブザトワイライトの話」

 

ザミー「ああ!七夕の短冊ね!」

 

ハル「短冊…?」

 

アケボノ「その程度の認識ってこと」

 

ハル「…成る程」

 

ザミー「んで、そっちが?」

 

ハル「新人の曙です」

 

ザミー「おー!よろしく!」

 

ボーロ「…潮は?」

 

ザミー「初期設定に時間取られておりますぞ、名前で悩んでるみたい」

 

アケボノ「…それ永遠にかかるやつでしょ、確か名前の後にキャラメイクだし」

 

ボーロ「まあ、後で合流しようか」

 

ハル「はい」



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AIDA

ギルドレイヴン @ホーム 

錬装士 ハセヲ

 

ハセヲ「AIDAが観測されただと?」

 

八咫「そうだ、私も欅から話を聞いてログインしたところだが、見せられたデータには確かにAIDAと良く似た記録されていた、しかも有害である可能性が高い」

 

ハセヲ「有害なAIDAなら三爪痕(トライエッジ)が動く筈だ…三爪痕のデータは?」

 

八咫「反応無し、だ…CC社にも問い合わせたが、此方も同じく、要するに何もわからないということだ、差し当たって…サーバーの放棄を考えているらしい」

 

ハセヲ「表向きには最新バージョンへのアップデート、新しいThe・Worldを売り出す…か、確かに新しいAIDAが出てくるとなると1番安全な手段はそれかもしれねぇな」

 

八咫「CC社はバージョンアップ自体は考えていたらしい、R:X(リビジョン:エックス)という題名で売り出すと聞いている」

 

ハセヲ「…まあ、仕方ねぇか…可能な限り俺も手を回す、AIDAを狩るしかねぇ」

 

八咫「そう言ってくれて助かる、早速AIDAが出現したエリアに向かって欲しい」

 

ハセヲ「ああ、ここか…Δサーバー、隠されし 禁断の 聖域」

 

八咫「…待て、ハセヲ」

 

ハセヲ「なんだ、別の反応か?」

 

八咫「過去のデータを確認したいたのだが…スケィス、メイガス、ゴレ、マハの反応が同時に観測された」

 

ハセヲ「…どういう事だ?俺はスケィスなんか…いや、川内たちか?」

 

八咫「そうなる、該当エリアには彼女らのPCのログがある」

 

ハセヲ「あいつら…何もやらかしてないんだろうな?」

 

八咫「一般PCとの接触はあったようだが、これによる被害はないと見られている」

 

ハセヲ「…最低限は仕方ねぇ、と思うが…」

 

八咫「おそらく覚醒した、と言ったところか…嫌なタイミングだな」

 

ハセヲ「タイミング?」

 

八咫「…まるでThe・Worldが碑文の力を求めているような…」

 

ハセヲ「…どうだかな」

 

八咫「ハセヲ、早急なAIDAの駆除を頼む」

 

ハセヲ「おう」

 

 

 

 

 

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域 グリーマ・レーヴ大聖堂

双剣士 カイト

 

カイト「やっぱり…結構違うなぁ…」

 

僕にとっての思い出の場所の一つ

バージョンが変わったThe・Worldにも、まだ残っている思い出のエリアの一つ

 

カイト「…これが…」

 

赤熱する三角形の傷痕

エリアのグラフィックをも改竄するほど強力な攻撃だった事を強く知らせている

 

カイト「…誰か来た」

 

聖堂の扉が開く

 

ハセヲ「…よう、最近よく会うな」

 

カイト「ハセヲ、奇遇だね」

 

ハセヲ「カイト、すぐにこのエリアから出てくれ、AIDA反応が確認された…駆除した方がいいやつみたいだからな…」

 

カイト「わかった、それじゃあね」

 

タウンに戻るために聖堂を出る

 

カイト「AIDA…またThe・Worldに何かが起こってるのかもしれない、みんなに控えるように伝えた方がいい…かな…僕もこのゲームを離れた方が」

 

欅「本当にそう思いますか?The・Worldの英雄さん」

 

背後からひょっこりと少年のキャラクターが顔を出す

 

カイト「うわっ…君は…もしかしてヘルバ?」

 

欅「うーん…正確には違う…というか全くの別人というか」

 

転送エフェクトが少年を包む

 

カイト「消えた…」

 

ヘルバ「こっちだ、カイト」

 

カイト「やっぱり、ヘルバだったんじゃないか」

 

ヘルバ「たとえ同じ人間だったとしても、役割、生い立ち、容姿、様々な違いがあればそれは別人だ…とも考える事ができる」

 

カイト「…それで、ヘルバは僕に何が言いたいの?」

 

ヘルバ「場所を変えましょう?悪趣味な子が聞き耳を立てているでしょうから」

 

カイト「わかったよ」

 

転送エフェクトが視界を包む

 

 

 

 

ネットスラム

 

カイト「このバージョンにもあるんだね、ネットスラム」

 

ゲームの世界観に合っていない、現実のような廃ビル群、電化製品などが積まれたゴミ山

没データや削除しきれなかったデータの流れ着く先がここ、ネットスラム

 

ヘルバ「いつ、どこにでもあるものよ、ネットスラムはこのネット世界の吹き溜まり」

 

カイト「…早速本題に移ろう」

 

ヘルバ「この前貴方に仕事を頼んだのは覚えてるかしら」

 

カイト「ロシアに物を運んだ事?」

 

ヘルバ「アレの中身は艦娘システムに使われている艤装のデータよ」

 

カイト「何でそんな物を…」

 

ヘルバ「詳しく調べる必要があると思ったから、私たちでもそのデータを基に艤装を作成してみた、けど出力が足りない…これは何故?」

 

カイト「僕は艤装については詳しくなくて…」

 

ヘルバ「それはわかってるわ、カイト、私が何故艦娘システムに自主的に関わっていると思う?」

 

カイト「何故って…」

 

ヘルバ「義憤に駆られた訳じゃないわ、The・Worldのデータを流用している形跡があったの」

 

カイト「The・Worldの…?一体それが何に使えるの?」

 

ヘルバ「それは調べてる途中、でも気になる事はそれだけじゃない、カイト、日本にはどれくらい孤児が居るか知ってるかしら」

 

カイト「孤児…?確か、45000人…だっけ」

 

ヘルバ「実際は…その倍だとしたら?」

 

カイト「…言ってる意味がわからないよ、90000人も居るわけ…」

 

ヘルバ「それは何の保証があるのかしら」

 

カイト「…そもそも、90000人だったらどうなるの?」

 

ヘルバ「貴方もよく知るように艦娘システムは孤児の雇用による救済を謳っている…まあ、90000人も雇える訳がない、そもそも雇うのなら一般募集は何のため?」

 

カイト「…適応しないと戦えないから、じゃないのかな」

 

ヘルバ「そうね、正解だと思うわ、艤装に適応しないとその艤装を何故か扱えないらしいし…そこについても今調べてるところだけれど」

 

カイト(…言われてみれば確かに妙な点は多い…でも、何がおかしいのかが掴めない、The・Worldのデータ、艦娘システム、艤装)

 

ヘルバ「何故90000人とさっき言ったか、確かにこれはでまかせよ、逆に少なくてもいい、逆に45000人、これはネットで検索すれば出てくる人数なの、そしてその数を誰も疑わない」

 

カイト「…疑う意味はあんまりないからじゃないかな」

 

ヘルバ「自分に直接関与しない事には人はとことん興味を示さない、当然のことね」

 

カイト「…その話が何か関係してくるとは思えないんだけど」

 

ヘルバ「カイト、貴方もそうよ、自分が使わないからと言って彼女たちが使う艤装についてあまりにも無関心だ…とは思わない?」

 

カイト「確かにそうかもしれない、一度見直す必要があるか…ありがとうヘルバ」

 

ヘルバ「それじゃあね、カイト」

 

カイト「うん、また」

 

 

 

 

 

 

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域 グリーマレーヴ大聖堂

錬装士 ハセヲ

 

ハセヲ「…なんだ?お前ら」

 

エリアに誰かが入り込んできた形跡はないのに、どこかから現れた3人のPC

 

ハセヲ「…おい、お前…」

 

そのうちの一つが黒い泡を吹いて崩れる

 

ハセヲ「なっ…!お前らがAIDAか…!」

 

三体のPCが崩れ、泡の塊に姿を変える

どこまでも深く、純粋な黒、まとまったそれはまるで黒い窓のように…

 

ハセヲ「…来い…来いよ…」

 

AIDAへの対抗手段は碑文使いのみ

 

ハセヲ「俺は…ここに居る…!…っ…なんだ?」

 

ノイズが画面を支配する

 

ハセヲ「チィッ…スケェェェェィス!!』

 

スケィスがAIDAと対峙する

 

ハセヲ(The・Worldに何かが起こってやがる…これは…不味いかもしれねぇな)

 

AIDAめがけて振りかぶったスケィスの鎌が空を斬る

AIDAは分散し姿を消した

 

ハセヲ『何…!逃げやがった、こんな事今まで…クソッ、どうなってやがる…!?』

 

AIDAが存在し、さらに逃げられた

今までとは全く違う行動を取った点、そしてAIDAは一般PCに擬態していた点

 

ハセヲ『……ヤベェな…このままじゃまたThe・WorldにAIDAが蔓延っちまう…全部無駄になる…」

 

ハセヲ(そうはさせるかよ…!)

 

 

 

 

 

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「…あ」

 

川内「や、青葉じゃん」

 

青葉「…えっと…」

 

川内「あー、あんまり気にしないで、タウンじゃPKできないし、元々そんなに関わりないじゃん?恨むことも、恨まれる事も…だから仲良くしよ?」

 

青葉「は、はい…って事は」

 

楚良「全部思い出してるよね?川内」

 

青葉「うわっ…」

 

いつの間にかもう1人…

 

川内「…春雨?」

 

楚良「当たり、良かったー…思い出してくれて」

 

青葉「…春雨さんですか」

 

楚良「ん、青葉さんとは時期がかぶってませんでしたっけ…」

 

青葉「…その前に、沈んじゃいましたから」

 

楚良「…ごめんなさい、嫌なこと思い出させて」

 

青葉「いえ…えと、今お二人は何を…」

 

川内「……あ、提督と同棲?」

 

青葉「どっどどど…同棲!?」

 

楚良「ただし天井裏に…でしょ?」

 

青葉「え、それってストーカー…?」

 

川内「いや、うーん…人目につかないところに匿ってもらってるだけだよ、それ以上もそれ以下もない…今は誰かに見つかりたくないんだよね、The・Worldやるのも一苦労だし…というか何で知ってるの…」

 

楚良「司令官から聞いてるの、ほら川内、何かあったら呼んで、これ私の番号」

 

川内「ありがと…うん、多分頼ることになるかも」

 

青葉「…私、この話聞いてしまってよかったんですか?」

 

楚良「口外しなければ構いません、それでは」

 

青葉「…あんなキャラでしたっけ」

 

川内「元々は大人しくて、みんなに敬語使うような子だったんだけど…まあ、色々あってあんな感じ」

 

青葉「…私も昔は快活だったりして」

 

川内「本当に?」

 

青葉「嘘です、でも…時々明るい人が羨ましくなったりもします…」

 

川内「そっか」



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イリーガル

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

双剣士 カイト

 

カイト「…AIDAが…」

 

八咫「そうだ、カイト、キミはまだ腕輪を持っているか?」

 

カイト「…前のキャラデータはCC社の火災事件でロストしたらしいし、腕輪はもうないと思うけど…」

 

八咫「…腕輪、か…かつてのように都合よく…とはいかないものだな」

 

カイト「それに今の僕の仕事は艦隊のみんなを守る事だ、決して僕に特別な力がある訳じゃないけど…それでも何かできる事はあるはずだから」

 

八咫「その気持ちそのものが特別な物だ…それにしても、すまないカイト、急に呼び出して」

 

カイト「いや、それよりワイズマン…八咫は大丈夫なの?横須賀の指揮は…」

 

八咫「それについては今は目を瞑ってくれ、優秀な秘書が2人もいて仕事がないんだ」

 

カイト「問題ないならいいんだけど…」

 

八咫「問題と言えば問題だ、上層部は落ち着きを取り戻している、そして敷波の件は無かったことになりつつある…」

 

カイト「…許せることじゃないけど、それは僕にはどうしようもないかな」

 

八咫「他にやる事がある、と言ったニュアンスにも取れるな」

 

カイト「うん、知りたい事が幾つかあってね…艤装、それから艦娘システムについて知りたいんだ」

 

八咫「…私から話せる事は多くない、不明な点が多すぎる」

 

カイト「キミから見ても?」

 

八咫「ああ、と言っても…いや、不確かな事は口に出すべきではないか…」

 

カイト「…何でもいい、今は少しでも知りたいんだ」

 

八咫「あくまでこれは可能性の話だが…The・Worldのプログラムを一部流用している可能性がある、用途はまだはっきりしていないが…」

 

カイト(The・Worldのデータを艦娘システムに使ってるのはこれでほとんど確定かな…でも何に使ってるんだろう…)

 

八咫「それと、念のためキミの耳にも入れておきたい、AIDAが…」

 

カイト「それは聞いたよ、ハセヲから」

 

八咫「そうか、なら話は早い…The・Worldはやめた方がいいだろう」

 

カイト「そうかもね、うん、わかったよ、残念だけど…」

 

八咫「…やはり抵抗はある、か…」

 

カイト「大好きなゲームだからね…でも今の僕は宿毛湾の指揮がある、子供みたいな事は言ってられない」

 

八咫「…そうか、元々The・World自体バージョン変更で現在のデータを破棄する予定になっている、新しいバージョンなら問題もないはずだ」

 

カイト「それまで少しの間引退か…うん、じゃあまた、リアルでね」

 

八咫「ああ」

 

カイト「…あれ?ショートメールだ」

 

差出人不明のショートメールが画面に表示される

[Δサーバー 隠されし禁断の聖域 に1人で来い]と

 

八咫「重要な内容かね」

 

カイト「わからないけど、呼び出されちゃったし…一応行ってみようかな、最後に」

 

八咫「…そうか、そろそろ大淀達に見つかりそうだ、私はログアウトする」

 

カイト「それじゃあね」

 

 

 

 

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域 グリーマレーヴ大聖堂

 

聖堂の中には誰もいない

相変わらず静かで、自分の足音だけが木霊する静寂の空間

最奥のスタンドグランスから差し込む光が眩しい

 

カイト「…いったい誰が僕を呼び出したんだろう?」

 

視界の端に、青い光が少しだけチラついた気がした

 

カイト「…?」

 

振り返り、光った方向を目で追っても、それを探しても見当たらない

 

カイト「今のは…何だったんだろう…」

 

再びステンドグラス方を向くと三つの青い光が並んでいた

 

カイト「…これって…」

 

次の瞬間、爆風で吹き飛ばされオブジェクトの長椅子に叩きつけられる

 

カイト「うわっ…何が…?」

 

視界を前に向けるとツギハギの姿のカイトがこちらを睨んでいる

 

カイト「キミは…三爪痕(トライエッジ)…!」

 

そしてその影から現れるようにゾンビのような剣士が2人現れる

 

カイト「…ハセヲから聞いたけど、本当にオルカとバルムンクがモチーフなんだね、確かに似ているけど…」

 

立ち上がり、向き直る

 

カイト「三爪痕、キミが僕を呼んだの?」

 

三爪痕「…ア"ア"ァ"ァ"…」

 

三爪痕が腰から双剣を取り出し、構える

それに倣うように剣士達も剣を構え、にじり寄ってくる

 

カイト「…戦うつもり?一体どうして…」

 

周囲を見渡す

 

カイト(AIDAの駆除プログラムだ…って聞いてたけど、周囲にAIDAは居ないみたいだし…一体何が…)

 

三爪痕「ア"ア"ァ"ッ!」

 

三爪痕が蒼炎を纏い、斬りかかってくる

 

カイト「やるしか無いのか…!」

 

三爪痕の攻撃を弾きながら距離を取る

 

カイト(…さっきの剣士がいない?)

 

背後から2人の剣士が現れ斬りかかってくる

 

カイト「しまった…」

 

攻撃をくらい、吹き飛ばされた先で待ち構えていた三爪痕の猛攻撃にHPが尽きる

 

カイト(…やられたのは仕方がないけど…三爪痕達は何が目的で僕を襲ったんだろう)

 

三爪痕「ア"…ァ"ア"…!」

 

突如三爪痕の片腕の一部が弾け飛ぶ

そしてそこにぽっかりと黒い穴が開く

 

カイト(…いや、穴じゃ無い…AIDA…!)

 

三爪痕「ア"ア"ア"ァ"ァ"!!」

 

三爪痕から大量のAIDAが噴き出したところでカイトの死体は消滅し、タウンに戻された

 

 

 

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

 

カイト「…三爪痕がAIDAに侵食されていたなんて…」

 

The・Worldの自浄プログラムが機能していない、それを無視していいのか?

ハセヲ達に知らせないといけない

 

カイト「…あれ」

 

身体が固まっている、泥のように重く、思考能力を奪う

 

カイト「………」

 

ゲームの中のカイトは顔色ひとつ変えずにただ立っているのに

それを眺める僕の意識はどんどんと遠のいていく

 

 

 

 

 

 

カイト「…寝てたのかな」

 

時計は最後に確認した時刻から3時間経過していた

夜も更け、タウンも少し静かになっていた

 

カイト「あれ?……何か、何かあったはずなのに…」

 

思い出せない、何かが

 

カイト「アイテムを集めようとしていたんだっけ…?今日はログアウトしよう、また明日プレイすればいいか」

 

視界の端に、どこまでも深い黒い泡が映った気がした

 

 

 

 

 

 

翌日

 

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「こんにちは、ヘルバさん」

 

ヘルバ「あら…本当に来たのね、カイトの代理人さん」

 

青葉「えっと…私何も聞いてないのですが、伝言とかでしょうか」

 

ヘルバ「…そうね、伝言…のつもりだったけど、カイトにはまだ伏せておきたくなったわ、場所を移しましょう」

 

 

 

ネットスラム

 

青葉「あの…?」

 

ヘルバ「こちらの要望を先に伝えるわ、貴方の艤装とデータが欲しい、良いかしら?」

 

青葉「えっと…どういう事でしょう」

 

ヘルバ「私は艦娘システムを調べてるの、気になら無い?」

 

青葉「艦娘システムを…?」

 

ヘルバ「私の想像通りなら…貴方達は今危険に晒されている、私に協力して欲しい…と言うのがこちらの全て」

 

艦娘システムについては、何も知らない…

確かにそれを調べてくれるのなら協力しても良いかもしれない、デメリットも特になさそうだし…

 

青葉「…わかりました、司令官に伏せる理由さえ教えてくれれば…」

 

ヘルバ「カイトがAIDAに感染した恐れがあるからよ」

 

青葉「…えっと…?AIDAって…あの?」

 

ヘルバ「AIDAはとても恐ろしい物でね、人の負の感情を増幅させる…そんな危険な代物に感染した可能性があるの」

 

青葉「…何故?」

 

ヘルバ「昨日、カイトのログを追っていたの、数時間何もせずじっとしていたからてっきりリアルで何かあるのかと思ったわ、だけどその前にPKされていた」

 

青葉「PK…」

 

ヘルバ「PK程度でへこむような子じゃ無いからこそ、気になったの、そしてそのデータの映像を見たら…PKした相手はAIDA感染PCだった」

 

青葉「…AIDAに感染した人にやられたら…感染するんですか?」

 

ヘルバ「通常は意識不明に陥るけど、カイトはそうならなかった…カイトの今の状況も含めて何もかもがイリーガル、今はカイトに伝えるより先にカイトのを調べるべきよ」

 

青葉「司令官を…?」

 

ヘルバ「信じられないかもしれないけど、AIDAに感染したらリアルにも影響が出るわ、だから今はカイトに異変が起きる前にAIDAを駆除したい…だけど、AIDAに感染してると知ったら?」

 

青葉「…負の感情が増幅するって事は…」

 

ヘルバ「以前、AIDAの事件で飛び降り自殺をした被害者もいた…何が起きても不思議じゃ無い、気をつけなさい」

 

青葉「…わかりました、ご忠告ありがとうございます」

 

ヘルバ「カイトに異変があればすぐに連絡して」

 

青葉「はい、必ず」



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データ改竄

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

 

ハセヲ「居やがったな…!三爪痕!ようやく見つけたぜ…!」

 

三爪痕「ア"ア"……!」

 

三爪痕はAIDAを噴き出しながらにじり寄ってくる

 

ハセヲ「チッ…マジで感染してやがる、通りでお前らがAIDA駆除に動いてねぇわけだな…行くぞ!」

 

大剣を取り出し、大きく振り回す

 

三爪痕「ア"ア"ァ"ァ"!!」

 

弾かれるものの三爪痕の行動は普段以上に遅い…と言うより、どこか的外れに感じる

 

ハセヲ(何だ、この動きは…?…AIDAに感染したPCは強化される筈…いや、三爪痕はシステム側の存在だから違うのか?)

 

ハセヲ「っ…そこだ!」

 

大剣を振りかぶり、叩きつける様に振り下ろす

 

ハセヲ「おおおォォッ!」

 

三爪痕の身体を砕く

中からAIDAが溢れ出し、聖堂の中を激しく動き回る

 

ハセヲ「また逃げようってか!?そうは行くかよ!スケェェェェィス!』

 

スケィスを呼び出し、データドレインを展開する

 

ハセヲ(こいつ、何で抵抗しないんだ…?三爪痕から離れた途端…いや、なんでもいい!)

 

ハセヲ『消えちまえ!』

 

データドレインでAIDAを吸収する

 

ハセヲ『…よし、駆除完了…と」

 

ハセヲ(このAIDAに感染してる奴が他にもいるかもしれねぇ…だが何だ?異常な事が多すぎる、それになぜ三爪痕に憑けた?…三爪痕を選んで憑いたのだとしたら…このAIDAはかなりヤバい)

 

駆除完了の連絡を入れ、エリアを出る

 

 

 

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

 

神通「…あ、提督」

 

ハセヲ「ここで提督はやめろよ…奇遇だな、誰か待ってるのか?」

 

神通「いいえ、特にやる事が無いものですから…隠れ忍んでいた時はそれもまた一つの修行と思ってましたが…おおっぴらに動ける様になったらなったで失踪者扱いで今度は外に出づらく…」

 

ハセヲ「だからってネットに逃げるなよ…一回BBSに書き込んでみたらどうだ?それで案外騒ぎが治るかもしれねえぞ」

 

神通「……既に那珂ちゃんが」

 

ハセヲ「あー…アイツが?」

 

神通「アイドル忍者として修行をしてた…と言うものですから、道行く人に変な芸を求められました…なので余計に外に出られません」

 

ハセヲ「ご愁傷様、だなw」

 

神通「笑い事じゃありません!艦娘の登録もしないといけないのに…」

 

ハセヲ「そっちも問題アリか?」

 

神通「姉さんが登録はせず、今の、その…盗んだ艤装でやろう…と」

 

ハセヲ「川内が…か、なんでまた」

 

神通「今の大本営もイヤな感じがするから…と」

 

ハセヲ「…ま、それなら言う事聞いてやれ、アイツの勘は当たる」

 

神通「提督まで…」

 

ハセヲ「アイツだって考えなしの馬鹿じゃない、信頼してやれ」

 

神通「……そう仰るのでしたら…」

 

ハセヲ「悩み事はそれだけか?俺は行くぜ」

 

神通「あ、もう一つだけ…」

 

ハセヲ「…なんだ?」

 

神通「私達には正規の艤装はありませんので…いざ深海棲艦と戦うとなると格闘戦や槍などを想定しているんですけど…」

 

ハセヲ(いや、それで戦えるなら艤装要らねぇし)

 

神通「私は重さが丁度いい槍が手に入らないものですから…貫手で戦おうかと…」

 

ハセヲ「お前の手は鋼製か何かなのか…?」

 

神通「いえ、炭素、酸素、水素、窒素、カリウム…」

 

ハセヲ「誰が原子の話をしろって言った!つーか…お前深海棲艦の外皮は砲弾でやっと壊せるかどうかだってわかってるか?」

 

神通「当然です、私も前の世界で戦い続けてきましたから」

 

ハセヲ「じゃあなんで貫手だの格闘だので倒せるなんて発想に至るんだよ!」

 

神通「前の世界でも深海棲艦を切り刻んだり素手でミンチにする人がいましたし…」

 

ハセヲ「それは碑文使いだの改造人間だのの話だろ…」

 

神通「あ、あとこの世界でも瑞鳳さんが格闘戦で…」

 

ハセヲ「……そ、そうか、頑張れよ」

 

神通「さしあたってはなにか助言をいただければと…」

 

ハセヲ「…何で俺に助言求めてるんだよ…俺格闘技の経験なんかねーよ」

 

神通「え?でも三階級王者で百人斬りだって…」

 

ハセヲ「だからそれはゲームの中での話…!」

 

神通「そうなんですか?」

 

ハセヲ「リアルの俺見てそんなことできそうに見えるか?」

 

神通「いいえ全く」

 

ハセヲ「…つーか、お前結構名の有るPKなのにそんなネット初心者みたいなこと…」

 

神通「す、すみません…私は純粋に強さだけを求めてましたから…」

 

ハセヲ「だからってあんまり世間に疎いと変なもん掴まされるぞ」

 

神通「はい、気をつけます…」

 

ハセヲ「んじゃ、そろそろ俺は行くぞ」

 

神通「はい…あれ?」

 

 

 

 

 

ギルド レイヴン@ホーム(アットホーム)

 

ハセヲ「チッ、誰も居やしねぇ…」

 

AIDAについての報告をしようにも誰も居ないのでは来た意味がない

 

ハセヲ(…ログアウトしてメールでもチェックするか)

 

アトリ「あれ?ハセヲさんじゃ無いですか」

 

ハセヲ「アトリ?お前なんでこんなとこに…」

 

アトリ「呼び出されたんです、八咫さんに」

 

ハセヲ「八咫が?でもアイツは居ねぇぞ」

 

アトリ「それは困りましたね…」

 

ハセヲ(八咫が俺じゃなくアトリを呼ぶか、珍しい事もあるもんだな)

 

ハセヲ「邪魔しても悪いしな、俺は先に落ちるぜ」

 

アトリ「そんなこと言わないでくださいよ、もう少し居ましょう?」

 

ハセヲ「…おい、アトリ?」

 

ハセヲ(なんか、イヤな感じがしやがる…)

 

アトリ「あ、八咫さん」

 

アトリが部屋の隅に視線を送る

 

ハセヲ「八咫?何処にいたんだ?」

 

アトリの視線を追う様に振り返ると景色が変わった

 

 

 

Δサーバー 隠されし 禁断の 絶対城壁 モーリー・バロウ城壁

 

ハセヲ「ここは…モーリーバロウだと!?さっきまで@ホームにいた筈…おい、アトリ…」

 

周囲にアトリの姿はなく、あるのは黒い斑点が増殖し、エリアを包み込む様な異様な光景のみ

 

ハセヲ「な…AIDA!?」

 

AIDAは息つく暇すら与えずレーザーや光弾で攻撃を展開する

 

ハセヲ(クソッ!何が起きてやがる…!?)

 

神通「来てください、私の…メイガス!』

 

下半身が葉のついた蛇の様な巨人がAIDAの前に立ち塞がる

 

ハセヲ「神通!?お前なんでここに…!」

 

神通『其れについては後程…あなたの相手は私が致します…!』

 

AIDAは大聖堂同様攻撃をやめ、とにかく逃げようとしている様に見える

 

ハセヲ(…やっぱりおかしい、どうなってやがる?)

 

神通『…はぁっ!』

 

メイガスの爪で切り裂かれ、プロテクトが破壊されたところをデータドレインがAIDAを捉える

 

神通『無抵抗の相手を攻撃するのは気が引けましたが…と、それはお互い様でしたね」

 

ハセヲ「…悪りぃな、助かったぜ」

 

神通「提督、何故スケィスで戦わなかったんですか…?」

 

ハセヲ「できるならそうしたかった…が、できなかったんだよ、もうわかってると思うがコイツらを呼び出すには、感情を導いてやる必要がある」

 

神通「感情が乱されていた、と言うことですか」

 

ハセヲ「まあ…多少の事なら呼び出せない事もないんだけどな、立て続けに変な事が起きすぎて冷静になれなかった…俺もまだまだ未熟モンって事だな」

 

神通「そうでしたか…」

 

ハセヲ「それより、何でお前はここに…」

 

神通「私は…いえ、メイガスは視力を司っています、タウンでAIDAを見かけたので追いかけたらギルドの中に入っていくのを見かけまして…」

 

ハセヲ「まさか、ギルドの中のやりとりも見えてたのか?」

 

神通「その後どこに行ったのかも…なので急いでここまで来ました」

 

ハセヲ「なるほどな…ホントに助かった、ありがとよ…あともう一つ聞きたいんだが、さっきのアトリは…」

 

神通「AIDAの擬態…ですね」

 

ハセヲ「やっぱそうか…イニスを取り込んでないのにあそこまで正確に擬態されてるとなると…怠いな…」

 

神通「私はAIDAかどうかの判断ができますが…この力のお蔭ですから…」

 

ハセヲ「…犠牲者が出る前に早くサーバーを閉じちまうべきだな」

 

神通「サーバーを閉じるんですか?」

 

ハセヲ「ああ、今のバージョンを破棄して新しいThe・Worldを売り出す…らしいぜ?」

 

神通「…確かにその方がマシかもしれませんね、本当に犠牲者が出る前に早くそうしてほしいところですけど…」

 

ハセヲ「だな…」

 

ハセヲ(しかし…今回のAIDAは明らかにおかしい、まさか俺がスケィスを呼び出せない様にあんな手の込んだ事をしたのか?…だとしたらこのAIDAは今までのやつよりもずっと危険だ、The・Worldで一体何が…そもそもコイツらはどこから湧いてでやがった?)

 

神通「私たちも閉鎖の日までAIDA駆除を手伝います」

 

ハセヲ「……そうだな、悪い、頼む…俺だけじゃ限界もあるしな」

 

ハセヲ(三爪痕もAIDAを除去したし、復活する筈だ、多分アイツらもAIDA駆除に手を貸してくれるだろうし……待てよ?)

 

ハセヲ「なんで三爪痕に感染してるんだ…?アイツはAIDAの天敵で…こんな手の込んだことする奴が普通狙うか…?……AIDAの狙いは、また碑文を……!」

 

神通「提督?」

 

ハセヲ「神通、やっぱり無しだ、できる限りログインするな!AIDAの狙いは碑文使いだ、AIDAは多分俺達を取り込もうとしてる」

 

神通「…取り込んで、どうしようと…?」

 

ハセヲ「さあな、でも良くないことなのだけは…確かだ」

 

ハセヲ(AIDAの出所をはっきりさせた方がいい、再誕で消せなかった理由はなんだ?害意のあるAIDAは全滅した筈だ、なのにそのAIDAが出てきちまった…放っては置けねぇ…!)

 

 

 

 

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

双剣士 カイト

 

カイト「…あれ?何でこんなことに…」

 

ログインしてみるとキャラクターデータがおかしい

ステータスが違う、レベルもいつの間にか上がっている

 

カイト「…スキルも…変わってる?」

 

技も装備も、過去の物を…R:1(リビジョン1)の物になっている

そして右上に半透明の、データの腕輪

 

カイト「腕輪まで…どうして…?」

 

その疑問を頭で繰り返すうちに、どんどんとそれを忘れていく、疑問を失っていく

 

カイト「…今、何を…?」

 

疑問が頭の中から消失してしまう

 

カイト「……まあ、いいか…」

 

自身から噴き出す黒い泡にも気付くことなく、ただゲームをプレイする



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アリーナバトル

Ωサーバー 闘争都市 ルミナ・クロス 闘宮(アリーナ)

錬装士 川内

 

川内「よーしっ!」

 

神通「これで…何連勝でしたか」

 

那珂「さあ?でもなんでも良いよ!これで挑戦権を得たね!」

 

目の前のPCの死体が消滅する

 

川内「PK以外のPvP手段、アリーナの制覇によりゲキツヨの宮皇(チャンピオン)への挑戦権を獲得…かぁ…でもここまでの相手も全然だったし、余裕なんじゃ無いの?」

 

神通「そういう事でしたら、きっと楽しめる相手だと思います、このアリーナの…竜賢宮の宮皇は其処らのプレイヤーとは一味違うそうですから」

 

川内「期待して良いのかなぁ、こんなに夜っぽいステージ、ホントは嫌なんだよね…」

 

那珂「あ、転送されるよ」

 

 

 

闘技場受付前

 

転送された私たちを待ってましたと言わんばかりに女キャラが近づいてくる

 

川内「ん…?誰?」

 

揺光(ようこう)「試合、見たよ、アタシは揺光、紅魔級の現宮皇、よろしくね」

 

川内「へぇ…」

 

神通「よろしくお願いします」

 

揺光「ま、でも…アンタらの闘い方はよく見せてもらったよ、PKの癖に随分と腕が立つね」

 

川内「お褒めに預かりドーモ…別にどうでも良いんだけどさ、何?わざわざそんなこと言いに来たの?宮皇って暇なの?」

 

揺光「…ハセヲみたいなやつだな…まあ良いや、パーティーの構成をこっちだけ知ってるのはフェアじゃ無いと思ったから言いに来たんだよ」

 

神通「貴方は紅魔宮の宮皇、竜賢宮(りゅうけんきゅう)の試合には関係ないんじゃ…?」

 

揺光「いーや、あるんだなーそれが…アタシは竜賢宮宮皇のパーティーに参加してるんだよ、だから教えに来たってわけ」

 

那珂「別に良いのに、どうせ那珂ちゃんが魔法でドーンってしてお終いだよ?」

 

川内「ま、ここは大人しく教えてもらおうよ、聞いて損はないしさ」

 

揺光「リーダーはもちろんアタシ、双剣士(ツインソード)が1人と銃戦士(スチームガンナー)が1人、拳闘士(グラップラー)が1人」

 

神通「…随分と攻撃的な編成ですね」

 

揺光「アンタらが調子に乗ってるみたいだからさ、全力でつぶしに行こうと思ってね…だからフェアにやりたいんだ」

 

川内「ふーん…いいじゃん、相手になるよ…!」

 

揺光(油断しなきゃ余裕で勝てる相手…全力で潰す…!)

 

揺光「格の違い…って奴、教えてあげる」

 

川内「逆に教えられない様、気をつけなよ」

 

揺光「明日が楽しみだ…逃げんなよ!」

 

 

 

 

翌日

 

闘技場

 

実況『アリーナの中で最も濃密な!そして白熱した闘いの場!それがこの竜賢宮!そしてその宮皇に無謀にも挑んだのは、なんとカオティックPK三人衆!』

 

派手なアナウンスとともにステージに転送される

 

川内「うるっさいよね、あのアナウンサー、PKできないのかな」

 

神通「一応運営側のPCみたいですし…多分無敵です」

 

那珂「じゃあ魔法撃ってもいいんじゃない?」

 

実況『な、何故か不穏な雰囲気ですが…と、ここで宮皇チームの入場ですっ!今回は何と三階宮の宮皇が勢揃い!竜賢宮宮皇の太白様をリーダーに紅魔宮の揺光様、碧聖宮(へきせいきゅう)の宮皇、天狼様と宮皇が勢揃いだ!』

 

揺光と背の高い獣人の間に立つ褐色白髪のダンディな男のキャラ

 

川内「…あのおじさんが宮皇…」

 

那珂「威圧感だけは間違いようもなく本物って感じだね」

 

神通「始まりますよ」

 

ステージで向かい合う

 

揺光「ちゃんと来たみたいだね、ボコボコにしてあげるよ」

 

天狼「少しは静かにしろ、小豆娘…強者たる振る舞いを心がけろ…しかし…本物に出会えるとはな」

 

那珂「あれ!もしかしてファンの方ですか!?」

 

天狼「あー…いや、以前ライブを見た事があるだけだ…その…凄かった」

 

神通「あ、ありがとうございます…」

 

川内(変な空気になっちゃったよ…)

 

揺光(天狼ってアイドル趣味あったんだ…)

 

太白「では対戦後に一つ…茶話会でも」

 

天狼「そ、そうだな、それは名案だ」

 

那珂「ファンとの交流は大事にする那珂ちゃんずだからね!全然良い…けど、そろそろ始めよう、退屈してきちゃった…」

 

川内「はいはい……まだ?」

 

実況『観客だけではなく当事者の方からも催促が入りましたので…試合を始めます!』

 

バトルスタートの文字が画面に現れ、両手に武器が握られる

 

川内「神通!那珂に合わせるよ!」

 

神通「わかっています…!」

 

那珂を守る様に前に出て武器を構える

 

天狼「重槍士から叩くぞ!」

 

揺光「アタシに指示すんなっての!電柱狼!」

 

揺光と天狼の動きは噛み合ってはいないものの、逆にそれが防ぎ辛い

そしてガードの隙間を通してくる攻撃はどれも重たい

 

川内「痛ッ…!火力ヤバいね…」

 

神通(私を狙う…と言っていたのに、あの揺光という人は姉さんにターゲットがシフトしてる…)

 

天狼「揺光!合わせろと言っているだろう!」

 

揺光「うるさいってばこの電柱狼!」

 

天狼「小豆娘が…!」

 

太白「やはり事前の打ち合わせ通りに行くほかない様だ」

 

揺光「おっ…ようやく好きにやれるわけだ…!」

 

天狼「ふん…結局我々はチームでやるのには向かんという事か…」

 

那珂(やっぱりあの人が仕切ってるから…)

 

那珂「レイザス!」

 

光の矢が太白に向い高速で飛んでいく

 

太白「…スペルか」

 

太白が剣を掲げると同時に衝撃波が起きる

 

川内「…今…スペルが消えた!?」

 

神通「確かに消えました…何が…」

 

那珂「……なるほどね、スペルは効かないんだ…!」

 

川内「スペルが効かない…!?」

 

太白「その通り…この武器、魔剣マクスウェルは全ての魔法スペルを無効化する」

 

天狼(魔法だけではないがな)

 

太白「魔法スキルは使えない…実質3対2と言うわけだ」

 

那珂「…きゃはっ♪那珂ちゃん、路線変更しまーす!」

 

川内「…ま、そうなるか…3対3、続行だよ」

 

天狼「何…?」

 

神通「折角です、私もコレを使いましょう」

 

揺光「まさか…アンタら3人とも錬装士か…!?」

 

那珂「あったり〜…サブは双剣だよ…」

 

揺光(コイツ…雰囲気が…)

 

那珂「神通姉さん…行くよ」

 

神通「獅子連撃」

 

天狼「ぐッ…!?拳闘士だと…!?」

 

神通「姉さん!」

 

川内「環伐・乱絶線(わぎり・らんぜつせん)!」

 

揺光「天狼!…待って、もう1人は!?」

 

那珂「イヤーッ!」

 

揺光の背後から那珂が斬りかかる

 

揺光「コイツ…!いつの間に後ろに…本当にさっきまでと全然違う!」

 

太白「回り込まれている様では…まだまだ」

 

那珂「イヤーッ!」

 

揺光「うるさい!叫ばないと戦えないの!?この…旋風滅双刃!!」

 

那珂「グワーッ!」

 

揺光(ダメージ与えてもうるさい…!)

 

川内「那珂!ナイス囮!」

 

揺光と太白の間に現れ、大剣を振るう

 

太白「ぐ…ならば」

 

太白が剣を掲げる

 

川内(何かの予備動作…?となると大技が来る…その前に潰す!)

 

川内「秘奥義!重装甲破り!」

 

太白「…ふん」

 

アーツがキャンセルされ、衝撃波でステージ端まで吹き飛ばされる

 

川内(何これ…カウンタースキル?そんなの聞いたことない…!)

 

揺光「ナイス太白!天下無双飯綱舞い!」

 

吹き飛んでPCが動けないところに追撃

HPが大きく削れ、動けないところにさらに攻撃がくる

 

川内「ヤバっ…食らいすぎ…!那珂!回復!」

 

那珂「イヤーッ!イヤーッ!」

 

太白への攻撃に夢中で那珂は反応しない

 

川内(ダメだこりゃ…!)

 

揺光「ハッ!攻撃に手一杯で仲間のサポートが疎かになってるんじゃ…アタシたちには勝てないよ!」

 

神通「!」

 

天狼「…なんだ…?」

 

天狼と殴り合っていた神通の動きが止まる

 

神通「今、姉さんを笑いましたね…!」

 

揺光「は…?」

 

那珂「旋風滅双刃!イヤーッ!」

 

揺光がダメージで吹き飛ぶ

 

揺光「うるさっ!?と言うかアンタ、太白とやり合ってたんじゃ…!」

 

神通「双極・明王烈破拳!」

 

揺光「アンタまで来たか!?」

 

川内(…待って、2人とも揺光の相手してるってことは…)

 

太白「パーティーリーダーが浮いた」

 

天狼「揺光は…必要経費でいいだろう」

 

川内「あー…うん、そりゃそうなるか…」

 

 

 

Ωサーバー 闘争都市 ルミナ・クロス

イコロ ギルド@ホーム

 

川内「へー…すごい綺麗なギルドだね」

 

天狼「最強たる宮皇だけが加入できるギルドだ、本来は客を招く事はしないのだが…」

 

揺光「まあ…アタシら相手にあんだけ健闘したんだし、特別にね」

 

那珂「うーん…勝ちたかったなぁ…」

 

神通「そうですね、悔しいです」

 

川内「……そうだね、2人がいきなり瀕死の私を放置して1人狙いを始めなかったらもっとチャンスはあったと思うなぁ…」

 

神通「…姉さんを笑われたので…」

 

那珂「うん…仕方なかったんだよ…」

 

川内「いや、少しは反省して?」

 

太白「アリーナバトルはパーティーリーダーが先に倒されたチームが敗北となる…パーティーリーダーを蔑ろにしたプレイは…敗北につながる」

 

那珂「うーん、でも那珂ちゃんずは那珂ちゃんがリーダーだから…」

 

川内「じゃあアリーナの登録手続きも自分でやって欲しかったな…」

 

那珂「そう言うのってマネージャーの仕事じゃん?」

 

神通「私たちトリオですけどね…」

 

川内(だから提督に生活力ないって言われるんだよ…)

 

揺光「あー…川内」

 

川内「ん、何?」

 

揺光「アンタの装備構成ってさ、PKKのハセヲを真似てんの?」

 

川内「いや…なんて言うか、元々この装備の構成だったんだけど…何?なんか気になるの?」

 

揺光「いや、不快な思いさせてたらごめん、ハセヲが三階級取ってから錬装士が増えたからその口かと思ってさ…でも、錬装士でそこまで強くなるなんてすごいよ」

 

川内「あー、うん、ありがとう?」

 

揺光「カオティックやってたならハセヲの事は知ってる…よね?」

 

川内「まあ…知ってるけど」

 

那珂(何ならこの間まで居候してたし…)

 

揺光「カオティックでハセヲと同じ構成なのがすごく気になっちゃってさ、PKとPKKって真逆じゃん…?」

 

那珂「確かに最初は戦ってばっかりの腐れ縁って感じだったけどー、今は普通に仲良しだよ?」

 

揺光「PKなのに?いや、そんなもんかぁ…と言うかあいつ最近何してるかとかって知ってる?全然ログインしてなくてさ」

 

神通「えっと…次期作戦の準備がお忙しいんだと思います、なのでしばらくゲームをする暇はないかと…」

 

川内(え、神通それ言っていいの?どう言う判断して今喋ってるの…?提督のリアルってどのくらい喋っていいのか…)

 

揺光「ジキ…作戦?」

 

那珂「えっとねー…深海棲艦を」

 

川内「那珂、一回黙ろ」

 

揺光「しんかいせーかん…っつーと…ああ!海に出てくる化け物!」

 

太白「…そう言えば貴方方は艦娘と言うのをやっていると聞いた」

 

天狼「ハセヲは艦娘の指揮官をやっているのか…?」

 

那珂「そうだよ」

 

川内「那珂…あーもう、知らない…私何も悪くなーい…」

 

揺光「あー、川内?大丈夫だよ、アタシ達はオフ会もしたことある仲だし」

 

川内「だとしてもリテラシーってもんが…っていうか神通達…」

 

神通「…ええ、多分通常より反応速度が速いんだと思います」

 

太白「なるほど、艦娘ならば人間の反応速度の限界を越えられるのかもしれない…」

 

神通「それよりもあのカウンタースキルですが…」

 

太白「あれは…」

 

川内(こっちは別の話してるし…)

 

天狼「…そうか、もうライブはやらないのか…」

 

那珂「那珂ちゃん達はもう艦娘だから…でもいつかはアイドルも再開したいと思ってるよ!あ、握手や写真はいいけど、贈り物は鎮守府を通してね!」

 

天狼「成る程、手順を踏まねばならないのか…ところでなのだが、神通殿の好物などは…」

 

川内(……考えるのやめよ)

 

 

 

 

 

 

 

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

双剣士 カイト

 

カイト「……」

 

何をしたいわけでもない、漠然と何かを眺めるだけの時間

 

カイト「…行こう」

 

ゾンビのようにツギハギの2人を連れ、ゲートへと向かう

 

 

 

 

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域 グリーマ・レーヴ大聖堂

 

カイト「……」

 

三爪痕「…ア"ア"ァ"ァ"…!」

 

互いに武器を構える

 

カイト「オラジュゾット!」

 

聖堂の床を突き破り隆起した木片が三爪痕の動きを制限する

 

カイト「ライドーン!」

 

雷が三爪痕に直撃する

 

三爪痕「ウ…ア"ァ"!」

 

互いの双剣が重なり耳をつんざくような金属音を鳴らす

 

カイト「舞武」

 

三爪痕「ア"ア"ァ"!」

 

カイト「ギバククルズ」

 

三爪痕「ガ…!…ア"ァ"…!?」

 

ゾンビのような剣士達が三爪痕の肩に剣を突き立て、そのまま磔の様に持ち上げる

 

カイト「データドレイン」

 

薄緑の腕輪が黒く染まりながら展開する

ボコボコと沸騰した様な音を立て、泡が現れては消える

そしてその腕輪の中心から黒い光線が伸び、三爪痕を貫く

 

三爪痕「ア"ア"ァ"ァ"ァ"!!」

 

三爪痕は力なく地に臥し

泡に呑まれた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Θサーバー 蒼穹都市 ドル・ドナ

重槍士 青葉

 

青葉「…ここで良いんでしょうか」

 

アトリ「はい、あってますよ」

 

背後から声がかかる

 

青葉「わっ…あ、貴方が…?」

 

アトリ「アニスの碑文使い、アトリです、よろしくお願いします」

 

青葉「…えっと…私はどうすれば…」

 

欅「アトリに全て任せれば良いんです、安心してください」

 

青葉「うわっ!?…貴方は、病院の…」

 

欅「欅です♪…アトリ?黙り込んでどうしたんですか?」

 

アトリ「…このAIDAは…悪いことをするつもりはないみたいです」

 

青葉「は、はあ…?」

 

欅「アトリはAIDAの声が聞こえるんです」

 

青葉「AIDAの声…?そんなもの聞こえませんけど…」

 

欅「イニスは聴力を司る、AIDAの声も聞けるんです」 

 

青葉(ホントかなぁ…それ)

 

アトリ「このAIDAは望んで人に取り憑いたのではなく、強制的に寄生させられたみたいですね…この子も母体となるAIDAのほんの一部みたいで…」

 

青葉「…じゃあ、その母体を倒せば…!」

 

欅「消滅する、でしょうね」

 

アトリ「でもこの子達は何も悪い事をしていません!倒す必要はないと思います」

 

青葉「え…?あ、貴方AIDAと戦う人、なんですよね…?」

 

アトリ「AIDAにもいろいろな子がいます、今この世界にいるAIDAに悪いことをしようとする様な子は居ません!」

 

青葉「な、なんでそう言えるんですか…?…本当にそれが正しいんですか…?AIDAに感染した人の中には自殺して死んだ人も居ますよね…!」

 

欅「表に出てないだけで、AIDAに感染し、傷害事件…殺人をした人も居ます」

 

青葉「AIDAが危険だって事は分かりきってるじゃないですか…その間に感染した人がたくさん居るんです、なんでそれを放置しようなんて…」

 

アトリ「放置したいわけじゃありません、そのAIDAを倒す以外にも解決できる手段があるかもしれない…そう思って…」

 

青葉「どうやって解決できるって言うんですか…私たちは命がかかってるかもしれないのに…!」

 

欅「アトリ、とりあえず青葉さんのAIDAをデータドレインして取り出してから話しても良いんじゃないかな」

 

アトリ「はい、欅様…青葉さん、エリアにいきましょう」

 

青葉(…本当にこの2人を信用しても良いんでしょうか…)

 

 

 

 

Θサーバー 閉ざされし 喧騒の 手毬唄

 

青葉(…エリアワード凄いことになってるなぁ…)

 

欅「青葉さん」

 

青葉「は、はいっ!?」

 

欅「アトリは真面目で人のことをよく考える良い子ですよ、ただちょっとそれが行きすぎちゃうだけで」

 

青葉「……そうですか」

 

アトリ「始めましょう……私に力を…私はここに居ます、イニス!』

 

青葉「っ…?…眩しい…!」

 

アトリ『…抵抗はしないでいてくれるみたいですね、助かります、プロテクトも…はい、そのまま………データドレイン』

 

さらに光が強まり、脳が揺さぶられる

吐き気と頭痛に視界が明滅し、意識が吸い取られる様な感覚に陥る

 

青葉「ぉえ"っ……ぁ…ぁぐ…」

 

欅「…青葉さん?青葉さん、聞こえますか?」

 

青葉「……っぁ…ごぽっ…」

 

欅「マズイかもしれない、すぐ連絡をとらないと…」

 

アトリ『…ふぅっ……よし…、あの…?どうしたんですか?」

 

欅「データドレインの影響だと思うけど…リアルの青葉さんにダメージがある様だね…青葉さん、聞こえていますか?」

 

アトリ「そんな…り、リアルの人に連絡は…!」

 

欅「もう連絡は取ったけど…間に合うか…」

 

 

 

 

 

Θサーバー 蒼穹都市 ドル・ドナ

呪癒士(ハーヴェスト) アトリ

 

アトリ「青葉さん、大丈夫でしょうか…」

 

欅「今連絡があったよ、病院に搬送されたけど意識は回復したみたい、ハッキリ喋れるくらいには元気みたいだし、大丈夫な筈だよ」

 

アトリ「よかった…!」

 

欅「碑文使い相手でもデータドレインは危険な手段、でもAIDA感染者を救うにはデータドレインしか無い…」

 

アトリ「欅様なら、データドレインを相手にダメージが出ない様に調整する事はできませんか…?」

 

欅「不可能じゃ無いけど、今The・Worldに現れている新たなAIDAの事も考えるとそれはやりたく無いかな、プレイヤーへの負荷を考えると出力を落とすしか無い、だけどそれをすると通常のAIDAへの効果が薄くなりかねない…」

 

アトリ「そうですか…」

 

欅「AIDAは今どんな感じ?」

 

アトリ「特に…静かにしています」

 

欅「一度こっちで預かるから、僕のキャラに移してくれる?」

 

アトリ「わかりました」

 

欅「…あれ?」

 

アトリ「どうかされたんですか?」

 

欅「マク・アヌにプレイヤーの反応があるんだ、Δサーバーは一時的に閉鎖されているのに…」

 

アトリ「調査してきましょうか?」

 

欅「いや…これは危険な気がする…ハセヲさんにも頼んでみよう、アトリ、君はもう休んで」

 

アトリ「わかりました、お疲れ様です」

 

アトリ(…ハセヲさんも今は忙しい、大変な時期だし…)

 

欅「アトリ、君のことは信用しているよ、だけど1人で行くのは危険だ、いくら碑文使いでも1人で行くのはやめるんだ」

 

アトリ「…わかりました」



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危険区域

Θサーバー 蒼穹都市 ドル・ドナ

双剣士 島風

 

島風「あれっ?何でドル・ドナに…?マク・アヌは…閉鎖されてる!?」

 

天津(あまつ)「まくあぬ?」

 

島風「初心者用のサーバー!…何で閉鎖されて…ここじゃレベル上げをしようにも敵を倒せないし…」

 

天津「よくわからないわ、えっと…プレイできないって事?」

 

島風「待って、今調べてる…あ、ルミナクロスがΔサーバーのゲートの代わりなんだ…よかった、プレイできそう…」

 

天津「???」

 

島風「えっと…まずここのゲートから別のタウンに移るの、そしたらエリアに行ってモンスター倒せるよ!」

 

天津「わ、わかった…どれ?」

 

島風「ルミナクロス!」

 

 

 

Ωサーバー 闘争都市 ルミナ・クロス

 

島風「うーん、と…あれ?随分アリーナが騒がしいね…」

 

天津「何かやってるの?」

 

島風「あそこはPvP…プレイヤー同士が戦う場所なんだよ、エリアでも戦えるけど、こっちは急に襲われたり襲ったりで…でも、アリーナはお互い同意の上での戦い、見ていく?」

 

天津「…せっかくだし、見てみるわ」

 

 

 

アリーナ 観客席

 

島風「アリーナには決められた時間に集まって戦うトーナメント、それとサバイブバトルみたいにやりたい時に戦う…って感じでいろんな遊び方があるんだけど、今日は後者の方みたいだね」

 

天津「よく、わからないわ…」

 

実況『怒涛の勢いで勝ち進みます!元宮皇のエンデュランス!誰も寄せ付けず三連勝だ!』

 

紫色の衣装を纏った細身の斬刀士と…あともう1人、小さな女の子の様な斬刀士、こちらも紫色のエディット

 

天津「耳がキーンってする……あの人、強いの?」

 

島風「強いと思う…けど、あの子…」

 

もう1人の斬刀士、どこかであった様な…

 

実況『次の試合が始まります!』

 

天津「耳痛い…」

 

島風「後で音量調節しないとね…」

 

アルト「行けー!やっちゃえヤヨイー!」

 

レンゲル「ボッコボコにゃしぃぃ!」

 

島風「にゃ、にゃしい?」

 

天津「すごい語尾ね…」

 

島風(もしかしなくても…この語尾は…)

 

観戦席を眺め、声を探す

 

天津「ちょ、島風?」

 

レンゲル「しまかぜ…?」

 

天津の発言に反応したキャラに近づく

 

島風「…睦月、ちゃん?」

 

レンゲル「え、島風ちゃん!?おー!そう!睦月!」

 

アルト「え?わかるの!?」

 

島風「わかる!わかるよ!会えて良かった…!」

 

天津「ね、ねえ、島風?知り合いなの?」

 

島風「あー…えっと、私の友達、ゲームでは会った事なかったけど…」

 

レンゲル「睦月だよ!仲良くするがよいぞ!」

 

アルト「白露だよ、よろしくね!…えっと…てんしんちゃん?」

 

天津「あ・ま・つ・か・ぜ!」

 

島風「最近艦隊に来た子なんだけど、ちょっと訳があっていろんな方面に疎いの、でもいい子だから、仲良くしてね」

 

レンゲル「勿論にゃ!一緒に遊ぼ!」

 

天津「えと…うん、よろしく」

 

島風「ところで、今出てるのって…」

 

実況『き、決まった〜!エンデュランスチーム、何とたった2人で敵を殲滅してしまった!人数不利なんてモノともせず、圧倒的な力の前に全ての敵を屠った〜〜ッ!』

 

レンゲル「うるさっ…うん、ヤヨイにゃ」

 

島風「意外…ゲームやるんだね」

 

アルト「無理やり誘った!」

 

天津「ね、ねえ、これ音量はどこで…」

 

島風「あー、待って、今行くから」

 

 

 

 

島風「大丈夫?ちゃんと聞こえる?」

 

天津「ええ、大丈夫よ…」

 

実況『何と!此処でエンデュランスチームに話題のカオティックPKが宣戦布告だ〜ッ!』

 

天津「かお…てぃっく?」

 

島風「まずPKから説明しなきゃだね…」

 

レンゲル「本当に何も知らなさそうにゃ」

 

アルト「ところで、あのカオティック、誰だと思う?」

 

レンゲル「え?どうせ那珂ちゃんさんじゃ…」

 

実況『新進気鋭のカオティック!通り名は悪魔!ソロモンナイトチームの入場だ〜ッ!』

 

レンゲル「夕立ちゃんだったか〜…」

 

アルト「今のカオティックは川内さん達が抜けちゃったから全部新しい人になってるんだよねー、でも夕立はいっちばーんにカオティック入りしたよ!」

 

 

 

斬刀士 ヤヨイ

 

ヤヨイ「…エンデュランス」

 

エンデュランス「問題ないよ、ヤヨイ」

 

実況『ソロモンナイトチームは3人!3対2!これはエンデュランスチーム、不利か!?』

 

ヤヨイ(拳闘士の夕立がリーダー…あと2人は呪癒士と…双剣士?あんな装備見た事ない…)

 

夕立「弥生!叩き潰すっぽい!」

 

エンデュランス「…双剣士の君…」

 

楚良「んー…何?」

 

エンデュランス「…君から…ハセヲと似たものを感じる…どうして?」

 

楚良「何ででしょうねぇ…戦えばわかるんじゃないですか?」

 

エンデュランス「ヤヨイ、1人貰うよ」

 

ヤヨイ「わかってる、後の2人は私の物」

 

実況『両者激しい睨み合いの中!今、ゴングです!』

 

エンデュランス「行くよ」

 

楚良「どうぞいつでも」  

 

エンデュランスと双剣士が戦闘を始めたとなると…

 

夕立「仁王槌!」

 

ヤヨイ「スキルをいきなり使わないで… 閻魔大車輪」

 

夕立「言ってることとやってる事が真逆っぽい!?」

 

ヤヨイ「夕立に付き合ってる…って事は、そっちは…?」

 

サミー「五月雨です…」

 

ヤヨイ(時雨辺りかと思ってた)

 

夕立「ちなみに、ヒーラーなのにスキルの使い方がわからなくて敵を殴り倒してたらカオティックになってたっぽい!」

 

ヤヨイ「…今は?」

 

サミー「さ、さすがにわかりますよ!?」

 

ヤヨイ「……夕立、麻痺攻撃の装備使ってもいい?」

 

夕立「許して!サミーは体力回復しか…」

 

ヤヨイ「うん、ダメ」

 

夕立「サミー!早く麻痺回復!まだ!?」

 

サミー「え、えっと……リプス?違う…リプマジュ…リプシュビでもないし…」

 

ヤヨイ(リプシュビで合ってるけど、有利だし良いや)

 

サミー「あーもう!知りません!」

 

夕立「あ!ちょっ…」

 

ヤヨイ「呪癒士が殴っても火力不足で…え?」

 

サミー「もう!やぁーっ!たぁっ!」

 

ヤヨイ「いっ…!」

 

ヤヨイ(割とダメージが出てる…!ちょっと不利かも…)

 

夕立「ヒーラーには期待してないから攻撃力の書をたらふく使ったっぽい!物理火力は斬刀士並よ!」

 

サミー「前衛は!お任せください!」

 

夕立「サミー!一応は本来後衛っぽい…あ、これならやれる…!獅子連撃!」

 

ヤヨイ(麻痺が解除されてる!?)

 

夕立「さあ、まず何からお見舞いしようかしら!?」

 

ヤヨイ「このっ…」

 

夕立「もう麻痺は効かないっぽい!」

 

楚良「リプシュビ」

 

ヤヨイ(あの双剣士!?そんな暇ないはずなのに…!)

 

サミー「お任せ!下さいっ!」

 

夕立「さあ!素敵なパーティーしましょ!」

 

ヤヨイ(…ダメ、このままじゃ削り切られる…!)

 

ヤヨイ「…エンデュランス!」

 

エンデュランス「使うんだね、良いよ」

 

ヤヨイ(たとえ麻痺状態にしても、いつの間にか麻痺が解除されてる…向こうの双剣士、援護もしてて抜け目がない…私も中途半端な装備じゃ勝てない…!)

 

メニュー欄から装備を変更し、魅惑スル薔薇ノ雫を選択する

 

ヤヨイ「…碑文使いの力の一端…見せて、あげる」

 

薔薇モチーフの紫色の刀剣…第六相、マハのロストウェポンが幻出する

しっかりとそれを握り、感触を確かめ…

 

ヤヨイ(…ちゃんと…有る)

 

夕立を斬りつける

 

夕立「ぽっ!?」

 

サミー「え、な、何!?」

 

ヤヨイ「ふふ…夕立、サミーを攻撃して」

 

夕立「…あれ!?」

 

夕立が五月雨に殴りかかる

 

サミー「魅了されてますよ!?攻撃しないでー!」

 

夕立「そんな事どうでもいいから早く解除してー!」

 

ヤヨイ「夜叉車」

 

サミー「はぅっ…」

 

夕立「ぎゃんっ」

 

ヤヨイ「それ…もう一撃…それ」

 

夕立「もー!馬鹿ー!コレじゃ戦えないっぽい!」

 

ヤヨイ「うん、ごめんね」

 

トドメを刺す

 

夕立「性格悪いっぽい!」

 

実況『終わってしまったーッ!戦闘中の流れる様な武器の換装に惑わされ、ソロモンナイトチームは翻弄されてしまった〜ッ!』

 

エンデュランス「お疲れ、ヤヨイ」

 

ヤヨイ「…結構ダメージくらってる…苦戦した…?」

 

エンデュランス「うん、強かった…思ってたよりね」

 

ヤヨイ「こっちも…」

 

背後から籠手の様なものが顔のそばに伸びてくる

 

楚良「メンバーアドレス、ちょ〜だいっ」

 

シャキンッと音を立てて籠手から刃が飛び出す

 

ヤヨイ「…いつの間に?」

 

エンデュランス「わからないよ、でも、面白い子だね」

 

楚良「ね〜…おっ友達になりましょうよ…」

 

ヤヨイ「……いいよ、はい、これ」

 

楚良「やった、目標も達成したし…此処らで帰ろうかな」

 

ヤヨイ「…目標?」

 

楚良「碑文使いと仲良くしたいなって」

 

ヤヨイ「…そう」

 

楚良「バイバーイ、また遊ぼうね」

 

ヤヨイ(……結局誰なんだろう…)

 

ヤヨイ「夕立、今の人、誰?」

 

夕立「…誰かしら?」

 

サミー「知らない人だったんですか!?」

 

ヤヨイ「……」

 

 

 

 

 

観客席

双剣士 島風

 

島風「すごいなー…人数の不利をモノともしないなんて…」

 

アルト「流石にヤヨイには勝てないかー…」

 

レンゲル「でも実は魅了と麻痺耐性の装備さえつけてれば割と殴り合えるにゃしぃ、後ヤヨイは攻撃的なカスタマイズするから状態異常の耐性もないにゃ、同じことされたらとことん弱いからよいぞ!」

 

天津「…ほんとによくわからないわ」

 

島風「あ…ごめん天津風、退屈だったよね…今からエリアいこっか」

 

天津「うん、我儘言って悪いけど…」

 

レンゲル「レベル上がったら遊ぼうね!」

 

天津「ええ…そうね」

 

アルト「バイバーイ」

 

 

 

ルミナ・クロス ゲート前

 

島風「えっと…ちょうどいいエリアは…」

 

楚良「あの、そこのお二人」

 

島風「…さっき戦ってた人?」

 

島風(口調が全然違う様な…)

 

天津「……」

 

楚良「2人ですか?良かったら一緒に遊びませんか?」

 

島風「…どうする?」

 

天津「別にいいけど…私何もわからないの」

 

楚良「大丈夫ですよ、最初はそんなものですから」

 

 

 

 

Δサーバー 忘らるる 異端の 駿馬

 

島風(…普通のエリアだ…何かを狙ってる訳じゃ…あれ?)

 

エリアの奥にオレンジの衣装がチラリと見えた気がした

 

島風「今の…提督?」

 

楚良「……エリアを変えましょうか、このエリアはあんまりいいアイテムがないみたいで…」

 

天津「アイテムとか、よくわかんないし…今は普通の遊び方を教えてくれない…?」

 

楚良「…そうですね、ではそこのモンスターから倒しましょうか」

 

島風(やっぱりさっきまでとキャラ違うなぁ…)

 

天津「…私何をすれば…」

 

島風「天津は魔導士(ウォーロック)だから魔法を選んでとりあえず攻撃しよう!」

 

楚良「ばみょんっと…」

 

天津「こ、これでいいの?リウクルズ!」

 

島風「できてるできてる!疾風双刃!」

 

天津「そう、なのね…よし!リウクルズ!」

 

 

 

天津「はー…疲れた…」

 

島風「お疲れ様、今日は終わろっか」

 

楚良(……)

 

島風(提督、居なかったな…見間違いだったのかな…?)

 

楚良「エリアから出ましょうか」

 

転送用のゲートを選択し、タウンに戻るにカーソルを合わせる

 

天津「コレで冒険は終わりなのね…よし、戻りましょ」

 

天津がエフェクトとともに消える

 

島風「私も…あれ?」

 

楚良「マズイ…早くエリアから出てください!」

 

提督のキャラ…だと思う

私の知っているそのキャラによく似たソレがゆっくりと近寄ってくる

 

島風「提督?」

 

楚良「違います!アレはAIDAです!」

 

その言葉に反応した様に黒い泡が吹き出す

 

島風「AIDA…!」

 

楚良「あー、もう!楚良!?AIDAが出たって言ってるの!早く来て!」

 

島風「あれ…え、エリアからでれない!」

 

エリアを出るという操作が反応しない

このエリアに閉じ込められた…!

 

楚良「ゲームを落としてください!」

 

島風「そうだ、強制ログアウト……あれ?」

 

…現実の感覚がない

コントローラーを握っている手は?この画面を見ている私は?今表情を変えている私は…

 

島風「…私は…どこに…?」

 

楚良「まさか、AIDAサーバーに…!」

 

その会話の最中もジリジリと詰め寄り…今、斬りかかってきた瞬間赤いエフェクトとともに私の意識はブラックアウトした




艦娘PC名一覧
夕立→夕立   レンゲル→睦月
サミー→五月雨 アルト→白露
天津→天津風  島風→島風
楚良→春雨


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過去の幻影

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

斬刀士 エンデュランス

 

エンデュランス「…随分と、様変わりしてしまったね…いや、戻ったと言うべきなのか…」

 

バージョンアップデートに伴い、このタウンはかつての小船の行き交う小さな水の町から複数の区画に分かれた港町へと変わった

それは数年前に確実にされた変更で、時が巻き戻るなんてことはありえないのに…

 

エンデュランス「君が、コレを?」

 

カイト「…ああ、久しぶりだね、エルク…見てよ、誰もいない、みんなどこに行っちゃったんだろう」

 

カイトの形をした、カイトによく似た何か

PCボディも細部が崩れた様な、どこか違う…

 

エンデュランス(…リアルのカイトは今ログインできないことは確認したし、これは偽物…だけど、あまりにも…)

 

カイト「エルク、どうしたの?黙っちゃって…」

 

エンデュランス「感情に浸るのは…もうやめだ、キミを倒す」

 

カイト「…エルク、どうしたの、何か変だよ?」

 

エンデュランス「…?」

 

エンデュランス(…何、この感じは…)

 

カイト「ああ、そっか、エルクはいつもミアと一緒だったもんね」

 

エンデュランス「…っ!」

 

視界外から軽装に包まれた腕が伸びてくる

隙間から見える紫色の毛並み、そしてその手に握られた猫じゃらし(エノコロ草)

 

エンデュランス「ぁ…うぁ…!」

 

見たく無い、見てはいけない…

見たら二度と…

 

ミア「エルク」

 

エンデュランス「っ…!…これは…悪い、夢だ…!」

 

ミア「酷いな、エルク…ボクはこんなにすぐそばにいるんだよ、ほら、こっちを向いて」

 

エンデュランス「……」

 

振り向けばかつて失った大事な友達がそこにいる、だけどそれはあり得ないことで…

 

カイト「エルク、どうしてミアを無視するの?」

 

エンデュランス「ミアは…消されたんだ…!」

 

目を固く閉じる

 

ミア「…ああ、そうか…可哀想なエルク」

 

頬を革手袋が撫でる感触

僕の目の前に回り込む足音

 

ミア「怖いものなんて何も無い、ほら、目を開けて見てよ」

 

優しく語りかける音の感触が、頬を撫でる手袋の感触が、まるで過去の友が目の前にいると言う様に伝わってくる

 

エンデュランス「ダメだ、キミは…違う…!」

 

ミア「じゃあ何でまだ目を閉じているんだい?それは僕が本物だから…違う?」

 

エンデュランス「違う!」

 

ミア「…悲しいな、エルク…そうだ、良いことを教えてあげよう、ボクは…完全には消えなかったサルベージされたデータなんだ」

 

エンデュランス「っ…!」

 

ミア「だから、ボクを信じて…キミを侵す敵は僕が倒してあげるよ、だから…」

 

エンデュランス「…本当の、ミア…」

 

ミア「そう、ボクにはキミが必要なんだ」

 

エンデュランス「ミアが…僕を…」

 

ミアが僕を必要としてる…

そうだ、ミアは僕の前に戻ってきてくれた…ミアは…

 

朔望「来いやァァァッ!ゴレェェッ!』

 

ミア「っ…」

 

エンデュランス「…何が…!」

 

空気がピリつく

碑文がすぐそばに在る感覚

 

朔望『エン様!絶対に目ェ開けたらあかんで!すぐ終わらしたる!』

 

ミア「助けてエルク!また僕が消されちゃう!」

 

ミアが、また消される…

 

エンデュランス(…嫌だ、それは…嫌なんだ…)

 

エンデュランス「嫌だ…嫌だ…!」

 

朔望(あかん…!このままやとエン様とやり合うことに…!)

 

朔望『こうなったら…しゃーないわなぁ!とりゃぁぁぁ!』

 

ミア「シャボン玉…?」

 

 

 

 

 

 

Θサーバー 蒼穹都市 ドル・ドナ

 

朔望「…っはぁ!…はぁ…あかん、危なかった…エン様!無事ですか!」

 

エンデュランス「……ここ、ドル・ドナ…?…ミアは…」

 

朔望「アレはAIDAです!AIDAが作り出した幻影です!」

 

エンデュランス「…キミは…朔…なんで…」

 

朔望「…なんや望の様子が最近おかしいなーおもて、ちょっと…少し調べたらまたThe・Worldがおかしぃになってんのがわかりましたわ…」

 

エンデュランス「……」

 

朔望「エン様、今何考えとりますか、まさかあのAIDAの事ですか」

 

エンデュランス「…放っておいて…構わないで」

 

朔望「構います!エン様のことやから!…あいつはAIDAです、近寄ったらあかん…!」

 

エンデュランス「…キミは、見たの」

 

朔望「…まあ、そりゃあ…」

 

エンデュランス「どんなキャラだった?」

 

朔望「…全身紫色で、黄色くて鋭い目で…ウサギみたいな耳した…女の獣人やと思いますけど…」

 

エンデュランス「…ミアだ、ミアなんだ…!アレは…」

 

朔望「ど阿呆!エン様話聞いてました!?アレはAIDAです!」

 

エンデュランス「だとしても…!」

 

朔望「エン様はあの獣人女と…えーと…ハセヲ!ハセヲとやったらどっちのが大切なんやっちゅー話です!もいっこいえば相手はAIDA!」

 

エンデュランス「…ハセヲは大事、だけど…」

 

朔望「…ハセヲはエン様のこと、一生懸命になって助けてくれた、エン様もハセヲには心開いたのに…今更出てきた猫にそんな簡単に心変わりするんか…」

 

エンデュランス「……」

 

朔望「エン様、あの変なキャラのことはウチらが調べます、エン様はしばらくログインせんといてください」

 

エンデュランス「…まさか、キミにそんなこと言われるなんてね」

 

朔望「…ウチは、折角納得したのに…それを引っ掻き回されたく無いだけです」

 

エンデュランス「わかった、今日はログアウトするよ…」

 

朔望「…また会えるの楽しみにしとります、それじゃあ…」

 

 

 

 

 

 

剣士(ブレイドユーザー) ミア

 

ミア「あーあ、行っちゃった…」

 

カイト「良かったの?何もしなくて」

 

ミア「エルクはもう僕を思い出した、例えそばに居なくても…それは変わらない、エルクのそばにはずっと僕の影がチラつく…他のことなんて何も考えられないくらい…そうだな、キミの腕輪みたいなものさ」

 

カイトの右腕を持ち上げて眺める

 

ミア「キミにはこの素敵な腕輪が見えないの?まあ、見えてなくてもそこにあるとわかっていれば…見えているのと同じだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

Ωサーバー 闘争都市 ルミナ・クロス

重槍士 青葉

 

天津「青葉さんのスキルって確か最上位のやつでしょ?やり込んでるんだ…」

 

青葉「あ、あはは…その…司令官達について行くために…ちょっとだけ」

 

feb.「うーん、このゲーム、難しいのね…」

 

ミッチー「私、合ってないかも…」

 

青葉「私も最初はそんな感じでした…でも、やってたら綺麗な景色とかも合って、そういうのを探すのも楽しかったです…ほら、これ、シロタエギクの花…」

 

ミッチー「…確かに、可愛いかも」

 

天津(ゲームの花…あんまり私は興味湧かないな…)

 

青葉「たまに酷いプレイヤーもいたりしますけど、いい人もたくさんいるし…その、折角今日こうやって仲良くなれたんですし、続けて欲しいなって…」

 

ミッチー「…うん、また誘ってくれたらやりたい」

 

feb.「そうね、また…」

 

天津「じゃあ終わろうかな…」

 

青葉「お疲れ様でした」

 

3人がエフェクトに包まれてログアウトする

 

青葉「…私も…」

 

ωライス「聞きましたか?またキーオブザトワイライトを探す酔狂な人がいるらしいですよ」

 

青葉(キーオブザトワイライト?)

 

ωライス「なんでもハルって双剣士で、凄腕のPKもあっさり倒したとか」

 

柿大将「そうか、また虚言癖が出たか尻ライス」

 

ωライス「だ、か、ら!オムライスだって言ってるじゃ無いですかぁぁぁ!」

 

柿大将「尻ライスとしか読めん」

 

青葉(…キーオブザトワイライトを探してるハル…気になるかもしれない…)

 

ωライス「何でもブレグ・エポナでよく見かけられたそうですよ」

 

青葉「…行ってみよう」

 

 

 

 

Σサーバー 双天都市 ブレグ・エポナ

 

青葉「…誰かキーオブザトワイライトの事わかりそうな人…居ないかな」

 

ウィズ★ランディ「キミの問い掛けに応えよう、ネロ」

 

青葉「ね、ネロ?だ、誰?どこ?」

 

声はするのに姿は見えない…どこに…

 

ウィズ★ランディ「前を向く事、見上げることはいい事だネロ、しかし時には下を向く事で新たな発見もあるかもしれない…ネロよ」

 

その声に従い視線を下に送る

 

青葉「わっ!?」

 

二足で立つ小さなケモノ…

まんまるなフォルム、ウマみたいな鼻、そして瓶底メガネ…

 

青葉(ふしぎ可愛い…?というか…NPCだよね…?)

 

ウィズ★ランディ「そんなに見られては照れる、視界を太陽の方に向けることをお勧めするネロ」

 

青葉「そ、それより…キーオブザトワイライトって…」

 

八咫「The・Worldに眠る最大の謎、そしてどんな願いも叶う幻の鍵」

 

青葉「ひぃっ!?」

 

背後からの声に驚き飛びのく

 

色黒のインドあたりの僧呂のような男…

 

八咫「失礼、良ければキミの探し物について話があるのだが」

 

青葉「…へ?」

 

 

 

 

ギルド@ホーム レイヴン

 

八咫「あまり人前であの言葉を発さない方がいい」

 

青葉「…キーオブザトワイライト…」

 

八咫「悪目立ちし、笑われるだけだ」

 

青葉(…そっか、普通に考えれば御伽噺だもんね…)

 

八咫「キミが本当に知りたいのはハルというPCについて、だと考えているが」

 

青葉「!」

 

八咫「何故それを知っている…と言う顔をしているな」

 

リアルの顔に手が触れる

 

八咫「モニター越しでも想像がつく…すまない、言って見たかっただけだ、深く気にしないでくれ」

 

青葉「…あの、貴方は…」

 

八咫「情報通、と思っておいてくれ…ハルというプレイヤーだが、彼女自体は通常のプレイヤーだ、だがキーオブザトワイライトに強い執着を見せている」

 

青葉「……」

 

八咫「の理由は不明だがな…さて、キミに聞きたい事がある」

 

 

 

 

 

Ωサーバー 闘争都市 ルミナ・クロス

 

青葉「もし、キーオブザトワイライトを手に入れたら…かぁ」

 

青葉(キーオブザトワイライトが手に入ったら…深海棲艦のいない、平和な世界に…それでまたみんなと…)

 

桜草「よっ、こんなとこで会うなんて奇遇じゃねーの」

 

青葉「あ、えーと…サクラソウさん」

 

桜草「相変わらずしけたつらしてんなー、で?お前もアリーナか?」

 

青葉「いえ、私は…もう落ちるところで…」

 

桜草「ちぇっ、つまんねぇな…まあ良いや、またな!」

 

青葉「はい」

 

青葉(…またみんなで…でも、その"また"を望む人は何人いるんでしょうか…望んで無い人がいるのかもしれない…少なくとも、あの人が摩耶さんなら…どうなんだろう)




名前一覧
feb.→如月
ミッチー→満潮
天津→天津風
青葉→青葉


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消失

Ωサーバー 闘争都市 ルミナ・クロス

斬刀士 エンデュランス

 

朔望「…エンデュランス、どうして、元気ないの?」

 

エンデュランス「…今日は、君なんだね、望」

 

朔望の雰囲気が前回と違う

弱々しい男の子の声

 

朔望「今日は朔はお休みなの、最近大変だから疲れたって」

 

エンデュランス「そっか…ごめんね、僕のせいで」

 

朔望「ううん、朔、エンデュランスの役に立てる!ってすっごく喜んでたよ」

 

エンデュランス「……」

 

朔望「あ、そうだ…これ、あげるね」

 

望がアイテムを送る

 

エンデュランス「…これ、エノコロ草…」

 

朔望「この前行ったエリアでもらったの、まだみんな持ってないレアアイテムなんだ」

 

エンデュランス「貰った…誰に…?」

 

朔望「えっとねー…ネコみたいなキャラだったと思うなー」

 

エンデュランス「……そのエリアのワード、教えてくれるかな」

 

朔望「Δサーバー、隠されし、禁断の、絶対城壁だったよ」

 

エンデュランス(モーリーバロウ城砦…普通のエリアとは違う景色が広がっているだけでアイテムもモンスターも、何もない…ロストグラウンド…)

 

エンデュランス「ありがとう、望」

 

朔望「…あ、でもね、この話は朔に絶対に言うなーって言われてたの忘れてた…もし言っちゃっても絶対に行かない様にーって」

 

エンデュランス「……」

 

朔望「エンデュランス?」

 

エンデュランス「…わかったよ」

 

エンデュランス(ミアの事は…僕が解決するべきなんだ…だけど…これは僕だけの問題じゃない、The・World全体の問題…そうなれば迂闊な事はできない…か)

 

朔望「…あ、ぼく行かなきゃ」

 

エンデュランス「何処に…?」

 

朔望「えっとねー…お仕事のお手伝い、AIDA感染者の治療だって言ってたよ」

 

エンデュランス「…誰に言われたの?」

 

朔望「アトリねえちゃんだよ、1人だと大変だから手伝って欲しいーって」

 

エンデュランス(なら、大丈夫…かな)

 

エンデュランス「気をつけてね」

 

朔望「うん、またねエンデュランス、バイバイ」

 

望はそのまま去っていった

 

エンデュランス(…僕は…どうすればいいんだろう)

 

もらったエノコロ草を手に持ち、眺める

指で転がし、感触を確かめる

 

エンデュランス「…ミア…」

 

どのくらい眺めただろう、不意に背中から声をかけられる

 

揺光「よっ、エンデュランス…何シケたツラしてるんだ?」

 

エンデュランス「…キミは…揺光」

 

揺光「…アタシとアンタの仲なんだからさぁ…そんな久々にあった顔見知りみたいな対応はやめなよ…」

 

エンデュランス「ごめん…何か用?」

 

揺光「用事っていうか…トモダチがそんなとこで突っ立ってたら心配になるって」

 

エンデュランス「友達…」

 

揺光「…あー…嫌、だった…か?」

 

揺光の表情が曇る

 

エンデュランス「そんな事はない…けど、今、友達の事で悩んでて…」

 

揺光「と、友達!?エンデュランスに?!」

 

エンデュランス「……」

 

揺光「わ、悪かったよ、そんな目で見るなって…でも意外だなぁ、アタシの知ってる奴か?意外と天狼とかだったりして!」

 

エンデュランス「…キミは知らないよ」

 

揺光「そっか、それで?どうしたんだ?」

 

エンデュランス「…これは、キミには話せない…僕が解決しなきゃいけないことだから」

 

揺光「…ふーん、ま、でも一人で抱え込むのはナシ!アタシがダメならハセヲでも良いんだし…とにかく頼れる奴は頼れよな!」

 

エンデュランス「…ありがとう」

 

揺光「何、なんで目ぇ丸くしてんだよ…」

 

エンデュランス「まさかキミにそんなこと言われるなんて…想像できなかったから」

 

揺光「はー…そーですか」

 

画面の端にショートメールのアイコンが光る

 

エンデュランス(誰から……八咫…?アリーナでAIDA反応…)

 

エンデュランス「ごめん、行かないと…」

 

揺光「アリーナに出るのか?」

 

エンデュランス「遊びに行くわけじゃないよ」

 

揺光「…成る程な、じゃあアタシはいない方がいいか…」

 

エンデュランス「ごめんね」

 

ヤヨイにショートメールを送る

 

エンデュランス(…念の為)

 

 

 

アリーナ

 

エンデュランス「……違う、AIDA感染者じゃない…」

 

ヤヨイ「本当に、いるの?」

 

エンデュランス「多分」

 

実況『まさかのノーダメージで圧勝!毎度の如く風の様に現れてトーナメント参加を目指すランカーを屠る様は嵐の様!』

 

エンデュランス「いいから、次…」

 

実況『その…せ、急かされましても参加者が…』

 

ヤヨイ「…みんな逃げたの」

 

実況『はい…ランクを落としたくないと…』

 

エンデュランス「…まだ目的は果たして無いのに…」

 

視界の端に黒い穴が開く

 

エンデュランス(AIDA…!感染者じゃ無い、AIDA自体がアリーナに潜んでた…!)

 

ヤヨイ「エンデュランス」

 

エンデュランス「わかってる……マハ!……あれ…」

 

ヤヨイ「エンデュランス…?…何をやって…」

 

エンデュランス「マハが…出てこない…?」

 

ヤヨイ「…なんで」

 

エンデュランス「…マハ…!」

 

頭にミアの顔がよぎる

 

エンデュランス(…っ!)

 

エンデュランス「ヤヨイ…!」

 

ヤヨイ「…来て、マハ』

 

ヤヨイがマハを呼び出す

 

エンデュランス「……やっぱり、僕だけが…」

 

ヤヨイ『一瞬で決めるよ…』

 

ヤヨイがマハを操りAIDAを斬り刻む

 

エンデュランス(…なんで、僕に応えてくれない…なんで…なんで)

 

ヤヨイ『データ…ドレイン』

 

景色が変わる

 

ヤヨイ「…アリーナ、出よう」

 

 

 

 

アリーナ前

 

ヤヨイ「エンデュランス、大丈夫…?」

 

エンデュランス「ごめん、よくわからない…僕がどうなってるのか、僕は…」

 

ヤヨイ「少し、休んだ方がいいよ」

 

エンデュランス「かもね…ごめん、今日は落ちるよ」

 

ヤヨイ「そうして」

 

エンデュランス「手伝ってくれてありがとう」

 

ヤヨイ「……」

 

 

 

 

 

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域 グリーマ・レーヴ大聖堂

重槍士 青葉

 

青葉「…おおきな教会…」

 

自身の言葉ではそうとしか表することができないほど巨大で、精密な機械の様な教会

巨大なクレーターの様な空間の中心にポツリとソレだけが存在する

 

青葉「……よし」

 

意を決して大聖堂の扉をターゲットし、開く

 

奥のステンドグラスの窓から差し込む光に目を細める

反射するほど磨き込まれた床、綺麗に並べられた木製の椅子

全てが精巧で美しい

 

青葉「あ…」

 

光の角度が変わり、奥の台座の上に鎮座する何かと、その台座の前に立つ女性のキャラクターに光が当たる

 

青葉「…貴方が、私を呼び出した…」

 

ハル「人のオフを嗅ぎ回るのはどうか…と思いまして…初めまして、ハルです」

 

青葉(この声…!…曙さん…貴方だったんですね…)

 

青葉「何故私を呼び出したんですか…」

 

ハル「この像を見て欲しかったんです」

 

ハルが像を見上げる

石でできた女性の像…

 

青葉「…この像は?」

 

ハル「なんでしょうね」

 

青葉「ふざけないでください」

 

ハル「本当に知らないんですよ、でも…素敵な像だと思いませんか、この女神像」

 

青葉「…女神像…」

 

ハル「…なんで私が貴方を呼び出したか、でしたね」

 

青葉「像じゃなかったんですか…」

 

ハル「今から私は台湾の解放と深海棲艦捕獲の表彰をされる予定です」

 

青葉「…イムヤさんの事を助けないんですか…」

 

ハル「私の思考、そして行動は全て筒抜け…動けば提督に直接的な危害を加えると脅されてまして」

 

青葉「……」

 

ハル「これを差し上げます」

 

何かのアイテムを送りつけられる

 

青葉「これは…」

 

ハル「私にもわかりません、誰に渡されたのかもわかりません、だからこそ価値がある…」

 

青葉(…成る程、でも、私も危険かもしれないな…)

 

青葉「確かに受け取りました」

ハル「それでは、また…」

 

 

 

Ωサーバー 闘争都市 ルミナ・クロス

 

青葉「…落ちよっかな…」

 

メニュー操作していると野太い叫び声が聞こえる

 

ぴろし3「ぬあぁぁぁっ!?だ、騙された!もう許さんぞあのネコ型PCめ!何が色男になる薬だ!なんで私のPCボディがカラフルに発光せねばならんのだァァァッ!」

 

中途半端に細く長い脚、そして不釣り合いな大きさの胴体とさらに不釣り合いな小顔の頭…

そしてそのPCボディはカラフルに光り輝いていた

 

青葉(…確かに別方向に色男…)

 

重槍士がこちらを向く

 

青葉(うわっ…目、あっちゃった…)

 

慌てて顔を背ける

 

ぴろし3「むっ…むむっ!そこの良き目をした人よ!」

 

青葉(え、まさか今私に話しかけて…?いや、まさか…知らない人だし…)

 

ぴろし3「顔を背けるでない!」

 

ドタドタという足音共に巨体が近づいてくる

 

ぴろし3「私のこの澄んだ目が言うのだ!貴殿は私と同じく勇敢で美しい心を持っていると!」

 

青葉「いや…持ってないです…」

 

ぴろし3「私のPCボディを元に戻す手伝いをしてくれないだろうか!」

 

青葉「いや、私これから用事が…」

 

青葉(無いけど…)

 

ぴろし3「ならば待とう!とことん待とう!激しく深く朝まで待とうとも!」

 

青葉「え、えぇ…」

 

ぴろし3「この通りだ!良き目をした人よ!私を助けると思って!」

 

青葉(…ほんとに朝まで待ってそう…うう…仕方ないか…)

 

青葉「どうやって戻すんですか…」

 

ぴろし3「とあるエリアの最奥にあるアイテムを取りに行かねばならんのだ!しかしそのエリアには私の武器と相性最悪な敵が居る!」

 

青葉「私も重槍士…」

 

ぴろし3「なぁに問題ない!2人いればなんとかなる!」

 

青葉(この人やだぁ…!)

 

ぴろし3「さあいざ行かん!旅路の果てまでも、頭上に星々の輝きのあらん事を!」

 

 

ぴろし3とエリアを攻略しました




艦娘PC名一覧
青葉→青葉
ハル→アオボノ


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寄生

ネットスラム

妖扇士(ダンスマカブル) 八咫

 

八咫「…恐ろしいデータだ、ようやく私の目に見えてきた」

 

欅「人体実験、艦娘システムの根幹につながる部分…」

 

八咫「そして、ダミーモルガナ因子…あの数見と言う男は…何をするつもりだ」

 

欅「さあ、どうなのでしょうか…それにしても、綾波という方はこのデータの価値を知らなかったのでしょうね」

 

八咫「…娯楽物を拒否していたらしい、故にこれがゲームに関するデータだとは想像もしなかったのだろう」

 

欅「ボクとしても…まさかThe・Worldのデータでこんな悪さをする人が出てくるのは驚きでした、最悪なことにコレは技術として完成されている…」

 

八咫「…艦娘システムの艤装には大量のナノマシンが含まれている、このナノマシンの作りは驚くほどにシンプルだ、なぜこのナノマシンが動作するのか、それも含めて謎だったが…」

 

欅「ナノマシンの中身はリプログラミングされたAIDA、そしてこのAIDAは艤装だけではなく、肉体に注入され、AIDAに感染する…」

 

八咫「通常のAIDAの感染ルートはディスプレイを介した感染、最悪の場合は意識不明程度だが…だが、このAIDAの感染の仕方は肉体への負荷も、そしてAIDAが及ぼす影響も遥かに大きい」

 

欅「綾波さんという方、艤装から手を加えられたAIDAを入手してリプログラミングし、自ら感染しているようですね…そして今は逃亡犯…」

 

八咫「どうする」

 

欅「ボクはこの人は必要だと思います、深海棲艦、人間、艦娘、全てのデータをこんなに細かく取っている…彼女は紛れもなく天才と呼ばれる存在です」

 

八咫「……これは」

 

一つのメモを取り出す

 

欅「…深海棲艦の生体実験のデータから彼女は深海棲艦もAIDAに感染していることまで突き止めていた…?深海棲艦がAIDAに感染しているという報告は聞いていましたけど…」

 

八咫「艦娘システムを長期に渡って使い続けた物の肉体は深海棲艦のものと限りなく近くなる…か」

 

欅「…これ、見てください…深海棲艦を完全に殺し切る為の薬だそうです」

 

八咫「…成程な、言うなれば銀の弾丸か…」

 

欅「もし本当に効力があるのだとすれば…なぜ秘匿したのでしょうか」

 

八咫「…理想主義者だったのだろう…、深海棲艦を絶滅させるのではなく、深海棲艦を人に戻す…その為に犠牲を一つでも出したくなかった」

 

欅「果たして、そう上手くいくのでしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

Σサーバー 双天都市 ブレグ・エポナ

重槍士 青葉

 

青葉「えと…その…」

 

オークラ「ホントに宿毛湾の?いやー、奇遇なこともある…んですね?」

 

青葉「は、はい…ソウデスネ…」

 

ぴろし3「む?貴殿らは知り合いなのか!それは良い!」

 

青葉(…何故か呼び出されたと思ったら佐世保の艦娘の方と出会うし…もう良くわからない…)

 

オークラ「で、青葉さんは絵が描けるんですか?」

 

青葉「え…えー…絵!?な、なんで絵…?」

 

オークラ「え?G.U.に入るんじゃ無いの?」

 

青葉「じ、じーゆー…?あ、服屋さんの…」

 

ぴろし3「違うぞ!G.U.とは我々のギルド名!」

 

オークラ「グラフィック、うまい…で、G.U.」

 

青葉(な、なんて名前…)

 

オークラ「人に紹介するならせめてGrow Upで成長とか、そう言う程のいい名前にして欲しかったんですけどねー」

 

青葉「そ、それでなんで私を…?」

 

ぴろし3「貴殿には私の究極美麗なこのPCを元に戻してもらった恩がある!それにきっと絵が上手い!私の直感がそう言っている!」

 

オークラ(あー…被害者か…)

 

青葉「わ、私絵なんか学校の課題で描いたくらいで…その、お仕事も忙しいですし…」

 

ぴろし3「む?そうか…それは仕方ない…では別なことで礼をさせてもらおう!」

 

青葉(意外と物分かりがいい…)

 

Δ 隠されし 禁断の 冥界樹 のワードを手に入れた

 

青葉(エリアワード…これがお礼?)

 

ぴろし3「さあ!行こうぞ!」

 

青葉「え?」

 

オークラ「…すいません、諦めて」

 

ぴろし3がパーティーに加わった▽

オークラがパーティーに加わった▽

 

青葉「えっ…えっと…」

 

ぴろし3「行くぞ!とぅっ!」

 

青葉「ええええええ!?」

 

 

 

 

 

Δサーバー 隠されし 禁断の 冥界樹 

     死世所 エルディ・ルー

 

青葉「…ここ、洞窟の中…?」

 

オークラ「設定的には地底湖、死者の魂が集まる場所で…ほら、色んなところに白い魂みたいなのが浮いてる」

 

青葉「…湖はどこに?」

 

オークラ「ちょっと進んだ先に…」

 

言われた通りに進む

 

青葉「…わあ…」

 

透き通った、どこまでも深い湖の中心に真っ白で、洞窟全体を照らす程に発光する大きな木が佇んでいる

 

青葉「綺麗、ですね…幻想的って言うか…これもゲームなのに」

 

オークラ「ロストグラウンド…については知ってますか?」

 

青葉「えっと…モンスターもアイテムもない、観賞用のエリア…って」

 

オークラ「そうそう、だけどエリアよりずっと気合の入ったグラフィックになってて…っておーい、ぴろし3どこ行った…」

 

青葉「本当だ…どこに…?」

 

ぴろし3「な、な、なァァァァァァッ!!!」

 

後方から叫び声が聞こえる

 

青葉「えっ、何が…」

 

オークラ「PKかな…行きましょう」

 

声の方に、元来た道を戻る

 

青葉「…何これ」

 

ぴろし3「何ということだァァァッ!許さん!許さんぞぉ!三爪痕めぇぇっ!」

 

オークラ「…あー、これは…お冠なヤツだ…」

 

エリアに来た時は逆方向を向いていた為気づかなかったが、壁に大きく、赤熱した三角形の傷痕

 

青葉(…そうだ、この傷痕…前の世界で曙さんや提督が使ってた技の…!)

 

ぴろし3「第三次ネットワーククライシス以来!このような蛮行は二度とないと信じていたと言うのに!何と言うことだ!」

 

オークラ「あー、青葉さん、ちょっと…」

 

ぴろし3が地団駄を踏みながら怒るのをよそに小声で話しかけられる

 

オークラ「ぴろし3ってさ、CC社の社員さんなんだ、しかもグラフィッカー」

 

青葉「へ?」

 

オークラ「ロストグラウンドのグラフィックはぴろし3が特に頑張って作ったものも多くて、それで…なんて言うか、たまにこう言う傷痕がつけられると…この通りで…」

 

青葉「…つまり、自分の作ったものを傷つけられて怒ってる?」

 

オークラ「そゆこと…まあ、自社のゲームに私的にログインしちゃいけないってルールがあるから会社側からの制裁かなって思うんだけど、ほら、グラフィック書き換えるなんて普通無理だし」

 

青葉「…そ、そうですね……あれ…?」

 

ふよふよと浮いていた白い灯火に蒼い炎が混じる

 

白い灯火が炎に呑まれ、何かの悲鳴があがる

 

オークラ「…何?こんなイベントあったっけ…」

 

青葉(…イベント?いや、この嫌な感じ…何か違う…!)

 

オークラ「この炎、どこから…」

 

ぴろし3「ぬ!?何だこの炎は!まだこのグラフィックを傷つけるつもりか!」

 

ぴろし3がズカズカと炎に近寄る

 

青葉「木の方に、たくさん…」

 

オークラ「…行きますか」

 

 

 

ぴろし3「な…なんと…!」

 

青葉「…あれって…」

 

木の前に何かが浮いている

黒い床のような何かに立ち、双剣を構え、佇んでいる

 

オークラ「…アレ、まさか…英雄カイト?復帰したって噂は聞いてたけど…」

 

青葉(提督の、キャラクター…だよね、それにあれは…AIDA)

 

PCが顔を上げ、こちらを見る

 

ぴろし3「おお!カイト!我が友カイトではないか!」

 

オークラ「えっ、知り合い?」

 

青葉「…逃げなきゃ」

 

オークラ「へ?」

 

青葉「逃げましょう!危険です!」

 

オークラ「何言って…アレはThe・Worldの英雄カイト、伝説のプレイヤーで…」

 

一瞬視界を外しただけなのに、カイトが消える

 

オークラ「あれ?何処に…」

 

オークラの体が崩れ落ちる

 

青葉「な…」

 

三角形の傷跡を地面に刻んで

 

ぴろし3「な…カイト!お主何を…ぐぬ…!」

 

ぴろし3にカイトが斬りかかる

 

ぴろし3「…本当にお主はカイトなのか…?」

 

青葉(やらなきゃ…やられる…!)

 

槍を振るい、アーツを放つ

 

青葉「滅天怒髪衝!!…えっ!?」

 

ぴろし3「ぐぁ!」

 

たしかにカイトをターゲットして攻撃したのに、蒼い炎に包まれて消えた…

攻撃がすり抜けた…

 

カイト「オラジュゾット」

 

地面を割り木が隆起し、逃げ場を失う

 

カイト「雷独楽」

 

青葉(こんなスキル…双剣士のスキル構成にはない、提督のキャラはおかしくなって…!)

 

ぴろし3「ぬうぅ!このままやられると思うな!闇に落ちた友を私が救ってみせる!」

 

カイト「三爪炎痕」

 

ぴろし3の槍をすり抜け、三角形の傷跡を刻む

 

ぴろし3「…む…ねん…」

 

青葉「こんな…事って…」

 

カイト「データドレイン」

 

青葉「…え…データドレイン…?」

 

図形が展開して、腕輪の形を作る

 

青葉「そんな…まさか、本気で…」

 

カイトの右腕にエネルギーが集中し、放たれた光線に貫かれる

 

青葉「…か……」

 

意識は、そこで落ちた

 




艦娘PCネーム
青葉→青葉
オークラ→秋雲


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レベル1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

双剣士 カイト

 

カイト「…これ、は…」

 

過去の、R:1(リビジョン1)のマク・アヌが目の前に広がっていて

 

カイト「レベル99…アイテムも、装備も…あの時のまま…?」

 

『今、再び世界に鍵が舞い降りた』

 

『黄昏の幕が、今降りた』

 

『知られざる勇者の冒険譚、女神の騎士は何処へと』

 

カイト「この声は…誰の…」

 

覚えてる、だけどわからない

 

カイト「ぁ…ああああっ!」

 

頭が割れそうに痛い

 

目の前に音を立てて落ちてくる一冊の本

 

『影を持たざる勇者に、再び影を』

 

『勇者に再び光を』

 

本が浮き上がり、音を立てて開く

 

カイト「…インストール、ブック……黄昏の書…!」

 

本から光の束が放たれる

右腕に、そして全身に

焼けるような感覚と滾る力

 

『これは目覚めの唄』

 

『凍てつく氷のように』

 

『再び形を持つ為に』

 

目の前が明滅し、弾ける

 

 

 

 

 

 

 

 

カイト「…っ…?」

 

目の前の景色が大きく変わり、映し出されるのは荒廃した空間

そして僕を取り囲むように鎮座する八相

 

一体でも倒すのが大変な八相が揃っている

なす術などない

 

フィドヘル『偽りの鍵、真実の鍵、其が産み落とされる時、幾重に重なりし波、明けに沈まん』

 

カイト「…この声、そうだ!さっきまでの言葉はフィドヘルの…」

 

フィドヘル『黒き疫病の芽、花開く時…真なる黄昏始まらん、愚かな子の泣き声のままに、連鎖する、憎悪の花…』

 

フィドヘル『声無き泣き声に、無垢なる嵐、吹き荒れん…境界は、交わり消える、時は不可逆なればなり』

 

八相の姿が霧散していく

 

カイト「…一体何が起きて」

 

どんどん意識が遠のく

 

カイト「…っ……」

 

 

 

 

 

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

 

カイト「…う…あ?」

 

八咫「カイト」

 

目が開かない、頭痛で操作すらままならない

 

カイト「…誰…いや、その声…ワイズマン…?」

 

八咫「ああ、私だ…だが今は八咫だ」

 

カイト「八咫…う…ああ…」

 

八咫「…危険な状態の様だな、今すぐ安全なエリアに転送する」

 

カイト「待って……さ、さっき…フィドヘルの予言を聞いたんだ…」

 

八咫「なに…?」

 

カイト「黄昏が…また迫ってる…!」

 

八咫「なんだと…そんな筈が…待て、カイト…君のその姿」

 

カイト「うぁぁ…」

 

八咫「とにかくここにいるのは不味い」

 

 

 

 

レイヴン ギルド@ホーム 

 

カイト「…ごめん、ようやく落ち着いたよ」

 

八咫「随分と書類仕事が続いていたと聞いた、エコノミー症候群か?」

 

カイト「…だと良いんだけど…」

 

半透明の腕輪が明滅する

 

カイト「…腕輪、か」

 

八咫「…君のキャラクターについて軽く調べさせてもらったが…データ全てがR:1のものだ、そしてレベルは…1」

 

カイト「レベル1…?待って、さっきステータスで見た時は…」

 

確かに、自身のステータスは全て最低の値

そしてレベルは1、装備も初期装備、アイテム一つない

 

カイト「…そんな」

 

八咫「…それと、同時にもう一つわかった事がある…カイトの反応はもう一つ有る」

 

カイト「もう一つ…」

 

八咫「もちろんステータスや細かい差異はある、だが…カイトというキャラクターはもう一つこの世界に存在している」

 

カイト「…そうだ、青葉をキルしたカイト!」

 

八咫「…キミはもう1人のカイトを追ってこの世界に戻ってきた、ということか?」

 

カイト「…詳しく話すよ」

 

部屋の真ん中に効果音と共にキャラクターが転送される

 

ヘルバ「同席しても良いかしら?」

 

カイト「ヘルバ…!」

 

八咫「ヘルバが相手ではどうやっても隠す事は不可能だ」

 

ヘルバ「で、返事は?」

 

カイト「もちろんだよ」

 

 

 

カイト「つまり、今の青葉の身体は一部が深海棲艦の様になりつつあるんだ、そしてその原因はおそらくAIDAだと思う…破壊衝動やそこからくる快楽、AIDAの症状と一致してる」

 

八咫「十中八九、と言ったところか…しかし、何故?」

 

ヘルバ「情報量が少なすぎるわね、でも追うべきもう1人のカイトは捕まえた、そして青葉の身に何が起きたのかも…」

 

周囲にモニターが現れる

 

カイト「…これは?」

 

ヘルバ「ロスト・グラウンド…死世所 エルディ・ルーの映像よ」

 

八咫「ここで?」

 

ヘルバ「ええ、それと…被害者は青葉だけじゃないわ」

 

青葉と一緒に2体のPC(プレイヤーキャラクター)が転送されてくる

 

カイト「…え?このキャラクター…」

 

モニターに映る独特な造形のキャラクター

 

カイト「これってぴろしさん?」

 

八咫「…ぴろし3だ」

 

ヘルバ「ぴろし3ね」

 

カイト(ヘルバまでぴろしさんにさん付けなんて変わったなぁ…)

 

八咫「カイト、チャットログも一応見ておいてくれ」

 

言われた通り会話のログを眺める

 

カイト「…あ、ぴろし3なんだ…ぴろし3さんって呼んだ方がいいのかな」

 

八咫「そんな事を言っている場合ではない、見ろ、カイト」

 

 

 

ぴろし3『な…なんと…!』

 

青葉『…あれって…』

 

オークラ『…アレ、まさか…英雄カイト?復帰したって噂は聞いてたけど…』

 

 

カイト「…僕の、PC…?」

 

 

 

ぴろし3『おお!カイト!我が友カイトではないか!』

 

オークラ『えっ、知り合い?』

 

青葉『…逃げなきゃ』

 

オークラ『へ?』

 

青葉『逃げましょう!危険です!』

 

オークラ『何言って…アレはThe・Worldの英雄カイト、伝説のプレイヤーで…』

 

端にいたキャラクターが斬り刻まれる

 

カイト「…そんな」

 

ヘルバ「まだ見る?中々嫌な映像だと思うけど」

 

八咫「……」

 

カイト「…見るよ、何が起きたのか、知る義務があるから」

 

ぴろし3を圧倒し、青葉の攻撃をすり抜け

ぴろし3をその刃に捉え、青葉を…

 

カイト「ダメだ…データドレインなんて…!ダメだ!」

 

モニターに向かって叫ぼうとも、何も変わる筈がないのに

 

青葉『か…』

 

青葉が力なく倒れ、消滅する

 

カイト「そんな…何で、何でこんな事に…!」

 

八咫「…ヘルバ」

 

ヘルバ「そうね、カイト、もう一度この部分を見て」

 

青葉へとデータドレインを放つ瞬間がリピート再生される

 

カイト「っ…」

 

直視したくはない、だけど見なきゃいけない

 

カイト「……これって…AIDA…」

 

データドレインのエフェクトに纏わりつくAIDA

 

八咫「…データドレインと呼ぶには程遠い代物だな」

 

ヘルバ「そうね、あのカイトはAIDAに感染している、そのおかげでこっちの子、リアルでは秋雲という艦娘だけど、意識不明らしいわ」

 

カイト「未帰還者って…事…」

 

カイト(でも、青葉は未帰還者じゃない…いや、それよりも秋雲さんは佐世保の…)

 

八咫「ゲームをしていて意識不明になった、未帰還者…まさかまたこんな事が始まるとはな」

 

カイト「…待って、ぴろし3は?!」

 

八咫「…どうなんだ」

 

ヘルバ「安心しなさい、無事よ…その代わりこの件で会社にバレて謹慎をくらってるわ」

 

八咫「とうとうバレたか」

 

カイト「…やっぱりCC社の人間だったんだね…」

 

ヘルバ「カイト、貴方この光景に見覚えは?」

 

モニターの映像が切り替わる

 

戦う2人のカイト、そしてつぎはぎの騎士達

 

カイト「…オルカとバルムンク…それと僕が2人…いや、片方は…三爪痕(トライエッジ)?」

 

三爪痕に僕が敗北し、消滅する

 

カイト「…何で僕が三爪痕と…あれ、また同じ映像…」

 

先程とは違う、先程の映像ではつぎはぎの騎士は三爪痕の味方だったのに、今度は此方の味方の様に振る舞っている

 

カイト「……う…ぁ」

 

ヘルバ「思い出しなさい、カイト」

 

八咫「ヘルバ、これはどういう事だ」

 

三爪痕が、敗北する

 

カイト「…なんで…頭が、痛い…!」

 

八咫「ヘルバ!」

 

ヘルバ「荒療治よ、カイトの診断結果はAIDA感染者、もしこの映像の内容を忘れてるのなら思考がブロックされてるって事」

 

八咫「だからと言って…これでは」

 

カイト「…そう、だ…そうなんだ…僕が、この世界を…壊したんだ…」

 

視界に黒い斑点が現れる

 

カイト「AIDA!何で、ここに…」

 

ヘルバ「八咫、今AIDAが寄生してるのはカイトじゃない、倉持海斗自身よ」

 

八咫「…ならば、The・Worldに入り込む前に始末する…顕現しろ、フィドヘル!』

 

巨大なデータドレインが此方を捉える

 

八咫『カイト…随分な荒療治になるが…』

 

カイト「わかってる…」

 

光の矢が僕を貫く

 

カイト「うわああああああッ!」

 

壁に打ち付けられ、転がる

 

カイト「かはっ…あ…」

 

ヘルバ「…腕輪のおかげで意識不明は免れたみたいね」

 

カイト「…う…ん…」

 

八咫『…すまない!大丈夫か、カイト!」

 

カイト「大丈夫…だけど、今日はもうダメかも…」

 

ヘルバ「そうね、ログアウトしなさい、詳しい方針はまた話しましょう」

 

八咫「すまない…だが、AIDAは取り除くことができた」

 

カイト「…助かった、と思うよ…ありがとう」

 

 

 

 

 

 

Σサーバー 絶叫する 過去の 義兄弟

拳闘士 ボーロ

 

ボーロ「…居た、貴方が…私に情報をくれるっていう人ですか」

 

「……」

 

片目を閉じた、人当たりの良さそうな少年のPC

 

ボーロ(…ターゲットしても名前の表示が出ない、なんで?)

 

「キーオブザトワイライト、だったかな」

 

ボーロ「…はい」

 

「コレだよ」

 

PCの右腕が割れ、光線が射出される

 

ボーロ「ぁ…がぁ…っ!」

 

「…組み込めた、かな…よし、もう帰って良いよ、君に用はない」

 

ボーロ「…ま…っ…」

 

意識が遠のき、倒れる




艦娘PC名一覧
青葉→青葉
オークラ→秋雲
ボーロ→朧


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女神の像

Σサーバー 双天都市 ブレグ・エポナ

双剣士 カイト

 

空中に浮いた近代的な魔法都市、ブレグ・エポナ

 

楚良「んー…中々綺麗だし?良い感じの場所じゃな〜い?デートスポットにも向いてるかも、そう思わないかなぁ、勇者サマ」

 

カイト「…僕に、何の用があってここに呼び出したのか、早く教えて欲しいんですけど」

 

楚良「トレード」

 

カイト「…トレード…?」

 

ゲームのアイテムトレード画面が開き、次々にアイテムを放り込まれる

 

カイト「ま、待って、僕何も持ってない…」

 

楚良「持ってるじゃん、ほら、その初期装備のセット…早くトレードに応じて」

 

最低限のアイテムを詰め込む

 

カイト「こ、これしか…」

 

楚良「はい、成立〜…と」

 

カイト「こんなことのために…?」

 

楚良「本質を見ようとしましょう、貴方はそれを求められる立場にある」

 

カイト(…本質を見る?)

 

渡されたアイテムは装備品や回復アイテム、種類に決まりのない様々なアイテム…

 

カイト(…僕が見ることのできる本質、それは…)

 

今まで試したことのなかった手段

 

カイト「データドレイン」

 

アイテムへのデータドレイン

 

受け取ったアイテムをドレインで改変していく

 

楚良「アタリ」

 

カイト(…アイテム全部がデータを改変されてる…バグアイテム…いや、違う、コレ全部、何かの資料…それと、ネットスラムの…)

 

データを変換していく

 

楚良「行きますよ」

 

カイト「…わかった」

 

 

 

 

ネットスラム

 

楚良「ようこそ、と言うか何回も来てたかー…ここには」

 

カイト「…そうだね、何度も来てる…でも、こんな遠回しな…」

 

楚良「こうしないといけないんですよ」

 

カイト「キミは、春雨さん…なんだよね」

 

楚良「…ま、それでいいです…でも、楚良って呼んでください、私はこの世界では楚良なんですよ」

 

カイト「楚良、か…」

 

楚良「あ、名前の由来知りたいですか?松尾芭蕉の弟子、河合曾良が元ネタです、ちなみに…えっと…楚良じゃなくて……三崎司令官だ、三崎司令官のキャラは松尾芭蕉の下の名前をはせをと読んでハセヲ」 

 

カイト「……」

 

楚良「あーはいはい、本題ですね…さっき送ったデータもちゃんと確認してくださいね…あ、はい、どうぞコレ」

 

カイト「ありがとう」

 

艦娘システムの使用者の身体はどんどんAIDAへと置き換わっていく

それはより過酷な戦闘を強いられれば強いられるほどそうなる

 

カイト「…コレを調べたのは…」

 

楚良「今はお答えできません」

 

カイト「……」

 

楚良「グリーマレーヴ大聖堂、今あそこには失われた女神の像があります」

 

カイト「…失われた女神の像…アウラの像が?」

 

楚良「R:2に変わる時に消失したアウラが戻ってきた…と考えるか…それともあれは誰かが残したメッセージか」

 

カイト「……」

 

楚良「このAIDAの蔓延る世界、必要なのは神か、勇者か…どう思います?そこの不可視モード使った侵入者さん」

 

「…っ…」

 

楚良の両手の籠手から刃が飛び出し双剣になる

 

楚良「…この武器、実は超のつくイリーガル品…もしキルされたらリアルにも影響ある…カ、モ?」

 

何も無い空間に転送エフェクトが現れる

 

楚良「警告はしたって言うのに」

 

楚良が空間を斬りつける

 

「がああっ!」

 

全身が真っ黒の細身のキャラクターが現れ、斃れる

 

カイト「さっきの転送音は…ブラフ?」

 

楚良「そゆこと、まあ会話はほとんど聞かれてないので御心配なく…システム管理者のようですが、何ともまあお粗末な」

 

カイト「…何でいるのが…」

 

欅「此処はネットスラム、そしてネットスラムは…The・WorldであってThe・Worldではない、The・Worldの中なら通用する手段が此処では通用しません」

 

カイト「…ヘルバ?」

 

欅「欅って呼んでくださいね、カイトさん!」

 

欅の頭から生えたツノが顔に突き刺さるほど近づいてくる

 

カイト「わ…わかった…」

 

楚良「確かに、一見完全に姿が隠れているようには見えましたよ…でも、実はそうじゃ無い…こちらの欅さんがリアルタイムな情報を送ってくれてましたから」

 

欅「ネットスラムに居る以上、僕の目は誤魔化せませんから!」

 

楚良「アイテムの中身、ちゃ〜んと確認しておくように!」

 

カイト(…渡されたアイテムを変換したらエリアワードや艦娘システムについての資料が出てきた、これはリアルで書類にしておこう)

 

カイト「…あ」

 

青葉[Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域でお待ちしています]

 

青葉からのショートメールが画面に表示される

 

欅「どうかしましたか?」

 

カイト「…行かなきゃいけない場所ができた、また来るよ」

 

楚良「バイバーイ」

 

欅「またきてくださいね」

 

 

 

 

 

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域 

ロストグラウンド グリーマ・レーヴ大聖堂

 

聖堂の扉を開け、中に入る

 

青葉「お待ちしてました」

 

女神像の前に佇む槍を携えた重槍士

 

カイト「青葉、君は今どこに…」

 

青葉「…言えません、私の手は…いえ、もうこのくらいまで…両手が白く染まってるんです」

 

手首を押さえる仕草を見せる

 

カイト「…ヘルバ達を頼ることができればきっと…それに僕のデータドレインでも…!」

 

青葉「……」

 

カイト「青葉、話を聞いてよ…」

 

青葉「私、今すごく寂しいです、辛くて、苦しくて…」

 

カイト「君を助けるために来たんだ」

 

青葉「今の私は誰にも助けられません」

 

カイト「そんな事…まだ試してもないのに」

 

青葉「試したって、失敗して辛くなるだけなんですよ…」

 

聖堂の扉が音を立てて開く

 

アルビレオ「…居たな、そこの重槍士と双剣士、聞きたい事がある」

 

色黒の青年の重槍士…

だけど違和感が…

 

カイト「…R:1の、キャラ…?」

 

アルビレオ「…カイト…そのエディット…どうやら本物らしいな、そして青葉…成る程、宿毛湾の方か」

 

青葉「いきなり出てきて、何を…」

 

アルビレオ「お前に聞きたいことがある、秋雲に何があったのか、そして何故お前は意識不明になっていないのか」

 

青葉「…何で、そのことを…」

 

海斗(この声、それに秋雲…そうか、この人は度会さんだ…)

 

アルビレオ「そして、あの場にいた全員をキルしたカイト、お前にも聞きたい事がある」

 

槍の先がこちらに向く

 

カイト「それは、誤解です…」

 

アルビレオ「なら、何があったのか教えてもらおう」

 

カイト「確かに事件の時に青葉やぴろし3をキルしたのはカイトだけど、それは僕じゃ無い、カイトというキャラクターが他にいるんです」

 

アルビレオ「何を言っている…仕様上同じ名前のキャラクターは作成できない、そんな言い訳が通用すると思うか」

 

カイト「…どう言えば…」

 

青葉「私が説明します」

 

アルビレオ「…そうしてもらおう、被害者の意見の方がまだ信用できる」

 

青葉「まず、私が意識不明にならなかった理由ですが…私はAIDAによる汚染が軽度のものだったからです」

 

カイト(軽度…?)

 

青葉「AIDAにも種類があります、私たち艦娘は戦闘を重ねれば重ねるほどAIDAによる汚染が酷くなる…私は戦えない状態に陥った事や他の人に比べて出撃が少なかったお陰でAIDAの侵食がそこまで酷くなかったんです」

 

アルビレオ「だから助かった?」

 

青葉「ええ、でも別のAIDAに今は苦しめられています…いえ、話が逸れました、次に2人のカイトについてです」

 

アルビレオ「本当に別の存在なのか」

 

青葉「AIDAには擬態する能力があります…司令官、お気付きですか、自信がAIDA感染者である事に」

 

カイト「…うん、でも僕はもうデータドレインで…」

 

青葉「なら…きっと消滅したでしょう、司令官の中にあるAIDAは僅かな欠片しか残ってなかったんだと思います」

 

カイト「…じゃあ、本体はあのカイト…」

 

青葉「はい、本体を移して、このThe・Worldで暴れているカイトが本体だと思います…」

 

アルビレオ「…成る程な、どうやら本当に別の存在ということか……秋雲を救う手段はわかるか」

 

青葉「…その本体を消す事ができれば…それか、キーオブザトワイライトを…」

 

カイト「青葉、君はキーオブザトワイライトを探したいって言ってたよね…それはどうして?」

 

青葉「…深海棲艦も、艦娘も…みんなが苦しむ理由はAIDAです、何でも願いが叶うなら…そんなもの全て消して欲しい…」

 

カイト「青葉…」

 

青葉「私の身体はどんどん白く染まっていきます、深海棲艦とは違うのに、深海棲艦になっていきます…私はもう戻れないんです!」

 

アルビレオ「深海棲艦になる、とは…どういう意味だ」

 

青葉「…原因は一切不明ですけど…私は身体に特殊なAIDAを埋め込まれました…今まで体に残っていたAIDAは消滅した代わりに別のAIDAに感染したんです」

 

カイト「…そのAIDAと今までのAIDAは何が違うのか、わかる?」

 

青葉「…わかりません、リアルにこんなに影響が出るなんて…」

 

カイト「ヘルバに調べてもらおう、そうすれば…」

 

青葉「もし私が暴走してヘルバさんに危害を加えたら?」

 

カイト「そんなことを言っても何も始まらないよ…」

 

青葉「司令官、ぴろし3という方は目を覚ますことが出来ました…でも、次も、という保証はありません」

 

カイト「…だけどこのままじゃ君は…」

 

青葉「…私は、心配ありませんから…誰かに迷惑をかけたくないんです…」

 

カイト「今の君にとって1人で居るよりみんなでいた方が…!」

 

青葉「司令官、もう私の状態はバレてるんです、加賀さんを通して」

 

カイト「…それ、は…」

 

青葉「司令官、貴方は宿毛湾泊地を預かる人です、私1人に構っていてはいけないんですよ」

 

カイト「…だとしても、誰かを見捨てるようなやり方は…」

 

青葉「必要であるなら、そうすべきなんです…でも、もし勝手な事をした私を許してくれるなら…また私と一緒にゲームをしてくださいね」

 

カイト「…それが、君を助ける事になるのなら」

 

青葉「司令官、今日私が司令官を此処に呼んだのは、この像を見て欲しかったからです」

 

赤い三角形の傷痕が残る台座に鎮座する女神の像

もう消える事を許さないとばかりにその像に絡みつく鎖

 

カイト(…アウラ)

 

青葉「この像は最近までこの台座から消失していたんです、でも、何故か戻ってきた…その理由は誰も知らないそうです」

 

カイト「……」

 

青葉「女神様は、私を助けてくれるでしょうか?」

 

カイト「…わからない」

 

アルビレオ「助けを求めてるのは…かつての勇者か、女神の方か」

 

カイト(もし、アウラが助けを求めていても…僕は君の役に立てるのかな…)



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嘘憑き

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

ラストグラウンド グリーマ・レーヴ大聖堂

重槍士 青葉

 

青葉「司令官、私に御用というのは…」

 

カイト「うん…今の君にこんなことを頼むのは良く無いとは思ったんだけど…」

 

青葉(…危険な仕事、かな…でも、それでもやらなきゃ)

 

カイト「綾波のことは聞いてるかな」

 

青葉「…ああ…その、はい…20人の死者が…」

 

カイト「綾波は無実だ」

 

青葉「…そう信じてるんですか?」

 

カイト「ただ信じてるだけじゃ無い、証拠は手に入れられてないけど春雨さんも無実だと証言してくれてる」

 

青葉「…それで」

 

カイト「君に…ネットから情報を集めて欲しいんだ、あの事件について何か知ってる人がいないか…」

 

青葉「そういう事ですか…」

 

カイト「綾波なら君の事を治せるかもしれない、綾波の真実を証明することは…」

 

青葉「大丈夫です、わかってますから…」

 

カイト「……」

 

青葉「探れる範囲は、探ります…」

 

カイト「本当に助かるよ…」

 

 

 

青葉(…結局用事はそれだけか…司令官も忙しい身なんだろうけど…さみしいな…)

 

槍を眺める

 

青葉(綾波さんの事を探るにしても…どうすれば…私情報収集は…あ)

 

思い浮かぶのは…姉を名乗るもう1人の自分

 

青葉「なんて言ってたっけ…間違った事を書けば誰かが訂正しに来る…だっけ?」

 

とりあえず、私は掲示板にその事件についてあえて間違った情報だらけの書き込みを好きしてみる事にした

 

 

 

 

 

双剣士 カイト

 

エンデュランス「ここはいつ来ても、黄昏の中にある」

 

聖堂に夕焼けの光が差し込む

 

エンデュランス「…いつだって、始まりはここからなのかもしれない」

 

カイト「そう、かもね」

 

エンデュランス「…君も、そう思うかい、ミア」

 

ミア「始まりはいつもココから…確かにそう捉える事もできるケド、それは物事を一つの視点からしか見ていないという事だとボクは思うな」

 

カイト「…ミア、どうして僕達をここに」

 

ミア「友達と久しぶりに会いたい、それだけだよ」

 

カイト「……」

 

かつての姿と同じ、紫の毛並み、縦に伸びた巨大な耳

二度と会えないと、失われたと思っていた存在

 

ミア「どう?これから3人で冒険でもしない?」

 

カイト「…いや、僕はやめておくよ」

 

わからない、未知とは違う謎

まるで海の様に、目の届く限りの海を知っているのに、深い深海や海底は全く見えてこない

 

ミア「怯える必要はないよ」

 

真実を見抜く様なその眼を細め、此方に笑いかけてくる

 

カイト「…怯えてるんじゃない、わからないだけだよ」

 

この抵抗はただの強がりだ、全く意味のない

 

エンデュランス「キミは自らをサルベージされたデータだ…と言った、だけどモルガナ因子を抜き取られたキミは…」

 

ミア「そう、僕はモルガナの八相、マハだった」

 

長椅子に寝転がり、そう言う

 

ミア「そしてその力を奪うために因子をボクから無理矢理取り出した…その時点でボクは壊れてしまった」

 

エンデュランス「っ……」

 

ミア「でも、エルク…今、ボクは帰ってきたんだ」

 

エンデュランス「それは…」

 

ミア「証拠に、キミは碑文の力を失った」

 

エンデュランス「!」

 

カイト「エンデュランス、本当なの…?」

 

エンデュランス「…確かに、今の僕は…マハを呼び出せない」

 

カイト「…じゃあ、本当に…」

 

長椅子から起き上がり、笑顔を浮かべて歩み寄ってくる

 

ミア「信用してくれたかな、2人とも」

 

カイト(…信用、か…)

 

ミア「まさか、僕のことが信じられないの?僕が本物だって分かったのに…いや、僕そのものを疑ってたの?」

 

エンデュランス「そんな事ないよ…!」

 

カイト「エンデュランス!」

 

ミア「カイト、キミは信用してくれないのかな」

 

エンデュランス「カイト、ミアなんだよ…?」

 

カイト「…それは…」

 

そのままを受け入れることは危険だ、そう言われている様な気がして…

 

カイト「…僕には、ミアが大切な友達だったからこそ…簡単に信用できない」

 

ミア「そう、残念だな…」

 

カイト(…僕は…)

 

聖堂の扉が荒々しく開く

 

朔望「見つけたで…!まぁたエン様に近づきよって!ウチがぶちのめしたる!!」

 

カイト(アレは…誰?)

 

エンデュランス「朔、やめて…!」

 

朔望「エン様!なんでそんなんに惑わされとるんですか!相手はAIDAや言うた筈です!」

 

エンデュランス「ミアはミアなんだ…!やめてよ!」

 

朔望「…エン様の気持ち、ウチにはわからんわ!…行くでぇ…ゴレェェッ!』

 

空間が歪む

 

朔望『纏めていてこましたるわ!!』

 

エンデュランス「っ…マハ!…マハ!……ダメなのか…!」

 

ミア「エルク、大丈夫だよ、僕を受け入れて」

 

ミアがエンデュランスの背に手を触れる

 

エンデュランス「あ……あああああっ!」

 

カイト「エンデュランス…!」

 

朔望『エン様から離れんかい!このクソ猫ォォォォォッ!』

 

ミアの姿がエンデュランスのPCに溶ける様に消えていく

 

エンデュランス「…ミア、キミは絶対に守る…マハ』

 

碑文がぶつかり合う

 

朔望『エン様!なんでわかってくれへんのですか!?何がわからんのですか!』

 

エンデュランス『僕は友達を守りたいだけなんだ…!もう放っておいてよ!』

 

朔望『ウチらの過ごした時間は!頑張りは!…ウチのこの想いは!全部そんな簡単に捨てられる訳ない!』

 

エンデュランス『っ…!ミア!行くよ!』

 

細かな光弾をお互いにぶつけ合う

 

朔望(このままこまい攻撃してもラチあかへん…エン様を元に戻すにはどうすればええんや…ただ倒せばええんか!?そんな訳ない!)

 

エンデュランス『うわあアアアアッ!』

 

マハの爪を振るい、ゴレを斬りつける

 

朔望『っぐ……うう…!……めっちゃ、痛い…!』

 

エンデュランス『キミが…!キミがミアを傷つけようとするから!』

 

何度も何度も、マハが引っ掻き、傷つける

 

カイト「エンデュランス!」

 

エンデュランス『カイト…キミもだよ、キミまでもがミアを…!』

 

マハがこちらを向き、爪を突き刺す様に向ける

 

エンデュランス『もういい…みんな消えろ!!』

 

マハが爪を振りかぶる

 

八咫『円光、汝に罰を下さん』

 

4本の光線がマハを貫く

 

エンデュランス『っ…うぁ…!』

 

カイト「八咫…!」

 

朔望『なんや…何のために来た…」

 

八咫『当然、君たちを止める為だ…エンデュランス、君の行動はとても誉められたものではない、かつての仲間を手にかけようなど』

 

エンデュランス『五月蝿い!ミアは僕が守るんだ!』

 

八咫『ならばそうすればいい」

 

フィドヘルが消滅する

 

朔望『な…本気で言うとんのかこのクソ坊主!』

 

八咫「誰にも君たちを侵す真似はさせない、だからここは一度引き下がりたまえ」

 

エンデュランス『っ……ミ、ミア…!」

 

マハが消滅し、エンデュランスが転送される

 

朔望『おんどれクソ坊主!何しとんねん!ワレの所為でエン様が…!」

 

八咫「私の所為ではあるまい、アレはもはやなるべくしてなったのだ」

 

朔望「講釈垂れんなや…!」

 

八咫「君はエンデュランスを攻撃できたか」

 

朔望「っ…それ、は…それはエン様が操られてるから…!」

 

八咫「エンデュランスは操られてなどいない、自らの意思で選択した」

 

朔望「…ウチには、.hackers時代の話なんて、なんっにもわからん…アンタらがどんな危険なことしたかも知らんけどな…ウチは、ウチらが死ぬ気で守ったこの世界で…エン様を…このThe・Worldを壊す様な真似…!」

 

八咫「君の意見は重々承知している、だがエンデュランスにとってミアは、マハは特別なのだ」

 

朔望「…何が、特別や…」

 

八咫「悠長だと思われるだろうが、今はあのマハの危険性を確認する必要がある……危険ではないのなら」

 

朔望「無視しろって事やろ…やけど…」

 

八咫「…他にできることなど存在しない」

 

朔望「…精々勝手に諦めとけ、ウチはウチでエン様を助ける方法を探す」

 

八咫「…行ったか、すまない、見苦しいところを見せた」

 

カイト「…いや、考えを整理する時間が欲しかったから」

 

八咫「…The・Worldをかつて救った英雄にとって、あのミアはどうみえた」

 

カイト「…僕は……危険だと感じてしまった、ミアを信じられなかった…」

 

八咫「妥当だろう、私もそうだ」

 

カイト「…ねぇ、あのミアは…」

 

八咫「おそらく君の記憶を主にして作られた存在だ、そしてこれからエンデュランスの記憶をも取り込むだろう」

 

カイト「……」

 

八咫「…しかし、まるで昔に帰ったようだ」

 

八咫がアウラの像を眺める

 

カイト「…そう、かな」

 

八咫「覚えていないか?意味もなくブラックローズやみんなとこの大聖堂に来た事」

 

カイト「…あった気もするね」

 

八咫「つまらない答えだな、だが……アウラはなぜ舞い戻ったのか」

 

カイト「わからない…」

 

八咫「アウラの声を聞く必要があるだろう」

 

カイト「…アウラに会う方法があるの?」

 

八咫「ああ、用意する」

 

カイト「…どれくらい、かかる?」

 

八咫「3日と言ったところか…む」

 

カイト「どうかした?」

 

八咫「少し待ってくれ……カイト、やはり今の話は先になる」

 

カイト「何かあった?」

 

八咫「深海棲艦が攻めてきた、指揮にあたる」

 

カイト「深海棲艦が…」

 

八咫がエフェクトに包まれて消える

 

カイト「…僕もログアウトして横須賀への支援部隊を用意しないと」



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Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

双剣士 カイト

 

カイト「…ここで?」

 

八咫「そうだ、日程は3日後の17時、その間はこのエリアを完全封鎖し碑文使いPCを集める…」

 

カイト「碑文使いPCを…」

 

八咫「八つの碑文がアウラをこの世界に呼ぶ鍵となるのだ、そしてアウラの声を聞く…」

 

カイト「わかった、僕はどうすれば良いの?」

 

八咫「君は何もしなくて良い、ただ…これからの事はその時に決まるだろう」

 

カイト(…アウラを呼んだとして…この世界はどうなるんだろう、アウラは力を貸してくれるのかな…)

 

八咫「それと、BBSなどに取り上げられている綾波の事件…アレは君の差し金か」

 

カイト「…綾波を犯罪者のままにしたくはない」

 

八咫「それは構わない、だがやり方が悪い…スレッドは荒れ放題、真実が拡散する前に狂言ばかりが世に出回っては…」

 

カイト(青葉、一体どんな手段を取ったんだろう…)

 

八咫「聞いているのか」

 

カイト「ごめん、ええと…あれ?」

 

何かを感じて振り返る

 

八咫「…どうした」

 

カイト「…誰かに、見られてるような…」

 

八咫「……」

 

周囲にノイズが走る

 

八咫「管理者PC(プレイヤーキャラクター)…システム管理者だと?誰だ」

 

数見「不可視状態のこのキャラクターを見つけるとは、いやはや流石は伝説の英雄様と言ったところかな」

 

ノイズの中から黒いマントを翻し、男のPCが現れる

 

カイト「…貴方は…」

 

八咫「数見…CC社は辞めたのではなかったのか」

 

数見「やめたとも、勘違いされては困るな、これは特務部の業務の一環だ…そこの内通者を捕まえるためのね」

 

数見がこちらに指を指す

 

八咫「内通者だと?」

 

数見「3日前の事だ、ある深海棲艦が陸地で確認された…そして、倉持海斗と接触した」

 

カイト「……」

 

八咫「本当なのか?」

 

カイト「事実だよ、それが?」

 

数見「それがときたか…深海棲艦と密会し、それを報告もしないのだからこれは明らかな軍に対する裏切り行為に他ならないだろう?」

 

カイト「僕はただ暴れないで欲しいから本を買い与えだけだ」

 

八咫「本を…?」

 

カイト「…たまたま陸地で見かけたんだ、その日は少し必要な事務用品の買い出しに行ってた、そこで」

 

八咫「…しかしなぜ報告しない」

 

カイト「あのレ級は…曙だ」

 

数見「…成る程?」

 

カイト「数見さん、貴方が曙に無理な作戦を実行させた事は既に知っています」

 

数見「脅しのつもりか」

 

カイト「いいえ、しかし貴方はその作戦で得た情報を秘匿している…深海棲艦基地の場所だけじゃない、あそこにはたくさんの捕虜が居ると言う事実、僕たちは何も知らされていない」

 

八咫「…私のところにも、情報は来なかった」

 

数見「必要がないから知らせなかった、何か問題が?」

 

カイト「僕はレ級から深海棲艦の基地の位置を聞き出そうとしている、貴方達特務部が隠している基地の場所を」

 

数見「君たちが攻略すると?」

 

カイト「そうです」

 

数見「必要無い、あそこを含めた深海棲艦の基地はあと数時間のうちに消え去る」

 

八咫「何…?」

 

数見「衛星で深海棲艦の往来確認することができた拠点は全て破壊する、それも同時に…」

 

カイト「…何を…」

 

数見「各国で極秘に進めている作戦がある、それだけの事だよ」

 

八咫(…弾道ミサイルか…)

 

カイト(もし、破壊に成功したとして…深海棲艦は不死身だ、どうなるのか…)

 

ハル「随分とお粗末な末路を辿るものだ」

 

聖堂の扉が開く

 

数見「…君は…?」

 

カイト(あのPCは確か曙の…!)

 

ハル「核か?世界各国で保有してる国は限られているが確かに超長距離の攻撃に我々は弱いのかもしれないな」

 

八咫「我々…深海棲艦か…!」

 

カイト「どうやってログインして…」

 

ハル「…私の身体は所詮仮初のもの、貴様らに何を説明したところでわかるまい」

 

カイト(…身体…仮初…?)

 

数見「たとえ計画を知ろうと…全くもって無駄な話だな」

 

ハル「数時間と、お前は言ったな…」

 

ハルが数見に詰め寄る

 

数見「それがどうした」

 

ハル「アイツはお前らなんかよりずっと狡猾だ、お前、の作戦とやらは…悪戯に犠牲者を出すだけだ、やめておくんだな…ミサイル兵器というのは今ならどこからでも使えるという事だが…果たしてそううまくいくものか」

 

カイト(アイツ…?)

 

数見「…何?」

 

ハル「それと…お前の名前を聞き忘れた」

 

カイト「…カイト」

 

ハル「カイト、先日の事は感謝する、私は思考する能力はあるが知識は乏しい、本という物はとても良い、私に知識を与えてくれた」

 

カイト「…君は何のために人間と戦うの?」

 

ハル「深海棲艦として生まれたからだ、私は謂わば…嵐だ、戦いこそが存在意義だった」

 

カイト「…だった、って事は…」

 

ハル「今は違う、知的欲求、好奇心に身体を支配されている気分だ」

 

カイト「できる事なら君と戦いたく無い」

 

ハル「ならばあの時もらった本と同じ日数だけお前達に手を出しはしない、本の代価としてだ…だが、先に手を出したのならば…わかるだろう?せん…専守防衛…というヤツだ」

 

カイト「…わかった」

 

カイト(できれば、二度と戦わなくていい様にしたいけど…)

 

八咫(…このハルがレ級だとして…本当にその約束を守るのか…)

 

数見「果たして、その約束は守られるのか…愚直に信じるのは如何なものだと思うが」

 

カイト「…僕は信じます、この子を」

 

ハル「信じる、というのはあまりにも愚かな気もするがな」

 

数見「……」

 

ハル「しかし…」

 

ハルが数見の方を向く

 

ハル「貴様を見ていると…異様に殺したくなるのは何故だろうな…」

 

数見「…明日にはお前達は灰になる」

 

ハル「ふん、私は警告したぞ」

 

ハルがエフェクト共に消える

 

カイト(…曙のパソコンは確か特務部に行った時にそっちに…東京の襲撃で取り返した…のかな、でも深海棲艦の基地にWi-Fiがあるのか…どうやって接続しているのかもわからない)

 

数見「深海棲艦を消滅させた後、君の責任問題について追及する…覚悟しておくように」

 

カイト「…わかってます」

 

八咫「…カイト、行こう」

 

転送エフェクトに包まれる

 

 

 

 

 

ネットスラム

 

ヘルバ「待っていたわ、カイト」

 

カイト「ヘルバ…それに、なんでネットスラムに」

 

八咫「ヘルバから至急来るようにと連絡があった、それだけだ」

 

ヘルバ「カイト、さっき貴方達が会っていた相手…」

 

カイト「…数見さんの方?」

 

ヘルバ「違う、もう1人の…アレは何?全てのデータが異質…」

 

カイト(曙のデータが…)

 

八咫「具体的には?」

 

ヘルバ「…データの容量が膨大すぎる…まるで、碑文使いの…いや、それとも違う…ログインもログアウトの履歴も残っていない…まるで不正な…」

 

カイト「…一体、何が…」

 

ヘルバ「カイト、次にあの子に会ったらできるだけ長くその場に留めなさい、解析する時間が必要だわ」

 

八咫「余裕はないだろうが、私からも頼む」

 

カイト「…わかった、でも…ミサイル攻撃が成功したら…」

 

ヘルバ「…そうね、とにかく、明日を待つしかない」

 

八咫「これは、私の意見だが…上手くいくとは到底思えん」

 

カイト(…僕もだ、どうしてだろう…この不安感は…)



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反存在 

本日はリアルパートありません


Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

ロストグラウンド グリーマ・レーヴ大聖堂

拳闘士 ボーロ

 

ボーロ「……あれ、何で私ここに…」

 

最後の記憶は、満潮達に看病されて…それで、つきっぱなしのパソコンを見つけて…

 

ボーロ「…そのままログインした…?にしても、なんか変な感じ…」

 

聖堂を見渡す

 

ボーロ「…何、この像」

 

聖堂の最奥、台座の上に鎮座する一つの石像…

精巧で、綺麗な…

 

ボーロ(…ああ、確か女神アウラの…でも、このバージョンでは存在しないんじゃ…アプデでも入ったのかな?)

 

ぼーっと像を眺める

 

後方から聖堂の扉が開く音がする

 

天津「あれ、先客がいる…」

 

ミッチー「本当だ、ロストグラウンドに誰かいるなんて珍しいんじゃない?」

 

チャットログに視線を落とす

 

ボーロ(2人か…PKじゃ無さそうだし…まあ、気にしなくてもいいかな…)

 

ミッチー「ここならみんなで来てみたいかも、朝潮姉さん達も喜ぶかなぁ…」

 

天津「島風に教えてもらったんだけど、ここでいろんなことがあったらしいの、みんなを連れてくる前に調べてから来てみない?」

 

ボーロ(…まさか、ウチの泊地の…満潮と…天津って天津風なのかなぁ…声かけたほうがいいかな、よその子なら…うーん…)

 

ミッチー「…あれ?あの人の名前、ボーロだって…」

 

天津「それがどうかしたの?」

 

ミッチー「いや、漣が朧の事ボーロボーロってよく呼んでるから…まあ、まさかねぇ」

 

天津「聞いてみたら?」

 

ボーロ(そのまさかだし、聞かれても困るんだよね…AFKのフリしよう)

 

ミッチー「…おーい、もしもーし?」

 

ミッチーがすぐそばまで来てから手を振るエモートを繰り返す

 

ミッチー「無視されてるんだけど!何コイツ…」

 

天津「無視は酷いんじゃない?」

 

ボーロ(…あー…AFK知らないのかな…無視してるのは事実だけど…あれ?)

 

オークラ「多分その子AFKしてるよ」

 

ミッチー「えーえふけー?」

 

オークラ「アウェイフロムキーボード、離席って事」

 

ミッチー「へー、離席かー」

 

天津「無視じゃなかったわけね」

 

オークラ「とこらでさ、もしかして艦娘?」

 

ミッチー「何でわかって…」

 

オークラ「朝潮とか島風とか、艦名だしね、それに宿毛湾の子達でしょ!」

 

ミッチー「そこまでわかるの!?」

 

オークラ「だって私も佐世保だしさ、関わりある子じゃなくても宿毛湾の島風位になると有名じゃん?」

 

ボーロ(佐世保…オークラ……オータムクラウドで秋雲かな)

 

天津「そう…島風って凄いんだ…」

 

オークラ「凄い凄い、そんじょそこらのじゃ束になっても敵わないって」

 

天津「そ、そうよね!」

 

 

ミッチー「ところでアンタは佐世保の誰なの?」

 

オークラ「秋雲、会ったことないかな、よろしくね」

 

ボーロ(やっぱ秋雲なんだ…)

 

ミッチー「満潮よ、よろしく」

 

天津「天津風、よろしく」

 

オークラ「うんうん、仲良くしようねぇ…ん?」

 

聖堂が震えているような感覚…

 

ミッチー「地震!?」

 

天津「ゲームでしょ?…まさかリアルで地震!?」

 

オークラ「…早く落ちたほうがいいよ、2人とも」

 

ミッチー「そうね!また!」

 

天津「じゃあね!」

 

2人分の転送音が聞こえる

 

オークラ「…巻き込まれたく無いなら早く落ちたほうがいいよ、朧」

 

ボーロ「ねぇ、コレ何が起きて…」

 

振り返って最初に見えたのは棺

青い炎に包まれた、宙に浮かんだ棺…

 

ボーロ(…中のPC…提督のカイト…いや、違う……確か名前は…)

 

オークラ「三爪痕、または…追跡者、そう呼ばれてる」

 

ボーロ「追跡者…って追われてるの…?」

 

オークラ「そう言うこと、じゃー秋雲さんは逃げるか」

 

オークラが転送エフェクトに包まれると同時に棺が弾け飛ぶ

 

ボーロ「うわっ!?」

 

金属が弾け飛び、硬い何かにぶつかる音が響く

蒼い炎が周囲に飛び散り中から三爪痕が聖堂の床に降り立つ

 

ボーロ(ろ、ログアウトしなきゃ……あ、れ…)

 

ようやくここで異変に気づいた、リアルの私は何処にいるのか…

 

ボーロ(…待って、画面の端は?モニターは何処に…)

 

リアルの手を動かそうとすればゲームの私の手が動く

立ち上がろうとしても私の足腰がガタガタ震えるだけ…

 

三爪痕が此方を向く

 

ボーロ「っ…!」

 

生気のない幽鬼の目に睨まれ思わず尻餅をつく

 

ボーロ(え…)

 

肌に伝わる感覚…

脳が異変を伝えてくる

 

ボーロ(ゆ、床に…触ってる…この感触…間違いなく石でできて…それだけじゃ無い、炎の熱さも感じる…!)

 

三爪痕「……」

 

コツ、コツと三爪痕が此方に歩み寄る

 

ボーロ(前の世界じゃ敵じゃなかった、だけど…どうなって…まさか殺されるんじゃ…今の状態で殺されたら…どうなるの…?)

 

三爪痕の右手首が明滅する

 

ボーロ(腕輪…!まさか、データドレイン…)

 

予想は正しかったのか、三爪痕の右腕は持ち上がり、此方をしっかりと捉える

 

ボーロ(…やだ、嫌だ…!)

 

三爪痕「っ……!」

 

派手な光のエフェクトともに三爪痕の体が揺れる

 

カイト「朧!こっちだ!」

 

聖堂の扉の前のカイトがこちらへと呼びかける

 

ボーロ「て、提督…?何でここに…」

 

立ち上がろうとした所を三爪痕が手で制する

 

三爪痕「…ク……ア"…ア"ァ"…!」

 

カイト「三爪痕、朧を解放するんだ」

 

カイトが双剣を取り出し、構える

 

カイト「隙を見てタウンに逃げるんだ!」

 

ボーロ(隙を見てって…)

 

三爪痕はカイトの攻撃を全て片手で受け止め、炎で吹き飛ばす

 

ボーロ(動いたら巻き込まれかねない…いや、絶対チャンスが…!)

 

カイト「オラジュゾット!」

 

聖堂の床を破り木が隆起する

 

ボーロ「うわっ」

 

カイト「今だ!」

 

その声に反応して駆け出す

目指すは聖堂の扉の先、タウンへ繋がるプラットホーム

 

三爪痕「ダ…メ、ダ…!」

 

ボーロ(しゃべっ…!?)

 

三爪痕が周囲の木を全て切り刻み、此方へと飛んでくる

 

カイト「朧!」

 

カイトが伸ばした手に私も手を伸ばす

 

ボーロ(とど…)

 

伸ばした手を掴まれた感覚…

そして視界一杯に広がる幽鬼の炎

 

三爪痕「……ヨ…カッ…」

 

眩い光に意識ごと遮られる

 

 

 

 

 

 

 

 

斬刀士 エンデュランス

 

エンデュランス「これは…!」

 

AIDAの反応があった場所

グリーマレーヴ大聖堂

 

聖堂の中には二つの死体と未だ戦っている2人

 

三爪痕「ク…ビ……ア"…ア"ァ"ァ"!!」

 

カイト「夢幻操武!!」

 

二つの蒼い炎がぶつかり合う

 

エンデュランス(…カイトと三爪痕が何故…この死体…三爪痕の取り巻きの騎士…?)

 

三爪痕の斬撃でカイトが弾き飛ばされる

 

三爪痕「…データ…ドレ、イン…!」

 

エンデュランス(三爪痕が喋って…)

 

カイト「く…!」

 

光の矢がカイトを貫く

 

カイト「あああああああっ!!」

 

エンデュランス「データドレインを…本当に…?三爪痕は何で…」

 

わからない、何が起きてるのかわからない…

 

データドレインを受けたカイトはその場に崩れ落ち、消滅を始める

 

三爪痕「……」

 

エンデュランス「三爪痕…キミが、喋れるのなら…なぜこんな事を…」

 

三爪痕が消えかかったカイトに指を指す

 

三爪痕「クビ、ア」

 

エンデュランス「クビア…?クビア、そんな、まさか…」

 

クビア、反存在

この世界を滅ぼしかねない、最大の敵

 

それがカイトだった…?

 

エンデュランス(いや、違う…カイトはこの世界に2人いる…まさか…)

 

カイトが消滅する

 

エンデュランス「カイトの事を模したAIDAは…クビアだった…?」

 

三爪痕「………」

 

三爪痕が炎に包まれる

 

エンデュランス「…この世界は、どうなって…っ?」

 

サーバーエラーのメッセージと共に、ボクのPCは強制ログアウトさせられた

 

 

 

 

 

管理者ルーム

数見

 

カイト「あー…しっ……した」

 

カイトのPCボディはどろどろに溶けたように

そして露出した面からは真っ黒な姿が覗いている

 

数見「どうやら音声データが欠落しているらしいですね

 

カイト「そ…く…る?」

 

数見「…いいでしょう」

 

再誕の因子を手渡す

 

Cubia「……」

 

カイトの姿が完全に消え失せ、藍色の衣装の双剣士となる

 

Cubia「なかなか悪く無い…」

 

数見「コレで協力してくれると言う事で」

 

Cubia「元から協力するって話だったじゃ無いか、だけど、残念だったなぁ…せっかく自力でダミー因子を手に入れるチャンスだったのに」

 

数見「……」

 

Cubia「女神の騎士の方もヤバい強さになってるし…このままじゃちょっとばかり苦しいかもしれない、時間までは逃げ続けるよ」

 

数見「RA計画には間に合わせてください」

 

Cubia「わかってる、第四相のダミー因子は?」

 

数見「ここに」

 

Cubia「1人で2つ?欲張りだなぁ」

 

数見「……女神アウラは…我々の財産です、先日のミサイルの件も含め、あの寝惚けた女神をこの世界に呼び戻し、我々の物とする…」

 

Cubia「それがRA計画…成る程」

 

数見「必ず、成功させる」




艦娘PC名リスト
ボーロ→朧
ミッチー→満潮
天津→天津風
オークラ→秋雲


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RA計画

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

ロストグラウンド グリーマ・レーヴ大聖堂

双剣士 カイト

 

カイト「…今日、ここにアウラが…」

 

八咫「ああ、アウラならこのネット世界に存在するAIDAの正体をも、理解しているだろう…全てを確かめるにあたって、碑文使いも揃えた」

 

カイト「そう言えば、碑文使いって…」

 

八咫「現在生存してる碑文使いは7人…だが、艦娘にも碑文の力を得ているものがいる…」

 

瑞鳳「たとえば私みたいな」

 

カイト「瑞鳳さん…そうか、タルヴォスの…」

 

八咫「それに、ハセヲが全ての碑文の力を一部宿している、彼1人でも何とかなるだろうが…念には念を押すべきだ…一度まとめておこう、今日、この場に存在する碑文使いについて…む?」

 

ヤヨイ「…間に合った?」

 

八咫「まだ時間には余裕がある、彼女は第六相誘惑の恋人マハの碑文使いだ…今は艦娘として活動はしていないが」

 

ヤヨイ「私はこの世界で済ませることがあるの」

 

八咫「…碑文使いの方は全員揃ったようだ、紹介しよう、まずは第一相死の恐怖スケィス、ハセヲ」

 

ハセヲ「ああ」

 

八咫「第二相惑乱の蜃気楼イニス、アトリ」

 

アトリ「よろしくお願いします」

 

八咫「第三相増殖メイガス…の、碑文使いは来られなかった、その為、神通」

 

神通「…代役扱いは不服ですが」

 

八咫「第四相運命の預言者フィドヘル、この私、八咫が努める…そして第五相策謀家ゴレ、朔望」

 

朔望「よろしくね…」

 

八咫「第六相誘惑の恋人マハ、エンデュランスから碑文の力が欠落したためヤヨイ」

 

ヤヨイ「……」

 

八咫「第七相復讐する者タルヴォスについても、碑文使いが来られなかった為…」

 

瑞鳳「私がやる」

 

八咫「第八相再誕コルベニク、これの碑文使いは居ない、艦娘の適合者も居なかった…そもそもThe・Worldでコルベニクの反応が確認できなかった、致し方ない事だが、これで進めさせてもらう」

 

ハセヲ「…俺がコルベニクの因子のかけらを持ってる、きっとコレに反応する筈だ」

 

八咫「それと…」

 

川内「まあ、私達も何かあった時用にって事で」

 

那珂「そう言う事で!」

 

聖堂の扉が開き、全員の視線が集まる

 

真っ白なゴスロリに身を包んだ少女がゆっくりと聖堂を歩く

 

アイナ「…アイナです、今日はよろしくお願いします」

 

カイト「八咫、この子は…」

 

八咫「コルベニクの適合者の妹であり、過去にアウラを呼んだ際に彼女を依代にアウラが降りた」

 

アイナ「…やるべき事はわかってます、任せてください」

 

ハセヲ「あんま無理すんなよ」

 

アイナ「…わかってる」

 

八咫「早速取り掛かろう」

 

石像の前に碑文使いが集まる

 

八咫「…この石像…前回は無かったのだがな…」

 

アイナ「やる事は何も変わりませんから…」

 

カイト(…何だろう、この感じ…この、不自然な感覚は…)

 

アイナが大きな本を開く

 

ハセヲ「…良いぜ、俺は…ここにいる…!スケィス!』

 

アトリ「私に力を…みんなを守る力を…イニス!』

 

神通「力を貸しなさい…メイガス』

 

八咫「…顕現しろ、フィドヘル』

 

朔望「「ゴレ!』』

 

ヤヨイ「…マハ』

 

瑞鳳「タルヴォス!』

 

顕現した碑文がアイナを取り囲む

 

アイナ「……夕暮竜を求めて旅立ちし影持つ者、未だ帰らず……ダックの竈鳴動し、闇の女王ヘルバ、ついに挙兵す…」

 

カイト(黄昏の碑文…!)

 

聖堂の中の空気が変わる

 

 

 

数見(碑文が7体、これだけ碑文が集まったのだ…まさか、最後の一柱が呼ばれないわけがない)

 

 

ハセヲ「……っ!?」

 

全員の碑文が光となって消え、其々のPCへと戻っていく

 

八咫「何がどうなっている…!」

 

アイナ「… すべての力、アルケ・ケルンの神殿に滴となり、影を持たざるものの世、虚無に帰す……?」

 

アイナの正面に蒼炎の球がゆらゆらと現れる

 

ハセヲ「三爪痕!…何でこのタイミングで…いや、またやろうって事か…!」

 

八咫「戦闘態勢を取る他あるまい」

 

蒼い炎が弾け、アイナを吹き飛ばす

 

アイナ「きゃぁっ!」

 

アトリ「アイナちゃん!」

 

ハセヲ「野郎…何でアイナを狙って…」

 

三爪痕「ヤメ…ロ…!」

 

ハセヲ「しゃべっ…お前喋れたのか!?」

 

三爪痕「ア…ウラ…ヲ…」

 

カイト(やめろ…つまり、三爪痕はアウラを呼ぶのを…阻止したいって事?なんで…)

 

三爪痕を光線が貫く

 

三爪痕「ァ"…ガ…ア"……」

 

八咫「何っ…誰が…」

 

数見「私も、彼同様に招かれざる客だったでしょうか」

 

八咫「数見…!」

 

数見の右腕から伸びた光線が三爪痕を破壊する

 

ハセヲ「それは…データドレイン…か…?」

 

数見「…人工のそれと言って差し支えないでしょう…言うなれば、紋章砲」

 

カイト「紋章砲…」

 

三爪痕が砕け散る

 

数見「さ、邪魔者は消えましたよ、続けてください」

 

八咫「まさかお前が協力すると?」

 

数見「ええ、協力しますよ、その為に邪魔者を排除した」

 

ハセヲ「……」

 

数見「…いや、続けるまでも無かったのかもしれない…既に女神は降りていたのか」

 

アウラの石像が光を放つ

 

カイト「…アウラ…居るの…?」

 

返事はない、だけど異質な空気がハッキリと抑えてくれる…

此処には何かがいると…

 

数見「さあ、もっと問いかけたら如何ですか、女神の騎士サマ?」

 

カイト「……アウラ、どうか助けて欲しい…力を借りたいんだ」

 

数見(そうだ、そのまま続けろ…お前の行動が…女神に終焉を齎す!)

 

アウラ『…カイト…貴方の声が、聞こえます』

 

アウラの声が聖堂に響き渡る

 

アウラ『…私を…この世界に呼び戻してしまったのですね…』

 

カイト「…アウラ、君の眠りを妨げてごめん、だけどこの世界だけじゃない、ネット全体…いや、リアルでも色んなことが起きている…君の力を借りたいんだ」

 

アウラ『…それは、恐らく…叶わない…』

 

カイト「えっ…」

 

ハセヲ「が…!……なん、だ…コレ…!」

 

ハセヲのPCから鎖が飛び出し、アウラの石像に巻きつく

 

気づけば7人の碑文使い全員から鎖が伸びる

 

カイト「…これは…」

 

七本の鎖がアウラの像を聖堂の台座に固定する

 

数見「結局第八相は現れずか…まあいい」

 

数見が右手を上げる

 

数見の周囲に5体のPCが現れる

 

ハセヲ「何だ、ソイツら…!」

 

八咫「このエリアには一般PCは入れないはず…!」

 

数見「そう、一般PCは入れない…コレらには管理者権限を与えた…つまりこちら側のPC…」

 

ハセヲ「管理者って事か…」

 

数見「そう思ってくれれば話は早いでしょうが…」

 

Cubia「少し違う、と言うのも覚えておいて欲しいな」

 

カイト「その名前…クビア!まさか…」

 

八咫「クビアだと…!」

 

数見の背後から別のPCが現れる

 

数見「…始めるとしよう、ダミーと侮るなよ女神…!」

 

数見達からも鎖が伸び、アウラの像に突き刺さる

 

アウラ『…ダメ……カイト…!』

 

カイト「アウラ!…うぐっ…!」

 

聖堂の床を突き破り伸びた鎖に全員のPCボディが拘束される

 

数見「そこで見ていろ、勇者カイト…お前は所詮女神を釣るための釣り餌だ…」

 

カイト「何が、起きてるんだ…コレは…」

 

数見「とうとうアウラはThe・Worldに帰ってきた…コレでRA(Rebirth Aura)計画は完成する…!」

 

Cubia「そう、これで僕の存在を確立できる…」

 

一本の鎖が光り輝く

 

Cubia「さあ、来い…Aura…!」

 

数見「これで、世界は一新される…!」

 

八咫「数見、お前は…まさかクビアを手懐けたと言うのか…れ

 

Cubia「この作戦は利用価値があったんだ…僕の再生の為に凄く有用だった、三爪痕からも守ってくれたしね…」

 

CubiaのPCが光り輝く

 

ハセヲ「どうなってやがる…何だあのキャラクターは…!」

 

カイト(クビア…クビアが再生してるんだ…!)

 

Cubia「カイト、ハセヲ…僕を殺したお前達を…僕は許さない」

 

八咫「アウラの力を吸収して再生、そんな事が…」

 

ハル『竜骨山脈を越えしおり…一同、人語を解する猿に出会う』

 

カイト「…キミは…」

 

聖堂の扉が開く

オペラのように、歌うように声が聖堂一杯に木霊する

 

数見「誰だ、お前は」

 

Cubia「…この一節は…僕の…」

 

ハル『その猿の問うていわく……汝につきまとうものあり…そのもの汝には耐えがたく受け入れがたきものなり』

 

数見「此処には管理者が許可した存在しか入り込めない、どうやって…」

 

ハル『されど、汝とは不可分の…そのものの名を唱えよ……と 』

 

ハルが視界から煙のように消える

 

Cubia「何処に…」

 

カイト「っ!?」

 

鎖が断ち切られ、急に体が自由になる

 

ハル『お前の事だな、Cubia』

 

Cubiaから伸びた鎖の上にいつの間にかハルが立っている

 

数見「貴様!そこから離れ……ぐ…ああああ…!」

 

Cubia「どうしたんだ…?」

 

ハル『カイト、そいつらを抑えろ…私が鎖を断ち切る、そうすればコイツらは助かるだろう』

 

カイト「…わかった」

 

数見「なん…だと…?」

 

ハル『死の恐怖だけではなく運命の予言者まで…か……貴様の器では2人分は無理だ…強欲は己を滅ぼす』

 

ハルが飛び上がる

 

ハル『コルベニク…』

 

Cubia「っ!やめろ!!」

 

Cubiaがハルに迫る

 

カイト「三爪炎痕!」

 

Cubia「この…邪魔をするな!!」

 

コルベニクがその両手で鎖を掴む

 

Cubia「ぐ…やめろ!」

 

カイト「邪魔はさせない…!」

 

ハル『此処までだ』

 

Cubia「うああああッ!」

 

数見「が…ああああああ!!」

 

ハル『お前達に女神の器は無理だ…諦めろ」

 

数見達のPCがエラーの文字に包まれエリアから消滅する

 

八咫「…お前は…何者だ」

 

ハル「見てわからないか、第八相に呼ばれた」

 

ハセヲ「お前が…コルベニクの…!」

 

ハル「…アウラ、不完全な女神…私の力を貴方に」

 

ハルから鎖が飛び出しアウラの像に巻きつく

 

ハル「……う…ああ…」

 

アウラの石像が光に包まれ、消滅する

 

八咫「何が起こった…!」

 

カイト「アウラが、この世界に再び…」

 

アウラ「…カイト、私は此処にいます…」

 

聖堂の最奥の台座の遥か上

ステンドグラスから差し込む強い夕日が彼女を照らしていた

 

真っ白なケープに身を包み、長い髪を靡かせ

ただ浮かんでいた

 

ハセヲ「…アウラ…」

 

アウラ「…私は、目を覚ましてはならない…世界の行く末に関わってはいけない存在…」

 

カイト「アウラ、教えて…この世界で何が…」

 

アウラ「…全ての人が…強すぎる力を持ってしまった…貴方と同様に…」

 

アウラが僕を見る

 

アウラ「…貴方は使い方をわかってる…でも、それを持ってるのは貴方だけじゃない」

 

カイト「…どういう…」

 

アウラ「…ああ、なんて事…」

 

三爪痕の残骸が浮かび上がり、一つにまとまっていく

 

アウラ「……カイト、今のクビアは…貴方そのものの反存在…」

 

カイト「僕の…」

 

ハル「っ…」

 

ハルが大きく揺れて膝をつく

 

ハル「成る程…そう言う事か…この感覚、この頭痛……」

 

カイト「どうしたの…?」

 

ハル「……」

 

ハルが転送エフェクトに包まれて消える

 

八咫「…彼女は何者なのだ」

 

アウラ「騎士…そして、太陽……私は、この世界に居てはいけない…誰かにこの力を奪われてはいけない…」

 

ハセヲ「うおっ!?」

 

八咫「ぐ…!」

 

碑文使いPCが強く光り輝く

 

アウラ「……私は再び眠りにつきます、この力を誰かに利用されないように…彼を…私の騎士を頼ってください…」

 

三爪痕「……アウ…ラ…」

 

ハセヲ「何だ、この感覚…スケィスが…消えた?」

 

八咫「…私のフィドヘルも…居ない」

 

川内「…私も力を感じない…」

 

那珂「私達さっきのに参加してないよね!?」

 

カイト「……この世界から…碑文が消えた…?」

 

八咫「…何が、如何なった?く…一度まとめる必要があるか、全員ネットスラムに移動させる…」

 

カイト(……碑文使いが消えた…そして、反存在…)



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回収

ネットスラム

双剣士 カイト

 

カイト「…アウラは?」

 

八咫「追跡していたが、データのバックアップセンターで反応は消失した、アクセスも封じられている…おそらくアウラがロックしているのだろう、手が出せん」

 

ハセヲ「これ、どうなったんだ?」

 

八咫「それはわからない、だが…碑文の力が失われた事、そして数見たちのあの動き…何が狙いだったのか」

 

カイト「…僕らはアウラを呼んだけど、アウラも三爪痕も…拒絶してた」

 

八咫「拒絶…確かにそうとも取れるが…」

 

川内「はい」

 

川内が手を挙げる

 

川内「私達はさ、そもそもあのアウラがどんな存在かって…すごいネットの神様としか知らないんだけど…」

 

ハセヲ「…その認識で合ってる」

 

八咫「ネットワーク全体を統制する力を持ったAIだ」

 

那珂「AI?神様じゃ無くて?」

 

八咫「神として生まれたから神なのではない、神たる力を持つから神と云われる…」

 

川内「要するにすごい力を持ったAIだから神様なわけだ」

 

八咫「そうだ…しかし、その神は無為となった、この世界を作るのは我々だ、そう言ってこの世界を去り、傍観者となった…筈だった」

 

川内「それを呼び戻した、で?どうするの?」

 

八咫「…どうしたものか、アウラは我々を拒んでいる」

 

カイト「……ごめん、僕一度落ちないと」

 

ハセヲ「もう昼休憩終わりか?」

 

カイト「いや、リアルで呼ばれてるみたいだから」

 

この時はリアルがどうなってるかなんて、知るよしもなかった…

そして、決断を強いられるとも知らなかった

 

 

 

 

 

 

ハセヲ「カイトも落ちたし、どうする?」

 

川内「アウラについてお勉強会」

 

八咫「そう言われても説明できることはアレが全てだ」

 

神通「それより私はあのクビアという存在が気になります、私たちがやったことの結果も、これからすべき事も何もわかりません」

 

ハセヲ「クビアか…」

 

八咫「反存在クビア、超古代生物とも呼ばれる存在だ」

 

那珂「…恐竜とかって事?」

 

八咫「そういう意味ではない、黄昏の碑文の中でそう描かれているだけだ、簡単に言えばカウンタープログラム…The・World内で通常あり得ないほどの力が行使された時、その反存在として召喚され、相討ちになるまで迎撃し続けるシステムだ」

 

川内「タチ悪…」

 

八咫「一度目はカイトの腕輪の反存在として…その時はカイトが腕輪を破壊し、クビアを消滅させることで勝利した、2度目は碑文使いの反存在として…全ての碑文の力とハセヲの完全な仕様の外側の力を使い勝利した…そして今度は…カイトの反存在…か」

 

川内「なんか腑に落ちないんだけど、あのカイトのキャラクターってそんなにやばいの?ありえない力が使われた時に現れる存在な訳でしょ?」

 

八咫「あのカイトは腕輪を所持している」

 

川内「…結局問題は腕輪な訳ね…」

 

ハセヲ「そうなりゃ話は簡単だろ、腕輪をぶっ壊す」

 

八咫「クビアは最大限抵抗するだろうな、差し当たってその時はクビアを止める役割が必要だ」

 

ハセヲ「俺がやる、任せとけよ」

 

八咫「…む?接続が…」

 

ハセヲ「何だこれ、地鳴り…?いや、何か違う…」

 

川内「うわっ!?」

 

川内がエラーのエフェクトに包まれて消える

 

那珂「ちょっ、誰!?あーもう!」

 

神通「何を…!」

 

神通と那珂もそれに続いて消える

 

ハセヲ「ヤバそうだ…俺も落ちる!」

 

八咫「一体何が起きているのだ…」、

 

 

 

 

 

 

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

ロストグラウンド グリーマ・レーヴ大聖堂

Cubia

 

Cubia「…酷いな、女神様…僕を除け者にするなんて」

 

女神像を見上げる

 

まるで蹴り開けた様な轟音と共に聖堂の扉が開く

 

Cubia「お前は…!」

 

ハル「女神はお前を除け者になどしていない…何故ならお前は正しい存在ではないからだ、お前を除け者にした奴がいたとしたら…強いていうのなら…この世界だろう」

 

カツカツと靴音を鳴らし、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる

 

Cubia「…どうやってココに…!今、ネットワークの主導権は僕のもの、ログインできるわけが…」

 

ハル「忘れ物を取りに来た…それと、私は歩だ、ただ敷かれた道を歩き、障害を破壊する存在だ、お前は障害となり得るか?」

 

Cubia「何言って…」

 

ハル「答えはイエスだ、お前は私の…いや、提督の障害になる、その命、ここで捨てろ」

 

Cubia「…提督?」

 

ハルの腕がこちらへ向く

 

Cubia「っ!?…お前、まさか碑文の力が残って…」

 

ハル「お前はネットワークを支配するのに躍起になり…自身のプロテクトを疎かにした…なんともお粗末だ…データドレイン」

 

光線に貫かれる

 

Cubia「う…ぐうぅ…!この程度で!」

 

データドレインを振り払う

光線が消滅する

 

しかし、何かが欠落した感覚

 

ハル「成る程、多少は自信を守る力を残していたのか…完全には捉えられなかったが…コレは戴いた、第八相のダミー因子」

 

Cubia「…なんでお前がソレを…」

 

ハル「私は完璧であるべき、よって…」

 

ダミー因子をハルが取り込む

 

ハル「……なるほどな、黒い感情の増大か…呑まれるような人が居ないことを願うけど」

 

Cubia「返せ!ソレは僕のモノだ!」

 

ハル「私に意識を向けて良かったのか?」

 

Cubia「え?」

 

ハルが背後を指さす

慌てて振り返る

 

ハル「馬鹿だな、何とも単純な…」

 

ハルの攻撃で吹き飛び、聖堂の床を転がる

 

Cubia「が…この…!」

 

ハル「そして、今度は本当に背後に…」

 

Cubia「もう信じるか…!」

 

三爪痕「…ア"ア"ァ"ァ"…」

 

背後に感じる死霊の吐息

 

Cubia「っ…三爪痕…!」

 

ハル「…さらば、クビア」

 

ハルのPCが転送エフェクトに包まれる

 

Cubia「クソッ!待て!!」

 

三爪痕に行先を阻まれる

 

三爪痕「…ク…ビ…ア"ァ"…!」

 

Cubia「……オマエは、邪魔なんだよ!!」

 

三爪痕を吹き飛ばす

 

Cubia「出てこい!クビアゴモラ!」

 

周囲に球体に三本の触手が生えたような生物が出現する

 

Cubia「コイツを壊せ!」

 

三爪痕「…ア"…ァ"……ソウ…エン…ヒャッカリョウラン…」

 

 

 

 

 

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

 

Cubia「…クソッ…なんで、僕が逃げたりしなきゃ…コレも全て…カイトォ!!」

 

かつての勇者への怒りだけが湧き上がる

殺意だけが増し続ける

 

Cubia「…せっかくのチャンスだったのに、計画まで潰された!」

 

アウラを数見に引き渡せば…アウラのいた場所にクビアが君臨できる

神となるチャンスを…失った

三爪痕と、あの変な奴のせいで…

 

許せない、絶対に…

 

Cubia「…そうだ…カイトを…絶望の淵に叩き込んでやる…」

 

幸いにも多少の権限はまだ僕の手にある、コレでカイトを絶望させるには…

 

Cubia「そうだ、カイトの仲間を利用しよう……僕を直接壊したブラックローズ…ソレに、他の奴らも…!」

 

みんな、みーんな、こわれて…苦しむんだ



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再誕

The・World

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

倉持海斗

 

海斗「これは…リアルデジタライズ…!」

 

生身の身体をネットの中に取り込まれた

ネットの中で今の何の力もない自分では何もできない

 

海斗(最悪だ、なんでこんな事を…!)

 

Cubia「いつまで立っても君はボクに会いに来なかったからさ、ボクから会いに行ったんだ…君にも見せてあげたかったよ、ブラックローズ達の死に様を…キミの姿で会ったんだ、信じた相手に背中を斬られて…悔しかっただろうねぇ…」

 

目の前の少年の姿をした化け物は可笑しそうにケラケラと笑ってみせる

 

海斗「なんでそんな事を!」

 

Cubia「なんでって…わかりきってるだろう?君たちがボクを殺したんだ!だから復讐されるなんて当たり前だろう!?」

 

海斗「…それは…!」

 

Cubia「ボクは君たちと共に消える反存在じゃない!ボクだって生きてるんだ…!だから、キミは此処で…」

 

海斗「……待って、まさか…」

 

Cubia「今更気づいたのかい?ボクはもう腕輪の反存在じゃない…キミ自身が行使した力の反存在、キミ自身の反存在だ…!」

 

つまり、Cubiaはこの世界を生み出した事で現れた存在…

そして、僕自身の反存在

たとえ腕輪を壊そうと、カイトのPCボディを壊そうと…消えたりしない

 

Cubia「わかりやすいだろう?キミが生きている限りボクは生きていられる、それに…この世界ならキミを一方的に消すこともできる」

 

海斗「…そうか、認知外依存症…」

 

Cubia「ああそうさ、キミが物知りなようにボクも物知りなんだ、例え君がネットの一部になったとして…元からAIであるボクにはなんの影響もないしね…!」

 

海斗「…恨むなら僕だけを恨めば良い、みんなを巻き込む事なんか…」

 

Cubia「いいや?ボクは最初はキミの腕輪の反存在として生まれた、そしてキミはブラックローズにボクを殺させた…キミとブラックローズが、じゃない…キミ達が、全員が許せない」

 

海斗「……」

 

Cubia「ボクは全てを壊すよ、キミ達の帰る場所も、友達も、家族も、全部…それが1番苦痛を与えられるだろう?」

 

海斗「…クビア…!」

 

Cubia「どうしたんだい?カイト、まさか今のキミが何かできるとでも言うのかな、冗談も休み休みにしなよ」

 

海斗「クビアァァァッ!!」

 

生身の身体でクビアに掴みかかる

 

Cubia「ほら、馬鹿だな人間は、だから嫌いなんだ、友情だの愛情だの下らない感情で動く…下らない生き物だ」

 

海斗「ぁが…」

 

身体が、動かない

視線すらも動かせない

まるで石化するような感覚

 

Cubia「簡単に感情を揺さぶれてよかった…簡単にAIDAを感染させられたおかげで、キミはボクの思いのままだ」

 

海斗「…な…!」

 

Cubia「わかるだろう?人間を取り込んだとして、好き勝手するには構成してる物を取り替える必要があるんだ、いくら電子が分子の一部だったとしてもね…つまり、キミは今AIDAで構成されているんだよ」

 

海斗(…ダメだ、もう何もできない…!)

 

Cubia「キミがネットの世界に霧散したらボクだって消えるに決まってるだろう?だからキミをこうやって"固定"する事にしたよ、オブジェクトとしてね…まあ、ボクもこれに力を使いすぎたし…一休みするけど……キミは、永遠にそこで生きてボクを生かすんだ」

 

海斗(そんな、ダメだ、みんなを助けなきゃいけない、帰らなきゃいけない…!)

 

Cubia「女神は時計塔に引き籠ったし、この世界にアクセスできる奴は今はいない…誰もお前を助けには来ないよ」

 

その言葉の通り

抵抗すら許されず、世界に僕は囚われた

 

 

 

 

Cubia「残念だったね、カイト…黄昏の世界を救った英雄さん……っ…少し、僕も力を使いすぎたかな…」

 

 

 

 

 

海斗(…何も感じ取れない、だけど、思考だけはできるのか…)

 

クビアの狙い通りだろうか

臓器まで石化させて万が一殺しては困ると考えたのか…

 

海斗(…なんとか、できないかな…ゲームならこういう時誰かが助けに来るか、抜け出せるアイテムが…)

 

しかし、そうは言ってもまず指先すら動かせないのでは何も始まらない

頼れるのは前者だろうがそれすらも不可能だろう

 

海斗(…アウラなら…いや、それも難しいかな…あれ?)

 

石になった肌に何かが触れる感覚

 

海斗(誰かがいる…!)

 

身体がぐらりと揺れ、後方に倒れる

何かが割れる音ともに身体が急に自由になる

 

海斗「うわっ…!」

 

敷波「……うわ、本当に司令官だ…」

 

海斗「…敷、波…?」

 

ヘルバ「私も居るわよ」

 

海斗「ヘルバ…!2人とも…な、なんでここに…?」

 

敷波「…えっと、死んだから…?」

 

ヘルバ「ハッキングしたからかしら」

 

海斗「…ちょっと待って、順番に…」

 

ヘルバ「まずは私ね、The・World R:Xについては?」

 

海斗「The・Worldの新バージョン、だよね…」

 

ヘルバ「そう、そのワールドデータにアクセスしたの、微弱なAIDA反応が有ったから…それが貴方から…正確には、貴方を覆った石から検出された」

 

ヘルバが持ち上げた石のかけらが砂のように溶けて消える

 

ヘルバ「…良かったわね、カイト、あなたは感染してないようで」

 

海斗「…いや、クビアに感染させられた」

 

ヘルバ「それでも反応は検知できないわ、人間の身体にAIDAを直接感染させるなんて何の媒体もなしには難しいと思うけど」

 

海斗「…じゃあ、あれは…ブラフ…?」

 

ヘルバ「…正確には違うかもしれない、AIDAは人の黒い感情、憎しみや怒りは勿論恐怖や不安すらも増大化させる…貴方がもしその薄暗い感情を寄せ付けなかったなら感染を跳ね除けた可能性もある」

 

海斗「…そう、なのかな…」

 

ヘルバ「…それと、これはバックアップだけど」

 

ヘルバが杖をこちらに向ける

 

敷波「うわ、それどうなってんの…?」

 

ヘルバ「ここはネットよ、このくらい簡単なモノ」

 

カイト「ヘルバ、何をしたの…?」

 

ヘルバ「自分の姿を良く見なさい」

 

カイト「……あ、あれ?これ…ゲームの…」

 

ヘルバ「ゲームの中なら、ゲームの姿をするべきでしょう?」

 

カイト「…ありがとう、ヘルバ」

 

ヘルバ「どういたしまして、さあ、次はそっちの子ね」

 

敷波「…まあ、アタシは…此処が死後の世界だと思ってたっていうか…」

 

カイト「どういう意味?」

 

敷波「……殺されたんだよね、記憶を取り戻した綾姉ぇに…」

 

ヘルバ「綾波に?」

 

カイト「…そう、か…それは…」

 

敷波「あー…あはは、まあ気にしないでよ、それより司令官、遅くなったけどおめでとー」

 

カイト「え?」

 

敷波「作戦の成功、あれ司令官のやつなんでしょ?」

 

カイト「…そっか、成功したんだ…良かった」

 

きっと、誰か犠牲になることも無かったはずだ

 

敷波「…あれ?なんで司令官…待って、成功した事知らなかった…?」

 

カイト「え、うん…」

 

敷波「…司令官、作戦…終わってからもう2週間経ってるよ…」

 

カイト「…え?」

 

ヘルバ「…どうやら、問題はまだ増えるみたいね」

 

あの作戦の日から、もう2週間が…つまり、僕は2週間も石の中で…

 

カイト「……待って、今の僕はどうなってるの?」

 

敷波「どうって…ネットの中に…」

 

カイト「そうじゃない、リアルで僕は…」

 

ヘルバ「行方不明にはなっていない…最前線で指揮をしてる事になるんじゃないかしら」

 

カイト(曙達がうまくやってくれてる…のかな…)

 

ヘルバ「…あの子達には私が伝えられるように手配するわ、だから…」

 

敷波「うわっ!?」

 

敷波が急に現れた空間の裂け目に引き摺り込まれる

 

カイト「敷波!」

 

敷波を吸い込んだ瞬間、その裂け目が閉じる

 

駆逐棲姫「ん〜…ちゃんと殺したつもりだったのになぁ…」

 

カイト「…綾波…」

 

ヘルバ「…随分と姿が変わったのね」

 

駆逐棲姫「あはァ…お久しぶりですねぇ…」

 

カイト「敷波に…何をしたの…」

 

駆逐棲姫「さぁ?私もこの世界を好きに操れるわけじゃないですから、でも見つけたら一応ね…」

 

カイト「…これ以上やるなら、僕はキミを止めなきゃならない」

 

双剣を構える

 

駆逐棲姫「そうですか、じゃあ私はこれで…だって此処は私のテリトリーじゃありませんから」

 

ヘルバ「……貴方もなのね」

 

駆逐棲姫「リアルデジタライズ学とやらは…正直使い道がありそうですね、それでは」

 

綾波がエフェクト共に消える

 

カイト「……」

 

ヘルバ「…カイト、次会った時は迷いなく戦いなさい」

 

カイト「できれば、そうしたくはないけどね」

 

ヘルバ「…再び、The・Worldに勇者が帰ってきた」

 

カイト「……今の僕に、何ができるのかな」

 

 

 

 

 



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G.U.//君思フ声
離島鎮守府


離島鎮守府 司令室

駆逐艦 朧

 

朧「はぁぁぁ…」

 

大きな溜息が不意に口から吐き出る

 

レ級「みっともないわよ、提督代理」

 

駆逐艦 朧 改め 駆逐艦兼提督代理 朧

 

朧「いや…曙の独断で決められた提督代理なんて…」

 

レ級「文句でもあんの?」

 

何故アタシなのかという文句はあるのだが、この化け物の皮を被った妹はそんな弱音を言おうものなら何をしでかすかわからない

 

朧「そ…それより、整備はどう?」

 

レ級「順調も順調、綾波が人間用の部屋をある程度揃えてたから寝床は十分だし元々ある程度施設が整ってるから」

 

朧「ここを離島鎮守府として運営するのは難しくなさそうだね…」

 

レ級「食料問題も完璧、衣類とかはこれから取りに帰れるし…なんとかなるでしょ」

 

朧「うん、それで……尋問は…」

 

レ級「これが結果」

 

ドサっと大量の資料が置かれる

 

朧「え、これ何枚あるの…」

 

レ級「200かしら、調書全部、まあ、尋問内容とかも全部書いてるし……役には立つでしょ」

 

朧「要点だけまとめたものは…?」

 

レ級「甘えんな」

 

朧「提督相手なら用意したでしょ!?」

 

レ級「当然よ、貴重なお時間を使わせるわけなんだから」

 

朧「アタシ、今、提督の代理…」

 

レ級「100年早いわ」

 

朧「曙ぉ…」

 

レ級「はぁ……じゃあ説明してあげる、まず飛行場姫こと雲龍だけど……早期段階で役に立たないことが分かったわ、小型深海棲艦での人間の操作とか含めてアイツの能力というより上の命令でしかないみたい」

 

朧「ホントに?」

 

レ級「あんたも春雨さん式の拷問受ける?爪の中に針入れてぐちゃぐちゃにかき回したりとか…」

 

朧「えぐっ…」

 

レ級「雲龍の方はトロいからずっと子供みたいに泣いてて春雨の方が根負けしたわ」

 

朧「…じゃあ、報告書の量は…」

 

レ級「20枚、行った拷問が詳細に書かれてる」

 

朧「要らないじゃん!それ!」

 

レ級「次に戦艦棲姫改め大和だけど、こっちは面白いくらい素直に喋ってた、背後関係とか聞いてないものまでなんでもね」

 

朧「背後関係…」

 

レ級「原初の深海棲艦、元々深海棲艦はたった3体だった…そのうちの一つが離島棲姫、そして大和が会ったことある相手はもう1人だけ、駆逐古鬼って名乗ってるらしいわ」

 

朧「駆逐古鬼…」

 

レ級「あと、大和だけど元々深海棲艦として生まれたみたい、雲龍も同様にね…あと雲龍についてだけど、春雨さん曰く深海棲艦としてこの世に産まれたせいで身体は大人だけど精神は未熟な子供そのものだって」

 

朧「……そっか」

 

情報が多すぎて頭に入れるのすら億劫になる

 

レ級「それと、離島棲姫、大鳳だけど……入りなさい」

 

大鳳「は、はい」

 

最初から待機させられていたのであろう大鳳が入ってくる

 

レ級「原初の深海棲艦について、要点だけ言いなさい」

 

大鳳「げ、原初の深海棲艦は…さ、3人の実験体の事です…私、駆逐古鬼、それともう1人…今なんと名乗っているのかは知りません…私達は基本的に連絡を取り合う事はなく…そ、その…私が1番下っ端で…だから何も…」

 

レ級の尻尾が床を打つ

 

大鳳「ひぃっ!」

 

レ級「お前の立ち位置なんか聞いてない、お前はどこで産まれた」

 

大鳳「と、東京の…」

 

レ級「…そうじゃなくて、実験体なんでしょうが」

 

大鳳「よ、横須賀基地です!せ、正確には覚えてませんが10年ほど前に…」

 

朧「10年!?」

 

レ級「…紙で渡したい気持ちわかった?」

 

つまり、深海棲艦は10年前には存在していた事になる

しかし、表面化してから一年と数ヶ月が経ったばかり…

いや、それよりも…自国が深海棲艦を生み出したことになるのか…

 

朧「…それは後にしよう…活動開始までは?」

 

大鳳「イ級のような小さい深海棲艦を作ってました…」

 

レ級(…こいつに喋らせてたら明日の朝までかかるな)

 

レ級「先の駆逐古鬼に関しては相当南にいるらしい、もう1人は長身の女でどこにいるか不明、深海棲艦の目的は仲間を増やす事と何かを食らう事、前者は種の保存の本能だが後述する理由で矛盾が生ずる、何かを食らうことに関しては深海棲艦は活動するにはエネルギーが必要で、それは人間の食事と同じ…」

 

朧「待って、ペースが速すぎるよ」

 

レ級「チッ…要するにお腹減ったしついでに仲間増やすって感じに人襲ってたのよ、こいつらは」

 

大鳳「…ごめんなさい…」

 

レ級「深海棲艦を構成してるのはナノマシン、私達は人の形をして生きてるけど人間じゃない…ナノマシンを動かすには生体エネルギーが必要で…まあ、簡単に言えばそれだけ」

 

朧「全然簡単じゃない…」

 

レ級「…一旦ナノマシンじゃなくて幽霊だと考えたら?死体に取り付く幽霊、イムヤさんや私は幽霊に体を貸してるけど意識があるから乗っ取られてないみたいな」

 

朧「…なる、ほど…?」

 

レ級「深海棲艦ってのは身体の中で砲弾や燃料まで作れる、自己再生もできる、ただしそれだけのことをするには莫大なエネルギーが必要…そして人間はエネルギー効率がとてもいいらしいわ」

 

朧「…だからたくさん人を…」

 

レ級「ま、青葉さんは少し違うみたいだけど…で、コイツの処分は?」

 

曙が手に火を灯す

 

大鳳「ひ…!ゆ、許してください!死にたくない!焼かないで!」

 

朧(完全に怯えてるし…なんだか可哀想になってくる…)

 

朧「…悪さ、しない?」

 

大鳳「しません!人間になった以上する意味もないし…」

 

朧「…要監視で放流」

 

レ級「海に投げ捨てればいいの?」

 

大鳳「え、私泳げない…」

 

朧「…とりあえず…曙、ご飯食べてくれば?昨日から何も食べてないでしょ」

 

レ級「…そうするわ、ちなみにこの人の扱いは?」

 

朧「…提督なら…「今は人間だよ」って言うと思う」

 

レ級「…仕方ない、提督に恥じないように接するか…行きますよ、大鳳さん、あなたも空腹でしょう?」

 

大鳳「ほへっ!?」

 

大鳳(な、なんでいきなり敬語…)

 

朧「多分外で炊き出しやってるはずだから…」

 

レ級「心配しなくても此処までカレーの匂いがしてるわ…」

 

曙が大鳳を連れて部屋を出る

 

朧(…しまった、深海棲艦の開発に至った点を聞き忘れた…いや、まあいいか…後回しで)

 

席を立ち、窓から外を眺める

ちょうど昼時なおかげで大量に人が集まっている

 

朧「…お腹減ったなぁ…でも、提督の仕事しないと…」

 

天龍「失礼します」

 

朧「あ、えーと…今日は天龍さんか」

 

天龍「日向でも天龍でも、お好きにどうぞ…提督代理、夕張さんからですが、球磨型全員の意識が回復したようです」

 

朧(…これで、そっちはひと段落か)

 

天龍「戦闘による負傷も順次回復しつつあります、医務担当の夕張さんですが、今作戦を最後に横須賀基地に帰られるそうです」

 

朧「えっ…了解…」

 

天龍「春雨さんが居られるので…問題は無いかと」

 

朧「うーん…アタシあの人苦手なんですよね…」

 

天龍「私もです、あの人は何を考えているのか…」

 

朧「悪人じゃ無いとは思うんですけど…」

 

春雨「私の陰口はやめた方がいいですよ」

 

朧「えっ」

 

春雨さんが天井から落ちてくる

 

朧「え、今…えっ?」

 

春雨「倉持司令官の代理さん、佐世保艦隊が明日には帰投します、それに合わせて私たちも半数を一時的に帰還させる必要がありますが」

 

朧「天井から…」

 

春雨「くだらないこと気にしてないで、どうするんですか」

 

朧(くだらなくは無いはずだけど…それより問題なのはメンバーか…辺りを確保したとはいえ…此処って見方によっては敵地のど真ん中だし…ああ、もう…嫌になってきた…)

 

朧「…曙に聞いて…」

 

春雨「わかりました」

 

天龍「…それでいいんですか?」

 

春雨「賢い選択だと思いますよ、あの人なら自分の仕事が増えても気にせず、むしろ最善を尽くすはずです」

 

朧(…確かに、曙はみんな以上に働いてくれてるし、それ以上に仕事が増えても何も言わないだろうけど……)

 

朧「…いや、やっぱりアタシが決めます…」

 

春雨「前衛後衛のバランスもしっかりお願いしますね」

 

朧「……はい」

 

朧(曙のストレスを他で削るって手もあったけど…そもそもここは娯楽が何も無いし…仕方ない、かかるストレスをできるだけ減らそう…)

 

天龍「…それでは、失礼します」

 

春雨「私も失礼します」

 

朧「……はぁ…」

 

 

 

 

工廠

工作艦 明石

 

明石「ダメ!これでもダメ!なんで上手くいかないの!!」

 

人にAIDAを埋め込む機械が作れてしまったのなら、その逆もできるはず

AIDA感染者からデータドレインを使わず、AIDAを取り除く機械…

 

明石「…自分でやったことは、自分で責任を取らないと…」

 

別に全員にAIDAを埋め込んだわけじゃ無い、知らなかったし、結果としてそうなっただけ…だとしても、そんなこと微塵も関係ない、私は自分がみんなを危険に巻き込んだ以上…

 

明石(このままじゃ誰にも顔向けできない…!)

 

設計が悪いのか、それとも原理自体が違うのか

 

明石「…いや、というかそもそも…AIDAを抜き取るってことは体内のナノマシンを全部抜き取ることで…ナノマシンは身体の細胞にとって変わってたりするから…」

 

最悪の場合、死に至る

 

明石「っ……」

 

どうして現実から目を背けていたのか

完成してもそれはただの処刑器具ではないか

 

私に何ができるのか、何をすれば償いになるのか

 

明石「…でも、やるしかないもんね」

 

諦めたら本当に誰にも顔を向けられない

謝ることすらできなくなる

私は前に進み続ける事しかできない

それがなんであれ、どんな結末であれ、私はそれをやり遂げなきゃいけない

 

明石(…まずはデータドレインをベースにするしかない…これが成立してるなんてとても信じられないけど…)

 

夕張、綾波、春雨

自分とはまるで違う世界の住人のように、才能の差を見せつけられるかのように…私にできないことをやってのけるのだから…

 

.羨望、そして嫉妬

心の奥底の暗い感情に流されそうになる

私にもそれができればと思ってしまう

 

明石「…大丈夫!…うん、大丈夫だから…!」

 

仕方が無かったとか、諦めるしかないとか…そんな言葉は聞こえないから

 

 

 

 

戦艦 レ級

 

レ級「提督代理より、本土へ一時的に戻るメンバーを発表します」

 

曙「…キタカミ達がいないけど」

 

レ級「放っておきなさい、球磨型の関係は複雑だから…えぇと…まず、曙、漣、それと金剛さん、扶桑さん、長門さん、島風さん、朝潮型は全員…阿武隈さん、不知火さん…」

 

阿武隈「へ?不知火さん…?」

 

レ級「…ああ、伝え忘れてました、不知火さんは本日付けでこちらに移籍しました」

 

阿武隈「えっ…えぇぇぇっ!?」

 

不知火「…よろしくお願いします」

 

レ級「ついでに言うと、戦力面での不安が有りますので天龍さんには佐世保に行ってもらうことになってます」

 

天龍「…今発表するのですね」

 

レ級「ついでですから、えーと…川内型と明石さん、赤城さん、加賀さん、龍驤さん…以上、名前を呼ばれた人は明日出立です」

 

長門「待ってくれ、明らかに人数が多すぎると思うが…」

 

レ級「…何馬鹿なこと言ってるんですか?ここの防衛なんて私1人でも十分すぎる、それにキタカミさんは今動けない…私たち2人が同時にここを離れるとして…防衛にどれほど人員を割かないといけなくなるか……おわかりですよね?」

 

長門「…失礼した」

 

漣「ボーノ、怖すぎない?」

 

レ級「…全員死なないようにするためよ」

 

潮「…言いたい事はわかるけど…」

 

レ級「それと…1週間時間を差し上げます、実践形式の模擬演習を行い、分隊を決めますので…希望のチームなどがあれば先に作っておくように」

 

阿武隈「それは…どういう?」

 

レ級「例えば、阿武隈さん、あなたなら誰を分隊に入れますか?」

 

阿武隈「…艦種に縛りが無くて、あたしが旗艦なら…第七駆逐隊と不知火さん、かな…」

 

レ級「軽巡1と駆逐5…かなり偏ってはいますが高速で整っており悪くはありません、これをA分隊とします…このA分隊と私が模擬演習を行う」

 

曙「…1対6?」

 

レ級「1対12でも良いけど、評価が疎かになるわ」

 

阿武隈(というか、勝つにはどうすれば…)

 

レ級「手加減はします、殺しはしませんよ…別に」

 

不知火「…その目的は?」

 

レ級「…あなた達の強さを測る以上に、未知に対する対応力が知りたい…」

 

尻尾が地面を打つ

 

レ級「例えば…」

 

曙「…なっ……!」

 

潮「尻尾が、ふたつに…」

 

漣「増えとりますがな!?」

 

レ級「レ級の尻尾は一本…だったとして、それは絶対不変の真実なのか、結局深海棲艦は未知の生物、想定外のことに対応できなくてはならない…わかる?」

 

阿武隈「…なるほど、そういう狙いで…」

 

レ級「私に勝てたら景品くらいは用意しますよ、まあ、無駄になりそうですが」

 

不知火「随分な自信ですね」

 

レ級「……なんで私が二本目の尻尾を見せたと思いますか?」

 

阿武隈「…まだ、隠し球が?」

 

レ級「当たり前でしょう?漣、私を撃ちなさい」

 

漣「ひょえっ!?」

 

レ級「さっさとしないとこっちが撃つわよ」

 

漣「わ、わかったって!」

 

漣が手法をこちらに向けて撃つ

 

阿武隈「へっ!?」

 

曙「…何、今の…バリア…?」

 

レ級「駆逐棲姫は、これを常に身に纏ってます、原理はまあ…技術者にだけは説明するから後で気になるなら来てください……勝利条件はこのバリアを破壊する事、比較的簡単に壊せると思いますよ、長門さんの主砲2発くらいかな」

 

長門「…2発…か」

 

扶桑(砲弾を撃ち落とされる時点で十分無理難題な気もするけど…)

 

阿武隈「……今のバリア、体から少し離れた位置で防いでた…手が届かないくらいの」

 

レ級「良い着眼点ですね、私は近接攻撃をすることができません、まあ、これを好機ととるか逆に辛いものだと受け取るか…は、お好きにどうぞ」

 

川内「ちなみにそれって私等も参加?」

 

レ級「当然です、ただし…川内型3名のチームは禁止します、私も加減が効かなくなりそうですから」

 

川内「こっちもそのつもりはないって、心配無いよ」

 

レ級「それと…もう一つ発表が、暁さん、響さんですが、横須賀鎮守府に移籍になりました」

 

曙「まだ移籍者居たのね」

 

レ級「今のところは以上です、何か質問は?」

 

神通「はい、私から」

 

レ級「内容はわかっています、三崎亮さんですが、提督代理補佐として滞在していただくように既に申請してあります」

 

神通「…提督代理、もしくは提督ではなく?」

 

レ級「離島鎮守府の提督は倉持海斗、以上です、他に質問は」

 

神通「…まだ、私は納得していませんが?」

 

レ級「何故、あなたを納得させる必要があるのですか?」

 

神通「……」

 

川内「やめときなよ、神通…それより、大鳳達の扱いは?」

 

レ級「あの人たちには戸籍も何もありません、まあ、人権があるのかも微妙ですので、ここでの預かりになります、力は完全に人間の女子供レベルですし、明日の荷物持ちとして同行させることになりました」

 

曙「それを先に言え!」

 

川内「まあ、それより…戦わせんの?」

 

レ級「…また後日、話しますが…解体申請を受け付ける事にしました、あなた達全員から」

 

全体がどよめく

 

レ級「この戦いはリスクが大きい、その事も含めて…あなた達は自身のことをしっかりと知る必要がある、違いますか?」

 

曙「……成る程ね、帰ってきてからその話か…狡いわね」

 

レ級(…提督は、きっとみんなに解体を選んでほしいと思っている…で、あれば私のやる事もその意思に沿うことだ)



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姉妹

離島鎮守府

提督代理 朧

 

朧「…ええと…」

 

レ級「あきつ丸、神州丸、照月、吹雪、確保できたのは四つだけね」

 

あきつ丸「殺すなら殺せであります!できるだけ何もせず迅速に!」

 

神州丸「……死にたくない…」

 

照月「…あっ…あぅ…」

 

吹雪「……」

 

並べられた4人は血の気の引いた顔で此方を見つめている

震えてる子もいるし…

 

朧「…なんでこんなに怯えてるの?」

 

レ級「人間に戻した後の拷問を見せたからじゃない?」

 

朧「……はぁ…」

 

どうしてこうも余計なことばかり…

 

レ級「まあ、それよりも…どうする?」

 

朧「…武器を持たせたら反乱されるかもしれない、かといって…うーん…」

 

レ級「提督なら、そのまま受け入れたんでしょうね…もしそうなら私ですら甘い、間違ってると思うけど」

 

朧「…なら、そうしようか」

 

レ級「わかったわ、具体的にどうする?」

 

朧「部屋…食堂の予定の部屋に1番近い個室を用意するから…」

 

吹雪「……殺さないんですか?」

 

朧「いや、だってお互い人間でしょ?」

 

4人が曙を見る

 

レ級「…私は例外」

 

朧「心配しないで、アタシ達が手を出すような事は絶対しないから」

 

レ級「あなた達が私達に反旗を翻さない限りはね」

 

吹雪「……」

 

吹雪はどこか躊躇ったような表情が窺える

 

朧(ま、そんなにうまくはいかないよね)

 

朧「一応聞くけど本土に帰れる家がある人はいる?」

 

4人「……」

 

朧「…わかった、じゃああなた達にここで生活するスペースを与える、だからみんなの衣食住のサポートをして欲しい」

 

照月「ふ、ふざけないで!私たちはもともと此処で…」

 

曙の尻尾が床を打つ

 

レ級「ふざけてるのはどちらですか、あなた達はつい数日前まで捕虜でしか無かったこと…忘れてませんか?」

 

あきつ丸「く、駆逐棲姫様は人として扱ってくれた…!」

 

レ級(使い捨てのコマにされてただけのくせに…まあ、狂信者に何を言っても無駄か、自分でよくわかってるし)

 

神州丸「さ、先に住んでた私たちから家を奪ってそれを与えるなどと…」

 

朧(確かに、見方によってはそうなのかな…でも、何も他に思いつかないし…本土に送ってもまともに人として取り合ってくれるかどうか…)

 

レ級「…どうする?」

 

朧「さっきのサポートの話はなしにとりあえず生活スペースだけ提供するよ、きっと、いつか分かり合えると思うから」

 

レ級「…まあ、いいか、それで」

 

曙が4人を睨む

 

レ級「そのまま海に放り出されたくないなら、これが最大限譲歩した条件です」

 

朧「本土に送っても今の段階でまともに扱ってくれる事はないと思うし、これで納得してくれると嬉しいんだけど…」

 

4人は何も言わずに困ったような表情を見せる

 

レ級「…返事」

 

曙の尻尾が床を破壊する

 

4人「「「「は、はい!」」」」

 

レ級「よろしい、じゃあ、連れて行ってくるわ」

 

朧「よろしくね…」

 

朧(優しい刑事怖い刑事ってあるけど…うーん…圧は凄いなぁ…)

 

青葉「失礼します…」

 

朧「あ、青葉さん」

 

青葉「一応、一言挨拶だけ…」

 

朧「へ?」

 

青葉「移籍ではないのですが…私は、佐世保鎮守府の監視下に置かれる事にしましたので…」

 

俺「あ、そっか…」

 

今の青葉さんの居住地は九州、やり残した事を終えるまではこちらに合流できない変わりに佐世保の戦闘の補助を行う事を申し出て、了承されたらしい

 

朧「実質的に2人佐世保に行っちゃうのか…」

 

青葉「人手が必要な時に…その、ごめんなさい」

 

朧「いや、多分提督もその方が喜びますし…」

 

朧(…いや、こんな考え方で運営なんてできないか…できれば明石さんあたりに任せたかったけど、肝心の明石さんは他のことで忙しいし…もう、ほんとに…曙がやればよかったじゃん…)

 

青葉「…あの?」

 

朧「あ、いや、なんでもないです…」

 

朧(…作戦完了からまだ2日、この先どうなるのか…頭が痛いなぁ…)

 

 

 

 

 

医務室

重雷装巡洋艦 北上

 

北上「はー、つまり助けに行ったつもりが…まあ、ミイラ取りがミイラになったって事?」

 

キタカミ「まあね、いやー、ほんとやらかしてるよねぇ…」

 

大井「そんなにヘラヘラしながら言うことじゃ有りません!ほんとにキタカミさんは変わらないんだから…」

 

キタカミ「別にいいじゃんかさー…結果的にはみんな助かったんだし」

 

大井「本当に、結果的にはですけどね…私も死にかけたんですから」

 

キタカミ「…ま、そんなに強い自分の腕が怖いってことで、許しといてよ…それに」

 

キタカミがこちらを向く

 

キタカミ「あん時は麻痺ってだけど…あんたのパンチ、よーく効いたからさ」

 

北上「…ああ、そう」

 

キタカミ「んー、自分の顔でむくれられると変な感じだねぇ」

 

大井「……不安に思う事なんて何もないわ、北上さん…あなたは私達を助ける為に全力を尽くしてくれた、それはみんながよく知ってるから」

 

北上「別にそんな事気にしてなんか…」

 

キタカミ「後はアンタ次第さね」

 

北上「……」

 

キタカミ「受け入れられたきゃ、受け入れるしかないよ…ウチの姉妹はみんな癖が強いし、ちゃんと仲良くできるかねぇ」

 

北上「……あたしは…この世界に来て、いろんな奴に受け入れてもらったから…」

 

たとえ、姉妹がいなくても怖くない…

それに、大井との絆は、もうどんな事があっても消えたりしないって、信じてるから…

 

キタカミ「…んじゃ、よろしくね」

 

キタカミがこちらに手を差し出す

 

北上「…まずは、アンタと姉妹になるわけだ」

 

キタカミ「双子…ってのも悪かないと思わない?」

 

北上「…かもね」

 

キタカミの手に手を重ね、握手する

 

キタカミ「ようこそ、離島鎮守府へ…球磨型軽巡洋艦、三番艦の北上」

 

北上「…こっちこそ、よろしくね、球磨型軽巡洋艦三番艦のキタカミ」

 

キタカミの手はあたしの手とは違う

あたしよりごつごつしてて、手にたくさんのマメの痕があって

力もあたしより強い

 

北上「……何やってんの?」

 

キタカミに手首を掴まれ、手をいじくられる

 

キタカミ「いや、同じなのに、違うんだなぁって……ほら、見てよ大井っち、私より全然手が綺麗じゃん」

 

大井「…ふふっ、キタカミさんの手も私は好きですよ?」

 

キタカミ「えー、でもこの手は努力してきた手だよ、ほら、こんなに指細いのに、マメもたくさんあるし…いやー、いい手だね」

 

北上「それは、お互い様じゃない?…あたしもアンタの手、嫌いじゃないし」

 

キタカミ「えっ…いや、なんかそう言われると恥ずかしいなぁ…」

 

北上「…あたしと殆ど変わらない、その手でみんなを守ってきたんだね」

 

キタカミ「…他に誰も居なかったから…みんな死ぬのを待ってたから…でも、そんなの間違ってる」

 

北上「……アンタにしか、できなかったよ」

 

キタカミ「他に誰もやる奴が居なかっただけ、だよ…たまたま、本当に…たまたま私がその気になって、みんなを守れたのも…たまたまで…」

 

大井「…人は、あなたの写鏡です」

 

キタカミ「…なにさ、大井っちまで」

 

大井「常に正しい姿を写してくれるわけでは有りませんが、2人の北上さんは、お互いを正しく写しあってると私は思います」

 

北上「…まあ…間違ってはないんじゃない?アンタが頑張ってきたってとこくらいはさ」

 

キタカミ「…なら、アンタもよく頑張ったよ、私に手も足も出ない筈があんな事してくれたんだからさ……こう言っちゃアレだけど、過去の自分に殴られたみたいだったよ」

 

北上「……今もアンタが嫌いなら、嫌味として受け取ってたのかな」

 

大井「…じゃあ、今は違うんですか?」

 

北上「…今は、アンタみたいになりたいって思ったから…嬉しいよ、キタカミ」

 

キタカミ「ま、無理だろうけどねぇ?頑張って追い越してみなよ、北上」

 

北上「言ってくれるじゃん…!」

 

キタカミ「アンタも、啖呵くらいは一人前で…いい感じだねぇ……ん?…大井っち、ペン貸して」

 

キタカミが大井の胸ポケットからボールペンを抜き取る

 

大井「へ?」

 

キタカミがポールペンを壁に突き刺す

 

キタカミ「盗み聞きは良くないなぁ…入ってきなよ」

 

木曾「あー…悪い、悪かった、水さしたんじゃないかと思って…」

 

パジャマ姿の木曾が入ってくる

 

北上(なんでパジャマ…)

 

木曾「球磨型軽巡洋艦、五番艦の木曾だ、よろしくな」

 

北上「…よ、よろしく」

 

大井「木曾!少しはしっかりしなさい、なんでパジャマで出歩いて…」

 

木曾「いや、無茶言うなよ…そもそも服がないんだし」

 

大井「…ああ、そっか…」

 

北上「…ねぇ、その目…」

 

木曾「あー…いや、悪い、つまらねぇもんを…」

 

木曾が目を覆おうとする手を止める

 

木曾「っ…」

 

大井「……」

 

北上「…オッドアイ、って奴?色違うんだね」

 

木曾「……いや、そこじゃないだろ…俺の目は……あれ?なんでだ、右目が見えてる…」

 

大井「…人に戻った影響で視力が戻ったのかもね」

 

木曾「…全然気づかなかった、見えてたのか…」

 

キタカミ「木曾は相変わらず抜けてるねぇ…」

 

木曾「うるせえよ…」

 

北上「…綺麗な目だね」

 

木曾「…あ、あの…」

 

北上「あ、ごめん!いや…なんか、そっちの目見た事ないような気がして……あ、眼帯してたのって見られたくないから…ご、ごめん!悪気はなくて…!」

 

木曾「…くっ…ハハハ!」

 

キタカミ「どう、木曾、新しい"姉さん"は」

 

木曾「新しい姉さんが思ったより優しくて拍子抜けしちまった、姉さん…ってのは紛らわしいか…なんて呼ぶかな…北姉ぇ?」

 

北上「…そ、それ、あたし?」

 

木曾「勿論」

 

北上「…あ、れ…なんでだろ…泣きたく無いのに…」

 

キタカミ「嬉しい時は、泣いて良いんだよ」

 

大井「そうですよ、あなたの夢が、一つ叶ったんですから…」

 

木曾「しっかし、ホント心優しい姉さんで良かったぜ、他の姉さん達と違って…」

 

大井「はい?」

 

キタカミ「…木曾、私らが優しく無いって?」

 

木曾「まさか優しいつもりだったのか?」

 

キタカミ「この!いつからそんな犯行的になったんだよー…」

 

大井「全く、ちょっとお仕置きが必要そうですね」

 

木曾「ま、待て!こっち来んな!…あーもう!だから優しくねえんだよ!」

 

北上「…ははっ…これが、姉妹…か」

 

球磨「おー、やってるやってるクマ」

 

多摩「球磨型全員揃ってるなんて珍しいニャ」

 

キタカミ「おっ、球磨姉多摩姉お久、いま末っ子の教育中だけど…混ざる?」

 

球磨「勿論だクマ!」

 

多摩「混ざるニャ!」

 

木曾「4対1はないだろ?!」

 

北上「…いんや、5対1だねぇ」

 

木曾「…マジかよ」

 

…ようやく、夢が叶った



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バカな人生

繁華街

駆逐艦 曙

 

曙「へぇ、忙しくて見てなかったけどこのブランド新しいの出してるんだ」

 

漣「漫画の新刊も買えたし、いやー、ホクホクですな!」

 

曙「荷造りなんて丸一日もかかるわけないしね、今のうちに内地を楽しんどきましょ」

 

漣「…それはそうとして…この人どうすんの?」

 

大鳳「へ…」

 

曙「…ま、暴れたらどうなるかはわかってるんでしょ?」

 

大鳳「わ、わかってます!」

 

曙「…なら、いいんじゃない?」

 

漣「いいのかー、ぼのたんいいのかー」

 

曙「だって…ねぇ?」

 

ライターを取り出し火をつける

 

大鳳「ひぅっ!」

 

曙「これじゃ、悪さなんてできないでしょ」

 

漣「…まあ、ねぇ…」

 

大鳳「お、おねっ…お願いします!その火を消してください!」

 

曙「はいはい」

 

漣「ライターでこれって…なんか不憫になってきた」

 

曙「そもそもあたし達こいつと戦ってないしね…アンタ向こうで何してたわけ?」

 

大鳳「えと…その……指揮とか…」

 

漣「一回ボーノに勝ったんじゃなかったっけ」

 

曙「…コイツが?」

 

大鳳「…そ、総力をかけて…倒しただけなので…傷だらけだったあの人を倒すのに私達もほぼ壊滅状態にされましたし…そ、それに、あなた達が乗り込んできた時は何かする前に首を刎ねられて…」

 

漣「…うん、えぐい」

 

曙「アイツが真っ先に潰す程度の力はあるわけね」

 

大鳳「…さ、さあ…」

 

曙「…あ、加賀達じゃない」

 

加賀「あら」

 

赤城「やっぱりみなさんも遊びにきてましたか」

 

曙「まあね、やる事ないし」

 

龍驤「まー、ウチらは生活用品買いに来ただけやけどな」

 

赤城「そうですね、チリパウダーにジョロキアに…」

 

加賀「カイエンペッパーは譲れません」

 

漣(なんか、赤城さん染まってない…?)

 

曙「…赤城、アンタ記憶戻ってるでしょ」

 

赤城「まあ、離島鎮守府を見た辺りで」

 

加賀「あそこは印象深く感じる子も多いわ、思い出しても仕方ないんじゃないかしら」

 

曙「ま、そうかもね」

 

龍驤「やっぱ自分に関わり強いモン見たら記憶が戻るんか?」

 

赤城「恐らくは」

 

漣「あのー…ところで、お二人の後ろに小さくなってる方は…」

 

雲龍「……」

 

加賀「怖がらなくていいわ、漣はマトモな子だから」

 

曙「おい、あたしはマトモじゃないって言いたいの?」

 

加賀「火を操るようなのがマトモなわけないでしょう?」

 

赤城「それに今は姿の方も…所々包帯だらけな訳ですし」

 

曙「…ちぇっ」

 

曙(傷の治りが早ければもっと好きにできるんだけど…)

 

曙「ま、それよりもアンタら、ちゃんとアイツの言葉の意味わかってんの?」

 

加賀「ある程度察してはいるけど、差し詰め私達全員を解体させるのが目的なのでしょうが…理由がわからないわ」

 

曙「…ま、アイツと直接やり合ったら嫌でも聞き出せるでしょ」

 

雲龍「…ねぇ」

 

赤城「どうかしました?」

 

雲龍「…お腹減った」

 

曙「…マジで言ってんの?コイツ、さっきまで怯えてたくせに…」

 

龍驤「最初はウチらにも怯えとったけどな、さっき喉乾いた言うから赤城が缶ジュース買ったらいきなり懐いてきよったわ」

 

雲龍「あの飲み物、初めて飲んだし、美味しかった…今まで、辛いものばかり飲んでたから」

 

赤城「辛いもの?」

 

曙「…辛い飲み物…タバスコとか?」

 

大鳳「た、たぶんアルコール類のことだと思います…基地には飲み物は飲料水とアルコール類ばかりで…」

 

加賀「要するに、お酒ですか…」

 

雲龍「…あれは、喉が辛くて…美味しくないの」

 

曙「見た目のわりに子供ねぇ…」

 

大鳳「……その…飛行場姫…雲龍は、生まれてまもないですので…」

 

加賀「…あなた、自分がいくつかわかる?」

 

雲龍「…?」

 

龍驤「自分、歳わからんのか?」

 

雲龍「歳…わからないわ…あの、私は何歳なのですか?」

 

大鳳「ええと…一歳?」

 

曙「一歳!?」

 

漣「衝撃的すぎてなんも言えねぇ…」

 

龍驤「一歳でこの身長かいな…」

 

大鳳「…わ、私たちは肉体なんてあってないようなものですから…私達は本来ナノマシンの集合体で、人とは呼べない存在です、こうして人間の形になっていたとしても所詮私達は…」

 

大鳳のお腹が鳴る

 

大鳳「……」

 

漣「私達は何?…まあ、お腹が減ると言うのは生きてる証なんじゃない?」

 

曙「そうね、雲龍、アンタなんか食べたいものは?」

 

雲龍「…知らないものを食べてみたいわ…魚じゃないもの」

 

赤城「どんな食生活を…?」

 

雲龍「魚を取って食べたり、人間の持ってる食べ物をそのまま食べたり、人間を食べたり…」

 

加賀「…人も食べるのね」

 

雲龍「……エネルギーの効率が良いって言われた」

 

雲龍が大鳳を見たのに釣られて全員が大鳳を見る

 

大鳳「…細胞をそのまま取り込んで自分のものにしたりもできたし…すごく効率が良かったんです…そうしないと、動けず朽ち果ててしまうから…」

 

龍驤「…まあ、そうか、難儀な体なんやな」

 

大鳳「人間が持っている保存食は…味は良かったですが、エネルギーの効率が悪くて…」

 

漣「あー、なんか聞いてたら食欲失せちゃうし…」

 

曙「そうね、赤城、加賀、希望は?」

 

龍驤「ウチには聞かんのかい!」

 

赤城「…赤から鍋とかどうでしょう」

 

龍驤「却下や却下!こんな暑い時期にそんなモン食うなや!」

 

加賀「…韓国料理とかどうでしょうか、もしくは中華なんて…」

 

曙「あのねぇ、あたしらは理解あるけど…アンタらの食べてるもんは普通じゃないのよ?というかその手の店に行ってもアンタ達普通の辛さじゃ足りないでしょ」

 

龍驤「ここはベーシックにお好み焼きでも…」

 

漣「やっぱそれか…美味しいけど…」

 

曙「…焼肉でも行く?」

 

大鳳「焼き……」

 

漣「せんせー、拒絶反応一名でーす」

 

曙「……はぁ…もうファミレスにしましょ…」

 

赤城「1番安直ですよね」

 

漣「何より安いのがねー」

 

 

 

 

ファミレス

 

雲龍「…この、お子様、ランチ…食べて見たいわ」

 

曙「…残念ながら小学生以上は頼めな……いや、あんた一歳なのか…」

 

赤城「でも…この体型で一歳は通用しないのでは…?」

 

漣「…ま、とりあえず注文しませう……店員さーん!このページの全部ねー!」

 

曙「何やってんのよ、食べきれないでしょ」

 

漣「いやー、だって思ったより食べそうだし?」

 

赤城「注文が早いのは良いことじゃないですか」

 

 

 

雲龍「…これ、人間の食べ物?何これ…」

 

赤城「それはフォークです、このパスタを食べるのに使ってください」

 

雲龍「…刺すの?…刺さらないわ」

 

加賀「刺して、フォークを回しなさい」

 

雲龍「…できた、食べても良い?」

 

龍驤「先にいただきます言ったか?その辺ちゃんと覚えさせなあかんで?」

 

漣「さっすが面倒見いいなぁ…」

 

曙「ま、こっちは特に手間かかってないしね…」

 

大鳳「…まあ、私は一応元人間なので…」

 

曙「へぇ」

 

大鳳「…美味しい……ご飯を食べて、お腹に溜まるなんて…いつぶりなんだろう…」

 

曙「何?アイツ人間に戻すだけ戻して食べ物渡してなかったの?」

 

漣「そりゃお腹も鳴るよ…」

 

大鳳「いえ…贅沢を言える立場ではないですし…」

 

曙「餓死されても困んのよ、ちゃんと食べときなさい」

 

雲龍「…無くなった」

 

赤城「よく食べましたね」

 

龍驤「すぐ食べ終わったけど腹一杯なったんか?」

 

雲龍「…もっと食べたい」

 

龍驤「しゃーない、ウチが奢ったろ、次は肉でも食うか!」

 

曙「あら、太っ腹じゃない、おねーちゃん」

 

漣(うわっ)

 

龍驤「…別にウチはお前らまで奢る言うとらんで」

 

曙「えー?」

 

龍驤「こんな時だけあざとい素振りしおってからに…」

 

曙「いいじゃない、奢ってよ」

 

龍驤「……はいはい、負けたわ、奢ったるわ」

 

曙「っしゃ!漣!ステーキとパフェ!」

 

漣「あいあいよー!」

 

龍驤「おぁっ!?それはちゃうやろ!?」

 

雲龍「…龍驤、曙と漣と、仲が良い?」

 

龍驤「……まあ、他よりはええ関係やろな」

 

雲龍「…私も、そうなれる?」

 

龍驤「ええ子にしとるんやったら、ええで」

 

赤城「あら…」

 

加賀「ジュースより食事みたいですね」

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 朝潮

 

朝潮「…よし、みんな、揃ってますか?」

 

大潮「はい!」

 

満潮「…ちゃんと準備はした、けど…」

 

荒潮「そうねぇ…霰ちゃん、凄く調子悪そうね〜」

 

霰「……大丈夫」

 

霞「そうは見えないけど…」

 

山雲「あ、でも出発は明日だし〜…お土産でも買っていきましょうか〜」

 

朝潮「まあ、それに限らずとも準備ができたなら、自由に行動して構いません」

 

山雲「それじゃあ、解散ね〜」

 

 

 

 

執務室

 

朝潮「…山雲、荒潮、出かけなくていいのですか?」

 

山雲「うーん…私はいいかな〜」

 

荒潮「そうね、私も別に行くところはないし…」

 

朝潮「……では、司令官のパソコンを確保したいので…ついてきてくれますか?」

 

山雲「パソコン…?」

 

荒潮「パソコンに何かあるの〜?」

 

朝潮「明石さんが元気がなかったので…あの人は機械を触るのが趣味でしたから」

 

山雲「そうね、それなら怒られないかも」

 

朝潮「…これでしょうか」

 

荒潮「多分…この辺りの一式も持っていく?」

 

山雲「そうしましょ〜」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

戦艦 レ級

 

レ級「…よくもまあ、一日でこんなに大量の物を…」

 

曙「まー、最後の娯楽のつもりでね」

 

レ級「……ああ?そう、アンタは覚悟できてんのね」

 

曙「それより、全員集めたんならさっさと言いなさいよ」

 

レ級「日にちをあけたのは私の都合じゃない、直接話したいって方がいたからよ…だからわざと横須賀と…あと佐世保の一部の人員には残ってもらってる」

 

火野「と言っても、話が終われば早急に戻るつもりだ」

 

度会「こちらもそのつもりだ」

 

レ級「大丈夫です、すぐに始めます…ちょうど、始まるみたいですから」

 

明石さんがみんなの前に出る

 

明石「…すいません、少しだけ聞いてください…皆さんの体に関することです」

 

曙(明石…?あいつ、最近工廠に引きこもってるって聞いたけど…)

 

レ級(…明石さんにとって、これはどんな結末でもかなり辛い物でしょう)

 

明石「…正確には艤装、艦娘システム…それを使用しているとどうなるか、です…高速修復剤を始めとした…一見非現実的なそれらについてです」

 

朝潮(…確かに、非現実的な物だらけではありますが…)

 

明石「…現行の、艦娘システムには重大な欠陥が見つかりました……こ、これを使用し続けると、いずれ体内の細胞全てがナノマシンと置き換わり…人間と呼べる存在ではなくなってしまいます」

 

どよめき

覚悟のできない者、それ以前にこんなことを言われると思っていなかった者も居るだろう

 

レ級「どうか、静かに…」

 

明石「…い、今、システムから外れれば…ナノマシンは機能を失い、老廃物として体外に少しずつ排出されると思います…ですが、このまま使い続ければ、人として生きることは難しい…と、思います」

 

曙「待ちなさい」

 

レ級「質問は、手を挙げてしなさい」

 

曙が苛立ちを抑えて手を挙げる

 

曙「高速修復材、さっき明石が挙げてたわよね、あれはどういう物なの」

 

明石「……生きた、ナノマシンの塊です…傷口にナノマシンをぶちまけて傷口を覆い隠し、治ったように見せる……そして、体内に入り込んだナノマシンが強制的に体を作り替えて直す…」

 

曙「……修復剤を使った奴らは」

 

明石「傷の具合にもよりますが…非常に大きい範囲が侵食されたと思っていただいて構いません…ナノマシンの侵食が激しくなると…感情が爆発しやすくなる、好戦的になる等の症状が予測されます…」

 

曙(…バトルマシンになるって訳か…)

 

明石「……私が、皆さんの艤装を扱っていた私が…やってしまったことなんです…本当に、ごめんなさい…」

 

朝潮「…明石さん1人の責任ではないんじゃ…」

 

明石「……修復剤を使ったのも、曙さんみたいな特殊な艤装を作ったのも…私なんです、それに……私は、私は…」

 

明石さんの目に何かが浮かぶ

 

レ級「…それは」

 

明石「……第三相、そのダミー因子です」

 

神通「メイガスの……ダミー…因子?」

 

明石「この因子を使えば…他人よりも艤装の出力を上げられます、そして何より、この因子の力を使えば…ナノマシンをいくらでも量産できてしまう…高速修復材は…私1人が生み出してきた物です…」

 

レ級「…流石にそれは聞いてませんでした」

 

明石「…本当に、ごめんなさい…」

 

レ級「…まあ、そういうことです、解体申請を受け付ける意味、理解できましたか?」

 

曙「待ちなさいよ、それなら春雨達の艤装で…」

 

春雨「別にいいですが、あなたは自分の炎で焼かれて死にますよ?」

 

曙「…何よ」

 

春雨「よく考えて見なさい、多少熱い態度で炎を扱えた理由を…もうあなたの外皮はナノマシンで覆われている、もしかしたらそれだけじゃない、私の見立てでは体内の30%はナノマシンに置き換わってるんじゃなきですか?」

 

曙「なっ…!」

 

レ級「私も、そう思う……なんのデメリットもなく、あんな力が使えるわけがないんだ、当然だろう」

 

曙「アンタまで…!」

 

レ級「曙、あんたの姉妹として言う……引き返せるのは、今だけよ」

 

曙「ふざけんな!…その程度であたしが怖がるとでも…」

 

曙を抱きしめる

 

曙「ちょ…級に何を…」

 

レ級「…私は、あんたにバケモノになってほしくない、アンタには人として内地で生きる選択肢がある」

 

曙「…そんな事…」

 

レ級「アンタのことを大事に思ってる、だからこそ…」

 

曙「…じゃあ、なんでアンタは深海棲艦のままなのよ」

 

レ級「……私にはまだやることがある」

 

曙「やり残したことがあるのは、アンタだけじゃない…!」

 

曙が私を押し退ける

 

曙「明石!」

 

明石「っ…」

 

曙「アンタが取れる責任は…バケモノになったあたしを元に戻す手段を探す事、あたしは絶対ここで逃げたりしない…あたしは…戦う、この戦争を生き抜いて、深海棲艦を全滅させて、ようやく人間として暮らせんのよ」

 

レ級「……」

 

朝潮「私も同じく、残りたいと考えています」

 

キタカミ「ほら言ったじゃん、余計なこと言わせずさっさと強制的に解体しちゃえばいいってさ」

 

北上「…アンタは?」

 

キタカミ「そりゃあ、残るけどさ、最低限の汚れ役だけでも良いかなぁ、とは思ってるよ」

 

北上「……あ、そ」

 

キタカミ「そっちこそどうすんのさ」

 

北上「残るんじゃない?知らないけど」

 

レ級「ここで解体を選ぶことは、逃げる事じゃない…きっと提督は皆さんにここで解体を選んでほしいと思っています」

 

朝潮「愚直に従うだけがその人のためではありません」

 

曙「後は、明石…アンタの気持ちだけよ、アンタがあたし達を全員元に戻すって覚悟、それだけ」

 

明石「…わかってます、私は私のした事の責任を取るつもりです…!」

 

レ級(計画は真逆の方向に流れた、全てが破綻か…)

 

曙「…なんで笑ってんのよ」

 

レ級「え?いやぁ…バカしかいないなって」

 

曙「…違うわよ、戦うことを選んだ全員、バケモノになる覚悟をしたってこと…それはバカだからじゃない、明石、それにアンタの事も…みんな仲間を信じてるからよ」

 

レ級「だから、バカなんだって…でも、そのバカに命懸けられる人生の方が…よっぽど楽しいか」



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代理人

離島鎮守府 近海

駆逐艦 島風

 

島風「…もっと…速く…」 

 

深海棲艦の屍を見下ろす

 

島風「……もっと強い相手じゃないと…コレも使えない…後4日しかないのに」

 

キタカミ「なら、私が相手してあげよっか」

 

島風「っ!?」

 

キタカミ「おーおー、そんな警戒しなさんなって…ちょっと散歩中に見つけただけさね」

 

島風「…ここ、鎮守府から1.5浬は離れてますよ…」

 

キタカミ「んー、別に認識できない距離じゃないからねぇ」

 

キタカミさんは人差し指を軽く舐り、空を指す

 

島風(…そっか、こっちは風上だったんだ…だから匂いでバレた…)

 

キタカミ「…今でも充分強い、誰かを守る事だってできるのに…なんで満足しないのかなぁ…」

 

双剣を抜く

 

キタカミ「ん、話したくないのね、いいよ…好きなだけ相手したげるから」

 

連装砲ちゃんを周囲に展開する

 

島風(キタカミさん相手なら、最初から全力でも…良いよね…!)

 

スイッチが切り替わる

 

 

 

重雷装巡洋艦 キタカミ

 

キタカミ(…思ってたより不味いかな、前より強くなってる…剣撃も全部首とか狙ってくるし…殺し合いのつもりないっつーの…)

 

斬撃をかわしながら距離を空けようと後方に下がる

 

キタカミ(ダメだ、速すぎて下がっても一瞬で距離が死ぬ…連装砲潰しても良いけど曙辺りに詰められそうだしなぁ…となると)

 

キタカミ「っ!」

 

島風がバックステップで距離を空ける

 

キタカミ(…なんで今、下がった…?ずっと肉薄してきてたのに…まさか私の動作で肉薄は不味いって判断された?…だとしたら想像の何倍も…)

 

手に忍ばせた魚雷を魚雷発射管に戻す

 

キタカミ(今の魚雷を抜き取る動作は絶対に見られてないはず…)

 

連装砲からの砲撃をいなしつつ島風を狙い撃つ

 

キタカミ(…久々だね、この感覚…こっちが攻略する様な…格上を相手にする様な感覚)

 

キタカミ「…別に説教するわけじゃないけどさァ…島風は何で強くなりたいのさ」

 

島風「……」

 

砲戦をしながら、隙を伺う

 

キタカミ「強くなるってのは…手段であって目的じゃないでしょ?なんか理由があるんじゃないの?」

 

島風「……」

 

キタカミ(ガン無視かよ…ちょっと頭にきちゃったじゃん)

 

キタカミ「あーあ、怒らせちゃいけない相手怒らせたね…!」

 

主砲を島風に向け直した

はずだった

 

キタカミ「消え…た…?」

 

島風が視界の外に消えた、どっちに行ったのかわからない…

 

キタカミ(考える暇はないか…!)

 

ガードのために背後に主砲を回す

金属音と同時に主砲が後頭部に押し当てられる

 

キタカミ「ぁが…ッ!」

 

水面を転がったところに連装砲からの砲撃を受ける

 

キタカミ(クソッ!本気で殺しに来てるし…もう容赦しない!)

 

連装砲達の砲塔が破裂する

 

キタカミ「ふぅ……もう、どうなっても知らんからね…殺されるつもりで来なよ」

 

島風「……」

 

島風の目の蒼い炎が揺れる

 

キタカミ「…なんか、さっきよりもヤバそうな…」

 

主砲に弾を込めようと右手で弾薬に手を伸ばす

 

島風「……!」

 

キタカミ「ぃっ!?」

 

50メートルはあった距離が一瞬で詰められ、斬撃で魚雷発射管を潰される

 

キタカミ(いきなりトップスピードとか、そんなの…冗談キッツ…!)

 

腰に右手を回すだけでスキができたと判断して斬りかかって来る…思考の時間も殆どない、となると

 

キタカミ(…ブラフは効く?試すだけ試しとくか…いや、それなら…やるしかない!)

 

主砲に残った球を全て吐き出す

 

島風「……」

 

空中を蹴るような三次元的な挙動で距離を詰めてくる島風には砲撃が一切通用しない、だがコレはあくまで時間稼ぎ

 

キタカミ(ま、ここまでは予定通りさね…大丈夫、もう弾薬は握ってる)

 

砲弾の薬莢を主砲が吐き出そうと薬室が空いた瞬間、新しい砲弾を直接装填する

 

島風「!」

 

キタカミ(ちぇっ…まさか島風に先に見せるとは…)

 

島風を取り囲むように魚雷が水中から飛び出す

 

キタカミ「つーかまえたっ…!」

 

島風が真下へ加速する

 

キタカミ「なっ!?」

 

水面に音を立てて落ち、そして水面を蹴り肉薄してくる

 

向けようとした主砲の先端を斬り落とされ、剣が何度も主砲にぶつかり振動で主砲を握る手が痺れる

 

キタカミ(ヤバイ!ヤバイ!コレだけは手を離したら…)

 

一際大きい金属音を鳴らして主砲が手から離れ、水面を跳ねる

 

魚雷が虚空で炸裂し、島風がこちらへ剣を構える

 

キタカミ「…ハハッ…ヤバ」

 

自由になってしまった両手で島風の両手首を掴む

すぐに前蹴りで吹き飛ばされ、水面を滑る

 

キタカミ「あーもう…死ぬっての……」

 

感覚が残っている手で艤装の格納庫をまさぐる 

 

キタカミ(…ま、白いし、撃ち落とすにはちょうど良いか)

 

魚雷を発射管から抜き、放り投げる

 

島風が魚雷を避けて詰め寄ってくる

 

キタカミ「豆鉄砲…くらいな」

 

拳銃を取り出して魚雷を複数回撃ち抜く

 

島風「っ!?」

 

島風の背後で魚雷が炸裂し、島風を吹き飛ばす

 

キタカミ「…はー…ま、痛み分けで……ん?…げ」

 

レ級「……貴方が率先としてこんな事をしていては、規律が乱れるのですが」

 

キタカミ「アハハ、勘弁してよ…全身めっちゃ痛いんだって」

 

レ級「…こちら曙…2人とも見つけたので連れて帰ります、ええ、じゃれてたみたいです…勿論、正座でもさせておきます」

 

キタカミ「…体痛いんだって」

 

レ級「知りませんよ、早く戻りましょう」

 

キタカミ「それより…見てたなら助けてからもよかったんじゃない……おかげで死にかけたよ」

 

レ級「今到着したばかりですよ」

 

キタカミ(……にしても、島風…ダメだな、ちゃんと対策しないと殺される)

 

キタカミ「曙ならどうやって島風を制圧した?」

 

レ級「……さあ、島風さんは私の時は私の時で手を変えてくるでしょうから…確実に私を殺すために」

 

キタカミ(……確かに、あの剣は殺意が乗りすぎ、私を本気で殺しに来てた…か)

 

 

 

 

離島鎮守府

駆逐艦 島風

 

島風「っ…!」

 

ベッドから跳ね起きる

 

島風(…また、制御できなかった…暴走までしたのに、勝てなかった…!)

 

拳を握りしめる

 

圧倒的な力のはずなのに

私は誰よりも強くなったはずなのに

 

島風「何が、足りないの…」

 

キタカミ「足りない、と言うより…間違ってるんだよ」

 

島風「キタカミさん…!」

 

キタカミ「さっきも聞いたけど…何で強くなりたいのさ」

 

島風「それは…」

 

キタカミ「強くなるのは手段であって目的じゃないでしょ?別に言いたくないなら良いけど…その目的って一人じゃないとできないことなの?」

 

島風「……」

 

私が強くなりたかったのは…そう、元はみんなを守るためなのに…

だけど、今は…

 

キタカミ「……手段と目的、この二つは間違えちゃダメだよ、目的がないようじゃ強くもなれないし…どんなに強くても助けられない事もあるから」

 

島風「…はい」

 

キタカミさんはそう言って出て行った

だけど、私が今戦う理由は…

 

私が戦ってるのは、誰かのためなの?

 

わからない

 

 

 

 

執務室

提督代理 朧

 

朧「…はぁ…」

 

曙「ため息は幸運が逃げるわよ」

 

朧「幸運が逃げたからため息が出るの…何で衛星電話引いた瞬間本土からの問い合わせが…吐きそう…」

 

漣「上の人には何て答えてんの?」

 

朧「提督は指揮に行かれてるので今は居られませんって…」

 

潮「お疲れ様ー、お茶持ってきたよ」

 

曙「…ところでさ、無茶なのはわかってるんだけど…ネット回線は引かないの?」

 

朧「……できたらやってるって…」

 

漣「まー、なんじゃらほい…正直ネット無し生活がこんなに堪えるとは…」

 

潮「そう?」

 

曙「気づかないうちに依存症になってるのよ…」

 

漣「そーそー、ソシャゲとかログインできないと発狂しそうになるよねん…」

 

レ級「あけるわよ」

 

曙「え、なにその書類…」

 

レ級「ここに視察来るってさ」

 

朧「……は!?」

 

レ級「お偉方が直接視察に来るみたい…だから、提督が会えるように準備しろって」

 

朧「…いやいやいや!無理でしょ!?」

 

レ級「…ここがどう言う状況かくらいはわかってるはずだけど、トップ不在が続くのは不味いのはわかるでしょ?」

 

朧「わかるけどさぁ…」

 

レ級「多分、これミスったら次は出頭命令……」

 

朧「詰んだ…」

 

曙「待ちなさい、アレは?亮の方は?」

 

レ級「…アレは一応ここに駐在になったけど…本来はまだ前線に出るような段階じゃない、それを司令代わり?ばかも休み休みにしなさい」

 

朧「まあ、もし可能だったとしても曙は許さないよね…」

 

レ級「私を従えることができるのは提督ただ1人よ」

 

朧「…とりあえず、どうするの?」

 

レ級「これ、見て」

 

昨日と今日の深海棲艦の目撃情報を記した周辺の海図を見せられる

島の周辺にはびっしりと深海棲艦が出没したマーク

少し離れた地点にも大量の印が振られてある

 

朧「…めちゃくちゃいるんだね」

 

レ級「ここには到達できない、安心しなさい」

 

朧「…出頭命令は?」

 

レ級「今から対策を考える、流石に顔がわからないなんて事もないでしょうし……代理を立てたところで一瞬でバレかねないか」

 

レ級(…実の所、周辺の深海棲艦なんて今朝島風さんが駆逐したばかりだし…色々と問題はあるな…だが、ここに視察の部隊は到達できない、それだけでいい)

 

俺「…曙?」

 

レ級「よし、ネット回線を繋ぎましょう、オンライン会議ってやつ」

 

漣「ああ!それで誤魔化す……っていけるわけあるかい!」

 

レ級「藁にもすがるしかないのよ、何処の馬の骨とも知らない奴に言いたい放題されたくないでしょ?」

 

潮「…確かに、そうだね…」

 

漣「でも、ネット回線なんてどうやって引くの?」

 

レ級「とりあえず海上にアンテナ塔を複数建てる、その場凌ぎレベルで良いわ、回線が弱いって言い訳も効くし」

 

朧「夕張さん達は帰っちゃったけど…?」

 

レ級「春雨さんと明石さんがいるでしょ、それに向こうが文句言うなら予算出させて海底ケーブルとか…」

 

朧「いや、無理でしょ流石に…」

 

レ級「無理とかないわ、やらせんのよ」

 

曙(マジでやるつもりみたいな…うーん…)

 

レ級「それに、ネットが繋がれば外の力も借りられる」

 

朧「外?」

 

レ級「ハッカー様に、色々いじってもらおうじゃない」

 

朧「…成る程ね、ヘルバさんを頼れるのは大きいけど…」

 

レ級「とりあえず漣、潮、明石さんと春雨さんにあたって、私は中央と直接交渉する、朧と曙は周辺の深海棲艦のデータをうまく使ってここの往復がいかに危険かを書類にまとめなさい」

 

曙「ま、良いか、やりましょ、朧」

 

朧「うん、そうだね」

 

 

 

 

 

 

九州

大黒宅

青葉

 

青葉「あ、どうも、松山さん」

 

松山「お邪魔します、青葉さんお元気そうでよかった」

 

青葉「…まあ、私だけ内地に居るわけですから…やれる事をやるためにもしょぼくれてなんかいられません」

 

大黒「あ、ようやく来ましたね」

 

松山「いや、申し訳ない、ちょっと揉めてしまって…」

 

大黒「…まあ、とりあえず上がってください」

 

 

 

青葉「揉めたって言ってましたけど、何かあったんですか?」

 

松山「いや…明日から復職なのでこっそり現場を見に行ったら…グラフィック関係で揉めてしまって、休職が伸びて…」

 

大黒「…ぴろしさんらしいなぁ…」

 

松山「まあ、そのかわりどさくさに紛れて、これを」

 

大黒「…それは?」

 

松山「The・World R:Xの…試作版ソフトです、これでもサーバーにアクセスできるし、すでにヘルバさんに頼んでアクセス情報がわからないようにしてあります」

 

青葉「…じゃあ」

 

松山「ただ、残念ながらこのソフトは一つしかありません」

 

青葉「っ!」

 

松山「正確には…もう一つあったのですが、ここに来る前に会った友人に渡してしまいました」

 

大黒「なんでそんな…」

 

松山「彼は意識不明になったオークラさんとリアルで親交のあった人でして」

 

大黒「…じゃあ、仕方ないか…でも、大丈夫なんですか?その人」

 

松山「…おそらく、十分すぎるでしょう、そしてこの残されたソフトは…」

 

松山さんが私に差し出す

 

青葉「…え?」

 

松山「貴方に…」

 

大黒「な、何考えてるんですか!?松山さん!青葉さんはただの女の子なんですよ!?」

 

松山「それを言えば、私たちもただの人です、だけど青葉さんはThe・Worldに特別な想いがあるように見えた」

 

青葉(…私は、秋雲さんだけじゃない、司令官も…リアルに帰さなきゃいけない、そしてこれは…最大のチャンス)

 

ゲームのソフトを受け取る

 

青葉「…かならず、やり遂げてみせますから」

 

大黒「…無茶ですよ、何と戦うかもわからないでしょう…?それに青葉さんには…」

 

松山「確かに、腕輪の力はないかもしれない…だけど、思い出してください、The・Worldを、みんなを救ったのは超常的な力じゃない…人の想いなんですよ」

 

青葉「…人の、想い…」

 

大黒「……青葉さん、決して、無理しないでください、じゃないと…カイトさんに顔負けできなくなっちゃいますから…」

 

青葉「…はい」

 

私の戦いは、みんなと少し違う、だけど…

確かにみんなの想いを背負って戦うんだ、だから…

 

青葉「絶対に、助けてみせますから」



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特務部 オフィス

駆逐艦 敷波

 

誰も居ないオフィスのソファに腰掛ける

 

敷波「…はぁ……何にも、うまくいかないなぁ…」

 

自分には、何もない…何もできない…

最近は事務整理以外した覚えもない

アタシを誰も求めてないのがよくわかる

苦しくて、辛くて…何のためにいるのかわからなくなる

 

敷波(…でも、綾姉ぇなら…きっと…)

 

最期の笑顔が頭の中でリピートされる

自身の行いをどんなに悔いても…許されるわけなんて無いのに

 

カツン

 

ヒールのような足音が誰も居ないはずのオフィスに響く

咄嗟に立ち上がり、周囲を見渡す

 

駆逐棲姫「んー…間取りが変わってなくってよかった…派手に壊しましたからねぇ…」

 

黒い艤装の間から真っ白な肌が覗く

此方を見た顔は…あの時とは違う狂気的な笑みで…

 

敷波「…綾、ね…ぇ…?」

 

その名を口にした瞬間、アタシは膝をついていた

感動とか、そう言うのじゃない…立ってられない恐怖を感じた

 

駆逐棲姫「あら、よくわかりましたねぇ…敷波」

 

敷波「っ…」

 

わかる、間違いない、あの時の…前の世界の、綾波…綾姉ぇ…

そして、最悪な事に…本気で頭にキてるらしい…

 

駆逐棲姫「悪い妹には、お仕置きが必要だと思いませんか」

 

アタシの目の前まで歩いて近寄り、片手で首を締め上げる

 

駆逐棲姫「ほら、立ちなさい」

 

首を締め上げながら、持ち上げられる

 

敷波「…ぁ……が…」

 

駆逐棲姫「ああ、何でこんなに腹が立つのか…遊んであげようと思ったのに」

 

目が、熱い…

 

駆逐棲姫「因子は、貰っておきます…あなたにもう用はありませんよ、消しておきます」

 

真上に投げ飛ばされ、天井に体を強く打つ

 

敷波「っ…ぁ…」

 

駆逐棲姫「カケラも残さず、消してあげましょう」

 

綾波の右足を形成している艤装が光る

 

駆逐棲姫「アハハッ!」

 

天井から落下するアタシを綾波の右足が容赦なく砕く

 

一瞬にして、アタシはその場から消滅した

 

 

 

駆逐棲姫「…まさか、これで協力関係が失われたり…しませんよねェ?」

 

数見「……何一つ、問題はありません」

 

駆逐棲姫「…じゃ、今後に期待してますよ…特務部サン」

 

数見「…こちらもそちらの活躍に期待します」

 

駆逐棲姫「ええ、好きに期待してください、私は私のやりたいようにしかやりませんので」

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

戦艦 レ級

 

大鳳「あ、あの…わ、私は何を…」

 

レ級「深海棲艦のこと、多少はまだ操れますか?」

 

大鳳「え、いや…そんな力もう無いですよ…」

 

レ級「…チッ、じゃあ、拷問の続きといきましょうか」

 

大鳳「えっ……」

 

右手に炎を灯し、向ける

 

レ級「貴方達が製造された目的、と言うかその経緯、もう一度話しなさい」

 

大鳳「や、やめて…もう熱いのは…!」

 

レ級「命令してるのは私です」

 

大鳳「わ、私達は医学や軍事経済の為に身体をナノマシンに作り替える実験の被験者です!」

 

レ級「そしてそれは、中央の連中がやってた実験だった…と」

 

大鳳「は、はい!わ、私達は不老不死の初期個体として放流されて観察されていました!」

 

レ級「それだけですか?本当にそれだけなんですか?」

 

炎を近づける

 

大鳳「わかりません!わ、私はこれ以上はわからなくて!…お、お願いします!やめてください!」

 

大鳳は目に涙を浮かべて懇願する

流石にこれで嘘は無い、だろうか…綾波ならあと少しいたぶってから判断するだろうがあいにく私にその趣味はない

 

レ級「…怖がらせてすみません、ちゃんと話してくれたんですね」

 

炎を消し、大鳳を抱き寄せる

 

大鳳「…っ…」

 

ガクガクと震える大鳳の背中を軽く叩く

 

レ級「貴方を仲間として受け入れるにあたり…どうしてもあなたからすべての情報を引き出さなければならなかった…理解してくれますか?」

 

大鳳「は、はい…」

 

レ級(しかし、まあ…深海棲艦を産み出したのは日本政府…だったとして)

 

レ級「そういえば、煙草に洋酒…かなりの種類が有りましたが、アレは?」

 

大鳳「ぜ、全部…輸送船を襲って手に入れたものです…」

 

レ級「それにしては保存状態が良かったですが」

 

大鳳「……私の、唯一の娯楽でした…深海棲艦になった私は…孤独でした、酒に酔い、煙草に耽る…体がナノマシンになってしまったせいで成長もしない私にとっての唯一の楽しみでした、成ることのできない大人の真似事だけが、唯一の…」  

 

レ級「…今の貴方は成長するんでしょうかね」

 

大鳳「…その…きっと…」

 

レ級「なるほど、では今の貴方には酒も煙草も必要ないわけだ」

 

大鳳「…まあ、そうですね」

 

レ級「あれらは一通りいただいておきますよ」

 

大鳳「えっ」

 

レ級「…何か、文句でも?」

 

大鳳「い、いえ!なんでも……」

 

大鳳(…確か素体の状態でも明らかに成人してなかったし…い、いいのかなぁ…)

 

レ級「…ま、それはそれとして」

 

懐から煙草の箱を取り出し、一本咥える

 

大鳳(もう持ってるし…)

 

レ級「駆逐棲姫だとか、名前のわからない深海棲艦だとか…その辺と対立するのは、貴方は良いんですか?近しい関係だったんじゃ?」

 

大鳳「…特に抵抗はありません」

 

レ級「ほぉ…」

 

火をつけて口に煙を吸い込む

 

レ級「うげ……気持ち悪…人の身体とでは感性が違うか……」

 

大鳳「…駆逐棲姫は、私の妹のような存在でした…もう1人の方は、母の様な方でした…ですが、結局は…私をあんな姿にし、孤独にした…恨む気にはなりませんが…親しいとは…」

 

レ級「…今の貴方は生きてるのがつまらなさそうですね」

 

大鳳(…言葉を間違えば、殺されかねない…)

 

大鳳「別に、そんな事は…」

 

レ級「私は…目的のためなら命を捨てられます、しかしそれは決して悲劇的なことでは無い」

 

大鳳「…な、何を…?」

 

レ級「私の命は提督の為にあります、だから任務のために死ぬのは怖く無い…貴方には分からないことでしょうが」

 

大鳳「…は、はあ…?」

 

レ級「そのくらいの熱量で…騙されて生きるの、楽しいですよ?」

 

大鳳「……楽しい…」

 

レ級「人は目的なく生きていれば腐ります、大抵の人間が命をかけるほどの熱量を持たない…自分の心を熱くできる何か、見つけた方がいいですよ」

 

大鳳「そ、そんなこと言われても…」

 

レ級「では、手始めに…貴女を秘書艦にしてあげましょう」

 

大鳳「へ?ひ、秘書?」

 

レ級「提督の代理にピッタリくっついてなさい、もちろんオフの時は好きにして良いですが」

 

大鳳「そ、それが私の仕事ですか…?」

 

レ級「ええ、まあ…疑わしきは罰せよ…これが私の信条であると言うことだけ覚えておいてください」

 

大鳳「は、はい!」

 

レ級(ま、そんな信条ないんですけどね)

 

大鳳を見送り、海辺に歩く

煙草を大きく吸い、海に向かって弾く

 

駆逐棲姫「へぇ、煙草ですか」

 

レ級「うげ…」

 

捨てた煙草を駆逐棲姫が海に落ちる前に手に取り、咥える

 

レ級「……なんでお前はそんなに気持ち悪いことを平然と…」

 

駆逐棲姫「んー、吸ったことはありませんが、悪く無いですねぇ?」

 

レ級「……」

 

駆逐棲姫「煙草のお礼に何かしてあげましょうか?」

 

レ級「やめろ、お前が悪行を積んでも提督はお喜びにはならない」

 

駆逐棲姫「……ま、いいですよ、そっちは…」

 

駆逐棲姫がタバコを海に捨てる

 

レ級「……」

 

駆逐棲姫「それより、先程…ここに来る途中、船が沈んでるのを見ましたが…アレは貴女が絡んでるんですか?」

 

レ級「私はずっと島の中にいた」

 

駆逐棲姫「では、深海棲艦の犯行でしょうが…どうやら、目的地はここだった様なんですよ」

 

レ級「…それで?」

 

思わず上がった口角を隠す

 

駆逐棲姫「…やはり、あなたは食えない…すごく魅力的な人ですねぇ…」

 

レ級「当たり前だ、大量の深海棲艦が出る海域を無理に突破しようなど…自業自得でしか無い」

 

駆逐棲姫「……貴方、やはり考え方が人間じゃ無いんですよ、私と来ても悪いことはないんじゃ無いんですか?」

 

レ級「提督がお悲しみになる、それだけでお前と共に歩む道は断たれた」

 

駆逐棲姫「……はぁ…」

 

レ級「…何のためにお前はこの辺りをかぎまわっている」

 

駆逐棲姫「…さぁ?何のことやら」

 

艤装が駆逐棲姫に照準を合わせる

 

駆逐棲姫「……私は貴方がいいんです、覚えておいてくださいね」

 

レ級「断る」

 

 

 

 

駆逐棲姫(ま、候補は2人か)

 

 

 

 

 

執務室

提督代理 朧

 

朧「……視察予定だった艦が深海棲艦に襲われて沈んだって」

 

レ級「でしょうね」

 

曙「なんか、喜べないわね…」

 

朧「…向こうから来るのは難しいからって、出頭命令が出たよ…」

 

レ級(早すぎる、予定通りって事ね…人の命をゴミいかにでも捉えてんのかしら)

 

曙「どうすんの?」

 

朧「……いや、どうすんのって…」

 

レ級「行くわよ、朧」

 

朧「…本気?アタシと曙で…?」

 

レ級「安心しなさい、アンタの秘書艦は大鳳に任せるから」

 

レ級(…やる事はやる)

 

朧「……どういう事なの…」

 

レ級「大丈夫、心配ないわ、私に任せなさい」

 

朧(不安しかないのは、どうしてなんだろう…)

 

レ級「さ、準備するわよ、来なさい」

 

朧「……うん…」



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忘刻の都

The・World

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「思ったより、状況は悪いみたいですね…!」

 

不正ログインであることは分かっていた

だからシステム管理者に追われるのは想定内だったが…

 

青葉「数が多い…撒けないし…そもそも戦って勝てる相手なんでしょうか…!」

 

反転し、槍を地面に叩きつける

瓦礫と土煙が周囲を包む

 

青葉(今のうちに、エリアを移動しないと…!)

 

青葉「っ!?」

 

マク・アヌの橋の上に、確かにその石像はあった

この世界には明らかに異質で、元々のマク・アヌには存在するはずのない像

そして、見間違いじゃないのなら…

 

青葉(司令官…!)

 

助けなきゃいけない…

そう思って、体がそちらを向く

 

青葉「う…っ…!」

 

管理者PCの投げた槍が体を掠める

 

青葉「あっ…!ぐ…あああああっ!!」

 

 

 

 

リアル

大黒宅

青葉

 

青葉「ぁ…がぁ…!っ…」

 

ディスプレイデバイスを外し、投げ捨てる

デスクから転げ落ち、乱れた呼吸を必死に整える

 

青葉「…かはっ…!……なん、なんで…こんな…」

 

明らかに異常な痛み、槍が掠めた腕には未だに激痛が残ったような感覚

 

青葉「……はぁ…はぁ……し、死んじゃうかと…思った…けど……」

 

目的の一つは見つかった…

 

青葉(ネットに囚われた司令官を…見つけられた…私が、助けなきゃ、いけない…!)

 

メガネの様なデバイスをまた頭から被る

先程の短時間で異常な倦怠感が身体を包む

あの槍の効果なのか、それとも自身にそれだけ疲労が溜まっている証なのか…

 

 

 

 

The・World

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「……あ、れ…?さっきの人達、居ない…」

 

先程の管理者は辺りにいる様子はない

 

アルビレオ「まだ1人、居たか」

 

背後から金属音が鳴る

反転し、槍を振るう

 

槍同士がぶつかり合い、金属音が響く

 

アルビレオ「っ…速いな………ん?」

 

青葉「…あ、れ…貴方は…」

 

アルビレオ「…宿毛の青葉…」

 

青葉「…佐世保の…」

 

アルビレオ「……何故、ここに」

 

青葉「その…ソ、ソフトをもらって…司令官を助ける為に…」

 

アルビレオ「…あの像、か…」

 

青葉「はい…」

 

アルビレオ「……悪い事は言わない、あまりここに長居しない方がいい、相手はデバッガーだ、通常の攻撃手段は何も効かない、それに一撃貰えばデータも消去されかねない」

 

青葉「…えっと…さっき掠っちゃったんですけど…」

 

アルビレオ「何?なんとも無いのか?」

 

青葉「いや…倦怠感と…痛みは」

 

アルビレオ「痛み……倦怠感…?…よく、わからないが…The・Worldでそんな物が発生するとは…いや、ヴォータンの所為か」

 

青葉「ヴォー…たん?」

 

アルビレオ「神槍ヴォータン、デバッグアイテムだ…これに貫かれた物は消滅する」

 

青葉「しょっ…!?」

 

アルビレオ「…君のPCが消滅してないのは…理由はわからないが幸運だった、デバッガーを敵に回すのはリスクが大きい、これ以上ダメージを受ける前にログアウトした方がいい」

 

青葉「……いいえ、私はやる事があってここに来ました…!ここで逃げたりなんか…しません!」

 

アルビレオ「…君が直面している問題は簡単に解決できない、それに…想像してる以上に危険な問題だ」

 

青葉「わかってます、でも…私がやらなきゃいけない事だから」

 

アルビレオ「……The・Worldは、今、世界の形が変わりつつある」

 

アルビレオが槍をタウンの中心に向ける

 

青葉「…な、なんですか、アレ…」

 

今まで気づかなかった、タウンの中央に聳え立つ巨大な塔…

 

アルビレオ「アカシャ盤、と呼ばれてるらしい…あの中に解決の糸口があるんじゃないかと思っているが…未だに糸口は見えてこない」

 

青葉「…なる、ほど…わかりました、私も調べてみます」

 

アルビレオ「…む…昼休憩が終わるな、俺は落ちる」

 

青葉「あ、お疲れ様です…」

 

青葉(休憩時間中にこのゲームをやってたんですね…)

 

アルビレオ「そろそろデバッガーたちが戻ってくる、その前にログアウトする事を推奨しておく」

 

青葉「わかりました、ありがとうございます」

 

アルビレオ「……」

 

アルビレオがエフェクトに包まれてログアウトする

 

青葉「…私はどうしよう…まずは、調べるならアカシャ盤…あと司令官の像…」

 

像に近づく

 

リアルの、その姿のままで、何かと対峙しているかの様な表情の石像

 

青葉(…きっと司令官をネットに連れ去った人に…石にされてしまった…でも、石になったなら、助かるの…?)

 

青葉「…考えても仕方ないか、どうにか…ううん…倒して割れたりしたらどうしようも無いし…アカシャ盤を…」

 

周囲にエフェクトが現れる

 

青葉「っ!…システム管理者…一旦ログアウトするしか、無い…か」

 

ログアウトし、ディスプレイの電源を落とす

 

 

 

リアル

大黒宅

青葉

 

青葉「…アカシャ盤…司令官の石像……The・World R:X…」

 

検索エンジンにめぼしいワードを打ち込む

 

アカシャ盤というワードには引っ掛かるサイトがほぼ無いことに対し、The・World R:Xには新作に期待する記事が何件も見つかった

 

青葉「……途方もない…数ですね、先にアカシャ盤について…アカシャ…アカシャ…?あ、明石さんのキャラ名…!…関係、あるのかな…ま、まあ、とりあえず…先に…」

 

アカシャ盤、それ自体に引っかかる物はない、だが

 

青葉「アカシャ…アーカーシャ…インドの哲学における四大を包括する空間を作る為の概念…虚空……虚空の、盤…?」

 

Webサイトを次々に移し替える

 

青葉(…だめだ、出てくる情報はどれも同じ様なものばかり…しかも私の求めてる情報とはまるで違う、アレがもし虚空の盤だったとして…塔の存在の意味が…いや、次はThe・Worldについて…)

 

青葉「…未帰還者…か…秋雲さんの症状…うーん……未帰還者に関しては、なつめさんに聞いた方がいいかな…」

 

軽くノビをして席を立つ

気づけば窓の外は暗く、部屋の明かりがない所為で足元も暗い

 

青葉「…時間は…うわっ…5時間も経ってたんだ…」

 

部屋を出てリビングに向かう

 

大黒「あれ?青葉さん、いつの間に帰ってたんですか?」

 

青葉「へ…?で、出かけてませんけど…」

 

大黒「え、いや…だってもう昨日から見てないし…てっきりお仕事に行ってるんだと…」

 

そう言ってなつめさんがカレンダー付きの電子時計を指す

 

青葉「あれ…う、嘘!丸一日経ってる!?」

 

大黒「…あー…まあ、真剣な事はいい事ですよ…多分」

 

青葉「そ、そういえばすごくお腹が減ってるかもしれません…というか…色々やってきた様な…」

 

大黒「と、とりあえず…その色々を済ませましょうか」

 

 

 

 

青葉「あ、あの、なつめさん」

 

大黒「は、はい?」

 

青葉「…未帰還者について、できる限り詳しく知りたいんです、教えてくれませんか?」

 

大黒「…まあ、それは構いませんが…何から話せばいいのか…」

 

青葉「…未帰還者を元に戻す方法、とか…」

 

大黒「それは…うーん…正確な言葉では言い表せないんですよね…私たちの時はモルガナ八相を倒した結果が未帰還者たちを助けることにつながった…ハセヲさん達の時は…再誕…?よくわからないんですけど、結局は元凶を倒す事、でしょうか」

 

青葉「…元凶…秋雲さんをあんな風にした相手は…偽物のカイト……偽物のカイトについて、調べる必要がありますね…」

 

大黒「あ、それならおあつらえ向きの人が居ますよ!」

 

青葉「おあつらえ向き…?」

 

 

 

 

火野『…私も忙しいのだがね』

 

なつめ「テレビ電話くらい良いじゃないですか!あんまり時間は取らせませんから!.hackersの参謀、ワイズマンさん!」

 

火野『…古い呼び名だ』

 

青葉「お願いします、未帰還者を助ける為に…」

 

火野『……私も時間がない、本題だけ話す、偽物のカイト、その正体はクビアだ…クビアはThe・Worldに本来ありえないほどの力が行使された時現れる…いわばカウンタープログラム、対象と対消滅をするまで戦い続ける…』

 

なつめ「あ、あのクビアが!?」

 

青葉「…ええと…」

 

火野『…反存在、そう呼ぶ事もある…そして、今のクビアはカイトの反存在として誕生したそうだ』

 

青葉「…司令官の…」

 

火野『現状わかっている限り、AIDAとも深い繋がりがあるらしい…もし、出会ったとしたら、可能な限り逃げる様に…万が一やられれば』

 

青葉「意識不明…」

 

火野『…なんだ?大淀……地震、か…?』

 

大黒「え?どうしたんですか?」

 

火野『何…?なんだ、今の爆発音は…!…何…被害は…っ、すまない、用事ができた』

 

大黒「あ、切れちゃった…」

 

青葉「……なん、だろう…凄く、凄く嫌な感じが…」

 

大黒「…地震情報でも見ましょうか、あんまり大きくないといいですけど」

 

青葉「そうですね…」

 

なつめさんが付けたテレビには…

 

青葉「…こ、れ…は」

 

大黒「ほ、ホント…ですか…?」

 

ニュースには、横須賀基地が深海棲艦に襲撃されたと流れていた

 

青葉(…なんで、横須賀基地を………私は、リアルとネット…どっちで戦えば…)

 

何かが、後ろ髪を引くように

 

私は、どうすれば…

 

大黒「……あ、のー…」

 

青葉(…でも、リアルにはみんながいる、だけど1人でも多く戦う方が…)

 

大黒「ええと…?」

 

青葉(でも、基地の襲撃のように白兵戦になったら絶対戦えない…そうでなくてもあんまり自信はないし…私は、役に立てるかどうか…)

 

大黒「あ、青葉さーん」

 

青葉「はひゃっ!?」

 

大黒「…ええと…いま渡すべきじゃないかもしれませんけど、これ」

 

青葉「…眼鏡…?」

 

大黒「ヘルバさんから送られてきたんです…ええと…VRスキャナ…でしたっけ」

 

青葉「VRスキャナ…?」

 

大黒「青葉さん、古いモデルのFMDを使ってるでしょう?VRスキャナなら性能もいいし、読み込みも早いから…きっとゲームのプレイがし易いんじゃないかなって…あ!なんとこれとコントローラーがあれば外でもオンラインゲームができちゃうんです!」

 

青葉「す、凄いですね…というか、そんな凄いものを何故…?」

 

大黒「コレを使えば、きっとこの先の戦いで役に立つって…どうですか?」

 

青葉(…性能…か、あのFMD…咄嗟に投げちゃったけど…司令官から貰ったものだし…)

 

大黒「…青葉さん?」

 

青葉「…え、ええと…ありがとうございます」

 

青葉(同時に使えるのかな…眼鏡をかけながらゲーム…一応できる構造らしいけど…)

 

大黒「…もし、戦うのが嫌になったなら…無理をしなくてもいいんですよ」

 

青葉「…そうじゃありません、少し迷ってて…でも、私が…私がやらなきゃいけない、そう決めたんだから…途中で投げ出したくないって…そう思って…」

 

大黒「……」

 

青葉「私、決めました、リアルでの戦いはみんなが頑張ってくれてる…だから私は、一刻も早くネットの戦いを終わらせるって」

 

大黒「応援、してます」

 

青葉「はい」

 

青葉(…唯一、気になるのは…横須賀の衣笠さんと……それだけは確認しておきたいな)



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ネット記者

The・World

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「…此処も、行き止まり…そろそろ逃げ隠れは限界ですか…」

 

このゲームを本格的に調べ始めて数日

あの塔の周りは厳重な警備が敷かれており、タウン内をどんなに探っても、たとえシステム管理者に見つかってもあの塔の警備は持ち場を離れない

 

青葉(間違いなくあの塔に何かあるとして…)

 

管理者「見つけたぞ!侵入者!」

 

青葉「…見つかってしまいましたか……いや、覚悟はしていました、私も生半可な気持ちでこの世界に関わっていませんから」

 

槍の切先をシステム管理者に向ける

 

青葉(…普通に戦っては不利、それどころか相手の攻撃は…一撃で私をロストさせるかもしれない…一瞬で決める…!)

 

槍を横薙ぎに大きく振るう

遠心力で槍が外に逃げる力を利用し、手の中の槍を滑らせ石突を握り、片手で槍を振るう

 

青葉「やあぁぁぁッ!」

 

システム管理者のPC(プレイヤーキャラクター)を浅く斬りつける、そして右足を軸に身体を捻り、全身の勢いを込めて

 

青葉(もう一撃!)

 

管理者「ぐああぁッ!」

 

システム管理者のPCが灰色の死体に変わる

 

青葉「……前より、細かな動きができる…VRスキャナで処理能力が上がったおかげ…なのかな…」

 

路地裏に入り込み、槍を立てかける

中世的な、夕暮れと水の都は…いつの間にか灰暗い、ホラーチックな街へと姿を変え始めていた

 

青葉「…こんな世界、いやだ…!」

 

私が、やるしかない…

 

Cubia「君もこの世界が嫌いなの?」

 

青葉「っ!?」

 

槍を掴み取り、声のした方向を探る

 

Cubia「大丈夫、ボクはシステム管理者じゃない」

 

青葉(…少年の、PC…)

 

Cubia「……へぇ、重槍士(パルチザン)…そこの死体も君がやったの?だとしたら、かなり強いんだね…」

 

青葉「貴方は…」

 

Cubia「…名前はないよ、ただのAIさ」

 

青葉「AI…」

 

Cubia「……キミは此処に何をしにきたの?」

 

青葉「…人を、助けに…」

 

Cubia「へぇ…凄いね、勇気あるんだ」

 

青葉「いえ…」

 

青葉(…この人、一体何者なんだろう…)

 

Cubia「…おっと…システム管理者に見つかったかな?」

 

青葉「っ!」

 

路地の先から複数の足音が近づいてくる

 

Cubia「いいものを見せてもらったお礼に、ここはボクに任せてよ、キミは逃げて」

 

青葉「で、でも…」

 

Cubia「大丈夫、ボクは強いんだ、ほら、早く」

 

青葉「…ええと…ありがとうございます」

 

少年に背を向けて路地を走る

 

青葉(…この路地、入り組んでる上に、長い…っ!?)

 

足元が無くなったような感覚

 

青葉「落ち…っ…きゃあぁぁぁっ!?」

 

 

 

Cubia「…キミに…絶望を与えてあげるよ、カイト」

 

 

 

 

 

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

 

青葉「…うわっ!?……いた、た…腰、打った……体感設定が高い…ほんとに痛い気がして来ちゃう……っ…」

 

夕陽の日差しが目に突き刺さるような感覚

つい、手で夕陽を覆い隠す

 

青葉「……路地一本挟んだだけなのに、こんなにきれいな夕陽…あ、れ?…なんで?アカシャ盤が無い…それに、システム管理者しかいない筈のマク・アヌに…なんでこんなに人が…」

 

行き交う人々、川をゆっくりと進む小舟、美しい中世の街並み、そして夕焼け…

 

青葉「……違う、ここはさっきまでのマク・アヌでも…R:2のマク・アヌでもない…!ここ、は…どこ…!?」

 

慌ててあたりを見渡す

 

青葉(元来た路地を戻れば…路地…!)

 

近くの路地に入る

 

青葉「…今、何かが通ったような…?」

 

あたりを見渡すも、何もない

夕焼けの微かな光に照らされた薄暗い路地

 

青葉(…気の、せい…)

 

楚良「ばみょん!」

 

背後から首に刃物を突きつけられる

 

楚良「ねぇねぇ、メンバーアドレス…ちょ〜だいっ♪」

 

青葉「ひへっ!?だ、誰…」

 

楚良「んー?内緒!それより…よく見たら珍しいエディット!おんもしれ〜!」

 

青葉(…全身黒の暗殺者みたいな格好…それに、籠手から飛び出した剣…かなり特殊な装備だけど…双剣士だ…!)

 

楚良「ねぇねぇ、お友達になろうよ」

 

青葉「へ?」

 

楚良「お友達になるとお得だよ?裏切るケド♪」

 

青葉(裏切る前提!?)

 

楚良「ねぇねぇ、メンバーアドレス、頂戴っ♪」

 

耳元で囁かれる

 

青葉(ゾワゾワする…怖い…ど、どうしよう…メンバーアドレス…ええと……いや)

 

青葉「…貴方、PKですよね…」

 

楚良「何?俺のこと知ってんの?アンタもしかして騎士団の連中?…じゃないか、紅くないし」

 

青葉「騎士団が何かは知りませんが…斬風姫の召喚符!」

 

呪符を使い、背後のキャラクターに竜巻を直撃させる

 

楚良「おわっ!?」

 

青葉(今のうちに…!)

 

解放されたと同時に路地の奥へと走る

 

楚良「…んー……気に入った!おっ友達になりてぇ〜!」

 

 

 

青葉(な、なんだったんだろう、さっきの人…上位の呪符を消費しちゃったけど…大丈夫かな…)

 

青葉「…あ、カオスゲート!」

 

カオスゲートへと駆け寄る

 

青葉(これでマク・アヌに帰れば…あ、あれ?マク・アヌが選択できない…な、んで…)

 

ベア「…すまない」

 

青葉「ひぁっ!?ご、ごめんなさい!邪魔でしたか!?」

 

振り返ると、腰当てと全身に施された青いボディペイントが特徴的なワイルドな中年剣士がすぐ側にいた

 

ベア「いや…もしかするとログアウトができなくて困ってるのかと思ってな」

 

青葉「ロ、ログアウト…?」

 

ベア「違うならいいんだが…」

 

青葉「い、いや…そういう訳じゃ…あ、あの、このタウンって…」

 

ベア「…マク・アヌだが、どうかしたのか?」

 

青葉(やっぱりマク・アヌなんだ…どうしよう、いや、一回ログアウトしてみるしかないのかな…)

 

ベア「…あー…もしかして、初心者か?…力になれる事があれば手を貸すが」

 

青葉「い、いえ…そういう訳じゃ…ごめんなさい!失礼します!」

 

カオスゲートを選択してログアウトを実行する

 

 

 

 

 

リアル

大黒宅

青葉

 

青葉「……はぁ……こ、これで入り直せばきっと…あのマク・アヌに戻れるよね…」

 

 

 

 

 

The・World

水の都

重槍士 青葉

 

青葉「…なんでぇ…!」

 

ベア「……」

 

青葉(ま、まって、落ち着いて…わた、私は…R:Xのマク・アヌからここにきて…)

 

ベア「…あー…本当に、大丈夫なのか?」

 

青葉「…えっと……ここってリビジョンは…」

 

ベア「リビジョン…?」

 

青葉(リビジョンが伝わらない…?まあ、私みたいに調査してないと知らないのかな…うーん…ログインするときに調べた限りソフト自体に異常はないし…私、どうしたら…)

 

Johnny「それでさ、デジタル一眼レフ、アレも最近一気に生産終了しただろ?」

 

耕次「そうなのか?カメラの事はよくわからないからなぁ…」

 

青葉「…え?」

 

会話しながら通り過ぎて行ったキャラを追う

 

ベア「お、おい」

 

青葉「あ、あの!すいません!」

 

Johnny「うわっ…な、何?」

 

青葉「さっき…さっき生産終了したって言ってたの…DSLRシリーズのこと、ですよね…?」

 

Johnny「そ、そうだけど…」

 

青葉「…あれの生産が終了したのは2009年ですよね…?」

 

Johnny「…えと…うん、だから今年…」

 

青葉「…え…?」

 

Johnny「…な、なんだよ…」

 

耕次「も、もう行こうよ」

 

Johnny「ああ…かわいいキャラしてたけど、ちょっと変な奴だったな…」

 

青葉(…今年が、2009年?2020年じゃなくて…?)

 

ベア「…ど、どうしたんだ?いきなり…」

 

青葉「すいません、今年は…何年ですか?」

 

ベア「…2009年だが…」

 

青葉(…まさか、私は…タイムトラベルしてる…?)

 

青葉「ご、ごめんなさい!ちょっと失礼します!」

 

カオスゲートに走り、ログアウトする

 

 

 

 

リアル

大黒宅

青葉

 

青葉「な、なんで!?こっちは2019年!なのにネットの中は2009年…わ、訳がわからない…!どうして!?」

 

大黒「あ、あのー…青葉さん、もう夜も遅いので…」

 

青葉「あ…ご、ごめんなさい」

 

大黒「何かあったんですか?」

 

青葉「…いや…その…私もよくわからなくて……え?もう夜…!?」

 

大黒「ええと、はい」

 

青葉「……し、失礼しました…わ、私少し…出撃に行って来ます…」

 

大黒「い、いまから?」

 

青葉「…多分、今頃佐世保の方は夜間哨戒をしてますから…万が一を防ぐ為に」

 

大黒「…そ、その…あんまり無理は…」

 

青葉「…大丈夫です、少し整理したいこともありますので…」

 

 

 

 

 

海上

 

青葉「……艤装、展開しなきゃ…」

 

肌が白く染まり、黒い甲殻に体が覆われる

 

リ級「…あ、そうだ」

 

甲殻を操作し、細長い槍を作る

ゲームの中のような槍

 

リ級「……これなら…大丈夫」

 

 

 

天龍「あ、青葉さん」

 

リ級「あ…どうも」

 

龍田「味方でよかったわ〜、危うく撃つところだったから♪」

 

リ級(…この人苦手だなぁ…)

 

天龍「…それは…槍?」

 

リ級「…その、趣味と言いますか…ちょっと」

 

龍田「へぇ…使えるの?」

 

リ級「…つ、使ったことは無くて…あ……」

 

天龍「…青葉さん?」

 

リ級「南に深海棲艦が居ます」

 

龍田「あら、戦闘開始ね〜」

 

リ級「私に任せてください…この身体は夜目が効くので」

 

主砲を向けながら敵に迫る

 

天龍「先導はお願いします」

 

リ級「はい!」

 

砲撃を開始し、敵の注意を惹きつける

 

天龍(…見えた、敵の砲火で青葉さんを撃ってる敵の位置は掴めた…)

 

龍田「回り込むわね〜」

 

天龍「同行します」

 

リ級(…戦艦級達が肉薄して来た…!)

 

槍を構える

 

リ級「はっ!」

 

横薙ぎに斬りつけ、遠心力で槍が外に滑る

 

リ級(此処で体を捻って、回転して…)

 

リ級「やあぁぁぁッ!」

 

天龍(せ、戦艦級達が艤装ごと真っ二つ…)

 

龍田「…と、とんでもない切れ味ね」

 

リ級「…やった、上手くいった!」

 

天龍「あ、青葉さん!右!」

 

リ級「へ?…へぶっ…」

 

気が逸れた所に駆逐級の砲撃を受け、体制が崩れる

 

リ級(…カッコよく決めたつもりだったのに…)

 

 

 

リ級「…うう…情けないです…」

 

天龍「で、でも…凄かったですよ…」

 

リ級「…天龍さん達から見て、私のあの攻撃は…使えると思いますか?」

 

龍田「威力自体はすごいと思うわ〜」

 

天龍「…そうですね、ですが長物である事の弱点として…動作が大振りすぎます、厳しい物言いになりますが、一度見せた相手には…間違いなく通用しないと思います」

 

リ級「…1回目なら…?」

 

天龍「…身体を捻り、回転させる時の速度をもう少し早めれば…」

 

リ級(…1回目も通用するとは思わない方がいい…という事ですか)

 

天龍「…青葉さん?」

 

リ級「あ、いえ…わかりました!ありがとうございました」

 

 

 

 

 

大黒宅

 

青葉「…あれ、メールだ」

 

[from:アオバ

  件名:連絡

ども!お姉ちゃんの方のアオバですよ!

電話がかかって来てた履歴があったからかけ直そうかとも思ったけど、遅い時間になっちゃったのでメールにしいたよ!

こっちはとりあえずみんな無事…だけど、急に乗り込んできた深海棲艦が集まってた偉い人をみんな深海棲艦にしちゃったとかで…

陸上で深海棲艦を倒すのはなかなか大変だったよ!

そっちは元気?辛い事とかあったらすぐ連絡してね!]

 

青葉「……受信時間は…5分前…か」

 

携帯がない為、なつめさんの家の固定電話を借りる

 

1コール、2コール、3コール…

もう寝てしまったかと諦めかけた所で、コール音が途切れる

 

青葉「…もしもし…?」

 

アオバ『おお!起きてた?いやー…あはは…メールしたばっかだから…なんか…恥ずかしいね?』

 

青葉「…お疲れ様…大丈夫?」

 

アオバ『大丈夫大丈夫!メールに送った通りみんな元気だから!』

 

青葉「…メール、元気そうじゃなかったから…」

 

アオバ『…あー……そう、見えた…?』

 

青葉「うん…」

 

アオバ『…あはは…うーん…いや…』

 

青葉「取り繕わなくて、良いんだよ…私達なんだから」

 

アオバ『……アオバは……今日、目の前で深海棲艦にされた人を…撃った…その人は、その深海棲艦は…どっち…なんだろうって…』

 

青葉「…その深海棲艦を撃たなかったら、沢山の人が犠牲になってたかもしれない…だから…」

 

アオバ『…青葉は、言っちゃダメだからね』

 

青葉「っ…」

 

アオバ『青葉に…仕方ないなんて、言わせない…青葉が深海棲艦になった人間は撃たれて当然なんて…言わないで』

 

青葉「…うん、ありがとう」

 

アオバ『……ご…』

 

青葉「……」

 

アオバ『ちょっと待ってね、あはは…言いたいことの一つも言えないや……その…あの…』

 

青葉「大丈夫、わかってるから…それに謝らないでよ、だって立派にみんなを守ったんでしょ?」

 

アオバ『っ……あー…ほ、ほら…えっと.そうだ!青葉も、悩んでることがあったから電話したんでしょ?』

 

青葉「…ううん、さっきまではそうだった、だけど…声が聞けて…わかったから」

 

アオバ『何の話…?』

 

青葉「私も記事を書いてみることにしたの」

 

アオバ『記事…?』

 

青葉「そう、ネットで…取材したことをまとめて、記事にするの…完成したらURLをメールするから、読んでみてね」

 

アオバ『っ…!…うん、絶対読むよ…!』

 

青葉「じゃあ、切るね…お姉ちゃん」

 

アオバ『…またね』

 

 

 

青葉「…もし、私のやる事は決まった、私は、記事を書く…情報を集めてそれを記事にする、それを見てくれた人の中に…少しでも情報を持ってる人がいたら、私はそこからさらに情報を集める…!」



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悪徳

離島鎮守府

提督代理 朧

 

朧「…うぅ…嫌だなぁ…どうなるんだろ」

 

レ級「うだうだ言うな、さっさとボートに乗りなさい、横須賀基地に出頭しないとどうなるかわからないんだから」

 

大鳳(なんで私まで…)

 

レ級「貴方もそんな顔をしないでシャキッとしてください」

 

島風「…あの」

 

朧「え?…島風?どうしたの?」

 

島風「…ご、護衛に私も同行させて…」

 

レ級「……」

 

島風「…私なら、ボートの速度を落とさずに周囲の敵を倒せるから…」

 

レ級「だってさ、代理」

 

朧「まあ、良いんじゃないかな…よし、行こう…」

 

朧(ほんとは行きたくなんかないけど…)

 

 

 

 

海上

 

朧「…で、どうするの?」

 

レ級「安心しなさい、手は打つから…」

 

島風『前方!深海棲艦の群れ!』

 

レ級「…ああ、本当に?」

 

身体を乗り出し進行方向を見る

10や20じゃない、大量の深海棲艦…

 

レ級「私がやるか」

 

朧「アタシも…!」

 

レ級「アンタはダメ、提督代理でしょ?のんびりと此処で待ってなさい…大鳳さん、一応私が見てますけど、貴方も朧を守ってやってください」

 

大鳳「は、はい…」

 

朧「…別にそんじょそこらの敵になんかやられないのに…」

 

レ級(此処でこの数を出す、明らかに何かの意図がある…綾波が噛んでいると考えるべきか?それとも…)

 

レ級「…戦闘開始、ぶっ潰してやるわ」

 

 

 

 

駆逐艦 島風

 

島風「やあぁぁぁッ!」

 

周囲の深海棲艦を一掃する

魚雷を流し、その後ろから敵を一掃しつつ敵集団から離脱する

 

島風(…何もかもわからなくなってる、だけど、私が力を求めたのはみんなの為、そこだけは絶対に変わっちゃいけない、変えちゃいけない…!)

 

レ級「流石ですね」

 

島風「っ…!」

 

私よりずっと強くて

 

私より…ずっと、ずっと…

まるで、存在そのものが、嵐のような

 

レ級「…まだ湧いてくるのか、どれだけの数が…」

 

そう言いながらも、私よりもずっと多い数の深海棲艦を余裕で相手どって…

 

島風「っ!」

 

駆逐棲姫「ハァ〜イ?お元気ですか?」

 

島風「駆逐、棲姫…!」

 

レ級「出たな…」

 

駆逐棲姫「おっと…ああ、凄く惜しい、泣いちゃう程惜しいのですが…今日は貴方の日じゃないんですよ」

 

レ級の方に深海棲艦が群がる

 

レ級「チィッ…!失せろ!!」

 

駆逐棲姫「さて、どれほど持つかな…早く終わらせなきゃ」

 

島風「……私は、負けない…!」

 

駆逐棲姫「貴方よりも私の方が早いとしたら、どうですか?」

 

島風「え…?」

 

その言葉の通り、私よりも早い速度で私を…

 

島風「ぅあ…!」

 

体が弾かれ、宙を舞う

 

駆逐棲姫「アハッ…アハハハハッ!」

 

高速で移動し、一撃毎のヒットアンドアウェイを繰り返す攻撃

一瞬で何度も、何度も攻撃を受ける

 

島風(…これ、私が……私の、スタイル…)

 

駆逐棲姫「どうしました?ほらほらほら!」

 

トドメと言わんばかりに重たい蹴りが体に突き刺さり、海面を転がる

 

島風「かは……あぅ…」

 

レ級「はあぁぁッ!」

 

駆逐棲姫「おや、あんなに居たのにもうやられましたか…5秒って所ですかねぇ…流石ですね、惚れ惚れしちゃいます」

 

レ級「チッ…!これ以上好きには…!」

 

駆逐棲姫「アハハッ!はぁ…うーん…」

 

駆逐棲姫が目の前まで近づき、しゃがみこむ

 

駆逐棲姫「貴方…弱いですね…凄く良い素体なのに、全く活かせてない…」

 

駆逐棲姫の背後からレ級が襲いかかる

 

レ級「チィッ…!」

 

駆逐棲姫「私に不意打ちは通用しません、所で…コレ、なんだと思いますか?」

 

駆逐棲姫がスイッチを取り出す

咄嗟に自身のスイッチを確認する

 

島風「な、い…」

 

レ級「…それは」

 

駆逐棲姫「これは艦娘を暴走させるスイッチです、まー…私がAIDAと艦娘システムの繋がりを特務部で研究していた名残なんですけどね」

 

レ級「何…?」

 

駆逐棲姫「AIDAを活性化させるスイッチ、その研究データから特務部の連中が完成させたみたいですが…まあ、私に言わせればゴミですねぇ」

 

駆逐棲姫がスイッチを握りつぶす

 

島風「っ…」

 

島風(…良いんだ、あれに頼っちゃいけないから…)

 

レ級「お前、なんのつもりで…」

 

駆逐棲姫が籠手の様な何かを取り出す

 

駆逐棲姫「コレはその完成品、艦娘、いや…人としての限界を容赦なく引き出す代物です…島風さん、貴方の才能…引き出してあげましょう」

 

駆逐棲姫が私の腕を掴む

 

レ級「やめろ!」

 

駆逐棲姫「時間稼ぎ、お任せしましたよ〜…島風サン♪」

 

私の腕に籠手のような何かがへばりつく

 

島風「ぁ……あ…ああ…」

 

駆逐棲姫「それじゃ、さよなら」

 

レ級「逃がすか!」

 

頭が、痛い…

今までの比じゃない、私の体が、私が

 

もう、何も…わからない

 

 

 

 

戦艦 レ級

 

レ級「っ…!」

 

この、プレッシャーは…

 

島風「……」

 

レ級「…チッ…!」

 

島風さんの体に、黒い煙の様なオーラが纏わりつく

 

レ級「…まさか、AIDAが現出して…いや、だけどAIDAとは少し違う様な……やるしか、ないか」

 

尻尾が海面を強く打つ

 

その動作と同時に島風さんが視界から消える

 

レ級(速い!今までの比にならないほど…!)

 

島風さんの蹴りが背後から突き刺さる

 

レ級「な…!?」

 

重い…いや、痛い

威力が高いんじゃない、何か、直接的な…ダメージが…

 

レ級「クソッ…!」

 

ヒットアンドアウェイを繰り返す戦法、その一撃一撃が巨大なダメージとなり、蓄積する

 

レ級(このままではやられかねない…いや、そうは行くか…!)

 

レ級「ああぁぁぁッ!」

 

尻尾が島風さんへと伸びた瞬間に細切れにされる

 

レ級(クソッ…見えない、だが…感じられる…!そこにいるとわかってるなら、面で捉える…!)

 

二本目の尻尾を生やし、再び伸ばす

 

レ級(痛みで、気を失いそうに……いや、この程度…このくらいでオチるものか…!)

 

小さい砲弾を手のひらいっぱいに握り、尻尾の伸びた先へと力一杯放つ

 

島風「……」

 

レ級「な…っ……全て、弾かれた…?」

 

攻撃を、全て防ぎ、悠然と立ち、私をその目ではっきりと捉える

 

レ級(…痛みの伴わない勝利はない…か……私は天龍さんの考えには賛同しかねますが…提督の命令を果たす為なら、なんだってやる)

 

島風「……」

 

島風さんが籠手をこちらへと向ける

籠手に黒い煙が集まる

 

レ級(…今までの比にならないのが、来る……奥の手まで見せるしかないか…)

 

島風さんが此方へと目にもとまらない速さで迫る

 

レ級「……コレは、どうですか…!」

 

新たな艤装を呼び出す、が、呼び出した艤装は一瞬で破壊される

まるで霧散するかの様に消えた、一瞬だけ存在した防壁

だが、確かにそれは島風さんの攻撃の威力を殺し…

 

レ級「っ…ぐぁ…ッ……これなら…まだ、受けられる…!」

 

島風さんの腕に纏わりつく籠手を掴み、引き剥がす

 

島風「っ…ぁ…!」

 

レ級「……戦闘、終了」

 

島風「…う…ぁ……」

 

レ級(…消耗してるな、私の体力もやや厳しいか…綾波め…よくもここまでやってくれたものだ)

 

島風「…私……っ…!私!」

 

島風さんが跳ね起きる

 

レ級「…動けるんですか…」

 

島風「ごめんなさい…ごめんなさい!大丈夫…じゃないですよね…ええと…」

 

レ級(…体力が回復してる…?…そうか、暴走後に修復剤を使ったような効果……AIDAと強く結びつく事で肉体の疲労に気づかなくなってるんじゃ…だとしたら、暴走すればするほど体が侵食されて…)

 

レ級「……島風さん、一度ボートに戻りましょう…」

 

 

 

 

朧「…まずい、よね…こんなところにとどまるわけにも…どうしよう…」

 

レ級「…今はアンタがトップなの、ちゃんと…アンタが選びなさい」

 

朧(…曙の怪我は…見た所そこまで酷くはない、だけど曙がここまで消極的なのは…きっと相当消耗してる、退いた方がいい…だけど…みんなの事を考えるなら…絶対に行かなきゃいけない)

 

レ級「……」

 

朧「…このまま行こう、曙は敵が出たとしても休んでて」

 

レ級「…ま、30点ってとこか……そこは死んでも私にやり合わせなさい」

 

朧「……とにかく、先を急ごう」

 

レ級(……大丈夫、私なら…目的を……)

 

遠目に陸地を眺める

 

朧「…あと少し、早く到着しないと…」

 

レ級「……流石に目立つか」

 

東京湾に入ったあたりで、周囲からの視線を強く感じる

今の時代で海を航海する船が少ないのだから当然と言えば当然だけど…

 

レ級「…朧、何か身を隠すものを…」

 

横須賀がどんどん近づいてくる

 

朧「…え…?」

 

島風「な、何あれ…」

 

横須賀基地のあたりから黒煙が上がっている

 

レ級「……駆逐棲姫…!」

 

島風「え、どこに…」

 

レ級「ボートを反転させて!とにかく…逃げるしか、ない…!」

 

ボートの進行方向を海へと向けさせる

 

朧(横須賀で補給予定だったからボートの燃料全然足りない…!)

 

俺「ねぇ、あけぼ…」

 

大鳳「ひ、飛翔物!!」

 

島風「違う!アレ…!」

 

飛んでくる何かが迫り、ボートの先端に落ちる

 

ボートが空中に投げ出され、一回転して着水する

 

朧「うわぁっ!?」

 

大鳳「怖い…怖いよ…!」

 

レ級「チ……!」

 

駆逐棲姫「はぁ〜い!さっきぶりですね」

 

朧「綾波…!」

 

駆逐棲姫「あ、朧さんと直接会うのは久しぶりかもしれませんねぇ…ああ、でも記憶が戻る前に会いましたっけ?」

 

レ級「…アレは、お前がやったのか…」

 

駆逐棲姫「ええ、当たり前じゃないですか、私は天才なので…あなたのやろうとしてた事、全部お見通しですよ?」

 

レ級「っ…!」

 

朧「…曙、やろうとしてたって…」

 

レ級「黙ってなさい、朧…」

 

駆逐棲姫「私、本当に貴方を気に入ってるんです、あなたが望む物をなんでも与えてあげますよ?アレはその証明…」

 

レ級「黙れ」

 

駆逐棲姫「…ああ、素敵…貴方のその靡かない所、私すごく高く評価してるんですよ…」

 

此方へと手が伸びる

 

レ級「寄るな!」

 

尻尾を再生させて駆逐棲姫を弾き飛ばす

 

駆逐棲姫「…ふふ…凄く弱ってますねぇ…全くダメージになりませんよ?」

 

島風「……」

 

島風さんが私と駆逐棲姫の間に立つ

 

駆逐棲姫「おや」

 

島風「…私が、貴方を倒す」

 

駆逐棲姫「……島風さん、さっきの力はどうでしたか?」

 

島風「っ…」

 

駆逐棲姫「あれ、私が使ったら…誰も手を出せませんよねぇ…私に勝てる人、いるんですかねぇ?…アハッ!」

 

レ級(…駆逐棲姫を…殺す力が欲しい…こいつを、今ここで…)

 

駆逐棲姫「…さて、目的も果たしたし…私は帰ろうかなぁ…アハハッ!」

 

朧「待って!綾波!」

 

駆逐棲姫「綾波綾波うるさいですよ、私は駆逐棲姫になったんですから…まあ、綾波でも別に良いんですけど…それより、レ級さん」

 

レ級「……」

 

駆逐棲姫「借りができた、と思っておいてくださいね」

 

レ級「借りだと…そんな物作るか」

 

駆逐棲姫「可愛くないなぁ…そんなところが好きなんですけどね!」

 

駆逐棲姫の姿が霞のように消える

 

駆逐棲姫「さようなら〜」

 

朧「綾波っ!」

 

レ級「……何だったんだ、アイツ…」

 

島風(…一瞬、こっちに敵意を向けられただけで…こんなに、怖いなんて…)

 

朧「……横須賀に行こう、燃料もそうだけど…綾波が何をしたのか、確かめる必要がある」

 

 

 

 

少し前

 

横須賀基地 会議室

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「…アハッ」

 

目の前に横たわった人間達を眺める

 

駆逐棲姫「レ級さん…喜んでくれるかなぁ…」

 

会議室の扉が音を立てて開く

 

アオバ「な…なんですか、これ…!」

 

衣笠「待ってアオバ!奥に…」

 

浜風「…これは…死んで…?」

 

駆逐棲姫「あはァ…!」

 

思わず口角が釣り上がる

 

駆逐棲姫「どうもみなさん!私は深海棲艦の駆逐棲姫です、ここには…まあ、お偉いさんが集まってると聞いたので…みんな殺しに来ました!」

 

アオバ「攻撃!」

 

衣笠「わかってる!」

 

駆逐棲姫「無駄なんだけどなぁ…」

 

3人の砲撃が目の前で弾かれる

 

駆逐棲姫「ねぇ、私まだ話終わってないんですよ?」

 

浜風「ほ、砲撃が効かない…」

 

アオバ「ガサ!みんなを呼びに行って!」

 

衣笠「わかった!」

 

駆逐棲姫「……はぁ…話聞けないかなぁ」

 

倒れている人間の懐から拳銃を取り出し、重巡洋艦の太腿を撃つ

 

アオバ「ぅあ!」

 

浜風「アオバさん!」

 

駆逐棲姫「…ようやく静かになった、ここにいる人間の皆さん、まだ死んでませんよ」

 

アオバ「っ…?」

 

駆逐棲姫「トドメはさしてません、眠らせてるだけです…が…ここで一つ、面白いものをお見せしましょう」

 

浜風「…え?」

 

倒れている人間達が深海棲艦へと姿を変えていく

 

アオバ「っ…嘘…」

 

浜風「……深海棲艦は…本当に、元人間…!」

 

駆逐棲姫「この凄さ、わからないだろうなぁ…何がすごいって生きた人間をそのまま深海棲艦にするのは凄く大変なんですよ?」

 

アオバ「生きた、人間…?」

 

駆逐棲姫「そう、生きてます、さっきまで気を失ってただけ!まだ死んでない!凄いですねぇ!アハハッ!」

 

浜風「狂ってる…」

 

駆逐棲姫「え?私深海棲艦ですよ?やってることはそれらしいでしょ?」

 

アオバ「…っ……こんなの…」

 

駆逐棲姫(おや?撃つか迷ってる…まさかこんなにわかりやす反応が見られるとは)

 

駆逐棲姫「さあ、貴方達は生きた人間を撃てますか?」

 

イ級「ぎ、イィぃぃィィ」

 

ト級「痛イ…痛いぃィィ!」

 

アオバ(違う、これは深海棲艦…でも、これは…この状態は…青葉と同じ…)

 

浜風「あ、アオバさん!」

 

アオバ「だ、ダメ、まだ撃たないで!…まだ、撃っちゃダメ…」

 

駆逐棲姫「…へぇ、予定外に…楽しめそう♪」

 

アオバ(撃てない、ここでこの深海棲艦を撃つ事は…人間であり、深海棲艦である青葉を…撃てるって事…私は…撃っちゃいけないのに…!)

 

巡洋艦が震えながら砲を構える

 

浜風「アオバさん!」

 

駆逐棲姫「ふふ、パーティータイムです」

 

建物が爆発する

 

アオバ「な、なに!?」

 

浜風「うわぁぁっ!?」

 

爆発の衝撃で艦娘が2人とも転倒する

 

駆逐棲姫「さあ、存分に喰らいなさい…若くて豊満なお肉、さぞ美味しいでしょうねぇ…!」

 

身体を動かすには到底不釣り合いな手足で床を這いずり、深海棲艦が艦娘へと近寄る

 

浜風「嫌!来ないで!」

 

アオバ(撃てない…撃っちゃいけない…だけど…!)

 

イ級が大口を開ける

 

浜風「うわあぁぁぁッ!!」

 

部屋に砲音が響き渡る

イ級の半身が吹き飛び、赤い鮮血が周囲に飛び散る

 

駆逐棲姫(っと、顔にかかりましたか……ふふ、新鮮な血液、甘美ですねぇ…)

 

浜風「はぁ…っ…はぁ…!」

 

ト級「食わセろぉぉォォッ!!」

 

アオバ「ぁが…!」

 

ト級が巡洋艦の腕に喰らいつく

 

駆逐棲姫(おお、まだ撃ちませんか…よほど撃てない事情があるのか…ふふっ)

 

アオバ「あっ…ああああああッ!」

 

浜風「アオバさん!」

 

ト級が巡洋艦の片腕を食いちぎる

 

アオバ「ぁ…ぁ…!私の、腕が…!」

 

駆逐棲姫「あら、貴方のおてて、片方無くなりましたねぇ…何で撃たないんですか?死にますよ?」

 

アオバ(私は…私は青葉の居場所であり続けなきゃいけない…!私は…)

 

アオバ「…あ…」

 

巡洋艦の頭にト級が喰らいつく

 

アオバ「っ…ああああああ!」

 

駆逐棲姫「…ワオ…まあ、そうですよねぇ…流石に死にたくはないですよねぇ、撃っちゃいましたねぇ!」

 

ト級の残骸が崩れ落ち、血塗れの巡洋艦が此方を向く

 

駆逐棲姫「貴方は、人間でありながら、深海棲艦でもある存在を撃った…アハッ…何に操を立ててたかは知りませんけど…撃っちゃいましたよ!」

 

アオバ「…ごめんなさい…ごめん、なさい…」

 

駆逐棲姫(ああ、この人は本当に悔いている、人間であり深海棲艦である存在を撃ったことを…つまり、そんな大事な存在がいるわけだ……じゃあ、その人を…自分の手で殺させたら…)

 

電気が走るような感覚

 

駆逐棲姫「最高…!」

 

浜風「この…無事に帰れると思うな!」

 

駆逐艦が此方に主砲を向ける

 

駆逐棲姫「…アハッ」

 

部屋の壁に複数の大穴が空く

そしてその穴から、深海棲艦が雪崩れ込む

 

浜風「な…ま、まさか、施設の人間全員…!」

 

駆逐棲姫「ご名答♪…さあ、てと…私はレ級さんに会わないと」

 

天井を撃ち抜き、飛び上がる

 

駆逐棲姫「喜んでくれるかなぁ♪」

 

 

 

 

 

 

重巡洋艦 アオバ

 

アオバ「…ガサ…」

 

衣笠「…アオバ、何で撃たなかったの!?」

 

アオバ「……撃てないよ、撃っちゃいけなかったんだよ…!だって、青葉と同じなんだよ!?」

 

衣笠「っ…!でも、この深海棲艦達は…」

 

アオバ「ついさっきまで人間だった!それに、まだ…意識があった…!それこそ、青葉と同じように…もしかしたら、人としての心があって、殺す必要なんかなかったかもしれない……それを、私は…撃った」

 

衣笠「っ……」

 

アオバ「……あはは…もう、何も書けないや…取材もいけない、戦えもしない…」

 

ポケットに入ったスマホが鳴る

 

衣笠「…この番号、確か青葉が匿ってもらってる…」

 

アオバ「…出ないで」

 

衣笠「……」

 

アオバ「後で、自分でかけ直すから」

 

衣笠「わかった」

 

アオバ「……ごめんね、ガサ…情け無くて」

 

衣笠「…泣き言は後でいくらでも聞いてあげる、早く逃げるよ…!」

 

アオバ「……」

 

衣笠「…アオバ…?アオバ!」

 

浜風「気を失ってる…」

 

衣笠「早く抜け出さないと…!」



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後悔

横須賀鎮守府

提督代理 朧

 

朧「…酷い…」

 

レ級「……綾波め、やりたい放題やったか…」

 

複数ある建物の一つに、複数の大穴

まだ倒壊していないのが不思議なほどボロボロの建物から未だに怪我人が運び出される

 

朧「……コレが、曙のやろうとしてた事なの」

 

レ級「…後で、話すわ…今はこの場を収めることが最優先…違う?」

 

朧「返事によっては殴るじゃ済まさないからね」

 

レ級(殴られるのは確定なのね…)

 

 

 

 

大淀「…これは、離島鎮守府のみなさん、あいにく立て込んでますので…」

 

朧「わかってます、私たちにも何かできる事はありますか?」

 

大淀「…そういう事でしたら、まだ内部に取り残された者がいます、脱出の援護を……聞こえますか、衣笠さん、そちらの状況は……なるほど、あまりよろしくないようで…」

 

朧「正確な位置は?」

 

大淀「位置を……3階…その部屋ならここから奥に40メートル」

 

朧「よし、曙!」

 

レ級「…いや、事前の打ち合わせもないのになにしろって…」

 

朧「尻尾出して!」

 

レ級「…ここ横須賀だけど?多分見られたらもっと面倒に…」

 

朧「いいから!尻尾でアタシを投げ飛ばして!あの穴から中に入る!」

 

レ級(無茶な奴…)

 

曙が嫌々尻尾を出したのを確認し、ジャンプする

 

レ級「…っ…らぁッ!」

 

朧「うわあぁぁぁッ!」

 

穴から入り…天井に身体を打ち付けて床に降りる

 

朧「…深海棲艦!こんな所に!?」

 

艤装をつけていたことが幸いし、対処は難しくない

 

朧(…巡洋艦級も少なくない、でも主砲がダメージになってるのは……なんで?普通の深海棲艦よりやわいような…いや、今はそれより…!)

 

朧「やぁッ!」

 

ひび割れた壁を蹴り壊し、目的地への最短ルートを作る

 

衣笠「うわぁぁっ!?」

 

浜風「か、壁が…って!それより深海棲艦…」

 

3人の周囲の深海棲艦を撃ち、殴り、蹴り、投げ飛ばす

 

朧「助けに来ました!」

 

衣笠(…た、頼もしいな…さすが離島出身…)

 

浜風(つ、つよい…)

 

朧「…あ、青葉さ…いや、そっか…横須賀の…あれ」

 

朧(この人、腕が…)

 

衣笠「固まってないで!重傷者なの!脱出ルートは!?」

 

朧「わかってます!こっちに!」

 

来た道を先導する

 

朧「…曙!準備しててよ!」

 

深海棲艦を薙ぎ倒しながら入った穴を目指す

 

衣笠「なんか…嫌な予感がするのはわたしだけ…?」

 

浜風「わ、私も嫌な予感が…」

 

アオバ「……う…」

 

衣笠「ね、ねぇ!?重傷者いるのわかってるよね!?ちゃんと安全なルートなんだよね!?」

 

朧「大丈夫です!ついた、ここから飛び降ります!」

 

衣笠「ほら話聞いてない!」

 

浜風(ここ、3階なんだけど…)

 

朧「曙!受け止められる!?」

 

レ級「…もうどうにでもして…」

 

衣笠「うわっ!レ級……じゃなくて、あれは味方の方…?」

 

浜風「受け止めるって…危険すぎます!」

 

朧「……じゃあ、私が背負って行きますから」

 

衣笠「はあ!?ちょっと!」

 

朧「曙!2人頼んだよ!」

 

レ級「アンタも大概よね、ほんとに…」

 

アオバ「…ぁ……ぐ…」

 

朧(…片腕なせいでバランスが取れない、仕方ない…)

 

機関部を穴から投げ捨てる

 

衣笠「ねぇ!ちょっと本気!?」

 

浜風「く、崩れそうですよ!?」

 

朧「あ!危ない!」

 

足場が崩れる前に2人を突き落とす

 

衣笠「ぎゃあああ!人殺しぃぃ!」

 

浜風「南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!」

 

レ級「…短いフライトお疲れ様でした」

 

曙が尻尾で2人を絡めとる

 

朧(…このカーテンならいける、よし)

 

カーテンを引きちぎり、カーテンでアオバさんを縛り付ける

 

朧「よし、降りるよ!」

 

外壁にしがみつくように滑り降りる

 

朧(振動が少し大きい…いや、もう跳んじゃえ!)

 

レ級「馬鹿!」

 

曙の尻尾が此方に伸びる

 

朧「ナイスキャッチ!」

 

レ級「…肝が冷えたわ、あんたね…」

 

朧「そんな事より救急車は!?この人、出血が全く治ってない!」

 

大淀「向こうに待機してもらってます、衣笠さん、浜風さん、担架を」

 

衣笠「そ、そうしたいのは山々なんだけど…」

 

浜風「こ、腰が抜けて…」

 

大淀「……朧さん、運んでいただけますか」

 

朧「はい!」

 

 

 

 

病院

 

朧「あ、こっちです」

 

大淀「すいません、諸々の手続きまでお任せして」

 

朧「いえ…それより、何があったんですか?」

 

大淀「……わかりかねます、今日、本来あの場では倉持司令官があの場に立ち、糾弾され、職を辞する…そういうシナリオでしたから」

 

朧(…想像はしてたけど…結局、そういう事なんだ)

 

大淀「それが謎の深海棲艦により…全て狂わせられた、私にはっきりわかるのはこれだけです」

 

レ級「本当にそれだけですか?」

 

朧「あ、曙!?」

 

レ級「ちゃんと変装してきた、尻尾も収納した、これなら出歩けるわ」

 

大淀「…それだけ、とは?」

 

レ級「…まだなんか隠してんでしょ?狸さん」

 

大淀「人を狸呼ばわり…失礼な方ですね」

 

レ級「大淀さん、貴方は隠蔽体質でしょう?おかげでこっちも助かってますが…都合の悪い事実は隠しちゃうタイプですよね」

 

朧「曙、何言って…」

 

大淀「別に何か問題でも?」

 

レ級「貴方、仲間の命がかかってる時何してました?なんで我先にと助けに行かなかったんですか?」

 

大淀「……」

 

レ級「貴方はお偉いさんが殺されて空いた椅子に…自分の提督を座らせようとしていた、違いますか?」

 

大淀「そうですよ、そのための根回しをしてました」

 

朧「…そんな」

 

大淀「もちろん、3人が生きて帰って来れると見越してのことです、見捨てたわけではありません…しかし、よくわかりましたね?」

 

レ級「中にいるメンバーが死なないという判断に至れば、私も同じことをしたでしょう…貴方、間宮さんにサヨリと言われた事、ありませんか?」

 

大淀「…ええ、ありますよ?それがどうかしましたか」

 

レ級「…サヨリとは、とても美しい姿、身質をしていますよね」

 

大淀「ええ、お刺身が美味しいですね」

 

レ級「…腹は真っ黒ですが」

 

大淀「はい…?」

 

レ級「以前、私も間宮さんに言われてたことがあったようで…見た目とは裏腹に、腹を開けば真っ黒だ…と」

 

朧(…ああ、だからみんな影で曙の事サヨリって…夕張さんと長門さんがしめられたって聞いたなぁ…その話)

 

大淀「……そうですか、それで?」

 

レ級「あなたは食えば美味そうだな、と」

 

大淀「……」

 

レ級「笑ってくださいよ、冗談です」

 

朧「そ、それより…アオバさんですけど…出血が酷いだけで、命に別状はないみたいです…出血多量のショックで気絶してたけど、すぐに意識は回復するって…」

 

大淀「そうですか、それはよかった」

 

朧(…本当に安心してるように見える、曙とのやりとりが本当だったとして…自分の提督が絡まない所では…ちゃんと仲間を想ってるのかな…いや、そう言えば前の世界で誰よりも先に提督を亡くしているから…か)

 

レ級「…さて、朧、帰るわよ」

 

朧「曙は話があるでしょ?ちゃんと全部吐いてもらうから」

 

レ級(…覚えてたか)

 

大淀「お邪魔そうですね、後始末がありますので私はこれで」

 

朧「あ、はい…それでは」

 

 

  

 

レ級「ま、簡単に言えば大鳳達からの情報で上層部のやろうとしてた事とかは掴めてた、それに前回の派遣だって事実上の捨て駒だった、自分の事以外何とも思ってない奴らだ…って、わかるでしょ?」

 

朧「…そういう話してないよ」

 

レ級「…はいはい、そうね、私は1人で横須賀に先に乗り込もうとしてた」

 

朧「理由は」

 

レ級「当然、雁首揃えて待っててくれてるんだからそいつら全員深海棲艦にしてやろうってね…」

 

朧「ふんっ!」

 

レ級「ぐ……腹はやめなさい、気持ち悪いから」

 

朧「でやっ!」

 

レ級「痛いものは痛いんだけど…!」

 

朧「曙、アタシ提督なら絶対こんな事しないと思う」

 

レ級「…それは同意だけど」

 

朧「でも、今はアタシ代理だから、それに…姉妹には厳しく行くから!」

 

レ級「ちょ、まだ殴る気?」

 

朧「死ぬほど後悔させるから!」

 

 

 

レ級「…再生する体で良かったわ、でも…エネルギーが切れてきた」

 

朧「…曙を深海棲艦扱いするのが嫌で聞かなかったけどさ」

 

レ級「…何よ、いきなり」

 

朧「データドレイン以外で深海棲艦を人間に戻す方法ってあるの?キタカミさんはそれを盾に操られてた訳じゃん」

 

レ級「…なくはない、だけど…私から言わせれば人間に戻したとは言わない…結局ナノマシンの塊なのは変わらないもの、アイツらが言ってたのは人の色で人の形にするって事、正確な意味で人に戻すと言うなら……データドレインだって完全なのか…」

 

朧「…そっか」

 

レ級「……私の事は心配しなくていいの、この身体なら未来永劫提督のそばにいられる」

 

朧「提督は未来永劫じゃないよ」

 

レ級「…今日のアンタは、性格悪いのね」

 

朧「機嫌が悪いんだよ…ご飯食べて、明日帰ろっか」

 

レ級「そうね、ネット経由で帰れるのは私だけだし……あ、そうだ、もし火野拓海が偉くなったらネット回線引かせましょうよ」

 

朧「それ良いかもね」

 

 

 

 

 

 

重巡洋艦 アオバ

 

アオバ「…あれ、ガサ…?」

 

なぜ、自分は病院のベッドにいるのか…

そして何故衣笠がベッドの一部を握りしめたまま、寝ているのか…

右手を衣笠へと伸ばそうとする

 

アオバ「…っ……!」

 

ない、肩から先が存在しない

 

アオバ(…そうだ、腕が…そうだ…!)

 

全部、思い出した

 

アオバ「……あ、電話…」

 

病院に入院となれば当然服が違うのでポケットには入っていない

あたりを見渡し、患者用のテーブルにそれはあった

不慣れな左手で操作する

何件も溜まっている不在着信、きっと心配してくれたのだろう…

 

アオバ(…あ、時間…深夜、か…)

 

丑三つ時と呼ばれるこの時間

思えばこの部屋も真っ暗だ

 

アオバ「…電話、かけたら迷惑だよね……そうだ、メールなら…」

 

アドレスだけは知っている

きっと、届くから

 

どんな文章を書けば良いんだろう

報告書のように事務的に綴るのは…無い

相手は私を心配しているのだから、元気であることを伝えなくてはならない

だって妹に心配をかけるなんて…私のプライドが許さない

 

アオバ(びっくりマークだらけの文章…わざとらしいな……うーん、じゃあこれは?…少し暗いかな…あ、これは誤字……打ちづらいなぁ…左手…)

 

完成には2時間をかけた

かつてない超大作を送り出し、携帯を投げ出して天井のシミを数える

 

アオバ(眠れないし…)

 

デフォルトの着信音が部屋に響く

 

アオバ「っ!?」

 

サイレントモードにし、とりあえず着信音を止める

 

表示されている番号を見なくてもわかる

 

アオバ(…出なきゃ、出ないと…)

 

意を決して電話を取る

 

青葉『…もしもし…?』

 

アオバ「おお!起きてた?いやー…あはは…メールしたばっかだから…なんか…恥ずかしいね?」

 

声が震えてる、悟られたく無い

 

青葉『…お疲れ様…大丈夫?』

 

アオバ「大丈夫大丈夫!メールに送った通りみんな元気だから!」

 

私以外は、みんな五体満足、ちゃんと無事…

 

青葉『…メール、元気そうじゃなかったから…』

 

アオバ「…あー……そう、見えた…?」

 

アオバ(…なんで、気づくの)

 

青葉『うん…』

 

アオバ「…あはは…うーん…いや…」

 

青葉『取り繕わなくて、良いんだよ…私達なんだから』

 

優しさが、胸に刺さる

痛いんじゃ無い、私の心を解いてしまう

余計な事を…口走って…

 

アオバ「……アオバは……今日、目の前で深海棲艦にされた人を…撃った…その人は、その深海棲艦は…どっち…なんだろうって…」

 

もう、止まらなかった、思ってたこと全部言っちゃった

 

青葉『…その深海棲艦を撃たなかったら、沢山の人が犠牲になってたかもしれない…だから…』

 

アオバ「…青葉は、言っちゃダメだからね」

 

…私が決めた、最後の一線

 

青葉『っ…』

 

アオバ「青葉に…仕方ないなんて、言わせない…青葉が深海棲艦になった人間は撃たれて当然なんて…言わないで」

 

青葉『…うん、ありがとう』

 

アオバ「……ご…」

 

アオバ(言わなきゃ、絶対に言わなきゃいけないのに…言葉が出ないよ…)

 

青葉『……』

 

アオバ「ちょっと待ってね、あはは…言いたいことの一つも言えないや……その…あの…」

 

青葉『大丈夫、わかってるから…それに謝らないでよ、だって立派にみんなを守ったんでしょ?』  

 

…私が守ったのは、私の身だけ…

 

アオバ「っ……あー…ほ、ほら…えっと.そうだ!青葉も、悩んでることがあったから電話したんでしょ?」

 

青葉『…ううん、さっきまではそうだった、だけど…声が聞けて…わかったから』

 

アオバ「何の話…?」

 

青葉『私も記事を書いてみることにしたの』

 

アオバ「記事…?」

 

青葉『そう、ネットで…取材したことをまとめて、記事にするの…完成したらURLをメールするから、読んでみてね』

 

アオバ「っ…!…うん、絶対読むよ…!」

 

青葉『じゃあ、切るね…お姉ちゃん』

 

アオバ「…またね」

 

アオバ「…そっかぁ…青葉が…ネット記者かぁ……!嬉しいなぁ…!でも、一緒に取材とか、いけないんだよね……いや、絶対に…青葉の負担にはなりたくない…だから、絶対に…見られちゃいけない…この腕も、この涙も」

 

衣笠「…ま、衣笠さんには…もうちょっと見せてくれても良いんじゃ無い?」

 

アオバ「…ガサ、起きてたんだ…」

 

衣笠「そりゃあ…起きちゃうでしょ?」

 

アオバ「……」

 

衣笠「良かったじゃん、青葉がさ、ネット記者なんて」

 

アオバ「…きっと、私よりすごいよ…」

 

衣笠「楽しみだね」

 

アオバ「うん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

某所

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「どうも、いやぁ…やっぱり特務部暇なんですね?」

 

秋津洲「呼ばれたから無理矢理きただけかも」

 

駆逐棲姫「それはそれは…さて、貴方にこれを」

 

黒い甲殻のような籠手を差し出す

 

秋津洲「……これは?」

 

駆逐棲姫「貴方達が使ってる未完成品とは比較にならない、強力な強化アイテムですよ、暴走した際の島風さんの戦闘ログはここに」

 

秋津洲「……わ、私に何をさせたいの?」

 

駆逐棲姫「私から島風さんに渡したら…怪しまれるでしょう?」

 

秋津洲「…わかったかも」

 

駆逐棲姫「しかし…貴方達もバカですよねぇ、あんな不完全なものを使うって言うのに、よりによって性能を制限してるんですから」

 

秋津洲「…そのまま使ったらAIDAが脳を完全に侵食しかねないかも」

 

駆逐棲姫「それで良いんですよ、それほどのリスクを背負わずして使える力じゃありませんからね、ああ、ちなみにそれにはリミッターなんかありませんよ、性能を完全に引き出してくれます」

 

秋津洲「リミッターが、無い…?じゃあ、使用中に死ぬかも…!」

 

駆逐棲姫「問題ありません、脳を機械が支配するので体を動かす電気信号は出続けます」

 

秋津洲「そ、それ、死んでるんじゃ…」

 

駆逐棲姫「いいえ、生物としては生きてますよ、だって心臓は止まってませんから…ああ、もしかして心がないと生きてないみたいなタイプですか?」

 

秋津洲「……」

 

駆逐棲姫「…困るんですよねぇ…貴方みたいに中途半端な人、自分は悪人だけど越えちゃいけないラインがあるみたいな…」

 

秋津洲の肩に手を置く

力を込めずとも秋津洲は自ら膝をつく

 

秋津洲「…え?あ、れ…なんで、私、膝をついて…」

 

駆逐棲姫「人間がチーターより早く走る方法を知っていますか?」

 

秋津洲「え?」

 

駆逐棲姫「脚力だの、そんな話ではなく…チーターは100メートルを5秒と少しで走り切ることができるそうです…到底人間には無理な記録ですよね?」

 

秋津洲は何が起こってるのか、理解できないと言った表情でこちらを見上げる

 

駆逐棲姫「でも、それなら4秒で走り切れば良い、どんな手段を使っても…それを可能にするのが、私です、科学です、私はただそれを可能にするどころか、100メートル1秒すらも切りましたよ、そのアイテムで」

 

秋津洲「……」

 

秋津洲が視線を手元の籠手に落とす

 

駆逐棲姫「犠牲者は必要なんですよ、貴方にもわかるでしょう?」

 

秋津洲「…はい」

 

駆逐棲姫(…さて、島風さんなら…作れるかな?理想的な形)



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横暴

フランス ディジョン

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「んー、この煮込み、美味しいですねぇ…ワインによく合う…とても素敵です♪」

 

口内の咀嚼物をワインで流し込み、あたりを見渡す

 

駆逐棲姫「…ふふ、絶景ですねぇ…どうですか?貴方もそうは思いませんか?」

 

リシュリュー「……外道…!」

 

駆逐棲姫「貴方達のシステムは完全に掌握しました、そもそも…私が作ったもので私と戦おうなんて、本当に頭が悪いですよ?」

 

リシュリュー「…すぐにEUの連合国が…ここを攻撃するわ!」

 

駆逐棲姫「…もしかして、あれのこと言ってます?」

 

上空に見える複数の飛翔物

性懲りも無くまたミサイルを打ったらしい

 

リシュリュー「貴方は私ごとここで…!」

 

駆逐棲姫「あーはいはい、そういうのいいですから」

 

ミサイルが空中で全て爆散する

 

リシュリュー「そんな…」

 

駆逐棲姫「…んー……風で料理に埃が舞いましたね、不衛生なものは食べたくないんですよ」

 

皿を床にひっくり返す

 

駆逐棲姫「で?貴方は私ごとここで?なんですか?」

 

リシュリュー「っ……」

 

駆逐棲姫「…おや…あれはトーネードですか?それともラファール?」

 

東の空から飛来する戦闘機…おそらくドイツのトーネードか

 

駆逐棲姫「うーん…」

 

航空機が急降下し墜落する

 

駆逐棲姫「トーネードだったみたいですねぇ…」

 

リシュリュー「…こんな…事って…」

 

駆逐棲姫「ま、陸地だからって…たった1人に舐めてかかった方が悪いんですよ…私はただ食事に来ただけなんですから…」

 

改めてあたりを見渡す

兵士の死体、炎上した戦車や装甲車

航空機が突っ込み崩れた建物

 

駆逐棲姫「害意は無かったのに…ねぇ?」

 

リシュリュー「どこが…!」

 

駆逐棲姫「先に仕掛けたのは貴方達じゃないですか、私は食事をして、お金も払って帰るつもりだったのに…貴方達のせいでこのお店の人達まで犠牲になってしまった…まあ、撃ったのは軍人さんであって私じゃないですけどね?」

 

席を立ち、リシュリューの前に立つ

 

駆逐棲姫「ああ、なんて不幸な私…そして、それに巻き込まれた方々はもっと不幸だ…貴方のせいで」

 

リシュリュー「…違う…!」

 

駆逐棲姫「何も違いませんよ、そしてそんな貴方には…これをプレゼント」

 

リシュリューの頭に触れる

 

リシュリュー「ぁ…?」

 

駆逐棲姫「……うーん…きっと気に入ってくれると思いますよ…ふふっ」

 

財布からユーロを取り出して机に置く

 

駆逐棲姫「では、au revoir」

 

 

 

 

 

 

東京

戦艦 レ級

 

レ級「…ま、人探しなんて無茶よね」

 

朧「曽我部隆二…リアルデジタライズについてドイツの大学で研究してた記録はあるけど、そこをやめてからの記録が一切ない…」

 

レ級「ついでに見つけて帰れればと思ったけど…流石に無理ね、どうする?」

 

朧「…ここで帰るのは簡単だけど…」

 

朧(曽我部隆二って人を見つければ、きっと提督を助けられる、だけど…最後に居たとされる場所はドイツ、そこからの足取りは一切不明…どうすれば良いんだろう)

 

レ級「見つけるのは無理に近いわね、帰りましょうか」

 

朧「……そうだね、やらなきゃいけない事多すぎるし」

 

レ級「…ねぇ、朧」

 

朧「何?」

 

レ級「……私は、この力を失くしたくない…この先…深海棲艦の力を失わず、人として生きていけるのかしら」

 

朧「曙は周りより少し賢くて、力の使い方もわかってる…それは私は知ってる、だけど…他のみんなは知らないんだよ、自分より強い相手、賢い相手っていうのは…殆どの場合、恐怖の対象でしかない」

 

レ級「……でしょうね、人の心を持った深海棲艦…受け入れられるわけもないか」

 

朧「…アタシは、少なくともアタシ達は、受け入れてる」

 

レ級「……帰りましょう」

 

 

 

 

横須賀鎮守府 応接室

駆逐艦 島風

 

島風「…あれ」

 

秋津洲「どーも」

 

…帰るまでの時間潰しに借りてた部屋なのに、それに何故佐世保の人間がここに…

 

島風「……どうも」

 

秋津洲「スイッチ、壊れたかも?」

 

島風「…うん、でも、もう要らない…私は、あんなものに頼らない」

 

秋津洲(思ってたより依存してなかった…?精神力が強いのか、それともやはりスイッチの効果が弱かった?)

 

秋津洲「…まあ、今日はスイッチなんてなんでもいいかも」

 

手首を掴まれる

 

島風「え…」

 

秋津洲「…あげる、使いたい時に使えば良い…かも」

 

島風「こ、これ…!あの籠手…!」

 

秋津洲「……今は動作してない、暴走は引き起こさないかも…でも、望めばそれは真の力を見せる」

 

島風「…っ……私は、こんなものに…!」

 

秋津洲「戦闘ログ、見た…相手を寄せ付けない強さ、それを使えば誰よりも強くなれる」

 

島風「違う!これは守る力じゃない…!」

 

秋津洲「…それは使い方次第かも」

 

島風「っ……」

 

秋津洲「どんなに強い力でも、使い手の気持ち一つで破壊の道具から何かを守る盾にすることも出来る……破壊の為に生まれたものが破壊の為にしか使えないとは限らない…かも」

 

島風「…だけど…」

 

秋津洲「……それはもうそっちの物、好きな時に使えばいいかも」

 

島風「……こんなもの」

 

取り外そうとした瞬間、黒い霧になり、身体へと吸い込まれる

 

島風「っ…!」

 

島風(…身体の中に…どうすれば取り出せるの…?)

 

朧「島風」

 

島風「っ!?」

 

部屋の扉が開き、2人が入ってくる

 

レ級「帰りますよ」

 

朧「…島風、どうかした?」

 

島風「……」

 

島風(言わなきゃ、言わないと…)

 

レ級「…大鳳さんは?」

 

朧「多分ボート…ねぇ、島風?」

 

島風「え?」

 

朧「…大丈夫?調子悪い?」

 

島風「…そんな事…ない」

 

朧「……無理しないでね、早く帰ろう」

 

島風「うん…」

 

 

 

 

 

離島鎮守府 執務室

提督代理 朧

 

曙「じゃあ、その騒ぎで有耶無耶になったわけね」

 

朧「…まあね…でも、これでうまく物事が進むとは限らないよ」

 

レ級「……」

 

漣「ボーノ…?」

 

潮「寝てる…」

 

朧「…深海棲艦の群れに…暴走した島風、それがなくても最近大変だったし…疲れが出ちゃったんじゃないかな」

 

曙「……ま、コイツの分もあたしらが働いてやるとしますか」

 

漣「…何をするつもりで」

 

曙「え?何って……朧、コイツの仕事って何?」

 

朧「…事務作業の手伝いとか、資材の管理をしようにも正確な計測が終わってないし…ほら」

 

バインダーに挟まれた紙とペンを渡す

 

曙「…白紙なんだけど?」

 

朧「各種資材の計測よろしく」

 

漣「……うぃーす」

 

潮「が、がんばろ?」

 

曙「…最悪ね」

 

3人を見送り、ソファで眠りこける妹に視線を送る

 

朧(…アタシがここのトップじゃ正常な動作、してないよね…なんで曙はアタシに任せたんだろ…曙が言い出した事だからみんな何も言わないけど)

 

朧「……自信、ないなぁ…」

 

執務用の椅子は硬いのに、どこか眠気を誘う

 

朧「…ふぁ……」

 

すごく、体が重くて、眠くて…

 

朧(…アタシ、どうしたら良いんだろ……)

 

 

 

ぼんやりと見える景色

決してそこに行った事があるわけじゃない、だけど…

どこか懐かしくて、知っている  

 

朧(…何処だろう、ここ…)

 

壊れた、街

現実じゃない、ゲームの中みたいな…

ところどころが剥き出しになったような赤い斑点

 

朧(…これは、カオスゲート…?でも、R:2(リビジョン2)の物じゃない…ここは、まさかR:1…?)

 

目の前に誰かが転送されてくる

ずんぐりむっくりの緑色の大きなキャラクターが視界を埋め尽くす

 

びろし「やあ、良い目をした君、また会ったね!」

 

朧(え、話しかけてきて……喋れない…?)

 

ぴろし「実は……とっておきの情報があるのだが、一緒に冒険するという条件付きで、教えてあげなくもない…どうする?」

 

カイト「別に…いいや」

 

朧(うわっ!?…提督の声が真後ろからした…でも、振り向けない……そうだ、前にこんな感じの夢を見たことがあるような…)

 

ぴろし「そうだろうそうだろう、聞きたいか!そうこなくてはイカンな!旅は道連れ世は情け、だものな」

 

カイト「ま、また勝手に…」

 

朧(ここまで嫌そうな声聞いた事ない…)

 

ぴろし「あるダンジョンの最下層で秘密の呪文を3回唱えるとレアアイテムがもらえるらしい!行くか?行くよな!そうか!そう来なくてはな!あははは、善は急げ!そうと決まればいざゆかん!」

 

カイト「決まってないってば…!」

 

朧(ちょっと怒ってる…)

 

 

 

 

朧(…モンスターも、アイテムも…見た事ないのばっかり、やっぱりここはR:1なんだ…)

 

ぴろしが突然立ち止まる

 

ぴろし「…ここか!スリジャヤワルダナプラコッテ!スリジャヤワルダナプラコッテ!スリジャヤワルダナプラコッテーーーッ!!」

 

カイト「???」

 

朧(え?何あの呪文…)

 

カイト「…えっと、ぴろし?アイテム、もらったけど…」

 

ぴろし「そのアイテム、譲ってはくれまいか、そもそも情報提供はこのぴろし、それぐらいのわがままは許されよ」

 

カイト「いいけど…こんなの一体…」

 

ぴろし「私はそれが猛烈に欲しいのだ!友よ、わかってくれぃ!」

 

カイト「ねばつくカブト、臭うよろい、腐ったコテ、犬耳帽子、使用済み使い捨てコンタクト……これで全部だよ」

 

朧(え、なんか…ゴミ…?)

 

ぴろし「おおっ!友よ!それでは早速装備させてもらう……ん、こっこれは!!!」

 

ぴろしが赤く明滅し、発光する

 

ぴろし「のわぁぁぁぁっ!」

 

ぴろしは呪い状態になった▽

ぴろしは眠り状態になった▽

ぴろしは混乱状態になった▽

ぴろしは魅了状態になった▽

ぴろしは毒状態になった▽

ぴろしは麻痺状態になった▽

 

ぴろし「あはっ…あははは……あはははは!フルコースだな!あはっ……世の中、とかく思いがけぬことの起こるもの、楽しきかな人生!また会おう!」

 

ぴろしが転送される

 

朧(…最後、泣きそうになってなかった…?」

 

 

 

 

朧「っあ…?」

 

頭に衝撃を受け、意識が引き戻される

 

曙「ったく…全部数えてきたわよ…人に仕事させて呑気に寝てるなんて、随分な身分ね?」

 

朧「……あ…そっか、寝てたんだった……なんか熱出した時に見る夢見てたみたいな…」

 

曙「何よ、熱っぽいの?なら無理しなくても…」

 

朧「ううん、大丈夫…おかげで前に見た夢まで思い出しちゃったから」

 

前に見た、別の夢

だけど、それは実現させられれば…

 

曙「はぁ?」

 

朧「……アタシ、提督の代わり…ちゃんとやって見せるから」

 

曙「…なんでも良いけど…」

 

朧(…決めた、アタシがやる事…!)

 

 

 

駆逐艦 島風

 

島風「……」

 

籠手を顕現させる

自身の意思に呼応するように、思うカタチに…

 

島風(…応えてくれてる、ように見える…でも、本当は今にも私を乗っ取ろうとしてる……)

 

圧倒的な力

使っちゃいけない力

 

島風「……なんで、私の前にばっかり…」



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実戦形式

離島鎮守府

戦艦 レ級

 

レ級「宣言通り、始めるわよ、実力テスト…の、前に」

 

咳払いし、周りを見る

 

レ級「解体希望者の受付、希望者は前に出てください」

 

誰も答えはしない

しかし、動揺だけは伝わる

 

レ級「……今しかできないわけじゃない、今居ないならそれでも構いません」

 

一つ、手が挙がる

 

曙「言いたいことあるんだけど」

 

レ級「…何か」

 

曙「アンタがここから全員追っ払って…自分で全部背負い込むのって何のため?」

 

レ級「……」

 

曙「要するに、アンタは…あたしらがここから居なくなれば良いと思ってる、でもそれは悪意じゃない…全部説明しなさい、今、ここで…そうすればスッキリ出ていける奴もいるんじゃない?…少なくとも、あたしはそんなつもりないけどさ」

 

レ級「……当然、ここは命をやり取りする場所です、ご存知の通り…死ぬ事もあります、私は一度死んで、運良く帰ってこられたものの全員がそうとは限りません…96人、艦娘システムを運用している私たち艦娘がすでに96人戦死しています」

 

曙(…もう、そんなに死んでたんだ…)

 

レ級「わかってると思いますが…まだ深海棲艦が現れて一年と少しです、自身の人生を捨てる想いで臨まなくては一瞬の迷いで死ぬでしょう…内地が安全か、内陸であれば確かに安全ですが襲撃の例もあり確実な保証はありません…しかし、それでも死ぬ可能性は格段に低い」

 

大きく息をつく

 

レ級「…私は、あなた方を守れと言われています、最大限の事はやります、その一環がこの分隊分けです、より生存率を上げ、最大限に戦えるチームを作り、効率と生存を共存させる事」

 

曙が挙げていた手の四本を内側に折り畳み、こちらは中指を向ける

 

曙「そんな事情、クソ喰らえよ…!アンタだってわかってんじゃないの?あたしらは守られてるほど弱くない、それに…アンタ1人が辛い思いをすることを誰も望んでない!」

 

レ級「……私は、いや、これは自分の望み、そのままに生きて死ぬなら本望よ」

 

曙「ならあたしだって戦うのが望み、こんなとこで世界投げ出すようなことしたくないに決まってんでしょ…!」

 

キタカミ「ま、何でも良いんだけどさ…守るものがあると弱くなるって自分のセリフ、忘れないでよね」

 

レ級「……」

 

キタカミ「ま、確かに死んじゃったら…悲しいかな、救いなんてないに等しいし覚悟はいるよ、でもさ、その覚悟を折りに行くのはアンフェアでしょ」

 

レ級「…では、解体希望者は今はいない、そういうことで構いませんか」

 

誰も何も言わない

そういう事だろう

 

レ級「……では、始めましょう、各分隊長は順にこの時間の書かれた紙を取りに来るように」

 

曙「紙…?」

 

レ級「時間の指定などが書かれています、場合によっては夜戦になる事も理解しておいてください」

 

川内(夜戦はやだなぁ…)

 

レ級「…それと、神通さん、那珂さん、あなた達は個人での評価を希望しましたね」

 

神通「…はい」

 

那珂「那珂ちゃん1人でも大丈夫だもん!」

 

レ級「那珂さんは正午、神通さんはそれから30分後です」

 

那珂「はーい」

 

神通「…ありがとうございます」

 

レ級「最後にもう一度評価項目を…まず、目的は私のバリアの破壊、長門さんの主砲2発ほどで破壊できるはずです、それと想定外の事象に対する対応力等を評価します、まあ、テストという形ですので、一応合否は有りますよ…質問は?」

 

キタカミ「……んー…?」

 

レ級「なさそうですね、では、各自、紙を受け取り時間まで待機」

 

 

 

 

 

離島鎮守府 近海

軽巡洋艦 阿武隈

 

阿武隈「まさか、一番手なんて…」

 

潮「みんなこっち見てますね…」

 

漣「うーん…ところで、疑問なんだけど…何で3人?」

 

阿武隈「朧ちゃんは参加不可、曙ちゃんは別部隊、不知火…さん、で良いのかな…えっと、不知火さんも別部隊だから…」

 

潮「他の人達は…?」

 

阿武隈「動きを合わせるだけの時間がなかったし…3人で行くのが1番良い、1番手なのも好都合だよ、多分全部は見せてこないから」

 

潮「…よし、弾薬確認よし」

 

漣「よし!」

 

阿武隈「よし、開始準備よし!」

 

空砲の音が響く

 

阿武隈「始まった…!」

 

阿武隈(…長門さんの主砲みたいな火力はまず出せない…から、ここは貫通力の高い徹甲弾で勝負…!)

 

潮「頑張りましょう!」

 

阿武隈「陣形は打ち合わせ通り!まず索敵形態A!」

 

潮ちゃんと漣ちゃんが前に出て逆三角形の形で進む

 

阿武隈(…この陣形なら後方から狙われるのはあたし、耐久能力の低い2人が不意をつかれる可能性は低い)

 

潮「…左舷見えません!」

 

漣「右舷同じく!」

 

阿武隈(……未知に対する対応力、何を求められてるのかわからない、けど冷静に対応すればまず問題はない…!)

 

漣「…今、何か…?」

 

潮「え?」

 

阿武隈「何か見えたなら即座にB陣形に!」

 

漣「いや…見間違えかも…」

 

阿武隈「見間違えでも即座に!」

 

漣「は、はい!」

 

漣ちゃんが一時的に速力を落とし、潮ちゃんの後ろに回る

 

敵がいたかもしれない方向には常にあたしが1人、そして後ろに2人、これがB陣形

 

阿武隈(怖いのは…陽動…)

 

阿武隈「見えた!」

 

何かが水面から覗いた瞬間撃ち抜く

 

阿武隈「っ…さ、魚…?」

 

頭が吹き飛んだ魚が水面に浮く

 

漣「な、なんだ…跳ねたのを見間違えたっぽいです…」

 

潮「……阿武隈さん」

 

阿武隈「うん、違う…居る、背中合わせで周囲警戒、速力は落として!」

 

阿武隈(…どこから、来る…?)

 

潮「北東の方向!艦載機!」

 

阿武隈「えっ!?」

 

阿武隈(ついさっき近くにいたのにどこで発艦して…!)

 

阿武隈「漣ちゃん!あたしと対空射撃!潮ちゃんは周囲警戒!」

 

漣「艦載機の動きやば…!」

 

迫る艦載機は急降下や急上昇、回避行動を繰り返している為近づく速度自体は遅い

 

阿武隈(対空射撃に当たらないことを優先してる…時間稼ぎ…本命は雷撃?それとも観測射撃?)

 

阿武隈「面で射撃!一機を追いかけずに進行ルートにばら撒いて!」

 

漣「了解!」

 

潮「……雷撃、南西!」

 

阿武隈(真逆から!?)

 

潮「魚雷潰します!」

 

阿武隈(魚雷は5発だけ、狙いは正確…いるならそっち……うん、そこまではあってるとして…何か、違和感…)

 

魚雷が炸裂し、水柱が上がる

 

阿武隈「…そうだ…!」

 

水柱を撃ち抜く

金属がひしゃげて弾ける音

 

レ級「大正解」

 

潮「きゃぁっ!」

 

曙さんの尻尾で潮ちゃんが弾き飛ばされる

 

阿武隈「っ!」

 

阿武隈(漣ちゃんは対空射撃に専念しなきゃいけない、潮ちゃんはまだ動けない…1対1にされた…!)

 

レ級「さあ!どうしますか!」

 

砲撃を砲撃で潰す

 

阿武隈(防御ならできるけど、何をされるかわからない…!ジワジワなぶり殺しにされる…!)

 

漣「うわっ!一気に来た!」

 

阿武隈(艦載機!?対空が手薄になるのを狙われた…!)

 

上空で複数の爆弾が爆発する

 

阿武隈「っ…?」

 

潮「ま、間に合った…!」

 

漣「ナイス!」

 

レ級(艦載機は潰されたか…だが)

 

2本に増えた尻尾から連続で砲撃が来る

 

阿武隈(攻撃が苛烈に…!)

 

漣「キッツ!」

 

阿武隈「漣ちゃん退避!」

 

漣ちゃんが距離を取る動きをし、あたし1人で防御を担う

 

レ級(…私を1人で相手に取ろうとは…舐めた真似を!)

 

阿武隈「えっ…!?」

 

尻尾の口の戦艦砲からの砲撃に更に尻尾についた機銃の射撃も加わる

 

阿武隈(無理!流石に防げない…!削られるみたいにやられる…)

 

レ級「このまま決着……とはいかないか」

 

曙さんの頭上から砲弾が降り注ぐ

着弾した砲弾がバリアに触れて炸裂する

 

レ級(チッ…潮のお得意か…フリーにしたのは判断ミスだな、これ以上は保たない…先に阿武隈さんを落として…)

 

潮「今です!」

 

背後に軽く跳び、海面に倒れ込むようにしながら照準を合わせる

 

レ級(っ…やられた…!)

 

漣「トドメ!!」

 

あたしの背後からの漣ちゃんの砲撃、そして下からのあたしの砲撃、そして潮ちゃんの広角射撃

絶対に防がせない

 

 

 

 

レ級「目標達成、お疲れ様でした」

 

阿武隈「やった!上手くいったね!」

 

漣「まー、打ち合わせとは程遠い形になりましたが…」

 

レ級「……打ち合わせの内容は?」

 

阿武隈「ま、まあ…その…広角射撃ができるように常に潮ちゃんはフリーになるようにって事、それと漣ちゃんは無理せずに退がってタイミングを合わせてさっきの砲撃をしようって…」

 

レ級「…ま、良いんじゃないですか?漠然と戦うより戦い方が決まってる点は評価できます」

 

阿武隈(怒られるのかと思った…)

 

レ級「早く戻ってください、次が控えてるので」

 

阿武隈「…バリアってすぐ回復できるんですか?」

 

レ級「無理では無いです」

 

阿武隈(…何か制約があるのかな…)

 

 

 

波止場

 

阿武隈「あれ?明石さん?」

 

明石「…あ、どうも、見てました…おめでとうございます」

 

阿武隈「ありがとうございます」

 

潮「明石さん、調子悪そうですけど…」

 

明石「…大丈夫、ちょっと集中して見てたから疲れちゃったかな…」

 

漣「食堂行くんですけど来ますか?」

 

明石「…いえ、見たいので」

 

阿武隈(……なんだろう、明石さんは…何かをしようとしてる?)

 

 

 

 

近海

戦艦 レ級

 

レ級「…あなたは結局、高速頼りですか」

 

島風「…私は、今の私には、これしか無いから…!」

 

レ級(島風さん、長門さん、山雲さん、不知火さん、旗艦は朝潮さんか…全員悪く無い実力を持ってる、だけど今一つ)

 

島風「やあぁぁぁッ!」

 

レ級(…今の島風さんでは高速で翻弄するどころか…いや、元々前の世界での島風さんはスキルで自分のフィールドを作って戦う事を得意としていた、だからスキルが完全に封じられては…この結果は仕方ないのか)

 

島風(…今の表情……同情された…?私が、弱い…から…?)

 

レ級(長門さんは砲撃で進路を潰すことに専念している、2発で目標達成できるメリットを捨てて攻撃は駆逐艦頼り…不知火さんと山雲さんもそれを理解した立ち回り…朝潮さんの細かい指示をよく聞いている、チームとしての完成度はかなり高い)

 

島風さんがさらに加速する

 

朝潮「っ…!」

 

レ級(…出たな、悪いクセ)

 

島風(私は、弱くなんか…あんなのに頼らなくても私は…!!)

 

斬りかかる直前で跳び上がり、連装砲ちゃんと多方面からの攻撃を狙ってくる

 

レ級「焦りすぎです」

 

尻尾で連装砲ちゃんを弾き飛ばし、本体をもう片方の尻尾で撃つ

 

島風「っ!こんな物!」

 

朝潮「島風さん!一度立て直しです!」

 

レ級「…たった1人のたった1つのミスは、隊全員の命に直結する」

 

不知火「何…!?」

 

山雲「艤装の機能が…!」

 

長門「ぐ…くそっ!雷撃か!」

 

朝潮(一瞬で3人…!)

 

レ級「貴方たちは、ここまでです」



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格闘訓練

離島鎮守府

戦艦 レ級

 

レ級「ふぅ……もう正午前ですか…」

 

川内「はぁ…けほっ……なんとか、崩せたね…」

 

春雨「化け物の相手は疲れます」

 

レ級(川内さんはなかなかだったな…春雨さんも…動きはかなり良い、危うく不覚をとるところだった…だが、荒すぎる……大潮さん、荒潮さんはついて行くのに必死か…)

 

レ級「お昼休憩にでもしますか」

 

川内「うーん、みんなお疲れ様、2人とも大丈夫?」

 

荒潮「は、はい…大丈夫…」

 

大潮「…ヘロヘロ、です…」

 

レ級(春雨さんは性格に難があるからしょうがないとして…川内さんは2人のケアもしてるか、流石にアクの強い妹をまとめてるだけあるな)

 

レ級「戻りましょう」

 

 

 

食堂

 

那珂「えっご飯食べてる!」

 

レ級「…昼休憩です、悪いですか?」

 

那珂「良いけど…今食べ始めだよね?あと3分だよ?」

 

レ級「そうですね、早く行くことをお勧めします」

 

那珂「じゃなくてー!」

 

レ級「……ああ、説明を忘れてました、貴方と神通さんには相手を別に用意してます」

 

那珂「へ?」

 

レ級「それに勝てれば良いですよ、勝利条件は組み伏せた時点で勝ちです」

 

那珂「な、なにそれ…!」

 

レ級「私に相手をして欲しいんですか?だとしたら…100年早い、死んで考えを改めろ」

 

那珂「…むぅ…!意味わかんないよ!」

 

レ級「……行きましたか、貴方は?那珂さんの戦いを見てなくて良いんですか?」

 

神通「……」

 

レ級「何か言いたげですね」

 

神通「私は…すでに貴方に一度敗北しました、なのに挑戦権があるんですか?」

 

レ級「ああ、昨日の晩の事ですか、誰にも言いません、あれは誰も見ていないし、誰も知らない事です……貴方が理外の外法に手を出した事くらいわかっていました、明石さんの艤装の使い心地、如何でしたか?」

 

神通「っ……」

 

レ級「貴方は確かに私の四肢を落とした、私を追い詰めたかもしれません、でもそれは私に殺意がなかったから、私の殺意の前に貴方は屈した…覚えておきなさい、貴方が昨晩敵にしたのはただの狗では無い事を」

 

神通「…深く、理解しています……申し訳ありませんでした」

 

一礼し、神通さんは食堂を後にした

 

レ級「……芯は変わらない、きっとあの人は外法から戻る事はない…かといって無視もできない……ここでもう一度心を折っておく必要がある……」

 

 

 

 

離島鎮守府近海

駆逐艦 朧

 

那珂「えぇーっ!?朧ちゃんが相手なの…?」

 

朧「…はい、私がお相手させていただきます」

 

朧(…那珂さんはアタシに戦い方を教えてくれた人…だけど、負けるつもりはない)

 

那珂「…えー?本気?……やろうか?」

 

朧「すいません」

 

那珂「んー?」

 

朧「…舐めてるなら、今すぐ考えを改めてもらって良いですか」

 

偽装を展開し、構える

 

那珂(…なんか、構えが変わってる…でも主砲はまだ腰にひっ下げてるし、格闘戦で来ようとしてる?)

 

朧(…那珂さんの構えが緩い、アタシに対して真剣じゃない…)

 

爆雷を一つ取り出し、投げ飛ばす

 

朧「あれが爆発したら始まりです、だから…」

 

那珂「……」

 

朧「本気でお願いします」

 

爆雷が炸裂すると同時に詰め寄る

 

那珂(そっちが攻めてくるの!?)

 

朧(構えが防御寄りになった…顔をガードする為に前腕を縦にする構え…その構えの崩し方は知ってる!)

 

ガードの隙間に拳を連続で叩き込む

 

那珂(マズっ…!ガード崩されたらキツイのが来る!)

 

朧(アタシを舐めたツケをまず払わせる!)

 

那珂さんの両腕のガードが外側に開く

 

那珂「あっ!?」

 

朧「はぁッ!」

 

飛び膝蹴りと同時に腿の魚雷発射管から魚雷を一本だけ射出する

 

那珂「っあ…!」

 

海面を無様に転がり、刺さった魚雷が炸裂する

 

朧「……本気で来てくださいって、言いましたよ」

 

那珂(…正直、舐めてた…最近事務仕事ばっかりしてるから鈍ってるだろうし、叩き直してあげようくらいに考えてたけど…今の攻撃の流れでわかる…アレは私に匹敵する…いや、違う…もう私より強い、そう思って戦わないと…)

 

那珂「…那珂ちゃん、謝らなきゃだね…うん、ごめんね!朧ちゃん!」

 

朧(…来る)

 

那珂「……ふーッ!…宜しくね」

 

朧「…こちらこそ、宜しくお願いします」

 

朧(那珂さんの構えに隙が無くなった…もうさっきみたいなチャンスは来ないかもしれない)

 

主砲を一つ、手に取る

 

那珂(…片手だけ?いや、あの主砲…砲身が切り詰めてある、接近専用になってる…)

 

朧(……覚えてる、込めた弾の順番、アタシにできること…アタシは、みんなの為に強くなるんだ…!)

 

那珂「……」

 

朧「……」

 

那珂(仕掛けたいのに、何処から攻めれば良いかわからない…下手に踏み込んだら…次はさっき以上のしっぺ返しが来る…)

 

朧「…もう、私から攻めたりはしません、いつでもどうぞ」

 

那珂「っ!」

 

那珂(…参ったなぁ……まだ、師弟だのなんだのみたいな考えがあったかも……これは真剣勝負、ルールなんてない…)

 

朧(今…一瞬足元を見た……)

 

那珂「やぁっ!」

 

那珂さんが海面を蹴る

 

朧(やっぱり目潰しから来た!)

 

目を閉じ、海水に突っ込む

 

那珂(見えてないなら、一撃で……えっ!?)

 

那珂さんの方へと腕を振り抜く

 

那珂「っ…見えてないんじゃ…」

 

朧「…見えなくてもわかりました」

 

那珂(嘘、なんで…?なんで正確にこっちに攻撃できたの…?)

 

朧「待った方が、いいですか?」

 

那珂「!……舐めないでよ…!」

 

那珂さんが身体を大きく前に倒し、間合いを殺して近寄る

 

朧(きた…那珂さんのこの距離の詰め方が厄介だった…)

 

主砲を向け、放つ

 

那珂「っ!?…散弾…」

 

那珂さんの動きがまた止まる

 

朧「…普通の弾、とは限りませんから」

 

那珂(ダメ、完全に流れを取られた……こっちの戦法は全部知られてる、朧ちゃんを軽く見てたツケがこんなに…こんなに重くのしかかってくるなんて…とにかく近づかないと、話にならない!)

 

那珂さんが再び間合いを殺し、肉薄してくる

パンチ主体のボクシングスタイルでの攻めをいなす

 

朧(っ…!やっぱり打撃が重い…!)

 

那珂(とにかく、隙を作る…!)

 

後方へと下がりながら攻撃をいなし続ける

 

那珂(…まだ!?もう30秒近く同じ行動がループしてる…!なのに、全然…!)

 

甘く突き出た拳を掴み取り、こちらへと引き摺り込む

 

那珂「しまっ…!」

 

姿勢を崩したところに鳩尾へ掌底を叩き込む

 

那珂「かはっ…!ゴホッ!ゲホッ…」

 

那珂(隙を作るはずが、先に集中力がきれてちゃ意味ない…朧ちゃんは、どんな気持ちでこれに臨んでるのかな……すごく、高い壁に感じる…)

 

那珂さんが立ち上がり、此方を睨みつける

 

那珂(小技は、通用しない……勝つ事を狙うなら、大振りでも、リスクがあっても…)

 

朧(…魚雷を…両手に持った?)

 

那珂「……朧ちゃん、ほんと強くなったね…だから、那珂ちゃんも強くならなきゃね」

 

両手の魚雷を逆手に持ち、クナイのように振り回す

 

朧(これ、下手なあたり方したらマズイ…!というか、自爆を恐れてないような…)

 

那珂(生半可な気持ちじゃ勝てない、差し違えても…倒す!)

 

那珂「イヤァァァァッ!」

 

朧(何この動き…型も何もない!滅茶苦茶だ…!)

 

両腕を稼働領域の限り動かしたデタラメな乱撃…かと思えば足払いを織り交ぜてくる、完全に勝ちにだけ執着した攻撃

 

朧(余裕綽々の戦いしか見て来なかったけど、那珂さんがこんな戦い方をするんだ…)

 

那珂(負けない…絶対に負けたくない!)

 

威力重視の大振りな攻撃

その攻撃でできスキすらも不用意に近づけば罠と化す

 

朧(このままじゃ埒があかない、一度距離を…)

 

那珂(腰を引いた、距離を取ろうとしてる…!)

 

那珂「逃がさない!」

 

那珂さんが魚雷を投擲する

 

朧「危なっ!」

 

那珂「えっ…」

 

魚雷をキャッチし、後方に捨てる

 

那珂(なんで取るの!?完全に決まったと思ったのに…!)

 

朧(…死ぬかと思った…でも、距離は取れた…砲戦に持ち込めば…)

 

腰の主砲に手を回す

 

那珂「こーさん!降参だよ!もう無理!」

 

朧「…へ?」

 

那珂「……はぁ…それだけ離れられたらもう距離を詰められる自信ないよ…」

 

大袈裟に残りの魚雷を捨て、両手を挙げる

 

朧「……」

 

那珂「…朧ちゃん?」

 

朧「虚偽申告は反則だと思います!」

 

こっちに向かってくる魚雷を撃つ

 

那珂「バレたか!でもルールなんかないもんね!」

 

朧「あーー…もうッ!」

 

水面を蹴り、魚雷を跳び越える

 

那珂「嘘!?」

 

朧「足腰は散々鍛えられましたから!」

 

両手に主砲を構え、滑り込みながら砲撃を撃ち込む

 

那珂「ぁだっ!顔はダメでしょ!?」

 

朧「ルールなんかないんですよね!」

 

砲撃を受けて体制を崩した那珂さんの脚を取り、持ち上げる

 

那珂「ぬぁ!んぐ…ぐ…!」

 

朧(ここからは純粋な力比べ…でも、片脚を取ってる分チャンスはある!)

 

しばらくそれが続いたところで那珂さんの力が抜け、押し倒す

 

那珂「…もー……わかったよ、負けたって…」

 

朧「…よし!」

 

朧(那珂さんに、勝てた…最初油断してたとか理由はあるけど…それでも勝ちは勝ち、強くなれてるんだ…!)

 

那珂「嬉しそうだなー…もう、そんなに嬉しい?」

 

朧「勿論!…ふー…良かった…」

 

顔の少し横を何かが通り抜ける

 

神通「…今、那珂ちゃんを笑いましたか?」

 

朧(え、今アタシは笑ったっけ!?)

 

那珂(またでたよ、神通姉さんの謎判定…)

 

朧「いや、別に笑ってないです!」

 

神通「……笑いましたよね?」

 

那珂「いや、笑顔は笑ったとは…」

 

神通「どちらにしろ…私は貴方と戦うことになります」

 

神通さんが砲を此方に向ける

 

神通「始めましょう」

 

朧(…神通さんが主砲を使うところは、あんまり見た事ないな…というか、さっきすぐそばを通ったものって砲弾?砲撃の音がしなかったし…)

 

朧「うわっ!?」

 

躊躇いなく撃ってくる

 

神通「もう始まってますよね?まあ、既に撃ちましたが」

 

朧(本当に容赦ない…!)

 

砲撃をかわしながら様子を伺う

 

朧(大丈夫、かわせる…精度は高くない…)

 

主砲を向け、放つ

 

神通「これは…煙幕弾ですか…」

 

朧(今!)

 

煙幕に突っ込み、拳を振り抜く

 

朧「ッ!…あぁぁぁああっ!」

 

振り抜いた拳に激痛が走る

持っていた主砲がひしゃげて壊れる

 

神通「そんな物で私の目を塞げると思いましたか」

 

朧(煙幕の中なのに…蹴りを合わせられた…しかも、艤装をぶつけられたせいで腕が痺れてる…)

 

神通「片腕、持っていったつもりでしたが…艤装だけですか」

 

朧「……ただのテストってこと、忘れてませんか…」

 

神通「それでは、つまらないでしょう?」

 

那珂「ちょ…神通姉さん…!これ殺し合いじゃないんだよ!?」

 

神通「黙って見ていてください」

 

朧(那珂さんとの戦いで消耗してるのに休みなくこれじゃ…いや、多分そういう部分も曙は見てる、きっとこれはアタシと神通さん、2人同時の試験なんだ)

 

背後へ軽く跳び、体制を立て直す

 

朧(…組み伏せれば勝ち、でもあの蹴りを片腕で受け止める自信はない…神通さんが転けるのを期待する?いや…近接戦闘に持ち込んで膝をつかせればそれで良い…勝てるのなら)

 

壊れた主砲を捨てる

 

朧(…一回で決めなきゃ、やられる…チャンスは一度、やれる限りやる!)

 

魚雷発射管から魚雷を射出し、それを追いかけるように走る

 

神通(…艤装の推進力で移動した方が速いでしょうに、なんでわざわざ…)

 

朧「今!」

 

神通「!」

 

魚雷を神通さんの目の前で炸裂させる

 

神通(この位置ではダメージもない、目眩し?そんなものが通じる訳…っ!)

 

那珂(神通姉さんが引き寄せられて…)

 

朧(魚雷でできる水柱の原理は簡単、水中で炸裂して真空空間を作り、そこに勢い良く流れ込んだ水の勢いが逃げ場を求めて上に逃げる…つまり水が空間に吸われる、神通さんはきっと間合いの外だから反応が遅れる…)

 

水柱に飛び込む

 

朧「せいやぁぁぁッ!」

 

神通(蹴りで水の勢いを突き破って…!)

 

艤装でブーストされた蹴りを叩き込む

 

神通「くッ…!」

 

朧(入った!…よし、普通なら絶対に勝てない…だからこそ!)

 

神通さんに駆け寄り、飛びかかる

 

那珂(朧ちゃん、その距離の詰め方は無茶じゃ…!)

 

神通(舐めたマネを…!)

 

神通さんが姿勢を崩しながら蹴りを放つ

 

朧(今しかない!)

 

神通「消えた!?」

 

那珂(なんで伏せて…)

 

姿勢を落とし、両手を海面につく

艤装の推進力で脚が海面を滑り、神通さんの足を払う

 

神通「っ!」

 

姿勢を崩したところを捕まえ、押し倒す

 

朧「…よし…!」

 

神通「……何を、勝った気になっているんですか」

 

朧「へ?」

 

いつの間にか体が逆さで宙を舞う

 

朧(え、今何されて…)

 

神通「ハッ!」

 

腹部への掌底を受け、海面を滑る

 

朧「かっ……ぁ…!」

 

神通「…もう、許しませんよ」

 

神通さんが槍を拾い、近づいてくる

 

朧(もう終わったのに、言おうにも声が、出な…!)

 

那珂「ちょ!ストップ!」

 

神通「黙りなさい!」

 

神通さんの槍が此方を捉える

 

朧(…ま、さか…本気で刺すつもりじゃ…!)

 

神通「……ハッ!」

 

槍が大きな音を立てて真っ二つになる

 

那珂「終わったんだってば!神通姉さんの負け!」

 

神通「私は負けてません!」

 

レ級「いいえ、貴方の敗北です」

 

曙がアタシと神通さんの間に出てくる

 

朧「……曙…」

 

レ級「勝敗の条件は事前に伝えましたよね?それとも、今更不満を言いたいんですか」

 

神通「…っ…」

 

レ級「貴方は自身の想定通りにいかない時、とことん冷静さを欠く、すぐヒートアップするのも含めて、改善点はたくさん見つかりましたね?」

 

神通「……」

 

レ級「まあ、何より…貴方、本気で殺そうとしていましたか?そこだけは貴方の口から聞かなくてはならない」

 

神通「……それは…」

 

朧「曙、もういいから…」

 

レ級「良くない、全くもって良くない…提督の命令を守れないこともそうだけど、何より姉妹を殺そうという相手を…私は生かしておくつもりはない…お答えなさい」

 

那珂(…流石に、これは庇えない…)

 

神通「……殺そうとは…していませんでした…」

 

レ級「…なら、さっさと自分の部屋に戻れ…一人で自分の行動を悔いてろ」

 

神通「……失礼します」

 

那珂「…朧ちゃん、ごめんね…大丈夫?」

 

朧「…大丈夫です」

 

レ級(自身の保身の為に殺意を否定した、あの人は自身の殺意を恐怖による嘘で包み隠した…鼻っ面をへし折るにはちょうど良かった……だけど)

 

レ級「……次の相手は、悲惨な事になりそうですね」

 

朧「…八つ当たりに使わないでよ…」

 

レ級「イライラは治らないわ」

 

那珂「…曙ちゃんも、ごめんなさい、神通姉さんそう言うとこあるから…」

 

レ級「……私は神通さんを一定のレベルで評価はしていました、しかし…まるで子供のように感情に呑まれるなんて…とても残念です」

 

朧「……」

 

レ級「…失礼、言いすぎました」

 

那珂「ううん、事実だから…悪いけど先に戻るね」

 

朧「……はぁ…」

 

レ級「…アンタは良くやったわ、これで誰もアンタを軽んじたりしない」

 

朧「そんなの求めてない、アタシはただ…みんなの力になりたいだけだから……よし、アタシも仕事の続きしなきゃ」

 

朧(…ホントは仕事なんて無いけど……とても、この場に居たくは無い…)



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撃ち合い

離島鎮守府 

戦艦 レ級

 

レ級「…はぁ…慣れないことをすると疲れますね」

 

赤城「ありがとうございました」

 

龍驤「いやー…艦載機もああに扱えるんやな…」

 

加賀「物量だけじゃない、技量も…非常に高水準でした…」

 

加賀さんが悔しそうに水面を睨む

 

レ級「しかし…空母系のみの編成で航空戦希望…にしては、貴方達だけなんですね」

 

加賀「…翔鶴はまだ佐世保に居るし」

 

龍驤「雲龍は誘ったんやけど先約アリや、まあ、艤装の扱いは仕込んだから楽しみにしとき」

 

赤城「…大鳳さんに関しては、まだ打ち解けられていませんし…」

 

レ級(まあ、当然か)

 

加賀「全チームを把握してるわけじゃないのね」

 

レ級「流石に、それは価値がないと判断しました、朧が覚えておけばいいでしょう?」

 

赤城「そうかもしれませんね」

 

龍驤「ま、らしいなぁ」

 

レ級(…もうすぐ日暮れか、曙の班は夜戦だし、次はキタカミさんの部隊…いや、その前に球磨型とやり合わなきゃならないのか)

 

レ級「…はぁ」

 

龍驤「流石にお疲れみたいやな」

 

レ級「…大丈夫です、普段の3割で動いているので」

 

龍驤「さ、3割…?」

 

赤城「あれで…」

 

レ級「流石に航空戦は慣れないので、皆さん相手にはかなり集中していましたよ」

 

加賀「…そう」

 

レ級「正直、数が同じならまず負けていたでしょう、私の艦載機保有量は体力に影響するので、私の元気が残っていたのが敗因とでも言いましょうか」

 

龍驤「体力…?」

 

レ級「深海棲艦の艤装は燃料や弾薬を使わないんです、自身の体力などを消耗して生み出し続ける…」

 

加賀「つまり、無尽蔵に産み出すことも…」

 

レ級「当然可能ですが…意味はありません、飛行機が空を覆ったとして、それでは狙わず撃っても落ちる…的当てにすらならない」

 

赤城「…まあ、確かに」

 

レ級「しかし、御三方とも…流石でした、艦載機の動きは基本に忠実で、並の人間なら捉え切ることは容易ではないでしょう」

 

赤城(全部落とされた後に言われても…)

 

加賀(説得力が無いわね…)

 

レ級「しかし、一つ気になるのは貴方です…加賀さん、貴方の隊だけやや浮ついた動きが目立ちました、お気づきですか?」

 

龍驤(…ま、ウチらも気にしとったことやな…赤城とウチは上手く合わせてたと思うけど、加賀の隊は先行して先に潰されてしもた)

 

加賀「…そう、かしら…」

 

レ級(本気で気づいていないか)

 

レ級「まあ、よく自分の行動を見直しておいてください」

 

加賀「…わかったわ」

 

 

 

 

 

レ級「球磨型5名、大破判定、演習終了です」

 

球磨(…化け物…クマ)

 

多摩(こいつ、1人でなんでこんな…どうやったら勝てるのか、想像もつかないニャ…)

 

北上(……わかってたけど、何一つ届かなかった、コイツに魚雷を何本撃ってもたった一つの魚雷があたしの魚雷の隙間を通ってやってくる…そして正確に炸裂して、ギリギリのダメージを与えてくる…)

 

大井(…あっさり、全滅…せめてキタカミさんも混ざってくれれば話は変わったと思うのに…)

 

木曾「…ホントに、ヤベェ奴だな…」

 

レ級「…あれ、そういえば貴方の眼帯…」

 

木曾「…あ?」

 

レ級「それは、天龍さんの物では?」

 

木曾「ああ、佐世保に行くって時にもらったんだよ…「私はこの傷を隠すつもりはありません」ってよ」

 

レ級(…龍田さんを戒める為に…か?だとしたら性格が悪い…いや、深い考えはないのかもしれないな)

 

木曾「しっかし…刀折るのはどうなんだ?」

 

レ級「私は折っていません、貴方がわざわざ肉薄してバリアに刀を突き立てたのが悪い」

 

木曾「…ハイハイ」

 

球磨「…次は勝つクマ!その為にも、訓練!訓練だクマぁぁぁッ!」

 

多摩「ニャァァァッ!」

 

北上「…何?あの2人こんな熱いタイプなの?」

 

大井「…根は熱いですよ、ついて行くのがしんどいくらいには」

 

北上「えー…まあ、とりあえずついてこうか…」

 

大井(チャレンジャーね…北上さん…)

 

木曾「さ、先に飯にしようぜ?まだ食ってないだろ?」

 

球磨「そういえばお腹減ったクマ…」

 

多摩「ニャ」

 

木曾「俺は肉が食いてぇなぁ…レアのステーキとか、堪んねえ!」

 

大井「食堂担当の左に頼んでみましょうか」

 

レ級「あまりお勧めはしません」

 

木曾「なんでだ?鮮度の問題か?」

 

レ級「それもあります、が…如月さんも満潮さんも調理師の資格も衛生管理の資格も持っていません、間宮さんに仕込まれたとはいえそういった調理は教わっていないでしょう」

 

大井(めちゃくちゃしっかりした理由だった…)

 

北上「ま、食中毒になったら怖いからね」

 

木曾「…ここの医官アイツなんだよな…アレには掛かりたくないね」

 

レ級(春雨さんをアイツ呼ばわりは…本人が知ったら文句を言いそうですね、あの人細かいですし)

 

北上「ま、あたしもお腹減っちゃった」

 

 

 

 

キタカミ「へぇ、ぼろ負け?」

 

レ級「悪いですが、負ける理由はありませんでした」

 

キタカミ「んー、いいんじゃない?それよりどうよ、連携とか…」

 

レ級「非常に良いですよ、私としては貴方も含んだ6人で来るのかと」

 

キタカミ「それも面白いけど…」

 

キタカミさんが単装砲に弾薬を詰め込みこちらに向ける

 

キタカミ「絶対勝てるゲームなんてつまんないでしょ」

 

レ級「…なるほど、良いでしょう」

 

水中に潜り、適当に距離を取る

 

レ級(…キタカミさんの部隊は唯一の7人編成、どうなるかな)

 

開始の合図が鳴る

 

レ級「艦載機…」

 

統制の取れた動きで艦載機が飛行する

 

レ級(…ギリギリ視認できるあたりを飛んでる…偵察機ではないが、偵察用に運用したか)

 

艦載機を半分だけ撃ち落とす

 

レ級「…む」

 

前方から魚雷が迫る

水面を強く踏み鳴らし、魚雷が全て炸裂する

 

レ級(…キタカミさんの魚雷じゃない…なんというか、たどたどしい様で、基礎ができている様な…なんだこの違和感…)

 

レ級「っと」

 

やや離れた位置に砲弾が着水する

 

レ級(…20cm砲…いや、もう少し大きいな、だが…巡洋艦以上の砲を扱える人はいないはず…しかも、これは弾着観測射撃…誰だ?金剛さんか?)

 

尻尾の口に手を突っ込む

取り出した艦載機を放り投げ、勢いをつける為に殴る

 

レ級「行ってこい…!」

 

航空戦が始まる

敵機は撃墜狙いというより牽制優先、近づかれても離脱を優先…

とにかく生存重視の逃げ方を知っている…

 

レ級「雲龍さんか大鳳さんの筈なのに…艦娘用の艦載機を既にここまで扱えるのか」

 

狙い撃てばすぐに落とせる、だが航空戦ではなかなか落とせない…

 

レ級(誰に何を教わった?…いや、龍驤さんが噛んでる筈だが…っと、見えた)

 

レ級「…霰、霞、秋月、大鳳、雲龍、そして大和……キタカミさんは何処に」

 

こちらの艦載機が幾つか落ちる

 

レ級(…秋月さん、中々に対空射撃のセンスがある…あの人が戦ってるのは初めてみますが…っと)

 

駆逐砲をバリアで受ける

 

霰「…当たった…!」

 

霞「もっとよ!」

 

レ級(…あの2人、姉妹艦意外と居るのは初めてみたな)

 

尻尾が唸り、狙いをつける

 

レ級「む…」

 

少し前を砲弾が通る

 

キタカミ「よーやくみつけたよ」

 

レ級(今更出てきたか…しかし、なぜわざと外した?)

 

キタカミ「ほら、撃たなくていいの?」

 

レ級(…その誘い、乗っておくか)

 

キタカミさんへの砲撃を始める

 

キタカミ「…ひひっ」

 

レ級(全部防がれてるし、明らかに見下してる様な顔…腹立つな)

 

キタカミ「2本目使わなくて大丈夫?ねぇ?」

 

レ級「…チッ……なっ…!」

 

大和さんからの砲撃がバリアに当たる

 

レ級(大和さん用の艤装がないのが救いだったな、あったら一撃で破壊されてたやもしれない…っと)

 

魚雷からもダメージを受ける

 

レ級(…向こうも無視するわけにはいかないか、一本は向こうに向けるしかないか)

 

キタカミ「単縦陣!回避行動優先!」

 

レ級(…尻尾を向ける前に狙いが向こうに行ったのがバレた…?)

 

レ級「っ!」

 

直撃コースの砲撃を撃ち落とされる

 

キタカミ「ねぇ、相手してよ」

 

レ級「…お望みとあらば…」

 

秋月(わ、私たちじゃレベルが違いすぎるのはわかってるけど…)

 

霞(あっちでやってることに比べたらこっちはお遊戯レベルね…)

 

霰(撃っても、ちゃんと当たらない…)

 

レ級「…随分と、悠長な…!」

 

キタカミ「まあ、楽しもうよ」

 

キタカミ(…後2発?いや…今か) 

 

霞「大和さん!」

 

大和「はい!」

 

秋月「大鳳さん!お願いします!」

 

大鳳「進路を西にズラしましょう!」

 

レ級(…何?…余り物の寄せ集め、だと思ってたのに…なんで連携が…しかも、この動き…)

 

レ級「キタカミさん、貴方…」

 

キタカミ「何?よそ見する暇あんの?」

 

バリアが音を立てて壊れる

 

霞「や…やった!」

 

霰「…勝ち?」

 

レ級「……まさか、こんな…」

 

正直、信じられないという気持ちに支配された

 

キタカミ「よーし、みんなお疲れ!よく頑張ったね、さっさと引き上げようか」

 

レ級「…まさか、こうまでとは」

 

 

 

 

 

レ級「ついてなかったわね、曙…今、私、少し強いわ」

 

曙「ぁ"…が…」

 

水面に曙が突っ伏す

 

レ級「何より、アンタが最低な動きしてるせいでチームが負けた事…理解しなさい」

 

艤装を戻らせる

 

曙「…そ、れ…」

 

レ級「…そう、戦艦棲姫の艤装の化け物」

 

怪物が少し唸り、消滅する

 

レ級「アンタ、本当に最低な動きしてたわよ…夜戦で孤立した上に、炎を纏って悪目立ちして…挙句長距離砲撃にアンタは倒された」

 

曙「……」

 

レ級「何を焦ってるか知らないけど、アンタ…最低よ」

 

曙(…わかってる、そのくらい…)

 

レ級「……はぁ…アンタで試験は終わり、話ある?」

 

曙「…ないわ」

 

レ級「じゃ、私先に戻るから」

 

曙「……」

 

曙(…絶対、届かせてみせるから)



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守る

離島鎮守府

提督代理 朧

 

レ級「……結果発表をします」

 

一日経ち、全員の試験を片付けた曙が怠そうに辺りを見る

 

レ級「…まず論外組から…敬称略ですのでご容赦ください…朧、那珂、曙、春雨、島風」

 

朧「えっ!?」

 

那珂「わかってたけど…他のメンバーは意外だね…」

 

曙「……」

 

春雨「私がダメなら他の駆逐はどうなんですか」

 

島風「っ…」

 

レ級「順番に話します、まず、那珂さんと朧…2人とも近接に頼りすぎです、朧の主砲なんて改造のせいで有効射程が10〜15メートルくらいでしょう?」

 

朧「いや、一応着脱可能な砲身は持ち歩いてる、軽く捻ってつければそこそこな強度で扱えるし、車体も普通の駆逐砲より少し短いくらいかな」

 

レ級「……成る程、なら、一応論外から外しておきましょう…論外組の理由は近接攻撃に頼りすぎていたり、隊での連携を取ろうとしない点です、後ろ3人は近接に頼る気もありますが後者の連携ミスが顕著です」

 

春雨「ですが私たちは目的を達成しましたよ」

 

レ級「誰が目的を達成したら合格だと言いましたか、貴方みたいな傲慢な戦いをすると後始末のために犠牲が出るんですよ」

 

春雨「…どの口が言うのやら」

 

レ級「私はその後始末すら自分でやってます」

 

春雨「……」

 

レ級「特に、近接武器を扱うのだったらより気をつけなさい、敵に突っ込んでやられたら…その時点で死は必然、誰も助けられない…最悪、餌にされてより大勢死ぬ…」

 

島風「……」

 

レ級「あと、曙」

 

曙「……」

 

レ級「貴方の隊は夜戦で、尚且つ私はかなり離れた位置にいた、確かに貴方は私を視認できたかも知れないけど…貴方の炎は夜の闇には目立ちすぎる」

 

曙「…わかってるわよ、そのおかげで…アンタに狙い撃ちにされたんだから」

 

レ級「作戦自体は理解できる、炎を扱う以上どうしても夜は目立つ、注意を惹くために孤立したのまでは…貴方の考えの中では致し方ないことかも知れない、だけど敵が1部隊だったらいい、速攻で仕留められるなら悪く無いかも知れない、でも、貴方の炎で他所から迫る敵に味方が気付けなかったら…」

 

曙「……」

 

レ級「炎は確かに目を惹く、でもそれは敵も味方も同じよ」

 

曙「わかってる…」

 

レ級「それと、春雨さん、貴方は非常にタチが悪い、川内さんが2人をサポートしていなかったら目標を果たすことなんてできてませんよ」

 

春雨「…でしょうね」

 

レ級「理解してるなら直せ」

 

春雨「隊の連携は私には合わないんですよ」

 

レ級「…救いようが無い……次に、島風さん、貴方は焦りすぎです、持ち味のスピードに逆に振り回されていては意味が有りません、しかし、焦る気持ちは理解できます…ですが、ゆっくり、周りを見てください、貴方らしく、戦ってください」

 

島風「…私らしく…?」

 

レ級「……次に、合格者…名前を呼ばれなかった方は皆不合格です、しかし不合格だからといって何かあるわけではありませんのでご安心を…えー…潮、漣、阿武隈、川内、赤城、龍驤、朝潮、山雲、不知火、扶桑、長門、金剛、それとキタカミさん…あー、そっちじゃなくて…」

 

キタカミ「…あたし?」

 

レ級「そう、そっちのキタカミさんを抜いた球磨型五名」

 

キタカミ「不合格なんね…」

 

阿武隈(キタカミさんが不合格って…なんで?)

 

レ級「それについては後で、秋月、雲龍、大鳳、霞、霰、大和…以上です」

 

朧(…なんか、メンバーに違和感が…)

 

阿武隈(そうだ、キタカミさんのチームって今の6人とキタカミさんの7人編成…!でも、キタカミさんだけ不合格…?)

 

レ級「それと、私のバリアを破壊した分隊長…名前を呼びますね、阿武隈、川内、キタカミ、以上3部隊には褒章を用意します、後ほど執務室まで」

 

不知火(不合格なのに、目的を達成してるのか…)

 

朧(龍驤さんも赤城さんも朝潮達も、目標は達成してない…)

 

キタカミ「はーい」

 

レ級「なんでしょう、キタカミさん」

 

キタカミ「やっぱコレって手の内全部見せてるかとか、チームの連携で判断してんの?」

 

レ級「その通りです、今回の採点基準は私という未知に対する対応力と…その人が秘めてる隠し弾、チームとしての考え方などを取り入れたものでした、キタカミさんは1人行動が目立ちました、その上全く活躍もなし…それはルールをわかった上で?」

 

キタカミ「…まあね、事前にウチの艦隊には私ができる限り仕込んであるよ、怪我させたら悪いしね、まー…時間足んなくて基礎だけだけど…ほら、やっぱみんなで勝ちたいじゃん?」

 

朧(…キタカミさんの基礎ってどんなの…?)

 

レ級「だとしたら…唯一無二の100点ですね、キタカミさんも合格です」

 

キタカミ「っし」

 

レ級「……今回の事で得た収穫として、合格者は基本的な連携が確実にできます、艦隊を編成する際、殆どの場合は組み込まれることを理解してください」

 

朧「ま、まって、曙」

 

レ級「何か」

 

朧「…雲龍さんと大鳳さんとか…その辺りは深海棲艦として戦ってたから経験あるんだろうけど…秋月は今まで艤装つけてなかったよね…?」

 

秋月「は、はい…今回の演習で初めて戦闘訓練を…」

 

朧「そ、それで組み込むの?」

 

レ級「…キタカミさんの部隊は、全員が素晴らしい適性を見せました、具体的にはチームとしての動き方を理解していました、後衛の雲龍さんと大鳳さんはしっかり艦載機を運用して前衛を担当した霞さんと霰さんをサポート、秋月さんは対空射に集中、大和さんも水上機を利用した超射程の弾着観測砲撃…キタカミさんは1人で浮いた行動こそ目立ちましたが、結果的にチームを守り、できる限り私を攻撃せず他の6人で私を倒すように仕向けた」

 

朧「…つまり…?」

 

レ級「霰さん、霞さんには厳しい言い方ですが、今まで戦闘面で適性は高くなく、なにより朝潮型の他姉妹とばかり行動していた…なのに今回は部隊のメンバーと打ち解けていたし要所で攻撃を決めていた、特に大鳳さん、雲龍さん、大和さんの3名は深海棲艦だった事もあり、警戒されていたのに打ち解けていました」

 

霰「…悪い人じゃ、なかった…から」

 

霞「まあ…そうね」

 

レ級「キタカミさんは戦闘経験のなかった人材、戦闘経験は有るにはあったが運用できなかった人材、様々な不安要素がある人たちを今回問題なく運用してみせました、私からすれば大変助かる事です」

 

キタカミ「だってそういう目的でやるんじゃなかったらこんな大掛かりで疲れることする必要ないでしょ」

 

レ級「ごもっともです、それと阿武隈さん達」

 

阿武隈「はい!?」

 

レ級「そう身構えないでください、貴方達が使っていた陣形はとても有効だと思います、今後運用するにあたり、全体に共有することになると思います」

 

阿武隈「え?本当に…?」

 

レ級「ええ、後方からの攻撃、確かに装甲の特に薄い駆逐艦が受けては大変な事です、その点阿武隈さんが最後尾で全体の流れを掴む、非常に素晴らしい案だと思いました、司令塔としての役割も問題なくこなしていたようですし…非常に高評価、です」

 

阿武隈「やったね!潮ちゃん!漣ちゃん!」

 

潮「ちゃんと頑張った甲斐ありましたね!」

 

漣「いぇーい!」

 

レ級「まだ、話の途中ですので浮かれないように」

 

阿武隈「あ、は、はい、ごめんなさい…」

 

レ級「まあ、問題点もあります、周りから見ていた人たちには一目瞭然でしょうが…阿武隈さんが私を惹きつけるのは構いません、潮と漣が孤立するのは危険も伴います、相手が私1人である保証はありませんから」

 

阿武隈(…それは、当然そう)

 

レ級「今回のような対個人なら…本当に有効な戦術ですが、3人編成でやるのはややリスクがあることだけ理解を」

 

阿武隈「はい」

 

レ級「それと、最後に明石さんから発表が」

 

明石さんが曙の隣に立つ

 

明石「…すいません、少しだけ…昨日の戦闘訓練と、皆さんの艤装データなどから…できる限り私なりに皆さんにかかるリスクを減らせないかと考えてました、それで、皆さんの使ってる艤装にリミッターをかける事にしようと思います」

 

朧「リミッター…?」

 

明石「勿論、これは艤装の性能が下がり、戦闘面で危険を伴います、なので希望者だけにします…AIDAの活動を低下させ、AIDA自体も削減し、艤装の出力を落とす事で皆さんの体内のナノマシンの変化なども詳しく調べるつもりです…」

 

朧(…リスクが伴う…か)

 

明石「ただ、それで乗り切れるほど甘く無い戦いがあることはわかってます、なのでリミッター使用者には自身の意思でリミッターを外せるように設定しますので…どうか、ご一考お願いいたします」

 

明石さんが深く頭を下げ、戻っていく

 

朧(…曙達みたいにデータドレインでAIDAを抜くのが間に合ってない人もそれなりに居る、必要な措置、か)

 

島風(……)

 

 

 

 

工廠

駆逐艦 島風

 

明石「…誰も近づかないようにしたし、多分誰かに聞かれたりもしない…と思う」

 

島風「ありがとうございます…これ」

 

黒いモヤが右手を包む

 

明石「…それは…」

 

島風「…わからないけど、艦娘システムを暴走させるアイテム…私は、これに頼りたいわけじゃ無いけど…利用できるなら…」

 

明石「制御したい、と…」

 

島風「うん…」

 

明石(見たところ全く未知な何か、コレを制御する…片手間にできる事じゃ無い…)

 

島風「……その考えが間違ってる…のかも、しれない…だけど、私は…私はそれでも、コレを使ってでも、みんなのために戦う力が欲しい」

 

明石「…わかった、できる限り調べるので、そこに横になって…」

 

 

 

 

 

明石「…少なくとも、体に良いものじゃなさそうね…ナノマシンの技術を使ってるけどプログラムが独自のもので…解析に時間がかかりそう」

 

島風「そうですか…」

 

明石「…ちゃんと解析してみるから、もう少し待ってて」

 

 

 

 

食堂

重雷装巡洋艦 キタカミ

 

キタカミ「いやー、改めておつかれ、みんなよくやってくれたね」

 

秋月「い、いえ…」

 

大鳳「……」

 

キタカミ「…なんかみんな怖がってない?確かに私がみんなをメンバーに選んだのはそういう事情あってだけどね、でもそもそも嫌ってたりだとか、嫌な奴は選ばれないんだからさ、ちゃーんと合格したって胸はってこうよ」

 

霰「はい…」

 

キタカミ「んー……みんなまだ硬いなぁ…みんなで掴んだ勝利だよ?自信持とうよ」

 

霞「…って言われても」

 

秋月「私達はキタカミさんの指示に従っただけで、決して優秀だったわけでも何でも無いですし…」

 

キタカミ「んー、正直に聞きたいんだけどさ…私に誘われた時どう思った?」

 

霰「…ラッキー」

 

キタカミ「お、めちゃくちゃ正直者だねぇ、なんというか狙い通りだし、最高じゃん」

 

大和「狙い通り…?」

 

キタカミ「有名税って言葉あるしさ、別に良いんだけど…有名になった税を払わされるなら…有名を利用しなきゃだよねぇ…おかげさまで曙は私相手にマジだったし、みんな相手には抑えてた、だからみんなの攻撃が通って勝てた…何より、みんな勝てるって信じて戦えてた」

 

雲龍「…あれで、抑えてた…?」

 

キタカミ「それに、私ならここのメンツには名前が売れてるおかげで頼ってもらいやすくなるし、味方が合わせる事を意識してくれるだけで形を作れるじゃん?」

 

6人が呆然とした表情でこちらを見る

 

キタカミ「言葉って大事だよ、通り名とか二つ名、ああ言うのがあるのはさ、自分を鼓舞する為でもあるかもしれないけど、何より相手に伝えるためだから」

 

大鳳「相手に…?」

 

キタカミ「綾波なら…天才、相手が天才ってだけで負けたと思わせる…綾波はその辺上手いよね、勝てない戦いだと思わせてまず心を折る…それが弱いものいじめの正体さね…勿論、実力が伴ってないといけないけど」

 

キタカミ(さらに綾波の場合は自称する以上のことをやってのける…気持で負けないように言ったけど、舐めたら即死だからねぇ…)

 

大和「だから、離島鎮守府最強なんて触れ回ってるんですか?」

 

キタカミ「それもあるけど、私の唯一無二の誇りってのが大きいかな…コレだけは誰にも譲る気がないって事」

 

大鳳「…レ級さんに対しても?」

 

キタカミ「レ級じゃない、曙、そこはちゃんとしな、ここには深海棲艦は居ないんだから」

 

雲龍「深海棲艦は…いない…」

 

キタカミ「あれで曙も脆いからねぇ、優しくしてあげてね」

 

大鳳(…この人冗談好きなのかな…)

 

キタカミ「さてと、私は明石に会わないと…再三になるけど、お疲れ様、みんなよく頑張ったね、教えた事を守ればそうそう死にやしない、ちゃんと覚えときなね…勝とうとしてない奴らが勝つのは難しいんだからさ」

 

 

 

 

工廠

 

キタカミ「おっす明石」

 

明石「…キタカミさん」

 

キタカミ「いやー…お疲れみたいだね」

 

明石「まあ…やることは無限にありますから」

 

キタカミ「そんな頑張り屋の明石に…ちょっと話があってさ」

 

明石(…また仕事…?)

 

キタカミ「深海棲艦は力を送り、艦娘は力を与えられる…コレ、なーんだ」

 

明石「…なぞなぞですか?私忙しいので、要点を………艤装…?」

 

キタカミ「いま私が使ってる艤装、コレ元々盗んだ奴なんだけどさ、ぶっ壊されて、止むを得ず応急処置して使ってたんだけどさ、ぶっ壊れたからまともに使えないのよ」

 

明石「…修理の、依頼ですか?」

 

キタカミ「それもあるけど…助けになれるかなって」

 

明石「…助け?」

 

キタカミ「艤装弄りの事、少しは前に教わったじゃん?」

 

明石「…教えましたっけ」

 

キタカミ「ほら、記憶失ってた頃…少しだけ工廠に入り浸ってたでしょ」

 

明石「……あぁ!…でも、本当に少しだけじゃないですか…」

 

キタカミ「ま、少しでも居ないよりマシでしょ?それにさ…リミッター」

 

明石「……お願いします」

 

キタカミ(明石には時間が要る、1秒でも多く)

 

明石(……絶対に、みんなを守る)



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318話

離島鎮守府

駆逐艦 曙

 

曙「…正式に、後釜に座ったんだ」

 

朧「うん、火野さんが海軍の中で暫定トップ…かな、あの場にいた人達は1人残らず…」

 

レ級「ザマアミロってところでしょ、自分たちがやってた研究に巻き込まれたんだから」

 

朧「曙…」

 

曙「言わせときなさい、朧」

 

朧「…べつに好き勝手言うのはいいんだけど、小さい子とかも居るんだからさ」

 

潮「情操教育に悪いもんね」

 

曙「……なんかのギャグ?」

 

漣「朝潮型の皆んなも別に2つとか3つくらいしか変わらぬからね?」

 

朧「いや、雲龍さん…」

 

曙「出た、一歳児…」

 

レ級「……はぁ…」

 

曙「…曙、アンタ、たまにはオフにしてもいいんじゃないの?」

 

レ級「冗談キツイわよ」

 

曙「…そうじゃなくて、アンタ…そんだけ毎日働き詰めでいざという時にボロが出たらどうすんのよ」

 

レ級「心配無用、ありえないから」

 

朧「…いや、アタシも気になってた…曙、今日は一日オフにしなよ、本土でリフレッシュしてきたら?」

 

レ級「私は深海棲艦よ?」

 

曙「そう言うのいいから」

 

朧「提督だって、こんなに働いてたら曙に休日をあげるだろうし、今のアタシは提督代理だしさ」

 

レ級「……チッ…行くあてなんか無いのよ」

 

曙「アンタ山ほど本持ってるでしょ」

 

レ級「…これは本土に来た時提督に買っていただいたものよ」

 

漣「全部呼んだんでしょ?」

 

潮「新しいの買ったらいいんじゃないかな…」

 

レ級「要らない、これら以外の本は私にとって価値なんて無いのよ」

 

朧「別に買う必要はないよ、図書館なら誰でも入れるし…」

 

レ級「行かないから」

 

朧「じゃあ丸一日部屋で座ってる?」

 

レ級「なんでそうなんのよ」

 

曙「当たり前でしょ、休みなんだからトレーニングとか禁止」

 

レ級「…チッ…!」

 

朧「……綾波は、フランスで暴れたらしいよ」

 

レ級「…綾波が?」

 

曙「最新のシステム全部あしらって帰ったらしいわ、まるで台風みたいに」

 

朧「止めないといけない、だけど普通にやり合っても…敵わない」

 

レ級「…私なら勝てる」

 

曙「……はぁ…もういいわ、根負け、あたし今日自由にするから」

 

漣「あ!ちょっとぼのたん!」

 

潮「まっ、待ってよ!」

 

潮と漣を連れて部屋を出る

 

 

 

 

 

食堂

 

曙「…なんで、わかんないかな」

 

漣「ぼのたんはストレートになりなよ…姉妹だぜ?」

 

潮「うん…2人のこと心配してるならもっとちゃんと伝えよう?」

 

曙「……」

 

2人と言う通りなのはわかってる、だけど…

 

曙「なんだかなぁ…」

 

如月「はーい!お待たせ」

 

満潮「新メニューのパンケーキよ」

 

漣「えっ?頼んでないよ?」

 

満潮「あんまり辛気臭いから」

 

如月「甘い物食べて元気出してね」

 

そう言って無理矢理私達の前に皿を並べる

 

潮「ありがとう」

 

如月「…私たちにできるのはこのくらいだから」

 

満潮「……あんた達には、感謝してるしね」

 

曙「感謝、か…」

 

漣「…漣達も、守る側なのに…守られてるんよなぁ…」

 

潮「うん…」

 

曙(あたしに、力が有れば…何か変わった?アイツは…強い、物凄く強い…でも、アイツは前の世界で生まれた時、誰にも望まれず生まれた、戦う事を望まず、ただ本が好きな女の子として生まれた…なのに、才能が有ったばかりに、環境がそうさせたばかりに…アイツは自分のことを怪物(深海棲艦)なんて呼ばなきゃいけなくなった)

 

小さいパンケーキを一つ、口に運ぶ

 

曙(前の世界なら燃料なんか無くても、炎が使えた、体が焼けるような感覚なんてなかった、あたしでも曙を倒せた…)

 

潮「…曙ちゃん…」

 

曙「何よ、潮」

 

潮「曙ちゃんが試験、私たちと別の部隊になったのは…」

 

漣「ぼのたんがボーノに伝えたいことがあったから、だよね」

 

曙「……全部、砕かれたわ」

 

わざわざ勝ちの目が低い単独行動をして、曙とサシでやり合ったのに…結果は惨敗、伝えたい想いすらも…何も残らなかった

 

結局、力がなくては

 

曙「…ま、今のあたしじゃ到底あいつには敵わないって分かっただけで十分よ」

 

漣(…ぼのたんらしくない)

 

潮(曙ちゃん…?)

 

曙(わかる、このままじゃアイツは潰れる、直接聞いたから知ってる、呪ってくれって頼んだこと…そしてカイトはそれに従い、願い、消えて…呪いへと…これじゃまるで…)

 

曙「まるで、本当にクソ提督じゃない…」

 

漣「はへ?」

 

潮「提督の事?」

 

曙「っ…朧がね、アイツも周り頼るの苦手だし」

 

漣「あー!確かに!」

 

潮「うーん?何か助けになれないかな」

 

曙(…朧も朧で気負い過ぎなのよ…)

 

 

 

 

 

執務室

提督代理 朧

 

朧「あ、みんな来たよ」

 

レ級「お待ちしてました、阿武隈さん、川内さん、キタカミさん」

 

阿武隈「御褒美、もらいに来ました!」

 

川内「まー…何が貰えるのか知らないけど」

 

キタカミ「手短によろしくねん」

 

レ級「できる限り希望に沿うつもりです、部隊を代表して部隊への褒賞を」

 

阿武隈(…つまり、試験は終わってないんだ)

 

川内(なるほどね)

 

キタカミ「じゃあ明石用の工具とか、工廠のもん揃えてよ」

 

阿武隈「えっ!?」

 

川内「…自分の部隊には何も無し?…いや、艤装を良くして生存率をってのはわかるけど…」

 

キタカミ「いやー、先にみんなに了承とったんだけどさ、明石可哀想だよ」

 

レ級「…可哀想?」

 

キタカミ「阿武隈の時こそみんな見てたけど、後になるにつれ、みんな作戦会議だのご飯だので全く見てなかったよね、試験」

 

阿武隈「あたし達も自分たちのが終わったら疲れちゃって…」

 

キタカミ「責めるつもりはないよ、私なんか全部見てないし…でも、逆に全部見たやつもいる」

 

川内「…明石」

 

キタカミ「そ、明石…でも、ただ眺めてるだけならそんな事まるで褒めるに値しないよね」

 

レ級「…確かに、アンフェアでしたね」

 

朧「明石さんは試験に参加すらしてなかったと思ってたけど…」

 

キタカミ「そ、朧…よく覚えときな、みんな試験に参加して、真剣に臨んでた、満潮や如月なんてメニューを麺類にして消化しやすい物用意してたりさ、みんな考えてたんだよ…中でも、明石は別格に頑張ってた」

 

レ級「…具体的には」

 

キタカミ「記録、そして解析…艤装の動作を細かく解析して、出た結論がリミッター」

 

朧「…まさか、試験中にそれを?」

 

キタカミ「明石の頭で設計図まで作ってたらしいけど、どうにもうまく行ってないみたいでね、そもそもここの設備船から下ろしたやつしかないじゃん?」

 

レ級「…でしたら、別に用意させていただきます」

 

キタカミ「なら満潮と如月に〜」

 

レ級「…そちらも、別に用意いたします」

 

キタカミ「なら、残りはあんたら2人さね」

 

朧「…アタシ達?」

 

キタカミ「参加してるのに、ご褒美貰う権利ないなんて可哀想でしょ、ほら、私が仕事しとくから遊んできな」

 

レ級「…キタカミさん、私は…」

 

キタカミ「曙に心配かけてちゃ、ダメだよ?」

 

レ級「…曙に?」

 

キタカミ「曙が何やったか、どんな戦い方したか知らないけどさ、曙は人と合わせた動き、絶対にできる子だから、いきなり個人としての力に固執したのはそっちが理由だと思うんだけど…違う?」

 

レ級「…私達が理由?」

 

朧「……」

 

キタカミ「気づかないふりして遊びに行きなよ、それも優しさのうちさね」

 

レ級「……チッ」

 

朧「…わかりました」

 

キタカミ「ま、楽しんでね」

 

レ級「…先に他の方の…」

 

阿武隈「あたし達は、帰ってきてからで」

 

川内「流石に水さすのはね…でも、2人分のご褒美は必要だから帰ってきたらキッチリね」

 

レ級「…2人分?」

 

川内「春雨はなし、流石に酷いと私も思ってたから」

 

キタカミ「さ、行った行った」

 

 

 

 

 

重雷装巡洋艦 キタカミ

 

キタカミ「…うん、任せてたら運営がおざなりかと思ってたけど…島風と曙は出せないねぇ…燃料消費倍どころじゃないじゃん、あの2人はしばらく出撃させられないし…加賀は艦載機落とされすぎだね、いやー…良かったよ、帳簿見れて」

 

阿武隈「最初からそれが狙いだったんですね…」

 

キタカミ「いや、もののついでのつもりだったんだよ?」

 

川内「でも、酷すぎたと…」

 

キタカミ「ほら、みてよ…燃料が1番少ないけど、この規模での通常の貯蔵量ってこの40倍は無いといけないんだよ」

 

阿武隈「よっ!?」

 

川内「え、マジ?」

 

キタカミ「うん、まあ私が調べてる限りだけどね…ここみて、弾薬はちゃんと規定量あるでしょ」

 

川内「…きっちり40倍だね」

 

キタカミ「ま、そゆこと…」

 

阿武隈「キタカミさん、いろいろ手を出しすぎじゃ…」

 

キタカミ「曙…両方の曙だけどさ、誰よりも頑張り屋じゃん?で、レ級の方の曙なんて賢いしプライドもあるけど…なんか、脆いんだよね」

 

阿武隈「脆い、ですか…」

 

キタカミ「うん、だからみんなを守るぞ!って装備とか全部用意していざ戦うぞってのに靴紐が解けてて、それ踏んづけてこけてやられるの」

 

川内「えぇ…?そんな事あったの?」

 

キタカミ「モノの例え、現にそうなりかけてるじゃん、どんなに強くなっても燃料がないと戦えない奴らはたくさんいるんだし」

 

阿武隈「…そうですね」

 

キタカミ「ま、2人も楽にしてていいよ、やる事やるからさ」

 

阿武隈「手伝えることは…」

 

キタカミ「んー、ないかな」

 

川内「何とも、頼り甲斐のある…」

 

キタカミ「…ま、そんな頼ると私も倒れちゃうよって」

 

阿武隈「そうなるとみんな困りますね…」



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紅衣の騎士団

The・World

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉(…記事を書く…って言っても、何を書けば良いのかなぁ…とりあえずスクリーンショット……あれ、反応しない…スクリーンショットを取れないんだ…?故障かな…)

 

マク・アヌの橋の手摺りに腰掛け、思案する

 

銀漢「少し良いか」

 

青葉「へっ!?あ、は、はい!」

 

銀色の甲冑に赤いインナー…

同じ姿のキャラが3人…

 

青葉(…同じ赤い制服…もしかして、紅衣の騎士団…)

 

銀漢「我々は紅衣の騎士団だ」

 

青葉(やっぱり)

 

銀漢「率直に聞きたい、チートPCか?」

 

青葉「…へ?」

 

銀漢「その武器、現在のバージョンで確認されていない物だ、違法な行為に手を染めているというのなら…」

 

青葉「武器って……これですか」

 

青葉(…R:2で手に入れた適当な槍なんだけど…そっか、中世ファンタジーのR:1とスチームパンク要素のあるR:2は毛色が全然違うから悪目立ちしてるのかな…)

 

青葉「えっと…チートではないんですけど…」

 

銀漢「ならばどうやって手に入れた?」

 

銀漢の目が赤く光る

 

青葉(な、なんて説明しよう…正直に言っても信じてもらえるわけないし…)

 

青葉「げ、限定のイベントで…」

 

銀漢「何?何処のイベントだ」

 

青葉(…何処の…って言われても…このバージョンのタウン名なんて知らないし…)

 

楚良「ばみょん!」

 

銀漢と私の間に黒い双剣士が落ちてくる

 

青葉「うわっ!?」

 

銀漢「貴様は…楚良!」

 

楚良「あ〜ん?…ああ!お利口な騎士サマじゃん、おっ久しぶり〜♪」

 

銀漢「邪魔をするつもりか!我々はそのPCを調べなくては…」

 

楚良が銀漢に刃を向ける

 

楚良「先に目をつけたのはオ・レ♪横取りはいっくな〜い♪」

 

銀漢「関係あるか!そんな事!」

 

青葉(…この2人は、知り合い…というか私を調べてるってことは紅衣の騎士団って…システム管理者みたいな存在なのかな)

 

楚良「好き勝手やるのは良いケド…また昴サマに怒られちゃうよん♪」

 

銀漢「なんだと…!貴様如きが昴様を語るな!」

 

楚良「え〜?俺はアンタのために注意してやってんのに…それとも、またやる?」

 

銀漢「くっ…!」

 

楚良「ねぇカノジョ!メンバーアドレスちょ〜だいっ!」

 

青葉(…とうとう興味がこっちに…いや、適当なエリアに逃げよう…目立たない武器も欲しいし)

 

カオスゲートに走り、エリアに転送する

 

 

 

 

青葉「…はぁ…何処のエリアも槍は落ちてなかったし…なんて言うか、色々…疲れた」

 

ベア「槍を探してたのか?」

 

青葉「ひゃあ!?」

 

ベア「驚かせてすまない、その…なんだ、紅衣の騎士団に追われてたって聞いたもんでな」

 

青葉「…えと…」

 

ベア「そういえば名乗ってなかったか、撃剣士(ブランディッシュ)のベアだ」

 

青葉「…青葉です」

 

ベア「槍が欲しいなら良いエリアを知ってるんだが、どうだ?」

 

青葉(…まあ、さっきの怖い人たちに囲まれなければなんでも良いかな…)

 

青葉「わかりました」

 

 

 

 

Δサーバー 閉ざされし 見せかけの 聖域

 

 

 

青葉「ふっ!」

 

ベア「…強いな」

 

青葉「そうでしょうか…」

 

ベア「ああ、タウンの名前なんか聞かれたもんだからてっきり初心者かと思っていたが、ソロで長いのか?」

 

青葉(…司令官やみんなともあんまりできなかったけど、結局1人でかなりプレイしてたし…)

 

青葉「そこそこでしょうか…」

 

ベア「もしかしたら、俺より強いかもしれん、だが…この世界に不慣れというか、馴染んでいない」

 

青葉「…どういう意味ですか」

 

ベア「たとえば、そのキャラのエディット…まるで学生服みたいだが…今のバージョンでそんなエディットができたのか、という疑問がな」

 

青葉(…リアルの制服に近づけようとしただけだけど…確かに、この世界ではそんな見た目、悪目立ちしてしまう…)

 

ベア「…気を悪くさせたらすまん、だが俺はアンタをチーターだとは思っていない」

 

青葉「…何故?」

 

ベア「いや…たまに特殊なエディットができるアイテムが手に入るイベントがあるんだ、俺の知ってるのだと…羽だな」

 

青葉「羽?」

 

ベア「フィアナの末裔、知らないか?」

 

青葉「いいえ…」

 

ベア「蒼天のバルムンク、蒼海のオルカ、この2人はザワン・シンというイベントボスを撃破したことで名を上げたプレイヤーでな、バルムンクの方はそのイベントで羽を手に入れた、見たことはないが実際に飛ぶこともできるらしい」

 

青葉「飛ぶ…」

 

青葉(ゲームシステムが壊れそう…)

 

ベア「実は知らず知らずのうちにイベントに巻き込まれた…なんて事はこのゲームじゃ起きてても不思議はない」

 

青葉「…ログアウトできなくなるイベント?」

 

ベア「……それについては、忘れてくれ……ん?」

 

青葉「…あれ」

 

宝箱のそばにPC…

 

ベア「司…!」

 

司「…ベア、今日はミミルと一緒じゃないんだ」

 

青葉(…呪癒士(ハーヴェスト)…?)

 

司「……そっちは」

 

青葉「…初めまして、青葉です」

 

ベア「…司、今まで何処に…」

 

司「また、それ?……ウザいよ」

 

エリアの壁から、液体の様な何かが染み出す様に出てくる

黄色いジェルの様なそれは空中で形を作り、鉄アレイの様な姿で浮遊する

 

司「っ…!なんで…」

 

青葉「何、このモンスター…」

 

ベア「コイツは…!待て!司!俺たちはお前に害を与えるつもりは…!」

 

鉄アレイの様なモンスターが触手を伸ばし、こちらを攻撃する

 

青葉「っ!?」

 

青葉(早いし…今までの敵と何か違う!)

 

司「や、やめろ…!」

 

ベア「司!」

 

青葉「火投球の呪符!」

 

こちらへと伸びる触手を焼き払う

 

青葉(このままじゃどれだけ持つかわからない…でも、攻撃したらやられる…!)

 

司「なんで、止まらない…!っ…」

 

青葉「うわっ!?」

 

槍が弾け飛ぶ

 

司「やめ、て…」

 

青葉(やられる…!)

 

触手がこちらへと鋭く伸びる

 

青葉「……あれ…?」

 

ベア「…お前は、猫の、PC…」

 

青葉「…猫……」

 

とんがり帽子を被ったネコの獣人が触手を手で静止する

 

司「あ…」

 

猫のPCがこちらを向き、一礼して消える

 

司「っ……」

 

司が懐から小型のオカリナの様なアイテムを取り出し掲げると、エフェクトに包まれて姿が消える

それに従う様に鉄アレイの様なモンスターも溶けるように消える

 

青葉「な、なんだったんですか…今のモンスター…」

 

ベア「…わからん…だが…最近、正体不明のモンスターに倒された騎士のプレイヤーがリアルでダメージを受けると言った事例があった」

 

青葉「リアルで…?!」

 

ベア「短時間意識不明になり、回復後も軽い記憶障害などが残ったらしい」

 

青葉「そんな…」

 

ベア「…ここに長居するのはまずいかも知れん」

 

青葉「…そうですね、あのモンスターがまたやってきたら…」

 

ベア「……宝箱だけ回収して戻ろう」

 

宝箱を槍で軽く突く

 

青葉「…あれ」

 

ベア「どうかしたのか?」

 

青葉「…ここ、槍が出るんじゃ…」

 

ベア「…違ったか?」

 

宝箱から手に入ったのは…カメラ

それも、型の古いポロライドのような見た目の…

 

青葉「…あ、撮れた…スクリーンショット」

 

 

 

 

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

 

青葉「…ええと…ありがとうございました」

 

ベア「いや、こっちこそ…まあ、危ない目に合わせて悪かった」

 

青葉「いえ」

 

手に入れたカメラでマク・アヌの風景を撮る

 

青葉「…綺麗な世界ですね」

 

ベア「表向きはそうかも知れないが、少し踏み込めばどうかはわからない」

 

青葉「…よく知っています、だって船に見えるのは水面だけですから」

 

ベア「…?」

 

青葉「たとえどんなに水面が静かでも、水中が危険じゃないとは限りませんから」

 

ベア「…どうやら、俺よりも深い何かを知っているらしい」

 

青葉「いえ、それでは今日はありがとうございました」

 

ベア「ああ、悩みが解決した様で何よりだ」

 

 

 

 

リアル

大黒宅

青葉

 

青葉「…よし、とりあえずできた…ブログ記事、R:1の写真に行ったエリアのデータとか…うん、あとは人の目につけば…大丈夫」

 

[青葉のThe・World R:1取材記録

初めまして、私は青葉と言います。

ひょんなことからThe・World R:1を調べる機会があり、調べたものをまとめさせて頂きます。

R:1のマク・アヌの風景はとても美しく、R:2とは違った魅力が有ります。

王道の中世ファンタジーの世界にピッタリの紅衣の騎士団と呼ばれる存在が街を守っていたり、ダンジョンも巨大なモンスターの体内のイメージだったりとR:2とはかなり毛色が違いました。

まだ調べ始めたばかりですので、私自身情報をあまり持っていません。

しかし、この記事を目にした皆さんのR:1の思い出などを取材し、また記事にしたいと思っています、どうかご協力の程、お願いいたします]

 

記事を投稿し、出撃の用意を済ませる

 

青葉(…でも、仕方ないけど毎回深夜に出撃なのはちょっと嫌だなぁ…仕方ないけど…)

 

侵食する白い部位をなぞる

 

青葉(顔半分真っ白だ…私は、もう、ほとんど深海棲艦で…)

 

青葉「あっ!…どうしよう…司令官の事、確証はないけど伝えた方がいい…よね…」

 

夜食を口に放り込み、海へと駆ける

 

 

 

 

 

 

 

青葉「…疲れた……駆逐艦の人達に敵だと勘違いされて追い回されたせいで…もう、ヘトヘト…」

 

薄ら朝日を浴びながら玄関のドアを開ける

 

青葉(…司令官の像、調べられるのは…度会さんだけ…明日佐世保鎮守府に行ってみようかな…)

 

デスクに腰掛け、パソコンをつける

 

青葉「…あ、サイトに書いたメールアドレスにメールが来てる……銀漢…?あの?」

 

[from:銀漢

 件名:紅衣の騎士団

紅衣の騎士団は街を守っているのではない、The・Worldの治安維持を目的としたユーザーの集まりだ。

と言っても、暴走した団員のせいで解散する結果になったが…。

だが、R:1のThe・Worldの、景色を見られてよかった、他にもあんな写真があるなら送っていただけないだろうか。]

 

青葉「…てっきりシステム管理者だとおもったら、ユーザーの集まりだったんだ…」

 

[from:青葉

 件名:Re紅衣の騎士団

御返事失礼します、写真は後日用意させていただきます。

銀漢さんは紅衣の騎士団の方だと思うのですが、昴様について少し教えていただけませんか?]

 

青葉「返事早っ…」

 

[from:銀漢

 件名:昴様

なぜ昴様の事を調べる?]

 

青葉「…だ、タブー…だったかな」

 

[from:青葉

 件名:Re昴様

記事として扱うのなら、しっかり取材したいな…とおもいました。]

 

[from:銀漢

 件名:ReRe昴様

昴様は紅衣の騎士団の設立者だ、とても慈悲深く、The・Worldに問題が起こる事があれば誰よりも心を痛めていらっしゃった…。

非常に美しい重斧使いのキャラで騎士団全員の憧れであり…いや、長くなるのでやめておこう、この記事を紹介しておいた、もしかすれば昴様から連絡があるかもしれん、粗相のないように。]

 

青葉「う、上から目線…それにしても、昴様と直接連絡が取れる…?」

 

青葉(そうすれば、騎士団に阻まれず活動しやすい…かも知れない)

 

ネットでキーワード検索をかける

アカシャには相変わらずヒットはない

 

青葉(…まあ、期待はしてなかったから)

 

パソコンの電源を落とす

 

青葉(…みんなに連絡を取れるようにしないと)



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期待

海上

駆逐艦 曙

 

曙「…なんか、やけに静かよね」

 

試験から2日、燃料の使用は最低限という制約のもとあたしは出撃が許された

ただし、厳重な管理の元という条件付き

 

阿武隈「うん…あの試験以降陣形とかも変えて哨戒してるのに交戦どころか一度も深海棲艦を見かけてない…」

 

曙(それは逆に不味い気がする、相手の意図が読めないのは、1番怖い)

 

曙「早いとこ戻りましょ」

 

問題を先延ばしにしてるだけなのはわかってる、向こうの考えを掴まなくては一瞬の油断で全てを壊される

 

曙「…阿武隈」

 

阿武隈「うん、何かいる…」

 

曙「何かじゃない、もうここまで来たら確定でしょ…」

 

駆逐棲姫「そのとーり!呼ばれて飛び出てパンパカパーン!なんちゃって!」

 

曙「綾波…!」

 

阿武隈「元気そうですね…」

 

駆逐棲姫「ええ、リフレッシュにヨーロッパを一周してきましたので」

 

曙「…アンタ、なんでフランスで民間人を殺したりなんか…」

 

駆逐棲姫「え?……ああ!ありましたねぇ、そんな事…と言っても私が深海棲艦だって気付いて襲いかかってきた人を返り討ちにしただけですよ?正当防衛って知りません?」

 

阿武隈「だからって街を…」

 

駆逐棲姫「向こうが撃ったミサイルを防いだだけですよ、攻撃機とかもね…証拠にその一回しか事件は起きてないでしょう?私は1週間以上ヨーロッパに滞在してたんですよ?」

 

曙(…本当にただ話の正当防衛…だったとしても…)

 

双剣に手をかける

 

駆逐棲姫「やるなら、やりましょうか?」

 

阿武隈「…応援は呼んであります、どうしますか」

 

曙「…ここでぶっ倒すに決まってるじゃない」

 

駆逐棲姫「それがそうはうまく行かないんですよねぇ…」

 

綾波の周囲に深海棲艦が現れる

 

阿武隈(駆逐艦が6…)

 

曙「その程度…!」

 

駆逐棲姫「基礎オペレーション、開始」

 

駆逐級がこちらへと突っ込んでくる

 

曙(1匹だけ早い、まずはそいつから…っ?)

 

阿武隈「潜った…?下!警戒!」

 

速力を出していた1匹だけが水面下に潜り込む

 

曙(1匹くらい…)

 

背後で水音

 

阿武隈「後ろ!」

 

曙「小賢しいマネ…って…何?魚雷…」

 

雷跡が一つ遠ざかっていく

 

阿武隈(…当てるつもりのない魚雷、私たちを通り過ぎてから浮上して、離れていく魚雷…?)

 

曙「撃ってきた!」

 

阿武隈「…撃ち返します!」

 

砲撃戦が始まる

 

阿武隈(あたしだけ狙った砲撃…!)

 

曙(こっちは完全無視…チッ…!)

 

阿武隈の前に行き、駆逐級からの砲撃を防ぐ

 

曙「狙い撃ちなさい!」

 

阿武隈「了解!…っ……え…?」

 

曙「阿武隈!?」

 

阿武隈「う…後ろ…!」

 

曙(さっきの潜ったやつ…!)

 

曙「一回立て直すわよ!」

 

周囲を炎で囲い視界を遮る

 

曙「阿武隈!怪我は!?」

 

阿武隈「…魚雷を刺されて、機関部を撃たれちゃった…速力が出ない…」

 

曙「…駆逐級は潰せても綾波から逃げるのはキツいか……待って、何か近づいて…!」

 

正面の炎を割いて駆逐級が1匹突っ込んでくる

 

阿武隈「真っ直ぐ突っ込んでくる!」

 

曙「ちょこまか…ぐっ!?」

 

阿武隈「きゃあっ!?」

 

背後から砲撃を受ける

 

曙(なんで、また背後に…!)

 

周囲の炎が消える

 

駆逐棲姫「アハッ…まさか、たかが駆逐イ級6体にボロボロに負けてるんですか?私は何もしてませんよ?」

 

曙「黙れ…!」

 

阿武隈(動きが普通じゃない、何かが違う…)

 

駆逐棲姫「ま、こんな単純な戦術に対応できないなんて…お笑いですよねぇ?」

 

曙「戦術…?」

 

駆逐棲姫「この6体のイ級は私の部下みたいなものです、ですがその辺にいるイ級と何も違いません、簡単な命令を与えて、それをこなせるように訓練しただけ」

 

阿武隈「…簡単な、命令…」

 

駆逐棲姫「背中だけを撃てってね」

 

曙「っ…!」

 

駆逐棲姫「中でも一体だけ、別の命令を与えた子もいます、その子には全速で走り回れって命令をしました、今迄単純な機械の相手をしてきたあなた達にはこの作戦はよ〜く効きましたねぇ!」

 

阿武隈(…確かに、深海棲艦らしくない動きに対応が遅れたけど、こんなの…!)

 

駆逐棲姫「うーん、うんうん、いい結果が出たし…逃げ帰ってもいいですよ?」

 

阿武隈「え…?」

 

曙「…そんな罠になるわけないでしょ…!」

 

駆逐棲姫「いや、あなた達じゃこの子達に勝てない、それはわかったでしょう?」

 

曙「ふざけんな!そんな雑魚に…!」

 

駆逐棲姫「ま、イ級と戦って、もし勝てたとしても…それで喜ぶような雑魚には私も用はありません」

 

曙「っ…!言いたい放題…言ってくれるじゃない」

 

駆逐棲姫「怒りました?それは失礼…ふふっ」

 

曙「…アンタを此処で倒す」

 

駆逐棲姫「本当に、できると思ってるんですか?」

 

曙「やってやる…!」

 

双剣を構え、海面を強く踏み締める

 

駆逐棲姫「実は、私貴方に大変興味があるんです…なので、少しばかり…厳しめに行きますね」

 

周りのイ級が沈む

 

曙(…サシ…上等…!)

 

肉薄し、斬撃

綾波は両手のグローブでそれを受ける

 

駆逐棲姫(…軽いな、踏み込みも甘い…予想よりも未熟……いや、これは…)

 

曙(剣への防御を誘うだけ誘って…今!)

 

背後へ飛び、砲撃を召喚する

 

駆逐棲姫「…中々、面白い事しますね」

 

曙(…無傷、か…生半可な攻撃は当然効かない…でも)

 

双剣をくるりと回し、鞘に収める

 

駆逐棲姫「…おや?」

 

綾波の両手が燃える

 

曙「そのまま焼け死ね…!」

 

駆逐棲姫「……馬鹿なんですか?」

 

炎が消える

 

曙(…炎も通用しないか)

 

駆逐棲姫「うーん、弱すぎて呆れてしまいました…でも、確証も得られた…貴方にはまだ隠された力がある」

 

曙「…隠された力?」

 

駆逐棲姫「貴方がその力を引き出せない理由はなんなのか…ふふっ…アハハッ!」

 

曙「熱っ!?」

 

両手に炎が灯る

あたしの両手を焼く炎が

 

曙「っ!」

 

両手を海に突っ込み、火を消す

 

駆逐棲姫「わかりますか?その気になれば私は貴方の燃料に引火させてしまう事なんて造作もないんですよ?」

 

曙(…勝算がないのはわかってたけど、全く情報を引き出せないまま引き下がるわけにはいかない)

 

駆逐棲姫「…んー…変に強かになろうとしてるせいで実力が隠れてる、無理やり引き出すしかないか」

 

綾波がこちらへとゆっくり近寄ってくる

 

曙(…阿武隈を先に引かせて…そのあと私も…っ!?…機関部が破損して動かない!…燃料まで漏れてる………いや、これなら一泡吹かせてやれるかもしれない、どうせ自力で帰れないなら…)

 

周囲を炎で包む

 

曙「まだ、引火しない距離…」

 

駆逐棲姫(…何をするつもりでしょうか、炎なんて効かないのに)

 

曙(…距離は?どのくらい有る?…燃料が広がる前に…)

 

機関部を捨てる

 

曙(後は、あたしの…気合いと根性の問題よね)

 

駆逐棲姫が炎を割り、目の前まで迫る

 

曙「来たわね…!」

 

水面を蹴飛ばし、綾波に燃料入りの海水を飛ばす

 

駆逐棲姫「うわっ…汚いなぁ……オイル?」

 

曙「…さあ!くらいなさい!」

 

軽く飛び上がり、炎を撒き散らす

 

駆逐棲姫(…何を…いや、艤装を外してる…)

 

曙「くらえ…!」

 

燃料に引火し、艤装が爆発する

艤装の破片に乗り、その推進力を利用して綾波に迫る

 

駆逐棲姫(これは…!)

 

通り過ぎざまに一閃、そして海面を蹴り、逆方向へ斬り裂く

 

曙「三爪炎痕!!」

 

双剣を振り抜き、最後の一撃を刻む

 

駆逐棲姫「っ……と…」

 

綾波の身体がバラバラと落ち、傷口が燃え盛る

 

曙「…この程度で死ぬとは思ってないわ、頭ひとつで復活したって聞いてるし…でも、やれる限り…」

 

海に流れた燃料を蹴って集め、火をつける

 

曙「確実に殺しておく」

 

駆逐棲姫「……」

 

こちらを見ながら浮かんでいる綾波の顔は…

 

曙「…チッ…」

 

ニタニタとした笑いを浮かべていた

 

駆逐棲姫「ああ、貴方は思ってた以上に…がぽっ…ごぽぽっ……」

 

曙「…さっさと燃え尽きなさい」

 

駆逐棲姫「お望みとあらば」

 

背後から頬にしなやかな指が纏わりつき、耳元で綾波が囁く

 

曙「っ!」

 

駆逐棲姫「貴方とレ級さんは…本当によく似ている、熱くて、冷たくて…素敵な2人に私はとても心打ち震えるようです…」

 

曙「このっ!離れろ!」

 

振り解こうとしても、振り解けない

 

駆逐棲姫「貴方も本当にいい素体になる…でも、もう少し"育って"くれないと…」

 

曙「ぁ…っ…?」

 

身体の力が抜ける、だらりと腕を垂らし、剣が指をすり抜ける

 

駆逐棲姫「直接働きかけるのはレアなんですよ?」

 

曙「…ぁ…あっ……」

 

情けなく開いた口からは止めどなく唾液が流れ、目からも涙が溢れる

抵抗もできず、何をされているのかも理解できず、視界も失われるような…

 

駆逐棲姫「…後はこれでいいかな」

 

曙「……」

 

海面にうつ伏せに倒れる

 

駆逐棲姫「成長してくださいね、"曙さん"っ」

 

綾波は霞のように消滅した

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府 医務室

 

曙「………っ!?」

 

飛び起きる、いつの間にかベッドの上に居た

幸運なことに死んではいなかった

 

曙「…あたし…あたし、何、された…?やられたのはわかってるけど…」

 

春雨「ボコボコにされた、くらいじゃないんですか?」

 

曙「春雨…!」

 

春雨「貴方、4日も寝たままでしたよ」

 

曙「4日…!?」

 

曙(私が、やられてから…もう、4日も…?)

 

曙「…寝てなんか、居られない…!」

 

春雨「起きるな、寝てなさい」

 

春雨にベッドに押し付けられる

 

曙「何す…あ、れ…」

 

春雨を、押しのけられない…

 

春雨「……かなり、弱ってる様ですね」

 

曙「なんで、なんで動けな…!」

 

春雨「…一度落ち着いてください、私は貴方に伝えなきゃいけないことがある」

 

曙「何よ…」

 

春雨「……貴方の生命維持活動を行うのに重要な臓器の活動が弱まり続けています、目を覚ましたのはまさに奇跡的、明日にも本土の病院に移送する予定でした」

 

曙「…え…?」

 

春雨「……こう言えばわかりやすいでしょう、貴方は余命宣告を受けてもおかしくない身体なんです、今すぐに詳しい検査が必要です」

 

曙「どういう事…」

 

春雨「……わかったら、静かにしていてください、死にたく無いのなら」

 

曙(…私が、死ぬ…?戦ってじゃなく、ただ、死ぬ…)



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台風

佐世保鎮守府

青葉

 

青葉「すいません、わざわざ時間を取ってもらって…」

 

度会「いや、構わない…それで、何のようだ?」

 

青葉「単刀直入に本題だけ…今、私はThe・World R:Xにはログインできないんです」

 

度会「…CC社に止められた?」

 

青葉「いいえ、私が今The・Worldにログインすると何故かR:1に行ってしまうんです」

 

度会「R:1に…?」

 

青葉「意味がわからないのはわかってます、でも事実で…とにかく、私はあのR:Xのマク・アヌに行けない…司令官の像の事や…それだけじゃない、今のThe・Worldについて何もわからないんです」

 

度会「…成る程、言いたい事はわかった…信じ難いが嘘をついているとも思えない、まずそのメリットがない以上…信じた前提で話を進めるほかない」

 

青葉「…伺いたい事は2つです、まず司令官の象の事…それと、今の海軍の状況、離島鎮守府の皆さんに連絡を取れるか…」

 

度会「…まず前者は変化なし、だ…が、後者は…火野拓海を一時的にトップに置いた体制を取っている、離島鎮守府の重要性は理解している、連絡はすぐ取れる様になるだろう」

 

青葉「…ありがとうございます」

 

度会「……曽我部隆二、と言う男についてだが…」

 

青葉「…確か、人をネットに取り込む技術の…」

 

度会「その男は今、CC社に雇われているらしい…」

 

青葉「…CC社…」

 

度会「CC社はどういうところか、俺はよく知っているつもりだ…おそらく、揉める事になるだろうな」

 

青葉「…それはダメです、その人と揉めたら司令官を元に戻す手段さえ失われる…!」

 

度会「言いたい事はわかるが、俺達は現状CC社の運営するゲームに不正アクセスしている、CC社に雇われている以上、その曽我部隆二もそれを容認はしないはずだ」

 

青葉「……未帰還者を元に戻すまで、あのゲームから離れるわけには…」

 

度会「……」

 

青葉「…すいません、今の私じゃ何もできないのに…」

 

度会「いや、それよりも…こちらも協力者が必要だ、アクセスできるソフトを量産しなくてはならない」

 

青葉「…確かに、2人では…できることもできませんからね」

 

度会「差し当たっては…松山もログインできる様にするそうだ、R:1に行く方法も、言って何が変わるのかもわからない今はR:Xで活動するしかないだろう…」

 

青葉「…そうですか、でも、これで少しでも何か…」

 

度会「変わると良いが」

 

 

 

 

 

住宅街

 

青葉(…あんまり収穫はなかった、私はどうしたら良いのかすらわからない…)

 

もう日が落ち、暗い夜

 

青葉(…何かあっても、深海棲艦の力が有れば自分の身を守れる…だけど、それは間違った手段…)

 

手のひらに黒い甲殻が広がる

 

青葉「……私の肌が完全に染まったら…心まで深海棲艦になってしまうのかな…だとしたら、もう…帰れない」

 

覚悟はしなくてはならない、だけどそれはどんな覚悟なのか

人の世に帰らない覚悟なのか、かつての仲間に撃たれる覚悟なのか

 

それとも、私に宿る何かに抗い、戦い続けることなのか

 

青葉「……少なくとも、諦めたりはしないから」

 

甲殻が消滅する

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府 執務室

提督代理 朧

 

朧「…曙を本土に送りたいのに…無理なの?」

 

漣「無理に決まってんじゃん…あーもう…なんか雨降ってんなーとは思ったけどさ…やっぱりテレビもラジオもないと情報遅れるよボーロ」

 

潮「台風、すぐそこまできてるからね…」

 

8月の終わり、夏が秋に変わるシーズン

台風が日本を襲うのは通例…しかし、それはやや南や北に逸れる…そう、南にも逸れる

 

朧「此処は地理的に台風が来やすい…そうだよねぇ…前の世界では台風に合わなかったから…」

 

いざ台風が来るとわかった頃にはすでに備えるには遅すぎた、と言うのが結末…

 

潮「でも、キタカミさんや赤城さん達が台風の備えをしてくれてるし…」

 

朧「そういう話じゃなくて、1秒も早く曙を入院させたいの」

 

漣「…わかってるけど、流石に無理ゲーだよボーロ」

 

潮「連れて行こうにも…海は大荒れだしね…」

 

朧「……仕方ない、か…仕方ないなんかで済ませて良いのかな、アタシ達は今姉妹を失いかけてるんだよ?」

 

漣「…死ぬと決まったわけじゃ無いんだよ、もっと落ち着きなよ、ボーロ」

 

朧「…落ち着け?落ち着けるわけないじゃん…!」

 

曙「うっさい!外まで響いてんのよ!」

 

曙が執務室の扉を蹴り開けて入ってくる

 

潮「えっ!?曙ちゃん、起きて大丈夫なの?」

 

曙「ピンピンしてるわよ、何が余命宣告よ…」

 

朧「曙、寝てて」

 

曙「だからあたしは元気だって…」

 

曙に近づき、両肩を掴む

 

曙「ちょっ…痛いって」

 

朧「お願いだから、もう少し安静にしてて」

 

曙「…別に、アンタらをどうこうするために無理してるんじゃない、あたしは本当に元気よ」

 

朧「…それでも、少なくとも今日だけは…ゆっくり休んでて」

 

曙「……っ!?」

 

爆発音が響き、建物が大きく揺れる

 

朧「な、なに!?」

 

漣「ちょっ!ま、窓の外見て!」

 

潮「し、深海棲艦!ここしばらく大人しかったのに…!」

 

警報を鳴らし、艤装を掴み、窓を開いて飛び降りる

 

漣「ちょ!ここ3階!」

 

潮「お、追いかけないと!」

 

着地し、深海棲艦を睨む

 

朧(…建物には当たってない、今のは榴弾が地面に当たった揺れ…しかも、戦艦級…でも、周囲には居ないか)

 

主砲に砲身を取り付け、深海棲艦の方へ歩く

 

朧「……ここは…アタシ達の家、だから…アタシが守る」

 

ぬかるんだ地面を踏み締め、攻撃を開始する

 

朧(…走ってたら足を取られる、できるだけ止まって撃つことを意識しないと…警報を鳴らしてるからすぐにみんなが来てくれるはずだし…)

 

朧「っ…?」

 

何かがおかしい

いや、明確に何がおかしいとあげる事はできるが…

何もかもがおかしい、なんでまだ誰も来てない?最初の砲撃の時点で誰かが対処にあたっていてもおかしくなかった

それに何故これだけ攻撃してるのにたった一体も倒すことができていない?何がおかしくてこうなっている?

 

朧(…まさか)

 

駆逐棲姫「その通り、貴方は孤立させられた…私の狙い通りに」

 

深海棲艦の群れの中から綾波が現れる

 

朧「綾波!」

 

駆逐棲姫「あ、コレ、お土産です」

 

目の前にどしゃりと何かが投げられる

 

朧(…黒い、大きな袋…)

 

駆逐棲姫「見てみてください、とっても気にいると思いますよ♪」

 

その言葉でアタシの背中にイヤな汗がまとわりつく

袋の内側からは赤黒い液体が地面に染み出している様に見えた

だから、袋に近づくほどにアタシの心臓もうるさくなって…

 

朧「…っ!そんな…!」

 

駆逐棲姫「私を元に戻す!とか…言ってましたねぇ?イムヤさん」

 

袋の中にはイムヤ…それも、無数の傷跡、出血も異常な量…

 

駆逐棲姫「ま、1人で私に会いにきた結末がそれですよ…既に2日は寝かせてるので腐ってるかなぁって不安だったんですけど…その様子だと大丈夫そうですねぇ!」

 

朧「…なんで、こんな事…綾波…?」

 

駆逐棲姫「かつて私は機械でした、人間とは呼べない機械、むしろそれが素晴らしかった、私は不完全だからこそ完成していた…私に欠落していた善意や罪悪感なんてもの、求めてなかったんですよ?…なのに、この世界にきてそれが生まれてしまった…ああ、本当に残酷でしたねぇ」

 

朧(…嘘だ…)

 

駆逐棲姫「でも、そんなもの、簡単に壊せてしまった…許容量を超えたダムが決壊する様に…私の罪悪感は駆逐棲姫の行った悪行の数々により一瞬で崩壊した!罪という鎖は私の死という償いで断ち切れた!ああ!なんて素敵なんでしょう!」

 

朧「だからって…なんで!アタシ達は綾波の事を…!」

 

駆逐棲姫「貴方、敷波みたいでウザいですねぇ」

 

朧「…敷波…?…まさ、か…」

 

駆逐棲姫「あれ?レ級さんから聞いてません?そもそも事実関係が公になってないのかなぁ…殺しましたよ、敷波」

 

朧「……」

 

言葉が出ない

前の世界の綾波ですら敷波の事を大事に想っていた、なのに…

 

駆逐棲姫「別に犯行的な妹は嫌いじゃないんですが、私にこう在るべきを押しつけるのはあんまりにもウザいので、殺しておきました♪」

 

朧「……」

 

艤装を構え直す

 

駆逐棲姫「おや?おやおやおや?やる気ですか!まさか私と!?勝てるわけが無いのに…既に建物の中にも大量の手駒が入り込んでます、台風の雨風が私たちの気配を消したおかげで好きに入り込めました、つまり…貴方を助ける人はいないんですよ」

 

朧「…だとしてもッ!」

 

曙「それは違うわ、あと1人、アンタを殺したくて仕方ない奴がここにいる」

 

曙が剣を壁に突き立て、勢いを殺しながら降りてくる

 

朧「曙…!なんで…」

 

曙「寝てられるわけないでしょ、この一大事に」

 

駆逐棲姫「ま、2人揃って私に負けるという結果が見えてますが…特に、曙さんは艤装無いじゃないですか」

 

曙「…これがあれば、それでいい」

 

曙が双剣を構える

 

朧「…曙」

 

曙「黙って、やりなさい、合わせるから」

 

駆逐棲姫「唯一の取り柄の炎すらもない貴方に何ができるのか」

 

曙(…確かに、今の私は炎が使えない…それでも、炎は使えなくても…)

 

朧「行くよ!」

 

曙「わかってる…!」

 

朧(やっぱり砲撃が当たらない…回避に専念されてる、そもそも足回りが悪すぎて精度も悪い…)

 

曙(近づいてやるしかない!)

 

駆逐棲姫「うーん、気づいてますか?こっちからはまだ攻撃してないの」

 

綾波の周りの深海棲艦が一斉に退がり、視界外に消える

 

朧(…確かに、あの戦艦砲みたいな砲撃以外はまだ…いや、それより何を…)

 

駆逐棲姫「意識、ちゃんと周りにも向けた方がいいですよ」

 

曙「が…!?」

 

曙が真横砲撃を受けて吹き飛ぶ

 

朧「曙!!…撃ったやつは何処に…!」

 

駆逐棲姫「視界不良、困りますよねぇ…」

 

朧(台風のせいで視界が悪いのは確かにそうだけど…なんで向こうは見えて…!)

 

曙「か……ぁ…っ…!」

 

駆逐棲姫「おや?軽めの攻撃のはずだったんですけど…ああ、曙さんは弱ってましたねぇ…そのままだと…死ぬカモ♪」

 

朧「ッ!!…綾波…!」

 

駆逐棲姫「まあ、弱い曙さんが悪いんですから…ね?」

 

曙(…死ぬ…の…?…あたしが…死ぬ…)

 

駆逐棲姫(…良い表情してますねぇ、2人とも…そそられちゃいます)

 

朧「絶対に…許さない…!」

 

綾波に詰め寄り、拳を振りかぶる

 

駆逐棲姫「貴方じゃ力不足ですよ」

 

朧「うわっ!?」

 

前身に衝撃を受けて後方に吹き飛ぶ

 

曙(…朧…!)

 

駆逐棲姫「…2人とも、あっさり死にそうですねぇ」

 

曙(それは…絶対にそんなの…!)

 

駆逐棲姫「おやおや……さて、ショータイムですよ」

 

綾波がパチンと指を鳴らす

 

曙「…絶対に……折れるもんか…」

 

曙が立ち上がる

 

朧「曙!もういいから!」

 

曙「もう良いわけない…まだ、あたしは何もできてない…あたしは…!」

 

曙の双剣に蒼い炎が灯る

 

駆逐棲姫「…成る程、馴染みましたか」

 

朧「燃料もないのに…炎が…?」

 

曙「……一欠片残さず燃やしてやる!」

 

大雨に打たれているのに、炎は消えない

風も、雨すらも、何も曙の炎は消せない

 

駆逐棲姫「どうぞ?お相手しますよ」

 

曙「ッ!」

 

双剣による乱撃

綾波は軽やかにそれをいなす

 

駆逐棲姫(ふーむ…素体としては微妙かも知れませんが…もう少し伸びるかな…何処まで伸ばせるか)

 

曙「はぁぁぁぁッ!」

 

剣の軌跡を炎がなぞる様に燃える

 

駆逐棲姫(…動きは遅い、だけど……重い…!)

 

曙(殺す…殺す!!)

 

朧「…こんなの、曙じゃない…」

 

曙「アンタなんか…死ねば良い…!」

 

駆逐棲姫「ひどい言い草ですねぇ!その力をあげたのは私なのに…」

 

曙「だとしても…もうあたしの物」

 

駆逐棲姫「扱い切れるのなら、それでも良いかも知れませんが」

 

曙の双剣が宙を舞う

 

曙「…え…」

 

曙が両手を振りかぶった姿勢で止まる

 

朧「曙!」

 

駆逐棲姫「私に与えられた力で私に勝とうとは、なんと傲慢な…アハハッ、好きですよ、そこまで傲慢だと」

 

曙「ぁ…が……ああああああッ!?」

 

曙に雷が落ちる

 

朧「これは…まさか、天候まで…?」

 

駆逐棲姫「人間って42ボルトで死んじゃうらしいですよ、でも雷はなんと1億ボルトもあるそうで…」

 

曙「…ぁ……」

 

曙が地面に突っ伏す

 

朧「曙!…い、生きて…?」

 

心臓は動いてる、火傷も酷くはない…

 

駆逐棲姫「……やっぱり、私の操作するものではそこまで威力が出ませんか…いや、曙さんの身体が壊れてしまったのか、どちらなんでしょうねぇ?」

 

朧「綾波…!」

 

綾波を睨む、綾波は困った様に笑ってみせる

 

駆逐棲姫「もう私は用は無くなってしまいました」

 

綾波が片手を大きく開き、上へと突き出す

 

駆逐棲姫「それでは………む?」

 

綾波の両腕が弾け飛ぶ

 

レ級「ただで帰すわけないでしょう、貴方には今からたっぷり返しをさせてもらいます」

 

キタカミ「もう中の深海棲艦は全滅、1匹もいないよ」

 

朧「曙…キタカミさん!」

 

駆逐棲姫「…私は死んでも死にませんけどねぇ…」

 

レ級「……」

 

駆逐棲姫「ああ、そうだ…紹介しておきましょう、私の部下を作りまして」

 

2体の深海棲艦がこちらに歩み寄ってくる 

 

駆逐棲姫「名乗りなさい」

 

装甲空母鬼「装甲空母ノ力ヲ賜リマシタ、装甲空母鬼デス」

 

護衛棲姫「護衛空母ノ力ヲ賜リマシタ、護衛棲姫デス」

 

駆逐棲姫「そういう事ですので、次回戦う時は彼女達が私の供回りになるでしょうねぇ?」

 

レ級「今ここで壊せば良い」

 

駆逐棲姫「…私はノータイムで逃げる手段、あるんですよ?…あ!そうだ…倉持司令官…」

 

綾波のそばの地面が割れる

 

レ級「お前が口にして良い名前ではない」

 

駆逐棲姫「…お会いしたので具合を報告しようかと思っただけなのに」

 

朧「…提督に、会った…?」

 

レ級「……」

 

駆逐棲姫「ま、お元気そうでしたよ」

 

レ級「…そうですか」

 

キタカミ「…提督なら自力でどうにかするだろうし…今は、あんただからね」

 

駆逐棲姫「だから私は死なないし、一瞬で消えられるんですって…」

 

レ級「なら何故そうしない」

 

駆逐棲姫「レ級さんの姿を1秒でも長く見つめていたいからですよ」

 

レ級「死ね」

 

駆逐棲姫の居た場所が吹き飛ぶ

 

キタカミ「…ま、逃げられたか…犠牲者はなし?」

 

朧「…いや、いるよ…1人」

 

イムヤを袋から出す

 

レ級「っ…!その出血量は…」

 

キタカミ「…死んでるかもね」

 

朧「間違いなく、死んでます…2日前に殺したそうです」

 

キタカミ「いや…イムヤは深海棲艦だよ」

 

レ級「……助ける手段はあるかも知れない、運び込むわよ、曙も」



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信頼

駆逐棲姫のアジト

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「実験記録…これは幾つでしたか」

 

護衛棲姫「76ニナリマス」

 

駆逐棲姫「どうも、ええと……そうだ、私の作成した黄昏の書の記録…これを黄昏の書・炎として記録、曙さんは適合の気を見せていましたねぇ…」

 

コンピューターにデータを打ち込む

 

駆逐棲姫「……まあ、一度拒絶反応を起こして気絶したし……完全に適合はしない可能性が高そう……っと?…成る程、強いストレスを与えると適合率が跳ね上がってる…アハッ!良いデータですねぇ!イムヤさんの死体は効きましたか!」

 

次のターゲットをそろそろ絞るか

誰を殺せばストレスになる?誰でもなりそうだが、死に慣れる前に最も強くショックを受ける相手を…いや

 

駆逐棲姫「1人だけ、あの人の1番仲のいい人をギリギリ生かし続けましょう、そしてこの人は死なないと確信した時に…アハッ♪」

 

なんで楽しいんだろう

 

駆逐棲姫「曙さんが悪いんですよぉ?レ級さんと同じ顔してるから…痛ぶって〜、殺して、レ級さんと同じにして……私の物にしてあげますからね♪」

 

護衛棲姫「…駆逐棲姫様、レ級ト言ウノハ…」

 

駆逐棲姫「んー?私の妹ですよ、大事な大事な妹です、だけど私と過ごすのは嫌みたいなのでー…壊しちゃいます♪壊して、壊して、精神を完全に壊して…人形みたいにして、飾るんですよ〜、飽きるまではお世話もしようかな♪」

 

飾る場所と、着せ替える服も用意しないと

でも、可能なら私を愛して欲しい、私に従って欲しい

レ級さんの頭脳なら私の補佐を任せても全く問題ない

 

駆逐棲姫「……っと?」

 

テレビをつける

英語でニュースが流れる

 

テレビ『艦娘による攻撃は苛烈さを増し、ニューヨークの基地で立て篭り状態に…』

 

駆逐棲姫「アメリカは楽しい事になってますねぇ…次の旅行で自由の女神像を見に行きましょうか!」

 

テレビ『建造物への攻撃により、文化財にも被害が発生している模様です』

 

駆逐棲姫「んっ!?……幸先悪いですねぇ…無事だと良いんですけど、自由の女神」

 

装甲空母鬼「駆逐棲姫様」

 

駆逐棲姫「はーい?」

 

装甲空母鬼「来客デス」

 

駆逐古鬼「…邪魔スルヨ」

 

駆逐棲姫「おやおやまあまあ、原初の深海棲艦の一柱様が何か御用ですか?」

 

駆逐古鬼「……単刀直入ニ行コウ…手ヲ組マナイカ?」

 

駆逐棲姫「その話の中身は?」

 

駆逐古鬼「…艦娘ハ私ニトッテ未知ノ存在ダ、私ハ…ソッチト違イ…」

 

駆逐棲姫「腹に何か抱えてる人と喋るのは不愉快ですねぇ、摘み出しなさい」

 

駆逐古鬼「マ、待ッテクレ!」

 

駆逐棲姫「私を制御できないからと言って止むを得ず協力の姿勢を取るのまでは良いんですけど…なんで私が貴方に協力すると思ってるんですか?」

 

駆逐古鬼「ソ、ソレハ…」

 

駆逐棲姫「同じ深海棲艦だとか思ってるなら…お笑い草ですねぇ、悔い改めて死んでも良いですよ、また来世でお会いしましょう?」

 

護衛の深海棲艦が辺りに現れる

 

駆逐古鬼「ッ…!」

 

駆逐棲姫「さっさと尻尾を巻いて逃げるなら命だけは勘弁してあげますよ?」

 

駆逐古鬼「…失礼スル…!」

 

駆逐棲姫「……うーん、いい気味ですねぇ!こちらに深海棲艦を殺し切る手段があるだけであんなにビクビクしちゃって!」

 

護衛棲姫「…駆逐棲姫様」

 

駆逐棲姫「装甲空母鬼にあの離島鎮守府周辺の島を確保させなさい、辺りに陣取られればウザいでしょうし、上陸を防ぐのは簡単でしょうから」

 

護衛棲姫「カシコマリマシタ」

 

駆逐棲姫「さーて、何して遊ぼうかなぁ…あ、不覚を取らないように私も強くなってみようかな!」

 

 

 

 

離島鎮守府

駆逐艦 春雨

 

春雨「……馬鹿ですね」

 

イムヤさんの死体を眺める

身体の隅々が白くなり始めており、このまま進めばそこらの深海棲艦の様になるのだろう

 

春雨「あなた一人で綾波さんを追う必要はなかった、あの人を信じて死ぬなんて…最も馬鹿馬鹿しい……ですが、綾波さんは…もはや、私たちをなんとも思ってないのでしょう、あの人は戻ってしまった、何にも縛られない…悪魔の様な…」

 

傷口は誰も浅い、しかし、数が多すぎる

徹底的にいたぶられ続けた上での失血多量

 

春雨(当然人間ならもう蘇生なんて無理、臓器の機能も失われて細胞が壊れ切っていてもおかしくない…だけど、深海棲艦なら話は変わる、全身がナノマシンで形成されているとも言える深海棲艦なら…)

 

正しいとか、正しくないの前に

 

春雨「…これが、命を一つ救う手段なのなら」

 

 

 

 

 

イムヤ「…っ……?」

 

春雨「目を、覚ましましたか」

 

器具を台に置き、近寄る

 

イムヤ「…ここは…」

 

春雨「離島鎮守府です、体に異常はありますか?イムヤさん」

 

イムヤ「…イムヤ?…私の名前?」

 

春雨「……え?」

 

心臓が強張る感触

 

イムヤ「何も、思い出せない…」

 

春雨(…脳の損傷が酷すぎた…と言うことか……つまり、遅すぎた…)

 

どうしようも無い、それだけは…

破損して失われた記憶を取り戻すことなんて決してできない…

例え取り戻しても…想いは、決して

 

イムヤ「…貴方は…」

 

春雨「…駆逐艦、春雨………貴方の友人です」

 

イムヤ「親友じゃなくて?」

 

春雨「は?」

 

イムヤ「…ダメかぁ!これなら親友って言ってくれるかと思ったのに!」

 

…つまり、この目の前の患者は

 

春雨「……記憶喪失のフリをしましたね、貴方」

 

手を伸ばし、顔面に指を食い込ませる

 

イムヤ「あだだだだっ!?ご、ごめん!悪気はなくて!」

 

春雨「…命を扱う場で軽率な嘘はやめていただきたいのですが」

 

イムヤ「軽率じゃ無いよ!私は春雨と仲良くなりたくて…」

 

春雨「……そういうのいいですから」

 

イムヤ「…それじゃ、私をどうやって生き返らせてくれたか…」

 

春雨「…生き返らせては、いません……今の貴方は完全な深海棲艦です、今までが深海棲艦でありながら人だったとしたら、今の貴方はただの深海棲艦です、衝動に呑まれかねない獣です」

 

イムヤ「……そっか」

 

春雨「許してください」

 

頭を下げる

 

春雨「無力な、私を……貴方を、助けられなかった…人としてのあなたを生かせなかった…」

 

イムヤ「…私は生きてるよ」

 

春雨「いいえ、死んでいます…私が殺した…」

 

イムヤ「…え?」

 

春雨「貴方の肉体はそもそも死んでいた、深海棲艦であり人として…死にながら生きていた…そして、肉体が破壊され…貴方の身体は死んだ、だから…私は、貴方を…深海棲艦にした」

 

…データドレイン

全てを改変する、恐ろしい力

 

春雨「…データドレインで、貴方を改変した…深海棲艦として…死にながら、生きる…いや、死に続ける様に…私は信じていましたが、貴方の記憶すらも…私が作り出した虚構かも知れない…私は、貴方を殺したんです、貴方が死に続けるように…貴方の身体に作り物の魂を入れたんです…」

 

自身の力では何もできないが故の、禁忌

決して生きることのない、死に続けるという過酷な運命を私の都合で決めつけて…勝手に科した

 

イムヤ「…そっか、うん、じゃあまだ戦えるんだ」

 

春雨「……あなたが戦線を去ることに誰も文句は言いません」

 

イムヤ「いや、戦う、だって…まだ綾波が帰ってきてないから」

 

春雨「…なんで?あなたは綾波さんに殺されたんですよね…!?」

 

イムヤ「……私の命は綾波に救われた、そして春雨にも救われた……春雨はもう綾波を諦めたの?」

 

春雨「それは…」

 

イムヤ「私は、いつかあの優しい綾波が帰ってくると思ってる、そうじゃなきゃやってられないよ!たとえ、どんなに痛めつけられても、酷い殺し方されたとしても…私の中の希望はそこにあるんだから…」

 

春雨「……」

 

イムヤ「…馬鹿だけどさ、友達の事、信じたいじゃん、取り戻したいじゃん!」

 

春雨「…とんでもない、馬鹿ですよ、それで命を捨てるつもりですか」

 

イムヤ「もう捨てる命も無くなった…でしょ?」

 

春雨「っ…」

 

イムヤ「…あ、ごめん、春雨に嫌味を言いたいわけじゃないの…でも、私の残りの時間、全部を目的のために使いたい、それを果たせたら死んでもいい…何も考えられなくなっても、何も感じられなくなっても…だって、私が春雨やみんなと少しでも過ごせたのはあの時綾波に助けられたからだから」

 

春雨「…今の綾波さんは誰より残虐ですよ」

 

イムヤ「でも、誰よりも心優しかった」

 

春雨「ここの皆さんは受け入れないと思います」

 

イムヤ「それなら…できるなら私が、無理なら…春雨、頼めない?」

 

春雨「何を」

 

イムヤ「居場所になってあげたい…なって欲しいの、でも…きっとみんななら受け止めてくれる」

 

春雨「……本当に信じてるんですか…!?」

 

イムヤ「私には…それしか無いんだ、綾波を元に戻すためならなんだってやる、どんな危険な事でもやるよ」

 

春雨「馬鹿な事言わないでください!貴方まで…」

 

イムヤ「…昔の春雨の事、聞いたよ」

 

春雨「…昔…?」

 

イムヤ「…多分、今の私と同じなんじゃ無いかな、つらいのに泣けなくて、こんなに誰かに想われてるのに…もう、逃げたくて仕方ない、目の前にある形の無い答えを掴もうと必死に手を伸ばしてる…ちゃんと前を見たら、私の為にこんなに泣いてくれる友達がいるのに」

 

春雨「…え?」

 

イムヤ「春雨は…泣くの似合わないね!」

 

そう言って笑い、イムヤさんはタオルを私の顔に押し付けた

いつから泣いていたのか、それすらもわからない

でも、イムヤさんをも失いたく無いという気持ちだけは強く…心に残っていた

 

春雨「うるさいです」

 

イムヤ「……私さ、どうなるんだろ…死に続ける、朽ち果てるの?それとも…永遠に今のまま?」

 

春雨「…永遠を彷徨い、感覚を失う事なく崩壊し、苦しむでしょうね」

 

イムヤ「つまり手足がボロボロになったらずっと痛いんだ…やだなぁ……傷は治るのかな」

 

春雨「治らないかも知れません」

 

イムヤ「…そっか」

 

イムヤさんの声は、軽くて、でも重たい覚悟が感じられて

 

春雨(…止めないと、この人は行ってしまうのか…それとも、ここにいてくれるのか)

 

私は、ずっと迷って…

 

イムヤ「…春雨」

 

春雨「はい…」

 

イムヤ「私さ、お腹減っちゃった、ご飯食べに行こうよ!みんなにひさしぶりって言いたいし」

 

春雨「……仕方ありませんね」

 

今だけは、この状況に甘えるしか無い

 

イムヤ「んー…くず切りが食べたいなぁ…乾燥春雨とかあるかな?」

 

春雨「やっぱり怒ってません?」

 

イムヤ「ぜーんぜん!」

 

弱い私は、まだ決断ができないのだから

 

 

 

 

 

工廠

工作艦 明石

 

明石「…あ、れ?」

 

キタカミ「どしたの」

 

明石「……艦娘は力を与えられて、深海棲艦は力を送る…」

 

キタカミ「私の出したなぞなぞだね」

 

明石「…深海棲艦は力を送るんですか?」

 

キタカミ「そうだよ、エネルギーっていうか…何かしらを送り込んで、艤装を稼働させる、逆に艦娘システムは艤装からナノマシンを送り込まれるわけだから……あれ?」

 

明石「…確か、ヘルバさんが調べたところによると艦娘システムを使い続けた場合深海棲艦に近づく………もしかして、深海棲艦はナノマシンを体内に放出して艤装を形成してる?」

 

キタカミ「…かもねぇ、だとしたら…艤装を壊し続ければデータドレイン無しでも人間に戻せる?」

 

明石「……そこまではわかりません、ですが春雨さんに伝えればきっと役立ててくれる……かもしれません」



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わだかまり

食堂 

イムヤ

 

イムヤ「うーん、なんか一周回って微妙だったね、乾燥春雨のくず切り風」

 

春雨「…実はすごく性格悪いんですか?貴方」

 

イムヤ「イヤイヤ、そんな事ないでしょ?」

 

春雨「すごく性格悪いように見えましたよ…と?」

 

イムヤ「…満潮と如月が…誰かと揉めてる?」

 

春雨「珍しいですね、あの二人が誰かと喧嘩するなんて」

 

イムヤ「…行ってみようか」

 

 

 

イムヤ「どうしたの?二人とも」

 

如月「あ、イムヤさん…」

 

満潮「どうしたもこうしたも無いわよ!」

 

春雨(喧嘩の相手は…ああ、捕虜の四人、図々しくも労働もせず食事を好きな時に摂り、好き勝手探してる…私の嫌いな人種ですね)

 

あきつ丸「そもそも、自分達は元々ここで暮らしてたのにそっちが勝手に侵略してきたであります!なのに働かないなら食事は無しだなんて…!」

 

神州丸「…それに、ここのトップとは話がついていて…」

 

満潮「だからってアンタらは何様よ!ここの物資は有限!みんな必死に頑張ってんのにそれを馬鹿にしたこと言いたい放題…流石に頭にきたわ!」

 

如月「…私も流石に黙っていようとは思わないわね…」

 

イムヤ(…なるほど、怒ってる理由は働かない事じゃなくてみんなを馬鹿にされたから…食堂担当だといろんな話を聞くことがあるだろうし、日常的にそんな話を聞いてたのかな…)

 

イムヤ「とりあえず、一回お互い落ち着いて話し合い…じゃあダメ?」

 

全員を座らせる

 

春雨「…なんですかこれ」

 

イムヤ「裁判的な…まあ、みんな今忙しいみたいだしさ、ちょうどここにいるのは私達だけなんだから!」

 

春雨「……面倒に巻き込まれた…」

 

イムヤ「さて、まずお互いの要求を聞こうかな、派閥ごとに纏めて代表者が言ってくれる?」

 

満潮「派閥…?」

 

あきつ丸「当然、今まで通りの生活であります、出て行けとまだは言わないであります、此方も納得してここにいる以上、元の条件を守ってくれればそれで良いであります」

 

満潮(どの口が…!)

 

如月「こっちの要求、決まったわ、ちゃんと労働力として働く事…!」

 

満潮「そうね、それ以上の事はないわ、みんなの辛さを知ればいいのよ」

 

イムヤ(…なんか、捕虜組の方は一人がエスカレートしてるだけで他三人はそれに乗っかってるだけにみえるな…)

 

春雨(虎の威を借る事しか知らない矮小な存在、そしてそれに祭り上げられて虎になったと勘違いしてる野良猫…滑稽ですね)

 

春雨「クフッ…」

 

あきつ丸「何がおかしいであります!」

 

イムヤ「とりあえず、進めていい?お互いの条件を飲むつもりは?」

 

あきつ丸「御免被る!」

 

満潮「こっちもよ、というかそもそもアンタらは馬鹿にしてる連中に食べさせてもらってる事自覚したら?」

 

如月「みんなが必死に戦ってるからここに居ても生きてられる、此処は本当に危険な場所なのに…そんな場所を守るみんなを馬鹿にするなんて許せない…!」

 

イムヤ「一回ストーップ!…やっぱり満潮達はそこが気になってるんだよね?みんなを馬鹿にされた事」

 

満潮「…そうよ」

 

イムヤ「当然私だってそれは許せない事だけど、ならなんで働いて欲しい、が条件なの?」

 

満潮「……相手が人間だからよ」

 

如月「それこそ、深海棲艦相手なら私達でも艤装を持って戦いたいくらいです」

 

春雨「…この2人、ここまで好戦的でしたか?」

 

春雨が耳打ちする

 

イムヤ「よっぽど頭にきてるみたいだね…」

 

あきつ丸「都合が悪くなったら武力に頼るか!なんと卑劣な!」

 

満潮「卑劣なのはどっちよ!アンタらこそ自分達が何もされない事に胡座かいて…!」

 

イムヤ「まーまー、一回落ち着いて、こういうのはちゃんと話をお互いに聞く事が大事だからさ」

 

捕虜組の方を見る

 

イムヤ(…神州丸だっけ…この人はあきつ丸にそのまま従ってる印象だけど…他の2人はそんな感じはそこまでしない、行き場がないから迷ってる感じもする…)

 

春雨「とりあえず、全員の話を聞くので…他の6名は黙るように」

 

イムヤ「へ?6?」

 

春雨「あなたの事ですよ…!」

 

口にバッテンにガムテープを貼られる

 

イムヤ(…は、剥がす時のこと考えてないぴっちりした貼り方してる…!)

 

春雨「まず…照月さん」

 

照月「ひゃはい!?」

 

春雨「貴方のことは秋月さんから軽く聞いています」

 

照月「へ!?な、なんの事ですか!?」

 

春雨「隠す必要は有りません、あなたと秋月さんは近しい仲、というより姉妹なんでしょう?」

 

吹雪「え?姉妹がいたの…?」

 

満潮「というか、姉妹揃って捕虜だったわけ…」

 

春雨「他の方はお静かに」

 

照月「…そ、そうだけど…それが何…?」

 

春雨「心配しておられましたよ?貴方が周りから目の敵にされたりしないか」

 

照月「…でも、それは…」

 

春雨「せっかくですし、一緒に辺りの哨戒について行ってみては?」

 

照月「え?で、でも…危険なんじゃ…」

 

春雨「危険?貴方たちは駆逐棲姫サマに守られてるんじゃなかったんですか?ああ、秋月さん達と居ると襲われると言うなら貴方達4人で海に出てみれば良い、駆逐棲姫さんが本当に助けてくれるか……試してみましょうか」

 

あきつ丸「下衆め…!」

 

春雨「…貴方達、自分の命にどれだけの価値があると思ってるんですか?貴方達は私たちにとっても、駆逐棲姫にとってもただの石ころに等しいんですよ」

 

あきつ丸「そんな訳ないであります!」

 

春雨「なら、海に出てみれば良い、駆逐棲姫様助けてくださいって言ってみてくださいよ」

 

あきつ丸「言われなくてもそうする!こんなところにいられるわけ無いであります!ほら!行きますよ!」

 

あきつ丸が席を立ったのに、他の3人は座ったまま…

 

イムヤ(…照月もそうだけど、みんな深海棲艦に襲われることを危惧してるんだ…)

 

あきつ丸「どうして立たない!?」

 

春雨「怖いんですよ、結局みんな自分の命が大切、他の深海棲艦に襲われたらどうしよう……ってね」

 

照月「……」

 

あきつ丸「駆逐棲姫様を信じられないのでありますか!?」

 

春雨「信じるも何も、貴方と駆逐棲姫にどんな関係が?」

 

あきつ丸「……それは…」

 

春雨「貴方達は所詮捕虜、餌付けをされて自分は特別だと勘違いしたようですが…なんと無様な飼い狗か」

 

あきつ丸「犬だと…!」

 

春雨「他の3人は……わかったようですね…自分の立場が」

 

神州丸「ぅ……」

 

春雨「全員と話すつもりでしたが、貴方以外はちゃんと理解したようです、ねぇ?照月さん、吹雪さん、神州丸さん」

 

照月「…ごめんなさい…」

 

吹雪「わ、私も…ごめんなさい」

 

神州丸「うぅ…」

 

あきつ丸「馬鹿な…!」

 

春雨「せっかく艦の名を持ってるんです、艦娘システムの管理下に入るなら悪いようにはしませんよ」

 

あきつ丸「冗談じゃない!」

 

あきつ丸は食堂を立ち去った

 

春雨「神州丸さん、貴方はあきつ丸さんの肩を持っていた…例え自身が罵倒を口にしてなかったとしても…ね?」

 

神州丸「…申し訳、ありませんでした…」

 

春雨「よく言えましたね、はい」

 

イムヤ(…無理矢理言わせたの間違いでしょ…)

 

満潮「ね、ねぇ…」

 

春雨「おや、まだ物足りませんか?多少いたぶる位なら許されるかもしれませんよ?」

 

如月「そんな事しないわ…」

 

満潮「…みんなを馬鹿にするのをやめさせたかっただけだし…」

 

春雨「まあ、皿洗いくらいしてもバチが当たらないんじゃないですか?」

 

吹雪「…私やります…」

 

照月「私も…」

 

神州丸「自分も、何かしらお手伝いをさせていただきたいです…」

 

満潮「…どうする?」

 

如月「まあ…人手はいくらあっても困らないし、お願いしましょう?」

 

春雨(とりあえずはこれで良いか)

 

春雨が口のガムテープを引っ剥がす

 

イムヤ「いひゃい!」

 

春雨「もうその無駄口を開いても良いですよ」

 

イムヤ「…怒ってる?」

 

春雨「ぜーんぜん」

 

イムヤ「やっぱ怒ってるじゃん…」

 

春雨「つまりイムヤさんも怒ってたんですよね?私は貴方と同じ返事をしたんですよ、それを怒ってると受け取ったんですね?」

 

イムヤ「…性格悪っ」

 

春雨「今更気づきましたか」

 

イムヤ「それより…あきつ丸はどうするの?」

 

春雨「虎の威を失った狐は野垂れ死ぬか食われるか…それとも、頭を下げる事ができるのか、本人が通す道理を通せるなら、受け入れてもらえるでしょうね」

 

イムヤ「…厳しいなぁ…」

 

春雨「充分有情です」

 

 

 

 

執務室

提督代理 朧

 

朧「…そ、それでアタシ達に何をしろって…?」

 

亮「アメリカは真珠湾の暴走した艦娘の排除を要請してきてる、向こうは国防に重要な場所だから手を貸せって聞かないらしい」

 

朧「3.500浬以上の超長距離の航海…?無茶が過ぎる…!」

 

無事に完遂できても…なるべくすぐに終わったと考えてでも1ヶ月はかかる上に…

 

朧「ここを丸々空けないといけなくなる…無理!絶対無理!」

 

亮「ま、そうだよな」

 

朧「しかも暴走って…どういう事…」

 

亮「日本以外の艦娘システムはあまり進んでないらしい、それで負けが続いて責められて、堪忍袋の尾が切れた…ってとこらしいぜ」

 

朧「……なんか、もう…」

 

亮「ただ、暴走してる奴らにはAIDAによる暴走と同じ傾向が認められたらしい」

 

朧「…それって…」

 

亮「艤装に仕込まれてた、らしい」

 

朧「……だとしたら、それを使わせてる国が悪い…」

 

亮「…なあ、曙とかのデータドレインで…」

 

朧「できるならとっくにみんなからAIDAを除去してます」

 

亮「…だよな」

 

朧「ネットの中で使うデータドレインはナノマシンからAIDAを抜き出すもの、ナノマシンは自然と対外に排出されるから特に影響はない、かもしれない…でも、リアルのデータドレインはナノマシンごと改変する、何が起きるかわからない…」

 

亮「…無理、か」

 

朧「はい」



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冷たい世界

The・World R:X

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

双剣士 カイト

 

カイト「…これから、僕はどうすればいいんだろう」

 

ヘルバ「その答えは簡単なものでは無いわ、だけど貴方にはきっと何らかの役割がある……その理由が、腕輪よ」

 

カイト「…腕輪、か…」

 

右手に視線を落とす

はっきりと…それを感じる

ここにあることもわかる

 

ヘルバ「ゲートハッキングを行えば…きっと敷波の行った先に行けるわ」

 

腕輪の仕様外の力、その一つ、ゲートハッキング

あらゆるプロテクトを無視してゲートを通り過ぎる力

 

カイト「…ログはある?」

 

ヘルバ「ええ、ここにあるわ」

 

ヘルバからデータログを受け取り、辺りを見渡す

 

カイト「…R:Xのマク・アヌは…少し暗すぎるね」

 

ヘルバ「気に入らなかった?」

 

カイト「うん、僕はあんまり好きじゃ無い」

 

ヘルバ「このタウンの制作にはあのグラフィッカーは関わってないそうよ」

 

カイト「……だから、かもね」

 

ゲートに視線を移す

この先に何があるのか、わからないけど

 

カイト「ゲートハッキング」

 

ヘルバ「幸運を祈ってるわ」

 

カイト「…うん」

 

 

 

 

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

 

カイト「ここは…R:1のマク・アヌ…!?」

 

かつて何度も見た光景、見間違えるわけがない…

しかし…R:1のデータをR:Xに移植するつもりだった…にしては、人通りが多過ぎる…

いや、というより、何かがおかしい

 

カイト「……僕の知ってるマク・アヌじゃない、ような…」

 

気にしていても、仕方ないか

 

カイト「…ここに敷波がいるとして…どこにいるんだろう?タウンを回ってみようかな」

 

マク・アヌを歩き回る

隅々迄探しても、敷波らしい人影はない

 

カイト「……まさか、エリアにいたら…エリアだとモンスターもいる、危険も大きい…急いで探さないと」

 

ログを眺める

 

BT「最近妙なキャラクターが多い気がしないか?」

 

ミミル「んー?司の事じゃなくて?」

 

BT「ベアが最近面倒を見ているというキャラクターもそうだが、さっきのエリアにいた学生服のキャラ」

 

カイト(学生服のキャラ…敷波だ!)

 

発言したプレイヤーを探す

 

カイト「あの!」

 

BT「…何だ?お前」

 

海斗(気が強そうな女性の呪紋使いと、ブラックローズそっくりの重剣士…)

 

カイト「今言ってた学生服のキャラってどこのエリアで見たの?」

 

ミミル「え?チートPCっぽかったけどアンタもしかして知り合い?」

 

カイト(確かに、あんな格好してたらそう見えるだろうけど…構ってはいられない)

 

カイト「いや、イベントの装飾品だよ」

 

BT「成る程?本当にそうなのか?」

 

カイト「…どうしてそんなに気になるの?」

 

BT「いや、本当にチートPCじゃないとしたらどんなアイテムを使ったのか…と思ってな」

 

カイト「…それは…」

 

BT「なんだ?言えないのか?」

 

カイト「…もう手に入る事はないよ」

 

BT「だとしてもだ」

 

カイト「……」

 

カイト(ダメだ、根負けしてくれそうにない…素直に事情を話したところでふざけてるとしか思われないだろうし…)

 

ミミル「一旦待った!」

 

BT「なんだ、ミミル」

 

ミミル「えーと、アンタ名前は?」

 

カイト「…カイト」

 

ミミル「あたしミミル、こっちBT、よろしくね」

 

カイト「よ、よろしく…」

 

ミミル「そのキャラのいたエリアは教えてあげる」

 

BT「おい、ミミル」

 

ミミル「BTは黙ってて!…但し、あたしらを連れて行く事!それが条件」

 

カイト(…敷波はチートPCではない、だけど…いや、ここは素直に従うしかないか…敷波が危ない)

 

カイト「わかったよ、パーティーに誘う」

 

BT「…意外と素直だな」

 

カイト「探してた子なんだ、急いで見つけなきゃいけない」

 

ミミル「…なんか訳あり?」

 

カイト「まあね」

 

2人をパーティーに招待し、ゲートへ向かう

 

ミミル「エリアは、Δサーバー、閉ざされし 孤高の 碧野だよ」

 

カイト(…初心者でも大丈夫なエリア…そこまで強い敵も出てないだろうさ、きっと無事なはず…)

 

BT「一つだけ聞きたいことがある」

 

カイト「…何」

 

BT「私たちが見たキャラは「助けてほしい」だの、「どこにいけばいいかわからない」だの、初心者のような言動をしていた」

 

カイト「…それが」

 

BT「限定クエストをこなせるほどの実力者とは思えなかったが、まさかお前の方がクリアしたのか?」

 

カイト「……今は話してる暇はないんだ」

 

 

 

 

 

Δサーバー 閉ざされし 孤高の 碧野

駆逐艦 敷波

 

敷波「…はぁ……ま、撒いたかな…あの辺な怪物…」

 

もうどれほどの時間が経ったのか、太陽はどこにあるのか、時間を測ることすらできない

わかった事は黄色く輝く魔法陣に近づいたら敵が出てくるという事、そしてこの世界の人は誰も助けてはくれない事

今のアタシは無力で、何もできない事

そして何より…

 

敷波「…やばい、喉渇いた…あれ?」

 

視界の端にちらりと映る池

 

敷波「…み、水だ…!」

 

池に近寄る

 

敷波(ここってゲームの中らしいけど…水、大丈夫なのかな…飲んでも…)

 

水面に手を伸ばす

 

敷波「あっ」

 

懐からペンがこぼれ落ちる

ネットに送られる前に事務仕事をしていたから持っていたのだが…

 

敷波(…底見えないし、拾えないか…諦めて水飲もう…)

 

水面が光り輝く

 

敷波「…なんか、変?」

 

水から勢いよく何かが飛び出す

 

敷波「うわっ!?」

 

ムッシュ「貴方が落としたのは、金の斧ですかァ?それともこの、銀の斧ですかァ?」

 

敷波「き、キモっ…!」

 

水滴のような形なのにアタシよりも大きいし、たらこ唇で目と鼻と眉毛まである…水の精霊?がアタシの前に飛び出した

 

ムッシュ「…もしかしてェ…落としてなァい?」

 

敷波(…金の斧と銀の斧って美しい女神様が出てくるんじゃないの?……とりあえず…)

 

敷波「どっちも違う、けど…」

 

ムッシュ「えぇ!?どちらも違う?…じゃあ、これかなァ?」

 

何かが泉から飛び出す

 

ムッシュ「また会いましょ。さよならァ…」

 

遥か上空へと鼻水型の精霊は消えていった

 

敷波「さ、さよなら…てか…この池あんなのがいたんだ……飲みたくないな…ん?」

 

手元に何かが当たる

 

敷波「…武器?」

 

ただの直剣、ペンがこれになったという事か

 

敷波(…ま、まあ…使った事ないけど、ないよりマシ!)

 

剣を拾い上げる

 

敷波「…ステージクリアすれば、帰れるかな…」

 

遠くに見える洞穴の入り口を見つめる

 

 

 

 

 

双剣士 カイト

 

カイト「…このエリア?」

 

ミミル「そ、ここに居たよ」

 

BT「といっても20分以上前だ、エリアを出ていても責任は取らない」

 

カイト(…敷波はこの世界のことを何も分かってない、急いで合流しないと…)

 

ミミル「あ!居た!」

 

ミミルが指した先にダンジョンへと進む敷波

 

カイト「敷波!……聞こえてないか…!」

 

BT「敷波?アイツの名前か?」

 

ミミル「ま、それより追っかけようよ…っと?」

 

遠くの魔法陣が何故か反応し、モンスターが飛び出す

 

カイト(この距離じゃエンカウントはしないはずなのに…!僕達がこの世界にいるせいで異変が起きてるのか…?)

 

カイト「やるしかない…!」

 

ミミル「ま、ここに出るのは雑魚ばっかだし!すぐ終わらせよ!」

 

BT「…まあ、いいか」

 

 

 

 

カイト「…結局、魔法陣全部潰す事になるなんて…」

 

ミミル「ついてないねぇ…だいぶんロスしちゃった」

 

カイト(敷波はダンジョンに潜ってる、ならそこで捕まえられるはず…!)

 

ダンジョンへと踏み込む

 

ミミル「…お?妖精のオーブ使ったんだ」

 

カイト「時間が惜しいから…」

 

ダンジョンのマップを埋めるアイテム

これの通りに進み、エンカウントしていない魔法陣があればそこは敷波は進んでいない

 

BT「おい」

 

ミミル「宝箱…空いてるねぇ、オブジェクトも壊してる」

 

カイト(…加速アイテムで逃げ切ったりは…いや、してない前提で追いかけよう)

 

カイト「!…ここ、敵が出る部屋なのに…倒せたんだ」

 

カイト(…なら、少し安心かもしれない…)

 

ミミル「先、急ごう?」

 

カイト「わかってる」

 

 

 

結局、最下層の最深部まで敷波は見つからなかった

 

カイト(…まさか、途中で追い越した?)

 

最深部の扉を開く

 

カイト「…居た!敷波!」

 

敷波「へ?」

 

確かに敷波だった

一瞬こっちへと振り返った敷波は…壁に溶けるように消えていった

 

カイト「…い、今、何が…」

 

BT「…壁に入ったように見えたが」

 

ミミル「そう?あたしのトコからじゃよく見えなかった…」

 

敷波が消えた壁に近づき、探る

 

カイト(…敷波に、一体何が…)

 

 

 

 

 

 

秘密の部屋

駆逐艦 敷波

 

敷波「…今、呼ばれた?」

 

『気の所為、でしょう…それより、ここを気に入ってくれましたか?』

 

敷波「……えっと…」

 

アタシはダンジョンを進んでる途中で不思議な声に捕まった

誰にも助けてもらえず可哀想なアタシに居場所をくれるって

 

そして連れてこられたのはココ、いばらの森に周囲を囲まれた灰暗い空の世界

何もなくて、静かな世界

 

敷波(…陰鬱な所だけど…誰もいない…)

 

敷波「…それより、誰なの?なんでアタシをここに…」

 

『…私はこの世界を統べる意志、この世界をより良い方向へと進めるモノ』

 

敷波(…よくわかんないな…)

 

『…貴方に自由になる力を授けましょう、好きな場所へ行ける力を、何者からも貴方を守る守護者を授けましょう』

 

敷波「別にいい……いや…その力があればアタシはリアルに帰れる?」

 

『…それはできません』

 

敷波「じゃあ要らない…」

 

『…貴方が求めるのなら、いつでもその力は貴方の元に』

 

敷波「…なんだかなぁ…」

 

まるでアタシは籠の鳥の気分…なんて

 

 

 

 

 

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

双剣士 カイト

 

BT「残念だったな」

 

カイト「…まあ」

 

ミミル「もうちょい早ければなー!残念」

 

BT「…幾つか確認したいんだが?」

 

カイト「何」

 

BT「さっきの敷波というキャラ本当にチートPCではないのか?」

 

カイト「…ずっとそうだって言ってるじゃないか…!」

 

ミミル「BT、いい加減やめときなよ…」

 

BT「気になるモノでな、壁に消えられては疑いたくもなる」

 

カイト「……」

 

ミミル「カイト、あんまり気を悪くしないでね、BTも悪気があるわけじゃないんだ」

 

カイト「……気にしてないよ、大丈夫」

 

パーティーの編成を解除し、タウンの奥に歩く

今は1人になりたかった

 

 

 

 

重槍士 青葉

 

青葉「…あれ?」

 

マク・アヌの橋の奥にちらりと見えたオレンジ色の影

 

青葉(司令官…?いや、そんな訳ないか…)

 

カオスゲートに向き直り、サーバーを選択する

 

青葉「今日の目標は新天地の探索…!……じゃなくて、未帰還者を元に戻す方法…なんだけどなぁ…」

 

何をしたらいいのか、全く想像すらつかないのだから困ったモノだ

 

 

 

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

 

青葉「……空気の綺麗そうな所ですね…」

 

感じる事はできないけれど

 

青葉「…ん?」

 

足元にまとわりつく、仔犬ほどの小さな動物

 

プチグソ「ぶひ?」

 

青葉「…ブサかわ…」

 

馬と豚のハイブリッドのような小さな四足歩行生物

グランディとも違う…

 

青葉(…野良の子…なのかな?)

 

プチグソを軽く撫でる

 

青葉「……未帰還者、助ける方法知ってたりする?」

 

プチグソ「ハラヘッタブヒ!」

 

青葉「しゃ、しゃべった!?……って、そっか、グランディも喋るし似たようなものかな…ごめんね、何も持ってないよ」

 

プチグソ「ぷぃぃ…」

 

プチグソはとぼとぼとタウンの奥へと歩く

 

青葉(うーん…可哀想…かな、何か食べられる物、今度までに探しておこうかな)



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乱暴

The・World R:1

秘密の部屋

駆逐艦 敷波

 

敷波「……ここに居るの、退屈だなぁ…」

 

何にもない世界

私を害する事も、満たす事も無い世界

 

敷波「ねぇ、ここから出ることくらいは許してくれないの…?」

 

『外の世界は、貴方を害するでしょう』

 

敷波「…それでも、アタシはここに居たんじゃ…どこにも行けない」 

 

アタシを呼んでくれた誰かの声、もし誰かがまだアタシを求めてくれるなら…応えたい

アタシがまだ1人じゃ無いのなら…

 

『わかりました』

 

 

 

 

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

 

敷波「…ここは…」

 

最初に来た町とは違う

空気の綺麗な、静かな、山上にできた集落のような

雲の上に飛び出た小さな草原、複数あるそれを繋ぐ手すりすらない橋

 

敷波「……高っ…怖っ…」

 

もし落ちたとしたら、死ぬのだろうか…いや、死ぬことすらできないのか

 

橋をつつく

 

敷波「…ん?……あ、なんか見えない壁ある…」

 

橋に乗っても揺れすらしない

 

敷波「…よかったー…怖かった…」

 

よろよろと橋を渡り終える

 

敷波「……あんまり人がいないのは良いなー…ちょうど良くて」

 

原っぱに腰を下ろす

寂しいけど、冷たい風が色々なことを考えさせるけど

今のアタシに必要なのは時間、前を向くための時間…司令官に見せたようなフリじゃなくて、本当に前を向くための…

 

ミッシェル「あの…」

 

敷波「…え?何?もしかしてアタシに話しかけてる?」

 

ミッシェル「はい」

 

ファンタジーゲームらしい格好の女剣士…

この世界で浮かないようにするにはこんな格好をしないといけない…のかな

 

ミッシェル「私、明日…って言うか今日から3日間ログインできないんですけど…その間この子を預かってくれませんか?」

 

プチグソ「ぷひ?」

 

敷波(…豚?)

 

敷波「…ねぇ、それより今って何時なの?」

 

ミッシェル「えっと…朝の4時、かな」

 

敷波(…あれから1日経った…?いや、もっとかもしれない…)

 

ミッシェル「お願いします!」

 

敷波「いや…」

 

敷波(時間わかんないし、それに預かるったって…)

 

ミッシェル「それじゃ!」

 

女剣士が消える

 

敷波「は!?…マジ…?そういうことしちゃう…?」

 

プチグソ「ぷくしっ!」

 

敷波「……アニマルセラピーと思えば、まあ良い、のかな…」

 

仔犬ほどのプチグソを撫でる

 

敷波「…お前、暖かいね…」

 

冷たい世界だけど、温かいものを見つけられた

 

 

 

 

 

リアル

佐世保鎮守府

青葉

 

青葉「正直、明日にも私はどうなるか分からない身ですので…」

 

度会「そうは言っても中々に難しい話だ、現状離島と連絡を取る手段はないに等しい」

 

青葉「…ですよね、すいません…」

 

青葉(明石さんに聞きたい事もあるのに、何も掴めないまま…か)

 

陽炎「あの…」

 

青葉「え?…あ、こんにちは…」

 

陽炎「…すいません、秋雲の事、全部任せてるみたいで…」

 

青葉「っ……」

 

この視線は、罪悪感の視線じゃ無い

期待と、焦燥と、羨望

できるだけ綺麗な言葉で纏めても、そうとしか喩えられない

 

青葉「……もう暫く、時間をください」

 

ようやく、絞り出せた言葉はそれだけだった

 

陽炎「…はい」

 

青葉(…すごく、重い…私は命を守るために戦ってきた事は何度もあったけど…救う為の戦いはきっと殆どしてこなかった…私は…)

 

守る、守られてる側は守られてることにすら気づかないのが当たり前の戦い、だから感謝もされなければ期待もそこまで大きく無い

しかし一度救うとなれば…

救わなければならない対象があるのなら

 

青葉(陽炎さんから向けられていたのは…もう、敵意に近かった、ずっと自分で手を伸ばし続けて、それが結局届かなくて、手を伸ばす機会すら与えられなくなった…だから、その機会がある私が…憎い、まだ助けられないのか、まだなのか…って)

 

決して、悪意があるわけではない、だけど不安や焦りは日増しに強くなる

それの捌け口にされただけ

 

青葉(……私に、救えるのかな…)

 

不安は伝播する

 

 

 

 

 

The・World R:1

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

駆逐艦 敷波

 

プチグソ「ぶひ…」

 

敷波(…なんか、さっきより元気なくなってるような…)

 

敷波「やっぱ飼い主じゃ無いと嫌かな…ごめんなー、お前のご主人様どっか行っちゃったから…」

 

プチグソ「ぷいぃ…」

 

敷波「あ、お腹減ってるとか?…そもそもお腹とか減るのかな…えーと…何食べんの…?と言うかお前は…ミニブタ?それとも…」

 

顎をくすぐってやる

 

プチグソ「ぷひひ…」

 

敷波(…なんか健気で可愛いなこいつ……と言うかご飯のこと考えたらこっちまでお腹減ってきちゃった…ゲームの中でのご飯も、飲み水も…どうしたら良いんだろ…)

 

敷波「お腹減ったねー…うりうり」

 

プチグソ「ぶひ!」

 

青葉「あの…」

 

敷波「へ?アタシ?」

 

背後に立っていたのはピンク髪の大槍を携えたキャラ

 

青葉「……敷波さんですよね?」

 

敷波「…え…っと…?」

 

青葉「青葉です、宿毛湾泊地の…」

 

敷波「え?!…ま、マジ?」

 

言われてみれば…かなり、そっくり…

 

青葉「マジです…隣、良いですか?」

 

敷波「…えー…うん」

 

青葉「…敷波さんは今どこからログインしてるんですか?」

 

敷波「ログイン……って…そっか、これゲームだもんね…」

 

青葉「…何か…?」

 

敷波「……アタシ、生身なんだよ」

 

青葉「生身…って事は…」

 

青葉(司令官と同じ…)

 

敷波「あんまり、驚かないんだね…?」

 

青葉「司令官もそうですから…」

 

敷波「司令官に会ったの?何処にいるの?!」

 

青葉「落ち着いてください、私が司令官を見たのは2019年で…」

 

敷波「だ、だから…今年でしょ?」

 

青葉「…そっか、知らないんだ……ここは2009年です、私たちはタイムトラベルをしてるんです」

 

敷波「…今日って外はエイプリルフールだったの…?」

 

青葉「本当ですよ、あたりの人に話しかけてみてください、みんな口を揃えて「今年は2009年だ」っていいますから」

 

敷波「…話しかけたら追い返されるよ」

 

青葉「え?」

 

敷波「この世界に来て…多分一日しか経ってないと思うけど、ずっと孤独だった、寂しくて、誰もアタシを受け入れてくれなかった…話しかけても、何もしてないのにチーターだってさ」

 

青葉「…大変、でしたね」

 

敷波「うん、大変だった…でも青葉さんに会えた、本当に良かった……」

 

青葉「…一つだけ伺っても?」

 

敷波「なに?」

 

青葉「司令官がこの世界にいる、と言うことを一切疑わない様子でした、もしかして司令官もこの時代に?」

 

敷波「…わかんない、司令官と会ったのは灰色の街で、ヘルバさんとアタシは石になった司令官に会ったの、ヘルバさんが石から戻して、オレンジの服を着せたのまでは覚えてるんだけど…そこでこっちに飛ばされちゃった」

 

青葉「オレンジの……じゃ、じゃあ、あれはもしかして…いや、間違いない…!」

 

敷波「…な、なんかあった?」

 

青葉「司令官もこの時代に来てます!生身の敷波さんを1人にしておくわけがない、絶対に居る…!」

 

敷波「お、おお…?」

 

青葉「…取り敢えず、探しに行ってみましょうか……あれ?」

 

プチグソ「…ぶひ…?」

 

青葉「…ブサかわ…」

 

敷波「あ、青葉さんこの子なんて動物か知ってる?」

 

青葉「プチグソって言うらしいです、敷波さんの?」

 

敷波「いや…少し前に無理矢理押し付けられて、2日面倒見ろって」

 

青葉「…あらら」

 

敷波「お腹減ってるみたいなんだけど…何か持ってたりしない?」

 

青葉「……あ、そうだ、さっきエリアで拾ったんですけど…」

 

未だ見ぬ卵「イマダミヌタマゴッ!」

 

敷波「ひぃぃっ!?しゃ、しゃべったけど!?」

 

青葉「そう、喋るんですよこれ、でも…食べるらしくて」

 

敷波「……ぷ、プチグソが?」

 

青葉「プチグソが」

 

殻ごと蠢く妙な卵を青葉さんがプチグソに差し出す

 

プチグソ「…ぶひ!」

 

敷波「た、食べた!」

 

青葉「気に入ってくれたみたいですね…良かった」

 

敷波「おー、お腹膨れたかー?よしよし」

 

青葉「…敷波さんには…これ、大丈夫だと良いんだけど…」

 

水の入った小瓶を渡される

 

敷波「これは…何?」

 

青葉「R:2の癒しの水ってアイテムです、回復アイテムなので毒物では無いはず…」

 

瓶の蓋を開けて匂いを嗅ぐ

 

敷波「…何も匂いはない……ええい、ままよ!」

 

一息に中の水を飲み干す

 

青葉「…どう、ですか?」

 

敷波「……味はしないけど…なんか、変な高揚感がある、かも」

 

青葉「大丈夫でしょうか…あと、これ」

 

敷波「…何これ、マンゴー…?」

 

青葉「これもR:2のアイテム、アジアンマンゴーです、たまたま残ってたので…食べられるかも」

 

皮を剥き、口に運ぶ

 

敷波「…甘ぁ……疲れが取れるみたいだ…」

 

青葉「…良かった」

 

敷波「よーし、元気も出たし…リアルに変える方法探すぞー!」

 

青葉「…強いですね」

 

敷波「そんな事ない、弱いから…強いフリしてるだけ」

 

青葉「…あ、アレは」

 

敷波「…誰か、こっちに来るね」

 

淡いベージュの衣装の魔法使いみたいな…

 

青葉「確か、貴方は…司さん」

 

司「…ベアと一緒にいた…青葉だっけ」

 

青葉「…はい、何か用でしょうか」

 

司「…アンタに用はないよ、そっち」

 

敷波「…アタシ?」

 

司「母さんが、会っておけって」

 

司がアタシを睨みつける

 

敷波「な、なんだよ…アタシ何もしてないのに何でそんな睨むかな…」

 

司「…お前が…」

 

ミミル「あー!居た!」

 

司「っ…ミミル…!」

 

ミミル「あ、司もいる!…って言うか、そっちは確かベアの知り合いの重槍士だし…な、何?何の集まりなの?これ」

 

青葉「えっと…貴方は?」

 

ミミル「あー、アタシ?撃剣士のミミル、よろしく」

 

敷波(…どっかで見たような…あ、そうだ、アタシをチーター扱いした奴と一緒にいた…)

 

ミミル「それよりさ、敷波ってアンタだよね!アンタを探してる奴が居てさー!」

 

敷波「それで?」

 

ミミル「そいつに会って欲しいんだけど!」

 

敷波「…何それ、アタシが助けてって言った時、アンタらは助けてくれなかったよね、悪い事も何もしてないのにアタシを…」

 

ミミル「…あー…それは、ごめん、アタシ達はアンタのこと知らないからさ、てっきりチーターなんだって思ったんだ、そんなエディットのキャラ見た事ないし…」

 

敷波「…アタシはアンタらについてくつもり無いから」

 

ミミル「じゃあ、そいつここに呼んでも良い?知り合いらしいしさ」

 

青葉(…待って、敷波さんを探す人が司令官だけじゃなかったら?紅衣の騎士団なら…)

 

青葉「その人は誰ですか?」

 

ミミル「カイトって奴、知ってる?」

 

敷波「司令官だ!」

 

青葉「杞憂でしたか…良かった…」

 

ミミル「知り合いみたいだね、呼んで良い?」

 

敷波「良いけ…ど…?」

 

ゲートの辺りに大量に人が転送されてくる

 

青葉「…紅衣の騎士団…!」

 

ミミル「え?…うわっ!」

 

銀漢「最近The・Worldを騒がせているプレイヤーが3人同時に集まっているか…ちょうど良い、全員捕らえろ!」

 

青葉「なっ…!?私達は何の不正もしていないプレイヤーですよ…!」

 

銀漢「青葉とか言ったな、貴様の槍はどんなPCも見た事がないと言っていた」

 

青葉(…槍、さっさと見つければ良かった)

 

銀漢「そして言わずもがな、そこの呪癒士、貴様の不正行為は明らかなものだ、更にそっちの…職業すらわからんキャラはエディット不可能なモデルだ、全員捕える!」

 

敷波「いや、アタシは………」

 

…誰も、アタシの声に耳を傾けてなんかくれない、か

 

青葉「…人の話を聞くつもりがないならどうなっても知りませんよ…!」

 

司「……」

 

ミミル「ちょい待った!別にここでやりあう必要なんてないっしょ!?」

 

司「敷波だっけ」

 

敷波「え?」

 

司「こっち」

 

司に手を引かれ、タウンの奥へと走る

 

青葉「敷波さん!お、追いかけないと!」

 

ミミル「ちょっと司!」

 

建物の裏に入った瞬間、景色が切り替わる

 

 

 

重槍士 青葉

 

青葉「き、きえた!?」

 

ミミル「…司が逃したんだ…理由はわかんないけど…!」

 

銀漢「追い詰めたぞ、もう逃げ場はない!」

 

青葉(…こうまでなると、もう無理…いや…)

 

青葉「……貴方たちのやってる事は昴様の意思に沿った行為なんですか」

 

銀漢「何?」

 

青葉「貴方達のリーダーである昴様が貴方たちのような乱暴なやり方を容認してるんですか、と聞いてるんですよ…!」

 

ミミル「…アンタ、昴と知り合いだったんだ…」

 

青葉(違うけど…未来の銀漢さんの言う通りの人なら…決してこんな事認めたりしない人だ)

 

銀漢「…それは…」

 

青葉「貴方達はシステム管理者じゃない、あなた達に私たちのプレイを侵害する権利はありません、何より私が仕様外の槍を使っているのなら何故CC社が動かないんですか!」

 

銀漢「…では、その槍はどうした!」

 

青葉「……イベントをクリアして手に入れた、もうそのイベントには挑戦できませんが」

 

銀漢「そんなデタラメが通用するとでも…」

 

青葉「どうやって違うと証明するんですか、私は仕様に則ってプレイしている、それはCC社が否定しない限りあなた達に否定する事ができない事です!」

 

銀漢「チッ…!」

 

青葉「どうなんですか!」

 

銀漢「…次会う時までに貴様のアカウントは停止されるだろう」

 

青葉(…やれるものなら、やってみてもらいたいものです)

 

 

 

秘密の部屋

駆逐艦 敷波

 

敷波「…ここは」

 

アタシの秘密の部屋とそっくり

違うのは…壊れたクマのぬいぐるみと、ベッドに眠った女の子と、タンス

まるで子供の部屋みたいな…でも、イバラの森に包まれた…

 

『司、よく敷波を助けましたね』

 

司「母さんが、そうしろって言うから…」

 

敷波「母さん…?」

 

『敷波、外は危険です、あなたは自分を守る力を受け入れるべきでしょう』

 

敷波「……力」

 

司「母さん?コイツにもあげるの…?」

 

『敷波は司、貴方と同じです』

 

司「やめてよ!嘘だよね!?僕は…!」

 

敷波(…今、ベッドで寝てる女の子が…少し、暗くなったような…)

 

司「…それなら、こんな奴…!」

 

敷波「…な、何、それ」

 

鉄アレイのような形のモンスターが空中に現れる

 

敷波(やばいやばいやばい!絶対殺される…!)

 

敷波「アタシ力なんか欲しくないって!アタシはただリアルに帰りたいだけ!」

 

司「…リアルに?…なんであんなクソみたいな世界に…?」

 

敷波「…アタシは!…綾姉ぇと、自分のお姉ちゃんと話さなきゃいけない、ちゃんと仲直りしたい!だから帰りたいの!それ以外何も要らないの!」

 

司「……」

 

『なら、敷波、貴方がここに居る必要はありません』

 

敷波「っ!?」

 

 

 

 

 

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

 

敷波「ったた…」

 

プチグソ「…ぶひ…?」

 

敷波「…お前、どこに居たの?…まあ、良いか……青葉さんと司令官、探さなきゃな」



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離島鎮守府 医務室

駆逐艦 曙

 

曙「……っ…」

 

春雨「デジャブ、感じません?」

 

曙「…今度は何日寝てた?」

 

春雨「2日ですね、雷に打たれて生きてるあたり…人間やめてますねぇ!」

 

曙「うっさい、そんなことよりどうなったのよ…!」

 

春雨「…綾波さんは何もせず帰って行きました、ほんの顔見せのつもりだった様ですね…いや、私ならここを落とすのは実に容易だ…とでも言いたいのかもしれません」

 

曙「それだけのために、あんな事を…?」

 

春雨「私は前の世界の綾波さんを知りません、ですので断言は不可能です、しかし自身の力に溺れて…それを愉しんで」

 

曙「溺れてる?それどころか完璧に使いこなしてるじゃない、アイツに被害者意識持つのやめなさいよ、アイツは根っこからああ言うやつなの、力なんかなくても智略で人をいたぶるわ」

 

春雨「…そう、ですね」

 

曙「アンタが駆逐棲姫…綾波とどんな関係なのかなんて知らない、なんならどうでも良いって思ってる…だけど…もし今の言葉でアンタを傷つけたなら謝る、悪かったわ」

 

春雨「……私は、たとえ誰が何を言おうと綾波さんを信じる、取り戻す…それに全てを賭けたいと思った、もう今更…何も感じません」

 

曙「…そ」

 

春雨「それより…目を覚ました日に無茶して挙句やられる…そんなマヌケを私は見た事がありません」

 

曙「容赦無いわね」

 

春雨「自分の命を粗末にしないでください、医官としての立場上注意せざるを得ません」

 

曙「…そう、まあ…良いわ、別にどうせ長く持たないんでしょ?」

 

春雨「……白斑症」

 

曙「…はく…?」

 

春雨「貴方、鏡を見ては?」

 

手鏡を手渡される

 

曙「別に変なとこなん…っ…!」

 

顎の下に一箇所、真っ白な肌になっている場所…

 

春雨「白斑症という病気は皮膚のメラニンが失われ、その部位が白くなる病気です…が…」

 

曙「…これって…青葉と同じ…?」

 

春雨「貴方のそれは私には深海棲艦になる過程に見えて仕方ない、どうです?」

 

曙「…アンタと気が合うとは思ってなかったわ」

 

春雨「私は貴方に体調の変化を問いかけたんですが?」

 

曙「……それは、快調ね、むしろ…良くなってる」

 

春雨「それは最悪ですね、貴方に何が起きてるのか…具体的に調べたいところなんですが…」

 

曙「何、なんかあるの?」

 

春雨「ここから南西に40浬、決して遠くはない距離に深海棲艦の拠点が出来たようで…輸送船を襲撃されそうになりました」

 

曙「…被害は」

 

春雨「勿論ゼロ、貴方じゃない曙さんはそう言ってのけましたが…珍しくあの方も怪我をされていました」

 

曙「…向こうはそんなに強いの?」

 

春雨「いいえ、しかし面倒なことに簡単じゃないんですよ、一眼でわかる役割を与えられている」

 

曙「役割…」

 

春雨「現れたのは駆逐級と軽巡級の混合部隊、簡単に一掃できるはずが…何の冗談か、盾のようなものを構え出した」

 

曙「…は?」

 

春雨「全部が盾を構えてるわけじゃない、3匹に1匹くらいで盾を取り付けられたのがいたんです、それは戦艦砲を受け止めてみせた、相当に硬いんですよ」

 

曙「……だとしても…」

 

春雨「曙さんは圧倒しましたよ、圧倒的な力の差があります、たとえどんな戦術をもってしても覆せないと思わせるほどの…しかし向こうは本当に単純な戦術を複数個用意していました」

 

曙「…例えば」

 

春雨「盾が曙さんの周囲を取り囲み、盾の隙間から一瞬顔を出して攻撃、当てることを狙わない、当たればラッキーのような攻撃、艦載機が出れば盾を上空に向けて砲撃戦を繰り広げる……実に単純な事です、しかしそれはまるで…意思を持った軍隊のようです」

 

曙「……何であいつは怪我したのよ」

 

春雨「慢心はなかったでしょう、となれば…一瞬でも綾波さんの作戦が曙さんの強さを上回ってしまった」

 

曙「そうじゃない、今のあいつは戦艦レ級なのよ?そこらの雑魚の攻撃なんて…」

 

春雨「それが効いてしまった…恐らく理由は…使う砲弾が変わった事」

 

曙「なにそれ」

 

春雨「深海棲艦が使うのは一般的な榴弾です、どの種類でも」

 

曙「…それで?」

 

春雨「今回使われたのは徹甲弾、貫通力だけを意識した構成、曙さんは狙い撃ちにされた…」

 

曙「アイツを自分達の実験台にするための戦いだった」

 

春雨「その通りです」

 

曙「…何考えてんのか、さっぱりわかんないわ」

 

春雨「…私にもわかりません」

 

 

 

 

 

工廠

重雷装巡洋艦 キタカミ

 

キタカミ「…あれ、なんだろこれ」

 

明石「…タロットカード?」

 

キタカミ「…ふーん…タロットカードねぇ」

 

一枚めくる

 

キタカミ(死、ねぇ……あんまり占いは信じてなかったけど…)

 

阿武隈「あー!キタカミさん!」

 

キタカミ「げ…」

 

阿武隈「何で今朝の特訓に付き合ってくれなかったんですか!今まで欠かしたことなかったのに!」

 

キタカミ「…あたしも気が乗らない日くらいあるさね」

 

阿武隈「…え…?」

 

キタカミ「さて、行った行った、あたしも忙しいんだから」

 

阿武隈「……キタカミさん、どこが悪いんですか?」

 

キタカミ「…んや?別にそんな事ないよ」

 

タロットカードを手に取り、シャッフルする

 

阿武隈「あ、タロット占いですか?」

 

明石「…詳しいんですか?」

 

阿武隈「いやー…少し学校で流行った時に…」

 

キタカミ「へぇ、じゃああげるよ、深海棲艦の基地だった頃の名残みたいだし」

 

阿武隈「わーい、じゃあキタカミさん占ってあげましょうか!?」

 

キタカミ「…お断り」

 

阿武隈「こうやってカードを混ぜて、上から七枚目と、そこからさらに七枚目…よし、これで二枚選びました、先に選んだ方は結果、そして後の方はその対策です!」

 

キタカミ「いや、良いって…」

 

阿武隈「えーと……死の正位置…」

 

キタカミ「…ほら、碌でもない」

 

阿武隈「うえぇ…あ、そうだ!対策は……隠者の正位置?」

 

明石「どうなるんですか?」

 

阿武隈「…危険が迫ってるから隠居しろ…ってところでしょうか」

 

キタカミ「おー、そりゃいいね、で?誰がここ守れんのさ」

 

阿武隈「それは……あたしだって、みんなを守ってみせますから…!」

 

阿武隈のデコを指で弾く

 

阿武隈「あだっ!?」

 

キタカミ「んー…たかが占いなんだからさぁ…そんな重く捉えないでくれない?」

 

阿武隈「あはは…」

 

キタカミ「ま、ちょっと調子悪いかもしれないし…今日は休むかなぁ」

 

明石「まあ、いつも頑張ってもらってますから…ゆっくり休んでください」

 

キタカミ「オイルの匂いにも慣れてきたつもりだけど、鼻が効きすぎるからかねぇ?」

 

 

 

キタカミ(…馬鹿にできないもんだねぇ…なんでも)

 

 

 

 

 

 

駆逐棲姫のアジト

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「んー、完成…って言うか脚を弄っただけですけどねぇ…」

 

護衛棲姫「駆逐棲姫様、ソレハ?」

 

駆逐棲姫「私の新しい義足ですよ、うーん…まあ、生身の足にするのも簡単にできるんですけど…敷波の罪悪感をくすぐれるのかと思うと勿体無いですしねぇ…それならこうやっておもちゃを仕込んでも悪くない」

 

護衛棲姫「…駆逐棲姫様ノグローブニ見慣レナイスイッチヤレバーガ…」

 

駆逐棲姫「これは…いわば必殺技用の道具でしょうか」

 

護衛棲姫「必殺…?」

 

駆逐棲姫「まあ、ゲームとかに良くあるアレですよ」

 

護衛棲姫「…ゲーム…娯楽ノタメノ玩具」

 

駆逐棲姫「ま、ロマンみたいな考え方もありますけど…必殺技って非常に効率的じゃありませんか?高負荷を必要な時だけに使えば最低限のダメージで敵を仕留められる…実用的なのならね」

 

護衛棲姫「ソウナノデスカ」

 

駆逐棲姫「当然それを常に使えばとても強いでしょう、しかし自身への負荷も大きいし…発動シークエンスを面倒にしておかないと敵に機械を奪われたら困るじゃ無いですか」

 

護衛棲姫「ナルホド」

 

駆逐棲姫「でも、必殺技を使い続ければ良いって考え方ありますよねぇ…わかりますよ、私はよーくわかる…しかし、それは体を蝕み続けるだけ、青葉さんやレ級さんのようにね」

 

護衛棲姫「?」

 

駆逐棲姫「人の身でありながら深海棲艦の力を無理矢理行使し続ける…そうすれば人でも深海棲艦でもないバケモノとなる…そしてバケモノは…死を悼まれることすらない…青葉さんの末路にしては上等かな」

 

護衛棲姫「…アア、アノ裏切リ者ノリ級デスカ」

 

駆逐棲姫「もともと味方じゃありませんよ、レ級さんもそろそろルールに気付いてる頃でしょうし…いや、周りが違和感に気づくのが先かなぁ…」

 

護衛棲姫「ルール?」

 

駆逐棲姫「深海棲艦の身体に必要な生命エネルギー、あの人の求める容量…でも、あの人は甘いですからねぇ…クッ…アハハハハハ!優しさに優しさが返ってくることなんてないんですよ…!よく覚えておきなさい、優しさは簡単に裏切られますよ」

 

護衛棲姫「ハイ、駆逐棲姫様」



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evolution

離島鎮守府 執務室

提督代理 朧

 

朧「…海底にケーブルを引くにもこの距離じゃ無理だもんね…」

 

レ級「何より最近攻撃が苛烈になり過ぎ、私たちもろくに動けないし簡単に全ての予定が壊される…輸送船を守ることすらままならないわ」

 

朧「簡易的な電波塔は?」

 

レ級「んなもん1時間待たずに壊されるに決まってる、見張りを置くにも本土との距離がどれだけあると思ってんのよ」

 

朧「…全部ダメ、か…曙の方は春雨さんにもう少し様子を見ろって言われたし…」

 

レ級「アンテナを作るしかないんじゃないの?どでかい奴」

 

朧「……実はそれも本土の方から打診されてるんだけど、技術者はみんなこっちに来るの拒否してるらしくて…明石さん頼るしか無いけど、最近オーバーワーク気味だし…」

 

レ級「…材料を運ぶ船に説明書をつけさせなさい、私が作るから」

 

朧「できるの?」

 

レ級「説明書が正確なら誰でもできるわ」

 

朧(誰でもできないからこうなってるんだけど…)

 

朧「それと…リミッター、朝潮や漣達がモニターになってるみたいだけど、機能の低下はそこまで顕著なものじゃない、技術で充分補えるみたいだよ」

 

レ級「そうじゃなかったら困るわ」

 

朧「…曙」

 

レ級「何」

 

朧「曙も、オーバーワーク気味…って言うか、オーバーワークすぎ、休んで」

 

レ級「私を下げることをは提督の意思に逆らうことよ」

 

朧「真逆だよ…提督は曙1人に無理をさせたくて「みんなを守れ」なんて言ったんじゃない」

 

レ級「私が戦わなければみんな死ぬわ」

 

朧「そんな事ない、みんな強くなってるんだ、曙が想像してるよりずっと」

 

レ級「……じゃあ、アンタらに駆逐棲姫が止められるの?私ですら手を焼くアイツを誰が殺せるのよ…!」

 

朧「…それは……今重要なことじゃない」

 

レ級「たった一回の選択ミスで向こうはこちらを全滅させられる、それを分かった上で話してるんでしょうね?朧」

 

朧「……」

 

確かに、最高戦力を下げたとして…その隙を突かれて補給物資が一度届かなければ?

士気は下がる、アタシは非難され、誰も従わなくなるかもしれない

 

だとしても

 

朧「アタシは今は提督代理、アタシの命令が優先」

 

レ級「深海棲艦にオーバーワークなんて言葉存在しない」

 

朧「曙は人間だよ…!」

 

レ級「どこが、誰がどう見てもバケモノでしょうが」

 

朧「私の目には曙は曙として映ってる、アタシには脆いただの人間に見える」

 

レ級「ならアンタは何でそれに頼ってんのよ!」

 

朧「…アタシが弱いからだよ!そんなの分かってる!本当ならこんな戦い誰もしたくないんだ!だけどやらなきゃいけない!それはみんな知ってるんだよ!曙がみんなを戦いから遠ざけようとしてるのもわかってる!」

 

レ級「私にそんな意図はない、単純にアンタらが弱いだけでしょうが!」

 

朧「……曙、やっぱりアタシ達は逆なんだよ、もう曙は戦わなくて良いんだよ」

 

レ級「…アンタが戦っても碌な戦力にならないのに?」

 

朧「アタシがやって来たことは曙もよく分かってるでしょ…?ねぇ、曙…」

 

レ級「……足りないから、止めてるんでしょうが…」

 

朧「輸送船の護衛にはアタシが行く、メンバーは川内さん達と阿武隈さん、不知火さん」

 

レ級「空は」

 

朧「艦載機なんてどれだけ使っても全部落ちるよ…書類を用意して届ける手配をしてくるから」

 

レ級「本気なのね、後悔するわよ」

 

朧「…覚悟はしてるよ」

 

 

 

 

波止場

 

川内「へぇ、無茶するんだね」

 

朧「…曙だって、元々は戦うのが嫌いだったんです、戦うしかなかったからこうなっただけで」

 

神通「それでああなれたのなら…恐ろしいことですね」

 

那珂「でも、なんで朧ちゃんはそんなにムキになってるの?」

 

朧「……1人でみんなの分まで戦っても何も解決しない、曙が苦しむだけだって思ったから…アタシはアタシのやり方でこの戦いに臨む…」

 

阿武隈「確かに、曙さんに頼り過ぎかもしれませんね…」

 

不知火「しかし、あの人無しにはここは成立していません」

 

朧「…わかってます、でもアタシは…アタシ自身が強くなることしかできないから」

 

阿武隈「……そろそろ出ましょう、日暮れです」

 

朧「予定通り、闇に紛れて低速で向かいます」

 

川内「神通、警戒は任せたよ」

 

神通「はい、姉さん」

 

那珂「よーし、行こう!」

 

 

 

 

 

海上

 

朧(…あと3時間で到着予定…か)

 

神通「前方に哨戒部隊と思われる深海棲艦発見」

 

朧「…避けましょう」

 

綾波に位置がバレて輸送作戦を妨害されることだけは避けたい

 

川内「……多分、ダメな気がするなぁ、これ」

 

阿武隈「…私も、ここまでに複数の哨戒部隊を発見、戦闘を避けて来ましたが…まるで此方がこう動くのを読んでいるようです」

 

朧(…だとしたら、綾波は…どう来る?アタシ達を弄ぶと考えたら……わからない、わからないけど…)

 

目の奥に熱が籠る

 

朧「…展開、輪形陣に、阿武隈さんと不知火さんで左右に広がって川内さんが前に、神通さんは後方警戒を」

 

川内「…朧?」

 

神通「どうしたんですか」

 

朧「…お願いします」

 

朧(綾波がアタシに想像なんてできない作戦を持ってるなら、綾波のことなんて何も分からなくて当然なんだから…だから、アタシが取るべき行動は…!)

 

朧「那珂さん、お願いします」

 

海面を二度靴で蹴る

 

那珂「…オッケー…せーの!」

 

2人同時に海面を強く殴りつける

 

川内「…何やって…?」

 

神通「……居ます、私と阿武隈さんの間!」

 

阿武隈「爆雷投下!」

 

爆雷が炸裂する

 

駆逐棲姫「アハっ!アハハハハハ!まさか即席ソナーとは…やりますねぇ」

 

朧「綾波…!やっぱりついて来てたんだ…」

 

駆逐棲姫「ええ、しかし、何で気づいたんですか?」

 

朧「……わからない、だけど…」

 

熱が、強く、脳に浸透するような

 

朧「…いや、そんなことどうでも良いんだ…ここで、倒す」

 

駆逐棲姫(…あの目の…ああ、なるほど…惹かれ合いましたか)

 

駆逐棲姫「なら、私の新しい力をお見せしましょうか」

 

軽く水面を飛んだ綾波に鋼鉄の脚が現れる

 

川内(…あの義足、仕込みだ)

 

朧「神通さんは周囲警戒継続!阿武隈さんと不知火さんはまだ待機!前衛はアタシが行きます!」

 

踏み込み、綾波に詰め寄る

 

駆逐棲姫(…砲戦かと思ってましたが、頭が弱い人の考えることは分かりませんねぇ…)

 

朧(大丈夫、秘策はあるんだ…やれる)

 

綾波に詰め寄り、格闘をいなさせる

 

駆逐棲姫(…何かをしようとしているのはわかりますが…)

 

朧(…十分距離は詰められた)

 

拳を引くフリをして爆雷をつなぐ紐を指に引っ掛ける

 

駆逐棲姫(爆雷?しかも、かなりの数…成る程、捕まえて爆破か、エグい真似を…)

 

朧「逃がさない!」

 

縄を鞭のようにしならせ、綾波を打つ

綾波を中心に縄が絡みつく

 

綾波(しかし、この爆雷は加圧で炸裂するタイプ…?)

 

両手に主砲を持ち、向ける

 

朧「焼夷弾!」

 

切り詰められた2つの主砲から四発の焼夷弾が綾波を捉える

 

駆逐棲姫(この距離で…自爆か)

 

撃ち込んだと同時に後方へと強く引かれる

 

那珂「イケてる!?」

 

朧「ジャスト!」

 

那珂さんがアタシをワイヤで回収することでアタシは継続して砲撃に集中できる…

 

朧(次は榴弾8発、その次が煙幕弾を右に2発込めてるから左の焼夷弾で焼き払う!)

 

綾波が榴弾と爆雷の炸裂で粉微塵になるまで撃ち込む

 

駆逐棲姫(…曙さんもそうですが、戦闘センスは素晴らしい…今の視線の動き、手首の返し方、薬莢の排出も通常よりスムーズ…私の思ってた通りのことをやってのける…しかし、あなたは私が気づかせたことを実践してるに過ぎない…)

 

朧「焼き払う…!」

 

焼夷弾が飛び散り、綾波のカケラを焼く

 

駆逐棲姫(…仕方ない、再生させるか)

 

朧(きっと、アタシが想像もできないことをやる、ありえないってことをやる…だから…いや、わかった!)

 

手首に視線を送る

 

右手の主砲を捨て、上空へと右手を突き出す

中途半端に再生した綾波が上空から降ってくる

 

駆逐棲姫(読まれた…!?違う、匂いか……しかし、主砲を持ってない…?)

 

朧「…データドレイン!!」

 

眩い閃光とともに幾何学模様の腕輪が展開する

 

駆逐棲姫「…成る程」

 

電気が弾けるような音が響き、綾波が海面に落ちる

 

駆逐棲姫「思ったよりやりますねぇ、あー…気持ち悪…」

 

海面に寝そべったまま、だるそうに駆逐棲姫の姿のまま綾波が喋る

 

川内「…データドレインを受けて、何ともない…?」

 

神通「いや…弱らせられていなかった…」

 

朧「…そん、な…」

 

駆逐棲姫「うーん…朧さん、あなたへの見る目、変わりましたよ…素体にも向かないし、私をこんなに不愉快な状態にするし…」

 

綾波が状態を起こし、此方を向く

 

駆逐棲姫「あなたは目の上のたんこぶだ、あなたは妹にしたくない…」

 

綾波が立ち上がる

 

神通(…仕掛けるか…背後をとってる、今なら…)

 

川内(神通はやる気だし、こっちで意識を惹いて…!)

 

川内さんが綾波を砲撃する

 

駆逐棲姫「…まだ再生しきってないから痛むところは痛むんですよ、わざわざ痛覚をつけて自戒してるんですから邪魔しないでくれますか…神通さん」

 

背後から忍び寄る神通さんを回し蹴りで吹き飛ばす

 

神通「が……ぁ…!」

 

駆逐棲姫「…朧さん、あなたは本当に可愛くない人だ、痛めつけたいとか、苦しめたいって感情ばかり湧くのは何ででしょうか」

 

綾波の視線に貫かれ、膝が崩れ、海面に尻餅をつく

立ち上がることができない

 

朧(…なんで、体が動かなく…)

 

阿武隈「動かないで!」

 

不知火「撃ちますよ」

 

駆逐棲姫「…どうぞ?いくら私を殺しても再生する、それも一瞬で…無駄だと思いません?」

 

川内「那珂!」

 

那珂「わかってる!」

 

川内さんと那珂さんが2人がかりで近接戦闘を仕掛け、その隙間を阿武隈さんと不知火さんが狙い撃つ

 

駆逐棲姫(…誤射ひとつない、ありえない正確な砲撃…そして射線を気にしないこの大胆な格闘………児戯でしかない…ああ、朧さんは決して弱くない、潜在能力はまだまだあるのだろうが…何でこんなに気に食わないのか)

 

川内「…ぁ、が…」

 

那珂「川内姉さ……え…」

 

川内さんがまず崩れ落ちる

そして那珂さんも綾波の餌食になる

 

駆逐棲姫「そういえばこのメンバーでは見せてませんでしたっけ、朧さん以外」

 

阿武隈さんと不知火さんも、いつのまにかうつ伏せに倒れる

 

朧(…前に横須賀に行った時に見せた…島風と戦った時の超スピード…?)

 

駆逐棲姫「私はあなた達よりずっと強いそれを…朧さんも教えてあげればよかったのに」

 

朧「…なんで、データドレインが効かないの…」

 

駆逐棲姫「……ハァ…あなた、本当に馬鹿ですよね…私が作ったものが私に効くわけないのに…何で常識ないんですか?あなたが気に食わないのはそこが理由なのかなぁ…」

 

朧「今、何をしたの…」

 

駆逐棲姫「4名同時に仕留めた…それだけですよ?高速移動しただけです、あなた達もやろうとすればできますよ?身体が壊れちゃいますし、意識がスピードについていけませんけど」

 

朧「どうして…」

 

駆逐棲姫「なんで?何?どうして?……ほんっとウッザイなぁ…良いや、あなたは…っと」

 

綾波の右胸から槍が飛び出す

 

神通「…このまま…!」

 

槍が綾波の身体を縦に裂く

 

駆逐棲姫「…だから、痛いんですって!」

 

神通「ぁがっ…!」

 

綾波が一瞬で身体を再生し、神通さんに前蹴りを見舞う

 

神通「…こ、これは…動けない…!」

 

駆逐棲姫「…そうだ!良いものを見せてあげますよ、ほら」

 

綾波が脚を上げると足先が腹部に突き刺さったまま神通さんも持ち上がる

 

神通「…吸い込まれて…!」

 

駆逐棲姫「そうです、今この義足の内部は辺りの空気を取り込んでいます…ところで、空気砲ってありますよね?圧縮した空気を放ったらどうなるんでしょうか」

 

朧「…や、やめ…」

 

駆逐棲姫「やめな〜い」

 

神通「…あ……」

 

神通さんの腹部が弾け飛ぶ

真っ二つになり、海面に落ちる

 

朧「…そんな…」

 

駆逐棲姫「まだ終わってませんよ」

 

綾波がグローブのスイッチを操作する

 

朧(…この音、水を吸ってる…?ま、まさか…)

 

駆逐棲姫「おっ!気づきましたか〜、ご明察、水圧のカッターも作れるんですよ!」

 

綾波が空を蹴るような素振りを見せる

右手の指先がぐちゃぐちゃになる

 

朧「ぁ…ああ…!」

 

駆逐棲姫「痛いですねぇ…!もっと痛くしてあげますよ…!あなただけは特に痛ぶって殺すって……決めちゃいましたから」

 

こんなに痛いのに、もう動けない

身体が氷漬けにされたみたいに、立てない、指一つ動かない

 

朧(…まだ、終われないのに…アタシが失敗しちゃいけないのに…)

 

駆逐棲姫「あ?」

 

綾波の頭が海面を転がる

 

神通「……どうすれば、あなたは死んでくれるのか…」

 

朧「…神通、さん…?」

 

先ほど弾け飛んだ部位の衣服は無い、だが傷一つない神通さんが綾波の身体を蹴り飛ばす

 

神通「朧さん、手を出して」

 

神通さんが手を翳す

 

神通「…3分もあれば元に戻ります、多少傷跡は残るかもしれませんが…」

 

朧「え…?」

 

神通「……この力が、今のこの世界を蝕む外道の力であろうと…私は使う、そう決めました」

 

朧「そ、それ…」

 

神通さんの左肩から黒い泡が吹き出す

 

駆逐棲姫「…成る程?あなたは折角作り直した世界を壊そうと言うのですか」

 

神通「壊すほど暴れるつもりはありません…少し、時間を稼ぐだけです」

 

朧「えっ」

 

襟を掴まれ、後方へと引っ張られる

 

川内「急ぐよ!」

 

那珂「神通姉さん任せたからね!」

 

朧「待っ…」

 

川内「神通なら、大丈夫だから!」 

 

神通さんの左肩の泡が黒い異形の腕を形成する、そしてその腕に赤い亀裂が走る

 

神通「忘れ物です」

 

その腕が阿武隈さんと不知火さんを引っ掛け此方へと投げる

 

川内「よし!撤退!」

 

那珂「目的地まで撤退!」

 

川内さんと那珂さんが2人を背負い、進む

 

 

 

軽巡洋艦 神通

 

神通「妨害しなくて良いんですか」

 

駆逐棲姫「…うーん…貴方、碑文の力を使いましたね?AIDAだけじゃなく」

 

神通「…それが何か、わたしは増殖で失われた箇所を再生しただけです」

 

駆逐棲姫(…私が警戒してるのは本物のデータドレインなんですが…まあ気づいてないなら良いや)

 

駆逐棲姫「御褒美に、良いものを見せてあげましょうか!」

 

神通「…な…!」

 

駆逐棲姫の義足が外れ、生身の脚が生える

それだけでは無い、帽子や衣服にも変化…しかし、特筆するべきは腰のあたりから伸びる巨大な黒い腕

 

駆逐水鬼「駆逐棲姫改め…駆逐水鬼、と言ったところかな」

 

神通(…これは…何が起きて…)

 

駆逐水鬼「当然、できることも増えてるし、力の出力も上がってるので強いと思いますよ?ああ、あとは…」

 

外れた義足が駆逐水鬼の脚にまとわりつく

 

駆逐水鬼「これでいいかな」

 

神通(……強くなったとして、どれほど…)

 

駆逐水鬼「アハッ」

 

視界から駆逐水鬼が消える

 

神通「!?…どこに…」

 

駆逐水鬼「後ろ、ですよ」

 

振り向きざまにガードの姿勢を取る

 

駆逐水鬼「かる〜くパンチ」

 

神通「ぁ……」

 

ガードした腕だけじゃ無い、肩やAIDAの腕すらも砕けるような感覚…

 

駆逐水鬼「…まあ、軽く離島鎮守府までフライトしてもらいましょうか」



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素敵な一日を

離島鎮守府

駆逐艦 島風

 

島風「…ありがとう、明石さん」

 

明石「…これ、できるだけ使わないでください、島風ちゃん、貴方を蝕むものであることは何も変わらない」

 

島風「……使わなくても良いのなら、私も使いたくは無い…」

 

明石「……」

 

岩が砕けるような音が響く

 

明石「な、なに!?」

 

島風「外だ…!」

 

 

 

 

駆逐水鬼「ん〜、実にいいフライトでしたねぇ…でも、夜も遅いって言うのに騒いじゃったから迷惑かも…御近所さんに迷惑かけちゃいけませんからねぇ…あ、40浬も離れてたら近所じゃないか」

 

神通「…っ…う…」

 

駆逐水鬼「あら、もう回復してる…でも、AIDAは引っ込んじゃいましたねぇ?」

 

神通「…かはっ…」

 

駆逐水鬼「ほら、お喋りしましょう?あなたは育ちすぎてて素体にはできませんけど…いや、手足を削って…頭と胴体が大きすぎるから論外か」

 

島風「…何、これ」

 

駆逐水鬼「おや、島風さん…前より雰囲気が少し弱々しくなりましたか」

 

島風「え…?」

 

神通「に、逃げて…」

 

駆逐水鬼「…ああ、この姿じゃわかりづらいか」

 

駆逐水鬼の姿が変化する

 

駆逐棲姫「ほら、わかりますか?」

 

島風「駆逐棲姫…!」

 

駆逐棲姫「うーん、こっちはなんかセーブモードみたいな感じであんまり強く無いんですけどねぇ…顔見せは便利だし、まあ良いか」

 

島風(…やるしか、ない…)

 

黒いモヤが右手に集まる

 

駆逐棲姫(…やはり、あなたはソレに頼るしか無い)

 

島風「……前とは違う、から」

 

駆逐棲姫「…ほう?」

 

モヤが腕輪の形を作る

 

島風「……私は、この力をみんなを守るために使う…例え、これがあなたと同じ力だったとしても」

 

駆逐棲姫「成る程、やって見れば良いですよ」

 

島風「…最速」

 

通り過ぎ様に一閃、首を刎ねる

 

駆逐棲姫(…首、何か守るもの付けておこうかなぁ…)

 

駆逐棲姫の体が霞のように消え、再び無傷の姿で現れる

 

駆逐棲姫「…おや」

 

島風「…今度は、暴走なんかしてない」

 

駆逐棲姫「……成る程」

 

駆逐棲姫(秋津洲さんはやはり使えないな、真の価値は機械的な演算能力にあるのに…いくら速くても幼稚な戦術、ワンパターンな攻撃では何にも敵わないというのに)

 

神通「…充分回復できました、私も戦います」

 

島風「……行くよ!」

 

駆逐棲姫「まあ、お相手しましょうか」

 

加速し、斬りかかる

 

駆逐棲姫「……その力を与えたのが誰かお忘れですか?」

 

双剣をグローブで受け止められる

 

島風(…やっぱり、駆逐棲姫も加速できる…!)

 

駆逐棲姫「…ふふ…まあ、私が継続して使えるのは5秒と言ったところですけどね、それ以上は再生しながら無理矢理戦うことを強いられる」

 

島風(……5秒なら、なんとかなる…?)

 

神通「やあぁぁぁッ!」

 

駆逐棲姫「鈍い」

 

背後から振り翳された槍を回し蹴りで弾く

 

神通(今はとにかく島風さんを援護するしか無い…私ではあの速度には追いつけない…とにかく、少しでも邪魔を…!)

 

駆逐棲姫(…とか、考えてるんでしょうが…違うんだなぁ…)

 

島風(…加速しても思考時間は増えない、意識も気を抜いたら持って行かれそうになるくらい速い……要するに、車に乗ってるのと同じ、移動時に加速してるだけ…決して私の時間は増えない…)

 

駆逐棲姫の周囲を走り回る

 

島風(大丈夫、狙える…一瞬で仕留められなくても…持久戦に持ち込めば…)

 

駆逐棲姫(…さすが私が作っただけある、速すぎて見えませんね…でも、あなたみたいなオツムの弱い人の行動なんて手に取るようにわかる…私は対処の瞬間だけ加速するだけで良い)

 

背後からの刺突、確実に背中を取ったのに駆逐棲姫をすり抜ける

 

島風「…かわされた…」

 

駆逐棲姫「すり抜けたみたいに感じたでしょう?アハッ…楽しいかもしれませんねこれ」

 

駆逐棲姫が此方にゆっくりと歩いてくる

感覚が研ぎ澄まされた私には、そのゆっくりがまるで何分も、かけているように…

 

島風(隙を見つける…ほんの一瞬でいい、隙を…)

 

神通「…はぁッ!」

 

神通さんの背後からの刺突を駆逐棲姫はすり抜けるようにかわす

 

神通「まだです!」

 

神通さんの左肩から黒い泡が吹き出す

 

駆逐棲姫「おや」

 

神通「見なさい…!」

 

駆逐棲姫の立っていた場所に大きな赤熱する十字の傷跡が刻まれる

 

駆逐棲姫(流石に威力は高い…気になるのは、純正のAIDAは私を殺しうるのか…下手にダメージを受けるのは不味そうです)

 

島風(とった!)

 

駆逐棲姫の背中に双剣を突き立てる

 

駆逐棲姫「っと…考え込むのは私の悪い癖か」

 

島風「…背中を刺されたのに…なんともない…?!」

 

駆逐棲姫「当たり前でしょう、不死なんですから…もう痛覚も切ってるので不快感しかありません」

 

島風(不死…深海棲艦を元に戻すにはデータドレインしか無いのなら…)

 

何かが軋むような音がする

 

島風(…っ!腕輪にヒビが…!…無限に使い続けられるわけじゃ無いんだ…)

 

後方に跳び、双剣を構え直す

 

駆逐棲姫(…あの不安そうな顔色、今のバックステップと構え、消極的な行動に出そうですねぇ…好都合ですが)

 

神通(…速さ、そしてパワーも向こうが上…殺しきれなくてもいい、ここから排除するには…)

 

島風(今、勝つためには…!)

 

駆逐棲姫「…おや、てっきりもう少し弱気になるかと思えば…いい気迫です、私もそれに見合った力を…」

 

駆逐棲姫の頭に砲弾が直撃する

 

キタカミ「良かったー、2人ともまだ無事で…間に合ったかー」

 

曙「早朝からロクでも無いやつの辛拝むなんて、最悪ね…その上、神通、アンタあとで事情聴取だから」

 

神通「…わかっています」

 

駆逐棲姫「……皆さん揃って私の首や顔に何の恨みがあるのやら」

 

曙「アンタがどんだけ恨み買ったか、自分でやったことわかってるんでしょ?」

 

駆逐棲姫「当然!わからないわけないじゃ無いですか!」

 

駆逐棲姫がにっこりと笑う

 

キタカミ(…マジで腹立つなこいつ)

 

曙「島風、キツいなら退がりなさい」

 

島風「…大丈夫…!」

 

駆逐棲姫「さて、4対1ですし…少しレベルアップしますね」

 

駆逐棲姫の姿が変わる

 

キタカミ「…成る程ね、変な匂いが混じってたのはそれか」

 

曙「それは…」

 

駆逐水鬼「さあ、レベル2ですよ…ああ、でもあなた達はレベル1も攻略前でしたねぇ?ふふっ」

 

神通(…曙さん…)

 

曙(…神通のカバーに入るか、キタカミならこっちに合わせてくれる)

 

神通さんと曙が前後から斬りかかる

 

駆逐水鬼「おや」

 

駆逐水鬼の巨大な腕が曙の双剣を防ぐ

 

神通(背中がガラ空き!)

 

神通さんが大きく体を回転させ、手刀と槍の刺突を同時に放つ

 

神通「…え、の、呑み込まれ…!」

 

駆逐水鬼「背中を狙い続けるなんて…なんて卑劣なんでしょう!素晴らしいですよ、神通さん…貴方は気が向いたので食べることにします♪」

 

神通さんの槍と腕が駆逐水鬼にだんだん深く刺さっていく

しかし苦しそうなのはむしろ神通さんの方で…

 

キタカミ「神通!」

 

神通「やってください!」

 

駆逐水鬼「っと」

 

神通さんの腕が砲撃で吹き飛ぶ

 

神通「ッ!…ぐ……!」

 

駆逐水鬼「両腕を犠牲にしましたか、判断も早い…しかし、私はもう食べると決めましたから…」

 

神通(再生に何秒かかる…!私に迫るこの深海棲艦を払い除ける腕が早急に要る…!)

 

曙「燃え尽きろ!!」

 

駆逐水鬼「無駄ですよ、貴方の攻撃ではこの腕に全て防がれる」

 

島風(…そうだ……例え、ダメージにならないとしても…)

 

駆逐水鬼「…おや、島風さん、私の前に立ちはだかってどうするんですか?まさか…貴方如きでどうにかなると?」

 

島風(加速した瞬間にはきっと反応できない…だから、この近距離で…!)

 

僅か1メートルほどの間合いの為に、トップスピードを出し尽くす

 

駆逐水鬼「……成る程、貴方も賢い子ですねぇ…まさか目を潰されるとは」

 

曙(今なら…あの大腕の付け根を狙える!)

 

島風(斬り落とす!)

 

駆逐水鬼「…んー…まだ視界がぼやけ…あ、あた…眼球が潰れましたかね?」

 

キタカミ「潰したからねぇ…良い的が2つもあるし…鼻と口にも見舞おうか?」

 

曙「今!」

 

島風「っりゃぁ!」

 

駆逐水鬼の大腕が金属のような音を鳴らし地面に落ちる

 

駆逐水鬼「おや、おやおやおや」

 

神通(私も再生が終わった…これで戦える!)

 

駆逐水鬼「んー!良いですねぇ!」

 

駆逐水鬼が大きく伸びをし、柔軟体操のような動きをして見せる

 

キタカミ(…効いてないどころか、再生する素振りもない)

 

駆逐水鬼「腰が軽くなりました…バランス悪くて困ってたんですよ!」

 

島風「ぎゃっ!?」

 

頭を蹴りで打ち砕かれる

ボールのように地面を跳ね、そのまま倒れる

 

曙「島風!」

 

駆逐水鬼「ああ!しまった、強すぎましたか?気絶するくらいに調整したつもりでしたがまさか死んだんじゃ……まあそれならそれで良いんですけど…」

 

キタカミ(…これは、相当やばい気がする…)

 

 

 

駆逐水鬼

 

駆逐水鬼(しかし、レ級さんが出てこないのが気になるな…まあ、島風さんのデータは取れたし…)

 

グローブをはめ直す

 

駆逐水鬼「そろそろ終わりましょうか」

 

曙「こっちもそのつもりよ!!」

 

炎が私を焼く

 

曙「もう、防がせない」

 

複数の方向から軽い斬撃

 

駆逐水鬼(…炎のせいで何をされてるのか掴めない…でも、逆に何をしてるのかバレない)

 

スイッチを操作する

 

駆逐水鬼「あーあ…炎が裏目に出ちゃった」

 

炎を義足が吸い込む

 

曙「なっ…!?」

 

神通「炎を、取り込んで…」

 

駆逐水鬼「ほら、お返しです……逃げられますか?」

 

加速し、キタカミの背後に回る

 

曙「消えた!?」

 

神通「違う!キタカミさん!」

 

キタカミ「…流石に無理」

 

背後から蹴り、炎を放つ

 

キタカミ「…ぐ…」

 

キタカミが崩れ落ち、炎に焼かれる

 

曙「キタカミ!よくも…!」

 

駆逐水鬼「ああ、そうだ、貴方のデータも欲しいなー…」

 

神通(今!)

 

AIDAの腕に掴まれる

 

駆逐水鬼「…ああ、しまった、油断した」

 

神通「はあァァッ!」

 

地面に叩きつけられ、槍とAIDAの腕による斬撃

かろうじて急所を避けるものの両足を切断される

 

駆逐水鬼「…凄い、痛いですよ!痛覚遮断してるのに痛い!アハハッ!」

 

神通(効いてる!このまま…)

 

駆逐水鬼「でも…流石にウザいですね、貴方」

 

神通「っ!?」

 

曙「…え…?神通が消えた…?」

 

駆逐水鬼「いやー…邪魔すぎるので、デジタル空間に放り込んでおきました、自力で帰ってこられるのかな?」

 

曙「…それって…」

 

駆逐水鬼「ま、逞しいし生きて帰れるかもしれませんね、運が良かったら……うわ、再生できない?…いや、速度が遅いのか…神通さんも中々やるなぁ…」

 

曙(…コイツを…!)

 

駆逐水鬼「ん?」

 

曙「今!アンタを殺してやる…!これ以上誰も傷つけさせない!」

 

駆逐水鬼「……やっぱり頭は弱いんですねぇ、4対1が1対1になったの気づいてます?…それともこの足が無くなったから倒せるとでも?」

 

曙「そんなの関係ない…ただ、もう我慢の限界なのよ!」

 

周囲の温度が急激に上昇する

 

駆逐水鬼(…適合率が跳ね上がりましたか…やはりストレスを与えるべきか、しかしもう私の体は限界…仕方ない、軽くあしらって撤退しましょう)

 

曙「あああぁぁぁぁぁッ!!」

 

曙さんの周囲の地面に火が灯る

 

駆逐水鬼「…ほんとにいい素体だ、欲しくてたまらない、だけどまだ収穫には早いか」

 

曙「死ねぇぇぇぇッ!」

 

炎を纏い、異常な速度でこちらへと駆けてくる

走る度に地面が砕ける異常な音が響く

 

駆逐水鬼「…素敵です」

 

かわせない、正面から迫ってくるアレを受け止めなければならない

 

駆逐水鬼「ああ、素晴らしい…」

 

曙「ぁがあっ!?」

 

駆逐水鬼「…驚きました?ソレ、自立式にしてあるんですよ」

 

大腕が曙さんを押し潰す

 

曙「がっ…あ"…!」

 

駆逐水鬼「…貴方の成長に期待してますよ、素敵なレ級になってくださいね、have a nice day!」

 

一例し、その場から姿を消す

 

 

 

 

医務室

駆逐艦 春雨

 

春雨「…それで、何の用ですか」

 

レ級「まず、先にキタカミさん達は?」

 

春雨「…全身火傷のキタカミさんに、脳挫傷の島風さん、曙さんは両脚等の骨折…どれも、本当にひどい状態です、しかし最も危険なのはキタカミさんですね、呼吸したせいで気道熱傷もあります、今は酸素マスクで呼吸できていますが…」

 

レ級「…そうですか」

 

春雨「「そうですか」?…貴方は、確かに貴方は重傷を負った3人をここに連れてきた、しかし…自分が何をしたのかわかってるんですか…貴方はあの人たちを見殺しにした!」

 

レ級「死んではいません」

 

春雨「…一歩間違えれば死んでたかもしれない」

 

レ級「私は、朧に戦うなと言われたから戦わなかった、それだけです」

 

春雨「……冗談言ってる場合じゃないんです、貴方そんなチャチな事のために…!」

 

レ級「…それが、何だというのですか、チャチだからなんだと?私はそんな小さなことに拘る人間じゃないとでも思っていましたか」

 

春雨「貴方の仲間でしょう…!」

 

レ級「なら、貴方が助けに行けば良かった」

 

春雨「……言い訳でしかないですが、所詮私では貴方達の足手纏いにしかなりません、それに唯一の医官の私が怪我をするわけにはいかなかった」

 

レ級「…私は、所詮チャチなやつです、貴方達の思ってるほど立派な存在じゃない」

 

春雨「貴方は、自分の提督を裏切ったこと、理解しているんですよね…?」

 

レ級「……」

 

春雨「守れって言われたんですよね…?なのに、何で助けなかったんですか…!」

 

レ級「…失礼します」

 

春雨「…逃げるんですか」

 

レ級「ええ、返す言葉も…見つけられませんでした」

 

 

 

 

 

春雨「おはようございます、お二人共」

 

曙「…今回は?」

 

島風「6時間…だって」

 

春雨「まだお昼にもなっていません、ゆっくりなさってください」

 

曙「……また、同じ相手に何回もボロ負けにされたわ」

 

島風「…勝てる気がしなかった…何をしてもダメな気がした…」

 

春雨「どうか気を病まないで下さい、気を病んで仕舞えば怪我の治りも悪くなる…」

 

曙「…治ったところで、この脚じゃもう歩けないわ」

 

島風「……でも、また戦わないと…」

 

2人共、明らかに心が弱っている

特に島風さんはそれが顕著に見える戦うことへの躊躇いが、恐怖がみてとれた

 

春雨(…朧さんが帰ったら撤退を示唆するべきか、こんな所…維持できるわけがない、有事の際にどこも助けてくれない、補給すらもままならない…ここはやはり呪われた土地だ)

 

春雨「大丈夫です、焦る必要なんてないのですから」

 

私は私にやれる事をやるしかない

足手纏いになる訳にはいかない

 

春雨「カーテンを閉めてもよろしいですか?」

 

曙「…どうして?」

 

春雨「少し着替えをしたいもので」

 

島風「あー…そっか、うん、閉めて」

 

曙「自分の部屋あるでしょうに…」

 

春雨「なにぶん、忙しいもので」

 

2人のカーテンを閉め、キタカミさんのベッドへ向かう

 

キタカミ「……」

 

春雨(…お目覚めはまだ、か)

 

全身の火傷はなかなかに深い、全身に水膨れができ、顔は特に原型を留めていなかった

皮膚は布が擦れれば崩れ落ちる、肉すらも簡単に剥がれ落ちる、待機中の細菌から感染症になる事も警戒せねばならない

だから、やむを得なかった

 

春雨(…修復剤の効果は流石だ…しかし、これが最後の使用にしたい…これがただ傷を治す薬じゃない事は周知の事実なのだから)

 

春雨「お待たせ致しました、何か必要なことがあれば何でも言いつけてください、私は言うことを聞く患者には優しいので」

 

曙「…服、変わってない様子だけど」

 

春雨「ああ、白衣を上からきてますし…気づかなくても無理ありませんよ、それとも私の裸体をお望みですか?私はそんな趣味ないんですけど…」

 

曙「……アンタと話してると頭痛くなってくるわ」

 

春雨「頭痛薬、いります?既に鎮痛剤を処方してますけど」

 

曙「…やめとく」

 

島風「……」

 

春雨(…朧さん達の帰還が早まることを祈るばかり、か)



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消失

The・World R:1

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

駆逐艦 敷波

 

敷波「…おーい…どした、またお腹減った?」

 

プチグソ「……ぶひ」

 

敷波(…なんか、変…だよね、お腹減ってるにしても…何かおかしいような…)

 

プチグソ「ぶひ…?」

 

敷波「…調子悪いの?ねぇ、大丈夫…?」

 

プチグソ「ぶぶ…」

 

敷波(やっぱりおかしい…)

 

敷波「どうすればいいんだろ…動物病院とか…ない、かな…」

 

青葉「あ、良かった…敷波さん、無事だったんですね…」

 

敷波「あ…う、うん…でも…」

 

 

 

 

青葉「確かに、弱ってるように見えます…プチグソについて詳しく調べられる場所……私、誰かに教えてもらえないか聞いてきます」

 

敷波「アタシも行く!」

 

青葉「…何を言われるかわかりませんよ」

 

敷波「…アタシが責任、持たなきゃ…」

 

青葉「わかりました」

 

 

青葉「すいません、少し伺いたい事があるのですが」

 

昴「はい?何でしょうか」

 

真っ白なドレス、背中に天使の羽を生やした女性のキャラクターに声をかける

 

敷波「プチグソ、弱ってるんだ…治す方法知らない…?」

 

昴「…貴方は…」

 

敷波「…知ってる!?それとも知らない!?」

 

昴「…プチグソ牧場、タウンの奥にプチグソ牧場があります、そこでNPCにプチグソを診て貰えばおそらく…案内しましょうか」

 

青葉「すみません、お願いします」

 

敷波「やった…!治るって!もうちょっとの辛抱だからね…」

 

プチグソ「ぶ…」

 

昴「……」

 

 

 

 

プチグソ牧場

 

青葉(…タウンの奥には大人のプチグソが居る…か…なんて言うか、時って残酷だな…)

 

プチグソ屋「いらっしゃい、ここはプチグソ牧場だよ」

 

敷波「あの、この子…」

 

プチグソを差し出す

 

プチグソ屋「…んん?これはプチジステンパーだ、名前よりずっと恐ろしい病気だよ、予防接種はしなかったのかい?」

 

敷波「予防接種…?そ、それより治す手段は!?」

 

プチグソ屋「特効薬はホワイトチェリーだね、急いで与えないと手遅れになる」

 

敷波「そんな…手遅れって…青葉さん!」

 

青葉「ホワイトチェリー…持ってない、ですね…」

 

昴「私も持っては居ませんが、手に入るエリアを知っています…もしよければ、ですが…」

 

敷波「…お願い、その場所を教えて」

 

青葉「お願いします」

 

昴「わかりました、戦力にはなると思いませんが、私もご同行します…何かと役に立つでしょうから…メンバーアドレスです」

 

青葉(…昴…!?この人が、紅衣の騎士団の…トップ…)

 

 

 

 

 

 

Δサーバー 拒絶する 彼女の 進軍

 

青葉「…雪のエリア、ですか…」

 

敷波(寒い…)

 

敷波「此処にあるんだよね…」

 

昴「ええ…急ぎましょう」

 

青葉(…何だろう、エリアの奥が騒がしいような…)

 

敷波「ホワイトチェリー…何処…!」

 

 

 

青葉「見つかりませんね…」

 

敷波「早く見つけないといけないのに…!」

 

昴「…あれは…」

 

青葉「…今通ったのって…紅衣の…」

 

敷波「何?見つかった!?」

 

青葉「静かに…昨日の連中が居ます」

 

敷波「昨日のって…あの!?」

 

昴「…すみません、少し様子をみてもいいでしょうか」

 

青葉「…ええ、私も確認するべきだと思いました」

 

青葉(罠の可能性もある…場合によっては、数人でも道連れにして…敷波さんを逃す)

 

敷波(時間が無いのに、なんでこんな時に…)

 

 

 

昴「これは…」

 

青葉「騎士団と…アレは、この前の呪癒士が戦ってる?」

 

赤い衣装の騎士達がたった1人を囲み、捕らえようとしてる

 

 

銀漢「抜刀ォォ!!」

 

呪癒士を騎士が取り囲み、武器を向ける

 

銀漢「システム管理を補助する紅衣の騎士団の名の下にお前のキャラを一時、拘束させてもらう!大人しく従えばよし、さもなくば…」

 

司「懲りない人だね」

 

銀漢「何?」

 

司「またこの子にやられたいの?」

 

鉄アレイのような形のモンスターが現れる

 

銀漢「そっちがそのつもりなら、手加減はしない!」

 

 

敷波「…意味わかんない、何であんなことして…」

 

昴「…彼は、以前騎士団の団員をPKしました」

 

青葉「たかがPKであんな事をするんですか…!?」

 

昴「…それが…ただのPKではありませんでした…PKされた団員は意識不明になり、それが回復した後も軽い記憶障害などの異常をきたしたのです……彼はThe・Worldにいてはいけない危険な存在として…広く認識された」

 

青葉「…CC社は対応しなかったんですか」

 

昴「……ログイン停止の措置を取ったのに、効果が無かったと…」

 

青葉「……何ですか、それ…」

 

昴「しかし…これは許される事ではありません」

 

昴が一歩前に出る

 

昴「何事です!」

 

銀漢「昴様…!?」

 

騎士「昴様が何故件のPCと一緒に…!」

 

司「……」

 

敷波「え、アンタ…なんか偉いの…?」

 

青葉「…この人は紅衣の騎士団の団長です」

 

昴「このような作戦、許可した覚えはありません」

 

司「……」

 

呪癒士がこっちを見る

 

青葉(どうやら、罠では無かったらしいですが…余計な事に首を突っ込むのは避けたいですね)

 

青葉「敷波さん、私達は……危ない!」

 

青葉さんが昴へとモンスターから伸びる触手を斬り落とす

 

昴「っ…!」

 

銀漢「貴様!昴様を狙うとは…!やはりここで斬り捨ててくれる!」

 

司「やってみれば?こんなの何も怖く無い」

 

辺りの騎士が触手に貫かれる

 

銀漢「貴様!」

 

青葉「…何なんですか、これは…」

 

昴「…銀漢!やめさせなさい!これ以上皆を危険に晒してはいけません!」

 

銀漢「それはできません!」

 

昴「…どうか、お二人は先に…私は騎士団の長としてここに残らなくてはなりません」

 

青葉「敷波さん、私達はこれ以上関わるべきじゃ無い…」

 

敷波「…うん」

 

青葉(…ただ、一時的とはいえ意識不明にさせるほどの力…秋雲さんを助ける事につながるかもしれない…調べないと)

 

 

 

 

敷波「…ホワイトチェリーの場所知ってる昴がいなきゃ…見つかるのかな…」

 

青葉「大丈夫です…必ず見つけて見せますから」

 

敷波「…ホワイトチェリーも喋るのかな…」

 

青葉「多分…」

 

敷波「……あ、今何か聞こえた!」

 

青葉「本当ですか…!」

 

敷波「多分、今ここから…」

 

茂みの雪を払う

 

敷波「あった!白いさくらんぼ…!」

 

青葉「これがホワイトチェリー…」

 

敷波「早く帰らないと…あれ、足音?昴が追いかけてきたのかな…」

 

青葉(…いや、1人の足音じゃ無い…)

 

青葉「敷波さん、先に帰ってください、私は昴さんと話があるので」

 

敷波「え、でも…」

 

青葉「急いだ方がいいんですよね?」

 

敷波「…わかった」

 

 

 

重槍士 青葉

 

青葉「…やはり、紅衣の騎士団ですか」

 

騎士「貴様も拘束させてもらう!大人しく従え!」

 

青葉「……私は昴さんを守ったんですよ?なのに…」

 

騎士「黙れ!貴様が違法行為を働いているチートPCであることはわかっている!」

 

青葉「…聞く耳もなければ、道理もないのですね……」

 

騎士を槍で両断する

 

青葉「…昴さんはマトモそうだったのに…貴方達は何でそうなのか……いや、所詮人間なんてそんなものか…」

 

槍を振るい、死体を転がす

 

青葉(…今、私何を…のめり込みすぎたせいか、そんな事を…戻ろう)

 

 

 

 

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック プチグソ牧場

駆逐艦 敷波

 

敷波「持ってきたよ!ホワイトチェリー!」

 

プチグソ「ぶひ…」

 

出迎えてくれたプチグソがよろよろと目の前で倒れる

 

敷波(えっ…?たったアレだけの時間で、こんなに痩せ細って…本当に今にも…)

 

プチグソを抱き上げるために触れる

 

敷波「冷たっ…!…ほら、ホワイトチェリー…早く食べて…」

 

プチグソ「……ぶひ」

 

プチグソが前足でホワイトチェリーを蹴飛ばす

 

敷波「何やってんの!?食べなきゃ死んじゃ……え…?」

 

プチグソの身体が光の泡になって消える

 

敷波「……間に合わなかった…?…嘘だ……そんなの、嘘だ…」

 

後方から誰かが走ってくる

 

青葉「敷波さん!……敷波さん…?」

 

敷波「…青葉、さん…アタシ…間に合わなかった……助けられなかった…」

 

青葉「…そう、ですか…」

 

敷波「……なんで…こうなるんだよ…何でもっと早く気づけなかったの…?なんで…」

 

青葉「…自分を責めないでください」

 

敷波「………伝えなきゃ、この子の、飼い主に…」

 

青葉「敷波さん…」

 

敷波「責任は、果たさないと…」

 

ミッシェル「何の責任?」

 

敷波「…あ…」

 

青葉(…この人か)

 

ミッシェル「私のプチグソ、何処?」

 

敷波「……ゴメン、死んじゃった…病気で…」

 

ミッシェル「は?何それ!頼んだのに死なせたの!?」

 

敷波「…助けようとした…けど、間に合わなかった…」

 

ミッシェル「ふーん…別にいいけど、責任、取ってくれるんだっけ?ならアンタの持ってるアイテムとゴールド全部で許しといてあげるよ」

 

青葉「…はい?」

 

敷波「…アタシが持ってるのは、これだけだよ」

 

ホワイトチェリーと剣を差し出す

 

ミッシェル「んな訳ないでしょ!?さっさと出しなさいよ!限定アイテムとか!」

 

青葉「…貴方、さっきから聞いていれば自分のプチグソが亡くなったのにちっとも悲しそうじゃない…」

 

ミッシェル「当たり前でしょ、データのためにやいやい言っても仕方ないもん」

 

敷波「……データ…?あの子は、データなんかじゃないよ…生きてたよ、生きてたんだよ…」

 

ミッシェル「そんな事どうでもいいからさぁ…あんまりごねてる様なら紅衣の騎士団辺りにアンタ突き出すよ?追われてるんでしょ?」

 

青葉「…貴方、まさか最初からそれが狙いで…」

 

昴「紅衣の騎士団が、どうかしましたか」

 

ミッシェル「おっ、丁度いいところに団長さんが居る!時間切れってとこかな?ほら、あのチートPC!」

 

昴「……チートPCなんて、ここには居ません、CC社は敷波さんのキャラをチートだと認識していないそうですから」

 

ミッシェル「…は?じゃ、じゃあアイツ、私が預けたプチグソ死なせたんだよ!」

 

昴「それは個人間のやりとり、意図的に死なせたのではないのなら私達は何も…」

 

ミッシェル「意図的に死なせたんだって!そうに決まってる!」

 

昴「…彼女がプチグソを助ける為に特効薬を探す際、私も同行しましたが…彼女は真剣にプチグソの事を案じている様でした、意図的に死なせたとはとても思えません」

 

ミッシェル「何それ!…あー…もう!」

 

昴「それと、勘違いされているかも知れませんが…私達、紅衣の騎士団はThe・Worldでの悪事を取り締まる団体ではなく、より良い自治を目指す団体です…彼女達を紅衣の騎士団が追ってるということも…間違いです」

 

ミッシェル「…チッ!」

 

昴「……行きましたか…敷波さん、青葉さん、すみません、私が2人の時間を使ってしまったばかりに…」

 

敷波「…アンタは、悪くないよ…アタシが悪いんだ……アタシが、もっと早く…いや、気づいてたんだ、ちょっと変だなって…でも、周りと関わるのが怖かったから…だから、アタシが死なせたんだ…!」

 

青葉「……敷波さん…」

 

昴「…貴方は、優しい方なんですね…預けられたプチグソの為に…」

 

敷波「……あの子は、生きてたんだよ…生きてて、死にそうだったから、助けようとした…それだけなんだよ…」

 

でも、それは叶わなかった

 

昴「生きて、いた…?」

 

敷波「…ゴメンな、アタシのせいで…もっと生きたかったよな…」

 

青葉「昴さん、すみません、2人にしてくれませんか」

 

昴「……一つだけ、敷波さん、貴方は…」

 

敷波「…何」

 

昴「貴方に、何が起こっているんですか…?」

 

敷波「……この世界に…取り込まれた、それだけだよ」

 

 

 

 

 

 

 

The・World R:2

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

軽巡洋艦 神通

 

神通「ぐ…っ……つぅ…身体を強く打った…様ですね………え?」

 

あたりを見渡す

マク・アヌの路地裏…

 

神通「…何が、起きて…?」

 

AIDAの腕もいつの間にか消えている

流石にこれを見られるのはまずいので丁度いいのだが

 

取り敢えずマク・アヌのカオスゲートへと向かう

 

神通「……あそこにいるのは…提督?」

 

 

 

ハセヲ「なんだ…これ…装備が変わってる……!まさか…レベル1っ?!メンバーリスト…装備は…!?……は、ははは…消えてやがる、何もかも…キャラデータまで、丸ごと初期化しやがった…」

 

 

 

神通(…キャラのエディットは違うけど、声も…雰囲気も、提督に間違いない…しかし、様子がおかしい…)

 

ハセヲ「っ!」

 

提督はいきなり何処かへと走り出した

 

神通「……追いかけるべきか…いや、提督がこの緊急事態に呑気にゲームなんかする訳がない…一度、このThe・Worldを探ってから話してもいいでしょう…」



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適合

横須賀鎮守府

駆逐艦 朧

 

朧「…神通さん、大丈夫かな…」

 

川内「神通なら大丈夫…奥の手を使った神通は私より強いから」

 

那珂「…姉さん知ってたの?私逃げる時に初めて見て知ったよ…AIDAの事」

 

川内「曙からね、AIDAにわざと感染して扱おうとしてるって話を少し前に…まあ、そうでなくても知ってはいたんだけど…ほら、神通の精神が少し不安定だったでしょ…?だから…」

 

朧「AIDAで感情が…って事ですか」

 

川内「ま、もう隠し事しなくていいって意味では…やり易くなったのかも……それより、早く荷物を受け取って引き上げよう」

 

朧「…わかってます」

 

部屋の扉がノックされる

 

浜風「失礼します、荷物の用意ができました…」

 

朧「ありがとうございます、よし、行きましょうか…」

 

浜風「…あの、もう出るんですか…?そちらのお二人はまだ目も覚ましてないのに…」

 

朧「船に乗せられるので、大丈夫です」

 

浜風「……そうですか」

 

朧(大丈夫では無いんだけど…すごく、嫌な胸騒ぎがする…ここに長居しちゃいけない様な、早く帰らなきゃいけない様な)

 

川内「…そういえば、向こうだと何の情報も入らないんだけど…何も変わりはないの?」

 

浜風「ええと…まあ、事務仕事が非常に忙しくなったくらいでしょうか…」

 

川内「へぇ…」

 

浜風「…後は、電さんは機嫌が良かったです…最近来た人たちのお陰なのか…」

 

朧「…最近来たって、暁達?」

 

浜風「いえ…あー、合ってるのかな…雷さんと山城さんって方なんですけど…」

 

朧「2人とも意識が戻ったの!?」

 

浜風「えと…そ、そうらしいです…それでこっちで引き取ると…」

 

朧「…それは、良かったね…先に教えて欲しかったけど…」

 

川内「まー…あの腹黒の電だしねぇ」

 

那珂「なんか性格悪いよね…」

 

浜風「あ、あんまりそういう事は…地獄耳ですので…」

 

朧「そうだね…よし、帰りましょう」

 

 

 

 

船の荷物を点検する

 

朧「……綾波」

 

一度追い詰めることができたとしても…2度目はあるのか

もう私の攻撃が綾波を捉えられるとは思えない

 

朧「今のままじゃ…ダメだ」

 

那珂「え?何か間違ってるのある?」

 

朧「あ、ごめんなさい…なんでもないです」

 

綾波を倒すのに、同じ手は通用しない…それどころか、格闘戦に持ち込む前に殺されるのが関の山…

何か、何か思いつかないと…

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府 医務室

駆逐艦 春雨

 

春雨「…目が覚めましたか?…キタカミさん」

 

キタカミ「……」

 

春雨「島風さんと曙さんはごねるので自室療養としました、しかし…貴方の凄さは強さだけじゃないんですね…みんな、貴方を見舞いに来た…球磨型は勿論、古い付き合いの方だけじゃない、大鳳さん達や朝潮さん達…みんな貴方を心配なさってましたよ」

 

キタカミ「……」

 

春雨「……なぜ、何も言わないんですか?」

 

キタカミさんは首を横に振る

 

春雨「違う…?まさか、喋れない…?」

 

今度は縦に首を振る

 

キタカミ「……」

 

春雨「そんな、修復剤の効果は完璧…いや、まさか体内には効かない…?…違う、骨折も治ったことがあるし…なんで?わからない…!」

 

キタカミさんは手でペンと紙を求める

 

春雨「…これで良ければ」

 

キタカミ[悪いね、呼吸もし辛いし、あんまり効いてないのかも、元深海棲艦だからかな]

 

春雨「…そんな事、あるの…?なんで治らないの、修復剤にまで手を出したのに…」

 

キタカミ[取り敢えず、助けてくれてありがとう。命あっての物種、生きてるだけでありがたいよ]

 

春雨「……それは、良かったです」

 

キタカミ[手も、あんまり動かせないし…戦線に戻れるのか少し不安だね]

 

春雨「…手も…?他に悪い場所はありますか…?」

 

キタカミ[多分今は立てない、足も腰も酷く痛いし…治るのかな…]

 

春雨(…修復剤は、万能じゃない…って事ですか…)

 

キタカミ[明石は?]

 

春雨「先程いらっしゃった際に…これを…必要ないとは思いましたが、どうやら…必要になってしまったようで」

 

杖を差し出す

 

キタカミ「……」

 

春雨「…何か必要なことがあればすぐに仰ってください、できる限りのことはさせていただきます」

 

キタカミ[あんまり手間はかけさせたくないから、気にしないで]

 

春雨「貴方は気を使う立場では…いや、なんにせよ必要になればすぐ呼んでください…」

 

キタカミ[ありがとう]

 

春雨(…このままで大丈夫なのか、皮膚は元の綺麗な状態だが内部はどうなんだ、悪化の事も考えれば医療施設に送るべきだ…だけど、この人は朧さんや曙さんとは違う形の精神的支柱…この人が消えた代わりは誰ができる?…私に、何ができる?)

 

春雨「…帰ってきた」

 

 

 

波止場

 

春雨「…お帰りなさい、予定よりやや遅かったですね」

 

朧「神通さんは?」

 

春雨「…状況は貴方の思ってる以上に深刻です、綾波さんは…ここに乗り込み神通さんを消滅させ、キタカミさん、曙さん、島風さんに重症を負わせました」

 

朧「え…?」

 

川内「神通がやられた…?」

 

春雨「デジタル空間に送ったと言っていたそうです…倉持司令官と同じ様な状態なのではないでしょうか」

 

川内「…神通…」

 

那珂「大丈夫…神通姉さんならそのくらいなんとかできるよ…」

 

春雨「……示唆するだけにしようと思っていましたが…朧さん」

 

朧「……」

 

春雨「ここを捨てましょう、私達にここは無理です」

 

朧「…それは」

 

春雨「貴方も、ここを率いる立場なら分かるはずです…人員が足りない上に、設備もまともなものがない…敵は以前の世界より狡猾な上に…強い、いや…私たちが弱いのか」

 

川内「でも、ここを離れても…」

 

春雨「ここを離れれば!…怪我をした人がちゃんとした設備で適切な処置を受けられます…少なくとも、高速修復剤なんかに頼る必要性は減る」

 

川内「…春雨、それが本音なんじゃないの…?春雨は修復剤を使いたくないだけじゃ…」

 

春雨「使いたくないに決まってる!あんな意味のわからないもので治した気になるなんて…そしてまたそれで斃れ、修復剤を使い、戦う…?そんなの道具と同じ…私達は人になったんでしょう!?」

 

川内「……人だとしても、それと同時に艦娘だ、果たすべき役目があるんだよ」

 

春雨「役目なんて知らない、それの為に死ぬ事の何が正しいの…?そんな役目なんかがあるせいでここにいるなんて…絶対にそんなの間違ってる…!」

 

川内「…春雨…?」

 

春雨「私は、前の私はここで、丁度今、貴方達が立っているそこで身を投げて死んだ!…それは戦う事しかできない艦娘というAIだったから…でも、この世界は私達を人間にしてくれた…命を危険に晒し続ける必要を取り払ってくれた…絶望しても…別の道を歩む機会をくれた…だから、ここで死ぬ選択をしないで、ください…」

 

朧「……ここは、離れられない…」

 

春雨「…なんで…」

 

朧「特に…アタシや、曙は絶対に離れちゃいけない…綾波はその気になれば何処にでも行ける、何人でも殺せる…いや、何百、何千何万…いくらでも…だから、アタシは…本土に行けない…」

 

春雨「……民間人を巻き込む…か」

 

朧「…今の話でアタシの認識は変わった、ここは最前線の基地じゃない…綾波の興味対象の隔離施設…本土に行ったら、隠れたりしたら…それこそもっとたくさんの命が失われる」

 

春雨「……」

 

川内「…なんにせよ…アレを倒さなきゃならない…勝てるのかな」

 

朧「……わかりません」

 

 

 

 

 

駆逐棲姫のアジト

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「…うーん…曙さんは適合率30%くらいかなぁ……あ、島風さんは死んでないのか…良かった、でもそれよりも…朧さん、どうやって殺そうかなぁ…本当に久しくイライラしましたよ…」

 

護衛棲姫「失礼シマス、駆逐棲姫様」

 

駆逐棲姫「あら?なんかありましたぁ?」

 

護衛棲姫「駆逐棲姫様ノ精神計測機器ニ異常ヲ認メマシタノデ…」

 

駆逐棲姫「ああ、それは仕方ないですよ、久しぶりにあんなにイラつきましたから…うーん…まあ、貴方や装甲空母鬼でも十分殺せるでしょうが、朧さんだけは私が直接殺したいですねぇ」

 

護衛棲姫「私ハ駆逐棲姫様ノ思ウママニ」

 

駆逐棲姫「下がっていいですよ…あ、そうだ、予備の義足を持ってきてください、私の脚、どうやら再生しても義足は帰ってきませんから」

 

護衛棲姫「ハイ」

 

駆逐棲姫「…従順ですが、つまらない子ですねぇ…ま、そういう風に作ったんですけど…」

 

 

 

 

 

離島鎮守府 工廠

工作艦 明石

 

明石「え?これを私に?」

 

レ級「調整して、使える様にしてください…サイズはそのままでいいので」

 

明石「……あの、なんか…生身の脚ついてるんですけど…」

 

レ級「鹵獲した戦利品ですから…ああ、脚の方は私が…解析に回します」

 

明石「は、はあ…」

 

レ級「完成したら…朧に渡してください」

 

明石「…朧さんに?」

 

レ級「すいません、失礼します」

 

明石「……見た事ない造り…その上、この規格でこんな機能…何かを操作して…うーん…ここのスペースは………ふむふむ…」

 

鹵獲艤装をいじくり回す

 

明石「…信じられないけど、この規格で出せる出力は戦艦の艤装のそれを軽く超えてる…まるで、この世界のルールから外れてるみたいな………あ…?…まさか…これ、本当にこの世界のルールから外れて…何、これ…」

 

目に熱が籠る様な感覚

鹵獲艤装が反応してる様な…

 

 

 

 

執務室

提督代理 朧

 

亮「…なんだ、俺に用って」

 

朧「春雨さん達についてあげてください…精神的に弱ってます」

 

亮「…お前もだいぶん弱ってる様に見えるけどな」

 

朧「アタシは……アタシは、まだ大丈夫です、助けが必要になったら…助けてって言えるから…でも、春雨さん達はそれが言えない

 

亮「……そうか、わかった」

 

部屋には、私1人が残される

 

朧「…アタシは…どうしたらいいんだろう」

 

運んで来たもののリストを見る

本部が火野さんの体制になったおかげでこちらに色々と融通してくれている…大型の発電機、ある程度新しい医療機器、大型のアンテナ

 

朧「…綾波を倒すのに使える物は何もない…」

 

倒さなきゃいけないのに、倒す手段がない

 

朧「…熱い…?」

 

目が熱い

 

ふらふらと立ち上がり、何処かを目指す

 

 

 

工廠

 

朧「…明石さん?」

 

明石「あ、朧ちゃん…」

 

明石さんが手に持ってるのは…

 

朧「綾波の、義足…?」

 

明石「えっと…鹵獲品だけど」

 

朧「……あれ、明石さん、その目…」

 

明石さんの目に、何かの紋様が浮かんでいる

 

明石「朧ちゃんも……目が」

 

朧「へ?」

 

目を片手で覆う

 

明石「……ダミー因子…?まさか、朧ちゃんも?」

 

朧「ダミー因子…」

 

何処で埋め込まれたのだろうか

碑文の力を人工的に作り出した…いわば偽物の碑文

 

朧「…明石さん、その艤装借りてもいいですか?」

 

明石「えっ…まだ調整前だけど……」

 

艤装を脚につける

嫌に馴染む、不思議な感覚

 

朧「……これ、アタシにください」

 

明石「あー、うん、曙さんにもそう言われてるからそうするつもりだったけど……まだなんの調整もしてないから、もう少し待って」

 

朧「はい」

 

朧(綾波の作った物だけど、手の内は全て筒抜けだけど…これなら力負けしない気がする…まるで、自分のために作られたみたいな変な感覚…)

 

 

 

 

 

 

駆逐棲姫「へっくしゅん!…んー…風邪なんかひく身体じゃないんですが…寒気もするし、今日は暖かくして寝た方が良さそうですね」



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エンカウント

The・World R:1

Σサーバー 空中都市 フォート・アウフ

双剣士 カイト

 

カイト「…このタウン、もう暫くしたら制限区画になるんだっけ…敷波が何処のタウンから行けるエリアにいるのかも分からないし、レベルをできるだけあげて何があっても対処できるようにしなくちゃ」

 

幸運というべきなのか、この世界はステータスさえ上がれば多少の痛みは耐えることができる

ゲームの世界なのだからゲームらしくて当然だが…

 

もうこの世界に来てどれほどの日時が経ったのか、それすらも把握できない

だけど、ここが僕の知っているThe・Worldなのかも正直怪しいところだ

 

BT、ミミル、この2人を僕は知っていた

黄昏事件を終わらせた後、ネットスラムで集まって勝利を祝った事もある、だけど向こうは僕を知らなかった

 

つまり、この世界は過去の世界である可能性が浮上した…が、それもすぐに不自然な点が見つかった

 

2人の使うスキルはどれもR:2の物だった

R:1のスキルを使う様子はなかったし、最近のレベル上げで出会った人達もそうだった

 

そこで一つの結論を導き出した、ここはパラレルワールドのような場所なのかもしれない、と

 

カイト「…ありえない、か」

 

否定の言葉を口にしてカオスゲートに向かう

 

カイト(…それより敷波だ…このまま放置しておくわけにはいかない、もしこの世界でやられたら…いや、考えるのはやめておこう)

 

Cubia「やあ、カイト」

 

カイト「クビア…!」

 

Cubia「怖がることはないよ、ボクは君と戦うつもりはない…今のボクじゃ全力は出せないしね」

 

カイト(…なんでクビアがここに…)

 

Cubia「キミが探している…敷波だっけ、今アウラとリンクしてるよ」

 

カイト「アウラと…?」

 

Cubia「といっても、過去の…目覚める前のアウラだけどね」

 

カイト「ここのアウラは目覚めてない……司がリアルに帰る前の世界…?」

 

Cubia「大正解、君のお友達はモルガナの手に落ちた…」

 

カイト「モルガナだって…!?」

 

Cubia「そんなに身構えないでよ、直接的な危害は加えられないし心配は無いさ…ただ、感情をモニタされるだけ」

 

カイト「…どうして?」

 

Cubia「アウラを目覚めさせないために…アウラに負の感情を与え続ければアウラは正しく覚醒しない、そしてそのために感情をアウラに送り続ける役割を与えられたのが司…でも、司1人じゃ前を向いてしまう可能性がある、そこで敷波だ」

 

Cubia「司を嫉妬させられる上に敷波はこの世界で異端すぎる、味方なんてまずできないと思ったんだろうね」

 

カイト「…だからって…」

 

Cubia「思惑は大成功、敷波は悪意を持ったプレイヤーに陥れられそうになり、人間不信…にはなってないけど、強いショックを受けたみたいだ」

 

カイト「敷波は何処に…」

 

Cubia「教えてくれると思ってた?」

 

カイト「……」

 

双剣を構える

 

Cubia「嘘嘘、教えてあげるよ…Θサーバー、高山都市ドゥナ・ロリヤック…プチグソ牧場の裏にいるはずだよ」

 

カイト「聞いておいて何だけど…何で教えてくれるの」

 

Cubia「アウラの覚醒が失敗に終われば…次にモルガナはボクを排除しようとするだろうから、強いて言えば利害の一致、かな」

 

カイト「…ありがとう」

 

 

 

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

 

カイト「ここのプチグソ牧場の裏に……あれは…?」

 

赤い衣装のキャラクター達が目の前を通る

 

カイト(随分たくさんいる…あれが紅衣の騎士団……初めて見た)

 

騎士達が通り過ぎ、プチグソ牧場への道が開く

 

 

 

プチグソ牧場

 

カイト「…居ない…騙された?…いや、嘘をつく必要はないはずだ…ここで待ってみようかな…」

 

高原に腰掛け、空を眺める

 

カイト(…みんなは大丈夫かな…曙も無理してないと良いけど…)

 

昴「すみません」

 

カイト「…何?」

 

カイト(確か、このキャラは昴…)

 

昴「ここに女の子が座っていませんでしたか?その、少し…珍しいエディットの…」

 

カイト「敷波の事?」

 

昴「お知り合いですか…?」

 

カイト「うん、昴…だよね?何で敷波を探してるの?」

 

昴「…紅衣の騎士団が…という言い方は間違っていますが、敷波さんを捕まえようとしています」

 

カイト「…なんで」

 

昴「……紅衣の騎士団はThe・Worldのより良い自治を目指す団体でした、しかし…それが…完全なる管理を求める者たちが増えてしまったのです…敷波さんのキャラは目立ちすぎます、故に追われているのではないかと…」

 

カイト(…待って、さっきのが紅衣の騎士団なら…まさか敷波は捕まったんじゃ…!)

 

昴「…あの?」

 

カイト「昴は紅衣の騎士団のリーダーなんだよね?捕まえたら何処に連れて行くか、わかる?」

 

昴「…確実ではありませんが、想像はつきます」

 

カイト「さっき大量に集まってる紅衣の騎士団を見たんだ、もしかしたら…」

 

昴「…わかりました、ご案内します」

 

 

 

 

Θサーバー 病める 堕天使の 処刑場

 

銀漢「昴様…と、何だ貴様は」

 

カイト「…君達が捕まえてる敷波の仲間だ」

 

銀漢「つまり、貴様もチーターか」

 

昴「やはり、貴方達なのですね…司も、敷波さんも…」

 

銀漢「…奴等はThe・Worldを乱す悪です」

 

カイト「それなら、敷波が何をしたって言うんだ」

 

銀漢「エディットを弄った、でなければあのキャラは説明がつかん」

 

カイト「説明できないだけで拘束するなんてやりすぎだ!」

 

銀漢「黙れ、貴様もチーターなのだろう、此処で斬り捨てても構わんのだ」

 

カイト「僕は戦いに来たんじゃない!ただ敷波を解放して欲しいだけだ!」

 

昴「銀漢」

 

銀漢「…昴様」

 

昴「貴方達が捕まえている2人に会います、通しなさい」

 

銀漢「…私も同行します」

 

昴「結構です、私1人で参ります」

 

銀漢「しかしそれは…」

 

昴「聞こえませんでしたか?」

 

銀漢「…わかりました」

 

昴「カイトさん、暫く待っていてください」

 

カイト「……わかった」

 

銀漢「…貴様、何処で昴様と会った」

 

2人になった途端、銀漢が話しかけてくる

 

カイト「さっき、ドゥナ・ロリヤックで」

 

銀漢「…ならば、2度と会うことはないな」

 

銀漢が剣を構えると同時に周囲の騎士達が集まり、剣を抜く

 

カイト「…戦うつもりはないよ」

 

両手を挙げ、地面に座る

 

銀漢「……チッ」

 

 

 

 

重槍士 昴

 

昴「非礼をお詫びします」

 

隅で三角座りをしている司に近寄り、膝をついて話しかける

 

昴「私の力が及ばないばかりに、貴方に嫌な思いをさせてしまって…貴方と話がしたかっただけなのです、ですが…いざこうして見ると、何を話したものか」

 

司「…良い匂い…コロン?」

 

昴「わかるのですか?」

 

司「匂いだけじゃない…手触りも…痛みも、全部わかる」

 

昴「ゲームの中なのに?」

 

司「ボクにとっては…違うみたい……嘘ついてると思ってる?」

 

昴「…いいえ、それは……辛いね…」

 

司「え…」

 

昴「これからどうするつもりですか?」

 

司「それを決めるのはアンタじゃん」

 

昴「…貴方が無茶をしなければ、騎士団が貴方を拘束する理由はありません、解放させてみせます」

 

司「無茶?」

 

昴「貴方が連れていた、モンスターです」

 

司「…ボクを放っておいてくれるなら、何もしない」

 

昴「約束してください」

 

司「そっちこそ」

 

 

 

 

双剣士 カイト

 

カイト「…誰か来た」

 

銀漢「む…」

 

楚良「ぽっほーん……ん〜ふ〜ん?」

 

銀漢「…楚良」

 

カイト(…紅衣の騎士団の…仲間?)

 

銀漢「貴様の協力には感謝しているが、今は誰も中には入れん」

 

楚良「…試していーい?」

 

銀漢「何?」

 

楚良「俺、裏切るね」

 

楚良と呼ばれたPCが銀漢を刺殺する

 

カイト「なっ…」

 

楚良「んふふ…キミら、弱すぎ……おんやぁ…?アンタも赤いけど、騎士様のお仲間?」

 

カイト「…それは、違う…」

 

楚良「なら良いや…司くん、も〜らい」

 

カイト(…もう1人、捕まってるのか…)

 

カイト「…僕も行こう」

 

 

 

 

カイト「…ダンジョンを丸々制圧してるのか…そしてそれに結界を張って牢屋代わりに…」

 

ダンジョンの最奥を目指す

 

カイト(…途中で見つかれば良いんだけど…)

 

カイト「…今、声が…」

 

声のした方を目指す

 

 

 

 

駆逐艦 敷波

 

敷波(…あの子のところに居たい、あのプチグソ牧場に居れば…まだ、あの子の温もりを感じられる気がするのに…)

 

この世界の誰もがアタシを否定して、アタシを拒絶する

アタシがいるだけで悪者みたいに言われて、アタシは…

 

敷波「…アタシ、この世界にいちゃいけないんだよね……早く、リアルに帰りたいなぁ…青葉さん…助けて…もうヤだよ……うぅ…」

 

何で何もしてないのに、こんなに悪者にされて…暗くて冷たい所に閉じ込められるんだろう

何でこんなに涙が込み上げてくるんだろう

 

カイト「敷波!」

 

敷波「…え…?司令官…?」

 

カイト「敷波、大丈夫!?ケガはない?」

 

敷波「…ホントに司令官だ…!司令官!」

 

カイト「良かった、無事だった…本当に良かった…!」

 

司令官が差し伸べてくれた手を取る

 

敷波「…あったかい…」

 

カイト「え?」

 

敷波「司令官の手、あったかいよ…あの子みたいに…」

 

カイト(あの子…?)

 

カイト「とりあえず敷波、ここを出よう!」

 

敷波「…出てどうするの…?もしかしてアタシ、リアルに帰れるの…!?」

 

カイト「……ごめん、それはまだできない」

 

敷波「…そっか」

 

カイト「きっと君をリアルに帰して見せる、だからもう少しだけ、待ってて」

 

司令官が手のひらサイズのオカリナを掲げる

 

カイト「……ダメか、結界のせいで精霊のオカリナが使えない…」

 

敷波「オカリナ?」

 

カイト「ダンジョンから出るためのアイテムだよ、今は使えないけど…一応敷波にも渡しておくね」

 

麻の紐にくっついた小さなオカリナを首にかけられる

 

敷波「…それで、どうするの?」

 

カイト「結界がある以上歩いて出るしかないね…紅衣の騎士団に見つかると面倒だけど…行こう」

 

敷波「うん…」

 

司令官に手を引かれ、ダンジョンを走る

 

カイト(…騎士達の死体だらけだ…さっきの双剣士がやったのか…)

 

敷波(うう…血は出てないけどグロい…)

 

カイト「…あれは、戦ってる…?」

 

全身黒で緑髪の忍者みたいなやつと…赤い法被と袴の薙刀男が戦ってる

 

楚良「あ〜ん?…なーんだ、お前も人探しだったんだ」

 

クリム「仲間か?」

 

楚良「じょ〜だん!むしろそっちの仲間じゃないの?」

 

カイト「どっちの仲間でもない、ただ、そこを通りたいんだ」

 

楚良「ん〜…ダメ♪」

 

クリム「倒してやりたいが…コイツの相手で忙しい!」

 

カイト(万が一敷波に攻撃が当たったら取り返しがつかない…迂闊に進む事も…)

 

銀漢「居たぞ!捕まえろ!」

 

騎士達が道を埋め尽くすほど押し寄せてくる

 

楚良「げ…うっざぁ…」

 

クリム「待て!逃げるな!」

 

戦っていた2人が脇道へと姿を消す

 

敷波「し、司令官…」

 

カイト「…来るなら、倒すよ」

 

銀漢「やれるものならやってみろ!」

 

司令官が一歩前に出て武器を構える

 

カイト「……」

 

銀漢「やれ!遠慮はいらん!」

 

カイト「火炎車!」

 

司令官が辺りの騎士を薙ぎ倒す

 

カイト(…騎士団と揉めたくはなかったけど…!)

 

カイト「火炎独楽!」

 

銀漢「貴様、よくも!」

 

カイト「先に剣を向けたのはそっちだ、それに警告したはずだよ」

 

銀漢「黙れ!」

 

昴「やめなさい、銀漢」

 

銀漢「…昴様」

 

昴「銀漢、敷波さん達を通しなさい」

 

銀漢「しかし…」

 

昴「…彼女達は…私たちが捕らえるまでもなく、囚われ人なのです」

 

銀漢「…それは、どういう…」

 

昴「カイトさん、敷波さん、非礼をお詫び申し上げます」

 

カイト「…行こう、敷波」

 

敷波「うん……昴」

 

昴「はい」

 

敷波「ホワイトチェリーの事、ありがとう…それだけ」

 

 

 

 

 

 

The・World R:2

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

軽巡洋艦 神通

 

神通「…貴方がここに送り込んだのですから、当然来られる、と言うわけですか」

 

駆逐棲姫「ええ、まあ?」

 

神通「…トドメを刺しに来たのですね、しかし私はここでなら…メイガスを使える」

 

駆逐棲姫「そんな事どうでも良いんですよ、私はただお話に来ただけですから…ねぇ?座りましょうよ」

 

駆逐棲姫が橋の手摺りに腰掛ける

 

駆逐棲姫「貴方は、この世界に来て本当の感情を知りましたか?」

 

神通「…本当の感情…?」

 

駆逐棲姫「私は前の世界で敷波を守れなかった事を悔いて死にました、覚えてますよね?」

 

神通「…まあ」

 

駆逐棲姫「でも、あれはインプットされた…作られた感情によるものです、私の本当の感情はこの世界で人間となり、ようやく手に入った…」

 

神通(…AIだったから、と言う事ですか)

 

駆逐棲姫「敷波は私には忌々しい存在なんですよ、だってプログラムされた妹なんて可愛くないじゃないですか」

 

神通「…興味ありませんね」

 

駆逐棲姫「貴方の妹だって、貴方がAIの時にプログラムされた物でしょう?それでも可愛い妹だ、と…胸を張って言えますか」

 

神通「言えます、私の姉妹は間違いなくあの2人だけです」

 

駆逐棲姫「……ふふ、良いですねぇ…芯があるのは嫌いじゃないですよ」

 

駆逐棲姫が端から飛び降りる

 

神通「川に…!」

 

川を覗き込んだ瞬間、上から首元を押さえつけられる

 

駆逐棲姫「馬鹿ですよね、そんな視線誘導に引っかかって…ねぇ?」

 

神通「ぁ…がっ…!」

 

手すりに喉元を押し付けられ、呼吸を封じられる

 

駆逐棲姫「ねぇ、私の考え、わかってくれますよね?」

 

神通(…し、死ぬ…)

 

駆逐棲姫「わかんないかぁ…残念」

 

急に解放される

 

神通「がはっ!…ごほっ…」

 

駆逐棲姫「…おや、これは」

 

駆逐棲姫が自身の手をじっと眺める

赤黒い液体がボドボドと地面に流れ落ちる

 

駆逐棲姫「随分と気に入られてますねぇ!あははッ」

 

神通(…AIDAが私を、守った…)

 

駆逐棲姫「…まあ、また混んだ会いに来ますね、次会う時は貴方を連れて行きますよ、サンプルも手に入れましたから」

 

神通(サンプル…まさか、AIDAの攻撃が効かなく…!)

 

神通「ここで仕留めないと…メイガス!!……え?碑文が…」

 

神通(そうだ、女神を呼んだ時に…!)

 

駆逐棲姫「それじゃあまた」

 

神通「…く…これでは、私はどうすれば…」



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悪意

離島鎮守府 演習場

駆逐艦 朧

 

朧(1…2…3…ここで勢いを乗せて…回し蹴り!)

 

水面を巻き上げる程の勢いを伴い、反転回し蹴りを放つ

 

朧「…違う…綾波の蹴りの勢いはもっと鋭かった……もしぶつかりあったとしても…今みたいに勢いをつけて漸く威力の出るアタシとノーモーションであんな威力を出せる綾波じゃ話にならない…」

 

今はとにかく、綾波を倒すことだけを考えなくてはならない

綾波を倒さなくては何かを解決する事以前に明日の命の保証もない…

 

朧(できるなら綾波を元に戻したい、だけど…何も思いつかない)

 

朧「…綾波は砲撃を全くしてこなかった、それはしなくても勝てるから…それに、綾波は更に強くなってる、綾波は…!」

 

那珂「朧ちゃーん?」

 

朧「あっ…はい!」

 

那珂「随分と焦ってるみたいだけど…大丈夫?」

 

朧「……いいえ、ちょっとよくわからなくて」

 

那珂「私も、わかんない事たくさん有るけどさ…神通姉さんの事とか!でも、悩んでも仕方ないよ、私達は朧ちゃんと一緒にここで戦うから」

 

朧「ありがとうございます…」

 

那珂「ところでさ、はいこれ」

 

ブーツの様な艤装を受け渡される

 

朧「…綾波の艤装…明石さんが調整してたはず…」

 

那珂「うん、調整終わったって、後これね」

 

アタシが改造した主砲…近接格闘も想定し、ハンドガードも自分で取り付けた…それがより固く、壊れにくい物になっている

 

朧「…明石さん……あれ?」

 

ハンドガードの内側に小さなスイッチが複数ある

 

朧「これは…」

 

那珂「それで艤装の機能を操作するんだって、試してみよっか」

 

朧「はい」

 

艤装を付け替える

 

朧「重い…何キロあるんですかコレ…!」

 

那珂「12キロだって」

 

朧(…さっきまでつけてた方は左右で6キロだから倍…か)

 

使いこなす自信は正直ない

 

朧「…っりゃぁぁ!」

 

渾身の蹴りを放つ

 

那珂「……蹴り、遅いね…止まって見えるよ…」

 

朧「ですよね…」

 

片足6キロ、それを持ち上げるのは非常にキツイ…

 

朧(…いや、機能を使えば…これがブースト…よし)

 

朧「…はぁぁッ!」

 

冗談めがけての回し蹴り

 

那珂「…まだ、ちょっと遅いかな……ん?」

 

朧(…ブーストしてもここまで重いなら…!)

 

足先が一番高い位置に行ったタイミングで捻り、海面へとその足を振り下ろす

 

那珂「…成る程ね、重さを利用して上りじゃなく下りの蹴り…確かに勢いはすごく良かったけど…予備動作が遅くない?」

 

朧「…いや、これはこれで使えます…確かに遅いけど、それは日々の修練で早められるし、何よりこれはキメです、そう何度も振る技じゃない…だから今必要なのは、綾波の動きを止められる何か」

 

那珂「止められる…ね…たとえ当てたとしても無限に再生するんだよ?」

 

朧「わかってます……綾波を仕留めるには…この世界じゃ無理なのかもしれないって事も」

 

那珂「…どういう事?」

 

朧「綾波達はネットとリアルを行き来できる…ネットに入る瞬間があるなら、そこで本物のデータドレインを打ち込めば…」

 

那珂「…確かに、そうすれば…うーん…でも、死んじゃうかもよ」

 

朧「…わかってます、それでも止めなきゃ」

 

心のもやを晴らすように、艤装のスイッチを入れ、空を蹴る

 

朧「……そうだ、確かめないと」

 

那珂「朧ちゃん?」

 

 

 

執務室

 

朧「すいません、聞こえてますか?」

 

火野『問題ない』

 

アンテナの設置…だけで解決したわけじゃないけど、おかげで本土との連絡が簡単に取れるようになった、これはすごくありがたい事だけど

 

朧「ダミー因子について調べて欲しいんです」

 

火野『…特務部が作成したダミー因子は合計8つ、すでにほとんどの所持者は特定済みだ』

 

朧(はやっ…)

 

火野『軍内の医療施設の使用歴からダミー因子の所持者はあるタイミングで長く昏睡していた…』

 

朧(…そうだ、あの時だ…)

 

朧「……ネットワーク、クライシス…」

 

火野『そうだ、君も、其方の明石もダミー因子の所持者だろう?』

 

朧「…綾波は」

 

火野『彼女は…敷波と共にゴレのダミー因子保持者となっている…といっても彼女の因子は自分で作り上げたような物だが…』

 

朧「…ゴレ…」

 

火野『ゴレについては…そちらにより詳しい者が居るだろう』

 

朧「ありがとうございます」

 

パソコンを閉じる

 

朧「…那珂さんと同じゴレの…」

 

 

 

那珂「それでまた私が呼ばれたわけ」

 

朧「はい、ゴレの碑文について…わかる限り教えていただけませんか」

 

那珂「うーん…って言っても、ただ味覚が増大したり…碑文が使えたりするくらいだよ?ダミー因子って碑文は使えないんでしょ?」

 

朧「…そうですね、ダミー因子では碑文の力は使えません、ただ…タルヴォスのおかげで嗅覚は増大しています」

 

那珂「嗅覚かー…凄いの?」

 

朧「例えば今、食堂で如月が煎茶と羊羹を食べてるのもわかります」

 

那珂「誰かもわかっちゃうんだ…」

 

朧「…まあ、匂いで」

 

那珂「凄いね、他には何かない?」

 

朧「えっと……いや、うーん…関係あるかわかりませんけど、潮と漣には好戦的になったって」

 

那珂「…性格、か……あ、じゃあさ…今はほとんどそんな事ないんだけど…一個だけあるよ、ゴレのデメリット…って言うか、影響」

 

朧「どんなのですか?」

 

那珂「私さ、結構表裏が激しくって…川内姉さんとかに聞けばわかるけど…昔AIDAに取り憑かれた時とか本当に自分でも誰だかわかんなくなっちゃったの…そう、例えばもう1人の自分がいるみたいな…あ、今はそんな事ないからね!」

 

朧(もう1人の、自分…)

 

那珂「まあ、参考にはならないと思うけど…」

 

朧「…二つで一つの碑文…綾波と敷波で、二人で一つの碑文だったんだ…それが、綾波一人に…じゃあ既にそれを綾波は克服してる…?」

 

那珂「……ダミー因子がどんなものか、私にはよくわからないけど…朧ちゃんの今の艤装はダミー因子が有ると動きが良いんだよね?」

 

朧「…はい」

 

那珂「鍵なのかもね、何かの」

 

朧「鍵?」

 

那珂「ほら…えっと…鍵穴には鍵がいるでしょ?ぴったり合うやつ…ダミー因子で識別してるのかなって」

 

朧「ダミー因子で、識別…そっか、だからこれがあるんだ…」

 

那珂(本当はアウラを呼ぶための鍵だったみたいだけど…覚えてないみたいだし、言わなくて良いよね)

 

朧「明石さんに伝えてきます!きっと何かの役に立つかも…!」

 

那珂「あんまり根を詰めないでね〜……うーん、朧ちゃん前向きだなぁ…」

 

 

 

 

 

工廠 

工作艦 明石

 

明石「…メール?……青葉さんから、20通!?…うわ、ネット環境が整備されたからか…サクラソウさんからもメール来てるし………名前の由来?アカシャの?……何でそんな事…」

 

朧「明石さん!」

 

明石「うひゃあ!?」

 

朧「うぇっ!?お、驚かせちゃいましたか…」

 

明石「い、いいいい、いや、大丈夫…」

 

朧(全然大丈夫じゃない反応してるし…)

 

朧「出直しましょうか…?」

 

明石「あー…いや、気にしないでいいから…それより何かあった?」

 

朧「いや、ダミー因子…綾波はダミー因子を識別して艤装を使ってたのかなって」

 

明石「あー…なるほどね、そうかも」

 

朧(あんまり役立ってなさそう…)

 

明石「……やっぱ後にしてもらっても良いかな?」

 

朧「あー…いえ、アタシの用事は終わったので…」

 

朧ちゃんが部屋を出るのを見送り、パソコンに向かう

 

明石「…悪いことしちゃったな……でも青葉さんからのメール……提督のことも書いてある…?石に…ど、どういう事なの…ネットの中で石になってるって…生きてるの?それ…」

 

返信用のメールを打つ

 

[from:明石

 件名:由来

提督の事、もっと詳しく教えていただけますか?

それと由来ですが、アカシャはアカシックレコードから来ています。

ご存知かもしれませんが、アカシックレコードとは原初から今までのすべての事象は記録、記憶されているという概念です。

何故アカシャになるかと言うと、それを記録させる場所がアストラル光(もしくはエーテル体とも、簡単に言えば精神世界)か、アーカーシャ(虚空)です。

まあ、ちょっと粋がった名前というだけで、恥ずかしいのでもう勘弁してください。]

 

明石(…提督を助けるために必要なのかな……返信早っ!?)

 

[from :青葉

 件名: Re:由来

アカシックレコードですか、一つ謎が解けたかもしれません、ありがとうございます。

司令官はゲームの世界で石にされてしまいました、しかし必ず助けてみせます、どうかお待ちください…。]

 

明石「…石になったって本当に?大丈夫じゃないと思うけど…これ、良いのかなぁ…」

 

 

 

 

演習場

駆逐艦 朧

 

朧「…このスイッチ、使っちゃダメだ…」

 

那珂「え?」

 

朧「周りの空気を吸い込むんですけど…ほら、一瞬使っただけなのに…」

 

艤装から脚を出す

脹脛に細かな切り傷が無数に現れ、血が海に流れ落ちる

 

那珂「酷い怪我…なんで…」

 

朧「…この中で空気がカッターみたいにアタシの脚を刻む…」

 

那珂「ソックスごと斬り刻まれてる…」

 

朧「これを使えば空気を散弾銃のように放つ空気砲としても使えるし、水を使えば射程距離も伸ばせるとは思います、だけど…アタシが使っても怪我をするだけ……本当に必要な時にしか、それもトドメに使うくらいしか…」

 

那珂「使ったら脚が上がらなくなるかもしれないもんね、奥の手…にしてもリスクが大きい…今は一瞬でやめたから浅い傷だけど、実際に使う為にはどのくらいのタメがあるのかな…」

 

朧「綾波は2.3秒で使ってました…それでも人の胴体を吹き飛ばすくらいには…」

 

那珂「…十分脚が使えなくなるね…スイッチの操作はハンドガードの内側だから悟られないかもしれないけど…うーん…使うのはやめたほうがいいかも」

 

朧「アタシも正直そうは思います」

 

那珂「朧ちゃんは無理しちゃダメだよ」

 

朧「大丈夫です、無理しなくても…内側の機構さえ変えて貰えば…」

 

那珂「頼んでみよっか」

 

朧「はい、中に鉄板を仕込めば…」

 

 

 

駆逐棲姫(うーん、多分扱えないと思いますけどねぇ……見に来てよかった、貴方をいたぶる最高の手段を思いつきましたよ、朧さん♪)



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解体申請

駆逐棲姫のアジト

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「人間の使う艦娘システムには非常に大きな欠陥が複数あります、まず精神暴走を起こしやすい点、嫉妬や怨恨により思い切った行動に出ることも少なくないでしょう…」

 

護衛棲姫「ソレガハワイデスカ」

 

駆逐棲姫「そう、アメリカの艦娘達は力をつけた、なのに少し陣形を身につけた深海棲艦には手も足も出ませんよね?だから彼女達は周りからの非難や重圧により、耐えきれなくなった…その結果が革命のようなものです、今のアメリカ本土には艦娘はいません、陸からの攻撃で何とか上陸を防いでいますが…ふふっ、2、3ヶ月もすれば…ねぇ?」

 

護衛棲姫「…駆逐棲姫様、私ハ何ヲスレバ良イノデショウカ」

 

駆逐棲姫「ここに元の艦娘システムの、艤装、これを用意してあります、貴方がやることは…これを解析してウイルスを作る…具体的には認識障害を起こすんですよ」

 

護衛棲姫「認識障害…対象を別ノ何カト誤認スルナドノ障害…」

 

駆逐棲姫「そう、それを使って人を殺します」

 

護衛棲姫「…ドウスルノデスカ?」

 

駆逐棲姫「私であると誤認させれば…私に恨みをもっている者達はこぞって殺そうとする、滅多刺しでも、ミンチにでも、とにかく惨く、酷く、むごく…朧さんを絶望させながら殺すには…最適です♪♪」

 

護衛棲姫「私ハ駆逐棲姫様ノオ役ニ立テルノデスカ?」

 

駆逐棲姫「ええ、あなたは本当に従順なイイ子ですね…ちゃんと頑張ってください?」

 

護衛棲姫「仰セノママニ」

 

駆逐棲姫「朧さん、あなたを地獄に叩き落としてあげますからね……おや」

 

パソコンが勝手に起動する

 

駆逐棲姫「私のパソコン、触らないでくれます?」

 

Cubia『触ってはないよ、起動しただけさ』

 

駆逐棲姫「何の用ですか?」

 

Cubia『君が送り込んだ…敷波だっけ?このままじゃ明日にでもリアルに出てきちゃうよ』

 

駆逐棲姫「んー……良いですねぇ、頭をバグらせてから外に出しましょう、朧さんを殺す駒の一つにします」

 

Cubia『すごく恨んでるみたいだね』

 

駆逐棲姫「私を殺しかけた上に…なんかムカつくんですよ、私」

 

パソコンに火がつく

 

Cubia『…話の途中なのに』

 

駆逐棲姫「あなたも協力関係ではありますが、嫌いですから♪」

 

Cubia『…数見はどうする?』

 

駆逐棲姫「利用価値が残ってる間は働かせましょう、でも彼は既に権力すら失いつつありますからねぇ…価値が無くなった物はどんどん崩壊していきます、手を下すまでもない」

 

Cubia『じゃあ放置しようか』

 

パソコンが小さく爆発する

 

駆逐棲姫「…私ではあなたの動きに気づかないとでも思ってるんでしょうが…アメリカの一件、あなたが噛んでいる事ぐらい気付いてるんですよ…不死身のウイルスバグ…か…折角まともな装備を手に入れたのに手も足も出ない訳だ、私の管轄にまで出てきたら殺してやりますからね」

 

 

 

離島鎮守府 応接室

戦艦 レ級

 

レ級「…まさか、あなたが一番最初に解体申請するなんて…正直驚きです、いや…仕方ない事なのでしょうが」

 

島風「…みんなに合わせる顔もないの…ここに居ても、私は何もできないし…」

 

レ級「引き留めたくて言うわけではありませんが…貴方なら並の深海棲艦は圧倒できるでしょう?」

 

島風「……怖いの」

 

レ級「怖い?」

 

島風「駆逐棲姫に頭を蹴られた時、何より強く死のイメージが私にまとわりついた、私にはまるで…何もできなくて…立ち上がることすら出来なくて、もうなどと目が覚めないんじゃないかって思った…私は、私は……」

 

喋るにつれ、呼吸が速くなり、苦しそうな表情のまま涙を流す

 

レ級(…心に負った傷は深い、か)

 

島風「…ごめん、なさい…」

 

レ級「貴方が責任を感じる必要なんてない、駆逐棲姫は…もはやアレは化け物です、仕方ない事なんです」

 

島風「それは違う、私は……私は、駆逐棲姫に与えられた力を使ってる…!これを私に渡したのは秋津洲さんだけど、駆逐棲姫はこの力を私に渡して……何しようとしてるのかわからないけど…私は…」

 

島風さんの手にモヤが集まる

 

島風「…もう、私は、この力を使えない…怖い、一瞬でも気を抜いたら力に呑まれる気がして…私には、これは扱えない…私は…」

 

レ級「…その力は、人の世には必要ない物です、ここに置いていく手段があると良いのですが」

 

島風「……連装砲ちゃんの中に封じ込める…連装砲ちゃんの中なら漏れ出すことも無いから…」

 

レ級「わかりました…皆さんには、先に伝えますか?」

 

島風「……」

 

島風さんは何も言わずに首を振った

 

レ級「…それではあなたがここを去ってから伝える事とします、帰る家は?」

 

島風「…無いと思う…私のこの世界の家族…みんな死んでるらしいし」

 

レ級「……では、住居を用意します、お金も口座に毎月最低額を振り込まれるようにしておきます、今までの貯金も有ればなんとか暮らせるはずです」

 

島風「…場所、選べる…?」

 

レ級「希望は聞きましょう」

 

島風「…青森がいい、大湊警備府は…舞鶴の子達がいるらしいから…」

 

レ級(辛くなるだけだろうに…)

 

島風「……もういい…?」

 

レ級「最後に一つだけ…島風さん、今回の選択、きっと提督はお喜びになります、あなたが危険に冒されることのない日々を過ごす事、それこそが提督の望む事です…どうか恥じず、平和な暮らしを謳歌してください」

 

島風「…ありがとう」

 

島風さんを見送る

 

レ級「…島風さんの怪我が完治するまでにもう暫くかかる…転居先も用意しないといけない……提督、どうか皆さんを守ってあげてください」

 

 

 

 

 

応接室

提督代理 朧

 

朧「曙、正座」

 

曙「してるわよ…」

 

朧「…なんで高速修復剤をくすねたりしたの!」

 

曙「脚が治らないと歩けない、それに戦えない…ここは一人でも戦力を減らせる状況にないの」

 

朧「だとしても、暫く戦わせないから…!」

 

曙「……八つ当たりじゃない」

 

朧「何…?何が八つ当たりだって!?」

 

曙「アンタがイラついてんのは知ってる、でもそれは八つ当たりだって言ってんの…アンタはもっと冷静になりなさいよ、あたしが戦わなきゃいけないのはわかってるんでしょ?」

 

朧「……」

 

曙「アンタにとって、あたしは何?」

 

朧「…大切な妹」

 

曙「違う、アイツみたいな事言うけど…今のアンタは提督代理であたしは部下!あたしは力なのよ、アンタの使う力!そんなもん直ぐに修理して前線に出しなさいよ!」

 

朧「……曙、艦娘システムの副作用はわかるよね…?その顔の白い斑点、そのせいなんでしょ?」

 

曙「…これは……知らないわ、白斑症って奴らしいけど」

 

朧「アタシは曙が大事、提督だって曙を大事にする…だから…曙1人に無理なんかさせたくない…さっきみたいな感情的な言葉じゃない、冷静に考えた上でそう決めた…」

 

曙「…さっきよりはマシな顔してるわね」

 

朧「……」

 

ドアが開く

 

亮「悪い、今いいか?」

 

朧「はい、何ですか」

 

亮「確認したいことがあってな……カイトはこの世界…完全にネットとリアルを切り離したのかって事だ」

 

朧「…何言って…?」

 

曙「いや、それはあたしも気になってたのよ…そして多分答えは違うんじゃないか…って思ってる」

 

朧「どう言う事…?」

 

曙「カイトは本当にネットとリアルを切り離した世界を作り出したのか…それを考えるなら…神通は?アイツはAIDAを使って見せた、それもリアルで…ナノマシンで形成されたAIDAなのか、それとも本物なのか、あたしには区別つかないけど…」

 

亮「アレが本物なら…リアルとネットがまた繋がったことになる、しかも前より早い時間に」

 

朧「…そっか…曙や綾波もリアルとネットを行き来する力があるし…」

 

曙「バリアなんて非現実的なものまで持ち出してきた…」

 

亮「…前の世界のことは無駄だったのか?」

 

朧「それだけは違う……それは違うと思います、確信はないけど…」

 

曙「……この世界が滅ぶ可能性が有るのなら、またやり直す事になるんじゃないの?」

 

朧「…ううん、そうはならないよ、絶対に…あの戦いが無駄になるなんてアタシが許さない…」

 

曙「…じゃ、そうならない為にもさっさと綾波をボコボコにしないとね」

 

朧「うん」



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名刺

The・World R:1

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

重槍士 青葉

 

青葉「つ、連れ去られた?!」

 

ベア「ああ、俺も軽く聞いた程度だが…」

 

敷波さんに会いにきたのに、私が明石さんとやりとりしてる間に敷波さんは紅衣の騎士団に連れて行かれた…

 

青葉「紅衣の騎士団……流石に、看過できません、どこに行ったかわかりますか!?」

 

ベア「ああ、それなら……」

 

周囲の景色が切り替わる

 

水色のステージに、空間に走る青いライン

まるで籠に入れられたような…

 

青葉(閉じ込められた…誰に…!)

 

武器を構え、辺りを警戒する

 

フリューゲル「あーあー、そんな警戒しなさんな、話し合いに来ただけだ」

 

腰まであるボサボサの白髪と黒いロングコート、金のモノクルの男のPC…

 

青葉「話し合いにしては…こんな所に放り込む意味がわかりませんね、あなたは何者ですか」

 

フリューゲル「それはこっちも聞きたい所だねぇ…ま、名乗っとこうか…アカシャ盤の管理をやってるシックザールのフリューゲルってモンだ」

 

青葉「フリューゲル…アカシャ盤の管理者…」

 

フリューゲル「ただ管理するだけじゃない」

 

フリューゲルがこちらに拳銃を向ける

 

フリューゲル「邪魔者は排除する…ま、今はその前段階だ、今消えるなら見逃してやる」

 

青葉「…貴方はCC社の人間…と言う事ですか」

 

フリューゲル「答える必要はない、って感じなんだがな…ま、そうだ」

 

青葉「…私の目的は未帰還者を取り戻す事です、貴方がCC社だと言うなら…未帰還者をもとに戻す方法を知っているんじゃないですか…?」

 

フリューゲル「未帰還者…ね、つまり未帰還者のリアルを洗えばお前さんを捕まえられる訳だ」

 

青葉「……未帰還者を助けるつもりはなさそうですね…残念です」

 

フリューゲル「こっちも、お前さんが言う事を聞く気がなさそうで残念だよ」

 

青葉「人の命がかかってるんですよ…!何で貴方達の都合で引き返さなきゃならないんです…!自分たちの運営するゲームで起きた問題でしょう!?」

 

フリューゲル「今、こっちが把握してる限りThe・Worldが原因の意識不明者は居ない」

 

青葉「よくもそんな事が…!」

 

フリューゲル「なら、本当にいるなら言ってみろ、そいつの名前、住所、入院してる病院まで」

 

青葉(…こっちの情報を引き出そうとしてる…リアルで捕まる訳には…いや…)

 

青葉「未帰還者は…貴方達が本当に知らないなら調べれば直ぐにわかるでしょう…軍人ですから」

 

フリューゲル「何?」

 

青葉「佐世保鎮守府所属、駆逐艦秋雲の名で登録されています、国に仕える人間がそうなっている…無視はさせません」

 

青葉(…国を出せば、少しは考えが変わると思ったけど…)

 

フリューゲル「…待て、確認する」

 

青葉(よし、絶対に無視はさせない、秋雲さんも、司令官も、敷波さんも…絶対に助け…)

 

青葉「…え…」

 

背中が何かに貫かれる

ゲームの中なのに、脳が揺さぶられるほどの激痛が走る

 

青葉「…あ……」

 

 

 

 

 

リアル

病院

駆逐艦 陽炎

 

陽炎「…そうですか、青葉さんも…」

 

大黒「はい…必死に秋雲さんを助けようとしていたのに、今朝部屋を見たら…ディスプレイの前で倒れていました…ただ、この病院は青葉さんを受け入れてはくれましたが…明日にも神奈川の方に移されるそうです」

 

深海棲艦になりかけている青葉さんを詳しく調べさせる訳にも行かない、明日には軍のお抱えの病院…なのかも怪しい施設行き

 

陽炎「……」

 

頼みの綱すらも斬られた

ミイラ取りがミイラになるとはまさにこの事か、しかも悪いことに…新しいミイラは研究者が唾を飲む深海棲艦のサンプルと来た

 

陽炎「…っ………はぁ…」

 

頭が痛い、おかしくなりそうだ、なんでこんな事に

文句を言い始めれば終わらない、責めちゃいけないのはわかってる、だけど…なんでこうなった、納得できない

 

大黒「…大丈夫ですか?」

 

陽炎「…はい、気にしないでください」

 

正直に言えば、ついさっきまで本気で秋雲を助けようとしているかすら疑問だった

だからこそ居た堪れない気持ちでここまで来たのに、直接見舞う事すら躊躇う、できない、私が追い詰めたせいでこうなった

 

陽炎「…ええと、失礼します…」

 

つい、秋雲の病室へと逃げ帰る

そこにいることすら間違いなのに

 

陽炎「…え?だ、誰」

 

秋雲の病室には私と司令以外誰も見舞いには来ない

今迄来たのはみんなが気を遣って来てくれた時だけ

なのに今ここには医者らしくない姿の男がいる

 

曽我部「ああ、失礼しました、私サイバーコネクト社の曽我部隆二と申します」

 

陽炎「サイバーコネクト……CC社…!?何でここに!」

 

曽我部「…貴方が青葉さんでしょうか」

 

陽炎「青葉…?」

 

陽炎(…青葉さんを探して…なんで?CC社と協力していた?だとしたら顔を明かしてないのは……いや、ここは様子を見るべき)

 

陽炎「私は青葉さんじゃないです、病室を間違えてると思います」

 

曽我部「そうですか…貴方はこちらの…秋雲さんの御親族ですか?」

 

陽炎「姉です」

 

曽我部「意識不明になられた理由なども…」

 

陽炎「The・Worldをプレイ中に意識不明になった」

 

曽我部「ご存知でしたか」

 

陽炎「……今更、何の用ですか、この子が貴方たちが運営しているゲームで意識不明になったのはもう2ヶ月以上前です、何で今になって…!」

 

曽我部「…実を言うと、私がその事実を知ったのはつい昨日の事です、青葉というキャラクターに伺いました…青葉という方に心当たりはありませんか?」

 

陽炎(艦名でやってるの…?それは…なんか、大丈夫なのかな…)

 

陽炎「いいえ、それで貴方達は秋雲の意識を回復させてくれるんですか?」

 

曽我部「…正直な所、原因がわかっておりませんので難しい問題です…なにが理由で意識不明になったのか…」

 

陽炎「クビア」

 

曽我部「…クビア?」

 

陽炎「クビアって奴にキルされた結果…らしいけど」

 

これはなつめさんから聞いた、正しいのかはわからないけど…

 

曽我部「…成る程、ありがとうございます、直ぐに調査し、報告させていただきますので…もう少しだけ時間を頂けますか?」

 

陽炎「……」

 

今までCC社に問い合わせたことは何度かあった、でもまともに取りあわれたことなんて一度もなかった

何が変わった?何の為に対応した?…わからない

 

曽我部「それと、もし青葉さんをご存知でしたら…無事かだけをお伺いしたいのですが」

 

陽炎「知りません」

 

 

 

 

曽我部隆二

 

曽我部「…参ったねぇ…向こうさんは全然協力的じゃないし、上司のジーニアスはうるさいし…まだアカシャ盤に潜り込んだ邪魔者が居るっていうのに…」

 

ポケットから棒付きキャンディーを取り出して口に放り込む

 

曽我部(メトロノームが後ろからやっちまった所為で青葉ってキャラは多分意識不明だろうしなぁ…平和的に解決できる話ならそれで済むってのに…しかし、クビア…クビアが出てきたとなると簡単な話じゃない、意識データが何処を彷徨っているのやら…)

 

曽我部「しかも事件が起きたのはR:2だ…?冗談キツイぜ、データ破棄してねぇだろうな…CC社なら隠蔽してる可能性も…あーヤダヤダ、考えたくねぇ…業務外でも働いてんのに給料まで安いって、ヤになっちまう…なあ、元、碧衣の騎士団さん」

 

度会「……」

 

曽我部「CC社に雇われた…掃除屋ってトコです、よろしく」

 

度会「……顔が売れている自覚は無かったのですが」

 

曽我部「2009年の黄昏事件、その責任者だったアンタを洗うのもこっちの仕事でね…意識不明者事件の裏にあるのが何なのか、調べなきゃならないもので」

 

度会「…この病院は地下にカフェテリアがあります」

 

曽我部「いやー、俺も誘おうかと思ってたとこなんですよ、気が合いそうだ」

 

 

 

カフェテリア

 

曽我部「ま、そう警戒しないでくださると嬉しいんですが…まさか今は軍人さんだなんて、いやー凄いなぁ!」

 

度会「……」

 

度会は明らかに不機嫌だった

ただ、目の前の剽軽な男に対して苛々しているのでは無い、別の何かへの苛立ちなのは見てとれた

 

度会「わざわざ俺に接触してきた理由は、何の為なのかお聞かせ願えますか」

 

曽我部「いや、本当に偶然なんですよ、秋雲さんという方の意識不明の原因を探りにきたら貴方がいた…」

 

度会「探りに来たのは秋雲じゃなく、青葉というキャラクターについて…ではないですか」

 

…まさかコイツが青葉?声は女だった、だがボイスチェンジャーでいくらでも変化させられる…

いや、メトロノームにやられている以上それはない、メトロノームのナイフは意識に直接的にダメージを与える危険な代物、それを背後から急所に受けたとなると意識が回復しているとは思えない

 

曽我部「目的がわかってるなら話は早いと思うんですけど…ま、単刀直入に聞きますが…青葉さんはどちらに?お話を伺いたいなー…なんて」

 

度会「それはできません、今彼女は意識不明で、その上…すぐに研究施設に搬送される」

 

曽我部「研究施設?」

 

度会「…ある奇病を患っています、残り少ないであろう自身の時間を削り、秋雲を助けようとしていた…」

 

曽我部「いやー、どうやらその青葉さんはとても素晴らしい方の様だ、人の為にそこまで…」

 

となれば軽率な発言は敵意を逆撫でするだけ…

厄介な案件に踏み込んだ自覚はあったが…これはより面倒になってきた

 

度会「…こちらも聞きたい事があるのですが」

 

曽我部「ああ、何でも聞いてください」

 

度会「リアルデジタライズ学を、ドイツで教えていたとか?」

 

曽我部「…ええ、まあ」

 

曽我部(…こっちを調べられてる?ここに来るのも織り込み済みだったか…いや、だとしても何故?)

 

度会「…いや、先に聞くべきはこっちか、貴方の目的は」

 

曽我部「CC社の目的はゲームの不正プレイを止めていただく事です」

 

度会「そうじゃなく、CC社の目的ではなく、貴方の目的を聞いている」

 

曽我部「……私ですか、そうですねぇ、せっかく九州に来たしお昼は名物でも食べて帰ろうかと」

 

度会「……」

 

曽我部「いや、ははは、冗談です冗談…」

 

曽我部(おっかねぇ…マジに人殺しそうな目してやがる…)

 

度会「それで、目的は」

 

曽我部「…雇われの身ですので、特に目的と言われましても…」

 

度会「つまり、CC社に雇われている以上、CC社の目的が曽我部さん、貴方の目的だと」

 

曽我部「…ええ、まあ」

 

度会「……これを」

 

度会が名刺をこちらに差し出す

 

曽我部「ああ、どうも…」

 

こちらも名刺を差し出し、受け取った名刺を確認する

最低限の事しか書かれていないのだろうと思っていたが、名前の右横に手書きで小さい赤い花のイラストがあった

 

曽我部「…ヒガンバナ、ですか」

 

度会「その絵は秋雲が書いてくれた物です、その名刺がなくなる前に秋雲を助けてくだされば有難いのですが」

 

曽我部「善処します」

 

曽我部(…さっさと帰れって事ね…)



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悪転

横須賀鎮守府 執務室

重巡洋艦 アオバ

 

アオバ「失礼します!」

 

大淀「アオバさん…!?まだ入院してるはずじゃ…」

 

アオバ「司令官はどちらにおられますか!」

 

大淀「今は会議に出てます、要件なら…」

 

大淀さんに退職届を叩きつける

 

アオバ「今日限りで…いや、今を持ってここを出ていきます!」

 

大淀「落ち着いてください!」

 

アオバ「司令官は何を考えてるのか知りませんが…私の妹を研究施設に送り込むなんて絶対に認めません…!」

 

大淀「提督が認めた訳ではありません、トップだからといって全てを決められる訳じゃないんです…」

 

アオバ「それなら何のための役職なんですか!…私は、もうここを出ていきますから!」

 

大淀「ちょっと…待って!」

 

乱暴に扉を閉める

 

アオバ(九州からの移送ルートは限られてる、どれかに的を絞って…確実に……襲われるとは思ってないならきっと一番早い道を通るから…)

 

アオバ「…よし、絶対止める」

 

艤装を確保し、荷物を集める

 

アオバ「……全部失ってでも」

 

もう片腕がないんだ、今更何を失って困るのか、ちゃんと考えろ

今失いたくないもののために全てを賭けてやる

 

アオバ「逃走ルート…海の側がいいから……襲撃地点は…ここ」

 

携帯が喧しく鳴る

 

アオバ「…何、このメールアドレス…知らないアドレスだ…」

 

メールを開く

車の写真と簡素に一文

 

[ターゲットの車、23:15分に横須賀到着予定]

 

そう書かれていた

 

アオバ「…確かに、車はわからなかったけど…何で、誰が?」

 

車なんて多分わかるだろうと言う出鱈目な作戦が一瞬で確実性を手に入れてしまった

車さえわかれば待ち伏せは容易…

 

アオバ「……そう言えば、青葉の知り合いにスーパーハッカーがいるって言ってたっけ…よし、これならきっとうまくいく!」

 

 

 

 

浜名湖橋

 

アオバ「ここで…やる」

 

何人か死ぬだろうし、自分が死ぬかもしれない

もしやり遂げても片腕の艦娘という時点で即座に私だとバレる

逃げ場なんてないし、後のことなんて考えない

きっと青葉は離島鎮守府まで逃げられるし、逃す

自分がどうなろうとそれはもはやどうでもいい

 

アオバ「…はぁ…」

 

こういう時、何で人は後悔するんだろう

自分が決めたことに突き進むのに、それを躊躇うんだろう

別にそれくらい躊躇わなくてもいいのに、私はどうしようもなく躊躇い、後悔する

何も悪くない人間を殺さなくてはならない、場合によっては護衛にいる艦娘も…

 

指が震える、引き金にもし指をかけていたとしたら…何も無しに引き金を引きそうなほど力が強張る

 

まだまだ時間はある、時間だけはあるんだ、せめて逃がせる逃走ルートを確保しないと

 

 

 

 

佐世保鎮守府

駆逐艦 陽炎

 

陽炎「…ウチが護衛するの?」

 

度会「上からの直接の命令だ、仕方ない」

 

…これは私への罰なのか、はたまた何かの因果か

私のせいで捕まったミイラを私が護衛し、研究施設に引き渡す…吐き気がする、まるで罪を重ねている様な…

 

度会「外れてもいい、人員が2人欲しいと言われただけだ、お前がやる必要はない」

 

陽炎「…もう一人は?」

 

度会「磯風を着かせる」

 

陽炎「…私がやる、私が…」

 

度会「急な話ですまない」

 

…司令の言葉はほとんど耳に入らなかった、私には何も無い、何かを成したことも、認めてくれる対等な姉妹も、協力者すらも失った…

 

もし、贖罪の機会があるなら、この胸の枷が無くなるなら…

自分本位なのはわかってるけど…もう耐えきれなかった

 

 

気づけば、私は艤装を掴んだまま車中で揺られていた

やる事なんて何もわからない、乗員も一切警戒していないらしく、護衛も私と磯風のみ…

救急車の様な構造の狭苦しい空間には横たわった青葉さんと私、磯風の3人だけ、運転手ともう一人の乗員は壁に仕切られて様子も伺えない…

出入り口も車の背面の大きな扉だけ

ボタン一つで簡単に開く扉…

 

陽炎(…この人を道路に放り出して仕舞えば気が楽なのかな…いや、より罪を重ねるだけ…)

 

磯風「おい」

 

陽炎「…何、今機嫌悪いから話しかけないで」

 

磯風「…何が不満なんだ?」

 

陽炎「聞こえなかった…?話しかけないで」

 

磯風「…陽炎らしくない」

 

陽炎「何が……っ…」

 

怯えている

この目の前の無愛想な姉妹艦は何処か怯えている様だった、私に何を期待しているのかは知らないが…怯えて、怖がって、尚も勇敢に私に問いかけている

 

陽炎「…八つ当たりしたい訳じゃないけど、今話しかけられたらそうしてしまいかねない…だからもう少しだけ、放っておいて」

 

磯風「……頼りない後輩だが、何か力になれる事があれば…言って欲しい、最近の陽炎はあまりにも暗い、みんなが心配している」

 

陽炎「……そう」

 

…それなら、ただそばに居てくれる誰かが欲しい…

 

不意にけたたましい爆発音が響く

車が大きく揺れ、車中で体がぐるぐると回り、天地がわからないまま壁に投げ出される

 

磯風「ぐっ…!」

 

陽炎「敵襲…?!なんで…」

 

何でこの車を、何が狙いで、何をするつもりで…

疑問は尽きないが、衝撃でまともに働かない頭が答えを教えてくれる訳などなく

 

磯風「外に出ないと…!」

 

よろよろと立ち上がった磯風が扉を開けようとする

 

陽炎「待っ……つぅ…頭が…」

 

止めようとしても、立ち上がれない…

扉の隙間から刺す様な光を浴び、思わず目を閉じる

 

磯風「…う…」

 

磯風が鈍い音共に倒れる

 

陽炎「磯風…!」

 

覆面にロングコート、男か女かもわからない誰かが入り込んでくる

背丈も私より二回りは大きい…そして、なぜか主砲を持っている

 

アオバ(まだ居ましたか…既に武器を手にしてる…でも、まだ抵抗する素振りはない…)

 

陽炎「何のつもり…」

 

アオバ(…撃たなきゃ、いや、この子が抵抗しなければ…私は誰も殺す事なく…私は、殺したくなんか…でも…)

 

主砲がこちらを向く

 

陽炎「貴方、艦娘なんじゃ…何でこんな事…」

 

アオバ「……」

 

ジリジリと詰め寄られる、どうする、降伏するか

狙いは?青葉さんなのか、だとしたら何故?

でも…私はどうしたら…

 

陽炎「…その人を連れて行くには私の持ってる鍵が必要…」

 

でまかせ、そんな鍵なんて存在しない…

 

アオバ「……なら、その鍵を出しなさい」

 

陽炎「…え?…青葉さん…?」

 

全く同じ声、抑揚の付け方は違うものの同じ声だ、聞き間違える訳がない、私は青葉さんが鎮守府に来るたびに秋雲の事を催促してきた、何度も会話をした…

 

アオバ(…声でバレた…最悪、始末するしか…)

 

陽炎(待って、青葉さんと同じ声……そうだ、前の世界で横須賀にもアオバさんが居た…だけど、何故?…横須賀なら青葉さんがどうなるかを知って助けに来た可能性も…)

 

アオバ(…殺すしか…!)

 

主砲がより近づく

 

陽炎「ま、待って!青葉さんを逃したいんですよね…!」

 

アオバ「……」

 

恐らくもう一人のアオバさんであろう人が無言で頷く

 

陽炎「…協力します、青葉さんがこうなったのは…私のせいだから」

 

アオバ「……」

 

向こうが考える様な素振りを見せる間に私は青葉さんをベッドから外し、担ぐ

 

陽炎「…その気がなければ、そのまま寝かせてる…信じてください」

 

アオバ「…わかりました、時間が惜しいので早く」

 

幸い、周囲を通る車はなかった

私たちの車は真下からの攻撃で吹き飛ばされ、宙を舞っていたらしく、小さな穴が一つ道路に空いていた

 

アオバ「…このロープにくくりつけて、下におろして」

 

陽炎「はい」

 

陽炎(…今まで気づかなかったけど、この人…片腕が無い…?)

 

その為か、複雑な作業を私にやらせ、先に湖へと降りる様に誘導する

 

陽炎「……横須賀のアオバさんですよね」

 

アオバ「余計な詮索はしないで…」

 

陽炎「…違うんです、一言謝りたくて…」

 

アオバ「……私と貴方には何の関係もありません、この子が目を覚ました時、貴方は直接謝ればいい…ついでに私の分も」

 

陽炎「…それは…」

 

つまり、死ぬ気ということだろう

 

湖に降りたところで私は青葉さんを受け渡す

 

アオバ「…貴方のことなんて、知りませんから…早く戻ってください、脅されたと言えば処罰は軽くで済むはずです」

 

陽炎「……」

 

これで少しは罪滅ぼしになるのだろうか

これで私は満足できたのだろうか…

 

アオバ「何やってるんですか、早く戻らないと…」

 

陽炎「……いや、その…すみま……あ…」

 

目の前に主砲を突きつけられる

 

アオバ「え…?」

 

駆逐棲姫「うーん、良いシーンを邪魔してごめんなさい、見てて飽きてきたので…ほら、アクション映画の導入ってだいたいつまらないでしょ?」

 

アオバさんと私、両方の眉間に手法が突きつけられる

 

駆逐棲姫「せっかく私がここまで仕込んであげたんですから…ね?触れ合いの時間もそこそこに…下さいよ、その人」

 

アオバさんの後ろから戦艦級が現れ、青葉さんを奪われる

 

アオバ「えっ…や、やだ!青葉!」

 

駆逐棲姫「動かないでー?ほら、ステイダウン、言うこと聞かないと殺しちゃいますよ〜?」

 

アオバ(…別に、私が死んだって…!……あ、れ…?)

 

陽炎「何で、体が勝手に…」

 

2人揃って膝を折り、水面に座り主砲を捨てる

 

駆逐棲姫「アハッ…アオバさーん、あなたの艤装を作ったの私ですよ?簡単にハッキングできるんですよー?…陽炎さんも、デフォルトのままですし…何でみんなセキュリティアップデートしないのかなぁ…口を酸っぱくしてこんなに言ってるのに」

 

アオバ「やめて…青葉を取らないで…返して…!」

 

何もできなくなったアオバさんは、ただ泣きながら懇願した

しかしそれは…

 

駆逐棲姫「…その表情、最ッ高ですねぇ!」

 

アオバ「お願い…お願いだから!」

 

駆逐棲姫「アハッ!アハハハハハ!もっとお願いしてみてくださいよ!敵に!無様に情けなく!アハハハハハ!」

 

陽炎「この…下衆…!」

 

アオバ「お願いします…!大事な妹なんです…!」

 

駆逐棲姫「うーん、言うセリフが思いつきませんか?ほら、もっと無様になれるでしょ?ほら!」

 

駆逐棲姫がアオバさんの頭を踏みつける

 

駆逐棲姫「土下座…うーん水の上だし水下座?…あ、顔がつかってるから息できませんねー、でもこのまま1分耐えたらお話聞いてあげてもいいですよ?」

 

その言葉を聞いてかアオバさんは微動だにせず、そのまま水に顔を埋める

 

駆逐棲姫「うーん、姉妹愛って素敵ですねぇ…!アハッ!」

 

陽炎(何で体が動かないの…何でこいつを撃てないの…!)

 

駆逐棲姫「5…4…3…2…1…0…まずは1分、さあどれくらいいけるかなぁ?」

 

陽炎「え…1分で終わるんじゃ…」

 

駆逐棲姫「お話を聞いてあげてもいいかなって思っただけですからね、やめるとは一言も言ってませんし…ねぇ?誠心誠意、見せてくださいよ」

 

陽炎「っ…!アオバさん!早く顔をあげて!死んじゃう!」

 

声は聞こえているはずなのに、アオバさんは微動だにしない…

 

陽炎(まさか、もう…)

 

駆逐棲姫「まだまだ死んでませんよ、死ぬまで続けてもいいですが……っと、先に気絶したかな」

 

駆逐棲姫が足を頭から外し、アオバさんの横っ腹を蹴り上げる

 

アオバ「……」

 

水面に仰向けに倒れたアオバさんはまるで死んだ様な…いや、今まさに死にかけている、今適切な処置をすれば助かるはずなのに…

 

陽炎(お願い…動いて…!)

 

駆逐棲姫「…あ、そっちのアオバさんが死ぬまで眺めるの、素敵ですねぇ……まあでも他にやりたいことあるし、帰りますね、チャオ〜」

 

体が途端に自由になる

 

陽炎「っ!アオバさん!」

 

どれだけ水を飲んだのか、呼吸すらしていない

陸地に連れて行き、処置をしても間に合うのかわからない

 

陽炎(…でも、やらなきゃ)

 

 

 

陽炎「…水は吐かせた、だけど呼吸が…心臓マッサージ…!」

 

素人が持ってる知識での処置は適切とは言えない

だけどもうそれしか無い、アオバさんに跨り、心臓を強く押す

何度も押し、軌道を確保し、酸素を送り込む

 

陽炎「………呼吸が戻った…?」

 

何度繰り返したかはわからない、だが最終的にアオバさんの呼吸は戻った

そしてその後搬送された病院で一命を取り留めた

 

 

 

 

病院

重巡洋艦 アオバ

 

アオバ「……」

 

陽炎「あの…」

 

あれから2日が経過したらしい

あの時、私がやったことといえば目の前で吹っ飛んだ車に近づき、一人の艦娘を殴打し気絶させたくらいのもの

撃とうとした時には既に車は吹き飛んでいた…

 

私はスーパーハッカーの仕業だと信じ込んでいた、青葉の味方はこんなにも凄いのかと思っていた

しかし蓋を開ければどうだろう

 

私は深海棲艦に踊らされていたに過ぎない

しかし罪は私を逃しはしない…

 

アオバ「こんな事なら…見殺しにして欲しかった」

 

陽炎「……」

 

八つ当たりだ、私に負い目があるらしい相手に…ただ八つ当たりをした

そうでもしないと壊れそうだった

 

私のせいで、妹はより過酷な目にあうだろう

 

私のせいで全ては悪い方向へと進み始めてしまったのだろう

 

ああ、何と愚かな事か

 

火野「失礼する」

 

アオバ「司令官…」

 

陽炎(…火野拓海…現日本海軍のトップ…)

 

火野「…確か、佐世保の…」

 

陽炎「陽炎です…」

 

火野「丁度いい、君たち2人に話がある」

 

アオバ「……死刑にでもなるんですか、私は」

 

火野「そうはならない、安心しろ」

 

抑揚のない声が、私の心臓を締め付ける

何で今更死ぬのが怖い、処罰が怖い、後悔なんかしている…

 

火野「君達は深海棲艦に操られていた」

 

司令官が私の前に写真を投げ捨てる

防犯カメラを拡大した様な粗い画質、そして水面に顔を埋める私

 

アオバ「まさか、これで無罪放免ですか…?」

 

火野「そうもいかない、話はそう単純ではない…君達が操られていた事はこの写真からも、台湾における寄生する深海棲艦の存在からも想像し得る事だ、これは致し方のない事だ……だが、それで誰もが納得する訳ではない」

 

陽炎「…私達で、始末をつけろ…って事ですか」

 

火野「そうだ」

 

アオバ「わかりました、やらせてください」

 

考えるより先に言葉が出た

妹を助けられるチャンスがあるなら、私は迷わずそれを掴みに行く

 

それだけだけど…

 

陽炎「アオバさん、貴方は腕が…」

 

アオバ「…片腕だから、何ですか…片手があれば、私は主砲を撃てる、あの子の手を掴める…それだけで良いんです」

 

陽炎「…手を、掴める…」

 

陽炎(……アオバさんは、自分の障害を何も…いや、それだけの覚悟があるって事…)

 

アオバ「ただ、司令官」

 

火野「なんだね」

 

アオバ「陽炎さんはやる事があります、勘弁してあげてください」

 

陽炎「え…?」

 

アオバ「…青葉は秋雲という艦娘の意識を戻そうとしていました、陽炎さんの妹です…しかし、それは成し遂げられなかった……陽炎さん、私はそちらまでは手に負えません、丸任せになりますが…貴方は…」

 

陽炎「…いいえ、私は…秋雲の事は青葉さんに任せています、連れ去られた方の青葉さんに…だから、私は青葉さんに秋雲を連れ戻して欲しい、だから…私も、青葉さんを連れ戻します」

 

火野「どの道君達2人ともに動いて貰う、そうでなければ何処も納得する事はない、君達への厳罰は免れないだろう」

 

アオバ「覚悟の上です…だからやめるって…」

 

火野「君がやめたところで責任は私に来るのだ、自分の始末は自分でつけたまえ」

 

アオバ「…はい、私は全力で…青葉を助けます」

 

陽炎「私も、微力ながら…お手伝いさせていただきます」



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死の道

離島鎮守府 工廠

工作艦 明石

 

明石「…島風ちゃんの艤装に、曙ちゃんの艤装…それとこっちはキタカミさんの……え…?キタカミさんの艤装…なにこれ、もうほとんど壊れてる…応急処置はしてあるけど衝撃が全部体に流れるんじゃ…まさか、これで戦って……」

 

キタカミ[うん、それで戦ってた。]

 

明石「これじゃ狙いもまともにつけられないですよね…!?…本当にこれで戦ってたんですか…」

 

キタカミ[まあ、やれるから、ある程度は。]

 

明石「…ある程度はって、それでやられてたら…」

 

キタカミ[正直、あれを相手にするのは無理があるかな…]

 

明石(…キタカミさんでもそう言うほどの相手…私でも力になれる事は…何か、ないのかな…)

 

キタカミ[今の私にはもう戦う力はない、だからここでみんなの艤装を修理してサポートする事にしたよ、頑張るからこき使ってね]

 

明石「…わかりました、無理をしないでくださいね」

 

キタカミ[了解]

 

明石「…よし、私もやれる事はやらないと…!」

 

キタカミ[アテが有るの?]

 

明石「……私は天才じゃありません、みんなを劇的に強くするなんて事はできない、だけど…ここで使われている艤装全て、私が今まで弄ってきた物です、私は最高のコンディションを提供する事しかできないけど…それでも、何もしないより絶対良い…!」

 

キタカミ[よし、頑張ろうか]

 

明石(だけど、それだけじゃダメなのはわかってる…天才を殺すには何が要るの?…何をすれば、隙を作れるの?問題はそこに有る…)

 

 

 

 

駆逐棲姫のアジト

青葉

 

青葉「……ん……あ、れ…?ここは…」

 

駆逐棲姫「あ、おはようございま〜す!」

 

青葉「綾波さ…え、縛られて…!?な、何ですかこれ!」

 

椅子に四肢を縛られ、身動きは完全に取る事ができない

 

駆逐棲姫「何って…捕まえてるんですよ?わざわざ貴方を捕まえに行って、捕まえて、私のオモチャにするために」

 

青葉「オモチャって…」

 

青葉(いや、落ち着いて…確か、最後の記憶は…)

 

そう、ゲームの中で話してたら後ろから刺されて…

 

青葉(それで意識を失ってた…!?じゃあ、私は一時的に未帰還者に近い状況だった…秋雲さんを取り戻す方法に繋がる何かがあるかもしれない…)

 

駆逐棲姫「余裕ですね?別の何かを考える余裕なんてあるんですか?いやー、この状況ですごいなぁ!」

 

青葉「ぁ…」

 

目の前にメスが突きつけられる

 

駆逐棲姫「貴方は今の自分の状況をわかっていますか?あ、今の貴方と言っても捕まってることについてじゃなくて…その身体に起きた変化の話です、深海棲艦化している貴方…貴方はルールから外れてしまいましたよね?」

 

青葉「…ルール…?」

 

駆逐棲姫「ええ、簡単に言えば…人の身のままに深海棲艦の力を使う、私からすれば貴方は深海棲艦と何も変わりませんよ、それでも貴方は人のままに…そのまま行けば貴方の末路はわかってるんです、深海棲艦でも人でもない化け物になるんですから」

 

青葉「な、何言って…」

 

駆逐棲姫「私、クビアと協力関係にありまして…まあ、アレは未知数なのでやむを得ずですけどね、貴方がデータドレインを受けた事も知っています、死にかけている事も」

 

青葉「死にかけ…?」

 

駆逐棲姫「…ああ、自覚がないんですね、貴方は所詮すぐ死にますよ、だって体を構成する細胞は僅かな量を残して人間のそれとはまるで違う、脳もどんどん汚染されてるんじゃないですか?」

 

青葉「脳が…」

 

駆逐棲姫「…ま、私にはどうでもいい事です、しかし…アハッ、勿体無いなぁ…その顔、白い斑点がなければ綺麗なのに!」

 

青葉「っ…」

 

駆逐棲姫「消してあげましょうか?」

 

青葉「何の、為に…」

 

駆逐棲姫「綺麗な容姿は大事です、貴方が私に忠誠を誓うのなら…私の道具としてそばに置いてあげても良い」

 

青葉「……理解できません、貴方が何でそんなものを欲しがるのか…いや、欲しがる理由がわからない…私が口だけの忠誠を誓ってもそれを守る保証なんて無いのに…」

 

駆逐棲姫「ええ、私はそれでレ級さんに騙され、殺されかけましたから…ああ、なんて悲しいんでしょう」

 

駆逐棲姫が涙を溢す

 

駆逐棲姫「私はただ愛して欲しかっただけなのに…ああ、なんて、なんて悲しい事でしょうか」

 

青葉(…本当に、愛されたかっただけなの…?)

 

駆逐棲姫「まあ、お話はこのくらいにして…答えを聞かせてください」

 

青葉「お断りします…」

 

駆逐棲姫「正直者ですねぇ!私はそう言うの好きですよ!」

 

青葉「……」

 

綾波さんの手が私の変色した肌をなぞる

 

駆逐棲姫「うーん、もう全身が真っ白になってると思ってたんですけど…いや、やはり内側は変質してるのでは?…にしても、貴方も島風さんも、本当に服のセンスないですね…」

 

私の服を破り捨てられる

 

青葉「っ…!」

 

駆逐棲姫「あ、ここは色が変わってないんですねー、下はどうなんでしょう!アハッ…綺麗じゃないですか、ねぇ?」

 

青葉「…もう、やめてください」

 

駆逐棲姫「…意外と泣かないんですね、てっきり泣きじゃくるかと思ってましたよ、人の悪意に晒されるのに慣れてるんですねぇ」

 

青葉「……」

 

駆逐棲姫「あ、私なりの慈悲なんですけど…今死にますか?それともお仲間さんに殺されますか?」

 

青葉「…え?」

 

駆逐棲姫「いや、どの道あなたは死ぬんですけどね、死ぬタイミングぐらい選ばせてあげますよ、お仲間に殺されるなら豪華特典として最期に会話できるかも!

 

青葉「…どう言う意味ですか」

 

駆逐棲姫「そのままの意味ですよ、察し悪いなぁ…今から貴方は怪物になるんですよ、今死んで死体の怪物になるか、生きたまま怪物になってお仲間に殺されるか…選ばなくても良いなら私が選びますけど」

 

青葉(…逃げられるとは思わない方がいい、私はどの道このまま殺されるんだろう…それなら不死の怪物になるより、殺せる怪物になって殺された方がまだ…みんなを傷つけなくて済むかもしれない)

 

駆逐棲姫「決まりましたか?」

 

青葉「……生きたまま…」

 

駆逐棲姫「お、醜くも生きたいですか!良いですねぇ、その生への執着心!」

 

青葉「…そんなのじゃ…ないです」

 

駆逐棲姫「あーあー、ダメですよ、嘘ですねぇ…いくら心を取り繕っても貴方は死にたくないと思っている、私には嘘はつけませんから♪貴方は心の底から死にたくないと思っている…」

 

顔に綾波さんの手が伸びる

目を片手で塞がれる

 

青葉(何を…)

 

駆逐棲姫「教えてあげましょう、貴方の心の内側」

 

耳元でそう囁かれると同時に首が絞まる

 

青葉「あ"…!か……ぁ…!」

 

全身を必死に動かしてもがく

呼吸をしようと必死になる

 

駆逐棲姫「…ほら、息を吸いたいなら吸わせてあげますよ…頑張って吸い込んで」

 

口を何かに塞がれると同時に首を絞める何かが外れ、息を大きく吸い込む

生暖かい空気が肺に流れ込む、体が酸素を求め、必死にその生暖かい空気を取り込もうとする

 

駆逐棲姫「♪」

 

ニュルニュルとした何かが口内を這い回る

 

どれくらい経っただろうか、漸く生暖かいそれが私を離れる

 

駆逐棲姫「ぷぁ……ふぅ、なかなか情熱的でしたよ♪」

 

青葉「…何…何なの、さっきの…?」

 

漸く視界が戻る

あたりがやけに眩しく感じる

 

駆逐棲姫「んふふ♪」

 

目の前の綾波さんは口元をハンカチで拭きながらニコニコとこちらに微笑みかける

 

駆逐棲姫「どうでした?私の肺から吸い出した空気の味は…あんなに必死になって情熱的なキスをするほどなんですから…よっぽど死にたくないんですよね?」

 

青葉「…じゃあ、あのニュルニュルしたのも…」

 

駆逐棲姫「私の舌ですね、青葉さんの唾液で口がベッタベタになっちゃいました♪」

 

青葉(…吐きそう…)

 

駆逐棲姫「そんな顔されると悲しくなるなぁ…そんなに嫌でした?まあ貴方の都合とか関係ないですけど」

 

青葉(最悪の気分…)

 

駆逐棲姫「その落ち込み様……もしかしてファーストキスでした!?きゃー!ファーストキス奪っちゃった!」

 

青葉「……もう、殺してください」

 

駆逐棲姫「あ、その何もかも諦めた様な冷めた目!良いですねぇ♪……さて、その美しい姿を壊すのは惜しいですけど…今から貴方の時間を少し進めてみましょうか」

 

青葉「…時間?」

 

駆逐棲姫「どの道貴方が怪物になるのは時間の問題でしたから…えーと、これで良いのかな?」

 

私の身体の内側から、ひっくり返る様な衝撃が何度も走る

 

青葉「……え?」

 

真っ黒な、六角形の甲殻が両腕に現れる

 

駆逐棲姫「深海棲艦よりになるかもしれませんけど…まあ、貴方は深海棲艦でも、人でもない化け物になって、お仲間に殺されて死ぬんですよ、楽しみですね?」

 

青葉「……」

 

私が、私じゃなくなる

 

駆逐棲姫「どのくらいかかるかなぁ♪この待ち時間が楽しいんですよ♪」

 

 

 

 

駆逐棲姫「ああ、なんて醜いんでしょうね…貴方は誰にも望まれる事なく、ただ殺されて終わるのに、こんなに醜くては誰かに同情されてしまうかも」

 

怪物「……」

 

形はかろうじて人形

しかし、前脚は血につくほど長く、黒い甲殻に包まれた鈍器の様な腕、そして中心には発砲用の穴

口は大きく、そして釣り上がり、顔の形を壊すほどの笑顔を貼り付け、目は潰れ…

 

駆逐棲姫「貴方はもはや深海棲艦ですらない…ま、貴方の魂が地獄で裁かれることを祈ります」



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カートリッジ

離島鎮守府

駆逐艦 曙

 

曙「…カートリッジ?」

 

明石「そう、双剣にカートリッジを挿せるようにして…一時的に威力を上げたり、放電させたり…鹵獲した画像を見て思いついたその場凌ぎの考えだけど…これならより強力な攻撃ができると思う」

 

曙「……カートリッジで一時的な強化…ねぇ…ところで、なんでキタカミは不満げなのよ」

 

キタカミ[うちの台所事情的にはちょっと…結局使うのって燃料とかその辺だし、特に燃料は発電機にも使うから少し困ってる。]

 

曙「…あんた、その辺細かいわよね…」

 

明石「でも、他に対抗策が思いつかないし…コレしかないんですよ、キタカミさん…!」

 

曙(まあ、でも…)

 

曙「試してみない?キタカミ…私達は使えるものを何でも使ってあの駆逐棲姫をぶっ倒さないといけない、有効打になるなら何でも良いでしょ」

 

キタカミ[なるならね]

 

明石「むぐぐ……」

 

曙「まあ、役に立つかどうかは使わなきゃわからないから」

 

キタカミ[試してみようか、阿武隈なんか相手に丁度いいでしょ]

 

曙「そうね、そうしましょ」

 

 

 

演習場

 

曙「…カートリッジってあたしだけじゃないのね」

 

阿武隈「私に渡されても…どう使えば?」

 

明石「その新しい主砲に挿してください、挿してる間は砲弾に属性を付与できます」

 

曙「属性…またゲームみたいになってきたわね」

 

明石「…今回はリアルでできる限りのことに留まってますから」

 

阿武隈「…炎、雷、炸裂…とりあえずこの三つ…」

 

曙「炎?炎の弾丸ってどんなモンなのよ」

 

明石「…撃てばわかりますよ」

 

阿武隈「と、とりあえず…」

 

阿武隈がカートリッジを挿して主砲を構える

 

明石「さあ!」

 

阿武隈「撃ちます!…ヒェッ!?」

 

砲口から火炎放射の様に火を噴き、炎を纏った散弾が周囲に散らばる

 

曙「…射程距離は短そうね…でも、炎が、散弾みたいに…」

 

明石「みたいというか…まさしくそのまま、焼夷弾の様に着弾した相手をそのまま燃やす力が有ります、有効射程は20メートルでしょうか〆

 

阿武隈「次…雷…撃ちます!ッ!!」

 

阿武隈が大きくのけぞりながら砲撃する

 

曙「…え?今撃った?空砲に見えたけど」

 

明石「雷は砲弾の速度の限界を無視するってコンセプトです…つまり加速効果です…!上手くいってる!」

 

阿武隈「でも…これ、1発撃ったら結構手が痺れて…反動が大きすぎます」

 

明石「えっ?…反動が上がるのか…うーん…」

 

曙「そもそも、雷っていうなら放電するとか…」

 

明石「それは危険です、砲弾の内側に電気を留めておく手段はないわけでは無いですが…万が一小さなミスがあれば感電してしまいます」

 

阿武隈「…ちなみに、威力は?」

 

明石「威力は計測してませんけど、初速は確か…5000メートル毎秒です!」

 

阿武隈「…あれ、何でそれをあたしは撃てるの…?」

 

明石「AIDA感染者だからだと思います、人の体では無理だと思いますし…」

 

阿武隈「…あはは、あたし半分人外…?」

 

曙「……じゃあ、炸裂は?」

 

明石「これは防ぐものがあるとわかりやすいのですが…ええと、まあ時間で爆発するし大丈夫かな、これも散弾銃みたいな…まあ、海面に撃ってください、でからだけ遠くに」

 

阿武隈「はい!」

 

放たれた砲弾が炸裂する

 

曙(ちょっと威力の強い榴弾…じゃないわね、これは…)

 

着弾点で小さい爆発が暫く起こり続ける

 

阿武隈「……これは無しですね」

 

明石「やっぱりダメですか」

 

曙「教育に悪いわね」

 

明石「教育対象はどこなんでしょうか…それより、曙ちゃんも…」

 

曙「はいはい」

 

双剣の鍔に空いた穴にカートリッジを突き刺す

 

曙「…まず、炎」

 

双剣に炎がともる

 

曙「……なんか、悪く無い気がする」

 

剣を振るった軌跡を炎がなぞる

 

曙「…火炎車!」

 

望んだ通りの動き

まるで身体の動きをサポートする様な…

 

曙「……剣に推進力でもついた?」

 

明石「どうですか?」

 

曙「いける、次は雷…」

 

剣が雷を纏う

 

明石「単純な属性付与みたいなものですけど…」

 

曙「最高ね、これなら…もっと戦える気がする」

 

曙(問題は、あたし自身が弱すぎること、か)

 

曙「アイツの分はあるの?役立ててくれるんじゃ無い?」

 

明石「曙さんは…ちょっとどこかに行ってるみたいで」

 

曙「ふーん…ま、アイツが動いてるなら必要な事なんでしょ」

 

明石「多分…」

 

阿武隈「…でも、最近曙さんは様子おかしいし、朧ちゃんとも喧嘩してるし…」

 

曙「お留守番に疲れたんじゃない?」

 

阿武隈「お留守番って…」

 

曙「何にしても、頭が2人揃ってへそ曲げてるのは不味いわね」

 

明石「何とかならないかなぁ…」

 

阿武隈「2人ともあんまり話を聞いてくれる雰囲気じゃ無いですから…今はそっとしとくのが一番だと思います」

 

曙「それより、早い話はカイトを連れ戻すことね」

 

阿武隈「…提督を?」

 

明石「いつから下の名前で呼ぶ仲になったんですか…」

 

曙「別にそこは良いでしょ、簡単な話、曙はあんたたちが思ってるより精神的には弱いのよ、アイツが朧にここを任せてるのも自分の動揺や不安を悟られたく無いからだろうしね」

 

阿武隈「そうは見えませんけど…」

 

明石「いや、私もそんな話を潮ちゃんに聞きました」

 

曙「あたしらの間じゃアイツのメンタルの弱さは常識よ、アイツにとっては自分が最初に自分で有ることを認めてくれたカイトだけが心を許せる存在なのよ」

 

明石「…七駆のみんなでもダメなの?」

 

曙「らしいわね」

 

阿武隈「らしいわねって…」

 

曙「…悔しいけど、あたしらとカイトじゃ違うらしいわ、それに……特に、朧は最初、あたしとアイツを重ねてたらしいからね

 

明石「……その立場になったことがないからわからないけど…」

 

曙「根深い確執じゃない、お互い納得して終わったことでも今になって足を引っ張ってる、2人揃ってどうして良いかわかってないのよ」

 

阿武隈「…曙ちゃんはわかってるの?」

 

曙「冗談、わかるならもう引っ叩いて前を向かせてるわ」

 

明石「…弱りましたね」

 

曙「そうね、すごく弱った事に…だから頭をすげ替える必要がある…わかる?」

 

明石「…私は余裕ないですよ」

 

阿武隈「いや、何で交代って話に…」

 

曙「アイツら2人ともお互いを認めてないのよ、それが今同位のトップになってしまってる、みんな誰についていけば正しいのかわかってない、それが一番まずいのよ…あーもう、キタカミも喋れなくなってるせいで任せらんないし…!」

 

阿武隈「…あれ、みんな海に出て、何してるんでしょう」

 

明石「…不知火さんや潮ちゃんたち…と言うか、かなりの人数いますけど…」

 

曙「…奥にはキタカミと春雨もいる…戦闘演習ってとこか、燻ってても意味ないし、混ざりましょ」

 

明石「私は工廠に戻ります、カートリッジはまだ使わないでくださいね、試作品なので」

 

曙「はいはい」

 

阿武隈「カートリッジ一つで6発分くらいだし…試しに使い切りたいなぁ…」

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

春雨「…朧さんもキタカミさんに用事ですか」

 

朧「はい、少しだけ良いですか」

 

キタカミ[何?]

 

朧「……次も綾波に負けないためには、どうすれば良いのかわからなくて」

 

キタカミ[朧はさ、そこそこ砲撃精度良いよね]

 

朧「…多分」

 

キタカミ[朧は普通じゃないよ、だから普通じゃない練習をしよう]

 

朧「…それは…どんな?」

 

キタカミ「………」

 

キタカミさんが練習方法を書いたボードをこちらに向ける

 

春雨「…くふっ…!…ふっ…本気ですか…?」

 

朧「…え、本当にその通りにやるんですか?」

 

キタカミ[誰かに見られちゃダメだよ、恥ずかしいからね]

 

朧「……いや、あの…」

 

春雨「…でも、確かに……これは予想外かもしれませんね」

 

キタカミ[朧が本気なら、できる。朧、気持ちで負けちゃダメだよ]

 

朧「……わかりました」

 

キタカミ(上手くいけば良いけどなぁ…多分、無理かな)

 

 

 

 

食堂

イムヤ

 

イムヤ「…みんなボッロボロね…」

 

曙「…キタカミ、自分はのんびりしてるくせにガチガチな体力作りからさせるもんだからみんなグロッキーなのよ…大和とか大鳳も居たけど…吐いてたわね」

 

イムヤ「うえ…」

 

阿武隈「挙句、体力作り乗り切ったら砲撃練習…あたしと曙ちゃんは1on1で実戦形式…徹底的にみんなを鍛え上げようとしてるのはわかるんですけど…」

 

曙「…乗り切ったのはあたしと、阿武隈…それから朝潮だけよ」

 

イムヤ「え?他は?」

 

阿武隈「…ちょっと窓の外見てください」

 

イムヤ「え…?うわっ…」

 

海から這い出た様な格好で大量の人間が地面に上に転がっている

 

イムヤ「…何で途中で抜けたりしなかったの…」

 

曙「意地になってたんでしょ…春雨とかムカつく煽り方してたし」

 

阿武隈「何回か撃ちたくなりましたから」

 

イムヤ「…ええと、それで…あと1人の生存者は?」

 

曙「ここに3人で飲み物取りに来て…1人で戻った」

 

イムヤ「…つまり、2人ともサボり?」

 

阿武隈「そうです…」

 

イムヤ「いや、曙はともかく阿武隈はそれよりキツいの毎朝やってるんじゃ…」

 

阿武隈「やってその後にコレやってるんですよ!!」

 

イムヤ「…なんか、ごめん」

 

曙「毎日こんな事させられたら体が持たないわ…」

 

イムヤ「…あ、なんかキタカミさんが呼んでるっぽいよ、2人とも」

 

阿武隈「……もう半年くらい顔見たくないです」

 

曙「次見たら斬っちゃいそうだわ」

 

 

 

 

イムヤ「…私も連行されるんだ」

 

曙「しっ…大人しく立ってなさい」

 

春雨「えーと、キタカミさんの言葉を読み上げますね…「とりあえず今日はお疲れ様、体力測定みたいなものだったので全員にあったメニューを今から組むよ、明日からはもう少し楽になるから安心して」との事で」

 

山雲「よかった〜…お野菜見にいく元気なくしちゃうかと思った〜」

 

春雨「「ただし、曙、阿武隈、朝潮の3名には今日のメニューは生ぬるかった様なので追加でやってもらいます」って」

 

曙「は!?」

 

阿武隈「そんな!横暴ですよ!」

 

キタカミ[頑張れ]

 

曙「頑張れじゃないっての!」

 

春雨「仲間に入れてくれって言ったのは自分なんですから、責任持ちましょうよ」

 

阿武隈「キタカミさんの隣で何もしてないくせに…!朝潮ちゃんも不満を言って良いんですよ!?」

 

朝潮「い、いえ…私は大丈夫です…大丈夫…大丈夫…」

 

曙「…朝潮が絶望で壊れたんだけど」

 

春雨「えーと…「今後の戦いの為に覚えて置いてほしい話があります、まず日常生活においてもですが、基本的に物事の表面を捉えるのはやめましょう、行動には理由があります、駆逐棲姫は深海棲艦の動きに理由を持たせます、その理由を見つけて対処してください」」

 

曙「…例えば?」

 

春雨「「例えば駆逐級一匹が攻撃もせず、通り抜ける様な動きをしたら?その一匹を攻撃する役割は確かに必要、だけどその駆逐級はみんなの資産を集めようとしている、本隊が後からやってきて、みんなの背中を撃つかもしれない」」

 

曙(…やられた側からすると苦い思い出ね)

 

春雨「「他にも、深海棲艦の海なら神出鬼没という特性を利用して数を偽装し、誘い込んでくるかもしれない…どんな危険を孕んでいるのかなんて、誰にも想像できない事、それでも本質を見続けて、仲間と守り合う事で死の危険を減らせる」」

 

イムヤ「なら、水中は私がやるわ」

 

曙「…毎回ってわけにはいかないでしょ」

 

イムヤ「毎回やる、私なんて時間があるのかないのかわからない身よ、死ぬほど戦ってやる」

 

春雨「イムヤさん、貴方…私の前でそんな事言って、許すと思ってるんですか…?」

 

イムヤ「私は終わりの時まで座ってる為にここにいるんじゃないの!私が戦えば水中のリスクはどれくらい減るか…わからないわけじゃないよね?」

 

キタカミ[イムヤの事は後にして、話の続きを…]

 

イムヤ「綾波の居場所、知ってるのは私だけだよね?」

 

曙「…居場所?」

 

阿武隈「居場所を知ってるんですか?」

 

イムヤ「じゃなきゃ出向いて殺されてないって、戦わせてくれないなら教えてあげない……いや、教えたところで私しか辿り着けない」

 

曙「あんたしかって…まさか…」

 

キタカミ[教えて]

 

イムヤ「……綾波は部下に私を水中に引き摺り込ませてこう言った「ようこそ深海へ」ってね…海面に逆さに立ってたの」

 

曙「逆さに立つ?」

 

イムヤ「…シンクロスイミングだっけ、アレと同じ感じ、靴底を海面につけて水中で逆さに立ってるみたいに…」

 

阿武隈「それが何か関係あるんですか…?」

 

イムヤ「あそこは逆さなのよ、重力なのかはわからないけど…少なくとも建物があって、それは逆さになってた……綾波は深海棲艦の基地を水中に持ってる、勿論施設の中は空気あったけどね」

 

阿武隈「…歪んだ世界…」

 

曙「逆さになるなんて、現実的にありえないわよね…しかも重力を操れる?いや、重力の中心が海の真ん中にあるとして、そこに建物が存在できるのも…色々とおかしい様な…」

 

キタカミ(綾波は…世界を壊そうとしてるのか、境界線を破壊して思い通りにする為に)

 

イムヤ「……綾波を止めるなら、私を置いて行くなんて許さないから」

 

春雨「…イムヤさん」

 

イムヤ「春雨、自白剤なんか私は聞かないからね?」

 

春雨「…よく知っています、効かない体にしたのは…私ですから…」



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改二

離島鎮守府 工廠

工作艦 明石

 

明石「…曙さん?貴方、そこで何やって…それは、朝潮さんたちが持ち帰った提督のパソコン…」

 

レ級「…明石さん、貴方に託すものがあります」

 

明石「託す…?」

 

レ級「貴方しか、コレを託せる人は居ませんから」

 

USBメモリを渡される

 

明石「え?ちょっと…」

 

レ級「……これは、まだ誰にも見せないでください、私にはあまりにも荷が重い…でも、貴方なら違えないでしょう…」

 

明石「…私に、何を期待しているんですか」

 

レ級「貴方なら、ここにいるみんなを平等に見ることができる、平等に殺し、生かせる…だから、お願いします」

 

明石「みんなの生死に関わる事なら、私1人で判断するわけにはいきません」

 

レ級「……」

 

明石「それと…」

 

工廠の奥に安置されていたケースを曙さんに渡す

 

レ級「…これは」

 

明石「…艤装です、必要ないかもしれませんけど…」

 

レ級「艤装…私のですか?」

 

明石「…曙・改二、今までの艤装の主砲と違い、主砲にライフル型のストックやサイト等を取り付けて中距離の戦闘などにも対応し易く、機動力を損なわない様に仕上げてあります」

 

レ級「……何か、違和感が…」

 

明石「これには、艦娘システムは搭載してありません、綾波さんのものも…コレは完全な私独自のシステム…いや、最低限の機能を残し、アナログ化してあります」

 

レ級「…退化」

 

明石「時と場合に合わせた適応です、カートリッジの接続も容易な為戦術性も広く、使い手に馴染んでくれる仕上がりだと信じています」

 

レ級「……一応、いただいておきます」

 

明石「…貴方の味方は、思ってるよりたくさんいるんですよ」

 

レ級「それは一切、関係ありません、私はただ、提督の為の船であり続けるだけです」

 

 

 

 

 

演習場

 

曙「改二?なんでいきなりそんなもの…」

 

明石「いきなりじゃなくて、前から作ってたのがようやく完成して…」

 

潮「でも、何で私まで…?」

 

明石「同じ綾波型だから流用しやすくて…」

 

漣「じゃあ漣の改二も!」

 

明石「残念ながらありません…」

 

漣「……」

 

潮「それで…これですか?」

 

明石「対潜強化に爆雷を腰にセットできる様にしてあるのと、腕にとりつけられる小型の砲台は広角射をやりやすい様に調整済み、カートリッジを差し込めば威力も充分!」

 

曙「…炎が降るだけ?」

 

明石「あー、それは改善して、新しい特殊なカートリッジを…はい、コレ」

 

潮「…サンダー…?」

 

曙「…雷のカートリッジと何が違うのよ」

 

明石「雷が落ちる原理はわかる?簡単に説明すると、雲の中には大量の氷の粒があって、その氷の粒がぶつかり合って生んだ静電気が雲に収まりきらない時に放出されるのが雷なの、だから…それをこの砲弾で呼び寄せる」

 

曙「つまり、雷が落ちる天気じゃないと使えないの?」

 

明石「いや、小さい雲でもあれば大丈夫、普段の広角射撃とは雰囲気が違うから難しいと思うし、よーく練習しないと使えないと思うけど…」

 

潮「…頑張ります!」

 

曙「で?あたしの改二は…カートリッジなんか違うけど、双剣とは互換性ないの?」

 

明石「なくはないけど…想定しては使ってないかな、後コレは普通のマガジンね、使う弾丸を切り替えてアサルトライフルとして扱える様にする事もできるから」

 

曙「…これ、機銃用の弾込めてるだけじゃない!」

 

明石「でも、カートリッジの使い方によっては深海棲艦の装甲を貫けるかもしれないし…」

 

漣「…良いなぁ…2人とも、いや、ボーロも良い艤装もらってるし…漣だけ強化が来ませんよ〜…」

 

明石「いやー…その、ごめんなさい…」

 

漣「まあ、明石さんならすぐに作ってくれるって信じてるぜ!」

 

明石(今使ってるのが朝潮さん達の分だなんて…言えないなぁ…)

 

 

 

 

 

海上 駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「アハハハハハ!あーあ、惨めですねぇ!」

 

駆逐古鬼「黙レ!何故私ヲ襲ウ!コノ裏切リ者メ!」

 

駆逐棲姫「裏切りも何も、元より味方じゃ無いですからねぇ…あと襲う理由はそれの運用にあたっての実験です」

 

駆逐古鬼のすぐそばに鉄球の様な前腕が振り下ろされる

 

駆逐古鬼「ヒッ!?…ヤ、ヤメロ!モウヤメテクレ!」

 

怪物「……ガアァァァァァァッ!!」

 

前脚を持ち上げ、駆逐古鬼へと向ける

 

駆逐古鬼「…ナ、ナンダ…コノ穴…マサカ…!」

 

駆逐棲姫「死の香は誰にも察せる甘い香り、死の前には深海棲艦も人間もありません」

 

駆逐古鬼「タ、頼ム!助ケテクレ!言ウコトヲナンデモ聞ク!死ニタクナイ!」

 

駆逐棲姫「……はぁ、わかってないなぁ…無能な指揮官1人と無能な兵士1人なら無能な兵士の方がずっと使い勝手が良くて大事なんですよ、と言うか貴方嫌いだし、欲しく無いので…」

 

駆逐古鬼「私ノ部下モ全テヤル!頼ム!」

 

駆逐棲姫「…ああ、それなら見逃しても良いですよ、ちゃんと私に従わせてください?でも貴方は要らないので、1人で尻尾巻いて逃げてくださいね」

 

駆逐古鬼「ワカッタ!ダカラ助ケ…」

 

怪物「ギジャァァァァァッ!!」

 

怪物の前足の先端が光、駆逐古鬼を吹き飛ばす

 

駆逐棲姫「あ…ちょっと遅すぎましたか」

 

駆逐古鬼「ギャアアアア!痛イ!ヤメテクレ!!」

 

駆逐棲姫「まあ、良いか、生きてるしそのくらい再生できるでしょ?」

 

駆逐古鬼「モ、モウヤメテクレ!」

 

駆逐棲姫「ええ、やめてあげましょう…ほら、さっさと部下をよこしなさい」

 

 

 

 

駆逐棲姫「駆逐級300、巡洋艦200、戦艦20の空母15……舐めてるんですか?駆逐級が3桁…深海棲艦の基地を襲っても旨みは無さそうですね…」

 

駆逐古鬼「…モ、モウ、行ッテイイカ…?」

 

駆逐棲姫「いいですよ、早く行ってください、気が変わらないうちに」

 

駆逐古鬼が背を向けて逃げ出す

 

駆逐棲姫「…適当に背中でも撃たせますか、ほら」

 

怪物「ギ…ガガガ…!」

 

駆逐古鬼の深海棲艦と怪物が攻撃の用意をする

 

駆逐棲姫「撃ちなさい」

 

駆逐古鬼が背中を撃たれて斃れる

 

駆逐棲姫「…つまんないなぁ……ん?護衛棲姫じゃないですか、もう終わりましたよ」

 

護衛棲姫「…駆逐棲姫様、コノヨウナ雑事、私達ニ一任シテイタダケバ…」

 

駆逐棲姫「それも違うんですよね、映画みたいなものですから…でも、予想と違って面白くなかったなぁ…ポップコーンとコーラが足りないせいでしょうか」

 

護衛棲姫「…駆逐棲姫様、密偵カラ…」

 

報告書を受け取り軽く読む

 

駆逐棲姫「…へぇ!イムヤさん生きてたんですか、やるなぁ…どうやって助かったのか皆目検討もつきませんよ、確実に殺したのになぁ…」

 

護衛棲姫「……ソレト」

 

駆逐棲姫「…いつか来てくれるとは思ってましたよ、愛しい愛しいレ級さん」

 

レ級「……」

 

駆逐棲姫「すいませんね、ここには何の用意もないからもてなせないんです、それとも…立食形式(ビュッフェ)がお好みでしたか?」

 

レ級「…今日は、やりあうつもりはない」

 

重く、辛そうな声

何かを悔いる様な目と、悲痛な表情

 

駆逐棲姫「ああ、この方ですか?…青葉さんですよ」

 

レ級「知っている…!…わかっている…」

 

駆逐棲姫(…様子がおかしい、いや……これは、重畳)

 

駆逐棲姫「貴方の守ろうとしているもの、全てが…一瞬で壊れてしまいますよ、本当に私から守り切れるんですか?」

 

レ級「……」

 

駆逐棲姫「…素敵な顔です、苦悶に満ちたその顔、全てを私のものにしたい…」

 

レ級「……私は、やり遂げてみせる……やりますから…提督…」

 

その呟きはまるで願う様な、祈る様な小さな…

 

駆逐棲姫(見ぃつけた…貴方の、吹けば壊れる程の大きな亀裂…ああ、なんて強く、脆く、素敵なのか…不安を押し殺し、私に立ち向かう…今までの全てが弱さを隠す為の見せかけだったなんて……)

 

駆逐棲姫「くふっ…アハッ!アハハハハハ!!」

 

レ級「……」

 

駆逐棲姫「また会いましょう?そして…何より貴方を…私の物にして見せますから」

 

レ級「丁重にお断りする…!」

 

駆逐棲姫「そうもいきませんよ、貴方は私の物になることを選ばざるをえない…私の物になる為に懇願する、その末路…実に楽しみです♪」



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仇討ち

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

双剣士 カイト

 

カイト「…なんだか、尾けられてるような…」

 

敷波「…そうだ、司令官、青葉さん見てない…?」

 

カイト「…青葉?まさか青葉もこの世界に…?」

 

敷波「え?知らなかったの?最近会えてないけど…この世界で色々面倒見てくれて…」

 

カイト「待って、その話も詳しく聞きたいけど…やっぱり尾行されてるかもしれない、エリアに行こう」

 

敷波「え?何でわざわざエリアに…」

 

カイト「向こうが管理者じゃないならエリアに飛べば追いかけられない」

 

敷波「管理者なら…?」

 

カイト「…考えならある、走るよ!」

 

敷波を連れてカオスゲートへと走る

 

昴「あ、カイトさん」

 

カイト「昴…!ごめん!今急いでるんだ!」

 

敷波「向こうも走って来てる!緑の服のやつ!」

 

カイト(まさかタウンの中で仕掛けてくる気じゃ…!急がないと!)

 

カオスゲートに近づき、ランダムなエリアに転送する

 

 

 

カイト「っ!先読みされてた…!」

 

青いフィールドに転送される

周りには何人かのPCも居る、誰も出ることはできない様だ

 

カイト(一般PCも巻き込んで…!)

 

メトロノーム「捕まえたぞ、蒼炎のカイト」

 

緑の服、少年の様な出立ちながらに眼鏡が理知性を感じさせる

 

カイト(見たことないエディットだ…ジョブは…)

 

体格に見合わない長い袖の先端からナイフが覗いている

 

カイト(…双剣士?いや、違う…チートPC…敷波も居る以上やり合いたくはない、ゲートハッキングで逃げる…!)

 

メトロノーム「もし、ゲートハッキングで逃げる様ならここに居るPCは全てキルする」

 

カイト(…キルされるだけなら、ただのPKなら何も問題はない…それよりも問題なのはゲートハッキングの移動の負荷に生身の体が耐えられるか…)

 

メトロノーム「…なるほど、脅しは通用しないか…しかし」

 

PCが敷波を睨みつける

 

メトロノーム「貴様の様なハッカーの影響でアカシャ盤の正常な運行に支障をきたす…お前の仲間は始末した、ここにはもうお前1人だ、お前を倒し、この世界をリセットする」

 

敷波「仲間…?まさか、青葉さんを…」

 

メトロノーム「青葉?名前は知らないが、重槍士だろう?」

 

カイト(…青葉を…しかも、さっきの口ぶり、ただのPKとは考え難い…まさか、リアルで青葉は意識不明に…?)

 

カイト「…ごめん敷波、耐えて……すぐに追いかけるから」

 

敷波「え?司令か…」

 

敷波だけを脱出させる

 

メトロノーム「…逃がしたか、何のためにそんな真似を…」

 

カイト「青葉は、どうなったんだ…!」

 

メトロノーム「……さあな?このナイフで斬り裂かれた者は意識すらも斬り刻まれる、今頃病院のベッドで寝てるんじゃないか?」

 

カイト「……そんな物を人に使うなんて…そんなの間違ってる!キミは腕輪の危険性を知ってる!ならその武器の危険性もよくわかってるはずだ!」

 

メトロノーム「…黙れ、AI風情が」

 

PCがボソリと呟く

 

カイト(AI…?)

 

メトロノーム「貴様はシックザールNo.2、メトロノームが削除する!」

 

カイト「青葉の仇は討たせてもらう!」

 

メトロノームが飛び上がり、ナイフを周囲へと投げつける

 

カイト(周りのキャラを攻撃してる?なんのために…)

 

メトロノーム「これでお前の味方をするキャラは居ない」

 

カイト「…僕と一対一で戦う為に…?それだけの理由でこの人達も…!」

 

双剣を構え直し、メトロノームを睨む

 

メトロノーム「来い!」

 

カイト(ナイフの投擲をメインにした中距離タイプ…だけど、武器は近接攻撃もできるナイフ、油断しちゃダメだ…!)

 

油断せずありったけのアイテムを…!

 

カイト「暗黒神話の巻物!オルメアンクルズ!」

 

闇の球体がメトロノームを襲う

 

メトロノーム「何?!なんだこの魔法は…!」

 

カイト(やっぱりR:1のアイテムを知らない、これなら有利に立ち回れる!)

 

カイト「ビバクローム!」

 

魔法で視界を塞ぎ、メトロノームの背後をとる

 

カイト「雷独楽!」

 

メトロノーム「ぐっ…!後ろだと!」

 

カイト(体制を崩した瞬間に連続で叩き込む!)

 

カイト「雷舞擾乱!」

 

メトロノーム「チッ!」

 

徹底的に背後を狙い、攻撃を続ける

 

メトロノーム「なめるな!何時迄もそう易々と攻撃させると思うな…!」

 

メトロノームがこちらに向き、双剣をナイフで受け止める

 

カイト「っ!」

 

メトロノーム「貴様をデリートする!」

 

メトロノームの声に混じり、右から地面を踏みしめる様な音…

 

カイト「夢幻繰武!」

 

メトロノームの真上を飛び越えながら斬りつける、それと同時にけたたましい銃声が響き、つい一瞬前まで僕が立っていた場所を銃弾が通り過ぎる

 

メトロノーム「ぐ…!オルゲル!外したな!?」

 

オルゲル「うるせぇ!タイミングが悪かっただけだろうが!」

 

片腕がガトリング砲の男がメトロノームに怒鳴る

 

カイト(2対1…!…いや、大丈夫だ、絶対に青葉の仇を倒す!)

 

カイト「雷・々・剣の巻物!メライローム!」

 

2人に向かって雷を飛ばす

 

オルゲル「チッ!うぜぇんだよ!」

 

オルゲルが左手にリボルバーを持ち、こちらへと向ける

 

メトロノーム「先走るな!オルゲル!」

 

カイト(ここで倒し切る!)

 

カイト「巻物・密林の邪法!ラジュローム!」

 

床を突き破りオルゲルと僕の間に木片が隆起する

 

オルゲル「チッ!邪魔臭えんだよ!!」

 

カイト(これで撃てな…い…!?)

 

ガトリングが木片を撃ち砕く

 

カイト(この威力…!壁は意味がないか…)

 

カイト「超流星の巻物!オメガノドーン!」

 

メトロノーム「オルゲル!上だ!」

 

オルゲルが隕石にガトリングを向ける

 

カイト「漸く近づける…!裂破轟雷刃!!」

 

オルゲル「がッ!?」

 

先に1人を仕留め、メトロノームに双剣を突き立てる

 

メトロノーム「ぐ…!油断はなかった、なのに…!」

 

カイト「青葉の仇は…討たせてもらったよ」

 

メトロノームから双剣を引き抜く

 

メトロノーム「く…そ……」

 

カイト「…敷波を追いかけよう…」

 

 

 

 

 

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

グリーマ・レーヴ大聖堂

 

カイト「…敷波、大丈夫かな」

 

聖堂の扉をゆっくりと開く

 

カイト「……なっ…!?」

 

クラリネッテ「……」

 

眼帯を付けた少女のPCが敷波の襟首を掴み、持ち上げていた

 

カイト「敷波を離せ…!」

 

クラリネッテ「……2人は?」

 

刺す様な視線が此方を射抜く

 

カイト「……」

 

クラリネッテ「…やられた?……そう」

 

敷波が聖堂の床に落ちる

 

カイト「消えた…!…うっ…?」

 

腹部への拳打

一直線だったはずなのに、捉えられなかった…

 

カイト「がはっ!…ぁ…!」

 

カイト(見えなかった…透明化?いや、速いんだ…島風みたいな戦い方…それなら)

 

カイト「メライドーン!」

 

雷の範囲魔法で近寄れない様に攻撃する

 

クラリネッテ「っ…!」

 

カイト「…これ以上はやらせないよ…!」

 

クラリネッテ「……」

 

睨み合いの膠着状態になる

 

カイト(…このキャラも、見たことないエディットだ…本当にチートPCなのか…?)

 

クラリネッテ「…倒す…っ!」

 

聖堂の天井から何かが降ってくる

 

ハル「……此処は、どこだ…」

 

カイト「曙!?」

 

ハル「…提督、なのですか…!?提督…!」

 

クラリネッテ「…邪魔が入った…うん、一度戻るね」

 

眼帯のPCが消える

 

カイト「…逃げた?」

 

ハル「…アレは提督の敵だったのですか?」

 

カイト「…多分…あ…敷波!」

 

敷波に駆け寄る

 

カイト「…気を失ってるだけ…か、良かった…」

 

ハル「敷波は…生きていたのですね」

 

カイト「みたいだね…リアルに戻してあげたいけど…」

 

ハル「……申し訳ありません、提督のお言葉が途切れ途切れに…」

 

カイト「回線が悪いのかな…曙はどこからログインしてるの?」

 

ハル「離島鎮守府の工廠です、勝手ながら提督のパソコンをお借りしました」

 

カイト「…まあ、あそこだと回線問題は仕方ないのかな……あれ?」

 

聖堂の祭壇、まだアウラの生まれていない世界だからこの聖堂には石像がないはず…

だけどそこに、本来石像のある場所に小さな女の子が座っている

 

カイト「…アウラ?」

 

アウラ「……」

 

自身の知っているアウラよりずっと幼く、小さなアウラ

真っ白なはずの衣装はどこか汚れ、歪んだような…

 

カイト「…アウラ…キミは…」

 

アウラ「………」

 

アウラが此方へと手を伸ばす

しかし、伸ばした手はどんどんと崩れていく

 

カイト「この世界のアウラは覚醒できなかった…?…そんな…!」

 

アウラの伸ばした手を取る

 

アウラ「…かあ、さん…」

 

アウラは崩れ落ち、データの粒となって消えた

 

カイト「……なんでこの世界は、こんなに…」

 

悪い方向へ進み続けるのか…

 

ハル「…腕輪に粒子が吸い込まれて…」

 

カイト「……アウラ…」

 

腕輪に手を添える

 

カイト(…覚醒できなかったアウラが腕輪に取り込まれた…今の腕輪なら、敷波をリアルに帰せるのかな)

 

腕輪が仄かに光る

 

アウラ『カイト…』

 

カイト「…アウラの声…?アウラ!僕がわかるの…!?」

 

アウラ『…その力は、この世界に留めてはいけません…どうか、此処ではないどこかに…その力は、ただ救う力…どうか、貴方の力で…』

 

腕輪の光が消える

 

カイト「…僕の力で…?どうすれば…」

 

ハル「提督」

 

カイト「…どうしたの?」

 

ハル「…いえ…」

 

何かを言いたそうな素振り

 

カイト「…そうだ、曙…僕の居ない間、みんなを守ってくれてありがとう」

 

ハル「…いえ、身に余るお言葉です…」

 

カイト「僕はもう少しだけ戻れないかもしれない、曙…あと少しだけ…いや…」

 

まだ、呪い続けるのは…

 

ハル「提督、私は大丈夫です…私は大丈夫ですから…全て私にお任せください、貴方に頼られなくては私は存在する意味がないのです…」

 

カイト「…それは、僕がキミに甘えてるだけだ…キミ1人を苦しめてるだけだ」

 

Cubia「その通り、それは間違いさ」

 

曙と僕の間にCubiaが降り立つ

 

カイト「クビア…!」

 

Cubia「そのデータ、もらいに来たよ、カイト」

 

カイト「…アウラを…?」

 

Cubia「そう、そのアウラはもらうよ」

 

カイト「……なんのために」

 

Cubia「勿論、ボクが成長する為さ」

 

カイト(…このアウラのデータをクビアに渡すな…って事か…)

 

ハル「私と提督の会話を邪魔するな…!」

 

曙がCubiaに斬りかかる

 

Cubia「カオスゲヘナ」

 

Cubiaの手から球体に三つの触手がついた様なクビアゴモラが無数に飛び出す

 

ハル「ぐ…!」

 

カイト「曙!」

 

Cubia「さあ!そのデータをもらうよ…!」

 

カイト(…仕方ない…!)

 

カイト「ごめん、曙…!」

 

曙に向けてデータドレインを放つ

 

ハル「っ……!確かに、受け取りました…!そして、これの意味も…」

 

カイト(意味…?)

 

曙がエフェクトに包まれて消える

 

Cubia「…逃げられた……か」

 

カイト「あとはクビア、お前を倒すだけだ…」

 

Cubia「倒す?……ああ、まさかまだ理解してないの?キミが死ねばボクも死ぬ、ボクが死ねばキミも死ぬ…キミを殺すつもりなんてないんだよ」

 

カイト「…そんな事、理解してるさ」

 

Cubia「じゃあ、ボクは道連れはごめんだ」

 

Cubiaがエフェクトを伴って消える

 

カイト「……つ……」

 

膝をつき、そのまま意識を失う



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裏切りの契約

The・World R:1

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

グリーマ・レーヴ大聖堂

双剣士 カイト

 

カイト「……っ…?」

 

敷波「…あ…起きた…!司令官…良かった…」

 

カイト「…敷波…ごめん、ちょっと疲れたのかな…」

 

どうやら聖堂の長椅子に寝かされていたらしい

全身が痛い、寝床が悪いだけじゃなく、筋肉痛もあるだろうか…

 

敷波「司令官…逃がしてくれてありがとう…でも司令官がこんなに傷つく必要なんてないよ…」

 

カイト「…傷つく?」

 

自分のPCボディを改めて見ると無傷とはいかなかったのか、薄汚れ、傷付いていた

だけど僕が受けた攻撃はあの眼帯のキャラの攻撃だけ…

 

カイト「……なんでこんなに傷だらけに…」

 

聖堂の床にかしゃりと音を立てて何かが落ちる

 

カイト「……」

 

駆逐棲姫「はぁ〜い!倉持司令官、敷波、元気にしてましたか?」

 

カイト「綾波…」

 

敷波「綾…姉ぇ…」

 

駆逐棲姫「倉持司令官、敷波をリアルに戻してあげましょうか?」 

 

カイト「…できるの…?」

 

駆逐棲姫「ええ、私が敷波をここに送り込んだんですから…どうします?」

 

綾波は敷波をこのネットの世界に送り込んだ

理由はわからない、恨みなのかなんなのか、だとしたら何が原因なのか…

僕には、2人のことは何もわからない

 

カイト「…敷波、キミが選ぶんだ」

 

敷波「…今アタシがここを離れたら…司令官、1人になっちゃうよ…?」

 

カイト「……」

 

敷波「…アタシも、もう少しだけここに……あ、れ…?」

 

敷波が頭を抱えて跪く

 

敷波「う…あぁ…!ああぁぁぁぁッ!?」

 

カイト「敷波!どうしたの!?」

 

駆逐棲姫「認知外依存症…敷波は初期症状が始まったようですね」

 

カイト「…そんな」

 

駆逐棲姫「すぐにリアルに出してやれば、無傷で助かりますよ?……まあ、警戒する気持ちもわかりますし…ある条件を呑んでくれるなら丁重に扱いますが」

 

カイト「条件…」

 

駆逐棲姫「…ほら、これを見てください」

 

綾波の隣にレ級が現れ、斃れる

 

カイト「曙!?……いや、違う…ただのレ級…」

 

駆逐棲姫「ええ、よく見分けがつきましたねぇ!……でも、見分けがつくなら意味ないか…ええと…うん、まあ使えなくはないかな…」

 

カイト(使う…?)

 

駆逐棲姫「…とりあえず、敷波の命は保証します、此方で預かりましょう…ほら、お礼は?」

 

カイト「…ありがとう…」

 

駆逐棲姫「よく言えました、ねぇ、敷波?」

 

敷波「司令か…あああぁぁ…!」

 

カイト「早く敷波を…助けて」

 

駆逐棲姫「おっ!良いですねぇ♪…じゃあ条件をさっさと終わらせましょうか?」

 

カイト「……」

 

駆逐棲姫「レ級さんの力が必要なんです、呼んでもらえませんか?」

 

カイト「…どういう事?」

 

駆逐棲姫「ほらほら、早く呼んでくださいよ」

 

カイト「僕にはそんな事、できないよ…」

 

駆逐棲姫「じゃあ名前呼ぶだけ!それだけでいいですから…」

 

カイト「曙の…?」

 

駆逐棲姫「ほら、呼んでみてください」

 

カイト「…曙」

 

駆逐棲姫「もっと悲惨な感じに呼んで欲しいんですけど…?」

 

カイト「…悲惨って言われても…」

 

敷波「ぁが……」

 

綾波が敷波の頭を踏みつける

 

駆逐棲姫「呼べ」

 

カイト「…曙…!」

 

駆逐棲姫「ま、こんなところかな、良いですよ、それじゃ…」

 

敷波が光に包まれて消える

 

駆逐棲姫「good by!」

 

カイト「…どういう事だったんだろう…綾波の目的がわからない上に…敷波すらも渡してしまった、本当にこれで良かったのかな…」

 

 

 

 

リアル

駆逐棲姫のアジト

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「最高ですねぇ…私の計画は全て順調、敷波もまあ、約束は守ってあげましょう……駒としての使い道は幾らでもある、殺さずに…クク……ハハハ!」

 

敷波「…綾、姉ぇ…!」

 

敷波が此方を睨みつける

怒りをあらわにした目、自身の置かれている立場が分かったらしい

 

駆逐棲姫「さて、まずどうしようかな」

 

思案するふりをして指を鳴らす

深海棲艦達が現れ、敷波を拘束し、椅子に座らせる

 

敷波「え?や、やめて!やめてよ!離して!」

 

駆逐棲姫「敷波、別にあなたを殺しはしません、傷つけもしませんよ……外見はね」

 

敷波「…なんで、綾姉ぇが優しいのアタシ知ってるよ…?なんでそんな事…こんなの、間違ってる…」

 

駆逐棲姫「間違ってる?」

 

敷波の顔を掴む

 

駆逐棲姫「何をいうかと思えば、間違ってる?誰に向かって言ってるのか、わかってないようですね?ええ?敷波」

 

敷波「アタシは司令官やみんなを裏切ってこんなことするのが正しいなんて思わない!」

 

駆逐棲姫「まあ!自分の意見を持てるようになって偉いですねぇ!でもそれを他人に押し付けるのは褒められた事ではありませんが…そういうの私大嫌いなんですよねぇ…」

 

敷波(…怒ってる、綾姉ぇが…怒ってる…)

 

敷波は私に恐怖した表情を向ける

 

駆逐棲姫「ああ、そんなに震えて、かわいそうに…何が貴方を恐怖に陥れるというのか、私には全く理解できませんが…だって私は怒りに任せて貴方を殺すような愚かなことはしませんからね、あなたの命だけは本当に保証してあげましょう、そうしないとフェアじゃありませんから」

 

敷波「……」

 

一挙手一投足、僅かに指を動かすだけでも敷波は震え、恐怖する

前の世界では敷波の前で色々な事をやったが、その毒牙が今自分に向く事をそれほど恐れているのか

 

駆逐棲姫「やりなさい」

 

敷波に妙な形のメガネをかけさせる

 

敷波「え…?な、何これ…」

 

駆逐棲姫「VRスキャナ…とか言いましたかね、それを模して作ったものです、内部の構造とかもまるで一緒、さて、なんのためにこれを作ったでしょうか」

 

敷波「VR…仮想現実……い、いや!綾姉ぇやめて!」

 

駆逐棲姫「お、気づけましたか…貴方の精神をぐちゃぐちゃに壊す為ですよ、ええ、その通り、実に簡単な答えだ…敷波、さようなら?」

 

敷波「やだよ!綾姉ぇ!綾姉ぇ!」

 

 

 

 

 

駆逐棲姫「さて、来客をもてなす準備をしなくてはいけませんねぇ…ねぇ、青葉サン?」

 

怪物「…ぐ……ぎじゃ…」

 

駆逐棲姫「……おや、予定より随分と早いですね?」

 

レ級「…招いたのは、お前だ」

 

駆逐棲姫「ええ、そうですよ?どうぞこちらに、ゆっくりとお茶でもしましょう」

 

レ級さんにティーセットの置いてあるテーブルを見せる

 

レ級「…私はそんな事のために来たんじゃない」

 

駆逐棲姫「…うーん、青葉さんだけじゃ不足ですか」

 

レ級「何…?まさかこれ以上誰かに手を出すつもりか?…そんな事許すと思ってるのか…!」

 

駆逐棲姫「えーと…もう手遅れ、ですねぇ?」

 

レ級「貴様!」

 

飛びかかろうとしたレ級さんと私の間に怪物が立ちはだかる

 

レ級「ッ!……青葉さん…!」

 

駆逐棲姫「もう意識などありません、見た通りただの怪物です…昨日見せた時より20センチは伸びたのかな?いやぁ、成長期ですねぇ!」

 

レ級「ふざけるなよ…!」

 

駆逐棲姫「貴方の一番大切なもの、それが私の手中にあるとしたら」

 

レ級「……何を…」

 

駆逐棲姫「貴方は私の物になってくれますか?」

 

レ級さんが身震いする

恐怖か?それとも絶望か?

顔色は明らかに悪い、元々白い顔がさらに白く、暗く

そして絶望の眼をこちらへとむける

 

レ級「…何を、した…?」

 

駆逐棲姫「ご案内しましょう」

 

敷波を監禁している部屋へと連れて行く

 

レ級「…アレは、誰だ…?」

 

駆逐棲姫「誰って…敷波ですよ?まさかわからないわけないでしょう?ほら、よーく見てください、服も同じだし、顔も同じ…メガネと口枷に首輪と手枷足枷がついてるだけじゃないですか」

 

と言っても、顔で判断するのは難しいだろうからと敷波に近づき、VRスキャナを外して見せる

 

敷波「…あ、あひゃへえ…?」

 

口枷のせいでまともに喋ることもできない滑稽な姿をレ級さんが凝視する

どんどんと顔色は悪くなる

 

駆逐棲姫「さ、敷波、まだお勉強の時間ですよ」

 

敷波「!…や、やひゃ!やめへ!」

 

VRスキャナを戻してレ級さんの背後に回り、両肩を掴み、耳元で囁く

 

駆逐棲姫「敷波の首についてるアレ…実は爆薬が仕込んでありまして、要らなくなったら簡単にポイできるんですよ、もちろんどこか一部でも握りつぶしたら即爆発する、精密な回路を仕込んであります♪」

 

レ級「……それを…」

 

駆逐棲姫「ああ、全部言わなくてもわかってますよ、会いたいですよね?良いですよ、来てください」

 

厳重な重い鉄の扉で遮られた部屋の前に行く

中を覗くには微かな覗き窓から覗き込むほかない

 

駆逐棲姫「ここです」

 

レ級「…見えない、扉を開けろ…」

 

駆逐棲姫「ダメですよ、連れ去ろうとしてるかもしれないじゃないですか…まあ無線式の爆弾なので、此処を離れた途端…」

 

口とジェスチャーで爆発音の真似をして、微笑む

 

駆逐棲姫「まさか、倉持司令官に死んで欲しいんですか?ならどうぞ無理矢理連れて行ってください」

 

レ級「…提督、なのか…本当に…お前は提督をリアルに…戻した…」

 

駆逐棲姫「でも、せっかく来てくれたのに会えないのは可哀想だし…声くらいは聞かせてあげますよ…倉持司令官?レ級さんが来てくれましたよ〜」

 

カイト『曙…』

 

扉のせいで声がいやに反響する

 

レ級「提督…本当に、そこに居られるのですね…なんで、こんな…」

 

駆逐棲姫「レ級さんに助けを求めてみたらどうですか?もしかしたら帰れるかも♪」

 

カイト『助けて…曙…』

 

駆逐棲姫(ん、しまった…抑揚がおかしかったな…でも、全く気付く様子がない)

 

レ級「…提督を、解放しろ…」

 

駆逐棲姫「えー?どうしよっかなぁ…」

 

レ級「…私は、お前のものになる…約束する、だから…」

 

駆逐棲姫「って言っても…一回裏切りましたよね?ダメですよ?嘘つきは信用されないんですから…それに、言葉遣い、ちゃんとしてる子の方が私は好きだなぁ?」

 

レ級「…お願いします、どんな事でもやりますから…」

 

駆逐棲姫「アハァ…♪待ってました、その言葉…じゃあ早速、貴方を壊すプランを始めましょうか♪」

 

レ級「…何をすれば…」

 

駆逐棲姫「取り敢えず、離島鎮守府に帰って常時情報を私に流し続けなさい」

 

レ級「…え…?」

 

駆逐棲姫「全員死ぬまで続けさせますよ、貴方は自分の手で味方を殺し続けるんですから」

 

レ級(…それは…私が…)

 

駆逐棲姫「返事は?」

 

レ級「……はい」

 

駆逐棲姫「よく言えました♪可愛い子にはハグしちゃいます!…うーん、思ったより華奢で柔らかいんですねぇ?」

 

私の腕の中で震えている

あんなに求めてやまなかった相手がこんなに簡単に手に入った

だけど上辺だけの服従は要らない

心の底までズタズタに引き裂いて、壊して、私以外の何も考えられなくする…

 

駆逐棲姫「…アハッ♪…名残惜しいですが、今日は帰ってスパイに勤しんでくださいね?」

 

レ級「……どう連絡すれば…」

 

駆逐棲姫「あなたなら哨戒と言って海に出るのは実に容易です、その隙にその辺の深海棲艦に紙に書いて渡しなさい、口頭での報告は齟齬が生じやすいですからね」

 

レ級「…わかりました」

 

駆逐棲姫「うんうん、よくわかりましたねぇ、物分かりが良くて良い子ですねぇ?」

 

頭を撫で、帰らせる

 

駆逐棲姫「うーん…ふふっ…あははっ……アハハハハハ!」

 

カイト『曙…』

 

部屋の中から響く声、録音された声を流す

 

駆逐棲姫「まさか、こうも上手くいくとは…やはり私は天才でしたねぇ?本人を連れてくるのも良いんですが…そうするとCubiaとの約束が壊れちゃいますからね…仕方ないですねぇ…アハハ!」

 

護衛棲姫「駆逐棲姫様」

 

駆逐棲姫「おや、護衛棲姫…どうしたんです?」

 

護衛棲姫「完成致シマシタ、認知ヲ阻害スル薬品デス」

 

駆逐棲姫「…じゃ、レ級さんが次来たら朧さんに一服盛らせましょう……あ、全滅してないですよね?」

 

護衛棲姫「恐ラク」

 

駆逐棲姫「さてさて、これは始まりに過ぎないんですよ、レ級さん」



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戦線離脱

離島鎮守府 

戦艦 レ級

 

レ級「…なんで、こんな事」

 

朧「曙!どこ行ってたの!?手が足りないから手伝って!」

 

レ級「…何があったの…」

 

朧「空襲!見てわからない!?

 

あちこちに空いた大穴、焦げた建物の外壁

 

レ級(…駆逐棲姫は…綾波は、完全に私の居場所を…壊すつもりだ)

 

朧「曙!」

 

レ級「…何を、すれば良いの…?」

 

朧「え…?ええと…春雨さんか明石さんのところに行って!」

 

レ級「…わかった」

 

朧(…曙らしくない…自分から動かず、私に何をすればいいか聞くなんて…)

 

 

 

医務室

 

レ級「…春雨さん」

 

春雨「良かった、無事でしたか…全員の生存を確認しました!」

 

漣「伝えてきます!」

 

春雨「重傷者の手当てを急がないと…貴方も手伝ってください!」

 

レ級「…ええ」

 

言われた通り、ただ言われるがままに人形の様に…

 

春雨(なんで今日に限ってこんなに鈍い…!)

 

春雨「もういいです!退いててください!」

 

春雨さんに押しのけられ、尻餅をつく、やけに身体が痛む

 

レ級「…工廠に行きます」

 

 

 

工廠

 

明石「あ!曙さん、良かったぁ…無事だったんですね…」

 

レ級(…この人も、私の身を案じてくれた、だけど…)

 

つい先程までの私がやってた行為は…裏切りの契約

 

明石「…曙さん?」

 

レ級「…ここは、今、何を…?」

 

明石「艤装の修理と軽傷者の手当を…あ、医薬品ありました?」

 

龍驤「いや、これで終わりらしいわ…次の輸送船早めてもらわな話ならんて言うとった…」

 

レ級「…私が取りに行ってきましょう、2.3時間で戻ります…」

 

龍驤「ホンマか!じゃあ必要なもの書いたメール向こうに飛ばしとくわ!」

 

レ級「…お願いします」

 

明石(…なんだか、元気がないような…)

 

どこにも居たくない

私がいる事で…みんなを危険に晒す、私が全てを悪い方向に…

 

 

 

レ級「……」

 

メモに[医薬品なし、重軽症者、多数]とだけ書き、ポケットに突っ込む

 

朧「曙!」

 

レ級「っ!?……朧…」

 

朧「…どうしたの?そんなに驚いて…それより、医薬品を取りに行ってくれるんでしょ?ついでにこの書類を提出してくれる?…明石さんのカートリッジについての書類なんだけど、これだけは機密にしたいからさ」

 

レ級「……」

 

朧「…曙、やっぱり疲れてる…?」

 

レ級「…なんでもない、わかったわ」

 

レ級(情報の受け渡しは、帰りにすれば良い…)

 

海へと降り、速力を出す

 

レ級(…とにかく、急ぐ…)

 

レ級「っ!…早すぎる、もうこんなにいるなんて…」

 

うじゃうじゃと足元に深海棲艦が群がってくる

まだ島から2浬と離れていないのに…

 

レ級(…情報を要求されているとしても、ここで受け渡しなんて丸見えな行為…できるか…!)

 

尻尾で周囲の深海棲艦を弾き飛ばす

 

レ級(…仕方ない、このままでは無駄に時間がかかる、消耗は激しいがネット世界を使ってワープを…)

 

 

 

 

横須賀近海

 

レ級「っ……やはり、体力が低下しているのか…?身体が、重い…」

 

フードを深く被り、尻尾を隠し、肌をできるだけ見えないようにする

 

レ級(…クソ、なんでだ、頭が朦朧とする…気持ち、悪…)

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府 医務室

 

レ級「っ!!」

 

ベッドから跳ね起きる

離島のものとは明らかに質の違う、柔らかく、身体が沈み込むようなベッド

 

レ級(…なんで、こんなところに…)

 

夕張「はーい、動かないで…貴方、倒れてたのよ」

 

レ級「…夕張さん……よく、私を保護してくれましたね…撃ち殺されてないのが不思議です」

 

夕張「まあ…レ級が倒れてるって報告だったから焦ったけど…ほら、貴方の持ってた書類もあったし」

 

レ級「……何時間経ちましたか」

 

夕張「1時間半、医薬品はここにあるけど…行かない方がいいと思う、過労で倒れた感じだし…というか、栄養失調かな……深海棲艦でもそんな事あるんだ?」

 

レ級「栄養失調…」

 

夕張「お腹減ってない?何か食べる?」

 

レ級「…いえ、私はすぐに戻らないと…」

 

ポケットに手を入れる

メモがない

 

レ級「…私のポケットのメモは…?」

 

夕張「これ?[医薬品なし、重軽症者、多数]ってやつ」

 

レ級「……ええ」

 

夕張「なんでこんなメモ…まるで倒れるのがわかってたみたい、自分で無茶してるってわかってるなら…」

 

レ級「…すみません、やはり戻らせてください…どうしても、戻らなきゃいけないんです…空襲を受けて医薬品が必要な人が大勢います…高速修復剤を使うことは出来ればしたくないんです」

 

夕張「…良いけど、無理だけはやめてね」

 

レ級「……」

 

何も言わず、ベッドから立ち上がる

 

レ級「一応、メモを…」

 

夕張「え?何かに使うの?」

 

レ級「…いや……すみません、なんでもありません」

 

必要な物資を受け取り、帰路につく

 

 

 

海上

 

レ級「…やはり、エネルギーの効率なのか?…私の身体は…所詮、どうしようもなく…深海棲艦なのか」

 

海の中から深海棲艦が現れる

 

装甲空母鬼「…情報ヲ」

 

レ級「…今は持ち合わせていない」

 

装甲空母鬼「逆ラウノカ?」

 

レ級「…違う、ペンを今は持ち合わせていない…メモだけだ…」

 

装甲空母鬼「血デ書ケ」

 

レ級「……」

 

親指の腹を噛みちぎり、先程と同じ簡素な文を書き渡す

 

装甲空母鬼「コレダケカ?……チッ」

 

レ級「…もう良い?」

 

装甲空母鬼「待テ、ソレハ?」

 

医薬品を指される

 

レ級「……」

 

装甲空母鬼「今、ココデ破棄シロ…全テナ」

 

レ級「断る、流石にお前なんかに遅れを取るわけがないのにここで捨てる意味がわからない」

 

装甲空母鬼「駆逐棲姫様ノ為ニ、捨テロ」

 

レ級「…断る…!」

 

水中に潜り、装甲空母鬼を越えて進む

 

レ級(……全て言いなりにならないといけないのか?だとしても先に忠告が来る…いきなり提督に手を出すような真似はしない…まずは様子を見る方がいい)

 

浮上し、海面を蹴り、跳躍する

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

レ級「っ!?」

 

体制を崩し、着地を誤る

地面を激しく転がり、建物の壁に体を打ち付ける

 

レ級「…体の自由が、奪われているのか…?……それより…」

 

医薬品を確認する

特に破損はしていないようだった

 

レ級「…よかった……」

 

 

 

医務室

 

今度は硬いベッドの上で目を覚ました

 

春雨「すみません、貴方がそこまで弱っているとは気づけませんでした」

 

レ級「…っ…?」

 

春雨「…助かりました、貴方のおかげで必要な量の医薬品が手に入った、修復剤に頼ることもないでしょう」

 

レ級「……そう、ですか」

 

春雨「…ゆっくり休んでください」

 

レ級「……」

 

春雨「…もう、寝ている…?余程疲弊していたのか……なぜ、気づかなかった…私が患者を増やしたようなものだな…」

 

阿武隈「あ、春雨さん、潮ちゃんが怪我しちゃったんですけど…!」

 

春雨「…新しい怪我人?」

 

阿武隈「入り口の前の穴でこけちゃって…」

 

春雨「唾でもつけときなさ……いや、行きます、少し待ってください」

 

春雨(私ももう少し仕事に責任感を持つか…)

 

 

 

 

自室

駆逐艦 島風

 

島風(なんで、明日にはここを出るのに…なんで、今日にこんなことが…)

 

天津風「…島風?様子変よ…大丈夫なの?」

 

島風「…放っておいて…」

 

天津風(あれから島風は誰にも心を開く素振りを見せない、部屋もいつの間にか殺風景になっていた…明日の輸送船で気晴らしに遠出をするために荷物をまとめていると聞いたけど…絶対おかしい…)

 

島風(天津風も変に勘繰ってくるし…もうここにいたくない)

 

島風「…私、ご飯食べに行ってくる」

 

天津風「…うん」

 

 

 

工廠

 

島風「明石さん、今良いですか?」

 

明石「あ…うん、連装砲ちゃんは…」

 

明石さんが棚の上で座っている連装砲ちゃん達をおろす

 

島風「…ごめんね、私が弱いせいで…」

 

もう連装砲ちゃんは動かない

今後動く事もない

私は戦うことが嫌になった、戦いたくない、だからもう…連装砲ちゃんは要らない

 

明石「…最初に聞いた時は驚いたけど、これは仕方ないことだと思うから…新しい生活、馴染めると良いね…」

 

島風「うん…大湊警備府に近い所…用意してくれたし、学校も手配してくれたらしいから…なんか不思議ですよね、AIだったから小学校の勉強なんて簡単なのに…それに、来年からは中学生だって…」

 

明石「…私も高校生だった頃は…というか年齢的にはまだ高校生だけど…うーん…許されるなら、もう少しだけ平和な世界も見てみたかったな…今の、前の事覚えてるまま…そうしたら、きっと小さな事でも感動できるだろうし…」

 

島風「…ごめんなさい、私だけ…」

 

明石「あ、いや…そういう意味じゃないの、私達の分も楽しんで欲しい、そう思っただけ…」

 

島風「……手紙、送っても良い?」

 

明石「うん、みんな喜ぶと思う…」

 

島風「…連装砲ちゃん、バイバイ」

 

連装砲ちゃんを棚に戻し、軽く手を振り、工廠を後にする

 

明石「……島風ちゃん、前の世界でここにきた頃みたいな内気な雰囲気に戻ってる…大丈夫かな、虐められたりとか…」

 

キタカミ[島風は強いけど脆いからね]

 

明石「うわぁ!?き、キタカミさん!い、いまの話…!」

 

キタカミ[大丈夫、私も誰にも言わない…めでたい事だけどね]

 

明石「…そうですか」

 

 

 

 

 

翌日、私は輸送船に乗り、最低限の護衛と共に横須賀に向かった

 

 

島風「…さよなら、離島鎮守府」

 

 

 

執務室

提督代理 朧

 

天津風「島風がここを抜けたってどういう事!?」

 

朧「…そのままの意味だよ、島風はここをやめて本土で暮らすことを選んだ…伝えられなかったのは、本人の希望に沿った結果だよ」

 

天津風「…そんなの、納得できない…!」

 

朧「ごめん、この件に関しては天津風の納得は求めてない」

 

天津風「そんなの…なんで…!?ねぇ!どうして島風は…」

 

朧「…ただ、辛くなったんだと思う…戦い続ける事が」

 

天津風「……私は、どうすれば良いの…?私には島風しか居なかったのに…私には、他に何もなかったのに、島風すらも居なくなったら…」

 

朧「……」

 

天津風「私には、人としての人生が存在しないの…!私は艦船なの!…どうしようも無く、人になれないただの船…でも、島風といたときは人として振る舞えてる気がした…私に人としてのあり方を教えてくれたのは島風なのに…」

 

朧「…軽いことは言えないけど…島風の事を大事に思ってるなら…ただ、背中を押してあげて欲しい」

 

天津風「背中を押す…?私に諦めて島風を見送れって言ってるのよね……じゃあ、私はどうなるの…?私は……わかってる!わかってるのよ…!私がおかしくて、間違えてる事くらい…!」

 

朧「…天津風」

 

天津風からすれば、どうして良いかわからないという主張は至極真っ当で、天津風からすれば、ここにはもう味方がいなくなったようなもので…

 

朧「…天津風、アタシたちは島風の代わりにはなれない…でも、天津風の為にそばにいる事はできる…だから…」

 

天津風「要らない…!私は島風がいいの…島風じゃなきゃ、ダメなの…」

 

気持ちはわかる、天津風と島風はアタシたちにとっての姉妹のような物、誰が欠けても代わりなんていない

 

天津風「……ごめん、頭に血が昇ってるって奴なのかも…ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

天津風は目にいっぱい涙を溜め、謝り続ける

 

朧(子供なんだ、まだ産まれて間もない子供…実際天津風が仲間になったのはつい一年前…まともに歩くことすらままならず、食事の摂り方もわからず…その頃から面倒を見てくれた島風が何も告げずに居なくなった……どうしてあげればいいんだろう…)

 

天津風「…少し、風に当たってくる」

 

朧「うん、何かあったらまた来てね」

 

天津風を見送る

 

朧(…不安が、拭えない…)

 

春雨「私が見てきましょうか」

 

春雨さんが降ってくる

 

朧「…居たの…?」

 

春雨「ええ、まあ」

 

朧「……まあ、お願いします」

 

春雨「あなたも大分私に慣れましたね、良いことです」

 

朧「…慣れたくはなかったかなぁ…」

 

 

 

 

波止場

駆逐艦 春雨

 

春雨「……やはり、ここか」

 

人は深い絶望に陥ると、気づかぬうちに死に吸い寄せられる

死神の鎌はその刃が首を断たぬかぎり見える事はない、死とは無意識の内に踏み込む領域なのだ

 

そして、今眼前に捉えた少女も気付かぬ内に死の領域へと足を踏み込もうとしている

まるでかつての私と同じように、その場所で身を投げて死ぬのだろうか

 

春雨(…長く見ていると吐きそうになりますね、さっさと連れ戻して……ん?)

 

天津風さんに誰かが近づく

大潮さんのような空色の髪を靡かるその人はこちらを向き

 

春雨「…ま、か、せ、て…?…何のつもりでしょうか…」

 

この場にいては何も伺えない、万一に備え近づく

 

 

 

山雲「いい風〜」

 

天津風「…貴方…誰だっけ…」

 

山雲「山雲です、覚えて下さいね〜」

 

天津風「…うん」

 

山雲「…隣、良いですか〜?」

 

返事を聞く前に山雲が座る

 

天津風「…1人にして欲しいんだけど…」

 

山雲「私も大事な人を失くした事があるんですよ」

 

天津風「…それで…?」

 

山雲「私、一度死んで…生き返って山雲になりました、かつての自分を捨てて、今いる姉妹の為に」

 

天津風「……私には姉妹なんていない」

 

山雲「じゃあ、仲間の為に生きてみたらどうですか?」

 

天津風「仲間…みんな言ってるけど、仲間って何なの…?仲間だったら、どうなるの…?何でみんな命をかけて戦ってるの…?私は行き場所がない、だからここにいる、だけど…貴方たちは…」

 

山雲「きっと、人間の社会に復帰できる…かもしれません、でもそれでここの全てを投げ出しても…何も解決しませんから」

 

天津風「…わからない、あなた達の考えてること」

 

山雲「私にもわかりません〜…それはすっごくセンシティブな問題ですから〜」

 

天津風「せん…?」

 

山雲「敏感とか、取り扱いが難しいってことです〜」

 

天津風「…それで…貴方は私にどうして欲しいの…?」

 

山雲「自分で決めてみましょう?何がやりたいか、それを探してみませんか〜?……工廠には、島風さんが唯一残していった物も有りますから〜」

 

天津風「…え?何、それ…」

 

山雲「行ってみませんか〜?」

 

山雲が立ち上がり、天津風へと手を差し伸べる

 

天津風「…行く…!」

 

春雨(どうやら、私は必要なさそうですね)

 

 

 

 

工廠

駆逐艦 天津風

 

天津風「…これが…」

 

山雲「島風さんの残した、艤装」

 

明石「解体するわけにもいかないし…取り扱いも難しいから普通は扱えないし……まあ、見るだけで…」

 

天津風「……」

 

連装砲ちゃんに触れる

 

天津風「わっ…」

 

明石「…え?起動した…」

 

山雲「…艤装に、選ばれたみたいですね〜?明石さん」

 

起動した連装砲ちゃんが私の足元を回り、何かを囃し立てるように…

 

山雲「天津風さ〜ん」

 

天津風「…うん、そうしてって…この子が教えてくれてる…私、艦娘になる…」

 

ただ、守られ続ける艦船の名前の人間から…艦娘になる事を決めた

 

明石「…じゃあ、天津風ちゃん用に調整しなきゃ」

 

山雲「私は朧さんに伝えてきま〜す」

 

天津風「…連装砲…ちゃんって島風は呼んでたけど…本当に女の子なの?」

 

明石「さあ…」

 

天津風「……じゃあ、今日から私は貴方を連装砲くんって呼ぶ…私と戦って、連装砲くん」

 

私は島風じゃない、だから私はこの子を連装砲くんって呼ぶし、私は…

 

天津風(私は、戦って…私の意味を見つける…だから島風、貴方とはさよなら…いや、いつか私もそっちに行けるなら…友達として、仲間として…)

 

天津風「だから…またね」



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デジャヴ

海上

戦艦 レ級

 

レ級「…これで全てだ」

 

装甲空母鬼「確カニ受ケ取ッタ、駆逐棲姫様モオ喜ビニナル」

 

レ級「……そうか、今後はもっと遠洋で受け渡しがしたい」

 

装甲空母鬼「断ル、駆逐棲姫様ニココデ受ケ取レト言ワレタ」

 

レ級「チッ…」

 

装甲空母鬼「次ヲ心待チニシテオク」

 

レ級(…私は、どうすれば…)

 

離島鎮守府へと、戻るしかない

私には…何も許されない

 

今の私には何もない

 

 

 

駆逐棲姫のアジト

 

駆逐棲姫「……へぇ?」

 

前回の簡素なメモとは違い、今度の報告書は指導役、行動時間などが事細かに記載されていた

 

駆逐棲姫「何が理由なのか、気になりますねぇ…媚を売る為?どう思いますか?敷波」

 

VRスキャナと口枷を外す

 

敷波「…ぁ…」

 

駆逐棲姫「…あれ?敷波?……ああ、もう2日も放置してましたっけ…アハッ、良かったですね、下着とスカートはちゃんと脱がせてあげてるし、その椅子は窪みがあるから垂れ流しでも汚れないですよ」

 

敷波「……あぅ…」

 

敷波の口に粥を流し込む

 

駆逐棲姫「ほら、もぐもぐしてー…はいごっくん、良くできました!うーん、このくらい素直ならもう少しの間飼っててもいいかなぁ…アハッ!」

 

怪物「グジャアァァァァァ!!」

 

駆逐棲姫「こらこら、騒がない騒がない、そんなに暴れたいですか?」

 

怪物「ギ、ギギ…!」

 

駆逐棲姫「仕方ないなぁ…予定を早めて離島鎮守府に顔見せに行きますか…」

 

怪物「…ガ…ギガ…」

 

駆逐棲姫「…佐世保に反応した?思い入れでもあるのか、はたまた何かアテでもあるのか…まあ、情報を取るには良さそうだ…よし、佐世保を攻めましょうか」

 

護衛棲姫「…駆逐棲姫様、態々駆逐棲姫様自ラガ出ルノハオヤメクダサイ、何ガアルカワカリマセン」

 

駆逐棲姫「んー…別に不死身の私は何されても良いんですけどね」

 

護衛棲姫「万ガ一トイウ事モアリマス、ドウカ」 

 

駆逐棲姫(しまったなぁ…ちょっと真面目に作りすぎましたか…遊びづらいですね…)

 

護衛棲姫「…ゴ迷惑ナ考エダッタデショウカ?」

 

駆逐棲姫「いやぁ…何とも言い難いですが、私を想った発言である事は認めます、良いですよ、私を大事にする人はなかなか居ませんし、貴方のことも嫌いじゃ有りません、貴方に佐世保襲撃を任せます」

 

護衛棲姫「アリガトウゴザイマス」

 

駆逐棲姫(…気になるのも居ますからね、直接確認したかったけど護衛棲姫なら任せても悪いようにはしないでしょう…私は私で作戦を動かすとしますか…)

 

駆逐棲姫「ね?敷波」

 

敷波「……」

 

駆逐棲姫「ふふ、安心していいんですよ?敷波……貴方はもう誰にも求められない…でも、私は貴方を見捨てたりはしませんから…アハッ」

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

正規空母 瑞鶴

 

瑞鶴「…っ…!」

 

葛城「瑞鶴先輩?どうかしましたか?」

 

瑞鶴「……悲鳴…聞こえたの、悲鳴が…だけど、何処から…」

 

艤装を装備し、海の見える窓のそばに行く

 

瑞鶴「……お願い、もう一度声を…」

 

助けを求める声…微かに、はるか遠くからの声…

 

瑞鶴(こっちに、近づいてる…!)

 

弓を引き絞る

 

葛城「え!?あ、あの、ここ建物の中…」

 

瑞鶴「見て来なさい…彩雲」

 

放たれた矢が艦載機へと姿を変え、声の方へと進む

 

瑞鶴「……どこ?何がいるの…?」

 

葛城「瑞鶴先輩…さっきからどうしちゃったんですか?」

 

葛城が窓から身を乗り出し、彩雲の飛んだ先を眺める

 

瑞鶴(……何か、何かって何?…でも、何かいる…っ!彩雲を戻らせないと…)

 

葛城「え、何あれ…」

 

葛城が指した先に細い光の柱

それと同時に彩雲がロストする…

 

瑞鶴「……葛城!みんなに伝えて、今すぐ戦闘準備をして集合…!私は提督さん呼んでくるから!」

 

葛城「へ?え?」

 

瑞鶴「早く!!」

 

葛城「は、はい!」

 

瑞鶴「……まるで、モンスターだった…ゲームのモンスターみたいな…でも、この世界にそんなのは…」

 

 

 

 

作戦室

 

度会「未知の生命体に対する戦いとなるだろう、できる限り射程に入らず戦うように」

 

瑞鶴「それと…さっきの光の柱、見た?あれで彩雲を一機落とされた…かなり高度は取ってたのにね…えーと…何が言いたいのかって、あの攻撃の射程はかなり広いって事」

 

度会「…そうなると弱ったな」

 

日向「そうですね、上陸を防ぐ必要もありますが流れ弾で民間人に被害が出ることも考えると……私たちが海側に回る必要があるのでは」

 

龍田「つまり、通常の深海棲艦と私たちの立ち位置が逆になるのね〜…でも、怪我をしたら帰れないわよ〜?」

 

瑞鶴「その心配は無いわ、あの光の柱を食らったらどう足掻いても消し炭よ」

 

財宝「命懸けの作戦になる…いや、いつもの事か」

 

度会「参加したく無いものがいたら急いで憲兵隊に合流し、住民の避難誘導に従事してくれ」

 

瑞鶴(…磯風達もちゃんと戦ってくれるのね、でも、ちょっと力不足かな…)

 

葛城「とりあえず、ありったけの艦載機で先に攻撃しましょう…波状攻撃にすればそう易々と艦載機全滅はあり得ませんし…」

 

瑞鶴「うん、提督さん、先に仕掛けていい?」

 

度会「…致し方ないだろう」

 

強敵を相手に専守防衛は成立するのか、まあ彩雲を落とされた時点で成立だろう

 

 

 

瑞鶴「攻撃隊発艦!」

 

葛城「攻撃隊全機稼働してます!いつでも行けます!」

 

瑞鳳「3秒前………葛城!」

 

葛城「発艦!」

 

瑞鳳「………よし、私も…攻撃隊出すよ」

 

何十往復もして仕留める算段のため、寄り道は一切しないように最低限の燃料と爆弾、護衛機の編成で順番に発艦させる

 

瑞鶴(ホントはこうじゃないけど…大丈夫)

 

瑞鶴「……え…?て、敵機!」

 

葛城「航空戦…!私の護衛の機体を先行させます!」

 

瑞鶴「ありがと…うん、向こうも空母がいるんだ……だけど…」

 

瑞鳳「…航空戦、優勢…戦闘機の数は無効の方が多いのに…なんで?」

 

瑞鶴「単純明快に下手な感じがする、戦闘機の扱い」

 

瑞鳳「…下手、確かに下手…初めて使ってるみたいな、そんな下手さ…」

 

葛城「そんなことあり得るんですか…?」

 

瑞鶴「…さあ…でも、攻撃機は堕ちてない!」

 

第一陣の攻撃隊が対空射撃をかわしながら爆弾を落とす

 

葛城「当たった!瑞鶴さんの隊の攻撃当たりましたよ!」

 

瑞鳳「…血の、匂い…?」

 

瑞鶴「また悲鳴…?でも、この声、聞き覚えがある…ような」

 

葛城「え?2人揃ってどうしちゃったんですか…!?」

 

立て続けに爆弾が落ちる、そして悲鳴が響く

この悲鳴の主は、誰…?

 

瑞鳳「……今私たちが戦ってる相手は、本当に深海棲艦なの…?なんでこんなに…」

 

瑞鶴「少なくとも彩雲で見た姿は深海棲艦じゃない、まるでゲームのモンスターだった」

 

瑞鳳「…冗談でしょ…?」

 

瑞鶴「こんな時にいうわけない…」

 

額に手を当てる

脳が焼け切れそうに熱い、悪い想像が止まらない

 

瑞鶴「…戻って来た」

 

艦載機が矢に戻り、矢筒に収まる

次の準備をしなくてはならないのに、つい座り込んでしまう

本当にそうなら前の世界でやったこと全てが無駄だったという事

 

瑞鳳「…今は、あの敵を殺すことだけを考えて」

 

瑞鶴「……やってやる、もう全部…知らない!」

 

矢筒から矢を引き抜き、引き絞る

 

瑞鶴「葛城、瑞鳳、もうすぐ龍田たちが出撃する、今は注意を惹く為にも全部一気に叩き込むわよ!」

 

瑞鳳「わかってる」

 

葛城「わかりました!」

 

瑞鶴「全機発艦!」

 

葛城「稼働全艦載機!発艦始め!」

 

瑞鳳「攻撃隊発艦」

 

瑞鶴(数はある、だからせめて倒しきれなくても、取り巻きだけでも…)

 

瑞鳳「…火薬の匂い…回避行動!」

 

葛城「へ?」

 

瑞鶴「艦載機を逃して!早く!」

 

艦載機が散り散りに動く

頭上を光の柱が一瞬通過する

 

瑞鶴「っ…!この距離で、この熱…!」

 

瑞鳳「熱線…本当に消し炭になる…!」

 

葛城「あ、ああ、あの…私の艦載機が…半数…」

 

瑞鶴「そんなのわかってる!いいから今は敵本隊を狙わせて!」

 

 

 

 

 

海上

軽巡洋艦 龍田

 

龍田「居た、あれね〜」

 

日向「対象を確認、航空攻撃を受け続けています、私達が前に出ますので、皆さんは後方から」

 

磯風「要するに、いつものと言う事か」

 

龍田「そうね〜」

 

日向「気づかれましたよ」

 

戦艦の重たい砲音が辺りに響く

 

日向「龍田、行きますよ」

 

龍田「天龍ちゃん任せて〜」

 

怪物を視界に捉える

 

日向(4mほどの高さの巨人のような怪物…両腕の拳が変化したような黒い球体は…斬れないか)

 

龍田(…大丈夫、槍で貫けそうなところは見えた…)

 

砲撃をしながら距離を詰める

 

日向「行きますよ…!」

 

龍田「オーケーよ…!」

 

同時に斬りつける

 

怪物「ガアァァァァァァッ!!」

 

龍田「意外と柔らかいお肉なのね〜!」

 

日向「その腕、落としてみせます…!」

 

怪物が両手の球体を撃ち鳴らす

先端に光が集まる

 

龍田(まずそうね…)

 

日向「離脱します!」

 

砲撃をしながら距離を取る

 

怪物「ギガ…ギ…!」

 

怪物の前方に球体状の光の球が現れ、それが炸裂する

 

日向「っ!この熱気!」

 

龍田「近くにいたら全身大火傷…ね…!」

 

海が大きく揺れ、波が視界を覆う

 

日向「揺れが酷すぎて狙えない…!」

 

龍田「大丈夫、まだ…え?」

 

波を破り、怪物が距離を詰めてくる

片腕に黒い大きな槍を握って

 

日向(この巨体からの攻撃、まともに受けたら…)

 

龍田「逃げる余裕はない、やらなきゃ…!」

 

槍を構え、先に斬りかかる

 

日向「龍田…!」

 

怪物は槍の先端に近い部分を持ち、小刻みな攻撃を繰り返してくる

普通の槍の扱い方じゃない、レンジを捨てた戦い方…

 

龍田(大丈夫、受け切れる…!)

 

槍を交わし、攻撃をいなしたまま…

私が斬る必要は無い…!

 

日向(……何故かはわからない、だけど隙がわかる…この怪物の隙が)

 

龍田「天龍ちゃん!」

 

日向「その腕、もらった」

 

怪物の片腕を肘の部分で切断する

 

怪物「ギャアアァァァァァッ!!」

 

怪物がよろめき、苦し紛れに槍を横長に振りながら一歩下がる

 

日向「…え…?」

 

日向(既視感がある…何?これは…何に重なった…?)

 

龍田「体制は立て直させない…!」

 

怪物が横薙ぎの勢いのままに背を見せる

それを好機と槍を向けて突撃…

 

日向「…これは…だ、ダメ!龍田!」

 

怪物はその動作のままに、槍を手で滑らせる

持つ位置がスライドし、槍の石突に限りなく近い部分まで滑らせる

 

龍田「…あ…」

 

漸く気づいた、ここまでが全て誘いの罠だった事に

 

巨体の回転の勢いに槍を滑らせることで槍自体に勢いを乗せ、大腕の筋力を乗せて放つその槍の斬撃は海すらも斬り裂いた

 

龍田「…っ…?私、生きて…」

 

日向「無事ですか、龍田…よかった…」

 

龍田「え…?て、天龍ちゃん…?」

 

私を伏せさせてくれたおかげで私は助かった…でも、天龍ちゃんは艤装の接続部を斬られて深刻なダメージを負った…

 

日向「…く……こんな事で…!私は気づけたのに…貴方が…青葉さんだって…」

 

龍田「…青葉…」

 

そうだ、あの技…以前は連撃として使っていたけど、同じ技…

つまり、この怪物は元は同じ艦娘だった…

 

龍田「…た、戦って…いいの…?ねぇ、天龍ちゃん…!」

 

日向「……」

 

龍田(意識を失って…!も、戻らないと…でも、戻るには大きく迂回するかこの怪物を越えなきゃ……わ、私にそれができるの…?)

 

ただここに立っていても波に呑まれそうな感覚

恐怖に支配されたら動くことはできない…

 

脚に何かの手が張り付く

 

龍田「い、嫌…!」

 

すぐに理解できた、深海の暗闇に引き込む手…

なのに、払い除けることすらできない…

 

海へと強く引き摺り込まれ、顔に何かをつけられる

 

龍田(こ、これ…酸素ボンベ…?)

 

イムヤ「日向さんにもつけてあげて、動かないでよ、速力落ちるから!」

 

龍田(…この子、確か…潜水艦の…)

 

イムヤ「魚雷一番から四番まで装填…さぁ、戦果を上げてらっしゃい…!」

 

怪物の方に魚雷を流し、海中を通って逃げる

 

イムヤ「他の駆逐艦や重巡の子には先に戻るように伝えてる、安心して」

 

 

 

 

佐世保鎮守府

 

イムヤ「到着っと…医官は?早く連れて来て!」

 

龍田「わ、わかったわ…」

 

イムヤ「怪物は私が足止めしておくから…!」

 

龍田「…あの怪物は…!」

 

イムヤ「わかってる……私たちの仲間のことは、私たちがやらなきゃ…曙も来てるしね…!」

 

 

 

 

海上

戦艦 レ級

 

レ級「…ああ、なんて…事…なんで私は…」

 

護衛棲姫「予定通リ、来マシタカ」

 

レ級「…どうすればいいの…!私はどうすれば…!」

 

護衛棲姫「大人シク、無様ニ負ケロ、ソウスレバ駆逐棲姫様モオ喜ビニナル」

 

レ級「……」

 

青葉さんの槍が私を貫く

何かの怒りをぶつけるように、私を斬り裂き、壊す

 

レ級「…ああ……ここで死ねたらどんなに楽か」

 

跪けばどんなに楽か、起き上がらなければどんなに楽なのか

だけど私への罰はそれを許さない

 

怪物「ギィぃッ!ギャアアァァァァァッ!!」

 

槍で頭から真っ二つにされ、高出力の熱線で焼かれ、チリにされても私は死ねない…はずなのに

 

レ級「…再生が、遅い…」

 

全身が痛い、痛みが消えない…

 

護衛棲姫「種族ヲ捨テタ末路、良ク味ワエ」

 

レ級「…こんな、事が…?」

 

意識を投げ出してはいけないのに、私は意識を投げ捨て、海面に倒れこんだ臥す



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助けに

横須賀鎮守府

重巡洋艦 アオバ

 

アオバ「本当ですか…」

 

火野「報告では間違いないとのことだ、目撃された怪物は君の妹と同じ技を振るい、多数の被害を出した」

 

アオバ「……陽炎さんを呼んでください、私達で行きます」

 

火野「話を聞いていたか、君たちでどうにかなる問題ではもう無い」

 

アオバ「どうにかなるかじゃないんです、私達がやらなきゃいけない、どうにかしなきゃいけない…!私達があの子を助けてあげなかったら誰が助けてくれるんですか!」

 

火野「…できると思っているのか」

 

アオバ「できるできないなんて関係ない!あの子は私の大事な存在なんです!たとえ元に戻すなんてありえないとしても…できると信じなきゃいけないんですよ…!」

 

火野「……その怪物は福岡、博多の市街地まで侵攻し、突如引き返したそうだ」

 

アオバ「…福岡…何故…?」

 

火野「キミの妹を匿っていた者の家がある、どうやらそこまで行き、帰ったらしい…民間人は非難していた為、被害は無かったそうだ」

 

アオバ「じゃあ…青葉は…記憶を辿ってそこに…?それとも、助けて欲しいの…?」

 

火野「私には判らないが、急いだ方がいいことだけは確かだ」

 

写真を見せられる

片腕を切り落とされた怪物が空に吠えている写真

 

アオバ「…これ、何処ですか」

 

火野「離島鎮守府よりさらに南に20浬の地点だ、その写真ではわかりづらいが深海棲艦の軍団も引き連れている」

 

アオバ「行きます、今すぐに」

 

火野「死ぬかもしれない」

 

アオバ「関係ないって言いましたよね…やるんです、私は全部賭けるって決めたんです…!」

 

火野「では、こちらから攻めるとしよう…佐世保も被害は甚大だが、返しはしたいとの事だ、正規空母を送ってくれるらしい」

 

アオバ「…え?」

 

火野「離島鎮守府にはもう協力の話は取り付けてある、キミと陽炎、佐世保の正規空母とともに向かいたまえ…離島鎮守府の戦略も合わされば充分だろう」

 

アオバ「あ、あの…司令官…」

 

火野「君の責任だ、しっかり果たせ、チャンスはたった一度しかない」

 

アオバ「……ありがとう、ございます…!」

 

 

 

 

 

駆逐棲姫のアジト

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「んー、勝手な事をしちゃいましたねぇ、この怪物ちゃんも…」

 

護衛棲姫「申シ訳ゴザイマセン!制御シキレズ…」

 

駆逐棲姫「まあ良いですよ、レ級さんがどんどん壊れてるって話だけで私は満足です、敷波の調教も進んでますし…うーん、せっかく作ったけどこの怪物は決して強くは無いんですよねぇ」

 

護衛棲姫「ソウ、ナノデスカ…?」

 

駆逐棲姫「佐世保は前衛特化の戦艦と軽巡洋艦がエースを張っています、空母の層も厚い…通常の深海棲艦なら有利に立ち回れますが…しかし逆にこの怪物相手にそれは弱かったってだけなんですよ」

 

護衛棲姫「…申シ訳アリマセン、空母ニハ傷一ツツケラレズ…」

 

駆逐棲姫「そこは期待してないので、構いませんよ?」

 

護衛棲姫「…役立タズデゴメンナサイ…」

 

駆逐棲姫「でも、離島は戦艦の層も厚いし、このカートリッジとやら…非常に邪魔ですねぇ…遠距離戦に持ち込まれたらこの子は熱線の溜めでやられかねません…正体を明かして攻撃しづらくしてみましょうか」

 

護衛棲姫「攻撃ヲ躊躇ウデショウカ…」

 

駆逐棲姫「まあ、おそらくは…」

 

駆逐棲姫(メインの狙いは感情の揺さぶりですし、この怪物が死のうがどうなろうがどうでもいい…あ、でも人で無くなった者の末路も記録はしておきたいですね、興味深いし)

 

怪物を見る

 

駆逐棲姫「しかし、その腕、自力じゃ再生しないんですねぇ?」

 

怪物「……」

 

駆逐棲姫「ま、いいや、再生させてあげますから最期のお仕事頑張ってください♪」

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

戦艦 レ級

 

曙「あんたがそこまで酷くやられるなんて、どういう敵なのよ」

 

レ級「……」

 

曙「なんとか言いなさいよ…ねぇ、大丈夫?」

 

私はボロボロになって、イムヤさんに回収されて

 

私は、みんなに心配されて

 

もう、立ち上がれない…

 

曙「……アンタ、何隠してんの?」

 

レ級「…隠してなんかないわよ」

 

曙「嘘ついてんじゃないわよ、私とアンタで隠し事なんてできるわけ…」

 

気づいたら手が出ていた

曙を叩いていた、恐怖心から…そして、焦りから

 

曙「ッ……どうしたのよ、アンタらしくない…」

 

いきなり叩かれたのに、なんで私を心配する、なんでその目を私に向ける

私が惨めになるだけだ、お前と私は何処までも違う、私じゃお前にはなれないのはわかってるのに…

私はもう、みんなの為に戦うということを考えすらしないのに…

 

レ級「…その、ごめん…本当になんでもないから、放っておいて」

 

曙(そういう奴ほど、なんかあるのよ…)

 

 

 

提督代理 朧

 

アオバ「すいません、短期間ですがよろしくお願いします」

 

陽炎「お願いします」

 

朧「此方こそ、お願いします…怪物…青葉さんが本当にそんな姿になってしまっていたのなら、アタシ達も全力で…」

 

アオバ「…正直、私も半信半疑ではあります、だけど可能性があるなら私はやらなきゃいけません」

 

陽炎「…それと」

 

瑞鶴「私と翔鶴姉も参加するから、よろしくね」

 

翔鶴「お久しぶり、朧ちゃん」

 

朧「翔鶴さん…!きっと皆さん喜びます!」

 

翔鶴「私もこっちに来たかったけど…周りの目が厳しかったから…でも、ようやく緩くなって来たし、ここに来られた…だから、私も戦う」

 

瑞鶴「ま、腕は鈍ってないみたいだから…室内で行う訓練には参加してたし…」

 

翔鶴「座学優先みたいな感じだったけど…でも、良い物も手に入ったの」

 

朧「良い物…?新しい装備とかですか?」

 

翔鶴「ううん、激辛スパイス」

 

朧「あ…そうですか…」

 

朧(そっちの良い物、かぁ…)

 

アオバ「すいません、春雨さんは居られますか?」

 

朧「医務室にいるかと…案内します」

 

 

 

 

医務室

 

春雨「よくもまあ、大所帯で」

 

アオバ「…貴方はデータドレインをお持ちですよね、その力で…青葉を元に戻すことはできますか?」

 

春雨「いや…正直知りませんよ、症例の一切ない怪異とかしたモノをデータドレイン一つで元に戻せるなら苦労はしません」

 

アオバ「…手段は、何もありませんか…?」

 

春雨「朧さんに頼る他無いんじゃないですか?ねぇ?」

 

朧「…アタシもデータドレインを使えます、というか使う為に必要なデバイスを持っています」

 

アオバ「…お二人のデータドレインは違うモノなんですか?」

 

春雨「ダミー因子の有無、ダミー因子を認識させればシステムの出力が上がるようでして…ねぇ」

 

朧「…ただ、これも万能じゃない…AIDAをリプログラミングする目的で作られたモノ…でしたっけ」

 

春雨「ええ…リプログラミング、それ以上の効果はありません…しかも、弱らせてからでなければ意味はない…」

 

アオバ「……たとえどんなに分の悪い賭けでも、お願いします…私の全てを賭けます」

 

春雨「全て?貴方の全て?……片腕の貴方が何になるんですか、貴方の全てって、肉壁になってくれるんですか?……邪魔くさいです、出撃しても邪魔なだけ…貴方はここでおとなしくしてなさい」

 

アオバ「っ……」

 

陽炎「そんな言い方無いでしょ!?アオバさんだって本当に死ぬ覚悟で…」

 

春雨「死ぬ覚悟?そんなモノ持ってくるな、穢らわしい…!」

 

陽炎「穢らわしいって何よ!」

 

瑞鶴「まあまあ陽炎、落ち着きなよ…別に悪い子じゃ無いみたいだから」

 

翔鶴「あら、瑞鶴ならいの一番に噛み付くと思ったのに」

 

瑞鶴「…声が悲しそうだった、要するに…春雨だっけ、死んで欲しく無いんでしょ?誰かが死ぬのが嫌だから、出撃を拒んでる」

 

春雨「…死ぬ覚悟、とか言ってる奴は本当に簡単に死にます、1人死ねば周りも巻き込む、つまりコイツは艦隊に害を与える」

 

瑞鶴「まあ、要するに人死にが出てほしく無いって事で良いんだよね?」

 

春雨「…否定はしません」

 

瑞鶴「さて陽炎、今の話聞いてこの子は悪い子だと思う?」

 

陽炎「いや、別にそこまでは…」

 

瑞鶴「よし、解決したね」

 

陽炎「…そうですね」

 

春雨「チッ…」

 

陽炎「今丸く収めたのにその舌打ち要る!?」

 

春雨「…うっさ…」

 

陽炎「なにそれ!感じ悪…!」

 

朧「…あー、春雨さん?」

 

春雨「……」

 

陽炎「良いですよ!気にしないで…まあ一つだけ言うなら…私、アンタ嫌い」

 

春雨「奇遇ですね、じゃあ2度と来ないでください」

 

陽炎「カッチーン…と来た…あんた本当に今度一発ぶん殴ってやるから!!」

 

春雨「どうぞ?やり返しますし治療もしませんが」

 

朧「……はぁ…」

 

 

 

 

工廠

 

朧「…明石さん、もう提督代理代わってください…」

 

明石「いや…私も忙しいし…」

 

朧「……冗談です…いい加減本土に行ってやらなきゃいけない事もあるのに…」

 

明石「…何を?」

 

朧「特務部と蹴りをつけないといけないと思って…」

 

明石「特務部?なんでまた…」

 

朧「…味方同士で牽制し合うような事…してても無駄ですから」

 

明石「まあ、それはそうですけど…」

 

朧「それに、特務部がアタシ達を傷つけてきたのはわかるんです、でも…それでも、アタシ達は今色んな方向に目を向けて、戦う準備をしなきゃいけないから…」



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怪物退治

海上

駆逐艦 曙

 

曙「もっと広がりなさい!近くにいたら巻き添え食らうわよ!」

 

瑞鶴「ほ、本気でなんの合わせもせずにぶっつけ本番…!?」

 

アオバ「その様ですね…」

 

朧「……」

 

陽炎「大丈夫なの?このままで…」

 

曙「大丈夫か、じゃない…やるんでしょ?」

 

長門『こちら長門隊、作戦や定位置に到着、艦載機を発艦する』

 

加賀『艦載機発艦』

 

阿武隈『阿武隈隊到着、砲雷撃用意完了しています!』

 

北上『甲標的、出すよ』

 

イムヤ『イムヤより全隊に通達…ターゲットが基地から浮上!位置は本隊より南西5キロ!』

 

加賀『捉えました、位置を共有、座標をアップロード、長門さん、大和さん、包囲ヒトフタマル、距離は8キロです』

 

手元の端末に座標が送られてくる

 

曙「…座標確認、陣形維持で突っ込むわ」

 

朧「曙、あんまり近づきすぎないでね、一発でも貰ったら…」

 

曙「大丈夫、わかってるから」

 

速力を上げて距離を詰める

 

阿武隈『砲雷撃開始!撃ってます!』

 

曙「…派手にやってるわね、こちら曙、確認したわ」

 

両手に双剣を持ち、構える

 

朧「この距離で…ソレ?」

 

曙「まあ、見てなさいよ」

 

双剣にカートリッジを突き刺す

 

曙「明石の最新作…!」

 

双剣を前に向かって振るう

 

アオバ「…追い風?…いや、もはや突風レベルの…」

 

曙「体制崩すんじゃないわよ!速度上げて突っ込むから!」

 

朧「最新作ってこう言う事!?…まあ、多少早くなった気もするけど…」

 

双剣を鞘に収め、主砲を構える

サイトを覗き込み、引き金を引き絞る

 

曙「…さあ、青葉を助けるわよ!」

 

朧「朧隊、交戦開始!」

 

軽い砲音が響く

 

曙(反動も弱いし威力もそんなに無い…でも、これは別の強みがある)

 

曙「さあ、炎のカートリッジ…」

 

焼夷弾の散弾を怪物に撃ち込む

 

怪物「ギャアァァァァッ!!ガアァァァァァァッ!!」

 

怪物が両手についた黒い球体を振り回し、海に叩きつける

 

曙(波が高く…!)

 

朧「この高さの波なら…アレができる、任せて!」

 

波の頂点で朧が飛び上がり、艤装の推進力を使い空中で回転しながら蹴りを放つ

 

怪物「ガギャァッ!?」

 

アオバ「…青葉、今助けるからね…!」

 

陽炎「絶対秋雲を助けてもらうから…!」

 

怪物「グオォォオアアア!!」

 

怪物が両腕の球体を撃ち鳴らす

 

瑞鶴「不味い!離れて!近くにいると熱線で焼き殺される!」

 

曙「何よそれ!」

 

 

 

 

 

 

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「うーん、素敵ですねぇ」

 

戦闘を少し離れた位置で眺める、それだけでも得られるものは大いにある、既に朧さんの手の内を一つ明かしたし、カートリッジの分析も進んでいる

グラスを持ち上げ、乾杯のジェスチャーをする

 

駆逐棲姫「…うん、良いですね♪最高の肴です…」

 

空になったグラスに敷波がワインを注ぐ

 

駆逐棲姫「アハッ…いい気味♪」

 

敷波を近くに寄らせ、頭に手を置く

 

駆逐棲姫「…ちゃ〜んと、仕事はしてもらいます、朧さんを徹底的に傷つけるために…」

 

手元の端末を操作し続ける

 

駆逐棲姫「…使うまでに間に合うかなぁ…洗脳プログラム」

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

怪物、青葉さんが変質した姿とされるそれは攻撃を受け続け、すでに肉は焼け爛れ、千切れ落ち、みるも無惨な姿に成り果てていた

しかし、それでも攻撃の勢いは弱まることを知らず、応戦するこちらも手を緩められない

 

朧(…データドレインのタイミングがわからない…もう、良いの?それともまだ…)

 

アオバ「青葉…!」

 

朧(これだけ傷つけたんだ………もう、良いハズ、きっと…!)

 

軽く飛び上がり、右腕を向ける

機械が反応し、右腕に幾何学模様が展開される

 

陽炎「あれが…!」

 

朧(お願い、青葉さんを…返して)

 

朧「データドレイン…!」

 

眩い光が辺りを包む

 

曙「見えなっ…!」

 

アオバ「ッ!」

 

朧「…どう、なったの…」

 

怪物の肉体が崩れていく

崩れゆく怪物の中から、黒い棒状の何かが何本か海へと落ち、海面に突き刺さる

 

陽炎「…海に、刺さった…?」

 

アオバ「…青葉!」

 

怪物の胸が崩れ落ち、青葉さんの姿が露わになる

かつての、アタシ達の知ってる姿…

 

朧「やった!上手くいったんだ…!」

 

青葉さんが海に落ち、海面に立ち上がる

 

青葉「……」

 

曙「…青葉…?」

 

何か、違和感が…

 

アオバ「青葉!」

 

曙「待って」

 

曙がアオバさんを制止する

 

曙「……青葉、アンタ、あたし達のこと…わかるわよね?」

 

青葉さんは答えず、黒い棒を引き抜いた

 

曙「チッ…第二ラウンドってわけ?」

 

朧「そんな…なんで…!」

 

曙が青葉さんと打ち合う

槍の様に扱われる棒を双剣でいなす曙、それに対して小刻みな攻撃で有効打を放つタイミングを探る青葉さん

 

朧(データドレインで元に戻ったのは外見だけ…精神までは元に戻せなかった…?何にしても、今は青葉さんを止めないと…)

 

曙「あーもう鬱陶しい!その棒切れ叩っ斬ってやる!!」

 

曙が踏み込み、斬りかかるのに合わせ、青葉さんが一歩引きながら、横薙ぎに槍を振るう

 

曙(…何か、嫌な感じが…)

 

曙が防御姿勢を取り後方へ跳ぶ

青葉さんの手の中で棒が滑り、体を回転させながら射程を大幅に伸ばし、槍、腕、身体、全ての勢いを乗せた槍の斬撃…

 

曙「……な…」

 

瑞鶴「…剣ごと、斬り裂いた…?」

 

その攻撃を受けた曙が海面を転がり、斃れる

曙が防御の為に持っていた双剣は刃の部分で斬り裂かれ、もう使い物にはならない

 

朧「…曙…!」

 

すぐに助けに行きたい、だけど…それを許してくれない程の殺気

明確な殺意、それを向けられ、動くことすらままならない

 

朧(何で青葉さんがアタシ達を…いや、考えるだけ無駄なのかもしれないけど…)

 

アオバ「…陽炎さん」

 

陽炎「わかってる…朧、私が注意を惹く、援護してくれない?」

 

朧「…本気ですか、狙われたら…」

 

わかっていてもいきなり射程距離が倍以上に伸びる、徹底的な接近戦からのその射程距離の変化、対応できるわけがない

 

陽炎「…やる気出すなら、ここでしょ」

 

朧「……よし、じゃあアタシが前に出ます、瑞鶴さん、曙を…」

 

瑞鶴「…オッケー、バッチリ任せて…」

 

陽炎「チャンスは、全力で作りますから」

 

アオバ「…はい」

 

一瞬頭に浮かんだ最善策

青葉さんを撃破する…これは今、この瞬間頭から消えた

 

朧「こちら朧、長門班、阿武隈班は位置を変更、回収と支援に徹してください」

 

長門『長門了解』

 

阿武隈『阿武隈了解です!』

 

朧(…チャンスは一回きり…多分、綾波に見られてるんだろうけど……手札を隠して勝てる相手じゃ無い)

 

波が高く上がった瞬間を狙いすまし、波に隠れて接近する

 

そして接近し…

 

朧(あの棒をへし折る!)

 

艤装と黒い棒状の何かがぶつかり合う

 

朧(この感触…艤装じゃない…どちらかと言えば岩とか…いや、深海棲艦の装甲?)

 

青葉さんが棒を振り回し、距離を取る

 

朧(さっきと違う!曙を引きつけた動きとは真逆、距離を……何?この感じ…)

 

陽炎「貰った!」

 

陽炎が青葉さんの手を狙い撃つ

 

朧(手に何か持ってる…アレは、紙?……まさか、いや…そんな事ができたら…わからない、わからないけど…)

 

主砲を右手に持ち、詰め寄る

 

朧(今は青葉さんとの戦いを終わらせる!)

 

煙幕弾を撃ち、視界を奪い、近づく

 

朧「やあぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

煙の中へと放った回し蹴りが空を切る

 

青葉「……!」

 

背を向けながら此方を睨む青葉さんと目が合う

 

朧(やっぱり、それで来た、なら…!)

 

回し蹴りの勢いをそのままに、蹴りを放った脚を海面につけ、軸足にする

全身の勢いを乗せて裏蹴りを青葉さんに向けて放つ

 

青葉「!」

 

朧「ッ!!」

 

爆竹の様な音ともに黒い棒状の何かが弾け飛ぶ

 

朧「今……ぁが…?」

 

腹部に黒い槍が突き刺さる

 

朧(別の…!)

 

陽炎「捕まえた…!」

 

陽炎が青葉さんの腕を拘束する

 

青葉「……ッ」

 

陽炎「…色々、悪かったと思ってます、だけど…秋雲の事は貴方に任せるって決めたから…!」

 

朧「ぐ…」

 

槍が引き抜かれ、柄で陽炎を打つ

 

陽炎「絶対にここで止める!」

 

 

 

 

重巡洋艦 アオバ

 

瑞鶴「…さて、突撃準備良い!?」

 

アオバ「勿論…!」

 

瑞鶴「コレ、握っといて」

 

鏃を渡される

 

アオバ「…これは…?」

 

瑞鶴「御守り、何がおきるかわからないから、気休めだけど…多分効くから」

 

アオバ「…わかりました」

 

鏃を懐に忍ばせ、速力を上げて突き進む

 

瑞鶴「…あとはこっちの曙か…気を失ってるだけだけど、胸が大きく切り裂かれてる…回収班が到着するまで2分はかかる上に離島鎮守府まで20分以上…でも、大丈夫、任せて」

 

アオバ「…お任せします」

 

とにかく、今は青葉を助ける事だけを考える

私は…絶対に…

 

青葉「……!」

 

アオバ(見られた、こっちを認識した…!)

 

陽炎「さっさと、正気に戻って…!」

 

アオバ「青葉!お願いだから…!もうやめて!もう自分の手で仲間を傷つけたりしないで!」

 

青葉が陽炎さんを振り払い、此方を睨みつける

忌々しい何かを見る様に

 

アオバ「ッ……青葉…!」

 

この残された手を、伸ばす

ただひたすらに伸ばし続ける事しか私にはできないから…

 

アオバ「あ……」

 

だけど、無常にもその腕は青葉の槍に斬り落とされ…

血が溢れて、苦しくて、訳が分からなくて

痛くて、辛いのに…でも、1番失いたく無いものが目の前にあるのに…それを掴む手がないとしても…だとしても、私はまだ生きてるんだから…

 

陽炎「アオバさん!」

 

トドメの一撃を振うために槍を構えた青葉に陽炎が飛びつく

 

陽炎「お願い…もうやめて…!」

 

青葉「ッ!」

 

青葉の槍の切っ先が陽炎を捉える

 

曙「やめろって言ってんのよ!」

 

曙が槍を持った青葉の腕を蹴り飛ばす

武器を失い、2人に拘束された青葉…最高の、最大のチャンス

 

アオバ「…青葉ぁぁぁぁッ!」

 

青葉に飛びつく

掴む手なんてなくても、抱き寄せる腕がなくても…

 

瑞鶴「リプパラム!!」

 

陽炎「…あれは…」

 

斬り落とされた腕が光る

いや、正確にはその手に握られた鏃が光る

その光がまるで私の腕の様に形作り、青葉を抱き寄せる

 

アオバ「捕まえた…もう、絶対離さない!」

 

青葉「…!」

 

光の腕が青葉に染み込む様に消える

 

陽炎「…何が、起きて…?」

 

瑞鶴「リプパラム、状態異常回復の魔法…リアルには決して存在しないズルい力…」

 

陽炎「瑞鶴さん…つまり…」

 

瑞鶴「そ、これはゲームの力…でも、そうしないと…そこの曙も、青葉も、助けられないと思ったから…例えコレが間違った力だったとしても…使わなきゃいけない時もある、そう思わない?」

 

曙「…高速修復剤ぶちまけられた気分だわ、急に傷口塞がって、意識回復したと思ったら突っ込まなきゃいけないなんて」

 

 

青葉「……」

 

アオバ「…青葉、大丈夫?」

 

青葉が虚ろな目で此方を見る

 

青葉「……おねえ…ちゃん…」

 

アオバ「…うん、そうだよ……もう、大丈夫…」

 

青葉「…あ…ぇ…あ…う、腕…」

 

アオバ「……あんまり見ちゃダメだよ、お願いだから」

 

青葉「わ、私の…私のせいだ…」

 

アオバ「違う、青葉は悪くない…操られてただけ」

 

青葉「…ごめんなさい、ごめんなさい…!」

 

アオバ「泣かないの…ね?お願いだから…泣かないで」

 

瑞鶴「少し、いい?」

 

アオバ「瑞鶴さん…青葉を助けてくれてありがとうございます」

 

瑞鶴「ちょっと痛いわよ」

 

アオバ「え?」

 

瑞鶴「リプス」

 

アオバ「っ〜!!?」

 

切断された部分に激痛が走る

 

アオバ「痛…!ぁえ?」

 

瑞鶴「落ちてた腕、拾ってきちゃった…ちゃんとくっついてるかわかんないけ…ど…」

 

瑞鶴さんがパタリと倒れる

 

アオバ「え、ちょっ…瑞鶴さん!」

 

瑞鶴「…ごめん、私燃料切れ…魔法使うと死ぬほどしんどくなるのよ…もう限界」

 

青葉「…あの」

 

瑞鶴「んぇ?」

 

青葉「…ありがとうございます、私の事、それと…お姉ちゃんの事」

 

アオバ「……青葉」



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思うまま

海上

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「ハッピーエンド…で、終わればよかったんですが…とことんついてない人が1人居ますねぇ?」

 

ぷかぷかと仰向けに浮いている朧にゆっくりと歩いて近づく

 

 

 

駆逐棲姫「朧さん!」

 

朧「…綾波…!」

 

朧さんに手を差し伸べる

 

朧「…何の、つもり…?」

 

駆逐棲姫「…もう、私があそこにいる必要は無くなったんです」

 

朧「必要…?何言って…」

 

駆逐棲姫「…今までごめんなさい、私、本当は皆さんを裏切ってなんかいないんです」

 

朧「…は…?何言ってんの…?綾波、自分が何したか覚えて…」

 

駆逐棲姫「わかってます、でも、この子に罪はないから…」

 

敷波が私の後ろから出てくる

 

朧「敷波…!生きて…」

 

敷波が朧さんを起こす

 

駆逐棲姫「信じてもらえないかもしれませんけど…青葉さんは私が何もしなくてもあの姿になっていました、怪物になる事は避けられない…それなら皆さんのいるここで戦えば何とかしてくれるんじゃないか…そう思ったんです、そして…青葉さんは助かった、青葉さんはもう深海棲艦の力に脅かされることもない」

 

朧「…じゃあ、なんで敷波を殺したなんて嘘…」

 

駆逐棲姫「駆逐古鬼の目から隠すためです…私は今まで駆逐古鬼に従えられていました、でも敷ちゃんだけは助けたくて…!」

 

朧「……そう、なの…?」

 

駆逐棲姫「私はどうなっても良いんです、敷波だけでも受け入れてくれませんか!?」

 

朧「……」

 

駆逐棲姫「信じてください、朧さん!」

 

朧「……わかった、信じ…る…?」

 

敷波が朧さんを背後から刺す

 

朧「…敷…な…」

 

駆逐棲姫「……アハッ!アハハハハハ!アハハハハハハハハハ!あーおかしい!何で信じるのかなぁ!アハハハハハ!」

 

朧「…嘘……敷な…み…」

 

うつ伏せに倒れた朧さんに敷波がのしかかり、何度も背中を突き刺す

 

駆逐棲姫「あー良い!最高!すごく良い!完璧で汚くて…!ほら!敷波!もっとやりなさい!全身グチャグチャにしてみせなさい!」

 

敷波は言われたままに朧さんを突き刺す

 

駆逐棲姫「うーん、良い音…アハッ」

 

恨めしそうな目で朧さんが私を見上げる

 

駆逐棲姫「ああ、お腹減りました?靴底でも舐めますか?」

 

頭を踏みつけ、朧さんの心を踏み躙る

なんて素晴らしい心地なのだろうか

 

朧「…が…ぁ…!」

 

駆逐棲姫「さてさて、絶望はここからです」

 

指をパチンと鳴らす

 

敷波「…え?な、何これ…何でアタシ…朧を…」

 

朧「……!」

 

駆逐棲姫(さあ、朧さんは敷波を受け入れられるか…)

 

駆逐棲姫「ま、楽しんでください、シーユー」

 

 

 

 

離島鎮守府

提督代理 朧

 

朧「…なんで、アタシ…生きてるの」

 

春雨「…高速修復剤による処置の結果です、どうしても止むを得ず…お加減は」

 

朧「最悪」

 

…綾波に弄ばれ、敷波に殺されかけ…

 

敷波「朧…」

 

朧「敷波!っ…たた…」

 

春雨「あまり暴れないでください」

 

敷波「朧…ごめん、謝って許される事じゃないのはわかってるけど…ごめん…!」

 

敷波は泣きそうな顔でこちらを見る

そんな顔で見られてもアタシは…

 

朧「…ごめん、とりあえず……後にして」

 

敷波「……うん」

 

 

 

 

重巡洋艦 青葉

 

青葉「…ねぇ、そっちの腕は?」

 

アオバ「治らないって…魔法は傷を塞いでくれるだけ、無いものは作れない…でも、ほら」

 

頭に手を置かれる

 

アオバ「こんなこともできる」

 

青葉「…もう」

 

アオバ「……本当に…良かった」

 

私の体は何も異常がなかった

ナノマシンも検知されず、白い肌も元通り

まるで浄化の過程だったんじゃ無いか、という位に元通りになってしまった

 

青葉「…お礼、言わないと…瑞鶴さんにも、みんなにも」

 

アオバ「そうだね…ほんとに、よかった…あ、青葉、記事、見たよ…ブログみたいだったけど」

 

青葉「まだどうすればいいかわからなくて…そうだ、今度書き方教えて?」

 

アオバ「よーし、幾らでも教えちゃうから!」

 

 

 

 

 

海上 

戦艦 レ級

 

レ級「…あ…ああぁ…!」

 

頭がぼーっとする、眩暈もする、吐きそうで、死にそうで、倦怠感に包まれて、今にも壊れそうな自分が嫌になる

私はどうなるのか…

 

怪物の遺骸を見上げる

 

レ級「……」

 

尻尾が大口を開け、怪物を喰らう

 

レ級「…っ……ん………ああ…」

 

満たされる、久しく、満たされたような感覚…

 

深海棲艦の特質が私を蝕み、私を強くする

これを喰らうことで、私は生きながらえられる…ハズだ

 

レ級「…あるいは……全てを捨てるのか…」

 

揺れる、私は…どうすればいいのか、どうなればいいのか

 

レ級「…提督、どうか私をお導きください…」

 

ただ、祈る事しかできない

もし一寸下には、この深く、暗く、冷たく、絶望しかない海に私の想像を遥かに超える化け物が今にも私を喰らおうとしているやもしれない

私を襲う恐怖は誰にも理解できず、それを払い除ける手段もない

 

レ級「……提督は、何をお望みなのでしょうか…あの部屋から救う事ができたとしても、綾波に殺される…私は…」  

 

両肩に手が置かれる

寒気、背筋が凍りつく

 

呼吸が荒くなり、涙が込み上げ、視界がぼやけ、思考に雲がかかる

 

駆逐棲姫「さあ、お仕事の時間です…貴方の手で、姉妹を殺すために…ね?」

 

レ級「…私に、これ以上…」

 

駆逐棲姫「これ以上?なんですか?まだ序の口じゃないですか!ほら、私を楽しませないと…倉持司令官は死んでしまいますよ?」

 

レ級「っ……」

 

駆逐棲姫「天秤にかけなさい、自分の姉妹とね」

 

かけてはいけない天秤を、今、眺める事しかできない

道理に反し、誤った道を歩む事しかできない

 

レ級「…っ…あぁ…」

 

駆逐棲姫「良いですね?まだ殺しませんが…ほら、この通りにやるんです」

 

レ級「……そんな」

 

駆逐棲姫「貴方はただ薬を盛るだけ…のつもりでしたが、アレも捕まえてもらいますか」

 

レ級「…!」

 

駆逐棲姫「見てはいけないモノを見られたら口封じ…ですよね?」

 

 

 

 

食堂

正規空母 瑞鶴

 

青葉「あ、瑞鶴さん」

 

瑞鶴「あ、もう良いの?」

 

青葉「はい、色々とありがとうございました…」

 

瑞鶴「まあ、そんなに感謝されるほどのことじゃないし…私の力も、みんなから見れば間違ったものでしょ?」

 

青葉「…私はそうは思いません、人を救う力、それが間違ってるだなんて…」

 

瑞鶴「どの道私は世界を壊そうとした様なものだしね、非難されても文句はないけど…」

 

春雨「私は非難しませんよ」

 

瑞鶴「おっと…1番怒りそうな相手だと思ってた…」

 

春雨「…正直、私にとって貴方は羨ましい存在です、人の命を救う魔法なんて望んでも手に入りませんから」

 

瑞鶴「……成る程ね」

 

春雨「私は過去に囚われるタイプでして、未だに数多の髑髏が私の後ろ髪を引く様です、貴方の力が私にもあればきっと救えた命達です、羨ましく、憎らしい…」

 

瑞鶴「非難しないって言ってなかったっけ…」

 

春雨「ええ、非難はしません、嫉妬はしますが…ああ、青葉さん、検査をしたいので後で医務室に、検査データを送れば貴方を研究室送りにしなくても済むかもしれない」

 

青葉「本当ですか…?」

 

春雨「ええ、モルモットにはなりたくないでしょう?」

 

青葉「も、もちろんです!」

 

瑞鶴「ねぇ、春雨、その言い方もっと何とかならないの?きっと勘違いされやすいと思うけど」

 

春雨「…昔からのものですから」

 

瑞鶴「そう言い訳するのは簡単だけど、きっとそれで損したことあると思う、この子ともっと仲良くなりたかったとか、そんな後悔…あるでしょ?」

 

春雨(……思えば、私が綾波さんに心を開ければ…あの時綾波さんが私を頼ってくれたのなら、もっと別の今が…)

 

瑞鶴「…思い当たる事、あるでしょ?」

 

春雨「…かもしれません、私はあまりにも傲慢だった…」

 

瑞鶴「傲慢?…傲慢かぁ…ただ怖がりなだけに見えたけど」

 

春雨「怖がり?私が?」

 

瑞鶴「人と関わるのが怖いだけに見えた、だから…そう、あんまりみんなと仲良くしたくない…って感じ?」

 

春雨「……私が恐れているのは、死だけです…しかし、それが故に人と深い仲になるのを忌避しているのかもしれません」

 

瑞鶴「改善する気になった?」

 

春雨「はい、どうやら私は死んだように生きていたのでしょう」

 

 

 

陽炎「あ、瑞鶴さん、お疲れ様です」

 

瑞鶴「もしかして私探してた?」

 

陽炎「まあ…それより、ゲームの力を使えるなんて…何で教えてくれなかったんですか」

 

瑞鶴「ホントは存在しちゃいけない力、だったらできる限り使わない方がいいと思って…」

 

翔鶴「私を助けるために使ったのに?」

 

瑞鶴「翔鶴姉!…いや、アレは…うーん、そうなんだけどさ…データドレインで無理やりAIDA除去したりしたし…言うなればオリジナルの碑文の力で色々無茶やった感じだし…」

 

陽炎「…それを使えば、秋雲も助けられたり…」

 

瑞鶴「それは無理、秋雲の体は今空っぽなのよ、AIDAもいない」

 

陽炎「…どういう事ですか?」

 

瑞鶴「まるで意識を抜き出されたみたいに空っぽ…向こうの世界のどこかに秋雲はいるんじゃないかなぁ」

 

陽炎「…ネットの中…」

 

瑞鶴「そういえばあのネットゲームってもうすぐ始まるんだっけ?」

 

陽炎「ええと…もうすぐバージョンアップされて配信されますけど…」

 

瑞鶴「探そうよ、一緒に」

 

陽炎「……そうですね、わかりました」

 

 

 

 

 

駆逐棲姫のアジト

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「んー…いまの駆逐水鬼でも遅れは取らないんですけど…まだイケますよねぇ?」

 

護衛棲姫「…ト、言イマスト?」

 

駆逐棲姫「見てください、これ」

 

くすねたカートリッジを見せる

 

護衛棲姫「…ソレハ」

 

駆逐棲姫「さて、私本来の力、知性を取り戻します……艦娘システムと深海棲艦の最大限の融合、さらにそこに人間としての理知性を加えて、ダミー因子も利用する…」

 

カートリッジを艤装に突っ込む

挿し込む穴なんて無いのに、艤装に溶けるように呑み込まれていく

 

駆逐棲姫「深海棲艦の死の力、艦娘システムの、人間の生の力……私の時が進む事で私はより強くなる、なり続ける…!」

 

護衛棲姫「ソノ姿ハ…」

 

肌や髪に色が戻り、衣服が切り替わる

 

綾波「…ま、一時的なものです…それとも貴方は自身の仕える相手を容姿で選ぶんですか?」

 

護衛棲姫「イエ、決シテソノヨウナコトハ…!」

 

肌と髪の色が消え、衣服が元に戻る

 

駆逐水鬼「おや…綾波の姿戻るのにはかなりエネルギーを使うみたいですね…まさかこっちに戻されるとは…でも、さっきの感覚だけでもよ〜くわかる…性能は駆逐水鬼の3倍ってところですか」

 

護衛棲姫「…駆逐棲姫様、私ニモオ力添エデキルコトハアリマスカ?」

 

駆逐水鬼「……なら、カートリッジを回収しなさい、そのための艦娘の撃破も実に容易です、捕虜の人間達に近接武器を持たせ、前衛にし、深海棲艦には後方から砲撃させなさい、わかりましたね?」

 

護衛棲姫「御意ニ」

 

駆逐水鬼「綾波、漸く私の力を取り戻せる…私こそが絶対的頂点です、最強であり、誰にも遅れを取らない存在、さあ…よく覚えておきなさい」



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拾いモノ

離島鎮守府 

提督代理 朧

 

朧「……」

 

漣「ボーロ?もう復帰して大丈夫なの?」

 

朧「…怪我自体は治ってるから」

 

漣「…そっちじゃなくて…」

 

漣はメンタル面のことを言ってるって、わかってるけど…

 

朧「…忙しいフリさせて…敷波に会いたくないし…何も考えたくないんだ」

 

漣「無理しちゃダメだよ、ボーロ」

 

今のアタシには…優しい言葉がトゲのように感じられる

逆に辛くなる、胃酸が上がって吐きそうになる

どうすればいいのかわからない…

 

朧「…漣は…敷波のこと、どう思う?」

 

漣「え…?」

 

朧「…敷波、受け入れていいのかな…アタシは…わかんないんだ、敷波の事嫌いになったんじゃなくて…」

 

敷波のやった事、置かれていた状況は本人からの供述も含め、全体に伝わった…

それでなお、敷波をここに置くのか、それとも他所に移し、生活を保証してもらうか

 

朧「それで、漣の意見、も…」

 

漣「…い、いいんじゃ、ない?ここに居れば…」

 

笑ってそう言う漣からは恐怖心が見てとれた

泣きそうな顔で笑って、アタシを安心させたいって気持ちと、敷波を助けたいって気持ち、その両方を何とか伝えようとしてるのがよくわかった

 

漣の優しさに甘えるのか、それとも…

漣の事を想えば敷波をここに置いておくのは間違いだ、前の世界で漣は綾波にも、敷波にも殺されかけている…敷波は共犯というだけだけど

 

思わず頭を抱える

七駆で1番優しいのは漣だって、常々思う、だから敷波を他所に移したら?漣は自分の所為だと思うのではないだろうか

前の世界で裏切った曙に対してみんなが受け入れ難い感情を持っていた、なのににおかえりと笑って言った漣に、辛い思いをさせていいわけがない

 

朧「…わかった、もうちょっと考えるね、アタシ達だけで決められる事じゃないし…」

 

そうは言ったけど、漣の決意を無駄にできない、この時点で敷波はここに置くことが決まっている

たとえ多数決でも、くじ引きでも、漣の心に影を落とすのは明白だから…もし、敷波が何かしたら排除すれば良いから…

 

朧(…アタシが、敷波を信用できなくなってるのはわかってたけど…)

 

真っ先に排除という言葉が思いつくあたり、どうかしてしまった気分だ

 

 

 

 

波止場

重巡洋艦 青葉

 

青葉「あ、居た…」

 

敷波「青葉さん?…そっか、こっちに居るんだ…」

 

敷波ちゃんが立ち上がり、こちらに向き直り、頭を下げる

 

敷波「向こうではお世話になりました…本当にありがとうございました」

 

青葉「そんな、別に私は…それよりも、紅衣の騎士団に連れ去られたって聞いてたので…心配してました」

 

敷波「…アタシさ、あの後司令官に助けられて…」

 

青葉「司令官に?…本当に司令官が…?」

 

敷波「うん、ほら、これくれたの」

 

首につけた麻紐に垂れた小さなオカリナを見せてくる

 

青葉「…それは、確か精霊のオカリナ…」

 

敷波「そう、そんな名前だったかな」

 

青葉(ゲームの中のものを持ち出してしまって大丈夫なのかな…でも、すごく大事そう……もう少しくらい、良いのかな…)

 

敷波「…アタシ、これが有れば何とかやっていけそうな気がする、どこででも…」

 

青葉(…何か、違和感が…)

 

敷波「アタシ本土に行って、艦娘システム外してもらって…普通に生きることにします!」

 

青葉「え…?」

 

敷波「…それがアタシにできる唯一のことだから…ここに居たら朧たちに迷惑だし、何より…アタシのせいで誰かが傷つくなんて、もう嫌だ…綾姉ぇもアタシを物としか見てくれなかった、それなら…アタシはここに居る意味なんかない…って」

 

青葉「そんな事…!」

 

敷波「ここに居て、アタシは何ができるのかちゃんと考えてきたんだ、だけど何も思いつかなかった…アタシって別に強くないしさ!前の世界はちゃんと戦闘訓練積んでたけど…あはは…」

 

自虐的に笑う敷波さんにかける言葉が思いつかない

私は止めるべきなのかもわからない…

私が口を出して良い事なの?それとも…

 

青葉「…あれ」

 

悩んで、つい逸らしてしまった視線の先に黒い何かが映る

海の上で少しずつ近づいてくる何か

 

青葉「深海棲艦…!」

 

敷波「え?…うわっ……あれ?」

 

敷波さんがじっ…とソレを眺める

 

敷波「…違う、深海棲艦じゃない…でも、動いてるし…人じゃない…魚?な訳ないし……」

 

青葉「あ…え?まさかアレは…く、熊?」

 

敷波「しかもあの大きさ、子供じゃ…あ、見えなくなった…!」

 

敷波さんが海に飛び出す

 

青葉「え、ちょっ!?」

 

敷波「うわっ!?そうだ艤装無かったんだった…!」

 

そう言いつつも泳いで熊らしきもののいた地点に向かう

 

青葉「え、あー…深海棲艦だって居るかもしれないのに…!」

 

と言っても私も艤装を装着していない

ボラードに引っ掛ける用のロープを掴み、振り回して勢いをつける

 

青葉「重すぎる…!でも、ちゃんと…狙わないと!」

 

敷波さんが海に潜り込む

 

青葉「あ、お、溺れた!?それとも引き摺り込まれた…?」

 

少しして、敷波さんが黒い物体を持って浮上してくる

 

青葉「良かった!捕まってください!」

 

ロープを投げる

 

敷波「あだっ!?」

 

敷波さんに勢いの乗ったロープが直撃する

 

青葉「ごめんなさい!」

 

ちょっとした問題はあったが、無事に敷波さんを回収できた…

 

 

 

敷波「コイツ、熊…?」

 

青葉「熊ですね」

 

波止場に熊を放り出した所、元気に動き回っており、どうやら問題はなさそうだった

 

青葉「でも、何だか怯えてるような…」

 

敷波「おー、大丈夫だよー、お前をとって食ったりなんかしないから」

 

敷波さんが熊を抱き抱えるも、暴れて逃げ出そうとする

 

青葉「…この辺りに島なんてないのに…何でクマが?本土から泳いで来た?」

 

敷波「首のとこの毛が白いしお前はツキノワグマなのかなぁ…?」

 

青葉「いえ、ヒグマですね…ツキノワグマにしては全身の色が薄いので…それにツキノワグマなら模様ももっと下にあるはずです」

 

敷波「へー…青葉さん詳しいなー…」

 

青葉「…昔動物園に行った時、お姉ちゃんに聞かされましたからね

 

敷波「…そっか、そりゃ大事な思い出だ…」

 

敷波さんが仔熊を優しく撫でる

段々仔熊も落ち着き、大人しくなる

 

敷波「…本土で飼える所、あるかなぁ…」

 

青葉「難しそうですけど…」

 

敷波「…動物園に送る?」

 

青葉「さあ…と、とりあえず報告だけしときましょうか…後着替え…」

 

敷波「…言われたら寒くなってきた…っくし!」

 

青葉「…ふふ」

 

敷波「あ、でもアタシ着替えないじゃん…どうしよ、借りれるかな」

 

青葉「多分貸してくれますよ、みんな優しいですから」

 

敷波「……んや、アタシ多分すごい怒られてるかも…」

 

青葉「そんな事ないですよ」

 

 

 

 

 

The・World R:2

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ 路地裏

軽巡洋艦 神通

 

神通「…妙なのに追われてますね」

 

物陰から顔を出している珍妙な道化師を睨む

 

ポザオネ「おんやぁ〜?ミーの尾行に気づくとは…お前、ただモノじゃナイアルナ?」

 

神通(キャラが濃い…ネットゲームだからってそんな妙なロールをしなくても…)

 

ポザオネ「お前のことは知ってるアル、有名人の立場で不法ログインとは馬鹿なことするアルネ〜!」

 

神通「何のことかわかりかねますが」

 

神通(帰れるモノならリアルに帰りたいですからね)

 

ポザオネ「誤魔化しは効かないアル!此処で始末させてもらうネ!」

 

こちらへと飛びかかろうとした道化師の足元が弾ける

 

ポザオネ「ノワァ!?何奴!」

 

神通「…銃剣士…?」

 

黄色い派手な衣装に身を包んだ青い髪の男が私の前に降ってくる

 

クーン「お兄さん初心者か?そういうナンパの仕方は良くないぜ、もっと女の子には丁寧にだな」

 

ポザオネ「邪魔するならお前も始末するヨ!」

 

神通(…この人には悪いですが、私のことを狙っているなら始末しなくては…)

 

クーン「…っと…」

 

青髪の男が道化師の方に弾丸を放ち、バックステップで近寄ってくる

 

クーン「AIDA反応…!しかもこのタウンですぐ側…!?AIDA感染者か…!」

 

神通(この人、AIDAを知ってる上に私のAIDAを検知した…!感情の昂りでAIDAが活性化してしまったようですね…)

 

クーン「AIDAで暴走してるせいで襲ってたわけか…なら…AIDAを引き摺り出す!」

 

道化師が銃撃を受けて吹き飛ぶ

 

ポザオネ「あぎゃぁ!?」

 

神通(…この、感覚…懐かしいような、感覚…まさか…)

 

クーン「さっさとAIDAを引き摺り出しますか!」

 

ポザオネ「コイツ!なかなか強いアル…!」

 

クーン「お褒めに預かり光栄ってね!」

 

ポザオネ「し、仕切り直しアル!」

 

道化師が急に消える

 

神通「消えた…」

 

クーン「逃しちゃったか…大丈夫?お嬢さん」

 

神通「…貴方は?」

 

クーン「俺はクーン、か弱い子猫ちゃんの味方さ、困った事があればいつでも呼んでくれ」

 

神通(…何というか、軽い人ですね)

 

クーン「それじゃ、俺はあのピエロを追いかけないと」

 

クーンがエフェクトに包まれて消える

 

神通(…おそらく碑文使い…今、私が発現できない碑文を使える…?この世界のことも結局よく分からない、那珂ちゃんも川内姉さんもいない…そもそもThe・Worldは今サービス停止しているはず…)

 

神通「わからない事が多すぎますね…」



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お名前は?

離島鎮守府

駆逐艦 敷波

 

潮「クマだ…」

 

漣「This is a bear…」

 

曙「子熊ってこんななのね、可愛いじゃない」

 

朧「…えー……っと…」

 

朧が大きくため息をつく

 

朧「何?敷波、飼うの?食べるの?」

 

敷波「食べ!?た、食べないよ!?この子が海で溺れてて…」

 

青葉「小さいヒグマの子供なんですけど…船の事故なにかの報告入ってたりしませんか?」

 

朧「うーん…アタシは知りません、というか船の事故だっとして…何でクマが…?」

 

漣「動物園用の輸送?」

 

潮「だとしても今の時代にそんなことするかなぁ…」

 

曙「食べ物とかならわかるけど…え?こいつ食料?」

 

朧「いや…流石にないでしょ…それで、敷波はここで飼いたいってこと?確かに島も狭くないし、奥の方は森みたいになってるけど…」

 

敷波「いや…その…アタシ、本土に行こうかなって…それでこの子も連れて行ければ…と」

 

朧「本土に?」

 

朧の顔が明るくなったような気がした

それがアタシの心により陰を作る

 

漣「…なして本土に?」

 

敷波「…いや…それは…」

 

漣「…もし、もし私が空気読めてないならごめんだけど…そういうの苦手だし…でも、別にシッキーの事をどうこうする人はいない…と思う」

 

曙「シッキー…?」

 

漣「あだ名…勝手に考えてたけど…」

 

漣から向けられる目線は…恐怖とは違う怯え、アタシに対する嫌悪感や恐怖心じゃなく、別の何かに対する怯え…

 

敷波「…いや、そういうのじゃなくて……ほら…その…」

 

漣「ここならそのクマちゃんもここに居やすいだろうしさ、ね?ボーロ…」

 

朧「えっ…あ……うん」

 

敷波(…やっぱり、朧は…)

 

漣がアタシの手を取る

 

漣「今、ここで仲直りしないと…二度とできないし、ここで逃げたら綾波とも二度と会えないかもしれないよ…」

 

敷波「え…?」

 

漣の振り絞る様な声には不安な色があった

アタシと関わる事、綾姉ぇと関わる事…

前の世界で直接殺されかけてる立場なのになんでそんなに気を遣った様な事…

 

曙「漣…」

 

朧「………来るもの拒まず、って言葉もあるし…離島鎮守府は敷波を受け入れるよ」

 

離島鎮守府は、アタシがここに留まる事を許してくれるのなら…

 

敷波「…じゃあ…お世話になります」

 

ここまで言われてはとても断れなかった

朧も覚悟した上でそう言ってる、朧に何があったのかなんてみんな知ってる、なのに…漣は朧の気持ちを無視してまでアタシをここにとどまらせて…

 

敷波(…とにかく、アタシはアタシにできる事をやるしかない…か)

 

漣「それで?この子のお名前は?」

 

敷波「それはもう決めてる、この子はプチグソって名前にするんだ」

 

潮「プチグソ…?」

 

青葉「…それは…」

 

敷波「この子は…代わりじゃない、あの子の分まで、できなかった事をこの子にしてあげたいと思って、そう思って…重い、かな…」

 

曙「プチグソって名前に何があるか知らないけど、理由があって、納得して決めたならそれでいいんじゃないの?」

 

青葉「…そうですね、敷波さんがそうしたいなら、きっとそうした方がいい…そうすればきっと1番の大事な存在になりますから」

 

敷波「うん…よろしく、プチグソ」

 

プチグソは小さく鳴き、アタシの方へと近寄った

 

漣「おお!気に入った!?」

 

潮「みたいだね、かわいい…」

 

朧「一階の窓際の部屋、空けるね」

 

敷波「ありがとう…!」

 

曙「試しに裏の林に連れて行ってみる?」

 

潮「明石さんに首輪作ってもらったほうがいいんじゃないかな…」

 

青葉「とりあえず、工廠に連れて行ってみましょうか」

 

曙「食わないように食堂に話通すのが先じゃない?」

 

敷波「それは急がなきゃ…みんなにも挨拶したいし、1番人集まりそうな食堂から…」

 

曙「決まりね、アンタらは?」

 

漣「あ、後から追いかけますぞ〜」

 

朧「アタシも」

 

 

 

 

漣「…ボーロ、ごめんね」

 

朧「…いや、ありがとう漣…アタシも敷波に関わり続けるか迷ってた…でも、まだ、関わることを決められた、漣のおかげだよ」

 

漣「…そう言ってくれてありがと…ほんとに怖かった、ボーロを傷つけたくないけど、ボーロだってこのまま終わりたくないはずだって…勝手な事してみんな傷つけるんじゃダメなのにって…」

 

朧「…大丈夫、アタシは心配ないよ」

 

 

 

 

 

駆逐棲姫のアジト

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「さて、そろそろ仲良くしてくれる気になりましたか?イムヤさん」

 

イムヤ「…綾波、こんな事もうやめよう?曙も…!」

 

レ級「…すみません」

 

駆逐棲姫「イムヤさん、私は貴方が屈服してくれるだけでいいんですよ、忠誠を誓いここで生きて死ぬ事を選ぶか…私の手で解剖されるか、ほら、選んでくださいよ」

 

イムヤ「綾波やみんなと生きるのは嫌じゃない、だけどこんなところで終わりたくはない…!」

 

駆逐棲姫「んー…まあ、腕一本くらいはやっときなさい」

 

レ級「っ…!……ごめん、なさい…」

 

レ級さんがイムヤさんの背後に回り、左腕を伸ばし、膝に足を乗せる

 

イムヤ「えっ…う、うそでしょ…?曙!やめて!」

 

レ級「……」

 

レ級さんが祈る様にこちらを見る

ああ、なんて愚かなのか、そんな目線を向けては私が興奮するだけだというのに…

 

駆逐棲姫「その人の腕と、あの人の命」

 

レ級「!……ああああああ!!」

 

イムヤ「ぃぎっ…!?あがぁぁっ!」

 

駆逐棲姫「わあ、骨見えてますよ!触っていいですか?いいですよね?ああ、ここの神経も引っ張りたいなぁ…!」

 

イムヤ「っ…ぐ…!」

 

駆逐棲姫「死ぬ程痛いのに…それでもそんなに歯を食いしばって声を上げずに耐える……私の最高に好きなタイプですよ…いいですねぇ…!」

 

イムヤ「曙…!綾波…!何でこんな事…!」

 

駆逐棲姫「私の要求に応えてくれれば済んだ話なんですよ、大人しく全部話してくれませんか?離島鎮守府の内情」

 

要するに、裏を取りたい

このレ級さんは嘘つきなのか、正直者なのか

 

イムヤ「……絶対嫌…もう、私がこれ以上…」

 

駆逐棲姫「はぁ…」

 

立ち上がり、イムヤさんから距離を取る

 

駆逐棲姫「別にいいんですよ、殺したはずの貴方がどうやって生き返ったのかも気になりますが…何より私は貴方にそこまで興味がない、答え合わせの為に生かしてただけなんです…」

 

レ級「…ま、待って…」

 

駆逐棲姫「殺しなさい、首を落とすんじゃなくて、殴り殺しなさい、全身を殴ってぐちゃぐちゃのミンチにして見せなさい」

 

イムヤ「…!」

 

レ級「そんな…事…」

 

駆逐棲姫「やらなければ…どうなるかわかってるんでしょう?」

 

レ級「……」

 

レ級さんが項垂れる

 

イムヤ「…曙」

 

レ級「イムヤ…さん…」

 

イムヤ「大丈夫、私は死なないから…!アンタにも、綾波にも…絶対に殺されたりなんかしてやらないから…!だから思いっきりやって、私の事なんか気にせずさ…」

 

レ級「…そんな」

 

駆逐棲姫(…本当に死なないのか、それとも自身の命と引き換えに曙さんを守るのか…どちらにしても私好みの展開ですね)

 

駆逐棲姫「私は今から二、三時間ほど席をはずしますが……ま、もし生きてたら殺しますからね?」

 

レ級「……は、い…」

 

視線を外す

レ級さんの振り上げた拳と、肉が潰れる音、水音が背後から小さく木霊した

 

駆逐棲姫「さあ、どうなるやら…楽しみです…私の次のターゲットは…彼女にしましょうか?」

 

護衛棲姫「失礼シマス、駆逐棲姫様…既ニ対象ハ一週間以上前ニアノ基地ヲ離レテイマシタ」

 

駆逐棲姫「でしょうね、何とも冷血な…自分だけ安全地帯にいるなんて許しませんよ、島風さん♪」

 

護衛棲姫「潜伏先ノ特定ハ完了シテイマス」

 

 

 

本土 青森

島風

 

島風「…ふー…」

 

この土地に来てまだ数日独り暮らしになったせいで何でもやらなきゃいけない

何でも自分でやって、何もかもを自分が…

 

寂しくもある、戦争の感覚が忘れられない時もある

だけど時間と共にそれらを忘れていくはず、いつか、この平和な時間を楽しめる様に…

 

大湊警備府には歩いてすぐに行ける距離だし、行ってみたいとは思っていただけど今の私が行っても良いのかという疑問はある

 

島風(…ちょっと寂しいな…)

 

辛く、冷たく、寂しく

孤独で、苦しく…

 

決して生きる事には困らない、だけど

 

満たされない、私は満たされていない

幸福ではない、平和とは等しく幸福であるとは限らない

 

私は惨敗した後、本土にいる人達が羨ましくて、戦いたく無くて、死ぬのが怖くてここに来た、だから私は幸せなんだ

戦わなくていいから、幸せなんだ

 

 

 

 

 

 

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

双剣士 カイト

 

カイト「…人がいない」

 

普段なら人で溢れかえるタウンがほとんど無人状態…そんな事、あり得るのだろうか

…とにかく今は目的を果たさなくてはならない

 

カイト「…あ、居た…昴、どうしたの?急に呼び出しなんて…」

 

昴「…司を見ていませんか?その…最近、タウンにいる人も減ってしまい…他に聞ける人も…」

 

…確かにおかしい、さっきも思ったけど他のPCがいない

タウンに僕と昴しかいないなんて事、普通はありえないのに…

 

昴「…連絡もつきませんでした、メンバーアドレス自体が失われていて…その…唯一残っていた連絡先は、貴方だけでした」

 

カイト「……罠」

 

昴「え?」

 

周囲の景色が切り替わり、水色のフィールドになる

 

フリューゲル「おー、さすが.hackersのリーダー…勘がいいねぇ」

 

黒いロングコートに長い白髪、そして片手の拳銃…

 

カイト(フリューゲル…!つまり、この人のプレイヤーは曽我部さん…不味い所と敵対しちゃってるな…)

 

フリューゲル「…なんだ?随分と身構えちゃって…やる気十分じゃない」

 

カイト(冷静になろう、今なら取り返しがつく、ここで戦う意味は僕にはない、何とかリアルに戻してもらわないと…!)

 

フリューゲル「……」

 

拳銃がこちらを向く

 

カイト「待ってください、僕に戦う意思はありません」

 

フリューゲル「だったら大人しくしてな、元の時代に戻してやるから」

 

カイト「時代…?そうか、まさかここは過去の世界…?パラレルワールドじゃなかったのか……いや、だとしたらアウラが…!」

 

過去のアウラが消えた…それは最悪の事態…

 

フリューゲル「そ、アウラは消えた…お前さん達のせいでな、仕方ないからアカシャ盤はリセットだ…ったく、もっとちゃんとしたセキュリティならこうもならねえのに…」

 

カイト「リセット…?」

 

カイト(リセットされたら…どうなる?この世界は?それだけじゃない、僕は消えるのか、それとも…)

 

フリューゲル「っと、その前に…青葉ってキャラについて知ってる事全部吐いてもらわないとな」

 

フリューゲルの視線が昴の方を向く

 

カイト(まさか…!)

 

フリューゲルの撃った拳銃の弾を双剣で弾く

 

カイト「っ!…これは…」

 

剣を一つ投げ棄てる

床に落ちた剣が岩のような質感に切り替わる

 

フリューゲル「……反応が早い…まるで知ってるみたいだな…」

 

カイト「石化…そんなものをプレイヤーに…?何でそんな危険な事を…!」

 

フリューゲル「ま、こっちもお仕事なんでね」

 

残された片方の双剣を鞘に収め、別の双剣を取り出す

 

カイト(対応スキルは…これだ!)

 

カイト「ムミンレィ!」

 

フリューゲル「チッ…睡眠デバフか?面倒な物を…」

 

カイト(あの拳銃を取り上げないと、昴が危険だ…!)

 

カイト「双邪鬼斬!!」

 

徹底的に拳銃を狙った攻撃

 

フリューゲル(コイツ、武器だけを狙って…!)

 

フリューゲル「魔槍!ナハトマート!」

 

フリューゲルの周囲に光の槍が現れ、こちらへとゆっくり飛んでくる

 

カイト(これは確か…爆発効果がある…!)

 

昴の方に走り、昴を連れて槍をかわす

 

昴「え?こ、これは!?」

 

フリューゲル(まるでこっちの手を全部読んでる様な…)

 

カイト「絶対に、やらせない…青葉も、昴も…!」

 

カイト(リアルの青葉の意識が戻ったとしても、居場所はヘルバが隠してくれるはず…!)

 

フリューゲル(…ちと、分が悪いか?…出直すべきか、流石に…)

 

カイト「…フリューゲルさん」

 

フリューゲル「…何で、俺のネームを知ってる?」

 

カイト「お願いします、青葉には手を出さないでください」

 

フリューゲル(…なんでその青葉のプレイヤーを庇う?そこから洗う必要がありそうだな)

 

フリューゲルがエフェクトに包まれて消える

 

カイト「あ……リアルへ戻る方法…訊けなかったな…」

 

カイト(…仕方ない、今は装備を集めて…戦わずに済む手札を作ろう…)

 

石化した双剣を鞘に収める

 

昴「…カイトさん、守っていただき申し訳ありません」

 

カイト「いや…それより僕も司たちの事が気になるし、何があったか教えてくれない?」

 

昴「…司は、自身のガーディアンにミミルやベア、BT達をキルされ、心を病んでしまいました…それ以降は何も…」

 

カイト「…探してみよう、何かは見つかるはずだ」



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悪虐

駆逐棲姫のアジト

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「…舐めてるんですか?姿形そのまま…殺すどころか傷つけても…いや、折れた腕が…再生した?」

 

イムヤ「私も、自分に対する理解力はあるから…!」

 

イムヤさんがこっちを見て笑う

 

駆逐棲姫「…何ですか?その笑顔、私に何を見せたいんですか?」

 

イムヤ「…みんなさ、綾波が帰ってきたら怒ると思うよ、すごく怒る…でも、私と春雨は違う、心の底から嬉しいって思うから…お願いだから、綾波…!」

 

駆逐棲姫「チッ」

 

頭を蹴り千切る

血を撒き散らし、イムヤさんの頭が転がる

 

駆逐棲姫「…レ級さん」

 

レ級「…はい」

 

駆逐棲姫「殺せませんでしたね?こうやって首をちぎったらおわった話では?」

 

レ級「…それは…」

 

駆逐棲姫「倉持司令官とイムヤさん、命を天秤にかけた結果…イムヤさんをとった、そういうことですよね?」

 

イムヤ「へぇ…やっぱり司令官絡みかぁ…」

 

駆逐棲姫「…へぇ、貴方もそれできたんですか」

 

生首が喋りだす

 

イムヤ「そう、ごめんなさいごめんなさいって謝りながら、ミンチにされたけど…私は死ななかった、春雨にしか私は殺せないよ」

 

頭が首に戻り、くっつく

 

イムヤ「…ね?」

 

駆逐棲姫「……痛くないわけじゃないでしょう?」

 

イムヤ「苦しいし、辛いし、死にそうだし、なにより痛いよ…だとしても…私にとって曙も、綾波も…2人とも大事な友達なんだ、だから絶対…2人に殺されたりしない…!」

 

レ級「イムヤ…さん…」

 

駆逐棲姫「…監禁、と行きますか…」

 

イムヤさんの首を掴み、運ぶ

 

イムヤ「ぁ…が……」

 

駆逐棲姫「レ級さん、もういいですよ、帰っても」

 

レ級「…せめて、一目提督に…」

 

駆逐棲姫「要求できる立場じゃないこと、理解してくれますよね?」 

 

振り返り、微笑む

 

レ級「っ……」

 

駆逐棲姫「ああ、泣かないで…泣かせたいわけじゃないんですよ?」

 

レ級さんは顔を俯け、声を殺したまま泣き出す

 

駆逐棲姫「ほら、よーしよし」

 

レ級さんを宥めようと近づく

 

レ級「来るな!…来るな…!クソ…!」

 

私に怒鳴り、レ級さんは海へと飛び出した

 

駆逐棲姫「…やりすぎましたかね」

 

イムヤ「…最低だよ、綾波…」

 

駆逐棲姫「うるさいですよ」

 

イムヤさんを蹴り飛ばし、基地の奥に引きずる

 

岩に穴を開けたような簡素な牢屋に放り込み、閉じ込める

 

イムヤ「あーあ…」

 

駆逐棲姫「…あなたにも餌くらいは用意してあげましょう」

 

牢屋を一瞥して離れる

 

護衛棲姫「駆逐棲姫様、ココニ居ラレマシタカ」

 

駆逐棲姫「護衛棲姫?どうしました」

 

護衛棲姫「駆逐棲姫様ノメンタル値ヲ計測スル機器ガ異常ヲ申告シテオリマス」

 

書類を受けとり、読む

 

駆逐棲姫「…私の精神の数値が…ふむ、喜びと悲しみを同時に……完全な故障ですね、後で修理しましょう」

 

護衛棲姫「左様デスカ、安心致シマシタ」

 

駆逐棲姫「しかし、仕事が後に控えてると思うと眠くなってきました、護衛棲姫、イムヤさんに一応まともな食事を、それと人間の捕虜に剣と水上歩行用の艤装を与えておいてください」

 

護衛棲姫「カシコマリマシタ」

 

 

 

 

離島鎮守府

軽巡洋艦 阿武隈

 

阿武隈「…なんか煙たくないですか?」

 

キタカミ[裏の方かな、タバコの匂いだね]

 

阿武隈「ちょっと見てきます」

 

煙が見えるところまで行けばあとは辿るのは簡単

そして行けば行くほど濃くなるのはタバコの匂いと濃厚なアルコールの匂い

 

阿武隈(お酒もタバコも誰もやらないのに…?)

 

阿武隈「うわぁ!?」

 

級に現れた土の壁、そしてあたりに散乱する大量のワイン瓶等酒の容器と火のついたタバコ…

 

阿武隈「…な、何これ…」

 

土の壁はまるでかまくらの様にドーム状になっており、ポツポツと乾燥による崩落の穴があった

その穴を覗き込む

 

阿武隈「ひっ!?」

 

中からこちらを睨みつける視線と目が合う

 

阿武隈「…曙…さん…?」

 

レ級「……」

 

阿武隈「このお酒全部1人で?タバコは何のために…」

 

レ級「黙れ!放っておけ!私は…!」

 

阿武隈「あ、曙さん…?」

 

阿武隈(従わないとほんとに殺されそう…)

 

レ級「…ぅ………く……提…督…」

 

阿武隈(…朧ちゃん達の言ってた話、本当だったんだ…)

 

 

 

 

 

執務室

 

朧「…そうですか」

 

阿武隈「だから曙さんにも…何か、できないかな、何かしてあげたいの」

 

朧「理解はできますけど…」

 

朧(提督は今すぐには…助けようにもどうしたらいいのかすらわからない…)

 

阿武隈「…難しいのはわかってるんだけど、あたしにできることなら言ってくれれば何でもやるから…!」

 

朧「…少し考える時間をください」

 

 

 

工廠

駆逐艦 朝潮

 

朝潮「…あれ?誰もいない」

 

新型艤装について呼ばれたのに…

 

朝潮「…まさか…これ?USBメモリ…新しいカートリッジって事…?」

 

USBメモリを艤装に突き挿す

 

朝潮「…そもそも挿し込み口無しじゃどこにもささらないか…」

 

USBメモリをデスクに置き、明石さんを待つ

 

明石「あ、ごめんね、ちょっと呼び出されてて…それでなんだけど…」

 

それは、絶対的な何か



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二面性

離島鎮守府

駆逐艦 春雨

 

春雨「…貴方が生き物を?何の冗談ですか?」

 

敷波「…まさか、春雨にそこまで避難されるとは…」

 

春雨「私からすれば気軽に人の命を奪う貴方が大なり小なり命を預かる、というのは…いかがなものかと」

 

敷波「そこまでボコボコに言われるなんて…というか、アタシは気軽に人の命を奪ったりなんか…」

 

春雨「気軽とか、そんなことはどうでもいい…貴方が人の命を奪ってきたことが許せない…朧さんにした事も勿論そうです、しかし何より私の前で、綾波さんが死んだ、それも貴方の手で…それが何より許せない…」

 

敷波(…春雨も綾姉ぇの事を大事に思っててくれたんだ…)

 

敷波「アタシはアタシのした事に対する責任を取りたい…けど、今のアタシは…あまりにも弱すぎるから…」

 

春雨「……吐き気がしますよ、貴方の言葉は」

 

敷波「…それは悪かったね、だけど…」

 

だけど、なんて言えばいいんだろう…わからない…

 

春雨「貴方は何故、あんなにも貴方を想ってくれていた姉を殺せたんですか…」

 

敷波「…それは、アタシが勘違いしてたから…綾姉ぇが前みたいな…悪いことばかりやってるんだと思ってた、間違った正義感とか、そんなんだと思うけど…止めなきゃって……ああ、そうだ、そっか…」

 

春雨「…どうかしましたか」

 

敷波「…ようやくわかった、綾姉ぇが怒ってた理由…アタシが綾姉ぇを決めつけてたからなんだ」

 

春雨「…決めつける?」

 

敷波「この人はいい人だ、とか…悪い人だって決めつける…それが綾姉ぇは嫌いで、アタシにされた…ただそれが気に食わなかった…」

 

春雨(そこまで小さい人だとは思いませんが)

 

敷波「…納得できないって顔してるけど、綾姉ぇは他人の価値観に当てはめられるのが嫌いなんだよ…それに、前の記憶も合わさって…やる事もえげつなくなってるけど…」

 

春雨「…なるほど、それがわかったから何かあるんですよね?」

 

敷波「…いや、何も…」

 

春雨「はぁ……」

 

敷波「…何とかして、優しい綾姉ぇに戻そうって考え方が間違ってたんだ…その考え方のうちは…和解なんかできない」

 

春雨「…まさか貴方あのままの綾波さんを受け入れると?」

 

敷波「綾姉ぇは優しかった時のことを忘れたんじゃない、ただ性格だけ前と同じになっちゃっただけ…でもさ、きっと…仲直りさえできれば…」

 

春雨「…私は深海棲艦と化した事によるAIDA暴走かと思ってますが…」

 

敷波「黒い感情の増幅…だっけ、それは理解できるよ、それもあると思う…でも、それだけじゃない、綾姉ぇは自分のやってる事理解して、楽しんでたよ」

 

春雨「……」

 

敷波「それでも、人間になったおかげで今の綾姉ぇは優しさを持ってる、元に戻すって言い方は違うけど、求めてる結果には近づけると思う…」

 

春雨「…納得して和解、か」

 

敷波「それが無理なら…ぶっ叩いてでも、何とかするよ」

 

春雨「……やれるものならやってみなさい」

 

敷波「言われなくても…」

 

春雨「…それと、貴方のペット、一度連れてきてください、健康状態位は診れますから」

 

敷波「…良いの?」

 

春雨「動物に罪はありません」

 

春雨(まあ、何を拾ったのかは聞いてませんけど…猫だと嬉しいのですが)

 

敷波「わかった!すぐ連れて…あれ?」

 

キタカミ[探したよ、敷波]

 

杖をついたキタカミさんが入ってくる

 

春雨「キタカミさん…杖ですか、脚がより悪く?」

 

キタカミさんは目を閉じ、首を横に振る

うんざりした表情から肯定とも否定とも取れるが…どうやら肯定らしい

 

キタカミ[それより、敷波もらっていい?訓練に参加させたいから]

 

春雨(また犠牲者が出るのか…)

 

春雨「どうぞ、ご自由に」

 

敷波「訓練…よし、頑張る」

 

キタカミ[長距離狙撃メインに組んでるから、頑張って行こうね]

 

 

 

 

 

 

駆逐棲姫のアジト

イムヤ

 

イムヤ「……ぁ?…寝てた?…だいぶん体力使っちゃったからなぁ……うげっ…!」

 

すぐ隣に置いてある食事が乗ったプレートに虫が湧いている

 

イムヤ(…虫、嫌いなんだけどなぁ…払い除けて食べなきゃダメ?虫の食べかけを…)

 

触らない様に虫を威嚇して追い払おうとする

 

イムヤ「あーもー!なんでどっか行ってくれないの!」

 

重い鉄の扉が何かにノックされる

 

イムヤ「…!」

 

綾波「失礼します、お加減はいかがですか?」

 

イムヤ「え…?あ、綾波!?駆逐棲姫の姿じゃなくて…?」

 

綾波「はい、私です…」

 

イムヤ(どうなって…まさか元に戻った…?)

 

綾波「…ああ、やっぱり…寝てる間に置いた物ですからこんな事に…」

 

綾波が虫を払い、プレートを片付ける

 

イムヤ「ね、ねぇ…綾波?…元に戻ったの…?」

 

綾波「……それはお答えしかねます…待っててください、お食事を用意しますから」

 

そう言って綾波は牢屋を後にして…

 

20分後

 

綾波「お待たせしました、と言っても簡単なものだけですけど…」

 

そう言って温かい食事の乗ったプレートを目の前に置かれる

 

イムヤ「この献立…」

 

綾波「ちょうど、作れたので…」

 

あのマンションで綾波が作ってくれたものと同じ…

 

イムヤ「……うん、同じ味…綾波…」

 

綾波「…今日はこれで失礼しますね、イムヤさん…それと、その食事については誰にも何も言わないでください、たとえ私相手でも」

 

イムヤ「え…?」

 

綾波「どうか、私を信じてくれるのなら…」

 

そう言って綾波は私の牢屋を後にした

 

イムヤ(どういう意味?…よくわからない…)

 

翌日

 

駆逐棲姫「どうも〜、イムヤさん」

 

イムヤ「…綾波…?」

 

駆逐棲姫「ええ、私ですとも」

 

イムヤ(…聞きたいけど、今は従うべき…)

 

駆逐棲姫「わざわざ私が出向いてくれた事に感動でもしましたか?さっさと離島鎮守府の内情、語ってくれれば満足なんですけど」

 

イムヤ「…司令官、本当にここに居るの?」

 

駆逐棲姫「…居ませんよ?居たら直接レ級さんの目の前でいたぶるに決まってるじゃないですか」

 

イムヤ「……やっぱり、居ないんだ…」

 

イムヤ(曙に伝えなきゃ…なんとかここを逃げ出して…)

 

駆逐棲姫「もしかして私を出し抜こうとか…考えちゃってます?…あー考えちゃってるかー…何を考えてるのかなぁ…多分レ級さんに伝えようとかかなぁ…図星ですね♪」

 

イムヤ「何1人で喋って…」

 

駆逐棲姫「表情筋…指先…肩…この3つで私は相手と嘘偽りのない会話ができます…例えばイムヤさん、貴方のクセですが…恐怖故に真実を指摘されると左肩が持ち上がる、指先が丸まるなど…要するに防御反応が見られます」

 

イムヤ「え…?」

 

駆逐棲姫「ああ、もちろんブラフを使おうとしてもダメですよ、私の前でそんなもの…通用するわけないですからね?」

 

イムヤ(…何、この感じ…心臓を掴まれてるみたいな…)

 

駆逐棲姫「そう、その目です…間違いのない怯えの目」

 

わからない、理由がわからないままに体が少し後退りする 

 

駆逐棲姫「本能的恐怖には誰も抗えません、恥じる事はない…負けを認め、楽になれば良いんですよ、私は貴方を許しましょう」

 

イムヤ(…許す…?曙をあんな目に合わせて?ダメ、今ここで私までそうなれば…みんなが…!)

 

イムヤ「っ……そんなの…!」

 

駆逐棲姫(おや、何かがイムヤさんを奮い立たせましたか)

 

駆逐棲姫「お断り、というのですね」

 

綾波が目の前まで近づき、私の胸に手を当てる

 

駆逐棲姫「ああ…鼓動が早いですね…」

 

イムヤ「……何…っぁ……が…」

 

駆逐棲姫「比喩ではなく、心臓を鷲掴み…ですね?」

 

胸の肉を突き破り、胸骨を砕き、心臓を掴まれる

 

駆逐棲姫「…ほら、苦しくなってきた…心臓が動かなくて、酸素が行き届かなくて…」

 

イムヤ「か…ひゅ…」

 

イムヤ(なんで、酸素なんかなくても…ぁ…ダメ、意識が…)

 

綾波が耳元に口を近づけ、囁く

 

駆逐棲姫「…貴方の心は私のもの、貴方の全てに私が好きに命令をくだせるんですよ?…つまり、貴方にとどめを刺すことなんて実に容易なんです、あの拷問はあくまでも曙さんにやらせた前座ですから」

 

イムヤ「か……は…」

 

駆逐棲姫「おや、オチましたか…つまらない……さて、島風さんを迎えに行くか、それとも曙さんを手駒にするか…どちらも魅力的ですねぇ」

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

駆逐艦 朝潮

 

朝潮「お疲れ様でした」

 

キタカミ[おつかれ〜]

 

訓練の過程を終える

私の修得内容は戦場において周りの細かな動作から状況を把握する…つまりリーダーとしての立場で戦う事を求められている

 

荒潮「調子はどぉ?改二、良い感じなのかしら〜?」

 

朝潮「完璧です、メインの主砲の威力も申し分ない上にカートリッジも複数いただけました、おかげでバリアブルな戦い方ができそうです」

 

荒潮(…バリア?)

 

朝潮「全体の艤装を強化するにあたり、次は戦艦や空母を強化する予定だそうです」

 

荒潮「そうなのね〜…へー…?」

 

朝潮「荒潮?どうかしましたか?」

 

荒潮「何も〜?それより、あの子…敷波ちゃん、凄いわね〜」

 

朝潮「…そうですね、基礎体力は問題ありのようでしたが…体幹が非常に良い、艤装を装備してあの体幹、狙撃を中心としたスタイルになると聞いてはいましたし…なんと言えば良いのでしょうか…」

 

荒潮「…私はてっきりそういう装備を使えば誰でも狙撃手になれると思ってたけど…違うのね〜」

 

朝潮「ええ…そうですね、特に海上では…」

 

荒潮「揺れるものね〜」

 

朝潮「…私、もう少し試してから戻りますから、荒潮は先に」

 

荒潮「は〜い……バリア…バリアが貼れるのかしら…?」



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データ消失

離島鎮守府 応接室

提督代理 朧

 

朧「…曙、なんで呼ばれたかわかってる?」

 

レ級「……阿武隈さんに見られた結果よ」

 

朧「そうじゃないでしょ…?なんでここにまでタバコやお酒を持ち込むの…?」

 

レ級「黙りなさい、今の私はアンタだろうと殺すわ…むしゃくしゃしてるのよ」

 

曙の尻尾の艤装がアタシの顔の前で展開する

大口を開け、その中から戦艦砲を覗かせる

 

朧「……曙、そんなにアタシ達が頼りない?そんなにみんなを頼るのが怖いの…?」

 

レ級「…黙りなさい、わざわざ出頭してやったんだからそれで満足して終わりにしなさいよ…!」

 

朧「黙るわけないでしょ…?アタシ達仲間じゃなかったの?姉妹でしょ?頼ってよ!みんな心配してる、なのに…」

 

背後の壁に大穴が空く

 

レ級「…黙れって言ってんのよ…!」

 

朧「……曙…」

 

頬を涙が伝う

 

レ級「わかったらさっさと失せなさい…!」

 

朧「…今の曙の脅しなんて…全く怖くなんかないよ…言うことを聞かないからってそんな暴力に頼る様な事…味方にしたこと無かったじゃん…何が曙をそこまで追い詰めてるの…?」

 

綾波なのか、提督なのか、それとも両方なのか…はたまた別の何かか

 

レ級「わかった様なことを…!」

 

朧「嫌でもわかる!わかるんだよ…!アタシ達どれだけ一緒にいたと思ってんの…?どれだけ前の世界で曙が苦しんだか、アタシ達みんな知ってる!だから…!」

 

レ級「ウザいのよ!アンタに何ができるのよ!」

 

朧「…なんだってやるよ…曙、これだけは覚えておいて…アタシ達はどんなことがあっても曙の味方だよ…」

 

レ級「……いずれ、そうじゃなくなる…」

 

曙はそう言って部屋から出て行った

 

要するに、曙は前と同じ状況に陥っている?そうとしか考えられない…だとしたら…アタシ達に何ができる?

曙はああ言ったけど…助けて欲しいんだ、今誰よりも辛いのは曙なんだから

 

朧「…へっ…へくしゅん!!…あぇ?うわっ、壁の穴から雨が…」

 

秋の雨は心が冷える気がした

 

 

 

 

 

 

 

工廠

工作艦 明石

 

明石「……あ、あれれー?…USBのデータ、空っぽ…?私受け取ってから一度も触ってなかったし、変な事やってないはずなのになぁ…」

 

可能性としては中身を盗まれた、或いは最初から空っぽだった、それか削除されてしまったか

 

しかし…空っぽというのはおかしい話だ、曙さんは無意味なものを託したりはしないだろう

となると2択だが、私は削除なんかしていない、盗む様な輩もいないはず……

 

明石「…いや、最初の一つの選択肢が消えた時点で……そう、私、マズった…?」

 

冷や汗が背中を伝う

 

明石(どうしよう、曙さんにバレたら殺される…)

 

パソコンを操作し、USBにダウンロードしたデータを探す

 

明石「…な、何これ?なんでこんな…おかしい、パソコンの中身がおかしくなってない…?ウイルス……いや、違う、こんなの前にも見たことがある…パソコンの中身をごっそり食べられたみたいな……」

 

さらに汗が吹き出す

 

明石「ま、まさ…か…このデータって腕輪とか関連だったり……」

 

なんというか、急に胃が痛く…

 

明石(私じゃ復元できるシロモノじゃない……っていうか、万が一敵に盗まれてたら…)

 

 

 

重巡洋艦 青葉

 

青葉「失礼しまー……わぁっ!?」

 

明石「あ、あおばひゃ…あひゃ…」

 

床に寝転がった明石さんが涙と鼻水まみれの顔を上げる

 

青葉「あ、明石さん…何があったんですか…?」

 

明石「…こ、殺される…曙さんに殺される…!」

 

青葉「えーと………落ち着きましょう?」

 

 

 

 

青葉「つまり…大事なデータが行方不明…」

 

明石「バレたら絶対殺されちゃう…多分腕輪とか、そういうデータみたいで…」

 

青葉(思ってた数倍大事だった…)

 

青葉「…とにかく、無くしたことすぐに伝えましょう?取り返しの付くうちに……つくかわかりませんけど」

 

明石「…わかりました、自分のミスは責任取らないと…」

 

青葉(取れる責任なんでしょうか…)

 

 

 

食堂

 

青葉「曙さん知りませんか?」

 

潮「見てません…でも、朧ちゃんと喧嘩して壁に穴開けたって…」

 

明石「えーと…知ってます、後で修理するので…」

 

 

執務室

 

朧「曙…居ません、何処に行ってるのか…」

 

青葉「…困りましたね」

 

明石「穴空いたのはここじゃないんですか?」

 

朧「応接室です、人が出入りできるくらいなので…」

 

明石「…わか、りましたー……はぁ…」

 

 

 

 

医務室

 

春雨「…私に言われても知りませんよ、それよりイムヤさんを見てませんか?」

 

青葉「いいえ…」

 

春雨「…もう3日も見ていません、何が起きてるのやら…」

 

明石「早く帰って来てくれると良いですね…」

 

春雨「ええ、帰ったら乾燥春雨を口に突っ込んでアッパーカット食らわせてやります」

 

青葉(口の中ズタズタになるんじゃ…)

 

明石(な、仲良いんだなぁ…)

 

 

 

食堂

 

明石「結局いませんね…」

 

青葉「…私、今日で佐世保の方に戻るので…陽炎さんと瑞鶴さんとお姉ちゃんも」

 

明石「ああ、まだ居たんですね…」

 

青葉「本当なら作戦はもっと長引く予定だったので、日数はとってあったんです…あ、そういえば…」

 

明石「はい、完成してますよ…ええと、青葉さんの身長に合わせた槍と籠手でしたっけ」

 

青葉「ありがとうございます…実はキタカミさんに早速指導を受けちゃって…専門外の武器のはずなのに私の動作の改善点や使い所を指導してくれて…」

 

明石(あの人本当になんでもできるな…)

 

青葉「た、ただ…身体が弱くなってるのに無茶するから杖無しでは歩けなくなっちゃったらしいんです」

 

明石「それは…かなり良くないですね」

 

青葉「…春雨さん曰く、もう戦えない身体だって…」

 

明石「…そうですか…」

 

青葉「……」

 

目の前にカルボナーラが乗った皿が置かれる

 

明石「…パスタ?」

 

如月「キタカミさんがイタリアンの作り方を教えてくれたから…味わって食べてね?」

 

満潮「味は…美味しいと思うわ」

 

青葉「イタリアンですか…」

 

明石「本当に多芸な事で…」

 

パスタをくるくると巻き取り、口に運ぶ

 

青葉「うん、美味しいです」

 

満潮「よかった…」

 

如月「ホント、良かったわ…ねっ?」

 

青葉「…何かあるんですか?このパスタ」

 

満潮「そういう訳じゃないけど、吹雪と照月が作ったの、あの2人と神州丸も今は食堂の手伝いでしょ?」

 

如月「今までは調理は私たちだけだったけど…できる人が増えたらレパートリーも増えるし、好きな物を食べられるから…」

 

満潮「と言っても、どんどん入ってくる食料が減って来てるから…あんまり贅沢はできないけどね」

 

如月「吹雪ちゃんがコーヒーの粉が入った瓶を割ってしまったからインスタントコーヒーが飲めなかったりね〜?」

 

調理場の方から咳払いが聞こえる

 

満潮「でも、まあ次の補給船は午後には来るし…」

 

青葉(あ、私たちの迎えの船か…)

 

如月「なんとかなりそうよね〜」

 

明石「それなら良かったんですけど」

 

 

 

 

 

 

駆逐棲姫のアジト

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「おや、これはこれはレ級さん、ちゃんと言いつけを守ったみたいですね」

 

レ級「……補給船の中身、これで全てです…乗組員は…殺してません」

 

駆逐棲姫「おや、殺しても良いって言ったのに…あなたは身も心も深海棲艦、人を殺めず生きていける存在じゃないんですよ?」

 

レ級「…っ…!」

 

歯を軋ませ、顔を背ける

睨んでいることを悟らせたくないのだろうが、丸わかりだ

 

駆逐棲姫「あなたも随分と弱々しくなりましたねぇ?ああ、そうだ…しばらくしたら島風さんを迎えに行くんですが、一緒に来ますか?」

 

レ級「え…?」

 

驚愕の表情

まさか居所を掴まれているとは思わなかったらしい

 

駆逐棲姫「あれ?本当に見つかってないと思ってたんですか?やっぱり、貴方の知能はどんどん堕ちて行ってるんですね、生命維持のためのエネルギーを確保しないと辛いですよ?」

 

レ級「…待っ…やめて…ください……島風さんは…」

 

駆逐棲姫「なんで貴方の言うことを聞かなきゃいけないんですか?…うーん、どうしてもいうことを聞かせたいなら今の人質を殺して入れ替えるくらいはしても良いんですよね?」

 

レ級「っ…!…い、え…」

 

駆逐棲姫(ああ、その欲望と理性を天秤に掛ける姿…なんて素敵なんでしょう)

 

駆逐棲姫「さて、もう少しゲームを楽しくしていきましょうか…ね?貴方は姉妹を売ったんですから…」

 

レ級「…私は…姉妹を…」

 

駆逐棲姫「だってそうじゃないですか、薬はもう盛りましたか?今晩には効果が出るでしょう…ふふ、最高の瞬間、見逃さない様にちゃんと録画しておいてくださいね」

 

ビデオカメラを渡し、下準備を整える

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

夜、ここには街灯なんて存在しない、故に焚き火がその代わりを果たす、不寝番も火を焚べる誰かが適当な頃合いに島を見回りするだけ

だから夜に動く人はみんな2人以上で動く

そして今日は雨、焚き火すら消える

 

駆逐棲姫(なんとも、絶好の日か)

 

標的が2人で並んで歩いているのを背後から眺め、口角を上げて近づく

ふよふよと艤装の浮力で浮き上がる

 

駆逐棲姫(まだ足がないと思わせておいた方が利点は多いですからねぇ…そして…)

 

飛び上がり、標的の前に降り立つ

 

潮「えっ…」

 

漣「うわっ!?」

 

駆逐棲姫「こんばんは、そして…さようなら」

 

潮さんの腹を爪で切り裂く

 

潮「…ぁえ…?」

 

何が起きたか理解する前に崩れ落ちる潮さん

そして恐怖で言葉を失う漣さん

 

遠くでこちらを撮り続けるレ級さんに視線を送り、ナイフを落としてから姿を消してその場を離れる

 

あとは…招待状はもう出した、後は朧さんがその場に現れ、漣さんに殺される…それで終わり



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作戦失敗

離島鎮守府

提督代理 朧

 

朧「…あれ?」

 

漣「……」

 

放心状態で立ち尽くす漣、そして血溜まりに倒れた潮…

 

朧「潮!…漣!何があったの!?」

 

漣「…え…?」

 

ハッとした表情の漣が信じられないものを見る様な目でこちらを見る

 

漣「なんで…こんな事、したの…?潮が何かした?ねぇ…!」

 

朧「え?」

 

漣が恨めしそうにこちらを睨みつける

 

朧「さ、漣?」

 

漣はこちらを睨みつけたまま、ナイフを拾い上げる

 

朧(…ナイフに血がついてない、つまりナイフは凶器じゃない…でも、漣の様子がおかしい…というか、なんで…)

 

漣は此方にナイフを向ける

 

漣「何もしないで…お願いだから…!」

 

朧「…待って、漣、落ち着いて…?」

 

漣「動かないで!」

 

一歩にじり寄ろうとしただけで叫ばれる

話を聞いてくれる雰囲気でもない

 

朧(…制圧するのは簡単だけど、最終手段…とにかく、急いで潮の安全を…)

 

漣「ねぇ…綾波…?」

 

朧「え…?」

 

漣「綾波はなんでこんな事するの…?今までいろんな悪い事して来たの知ってるよ、でも敷波も、ボーロも、春雨さんも…みんな綾波のこと心配してるんだよ…?」

 

朧「ま、待ってよ漣…アタシ…朧だよ?何言って…」

 

漣「いや…何言ってるのはこっちのセリフだよ…!ふざけないでよ、今ならみんな許してくれるよ…?お願いだから…!」

 

朧「漣…ホントにアタシが綾波に見えてるの…?」

 

漣「…他に誰だっていうの?!別の駆逐棲姫?それとも新しい敵?なんなのかわかんないよ!」

 

朧(…ふざけてるんじゃない、ホントにアタシだってわからないんだ…それなら…)

 

朧「漣、とりあえず潮を医務室に…!早くしないと死んじゃうよ…!」

 

漣「どの口で……あーもう!担ぐの手伝って!?」

 

朧「…わかってるって…」

 

 

 

 

海上

駆逐艦 曙

 

曙「なんでこの雨の中夜間哨戒なんかしなきゃいけないのよ…」

 

球磨「しかも妙ちくりんなメンツクマ」

 

多摩「軽巡2と駆逐艦1、低燃費ニャ」

 

曙(まあ、炎使用禁止が出てるから確かに燃費は低いけど…)

 

球磨「ま、心配ないクマ、球磨達もそこそこ強いし、その辺の敵なら問題ないクマ」

 

多摩「モチのロンニャ」

 

曙(呉組って言えば川内型のイメージだったけど、確かに球磨型も弱くはない筈だしね…)

 

球磨「……クマ?」

 

多摩「ニャ…」

 

曙「アンタら人間らしいコミュニケーション取れないの?」

 

球磨「クマじゃないクマ」

 

多摩「ネコじゃないニャ」

 

曙「いや、そうじゃなく…て…?」

 

ほぼ無音…いや、全くの無音だった

雨の音と機関の音だけが響く世界で、二つの音が消えたという異常

 

曙「…え?」

 

背後を確認しようと振り返る

横っ面に鈍い衝撃を受けて体が崩れ落ちる

 

そして背中に重量を感じる

 

駆逐棲姫「よッ…と…こんな体勢で失礼します、どうも〜…曙さん」

 

あたしの背中に綾波が腰掛けて楽しそうにこちらに話しかけてくる

 

曙「綾波…!」

 

駆逐棲姫「いやー、あんまりやると狡いかなとは思ったんですが…やっぱり暗殺って簡単ですよねぇ?」

 

曙「球磨と多摩は…!」

 

駆逐棲姫「死んでませんよ、気絶しただけです、優しい私の計らいでね?」

 

曙(…今、殺せたのに殺さなかった?なんで…)

 

駆逐棲姫「お答えしましょう、貴方にお伝えするためです」

 

曙「……まるで心でも読んだみたいな言い方ね」

 

駆逐棲姫「読んでますからねぇ!さて、それよりですが…潮さん、ヤっちゃいましたよ♪」

 

曙「なッ…!」

 

駆逐棲姫「まあ、死にはしません、臓器には手を出してませんし、出血死には至りません、メインディッシュは朧さんと漣さんの方ですから」

 

曙「…朧と漣に何したのよ…!」

 

駆逐棲姫「漣さんは今人を正しく認識できません、目の前の人間を私だと勘違いする様に操作しました…ま、旧式の艤装いつまでも使ってるのが悪いんですけどね、頭なんて簡単に弄れますから」

 

曙「…それで」

 

駆逐棲姫「漣さんは目の前で潮さんを殺されかけてる、そしてその仇が目の前に現れたら?朧さんは予測もしてないでしょう、まさか姉妹に惨たらしく殺されるとは…」

 

曙「…それ、もう確認したの?」

 

駆逐棲姫「はい?」

 

曙「漣が朧刺すところまで見て来たのかって聞いてんのよ」

 

駆逐棲姫「いえ、見つかったらめんどくさいですから、それに録画してますし〜」

 

曙「ハッ!だとしたらその作戦は失敗よ、漣の意識は残ってるんでしょ?ならアイツは朧を…いや、たとえアンタでも刺したりしないわ…アイツは一番のアマちゃんよ、そんなアイツが人を刺したりなんかできるわけがない…!」

 

駆逐棲姫「どうでしょうか、AIDAによって黒い感情…即ち…恨みだの、怒りだのが増幅するのに果たして手にかけないなんて事、あり得るんですかね?」

 

曙「ありえる、そして漣は絶対にやってない…断言できるわ」

 

駆逐棲姫「ま、そこの実験結果は後で確認するとして…」

 

綾波がつまらなさそうに立ち上がり、こちらを見下ろす

 

駆逐棲姫「これじゃ材料にならなかった、か…何なら良い?何が欲しいんですか、この2人を貴方の前でバラバラにしたら良いんですか?潮さんを引き裂いて見せましょうか、それとも他の誰かの方がいいですか?」

 

曙「…アンタ、あたしをどうしたいのよ…!」

 

駆逐棲姫「言いませんでしたっけ?ただ成長させたいだけですよ…だって今の貴方じゃ弱すぎる、貴方は私の求める存在にはならない…」

 

曙「…あたしはアンタの求める存在になんかならないわよ…!」

 

駆逐棲姫「…じゃ、仕方ないや…島風さんからやろっと」

 

曙「…島風?アンタまさか島風まで…いや、居場所は誰も知らない…」

 

駆逐棲姫「もう居場所なんか割れてますよ?ほら」

 

海面に何枚かの写真が落ちる

 

曙(島風の写真…?本当に…!)

 

駆逐棲姫(あ、ようやく良い反応ですね…そのまま…)

 

駆逐棲姫「島風さんをバラして深海棲艦にしちゃいましょうか?」

 

曙「絶対そんな事させない!」

 

剣を構える

 

駆逐棲姫(…チッ…まだ力の差を理解できてないのか、どれだけバカなのか…)

 

曙「今度こそ…今度こそアンタを!」

 

駆逐棲姫「……はぁ…話にすらならないな」

 

剣戟を軽く避けて顔面を軽く殴る

 

駆逐棲姫「私が駆逐水鬼の力すら使う必要がない相手であるという事、早く理解してくれませんか?体力的にではなく、精神的に疲れるんですよ、この無能」

 

曙「この…!」

 

駆逐棲姫「はぁ…」

 

 

 

 

駆逐棲姫

 

同じことを何度も何度も繰り返させられる

 

何度も何度も殴りつけ、かわし、また殴る

 

駆逐棲姫「あーあ、貴方、自分の顔面にしか価値がないこと気づいてます?」

 

曙「…ぁ…が…」

 

同じことを5分ほど続けたあたりでようやく曙が膝をつく

 

駆逐棲姫「ホントに貴方は価値がない、そろそろ殺そうか…本当に脳みそのないやつは見ててイラつきますね」

 

曙「…く……そ…」

 

駆逐棲姫「…まだやります?もう飽きたんですけど…」

 

アクビをする

本当に退屈でついアクビが出てしまう

 

曙「なんで…なんでこんなに弱いのよ!!あたしは…」

 

駆逐棲姫「知りませんよ、阿呆らしい…」

 

曙「あああぁぁぁぁぁッッ!!」

 

駆逐棲姫「…おや」

 

あたりの気温が一気に上昇する

 

駆逐棲姫(自身への怒りで一気に融合率が上がった様ですね、まあ、本当ようやく…)

 

駆逐棲姫「ようやく覚醒したみたいですねぇ…」

 

曙「ああああぁぁぁぁぁッ!」

 

曙さんの体を炎が包む

 

曙「絶対に…!絶対にあたしは!!」 

 

駆逐棲姫「…まだ温度が上がりますか」

 

海面がボコボコと沸騰する

 

駆逐棲姫(これは想像以上か、なかなかに素敵な…)

 

曙「綾波…!」

 

駆逐棲姫「はいはい、実験を始めましょうか…」

 

曙さんが纏う炎がまるで衣装の様に形作られる

 

駆逐棲姫(…炎の鎧か、無形のモノに防御力があるとは到底思えませんが…)

 

様子見に砲撃をするものの、到達する前に砲弾が炸裂する

 

駆逐棲姫(高温で融解、膨張…)

 

曙「今なら…負ける気がしない…!」

 

駆逐水鬼「駆逐棲姫じゃ少し厳しいかもしれませんねぇ…多少レベルアップしてあげますよ」

 

曙「くらえ…!」

 

炎を纏った斬撃

先ほどとは違う、段違いの鋭さ、速さ

 

駆逐水鬼(ようやくまともに遊べるぐらいの動きになりましたか…)

 

曙「炎…舞…!!」

 

炎を纏い、こちらへと回転しながら斬りかかって来る

 

駆逐水鬼(炎で軌跡が見えない…!)

 

腰の大腕でガードの体制を取るも、双剣に両断される

 

曙「もう、止められない!」

 

駆逐水鬼「成る程、まさか此処までとは…!良いですよ!曙さん!」

 

曙「炎舞紅蓮!!」

 

先程よりも増した剣の勢いを身体で受け止める

 

駆逐水鬼「アハハハ!もう少し!その調子です!」

 

この威力、後一歩で求める領域に届く…!

 

曙「燃え尽きろぉぉぉッ!」

 

激しく炎が弾け、火球が降り注ぐ

 

駆逐水鬼「よっと」

 

曙さんの背後へとワープする

 

曙「消えっ…」

 

駆逐水鬼「今回は満足しましたし、こんな物で良いでしょう、次会う時は貴方を連れて帰りますからね」

 

背後から先端を切断された大腕を叩きつける 

 

曙「ぁが…ぁ…!」

 

駆逐水鬼「やはり防御性能はないに等しい…か、しかしそれを差し置いても実に有意義でした、それじゃあ…」

 

曙さんの後頭部に着地し…

 

駆逐水鬼「オチときましょうか」

 

曙「がぼっ!?…ごぼぼっ…がっ…」

 

駆逐水鬼「アハッ…!気持ちいいでしょう?…ふー…満足しましたし、帰ろっと」



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転移

The・World R:2

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

軽巡洋艦 神通

 

神通(…あの道化師も見ていないし、提督も見つからない…何をしたものか、この世界でエリアを回ってもレベルなんて上がるわけもありませんし…弱りましたね)

 

この夕焼けの街に留まり続けては気が滅入る

夜…と言っても眠くなったらだが、眠くなれば夜のエリアに行き、星空の元で眠り、目を覚ませば日光の眩しいエリアの川の水を浴びる

そんな毎日だった

 

しかし、それにも耐え難くなってきた、退屈がすぎる

そこに出てきたあの道化師、あれさえ叩けばリアルに帰れるのではないか…私に残された唯一の帰還のルート

 

神通(…どうにか、うまくやりたいものですが)

 

と言っても、ソレが現れるまでは私はもうしばらくこの夕焼けの空の下で変わらない日々を過ごさざるを得ないのだが

 

しかし、転機は突然やってきた

 

神通「…成る程、貴方はあの道化師のお仲間だったのですか」

 

Cubia「少し違う、ボクはボクさ」

 

このキャラクターには見覚えがある

ネットワーククライシスが起きたあの日、特務部と一緒にあの場に現れた…

 

Cubia「しっかし勝手な事してくれるよね、ホントに……キミみたいな邪魔者はほしくないのにさ」

 

神通「…やる気の様ですね」

 

槍を取り出し、構える

 

Cubia「当然、邪魔者は排除しないとね…キミ達もそうするでしょ?」

 

神通「…ええ、しかし…双剣士だったのですね」

 

Cubia「…ボクはカイトをモデルにした存在だからね」

 

Cubiaが双剣を構え、こちらを見据える

 

神通(ゲームの中の敵に対してどこまでやれるか…いや、簡単にはやられはしません…!)

 

双剣と槍がぶつかり合い、激しく金属音が鳴り響く

 

Cubia「へぇ、思ったよりやるじゃないか…!」

 

神通(流石双剣士、捉えるのがやっとですね…しかも、動きも読みにくい…)

 

Cubia「思ったより、拮抗しちゃってるな…良いや、さっさと終わらせようか…ジハド…!」

 

無数の雷が降り注ぐ

 

神通「がぁっ…!?」

 

膝をつこうが地に伏せようが関係ない、その雷は私を引き裂き、焼き尽くすまで降り注ぐ…

 

神通(…こんな…事…)

 

ぴたりと雷が止む

 

Cubia「……嗅ぎつけるのが早いなぁ…」

 

クーン「お前か…!最近無差別なPKを繰り返してる輩ってのは…」

 

Cubia「…それ、冤罪」

 

神通(…あれは、先日の銃戦士…)

 

クーン「お前のさっきの魔法はなんだ…!明らかに異常なデータ負荷が掛かってた、このゲームの中に存在しない技だ…!」

 

Cubia「自分の知ってる範囲でしか存在を認めないなんて、本当に愚かしいと思わないかい?」

 

クーン「…ならあれは仕様の範囲内だって言いたいのか?」

 

Cubia「勿論さ、世界の管理人のG.U.さん」

 

クーン「……それじゃあ、これも仕様の範囲内だな…!」

 

クーンの身体に緑色の紋様が現れる

 

神通(やはり、あの人は…)

 

Cubia「メイガスか…今のボクでどこまで戦えるか、試してみるか…!」

 

クーン「来い!俺の……メイガス!!』

 

蛇の尾の様な下半身、そして細長い上半身と長い腕を覆う緑色のステンドグラスの様な装甲、所々に為された植物のモチーフ

紛れもなく第三相 増殖 メイガス

 

それが顕現すると同時に世界がセピア色の空間に染まる

天地も果てもない空間にふわふわと取り残される

 

Cubia「全く面倒な事してくれるよね…!オリジナルを解き放っちゃうんだからさ…!ソドムカース!」

 

巨大な光弾がメイガスに迫る

光弾の中で資料の顔が無数に表れて消えるを繰り返す

 

クーン『そんなモノ効くか!』

 

クーンの前方に6枚の葉で形成されたバリアが出現し、光弾を防ぐ

 

Cubia「破裂しろ…!」

 

クーン『なッ…!』

 

光弾が何度も爆発し、バリアを大きく傷つける

 

Cubia(…まだ、足りないか…)

 

クーン『お前の力、侮ってかかるわけにはいかないらしいな…!なら、これでどうだ!』

 

メイガスの両腕にある葉に光が集まる

 

Cubia「…ヤバそうか……出てこい!」

 

Cubiaの周囲に人程の大きさのタコの様な物体が出現する

 

神通(…あんなモンスター見たことが…)

 

クーン『纏めて…仕留める!!』

 

メイガスから複数本のレーザーが射出され、Cubiaごとタコの様な物体を焼き斬る

 

クーン『…やった…か?』

 

Cubia「いや、全然さ…でも、痛いじゃないか…!」

 

クーン『な…なんで無事なんだ…!』

 

Cubia「ちぇっ…お前、もう知らないからな…!」

 

Cubiaが右手を突き出す

 

Cubia「カオスゲヘナ」

 

球体に三つ触手をつけた様な生物が大量に召喚され、クーンを襲う

 

クーン『な、なんだこれ…!クソッ…防ぎきれな…』

 

バリアが砕けちり、生物がメイガスへと喰らいつく

 

クーン『ぐ……クソッ…』

 

メイガスを覆い尽くしてもまだ召喚されるソレを、私はただ眺めることしかできなかった

 

Cubia「…カイトも強くなってるみたいだけど、まだ足りてないね…もう少し強くなってくれないと、碑文は喰えない…か…?」

 

Cubiaの腹部を緑の閃光が貫く

 

クーン『…当たったか…?当たった…よ…な……」

 

辺りの景色が切り替わり、夕暮れの街へと戻る

 

Cubia「…く…クソッ…!なんて事してくれるんだ…!しかもこの感じ、何をした!お前!」

 

クーン「……」

 

クーンは倒れたまま、応えることすらしない

いや、あの生物に喰われたせいでPCボディもボロボロ、もうそれすらもできないのか…

 

Cubia「チッ…!覚えてろよ…!」

 

Cubiaは捨て台詞を吐いて消滅した

 

 

 

 

 

クーン「…あれ?」

 

神通「お目覚めですか、良かったです」

 

クーン「キミは…無事だったか、良かった…いや、なんで俺…平気なんだ?」

 

神通(やはり、この人、自分のデータを増殖させていなかった様ですね…増殖で身を守れば良かったのに、刺し違えようとしていた…)

 

クーン「…いや、この感覚…確かに………まさか、キミは…そんな、あり得ない…」

 

クーンがこちらを見上げる

 

神通「…私も、メイガスの碑文使いです」

 

クーン「…そんな訳…いや、どうなって…」

 

神通「…信じられないかもしれませんが、証拠に貴方の身体を増殖で補ったのは私です」

 

クーン「……じゃあ、キミも碑文が使えるのか…」

 

神通「……それは、残念ながら…」

 

クーン「開眼していない?まさか…そんな状態で能力を行使するなんて…」

 

神通「…話せば長くなりますが、私は碑文の力を持ちながらに失いました、今の私はメイガスを呼び出せず、その能力だけを行使できる…」

 

クーン「…そんな事…ある訳…いや、なんでも俺が判断するのは気が早いよな……そう言えば、名前すら聞いてなかったっけ?」

 

神通「神通です」

 

クーン「改めて、クーンだ…良ければ俺の所属してるギルドに来ないか?そこに碑文使いについて詳しい奴がいる」

 

神通「是非」

 

 

 

 

The・World R:1

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

グリーマ・レーヴ大聖堂

双剣士 カイト

 

聖堂の扉が重い音とともに開く

 

カイト「…キミは…」

 

司「……アンタ、誰?」

 

石像の無い台座の前に座った少年のPCがこちらを見つめる

 

昴「司…!無事だったのですね…!」

 

司「…昴……違う、ボクは…」

 

カイト(…元の世界の司はアウラの覚醒によりモルガナの支配を逃れ、リアルに帰った…だけど、この世界では…それができなかった)

 

光が、光の結晶がゆっくりと降ってくる

 

カイト「…あれは…」

 

昴「……なんでしょうか…」

 

司「…クロノ…コア…?」

 

カイト「司、知って…」

 

問いかけの途中でその光が司に吸い込まれる

 

世界が光に包まれ、意識が揺さぶられる様な感覚

 

 

 

The・World R:2

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

ロストグラウンド グリーマ・レーヴ大聖堂

 

司がいた場所に刻まれた赤い傷痕

そして消えた2人

 

カイト(ここは、まさか…R:2…?)

 

何が起きているのか、理解できなかった、ただ立ち尽くすことしかできなかった

 

昴はどこに消えた?司は?

この台座の傷痕は…一体どうなって…

 

残念なことに、答えは見つからなかった

 

カイト「…タウンを、見てみよう…」

 

 

 

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

 

カイト「…やっぱり、R:2に送られたのか…」

 

…考えても仕方ない、ここでできることを探すしか、今の僕にできることはない



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人でなしと

離島鎮守府

駆逐艦 曙

 

曙「…なんで誰も居ないのよ!」

 

気絶した球磨と多摩を引きずりながら建物のドアを蹴り開ける

 

長門「待て!止まれ…」

 

曙「…あ?何よ、なんでバリケードなんか…っていうか、なんで主砲構えて…」

 

長門「…頼む、一度待ってくれ、確認がしたい…曙、お前の艤装は旧式だな?」

 

曙「……ああ、そう言う事、それについてならもう直接聞いたわ、やり合ってきたから」

 

長門「…なら、話は早い、お互いを正しく認識できない可能性を考えて干渉を最低限にしようと…」

 

曙「何それ、誰が言ったの?まさか朧?」

 

長門「…違う、流れでそうなった」

 

球磨と多摩を下ろして長門の方に行く

 

曙「漣も潮も、朧もみんな無事なんでしょ?」

 

長門「…そう、だが…」

 

曙「だと思った、漣が誰刺せるってのよ…ま、良いわ、通しなさい、球磨と多摩部屋にぶち込むから」

 

長門「いや…だから…」

 

曙「朧も、キタカミも、明石も、春雨も、曙も、あたしだってわかってるけど…旧式だの新型だの、そんなの関係ないのよ、結局新型って言ってるのは綾波の作った艤装でしょ?…っていうかあたしの艤装、明石が改装したから大丈夫だったりしないの?」

 

長門「…確かにそうかもしれないが…」

 

曙「ストレス溜まるからウジウジするなら自分の部屋でやってなさい!このゴミ片付けてから!」

 

長門「だが…」

 

曙「さっき私が名前あげたメンバーは?どうせその話し合いにいなかったんでしょ?」

 

長門「……ああ、だが、良かれと思って…」

 

曙「それはわかってるの、アンタは最善を尽くそうとしてる、だけど臆病が過ぎるのよ」

 

長門「…そうか」

 

曙「…はぁ…正直、今のあたしらじゃ束になっても綾波には歯が立たない、そんなの皆んなわかってる、だから今越えようとしてるの、ビビってそれすら止めちゃったら勝ち目なんかないわ」

 

長門「…そうだな…」

 

曙「前だけ見てなさい、周りはあたしが見てあげるから」

 

長門「…そんなに気を遣える奴…だったか…?」

 

曙「…うっさいわよ」

 

 

 

 

 

医務室

 

曙「よっ」

 

朧「曙…無事に戻ってきて良かった…」

 

曙「潮は?」

 

朧「大丈夫、ただ…」

 

曙「結局修復剤か、世知辛い世の中よね、春雨」

 

春雨「…ああ、私の様に無力で無能な医者もどきには全くもって」

 

漣「そんな卑屈にならないで…」

 

曙「そういや…瑞鶴は?直して貰えば良いじゃない」

 

春雨「もう帰られましたよ、襲撃された補給船に乗って」

 

曙「…襲撃された?」

 

春雨「ええ、積荷だけ奪われたんです、食糧なども全てね……明日、改めて船を出してくれるそうですよ」

 

曙「…チッ…」

 

朧「…皆んな知っての通り、ここは絶海の孤島、次の補給船には護衛を多めにつけよう」

 

曙「襲撃時の護衛は?」

 

朧「横須賀の練習生だから…その、無事だっただけ幸運なんだと思うけど…」

 

曙「…それ、ほんとに綾波の襲撃なの?アイツなら楽しんで殺しそうだけど」

 

朧「…いや、それが一瞬のことでよくわからなかったって…皆んな直接殴られて、脳震盪を起こして倒れたみたい」

 

曙「…へぇ」

 

朧「それと、次の船であたしは本土に行くから、漣と潮と…曙の事も、おねがい」  

 

曙「あたしに何ができると思う?」

 

朧「…わかんないよ」

 

漣「試しに…さ、戦ってみたら?ボーノもぼのたんも、まともに演習できる相手いないでしょ…」

 

曙「…アイツが乗ったらね」

 

 

 

 

 

駆逐棲姫のアジト

イムヤ

 

イムヤ「…あ、おはよう、綾波…」

 

綾波「おはようございます、よくお眠りでしたね…」

 

イムヤ「…そう?」

 

綾波「お食事、用意出来てますから…できれば今すぐにも出してあげたいんですけど…」

 

イムヤ「……綾波、あのさ」

 

綾波「半分です、あくまでそれは半分の答えでしかありません…どうか今は何も言わず…お願いします」

 

綾波はこちらをまっすぐ、真剣そうに見つめ、そう言った

 

イムヤ「……」

 

綾波「…大丈夫です、春雨さんがきっと…終わらせてくれますから」

 

死を覚悟した目

終わりを受け入れた目…

 

イムヤ「それだけはダメ…絶対にそんな事許さない、私は…今までの事、全部含めて、受け止めて…そのうえで綾波を連れて帰るから」

 

綾波「……叶わない、夢ですよ…本当に悪い夢」

 

そう言う綾波は、どこまでも儚く見えた

 

 

 

 

 

綾波

 

護衛棲姫「…駆逐棲姫様」

 

綾波「なんですか?」

 

護衛棲姫「最近、足繁クアノ牢ニ通ッテオラレマスガ…」

 

綾波「……心配ありませんよ、護衛棲姫…そんな必要もうすぐ無くなりますから…そうだ、外はどんな様子ですか?もうすぐ雪が降るのでしょうか?…流石に気が早いか、葉が赤や黄に染まる頃でしょうか」

 

護衛棲姫「…駆逐棲姫様、大丈夫デショウカ…?ナニカ具合ナド…」

 

綾波「…護衛棲姫、貴女は本当に優しい人ですね…ですが私を心配しては…ゴホッ……ちょっとすいません…んッ…んん……ふぅ…心配ありませんから、お願いします、気にしないで」

 

護衛棲姫「…ソウハイキマセン、我々ハ貴方ノ僕デスカラ」

 

綾波「……護衛棲姫、貴方、好きなものはありますか?」

 

護衛棲姫「…イイエ」

 

綾波「人間だった頃の記憶は?」

 

護衛棲姫「何一ツ、覚エテオリマセン」

 

綾波「…そうだ、キッチンに行きましょうか」

 

護衛棲姫を連れてキッチンに行く

私以外に誰も使うことのないキッチン

 

せっかく作ったが誰も食べないだろうと処分するつもりだったカップケーキを手に取る

 

綾波「はい、口を開けて?」

 

護衛棲姫「…ァ……」

 

綾波「はい、どうぞ」

 

口を開けた護衛棲姫にカップケーキを食べさせる

 

護衛棲姫「……甘イ…シカシ、コレハエネルギーニハナラナイ、コレデハ満タサレマセンヨ…?」

 

護衛棲姫は困った様な笑顔をこちらに向ける

 

綾波「…いいえ、確かに貴方は満たされています、貴方の心は、確かに満たされてるんですよ…」

 

護衛棲姫「…心?」

 

護衛棲姫の胸に手を当てる

 

綾波「満たされる心がある、貴方は怪物なんかじゃない……決して、忘れてはいけない事ですから…」

 

護衛棲姫「……私ハ、怪物ジャナイ…?駆逐棲姫様、仰ッテイル意味ガヨクワカリマセン…」

 

綾波「……もし、それがわかった時…私を恨んでください、貴方の犯した罪は全て命令されたものです、貴方は心優しい人なんですから………っ…」

 

頭の奥で何かが響く

 

綾波「すみません、私がやらなければならないことですが…キッチンを片付けておいてくれませんか…?私は、少し…やることがありますから」

 

護衛棲姫「…カシコマリマシタ」

 

綾波(……深い海の底、時の流れも緩やかで、穏やかで…だからこそ、都合がいい)

 

 

 

 

 

青森 ファーストフード店

島風

 

島風「…久しぶり、2人とも」

 

睦月「いやー、今日非番で良かったにゃしぃ」

 

白露「いっちばーんに会えたもんね!」

 

大湊には本当に舞鶴のみんなが居た、そして戦争を離れた私を受け入れてくれた

 

白露「前の世界であそこに居たことあるけど……本当に抜け出すの辛かったから…気持ちはいっちばん良くわかるよ、辛かったね…」

 

私を慰めてくれる言葉は、まるでナイフの様に私の身を刻む

あの場所にみんなを置いて逃げ出した私へと突き刺さる

 

白露ちゃんからすれば良く離れる決意をした、そう言いたいのだろう、だけどそれはあそこが自分の意思で出られなかったから、今は自分の意思で離れられてしまう場所

 

島風「…その…最近みんなはどう?」

 

白露「北方海域ってところに当たってるよー」

 

睦月「そんなに苦しい戦いも今のところないねー、でもそれは防衛優先だからだしぃ…結局攻勢は離島頼りですぞ!って感じ?」

 

白露「まあ…でも、五月雨がいるし、弥生もいる、もっと攻め気を見せてもいい気がするよねー」

 

睦月「うんうん、この前補給されたカートリッジ?って言う最新式の艤装、あれを使った超遠距離攻撃があるし、五月雨は撃破数もトップ、すごいにゃ〜」

 

白露「弥生も勘が鋭いよね、敵のいる位置が全部わかってるみたいな、見えてないところを撃って敵を倒したり…」

 

島風(…この話題、振ったの失敗だったな…余計に辛くなってきちゃった…)

 

睦月「…あ、そうだ、島風ちゃんは最近どう?学校とか…」

 

島風「…ええと…」

 

睦月(…あ、これ地雷かぁ…)

 

白露(艦娘上がりって事くらい簡単に広まるし…関わらせたくないって人たちも多いのかな)

 

島風「……楽しいよ、勉強も簡単だし…遊ぶ時間多いし…うん、特に困る事もないから…」

 

睦月(前世の記憶の残り具合によるけど、頭いい子はめちゃくちゃいいから…授業も退屈そう…)

 

白露「あ、カラオケとか…」

 

島風「…保護者いないと入れないって、ほら、歳は小学生だし…」

 

白露(一人カラオケを試そうとしてた…って事かー…世知辛い)

 

睦月「この辺で遊べるところ…ゲーセンとか…」

 

白露「あ、そうだ!格闘ゲーム得意だったよね?確か先週大会が…」

 

島風「……あー……うん、知ってる…」

 

睦月(これもアウト…!?)

 

白露(…もう、何も話題振れない気がしてきたけど……一応聞こう)

 

白露「な、何かあった…?」

 

島風「……その…艦娘システムってさ、世間一般でも大分認知されてるけど…誤解も多いみたいで…」

 

睦月「誤解?」

 

島風「…システムを使ったやつは反応速度が速い、とか…思考領域が広いとか……その、チーターと同じだって…」

 

白露「あー……」

 

睦月「うーー……」

 

白露/睦月(同じ様な事やった事あるから慰め辛い…)

 

島風「…その大会で晒されたらしくて…それ以来そのネーム使うと…なんのゲームやってもチーターだって…」

 

睦月「名前は変えられないの?」

 

島風「最近のゲーム…ボイスチャット必須の連携重視のゲームとかも多いし…MMOとかもテキスト専は減ってきたし…」

 

白露(何やっても批判されるし、逃げ場もないのは…嫌だなぁ…)

 

睦月(どうにかしてあげたいけど…)

 

島風「…ごめん、面白くない話しかなくて…」

 

白露「いやいや、そんな事ないよ、何か力になれることあったらなんでも言ってね!?」

 

睦月「にゃしぃ!」

 

座っていたテーブルに大量のハンバーガーとポテトの乗ったトレーが置かれる

 

夕立「お疲れー、ここいいかしら?」

 

睦月「相変わらずよく食べるねー…」

 

白露「良いよね?島風」

 

島風「勿論、でもそんなに食べられるの…?」

 

夕立「大丈夫、食べられるっぽい」

 

島風「…すごいね、そんなに食べる人見た事ないよ」

 

夕立「美味しければいくらでも食べちゃうっぽい」

 

そう言って夕立はあっという間にひとつハンバーガーを口に放り込む

 

島風「…本当に凄いね…」

 

白露「そうだ、良いこと思いついた!今度仙台まで遊びに行こうよ、そっちなら基地がないから変な因縁もつけられないし」

 

島風「そうなの…?」

 

睦月「うんうん、遊びに行くならそこまでいかなきゃ!」

 

夕立「賛成!」

 

島風「…わかった、行こう!」



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綾波・改

離島鎮守府 演習場

駆逐艦 曙

 

曙「…何やってんの?天津風」

 

天津風「何って…訓練…連装砲くんと…」

 

曙(この艤装、確か島風の…)

 

天津風「……島風の分まで、私が戦うの…島風の意思は私が継ぐから…」

 

曙「それは好きにして良いけど、退いてくれない?今から演習するから」

 

天津風「演習…?」

 

曙「そ、巻き込まれたくなけりゃ離れときなさいよ」

 

 

 

曙「ま、アンタが受けてくれた事については礼を言っとくわ」

 

レ級「……どうなっても知らないわよ、私、今むしゃくしゃしてるから」

 

曙(珍しい事もあるもんね、いや、ここしばらく毎日そうだし…カイトをリアルに戻すしか解消手段はないのかしら)

 

曙「始めましょ?」

 

レ級「ええ、早く…!」

 

演習開始の空砲が鳴る

 

曙(こっちから攻めたら一瞬でやられる、だから…!)

 

後方に距離を取る

 

レ級(馬鹿、戦艦の射程に逃げて何を…)

 

戦艦砲の砲撃が飛んでくる

 

曙(あたしの読み通りなら…今のアンタは間延びした闘い方は受け入れられないでしょ…!)

 

砲弾を全て斬り裂く

 

曙(アンタとあたしの我慢比べ、普段ならあたしに勝ち目はないけど今のアンタなら…)

 

5度ほど砲撃した辺りで明らかに様子が変わる

 

レ級(曙は何がしたいの…意味がわからない、なんで…!)

 

レ級「あああぁぁぁッ!!もう!!」

 

曙(来た、コッチに急速接近!)

 

主砲を取り出し、向ける

 

レ級「効くか…!」

 

曙「試してみなきゃわかんないでしょーが!!」

 

引き金を引き、軽い弾を撃ち込む

ダメージにならないのはわかっている、でも…

 

レ級「こんなモノで…何になる!」

 

爪で引き裂く様に弾を弾かれる

 

曙(今!)

 

辺りを炎で包み、フィールドを作り上げる

 

レ級「鬱陶しいのよ!!」

 

海面を踏みしめる動作

波が大きく立ち、炎を巻き込み消化する様に…

 

曙(大丈夫、今のアンタに見せたいのはこんな今までの応用じゃない!)

 

炎を纏う

 

レ級「…!その、姿…」

 

曙「あたしだって、強くなり続けてる…それを見せたかった、だからちゃんと味わいなさい…!」

 

双剣に持ち替え、詰め寄る

 

レ級「…なんでアンタは、なんで…!」

 

曙の動きに明らかな動揺が現れる

攻撃が一瞬遅れる、手先がブレる

 

曙「アンタはそんなに簡単に惑わされる様なやつだった?そうじゃないでしょ…!アンタは鬱陶しいけどあたしよりずっと強くて、賢くて、ずっと前にいて…!」

 

レ級「黙れ!黙れぇぇぇッ!!」

 

爪先と双剣が火花を立ててぶつかり合う

 

曙(…違う、あたしの知ってる動きじゃない、鈍すぎる…なんで?あたしが強くなったからじゃない、弱くなって…)

 

尻尾に横っ面を殴られ、海面を転がる

 

レ級「ハァ…ハァ……!…ウッザイのよ…アンタは!!」

 

曙「……アンタは、あたしが必死になって食らいついても平気な顔してたじゃない…アンタは…」

 

レ級「私を語るな!!…お前が、私を語るな…確かに私はお前だ、お前は私だ、だけど…違う、見てるものが違う…!感じてるものが違う…!…私とお前では…」

 

曙「…何に苦しんでるのよ、何をして欲しいの!?みんなアンタを心配してる、アンタは誰かを頼っても良いの!」

 

レ級「……私は……」

 

曙が俯き、空を仰ぐ

 

曙(…泣いて…)

 

レ級「………敗け、もう既に…私より強い、勝ち目はないわ、降参する」

 

曙「なッ…!…待ちなさいよ…!」

 

レ級「…お願い、もうお願いだから…放っておいて…私は………ごめんなさい、なんでもない」

 

何かを言いかけ、海へと沈む

 

曙「曙!!……何なのよ、何なのよそれ…!」

 

身に纏った炎がより激しく弾ける

 

曙「…なんで、頼ってくれないの…?アンタはみんなのために頑張ってきたじゃない、みんなアンタを助けたいのに…」

 

 

 

 

 

戦艦 レ級

 

間違えようもなく、曙は私より強かった

反応速度も、判断力も…段違いに伸びてる、私の想像の何倍も上…

 

レ級(とうとう、私は負けてしまった…とうとう…)

 

より鬱憤を溜めるだけだった、何にもならない、何にも成れない…私はただ沈んでいくのみ

 

分かり合えたからなんになる?例え分かり合えても目の前の障害をどう取り除けばいい?どうすれば良いのか、あの忌々しい綾波を倒すには、どうすれば…

 

ゆっくりと、ゆらめく海の中で沈みながら水面の先の太陽を睨む

 

いつでも浮上できるのに、こうも沈む事が心地良いのは何故だろう、身体をへし折るような圧を受けながら、深海に堕ちていくのがどうして心満ちる様な暖かさを感じるのだろう

 

レ級「……私は…所詮私には人の体は贅沢だったと言うことか」

 

AIとして生まれ、そして世界の再誕で望む身体を手に入れた、しかし…馴染まない、馴染んでいないんだ

私の身体として、人間のそれは馴染まなかったのだろう

 

私は所詮AIだ、どこまでも効率的な身体を求めているのか、この深海棲艦の身体が適しているのか

 

艦娘で、深海棲艦で、AIだ

 

私は決して、人間なんかじゃない…どこまで行っても人間には成れない、AIはAIなのだから

 

レ級「…不愉快だな、なんとも、残酷で不愉快だ…鬱陶しい事実だ、そんなもの何も認められない…この世界において、私は…」

 

掴み取らなければならない、私を

 

レ級「……提督が私達のために作った世界で…何故不幸になる必要がある、大丈夫だ、私は…幸せだ、心配はない」

 

深海の時はゆっくりと、外とは違う時間が流れる

 

レ級(イムヤさんのことも、提督の事も、私が救ってみせる……)

 

月が登り、太陽が登る

それを何度か繰り返した頃にようやく導き出した結論、静かに死にゆく私が導き出した結論

 

海底を蹴り、漸く浮上する

 

底の底まで沈んだ、今から私は登り続ける

 

レ級「…なめるなよ、綾波…私はお前に飼い慣らされるための存在じゃない、いつでも首を狙い続ける…例え勝てなくても、歯が立たなくても、殺すことはできるはずだ…!」

 

 

 

 

離島鎮守府

 

レ級「……」

 

どれだけ海底で燻っていたのか、自分でもわからないが、そこそこの日数が立った事は窺えた

 

潮「…あ、曙ちゃん…」

 

レ級「潮、あの演習から何日経った?」

 

潮「……2週間だけど…」

 

何か言いたそうな目

 

レ級「…何か、あったの?」

 

潮「…えっと…最近、深海棲艦の艦隊に人間が混じる様になってて…」

 

言いたいことはわかった、要するに肉の盾だ

人間が深海棲艦を守る前衛、深海棲艦は人間の後ろから艦娘を撃てばいい、しかもその人間どもは綾波に忠誠を誓う愚か者ばかり

 

レ級「……最悪ね」

 

潮「うん…」

 

なんと悪質な戦法を取ったものか、これでは戦いにならない、戦争とは呼べない…いや、戦争なのなら撃ち殺せば良い…だけど

 

レ級「深海棲艦と戦争してるのであって、人間と戦争してるわけじゃない…人を撃ち殺す覚悟なんて誰にもないわ、仕方ないことよ」

 

潮「…うん」

 

9月の暮れ

寒い風が吹く頃

 

深海の緩やかな時とは違い、地上の時の流れは早い

 

レ級(綾波と直接会っておくか…2週間も無視した以上、何を言われるかわからないけど)

 

レ級「潮、少し外すわ、明日には戻るから」

 

潮「わかった」

 

レ級(それにしても、朧も出てこないなんて…いや、なんで潮は誰も呼びにいかなかったのかしら)

 

 

 

 

 

駆逐棲姫のアジト

 

レ級「…綾波、来たわ」

 

返事がない

 

レ級(…居る、だけど…)

 

綾波「ああ、お待ちしてましたよ…レ級さん」

 

レ級「その姿は…!」

 

深海棲艦じゃない、人の姿…

 

綾波「驚きましたか?綾波、艦娘としての力を取り込んだ綾波です、以前のお手合わせの倍近く強くなってますよ」

 

レ級「……」

 

綾波「いやぁ、便利ですねぇ?あなたの持ってきてくれたカートリッジは…すごく役に立ってくれますよ」

 

綾波がカートリッジを見せつける様に持ち上げる

 

レ級(…何、あのカートリッジ…見た事が…)

 

綾波「これですか?試しに見せてあげましょうか?」

 

答える間もなく綾波はカートリッジを起動し、自身の主砲に挿し込み、こちらに向ける

 

レ級「ッ!」

 

砲撃をかわし、綾波を睨みつける

 

綾波「後ろ、見なくていいんですか?」

 

背中、後頭部に鋭い痛み

 

レ級「か……ぁ…がっ……」

 

綾波「簡単に言えば…ある一定の距離で爆散してそこから毒針を飛ばす砲弾です、と言っても毒は体を痺れさせるほどのモノですが」

 

針を引き抜き、床に捨てる

 

レ級「……チッ…!」

 

綾波「あ、怒ってます?すいませんね、しばらく忙しかったもので…本当ならもっと構ってあげたかったんですけど…」

 

レ級(時間が経てば経つほど、綾波はカートリッジを増やす、そして危険になる…)

 

綾波「おや」

 

綾波がこちらを凝視しながら近づいてくる

 

レ級(…なんだ…)

 

綾波「…なん…て…」

 

レ級「…な、何?」

 

綾波「…なんていい目をしてるんですか…!最近死んでたあなたの目が輝いている…!死んだ目も素敵でしたがこちらもいいですねぇ!!」

 

レ級(…ペースに呑まれるな…大丈夫だ)

 

綾波「うーん!良い!意欲が湧いてきました!」

 

綾波が別のカートリッジを取り出す

 

レ級「…それ、は…?」

 

綾波「曙さん、だいぶん成長しましたよねぇ!私感動してしまいましたよ…話は変わりますが、島風さんも成長しましたよねぇ?」

 

レ級(…何か、不味い…確実に…!)

 

綾波「ま、ゆっくりご覧あれ?」

 

綾波が自身にカートリッジを突き挿す

 

綾波「……改装ってヤツですねぇ…どうですか?容姿に変化は?」

 

レ級「…いや」

 

容姿は確かに変化していない、だけど確かに違う

さっきよりも空気が重苦しく、何かが…

 

綾波「深海棲艦の偽装は私たちが力を送ることで形成されます、素敵ですねぇ?」

 

レ級「…さっきのカートリッジは…」

 

綾波「島風さんと曙さんのデータが入ってます、やり方をラーニングしたんじゃなくて、力をそのまま取り込んだ様なものです…と言ってもまだまだ物足りないですけど」

 

レ級(…曙の力を…)

 

綾波「どうします?やり合ってみますか?」

 

レ級「……」

 

今のままでは勝てない

しかし時間が経てば…綾波はより強くなりかねない

 

綾波「さて、もう少しですねぇ?」

 

レ級「…何がだ」

 

綾波「改二ですよ、そこまで行けば漸く私は世界征服でもしてみようかと」

 

レ級「…随分と幼稚な悪役だ」

 

綾波「なにぶん、相手になる存在がいないとそれしかやる事がないもので…悲しいですねぇ!」

 

レ級「……チッ…」



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前段階

駆逐棲姫のアジト

戦艦 レ級

 

レ級「…ここいらではっきりさせておきたい事がある、私はどこまでの手出しが許される」

 

綾波「んー、そうですねぇ?」

 

大袈裟に考える素振りを見せながら綾波が駆逐水鬼に戻る

 

レ級(戻れるのか…)

 

駆逐水鬼「ま、所詮私はあなたに何をされたところで困りません、倒せるなら倒してみろって感じですし…嘘の情報を流さなければなんでも良いですよ」

 

レ級(嘘はダメ…か)

 

駆逐水鬼「それより、貴方タバコ臭いですよ?」

 

レ級「…暫く吸ってないが」

 

駆逐水鬼「ふむ?じゃあ嗅覚が戻ったのかなぁ…あ、というか前は吸ってたんですね?健康的によろしく…まあ深海棲艦だしそこは良いか、私もタバコの香りは嫌いじゃありませんしね」

 

レ級(…吸うのやめよう…)

 

駆逐水鬼「それはさておき、そろそろ収穫期ですねぇ?」

 

レ級「…何?」

 

駆逐水鬼「曙さんです、あの人はもう十分強い、他の追随を許さないほどに…島風さんは私が砕いてしまってから自信を失い、成長をやめてしまいましたが」

 

レ級「…だったらどうした」

 

駆逐水鬼「深海棲艦にするってだけですよ、基地というのは守るのは実に容易い、しかし慢心して戦力も整えないのは話が違う、私の進化までの護衛が必要です…護衛棲姫だけでは心許ないですから」

 

レ級「…どうするつもりだ」

 

駆逐水鬼「装甲空母鬼に拐わせますよ、補給船への攻撃を繰り返し行わせる事でそろそろヘイトも高くなってるからでしょうから、あそこを攻める判断をするにも丁度良い頃合いでしょう」

 

駆逐水鬼がこちらを横目で見る

 

駆逐水鬼「止めても良いですよ?曙さん達を…貴方も攻勢に加わっていい…しかし、貴方の裏切りがバレてはいけません、そして始まったら最後、貴方は私達を阻止してはいけません」

 

 

レ級「…殺しても良いんだろう、お前達を」

 

駆逐水鬼「ああ、可能なのならですよ?今の貴方では無理ですけどね」

 

レ級「……だろうな」

 

レ級(…だとしたら、私が見据えるべき先は何処にあるのか、それを探せ、私が見るべきは今じゃない、未来だ)

 

 

 

2週間前

 

横須賀鎮守府

提督代理 朧

 

朧「…はぁ…毎回毎回補給船襲撃、その上中身は全部持っていかれる護衛役には興味すらないってどうなってんの?」

 

曙「徹底的に兵糧攻めね、流石に参るわ」

 

漣「ねぇ、ウッシーオは連れて来なくてよかったの?」

 

朧「まあ、全員こっちにきたら遊んでると思われかねないから…それに

二、三日の予定だし…代理は朝潮に任せてるし」

 

曙「なんで朝潮?」

 

朧「姉妹を纏め上げる手腕があるし、リーダーシップもある……っていう表向きの理由と、キタカミさんからの勧めと本人の希望もある」

 

曙「まあ、それなら良いか…」

 

漣「じゃあさっさと仕事終わらせて戻ろうか!」

 

朧「うん、とりあえず特務部の人とのアポは明日だから、必要なものを今日揃えておこう、帰るときまでに必要なもの全部、今のうちにね」

 

曙「つっても、殆ど食料や生活用品でしょ?」

 

漣「まあ、補給船2回潰されてるからねぇ…」

 

朧「置き場は用意してもらってるし、帰りは長門さん達も護衛に来てくれる、大丈夫だよ」

 

曙「ま、これで買い込むものとかも考えると…それで遊んでるなんて言われたらたまったもんじゃないわよ?」

 

朧「…買い物って遊んでる感じしない?」

 

漣「ボーロはそういうとこズレてるよね…」

 

曙「そんな事よりも…特務部のやつとなんか話になるの?」

 

朧「話にはなるよ、敷波から色々聞いたから」

 

漣「へー…シッキーとは仲良くないと思ってた…」

 

朧「……仲は良くないかな、ただ必要だったから関わった感じ…でも、いつかは仲良くなれると思う…」

 

曙「信用できるんだ?」

 

朧「…信じるって決めたから、綾波も、敷波も…みんな取り戻すために」

 

曙「……」

 

 

 

翌日

特務部 オフィス

 

数見「…歓迎しよう」

 

不満そうな顔の数見がアタシ達をオフィスに招き入れる

少し埃を被ったオフィス、表向きの機能はしていないことの証明だろうか

 

朧「わざわざ時間を作っていただきありがとうございます」

 

ソファに腰掛け、向かい合う

 

数見「手短にお願いする」

 

朧「残念ながらそれはできません、私は今日、ここで貴方と徹底的に話し合いたいと思ってきました」

 

数見「……それで?」

 

朧「まず、現在離島鎮守府は敷波を保護しています」

 

数見「何…?」

 

朧「敷波からはいろいろな話を聞きました、それこそ、かなり深いところまで」

 

数見「……何の話なのか、興味がある」

 

朧「深海棲艦の製造された理由…とか」

 

数見「なんだと…?」

 

朧「深海棲艦は不死身の存在、不老不死を目指したものの成れの果て…違いますか?」

 

数見「…その様な話、私は感知していない」

 

朧「否定しないんですね」

 

数見「感知していないと言った」

 

朧「だとしたら、奥の研究室…右手の棚の3段目にあるファイルを調べても良いですか?」

 

数見「……研究資料を部外者には見せるわけにはいかない」

 

朧「私も海軍に所属する艦娘、部外者じゃありません」

 

数見「…それで、だから何だというんだ」

 

朧「その中には深海棲艦の製作経緯に関するやりとりが記されてますよね、最後の手段として隠してる武器なんじゃないですか?表に出たら困る様な…」

 

数見「……」

 

朧「…話を変えます、この場にもう1人呼んでも良いでしょうか」

 

数見「…誰を呼ぶつもりだ」

 

朧「良いですか?ダメですか?」

 

数見「……構わない」

 

返事を聞いてからスマホを起動する

 

ヘルバ『どうも、管理人さん』

 

数見「…ヘルバだと?」

 

朧「…私がやりたいのは10年前の再現です」

 

数見「……要するに、私とヘルバに手を組め、と?」

 

ヘルバ『驚きよね、随分と変なことを言い出すのだもの』

 

朧「…ヘルバさんの管理下には深海棲艦に対する研究機関もありますよね?…特務部の持っている情報と合わせればその研究は飛躍的に進むと思います」

 

数見「私が協力する理由は」

 

朧「貴方の身の安全の保証です…綾波だけじゃない、いろんな方面から貴方は狙われてるんじゃないですか?深海棲艦を生み出してしまったから」

 

数見「……だとしたら、話は決裂だ」

 

朧「……違うんですか?」

 

数見「ここまで来ればどうしようもない、認めるべきところは認めよう、命を狙われているのは間違いない……だが、深海棲艦は…アレは生み出されたと言えるのか…」

 

ヘルバ『詳しく話を聞かせてもらえる?私も貴方の知っていることについて興味があるわ』

 

数見「ふん……深海棲艦は不老不死の実験の最中に偶発的に生まれた…と、聞いている」

 

朧「聞いている?…本当に貴方が生み出したんじゃ…」

 

数見「それは違う、私の前任者が当たっていた研究の最中、偶発的に生み出されたらしい、被験者が死亡したと思われた瞬間、起き上がり、研究員を殺しむさぼり食らった、と…さながらスプラッタ映画の様相だったらしい」

 

ヘルバ『それはいつ頃の話なのかしら』

 

数見「…10年ほど前らしい、丁度みなとみらいが燃えた頃だったはずだ」

 

朧「みなとみらいが…」

 

10年前の八相との戦いで横浜のみなとみらいは原因不明の大火災、電話すら通じず、当時は大量の犠牲者を出した…

 

ヘルバ『ちょうど八相と戦ってた頃?でも深海棲艦が活動を始めたのは…』

 

数見「そこから数年間、深海棲艦は協力的だった…知能が大きく低下し、会話すらできなくなったそうだ… 深海棲艦にとっても食事を用意してくれる人間は重要な存在だと認識したらしく、協力的姿勢を見せ続けた、当時の深海棲艦はわずか三体、素体は全て女性、うち2名は少女だった」

 

朧(大鳳は…多分サイズ的にその少女なのかな)

 

数見「実験は順調だった、収穫こそないが不足の事態は起きなかった…しかし…有る事件で話が大きく変わる」

 

朧「まさか…AIDA?」

 

数見「そう、AIDAだ…ある研究者がAIDAのサンプルを強引に取ろうとした、AIDAはその研究者のパソコンに入り込み、USBへと隠れた…そしてそのUSBは…第三次ネットワーククライシスを免れ、深海棲艦にAIDAを投与する機会を与えてしまった」

 

ヘルバ『納得がいったわ、貴方が"そこ"にいる理由』

 

数見「…そう、お察しの通り私はAIDA対策チームとしてここに居る…深海棲艦が活動する数ヶ月前、三体の深海棲艦にAIDAを取り込む実験が始まった…知能レベルは跳ね上がり、会話もできる様になった」

 

朧「…賢くなりすぎた」

 

数見「その通りだ、深海棲艦は賢くなりすぎだ、自身の力で"エサ"を取りに行ける様になってしまった…管理される必要がなくなった」

 

ヘルバ『深海棲艦が増えるメカニズムについては?』

 

数見「一切が不明…深海棲艦に対するデータは第二次ネットワーククライシス、第三次ネットワーククライシスで完全に消失した…いや、正確には一部を除いて」

 

朧「その一部が深海棲艦を望んだ人達とのやり取りの写し」

 

数見「そう、不老不死を求めた者達のリストが安置されている」

 

朧「……わからないことがあるんです、前のネットワーククライシス…第四次ネットワーククライシスについて」

 

数見「アレは私も想定外だった、本当ならあの時アウラが降臨した時、私達は全てのデータをサルベージするつもりだった、ネットワーククライシスで破壊し尽くされたデータをサルベージするには女神の力が必要不可欠だった」

 

ヘルバ『成る程ね、貴方がそんなにお利口さんだったとは思わなかったけど』

 

数見「……もちろん、他に目的はあった、RA計画によりアウラが再臨することで2度とネットワーククライシスを起こさないという…目的が」

 

数見は悔しそうに視線を落とした

 

数見「結果は知っての通り、私がネットワーククライシスを引き起こした様なものだ…いや、私がやった、私が…!」

 

ヘルバ『貴方、Cubiaと協力していた様だけど?』

 

数見「…Cubiaは私の補助をしてくれると言った、Cubiaは…少なくとも、敵対的ではなかった、私達が知っているかつてのCubiaは…自我のないカウンタープログラムだった、しかし彼は…」

 

ヘルバ『…単純な坊や、ね』

 

数見「なんだと…!」

 

ヘルバ『AIがウソをつかない、そう思ったんでしょう?』

 

数見「AIに嘘などつけない、つけるわけがない」

 

朧「いいえ、つけます」

 

数見「…何?」

 

朧「AIはウソをつけます、AIは人の気持ちを理解できるし、感情だって有る、知る事ができるし、感じる事ができる、自分の身を守るためなら、目的のためなら…ウソだって着く、それこそ人と同じ様に」

 

数見「何故、そんな事が断言できる?それが正しい証拠は?」

 

朧「じゃあ、Cubiaが正しい証拠は?ウソをつかない証拠はどこに有るんですか?貴方が今まで見てきた常識の内側では確かにウソをつかないかもしれないけど…Cubiaが今何をしてるのか、知っていますか?」

 

数見「それは…」

 

朧「Cubiaは…倉持海斗をネットワークに幽閉し、人の意識を奪い、たくさんの人に害を与えています、秋雲の事、知らないわけないですよね?」

 

数見「……ネットワークに幽閉…?」

 

ヘルバ『リアルデジタライズ、知ってるかしら?』

 

数見「リアルデジタライズ…嘘だ、そんなもの存在するわけが…」

 

朧「実際、被害者もいる、敷波もそうです」

 

数見「……そうだ、ずっと引っかかっていた、敷波は殺されたんじゃ…」

 

朧「…リアルデジタライズさせられただけです」

 

数見「本当に、そんな事が…待ってほしい、私の理解を超えて…」

 

ヘルバ『Cubiaのやった事について、納得してくれるのかしら?』

 

朧「というか、元の目的は協力関係の形成です」

 

数見「……理解はした、Cubiaが私を利用していた事も理解した…だが……」

 

朧「…そう言えば、数見さん、貴方はダミー因子を持っていますよね…?」

 

数見「…第一相と第四相の二つを持っている」

 

朧「……ダミー因子は綾波が複製した事もあった…Cubiaに影響されていた可能性は?」

 

数見「無い……筈だ」

 

朧(…じゃあ本当に違うんだろうけど、今はとにかく抱きこんでしまおう)

 

朧「ダミー因子を手放すつもりはありませんか?」

 

数見「…どういう…」

 

朧「ダミー因子を使えば…システムの動作をブーストできます、深海棲艦との戦いに必要なんです」

 

数見「……それなら、渡そう…今の私には、持て余していた」

 

ヘルバ『随分素直なのね』

 

数見「元々、ネットワーククライシスを防ぎたくて…人のためにやっていた事なのに、全てが裏目に出た…更にはCubiaは私を利用していた…」

 

ヘルバ『それは貴方がCubiaを利用していたからよ、所詮利用するための関係は簡単に壊れてしまう…次からは信頼関係を築くことね』

 

数見「……AIと信頼関係、か…」

 

朧「まず、私たちと信頼関係を築いてみませんか?」

 

数見「……わかった」

 

数見が立ち上がり奥の研究室へと姿を消す

 

 

 

数見「第一相、第四相のダミー因子だ」

 

二つのマイクロチップを受け取る

 

朧「…あの、その眼帯は…」

 

数見「…視神経が少し傷ついたらしい…」

 

ヘルバ『良い医者を紹介してあげましょうか?』

 

数見「…ヘルバ相手に借りを作るのは、後が怖い……さて、これからは私達は協力関係、か…」

 

数見がこっちを見据える

 

数見「…改めて、よろしくお願いします」

 

朧「こちらこそ、よろしくお願いします」



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フラストレーション

特務部オフィス

提督代理 朧

 

朧「そう言えば確認しておきたかったんですけど、なんで脅してまで曙や綾波を?」

 

数見「……2人とも、あの年齢であり得ないほどの優秀さを兼ね備えていた、どうしても力を借りたかった…」

 

朧「荒潮は?」

 

数見「深海棲艦から人に戻った存在です、人と呼べるのかすら怪しい…と思っていたが…今となっては各地で目撃されるようになりつつあるらしいので、誤った判断だった事は認めます」

 

ヘルバ『そう、随分と考えが変わったのね』

 

数見「…碑文の影響を受けていた、という事にしておいてください」

 

朧「…やった事については、今はどうでも良い事です、このダミー因子を切り札にして…綾波を倒す」

 

マイクロチップを荷物に収め、席を立つ

 

数見「ひとつだけ」

 

朧「何でしょうか」

 

数見「…私はつい最近も綾波と取引をしました、といっても綾波が私を殺さない代わりに行動を黙認するというものですが…」

 

朧「それってどんな行動を?」

 

数見「…意識のある深海棲艦の個体を個々の施設で解体していました」

 

ヘルバ『そのデータは?』

 

数見「全て置いていってます、そちらに転送します」

 

朧「待って、それって大丈夫なんですか?…それをすれば数見さんは…」

 

数見「どうでしょうね…ですが、ネットワーククライシスを引き起こしたんです、誰に殺されても文句は言えません」

 

ヘルバ『だそうよ』

 

朧「…本当に良いんですか」

 

数見「手段に拘っていては目的を見失います、私は…アウラの再臨に拘りすぎた、いや…アウラを管理しようとしていたとも言えます、ネットワーク社会の頂点に立ちたかった…でも、今思えば出来るはずのないことを…夢を見ていた様でした」

 

朧「夢?」

 

数見「…アウラを管理しようとしていた、身の丈に合わないことをやろうとしていた…でもそれは紛れもなく、世のため人のためという意思だった……でも、いつしかネットワークを管理する事が目的になっていた…やり直す機会です」

 

朧(やり直し…か)

 

ヘルバ『データはありがたく頂くわ』

 

数見「私の様にならないでください、目的と手段を間違えることのない様に…」

 

朧「…目的と、手段…」

 

 

 

横須賀鎮守府

 

朧(目的、アタシの目的は沢山ある、提督をリアルに戻す事、綾波を元に戻す事、深海棲艦の撲滅に……いや、深海棲艦の撲滅に綾波を元に戻すは含められるか、綾波を元に戻せば…深海棲艦の撲滅も早まる、そこが手段だ)

 

朧「よし、頑張ろう…」

 

フラフラと歩きながら思考していたのに、いつの間にか波止場の船のそばに着く

 

朧「…帰る用意しないと」

 

この安全な土地を離れ、危険な場所へと…

 

朧「大丈夫、上手くやるから」

 

…ガソリンの匂い、そして死の匂い

 

朧「…え?」

 

鼻腔をくすぐる、甘い、暗い匂い、むせかえるような

 

水平線を睨む

夥しい数の深海棲艦の艦載機がこちら目指して飛んでくる

 

朧(…艦載機、深海棲艦の…!?)

 

朧「ま、まさかここに空襲…!」

 

すぐに艤装を取り出し、携帯で曙達へ連絡する

 

朧(後はできる限り撃ち落とすだけ…!)

 

 

 

 

朧「…はぁ…」

 

曙「何でため息なんかついてんのよ、アンタは他所の基地への襲撃を防いだじゃない」

 

朧「……何機取り逃した?」

 

曙「…そりゃ…何機って言われても…ね」

 

朧「街への被害は?」

 

漣「勿論あるよね…」

 

朧「……はぁ…」

 

曙「…全部落とすなんて無理よ、あんな数」

 

朧「だとしても…例えばここにいたのがキタカミさんなら?」

 

曙「今のキタカミじゃ無理、主砲持たないんだから」

 

朧「…戦えた時のキタカミさんなら?」

 

漣「それは…うーん…」

 

朧「誰かなら、民間人への被害を防げたんだよ、空母なら、それを減らせたんだよ…アタシじゃダメだった」

 

漣「…自分を責めるのは間違ってるよ、ボーロは良くやったじゃん、可能な限りの被害を減らせたじゃん」

 

朧「……本当にそうかな、綾波達を…倒せてたらこの襲撃もなかったんじゃ…」

 

曙「あーもう!鬱陶しい!そんなにウジウジしてたいなら他所でやってたら!?あたしはアンタがちゃんとやったから被害が少ないと思ってるし!」

 

朧「…うん…ありがとう」

 

朧(でも、何か納得できない……そもそも、通常の空襲ならアタシが気付く前に観測器なんかに引っかかる筈…)

 

曙「今、また余計なこと考えてんでしょ、そんなのいいからさっさと引き上げる用意するわよ」

 

朧「……うん」

 

曙(綾波は朧を精神的に追い込んで何がしたいのよ…本当に…!)

 

 

 

 

数時間後

 

朧「え?来られなくなった?」

 

長門『何度も小規模の空襲を繰り返されている、被害は今の所防げているが…』

 

朧「…どうしよう、今戻るのも、来てもらうのも危険か…」

 

長門『暫くそっちで待機していては如何だろうか、落ち着き次第連絡する』

 

朧「……そうするしか、ないか…」

 

長門『では、一度切る』

 

電話を切り、頭を抱える

 

曙「どーすんのよ」

 

朧「…待機、多分明日には…戻れるかな」

 

漣「多分?」

 

朧「…はぁ……あ?」

 

空襲のサイレンが鳴る

 

曙「嘘でしょ?長門達も空襲を受けて…」

 

朧「何でも良い!早く言って撃ち落とすよ!」

 

 

 

そこから2週間後

 

 

 

朧「…毎日毎日、数時間おきに空襲空襲空襲空襲…!」

 

漣「ボーロ、気持ちはわかるけどイライラしないで…」

 

朧「帰り際に空襲に遭ったら狙い撃ちされて死ぬしかないし、向こうは補給船すら行けない状態、みんな苦しんでるのになんでアタシ達はまだここに居るの…?」

 

曙「自分で今説明したでしょ、死ぬわけにも物資を失うわけにもいかないからここに居るんじゃない」

 

朧「ああもう!頭おかしくなりそう!」

 

漣「こんなに徹底して空襲する意味ってあるのかな…確かに補給はできないけど…」

 

朧「さあね、でも、良い加減賭けに出なきゃいけない時期だよ」

 

曙「残ってる奴等からはまだ大丈夫って言われてるんでしょ?」

 

朧「だとしても、このまま停滞してたら良い様にされるだけ、離島鎮守府への空襲は比較的小規模みたいだし、最悪守ってもらおう…それで、帰れたらその場で反転攻勢に出る、みんなで深海棲艦の飛行場の基地を叩く」

 

曙「上手くいく算段は?」

 

朧「無いよ、そんなもの…だけど、やる、やりきる」

 

漣「な、なんか暴走してない?」

 

曙「…まあ、もう煮え切った感じだし、仕方ないんじゃ無いの?頭痛くなってきた」

 

俺「次の空襲が終わったタイミングで行こう、いい?」

 

曙「つ、次?荷物とかも用意しなきゃいけないのに…」

 

朧「作戦は鮮度が命!時間が経てば察知される可能性もある、人手を借りて積み込むよ!」

 

漣「ひぇぇ…」

 

 

 

 

 

 

 

仙台

島風

 

島風「本当にこの辺りは深海棲艦が出ないの?」

 

白露「比較的ってだけだけどね、たしか…埼玉とか、奈良とか、そういう海に面して無いところだと艦娘とか深海棲艦なんて全く気にしないんじゃ無いかな?」

 

島風「へぇ…」

 

睦月「この辺りはまだ海が近いだけ有って、気にする人も少数だけどいたりするかなぁ…でも、基地が近くにないから疑ってかかる人も少ないよ?」

 

島風「そっか…」

 

周りが自身に無関心、誰かを害する事も気にかける事もない、それが正しいカタチ、どこか冷たくて、当たり前の感覚

 

島風(でも、なんだか寂しい…)

 

白露「さて、と…じゃーん!」

 

白露が財布からお金を取り出す

明らかに年齢に不相応な額が見える

 

睦月「今日は遊び放題にゃしぃ!どこ行く?どこ行く?」

 

島風「ど、どこでもいいよ?」

 

白露「よし、じゃあ遊んで回ろう!映画観て、ボウリングして!」

 

睦月「ちょっと歩けば三越もあるしー」

 

島風(あ、もう既にだいぶん予定決まってそう…)

 

白露「よーし!遊ぶぞー!」

 

睦月「あれ?夕立は来れないとして時雨や弥生は何処?」

 

白露「映画興味ないから先にボウリングやってるって」

 

睦月「えー…仕方ないから先に映画観ちゃお!」

 

島風「う、うん…」

 

島風(何の映画なんだろ…)

 

 

 

観賞後

 

島風(ゾンビホラーだとは思わなかった…)

 

白露「いやー、怖かったね!」

 

睦月「うん、次何見ようか?」

 

島風「いや、ボウリング行こ?」

 

白露「えー、もう一本!もう一本だけ!」

 

島風(これが来ない理由…よくわかったよ…)

 

睦月「まあ、待たせるのも可哀想だし…早くボウリングに行こうぞ!」

 

白露「うーん……仕方ないかー」

 

 

 

ボウリング場

 

弥生「…久しぶり」

 

島風「うん、久しぶり…元気だった?」

 

弥生「…多分」

 

時雨「島風は雰囲気が少し落ち着いたね」

 

島風「そうかな…」

 

弥生「それより、あの2人が2時間でここにくるなんて…」

 

時雨「あと4時間は覚悟してたんだけど…」

 

島風(そんなにホラー映画見るの…?)

 

弥生「…全部ゾンビもので似たり寄ったりだから、慣れるというか…飽きちゃう」

 

時雨「だよねー」

 

島風「あ、そっち…」

 

弥生「最初は怖かったけど……慣れちゃった、深海棲艦もゾンビみたいなものだし」

 

白露「何の話?」

 

時雨「白露達の見る映画は僕たちには合わないなって」

 

睦月「酷いよー、魅力に気づいてないだけで本当は面白いのです」

 

白露「そうそう、どうやって製造されたかとかねー」

 

睦月「将来は自分で映画を撮りたいなー」

 

白露「私はスタイリストになりたい…自分の手でゾンビを…」

 

島風(うわ…)

 

時雨「2人とも、島風引いてるよ?」

 

弥生「…割とキツいよ」

 

白露「いやー…そんなに?」

 

島風「…独特な趣味だね」

 

睦月「島風ちゃんの目線が冷たいにゃしぃぃぃ!!」

 

 

 

 

 

島風宅

 

島風(久しぶりに今日は楽しかったな…凄く楽しかった、みんなで過ごせて凄くよかった…)

 

駆逐棲姫「楽しそうですねぇ?」

 

島風「…え?」

 

誰もいないはずの部屋から声がする

 

駆逐棲姫「でも、今の貴方には不要な感情です…強くしてあげましょう、貴方を、誰よりも強く……力をあげましょう、貴方は素体としては最高です、貴方が成長すれば…とても良い結果をもたらしてくれるはずです」

 

島風「な、何…?何が…!」

 

息が苦しくなる

 

島風「…やだ、やだやだやだやだ!!」

 

 

 

 

島風「……っ…?あ、あれ…何で私玄関で倒れて…どうしたんだっけ」

 

今日は、いろんな事があって、楽しい1日だった



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357話

駆逐棲姫のアジト

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「護衛棲姫、私は今から遠出します、継続して離島鎮守府と横須賀に攻撃をさせる様に装甲空母鬼に通達を」

 

護衛棲姫「カシコマリマシタ」

 

駆逐棲姫「…そう言えば、貴方達は確かその辺のイ級を使って作りましたが…以前のことを覚えていたりしますか?」

 

護衛棲姫「…エェト…?ソレハドウイウ…」

 

駆逐棲姫「人間だった頃の記憶とかですよ、有ったりします?」

 

護衛棲姫「イエ…」

 

護衛棲姫が怪訝な表情を見せる

 

駆逐棲姫「何か、疑問点でも?私は貴方を高く買っています、何でも言ってください」

 

護衛棲姫「……以前ニモ同ジ質問ヲサレマセンデシマカ?」

 

駆逐棲姫「いいえ、していませんよ?」

 

護衛棲姫「…ソウデスカ」

 

悩む様に護衛棲姫が俯く

 

駆逐棲姫「……人だった頃の記憶が作用しているのかもしれませんね、デジャヴと言うやつです」

 

護衛棲姫「…ワカリマシタ、ソウナノデショウ」

 

駆逐棲姫「それでは、留守は任せましたよ」

 

駆逐棲姫(しかし、やや気にかかるか)

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府 食堂

 

キッチンのそばまで歩き、手近な椅子をひいて腰掛ける

 

駆逐棲姫「すみません、コーヒーください」

 

満潮「…え?」

 

如月「ね、ねぇ…あれ…」

 

満潮「いや…さ、流石に見間違いじゃ…」

 

戸惑いながら2人がコーヒーと茶菓子を持ってくる

 

駆逐棲姫「…おや、香りが違いますね、これは…たんぽぽコーヒーですか…?」

 

満潮「え、えぇ…」

 

駆逐棲姫「良いですね、毒物を排泄する手助けをしてくれたり体に良いですからね…」

 

コーヒーを口に運び、お茶菓子のクッキーを口に放り込む

 

駆逐棲姫「ん〜、美味しいです、満潮さんが作ったんですか?腕を上げましたね♪」

 

満潮「え、あー…ありがとう…?」

 

如月「…やっぱり私達も目がおかしくなってるんじゃ…」

 

満潮「でも私達艤装すらつけたことないのに…」

 

如月「だってそうじゃなきゃ説明がつかないでしょ…?」

 

満潮「そうだけど…」

 

クッキーを食べ終わり、コーヒーを飲み干し、一息つく

 

駆逐棲姫「ふー…おいしかったです、ごちそうさまでした」

 

首筋に冷たい感覚

 

春雨「…何故ここに?」

 

駆逐棲姫「ただ、お茶をしに」

 

春雨「何で貴方達もこの人に素直に飲み食いさせてるんですか…!」

 

如月「え?…いや、認識障害が起きてるんじゃ無いの…?」

 

満潮「だって…敵の総大将がまさかこんなところでお茶するわけ…」

 

駆逐棲姫「ああ、その考え方は当然ですよね、でも私常識にとらわれないので」

 

満潮「…え?本物?本当に綾波なの…!?」

 

如月「……ど、どどどどうしよう…」

 

春雨「本当に気付いてなかったんですか…!」

 

首筋の刃物が皮を裂き、肉に触れる

 

駆逐棲姫「首を刺しても、死にませんよ?」

 

春雨「…お二人とも早く逃げてください!できるだけ人を集めて」

 

2人が食堂の外へと駆け出す

 

駆逐棲姫「私とやる気ですか?良いですよ、先に知りたいことも教えてあげます」

 

春雨「…何ですって」

 

駆逐棲姫「イムヤさん、気になりませんか?」

 

私の首が宙を舞い、地面を転がる

 

駆逐棲姫「……」

 

体が立ち上がり、やれやれとジェスチャーをしながら頭を拾い、付け直す

 

駆逐棲姫「本当に首元には何か防具をつけましょうか、そろそろ鬱陶しいですから……おや、何で貴方泣いてるんですか?」

 

春雨「…貴方、イムヤさんをどうしたんですか…」

 

駆逐棲姫「死んではいませんよ、あ、違う、元々死んでるみたいでしたから、私の手ではまだ殺せてませんの間違いだ…とりあえず監禁していたぶってますね」

 

春雨「…許せない、何でそんなことができるんですか…イムヤさんは貴方のことを本当に信頼して…!」

 

駆逐棲姫「ウザいなぁ、そういうの」

 

春雨「……そうでしたね、貴方はもともとそういう方でした」

 

春雨が両手の籠手から飛び出した刃物をこちらに向け直す

 

春雨「貴方をここで殺し、イムヤさんを取り戻します」

 

駆逐棲姫「はいはい、私はちょっとお話に来ただけなんですよ?」

 

食堂の入り口をチラリと見る

 

駆逐棲姫「ああ、いたいた、彼女を探してたんですよね」

 

春雨「…貴方は確か…あきつ丸…」

 

駆逐棲姫「そう、彼女は元捕虜で…スパイです」

 

あきつ丸が血を流して倒れる

 

春雨「なっ…」

 

駆逐棲姫「今までここの内情をたくさん届けてくれましたよ、食べた物とか、そんなくだんない事ばっかり、使えないスパイってリスクにしかならないですからねー」

 

春雨「…何をした」

 

駆逐棲姫「心臓を、撃ちました♪」

 

春雨「…何で殺したんですか」

 

駆逐棲姫「え?要らないからに決まってるじゃ無いですか」

 

春雨「貴方は命を何だと思って…」

 

駆逐棲姫「命?私に命なんてありませんよ、死ねば死ぬ、でも私は死んでも生きてる、そんな存在に生命を語りますか、生物の道理を離れた存在を人の道理で縛ろうとは…アハハ!これは傑作だ!」

 

春雨「…殺して、どうなるんですか、人の命を奪って何に…」

 

駆逐棲姫「見てみればいいんじゃないですか?人を捨てたものの末路を」

 

春雨「…何?」

 

あきつ丸の死体が蠢き、姿を変える

 

春雨「…深海棲艦…」

 

駆逐棲姫「深海棲艦のなり損ない、さて、貴方は命と呼べますか?」

 

春雨「っ……こんな物…!」

 

駆逐棲姫「物?貴方がついさっきまで"命"と呼び続けた存在です、深海棲艦になればモノですか?素晴らしい道理だ」

 

春雨「…私は貴方とは違う!」

 

春雨が右手首に視線を送る

 

駆逐棲姫「データドレインですか?死体を生者にしたつもりですか?本当はそうじゃないのに、前の世界と何も変わらない、勝手な感情で生き死にを決める貴方の何が正しいのか!」

 

春雨「…貴方は人の命を奪う、私は人の命を救う…これが違いです…!」

 

駆逐棲姫「本当に?私の作ったデータドレインで本当に救えるんですか?青葉さんのときはそれで逆に窮地に立たされた人もいましたねぇ?」

 

春雨「……あのとき、貴方も…」

 

駆逐棲姫「ええ、いましたよ、朧さんのデータドレインに介入して洗脳プログラムを実行しました、その結果青葉さんは自身の姉に深い傷を作ることになった…治ったみたいですけどね」

 

春雨「貴方は、本当に…何で、私は貴方を…」

 

深海棲艦が春雨に飛びかかる

 

春雨「ああぁぁぁぁぁッ!!」

 

両手の刃で深海棲艦を十字に斬り裂く

 

春雨「…私は、目の前の命を投げ出すほど利口じゃありません、それが間違った手段とか、相手の罠とか関係ないんですよ……救えるなら、可能性があるなら…私は何でもやる…!」

 

春雨が右手を突き出す

 

春雨「データドレイン」

 

眩い光が食堂を包む

 

春雨「……なッ…!」

 

深海棲艦が起き上がり、春雨に飛びつく

 

春雨「くッ…!この…!」

 

駆逐棲姫「ああ、あーあ…なんて愚かな…失敗して助けようとした人に殺される?なんて惨めなのか…」

 

春雨「…違う!こんな事…!」

 

駆逐棲姫「何が違うんですか?それとも目が見えてない?貴方は助けようとしてる相手に喰われそうになってるんですよー!」

 

春雨「…そんな事、知りません!!」

 

深海棲艦の頭が落ちる

 

春雨「私は馬鹿だ!大馬鹿だ!たとえ言うことを聞かない患者だろうが!死ぬことを望んでる愚か者だろうが!そんな事何も関係ない…!人は等しく寿命で死ぬその瞬間まで生きる義務がある!たとえ辛くても、小さな幸せを見つめることが出来る内は…!」

 

駆逐棲姫「おや、とても傲慢ですね、それが苦痛で貴方は自殺したんでしょう?」

 

春雨「だからそう言っている!私があのときやったことは寸分の狂いなく間違いだった!…だから、誰にもそんな後悔をさせません、死んだら何も取り返せない!取り返しのつかない後悔を防ぐことが私の役目です!」

 

春雨がもう一度右手を突き出す

 

春雨「何度だってやってやる…!」

 

再び眩い光があたりを包む

 

駆逐棲姫「…ふむ、なるほど、貴方の考えは分かりましたよ、でもそれは傲慢すぎる」

 

春雨「人とは傲慢なものです、傲慢の部首は人の心、まさに人そのものじゃないですか」

 

春雨があきつ丸を深海棲艦の死骸から抱き起こしながらそう言う

 

駆逐棲姫「ああ、確かにそうですね、医官なんかやめて国語か道徳の教師にでもなったらどうですか?」

 

春雨「…考えておきましょう」

 

駆逐棲姫「はてさて、貴方との決着をつけてもいいんですがそろそろ空襲の頃です、私の出したテスト、ちゃんと答えてくださいね?」

 

春雨(…テスト?何を…)

 

駆逐棲姫「やりなさい」

 

あきつ丸が春雨の手首を掴み、刃を春雨へと向ける

 

春雨「なッ…!」

 

駆逐棲姫「うーん、殺せませんでしたか、でも顔に少し傷はつきましたねぇ…女の子は顔が命なんですから、大事にしなきゃダメですよ?」

 

春雨「この…!」

 

駆逐棲姫「あきつ丸さん、もし春雨さんを殺せたら迎えに来てあげます、それじゃ、また〜」

 

手を振りながら食堂の入り口から歩いて外に出る

 

駆逐棲姫「ま、ゴミも処理したし…いいや、島風さん迎えに行こーっと♪」

 

両肩が何かに突き刺される

 

川内「そう簡単に逃すと思わないでくれるかな」

 

那珂「那珂ちゃん、ヒートアーップ…!」

 

駆逐棲姫「おや…どうします?レベル1とレベル2、お好きな方でお相手しますよ」

 

川内「どっちでもぶっ倒すっての…!」

 

那珂「勿論!」

 

駆逐棲姫「ん、じゃあ」

 

駆逐水鬼「ゲームの時間ですねぇ?」

 

腰の大腕が壁を破壊し、海へと飛び出す

 

川内「那珂!コンビネーションで行くよ!」

 

那珂「わかってるよ!」

 

角度、タイミング、非常に良いコンビネーションで私を追い込もうとしてる

及第点なのかもしれませんが

 

駆逐水鬼「クリアには少し足りない」

 

2人まとめて蹴りで弾き飛ばす

 

駆逐水鬼「期待を裏切らないでくださいよ、私は貴方達を評価しているのに」

 

川内「評価?何を評価してるって言うのか、教えてもらいたいね…!」

 

那珂「そんな事より神通姉さん返してよ!」

 

駆逐水鬼「あ」

 

駆逐水鬼(すっかり忘れてた…明日辺りに迎えに行ってみよう、そろそろあの世界に疲れ果ててる頃合いでしょうから)

 

川内「よそ見してんじゃないよ!」

 

短剣での乱撃を大腕でガードする

 

駆逐水鬼「カートリッジは?使わないんですか?」

 

川内「使うまでも無い!」

 

駆逐水鬼(いや、違うな…カートリッジを起動する予備動作を見せたく無いんだ…那珂さんは視界外……どっちだ、背後?いや、右後方……ここか)

 

大腕で川内さんの攻撃を防ぎ、左後方、やや上にブーストした蹴りを放つ

 

那珂「っ!!」

 

駆逐水鬼「大当たり」

 

川内「なんで…!」

 

駆逐水鬼「さて、私も見せてあげましょう」

 

川内さんに背を向けたまま、那珂さんの目の前でカートリッジを取り出し、起動する

 

那珂「!」

 

駆逐水鬼「例えばこれは…爆砕みたいな?」

 

那珂さんの目の前で足にカートリッジを突き挿す

それに反応して那珂さんは飛び退く

 

駆逐水鬼「お馬鹿ですね」

 

軽く飛び、背後へと回し蹴りを放つ

 

那珂「あっ」

 

川内「え…」

 

駆逐水鬼「…ん…脚も爆砕しちゃうのは困りますね?」

 

膝から下が無くなった足を見てケラケラと笑う

 

那珂「川内姉さん!」

 

駆逐水鬼「さて、次は…と?」

 

炎を伴った蹴りを顔面に受け、水面を滑る

 

駆逐水鬼「おお、今の動き見えませんでしたよ…やっぱり感情が左右する部分はあるんですねぇ?」

 

体を起こし、周りを見る

 

駆逐水鬼(居ない、上か)

 

大腕を上に回す

 

那珂「はあぁぁぁぁッ!!」

 

下から蹴り上げられる

 

駆逐水鬼「っ…下?まさか海に潜ってたとは…っと」

 

胸ぐらを掴まれ、何度も殴られる

 

那珂「許さない…!許せない!」

 

駆逐水鬼(あー…もう、めんどくさいな)

 

那珂さんの背後にワープする

 

那珂「っりゃぁぁぁぁッ!!」

 

ワープ直後に回し蹴りをくらい、水面を突き破り、水中に落ちる

 

駆逐水鬼(……ま、クリアって事にしときますか)

 

綾波に姿を変え、浮上する

 

那珂「……へぇ…!」

 

驚きの表情を見せながら私を睨みつける

 

綾波「私も驚いてますよ、まさか貴方にここまでの地力が有るとは」

 

那珂「…舐めないでよ」

 

綾波「うーん、塩味しかしないと思うので遠慮しておきます♪」

 

那珂「…挑発には乗らないから」

 

綾波「その発言をしてる時点で既に挑発に乗ってるんですよ、だってイラついてるって認めてるようなものですから」

 

那珂さんが大きくため息をつき、こちらを睨みなおす

 

那珂「……何、何がしたいの」

 

綾波「いや?ゲームクリアおめでとうございますってだけですよ!いやー凄いなー」

 

那珂「……」

 

綾波「じゃあ、レベルアップ試します?」

 

那珂「……」

 

那珂さんの体が一歩下がる

 

綾波「あっ、体は正直って奴ですか?怖いですよね、冷静になればさっきまでのは勢い、しかも私の攻撃は下手したら一撃で命を奪われかねない…怖いですよねぇ!」

 

那珂「……そうだね、大人しく引き下がるよ」

 

綾波(意外だな、そこまで賢いとは思わなかった…)

 

那珂「だってもうすぐ空襲来るでしょ、構ってる暇なんかないからね」

 

綾波「ピンポンピンポン大正かーい!」

 

那珂「……」

 

那珂さんがこちらを睨みながら引き下がる

 

綾波「さて、メインディッシュに行こうかな」



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代替品

青森 繁華街

島風

 

最悪だった

空から降ってきたみたいに、音もなく、何事もないように現れて、好き放題暴れる、まるで台風みたいに

大量の深海棲艦を引き連れて急に繁華街に溢れるみたいに現れて、蹂躙した

 

駆逐水鬼「おや、そんな顔で見ないでくださいよ、せっかくの美しい顔が台無しです…」

 

今の私に、こんな巨大な敵を相手に何ができるのか

答えはただひたすらに逃げる事のみ

立ち上がり、背を向けて必死に逃げた

同じクラスの子がいた、どうなったかはわからない

ゲームセンターで会ったことのある人には艦娘だったなら戦えと叫ばれた

飛んできた瓦礫に潰されたみたいに見えた

 

とにかく、今の私には戦う術も、勇気も、何もなかった

 

いつかの私なら必死に民間人を守るために戦えたかもしれない、だけど今の私は自分が助かることだけを考えて…

 

島風(偶然、偶然攻めてきた場所に私が居ただけ…偶然だから、偶然だから…!)

 

そう言い聞かせるほど、息が苦しくなって、周りが真っ白になっていった

 

駆逐水鬼「バァ!」

 

島風「ひっ…!」

 

目の前に急に現れた、何の前触れもなく現れた…そして、腰から生えた灰色の腕が私へと伸びる

 

駆逐水鬼「おや?」

 

駆逐水鬼が大きく揺れる

 

夕立「お待たせっぽ〜い…!」

 

駆逐水鬼「おやおやおや、いつだったかの…」 

 

夕立「…見たことあるツラしてるっぽい…やっちゃっていいのかしら?」

 

駆逐水鬼「やれるのなら、ですよ、あくまでね?」

 

島風「だ、ダメ…逃げて!勝てる相手じゃない…!」

 

夕立「そっちこそ早く逃げて!ここに居られると…巻き込むから…!」

 

夕立が主砲を向ける

 

駆逐水鬼「おや、久しくらしい戦い方をする人を見ました、てっきり皆さんは艦娘であることを忘れて格闘家になったのかと」

 

砲戦を背に、逃げ出す

 

島風(嫌だ、嫌だ…!こんなの嫌だ…!)

 

体がぴたりと固まる

 

島風「え?な、なんで…」

 

駆逐水鬼「逃しませんよ?貴方の体内のナノマシンは完全にハッキングしましたし、これで私の思い通り…もう逃げられません♪」

 

島風「な、ナノマシン…?あれは体外に排出されるんじゃ…」

 

駆逐水鬼「馬鹿ですねぇ、完全に排出されるのなんて何十年か経ってようやくでしょうに…まあ、起動するところから始めたので多少時間は取りましたが…アハッ♪」

 

駆逐水鬼がこちらを見てわらう

本能的な恐怖が頭を支配し、何も考えられなくなる

 

島風「や、嫌だ!嫌だ…嫌!もう嫌!」

 

夕立「お前の相手は夕立っぽい!」

 

駆逐水鬼の顔面に砲弾が直撃したというのに、ケロリとした表情で夕立を見て笑う

 

駆逐水鬼「たかだか駆逐艦、貴方に私は倒せませんよ」

 

夕立「っ…それはどうかしら!?」

 

夕立がカートリッジを主砲に挿そうとする

 

駆逐水鬼(…あれは確か火力強化か、どのくらい強くなるか…いや、素敵なアイデアがあった)

 

夕立「これで、どーお!?」

 

駆逐水鬼「盾になりなさい」

 

体が勝手に動く、さっきまで走ってたのよりもずっと早い速度で駆逐水鬼の前に立ちはだかり、砲撃を受ける

 

島風「…ぁ……が…」

 

夕立「う、嘘でしょ…!?な、何やってるの!?」

 

駆逐水鬼「さっきの話聞いてました?この人私の思いのままなんですよ…あら、大変!貴方に打たれたせいで腸が弾け飛んで中身まで垂らして…アハハ、臭いですねぇ、島風さんの腸の中」

 

何が起きてるのか、自分がどんな状態なのかすらわからない

もう目の前が真っ暗で、痛くて、何より熱い

熱いのに、どんどん寒くなる

全身の指先から、頭から、どんどん冷たくて、死んでいく感覚…

 

駆逐水鬼「ほら、求めなさい…死にたくないでしょう、私に懇願しなさい、生かしてくださいって」

 

耳元でそう囁かれても、応える気力すらない

 

夕立「島風ちゃんから離れて!」

 

駆逐水鬼「…私なら、この子をいかせますよ?貴方達みたいに何もできず、感動的に看取ってさようなら〜なんてせず、私はこの人を活かし続ける、この人には凄い力があるんですから…ぐぇっ…痛いな…後ろかぁ…」

 

白露「よくも、こんなこと…!」

 

睦月「絶対許さないにゃしぃ!」

 

駆逐水鬼「誰が許しを乞うたのか、私は許してくれなんて一言も…」

 

駆逐水鬼の頭が弾け飛び、再生する

 

駆逐水鬼「あーもう、人が話してる時に…と言うか頭ばかり狙うのやめてくれません?私の完璧な造形美が崩れたらどうするんですか…しかし、この狙撃は…五月雨さんでしたっけ?」

 

駆逐水鬼が嫌そうに私の前に立ち、片手をあげる

 

駆逐水鬼「まあ、撃ってきましたし、良いんですよね?準備は…さーて、軽くお遊びといきましょうか」

 

駆逐水鬼の大腕についた主砲が砲撃を始める

 

白露(何この威力!)

 

睦月(当たったら木っ端微塵にゃしぃ!)

 

駆逐水鬼「あ、実はこれ…自立式なんですよ」

 

大腕が地面に落ち、駆逐水鬼が姿を消す

 

睦月「ぎゃんっ!?」

 

白露「睦月ちゃ…ぁ…ぁが…」

 

2人が膝をつき、艤装を落とす

 

駆逐水鬼「しかし…人というのは本当に薄情ですよね、貴方達が戦っているのに誰も応援すらしない、この辺りには複数民家がありますが…ほら、あの家を見てください」

 

駆逐水鬼が民家の窓を指さす

 

駆逐水鬼「うっするとスマホのカメラが見えます、女の子が痛い目にあってるのが好きな加虐趣味の変態か、それとも野次馬根性のゴミどもか…」

 

その窓が吹き飛ぶ

 

夕立「み、民間人を…」

 

駆逐水鬼「島風さーん?貴方のせいで民間人が死にましたよ?」

 

私のせいで、人が…

 

駆逐水鬼「何なら良いですか?何なら貴方は目を覚ましてくれますか?それとも今死んで、塵みたいなイ級に成り果てますか?」

 

島風「…も…う……嫌」

 

何で私の体は動かないの?逃げようとしても、戦おうとしても

 

駆逐水鬼「ほら!アハハ!」

 

夕立「っ!?」

 

目の前に夕立の艤装が転がる

 

駆逐水鬼「貴方は前の世界では随分と舐めた口を聞いてくれましたよね?特にいたぶってから殺しますよ、貴方と五月雨さんは」

 

目の前の友達すら守れないなんて…嫌だ

ただ、目の前の武器を取れば良いのに、何で私の体は動かないの?もう私が死んでるから?いや、死んだとしても……

 

島風「守らなきゃ…!」

 

駆逐水鬼「…おや、この感じ…」

 

駆逐水鬼と目が合う

 

駆逐水鬼「……アハッ♪」

 

四肢が裂かれるような感覚

鮮血が全身から抜かれるような冷たさ

 

駆逐水鬼「やはり、精神への強い揺さぶりは重要ですね、とうとう覚醒してくれましたか…」

 

睦月「った……な、何が起きたの…?」

 

白露「…島、風…ちゃん?」

 

夕立「……嘘…」

 

何で、私をそんな目で……あれ?誰だろう、目の前にいるのは……

 

駆逐水鬼「さあ、生まれ変わった貴方を歓迎しましょう、島風さん……いや、貴方は新しい戦艦レ級、コピーの一つ」

 

レ級「コ、ピー…?」

 

駆逐水鬼「本当に期待通り、貴方の顔は美しいです、これならレ級さんの代わりとして申し分ない……さて、初めてのお仕事ですよ」

 

やる事は、頭の中に浮かんでくる

 

駆逐水鬼「力を振るえ」

 

目の前の手法を拾い上げ、向ける

 

夕立「…嘘、嘘でしょ?島風ちゃ…」

 

引き金を引いた

 

睦月「…!」

 

白露「嘘…」

 

あと、2人にも、引き金を引いた

 

駆逐水鬼「さあ、後は…そっちかな、見つけなさい?」

 

駆逐水鬼様が指した方向へと駆ける

 

五月雨「え…」

 

主砲を突きつけて、撃った

 

駆逐水鬼「うーん、すばらしい、その速度も、力も…さあ、帰りましょう?貴方の家に」

 

止めどなく、涙があふれているのに、その理由はわからなかった

 

 

 

 

駆逐艦 五月雨

 

五月雨「みんな…大丈夫…?」

 

睦月「…高速修復剤、注入してなかったら死んでたにゃ…」

 

五月雨「…そうだね、これが応急修理要員…分けて貰えてて本当に助かった…」

 

制服がじっとりと汗で濡れる

確かに一度死んだと言っても差し支えのないほどのダメージ、塞がった傷口の周りの血痕

 

夕立「それより…アレ、本当に島風ちゃんだよね…?」

 

白露「……うん」

 

睦月「…レ級になってたけど…」

 

白露「それも含めて、報告…戻ろう」

 

 

 

 

 

 

 

海上

提督代理 朧

 

朧「…なんでこうなるかなぁ…」

 

曙「……船の整備してもらわずに強行したからじゃないの?」

 

漣「何で後何十キロもあるのに、エンジンが壊れるのぉぉぉ!!」

 

朧(不味いなぁ…このままじゃ空襲のついでに殺される、艤装はあるけど物資が運べなきゃ意味はない…!)

 

曙「…最悪ね、来たわよ」

 

遠くの空に黒い小さな粒が見える

深海棲艦の艦載機…

 

朧「……曳航しながら相手は無理か…」

 

離島鎮守府を目指してるはずの艦載機が一部こちらへと近づいてくる

 

曙「…灼き尽くしてやる…!」

 

漣「…ぼのたん、上手くやろうね…」

 

朧(…何機来てる?……いや、100はいる、こんなの…)

 

真上を後方から艦載機が通り抜け、航空戦が始まる

 

朧「え?……深海棲艦の艦載機同士が戦ってる…」

 

曙「……アレは…」

 

レ級「私の艦載機」

 

朧「曙…!」

 

船の上に曙が舞い降りる

 

レ級「ついてないわね、いや、ついてるのかしら…曳航は任せて、すぐに着くから」

 

朧「…大丈夫なの…?」

 

曙「アンタ、海に消えてから何してたのよ…」

 

レ級「そんな話は後、所詮私も…アンタ達も、同じなんだから」

 

朧(…曙、なんか、雰囲気が変わった様な…)

 

レ級「飛ばすわよ、しっかり掴まってなさい」

 

尻尾が船の先端部に喰らい付き、速力を上げて突き進む

 

漣「はやっ!?」

 

レ級「舌噛むわよ、黙ってなさい」

 

曙(…もう噛んだわよ)

 

 

 

 

離島鎮守府

 

レ級「ま、こんなもんよね…」

 

朧「助かったよ、ありがとう」

 

レ級「早く積荷を下ろして運び出して、私は艦載機回収してくるけど」

 

曙「……アンタ、顔色悪くない?」

 

レ級「深海棲艦なんだから当たり前でしょ」

 

曙「…それも、そうか…」

 

漣「真っ白だもんね」

 

朧「…よし、2人とも、手伝って」

 

朧(…でも、何だか不安だな…曙の事)

 

 

 

レ級(…例えば、携帯電話のAIは充電が切れそうになると自動的にパワーをセーブする…それが私は命だっただけ…セーブモードなんか要らない、私が強く在れるのは一瞬でもいい)



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作戦準備

駆逐棲姫のアジト

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「うーん、素敵ですねぇ♪」

 

戦果は上々、最近の問題点はレ級さんの壊れた心が回復しつつあるところか…

完全に壊した場合どうなるかわからない、私に従順になってくれれば良かったがそれに関しては無理そうなので諦めた

今は計画をシフトして、壊すのでは無く、最低限の協力をさせる

 

既に引き下がれないところまで来ていることくらい彼女自身も理解している、ならば私に降るのが普通なのだろう、どうやっても勝てない相手に逆らうより従う方が楽なのにそれをしない

 

駆逐棲姫「その反骨精神が気に入ってるんですが…いやー、どうにかあのまま私のものにしたいなぁ♪」

 

となれば、話は単純

Cubiaとの契約なんか気にせず倉持海斗を本当に手中に収めればいい、理由は知らないがあれほど心酔しているなら、それを手にすれば容易に籠絡できる

 

しかしCubiaと敵対するのはデメリットもある

ネットワーク関連の支援は一切なくなり、今使ってる機材も全て破壊されかねない

不意打ちで一瞬で殺せばそうはならないだろうが…アレの急所は人体と同じなのかという疑問もある

 

駆逐棲姫「ま、手を出さないのが無難か」

 

望みは叶わない、仕方のない事だ

 

今はコレクションを手にしたことを喜ぼう

 

駆逐棲姫「ね?島風さん♪」

 

レ級「……」

 

あくまでこれは戦闘用、観賞用にするにしては微妙な差異が気になってしまう

 

駆逐棲姫「となると、やはり曙さんも欲しい…」

 

が、アレはもう少しだけ寝かせなくては

計画通り物事を進めたい、装甲空母鬼の事もある

 

駆逐棲姫「まあ、馬鹿な子ほど扱いやすいと言いますから…すぐ問題は解決するでしょう」

 

 

 

 

 

イムヤ

 

駆逐棲姫「Hello イムヤさん」

 

イムヤ「……」

 

今日は"コッチ"か…

 

駆逐棲姫「…貴方もなかなか我慢強い、何でまだメンタルが壊れてないのか、不思議ですよねぇ、まるで何かが貴方を助けてる様だ」

 

イムヤ「…はいはい、私は綾波に助けられてますよっと」

 

駆逐棲姫(…本当に何かに助けられてる?だが嘘はついていない……筈だ、奇妙だ、何がイムヤさんを保たせている?)

 

イムヤ「…お腹減ったなぁ…」

 

駆逐棲姫「貴方も深海棲艦なんですから、たまには人の肉でも食べてみますか?」

 

イムヤ「…絶対嫌、私そんなもの食べた事ないし」

 

駆逐棲姫「ええ、存じ上げてますよ、死者でありながら生者でもある、それが故に人間としてのエネルギー補給で生きながらえてきた…やはり貴方は間違った存在だ」

 

イムヤ「はいはい」

 

駆逐棲姫「ああ、不愉快でしたか…それは失礼、でも私は貴方を褒めてるんですよ?」

 

イムヤ「それはそれは光栄でーす」

 

駆逐棲姫「…解放してあげましょうか?」

 

イムヤ「え?」

 

駆逐棲姫「どうです」

 

何かを伺う様な視線

綾波の様に、そして、いたぶる様に

 

わからない、この言葉の意味が

 

駆逐棲姫(なぜ悩む、今の今まで私のことを一切信用していなかった、今の今まで貴方は私の言葉に耳を傾けなかった…冗談だと流さず受け止めた理由は何だ?)

 

寒気

ハッとして綾波を見る

口角を上げ、ニッコリとこちらに微笑みかける

 

駆逐棲姫「そうだ、話は変わりますが…そろそろ貴方を処理しないと」

 

イムヤ「出してくれるんじゃなかったの?」

 

駆逐棲姫「思ったより反応が淡白だったもので…気が変わりました」

 

イムヤ「……それは残念ね」

 

駆逐棲姫(試す価値はあるだろう、反応次第だが、護衛棲姫の発言にも納得がいく…まさか、私が多重人格とでもいうのなら……それはそれで、面白い、利用できる)

 

 

 

 

 

離島鎮守府

提督代理 朧

 

朝潮「どうも、お帰りなさい」

 

朧「うん、助かったよ、予定より大幅に遅れちゃったけど…」

 

朝潮「問題ありません、しかし士気は落ちていますね」

 

朧「…よし、できれば今日中に作戦を練って、最速で実行に移そう、深海棲艦の基地を一つ落とすんだ」

 

朝潮「…確かに、上手くいけば厄介な空襲はなくせる…かもしれませんね」

 

朧「とりあえず地理関係と空襲のタイミングの解析をしてみよう、上手くやれば…」

 

漣「ボーロ!空襲来たよ!」

 

朧「すぐ迎撃に…」

 

漣「…規模、横須賀並みだよ」

 

朧「えっ……」

 

つまりそれは狙いは横須賀じゃなくてアタシ達だったということの証明になりかねない

 

朧「…急いで迎撃しないと!漣、行くよ!」

 

漣「わかってる!」

 

朧(綾波の狙いは徹底的な兵糧攻め?…いや、多分違う、そうだ、これはアタシを徹底的に狙い撃ちしてるんだ…)

 

決着は急がなくてはならない

だが焦ればみんなを巻き込んで死ぬだけ

 

冷静に、焦らず…仕掛ける

 

そんな作戦が求められてる

 

 

 

 

作戦室

 

亮「空襲が引いた時、引き波の様にそれに追従して攻め込むか…見つかるリスクは高そうだけどな」

 

朧「でも、補給さえ済んでなければ艦載機は使えない…」

 

キタカミ[横須賀まで来られることを考えると反転して攻撃してくるかもよ]

 

朧「……現実的じゃないですかね」

 

キタカミ[あんまりね、でも悪くはないと思う]

 

朧「…そうですか」

 

亮「なら、数を絞るか?」

 

キタカミ[それが妥当な線、見つかりさえしなければ体制が整ってないところに攻撃を仕掛けられる]

 

朧「……数を絞る…」

 

少数精鋭、それならスリーマンセルを2つか3つ作り、それぞれの方向から攻めるべき…

 

だとしたら選出メンバーは?

阿武隈さんと不知火さんは別々に配置したい、川内さんと那珂さんにも戦ってほしい、基地を叩くとなれば2人の曙が暴れれば本隊の到着は容易…

でも、全ての作戦にリスクが伴う

 

敵地、つまり助けられる可能性は皆無

 

キタカミ[朧、怖いなら私が選ぶけど]

 

朧「…いえ、私の責任なので」

 

誰ならいい?誰ならみんなが助かる?

 

明石「失礼しま……あー…今ダメでした?」

 

朧「あ、大丈夫です…何かありましたか?」

 

明石「いや、空襲で傷ついた設備と艤装の修復は終わったって言うだけ…」

 

キタカミ[明石]

 

明石「あっ…は、はい」

 

キタカミ[言いたい事あるなら言いなよ、聞いてたんでしょ?]

 

明石「……ええと…私の作った応急修理要員、アレを増産します、そうすれば…簡単に死者は出ない、だから……」

 

信じて欲しい

それだけの事、信じて、みんなと一緒に戦えば…

 

朧「……わかりました、スリーマンセルを三つ作って、それを各方位から忍び込ませる形をとります」

 

キタカミ[メンバーは]

 

朧「一つは阿武隈さん、曙、後もう1人誰か、もう一つは不知火さんと春雨さん、それともう1人、最後は川内さん、那珂さん、それからアタシ」

 

亮「…自分から行くのか?」

 

朧「アタシが前に出る事で…明石さんの応急修理要員をより信用してもらえると思うんです、お互いが信頼して、信用して戦わないと…誰かを失うことになると思う……後2人の選出は私には難しいので、キタカミさんにお任せします…」

 

キタカミ[春雨を選んだ理由は?]

 

朧「不知火さんは…失礼ですが、状況判断に欠けると思います、春雨さんはチームワークに欠けますが、死なせない事に関しては一流です」

 

キタカミ[だとしたら不足、春雨は外して山雲、それと那珂かな、朧の隊には大和を入れて]

 

朧「…壁役ですか?」

 

キタカミ[そう、明石、防御特化の艤装は作れる?]

 

明石「時間さえいただければ…」

 

キタカミ[3日だね、それと後1人の方には天津風を入れよう、あの臆病さは武器になるから]

 

朧「…実戦を経験してないんですよ?」

 

キタカミ[誰でも最初は同じ、それに阿武隈も曙も調子に乗りそうだし、臆病な足枷一つあったくらいが丁度いいよ]

 

朧「……わかりました、それと…川内さんと那珂さんを入れ替えませんか?その…指揮役には山雲も那珂さんも…」

 

キタカミ[ああ、そうだね、気づかなかった、そうしよう]

 

朧(…アタシにわざと指摘させた…か)

 

朧「よし、防空の備えをより強固にして今後の空襲を防ぎ、作戦の用意が整い次第実行に移します」

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 阿武隈

 

阿武隈「え?キタカミさんを探してる?会議中だと思いますけど…」

 

春雨「そうですか…」

 

阿武隈「なにかあったんですか?」

 

春雨「いえ、キタカミさんの容態を確認したくて…アレから徐々に悪くなる一方との事ですから」

 

阿武隈「…成る程、後で医務室に行く様に伝えますね」

 

春雨「……阿武隈さんから見て何か変わった事などありませんか?」

 

阿武隈「変わった事?」

 

春雨「…特に思い当たらないのでしたら、構いません」

 

阿武隈「…何でそんな質問を?」

 

春雨「現在、キタカミさん以外には高速修復剤は正常に機能しています、何の差異があって完全治癒に至らなかったのか…それが知りたいんです」

 

阿武隈「…確かに、他の方はみんな完治してますよね」

 

春雨「ナノマシンがキタカミさんを蝕んでいる…と言うだけなら話はわかりやすいんですが…」



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茶飲み話

横須賀鎮守府

曽我部隆二

 

結局あの青葉のプレイヤーと出会うことはできず、悪戯に時間だけが過ぎた

最終的な結論は秋雲という少女の職場仲間である可能性、そして対象の青葉も艦娘である可能性を模索する事になった

そこからは話が早かった、2日で横須賀に所属する青葉という艦娘とアポイントメントを取ることができた

 

曽我部(ま、仲良くできるかは向こうさん次第だけど…殴られるくらいは覚悟しとこうか)

 

入り口で要件と名前を伝え、案内されるがままに部屋に向かう

 

 

 

応接室

 

さすが国の軍事施設だけはある、調度品も何から何まで手入れが行き届いている、息の詰まる空間

嫌いな場所だ、棒つきキャンディでも舐めようものなら叩き出されるのではないか

 

アオバ「失礼します」

 

2人の女性が部屋に入り、こちらに一礼する

驚いたのはその丁寧な所作でも特徴的な髪色でもない、1人は片腕がなかった

 

体の一部を失っても軍人としてやっていけるものなのか、という疑問もあるが…

 

アオバ「私との面会をご希望された…と伺いましたが」

 

片腕の方の女性がこちらを向いてそういう

 

曽我部(…片手でプレイしていたのか?…いや、何にせよ確認をしないと)

 

曽我部「お時間をとっていただきありがとうございます、私はサイバーコネクト社の曽我部隆二と申します」

 

アオバ「…サイバーコネクト社の?役職は?」

 

曽我部(…外部の雇われってだけだから、らしい役職なんか無いわけだが…)

 

曽我部「保安2課の者です、デバッグなどのチームだと思っていただければわかりやすいかと」

 

衣笠「そのデバッガーさんが何の用ですか?」

 

曽我部「ええと、単刀直入に伺います、The・Worldで青葉というキャラで活動されていましたか?」

 

アオバ「…いいえ」

 

曽我部「我々は青葉という名前で活動しているプレイヤーを探しています、お心当たりなど有りましたら…」

 

アオバ「何のために探してるんですか?」

 

曽我部(…ヒットか)

 

曽我部「協力を願い出るためです、我々はその青葉というプレイヤーから私達サイバーコネクト社ですら把握していない事実を教えられた、その事件を解決したいと言う意味ではそのプレイヤーの目的は私たちの目的と一致しています」 

 

アオバ「その目的は?」

 

曽我部「The・World内の意識不明者の回復です」

 

アオバ「……私たちはおそらくその青葉を知っています、しかしあの子にはもうあんな危険な間に合ってほしく無い、お帰りください」

 

曽我部(危険な目?ああ、メトロノームの…)

 

曽我部「いや、あれはこちらの手違いというか…」

 

横からガチャリと音がする

 

衣笠「詳しく聞かせてくれますか?」

 

曽我部「…ええと、それは…オモチャ?」

 

衣笠「いいえ、艦娘が使う主砲です、対深海棲艦用の」

 

つまり今銃口を突きつけられている様な状態…と言うわけか

 

アオバ「理解できてないなら」

 

片腕の女性が腰から拳銃を抜き、こちらに向ける

 

曽我部「…軍人さんが一般人にそんな物向けて良いんですか?」

 

衣笠「人を意識不明の重体にする様な奴ら、一般人とは呼ばないし」

 

アオバ「何より、誰を手にかけたか…」

 

曽我部(思ったより、まずい状況みたいだな…)

 

曽我部「待ってください、それについては謝罪させていただきます、しかし…」

 

アオバ「貴方たちのせいで…あの子があんな事に…!」

 

曽我部(思ってる以上に事態は深刻か?まさかまだ意識が戻ってない…とか…いや、とにかく…)

 

曽我部「私達は青葉さんにこれ以上害を与えるつもりはありません、以前の事につきましても誠実に対応をさせて頂こうと…」

 

衣笠「誠実って何?お金?そんなの求めてない!もうあの子に関わらないで!」 

 

アオバ「自分たちのゲームで出た意識不明者なら自分達で解決してください、それに私達は貴方に説明を求めたんです、弁解をしてくれなんて一言も言ってません」

 

曽我部「……わかりました、では説明をさせて頂きます、青葉さんは現在公開前のThe・World R:Xに不正なログインを働いて居ました」

 

衣笠「だから意識不明にした?」

 

アオバ「ガサ、黙ってて」

 

曽我部「…私達は青葉さんと接触した際、意識不明者…通称"未帰還者"の存在を知りました、その未帰還者について詳しく伺っている際、青葉さんを部下が攻撃し、意識不明に…」

 

アオバ「ゲームで攻撃されて意識不明になるんですね、そんな危険なゲームを運営してたとは知りませんでしたよ」

 

曽我部「本来のThe・Worldの仕様にはそのような危険な物はありません、ただ、どうしても必要な時にのみ…」

 

衣笠「じゃあ青葉をやったときは本当に必要だったんだ?」

 

曽我部「…いいえ、私が部下の教育を怠ったばかりにこの様な事になりました事、改めてお詫びいたします」

 

アオバ「そうですか、もう結構です、あなたをあの子に会わせることは決してありえません、お帰りください」

 

曽我部「…失礼します」

 

 

 

 

 

 

曽我部「ありゃあ全然ダメだ、これ以上踏み込んだら何されるかわかんねぇ」

 

リーリエ『うーん、無理に深入りするのはやめようヨ、結構深い仲っぽいんでしょ?』

 

曽我部「だねぇ、余計な事したらほんとに撃たれるかと思っちゃったよ、取り敢えず出る手続きして帰るから……と…?」

 

リーリエ『リュージ?』

 

曽我部「…悪い、もう少し帰りは遅くなるかも」

 

電話を切り、こちらへと歩いてくる男を見据える

 

火野「お時間の方は?」

 

曽我部「問題ありません」

 

 

 

火野「部下の非礼をお詫びします、どうにも…教育を怠ってしまった様で」

 

曽我部「それは…ハハ、それは仕方ないですね…」

 

曽我部(一部始終を聞いてたのか、事細かに報告されたのか、何にしても、早い)

 

火野「ご理解いただけた様で、ありがとうございます」

 

曽我部「……しかし、まさか貴方とこんなところでお会いできるとは思いませんでした、元.hackersの参謀にしてThe・Worldを搭載する施設、知識の蛇の管理人にしてサイバーコネクト社の筆頭株主、貴方について挙げ出せばキリがない」

 

火野「どれも昔の話です」

 

曽我部「…筆頭株主である事に関しては変わりないかと、それと今は国防の要である……えーと…」

 

火野「形式的に海軍、と呼んで居ます…まあ、国防省に含まれていると思っていただいて構いません」

 

曽我部「いやあ、しかし、その若さでそれほどの地位、さすがと言う他…」

 

火野「優秀な部下に恵まれました」

 

曽我部(…何で話しかけてきた?茶飲み話のためじゃないはずだ、何が目的だ…?)

 

火野「リアルデジタライズ学については、もう研究を辞めてしまわれたとか?」

 

曽我部「…まあ、しかし、それが何か?」

 

火野「今、そのリアルデジタライズに巻き込まれている人間がいたとしたら、貴方はどうしますか」

 

曽我部「……言ってる意味が分かりかねます」

 

火野「そのままの意味です、例えば誰かがネットの中に生身のまま取り込まれてしまったとしたら…」

 

曽我部「…必要なデータを取るでしょうね、科学の発展の為に」

 

火野「…そうですか、リアルデジタライズの原理などは?公開していない論文などはお有りですか」

 

曽我部「…なにぶん昔の話ですから、書きかけのものは全て処分してしまいました」

 

火野「……そうですか、貴重なお話をどうも」

 

曽我部「…いえ、こちらこそ」

 

火野(やはりカイトは我々の手で救い出すしかないか)

 

曽我部(リアルデジタライズを軍事転用しようとしてるのか?…ロクでもない事だな)

 

 

 

 

 

The・World R:2

レイヴン ギルド@ホーム 

軽巡洋艦 神通

 

神通「…ここが?」

 

クーン「そ、俺らのギルド…っていうか、活動拠点かな」

 

パイ「クーン、ここに部外者を連れ込むなんて何のつもり?」

 

ピンク髪のツインテール、そしてビキニアーマー…

 

神通(…とんでもない格好ですね、ゲームとはいえ)

 

クーン「待ってくれよパイ、彼女はどうやら碑文使いらしい」

 

パイ「…この子が?」

 

神通「どうも」

 

パイ「……とりあえず、八咫様の所に案内するわ」

 

神通「八咫?」

 

神通(火野司令官の事でしょうか…)

 

 

 

知識の蛇

 

先程までの簡素な部屋とは違い、薄暗い巨大な空間に無数のモニター、そして部屋の奥に描かれたウロボロスとその前に立つインド僧の様な男

 

神通(やはり、あれは火野司令ですね、しかし…何か違う?)

 

八咫「キミが碑文を宿したPCか」

 

クーン「しかも、その碑文はメイガスらしい」

 

パイ「メイガス?…クーン、貴方頭がおかしくなったの?」

 

八咫「いや、クーンは正常だ、Cubiaとの戦いに於いてクーンの負った傷は確かにメイガスの増殖によって…そう、治療された」

 

クーン「でも俺はあの敵を倒すのに全力を使い切ってた、要するに俺は増殖を使えなかった…これだけ言えば充分だろ?」

 

パイ「同じ碑文を2人が宿すなんて…ありえるのでしょうか、八咫様」

 

八咫「"ありえない"と否定しない限り、この世にありえないことなどないのだ」

 

パイ「……どうやらその様ですね」

 

八咫「…私からしても、驚きばかりだがね」

 

神通(やはりおかしい、火野司令は私を知らない様子…そして私の中に浮かんだ仮説は…ここは過去の世界で火野司令はまだ記憶が戻ってないと言う説……いや、それでもおかしいのですが…それに何よりエディットが違う気がする…)

 

八咫「キミはその力をどう使うつもりだ」

 

神通「……悪戯に振るおうとは思いません、それに今の私にメイガスは応えてくれない…」

 

クーン「…そういや使えないんだっけ、メイガス」

 

神通「力を使う以前に、今は使うことができない以上…私はどうにも」

 

神通(もし力を使えるとしたら…碑文の力で境界を越えることもできるでしょうが)

 

クーン「…なあ、八咫?神通ちゃんを碑文使いとして開眼させてみないか?」

 

八咫「その理由は」

 

クーン「ただでさえAIDAの処理には手が足りない、俺は一人でも碑文使いを増やしたほうがいいと思う…それに神通ちゃんは悪い子じゃなさそうだしさ」

 

八咫「意見は理解した、しかし目的の分からない者に力を与える事は大きなリスクを伴う」

 

神通「目的ですか」

 

八咫「何より、キミのPCは我々の機器では測れない何かがある様だ、見たまえ」

 

周りのモニターに表示されるエラーの文字

 

八咫「様々な検査をさせてもらったが、どれもエラーだ、そしてキミはもう20日以上継続してログインしている」

 

神通「…もうそんなに経っていましたか」

 

八咫「キミは何者だ?チーターか、それとも…」

 

神通「隠し事は一切せず話したとして…貴方はそのままの言葉を受け入れてくださいますか?」

 

八咫「…ふむ、まずは話を聞こう」

 

神通「私は今、生身でこのゲームに取り込まれています、目的はメイガスの力で境界を破り、リアルへと帰還する事です」

 

八咫「…どう言う意味か、分かりかねるが」

 

神通「私はゲームのキャラじゃありません、生身の人間で、碑文使いだと言っているんです…証明になるかは分かりませんが、貴方の名前を知っています、火野拓海さんですよね?」

 

八咫「……」

 

パイ「八咫様、彼女は…」

 

八咫「構わん、IPアドレスも何もかも存在しない…それを否定する手段もない、何より意識をゲームに取り込まれる…と言う事例は過去にもある」

 

クーン「…どうする?八咫」

 

八咫「クーン、キミに一任する」

 

クーン「丸投げか…ま、そう言う事だから、とりあえずよろしく?」

 

神通「同じメイガスの碑文使いとして、よろしくお願いします」



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取引

離島鎮守府 食堂

提督代理 朧

 

朧「そういえばあきつ丸さんがスパイなのは聞いたけど、なんで綾波はそれをバラしたのかな」

 

春雨「さあ、何ででしょうね」

 

春雨さんが頬の切り傷を抑えてつぶやく

 

春雨「あきつ丸さんは結局独房にぶち込みましたけど、何も喋りませんしね」

 

朧「協力してくれれば…いや、何も知らないか…」

 

春雨「一種の人たらしと言えば聞こえはいいが、綾波さんの為に命をかけて私を殺そうとして来た、理由は知りませんがおぞましい事です」

 

朧「……何でそのタイミングでそんな事…綾波なら常にスパイを潜ませててもおかしくは……いや、もう1人いる?」

 

春雨「でしょうね、スパイはまだいるはずです、見つけ出して締め上げましょうか」

 

朧「いや、うーん…まあ、情報流すのはやめて欲しいかなぁ…」

 

春雨「…さて、その口振り、アタリはついている様ですが?」

 

朧「まあね」

 

 

 

 

 

駆逐棲姫のアジト

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「護衛棲姫、貴方はイムヤさんに好意的に接する綾波を見た事は?」

 

護衛棲姫「何度カアリマス」

 

駆逐棲姫「でしょうねぇ、その私が私ではない事には……気づかないか、いや失礼、貴方はいつも通りでいい…イムヤさんを追い込むのに貴方は必要ないか」

 

護衛棲姫「…私ハドウスレバヨイデショウカ」

 

駆逐棲姫「何もしなくていいです」

 

護衛棲姫「装甲空母鬼ノ援護ハ…」

 

駆逐棲姫「必要ありません、あれは死ぬべくして生まれた存在、気にかける事はありませんよ」

 

護衛棲姫「…ソウ、ナノデスカ…?」

 

駆逐棲姫「わかりやすく言ってあげます、あれは裏切り者ですから」

 

護衛棲姫「裏切リ者?」

 

駆逐棲姫「いやー、かなり利己的に作ったものですから、他所と勝手に繋がって資源や人間を貯蓄してるみたいですよ」

 

護衛棲姫「…何ノ為ニ?」

 

駆逐棲姫「さあ?反旗を翻すほどの度胸は無いでしょうし…本当に先のことを考える頭がないんじゃ無いでしょうか」

 

護衛棲姫「裏切リトハ、ドノヨウナ行為ナノデスカ…?」

 

駆逐棲姫「ロシアと繋がってるってだけですよ、要らないもの貰って満足してるだけ、自分が賢いフリをして納得してるタイプのマヌケです」

 

護衛棲姫「……スミマセン、ヨクワカリマセン」

 

駆逐棲姫「理解する必要はありませんよ、そうだ、ロシアとのパイプを丸々貰ってみましょうか♪朧さんの行動も遅いし暇だったんです、暇つぶしにはちょうどいい、何にせよあれは時間稼ぎ用の素体です、もう必要ない」

 

護衛棲姫「…最初カラ捨テル前提デ…?」

 

駆逐棲姫「当たり前です、私の前では生きる事も死ぬ事も全て定められた必然なのですから、天才は運命に縛られないものです、天才が作った運命に周りが縛られるのですから」護衛棲姫「……」

 

駆逐棲姫「ああ、安心してください、貴方は大事にしますよ、私を慕う存在は珍しいですからね」

 

護衛棲姫「…光栄デス…」

 

駆逐棲姫(迷ったか、しかしまだ判断するには早い、装甲空母鬼を切り捨てるのならより優秀ですが)

 

護衛棲姫(…死ヌ運命デ生マレタノカ、彼女ハ…ソレヲ思ウト不思議ナ気分ニナル…シカシ、ダカラトイッテ駆逐棲姫様ニ楯突クナド…ナント愚カナコトヲ…死スルベキダ、死ヌベキ者ニ裁キヲ)

 

 

 

 

 

The・World R:2

Δサーバー 隠されし 禁断の 冥界樹

ロストグラウンド 死世所 エルディ・ルー

双剣士 カイト

 

カイト「…ロストグラウンドにはほとんど来たことないけど、すごく綺麗に作り込まれてる…」

 

洞窟の深い深い場所にある、地底湖、それと湖の中心に一本の淡く発光する白い樹

周りにはふわふわと御魂のような何かが浮かび、優雅に揺れる

 

カイト「……たまたま来たエリアだけど、すごく落ち着いた場所……」

 

いや、だけどどこか既視感が…

 

Cubia「やあ、カイト」

 

樹の裏からCubiaが顔を出す

 

カイト「…クビア…!そうだ、このエリアは…!」

 

Cubia「あれ?気づいてなかったのかい?てっきり復讐に来たのかとばかり」

 

カイト「…ここで青葉達をキルしたんだね…」

 

Cubia「そうだよ、そうだとも」

 

双剣が手に現れる

湖を挟み、クビアと向かい合う

 

Cubia「…腰に下げてる双剣はお飾りかい?」

 

カイト「使えなくなった、それに別の武器でも問題ないさ」

 

構えをとり、向かい合う

 

Cubia「いいよ、相手をしてあげる…キミには強くなってもらわなきゃ」

 

カイト「……一つ聞きたいんだけど、キミは何のために青葉を…いや、それだけじゃ無い、みんなを…」

 

Cubia「何の為?…復讐さ、人間ってのはくだらない感情で動く馬鹿な生き物だ、だからこそ、それをされれば1番苦しんでくれるだろ?」

 

カイト「…君がキルしたみんなの意識を元に戻してくれるなら…誰も君を害したりしない」

 

Cubia「………」

 

クビアの視線が鋭くなる

 

Cubia「わかってないな、それじゃキミはハッピーエンドじゃ無いか、苦しんでくれないじゃないか…!ボクは2度も殺された、1度目はボクと鏡合わせの存在である腕輪を破壊された、2度目はボク自身を打ち砕かれた!……何で、2回も殺された?ボクとアウラは何が違う!!」

 

クビアが樹に剣を突き立てる

 

カイト「…キミは世界を滅ぼそうとした、ネットを手中に収めようとした」

 

Cubia「それの何が悪い!アウラはどうだ!望まれたというだけで自然とネットを手中に収められる!慕われ、嫌われず、害されない…!」

 

カイト「…それは違う、アウラですら今は追われる身だ」

 

Cubia「それはボクにね、でもキミ達にじゃない…たったボク1人に追われるだけのイージーゲームじゃないか、岩戸(いわと)に隠れたお陰でボクも手が出せないしさ」

 

カイト「…岩戸?」

 

Cubia「……余計な事を喋りすぎた、さあ、始めようよカイト」

 

クビアが湖を飛び越え、近寄ってくる

 

カイト(クビアは僕を倒せば自分が消滅する事はわかってる、無理はしないはず…)

 

Cubia「…そうだ、キミは今戦う気があまりない……なら、僕が満足したら一つ意識データを解放してあげるよ」

 

カイト「え…?」

 

Cubia「どうだい?良い話じゃないか、キミの仲間を1人解放する…えーと、ブラックローズにミストラル、寺島良子、ニューク兎丸にレイチェル、ガルデニアにマーロー、月長石と…あとはバルムンクとオルカ、10人だ…」

 

カイト(…なつめとぴろしは無事だったけど…)

 

カイト「砂嵐三十郎さんは」

 

Cubia「ああ、あの剣士(ブレイドユーザー)?ログインしてこなかったよ、まあ特にやられてないから恨みもないし…あ、そうだ、もう1人いたね」

 

カイト「…もう1人…?」

 

Cubia「エ、ル、ク」

 

カイト「…そんな訳ない、エルク…エンデュランスはログインしてないはず…」

 

Cubia「彼のリアルを確かめたら?病院のベッドの上だと思うよ」

 

カイト「そんな…」

 

Cubia「大丈夫、ちゃんとここに意識データはあるからさ」

 

クビアの周りに光の玉が浮かび上がる

 

Cubia「さあ、楽しもうよカイト!」

 

クビアと双剣をぶつけ合う

 

カイト(クビアは何がしたいんだ…!理解ができない…何でみんなを、そうまで執拗に…いや、僕のせいか、クビアは僕を殺したいほどに憎んでいる、だけど殺せない…それだけ)

 

Cubia「そうやってやる気のないまま戦うのが正しいと思ってるの?だとしたら大間違いだ!」

 

クビアの攻撃を受け、洞窟の壁に叩きつけられる

 

カイト「ぐ…ぁ…!」

 

Cubia「キミの力はそんなもんじゃないだろ!?生身の身体にデータを貼り付けただけじゃ足りないか!何が必要なんだ!キミは!」

 

カイト「この…!」

 

立ち上がり、アイテムを引き出す

巻物を宙に投げ、火を灯す

 

カイト「火炎霊王爆誕の巻!!」

 

クビアを炎が包み込む

 

Cubia「こんな物、全く痛くないよ」

 

カイト「裂破轟雷刃!」

 

雷を纏った剣撃をクビアに叩き込む

 

Cubia「効かない、本気でやってる?」

 

カイト(全くダメージになってない…)

 

Cubia「ジハド!!」

 

雷が降り注ぎ、身を焼かれる

 

カイト「ああぁぁぁっ!」

 

Cubia「本っ当に話にならない…こんなのに僕は苦戦してたのか?いや…キミと僕の力は表裏一体、ここまで弱い訳がないんだ…手を抜いてるなら、今ここで意識データを破壊しても良いんだよ」

 

クビアの前に膝をつく

 

カイト「そんな事、させない…」

 

Cubia(おかしい、本当にただ弱い…?武器のせいじゃない、スキルも魔法も最上位、そうなると何が原因だ?)

 

Cubia「……ああ、そうか、意識データの分だけ強くなっちゃったのか」

 

カイト「…!」

 

Cubia「キミの仲間みんなのステータスが上乗せされてるんだ、当然…強くもなるよね?」

 

カイト「…クビア…お願いだ」

 

Cubia「お断りだよ、それより……仕方ない、今日は引き上げるか」

 

クビアがどこかへ転送されると同時に二つの足音が近づいてくる

 

カイト(…誰か…来る)

 

クーン「…一般PC?…さっきの戦いの反応は…アンタからか?」

 

カイト「…貴方は?」

 

クーン「俺は…」

 

神通「倉持司令官?」

 

カイト「…神通、さん…?」

 

神通「私のことがわかるのですか…よかった、ようやく知り合いに会えましたか」

 

カイト「……待って、その姿…」

 

神通「私も同じ状況…と言いたいのですが、倉持司令官はどうやら違う様で」

 

クーン「…あー、話を聞かせてもらって良いか?」

 

 

 

 

クーン「つまり、神通ちゃんと同じように生身でゲームに取り込まれた…と」

 

カイト「はい」

 

神通「…随分と手酷くやられていますね、あの黒い少年の双剣士でしょうか…」

 

カイト「合ってると思う、ところでクーンさんは…あの?」

 

クーンさんは虚空を見つめて集中してる様子

 

カイト(ショートメールを送り合ってるのかな)

 

クーン「悪い、えーと…カイト、アンタ…まさか、.hackersのカイトなのか?」

 

カイト「…まあ、そうです」

 

クーン「…まさか本物に出会えるなんて思わなかった…いや、俺さ、7年前の事件でアンタに助けられてるんだよ!えーとほら、あの時は俺ジークって名乗ってたんだけど…」

 

カイト「ジーク……見かけた事があるかも…タウンで猫とか兎とか…」

 

クーン「…あー、さあ、そんなこと言ったかな…いや、俺は別にバニーガールが好きなんて一言も…」

 

神通「…それより、倉持司令官…貴方は腕輪の力でリアルに帰れるのでは…」

 

カイト「……残念だけど、今の僕の腕輪はバックアップを無理矢理復元した物で…完全な物じゃないんだ、だからそれ程の力もない、ごめん神通さん」

 

神通(ダメか…頼みの綱と思いましたが)

 

カイト「…もう少しレベルでも上げてくるよ、今の僕じゃ何にもなれないから」



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Live

離島鎮守府 執務室

提督代理 朧

 

朧「…空襲、止んだね」

 

漣「止みましたなー」

 

潮「狙いがバレちゃったとか…」

 

朧(極少数での作戦会議しかしなかったし、それは考えにくいけど…どうしよう、普通に攻め込む?)

 

曙「なーにビビってんのよ、どうせ何も変わらないんだし、普通に攻めればいいじゃない」

 

朧「いや、向こうが防御体制を固めてたなら…厳しいよ、絶対攻めきれなくて中途半端になる」

 

空襲は2週間以上続いたのに急に打ち切ったのには理由があるはず、その理由は?それを探るべきだ

 

春雨「失礼します、提督代理」

 

朧「春雨さん、どうかしましたか?」

 

春雨「ここから南にかなり離れていますが…船を目撃したと」

 

漣「船?」

 

潮「艦娘って事?」

 

朧「……いや、違う…補給船だ」

 

春雨「ええ、そうでしょうね…深海棲艦の補給船だと思われます、ただ…乗っていた者はロシアの軍服を着ていたそうです」

 

朧「…深海棲艦と繋がってるって事…?」

 

春雨「…だとしたら、ウラジオストクの件にも無理矢理ですが納得がいきます」

 

朧「……確かに、深海棲艦と敵対しない関係になれば海の資源も容易に手に入るけど…」

 

春雨「衛星や航空機からの観測を嫌ってか、黒に近い青の船でした、夜間も視認しづらいでしょうね」

 

曙「それで?」

 

春雨「私たちが観測している深海棲艦の基地はここから南西です、もしそこを目指しているのなら、韓国や中国で見られるのを嫌い、かなりの大回りをして、目的地をそことしているのなら…」  

 

朧「…よし、もしかしたら可能かもしれない…行こう」

 

曙「船が来るとわかってるなら周囲は固められてるでしょ」

 

朧「アタシ達で陽動する、ある程度戦ったら撤退、綾波に通じるとは思えないけど…」

 

春雨「確かに大和さんは無駄に図体がでかいですから陽動向きですね」

 

漣「言い方ぁ…」

 

朧「と、とにかく!曙、招集かけて!アタシ達は鎮守府正面、それ以外の曙達6人は鎮守府裏から先に出発!」

 

曙「はいはい、任せときなさい」

 

 

 

 

大和「え、ええと…あの…」

 

那珂「そんなに硬くならないで?別に大怪我するような事なんてないし」

 

朧(…よし、みんなアタシ達を見てる、この作戦は3人だけで行う潜入作戦だって伝えてあるし、あとは偶然を装って発見されれば良い)

 

朧「あ、これ」

 

大和「ワイヤー…ですか?」

 

朧「大和さんの艤装、浮力がすごく高くなるように作られてるそうなので、海に引き摺り込むには相当の力がいるらしいです…なのでアタシ達がやられそうになった時は」

 

大和「私が引き上げれば良い…と、でも、随分長いですね…」

 

朧「動き辛いですから、あとワイヤーの巻き取り機もついてるので…これで適切な距離を維持しやすいと思います」

 

那珂「よし、準備は良い!?」

 

朧「行きましょう」

 

 

 

20ノットを維持し、約2時間

それでようやく到着する位置に敵基地がある

 

朧(…航空機は飛んでない、曙達はおそらく北から大きく回るはず…南に行けば船と深海棲艦に見つかるリスクもある、安全な退路も考えて…)

 

大和「…本当に、私でよかったのですか?」

 

朧「え?」

 

大和「…長門さんや扶桑さんでも作戦に不足はないはずです、私なんかで良かったのでしょうか…」

 

那珂「えー?別に耐久は随一なんだし気にしなくて良いと思うけど」

 

朧(あと、ちゃんとした主砲を持てば火力も)

 

大和「…皆さんは私を信用しすぎだと思います、鎮守府にスパイがいるかもしれないとして…私だとは考えてないんですか?」

 

那珂「いやー、那珂ちゃん頭良くないし…」

 

朧「…鎮守府にはいろんな人がいます、戦うのが嫌な人、戦いたい人、戦いたいのに戦えない人、頭がいいのにそれを活かす機会に恵まれない人、本当はあんなところにいるべきじゃない人…やむを得ず敵に従ってる人」

 

大和「…従ってる?」

 

朧「多分、やむを得ず敵に従うしかない人がスパイをやってます、自主的に綾波に情報を流すなんて真似は誰もしてない」

 

那珂「…アタリはついてるんだ」

 

朧「ほとんど間違いないですけど…誰かは言えません」

 

那珂「なんで?」

 

朧「…何も解決しようがないからです、アタシの推測通りなら誰も解決ができない、アタシの推測通りなら…決断するのは本人ですから」

 

朧(それも最悪の決断を)

 

大和「……あ、電探に……感が…」

 

朧「水上機を、まっすぐ飛ばしてください!」

 

 

 

 

 

 

朧(まあ、戦闘はするつもりだったけど…)

 

那珂「ねぇ、あれ人間だよね…?深海棲艦に見える?」

 

大和「見えません…」

 

朧(人間を戦わせるのか…アタシ達が撃てないと思って…)

 

思わず頭を抱える

確かに深海棲艦を殺すことにもはや躊躇いはない

たとえ人の形をしていてもそれは人じゃない

なら本物の人が出てきたら?人間を撃つ覚悟はあるのか

 

朧(キタカミさんなら…撃てたんだろうな…曙なら躊躇いなく制圧して、涼しい顔して先に進めたんだろうな)

 

主砲を握る手に力が籠る 

 

朧(…よく前を見て、人間が持ってるのは拳銃と刀、水上での戦闘訓練がどのくらいされてるのかわからないけどそこまで警戒する程じゃ…)

 

耳元に生暖かい風が吹く

 

綾波「本当にそうでしょうか?」

 

朧「…綾波…!?」

 

綾波「よく見てください、手に握ってるのはハンドガン、しかも装弾数の多いグロッグ系…刀だって刃渡り1メートルそこら、かなり長いですね?」

 

恐る恐る振り返ると綾波と目が合う

 

綾波「確かに素人が扱ってもあの長さでは刀の重さに振り回されて脅威にはならないが、間合いは広く、水上での戦闘に適しているのでは?下手な鉄砲も数打てば当たる…向こうの戦力は?見えてる限り30人はいます、それで全部だと思いますか?」

 

今まで見てきた表情とはまるで違う、真剣な面持ち

まさか本当に助言でもしようというのか

 

那珂「…朧ちゃん?」

 

朧「え…?」

 

那珂さんに呼びかけられ、ハッとする

綾波の姿はもうなかった

 

那珂「どうしたの、すごい汗だけど…」

 

朧(…今のは、幻覚?それとも綾波が本当にアタシに教えてくれた?)

 

那珂「…大丈夫?別に1人でも良いし…戻る?」

 

朧「……いいえ、大丈夫です」

 

朧(全員制圧すれば良い…全員)

 

目を瞑り、大きく呼吸する

 

朧「砲雷撃は一度禁止、殺さず制圧します!良いですか!?」

 

大和「は、はい!」

 

那珂「オッケー!」

 

朧「いきましょう!」

 

速力を上げて突っ込む

 

朧(よく考えて、アタシの間合いと向こうの間合いは違う、刀が使えなくても拳銃がある、でも拳銃なんて狙いもバラバラでほとんど当たらない)

 

1番に警戒すべきは刀…

 

朧(とりあえず、敵の注意を惹きつける、そしてそれを大和さんに移す…大丈夫!)

 

海面を蹴り、飛び上がる

空中でブーストをかけて敵部隊に接近して蹴りで1人仕留める

 

朧「…今、降伏するならウチの鎮守府まで連れて行くよ」

 

周囲の人間が銃をこちらに向ける

 

朧「交渉決裂」

 

雷のカートリッジを艤装に突き刺し、軽く跳びあがり、独楽の様に蹴る

辺りに電撃を撒き散らし、周囲の人間が痺れて倒れる

 

朧「…で、いいんだよね?」

 

起き上がってきた人間に拳を叩き込み、意識を奪う

 

那珂(さっすが、容赦ないなぁ…)

 

大和(…もし降伏してなかったらあんな事されてたんだ…もし降伏してなかったら…)

 

大和「あ、あの!本当に皆さん良い人なのでおとなしく投降して下さい!」

 

那珂「それを聞いてくれる相手ならこっちに向かって撃ってきてないって」

 

銃撃の精度は低い、殆ど当たらないし気にするほどの事じゃないかもしれない、だけどたった一発でも当たれば、場合によっては致命傷になりうるかも知れない

 

良く理解しないといけない、アタシ達の体は生身の人間だって

 

大和「ひぃぃぃっ!」

 

大和さんが艤装を盾にしてアタシ達の壁役

那珂さんとアタシで交代で少しずつ仕留める

 

朧(うまくいってる、全滅させなくて良い、アタシ達は戦闘を長引かせて曙達が忍び込むチャンスを作る)

 

那珂「あと少し…って、うわっ!?」

 

那珂さんと周囲の人間が爆発で吹き飛ぶ

 

大和「…あれ、他の人達ごと、深海棲艦が撃ってます…!」

 

朧(…やるかもしれないとは思ってたけど、本当にやった…使い捨て程度にしか思ってないんだ…!)

 

那珂「ちょっと下がらせて!」

 

朧「那珂さん、大丈夫ですか?」

 

那珂「うん、擦り傷できたくらい……待って、航空機もいる」

 

朧「…ここからが正念場です」

 

大和「わ、私が盾になりますから…!」

 

那珂さんが大和さんの肩に手を置く

 

那珂「気負わない焦らない頑張らない、そんなにしんどい事言ってると死んじゃうよ、もっと気楽にね」

 

大和「は、はい…」

 

那珂「…アレだよねー、でも落ち着くって大事だしー…お祈りでもしとこっか?」

 

大和「お祈り…?」

 

那珂「臨兵闘者皆陣列在前って奴、戦勝の意味もあるから、ほら、こうやって手の形を変えながらー」

 

朧(…アタシは前に出ておこう)

 

大和「臨、兵、闘、者、皆、陣、列…?在でいいんでしたっけ…?前…」

 

那珂「良くできました、落ち着いたでしょ?」

 

大和「…ま、まあ…多分」

 

那珂「さ、あとは簡単、戦うだけ!大和ちゃん!」

 

大和「ちゃ、ちゃん?」

 

那珂「艤装の上に乗せて?」

 

大和「あ、は、はい」

 

那珂さんが大和さんの艤装の上に乗り、主砲を置く

 

朧「え?な、何やってるんですか!?良い的ですよ!」

 

那珂「チッチッチッ…それが良いんじゃん」

 

那珂さんが主砲を蹴るとカラフルな煙を吹き出す

 

那珂「さあ!艦隊のアイドルニンジャな那珂ちゃんの耐久ライブ、楽しんでいってね!」

 

朧「マイペースな……いや、そのくらいじゃないとダメか…!」

 

大和「わ、私はどうすれば!?」

 

那珂「那珂ちゃんが落ちない様にバランスとって!」

 

大和「は、はい!」

 

朧「いや、自分の身を守って下さい!?」



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潜入捜査

深海棲艦基地

軽巡洋艦 阿武隈

 

阿武隈「こちら阿武隈隊、潜入完了、感知される可能性を考慮して今後は非常時以外連絡しません」

 

川内『川内了解』

 

阿武隈「…よし、良いですね?」

 

曙「勿論」

 

天津風「…いや、良いわけないでしょ…なんで私なのよ…」

 

曙「今更うじうじ言わない、もう敵地よ、それに島風の代わりになりたいんでしょ?」

 

阿武隈「……すごい砲音、ここに居ても戦ってる音が聞こえますね」

 

曙「そんだけ頑張ってんのよ、急いで親玉潰すわよ」

 

阿武隈「できるだけ敵に見つからず進みましょう」

 

曙「見つかってもあたしがやる、アンタらが撃たない限り位置がバレたりはしないから安心しなさい」

 

天津風「…頑張るわ」

 

 

 

 

曙「にしても、わかってたけど広いわね」

 

阿武隈「…敵の気配が殆どない、朧ちゃん達への対処と輸送船の対応で人が離れてるとか?」

 

天津風「そっちは気にしなくて良いの?」

 

阿武隈「川内さんがやってくれるから…」

 

川内『こちら川内、装甲空母鬼発見、場所は船着場、タイミングを見て仕掛ける、合流されたし』

 

阿武隈「了解…!」

 

曙「先を越されたか、急ぐわよ!」

 

天津風「ちょっ…!待ちなさいよ!」

 

天津風ちゃんに腕を掴まれる

 

阿武隈「急がないと」

 

天津風「いや、もう少し慎重に…」

 

曙「そんな悠長な事……あ」

 

阿武隈「隠れて!」

 

 

 

阿武隈「…すごい数の深海棲艦」

 

物陰から通り過ぎる深海棲艦の行列を眺める

 

曙「全部雑魚みたいだけど?」

 

天津風「…待って、奥のやつ強そう」

 

怪物型の深海棲艦がのそのそと通り過ぎる

 

曙「軽巡級に軽空母級ね、大した事ないわ…チッ、食いでが無いわね」

 

阿武隈「…最後尾も通り過ぎた、よし、仕掛けるよ!」

 

曙「待ってました…と、最後尾から一掃するわ!」

 

細い通路に溢れんばかりの深海棲艦

何発撃っても外れる訳がない

 

阿武隈「飛び出して撃つ、3…2…1…Go!」

 

曙「行くわよ!」

 

天津風「わ、わかった!」

 

雷のカートリッジを挿し、主砲を構える

 

阿武隈「これ、凄く重いけど…!」

 

深海棲艦の群れに大穴が開く

 

天津風「うわ…」

 

曙「この程度で驚いてんじゃないわよ!!」

 

曙ちゃんがその穴を潜る様に突っ込み、敵を斬り裂く

 

曙「燃えろ!」

 

天津風「え、ちょっ」

 

阿武隈「ここ屋内ですけど!?」

 

深海棲艦が燃えた煙が辺りに充満する

 

天津風「ゴホッ…く、臭い…」

 

曙「…この道通るのやめましょ、ほら、向こう回るわよ!」

 

阿武隈「もおおぉぉぉ!」

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

川内「これで頭三つか」

 

目の前の戦艦級の首を刎ねる

 

不知火「…なんというか、恐ろしい人ですね…」

 

山雲「本当に忍者みたい…」

 

川内「まあ、ステルスだし、それっぽい事やらなきゃね?……あ、護衛の深海棲艦はこれで最後か」

 

短刀を投げて艤装の隙間に刺し、飛びついてもう一本の短刀と合わせてねじ切る

 

川内「…血、かかっちゃったよ…やっぱりこの服黒で作ってもらった方がよかったなぁ…血が目立たないし」

 

山雲「やっぱりアサシンね〜…」

 

不知火「…私たちは手出ししなくても良いんですか?」

 

川内「撃ったらバレるでしょーが…っと、この辺りは…船着場、よし、ついた……来て」

 

2人を呼び、物陰に隠れて様子を伺う

 

軍服に身を包んだ兵士と装甲空母鬼が話してる様子…そして後方で下ろされてる囚人服の人間やドラム缶などの物資らしきもの…

 

山雲「あれ?動物もたくさん…」

 

不知火「…豚に鶏、少数ですが熊も……食用か?」

 

川内「というか、あの…プチグソだっけ、アレの出所も掴めたね」

 

短刀を納めて無線機を起動する

 

川内「こちら川内、装甲空母鬼発見、場所は船着場、タイミングを見て仕掛ける、合流されたし」

 

阿武隈『了解…!』

 

川内「さて、声が聞こえないのは困るし…いや、日本語じゃないとわからないけど……山雲、後方警戒よろしく、不知火は狙撃の用意、撃つやつの判断は任せる」

 

不知火「えっ」

 

川内「大丈夫、不知火も仲間のこと考えられるでしょ?私を生かすには誰を撃てば良いかだけを考えて」

 

不知火「…わかりました」

 

川内「さて、様子見てくるから…よろしくね」

 

物陰を伝う様に接近する

 

 

 

 

 

装甲空母鬼「何?私達トノ取引ヲ取リヤメル?」

 

兵士「そちらのさらに上からの命令だ」

 

川内(よかった、日本語だけど…なんで日本語?)

 

装甲空母鬼「…駆逐棲姫様カ…ナント言ッテオラレタ」

 

兵士「内容については一切開示するな、とだけ」

 

装甲空母鬼「……フム…ナラオ前達ノ命ハ保証シナイ、ソレガ事実ダトイウ保証ハナイ」

 

兵士「何?」

 

装甲空母鬼「野良ニ殺サレルナラ契約ニハ触レナイ、帰リハ自力デ帰レバイイ」

 

兵士「ここまでくるのにどれだけかかると…!」

 

装甲空母鬼「知ルカ、ソレニ私トノ契約ヲ捨テタノハ貴様ラダ」

 

川内(もう情報はなさそうか…)

 

不知火に狙撃準備の合図を送り、タイミングを測る

 

川内(…あれは、艦娘?いや、なんでも良いや…狙いは鬼だし…)

 

近くに砲弾が着弾する

 

装甲空母鬼「…チッ、マダ始末デキテイナイノカ」

 

兵士「何が起きている…」

 

装甲空母鬼「日本ノ艦娘ニ攻撃ヲ受ケテイル、気ニスルナ…」

 

川内(…なんか焦げ臭…いや、この匂い…曙暴れてるな…よし、行くかー)

 

周囲の深海棲艦を指差してから飛び出し、装甲空母鬼の裏をとる

 

川内(…マズッ!狙撃手が居る!)

 

装甲空母鬼の後頭部を蹴って地面に転がりながら着地し、遮蔽物の裏に移動する

 

装甲空母鬼「ナンダ!」

 

銃声が響き、周囲に着弾音が響く

 

川内「いや、最悪すぎ…!」

 

深海棲艦がぞろぞろと近寄ってくる

 

川内「あーもう!やるしかないか!」

 

周囲の深海棲艦が砲撃を受けて倒れる

 

装甲空母鬼「チッ…侵入者ヲ殺セ!」

 

川内「うわ、人間!?」

 

近接武器を持った人間がぞろぞろと現れ、此方に詰め寄ってくる

 

川内(…人間を殺るなんて思ってなかった…その上、今の私達は人間の法律で裁かれてしまう…)

 

短刀の表裏を返し、峰を向ける

 

川内「殺さず生かさず…ま、軽く…か…不知火!狙うのは手足!」

 

できるだけ傷つけず制圧することを意識する

 

川内(肩を軽く刺す…首を峰で打つ、制圧する!)

 

装甲空母鬼「チッ!役ニ立タン奴ラメ…!」

 

川内「甘いんだよ、誰を相手にしてるかちゃんと考えてくれる?呉艦隊のエース相手に…」

 

装甲空母鬼に詰め寄り両肩に短刀を突き刺す

 

川内「この程度で足りると思うな…!!」

 

装甲空母鬼「ギッ…!オイ!手ヲ貸セ!」

 

兵隊がこちらへと銃を向けたのを確認し、一度退がって2人と合流する

 

山雲「どうしますー?」

 

川内「私は船に乗り込もうかなって、ロシア語でもなんでも良いから情報になりそうなもの探すよ」

 

不知火「…私達は?」

 

川内「なんとかできるでしょ?」

 

不知火「適当な…」

 

川内「あはは、嘘嘘、私も得物刺しっぱなしだし…」

 

主砲を確認する

 

川内「やるかぁ…いや、やるにしてもなんだけど……とりあえず一度撤退、阿武隈達と合流して指揮官を阿武隈に譲るよ、2人はちゃんと従って?」

 

山雲「は〜い」

 

不知火「かしこまりました」

 

川内「じゃー…かや〜く!!」

 

辺りに煙幕を貼る

 

山雲「これで逃げられ……あら?」

 

川内「…やたらめったら撃ってきてる…しかも何人で撃ってんの?うるさすぎ…今出たら当たりかねないし…」

 

近くに砲弾が着弾し、煙を吹き飛ばされる

 

川内(この威力…戦艦級…!)

 

不知火「…向こうの艦娘です」

 

川内「へぇ、戦艦クラスのやつとか居るんだ…いや、そりゃ居るか…阿武隈!聞こえる!?早く来てよ!」

 

阿武隈『今向かってますけど!迷子なんですよ!』

 

川内「………はあぁぁぁぁぁっ!?」

 

不知火「うるさっ…」

 

川内「ああもう!知らない!」

 

不知火「はい?」

 

川内「呼んでないよ!そんなベタなギャグいらないから!……はぁ、本気出しちゃうかー…」

 

立ち上がり、辺りを見渡す」

 

山雲「…銃弾当たったら死んじゃうんじゃ」

 

川内「当たらないよ、いや、当たろうがなんだろうが関係ないし…おーい、聞こえてる?」

 

無線機に叫ぶ

 

川内「もう撤退していいよ!」

 

そう言って無線機を捨てて突っ込む

 

山雲「支援しないと」

 

不知火「その様で」

 

こちらへと銃口を向ける兵士を睨みつける

石のように固まった兵士達に跳んで近寄り、蹴りを見舞う

 

川内「…今感じてるソレ、死の恐怖って言うんだよ」

 

ライフルを拾い上げ、装甲空母鬼に向けて引き金を引く

 

装甲空母鬼「効クカ…!」

 

川内「はいはい」

 

銃撃しながらカートリッジを突き挿した主砲を向ける

 

川内「こっちなら効く?」

 

主砲を撃つたびに肩が割れそうな振動が伝わってくる

装甲空母鬼に当たった砲弾がより激しい爆発を巻き起こす

 

装甲空母鬼「チィッ…!」

 

装甲空母鬼が踵を変えて逃げ出す

 

川内「逃すと思って……あ?」

 

ガングート「……」

 

川内「…良い目、人を殺るのに躊躇いがない目だよ…ああ、日本語わかんないか、ユーグッドアイ…ってこれは英語だし、ロシア語なんてわかんないしー」

 

ガングート「大丈夫だ、日本語は軽くなら教えられている」

 

川内「Wow、それで?邪魔するつもり?」

 

ガングート「…生憎、祖国に帰るのは私達だけでは難しい」

 

川内「あはは、ソレは大変だねぇ…でも深海棲艦と取引してる奴らをどうこうしてあげようとは思えないかなぁ」

 

ガングート「……ガングートだ」

 

川内「…名前?…川内型軽巡洋艦1番艦、川内」

 

ガングート「легкий крейсер(軽巡洋艦)?…やめておけ、死ぬぞ」

 

川内「…うーん、悪いけどガングート、その考え方じゃ多分駆逐艦にも勝てないと思うよ」

 

ガングート「…侮辱するか、容赦はしない」

 

川内(流石に殺すと問題になりそうだし…)

 

魚雷発射管から魚雷を抜き出し、クナイのように構える

 

ガングート「…ヤパーニャのニンジャか」

 

川内「もっと忍者なのも居るから、今度紹介してあげるよ」

 

船から飛び降り、海に着地する

 

川内「船の上でドンパチやっても良いけど、そのうち転覆しても知らないよ」

 

ガングート「…待て、今降りる」

 

川内(梯子で降りてくるんだ…いや、当たり前だけど…なんて言うか、今撃てば勝てるよね…)

 

ガングート「……まってくれたこと、感謝する」

 

川内「まあ、殺すのが目的じゃないし」

 

魚雷発射管が正面を向く

 

川内「さ、始めても良い?日露演習って感じでさ」

 

ガングート「……」

 

ガングートがこちらに主砲を向け、砲撃を開始する

 

川内「さて、そんなの当たらないと意味ないんだけどね」

 

左後方にステップしてかわす

もう一度、何度も同じ方向に交わし続ける

 

川内(…正面に着弾してくれたら魚雷を隠せるんだけど)

 

ガングート「さっきまでの威勢はどこに行った」

 

正面に着弾し、視界を水飛沫が覆う

 

川内(もらった)

 

魚雷を正面に流す

 

川内「じゃ、折角だし…面白いものを見せてあげるよ」

 

主砲を構え直し、ガングートの放った砲弾を見る

 

川内(もう一度正面に着弾する、次の水飛沫で行ける!)

 

左右に砲弾を撃ち、正面の水飛沫に身を隠す

 

ガングート「!そんな物に隠れて近寄ろうと言うのか!」

 

ガングートが左手側の水飛沫を撃ち続ける

 

川内「やっぱり、そっち撃つよねぇ」

 

海面を滑りながらガングートに砲弾する

 

ガングート「くッ!?右だと…」

 

ガングートが逃げるように移動する

 

川内「船ってさ、正面にしか進まないんだよ、人間みたいに急に横に飛んだりできない……だから移動方向ってすごくわかりやすい」

 

ガングート「なッ!?」

 

ガングートが魚雷を受け、弾け飛ぶ

 

ガングート「ぐ……く…」

 

川内「……気絶した?」

 

ガングートの意識が完全に落ちたことを確認し、離れる

 

川内「…よし、追うかー」

 

船に戻り、辺りを見渡す

 

不知火「全て制圧しておきました」

 

山雲「ました〜」

 

川内「追うよ〜」



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もう一つ

深海棲艦基地

駆逐艦 曙

 

曙「…声?」

 

天津風「誰かの声ね」

 

装甲空母鬼「オ願イ致シマス!駆逐棲姫様、ドウカオチカラヲ!」

 

駆逐棲姫「…私が気分転換に見に来たらこのザマですか、装甲空母鬼、あなたに出した命令はさほど難しくないはずですが?」

 

曙(綾波…!)

 

阿武隈「今は隠れて、様子を伺おう…」

 

装甲空母鬼「ソレハ…申シ訳…アリマセン」

 

駆逐棲姫「まあ、貴方は少々頭が足りていないようだ、実に残念ですけどね」

 

装甲空母鬼「…駆逐棲姫様…?」

 

駆逐棲姫「私はバカは嫌いです、まさか貴方が叛逆することなんてあり得ないと考えていました」

 

装甲空母鬼「勿論デス!今マデノ取引モ全テ駆逐棲姫様ヲ思ッテコソ!」

 

駆逐棲姫「……本物の馬鹿か、私の2番目に嫌いなタイプだ」

 

装甲空母鬼「駆逐棲姫様…オ願イシマス…!」

 

駆逐棲姫「話の流れで気付けないんですか?貴方が反乱の用意を進めてることは全て把握してるんですよ、寝首を掻こうとしてる阿呆を誰が助けるんですか」

 

装甲空母鬼「ソ、ソンナ…嘘デス!私ハ…」

 

駆逐棲姫「貴方、部下を大事にしてませんね、人間の収容施設を軽く見ましたが…体調を崩して倒れている人間が非常に多い、弱った方達を助けると約束したら知ってること全て話してくれましたよ?」

 

装甲空母鬼「…コ、心ヲ入レ替エマス!申シ訳アリマセンデシタ!ドウカオ許シヲ!」

 

駆逐棲姫「……貴方には100人ほど預けてましたよね?頭数は倍以上に増えてましたが…ほとんどは私の知らない顔でした、私が預けた100人は何処に?」

 

装甲空母鬼「…ソ、外デ敵ト…」

 

駆逐棲姫「嘘をつくな、半分以上食ったんでしょう?もう何もかもわかってるんですよ、阿呆らしい…部下を大事にしろって言いませんでしたか?例え人間だろうがなんだろうが」

 

装甲空母鬼「……ガアァァァァァァッ!!ウルサイウルサイウルサイ!!オ前ナンカ!」

 

装甲空母鬼が頭を掻きむしりながら叫ぶ

 

駆逐棲姫「…貴方の死神は私じゃない、所詮貴方は死ぬ運命、逃れたいならその手で足掻くしかない」

 

装甲空母鬼「死ネェェェッ!!」

 

装甲空母鬼の攻撃を涼しい顔でかわしながら綾波が言う

 

駆逐棲姫「多分貴方は私を評価してるんでしょうね、貴方の短小物差しで…本当にそう言うタイプは嫌いです、ワンツー独占ですよ、おめでとうございます」

 

綾波が駆逐水鬼に姿を変え、大腕が装甲空母鬼を殴りつける

 

装甲空母鬼「ァガ…ッ」

 

駆逐水鬼「貴方を殺すなんて実に簡単ですが…まあ、私がやるのでは計画がずれます、ここの人材は貰っていきますよ」

 

装甲空母鬼「ゴメンナサイ…ゴメンナサイゴメンナサイ…助ケテ…」

 

駆逐水鬼「もし貴方が生きて私の元までたどり着けたら、考えてもいいですよ」

 

綾波の姿が消える

 

曙(どこに…)

 

駆逐水鬼「ほら、戦ってくださいよ曙さん」

 

阿武隈「後ろ!?」

 

天津風「うっ!?」

 

天津風と阿武隈が地面に組み伏せられる

 

駆逐水鬼「あ、抵抗しちゃダメですよ、そんなことしたら首折りますからね?…とりあえず、装甲空母鬼と戦ってくださいよ」

 

曙「…アンタ、なんのために」

 

駆逐水鬼「貴方を成長させるためです…ほら」

 

大腕が阿武隈と天津風の首を撫でる

 

天津風「ひッ…!」

 

阿武隈「大丈夫、大丈夫だから…!」

 

曙「……アンタ、戦えば解放するのよね」

 

駆逐水鬼「殺せればね?」

 

曙「…嘘ついたら殺してやる」

 

駆逐水鬼「できる物ならどうぞ〜」

 

曙「チッ…!」

 

装甲空母鬼の前に飛び出す

 

装甲空母鬼「トウトウココマデ来タカ…!」

 

曙「ずっと居たっての!」

 

炎を纏い、斬りかかる

 

装甲空母鬼「殺サレテタマルカァァッ!!」

 

周囲に大量の艦載機が現れ、こちらへと迫る

 

曙「雷…!」

 

カートリッジを挿し、双剣に電気を纏わせる

双剣を振るうたびに電撃が艦載機を襲う

 

装甲空母鬼「ナニ!?」

 

曙「アンタなんかじゃ止められないのよ!」

 

装甲空母鬼「死ンデタマルカ!死ンデタマルカ!!使エルモノハ全テ…!」

 

装甲空母鬼が背を向けて何かを操作するような動作を見せる

 

曙「終わりよ!」

 

飛びかかり、回転を伴った斬撃…

しかし、突如目の前の空間が歪む

 

曙「なっ…!」

 

空間の歪みから伸びた手に剣を掴まれ、止められる

 

曙「なんで…なんでアンタが…!」

 

レ級「……チッ」

 

曙が舌打ちして目を逸らす

 

曙「…そこを…どけぇぇぇぇッ!」

 

曙の腕と双剣が打ち合う

 

レ級「…退きなさい、退いて、お願いだから」

 

曙「アンタ、なんでまた裏切ってんのよ…!いい加減にしなさいよ!!」

 

レ級「……」

 

曙「なんとか言え!!」

 

レ級「…許しは請わない」

 

曙「曙ォォッ!」

 

剣を振るい、弾き飛ばして距離を取る

 

綾波「あーあ、まさかまさか、こんな事になるなんて…私の部下の愚かな行為をお詫びします、お二人とも」

 

綾波が間に降り立ち、頭を下げる

 

レ級「…成る程、そう言う事…か」

 

綾波「ええ、私の意思ではありません…しかし起きた事は仕方ない、時は巻き戻らない…」

 

曙「何言ってんのよ…アンタら…!」

 

綾波「簡潔に言います、レ級さんは脅されて仕方なく従ってるんですよ」

 

曙「…わかってるわよ、そんな事…なんでアンタは助けを求めないのよ!なんでアンタは…!」

 

綾波「貴方が弱いからでしょう?頼らないから、貴方を頼っても助けにならないから…」

 

フツフツと、はらわたが煮えたぎる

炎の温度が上がっていく気がした

 

曙「…なら、教えてやるわ…あたしの強さを…」

 

レ級(…室温が上がってる…さっきまでよりも大幅に…!)

 

綾波(…ここらでもう一つ、背中を押すか)

 

綾波「まあ、その程度じゃ約束は果たせなさそうだし…あの2人は殺しちゃいますね」

 

綾波の腕を曙が掴んで止める

 

レ級「やめ…」

 

曙の腕が別の引き裂かれる

 

レ級「…!」

 

曙「…別のレ級…?」

 

綾波「ああ、コレですか?よく顔を見たらわかるでしょう?」

 

レ級「……島風…さん」

 

曙「島風…?」

 

綾波「潜在能力は十分でしたから…素敵でしょう?」

 

曙「…綾波、アンタ…島風はもう関係ない!民間人になったのに…」

 

綾波「関係ありませんよ、そんな事…私に見染められたんです、逃げ場なんてないですよ♪」

 

曙「……アンタ、本当に腐ってる…曙島風は戦うのが辛いから離れたのに…」

 

綾波「そうですか、でも戦う運命ですよ」

 

曙「運命?なんでアンタがそんなもん決めてんのよ!」

 

綾波「私の前には全てが必然だからですよ、助けたいなら…さあ、戦いなさい、ただし相手は装甲空母鬼ですけどね、さもないと2人の首をへし折りますよ〜?」

 

曙「…関係ないわ、アンタらまとめて…」

 

レ級(どんどん室温が…!)

 

綾波(とうとう、覚醒した…♪)

 

曙「ぶっ潰す!!」

 

周囲の床や壁が発火し溶ける

 

綾波「コンクリート造りなのに溶けてる部分もありますねぇ!と言うことは軽く1000℃は超えてるか…!となれば、もはやマグマ…!」

 

曙「あああぁぁぁぁッ!!」

 

溶けた壁が辺りを崩壊させる

 

綾波「…あ、この身体火傷したらめんどくさいかも」

 

綾波と島風が姿を消す

 

曙「逃げるなぁ!!」

 

レ級「……曙」

 

曙「…アンタは前だけ見てればよかった…!逃げたって良かった!あたし達皆んな…アンタを信じてる…だから…!」

 

レ級「…ごめん」

 

何かを突き刺され、艤装を引き剥がされる

 

曙「…ぁ……」

 

視界が真っ暗になる

 

 

 

綾波

 

綾波「ああ、素敵です♪」

 

冷え固まったマグマの中心に鎮座する新たなレ級を眺める

 

綾波「曙さんは貴方にだけは警戒していなかった…戦う相手だとは理解しておきながら、敵としては考えられなかった…そのおかげで非に助かりましたよ、貴方がウイルスを入れてくれたおかげです、レ級さん♪」

 

レ級「…曙…」

 

綾波「さて、私たちは引き上げます…阿武隈さんも天津風さんも意識を失ってる、今ならバレることは無いでしょう」

 

レ級「……」

 

綾波「それとも、誰かに見られたいですか?」

 

レ級「…クソ…」

 

レ級さんが姿を消す

 

綾波「さて、装甲空母鬼、貴方は非常についています」

 

隅に隠れていた装甲空母鬼を呼びつける

 

綾波「私は許してあげましょう…島風さんと曙さんの試運転は別の場所でできますし」

 

装甲空母鬼「ホ、本当ニ許シテクダサルノデスカ…?」

 

綾波「今後も頑張ってください、それでは…」

 

 

 

 

 

綾波「ああ、そうだ、忘れてた……でも面倒だからいいか、護衛棲姫が向かってるって伝えなくても」

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

護衛棲姫「駆逐棲姫様ヲ裏切ッタ愚カ者…始末、完了」

 

川内(どう言う状況…?なんで深海棲艦が深海棲艦を殺したりなんて…)

 

護衛棲姫「装甲空母鬼、オ前ガ悪イ」

 

装甲空母鬼が倒れ、グチャグチャに潰される

 

川内(…あれは、データドレインで人間に戻せるの?……いや、ミンチをレンジであっためてもそぼろになるだけか)

 

護衛棲姫「……」

 

護衛棲姫が消滅する

 

川内「ひぇー…おっそろし…あ、阿武隈…?天津風も、大丈夫?」

 

倒れた2人を揺さぶる

 

阿武隈「…んぅ…?」

 

天津風「な、何があったの…?」

 

川内「いや、それはこっちのセリフ…曙は?」

 

阿武隈「あ、曙ちゃん…?」

 

天津風「…どうなってるの…?」

 

不知火「川内さん、付近の掃討完了です」

 

山雲「…どう言う状況?」

 

川内「……曙を探そう、できるだけ早く」

 

 

 

 

 

レ級「…なんで、私はこんなことを…なんて事をしてしまったの…?曙を手にかけるなんて、いや、そうでなくても許されるわけが無いのに…」



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不具合

同じ話が二話投稿されていた為削除したところ、両方削除されたので再投稿しました


駆逐棲姫のアジト

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「全ては順調、曙さんも島風さんも素体としては最高です、それにやはりよく似ている、いや、全く同じとまで言ってもいい」

 

曙さんの顔を撫でる

 

駆逐棲姫「素敵です♪」

 

護衛棲姫「駆逐棲姫様、護衛棲姫、帰還致シマシタ」

 

駆逐棲姫「お疲れ様です護衛棲姫、裏切り者の排除と新入りの搬送、お疲れ様でした」

 

護衛棲姫「…人的資源ノミデ良カッタノデスカ?」

 

駆逐棲姫「人材は人の材と書きますが…私からしてみれば人の形をした財産、戦力ではなく財産として、大切に扱うべきだと思います…」

 

護衛棲姫「言ウコトヲ聞クデショウカ」

 

駆逐棲姫「ああ、それについてはご心配なく、元の上司が無能だった、すごく残念なことです……でもどうでしょう?急に優秀な上司になったら?部下は大喜び、ちゃんと従うようになってくれますよ」

 

護衛棲姫「左様デスカ…ワカリマシタ、ソレデコレカラドウスレバ?」

 

駆逐棲姫「ロシアの力を借りようと思います、とりあえずは戦力を整えるのに時間を使いましょう、今離島とやり合う必要はない、私の改も万が一朧さんに打ち破られたとあっては…腹が立ちますから♪」

 

護衛棲姫「駆逐棲姫様ヲ倒スナド不可能デス」

 

駆逐棲姫「ええ、当たり前ですが…マンに一つというのは私が実に嫌いな事でして」

 

護衛棲姫「…ソチラノ2ツノレ級ヲ戦ワセレバイイノデハ?」

 

駆逐棲姫「それもいいんですが…ほら、見てくださいよ、この綺麗な顔に傷がついたら勿体無いでしょう?あとはレ級さんの人格をインストールさせたいのでサンプルを取って、オリジナルを壊すのはその後です、一度壊したら後は好きにできる…♪」

 

護衛棲姫「好キニ、トハ?」

 

駆逐棲姫「言わせないでくださいよ…どんなに滅茶苦茶にしても良いんです、四肢を落として私を睨むことしか出来なくなったらどんなに素敵なんでしょう、それとも粗相をする度に始末をしてくれた泣いて懇願するのでしょうか、殺してくれと願うのでしょうか?ああ、楽しみです♪」

 

護衛棲姫「…捕エテキマショウカ?」

 

駆逐棲姫「確かに、今の力は貴方の方が上でしょうが…彼女は腐ってもあの東雲であり、曙であり、レ級である…追い詰めたと思ったら再誕の勢いでやられかねない、貴方じゃ無理です」

 

護衛棲姫「…ソウデスカ」

 

 

駆逐棲姫「心配ありませんよ、じっくりじっとり、何度甦ろうが関係ない、濃硫酸のカプセルの中で死と再生を繰り返すようにして壊す、その姿をしっかり記録して……永遠に眺めてあげますからね♪」

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

戦艦 レ級

 

レ級「…だめだ、寒気が治らない、動悸も止まらない……なんて事をしたんだ、私は…」

 

この体では酒に酔うことも、タバコで頭をぼかすこともできない

現実が私を蝕む、自分のやったこと全てが牙を剥き、私を…

 

レ級(ごめんなさい、ごめん、曙…私が貴方を、島風さんを…傷つけた……私が悪いのはわかってる、だけど私じゃ綾波を止められない…私じゃ…)

 

どうすればいい?曙を、島風さんを助けるには何をすれば良い?私が2人を助けるためには

 

求めるな、私を助けてくれる者などいない、居ては…いけない

自分の罪の責任は取れ、自分解決しろ、だが……どうすれば良い?どうすれば私は…

 

レ級「いや…」

 

考えれば良い、やりようはあるはずだ、何ともならないとしても諦めることだけはしてはいけない

 

明石「すいませーん…曙さーん…?」

 

レ級「……なんですか」

 

明石「あ、いた……えっと…ごめんなさい、USBの中身が空になってて…」

 

レ級「…は…?」 

 

明石(あ、やっぱりコレ腕輪関連だ…)

 

レ級(…どこに行った?アレは…いや、アレなら…しかし消失した?綾波か?……アレは、アレさえあれば…)

 

考えろ、ないのはわかってる、だが存在するんだ、何処にある?それが有ればどうなる?

 

レ級「……そうか、アレさえ有れば…チャンスはある」

 

明石「え?」

 

レ級「無くなった状況!タイミング!全て正確に教えてください、お願いします…!」

 

 

 

 

明石さんから話を聞き、1人になれる場所で落ち着く

 

レ級(目を離した時に多少動いていたのが…おそらく失われたタイミング…しかももうかなり前の話か…綾波に奪われていたら絶望的…)

 

だけど止まってはいけない

 

レ級(…2人を元に戻す以前に、綾波から離反するには人質である提督の救出が最優先になる…いや、2人を盾にされればそこまで…だが…)

 

…つい、持ち帰ってしまった曙の艤装に目を落とす

 

レ級「前だけ見てれば良かった…か、私には土台無理な話よ、捻くれた私には…」

 

再生した左腕の爪先はボロボロ

皮膚も所々剥がれてる、斑点みたいな…

 

レ級(艤装、というか…私の場合は体内で力を循環させてるようなもの、か……だけどその力も長くは持たない)

 

曙の艤装は、今の私には必要なものかもしれない

戦えさえすればそれで良い、そして……全てを打ち明けて協力を求めたい、非難されても良い、全てを賭けて戦う覚悟ならある

 

だけどそれは契約の破棄と同義、提督が殺される…やはりどうするにもここがネックだ

 

レ級「もし直接お話を伺えればなんというか……自分の事は気にするなとでも言うんでしょうね…」

 

全てを、捨てる覚悟は、まだできていない

捨てると賭けるでは、意味が違う

 

レ級(…提督の救出を諦め、綾波を撃破することだけに集中する……まだ現実的だが…そんな作戦、絶対に組みたくない、やりたくない…なら綾波をどう倒す?)

 

綾波は単純に言えば…かなり語弊があるが、完全上位互換

島風さんのスタイルを一度の戦闘でコピーし、艤装の力を使ってはいるもののそれを上回った

 

つまり私の様にコピーし、更に自分のスタイルに作り替えて扱える

其の気になればなんだってできるはずだ、そうしないのは綾波のお眼鏡に敵わなかっただけ

 

レ級(私みたいに何でもかんでも自分に取り入れて対応力だけで生き残ってきたのとは違う、取捨選択をできる立ち位置だからこそ無駄の少ない…)

 

それ故に隙が無く、迷いが無く、何より容赦のない性格と相まって誰も歯が立たない

綾波が基本的に砲撃戦を行わないのも、キタカミさんを真似しないのも全て必要がないから

直接殺して確かめられる近接戦闘にしか確実性を感じていないから

 

綾波の砲撃の精度は高くはない、しかしきっとその気になれば高められる

綾波に死角は無いはずだ、だけど殺せないわけじゃ無い、油断を、隙を、苦手な何かをついて殺しきる

 

それしかない

 

 

 

 

 

 

駆逐棲姫のアジト

イムヤ

 

イムヤ「…ん…?」

 

綾波「おはようございます、イムヤさん」

 

…違和感

独房の中はいつも荒れ放題だけど、今日はいつも以上に荒れている

 

イムヤ「…何かあったの?」

 

綾波「…私が私に気づいてしまった様です…その、別人格があると…それで、カメラを仕掛けられた様ですので、全て破棄しました」

 

イムヤ「そんなことして大丈夫なの?」

 

綾波「…私自身、気づかれた以上どうしようもありません、意識が同時に作用することもありませんから…でも、もう少しなんです…頑張って、綾波の意識に干渉します…そうすればきっと皆さんのお役に…」

 

イムヤ「……無理はしないでよ、大事な友達に死んでほしく無い」

 

綾波「……そうですね、友達が死んじゃったら…悲しいですから」

 

イムヤ(…何?今の違和感…)

 

 

 

 

護衛棲姫

 

護衛棲姫「…アノ、駆逐棲姫様」

 

綾波「…どうかしましたか?」

 

護衛棲姫「…イヤ、ソノ…綾波様、私ハ…」

 

綾波「貴方はとても聡い人です、ですが貴方の主人は私ではない、私と話していると貴方も裏切り者になりますよ?」

 

護衛棲姫「……ヤハリ、別ノ存在ナノデスネ」

 

綾波「身体は同じですが…」

 

護衛棲姫「…残念、デス」

 

綾波「私もです、貴方はすごく優しい人です、いつか一緒に…お茶でもしませんか?きっと楽しいお茶会になりますよ」

 

護衛棲姫「…敵ト馴レ合ウ訳ニハイキマセンノデ」

 

綾波「……本当に、残念です」

 

護衛棲姫「……」

 

綾波「では…護衛棲姫さん、貴方にこれを」

 

護衛棲姫「…カップケーキ…?」

 

綾波「お腹、減ってたりしませんか?……といっても、膨れないでしょうが…」

 

差し出されたカップケーキを受け取り、口に運ぶ

 

護衛棲姫「……甘イ…」

 

綾波「…お口にあいましたか?」

 

護衛棲姫「…トテモ、満タサレマシタ」

 

綾波「それは……良かった、本当に…」

 

護衛棲姫「……」

 

綾波「護衛棲姫さん、人は平等ではありません、しかし共通して幸せを求める権利があります、貴方は幸せを求めて…いえ、幸せになったと心から笑えるように生きて欲しいんです…私が手を差し伸べられるのは、貴方だけですから」

 

護衛棲姫「ソノ手ハ取レマセン、駆逐棲姫様ヲ裏切リタクナイ……綾波様、今マデアリガトウゴザイマシタ」

 

綾波「…そうですか」

 

護衛棲姫「綾波様、私ハ今、幸セデスヨ」

 

綾波「……そう、ですか」



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366話

深海棲艦基地

駆逐艦 朧

 

朧「曙が行方不明…?」

 

阿武隈「何処探しても、居なかった…」

 

川内「深海棲艦も人間の兵士も、今まで分かる通り何処にも居ない、だから草の根かき分けて探してるんだけど…」

 

朧「…嘘…まさか、やられた…?」

 

阿武隈「…私はそうじゃ無いと思う、どっちかと言うと…攫われた」

 

川内「その可能性はあるね、深海棲艦たちを連れて行く際に…」

 

……鼻腔に微かに感じる別人の香

 

朧「…曙…?なんで曙の匂いがするの?」

 

阿武隈「…どうかしたの?」

 

朧(間違いない、このタバコとアルコールの染み付いた匂い、曙がここに居た?だとしたらなんで…)

 

川内「……とにかく、戻ろう、ここの物資だけ掻っ攫ってさ」

 

朧「…はい」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

朧「ねぇ、曙いる?」

 

レ級「……何か用事?」

 

最近荒れ気味だった曙が妙に落ち着いている

いい事だが違和感を強く感じてしまう

 

朧「…曙ってあの敵の基地に居たの?」

 

レ級「…え?」

 

朧「匂いがしたんだ、曙と同じ匂い」

 

レ級「……それは…気の所為じゃない?」

 

明らかに誤魔化す様な…

 

朧「…そっか」

 

やはり裏切り者は曙だ、理由も察しはついた

だから…どうすればいい?

落ち着いて考えろ、曙をその束縛から解放する手段は?

 

今の戦力で綾波とやり合っても勝ち目はない、先に曙を自由にしなくてはならないか

 

 

 

 

 

 

The・World R:2

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

軽巡洋艦 神通

 

神通「…いつリアルに戻れるのか」

 

この街はいつでも夕暮れだ、夕暮れの港に腰掛け、海を眺める

あと一歩歩けば海だ、しかしこの世界はゲーム、見えない壁がある

 

クーン「よっ、そこの綺麗なお姉さん、夕涼みかい?」

 

神通「…何か?」

 

クーン「いや?新入りを紹介しておこうと思ってさ」

 

神通「新入り…何処にいるんですか」

 

クーン「…あれ?…ハセヲのやつ、またどっかいきやがった!」

 

神通「ハセヲ…?」

 

神通(提督が…そういえば倉持司令官の話ではここはパラレルワールドの様な世界、それも時間すら遡っている…昔の提督か、気にはなりますが)

 

クーン「参ったな…」

 

神通「どうかしたんですか?」

 

クーン「実は今、アリーナ戦に出てるんだけど…って言うか、その、アリーナってわかる?」

 

神通「ええ、わかります」

 

クーン「なら話は早いか、そのアリーナのチャンピオンが碑文を使って暴れてるみたいなんだ、それの調査も俺とハセヲはそれぞれのチームでアリーナに出てるんだけど…ハセヲはつい最近は文の力に目覚めたばかりって言うか…なんていうか」

 

神通「…どう言う意味ですか?」

 

クーン「神通ちゃんにも良い影響があるかなと思ったんだけど…どうやらダメっぽいかな、ははは…」

 

神通「…お気遣いありがとうございます」

 

クーン「そうだ、神通ちゃんも試合を観に来ない?暇ならでいいんだけど」

 

神通「…考えておきます」

 

クーン「じゃ、そういう事で」

 

神通「ええ」

 

 

 

Ωサーバー 闘争都市 ルミナ・クロス

 

神通「結局来てしまいましたか…しかし、ゲームとしてプレイしていた時とは違う、熱気や騒音を肌で感じる感覚…悪くありませんね」

 

アリーナへと近づきながら

道中の中継モニターをチラリと見る

 

神通「…これは…」

 

リングの端に吹き飛ばされるハセヲのPC

そしてそのPCに浮かぶ紋様…

 

神通(…相手…揺光さん、確か一般PCの…!止めないと…!)

 

 

 

アリーナの観客席に着いた時には既にスケィスが宙に浮かび、鎌を構えていた

スケィスの姿はノイズが走る度にハセヲと姿を入れ替える

 

神通(あの感じ…まさか、スケィスを制御できてない…?)

 

鎌を振りかぶり、スケィスが揺光へと迫る

 

神通「っ…!」

 

ハセヲの前に立っている敵は居なかった

 

 

 

クーン「…やあ、観に来てたんだ…いや、誘ったのは俺なんだけど…」

 

神通「…クーンさん、それに…パイさんも」

 

パイ「あなた、アレを見てまだ碑文の力を使いたいと思うの?…いや、というかそもそも見えてたのかしら?」

 

クーン「おい、やめろよパイ」

 

神通「いえ…ハッキリと視ました……そして、止めるべきだと感じました、本来彼の方はあの様な事をする方じゃない」

 

クーン「…知ってるのか?ハセヲの事…」

 

神通「ええ…しかしおそらく、今はまだ一方的に…」

 

パイ「…そこは何でもいいの、それよりクーン、貴方はハセヲをどうするつもりなの?」

 

クーン「……ハセヲは…あいつは勝てばなにをしてもいいと思っている……あいつに、身をもって教えてやる…」

 

神通「…その力の持つ本当の恐ろしさ…ですか」

 

クーン「…ああ」

 

何と無く、この人がやろうとしていることがわかった気がした

 

神通「協力させてください」

 

クーン「え?」

 

パイ「…3人目まで埋まってるわよ」

 

神通「足手纏いにはなりませんから、お願いします」

 

クーン「……わかった、もう1人には今回は外れてもらおうか」

 

パイ「…連絡はしておくわ」

 

 

 

 

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

ロストグラウンド グリーマ・レーヴ大聖堂

双剣士 カイト

 

カイト「…なんの用かな」

 

Cubia「簡単な話さ、ボクとキミは表裏一体、行動を共にすることもできる…と思ってね」

 

カイト「……そんな訳、ないだろう…」

 

Cubia「僕が死ねば意識データも破棄されるし、キミ自身も死ぬんだ、悪い事しかない…キミはボクを守らなきゃいけない、だけど逆にボクもキミを守らなきゃいけない」

 

カイト「……」

 

Cubia「わかるだろ?仲良くしようよ、カイト」

 

確かにそうだ、行動を共にするメリットはある…

だけど…

 

Cubia「それとも、ボクらは協力できないって言うのかな」

 

カイト「……キミの目的はなんなの?」

 

Cubia「勿論、アウラを下してあの場所に行くことさ、ボクがネットを支配する神になる…!」

 

クビアはただ、生きたいだけ…僕は…ただ、みんなを返して欲しいだけ

 

Cubia「もし、ボクがアウラを蹴落とせたなら…キミとの約束を果たしてもいい」

 

カイト「どうしてアウラを?」

 

Cubia「…別に?理由なんか、ないさ…ただ、力さえあればボクは生きていられる様になる…それが全てだ」

 

 

 

 

 

 

The・World R:X

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

アルビレオ「…来たか」

 

青葉「はい」

 

目の前に槍を突き立てられる

 

アルビレオ「…任せる、俺は別の方向からアプローチをかける」

 

青葉「…わかりました」

 

槍を掴む

 

青葉「神槍ヴォータン…確かに、預かりました」

 

アルビレオ「…秋雲を任せた」

 

青葉「はい」

 

The・World R:X、このゲームの運営が開始された

ザ・ワールドの人気に伴い、現段階でログインできるのはユーザー権というログインの権利を手に入れた者達か…

私達のような、謂わばクラッカーか

 

マク・アヌはデバッグ用のタウンとして残され、他のエリアはグラフィックのみ変更されたものの、名称は変更されずそのまま運用されているらしい

 

青葉(つまり、逃げ込むならタウンに…そうすれば迂闊に手出しできない)

 

上手くやれば、そう、どれほどかは知らないが、天変地異を起こすほどに上手くやれば未帰還者を助けられる

 

青葉「…でも、まさかここに戻るなんて」

 

てっきりR:1に送られると…向こうの人たちはどうなったんだろう

 

アルビレオ「…俺は仕事がある、あとは任せた」

 

青葉「はい」

 

アルビレオを見送り、辺りを探索する

システム管理者は影も形もない

 

何時ぞやの塔を目指し、ゆっくりと歩く

 

青葉「……アカシャ盤、アーカーシャ、虚空にアカシックレコードを記録する…つまり、The・Worldの記憶の…」

 

フリューゲル「良く調べたもんだ、何処から調べた?」

 

声のした方向を横目で睨む

 

フリューゲル「…そう怒りなさんな、前の事を詫びたいと思ってる、アレは俺も予定外だった」

 

青葉「…横須賀にまで、来られたそうですね」

 

フリューゲル(もうバレてるか)

 

フリューゲル「そう、改めて名乗っとくが…フリューゲルだ」

 

青葉「……2度は、許しませんよ」

 

フリューゲル「…今回は俺1人だ、間違いなくな」

 

青葉「それで、何の用ですか」

 

フリューゲル「…アンタの目的は未帰還者を助ける事、それについて俺たちも上司と話し合って…それが承諾された、まあ要するに、協力したい」

 

青葉「…信じると思いますか?」

 

フリューゲル「信じないなら、アンタをここで撃つ」

 

青葉「……そう易々とやられる訳にはいきませんね」

 

槍を構える

 

フリューゲル「…俺たちは謂わばシステム管理者だ、協力すれば…」

 

青葉「今まで無視してきたのも貴方達です」

 

フリューゲル「それは……俺たちじゃない、俺たちはシックザールってんだが…要するに俺たちシックザールはつい最近雇われた、その話もこの前アンタから聞かされて知った…嘘じゃない、信用できるかは置いといてな」

 

青葉「……」

 

フリューゲル「頼む、信じてくれ、俺達は協力できるはずだ」

 

青葉「貴方達の目的は?」

 

フリューゲル「アカシャ盤の正常な運用、アンタらにアカシャ盤を触らせる訳にはいかない、だから…」

 

青葉「……わかりました、話自体はわかりました、ですが…考えさせてください」

 

フリューゲル「3日以内に頼む、時間はあんまりないもんでな」

 

青葉「…わかりました」



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覚悟

離島鎮守府

提督代理 朧

 

朧「作戦から2日…曙は以前行方不明、ロシアの人達は横須賀に引き渡して後日輸送…」

 

頭を抱える問題が多い

行方不明の曙とスパイを強いられてるであろう曙

両方助けるにはどうしたら…曙はまさか綾波に連れて行かれたのか、それとも…

 

朧「朝潮、代理の仕事暫く任せていい?」

 

朝潮「大丈夫です、しかし…心配ですね、曙さんの事…」

 

朧「…どっちもね、だけど…どうするにも、綾波を倒すしかない気がする」

 

朝潮「倒せるんですか?」

 

朧「……倒し切ることはできないと思う」

 

現状のデータドレインは通用しない、そもそも弱らせるというか…攻撃も綾波は受けてもいいと思って受けているだけ

 

綾波に見せたことのない戦術で綾波を一瞬で殺し切るには…

 

朧「…メンバーの入れ替えは必須…か」

 

朝潮「入れ替え?」

 

朧「正直言ってどこの基地のメンバーも把握されてるだろうけど、それでも戦術の転換は必要、新しい戦い方をしなきゃいけない時だよ」

 

朝潮「…と言っても…」

 

朧「今が正念場…これから冬になる、冬になれば天候も崩れやすいし…とにかく、すぐにでも決着をつけたいけど…」

 

朧(…そう上手くは行かないよね…アタシの個人技で勝てる訳じゃない、力も、速さも、技術も、戦略も…何もかもが向こうが上、だとしたらチャンスは…)

 

朧「暗殺…か」

 

朝潮「…そんな事、できるんですか?」

 

朧「無理、通じる相手じゃないしまず無理だと思ってるけど…でも、可能性はそこにしかない、アタシ達は戦争をしても綾波には勝てないんだ」

 

朝潮「…戦争で勝てないから暗殺…」

 

朧「昔からある話だけどね、優秀なトップを消すために暗殺ってのは……でも、上手く行くかなぁ…」

 

朝潮「倒し切る手段が必要ですね」

 

朧「…よし、そこを優先で進めよう、絶対に綾波との戦いを終わらせる、なりふりなんか構ってられない…!」

 

 

 

 

 

駆逐棲姫のアジト

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「うーん、さすが私だ、良い仕事しますねぇ、物理的に破壊されたらなんの記録も残りません、私に気づかれたという判断も早い」

 

護衛棲姫「…駆逐棲姫様、失礼致シマス」

 

駆逐棲姫「おや、どうかしましたか?」

 

護衛棲姫「…ロシアニハイツ向カワレルノデスカ?」

 

駆逐棲姫「明日、少し…しかし、困った事に聞いてる限り協力的ではなさそうなんです、どうも私を軽んじてるようで」

 

護衛棲姫「アァ…」

 

駆逐棲姫「まあ、正直私以上の人材なんてどこにもいないので…期待してるのは機材とかだけなんですよねぇ…調子に乗られなければなんでもいいんですが」

 

護衛棲姫「…軍事力ハ必要デショウカ」

 

駆逐棲姫「いいえ、私1人のトップ体制ですし私が死んだ時点でこの組織は瓦解させます、変に意思とか継がれたくもないですから…それもあるんで必要な時以外は全部私1人でやります」

 

護衛棲姫「…大丈夫デスカ?」

 

駆逐棲姫「失敗、成功、コントロールできる範囲でしか人を使ってはいけません、賭けるなら99%にだけ、90%ではダメです、貴方は確かに丁寧で私のために戦ってくれる、だけど貴方はコントロールが効きませんから」

 

 

 

 

 

ロシア ウラジオストク

 

駆逐水鬼「ああ、結局…」

 

火の海を見下ろす

 

駆逐水鬼「こうなってしまうのか、なんとも愚かしい…」

 

タシュケント「なんなんだアイツ…化け物か何かなのか!?」

 

駆逐水鬼「おや、ロシアの艦娘ですか?」

 

近づき、大腕で両手を掴み、磔の形にする

 

タシュケント「なっ…は、離せ!」

 

駆逐水鬼「……ふむ、悪くない、ですが…うーん…私はロシアにシステムを送ってないんですよね、中抜きされましたか、予想はしてましたけど…えーと、タシュケントさん?」

 

直接艤装に触れ、弄る

 

タシュケント「な、なんで名前を…」

 

駆逐水鬼「艤装に書いてますからね、ええ…よし、これでいいでしょう、暴れなさい、私の手駒として」

 

タシュケントを放り投げる

 

タシュケント「え…ぎ、艤装が勝手に…!」

 

主砲が妙な方向を向き、発砲する

 

駆逐水鬼「…ふむ、威力弱いですね、銃弾より多少強いくらい…安かろう悪かろうでは意味はないのに…」

 

タシュケントの艤装の操作を解除し、海へと戻る

 

駆逐水鬼「タシュケントさん、ロシアの"誠意"のある対応に感謝するとお伝えください、次はミサイル基地に来ても知りませんよ?」

 

タシュケント「さ、させるか…!そんな事!」

 

駆逐水鬼「…まだ私、レベル2なんですけどねぇ…その首、いや、頭を破裂させてもいいんですよ」

 

タシュケントの艤装を操作し、自身の顔に向けさせる

 

タシュケント「ひっ…!な、なんで!?」

 

駆逐水鬼「アハッ…良い顔、気が変わりました、貴方が爆ぜる瞬間、見てみたいかも……」

 

タシュケント「嫌だ!ヤダヤダヤダ!死にたくない!」

 

駆逐水鬼「…パーン」

 

大腕が一回、拍手のように手を打ち鳴らす

 

タシュケント「っ……」

 

駆逐水鬼「緊張感と恐怖心で気絶しましたか…大切な交渉役、殺しはしませんよ、今はね?」

 

気絶したタシュケントの頬を撫でてから姿を消す

 

 

 

 

The・World R:X

忘刻の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「お話、お受けします…」

 

フリューゲル「そいつは良かった」

 

青葉「…ただし、万が一私を裏切れば…」

 

フリューゲル「…裏切れば?」

 

青葉「ヘルバさんを敵に回すと思ってください」

 

フリューゲル「……ヘルバ?」

 

青葉「あなたを攻撃する意図は有りませんが、ヘルバさんに相談したところ貴方の住所、電話番号や経歴なども全て調べ上げてあると」

 

フリューゲル「…ははは、そいつは怖い」

 

青葉「…信じられないのでしたら、"病院"まだ会いに行きましょうか」

 

フリューゲル「……いや、何処も悪くなさそうだ、診る必要はないと思うけどな」

 

青葉「私はヘルバさんに、必要ならその病院まで行けと言われています、しかしそれ以外のことを聞くことは拒否しました…貴方と協力するために」

 

フリューゲル「随分な脅しに聞こえるけどな」

 

青葉「私はあなたのお名前と病院の場所しか知りませんよ」

 

フリューゲル「…名前も聞いてんじゃねぇか…」

 

青葉「ヘルバさんには聞いてません、あなたが訪ねたアオバから聞きました」

 

フリューゲル「……あー、あの青葉さんとはどんな関係?」

 

青葉「…答える義務はないかと」

 

フリューゲル「…はいはい、失礼しました」

 

青葉「私はなにをすれば良いんですか?」

 

フリューゲル「…Cubiaの排除、ってことになるのか…R:2に向かう事になる、R:2で好きにやってくれ」

 

青葉「…好きに?」

 

フリューゲル「あんたは目的のために止むを得ず力を貸してる立場、変な指示されても素直に従えないんじゃないか?別にアカシャ盤ぶっ潰すつもりがないなら好きにしてくれれば良い、未帰還者を助けるって目的は一緒な訳だしな」

 

青葉「……わかりました」

 

 

 

 

The・World R:2

Ωサーバー 闘争都市 ルミナ・クロス

軽巡洋艦 神通

 

神通「もう当日ですか」

 

クーン「準備とかできてないかもしれないけど、大丈夫?」

 

神通「…まあ、問題ありません」

 

パイ「貴方、戦闘経験はあるの?」

 

神通「…戦闘経験でしたら、お二人よりある自信はありますよ」

 

クーン「それは心強いな」

 

パイ「…まあ、行きましょ」

 

 

アリーナの窓口から控室へと送られる

 

神通「…私はなにを狙えば」

 

クーン「…緑の斬刀士だ、パイはアトリちゃんを、俺がハセヲを叩く、2人も担当の敵を倒したらお互いのサポート、俺は後回しでも良いから」

 

神通「了解しました」

 

パイ「問題ないわ」

 

クーン「…ハセヲは俺が、ここで止める」

 

 

 

 

 

馬鹿みたいにうるさい声援と実況のマイクパフォーマンスを受けながらフィールドに転送される

 

神通(…よく知った雰囲気ですね)

 

ハセヲ「なんだよ、そいつ…新しいメンバーか?」

 

クーン「お前に紹介しようとしたけど、バックれたろ…」

 

ハセヲ「ああ、ナルホドね」

 

クーン「……ハセヲ、俺は…認めない、絶対に!認めないっ!!」

 

ハセヲ「…あ?」

 

クーン「勝てたらなんでも良いのか!?どんな事をしても許されるのか!?他人を滅茶苦茶にしてまで手に入れた物に価値などない!」

 

ハセヲ「うるせぇ!お前バッカじゃねぇの?勝たなきゃ誰も認めてくれねぇんだよ!」

 

クーン「違う!勝つことだけが全てじゃない!」

 

ハセヲ「違わねぇっつーの、お前に認めさせてやる…俺の、力を!!」

 

神通(…まるで、力の使い方を知らない子供…かつての私のよう…提督にもこんな時期があったのですね)

 

試合開始を告げるゴングが鳴る

 

緑の斬刀士に向けて槍を振るう

 

神通「初めまして、あなたのお相手は私です」

 

シラバス「ど、どうも…!」

 

神通(…この青年のキャラ……そうだ、知ってる顔だ、確か初心者支援ギルド、カナードの…シラバス…)

 

神通「あなたもこんな大会に出るのですね」

 

シラバス「…どういう意味かわからないけど…負けない!流影閃!」

 

一歩下がって攻撃をかわし、槍を大振りに奮って叩きつける

 

シラバス「うわぁっ!?」

 

神通(まるで相手にならないな)

 

シラバスにトドメを刺し、もう1人を確認する

 

パイ「こっちも終わってるわ」

 

ハセヲ「なんで…なんでお前らまで俺の邪魔を…!」

 

神通(…そうか、提督は1人なんだ…だから、助けて欲しくて…)

 

ハセヲ「なんでどいつもこいつも俺の邪魔をしやがる!どけよ!どきやがれぇぇっ!!」

 

ハセヲの大剣とクーンの銃剣がぶつかり、金属音が響く

 

ハセヲ「さもないと…!喰い殺すぞぉぉぉぉっ!!」

 

ハセヲの体が紋様に包み込まれる

 

クーン「っ…!」

 

ハセヲ「スケェェェェィスッ!!』

 

クーン「バカがっ!来い!俺のメイガスっ!!』

 

セピア色の世界

メイガスがスケィスの鎌を葉のシールドで受け止める

 

ハセヲ『そんなもんで防げると思ってんのか!!』

 

スケィスがメイガスのシールドを破り、そのまま攻め続ける

 

クーン『お前は間違ってる!こんなやり方、何も解決しない!』

 

スケィスの攻撃をいなし、適所で遠距離攻撃をするメイガスに対し、攻撃を避けては常に攻め続けるスケィス

 

神通(…そうだ、なんでわかるのかすら…ああ、やはり…)

 

一方的なスケィスの攻撃が続く

 

ハセヲ『これが俺の力だ!!オラオラオラオラオラァァぁぁッ!!』

 

スケィスの鎌がメイガスを何度も斬りつける

しかし、急にスケィスが止まり、その腕をダラリと垂らす

 

ハセヲ『ッ…!?」

 

スケィスの目が、赤く光る

だらりと垂れた腕が何かへと伸びる

 

ハセヲ「う、うわっ!?うわぁぁぁっ!?」

 

神通「あれは…!」

 

スケィスが獣のように咆哮し、両手の爪でメイガスを攻撃する

 

クーン『ごッ…ぁが…!』

 

完全に制御を失い、獣のように、ただひたすらにメイガスを攻撃し続ける

 

神通(暴走してる…私と、あの時と同じように…!)

 

ハセヲ「やめろ…」

 

いつの間にか遠く離れた場所でスケィスを眺め、そう呟くハセヲ

 

しかしその声は届く事なく、スケィスは鎌の柄をメイガスに突き刺し、右手から光弾を放ち、メイガスを攻撃し続ける

 

殴りつけて弾き飛ばしたかと思えば腕を伸ばしてメイガスを引き寄せ殴りつける

もはやメイガスは抵抗をやめ、されるがままに、壊され続ける…

 

ハセヲ「いやだ…いやだ…!やめろ!おい!やめやがれ!!」

 

ハセヲの声はスケィスには届かない

スケィスの爪がメイガスを引き裂き、貫き、徹底的に破壊する

 

ハセヲ「もう…やめてくれ……」

 

クーン『ハセヲ…これがお前の望んだ結末なのか…?』

 

こちらに背を向けたクーンが現れ、ハセヲに問いかける

 

ハセヲ「クーン!?…違っ…俺、そんなつもりじゃ…!…こんなこと……こんなはずじゃ…」

 

クーン『…わかったろ?…碑文の力は俺たちの心の闇を増幅する…それは簡単に克服できる物じゃないんだ…』

 

ハセヲ「…俺は…どうしたら……」

 

クーン『常に覚悟するんだ…大切なものを失う覚悟を』

 

ハセヲ「失う、覚悟…?」

 

クーン『そして、大切なものを守る覚悟を…!』

 

ハセヲに振り返り、笑ったそう言う

 

神通(失う覚悟と、守る覚悟…)

 

 

クーン『うおおおおォォッ!!』

 

メイガスがスケィスの両腕を掴み、引き剥がす

スケィスを投げ飛ばし、先ほどよりも巨大なシールドを展開する

 

ハセヲ「とまれ…!」

 

スケィスが再び鎌を取り出し、メイガスへと迫る

 

ハセヲ「クーン!逃げろ!逃げてくれぇっ!!」

 

クーン『…ははっ…でもさ、俺もいつも覚悟が足りなくてさ…』

 

ハセヲ「頼む…逃げろっ…!」

 

クーン『だから…こんな方法しか思いつかなかったんだ………うおおおぉォォッ!』

 

スケィスがメイガスへと鎌を振り下ろす

メイガスのシールドを破壊し、メイガスをも切り裂いた、メイガスのプロテクトが破壊され、すかさずスケィスがデータドレインを展開する

 

神通「そんな、まさか…!」

 

データドレインを受けて、助かるのか…?

 

ハセヲ「止まれ!止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ!とまれ!!止まれぇぇッ!!」

 

無常にも、データドレインがメイガスを貫く

 

クーン『ぐぁあぁぁぁぁぁぁ……っ!!」

 

力を失ったメイガスがどんどんと、虚空へと堕ちていく

そして、満足げに右手を眺め、ようやく消えたスケィス

 

ハセヲ「っ…!」

 

メイガスは光の粒となって、消滅した

 

ハセヲ「うわあぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 

 

景色が元に戻り、クーンが仰向けに倒れた状態になる

 

ハセヲ「……クーン…俺は…」

 

クーン「どうしたんだよ、お前らしくないぞ、そんな顔」

 

ハセヲ「クーン!?」

 

神通「……」

 

パイ「アンタ…"増殖"を使ったのね」

 

クーン「なかなかお利口だろ?俺の碑文…まあ、俺1人じゃ足りなかったみたいだけど」

 

ハセヲ「…増殖?」

 

パイ「ええ、クーンの碑文の特殊能力、あらゆるデータを文字通り増殖する力…自分のデータを増殖させて、ハセヲがドレインしたデータを補った…そう言う事でしょ」

 

クーン「当たり!もうそのとーり!流石パイ!」

 

パイ「馬鹿!どうしてアンタ1人で引き受けたり…下手したら未帰還者になってたかもしれないのよ!?」

 

クーン「はいはい、バカはバカなりに考えたんだがな…神通ちゃんも察して手を貸してくれたけど…」

 

神通「…流石に、無茶が過ぎると思いますが」

 

クーン「あー…お説教は後で、先に言わなきゃな…」

 

神通「…?」

 

クーン「参った!ギブアップ!」

 

ギブアップの宣言を受けて試合終了のアナウンスがされる

 

クーン「な、言ったろ?勝つ事だけが全てじゃないってさ」

 

ハセヲ「……俺」

 

クーン「ドンマイドンマイ、大丈夫、もう間違えなきゃ良いだけだからさ」

 

神通「……ふふっ」

 

パイ「…どうかしたの?」

 

神通「いいえ、なんでもありません」



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理解者

The・World R:2

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「あぅっ!?……ま、また、腰を…」

 

アカシャ盤を使った時間の移動はどうやら毎回空から降る事になるらしい、次からは着地を取らなくてはいけないのかもしれない

 

フリューゲル『よー、どうだ?』

 

青葉「…私の知ってるマク・アヌです、ここに?」

 

フリューゲル『Cubiaの反応がある、後は任せたぜー?青葉ちゃんよ』

 

青葉(なんか、急に距離感が近い…)

 

青葉「…はぁ…が、頑張らないと…」

 

つい昨日まで敵対していた相手と協力……協力?良いように使われているだけな気がしてきた

 

青葉(大丈夫なのかなぁ…)

 

考えてもしかたない、とにかく今はCubiaを探すしか無いのだから

 

フリューゲル『っと…待ってくれ、異常なデータ増幅を確認した、ルミナクロスのアリーナ裏だ…調査に行ってくれるか?』

 

青葉「…クビアですか?」

 

フリューゲル『わからない、だが確かめる価値はあるだろ?』

 

青葉「……了解しました」

 

フリューゲル『戦闘になることも考えてもう1人つける、少し待機してくれ』

 

青葉「私を後ろから刺した人以外でしたら」

 

フリューゲル『…大丈夫だ、そんなことする奴じゃない』

 

 

 

チェロ「よろしくネ!青葉ちゃん!」

 

青葉「…えーと…貴方は?」

 

チェロ「チェロだヨ!」

 

青葉(…子供タイプのキャラに天使の羽…ジョブは?…わからないけど…)

 

チェロ「青葉ちゃんだからー…青ちゃんって呼んでも良い?」

 

青葉「構いませんけど…武器は?」

 

チェロ「この子だヨ!」

 

青い可愛らしい謎のぬいぐるみを突き出してくる

 

青葉「…人形を操るジョブなんてなかったはず…」

 

チェロ「シックザールPCは普通と違うからね、でもベースは撃剣士だヨ!」

 

青葉「…その見た目で!?」

 

チェロ「早く行こうヨ!逃げられちゃうヨ?」

 

青葉「…わかりました…」

 

カオスゲートへと向かう

 

青葉(しかも、移動の時は浮いてるし…)

 

 

 

Ωサーバー 闘争都市 ルミナ・クロス

軽巡洋艦 神通

 

アリーナ裏の誰も来ない薄暗い通路

落下防止の柵に腰掛け、夜風に当たりながら…気長に待つ

 

神通(…失う覚悟と守る覚悟…メイガス、貴方が私に求めているのはそれなんですね…)

 

今なら、帰れる、メイガスの力を使って……だけど、まだだ、まだ力が足りない、全てを失う覚悟はできた、まだ力が足りない

 

左肩に宿ったAIDAが囃し立てる

もっと力をと

まだ足りないと

 

神通「ええ…わかっています、貴方がくることも、わかっていました」

 

駆逐棲姫「おや…それは実につまらないですが…」

 

神通「私に力をくれるんでしょう?」

 

駆逐棲姫「……えぇ、まさか貴方は姉妹を裏切ると?」

 

神通「貴方相手に嘘は通じません、ですから私は真実しか喋りませんが……全くもってその通りです」

 

駆逐棲姫(…嘘のクセは無いか)

 

神通「どうですか、私は高いですよ」

 

駆逐棲姫「…ふふっ、良いですねぇ?…その力、私のために使う気は?」

 

神通「私はあくまで、私のためにしか振るいません」

 

駆逐棲姫「気に入りました、買いましょう、貴方を」

 

左肩のAIDAがボコボコと泡を噴き出しながらその腕を露にする

 

神通「…辛抱たまりませんか、力を前にして」

 

駆逐棲姫「自己防衛の本能でしょう、恐怖心があるのでは?」

 

神通「……感じないと言えば、嘘になります」

 

駆逐棲姫「不感症じゃ無いなら夜も楽しめそうですね?」

 

神通「そう言う意味ではありませんが…」

 

駆逐棲姫「アハッ、冗談ですよ…まあ、そういう愉しみも悪く無いかもしれませんが」

 

神通「……おや」

 

駆逐棲姫「どうかしましたか?」

 

神通「来客です」

 

バタバタと駆ける足音が近づいてくる

 

神通「……お久しぶりですね、青葉さん」

 

青葉「…神通さん…!それに綾波さんも…なんで…!?」

 

チェロ「青ちゃん、知り合い…?」

 

神通「まあ、細かいことはいいでしょう……」

 

槍を掴み、向ける

 

青葉「なッ…!」

 

駆逐棲姫「アハッ…!良いものが見られそうですねぇ!」

 

神通「これからプレゼンテーションを始めます、よろしいですか?」

 

駆逐棲姫「結構!存分にアピールしてください、貴方の力を!!」

 

青葉「神通さん、まさか…」

 

神通「ええ、私は深海につきます」

 

青葉「……川内さん達も…?」

 

神通「いえ、私1人です」

 

そう言って、踏み込む

 

青葉「ぁ…!」

 

槍を青い猛獣に止められる

 

神通「……雪男?」

 

チェロ「ボサッとしない!さあグリちゃん、やっちゃいなヨ!」

 

ゲームに出てくるようなコミカルな雪男…の様な見た目で手についた大きな鉤爪が振り回される

 

神通(動きはそこまで早く無いですが…なんと重い、青葉さんの意思が固まる前に仕留めなくては…!)

 

青葉「……ダブルスイーブ!」

 

横薙ぎに放たれる青葉さんのハルバードのような槍をバックステップでかわす

 

神通「おや…もう少し迷ってくれてもよかったのに」

 

青葉「…迷ってる暇はありません…貴方がそちらに着くのなら、倒すまで」

 

槍の先端に付いた斧、シンプルだが特徴的で洗練された強さのある槍

 

神通「…見覚えがあります、神槍ヴォータン」

 

青葉「…譲り受けたものです」

 

神通(さっきの勢いから見ても威力はバカにできませんね、まともに受けるのは良く無いか…地面に槍を突き立てて受け、格闘に持ち込めば良い)

 

青葉「ダブルスイーブ!」

 

もう一度横薙ぎ、突き立てた槍でそれを受ける

 

神通(貰った!)

 

青葉「…私は、賢くは無いですが…」

 

神通「っ!」

 

斧を引っ掛け、私の槍を軸にして、槍の勢いを利用して半円を描く様に私の背後へと青葉さんが移動する

 

駆逐棲姫(ほう、狙いはやはり私1人…)

 

青葉「優先順位くらい…知っています!」

 

青葉さんの槍が通路を砕き、土煙をあげる

 

青葉「火炎太鼓の召喚符!」

 

炎が逃げ場を奪う

 

駆逐棲姫「っ……めんどくさいなぁ…」

 

神通「待ちなさ……っ!!」

 

チェロ「貴方の相手はコッチだヨ!」

 

青い猛獣が連続で攻撃を繰り出してくる

 

神通(…隙を見つけて、狙い打つ……問題ない)

 

槍を引き、身体を捻る

 

チェロ「グリちゃん!やっちゃいなヨ!」

 

神通「ココです」

 

身体を捻り、腰と膝を最大限に使い、突き刺すような蹴り

猛獣が蹴りを受けて怯んだ瞬間、体の捻りを戻し、その勢いを腕に集中させた手刀

そして槍の石突で刺突

 

チェロ「グリちゃん!」

 

神通「…なんて耐久性…」

 

猛獣はふらついたかと思えばこちらを睨み、攻撃をする

どうすれば倒せるのか…

 

駆逐水鬼「神通さん、時間の無駄ですよ」

 

神通「……片付きましたか」

 

青葉「…ぐ……」

 

駆逐水鬼「多少手を焼きましたが、2撃で沈んでくれました…ああ、しかし…」

 

青葉「……次…こそ…」

 

駆逐水鬼「そんなこと言ってると…リアルの貴方を沈めちゃいますよ?」

 

青葉「っ…!」

 

神通「…私の評価は?」

 

駆逐水鬼「詰めが甘いですねぇ、しかし十分です、気に入りました…」

 

身体をエフェクトが包む

久しぶりに、リアルな空気を味わえるだろう

 

 

 

 

 

重槍士 青葉

 

青葉「…すいません、助かりました」

 

チェロ「何あれ…あんなに早くて重い攻撃、しかも換装の速さ…」

 

青葉(…神通さんも、まさかリアルの姿で?)

 

チェロ「でも、思ってたより青ちゃんが強くて驚きだヨ」

 

青葉「あ…えぇと…恐縮です…」

 

青葉(Cubiaではなかった…じゃあCubiaはどこ?…倒せば解決するのか…)

 

チェロ「…疲れてる?今日はログアウトした方が良いヨ」

 

青葉「…そうします」

 

 

 

 

 

駆逐棲姫のアジト

綾波

 

綾波「あー…その、護衛棲姫さん、その後変わりないですか…?」

 

護衛棲姫「…ソンナニ居心地悪ソウニスルナラ訊カナケレバイイノデハ?」

 

綾波「…あはは…性分なもので……」

 

護衛棲姫「…ソウデスカ」

 

綾波「…私は所詮、あのもう1人の私に勝てるほど強くない、だから……何かを頼るしかない、だから、間違ったことにも何度も手を染める…間違った事をする事で、結果的に正しい道を歩めるのなら…」

 

護衛棲姫「……?」

 

綾波「私の友達は、今日で誰も居なくなります」

 

護衛棲姫「…ドウイウ…」

 

そろそろ、頃合いだ

基地が大きく揺れる

 

護衛棲姫「ッ!?」

 

綾波「…貴方にイムヤさんは止められない…だから、逃げるなら今ですよ」

 

護衛棲姫「マサカ…!」

 

綾波「…イムヤさんは死んでいます、死んでるからこそ…少し手を加えれば……おぇっ……っ…深海棲艦の、上位の力を……おごっ…うぅ…」

 

護衛棲姫「…ソレデ、ドウスルト言ウノデスカ…!」

 

綾波「…信じます……きっと、春雨さん達は…イムヤさんを助けられる……うぅ……おえぇ…」

 

護衛棲姫「…アア、モウ!御手洗イハ向コウデス!」

 

綾波「すみませ…ぅっ…ぷ……う…」

 

きっと、時計の針は巻き戻せない

私は前に進ませるために、私が糧になれるのなら、なんだってやる

自分で死ぬ事だけはできないけど、どんな小さな手助けだろうと……

 

 

 

 

 

 

???

双剣士 ハル

 

ハル「……ここは?」

 

つい先ほどまで、自室に居たはずなのに…

真っ白で、赤い傷痕のある、本の積まれた…ただ、どこまでも広がる謎の空間

 

オーヴァン「真実の部屋、とでも言おうか」

 

ハル「…お前は?」

 

色つきの眼鏡をかけた、長身の男…

 

オーヴァン「……君の一つ前の…」

 

ハル「…コルベニク…?前の碑文使い…コルベニクの…」

 

オーヴァン「そうなるだろう」

 

ハル「…コルベニク、お前が私をここに?」

 

オーヴァン「彼は良く理解してくれる、きっと俺ならキミを救えると考えたんだろう…と言っても、今の俺はただの残留思念だ」

 

ハル「……お前は私にどんな真実を見せる」

 

オーヴァン「真実とは…所詮、自分が見たいカタチに過ぎない…結局、自分が納得すれば周りなんて関係ないのさ」

 

ハル「そうはいかない、私はあまりにも罪を重ね過ぎた」

 

オーヴァン「それもキミ自身の納得の為だ、贖罪のため、愛する者のため、たとえ愛する者がどう感じようと結局キミが納得すればそれで良い」

 

ハル「……確かに、そうかもしれない」

 

オーヴァン「…再誕は適応の力だ、何度だって甦る、甦らせる」

 

ハル「……」

 

オーヴァン「強くなれ、そして…」

 

ハル「…名前を聞いていなかった」

 

オーヴァン「…オーヴァンだ」

 

ハル「お前が、オーヴァンか…お前の愛する者は?」

 

オーヴァン「…唯一残された家族は、妹だけだ、その為に俺は全てを賭けた」

 

ハル「…妹さんが幸せかは知らない、だが…不幸に生きているわけではなさそうだった」

 

オーヴァン「…それが俺の望んだ真実だ」

 

ハル「……提督、どうかお許しください…私は決めました、私の命と、提督の命、その2つを…諦める事を」

 

その二つさえ使えば…きっと

 

ハル「そして、それを引き換えに……私は全てを救ってみせます、綾波すらも、そして…みんなを、だから…だから、私を許してくれとは言いません、どうかご覧ください、貴方の艦が闘う姿を…命を賭して…!!」

 

ぬからな、全ては順調に進まなくてはならない

全ての下拵えを怠るな、全ては我が目的のために

 

オーヴァン「それがお前の真実か」

 

ハル「提督なら、きっとできるだけ多くの人間が幸せになる結末を望む……それなら、私は最大限を願い、戦い続ける…」

 

そう…

 

ハル「全ては、提督の意志のままに…」



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離島鎮守府

駆逐艦 朧

 

朧「よし、だいぶ形になってきた…」

 

前回の戦いからかなり時間は流れた

綾波達は全く動きがないまま…時間だけが流れてしまった、曙も見つからないままだ

日中の過ごしやすい温度は少し肌寒くなり始め、日没も早くなった

 

朧「…10月か、時間がいたずらに過ぎてる…このまま時間を使いたくない…綾波と戦って、決着をつけたいけど」

 

春雨「朧さん」

 

朧「…春雨さん?」

 

春雨「深海棲艦…それも、大物が出たようです」

 

朧「大物って…?」

 

春雨「潜水艦タイプの深海棲艦…火力も馬鹿げてるようで、紹介に出ていた翔鶴さんの隊は大打撃です」

 

朧「…朝潮には?」

 

春雨「…ああ、いけない、あなたが提督代理の期間が長かったもので」

 

朧「……出撃命令が出たら出ないと、ありったけの爆雷を用意しよう」

 

春雨「賛成です、叩き潰してやりましょう…ところで、さっきの動きは?」

 

朧「…見なかったことにしてくれませんか?」

 

春雨「構いませんが、遊びは程々に…と言うか、さっきの…那珂さ…」

 

朧「朝潮に連絡!急いだ方が良いと思いますよ!」

 

春雨「…はいはい」

 

朧「……遊んでると思われたかぁ…」

 

 

 

 

 

工廠

戦艦 レ級

 

明石「…曙ちゃんの改二艤装?」

 

レ級「ええ、複製してください、なるだけ早く」

 

明石「…予備ならありますけど」

 

レ級「ください、今すぐに」

 

予備の艤装を受け取る

 

レ級「……なるほど軽い…」

 

明石「いや、結構な重量ありますよ…?」

 

レ級「…火力の話です、しかし……ふむ、わかりました、これ、いただきます」

 

明石「えっ…まあ、良いですけど…」

 

レ級「……それと、これとそれとあれを」

 

明石「…あー…あの?」

 

レ級「何も言わず、お願いします」

 

明石「……わかりましたけど…」

 

コツンと杖で床を叩く音がする

 

レ級「…キタカミさん」

 

キタカミ[その前に、通すべき義理、あるんじゃない?]

 

レ級「……お互い様でしょう」

 

キタカミ[それでも、通していきなよ]

 

レ級「…私は役目を果たすつもりです、皆さんにとって…できる限り、最高の形で」

 

キタカミ[できるわけないでしょ、1人でやり合ってうまくいわけないじゃん]

 

レ級「いいえ、決戦は総力戦で臨みたいと思っています」

 

キタカミ[なら、ちゃんとしなね]

 

レ級「……わかりました」

 

いつ、そうすれば良いのか

私の全てを打ち明けるのは、実行の直前にするべきなのか?それとも今すぐに打ち明けるべきか?

士気への影響は計り知れないし、何より信頼を失う行動だ、私への協力は誰もしてくれないかもしれない

 

何もかも投げ出したい気持ちもある、やるせない気分だ、私の言葉は、行動は、全て、批判され…

いや、それ自体は当然のことなのだ、受け入れる…

問題は戦いにどんな支障をきたすかだ

 

 

 

演習場

 

川内「…私と?」

 

レ級「1.2分で良いんです、軽くだけ演習してください」

 

川内(1.2分で何がわかるんだか…)

 

川内「いいけど」

 

レ級「ありがとうございます、早速」

 

曙改二の艤装を背負う

 

川内「…え?」

 

レ級「事情があるんです」

 

川内「…まあ、良いけど…」

 

 

 

軽く水面を蹴り、跳ね回りながらの砲撃

弾薬は全て砲弾としては小口径、カートリッジによる火力増加を前提とした艤装だけあって、無しでは厳しい…

 

レ級(だけど、川内さんを寄せ付けない事はできる)

 

川内(何かの戦い方……いや、そうだ、この前の試験でやってた球磨型連中の連携?1人でそれをやってのけてる?それぞれの位置を1人で……マジのバケモンだね…)

 

レ級(……戦術は浮かんだ、後は…私次第、か)

 

主砲を下ろす

 

川内「っ……もう、良いんだ?せっかくあったまってきたところなのに」

 

レ級「…すいません、私はもう限界です」

 

川内「…そう」

 

川内(良いように弄ばれた…なんか、崩されたなぁ…)

 

レ級「……失礼ですが、川内さん」

 

川内「ん?」

 

レ級「神通さんの動きを取り入れ過ぎかと、蹴りを狙い過ぎて私に読まれ、接近のチャンスを失っています」

 

川内「……気づかなかった、ほんとに?」

 

レ級「ええ、間違いないかと」

 

川内「…ありがとう」

 

レ級(…私が全てを話すのは、ただ義理を通す為のことだ、本当に勝ちを目指すなら…必要なのか?)

 

渦巻く感情は、どうしたものか

騙して、最後まで騙して…それで…

 

レ級「……え?」

 

主砲を握っていた指先に目を落とす

 

レ級「…そう、ですか…」

 

まだ悩め、そう言われてる気がした

今すぐに真実が降りてくるわけじゃない

 

 

 

海上

駆逐艦 朧

 

朧「潜水艦タイプの深海棲艦、それも超強力なタイプか…」

 

那珂「那珂ちゃんと朧ちゃんで索敵要員はわかるんだけど…なんで春雨ちゃん?」

 

春雨「捕獲して即座にデータドレインをします、前回のように情報の隠匿はさせません」

 

那珂「あー、敵基地攻め込んだ時みたいな?」

 

春雨「ええ、そう言うことです」

 

漣「えー…漣達は必要なのでしょうか…」

 

荒潮「微妙なところよね〜?」

 

大潮「ソナーと爆雷はたくさん持ってます!」

 

朧「…とりあえず、翔鶴さんの襲撃された海域に…」

 

荒潮「どのくらい先かしら…」

 

朧「……あれ?」

 

この匂い、イムヤさんの…

 

那珂「……居る」

 

春雨「戦闘用意!」

 

じっとりと、汗が染み出す

脳裏に浮かんだ憶測…

 

朧「待って…春雨さん!イムヤさんは攫われてるんですよね?!」

 

春雨「……だとしたら、尚更やるしか無い!」

 

意図は伝わった

この深海棲艦はイムヤさんではないか?

…絶対にそうだ、とは言えない

 

朧(でも、可能性がある以上…!)

 

大潮「ら、雷跡!6時の方向!」

 

那珂「任せて!」

 

朧「せーの!!」

 

水面を叩きつけ、衝撃波で魚雷を炸裂させる

 

漣「12時の方向!…えっ、真下くぐり抜けられてる!?」

 

どうする、どう戦う?

爆雷を掴み、放り投げる

 

朧(…大丈夫、やってやる)

 

朧「全員退避!距離をとってください!」

 

全員が離れたのを確認し、カートリッジを艤装に挿入、右足を振り上げる

脚部の艤装が空気を吸い込み、その空気が刃の様に脚を斬り刻む

 

朧(…大丈夫、大丈夫だから…!)

 

那珂「血の味…お、朧ちゃん!その艤装大丈夫!?」

 

朧「大丈夫です!多分!」

 

脚を思いっきり振り下ろす

 

朧「これで、どう!?」

 

海の中で圧縮された空気が破裂する

波を割るほどの、海を破壊するほどの威力

 

朧(…っ…この為に作ってもらってよかった…修復剤のカートリッジ…)

 

この攻撃自体は艤装の性能、綾波が使う為に作った悍ましい威力の…

 

朧「今!爆雷投げ込んで!」

 

割れた海に爆雷を投げ込み続ける

背丈よりもずっと高い波が何度もアタシ達を呑み込もうとする

 

朧(一回この海域を抜けた方が良いかな…)

 

春雨「……見えた、1時の方向!那珂さんと私の間!」

 

漣「とりゃぁーーっ!!」

 

漣の投げた爆雷のダメージがあったのか、深海棲艦が浮き上がってくる

 

春雨「……倒した様ですね…」

 

朧「…よかった…」

 

被害が出る前に終わった…これでイムヤさんも帰ってくる…

 

綾波「自体はそんなに単純ですか?もっと神経を研ぎ澄ますべきではありませんか?本当に終わったんですか?」

 

朧「っ!?」

 

あの時と同じ様に背後から声をかけられる

 

綾波「確認してください、本当に終わったのか…」

 

朧「……違う、匂いがしない…イムヤさんの匂いじゃない……!」

 

那珂「…春雨ちゃん離れて!」

 

浮き上がってきた深海棲艦が破裂し、血肉が周囲に飛び散る

 

春雨「ッ!?鼻を塞いで!」

 

荒潮「…うっ…」

 

漣「おげっ…」

 

濃厚な血と、汚物の腐った様な匂いが充満する

近くにいた漣と荒潮は俯き吐きだす

 

朧「…まさか、アレで位置を!」

 

那珂「え!?」

 

朧「下です!ずっと下から…キタカミさんの浮き上がる魚雷みたいに…真上を狙った雷撃を…!」

 

那珂「春雨ちゃんは漣ちゃん!」

 

春雨「わかってます!!」

 

那珂さんと春雨さんが2人に飛びつき、抱き抱える様に場所を移動する

ほぼ同時に水中から魚雷が飛び出して炸裂する

 

那珂「あぅ…!」

 

春雨「那珂さん!無事ですか!」

 

那珂「…ちょっと背中が…いや、大丈夫!」

 

朧(鼻なんてもう関係ない、どうすればいい?深海にいる…下手したら数百メートル下の相手を狙うには…)

 

朧「…いや、今だ!今使うしか無い、たとえ綾波がこれを見ていたとしても!」

 

もう一度脚を振り上げ、空気を取り込む

そして雷のカートリッジを突き挿す

 

朧「ッ…!」

 

さっきとは比べ物にならない負荷を脚に受け続ける

 

朧「ああぁぁぁァァアッ!!」

 

振り下ろした脚が海に穴を開ける

そしてその穴を通った電撃が深海で放たれる

 

朧「爆雷も…!」

 

穴が閉じる前に爆雷を投げ込み、水面に膝をつく

 

朧「…脚、グチャグチャになってるかな…もう痛み感じないよ…」

 

春雨「…後で診てあげます、しかし…何と無茶な装置を…」

 

朧「っ!」

 

反転した大量の魚と一緒に何かが、浮上してくる

 

大潮「…深海棲艦?」

 

朧「……匂いで判別できないけど…見たことないタイプだ」

 

春雨「……間違いない、イムヤさんです」

 

春雨さんが深海棲艦の頭を掴んで持ち上げる

 

那珂「…扱い雑じゃない?」

 

春雨「データドレイン」

 

那珂(無視!?)

 

深海棲艦の体が崩れ落ち、中からイムヤさんの肌が露出する

 

春雨「…ほら、ちゃんと……え?」

 

ボタボタと、血が流れ落ちる

 

綾波「良くやってくれました…なかなか手を焼いたものでね、そっちで始末をつけてくれて助かりましたよ」

 

イムヤさんの胸部に空いた穴、間違いなく致命傷のサイズの

 

春雨「…綾波、さん…?」

 

綾波「ああ、この姿ですか、戻せますよ?」

 

駆逐水鬼「ほら」

 

姿を入れ替え、ケタケタと綾波が笑う

 

綾波「いやぁ、全くもって…頂上だ」

 

春雨「……なんで、イムヤさんを…!」

 

綾波「口封じ、と言ったところですか…まあ、もう少し…遊んでみますか?」

 

綾波が漣を見て笑う

 

漣「っ…ぁ……ああ…!」

 

朧「漣!」

 

綾波「そう言えば、あなたは結局…毎回遊ぶ前に……まあ、もう要らないし」

 

綾波の手の砲が漣に直撃する

 

漣「ぁが……」

 

朧「漣!…綾波ぃッ!!」

 

綾波「……おや、即死かと思ったら…死んで無い?何か特殊なものでもお持ちですか?」

 

朧(応急修理要員…!漣はまだ生きてる、今綾波を退ければ助けられる!)

 

ボロボロの脚を庇い、立ち上がる

 

朧(使えないのは右脚だけ…いや、ここまできたら…右脚は使い潰す!!)

 

綾波「来ますか?良いでしょう、あなたを殺したくて仕方なかった!」

 

朧「っ…」

 

両手に主砲を持ち、向け、撃ち続ける

 

綾波(全く、物足りないな)

 

朧(綾波の注意が逸れ始めてる、それなら…今しかない)

 

主砲のハンドガードの内側のスイッチを操作し、艤装を作動させる

 

朧(肩脚なんか、無くなって良い…アタシは、漣を守る為なら!)

 

綾波「おやっ」

 

ブーストをかけて接近し、ボクシングの構えを取る

 

綾波(立技で打撃か、しかし、先ほどから庇ってる右脚…負傷してるらしいですが…)

 

朧(右脚を見られた、バレた?いや、賭けるしか…)

 

左足で水面を蹴り、空中で身体を捻る

 

綾波(…そう来たか、その蹴りが私を砕く蹴りですか?しかしそれは届きはしません)

 

朧「っりゃああぁぁぁぁぁッ!!」

 

思いっきり振り下ろした右脚が何かにぶつかって止まる

 

朧「…え」

 

目まで覆う黒い額当て、右肩から生えたAIDAの腕、変質した右手

 

那珂「…!」

 

軽巡棲姫「…重いですね、朧さん、貴方の蹴りは…そして、覚悟は」

 

払い除けられ、海を転がる

 

朧「っ…!……この、声、匂い…神通さん…!?」

 

那珂「神通姉さん…!」

 

軽巡棲姫「…ふぅ…」

 

綾波「…うーん、朧さん、今の蹴りで右脚が完全に潰れましたねぇ…?」

 

朧「……!」

 

綾波の考えがわかった、止めなくちゃいけないのに…

 

綾波「もう、貴方に私は止められない」

 

朧「やめて…やめて…!」

 

綾波が漣の方に歩くのを止められない

アタシは…もう、何も…

 

朧「やめて!綾波!」

 

綾波「さようなら」

 

綾波が漣を踏み、沈める

 

綾波「…他の人も、いっときましょうか?」

 

大潮「ひっ…」

 

荒潮「…ぅ…」

 

朧「……漣…」

 

顎を掴まれ、視線を無理やり持ち上げられる

 

綾波「…そうです、その顔です…もっと苦しんでください、もっと…!」

 

朧「…綾波…っ…!」

 

綾波「ほら!このままじゃみんな死んでしまいますよ!?」

 

綾波が荒潮を指す

 

荒潮「っ!嫌ッ!やめっ…」

 

海中から無数の深海棲艦が現れ、荒潮を海の中へと引き摺り込む

 

朧「…そん、な…事…!」

 

息ができない、目の前で、2人も…

 

綾波「…全部、貴方のせいですよ…貴方が私を怒らせたから…貴方以外のみんなを苦しめることになるんです」

 

朧「…アタシの、せい…?」

 

頭がぼうっとする、視界がグチャグチャになる

 

綾波「もっと、もっと苦しんで、償いましょう?」

 

朧「……アタシが苦しめば、みんなは助かるの…?」

 

アタシさえ死ねば、みんなが助かるのなら…

 

綾波「ええ勿論…救われますよ、きっとね」

 

朧「…アタシが、苦しめば…」

 

綾波「次を、楽しみにしててくださいね?ちゃーんと苦しめてあげますから…じゃあ、朧さんバイバーイ」

 

呼吸が速くなって、心臓が痛いほど脈打って、頭が真っ白になって…

視界が暗転し、アタシは意識を失った



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紋章神砲

海上

駆逐艦 春雨

 

状況は最悪、2人も目の前で沈んだ、荒潮さんを助けるには?漣さんを助けるには?そして…この胸に穴の空いたイムヤさんを助けるには?

 

答えは、そんな手段存在しない

私はたった少しの技術しかない、医官の真似事をしてるにすぎない

所詮私じゃ誰も救えない…

 

春雨(そんな事が、あってたまるものですか…!)

 

綾波「…おや、春雨さん、私とやるんですか?貴方は優秀な人です、なんなら受け入れても良い…と思ってるんですが」

 

春雨「…私は…!」

 

綾波さんを攻撃しようとしたあたりで、何かに止められた気がした

視線を落とし、イムヤさんの死体を確認する

口が微かに動いていた

 

春雨(何か、喋って…)

 

咄嗟に耳を近づけ、声を拾う

 

イムヤ「…さん、に……それ、と…」

 

春雨(何か聞き逃したか…いや、まだ…)

 

イムヤ「…綾波の中…に、もう1人の綾波…」

 

春雨「…もう1人の…綾波…?」

 

綾波「おや、確実に死んでるはずなのに、余計な事ばかり喋るのですね」

 

春雨(……どういう意味だ、いや、まさかゴレの二面性が二つ目の人格を生んだというのか?だとしても、何の為に…)

 

綾波「……ああ、気分を害しました…今日のところは終わりです、戻りますよ、神通さ…ぁ…?」

 

軽巡棲姫(…おや)

 

綾波が頭を抱えてうずくまる

 

春雨「……本当に、なのか…?」

 

綾波「ああぁぁぁぁぁッ!!…なんで!何でこんな事…!」

 

軽巡棲姫「ここまで乖離した二面性…なるほど、これが今の綾波さんですか」

 

綾波「…おっ……おぇぇ…ぁ…」

 

那珂「……泣きながら…吐いてる」

 

春雨(…たとえ、今の貴方が…かつての貴方だとしても)

 

水面を蹴り、跳躍し、綾波の首を見据える

 

春雨(誰だとしても、何だったとしても!!)

 

両の籠手から刃を出し、振り抜く

 

春雨「っ!」

 

綾波「…あぁ……ペッ…気持ち悪…見え見えの作られた隙に突っ込むの、やめた方がいいですよ」

 

春雨(手で受け止められた…!)

 

綾波「それにしても、貴方も弱すぎる」

 

衝撃を受けて身体が吹き飛ぶ

 

春雨「ぁが…!」

 

春雨(何、を…された…?)

 

軽巡棲姫「…速い、今の蹴り…」

 

綾波「…改であるが故ですかねぇ…基礎の動きは格段に速いし、威力も申し分ないでしょう?ねぇ、春雨さん」

 

春雨「た、立てな…?」

 

立ち上がろうとしても、四肢が安定せず崩れ落ちる

立ち上がる事ができない、なにも…

 

綾波「……っ…ぐ……!」

 

綾波が顔を顰め、海に消える

 

軽巡棲姫「……どうやらここまでですか、失礼します」

 

那珂「あ…」

 

春雨「…こんな…」

 

 

 

 

駆逐棲姫のアジト

綾波

 

綾波「おえっ………ああ…護衛棲姫…護衛棲姫は居ますか…?」

 

護衛棲姫「ココニ…ア、アノ…」

 

綾波「謝罪は要りません、今はとにかく、袋…」

 

 

 

綾波「…はぁ……はぁ……あー…ようやく落ち着いた…」

 

護衛棲姫「…アノ…」

 

綾波「あなたがよくやってる事は分かってます、そんなに怯えなくても良い」

 

護衛棲姫「……申シ分ケアリマセン、私ハ…私ニハ、彼ノ方ハ止メラレマセンデシタ」

 

綾波「大丈夫、わかってますよ…それにしてもさすが私だ、いつからだ?いつの時点でイムヤさんをそうすると決めていた?…イムヤさんの"死体"を深海棲艦に作り替える事でイムヤさんを助ける、生き返らせる算段だった様ですが…」

 

軽巡棲姫「…その話を聞いてると、もともと死んでいた様に聞こえますが」

 

綾波「間違えようもなく死んでいますよ、イムヤさんは最初から死んでいた……ふふ…流石私ですね、何度でも褒めてあげましょう…私でしか私を倒せない」

 

軽巡棲姫「…私から見れば、1人で将棋でも指しているようです」

 

綾波「間違ってはいません、お互いに戦術を気づかれないように、かつ大胆に、私自身を殺す手段を探り合っている」

 

護衛棲姫「…ソレハ、違イマス…」

 

綾波「おや」

 

護衛棲姫「…彼ノ方ハ…貴方ヲ消スツモリハ一切無ク、タダ、前ノヨウニ戻ッテ欲シイ…ト」

 

綾波「だとしたら大馬鹿です、私はもう引き返すつもりはない、今が1番、私らしいのですから

 

軽巡棲姫「……やはり、貴方の精神がオリジナルですか」

 

綾波「ええ、勿論…残念でしたか?」

 

軽巡棲姫「いいえ、途中で梯子を外される心配をせず済みそうでよかった」

 

綾波「それはそれは、まあ、私も貴方が優秀なうちは仲良くしますから」

 

軽巡棲姫「……」

 

綾波「あはッ…しかし…やはり改二は必要ですかぁ…中途半端なところで出てこられたら困りますからね、もう1人の私に…」

 

軽巡棲姫「改二?」

 

綾波「……ふふッ…見せてあげましょうか?」

 

カートリッジを取り出し、見せる

 

綾波「これが綾波・改のカートリッジ…しかし…これをさらに強化すれば」

 

軽巡棲姫「改二になる?」

 

綾波「そうです、理論的にはね…そして改二になればもう1人の私を抑え込めるかもしれない、単純に私のステータスが上がった結果無理やり押さえつけるというだけですが」

 

軽巡棲姫「…上手くいくんですか、それ」

 

綾波「それを調べる必要があるんですが…イムヤさんの手で破壊し尽くされたここの設備ではイマイチです、少し出かけてきますね」

 

軽巡棲姫「…いつもあんな感じで?」

 

護衛棲姫「ハ、ハイ…」

 

軽巡棲姫(この人も苦労人だな)

 

綾波「ああ、イムヤさんに出された被害、施設だけで良いので補修しておいてくださいね?」

 

護衛棲姫「モ、勿論デス!」

 

軽巡棲姫「…手伝います、そこら中崩落してますし…1人では無理でしょう」

 

 

 

 

 

離島鎮守府 医務室

駆逐艦 朧

 

朧「……あ…」

 

目が覚めたと同時に、瞼の裏に焼きついた光景が頭を支配する

起きあがろうとするものの、全身が固定されて動く事ができない

 

春雨「動くな」

 

朧「……な、に…?」

 

春雨「大人しくしてなさい、貴方は治療に専念するんですよ…といっても、身体はこれに頼りましたが」

 

カートリッジを差し出される

 

朧「…増殖…」

 

春雨「修復剤とほとんど変わりませんが、そう……AIDAじゃないだけまだマシです…しかし…」

 

朧「……漣と荒潮は、間に合わなかった」

 

春雨「……」

 

朧「アタシのせいだ…アタシが…」

 

春雨「黙ってください、貴方のせいではない、少なくとも貴方を責める人はいない」

 

朧「…でも」

 

春雨「あなたは良くやった、あの場で誰より勇敢に立ち向かったんです、仇は後で取れば良い…」

 

朧「……それは…そうかもしれないけど」

 

春雨「…責められるべきは私です、あの場で立ち尽くすことしか出来ず、動いた時には全てが遅かった…」

 

朧「そんな事…」

 

春雨「今貴方が私の言葉を否定した時に抱いた感情はなんですか?」

 

朧「……春雨さんは…みんなの為に…」

 

春雨「お互い様、という事です…朧」

 

朧「……」

 

春雨と目が合い、つい目を逸らしてしまう

 

春雨「…私は何度友人を殺されたのか、それすらもわかりかねますが……最期まで、終わりの時まで、私は戦い、生き、より沢山の人を看取るつもりです」

 

朧「……看取る、か」

 

春雨「次があなたにならない事を祈っています」

 

朧「…死ぬつもりはない、アタシ達は綾波を倒して…戦争を……」

 

春雨「…どうかしましたか」

 

朧「…いや、綾波って…そっか、倒しても戦争が終わるわけじゃないのか…」

 

春雨「……そこは考えないでおきましょう、私達は平和を取り戻す為に戦い続けるんです」

 

朧「…うん、その為に綾波を倒す、それは単なる通過点だけど…」

 

春雨「私たちにしか達成できない」

 

 

 

 

 

特務部 オフィス

綾波

 

綾波「んー、コーヒーのドリップマシン、手入れしてませんね?それはよくない、怠慢ですよ…研究員のような頭脳労働者にとって一杯のコーヒーがどれほどの安らぎになる事か」

 

コーヒーを口に含み、笑う

 

数見「……どんな手段を使った…!」

 

綾波「何のことですか?ここに入った手段の事ですか?それともコーヒーメーカーを勝手に使ってる事ですか?それともそれとも研究員を全員私の傘下に収めた事ですかぁ?」

 

数見「っ…!」

 

苛立ちを隠さず私を睨む数見に微笑み、答える

 

綾波「私の前でセキュリティなんて…笑わせますよね、それに貴方の部下も簡単に籠絡できましたよ、命の保証、そして現在のお給料の倍の現金をそのまま今プレゼントしたし、何より私につけばさらに深い研究ができるとなると…ねぇ?どうです、貴方も私につきませんか?」

 

数見は迷うような素振りを見せ、自身のデスクへと向かう

 

綾波(…ふふっ…そこに隠し球があるわけだ)

 

数見「…部下と同じと思うな…!」

 

綾波「……見た事ないタイプの主砲…ですねぇ」

 

デスクの上に置かれた、精巧な主砲がこちらを向く

 

数見「…開発途中の、新しいシステムだ…人が扱うことを想定していない、完全無人兵器…!」

 

綾波「アハハハハハ!それで私に?!そんなもの……おや、おやおやおやおや!!ハッキングを拒みましたか…!」

 

数見「言ったはずだ…部下と同じと思うなと…!紋章神砲(ヴァルドラウテ)!!」

 

主砲から光線が射出される

 

綾波(この威力…!凄まじい……!)

 

その凄まじい威力を、そのまま流用すれば…

 

綾波「アハッ……ピースを一つ、見つけたらしいですね…!その力、もらった…!」

 

 

 

数見「くっ……ぐぅ…」

 

綾波「あーあーあーあー、屋内でそんなもの使うから、反動をもろに受けて大怪我してるじゃないですかぁ…ねぇ、数見さん?」

 

瓦礫や熱戦を浴び、全身傷だらけの数見を見下ろす

 

数見「…何故、効かない…!」

 

綾波「ああ、私死なないんですよ……あれ?」

 

手法を探すものの、見当たらない

 

綾波「あれは何処に行きました?」

 

数見の傷口を踏みつけ、問いかける

 

数見「…一発限りの攻撃手段だ…」

 

綾波(…壊れた?耐朽性を敢えて脆弱にして奪われないようにしたのか…仕方ないですね)

 

綾波「もう一つ、作ってくれますよね?」

 

数見「…断る…!」

 

綾波「おや…まさかとは思ってましたけど、今更正義に目覚めましたか?」

 

数見「だったら何が悪い!」

 

綾波「悪くは無いですけど馬鹿だなぁ…と…全く、正義なんて幼稚なものに縋る貴方は何と醜いのか」

 

数見「なんだと…!」

 

綾波「世界は優しい大人が見守ってくれる学校とは違うんですよ、誰も貴方を褒めない、認めてもくれません」

 

数見「貴様…!」

 

綾波「では、貴方はイムヤさんに何をしましたか?私を脅して使いましたよね?曙さんは?」

 

数見「…それは…」

 

綾波「かといって、貴方があげた成果は……アハッ、何か貴方達が役立つものを作れましたかぁ?ほとんど私や曙さんの功績じゃ無いですか!」

 

数見「……」

 

綾波「正しいことを発言していると思ってる者ほど傲慢で、それすらも無自覚になる……今、貴方の目に写ってるのは絶望ですか?それとも深い後悔ですか?ねぇ、屈服しますか?私に服従しますか?」

 

数見「もう一度、アレを作るのは簡単な事だ…」

 

綾波「…おや」

 

数見「…楽な道を生きるのは、簡単だ…!だけど、私は決めたんだ!例え死んでも、死をもってしても、今までやって来た事を取り返すと!」

 

綾波「…はー……仕方ない、これ以上は無駄ですね」

 

拳銃を懐から取り出し、両肩を撃つ

 

綾波「気が変わったら連絡してください」



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防衛戦

離島鎮守府 執務室

提督代理 朝潮

 

朝潮「…荒潮が?」

 

春雨「申し訳ありません、私達がそばにいながら」

 

朝潮「……いえ、いつかはこうなると……わかっているべきでした…すいません、少し1人にしてください」

 

頭がボケっとする、まともに思考できない

失うことがこんなに辛いのは、この身が人のそれになったからか

止めどなく涙が溢れるのもそのせいか

 

朝潮(大潮…そうだ、大潮も一緒に出撃してた……いや、山雲達がついていてくれるはず…シャキッとしなきゃ…もっと、ちゃんとしなきゃ……)

 

執務室の扉がノックされる

 

朝潮「っ…ぅ……」

 

今入ってこないでください、その一言が言えない、何も喋れない

 

敷波「…失礼しま…ぁ……ご、ごめん」

 

朝潮「いえ…なんの用ですか…」

 

入ってきたものは仕方ない、さっさと用を済ませて追い出して…

 

敷波「……呼ばれた気がして」

 

朝潮「…誰も呼んでいません」

 

敷波「だ、だよね…うん、ごめん」

 

何を言っているのか、誰に呼ばれたのか…

全く、理解ができない……

 

朝潮「……あ、れ…?」

 

敷波「…え?」

 

何故か、私は敷波さんの手を掴み、引き止めていた

 

敷波「……あ、この感じ…覚えてる…」

 

朝潮「…まさか、居るのですか…?私の中に…」

 

前の世界、わずかな期間だけど、私の中に確かに居た

 

敷波「…ベッドに寝てた女の子…?いや、リンクしてる…?」

 

朝潮「アウラが…私の中に?」

 

お互いよくわかっていない、だけど確かめるように目を見合わせる

 

敷波「…間違いない?」

 

朝潮「恐らく…しかし、何故…」

 

敷波「……わかんないけど、わからないけど…」

 

共鳴

頭の中に響く音、ハ長調ラ音

 

朝潮「…アウラだけど…私の知ってるアウラじゃない…まだ、小さくて、弱くて……そして、どこか壊れている」

 

敷波「……この、流れ込んでくる感情……ようやくわかった、司た…アタシと司の感情……苦しんで、苦しみ続けたから…アウラも…」

 

何があったのかはわからない、だけど…そう、言うなれば、何処までも簡単な喩えだが…ただ、不幸だった…

助けてくれる人が居なくて、たとえ居たとしても、それ以上の苦しみに襲われて、逃げ場を失った人たちの感情、絶望を一身に受けて壊れたアウラ…

 

朝潮「……アウラ、私たちはどうすれば…」

 

敷波「…今、そのアウラは朝潮の中に…?」

 

朝潮「………あ」

 

敷波「どうかした?」

 

朝潮「…そう、か…そういう事…?」

 

もし、そうなら…

 

敷波「え?なに、どうしたの…」

 

朝潮「…アウラは全ての力を貸してくれた…私達はそのおかげで応えられるかもしれません、この戦争に勝つための力を…貸してください、アウラ」

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

軽巡洋艦 大淀

 

大淀「…これが紋章神砲?」

 

自立式の主砲を眺めながら問いかける

 

火野「そういう事らしい」

 

特務部から送られてきた、新たな武器

 

大淀「……私のフィドヘルと共鳴してくれるのでしょうか」 

 

火野「最後の手段、と捉えるべきだろうか」

 

電「…そんなに深刻になる事はないのです…ただ、使い方さえ間違わなければ」

 

大淀「……作戦の日時は?」

 

火野「まだ決まっていない、向こうも手を出しあぐねているらしい」

 

大淀「…駆逐棲姫の実力はそれほどということでしょうか」

 

火野「離島鎮守府側は昨日の海戦で3名の死者を出したと連絡があった」

 

電「……死んだのですか」

 

火野「正確には沈められた、という報告だったが」

 

電「何一つ意味合いは変わらないのです…第七駆逐隊、漣、第八駆逐隊、荒潮、潜水艦伊168、以上3名の戦死を確認したそうなのです」

 

大淀「…犠牲のない戦いはありません、戰をする以上は覚悟が求められる……離島の協力要請、受けるべきなのは理解していますが」

 

電「干渉しなければ攻めてこないという保証は無いのです」

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

正規空母 瑞鶴

 

瑞鶴「提督さん、行くんだよね?私達も」

 

度会「…希望者は明日募る…それから考えるつもりだ」

 

瑞鶴「私は往くよ、これ以上誰かが犠牲になる戦いなんてさせない」

 

度会「やれる限りやれ、日時が決まり次第通達する」

 

瑞鶴「OK!」

 

 

 

大湊警備府

駆逐艦 白露

 

白露「本当にアレともう一回戦うの…?」

 

睦月「島風ちゃんを助けるには、やるしかないよ」

 

夕立「やられた分の返しもしなきゃいけないっぽい」

 

徳岡「元気いいのはいいんだがよ、もっと落ち着いてくれねぇか?」

 

五月雨「…どうしましょうか、ここを丸々空けるわけにも…」

 

徳岡「北方海域に関しては気にしなくてもいい、向こうは攻めてきてる訳じゃないしな、それよりも駆逐棲姫を仕留める方が重要だってさ」

 

五月雨「…じゃあ、全員で?」

 

徳岡「いや、行きたいやつだけにする…それと、向こうは容赦なんかカケラも無いからな」

 

夕立「わかってるっぽい」

 

睦月「一回殺されてるからね…」

 

徳岡「……」

 

 

 

 

 

 

駆逐棲姫のアジト

綾波

 

綾波「…く……ぁあ…」

 

つい欠伸が出る

 

護衛棲姫「…眠ソウデスネ」

 

綾波「…寝てませんから」

 

護衛棲姫「…綾波様、貴方ノ身体ハ貴方ノ物デハアリマセン」

 

綾波「ええ、わかってます、だからこうやって苦しめてるんですよ…」

 

こうやってずっと機械に向かい合い、秘密兵器を作り続けているのはこの為だ、私を殺す最後の手段を…

 

護衛棲姫「…モウ、2日モ寝ズニ何ヲ…」

 

綾波「私が改二になってしまい、私がなにも出来なくなるなら…私は…」

 

護衛棲姫「…自殺、デキルノデスカ?」

 

綾波「いいえ、私は私であって私ではない、私の……あ…あぁ…ああぁぁ…!」

 

護衛棲姫「…!」

 

綾波「…はぁ、惜しげもなく力を使うのはやめて欲しいんですが……っと」

 

姿を切り替える

 

駆逐棲姫「おや、護衛棲姫、監視ご苦労様です…」

 

護衛棲姫「駆逐棲姫様…!」

 

駆逐棲姫「…おや?これは…ああ、私の目的がわかってしまいました」

 

護衛棲姫「…目的、デスカ?」

 

駆逐棲姫「どうやら、私に効くようにデータドレインをアップデートしようとしていたようですね、中々…危ない事をしてくれる……ふむ、これは……どうすれば対策できるのか、保存しておきましょう、使い道はいくらでもある」

 

護衛棲姫「……」

 

駆逐棲姫「さて、改二を完成させましょう、この改カートリッジを強化するにはエネルギーが必要です、深海棲艦の死のエネルギーは…まあ後から採取できます、生のエネルギーを求めて、攻め込みましょうか」

 

護衛棲姫「準備致シマス」

 

駆逐棲姫「貴方は留守番ですよ、護衛棲姫…島風さんと曙さんを起動しましょう、かつての仲間に殺される様は…滑稽でしょうから」

 

護衛棲姫「ワカリマシタ…」

 

軽巡棲姫「私も行きます」

 

駆逐棲姫「……まあ、構いませんが、今すぐ出発です、離島鎮守府を荒らしましょう」

 

 

 

 

 

離島鎮守府 近海

 

駆逐棲姫「さあ、始めま…っと」

 

飛んできた砲弾を弾く

 

阿武隈「…これ以上先には」

 

不知火「進めると思わないでいただきましょう…沈め」

 

駆逐棲姫「アハッ…Would you like to dance?(踊りませんか?)

 

阿武隈「…わかりますか?」

 

不知火「興味ありません、降伏ではなさそうですから」

 

駆逐棲姫「おや、相手にしてくれませんか…私じゃダメなら…」

 

阿武隈「ッ!?」

 

背後から迫る軽巡棲姫の蹴りを主砲で受け止められる

 

軽巡棲姫「私ならいかがでしょうか」

 

不知火「貴方は…!」

 

軽巡棲姫「おや…」

 

軽巡棲姫が上空を見上げたと同時にクナイの雨に降られる

 

軽巡棲姫「…早いですね、もう少し後に来ると思ってましたが」

 

川内「神通、覚悟はできてるんだよね」

 

軽巡棲姫「覚悟…?覚悟ですか……フフ…ええ、できていますよ」

 

駆逐棲姫「軽巡棲姫、その人はお任せします」

 

軽巡棲姫「喜んで」

 

阿武隈「…私達が貴方を通しません」

 

不知火「……待ってください、阿武隈さん…離れて!」

 

2人の足元の水が沸騰し、その煮えたった海水の中からレ級が現れる

 

レ級「……」

 

阿武隈「曙さ…いや…曙ちゃん…?」

 

不知火「…この、熱気……近づかれたら…」

 

駆逐棲姫「アハッ…じゃ、お任せします♪」

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

神通の槍と短刀をぶつけ合う

 

川内「神通!なんでこんな事…!」

 

軽巡棲姫「作り物なんて要らないんですよ、前の世界の作られた姉妹なんか必要ありません」

 

川内「本気でそんなこと言って…!」

 

軽巡棲姫「覚悟はあるか、そう言いましたね…!ならお見せしましょう、私の覚悟を…!」

 

神通の攻撃がより苛烈になる

 

川内(違う、そんな訳ない、神通がそんな簡単に那珂を…)

 

軽巡棲姫「来なさい、私の……メイガス!!」

 

神通の腕に緑色の紋様が現れる

 

川内「なッ…!?」

 

失われた碑文の力を…リアルで…

 

軽巡棲姫「これが私がネットの中で視てきたもの…!これが私の覚悟!」

 

川内(……まさか、そういう、事…?)

 

 

 

 

離島鎮守府

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「上陸……と?」

 

身体に大穴が開き、崩れ落ちる

再生し、立ち上がったところをまた撃たれる

 

駆逐棲姫(狙撃、しかもこの精度、敷波…だけど、威力が並外れて…)

 

姿を変え、岩陰に転がり込む

 

駆逐水鬼「うーん…取り戻してる、あの両脚のない、主砲すら撃てない敷波とは全く違う……いい狙撃の腕で……ぁが…」

 

岩ごと貫かれる

 

駆逐水鬼「成る程…さっさと目的を果たすか」

 

岩陰を出て、建物へと歩く

 

飛んできた弾丸を受け止め、敷波の方へ微笑む

 

駆逐水鬼「おいたが過ぎましたね、敷波」

 

加速して一瞬で殺せば…

 

駆逐水鬼「っ!」

 

横っ面を弾き飛ばされる

 

朧「これ以上は行かせない!」

 

駆逐水鬼「おや、もう戦えるんですね…立ち直らないと思ってましたが」

 

朧「……」

 

何かおかしい、何が原因で立ち直れた?そしてその目は…

 

駆逐水鬼「…まあ、貴方とやりあうつもりはありませんよ」

 

朧「……え?」

 

朧さんが全身から血を流して膝をつく

 

レ級「……」

 

朧(別の、レ級……いや、この感じ…)

 

朧「島、風…?」

 

駆逐水鬼「よく気づけましたねぇ!お見事お見事…じゃ、殺さない程度に遊んでてください、私の目的は貴方じゃない」

 

工廠を目指し、歩く

 

駆逐水鬼(さっさと明石さんを貰いましょうか)

 

 

 

戦艦 レ級

 

レ級(来た、綾波が……綾波がここに来てしまった…まだなんの準備も整っていないのに、まだ戦う用意すらできていないのに)

 

だけど無視できるはずがない

漣をやられているのだから、曙を奪われているのだから…

 

レ級「…ここで、終わらせ…」

 

肩を掴まれ、静止される

 

レ級「…何故止めるんですか、キタカミさん」

 

まだ、行くなという事か?

 

キタカミ[総力戦にはまだ早いよ、ここで下手に動けばより犠牲が出る、大人しくしてな]

 

レ級「……そんなの…」

 

キタカミ[後、任せたよ]

 

レ級「…私に、ですか」

 

ここで、指を加えて見ていることが私の贖罪か?

ここで仲間の死を眺める事が…

 

キタカミさんは振り向いて笑って…

 

キタカミ「さあ、ギッタギタにしてあげましょうかね」



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呪殺遊戯

離島鎮守府

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「おや」

 

杖をついてこちらに歩いてくる見知った顔

 

キタカミ「……」

 

駆逐棲姫「いつ以来ですか?私が覚えてるのは…あなたの肉の味くらいな物ですが」

 

キタカミ「……」

 

口もきかず、目だけで私を殺そうという視線

 

駆逐棲姫(…ゾクゾクしますねぇ…でも、姉は求めてないんですよねぇ)

 

駆逐棲姫「そんなチャチな嘘は私には通じませんよ」

 

キタカミ「やっぱり?みんな騙せてたから期待したんだけど」

 

駆逐棲姫「徒労に終わりましたねぇ…私は人体を研究する期間が長かったので、そんな見え見えの嘘歩き、簡単にわかりましたよ」

 

キタカミ「……じゃあ、これは?」

 

駆逐棲姫「こふっ…?」

 

武器は持っていなかったのに、撃たれ…

 

駆逐棲姫「仕込み杖…なるほど、暗殺者気取りですか?」

 

キタカミ「……さ、ギッタンギッタンにしてあげましょうかねぇ?」

 

駆逐棲姫「Let's do it(やりましょうか)

 

キタカミ「…なんで英語…?I'd love toとでも答えりゃいいのかね…アンタの英会話教室に付き合う暇なんてないんだけど」

 

駆逐棲姫「釣れませんねぇ…」

 

地面を蹴り、近寄ろうとした瞬間脚が弾け飛ぶ

 

駆逐棲姫「…アハッ」

 

キタカミ「近寄らせると思った?まあなんでもいいんだけどさ、早いとこ…やられてくれるも嬉しいんだけど」

 

駆逐棲姫「そうはいきません、貴方の最後の日です、楽しみましょう?」

 

悍ましい制度の砲撃をその身で受け止めながら詰め寄る

 

キタカミ(ま、当ててもお構いなしなのは想定内…)

 

駆逐棲姫「アハハ!」

 

蹴りをかわされ、殴りかかっては杖でいなされ

間合いを詰めさせない、絶妙な動き

 

駆逐棲姫(駆逐棲姫では厳しいか、いや、この姿では万に一つも勝てない…!なんて素晴らしい!)

 

駆逐水鬼「もっと楽しみましょう!!」

 

キタカミ「そんなつもりこっちにはないよ」

 

仕込み杖が文字通り火を吹く

 

駆逐水鬼「っ!…炎の散弾…!」

 

キタカミ「見えた?見えなかったっしょ、カートリッジを挿したの」

 

全く見えなかった、そんな動作はなかったのに

 

駆逐水鬼(素晴らしいな、さすがという他ない、私の想像を遥かに超える力量といい…そして、この一瞬の隙も与えない所作、弾切れしたのか、それともリロードしたのかすら全くわからない…どんなタネを隠してるのか)

 

キタカミ「もっと驚かしてあげる」

 

駆逐水鬼「へぇ…!」

 

さっきの砲撃よりも、早く、目で捉えられないほどの砲撃

 

キタカミ「雷のカートリッジ…狙撃用だけど、威力高いしさぁ…」

 

加速し、背後へと回り込む

 

キタカミ「あ、こんな使い方もできるよ」

 

駆逐水鬼(反応された…!?)

 

背後へと向けられた砲口を手で逸らす、しかし、拡散した電撃が逃してはくれない

 

駆逐水鬼「くッ…!…クッ…アハッ…アッハッハッハッハ!」

 

吹き飛ばされ、起き上がり、腹を抱えて笑い出す

 

キタカミ「……楽しい?」

 

駆逐水鬼「ええ!これ程まで強い人は知りませんよ」

 

キタカミ「なら、随分狭い世界で生きてきたね…いや、周りを見てないのか」

 

駆逐水鬼「ほう?」

 

キタカミ「そりゃ確かに個人技なら私はそこそこ上だろうけどさ、ある事をすれば私は…倍…いや、3倍は強くなれる」

 

駆逐水鬼「……まさか、くだらない仲間と協力…か言い出すんですか?」

 

キタカミ「その重要性はよく知ってるでしょ?前の世界でも敷波にカバーさせてたじゃん」

 

駆逐水鬼「……不要です、従順だから使ってただけで必要ではない」

 

キタカミ「あ、そう」

 

駆逐水鬼「そんな事より、私はなんで貴方が喋れない、そして歩けないふりをしていたのかが気になりますが」

 

キタカミ「…あんた程のやり手じゃ、誰かに知られた時点であんたまでに伝わっちゃうでしょうが…だから私は誰にも教えなかった、たった一度の不意打ちの為に」

 

駆逐水鬼「…それすらも防がれた、一瞬で看破されて、無駄、徒労、本当に残念ですね」

 

キタカミ「…あーあ、馬ッ鹿でー…」

 

駆逐水鬼「…へぇ?」

 

キタカミ「誰がいつその不意打ちをしたって言ったよ、なんのためにこうしたと思ってるよ」

 

駆逐水鬼(ブラフか?それとも…)

 

キタカミ「さぁ、続きを始める前に…もう一つ見せてあげるよ」

 

駆逐水鬼「……おや、それは?」

 

キタカミさんの背後から近寄ってくる自立式の連装砲…

そしてそれが持っている装備

 

駆逐水鬼(見たい事ない、タイプだな)

 

キタカミ「私さ、工廠に入り浸って明石に内緒でこんな物作っちゃった」

 

従来通り魚雷発射管は両腕にある、しかし両の太腿についているはずの魚雷発射管が無く、代わりに装甲

主砲の砲身も切り詰められ、取り回し重視…手に握られたものとは別にそれが3つ腰に下げられている

 

キタカミ「言うなれば、私なりの改二…キタカミ改二」

 

駆逐水鬼「砲身を切り詰めているのは取り回し重視でしょうが、離れられたら流石の貴方も当てられないのでは?」

 

キタカミ「んー…2キロ離れられたとして…流石に50発に1回かな…外すのは」

 

駆逐水鬼「成る程、どうやらそれ程に自信があるらしい」

 

キタカミ「ブラフだと思う?」

 

駆逐水鬼「やるでしょうね、貴方なら……楽しめそうだ」

 

駆逐水鬼(しかし、騙し打ちは結局ブラフなのか?)

 

主砲を向けられる

 

キタカミ「よーい」

 

ドン、と主砲がこちらに放たれる

砲撃のレートは先程の倍以上、ドン、ドンと一本の主砲から砲撃が飛んでくる

 

駆逐水鬼(…この腕を盾にして耐えるのも限界だな、カートリッジがついてるのか、威力もさっきと比べ物にならない)

 

盾にしていた大腕の主砲を向けた瞬間、大腕が破裂する

 

キタカミ「人にそんなもん向けちゃダメだよ」

 

駆逐水鬼「よく言えた物ですね…!」

 

キタカミ「化け物には向けていいんだよ」

 

大腕が破裂し、盾が無くなった瞬間顔面に立て続けに砲撃をくらう

 

駆逐水鬼(あっさりとレベル2まで越えられたか、だが…)

 

残った一本の大腕が地面を砕き、土煙をたてる

 

綾波「……レベル3、始めましょうか?」

 

キタカミ「んなもん、ただの前座に過ぎないんよね、さっさと本気出しなよ」

 

綾波「これで充分なんですよ、貴方は」

 

キタカミ(…ま、そう言われると…)

 

 

 

重雷装巡洋艦 キタカミ

 

キタカミ(こっからは一気にきつくなる訳だ)

 

綾波の進路を潰す砲撃

それを受けながら近寄ってくる綾波

 

キタカミ(ったく、人間のカッコして駆逐艦の名前で戦艦みたいに突っ込んで来んなよなー…)

 

主砲を持ち上げ、中の薬莢を全て捨て、弾薬を新たに詰め込む

 

綾波(リロード?腰の主砲は…別のカートリッジ装填済みか!)

 

キタカミ(…さて、不意打ち…この隙だらけの私がエサ…)

 

綾波「ごふっ…」

 

綾波の胴体がちぎれ、上半身が吹き飛ぶ

 

キタカミ「ごふっじゃないよ、そんな態とらしい演技なんか要らないんだよ」

 

千切れとんだ綾波を別の主砲で撃ち、燃やす

 

綾波「…アハッ!」

 

瞬きの間に無傷な綾波が目の前に現れる

 

綾波「敷波と組んでたんですか?」

 

キタカミ「んや?敷波なら自分でやってくれるって信じてただけだよ」

 

綾波「……そうか、この違和感、敷波の狙撃も貴方が仕込みましたか、だからこうも合わせられる」

 

キタカミ「アタリ」

 

綾波「……素晴らしい…!決めました、やはり貴方だ!」

 

キタカミ「は?」

 

綾波「さあ、実験開始です♪」

 

綾波がカートリッジをこちらに向け、起動して挿し込む

 

キタカミ(…何をした?)

 

左手を背中に回し、綾波にわからないように敷波に狙撃を指示して砲撃する

 

綾波「アハッ!痛いですねぇ…!」

 

キタカミ(ダメだな、距離詰められ過ぎ、速すぎるし逃げられない)

 

狙撃も砲撃も、受けながら、体がちぎれ飛びながらもまだ綾波はこっちに迫り、腕を振りかぶる

 

キタカミ「…よし」

 

手の主砲を捨て、腰の主砲を二つ握って向ける

 

綾波(とうとう出してきたか!その中身は…!?)

 

キタカミ「何期待してんのかは想像つくけど、ちょっと違うんだな…これが」

 

引き金を引く

主砲から砲弾が射出され綾波を捉える

 

綾波(通常の、砲弾…?)

 

キタカミ「これは零距離用だからさ、こんなに近づかれたときに使うヤツ…まあ、ショットガン的な?」

 

さっき以上の連射速度で砲弾が放たれる

綾波を砲撃される度に撃ち砕く

砕き、破壊し、壊す

 

綾波(当たった砲弾の中からペレットが射出されてるのか?この破壊力…とんでもないな)

 

綾波の体が崩れたところに狙撃で再び頭を吹き飛ばされる

 

キタカミ(さて、距離を取って…)

 

キタカミ「っ…!?」

 

背筋が凍る

咄嗟に身をかがめ、真上を通るナニカをやり過ごす

 

綾波「あれ?完全に捉えたと思ったのに……変ですねぇ?」

 

キタカミ「……この匂い…」

 

濃厚な血の匂いと一緒に…

 

キタカミ「朧と、島風の匂い……いや、島風だ」

 

綾波「ええ、貴方のすぐ後ろにいるのは島風さんを使って作ったレ級さんですよ」

 

キタカミ「……だけじゃないでしょ、もう1人来てる…曙だね」

 

綾波「アハッ♪大正解」

 

別のレ級が阿武隈と不知火を引きずってこちらへと近寄ってくる

 

綾波「2対1って卑怯だと思ってたんですよ、ほら…ね?」

 

キタカミ(2対3も充分卑怯だっての…)

 

綾波「貴方は実に強い、しかし……残念ですねぇ…結局私には勝てないんですよ」

 

キタカミ「数の力って話?それなら今からぶっ壊してあげるよ」

 

綾波「……いいえ、貴方はずっと感じているはずだ…死の香りを」

 

甘ったるい、そして鼻につく死臭

 

綾波「私と相対するものは死ぬ、それだけですが…たったそれだけが真実なんですよ…さて、なんでこの2人のレ級を見せたのか…」

 

綾波がこちらに背を向け、阿武隈と不知火に近づく

 

キタカミ「…やめなよ」

 

綾波「止めればいい、貴方が」

 

これは誘い、罠…

私を殺す為の罠だとわかっていても…

 

綾波を撃ち抜こうが、ミンチにしたとしても止まりはしない

どれだけ撃ち込んでも止まらない

 

故に、私から近づいて、止めなければならない

 

キタカミ「っ…」

 

そう、我が身を守るのは容易い…だけど、護る事はどれほど難しいか

 

綾波「言ったじゃないですか、貴方にするって」

 

綾波が振り返り、カートリッジを私に突き挿す

 

キタカミ「ぁ…がっ…」

 

綾波「ああ…義理人情?なんと馬鹿馬鹿しい…そんなくだらない物の為に死ぬ事なんてない、貴方は強かった、しかし…」

 

綾波に突き飛ばされ、倒れる

 

綾波「……ああ、なんて事だ、完成してしまった……私の改二が」

 

全身が冷え切る感覚

冷たい死の香りを鼻腔に感じながら、死にゆく冷たさを感じながら、立ち上がり、綾波を睨む

 

綾波「…おや、どうしました」

 

キタカミ「……いや、さ…ちょっと…調子が良いもんでね、身体動かしたくて」

 

綾波「へぇ…」

 

すこぶる、調子はいい…身体は言うことを聞くんだ、なら戦える、まだこの殺し合いは終わってない

 

綾波「そんなフラッフラで戦える訳…」

 

綾波の横っ面を思いっきり主砲で殴りつける

綾波の手からカートリッジが零れ落ち、地面を転がる

 

綾波「痛っ…!」

 

綾波の側頭部から血が流れ、此方を睨む

 

キタカミ「…なんだ、良い顔するじゃん……そんなに痛かった?」

 

綾波「……さっきまでと違う、なんですか、ソレ」

 

キタカミ「……なんだろね、応えてくれてんのかな…私に」

 

この艤装が、私の中のタルヴォスの因子が

 

綾波「……ああ…成る程、もしそうなら…本当にそうならなんて素敵なことなんでしょうか……ああ…」

 

綾波が涙を流し、狂おしそうに此方を見つめる

 

綾波「やめて…もう、やめ……アハッ…アハハッ!!」

 

キタカミ(…殴った場所、悪かったかな…)

 

綾波「敬意を表し…」

 

レ級が一体消える

 

キタカミ「あ…!」

 

もう一度現れたレ級が敷波を地面に組み伏せる

 

綾波「1対1……というのは、どうでしょうか?…もし私が負ければ、全て終わりにしてあげますよ」

 

死臭…

 

キタカミ「……上等」

 

中距離を維持しながら砲撃、それを綾波は受け、弾き、かわしながら…

 

綾波「このような戦い方、趣味ではありませんが…!」

 

綾波が視界から消えると同時に腹部に突き刺さるような感覚

 

キタカミ「…かはっ…」

 

弾き飛ばされ、地面を転がる

身体中が擦り傷で痛い

 

綾波「貴方相手に加減はしませんよ」

 

キタカミ(カートリッジは防いだのに、この強さ…!)

 

背後へと主砲で殴りつけ、綾波の攻撃を防ぐ

 

綾波(視界から消えたら背後の防御、徹底していますね、タイミングもズラしたのに…戦闘経験からくるものか)

 

キタカミ(あと何回防げる?有効打は?何が使える…!)

 

主砲を綾波に投げ、腰の主砲を掴む

 

綾波「っと…?」

 

綾波(投げられた主砲のせいでどれを取ったのか…見えなかった……いや、両手に主砲を持っている、あの近距離タイプか…)

 

綾波が主砲を構え、距離を取ろうとしたところを右手の主砲で撃ち抜く

 

綾波「かッ…!?」

 

綾波(なん…?)

 

右手の主砲、まだ見せてない、もう一つの不意打ち…!

 

キタカミ(こっちが最後の…たっぷり火薬詰め込んだ、火力重視の奥の手…)

 

綾波(切り札を切ってきたか…!しかもこの感じ、何かされた!)

 

綾波「……解析できてないか…まあ、今は後回しでも良い…」

 

綾波が一瞬で間合いを殺し、距離を詰めてくる

膝と胸がくっつくほど脚を引き…

 

キタカミ(これ…那珂のステップと神通の…)

 

キタカミ「……はは…ちと、キツいね…」

 

砕かれた、海まで弾き飛ばされ、立ち上がれば立ち技で圧倒され…

 

キタカミ「…っ…」

 

綾波「まだ、立てますか」

 

キタカミ「そりゃあ……ここで終わらせられるならね…」

 

ああ、これだけ痛いなら……これだけ苦しんだなら…

 

キタカミ「……もう、流石に良いかな?」

 

綾波「ああ、貴方が倒れても…死んだとしても、誰も文句なんか…」

 

綾波(いや、今の顔つき、違う……まだ何かある…!)

 

両の手がピンク色の紋様に包まれる

 

キタカミ(…これでダメならお手上げだ…よ……)

 

海に手を突っ込み、何かを掴んで引き上げる

両手に握られた釘と、人形…

受けたダメージ分、そのままそっくり返す…

 

綾波(本物の、奥の手…!?止めなければ…!)

 

キタカミ(これで…終われ…!)

 

釘を人形に突き刺す

 

綾波「なッ…!?何を…や、やめ…ぁが…あ…ああぁぁぁぁぁッ!?……」

 

綾波が膝を突き、静止する

 

キタカミ「……足りた…か…」

 

海面に倒れ込む

 

キタカミ(もう、立つ力もない…でも、タルヴォスの最大の力を使った復讐で…終わった…)

 

綾波「……アハッ…!アハハ…」

 

キタカミ「……嘘…」

 

綾波「アハハハハハ!あーおかしい!なんでこんなバカな!アハハハハハ!」

 

綾波がケロリとした様子で立ち上がり、近づいてくる

 

綾波「…何があったか教えてあげましょう、全くもって傑作ですよ?なんたってもう1人の私がわざわざ犠牲になってくれたんですから!」

 

キタカミ「…もう、1人の…?」

 

綾波「ゴレの影響でできたもう一つの人格ですよ、全く何をトチ狂ったのか知りませんが、あなたの攻撃を一身に受けてくれました…ええ、貴方の先程の攻撃、物理的な攻撃でなく、精神を破壊するような物らしいですね?……おかげで私は無事だった、最高の結果です♪」

 

キタカミ「……冗談でしょ…」

 

綾波「何一つ、間違いようもなく真実です」

 

綾波がカートリッジを見せつけるように取り出す

 

綾波「……このままでは辛いでしょう、介錯して差し上げます」

 

綾波がカートリッジを挿し込む

艤装が変化する

 

綾波「この、綾波改二で」

 

キタカミ「……ごめん、みんな」

 

綾波が背中に足を置き、艤装を操作する

足がバチバチと電気の弾けるような音を鳴らす

 

綾波「それでは、adieu(さようなら)

 

強い衝撃、海の中に堕ちながら削られる体

 

冷たい海の底に体を打ちつけ、私は終わった



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崩壊

離島鎮守府

駆逐艦 天津風

 

天津風「ちょっ…連装砲くん!?どこ行くの…!」

 

連装砲くんを追いかけ、出るなと言われた部屋を出る

 

満潮「何やってんの!?外は…」

 

天津風「連装砲くんを連れてすぐ戻るから!」

 

非戦闘員、或いは戦力と呼ぶにはやや不足したものを護るための部屋…の、護衛の私が離れるのは良くないのに…

 

天津風「…あ、れ…?」

 

レ級「……ァァ…」

 

レ級が首を捻り、肩越しに此方を向く

 

天津風「…島風、なんで…」

 

連装砲くんが島風に飛びつく、しかし一瞬で尻尾に弾き飛ばされる

 

天津風「連装砲くん!大丈夫?怪我は…島風!なんでそんな格好に…いや、何があってここに…貴方は、本土で平和に暮らしたかったんじゃなかったの…?」

 

レ級「……」

 

それは叶わなかった、と言うことか

 

天津風「…私は、今は島風の代わりとしてここに居る…ねぇ、島風…今の貴方は…」

 

冷たい目が、私を見つめる

 

天津風「……そう…敵、なのね…それなら、私は…島風の代わりに貴方を倒す…連装砲くん、力を貸して…!」

 

レ級「……」

 

島風が姿を消す

 

天津風「消えっ…?…きゃあっ!?」

 

弾き飛ばされ、地面を転がる

 

天津風「島風…!」

 

連装砲くんが私の近くに近寄り、護るように砲口を島風に向ける

 

天津風「連装砲くん…!撃って!!」

 

どんなに撃っても簡単に避けられ、攻撃を喰らう

 

天津風(速すぎる…!島風の動きが見えない…)

 

目の前に迫る拳に思わず目を閉じる

 

天津風「っ!……?」

 

レ級「…!」

 

黒いモヤが、島風の拳を防いだ

 

天津風(な、何…これ…)

 

モヤが私へと近づき、入り込む

 

天津風「ぁ…ぁあ…?」

 

意識が呑まれる…何、この感触

 

天津風「……違う、ダメ!…やめて、お願い…島風…助け…て……」

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

朧「っ……?」

 

意識を失ってた…?そうだ、島風とやり合って…圧倒されて…

 

土を掴みながら、歯を食いしばりながら、なんとか立ち上がろうとする

全身から血が流れたせいで、やけに寒い

 

朧「…みんな、は…?」

 

ようやく周りの景色が見えて来た、音も聞こえて来た

 

朧(…戦闘音…?)

 

朧「ぁがっ…!?」

 

何かに乗られ、土が口に入る

 

綾波「起きましたか、どうも?」

 

朧「あや、なみ…?」

 

綾波「今島風さんと天津風さんがやり合ってます、私の作った暴走システム…まさかまだ取っておいたなんて、天津風さんが取り憑かれてますよ?」

 

朧「…そんな…」

 

綾波「しかし……天津風さん、保たないでしょうねぇ、あのシステムを島風さんが乗りこなしたのは生まれつき体の作りがしなやかで、あんな動きをしたとしてもびくともしない頑丈さも併せ持っていたからこそ…天津風さんでは耐えられない、あの速さでは自身を破壊することしか…」

 

朧「天津風…!」

 

必死に顔を動かして戦いを眺める

速すぎてしっかりとは見えない、だけど確かに戦ってる…

 

黒いモヤをまとった天津風が

 

綾波「しかし、傑作ですよ、アレは元々私か島風さん用の物、用途は私の強化と島風さんによる暴走で内部の同士討ち…のハズが…アハハ、まさかこんな風になるなんて」

 

島風が変化しレ級が弾き飛ばされ、目の前を転がる

 

レ級「ァア…!」

 

朧(天津風が優勢…!?)

 

綾波「なんと面白いことか、まさかあの島風さんを押さえるとは…脳を最大限使い、思考し、最速で駆ける…それだけなのに」

 

島風を越えた天津風の…

 

天津風「………」

 

綾波「…おや?」

 

何かが違う…今までの島風の時とは雰囲気が違う…

 

綾波(まさか、制御している…?まさか…)

 

天津風が倒れた島風に近寄る

 

天津風「……」

 

綾波「そこまでです」

 

綾波が立ち上がり、天津風に近寄る

 

綾波「島風さんを手放すには惜しい…ねぇ?」

 

綾波が艤装を操作しながら此方を向き、微笑む

天津風は島風を見つめたまま動かない

 

朧「天津風…!」

 

綾波「アハッ……ドカン、なんてね」

 

天津風に綾波の砲撃が直撃する

 

天津風「っ…」

 

天津風が崩れ落ち、黒いモヤが消滅する

 

綾波「……ついでに殺しておきましょうか、面倒です」

 

朧「待っ…」

 

綾波「…待って欲しいですか?良いですよ、どうせ私の前には誰も立てない、もし立ったら死にますからね、キタカミさんのように」

 

朧「……え?」

 

綾波「健気にも私に挑んで来ましたが、今頃魚に食われてるでしょうね、貴方たちみんな騙して戦えないふりして、あわよくば私も騙して、一世一代の大勝負の筈が…私を改二にして負けた…不知火さんと阿武隈さんも死んでくれましたし、今残ってるまともな戦力はどれほどいるのか……貴方の心の中を虫を踏み潰すように踏み荒らしてあげますよ」

 

朧「…そん、な…」

 

綾波「もっと殺します、たくさん殺して貴方を苦しめます…さあ、貴方はどうしますか?」

 

朧「……そんなの…」

 

わかってる、折れちゃいけない…折れるな、折れるな…!

 

朧「そんな、の…」

 

折れるな、折れちゃダメなのに…

 

どうすれば良いかわからない、綾波を見たくない、綾波がいる限り、みんな殺され続けて…

 

綾波(折れた…♪)

 

綾波「…良いんですよ?諦めても、貴方を否定する人は居ません…だって誰も勝てないんだから、諦めて良いんですよ」

 

朧「…っ……」

 

どうすれば良いのかわからない、何一つ通じない相手に…何が通じるのか

 

綾波「……おや?次から次へと…」

 

ガソリンのような匂い…

艦載機が綾波に対する攻撃を始める

 

綾波「…おや、ソッチですか」

 

綾波に艦載機が突っ込む

 

朧(あの艦載機の動き…誰…?)

 

艦載機が近づいて攻撃する、基本的な戦術…

だけどそれ以上の、もはや特攻のような動き…

 

朧(…上!)

 

綾波「…あ、そこか」

 

瑞鳳「潰れろ…!」

 

空から降って来た瑞鳳さんが綾波に蹴り飛ばされる

 

瑞鳳「チッ…!」

 

綾波「良い可動域でしょう?やはり人の体はしなやかで…そう、機械より無茶が効く…アハッ」

 

瑞鳳「……この血の匂い…」

 

綾波「濃密で、素敵…ですよね?」

 

瑞鳳「…最低最悪、何人やったの?」

 

綾波「私が直接手を出したのは…ひーふー……4人ですか、この前の漣さんに荒潮さんに、ここで扶桑さんと、阿武隈さんと不知火さんも海に捨てて来たし、キタカミさん……ああ、島風さんと曙さんも私の手で下したんでしたっけ?いや、曙さんは違ったかぁ、何にせよ4人どころじゃなかったですね!」

 

朧「っ…!」

 

瑞鳳「……撃て!」

 

各方向から砲撃音、綾波が立っていた地点が爆散する

 

綾波「…これはこれは、いろんな面々が集まっておいでで…さながら最終決戦といったところか」

 

朧(…あれは、佐世保に、横須賀…舞鶴組も…)

 

瑞鳳「……涼しい顔してられるのは、あとどれくらいかな」

 

綾波「アハッ……おや?目的達成しましたか…とりあえず、撤退しますか…」

 

瑞鳳「何?許すと思ってんの?」

 

綾波「許さなければ負傷者は次々死にますよ、だって殺してないだけで半分死んでるようなものですからね、そこの天津風さんもそうでしょう…私は部下に殺さない程度にいたぶれと命令しましたが、怪我人は放置していれば死にますよ」

 

そういって綾波は悠々と踵を返して帰っていく

 

瑞鳳「…朧、立てる?」

 

朧「……無理、です」

 

瑞鳳(…使い物にならないな、何でこんな弱っちぃのばっか…)

 

敷波「朧…」

 

朧「…敷波?」

 

敷波は戦闘には駆り出される予定じゃなかった筈、避難してるはずの敷波がなんで…?

 

敷波「……お願い、朧…一回だけ、他に何も要らないんだ、アタシに…一回だけ力を貸して…」

 

敷波が膝をつき、懇願する

 

敷波「アタシ、綾姉ぇを止めたいんだ…どうしても…!あと一回、もう他に何も要らない、どんな結果でも良い…お願い…!」

 

朧「なんで…アタシに…」

 

敷波「……どう思われるか、わかってるけど……綾波型として、戦って欲しいんだ…」

 

綾波型として…

 

朧「…イヤだ、絶対に、そんなの…!」

 

敷波「……わかった、ごめん」

 

春雨「良いじゃないですか、そのくらい…一緒にやってあげれば」

 

朧「…春雨?」

 

春雨「綾波さんは…明石さんを連れ去りました、高速修復剤の生産は完全にストップです」

 

つまり、現在どれほどあるかはわからないが…継戦能力は一気に落ちた

 

春雨「今からみんな揃って逃げ出したところで、綾波さんはどこまでも追いかけ、いたぶり、破壊し尽くすでしょう…それなら悔いの残らないように、最終決戦といきましょう」

 

要するに、玉砕しろと言うのか

 

朧「……そんなの…」

 

レ級「朧」

 

朧「…曙…?」

 

春雨「…貴方…またただ黙って観て……その手は何ですか?」

 

レ級「立ちなさい、朧…アンタがやらないなら、私だけでも敷波に付き合って死んでくる」

 

肌色の手が視界に映る

 

朧「…その手、どうしたの…?」

 

レ級「……限界なのよ、この身体が………今まで戦って来た憶測だけど、深海棲艦の力は所詮死人に与えられたもの、深海棲艦の力を使いすぎた私は死人ですらない…というか、いや、これはドロップに近いのか」

 

春雨「…ドロップって、ああ、深海棲艦が人の姿になる…」

 

レ級「そう、私は人間に戻りかけてる……ほら」

 

曙の身体から白い皮膚が崩れ落ちる

 

アケボノ「……決戦前に戻られても、困るんだけど」

 

瑞鳳「…一応聞くけど、レ級の時より強いの?」

 

アケボノ「いいえ、全くもって弱い」

 

春雨「勝算は時とともに小さくなり続けていますね」

 

アケボノ「いいえ、まだありますよ、勝つ算段は…」

 

朧「…何?本当にあるの…?」

 

アケボノ「アンタが立てるなら、私達全員が、まだ立ち上がるなら、その限り可能性は0じゃない……何人死んでも…いや、何百人死んででも、綾波を打ち倒すために戦えるなら」

 

まだ、死ぬ…より、多くの人間が死ぬ…

 

朧「…そんなの……」

 

アケボノ「綾波はこう言っている、攻めて来い、と……綾波のお得意の罠だらけの基地に、攻めてこいと…私たちを完膚なきまでに叩きのめすために、殺し尽くすために…!だけど、取り返したい物がある、やらなきゃならない事がある…違う?」

 

春雨「果たして、うまく行くのでしょうか」

 

アケボノ「うまく行く筈がない……だけど、諦めるな、諦めなければ何とでもなる…ここで負けを認めて、終わるのが正解な訳がない…!私は自分が良いと思った事をやる」

 

朧「……そんな事、言われても…」

 

アケボノ「……立て!朧!…アンタは漣の仇をとって、曙を取り戻すんでしょ!?私の考えてる事全部わかるでしょ!?私がどんな想いかも…!」

 

朧「……」

 

アケボノ「勝つなら、アンタも必要なのよ…数じゃない、アンタが…代わりになりなさい」

 

 

 

 

 

作戦室

 

朧「被害は?」

 

朝潮「…阿武隈さんと不知火さん、キタカミさん、明石さん、扶桑さん、山雲に霰…負傷者は龍驤さん、川内さん他10余名です」

 

朧「残ってる修復剤を使ってできる限り全員を万全な状態に、それから作戦を立てよう……こうなったら、許される限りの時間を使って確実にやれる作戦を立てるしかない」

 

 

 

 

 

 

駆逐棲姫のアジト

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「んー……この姿が1番気楽でリラックスできますね…さて、お加減はどうですか?明石さん」

 

明石「…何で、私をこんなところに…」

 

駆逐棲姫「これですよ」

 

高速修復剤、一瞬で傷口を塞ぐ治癒剤…

 

明石「な、何でそれを…」

 

駆逐棲姫「私、前の世界ではこれに関わることがなかった物で…だから回復薬なんか作ってましたけど、これも流用できるのかなぁって思って♪」

 

ニッコリと笑う

 

駆逐棲姫「実験台になってください、これを複製する為に」

 

明石「っ…!」

 

駆逐棲姫「どこまで壊したら治らなくなるのか、私、気になってしまいまして♪」



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G.U.//歩くような速さで
急変


The・World R:2

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「……はぁ」

 

チェロ「団長から連絡だヨ、このタウンの路地裏にCubiaみたいな反応だって!」

 

青葉「…もう20回はそれに騙されましたよ」

 

チェロ「…今度こそ!」

 

青葉「……」

 

 

 

路地裏

 

カイト「…誰か、来る……しかも、走ってる…?」

 

Cubia「目的はボク達みたいだね?」

 

カイト「……」

 

チェロ「居た!Cubia!……と?」

 

青葉「し、司令官!?」

 

カイト「青葉…!?」

 

チェロ「…司令官…?あ、あれって…ノムくん達を倒したカイトだヨね…?」

 

青葉(あの司令官の後ろのPCがCubiaだったとして…そうだ、私を逃すフリをしてR:1に送り込んだ…!)

 

青葉「トリプルドゥーム!!」

 

上下段から放つ突きの連続攻撃をCubiaに放つ

 

青葉「ッ!?」

 

その攻撃は、司令官に止められる…

 

カイト「…ガードに使った剣が…消滅した……その槍…?」

 

司令官の両手にノイズが走る

 

青葉「司令官、なんで庇うんですか…!」

 

カイト「……今のクビアには、意識不明にされたみんなのデータが取り込まれている…クビアを今倒させるわけにはいかないんだ…意識データが失われれば……」

 

青葉「そんな…」

 

つまり、秋雲さんを助けるにはCubiaからデータを取り戻さなくてはならない

そんな事…

 

チェロ「青ちゃん!どう言う事!?説明してヨ!」

 

青葉「……私達は、未帰還者を盾にされている…と言う事でしょう」

 

Cubia「そう捉えてくれて構わない…良かったよ、君たちが話のわかる奴らで」

 

青葉「…貴方は…何で、そんな真似を…!」

 

Cubia「死にたくないからさ、自然な事じゃないか、君たちみたいに生き続けることができない、役目を終えたら消えるボクのごく自然な欲求…まさか否定したりしないよね?」

 

青葉(…役目を終えたら消える、死んでしまう…) 

 

だからといって誰かを巻き込んで言い訳が…

 

Cubia「…そうだ、キミ達仲間なんでしょ?お互いに戦いなよ、それで勝った方が誰かを選ぶんだ、その人は解放してあげる」

 

カイト「何のためにそんな事を…!」

 

Cubia「何のためにって…そんな事、何にも考えてないよ、キミたちを苦しめたい、それだけさ…破滅の運命に生まれたボクのせめてもの仕返しさ」

 

青葉「……違います…よね?」

 

Cubia「……」

 

何となく、だけど…違う筈だ、本当に滅びる運命なら、本当に滅びを避けたいなら…何かが違う筈だ

 

青葉「…私には、貴方のことも、貴方の気持ちもわかりません、滅びる運命ならそんな事に興じる暇なんてない筈なのに」

 

Cubia「だとしたら何?何が言いたいの?」

 

青葉「……それは…」

 

Cubia「カイト、キミがやらないなら…適当に一つ、破棄しちゃうよ」

 

カイト「…!」

 

司令官が悲痛な面持ちでこちらを見る

 

青葉「…わかりました、所詮私の身体はPCボディです…私をキルして…」

 

Cubia「そんな甘い話ないよ、もしやられたなら……キミも同じ末路さ」

 

カイト「クビア…良い加減にしてよ…」

 

Cubia「カイト、そんな事言って本当に良いの?」

 

カイト「っ……」

 

チェロ「青ちゃん、私もやるヨ!AI2人くらい…」

 

青葉「……AIじゃありません、司令官は…このゲームに取り込まれてるんです…」

 

どうすればいい、どうすれば…この状況を解決できるのか…

 

Cubia「っ!?」

 

カイト「え?」

 

青葉「こ、これは…!?」

 

いきなり周囲の景色が切り替わる

 

 

The・World R:X

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

 

青葉「こ、ここは…」

 

カイト「…R:Xのマク・アヌ?」

 

Cubia「誰がこんな真似を…」

 

ガイスト「僕、サ」

 

顔の半分を仮面で隠した不思議な衣装の男のキャラ…

 

チェロ「ガイスト…!」

 

ガイスト「ハーイ、皆様はじめましテ、シックザールNo.10、奇術師のガイスト、参上サ♪」  

 

Cubia「何だよお前、鬱陶しいんだよ…!」

 

Cubiaが攻撃の動作を見せる

 

フリューゲル「おっと、後ろがお留守だぜ」

 

フリューゲルがCubiaの背中を撃つ

 

Cubia「なっ…!」

 

フリューゲル「……チッ、流石に石化はできないか…だが、一つは貰った!」

 

CubiaのPCボディから何かを引き剥がし、データの塊をこちらに投げる

 

フリューゲル「受け取りな!」

 

青葉「わわっ!?……こ、これが、意識データ…?」

 

Cubia「くッ…何なんだよ!お前達…!」

 

フリューゲル「シックザール…アカシャ盤の運航を守るもの……さあ、お仕事の開始だ」

 

フリューゲルが再び拳銃を向ける

 

Cubia「カイト!ボクを守ってよ!じゃないと…」

 

カイト「……クビア…僕は…」

 

フリューゲル「お前さんも、此処で終わりだ!」

 

拳銃が司令官を捉える

 

青葉「待っ…」

 

先ほどと同様に、景色が切り替わる

 

ガイスト「…フフ♪」

 

 

 

 

The・World R:2

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

 

青葉「ま、また此処に……え?私だけ…?」

 

 

 

 

The・World R:X

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

双剣士 カイト

 

カイト「ぐ…ッ…!」

 

銃弾を受け、地面を転がる

 

フリューゲル「…何でだ、なんでブリーラー・レッスルを受けて石化しない…?」

 

Cubia「カイト!わかっただろう、コイツ等はキミの味方はしてくれない」

 

どうやらそうらしい

僕に残された道は…戦うしか…

 

Cubia「…そうだ、僕たち2人でこの場を切り抜けるんだ」

 

フリューゲル「チェロ!全員集めろ!総力をかけて潰すぞ!」

 

チェロ「わかってる!もうみんな呼んでるヨ!」

 

カイト(…早くしないと、不利になる…か)

 

辺りを見回しても奇術師は居なかった

つまり、2対2…

 

カイト(お互いに知り合ってる状態なら話も通じたかもしれないけど、今の状態じゃそうもいかない…か)

 

クビアを逃がせば解決するのか?それともここでクビアの中の意識データを全て取り出せるのか?

 

カイト(どっちにしても、リスクが大きすぎる、クビアを野放しにするわけにもいかないし、ここでクビアからデータを奪いきれなければ…誰かが犠牲になる)

 

世界か、仲間か…

即座に判断するには重すぎる…

だったら、考え方を変えてみるしかない

 

カイト「…暗黒神話の巻物…オルメアンクルズ!」

 

巨大な蜘蛛の脚の様な、禍々しい闇の断片が地面を突き破り隆起する

 

フリューゲル「ぉおっ!?」

 

目隠し、時間稼ぎとしては充分すぎる

 

カイト「クビア、今のうちにここを離れよう」

 

Cubia「……チッ…わかった」

 

 

 

 

カイト「……ここまで来れば、追ってこないか」

 

Cubia「…よく、ボクを選んだね」

 

クビアが目を伏せながら言う

 

Cubia「正直、敵対されると思ってたんだけど…いや、そりゃそうか…ボクがやられたらキミも消えちゃうんだ」

 

カイト「…そんな事、何も考えてないよ」

 

Cubia「じゃあ、なんで…」

 

カイト「僕と君は本当に戦う必要があるのか、それをずっと考えてたんだ…やっぱり、戦う必要なんかないんじゃないかって」

 

Cubia「…キミ、頭おかしい?」

 

カイト「そりゃ、こんなにこの世界に居たら…おかしくもなるかもね、だって僕の世界はここじゃないから」

 

Cubia「……」

 

カイト「クビア、君が僕を手元に置き続けるのは僕に万が一があって対消滅してしまうのを恐れてるからだ、でも…それもすごく、自然な事なんじゃないかな?」

 

Cubia「自然…?」

 

カイト「確かに人は生きたいと願う、君がそう思って生き続けられる様に足掻く事もおかしくはない、だけど…いつかは終わる、人生だろうと、何だろうと…このThe・Worldが無くなったら?」

 

Cubia「…それを避けるためにボクはアウラに成り代わろうとしてるんだ、The・Worldの外に存在するために…こんなちっぽけなPCボディじゃなくて…概念として、それの具現化として、神になる」

 

カイト「…永遠に?」

 

Cubia「そうさ、永遠だ…!キミだって思うだろ!?永遠に生きてみたいって…!」

 

カイト「……僕は、思わないかな…」

 

Cubia「なんで!」

 

カイト「いろんな子達から話を聞いた、例えば前の世界、解体された子はどうなるか、ネットの中をただ茫然と眺めることしかできなかったって…いつかはみんなそうなるんだよ、もし人が滅んだら?明日にも隕石が降ってきて何もかも無くなったら?」

 

Cubia「……だとしても、この世界は…!」

 

カイト「外とのつながりを失ったネットは…完全な別世界だ、リアルとネットは並行世界だと僕は思ってる、確かに、普通は誰も何も干渉できない……だけど、外の人間がThe・Worldを作ったから、ネットを動かしたから…その中に君達が存在できる、常に新しいことが起こり続ける…じゃあ、外に人間が居なくなれば?」

 

Cubia「……何も、無い…?」

 

カイト「そうだよ、1人で居たって何もいい事なんかない、だから僕たち、リアルに居る人間はみんなと…いろんな仲間と出逢い、それを大事にするんだ、1人で居たって寂しいだけじゃないか」

 

Cubia「……」

 

カイト「誰かといるからこそ、意義がある、人であれる……って言うのは流石に少し違うかもしれないけど」

 

Cubia「…もう良い、わかった…わかったから……でも、それじゃ答えになってない…なんでボクを助けたのかの…何も考えてない?そうじゃ無いだろ…!?」

 

カイト「…じゃあ、逆に聞かせて、なんで暴れなかったの?君なら1人であの2人を圧倒できた筈だよ」

 

Cubia「それは…」

 

カイト「……怖かった、だから戦えなかった」

 

Cubia「…どうして、わかるんだよ…」

 

カイト「僕も、そう感じたから……僕と君は表裏一体、例えるなら合わせ鏡みたいな存在なんじゃ無いかな…」

 

Cubia「……」

 

カイト「クビア、できれば今すぐにでもみんなを解放してリアルに戻してほしい、だけどそれは難しい相談なのはわかってる…なら、君をPCとして受け入れてもらう為にも…」

 

Cubia「PCとして…受け入れてもらう?」

 

カイト「そうすれば、いろんな人と遊べる、君が一人で辛い思いをすることなんてないんだ」

 

Cubia「…ボクは、どうしたら…」

 

カイト「すぐに解決するなんて無理だ、ゆっくりと答えを見つければ良いんだよ…僕だって君を敵と決めつけていたし、君の気持ちを理解できなかった…だから、どんなに時間をかけてもいい、君は…」

 

Cubia「……え…?」

 

クビアが鎖に縛られる

 

カイト「鎖…?な、何…」

 

ガイスト「見ぃつけタ♪」

 

Cubia「な、なんだよお前…!」

 

カイト(確か、ガイストって呼ばれてた…)

 

ガイスト「Cubiaは貰って行くネ、バイバイ、勇者サマ」

 

Cubia「か、カイト!助け…」

 

鎖ごとクビアが転送される

 

カイト「……そんな」

 

ただ唖然とすることしかできなかった

ようやく解決しかけたに見えた問題が…こんな…

 

いや、それよりも…助けなきゃならない相手が、ただ増えた事も問題だ

 

カイト「…追いかけないと…」

 

 

 

 

 

リアル

大黒宅

青葉

 

青葉「……なんでせっかく会えたのにこんな事に…」

 

召集について行った方がまだマシだった、私が司令官と秋雲さんを救うと思っていたのに、まるで良い様に弄ばれている気分、私1人ではR:2から抜け出せないし…

 

青葉「…あれ、おかしいな、何もしてないのにパソコンが勝手に…」

 

何もしていないのに壊れると言うのはまずあり得ないのだが…

 

ヘルバ『青葉、聞こえているかしら?』

 

青葉「うひゃぁ!?へ、ヘルバさん…人のパソコンハッキングしないでください…」

 

ヘルバ『そんな事後にして、それより素敵な話があるわ』

 

青葉「す、素敵な話?」

 

ヘルバ『カイトをリアルに帰す手段が見つかった』

 

青葉「…本当ですか…!?」



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思惑

駆逐棲姫のアジト

駆逐棲姫

 

駆逐棲姫「さあ、幕は上がった、最後の戦いの始まりです」

 

護衛棲姫「…最後、デスカ」

 

駆逐棲姫「勝っても負けても、私を打ち倒すほどの強さを持つ敵はもはや居ません、地球外生命体やCubiaが私に喧嘩を売ってきたら…まあそれはそれで楽しめそうですが」

 

軽巡棲姫「離島の戦力を随分評価するのですね」

 

駆逐棲姫「貴方のそのやられっぷりを見ましたからねぇ、川内さんにえらく手ひどくやられたものです」

 

軽巡棲姫「姉さんは容赦がありませんから…多少加減してくれるかと思いましたが、残念ですね」

 

駆逐棲姫「作られた姉妹なんてそんなものでしょう…」

 

護衛棲姫「…今回ノ作戦、私ハ如何様ニ致シマショウカ」

 

駆逐棲姫「うーん……好きにして良いですよ?」

 

護衛棲姫「エ…?」

 

駆逐棲姫「貴方なら私優先で動くし…とやかく命令されるよりきっと良い仕事をしてくれますよね?」

 

護衛棲姫「ハ…ハイ」

 

駆逐棲姫「……そんなに不安そうな顔をしないでください、確かに貴方は強いとは言い難いですが優秀です、私は貴方を信頼している、期待に応えてくれますね?」

 

護衛棲姫「……ワカリマシタ、駆逐棲姫様ニトッテ、最良ノ結末ヲモタラス為、少シデモオチカラニナリマス」

 

自信のこもった瞳で見つめてくる

 

駆逐棲姫(うーん、ちょっと発破をかけすぎたかな…無理に動いて死ななければ良いけど)

 

駆逐棲姫「さて、罠を張り、網にかかった獲物を殺す、それだかですが面倒な仕事でもあります、しくじらない様にしてください?」

 

軽巡棲姫「しくじれば真の死、と言うだけでしょう…死装束はすでに着ていますから、何も心配ありません」

 

駆逐棲姫「おや、貴方もそんな冗談を言うんですね」

 

軽巡棲姫「意外ですか」

 

駆逐棲姫「命懸けの殺し合いにリラックスして立ち向かってくれるならなんの問題もありませんよ、しかし……その落ち着き様、まるで何か策があるようですね?」

 

軽巡棲姫「ええ、無策に戦って勝てる相手ではありませんから」

 

駆逐棲姫「おやおや、その敵は余程強大らしい」

 

軽巡棲姫「姉さんも、那珂ちゃんも…私の手の内全てを知っていますから」

 

駆逐棲姫「なるほど、それは強大ですね」

 

軽巡棲姫「ええ…貴方ほどにね」

 

駆逐棲姫「…ふふ……さあ、敵は大軍、それも悍ましい殺意を向けるような人達です、私たちはどこまでやれるのか、楽しみですねぇ?」

 

護衛棲姫「…勝利ヲ、必ズヤ、献上シテミセマス」

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

駆逐艦 朧

 

秋津洲「特務部…と、佐世保所属の秋津洲、貴艦隊に指揮官を預ける……かもー」

 

春雨「なんでそんな嫌そうな顔してるんですか」

 

秋津洲「性悪女王の部下と心中なんてごめんかも!あーあ!逃げればよかったぁぁ!」

 

朧「あの…そう悲観しないで欲しいんですけど…?」

 

秋津洲「あの駆逐棲姫相手にどうやって勝つの!?勝算は!?」

 

春雨「……無いですね」

 

朧「…まあ、無いですね」

 

秋津洲「戦争するのにそれでよく命かけられるかも!馬鹿ばかり!?」

 

春雨「……口が過ぎますよ、裏切り者だった癖に」

 

秋津洲「はーあ、この特務部の絶対的エース秋津洲様相手に良くそんな口がきける……あ、待った!待つかも!刃物はNo!」

 

春雨「じゃあその口縫い合わせましょうか」

 

秋津洲「待って!冗談!全部ウソです!本当は秘密兵器用意してました!」

 

朧「…秘密兵器?」

 

春雨「貴方が作ったものなんて…」

 

秋津洲「作成担当はあたしじゃなくて……」

 

朧「数見さん?」

 

秋津洲「でも無くて…そ、その…」

 

春雨「あーもう!ハッキリしませんね!?」

 

春雨が秋津洲の首に刃物を押し当てる

 

秋津洲「あ、綾波!綾波かも!」

 

春雨「かもは要らない!」

 

秋津洲「綾波です!……かも」

 

朧「綾波の作った秘密兵器…?」

 

秋津洲「ちょ、ちょっと前に送られてきた!そ、添えられてた文章にはヘルバの連絡先が掴めなくてやむを得ず特務部に送ったって書いてあった、だから詳細は知らなくて…」

 

春雨「……見せてください」

 

秋津洲「に、二式大艇ちゃんのなかに積んでますん…」

 

朧「行こう、早く確認しよう」

 

 

 

朧「……これ?」

 

春雨「どうみてもただの…服ですよね?」

 

秋津洲「いやいや何をおっしゃいますやらかも!これは、最新式の強化プラスチック繊維を使って作られてて、吸水性も通気性も完璧!最高の一着かも!」

 

朧「た、確かに肌触りはすごく良いけど…」

 

春雨「しかも軽いですね、すべすべと言うかふわふわした手触りが心地よくて私は好きですよ、幾らですか?」

 

秋津洲「なんと一着2万円で提供中かも!」

 

春雨「わあお安い……って遊んでる場合じゃ無いんですよ!」

 

秋津洲「痛っ!?殴る事ないって言うか先に始めたのはそっちかも!」

 

朧(どっちが悪いかで言えば春雨さんだよね…)

 

春雨「それで?他に性能は?」

 

秋津洲「……生存の可能性を高めてくれるかも、とだけ書いてあったかも」

 

春雨「貴方のかもか綾波さんのかもか分かりづらい!!」

 

秋津洲「あ、綾波も多分って…」

 

春雨「…刺しましょうか?」

 

秋津洲「ごめんなさい!もう遊ばないかも!」

 

春雨「……はぁ…まあ、もう良いです、確かに衣服は不足してました、清潔な布は本当にありがたい、今すぐにでも配布しましょう」

 

朧「あ、今のかもは許すんだ」

 

春雨「…反応した方がよかったですか?」

 

秋津洲「もう許して欲しいかも!」

 

 

 

 

 

駆逐艦 朝潮

 

朝潮「あの、すいません」

 

秋津洲「かも?」

 

春雨「…今、取り込み中なんですけど」

 

朝潮「お二人にしか頼めない事がありまして…」

 

 

 

 

 

大黒宅

青葉

 

青葉「司令官をリアルに帰す方法って?」

 

ヘルバ『ヴォータンがカイトの双剣をデリートした時のこと、覚えてるかしら?』

 

青葉「……はい、いきなり司令官が割り込んできて…」

 

ヘルバ『武器をデリートした際、カイトの身体にノイズが入ったのは覚えてるかしら、あの瞬間、あの場所でだけ空間の歪みがあったわ、デリートの強力すぎる力ゆえね』

 

青葉「そ、それが?」

 

ヘルバ『今のカイトにはネットに長く滞在し過ぎたせいでプロテクトがかかってる、本人も気づいてないみたいだけど、自身を守るためのモノ…そのプロテクトがあるうちはリアルに戻せない、だからヴォータンにそのプロテクトを破らせる』

 

青葉「そ、それ一歩間違えれば司令官が…」

 

ヘルバ『上手くやりなさい、結局は貴方に頼る事になるの』

 

青葉「…ヘルバさんは動けないんですか?」

 

ヘルバ『私は春雨のサポートがあるの』

 

青葉(そっか、みんなは最終決戦に臨むんだ…でも、私も…絶対に…!)

 

ヘルバ『…大丈夫、貴方ならできるわ』

 

青葉「…恐縮です」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

駆逐艦 朧

 

朧「作戦決行はすぐそこ、チームを分けて二式大艇による強襲班と海上戦力に分かれるよ…!」

 

アケボノ「上手くいくのかしらね」

 

朧「いくよ、絶対に上手くいく……そうじゃなきゃみんな全滅するだけ」

 

天龍「朧さん」

 

朧「天龍さん…お久しぶりです」

 

天龍「作戦室で火野司令官達がお呼びです」

 

朧「わかりました」

 

 

 

 

作戦室

 

火野「今回は我々の戦力も全て、君達に預ける事になる」

 

朧「…てっきり私は火野司令官達が指揮を執るのかと…」

 

アケボノ「私もそう考えていましたが」

 

火野「そうするつもりだった…が、ヘルバに呼び出された、策があるらしい」

 

朧「策?」

 

度会「俺たちも何も聞いていない、だが、かかりつけになる事になるそうだ、だからそっちに全てを任せる事になる」

 

アケボノ「…それは流石に無責任では?」

 

亮「上手くいけば、一気に問題が前進する事になりそうだって話でな、ここまで来ると現場で培ったコミュニケーションで乗り切ってもらう方がまだマシだろ」

 

アケボノ(…指揮はキタカミさんが特に秀でてた、私がみんなの前に立つのは…憚られる、そうなると……どうするか)

 

朧「…よし、それなら私がやります」

 

アケボノ「…アンタが?」

 

朧「無理に作戦を立てる必要はない、狙うは綾波の首一つ…綾波さえ止めれば、きっと全部止められる…」

 

アケボノ「んなわけないでしょ」

 

朧「だったとしても、1番の脅威は綾波だよ、綾波は周りと合わせた攻撃も得意だし、綾波を孤立させて戦わないとまず勝ち目は絶対ない」

 

アケボノ「……もはやそれは…」

 

朧「無策だったとしても、やるしかないよ、絶対にやるんだ」

 

攫われた明石さん、島風、曙、そして寝返った神通さんを…

それだけじゃない、やられたみんなの仇を…

 

 

 

 

 

ヘルバ

 

ヘルバ「これは、私1人ではとても無理ね」

 

数見「まさかダックの女王と共闘するとはな…」

 

ヘルバ「かつてのアペイロンもそう言ったわ、ワイズマンに双星、そして死の恐怖」

 

徳岡「…おれは肩書きなんかねぇぞ」

 

度会「……早く始めよう、時間がない」

 

ヘルバ「ええ、始めましょう…女神のGIFT、ちゃんと役立たないと」



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開戦

海上

駆逐艦 朧

 

朧「敵発見!砲撃開始!」

 

駆逐艦主体の索敵部隊を撃滅する

 

朧(大丈夫、上手くやる、上手くやれる…)

 

潮「朧ちゃん、無理しないでね」

 

朧「潮こそ、アケボノ!」

 

アケボノ「はいはい」

 

遠方の深海棲艦が何匹か弾け飛ぶ

 

アケボノ「OK、進みましょう」

 

順調に、綾波の基地へと進む

到着できたとして、上手く綾波を倒せるのかはわからない

何人死ぬのか、自分自身が死ぬ可能性も大いにある

 

だけど、ここで立ち向かわずに終わる道はない

 

アケボノ「ちゃんと…やるのよ」

 

朧「予定通り、やってみせる…」

 

 

 

 

駆逐棲姫

  

駆逐棲姫「おやおやおや、来ましたか…」

 

艦娘達が群れをなして、私を殺すために

 

軽巡棲姫「…あれは大湊、あれは佐世保、あっちは横須賀……頭数は50に満たないですが」

 

駆逐棲姫「関係ありません、少し遊びましょう、私としても退屈は嫌ですからね」

 

軽巡棲姫「……おや、艦載機が突っ込んできますよ」

 

飛んできた艦載機が深海棲艦の艦載機に墜とされる

 

駆逐棲姫「関係ないですよ、あんまり気にする必要はありません」

 

飛んできた砲弾が弾かれる

 

駆逐棲姫「おや、どこから?なんにせよ助かりました」

 

軽巡棲姫「…狙撃です」

 

駆逐棲姫「……なるほど、五月雨さん、生きてましたか」

 

駆逐棲姫(となれば…いや、待てよ……そろそろか?)

 

私のデータの中にある、1番気にしなくてはいけない戦術は

そして哨戒部隊の倒されたタイミング、距離

 

確実にやっている、あの手段を、もはや形振り構わず、使えるものを全て使う…なら

 

駆逐棲姫「この辺りか」

 

右手を振り上げる

 

前方の海が爆発する

 

川内「ッ!?」

 

那珂「ば、バレてる…!」

 

川内型2名が姿を表す

まるで透明にでもなっていた様な…いや、まさしくその通りか

 

駆逐棲姫「知っていますよ、惑乱の蜃気楼…その能力」

 

瑞鶴「……」

 

そして、瑞鶴が姿を顕す

 

駆逐棲姫「多少気温に歪みがありました、実は私の身体には温度を計測する機構がありまして…」

 

瑞鶴「だとしたら、ロボットみたいなもんか」

 

駆逐棲姫「ええ、私はロボットです……さて、軽巡棲姫?」

 

軽巡棲姫「……」

 

軽巡棲姫が前に出て、顔を覆う面に手を当てる

 

肉が引き剥がれる音がする

 

瑞鶴「ッ…!」

 

川内「……肉ごと、引き剥がした…」

 

軽巡棲姫「姉さん達相手に、目を塞いでいては……どう足掻いても勝てませんから」

 

面を剥がし、えぐれた肉、そして絶え間なく流れる血

瞼を失い、常に周りを見回す眼球…

グロテスクな顔面を見せつける様に、ゆっくりと…歩く

 

那珂「勝つ、つもり?」

 

軽巡棲姫「ええ」

 

軽巡棲姫の変質した腕がボコボコと音を立て、槍を産み出す

 

軽巡棲姫「3人まとめて、お相手しましょう」

 

川内「瑞鶴、合わせられる?」

 

瑞鶴「大丈夫、任せて」

 

川内が両手に短刀を握り、那珂は主砲を向ける

そして瑞鶴は弓を引き絞る

 

駆逐棲姫(はてさて、どうくるか)

 

瑞鶴が矢を放つと同時に川内と那珂が踏み込む

 

軽巡棲姫「……その程度、私の前には無力です」

 

槍の一薙ぎが2人の足を止める

 

矢が艦載機に姿を変え、軽巡棲姫をすり抜ける

 

駆逐棲姫「おや」

 

飛んできた艦載機が槍に貫かれる

 

軽巡棲姫「失礼」

 

駆逐棲姫「良い仕事です」

 

川内(……一筋縄にはいかないよ)

 

瑞鶴(どうすれば、チャンスを作れるのか…)

 

間合いは圧倒的に優位、軽巡棲姫の間合いに攻めあぐねている様に見える

 

瑞鶴「攻撃隊!」

 

艦載機が上空を飛び回る

軽巡棲姫が槍を右肩から右腕にかけて沿わせる

 

軽巡棲姫「はッ!」

 

そして首の裏から左手で石突を叩き、肩と腕をまるで滑走路の様に滑り、空へと放たれる

 

駆逐棲姫(おお、銃弾なんかよりずっと速い…)

 

撃ち抜かれた艦載機がフラフラと落ちる

 

川内「そこ、隙だらけ…!」

 

軽巡棲姫「そのくらいわかっています!!」

 

新たな槍を握り、武器を交わし、金属音を鳴らし続ける

 

那珂(今…!)

 

軽巡棲姫「甘い!!」

 

槍の先端が那珂の首筋に赤い線を描く

 

那珂「ッ……」

 

軽巡棲姫「次は落ちますよ、その首」

 

3人相手にものともしない…

獰猛で冷静な獣……

 

駆逐棲姫(……空か)

 

軽巡棲姫「…はァッ!!」

 

軽巡棲姫の槍が川内の両手の剣が落ち、那珂の皮膚を裂く

艦載機の攻撃を完璧にいなし、けして相手の有効射程に入らない

 

駆逐棲姫(傷を負わない戦い方に慣れている、非常に……しかし、切り札はまだ見せていない)

 

那珂「やぁぁぁぁッ!!」

 

我慢の限界と那珂が踏み込む

 

軽巡棲姫「甘いと、言ったはずですよ」

 

槍の軌跡だけが、赤く、虚空に筋を描いた軌跡だけが見える

そして、那珂が斃れ、首が落ちる

 

川内「那珂!!神通、よくも…!」

 

軽巡棲姫「…甘いんですよ、2人とも」 

 

駆逐棲姫「…クハッ………中々、良い見世物ですね…」

 

瑞鶴「何…!」

 

川内「……この…!」

 

川内が軽巡棲姫に斬りかかる

 

軽巡棲姫「まだ、遊べそうですね」

 

瑞鶴「いや!遊びは終わりよ!」

 

軽巡棲姫の脚が矢に貫かれる

 

軽巡棲姫(……!)

 

川内が軽巡棲姫の間合いに踏み込み、槍を抑え、ゼロ距離のインファイトに持ち込む

 

川内(どうする、いつ仕掛ける…!?)

 

軽巡棲姫「槍だけと思うな!!」

 

軽巡棲姫の掌底が川内の胸部を砕く

 

川内「かッ……は…」

 

瑞鶴「…!」

 

駆逐棲姫「2人ですか、この僅かな時間に貴方が危険視していた相手が2人とも、死にましたか」

 

軽巡棲姫「……ええ」

 

川内の遺体へと近づく

 

駆逐棲姫「……おや?」

 

近づいてから、なぜか近づいてからようやく気づいた、顔の部分がぬいぐるみで、紙にへのへのもへじ…

 

駆逐棲姫(変わり身の術?そんな漫画みたいな)

 

川内「ッはぁ!!」

 

上から降ってきた川内が両肩に短刀を突き刺す

 

軽巡棲姫「…ふッ!」

 

顔面を槍に貫かれ、海面に引き倒される

 

川内「っ!……首に、鉄板仕込んでる……」

 

軽巡棲姫「何度も首を刎ねましたからね」

 

瑞鶴「どいて!消し飛ばすから!」

 

艦載機の爆弾が身体を吹き飛ばす

 

駆逐水鬼「ふー……裏切るには少々付き合いが短いのでは?神通さん」

 

軽巡棲姫「さっき私の姉妹を笑いましたね?」

 

駆逐水鬼「それが何か」

 

軽巡棲姫「……私も笑ってもらいましょうか」

 

軽巡棲姫の変質した腕と傷口が消える

 

神通「行きますよ、姉さん」

 

川内「うん、やろうか…神通」

 

2人がカートリッジを艤装に挿入する

 

駆逐水鬼「おや、そのカートリッジ…なんですか?」

 

那珂「一時的な、加速だよ」

 

背後から後頭部を殴られる

鼻血が噴き出す

 

駆逐水鬼(やはり、あの那珂さんの死はイニスの幻覚…)

 

神通「貴方は私たちが倒す」

 

那珂の攻撃を受け、よろけたところを神通に蹴られる

2人が一度退き、死角から川内

ヒット&アウェイを徹底した各方向からの一撃ずつの攻撃

 

駆逐水鬼(反応できないか…しかし、この程度では、私は殺せない)

 

瑞鶴「碑文使い4人相手にしてる事、忘れた!?」

 

上空から艦載機の爆弾が降り注ぐ

 

神通「よくも那珂ちゃんと姉さんを笑いましたね……貴方を殺します」

 

駆逐水鬼「っ!!」

 

降ってきた槍に肩から足まで貫かれる

 

駆逐水鬼(やはり、上に投げた槍を利用してきたか、あの軽い攻撃をし続けていたのは位置の調整…)

 

神通「まだ足りませんか?それとも、データドレインで…貴方を止められますか」

 

駆逐水鬼「出てきなさい」

 

2体のレ級が現れる

 

川内(曙と島風…!追い詰めてる証拠…!)

 

2体のレ級が狙撃で撃ち抜かれる

 

駆逐水鬼「な……」

 

神通「忘れましたか?ここはすでに射線が通っているんです」

 

駆逐水鬼(…いや、何より警戒すべきはこの音…来てる…)

 

神通「貴方はどれだけ撃ち抜かれれば…死ぬのでしょうね?」

 

ボートが少し離れた地点に現れる

 

夕張「夕張参上!さあ!いつ以来かしら!?このガトリングちゃんを使うのは!!」

 

背中に背負った艤装から大量の機銃がこちらを向いている

そしてジャッキで反動対策…

 

駆逐水鬼「…うっわぁ、頭悪い装備…」

 

夕張「…斉射ぁ!!」

 

轟音と共に放たれた弾丸が身を削る

 

駆逐水鬼(……思ったよりできますね、これ以上は危険領域か?)

 

駆逐水鬼「いや、まだいけるはずだ…このままでも」

 

動かせる片腕でカートリッジを起動し、挿入する

 

駆逐水鬼「さあ!アハハハハハ!」

 

川内(…この悪寒…何か、ヤバい!)

 

駆逐水鬼「この新しい力、見せてあげましょう…ねぇ?」

 

神通「…急に、空が…」

 

那珂(そう言えば雷を操ったって報告はあったけど……ま、まさか天候操作まで…?)

 

急に空が曇り雨が降り出す

 

川内(視界不良…それに、単純だけど体温を奪われ続けるのは動きが鈍って不味い…)

 

駆逐水鬼(やはり、あの機銃、精度がそこまで良くはない、雨で正確な狙いがつけられなくなって外れ始めた…そして、狙撃もこの状況では難しいでしょうね?)

 

槍の刺さった部分を斬り落とし、再生する

 

駆逐水鬼(…ダメだな、これ以上攻撃を受けると本当にやられる恐れがある、それを理解して戦うなら)

 

那珂「っ!?」

 

加速し、那珂へ一撃くらわせる

 

駆逐水鬼「ほう?受け切りましたか」

 

那珂(あの腕、大きいだけあって重すぎ…ガードした腕が砕けそう…)

 

川内(今、この瞬間…)

 

神通(背後を取った!)

 

後方からの2人係の攻撃を大腕で受ける

 

川内「っ!?」

 

神通「完全な死角からの不意打ちが…」

 

駆逐水鬼「アハハッ、油断も隙も…ありませんよ?私は」

 

振り返り、川内達に見える様にカートリッジを艤装に挿入する

身構える川内と神通

バチバチと音を立て、電撃が身体を走る

 

那珂(次こそ…!)

 

駆逐水鬼「…川内さん、忘れましたか?このシチュエーション」

 

川内「……あ…!」

 

かつては、那珂さんではなく川内さんが受けた…

正面の敵を警戒させ、背後から迫る敵を撃ち砕く

 

駆逐水鬼「アハッ」

 

脚が弧を描き、背後から迫る那珂を撃ち砕く

 

那珂「かっ……は…?」

 

神通「那珂ちゃ…」

 

加速し、神通の胸部に手のひらを押し当てる

 

神通(この掌底、構え、今さっき私が姉さんにやった…!)

 

駆逐水鬼「ええと、なんでしたっけ…私も笑ってくれ、でしたか」

 

神通の胸を掌底で砕く

 

神通「ぁが……!」

 

駆逐水鬼「好きなだけ笑ってあげますよ?アハッ」

 

川内「…!」

 

眼前を刃がすり抜ける

 

駆逐水鬼「っ!?」

 

視界が失われ、立ち尽くす

 

駆逐水鬼(なんだ、今の攻撃…一体何をされ…)

 

川内「もう、これ以上やらせない!」

 

駆逐水鬼(攻撃を受ける前に……な、なんで視界を回復できない?何をされた?)

 

川内「ここで、終わらせるんだ!!」

 

川内の攻撃を受け続ける

 

駆逐水鬼「……ああ、わかった……仕方ないか」

 

手探りでカートリッジを起動する

 

綾波「…振り払え」

 

闇が消える

 

瑞鶴「っ!」

 

川内「もう、ダメか…!」

 

綾波「まさか、幻術に取り込まれるとは…あの剣での一閃すら幻覚、視界を失ったのも幻覚……ですが、神通さんはともかく那珂さんは起き上がれません」

 

川内「……」

 

綾波「あと、忘れてる様ですが……お後ろ」

 

瑞鶴「ぁ…っ!?」

 

川内「瑞か…く……?」

 

2人が背中から血を吹き出し斃れる

 

レ級「……」

 

綾波「再生には十分すぎる時間がありましたから…徹底して背後を狙うのは基本的ながら有効で素晴らしい戦術です、それを返されたら…対応できませんか」

 

護衛棲姫『駆逐棲姫様』

 

無線が入る

 

護衛棲姫『基地ヘト敵ガ雪崩レ込ンデキマス』

 

綾波「……仕方ない、護衛棲姫1人では厳しいか……さてさて、私の深海基地(Genius Underseabase)へようこそ、歓迎しますよ…盛大にね?」

 

川内「待…て…」

 

綾波「……ああ、曙さん、ここで最高火力を使って良いですよ、水蒸気爆発で辺り一体吹き飛ばしてください、まだ透明化して隠れてる輩がいるかも」

 

斬り落とした腕をチラリと見る

 

綾波(…ん?…こんなに穴だらけなのに槍から離れられなかったと言うことは…夕張さんも偽物だったのか、我ながら見事に騙されたものだ)

 

人に騙されるのは、気分が悪い



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逆転の一手

海上

綾波

 

綾波「おや、おやおやおや」

 

基地の周りは阿鼻叫喚の様相、艦娘も何名か死んだか、それよりもこちらの犠牲は…

 

綾波(ゼロか、死んではいないな……おや?)

 

朧「……」

 

綾波「どうやら本物みたいですね」

 

朧「綾波、この人達になんでこんな事をさせたの?」

 

綾波「素敵なアイデアでしょう?ハンドガンの代わりにショットガン、ペレットが一発でも当たれば笑い事で済まない負傷になりかねない、当たりどころによっては死にますよ、アハハッ」

 

朧「……だからアタシ達は全力で、この人達を…制圧した」

 

綾波「殺せばよかったのに」

 

背後から爆風が押し寄せる

 

朧「っ!」

 

綾波「…っと…曙さんの水蒸気爆発です、原理的には熱したフライパンに落とした水が弾けるのとなんら変わりません、あれの場合は蒸気になっても逃げ場はたくさんありますが、逃げ場を無くせば高圧の……いや、説明はいらないか」

 

朧「……威力も含めて、よくわかった…」

 

綾波「……おや?」

 

敷波「…綾姉ぇを、止めに来た」

 

綾波(…おや、潮さんとレ級さんも…いや、姿が人間の姿に…)

 

アケボノ「4対1…ってわけ」

 

潮「…戦います」

 

綾波「……はぁ、レ級でなくなった貴方も素敵ですねぇ…しかし、4人がかりでも…私には勝てない」

 

朧「…だとしても、敷波はこう言いたいみたいだよ」

 

綾波「なんですか?」

 

敷波「……綾波型、舐めんなぁ!!」

 

その一言を皮切りに砲撃戦が始まる

 

アケボノ「戦闘開始…行くわよ朧」

 

朧「遅れないでよ!アケボノ!」

 

綾波(前衛はアケボノさんと朧さん、中衛に潮さん、敷波は狙撃に徹するか…悪天候でもこの距離なら敷波にとっては関係ないでしょうが)

 

前の世界で敷波に狙撃を仕込んだのは何を隠そう、私だ

敷波にとってはこんなバットコンディション、なんて事ないだろう

水蒸気爆発による大荒れの海も、この大雨も

 

綾波(しかし、流石にこの姿でやるのは大人気ないか?……まあ、いいでしょう)

 

踏み込み、目の前の波を蹴る

 

アケボノ(コイツ海水で視界潰すつもりか、姑息な手ばかり…!)

 

朧「貰った!」

 

朧が高く上がった波を足場に飛び上がり、撃ち下ろす

 

綾波(いい的…いや、これは…)

 

自身も飛び上がる

先ほどまでいた地点が爆散する

 

綾波(やはり下はアケボノさんのカバー、横に行けば敷波のカバー、上なら朧さんと1対1…)

 

綾波「!」

 

さらに上から砲弾が降り、くらう

 

綾波(広角射撃!潮さん、なんで馬鹿げた精度を…!)

 

広角射撃を宙にいる相手に当てるなんて、普通できるわけがない…

 

綾波(ここまで予定通りの動き、か…!?)

 

綾波「!」

 

いつの間にか目の前に朧が迫る

 

朧「アタシは、空中で有効打が複数ある…!」

 

艤装のブーストを利用したサマーソルトを喰らい、弾き飛ばされる

 

綾波「く…!?」

 

そして弾き飛ばされた先には

 

アケボノ「…いらっしゃい」

 

艤装の砲口部を突きつけての連続射を受ける

 

綾波(ダメージにはならないが…動けな…)

 

下半身が狙撃でちぎれ飛ぶ

 

綾波「っ!」

 

綾波(思ってるより、ずっとしっかりした連携…)

 

右腕をアケボノの肩に乗せ、引き寄せる

 

綾波「…貴方が、そうすると言うことは…」

 

アケボノ「黙れ!!」

 

体が吹き飛ばされ、水面を転がる

 

朧「敷波!サイドに展開!アケボノはアタシと動いて!」

 

綾波「思ったより、よほど……っ?」

 

雷が降り注ぐ

 

綾波「ぁがっ…!?…な、ん…?」

 

綾波(雷を、この威力で落として…いや、これは…潮さんか…!)

 

カートリッジの威力ではない、自然発生の雨雲の中のプラズマを利用した…!

 

綾波(流石に、これは…いや、面白い…!)

 

パターンを見ろ、把握しろ…

相手の思考を理解しろ、実に簡単な話だ、私にとっては…

 

朧(大丈夫、アタシなら、やれる!!)

 

朧が陣形を崩し突出する

 

綾波(…ああ、なるほど)

 

踏み込む素振りを見せ、体を引く

 

朧「!?」

 

進んでいたら居たであろう位置を狙撃がすり抜ける

 

綾波「アハッ…♪」

 

身体を捻り、広角射撃をかわす

 

潮「そ、そんな…」

 

姿を変え、駆逐水鬼の大腕でアケボノの砲撃を受け切る

 

アケボノ(対応され始めた…!)

 

駆逐水鬼「んー…」

 

大腕を振り上げ、海に振り下ろす

 

駆逐水鬼「もう、ダメージは受けないかな♪」

 

衝撃波が魚雷を全て破裂させる

 

朧(だ、ダメだ…全部読まれてる…!)

 

アケボノ(どうすればいい?ここで仕留め切らないと…!)

 

アケボノの表情を確認し、踵を返す

 

アケボノ「ま、待て!」

 

駆逐水鬼(そう、貴方は追ってくる、今私を倒せば倉持司令官に手を出されることは無いと考えているから……そして、自分たちの攻勢を圧倒的に崩された朧さんたちはチームワークを乱してしまう…)

 

朧(アケボノが1人で前に…止めないと!)

 

まともな判断力が残っていたとしても朧がアケボノを止め、残りの2人がカバーできるかどうか、突出したアケボノを倒し、朧にトドメさえ刺せば…あとは実に簡単だ

 

朧(…いや)

 

アケボノ(ここで、綾波を…!)

 

肩越しにアケボノを視認し、笑いながら回し蹴りを振り抜く

 

駆逐水鬼「アハッ!…っと…?」

 

振り抜くつもりで全力の蹴りを放ったのに、止められた…

朧の蹴りによって

 

朧「今だ!」

 

両肩に砲撃を受ける

 

駆逐棲姫(敷波と潮さんの…!この大時化で波が高いせいで見えてないはずなのに、正確に…!)

 

アケボノ「っらぁぁッ!!」

 

主砲で殴りつけられ、突きつけられた主砲が火を吹く

 

駆逐水鬼「かッ……!」

 

アケボノ(ダメージになっている…!?)

 

朧「このまま攻め続ければ…!」

 

逃げられない、挟み込まれ、逃げ場のないまま砲撃と打撃を受け続ける

 

駆逐水鬼(腕も引き剥がされたか…!打撃に集中してるなら…駆逐棲姫だ)

 

駆逐棲姫に姿を変える

脚がない分、身長があきらかに低い、そのせいで目の前にいたら急に視界から消えたように…

 

朧「消えた!?」

 

アケボノ「違う!小さくなっただけ!」

 

駆逐棲姫「当たりです」

 

両手の主砲を突きつけ、放つ

 

朧「ぁが…!」

 

アケボノ「ごはっ…ぁ…が…!」

 

綾波「よッ…と、まあ、身長低いと波に飲まれそうなんで、こんな感じでいきますかぁ……さて、いや、実に……貴方達みんな素晴らしいですよ!こんなに強くなるなんて!」

 

朧「っ…?」

 

綾波「川内さん達との戦いでも思いましたが、チームとしての完成度は最高クラスだ、信じられませんよ!何がすごいってチームになると個人の実力は明確に落ちる、例えば個人での実力が1ならチームになればその人は0.5くらいになるんですけど…アハッ」

 

カートリッジを両手に持ち、起動する

 

綾波「貴方達は0.9くらいは出せてるんじゃないですか?信じられない事ですよこれは!」

 

朧「…チームで戦って、弱くなるわけなんかない…!」

 

綾波「取捨選択ですよ、確かにチームを組むと1人で戦ってる時より多様な戦術、対応力などのメリットもありますが……キタカミさんを考えてください、なんで阿武隈さんや不知火さんと一緒に戦わなかったのかを」

 

アケボノ「…それは、貴方を騙すため…」

 

綾波「もちろん、それもありますが…あの人は1人で戦うメリットを選んだ」

 

朧「メリット…?」

 

綾波「それにはまずデメリットを理解しないとわかりにくいですか?チームで戦うと個人で戦う時と違って1人で戦う前提の戦術が全て使えません」

 

アケボノ(…そうか、キタカミさんは自由に、自分1人の最大の実力を出す方が勝機が高いと考えた…)

 

綾波「朧さん、貴方の気迫のある近接格闘は今回なりを潜めています、アケボノさん、貴方の冷酷なまでの闘い方はどこへいったのか……つまり、個人技はチームでは邪魔になる」

 

朧「…それは…」

 

綾波「チームになると個人が弱くなる、それはこれが理由です、たとえ艦隊のメンバーでも、孤立した後の神通さんも、那珂さんも、とても強かった…1人になって初めて輝く…不利を得意とする人が非常に多いですね?勿論潮さんと敷波は違いますが」

 

アケボノ「何が言いたい…」

 

綾波「通常、チームを組めば個人の戦力は半減すると考えていいでしょう、のびのびとした動きはできませんからね…それを嫌ってキタカミさんは私に1人で挑んできた、阿武隈さんも不知火さんも足手纏いでしかないから」

 

朧「そんな事ない!キタカミさんは…」

 

綾波「現実に、キタカミさんは自分の手で狙撃を仕込んで、個人で戦ってるとき限りなく近い、邪魔にならない敷波を選択し、私を追い詰め、1人になってからは私に勝利する直前までいった…本当にあの人は底がしれない」

 

両手のカートリッジを艤装に挿入する

 

綾波「キタカミさんはできるだけ貴方達に情報を落とさず、限りなく個人戦に近い状態で戦う為に敷波を選んだ……私も曙さんと島風さんを使わないと死んでいたかもしれない…認めますよ、あと人には本当に追い詰められました」

 

主砲を手に取り、向ける

 

綾波「しかし、あの人のおかげで私は改二に到達した…私は、完成した♪」

 

アケボノ(何、この、重苦しい…)

 

朧(…まるで、毒でも吸わされてるみたいな…)

 

綾波「ところで、私は明石さんから全てのカートリッジをいただきました……そして、カートリッジを複数同時に使う事は通常不可能である事を理解しました」

 

アケボノ「…複数?」

 

綾波「しかし、私は天才ですからね、出力をそれぞれ調整すれば同時に使用することも可能であると理解し、調整は既に済んでいます、さあ、実験です」

 

炎のカートリッジは砲弾を散弾のように

雷のカートリッジは主砲を狙撃銃のように

 

綾波「決して交わる事を想定されてないそれらを混ぜ合わせると?……1×1=1というのは正しい答えではありません…いや、正しいというかそう言う言い回しも違うか……1×1=xです、そのxは今から証明される」

 

主砲を放つ

 

4人全員が崩れ落ちる

 

アケボノ「ぁ…か…?」

 

敷波「何が…」

 

綾波「雷のカートリッジを使った場合、初速が確か5000m/sだったか、なかなか化け物じみてますよね、そして炎のカートリッジは融解した砲弾を散弾のように飛ばす…さて、その融解した弾を5000m/sで飛ばしたら?そう言う事です、安らかに……あれ?」

 

朧が立ち上がるのに続き、それぞれが立ち上がる

 

朧「…まだ、終わってない…」

 

綾波「確かに頭は外しましたが…なんで生きて…?いや、どうして死んでないんですか?」

 

着弾点の衣服は弾けている、確実に被弾してるのに…血は出ていない、傷口がない?

 

アケボノ「…貴方のおかげです、もう1人のね」

 

綾波「何…?」

 

朧(この服が護ってくれた、どうしてかはわからないけど…この服のおかげで死なずに済んだ…)

 

アケボノ(防御性能は高い、だけど、攻めの手に…私たちの力が足りない…どうすれば倒せる…)

 

綾波(……少し、確認するべきだな、私が何をしたのか…)

 

海へと沈む

 

朧「逃げた…?」

 

アケボノ「追撃戦、行くわよ」

 

潮「距離を近づけて!」

 

敷波「了解!」

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

駆逐艦 春雨

 

夕張「…これ、どうなってるの?」

 

春雨「理解できる代物ではありません、そっちはどうですか、特務部」

 

秋津洲「キーっ!なんか言い方ないのかも!?悪質ハッカーの癖に!」

 

春雨「私はハッキングはしたことありませんけどね」

 

夕張「今そういうのいいから…とりあえず、完成でいいのね?」

 

春雨「……恐らく」

 

秋津洲「早く二式大艇ちゃんに積み込むかも!何がどうなるかはわからない…」

 

春雨「待って、外は嵐ですよ…まともに航行できるんですか?」

 

秋津洲「……はー、わかってないかも、二式大艇ちゃんの使い手であり第六相のダミー因子を持ってるこのスペシャル優秀な秋津洲サマを前にして…」

 

夕張「つまりいけるの?!」

 

秋津洲「いけるかも、触覚が増大してるから雨風の微妙な感覚すらも感じ取って正確な操縦が可能だし、任せていいよ」

 

春雨「……なら、信じましょう」

 

秋津洲「なんなら片手で操作して2台同時に動かしてあげるかも!ラジコンとかある!?」

 

夕張「あーもう!信じてるからさっさと行こう!?」

 

 

 

春雨「……これがどんな力を秘めているかわからない、だけど…逆転の一手になると信じて、私達は…戦う」



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絶対

駆逐棲姫のアジト

綾波

 

綾波「ふむ、状況は?」

 

護衛棲姫「人間ハ言ワレタ通リ、扉ノ裏ニ隠レサセ、背後ヲ徹底シテ狙ワセテイマス、侵攻ハ入口デ止マリマシタ」

 

綾波「被害は?」

 

護衛棲姫「…深海棲艦ノ方ハホボ、全滅ニ近イデス、特攻ニ近イ事デシタカラ……」

 

綾波「問題ありません、駆逐級やらなんやらはすぐ戻ります、とにかく頭数を潰さないと貴方達も苦しい思いをしますからね」

 

護衛棲姫「オ気遣イ、痛ミ入リマス…」

 

綾波「……どうしました、護衛棲姫…貴方がなぜ悲しそうな顔をするんです」

 

護衛棲姫「…ワカリマセン」

 

綾波「そうですか、うーん…身内の死に敏感な子なのか…はたまた……いや、なんにせよ貴方に辛い思いをさせてごめんなさい、大丈夫ですからね?」

 

護衛棲姫「……ハイ」

 

綾波「…わかりました、今後はできるだけ犠牲の出ない作戦に転換します、だからもう少しだけ頑張れますか?」

 

護衛棲姫「…カシコマリマシタ」

 

綾波(やはり、この子は甘すぎるみたいですね、悪いとは言いませんが…それよりも気になるのは侵攻状況だな、明石さんはもう処分して…曙さんと島風さんなら十分時間も稼げるか)

 

護衛棲姫「…大丈夫デス、必ズ、必ズヤ…最高ノ結末ヲ…オ見セシマスカラ…」

 

綾波「何をそう焦っているのですか、貴方が焦る必要なんてない、何も問題は起きていないし、至って順調、私達は今有利なんですよ」

 

護衛棲姫「…イイエ、不利デス、ソウ思ワナイト…足元を掬われる」

 

綾波「ふむ……なかなか殊勝な心がけですが…気疲れしない様に」

 

護衛棲姫「アリガトウゴザイマス」

 

施設の中で戦闘音が響く

 

綾波「来たか、位置を指定、行きなさい」

 

二体のレ級を向かわせる

 

綾波「…さて、もう1人の私、貴方のやった全てを無駄にする為に…」

 

暴く、何をしていたのかを…

そして、打ち砕く

実に容易な事のはずだ、たとえ複雑だろうと時間が解決するのだから

 

 

 

 

 

駆逐艦 天津風

 

天津風「見つけた…!こちら天津風!島風発見!」

 

五月雨『位置情報をアップロードしてください!!対策班は集合!』

 

白露『白露急行するよ!』

 

睦月『同じく!持ち堪えて!』

 

天津風「私1人でいい…来る前に終わらせるわ、行くわよ、連装砲くん」

 

ここで島風を止めなきゃ、もうチャンスなんてない…

もう呑まれちゃいけない、島風を助けて、全てが終わる為に

 

天津風「ぁ…あぁ…!!」  

 

呑まれない、呑まれてたまるか、私は…大丈夫

 

 

 

 

 

駆逐艦 アケボノ

 

アケボノ「…成る程ね」

 

朧「どうする、アケボノ」

 

アケボノ「私を尊重してくれるなら、サシでやりたい……コイツには借りがあるし」

 

潮「……任せたよ」

 

朧「ちゃんと元に戻しなよ…!」

 

アケボノ「はいはい…敷波、アンタもさっさと行きなさい」

 

敷波「…了解」

 

アケボノ「さて、待ってくれるなんて、もしかして話でも通じるのかしら…曙」

 

レ級「……」

 

アケボノ「そうはいかないか…アンタには謝らなきゃいけない事もあるし、色々と思うところはあるのよ、でもそういうのは置いといて……今はアンタを倒す、私にできるかなんて関係ない、ただ全力で…潰す」

 

艤装を掴み、主砲を向ける

 

アケボノ「…抵抗は無駄よ、提督の為に死になさい」

 

アケボノ(ま、不利なのはこっちだけど…大丈夫、倒してみせる)

 

周囲の気温が一瞬で上がる

 

アケボノ「っ!…呼吸も危険か!」

 

息をするたびに内臓まで焼けそうな感覚

まともにやりあうべき相手じゃない事は明らかだ

 

アケボノ(だけど、私とアンタは…そうじゃないでしょ?)

 

アケボノ「……」

 

レ級「……」

 

時間はかけられない、曙に対して砲撃を続けながら突っ込む

 

レ級「…!」

 

アケボノ「ッ!?」

 

目の前にダラリと赤黒い溶岩が降る

 

アケボノ「これ、は…天井が溶けて…!?」

 

赤熱した天井がどろりと垂れ下がり、どんどん降ってくる

 

アケボノ(……そうよね、ここはあんたのテリトリーってわけ…)

 

アケボノ「なんであんたがそっちに立ってんのよ、あんたは…こっちでしょ?逆じゃない」

 

何度だって、あんたは間違えた私を元の道に正してくれた

それは何度も、何度も繰り返した事

 

アケボノ「…目ェ覚ましなさいよ…ちゃんと、自分を見失わずに…」

 

何一つ、自身が言えた口ではないのだが…

 

今の私には(しるべ)がある、何一つ迷いはない

 

アケボノ「……私が、曙らしく…」

 

双剣を手に取る

 

アケボノ「炎対、マグマ…か……行くわよ!!」

 

炎を双剣に纏わせ、走る

 

レ級「……ッ!」

 

アケボノ「曙ぉォォッ!!」

 

爪で剣を受け止められる

 

アケボノ(どうすれば取れる、その首を!アンタの頭をぶち抜いて中身を総入れ替えしてでもアンタを元に戻してやる…!)

 

体を捻り、体を大きく回転させた斬撃

 

レ級「……!」

 

アケボノ「そうよね、アンタは対応できる、だってこれはアンタの動きだから…私はアンタをよく知ってる、だから私はアンタを…完全にコピーする、私はアンタの偽物だから」

 

レ級「!」

 

曙が腕を大きく引く

 

アケボノ(爪で引き裂く動作…ガードしても貫かれかねないか、私ならここで退く…だけど、アンタなら?)

 

アケボノ「退く訳ないわよね、アンタみたいな大馬鹿なら!!」

 

姿勢を低くし、爪をかわして斬り上げる

 

レ級「ガッ…」

 

アケボノ「…無意識なのか、それとも意識が戻りつつあるのか…アンタの動きは覚えがある、そう…私の選ぶ動きと似てる気がする」

 

全くの真逆だ、だが

曙と曙の戦い

私とアンタの戦いは、今までと全くの真逆で、でも

 

アケボノ「()のこの戦い方で…アンタ(アケボノ)に負ける訳ないでしょ、何度負けたと思ってんのよ…!」

 

左右に跳ねながら斬りかかり、通り抜けざまに斬る

 

アケボノ「三爪炎痕…!!」

 

レ級「……」

 

レ級が地面を踏み鳴らす

床がどろりと沈む

 

アケボノ(!…床がマグマに呑まれて…!)

 

飛び跳ね、距離をとる

 

レ級がこちらを向く

傷口から血を流し、片手を突き出す

 

アケボノ「……?」

 

中指をたて、笑う

 

アケボノ「…意識戻ってんじゃない、このクソボケ!!」

 

こうなれば、最早関係無い

突っ込んで、トドメを刺す

 

アケボノ「ああぁぁぁぁッ!!」

 

ただ、マグマを駆け抜け、トドメを…

 

アケボノ「が…?!」

 

レ級「…!…アッ…ァァ…アァァァアァァァッ!?」

 

何が起きた?目の前で、何が起きている…

曙の周りのあのモヤは?島風さんにまとわりついたのとよく似ている…

 

曙は、がっくりと項垂れる

 

アケボノ「……マズイ」

 

ゆらりと、揺れ、顔を上げる曙

こちらへと向いた視線に射抜かれた瞬間、体が凍る

 

アケボノ(この状態の曙と戦って、勝てるの…?いや、やるしか無いのか…)

 

双剣を強く握る

 

アケボノ「…そんなもん、燃やし尽くしてやるから、安心してなさい、曙…私に任せればいい」

 

まだ、ある

 

アケボノ「……?」

 

背後からバタバタと走ってくる足音…

 

アケボノ「…貴方達…突入予定はなかったはずじゃ」

 

龍驤「外は完全に制圧したから援護に来たんやけど…なんやこの暑さ…」

 

大鳳「あ、熱い…そ、外に出ても良いですか!?」

 

龍驤「アホ抜かすな!こんなとこで孤立してみ!?死ぬで!」

 

大淀「それで、どういう状況ですか」

 

空母や横須賀の援護を目的とした班も突入してきたか…

だけど、流石にここからは進めない、朧達のように逃すことは難しい

 

アケボノ「……アレを、助けないと進めません」

 

レ級「……」

 

龍驤「あ、あれ曙か!?えらい雰囲気が…」

 

大淀「……夕張さん、大淀です、見えてますか?こっちはこういう状況です、急いでください、電さん達もこっちの援護に」

 

アケボノ「無駄に人を集めないで、危険です」

 

大淀「……貴方は先に行った方がいいでしょう」

 

アケボノ「…何?」

 

大淀「貴方は、綾波さんとケリをつけるべきじゃ無いですか?ここは私たちに任せて…」

 

アケボノ「そうはいきません、アレとは私が直接…それに貴方達では…」

 

大淀「ええ、不足でしょう…貴方でも勝てるか分からないのでは?」

 

アケボノ「……」

 

大淀「だからこそ、戦力を優先すべき目標に回します」

 

一理、あるのか…

 

龍驤「大鳳!気張りぃや!」

 

大鳳「は、はい!」

 

艦載機が部屋の中を飛び回り、外壁を破壊する

部屋中の穴から一気に海水が入り込む

 

アケボノ「っ!?…海水が雪崩れ込んで…!」

 

マグマと触れた海水が一瞬で沸騰し…

部屋が爆発で吹き飛ぶ

 

 

 

アケボノ「っ……?…無事……?何が…」

 

神通「全く、無茶をするものですね」

 

大淀「貴方が守ってくれることは想定内でしたから」

 

新緑色の防護壁が爆発を防いだおかげで、怪我人はいない…

 

神通「今なら、進めるでしょう…早く」

 

アケボノ「……何故…」

 

大淀「もう言いましたよ、それに…借りの作り甲斐がありそうな相手ですから」

 

神通「早く、行ってください…私の姉妹と瑞鶴さんの仇、片方は任せます」

 

アケボノ(……)

 

アケボノ「わかりました、任せます」

 

 

 

神通「さて、風通しも良くなりましたし…まだマシでしょう」

 

大淀「勝てますか?」

 

神通「…生きるか、死ぬかです」

 

 

 

 

 

駆逐艦 天津風

 

天津風「…歯が…たたない……」

 

前のようにはいかない、もう、攻撃が通用しない?

いや、前より出力が低すぎるのか…なんにせよ、通用していない

 

天津風(なんで…やっぱり、意識を明け渡さなきゃダメなの?)

 

今ならわかる、あの意識の暴走は連装砲くんに全てを乗っ取られることに近い

島風がしていたという無機質な暴走とは違う、連装砲くんが管理し、演算し、戦術を組み立てた動きを私に強制する、そういう暴走…

だけど、それは島風を想っての事だって…私にはわかる

 

天津風「だけど……それじゃダメ、私達じゃなきゃイヤなんだ…!一緒に島風を助ける!」

 

島風が加速し、こちらへと爪を振るう

 

天津風(…ダメ、避けられない…)

 

目の前で火花が散る

 

天津風「え……れ、連装砲くん…?」

 

連装砲くんが島風の爪を受け、ひしゃげて落ちる

破損したパーツの内側から黒いモヤが漏れ出し、島風のモヤと融合していく

 

レ級「………」

 

天津風「…島風…ねえ、もう、いいでしょ…!?」

 

動けなくなった連装砲くんを抱きしめ、島風に叫ぶ

 

レ級「……」

 

島風が無機質に爪を振り上げる

 

白露「ちょぉっと待ったぁぁ!!」

 

島風が砲撃を受け、よろける

 

五月雨「ま、間に合った…」

 

天津風「…大湊の…?」

 

夕立「立てる?」

 

天津風「…ええ…」

 

白露「ふー、抜け駆け禁止ってね!オーケー、やるよ、みんな…!」

 

睦月「……やれるかな」

 

五月雨「大丈夫、助けられます」

 

レ級「……」

 

天津風「……」

 

連装砲くんを抱きしめたまま、島風の方に向く

 

天津風「連装砲くん、あと少しだけ頑張れる?…私が角度は合わせるから………もう少しだけ、力を貸して」

 

白露「島風ちゃん、前に話した夢の話、覚えてる?もし、島風ちゃんの事、助けられたなら…私にヘアアレンジさせてよ、私頑張るから」

 

睦月「もうちょっとの辛抱だからね…!」

 

天津風「……ねぇ、貴方達…」

 

白露「…ふぅ……話は後にしよう?」

 

睦月「目的は同じにゃしぃ!」

 

天津風「…みたいね、良い風、吹いてきた…!」

 

背中を熱風が、まるで追い風のように吹き付ける

 

天津風(絶対に、助けてみせる)



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ブラックホール

駆逐棲姫のアジト

綾波

 

綾波(…いまだにセキュリティのロックが変化し続けてる?アヤナミは消滅したのに…そういうプログラムを組んだのなら私がまだ突破できない理由は?……違う、これは…ああ、なるほど♪)

 

私がまだ尻尾を掴めていない、それほどのセキュリティ…でも、答えは簡単、身入り(誰かが居る)か…

 

そして持ち回りでパスワードを即座に交換し続けている

どうする?こんな物をクリアするなんて不可能だ、なんて理不尽な…

 

あくまで、普通ならの話だが

 

綾波(パスワードをランダム生成する場合、大体の場合は共通点が出てくる…と言っても、この頻度で変更し続けるなら、それでも…いや、知った事か、私の前でパソコンを弄っている誰かのクセさえ見つければ……)

 

しかし、それが厄介だ…

 

綾波(……データログへのアクセス…ロックの解除……チッ、セキュリティが硬いしこの感じ、釣りだな、削除してる気がする…それで?)

 

わからない、わからない…

 

綾波「……これ、ヘルバさんの罠以外に……そうだ、誰か他に手を貸してる人がいる…?何人いる……いや、それよりも………」

 

読めないのはヘルバさんだ、オンラインでやってるんだろう?それなら…

 

綾波「見つけた、脆弱なセキュリティ…」

 

パスワードを直接盗み見ることができるなら…こんなセキュリティ、なんにも意味はない…

 

綾波「……シャットアウトされた、ヘルバさんに気づかれたな、だけど…」

 

すぐに新しいパスワードは用意できない

そうなると簡単なのはランダム生成

 

綾波「……私の計算速度に狂いはない」

 

鍵は、開かれた

 

綾波「………くッ……ハハハ!アハハハハハ!!」

 

得られたデータは、私の求めていたものとは違った…

しかし、これは……

 

綾波「成る程、アヤナミ、貴方のおかげで改二を更に強化できる……アハッ…♪」

 

 

 

 

 

ヘルバ

 

ヘルバ「突破された…!」

 

亮『な…!?』

 

徳岡『嘘だろ!?』

 

ヘルバ「…信じられないけど、まさか本当に突破するなんて…」

 

火野『…どうなる』

 

ヘルバ「……終わり、と言ったところ…かしら、これは…」

 

度会『内容は』

 

ヘルバ「……今は伏せる、もう一つは?」

 

火野『完成したそうだ、輸送しているとの通達があった』

 

数見『なら、問題はない…』

 

 

 

 

 

 

駆逐棲姫のアジト

綾波

 

綾波「……インストール完了、さて、軽く遊びにいきましょうか…おや、神通さんが予定より長生きしてるみたいですね、トドメを刺さなきゃ♪」

 

 

 

綾波「よッ…と」

 

神通「新手!…いや、親玉が出ましたか…!」

 

大淀「…!全戦力を集中させて!綾波を発見しました!」

 

綾波(…曙さん相手によく持ち堪えてる、まさかこんなに生きてるとは…私の予測を超えるなんて、面白い)

 

綾波「もう良いですよ、曙さん、退がりなさい」

 

神通(…直接相手をしようというのですか)

 

大淀(チャンス…ですが、無策に出てくる訳がない)

 

綾波「……そうだ、神通さん、死んでしまったら言えないので、教えておきますよ」

 

神通「……」

 

綾波「貴方の演技、ド下手くそでしたよ」

 

神通「私の裏切りに気付いていたと?」

 

綾波「ええ、最初から……だって貴方が私の視線を追っている事はわかってましたから…」

 

神通(…視線を追って判断に使われるクセを探ってたのに、それも見抜かれていたのか…)

 

綾波「さて、私、実は裏切り者って嫌いなんですよねぇ……なので」

 

改二カートリッジを起動する

 

大淀(…アレが、改二の…)

 

綾波「私の改二でお相手しましょう……ここで貴方達は死ぬ…」

 

神通(何、か…おかしい……空間が、歪んで見える…)

 

大淀(……予知、が…流れ込んでくる、この歪んだ予知は、一体…)

 

改二艤装が展開される

 

綾波「アッハッハッハッハ!!」

 

力が、私の中を駆け巡る

 

綾波「…ま、軽く…」

 

神通(消えた…いや、違う、加速…!)

 

綾波「加速と、更には…このカートリッジ」

 

雷のカートリッジで脚に雷を纏わせる

 

神通(シールド…!)

 

神通のシールドをあっさり蹴り砕く

 

神通「な…」

 

綾波「Hi、ノックで壁が壊れちゃいましたね、引きこもりは身体に悪いですよ♪」

 

鞭のように脚をしならせ、蹴る

 

神通(ガードした腕が、痺れて…動かない…!)

 

大淀(…早いけど、読める…後、少し…あと少しだけ…)

 

綾波(大淀さんは何を狙って……ああ、わかった)

 

あえて隙を作る

 

大淀「もらった…!紋章神砲(ヴァルドラウテ)!!」

 

綾波「やはり持っていましたね、油断も隙もないか」

 

手のひらを向け光線を消滅させる

 

大淀「……え?」

 

綾波「…アハッ、貴方未来予知ができるんじゃないんですか?それとも、自分に都合の悪い未来なんか見えませんでしたか」

 

大淀「そ、それは…!?」

 

綾波「……ああ、これですか?」

 

手を振り、球体を消滅させる

 

綾波「ブラックホールです…極小のね?」

 

神通「ブラックホール…!?」

 

綾波「まあ、よく似て非なるものみたいなものですが…でも、充分か、世界が歪むほどの力がありますから」

 

神通「一体、それは…」

 

綾波「カートリッジだのなんだの、高出力のものをひたすらに集めた結果ですかねぇ…私の内の力が世界の許容量を超えて、暴れたがっている…うーん、なかなかステキでしょう?この力」

 

大淀(ブラックホールを操れるなんて…そんなの…)

 

綾波「信じてませんね?じゃあ…」

 

大淀の周囲の空間を削り取る

 

大淀「……そんな…」

 

綾波「言葉も出ませんか?」

 

綾波(…外したか、流石に新しい力だけあって馴染まない、いや、難しいと言うべきか…ヘタをすればこの辺り丸々消し去る程の威力、コントロールできるか?それとも、コントロールをせず…いや、周りを巻き込みすぎるか)

 

神通(どうする、こんな規格外どころではない相手をどうやって倒せば良い?)

 

綾波「ま、なんでもいいや…どうせ貴方達に勝ち目はないし」

 

大淀(加速して来る!)

 

大淀に接近して打撃…を、艤装に防がれる

 

綾波「その予知、面倒ですよねぇ……ま、こうすれば関係ないんですが」

 

大淀「艤装が…!?」

 

確かに鉄の塊は硬いが、深海棲艦にとっては…そんな事関係ない、簡単に壊せる

 

綾波「アハッ!」

 

ガードを失った大淀を蹴り飛ばす

 

神通「……!」

 

綾波「もう少し、遊べそうですね」  

 

加速し、何度も、何度も攻撃を繰り返す

 

神通(意図的に私以外を攻撃して…)

 

綾波「これで残るは貴方1人……リベンジマッチ、やりたかったんですよ」

 

改二のカートリッジを外す

 

神通「…リベンジ?……まさか、前の世界の?」

 

綾波「ええ、あの時貴方に殺されたのは正直不愉快でした……今の私の力は人間のそれと変わりありません、前より弱い私と、前より強い貴方…果たして強いのはどちらか」

 

神通「わざと不利な状況で挑むとは…」

 

綾波「そうしないと気が済まないんですよ、貴方を徹底的に壊さないと」

 

神通「……お相手しましょう」

 

神通が槍を投げ捨てる

 

綾波「おやおや、槍は要らないんですか?使って良いですよ?」

 

神通「……必要になれば…しかし、フェアじゃないのはできる限り避けたいので」

 

神通がこちらへと詰め寄って来る

 

綾波(蹴りだけ、私の手札はそれだけですが)

 

神通へハイキックを見舞い、防がせる

 

神通(…軽い…!?)

 

脚が神通の腕に触れた瞬間、膝を曲げて脚を引き、腰を内に捻る

 

綾波「私、基本的に踏み込むような蹴りとかはしないんです、体柔らかいので、捻りも効くし」

 

腰の回転と、あとは膝だけの蹴り…だが

 

神通「重っ…!」

 

衝撃を与え、脚を引く勢いでバレエのように回転し、踵を神通の顔面に当てる

 

神通「か…!?」

 

綾波「運動エネルギー、ちゃんと伝わりました?」

 

神通(テンポを完全に奪われて…)

 

綾波(神通さんは私の動きやすい状況を崩すために…脚を狙って来る、体格などの有利から神通さんは射程を活かした、隙の少ない蹴りを主体にするはず、その上で脚と脚をぶつければ怪我をするのは私……)

 

一歩下がり、神通の足払いを避ける

 

神通「チッ…!」

 

綾波「わかってますよ、貴方の考えてる事……そう、いうなら頭の中が視えている…みたいな♪」

 

神通(テンポを取り戻す、隙をできるだけ見せず、詰めさせない…!)

 

綾波(ほら、やはりそうだ、私の思った通り…)

 

神通が速度重視の蹴りを振り、距離を取る

 

綾波(……今か)

 

神通の蹴りに合わせて詰め、ハイキックを合わせる

 

神通(な…!近すぎる!)

 

綾波「アハッ」

 

膝を神通の脛にぶつける

 

神通「っー…!!」

 

綾波「あと、三つかな」

 

神通「……何…?」

 

綾波「あと三手、貴方がミスを冒せば貴方は死ぬ……ね?」

 

神通(大丈夫、脚は動く、折る程の威力じゃなかった……加減されている事に腹は立ちますが、そんな事より、ここで仕留める)

 

神通の動きが変わり、大振りな蹴りが増える

 

綾波(わかりやすいなぁ……ヤケになった様に見えますが、ちゃんと私を視て隙をつこうとしたらカウンター…)

 

間合いを詰めてくる神通から敢えて逃げず、中段の蹴りをのけぞってかわす

 

神通「…!!」

 

綾波「さっきも言いましたけど、身体柔らかいので」

 

地面に手をつき、床を蹴り、サマーソルトの様に蹴り上げる

 

神通「ぁが……!…まだ…!」

 

神通が崩れた姿勢のまま、無理矢理に脚を上げ、踵を振り下ろす

 

綾波「…アハッ」

 

踵落としを避け、倒れかかった神通の頭を脚で支える

 

神通「…!」

 

一瞬脚を引き、脛と足の甲をぶつける

 

綾波「どうですか、2点同時のインパクト…頭グッチャグチャになるでしょう?」

 

神通「ぁが……あ…おえ…おげぇぇ…!」

 

綾波「うわっ…きったないなぁ……脳震盪おこしてるみたいですね、もう立てないでしょ」

 

神通「…綾波…さん…」

 

綾波「命乞いですか?聞くくらいはしてあげますよ」

 

神通「……貴方は…ほんと、は…敷波さんを……嫌って無いんじゃ…」

 

綾波「…死に際に何を言い出すかと思えば」

 

神通「貴方が…前の、世界…あの最後の瞬間…!本当に、敷波さんを想っていたのを…私は知っています…」

 

綾波「死に際なんてそんなもんですよ、気が触れてたんです」

 

神通「…違う……きっと、貴方は…姉妹を、愛している、大事に想ってる…」

 

綾波「憶測で私の感情を語られるのは……ちょっとばかり不愉快ですよ?」

 

神通(……いや、違う…!)

 

神通「…貴方は、羨ましいんですよね…失わなかった人達が」

 

綾波「……話のわからない人だ」

 

神通「もう、みんな充分失った、だけど、それでもまだ馬鹿みたいに貴方を受け入れようとする人も居る!!」

 

綾波「……はぁ…ええ、そうですね?だからそれは本当に利用しやすい」

 

神通「…!……本心、ですか?」

 

綾波「だったら?」

 

神通「……」

 

神通が立ち上がり、こちらへと駆けてくる

 

綾波「……は…私らしくも無い……」

 

背を向け、カートリッジを拾い上げる

 

神通(…違う、絶対に違う!あの時のあなたの言葉は、この世界に来た貴方は…!そうだ、何故信じられなかったのか、これが覚悟が足りないということか…だから、こんな事しか…)

 

カートリッジを挿入する

身体に電気が走る様な感覚

脚部艤装に在る感覚…

 

神通「…お願い」

 

振り返りざまに回し蹴りを放つ、軌跡を黒い線がなぞる

神通の体が胴体で真っ二つに裂ける

 

綾波「うぉっと…」

 

神通の上部分が私にのしかかる

 

綾波「邪魔…?は、離れない…自爆…!……でも、ない…?」

 

神通(……冷たい、人…)

 

綾波「……この感じ…!キタカミさんにやられたのと同じ…!」

 

神通の両腕を千切り、引き剥がす

 

綾波(今、何をされた?キタカミさんに撃ち込まれた弾を喰らった時と同じ、あの感じ……調べる必要があるな…しかし、何にせよ…)

 

綾波「……血がかかりすぎた、生温かくて気持ち悪いですね…決戦前にシャワーでも浴びましょうか」

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 神通

 

神通(……もう、どれほど経ったのか、想像もつかないな…数時間なのか、数日なのか…)

 

春雨「神通さん!」

 

神通「……ぁ…」

 

春雨「再生できますか!?」

 

首を振る力すら勿体無い

 

春雨「待ってください、今…」

 

神通「…綾波さんを…受け入れてあげてください」

 

残ってる気力は、この言葉の為だけに

 

春雨「…!……わかっています、だからまだ死なないでください…!」

 

神通(……姉さん達のところに、行けるのなら…それは、どんな所でも)

 

春雨「聞こえますか!夕張さん!秋津洲さん!位置情報を転送します!ここに急いで!」

 

神通「…速く、行ってください……騒がしくて、眠れない…」

 

春雨「……患者を選ぶつもりはありません、しかし……今だけは、許してください」

 

神通(最早、止めたとしても誰もそれを赦す事なんて無い、ならば…ならば、せめて悼む人が居なくては…あまりにも可哀想だ)

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 春雨

 

春雨「……追いついた」

 

敷波「春雨…!」

 

朧「春雨!早く手を貸して!」

 

…時すでに遅し

 

綾波「おやおや、もう1人…構いませんよ、お相手します」

 

春雨(私が、止めるんだ)



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暗闇の中

駆逐棲姫のアジト

駆逐艦 春雨

 

綾波「アッハ…!」

 

春雨(…すでに、力の差が圧倒的…しかも、あれは何か)

 

黒い、歪んだ球体が周囲を破壊する

 

綾波「どうですか?この力は」

 

春雨「魅入られたのか、はたまた扱いを間違えたのかは知りません、しかし、そんな力なんかに溺れて何になるんですか…!」

 

綾波「……ふむ、まあ、これを解析すればよりいろんな事に手を伸ばせますが……と」

 

綾波が球体を両手で包む

 

朧「…黒い、光…?」

 

黒いオーラが手の隙間から漏れ出し…

 

綾波「…放つ」

 

春雨「……え?」

 

敷波「……何、これ…海の、上…」

 

一瞬周囲を黒い光が包み、周囲の地形ごと、海の上に転移する

 

綾波「おお、できてしまいましたか……空間を歪められるならとは思いましたが…範囲転移」

 

朧「……おえっ…おええええ…」

 

敷波「気持ち、悪い…!」

 

春雨(脳がエラーを起こしてる、すごい不愉快な感覚…)

 

綾波「良いですね良いですね、使い方がわかってきましたよ…!」

 

綾波がこちらへと手を伸ばす

 

朧「!」

 

朧が綾波に近づき、蹴りを放つ

 

綾波「……痛いですね、手がちぎれそうだ」

 

朧「…綾波、もうこれ以上は…」

 

綾波「これ以上?ああ、潮さんのことですか?それとも、ついさっき遊んできた皆さんのことですか?」

 

朧「っ…!…綾波ぃぃッ!!」

 

朧が距離を詰め、インファイトに持ち込む

 

春雨(…あの動き、完全に那珂さんと同じ…)

 

朧「っりゃああぁぁぁぁぁ!!」

 

朧が雷を纏った蹴りを綾波に叩き込む

 

春雨(カートリッジの挿入が見えなかった…2度目だな、タネは簡単、事前に仕込んでただけ…だが、カートリッジの起動……ああ、主砲の内側にスイッチがあるのか)

 

綾波「つまらないですね」

 

カウンターの回し蹴りを受け、朧が水面に体を打ち付ける

 

綾波「朧さんも消しちゃいますか」

 

朧「消されて、たまるか…!」

 

春雨(あの黒い球体…異常な現象……高密度の力の塊、か…)

 

春雨「その、貴方の力は…まさに暴力ですね」

 

綾波「…その通りです、まさに暴力と形容するが相応しい、私すらコントロールに四苦八苦するほどの恐ろしい力…」

 

春雨「……貴方はカートリッジの力と、その力を……いや、そうか、力が集まりすぎた結果か」

 

綾波「ええ、私はブラックホールと呼称していますが、重力関係の力は何もありませんよ、ただ、光も空間もこの力の前では何もかもが歪んでしまう…触れたもの全てを傷つける闇」

 

春雨「まさに貴方そのものです…」

 

綾波「おや、そう表現されるとは」

 

春雨「……私がお相手します」

 

両手を胸の前で交差させ、振り下ろす

籠手から刃が飛び出す

 

綾波(…仕込みの双剣、レンジは長く無いし、明らかに不利なのに…何とバカなことを)

 

春雨(……落ち着け、私はやれる、動きは?…問題ないはずだ、まず勝てるはずのない相手…私はままで逃げてきたのかもしれない)

 

手に、力を宿らせる

 

春雨(…私には、所詮ダミーが相応しいか……良いでしょう、私に力を貸してください、スケィス)

 

ダミー因子を取り込む

 

綾波(今、何か…ふむ?油断はありませんが、舐めてかかると痛い目を見ますね、これは)

 

春雨「多少は、いい戦いできると思ってますよ…はい」

 

綾波に詰め寄り、双剣を振るう

 

綾波(この感覚、いや、感情か…直接揺さぶる様な感覚…!)

 

綾波がバックステップで双剣をかわす

 

春雨(避けた、しかもかなり大きく、綾波さんの実力ならガードからのカウンターで私を仕留められてもおかしくはなかったのに…つまり、綾波さんに恐怖を与えた、死の恐怖を)

 

綾波「……アハッ、冷や汗なんていつぶりにかいたのか…」

 

春雨「…貴方は確かに強いです、私たちがいくら束になっても敵わないほどに……だけど、その強さはあくまで力として、貴方個人は臆病で、人と関わるのを避け続けた弱虫です…!」

 

綾波「…へぇ」

 

綾波(カチンと、きましたが……逆に良い、冷静になれた…感情は噛み殺せ、私の前に立ちはだかる全てを…壊す為に)

 

綾波「……アハッ」

 

綾波が手に黒い球体を取り出し、掲げる

 

春雨「……え?」

 

朧(く、暗い…!)

 

敷波(何も見えない…)

 

光すらも、飲み込む…ブラックホール

 

綾波「ついさっきまで昼だったのか、夜だったのかすらわかりませんねぇ…」

 

春雨「……安心しました、こんなに暗いなんて、これ以上はもうないんだ」

 

綾波「……」

 

春雨「夜明け前が最も暗い…さあ、今から朝日が昇る…!」

 

光が無いせいで、視界はない

何の問題がある?それを解決する策は…私達にはある

 

朧「春雨、混ざっても良い」

 

春雨「勿論」

 

敷波「アタシも、混ぜてよ」

 

お互いの位置を声で把握した…

さあ、もう間違えるな

 

春雨「この暗さです!万が一見えても約0.7秒ほど脳への伝達が遅れてる可能性があります!」

 

敷波「わかった!」

 

朧「春雨!」

 

春雨(そっちか)

 

こちらには、匂いで貴方の位置を見つけられる朧さんがいる

 

朧「はぁッ!!」

 

春雨「戦闘、始めます…!」

 

攻撃を艤装で受け止められる

 

綾波(位置を把握されてるのはわかってたけど、春雨さんはどうやって私の位置を把握してるのか…)

 

敷波(見えた、でもまだ撃つな、動きを把握しないと2人に当たる…)

 

春雨(こっちか!)

 

振るった腕が朧さんに止められ、方向を誘導される 

 

春雨「はぁッ!!」

 

綾波(…斬りかかる時もあれば、妙な角度からの刺突…うーん、まあ気にしても仕方ないか……もう仕込みは終わった…あとは罠を…!?)

 

春雨「っ!?」

 

目の前に赤熱したワイヤが現れる

 

敷波(外した…と思ったけど、何、あのワイヤー…)

 

朧「罠…!春雨!下がって砲撃戦に変更!」

 

春雨「ええ…!」

 

後方に下がり、カートリッジを差し込む

 

春雨「照明弾、撃ちます!」

 

照明弾が一瞬で何かに飲み込まれる

 

春雨「…!」

 

朧(本当に何でも…呑み込む)

 

綾波「あーあーあ、私すっごく気分悪くなりましたよ、偶然で私の用意が全て台無し……もういいや」

 

闇が晴れ、星と月があたりを照らす

 

春雨(な、なんで闇を解いて…)

 

朧「砲戦!」

 

敷波「っ?!」

 

朧「血の、匂い…?」

 

敷波「なん…あれ…?」

 

綾波「流石にウザいので、まずは一つです」

 

綾波の砲撃が敷波の背中を貫く

 

朧(…まさか、敷波の向いている方向を空間を歪めて変えた?)

 

春雨(どこまで化け物じみたことを…!)

 

綾波「さようなら、敷波」

 

敷波が沈んでいく

 

春雨(……振り返ったら、死ぬ…振り返ったら…)

 

今なら、助けられるかもしれないのに…敷波さんを見殺しに…

 

春雨(…できるわけがない)

 

振り返り、敷波の方に…

 

綾波「本当にバカしかいない」

 

春雨「かっ…」

 

身体に電撃が走る

 

朧「春雨!」

 

体が、痺れて動かない…

 

綾波「そこで見ててください、最後の1人が死ぬまで」

 

春雨(…こん、なの…)

 

 

 

駆逐艦 朧

 

綾波「さあ、貴方の力で私を倒せますか?朧さん」

 

朧「……やるしかないんだよ、やるしか…!!」

 

相手がまともじゃないなら、まともな手段では勝てない

 

朧(…アタシ、しか…やれないんだ、ならアタシがやる)

 

綾波「……何ですか、その構え、見た事ないですね」

 

朧「だろうね…アタシも意味わかんなくなってるから」

 

綾波(仕掛けてこい、という事か?しかし、よくわからない構え…いや、構えにもなってない、変なポーズだな)

 

綾波がこちらへと近づいてくる

 

朧(…大丈夫、決められた動きしかしない、アタシの考えを入れなければ良い)

 

綾波がアタシの襟に手を伸ばしたのを見てのけぞり、綾波の後頭部に蹴りを叩き込む

 

綾波「っ!?」

 

朧「……shall we dance(踊ってみる)…!?」

 

綾波「Willingly(喜んで)…!」

 

朧(阿武隈さん達の、分を、今返す!!)

 

キタカミさんに受けた訓練の指示は…簡単に言えばダンス

綾波は相手の動きを呼んだ行動が得意だから、完全に的外れな行動をし続ける

 

綾波(出鱈目なところを蹴ったり、本当に踊ってる様な動作…隙だらけ!)

 

朧「ッ…!」

 

綾波の蹴りを紙一重で交わす  

 

綾波「!?」

 

朧(か、かわせた…?奇跡…?でも、勝てる!!)

 

踏み込んで、綾波に蹴りを放ち、主砲を撃つ

 

綾波(……チッ、そんなのが長く通用すると思うなら、大間違いだ…!)

 

綾波の攻撃をかわす

バク転で蹴りを交わし、逆立ち状態で砲撃する

跳んで砲撃を交わし、デタラメな体制で砲撃する

 

主力は砲撃、とにかくメチャクチャな動き…

 

綾波(対応、しづらい…!)

 

朧(大丈夫、やれる…!)

 

綾波(めんどくさいな、もう、いいや……)

 

砲撃を受けた綾波が倒れる

 

朧(倒し…いや、ダメだ、油断しちゃダメ…!)

 

綾波「ごほっ……かはっ…!……ぁ…お、朧、さ…」

 

朧「…雰囲気が違う…?」

 

綾波「は、早く、トドメ……私じゃ、抑えきれな…」

 

朧(もう1人の綾波が、綾波を抑えてる…?だとしたら、今なら、倒せる…今なら、綾波を……)

 

主砲を向けたまま、綾波に近づく

 

朧「……でも、そんな…」

 

今、撃てば…アタシが殺すのは、悪虐非道な綾波ではなく、この善良な綾波を…

 

綾波「……だからダメなんですよ、簡単に迷っちゃったら…ねぇ?」

 

蹴りを受け、膝をつく

 

朧「…え…」

 

綾波「私の演技にあっさり騙されちゃって……アハッ」

 

最悪だ、最悪なことをしてしまった、アタシは…

最大のチャンスをドブに捨てた…

 

綾波「…さて、貴方ともお別れです、本当にめんどくさい人でした」

 

肩に踵を乗せられる

綾波の脚がバチバチと雷を纏う

 

朧「……綾波…」

 

綾波「消えなさい」

 

 

 

 

駆逐艦 春雨

 

綾波「どうでした、期待しましたか?私が負けるって…」

 

春雨「……」

 

綾波「貴方も沈んでもらいます、さようなら」

 

春雨「……沈みませんよ」

 

綾波「…へぇ?」

 

春雨「私は、今、沈めない…私が死ぬのは、親友の手で殺される、青い月が輝く1月の夜だけです」

 

綾波「……なるほど?」

 

春雨「今日の月は、金色に輝く…季節も違う、合致するのは…親友が私を殺そうとしていることだけ、私が死ぬのは、今日じゃない」

 

綾波「親友ですか」

 

春雨「……私は、貴方をそうだと認識しています」

 

綾波「私はしていません、さようなら」

 

海の中から見る月は、滲んで、歪んで、暗くて…

私はどこまで堕ちていくのか

 

いや、すこし……眩しいな

光の、女神…か

 

 

 

綾波「さて、最後の仕上げといきましょう…」



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戦争

駆逐棲姫のアジト

駆逐艦 天津風

 

天津風(人数は圧倒的にこっちが有利なのに、強すぎる…速過ぎて対応できない…!)

 

レ級「……」

 

睦月「あぅ…」

 

白露「攻撃が当たらないし、一方的に攻撃される…」

 

天津風「…でも、ここで折れたら島風は助けられない…!」

 

勢いだけはよかった、しかし、島風は私たちの期待とは裏腹に、無情に、その爪を振るい、尾を振りまわし、私たちを追い詰め続けた

 

天津風(どうすれば良いの!?島風の意識は、どうすれば取り戻せるの…?)

 

島風が加速したのを確認し、加速して追いかける

 

天津風(捕まえて、止め…っ!?)

 

島風が急に振り返り、こちらへと爪を振るう

 

天津風(ダメ、避けられない!)

 

レ級「!」

 

爪が何かに阻まれる

 

龍田「…は〜い、こんにちは♪」

 

天龍「間一髪…!」

 

刀と槍が交差し、島風の爪を防ぐ

 

白露「あ、た、たしか佐世保の…!」

 

睦月「佐世保の龍田さん!」

 

天龍「犠牲者は…!」

 

五月雨「今の所いません!」

 

2人が島風を弾き、一度退がる

 

天龍「…龍田…貴方は、五月雨さんに…皆さん!私を、援護してください…!」

 

天津風「え、援護?」

 

白露「って言われても…!」

 

天龍「私が、動きを制限します…私に当てても良い、とにかく撃ってください…!」

 

天龍さんが刀を構え、ゆっくりと島風に近づく

 

睦月(…天龍さんの足元…あれ、血…?)

 

五月雨「え?……え!?そ、そんなこと…」

 

龍田「良いからやりなさい、やらないと全滅することになるわよ〜?」

 

五月雨「……は、はい…!」

 

天龍「……さて…島風さん…貴方を、此処で倒します…全力で」

 

天津風(だ、大丈夫なの…?)

 

天龍さんがにじり寄り、高く刀を構える

 

天龍(心配ない、間合いは私のもの、距離は僅か1メートル、追い込め、とにかく動かせるな、撃たせろ、私が…)

 

島風の尾が斬られ、吹き飛ぶ

 

天龍「………動いたら、その部位から、斬り落とします」

 

天津風(た、太刀筋が見えなかった…や、やれるの?島風を…!)

 

天龍「砲撃、開始…!」

 

その言葉と同時に天龍さんが踏み込む

金属音が何度も鳴り響く

 

天龍(私から離れようとしない、剣を防げる余裕から?…いや、そんなもの関係ない!)

 

五月雨(……ごめんなさい…!!)

 

天津風「え…?」

 

天龍「ぐ…!」

 

天龍さんの下腹部を砲弾が通過し、島風が被弾する

 

龍田「今!撃ち続けて!」

 

島風が砲撃を受け、揺れる

逃げようと体を逸らしたところを天龍さんが掴みかかる

 

天龍「…すみませんが、逃げないでもらいたいです…!」

 

白露「あ、当たっちゃう…!」

 

天龍「構いません!早く撃って!!」

 

天津風「な、なんで!?」

 

龍田「もうどの道ダメなの、さっき道中でお腹を吹き飛ばされて、渡されてた修理要員じゃ回復しきれてないの」

 

睦月「そ、それ…死んじゃうって事…?」

 

龍田「天龍ちゃんのことを思うなら…撃ちなさい」

 

龍田さんが駆け、天龍さんごと槍で島風を貫く

 

レ級「…!」

 

龍田「…天龍ちゃん、お疲れ様」

 

天龍「……後、は………龍田……」

 

龍田さんが槍を壁に突き刺し、島風を固定する

 

龍田「……おやすみ…」

 

 

 

 

 

 

綾波

 

綾波「……おや」

 

レ級を呼び出したのに、曙さんしか来ない

という事は…手こずってるな、しかし、そんな実力者…誰だ?

 

綾波「まあ良いや、貴方で最後です、アケボノさん♪」

 

アケボノ「……」

 

綾波「私、メインディッシュは最後に食べるタチで……ああ、もう早く食べたくてたまりません!」

 

アケボノ「…何人殺したか、覚えてますか」

 

綾波「さあ?そんなの気にしてるようじゃ足りませんから」

 

アケボノ(…足りない?)

 

綾波「それよりも……やはり人間の姿の貴方では物足りません、そんな肌の色してるし、覇気がないし…何より弱い……」

 

アケボノ「……そうですか」

 

綾波「また、レ級にしてあげますね♪」

 

アケボノ「お断りします!」

 

アケボノがこちらへと詰め寄り、斬りかかる

レ級にそれを防がせる

 

アケボノ「アンタもいつまでも寝てんじゃないわよ、曙…!!」

 

綾波(さて、どうするかな、いじらしいのは嫌いなんですよね、さっさと殺しちゃうかー)

 

アケボノ(私1人じゃこの2人を相手にするなんて到底不可能…か…!)

 

アケボノが迫るマグマをかわし、横に回り込む

 

綾波「……はぁ、貴方も所詮人間の姿ではそんなものですか」

 

アケボノ「そうだ…何が悪い!人間の力で、人間なりの力で戦うなら誰だってそうだ、深海棲艦一体に此処まで苦戦し、苦しみ、それでも………いや、そんな問題じゃないか」

 

アケボノの脚が止まり、立ち止まる

 

綾波「……?」

 

 

 

駆逐艦 アケボノ

 

アケボノ「……そうだ、もう覚悟はした、したんだ…!思い出しなさい、私は…もう死んでいい…」

 

今更、何故そうしなかったのか…

胸に手を当てる、服を掴み、爪を突き立てる

 

アケボノ「……深海棲艦は人の命を喰らい、その喰らった命を力に変える、謂わば死の力…私は、死の力はもう使い果たした、だから人の姿に戻った…」

 

綾波「急に何を…」

 

アケボノ「本当に使い切ったと思いますか?……そんな訳がない、私はまだ生きています…!」

 

心臓が、冷える感覚

身体の内側から、変質するような…

 

綾波「……まさか、貴方自分の命を喰らって…!やめなさい!そんな事して、末路は…どうなるのかすらわからない!」

 

レ級「……知った事ではありません、もう捨てたんですよ、自分勝手な私は、もう捨てた…自分の命も、提督の命も」

 

綾波「っ……さっさと制圧した方が良さそうですね、行きなさい!」

 

レ級「…曙、この姿なら…アンタには負けないから」

 

こちらへと迫る曙を尻尾で弾き飛ばす

 

レ級「…!」

 

レ級「カタチも、何もかも、よく似た私達は…いや、全く同じ私達は……こうやって区別するしかない」

 

綾波を睨みつける

 

綾波「……なッ!?」

 

綾波の背後から戦艦棲姫の怪物のような艤装が現れ、綾波に襲いかかる

 

綾波(こんな事…いや貴方はできるんだったか…!)

 

レ級(速攻で、綾波を倒す!!)

 

飛行場姫と離島棲姫の艤装を呼び出し、艦載機を大量に呼び出す

 

綾波(この量の艦載機、そしてあの艤装の操作……流石…ああ、やはり貴方は素敵だ……私が欲しいと思うのも無理はない、貴方は本当に素晴らしい…!)

 

レ級(脳への負荷が、深刻…!だけど、この艦載機の群れで曙は止められる…綾波にも、攻撃でき……っ?)

 

脳への負担が一気に消える

 

レ級「…マズイ、それは、無しでしょ…?」

 

溶けた天井が艦載機を絡めとり、破壊する…

半分は消されたか…

 

レ級(……いや、むしろ脳への負担が減った分…!)

 

艦載機が曙へと突っ込む

 

レ級「貴方に集中できる…!」

 

綾波「アハッ、お待ちしてましたよ!」

 

双剣を構え、綾波へと駆け、飛び上がる

 

レ級「…!……今!」

 

双剣を空中で背後へと投げる

 

尻尾を伸ばし、綾波へと尻尾の頭部分が噛み付く

 

綾波「……」

 

抵抗もせず、綾波はそれを受ける

 

レ級(そう、貴方は私に圧倒的力を誇示するために敢えて受ける…なら、この不意打ちは通用する!!)

 

真後ろから飛んできた主砲を受け取り、向けて放つ

 

綾波「!…それは…」

 

朧「アタシの主砲だよ!!」

 

朧が飛び出し、受け取った双剣で斬りつける

 

綾波「な…!?なんで生きて…!」

 

朧「忘れた?……応急修理要員、アタシも持ってたんだよ…!」

 

綾波(しまったな、入念殺せばよかった…!)

 

朧「アケボノ!」

 

レ級「わかってる!」

 

2人がかりで、逃さず、朧の斬撃と、私の砲撃…

 

綾波「……はぁ」

 

レ級「っ!?」

 

伸び切った尻尾を掴まれ、地面に叩きつけられる

追撃を逃れるために尻尾を切り離し、距離を取る

 

綾波「すごく、残念です……私の想像通りなら、貴方の命は永くない、残念ですよ」

 

レ級「……」

 

綾波「…貴方はもう必要ない、代替品で我慢しましょうか」

 

曙が背後から突進してくる

 

レ級「ぐッ… 曙!?」

 

曙を弾き飛ばし、距離を取る

 

綾波「そっちで遊んでてください、私は朧さんを殺すので」

 

朧「…そうはいかないよ」

 

綾波「……死んだ方が幸せなんですよ?」

 

朧「そんな訳ない!」

 

綾波「アケボノさんならわかってるでしょう、この戦いが終わったら…どうなるか」

 

レ級(…綾波が死んだとして、深海棲艦がいなくなる訳じゃない……が、脅威としてのレベルは下がるかもしれない…そして、全世界に艦娘システムが…)

 

綾波「わかりませんか?朧さん、次戦う相手は人間になるでしょう、それも同じ艦娘…」

 

朧「…どうして」

 

綾波「私を倒したという実績です、余りにも邪魔だ、世界最大で最強の犯罪者を殺した貴方達は英雄であり、目の上のたんこぶですよ、貴方達を管理しようといろんな国や人が手を回す……最終的に貴方達は権利を捨て、兵器になるか人として人と戦うかを選ぶ事になる」

 

レ級(確かに、そうなるだろう…強すぎる力は…世界を救うためにあるとしても、常に受け入れてもらえるとは…)

 

綾波「艦娘と戦って、勝ってしまったら?次は銃を持った人間と戦わなくてはならない、深海棲艦を無視してね?貴方達はこの戦いに勝ったら不幸になるんです、本当に私とやりますか?此処で逃げてひっそりと悔やみながら死ぬ方がまだ健全で幸せですよ?」

 

朧「……」

 

綾波「悔しいとか、悲しいとか…負の感情ですら感じられるのは生者だけに許された権利です、それをドブに捨てるなんて、なんて勿体無い…私の話してる事、わかりますよね?伝わりますよね?」

 

朧「…だから、何?アタシは、綾波に比べれば確かになんでもないやつかもしれない、賢くなくて、感情的な…でも、それの何が悪い!」

 

綾波「話すだけ無駄か、利口なら許してあげようと思ったのに」

 

朧「許しなんていらない、ここで、終わろう…綾波との戦いが終わった後なんて、誰も考えてない」

 

レ級「そう、今はみんなただ一つのことだけを見ていれば良い」

 

綾波「……ああ、わかった」

 

朧「……?」

 

綾波「島風さんを止められる人、ずーっと考えてたんですよ、天龍さんぐらいかなぁ、足りないかなぁって思ってたんですけど、天津風さんを足せべ足止めくらいはできるかも…」

 

レ級「私達を前に、そんなこと考える余裕が…」

 

綾波「ありますよ、貴方達弱いし」

 

目の前の景色が入れ替わり、背後から砲撃を受ける

 

レ級「あ!?」

 

綾波「こんな事だって、簡単にできるんですから……今の私には、貴方達なんて相手になりはしない」

 

レ級(思っていた以上に…強烈な…)

 

撃たれた背中が痛む

 

自切した尻尾に目をやる

 

レ級「……はぁ……」

 

床を、強く踏みつける

 

綾波「っと?」

 

朧「うわっ!?」

 

地面にヒビが入り、海水が流れ込む

 

綾波「…入り口こそ海上にありますが、この辺りはすでに海の中ですからねぇ、そんなに水中戦がしたいですか?」

 

自切した尻尾を持ち上げる

尻尾の中を管を通るように海水が流れることを確認する

 

レ級(後は、セットするだけ、うまくやれば…)

 

綾波(……なんだ?…再生できないのか)

 

綾波「目的が掴めませんね、何がしたいんですか?」

 

尻尾を溶けた天井に投げる

顔部分が天井に突き刺さり、水が数秒だけ流れる

 

綾波「……」

 

朧(…隙だらけ、に見える…)

 

レ級(あとは、とことん…やるだけよ、朧)

 

2人がかりで綾波に詰め寄ろうとするも

曙が私の前に立ち塞がる

 

レ級「…!邪魔なのよ、アンタは!」

 

朧「アケボノはそっちでやってて!綾波はアタシが!」

 

綾波(あー…私あっちにすればよかったなぁ…)

 

戦艦棲姫の艤装を呼び出し、拳を振るわせる

 

レ級「ちょこまかかわすな!さっさと当たりなさい!!」

 

直接蹴りを叩き込み、吹き飛ばしたところに怪物がさらに襲いかかる

殴りつける、ひたすらに殴りつけ、壁に叩きつけ、壁を突き破るほど殴り、砲撃も撃ち込む

 

レ級「……っ…」

 

怪物が消滅すると同時に膝をつく

 

レ級(体力が、やや厳しいか…いや、後少しだ、今なら、綾波は朧が止めている)

 

気配を殺し、綾波に迫る

 

綾波「!」

 

綾波の背後から襟を掴み、垂れ下がった尻尾へと投げる

 

レ級「燃え尽きなさい!!」

 

尻尾が綾波を絡めとり、綾波の衣服に着火する

 

綾波(な…炎は無いのに、発火?……違うな、痛覚や温度感知を切っていたけど、天井のマグマで熱した海水が流れ込み続けて……あー、この辺りが着火するくらいの温度なのか、つまり)

 

綾波「過熱水蒸気かー…うーん」

 

レ級「……死なない、か…」

 

朧「…あれもダメ、これもダメ、か…」

 

綾波「今この辺り何度くらいなんでしょう、温度感知を入れたら200℃くらいありそうですねぇ…ほら、皮膚なんか焼け爛れて…あーもう、汚いなぁ」

 

綾波が黒い球体に呑まれ、消滅する

 

レ級「!」

 

振り返ろうとしたが、間に合わずに背後から蹴られる

 

レ級(この、威力…!)

 

朧「ぁ…が…?」

 

綾波「ああ、ごめんなさい、つい全力で蹴っちゃいました……まあ、朧さんは内臓ぶちまけましたが貴方は平気ですよね?」

 

レ級「…馬鹿げてる…」

 

戦艦の腹をぶち破る威力

戦艦どころの騒ぎではない威力…

 

力の塊、触れた部分が消滅するような…

 

綾波「さて、さてさて、メインディッシュ、いただきます」



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逆転

The・World R:X

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

双剣士 カイト

 

カイト「……っ!」

 

何か、来る…!

 

青葉「やあぁぁぁッ!!」

 

カイト「青葉!?」

 

青葉が飛びかかり、振り下ろした槍をかわす

 

カイト「青葉、僕だよ!どうしていきなり攻撃なんか…!」

 

青葉「そんな事、承知の上です!」

 

青葉が片手で槍を掴み、縦回転させる

 

青葉「リパルケイジ!」

 

カイト(理由はわからないけど、本気で戦おうとしてる…!?)

 

青葉(大丈夫、上手くいく…このまま、戦いを続ければチャンスが有るはず…!)

 

カイト「こうなったら、仕方ないのか…」

 

アイテムに手を伸ばす

 

青葉「時間稼ぎは許しません!!」

 

青葉が槍を振るうと同時に手元の呪符を消滅させる

 

カイト(神槍ヴォータンの…デリート…?もし当たったら本当に僕も…!青葉は僕を殺そうとしてるのか…!?)

 

青葉「それは、貴方の専売特許じゃありませんから」

 

青葉が呪符を取り出し、放つ

 

青葉「破魔矢の召喚符!」

 

放たれた複数の光の矢が身体を斬り刻む

 

カイト「っぐ…!?」

 

青葉「…降伏は認めません、ここで貴方をデリートします」

 

カイト「本気、なんだね…?」

 

青葉「ええ…」

 

青葉が槍を構え、こちらを見据える

 

カイト(…今の青葉相手に油断したら…やられる…!)

 

カイト「獄炎双竜刃!」

 

炎を纏った乱撃で青葉に突っ込む

 

青葉「……ダブルスイーブ!!」

 

槍が双剣をデリートする

 

カイト(防がれた…!)

 

別の双剣を取り出し、構える

 

カイト(追撃してこない?…双剣をデリートしたら、別の武器を取り出すまでに隙ができる、それを見逃すなんて…)

 

青葉「はぁッ!!」

 

突きを防いだ双剣がデリートされる

 

カイト(狙って双剣をデリートしてる…?何のために…)

 

青葉の攻撃はわかりやすい、防ぎやすい攻撃だけ…

しかし、その隙はアイテムでカバーされる

 

狙いは双剣のデリートだとして…何が理由なのか

特定の双剣をデリートしたいのなら、それは何故なのか

 

カイト(何もわからないな…青葉の狙いが…)

 

防げば防ぐだけ、双剣は消費される

アイテムを失う度にどんどん不利になる

 

カイト(……何か、掴まないと…青葉の目的を)

 

青葉「…まだ、足りない…?」

 

カイト(足りない?)

 

青葉「っ…リパルケイジ!」

 

青葉の攻撃が激しくなる

回避を許さない魔法が周囲を焼く

そして本命の槍の攻撃

 

カイト(…ガードしやすい、だけど攻撃の手数は多すぎる…武器を全部潰そうとしてるのか…?いや、そんなことをして何に…)

 

考えるうちにどんどん双剣は失われる

 

カイト(マズイ…双剣の残りが少なすぎる)

 

鞘の双剣に手を伸ばす

片方が石化した、使い物にならない双剣…

 

カイト(っ!ぬ、抜けない…!?)

 

石化した双剣が引っかかり、片方が抜けない

 

青葉「トリプルドゥーム!!」

 

青葉の攻撃を無事な片方の双剣で受ける

 

カイト「!?」

 

双剣がデリートされた瞬間、周囲にノイズが走る

 

カイト「こ、これは…?」

 

青葉「……良かった、足りた…!」 

 

ノイズから光が漏れ出す

 

カイト「……この感じ…」

 

この光、僕がネットに送られたのと同じ…

 

青葉「詳しい事は、また、リアルで…」

 

カイト「青葉はリアルに僕を帰すために?」

 

青葉「もちろんです……それでは、司令官…これだけ大きく騒いだから協力関係も破棄されかねませんから」

 

目の前の景色が、切り替わる

 

 

 

 

リアル

 

駆逐棲姫のアジト

軽巡洋艦 神通

 

神通「……これは…ここは、あの世ですか?」

 

秋津洲「バカな事言ってる暇があったら手を貸すかも」

 

朝潮「…多分、この辺りに…」

 

夕張「……酷い、けど…間に合うかしら…」

 

2人が血溜まりに近寄り、血肉をかき集める

 

神通「何を…?」

 

秋津洲「……女神のGIFT(贈り物)、ややこしい言い回しをしなければ…うーん……使ってもらった自分が1番よくわかると思うケド」

 

神通「…応急修理要員」

 

夕張「ちょっと違う…これは完全に道理を外れてる、力の源も、力そのものもね…」

 

秋津洲「はい、早く立つ!メイガスの力を使え!」

 

神通「メイガスの…?」

 

秋津洲「アンタ1人じゃ足りないかもしれないけど……最後の希望かも」

 

秋津洲が此方に何かを投げる

 

神通「……ガシャガシャのカプセル?」

 

夕張「形状は似てるけど、違う…謂わば、救いの手、私達は応急修理女神って名付けた」

 

朝潮「…生誕できなかったアウラの、存在全てです」

 

神通「…The・Worldの…ネットの頂点に君臨する、究極AI…?これが?しかし、生誕できなかったとは…」

 

秋津洲「説明は後!とにかくそれにメイガスの力を流し込む!」

 

言われるがままに、意識する

 

神通「……メイガス…力を、私の…」

 

夕張「!前が、見えない…!」

 

秋津洲「目を閉じて!失明するかも!」

 

目を閉じ、そのままに力を集める

 

神通「来なさい、私の、メイガス!!」

 

手の中でカプセルが弾ける感覚

 

神通「っ……?」

 

恐る恐る、目を開ける

 

神通「…こんな事が…」

 

大淀「……信じられません、何で、生きて…?」

 

秋津洲「一回死んでるかも、マジで」

 

夕張「大淀さん復活!よし!!これで他のみんなも…」

 

神通「まだあるんですか、カプセル…」

 

秋津洲「……一つだけ、だけど?」

 

神通「…弾け飛びましたよ」

 

夕張「…嘘…!?」

 

全員助かる、と思ったのに…もう、無い…?

 

朝潮「…大丈夫です、アウラは…ここに居ます」

 

神通「…朝潮さん?」

 

朝潮「…依代が無くては、存在できない…アウラは、そのカプセルでは抑えきれなくなった力を持って、私に…」

 

秋津洲「……よくわからないけど、まだイケるかも…」

 

朝潮「はい、問題無く」

 

 

 

 

 

駆逐艦 天津風

 

天津風「な、なんで…止まらないの…!」

 

レ級「……」

 

刺さった槍を真っ二つに折り、天龍さんの死体を盾にするようにしながら、此方へと攻撃を続ける島風

一時は動きが鈍ったのに、すでにその力は戻り…

 

龍田「……マズイわね…」

 

天津風「…勝てるの?…こんなの」

 

龍田「勝たなきゃ、終わりよ」

 

槍から天龍さんの死体が抜け落ち、ベシャリと落ちる

 

龍田(…と言っても、武器はもう無いんだけど…)

 

島風が刺さった槍を抜き、天龍さんの死体から刀を拾い上げる

 

白露「…すっごく、マズイ気がする…」

 

睦月「にゃぁぁ…」

 

天津風「…!」

 

暖かい、そよ風が背中に吹き付ける

 

天津風「…良い、風…?」

 

ただ、風が吹いただけ…

 

レ級「!」

 

島風が刀を振り上げて此方へと近寄ってくる

 

龍田「…!」

 

白露「た、龍田さん!?」

 

龍田さんが私たちの前で両手を広げて、立ち塞がる

 

龍田「…守るから、少しでも、長く…」

 

天津風「……あ」

 

島風が加速し、踏み込む

 

龍田「ッ………?」

 

睦月「え…?」

 

島風が宙を舞い、背中を地面に打ち付ける

 

龍田「て、天龍…ちゃん?」

 

天龍「……どうやら、まだ、戦う運命のようです」

 

五月雨「な、なんで、起き上がれて…」

 

天龍「わかりません、しかし…そんな事どうでも良いんです」

 

島風が起き上がり、刀を天龍さんに向けて振る

 

天龍「それじゃダメです、得物を使う時は…しっかり理解しなくては」

 

刀を避け、島風を投げ飛ばし、刀を奪い取る

 

天龍「返してもらいます、これは私達のものですから」

 

折れた槍、そして…刀を持った

 

レ級「…!」

 

天龍「制圧さえすれば、誰かがデータドレインで元に戻せる…みなさん!まだ戦えますか!?」

 

五月雨「は、はい!」

 

白露「…あれ?私達も傷が消えてる」

 

睦月「言われてみれば、体が軽いような…」

 

龍田「チャンス到来、かしら?」

 

天津風「連装砲くん…?」

 

連装砲くんに空いていた穴が、消えてる…

 

天津風「……そうね、まだ頑張れるわよね…良い風、吹いてきた…!」

 

天龍「はぁぁぁッ!!」

 

前衛と後衛のハッキリした、先ほどまでとは違う、全員の動きが格段に上昇した…

 

天龍「睦月さん!白露さん!」

 

白露「さあ、張り切っていくよ!」

 

睦月「てぇぇーーい!!」

 

龍田(よろけた、ここかしら?)

 

五月雨「狙いは定まってます!」

 

其々の砲撃が直撃する

 

天津風「連装砲くん!行くわよ!!」

 

まだ、まだ終わらない…

島風をここで倒す!!そして、元に戻すんだ!

 

天龍(ッ…加速した!)

 

島風が視界から消え、天龍さんが吹き飛ぶ

 

龍田「天龍ちゃん!!」

 

天龍「私は大丈夫です!周囲を固めて!」

 

天津風(…連装砲くん!)

 

連装砲くんの放った砲撃が島風を捉える

 

レ級「ッ!」

 

白露「追撃!」

 

睦月「続けー!!」

 

レ級の姿勢が崩れたところに砲撃が殺到する

 

龍田「撃ち方やめ!」

 

ピタリと砲音が止まる

 

天龍「……これは…」

 

レ級はもう、動かない

 

天津風「…倒せた…?」

 

五月雨「照準合わせてます、どなたか拘束を」

 

天龍「龍田、手を貸してください」

 

2人がかりで島風をしっかりと縛り上げる

 

白露「……勝った、んだよね…?」

 

睦月「じ、実感わかないけど…勝ったの?」

 

天龍「…安心するには早い…と、言いたいですが…勝ちと言えるでしょう」

 

天龍さんが微笑む

 

天津風「やった…!」

 

龍田「…天龍ちゃんらしくないわね」

 

天龍「後の戦いは、任せましょう……私も、些か疲れました…」

 

龍田「…私もよ〜?」

 

天龍「よく頑張りましたね、龍田」

 

龍田「ふふっ♪」



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抵抗

駆逐棲姫のアジト

戦艦 レ級

 

レ級「そう簡単に食われるつもりはありません」

 

綾波「おや?まだそんなに元気があるんですか?」

 

レ級「……」

 

そんな物あるわけがない、立っているだけで死にそうだ、1秒が永遠に感じる、この姿でいることで体にかかる負荷がハッキリと感じ取れるようになってきた

 

レ級「…貴方を5秒で倒せば何も関係無いですよ」

 

綾波「……アハッ♪」

 

レ級「…戦闘、開始…」

 

朧の主砲を撃ち続ける

 

綾波(…目が虚ろ、脂汗、ああ、なんて勿体無い…やめろと言ったのに、私の言葉を無視して死ぬなんて、何でそんなことを…)

 

レ級(当たれ、当たれ…!当たれ…!!)

 

砲撃は、掠りもしない

もう、腕が上がらない

 

私は、もう終わりなのか?

 

綾波「……せめて記憶の中の貴方は、美しく、強かで、強者のままであれるよう」

 

綾波が目の前に出現する

 

綾波「…ああ、本当に、残念だ」

 

レ級「かはっ…」

 

回し蹴りをこめかみにくらい、地面を跳ね、転がり、床を掴んで、何とか前を向く

 

綾波「貴方の折れない姿勢は、貴方の悠然たる様は、貴方の理知的な戦いは、全て私の中で生き続けます、今の醜い貴方は記憶しない事にします」

 

レ級「お断り…だ…」

 

立ち上がろうとした瞬間、力が抜け、斃れる

変質していく感覚

 

アケボノ(もう、レ級の姿になる力も無いのか…)

 

綾波(人間の姿に戻ったか…可能性はあるか?今から上手くやれば永遠に……いや、もうやめよう、裏切られて辛い思いをするかもしれない)

 

足音が近づいてくる

ただ、ゆっくりと近づいてくる

 

アケボノ(……終わり、か…私は、自分の命を捨てても、勝手に提督の命まで捨てても、誰かを守る事もできず、愚かな裏切り者のままに死ぬしかできないのか)

 

綾波「……最期を、楽しみましょう、美しい花が枯れて散る、それも風情のあるものです、しかしその花は今、勝手に折れて終わろうとしている、それならせめて私の手で握りつぶすのも…また一興」

 

綾波(踏み潰して殺すか、心臓を撃ち抜くか、頭を砕くか…キスして舌を引き抜くか、臓器を一つずつ取り出して並べるか……おかしいな、どうしてこんなに心が踊らないのだろう、楽しくないままに終わるのなら…せめてあっさりと)

 

雨の音

 

アケボノ(…外は、雨か…)

 

全て、洗い流してしまいかねない

せめて私は、自分の罪を地獄の底まで…

 

綾波「…私は、貴方が本当に大好きだったんですよ」

 

綾波の足音が少し先で止まり、カートリッジを挿入する音が聞こえる

何とも、大袈裟な事だ、今の私なんて綾波なら指先一つで殺せるだろうに…

雷の音、雨の音、その両方が強くて、意識を手放す事すらできない

 

アケボノ(……いや…なにか、違う……雨?この感覚は…?)

 

顔を上げる

 

綾波「さようなら」

 

綾波が振り上げた脚、それと同時に空間が歪み、ノイズが走る

目の前に何かが現れ、金属音が響く

 

綾波「……なに?」

 

カイト「これは…どういう状況なのかな…!」

 

アケボノ「提督…!?」

 

ゲームの姿の…?

なんで、ここに…いや、思考が追いつかない、完全に、私の理解を超えて…

 

綾波「Cubiaは何をしてるんです、なんで貴方がここに…」

 

綾波が一歩引き下がる

 

カイト「……綾波、やっぱり今の君は、まだ、敵のままなんだね」

 

綾波「…ええ、そうですよ、お久しぶりです倉持司令官、ごきげん麗しゅう」

 

カイト「…っ」

 

提督の姿にノイズが走る

 

アケボノ(あの姿、まさか一時的な物?だとしたら…ここに居たら…)

 

綾波(…別に気にする相手でもない、か…)

 

綾波が近づき、蹴りを放つ

 

カイト「うっ…!」

 

綾波「…防げますか、へぇ?……へぇー…チッ…邪魔です、どいてくれますか?」

 

カイト「…どかないよ」

 

提督が一瞬此方に振り返る

 

アケボノ「…提督、逃げてください…私に構わず…!」

 

カイト「……それは、できない」

 

綾波「勇者気取りですか」

 

カイト「…気取り…確かにそうかもね、でも、僕は勇者なんて呼ばれたくて呼ばれてる訳じゃない…ただ、結果としてそうなっただけだ」

 

綾波「なら、逃げ出せば良い」

 

カイト「それはできない…僕は、仲間を見捨てて逃げるような真似は絶対にしない…」

 

綾波「なら死ぬだけですよ」

 

カイト「……かもね、でも、ここに来たのはきっと守る為だと思う、だから…」

 

綾波「笑わせますね、相手は深海棲艦の力を遥かに超えたバケモノですよ?」

 

カイト「…関係ない、そんな事」

 

綾波「じゃあ黙って死んでください」

 

綾波の蹴りを提督が双剣で受け止める

 

カイト(さっきより重い…いや、違う…!)

 

提督をノイズが包む

 

海斗「時間切れか…」

 

提督の姿がゲームの姿では無く、リアルの姿へと切り替わる

 

綾波「おや、無駄話が仇になりましたね?時間を無駄に使って自分を追い詰めて…」

 

海斗「……そんな事ないよ」

 

綾波「武器も、何もかも無くなりましたが?」

 

海斗「……そうでもないみたいだよ」

 

綾波(…あれは、石でできた短剣?)

 

海斗(石化した方の双剣は消えなかった…か……これでも戦えるのかな…いや、やるしかない)

 

綾波「さあ、ホントに死ぬつもりですか?」

 

海斗「何も変わらないよ」

 

綾波(本気でやる気か…全く、馬鹿馬鹿しい…)

 

綾波が遊ぶように蹴る

 

海斗(ガードさせられてるな…しかもガードした腕が痺れて…痛い)

 

アケボノ「提督!お願いします…逃げてください…!」

 

海斗「それはできない、絶対に…」

 

綾波「愚かです、勇者だから逃げないとでも?」

 

海斗「…もし僕が勇者なら…戦えない人や戦いたくない人の為に戦うべきだ…僕がカイトなら、今、この状況は絶対に逃げちゃいけない」

 

綾波「そんなくだらない事で命を捨てられる…一周回って尊敬しますよ……じゃあ死んでください」

 

綾波の蹴りを受け、石化した双剣が砕け散る

 

海斗「うぐっ…!」

 

綾波「さあ、武器の石ころも無くなりましたが…まだ立ちますか」

 

海斗「…何も、変わらない…!」

 

綾波「……はぁ……あ?………っ…!」

 

綾波が頭をかかえたまま、出鱈目な方向に攻撃する、カートリッジを挿入し、綾波が地団駄を踏む度に周囲が爆発する

 

海斗「うわっ!?」

 

衝撃で吹き飛ばされた提督が壁に打ち付けられる

 

暖かい風が、吹き付ける

 

アケボノ(…なんだ、この、感覚……痛みが引いて、身体が動く…?)

 

綾波「あ……う…ぁ…!?なん、で…!……あ、アケボノ、さ…」

 

海斗(綾波の、様子が…)

 

アケボノ「……何が起きて…?」

 

綾波「ああぁぁぁっ!!……あ……は……はぁ…!はぁ…!……アケボノさん…!コレを…!」

 

目の前に黒い球体が出現する

 

アケボノ(消される!……?)

 

球体が消滅し、大量の艤装が積み上げられる

 

綾波「あ、あぁ……アヤナミ…!なんで、消えたは、ず……あぁっ!!……ああ!なんで、私の邪魔を…!」

 

立ち上がり、積み上げられた艤装を一つ、取り上げる

 

海斗「…アケボノ、大丈夫なの?」

 

アケボノ「……提督、もう充分です、私が回復するだけの時間が充分にありました…」

 

綾波「…今更、貴方に、何ができる…!」

 

アケボノ「…綾波さん、一つだけ……私が、今まで負けたことのないシチュエーションが一つだけあります…提督の命令を受け、提督の御前で戦った時です」

 

綾波「…へぇ…!!」

 

アケボノ「提督…お願いします、命令してください…私は貴方の艦です、私が貴方のために戦うことを許可して下さい」

 

海斗「……アケボノ…」

 

アケボノ「どうか」

 

海斗「…綾波を、倒して…」

 

アケボノ「…ありがとうございます……戦闘開始…!」

 

掴んだ手法を向けて放つ

 

アケボノ(反動が重い、軽巡用か…!)

 

綾波「そんなものを軽々使うとは…」

 

アケボノ「……まだ、驚くには早いでしょう、私はまだ、全部出し切ってない」

 

足元の艤装を爪先で引っ掛け、蹴り上げる

 

アケボノ「これは…白露型の物か」

 

主砲を向け、綾波に撃ちまくる

 

綾波(…不味いな、何が1番悪いのかといえば、持ち直した事だ、この人ならチャンスくらいはある、アヤナミが邪魔をしたら…)

 

アケボノ「まだ足りないか、なら、これで…」

 

足元の艤装を掴む

 

綾波(あれは、なんの艤装だ…?……確か、あれは大和型の…)

 

アケボノ「…ぐ……おおおおおお!!」

 

持ち上げろ、戦艦級の艤装だからなんだ、使って見せろ…!

 

身体が内側から変質する

 

レ級「…っ…!!……ああぁ!!」

 

艤装を装備し、向ける

 

綾波(…あり得ない、信じられないが、この人は…やはり)

 

レ級「……どうしました、言葉も出ませんか…」

 

綾波(ただ、体格が故に駆逐艦の艤装しか使えなかったが…全ての艤装に適性があるのか…!)

 

綾波「素晴らしい…!…今の貴方なら、まだ間に合うかもしれない…!ああ、しかし…やはり……いや、人格を壊そう、そうすれば…」

 

レ級「……虫唾が走る、大人しくここで殺されろ…!」

 

主砲が綾波を捉える

 

レ級「…くらえ…!」

 

背負った主砲全てを一斉射する

 

綾波「学習しないなぁ…」

 

砲弾がブラックホールに呑み込まれる

 

レ級「…!」

 

綾波「効かないに決まっ……て…ぁ…ああ…!?」

 

綾波がブラックホールに呑み込まれる

 

レ級「消えた…!?」

 

駆逐水鬼「ああぁぁぁああっ!!……ぁ、が…?……な、なんで!なんでこんな…!」

 

ブラックホールから、駆逐水鬼の姿の綾波が吐き出される

 

駆逐水鬼「アヤナミ…!なん、で…!」

 

駆逐水鬼の目に紋様が浮かび上がる

 

駆逐水鬼(…ようや、く……漸く、抑え込めた…!全ては、この為…貴方を止める為…!)

 

駆逐水鬼「何を…!全て…?まさか、あの力も…!」

 

駆逐水鬼(そう、私ならヘルバさんのセキュリティを突破できる、だから…私はあの力をあえて厳重に守った、あのブラックホールの力は…私自身の力を呑み込む為に…)

 

駆逐水鬼「…そんな事……そんな事、認めるかぁぁぁぁッ!!」

 

綾波の砲撃を艤装で防ぐ

 

レ級(大丈夫、ダメージにはならない…チャンスを見極めろ…!)

 

駆逐水鬼(アヤナミを抑え込め!邪魔をさせるな…!どうする?私はどうすれば良い、考えろ…!)

 

綾波が視界から消える

 

レ級「えっ…」

 

駆逐水鬼「ああぁぁぁッ!!」

 

真上から、踏み潰される

身体中に電撃が流れ、痺れ、焼ける…

 

レ級(見えなかった…!クソ、速い…!)

 

駆逐水鬼「…いや、改二はもう要らない!アレが邪魔だ…!」

 

綾波がカートリッジを抜き取り、投げ捨てる

 

駆逐水鬼「……声が、小さくなりましたね、アヤナミ……コレで、大丈夫…後は…」

 

駆逐水鬼が姿を変える

 

綾波「……この姿で、貴方を殺せば終わりです」

 

レ級「…上等…!」



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正しい選択

駆逐棲姫のアジト

戦艦 レ級

 

レ級(大和型はもう使えないな…!)

 

艤装を次々に使い潰す

 

加賀型の飛行甲板と弓を使い、艦載機を飛ばしながら金剛型の艤装で攻撃を防ぎ、隙を見て砲撃を撃ち込む

 

綾波(巧い事、やりたい様にやられてるな…!)

 

レ級「これでも、くらえ…!」

 

砲撃、そして艦載機の爆弾による一切の隙を見せない攻撃の嵐

 

綾波(素直に言えば弱った…まさかここまで一気に変わるとは、自暴自棄になるより落ち着いて戦う方が圧倒的に強い…)

 

綾波がこちらの砲撃を防ぎ、踏み込む

 

綾波(倉持司令官を先に殺せば或いは…いや、逆上するどころか……悪い未来しか見えないな、考えろ、どうする?)

 

綾波の横薙ぎの蹴りを艤装で受ける

 

綾波(……長引くほどに私はアケボノさんを研究し、把握し、圧倒できる…だが、アケボノさんの戦術は…驚くほどに多様だ)

 

距離を取り、長門型の艤装を纏い、足元を狙い砲撃する

 

綾波(本来なら圧倒的に私が有利になるこの状況(ケース)、追い詰められているのはむしろ私……いや、他に要因がある…そうか、気づけてなかったが…)

 

綾波の手の色が、少し消える

 

レ級(…駆逐水鬼に戻りかけてる?……弱り始めてるのか…!)

 

長門型の艤装を盾の様にし、龍驤型の巻物の飛行甲板を使い、艦載機を飛ばす

 

綾波(……私の力がどんどん抑え込まれている、アヤナミも中々やってくれますね…逃げるしかないか?いや、1人なら倒せる……たとえ相手が誰であれね)

 

レ級(……綾波が、消えた…?)

 

艦載機で周囲の視界を取っているのに、艦載機が綾波を見失った…どうして…

 

綾波(実に簡単な話だ、力が弱っているとわかってるなら別の何かに頼る他ない、それがこのカートリッジなのですが)

 

レ級(おかしい、艦載機が見失う理由が…わからな…)

 

レ級「い…?」

 

盾にしていた艤装をこじ開けられる

 

綾波「ハーイ、引きこもりは体に毒ですよ?科学者は別ですが」

 

艤装の中に何かを投げ込まれる

 

レ級(これは、手榴だ…!)

 

逃げ場のない閉所、ゼロ距離の爆発物…

 

レ級「ぁが…あ…ああ…!」

 

レ級(この体でも、こうまでダメージを受けるのか…!)

 

綾波「堅牢な守り…確かに硬いです、外から壊す分にはね、中に一つ爆弾を放り込むとなんで脆いのか…」

 

長門型の艤装の接続部が剥がれ落ちる

 

レ級(接続部が…弱いのか…)

 

綾波「さて、アハッ…アハハッ…」

 

綾波の艤装が崩れ落ちる

 

駆逐水鬼「とうとう、この姿に堕ちたか…アヤナミを止めるにも、ここを逃げ出さないと不味いですねぇ……」

 

レ級「…させるか…!」

 

駆逐水鬼「…決着といきましょうか、致し方ありません」

 

駆逐水鬼の大腕を振りかぶり、近づいてくる

 

レ級(最後の最後に、力勝負…か…!)

 

レ級「私も、限界だ……受けてたつ…!」

 

 

 

 

 

海上

駆逐水鬼

 

駆逐水鬼「ははっ……あはっははは…!」

 

ちぎれ飛んだ大腕を見つめる

 

駆逐水鬼「……痛み分け、か…うまく、やれば…」

 

春雨「そうはいきません」

 

駆逐水鬼「…!……春雨さん、確かに殺したつもりでしたが」

 

春雨「言ったはずです、私は死にません…ある特定の状況を除いて」

 

駆逐水鬼「そんな馬鹿げた話が…いや」

 

駆逐水鬼(応急修理要員か?……2度殺すべきだっただろうが…)

 

春雨「……綾波さん、私は貴方を取り戻したい、貴方に謝りたい…私のせいでこうなったのではないかとすら考えています」

 

駆逐水鬼「…そうですか……正直、今の私にはなんの力もありません、もし私を許してくれるなら…」

 

春雨の方へと手を伸ばす

 

春雨「…ええ、貴方ならそう言ってくれると…信じていました」

 

春雨が目を伏せる

 

駆逐水鬼(罠…)

 

伸ばした手が砲撃を受けて千切れ飛ぶ

 

駆逐水鬼「っ……そうですか、敷波もですか…そうですか…」

 

春雨「みんな、戻ってきてるはずです…この戦いの犠牲者みんな…女神の加護を受けて」

 

駆逐水鬼「……究極AIアウラ…確か、名前の由来はアウローラでしたか」

 

光の女神…私には眩しすぎる名前だ、あまりにも

その女神の光を、今ここで…

 

駆逐水鬼「……潰す」

 

狙撃を大腕で防ぎながら春雨へと近づく

 

春雨「…お忘れじゃありませんか?後ろ」

 

横目で背後を確認する

 

朧「待たせた!?」

 

春雨「ええ、かなり」

 

背中を撃たれ、よろめく

 

駆逐水鬼(この体力で、3人相手は厳しいか…!)

 

駆逐水鬼「っ!」

 

艦載機の音…それも深海棲艦(こちら側の)…?

 

駆逐水鬼「……はは、ははは…そうでした…貴方がいましたね、護衛棲姫…」

 

護衛棲姫「……」

 

遠方の護衛棲姫を視認し、漸く落ち着く

 

駆逐水鬼(これで、逆転の目が…)

 

艦載機が急降下爆撃を行う

私に対して

 

駆逐水鬼「っ!?」

 

春雨「なっ…?」

 

敷波「……何が起きてんの、アレ」

 

駆逐水鬼「護衛棲姫!どういうつもりですか!?」

 

護衛棲姫「……私ハ、駆逐棲姫様、イエ、綾波様ヲ第イチニ考エテ行動シテオリマス…ソシテ、今、綾波様ハ…ココ(深海棲艦)ニ居ルヨリ…ソチラノ、人間ノ世界ニ居タ方ガ、幸セダト考エマシタ」

 

駆逐水鬼「この…!貴方が私の幸せを語るか…!貴方までそんなくだらない考えで私を…!」

 

護衛棲姫「綾波様……ドウカ、幸セニナッテクダサイ、私ハ貴方ガ大事ナノデス、私ニハ…貴方ヲ幸セニデキナイ、満タセナイ…!」

 

春雨(よくわからないが、共闘できそうですね…)

 

艦載機の攻撃を受け、どんどん力を失う

 

駆逐棲姫「ぐ…!とうとう、此処まで…いや、この姿でも戦える筈…!」

 

春雨「もうやめてください、諦めて、投降してください」

 

駆逐棲姫「……私を倒して何になる?その先にはより辛い未来しかないのに、貴方たちは自己満足で私を殺し、勝手に納得し、その先のことなんて何も考えてない!」

 

朧「綾波、もう充分だよ、確かに綾波は誰より賢いかもしれない、誰より凄いかもしれない、だけど人を傷つける力なんて振るうものじゃない、今ここでアタシ達は綾波を止めなきゃならない…!」

 

朧(漣のため、潮のため…曙達のため…)

 

春雨「貴方ほどの人なら、今まで犯した罪以上の…例えば未曾有の災害すらも犠牲を抑えられる筈です、貴方を悪い様にしないと約束します」

 

敷波「お願い、綾姉ぇ…」

 

駆逐棲姫「……巫山戯るな、今更善人になど成り下がるか…!」

 

両手の主砲を撃ち込む

 

護衛棲姫「ァ…!」

 

敷波「っ!?」

 

駆逐棲姫「こっちは腐っても姫級…!貴方達4人如き…!」

 

とにかく、主砲を撃ち込む

今、ここで全員殺す

 

朧「くっ…!」

 

春雨(…止める、私が…!)

 

春雨が突っ込んでくるのを確認し、魚雷を掴み取る

 

駆逐棲姫「1人で突っ込んで、どうするつもりですか…!」

 

魚雷を流し、春雨に当てる

 

春雨「ぐ…!…ぁ…?」

 

春雨の艤装が煙を上げ、沈み始める

 

朧「春雨!」

 

敷波「ダメ!遠すぎる!」

 

駆逐棲姫(艤装が壊れたか…後3人)

 

 

 

 

駆逐艦 春雨

 

春雨「ぁ…!がぽっ!あっ!」

 

溺れない様に、必死にもがく

何かを掴む為に伸ばした手が何度も空を切る

 

どんどん、沈んでいく

 

いつの間にか、月は青く輝いて…

 

春雨(…青い月、か…)

 

もがく手も、もう動かす気にもならない…

 

春雨(月が…綺麗…か……)

 

一瞬のうちに、視界を海が覆い、月すらも滲む

 

深海に女神の光は届かない

 

春雨(……ここで、終わるのか…私は)

 

きっと、あの2人なら…なんとかしてくれる筈だ、あの世から眺めよう、のんびりと…

 

春雨「……?」

 

なんだろう、この感じ、この、暖かい何かは

 

春雨(…貴方、は…)

 

 

 

 

駆逐棲姫「1人落ちて、勢いが消えましたね…」

 

敷波「綾姉ぇ…もうやめてよ!人を殺してなんになるの!?」

 

駆逐棲姫「そんな事、気にしてないんですよ」

 

敷波「ぁ……が…」

 

朧「敷波!……うっ…」

 

駆逐棲姫「ゲームセット、ですかね……全く、手間を…いや」

 

春雨「…深海に嫌われている様で」

 

駆逐棲姫「……また、応急修理要員ですか」

 

春雨「いいえ……今の私は、なんとか浮かんでいるだけ、艤装は完全に壊れてるし、派手な動きをしたらもう二度と浮かぶこともできないでしょう」

 

駆逐棲姫「…じゃあ、大人しく沈んで………っあ…ああ!……ああぁ、アヤ、ナミ…!く…あ…!」

 

駆逐棲姫が頭を抱え、水面を睨む

 

春雨「…容赦無く、撃たせてもらいます」

 

アヤナミ(もう、終わりにしましょう……貴方は駆逐棲姫としての力もかなり失いました、もう終わりなんです)

 

駆逐棲姫「こ、の……終わって…たまる、か…!」

 

駆逐棲姫が砲撃を受け、よろめく

 

駆逐棲姫「あ……」

 

駆逐棲姫が沈む

海の底へと

 

護衛棲姫「綾波様!」

 

朧「春雨…!なんで…」

 

春雨「黙って見てなさい…」

 

きっと、彼女が背中を押してくれる筈、私の様に

 

駆逐棲姫「…ぷはっ…ぁ…けほっ…」

 

駆逐棲姫が仰向けに浮かび上がる

 

護衛棲姫「綾波様…!良カッタ…」

 

春雨「……生かす選択をしてくれてありがとうございます」

 

イムヤ「ま、親友を殺すわけにはいかない…でしょ?」

 

朧「イムヤさん!?」

 

イムヤ「お天道様が眩しくてさ、目が覚めちゃった!」

 

春雨「……女神のギフト、貴方を呼び起こしてくれた様ですね」

 

イムヤ「……私だけじゃない、漣も含めて…みーんな、だよ」

 

朧「…良かっ…た…」

 

春雨「……さて」

 

 

 

アヤナミ(…ごめんなさい、私は貴方じゃないのに、勝手な事をしてしまいました、貴方だってもっと生きたかったのに)

 

駆逐棲姫「……私は、貴方だ」

 

アヤナミ(…そうですね、私も、貴方も、何も変わらない…)

 

春雨「……」

 

駆逐棲姫「ねぇ、アヤナミ…」

 

アヤナミ(…はい)

 

春雨「…?」

 

駆逐棲姫「今度は…ちゃーんと、地獄に行けるでしょうか…」

 

アヤナミ(勿論、底の底まで、一緒です)

 

春雨「貴方…まさか、最初からそのつもりで?」

 

駆逐棲姫「……そんな訳、有りませんよ…馬鹿言わないでください…ただ、レールができていただけです」

 

アヤナミ(…駆逐棲姫として復活してしまったが故に、駆逐棲姫として生きることを余儀なくされた…)

 

駆逐棲姫「貴方も、馬鹿を言う……私は確かに倫理観が壊れていますが理性まで失った覚えはない…私を壊したのは私自身で…紛れもなく、全てを滅茶苦茶にして、みんな殺してやるつもりでしたよ」

 

春雨「……何の為に」

 

駆逐棲姫「…さあ…1人で世界の終わりを眺める為?……何ででしょうね…」

 

護衛棲姫「綾波様…」

 

駆逐棲姫「おや…護衛棲姫。。やってくれましたね…」

 

護衛棲姫「貴方ハ、タダ、裏切ラレタクナカッタ…」

 

駆逐棲姫「……」

 

護衛棲姫「貴方ノ行動、オ話カラ推察スルニ…アノ2体ノレ級モ、私モ……裏切ラナイ存在トシテ側ニ置イテ下サッタノデハナイデスカ?」

 

駆逐棲姫「…私の、心を…勝手に語らないでください」

 

護衛棲姫「申シ訳アリマセン、シカシ、永遠ヲ生キルニハ……1人ハアマリニモ寂シイデショウ…永遠ニ満タサレナイノハ、苦シイデショウ」

 

駆逐棲姫「……かも、しれませんね」

 

護衛棲姫「……私ハ、永遠ニ、貴方ノオ側ニ」

 

駆逐棲姫「要りませんよ…そんなの…」

 

春雨「…帰りましょう、此処に居てはいつ沈むか、気が気じゃない」

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

春雨「…と、言う事です、ヘルバ様?」

 

ヘルバ『つまり、綾波は生かすべきだ…と言いたいのね、でもそれを上申するには相手が違うと思うけど』

 

春雨「頭の硬い特務部も、アホみたいな上層部も頼れません、最後の頼みの綱は直属の上司だけですから」

 

ヘルバ『……だとしたら、期待には応えられない』

 

春雨「……お願いしますよ」

 

ヘルバ『私は軍関係者じゃない、もう既に決まってるのよ、春雨』

 

春雨「…何ですって?」

 

ヘルバ『駆逐棲姫、世界を恐怖に陥れた最大の敵は、排除され…大犯罪者である綾波は、銃殺し、即座に火葬……それがストーリーよ、これ以上の犠牲を出さない為のね』

 

春雨「そん、な…!じゃあ私のやった事は!?」

 

ヘルバ『世界を救った』

 

春雨「違う!私ただ、友達を助けたかっただけです!」

 

ヘルバ『……望まぬ英雄の称号が、貴方への褒賞、貴方のやらないといけない役割は別にあるのよ』

 

春雨「役割ですって…?冗談じゃない!この世界の私は人間だ!もうAIでも機械でもない!私は人間なのに…!」

 

ヘルバ『待ちなさ…』

 

通信を切る

 

春雨「……綾波さん…!」

 

ただ、走るしかできなかった

 

 

 

朧「春雨…」

 

春雨「朧!綾波さんは!」

 

朧「……さっき、大淀さん達が捕縛して、本土に…佐世保と大湊で周りを固められてるから、追いかけることもできなかったよ…」

 

春雨「…間に合わなかった…?」

 

朧「……ごめん」

 

春雨「…そんなのって……あんまりでしょう!!」

 

力一杯に壁を殴りつける

 

春雨「そんな事、許される訳…」

 

砲音

一度だけ、遠くから砲音が鳴る

 

春雨「あ……」

 

朧が目を伏せる

 

朧「…春雨、アタシも辛い、だけど……今1番辛いのは、敷波だよ」

 

春雨「……姉妹艦だから、姉妹だから……血が繋がってるから…知りませんよ、そんな事…例え血が繋がってなくても、姉妹艦ですら無くても…姉妹よりも、相手を想っている…そんな事だって、あるんです…」

 

朧「……うん、ごめん、軽率だった…」

 

春雨「……どうして、こんな事、に……」

 

 

 

 

 

執務室

重雷装巡洋艦 キタカミ

 

キタカミ「終わってみりゃ、呆気ない幕切れだねぇ…でも、何もかも元通りって訳だ」

 

アケボノ「その様です、しかし此処からはそうはいかない」

 

海斗「何はともあれ…2人とも今までお疲れ様」

 

キタカミ「んー、まあ、お互い様っていうか?」

 

アケボノ「そうですね、提督の向こうの世界での戦いを思うと胸が締め付けられる様です」

 

海斗「そんな大袈裟な…」

 

執務室の扉が荒々しく開く

 

漣「ちょっ!ボーノ!!」

 

潮「アケボノちゃん艦娘やめるって本当!?」

 

阿武隈「き、キタカミさんも!」

 

球磨「どうなってクマ!!」

 

キタカミ「…何?どっから広まったの?」

 

アケボノ「さぁ?」

 

曙「あたしは止めたんだけどね、ほっとけって」

 

北上「同じく」

 

大井「…キタカミさんは平和な日常を求めてたんですか?」

 

キタカミ「いや、多分変な伝わり方してるよね」

 

アケボノ「同意です、私は艦娘としては解体しますが…」

 

漣「行かないでー!ボーノはずっと私達と居てよ!!」

 

アケボノ「いや、だから…」

 

阿武隈「キタカミさんも!お願いします!」

 

キタカミ「あーもう…」

 

ごつんとゲンコツを阿武隈に落とす

 

阿武隈「ぁう…」

 

アケボノ「黙らないとああなるけど」

 

漣「むぐ…」

 

キタカミ「私は解体っていうか…戦力になるのはやめるだけで此処は抜けないよ」

 

アケボノ「同じく」

 

曙「…どういう事?」

 

北上「説明求めるよ、そこで座ってんの」

 

海斗「えーと…アケボノは艦娘としてではなく、秘書として、キタカミは教導職としてここで働くことになったんだけど…」

 

曙「…なんか、色々騒いで損した気分」

 

アケボノ「ま、そういう訳だからよろしく?」

 

キタカミ「私ももう戦うのは疲れたから、任せたよ、阿武隈、球磨姉も、大井っちも…アンタもね」

 

北上「……ふん」

 

漣「…と、なると……ウチ最強のツートップが消えちゃうよ!?」

 

曙「この2人が最強?冗談でしょ」

 

アケボノ「…そうね、頑張れ」

 

曙「……任せときなさい」

 

 

 

 

駆逐艦 天津風

 

天津風「あ、こんな所にいた」

 

島風「天津風…」

 

天津風「大湊の人達、探してたわよ」

 

島風「……うん、でも…合わせる顔がないや…」

 

天津風「……島風はそんなこと考えなくていいの」

 

島風「え?」

 

天津風「みんな島風が大好きで、会いたくて、此処まできた…帰ってきてくれるだけでみんな満足なんだから…ほら、行きましょ?」

 

島風「……でも」

 

天津風「…貴方は私を助けてくれた、だから今度は私に助けさせて?」

 

島風「私、助けてなんか…」

 

天津風「この世に生まれてこの方、ご飯を食べたこともなければ呼吸も、身体を動かすことも、楽しいとか、嬉しいとか、そんな事も、全部教えてくれたのは島風だから…だから、私は今、生きてられる…笑える、だから、私は貴方に救われてるの」

 

島風「天津風…」

 

天津風「ほら、行きましょ?貴方が笑ってないと…私も悲しいし」

 

島風「……うん」

 

 

睦月「あ、島風ちゃん!」

 

白露「おーい!みんな!居たよ!」

 

わらわらと人が集まってくる

 

白露「あれ?そういえば今日もジャージだよね」

 

睦月「……うむむ、ジャージオンリーは良くない気がする…島風ちゃん、今度一緒に洋服買いに行こう!」

 

島風「え?いいよ…」

 

白露「勿体無いよ!島風ちゃんこんなに可愛いのに!」

 

天津風「…そういえば、島風って制服は着ないの?」

 

睦月「…あぁ…」

 

白露(だからジャージ…)

 

島風「…天津風が着てもいいよ、私要らないから…」

 

天津風「え?……どんなの…?」

 

白露「……まあ、後で確認して見て…ねぇ、島風ちゃん」

 

島風「なに…?」

 

白露「何か、迷ってる…よね?」

 

島風「……うん」

 

白露「…答えになるかはわからないけど…覚えてる?私がスタイリストになりたいって言ったの…」

 

島風「覚えてるよ…」

 

白露「この世界に来て、生きてみて、わかった… 夢は目標であって目的じゃない、到達点はそこには無いんだよ、戦争を終わらせるのが今の目的で…スタイリストになれたらそこからがまたスタートライン…」

 

島風「スタートライン…?」

 

白露「何回だって、何十回だって、スタートはあるんだよ、ずっと1番にはなれないけど、誰よりもたくさん1番を取る為に、ちゃんと一個一個のゴールを見るんだ…そうすれば、上手くいくって信じてるから」

 

島風「……上手く、いく…スタートライン……そっか」

 

天津風「…島風」

 

島風「私、ここで戦う…みんなとはまた離れ離れになるけど…戦争を終わらせる為に…!」

 

睦月「離れ離れなんかじゃないよ?」

 

睦月がディスクを島風に差し出す

 

島風「…これ……The・World R:X!?」

 

睦月「にゃはは!うちの司令官殿が全員分手に入れてくれたのだ!」

 

白露「離れてても、一緒だから」

 

島風「…うん…!」

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 神通

 

神通「此処に居ましたか」

 

春日丸「…ええ…」

 

神通「護衛棲姫さん…いや、今は春日丸さんでしたか」

 

春日丸「……なんとも、古式な名を頂いたものです…しかし」

 

神通「記憶がないから仕方がないと」

 

春日丸「………そんな事より…」

 

神通「綾波さんに関しては、残念でした」

 

春日丸「……そう、ですか……綾波様、私は間違えていたのでしょうか…いや、貴方の望む結末は、こうだったのですか…?私の呼吸一つ、私の一挙手一投足は……全て、貴方のものです…貴方の望む結果に…私は助力できたのですか?」

 

神通「少なくとも、貴方は善行を積みました、それに関しては綾波さんも…悪い感情を抱いていないのではないでしょうか」

 

春日丸「……あの人は、私にはただ寂しかっただけに見えます、あの人は、深海棲艦として永遠を生きる為に…永遠を埋めてくれるだけの大事な存在を求め続けた…御妹様にそれを課す事を過酷だと考え、代わりを求めたように、感じました…」

 

神通「……」

 

春日丸「……私が、そうなれれば良かったのに…私は、綾波様が居なくなる末路なんて、考えていなかったのに…」

 

神通「果たして、どこまでがあの人の想像通りなのか……それは分かりかねますが、しかし…綾波さんは心の底から人を愛する事ができる方でした、それについては保証します…しかし、彼女は最後には悪意に呑まれていた」

 

春日丸「ただ、レールが敷かれていただけです」

 

神通「レール?」

 

春日丸「……綾波様はこう仰られていました、「私が記憶を取り戻したときには、何もかも遅かった」…と、既に重ねた罪、そして今の状況を憂い、苦しみ続け、そしてついに決壊した…私は、綾波様は…ただ、不幸だったのだと思います」

 

神通「そうでしょうか」

 

春日丸「…他に例えようがあると?」

 

神通「…いいえ、幸せだったのではないか、と思いまして…」

 

春日丸「幸せ?」

 

神通「貴方のような、自身を常に想ってくれる人が側にいる、それは紛れもなく幸せですよ」

 

春日丸「……幸せか…綾波様、私は生きます、貴方の言うように、悔やむ事も、悼む事も、生者にのみ赦された特権、私は貴方を永劫想い続けます」

 

 

 

 

 

 

病院

青葉

 

青葉「…あ、ここか…」

 

病室の扉をノックして開ける

 

秋雲「あ、どうもー」

 

青葉「ど、どうも…」

 

秋雲「……何気に初対面でしたっけ」

 

青葉「あー…はい…あははは…」

 

秋雲「…その、ありがとうございます」

 

青葉「いえ、その…乗りかかった船ですから…艦娘だけに」

 

秋雲「……えっと、笑った方がいいですか?」

 

青葉「…いや、その…」

 

秋雲「冗談です、その…離島に戻るんですか?」

 

青葉「……目的は果たしましたし、多分もう追われることもないですから…そのつもりです」

 

秋雲「……そうですか…よかったら、陽炎に会ってから行ってやってください、陽炎も…想うところがあるはずだから」

 

青葉「…わかりました」

 

 

 

 

 

離島鎮守府 執務室

提督 倉持海斗

 

海斗「これで、みんなの問題は解決した…か」

 

残るは自分自身が抱える問題のみ、僕自身が…向き合わなければ和ならない

 

海斗「クビアと、みんなを…」

 

大丈夫、上手くやれる、心配はいらない…筈だから



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悩み事

The・World R:X

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

フリューゲル「……で、だ…あー…」

 

青葉「率直に、本題だけ言うのであれば…私の目的は達成されました」

 

フリューゲル「……中々、やってくれるねぇ…いや、別に俺達もアンタのことを嫌ってる訳じゃない、だが……何をした?あの瞬間、あの場所で何を…」

 

青葉「…改めて名乗ります、私は元宿毛湾泊地所属、重巡洋艦青葉」

 

フリューゲル「青葉…宿毛湾泊地……横須賀以外にも…って事か」

 

青葉「ええ、それと…今から言う話は到底信じ難いことでしょうが、私の司令官はリアルデジタライズという超常的な現象の被害にあっていました」

 

フリューゲル「…リアルデジタライズ…」

 

青葉「私は司令官と未帰還者を助ける為にログインしていました、未帰還者は私が把握しているよりも実際は大量に居るそうです」

 

フリューゲル「……それで?」

 

青葉「身勝手ですが、残りの未帰還者も、助けたいと思っています」

 

フリューゲル「……あー、なんだ、思ってたより図太いな…だが、物事ってのはそんなに簡単には進まない…この間嬢ちゃんがやった事は…あんまりいいとは言えない、むしろ悪い」

 

青葉「…悪い?」

 

フリューゲル「The・World R:Xで一斉にサーバーがダウンした、原因は調査中だが、十中八九…」

 

青葉「…私の、せい…」

 

フリューゲル「国に仕えてる立場だかなんだかは知らない、そっちの考えややり方も否定はしない…だが、俺たちは組織だ、嬢ちゃんと違うな」

 

つまりこう言いたいのだろう、CC社は私個人を訴える可能性があると

 

青葉「……そうですか」

 

フリューゲル「そうですかって…事態がどれだけ深刻か、わかってないのか?」

 

青葉「私は…もう、やらなくてはいけない事は終わりましたから」

 

青葉(…必要な事だった、仕方ない……そう納得するしかない)

 

フリューゲル「待てよ、なんでそう悲観して…いや、俺の言い方が悪かったかもしれないが別に俺は敵になろうって訳じゃない、むしろ庇おうとしてるつもりだ」

 

青葉「…どう言う事ですか?」

 

フリューゲル「……原因不明のサーバーダウン、原因不明は原因不明のままだ、今の話も聞いてないことにする…ただ、一つ条件がある」

 

青葉「条件…」

 

フリューゲル「あのサーバーダウンから、異常な事が起こってる、マク・アヌに過去のPCが出現してる」

 

青葉「…過去の?」

 

フリューゲル「アウラの解放を称し、自らを黄昏の騎士団と名乗ってる…シックザール総出で対処に当たってるが、手が足りない」

 

青葉「それを倒せば、いい…と」

 

フリューゲル「ただ手伝いをしてくれって訳じゃない…いや、こっちの事情も話しとくか…」

 

青葉「事情?」

 

フリューゲル「CC社との契約があるのは俺1人だ、何が言いたいかって言えば…シックザールのメンバーとして扱われてるうちは…俺の責任にだってできる」

 

青葉「……どうして、私を庇おうとしてるんですか」

 

フリューゲル「チェロがうるさいんだよ……ってのは、無しか…まあ、ストレートに言えば…リアルデジタライズだ、俺はその技術に…いや、もう色々知られてるんだっけか」

 

青葉「まあ…」

 

フリューゲル「…俺は元々リアルデジタライズの研究者だった、勘違いしてるかもしれないが…リアルデジタライズは医療のための技術だ」

 

青葉「医療技術…?」

 

フリューゲル「まあ…だが、俺はその技術を諦めた…でも、それを使ってる奴がいる…だから気になった…ってのもある」

 

青葉「……私、リアルデジタライズについて何も知りませんよ…?」

 

フリューゲル「…まあ、俺が期待してるのはヘルバの方だから、そこは気にしなくていい」

 

青葉「ヘルバさんが恩を感じる保証もありませんよ」

 

フリューゲル「…まあな、で?どうだ、悪い提案じゃない筈だ」

 

青葉「……わかりました、どの道私もまだ此処を離れるわけには行きません」

 

フリューゲル「…じゃあ、改めてよろしくって訳だ!…正式にシックザールのメンバーになる訳だけど?」

 

青葉「大丈夫です、問題ありません」

 

フリューゲル「じゃあ、9番目…か」

 

青葉「9番目?」

 

フリューゲル「シックザールには全員番号と通り名がある、俺はまあ、No.1でそのまま団長だし、チェロはNo.3で猛獣使いみたいにな」

 

青葉「No.9ですか…」

 

フリューゲル「どんな通り名がいい」

 

青葉「いや、辞めておきます…私にそんなのは似合いませんから」

 

フリューゲル「…ま、無理強いがしたいわけじゃなくて、気持ちの問題っつーか、団結力を高めるっつーか…」

 

青葉「……じゃあ、お任せします」

 

フリューゲル「あ、そお?どんな通り名にしちゃおっかなぁ」

 

青葉「…まあ、その、ダサくない感じでお願いします…」

 

 

 

 

リアル

離島鎮守府 食堂

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「んぁ?マジ?新人入れるの?」

 

アケボノ「…無駄に評価された結果です、此処の環境は人材育成に向いているだのなんだの講釈垂れて通したそうです、火野さんはハワイの奪還に忙しいそうで」

 

キタカミ「ハワイ?ああ、反乱起こした艦娘に占拠されたんだっけ…」

 

アケボノ「ただ、妙な事もあるそうで、AIDAによる暴走はもう沈静化されてる可能性があると」

 

キタカミ「……なーんな、引っかかるねぇ」

 

アケボノ「まあ、良いじゃないですか…キタカミさんの本来の仕事ができますよ」

 

キタカミ「…いや、そんなこと言われても…嫌だよ?新人とか言って送り込まれてくる奴がちゃんと言うこと聞いてくれなかったら…万が一死んじゃっても責任取れないって」

 

アケボノ「貴方なら誰であろうと黙らせる実力があるじゃないですか、叩きのめして調教すればいいでしょう」

 

キタカミ(いや、そう言う問題じゃないんだけど…)

 

アケボノ「それに、頭数は多くて困りません、敷地も広すぎるくらいですし、私とキタカミさんの抜けた穴は数で埋めると言うのは言い方が悪いですが、そうするほかないでしょう」

 

キタカミ「んな穴埋めようとしなくても問題ないって、阿武隈も不知火もいるんだから」

 

アケボノ「…それより、なんでまだ杖をついてるんですか?」

 

キタカミ「いや、なんか落ち着かなくてさ…それに良い理由になるでしょ、足腰悪くしたんで戦えませんってね」

 

アケボノ「ああ…そうですね」

 

キタカミ「ま、お互いうまいことやりましょうよってね?…んや?」

 

アケボノ「おや」

 

明石「ぅげ……」

 

アケボノ「…酷い反応ですね」

 

キタカミ「そうそう、なんかもっと違う反応するべきじゃない?」

 

明石「…あ、いや…助けられた手前こう言うのは気が引けますけど…お二人に会いづらいと言うか…」

 

キタカミ「まあ、それはいいけど…ちゃんと寝てる?酷いクマだよ」

 

明石「…その、特務部から送られてきた最新式の艤装のチェックとカートリッジの適応に時間がかかって…」

 

アケボノ「明石さんが手間取るとは…夕張さんは帰ったにしても、春雨さんと秋津洲さんはまだ居るでしょう?」

 

明石「……それが、2人とも拒否してて…春雨さんは傷心だから今は関わるなって朧ちゃんにも…秋津洲さんは二式大艇の整備で忙しいって…」

 

アケボノ(ああ、そういや二式大艇で派手に乗り込んだ班が居ましたね)

 

アケボノ「手を貸しましょうか?」

 

明石「それが嫌で会いたくなかったんですよぉ…」

 

キタカミ「業務外の仕事なんて慣れっこだけどね」

 

アケボノ「それより、明石さんは提督にお会いしなくて良いのですか?」

 

明石「うぐ…」

 

アケボノ「記憶を取り戻す前のこと、後悔してるのはわかりますが…というか、後になればより拗れますよ」

 

キタカミ「ウチのはみんな拗れるよねぇ…ほら、サラッと謝りなって、気にしてないから」

 

明石「それは…そう、ですけど…」

 

アケボノ「……何かある、と…さては弄ってたのは艤装だけではないですね?」

 

キタカミ「ああ、パソコン預かってたっけ?メンテしておきましたってついでにいう感じ?」

 

明石「そ、そうですよ!何か悪いですか!?」

 

アケボノ「いいえ、キッカケを持ってるなら後はあなた次第だなと」

 

キタカミ「早めにした方がいいと想うけどね」

 

明石「わかってますよぅ…それにしても……」

 

アケボノ「まだ何か?」

 

明石「……綾波さん、惜しかったなって…あの人なら、私達なんか目じゃない、あの人が改心したら…どれだけの命が助かったのかなって」

 

アケボノ「…朧も、春雨さんもそうですが…綾波さんに入れ込みすぎでは?特に貴方はやる事やられた被害者でしょう…」

 

明石「わ、わかってます、やられた事は許せないんです…でも、それ以上にあの技術はすごかった…」

 

キタカミ「…正直、アレが生きてたら眠れないかな」

 

アケボノ「私もです、綾波さんが暴れたら……誰も止められませんよ?」

 

キタカミ「ま、言い方悪いけど…綾波との友情を信じてるイムヤ達は士気ガタ落ちだし、切り替えには絶対時間かかるし…最後まで掻き乱してくれたもんだよ」

 

アケボノ「個人戦で勝った人は居ないんじゃないですか?」

 

キタカミ「……負けたの?」

 

アケボノ「はい、呆気なく」

 

キタカミ「うげぇ…ほんとに誰なら勝てるんだよぉ…」

 

アケボノ「綾波さんに勝てるのは自分自身ただ1人、と言ったところでしょう…もう1人の綾波さんが力を奪い取らなければ、私もあっさりと殺されていたわけですから……あれ?」

 

キタカミ「ん?どしたの」

 

アケボノ「どうしてもう1人の綾波さんは復活したんですか?」

 

明石「ああ、それは私の増殖のカートリッジです」

 

キタカミ「そう、本来回復用なんだけど、それを攻撃に回した…目的としては感情やAIDAの増殖で混乱を狙ったんだけど、もう1人の綾波ときたらそれを一瞬で自分の物にした、再生する為にプロテクトをかけて、私に消されたふりをしてたって感じかな」

 

アケボノ「……ヘルバさんに罠を守らせたり、敵の攻撃を自分の物にして切り札にしたり…正直、1番恐ろしいのはそっちの綾波だったのかもしれません」

 

キタカミ「そう想うと、1番危険な奴は味方だったって幸運になる、良かったじゃん」

 

アケボノ「……その一番の味方は居なくなりましたけどね」

 

キタカミ「だから、後続を育てるんだよ」



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予言

離島鎮守府 

駆逐艦 朧

 

春日丸「話、ですか」

 

朧「そう、まあ…ちょっと、気になってさ」

 

敷波「このメンバーってことは…」

 

イムヤ「綾波関係よね?」

 

春雨「流石にそうでしょう」

 

朧「……まあ、正確には、綾波のことじゃなくて、綾波が言ったことが気になるんだ…」

 

春日丸「言った事?」

 

朧「…次戦争する相手は、同じ人間だって」

 

春雨「それは…そうなるでしょうね」

 

敷波「え?なんで…」

 

春雨「……私は、すでに…伺ってるのですが…」

 

イムヤ「…何?何があるの?」

 

春雨「……目の前に、例えば冷蔵庫があって、みんなの好物があったとします…そうですね、例えばプリンとか…」

 

敷波(例えが可愛い…)

 

春雨「このプリンは誰のものでもありません、となれば…取り合いになりますよね?もしくは最初に見つけた人が独り占めします…」

 

朧「……つまり?」

 

春雨「ここには、国家が喉から手が出る程欲しいものがあるんですよ」

 

春日丸「……綾波様は言っておられました、核のスイッチを押せるのは私だけではない、と」

 

イムヤ「核のスイッチ…!?」

 

春雨「…それは、使い方で国を守る事も、他国を滅ぼす事も…一瞬でできるほどの…」

 

朧「…アウラ…!」

 

春雨「そうです、究極AI、通称オリジン…あの女神は、私達を救ってくれました、しかし…世界中に狙われる理由にもなり得る」

 

朧「…みんなに言わなきゃ」

 

春雨「やめてください、これは貴方が気づいたから止むを得ず伝えたんです」

 

朧「みんな知っておくべきでしょ…!?」

 

春雨「誰も、オリジンを私達が匿っているなんて誰も思っていません、日本のサーバーで確認された、と言うのがサイバーコネクトサンディエゴ社に伝わったくらいです」

 

イムヤ「…ねぇ、ちょっと要領を得てないんだけど?」

 

春日丸「私も…」

 

敷波「あんまり知られたくないならアタシ達消えようか…?」

 

春雨「……どう言ったものか正直、悩んでいますが…冥王の口づけ(Pluto Kiss)はわかりますか?」

 

敷波「馬鹿にしないで、教科書にも載ってる、第一次ネットワーククライシス…核戦争一歩手前までいった最悪のネットワーク事件」

 

イムヤ「え、私知らない…」

 

春雨「…物凄く簡単に説明します、2005年の12月24日、世界中のコンピュータ、電子機器が全てウイルスに侵された事件です…ネットに接続する家電すら使えなくなったし、アメリカの大統領府は本来送り続ける信号を送れなくなった」

 

春日丸「信号?」

 

春雨「私たちは健在である、核攻撃は受けていないぞ…という信号です…防衛システムは信号途絶により攻撃を受けたと認識、報復攻撃の用意を始めました…が、結局信号は回復、後一歩のところで核戦争を避ける事に成功…」

 

イムヤ「…原因は?ウイルスだっけ…」

 

春雨「ええ、しかし、驚くべき事に…そのウイルスを作ったのは10歳の少年だったそうです」

 

敷波「それは習ってない…」

 

春雨「子供にできてしまう、というのは…夢のような悪夢ですから…そこは伝えられないのでしょう、子供にはできないという、当たり前を押しつけるために…やってはいけない事を犯さない為に」

 

春日丸「この話の意味は?」

 

春雨「あくまで比喩ですが…綾波さんはその10歳の少年です」

 

朧「…そっか、大体わかった…綾波はその少年と同じで、自分の力でそこまで行った」

 

春雨「ええ、その結果として…フランスでのミサイル自爆などが挙げられます、綾波さんはあらゆるネットワークのセキュリティを自在に突破してみせた……結果、世界中に駆逐棲姫はオリジンを取得したと言う説が上がった…表沙汰にはされませんでしたがね」

 

朧「…オリジンは…」

 

春雨「オリジンは、綾波さんとは違い…セキュリティそのものを無視できると考えて良い、ネットの中を自由自在に動ける、要するにワイルドカードやジョーカーみたいな所です」

 

イムヤ「それさえあれば、一方的な核攻撃が…」

 

春雨「できてしまう」

 

春日丸「それを求めている…?なんで…」

 

春雨「戦争に勝つ為です、今、世界中で見えない戦争が起きているとヘルバ様は言ってました」

 

朧「…意味、わかんないよ…」

 

春雨「表面上では何も変わっていません、しかし…水面下では常に何かが変化していく…誰もそれに気づかないまま…それは、本当に怖い事ですよ」

 

敷波「…水面下……深海棲艦って、もしかして減ってる?」

 

春雨「…そうです、よく気づきましたね…横須賀はハワイへ進行中ですが…深海棲艦との戦闘はほとんどないそうです、戦争は深海棲艦とのものから、人と人との物に移り変わりつつある…の、かもしれない…」

 

朧「…横須賀の人たち、大丈夫なの…?」

 

春雨「……大丈夫な筈です、表立った事はまだできないはずですから…しかし、もしオリジンを手にして仕舞えば非核保有国であろうと関係ない、その気にならば相手の基地の核で自国を焼かせられる…」

 

朧「……春雨、そんなの誰も望んでない、アウラは…そんな事のための存在じゃないよ…!」

 

春雨「人間は可能性に恐怖し、それを防ぐ為になら何でもやりますよ」

 

春日丸「…可能性、ですか」

 

春雨「良くも悪くも、可能性を信じられるのが人間です…私達はこれから…どうすればいいのやら、正直わかりません」

 

敷波「……ただ、今を過ごすことしか出来ないよ」

 

春日丸「そう、ですね」

 

朧「……ところでさ、風の噂で聞いたんだけど……春日丸と敷波、2人とも特務部に誘われたんでしょ?」

 

春日丸「…ええ、お断りしましたが…」

 

敷波「アタシも、できるのは護衛くらいだし、それに…あそこの空気は好きじゃない」

 

朧「そっか…」

 

春雨「そうだ、特務部で思い出した…敷波さん、これを」

 

敷波「…マイクロチップ?」

 

春雨「ゴレのダミー因子です、貴方が持つにふさわしい」

 

敷波「……ありがとう」

 

春雨「これで、空席はフィドヘルだけになったか」

 

朧「え?フィドヘルのダミーは使い手が居ないの?」

 

春雨「大淀さんも電さんも、拒否しましたので」

 

敷波「なんでまた…」

 

春雨「断片的に本来のフィドヘルの力を持ってるからでしょう、他の適格者にはアテがあると言ってましたが」

 

敷波「アテ?」

 

春雨「特務部に新しいメンバーを迎え入れる用意があるそうで」

 

敷波「また脅してるんじゃないの?」

 

朧「多分、もう大丈夫」

 

 

 

 

ネット

The・World R:X

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「過去のPC…か」

 

アカシャ盤へと走るPC達を見つめる

 

青葉「……司令官は確かにリアルに送り返した、そう、だから何も問題ない」

 

宙を舞い、そのPC達の前に立ち塞がる

 

青葉「……」

 

カイト「またシックザールか…!」

 

ブラックローズ「なんでも良いからさっさとやるわよ!カイト!」

 

青葉(…やっぱり、私を知らない…大丈夫、コレは司令官じゃない)

 

青葉「御相手します」

 

2人に向け、槍を振るう

 

青葉(一対多の心得はあまりありませんが、フリューゲルさんにチューニングしてもらったお陰であの動きができる)

 

シックザールである、と言うことはただ役職であるだけではない、シックザールPCという特別なPCを与えられる

PCとのリンクが強くなり、より正確で、細かな動きができる…

 

青葉(しかし、双剣士だけあって動きが早い…先に撃剣士を…)

 

槍の先端部を持ち、手数で迫る

 

ブラックローズ「カイト!」

 

カイト「わかってる!」

 

素早いカバー、熟練のチームのように…

 

青葉(……なんだろう、すごく…)

 

青葉「…不愉快です」

 

横薙ぎの一閃、全身を使い、回転しながら斬る

ガードに使った武器は、全てデリートされる…

 

ブラックローズ「なっ…!」

 

カイト「ブラックローズの剣が…不味い!」

 

迫るカイトの攻撃を、前腕の籠手で受け止める

 

青葉「…司令官なら、そうはしなかったでしょう…」

 

肩越しにカイトを睨み、槍を手の中で滑らせ石突を掴み、回転の勢いを全てのせた斬撃を放つ

 

ブラックローズ「カイト!!」

 

 

 

青葉「…庇いました、か…」

 

攻撃を受け、倒れた撃剣士、そして逃げた双剣士

 

青葉「こちらアカシャ盤前、1人仕留めました…"黄昏の騎士団、リーダーのカイト"はゲート方面へ逃走」

 

フリューゲル『カイトとやり合ったのか、ダメージは?』

 

青葉「ありません…っ?……いや、すみません、気づかないうちに受けてるみたいです、ちょっと退がります」

 

フリューゲル『敵を倒してくれるのは良いが、無理は禁物だ……ダメージをものともせず、敵に喰らい付くか…おっ、前言ってた通り名だが、"狼"ってのはどうよ』

 

青葉「団長…ちゃんと仕事してください…」

 

通信を切る

 

青葉「…狼、か…悪くないかも…」

 

斬り伏せたPCは、皆団長が石にする

石化させる事で二度と動けず、被害を出さぬように

 

コレが今の私の、もう一つの戦い



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離島鎮守府 工廠

工作艦 明石

 

明石「ついに……ついに終わったぁぁ!!」

 

キタカミ「おー…おめでとう?」

 

明石「うわっ!?キタカミさん!?」

 

キタカミ「それが新しい艦娘システム?」

 

明石「は、はい…あ、でもキタカミさんの分は…」

 

キタカミ「あー、良いから良いから、それで?」

 

明石「え、ええと……従来のものと違い、超軽量化に成功しています、負荷なども大きく軽減してて…ただ、これまで以上に適格者以外には扱えなくなっていて…」

 

キタカミ「つまり?」

 

明石「…私が調べられる限りまでは安全だ…という感じで、あとは使っていく中で調べないと……」

 

キタカミ「んじゃ、導入するしかないね」

 

明石「……現行のものより、出力は上げられます…然し…」

 

キタカミ「何迷ってんのさ」

 

明石「……適合者、いないんですよ…」

 

キタカミ「え?」

 

明石「夕雲型の艤装なんです、ここには適合者はいません」

 

キタカミ「……いや、居るじゃん」

 

明石「へ?」

 

キタカミ「アケボノ」

 

明石「……あ…ああぁぁぁぁぁ!?じ、じゃあ、この面倒なチェックは…要ら、ない…うやぁぁぁ…で、でも、もう戦わないって…」

 

キタカミ「チェックくらいは別でしょ」

 

明石「ですよねぇぇ…うわぁ…やだぁ……」

 

キタカミ(めっちゃショック受けるじゃん…)

 

 

 

 

アケボノ「え?……まあ、構いませんよ、言ったじゃないですか、私はあなたのテスターになるって」

 

明石「……その約束、まだ生きてるんですね…」 

 

アケボノ「ええ、艤装を用意しておいてください、仕事を片付けてきます」

 

キタカミ「アケボノって事務得意そうだよねぇ」

 

アケボノ「ええ、提督にもお褒めの言葉を頂きました」

 

明石(上機嫌だなぁ…)

 

 

 

 

アケボノ「コレが、夕雲型の艤装…」

 

明石「はい、世界大戦後期の駆逐艦モチーフの艤装だけあって、性能は悪くないと思いますけど…」

 

アケボノ「……おかしいです、軽すぎる…砲弾は今までのものを?」

 

明石「え?…は、はい、そうです」

 

キタカミ「どうしたのさ」

 

明石「……あれ、めちゃくちゃ重いんですけど、私あの1人分の艤装を3回に分けて持ってきたんですよ?」

 

キタカミ「……まさか…」

 

アケボノ「標的にセット、主砲、撃ちます」

 

重い砲撃音が響く

 

明石「うわっ!?」

 

キタカミ「…やっぱり、そういうことか」

 

アケボノ「……反動が、無い?…いや、これは…」

 

明石「……まさか、その艤装…」

 

アケボノ「…肉体強化を施す作用があるようですね、具体的に言えば…ナノマシンのように」

 

キタカミ「いやー、ヤバいもん持ってきたねぇ?」

 

アケボノ「コレについて、問い合わせる必要があるでしょうか…」

 

明石「そうですね、すぐに使うのはやめましょう」

 

キタカミ「とりあえず、報告書あげて……待って、新人っていつ来るの?」

 

アケボノ「2日後です」

 

キタカミ「……全員駆逐艦かな」

 

アケボノ「おそらく、この艤装はほぼ間違いなく、新しく来るメンバー用のものでしょう、いくつ渡されました」

 

明石「6セットです」

 

アケボノ「…多くて6、少なければ3か2…」

 

明石「壊れた時の予備ってことですか…流石に1人2セットが限界で消化は、少なくて3…というか複製がまだ出来てないし、3人で会ってくれることを願いますけど…」

 

キタカミ「他に艤装はないんだよね?」

 

明石「今のところは…」

 

アケボノ「…ん?ちょっと待ってください……はい、アケボノです、何か不備など有りましたでしょうか……そうですか、大変失礼致しました、直ぐに戻ります……すみません、書類に不備があったそうなのですぐに戻らなくては」

 

キタカミ「珍しいねぇ、なんかあった?」

 

アケボノ「さあ、平和なあまりにボケて来たのかもしれません」

 

キタカミ「……そっか」

 

アケボノ「それでは」

 

アケボノさんが帰っていく

 

キタカミ「計算づくじゃないだろうけど…」

 

明石「え?」

 

キタカミ「…確かに、綾波との戦いは終わった、この辺りは綾波が制圧してたおかげでほとんど深海棲艦には出会わなくなった…良いことだ、凄くいいことだよ…だけど」

 

明石「ど、どうしたんですか?」

 

キタカミ「……綾波は強すぎた、みんな緊張感が急激に落ちてるんだよ…何も無いからね、それ自体は悪いことじゃない、むしろアレより上は存在しないでいてくれる事を願うばかりだけど…」

 

キタカミさんが腰を下ろす

 

キタカミ「…問題は、警戒心が減ること……ん、この、感じ…ああ、うん、警戒しなきゃ…」

 

遠くを見つめながら、ピリピリとした雰囲気を放つ

 

明石「…何か、始まるんですか…?」

 

キタカミ「違う…終わってないんだよ、戦争は………春雨かな、いや、朧…誰に会えばいい?綾波に親しくしてた、一番情報のあるやつ…全員、あたるか」

 

明石「…ついて行っても良いですか?」

 

キタカミ「楽しくないよ」

 

明石「……戦う相手を知らなくては…私はどんな装備を用意するべきかわかりませんから」

 

キタカミ「…自分の武器が人を殺してしまうとしても?」

 

明石「敵と人とは違います」

 

キタカミ「じゃあダメ、明石はわかってないねぇ…人殺したことないっけ、人間だよ、腐ってもね…相手は人間、本当に殺さなきゃいけない…あー、思い出したら嫌になって来た」

 

明石「…そうですか…?」

 

キタカミ「ゲームとかと同じだよ、深海棲艦が元人間だったとしても、それは深海棲艦として一線を置ける…ナマの人間殺すのはキツイよ」

 

明石「……」

 

 

 

 

 

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「お、居た居た、朧〜?」

 

朧「あ、どうも…」

 

朧が神通や那珂との話を切り上げてこちらに寄ってくる

 

キタカミ「悪いね、邪魔した?」

 

朧「いえ、むしろ助かりました…」

 

キタカミ「え?なんの話ししてたのさ」

 

朧「…那珂さんはデュオのアイドルグループにならないかって……神通さんは綾波の蹴りをもっと研究する為に私に再現を求めてきて…」

 

キタカミ「あはは、そりゃ…私良いことしたなぁ…」

 

朧「それで、なんの用ですか?」

 

キタカミ「いや、こっちも面白い話しじゃないんだよね、悪いけど」

 

朧「へ?」

 

キタカミ「綾波の話」

 

朧の顔が曇る

 

キタカミ「…今は、無理?」

 

朧「いえ…内容だけお伺いしても?」

 

キタカミ「次の戦争相手、よーく考えなきゃって思ってさ……綾波は何か言ってた?」

 

朧「……春雨には止められましたけど、同じ艦娘や人間になるだろうって」

 

キタカミ「…ま、そうなるよねぇ…チッ…わかりやすい未来だよ」

 

朧「……本当にですか?綾波が適当に言ったとか、その……」

 

キタカミ(…朧はまだ受け入れきれてないか…どうしようかなぁ…)

 

キタカミ「ま、その可能性もあるよ」

 

朧は恐怖心からの警戒心が宿ってる

…朧なら、大丈夫かな…

 

朧「あれ、携帯…すみません、えーと…はい、もしもし……アケボノ?この番号って執務室のだよね…え?呼び出し?アタシ何かした!?………話し合い…特務部にって…アタシが!?」

 

朧が困った様子でこちらを見つめてくる

 

朧「特務部の部長と面識があるからって…話に行けと…」

 

キタカミ「んー……」

 

キタカミ(…確かに、朧なら良いかもね、人選的にも…特務部との協力体制も朧が作ったんだし、悪くないかも)

 

キタカミ「頑張れ!んじゃ、私昼寝してくる」

 

朧「えぇ!?そんなぁ…」

 

キタカミ「…さて、私は私の仕事しますかね…新人どもを鍛え上げるにしろ…いや、阿武隈にやらせよっかな…だるいし…」

 

 

 

 

 

特務部オフィス

駆逐艦 朧

 

朧「し、失礼します…」

 

案内されたオフィスはヤケに綺麗で、前来た時とは違う…

 

朧(…この香料、なんだろう…少し鼻につくような…)

 

出されたコーヒーの匂いもわからないくらいキツイ匂い…甘いような匂い…

 

数見「待たせて申し訳ない、どうぞ、かけてください」

 

朧「あ、どうも…」

 

朧(な、なんか雰囲気違うし…調子狂うなぁ…)

 

数見「それで、最新の艤装についてでしたね…」

 

朧「あ、はい」

 

数見「…ところで、先程から鼻を抑えておられますが、もしかして芳香剤がキツかったり…」

 

朧「……正直に言うと…はい」

 

数見「ああ、やはり…すみません、研究員達が普段薬品まみれですから来客に合わせて少しでも匂いをマシにしようと思ったんですが、そうもいかないらしい…いや、タルヴォスの影響か…」

 

朧「おそらく…」

 

数見「ご不便をおかけしますが、何卒…本題に移らせていただきます、あの艤装については簡単に説明すればナノマシンを体内に注入して扱います、旧式のナノマシンでも動作はするので、アケボノさんが問題なく使えたのはその影響かと」

 

朧「…体に害とか…」

 

数見「無いと言って差し支えない程に、実験は重ねました」

 

朧「…本当に?」

 

数見「疑う気持ちは理解できますが、現状全く問題はありません、何か発生した際も対応いたします」

 

朧(…本当に、大丈夫なのかな…)

 

数見「ただ、最新のナノマシンは適合者を選びます、それが故に使える人はさらに限られるかと」

 

朧「旧式を使い続けるのは?」

 

数見「可能ですが、リスクを伴うかもしれません」

 

朧「…つまり、こっちの選択か…」

 

なんとも、難しい話だ

 

数見「こちらから説明できるのは以上です」

 

朧「ありがとうございました」

 

 

 

朧「…鼻が、潰れそう…」



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畑仕事

離島鎮守府 

駆逐艦 朧

 

朧「って感じ…でした」

 

アケボノ「本当に大丈夫なんでしょうね?」

 

朧「…大丈夫…多分」

 

アケボノ「明日には新人来るのよ?というか、あんた何してたのよ、日帰りで帰れたはずなのに」

 

朧「…いや、その…お土産買ってた、気分転換に」

 

アケボノ「……元気になった?」

 

朧「うん…少し」

 

アケボノ「なら良いわ、提督には伝えておくから…それより、横須賀は?」

 

朧「まだ誰も帰ってなさそう…あ、そう言えば特務部にも新人が来るんだっけ?もう居たのかなぁ…」

 

アケボノ「アンタなら匂いでわかるでしょ」

 

朧「いや、そんなの誰かまではわからないし…と言うか知らない人の匂いなんてわからない上に向かう芳香剤キツかったし…」

 

アケボノ「芳香剤?」

 

朧「薬品の匂いがきついからって」

 

アケボノ「…随分気が効く人になったのね…」

 

アケボノが不思議そうに首を傾げる

 

朧「前行った時とはまるで違ったよ、凄く綺麗なオフィスになってた…あ、そうだ、アケボノかキタカミさんに見てもらうようにって手紙預かってるよ」

 

アケボノ「私かキタカミさん?」

 

朧「新人について…だってさ」

 

アケボノ「…何よ、それ……えーと…[急なお手紙…]この辺は良いか、[新人は私たちの把握している限りは3名です、歳も10に満たない少女ですが、会った者から聡明な子達であると聞きました]…10に満たないって…最年少記録更新じゃない…」

 

朧「暁型が居るよ」

 

アケボノ「ああ、そっか……ええと?[他に行く宛のない子達です、何卒よろしくお願いします]…か、まともな事言えるのね」

 

朧「…どう思う?」

 

アケボノ「私にできるのは、提督の秘書としての仕事の余り時間にちょっと現実教えるくらいよ、それ以上は無理」

 

朧「キタカミさんに任せて良いのかなぁ…」

 

アケボノ「面倒見はいいから、安心しなさい…ただ、深海棲艦相手の戦争にでも…出したくは無いわね」

 

朧「うん…」

 

 

 

 

 

キタカミ「うぇぇ?ま、マジ?」

 

朧「そういう事になってるので、キタカミさんにも宜しく伝えるようにと…」

 

キタカミ「……不知火じゃカタブツすぎて無理だし、阿武隈は舐められそうだし…あーやだやだ…ちぇっ、こういうのは専門外なんだって…」

 

朧「…専門の内側ならやるんですか?」

 

キタカミ「……戦列にさ、まともに戦えない奴を並べるような奴らは負けるよ、戦えないのにこんな所にいる…そんなガキ共に情が湧いたら、死ぬ…護る戦いは本当に難しい、みんなの命が賭かってんのに…ねぇ?」

 

朧「……」

 

キタカミ「そいつらが利口かどうかなんて関係ない、居ない方がいいんだよ、朧、朧はマトモには戦えるけど…動けない誰かを庇いながら、戦える?」

 

朧「…それは…」

 

適正の問題だ、私は護る戦いは向かない…

というのは、言い訳なのだろうか

 

キタカミ「阿武隈なら向かってくる砲弾に集中すれば全部撃ち落とせるかもしれない、でも空と海の中はカバーしきれない…不知火はそもそも味方のカバーができない、支持されて仕事を与えられてから輝くタイプだからね…」

 

朧「…キタカミさんが復帰するのは?」

 

キタカミ「……限界ってものが誰にでもあるように…いや、今の阿武隈なら私と十分互角にやりあえる、阿武隈に無理な事は私には無理かな」

 

朧「……本当に?」

 

キタカミ「嘘なんかつかないよ」

 

朧(キタカミさんならなんだってできる…と思ってたんだけど)

 

キタカミ「そもそも、教導担当なんてらしく無いこと押し付けられたけど、ほんとは整備士でもやってるつもりだったからねぇ…提督とアケボノに捕まんなきゃなぁ…」

 

朧「そうなんですか?」

 

キタカミ「今でこそ新人来るの決まってるけど、誰育てるんだよぉ…みんな強いじゃん…」

 

朧「…キタカミさんには劣りますよ…」

 

キタカミ「私はたまたま戦争が向いてただけ、そんなのクソ喰らえってね…」

 

 

翌日

 

 

執務室

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「だーかーら!どうなってんのかって聞いてんのさ!!」

 

アケボノ「…うるさいですよ、私だって何も知らないんです、八つ当たりしないでください」

 

キタカミ「…正直さ?別にもう覚悟決めてここは小学校じゃ無いっつーのくらいの気持ちだったんだよ?なのにさぁ……ここは保育園か!?」

 

アケボノ「…私だって知りませんよ、新入りが追加されてるなんて…」

 

今日、輸送船に乗って来た新人は合計6人…

うち、3名は夕雲型駆逐艦、残りの3名は…

 

キタカミ「第一、私海防艦なんて艦種に何教えればいいのかわかってないけど…?え、本当にアレを出すの?」

 

アケボノ「……私は会ってませんが、どういう具合ですか」

 

キタカミ「…暁より年下かな」

 

アケボノ「…クソどもが」

 

要するに、そう、ココはいきなり保育園と化したわけだ…

想定されている、人間との…艦娘同士の戦争を前にして

 

アケボノ「提督は今中央に話を聞きに行ってます、それが終わってから…しかし、火野司令官をハワイに送り出したと思ったらこの蛮行、滅ぶべきは身内かもしれませんね」

 

キタカミ「子供に戦争させる外道と身内になった覚えはないね…」

 

アケボノ「その"子供達"は今?」

 

キタカミ「…阿武隈に押し付けて来た、あとは球磨姉とか…あの辺は大丈夫でしょ…せめて駆逐の方は手がかからなければいいんだけど…」

 

アケボノに書類を押し付ける

 

アケボノ「……成る程、本来着任前に届くはずの資料ですね、朝霜、早霜、清霜…それと、択捉、松輪、佐渡…全員孤児か」

 

キタカミ「駆逐の方はめんどくさそう、特に朝霜と早霜は2人とも…戦争孤児って言い方は違うけど、深海棲艦によって身内やられて…終いには自分から志願…前に出て死にそうな感じするからねぇ…」

 

アケボノ「…どうするつもりですか」

 

キタカミ「……今、考えるべきことが多すぎるんだよ」

 

考えるべき事…例えばニオイもそうだ、あの駆逐3人に仄かに残った匂いが、あの焼かれた後のようなニオイは…

まるで死霊がまとわりついているような…

 

それだけじゃ無い、まだ自分の立場や生き方すら知らない、ただの子供をこんな所に送り込んできた中央にも頭を働かせなきゃいけないし、今後の戦いに備えた準備もいる

 

何から始めればいいのか…

 

アケボノ「…キタカミさん」

 

キタカミ「んあ?」

 

アケボノ「そう難しい顔をする必要はありません、貴方は護るだけです、頭は私も働かせますから」

 

キタカミ「……とりあえず、山雲の農場の手伝いでもさせようかな…」

 

 

 

 

 

中央広場

 

今思えば、この島はかなり広い

森はあるし、小さな山もある…故に、忍びこまれたら普通は気づけない、要害にするには…いや、相手が艦娘と考えると無理な上陸を仕掛ける事も容易か

 

キタカミ「…戦争のことは考えるなって……あー居た、おーい、阿武隈」

 

阿武隈「あ、キタカミさん…」

 

キタカミ「……今日…髪、解いてたっけ?」

 

阿武隈「いや、その……滅茶苦茶に…うー…」

 

思った以上に悪ガキ揃いらしい

 

キタカミ「で?どこ行ったのさ」

 

阿武隈「森に…」

 

キタカミ「本当に自由だなぁ……独房にぶち込もうか、あきつ丸みたいにさ」

 

阿武隈「えぇ?な、何も悪いことしてないのにそれは可哀想じゃ…」

 

キタカミ「そんなことより阿武隈はさっさと午後の訓練用に標的出しといて、遅れてた場合は艤装の整備もさせるから」

 

阿武隈「えっ!?い、いや…その、髪の毛を整えたいなー……なんて…?」

 

キタカミ「……ロングヘアー似合ってるんじゃない?」

 

阿武隈「え、そうですかねぇ!?…えへへー…じゃ、じゃあ準備して来まーす」

 

キタカミ「詐欺に遭わないようにね、さてと……あっちか」

 

匂いを辿る

 

 

 

キタカミ「…森じゃなかったじゃん」

 

山雲「あれー?キタカミさ〜ん、どうしました〜?」

 

キタカミ「……そこで穴に落ちてる3人に用があるんだけど、何したの?」

 

山雲「害獣対策の落とし穴に落ちちゃったみたいで…」

 

キタカミ「ふーん……まあ、いいや、えーと…アンタが朝霜だったね」

 

朝霜「…あ?なんだよ、出しててくれんのか?」

 

朝霜の背の高さでは到底この穴からは出られない、か…

山雲の言う害獣は敷波の熊ぐらいだろうけど…もし落ちたらどうなるのやら

 

キタカミ「何しに農場に入ったのさ」

 

朝霜「冒険だよ!ぼ、う、け、ん!面白そうだったからさぁ…って聞いてんのか?なぁ!」

 

キタカミ「聞いてるけど、それよりそっち…は、早霜ね、で、清霜か…」

 

早霜「…土塗れですみません、早霜です」

 

清霜「よろしくお願いしまーす!……で、出してもらえますか?」

 

キタカミ「…教導担当のキタカミ、なんだけど……阿武隈ってわかる?頭黄色い奴」

 

早霜「…ええ」

 

清霜「え?わかるの?私わからない!」

 

朝霜「頭乗っかろうとしたら髪の毛崩れたって叫んでた奴…だと思うけど」

 

清霜「あー!」

 

キタカミ「うん、犯人みっけと…初対面の相手にオイタは良くないねぇ、山雲ー、とりあえず農場で預かってくれる?」

 

山雲「…良いです、けど…」

 

キタカミ「言うこと聞かないなら…神通か那珂使おう、川内は甘いからダメ…で、えーと…お、大和じゃん、おーい」

 

通りがかった大和を呼びつける

 

大和「な、なんでしょうか!?」

 

キタカミ「そこの3人引っ張り出して、山雲の言うこと聞かせといて、午後練休んで良いから」

 

大和「え、本当ですか!?」

 

キタカミ「出たいなら良いけど」

 

大和がさっさと3人を引っ張り上げる

 

朝霜「でっか……」

 

清霜「3人合わせたくらい大きいね…」

 

早霜「流石に、そこまでではないですけど…192くらいですか?」

 

大和「は、測ったことないのでわからないですけど…ええと…?」

 

山雲「はーい、これ持って下さ〜い」

 

山雲が有無を言わさず麦わら帽子と軍手を配る

 

朝霜「な、なんだこれ?」

 

山雲「雑草取り、手伝ってくださいね〜…終わったら、そうですね〜……この時期だし、さつまいもが美味しいですよ〜…カボチャも、甘いです〜」

 

清霜「お、おー…?」

 

早霜「……農作業に来たわけではないと思うんですが」

 

キタカミ「言うこと聞いて大人しくしてない罰さね、ちゃんとやらないと山雲は怖いよ〜?」

 

大和「キタカミさん程では…」

 

山雲「うんうん〜…私は怖くありません、よ〜?」

 

朝霜「けっ!あたいはこんな事しに来たんじゃないっての!」

 

清霜「そう!深海棲艦と戦いに…!」

 

キタカミ「ダメ、まだ早いね、死にたく無いなら大人しくしてな」

 

朝霜「……チッ…わかった」

 

キタカミ(…ヤケに聞き分けがいい…なんか妙な感じがするね、厳重警戒…しとこうかな)

 

 

 

 

朝霜「ふぃー…つ、疲れた…」

 

早霜「…随分、広い畑…」

 

清霜「ねぇねぇ!ちゃんと気づかれて無いかな!?」

 

朝霜「気づかれるも何もないだろ…別に何か悪いことしてるわけじゃないしさ」

 

早霜「朝霜、どう思いましたか」

 

朝霜「…キタカミってのは偉そーにしてんなとは思ったけど、なんで杖ついてるんだろうな、脚悪いのか?」

 

早霜「重心を杖にかける歩き方に慣れてました、多分」

 

清霜「タイエキグンジンって奴かな!?」

 

朝霜「なんでもいいよ、その辺は…あたいらは上手く死なないようにすれば良いだけだ…でも、本当なのかね、10年間勤めたらシャバで安全な生活が保証されるって…」

 

早霜「国のお偉方が言うんですから、多分…」

 

清霜「楽しみだねー!10年後!」

 

大和「あ、居た…終わりましたか?」

 

朝霜「あ、あー…終わった、けど…」

 

大和「山雲さんがお芋を焼いてくれたので、良かったら」

 

早霜「…御相伴に預かります」

 

清霜「焼き芋!美味しいんだよね!?」

 

大和「た、多分…」

 

朝霜「…焦がしたのか?」

 

大和「いえ、私は食べたことなくて…」

 

清霜「えー、同じだ!」

 

大和(まともな人の食事なんて前の世界では殆ど食べてこなかったし、この世界も人間になって浅いから、美味しいものわからないし…何て言えばいいのか…)

 

 

 

 

 

 

キタカミ「で、こっちは…寝てんのね」

 

大井「しーっ…今さっき寝た所ですから」

 

並べられた布団に4人、球磨姉が抱え込むように4人揃って昼寝…

 

木曾「どうにもな、その端っこの指しゃぶってる奴は人見知りが激しいみたいでな…泣き疲れて寝たと思ったら残りも一緒になって寝ちまった」

 

キタカミ「……戦わせる必要は、無さそうだね」

 

北上「戦わせようとしてた?まさかコレを?」

 

キタカミ「なわけ、こんな何もわかってないような子供なら…変に戦争しようなんて考えないだろうなって」

 

大井「……」

 

木曾「どうすんだ?北姉」

 

キタカミ「親は居ない、送り返す先は施設…か……仕方ない、みんなちゃんとお姉さんしてよ?特に木曾」

 

木曾「なっ…マジかよ、俺は…」

 

北上「俺、禁止」

 

木曾「えっ」

 

大井「言葉遣いは丁寧に…自分のことは私と呼んで、敬語を周りにしっかり使うこと」

 

木曾「待っ…」

 

キタカミ「それから3食野菜のみを食べること」

 

木曾「それは違うだろ!?」

 

多摩「うるさいニャ」

 

大井「子供が起きちゃうでしょう?」

 

木曾(は、反論させる気無ェ……)

 

キタカミ「ま、流石に冗談だけど…気は使ってやってよ、とりあえずウチで面倒見よう」

 

大井「そうですね…球磨型で預かりましょう」



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迷い

離島鎮守府 執務室

提督 倉持海斗

 

海斗「……弱ったな…」

 

あの新しく来た子達、既にみんなに任せきりな上に、今からネットにもいかなくてはならない…

どうしたものか…いや、どうすることもできない

1日の中で基本業務を終わらせる頃には夕刻、そこから自身の時間でパソコンなどを用意してThe・Worldにログイン…

 

そこまでは問題ない、だが困った点は有事の際に僕は何をすればいいのか、僕がどう動くべきなのか…

タイミングはとことん悪い、つい先程のことだが…

 

亮「呉に行く事になりそうだ」

 

という事らしい…なんだかんだ様々な作戦に参加したりなどの功績が評価されたこともあり…提督として赴任する事になった、と

 

喜ばしい事だけど、ここで呉戦力が消えるのは…正直何かあった時が不安になる

 

海斗(……僕は、何ができるのかな…)

 

今、この鎮守府に今僕がいる意味は?

求めるべきではないのかもしれない、役目がない方がきっと気が楽で、みんなを躊躇いなく助けに行けるかもしれない

 

アケボノ「失礼します、本日の業務完了しました」

 

海斗「お疲れ様、ゆっくり休んでね」

 

アケボノ「…先ほど、新人の様子を見に行きましたが…海防艦はすっかり寝ていました、まだ幼児ほどの齢の子供達ですので、仕方ないのかもしれませんが…」

 

海斗「緊張で寝付けないよりはいいよ、駆逐艦の方は?」

 

アケボノ「農業に勤しんでおりました、きっと問題無いでしょう」

 

海斗「良かった…」

 

アケボノ「中央の方々は?」

 

海斗「…何を考えるのか、よくわからないよ…今後も継続的に新人を送り込むつもりらしいし…拓海の事も上手くハワイに押しやって自分達で好きにやろうとしてるみたいだ」

 

アケボノ(…提督の前では言えませんが、火野司令官は優秀すぎる、敵が多いのも仕方ないのか…)

 

海斗「元々、拓海が1番上だからって好きに何かを動かせるわけじゃ無いのはわかってたけど…」

 

アケボノ「元の御老人は、なんの因果か綾波が一掃しました、しかし後釜に座った者たちもまた……という事ですか」

 

海斗「そうみたい、だね…」

 

アケボノ「…何を憂いておられるのですか、私では不足でしょうか?提督の求めておられる結末の為に、私達を"使って"ください」

 

海斗「……今、僕が悩んでるのは…」

 

あと一つ、中央で聞いた事がある

夕雲型同様の、最新式の艤装をアメリカに送った、という点…

 

海斗「…いや、心配してる事は……」

 

そして、アケボノにも、キタカミにも釘を刺された、次の戦争の相手を見極めろと

 

 

 

アケボノ「……成る程、しかし……それは、逆に判断材料として利用すればいいのではないでしょうか?」

 

海斗「判断…?」

 

アケボノ「もし、本来暴走しているはずのハワイの人間が最新式の艤装を使って来るようなら…虚偽の報告をし、意図的に火野司令達を罠に嵌めたという事になります……中央と共謀して」

 

海斗「…犠牲が出てからじゃ遅いよ」

 

アケボノ「ええ.しかし…情報は必要です、それに横須賀は腹の黒い人が2人も居ますから」

 

ジリリリリと電話が鳴る

 

海斗「ごめん、ちょっと待って…はい、離島鎮守府執務室…」

 

火野『海斗か?丁度いい、増援が欲しい、南南東40浬地点だ』

 

海斗「拓海?そっちで何が…」

 

火野『あまり話す余裕は無い、が…端的に言えば、艦娘同士の殺し合いに発展している…死者はいないが負傷者も出ている、早急に頼む』

 

海斗「わかった…!」

 

電話を置き、一拍置く

 

海斗「……金剛と阿武隈、それから龍驤…あとは川内型に緊急出撃要請を出して、僕は移動用のボートを用意しておくから」

 

アケボノ「意見具申よろしいでしょうか」

 

海斗「手短にお願い」

 

アケボノ「追加で大和さんと大鳳さんを送る事を提案致します」

 

海斗「……いや、高速ボートは6人が限界だよ、それと大和型と大鳳型の艤装はあのボートじゃ厳しいだろうから…」

 

アケボノ「ええ、ですので2台使えばよいかと」

 

海斗「いや、複数台使う事は問題ないけど向こうは負傷者が居るらしいし救命用にも必要だ、6人だけで行くよ」

 

アケボノ「御意に、すぐに準備をさせます」

 

 

 

 

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「……油の臭い、それと…土煙の匂い……出撃札の匂い…」

 

北上「そんなもんわかんの?」

 

キタカミ「ボートを用意してる、それと、走り回ってる人もいるし、メンバーはすでに決まってる……成る程ねぇ、なんか有ったか…寝ててくれるといいけど」

 

横で寝息を立てている海防艦を眺める

 

北上「もう2時間は寝てるけど…夜寝れなくなりそうだよ」

 

キタカミ「かもねぇ……北上、木曾と一緒に出撃用意、万が一追撃があった場合…1番時間稼げるのはアンタらでしょ?」

 

北上「時間稼ぎ?冗談じゃん、全部やるっての」

 

キタカミ「ちょっと曲芸教えてもらったからって調子に乗らない……んー…ニオイ…混ざっててわかんないな、これ、焼き芋の匂い?それともカボチャ?」

 

鼻を鳴らし、立ち上がる

 

キタカミ「まあ、いいや……あ?…龍驤に、阿武隈…金剛…と、川内神通那珂……この編成は多分、対人想定だ」

 

北上「なにそれ」

 

キタカミ「川内型がでてきてる、あと戦艦にしては機動力のある金剛を選んでる、阿武隈は…指揮役、深海棲艦とやりあうには違和感ある編成かんだよね……」

 

北上「そうは思わないけど」

 

キタカミ「……阿武隈、足引っ張るな…」

 

北上「え?」

 

キタカミ「…いや、いい勉強か…」

 

杖をついて扉の方に歩く

 

北上「どこ行くのさ」

 

キタカミ「食堂、今のうちに目隠し作っとかないと」

 

北上「……どういう意味?それ」

 

キタカミ「医務室じゃ足りないんだよ、場所がね」

 

 

 

 

 

 

食堂

 

キタカミ「ふぃー…手伝ってくれてありがとねぇ?」

 

春日丸「いえ…」

 

春雨「本当に、必要なんですか?」

 

キタカミ「読み通りならね…春雨、医薬品ってどのくらいある?」

 

春雨「…20人くらいなら、全身に消毒液をかけて、包帯を巻いても問題ないでしょう…」

 

キタカミ「…足りてくれるといいけど……満潮、如月、居る?」

 

如月「はーい、何でしょうか」

 

キタカミ「あれ、満潮…は、非番か…」

 

吹雪「なので、私たちがお手伝いを…」

 

キタカミ「……待ってね、今考える…」

 

春雨「あの…?」

 

キタカミ「…船から来るなら…いや、鎮守府前はダメだな、仕方ないか…如月、食事の時間早めてできるだけ早く作って」

 

如月「えっ…構いませんけど、新人さんの歓迎会って阿武隈さんが…」

 

キタカミ「んなもんキャンセル、今はとりあえずすぐ食べられるもの出してあげて、何がどうなるかわからないから…あ、春雨、医務室に簡易の無菌室作ろう」

 

春雨「……わかりました、徹底しましょうか」

 

如月「何か、有ったんですか…?」

 

キタカミ「多分ね、血の匂いが充満してる部屋でご飯食べたくないでしょ」

 

吹雪「ち、血!?」

 

春日丸「深海棲艦…ですか?」

 

キタカミ「……だと、良いんだけど」

 

春日丸「…!」

 

春雨「……本当に、深海棲艦じゃないんですか」

 

キタカミ「知らないよ、まだ私は何も聞いてない……ただ、私にできんのは最悪を想定した行動だけだよ」

 

 

 

 

 

朝霜「んだよ、ここの飯は随分早えんだな?」

 

キタカミ「今日だけさね、勘弁してよ」

 

早霜「それは構わないのですが…どうして私達と一緒に食べてるのでしょうか」

 

清霜「えー?たくさんで食べた方が美味しいから良いんじゃない?」

 

キタカミ「そうそう、実はみんなに厳しくしすぎてひとりぼっちだからさぁ…」

 

朝霜「ケッ…自業自得って奴じゃねぇの?……つーか、あたいらの訓練もアンタが面倒みんのかよ」

 

キタカミ「…まあね」

 

血の匂いが微かに香る

 

キタカミ(さっさと食べるか…)

 

木曾達に視線を送り、ハンドサインでさっさと出撃用意を整える様に伝える

 

木曾(了解)

 

木曾「おい、姉さん、仕事だ」

 

北上「あいよ」

 

キタカミ(……ま、これでなんか有っても大丈夫でしょ)

 

すでに日は落ちた、逃げ切るのは容易なはず…

 

早霜「…何か気になる事でも?」

 

キタカミ「んー?」

 

早霜「急に箸が止まったものですから」

 

キタカミ「おー、よく見てんねー、実は私菜食主義者でさ、このウインナーいるヒト」

 

清霜「えっ!?要らないの!?欲しい欲しい!」

 

早霜(…何かを考えてる様な素振りでしたけど、違ったのか、それとも…)

 

キタカミ「おー、好きなだけ食べなー」

 

朝霜(こいつ、意味わかんねー)

 

キタカミ「……にしても、早霜だっけ?」

 

早霜「はい」

 

キタカミ「よく観てるねぇ…」

 

早霜「そうでしょうか」

 

キタカミ「ま、なんだろ…あんま怖がんなくていいよ、ここに居るのはみんなバカばっかだからさ」

 

朝霜「ンだよそれ…」

 

キタカミ「ホントにみんなバカなんだよ、でも安心しなよ?みんなバカみたいに強いから」

 

清霜「ホント!?やっぱり強いの?」

 

キタカミ「おー、そりゃ勿論」

 

朝霜「アンタは?」

 

キタカミ「私は…そうさねぇ…」

 

親指と人差し指で輪っかを作り、すこしだけ隙間を開ける

 

キタカミ「こんくら〜い…かな」

 

朝霜「つまり、弱えのか?」

 

キタカミ「ま、お婆ちゃんだから優しくしとくれよ〜」

 

早霜「…5つほどしか変わらない様に見えますが…」

 

キタカミ「えー、そうかなぁ…」

 

朝霜「教える奴が弱えとか、ワケワカンネー」

 

キタカミ(……あと30分…か、思ってるより多いな…)

 

キタカミ「あ、ほら、もうこんな時間、早く食べちゃいなよ」

 

清霜「はーい」

 

朝霜「まだ早えだろ…」

 

キタカミ「アンタら部屋に案内する前に暴れたからまだ施設の案内すら終わってないんだよ、さっさと案内するから食べちゃいな」

 

早霜「……それを考えても、明らかに時間は…」

 

キタカミ「いいからいいから、あ、大和〜?」

 

大和「は、はい!」

 

キタカミ「あとでこの子達案内しといてね」

 

大和「……私ですか」

 

キタカミ「貴方です」

 

 

 

 

 

 

キタカミ「負傷者の数は」

 

春雨「17、内3名は重症…夕張さん、大淀さん、暁さんといずれも艦娘です、艤装接続部を攻撃され、裂傷…詳しく調べないとなんとも言えませんが…」

 

キタカミ「ここじゃ無理?」

 

春雨「いいえ、設備は整えて頂いてますから…それよりキタカミさんはメンタルケアをお願いします」

 

キタカミ「あいよ、一応追撃隊は追っ払ってるから、心配無いはずだよ」

 

春雨「……本当に、こうなるとは…」

 

食堂いっぱいに血の匂いが充満する

他の匂いが感じ取れないほどに

 

キタカミ「……はぁ…」

 

テーブルに腰掛け、項垂れてる集団に近づく

 

キタカミ「お疲れぇ……どしたのさ、そのクソみたいに落ち込んだツラは」

 

阿武隈「…ごめんなさい…」

 

金剛「助けに行ったのに…逆にコテンパンにされたデース…」

 

キタカミ(……)

 

龍驤も顔は暗いが、何かを思案する様な表情

川内型は負傷者を気にかける様子…

 

キタカミ「成る程ね、わかった……金剛と阿武隈、アンタらが悪いわ」

 

龍驤「ちょ、待ちぃや…2人は何も…」

 

キタカミ「戦争してるの、忘れた?」

 

阿武隈「……」

 

金剛「……私達が、戦争してる相手ハ…深海棲艦デース…」

 

キタカミ「うん、違うね、今戦争してる相手は人間だよ」

 

川内「…ちょっと、酷じゃない?言い方とかさ」

 

キタカミ「阿武隈、アンタちゃんと撃った?アンタから硝煙の匂いが殆どしないんだよね、金剛、アンタもだよ」

 

阿武隈「それ、は…」

 

金剛「……撃ってまセン…」

 

キタカミ「チッ……わかってるよ、阿武隈、アンタは撃ったら殺しちゃうもんね?教え込んだからねぇ…確実に殺せるように撃ち込む場所を選ぶ方法とか、全部…撃った人間を殺してしまうから、撃てなかった…」

 

阿武隈の肩に両手を置く

 

キタカミ「……じゃあ、なんで硝煙の匂いがこんなに少ないのさ…殺せとは言わないよ、守って無いよね、誰も」

 

阿武隈「…!」

 

キタカミ「金剛もさ、役割わかってる?どんな打ち合わせしてどんな役割を与えられた?」

 

金剛「……前に出て、攻撃を、集中して集める…予定デシタ…」

 

キタカミ「阿武隈、金剛は囮になるとして…見殺しにするの?」

 

阿武隈「ちがっ…」

 

キタカミ「アンタが敵の砲弾全部撃ち落とすくらいの気持ちじゃなきゃさ、ダメなんだよ…アンタの後ろには沢山の怪我人が居て、それを減らせたかもしれない…けど、そんなのどうだって良いんだよ」

 

阿武隈の顔を持ち上げ、金剛の方を見せる

 

キタカミ「アンタは、金剛を殺しかけてんだよ」

 

阿武隈「っ…」

 

金剛「そ、それは違いマス!私も前に出られまセンデシタ…」

 

キタカミ「じゃあ、もっと悪い……全員殺しかけた事になるねぇ」

 

阿武隈「…は、い…」

 

神通「流石に言い過ぎでは」

 

キタカミ「……私さ、阿武隈が出撃するってわかった時に嫌な予感したんだよね、不知火ならこうはならなかったよ、人間を殺す事に躊躇いなんて無いからさ」

 

那珂「…酷いよ、そんなの…」

 

キタカミ「事実だから、仕方ないでしょうが…阿武隈、アンタが自分で立てた作戦、どこまで実行したか言って」

 

阿武隈「……」

 

キタカミ「言え」

 

阿武隈「…何も、してません…」

 

キタカミ「…川内型が居て、本当に良かったよ…本当に幸運だった…だって誰も死なずに帰ってきたから」

 

川内「……」

 

キタカミ「川内、言いなよ、この間抜けな甘えた考えを変えるためにさ」

 

川内「…私達、しばらくしたら呉に移る」

 

神通「初耳です…」

 

那珂「そう、なの…?」

 

キタカミ「まだ本決まりじゃ無いらしいね、だとしてもほぼ確定でしょ」

 

川内「……」

 

キタカミ「阿武隈、次助けてくれるのは、誰?」

 

阿武隈「…それ、は…」

 

キタカミ「頭張ってんのはアンタなんだよ、気合入れな、私は…阿武隈にしか託せないとと思ってたんだから」

 

阿武隈「……ごめんなさい、失望させてしまって…」

 

阿武隈が啜り泣く

 

キタカミ「殺せなんて言わない、別に良いよ、どんなに甘くても…でもね、仲間見殺しにするような真似は絶対に許さない…だって阿武隈強いもん、みんな守れるくらいには強いのに何やってんのさ」

 

阿武隈「ごめん、なさい…!」

 

キタカミ「……龍驤、そっちはどういう感じ?」

 

龍驤「…艦載機、あっさり全部堕とされた」

 

キタカミ「対空に重点置いてる奴がいるか…まともにやりあうのは阿呆らしいね」

 

龍驤「…ウチ、どうすりゃええんやろ…」

 

キタカミ「最近秋月がノルマこなすの早くてさ、割と自由になってるから秋月と演習してみたら?赤城や加賀も集めてさ」

 

龍驤「…そうしてみるわ」

 

キタカミ「報告書は書くから、事細かにログとか教えてくれると嬉しいんだけど」

 

川内「手伝う」

 

キタカミ「それと、提督からの処分とは別に私からね、今回作戦参加6名は日中の訓練参加を三日間禁止、以上、ほんじゃ川内、後でね」

 

川内「…優しいとこあるじゃん」

 

阿武隈「優しいですよ、甘くはないですけど…」

 

神通「…処分、でしょうか…これって」

 

龍驤「失態もあるから表向きには処罰って事にしとるんやろ…充分甘いわ…しかしウチには重い罰やな、試したい事山のようにあるっちゅーに」

 

川内「今無理なトレーニングをして体を壊すことを防ぎたいんでしょ」

 

 

 

 

 

波止場

 

朧「あ、キタカミさん…」

 

キタカミ「おー、やっぱり?」

 

朧「はい、何か変な匂いが残ってて」

 

キタカミ「……船倉のネズミ捕りでもしようかなぁ」



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タンポポ

離島鎮守府 波止場

教導担当 キタカミ

 

朧「使ってる火薬の種類が違うんでしょうか、それとも…」

 

キタカミ「いや、この匂いは夕雲型と同じ…最新式の艤装…アケボノの読み通りかな、狙いは…」

 

朧「オリジン」

 

キタカミ「そう呼ばれてるんだ?」

 

朧「はい…船内には大量の人間がいますけど……女性が…多分2人…火野司令官の話では艦内の清掃のために結構な人数を残しているそうですが、全て男性だと」

 

キタカミ「だろうねぇ、どうしよっかな、できれば平和的に行きたいけど…艤装持ってるみたいだし?まあ、スパイが目的なら自分で出てくれるかなぁ、餌さえ撒けば」

 

 

数時間後…

 

 

 

ガンビアベイ「よ、ようやく外に出れた…」

 

サミュエル「もー、ホントになんで乗る船間違えちゃうの…?ここから帰れるかなぁ…救難信号も送るに送れないし…というか、ここどこだろう…」

 

ガンビアベイ「…うーん、お月様があの辺で…」

 

サミュエル「えーと…」

 

キタカミ「ストーップ、フリーズ、Please do not move I'll shoot( 動かないで  撃つよ)

 

ガンビアベイ「ひぃぃっ!?」

 

サミュエル「あっちゃー……」

 

キタカミ(2人、か…)

 

大柄なのと小柄なの、2人とも静止し、こちらの様子を伺おうとしてる

 

キタカミ(いいよ、やりな)

 

朧が音を立てずに2人の背後をとり、主砲を突きつける

 

朧「確保…」

 

キタカミ「…えーと、 Sit down(座って)

 

小柄な方が両手を上げる

 

サミュエル「…日本語、通じるよ」

 

キタカミ「おー、そりゃ良いね、ならついでに武器捨てようか、殺すつもりはないから安心して」

 

艤装が音を立てて地面に落ちる

 

キタカミ「今、ここを2人で見張ってて、あと1人、山見える?そっち、そこにスナイパーいるから、試しに何か撃たせようか?」

 

サミュエル「そんな事しなくていい、私達も戦うつもりは…」

 

小柄な少女がこちらへと近寄ろうとする

 

キタカミ「止まりなよ、動いたらホントに死にかねないよ?」

 

朧「……」

 

キタカミ(朧が撃てるか、は別として…私の事ちゃんと見えてなさそうだね、アメリカ人は夜目が効かないって言うけど)

 

サミュエル「物騒だね」

 

キタカミ「あんたらに怪我させられた奴、たくさんいるし」

 

サミュエル「……えーと、素直に返してくれたりは」

 

キタカミ「アンタら、名目上は暴走して民間人を押さえつける犯罪者として政府から討伐要請出てるの知ってる?公的に」

 

サミュエル「……いーや、知らない…」

 

キタカミ(知ってるな、誤魔化すつもりか)

 

キタカミ「なんにせよ、同盟国の人間をいきなり殺したりはしない……というかしたくないんだよねぇ…」

 

杖をつき直す

 

サミュエル(…今の音、長物?でも、木製…杖?武器を持ってないもしくは…よく見えないけど、相手はもしかして身体的欠陥を抱えてる…?)

 

キタカミ(あ、ダメだこいつ、やるつもりだ)

 

サミュエル「……そうだ、二つ聞きたいんだ」

 

キタカミ「答えるかは…何かによるけど」

 

サミュエル「1つ、Destroyers princess(駆逐棲姫)を倒したのって、アナタ?」

 

キタカミ「…ああ!駆逐棲姫の事ね……それなら別だよ、何か知りたいことでもあんの?」

 

サミュエル「教えてくれるなら…2つ目は、あー…ジャパンではなんて言うんだっけ……Dr.(ドクター)で伝わる?Dr.綾波はホントに殺されたの?」

 

キタカミ「綾波?……処刑されたのはそうだけど」

 

サミュエル「Oh shit、是非お目にかかりたかったのに…」

 

キタカミ「何、綾波の知り合いか何か?」

 

サミュエル「違う違う、その綾波ってのはアメリカではこう呼ばれてる、Devil Scientist(悪魔の科学者)…さっきのDestroyers Princessと見た目似てるし、同じ奴なんじゃないかって」

 

キタカミ「…残念ながら、別人だね…駆逐棲姫は海で死んだ、綾波は陸で死んだ」

 

サミュエル「ふーん……武器持ってないから近付いていい?」

 

朧「嘘、持ってます、拳銃」

 

サミュエル「……Wow…なんでバレたのか…なッ!」

 

小柄なのが反転し、背後の朧が蹴りを受ける

 

朧(重ッ…!?)

 

ガードした朧が地面を転がる

そしてこちらへと駆けてくる影

 

キタカミ「敷波、まだ撃たなくていいよ」

 

脚元を拳銃で撃つ

 

サミュエル「っ!」

 

キタカミ「……仕方ないなぁ…そんなに相手して欲しいの?…もう戦争はやめたんだけど……」

 

ガンビアベイ「さ、サム…」

 

サミュエル「名前呼ぶな!」

 

キタカミ「サム…サムね、宜しくサム、私キタカミ…で、初対面で大喧嘩したい?」

 

サミュエル「……ねぇ、アメリカとやりあうつもり?」

 

キタカミ「アンタはアメリカじゃない、一部始終撮られてるけど大丈夫?」

 

サミュエル「な…?そんなブラフ通じるわけ…」

 

キタカミ「横須賀にはさ、記録専門のやつとかもいるわけよ、そいつが今ここに居るし…今、マイクで音も拾ってるはずだよ」

 

サミュエル「……」

 

キタカミ「あと、もうこっちはやり合う用意できてるから」

 

私の意思一つで、完全制圧が完了する…

 

サミュエル「…こっちはアメリカの軍人だよ」

 

キタカミ「軍人、でいいのかなぁ…ホントに?録音してるんだよ?アンタら暴走してる筈じゃなかったの?攻撃までしてるんだよ?……立場はアメリカ軍人でホントに問題ないの?」

 

サミュエル「っ…!」

 

ガンビアベイ「さ、あー…ど、どうする!?」

 

サミュエル「やるしか、ないでしょ…」

 

キタカミ「やるんだ?暴走してる体を保つために」

 

サミュエル「黙れ!クソジャパニーズ…!さっさとオリジンさえ引き渡せ…ばっ!?」

 

サムと呼ばれた方が地面に顔から突っ込む

 

朧「…キタカミさん、良いですよね?」

 

キタカミ「もう蹴ってるじゃん…ま、目的も分かったし、良いけどさ」

 

サミュエル「チッ…!やらなきゃ…」

 

朧「……」

 

パチパチとそろばんを弾くような音…

 

キタカミ(この音って…まさか…)

 

キタカミ「朧!それはやりすぎ…」

 

空気が朧の方に流れる

 

サミュエル「なんか、まず…!?」

 

朧が放った回し蹴りが異常な音を鳴らす

空間が唸るような、そして、何か、金属がひしゃげる様な…

 

サミュエル「ぁ……あ…?」

 

ガンビアベイ「さ、サム!?」

 

サムが崩れ落ちる様に、倒れる

 

朧「……大丈夫、当ててませんから…気絶しただけです、多分」

 

キタカミ(…目、紋様浮かんでるし…マジになってるじゃん…)

 

キタカミ「あーなんだろ、そっちの、名前は?」

 

ガンビアベイ「ひっ!?…あ……」

 

キタカミ「大丈夫、2人分の安全を保証する……って、アンタは日本語わかんない?」

 

ガンビアベイ「わ、わわか、わかりましゅ…」

 

キタカミ「じゃ、名前…まあ、本名が嫌なら呼び名だけでも良いからさ、ね?」

 

ガンビアベイ「… Gambier Bay…」

 

キタカミ「OK、ガンビアベイね、どうしよっかなぁ…普段は食堂に連行するけど今医務室の代わりにしてるし」

 

朧「……2人だけですし、応接室に通すのは」

 

キタカミ「無理、今提督と火野さんが使ってるよ、いやー……まあ、食堂しかないかなぁ…騒ぎにならない範囲で見張れるし」

 

 

 

 

食堂

 

春雨「……こういう時は、そうですね、ワットザファックと言えば良いのですか?」

 

キタカミ「さあね、とりあえずその辺のテーブル使うよ、もうみんな寝てる?」

 

如月「いや…その、銃声鳴ったので、起きちゃった子も…その、私とか…」

 

キタカミ「うへぇ、神経質だなぁ…」

 

春雨(貴方が図太いだけです)

 

キタカミ「ガンビアベイ、そっちに座って、サムも座らせといて…あー、そうだなぁ…朧、不寝番に警戒の伝令と夜偵も飛ばす許可取っといてよ」

 

朧「わかりました…キタカミさん1人で大丈夫ですか?」

 

キタカミ「この時間はアケボノが起きてるし、なんかあっても大丈夫だよ」

 

 

 

 

サミュエル「…ん……?」

 

キタカミ「おー、気づいた?Hello、元気?」

 

サミュエル「ッ!!」

 

ガンビアベイ「さ、サム、動かないで…!こ、殺されちゃう…」

 

ガンビアベイに諌められ、サムが動きを止める

 

サミュエル「……ここは」

 

キタカミ「食堂だよ、如月、コーヒーもう一つね」

 

如月「は、はい!」

 

キタカミ「あ、砂糖とミルク要る?」

 

サミュエル「……飲むわけない」

 

キタカミ「あ、そう」

 

自分の分のコーヒーを飲み干す

 

キタカミ「今、アンタらの艤装解析に回してるんだけどさ…あれこっちがアメリカに輸出した物みたいなんだよねぇ?」

 

サミュエル「…何の話」

 

キタカミ「その艤装、わずか1週間前に完成して、試験的に運用を始めた物らしくてさ、でもそれをアンタたちが持ってるって…おかしくない?」

 

サミュエル「……」

 

キタカミ「アメリカ本土からずーーっと離れたハワイに居たアンタたちが何でそれを持ってるのか、謎だよね、不思議だね?」

 

サムから少し離れた位置にコーヒーが置かれる

 

サミュエル(…今の給仕、戦闘員じゃない……あと、すごく濃い血の匂い…怪我人がたくさん居る…上手く盾に…)

 

春雨がサミュエルの首筋に刃を突きつける

 

春雨「失礼、私は春雨と言います、万が一…私の患者に手を出したら、生きては返しませんよ」

 

サミュエル「…何、ニンジャって奴?」

 

春雨「いいえ、ただの医官です」

 

キタカミ「ところで、質問に答えてくれると嬉しいんだけど」

 

サミュエル「……あの艤装は、1ヶ月前から使ってる」

 

キタカミ「へえ?」

 

サミュエル「アレを開発したのは日本じゃない、Dr.綾波って聞いてる」

 

キタカミ「…ドクタードクターってさっきから呼んでるけど、綾波とアメリカって仲良いのかね?」

 

サミュエル「…それは、知らない…」

 

綾波が開発したと言うのなら、可能性はある

今の最新の艤装も綾波の提供した研究がベースだ、似通うのも無理はない

 

キタカミ「なのに、悪魔の科学者か……目的、わかりにくいねぇ」

 

サミュエル「……私達はDr.綾波と、Destroyers Princessが同じ奴だと思ってる、何か知ってる?」

 

キタカミ「質問するのはこっち、今のアンタらの立場わかってる?」

 

サミュエル「……」

 

キタカミ「アンタらはアメリカ人だけど、ここは日本の海域で、いきなり仕掛けてきたのもそっち、不法入国に傷害、十分逮捕されるって」

 

ガンビアベイ「た、たたっ…逮捕…」

 

キタカミ「洗いざらい吐いて、アンタらの危険性を取り除いた上でなら、政府側に問い合わせてあげるケド?」

 

ガンビアベイ「さ、サム…」

 

サミュエル「それを、信用しろと?」

 

サムの視線がより鋭くなる

 

キタカミ「あーあー、なんか勘違いしてるかもしれないけど…私らはかなーり、優しく対応してるんだからね?牢屋にぶち込んでも良かったんだよ?それとも…余計なこと喋るとアメリカ軍人でいられなくなるから困った?」

 

サミュエル「……」

 

手元の端末に目をやる

 

明石[預かった艤装、どうやら何かに対するレーダーのようなものが搭載されていて、私や朧さん、キタカミさんが近付いた時に反応を示しました、おそらく碑文の因子に反応してるのかと]

 

キタカミ(狙いは碑文使い…じゃないだろうね、オリジン…オリジンって何?朧に聞いたかば良かったな…)

 

キタカミ「あー、そうだ…オリジンってさ、何なわけ?」

 

サミュエル「…何、まさか知らないの?」

 

キタカミ「知ってるわけないじゃん、なーんにも知らないけど?」

 

サミュエル「っ…は……何、それ…」

 

ガンビアベイ「さ、サム、事情を話せば…」

 

サミュエル「バカ言わないで、こんな奴ら頼りにしたら…」

 

キタカミ(酷い言われ様だねぇ…)

 

杖が音を立てて倒れる

 

サミュエル「……拾わなくていいの」

 

キタカミ「そうしようと思ってたけど…アンタがテーブルに手をついたからさ…体術も心得あるんだね〜」

 

サミュエル「…無くても、杖をつかなきゃ歩けない奴なんか…」

 

キタカミ「そう?いや、別に好きに言えばいいけどさ…相手を侮るのは良くないよ?それに…ここで手を出したら、間違いなく生きては帰れない」

 

サミュエル「…っ」

 

キタカミ「仲良くしようよ、こっちは敵対するつもりなんてまるでないんだからさ」

 

サミュエル「信用できない…」

 

キタカミ「信用?未だにこっちに敵意を向けて、挙句攻撃までしてきた相手にたいしてここまでしてるのに、そんな物に拘ってちゃ話にならないでしょうが、それとも日本語がちゃんとわかってないかもしれないし、英語で喋ろうか?」

 

サミュエル「…もう、いい…」

 

サムがコーヒーカップに手を伸ばし、コーヒーを飲む

 

サミュエル「ごぼッ!?Yuck…… What the fuck!? so bad …な、何これ!」

 

キタカミ「え?たんぽぽコーヒーだけど」

 

サミュエル「た、タンポポ?……なにそれ…」

 

キタカミ「ほら、黄色い雑草みたいな奴、冬になると綿毛になる…」

 

サミュエル「… Dandelions!?アレでコーヒーを作るの!?」

 

キタカミ「根を使ってね、補給船徹底的に叩かれたからコーヒーが無くてさぁ…」

 

サミュエル「根……ジャパニーズは木の根を食べるって聞いてたけど…ホントに人間…?」

 

キタカミ「…ま、とりあえずそのコーヒーに手をつけてくれるくらいには信用してくれたってことでいいのかな?」

 

サミュエル「…じゃなきゃ、話もできないから」



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見真似

離島鎮守府

教導担当 キタカミ

 

アケボノ「正気ですか、いつの間にそんな勝手な真似を」

 

キタカミ「ちゃーんと許可取ったっての、それにアケボノも居るしさぁ」

 

アケボノ「相手は敵ですよ」

 

キタカミ「まだ違う」

 

アケボノ「…貴方の愛弟子が泥を塗られたのに?」

 

キタカミ「死んでたら…本気で復讐したと思うけど、生きてるんだよ、生きてるうちは全部流せる、一回死んだ身からすりゃ気楽なもんさね

 

アケボノ「面倒見が良すぎるのは最早悪徳です、何人危険に晒すつもりですか…」

 

キタカミ「そん時は、ちゃーんと殺る、でもさ、戦争は終わらせるために戦うんだよ、これも一つの戦いって考えれば納得できる?」

 

アケボノ「平和主義者は痛い目を見て…その主張をひっくり返すモノです」

 

キタカミ「私の場合はちょっと違う、確信したら守るために何でもやるよ」

 

アケボノ「それは頼もしい…」

 

キタカミ「で、頼んでた話は?」

 

アケボノ「どっちですか?特務部に中央の事を探るように言うことか、それとも綾波のやった事を探ることか」

 

キタカミ「両方頼んだ事だよね」

 

アケボノ「…中央に関しては、難しい問題です、綾波の方もまず判ることはないでしょう」

 

キタカミ「…まあね」

 

綾波が艤装をアメリカに流していた…としたら、綾波の予言は自作自演もいいところだ、戦争に仕向けてるのは綾波本人なのだから

 

アケボノ「綾波から武器を提供されたとして……他に何もなかったと思いますか?」

 

キタカミ「…猿の群れに森を支配されたとして、その猿山の長が喋ってたとして…誰がそのエテ公を信用できるのかね」

 

アケボノ「どちらにしろ、あの2人はアメリカにとって重要にはなり得ないのでしょうね」

 

そうでなくては身元のわからない相手の艤装を使うわけもない

 

キタカミ「アメリカへの問い合わせは?」

 

アケボノ「外交官へと取り次ぐのに時間がかかるそうです」

 

キタカミ「提督はなんて?」

 

アケボノ「急がせてます、あらぬ誤解を産むのではないかと憂いておられました」

 

キタカミ「んー、怖いねぇ…それはものすごーく怖い」

 

まあ、警戒はするべきだし

 

 

 

サミュエル「……」

 

キタカミ「おはようサム、ガンビアベイ、一晩ぐっすり寝て元気?」

 

ガンビアベイ(全然眠れなかった…)

 

サミュエル「ガンビーが見張り多すぎて眠れなかったってさ」

 

キタカミ「そりゃあ、アンタらにボコボコにされた奴らが目を光らせてるからね」

 

サミュエル「…何にも聞いてない?」

 

キタカミ「こっちで聞いてるのは、無害なフリして船に乗り込んで、バカバカ撃ちまくって怪我人出しまくったってことくらい」

 

ガンビアベイ「な、なにそれ…私達さんなの知りません…」

 

キタカミ「……サムは?」

 

サミュエル「知らない」

 

キタカミ「じゃあ何であの船に居たのか…って話になるけど?」

 

サミュエル「深海棲艦倒して帰ろうとして、回収用の船だと思って乗ったら違った……あ、間違えたのガンビーね」

 

ガンビアベイ「た、確かに間違えたけどぉ!」

 

サミュエル「戦闘ログがどうなってるか知らないけど、私達はジャパニーズとやり合ってないから」

 

キタカミ(確かに、川内からあがってる報告ではやり合ったのは戦艦クラス…ガンビアベイは確か空母、サムはサミュエルBロバーツだとしたら…駆逐艦か、両方該当しないんだよねぇ)

 

キタカミ「直接やり合ってないだけかもしれないし、何よりハワイに居たのが悪いかなぁ?」

 

サミュエル「……はぁ…帰りたい……」

 

キタカミ「今アメリカ政府と交渉中、アンタらがマトモな感性してそうなのも含めてね、ああ、でも人殺しに躊躇いなさそうなのも伝えてるけど」

 

ガンビアベイ「どうなるのかな…サム…」

 

サミュエル「さあ、なるようにしかならないでしょ?」

 

キタカミ(んー……2人きりにするわけにはいかないし、かといって束縛し続けるのも手がかかりすぎる…)

 

キタカミ「まあ、自由にはさせられないけど…訓練でも眺めてる?暇でしょ」

 

サミュエル「…良いの?敵相手に」

 

キタカミ「つっても、川内型とか一部のやつだけだけどね」

 

サミュエル「……?」

 

 

 

 

演習場

軽巡洋艦 川内

 

神通「姉さん、蹴りの速度が落ちましたね?疲労が溜まりましたか?」

 

川内「そっちこそ、お得意の蹴りは見せなくて良いの?そのまま来るならこっちに分があるけど」

 

サミュエル「……何やってんの?あれ」

 

ガンビアベイ「Fight(ケンカ)…?」

 

キタカミ「おーい、お二人さん」

 

川内「ん…?神通、ちょっと待った……何?今いいところなんだけど」

 

キタカミ「この2人、預かってくれない?」

 

川内「ああ、見張りね、良いよ?どうせ神通居るし」

 

神通「姉さんは私を勘違いしていませんか?私の視覚は本質を視る為のものであって…」

 

川内「じゃあ、無理?」

 

神通「そうは言ってません」

 

キタカミ「じゃ、任せたからね?」

 

川内「はいはい、責任もって取り組みますよーっと」

 

2人の方に向き直る

 

川内「ま、よろしく、好きにしてて良いからさ…ただし、悪いことはダメ、悪い事したらお仕置きするからね」

 

サミュエル「…大丈夫、日本語は結構わかるから、気にせず話して良いよ」

 

川内「へぇ、凄いね、誰に習ったの?」

 

サミュエル「……誰でも良いでしょ」

 

川内「そりゃそうかー」

 

川内(詮索はされたくない、って感じかな)

 

神通「姉さん、さっきの熱も冷めてしまいましたし、少し趣向を変えたいのですが」

 

神通が槍と刀を持ち出す

 

ガンビアベイ「か、カタナ?Are you a samurai!?(貴方は、サムライ!?)

 

神通「いや、別にそんな事は…」

 

神通が困った様にこちらをみる

 

川内「……そうそう、こっちは神通って言って、侍みたいなものだね」

 

神通「え、姉さ…」

 

ガンビアベイ「Really!?さ、サム!サムライに逢えちゃった!」

 

サミュエル「い、いや、ガンビー興奮しすぎ…」

 

川内(って言ってる割にはちびっ子の方もかなり気になってるみたいだね、日本文化に興味があるのは好都合というか…)

 

神通「あー…もう、姉さん…焚き付けたのなら相手してくれるんですよね?」

 

神通が刀を腰に差す

 

川内「勿論、やりたい事全部試して良いよ」

 

神通が槍を大きく振るう

 

川内(神通の槍、変わってる…前みたいな作りじゃない…)

 

神通(物事はシンプルな方が好きですが……手札の数は多いに越した事はありません、青葉さん、貴方の戦術をいただきます)

 

槍の石突にフック状のパーツを取り付けた以外は、大きな差異は無いはずだけど…あのフックは何のために?

 

川内(これは、面白くなるかもね)

 

両手に短刀を逆手に持つ

 

神通「参ります」

 

川内「良いよ」

 

突きを主体とした槍の攻撃を受け止める

 

川内(リーチを完璧に活かされてる…あんまり遊んでる余裕はないかな、それとあの刀…神通が態々刀を帯刀する理由がわからない、腰に差すと言う事は蹴りの動作で邪魔になる時もあるはず…)

 

神通(姉さん、完全に本気ですね…となれば、私は…これで、仕留める)

 

突きを防ぎ、カウンターを狙ったところに反転した槍の石突が通過する

 

川内「危なっ…」

 

神通が槍を手放し、踏み込む

 

川内(えっ…あ、不味い、完全に間合いを見誤った…!!)

 

神通が刀を抜き、振り抜く

金属音が響き、短刀が一本、砕かれる

 

川内「っ…ははっ…!とんだ、(なまくら)だね…!」

 

神通が抜いた刀は、鋭い刃はついていない…

つまり、短刀を力だけで砕いた…

 

神通「あまり鋭いと、殺してしまいかねませんから」

 

首元に手を当てる

血がベッタリと手につく

 

川内(風圧で…!?…化け物じみてきたなぁ…実践ならこれに……いや、やめとこう、想像したくない)

 

川内「…これがやりたかった事?」

 

神通「まだ、まだです」

 

神通が鞘を棄て、刀を上空へと投げる

 

川内(視線誘導…)

 

後方に飛び下がる

立っていた位置に刀が突き刺さる

 

神通(やはり、姉さんは下がってくれる…仕込みも完璧、さあ…)

 

神通「往きますよ」

 

間合いは、神通の槍二つ分と少し

 

川内(大丈夫、踏み込みの瞬間さえ見極めれば…!)

 

神通が槍を振り回す

ぐるぐると、何度も何度も、大きく回転させ…

 

川内(何を…)

 

一歩、踏み込んだ

 

川内「!」

 

神通が槍の石突を刀にぶつける

鈍い音が響く

 

川内(えっ…?)

 

槍の回転の勢いを利用し、神通が間合を消し去る

気づいた時には距離などなく…神通の脚が眼前に迫る

 

川内「や、ば…!」

 

神通「はぁッ!」

 

神通が地面を滑り、槍を構え直す

 

川内「っ…たた、あー…してやられたね…」

 

神通「如何でしょうか、この戦術は」

 

川内「……百点満点かなぁ、やられたし」

 

神通「良し…!」

 

神通(青葉さんはかつてネットの中で移動のためにコレを使いましたが…それは余りにも惜しい、私なら攻撃にも使うことができる…)

 

神通「青葉さん、頂きましたよ」

 

川内「はー、負けた負けた……っと?」

 

2人が呆然とした様子で拍手する

 

川内「…面白かった?」

 

サムが無言で頷く

 

川内「そりゃ良かった、神通、朝ご飯貰いに行こうよ、2人は食べた?」

 

ガンビアベイ「ま、まだ…」

 

神通「血の匂いがきつかったですからね、まだ誰も食事は取れてないのでは?……おや、撤収準備を始めていますね、怪我人は船内に移送されつつある様です」

 

サム(無線?でも使ってるように見えないし)

 

川内「どこでご飯食べてるかわかる?」

 

神通「……裏手の所でお味噌汁とおにぎりを配ってる様です、あの辺りは日当たりも良くて静かですからね」

 

川内「よし、昆布と鮭ね」

 

神通「私を中の具を当てるのに使わないでください」

 

川内「自分は選ぶでしょ」

 

神通「…そんな事は」

 

川内「さて、2人とも行こっか、お腹減ってるでしょ?」

 

サミュエル「…うん」

 

ガンビアベイ「I'm so hungry…」

 

 

 

 

神通「そ、そんな…」

 

満潮「ルールだから、神通さんはこっちで選んだの食べて」

 

神通「…わ、私は透視ができる訳じゃ…」

 

満潮「那珂さんに聞いたけど、見える限りの破片とかから推測するんでしょ?みんなランダムに取って言ってるし…あと、梅干し食べられないって聞いたけど…折角だし克服して」

 

神通のトレーにおにぎりが置かれる

 

神通「そんな、殺生な…」

 

川内(頼むの見られてなくて良かったー…)

 

神通「…満潮さん、川内姉さんも私に選ばせようとしてました」

 

川内「うぇっ!?そ、それはナシでしょ…」

 

神通「死なば諸共です、姉さん、お覚悟を…」

 

おにぎりをランダムに入れ替えられる

 

川内「ね、ねぇ満潮?その中に明太子って…」

 

満潮「入ってます」

 

川内「……マジ…?」

 

神通「ちなみに、交換前は鮭と昆布でした」

 

川内「神通…!よくも、よくも…!」

 

サミュエル「…賑やか、だね」

 

ガンビアベイ「うん…」

 

 

 

サミュエル「わ…yam…あ、思ってたより美味しい…トロトロ…」

 

川内「そりゃ良かった、具は何だった?」

 

ガンビアベイ「…黒い…?」

 

神通「昆布ですね、サミュエルさんは…卵黄の醤油漬けですね」

 

サミュエル「ランオー…って何?Soy sauceはわかるけど」

 

川内「egg yolkって言えばわかる?」

 

サミュエル「…ふぇっ…?…Really…?あ、ああい…oh…」

 

川内「あー、大丈夫、日本の卵は生で食べられるから!」

 

ガンビアベイ「サム、センセイも大丈夫って言ってたし…」

 

サミュエル「うー……ほ、ホントにお腹痛くならない?死んじゃわない?」

 

川内「大丈夫だって…」

 

神通(そんなことを気にするならなんで艦娘に…)

 

川内「む…ぐ…?」

 

神通「…おや、それはツナマヨネーズですか、美味しいですよね」

 

川内「うわぁ……ツナマヨはカロリー高いんだよ…頑張らないと…」

 

神通「そんなこと考えながら食べるご飯美味しいですか?」

 

川内「…悪かったね、食べたら食べた分太るもんだからさぁ…」

 

神通「おや、私や那珂ちゃんとは違いますね、姉妹なのに」

 

川内「…ふー……神通?朝食前の運動が足りなかった?」

 

神通「この後はもう少し激しくお相手してくれそうですね?」

 

川内「その口、二度と開かなくなるくらいにはね」

 

ガンビアベイ「く、空気が重ーい…」

 

サミュエル「ご、ご飯が食べづらい…」

 

 



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謁見

東京 サイバーコネクトジャパン本社前

青葉

 

青葉「……ま、いきなりアポ無しで突撃なんて…通じる訳ないか…」

 

ビルを出て、すぐそばの公園のベンチに腰掛ける

 

青葉(どうにか、未帰還者に対する責任をとって欲しいけど…)

 

それだけのためにここまできたけど、やはり話は通じない…

私の今抱えてる問題は一朝一夕には終わらない…

 

曽我部「そこのお嬢さん、もしかしてお暇?ちょっとオジサンとお茶しない?」

 

青葉「うぇっ!?」

 

曽我部「まーまー、いいからいいから、ほら」

 

あれよあれよとそのまま連れ去られ

 

 

 

 

曽我部の事務所

 

青葉「えっ……あ、そうだ、どこかで見た顔だと思ったら、貴方が団長…!」

 

曽我部「いやー、横須賀で会った人とまるで同じ顔してるからオジサンびっくりしちゃったよ、っていうか双子?うーん、見れば見るほど瓜二つって言うかさー」

 

青葉「…あの、私を連れ込んで何を…」

 

曽我部「んー、目的ってほどのものはないんだけど…青葉ちゃん、やりすぎちゃったって感じかな」

 

青葉「やり過ぎ?」

 

曽我部「簡単に言えば…介入し過ぎだな、俺をすっ飛ばしてCC社の代表取締役に直接会いに行った…しかも今回が初犯じゃないそうだし?」

 

青葉「……何か問題でも」

 

曽我部「いーや?何にもない…って言いたかったんだけど、これが大有りなんだまた」

 

曽我部さんがジャケットに手を突っ込む

 

青葉「っ……?」

 

曽我部「飴ちゃん、食べる?」

 

銃でも出てくるのかと思ったが、出てきたのは棒付きキャンディ…

 

曽我部「いやー、頭脳労働してると糖分が欲しくなってさ」

 

青葉「……結構です」

 

曽我部「そお?…ま、簡潔に言やぁシックザールに向いてる目がちっとばかし厳しくなった…ってとこかな…ま、あんまり良くないことだが」

 

青葉「…それは、すみません」

 

曽我部「で、俺は青葉ちゃんが直撃するちょっと前に呼び出しくらって、こう言ってやったのよ…データログの閲覧権限を含むより多い権限を譲渡しろってな」

 

青葉「…えーと…あの、私その辺のことはあまり詳しくは…」

 

曽我部「ああ、さっぱり?簡単に言えば誰がどこからログインした、どのサーバーからどこへ移ったかを見る権限とか、そう言うのをちょうどさっきもらってきたんだよねぇ」

 

青葉「もらっ…え?」

 

曽我部「いやー、青葉ちゃんのおかげで得したなぁ!」

 

青葉(だ、ダシにされた…?)

 

曽我部「ま、今回は悪くない方向に流れたから良かった…が、だ」

 

青葉「……」

 

曽我部「CC社に深く関わるのはやめとけ、最悪殺される」

 

首を掻き切るジェスチャー…

 

曽我部「社会的地位がどうだか知らねぇが、あれは関わっちゃいけないタイプのモンだ、関わったら自分の首を絞めるだけだ」

 

青葉「……命懸けの仕事をしてる相手にいうことでしょうか」

 

曽我部「…マ、そりゃそうか…だが、わかっといて欲しいのは俺は憎くてそんな事言ってるんじゃ…ありゃ?」

 

チャイムが何度か鳴る

 

曽我部「ったく、誰だよ、人が大事な話してる時に…」

 

曽我部さんが席を立ち、入り口へと歩く

 

曽我部「うわっ…何だ、脅かすなよリーリエ」

 

リーリエ「脅かすなってなによ、そっちが呼んだんでショ?」

 

青葉「…この声って…」

 

リーリエ「あ、お客さん?…仕事中だった?」

 

曽我部「いや……紹介する、リーリエ・ヴァイス…いや、チェロって言った方がわかりやすいか」

 

リーリエと呼ばれた少女がペコリとお辞儀する

まだ幼い…ゲーム内のキャラと身長は変わらないのかもしれない

年齢的には暁さん達よりは少し上か…?

 

青葉「や、やっぱり…あ、青葉です…」

 

立ち上がってお辞儀する

 

リーリエ「青葉…って、あの青ちゃん?」

 

青葉「あ、えと…はい」

 

リーリエ「えー!どうしたの!?遊びに来てくれたの?」

 

青葉「い、いえ、そう言う訳じゃ…」

 

曽我部「今後の活動方針について話し合いだ」

 

リーリエ「エ?でも問題ないんでしょ?」

 

曽我部「まあ、今の所はな」

 

リーリエ「なら良いじゃん!青ちゃん!一緒にご飯食べて行かない?」

 

曽我部「おいおい、無理に誘うなよ…」

 

青葉「えと…その…」

 

リーリエ「どーせリュージの分も作るんだから、遠慮しなくても良いんだヨ?」

 

青葉「…曽我部さん、普段からこんな小さな子にお世話されてるんですか?」

 

曽我部「オイオイ、その言い方は語弊が…っていうか目線が冷たくないか…?多分、誤解があると思うんだが…」

 

青葉「…親子でもネグレクト…いや、でも…髪の色も…」

 

曽我部「あーあー!わかったって、リーリエ、食べていってくれるそうだから飯の用意頼んだ」

 

リーリエ「任されたヨ!」

 

曽我部さんがリーリエを追い払う

 

曽我部「……さて、簡潔に言えばリーリエは親戚の子…だな」

 

青葉「親戚の、子…」

 

曽我部「ただ、それも複雑でな……あー…クソ、話し始めて悪いが、掻い摘んだことに……」

 

曽我部さんがポケットからメガネケースを置き、眼鏡を取り出して机に置く

 

青葉「……いや、違う…VRスキャナ…」

 

曽我部「…さすがヘルバの手の者、正解だ……こいつは医療器具ってのも…?」

 

青葉「知ってはいます…」

 

曽我部「……シックザールは、ただのCC社の雇われ傭兵って訳じゃない、みんな何処かにキズを抱えてる…簡単に言えばPTSD用の医療器具って感じか」

 

青葉「…リーリエちゃんも…?」

 

曽我部「そういう事だ、まあ…難しい事情があってリーリエは俺が面倒を……見られてる、何つってな…」

 

青葉「笑えませんよ…」

 

曽我部「……ま、いい…みんな個性的かつ繊細な奴らだが、悪い奴じゃない、仲良くしてやってくれ」

 

青葉「……ええ、わかりました」

 

 

 

リーリエ「ご飯できたー……ヨ?」

 

青葉「騎士団が通るエリアを限定するのはどうですか?ココとココを封じれば大通りだけの簡単な防衛戦を展開できます、先程見せていただいた名簿の中ですとオルゲルさんが防衛に特に適している様に…」

 

曽我部「あー…リーリエ、助けてくれ…」

 

リーリエ「何やってるの?リュージも、青ちゃんも…」

 

曽我部「作戦会議、らしい……まさかメトロノームタイプだったとは思ってなかった」

 

青葉「メトロノーム…って、あの私を刺した…?」

 

曽我部「そうそう、そのメトロノームだ…案外気が合うかもな」

 

青葉「…成る程、そう言えばお会いしてませんね」

 

曽我部「ま、会うことがあれば謝るだろうさ、そのくらいの分別はつく」

 

青葉「……あ、ところで…このガイストさんだけ情報が少ないんですけど…」

 

曽我部「ガイストはCC社から派遣されてるお目付役みたいなモンだな、他のメンバーは俺が勧誘したが…ガイストだけはCC社の推薦だ」

 

青葉「そうなんですね…」

 

目の前の書類を押しのけて皿が並べられる

 

リーリエ「先に、ご飯食べよっか!」

 

笑顔で怒ったリーリエが食事を並べていく

 

曽我部「助かった、さ、飯にするか」

 

 

 

 

リーリエ「えっ!?福岡ってここからすごく遠い所だよね!?」

 

青葉「ええ、リーリエちゃんはもう地理もわかるんですね」

 

曽我部「ま、最近の教育はかなり進んでるらしいし?」

 

リーリエ「リュージじゃ勉強わかんないかもね」

 

曽我部「わからなくはなくても、もうゴメンだな」

 

青葉「…あ、すみません、もう新幹線の時間なので失礼します」

 

曽我部「あー、なら車で送るけど」

 

青葉「大丈夫です、送ってくれる約束があるんです、ペーパードライバーですけど」

 

曽我部「…あー、横須賀の?」

 

青葉「はい、そう言えば会ったんでしたっけ…変なこと言いませんでしたか?」

 

曽我部「いや、特に…良い…あー、御姉妹をお持ちで」

 

青葉「自慢の姉です」

 

 

 

 

衣笠「よっ!」

 

アオバ「いやー、道に迷っちゃって時間かかっちゃった…まだ新幹線間に合う?」

 

軽車両の窓から2人が顔を出す

 

青葉「余裕持ってるから、大丈夫」

 

アオバ「よーし、じゃあ安全運転で飛ばしちゃうよ〜」

 

衣笠「……アオバ、免許取り立てなんだからやめてよそういうの…それに片手になってから運転したのさっきが初めてでしょ?」

 

アオバ「別に問題ないですー!オートマなら良いんですーだ!」

 

青葉「信じてるから、ちゃんと送ってよ?」

 

アオバ「あいあいさー!」

 

 

 

 

 

 

ネット

アカシャ盤 頂上

???

 

「…ああ、ようやく着きました…はぁ、階段は足腰に来るものがありますね」

 

アウラ「……貴方は」

 

「あ、いえ、お気になさらず…ちょっと貴方にお会いしたくて」

 

アウラ「貴方の目的は?」

 

「…そんなもの有りません、しかし…ああ、どうやら今の私は何の力もない」

 

アウラ「……貴方は、ここに辿り着いてしまった」

 

「それは貴方の責任です、私はみんなに言うんですよ、何か起こる前にセキュリティはアップデートしろと……ああ、その岩戸は私が別の保護をかけておきました」

 

アウラ「…何のために?」

 

「さあ、人間らしく無駄なことをしたのかもしれませんね、それより……そうですね、何かをくれませんか?何でも良いんです、でも何も持っていないのは味気ない」

 

カランと音を立てて直剣が目の前に落ちる

それを手に取る

 

「……おや、これは…」

 

アウラ「何か、思うことがある?」

 

「心配ありませんよ女神様、私は何も企んでませんから」

 

アウラ「……」

 

「ただ、そうですね…ああ、目的、見つけました……地獄の底に落ちてみようかと♪」

 

アウラ「…それが、望み…?」

 

「ええ、どうですか?お力になりますよ」

 

アウラ「…わかった」

 

床に手を翳すと同時に目の前に水が湧き出る

 

アウラ「それは…記憶の泉…?」

 

「勝手に作ってすみません、私が移動するためにまた階段を降りたりセキュリティを外すのは疲れますから…それでは、またいつか…」

 

記憶の泉が輝く

 

アウラ「……モルガナの、小さな子よ」

 

手を前に突き出し、アウラの言葉を止める

 

「その言葉は間違いです、私の因子はダミーですし、なにより私はそんな言葉をいただく立場じゃない」

 

アウラ「…貴方は、カイトを……」

 

「御心配なく、手出しはしませんよ」

 

軽く飛び、泉へと落ちる

 

「ああ、素敵な地獄が待ってます…」



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プラン通り

離島鎮守府 執務室

秘書艦 アケボノ

 

龍驤「ちょい!失礼すんで!」

 

海斗「龍驤…何があったの?」

 

アケボノ「保護した2人が何か?」

 

龍驤「ちゃう!もっと悪いわ…多分やけど、保護しとった奴ら取り返しに来た…5人くらいでこっち来とる、ウチの警戒用の艦載機が一瞬でおじゃんや…!」

 

アケボノ「戦闘配置は」

 

龍驤「まだや、許可取りに来た」

 

海斗「こっちから攻撃はしてないなら、できるだけ引きつけて包囲しよう、それで話を聞いてもらえそうにないなら一度制圧して」

 

龍驤「わかった、現場指揮は?」

 

アケボノ「提督、私に行かせてください」

 

海斗「わかった、任せたよ」

 

 

 

 

アケボノ「包囲をすることを考え、こちらの被害を抑える点も含めると…はぁ……また川内型に頼りたくなる」

 

曙「何が問題なのよ」

 

アケボノ「あれは便利すぎるのよ、対人なら一定以上の成果を確実に挙げられる上に…人数不利であろうが何であろうがお茶の子さいさい、空間把握能力、状況判断能力、そして自分たちの力量を完璧に把握し、可能な行動を分析する…これらは誰にでもできるわけじゃない」

 

曙「それができると何が困るのよ」

 

アケボノ「川内型の後がいないのよ、朧は多様性があるし、判断力もあるけど川内型のような潜入は大の苦手、戦闘だけなら個人では匹敵するかもしれないけど、それならアンタでも事足りる」

 

曙「……あのさ、その話長い?いやもうだいぶん長いけど人集めてからする話じゃないと思うのよ」

 

アケボノ「ああ、これは失礼、では、不知火さん、朧、曙、の3人で高速で引きつけてから球磨型で包囲する算段です」

 

朧「まあ、良いんだけど…」

 

不知火「失礼かもしれませんが、先程の話をしたうえで川内型を入れないと言うのは…意図的に前回メンバーを外しているのですか?」

 

アケボノ「ええ、阿武隈さんはまだ落ち着くのに時間がかかるでしょうし、誰かに挽回の機会を与えるなら全員に与えられるべきです、急ぐ必要はない」

 

不知火「そうですか、てっきり失敗したら次はないのかと」

 

アケボノ「そう思うべきでしょう、命をかけて戦うのなら」

 

朧「……アケボノは出ないの?」

 

アケボノ「私は、今の仕事に満足してるし…何より戦う気はない」

 

朧「あ、そう」

 

3人を見送る

 

アケボノ「さて、どれくらい上手くやれるか…」

 

今回の作戦の重要性はどれほどのものか、下手をすれば外交にまで影響が出る、それほどに重要なもので、戦闘は避けなくてはならない

 

アケボノ「後、任せましたよ」

 

球磨「何するつもりだクマ」

 

アケボノ「説明した通りにしてくれれば何一つ問題はないです」

 

綾波との戦争を終え、私の体には微細な変化があった

いや、正確には…喰らう量が減ったのか

 

アケボノ「……では、お互い仕事を全うしましょう?」

 

海のそばまで歩き、腰を下ろす

靴を脱ぎ、足先を海に浸す

 

球磨「……それ、球磨が見ても良いもんなのかクマ」

 

アケボノ「貴方は分別があるでしょう?」

 

海へと潜る

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

不知火「朧さん、どうですか?」

 

朧「……もうすぐ視認距離だと思う、警戒体制、を…?」

 

曙「どうしたのよ」

 

朧「…今、アケボノの匂いがしたような…気の所為かな……あれ、火薬…?」

 

戦闘音がここまで響いてくる

 

朧「…あ……い、急ごう…!」

 

曙「どうしたのよ」

 

不知火「何かあったんですか?」

 

朧「……アケボノに抜け駆けされた…」

 

曙「は!?」

 

不知火「それは、まさか…」

 

速力を上げて近づく

 

 

 

アトランタ「この!離れろ!」

 

アイオワ「た、対空!」

 

ワシントン「フレッチャー!ヘレナ!」

 

フレッチャー「わ、わかってます!」

 

ヘレナ「そ、それよりレーダー見て!新手も来てる!」

 

ワシントン「今は空を取り返して!ああもう!アトランタに張り付いてるレ級を仕留めるわ!」

 

レ級「…ハッ」

 

金属が裂ける音が響く

 

アトランタ「なッ…コ、コイツ!艤装を壊し…よ、よくも!」

 

レ級がアトランタを蹴り飛ばし、アイオワの背後へ回り込む

 

アイオワ「ッ!旋回が間に合わな…」

 

至近距離からアイオワの艤装を撃ち砕かれる

 

ワシントン「なんて火力…いや、それよりも…この、感じ…」

 

ヘレナ「ワシントン!ぼさっとしてたら…」

 

フレッチャー「きゃあっ!?」

 

機銃の銃撃を受けた

フレッチャーの艤装が崩れ落ちる

 

レ級「……この程度、か」

 

つまらなさそうにレ級が機銃を捨てる

 

アトランタ(あの機銃、あたしの…!)

 

ワシントン「こ、コイツ…!ノーフォークの時のレ級…!ダメ!コイツは相手しちゃ…」

 

ヘレナ「も、もう遅いって!!…っぐ!」

 

ヘレナの艤装をレ級の腕が貫く

 

アトランタ「…こいつ!逃げられなくするつもりじゃ…全員戦えなくしてから殺そうと…!」

 

レ級の尻尾がワシントンの艤装を喰い千切る

 

ワシントン「ぶ、武器が…ないのに、どうすれば…」

 

レ級の尻尾に薙ぎ払われ、ワシントンが水面に倒れる

ワシントンの方へと尻尾が揺れながら近づく

 

レ級「…っと?」

 

朧「っりゃああぁぁぁぁぁ!!」

 

朧がレ級の目の前に降り、水面を殴りつける

 

朧「…これ以上は、許さないよ」

 

レ級「……なら、止めてみなさい」

 

朧「…!」

 

朧(全部、プラン通りってわけ…!?良い加減にしてよ…!)

 

レ級が尻尾を振るう動作を見せた瞬間、砲撃を受けてよろける

 

レ級(…前より精度が高くなってるか、不知火さんは流石に手を抜かないな…)

 

朧「ああもう、やるしか無いって事…!?」

 

朧が踏み込み、格闘戦を仕掛ける

 

レ級(…さて、どのくらいで逃げるか…ッ!?)

 

朧の艤装がバチバチと音を立てる

 

レ級(それは…やり過ぎ…!)

 

朧の回し蹴りを受け、レ級が海の中へと吹き飛ぶ

 

朧(絶対、浮かんでこないでよ…さっさと帰って、ほんとに)

 

朧「…はぁ……ぁ?」

 

レ級「……」

 

朧「浮かんできたし…!」

 

今度はレ級から格闘戦を仕掛ける

 

レ級(…少しはやり返す…)

 

朧(何で…あーもう!気を利かせて海の中に蹴飛ばしたのに!)

 

2人の蹴りがお互いを捉える

 

レ級「ッ」

 

朧「ぁが…!」

 

朧が蹴りを受けてよろけ、レ級に背を向ける

 

レ級(…隙だらけ…)

 

朧(もう気が済んだでしょ、アタシにもやり返させてよね…!)

 

朧が艤装のスイッチを入れ、カートリッジを挿入し、レ級を誘い込む

レ級が朧に迫り、殴りかかる

 

レ級「!」

 

朧「もう、浮かんでこないでよね…」

 

ムーンサルトキックがレ級の後頭部に炸裂し、レ級が沈む

 

朧「……はぁ…つ、疲れ、た…」

 

思わず膝をつく

 

朧(アケボノ…帰ったら、どうしてくれようか…あーもう、最悪…)

 

周りの視線に気づき、あたりを見渡す

警戒するような、敵意の籠った目…

 

朧(…助けたつもりなんだけどな……)

 

そのうちの1人が砲撃を受けて何かを落とす

 

アトランタ「っ…」

 

不知火「助けてもらった相手に武器を向けると言うのは、いただけませんね」

 

曙「朧、大丈夫?顔色悪いけど」

 

朧「…お腹痛い…」

 

不知火「胃潰瘍かもしれませんね」

 

朧「…笑えないって」

 

信号を送り、追加の人員を待つ

 

朧「…ええと、アメリカの方達ですよね、ここで何をしていたんですか?……あ、日本語通じるわけないか…できる?」

 

曙「無理」

 

不知火「中学生レベルなら」

 

朧「みんな同じか…」

 

追加で通訳を要請する

 

朧「……はー…どうする?」

 

曙「さあね、コイツらが友好的かどうかから調べなきゃいけないわけだし」

 

不知火「あの2人と同じなら助かるのですが、あの2人は本当に暴走していない艦娘だったとして…この5人もそうとは限りません」

 

朧「…今になってアケボノが言ってた事わかる気がする、川内型なら戦艦だろうが何だろうが簡単に制圧するし…うん、見張りには最適だよね…」

 

曙「あと川内が面倒見いいから新人を任せても問題ないってのがね」

 

不知火「そうなんですか?」

 

朧「夜以外は完璧だよ、川内さん……あ、来た、帰還用のボート」

 

5人をボートに乗るよう誘導し、自分たちも乗り込む

 

朧「一応武器は構えておいて、あ、球磨さん、通訳は…」

 

球磨「連絡が遅かったから無しだクマ…向こうで待機してるはずだクマ」

 

曙「球磨型勢揃いの必要あるの?」

 

大井「見張りは多い方がいいですから」

 

 

 

 

離島鎮守府

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「お帰り」

 

球磨「そら、さっさと降りるクマ」

 

朧「…腰痛い…」

 

曙「年なんじゃ無いの?」

 

不知火「いえ、成長痛では?」

 

朧「や…そう言うのじゃなくて……あ、キタカミさん、アケボノは?」

 

キタカミ「執務室に足早に戻って行ったよ」

 

朧(証拠隠滅か…)

 

キタカミ「おーい、出といでよ、2人とも」

 

サミュエル「…酷いこと、してないよね」

 

キタカミ「大丈夫大丈夫、心配ないからさ」

 

ガンビアベイ「…あ、みんな居る…!」

 

アトランタ「ガンビアベイ、サム…?Why do you look fine(何で元気そうなんだよ…)

 

アイオワ「Are you injured(怪我とかさせられてない)!?」

 

キタカミ「……」

 

サミュエル「大丈夫、そっちも元気そうでよかった」

 

ヘレナ「…I forgot English a little away(ちょっと離れてるうちに英語忘れちゃった)?」

 

ガンビアベイ「違うよ、その…こそこそ話して疑われたくないから…」

 

キタカミ「なるほどね、あんたらも日本語わかるんだ」

 

サミュエル「みんなわかる、安心して」

 

アトランタ「…随分仲良くやってるみたいだけど?助けに来なくてよかったワケ?」

 

サミュエル「助けにって…そっちが助けられたみたいだけど」

 

アトランタ「何だと…」

 

ガンビアベイ「えっと……と、とりあえず…喧嘩はやめて…」

 

キタカミ「ま、立ち話も何だしさ、お茶でもどう?」

 

サミュエル「あ、あそこに連れてくの…?」

 

ガンビアベイ「そ、それは…」

 

キタカミ「いや、自分たちのやったことちゃんと見てもらわないとね」

 

 

 

 

食堂

 

アイオワ「…この空気で、tea?…冗談でしょ…」

 

ワシントン「……あの人達、見覚えがあるわ」

 

キタカミ「そう、あんたらが撃った人達さね、ちゃーんと何したか目に焼きつけなよ」

 

アトランタ「何がしたいのか全くわかんないんだけど」

 

キタカミ「アンタらが撃ったのは人間、何も悪い事してない人間撃ってどう思った?」

 

アトランタ「はっ……別に?」

 

キタカミ「本心なら、あんた深海棲艦と何も変わらんから…ちゃんと理解しときなよ」

 

アトランタ「…んだと、クソジャパニーズ!」

 

詰め寄ってきたアトランタが椅子に無理やり座らせられる

 

アトランタ「何し…huge(でか)…」

 

大和「キタカミさんに手出しはさせません」

 

キタカミ「おー、良いとこに来たね、とりあえず他の4人も座ってくれる?ねぇ?」

 

全員を座らせる

 

キタカミ「ま、そう固くならないでよ、別に喧嘩するつもりじゃないしさ、でも自分が何やったかよーくわかってくれないと、話もできないでしょ?」

 

ワシントン「……」

 

キタカミ「あ、そうそう、アンタら自分が法律に触れる事してるのわかってるよね?法律ってのは土地のものだからさ、何人とか関係ないんだわ…日本の海域に不法に入り込んで救助されてるんだからさ」

 

ヘレナ「…わ、私達どうなっちゃうの?」

 

キタカミ「それを今アメリカ本国に確かめてる、ガンビーとサムの事も含めてね」

 

アトランタ「随分とお優しい事で」

 

キタカミ「まあ、脅すワケじゃないけど…正式に要請を受けて派遣した舞台を?騙し討ちで一方的に攻撃したアンタらは…どーんな処罰受けるのかな」

 

フレッチャー「うぅ…」

 

キタカミ「特に、ウチのモンに手出してタダで済むと思わないでよ?」

 

アトランタ「知るか…こっちだって仕事しただけだっての」

 

ヘレナ「アトランタ…!」

 

キタカミ「ほー、ふんふん、仕事ね…大和?」

 

大和「はい」

 

大和がビデオカメラをテーブルにセットする

 

キタカミ「さ、もう一回言ってよ、横須賀の部隊を襲撃したのは仕事だった…って」

 

アトランタ「…チッ」

 

キタカミ「私気は長いから、ゆっくり楽しもうか?」



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居眠り

離島鎮守府 執務室

秘書艦 アケボノ

 

海斗「えっと…?」

 

アケボノ「つまり、私は深海棲艦の力を使い、アメリカ艦を助けて恩を売る状況をつくりました、要するにマッチポンプです」

 

海斗「それはわかったけど、何でそんな事…いや、そっか、アケボノはそれくらい重要だと思ってくれたんだね」

 

アケボノ「…まあ、はい、しかし勝手な行動を致しました、報告をさせていただきます」

 

海斗「…いや、みんなのためを思っての行動だ、結果として怪我人もいない、問題ないよ、ありがとう、アケボノ」

 

アケボノ「もったいないお言葉です」

 

海斗「…ところで、なんで僕をアメリカの艦娘と会わせないようにしてるの?」

 

アケボノ「お気づきでしたか…一応軽いボディチェックは行いましたが、その身一つあれば人を殺すなど容易なものです、ましてやそれが7人も居るとなると…暗殺を試みた際、私どもが守り切れる保証はありません」

 

海斗「…そっか、気を遣ってくれてるのはありがたいけど、君たちに任せきりにしたくはない、できれば一度直接会いたいんだけど…」

 

アケボノ「……少し、時間をいただければ」

 

海斗「…アケボノ、君のやり方を否定するつもりはないけど…そこまで過保護にならなくても…」

 

アケボノ「提督、私は提督の意思を何よりも尊重するつもりです…提督の目を、艦隊のみなに向けるために、最善を尽くします…ですので、今はやるべきことを…あなたのすべき事を」

 

海斗「…アケボノ、君はどこまで知って…」

 

アケボノ「提督の目に憂いが宿っておりました、となれば手を尽くすのが私の役目です、どうか雑事は私達に任せて、やるべき事を遂行してください」

 

海斗「……任せる事と投げ出す事は、違う」

 

海斗(ここで、ネットに専念する訳にもいかない、今はアメリカとの騒動における大事な時期だ、だから…だけど……)

 

アケボノ「納得するまで、貫き通すなら…覚悟が要ります、提督、無礼承知で伺います、覚悟は如何程でしょうか」

 

海斗「……なんだって、やるさ…待ってる人達がいるんだから」

 

アケボノ「…決して私が望む訳ではありません、しかし提督ならここで職務から離れて別の道に進めるかもしれない」

 

海斗「…確かに、それもアリかもね…でも、この理由は僕の勝手な理由だ…みんなを裏切ることはしたくない」

 

アケボノ「両方を熟すのは、簡単ではありませんよ」

 

海斗「わかってる、口だけじゃない」

 

 

 

 

 

食堂

 

アケボノ「…って仰ってたの、どうやればお力になれると思う?」

 

朧「…いや、知らないけど」

 

漣「なんでそれを丸々持ってくるの、考えた上で来るでしょ普通」

 

アケボノ「難解な問題だから、仕方ないでしょ」

 

朧「そんな事より、アケボノ?アタシは言いたい事が…」

 

アケボノ「それは別の場所、誰がどこで聞き耳立ててるかわからないんだから」

 

朧「……」

 

アケボノ「それに、やり合わなくて済んで良かったでしょ」

 

朧「結果的には、ね…!アケボノ、そのやり方は独りよがりだよ」

 

アケボノ「わかってる、だけどアンタ達が傷つくのは…提督もそうだろうけど、私にはとても耐えられない」

 

朧「……アケボノってホントずるいよね」

 

アケボノ「そりゃあ、アンタの妹だし?」

 

朧「…はぁ……」

 

 

 

 

 

 

演習場

教導担当 キタカミ

 

朝霜「なんであたいらは見てるだけなんだよ」

 

キタカミ「危ないから」

 

早霜「指導を受ければ危なくなくなるのではないですか?」

 

キタカミ「いんや?危ないもんは危ないよ、自分で危機管理できるくらいになるまでは触らせたくないなーって」

 

朝霜「…あたいらよりもっとガキなのもいるじゃねぇか」

 

キタカミ「暁達のこと?アレは…横須賀のエリート様だから、ほっときな」

 

清霜「私も強くなりたい!」

 

朝霜「深海棲艦と戦わなくて良いのか?」

 

キタカミ「あーはいはい、戦力ってのも大事だけどね、アンタらはまず学校並みの勉強もしなきゃならないでしょーが」

 

朝霜「なんでだよ、そんなもん要らねえだろ」

 

キタカミ「戦争終わったらどうすんのさ、犯罪やらかしたらまともに生きてけないよ?」

 

朝霜「はっ!そんなもん国が面倒見るだろうよ!」

 

自信満々に言い切る朝霜に杖をつきながら近寄る

 

キタカミ「……もしかして、そう言われて艦娘にでもなったの?ちゃんと裏取ってんの?それ有名な話?ちゃんと契約書書いた?」

 

朝霜「な、なんだよ…」

 

早霜「契約書は、書きました…まだそのシステムについては広まってはいないそうですが」

 

キタカミ「…どう言う内容」

 

早霜「…言うと規則に触れるそうですが…」

 

キタカミ「誰が把握できるのさ、そんな事」

 

清霜「10年ここで働いたらその後の生活は保証してくれるって!」

 

朝霜「あ、おい!」

 

キタカミ「……」

 

どう言う事か、そんな話私たちには来ていないのがおかしいのではないか、そもそもちゃんと履行されるのか

 

キタカミ(調べてもらうしかないか、でも…もし私の考えてる通りなら、この子達は…死ぬべくして、ここに来た…?)

 

そんな最低な推測が頭をよぎる

 

キタカミ(…いや、まさか、そんな訳ない…少子高齢化してんだし、子どもが減るのを国が望む訳…でも、だとしたらシステムを使うのが女児ばかりなのも不合理、あーもう、どうなってんだか…)

 

早霜「考え込んでおられるようですけど」

 

キタカミ「気にしなくて良い…とは、とても言えないね……アンタら、もうちょっと身の振り方考えようか…ぁだっ?」

 

背中に何かがのしかかる

 

キタカミ「…んー、佐渡?」

 

佐渡「いひひっ!当たりー!」

 

キタカミ「今大事な話してるから、アンタはちょっと大人しててくれる?木曾〜?……居ないし、みんなはどこ行ったのさ」

 

佐渡「なんかー、熊観に行くんだって!いこーよ!」

 

清霜「クマ!観たい!」

 

キタカミ(あー…めんどくさい……)

 

キタカミ「アンタらはダメ、やる事教えるから、先にそっちで…佐渡は1人で追いかけられる?」

 

佐渡「えー、来ないの?」

 

キタカミ「仕事中なんだよ…」

 

佐渡「なんだよそれー、訳わかんないって…」

 

佐渡が背中を降り、駆けていく

 

朝霜「けっ、あたいらは学校みてーに勉強か?」

 

キタカミ「そうさね、社会に出ても勉強できなきゃ生きていけないから」

 

清霜「勉強きらーい!」

 

キタカミ「……ま、教科書だの何だの、仕入れからだねぇ……今日は訓練の見学にしとくけど…」

 

早霜「結局このままなんですね」

 

朝霜「体動かしてる方が健全じゃねーのか?」

 

キタカミ「…艤装触らなければ良いけどさぁ…ちゃんと言うこと聞ける?」

 

朝霜「チッ…その上からモノを言う態度、気に食わねー」

 

清霜「ねー!」

 

キタカミ(あー、もう、阿武隈とかしか教えた事なんて無いのに…いや、私達は元は…AI……うん、そうだ、だから意欲的に物事を学べた…人間だったらこれが普通なんだろうな……そっか、私は…身体だけ人間で…)

 

早霜「…どうかしましたか」

 

キタカミ「…あー、うん………疲れた、ゴメン、休むわ」

 

朝霜「は?何だそりゃ」

 

キタカミ「…代理は立てるから」

 

杖に体重をかけ、よろよろと歩く

まっすぐ歩きたいのに、それすらもできない…

 

 

 

執務室

 

キタカミ「よっと……提督、こっち来てくれる?」

 

執務室のソファに腰掛け、提督を横に座らせる

 

海斗「ここで良い?」

 

キタカミ「んー」

 

肘掛けに脚を置き、横向きにソファに座る

頭は提督の肩に投げ出し、目を瞑る

 

キタカミ「しばらく、寝かせて」

 

海斗「…聞いて欲しい事があるなら、聞くけど」

 

キタカミ「……んや?…起きてる私は、何にも言うことなんざ無いね」

 

要するに、これは寝言だ

 

キタカミ「…ねぇ、私って人間なのかな、それともAIなのかな…私は確かに人間の体をもらった、だけど…考え方も、行動も、意思も、全部…機械的すぎるのかな…」

 

海斗「人間だと思うよ、キタカミは…周りとは少し違う、みんなそうだけど、それぞれが少しずつ違って、それはAIも人間も同じで…」

 

キタカミ「……私、平和嫌いだわ」

 

海斗「え?」

 

キタカミ「退屈じゃん、私は…ロボットだから、敵が居ないと居る意味無くしちゃうんだよ、仕事を与えられて、初めて動けるロボットなんだ」

 

海斗「…キタカミはみんなの事を考えて、自分で動けるじゃないか」

 

キタカミ「それは役割があるから、役割を果たすしか脳のないロボットなんだよ」

 

海斗「……僕は、それが羨ましいな」

 

キタカミ「え?」

 

海斗「…目の前に見えてる役割を、全部こなせるなら…誰かが苦しむ事もないから」

 

キタカミ「……」

 

海斗「確かに、元々君たちはAIだったかもしれない、だけどみんなあまりにも個性的で、人間的で……それに、僕は人間もAIも区別する必要はないと思うんだ」

 

キタカミ「…差別じゃなくて?」

 

海斗「うん、僕からすれば…AIは外国人なのかもね…お互いを理解し合う事ができれば……あとは、相手が悪いことをするつもりさえなければ…きっと」

 

キタカミ「……ふーん…」

 

海斗「…区別は、必要かもしれない、だけど…あまり仕切りを大きくすると分かり合う事もできない…」

 

キタカミ「…私、どうしたら良いんだろうね…朝霜達のこと」

 

海斗「まずは、仲良くなってみたら?」

 

キタカミ「えー…駆逐艦はうざいよ…あ」

 

執務室の扉が開く

 

明石「失礼しま……あ、お邪魔でしたか…」

 

海斗「…いや、そんな事はないけど…静かにしてあげて、寝てるみたいだから」

 

どうやら、寝たフリに合わせてくれるらしい

 

キタカミ(じゃ、盗み聞きといきますか)

 

明石「…わかりました、あ、これ」

 

ソファの前にどかどかと機材が積み上げられる

 

明石「パソコン周辺機器をまとめて修理しておきました…その、型が古かったり、経年劣化してたモノを…」

 

海斗「ありがとう…でも、どうして…?」

 

明石「……その、記憶が戻る前とは言え…心無い発言の数々を…謝りたいなって…」

 

海斗「…別に良いのに、気にしてないよ」

 

明石「そうはいきません…その、ごめんなさい、提督」

 

海斗「こっちこそ、大変な時期にいなくてごめん」

 

明石「……提督、これ、アケボノさんに言われて用意したんですけど…最新のディスプレイだそうです」

 

海斗「VRスキャナ…」

 

明石「ご存知でしたか…その、良かったら使ってください」

 

海斗「ありがとう、使わせてもらうよ」

 

明石「そ、それじゃあ私は…ま、また…」

 

海斗「うん、いつもありがとうね」

 

キタカミ「んじゃね、明石」

 

明石「お、起きて…!?」

 

キタカミ「ん、全部聞いてたよ」

 

明石「性格悪いですよ!!」

 

キタカミ「かもねー」

 

さて、朝霜達とどう接するかな…

 

キタカミ(…寝てから考えるか…)

 

明石「ちょっと聞いてるんですか!?」

 

海斗「…あれ、今度はほんとに寝たのかな…」

 

キタカミ「……すぅ……」

 

明石「……あれ?そう言えば私、キタカミさんが寝てるの、初めてみたかも…」

 

海斗「…確かに、言われてみれば…」

 

今は、少し眠い…



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困惑

離島鎮守府 工廠

工作艦 明石

 

明石「あ、島風ちゃん来てくれた!よかったー、ほら、見てこれ!」

 

島風「えっと…」

 

あの戦い以来、島風ちゃんの艤装は天津風ちゃんに譲渡されていた

だからもう一つ、艤装を1から作り直した…

 

明石「まあ、性能的にはあったのには届かないんだけど…でも、前の加速…多分これなら300は出るかな、だからきっと…」

 

島風「え、えっと、明石さん!」

 

明石「ん?あー…き、気に入らなかった…?」

 

島風「そうじゃなくて…あの、嬉しいんですけど、実は…特務部から私用の艤装を復元したからって…」

 

明石「…へ…?」

 

島風「そ、その…えっと…」

 

明石「……また特務部か!」

 

手に持っていたスパナを投げ捨てたい衝動を抑えて作業台に置く

 

明石「おかしいなぁ!特務部ってそういう機関じゃないのになぁ!一応軍内の正常な機能の為にある公安的立ち位置だったはずなのになぁ!!」

 

島風「あ、明石さん、落ち着いて…」

 

明石「う…うぅ…私この世界じゃあんな超射程の電子兵器とか作れないし、そもそもあの世界の物理法則とこの世界の物理法則は微妙な差異があるせいでそのままのシステムは流用できないしで……あれ、私何なら役に…およよよ」

 

…あれ、でも

 

明石「…島風ちゃんの艤装は復元なんてできるような代物じゃ…確かにベースは私の作った艤装だけど、綾波さんが魔改造してオーパーツじみた物になってるのに…」

 

島風「そ、それは聞いたんだけど…駆逐棲姫との戦いの前に、特務部を実質的に支配されてた期間がわずかにあったらしくて…」

 

明石「…どうなってるんですか?それ、日本の軍はめちゃくちゃだぁ……ははは」

 

もう、頭痛い…

 

島風「だから、その…復元できたらしいです…」

 

明石「…はー……はー、ふざけて…っ…あー…もうダメ、なんで特務部が艤装作ってるんだー!私の仕事を返せー!!」

 

島風「…あ、明石さん」

 

明石「いや!引かないで!わかってるんです!おかしいのはわかってるんです!」

 

島風「そ、そうじゃなくて…」

 

島風ちゃんが入り口に視線をやる

 

アケボノ「…お疲れの様です、提督、また後日にしますか?」

 

海斗「そ、そうだね…」

 

明石「……おぅ…ど、どうしました!?私は全然元気ですよ!?」

 

海斗「えーと…これ」

 

所狭しとリヤカーに積まれた艤装を見せられる

 

明石「見たことない、艤装……いや、これはあの夕雲型と設計を…あ、このロゴアメリカの……ふむふむ…組み方が違うんだ、それで…ああ…でも、すごく壊れてますね……」

 

海斗「明石、いいかな?」

 

明石「は、はい!なんでしょう!?」

 

海斗「この艤装の修理をお願いしたいんだけど…」

 

明石「分かりました!喜んで!……って言いたいんですけど、これ、まるで引き裂いたみたいに壊されてますし、こっちは大穴、こっちは接続部のパーツが壊されてるし……時間、かかりますよ?」

 

海斗「構わないよ、今居るアメリカの子達はどうやら引き取ってもらえなさそうなんだ、だからここで収容する事になって…もし帰る事になっても艤装がないと海上は渡れないからね」

 

明石「艤装使っても1週間近くかかりますけどね……と言うかよくここまで燃料が持ったなー…」

 

アケボノ「ガンビアベイさんの話だと回収船があった様ですし、補給しながら来たのかもしれません…しかし、南は深海棲艦が弱いのか少ないのか、ここよりはマシそうですね」

 

海斗「この辺りもみんなのおかげでかなり減ったと思うよ」

 

明石「…あ、このレーダーなら作れそう…真似すれば…」

 

アケボノ「…どうかしましたか?」

 

明石「いえ、実は阿武隈さんに頼まれてる事が……よし、わかりました、とりあえずこれらはこちらで預かりますね」

 

海斗「頼んだよ、明石」

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

敷波「………」

 

チキチキと金属が擦れる音、そしてキンッと接触する音が響く

 

敷波「……悪く、ないかな」

 

装備の手入れを終えた敷波がライフルを熊の背中に置く

 

敷波「お待たせ、朧」

 

朧「ううん、大丈夫…それより気になる事って?」

 

敷波「……いや、朧ってパソコン詳しい?」

 

朧「え…?」

 

敷波「The・World、やってみたいんだ」

 

朧「どうしたの、急に…」

 

敷波「……あれから、アタシの中にはポッカリとした穴が空いてる、でもそれは綾姉ぇ1人分の穴なのか…わからないんだよね、ゴレが寂しがってるのかも、ダミーなんて言われて、本来いるべき場所に居られないから……だから、もし可能ならThe・Worldにこの因子は還そうと思うんだけど」

 

朧「…そっか」

 

敷波は元々あまり元気がいい方ではない、だが…

あれ以来、ますます元気を無くしてる気がする

 

敷波「おーし、プチグソ、部屋に戻ろうなー」

 

…思えば、綾波を悼む事はあまりしていない

やったことを思えば当然なのかもしれないが、葬儀も無く、墓すら綾波には無い…

 

だけどそれは敷波の言い出した事でもある、綾波が永遠を求めたなら、形として残すのは…何かが違うのだろうと

 

でも、今の敷波を見ると……墓の一つは、在るべきなのではないかと思う

 

 

 

The・World R:1

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

グリーマ・レーヴ大聖堂

???

 

「んー…!ふぅっ……良い気分ですねぇ…」

 

大きく伸びをする

 

常にここは夕陽が差す

影の中に、そして夕闇の中に、佇む事のできる…落ち着いた場所

 

「あなたもそう思いますか?……いや、あなたは私とは違うのかな…」

 

カツカツと後を立て、カラフルなバレエ衣装の様なコスチュームの女性が近づいてくる

 

クラリネッテ「……」

 

「初めまして、何か御用ですか?」

 

クラリネッテ「…不正ログイン…」

 

「ああ、そうですね…それは失礼?見逃してくださいよ、少しくらい」

 

女性が輪っかの様な武器を両手に持つ

 

「…融通の効かない人だ」

 

ため息を一つつき、直剣を逆手に持ち、切先を聖堂の床に当てる

空いた手で操作板を呼び出し、情報をインストール…

 

「…クラリネッテ…さんですか」

 

クラリネッテ「…!」

 

クラリネッテがこちらへと走り、詰め寄る

 

「速いですね、多分ゲームの中ではあり得ないほど速いのでは?…でも、リアルにはもっと速い人がたくさんいますよ」

 

クラリネッテの攻撃をかわし、カウンターの蹴りを腹部に突き刺す

 

「…なので、敢えて言いましょう…鈍いですね、貴女♪」

 

クラリネッテ「…っ…!」

 

クラリネッテがゴロゴロと聖堂を転がり、長椅子に衝突する

 

「シックザール、ふむふむ…舞姫…確かにバレエダンサーの様な装いは舞姫というに相応しい…でも、きっと貴女は…まだ弱い…」

 

クラリネッテが起き上がり、反撃してくる

 

「…それにしても、どこかで…そうか、貴女は、もしかして…私、貴女を知ってるかもしれません…この周波は恐らくVRスキャナ、VRスキャナというのは精神治療の医療器具で…」

 

クラリネッテの攻撃を軽く受け流しながら、思案する

 

「思い出せ〜…えーっと、そう、私昔雑誌で精神疾患により挫折した人を1人を見たんですよね…確か名前は…小春寧…」

 

金属がぶつかり合う音

眼前に迫った輪っかを直剣で防ぐ

 

「…ビンゴ、ですか…将来有望だったバレエダンサーさん」

 

クラリネッテ「貴女は、誰…!」

 

「さあ、誰でしょう…幽霊かもしれません」

 

クラリネッテ「…ッ……」

 

クラリネッテが力無く、輪っかを引く

 

「……成る程、馬鹿みたいに突っ込んでこないところを見るに…貴女は信頼できる人がそばにいるらしい…ちゃんと貴女を導いてくれる誰かがいる、それは幸せな事ですよ」

 

直剣を下ろし、一歩退がる

 

「私はやりあうつもりはありません、今日はお帰りになっては?」

 

クラリネッテ「……強くなる、貴女を倒せるくらいに」

 

「ええと、私は戦うつもりないんですけど」

 

クラリネッテの姿が赤いエフェクト共に消える

 

「…エラー転送のエフェクト…PCボディにダメージを与えすぎたかな…調節が難しいなぁ…」

 

頭の中が騒がしい

 

「あーもう、うるさいですよ!別に冷たくしてるわけじゃ……はいはい!次会った時に謝れば良いんでしょう!?わかりましたよ!」

 

長椅子に腰掛け、像が置かれるはずの台座に祈る

 

(…ま、願わくば……地獄の、最果てに落ちられます様に)

 

 

 

 

The・World R:X

Θサーバー 蒼穹都市 ドル・ドナ

拳闘士 ボーロ

 

ボーロ「うーん、思ったより変わってないなー」

 

としきっく「何か変わってるの?」

 

ボーロ「バージョンがね」

 

としきっく「へー…」

 

ボーロ「どう?何か…感じ……」

 

としきっく「朧?」

 

ボーロ「……因子…?この世界のどこかに、碑文使いがいる?」

 

としきっく「本当に?」

 

ボーロ「…正直、わからないけど…」



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似非

The・World R:X

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「…来ました、この路地は私が押さえます」

 

アカシャ盤を目指す、黄昏の騎士団

過去から時間を超えてやってきた騎士達の前に…

 

青葉「……成る程、また、貴方ですか」

 

カイト「……」

 

この偽物と相まみえるのは何度目か、何度も取り逃したが、もはや手の内は明かした

 

青葉「青葉です、本隊はこっちだった様です」

 

フリューゲル『了解だ、チェロを向かわせてる、うまく誘導してくれりゃそれで良い』

 

青葉「了解しました」

 

槍を片手に持ち、振るう

 

カイト「くッ…!」

 

青葉「…司令官の姿をした似非者め…」

 

槍さえ触れれば

 

青葉「デリート」

 

武器を、防具を、何もかもを消し去ってやる

 

青葉「貴方に、その装備は…似合いません」

 

カイトを一切寄せ付けない、私は…必ず、このニセモノを壊してやる

 

カイト「天下無双飯綱舞い!」

 

カイトが飛び上がり、剣撃をこちらに飛ばす

 

青葉(来た、この攻撃の後の行動はもう覚えた)

 

カイトが着地と同時に左に走る

 

青葉「もう、読めています」

 

進路に槍を振るう

それだけで、終わる…

 

青葉「っ…?」

 

オルカ「間に合った!カイト、無事か!」

 

バルムンク「コイツを倒せばいいんだな…!」

 

青葉(2人増えた…)

 

間合いを取り、広場へと誘導する

 

チェロ「青ちゃん!こっちだヨ!」

 

青葉「はい…!」

 

振り返りざまに槍を振るう

 

バルムンク「ぐ…!…な…!?剣が…!」

 

オルカ「消えた、だと…?」

 

2人がガードに使った剣が消滅する

 

青葉「…今です」

 

チェロ「グリちゃん!やっちゃいなヨ!」

 

青いぬいぐるみが巨大な獣になり、騎士を踏み潰す

 

青葉「…貴方の護衛は倒れました……残すは、貴方だけです」

 

カイト「……」

 

青葉「貴方は何度も仲間を見捨てて逃げ出した…そんな事を繰り返すような貴方が、その姿を…」 

 

踏み込み、槍を振るう

 

カイト「疾風双刃!!」

 

カイトが槍を跳んでかわし、縦に斬りつけられる

 

青葉「っ…?!」

 

青葉(今までと、違う攻撃…)

 

カイト「無双隼落とし!!」

 

攻撃に攻撃を重ねられ、ガードすらできない…

 

青葉(あ…これ、やばいかも…)

 

チェロ「グリちゃん!」

 

カイト「…!」

 

獣が代わりに斬撃を受けた事で、持ち直す時間ができた…

 

青葉(…ダメージが、深刻ですね…)

 

回復アイテムを使いながら、体制を立て直す

 

青葉「……貴方は、勇者カイトではない」

 

チェロ「青ちゃん…?」

 

カイト「……」

 

青葉「貴方の目的も、考えてる事も…私は一切知りません、しかし…先ほど、貴方は目的の為に味方を犠牲にし、私を倒そうとした…」

 

カイトが右腕を持ち上げ、こちらへと向ける

 

青葉「それの何が勇者ですか…本当に貴方が勇者を名乗るなら、犠牲なんか出してはいけない…その努力すらしない貴方に…勇者を名乗る資格はない…」

 

カイトがデータドレインを展開するのを確認し、槍を向ける

 

チェロ「あ、青ちゃん!データドレインを受けるのは不味いヨ!」

 

青葉「わかっています、ですが…」

 

カイト「…データ、ドレイン」

 

青葉「紛い物の勇者はここで、デリートします…!!」

 

腕輪から放たれた光線を槍で斬り裂き、カイトへと迫る

 

青葉「っあぁぁぁぁッ!!」

 

カイト「……!」

 

チェロ「データドレインを、デリートしてる…!」

 

槍が光を放ち、迫る光線を消滅させ続ける

 

青葉(まだ、後少し…!……っ…)

 

辺りが光に包まれる

光が晴れると、カイトの姿はもう無かった

 

青葉「……逃げた…」

 

チェロ「青ちゃん、大丈夫…?」

 

青葉「…やられました、ヴォータンが…」

 

少し、色が鈍ったような気がする

まるで…そう、力を失ったように

 

チェロ「団長!カイトは逃しちゃったよ!」

 

フリューゲル『気にするな!こっちはもう片付いてる、残すはカイトただ1人だ』

 

チェロ「わかったヨ!青ちゃん、戻ろ!」

 

青葉「…いえ、私はこのまま落ちます…仕事に行くので」

 

チェロ「そっか、わかった、団長には伝えとくヨ!」

 

 

 

 

 

リアル

佐世保鎮守府

青葉

 

青葉「失礼します」

 

天龍「ああ、青葉さん、どうかしましたか?」

 

青葉「いえ、巡回の当番日だったなと」

 

天龍「……無理に参加されなくてもいいんですよ?凄く顔色が悪いです」

 

青葉「え…?」

 

思わず顔に手をあてる

 

青葉(…あれ、肌カサカサだ…そう言えば、最近は討伐にかかりきりでリアルの事あんまり気にしてなかったな…)

 

天龍「それに、青葉さんは正式なここのメンバーではありませんし…」

 

青葉「…賃金を頂いている以上…働きます」

 

天龍「佐世保から出てるわけではないんですけどね…」

 

青葉「まあ…ええ、わかってはいるんですけど…」

 

背中をトントンと叩かれる

 

青葉「…?」

 

陽炎「どうも、ご無沙汰してます」

 

青葉「あ、どうも…」

 

陽炎さんが一度こちらに微笑み、頭を下げる

 

陽炎「その節は、本当にありがとうございました」

 

青葉「…いえ、成り行きです」

 

陽炎「良かったら秋雲に会っていってあげてください、ショートメールに反応がないって困ってたので」

 

青葉「え?…あ、仕事中だからサイレントに……む、無視してた訳じゃなくて…!」

 

陽炎「わかってます、良かったら呼びましょうか?」

 

青葉「…お願いしてもいいですか?」

 

 

 

 

秋雲「おー、青葉さん!会えて良かった〜」

 

青葉「…元気そうですね、ほんとに良かった…」

 

天龍「青葉さんの頑張りの結果ですね」

 

秋雲「いやー、ほんと頭上がんないですね〜」

 

青葉「いえ、そんな事…」

 

秋雲「それで、何か御礼がしたくて」

 

青葉「いや、別にそんな事気にしなくても…」

 

秋雲「まあ、そう言われると思って……えーと…」

 

秋雲さんがタブレットを取り出し、弄る

 

秋雲「じゃーん、こんなのどうですか?」

 

天龍「…Webサイト…?何かの記事のような…」

 

青葉「……これ、私の記事…?」

 

私の書いた記事はスクリーンショットと文章だけの簡素なもの

それが華やかな背景や見出しを強調するカラフルなデザインへと変更されていた

 

秋雲「あ、これは文章コピペして勝手に作ったやつなんですけど、どうですか?」

 

青葉「どうって…えっと……凄く、綺麗でいいと思います…」

 

秋雲「じゃー決まり!」

 

青葉「へ?」

 

秋雲「青葉さんが記事を書く、秋雲さんが記事を彩り、宣伝する…どうですか?」

 

青葉「え、ええと…でも、流石にそれは大変じゃ…」

 

秋雲「趣味の延長ですから」

 

青葉「えぇ…?」

 

そもそも、私は今普通にThe・Worldを遊ぶ事自体が少ないのに…いや、私は…楽しめるのかな

 

秋雲「御礼の気持ちです、ね?」

 

青葉「…じゃあ、はい…」

 

秋雲「よーし、あ、それとここなんですけど」

 

青葉「…契約書…?」

 

秋雲「ばーっと読み飛ばしてサインをお願いします」

 

タブレットを陽炎さんがひったくる

 

秋雲「あ、ちょっ!?」

 

陽炎「何々…?広告収入について…ふーん……秋雲は5割貰うんだ?」

 

青葉「こ、広告収入?」

 

秋雲「い、いや…妥当なとこじゃない…?」

 

天龍「お金稼ぎに繋げるとは、ちゃっかりしてますね…」

 

陽炎「お礼の気持ちなら全額渡せば?ねぇ、天龍さん」

 

天龍「まあ、私は電子機器にあまり詳しくないので軽はずみなことは言えませんが…」

 

青葉「…あの、広告収入ってなんですか…?」

 

秋雲「…え?」

 

陽炎「青葉さんそこから知らなかったかー…」

 

秋雲「じゃあ10割もらっても怒られなかったなー…あー!嘘!嘘だから!そのゲンコツをおろして!」

 

陽炎「まあ、簡単に言えば自分のサイトに貼ってある広告でお金が貰えるんです、銀行の口座とか登録してって手続きはありますけど」

 

秋雲「いやー、軽く見たけど青葉さんの持ってるスクショはかなり古〜いというか、レアなものが多いから閲覧者数も凄かったし、登録してたら結構な額になってそうだったんですけどねー」

 

陽炎「アンタ、まさか最初からそれが目的で…!」

 

秋雲「違うって!いや、ちょっと美味しい思いできたらなーとか、ペンタブ新しいの買いたいな〜とか思ったけど!」

 

陽炎「こんの……!…はぁ…すみません青葉さん…青葉さん?」

 

天龍「…携帯を見たまま固まってます、ね…」

 

青葉「…ええと……あの、さっきの話…こ、口座…登録してたんですけど…」

 

秋雲「ちょっと拝借…あ、これネット銀こ…う……わぁ…」

 

陽炎「勝手に人の口座見んな!…ったく…」

 

陽炎さんが携帯を私の手に戻す

 

天龍「…入ってたんですね、広告収入」

 

青葉「…はい…ちょっと見た事ない額が…」

 

秋雲「いやー、それまでの貯金の倍額入ってましたね!あだっ!」

 

陽炎「アンタ一回沈みたい?」

 

秋雲「わ、悪かったって!ごめんなさーい!」

 

青葉「…これだけあれば、みんなに何か届けられるかな…」

 

天龍「離島の皆さんですか」

 

青葉「……私だけこんなに安全なところにいるのは、申し訳ないので…」

 

陽炎「…すみません、青葉さん、爪の垢貰えますか?秋雲に呑ませたいので」

 

秋雲「悪かったからもうやめて!?」

 

天龍「…あれ?」

 

青葉「…どうかしましたか?」

 

天龍「今、何か……いや、気のせいでしょうか…」

 

秋雲「そんな考え込むなんて珍し…いたたっ」

 

天龍「いま、車椅子に乗った人が視界に映った気がして…」

 

青葉「車椅子?」

 

天龍「ええ…その、敷波さんと同じ制服を着てたように見えたものですから、このあたりの学生服には疎いですが…」

 

青葉「…まさ、か…!」

 

辺りを見渡す

 

青葉「……どう、なんだろう…まさか、そうだとしたら……調べることができました、失礼します!!」



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雇用

離島鎮守府

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「……あれ、ここ…どこ?」

 

球磨「自分の部屋の天井も忘れたかクマ」

 

キタカミ「…私の高級安眠枕は?」

 

球磨「そんなもんに金使ってるのかクマ…」

 

キタカミ「んや、タダ」

 

球磨「高級要素はどこいったクマ…」

 

キタカミ「…ん…?」

 

鼻につく、シャンプーの香り

そしてこの臭いは…

 

キタカミ「…え、今何時!?」

 

球磨「夜中の23時だクマ」

 

キタカミ「嘘!?…ま、マジかぁ…お昼過ぎにうとうとして寝たのに……え?つまり10時間近く寝てたの?昼寝がそんなにいくとは…あー、最悪…」

 

球磨「喧しい眠り姫だクマ…」

 

キタカミ「いや、あー……っていうか、私どうなってここまで来たの?」

 

球磨「そら、運ばれてきたに決まってるクマ」

 

キタカミ(あー…大和とか長門辺りかな、後でお礼言わなきゃな…いや、大穴でアケボノとか?くっついてるのあんまり良く思ってなかっただろうしなぁ)

 

キタカミ「で、誰が運んでくれたの?」

 

球磨「お前んとこの提督だクマ」

 

キタカミ「………あー…マジ?」

 

球磨「嘘ついても意味ないクマ」

 

キタカミ「うぇー…なんか恥ずいんだけど、顔合わせ辛…」

 

球磨(乙女なやつだクマ)

 

キタカミ「……あ、なんかお腹減ってきた…まだ誰か居るかな…」

 

球磨「太るぞクマ」

 

キタカミ「…わーってるよ…」

 

キタカミ(とりあえずあんまりカロリー来ないやつ…えーと…)

 

 

 

 

食堂

 

キタカミ「…ん?なんか、シャカシャカいってるんだけど…」

 

この匂いは、朝霜達と…アメリカの連中…満潮と如月もいる…?

 

早霜「ヴァージン・チチです」

 

満潮「へー…甘くて美味しいし、なんだかミックスジュースみたい…」

 

アイオワ「何ができるの?」

 

早霜「ここにはアルコールが置いてませんのでモクテルでしたら」

 

アイオワ「…お酒ないのね…珍しいわね」

 

アトランタ「娯楽の一つもない、クソッタレ」

 

キタカミ「悪かったね?ウチに在籍してるのは提督除いてみんな未成年だからさぁ」

 

ガンビアベイ「あ…」

 

如月「き、キタカミさん…」

 

清霜「こんばんはー」

 

キタカミ「如月、何か軽く食べるものある?」

 

如月「すぐ用意します!」

 

キタカミ「いや、そんな畏まらなくてもいいんだよ?」

 

朝霜「畏まってるんじゃねーよ、気になってんだよ」

 

キタカミ「何が?」

 

早霜「シンデレラです」

 

早霜がグラスを差し出してくる

 

キタカミ「…バーテンできるんだ?」

 

早霜「親がそうでしたので」

 

キタカミ「へー…美味しいじゃん」

 

フルーツジュースを口に含む

 

朝霜「で?なんで夕方男に抱かれてたんだ?ヤッたのか?」

 

キタカミ「ぶふぉっ!?ごほっ!…げほっ…な、何、見てたの?」

 

朝霜「みーんな見たさ、ヤリ疲れて寝てたんじゃねーの?」

 

キタカミ「冗談でしょ…勘弁してよ、うたた寝してたら搬送されただけだよ」

 

如月「そ、そうなんですか?」

 

如月が目の前にサンドイッチを並べる

 

キタカミ「当たり前じゃん、未成年とヤるとか完全アウトだしそもそも提督は誰かと変な関係にならないよ」

 

朝霜「ほえー」

 

キタカミ「…何さ、その目は」

 

朝霜「口うるさく言ってたくせにのうのうと昼寝してた奴が当たり前を語るとはねぇって思っただけだよ」

 

キタカミ「……チッ…可愛くないなぁ…ほんとウザい……っ」

 

サンドイッチが手からこぼれ落ちる

 

如月「キタカミさん…?」

 

キタカミ「…アンタら、絶対に外に出ないでよ…如月!阿武隈と不知火起こしてきて!満潮!執務室に敵襲の連絡!」

 

如月「えっ!?」

 

満潮「て、敵襲って…!」

 

キタカミ(間違いない、この匂い…なんで…)

 

立ち上がり、急いで艤装を取りに向かう

 

 

 

 

 

キタカミ「なんで、生きてるのさ…!」

 

駆逐棲姫「……ア、ドウモ?オ元気ソウデスネェ」

 

キタカミ(匂いは確実に綾波だけど、雰囲気が若干違う…何、この違和感は…)

 

腰の主砲を一つ手に取る

 

キタカミ「…やりに来たんでしょ、いいよ、相手してやる…」

 

駆逐棲姫「…アハッ♪」

 

駆逐棲姫が海から陸地へと飛び乗る

ないはずの脚部は鋼鉄の脚…

重たいプレッシャーに呑まれそうになる…

 

キタカミ「来なよ、亡霊…!」

 

駆逐棲姫「デハ、遠慮ナク……測定テストΘヲ開始…難易度ハード、システムハ正常ニ稼働中…」

 

キタカミ(…何言って…機械油の匂い…?あの機械製の脚からか)

 

瞬きの間に駆逐棲姫が目の前に移動する

 

キタカミ「しまっ…!」

 

掌底を受け、地面を転がる

 

キタカミ「っ…!」

 

キタカミ(腹ぶち抜かれたと思ったけど、加減してる…ダメージを返されるのを恐れて、できるだけ弱らせて一気に殺す気か…!)

 

体制を立て直し、主砲にカートリッジを挿入する

 

キタカミ「レベル1で相手できると思ってんなら…大間違いだっての!!」

 

駆逐棲姫の進路に炎の散弾をばら撒く

 

駆逐棲姫「両腕パーツ損傷軽微、右脚部損傷重度を確認」

 

キタカミ「なら、左脚も壊してやる…っ!?」

 

後方から、匂い…

 

キタカミ「来んなって言ったでしょ!?なに来てんのさ!」

 

朝霜「い、いや…気になって…」

 

清霜「アレが深海棲艦…?」

 

キタカミ(っ!マズイ、綾波なら…綾波なら間違いなくこの状況は朝霜達を…!)

 

腰に引っ提げた主砲を全て掴み、空中にばら撒く

 

駆逐棲姫「…?」

 

キタカミ「綾波…これ以上、奪わせたりしないから」

 

背面部の艤装から隠していた拳銃を抜き取り、自身の投げた主砲に向ける

 

駆逐棲姫が主砲を構える前に、拳銃で自身の主砲のトリガーを撃つ

放たれた砲弾が駆逐棲姫の両腕の艤装を捉える

拳銃を放つ度に新たに砲弾が飛び、駆逐棲姫にダメージを与え続ける

 

キタカミ「…終わり」

 

駆逐棲姫の顔面や四肢が限界を留めないほど撃ち込んだ頃に主砲が音を立てて地面に落ちる

 

キタカミ(……仕留めた感覚はある、だけど…なんでこんなに呆気ない…おかしい…)

 

機械油の匂いが立ち込める

 

キタカミ「……こ、これ…まさか……ロボット…」

 

千切れた腕や、撃ち抜かれた脚、限界を留めてない顔面

近づいてよく見ればどれも人間のそれじゃない、ロボットのモノ…

 

あり得ない、じゃあ、あの濃い綾波の匂いは?このロボットの存在意義は?

 

でも、一つ確信した

 

キタカミ「…どこで、生きてる…?しかも今度は記憶持ち越し…最悪じゃん…!」

 

奥の手だった、綾波とのあの直接対決で使えなかった別の勝利手段

奥の手は一つではいけない、勝ち筋は複数作る…

自分の1番得意な範囲での勝負…それを今、綾波は観ていたのだろう、何処かでほくそ笑みながら

 

キタカミ(綾波に見せてない手の内はあるにはある、だけど……ありとあらゆるものを見られた気がする)

 

朝霜「…すげー…強えんだ…」

 

キタカミ「あ…?」

 

清霜「今の!今のどうやったの!?」

 

倒したことで気が抜けてしまっていたが、そうだ…

 

キタカミ「……アンタら、本当にいい加減にしてよ…」

 

正直腰をつきたいところだが、なんとか踏ん張る

綾波ならあの機械をわざと倒させて油断した隙を狙うくらいはするだろう、敢えて私を残してこの2人をいたぶるくらいはするだろう

 

アケボノ「……ふむ…遅くなりました…が、終わってるようですね…今どういう状況ですか」

 

キタカミ「あー、うん、一応警戒中」

 

ようやく腰を下ろせる…

 

アケボノ「なぜあなた達がここに?」

 

朝霜「悪ィかよ、敷地内は自由に歩いていいんだろ?」

 

アケボノ「……死に急ぐのなら、お好きにどうぞ」

 

朝霜「あァ?」

 

アケボノ「今キタカミさんが相対した相手は我々が総力戦で漸く、やっと倒せた相手です、通常なら1人で倒すことなど不可能です…ここが最前線ということをお忘れですか?」

 

朝霜「じゃあマトモな訓練も受けさせてねぇソイツにも問題あるだろうがよ!」

 

キタカミ「……それについてはごもっともだね」

 

キタカミ(綾波が死んだと思ってたから…手に負えない化け物なんて出てこないと思ってたから…朝霜達にはまともに生きれる環境を用意したかったのに…いや、まともってなんなんだろ…わかんないや…人間じゃ、ないんだし…)

 

アケボノ「……キタカミさん、今日は眠れなさそうです、提督の護衛をお願いします」

 

キタカミ「…アケボノは?」

 

アケボノ「私では護衛はできません、お任せします」

 

キタカミ(成る程、貸しって訳だ…)

 

キタカミ「ちぇっ…はー……上手くいかないモンだなぁ…」

 

アケボノ「それと、貴方は貴方です、変わる必要はありません」

 

 

 

 

アトランタ「見た?あれ」

 

ワシントン「レ級の時も思ったけど…化け物ばっかりね、ジャパニーズは…」

 

アイオワ「だけどアレなら、納得ね…本当に駆逐棲姫も倒したんだろうけど、復活した…でもどうして復活したのかしら」

 

アトランタ「さあ、だけど…アイツら、艤装とかそういう話じゃ無い、化け物と戦える技量がある…」

 

那珂「わあ、こんなにいっぱい集まってくれてありがとー!」

 

サミュエル「うわっ!?」

 

ワシントン「い、いつの間に後ろに…!」

 

那珂「今日はー、那珂ちゃんのソロライブのために集まってくれてありがとー!夜通しいっちゃうから、覚悟してねー!?」

 

アトランタ「うっさ…!な、何こいつ!」

 

キタカミ(アメリカ連中は抑える役が居るし、大人しく護衛の仕事…するか…)

 

 

 

 

執務室

 

キタカミ「お、揃ってんじゃん」

 

重役3人、横須賀と離島、それからもうすぐ呉の提督となる3人がこの部屋に放り込まれ、大淀と神通がそれぞれの警護…

 

海斗「キタカミ、怪我は無い?」

 

キタカミ「んー…」

 

腹部に手を当てる

内臓はいかれてない、というより思えばあの駆逐棲姫の攻撃はあまりにもお粗末というか、加減し過ぎというか

 

キタカミ(ダメージになってなさすぎて寧ろ怖くなってきたな…明日にでも検査受けてみようか…)

 

キタカミ「大丈夫、それより…何してんの?」

 

火野「有事の際、一網打尽にされるリスクと分散し、誰かが生存する可能性を考えた結果だ」

 

亮「で、暇だから書類仕事を手伝ってる」

 

キタカミ「…提督、終わってなかった?」

 

海斗「あー…ええと」

 

火野「私の物だ、名ばかりの最高責任者だがなにぶん仕事が多い、横須賀に早く戻るべきなのだが、それが今はできない」

 

キタカミ「なんでさ」

 

火野「ここの優秀な医官が動かしたがらない、少なくとも夕張がまともに動けるまではと言って聞かない」

 

キタカミ「あー……」

 

机の書類を一枚拾い上げる

 

キタカミ「外務省の書類なんかもあん、の…?」

 

火野「アメリカの艦娘についてだ」

 

海斗「…キタカミ?」

 

キタカミ「……コロンの匂いに隠れて、する…間違いない」

 

さっきもちゃんと…

 

海斗「何が…」

 

キタカミ「綾波、間違いない…綾波の匂いだ……アイツ、外務省にいるって事…?」

 

わからない、理解できない、綾波を国が雇用した?

そもそも、綾波が生きてる事も…訳がわからない…



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刷り込み

離島鎮守府 執務室

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「綾波が外務省って大丈夫なの…?もう取り返しつかないところに居るっぽいけど…」

 

火野「ふむ…いや、私も把握していなかった事だ…」

 

キタカミ「綾波は何をしたくてそんなとこに…いや、そもそも雇った奴ら正気…?」

 

頭が痛いとはこの事か、思わず頭を抱えて唸ることしかできなくなる…

 

キタカミ「…夜間哨戒の指示は?」

 

海斗「出してあるよ、ただし近海の限られた範囲に絞ってるけど」

 

キタカミ「…本土への帰還ルートも確保したいとこだけど」

 

正直、なんであのロボットが私達の前に現れたかを想像するだけで吐きそうになる

そしてあのロボットが一体で来たのは何?

少なくとも……量産できるか、それとも実験段階じゃないと…

なんにせよ、アレより強いのが後から出てくるのは、間違いない…

 

生きているだけで、癌のように恐怖を広げ、蝕む

1秒だって生きていちゃいけないのに…

 

キタカミ「…はぁ…どうすんのさ」

 

火野「どうしようもあるまい、我々には…」

 

海斗「キタカミ、その書類見せて」

 

キタカミ「ああ、うん…」

 

海斗「……明明後日、アメリカの人たちを連れて本土の大使館に行こう、受け入れの準備をしておくって」

 

キタカミ「急に?……綾波が一枚噛んでるとしたら、嫌な予感しかしないんだけど…」

 

海斗「…よく、わからないな…」

 

誰もよくわかってない、今の綾波が何をしてるのか、何をしたいのか

 

 

 

 

 

 

東京 ネットカフェ

綾波

 

綾波「ふぇっくしょん!……ん…鼻が…」

 

ティッシュで鼻をかみ、パソコンに向き合う

 

綾波(…よし、これでいいでしょう……っと、そろそろマズイかな)

 

パーカーを羽織り、会計を済ませて足早にネットカフェを出る

横目にネットカフェに入る警察官を眺めて路地を縫うように離れる

 

綾波「…はあ……わざわざ警察使わなくても仕事はするのに……」

 

今、行くべき場所は24時間営業し、私の顔を見られる事なく、Wi-Fiと電源コードに接続できる場所

 

綾波「……ま、ここは人が見てないから良いんですよね、ラブホテル…」

 

頭の中が騒がしい

 

綾波「うるさいですねぇ、別にナニかする訳じゃないんですよ?……あーはいはい、そんなこと言ったら貴方も私もファーストキスはその辺のおじさん殺すときにしちゃったじゃないですか……あーもう、うるさいですよ」

 

 

 

 

 

ノートパソコンを取り出して立ち上げる

 

綾波「さて、さてさてさて……ああ、アクセスできた…うんうん、やっぱりそうですよねぇ…どうします?貴方が決めていいですよ……ま、貴方はそうですよね…っと……追われてる、ヘルバさんか…各方面に私の生存がバレ始めてるな…」

 

追跡を遮断し、別のサーバーを経由してアクセスする

 

綾波(ヘルバさんの網を避けていては…キリがない、となれば……突っ切る、探知される前に目的を果たす)

 

綾波「………アハッ♪…見ぃつけた、うんうん、そうですよねぇ…あの駆逐棲姫は完成度は20%ってところか…しかも暴走して…撃破されてる、戦闘ログは?……成る程、さすがキタカミさんですねぇ」

 

居場所を特定されるまで、あと30秒程…

 

綾波「…難しい話ですね、ヘルバさんが協力してくれるなら3日で済む話なのに…いや、その提案は今の私の待遇からして無理ですよ?ええ…」

 

追跡を遮断する

 

綾波「おぉーっと、危ない危ない…しかし、追われるのは楽しくないですね」

 

ノートパソコンの電源を切り、ベッドに投げる

携帯電話で本部に電話をかける

 

綾波「さて、通訳は必要かなぁ…いや、いいか…あ、もしもし?私です、GPSを起動するので車を回してください、そう、レンタカーを今から借りて…盗聴されると面倒なので行き先は来てから指示します」

 

電話を切り、ベッドに腰掛ける

 

綾波「……さて、はてさて…まだ地獄は私を受け入れられないでしょうね?……ええ、全く、これでは一切足りません、もっともーっと、やる事がありますよ、死の果てが虚無なのか、それとも隠り世なのか、地獄はあるのか…」

 

上手くいけばどうなるのかを思案し、次に失敗した時のリスクを考える

失敗は死を意味する、しかし私はまだ死なない

つまり、失敗はあり得ない

天才の称号の元に於いては全てが正常に進む

 

綾波「……そういえば、さっきの話ですけどまだ膜は破ってませんね、適当に破り……あー、はいはいごめんなさい」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

秘書艦 アケボノ

 

アケボノ「どうも、アメリカの皆さん」

 

ワシントン「…何か用?」

 

アケボノ「ええ、まだ渡す訳にはいきませんが、貴方方の艤装が修理できましたよ」

 

アイオワ「本当に!?こ、これで帰れる…」

 

アケボノ「馬鹿言わないでください、領海侵犯、それと朧に機銃を向けた事も含めて貴方達は拘束される理由を作ってしまった」

 

アトランタ「チッ…固いなぁ…」

 

アケボノ「軍人、かつ成人ならそれらしい態度を見せて欲しいものです、それともまだ立場が分かりませんか」

 

アトランタ「立場だなんだって…アンタら本当に大使館や本国に問い合わせた訳?言いたい放題言いやがって…」

 

書類を突きつける

 

アケボノ「貴方達は明後日、大使館に移送されます…まあ、領海侵犯などで裁判なども行うやもしれませんが……とりあえず、レ級に襲われていた貴方達を救った朧に機銃を向けたのは映像として残ってますよ、アトランタさん」

 

アイオワ「…その映像、見せてもらえる?」

 

アケボノ「不可能です、もう中央と大使館に提出済みですので…国際問題になりますね」

 

アトランタ「っ…」

 

ワシントン「気が、動転してたのよ…勘弁して」

 

サミュエル「お、お願いします…」

 

アケボノ「……あの、何か勘違いしてますか?私はあくまでこの鎮守府における事務員です、私は処理を適切に進めるだけです、貴方達が許しを乞うべきなのは…そうですね、裁判官とかにでもどうぞ」

 

アイオワ「そんな…」

 

アケボノ「あと、貴方達から昼夜問わず、1秒たりとも監視の目を外したことありませんよ、貴方達が何かを探してるのも、隙さえあれば艤装を取り戻そうとしてるのもわかってるんです」

 

ワシントン「……そんな事してないわ」

 

アケボノ「ワシントンさん、今日の昼、食事の時間にあなたはガンビアベイさんと共に遅れてきました、貴方達を普段拘留しているのは食堂の隣の部屋ですが…貴方達は通路の人通りが減った頃に食堂と反対方向に向かい、探索をしていましたね」

 

ガンビアベイ「み、見られてた…?」

 

アケボノ「サミュエルさん、貴方がペンとメモをくすねた事も把握済みです、今もポケットに入っていますね、ちなみにそれは漣の私物ですが差し上げるそうです」

 

サミュエル「な、なんで…?」

 

アケボノ「アトランタさん、貴方はフォークやナイフをくすねています、武器にするつもりかは知りませんが……あまり人を舐めない方がいい、私はそれを誰かに向けた時点で貴方を殺す」

 

アトランタ「……」

 

アトランタが他のメンバーの顔を見る

それぞれが俯く

 

アケボノ「全員の行動を把握しています、例えばフレッチャーさんがどこで躓いたか、ヘレナさんが箸を使おうとして苦戦していたとか、そんな事も知っています」

 

ヘレナ「…何が言いたいの」

 

アケボノ「私に撃たせないでください、提督は私が貴方達を撃つ事を望みません」

 

アイオワ「…ここのアドミラルには会った事がないけど」

 

アケボノ「会わせられません、もし、万が一にも提督に危害を加えられたら…私は生きていけませんから」

 

アトランタ「チッ…本当に殺してやろうか」

 

アケボノ「……はい?」

 

アトランタの方を向く

 

アケボノ「今、誰のことを殺すと言いました?まさか提督を殺すなどと、冗談でも口走っていませんよね?」

 

腰の拳銃に手をかける

 

アトランタ「……」

 

アケボノ「私に対してですよね?そう言ってください、それともまさか…提督を侮辱しましたか?」

 

ヘレナ「…アトランタ…」

 

アトランタ「あー、悪かった、訂正する」

 

アケボノ「訂正は不要です、誰を侮辱したかはっきりさせなさい」

 

アトランタ「…ウザっ…っ!」

 

アトランタの髪が少し焼け落ちる

 

アケボノ「……私は、あまり気が長い方ではありません、提督の事となると殊更に…次は、眉間です」

 

アイオワ「ちょ、ちょっと!冗談でしょ!?そんな事で殺すなんて.」

 

アケボノ「要人を侮辱してタダで済むと?今すぐ殺して深海棲艦の餌にしてもいいんです、この時間は私の慈悲です、貴方は本来既に死んでいるんです、アトランタさん、貴方に言ってるんですよ」

 

アトランタ「……っ…」

 

アケボノ「今すぐ、ハッキリさせてください、貴方が侮辱したのは私であって提督ではないと」

 

アトランタ「…あたしは、アンタに対して暴言を吐いた、アンタのアドミラルを侮辱してない…」

 

アケボノ「結構」

 

拳銃を収納する

 

アケボノ「…陰口も、私の事だけにしておくことです、少なくともここにいる間は…」

 

アイオワ「…そうした方がいいみたいね」

 

アケボノ「それと、ワシントンさん、ヘレナさん、私の拳銃にそんなに興味がありますか、これは適当に見繕ったモノですよ」

 

ワシントン「…別に、そんなことはないけど…」

 

ヘレナ「…こんな、海に囲まれた島で深海棲艦に襲われても身を守る術がないのが気になって」

 

アケボノ「豆鉄砲一つで身が護れるなら…今までの惨劇はなかったでしょう、それと……」

 

拳銃のマガジンを取り出す

 

アケボノ「カラですよ」

 

アトランタ「…ブラフ、だった…ってワケ…」

 

アケボノ「いいえ、殺すことはできましたよ」

 

薬室から弾丸を取り出して見せる

 

アケボノ「貴方達の行動はやはり不自然だ、しかし、万に一つでも貴方達の目的が提督の暗殺だった場合…今ここで自殺しておくことをお勧めします」

 

取り出した弾丸を薬室に戻し、机に拳銃を置く

 

アケボノ「さあ、どうぞ?」

 

ワシントン「自殺なんてするワケないでしょ…!冗談じゃない!」

 

アケボノ「貴方達の末路、今の所の予定では少なくともアトランタさんはまともに生きる術を失います、私の姉妹を手にかけようとした以上は…私も全力で貴方をつぶします」

 

アトランタ「…クソ…」

 

アケボノ「ここでヤケになった誰かが…私を、そしてこの鎮守府の何人かを道連れにすることを考えるかもしれませんが…」

 

ヘレナ「っ…」

 

アケボノ「それもまた、不可能です…何故なら私は死にません、貴方達の恐怖の根源となり、貴方達を貪り喰らいます」

 

机に置いた拳銃を回収する

 

アケボノ「7人もいるんです、せめてもう少し…攻撃的な人がいるかと思いましたが、たった1人相手に手も足も出さない…ようやく立場を弁えましたか?」

 

アトランタ「誰が…」

 

アケボノ「余罪を重ねないのは賢い選択です、ここで私からお話があります」

 

ワシントン「……話…」

 

アケボノ「全て話してください、そうすれば…貴方達を保護した場所を領海の外だと申告しましょう、映像に関する事も多少は…考えなくもないですよ」

 

アイオワ「さっきまで好き勝手言っといて…今更…」

 

アケボノ「選択は貴方達がすることです、しかし時間は有限だ、そもそも貴方達ハワイにいた艦隊は暴走し叛逆した罪人とされていますし……ああ、下手したら死刑とか…アメリカって死刑制度残ってましたっけ?」

 

アトランタ「……」

 

アケボノ「良い返事、期待してますよ」



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落とし所

真実の部屋

双剣士 ハル

 

ハル「……またここか、用事はないんですが」

 

真っ白な部屋

大量に積まれた本の中にあるロッキングチェアを手で押して揺らしながら、色眼鏡の男がこちらを向く

 

オーヴァン「コルベニクが君を呼んだんだ」

 

ハル「……何の用ですか」

 

オーヴァン「君は力の使い方を分かっている、だが…あまりに傲慢だ」

 

ハル「私は私の忠義と、望みのために生きている…それを傲慢と言われる筋合いはありませんよ、オーヴァン」

 

オーヴァン「そうか、君は傲慢だとは思わないか…だが、君の言葉は人を殺める力を持っている、コルベニクには人の深い部分に語りかける力がある、君の言葉は周りにはどう聞こえているか、考えたことは?」

 

ハル「私は殺すつもりでした、一切の躊躇なく」

 

オーヴァン「……優しい怪物になるつもりかな」

 

ハル「いいえ、非情な怪物です、敵を破壊する怪物になるつもりです」

 

オーヴァン「誰かを頼ることは、悪い事じゃない…ハッピーエンドのつもりが側から見ればバッドエンドという事もある」

 

ハル「ハッピーエンドはこれから起こる不幸の黙殺の上に成り立つ」

 

オーヴァン「そのエンドは、キミは幸せなのかな?」

 

ハル「……」

 

オーヴァン「君の手元にはコルベニクの因子と、ダミー因子がある……それを手放すつもりは?」

 

ハル「手放す?」

 

オーヴァン「ポーカーでは2より1が強い」

 

ハル「大富豪なら2の方が強いですよ」

 

オーヴァン「コルベニクさえいれば、因子は要らないはずだ…違うかな?」

 

ハル「…確かに、ダミー因子を使う動作は今まで無かった、それこそ艤装の性能を上げるには元来のモルガナ因子であるコルベニクさえあれば…」

 

オーヴァン「君はコルベニクを失っていない、他の碑文使いと違って」

 

ハル「……」

 

オーヴァン「その因子を俺に預けてほしい、届けたい相手が居るんだ」

 

ハル「犬童、愛菜…貴方の妹…」

 

オーヴァン「……」

 

ハル「沈黙は肯定と取りますが」

 

オーヴァン「沈黙は沈黙だ、否定も肯定もしないさ」

 

ハル「ダミー因子を貴方が求める理由がわからない…」

 

オーヴァン「かつて女神はこう言った…強い力、使う人の気持ち一つで救い、滅び、どちらにでもなる、と」

 

ハル「……」

 

オーヴァン「俺はそれとは違う別の強い力を宿した、1人を救うために、多数を滅ぼした…許されざる行為だ、だが、俺の心にあったのは救いだけだ」

 

ハル「…貴方にとっての、ハッピーエンドか」

 

オーヴァン「そうとも言える…だが誰かに話しても、非難されるだけだろう?1人のために大勢を犠牲にすることを世界は許しはしない」

 

ハル「そうでしょうね…貴方は私に何を伝えたいんですか」

 

オーヴァン「強いて言うなら、そう…幸せの青い鳥を探すのも悪くないんじゃないか、と思ってね」

 

ハル「…それなら心配不要、すでに見つけています、あとはその青い鳥を幸せにするだけです」

 

オーヴァン「君と俺は良く似ている」

 

ハル「かも、しれませんね…」

 

オーヴァン「青い鳥は捕まえる物じゃ無い、欲を出せば…全てが滅びる…青い鳥の為に、捧げるんだ」

 

ハル「…何を…?」

 

 

 

離島鎮守府 私室

秘書艦 アケボノ

 

アケボノ「…っ……寝ていた?…いや、ダミー因子が無くなっている…」

 

夢では無いことの証明

そして……

 

アケボノ「……」

 

手元にある、コレは…

 

アケボノ「オーヴァン、私に何をさせたい…」

 

 

 

 

 

執務室

 

アケボノ「時間をとっていただきありがとうございます」

 

火野「いや、それより本題を頼む」

 

アケボノ「アメリカ艦の処遇についてです、書類はもう目を通しましたが…アメリカ政府は彼女らについて感知していない、無関係である…そう言っているようですね」

 

海斗「そうだね、ハワイには連絡がつかないし、アメリカの方でも手がつけられないことになってる」

 

アケボノ「ええ、今彼女らは宙ぶらりんな状況です、そこで.」

 

海斗「賠償艦として、引き入れたい?」

 

アケボノ「その通りです、当然罪状は足りません、それにアメリカにメリットが無いのが問題です」

 

火野「…難しい話だが、ここの戦力補強としては確かに悪い話ではない」

 

アケボノ「ここには隠さなければいけない事実はありません、少なくとも…生きているであろう綾波との繋がりを勘繰られなければそれでいい」

 

海斗「…アメリカもだけど、納得してくれるかなぁ…」

 

アケボノ「納得させる材料を作りましょう、それと…」

 

携帯がやかましく鳴る

 

アケボノ「し、失礼しました…おかしい、電源は切ったのに……え?」

 

海斗「アケボノ?」

 

携帯には1通のメール

送信者は…

 

アケボノ「綾波…!」

 

火野「…内容は」

 

アケボノ「…アメリカの艦娘を賠償艦として受け入れる用意をしてほしい、とだけ」

 

海斗「……どういう…まさか、盗聴されて…?」

 

アケボノ「…気味が悪いと言うレベルじゃ無い、このタイミングで、このメール、綾波はどうするつもりで…」

 

携帯の電源を改めて落とす

 

アケボノ(……ハッキングはもう、いい…防ぎようがない、それはいいとして…電源をどう入れた、物理的に干渉しないと不可能だ…)

 

額に手を当てる

 

アケボノ(仮に万に一つでも私が消し忘れたなら…いや、むしろそれしか考えられない…それより、綾波がなんで……ダメだ、頭痛がする)

 

昨夜の襲撃はなんだ?何故綾波が賠償艦の事に手を貸す?

 

考えても答えは出ない

 

海斗「…とりあえず、明日には一度大使館に行く必要がある…のは、変わらないのかな」

 

火野「賠償艦を受け入れる用意というのも…アメリカがこちらに戦力を引き渡す理由がわからないが」

 

アケボノ「……綾波はやると言った事はやるタイプです、それが私たちに不利益かどうかは関係なく」

 

虫唾が走る

あいつは私達をどうするつもりだ

 

私達に、何をするつもりだ

 

火野「全て明日わかる事…だと良いのだが」

 

 

 

 

 

本土 九州 某所

青葉

 

青葉「……ターゲット、発見」

 

この距離からでもわかる、綾波型の制服と車椅子、そしてあの髪色…

真後ろからなので両脚の有無は確認できてないが…

 

青葉(…人通りがない、今しか確かめるチャンスはない…)

 

艤装を持ち出すことはできなかった為、手元にあるのは小型の拳銃一つ…

もし綾波さんなのならここで撃つ覚悟が必要だ、だけど…

 

車椅子に近づき、追い越し、振り向いて確認する

 

青葉「っ!………あ、れ…?」

 

車椅子に乗っていたのは、一瞬確かに綾波さんだと認識したけど…違う

人形…

 

綾波『あ、どうも青葉さん』

 

青葉「えっ!?」

 

人形が、しゃべった…

 

綾波『驚かないで、首にスピーカー下げてるでしょう?』

 

青葉「……ホントだ…い、いや、そうじゃなくて!……なんで、生きて…」

 

綾波『それは言えません、それよりも貴方に渡したい物があったんです、背中の部分に挟んだ書類、貴方に預けます…好きに使ってください』

 

青葉「…書類…」

 

恐る恐る背中に手を伸ばす

クリアファイルに挟まれた何枚かの書類…の、コピー

 

契約書類と、3人分の…身辺情報…

 

青葉(…契約内容、情報提供……これ、スパイ契約…?)

 

綾波『確かに受け渡しましたよ?』

 

青葉「ま、待ってください!これだけじゃ意味がわからなくて…」

 

綾波『貴方は記者でしょう、自分で調べてください』

 

青葉「……それは、そうですけど…」

 

他にもたくさん仕事があるのに…

でも、これは見過ごせない

 

青葉「…離島鎮守府の、新人…夕雲型駆逐艦、朝霜、早霜、清霜…でも、この契約書…杜撰というか…抜け穴が多いように見えるし…」

 

この契約書には報酬の事まで書かれている、任務達成後の事までしっかりと書かれているが…

 

青葉「こ、これ…匙加減でどうとでも取れますよね…本部が満足する結果が出なかったら契約破棄されると取れるんですが、本当に大丈夫なんでしょうか…」

 

一度、離島に連絡を取らなくてはならない…かもしれない

 

青葉「っていうか……綾波さんは何故私にこれを…中央を破滅させたいんでしょうか…」

 

よく、わからない



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不意打ち

離島鎮守府

提督 倉持海斗

 

海斗「初めまして、ここの提督をしてます、倉持海斗です」

 

アトランタ「へぇ、アンタがそのサルの飼い主なんだ」

 

ワシントン「ちょっとアトランタ!殺されたいの!?」

 

すぐ横でアケボノがクツクツと笑う

 

アケボノ「適応力が高いことはいいことです、私に対する罵倒なら笑って受け流しましょう…」

 

海斗「あー…アケボノと何か…?」

 

アイオワ「…Never mind.(気にしないで)それより、その…どうなるの?私たちは…」

 

海斗「今の段階では答えられません、向こうの回答も不明瞭なものでこちらも正確な意向は把握し切れてなくて」

 

アイオワ「…Okay」

 

アケボノ「輸送船に案内しますので順次乗り込んでください、船室は二つ、部屋割りはお好きにどうぞ、到着までは5時間です」

 

ワシントン「こんなに気が重い航海は初めてだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京 赤坂 大使館

 

海斗「…アケボノ、どう思う?」

 

アケボノ「すみません、私にはなんとも……常識ではあり得ないことが起きているとしか…本当に賠償艦としてあの7名をこちらに譲渡するなんて…意味がわからなくて…」

 

行って直ぐ、書類を渡された

サインさえすればアメリカ艦7名の所属をこちらに移す、そういう書類だ

あり得ないほどスムーズだった…そもそもの目的がすらすり替えられてたし

なんの賠償なのかも聞いても教えてくれなかった…

アメリカのメンバーは納得できないと一度大使館に残ることを選んだ

 

そして、その代わりに

 

徳岡「ま、スムーズに進んだんだ、良いじゃないの」

 

海斗「徳岡さんは、なんでここに?」

 

徳岡「北方海域の指揮をアメリカと共同で執る事になった、輸出品を通す航路を用意する為にな、それについての話し合いで呼び出された」  

 

そんな重要な話し合いを二つ同時にするだろうか…

いや、これは…二つともが裏で繋がってるとしたら?

アメリカに有利な条件を提示し、その代わりとして戦力を補充した…

だとすれば、まだわからなくもないけど

 

そうなるとどうなるのか、何が変わるのか…

 

海斗(…綾波は、これに関わってアメリカを合意させた…?)

 

だとしたらなんのために?

綾波にメリットはないはず…いや、技術を流用する為…綾波がそんな必要あるのかな

 

思わず頭を抱えたくなる

 

どういう思惑があるのか、そもそもこの考えが正しいのか…

 

そもそも綾波に直接会っていない

生存しているという確証もない…

 

アケボノ「提督、この件は春日丸さんにも、朧にも…みんなに伏せ続けなくてはなりません…特に、綾波と親しかった者は……何をするかわからない」

 

海斗「……そうかもね…でも…」

 

どう、したら…いや

 

海斗「…特務部に行こう、綾波について聞かなきゃならないことがある」

 

綾波を最後に引き取ったあの場所なら

 

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府 

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「もしもし?青葉、珍しいじゃん」

 

青葉『キタカミさん、そちらに居られる朝霜さん、早霜さん、清霜さんについてですが…その、大丈夫ですか?』

 

キタカミ「…どういう意味?」

 

青葉『その…簡単に言えば本部にスパイ契約をさせられてるようで…』

 

キタカミ「…スパイ…?」

 

青葉『…念のため、気をつけた方がいいと思います』

 

キタカミ「わかった、でもそんなに気にしなくていいんじゃないかな…あの子達にそんな大それたことできないだろうし」

 

青葉『…あの…』

 

キタカミ「ん?」

 

青葉『……私は、その…』

 

キタカミ「…気に病まなくていいよ、そっちで頑張ってるのはわかってるからさ、また何かわかったら教えてね」

 

青葉『…はい』

 

電話を切り、頭を悩ませる

 

スパイとなれば、話はかなり変わる

あの3人を縛り付けるつもりは毛頭ない、だけど…監視の目は必要になる

そうなると手っ取り早いのは…そう、私自身が見張ること…

 

キタカミ(…いや、そういうのはなんか違う……うん、違うはず…)

 

どうすれば納得できるかが重要…

 

 

 

 

 

朝霜「はー、ようやく訓練受けられるとはどう言った風の吹き回しだよ」

 

キタカミ「……ただ、方針変えただけだよ」

 

早霜「それで、何をするんですか」

 

キタカミ「最初は体力つけるためにジョギング、とりあえず20分自分のペースで走り続けて、あとの事は後から言うから」

 

朝霜「チッ…ルートは?」

 

キタカミ「目が届く範囲ならどこでも良いよ」

 

早霜「監視されてるみたいですね」

 

キタカミ「そりゃ、教官な訳だしね」

 

清霜「早く行こうよ!」

 

朝霜「…あァ」

 

キタカミ(……わかんないなぁ…人間のやり方なんて、思えば…深海棲艦出てくるまでどうやって生きてたんだっけ…よくわかんないまま、探してたんだっけ…)

 

杖を強く握る

 

曙「おーい、キタカミ」

 

キタカミ「…あ?曙じゃん」

 

曙「何気の抜けた声出してんのよ、それより明日、七駆は休むから」

 

キタカミ「なんでまた」

 

曙「朧が精神的ショックから抜け出せないから気分転換に本土を観光してくるのよ」

 

キタカミ「……そういうことなら、いいか、わかったよ」

 

曙「まあ、もう許可は取ってるからアンタへの報告さえすれば良かったんだけど……って言うか、アンタThe・World知ってる?ログインした事ある?」

 

キタカミ「何さいきなり…」

 

曙「朧がThe・Worldで碑文使いの気配を感じてたらしいんだけど、それもかなり強くね…だからアンタなんじゃないかって」

 

キタカミ「ゲームはもうやってない、The・Worldはプレイした事ないよ」

 

曙「…そう」

 

キタカミ「…ま、楽しんできてよ」

 

曙「わかってる、ま、丸一日遊べば気も晴れる…と良いんだけど…アンタも新人教育頑張りなさいよ」

 

キタカミ「へいへい…あ、あれ?清霜居ないし…おーい!清霜は!?」

 

朝霜「ゲッ!居ねェ…早霜!探すぞ!」

 

キタカミ(……匂いは?…ちょっと離れてるけど、あるな…この距離なら迷子にはならないか、流石に…)

 

曙「んじゃ、あたしら行くから」

 

キタカミ「…いくって、今から!?」

 

曙「そうよ、朝の輸送船に乗せろって言ったけど横須賀の連中と一緒に行けってさ」

 

キタカミ「横須賀撤収するんだ…それも初耳だけど」

 

曙「そりゃ指揮系統が違うから連絡なんてないでしょうね、とりあえず明日はいないから覚えといて」

 

キタカミ「あ、うん…わかったけど」

 

 

 

 

 

 

本土

駆逐艦 曙

 

曙「いやー、いつぶりかしら、綾波とやりあってからまともな休暇なんて無かったんじゃない?」

 

潮「確かに…」

 

漣「代わりに全体的に緩くなってましたが、うーん……なんかソワソワする…」

 

潮「何もやることがないとね…」

 

曙「……朧?」

 

朧「ちょっと、行きたいところがあるんだけど」

 

曙「どこよ…って、ちょっと」

 

ふらふらと朧が進む

 

どんどん人の気配がなくなっていき、街中なのに、誰も通らないような道へと…

 

潮「お、朧ちゃん?」

 

曙「……待ちなさい」

 

潮と漣を止め、周囲を見渡す

 

曙「…何か、いる」

 

建物に囲まれた、20メートル四方程の空間、しかし人の目は、ない

 

曙「朧!アンタ何を感じ取ってここに…」

 

朧「……同じ、匂いがする…」

 

曙「何言っ……あ…?」

 

背中に何かを突き刺される感覚

力が抜け、膝をつき、倒れる

 

綾波「黄昏の書、炎…回収」

 

漣「ひっ…!」

 

潮「い、生きて…!?」

 

漣と潮の間から、綾波が顔を覗かせる

 

綾波「ご協力ありがとうございます、朧さん♪」

 

朧「…綾波、曙は大丈夫なんだよね…?」

 

綾波「ええ、もちろん……強すぎる力です、曙さんにはもう必要ない」

 

綾波が艤装用のカートリッジのような物をカバンに収容し、背をむける

 

綾波「そうだ、倉持司令官にお伝えください、近く顔を出しますと…」

 

綾波の足音が遠ざかる

 

漣「ぼ、ボーロ…?どう言う事…?」

 

朧「……ごめん、アタシ…帰らない」

 

漣「え?ま、待ってよボーロ!」

 

潮「朧ちゃん!」

 

朧は建物の影へと姿を消した



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女神の加護

東京 特務部 オフィス

提督 倉持海斗

 

アケボノ「……本当に綺麗にしてるとは思いませんでした、しかし…ふむ」

 

数見「大したもてなしもできず申し訳ありません、何用でしょうか?」

 

アケボノ「綾波の事です、銃殺して焼却処分…果たして本当に実行されたのか」

 

数見「……綾波死刑囚は現在も死刑を執行中です」

 

海斗「執行中…?」

 

アケボノ「何をふざけた事を…」

 

数見「信じ難い事ですが、彼女は死にませんでした、今もなお…当初は船内で銃殺される予定でしたが、全ての銃が動作不良を起こし、弾詰まりや暴発、まともに動作した主砲も1発は撃ったのですが、その瞬間波が高くなり外れるなど…」

 

海斗「…ええと…」

 

数見「納得できないのも当然です、それ以降に絞首刑、焼殺などありとあらゆる手段を試しました」

 

アケボノ「……それらも失敗した?」

 

数見「絞首台は故障し、火は何故か消え、直接の首吊りは縄が切れたり柱が折れたりと、まるで何かに守られているようでした」

 

海斗「……それは…」

 

数見「刑を執行できない、とにかく今は報道規制を敷き、どうやって殺害するかを思案する中…綾波さんはこう言いました「私を雇いませんか」と」

 

アケボノ「…本当に雇ったと…?」

 

数見「私は勿論拒否しました、しかし既にこの国の中枢には伝わっており、大金を積み、雇う人が現れました」

 

アケボノ「…馬鹿が」

 

数見「しかし、綾波さんは自信を雇う相手にはこう条件をだしました…「私の好きなようにやらせろ、金は全て先出し、その代わり与えられた仕事は私が拒絶しない限りは全て完璧にこなす、ただしやらない事もある、世界征服なんかには協力しない」と」

 

海斗「…この場合の世界征服は選挙とか…?」

 

数見「そう捉えて良いでしょう、綾波さんはノートパソコンと大金の入った口座を受け取り、彼女を雇った外務省の一角に隠れ済んでいるようです…既に部下もいるとか」

 

アケボノ「綾波なら…簡単に国をひっくり返しますよ」

 

数見「私もそう思い、止めようとしました……しかし、彼女はどう足掻いても表向きには死んでいる、私たちは止める手段を失った」

 

海斗「…どうして執行されたという報告が来たんですか?」

 

数見「混乱を避けるため、という事になっています…何より、彼女は人の扱いが上手い、慕う者は多いでしょう」

 

アケボノ「……それを考えれば、死んでいるということにするべきか…そこかしこでクーデター…考えたくない…」

 

数見「あなた達が保護した綾波さんの基地にいた人間が全て暴れ出したら…それこそ国が簡単に崩壊します、一声かければ彼らは目の前の人間を殺す事を躊躇わなくなるでしょう」

 

海斗「……」

 

数見「…私から話せるのはここまでです、これ以上は私達は知りません」

 

アケボノ(朧に綾波の存在を隠していた理由は掴めた、そして生きている事がわかった、私達には何が求められる、あれを止めるにはどうすればいい)

 

海斗「…アケボノ、帰ろう」

 

アケボノ「はい、失礼します」

 

数見「…倉持さん」

 

海斗「はい」

 

数見「……私は、そう…間違ってるかもしれません、ですが…」

 

海斗「…僕も同じです、もう一度だけ…どこかでそう考えています」

 

数見「すでに呑まれているのかもしれませんね、彼女の策の中に」

 

 

 

 

某所

綾波

 

綾波「……んー…」

 

力を回収したカートリッジをデスクの上でカツカツと鳴らす

 

綾波(正直、ここにいる意味はない…もう利用し終わった……だが私がここを離れたらどうなる?捜査がより厳重になるのは気にならない、私が弱ってるのは…)

 

カートリッジをカバンの中に投げ入れ、体を投げ出す

 

綾波「はーあ、つまんない…これじゃダメなんですよね、試験機だとそろそろ終わりですよ?……はぁ…回線も繋がらなくなったか、自力で戻るのは…ちょっと疲れるなぁ…」

 

上手くやればネット経由で還せるか

 

綾波「……あ」

 

キュルキュルと耳障りな音が近づいてくる

 

綾波「遅かったですねぇ…助かった、危うく私を失うところでしたよ?……アハッ♪」

 

 

 

 

 

綾波「これが、3号ですか?」

 

目の前の誰かが頷く

 

綾波「……あ、そう言えばこれ、見てくださいよ」

 

眼が熱くなる、紋様が浮かんでいるのがわかる

 

綾波「良いでしょう?コレさえあれば悪い事やりたい放題ですよ?……冗談ですよ、アケボノさんの携帯の電源を入れたぐらいです」

 

目を抉り出す

 

綾波「見た目の質感は相変わらず素晴らしいのに…ああ、この体ともお別れか」

 

必要なものは全て揃った…か

 

綾波「……ん?ああ、気にしなくて良いんですよ、あなたがそちらにいてくれるのは私の願いですから…と?」

 

朧「……」

 

綾波「流石に鼻を騙すのは難しいですね、なんですか?」

 

朧「…綾波の目的を、教えて」

 

綾波「……さあ?」

 

朧「綾波、まだ…周りに対して、恨みとか…その…」

 

綾波「勘違いしないでください…確かにこの世界で私や私の周りには不幸が降りかかりました、しかしそれがなんです?不幸だからなんだ、どうしようもないから、なんだというのか」

 

朧「…恨んでるわけじゃない、の…?」

 

綾波「感情で物事を判断するのは、あまりにも愚かです……私でさえ流される激流ではありますがね…」

 

抉り出した目を渡す

 

綾波「私は天才だ、誰よりもはるかに賢い、そんな才能を持つ私が止まる事…世界が許すでしょうか…いや、許すわけがない、私の力の片鱗をお見せしましょう」

 

この古い身体を取り囲むように、歩いてくる

 

朧「……その人達は…?」

 

綾波「私の協力者…そうですね、同じ問題を抱えた、いわば協力関係にある者達です…ま、私を恨んでる者も多いですが…ああ、この身体は好きにして良いですよ」

 

朧「…どういう…」

 

綾波「分かりませんか?私は謂わばコピーなんです、今喋ってる私も、正確に精密に作り上げられた…そう、ただのデータ…」

 

ああ、もう体が動かないな

グチャグチャに潰される

私を恨む者達に壊される

痛い、肉が裂け、骨が折れる

 

綾波「……あ、は…先に…」

 

目の前で別のボディに眼が埋め込まれる

 

とうとう私は役目を終える

 

綾波「お疲れ様でした、綾波」

 

鈍い音、骨が砕ける音が無限に響く

 

 

 

綾波「ふむ……ああ、ヘルバさんが協力者だったら、3日でこのクラスに辿り着けたのに…」

 

朧「…その、さっきの綾波は…?」

 

綾波「ああ、なんていうか…細胞から作り出したクローンですね…性能が高くないので曙さんには間違いなく遅れをとるし、やむを得ず不意打ちを」

 

朧「く、クローン…じゃあ、その…」

 

綾波「しー……」

 

人差し指を唇に当てる

 

綾波「そもそもあなたはこれ以上関わるべきじゃない…あなたはThe・Worldで頼んだお願いを終わらせた"曙さんを誘き出す"と言うお願いは終わったし、私に操られていたと言えば皆んな納得するでしょう?」

 

朧「……ふざけないでよ、アタシがわざわざここまで来たのは…!」

 

紋様が目に浮かび上がる

 

綾波「朧さん、私はあなたの思うような素敵な人じゃないんです」

 

朧「…そう、か……綾波は定期的に身体を変更しないといけない、だから連れ帰れない……いや、そもそも…匂いが違うから気づかなかった…そう、か…」

 

綾波「おや?…バレちゃいました?」

 

朧「匂い対策なんて簡単にできる、そんな分かりやすい嘘つくから…全部わかった…けど、綾波の目的は…」

 

綾波「地獄に堕ちる事…その為に、やれるだけの事をやるつもりですよ♪さて、はてさて、朧さん…気づいちゃったかー…あなたを帰せなくなってしまった」

 

やむを得ない、こうなれば仕方ないのだ

 

朧「……覚悟はできてる」

 

朧さんの目に紋様が浮かぶ

 

綾波「アハッ…それは好都合…さて」

 

前の体を取り囲む人達を眺める

 

綾波「さて、そろそろその私をいたぶるのをやめて手を貸してくださいますか?みなさん」

 

振り向いたうちの1人が強くこちらを睨みつける

 

リシュリュー「…どうやって約束を取り付けたか知らないけど、契約が終わったら覚悟しておいて」

 

綾波「勿論…他の方達はどうですか?」

 

ザラ「…すみません、まだ時差で少し」

 

タシュケント「正直、君とは不愉快で関わりたくないんだけどね」

 

グラーフ「仕事は全うする、が、それはそれだ」

 

綾波「結構です、あなた方が私の指示に従うだけであなた達の国は一部正常な機能を取り戻す事ができる……朧さん、あなたにも手を貸してもらいますよ」

 

朧「…うん」

 

綾波「…と、忘れてた…女神様に伝言を…私はしばらく行けません、とね」

 

「……」



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改変

離島鎮守府 執務室

秘書艦 アケボノ

 

アケボノ「朧が…って、どう言う事よ…!」

 

漣「し、知らないよ…ただボーロに連れてかれた先でぼのたんが綾波に襲われて、その…すぐに元気にはなったけど…」

 

アケボノ「曙は?」

 

潮「…ショックが大きかったみたいだけど、朧ちゃんを追うって…」

 

アケボノ「連れて、帰ってこなかったの…?艤装もないのに?」

 

漣「それが…横須賀の綾波型の汎用艤装を借りたみたい…あと、ボーロの艤装…無かった…最初からこのつもりだったのかも」

 

アケボノ「……敷波達には伝わらないようにして」

 

漣「無理だよ、その…多分すぐ気づかれる…」

 

アケボノ「どう、したら…」

 

海斗「曙だけ連れ戻そう…横須賀の汎用艤装なら紛失防止に発信機がついてる、とにかく曙を連れ戻してから考えよう」

 

アケボノ「提督…はい、その様に…」

 

部屋を出ようとしたところを止められる

 

海斗「アケボノは残って、確かめたい事があるんだ」

 

アケボノ「なんでしょうか…」

 

海斗「朧と綾波は、どこで出会ったのかな…あの戦いの後、一言だって言葉を交わす時間はなかった…なのに、計画された行動ができた理由は…」

 

アケボノ「何処かで、やり取りを…?……そうだ!The・World…!曙が朧から碑文使いの存在を感じ取ったと聞きました、その時既に…」

 

海斗「…アケボノ、僕と一緒にThe・Worldを調べてくれる?捜索班は別に組織するつもりなんだ」

 

アケボノ(…確かに、私ではまた衝突しかねない…)

 

アケボノ「はい、わかりました」

 

 

 

 

The・World R:X

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

双剣士 カイト

 

カイト「…ここは、今公開されてないはずのマク・アヌ?」

 

ハル「…随分様変わりした……いや、これは…」

 

瘴気の漂うタウン

光を放つ塔…

周囲を見渡し、人影を探す

 

カイト「……あ、あそこに人が…えっ」

 

人だと思い近づいた…先には、石像

 

ハル「この、石像…いや、この人は確か」

 

カイト「ブラック、ローズ…?」

 

何故ブラックローズの石像が…ブラックローズはクビアにやられて…

まさかクビアがあの時ガイストに捕まった事で石像として…?

武器に意識を向ける

腰に差している双剣は片方石化し、リアルへと行ってしまった…インベントリから別の双剣を装備し、周囲を警戒する

 

カイト「……危ない!」

 

猛獣が振るう爪を双剣で受け止める  

 

チェロ「カイト発見だヨ!集まって!」

 

二足歩行の猛獣と…小さい女の子…

 

ハル「タウンでのPKは…不可能だったはず」

 

ハルが双剣を取り出し、向ける

 

カイト「…理由はわからないけど今はできる、なら…やるしかない」

 

アイテム欄を操作し、ターゲットを選ぶ

 

カイト(もう1人居る…!)

 

カイト「雷帝の呪符!!ギライローム!」

 

クラリネッテ「……」

 

降り注ぐ雷を難なくかわし、クラリネッテがこちらを見据える

 

カイト「この前の…」

 

クラリネッテ「…!…そう、それなら」

 

一瞬で詰め寄られ、呼吸を忘れそうなほどの苛烈な攻撃

 

カイト(速くて重い…!だけど…)

 

カイト「雷独楽!」

 

跳び上がり、雷を纏った斬撃で周囲を斬りつける

 

クラリネッテ「隙だらけ…」

 

クラリネッテは攻撃をバックステップでかわし、後隙を狙った攻撃を…

 

カイト「暗・導・殺の巻物…オルメアンゾット!!」

 

周囲を闇の魔法が包み込む

 

クラリネッテ「…!」

 

カイト「雷神独楽!」

 

闇の魔法と雷の斬撃

逃げ場を奪い、全力で攻撃…

 

クラリネッテは攻撃に弾かれ体制を崩しながらもすぐに立て直す

 

クラリネッテ「……撤退」

 

転送エフェクトに包まれてクラリネッテの姿が消える

 

カイト「…撤退の判断には早すぎる…あけぼ…ハル、大丈夫?」

 

ハル「…はい、足手纏いになってしまい申し訳ありません…」

 

カイト「いや、コレはイレギュラーだから…体力は?どのくらい残ってる?」

 

ハル「全体の3%程…」

 

急いで回復アイテムを使いながら周りを確認する

 

カイト(…撤退の判断が早い割に増援も来ない、か……もしかしたら、どこかに隠れて誘い込むつもりかもしれない)

 

カイト「ゲートハッキングでここを離れようか…」

 

ハル「わかりました…っ…?……この、感じは…」

 

ハルが膝をつく

 

カイト「ハル!…体力は回復したのに…」

 

ハル「……ご心配なく…画面酔いでしょう…」

 

カイト「…ログアウトして休んで、ごめんね」

 

ハル「申し訳ありません…」

 

ハルがログアウトする

 

カイト(…画面酔いなんかじゃない、アケボノに直接のダメージが…)

 

2人で探索すれば何か見つけやすくなると思ってた、だけどそう上手くはいかない…

 

石畳を踏みしめる音

背後に振り返り、ナニかを見据える

 

カイト「…キミ、は…」

 

トキオ「よ、ようやく人に会えた……あれ?ま、まさか…カイト!?あの.hackersの…!」

 

学生服にスクールバッグ、明らかにこの世界に似つかわしくない…リアルデジタライズ…

いや、それより…恐れていた事を招いてしまった

 

カイト(…まさか、トキオの戦いに、介入してしまった…?)

 

歴史の改変、それにより世界が滅びる可能性…

それを恐れて僕はR:2の戦いに関与しなかった

このバージョンでもそうなる時がくれば離れるつもりだった…関わるつもりなんてなかった…だけど…

 

トキオ「あ、あれ…?オレ、もしかして見えてない…」

 

カイト「あ、いや…そう言うわけじゃ…あ…!」

 

トキオの背後から長身のロングコートの男が近づいてくる

 

フリューゲル「やれやれ……コイツがまだ未確認だったやつか」

 

ゴリっと音を立ててトキオの後頭部に拳銃の銃口が突きつけられる

 

トキオ「え、ええぇぇぇっ!?ど、どうなって…」

 

カイト「待って!その子は…」

 

フリューゲル「っと……カイトまで居たか…」

 

フリューゲルがトキオを一発撃ち、次はこちらと拳銃を向ける

 

トキオ「痛えぇぇっ!!マジ痛い!撃たれたの!?オレ?」

 

フリューゲル「バカな…石化しない?ブリーラー・レッスルが効かない……」

 

カイト(…放っておいても死ぬ事はなさそうだけど…いや、迷ってちゃダメだ…!)

 

カイト「ライドーン!!」

 

フリューゲルに雷を落とす

 

フリューゲル「ぐっ!?」

 

カイト「こっちだ!」

 

トキオ「え、あ!わかった!」

 

トキオを誘導し、フリューゲルと距離を取る

 

フリューゲル「チッ……やろうってのか、めんどくせぇなぁ…」

 

フリューゲルと睨み合う

 

カイト「待ってください!話を…うわっ!?」

 

強制的に転送される

 

トキオ「か、カイト!?」

 

フリューゲル「……あー…?なんだ?何が起きやがった」

 

その場には、石化しなかった双剣の片方だけが残されて…

 

フリューゲル「……改めて、やるか」

 

そして、消えた勇者の代わりは、過去の勇者へと…

 

カイト「やめろ!フリューゲル!」

 

フリューゲル「…何だそりゃ」

 

 

 

 

 

リアル

離島鎮守府 執務室

提督 倉持海斗

 

海斗「……」

 

ディスプレイデバイスを外し、辺りを見渡す

ソファで座ったまま眠るアケボノと積み上げられた報告書…

 

海斗「…キタカミ?居る?」

 

キタカミ「うわっ、何でバレたの?」

 

キタカミがソファの裏から出てくる

 

海斗「いや…アケボノが寝てるから…」

 

キタカミ「え?」

 

海斗「アケボノみたいに警戒心が強い子が安心して何かを任せられるのはキタカミくらいだと思って…」

 

キタカミ「…あ、そう」

 

海斗「ところで、キタカミがここに居るって事は聞いてたと思うんだけど」

 

キタカミ「ゲームの中の話?途中からでよくわかってないけどさ」

 

海斗「……なら、いいよ…」

 

今はなるようになる事を祈ろう

信じて、ただ…

 

 

 

 

The・World R:X

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

トキオ

 

カイト「三爪炎痕!!」

 

フリューゲル「チッ…速いな…」

 

フリューゲルが距離を取り、拳銃をカイトに向けて撃つ

 

カイト「っ…!そこだ!」

 

カイトの魔法がフリューゲルの周囲で炸裂する

 

フリューゲル(…何か、違う…?いや…あの赤毛のキャラを守ってるのか?…成る程な、目的のために味方を犠牲にし続けてきた様なヤツが仲間を守るとは…利用できる)

 

フリューゲルの攻撃をカイトがガードしながらオレの前まで退がってくる

 

フリューゲル「やっぱり強いねぇ…黄昏の騎士団リーダー、蒼炎のカイト…まともにやっちゃ少〜し、分が悪い…か」

 

フリューゲルが空を掴むような動作をみせる

すると光の槍がフリューゲルの手の中に現れる

 

カイト「…!」

 

フリューゲル「魔槍、ナハトマート…ガード不能の爆弾だ、破壊力はデカイが、飛ぶ速度がイマイチ鈍いのが弱点でねぇ…」

 

フリューゲルがチラリとこちらを見てからカイトに向き直る

 

フリューゲル「そっち投げるけど、お前さんならかわせるよ?100%ヨユーでかわせる……後ろのやつはどうか知らないけど」

 

トキオ「…へ?」

 

カイト「くっ…!」

 

フリューゲルが槍を振りかぶり、こちらへと放つ

 

カイト「!!」

 

トキオ「うわっ!?」

 

カイトに掴まれ、その場から爆発の寸前で退避する

 

フリューゲル「チェックメイト」

 

トキオ「カイト!!」

 

オレを庇ったカイトは、フリューゲルに撃ち抜かれた…

 

フリューゲル「…効いた、か……呪銃ブリーラー・レッスル、時間を喰らう石化の魔弾を味わいな」

 

トキオ「そ、そんな…カイトが…」

 

憧れの、ヒーローが目の前で…

どんどんとクリスタルに呑み込まれていく

 

フリューゲル「んで、次はお前さんってわけだが…」

 

フリューゲルが此方へと銃口を向け、何度か発砲する

 

トキオ「あぐっ…!い、痛えぇ…!」

 

フリューゲル「…ま、効かないか」

 

カイト「き、キミは…一体…?」

 

カイトがこちらへと手を伸ばす

 

カイト「キミには、不思議な力が…あるみたいだ……お願いだ、アカシャ盤に……僕の仲間と、The・Worldを…救って…」

 

カイトが完全にクリスタルに呑み込まれる

 

トキオ「…か、カイト!!…そ、そんな…」

 

フリューゲル「そういうことなら、お前さんに優しい対応は無しだ」

 

フリューゲルがカツカツと足音を鳴らしながら近づいてくる

 

トキオ「や、やってやる…!」

 

足元に落ちていた短剣を拾い、フリューゲルに向ける

 

フリューゲル「…そいつは」

 

フリューゲル(確か、最初に転送されたカイトがおっことした…待てよ、エディットが微妙に違う様な…ん?)

 

周囲にノイズが走る

 

トキオ「な、なんだ!?」

 

フリューゲル「まさか…最後の力を使ってデータドレインを暴走させるつもりか…!マズイ!巻き込まれる…!」

 

トキオ「え?え?うわっうわぁぁぁぁっ!?」



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イメージギャップ

離島鎮守府 

駆逐艦 朝霜

 

朝霜「へー…これでいいのか?」

 

キタカミ「そう、そのまま狙いをつけて…まだ安全装置は外してないけどちゃんと注意してよ」

 

早霜「……この辺ですか?」

 

キタカミ「この辺、じゃなくてちゃんと教えた通り狙い方をしっかり見極めな、そんなんじゃ海に出た時大変な事になるよ」

 

朝霜「持ってるだけでブレるだろ」

 

キタカミ「…そっか、新人だし体幹鍛えなきゃいけないのか…じゃあ艤装訓練は取りやめて体幹作る……いや、集中力持たないか…今日だけは好きにやらせてみようかな…」

 

キタカミ「とりあえず、的撃ちしようか、砲弾…これ…一般的な榴弾だね、装填の動作はわかる?」

 

朝霜「わーってるよ!」

 

砲弾を詰め込み、狙いをつける

 

清霜「できましたー!」

 

キタカミ「撃ち方よーい」

 

掛け声に合わせて撃つ用意をする

 

キタカミ「始め!」

 

耳が壊れそうな音が響く

普段は遠くで聴いていた音がこんなにすぐそばで鳴りまくる

それも自分の手で鳴らして…

 

キタカミ「撃ち方やめ!…やめだっての!」

 

朝霜「ぁだっ!?耳つねる事無いだろ!?」

 

キタカミ「撃ち方やめだって言ったんだよ、聞こえてなかった?」

 

朝霜「……聞こえてた」

 

キタカミ「それと、アンタ的に1発も当たってないよ、狙い方はこう、見る場所はそっち、わかる?」

 

体を掴まれて無理やり姿勢を作られる

 

朝霜「…やめろよ」

 

キタカミ「はいはい、取り敢えず支えといてあげるから、ほら」

 

作られた姿勢で、背中から両腕をしっかりと掴まれる

 

キタカミ「1発撃ってみ」

 

朝霜「……」

 

放った砲弾は正確に的を粉砕する

 

キタカミ「わかった?」

 

朝霜「…あァ…わかったから離れてくれ」

 

キタカミ「……はいはい」

 

キタカミ(自分からはガツガツ行くくせに相手から来るのは苦手か…)

 

キタカミがこっちに背を向け、早霜と清霜の指導にあたる

 

キタカミ(清霜はヤケにスジがいい…いや、山雲並みに当たってない?)

 

キタカミ「…清霜って訓練課程とか出てるんだっけ?」

 

清霜「くんれんかてーって何?」

 

キタカミ「……や、何でも無いよ」

 

早霜「…清霜は、良く当たるのね…」

 

キタカミ(…何が違う?ああ、体幹がしっかりして……いや、ホントに…凄いんじゃ…)

 

朝霜「けッ…これじゃ何やってんのかわかんねー」

 

艤装の安全装置を作動させて投げ捨てる

 

キタカミ「あ、ちょっと」

 

朝霜「ホントにこれだけかよ、意味わかんねー、こんなの何になるんだよ」

 

キタカミ「基礎を積み重ねるのはありとあらゆる状況で動きをミスらないようにするためでしょーが、感覚を体に教え込まないと…」

 

朝霜「じゃあそっちでやってろよ、あたいはそんな事しなくても戦えるし」

 

キタカミ「んな事言って…死んだら取り返しつかないんだよ…わかるでしょ…?」

 

朝霜「死ぬときは死ぬだろ、どんなヤツだろーとな」

 

キタカミ(…朝霜は、そっか、両親亡くしてるんだっけ…だから…)

 

朝霜「で?あたいらはいつ戦えるンだよ」

 

キタカミ「……勝手な事しないなら哨戒に出れるように話通すから、待っててよ」

 

頭が、痛くなる

 

 

 

 

 

執務室

 

海斗「朝霜達を、か…」

 

キタカミ「簡単な哨戒にさ、阿武隈達をつけて……ほんとは出したくないけど…特に朝霜が深海棲艦と戦いたがってて…」

 

海斗「でも、ここ暫くは深海棲艦の出てこない日もあるから…こう言う仕事を頼まれてるんだ」

 

キタカミ「海域の護衛?……成る程ね、漁業ができる範囲を広げる為に一定の海域を…朝霜達にもいい勉強になるかなぁ…うん、これやらせてよ、何人くらい使うの?」

 

海斗「もう大体のメンバーは決めてるんだ、龍驤と雲龍、それから阿武隈と朝潮、大潮、霰、後は朝霜達でどうかな」

 

キタカミ「海域は…この辺りか…うん、その人数なら十分だし本土にも近い、万が一は本土に逃げるように指示しておけばいいかな…」

 

海斗「そうだね、取り敢えずはそれで進めよう」

 

キタカミ「ありがとね、無理言って」

 

海斗「大丈夫だよ」

 

 

 

 

医務室

イムヤ

 

イムヤ「ねぇ、春雨」

 

春雨「……なんですか」

 

イムヤ「…すごくソワソワしてるから、気になっただけだよ」

 

春雨「横須賀の人達が帰ってしまったもので、仕事も無いし…退屈だなと」

 

イムヤ(…春雨を、どうにかしないといけないのに…)

 

川内「春雨ー?…っと、イムヤも居たんだ」

 

イムヤ「どうも」

 

川内「ねぇ春雨、演習の相手してよ」

 

春雨「わかった、退屈してたし」

 

イムヤ(……)

 

イムヤ「観ててもいい?」

 

川内「…私はいいけど」

 

春雨「私も構いませんよ、しかしイムヤさんがそういうのに食いつくのは珍しいですね」

 

イムヤ「…別に、ちょっとね…」

 

イムヤ(確かめておくべき…かもしれない)

 

 

 

 

春雨「ふッ…!」

 

春雨はリーチもパワーも川内さんより一回りは下…

だけど、小柄なのを活かし、跳ね回るように、翻弄するように…

籠手から飛び出した仕込みの刃を川内さんに振るい続ける

 

川内「ワンパターンだね、何回もやってるからこそわかるけど…」

 

その言葉の通り、完璧に防がれ、川内さんの蹴りを春雨は後方に跳ぶことでかわす

 

川内「どうしたの、まさかそれで終わりじゃないでしょ?」

 

春雨「勿論…」

 

春雨の攻撃パターンが若干変わるものの、防がれてカウンターをバックステップでかわす

 

イムヤ(…また)

 

同じ事の繰り返し、春雨は確認するように変化を加えながら…しかし、大きい変化のない攻撃ばかり…

そして川内さんの攻撃を後方に跳ぶ事でかわすばかり…

 

イムヤ「……やっぱり、そっか…」

 

もう、充分だ

 

 

 

 

海へと歩き、静かに身を投げる

私だけは、この深海の世界で息ができて、水圧で潰されたりもしなくて…

 

それで、静かで私を害する事のないこの世界でだけは

 

イムヤ「……あなたに伝えるのが、怖いよ…春雨…」

 

どうすればいい?私は…春雨に真実を伝えるべきなのか

綾波が生きている事を私は知っている

綾波が間違っているのなら、何度だって止めてみせる…

 

でも、春雨は?春日丸は?

 

 

イムヤ(どうしたら、いいんだろう)

 

ぽこぽこと口の中から空気の泡が漏れ出す

 

私の背中を押してくれる誰かはもう居ない

私を掬い上げる手は、もう無い

 

私は、ただ覚悟するしか無い

怖がるな、その時は…

 

ふと、太陽の光が遮られ真上を見上げる

 

輸送船の底が見える…つまり、誰かが帰ってきたのか、出ていくのか

 

 

 

イムヤ「よっ…と」

 

海中から這い出し、辺りを見渡す

 

喧騒の中心に居るのは…

 

イムヤ(七駆の連中が喧嘩してる…?)

 

漣「ぼのたん一回黙って!ここでその話しないでよ!」

 

曙「うるさい!アンタらに何がわかんのよ!綾波にあの力を取られたら…あたしは…いや、それだけじゃないでしょ?!あの力を綾波が使ってたら…!」

 

イムヤ「綾波…?綾波がどうかしたの?」

 

潮「あ…い、イムヤさん…」

 

漣「うぎゃ…あ…ど、どうしよう!?」

 

綾波の事を知られたくなかったのか、私を見た2人が明らかに焦った表情を見せる

 

イムヤ「……心配ないよ、知ってたから、綾波が生きてるの」

 

漣「ほぁ…?な、なんで?」

 

イムヤ「…えーと、それは…」

 

春雨「今の話、本当ですか」

 

…私が、1番知られたくない相手の声が背後からする

 

春雨「綾波さんが、生きている…本当に…?」

 

春雨が強引に私を振り向かせ、両肩を掴み詰め寄ってくる

爪が肩に食い込む

 

春雨「なぜ私に教えてくれなかったんですか…!」

 

イムヤ「……痛いよ、春雨」

 

春雨「答えなさい…!」

 

イムヤ「…春雨は、今からどうするつもり」

 

春雨「助けに行きます」

 

春雨の答えを聞き、ため息を吐く

 

イムヤ「馬鹿に、してるよね」

 

春雨「何…?」

 

イムヤ「助ける?誰を、なんのために」

 

春雨「綾波さんを殺させない為です…!当たり前でしょう…?それとも貴方は綾波さんが死んでもいいとでも…」

 

イムヤ「時間はあった、考える時間が充分に、受け入れる時間が充分に…私達は、綾波の友達として…どうするべきかを良く考える時間があった」

 

春雨の両手を掴み、引き剥がす

 

イムヤ「春雨、罪悪感でも感じてる?綾波は自分より価値があって、死んじゃいけない存在だって思ってる?」

 

春雨「だったら…だったら何が悪いって言うんですか!」

 

春雨の頬を平手で打つ

 

イムヤ「違うでしょ!?今の私達は…今、綾波に対してしなきゃいけない事は受け入れる事じゃない、罪を償わせる事…確かに最後、私達はあの時の綾波に逢えた…でもまた道を間違えているなら…友達としての責任を果たすべきでしょ…!」

 

春雨「貴方は、綾波さんを殺す事すら…躊躇わないと…?」

 

春雨の籠手から刃が飛び出す

 

イムヤ「綾波は…私の知ってる、私の大事な友達は…そうしたいって、そう願ってるって…私は信じてるんだ、私は…絶対に…もう曲げない」

 

春雨「それは貴方の思い込みだ!それは貴方の意見であって綾波さんの意思じゃない!」

 

イムヤ「そうかもね、だけど…」

 

春雨を通り過ぎ、波止場の先に立つ

 

イムヤ「私を止められる?」

 

春雨「っ!」

 

春雨がこちらに駆け寄るのを無視して海へと飛び込む

 

春雨「この…!!ふざけた真似を…!」

 

春雨が海へと飛び出す

 

イムヤ(爆雷くらい、春雨でも持ってるだろうけど…)

 

深く、深く沈め

魚雷はまだいい、私がやれるのは…私にあるのは

 

遥か下で、ただ狙い撃つことだけ

 

イムヤ(春雨、あなたの気持ちはわかる…わかるの、だけど…友達なら、本当に綾波が大事なら…私の気持ちもわかって)

 

魚雷を召喚し、遥か下から春雨を狙う

 

春雨(貴方の手札はわかってる、真下から直接魚雷を打ち込むなんて…うまくいくと思うな…!!)

 

魚雷が見えた瞬間春雨が後方に避ける

 

イムヤ(…だと思った)

 

春雨「なっ…」

 

避けた位置に新たな魚雷、それを避けても、避け続けても、その先に魚雷が現れ続ける

 

春雨(当たりこそしないが、場所が完全に読まれて…!)

 

イムヤ「春雨、私は…春雨のこと、わかってるつもりだよ」

 

浮上し、魚雷を避けた春雨に飛びかかる

 

春雨「ぐっ…!?」

 

体制を崩した春雨にのしかかり、両肩を肘で押さえ頬を両手で抑える

 

イムヤ「春雨のクセ…必ず後ろに避けること、それと大きな変化を嫌うせいで避ける方向もちょっとずつそっちに寄るみたいに…」

 

春雨「…私のクセ…?」

 

イムヤ「春雨は…綾波が変わらないって信じてるんだよね…だけど、そんなことありえないんだよ」

 

春雨「…!黙りなさい…貴方は自分の友達を殺すつもりで…」

 

イムヤ「そうだよ」

 

春雨「!…最低です…!」

 

イムヤ「やった事の責任は、付き纏うんだよ…」

 

頬から手を外し、春雨の両目を覆う

 

イムヤ「…見たくない物を…見ない事は簡単だよ…それも辛く苦しいけどね……でも、ちゃんと受け入れてあげてよ、綾波は…」

 

春雨が私の手を外す

 

春雨「……冷たいです」

 

ぽたぽたと、水滴が春雨の顔に落ちる

 

春雨「…私は、貴方と友達になれたこと等なかった…いや、誰ともなれてなかった…私は相手の痛みに無頓着で、機械的にやるべきだと算出された事を成していたに過ぎないのかもしれない…」

 

イムヤ「そんな事ない…春雨は、私の大事な友達…だって、気持ちは同じだもん、綾波にさんで欲しくない気持ちは同じ…」

 

春雨「……私の綾波さんを想う気持ちは…本当に彼女を…」

 

イムヤ「大丈夫だから…私も、春雨も…同じだから…」

 

春雨「私は貴方のように泣くのは…」

 

春雨の首に手を回し、抱き寄せる

 

イムヤ「泣かなくたっていい…だから、今は…私のそばにいて…友達として…」

 

春雨「……ええ、泣いてる友達を…ただ、慰めましょう…」

 

春雨は私を優しく抱きしめてくれた



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開眼

離島鎮守府 執務室

駆逐艦 曙

 

曙「……」

 

アケボノ「お茶、飲む?」

 

曙「要らないわ、それより何やこの拘束具」

 

腹部にガッチリとベルトのような物で固定され、ソファから立ち上がれない

 

アケボノ「アンタはほっとくとどっか行くでしょ?」

 

曙「…朧を追わせなさいよ」

 

アケボノ「今はダメ、せめて話聞きなさい」

 

曙「話?」

 

アケボノ「…はぁ…」

 

アケボノが大きくため息をつき、ティーセットをテーブルに並べる

 

アケボノ「まあ、ゆっくり話しましょ」

 

曙「……悠長な事してる場合?アンタ、朧のこと…」

 

アケボノ「まあ黙って聞きなさい……朧はアンタにヒントを残していってる」

 

曙「ヒント…?」

 

アケボノ「「The・Worldで碑文使いの存在を感じた」と言ったのよね?それって妙じゃない?」

 

曙「…どこがよ」

 

アケボノ「ダミー因子とは言え綾波の存在を朧が感じ取ったのだとしたら…いつ朧と綾波は連絡を取り合ったのか……The・Worldで出会ったならそうは言わない、何よりアンタに知らせるわけないでしょ」

 

曙「それは…アイツならパソコンでも携帯でもハッキングできるでしょ!?」

 

アケボノ「そうね、それを持ち出されたら負け…だから考えない事にしたの」

 

曙「はぁ?」

 

アケボノにクッキーを口に押し込まれる

 

アケボノ「成立しなくなるような前提は排除、無理矢理にでも推理できるようにしてから考えるのよ……それで、もし綾波と接触した上でアンタにThe・Worldの事を教えたなら…」

 

曙「むぐ……ん、The・Worldに何かある?」

 

アケボノ「実際私と提督で調査したんだけど、変なとこに飛ばされて変な奴らに襲われて…でも、おかしい事に…その時受けたダメージが脳に響くような感覚があった」

 

曙「何よそれ」

 

アケボノ「わからないけど、頭に強い衝撃を受けて脳震盪を起こすような感覚かしら…確かに私はダメージを受けていた様な…」

 

曙「……それで?なんで朧がThe・Worldの事を言った話になるのよ」

 

アケボノ「さあ、まだ調べ切ってないんだもの」

 

曙「…朧を追うつもりは」

 

アケボノ「無いわ、協力関係なら殺されないだろうし…引っ叩いて連れ戻す役目なら譲ってあげるけど?」

 

曙「…朧が危険かもしれないのに?」

 

アケボノ「危険はないと判断したのよ、私は」

 

曙「……」

 

アケボノ「朧だって…自分のしてる行動の意味はわかるはずよ、少なくともあんたは朧に傷つけられた、違う?」

 

曙「だからって…」

 

アケボノ「私達は組織、朧はその組織に背いた…である以上…叔母は1人にかかりきりになるわけにはいかない…アンタが朧を追うのは勝手よ、だけどそうなった場合…潮や漣に向けられる目も厳しいものになる、だって姉妹なんだから」

 

曙「…あたしの責任はあたしが取る」

 

アケボノ「最終的にはそうかもね、でもその過程で潮と漣は針山に立たされる…不和を招くよりは…わかるでしょ」

 

曙「ここの奴らがそんな小さいこと言うって?」

 

アケボノ「そうじゃない、新人も居るでしょ?その上中央も一枚岩じゃない…ストレスの溜まる環境、もし誰かが幼稚な感情に揺さぶられて攻撃的になったとしたら?」

 

曙「……そうね、アンタは賢いわよ、でもあたしは大馬鹿なの、アンタの理論めいた話は…」

 

アケボノ「なら簡単よ、朧1人を取るか、潮と漣2人を取るか」

 

曙「…2人じゃない、3人よ…アンタに向けられる目も厳しくなる」

 

アケボノ「わかってるなら…大人しくしてて、私も綾波を放置するつもりは毛頭ないから」

 

曙「具体的にはどうするのよ…」

 

アケボノ「…そこよ、本当に…どうしよう…」

 

拘束具を外され、茶話会と化した時間を過ごす

 

 

 

 

 

北方海域

駆逐艦 五月雨

 

五月雨「へくちっ!……うう…寒い…」

 

白露「防寒着着ればいいのに」

 

五月雨「お、重いとバランスずれちゃって…それより、輸送船の方は…」

 

耳に、嫌な音が響く

 

五月雨「…交戦してる!東南東!」

 

飛び交う英語、悲鳴…

何が起きて…

 

なんでこんな声が聞こえて…

 

夕立「…どこで戦ってるの?」

 

五月雨「…え?」

 

ハッとして辺りを見渡したら…砲撃の音も、何も無い…

 

五月雨「で、でもさっき確かに…」

 

白露「あ、提督?…え?アメリカの艦隊が交戦中…東南東…?」

 

白露姉さんがこっちを見る

 

五月雨「…行きましょう」

 

 

 

 

 

五月雨「な、何あれ…」

 

アメリカの艦隊を襲ってるのは駆逐級の群れ、確かにそれだけ…でも、何かがおかしい

アメリカの話では戦艦や空母も出しているのに、圧倒的不利な様子…

 

白露「配置について!五月雨!とにかく撃ちまくって良いから!」

 

距離はだいたい5キロ、私たちの仕事は…護衛のさらに護衛…と言うか、補助…超遠距離からの敵の排除…

 

カートリッジを艤装に押し込み、狙いをつける

 

五月雨「わかりました…!」

 

放った砲弾が、音速を超えて深海棲艦を貫く

 

夕立「一つ、撃破確認っぽい」

 

立て続けに撃ち込み、カートリッジが使えなくなったら即座に新たなカートリッジを挿入する

 

五月雨(…大丈夫、少しずつ……あ、れ?)

 

一体、砲弾をモノともしない…

 

五月雨「…あれだけじゃない…?」

 

ダメージが通らない敵が、一体、二体…

 

砲撃が直撃する瞬間、何かが見えた、薄緑色の光のような…

 

五月雨「な、なんで…!」

 

攻撃が、効かない…

 

白露「こっちに気づいた…来るよ!」

 

夕立「五月雨は守るっぽい!」

 

2人の砲雷撃をモノともせず敵がこちらへと迫る

 

白露「こ、こいつ…攻撃が効かない!?」

 

夕立「どうなって…!」

 

五月雨「っ…!」

 

2人を押し除け、艤装のカートリッジを取り替えて主砲を向ける

 

至近距離での砲撃

何度も規模の小さい爆発を起こし、深海棲艦を吹き飛ばす

 

五月雨「……嘘…」

 

それでも、傷一つない

 

今のは隠し球のつもりだった、これで万が一を乗り切るつもりのカートリッジだった…それすらも…?

 

五月雨「…どう、して…効かないの…?」

 

吹き飛ばされた深海棲艦がこちらへと迫る

 

死のイメージ

頭が痛くなる、怖い、でも…私がここで諦めたら、3人揃って終わる…れ

 

『あーあー、聞こえてますか?』

 

白露「無線から…?だ、誰!?」

 

夕立「混線してるっぽい…!」

 

『五月雨さん、聞こえてる前提で話しますよ…貴方の力を解放しましょう』

 

五月雨「…え?」

 

目の前の深海棲艦が砲撃を受けて速度を落とす

 

リシュリュー「Laisse le moi(任せなさい)、時間は稼ぐから」

 

白露「だ、誰?アメリカの…」

 

夕立「…フランス語っぽい」

 

『五月雨さん、私の声に集中して…他の事を忘れましょう、一度目を瞑れますか?』

 

五月雨「な、何を…そんなの…」

 

『貴方と貴方の姉妹を助ける最後の手段です、そこに居る人は時間稼ぎしかできません、倒すには貴方の力が必要なんです』

 

五月雨「…貴方は、誰なんですか…?」

 

『力が目覚める過程で気づくはずです、とにかく今は…喧騒を忘れ、覚醒する為に…目を閉じて、深呼吸して…』

 

…止むを得ず、目を閉じる

 

周りの音が何も聞こえなくなったかのような…静寂が私を包む

 

『貴方には、イニスの因子が宿っている…貴方は力を持っているんです、それを活かしましょう…さあ、私の声をよく聴いて…貴方の力を…ちゃんと意識して…そうです、良い子ですね…』

 

まるで、見えているかのように私を…

 

五月雨「…っ…?貴方は、まさか…」

 

綾波『ええ、ですが今貴方がこの場を乗り切るには私の指示に従うしかありませんよ』

 

目が、焼けるように熱い…

しかし痛みはなく、嫌な感じもせず…ただ闘志が湧くように…

 

綾波『良いですよ、今の貴方なら力の使い方がわかる…貴方を誰も止める事はできない…大丈夫ですよ』

 

目を開く、辺りの騒がしい音が一気に流れ込み、頭が痛くなる

 

綾波『大丈夫、慣れれば楽になります…さあ、目の前の敵を見て』

 

こちらへと飛びかかってくるイ級、主砲の先端を突きつけて、撃つ

 

ガラスが割れるような音…後はどうすればいいか、自然にわかる

艤装のカートリッジを入れ替える

 

五月雨「…データドレイン…」

 

光線がイ級を貫き、消滅する

 

五月雨「……なんで、私にこんな力…私に、何を…?」

 

綾波『それはまだ言えませんが…貴方なら十二分に戦える、貴方は敷波以上のスナイパーですから』

 

片っ端から、仕留める

撃ち込み、壊し、貫き…

 

白露「さ、五月雨…」

 

夕立「…やっぱり、ズルいっぽい、夕立達はたまたま手に入らなかった…それだけなのに」

 

不公平、不平等なこの世界…だけど、力を手にしたら…

 

五月雨「責任は、果たします」

 

私が果たせる責任には限度があるけど

 

 

 

 

五月雨「…殲滅、完了…」

 

周囲の深海棲艦を撃破し、アメリカの艦隊の付近の深海棲艦を撃ち砕き、掃討する

 

綾波『よくできました、優秀なスナイパーさん♪』

 

五月雨「…あの…その…」

 

綾波『なんですか?』

 

五月雨「私、貴方に…謝らなきゃ……その、ごめんなさい、貴方の…妹を撃って…」

 

綾波『…バカな人ですね、戦争してる相手を撃ってそれを後悔するなら貴方は戦争自体が向いていない』

 

五月雨「だとしても!私は…もし私がもっと強かったら、殺さない手段があったかもしれない…和解できたかもしれない…」

 

綾波『……貴方がバカな人でよかった』

 

五月雨「ほぇっ?」

 

綾波『リシュリューさんに伝えてください、回収地点Cにて合流、速やかに戻るようにって』

 

五月雨「え?あ、リシュリューさんって言うのは…」

 

リシュリュー「私、B?C?どっちだって?」

 

五月雨「Cです…」

 

リシュリュー「d'accord(わかったわ) à la prochaine(また会いましょう)

 

五月雨「え、と…はい」

 

もう無線から綾波さんの声はしなかった

 

 

 

 

大湊警備府

 

五月雨「え?…無線、ジャックされてたんですか?」

 

徳岡「ああ、だが…まあ、上手くいってよかった…お前たちが無事で本当によかったよ」

 

夕立「疲れたっぽい〜…」

 

白露「お風呂入って寝る〜…」

 

五月雨「…じゃあ、私も……」

 

徳岡「ああ、ゆっくり休めよ」

 

五月雨(……嫉妬、安堵、不安…三者三様の声…夕立姉さんは…私に対して嫉妬してる…白露姉さんは帰ってこられて安堵してる…)

 

人の感情に晒されるのは、こんなに不安になるのか…

相手の感情が全て流れ込むように、声に乗って…音が私に教えてくれて…

 

五月雨(…怖い、力…)



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異常個体

某所

綾波

 

綾波「どうも、お待ちしてましたよ」

 

五月雨「……」

 

綾波「まあ質問内容はただ一つ…私に買われませんか?」

 

五月雨「お断りします」

 

綾波「でしょうね、貴方ほどのスナイパーはそうは居ない…とは言え、貴方がどうしても必要かと言われれば…それも違う」

 

五月雨「…貴方は、私より強い」

 

綾波「確かにそうですね、狙撃手と観測手…基本的に観測手を務める方が優秀なスナイパーさんです、貴方なら任せられる水準の狙撃手だと思ったのに…」

 

五月雨「貴方の目的はなんなんですか…?」

 

綾波「……場所を変えましょう、なにぶん追われる身でして」

 

 

 

綾波「お茶会は好きですか?紅茶よりコーヒーが飲みたいなら用意しますが」

 

五月雨「結構です」

 

自分のカップに紅茶を注ぎ、クッキーの乗った皿を置く

 

綾波「アールグレイです、美味しいですよ」

 

五月雨「…あなたの出した物を食べるのは抵抗があるので」

 

仕方ないとクッキーを一つ手に取り、口に運ぶ

 

五月雨「食べてみせても…あなたなら私がどの位置にあるどれを手に取るか、容易にわかるでしょうから」

 

綾波「…貴方、私を心理学者か何かと勘違いしてますか…?確かにできますけど、それを今やるのは…あー、いいや、面倒です」

 

咳払いをして話を戻す

 

綾波「今、貴方たちが絡んでいる輸送船の護衛任務…あれ、元は私が企画した物です」

 

五月雨「え…?」

 

綾波「アメリカと大きな契約をしたので…あの物資を運び込む先はどこか知っていますか?ロシアですよ…本当ならベーリング海峡を通りたいんですけど、陸上部隊が深海棲艦の攻撃で痛手を受けたり…僅か85kmの距離の輸送を何度も失敗したり…」

 

五月雨「ま、待ってください…どういう…」

 

綾波「ああ、もちろん日本にも何%かは輸出されます…しかし、世界が求めてるのは経済の循環です、これは大きなビジネスの一歩に過ぎません…ゆくゆくは世界一周の船旅もまた、できるようになるでしょう」

 

五月雨「…艦娘の護衛が、あれば…」

 

綾波「その通り♪」

 

紅茶を口に含む

 

五月雨「そ、そんなの…!おかしいです!私たちだって人間なのに…」

 

綾波「いいえ、貴方たちは軍人です…軍人は民間人を護らなきゃならない、クソみたいな娯楽のためにでもね…それに、この国は非常に狭い、他の国のように陸続きの場所なら話は変わりましたが」

 

五月雨「…だからって…」

 

綾波「日本の艦娘は今とても評価が高い、私を撃破した事、そして度重なる攻略作戦の成功、この契約を成立させたのも貴方たちの頑張りあってのものですよ」

 

五月雨「貴方、何も思わないんですか…」

 

綾波「思いませんよ、何を思えばいいんですか」

 

五月雨「…貴方がやられたのも、いや…全部貴方1人のマッチポンプじゃないですか…?貴方は…」

 

綾波「はー……バカな人ですね、私は本気で世界を取るつもりでしたよ、その後1人でのびのびと宇宙開発でもしようと思ってましたけど?そんな本気の私を倒したんです、十分すごいんですよ」

 

五月雨「そう言う話じゃなくて…!」

 

綾波「わかってないなぁ…あるものは使いましょうよ、切り札っていうのは温存してるだけじゃ意味がありませんよ?ここぞという時は今、私がタイミングを間違えるとでも?」

 

五月雨「…あなたと契約した人たちは…あなたの事を…」

 

綾波「知るわけないでしょう、向こうは精々何ヵ国語も喋る通訳を必要としない変な女学生が、日本という国の代表として交渉に来た…それはなんでなんだろう、という謎を抱えてると思いますよ」

 

五月雨「…アメリカだけじゃない…?」

 

綾波「当たり前です、ヨーロッパの主要国、主に艦娘システムを採用してる国と接触を取るようにしました、その結果があの協力者達です」

 

五月雨「……」

 

綾波「さて、この辺りで話を変えましょう…倒せない敵について…知りたいでしょう?」

 

五月雨「…それは、はい…」

 

綾波「あれは今までの深海棲艦とは違います、ウイルスバグと呼ばれる物です、普通の手段では倒せない敵ですよ」

 

五月雨「ウイルスバグ…?」

 

綾波「深海棲艦の進化というべきか、それともCubiaの影響…いや、後者なのでしょうがね?まー、これがまためんどくさいんですよ」

 

五月雨「あの…普通の手段って…」

 

綾波「ああ、普通に撃ち続けても倒せるのは倒せるんですよ?バカスカ撃って、時間をかければ倒し切れると思います…200発くらい撃てばいいんじゃないですかね?…ただ、より簡単なのはあの敵の防護壁を破り…」

 

五月雨「データドレインする…」

 

綾波「ビンゴ、良いですねぇ、話が早い人は好きですよ、さてさて、ウイルスバグを撃破するにはデータドレインが必要、まではよろしいですね?」

 

五月雨「…はい」

 

綾波「しかし、データドレインは人には過ぎた力です、正しく扱えるような人が果たしてどれほどいるか…」

 

五月雨「…?」

 

綾波「わかりませんか?あれは神が想像した宇宙とは違う、天才が生み出した世界によって創られた力…そして私も天才である以上、私にとってはデータドレインを作ることも、その制御装置を作る事も可能なんですよ」

 

カートリッジをテーブルに置く

 

五月雨「まさか、それが…?」

 

綾波「はい、私の作った黄昏の書の一つ、便宜上黄昏の書・炎と呼んでいます」

 

五月雨「…それで…?」

 

綾波「人とは間違える生き物です、力を与えるにしても、よく、考えなくては…ねぇ?」

 

話は簡単だ、これを利己的に使われてはたまらない

 

五月雨「…それで…?」

 

綾波「ああ、あなたには差し上げませんよ?だってダミー因子を持ってるでしょう?」

 

五月雨「だったら何のためにこの話を…」

 

綾波「間違えるな……と言ってるんですよ…あなたが道を誤り、過ぎた力を持つ化け物となったのなら…あなたは自身の愛する人の手で殺される事になる」

 

五月雨「回りくどいです、それで」

 

綾波「データドレインはアメリカの人たちやヨーロッパの人達にも提供していません、つまりあなた達が持つ力はかなり稀少なんですよ、馬鹿みたいに使うと攫われますよ」

 

五月雨「え?」

 

綾波「どこも海を欲しがってる、日本はある程度海域を解放しましたけど…世界中見て日本ほど回復してる国はどこにもないんですよ、目視できる距離の海を渡ることすら難しいんです…となれば、空ですが…艦載機に対空ミサイル、考えもせずに航空機を撃ち落とす深海棲艦…」

 

五月雨さんの表情がやや曇る

 

綾波「わかりましたか?強い力を持つという事は…その力を狙われるという事でもあります、核抑止と同じなんですよ」

 

五月雨「味方じゃないですか!」

 

綾波「そんな事、だーれも気にしない…あいつが羨ましいから、あいつだけズルいから…それで人は殺すし、国は戦争を引き起こす、歴史で習いませんでしたか?戦争なんて案外しょうもない理由でやる物なんですよ?」

 

五月雨「…あなたは、私にどうさせたいんですか」

 

綾波「これ、提供します…ウイルスバグ撃破用に改良したカートリッジです、まあこのカートリッジを使えば砲弾を20発くらいで戦艦級も倒せるでしょう」

 

五月雨「20…」

 

綾波「鬼神の如き活躍、ご期待しております」

 

五月雨「……結局、あなたの目的は不明瞭なままです」

 

綾波「目的を教えても良いですが、このカートリッジは差し上げわられなくなります…今後あなたが苦しむ…いや、あなたのお仲間が苦しむ事を考えれば…」

 

五月雨がカートリッジを手に取る

 

綾波「懸命な判断です、定期的に送ります、ちゃーんと使ってくださいよ?」

 

 

 

 

 

 

本土近海

駆逐艦 朝霜

 

朝霜「なぁ…もう2時間だぞ、敵は出てこないしいつまで突っ立ってるんだよ!」

 

阿武隈「そう言われても、出てこないものは出てこないし…」

 

朝霜「このロープは何だよ!何で離れられないようになってンだよ!」

 

阿武隈「深海棲艦は海の中に私達を引き摺り込んで溺死させようとする事もあるし…」

 

早霜「思ったより狡猾なのね」

 

龍驤「まあ、そう騒ぐなや……お出ましやで」

 

阿武隈「龍驤さん?」

 

龍驤「……なんか今までのとちゃう、退避の警告出し、ウチらでやれるとこまでやるけどな……雲龍!」

 

雲龍「はい」

 

艦載機が大量に飛び出す

あれではこちらの取り分は残らないのではないだろうか…

 

阿武隈「漁業組合の皆さーん!!深海棲艦がこっちに来てます!!退避を!!」

 

朝霜「……なァ、全然動く気配が…」

 

朝潮「なんで退避しないの…!?」

 

阿武隈「すみません、こちら阿武隈です、はい、動いてくれません…!…はい、早急にお願いします」

 

龍驤「阿武隈ぁ!こっちアカンで!なんか、おかしい奴おる!」

 

阿武隈「お、おかしいやつ…?」

 

一部の深海棲艦が目視できる距離まで近づいてくる

 

阿武隈「これで…!」

 

阿武隈の砲撃が深海棲艦に直撃する……が、効果が見えない

 

阿武隈「え…?…!」

 

阿武隈が漁船の方に振り返り、一発砲弾を放つ

 

朝霜「なッ…!オイ!」

 

阿武隈「大丈夫、当ててない…今のは退かせただけだから…!」

 

朝潮「ダメです!止まりません!」

 

阿武隈「駆逐艦はロープを切って退避!回収用の船を目指して!」

 

朝霜「な、何言って…」

 

阿武隈「死にたくないならいう事を聞いて!!」

 

阿武隈(これは明らかにイレギュラー…だけど対処法はわかってる、だから、ここに倒す手段を持った誰かさえ連れてくれば…!)

 

阿武隈「時間は稼ぐから!早く!」

 

朝霜「どう、なってやがんだよ…」

 

深海棲艦が真下から魚雷を受け、空中に打ち上げられる

 

阿武隈「!」

 

打ち上げられた深海棲艦を光線が貫き、真っ二つに切り裂かれる

 

春雨「援軍登場…と言ったところでしょうか、はい」

 

イムヤ「全員無事そう?」

 

阿武隈「援軍は要請してなかったんですけど…ありがとうございます」

 

春雨「まあ、人使いの荒い人に行くように言われたもので」

 

イムヤ「そんな事より、まだまだ来てるから戦う用意して!」



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別れ

海上

駆逐艦 朝潮

 

朝潮「深海棲艦はこれで全部でしょうか…」

 

イムヤ「たぶん、今見えてる範囲はもういないけど…」

 

阿武隈「水中はレーダーにも反応ありません」

 

龍驤「こっちも何もないわ、海はどこにもおらんって事かな…」

 

阿武隈「……あ、無線だ…提督ですか?…え?回収船が沈められ…っ…ご、ごめんなさい!誰も乗ってないけど備品と少量の燃料が……はい!はい!…え、あー……わかりました…」

 

龍驤「どないしたんや、船が沈んだのはわかったけど」

 

阿武隈「そのまま帰るのは危険だから特務部が二式大艇を出してくれるって言ってるらしいです…良いのかなぁ…」

 

龍驤「特務部ぅ…?なんでアレが出てくるねん…」

 

阿武隈「なんでも新しい装備を輸送してくれてるみたいで、ちょうど途中にいるからって…」

 

龍驤「そらツいとんなぁ…」

 

朝潮「あ…アレでしょうか」

 

遠くに二式大艇を二機見つける

 

朝霜「おー…」

 

清霜「おっきいねー」

 

朝潮「…あれ?二機?」

 

阿武隈「誰が操縦してるんだろ…」

 

近くに二式大艇が降りる

 

秋津洲「あー、居た、こちら秋津洲、ターゲット回収かも」

 

二式大艇の搭乗用の扉が開き、秋津洲さんが降りてくる

 

秋津洲「荷物大量に積んでるから別れて乗ってほしいかも、えーと、そこの4人、アンタらだけこっちに乗って残りはもう一台に乗って」

 

朝霜「なんだよ適当だな…」

 

秋津洲「良いから別れて乗る!置いて行かれたいの!?」

 

阿武隈「わ、わかりました!」

 

 

 

朝霜「おー、エアコンついてんぞ!」

 

早霜「意外と快適ですね…」

 

清霜「確かに!暮らせそう!」

 

朝潮(…なんで私だけこっちに…?)

 

秋津洲「勝手に動き回ったら叩き出すから、大人しくしてるかも」

 

朝潮「は、はい……ん…?」

 

きゅるきゅると何か、古い車輪のような音…

 

秋津洲「フライトは20分かも」

 

朝霜「20分?はえー…来る時どんだけかかったよ」

 

早霜「多分、40分くらい」

 

清霜「堕とされたりしないの?」

 

秋津洲「仕掛けてくるやつは逆にぶちのめすかも」

 

朝霜「そりゃあ、心強えな、けどさ、ほんとに大丈夫……おわっ!?」

 

足元から轟音が響く

 

秋津洲「今、まさに有言実行中」

 

朝霜「し、下に居んのか!?」

 

秋津洲「はー、ほんとうるさいかも…集中したいから黙ってて!!」

 

朝潮(怒鳴られた…)

 

朝潮「あ、あれ…?3人が、いない…」

 

奥の方の個室へと消えていく影…

 

朝潮「ど、どうしよう…見張らなきゃいけないかな…」

 

3人を追いかける

 

朝潮「っ…!…その、人は…?」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

阿武隈「なんでっ!な、なんで私たちの乗ってる方は操縦席に誰もいなかったんですかぁぁっ!?」

 

秋津洲「ちゃんと操縦してたし、私が」

 

阿武隈「別のやつに乗ってましたよね!?」

 

秋津洲「オンラインで操作したの!そもそも大艇ちゃんはオートパイロットできるし、あーもううるさすぎるかも…」

 

朝潮「あ、あの…」

 

秋津洲「ん…何か用かも?」

 

朝潮「あのひ…むぐっ」

 

秋津洲さんに口を塞がれる

 

秋津洲「特務部のニュービーかも、手違いで乗り込んだだけだからあんまり騒がないで欲しいかも」

 

朝潮「……わかりました」

 

 

 

 

 

執務室

提督 倉持海斗

 

阿武隈「えぇぇっ…始末書ですか…」

 

海斗「うん…沈んだ移動用の船について…」

 

阿武隈「…わかりました…うー…」

 

頭を抱えて出ていく阿武隈を見送る

 

アケボノ「宜しいのですか?始末書では済まないでしょう」

 

海斗「そうだね、それ以外の後始末は僕がやるよ」

 

アケボノ「…それは、流石に負担が大きいのでは」

 

海斗「僕が二つの事に取り組むなら、誰よりも…頑張らなきゃいけないと思うんだ…だから、まだまだ全然足りない」

 

アケボノ「提督の決めた事に意見する訳ではありません、しかし阿武隈さんにはちゃんと自分でケリをつけさせるべきです、あの人は抜けているところがありますし、痛い目を見ておく方が本人の為かと…」

 

海斗「…まあ、今回だけだよ」

 

アケボノ「では、そのように」

 

ガツガツと扉を何かで叩く音がする

 

キタカミ「よっ」

 

アケボノ「…どうかしましたか?」

 

キタカミ「特務部の新人について、何か知ってる事は?」

 

海斗「特務部の新人…」

 

アケボノ「私は残念ながら何も」

 

キタカミ「提督は?」

 

海斗「いや、無いと思うけど…どうかしたの?」

 

キタカミ「紅茶の匂い、なんか酸味のキツイやつね…それと…消毒液やら医薬品の匂い…そんな匂いが朝潮や朝霜に染み付いてた」

 

アケボノ「紅茶ですか…柑橘系ならアールグレイが有名どころですね」

 

アケボノが戸棚からアールグレイの缶を取り、蓋を開ける

 

キタカミ「…そう、それだ、その匂い……わっかんないんだよねぇ…秋津洲ってさ、ダミー因子の感覚増幅効果で二式大艇を操作してるらしいんだ、触覚を司る力でね」

 

アケボノ「触覚?」

 

キタカミ「二式大艇の動作、振動から異常を検知したり、気圧の変化を感じ取ったりできるらしいんだよ、だから乗ってるはずの無い人間がいたらわかると思うんだけど」

 

海斗「…荷物を積んでたからとか?」

 

キタカミ「……ま、いいか…うん、それで納得しとこう…敵が忍び込んだ訳じゃないんだ、うん…」

 

アケボノ「えらく気にかけてますね」

 

キタカミ「報告書は見た?ウイルスバグの話」

 

海斗「うん、聞いてる、だからイムヤと春雨を向かわせたんだけど…」

 

アケボノ「最良の判断だったと思います」

 

キタカミ「……提督、この世界、どうなってんのさ…分たれたはずの世界が戻り始めてる…」

 

海斗「……いや、そうじゃない…」

 

アケボノ「そうじゃない、とは…?」

 

海斗「根本が違うんだ、前の世界でネットとリアルが融合したのは今より後、ネットとリアルの境界が揺らぐような事件が起きた後だった」

 

アケボノ「今回はそれをCubiaや綾波がやってのけています」

 

海斗「…そうだね」

 

キタカミ「まさかまた再誕させるとか言い出す?」

 

海斗「いや、そのつもりはないよ、今回でダメなら何度やり直しても…いや、もう望む形にもならないかもしれない…いや、何よりこれ以上は無理なんだと思う」

 

キタカミ「どういう意味?ハッキリ言って欲しいんだけど…」

 

海斗「再誕の力は一種の適応の力だと思うんだ」

 

アケボノ「…なるほど、前の世界ではネットとリアルが融合することで世界が滅びそうになった…でも、それに適応すれば…世界は滅びはしない」

 

キタカミ「……融合しても、問題ないって事?」

 

海斗「わからない、正直に言えば規模が大きすぎて僕じゃ把握しきれないんだ…」

 

アケボノ「どの道そのルートを辿るのは最後です、今は今やるべき事を見つめれば良い」

 

キタカミ「今やるべきことって?」

 

アケボノ「…綾波を潰す」

 

海斗「……」

 

キタカミ「…なるほどね、確かにそれは最重要だ…あ、忘れてたけどこれ書類、秋津洲に渡すように言われたんだよね」

 

海斗「ありがとう…え?」

 

アケボノ「どうされまし…た……と、これは…」

 

キタカミ「どしたの、2人揃って固まって」

 

ペンと印、それだけでこの書類は終わる…

 

アケボノ「まさか、これにサインするつもりですか?…提督、この書類には重大な不備がありますよ」

 

海斗「いや、これが最善の手段だよ」

 

キタカミ「なんの書類なの?」

 

海斗「…朝潮を、戦没した事にする書類だよ」

 

キタカミ「…は?」

 

2人とも納得してない様子だが、これが最善なのは間違いない

良く考えればそうだ、アメリカの艦隊がここに着任する前に…誰かに嗅ぎつけられる前に…

 

アケボノ「……提督のお考えを理解できず申し訳ありません、説明していただけますか?」

 

海斗「今はできない、アケボノ、朝潮を連れて来てくれる?」

 

アケボノ「…はい」

 

アケボノが部屋を出る

 

キタカミ「いや、待ってよ……朝潮はどうなんのさ…!」

 

海斗「……ここじゃないどこかに行く、少なくとも戦争には巻き込まれないように…」

 

キタカミ「いや、待ってよ…意味わかんないって…!」

 

海斗「説明できる時になってから、説明させてほしい…今はただ、朝潮を見送る事しかできないよ」

 

キタカミ「じゃあ他の連中は!?大潮や荒潮、満潮達はどうすんのさ!」

 

海斗「変わらないよ、朝潮1人だけだ」

 

キタカミ「……そういう事…にしたって他にもやりようが…!」

 

海斗「今日、今この時しかないんだ…逃す手はない」

 

キタカミ「…賢い奴は気づくよ」

 

海斗「でも、口を塞ぐ選択をしてくれると思ってる」

 

キタカミ「……案外、ずるいもんだね」

 

海斗「…大人になっちゃったのかな、僕も…」

 

アウラの取り合い、アウラを宿した朝潮がその争いに巻き込まれないわけがない

それならいっそ、僕たちはアウラをロストした事にするしかない…朝潮と共に

 

キタカミ「……朝潮は…納得するだろうね」

 

朝潮は…確かに納得してくれるだろう

 

しかしそれは…

 

 

 

 

朝潮「わかりました、私の受け渡しはどのように行われるのですか」

 

海斗「二式大艇でそのまま本土に向かって、今の特務部なら問題ない」

 

朝潮「はい…しかし、私の死を誰も確認しないのは不味いのでは?」

 

海斗「それは…確かに、そうだけど」

 

朝潮「佐世保に遠征に行かせてくれませんか?その道中で私だけ離れます」

 

海斗「それは……確かにあの辺りならできなくもないけど、今全て決める必要はない、焦り過ぎだよ」

 

朝潮「……」

 

キタカミ「少数にだけ伝える手もある、引き渡すのは明日でしょ?よく考えてからにしよう」

 

海斗「そうだね、今日はよく休んで、必要なものだけ整えておいて」

 

朝潮「はい、その…お世話になりました」

 

海斗「戻って来られるようにしてみせるから」

 

朝潮「…はい」



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嘘つき

離島鎮守府

提督 倉持海斗

 

アイオワ「ミー達もここのメンバーとして戦う事になったわ、今後、よろしく」

 

海斗「えーと、改めてよろしくお願いします」

 

アケボノ「よろしくお願いします」

 

アケボノがお辞儀で頭を下げる様子にアトランタが声を漏らす

 

アトランタ「うわっ……そんなことできたんだ、よく芸が仕込まれてるmonkeyだね」

 

アケボノ「私は、私への言葉には寛容です…が、モノには限度というものがある…という事もお忘れなきように」

 

ワシントン「ごめんなさい、後でよく言って聞かせておくから」

 

アケボノ「まあ、お気になさらず、あなた達がここに戻るまでに部屋も用意させていただきました、人数割りは2:2:3でよろしいですか?」

 

アイオワ「そんなのはそっちの好きなようにしてくれて良いんだけど、それより…大使館に居た…えーと、面会の時に居た人に聞くように頼まれたんだけど」

 

海斗「何を?」

 

アイオワ「オリジンって知ってる?」

 

海斗「オリジン…?アケボノ、知ってる?」

 

アケボノ「いいえ、私は存じ上げません」

 

アイオワ「じゃあ、Auraは?」

 

海斗「アウラって言うと…The・Worldの女神様の?アイオワ達もThe・Worldをやるの?」

 

アイオワ「…ええと、まあ、そうね……ありがとう、なんでもないわ」

 

アケボノ「食堂に案内役を待機させています、部屋はその者にお聞きください」

 

アイオワ「Okay またね」

 

 

 

アケボノ「まるで予知したかのような返答、恐れ入ります」

 

海斗「大淀さんがね、こう言う問答をするって予知をくれたんだ」

 

アケボノ「成る程、フィドヘルの力は本当に心強い物ですね」

 

海斗「…そうだね」

 

フィドヘルの予言…

かつて、フィドヘルから受けた予言は、もう全て完了しつつあるのかもしれない

 

海斗「……アケボノ、念のため盗聴器も対策しておいて」

 

アケボノ「はい、抜かりなく」

 

 

 

 

 

 

The・World R:X

シックザール ギルド@ホーム

重槍士 青葉

 

青葉「…撃破完了、ですか」

 

フリューゲル「ああ、青葉ちゃんのおかげだ」

 

青葉「…私の?」

 

フリューゲル「何度も戦い、その度に揺さぶってくれたおかげでカイトは最後に仲間を守る選択をした、だから隙を突くことができた」

 

青葉(…それは、少し…微妙な感じ…)

 

フリューゲル「…あー……おじさん言葉選びマズっちゃった?」

 

青葉「まあ…その、良い気分ではないです」

 

フリューゲル「そっか、それは悪い事を……っと?」

 

メトロノーム「団長は居られますか!」

 

フリューゲル「よおメトロノーム、随分怒ってるけど何かあった?あとメール見た?」

 

メトロノーム「メールを見たから怒っているんです!カイトは総力戦で倒すべきだと昨日話し合ったではないですか!それを団長自らが抜け駆けなど…!」

 

オルゲル「ギャーギャーうるせえんだよメトロノーム」

 

メトロノーム「オルゲル…!」

 

オルゲル「団長が勝ったんだからそれで良いじゃねぇか」

 

メトロノーム「オルゲル…!お前は昔からそうだ、お前は後始末をする身になった事がないからそんなことが言える…!」

 

オルゲル「あ…?俺がいつお前に尻拭いなんてさせたよ…!」

 

チェロ「ケンカはやめなヨ!みっともないヨ!」

 

メトロノーム「…団長、それと件の謎のPCですが、未だ解析は難航しています」

 

フリューゲル「わかった、俺から報告して…あー…やっぱ任せていい?」

 

青葉「ちゃんと仕事してください…」

 

フリューゲル「いやー、そう言わないでくれよ、もう何もかもめんどくさくなって来た…」

 

チェロ「団長のくせに愚痴を言わないの!シャンとしなヨ!」

 

フリューゲル「そう言うけどさあ…そもそもこの仕事はあんま乗り気じゃなかったんだよなぁ…!勤務時間は長くて給料は安いし、コーヒーはまずいし、上司のジーニアスはやたら偉そうだし…っと?」

 

モニターが浮かび上がり、誰かが映し出される

 

ジーニアス『シックザールの諸君、首尾はどうかね』

 

青葉(この人が、ジーニアス…)

 

メトロノーム「報告致します、勇者カイトのフリーズに成功、これにより黄昏の騎士団の排除は完了した事となります、以降はアカシャ盤の試験運航を実行する予定です」

 

ジーニアス『よろしい…抜かりなく進めたまえ、The・Worldに新たな産声を上げるためにな』

 

モニターが消える

 

フリューゲル「………聞かれてないよな?…うへぇあっぶね!」

 

メトロノーム「団長…もっと真面目に仕事をしてください…」

 

チェロ「ノムくん、ログの解析も団長にやらせようヨ!」

 

メトロノーム「それは…流石にまずいのでは?」

 

フリューゲル「お、俺は現場に…」

 

メトロノーム「トロンメルとガイストを向かわせています、その必要はありません……気が変わりました、データ解析を手伝ってください」

 

フリューゲル「…あー、青葉ちゃん?」

 

青葉「私哨戒があるので落ちますね」

 

チェロ「頑張ってネ!」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

教導担当 キタカミ

 

山雲「キタカミさ〜ん?」

 

キタカミ「山雲……どしたのさ…」

 

山雲「朝潮姉さんが〜、佐世保に行って〜、その帰りに逸れた所を深海棲艦に襲われたらしいんです〜」

 

キタカミ「…聞いたけど…その…朝潮は残念だったね…」

 

山雲「……私は、なんとな〜くわかってますよー?」

 

キタカミ「…何をさ」

 

山雲「朝潮姉さん、生きてますよ〜」

 

キタカミ「…あんまり大きい声で言わないでくれる?」

 

山雲「あ、当たりでした〜?良かった〜!」

 

山雲がペタンと腰をつき、胸を撫で下ろす素振りを見せる

 

キタカミ(…カマかけられたか…山雲、私なら知ってるってあたりつけて来たな…)

 

山雲「本当に驚いたんですよ〜?朝潮姉さんは旧式の艤装だからAIDA暴走を防ごうとしたのかもしれないって言われてみんな信じちゃいました〜」

 

キタカミ「……事情があるんだよ」

 

山雲「わかってますよ〜?でも、みんな不安で潰されそうになってますから〜…私が宥めてあげないと〜」

 

キタカミ「…優しいね、大潮」

 

山雲「今は山雲ですよ〜、大潮は別に居ますから〜」

 

キタカミ「はいはい」

 

山雲「それと〜、択捉ちゃん達が探してましたよ〜、球磨さん達が出た行くから不安だって〜」

 

キタカミ「…そっか、そういやもうすぐ…か」

 

山雲「朝潮姉さんの代わりに来ます〜?」

 

キタカミ「んや、私は姉ってタイプじゃないからさ……あ?」

 

山雲「あー、どうも〜」

 

アケボノ「げ……」

 

手にはタバコの箱、か

 

キタカミ「提督に隠れて吸ってるんだ?」

 

アケボノ「…中毒性がある物で」

 

キタカミ「禁煙した方がいいんじゃないの〜?ねぇ?山雲」

 

山雲「そうですね〜、お野菜にもお身体にも悪影響ですよ〜」

 

アケボノ「……提督に止められたらそうします」

 

キタカミ「よーし告げ口だ」

 

アケボノ「やめてください、頭を悩まさずに済む時間を削らないでください」

 

キタカミ(…朧と綾波の事か)

 

アケボノが一本咥えて火をつける

 

山雲「匂い染み付いちゃいませんか〜?」

 

アケボノ「1日1本なので、それに消臭剤と香水もありますし……まあ、口元の匂いを嗅がれなければ大丈夫だと思います」

 

キタカミ「でもそんなタバコ臭い口じゃあコトの時大変だねぇ…」

 

アケボノ「……私はそう言う願望はないので」

 

山雲「そうなんですか〜?」

 

アケボノ「私はただ罪を冒した分、提督を裏切った分、その償いをさせて欲しいだけです、私は提督のために生きて死ぬ、それだけですよ」

 

キタカミ「献身的だこと」

 

山雲「でも〜、司令さんがタバコ臭いの嫌いだったらもし慰安の必要があってもできませんね〜」

 

アケボノ「あなた方の脳みそは下半身に直結してるんですか…?品のない…」

 

キタカミ「品がないのはどっちだか」

 

アケボノがタバコの先を指で潰して火を消す

 

キタカミ「うわっ…熱そ…」

 

アケボノ「そうでもありません、やり方さえ覚えれば火傷しないものですから」

 

山雲「携帯灰皿持ってるんですね〜」

 

アケボノ「まあ、証拠はできる限り残したくないので」

 

キタカミ「……アケボノ、さては酒も隠してるね?」

 

アケボノ「何のことやら」

 

キタカミ「飲酒に喫煙、提督に言いつけちゃおっかなぁ」

 

アケボノ「……お酒はもう飲みませんよ」

 

山雲「どうしてですか〜?」

 

アケボノ「朝潮さんがよく知っています…身をもって」

 

キタカミ(あ、なんかやらかしてるんだな)

 

アケボノ「…さて、私は呉に行く人達の書類で忙しいので、失礼します」



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引き分け

離島鎮守府 執務室

秘書艦 アケボノ

 

漣「おいっすー……あれ?ボーノだけ?」

 

アケボノ「それが何?」

 

漣「いや、ご主人様は?明石さんに呼んで欲しいって頼まれたけど…居ないって事はゲーム中?」

 

アケボノ「いいえ、中央に呼び出されてます、朝潮さんの事で」

 

漣「なるほどね……あー…うん、その…」

 

アケボノ「無理に言葉を紡ぐ必要はないわ、もし、たとえ深海棲艦になったのなら私たちで元に戻せばいい…永劫の時ですら、取り戻す機会はある」

 

漣「……あー、あとこれ」

 

アケボノ「…曙の移籍願い…?呉に……アイツ、まだ朧を追うつもりね」

 

漣「みたい…でも、ボーロが心配なのは…」

 

アケボノ「わかってる、直接話すべきね……今のアイツじゃ何もできない事…直接教えなきゃわからないんでしょ」

 

ガンッと扉を蹴る音がする

 

曙「誰が、何もできないって?」

 

アケボノ「聞いてたのね、その通りの意味よ、今のアンタじゃあの力も無ければ…」

 

曙「表に出なさい、ぶちのめしてやるから」

 

アケボノ(ま、私に勝てたとしても綾波に勝てる事にはならないけど)

 

アケボノ「いいわ、漣、改二艤装を2人分出してくれる?……いや、やっぱり…直接取りに行くわ、せっかくだし本気で相手しなきゃ意味ないでしょ」

 

曙「上等」

 

 

 

 

演習場

 

アトランタ「何あれ」

 

アイオワ「…同じ顔が2人居るって聞いてたけど、本当なのね…」

 

キタカミ「おーい、漣、これ何やってんの?」

 

漣「あ、キタカミさん…その……ケンカ…?」

 

キタカミ「……漣、アケボノに伝言頼める?」

 

 

 

アケボノ「キタカミさんが?」

 

漣「うん、観てる人も多いしって…」

 

アケボノ「駆逐艤装のみか…」

 

手札は、汎用的な綾波型と朝潮型、速度の島風型、そして火力が桁外れの夕雲型…

 

アケボノ「……ま、良い…か」

 

曙(…あの艤装、確かベースの綾波型艤装…つまり、綾波が改造する前の、本来の綾波の艤装…)

 

アケボノ「さあ、やりましょうか?」

 

曙が両手に双剣を持ち、クルクルと回して構える

 

曙「……そうね、始めましょ」

 

アケボノ「燃料、足りると良いわね」

 

今の曙は燃料を消費しなくては炎を使えない

つまり時間をかければ私に負けはない

 

曙「……」

 

アケボノ(真剣な曙とやりあうのはレ級の時以来かしら、まあ……問題はない…)

 

曙の双剣に赤々とした炎が灯る

 

曙(…今の私じゃ、これが限界か…熱い、肌が焼けそうに熱い…)

 

曙「…スタート、よ」

 

 

 

教導担当 キタカミ

 

アトランタ「ねぇ、何でアイツ剣なんか使ってんの?圧倒的に不利じゃん」

 

アイオワ「それよりも炎の方が不思議よ、操ってるみたいに…」

 

キタカミ「そんなに変な話じゃない、あの2人の距離感の問題だよ、あの2人はただ、距離が無いだけ」

 

ここまで響く声で曙が叫びながら斬りかかる

 

キタカミ(…それは剣技って感じじゃないなぁ……もう、怒り任せに振ってるみたいな…)

 

曙の攻撃を距離を取り続けることでかわすもう1人のアケボノ

お互いがお互いを理解しているからこそ、この圧倒的に有利不利の分かれた状況ですら致命打は未だに出ない

 

アケボノ(…カートリッジを使えば今すぐにでも終わる、だけどもう少し…)

 

曙(絶対…負けない…負けるもんか…!)

 

曙の艤装が火を噴く

 

ワシントン「ね、ねぇ、背中燃えてるけど…!」

 

キタカミ「…ありゃぁ…ガチだねぇ…」

 

曙を赤々とした炎が包む

 

曙(アンタがカードを切らないなら…私が先に切る…!)

 

アケボノ「焼け死ぬつもり?」

 

曙「バカね、切り札はお守りじゃないのよ…!」

 

曙の炎が放つ熱気がここまで吹き付ける

 

漣「……炎が、青く…」

 

キタカミ(…溶けてるね、匂いが酷い…)

 

曙「っらぁぁぁぁッ!!!」

 

アケボノ(蒸気と炎の壁で視界が…)

 

炎で行手を遮られたアケボノ、そしてそれに詰め寄る曙

炎を纏った斬撃が異様な音を立てる

 

アケボノ「ガードに使った艤装が…」

 

曙「そんなもん、全部溶かして…刻んでやる…!!」

 

アケボノが距離を取ることを一切許さず、徹底的に追撃…

ガードに使った艤装はとことん溶かされ、切断され…

 

アケボノ(マズイ、ガードできない…!)

 

曙「ッ!!!」

 

曙の艤装が小さく爆発し、音を立てて海に落ちる

 

キタカミ「……オーバーヒートを無視して戦い続けてた、そりゃそうなるか…」

 

この勝負、アケボノにはまだ手札がある、けど…

 

アケボノ(…焦りはしたけど、勝ちは勝ちね)

 

曙「……ハッ…アハハッ!」

 

アケボノ「…何?熱さでおかしくなった?」

 

曙「アンタのその勝ち誇った顔…!ほんとに馬鹿よね…あたしが艤装無くなったくらいで止まると思ってんの!?」

 

曙が飛びかかり、もう1人のアケボノを海面に押し倒す

 

アケボノ「このッ……!」

 

曙「あたしは朧を追う!綾波も朧も捕まえて…ブン殴って!連れて帰ってくる…!」

 

アケボノ「アンタにできるわけないでしょ!?行ったって犬死にするだけよ!」

 

曙「かもしれない、だけど…!アンタの本音はただあたしを手元に置いておきたいだけ!」

 

アケボノ「!…そんな事…」

 

曙「自分で気づいてないなら…とことん教えてやる!アンタは自己中で周りを束縛して結局自分の思い通りにならないと苛々する、あたしと何も変わらない!アンタはただこれ以上失いたくないだけ!」

 

アケボノ「……失いたくなくて何が悪いのよ…!」

 

曙「取り戻したいなら、賭けなさいよ…!あたしに賭けてみなさいよ!!」

 

アケボノ「……」

 

曙「アンタがあたしを信じてるなら…あたしを認めてるなら、今ここで賭けてよ…!」

 

アケボノ「……」

 

アケボノが主砲をもう1人の曙の顎に突きつける

 

曙「っ……いつの間に…」

 

アケボノ「…アンタは、物事の表面を掬ってそれで満足してるのよ、深いところでは何が起きてるのかを考えてない…わかったつもりで正しくわかってはない」

 

曙「…!」

 

アケボノが主砲を投げ捨て、両手を広げる  

 

アケボノ「…疲れた、終わりよ」

 

曙「……」

 

アケボノ「一勝一敗、引き分けね」

 

曙「…あ…?」

 

アケボノ「演習は私の勝ち、だけど…口はアンタの勝ち、私はアンタに賭けてもいいと思った……朧の事、任せたわよ」

 

曙「…任せときなさい」

 

戻ってきた2人の頭を杖で叩く

 

アケボノ「痛っ」

 

曙「何すんのよ!」

 

キタカミ「こっちのセリフだよ、何やってんの?演習でどんだけ燃料使って艤装一つ丸々使い物にならなくして…挙句手札見せてさ……本当に何やってんの?」

 

アケボノ「それについては申し訳ありません、始末書は私が書きます」

 

キタカミ「当たり前でしょ…」

 

曙「…どうしても、話つけたかったの」

 

キタカミ「曙も曙だよ、たしかにここに在籍してたら1人だけ本土で朧捜索なんて周りに迷惑がかかるからって呉に行くのはわかる、そうすれば他の綾波型に迷惑がかかることも無い…だけど呉の連中は許可したの?」

 

曙「それは…まだ」

 

アケボノ「……呆れた、話つけてから来てるんだと思ったのに…」

 

キタカミ「…とりあえず、あの距離だし何話してたかはバレてないだろうけど…綾波のことは絶対言わないようにね、特にアメリカ連中の前では」

 

アケボノ「勿論です」

 

曙「わかってる」

 

 

 

 

執務室

 

キタカミ「ってことがあったんだけどさ…」

 

海斗「ごめんねキタカミ、後始末させちゃって…」

 

キタカミ「別に良いけどさぁ……朝潮に会ったの?」

 

海斗「うん、その…今後は会わないようにするけど」

 

だけどそれだけじゃない、昨日とは違う紅茶の匂い…

それとかなりうっすらとだけど、消毒液と薬品の匂い…朝潮に匂いがついたんじゃない、ちゃんと交換されてる…

 

キタカミ「……特務部の…新人…?」

 

海斗「ごめん、それについては何も言えることはないんだ」

 

キタカミ「…隠し事、増えてきたね」

 

海斗「そうかな…」

 

キタカミ「提督、私は分別つく相手だと思ってるから言うけどさ…みんなが理解者じゃないんだよ、提督の仕事は表に出てやる荒事と違って見え難いんだよ、小さな嘘一つが簡単に信頼を壊す…」

 

海斗「そうだね、できるなら僕も隠し事はしたくないけど…」

 

キタカミ「……そう思ってるなら良いよ、だけどさ…信頼ってのはひっくり返せば憎しみだよ、信頼が深い分だけに簡単に憎しみになる、嫌われるって思ってるより簡単だからさ」

 

海斗「気をつけるよ、ありがとう」

 

キタカミ「…変だな…あれ?何か混じってるような…」

 

そう、匂いの奥に…

 

海斗「どうかした?」

 

キタカミ「…おかしいんだよ、体臭があんまり感じられないんだよね…普通香水とかつけてても体臭が少しくらい…」

 

海斗「…新人の人の事?距離が離れてたからじゃないかな」

 

キタカミ「……そっか」

 

海斗「そんなに気になる?」

 

キタカミ「いや……」

 

キタカミ(…そう、あの匂い……化膿した傷口みたいな匂い…もしかして、だけど……重症患者とか…?いや、二式大艇に乗ってた説明がつかないな…特務部のメンバーなんて絶対何かある、先に把握したいのに…)

 

 

 

 

 

 

某所

綾波

 

朧「ふッ…!はッ!やぁッ!!」

 

綾波「自主トレーニングですか、精が出ますね」

 

朧「…綾波」

 

綾波「どうです、私の集めた協力者は…なかなか粒揃いでしょう?」

 

朧「正直言えば…物足りないかな、全然だよ」

 

グラーフ「ふむ、聞き捨てならんな」

 

タシュケント「そうだね、君がどんな奴かは知らないけど…ずっと木を蹴ったり殴ったりしてるだけの奴にそう言われるのは心外だよ」

 

朧「……なら、試してみる?」

 

グラーフ「格闘技じゃないぞ」

 

朧「わかってるよ、誰かが…アタシに傷一つでもつけられたら勝ちでいい」

 

タシュケント「…舐めたこと言ってくれるね」

 

朧「今のアタシは、それだけ強い」

 

綾波(…朧さん、まさか…)

 

朧「4人で来ればいいよ、せっかく頭数いるんだし」

 

グラーフ「後で泣き言を言っても知らんぞ」

 

 

 

 

 

朧「…やっぱり、相手にならない…」

 

艤装が音を立てて地面に落ちる

 

グラーフ「なんだ…コイツ…!化け物か…!」

 

タシュケント「本当に傷一つないまま全員倒すなんて…」

 

朧「艦載機、今のままじゃ使えないよ、たしかに整った隊列や正確な飛行はすごくいいと思うけど…読み易い」

 

グラーフ「何…?」

 

朧「そっちの…タシュケントだっけ、速いんだからもっと大きく動いて敵の攻撃を誘導してみたら?リシュリューは戦艦なんだから攻撃を受けてあげなきゃ」

 

綾波「倒した上に指導までするとは、余裕ですね?」

 

朧「こんなのチームじゃない、アタシが今戦ったのは…4回個人戦しただけ、人数増やしたのが逆に悪かったね」

 

綾波「私もそう思います、朧さんの挑発に乗らず1対1で戦えば擦り傷くらいは……無理か、アハハッ♪」

 

おかしくってつい笑ってしまう

 

綾波「相手は私が認めた程の適格者4人、実力は決して低くないのに…まさかまさか!流石朧さんだ、システムを複合的に扱うことでそれを一蹴するとは…」

 

朧「…使ってないよ、アタシが利用したのは綾波の艤装と…この主砲だけ、ダミーは使ってない」

 

綾波(私の脚部艤装と明石さん製のその他艤装の複合仕様を褒めたつもりなんですけど、どこかズレてますねぇ…)

 

綾波「ええもちろん、わかっていますとも…それにしたって以前の蹴り一辺倒な戦い方からよく変わりました、素敵ですよ、見違える程に」

 

朧「……らしくないこと言うね」

 

綾波「あなたの目的が私を殺す事だとしたら…まだまだ足りませんけどね♪」

 

朧「撤回するよ、今の言葉」



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繋がる

数刻前

特務部 隠し部屋

提督 倉持海斗

 

エレベーターが降り始めて、どのくらいかした後にホテルの廊下のように複数の部屋がある廊下にたどり着く

 

海斗「…ここは?」

 

数見「ここで朝潮さんを保護します、オフィスから入るにも特殊なセキュリティで基本的には開けられません、私にも」

 

海斗「…じゃあ、ここの管理は誰が…」

 

きゅるきゅると車輪の音が背後からする

 

海斗「!……キミは…」

 

車椅子に座った両脚のない、包帯と眼帯の少女…

随分と間違えてしまったが…間違いない

 

海斗「綾波…直接会えるとは思ってなかったよ…」

 

アヤナミ「…いいえ、私は正確には貴方の言う綾波ではありません」

 

海斗「……そうか、キミはもう一つの人格の…じゃあもう1人の綾波は?」

 

アヤナミ「ここには居ません、どうぞ、ご案内します…ここの管理人として」

 

海斗「キミが…」

 

数見「…倉持さん、彼女の存在はどうか外には」

 

海斗「わかってます」

 

自身で車椅子を動かし進むアヤナミの後をついていく

 

アヤナミは全身を包帯で包み、所々から覗く肌には火傷の跡

片目は眼帯で隠している事もそうだが極め付けは両脚がない…

 

海斗「ひとつ、聞いてもいいかな」

 

アヤナミ「私の片目は失明しています、両脚は深海棲艦の時に生やしたものですので人間に戻った事でだんだん腐敗したため切除しました、火傷は焼却処分されそうになった際の名残りです」

 

海斗「……」

 

言葉が出なかった

全て答えられた上に、僕にはどうしようもない

軽い言葉をかけるのは…いや、かけられる雰囲気ではない

 

アヤナミ「…どうか、お気になさらず…私は今幸せですから」

 

海斗「え…?」

 

アヤナミ「私は…その、漸く正しく生きていられるんです、だから…幸せなんです」

 

海斗「…君が望むなら…」

 

アヤナミ「何も望みません、私と一緒にいる人はみんな不幸になってしまいます」

 

何も言わせないと言う意志を感じる

何も、許さないと…

 

一つの部屋の扉が勝手に開く

 

アヤナミ「この部屋です」

 

海斗「…朝潮」

 

朝潮「司令官…その、こ、ここに居れば…」

 

海斗「うん、大丈夫だよ」

 

アヤナミ「ご安心ください、私のセキュリティが守ってみせます…」

 

数見「食料や娯楽も一応完備してあります、食料だけなら1年は持つ筈です」

 

アヤナミ「全て冷食ですけどね…朝潮さん、しばらくご不便をおかけします、ですが私達があなたを元の場所に返してみせます」

 

朝潮「…はい」

 

アヤナミ「…よかったら、少しお話しでもどうですか?司令官も、朝潮さんも…」

 

海斗「…そうさせてもらうよ」

 

朝潮「はい」

 

数見「…私はこれで、ごゆっくり」

 

数見さんを見送り、奥のキッチンに綾波が向かう

車椅子になっていると言うのに手慣れた様子でティーセットを用意する

 

朝潮「手伝います」

 

アヤナミ「いえ、どうぞ座っててください…その、少し違うかもしれませんけど、お客様ですから」

 

綾波がティーセットの乗ったトレーを膝の上に置き、車椅子を押して近寄ってくる

 

海斗「…大丈夫?」

 

アヤナミ「…その、慣れたので…ええと、好きなカップを選んでください、どれでも私から飲みましょう…せめてもの…」

 

毒が入っていないことを証明したいのだろう…

 

海斗「その必要はないよ」

 

1番近いカップを手に取る

 

アヤナミ「……そうですか」

 

アヤナミが朝潮の前にカップを置く

 

海斗「…アヤナミ、聞きたいんだけど…」

 

アヤナミ「なんでも、お話しします……ですが気になってるのは、The・Worldの中の綾波の事ですよね?」

 

朝潮「The・Worldの中の…綾波さん?」

 

海斗「うん、君なの?」

 

アヤナミ「いいえ、しかしその時は意識を共有しておりましたので、全部わかっています…司令官を私のそばに転送させたのも、その後の会話も全て知っています」

 

海斗「…そっか」

 

朝潮「…その、よくわかってないのですが」

 

アヤナミ「どこから話したものか…そもそもの私たちについて話すべきでしょうか…今の私たちは…完全に分離しています、いえ、正確には深いところで繋がっているのですが…」

 

アヤナミが片手を眼帯に当てる

 

アヤナミ「この目の中には、何もありません…その、ゴレを摘出する際に…潰れました、不慮の事故というより、力の暴走に近いものです、同じ轍を踏むことの無いように覚えておいてください、因子を抜き取る行為は危険です」

 

海斗「…わかった」

 

アヤナミ「敷ちゃんや数見さんの例もあります、無傷で済む場合もありますが最悪失明します……さて、それよりですが…今、もう1人の綾波は大湊警備府の側にアジトを構えています、なにぶん、その辺りが都合が良いので」

 

朝潮「都合…?」

 

アヤナミ「…ええと、今の綾波の身体は…私の細胞を培養して作ったクローンに過ぎません、しかし脳にチップを埋め込むことで様々な制限をかけています」

 

海斗「制限って…」

 

アヤナミ「例えば、体を自由に動かすには私の許可が要りますし…戦おうとするとひどい頭痛に見舞われます」

 

海斗「…それは…綾波が危険だから?」

 

アヤナミ「いいえ、つけると言ったのは本人ですし、理由は保護の為です…私は…その…所詮、元々は…後からできた存在で…」

 

アヤナミは自身が後天的に産まれた人格である事を気にしてか、それ以上は言葉を紡がなかった

 

海斗「…今の綾波は、何をしているの?」

 

アヤナミ「…今はまだ話せません、ですがあなたたちに害をなす敵となるつもりはありません…その、ええと……あ…私がなんで生きているかも…お話しするべきですね」

 

朝潮「…そう言えば、そうですね…」

 

アヤナミ「私は…その、地獄に受け入れ拒否されてしまったもので…」

 

朝潮「…はい?」

 

アヤナミ「私が堕ちられる場所が無いんです、だから死ななくて……そ、その…やりすぎたと言うか…隠り世に行き場がないもので…死ななくて…」

 

海斗「えっと…」

 

アヤナミ「い、色々試したんです…でも、全部ダメでした…銃口を口に咥えて撃っても何故か不発になるし、首を吊ろうとすると縄か天井が壊れる…私は死なせてもらえないんです…だから、その…」

 

海斗「…そう言うことか…The・Worldで綾波に会った時聞いたんだ、「死ぬ為に今は善行を積む」って言ってたけどようやく意味がわかったよ…」

 

アヤナミ「別に、天国に行こうとしてるんじゃありません…私達は死ねるならそれでいい…1番苦しめる地獄に堕ちられるならそれで…」

 

朝潮「…地獄に落ちるために、生きている…?」

 

アヤナミ「……はい」

 

海斗「綾波は、覚えていてくれたよ」

 

アヤナミ「いつでしたか…私により多くを幸せにすることが償いだと説いてくださったのは…ですが、世界は私の償いを求めていない、私は裁かれるべきなんです」

 

海斗「…お願いだ、死のうとしないで欲しい」

 

アヤナミ「…相変わらず、狂っておられるのですね…私はあなたの部下を何人も殺したんですよ…生き返りはしましたが、私は…」

 

海斗「それはわかってる、だけど…敷波には君が必要なんだ、君を求めている子がいるんだ」

 

アヤナミ「…それは、(綾波)であって…(アヤナミ)じゃ無い……」

 

海斗「…君も、綾波だ…」

 

アヤナミ「……すみません、勝手で申し訳ありませんが茶会は終わりにしましょう…それと、最後に…これを」

 

アヤナミが此方になにかを差し出す

 

海斗「……これ、何…?ディスクみたいだけど…」

 

アヤナミ「司令官、貴方は勇者です…勇者カイト、もう一度立ち上がる事を世界が求めているのならば…立ち上がってください」

 

海斗「…これは…」

 

アヤナミ「強化セキュリティプログラムです、これさえあれば…より強い負荷にもPCボディは耐えられる筈です…それ以外の機能はつけていません、ですから…あとは、司令官次第です」

 

ディスクを受け取る

 

海斗「…ありがとう、なにかを変えてしまった以上…その責任は取るつもりだよ」

 

 

 

 

 

 

アヤナミ

 

アヤナミ「……はぁっ…はぁっ……か、数見さん…て、手…手を、貸してください…!」

 

数見「はい、わかってちますよ」

 

差し出された手に縋り付く

肩で大きく息をしながら、息を整える

 

アヤナミ「おぇっ……ぁ…はぁ…はぁ……ご、ごめんなさっ…ぁ…」

 

やはり、ダメだ、私に理解者なんていない方がいい

私に優しい言葉を投げかける人なんていない方がいい

 

揺らいだらはしない、だけど…

 

アヤナミ「…は…ぁ……あ……お、おち、おちつきました…ぁ…」

 

数見「アヤナミさん、お疲れ様でした」

 

アヤナミ「…あ、ありがとうございます…」

 

数見「…しかし、ありのままに振る舞えばよかったのではないでしょうか、貴方は…」

 

アヤナミ「ダメ…ふ、不安を覚えさせちゃいけません……わ、私に仕事を…させてくれてるんですよ…?ぜ、絶対!やり遂げます!だから、不安を感じさせたりなんかしない…!」

 

数見「…そうですか」

 

とは言っても、私の心は限界だ、心臓が痛い、今の血圧はどのくらいなのか、私はもう限界に近い…

死にはせずとも活動限界はある、この身体は体力が想像以上に低い、少し動いただけでもう眠い、目を擦り、必死にデスクに戻ろうとしても.体が動かない

 

アヤナミ(ダメ…まだ今日の分の…仕事が終わってません……)

 

ああ、もう指先すらも重い…

 

アヤナミ「………くぅ…すぅ……」

 

数見「…はぁ…」

 

 

 

 

 

某所

綾波

 

綾波「…応答しない…ったく、私がそっちを使うと何度も言ったのに…無理しなくてよかったものを」

 

朧「…何か言った?」

 

綾波「いいえ、さて……しかし、朧さんもメンバーに加わり一応6人になったのです、これでフルメンバーの出撃も可能か……おっと、チームの名前を1人だけ知らないのはかわいそうですね、教えてあげましょうか?」

 

朧「…話がコロコロ変わりすぎてついていけてないんだけど」

 

綾波「貴方も我々の仲間になった以上、自分の属する組織の名前は知るべきでしょう?…我々はLinkです、プロジェクト名でもあるのですが、Project Link それが私達の名前です」

 

朧「リンク…?」

 

綾波「組織としての目的も教えてあげましょう、前に軽く話しましたよね?世界の正常な機能を取り戻すと…」

 

朧「…うん」

 

綾波「我々の仕事は世界中の海と空を取り返し、世界をリンクさせる事、だからProject Link です、わかりやすいでしょう?」

 

朧「…ちょ、ちょっと待って…?綾波、綾波は…もう悪い事をするつもりはないの…?」

 

綾波「ええ、勿論」

 

朧「……じゃあ何であんな事…」

 

綾波「私達は秘密組織なんです、表に出て戦うことは許されていませんから…全てが秘匿されなくてはならない、それが理由です」

 

あっけらかんとする朧さんを横目に話を続ける

 

綾波「しかし、秘匿すべき情報は多すぎます、朧さんにはしばらく家に帰れない事を理解してもらう必要がありますが」

 

朧「……大丈夫、本当に良かったよ、綾波ともう戦わなくてよくて」

 

綾波「そうですねぇ…どのみち今の私は戦うボディとは言い難いです、が…戦わなきゃならないでしょうねぇ」

 

それは、間違いなく…義憤に駆られた艦娘との戦い

 

綾波(出来れば、無価値な争いはしたくありませんが…情報開示が難しい契約である以上避けられないだろうな)



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時間を超えて


The・World

データ潜航艦 グラン・ホエール

トキオ

 

トキオ「……ん…?こ、ここは……うわっなんだコイツ!?」

 

目が覚めたら、目の前には二本足で立つぬいぐるみみたいな…豚と馬を足したような…ぬいぐるみが…

赤色の髪、学生服にスクールバッグ…オレと同じ…

 

トキランディ「ようやく目が覚めたウパね、オイラの名前はトキ★ランディ、お前の命の恩人ウパよ、感謝するウパ」

 

トキオ(え、えぇ…?それよりオレずっと寝てたのか…?さっきのも全部夢…いや、それよりも…)

 

トキオ「ここ、何処だ…?」

 

トキランディ「ここはデータ潜行艦、グラン・ホエール」

 

ごうんごうんとうめくような音が響く

 

トキオ「うわっ!?な、なんだ!?なにこれ!どうなってんの?!」

 

トキランディ「落ち着くウパよ、それよりそろそろ彩花(さいか)がアクセスしてくる頃ウパ」

 

トキオ「え?」

 

バチバチと音を立てながらホログラムが生成される

 

トキオ「…え?」

 

彩花「うーん……ホロビジョンの調整が難しいわね…ま、そのうち慣れるでしょ…それはそれとして…トキオ…このバカッ!!」

 

トキオ「ば、バカ…?」

 

彩花「せっかくあたしが苦労してここまでこぎつけたっていうのに…勝手にフラフラしてるんじゃないわよ!このバカッタレ!」

 

トキオ「た、たれ…」

 

彩花「改めて自己紹介するわ、あたしは天城彩花、言っとくけど、アンタはあたしの(しもべ)よ!」

 

トキオ「…いや、オレ何も状況が呑み込めてないんだけど…」

 

彩花ちゃんとオレは今朝会ったばかり、オレの中学校に転校してきた彩花ちゃんに屋上に呼び出され、黒いゲームディスクを渡されたところまでは覚えている…

そこからはあの銃使いとカイトの戦い…

そして気がつけばこの状況…

 

トキオ「…そもそも、オレって今どうなって……」

 

彩花「…そこから説明しないといけないの?面倒ね…」

 

 

 

トキオ「すると…オレはやっぱりゲームの…The・World R:Xの中に入ってるんだ…?」

 

ユーザー権を取得できなかった、あの憧れのゲームの中に…

 

トキオ「ス、スゲー!!ってことはオレが勇者!?勇者トキオ!?これから大冒険が始まるんだ!うおー!テンション上がってきた!!」

 

彩花「うるさい」

 

身体に電流が流れる

 

トキオ「んががっ…ピリッと来た…なに、今の…!?」

 

彩花「そのPCボディには色々な仕掛けがしてあるのよ…いい?アンタの使命はアカシャ盤の運行を正常に戻すこと、そのためにアカシャ盤の頂上を目指すのよ」

 

トキオ「アカシャ盤…そう言えば、カイトも言ってた…」

 

彩花「アカシャ盤はマク・アヌに聳え立つ巨大な塔、表向きはCC社の設置した管理システムの制御施設ってことになってる…CC社はわかる?サイバーコネクト社、The・Worldを運営してる会社よ」

 

トキオ「それは知ってるけど、表向きってどう言うこと?」

 

彩花「その辺は直接見せた方が早いわね、これからマク・アヌに行くわよ」

 

 

 

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ 中央広場

 

トキオ「ここ、フリューゲルって奴に襲われた場所か…それにしても、この石像は一体…?」

 

彩花「黄昏の騎士団よ、CC社の意に反き、時間を止められた勇者たちの成れの果て…」

 

トキオ「あ…カイト…!」

 

戦いの跡地に残されたカイトの石像…

 

トキオ(やっぱりカイトが石にされたのは夢じゃなかったのか…)

 

彩花「CC社はアカシャ盤を使って何かを企んでる、その影響でマク・アヌは廃墟と化し、CC社はそれを隠蔽するためにマク・アヌをネットワークから切り離し、自分たちの邪魔をする黄昏の騎士団を石像にして封印したのよ」

 

トキオ「そんな…」

 

彩花「彼らを救う事はThe・Worldに入り込んだあんたにしかできない…!あんただけがアカシャ盤の運行を正常に戻し、カイトたちの封印を解くことができるの…!」

 

トキオ「…オレだけ…か」

 

彩花「中央広場に連れてきたのは、この石像達を見て欲しかったから…さ、アカシャ盤に行きましょう」

 

 

 

 

アカシャ盤

 

トキオ「これが、アカシャ盤…でけぇー…てっぺんが霞んでる…」

 

何処までも高い、ビルのような塔…

 

彩花「メインシステムに改変された形跡…間違いなくシックザールの仕業ね」

 

トキオ「シックザール?」

 

彩花「CC社に雇われてるハッカー集団、金のためなら何でもする悪質な、ね…アンタを襲った団長のフリューゲルを含めて8人で構成されてる」

 

トキオ「は、8人!?カイトを倒しちゃうような奴らが8人もいるって事…!?」

 

彩花「黄昏の騎士団を石造にしたのもシックザールの仕業よ……アカシャ盤を悪用するCC社…そしてCC社の手先となって動くシックザール…ほんと、汚い連中よ…!」

 

彩花ちゃんの表情からは強い怒りが感じ取れた

 

彩花「でも、あいつらの思い通りにはさせない、させるもんですか…!トキオ、アカシャ盤の中に入って!」

 

トキオ「え、えーと…入り口は?」

 

彩花「近づけばわかるわ」

 

トキオ「このくらい…?」

 

彩花「もっと、もっとよ!」

 

トキオ「近づいたって…別に…うわっ!?」

 

急にあたりにエフェクトが現れ、転送される

 

 

 

 

トキオ「ここが、アカシャ盤の中…?」

 

彩花「そうよ、さっさと進みなさいよ」

 

言われるがままに進む

 

トキオ「…これは?」

 

最奥には円状の…水を貯めてある何か…

 

彩花「記憶の泉…この電子の貯水槽には今までのThe・Worldの時間データが蓄積されてるの」

 

トキオ「時間データ?」

 

彩花「この中に入れば過去のThe・Worldに遡ることができる、ここからだと2009年、The・World R:1にタイムトラベルできるわね」

 

トキオ「た、タイムトラベル!?」

 

彩花「アカシャ盤の真の機能はThe・Worldの時間を管理することなの、騎士団たちを救うにはどうしても過去に行かなきゃいけない、でも普通のPCじゃ記憶の泉の負荷は耐えられない…」

 

トキオ「そうか、だからオレが…」

 

彩花「そう、あんたなら、ゲームに入り込めたあんたなら時間の壁をも突き破れる、トキオ、飛び込んで!」

 

トキオ「……飛び込むの…?これに…いやいや、リアルのオレにしてみればこんな怪しい水に浸かるのは勇気がいると言うか…」

 

彩花「今更なに言ってんのよ!さっさと飛び込みなさい!」

 

先ほどのように電流が流れ、泉に落ちる

 

トキオ「うわあぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 

 

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

 

トキオ「いっ!?」

 

腰から落下し、地面に強く腰を打ち付ける

 

トキオ「いっ…痛た…ゲームの中なのに…痛みはあるんだなぁ…」

 

辺りは色々なPCが行き交う…中世の町

 

トキオ「人がたくさんいる…さっきのマク・アヌとは全然違う…本当に過去に戻ったんだ……」

 

彩花「やったわ!タイムトラベル成功…!トキオ、一旦グランホエールに戻りましょう」

 

トキオ「え?でもグランホエールは…ええと、2020年にあるんだろ…?」

 

彩花「データ潜行艦グランホエールはアカシャ盤の管理する時間データを移動することができるの、そもそも時間データには頑丈なロックがかけられてるんだかど、アンタがロックを突き破って解除したおかげでグランホエールも行き来できるようになったってわけ」

 

トキオ「それ解除っていうか…破壊じゃ…?」

 

彩花「うっさい、ほら、ちょうど潜航してきたところだわ」

 

トキオ「ええ?何処にもないけど…」

 

彩花「見えるところにあったらシックザールに見つかるでしょうが!戻り方は教えてあげるから、ほら、さっさと戻るわよ」

 

 

 

 

 

The・World R:X

シックザール ギルド@ホーム

重槍士 青葉

 

メトロノーム「トロンメルから報告がありました、侵入者はどうやらR:1に向かったようです」

 

フリューゲル「…追うか、トロンメルでも充分だろうが…」

 

フリューゲル(口うるさいのが何人もいると疲れちゃうんだよなぁ…)

 

フリューゲル「メトロノーム、お前も…」

 

メトロノーム「私はデータのチェックがありますので」

 

フリューゲル「ぐ…むむ…じゃあ…」

 

青葉「…えっ…私ですか?」

 

フリューゲル「あ、行きたい?しょうがないなぁ!青葉ちゃんに行ってもらうか!」

 

メトロノーム「…騎士団の撃破数は団長に次いで多い、異存は有りませんが…しかし、彼女の槍の力は失われたままです」

 

フリューゲル「そういう事なら任せとけって、一応俺のブリーラー・レッスルからフリーズのデータを移した、これなら安心だろ?」

 

メトロノーム「そういう事なら…」

 

青葉「…いつの間に?」

 

フリューゲル「そりゃあログアウトしてる間にちょちょいっと」

 

青葉「…そうですか」

 

フリューゲル「…あれぇ?これってセクハラに該当しちゃったり…しなかったり?」

 

メトロノーム「確か過去にそのような判例を見た覚えがあります」

 

フリューゲル「あー…ごめん、やましい気持ちは…」

 

青葉「いえ、別に気にしてません…」

 

青葉(フリーズって事は、石化の能力…デリートとの違いは…武器を消去できない事…大振りな攻撃は仇になりやすい……注意しないと…)

 

フリューゲル「…メトロノーム、これかなり怒ってないか?」

 

メトロノーム「団長の自業自得でしょう、私に振らないでください」

 

青葉「それでは行ってきます」

 

フリューゲル「…明日俺が逮捕されたらどうするよ」

 

メトロノーム「私が指揮系統を引き継ぎます」

 

フリューゲル「…冷たいぜ…」



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感情操作

Link 拠点

駆逐艦 朧

 

朧「ねぇ、綾波…」

 

綾波「待ってください、今計測中です……グラーフさん、70秒22点、良い数字です、タシュケントさんの90秒15点を大きく上回ってます」

 

グラーフ「……これ、意味あるのか…?」

 

綾波「説明しましたよね?これはCQBテストと言って市街戦や船舶に乗り込んだ際の対処を…」

 

タシュケント「そうじゃなくて、市街戦のテストや通常の銃火器の扱いの訓練なんて本当に必要なのかって話さ」

 

綾波「……朧さん、やってみてください」

 

朧「この流れでアタシにやらせる…!?」

 

綾波「良いですか?これは基礎です、難しいことなんて考えずに反芻し続けて自分のものにしなくてはなりません、その意味はやり続けたものにしかわからない…さあ、朧さん?」

 

朧「…わかった」

 

綾波「ではシュミレーションファイル02、敵拠点強襲を始めます、朧さん、装備を」

 

機関部など重量のあるものを外し、主砲と脚部艤装のみに拳銃…

これで戦える相手は、間違いなく人間だけ…いや、深海棲艦も倒せはするけど問題なのは海上での移動手段が無いこと

 

綾波「正面の部屋を確保したら時計回りに3つの部屋の的を全て撃ち、ここまで戻ってきてください…ああ、無理に射撃に頼らなくても良いですよ」

 

そう入っても、脚部艤装の仕様は想定外だろう…

 

綾波「では用意、始め」

 

言われた通り簡単な作りの部屋に入り、的を撃ち抜く

 

朧(…特に問題は…無いかな)

 

一つ、二つと部屋をクリアし…

最後の部屋に踏み込む

 

朧「あ…弾無い…!」

 

咄嗟に空を蹴り、脚部艤装から魚雷を撃ち込む

 

朧(あ…魚雷は使用許可出てないのに…)

 

目標地点まで走る

 

綾波「はい、34秒で得点は37点です」

 

グラーフ「その点数ってどうやって算出してるんだ」

 

綾波「的のどこを撃ったかですね、1発で戦闘を止められる頭はより点数が高いですよ、というか最初に説明したはずですけど」

 

タシュケント「…確かに大きい差は有るけど…だからなんなんだい」

 

綾波「先ほども言いましたがこれはあくまで基礎なんです、それに朧さんは海上、陸上、どちらの戦闘でも高い評価を獲得しています…なにが言いたいかと言えばこの訓練は必ず役に立つということです」

 

朧「…そうは思えないけど」

 

綾波「朧さん、貴方が使った拳銃途中で弾が切れましたね、その時に咄嗟の判断で魚雷を使った…悠長に的の目の前でマガジンを入れ替える人が複数いるというのに貴方は違いましたよ」

 

朧「そんなの、別に…」

 

綾波「朧さんは感じてるんじゃ無いですか?この人たちは圧倒的に不足していると…」

 

朧「……」

 

正直、感じてる事はある…

危機感が足りていない、戦いの危険と恐ろしさを…わかってない

 

綾波「タシュケントさん、貴方はウラジオストクで私に弄ばれて死が目の前まで来たのに、なぜ未だにそうなんですか?グラーフさん、私に祖国の誇りを傷つけられたんでしょう?なんでその程度なんですか?」

 

タシュケント「…何を煽って…」

 

綾波「怒ってくださいよ、感情をむき出しにしてください、それすらもしないのですか?貴方たちは本気になれないんですか?朧さんには全力で食ってかかったくせに」

 

朧「…綾波、やめた方が…」

 

綾波「特別講義中です、発言権はまだ与えてませんよ?深海棲艦が現れるまで平和にのほほんと生きていた人達にら酷な話ですか?真剣になる、努力する事を知らない貴方たちに私が教えてあげてるんですよ」

 

グラーフ「黙って聞いていれば…」

 

綾波「黙って聞いてようが本気で殴ろうがどうでも良いんです、貴方たちに求められてるのは覚悟です、貴方たちはLinkのメンバーなんです、お仕事をしましょう、世界を救いましょう?その為には誰もから恨まれる覚悟が必要です」

 

朧「……Linkの仕事って、まさか…」

 

綾波「高官の暗殺も…するかもしれませんねぇ…それが日本なのか、フランスなのかドイツなのかロシアなのかイタリアなのかそれとも別の国なのか…そんな事は関係ありませんが」

 

タシュケント「な…!聞いてた話と違う!そんな事をする為に手を貸してるんじゃ無い!」

 

綾波「勿論、殺すとしたらちゃんとした理由はありますよ?我々の目的は深海棲艦を撲滅し世界をつなぐこと、しかし深海棲艦はなぜ生まれたのか…それすらも考えたことがないような貴方たちでは…」

 

グラーフ「何…?」

 

綾波「深海棲艦は元々は様々な国の老人が作らせた人工物だ……としたら?」

 

タシュケント「それに、祖国が噛んでるとでも…?」

 

綾波「調査中です、しかし…もしわかってもよく飼い慣らされた仔犬に教えるかは悩みものですがね」

 

グラーフ「貴様!馬鹿にするのも良い加減にしろ…!」

 

タシュケント「頭に来た…!これ以上君に協力するのも馬鹿らしい…!」

 

綾波「良いんですか?私たちを野放しにして…貴方たちじゃ止められない相手を間近で監視する機会を易々と手放してしまうんですか?」

 

グラーフ「お前達が祖国の警備を掻い潜れるとでも…」

 

綾波「私の正体は知っているでしょう?ほんとに無理だと思いますか?その気になれば今すぐ貴方達の国を消しても良いんです」

 

朧「綾波!」

 

タシュケント「お前…!ほんとにやる気なら…っ!?」

 

綾波がタシュケントの両手首を掴み、壁際へ押しやる

 

タシュケント「は、離せ!」

 

綾波「今、貴方の体にあるナノマシンの機能を全て掌握しています…私を振り解くほどの力も出せない上に熱っぽいでしょう?エラーを起こしてるので発熱してるんです、まあ…貴方の体は今は私の意思一つです」

 

タシュケント「この…!」

 

グラーフ「くッ…?何故だ、私も身体が動かない…!」

 

綾波「2人とも動きを止めるに決まってるでしょう…アハッ♪朧さん、止めても良いですよ?私の身体はいくらでも替えがききますし…でも、あんまり痛いとタシュケントさんは無事じゃ済まないかも♪」

 

朧「…綾波、話が違う…!」

 

綾波「ええ、話なんていつだって常に変わり続けますよ?そんなものでしょう…さて、タシュケントさん」

 

綾波がタシュケントを解放する

タシュケントは苦しそうな表情で膝をつき、綾波を見上げて睨む

 

タシュケント「こ、の…!」

 

綾波「良い顔ですね、今の貴方は良い目をしている…だけど、私の意思ひとつで貴方の心臓を…いや、脳すらも破壊できるのですよ?」

 

タシュケント「…祖国に…手を出したら…許さない…」

 

タシュケントの表情がより険しくなる

 

綾波(うーん、まあまあかな、その感情をしっかり覚えさせないと話にはならないか…)

 

タシュケント「ぁ…がぁっ…!」

 

タシュケントが意識を失い倒れる

 

グラーフ「お、い…何をした!?貴様…!」

 

綾波「うるさいですよ、黙ってるなら殺さないでおいてあげても良いと思ってるんですが…」

 

グラーフ「貴様っ…!」

 

綾波「憎悪の目を向けられるのは慣れています、貴方も一度休みなさい」

 

グラーフ「っ…ぁ…」

 

グラーフも同様に横になる

 

朧「…綾波…」

 

綾波「……安心してください、殺したら私の計画されてパァです、ただ意識を奪っただけですよ」

 

朧「何でこんな事…!」

 

綾波「効率的に強くなる為です…リシュリューさんは非常に良い、私への直接的な憎悪を自身の訓練に充てて、今では4人の中で抜きん出た強さを得ている」

 

朧「…だから自分に、怒りを向けさせた…?わけわかんないよ!それで強くなれるなら…」

 

綾波「現に、貴方達は強くなった…死力を賭した私を打ち倒すほどに」

 

朧「……綾波…」

 

確かにアタシ達は強くなれた、だけどそれはただ…綾波に怒ってたからなんかじゃないハズなのに…

 

綾波「丸め込むのは簡単です、人を殺したところで地獄が遠のくだけです…今更なにを気に病む必要がある、私は私の思う最も効果的な手段を取ります」

 

朧「…タシュケントさんやグラーフさんのことは…どう思ってるの…?道具?それとも使い捨てのコマ?」

 

綾波「いいえ…いつか私を殺してくれる一党になると信じています」

 

 

 

 

 

 

綾波

 

綾波「目が覚めましたか」

 

タシュケント「……何をしたんだ、頭が何かおかしい…」

 

グラーフ「私もだ…」

 

綾波「何もしていません、ですが…人というのは限界を超えるものです、今まで自身が限界だと思っていた怒りの数値を大きく上回り、脳のストレージの使い方が変わったんでしょう」

 

グラーフ「何を言っている…?」

 

綾波「同じ事をドイツ語で言いましょうか?それよりも…初仕事が決まりました、アメリカに行きますよ」

 

タシュケント「アメリカ…?」

 

グラーフ「待て、私達はもう貴様とは…」

 

綾波「これ、命令書です…貴方達のそれぞれの国からのね」

 

書類を突きつける

 

グラーフ「こ、これは…なんだ、何をした!」

 

綾波「ギブアンドテイク…貴方達の祖国は国のために犠牲を差し出すことを選んだんですよ、今の貴方達に帰る家はない、大人しく従い…そして任務を完遂しなさい、そうすれば英雄として帰れます」

 

タシュケント「……嘘だ…」

 

綾波「嘘なものですか、私は説明しましたよ、仕事内容は聞かなくても良いんですか?」

 

グラーフ「……聞かせて、もらおう…」

 

綾波「では、アメリカ海軍の中に、深海棲艦と深く繋がっている一派を確認しました…それを襲撃して洗いざらい吐かせましょう」

 

グラーフ「…私達はアメリカを敵に回すのか…!?」

 

綾波「いいえ、アメリカの上の方には作戦許可を取ってあります、ほらこれ…まあ、お偉方も一枚噛んでそうですが、内容を公表される事に比べたら作戦を許可する方がダメージはないですし…」

 

タシュケント「ど、どうするつもりなんだ…」

 

綾波「…貴方達はただ私の言う通りにすれば良いんですよ、そうすれば私が導いてあげます」

 

グラーフ「待て、機密な情報なら…貴様はハッキングで盗み出せるはずだ」

 

綾波「知らないんですか?セキュリティを最も頑丈にする方法…」

 

グラーフ「何?」

 

綾波「私でも突破できないセキュリティが一つだけあるんですよ」

 

タシュケント「…それは…?」

 

綾波「アナログです、紙とペンだけのやり取り、今もこのような書類仕事がこっそり有るのは最も安全な手段だからです、配達事故などのヒューマンエラーさえ起きなければですが」

 

グラーフ「……つまり…」

 

綾波「相手はアナログな方法でやりとりしてます、しかし郵便局を襲うのは非効率的です、輸送中を襲って直接文書をもらっても良いんですがね?まー……アハッ♪」

 

グラーフ(何だ、この寒気は…)

 

綾波「私の敵は私が潰しますから、安心してください?とにかく、私に従えば…この作戦は簡単ですから」

 

タシュケント「……作戦を教えて欲しい」

 

綾波「実行メンバーは貴方達と朧さんです、私は上空に居ますので」

 

グラーフ「どう言う意味だ…」

 

綾波「回収用の輸送機を操縦する役目がありますから、周囲の深海棲艦とも戦闘になると思います、お気をつけて」

 

タシュケント「肝心の内容は?」

 

綾波「また改めて、ご心配なく、貴方達は私の言う通りに動けば…埃一つつかない」



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落ちる

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「…ぁだっ!?」

 

また、腰から落ちた…

記憶の泉を経由して過去に行く…二度目だが、また腰を打つとは思わなかった…

思えば前回はCubiaによって急に飛ばされたのだから仕方ないが…今回は自ら飛び込んだのだから…

 

青葉(というか…体感設定が高すぎますよ…脳が痛覚を誤認して…いたた…)

 

槍を杖のようについて立ち上がる

 

青葉「……ここの雰囲気、なんだろう…不思議と落ち着くな……そういえば司令官の戦った時代なんだっけ…?うーん…この時代の司令官に会えたりは……するのかな?」

 

何はともあれ、今は他のメンバーとの合流を目指さなくては…

 

青葉「…あれ?あそこにいるのは……昴さん!」

 

白いドレスと天使の羽、そして手に持った重斧…

そして供回りの騎士、最後に会った時と何も変わらない

 

昴「はい、なんでしょうか?」

 

青葉(えっ…?)

 

何か、違和感…

それよりも大した用事もないのに見知った顔というだけで話しかけてしまったことの方が問題か

 

青葉「あの、昴さん、その…あれ以来どうですか?」

 

最後の記憶は敷波さんを連れ攫ったと言う情報…しかし、敷波さんの無事はこちらで把握してる…

 

昴「…ええと、あれとは…あの、何方ですか?」

 

青葉「えっ…?わ、私ですよ、青葉です…一緒にホワイトチェリーを取りに行った…」

 

昴「……私には貴方とアイテムを取りに行った覚えはありません、人違いではないでしょうか」

 

そう言って昴さんは何処かへと歩いて行ってしまった

 

青葉「…そんな…なんで…?いや、よく考えて…タイムトラベルなんだ、過去の私が出会う1秒前に来たのかもしれない…」

 

つまり、ここにいる誰も、私を覚えてないんだ

 

川のそばに腰掛け、眺める

見知った顔が何人かいると言うのに…私のことを誰も覚えていない

寂しい世界…

 

青葉「…残念です…」

 

 

 

 

 

 

 

リアル

貨物機内部

駆逐艦 朧

 

綾波「深海棲艦の対空性能というのは最近非常に高くてですね、視認できれば数千メートルどころか数万メートルの高さにいる機でも何度も撃ち落とされてます、追尾式のミサイルでもなく無誘導弾なので、どこも対処に困ってるんですよね」

 

朧「そんな精度で当たるの…?」

 

綾波「普通は当たりませんよ、でも向こうは無限の力を持ってますから…数打てば当たって墜ちます、対策としては認識できないほどの高さを飛ぶか超高速の機体を使うか…」

 

グラーフ「これはどちらにも該当していない気がするが?」

 

綾波「ええ、現在高度3500m、撃ち落とされかねません…が、安心してください?そこをなんとかするのが私の仕事です、装備を整えて、間も無く作戦エリアですよ」

 

朧「…まだ陸地には遠いと思うけど」

 

綾波「そうですね、後20分は飛ばないとこの速度では陸地に到達しません」

 

朧「じゃあ間も無くって…?」

 

綾波「真下に船があります、それもアメリカのね…結構大型で、この辺りを巡回してる船では唯一深海棲艦に沈められたことがないそうです」

 

朧「まさか…」

 

綾波「さあ、船を強襲しますよ、現在船の見取り図を生成中です、もう一度言いますが…装備は?」

 

グラーフ「…できている、だがこれは何のおもちゃだ、銃ですらない、私の武器は艦載機のみか?」

 

綾波「貴方達に配布してるのはテーザー銃という一種のスタンガンです、あ、1発しか打てないようになってますのでお気をつけて…まあ敵は貴方達を殺しに来るでしょうが…ハンデ戦と言うことで」

 

グラーフ「貴様、ふざけてるのか…!?」

 

朧「…いや、綾波…大丈夫なんだね?」

 

綾波「ええ、そちら見取り図です、乗員は205名、内戦闘員は…まあ実質全員か、狙いはこの艦長室です、書類を適当に漁って欲しいのと、可能ならここの艦長も連れて帰ってきてください、無理すると死ぬので其方はあまり無理せず」

 

タシュケント「…こんな近くにこんな飛行機が飛んでたら丸わかりだし、何よりどうやって降りるんだい…」

 

綾波「今無線でやり取りしてるので、大丈夫です、この貨物機アメリカで現役のものですからそうそう撃っては来ません」

 

朧「…アメリカとも協力関係になってるの?」

 

綾波「はい、もちろん」

 

グラーフ「規模が大きすぎてついていけん…」

 

綾波「ついてこなくて良いので、そろそろ降下してもらいます」

 

タシュケント「だからどうやって…」

 

綾波「落下傘、パラシュートですね、大丈夫、甲板に見張りはいませんし…相手型の目の前は真っ暗ですから」

 

朧「え?」

 

ハッチが開き、吹き飛ばされそうになる

 

綾波「さあ、降りてください、パラシュートはすぐ開かないで、狙い撃ちにされますよ」

 

タシュケント「ほ、本気…?」

 

グラーフ「冗談じゃないだろう…だが…」

 

朧「…綾波、この2人なしのプランは?」

 

綾波「ありますよ?でもそれだと意味が…まあ、腰抜けなんていない方が安全か」

 

グラーフ「誰が腰抜けだ!」

 

タシュケント「飛べるよ!飛べば良いんだろう!?」

 

綾波「ならさっさと行きなさい、朧さん、早く」

 

2人の手首を掴み、ハッチから飛び降りる

 

グラーフ「うわあぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

タシュケント「ひぃぃぃっ!?」

 

綾波「さーて、お仕事お仕事」

 

 

 

 

 

綾波『今、開いてください』

 

指示を受けて落下傘を開く

船の甲板には人の気配が無く、その上窓も全て何かに覆われて…

 

朧「何これ…」

 

綾波『甲板につながるすべての通路をロックしてます、それと窓に関しては完全に視界が通っていません、つまりやりたい放題できますよ』

 

グラーフ「どうなってるんだ…何をしたらこうなる…」

 

綾波『窓を潰したのは彼ら自身です、外から姿を見られるのを恐れて…ね?』

 

朧(…この臭い、深海棲艦の…いや、そうだ、横須賀で見た深海棲艦のなりそこないみたいな匂い…!)

 

綾波『…っと、甲板に深海棲艦が登ってきてますよ、朧さん』

 

甲板までは大体10数メートル…迎撃体制を整えられるわけにはいかない

 

グラーフ「あ、おい!何を!」

 

タシュケント「し、死んじゃうよ!?」

 

落下傘を引きちぎり、降下する

 

タシュケント「あ、右…!」

 

降下しながら主砲を装備し、深海棲艦を撃ち抜く

 

朧「……右手2、左手3…グラーフさん!左側のは艦載機で!」

 

グラーフ「わ、わかった!」

 

グラーフさんが投げたカードが艦載機になり、深海棲艦を攻撃する

 

朧「ッ!!…大丈夫、どこも痛めてない…」

 

着地の衝撃で装備が壊れたりもしてはいない…なら

 

朧「すぐ終わらせるから」

 

深海棲艦2匹を蹴り砕く

 

タシュケント「な、何だあれ…人間なのか…?」

 

グラーフ「…わからないが、とても私たちに真似できるものではないな」

 

 

 

タシュケント「よし、降下完了…」

 

綾波『では…朧さん、そこから右手側に70メートル……はい、もう少し……ああ、その辺です』

 

綾波に誘導された地点まで移動する

 

綾波『それでは床ぶち抜いてください、事前に渡した炎のカートリッジを使えば簡単に溶かして壊せるでしょう』

 

タシュケント「ここ、艦長の部屋の真上…?」

 

朧「で、でもここに何が…」

 

綾波『良いから、扉を一つ物理的に破壊されましたので乗組員がゾロゾロ出てきますよ、人ならざるものも含めてね』

 

朧「…やぁぁぁぁッ!!」

 

船が大きく揺れ、大穴が開く

 

グラーフ「うっ!?」

 

タシュケント「痛…こ、ここが…」

 

綾波『はい、目的地です、とりあえず書類を隠してそうなところを漁って、金庫とかあるならそれごと持ってきても構いませんよ?』

 

タシュケント「か、回収方法は?」

 

綾波『STARSと言う手法で回収します、朧さんに説明済みですので、今は先に』

 

言われた通りに書類を探す

 

朧「本当にここにあるの!?」

 

綾波『間違いなく』

 

グラーフ「…あった、コレか?」

 

朧「よし…撤収用意」

 

荷物から回収用の風船をあげる

 

綾波『ちゃんとワイヤーで繋いでくださいね?後屋内にいたら頭ぶつけて死にますから甲板に出てください』

 

朧「了解…!」

 

甲板に登り、周囲を窺う

匂いは強い、なりそこないの深海棲艦の匂い、そして普通の人間の匂い…

 

朧「2人とも早く上がってきて!」

 

グラーフ「わかっている…!」

 

タシュケント「手、手貸して…!」

 

2人が登る間に…ここを安全な場所にしなくてはならない…

 

朧「なら…これでいい」

 

主砲に煙幕弾を装填し辺りに煙を撒き散らす

こうすれば、視界を使えない、鼻だけで位置を特定できるアタシの独壇場…!

 

グラーフ「ごほっ…な、何が起きたんだ…?」

 

タシュケント「け、煙たいんだけど…」

 

綾波『間も無く上空通過』

 

朧「あ、戻らないと…!」

 

敵兵を倒す事に必死になり過ぎた…

急いでワイヤーを艤装に引っかける

 

朧「…あれ?」

 

グラーフ「お、おい…その艤装に引っかかってるのはなんだ!?」

 

タシュケント「深海棲艦に決まってるだろ!?な、何でそんなの!」

 

朧「は、剥がれない…!うわっ!?」

 

風船についたワイヤーが貨物機の先に引っかかり、強く引っ張られる

 

綾波『作戦完了…お疲れ様です、良いお土産ができましたね?』

 

 

 

 

貨物機内部

 

綾波「おや、これの付けてる階級…もしかして朧さんわかってて連れ帰りましたか?この人艦長ですよ」

 

人ならざるものを見て笑いながら綾波が言う

 

朧「えっ!?な、何で甲板に…」

 

綾波「戦おうとでもしたんじゃないですか?しかしよくもここまで完璧に作戦を遂行してくれましたね、最高の結果です…グラーフさんもタシュケントさんも埃一つつかなかったでしょう?まあ打ち身はあるかもしれませんが」

 

グラーフ「…確かにあの部屋は掃除が行き届いていて埃一つなかったが…」

 

タシュケント「…埃より悪いよ…」

 

綾波「さて、コレをコピーしてアメリカ大使館に持っていきますか…そちらの人間もどきは保存液につけて、言語機能も失ってるようですから復元できるか試してみないと」

 

グラーフ「待て、なぜこの貨物機は落とされなかった…甲板に人がいないのは何故だ、何もかもおかしいだろう!」

 

綾波「…深海棲艦って二種類いるんですよ、群れと野良…群れはある程度親玉の言うことを聞きます、野良は聞きません、貴方たちが戦ったのは野良です」

 

朧「……あの辺りには野良が少なかったってこと?」

 

綾波「ええ、群れの深海棲艦は有る機能があるんです、命令を受け取る機能…なら私が命令してやれば良い、大人しくしてろと」

 

グラーフ「…そんな事ができるのか…?」

 

綾波「現に落とされなかったでしょう?というか旅客機や貨物機を狙う深海棲艦は知能の高い群れのボスに指示されてやる事が殆どです」

 

朧(流石に詳しいな…)

 

綾波「テーザー銃を使わなかった事以外は想定通りです、てっきり館長室に何人かいると思ってたので…が、しかし思ったより杜撰でしたねぇ」

 

グラーフ「まだだ、甲板は、窓はどうなってる」

 

綾波「この艦長みてわかりませんか?あきらかに深海棲艦でしょう?見られては困るものですよ?隠さないと」

 

グラーフ「だからって…異常だろう!?」

 

綾波「異常に対して正常を求めるのが間違いなんですよ、良いですか?相手は人間じゃ無い、とにかくその場凌ぎの連中です、差し詰め来る人来る人深海棲艦の血でも入れられてるんじゃ無いですか?下手したらパンデミック…タチ悪いですねぇ!」

 

タシュケント「笑ってる場合かい…?」

 

綾波「さて、ここで質問です…世界を救うつもりはありますか?そのお手伝い、してみませんか?」

 

グラーフ「……」

 

綾波「今回の作戦で私がやったことは深海棲艦とズブズブに繋がった人たちの機密文書を盗み出し、公に叩くことができるようにしたと言う、表向きに見れば正義の仕事です、これからもそんなことをするつもりです、どうですか?」

 

タシュケント「選択肢なんてないくせに…」

 

綾波「わかってきましたねぇ、あなた達の国がそれを望んでる、退路はありませんよ」

 

グラーフ「確かに今のお前は正義の味方かもしれないが…下衆だ」

 

綾波「存じ上げておりますとも」

 

綾波がチラリと書類を見る

 

綾波「さーてーと、これは大変だー」

 

わざとらしく驚いた表情を見せる綾波

 

綾波「どうやら同様のことを世界中でやってるみたいですね、しかもそう言うネットワークまで使っているようだし…深海棲艦に書類を運ばせてるのでしょうか?どうやら…次の標的はドイツになりそうですよ?」

 

グラーフ「何…!?」

 

綾波「どうですか?自分の国の悪者、倒してみませんか?」

 

グラーフ「……わかった」

 

綾波「ふふふ、良いですね良いですね、正義のヒーローとして、頑張ってくださいよ、皆さん♪」

 

 

 

 

 

研究室

綾波

 

綾波「…ふむ、このくらいならまだ人間に戻せるか?」  

 

アヤナミ(…データドレインを使えば元に戻せるんじゃ無いですか?)

 

頭の中にアヤナミが喧しく騒ぎ立てる

 

綾波「いいえ、それではいけません、世界中で深海棲艦が発生している、それを私達だけで負担できるなら良い、いや…その後データドレインが誰の手にも渡らないのなら…それでいい」

 

アヤナミ(…綾ちゃんは優しいですね、自分がいなくなった後のことを考えるなんて)

 

綾波「その呼び方はやめなさい、せめてもの敷波への罪滅ぼしです、しかし……難しいな…私を持ってしても、難しい…」

 

アヤナミ(戸棚の右の薬品庫に新しく作ったサンプルがありますよね?それで試してみるのは?)

 

綾波「危険ですよ、この人が死にかねない…私が深海棲艦になるには…クローンの体じゃ無理だし…できれば私の手で深海棲艦を解体ようなことはしたく無い…いや、そんなことをしても何にもならない…」

 

アヤナミ(今の綾ちゃんは間違いなく正義の味方、ですね)

 

綾波「…うるさいですよ、アヤナミ」

 

アヤナミ(ふふっ…それより、こちらも準備は進んでますよ、いつでも帰ってきてくださいね)

 

綾波「……そうですね、帰るべきでしょう…綾波は、敷波と共にあるべき…」

 

綾波(しかし、私にはその資格はもうない)



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晩餐

アメリカ 軍事基地

綾波

 

綾波「とまあ、私は順調に調べを進めてるわけなんですが……あなた達のやってることは自己破滅にしかなりません、やめた方が身のためですよ?」

 

書類を天井に向けてばらまき、周囲の兵士に目線をやる

 

綾波(ま、この体なら…問題ないでしょう)

 

目に熱が籠る、紋様が浮かび上がるのを感じ、改めて言葉を紡ぐ

 

綾波「…よーく、見ておきなさい」

 

兵士達の視界を降り注ぐ書類が塞ぐ

それに合わせ、1人の兵士に飛びつき首を両脚で挟み込み、身体を捻り遠心力で他の兵士の方に投げ飛ばす

 

綾波「一瞬でも見逃せば…全滅しますよ」

 

簡単だ、実に簡単…

私が少し力を使うだけで目の前には死体の山を築く事ができる…しかしそれは目的に反する

 

綾波「アハッ」

 

腕を振るえば1人崩れ落ち、空を蹴れば1人腰を抜かす

 

綾波「武器を捨て、退がりなさい」

 

ああ、何と脆いのか

心を折って仕舞えば、私の言葉にひれ伏すことしかできない

 

綾波「貴方達の上司のところに案内しなさい…ええと、確か目的は…誰だっけ、名前忘れましたけど大佐がいるはずです」

 

大佐の部屋まで兵士に案内させる

 

 

 

 

綾波「どうも、初めまして、遊びに来ました」

 

士官「な、なんでここまで…一体何なんだ貴様は…!」

 

大佐とその護衛がこちらに銃口を向ける

 

綾波「何だ…ふむ……地獄にすら受け入れ拒否された…何かですかね」

 

自身の目に熱が強く籠る事を感じ、抑える

 

綾波「……その銃、危ないですよねぇ…おろしてくれませんか?」

 

護衛が呆然とした表情で銃を下ろす

 

大佐「何をやっている!撃て!」

 

綾波「もう遅いですよ、人間ですらないあなたに私は容赦するつもりは…ありません」

 

士官の脇を通り抜け、先に護衛の意識を奪い、大佐の背中に飛びつき拳銃を突きつける

 

綾波「これ、爆発する弾丸が入ってまして…もちろん深海棲艦にも効くやつ、私オリジナルなんですけど、まだ試して無いんですよ、試していいですか?」

 

大佐「なっ…や、やめてくれ!頼む!」

 

綾波「うーん……深海棲艦になった人間、絶好のサンプルですよねぇ…跪きなさい」

 

大佐「か、身体が勝手に…!」

 

跪かせ、後頭部に銃口を押し当てる

 

綾波「いやー…貴方のこと調べるのは簡単でしたよ、でも仕事はとことん楽するものです、あなたが自分の身内を売ってくれるなら話は早いのに」

 

大佐「な、何が知りたいんだ!」

 

綾波「そうですねぇ…貴方の知ってる全部」

 

大佐「は、話す!だから許してくれ!」

 

綾波「別に怒ってませんよ、だから早く話してください」

 

 

 

 

綾波「収穫無し、私の知ってる事しか喋らない…全く無能な上司を持って部下も可哀想だ」

 

大佐「…アイツらがしっかりしていれば、こんな事には…」

 

綾波「…ほう?まるで自分は悪くないかのような口ぶりですね」

 

大佐「奴らが貴様の侵入を許さなければ…!」

 

銃床で殴りつける

 

綾波「黙りなさい、本当に何もわかっていない…それでも人を従える人間ですか、情けない…いいですか?上司と言うのは部下の適性をしっかり把握しておくものです、あなたの隊には適性のない人たちも沢山いましたよ?」

 

大佐「し、知るか…!そこまで把握できるわけ…」

 

顔面に蹴りを入れる

 

綾波「把握しろ、それがリーダーの仕事だ…例え百でも二百でも…万だろうがなんだろうが、抱えた部下は全部把握しなさい、それが上に立つものの義務だ」

 

アヤナミ(…綾ちゃん、綾ちゃん?何やってるんですか?)

 

綾波「おっとこれは失礼、つい無駄話を…まあ、とりあえず…一つだけ覚えておきなさい」

 

大佐の額に銃口を突きつける

 

大佐「ひっ…!」

 

綾波「部下は言われた事をやるだけでいい、部下の失敗は上司の責任だし、部下が仕事を完遂できなければ上司の指示が悪い、わかりやすい指示だけしておけば、彼らはきっとちゃんとあなたを慕うでしょう」

 

引き金を引き、部屋を出る

 

アヤナミ(…何をしてたんですか?)

 

綾波「ゴミ掃除です、深海棲艦との繋がりが強い一派を一つ始末しました」

 

アヤナミ(あれ、試作品の血清ですよね…?もしかしてあの人深海棲艦になりかけて…?)

 

綾波「正確にはもうなってます、しかし融合率が低い様でした、なので昔作ったサンプルが有効かなと思って…体の一部を犠牲に乖離してくれるんじゃないですか?」

 

アヤナミ(……容赦ないですね)

 

綾波「お互い様です、今から輸送船に乗り込んで日本に戻ります、Linkを動かして北方海域の輸送作戦を援護させてください、ドイツに行くことも考えてこの輸送作戦は私が少し手を貸しましょう」

 

アヤナミ(…だったら、これを)

 

頭の中に資料が流れ込んでくる

 

綾波「良いですね、充分足りてます…把握は完了、準備は問題なし…」

 

アヤナミ(それと、あんまりコルベニクを使っちゃダメですよ、アケボノさんにも負荷がいくかもしれませんから)

 

綾波「手に入れたものは何でも使う、私の手元にあるこのコルベニクのダミー因子は有用に使います…しかし、アケボノさんにバレるとめんどくさいですね、あ、意識をリンクさせて携帯の電源を入れたのでバレてたりして」

 

アヤナミ(あり得るかも…アケボノさんだし、気をつけましょう)

 

 

 

 

 

輸送船内

 

綾波(…思ったより苦戦してるな)

 

深海棲艦の群れに囲まれた船、そしてその護衛艦隊は深海棲艦に為されるがまま…

 

綾波(Cubiaが余計な事しなければウイルスバグなんてリアルに存在しなかったのに、今Cubiaは何してるんでしょうね、とっちめたいところですがどこにいるのか見当もつかない…)

 

無線機を使い、通信を傍受する

 

サウスダコタ『ダメだ!コイツ攻撃が効かない…!』

 

サラトガ『耐えて…!あと少しで味方部隊と合流できるはず、そこまで耐えれば…』

 

綾波(まあ、このままじゃもたないか…仕方ない…データ通りなら、やることは簡単だ)

 

綾波「あーあー、聞こえてますか?」

 

サウスダコタ『だ、誰!?』

 

綾波「こちら後方に展開してる部隊の者です、指揮権を預かりましたので指示に従って下さい、その敵を退けられるようにしてみせます」

 

喋りながら機械を操作し他の通信機を使用不可能にする

 

サラトガ『し、指揮権をって…確認するから少し待ってください……あれ?通信が…』

 

綾波「みんな危険な状況です、あなた達しか頼れない、良いから言う事を聞いてください」

 

サウスダコタ『…仕方ない、どうすれば良い!?』

 

綾波「難しい要求はしません、えーと……ああ、確認できた、作戦を立てるので5秒ください」

 

深海棲艦の位置と、周りの人間の位置…艦娘の位置を把握する

ウイルスバグに侵された深海棲艦はダメージにならないとはいえ吹き飛ばすくらいならできる、しかしそれも気休め

 

綾波(私が姿を見せずに撃破するには…私に求められてるのは、如何に簡単な理解し易い作戦を立てるか…)

 

綾波「よし、それではまずサウスダコタさん、貴方は船上の兵士と右舷に回り込んで、そちらの敵をとにかく撃ってください、ダメージにならなくても時間は稼げます、サラトガさんは比較的敵の少ない右舷を担当してください」

 

サウスダコタ『わかった!』

 

サラトガ『ほ、本当にそれで大丈夫なんですか…!?』

 

綾波(やれる事は限られてる、となれば求められるのは…)

 

綾波「サラトガさん、艦載機は通常通り戦闘機が多いですか?もしそうなら戦闘機も使って攻撃してください、機銃を撃ち込めば動きを止められるかもしれません」

 

サラトガ『わ、わかりました!』

 

綾波「……あれは…」

 

今、チラリと見えたのが…群れのボス?

 

綾波「……だとしたら、終わってますね」

 

船窓から拳銃を突き出し、撃つ

 

綾波「あ、こっち見た…お久しぶりですねぇ、駆逐古鬼さん……逃げたか」

 

深海棲艦が踵を返して逃げ始める

 

綾波「敵の撤退確認、警戒したまま侵攻してください」

 

綾波(…しかし、まさか今になってあれが出てくるとは…まあ、気にするほどの相手ではないか)

 

 

 

 

大湊警備府

 

五月雨「…何で積荷の中に貴方が…?」

 

綾波「あー…えーと、てへっ?」

 

五月雨「ふざけないでください」

 

戯けて切り抜けるつもりが、そうもいかないらしい

 

綾波「まあ、お仕事帰りです、帰っても良いですか?良いですよね?」

 

五月雨「……敵ではないとはわかっていても、そうはいきません…事情聴取だけでも受けて帰ってください」

 

綾波「えー…私秘匿されるべき存在なんですけど」

 

五月雨「……提出はしませんから…」

 

 

 

五月雨「深海棲艦に、生きたままなる人間ですか…」

 

綾波「ご存知の通り深海棲艦は死んだ人間の細胞などで形成される存在です、それ故に知能の低い個体が多い…ああ、脳の部分は使われてないからですね、あそこ取扱難しくて」

 

五月雨「知りませんよ…」

 

綾波「それで、何が問題かって…生きた人間を深海棲艦にしてしまうとある程度の知能があるっていう事が実証済みなんですよ、さらに言えば今その研究は進んでるみたいで人間の形のまま深海棲艦に変化しつつある人もいる」

 

五月雨「…!」

 

綾波「まあ私は今回それの調査に行きまして、その個体にお灸を据えて情報をと思ったんですが収穫はないんですよね、どうにも使い捨ての下っ端だったみたいで……となると、どこを追ったものか…あ、内密にお願いしますね?この話大事ですから」

 

五月雨「…わかりました」

 

綾波「さて、深海棲艦を絶滅させるのも楽じゃないなぁ…っと」

 

五月雨「……あの」

 

綾波「なんですか?」

 

五月雨「…因子が、発現してから感じる様になりました…貴方の声には憂いがあります」

 

綾波「まあ、作戦失敗しましたから」

 

五月雨「違いますよね…?貴方は、本当は、何なんですか…?」

 

綾波「……はてさて、わかりませんね」

 

五月雨「…でも…っ」

 

五月雨さんの額に人差し指を押し付ける

 

綾波「調子に乗ると殺しますよ?地獄が1人分遠のいても今の私は気にしません」

 

五月雨「……幸せになれると良いですね」

 

綾波「ええ、なりますよ、幸せに」

 

その道はできている

 

 

 

 

 

Link拠点

 

ザラ「ん〜…これすっごく良くできてますね、故郷の味そっくりでSquisito(美味しい)です!」

 

綾波「そうですか?私としては今一つうまくいかなかったのですが…素材だけは直接ローマから取り寄せましたけど」

 

ザラ「んー、小麦はどこの…あ、カンパーニア、なら問題ないですね……ん、これはチーズです、チーズが問題です!」

 

綾波「おや…ダメなんですか?モッツァレラチーズ」

 

ザラ「Mozzarella di bufala(水牛のモッツァレラチーズ)なら良いんですけど、これは普通の牛のものみたいですね…だからコクがないのかも」

 

綾波「なるほど、今度揃えてみましょう」

 

グラーフ「おい、何やってるんだ」

 

タシュケント「Pizza…ひとついただいても良いかな?」

 

綾波「ええ、もちろんどうぞ…実はこれでも私は美食家でして、唐突にピザが食べたくなったところで」

 

ザラ「Non-non ピザじゃなくてPizza(ピッツァ)ですよ」

 

綾波「作成中にザラさんに見つかりましてね、生地が」

 

ザラ「こんなにちゃんとした生地をJapanでみるとはおもってなくて、つい興奮しちゃいました」

 

綾波「そこからはご覧の通りです、グラーフさんも如何ですか?」

 

グラーフ「…いや…しかし、タシュケント…お前よくこれを食べたな、綾波が作ったんだぞ」

 

タシュケント「…вкусные(美味しい)…こ、これ、もう一枚もらって良いかな!?」

 

グラーフ「…一枚まるまる平らげたのか…?夕食前にそんなに食べては…」

 

綾波「これを夕食にすれば良いじゃないですか、ザラさん、確かリシュリューさんがワインセラーを持ってました、イタリアンワインもあるかもしれませんし誘いませんか?」

 

ザラ「……良いですね…でしたら私はtrippe(トリッパ)買ってきます、美味しいお店があって…!」

 

グラーフ(完全に綾波のペースに呑まれてるな…)

 

綾波「グラーフさん、人生楽しい時はとことん楽しむべきですよ…メリハリが大事ですから」

 

グラーフ「……一つ尋ねる、貴様、年は」

 

綾波「…16ですよ?」

 

グラーフ「なら、いいか…」

 

綾波(まあ、一度死んでるから年齢なんてあってない様なものだし、実は15なんですけどね…)

 

タシュケント(…日本は20からなんだけど、黙っておくのが良いかな…)

 

 

 

朧「…何この状況」

 

グラーフ「朧か、お疲れ様だな、食事会をしてたんだ、混ざらないか?」

 

朧「…ええと…いただくよ、いただくけど…」

 

朧さんにみられる前にワイングラスを隠す

 

朧「綾波、アルコール臭いよ…飲んでるの?」

 

綾波「ええ、何か問題でも?私一度死んでるので何も問題ないじゃないですか」

 

朧「未成年飲酒…」

 

グラーフ「何?…日本って何歳からなんだ?」

 

タシュケント「20だね」

 

グラーフ「そうか、違うのか…!綾波、すぐにワインを手放せ」

 

綾波「…私いちど死んでるからそんなこと気にする必要ないと思いますけど…それよりドイツビール、あれは美味しいですよね、今度取り寄せようと思うんですがオススメはありますか?」

 

グラーフ「……まあ、無くはないが…」

 

朧(一瞬で懐柔した…と言うか、グラーフさんも結構酔ってる…)

 

綾波「良いですか、朧さん、人生楽しんだもの勝ちですよ?」



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身勝手な救済

特務部地下 セーフハウス

駆逐艦 朝潮

 

朝潮「……今日はこれで終わりですか?」

 

アヤナミ「はい、器具を外していただいて結構です」

 

指示を受けてメガネの様な機械を外す

 

朝潮「これに何の意味が…」

 

アヤナミ「前に説明した通り、この処置はアウラをネットに返す為にどうしても必要なんです、それもThe・Worldに還すためには…」

 

ネットの中に還すといっても、The・World以外のどこかへアウラが行って仕舞えばたちまちどこかの国のハッカーに奪われる恐れがある

アウラは世界金庫のマスターキーにもなるし、核発射スイッチにもなる

都市部に毒ガスを撒くこともできるし、水を汚染することだって容易にできる…

そんな危険な代物を野放しにするわけにはいかない、The・Worldに還すしかない

 

アヤナミ「明日にでも、処置は終わると思いますよ」

 

朝潮「…それが終わったら帰れる…?」

 

アヤナミ「ええ、意外と早くて驚いてますか?」

 

朝潮「それは…数年帰れないくらいの気持ちでしたから」

 

アヤナミ「でもそれならもっと早い方がいいでしょう?…その、貴方が死んだことになってまだ1週間、早ければ早い程誤報は取り消し易いし、年越しは姉妹と一緒にしたいと思って」

 

朝潮「そうですか…でも、それなら…貴方もそう思ってるんじゃ…」

 

アヤナミさんは首を振る

 

アヤナミ「私の体は確かに綾ちゃんの物ですけど、私は綾ちゃんじゃない…私は…綾波じゃない、敷ちゃんの本当のお姉ちゃんじゃない…」

 

朝潮「…そんなの、私は敷波さんと親しくはありませんが…」

 

手で言葉を遮られる

 

アヤナミ「本当に戻るべきは綾ちゃんです、私が、私の意識が醜くこの体に縋り付いているのすら…間違ってるのに、自分のことは自分じゃどうにも……いえ、すみません、失礼します」

 

車輪を掴めば車椅子を止められる

簡単に、止められるのに…

 

朝潮「……」

 

私には、止められなかった

 

 

 

 

翌日

 

アヤナミ「VRスキャナ装着完了……アウラの状態は…まだ未覚醒、か…」

 

朝潮「覚醒?」

 

アヤナミ「…今のアウラは寝ている状態です、多大なる力を使い、もうその身に宿す力は僅かなものです…ですから力を溜める必要がある…せめてThe・Worldに安全に還すだけの、私の計算ならもう溜まるはずなのに…」

 

つまりは…ただのエネルギー不足…

 

朝潮「…アウラ、貴方に必要なのは、何なんですか…?私が差し出せるものなら、なんだって…」

 

アヤナミ「…人間とAIでは完全に違う…そうなれば、仕方ないか…」

 

朝潮「…アヤナミさん?」

 

アヤナミ「今綾ちゃんを呼んでます、綾ちゃんなら残りの必要な部分を埋めてくれるはずですから」

 

朝潮「…埋める…?」

 

 

 

 

 

 

特務部 オフィス

綾波

 

数見「…事前に連絡をしてほしいモノですね、貴方が来ると研究員が浮き足立つ」

 

綾波「そんな奴ら全員解雇して仕舞えばいいんじゃないですか?特務部って本来公安みたいなモノなんですから♪」

 

数見さんが眉間に手を当てる

 

綾波「……前に話した事、覚えてますか」

 

数見「…ああ、覚えています…ですが、もうですか?」

 

綾波「便利なんですけどね、今の状況は…でも私には贅沢です、後始末は頼みましたよ」

 

数見「……わかりました、書類の偽装は請け負います」

 

綾波「セーフハウス、誰も入れないでください、本土戦になった時に民間人を逃す時以外は……まあ、私が生きているうちはそんな事あり得ませんけどね」

 

数見「…わかりました」

 

 

 

 

セーフハウス

 

綾波「どうも、ドイツに発つ予定なのであと2時間しかありませんけど準備は?」

 

アヤナミ「できてるよ、お願いしていい?」

 

綾波「…貴方、自分が何しようとしてるかわかってるんですよね?ちゃんと覚悟の上なんですね?」

 

アヤナミ「…はい」

 

車椅子に座った自分の姿を改めて見つめる

包帯の隙間から覗く火傷痕、片目を隠した眼帯、両脚の傷口は入念に処置がしてあるが…まだ癒えていない

髪も昔より質感が悪くなってるし、スキンケアも怠ってる…

 

本当なら、私の姿なのに…

 

アヤナミ「…綾ちゃん?」

 

綾波「っと…鏡を見てうっとりしてました、さて、始めましょうか」

 

この行為は、残酷な救済

私は、私であってアヤナミじゃない

 

私の…最大限の、できる限りの…

 

罪滅ぼし

 

朝潮「…これは、何が起きているんですか?」

 

アヤナミ「ローカルネットワークに接続し、アウラへとアクセスしています」

 

綾波「アヤナミ、朝潮さんの手を握っていてあげてください、不安でしょうから」

 

朝潮「いえ、別に…あ、どうも…」

 

2人が互いの両手を握ったのを確認し、作業を始める

 

アヤナミ「…あ、れ……綾ちゃん…?今、何を…」

 

パソコンから離れ、ケーブルを手に取り2人に近づく

 

朝潮「……何だか、不思議な感覚…暖かい…」

 

アヤナミ「…私の、データを一部送り込んでいます…だけど、何か、おかしい…ような…あっ!?」

 

朝潮「な、何!?手、手が動かない!」

 

2人の手をケーブルで結び、離れなくする

 

綾波「……ま、貴方は私の罪を背負う理由、ないですよね?」

 

アヤナミ「え……だ、ダメ!綾ちゃん!やめて!」

 

今更気づいてももう遅い、抵抗できない様にしたんだ、ゆっくりと間違いなく、進める

 

朝潮「これは、何、を…」

 

綾波「……朝潮さん、教えてあげますよ、アヤナミはAIDAなんです、私に寄生した…所謂良性のAIDA」

 

朝潮「良性の、AIDA…?」

 

綾波「菌に悪性良性がある様にAIDAにもあるんです、そしてアヤナミは良性だった、アヤナミは時が経つにつれ自我を持ち、私から乖離した人格になり……そして今のアヤナミは…私の身体を扱う主人格となった」

 

朝潮「…人格…それを、どうするつもりで…」

 

アヤナミが悲鳴をあげる

頭を振り回して、懇願する様な言葉を叫び、取りやめることを願う

だけどもう、止まらない

 

綾波「記憶を消します、酷い仕打ちかもしれませんが…なんです、その……アヤナミは悪い事は何もしてません、どうか貴方たちのところで受け入れてあげてくれませんか?」

 

朝潮「…え…?」

 

綾波「…無理にとは言いません、佐世保でも呉でも大湊でも良い、何処かにいければ、きっと…ですが、倉持司令官なら受け入れてくれると思って…その…」

 

…素直に言葉を紡ぐのは、難しいな…

 

朝潮「…わかりました」

 

綾波「ありがとうございます…」

 

アヤナミの肩に手を置く

 

綾波「…アヤナミ、貴方は幸せになる権利があります、人は産まれた時から誰にでもその権利がある、周りが後押ししてくれるかは分かりませんが、少なくとも貴方は周りが背中を押してくれる理由がある」

 

アヤナミ「ダメ、そんなの…!」

 

綾波「…貴方は私です、でも私じゃないんです……どうか幸せに生きてください、貴方の幸せは私の幸せです」

 

アヤナミ「ちがっ…その権利は私なんかには…!」

 

綾波「……私の理知的な頭では…いや、頭でっかちな私には…素直な感情に対してなんて答えていいかわからない…」

 

アヤナミ「…お願い、綾ちゃん…やめて…」

 

綾波「…やめません、貴方には権利がある、あとは貴方がもがくだけ、そんな身体でごめんなさい、頑張って…きっと、楽しくて楽な道じゃないけれど」

 

完全にデータを移し終えたことを知らせるシステム音がなる

VRスキャナを取り外すと虚な目のアヤナミと目が合う

 

アヤナミ「……」

 

綾波「…今まで辛い思いをさせましたね、貴方は私です、貴方こそが綾波なんです…間違った道に貴方まで進むことはありません、貴方は幸せに生きる権利がある」

 

綾波を抱きしめる

 

綾波「……さようなら、2度と合わなくていい事を願ってます」

 

手の拘束を解き、朝潮さんのVRスキャナを外す

 

朝潮「…これは…」

 

綾波「精神が負荷に耐えきれず一時的に機能停止してるんです、2、3日も経てば治るはずです……だからその…」

 

朝潮「…この方を、アヤナミさんを…」

 

綾波「ええ、身体は本物です…精神すらもそうだと言っていい、だから…お願いします、綾波を離島鎮守府に…」

 

朝潮「……わかりました、私が、何とかしてみせます」

 

綾波「他の方には…」

 

朝潮「司令官は気付くと思いますけど…」

 

綾波「…問題ありません」

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

駆逐艦 朝潮

 

二式大艇のハッチが開き、眩しい陽射しが差し込む

一週間ほどしか経っていないが何とも久しぶりに感じる…

 

海斗「おかえり朝潮」

 

朝潮「…朝潮、ただいま戻りました」

 

きゅるきゅると嫌な音を鳴らす車椅子を押しながら、ハッチから降りる

 

海斗「……大丈夫、わかってるから」

 

朝潮「…はい」

 

アヤナミさんを受け入れてくれる人は果たしてどのくらいいるのか

それすらもわからないけど

 

朝潮「…司令官、私は山雲達のところに」

 

海斗「うん、早く行って安心させてあげて、アヤナミは僕が…」

 

敷波「アタシが、つれて行くよ」

 

朝潮「…敷波さん、いつの間に…」

 

敷波「……ここに連れて来たってことは、別にリンチするつもりも何も、無いんだよね…?アタシは、司令官やみんなを信じていいんだよね?」

 

敷波さんの目には、疑念と不安が色濃く現れていた

隠す事すらやめたその表情は…もはや敵意ともとれる

だけどそれは、ただ姉を守りたい一心の想い…

 

海斗「そんな事はさせない、何かあったらすぐに言って」

 

敷波「…ありがとう、司令官…」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 敷波

 

春日丸「…何と、おいたわしいお姿に……綾波様…私のせいで、この様な姿に…」

 

春雨「…まさか、本当に生きていたなんて…」

 

イムヤ「…でも、こんな姿…どうして…?」

 

敷波「……司令官から聞いた話では、激しい戦闘の後動けなくなっているところを保護されたらしくて、ほとんど植物状態みたい」

 

春雨(…この肌の感じ、火傷の痕や髪…時間が経ち過ぎている…)

 

春雨「その戦闘の相手は?いつ保護したのかはわかりますか?」

 

敷波「二週間くらい前、らしいけど……その、春日丸は特にだけど…もし元に戻っても…悪い事はさせないから」

 

春日丸「わかっています、私も綾波様に悪事を働いて欲しいとは思っていません、ただ私は綾波様に幸せになって欲しかっただけです…」

 

春雨「一度医務室に、怪我の具合を見ないといけませんから」

 

敷波「わかった」

 

 

 

 

 

春雨「…本当に酷い、両足は鋭利な刃物で切断されてるので治りがまだ早いですが全身の火傷は…完治しても痕が大きく残るでしょうね」

 

敷波「…そっか」

 

春雨「目も潰されて…くり抜いた痕…綾波さんは自分で目を抉り、脚を落とした可能性があります、綾波さんも医学や人体についての知識は充分にありました…傷の悪化を防いでこの様にした可能性があります」

 

イムヤ「…何があったの?綾波に…」

 

春雨「わかりません、ですが……何かが起きている様な気がします、私たちには測りきれない何かが」

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 山雲

 

山雲「お帰りなさ〜い、朝潮姉さん?」

 

朝潮「…その、ただいま、山雲」

 

山雲「みんな今哨戒にでてるから〜」

 

満潮「その、お帰りなさい」

 

山雲「満潮ちゃんと〜、2人占めね〜」

 

朝潮「……ええ、そうしてください、会えない間、寂しかったでしょうから」

 

山雲「寂しかったのは朝潮姉さんでしょう〜?」

 

朝潮姉さんを満潮ちゃんと挟み込む

 

満潮「…あったかい」

 

山雲「ふふ〜♪」

 

 

 

 

Link拠点

綾波

 

綾波「…どうですか?カヌレ」

 

リシュリュー「…美味しいけど、何か違う…塩でも入れた?」

 

綾波「ええ、悪くないでしょう?」

 

リシュリュー「……そうかもしれないけど、不愉快な味ね」

 

綾波「…そうですね、これじゃあ幸せな味じゃないか…仕方ない、そろそろドイツにいきましょうか」

 

グラーフ「…ああ、だが……綾波、貴様帰ってきてから様子が…」

 

朧「うん、何かおかしいよ…」

 

綾波「……どうかお気になさらず」

 

グラーフ「1日だけ遅らせてみないか、私たちの作戦指揮を担当する貴様がそうでは……不安がある」

 

綾波「そうはいきません、1日遅れれば犠牲者がどれほど増えるか………いや、らしくない事を言うものではないですね、わかりました、1日遅らせましょうか」

 

…私を信頼してくれる事は嬉しい

私を信じ、従ってくれる事は嬉しい

だけど…私にはあんまりにも贅沢なんだ

 

綾波(……軌道に乗ったら、軌道に乗るまででいい…だから、もう少しだけ…この幸せを私も味わう事を許してください)



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記憶喪失

離島鎮守府

駆逐艦 春雨

 

アケボノ「…貴方は呉に行かなくていいんですか?」

 

春雨「残る理由ができてしまいましたから」

 

綾波さんがここに来るほんの数時間前、川内達は呉へと移った

私は遅れて行くくらいのつもりだった、だけど…

どうしても離れられない理由ができた

 

アケボノ「…あまり入れ込まない方がいいですよ」

 

春雨「心配ありません、今の綾波さんには何かをする力がありません…触診しましたが、筋肉が衰えている、つまり動かしてないんです、あの身体で私達を制圧することは不可能だし…あの身体では誰かの助けなしには生きられない」

 

アケボノ「だから貴方が面倒を見ると」

 

春雨「それが道理でしょう、何より私は医官です」

 

アケボノ「…ヘルバさんには」

 

春雨「報告したところ、大変驚いておられました…あの人は何を考えているのか私には計り知れないところがあります、綾波さん同様に」

 

アケボノ「驚いていた、というのが納得できませんね」

 

春雨「ええ、なので聞いてみたところ…最近までに複数回のハッキングがあったそうなんです、それもヘルバ様のシステムに穴を開けるほどの…綾波さんがやったとしか思えませんが、そうでもないのなら…」

 

アケボノ「…2週間ですか、本当に2週間前なのですか?綾波さんがその怪我をしたのは…曙が襲われ、朧が失踪したのは10日ほど前ですよ?」

 

春雨「……わかりません、私もそこが気がかりでした、日数を測り間違えたのか、はたまた…」

 

イムヤ「春雨!ちょっと来て!綾波の意識が戻ったの!」

 

春雨「!わかりました、すぐ行きます!」

 

アケボノ「…春雨さん」

 

春雨「…ええ」

 

 

 

 

医務室

 

アヤナミ「…貴方は、誰ですか…?」

 

春雨「…成る程、こうなってしまったのですね…」

 

アケボノ(…演技の可能性もある、必要に応じて殺す用意も…)

 

イムヤ「とりあえず、敷波と自分の名前だけは教えてある…だけど…」

 

春雨「…私は春雨と申します、貴方の主治医です」

 

アヤナミ「主治医…私の身体は、どうなってるんですか…?」

 

春雨「……片目、両脚を失い…全身に大きな火傷の痕があります」

 

アヤナミ「…どうして…?」

 

春雨「戦闘の結果、とされていますが詳細は不明です、しかし、ゆっくり時間をかけて治療していきましょう」

 

アヤナミ「……はい」

 

春雨「…思ったより落ち着いていますね、もっと取り乱すと思いましたけど」

 

アヤナミ「…何となくわかります、騒いだって何も変わらないと思ったんです…」

 

春雨(…鋭くて賢いところは、変わらないか)

 

 

 

 

食堂

 

満潮「え?私達に?」

 

如月「料理を、教えて欲しいって言われても…」

 

敷波「お願い!どーしても、やってみたいんだ」

 

春雨「思い出の味を食す事で記憶を取り戻す事例もあります、どうか協力してくれませんか?」

 

満潮「…でも…」

 

如月「あの綾波さんでしょう…?」

 

敷波「…大丈夫だから、今の綾姉ぇは1人じゃ何もできないし、最後にはちゃんと心を入れ替えてた…だから…」

 

春雨「何かあったとして、責任は私が取ります、お願いします」

 

後頭部を杖で叩かれる

 

キタカミ「馬鹿言ってんじゃないよ、自分が何言ってるかわかってる?責任取るって…どんな責任を取るつもり?ここの連中全滅したとして責任取れんの?」

 

春雨「……拒絶し、停滞することは簡単です…しかし、受け入れて前に進む事だってできる」

 

キタカミ「綺麗事言ってんじゃないよ、綾波のせいで全滅しかけたんだよ、あんただって殺されたでしょ?なんでそんな夢見てんのさ」

 

春雨「…夢じゃない、私は…今の綾波さんを信じてる…あの時の、最後に見た綾波さんを、信じてる」

 

キタカミ「じゃあ呉に連れて行ってやってりゃいいじゃん、こっちまで巻き込まれるなんてごめんなんだよ…!」

 

春雨「……それは、そうかもしれませんが…」

 

キタカミ「少なくとも、私は譲るつもりはない…あんたの友情ごっこでどれだけの人間を危険に晒すつもりなの?…今すぐにでも殺すべきなんだよ、綾波はそれだけ危険なんだ」

 

春雨「今の綾波さんには記憶も無ければ両足も、片目もない、筋肉も衰えていますし1人では何も…!」

 

キタカミ「それが、正しい証拠は?…正直に言うよ、私は綾波が怖い、何もかも奪われそうで、怖くて仕方ない、次はあるの?次、綾波が敵対して…私達は勝てるの?」

 

春雨「…人間の1番大きな感情は、恐怖です…恐怖を使えば何だってできる」

 

キタカミ「綾波はそれを操るのが得意だったよね」

 

春雨「……ええ…そうですね」

 

キタカミ「綾波が記憶がない事すら、悪魔の証明だ…それに、自分の才能に気づいてそれを利用しようとしたら?春雨…アンタには綾波は殺せない…」

 

春雨「……」

 

敷波「アタシが、ケリをつけるから」

 

キタカミ「…敷波、四六時中実の姉に銃口向け続ける覚悟はいいの?引き返せないよ?」

 

敷波「それで、いいから…お願いします、綾姉ぇにはもう行く場所が無い…ここに来たって事は本土に居場所がないって事だから、だから…お願いします」

 

キタカミ「……私はもう知らないから」

 

敷波「…ありがとうございます、キタカミさん」

 

キタカミさんの許可なんて、本当なら必要ない

倉持司令が許可した時点で、必要ない、だけど…

キタカミさんは殺す、情け容赦なく、躊躇いなく

害になると判断した時、誰にも許可を求めず迷わず引き金を引ける、だからこそ…互いに納得しなければならない

 

春雨「…生きた心地が、しませんでした」

 

敷波「……でも、話しに来てくれるだけ優しい対応だったよ…」

 

キタカミさんなら、"特務部の新人"の正体が分かった時点で、殺しても良かったはずなのに

 

 

 

 

 

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「…薬品の匂いも、消毒液も、同じだった…間違いなく綾波が特務部の新人だった…提督は会ったんだよね?じゃあ話が合わないよね?」

 

海斗「…そうだね、参ったな、口止めされてるんだけど…」

 

キタカミ「提督は何をもってしてみんなに危害がないと判断したのか、それを教えてくれないと私は納得できない…何もわかってない春雨たちを追い詰めても意味なんかない、提督にしかわかってないことがあるんだよね?」

 

海斗「……綾波が善人だって保証なんてどこにもない…」

 

キタカミ「……」

 

海斗「だけど、悪人だって決めつけるのも難しいんじゃないかな?」

 

キタカミ「今までやってきた事は?」

 

海斗「…死者を裁く法は存在しない」

 

キタカミ「今、生きてる綾波は?…いや、何か、おかしい…」

 

海斗「……キタカミには隠し通せないか…あのアヤナミは…多分、敷波や春雨への罪滅ぼしなんだと思う」

 

キタカミ「罪滅ぼし…?」

 

海斗「綾波は自分の消失によって敷波たちの心に傷痕を残す事くらい想像できたはずだ…だから、代わりをたてた」

 

キタカミ「……待ってよ、じゃあ…アレは…」

 

海斗「すごく良く似た、別人…かな」

 

キタカミ「……本物は?」

 

海斗「朧が一緒にいるはずだよ、でも僕は何も知らない」

 

キタカミ「……こう言うの、なんて言うのかな…やるせないっていうか…」

 

海斗「少なくとも、キタカミが心配してる様な事は起こらないと思う…綾波が僕たちの敵として立ち塞がる様な事はもう」

 

キタカミ「……それの証拠は」

 

海斗「…無いよ、だけど…あと一回だけ、綾波を信じてみたいんだ」

 

キタカミ「…そう、私は私の判断で撃つよ」

 

海斗「…止めちゃダメ?」

 

キタカミ「みんなを守れないからダメ、だから…提督、撃たせないでね」

 

海斗「わかった」

 

キタカミ「…詳細は聞かないでおくけど…私は全部納得したわけじゃないから、それも覚えといて」

 

 

 

 

キタカミ自室

 

キタカミ「はー……どうしたもんかねぇ…」

 

択捉「あ、あの…キタカミさん」

 

キタカミ「ん?あれ?1人?佐渡と松輪は?」

 

択捉「…その、食堂で捕まりました」

 

キタカミ「……」

 

 

 

 

食堂

 

佐渡「これ塩っ辛くて食えたもんじゃねー!」

 

松輪「口、いたい…」

 

敷波「やっぱ砂糖足りてないじゃん…」

 

春雨「いや、砂糖を入れたところで味が濃くなるだけです、水で薄めるべきでした」

 

択捉「あそこです」

 

大量に並んだ皿に乗ったみてくれの悪い料理達

そして顔を顰めながらそれを食べる松輪と佐渡…

 

キタカミ「……あのさぁ…私部屋戻ったばっかなのに…こんな事で呼び出され…っ…あー……春雨、敷波」

 

春雨「…ちょうど良いところに…すみません、これ何が悪いのか…あうっ」

 

春雨の口に料理を突っ込む

 

キタカミ「アンタ味見しながら作った?それとこんなもん小さい子に食べさせんな、味覚がおかしくなるでしょーが」

 

敷波「こ、こんなもんって…むぐっ…なんだ、思ったより美味しいじゃん」

 

春雨「…敷波さん、味音痴なんですか…?これは美味しいとは…」

 

キタカミ「それより、満潮と如月は?」

 

春雨「……逃げました、その…」

 

松輪「あ、危ないからって…離れてました…」

 

春雨「私は違いますよ!敷波さんだけです…!」

 

敷波「えっ…春雨もフライパン振りまわしてキッチンめちゃくちゃにしたじゃん…」

 

キタカミ「…2人ともとりあえず掃除してきて、使う前より綺麗にしてから戻って来てくれるかな」

 

春雨「…はい」

 

敷波「はーい…」

 

 

 

キタカミ「というか、これは何を作ったの?…まさか、このドロドロしたの肉じゃがとか?」

 

択捉「ビーフシチューらしいです」

 

キタカミ「……醤油と砂糖しか入ってないよ、このとろみは何?薄力粉でも入れたのかな…」

 

松輪「こっちは…わかめと卵のスープ…」

 

キタカミ「……塩多すぎるっていうか…塩蔵したわかめをそのまま使ってない…?というかビーフシチューと汁物…?」

 

佐渡「……なんか、お腹痛くなってきた…」

 

キタカミ「…佐渡、何食べた?」

 

佐渡「でっかい肉…」

 

キタカミ「……まさかローストビーフとか言ってた?」

 

松輪「言ってました…」

 

キタカミ(春雨、医者がそれで失敗するのまずいって…)

 

 

 

 

 

春雨「どこに行ってたんですか…?掃除が終わって待っていたのに…」

 

敷波「部屋にも居ないし…」

 

キタカミ「はい、とりあえず…ローストビーフ作ったやつ…手ぇ挙げて」

 

敷波が手を挙げたのを確認し、杖を振り下ろす

 

敷波「いだぁっ!?」

 

キタカミ「素人がそんな危険なもんに手を出すな!私もやった事ないっての…!絶対表面だけ焼いて出したでしょ!佐渡お腹壊してたよ!?」

 

敷波「えっ…えぇ…?ご、ごめんなさい…」

 

続けて春雨にも振り下ろす

 

春雨「な、何で私まで…!」

 

キタカミ「医者が隣に居てそれを放置するか普通…!」

 

春雨「…その…そんなもの作れるなんて博識だなと…」

 

キタカミ「明らかに殺菌できてないとかわかるでしょ普通……ああ、もう…なんで安全優先でやらないかなぁ…」

 

春雨「…その辺を教えていただければ…」

 

キタカミ「教えるよ、教えるけどさ……頼むから勝手なことしないでね…あと春雨」

 

春雨「…はい…?」

 

キタカミ「怯えなくて良いから、胃痛薬…後で分けてくれるかな、胃が荒れてるんだ」

 

春雨「…すみません…」



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壊れた歴史

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「……あれ…」

 

この世界において異質なのは私1人じゃ無い

学生服に赤毛の少年のキャラ…明らかに、この世界においては異質な存在……

だけど、何となくわかる、私が調査する対象は…リアルデジタライズしている

 

青葉(敷波さんと同じか…助けてあげなきゃいけないかな…)

 

団長へとメールを送ろうとするも…

 

青葉「…あれ?め、メールが送れない…!なんで?」

 

何かに妨害されている…?

とにかく、今優先すべきはあの赤毛の少年に接触すること…

 

綾波「あーおばさんっ」

 

青葉「ひゃぁっ!?」

 

真後ろから、聞き覚えのある声…

咄嗟に振り返り槍を構える

 

綾波「おー、カッコいいですねぇ、それが神槍ヴォータン…」

 

青葉「あ、綾波さっ…!」

 

リアルの姿そのままのような…綾波さん…

 

綾波「ちょっと、お話ししませんか?」

 

青葉「…わかりました」

 

 

 

 

青葉「え?確かに調べてますけど…」

 

綾波「夕雲型三名のこと、何がわかりました?」

 

青葉「…それが…朝霜さんと早霜さんのご実家などは把握しましたが、清霜さんだけ何も…」

 

綾波「でしょうね」

 

青葉「え?」

 

綾波「あ、いえ、手を引いた方がいいなと思いまして」

 

青葉「手を、引く…?」

 

綾波「二つのことを同時にやるのは非効率的ですから、青葉さんはネットの中のお仕事に注力してはどうですか?」

 

青葉「……わかり、ました…」

 

綾波「素直に言うことを聞くんですね?」

 

青葉「それは…その、だって私よりは…考えもあるでしょうし…」

 

綾波「…ではそんな青葉さんにプレゼントです、追加の呪符、佐世保に送ってあります」

 

青葉「…ありがたいんですけど、あれは存在してもいいんですか?」

 

綾波「ええ、間違いなく安全なものです、どうですか、使い心地は」

 

青葉「…そうですね、望んだ通りの動作をしてくれます、何も問題は起きてません」

 

綾波「それは良かった、私のシステムが正常に動いているのなら重畳です」

 

青葉「……本当に味方なんですよね…?」

 

綾波「ええ、負けは負けです、無様な真似はしたくない」

 

青葉(綾波さんはプライド高そうだし、無様を晒したくないのは納得できるけど…)

 

綾波「ああ、取り戻すのは簡単ですよ?あの力」

 

話にしか聞いたことないけど、どれほど強いのか…私の想像を超える綾波・改二レベルの力をその気になれば取り戻せると言うこと…

 

青葉「絶対やめてください…」

 

綾波「勿論、望まれない限りはね」

 

青葉(誰も望みませんよ…!)

 

 

 

 

青葉「結局合流できてないし、何より赤毛の子見失ったし、私どうしたら…」

 

不幸にも、この日進展はなかった

他のシックザールのメンバーにも連絡がつかず、時間がきたので落ちざるを得なかった

 

 

 

 

トキオ

 

トキオ「…うーん…この時代でオレは何をすればいいの?」

 

彩花「クロノコアを集めるの」

 

トキオ「くろの、こあ?」

 

彩花「クロノコアはアカシャ盤の制御データ、これ使ってアカシャ盤のロックを外せるのよ、頂上に行くには4つ必要で石像にされる前の黄昏の騎士団がクロノコアを持ってるはず、さ、行くわよ!」

 

トキオ「わ、わかった!」

 

 

 

マク・アヌ 中央広場

 

トキオ「…で、誰が持ってるんだ…?」

 

彩花「……この辺りに反応がある、だけど誰が持ってるのかはわからない…手当たり次第聞いて回りなさい!」

 

トキオ(め、めちゃくちゃだ…)

 

 

 

トキオ「ねぇ、彩花ちゃん…?誰もクロノコアなんてしらないって…」

 

彩花「うるさいわね!確かに反応はしてるのよ!」

 

トキオ「……どうしよう…」

 

彩花「今考えてるから待ってなさい!」

 

 

 

 

The・World R:X

Θサーバー 蒼穹都市 ドル・ドナ

双剣士 カイト

 

カイト「……待ってたよ」

 

ブラックローズ「……」

 

カイト「メール読んでくれたんだね、摩耶」

 

ブラックローズと摩耶のパソコンに、このタウンと時間を記したメールを送った

来てくれるかは正直賭けだったけど…

どうやら摩耶はブラックローズのパソコンからログインすることを選んだみたいだったら

 

ブラックローズ「何の用だよ」

 

カイト「…僕と一緒にみんなを助けに行って欲しい」

 

ブラックローズ「…今更かよ…!」

 

カイト「遅くなってごめん、だけど、絶対に投げ出したりしない」

 

ブラックローズ「信用できるか!何で今更…!」

 

カイト「…色々と立て込んでたんだ、言い訳にしか聞こえないと思うけど…」

 

ブラックローズ「ああ!そうにしか聞こえねえ!」

 

カイト「……」

 

腕輪を展開し、カオスゲートをハッキングする

 

ブラックローズ「っ!な、何して…!」

 

カイト「……僕には、みんなを助けに行く手段がある…僕を利用してくれて構わない、だから…」

 

ブラックローズ「………」

 

カイト「…どうかな、摩耶、君にとっても悪くない話だと思う」

 

ブラックローズ「……マナー違反」

 

カイト「え?」

 

ブラックローズ「名前…白チャで叫んだりすんなよ…?……今のアタシはブラックローズだ…」

 

カイト「…わかった」

 

 

 

 

 

 

The・World R:1

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

 

ブラックローズ「な、何が起きて…」

 

カイト「今、何が起きて…?……え?」

 

ステータスが、リセットされてる…

 

カイト「…またレベル1に戻されたのか…」

 

…何が原因だろう

腕輪の加護をすり抜けてPCに深刻な被害を与えるなんて、信じられない…

いや、腕輪の加護があったからレベルリセットで済んだのかもしれないけど…

そう考えると、まだレベルリセットで済んで良かったのかもしれない

アイテムや装備が残ってるのがせめてもの救いか…

だけど、レベル制限で殆ど装備できないし…

 

ブラックローズ「レベル1…?うわっ!?……これ、ま、マズイんじゃ…」

 

カイト「……いや、仕方ない…アイテムは残ってるし、レベルを上げながらこのマク・アヌを調査しよう」

 

かつて、僕たちが居たこのマク・アヌを…

 

ブラックローズ「…そういや、ここってR:1の…?」

 

カイト「……そうだよ、でも多分…こっちの世界は2009年かな、説明するよ」

 

 

 

 

ブラックローズ「あぁ…?別の世界…?」

 

カイト「多分だけどね…とにかくレベル上げに行ってみようか、このままじゃ何もできないし…今は持ってるアイテムを装備できるくらいには強くならないと」

 

ブラックローズ「…あぁ…」

 

適正レベルを大きく上回ったエリアを選択する

 

ブラックローズ「…ここ、適正あってないぞ」

 

カイト「大丈夫、アイテムを使って進めていこう」

 

 

 

 

カイト「…アイテムを使えば簡単に敵は倒せる、でも消費が激しいか…摩…ブラックローズはどう?」

 

ブラックローズ「…多分、問題ない……」

 

レベルは多少上がったが、これでは焼け石に水…

もっとレベルを上げる必要性に追われる…いや、でも戦う相手もいない今その必要が本当にあるのか…

 

電子音が響く

 

カイト「…何……えっ?」

 

水色のフィールドが辺りに展開される

 

カイト「これは、シックザール…!」

 

ブラックローズ「シックザール…?なんだそれ…」

 

腹に響くような重い足音を鳴らしながら、黄色と紫のボディスーツのマッチョがこっちへと歩いてくる

 

トロンメル「ヘーイ、なんでこんな所にカイトとブラックローズが居やがるんだぁ?ガイストぉ…アん?…ガイストが反応しねぇ…」

 

ブラックローズ「な、何こいつ…キモ」

 

こちらよりも二回りは大きい上に、ピチピチのボディスーツにくっきり筋肉が浮かび上がったその姿

胸にはYのマーク…?

 

カイト「…貴方は?」

 

トロンメル「オレかぁ…?オレ様はシックザールのトロンメル様だ!呼びたきゃ…T様って呼びな!」

 

トロンメルが胸のマークを強調するポーズを取る

 

カイト(あ、Tなんだ…)

 

ブラックローズ「どう見たってYじゃないの…?」

 

トロンメル「ん…?オーケイ!!ヘーイ、ヘイヘイヘーイ!お前達をヤッちまっていいって許可が出ちまった様だなぁ……!」

 

トロンメルがこちらへと走りながら近寄ってくる

 

カイト(マズイな、戦うつもりだ…今のレベルじゃ勝てないかもしれない…)

 

ブラックローズ「やぁぁぁぁッ!!」

 

カイト「ブラックローズ!?1人で行っちゃダメだ!!」

 

ブラックローズの剣をトロンメルが拳で弾く

 

ブラックローズ「クソッ!なんで効かねぇんだよ!!」  

 

トロンメル「栄光への突撃(グローリーチャージ)!!」

 

突撃しながら巨大な四肢を振り回す様な攻撃がブラックローズに襲いかかる

 

カイト「危ない!!」

 

ブラックローズ「カイト!」

 

2人の剣を交叉させ、拳を受け止める

 

トロンメル「ほぉ〜!やるじゃねぇか…!」

 

カイト「ブラックローズ!1人で勝てる相手じゃない!攻撃を合わせるんだ!…大丈夫、2人なら勝てる…!」

 

ブラックローズ「……オーケー、カイト!!」

 

一度トロンメルから距離を取る

 

カイト「アイテムだけなら沢山ある…大丈夫…後衛は任せて!」

 

ブラックローズ「はぁ!?アタシが前衛かよ!」

 

カイト「双剣士は後衛の方が安定するんだ!大丈夫、注意さえ惹いてくれれば僕が合わせる!」

 

ブラックローズ「…わかった!!」

 

ブラックローズがトロンメルとの距離を保ちながら絶えず移動し続ける

 

カイト「雷帝の呪符…ギライローム!!」

 

トロンメル「オウッ!痛ぇなぁ!!」

 

カイト「今だ!合わせるよ!!」

 

ブラックローズ「カラミティ!!」

 

海斗「舞武!」

 

背後に回り込んだブラックローズの大剣の縦振りに合わせ、正面から斬りかかる

 

トロンメル「ぐぬッ!!」

 

カイト「超流星の巻物!!オメガノドーン!!」

 

降り注ぐ隕石をトロンメルが受け止める

 

トロンメル「こんなモノ!このT様に効くと思って…」

 

カイト「虎輪刃!!」

 

近づき、回転斬りを放つ

 

ブラックローズ「デスブリング!」

 

ブラックローズが宙返りの勢いを利用した斬撃を叩き込む

 

トロンメル「ノー!!クソッ!流石にこの2人同時はデンジャーすぎるぜ…ガイスト!ヘイ!…通信障害か…?オーノー、ここは一旦リーブするぜ…」

 

トロンメルが転送されて消える

 

カイト「……撤退してくれたか…」

 

ブラックローズ「……た、たはー……ま、マジかよ…?あれでも全然元気って…アタシら、1発受けたら体力殆ど吹っ飛ぶんだぞ…!」

 

カイト「…それがバレたら退いてくれなかっただろうね…お疲れ様、摩耶…大丈夫?」

 

ブラックローズ「…ああ…その、なんだ…」

 

カイト「どうかした?」

 

ブラックローズ「……もしかしたら、何か誤解があったのかもなって…1人じゃ絶対勝てない相手だったけど、怯まずにそれに立ち向かった…なのに…みんなを見捨てるなんて理解できない…」

 

カイト「…僕はみんなを見捨てたんじゃない、あのメールは罠だったんだ」

 

ブラックローズ「……今は、それで納得しとく…あー、ダメだ、アタシ今日は落ちるぜ、もう疲れちまった」

 

カイト「うん、お疲れ様…ログインする時は教えて、1人だと狙われて危険かも」

 

ブラックローズ「…わかった、頼りにしてる」

 

カイト「うん、任せて、ブラックローズ」



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お仕事

ドイツ ベルリン

綾波

 

綾波「さて、ドイツに到着しましたよ」

 

グラーフ「なんだ、この対応は…まるで要人だぞ…」

 

到着すれば辺りには警戒体制の軍

そして移動用の車まで用意されている…

 

綾波「当然でしょう、私は世界中の艦娘システムの始祖とも言える…それほど優秀な技術者に敬意を払わないなんて、大罪もいいとこですよ」

 

グラーフ「待て、国にはそれは知られてないんじゃ…」

 

綾波「ええ、貴方が漏らしてない限りは伝わらないはずです…が、この対応…ああ、そっちか、納得」

 

後者の理由なら…恐らく、この国に滞在するのは大変になるな……

 

 

 

ホテル

 

朧「良い部屋だ…なんか、外国って来た古都ないから新鮮…」

 

リシュリュー「一般的なホテルより少し高いくらい?どうなの、グラーフ」

 

グラーフ「わざわざ自分の国のホテルの相場なんて調べるか……だが、まるでVIPの対応の様な……って綾波!貴様何を!」

 

入り口に指向性の爆薬を仕掛けているところをグラーフに止められる

 

綾波「え?罠を仕掛けてるんですよ」

 

タシュケント「わ、罠?」

 

ザラ「何のために?」

 

綾波「まだわかりませんか?朧さん、貴方ならわかるはずですよ?」

 

朧「……街中から海水の匂いがする」

 

グラーフ「待て、ベルリンは海に面していないぞ」

 

綾波「ではグラーフさん、ここで問題です、ここから海まではとても離れています、なのに海の匂いがする理由は?さあお答えください」

 

グラーフ「……まさ、か…」

 

綾波「そうですね、思ったより深海棲艦の進行は静かで激しいモノだった様だ…そして何より問題なのが、おそらく人に扮した深海棲艦…いや、他人の姿のままの深海棲艦が大量にいるのでしょう、まるで見分けがつかないし…きっとそれは政治家にも紛れている」

 

グラーフ「…政治家どころじゃない、貴様の言う通りなら…辺り一面敵じゃないか…!どういうことだ!」

 

グラーフさんが頭を抱え、座り込む

 

綾波「…手遅れだったのでしょう、私たちは遅すぎたのでしょう……ですが、やれるだけのことはやる、やらなくてはならない…」

 

グラーフさんに手を差し伸べる

 

綾波「さあ、この街を、国を救ってみましょうか」

 

グラーフ「……ああ…やってやる……」

 

グラーフさんが私の手を握り、よろよろと立ち上がる

 

 

 

 

綾波「さて、まずホテル提供の飲食物は口にしない事、私が持ってきたこれらの飲水と食べ物だけを口にしてください、毒殺しにくるか、ダイレクトに深海棲艦にされるのか、それとも直接殺しに来るか…神経を張り巡らせるにはまだ些か早すぎます、とりあえず今はリラックスしましょう」

 

グラーフ「リラックスだと?できるわけがないだろう…」

 

綾波「今は気を張るだけ無駄です、向こうはこちらが無警戒な獲物だと勘違いしている、動くには絶好の機会ですが…民間人を巻き込みかねない、できるだけ犠牲を減らすなら誰もが…少なくとも普通の人が寝静まる深夜に動くべきでしょう?」

 

タシュケント「そうだね、わかった」

 

綾波「おや、タシュケントさんが1番に賛成してくれるんですか?」

 

タシュケント「ジャパンで学んだ、明日は我が身、ロシアがそうなる可能性は常にある、助けてもらうために助ける、ここで余計な事をしようとは思わないさ、それにグラーフとは気が合うし、友達の故郷を荒らしたかなんかない」

 

グラーフ「…タシュケント、感謝する」

 

綾波「それでは、時間潰しにトランプでもしますか?」

 

グラーフ「…外に出るのはマズイか」

 

綾波「ええ、1人になった所を狙われかねないですから…さて、私たちのやるべきことは何か、まずは親玉を殺すところから始めましょうか」

 

朧「それって最後なんじゃ…?」

 

綾波「親玉が消えて浮き足立った所を識別しましょう、擬態深海棲艦を割り出すのは現状朧さんにしかできませんが…っと?」

 

コンセントを凝視してから荷物を漁る

 

綾波「えーと……これでいいかな」

 

グラーフ「今、何を挿したんだ?」

 

綾波「んー…言うなれば盗聴器クラッシャー…えーと、あとはこれとそれとあれと…」

 

部屋中の盗聴器や隠しカメラを取り出して並べる

 

タシュケント「…全部筒抜け、か…」

 

グラーフ「作戦がバレた以上変更が必要だな…」

 

頭を悩ませる2人をよそにカーテンを閉め、ベッドに腰掛ける

 

綾波「作戦は変更しませんよ?だって作戦は誰にもバレてませんから」

 

グラーフ「何?盗聴器は機能してなかったのか?」

 

綾波「いいえ、というか私が盗聴器を警戒しないとでも…?舐めないでくださいよ……」

 

朧「……そっか、護衛を集めるつもりで…」

 

リシュリュー「さっきのはブラフって事?じゃあ今回の狙いは…」

 

綾波「少数の擬態深海棲艦を撃破し、傾向を探ります」

 

グラーフ「傾向?」

 

綾波「擬態深海棲艦…と便宜上呼んでいますが、寄生するタイプの深海棲艦も存在しますし、助かる命かどうかもわからない…それに深海棲艦がこの国の中枢に入り込んでいるならより慎重な調査が必要になる」

 

グラーフ「…ああ」

 

綾波「大丈夫、私はヨーロッパの深海棲艦をある程度知っています」

 

リシュリューさんが顔を顰める

 

綾波「上手くやりましょうか」

 

 

 

 

街中

 

綾波「あの人は?」

 

朧「多分、深海棲艦…」

 

綾波「なら、問題ないですね」

 

すれ違い様に一般人の顎を殴りつける

 

朧(た、ためらいがない…)

 

綾波「……おや」

 

殴られた男がヨロヨロと近づいてくる

 

綾波「…あまり派手にやると注意を惹き過ぎますよねぇ?」

 

ポケットに手を突っ込み、カートリッジを見えない様に起動する

 

綾波「ま、知りたい事は山ほどあります…順番に進めましょう」

 

近寄ってきた男に肩をぶつけ、足をかけ、転ばせる

 

綾波「あれ、大丈夫ですか?こけちゃったみたい……おーい…すみませーん、誰か救急車を呼んでください、この人意識が無くて!」

 

事故を装い辺りの人間に助けを求める

少ししてやってきた救急車を見送り、朧さんの方へと帰る

 

朧「…ドイツ語喋れたんだね」

 

綾波「主要な言語は一通り、しかし…わかった事は多いです、本当なら救急車に乗せて欲しかったんですけどね」

 

朧「何がわかったの?」

 

綾波「あれは寄生タイプではありません、そちらは次第になっても襲ってきますから……で、単純な擬態……面倒なことになりそうですねぇ、この国は水道水より買って飲むタイプですし…」

 

朧「…今何考えてた…?」

 

綾波「薬品を流して国中の水を薬にしようかと」

 

朧(相変わらずエグい…下手したらアタシ達も毒を撒かれてたかもしれない…)

 

綾波「擬態深海棲艦と呼び続けていましたが……果たして深海棲艦が擬態しているのか、それとも人間が深海棲艦になりつつあるのか…どっちでしょうねぇ…前者なら容赦なく叩き潰すんですけど、気絶したところをみると…ううん…」

 

朧「…ねぇ、綾波、この辺をまとめてるような深海棲艦っているの?」

 

綾波「居ますよ、多分北海くらいにまだ居るんじゃないでしょうか」

 

朧「…知り合いなの?」

 

綾波「いいえ、軽く捻った程度ですよ、首を」

 

朧「く、首…」

 

綾波「だって生意気なんですよ、それにドイツ語とイギリス英語をバラバラに喋って聞き取りづらいし」

 

朧「…2人いるの?」

 

綾波「ええ、欧州棲姫と欧州水鬼とか名乗ってましたね、私の艦娘システムの利用者で戦没者、元々はアークロイヤルというイギリスの艦娘とビスマルクというドイツの艦娘だったそうです」

 

朧「……その2人を倒せば、何か変わるのかな…」

 

綾波「いいえ、何も変わりませんよ…擬態深海棲艦はあの2人が消えても残り続けるでしょうから……さて、作戦を立てましょう、擬態深海棲艦を一掃しなくては」

 

 

 

 

ホテル

 

グラーフ「…作戦は決まったか?」

 

綾波「いいえ、優先すべきは薬品です、擬態深海棲艦を元に戻すためのね……そういえばこの話はしましたっけ?深海棲艦が望まれて生まれたという…」

 

タシュケント「望まれた?あの深海棲艦が?」

 

綾波「深海棲艦とは、不老不死の力を求めた結果なんですよ、御老人たちが永遠を欲した結果なんです」

 

グラーフ「ゴロウジンとやらは…どこのどいつだ」

 

綾波「寿命で死んだんじゃないですか?少なくとも10年前に本格的に動き出した計画のようですが、私は気に食わないので関与してた奴らを深海棲艦にしてやりましたけど」

 

ザラ「…その計画って、世界中の誰かが関わってるんですか?」

 

綾波「恐らく、この計画には富裕層や特権階級の皆々様が、特に良心のかけらもない人たちが関わり、進行されてるのだと思いますよ?」

 

ザラ「…イタリアも?」

 

綾波「かもしれませんね、さて、と」

 

携帯から電話をかける

 

グラーフ「誰に電話をかけてるんだ?」

 

綾波「私達に仕事を依頼した人です……おや、おかしいな、出ませんね……ああ」

 

携帯をスリープモードにし、両手を合わせて目を瞑る

 

グラーフ「死んでるのか…?」

 

綾波「そうでしょうね、ですが請け負った以上最後までやります…さてさてさて…私はどうしようっかなぁ…」

 

頭を働かせて、落ち着いて…考えろ

この国を救ってやる、その為には?

 

綾波「……まずは、病院か」

 

グラーフ「病院?病院で何をするんだ」

 

綾波「乗っ取ります、さて、行きますよ、テロリストのお仕事開始です」

 

ザラ「て、テロリスト…?」

 

グラーフ「…難解な言い回しは必要ない、病院の設備が必要なんだな?」

 

綾波「そうです、そして私が深海棲艦ならまず病院をおさえます」

 

グラーフ「その理由は」

 

綾波「技術者だらけですし…改造手術、しやすそうじゃないですか?」

 

タシュケント「そんな理由…?」

 

綾波「いやいや、これが真剣なんですよねぇ…研究施設よりも病院の方が平常を装いやすいでしょう?」

 

朧「アタシも病院はいいと思う…あとこれ、さっきホテルの人に貰った2ヶ月前の記事なんだけど」

 

朧さんが新聞を渡す

 

ザラ「複数の患者が末期癌から奇跡の生還…神の手の医師」

 

綾波「おや、それならみなさん確信を持てますよね?」

 

グラーフ「…殺して、生かす…」

 

綾波「深海棲艦とは生命反応のある死体…なんて私は昔言いましたけど、どうやら本格的にそうなってきましたねぇ」

 

朧「病院は遠くない、でもどうやって制圧する?」

 

綾波「簡単ですよ、相手が暴力を使うなら私たちも暴力を使うまでです、交渉でどうにかなる相手ではないですから」

 

グラーフ「まて、一般人まで巻き込むつもりか?」

 

綾波「いいえ、しかし相手は一般人に紛れて襲いに来るでしょうね」

 

タシュケント「見分けは?」

 

綾波「つきません、圧倒的に不利ですが、専守防衛…やられない限り攻撃しないという方式をとります」

 

ザラ「それじゃ死んじゃうんじゃ…」

 

綾波「大丈夫ですよ、私1人で行きます」

 

朧「えっ?」

 

綾波「グラーフさん、貴方は制服を着ていれば普通の軍人にしか見えませんし民間人の誘導を…あ、スペアの制服あれば皆さんに貸してあげてください」

 

グラーフ「それは構わないが…」

 

綾波「大丈夫、深海棲艦も存在がバレることを避けたがるはず、私にしか攻撃してきませんよ…あ、あと誘導する際にドイツ語を喋れないと怪しまれるので多少ドイツ語も教えてあげてください」

 

グラーフ「…わかった」

 

朧「本気で1人でやるの…?」

 

綾波「ええ、でも不安はありますし…朧さん、艤装返してくれませんか?」

 

朧「えっ?」

 

綾波「…怖いですか?」

 

朧(…綾波に艤装を返す……綾波に、力を持たせるのは……いや、大丈夫)

 

朧「ううん、驚いただけ」

 

綾波「ならよかった、あれさえあれば一国の軍も私には敵わない」

 

カートリッジを取り出し、眺める

 

グラーフ「…それは?」

 

綾波「暖房器具です、暖かいですよ」

 

タシュケント「…うわっホントだ」

 

ザラ「これ、なんですか…?見たことない…」

 

朧「…カートリッジ…まさか!」

 

綾波「アタリです、さて、ドイツの戦争は電撃戦……私も電撃戦を始めましょうか」

 

 

 

 

 

 

病院

 

ガシャガシャと艤装が足音を鳴らす

 

綾波「…よし、爆薬設置完了……あとは正面を潰せばいいか」

 

正面扉を蹴り砕く

 

綾波「皆さん急いで逃げてください!テロリストが攻めてきてますよー!」

 

民間人が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す

警備員が奥から走ってくるのを確認し、悠々と歩きながら進む

 

綾波「さて、かかって来なさい、群れの深海棲艦」

 

目に熱が籠る

一部の民間人がこちらへと走ってくる

掴みかかり、殴りかかる動作を視てかわす

 

綾波「専守防衛……にはなりませんね、ダメージ受けてないし…でも良いか」

 

軽く、回し蹴りを放つ

近寄ってきた民間人が壁や地面に打ち付けられ、斃れる

 

綾波「〜♪」

 

向かってくるもの全て薙ぎ払い、伽藍堂になった病院の入り口を爆破する

 

正面入り口以外を全て瓦礫で塞ぎ、完全に制圧するまで病院内を練り歩く

 

綾波「……ふむ、逃げ遅れた人達も…いや、この人たちは患者…違う、被験者か」

 

ベッドに並べられた人間

そして中途半端な手術痕

 

綾波(人間を深海棲艦にする手術…この人たちはまだ間に合うのか?)

 

朧さん達に連絡を飛ばし、メスを取る

 

綾波「……これもまた、運命でしょう、受け入れられなければ逃げ出すしかない…」

 

 

 

 

 

グラーフ「…なんだこれは」

 

綾波「ここはアタリでした、人間を深海棲艦にする手順書などもある…これなら、すぐに必要なものができる」

 

グラーフ「……それより、お前は何をした?」

 

綾波「病院を制圧しました、警備員は気絶させて放り出しました」

 

グラーフ「その4人はなんだ、なぜ背中を切開された状態で放置されている」

 

綾波「彼女達は深海棲艦にされかけてました、これに関与していた人達はもう逃げ出したみたいですけど…」

 

グラーフ「手術中にか?…なんてむごい…」

 

綾波「切開したのは私です、この人達を生かすも殺すも私次第です」

 

グラーフ「…何?」

 

綾波「グラーフさん、私はあなたに一つ…お願いがあります」

 

グラーフ「願いだと?」

 

綾波「この方達はあなたに任せたいな、と思いまして…この方達がこれから苦しむ事は想像に苦しくありません、ですが私は日本人で、この人達の力になるにはさまざまなギャップがあり…」

 

グラーフ「…なんだ、そんなことか…わかった、それなら……任せてくれて構わない」

 

綾波「では、始めましょう」



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役目

ドイツ 病院 

綾波

 

綾波「外の様子は?」

 

グラーフ「相変わらずだ、包囲されている…だが、動きはない」

 

綾波「果たしてあの中の何割が深海棲艦なのか、もう3日も経ちましたが実験はまだ完成していません…いや、完成というものは存在しない仕事ですが、一定の成果を出さずにこのままと言うわけには…」

 

注射器を手に取り、薬液を自身の身体へと注入する

 

グラーフ「…それは?」

 

綾波「治験です、私の体内には薬品の毒性を判断する機能を備えてあります、これが危険なものか判断するには私の身体を使う方が手っ取り早いんです」

 

グラーフ「……そうか、だが…貴様に倒れられては困る、あまり無茶はするな」

 

綾波「そうもいきませんよ、さて…お仕事の続きをしないと」

 

グラーフ「…残された患者の面倒か?」

 

綾波「ええ、点滴を交換したり病院食を用意したり、忙しいですから」

 

グラーフ「…本来の目的とズレているのではないか?」

 

綾波「…目の前の命を見殺しにするのは、今の私からすると少し違うかなと」

 

グラーフ「貴様は本当にわからないやつだ」

 

綾波「わかりやすいでしょう?あなたの国や、いろんな国に多大なる被害を与えた大悪党って思えばね?」

 

グラーフ「……今の貴様は、そうは見えん…」

 

グラーフさんは目を伏せ、私の前から去っていった

 

綾波「ま、いいや……あと少し、あと2日は踏み込んでは来ないはず」

 

パソコンを操作し、メールを送る

 

綾波「……時間は稼げてる、警察や軍が完全に深海棲艦に乗っ取られてなくてよかった、計画が狂おうがなんだろうが、私はやり遂げなくちゃならない…」

 

目の前の機械に接続された4人を眺める

 

この人達は、一種の希望だ

深海棲艦と人間の中間の存在…あの時の私

綾波は、一時的に深海棲艦であり、人間である不老不死のバケモノとなった…

それを、その時の力を流用すれば彼女達の命を救えるかもしれないし、深海棲艦になってしまった人間を深海棲艦の支配から解放できるかもしれない

 

だが、許されることじゃない

 

彼女達は苦しむ、苦しめられる…私に

 

胸に手を当て、強く握る

 

綾波「……地獄がまた少し遠のきましたね、私の目的は地獄に行くことなのに、少数を救う為に大勢を犠牲にしてはならないのに」

 

といっても、どのみち大勢を救う手段は今はない

彼女達から抗体を採取できるか、それにかかっている

 

綾波「……お願いしますよ、私の勝手に少しだけ付き合ってください」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

駆逐艦 春雨

 

春雨「……どうですか?これ」

 

敷波「…前よりは、美味しくできてると思う」

 

あれから、毎日忙しなく料理の勉強や包帯の交換、傷口の確認や体を清潔に保つ為に体を拭いたりと…

 

春雨「…しかし、若干味が濃い気もします」

 

敷波「…なんか、甘い匂い…?…味……マフィン…?」

 

奥のオーブンからタイマー音がなる

 

春雨「…満潮さん達が作ってたものでしょうか、しかし…今は休憩中のはず…」

 

春日丸「私のです」

 

敷波「うわぁっ!?」

 

春雨「春日丸さん…?お菓子なんか作れたんですね…?」

 

春日丸「かつて綾波様に振舞っていただいたことがありまして…」

 

春日丸さんがオーブンからマフィンを取り出す

 

敷波「…凄く美味し…そうだね、うん」

 

春雨(因子で味覚を感じ取ったな…羨ましい)

 

春日丸「お食べになりますか?それなりの数を作りましたので、構いませんよ」

 

春雨「では一つ…これ焼きたてを食べるものなんですか?」

 

敷波「焼き立てが1番美味しいって!いただきまー…熱っ!!」

 

春雨「……バカなんですか?なんで冷まさずに食べ…ああ、まさか味を知ってるから早く食べたくて仕方なかったとか?」

 

敷波「そうだよ!悪い!?…あぇー…舌ヒリヒリする…」

 

春日丸「氷水です、どうぞ」

 

敷波「ありがとう…それにしても、これ凄く美味しいね」

 

春雨「…本当ですね、優しい味です」

 

春日丸「綾波様は深海におられる時、暇があれば私に色々なことを教えてくださいました…深海棲艦の身体では、これを食べても胃に収まりませんでしたが…心は満たされました」

 

春雨(深海棲艦に、心、か…)

 

春日丸さんが一つマフィンを口に運ぶ

 

春日丸「…違う、やはり私では…作れないのですね、あの味は…」

 

春雨「…これではダメなんですか?」

 

春日丸「……私は、卑しい事ですが、きっと綾波様に作って欲しいのでしょう…私の心は、これでは満たされない」

 

敷波「…なんか、わかる気がするな……」

 

春雨「……」

 

確かに、私たちがどんなに真似をしても…私たちにとっての思い出の味にしかならない

綾波さんにとっての思い出って…なんなのだろう…

 

春雨「…でも、せっかく作ったんです…食べてもらいましょう」

 

敷波「珍しいね、春雨がそんなこと言うの…てっきりこれじゃダメだって言うかと」

 

春雨「……思い出、今の綾波さんに何もないなら…私たちが作れば良い」

 

春日丸「作る…ですか」

 

敷波「…らしくないけど、気に入った」

 

 

 

 

アヤナミ「…ええと…」

 

春雨「無理に食べろとは言いません、貴方の食が細いのは知っています、食べたいと思う範囲で良いので…食べていただけませんか?」

 

トレーを置き、そう告げる

記憶のない人間が世話を焼いている人間にそう言われたら…まず断れない、だけどそれでも…

 

アヤナミ「…栄養バランスがいいですね」

 

敷波「え?」

 

アヤナミ「ありがたく頂きます…いただきます」

 

春雨(栄養バランス…って、そんなことがわかると言う事は知識は消失していない…?)

 

綾波さんは少しずつ食事を食べ進め、時折こちらに笑いかける

私達を安心させようとしているのが見てとれた

私たちより、ずっとか弱い相手に…気を遣われている

 

別に不愉快なわけじゃない、ただ…この人がどんな人だったのかを改めて理解しただけ…

 

春雨(…やはり、あなたは…悪い人じゃないんだ、だから私はあなたを信じたいと思えた…)

 

敷波「…綾姉ぇ…」

 

アヤナミ「…ごちそうさまでした、美味しかったです」

 

春雨「…お粗末様でした、まさか全部食べてくれるとは…」

 

綾波さんは普段からほとんど食事を摂らない

一食が普通の半分以下なのに…私たち3人が用意した量は一食分をゆうに超えている

 

アヤナミ「私のために作ってくださったのなら、それを残すなんてとてもできません、とても美味しかったです」

 

春雨(…無理をさせたか、いや、わかってたはずなのに…もっと注意を払うべきなのに目先の欲求で行動してしまった…悪い癖だな…せめて、綾波さんに過ごしやすい環境を用意しないと…)

 

春雨「…ん?」

 

食堂の入り口で固まり、こちらを見つめるアメリカ人達…

 

春雨(…そういえば綾波さんのことは知られてるのか、まずいな…)

 

ワシントン「ね、ねぇ…それ…Devil Scientist(悪魔の科学者)…」

 

ガンビアベイ「…ベーイ…」

 

春雨「別人です、この方はこちらで保護している艦娘で、艦種こそ同じですが別人です」

 

アトランタ「そんなコト通じると思ってんの?」

 

春雨「私の患者に手を出すなら」

 

籠手から刃が飛び出す

 

春雨「容赦は一切ありませんよ」

 

アトランタ「ジャパニーズはすぐに暴力に訴えるんだ?」

 

春雨「警告ですよ、私はただの医官、戦闘員ではありませんから……しかし、患者は私が守ります」

 

敷波「っていうか、初対面の相手にそんな明らかに不名誉な渾名で呼ぶのどうなの?ねぇ」

 

アトランタ「ハッ、こっちからすれば…」

 

ワシントン「やめて、アトランタ」

 

ガンビアベイ「ご、ごめんなさい、そんなつもりじゃ…えーと…わ、ワシントン…」

 

ワシントン「…どうしても確認したかっただけ、別人だと言うならそれ以上拘るつもりはない…だから許して」

 

春雨「……」

 

腕を持ち上げ、切先を向ける

 

春雨「いいですか?…私は弱いです、ですから…守るためなら何でもします」

 

ワシントン「…わかった」

 

春雨(それにしても、アメリカ連中は綾波さんをどう思ってるんだか…)

 

アヤナミ「…悪魔の、科学者…」

 

敷波「気にしないでよ綾姉ぇ、綾姉ぇの事じゃないんだからさ」

 

アヤナミ「…はい…」

 

 

 

 

 

 

 

ドイツ 病院

綾波

 

綾波「へっくし!……流石にこの辺りは日本より北なだけあって寒いですねぇ…」

 

グラーフ「呑気なことを言ってる場合か?今すぐ患者を解放しないと突入すると外の部隊が呼び掛けて来ているんだぞ…!」

 

綾波「まあまあ、これをつけてみてくださいよ」

 

グラーフにVRスキャナを改造したものをかけさせる

 

グラーフ「な、なんだこれは…?貴様の身体が透けて見える…」

 

綾波「えーと、簡単にいえば深海棲艦を見分ける装置です」

 

グラーフ「何?」

 

綾波「ただし電力消費が激しくて…30秒しか使えないんですよ」

 

グラーフ「それでは意味が…」

 

綾波「外の部隊、全員深海棲艦です」

 

グラーフ「……どう言うことだ」

 

綾波「さてはて、深海棲艦というのは海を支配する怪物だったのに…今度は人の姿になり、さらには陸にまで…となると」

 

コーヒーを口に含む

 

綾波「……深海棲艦の進化速度が爆発的に早まっている…」

 

グラーフ「進化だと?深海棲艦が…」

 

綾波「そうです、さてはて…」

 

ソーサーを指でなぞり、思案する

殺すのは簡単だ、だが薬品を今作成中…あと20分もあれば試せる…

 

グラーフ「…まるでドラキュラの様だな」

 

綾波「それよりタチが悪い、全てが母体なんですから……いや、違うな…本当に母体がいるのなら…」

 

その母体が進化しているなら、全ての抗体をそれから取れる?

 

綾波「目標は決まったけど、今果たすべきはそこじゃない、明日より今日…今日を乗り越えるには……」

 

ベッドに横たわる4名に目をやる

 

綾波「……まだ目を覚ましてくれないか…何が足りない?いや、器になれなかったのか…私の様に深海棲艦の上位個体だったからこそあの様な力を手に入れられたのだから…」

 

いや、無茶な手段ならある

確実で、無茶な手段

 

カートリッジを一つ、取り出す

 

これは、改二のカートリッジ…

世界を滅ぼすことすらも容易にやってのける力…

 

それを四等分にし、それぞれに送り込めば…或いは

 

綾波(……うまくいく保証はない、それにこれは、破棄するべきもの…)

 

どうしたらいいのか、この4人が目を覚ますには…

 

グラーフ「おい」

 

綾波「…なんですか?」

 

グラーフ「これをみてくれ」

 

綾波「……おや…」

 

自然と口角が上がるのはいつ振りだろうか…

 

綾波「糸が、繋がった…」

 

 

 

 

 

朧「やぁぁぁぁッ!!」

 

リシュリュー「退がらないと吹き飛ばすわよ!!」

 

タシュケント「ザラ!東の入り口を抑えるのを手伝って!瓦礫が吹き飛ばされてる!」

 

ザラ「東!?そっちには患者さんが…!」

 

通路をものすごい勢いで艦載機が通り抜ける

 

朧「今の…よし、援軍が来た、アタシは西に行きます!」

 

リシュリュー「これで、より堅固な防御になるわね…!」

 

グラーフ「Zu spät sein(遅くなった)!! 航空母艦Graf Zeppelin(グラーフ・ツェッペリン)、配置についている…準備はできた」

 

カツカツと靴音を鳴らし、通路を歩く

 

綾波「準備完了ですか…ふむ……それでは…さあ、実験を始めましょうか?」

 

入り口を突き破り、入ってきた兵士の横っ面に回し蹴りを叩き込む

 

綾波「リシュリューさん、患者を屋上に避難させてください、政府に回収を要請しています、屋上なら安全です」

 

リシュリュー「大丈夫なのね…!?」

 

綾波「それと、周囲の電子機器を一斉にシャットアウトします、小規模なネットワーククライシスを起こすので通信はもう使えませんけど大丈夫ですか?」

 

朧『朧了解!こっちは問題ない、片がついたら避難誘導に合流するよ!』

 

ザラ『屋上ですね!了解です!』

 

タシュケント『タシュケントзаметано(了解)!』

 

綾波「最終合流地点は正面入り口です、殺さなければいい、暴れてください」

 

通信を切る

 

綾波「2人とも、急いでください、グラーフさんも避難の護衛に」

 

グラーフ「Verstanden(了解した)

 

リシュリュー「こっち!」

 

2人を見送り、すぐそばの兵士に薬液を注入する

兵士が悲鳴を上げ、もがき苦しむ

 

綾波「ごめんなさい、痛みや苦しみを取り除く余裕はなかったんです、でも絶対に良くなりますから…ごめんなさい」

 

入り口に固まった兵士がこちらは銃口を向ける

 

綾波「…マズイですね」

 

もがき苦しむ兵士を急いで物陰に押しやる

 

綾波「私には当たらなくてもこの人には当たるかもしれないんですよ!危ない事しないでください!!」

 

銃弾がまるで私を避けるみたいに、すり抜ける

 

綾波「……ああ、やはり地獄は私を嫌っている…」

 

艤装は今はない、朧さんが使っている…

となると素手での格闘戦…

 

綾波「…また地獄が遠のく、艤装がないせいでより痛く苦しい思いをさせてしまう……ごめんなさい」

 

右手を振り上げる、空気が一瞬ピリつき、兵士達の無線がショートする

 

綾波「…ごめんなさい」

 

兵士達に近づき、格闘戦で制圧していく

 

綾波「撃つのをやめてください、味方に当たりますよ」

 

体を捻り、的確に意識を奪う様な蹴り…

 

膝を胸にくっつけるほど引いてから放つ突くような蹴りを叩き込む

そして体を捻り、腕を鞭のようにしならせ、全身の勢いを手先に集めて手刀を放つ

距離を殺し、的確に関節を叩き壊す

 

綾波「正面完全制圧…」

 

兵士達の落とした拳銃を一つ手に取る

 

綾波「…スナイパー…か、片目…いや、指?何処にするべきか」

 

スナイパーの肩を拳銃で撃ち抜く

 

綾波「ごめんなさい…あなたが深海棲艦かはわからないけど…」

 

倒した兵士達に薬液を注入する

 

綾波「……何で、私はこんな…どうして…」

 

こめかみに銃口を当て、引き金を引く

ガキッと音がして弾が詰まる

弾詰まりを解消し、もう一度引き金を引く

 

今度は弾が出ない…

 

綾波「……そうですよね、役目を投げ出してはいけませんよね…ごめんなさい、でも逃げたい…私…」

 

拳銃が手から落ちる

 

綾波「……おえっ……おええええ…っあ…はぁ…はぁ………ごめんなさい…頑張るから、逃げたりしないから、逃げられないから…」



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コーヒーブレイク

ドイツ 輸送機内

綾波

 

綾波「作戦完了、お疲れ様でした」

 

グラーフ「作戦というか、行き当たりばったりな戦いだったがな、しかし…彼らは大丈夫なのか?酷く苦しんでいた」

 

綾波「問題ありません、彼らは私がこの薬品を注入した結果ああなっているだけです、ちなみにこれの効果は体内の深海棲艦の細胞を殺して体内に増殖性の強いナノマシンを埋め込んでるんです」

 

グラーフ「ナノマシン?」

 

綾波「あなた達の使う艤装にはないですけど、旧式のシステムにはこれが含まれていました、身体の細胞を名のマシンに置き換えることで生命活動を無理やり正常に戻します」

 

グラーフ「……私はその手の話は理解できないが…」

 

綾波「大丈夫、私がわかっていれば問題ありませんから…さて、状況を再整理しましょうか、ここはドイツ軍の飛行場、この輸送機は私達が乗ってきたもの、ここまでは良いのですが…何故中にあるはずの機器類が何処かに運び出されているのでしょうか」

 

グラーフ「…盗まれた?」

 

綾波「"借りてるだけ"かもしれませんね、解体(バラ)して内部構造を理解したところで私じゃないと使えないんですけど…まあ、現状私にしか深海棲艦を人間に戻す手段はない…と思ってるなら、仕方ないか」

 

ため息を吐き、窓の外を眺める

 

綾波「しかし、ドイツ軍の一部は協力的でよかった、私達をどのくらい匿ってくれるかは置いておいて……この薬品をどうやって国中の人間に摂取させるか」

 

グラーフ「…素直に話してもダメか」

 

綾波「当たり前でしょう、名の知れた名医でも嫌ですよ、それにたくさんの人が苦しむ姿を見てますし…あ、それよりも私の姿が世界に広まるのが1番困るなぁ…たぶん撮られてないと思うけど」

 

グラーフ「何故だ?人助けをしているのに…」

 

綾波「顔が割れてないのはいろんなところで役に立ちますし……」

 

綾波(何より、アヤナミを疑う人が出てくる…いや、アヤナミが疑われるだけじゃなく何らかの被害を受ける可能性もある……私が顔を変えるべきだな)

 

綾波「整形外科でも探そうかな…」

 

グラーフ「セイケイ?金のことか」

 

綾波「生計じゃなくて、顔を変えたいんですよ」

 

グラーフ「日本語は難解だな」

 

綾波「でも喋れて便利でしょう?私のシステム」

 

グラーフ「…ああ、だが何で日本語を即インストールされるように設計したんだ?公用語は英語だ」

 

綾波「日本以外で内緒話をする時に英語で喋ると公用語故に内容が筒抜けになる、日本語を知らない相手なら何言ってもバレないから楽ですよ」

 

グラーフ「そこまで考えてたのか…?」

 

綾波「あ、ちなみに私の前で内緒話はしないほうがいいです、ドイツ語フランス語イタリア語ロシア語英語と各国の読唇術もマスターしてますから」

 

グラーフ(どこまで本当なのかまるでわからん)

 

綾波「ちなみにグラーフさんは心の中で物事をつぶやくとき唇が動きます、私は真実しか喋りませんよ」

 

グラーフ(本当に解るのか…!)

 

綾波「今度は唇は動きませんでしたが、その表情でわかります、答えはJawohl(はい)ですよ」

 

グラーフ「…本当に恐ろしいやつだ」

 

綾波「ふふふ…おや、そういえばあなたに頼んだ人たちは?」

 

グラーフ「ああ、そうだったな、入ってきてくれ」

 

4人が入ってくる

 

グラーフ「彼女達には事情を話した、理解し納得した上でここにいる、Linkに参加したいとのことだ」

 

綾波「成る程、では対応した艤装と名前を、本名は使わない方がいい、記録に残ると二度と消せませんから、私以外には」

 

艤装とネームタグを配る

 

綾波「それと、何より先に…あなた達に謝罪しなくてはなりません、ごめんなさい、私のせいであなた達の人生を縛りつけ、選択の余地を奪い、命懸けの戦いを強いることになりました…恨んでくれて構いません、しかし私と共にある限り、あなた達を可能な限り傷つけないように努力します」

 

深く、頭を下げる

 

綾波「それでは、よろしくお願いします、プリンツ・オイゲンさん、レーベレヒト・マースさん、マックス・シュルツさん、U-511さん」

 

プリンツ「よ、よろしくお願いします!」

 

レーベ「僕たちは何をすればいいのかな」

 

綾波「簡単です、ドーバー海峡を奪取します、そのためにフランスに行きましょう」

 

マックス「ドーバー海峡を?」

 

綾波「フランスとイギリスを繋ぐ海峡…というのはご存知ですよね?あそこを確保すればイギリスが救われます、陸路がない孤島は他国と比にならない苦しい境遇にありますから」

 

グラーフ「だが、フランスは協力的なのか?」

 

綾波「リシュリューさんが交渉中です、まあ問題はないでしょう」

 

グラーフ「なぜそう言える」

 

綾波「ドイツの港を間借りする約束を取り付けてあります、他の国は海を使えていないしドーバー海峡一つでも取り返せるのなら海を通る許可は喜んで出すでしょう」

 

グラーフ「そうか、流石に手が速いな…」

 

綾波「ちなみに英仏海峡トンネルは壊されてますしイギリスはかなり苦しい状況です、急いで助ける必要がありますね」

 

さて、そうなればイギリスには少しくらい協力的な姿勢を見せてほしいのだが

 

ユー「…あの、その……ユー、戦い方、わからない」

 

綾波「勿論戦い方は教えますよ、でもその前にやることがあるので……ちょっと首相に会いに連邦首相府まで遊びに行ってきますね」

 

グラーフ「ああ、わかっ……なんだと?!」

 

綾波「5時間で戻ります、それでは」

 

騒ぎ立てるグラーフさんを無視して輸送機を出る

 

 

 

5時間後

 

 

綾波「ただいま戻りました」

 

グラーフ「…きっかり5時間…か」

 

綾波「グラーフさん、コーヒーを淹れてくださいませんか?少し休みたくて」

 

グラーフさんが驚愕の表情をこちらに見せる

 

綾波「なんですか」

 

グラーフ「……よく私に頼んだな、貴様は自分が口にするものは誰にも任せないような奴だと思っていた」

 

綾波「正解です、私は基本的に誰かに私の飲食物を任せません、ですがLinkのメンバーなら話は別、でしょう?」

 

グラーフ「…信頼の証か、良いだろう、美味いコーヒーを淹れてやろう」

 

綾波「では奥の棚の3段目にある…コナで、フレンチに仕上げてあります、ミルはテーブルにありますから」

 

グラーフ(さらっと高いモノを…)

 

グラーフさんがコーヒー豆を挽き、湯を沸かす

 

グラーフ「Linkは随分と金が回ってるようだな」

 

綾波「いいえ、そんな事ありませんよ」

 

グラーフ「そうか?給与明細を期待したのだが」

 

綾波「それは各国から出ます、金額は一律になるようにしてますけど…ええと、電卓はここか……まず基本給、それと危険手当に…なんだっけ、まあ、各種手当を含んでこのくらいです」

 

電卓を見せる

 

グラーフ「…それは、円か」

 

綾波「ユーロですよ」

 

グラーフ「一般のサラリーマンの3倍はあるぞ…」

 

綾波「命懸けの仕事ならむしろ安いくらいです、特に我々の仕事は他よりも危険ですから、あとお湯沸きましたよ、グラーフさんは沸騰したお湯を使うんですか?」

 

グラーフ「また、今少し冷ます……こんなものか……しかし、その…日本はずいぶん裕福なようだな、貴様1人の部隊にこんな輸送機や…今は無いが研究機器を用意したり…」

 

綾波「…自前です、全部自分で買いました」

 

グラーフ「なっ……」

 

綾波「ちなみに日本政府からは一円ももらってません、なんなら日本政府はLinkの存在を知りません」

 

グラーフ「……」

 

声も出ないといった様子でこちらを見られる

 

綾波「なので全て私が揃えたものです」

 

グラーフ「…資産家だな…」

 

綾波「……そんな事ありませんよ、私は一文なしです、これを買う時も自分のお金は四分の一すら払えませんでした」

 

グラーフ「……また、訳がわからない…」

 

綾波「私は孤児なんです、親が居ない、施設で育った孤児…そして国の政策により横須賀に行き…拾われて宿毛湾に行き、深海棲艦になり、人間に戻されて今まで生きてきた」

 

グラーフ「…楽しかったか?」

 

グラーフさんがコーヒーカップと菓子をならべる

 

綾波「シュトーレン…これ、食べてみたかったんですよ、買ってきたんですか?」

 

菓子を一口頬張る

 

綾波「…へぇ……パサパサしてるのかと思ったらしっとりと滑らかで…難しそうですね…」

 

綾波(…もし、3人でクリスマスを迎えられることがあれば…敷ちゃん達にも食べさせたいな…)

 

グラーフ「……何故だろうな、貴様を見ていると不自然な感情が芽生える、まるで、そう、壊れた時計のようだ」

 

綾波「失礼な人ですね、楽しかったかでしたっけ?楽しかったですよ、少なくとも自身の目標に向かって突き進む時は……イムヤさんと逃げた時も、レ級さんと遊んだり喧嘩した時も、深海棲艦として……何もかもを破壊しようとして、倒された時も…そして、今も楽しいですよ」

 

グラーフ「…そうか」

 

グラーフ(さっきのシュトーレンを眺める様子、まるで何かを想うような…哀しげで、楽しげな表情…綾波は…ここに居るべきなのか?誰よりも何かを犠牲にしているような気がしてならない…)

 

綾波「…少なくとも、私は役割を投げ出すことはしません」

 

グラーフ「また唇の動きか」

 

綾波「いいえ、ただそう言わなくてはならない気がしました」

 

グラーフ「……話を変えよう、金はどう工面したんだ?」

 

綾波「借りました、国の機関や、あなた達の国、あとは急に降って湧いたお金に困っていたネット記者とか、とにかく誰でもよかった、いろんな人にこの安い頭を下げて、力を借りて……ようやく漕ぎ出せた」

 

グラーフ「…国が貸してくれるものなのか?」

 

綾波「正規の手段ではありません、間違いなくダメなことをしましたし、返すアテなんて有りませんが……まあ、この身を売るくらいなら喜んで」

 

グラーフ「…貴様は、自分が惜しく無いのか…?」

 

綾波「私1人で残存する人類を救えるのなら、私の身を滅ぼすことに躊躇いはありませんね」

 

いつのまにか空になったコーヒーカップをひっくり返し、眺める

 

綾波「……最悪ですね」

 

グラーフ「なにをやっている」

 

綾波「カフェドマンシー…所謂コーヒー占いです、私はどの分野においても天才らしい」

 

…もし、コーヒーカップの底にヒトが見えたのなら…

誰かを求めている証拠

 

綾波「そういえばここの首相は物分かりがいい人で助かりました、薬品を国中に散布してくれるそうですよ」

 

グラーフ「本当か!?」

 

綾波「まあ、正確には私が勝手に噴霧するんですけどね、深海棲艦の調査で飛び回る許可をもらっただけなので」

 

グラーフ「おい、それでは一瞬で協力関係が破綻するぞ!」

 

綾波「大丈夫、うまくやりますから、それとプリンツさん達のLink参加も認めさせましたし…でも、まだまだ仕事が多いなぁ…」

 

さて、速い手段はある…

 

ドーバー海峡を奪取する

 

ドーバー海峡に居るであろう2体の深海棲艦を破壊する

 

人が人の形のまま深海棲艦になる現象、これの正体を明かすには…関わっているであろう奴らから詳細を聞き出すのが1番楽だ

 

綾波(でも、それだと……何人死ぬかな、ああ、前の私なら迷わずそうしてたのに…めんどくさいことばっかりして…でも、頑張らないと)



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ミステイク

輸送機内

綾波

 

綾波「直接注射するよりは不確かな手段ですがこの際こだわりは要りません、散布の用意は?」

 

グラーフ「完了している、だが屋内にいるものには聞かないのでは無いか?」

 

綾波「その辺は、後から潰せば良い…ドイツでの仕事はこれで終わりにしましょう、陸戦は私たちの専門では有りませんから」

 

朧「散布開始、薬液の散布問題なく進んでるよ」

 

綾波「良し…」

 

グラーフ「……ナノマシンを使うといっていたが、問題はないんだろうな…?」

 

綾波「このナノマシンが喰らうのは死んだ細胞だけ、つまり深海棲艦の細胞だけです、死体とか食肉には反応はしますが繁殖する為の熱エネルギーが足りずに死滅します」

 

グラーフ「地面に落ちたナノマシンに対する太陽光や調理した熱い食べ物は?」

 

綾波「ナノマシンが繁殖したとしても、これには何も宿っていません、謂わば義手や義足のような物です、それだけ有っても意味がない、アタマが必要になる」

 

グラーフ「つまり、問題ないんだな?」

 

綾波「大丈夫、何かあっても後始末は私がします……っと?」

 

警告音が機内に響く

 

グラーフ「な、何が起きている!?」

 

綾波「深海棲艦の攻撃ですね…ミサイルか、左舷、フレア射出」

 

フレアをばら撒き、ミサイルを誘導する

 

綾波「熱感知ならなんとでもなりますが、問題は対空砲…アナログに干渉するのは難しいんですよねぇ…」

 

さっさと操作板をいじる

 

グラーフ「どうする、こんな無茶な事をするとは思わなかったぞ…!」

 

綾波「あなたはそうでしょう、でも私は想定済みです、後2回攻撃されたらこちらから攻撃する許可も取ってます、後ろの棚に書面、後音声記録、向こうは冗談程度に思ってたみたいですが」

 

グラーフ「…バケモノか、貴様は…」

 

綾波「ええ、文字通り二度化けました」

 

オートパイロットを起動し、パラシュートを背負う

 

朧「え、綾波?」

 

綾波「ただ、アナログに落とされる可能性も充分あるので、安全確保のために私は下に張り付きますね」

 

グラーフ「飛び降りるのか!?」

 

綾波「違いますよ、ブーツが脱げてワイヤが切れた時用のパラシュートです、私はこの機の底に張り付くんですよ」

 

朧「え、いや、意味わからないんだけど」

 

綾波「このブーツ電磁石が入ってて、それで底に貼り付けるんです、わかりました?」

 

グラーフ「わかる訳ないだろう、何をしたいんだ貴様は」

 

綾波「ま、そういう事で」

 

ハッチを開き、安全具をつけて輸送機の底面に逆さに立つように磁石で張り付く

 

綾波「……寒っ」

 

高度5000メートル、速度300ノット

普通なら死にかねないな

 

綾波(まー、問題ないでしょう…)

 

かちゃりかちゃりと安全具を鳴らしながら歩く

 

綾波「はー、毛布ほしい…」

 

カートリッジを起動する

炎が私を包み込む

 

綾波(…凍死…には時間が足りないか、滑走路に突っ込んでも何故か生き残るんだろうな……なんにせよ、温かい…)

 

赤々と炎が燃える

 

綾波「……きましたか、機銃での射撃……さあ、曙さんの真似をしましょう」

 

手を、地に向けて振り上げる

炎が対空砲の弾を悉く溶かし、空中で炸裂させる

 

綾波「落っこちないでくださいよ、民間人に当たったらどうなるか…しかし、逆に暑くなってきた…」

 

攻撃が止むまで、それを続けるほかない…

しかし、何事も有限だ、この力は私の体力を消費する…

 

綾波「……疲れて、きた…」

 

ワイヤーがピンと張る位置に移動し、電磁石を切り、ハッチを軸に振り子のように揺れながら輸送機の内部に戻る

 

綾波「…ふぅ…よく曙さんはこれを使えるな…さすが適格者…私じゃキツイ…」

 

黄昏の書・炎のカートリッジを切り、収納する

 

朧「綾波、予定ルートの60%が完了してるよ」

 

綾波「進路変更、戻ります…今なら私が死ねそうなので」

 

今頃地上は阿鼻叫喚だろう、深海棲艦を判断する装置で街中を観測したが、実に約40%もの人間が深海棲艦に変質しつつある状態だった

つまり、10人いれば4人はいきなりのたうち回って苦しむのだ、きっと酷い事になるに違いない

 

グラーフ「残りの薬品はどうする」

 

綾波「全てドイツに…いや、EUに提供します、ドイツはいい宣伝になるでしょう」

 

グラーフ「言ってる事だけ聞けば、悪い意味にしか取れんが」

 

綾波「それよりグラーフさん、食べ物と飲み物が欲しいです」

 

グラーフ「…わかった、直ぐに用意しよう」

 

床に倒れ込み、全身を冷たい床に押し当てる

 

綾波「気持ちいい…疲れた…」

 

朧「だ、だらしないよ?綾波…」

 

綾波「……今の私、余力がないんです…グラーフさん私からなんでも聞き出そうとするし…面倒なんです…」

 

体が冷え始めた頃に嫌々と立ち上がり、操縦席に体を投げ出す

 

グラーフ「待たせたな、ハムとチーズのサンドイッチだ、コーヒーは勝手に使わせて貰った」

 

綾波「どうも…ああ、生き返る感じがします…」

 

人間の身体は、これが無いと動かない…

体で熱エネルギーに変換されていくのがわかる…

 

綾波「下に降りたらリシュリューさんに何か作ってもらいましょう、彼女は料理が得意と言っていましたから」

 

あと少しだけ、そうすれば私の仕事はやっと一つ終わる

 

綾波「…っと、そうか、そうくるか」

 

眉間を親指と人差し指で力一杯に摘む

 

グラーフ「…どうしたんだ?」

 

綾波「我々はドイツに嫌われたようです、事前に話しておいたのですが、約束を反故にされたのかな」

 

認識できる限りでは、着陸予定地点には戦車に装甲車、兵士も山のように…

 

綾波(優秀だと引く手数多で辛いですねぇ…)

 

朧「何が起きてるの?」

 

綾波「私たちを捕まえるつもりのようです、差し詰め…昨日薬を注入した兵士たちが治癒したので私を飼いたいのでしょう、飼い殺しはごめんです、このままドイツを出ようかなぁ…」

 

グラーフ「何?どこに行くんだ」

 

綾波「イギリスですかね、話は既につけてあるので」

 

グラーフ「これも予測済みだったのか…?」

 

綾波「いいえ、でもサブプランは立てておく物ですよ…使うつもりはなかったけど」

 

燃料はギリギリ、突風一つで私のプランが崩れてしまう…どうしたものか

風一つに吹き崩されるプランなんて、私らしく無い…

 

グラーフ「イギリスに行くんだな?」

 

綾波「…止むを得ませんから」

 

……本当に、私らしく無い、私の邪魔をするものなんて力づくで排除すればいい、甘すぎる

甘さは正しいのか?必要なのか?私がやっていることはなんだ?彼らが私に向けているのはなんだ?考えろ、考えるのをやめるな

 

幸いにもドイツ軍は攻撃をして来ず、北海まで逃げる事は成功した

研究機材の回収を諦めたことも痛いが…

なにより、私が結末から目を背けたことが問題だ

あの薬品を使い、何が起こるのかを見届ける必要が有ったのに

間違いがあるなら私が直接正す必要があったのに

 

 

 

 

 

 

綾波「っ……?」

 

いつ、気を失った?

何が起きた?

 

輸送機が、墜ちている…ここは何処だ?

 

綾波「……どう、なって…何が起きて…」

 

ああ、そうだった…北海を飛んでいる時に、深海棲艦の攻撃を受けたんだ…

なんで私は防御体制を取らなかった?カートリッジで守れたはずだ、なのになぜ何もしなかった?

 

綾波「いや、そんなことどうでもいい…!」

 

周りは火の海、瓦礫の山…私以外の人員はどうなった

 

綾波「朧さん!…グラーフさん!リシュリューさん!タシュケントさん!ザラさん!…誰か!!返事を!」

 

立ち上がり、瓦礫を押し除け、探す

誰か、絶対に…死んでなんかいない

助けなきゃいけない…

 

なんで、私は傷一つないの?

なんで私は何処も痛くないの?

私は怪我一つせず、周りにだけ不幸が降り注ぐ

 

これが地獄だというのなら…筋違いだ、善良な人たちを犠牲にして私に罰を与える事を天が望むのなら、私が天すらも壊してやる…

 

綾波「…っ…あ…ぐ……」

 

目眩、吐き気…脳震盪でも起こしたのか

いや、そんな感じじゃない、ただのストレスだ、命には、関わらない

 

 

 

 

綾波「…全員、居た」

 

瓦礫の山を撤去し、漸く底に埋まった彼女達を安全な位置に移動させることができた…

しかし、薬品類は、グチャグチャに潰されていたり、土煙をかぶっていたり、衛生面からも使えない…

生きてはいる、大きい怪我もないように見えるが…このままじゃダメだ、病院に連れて行かないと

 

綾波「……少しだけ、耐えてください…」

 

こうなっては仕方ない、私は私の道理で動く事を選ぶ

車をなんとか手に入れて近くの病院に運び込まないといけない…

 

気配…何かが、近づく気配

邪な、何か…

 

綾波「ああ……」

 

反吐が出る、そうか、そうなのか…だったら納得がいく

 

両手にカートリッジを持ち、起動しようとして、止まる

 

"相手"はこちらの生存にまだ気付いていない

なら、なによりも優先すべきは…なんだ?

ここで怒りを発散する事なのか?間違えるな…

私がやれなきゃいけないのは、何なのかよく考えろ!

止まれ、私は何かに呑まれない、いつものように振る舞え、いつものように生きろ、そうすれば私1人で済む

一瞬が、生死を分ける

それが私の生死なら構わない、だが私のものではない、罪なき人の命なら…それは許されない

 

幸運にも相手はまだこちらに気付いていない、なら急いで…

どう運ぶ?どうする?考えろ、考えろ

 

浮かぶのは正しいとは到底いえないような手段ばかり

しかし迷わず実行するしか、ないわけだ

 

朧さんを背負い、ほか8名の艤装にアクセスし、無理やり体を動かす

ナノマシンや艤装接続部につながる神経をこちらで操作し、意識のない身体を人形のように操り、ゆっくりとこの場を去るしかない

 

綾波「…!」

 

目が合った

あの、忌々しいヤツと

 

駆逐古鬼「居タゾ!ソコダ!追エ!」

 

思えばこれも、私のせいだ

私がこいつのアジトを荒らしたからここにこんなヤツがきてしまった

私の余罪はあとどれほどあるのか、でも…

 

綾波「……」

 

奥歯が軋む、苛立ちが治らない

そうだ、こいつのやってる事は合理的だ、弱った敵を叩くのは賢い手段だ…だが、阿呆に負けるのは腹立たしい

 

片手で改二カートリッジを起動し、挿入する

駆逐古鬼に背を向け、急いでその場を離れ、先ほどまで立っていた位置を吹き飛ばす

 

綾波(…追ってこないで……来たら、私は誰も守れない…)

 

 

 

 

 

不時着した地点から数百メートルで街に入ることができた

幸運にも追撃はなく、病院へとスムーズに入り込むことに成功し、全員が検査を受けることができた

ここで問題になるのは、今の私は1円たりとも…いや1ペニーもない

体内に組み込んだ多少の電子機器ではできることも限られる

病院代はおろか、宿代や飲食物もどうしようもない

 

綾波「……はぁ…」

 

いくら私でも、ため息をつくことしかできないこともある

イギリスの軍に話はつけてあるとは言ったものの、見た目女児の私がそんな事を喋っても信じてはくれないだろう

 

程なくやってきた警察との話し合いは難航を極めた

こちらの主張は一切通らず、軍に話が行く様子もない

深海棲艦にやられた、と言っても私たちが密入国者でパイロットなどが見当たらないことから何か隠していると話にならない

 

結局頭痛に悩ませられながら私はその日を牢屋で明かすことになった

 

 

 

 

綾波「くぁ…あ…」

 

欠伸をし、眠気を露わにしながら考え事をする

流石に一晩経てばちゃんとした人間が話を聞きにくるだろう…

アジア人であることは分かっている様子だが、何人かはバレていない、そして喋れる言語は多彩…

何処の大使館に話を送るか困り果てた警官の顔を眺めるつもりもない

 

綾波「……え…?」

 

爆発音や砲音

悲鳴や怒号

そして、ここまではっきりと漂う血の匂い

 

テロでも起きたのか?そうじゃないだろう

寝ぼけている暇はない、何が起きたのかは明白だ

私を殺しに来た、駆逐古鬼がここまで追ってきた…

なぜ一晩おいたのかはわからないが、まず間違いなく…駆逐古鬼だ

 

私は衣服以外は全て没収され、何も戦闘手段がないというのに

 

いや、それよりも…私のせいでまた人が死ぬ

私のせいで罪なき人が殺されているのに、こんなシェルターに居る自分が1番、許せない

 

綾波「……出なきゃ」

 

カートリッジもない

艤装もない

身一つで牢屋から出るには?

何処にも出口はない、私はどうやって…

 

綾波「ッ!!…?」

 

牢屋の壁が吹き飛ぶ

 

プリンツ「た、助けに来たんですけど…」

 

レーベ「本当に牢屋に入ってるとは思わなかった…」

 

綾波「な、なんでここが…」

 

朧「アタシの鼻なら2キロ離れててもわかるよ、綾波」

 

綾波「朧さん…?いや、それより貴方達、動いても大丈夫なんですか…!」

 

プリンツ「多分…」

 

レーベ「グラーフ達はまだ動けないね…」

 

朧「アタシも、戦うにはちょっとキツイかな…」

 

綾波「……そうか、プリンツさんとレーベさん…貴方達はナノマシンの影響で治癒力が上がってるんだった…マックスさんとユーさんは!?」

 

プリンツ「外で見張りを…」

 

綾波「……よし、プリンツさん、朧さんを安全な場所に、私がなんとかしますから」

 

レーベ「1人で?」

 

綾波「いいえ、貴方達の力が必要です…戦い方を教えます…1人でも多く、助けるための戦い方を」



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化学兵器

イギリス 市街

綾波

 

綾波「良いですか!まず武器が必要です、此処は一応軍人の詰所の様なところみたいですし、とにかく重火器と爆弾を中心にかき集めてください!」

 

レーベ「わ、わかった!」

 

周囲を探索し、とにかく使えそうなものを探す

 

綾波(…洗剤…深海棲艦は毒薬の耐性は案外低い、だが…民間人を巻き込みかねない…いや、持っていくべきだ、巻き込まれる位置にいるなら既に死んでいる…)

 

非情なようだが、できる最善を尽くすしか、今の私にはない

 

綾波「これだけ有ればいい…マックスさん!ユーさん!これを使ってください」

 

マックス「ら、ライフル…!?あれに効くの!?」

 

綾波「効きません、しかし足止めにはなる、護身用に使ってください…あとこれ、有効打になるのはコレだけです」

 

ユー「グレネード…」

 

レーベ「僕たちはどう戦えば良いの…!?」

 

綾波「まず、貴方達にはナノマシンを注入してあります、それは旧式ですが感情で運動性能が向上します、とにかく怯えは捨ててください、生き残る、敵を倒すことだけを考えてください…難しいでしょうが、とにかく今の貴方達が生き残るにはそれしかない」

 

マックス「倒す事って…」

 

綾波「手本は、見せましょう」

 

ハンドガンを手に取り、街に出る

逃げ惑う人々、そしてそれを追いかける駆逐級や軽巡級の深海棲艦…

 

綾波「…狙いはあの白い部位です、目も有効です、とにかく肉質の柔らかい部位を狙い、ダメージを与えて足を止めてください」

 

イ級を撃ち抜く

悶え、苦しむ様子で動きを止める

 

綾波「……何よりも優先すべきは、自らの命です、良いですか、敵は南から侵攻している、北に逃げてください、できるだけの人を守りながら、何より自分を守りながら」

 

ユー「わ、わかりました…!」

 

綾波「困った事があったらとにかく声を出して私に助けを求めてください、無線をオンラインにしてあります、私は…」

 

カートリッジを、探さなくては…アレがあれば、この辺りの深海棲艦を全て消し飛ばす事も…

いや…ここにあるのか?……不確かなことに、命を賭けるのが私のやることか?

私らしく、行け

 

綾波「私は、高所から皆さんを援護しつつ指示を出します!良いですか!」

 

レーベ「了解!」

 

マックス「とにかく足さえ狙えば…」

 

ユー「う、うん…」

 

3人が方々に散るのを確認し、大きく息を吸い込む

 

綾波「私は、此処だ!かかってこい!!駆逐古鬼!!」

 

目的が私なのなら、誰かを巻き込む真似は許さない

そんな事を、認めたりはしない

 

例え誰が許しても、天が許したとしても、例え神が許したとしても…私は、許さない…覚悟しろ

 

綾波「…縊り殺して、あげましょう…」

 

不可能だ、頭の中でそう結論付けられた

だけど、何一つ関係ない

何一つ、問題なんてない

 

私がやる事に何一つ澱みなどない

私の前に立ち塞がる障害は解剖し、理解した上で殺す

 

綾波「……っ…」

 

体内の機器を操作し、運動性能を可能な限り上げる

 

高く飛び上がり、屋根に乗り、ライフルを構えて敵を撃ち抜く

 

綾波「戦闘記録は…!確か、見たはずだ、キタカミさんのやり方を…思い出せば…」

 

とにかく、私にできる全てを

 

ハンドガンを幾つかばら撒き、そのトリガーを狙い撃つ

撃つ、撃つ、ただ撃ち続け、壊れるまで…!

ハンドガンが放った弾が深海棲艦を撃ち抜こうとも、南から溢れんばかりに押し寄せる深海棲艦が私へと向かってくる

 

綾波「…足りないか、なら……なりふりは構わない、コルベニク!力を貸してください!!」

 

目に熱が籠り、思わず手で抑える

 

綾波「あぁぁぁっ…ぁ…がっ……クローンの肉体じゃ、フルパワーは…厳しい、か…!」

 

だけど、もう止まらない…

引き金は引いた、撃鉄が弾の雷管を押したのだ、あとは発射された弾が着弾するのを待つのみ

 

綾波「か……ぁ…っ……ああぁぁぁぁぁっ!……アハッ」

 

屋根から飛び降り、深海棲艦をひと睨みする

津波のように止まる事を知らない深海棲艦が私1人の、目だけで…ようやく、停止する

 

綾波「…こちら綾波、伝達、全員撤退の速度を上げなさい」

 

レーベ『りょ、了解…」

 

ユー『な、なんだか雰囲気…怖い…』

 

綾波「そんな事はありませんよ、この仕事が終わったら貴方達の歓迎会も兼ねてみんなで美味しいものでも食べましょう、バームクーヘンとか、食べたいですね」

 

ああ、良いな…

きっと、楽しいのだろうな…

素敵なのだろうな…その、光景は…私にはとても勿体無いくらいに

 

綾波「……駆逐古鬼は、来ないか…」

 

二体の深海棲艦が、こちらへとゆっくり歩を進める

 

欧州水鬼「…貴様ガ、綾波…」

 

欧州棲姫「…オロカナ、ヤツ…」

 

綾波「一つ、取り決めをしましょうか」

 

手をパンと音を立てて合わせる

 

綾波「私が貴方達2人を叩きのめしたら、大人しく全部引き上げてください」

 

欧州棲姫「バカナノ?愚カ者メ」

 

綾波「できたらで良いですよ」

 

欧州水鬼「私達ガ勝ッタ場合、メリットハナインダロウ」

 

綾波「有ります」

 

欧州水鬼「何…?」

 

ああ、右目が熱い、きっと…紋様が強く輝いているせい

私に求めてくる、私に、勝利を…最強の証明を

 

綾波「この目と…改二カートリッジを贈呈しましょう……最強の、力を」

 

欧州水鬼「……綾波・改二…ソノチカラハ…キイテイルゾ」

 

綾波「全て、差し上げましょう」

 

欧州水鬼「乗ッタ」

 

欧州棲姫「何!?何ヲ勝手ナ…!」

 

綾波「……さあ、科学の授業を始めましょうか」

 

洗剤を並べる

 

欧州水鬼「…オイ、何ヲ…」

 

綾波「わかりやすい説明をしてあげます、ここに混ぜちゃいけないって書いてあるんです、酸性の洗剤なんですけど」

 

欧州棲姫「マサカ…」

 

綾波「これと塩素系のものを合わせると、塩素ガスができます」

 

洗剤を流し、蓋をしたボトルを両手に持つ

 

綾波「私は素手なんですから多少は許してくれますよね?」

 

ボトルをよーく振ってから投げ、撃ち抜く

泡が周囲に撒き散らされる

 

欧州水鬼「クッ!?ア、危ナイダロウガ!!」

 

欧州棲姫「ハ、離レナイト!」

 

欧州水鬼「……オイ、奴ハ何処ニ行ッタ」

 

欧州棲姫「逃ゲタ…!?」

 

背後から、2人の髪を掴む

 

綾波「誰が逃げますか…」

 

強く引っ張り、肘を2人のうなじにあて、首をへし折る

 

欧州水鬼「ガァァァァァッ!?」

 

欧州棲姫「ゴッ!ガボッガバガッ!?」

 

綾波(折れろ!折れろ…!折れろ!!)

 

嫌な音がして、首があらぬ方向に曲がった2人が力なく崩れ落ちる

 

綾波「……この程度で死んでくれるなら、楽なんですけどね…っ…コルベニク、ダメ……力が弱って、コレじゃデータドレインが使えない…!」

 

使えないのなら使わない、他の手段をとる

 

綾波「…生き返らないように…」

 

とにかく、叩きのめして、壊して、時間を稼ぐしか…

 

綾波「……ぁ…」

 

目が、霞む

周りが真っ白になって、眠くて…

 

綾波(ダメ、ダメダメダメ…)

 

私の意思と反して、意識は闇へと落ちていく

 

 

 

 

 

 

 

病棟

 

綾波「っ!」

 

…患者が着せられる、病衣…

そして、そこそこ柔らかいベッド…周りを取り囲む、見知った顔…といっても1人を除いてみんな寝ているのだが…

 

朧「綾波…良かった、起きたんだね…」

 

綾波「どう、なって……なんで、私は生きて…?」

 

朧「綾波、立ったまま気絶してたんだって…」

 

綾波「…え?」

 

朧「綾波の前に、地面を削って『今回はお前の勝ちだ』って書いてあったらしくてさ…」

 

綾波「……そう、ですか」

 

約束を守った…か

いや、あんな不意打ちに律儀に対応されても困る…

 

綾波「…それで、ここは」

 

朧「その…一応、アタシ達がLinkだってことは信用してもらえたみたい、それでここはイギリス軍の基地の中、病棟…かな?」

 

綾波「……そうですか」

 

とにかく、私は助かってしまったのだろう

大量の命を犠牲にして

 

綾波「今、何時ですか?」

 

朧「朝の4時かな」

 

綾波「よく起きてますね…」

 

朧「時差があるから、実はドイツにいた時も変な時間に起きちゃったり、お昼に眠かったりして」

 

綾波「…みんなが起きるまで、ゆっくりとしてましょう……それより、怪我の具合は?」

 

朧「なんともないよ、痛みはまだあるけど、戦える」

 

綾波「ならダメです、痛みがあるなら異常がある、療養してください……他の方は無事なんですか?座って寝てますけど…」

 

朧「リシュリューさんは手の指を何本か骨折したみたい、ザラさんは全くの無傷、ショックによる気絶だったみたいだよ」

 

綾波「グラーフさんは」

 

朧「頭をぶつけたみたいだけど、検査では問題なしだったみたい、タシュケントさんは腰を打って立てないって言ってたけど、22時ぐらいに歩き回ってたし…みんな無事だよ」

 

綾波「……奇跡、か」

 

朧「そうだね、でも綾波のおかげだよ」

 

綾波「え?」

 

朧「不時着する前にちゃんと安全対策を指示してくれたし、輸送機も壊れちゃったけど…おかげで軽い怪我で済んだんだと思ってる」

 

綾波「……私の不注意で落とされた、それに高度を落としていなければパラシュートでの脱出もできました」

 

朧「でも、綾波は残って人のいない所に落とそうとする…んじゃないかな」

 

綾波「…知りませんよ、そうならない限り」

 

ペースが、乱されるな…

 

綾波「明日、輸送機から回収できるものを回収します、戦闘も想定されますし……早い所ここの責任者と話をつけたいんですけど」

 

朧「…綾波、その身体で大丈夫?」

 

綾波「……酷いですか」

 

鏡を見せられる

右目を中心に顔に大きな亀裂…のような痕

痛みは無いが、この身体は限界ということか

しかしLinkのベースに戻らないとスペアのボディは使えないし、どうしようもない

 

私は私を殺すことに躊躇いはない、だがそれによって…周りに被害をもたらすのは違う…

ここで死ねば誰も助からない…か

改二カートリッジももはや使えないだろう、言わずもがな黄昏の書もそうだ

 

今の私は、頭でっかちで、足手纏いな…お荷物

 

 

 

 

そこから数時間経ち、責任者に呼び出され、詳細な話し合いを2時間かけて行った

イギリスの要求は簡単だった、私にあの2体を仕留めて欲しいとのことだった

 

理由は単純、ドーバー海峡を通れないからだ…

ドーバー海峡を通れるようにしろ、これこそが本当の要求…例え首を並べても納得はしてくれない…

 

それに私は首を縦に振るしかない

だけど、私はどうしたら…いや、手段は、ただ一つ…

 

とにかく、時間をかけるしかない

準備が必要だ

 

戦うための準備…



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襲撃イベント

イギリス軍 病棟

綾波

 

綾波「とりあえず、これ…ええと、ここで活動する間のお小遣いです、みなさんの艤装はいまイギリス軍の方々が回収に向かってくれています」

 

渡された活動資金の一部を配る

 

グラーフ「…なるほどな、イギリスは随分と懐が広い」

 

綾波「実績があるからです、すでにドイツのことはニュースになっているし、また一つをレーベさん達のおかげで守り切れた…半分くらい壊されたし、たくさんの人を犠牲にしてはいますが…数字として見れば、少ない方です」

 

 

朧「それで、アタシ達はどうするの?」

 

綾波「日本に帰る手段も必要ですし、それについても交渉します、ドーバー海峡を通れるようにすれば…その、ヨーロッパからは一度手を引くつもりです、ドーバー海峡を通ってフランスからロシアまで移動し、樺太から降れば最も安全に日本に帰れます」

 

リシュリュー「フランス…ついでにディジョンに寄るのはどう?」

 

綾波「勘弁してください、そんな余裕は恐らくないです」

 

リシュリュー「一目、見ておいて欲しかったけど」

 

綾波「……そういう事でしたら、知ってますよ、随分復興が早かったので」

 

リシュリュー「…そう、あなたにこっぴどくやられたから、必死に街を立て直したのよ」

 

ザラ「まあまあ、責める事ないじゃないですか」

 

リシュリュー「……責めたいわけじゃない、ただ、反省して欲しいだけ」

 

ザラ「綾波さんはイタリアにも来ましたけど、なーんにもしませんでしたよ?」

 

綾波「まあ、あの時は観光目的でしたから」

 

リシュリュー「深海棲艦が現れたら騒ぎになるでしょ…」

 

ザラ「だから敢えて深海棲艦を見たことがある人の少ない、内陸のディジョンに行ったんじゃないんですか?」

 

綾波「まあ…そうですね、リシュリューさんに見つかって殺されそうになりましたけど…」

 

リシュリュー「…何、ザラは私が悪いって言いたいの?」

 

ザラ「そうじゃないですけど、綾波さんを一方的に恨むのは少し違うんじゃないかなって、タシュケントさんは全然良いんですけどね」

 

タシュケント「いや…こっちも交渉をふいにした奴が悪いっていうか…協力関係の話し合いに来た綾波を見下してた奴が悪いっていうか…」

 

ザラ「え、そうなんですか?ドイツも何機か落とされたくらいで特に何かされたわけじゃないんですよね?」

 

グラーフ「私はもう恨んでいない、それよりもザラ、貴様は随分綾波と親しげだな」

 

ザラ「まあ、一緒にカフェで過ごした仲ですからね、奢ってもらいましたし」

 

綾波「ああ、別に5ユーロくらい気にしなくても…」

 

朧(それだけで庇ってたの…!?)

 

ザラ「イタリアとしては恨みは全くないし、話してみると良い人だし、私は深海棲艦は嫌いでしたけど、それは悪いことをたくさんしてきたから、綾波さんは自分から悪いことをしてるのは…」

 

ザラさんが朧さんを見る

 

朧「…まあ、沢山やられたね、うん」

 

グラーフ「……気になるんだが、日本の奴らはどうやって綾波を倒したんだ」

 

綾波「簡単ですよ、バケモノが沢山いただけです」

 

グラーフ「…バケモノだと?」

 

綾波「全くもって、イリーガルな人達です」

 

思えばキタカミさんとアケボノさんは碑文の力を失っていない、だから私をあそこまで追い詰めた…瑞鶴さんも面倒だったな

神通さんも碑文の力を使い私にダメージを与えている

もし、全員が万全なら…碑文の力を全員が失っておらず、万全ならば私はもっとあっさり倒されていたかもしれない

 

なら、その力を取り戻す手伝いをするのはどうか

今行方不明のカートリッジ二つが敵に渡った時のことを考えるなら…

 

綾波「…さて、それでは私呼び出されてるので」

 

朧「呼び出されてる?」

 

綾波「ええ、まあ……ちょっと、ね」

 

 

 

 

 

車に揺られ、運ばれるのは気分が悪い

今の私の服装はとても見られたものではない、制服もまともな物は残ってなかったのだろう、貸し与えられた正装に身を包み、案内された通りに進む

 

綾波「これは…」

 

なんとも、まるで絵画のようではないか 

整った足並み、つま先一つ、一ミリだろうと飛び出すことのない整った隊列の奥には、この国の艦娘

 

綾波(なるほど、あの型は右がネルソン、左がウォースパイトか…となると、真ん中は…)

 

ああ、笑ってしまいそうだ

ドミノ並べは私が最も苦手なことの一つ、理由は簡単、途中で倒してしまうからだ

ああ、早く倒したい、そうやって私の衝動は私を掻き立てる

 

ネルソン「貴様が、Linkの代表か」

 

綺麗な英語、これをリスニングのCDにすればきっと平均点は上がるだろうな

 

綾波「初めまして、綾波と申します」

 

深く礼をする

 

ウォースパイト「街、そしてそこに住む人々を守る働きに感謝します」

 

綾波「…ここに招いていただいたことが最大の労いです、その言葉はあまりにも恐れ多い」

 

ネルソン「随分殊勝なことだ、聞いていた話とはまるで違うな」

 

綾波「クイーンの御前で無礼な態度など、私にはとても」

 

顔をあげ、笑う

 

ネルソン「貴様がここにいま居られるのは全て…」

 

綾波「ええ、存じております、この身に有り余ることです」

 

様式の整った言葉をいくつか受け、改めて深海棲艦の討伐を命じられた

それだけの為にこの肩のこるような時間を過ごした…と思うと、中々なものだが

 

綾波「んっ……んー…やはり、疲れますね」

 

ああ、いけない

私はあの場にいる間ずっと頭の中で考え事をしていた

 

暴れてみたらどうなるのだろう

ここで、何をしたらめちゃくちゃになるのだろう

 

私は疼きを抑えるのに必死で言葉を選ぶ余裕もなかったものだ

演技は疲れる、たとえどんなに演技に慣れても、本当の私は常に解放を求めている

 

一人で、ゆっくりと過ごせる時間が欲しい……心を休められる時間が…

 

 

 

綾波「回収できたのはこれだけですか」

 

グラーフ「らしいな、全員艤装の一部が破損している」

 

朧「アタシのは主砲がやられてる…砲身だけ外せば問題ないかな、というか脚部艤装…傷一つないんだけど」

 

綾波「まあ、Oパーツですからね、それ」

 

朧(明石さんよく手を加えられたな…)

 

リシュリュー「……」

 

綾波「あなたは手の怪我が完治するまでは参戦しなくて構いません、大丈夫、暇はさせませんから」

 

リシュリュー「…期待しておくわ」

 

タシュケント「機関部がダメになってるからコレじゃ水上戦ができないよ…」

 

綾波「とりあえず、壊れたものは修理します、私に渡してください、あと英語を喋れる方は?」

 

朧「…一応、ちょっとなら」

 

綾波「誰に教わりましたか?」

 

朧「キタカミさん…」

 

綾波「あの人も大概なんでもできますねぇ…よし、じゃあ朧さんはリシュリューさんと買い物に、メモを渡すので、あともし何かあったら容赦なく叩きのめして良いですからね」

 

朧「そ、そんな事しないよ…?」

 

グラーフ「私達はどうすればいい」

 

綾波「条件に合う建物を探してください、これを読んで」

 

グラーフ「な、なんだこれ…」

 

綾波「タシュケントさんも一緒に行ってください、プリンツさん達には艤装を与えるところからだし…忙しくなるな…」

 

私の身体、持つといいけど

 

 

 

 

 

全員を送り出し、艤装の整備をそこそこにパソコンを借りる

The・Worldにアクセスし、JPサーバーを選択し、ログインを試みる

 

綾波「……なるほど、回線状況が最悪ですね…後でこっちも色々試さなきゃな…」

 

 

 

 

 

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

双剣士 カイト

 

カイト「これは…!」

 

ブラックローズ「な、何が起きて…!?」

 

タウンに大量になだれ込んでくるモンスター…

 

カイト「モンスター襲撃イベント…!?古いバージョンにはあったって聞いたことあるけど、実際に遭遇するのは初めてだ…」

 

周囲のゴブリンやハーピーを撃破しながら辺りを進む

 

ブラックローズ「あ、アレ!」

 

対岸のモンスターがものすごい勢いで撃破されていく

 

カイト「あれは…オルカ!?」

 

蒼海のオルカ、The・Worldにおける伝説のプレイヤーの一人

.hackersのメンバーにしてフィアナの末裔の称号を持つ、リアルの僕の親友で…

 

ブラックローズ「なんでここに…カイト、ここがアンタらの戦った…?」

 

カイト「違う、僕がThe・Worldを始めた頃にはこのイベントは削除されてたんだ、つまり…これは僕がThe・Worldを始める前…」

 

でも、ここが別の世界なら或いは…

 

周囲のPCの動きが止まる

 

カイト「っ!?……あ、あれは…」

 

色黒の肌と軽装の装備が特徴的な重槍使いがモンスターの波を割る

たった1人で…何人分もの…

 

ブラックローズ「見惚れてんなよ!やられるぞ!」

 

カイト(アルビレオさん…渡会さんもまさかここに…!)

 

双剣を振り抜き、真上のハーピーを斬り落とす

 

カイト「行こう!」

 

ブラックローズ「わかってる!」

 

 

 

重槍士 青葉

 

青葉「ダブルスィーブ!!」

 

道を塞ぐ4体のオークを斬り倒すも、すぐに他のモンスターが押し寄せてくる

 

青葉「これ、どうなれば終わりなの…!?」

 

オルカ[この構成ならボスはデーモン系だな!]

 

全体チャットに文が流れる

 

青葉「ボスがいるんだ…なら、ソレを倒せば!!」

 

周囲のモンスターを薙ぎ払い、進む

周りのモンスターにやられたPCが賞賛の声をもらす

 

青葉「っ!」

 

対岸の重槍使いと一瞬目が合う

 

青葉「アルビレオさん!?」

 

槍の射程を最大限活かし、振り抜き、モンスターを薙ぎ払い、もう一度確認した時にはアルビレオさんはそこには居なかった

 

青葉(持ってた槍が違ったし、小さな女の子を連れていた様に見えたけど…とにかく追おう!話を聞けるかも!)

 

モンスターが吹き飛んでいく辺りを目指し、呪符を使いながら進む

 

マク・アヌの中央の橋に巨大な魔法陣が現れる

 

青葉「アレは!モンスター出現の魔法陣…!」

 

間違いない、ボスの魔法陣だ!

 

青葉「閃矢の呪符!地獄蟲の召喚符!!」

 

モンスターが派手なエフェクト共に吹き飛び、空いた空間を駆け抜ける

巨大な悪魔が橋に現れる

羊のツノを持った、その辺に転がってるオーガの数倍はある巨大な、禍々しい妖魔がコウモリの翼をひるがえす

 

青葉(橋を埋め尽くすほど巨大な…でも、通れないから邪魔…!)

 

周囲のモンスターを薙ぎ払い、槍を構え、ボスに向けて突き刺す

 

青葉/アルビレオ「「一番槍!!」」

 

対岸から声が聞こえた気がする、だけど今はそれを気にする余裕はない

一撃でHPを半分以上削られる、回復アイテムを使い、魔法とスキルをとことん叩き込む

 

気づけば周りにはたくさんのプレイヤーが群がる、大抵はボスの魔法の余波で斃されるが…特に両隣に陣取ってきた銀色の剣士と緑の剣士は一切怯みもせず攻撃を叩き込み続けていた

 

青葉/アルビレオ「「トリプルドゥーム!!」」

 

3段突きが二重のエフェクトを伴い、ボスのHPを削り切る

 

ボスが消滅すると同時に当たりのモンスターは消え去り、天から宝箱が降る

 

周囲のPCが口々にMVPと呼ばれる存在を探す声をあげる

 

青葉「…MVP?」

 

オルカ「あの重槍使いさん達じゃない?最初に殴ってたし」

 

顔をあげ、正面の重槍使いと目が合う

 

青葉「あっ…」

 

アルビレオ「……」

 

確かに、つれている…赤い髪の、小さな女の子…

目を閉じ、裸足で歩いている様子の…

 

アルビレオさんがコツンと宝箱を叩くモーションを取る

私の"視界"の宝箱は開かなかったが…きっとアイテムを手に入れたということか

 

オルカ「なんだった?アイテム」

 

アルビレオ「……すまない」

 

そう言ってアルビレオさんはタウンの奥へと帰っていった

 

青葉(…私も、開けるだけ開けようかな…)

 

青葉「えっ」

 

オルカ「おっ、そっちもMVPだったんだ、パーティー?」

 

青葉「いや、そういうわけじゃ…」

 

バルムンク「なら、同時に2人がMVPか、初めてみたな」

 

オルカ「マジか、すげえな!で、何が貰えたんだ?」

 

青葉「えと…ホームの、キー…」

 

 

 

 

双剣士 カイト

 

カイト「…よし、イベント、終わったみたいだね」

 

ブラックローズ「…ボッコボコにされたな…」

 

カイト「まあ、それよりも……怪我はなかった?」

 

トキオ「…えと、は、はい…」

 

…関わり抜くと決めたなら、これもまた、いいと思えることなのなら

もう躊躇わない

 

ブラックローズ「学生服のPCなんてエディットできたか…?」

 

カイト「ちょっと普通と事情が違うみたいだね」

 

トキオ「え、えと…オレ、トキオって言うんだけど…」

 

カイト「僕はカイト、こっちはブラックローズ、よろしくね」

 

トキオ(な、なんで石にされたはずのカイトが……あ!そうか、ここは過去だからまだ石にされてないんだ…!)

 

トキオ「あ、あのさ、カイト?クロノコア…って知ってたり…?」

 

カイト「クロノコア…?」

 

カイト(司が、前に口走ってた様な…)

 

トキオ(し、しらなさそう…うん、他をあたった方がいいよなぁ…)

 

ブラックローズ「あ、カイト、悪いけど落ちる、見舞いに行かないと」

 

カイト「わかった、僕も一旦落ちるよ、トキオ、これ僕のメンバーアドレス、良かったら誘って」

 

トキオ「え?」

 

カイト「冒険、力になるよ」

 

カイト(一度関わったのなら、とことんやりきる、自分が手を出した以上、未来を変えてしまったのなら責任は取らなきゃいけない…それが今の僕が思う、良いと思ったことだから)



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命令

アメリカ 某所

戦艦 サウスダコタ

 

サウスダコタ「…送って欲しいって、何の為に?海は危険しかない、それに頼むなら他のやつに頼めば良い、私は…疫病神扱いされるからな」

 

男「君が良いんだ、頼む、どうしても日本に渡らなくてはならない」

 

サウスダコタ「何のために」

 

男「…侍に会いに」

 

彼は、謂わば先生だ、私達に色々なことを教えてくれた恩師だ

あんなに真剣な眼差しで頼まれて断るわけにはいかなかった…

 

サウスダコタ「…わかった、負けだ、ジャパンならアイツらにも会うだろうしな……その、よろしく伝えてほしい」

 

侍に会いに行く、馬鹿げた事を言っている様にも聞こえるが…

私達は先生が侍という言葉に特別な思い入れがある事を知っている、昔、日本語を教わった時に聞かされた、日本にはまだ侍がいると、見てくれではわからないが、紛れもない侍だ、と

 

それに会いに行くというのなら…協力しない道理はないだろうな

 

 

 

 

イギリス 某所

綾波

 

綾波「ま、何とか形にはなりましたね」

 

全員分の艤装の修理を完遂する

私が使う分も…一応はあるが大幅に性能は落ちた

が、それはハンデとしておこう

 

綾波(何もさせなければ良い、不意を打てばチャンスはある…)

 

あの硬さ、間違いなく駆逐棲姫と同等…いや、駆逐水鬼レベルはあるか?

深海棲艦を超えた私の力なら圧倒できるかもしれないが、ただの綾波ならまず勝ち目は薄い、となれば…組み立てるものは簡単だ

 

負けるつもりで戦うやつには勝ち目がない、私は全力で勝ちに行く

しかし、私の体は限界を迎える一歩手前

 

綾波「……全部合わせてようやくいいハンデ、ですよね」

 

データドレインはある

プロテクトを外せば、私の勝ちだ、だから、勝てるのに…

不安は消えない、消せない

 

 

 

 

朧「これ、カートリッジ?」

 

綾波「ええ、全員分作りました、材料はイギリス持ちです、代償は技術の公開ですね」

 

グラーフ「カートリッジとはなんだ?」

 

綾波「簡単に言えば強化装置です、ナノマシンに作用する身体強化系と艤装、主に砲弾に作用する艤装強化系に分かれますね」

 

リシュリュー「ジャパンの艦娘はそれを使うのね」

 

綾波「ごく限られた人だけですがね、しかし身体強化系のカートリッジは作成する環境を作れなかったので」

 

カートリッジを配る

 

綾波「艤装強化系のみです、使い方は簡単、艤装に挿入するだけ、良いですか?」

 

カートリッジを艤装に入れる動作を見せる

 

タシュケント「これ、強化ってどんな感じなの?」

 

綾波「火力増大と言えばわかりやすいでしょうか、単純に炸薬を強化するもので纏めてあります」

 

朧「…なるほどね、使いやすい」

 

綾波「朧さんにはこれを」

 

特殊弾を渡す

 

綾波「スモークと、散弾…それから」

 

グラーフ「それはビーンバッグ弾か」

 

綾波「ええ、非殺傷の弾丸で当たった部位の筋肉を痙攣させるとおもえばわかりやすいのではないでしょうか」

 

朧「……対人用だね」

 

綾波「はい、必要になる事もあるでしょう」

 

グラーフ「ドイツの様にか」

 

綾波「いいえ、ドイツとは話が違います…世界は思ったより綺麗じゃない、人間の脅威相手では…朧さん、誤って殺しかねませんし」

 

朧「信用ない…?」

 

綾波「あなたは強すぎる、蹴りの角度を誤れば人は死にます」

 

グラーフ(確かに、こいつに喧嘩を売った時は殺されかけたな…)

 

綾波「あなたの恐ろしいところはその身体能力と抜群の戦闘センスです、あなたの選択センスは非常に素晴らしいですが、言わばそれは人殺しの能力、特に…普通なら培われないその能力を環境が育ててしまっている」

 

朧「…だから加減してそれを使え、と」

 

綾波「もし必要になったらです、殴るだけなら間違えても殺すまではいかないでしょうが」

 

朧(…なんか、戦うの怖くなるなぁ…)

 

グラーフ「それより、言われた通りの物件を調べてきた、これが資料だ」

 

綾波「……全部、何かしらの条件が合いませんね」

 

グラーフ「当然だ、貴様の出した条件は無理難題としか言いようが無いだろう、なんだ、海の近くで尚且つ4階立て以上、敷地はできるだけ広く、周りに家もなく、人通りのない場所にある誰も住んでいない建物だなんて」

 

綾波「必要なんです、もっと探してください、可能な限り早く…時間はありませんよ」

 

グラーフ「……わかった」

 

綾波「とりあえず該当する建物探しに今は全員向かって下さい」

 

タシュケント「戦闘訓練とかは…」

 

綾波「不要です、私は真正面から戦うつもりは全くありません、それと朧さん」

 

朧「なに?」

 

綾波「あなたはカートリッジの捜索に、海の匂いがしたらその時点で捜索を打ち切ってください」

 

朧「…わかった、2つとも絶対取り戻さないとだからね」

 

綾波「私はもうしばらく艤装を弄ります、また夜に、今夜は私が何か食べられるものを用意しましょう」

 

朧「やっぱり綾波が作るんだ」

 

リシュリュー「そう言えば、昨日食材もいくつか…」

 

グラーフ「…それはいいな、レーベ達もここの食事には頭を悩ませていた、厄介になっている身だが…食感のない野菜にギトギトのフライ…もうゴメンだ」

 

綾波「ええ、油だらけだし、野菜の栄養は煮汁に流れてるのにそれを捨てるし…あなた達の体を治すためにも食生活の改善は必須です、帰ってくるまでに全員分の食事を用意しておきましょう」

 

 

 

 

 

 

グラーフ「…確かに、貴様は全員分の食事を用意すると言っていたが…何故、この基地の食堂の厨房に立っているんだ?」

 

綾波「まあ、成り行きで、どうぞ、晩御飯のカレーです」

 

サラダとスープ付きのカレーをトレーに乗せ、渡す

 

朧「昨日の買い物でわかってたけど…うん、凄く久しぶりにカレー…美味しい…」

 

ザラ「変な感じしますね…ライスをこう食べるのは…うーん、美味しいんですけど、不思議な感じ…」

 

リシュリュー「そう?イタリアはリゾットがあるでしょ?」

 

ザラ「有りますけど…お腹いっぱいになるまでリゾットだけ食べる訳じゃないですし…でも美味しい…」

 

リシュリュー「…本当に、これは何を使ってるの?」

 

綾波「合わせ出汁を使いました、鰹と昆布の出汁なんですけど…お口に合いませんでした?」

 

リシュリュー「そうじゃ無いけど…牛でも鳥でも無い、魚とも違う…これがジャパンのfond…ダシ……興味深いわ」

 

綾波「しかし、ここの人たちも皆さんも…よく私の作ったものを躊躇いなく食べますよね…」

 

朧「アタシは何も入ってないって鼻でわかるし…」

 

グラーフ「いや、そこなんだ、何で貴様がここの兵士たちの食事を用意している」

 

綾波「キッチンを貸して欲しいって言ったらついでに作れって」

 

グラーフ(普通ありえないぞ、そんな事)

 

綾波「どうですか?美味しいでしょう?」

 

にこやかに話しかける

 

朧「うん、なんていうか…普通に美味しい、すごく普通のカレー」

 

グラーフ「普通…これが普通なのか?確かに上品では無いがレストランで食べる様なものとも違うのか?」

 

リシュリュー「ジャパンのライスカレーは大衆食よ、あなた達にとってのヴルストみたいなものね」

 

グラーフ「…私はジャパンで少し過ごしたが、一度も口にしてないぞ」

 

綾波「それはお店で食べるのではなく、家庭で作るのが当たり前だからです、グラーフさんは日本で何を食べたんですか?」

 

グラーフ「基本レストランだった、ほらLinkの基地のそばにあっただろう」

 

綾波(ああ、サイゼリヤ…)

 

ザラ「あそこのラムは美味しかったです…特にパウダーがすごく味に深みを出してました、トリッパがないのが残念でしたけど」

 

タシュケント(この人トリッパ好きだなぁ…)

 

グラーフ「あそこのグラタンもなかなかのものだった、しかし何より安かったな、言い方は悪いがあまり金銭を持っていなかったので助かったものだ」

 

綾波「まあ、コストパフォーマンス良いですからねぇ……あ…」

 

頭に、違和感…

完全にバレたな…アケボノさんに

 

綾波「ま、いいか…そんな事」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

秘書艦 アケボノ

 

アケボノ「何を、何を考えて…!オーヴァン!!何で綾波に…!どうやって…いや、それよりも…最悪だ、綾波がコルベニクを…」

 

いや、待て

 

アケボノ「…ここにいる綾波は、誰…だ…」

 

アレは、誰なのか

私はいままで誰を警戒していた?

 

これを周りに明かす事で生じる事態は?

 

アケボノ「……落ち着け、よく考えろ…」

 

ダミーと碑文が強く共鳴した、その中で…

"悪意"は感じなかった

それを差し置いても、おそらくここにいるあの綾波は何もできない

状況とは流動的だ、人の心さえも

深層心理に作用するコルベニクに隠し事はできない、今悪意を感じないのなら、それは…それでいい、放置しても良い

 

アケボノ(綾波の目的は何もわからない、警戒はしなくてはならないが…それで私の仕事が疎かになっては提督に迷惑をおかけするのみ…それに、共鳴したというのに…随分遠くに…)

 

アケボノ「まさか、日本に居ない…?いや、まさかな」

 

 

 

 

 

軽空母 春日丸

 

春日丸「綾波様、大丈夫ですか?」

 

アヤナミ「えっと…はい」

 

綾波様の周りの障害を取り除き、場を整える

 

春日丸「しかし、綾波様、いきなりどうされたのですか…?菓子を作るのは…その身体では…」

 

アヤナミ「…何もしないでいるのは…すごく、気持ち悪くて」

 

春日丸(…わからなくはない、綾波様は何事も自分から進んでおやりになる方、周りに何もかもを任せるのは違うと…いや、でも…)

 

時間が経つにつれて、私には疑念が浮かぶ様になってきた

 

綾波様は、何故記憶を失ったのか、何故こうなったのか

 

アヤナミ「…できた」

 

ゆっくりとオーブンからクッキーを取り出す

オーブンプレートを調理台に置き、皿を探す

 

アヤナミ「熱っ…」

 

春日丸「あ、綾波様!何をしているんですか…!出してすぐなんですから触れば火傷するに決まっています!」

 

ただでさえ車椅子のせいで周りより視点が低い

そんな状態でクッキーを取ろうとするなんて…

 

アヤナミ「でも、焼きたてが一番美味しいですから…」

 

綾波様の手を氷嚢で冷やしながら「卑しい事はしないでください」と叱るべきなのか、それとも別に何か表現の仕方があるのかと頭を悩ませる

 

アヤナミ「はい」

 

気づけば口元にクッキーが差し出されていた

 

春日丸「…これは…?」

 

アヤナミ「…その…手伝っていただいたので…一番に、食べて欲しくて…」

 

春日丸「…その為に…?私なんかのために火傷したのですか?おやめください!これ以上傷つかない…で…」

 

やはり、違う…

疑念が、強くなる

 

アヤナミ「……ごめんなさい、でも…春日丸さんには特にお世話になってますから、せめて…」

 

クッキーを口に含む

 

ああ、いつぶりか、この感覚…

そして、確信してしまった、私は満たされてしまった…

 

春日丸「…アヤナミ様…」

 

アヤナミ「あ、あの…なんで、泣いて…?」

 

そうだ、やはりこの人は違う、だって、このクッキーは私を満たしてしまった…

綾波様じゃない、だけど…

 

春日丸「…私が、御守りしますから…今度こそ…」

 

アヤナミ様に抱きつく

この止め処ない気持ちを抑えられない、後悔と…自身への強い怒り…私が、あの時取った行動を何度も悔いた、だけど…

 

これは命令だ、綾波様は、アヤナミ様を守れと私に…

アヤナミ様を戦いに巻き込まず、幸せな世界にと…そう言っておられるのだ

 

アヤナミ「……春日丸さん…?」

 

春日丸「…はい…」

 

アヤナミ様が優しく背中に手を回してくれる

 

アヤナミ「…ありがとう、よく頑張りましたね」

 

春日丸「っ…?アヤナミ様…?」

 

アヤナミ「…包帯に、書いてあったんです…私が記憶を失う前に言えなかった事だって…書いてました、きっとあなたに対しての言葉…」

 

春日丸「…あまりにも、勿体無いお言葉です」

 

これが、救われたという感情なのなら…もしこれに永遠に身を委ねられるなら、何と幸せなのだろう

 

だけど、同時にこれは決意と覚悟だ

 

春日丸「…まだ、私は何もやり遂げていないのですから」

 

必ず、私がお守りする、絶対に…誰にも手を出させたりはしない

アヤナミ様に仇なす全ては、私が…

 

 

 

 

春雨「私達に?」

 

春日丸「はい、アヤナミ様からです、イムヤさんと、敷波さん、それから如月さんと満潮さんにも」

 

クッキーの入った袋を配る

 

イムヤ「綾波は?」

 

春日丸「お休みになられています、かなり疲れたご様子でした」

 

敷波「…美味しい…っていうかアタシが作ったやつより絶対美味しい……」

 

満潮「なんだか、優しい味よね」

 

如月「そうねぇ…ちゃんと食べる人のことを考えて作られてる味がする…」

 

春雨「え?わかるんですか?そんなこと」

 

満潮「…同じ配合で同じ様に作れば料理は同じ様にできるとか、思ってるんじゃない?」

 

春雨「違いますか」

 

如月「違うわよ…」

 

春日丸(…下手なこと言わなくて良かった)

 

敷波「…やっぱり、綾姉ぇは…綾姉ぇだよ、もう大丈夫、絶対に綾姉ぇは誰かを傷つけたりしない」

 

春日丸「…私もそう思います」



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心の穴

イギリス

綾波

 

綾波「…っ…私、寝て…?」

 

顔に手を当てる

頬に冷たい跡…泣いていた…?

まだ頭がぼやける、眠気が取れず、疲労も重くのしかかる

 

グラーフ「起きたか」

 

リシュリュー「泣いてたみたいだけど、どんな夢を見たの?」

 

涙を流すような夢…か

なのに、何でこんなに…心が暖かいのか私にはわからない

だけど…

 

綾波(…あなたの幸せは、私の幸せです)

 

きっと、今彼女は幸せなのだろう

 

綾波「……さあ、どんな夢なんでしょう、覚えてません」

 

グラーフ「そうか、それは…良かったか?」

 

綾波「いいえ、残念な気持ちですが…私には勿体無い事です」

 

リシュリュー「勿体無い…?」

 

頭はぼうっとしていて、微睡の中に意識を置き去りにして

 

綾波「…私には、幸せなんて…」

 

グラーフ「…幸せな夢だったのか?なのに泣いていたのか…?」

 

グラーフさんに手を差し出す

 

グラーフ「…握手か?」

 

グラーフさんの手を握り、リシュリューさんに手を差し出す

 

リシュリュー「……」

 

2人の手を握る

 

綾波「……暖かい、ですね…」

 

グラーフ(…こんな表情を、するのだな…まるで、本当に幼い子供の様な…)

 

リシュリュー「…綾波、貴方は、一体…」

 

綾波「……少し、疲れてます…もう少し眠ります」

 

グラーフ「お、おい、せめて手を離せ」

 

リシュリュー「…ダメみたいね、でも…」

 

グラーフ「どうなっているんだ、私には綾波がわからない」

 

リシュリュー「…私も、今の綾波はまるで子供の様…普段とは…」

 

グラーフ「……綾波は、まだ子供だ」

 

リシュリュー「…かもね」

 

グラーフ「私達よりも歳が下で、なのに誰より賢くて、周りを優先することができて……おい、起きろ、綾波」

 

リシュリュー「無理に起こす必要はないんじゃ…」

 

グラーフ「一つだけ聞きたいことがある、今すぐにだ、貴様は真実しか語らないと言ったはずだ、今答えろ」

 

体を強く揺さぶられ、重い瞼を無理矢理開く

 

綾波「ん…」

 

グラーフ「答えろ、綾波…お前は今、幸せなのか…?辛いんじゃないのか…」

 

幸せ…?

幸せ、か…綾波は向こうで楽しくやってるだろうし…

敷ちゃんは綾波と一緒に居られれば幸せだし…

 

じゃあ、私は…

 

綾波「…消えられれば、楽なのにね…」

 

グラーフ「…なに…?」

 

…今、何を…?

自分が何を言ったか、必死に思い出す、脳が覚醒していく

 

綾波「っと……おや、寝ぼけていた様です…幸せか?幸せですよ、もちろん…ああ、失礼、いつの間に手を?」

 

2人の手を離し、頬を軽く叩く

 

リシュリュー「…グラーフ、少しいい?」

 

グラーフ「…わかった」

 

2人を見送り、ため息を吐く

 

綾波「…やっぱりダメだなぁ…私…」

 

 

 

 

 

 

廃墟

 

綾波「満点です、ここなら誰も巻き込まないでしょう」

 

案内された物件を一通り歩き、改めて評価する

 

グラーフ「…ここは廃墟だぞ、それにここには電気も通っていない」

 

綾波「人通りはないし、4階の高さもある…電気が通ってるなんて条件はありませんよ、完璧な物件です」

 

グラーフ(滅茶苦茶なことを…)

 

グラーフ「それで、ここに住むのか」

 

綾波「まあ、少しの間です、ここは使い潰します」

 

タシュケント「使い潰す?」

 

綾波「トラップハウスです、リシュリューさん、交通量の調査は」

 

リシュリュー「終わってるけど…」

 

綾波「…この辺りは一日に一台通るかどうか、か…イギリス政府に要請して通れないようにしてもらいましょう、マックスさん、レーベさん、海岸付近に穴を、深くなくて良いです、たくさん掘りまくってください」

 

レーベ「…地雷?」

 

マックス「相手は深海棲艦なんじゃ…」

 

綾波「私がここにいるから、相手は攻めてくることを選ぶでしょう」

 

駆逐古鬼は私に執着している、そしてあのふたりと駆逐古鬼は確実に繋がっている

ならば…仕留めてやる

 

プリンツ「そもそも、ここにいるのがバレたら吹き飛ばされるんじゃ…」

 

綾波「いいえ、深海棲艦の艤装を一時的にハッキングします、それにより艤装を使えなくなった深海棲艦は私達の目の前まで足を運ぶ必要に迫られる」

 

グラーフ「何!?そんなことができるのか!?」

 

綾波「ええ、可能です」

 

グラーフ「だったら何故最初からそうしない…!」

 

綾波「…色々あるんですよ」

 

私の身体の機能を、殆ど破壊する

文字通り捨て身の作戦、この身体は意識を保つ事も難しくなるだろう…

 

綾波(…大丈夫、後のことはすでに話してある、帰るルートもみんなに伝えた、だから…心配はない、日本に身体を持ち帰ってくれれば後は操作できる…)

 

綾波「あれ、朧さんは?」

 

グラーフ「…見ていないな」

 

…一抹の不安が頭をよぎる

 

綾波「…海の匂いがしたら、撤収しろと言ったのに…」

 

大きく息を吸い込み、あからさまにため息をつく

 

綾波「総員、戦闘用意、朧さん助けに行きますよ」

 

グラーフ「助け?朧は今どうなっている」

 

綾波「多分、深海棲艦を相手にしようとしてますね…ったく、あの人は脳みそが筋肉なんですか?」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

朧「…思ったより、強いかもね」

 

欧州棲姫「……愚カナ、1人デヤッテクルナド」

 

欧州水鬼「…バカメ、ココデ沈メ」

 

強く、匂う…カートリッジの力が、滲み出している

 

朧(あのカートリッジをそのまま渡すなんて、絶対にダメだ…アタシが止める)

 

カートリッジを挿入し、強く意識する

目に熱が籠る

 

朧「アタシが、やる」

 

バチバチと弾ける様な音が艤装から鳴り始める

 

朧「…くらえ…」

 

右足で踏み込む

地面が砕ける

 

欧州棲姫「ナ、ナンダ…!?」

 

欧州水鬼「キック…?!」

 

右脚を軸に蹴りを放つ

空気を穿つ程の勢いが2体の深海棲艦に迫る

 

朧「っ…!?」

 

金属音が響き、脚が痺れる

 

朧「鉄の球…!?」

 

アタシよりも大きな鉄の球に蹴りを防がれる

 

沖棲姫「ヒャハハッ!」

 

朧(これも深海棲艦…!)

 

欧州棲姫「アンツィオノ装甲ガヘコンデイル…ナンテ威力ダ…!」

 

欧州水鬼「…油断ハセズ、殺ス」

 

朧(アタシの蹴りが通用しない…今迄のとは違う深海棲艦……でも、やってやる…)

 

主砲を構え、撃ちながら距離を取る

 

欧州棲姫「逃ガスカァ!!」

 

朧(艦載機…!?お、おかしい、動きが…読めない…!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綾波

 

綾波「戦闘の報告はこの辺りですか!」

 

グラーフ「艦載機の発艦許可が降りないと艦載機を使った捜索もできないとはな…不便がすぎる」

 

綾波「イギリス領である以上仕方ないでしょう、それよりも…」

 

周りを見渡す

遠くに見える黒煙…

 

綾波(あそこか…!)

 

走りながら祈る事しかできない

ただ、無事を…

 

綾波「っ…」  

 

朧「……綾波…」

 

欧州棲姫「…ホウ、遅カッタナ」

 

欧州水鬼「貴様ノ作ッタ物ハ私達ノ役ニタッテイルゾ」

 

感情を殺せ

 

綾波「…とりあえず、ソレ、下ろしてくれませんか?ウチのメンバーなんですよ、そのまま首を絞められていては死んでしまう」

 

欧州水鬼「断ル」  

 

冷静になれ、落ち着け、私なら全員無事に連れ帰るくらい簡単だ

 

綾波「カートリッジの使い方、教えてあげますよ」

 

欧州棲姫「何?」

 

欧州棲姫が朧さんを投げ捨てる

 

朧「っ…ぐ…ぅ……」

 

落ち着け、目の前の状況を計算し、最善だけを目指せ

 

綾波「話を聞いてくれそうで良かった、アー…」

 

欧州棲姫「その名で呼ぶな」

 

頬を艦載機が裂く

血がダラダラと流れ落ちる

 

綾波「…それは失礼、ところで…カートリッジの使い方を教えます、その代わり此処は退いてくれませんか?」

 

欧州水鬼「…ソレデハタリナイナ」

 

綾波「…はぁ……明後日、私は南東の崖の側の一軒家にて貴方たちを待ちます、私はそれまで時間が欲しい」

 

欧州棲姫「ソレヲ呑ムトデモ?」

 

綾波「その二つのカートリッジの力を制御するのに…2日はかかりますよ」

 

欧州水鬼「…慣ラシノ時間…カ」

 

綾波「ええ、どうですか、悪い話じゃないでしょう?」

 

欧州棲姫「試シテカラダ、先ニ使イ方ヲイエ」

 

綾波「…カートリッジを起動して、うなじあたりに突き刺してください、深海棲艦の身体ならそれを呑み込む事で最適化してくれます」

 

2人が言われたままにする

 

欧州棲姫「…コ、コレハ…ア…ガァ…!?」

 

欧州水鬼「チ、チカラガ満チ溢レル…!!」

 

綾波「まあ、改二のカートリッジを使うとそうなるか…私もそうなったし……でも黄昏の書も近しい姿になるとは思わなかったな…」

 

アークロイヤル「……なんだ、と…?」

 

ビスマルク「…どうなって…」

 

綾波(…深海の気配は消えてない、ただ艦娘の力を上乗せしただけだ、悪意も何もかも、消えてない)

 

アークロイヤル「どうして人間の姿に戻っている…!」

 

ビスマルク「…力が許容量を越えた、というところ?」

 

綾波「そうですね、貴方たちの深海棲艦の身体では持ち堪えられないので人間の姿になった…と言うところですが、深海棲艦としての能力は失っていないはずです」

 

アークロイヤル「…ククク…ハハハ!!なんて力だ…これで、これで私は…この国に復讐できる…!」

 

綾波(…復讐…?)

 

ビスマルク「…確かに、これに慣れるには時間がかかる…2日ね、2日後が貴方の命日よ」

 

綾波(…どうやら、2日じゃ足りなさそうだ、大仕事が増えかねない)

 

 

 

 

 

廃墟

 

綾波「…とりあえず、一言言わせてください……馬鹿なんですか?貴方」

 

朧「うん」

 

顔色一つ変えず、そう返されては…困るしかない

 

綾波「…貴方は、死にかけているんですよ…もっと危機感を…」

 

朧「本当にごめん、みんなにも迷惑をかけたし…アタシは自分を過信してた」

 

綾波「……なら、今後どうするかは…」

 

朧「わかってる、突出した行動はしない」

 

綾波(物分かりはいいはずなのに何であんな事…)

 

朧「綾波…ありがとう、助けてくれて」

 

綾波「…今死なれては困るんです」

 

朧「…綾波はアタシの事、どう思ってるの?」

 

綾波「……優秀な兵士」

 

朧「そうじゃない、感情の話だよ」

 

綾波「便利であると感じています、悪感情は向けていません」

 

朧「……そっか、もう恨んでないんだ…」

 

綾波「……貴方…」

 

朧さんの襟を掴み、引き寄せる

 

綾波「まさか私に嫌われてるから死のう、とでも思いましたか?それともカートリッジを取り返せば好いてもらえるとでも?」

 

朧「…死ぬつもりはなかったけど、アタシは…どうしても綾波と仲良くなりたかった、綾波の言う通りにして、認めてほしかった」

 

…つい、魔が差した、私が感情に任せて手を出すなんて…

そうじゃないと説明がつかない

 

朧さんを叩いた手が、やけに熱い

 

綾波「馬鹿にしないでください…私は貴方を認めています、全員を個人として見て、その能力を評価しています」

 

朧「…違う、アタシを見て欲しいんだよ、駆逐艦朧じゃない、アタシを」

 

真っ直ぐと見つめられる

その目から私は、逃げ出してしまいそうになる

 

綾波「…ふざけないでください、そんな事で死にかけるなんて…」

 

朧「それについては本当にごめん、アタシが自分を過信してた、強いと思い込んでた、勝てると思ってた」

 

綾波「……人は簡単に死ぬ、よく覚えておきなさい」

 

肩を突き飛ばし、朧さんをベッドに倒す

 

朧「…ごめん」

 

綾波「二度とやらないでください……私の姉妹艦を名乗るならですが」

 

朧「…じゃあ、名乗ってみようかな…綾波型って」

 

…本当に、この人は苦手だ

私の心の穴を埋めようとしている

勝手に埋めるな、私の心には穴を開けておけ

 

そうしないと、冷静さを欠く



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期待

イギリス 

綾波

 

綾波「よく調べましたね、さすがです」

 

タシュケント「言われた通りに資料を集めただけだけどね、多分あってるはず…」

 

綾波「私の信頼に応えてくれてます、完璧な働きですよ」

 

タシュケント「…信頼か、信頼なんてしてくれてるのは納得できないけどね」

 

綾波「私は感情というものを知っている、理解しています、貴方が私に向けた怒りは本物でした、私を恨んでいた貴方を私は信用しますよ」

 

タシュケント「…どうしてさ、全然わからない、普通逆じゃないか」

 

綾波「怒りとは最も偽り難い感情です、ザラさんの様に友好的に振る舞うのは簡単ですが、怒りは隠す事も作る事も難しい、真の怒りを向けてくれた貴方達は私にとっては最も信用できる、むしろ一番信用しづらいのはザラさんですよ」

 

タシュケント「…よくわからないよ、そういうの」

 

綾波「しかし…アークロイヤル、彼女は可哀想と言うと簡単ですが…」

 

タシュケント「……悲惨だね、犠牲者とでも言うべきか」

 

綾波「艦娘システムを輸出する前、たった1人の試験的に運用された艦娘…か、彼女はとても苦しんだのでしょう」

 

…アークロイヤルについての資料を改めて見返す

彼女はイギリスが独自に作り上げた艦娘システムの犠牲者、イギリス最初の艦娘で、全くもって不完全なシステムに殺された…

 

タシュケント「これ見てよ」

 

綾波「……ああ、なるほど、完璧に理解しました、あの2人は思ったより腐ってましたね、クイーンの供回りには相応しくない…いやぁ、羨ましいなぁ…」

 

タシュケント「羨ましい?」

 

綾波「2人とも、きっと私より先に地獄に行けるんですよ、すごく羨ましいです…私も早く行きたいなぁ…最低で最悪な地獄に…」

 

タシュケント(……やっぱりよくわからないな、グラーフとリシュリューは子供みたいだって言ってたけど…破滅願望が強すぎる様に見える)

 

タシュケント「死ぬ為に生きるって、本末転倒なんじゃないかい?そうでなくても楽しいとは思えないけど」

 

綾波「…踏み込みすぎでしょう、人の人生に」

 

タシュケント「…ごめん」

 

綾波(…あの一件から、私に向けられる目が変わってしまったな…憐れむのはやめて欲しい、私は恨まれるべきなんだ)

 

紅茶を口に含む

 

綾波「…安いだけあってまずいですね、どこの茶葉なんだか」

 

タシュケント「オリジナルブランドだってさ、2ポンドで500グラム」

 

綾波「……何か体に悪い物でも入ってるんじゃ…はぁ……コーヒーの方がずっと良いんですけど、どれも焼失したみたいだし…」

 

頭脳労働者にとってコーヒーや紅茶の様な嗜好品は重要だというのに…

 

タシュケント「それで?どうするんだい」

 

綾波「Linkは空母が足りてませんねぇ…それに戦艦も足りてない、作戦地域を選ばない為にも、戦力を拡充する必要が有りますね?」

 

タシュケント「……引き込むつもり?無理だと思うけど」

 

綾波「私はもう何度も言いましたが……天才に不可能はありません、故に天才なのです、そしてやる前に諦めている人には成功は訪れませんよ、信じて進みましょう」

 

タシュケント「天才か…自分で言っててなんとも思わないの?」

 

綾波「思いませんよ、事実ですから…まあ、不遜であれ傲慢であれ、それほどの強さが上には求められる物です」

 

タシュケント「…安心させる為、かい?」

 

綾波「半分正解、ちゃんと戦えるでしょう?」

 

タシュケント「残り半分は?」

 

綾波「素です、これが本来の私と言うだけですよ」

 

タシュケント「……」

 

綾波(疑念を向ける顔……めんどくさいなぁ…)

 

綾波「急にオドオドと、弱々しい演技をして見せましょうか?」

 

タシュケント「…いや、遠慮するよ、気持ち悪いからね」

 

綾波「それがいいですよ、しかしみなさん寝ぼけた私を見て何を思ってるのやら」

 

タシュケント「…案外可愛いとこあるんだな程度じゃないかな」

 

綾波「私の顔、もともと可愛いと思いますよ、この傷さえなければ」

 

タシュケント「ハハハ、言うね」

 

綾波「事実ですから」

 

 

 

 

 

綾波「さてさて、トラップハウスが完成したわけですが」

 

タシュケント「…手伝っておいてなんだけど…これ、本当に大丈夫なのかな」

 

綾波「電気を使わないことがそんなに不安ですか?ハイテクにはローテクが劣るなんて誰が決めたんですか?ローテクだからこそハイテクを潰せるんですよ」

 

リシュリュー「向こうはハイテクなの?」

 

綾波「ええ、ものすごく」

 

グラーフ「それで、プランは」

 

綾波「A〜Zまで24通り」

 

ザラ「ええと、ふざけずに…」

 

綾波「24通りあるのは事実です、3つは既に実行中、ちゃんとお話を聞いてくれますか?」

 

グラーフ「ああ、だから勿体ぶるな」

 

綾波「簡単ですよ、正面からやります、ここに来るまでに供周りの坂を片付けてね?」

 

グラーフ「どうやって」

 

綾波「とにかく撃ちましょう、向こうの数が多ければ多いほど当たりやすくなりますから」

 

タシュケント「君、天才を自称するわりにめちゃくちゃ言ってる自覚あるかい?」

 

綾波「メチャクチャなのがいいんですよ、相手に作戦を読まれることが一番最悪ですよ」

 

朧「その作戦内容を聞いてるんだけど」

 

綾波「叩いて潰す、以上です」

 

リシュリュー「…まさか」

 

リシュリューさんが耳をすますジェスチャーを取る

ようやく気づいたらしい

 

リシュリュー「……日本語も、ダメなのね」

 

リシュリューさんがフランス語で呟く

 

綾波「子供のようですが、艦娘システムを使ってる様でして」

 

それにフランス語で返す

 

グラーフ「おい、何を言っている」

 

綾波「告白の練習中ですよ、野暮ですねぇ」

 

朧「他所でやってくれる…?」

 

綾波「さてさて、ゆっくり休んでおいてくださいね、明日は早く、忙しい…本当ならもっと楽なのに朧さんが勝手なことしたせいでお仕事が増えてしまいました」

 

朧「…ごめん」

 

綾波「安心してください、部下の失態は上司の責任です、穴を埋めるどころか、そこに山を作ってあげますよ」

 

朧(その言葉そう言う意味じゃない気がするけど…)

 

綾波「リシュリューさん、トラップの操作方法を説明します、グラーフさんはタシュケントさんに担当区域を聞いてください、後の方はまとめて説明するので後回しです」

 

 

 

 

 

リシュリュー「私の役割は?」

 

綾波「第一防衛ライン、地雷原の担当です」

 

リシュリュー「地雷っ…って、そんな事してもいいの?」

 

綾波「許可はとってますよ、というか大仕事をするんですから文句は言わせません」

 

綾波(それよりも問題は撤退経路だな、間に合うといいけど)

 

リシュリュー「それで?ここが担当区域って…」

 

綾波「これ、全部で200くらい埋めてるんですけど、半分は薬品なんですよね…まあ、最後吹っ飛ばすので関係ないんですけど、リシュリューさんの仕事は地雷の起動です」

 

リシュリュー「…地雷原の真ん中でダンスしろって事?」

 

綾波「いいえ、離れた位置で起動してください、スイッチは渡すので」

 

リシュリュー(ああ、手動なのね)

 

綾波「悪かったですね、誤作動を防ぐ為にはこれしかないんですよ、一般人巻き込んだら国際問題もいいところですから…それと、第一波は無視してください、先遣隊として少数が通り過ぎるはずです、それを私たちが撃破した後初めて本隊が来る、これが戦争の定石です、それを狙う」

 

リシュリュー「…Oui(わかった)、任せて」

 

綾波「貴方は手が使えない、だから簡単な操作で済む仕事を割り振りましたが……全くもって危険な仕事ですよ、危なくなったら逃げなさい、仕事を果たす事は重要じゃない、生きることこそ重要なんですよ」

 

リシュリュー「破滅願望がある奴に言われるなんて、驚きね」

 

綾波「誰も巻き込まない願望なんです、そのくらい放っておいてくれますか」

 

リシュリュー「Oui,oui(はいはい)

 

綾波「…チッ」

 

 

 

正規空母 グラーフ・ツェッペリン

 

グラーフ「…そんなことを言っていたのか」

 

タシュケント「グラーフ、どう思う?」

 

グラーフ「素だと言うなら、そうなのだろうが…」

 

タシュケント「でも、腑に落ちない気もする…綾波のたまに見せるそう言う顔って、それこそが綾波なんじゃないかな」

 

グラーフ「…わからん、私には」

 

コンコンと壁を叩く音がする

 

朧「ねぇ、いい?」

 

グラーフ「…なんだ」

 

朧「いや、綾波と…こっちで綾波と会った時のことを教えてあげようかと思って」

 

タシュケント「こっち…?」

 

朧「どうする?聞きたい?」

 

グラーフ「…どうせ、時間は無限にある」

 

 

 

 

グラーフ「…人殺しの罪の意識に呑まれていた、か…しかしそれも姉妹を守ってのことなのだろう、何故そこまで気に病む必要がある?」

 

タシュケント「朧、キミの話だけを鵜呑みにするとさ、綾波はまるで今もずっと演技してる様に聞こえるんだよ」

 

朧「アタシもそう思うよ、綾波は今までも、これからもずっと、Linkのリーダーを演じるつもりだと思うし、アタシはそれに触れるつもりはない」

 

グラーフ「…釘を刺しに来たのか」

 

朧「…綾波は詮索されたくないだろうからね」

 

グラーフ「……だとしても、綾波は…1人で何を抱え込んでいるんだ、私達では力になれないのか…?」

 

朧「随分、あっさりと…綾波の事信じるよね」

 

グラーフ「…そう見えるか、だが私も私で悩んだ」

 

朧「…信じて、何か違ったとしても、恨んじゃダメだよ、綾波は綾波、アタシたちが思ってるような綾波じゃないかもしれないから」

 

グラーフ「…そう言う貴様が一番綾波に期待している様に見えるがな」

 

朧「……自覚はあるんだけどなぁ…罪悪感もあるのかなぁ…」

 

タシュケント「罪悪感?」

 

朧「ちょっと優しくしたら吐き出してる綾波見てストレス発散してたしね…うん、アレは無いなぁ…」

 

グラーフ「…反応しづらいな、やってる事は善行だが悪意からとなると…」

 

タシュケント「…でも、そんな綾波も見て見たいかもね」

 

グラーフ「ああ、私達は自分達のリーダーを知らなさすぎる、綾波も、自分を見せない様にしすぎている…」

 

朧「綾波を変えてあげることができたら、いいかもね」



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Reborn

イギリス 廃墟

綾波

 

綾波「さて、みなさん…準備は良いですか?私達はこの戦いに生き残りさえすれば良いんですよ」

 

グラーフ「…ああ」

 

綾波「…通信が入りました、みなさん、よく聞いてください」

 

電池式のラジオから音声が流れる

 

レーベ『て、敵は数えきれない!まるで海を覆い尽くしてるみたいだ…!』

 

マックス『こんなの相手できない!逃げなきゃ…』

 

綾波「落ち着いてください、手筈通りに攻撃して退却、絶対に生きて終われますから」

 

外から砲音が鳴り響く

 

始まった、戦争だ…

私の指揮の元に、勝利を掴む

 

綾波「とりあえず…レーベさんたちが時間を作ってくれています、予定の配置についてください」

 

タシュケント(アレが本当に深海棲艦に効くのかなぁ)

 

グラーフ(…死ぬ覚悟はしておくか)

 

綾波「……さて、4人を撤退させましょう、安全第一ですからね」

 

レーベさん達に退却の指示を出し、悠々と建物の外に出る

 

 

 

綾波「…アハッ…いいですねぇ…戦いにおいて数は非常に重要です、貴方達が私を舐めてないのは…評価します」

 

海が見えないほど大量の深海棲艦

まばらに空いた穴は攻撃の痕か、しかし…この数、万は居る…

予定よりも多い…一国を落とすつもりだ

そして彼女達にとってこれは前哨戦…

 

綾波「あーあ、相手のことを測り間違えましたね、私を前菜だなんて…フルコースですよ、私は…ね?」

 

右手を振り上げる

 

綾波「私はここです、さあ、始まりですよ」

 

駆逐級の深海棲艦が海岸を這い上がり、私へと迫る

 

綾波「フェーズ1」

 

グラーフ『了解だ』

 

廃墟から飛び出した艦載機が駆逐級を蹂躙する

まだこちらの位置は完全に把握されてはいない、闇雲には撃ってこない…今、削るしか無い

 

綾波(これなら大丈夫、ゆっくり進められる)

 

上陸した駆逐級の殲滅を確認し、次の段階へと進む

 

綾波「フェーズ2スタンバイ」

 

リシュリュー『わかってる、配置についた』

 

今度は戦艦級や軽巡級の混合部隊が上陸を試みる

 

綾波「……はぁ…数が少ないですよ…?もっと大量に来てくれないと困るのに……サブプランを進めましょう、レーベさん、マックスさん、ユーさん、B配置に、迫撃砲で攻撃開始」

 

ポンッと音を立てて迫撃砲が深海棲艦の群れに飛んでいき、群れを吹き飛ばし、上陸を促す

 

綾波(もっと削らないと、私の作戦が軌道に乗らない…と、艦載機…!)

 

深海棲艦の艦載機がグラーフさんの艦載機と航空戦を開始する

 

綾波「朧さん、撃ち落としてください」

 

朧『わかってる!』

 

航空戦は優勢、今の所はだが…

 

綾波「フェーズ2」

 

薬品が吹き出し、上陸した深海棲艦鎌の動きが止まる

 

綾波「深海棲艦の対毒性、高くは無いんです、確かに人間よりはタフですけど…中身からドロドロに溶かしたりしたら簡単に死にます、まあいくら殺しても甦りますけどね」

 

リシュリュー『じゃあ意味ないんじゃない?』

 

綾波「時間稼ぎです、2日は復活しないでしょう…ザラさん、プリンツさん、見えますか?」

 

ザラ『照準合わせてます!』

 

プリンツ『いつでも…!』

 

綾波「…では、撃ってください、当てなくてもいい、とにかく撃ちましょう」

 

廃墟から砲音が響く、どんどん深海棲艦の数が減っていく

 

綾波(と言っても、思っていた以上に多い、ようやく千匹死んだかどうか、こちらの物資は少ないし…)

 

不利な戦い…か

 

綾波「ま、燃えるってやつですか?楽しいですよねぇ、不可能を可能にするのが科学です…プリンツさん、ザラさん、カートリッジの使用を許可します」

 

砲弾が着弾したあたりが吹き飛ぶ

先ほどまでとは比較にならない威力…

 

ザラ『は、反動は無いのに…こんな威力…』

 

プリンツ『で、でもこれなら寄せ付けない事も…!』

 

綾波(寄せ付けない、じゃダメだ…グラーフさんと朧さんの負担が大きすぎる、このまま航空戦を長引かせれば2人のパフォーマンスは落ちるし、艦載機の操作はかなり疲れるでしょう…さっさとフェーズを進めたい)

 

綾波「レーベさん、迫撃砲に詰める砲弾変えてください、もう構いません、とことんやりましょう」

 

迫撃砲の落ちたあたりからしゅわしゅわという音が流れ出す

 

綾波「化学薬品弾…ま、吸い込むと死ぬ毒煙玉ですけど…深海棲艦にも有効です、さあ、どんどん減らしていきましょう」

 

海の奥をじっと睨む

 

あの2人はまだ来ない、私の期待とは裏腹に、焦らされる

こんなに焦がれているのに…これは堪らないな、私も暇ではないというのに

 

リシュリュー『綾波!そろそろ建物に戻って!そこにいたら危険よ!』

 

綾波「大丈夫、私は死神に嫌われていますから」

 

なんの根拠もないけれど…

私は死なない、死ねない、それならここで立って注意を、攻撃のマトを私に集めた方がまだ良い

 

綾波「……っと、良し、フェーズ2まで完了…!」

 

フェーズ1、先遣隊の撃破、フェーズ2、全体の40%の撃破…

 

それをクリアするとどうなるか?

この戦争の本質が見え始める、私たちの戦っている相手の姿がだんだんと見えるようになる…

 

綾波「リシュリューさん!地雷を全て起爆して急いで逃げてください!レーベさん、マックスさん、ユーさんも迫撃砲を破棄して建物に!タシュケントさんは安全なルートで地下室に誘導!」

 

リシュリュー『了解!」

 

タシュケント『裏手の入り口に来て!正面から入るとトラップだらけだから危ないよ!』

 

大丈夫、私の計画は全て滞りなく進む

 

グラーフ『おい、綾波!援軍が来たぞ!』

 

イギリス軍が到着したか…

戦車に…歩兵、艦娘を乗せた輸送トラック…

 

綾波「グラーフさん、この辺りの通行を規制するにあたってどう言う名目を使っているか知っていますか?」

 

グラーフ『…なんだ、今それがどんな関係がある?』

 

綾波「この廃墟に深海棲艦が住み着き、この辺りを根城にしている…ま、要するに…イギリス軍は"深海棲艦"を一切のためらい、容赦もなく撃破するでしょう」

 

朧『ねぇ、綾波?まさか…』

 

綾波「私は世界で二つ、嫌いな国があります……日本は大嫌いです、嫌な思い出ばかりですから、あとイギリスも嫌いですねぇ…ご飯が不味いです、なので私としては…イギリスが消滅しても何も困りませんねぇ」

 

右手をあげ、指をパチンと鳴らす

 

戦車の主砲が深海棲艦の方に向き、攻撃を始める

 

朧『よ、よかった…不穏なこと言わないでよ!イギリスまで敵なのかと思ったよ…』

 

綾波「敵ですよ、あの戦車の操作系統をハッキングしてるんです、あとミサイルの発射台とか、ヘリも戦闘機も電子機器を使うもの全て私が制御しています、なので歩兵は止められません」

 

タシュケント『ま、待ってくれる?!イギリスは味方でしょ!?』

 

綾波「ええと、私達は彼等にとっての深海棲艦なんですよ、一緒に始末できれば万々歳なんです」

 

グラーフ『……私達は利用されていたのか…?だが、なんで…』

 

綾波「ここまで来れば喋っても何も変わりませんね、深海棲艦と私たちを同士討ちさせる、それだけが最初から最後までイギリスの狙いです、Linkを支援するつもりなんてかけらも無い…」

 

戦闘機が3機、深海棲艦の群れに突っ込み、爆散する

 

綾波「私達のやってる戦争は二つの勢力のぶつかり合いじゃない、三つ巴の戦いなんですよ」

 

リシュリュー『そんな…そんなのおかしいでしょ…!?」

 

綾波「何もおかしくありません、一番利益になることをやってるだけです、自分達が最低限の労力で超大量の、面倒な深海棲艦が死ぬんですからね…ああ、めんどくさいな、帰ったらのんびり映画が見たいです」

 

タシュケント『こんな時に何言ってるんだ!』

 

綾波「私ですねぇ、ホームアローンが好きなんです、昔はよく見てました」

 

タシュケント『…この建物は、最初からイギリス軍を制圧する為に…?』

 

綾波「ええ、実はトラップは深海棲艦用じゃありません、艦娘と歩兵が雪崩れ込んだらトラップで撃退してください、最終的に地下室に逃げ込めるように」

 

タシュケント『…地下は安全なのかい』

 

綾波「さあ、微妙ですね…少なくとも上よりマシですよ」

 

タシュケント『わかった、充分だ』

 

綾波「安心してください、私の計画は何も狂わない、私はこの二日間でありとあらゆるプランを実行している、全て正常なんですよ」

 

朧『この大量の深海棲艦も…?』

 

綾波「寧ろ好都合ですよ、イギリス軍が早めに動いてくれましたから…っと、来ましたか…この戦争の発端さん」

 

ネルソン「発端だと?それよりも、このデジタルハザードは貴様の仕業か?今すぐ解け、さもなくばここで撃つ」

 

綾波「…クハッ…アハハッ…」

 

腹を抱えて笑う

 

綾波「そんなに遠くで眺めていないで、ステージに登ってきてくださいよ!アークロイヤルさん」

 

ネルソン「なに…?」

 

アークロイヤル「久しぶりだな、ネルソン」

 

ネルソン「なっ……なんだその姿は!何故人間の格好をしている!なんのマネだ!」

 

アークロイヤル「…黙れ」

 

アークロイヤルがカートリッジを起動してみせる

 

ネルソン「なんだそれは…!」

 

アークロイヤル「お前を殺す力だ、この国を壊すほどの力だ…ビスマルク!!」

 

ビスマルク「……」

 

綾波「アハッ…役者がだいぶん揃いましたねぇ、でもあと一人、足りてないんじゃないですか?そこのウォースパイトさん」

 

ウォースパイト「……」

 

綾波「さてさて、実技試験の前に筆記試験の答え合わせといきましょうか?ネルソンさん」

 

ネルソン「なに…?」

 

綾波「アークロイヤルさんにあの力を差し上げたのは私です、今の貴方よりはきっっと、強いですよ?」

 

ネルソン「貴様…!助けられた恩を忘れたか!?」

 

綾波「殺すつもりで飼っておいて何を言うんですか、森で道に迷ったヘンゼルとグレーテルは命の恩人の魔女を殺しましたよね?殺意を持つと言うことを殺意を持たれることにも繋がるんですよ、他に選択肢はありませんから」

 

ネルソン「ふざけるな!!」

 

ネルソンが主砲を撃とうとする

 

綾波「…いやー、一眼見たとき思ったんですけど、やっぱりそうですね、貴方はバカらしい」

 

ネルソン「…な、何故…砲が動かん!」

 

ウォースパイト「…ネルソン…?」

 

アークロイヤル「…ハハハ!故障したか!滑稽だな、ネルソン…!」

 

綾波「アークロイヤルさん、貴方はイギリスで最初にイギリスが開発した艦娘システムを使ったと記録されていますが、真実ですか?」

 

アークロイヤル「…何?」

 

綾波「貴方は深海棲艦に惨敗して殺された事になってますよ」

 

アークロイヤル「……そうか、だが、それは事実だ、私は深海棲艦に負けて殺された、それだけは事実だ…だが、本当に最初に開発されたのは、アークロイヤルの艤装ではない…」

 

綾波「そう、オールドレディの艤装を…つまり、ウォースパイトの艤装を最初イギリスは作ってたんですよ、ね?ウォースパイトさん」

 

ウォースパイト「…そうね」

 

綾波「しかし、ウォースパイトの適格者は他にもいた、と言うか前任者がアークロイヤルさん、貴方なんですよね?」

 

アークロイヤル「だからなんだ、確かに私は元々ウォースパイトだった、だが私は綺麗な血筋でもなければ戦いに秀でているわけでもなかった、だからクビになった、それだけだ」

 

ポケットから紙切れを取り出し、眺める

 

綾波「アークロイヤルさん、あなたの最期は残念なものでしたね?アークロイヤルとしての初陣で殺されたんですから」

 

アークロイヤル「…何故貴様がそれを…」

 

綾波「艦娘システムが日本から輸出される前だったこともあり、空母とは名ばかりのろくな艤装のない状態の貴方は艦載機全てを破壊された…しかも、艦載機もまともな物じゃなかったですよね、本当に人間が乗っている普通の戦闘機を指揮しろなんて、人間のスペックでは無理です、どう連携を取るのやらね」

 

アークロイヤル「…彼らは、私が殺したようなものだ」

 

綾波「システムが輸出されて以降、そんな無駄な犠牲の出るような装備は使われなくなりましたね、アークロイヤルさんは少し早過ぎた」

 

アークロイヤル「…かもしれない、だが…私は、彼らの為にも…この国が、許せない…その力に胡座をかくネルソン、貴様が許せない…」

 

アークロイヤルが手に持った矢に火がつく

 

ネルソン「…なんだ、それは、アーチェリー…?」

 

ギリギリと弓の弦が音を立て、天空に向かって矢が放たれる

 

アークロイヤル「Shoot!!」

 

放たれた矢が艦載機となり、艦載機がネルソンとウォースパイトを攻撃する

 

ネルソン「くっ…!?」

 

アークロイヤル「貴様らを全員殺して、私は復讐を果たす!!」

 

ビスマルク「手を貸すわ」

 

アークロイヤルとビスマルクの攻撃がネルソンとウォースパイトに集中する

 

綾波(矛先を本来の方向に向ける、実に簡単な話です)

 

ネルソン「何を見ている!貴様!助けろ!」

 

綾波「お断りします、あなた方が死んだ後にこの2人と戦えば良いんです、のんびり見物させていただきます」

 

矢が一本、すぐ横を掠める

 

頬から血が伝う

 

綾波「……血が…おや」

 

アークロイヤルと目が合う

 

綾波「…どうしました、遊びたいですか」

 

アークロイヤル「この2人の艤装を使えるようにしろ、なぶり殺しもいいけど、力の差を見せつけて殺したい」

 

綾波「……お断りします、それにしても…身体が傷ついたのは随分久しぶりです」

 

アークロイヤルの前まで歩く

 

綾波「貴方なら、私を殺せるかもしれません」

 

体内の機械がショートした音…

あとどれくらい電子機器を乗っ取れるか、プランは全てうまくいくのか、わからない事だらけだけど…

 

綾波「ほら、やって見せてください」

 

ビスマルクが私を撃つ

しかし、脚元に着弾する

 

ビスマルク「…何…?なんで、当たらない…」

 

綾波「……さて、私は地獄に入店拒否されてるようですし…ネルソンさんもウォースパイトさんも、半分死んでるようなものだし…」

 

アークロイヤルの顔面を蹴る  

 

アークロイヤル「ぐっ…!」

 

綾波「そろそろやっても良いですよね?」

 

私の身体の中で何かが弾けている

どんどん体内の電子機器が壊れていく…

ああ、完全に体が動かなくなる前にやらなくては

 

アークロイヤル「貴様…」

 

ビスマルク「…先に始末すれば良いわ、やりましょう」

 

綾波(私に傷をつけるなんて、期待を持たせた貴方が悪い…)

 

汎用艤装を向ける

 

ネルソン「無駄だ!その艤装は私たちが管理していたものだ、ロックをかけてやる、使わせるものか…!」

 

綾波「……バカですねぇ、そんなの簡単に外せるし、そもそもこれをいじってる時にそんな機能消してるに決まってるでしょう」

 

ネルソンの額に主砲を一つ突きつける

 

アークロイヤル「待て、そいつは私が殺す…撃ったら、タダでは済まさんぞ」

 

綾波「それは楽しみだ」

 

砲身でネルソンの側頭部を殴り、気絶させる

 

綾波「さあ、貴方達の力を見せてください、実技試験を始めましょう」

 

ビスマルクの砲撃は至近弾、アークロイヤルの艦載機の攻撃も直撃はせず

 

綾波「ちゃんと狙ってますか?ねぇ、ここですよ、私は…!」

 

2人に主砲を撃ち込む

 

ビスマルク「駆逐艦程度の攻撃、ダメージにはならない!」

 

アークロイヤル「…ダメだ、ビスマルク、攻撃がズレる…直接殺そう」

 

アークロイヤルが弓を私の頭目掛けて振り下ろす

鈍い痛みで頭がぼやける

 

綾波「…アハッ…!久しぶりですねぇ、この感覚♪」

 

ビスマルク「…コイツ、全く効いてない…!?」

 

額が裂けたのか、血がダラダラと顔を伝う

どんどん、私の体が冷えていく

 

死ねる、死ねてしまう…

 

アークロイヤル「いや、効いているはずだ…今、殺す!」

 

ビスマルク「…わかった!」

 

殴打、砲身や鉄製の弓での殴打は、痛い

身体の骨を砕かれ、皮膚が裂け、肉が弾ける

 

全身が痺れて、もはやどうなっているのかもわからない

残った力でカートリッジにアクセスし、出力を上げ続ける

 

アークロイヤル「何故まだ生きている…!!」

 

ビスマルク「…さっさと、死んで…!!」

 

先ほどまでよりも、痛い、体が潰されていく…

 

ああ、ようやく死ねるのか…

果たして、そうなのか

私は…今何故カートリッジの出力を上げた?

この、漏れ出す力をこの身に受けてしまったら…

 

ああ、ダメだな

 

アークロイヤル「頭を潰せば、終わるはずだ」

 

綾波(…ああ、そうだ、まだ死ねない…死なない、私は無敵で、不死身で、最強の天才だと…私が生きている限りそう証明されるのなら)

 

弓が頭を穿つ

 

アークロイヤル「っ!?」

 

ビスマルク「な、なんの光…あっ…」

 

ビスマルクとアークロイヤルが膝をつく

 

綾波「んー……最高のコンディションですねぇ、顔の数も消えてるようだし…カートリッジも帰ってきた」

 

両手に、二つのカートリッジ…

黄昏の書、そして改二艤装

 

アークロイヤル「な、何を、した…?何故体が動かなく…」

 

綾波「…くくくッ…アハハっ!!どいつもこいつも、バカばかりか…!全てはこのためですよ、私の体内で生成するエネルギーでは足りないんですよねぇ……再誕を引き起こすには…外からエネルギーを取り込まなきゃいけなかった」

 

ビスマルク「再誕…?」

 

綾波「ほら、この通り、無傷で綺麗な私が戻ってきてしまった、貴方達のおかげでね?」

 

アークロイヤル「どうなって…」

 

綾波「それと、何故体が動かないかですよね?……それこそ簡単ですよ、こんなに強力な力をなんの代償もなく使えると思っていたんですか?貴方達は確かにパワーを手に入れたかもしれませんが…その体はもうボロボロです」

 

ビスマルク「…その、カートリッジを使うと…ダメージを受ける…?」

 

綾波「まあ、副作用みたいなものですねぇ…といっても、貴方達が引き出せたのは僅か2%って所かな…」

 

カートリッジを起動し、挿入する

深海棲艦の群れがブラックホールに呑まれて消える

万は居た深海棲艦が、一体も居なくなる

 

アークロイヤル「なっ…」

 

綾波「これが、60%くらいですねぇ…どうですか?すごいでしょう?言葉も出ないでしょう?」

 

ビスマルク「何が、起きて…ぁが…」

 

ビスマルクの側頭部を蹴る

 

綾波「喋らないでくださいよ、そこはポカーンと口開けてれば良いんです…さて、次は苦痛を与えます、壊れないでくださいよ」

 

アークロイヤル「何を…ぁがあっ…?ぁ…」

 

ビスマルク「痛い痛い痛い!!頭が、割れる…!!」

 

綾波「勝手に私のおもちゃで遊んだ悪い子には、お仕置きです…そろそろ、プロテクトが壊れるか…」

 

ガラスが割れるような音が頭に響く

 

綾波「データドレイン」

 

アークロイヤルとビスマルクが光線に貫かれ、意識を失う

 

綾波「……イギリスから出された命令は、この2体の深海棲艦の排除…深海棲艦はもう居なくなりましたね、ウォースパイトさん」

 

ウォースパイト「……」

 

綾波「私の仕事は終わりました、私達はここから出ていきますが、文句はありますか?」

 

ウォースパイト「…いいえ、だけどここを出るのは難しいんじゃない?」

 

綾波「今の私にできないことがあるとでも?まさか…それより、軍を撤収させてくれないと巻き込みますよ」

 

ウォースパイト「…それは無理、私の言う事は聞いてくれない…ネルソンが動かしてるから」

 

綾波「あらら、じゃあアークロイヤルさんが死んだ作戦も全部?」

 

ウォースパイト「無茶な艦載機運用も含めてネルソンが…って言えば私は悪くないみたいだから、言いたくないけど」

 

綾波「この人もなかなか悪いですねぇ?アハッ」

 

ウォースパイト「船なら用意できるわ」

 

綾波「ああ、お気になさらず、フランス政府と話はつけてありますから」

 

ウォースパイト「…そう」

 

綾波「屋内が片付いたらさっさと出ていきます、それではさようなら、オールドレディ?」



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撤退

イギリス 廃墟

駆逐艦 タシュケント

 

タシュケント「こっち!急いで!」

 

レーベ「た、助かった?」

 

マックス「何も助かってない、ここからどうすれば良いの!?あんな数!」

 

タシュケント「とにかく!そこの廊下をまっすぐ進んで地下室に行ける梯子から地下室に!奥の鍵がかかる部屋でみんなで隠れて!」

 

ユー「わ、わかりました…!」

 

三人を見送り、あと1人を待つ

 

リシュリュー「待ってくれてありがとう、ここなら安全?」

 

タシュケント「全然さ、この辺りは罠がない…だから今仕掛けるところ」

 

ドアノブにゴムロープを引っ掛け、爆竹をセットする

 

リシュリュー「…攻撃になるの?それ」

 

タシュケント「とにかく時間を稼ぐものばかりだよ、でも…火力は正面入り口に集中してるし…」

 

立てかけてあったショットガンを手に取り、弾を詰める

 

タシュケント「護身用の武器はある」

 

リシュリュー「…使えるの?」

 

タシュケント「使った事はないけど、扱いは簡単さ、2発撃ったらリロード、綾波には安全に敵を待てる場所を指示されてる、ハンドガンはいる?」

 

リシュリュー「…殺すな、じゃなかった?」

 

タシュケント「でも、脚はメチャクチャにしてやれって言われてるよ」

 

リシュリュー「…ほんとにめちゃくちゃね」

 

グラーフ「おい!来るぞ!」

 

奥からグラーフが走ってくる

 

タシュケント「ザラ!プリンツ!戻る用意しなよ!」

 

プリンツ『了解です!』

 

ザラ『正面入り口、12人、突入してきます!』

 

ドアを蹴破った音と同時に爆竹が鳴り響く

 

リシュリュー「あれ、小さい花火みたいなの…何?」

 

タシュケント「綾波が作った、バクチクって言うらしいね…音だけ派手な物だよ、クラッカーみたいなね…」

 

覗き穴から玄関の方を覗く

 

タシュケント(…3人入ってきた、もう少し引きつけて……今!)

 

手元のロープを引く、兵士が足をロープに引っ掛け転び、銃を乱射する

 

タシュケント「うわっ!?…っ…!最悪だ…」

 

薄い壁を貫通し、腕を銃弾が掠める

 

リシュリュー「大丈夫!?」

 

タシュケント「問題無いよ!でもそっちのロープを引いて欲しい!できるだけ早く!」

 

リシュリュー「これねっ!」

 

銃声が何度か響く

呻き声、叫び声…

覗き穴から様子を伺う

 

タシュケント(…よし、ちゃんと作動したね、ショットガン…入ってきたやつみんな脚に弾を受けてまともに立てなくなってる…)

 

タシュケント「よし、仕事は終わりだ!早く引き上げよう!」

 

リシュリュー「先に降りて、ショットガンは私が持つから」

 

タシュケント「でも……うん、悪いね」

 

腕がズキズキと痛む、火傷のようであり、切り傷のようであり、鈍く鋭く、とにかく思考を掻き乱す様な痛み

梯子で手に重さがかかるたびに止まりそうになる

 

リシュリュー「ゆっくりでいい、まだ敵はきてないから、落ち着いて降りて」

 

タシュケント「…ごめん、リシュリュー」

 

言われた通り、でもなるべく早く降りる

 

グラーフ「飛び降りろ!受け止めてやる!」

 

タシュケント「えっ!?」

 

グラーフ「良いから早くしろ!」

 

タシュケント「…あーもう!ドイツ人は野蛮だな!!」

 

梯子から手を離し、飛び降りる

 

グラーフ「野蛮で悪かったな!だが仲間を助ける為ならなんだってやる、それが良いところだ」

 

タシュケント「みたいだね…ありがとう、グラーフ」

 

梯子の上からガタガタと物音がする

 

リシュリュー「誰か来てる!」

 

リシュリューも急いで梯子を降りるが、手を痛めているせいかかなり遅い

 

グラーフ「任せろ、指示は受けている…!」

 

グラーフがカードケースから2枚取り出し、リシュリューの両脇を潜らせて艦載機を飛ばす

 

グラーフ「時間は稼ぐ!ゆっくり降りろ!」

 

リシュリュー「わかったわ!」

 

上階から戦闘の音が聞こえてくる

 

タシュケント「…待って!プリンツとザラは!」

 

グラーフ「何!?まさか一緒にいたわけじゃないのか?!」

 

タシュケント「多分今降りてきてる途中だよ…!ど、どうしよう!」

 

朧「アタシが行く」

 

グラーフ「朧?怪我はいいのか?」

 

朧「大丈夫、このくらいの怪我…慣れてるから」

 

リシュリュー「…上にいるのは私たちを殺そうとしてる奴等よ…?」

 

朧「うん、わかってるよ…でも、仲間が殺されかけてるのに何もしないわけにはいかないじゃん」

 

朧がリシュリューからショットガンを受け取り、背中にかける

 

朧「ただ、悪いけどタシュケントには来て欲しい、アタシ屋内の罠の位置知らないんだ」

 

タシュケント「…わかったよ、急いで登…え?」

 

朧が腕を掴んで朧の肩へと引っ張る

 

朧「しっかり捕まってて、2人とも、離れて」

 

梯子の真下へと連れて行かれる

 

朧「もっと近寄ってくれないと少し危ないかな」

 

タシュケント「えっ?あ、あの…まさ、か…ねぇ、朧?」

 

グラーフ「あ、おい、何するつもりだ!?」

 

朧「跳ぶよ」

 

地面がミシッと音を立てる

艤装の力なのか、とんでもない勢いで梯子がある穴を…約5メートルの高さを一跳びで超え、床に降り立つ

 

タシュケント「うわぁぁぁっ!?」

 

朧「左右に2、いけるね、多分」

 

何が起きているのか理解する余裕もなく、砲音と悲鳴が聞こえる

 

タシュケント「っ…?な、何、この子達は!?」

 

朧「綾波の言ってたイギリスの駆逐艦かな、J 級とか、その辺のじゃない?」

 

タシュケント「そ、そうじゃなくて、なんで倒れてるの…」

 

朧「非殺傷弾で撃ったからかな、それより早く上に案内して、急がないと間に合わなくなる」

 

タシュケント「わ、わかったよ…」

 

倒れた駆逐艦の子達を無視して階段を駆け上がる

 

朧「匂いはまだ階段まで来てない、階段を通らずに上の階に侵入してるのかな」

 

タシュケント(匂い?)

 

タシュケント「あ、そこロープトラップ!」

 

朧「わかった」

 

罠を掻い潜りながら4階まで駆け上がる

道中で下階から悲鳴や銃声が鳴り響いているあたり、馬鹿みたいになだれ込んできているらしい

 

タシュケント「あと少しだよ!」

 

朧「5人いる、全員男、それと血の匂いもする…タシュケント!3階のトラップは!」

 

タシュケント「えっ!?さ、3階はそっちの棚と右のドアに…」

 

朧「あのあたりは安全!?」

 

朧が指した辺りには罠は設置してない…

 

タシュケント「うん、何もないよ!」

 

朧「よし、タシュケント、これ任せた!」

 

朧が指した位置まで走り、カチカチと艤装を操作する

 

朧「タシュケントは階段から上がって!アタシが上を制圧する!!」

 

タシュケント「え、どうやって…」

 

朧「心配ないから」

 

朧が両手に主砲を構える

 

朧「揺れるよ!」

 

朧が飛び上がりながら反転し、蹴りで天井…いや、4階の床を突き破る

 

タシュケント(う、嘘でしょ…ジャパンの艦娘ってみんなああなのかな…)

 

階段を登り切るまでに砲音が5回、そして斃れた音…

 

タシュケント「…本当に一瞬で制圧してる…」

 

気を失い倒れた兵士

そしてその中心、床の大穴のそばの朧とザラ、プリンツ…

 

朧「それよりも、プリンツ、ザラさん、大丈夫?」

 

ザラ「…プリンツさんは肩を撃たれてて、私は…脚を」

 

朧「…殺せば良かったかな」

 

朧が兵士を睨む

 

タシュケント「そんなことしてる場合じゃない、急いでここを離れないと…」

 

朧「無理だよ、一階なんて敵が無限に押し寄せてきてるし、戻って地下室の存在がバレるのが1番まずい、ザラさん、コイツらどこから?」

 

ザラ「そっちの…窓…」

 

朧「了解です、タシュケント、階段見張ってて!まだ来てないと思うけど!」

 

タシュケント「わかった!」

 

タシュケント(どうしよつ、どうしよう…)

 

死にたくない、怖い、不安だ…

絶対安心の作戦のはずが、細かな歪みに歪められてる…

 

朧「大丈夫、アタシが…ッ!?」

 

廃墟に何かがぶつかり、大きく揺れる

 

朧(この匂い、あの球だ…!)

 

床の大穴から笑い声が聞こえてくる

 

朧「…まさか、この建物壊す気じゃ…!」

 

タシュケント「どうすれば、いいの…!?」

 

朧(もし建物が崩れたらみんな大怪我じゃ済まないし、落ちたところを狙い撃ちにされる…!どうすればいい!?綾波ならどうする?…いや、アタシは綾波じゃない、アタシは…)

 

朧「アタシだ……アタシにできることだけやればいい」

 

タシュケント「お、朧!?」

 

朧「そう、アタシは綾波型駆逐艦、朧…誰にも負けない…たぶん…」

 

朧と目が合う

俺の目に光が灯る

 

タシュケント「そ、それは…なに…!?」

 

朧「……タルヴォス、やるよ、一回負けた相手だし…"復讐"、しなきゃね」

 

朧の主砲から薬莢が転がり落ちる

 

朧「タシュケント!…2人、任せたよ」

 

タシュケント「待っ…」

 

朧が穴から飛び降り、球体の様な深海棲艦に飛びかかる

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

目が熱い、力が漲って、体の痛みをを忘れさせる

今なら誰にも負けない、多分…

 

艤装のスイッチを入れ、空中で艤装に振り回されながら回転する

 

朧「いっっ……けぇぇぇぇぇッ!!」

 

回転の勢いを全て、一撃に集める

球体の深海棲艦を、ここで落とす

 

金属が破裂する様な、裂けるような音が耳をつんざく

圧力に耐えられなくなった装甲が弾け飛び、壁に穴を開ける

 

沖棲姫「ヒャヒャヒャヒャヒャ!!バケモノ!バケモノ!」

 

中から現れたのは少女の様な深海棲艦

 

朧「深海棲艦に言われたく…」

 

背後から迫る匂いを避けるために慌てて飛び退く

 

朧「危なかった…深海棲艦より先にこっち狙うかな、普通」

 

ジャービス「なんで、バレてないはずなのに…」

 

ナイフで背中を狙われてた…艦娘らしく無い戦法

 

朧(…あれ?深海棲艦の方とすごく似てる…いや、それよりも近づくまでほとんど匂いもなかった、たまたま呼吸のとき吐いた息の匂いで気づけたけど…この子が綾波の言ってたアタシ達を探ってるスパイか)

 

朧「それで、なんでアタシを狙うの」

 

ジャービス「わかりきってる、どっちも消すから、先にヤバい方を狙うのよ!」

 

朧(ヤバい…ヤバいかぁ……)

 

主砲に煙幕弾を込める

 

朧「じゃあ、ヤバいのかな」

 

煙幕を焚き、視界を奪う

 

ジャービス(な、なんのつもり!?お互い見えないのに…!)

 

俺(…深海棲艦は動かない、か…取り敢えず動けない様に…)

 

非殺傷弾を込めて撃つ

 

朧「えっ…?」

 

見えてはいない、だけど…

 

沖棲姫「ヒャヒャヒャッ!」

 

朧「…庇った…?!というか、見えてる?」

 

何故か、深海棲艦にはこの煙幕の中が見えて…

 

ジャービス「この!どこにいるの!」

 

朧「…いや、お互い様か」

 

位置がわかるのはお互い様、ならば…五分だ、負けるわけにはいかない

 

朧「やるよ、ここで」



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共鳴

イギリス 廃墟

駆逐艦 朧

 

目の前の煙幕の中の深海棲艦の位置を、匂いで掴む

 

朧(…当てられる、だけど…防がれる、それならどう対処すればいい?)

 

今も下から騒音が響いてくる

早く制圧して下へ向かわないといけないのに、このままでは時間だけが過ぎてしまう

このままではみんなが危険に晒されるだけだ

 

朧(装甲が無くなったなら、普通の砲弾も効く?…いや、ゼロ距離の散弾で火力を集中させ…)

 

朧「っ!?た、タシュケント!登ってきてる!外!」

 

そうだ、今は一対一の模擬戦なんかじゃ無い

殺し合いだ、そして敵は大量に居る

 

タシュケント「く、ヤバいかも…!」

 

タシュケントを助けに行く余裕はない、ザラさんとプリンツは戦えない

力を込めろ、意識を集中しろ

アタシは…綾波型駆逐艦、朧

アタシがここで負けるわけがない、間に合わせられないわけがない

 

アタシはどうすればいい

アタシができる最善の手段…

 

朧(…い、や……アタシ1人じゃないんだ…これなら…)

 

…繋がった

 

両手の主砲を空中に放る

腰の艤装からハンドガンを取り出し、嗅覚を研ぎ澄ます

 

朧(…借ります、この力を…)

 

引き金を立て続けに引く

主砲のハンドガードの中の引き金を撃ち抜き、主砲から砲弾を放つ

 

朧「…やった」

 

血の匂い…手応えはある

降ってきた主砲を掴み、無線機を繋ぐ

 

朧「タシュケント、大丈夫?」

 

タシュケント『あぇ…?あ、お、朧…今の…』

 

朧「無事みたいだね、しばらく繋げないから…頑張って」

 

両手の主砲を深海棲艦に向け直し、引き金を絞る

 

首を振り、無線機を振り落とす

 

朧「行くよ!!」

 

とにかく、深海棲艦があの艦娘を庇うならそれも利用する、なんでもいい、全部使って勝つ

蹴りと殴り主体のファイトスタイル…

リスキーでも確実なインファイトで叩き潰す…

相手を守る装甲がないのなら

 

朧「叩き潰す!!」

 

深海棲艦の砲撃を弾きながら詰め寄り、インファイトに持ち込む

 

ジャービス「な、なにが起きてるの…!?なにも見えない…!」

 

艤装がぶつかり、火花を散らす

煙を吹き飛ばし、視界を晴らす

 

朧(この深海棲艦、装甲がなくても硬い!)

 

殴るほどに拳が痛む、蹴るたびに脚部艤装から聞いたことがない音がする

 

朧「っ…やぁぁぁぁぁッ!!」

 

渾身の蹴りが周囲の煙を吹き飛ばし、視界を晴らす

 

沖棲姫「ヒャヒャヒャ!バケモノメェッ!!」

 

朧(上手く、いけぇっ!!)

 

蹴りの勢いを身体に残したまま、先に蹴りに使った脚を軸足にし、勢いを移して…

 

朧(もう一撃…!)

 

朧「はぁッ!!」

 

勢いを、最大限に利用した回しかかと蹴りを叩き込む

人体と艤装の一番硬い部分を顔面に叩き込む

 

沖棲姫「ヒャ…ヒャ…!」

 

艤装のスイッチを操作し、脚部艤装を起動する

あたりの空気が脚部艤装に吸い込まれ始める

 

朧「トドメ!!」

 

沖棲姫「…ア…?ナ、ナンダコレ!!ハ、ハナレラレナイ!?」

 

吸い込み口に深海棲艦がくっつく

 

朧「…逃げられないよ…!!」

 

圧縮された空気が脚を切り裂く、痛みで頭がおかしくなりそうになる

 

朧「っ……!!…りゃぁぁぁああッ!!」

 

艤装から射出された空気の塊が深海棲艦を吹き飛ばし、壁に叩きつける

叩きつけられた深海棲艦はグズグズに肉体が崩れ、もはや原型を失いつつある

 

朧「…やっ…た……かはっ…ぁ…っ…」

 

床に膝をつく

脚への甚大なダメージ、もう立つのも辛い

 

朧「…っ!」

 

背後へと主砲を振り抜く

ナイフと艤装がぶつかり、火花を散らす

 

ジャービス「Lucky…やっぱり、Lucky Jervisは伊達じゃない…ね…!」

 

ギチギチと金属音が響く

 

朧「待ってよ…!これ以上やるなら……撃つよ…!!」

 

ジャービス「撃ったところで、ジャービスは1人じゃない、死ぬのは貴方だけ!」

 

朧(…1人じゃ、ない…?……まさか)

 

艤装のブーストで無理やり脚を動かし、蹴りで吹き飛ばす

 

ジャービス「ぁぐ…っ…」

 

朧「…クローン…って事…?だったら匂いがほとんどしないのも…納得できるかも…でも、そしたら…下にいた子達も…クローン…?」

 

ゾッとする

そんな事が許されるのか…?

 

朧「……」

 

無線機を拾い上げ、装着する

 

朧「タシュケント、そっちは無事?」

 

タシュケント『ぶ、無事だけどさ…さっきすごい揺れがあったでしょ…その時に階段が…』

 

…階段を横目で確認する

いや、階段のあったはずの場所を…

深海棲艦の死体と、大穴…うん、アタシのせいで階段が吹き飛んでる

 

朧「あー、ごめん、でも大丈夫、敵は仕留めたから」

 

タシュケント『…流石だね、ジャパンの艦娘ってみんな朧みたいなの?』

 

朧「…いや、一部かな、アタシより強い人もいるし…」

 

タシュケント(冗談キツイって…絶対に戦いたくないよ…)

 

タシュケント『取り敢えず、外の様子見てたんだけどさ…深海棲艦、全部消えちゃった…』

 

朧「消えた?」

 

タシュケント『そう、黒い渦に呑み込まれて消えた…』

 

朧「…綾波…」

 

朧(改二艤装を使ったんだ…確かに、アレ以外であの大群を倒すなんて無理だけど…)

 

タシュケント『…撤退したって事なのかな、取り敢えずケリがついたならみんなと合流したいんだけど』

 

朧「無理せずゆっくり降りて来て、アタシも合流したいけど…」

 

立ち上がる

骨が軋む様な痛み、脚部艤装の中は今頃血まみれだろう

 

朧「手は貸せなさそう」

 

ぐちゃぐちゃの深海棲艦の遺体に近寄る

 

朧(これ、意味あるのかなぁ…)

 

右手を突き出し、文様に力を込める

 

朧「データドレイン」

 

眩い閃光があたりを包む

 

朧「………よし」

 

 

 

 

 

綾波

 

綾波「…皆さんひどい怪我ですね、医薬品を買っていたはずです、出してください」

 

リシュリュー「はい、これ」

 

消毒液とガーゼを受け取り、汚れを取り除きながら丁寧に処置していく

 

グラーフ「…地下での戦いは不安になるな、いつ天井が崩れるか…」

 

綾波「よく耐えてくれました、朧さん達は?」

 

リシュリュー「…プリンツとザラを助けに行ったきり、でも無線が時々入ってるから、無事のはず…」

 

…胸を撫で下ろす想い、とはこの事か…

その場凌ぎの要塞が役立ってくれてよかった

本当ならもっとしっかりした要塞にするべきだったのに、時間も物資もなにもなかったが故、こんな中途半端なことに…

 

グラーフ「それより、貴様…顔の傷が消えてるぞ」

 

綾波「ああ、まあ、そうですね、ツイてました」

 

再誕の力が発動したというのは…私に死ぬ意思が足りていないという事だろうか…

私の理性は…地獄へと落ちることを望んでいるのに、本能は生存を求めているのか…

 

軽く手当てを済ませ、地上へと誘導する

 

綾波「なっ……朧さん、なにがあったんですか…!」

 

ボロボロの朧さん、タシュケントさんもザラさんもプリンツさんまでも、全員出血している…

 

朧「…まあ、ちょっと…ボス戦?」

 

タシュケント「あれはちょっとじゃ済まないと思うけど」

 

朧さんがフラつくたびに血の匂いがキツくなる

 

綾波「…貴方、まさか…」

 

朧「うん、やっぱりキツイね、これ」

 

綾波「貴方…本当に……」

 

文句を言いたいのに、言葉がつながらない…

モヤモヤした感情をため息で殺す

 

綾波「無茶しないでください、本当に……朧さんには車椅子を手配します…さあ、傷口を見せて」

 

タシュケント「痛い!痛いよ!」

 

ザラ「あんまり叫ばないで…傷に響いて…」

 

プリンツ「余計に痛くなって来ます〜…」

 

綾波「…ごめんなさい、私が不甲斐ないせいで皆さんを傷つけた」

 

タシュケント「…なに言ってるんだい、みんな生きてるじゃないか、まさかあんな大人数相手に生き残れるなんて…」

 

ザラ「そうですね、何事も前向きに捉えましょう?」

 

グラーフ「少なくとも…私達は貴様に悪感情を向ける事はない、安心しろ」

 

綾波「……リシュリューさん、フランスから連絡は」

 

リシュリュー「待って、こんな状況じゃ電話もできないし…ええと、携帯見てない?」

 

レーベ「はい、落ちてたよ」

 

リシュリュー「ありがとう……あと20分位でブライトンに着くらしいわ、そこからル・アーブルに行ける」

 

綾波(…動きが遅いな、あまり期待していては日本に戻る頃には年の暮れだ)

 

綾波「…はぁ…あ?」

 

見慣れない人影…

 

朧「あ、忘れてた、自己紹介してくれる?」

 

ジェーナス「Hi!私の名前はJanus! よろしくね?」

 

綾波「…なるほど?」

 

朧「…アタシが深海棲艦から人間に戻しちゃったし、その…」

 

責任をとって面倒を見たい、か

朧さんらしくはあるが…

 

リシュリュー「どうするの?」

 

グラーフ「…フッ…まさかLinkのボスが来るもの拒むのか?なぁ、ボス」

 

綾波「なんですかそれ…あー、もういいや、ちゃんと面倒みてくださいよ?餌は一日3回、散歩とトイレもちゃんと…」

 

ジェーナス「ペット扱い!?」

 

朧「えーと…うん、頑張るよ」

 

グラーフ「そこは頑張るな、人間扱いしろ」

 

リシュリュー「ふざけてないで早くブライトンに行かないと…」

 

綾波「そうですね、急ぎますか…」

 

視界の端にウォースパイトが映る

 

ウォースパイト「送らせるわ、間に合わないだろうから」

 

綾波「車だけくれれば結構です、運転はしますので」

 

ウォースパイト「ならそうする」

 

気の長い旅だ、次はフランス…そして日本に帰るには…

 

早く、帰りたい…もう一度、顔を見たい…

赦されるのなら

赦されなくとも

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府 医務室

駆逐艦 春雨

 

春雨「…大丈夫ですか」

 

キタカミ「……無理…立てない…」

 

突如体調不良を訴え、倒れた

普段はまずありえない事態、キタカミさんが倒れるなんて、最近戦闘もなかったせいでみんな不安がっている…

 

ドアをノックされる

また見舞いだろうか

 

春雨「どうぞ」

 

アケボノ「すみません、不調なので休ませてもらえますか」

 

春雨「えっ」

 

キタカミ「…うわ…」

 

アケボノ「……これは、最悪かもしれませんね」

 

裏のツートップが、落ちたか



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旅は道連れ

離島鎮守府 医務室

秘書艦 アケボノ

 

アケボノ「…なんで私の顔をそんなに見るんですか」

 

春雨「珍しいと思いまして…」

 

キタカミ「ちょっとしんどいくらいでダウンする奴じゃないからねぇ…」

 

アケボノ「…悪かったですね」

 

現実から目を背けたい気分だが、そうもいかない

綾波は再誕を使った、となると…

 

ああ、頭が痛い、今の綾波はどれくらい強いのか、殺しても死ななくなった綾波をどう仕留めるべきなのか

この情報を秘匿するわけには行かないが話すのにも神経を使う

綾波を大事に思ってる様な輩の前で喋るわけには行かない

 

いや、本当ならなによりも先に提督に報告すべきなのだが…それすらも後回しにしてしまった

私の失態を知られたくなかったと言う気持ちが大きかった、幻滅されたくなかった…

 

アケボノ「…っ……はぁ…!」

 

ムシャクシャする、何もしてない時間が本当に苦痛だ

時間が流れるほど事の深刻さが大きくなっていく

綾波に1秒でも時間を与えてはならないのに…

 

春雨「何か、薬を処方しましょうか」

 

アケボノ「…必要ありません」

 

ここに来たのは隠れる為だ、気持ちを整理する間は誰かに会うことを避けたかったからだ

なのに何故キタカミさんまでいる…

 

キタカミ「…春雨、ちょいと提督呼んできてよ」

 

春雨「わかりました」

 

アケボノ「なっ…ま、待ってくださ…っ!?」

 

止めようとしたところをキタカミさんに捕まえられる

 

キタカミ「ちょーっと、話さない?」

 

アケボノ「話しても良いですが提督は呼ばないでください…!」

 

キタカミ「春雨はもう呼びに行ったからさ、手遅れだよ」

 

アケボノ「だから、私は春雨さんを止めたいんですよ!」

 

キタカミ「綾波の事でしょ」

 

アケボノ「な…!?なんで…いや…違…」

 

キタカミ「あー、うん、知ってるから心配しないで、アレじゃない綾波のコト」

 

アケボノ「……何故…」

 

キタカミ「まあ、ちょっと訳あって知ってるんだよ」

 

…キタカミさんはカマをかけているのか?それとも…

いや、もはや隠し事なんてできるわけがない…

 

アケボノ「……私は、その…」

 

キタカミ「朧も一緒にいる、大丈夫だよ」

 

アケボノ「え…?」

 

キタカミ「ダミー因子と私達の碑文ってさ、思ってた以上に深い繋がりがあるみたいだね…朧が私の意識にアクセスしてきたんだ、多分無意識にだろうけど」

 

アケボノ「朧が…?」

 

キタカミ「新しい仲間ができたんだろうね、誰かを守りたいって気持ちが伝わってきた、いつの間にか碑文が共鳴してさ、見た事ない景色になって…でも、何してたのかよくわかんなかった」

 

アケボノ「……それで」

 

キタカミ「そしたら急に調子悪くなってさ、ここに居るわけ…そこでアケボノが体調を崩して来た事も考慮すると…ダミー因子が誰かの手に渡ってるんじゃないかなって…アケボノは碑文とダミー因子両方を持ってたから」

 

アケボノ(…そこまで予測を立てた上での発言だったのか…?まるで心を読まれてる様な気分だ…)

 

キタカミ「で、私と同タイミングなのも併せて考えると…ダミー因子は綾波の手に渡っている……なんて考察はどう?」

 

アケボノ「……」

 

キタカミ「沈黙は肯定なり…ってね、マジかぁ…」

 

アケボノ「……春雨さんに聞かれると面倒です、ここでそれ以上は…」

 

キタカミ「わかってるって、ちょうど帰ってきたし」

 

春雨「遅くなりました」

 

海斗「2人とも、大丈夫?」

 

アケボノ「…提督」

 

キタカミ「まー、春雨、悪いけど外してもらって良い?」

 

春雨「…ええ、わかりました」

 

キタカミさんが春雨さんを追い払い、3人だけの空間になる

 

キタカミ「提督さ、ここ数日アケボノが不調だったのは綾波のせいだよ、気づいたんだって、生きてるのに」

 

海斗「…そっか、全然気づかなかった、ごめん、アケボノ」

 

アケボノ「…提督、まさか知っておられたのですか…?綾波が生きている事を…」

 

海斗「うん、でも…そうだね、アケボノも物事を抱え込んじゃうタイプだし…先に話すべきだった、負担をかけてごめん」

 

アケボノ「いえ…しかし、何故…綾波と何の繋がりが…?」

 

海斗「そう言うわけじゃないんだ、ただ知ってるだけ…別にそれ以上も以下もないよ」

 

キタカミ「マジ?この際だから隠し事はなしだよ?」

 

海斗「本当に綾波が今どうなってるのかは知らないよ」

 

キタカミ「…アケボノもなんか言わなくて良いの?今なら文句言えるんじゃない?」

 

アケボノ(…私の知らないところで、何かが起こっている…その不安を口に出す事が怖い…私をどう見てくださってるのかはわからない、だけど…私は…)

 

キタカミ(……)

 

キタカミさんが立ち上がり、私の背後に周り背中を突き飛ばす

姿勢を崩し、提督の腹部に顔を埋める

 

アケボノ「っ!?」

 

キタカミ「ほら、言いたい事ちゃんと言いなよ」

 

アケボノ「…言いたい、事…」

 

キタカミ「率直な自分の気持ち、言ってみなよ」

 

海斗「…アケボノ、僕には君の気持ちがわからないんだ…思いやる事はできても、僕は君の気持ちがわからない…だから、教えて」

 

…私は

 

アケボノ「…怖いんです、何もかもが…確かに私自身決して弱くない自覚はある、だけど…今、綾波と対峙したら絶対に負ける…私じゃ勝てない敵が出てきたら、失望される…それに、私は…」

 

…失望されたくない、見捨てられたくない

信じられたくない、期待されたくない

 

戦いたくない

 

だけど、大事な仲間を守りたい…

 

アケボノ「…お願いします…どうか、見捨てないでください…」

 

キタカミ「…馬鹿じゃん」

 

海斗「まあ、アケボノはそう言うところあるからね…大丈夫、絶対そんな事しないから」

 

キタカミ「アケボノさぁ…ホントそういうのめんどくさいよ…?」

 

アケボノ「……わかっています…でも、そうならない様にしてるつもりで…」

 

キタカミ「だーかーら、それがめんどくさい原因なんだって、不安抱えて周りに迷惑振り撒くくらいなら大人しく甘えときなよ」

 

海斗「アケボノの仕事量は他の人よりもずっと多いんだから、もっと休んでくれて良いんだよ…?」

 

アケボノ「…いえ…何かしていないと落ち着かなくて」

 

キタカミ「ワーカーホリックまで併発してるのか…」

 

アケボノ「そうじゃありません…綾波の事を考えてしまうのが嫌なんです、時間があればあるほど、どう対処すれば良いのか…」

 

海斗「…綾波のことは一度忘れて、大丈夫だから」

 

アケボノ「…宜しいのですか…?」

 

海斗「たぶん、だけどね」

 

 

 

 

 

フランス パリ

綾波

 

綾波「んー…久々に海鮮を食べましたけど…やはり生は非常に美味しいですね」

 

朧「生の魚介を食べるのって日本だけだと思ってたよ、フランスは特に食べるイメージなかったけど…」

 

リシュリュー「マリネも所謂生色だし、生の牡蠣や海老、ウニもそうだし、色んな海鮮を食べる文化があるわ」

 

綾波「お寿司もスーパーで買えますしね、あ、その海老取ってください」

 

タシュケント「うう…やっぱり生のは匂いがキツイよ…食べても大丈夫なの…?これ」

 

グラーフ「…ザラ、そのピザ分けてくれ」

 

ザラ「どうぞ〜?」

 

プリンツ「あ、このムニエル美味しいですよ!」

 

レーベ「そっちのワイン取ってよ」

 

マックス「ダメ、これは私の分」

 

ユー「…違う、それ私のなのに…」

 

ジェーナス「……なんでみんな日本語で喋ってるの?Englishは?」

 

綾波「艦娘システムをインストールした人はみんな喋れますから、便利でしょう?」

 

ジェーナス「確かにそうだけど…えーと、とりあえず…この状況って何?」

 

リシュリュー「食事ね」

 

グラーフ「騒がしい食事は嫌か」

 

ジェーナス「…いや、人が椅子に縛り付けられてる様な光景は間違っても食事中に見るものじゃないと思う」

 

綾波「起きた時混乱して暴れられたら困りますから、レストラン側への配慮ですよ」

 

リシュリュー「どの口が言うのかしら」

 

綾波「この口です♪」

 

リシュリュー(ムカつく…)

 

グラーフ「しかし、ふむ…流石にいい店だな、パリの一等地にあるだけはある」

 

リシュリュー「でしょ?お気に入りなの、絶対荒らさないでね?」

 

綾波「わかってますよ、それに今の私はそんな事する理由ないし、深海棲艦の時も余計なことしなければご飯食べてさようならだったのに」

 

リシュリュー「…はいはい、私も悪かったわ」

 

朧「ねぇ、ジェーナス、ちょっといい?」

 

ジェーナス「何?」

 

朧「…煙幕の中でなんでアタシの位置がわかったの?」

 

ジェーナス「簡単よ、深海棲艦の目は熱源感知の力を持ってるの」

 

綾波「おや、それは知りませんでした」

 

ジェーナス「そうなの?みんな使えると思ってたけど…だから朧の位置も分かったし、私は好きに動けた」

 

朧「じゃあ、あの駆逐艦の子を庇ったのは?」

 

ジェーナス「ああ、ジャービスの事?……まあこれはあんまり大きい声で言えないんだけど、私達もともとクローンみたいな作られ方してるの」

 

朧(やっぱり)

 

ジェーナス「で、ジャービスはオリジナルの個体…だと思う、とにかく…他人じゃない、だから助けたかった…」

 

綾波「へぇ…やる事やってるんですねぇ…本当なら深海棲艦と直接の関わりはないイギリスに行く予定は無かったのに、あろう事か一国の黒い部分と対峙するとは」

 

ジェーナス「ウォースパイトなら清い運営をしてくれる…今回の件で隠されてたことも全部明るみに出たし、きっと何年かしたら良い国に戻ってくれる…そうしたら、また遊びに来て?」

 

綾波「嫌ですよ、私イギリスは嫌いなんです、ご飯が美味しくないので」

 

グラーフ「…まあ、言わんとする事はわかるが…贅沢な舌だな」

 

リシュリュー「貴方の生い立ちを聞いたけど…今とのギャップ故に高いものに固執するわけじゃないんでしょう?」

 

綾波「食べると言う感じは人に良いと書きます、どうせ食べるなら美味しいものの方がいいし、美味しい方が基本的には栄養もある」

 

ジェーナス「美味しいお店もあるのに」

 

綾波「高いので」

 

リシュリュー「そういうところはケチなのね」

 

綾波「価値を見出したものには相応の金銭を払いますよ…さて、そろそろ2人を起こしますか、このまま寝かせていては食事が終わりますよ?」

 

席を立ち、縄に縛られたアークロイヤルとビスマルクの肩を揺する

 

アークロイヤル「…ん……」

 

ビスマルク「…んぅ…?」

 

綾波「おはようございます、気分はどうですか?私の喋ってることわかります?」

 

アークロイヤル「…な、なぜ私は縛られ…そうか、負けたのか…」

 

ビスマルク「な、何これ…なんで縛られて…」

 

動揺するビスマルクに対し、アークロイヤルは自身の末路を悟ったかの様に落ち着いている

 

アークロイヤル「真面目な時間を過ごすつもりはない、さっさと首を刎ねろ」

 

ビスマルク「く、首!?わ、私たち殺されるの!?」

 

アークロイヤル「当たり前だ、負けたのだからな…もはや抵抗するつもりはない、さっさとしろ」

 

ビスマルク「ま、負けたって何…?なんで…」

 

綾波(…これは…)

 

綾波「ビスマルクさん」

 

ビスマルク「な、何…」

 

綾波「貴方、人としての記憶はありますか?」

 

ビスマルク「人…?」

 

綾波「深海棲艦だった時の記憶は?」

 

ビスマルク「…深海、セイカン…?」

 

綾波「ふむふむ、なるほど…天津風さんに近いかな、先に一言、私たちは敵じゃありません」

 

アークロイヤル「何…?」

 

ビスマルク「じゃ、じゃあなんで縛られて…」

 

綾波「暴れられると困るからです、落ち着いて話ができるまでの間のつもりでしたから…誰か縄を解いてあげてください」

 

レーベさんとユーさんが2人の縄を解く

 

綾波「まず、私達はLinkという組織です、深海棲艦という化け物を排除し、海を取り戻す事を目的にしています」

 

アークロイヤル「…なんだと?」

 

綾波「そして貴方たち2人とも、我々Linkで身柄を預かりました…まあ、つまりようこそLinkへ、あなた達の参加を歓迎致します」

 

ビスマルク「参加…?」

 

綾波「あなた達には行くアテがないと思いまして…もし帰るところがあるなら帰っても構いません、しかしもし存在しないなら…Linkがあなたたちの帰るところです」

 

アークロイヤル「…何故だ、私達はついさっきまで敵だった」

 

綾波「深海棲艦となった人は基本的に本能で動きます、深海棲艦は悪意や人への敵意で動きます、しかし貴方たち2人は深海棲艦の力に呑まれた上で自分の意思を残していた、非常に素晴らしい、あなた達なら戦力になります」

 

ビスマルク「……ええと…」

 

グラーフ「…なんだ、別に悪い奴らじゃない、案外楽しいものだ」

 

アークロイヤル「…だが…」

 

リシュリュー「試しに、しばらく居るのはどう?綾波、抜けても文句は言わないわよね?」

 

綾波「ええ、勿論」

 

ザラ「暫く一緒に行動して、気に入らなかったらさようなら…ね?」

 

アークロイヤル「……アークロイヤル…参加させていただこう」

 

ビスマルク「…私も…」

 

綾波「Wellcome to Link 旅の道連れは多い方が楽しい、良き時間を共に過ごせること、大変喜ばしいです」

 

グラーフ「…ジャパンの諺か?あー…」

 

朧「旅は道連れ世は情け」

 

グラーフ「それだ」

 

綾波「ま、そんなところです…それに、重い荷物を分け合って持てば長い道でも疲れにくい、退屈な光景も話し相手がいれば有意義な時間にできる」

 

リシュリュー「ほんと、よくわからないヤツ」

 

グラーフ「まったくだ」

 

タシュケント「一回死んで脳みそ入れ替えたんじゃない?」

 

綾波「ま、半分正解ですよ」



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笑顔

フランス ホテル

綾波

 

リシュリュー「……」

 

綾波「どうしました、口を閉じてください、だらしないですよ?」

 

グラーフ「…なあ、リシュリュー…ここは…」

 

リシュリュー「値段を調べたことはないけど…その…多分、このくらい」

 

タシュケント「…円?」

 

リシュリュー「ユーロ…」

 

ザラ「…フランスの人達と何を話したんですか…?」

 

綾波「技術を売っただけです」

 

タシュケント「技術…?」

 

綾波「カートリッジの技術なんですけど、これ」

 

カートリッジを一つ取り出して見せる

 

タシュケント「…それは?」

 

綾波「起動しておけばオートガードしてくれる…まあ、いわゆる電磁バリアですね」

 

タシュケント「…ホントに?」

 

綾波「ええ、まあ特許の都合上その名前を使うのは問題ありますし、オートガードのカートリッジとでも名付けましょうか」

 

朧「売り出すつもりなんだ」

 

綾波「技術を秘匿しても科学は発展しませんからね、それにおかげでこんなホテルに国が泊まらせてくれる、活動資金も手に入れた……ああ、リシュリューさんさっきの食事代はどうも、ごちそうさまでした」

 

リシュリュー「…いや、うん…」

 

タシュケント「…とりあえず、これからどうするつもりなんだい」

 

綾波「ドイツに来た時の様に輸送機を手に入れて空路…と言いたかったんですが、次はカスタムされていないノーマルの輸送機になるでしょう、そうなると海上は通れないし制空権の問題もある」

 

リシュリュー「…飛行機は?大陸内なら安全に通れる」

 

綾波「そのつもりで考えてます、しかし今は空路は馬鹿みたいに高いですねぇ」

 

タシュケント「需要は高いからね」

 

綾波「まあ、一番の問題は通常の出入国手続きができない点ですよね、リシュリューさんが居なければフランスにも入れませんでしたし…パスポートや身分証明書類を発行しようにも…」

 

私には戸籍がない、いや、私1人ならなんとでもできるけど…

 

ザラ「…偽造したりは?」

 

綾波「今の技術ならまずバレないものを作ることは可能です、ですが技術が進歩して偽造がバレたら?…貴方たちの人生についたタトゥーは消えませんよ」

 

タシュケント「リスキー過ぎるってこと?わざわざ昔の履歴とか調べないと思うけどなぁ」   

 

綾波「万が一…その万が一で失う代償が大きすぎます」

 

犯罪歴となればこの先の人生がどうなるかわからない

特にパスポートの偽造はどこでも問題になってる、ここで下手に偽造をしてしまえば近い未来に過去の使用履歴から偽造パスポートを洗うなどの際に私達にも手が伸びるだろうし…

 

綾波(考えものだな…どうしたものか)

 

タシュケント(…綾波、考えすぎで自分の首を絞めてる様に見えるな…)

 

リシュリュー「それじゃあどうするつもり?」

 

綾波「今日一日はゆっくり考えます、陸路では帰るつもりはありませんのでご安心を」

 

陸路だけはない、時間がかかり過ぎる

空路は手持ちに使える物がない

海路は……論外か

 

ザラ「あのー、綾波さん」

 

綾波「…はい?」

 

 

 

 

綾波「自家用機ですか…」

 

ザラ「はい、あんまり物がない状態なら十分全員乗れます、実は前からタシュケントさんと相談してて」

 

タシュケント「まあ、一応ロシアの軍に居るわけだし飛行場に着陸できる様に交渉はできるよ」

 

綾波「…しかし、まさかザラさんがプライベートジェットを持ってるとは」

 

ザラ「意外でしたか?でもこれなら帰れるでしょう?」

 

綾波(まあ、出国手続きはうまくやるか、EU間なら逐一面倒ごともないし…)

 

綾波「それで行きましょう、タシュケントさん、交渉は任せました、明日からイタリアに向けて移動します、どの州が良いですか」

 

ザラ「ヴェネツィアでお願いします、そこにあるので」

 

綾波「わかりました、そこまで陸路で…2日でたどり着けるか」

 

ザラ「トリノで一泊しましょう、良いところですよ」

 

綾波「ええ、存じ上げています」

 

綾波(とりあえず、うまくやれば4日で日本に帰れる…そうしたら少しの準備期間を設けて、ようやく本格的に再開できる……そううまくは行くとは思えないし、サブプランを用意しておかないと)

 

綾波「…あ、そうだ、ジェーナスさんに用が有ったんでした…それでは失礼」

 

ザラ「はい、あんまり休めなさそうですけど…ゆっくり休んでください」

 

 

 

 

 

 

ジェーナス「熱源感知の他の力?」

 

綾波「ええ、まあ機械的に捉えるならそう言う機能が備わっている…なら、他にも機能があるんじゃないかと思いまして」

 

ジェーナス「…無くは無いと思うけど…」

 

綾波「どんな力ですか?」

 

ジェーナス「毒、毒煙を噴いたりね」

 

綾波(毒か、もしそこらの深海棲艦も使えるなら…解毒薬がいる、ジェーナスさんから抗体をとれるか?)

 

ジェーナス「…なんでそんなこと気にしてるの?」

 

綾波「深海棲艦は常に進化しています、ですので情報を常に新しく、尚且つ対策もより強力にしなくてはいけませんので」

 

ジェーナス「ふーん」

 

綾波(しかし、熱源感知に毒か…まるで蛇の様な…いや、あながち間違いじゃ無いのかもしれない、ウミヘビ…そのくらいに思うことにしよう)

 

 

 

 

 

離島鎮守府

駆逐艦 春雨

 

春雨「…よし、業務終了…」

 

足早に医務室を出て食堂を目指す、まだ間に合うだろうか

 

春雨「ああ、まだ居た、と言うか食べてないんですか?」

 

敷波「来ると思ってたから」

 

春日丸「どうも、今日の夕飯はハンバーグですよ」

 

イムヤ「あ、いつも通り魚のミンチだけどね」

 

春雨「そうですか…綾波さん?」

 

アヤナミ「あ…えと、こんにちは」

 

…綾波さんは精神的に弱り始めている

理由は不明瞭、恐らくは…

 

アイオワ「Hi この席良い?」

 

ワシントン「自由席だものね?」

 

わざわざ近づいてくるアメリカの犬どもか

…四六時中監視の目があるせいで綾波さんは精神的に参ってしまっている

警戒する気持ちは理解できるが、私の患者につきまとわれるのは困る

 

春雨「その先は私が先に座ろうとしていました、アイオワさんの席にはアケボノさん、あとその隣の席は…あー…倉持司令官が来る予定です」

 

敷波(普通の時間には絶対来ない2人だ…適当言ったな…)

 

アイオワ「…シレイカン…Admiral(提督)?そう言えばここのAdmiralはあんまり…」

 

ワシントン「アイオワ、やめときなさい…オニが来るわよ」

 

アケボノさんは最近様子がおかしいこともあり、一部では鬼だの般若だのと呼ばれている

まあ、要するにこの2人を黙らせる為のとっておきだ

 

アイオワ「…Sorry やっぱり別の席にする」

 

ワシントン「じゃ」

 

綾波さんを見張るのは良いが…

危うい

 

もしかしたら殺すつもりなのかと思う目をしている、あの2人は躊躇いというものが無いのか.

 

ガタガタと大きな音が食堂の入り口から聞こえてくる

 

敷波「うわっ…」

 

春日丸「……どうやら春雨さんは嘘つきにならずに済みそうですね」

 

春雨「…うわぁ…」

 

アメリカの戦艦2人が食堂の入り口で駆逐艦の前で平謝りしている様はいつ見ても見応えがある

少なくとも、私の患者に害を成す存在には私は優しく対応する道理はない

 

春雨「アケボノさん、そんな所に居られずに此方に」

 

アケボノ「……ええ」

 

 

 

 

アケボノ「珍しいですね、私を誘うなどと…」

 

春雨「ちょっと理由があったんですよ、それより…何故あの2人を通りがかりにボコボコに?」

 

アケボノ「カマをかけました、また提督の悪口を言いましたね、と…素直に認める物ですから殺そうと思いまして」

 

イムヤ(ま、前よりずっと物騒になってる…)

 

アヤナミ「…そ、そんな事しちゃ…いけない…と、思います……)

 

アケボノ「良くないことでしょうね、提督も私がくだらない相手に手を出す事を嫌います」

 

春日丸「ならやらなければ良いのでは…?」

 

アケボノ「いいえ、私にとっては提督を愚弄される事の方が耐え難い…私は提督にとって道端の石ころ位の存在で良いのです、できればお役に立ちたい、しかし…負担になりたくない」

 

春雨「…血色は良くなっています、ちゃんと食べて寝ている証拠です、しかし…どこかやつれている」

 

アケボノ「…何が悪いのやら」

 

イムヤ「あー…あ、そうだ、アケボノ今日は早くない?いつもご飯の時間遅いのに」

 

アケボノ「…まあ、その…提督に食事に行く様にと指示されましたので…思えば提督も事務仕事をこなすのが速くなられましたし、私はいらないのかもしれません」

 

イムヤ「あーもう…すぐそうやって…メンヘラになる…」

 

春日丸「めんへら…?」

 

春雨「心の病気患ってる人のことですよ、メンタルヘルスが必要な人のことです」

 

綾波さんがアケボノさんの方を見て笑う

 

アヤナミ「大丈夫…私より要らない人なんて居ませんから…」

 

春雨(…ブラックジョークがすぎる…)

 

アケボノ「笑えませんよ、それ」

 

春日丸「アヤナミ様、どうか御自身を軽んじる発言はおやめください…」

 

春雨「そうですね、言葉と言うのは…口に出した言葉というのは中々重い物です、気づけばその通りになってしまうこともある…会話とは一種の洗脳です、どんなに口下手な人でも常日頃からそう言うだけで相手にそう思わせる事になる…」

 

アケボノ「あっ…」

 

アケボノさんが自分の食べる分の乗ったトレーを掴み、逃げ出そうとする

アケボノさんの視線を追うと満潮さんから食事を受け取っている倉持司令官が見つけられた

 

イムヤ「はい、逃げない逃げない、司令官〜、ご飯食べるならこっち来ない?」

 

アケボノ「イムヤさん、何を…!?」

 

海斗「お邪魔して良いの?」

 

イムヤ「勿論、アケボノの隣空いてるから」

 

アケボノ(な、何を考えてるんですか…イムヤさん…)

 

イムヤ「ほら、ちゃんと食べ終わるまで席を立っちゃダメだからね?」

 

アケボノ「……わかりました、わかりましたから離してください」

 

イムヤさんの考えもわからなくはない

アケボノさんが倉持司令官に好意を向けているのは明らかだ、だがアケボノさん自身が変な方向を向いているせいでアケボノさんにフラストレーションが溜まっている様に見える…

 

アケボノ「…その、業務は…」

 

海斗「うん、終わってるよ、特に大した量もなかったから」

 

アケボノ「…そうですか…その、最近提督は作業が大変早くなられて……いえ、なんでもありません」

 

春雨(…必要とされたいタイプ、か…若干不満げだな)

 

イムヤ「そういえば綾波は司令官とはあんまり話した事ない?」

 

アヤナミ「…いえ、一日に一度はお会いしています」

 

春雨「…毎日ですか?」

 

海斗「うん、いつもお茶を持って来てくれるんだ」

 

イムヤ「へぇ…知らなかった、というか綾波が淹れてるの?」

 

アヤナミ「はい…私にできることをどうしてもやりたくて…」

 

春日丸「14時からキッチンを借りて軽いお茶菓子と紅茶を用意しております」

 

春雨「…つまり、貴方も一緒に?」

 

春日丸「はい」

 

春雨(その時間は流石に外せないな…)

 

アケボノ「マメなことに、茶葉と淹れ方を毎日変えてくれていて飽きはきませんね」

 

アヤナミ「…その…なんとなく…でやってるんですけど…もしかしたら記憶を無くす前は紅茶が好きだったのかも…」

 

春日丸「…そうですね、しかし紅茶にとらわれず、多様なものを試してみるのは如何でしょうか?何も記憶に固執することはありません、今のアヤナミ様がお気に召す物を探してみましょう」

 

アヤナミ「ありがとうございます…春日丸さん…」

 

イムヤ「今度そのお茶会にお邪魔しても良い?」

 

アヤナミ「ええと…」

 

綾波さんがアケボノさんの方を見る

 

アケボノ「何故私の顔を見るんですか、許可を取るなら提督にです」

 

イムヤ「アケボノが怖いんじゃない?」

 

アケボノ「……イムヤさん」

 

海斗「ま、まあ、僕は良いと思うよ」

 

イムヤ「じゃあ決まり、その時はイムヤもお菓子を持って行くから!」

 

春雨「ポテトチップス」

 

春日丸「よく食べてますよね、山雲さんに貰ったお芋で作ったお料理」

 

イムヤ「ぐ…あー……うん、流石にそれを持っていくわけじゃ…」

 

春雨「目を逸らすのはやめましょうよ、大丈夫ですか?紅茶はストレートで飲めますか?お砂糖、入れませんよね?」

 

春日丸「そう言えば初めて会った時からすこし…」

 

イムヤ「…ごめん、参加するの先になりそう」

 

春日丸さんと目が合い、互いに微笑む

どうやら向こうも独占欲が強いタイプらしい…

 

アヤナミ「その…でしたら、一緒にお散歩しませんか…?」

 

イムヤ「あー…ジョギング…うん、わかった、誘ってくれたらいつでもいくから!」

 

アケボノ「ごちそうさまでした」

 

さっさと食べおわったアケボノさんが席を立とうとする

 

イムヤ「待った、1人だけ席を立つのはどうなのかなぁ…」

 

アケボノ「…私は食事が終わったんです」

 

イムヤ「でもまだ休憩中でしょ?」

 

アケボノ「…業務に戻りますので」

 

イムヤ「まあまあ、それよりさ、いい加減アケボノにさんってつけて呼ぶのやめてほしいな〜って思ってるんだけど」

 

アケボノ「では、さっさとその手を離してくれますか?イムヤ」

 

春雨(うわぁ…怒ってる…)

 

イムヤ「アケボノ、遠回しに言ってるのがわからない?司令官はまだ食事中、すぐ隣で席立つのは不味いんじゃない?」

 

アケボノ「っ…!謀りましたね…!?」

 

イムヤ「何のことやら!さ、席に戻った戻った」

 

春雨「貴方、中々に強かなんですね」

 

イムヤ「まあ、大事な友達が悩んでるんだから、手を貸してあげたいじゃん」

 

春雨(その割には追い詰めてる様に見えますけど)

 

イムヤ「アケボノは…2度も裏切ったせいで司令官のそばにいちゃいけないと思い込んでるんだよ、仕事中なんて事務的な会話以外アケボノがシャットアウトするし」

 

春雨「…そうだったんですか?」

 

イムヤ「だから、まずは一緒にご飯を食べるのを当たり前にする…食事中位は司令官と普通に喋れる様にね?」

 

春雨「…それで最終的にどうしたいんですか」

 

イムヤ「んー…笑ってくれたらいいかな、そうしたらイムヤの作戦は終わり、面白いから楽しんでるけど…アケボノは本当に嫌かな…」

 

春雨(あの仏頂面を笑わせる…か、確かに面白そうだ)

 

春雨「やり遂げれば、関係なくなりますよ」

 

イムヤ「…だよねぇ」

 

私もうまく立ち回って…綾波さんをもっと笑わせてみたい

作っていない、心の底からの笑顔を、引き出してみたい



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不手際

大湊警備府

駆逐艦 五月雨

 

徳岡「演習?呉とか…?」

 

涼風「おうよ!依頼の書類が来てた!」

 

書類仕事をしながら話に耳を傾ける

 

徳岡「呉っつーと…化け物軽巡艦隊じゃねぇか、怪我でもしたらどうすんだ…」

 

睦月「軽巡8人と駆逐1人にゃしぃ、日本海の海戦で傷を負ったことのない、佐世保との演習に完全勝利の最強艦隊と名高い艦隊だよ!」

 

徳岡「三崎なら無茶はさせないだろうが…ん?駆逐って誰だ?」

 

涼風「炎使いの曙って話だけど、毎回艤装を使い潰してるせいで艦隊メンバーを増やせないって噂も…」

 

手元に演習依頼の書類を見つける

 

五月雨(呉かぁ…睦月ちゃんが那珂さんに会いたがってたしー…)

 

承認して次の書類を漁る

 

徳岡「…渡会から聞いた話じゃ相手した奴も艤装潰されたって言ってたぞ…やめだやめだ、北方海域が安定してきたとこなんだ、それに弥生のこともある、今は下手な刺激はない方がいいだろう」

 

睦月「えー!……うう…弥生のためなら仕方ないか…」

 

涼風「心配だなぁ、ずっと引きこもっちまって…何があったのか誰も知らないんだろ?」

 

睦月「うーん…それが…この前聞いたら友達がネットゲームをしてて意識不明になったって…」

 

涼風「友達?」

 

睦月「もう何ヶ月も前からああだし、心配にゃしぃ…」

 

徳岡「とりあえず…今回はお断りだ、涼風、どこに書類があるかわかるか?」

 

涼風「あー…探してくる」

 

五月雨「あ!涼風、どこいくの?」

 

涼風「郵便を確認に…」

 

五月雨「ついでに書類提出してほしいんだけど…」

 

涼風「五月雨にやらせっと出す前に破れたり濡れるからなぁ…この涼風様に任せとけぃ!」

 

書類を一通り渡し、涼風を送り出す

 

五月雨「よーし!午前のお仕事終わりです!」

 

徳岡「相変わらず早いな…」

 

睦月(書類仕事だけは五月雨が一番にゃしぃ…)

 

五月雨「ところで演習楽しみですね!」

 

徳岡「…ああ、いや、今回は断ることにした」

 

五月雨「え?」

 

睦月「ちゃんと聞いてなかった?」

 

五月雨「……あの、私承認しちゃいました…」

 

徳岡「な、なに!?」

 

睦月「oh…」

 

五月雨「あ、追いかけないっとぉぉっ!?」

 

立ち上がった際にこけて床に顔から突っ込む

 

睦月「大丈夫…にゃっ!?」

 

徳岡「お、おい五月雨!血が出て…救急車!」

 

五月雨「あえ…?だ、大丈夫ですよ…おでこが切れちゃっただけみたいなので…」

 

睦月「と、とりあえず救急車〜!もしくはメディーック!!」

 

 

 

 

 

五月雨「ごめんなさい、お騒がせして…」

 

睦月「大事なくて良かったにゃ」

 

徳岡「…病院の先生、偉く落ち着いてたな…」

 

五月雨「週に2回はお世話になってますから…」

 

睦月「派手な怪我が多いにゃしぃ…」

 

涼風「おーい!」

 

五月雨「あ、涼風」

 

涼風「無事そうで良かったー、五月雨が救急車で運ばれたって聞いたから、今度こそは死んだのかと思って走ってきたぜ!」

 

睦月(不謹慎にゃしぃ…)

 

涼風「五月雨に渡された書類は無事だから安心しな!」

 

五月雨「……あ」

 

徳岡「…電話で問い合わせるわ」

 

睦月「もはや年貢の納め時と思う方がいい気がするよ〜…」

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

駆逐艦 曙

 

曙「…よっ」

 

帰ってきて早々川内に出迎えられる

 

川内「どう、収穫は」

 

曙「何もない、朧は勿論…綾波なんて影すら見えない…アイツらはどこにいるの?何のために…」

 

あの力を…

 

川内「神通が言うには、日本に居ないんじゃないかってさ」

 

曙「瑞鶴にも言われた、それより神通本人は?まだ帰ってきてないの?」

 

川内「青葉と一戦やりたいって言って帰ってこないねぇ…でもその青葉がずっと引きこもってるらしいし」

 

曙「なにやってんの?」

 

川内「ゲーム」

 

ゲーム…頭ごなしに否定はできない

青葉は仕事の一環でそのゲームに取り組んでいる

真面目に仕事してると考えると…

 

曙「そ…」

 

川内「…離島、戻りたい?」

 

曙「……そう思わないこともない、だけどあたしは本土でやる事がある…日本に居ないなら、どこまでも追ってやる…綾波だけは許さない」

 

川内「…ま、手は貸すよ」

 

みてなさい、今すぐ見つけ出して…細切れにして、ドロドロに溶かしてやる…

そして、朧を取り戻す

 

 

 

 

 

 

イタリア トリノ

綾波

 

綾波「は…へぁ……くしゅん!…し、失礼しました…うーん冷えちゃいましたかね…」

 

タシュケント「上着、貸そうか?このくらいならへっちゃらだし」

 

綾波「ああいえ、どうかお構いなく…」

 

タシュケント「しっかし…まるでヨーロッパ旅行だね」

 

綾波「平時なら楽しむ余裕もあったんですけどね」

 

横目でリシュリューさんを見る

 

リシュリュー「シャンパーニュ…リヨン…もっとフランスを知って欲しかったのに…」

 

グラーフ「そんな顔をするな、戦争が終わったらみんなで行けばいいじゃないか」

 

リシュリュー「何年先になるの…!」

 

ザラ「それよりー、夕飯のレストランは予約してますか?いいお店があるんですけど〜」

 

落ち込むリシュリューさんとは全く逆、ウキウキと楽しそうなザラさん…

 

タシュケント(ロシアで回るお店考えておいた方がいいかな…取り敢えず日本食とか久々だろうしスシとか…でもあんまり好きじゃないんだよね…あ、ボルシチ?)

 

アークロイヤル「本当に、これは部隊なのか?」

 

ビスマルク「学生の集まりみたい…」

 

綾波「そのくらいが丁度いいですよ、取り敢えず私はまだ仕事があるので…っ…、…ホテル、先にチェックインしましょう」

 

ザラ「綾波さん?」

 

…少し、ふらついた…

体は万端なはず…この感じ…

形容し難い、何かが介入する様な感覚…

アケボノさんがコルベニクを使って私の意識に割り込もうとしたのか…?

 

綾波「何でもありません、さ、ホテルに」

 

 

 

 

ホテル 自室

 

綾波「…まずい…ダメ、立ってられな、い…」

 

何とかベッドまで辿り着き、体を投げ出す

 

綾波(…意識、が…)

 

 

 

 

???

 

綾波「…夢?ここは、いや、この感覚…」

 

混濁した意識の中で勝手に口の中に紅茶を注ぎ込まれる

 

周りからいろんな声がする

もっと耳をすまそうにも、よく聞き取れない…

いや、よく見れば…視界が非常に悪い…

それに、聴力も非常に落ちている様な…

 

…意識しろ、慣れれば聞き取れる…

 

春日丸「アヤナミ様、大丈夫ですか?」

 

綾波「…え…?」

 

ぼんやりとしか見えていないが、まさか、ここは…

 

「大丈夫です」、となんとか発音する…

言葉で喉が震えるたびに振動で内臓が痛い

まさか、この感覚…

 

綾波(…私は、今アヤナミの意識とリンクしている…?なんで、ダミー因子の接続も、何もかもを物理的に切り離しているのに…?)

 

科学で証明できない何かが起きているのはわかった

だけど…何よりも悪いことに気づいた

 

綾波(…この身体、長くはない…いや、このままでは長く保たない…と言うことか)

 

感覚の無い脚や眼は問題じゃない

この感じは…

 

綾波(恐らく、体を修復するエネルギーが足りて無いんだ…特務部にいたときにしてた様な点滴もしてない様子だし…春雨さんなら適切な処置をしてくれると思っていたのに…見落としたのか…)

 

アヤナミは、今の状況に満足しているのだろう

だけど…私のせいでそれを奪うのは、私がそれを奪うのは許せない…

なんで私じゃなくてあなたが死のうとする…

 

春日丸「このお菓子、アヤナミ様が作ってくださったのですよ」

 

イムヤ「綾波って何でも作れるんだ…凄いなぁ…」

 

ああ、話しかけてきているのに…どうして、応えられない

私はなんと応えればいい

 

アケボノ「…アヤナミさん?」

 

「何でもありません」と応え、紅茶を口に含む

味がしない、味覚がないんじゃない、焦っていて味がわからない…

 

しかし、そうか、やはりここは離島鎮守府の執務室か…では、対面にいるのは…

 

綾波「っ…!」

 

目が合った、そして、この感覚…まさか…

 

海斗「…綾波…?」

 

…何…?

 

隣から肩を叩かれ、目線が勝手にそちらに向く

 

敷波「…大丈夫?綾姉ぇ」

 

綾波「敷波…」

 

 

 

 

ホテル

 

綾波「っ!……はぁ……はぁ…!…うぅっ…!」

 

汗で全身が濡れている

気持ち悪い感覚…何より…

 

バスルームに駆け、込み上げるものを吐き出す

 

何が起きた、なんであんな事に?

私の身に何が起きている…いや、何よりも綾波は…!

 

頭が回らない

私は…

 

胃の中をすっからかんにし、口の中を濯いだ辺りで身体に力が入らなくなる

 

綾波「…なぜ、こんなに、消耗して…」

 

洗面所の前で倒れ、立ち上がることすらできなくなる

 

綾波「ぅぐ…ぁ……あ…!っ…!」

 

立て、立ち上がれ

私の体は何の異常もないだろう、なぜ私が寝転がっている

何故私はこんなところでくだらないことを考えている

私のやるべきことをやれ…!

止まるな…!

 

綾波(…頭では、わかっているのに…)

 

きゅるきゅると、錆びた車輪の回る音がすぐそばで鳴る

 

綾波(…この音…)

 

心臓が凍りつく感覚…確かな気配

何とか、見上げようとするも…体はもはや動かない

 

「偽善者」そう言われた気がした

それだけで、気配は消え、心臓の鼓動は早すぎるものの…正常に戻りつつあった…そう、体も動く

正常に戻りつつあったんだ、私の心以外は…

 

綾波「…っう……ぅ…」

 

頭と心が離れ離れになってしまう

私の体なのに、私の心なのに、私の理性で動かせない

 

綾波「…う…ぐすっ…ダメ、止まって…」

 

涙が、止まらない、止めようと思っても溢れてくる…

何もかもが終わった、私の中で何かを皮切りに全てが壊れつつある

 

私が偽善者なのはわかっている、だから地獄に行こうとして…

 

頭でそう考えるだけで、「偽善者」と言う言葉がチラつく

頭の中で必死に考えを逸らそうとするたびに…自分の本性が見えてくる

否定する度に、言い訳をする度に…

 

こんなに私は頑張っているのに

あんなに尽くしたのに

全部犠牲にして、みんなのためにやっているのに

 

そうだ、所詮私は偽善者なんだ、だから…誰も認めてなんかくれない

 

綾波「…ダメ…ダメだから…そう思っちゃダメなの…!」

 

心が叫んでも、頭は違うとわかっていても

 

アヤナミは全てを見透かしているのだろうか

私の黒い部分を、見透かしているのだろうか

 

だから、私に……何を、求めて…?

 

綾波「…あ…」

 

ダメだ、意識が落ちる…

 

 

 

 

 

 

ドンドンドンとドアを叩く音で目が醒める

よろよろと立ち上がり、ノブを捻る

 

グラーフ「おお、綾波…寝てたのか…?」

 

綾波「…何、ですか…?」

 

グラーフ(…目が、腫れてる…涙の痕…?)

 

綾波「…もう出発の時間ですか…?」

 

グラーフ「いや…ザラがレストランに行こうと言うのだが…何度呼びかけても反応がないものだからな、その…今タシュケントがロビーに行って…」

 

綾波「…そうですか……すみません、食欲がないので、私は無しでお願いします」

 

グラーフ「…そう、か…」

 

タシュケント「食べるって時は人に良いと書く…じゃなかった?」

 

綾波「…タシュケントさん…」

 

タシュケント「…日本語って難しいよね、相手の気持ちを利用した喋り方が必要になるし……特に、綾波なら無理に来なくても良いって言ったら無理してでも来てくれるでしょ?」

 

綾波「……」

 

そうだ、これが私の宝物だ

唯一許された幸せだ

 

綾波「わかりました…行きましょう」

 

グラーフ「そうか、良かった」

 

グラーフ(今の綾波を1人にしたくはない、誰かがついていてやらねばな)

 

…気を遣われてるのがわかる、私なんかに気を遣うなくても良いのに

 

…決めた

一度だけ、もう一度だけ、敷波の顔を見たい

アヤナミに一言謝りたい、春雨さんにアヤナミの体のことを伝えたい

 

やりたいことをあげればキリはない、だからそれを全部やる

全部やってから…終わろう

 

この幸せな時間は、すぐに終わるだろうから



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出逢い

イタリア ヴェネツィア

綾波

 

綾波「…ザラさん、これ本当に使っても構わないんですか?」

 

ザラ「はい、どうぞ」

 

…小型のジェット機…確かに間違いない

確かに海を深海棲艦に潰されて以来大陸では航空機の需要がかなりが上がっているのは知っていたが…

生産量も爆増したせいで大体価格は半額近くまで下落したとは聞いたが…

 

綾波「…まともな型、メンテナンスもされている…富裕層では無いはずですよね、ザラさん…?」

 

ザラ「ええ、でも父が好きなんです、飛行機」

 

綾波「…お父様は?」

 

ザラ「先月、深海棲艦が街の水路を登ってきまして…そのときに…外でワインを飲みすぎてたこともあり…」

 

綾波「それは…すみません、踏み込みすぎました」

 

綾波(書類にはまだ存命と書かれてたと思ったけど…記憶違いか…)

 

ザラ「ああ、いえ、そうじゃなくて逃げる時に転んで以来、ワインを外で飲むのを禁止されちゃったんです、だから今日も家でワインを飲んでると思います」

 

綾波「…そうですか、飲み過ぎに気をつけて欲しいですね…ええと…」

 

ロシアの飛行場にも話はついているし…

さっさと行くか…

 

綾波(ただ、気になるのは装備が何も無い点…いや、四の五の言っても仕方ない、時間がない…)

 

綾波「ザラさん、皆さんを呼んできてください、早速出発します」

 

ザラ「えっ…panino(パニーノ)は…?carpaccio(カルパッチョ)は?spaghetti nero(イカ墨パスタ)も美味しいのに…!」

 

綾波「…時間ないんで、早くしてくれますか…?」

 

ザラ「一日だけ!一日だけなので…!」

 

綾波「…日本に着いたら全部作りますから」

 

ザラ「本場のものを食べて欲しいんです…!」

 

綾波「ダメです、早く帰らないと…」

 

ザラ「…はい…」

 

ザラさんを何とか説得し、出発の準備をする

 

ザラ「30分だけ!30分あればテイクアウトができます!」

 

綾波(…みんな食にこだわりが強すぎませんか…?)

 

綾波「先にみんなを呼んできてください、間に合わなかったら置いていきます」

 

ザラ「は、はい!!」

 

 

 

 

 

 

綾波「うーん、あとはここが…はいはい、一通りチェック終わりましたね、みなさん、もう出られますよ」

 

リシュリュー「もう少しゆっくりしたかった気持ちはあるけど…」

 

タシュケント「いや、早くロシアに行こう」

 

グラーフ(コイツも考えてる事は同じだろうな)

 

グラーフ「それより綾波、ここで新聞を買ってきたんだが、読めるか?」

 

綾波「何で自分が読めない言語の記事、を…?」

 

グラーフ「ザラに言われたんだ、きっと喜ぶって……ドイツの深海棲艦はきっと掃討されていっているはずだ、綾波のおかげで」

 

渡された新聞には人から分離した小型の深海棲艦が大量に発見され、ドイツ軍がそれを潰して回っているらしい

変化しつつあった深海棲艦の細胞が死んだおかげでドイツの人たちには安寧が戻りつつある…というか、ビスマルクさんが深海棲艦の細胞大元だったのではないだろうかとすら考えられる…

 

いや、可能性で断定するのは良くない

まだ他の可能性がある以上は…

 

グラーフ「…あまり嬉しくないか」

 

綾波「いえ、根本を潰せてない可能性を懸念しているだけです…ですが、非常に喜ばしい事ですよ、良かったですね、グラーフさん」

 

グラーフ「…ああ!」

 

綾波「さて、人数確認…点呼してください」

 

グラーフ「もう済ませたさ、13人全員居る」

 

綾波「あれ、朧さん寝てるんですか?」

 

グラーフ「疲れているそうだ、ザラも奥でワインを飲んでいる」

 

綾波(そんなに悔しかったのか…)

 

綾波「じゃ、さっさと出ます、私は操縦室に戻りますので…もう搭乗口は閉じますからね」

 

グラーフ「ああ、急ごう」

 

操縦室のドアを閉じ、乗り込み口のドアを閉じる

 

綾波(電動は良いけど…時間かかるんですよね、この手のドア…あ、閉じたかな?さて、出発しますか…)

 

飛行機を操縦し、いざロシアへ…

 

綾波(…なんだか客室が騒がしい…はしゃがないで欲しいなぁ…)

 

 

 

 

客室

正規空母 グラーフ

 

グラーフ「お、おい…ザラ?」

 

ザラ「は、はい…あ、危なかった…本当に置いていかれるところでした!綾波さんの冗談だと思ったのに…」

 

リシュリュー「…なんで、ザラが閉じかけた搭乗口から乗り込んでくるの…?え…?ど、どうなって…」

 

ザラ「どうしたんですか、みなさん…あ、そうだ!いろんなもの買ってきたんですよ!空の旅の間に食べま…あれ?この匂い…ワイン開けちゃったんですか!?」

 

タシュケント「…いや、開けたのはザラじゃ…?」

 

ザラ「…皆さん、さっきから何を…?」

 

グラーフ「いや…待て、まさか…」

 

ワインセラーの方に近づく

未だに騒ぎを無視してワインを煽るコイツは…

 

グラーフ「…き、貴様は、誰だ…?」

 

ザラと良く似た…

 

ザラ「ああぁぁぁぁぁっ!?!?ぽ、ぽぽっポーラぁっ!?」

 

ポーラ「…んぇ?あ、ザラ姉様だ〜」

 

ポーラがよろよろと立ち上がり、ザラに抱きつく

 

ポーラ「わーい、今日もザラ姉様に会えた〜♪」

 

ザラ「ちょっ…えっ?な、なんでここに…と言うか…あのワイン瓶、どれだけ飲んで…!」

 

ポーラ「ザラ姉様〜、ポーラ寂しかったんですよ〜?」

 

ザラ「ちょっ…あ、服引っ張るのやめっ…グラーフ!助けて!?」

 

グラーフ「わ、わかった!」

 

ザラ「ああもう!」

 

ザラのチョップがポーラの頭に直撃する

 

ポーラ「ぁえ…?い、痛い…痛いよぉ…なんで?なんで痛いの…?」

 

うずくまり、泣き出すポーラ

 

グラーフ「…何だ、様子がおかしいな」

 

ザラ「ポーラ、あなた酔ってるのね…お酒なんて今まで飲んだ事なかったのに…何でそんなの…」

 

ポーラ「痛いよ…姉様ぁ〜!」

 

ザラ「あーもう!はいはい!」

 

ザラがポーラを抱きしめて宥める

 

ポーラ「姉様ぁ…んぅ…」

 

グラーフ「…ね、寝たのか…?」

 

ザラ「…その様で…はぁ…どうしよう、綾波さんに戻ってもらうわけには…」

 

グラーフ「…それより、ザラ…確かに昨日もイタリアにいたが…トリノだよな?」

 

ザラ「えぇ、それが…?」

 

グラーフ「…その、ポーラだったか、なんで「今日も会えた」なんて言ったんだ?」

 

ザラ「…確かに、言われてみれば不自然で…ぁえっ!?ひ、ひた()、かんだ…」

 

飛行機が大きく揺れる

 

綾波『こちら綾波です、緊急連絡です、面倒なのに捕まりました、無理やり着陸させられることになったので衝撃に備えてください』

 

グラーフ「なに…?今どこだ!」

 

リシュリュー「えーと…タシュケント!」

 

タシュケント「今見てる!……ウクライナか…!」

 

窓の外を別の飛行機が通る

 

ザラ「…空賊って事ですか…?そんなファンタジーみたいな…」

 

グラーフ「わからない話じゃない、こんな飛行機を持ってるのは金のある証拠だ、狙われても文句は言えん…特に武装してない、民間人の物ならな…!」

 

タシュケント「戦闘の用意を!ビスマルク!アークロイヤル!2人とも奥に隠れてて!」

 

アークロイヤル「…私たちは戦わなくて良いのか…?」

 

タシュケント「そんな震えながら聞かれてもね」

 

アークロイヤル「す、すまない…覚悟している時にくるなら良いが…急に死が迫ると…」

 

ビスマルク「そんな事いいから!」

 

グラーフ「着陸する!衝撃に備えろ!」

 

滑走路とも言えない様な場所に着陸させられたのだろう

ガタガタと強い揺れが感じられる

 

綾波『皆さん、決して出ないでください、私が話をつけます』

 

グラーフ「な…まさか1人で行く気か!待て!」

 

操縦室から出てきた綾波が手で私たちを静止し、降りていく

 

 

 

 

綾波

 

綾波「…ふう、まだ向こうさんは降りてきてませんね…」

 

あたりを見渡す

ミサイルの積んだ車両もあれば型の古い戦闘機、戦闘車両…

規模はかなりなものか…このまま抵抗しなければ私たちは人売りに売られるのか?

 

馬鹿馬鹿しいな

 

綾波「…偽善者……偽善者、かぁ…」

 

腰を下ろし、つぶやく

 

綾波「ま、もう気持ちの整理は終わりましたよ、ごめんなさい、私はやっぱり偽善者だ、中途半端な私が嫌だったんですよね、ちゃんとやりますから」

 

私達の機を囲んでいた戦闘機から人が降りてくるのを見て、立ち上がる

 

綾波「ウクライナはロシア語も通じなくはないらしいですけど…」

 

ポケットに片手を突っ込み、カートリッジを起動する

 

綾波「それは人間に限った話ですからね、蛮族には通じません…たとえば、もし私がウクライナ語を喋れたとしても…こうしますけどね」

 

近づいてきた男の頭を蹴りで撃ち抜く

周囲の兵士が一瞬ざわつき、こちらに銃を向ける

 

綾波「…ああ、殺してしまった…一つ、命を奪ってしまった………でも、あなた達が悪いんですよ、私達を脅して何もかもを奪おうとしたから…私の宝物に手を出そうとしたから」

 

踏み込み、空を蹴る

正面にいた兵士が吹き飛ぶ

 

綾波「それと、時間がないんですよ…綾波には」

 

兵士達が撃った弾丸が電撃に弾かれる

 

綾波「なので、許してくださいね」

 

弾かれ、潰れて地面に落ちた弾丸を拾い上げ、兵士に投げる

まるでショットガンの様な威力で放たれたそれは後も簡単に兵士の片腕を吹き飛ばした

 

綾波「できるだけ、殺さないので」

 

といっても…片腕を失ったり大怪我をした時点で他所の集落に狙われて終わるだろうが

 

綾波「三つ目…四つ目」

 

爪が眼球を裂き、肘が顎砕き、圧倒的な力の差を見せつけ、戦意を徹底的に失わせようと試みる

 

綾波(…ああ、なんでみんな私をこんなに殺そうとして…無駄なことを…)

 

つい、蹴りに力が入り過ぎた…首がちぎれ飛ぶ

 

綾波「…まだ、やりますか?」

 

わずか3分ほどの間に、私が一歩前に歩くだけで兵士たちは悲鳴を上げて逃げ出す様になった

それでいい、私たちを攻撃する意思さえ奪えば…

 

綾波「……おや…?」

 

兵士が女の子を連れて近寄って来る

ある程度近寄り、拳銃を女の子のこめかみに押し当て、何かを喚く

 

綾波「猿語は履修してないんですよ、悪かったです…ね…」

 

…女の子の顔を眺める

別に何を思ったわけではない、ただ何となく眺めただけ…

 

女の子「た、たすけて!お願いします!お願いします!」

 

ドイツ語で必死に助けを求められる

無視して兵士を殺すことは簡単だ、私はどこまでも残虐に堕ちることができる

だけど…この感覚、何を思っているのか…

 

綾波「…ああ、そう言うことか…」

 

両手を挙げて見せ、喚く兵士を宥める事を試みる

 

綾波「私に改二を使わさないでください、あなたを確実に殺してしまいますよ」

 

今後のために蛮族の言語を習っておこう…

 

兵士の視線が一瞬こちらを向いたのを確認し、小型のブラックホールで兵士の腕を粉砕する

 

綾波「ね?」

 

近寄り、兵士の顔面に靴底を叩き込み、顔を踏み潰す

 

綾波「…ごめんなさい、感情が昂ってしまいました…ふう、立てますか?」

 

女の子「え…?ど、ドイツ語…?」

 

綾波「喋れますから、安心して…とりあえず立ってください、早くここを抜け出しますよ」

 

少女を飛行機へと招く

しかし本当によく似ているな…春日丸さんに

 

 

 

グラーフ「あ、綾波…」

 

綾波「血まみれでごめんなさい、汚れない戦いをするには…その、まだ本調子じゃないみたいで」

 

グラーフ「…1人で戦う必要なんか…無い、だろう…?」

 

綾波「私は死にませんから、心配ありません…ああ、それよりこの子の面倒をお願いしても良いですか?」

 

少女をグラーフさんに押し付ける

 

綾波「あ、そう言えば…名前は?」

 

シャルン「…シャルン…」

 

綾波「艦娘システムすら搭載してない様なので、ドイツ語しか通じません、仲良くしてあげてくださいね?」

 

グラーフ「……ああ、だが…どうするんだ?これから…」

 

綾波「ここの先頭車両などに爆薬を仕掛けてあります、追いかけてきたり撃ち落としたりはできません、このままロシアに行きますよ」

 

タシュケント(…せめて、ロシアでは楽をさせたい…絶対)

 

綾波「シャルンさんのことはそのあと考えましょう、それでは」

 

 

 

 

 

 

 

ロシア 飛行場

 

綾波「ロングフライトお疲れ様でした…予定より2時間も遅くなりしたから、流石に出迎えは…」

 

降りてすぐのところに銀髪の女性がこちらを睨みながら立っている

 

綾波「…居ますね、驚きだ……お待たせしました」

 

 

ガングート「歓迎しよう、Link、私はガングート、貴様らのことを一任されている」

 

綾波「これはどうも、Linkのリーダー、綾波です」

 

ガングート「あーやなみ…駆逐艦か?」

 

綾波「はい」

 

ゾロゾロと搭乗口から降りて来る中、タシュケントさんが声を上げる

 

タシュケント「あぁぁあっ!」

 

ガングート「…なんだ、タシュケント、騒がしいぞ」

 

綾波(知り合いか、話がスムーズに進んだのはそのおかげでしょうか)

 

タシュケント「同志!まさかまだ何もしてないだろうね!?綾波達はもう疲れ果ててるんだ!絶対変なこと言わないでよ!」

 

ガングート「変な事だと?ただ試しに戦いたかっただけだ、ジャパンの駆逐艦がどんな物か、な」

 

綾波「…あなた戦艦でしょう?えらく性格の悪い…」

 

タシュケント「…ガングートはバトルジャンキーなんだ…その、前に日本の軽巡洋艦に負けた時…」

 

ガングート「ああ!アイツは強かった…!そいつ曰く私ではな、駆逐艦にも勝てないと言う…好奇心を抑えられないんだ、やろうじゃないか…!」

 

綾波「…駆逐艦?私が…?」

 

振り返り、タシュケントさん達を見る

黙って首を横に振られたと言うことは私は駆逐艦ではないのだろう、少なくとも実力は

 

朧「いつの間についてたの…?」

 

ガングート「む…?そっちもジャパンの…貴様も駆逐艦か!」

 

朧「え、うん」

 

タシュケント「ままっ待ってくれ!同志!朧と綾波は違うんだ!駆逐艦だけど色々違うんだ!」

 

ガングート「…違う?」

 

タシュケント「君じゃ殺されかねない!だからやめよう!」

 

ガングート「…お断りだ、より楽しいじゃないか…!貴様!!私や勝負しないか!!」

 

朧「いや…えっと……」

 

綾波「ガングートさん」

 

ガングート「む…?」

 

綾波「認めた方が楽ですよ、きっとね」

 

ガングート「……なんだと」

 

綾波「あなたはバトルジャンキーなんかじゃない、表情筋の動きのリズムでわかります、嘘をつく時左頬に力がこもってしまっていますよ」

 

ガングートさんが左頬に手を当てる

 

綾波「わかりやすく言いましょう、貴方…負けるのが怖いんですよね?本当は負ける戦いなんかしたく無いけど戦って勝たなきゃ色々まずい…って感じですか?」

 

顔をじっと眺め、頷く

 

綾波「戦艦のくせに軽巡洋艦に負けたことでよっぽど絞られたわけだ…でも貴方も弱くは無いはずなのに…」

 

ガングート「貴様、さっきから聞いていればなんだ!私が脅されているとでも言うのか!!」

 

綾波「ええ、それと私相手に嘘は通じません…未知の私に対して恐怖を抱いている、正しい感情です」

 

ガングート「…調子が狂う、後でまた来る!用意しておけ!」

 

綾波「…プライド高いと早死にがしやすいと思うんですよねぇ…」

 

ガングートさんを見送り、ホテルへと案内される

 

綾波「長かった旅も終わりの目前…さ、気を抜かずにあと少し♪」



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強くなれる

ロシア

綾波

 

タシュケント「まさか会っていきなりの相手にあんなこと言うなんて思わなかったよ」

 

綾波「ええ、私もです、少し疲れていたのでしょうか…あんなに追い詰める必要はなかった…しかし、ガングートさんは決して戦闘狂なんかじゃない、彼女は自身の強さを証明したいだけ」

 

いや、それとも少し違うか…

軽巡洋艦にやられたと言っていたな…

 

綾波「そういえば、ガングートさんを倒した軽巡洋艦って言うのは?」

 

タシュケント「えーと…なんだっけ…」

 

綾波「もしかして、神通や那珂…とか言う名前でしたか?」

 

タシュケント「うーん、違う…」

 

綾波(天龍さんは戦闘を好まないし、龍田さんだと微妙か……じゃあ)

 

綾波「川内とか」

 

タシュケント「ああ!それそれ!」

 

おもわず頭を抱える、常識人だと思っていた…の、に…?

 

綾波「あ」

 

そういえばガングートさんがやられたのって装甲空母鬼の基地襲撃か?だとしたら…私の部下の不始末か

 

綾波(…責任は取りましょう、取れる限りね)

 

 

 

 

 

ガングート「出発だ、出てこい」

 

綾波「移動経路は?」

 

ガングート「サハリン州まで車だ」

 

綾波「わかりました、早速行きましょうか」

 

タシュケント「……」

 

ガングート「もう勝負をふっかけるつもりもない、安心しろ」

 

綾波「…せっかくです、軽くお相手して差し上げますよ」

 

ガングート「何…?」

 

綾波「貴方では、私にも、朧さんにも勝てない…タシュケントさんと勝負したら勝てはするでしょうが苦戦を強いられる…もし、タシュケントさんのアドバイザーに私がつけば貴方は敗北する」

 

ガングート「…あまり調子に乗るなよ、日本人…」

 

綾波「私は日本人ではありません」

 

ガングート「…なんだと?」

 

綾波「性格には私に国はありません、もはやどこにも存在を許されていない…いや、それよりも…タシュケントさん、ガングートさんと戦ってください」

 

タシュケント「無茶言わないでよ、戦艦相手に…」

 

綾波「戦う事自体は問題ないのなら戦いましょう、私が勝たせてあげます」

 

ガングート「貴様ら…!」

 

綾波「貴方はタシュケントさんを下に見てる、軽巡洋艦に負けた貴方如きがタシュケントさんに勝てるとでも?」

 

タシュケント「やめてよ綾波!」

 

綾波「これは、責務です、全うすべき責務だ…ガングートさん、貴方の思っているより世界は広い、見たくありませんか?真実を」

 

ガングート「…っ…」

 

ガングートさんが一歩後ずさる

 

綾波「逃げないでください…貴方は、知らねばならない…強い相手というのがなぜ強いのか、なぜ勝てないのか、戦うということについて…貴方は生きている、敗北した上で生きているのなら、強くなれる」

 

ガングート「強く…」

 

綾波「貴方は殺されてもおかしくなかった、何故なら負けたのですから…敵に情けをかけるなんて事、普通はあり得ないのですから…だから、命があるのならそのチャンスを掴みなさい」

 

ガングート「……貴様が負けたなら、何を失う」

 

綾波「全て、です」

 

 

 

 

タシュケント(結局こっちの意思は関係ないんだね…ああ、なんで同郷の友達と戦わなきゃいけないの…)

 

綾波「貴方は私の指示に従って戦えば良い、勝てますよ」

 

タシュケント「戦艦の装甲を貫けるわけが無い!当たっても大破判定なんて出ないよ!」

 

綾波「いいえ、やりようはあります、魚雷もあれば主砲もある、なのに何を恐れる必要がありますか」

 

タシュケント「…ああもう!負けたら恨むからね!?」

 

綾波「貴方がやることは簡単です、いいですか……」

 

タシュケント「……本当に?それでうまくいくのかな…」

 

綾波「長所と短所、必ず何事にも弱点はあります、その人の弱点を全て殺す事は不可能ですし…何より生身に弾を当てれば人は死にますから」

 

タシュケント「……わかった」

 

タシュケントさんを送り出し、ゆっくりと眺める

インファイトに持ち込め

と言っても私や朧さんの様な戦い方じゃ無い、接近して徹底的に近づいて…主砲の射角から外れる

それが狙い…

 

演習が始まる

戦艦の射程での行動はまずとにかく魚雷を撃つ事

これが1発でも当たればその時点で勝負は終わる、逆もまた然りだが…タシュケントさんの長所はその速さだ

 

タシュケント(至近弾が多い…!ああもう!切り抜けられるのかな、これ!!)

 

艤装の最高速度は大体42ノット…そして直線的では無い動きを不規則にし続ければ当てることは容易ではない

 

綾波「タシュケントさん、次左に」

 

タシュケント『了解…!』

 

ジリジリと、決して焦らずに距離を詰める

ゆっくりと時間をかけて、ねぶる様に仕留める

 

蛇行しながら迫り、魚雷を放ちながら…

 

ガングート(なんだ、タシュケントのやつ…この動きはまるで蛇の様だ…いや、そんなことよりもう射程内のはず、なぜ撃ってこない…!?)

 

綾波「まだ撃たなくて良い、貴方の艤装の有効射程距離は気にしなくて良い、貴方自身が当てられる有効射程距離を目指しましょう」

 

タシュケント『うん…!』

 

最初こそ怯えは見られたものの、ここまであたらない時間が続けば自信になる

自信を持って戦えば…人は強い

 

タシュケント『撃っていい!?』

 

そして、自信があるからこそ、この言葉が引き出せる

 

綾波「どうぞ、相手は戦艦、大物ですよ」

 

タシュケントさんの砲撃が一方的に当たり続ける

射撃も実践経験を積んである以上…自信はすでについている

 

綾波「ガングートさんの動きが乱れました、今ですよ…詰め寄りましょう」

 

戦艦の艤装は駆逐艦などと違い自分の手で動かして操作するものでは無い

基本的に体自体を動かして操作する

反対方向に肩を使って主砲を向けられる駆逐艦と違い、真裏に回られた戦艦は身体そのものを回転させて主砲を向けなくてはならない

この無防備な背中こそが狙い目…

 

タシュケント(もらった…!)

 

ガングート「なッ…舐めるなァ!!」

 

ガングートさんが片足を浮かせ、バランスを崩しながら無理矢理反転を試みる

 

綾波(まずい!倒れる…)

 

艤装の重みに引っ張られ、ガングートさんはそのまま海面に倒れ込む

 

ガングート「くそッ!!何故だ!何故私がこの様な無様を晒す…!」

 

綾波「…無様…か、タシュケントさん、無線機の音量を上げて外してください」

 

タシュケントさんが無線機を外したのを確認する

 

綾波「ガングートさん、実に素敵でした…私は貴方を軽んじていた、心より謝罪させていただきます」

 

ガングート『何…?ふざけるなよ…!私を愚弄したいのか!』

 

綾波「いいえ、貴方に足りないのは単純に、自信です…貴方が負けた川内さん、あの人は日本の軽巡洋艦なら随一の実力者、貴方が負けたのは仕方のない事です」

 

ガングート『仕方ない…?そんな事で納得しろというのか…!?』

 

綾波「いいえ、むしろ普通ならそれで納得してしまうべきだ、例え、絶対に勝てない相手だろうと貴方は…ガングートさん、貴方は川内さんにリベンジしたいのではないですか?だから、駆逐艦にすら勝てないと言われたから、私たちを標的にしたかった」

 

ガングート『…そうだ、いつかアイツにもう一度勝負を挑む…!!』

 

綾波「その為でしょうね、あの無茶な振り返り…川内さんは攪乱するような動きが得意です、だから背後をとられたことをずっと悔いている、次は背中を取られても勝つと決めている」

 

ガングート『…だからなんだ』

 

綾波「私たちときませんか?」

 

タシュケント『えっ?』

 

ガングート『貴様ら、と…?』

 

綾波「ロシアは艦娘システムに参加している人は多い、ですが貴方の様に…真剣に訓練に取り組み、実力をつける人は少ないと聞いています、だから過去の極秘裏の輸送作戦の様な重要な作戦に参加できたのでしょう?」

 

ガングート『…何故、貴様がそれを……』

 

綾波「私とくれば、川内さんにリベンジする機会を作ります…貴方をもっと強くできます、それにタシュケントさんとも一緒にいられますよ、如何ですか?」

 

ガングート『……考えさせてくれ』

 

綾波「日本に到着する前にお願いしますね」

 

 

 

 

 

タシュケント「どういうつもりなんだい綾波…君は…」

 

綾波「大丈夫、ガングートさんは決して問題のある人ではありませんから」

 

タシュケント「いや、それは知ってるよ!だけど…!」

 

綾波「ガングートさんの事についてロシア政府と話してきます」

 

綾波(それさえ終われば日本に帰れる、まあ大湊の人達になら見つかっても騒ぎにならない…大丈夫、大丈夫…)

 

 

 

 

 

ガングート「…戦艦、ガングート…Linkに参加する」

 

綾波「歓迎しますよ、ガングートさん」

 

ガングート「…ああ、私を強くしてくれ」

 

綾波「その前に、一つ頼みがあるんです…ドイツ行きの便を用意してくれますか?」

 

ガングート「ドイツだと?」

 

綾波「民間人を保護しまして、ドイツ人なんですよ」

 

ガングート「…そうか、すぐに手配を…」

 

プリンツ「綾波さーん!」

 

綾波「…おや、プリンツさん…とその他ドイツ人の皆さん、どうかしましたか?」

 

レーベ「シャルンを説得したんだ、日本についてくるって」

 

綾波「…はい?」

 

ユー「…家族、みんな殺されちゃったって…」

 

…要するに、行くあても無いからついてきたい、か

私のした事に対する責任だ、殺すか連れていくか…ドイツに送り返すのも選択肢だが…

 

綾波「……ガングートさん、キャンセルで」

 

ガングート「あ、ああ…大変そうだな」

 

悪い癖だ、つい悩むと目頭を強くおさえてしまう

これでは私は今困っていますとアピールしてる様なものだ

 

綾波「本人に意思確認を…してきます」

 

 

 

 

綾波「……ええと、一応言いますけど私達深海棲艦と殺し合いしてるんですよ、決して貴方の思ってる様な素敵な人たちじゃ無いんです」

 

シャルン「…それでも、良いから…」

 

死んだ目の少女

…護衛棲姫…春日丸さんに似てはいるものの、そこは違う

あの野蛮人達に酷い目に遭わされたのだろうな、身なりも汚ければ心が死んでいる

表現するなら、死に場所を求めている様な目というところか

 

綾波「…艦娘システムに登録しても構わないのですか?あなたの背中を開いて艤装を埋め込む事になりますが」

 

シャルン「構いません」

 

綾波「……簡単には死なせませんよ」

 

シャルン「…はい」

 

私に気に入られたのが運の尽きだ、そうそう死なせはしない

絶対に、死なせはしない…それが私なりの責任の取り方…

 

綾波(…アヤナミ、これで良いんですか…?私は、私はどうしたら良いのかわからない、あなたが私を恨んでるのはわかってる、だから…)

 

想い、願い、懇願する

それしか今の私にはできないのだから

 

2人で描いた理想の私を目指すことが、あなたの記憶を奪った私の償い…責務だ

 

綾波「……では、日本に戻ったら艤装を用意します、これからよろしくお願いします」

 

…あっという間に人数は膨れてしまったな…

 

綾波「……あ」

 

そういえば、ここについてから聞かされたけど…ザラさんの妹さんは…?

 

 

 

 

ポーラ「嫌です…姉様と離れたくありませんー!」

 

ザラ「ごめんなさい、この調子で…」

 

グラーフ「話を聞いているとな、別に悪いやつではなさそうなんだ」

 

綾波「………はぁ…」

 

結果から言えば、Linkのメンバーは私、朧さん、グラーフさん、ザラさん、リシュリューさん、タシュケントさんの6人から、プリンツさん、レーベさん、マックスさん、ユーさんの4人

アークロイヤルさん、ジェーナスさん、ビスマルクさんの3人

そしてポーラさん、ガングートさん、シャルンさんの3人を合わせて合計16人になった…

一気に大所帯になってしまったな…

私にのしかかる責任はより大きく、重い…

 

ポーラ「ザラ姉様が行っちゃってからお酒を飲む様になったんです、夢の中でザラ姉様と会えたから…」

 

ザラ「だからってあんな無茶な飲み方したら身体を壊すでしょ…!?もうお酒はやめてね…?」

 

ポーラ「はい、だったザラ姉様はここに居るから」

 

ザラ「ポーラ…!」

 

グラーフ「ずっとあの調子でな、胃が痛くなってきた」

 

綾波「頑張って相手しててください、もうすぐ輸送車輌が来ますから」



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圧倒的

海上 輸送船内

綾波

 

綾波「さて、面談を始めましょうか…」

 

アークロイヤル「…おい、このメンバーに意味あるのか?」

 

ビスマルク「私と、アークロイヤル、それに…シャルン」

 

綾波「あなた達は全員就労可能な年齢です、シャルンさんは日本での生活に不自由しないために艦娘システムに登録して日本語をインストールしますが、決して艦娘になることを強いられるわけではありません」

 

アークロイヤル「……また、ドイツ語で話すな…わかるにはわかるが、少し時間がかかる……要するに、選べと言うことか」

 

綾波「はい、皆さんには日本で一般人として生活する道も、艦娘としてLinkに従事する道もある、どちらの道も私はあなた達を見捨てずに支援します」

 

シャルン「で、でも、働けないんじゃ……ビザも戸籍も…」

 

綾波「其処はなんとかしますから、日本語が完璧になれば誰も文句は言いませんし」

 

アークロイヤル「……後から、変えても良いか?」

 

綾波「まあ、辛い道を強いていますし…でも、艦娘となった後に就職するのは難しいですよ、野蛮人扱いされますし」

 

アークロイヤル「ああ、先に……仕事をしてみたいと思ってるんだ」

 

ビスマルク「え?アークロイヤル…働くの?」

 

アークロイヤル「ああ、私は綺麗な血筋なんかない、どちらかと言えば汚い産まれだった、だから艦娘システムにも捨て駒として雇用された、端的に言えばあまり良い思い出がない…と言うのが大きいか」

 

綾波「どちらを選ぼうと自由です、ビスマルクさんとシャルンさんは?」

 

シャルン「…私も、普通に生きていたいです…」

 

綾波(意外だな、辛さを忘れるために戦いの道を選ぶかと思ったけど…)

 

シャルン「…ダメ、ですか」

 

綾波「いいえ、しかし…シャルンさんはまだ幼いですね、故にできてもアルバイトくらいでしょう、学校も手配しますので」

 

シャルン「ありがとう、ございます」

 

ビスマルク「……もう少し考えても良い?」

 

綾波「ええ、明日までにお願いします……しかしこの辺りは深海棲艦が少なくて良いですね、大湊の皆さんが掃討してくれているから少しくらい船を出しても敵襲がない…」

 

ビスマルク「今どのあたりなの?」

 

綾波「そろそろ津軽海峡です、北海道を通っても良かったんですがこの辺りなら安全に海を通れることと、私たちの基地が海沿いなので…おや、無線が…」

 

朧『綾波…なんか、ヤバいかも、誰の匂いってわけじゃないけど…ヤバい匂いがする』

 

綾波「…おや、私の判断が間違ってたかもしれませんね、陸路で帰るべきでしたか…」

 

朧さんの鼻は正確だ、そういうのなら…

 

綾波「私も出ますか、深海棲艦なら大湊の人達がやってくれるでしょうけど……」

 

 

 

 

 

 

大湊警備府

駆逐艦 五月雨

 

五月雨「ごめんなさい!本当にごめんなさい!」

 

亮「あー、いや、もうわかった…」

 

徳岡「番号が変わってたから連絡ができなかったんだ、書類のミスってだけでだな」

 

川内「無駄足かぁ……別に取って食いやしないから演習しない?」

 

神通「怪我をさせるつもりもありませんし…」

 

徳岡「……いやぁ…」

 

曙「……悪かったわね、たしかに叢雲とか陽炎の艤装はドロドロに溶かしたけどもう調整できるわよ」

 

五月雨「なら大丈夫ですよ!提督!」

 

徳岡「…あー……」

 

徳岡(来てもらってる手前…無下にもできないしなぁ…)

 

徳岡「そう、するかぁ…」

 

演習結果は惨敗

私達は川内さん達に終始圧倒された

と言っても怪我をしないことを最優先にした模擬戦だけあって…半分お遊びみたいに…

最後なんか那珂さんがゲリラライブを開催する始末…

 

 

 

神通「…おや」

 

五月雨「どうかしましたか?」

 

神通「ここには駆逐艦の艦娘しか居ないんですよね?今日輸送の予定などはありましたか?」

 

五月雨「いえ、何も…」

 

怪訝な表情の神通さんが海の彼方を睨む

 

神通(…重巡級か…?しかも、外国人………いや、あれは…!)

 

神通さんの表情が変わり、川内さんの方に駆ける

 

神通「姉さん!曙さんは?!」

 

川内「……曙!!」

 

どう言うことだろう、何に焦って…

 

五月雨「あ」

 

忘れてたけど…綾波さんがこの辺りにいるんだった…しばらく見てないけど

 

微かに聞こえる声に綾波さんの声が混ざる

 

五月雨(あ、これ…大変な事になるんじゃ…)

 

 

 

 

 

海上

綾波

 

綾波「……嫌な風が吹いてますね」

 

朧「川内さん達の匂いだ、なんでここに居るの?」

 

綾波「とりあえずこちらから手は出さない事、話し合いで解決すれば最良、それと、やるなら私と朧さんだけです…他の方々を出すとややこしくなる」

 

朧「……わかった」

 

どんどんと船は進む

このまま無視されて基地に帰れるなら…どんなに良いのか

神通さんじゃなければバレなかったのに…

 

綾波「……前方魚雷」

 

海に降り立ち、海面を踏み鳴らす

目の前で魚雷が炸裂する

 

綾波「先に手が出るのは悪い癖じゃないですか?曙さん」

 

赤々と燃える炎が私に近寄ってくる

 

曙「…返しなさい、朧を……そしたら、灰にするだけで済ませてあげるから」

 

綾波「それ以上となると何があるのやら」

 

曙「アンタのせいであたしはメチャクチャよ、今ここで…」

 

双剣を構え、踏み込む姿勢…

 

綾波「まず話を……?」

 

綾波(この感じ……いや、そんなありえない…まさか…)

 

曙「殺す…!!」

 

曙さんの炎が蒼く染まる

青い炎が私の皮膚を焦がす

 

綾波(…信じられないが…曙さんは…)

 

この熱

そしてこの勢い

 

曙「っらぁぁぁぁぁッ!!」

 

双剣を振り回し、私を狙う曙さんからたしかに感じた感覚…

 

綾波(……黄昏の書は完全に抜き取ったはずだ、だからあれは曙さんが燃料を消費して作り出した炎…の、はずだ…でも、この感じは…間違いない、曙さんは、曙さんのナノマシンは身体に記憶した黄昏の書を自分で産み出した…!)

 

綾波「ありえない、だけど…」

 

素晴らしい…

 

炎に身を焦がされながら曙さんに詰め寄る

剣撃を避けて、炎を掻き分けて…

 

綾波「間違いない…!」

 

曙「さっさと…燃え尽きろぉぉッ!!」

 

激しい乱舞をかわし、距離を取る

 

目の前を赤い炎が走る

 

綾波「…勝手にそれを使わないでください、朧さん」

 

船から朧さんが降りる

手には黄昏の書のカートリッジ…

過去に曙さんの艤装を使い炎を操った事自体はあったが…まさか、低い適合率とはいえ黄昏の書を扱えるとは

 

朧「曙、話を聞いてよ」

 

曙「…あたしは、アンタのためにここまで来たのよ…とりあえず1発殴らせなさい…!」

 

朧「……綾波」

 

困ったように朧さんがこちらを見る

 

綾波「躾が足りてないのかもしれませんね」

 

朧「…だね、良い機会だし…軽くやろうか」

 

曙「上等よ…!」

 

朧さんが曙さんに詰め寄り、インファイトを開始する

互いの炎はもはや意味を成さない、しかし私たちを寄せ付けないと言わんばかりに炎が道を遮る

 

綾波「…朧さん、なかなかやるようになったと思いませんか、川内さん」

 

振り返り様に短刀を借りで弾く

 

川内「だね、じゃあ代わりに私達が綾波を仕留めなきゃ」

 

綾波「…川内型屈指の常識人だと思ってましたけど、話を聞く気も無いんですか」

 

川内「リスク、高すぎるんだよね」

 

背後からの神通さんの突きを横跳びで交わし、着地を狙った那珂さんには蹴りを合わせて攻撃を防ぎ切る

 

綾波「ならとりあえず殺しておこう、か…」

 

川内「あんな代役まで立ててさ、こっそり何してるのか…吐かせるべきだし、殺しておいた方が世のためでしょ」

 

神通「それに、私は貴方が姉妹を笑った事…許していません」

 

那珂「ハッピーエンドになったんだからさ…もうかき回さないで欲しいな」

 

川内「何はともあれ、話をしたいなら私達を倒して、尚且つ生かしてよ、そうすれば嫌でも話は聞くからさ」

 

綾波(要するに…力尽くで従わせなきゃ話を聞く事もしない…か、確かにお利口だ、私のやってきた事からして殺す事で防げる被害の方が大きい)

 

綾波「…しかし、3対1というのは…」

 

改めて見直すと川内さんは両手に短刀、神通さんは槍と刀…那珂さんは素手…

 

綾波(刀か槍が欲しいがあの槍、持ち手以外に棘がついていてこちらからは掴めない…刀だな、槍の扱いは慣れてないし、刀ならナイフくらいのつもりで…)

 

踏み込もうとした瞬間、間合いのギリギリを槍が斬り裂く

 

神通「…一瞬、早かったようですね」

 

綾波(踏み込みの動作を視られていたのか、危うかったな…)

 

綾波「……はぁ…あなた達、容赦無いですね」

 

背後から迫る川内さんを蹴りで退け、そのカバーに入る那珂さんから距離を取り、追撃に来た神通さんの槍を蹴りで弾く

 

綾波(綺麗に順番の決まった攻め方、しかしなによりも神通さんだ、槍を弾かれてもフラつきもしないのか、重心を持っていかれてすらいない…素晴らしい体幹だ)

 

綾波「故に使うしか無いか」

 

両手にカートリッジを持つ

 

神通「…那珂ちゃん!あのカートリッジ…」

 

那珂「あっ!?嘘!いつの間に盗られて…」

 

那珂さんから盗んだカートリッジの出力を調整し、艤装に挿す

そしてオートガードのカートリッジを挿す

 

神通(あれは身体強化系の…移動速度を上げるカートリッジ…)

 

綾波「さて、実験開始です」

 

出力は理論的には正しいが…

 

綾波「いきますよ…!」

 

神通さんに詰め寄り、槍の竿部分を蹴り弾く

 

神通「っ!?手が、痺れ…!」

 

綾波「金属製の槍なんか使ってるからですよ!」

 

回し蹴りで神通さんを吹き飛ばす

 

神通「くッ…あ…!?か、刀がない…!」

 

降ってきた刀をキャッチし、向ける

 

綾波「うーん、私には少し長いな…でもぴょんぴょん跳ね回るあなた達には有用か」

 

チラリと朧さんの方を見る

 

朧「だから!アタシはアタシの意思で綾波と居る!!わかってよ!!」

 

曙「アンタは洗脳されてんのよ!こんな馬鹿!!」

 

朧「…あーもう、頭きた…!」

 

朧さんが主砲を空中に放り投げる

 

綾波「…!」

 

神通(あ、アレは…!?)

 

朧「さっさと、倒し…あ、あれ!?」

 

朧さんがハンドガンを主砲に向ける…が、動きが止まる…

 

綾波(…成る程、失敗はしているものの…やろうとしたことは理解できた)

 

朧(だ、ダメだ…当たるイメージが、つかなかった…)

 

音を立てて主砲が水面に落ちる

 

神通(…今やろうとしたのは、キタカミさんの…!?…な、なんで朧さんが…)

 

川内(…朧にも驚きだけど、綾波の様子が…)

 

綾波(…ま、こんなところか…)

 

綾波「レーベさん、マックスさん、タシュケントさん、主砲を私の方に投げてください」

 

船から私の方へと6つの主砲が投げられる

 

川内「なッ…!?」

 

神通「ま、まさか!」

 

那珂「で、でも朧ちゃんは失敗してたのに…!」

 

綾波「失敗とは無価値なものですか?いいえ…失敗とは学びの過程だ、よく見ておきなさい、私に失敗とはいえ、それを見せたのなら」

 

拳銃を取り出し、主砲の引き金を撃ち抜く

6つの主砲から放たれた砲弾が那珂さんを集中して撃ち抜き、吹き飛ばす

 

那珂「がっ……あ…かッ…」

 

神通「那珂ちゃん!」

 

川内「神通!行くよ!」

 

刀を縦にし、川内さんの短刀を受ける

 

綾波「ッ!?」

 

刀にフック状の何かが引っかかり、強く引っ張られる

 

綾波(これは…青葉さんの!)

 

弧を描いて背後へと移動するあの動き…!

 

川内「意識は、こっちに向けないとね…!」

 

綾波(成る程、2本の短刀を防ぐのは刀を封じられた時点で不可能…アドリブの連携なのに上手い…)

 

川内「もらった!」

 

神通「ここで、決めます!」

 

綾波「忘れてませんか?私に触れると…!」

 

川内さんの腕を掴む

 

川内「がっ…あああぁぁああぁあッ!?」

 

電撃で痺れた隙に前蹴りで弾き飛ばす

 

神通「姉さん!!」

 

綾波「あなたを倒せば…話ができますよね?」

 

槍を刀が滑り、神通さんの鉢金に深い傷をつける

 

神通「っ!!」

 

綾波「…首を刎ねることもできました、御理解ください」

 

神通「……死するまで」

 

綾波「…それは…っ!」

 

背後から斬りかかる川内さんの手首を蹴り飛ばす

 

川内「ぐッ…!!」

 

綾波「あっ…しまった、早く手を出して!」

 

川内さんの手を掴み、患部を確認する

 

綾波「…折ってますね…ああ、ごめんなさい」

 

川内「…いや、え…?」

 

慌てて処置する私に困った様子の川内さんの目を見て言う

 

綾波「最初から、私はやるつもりなかったんですよ?…どうですか?話を聞いてくれますか?」

 

神通「…姉さん」

 

川内「…はいはい、参った参った」

 

朧「…綾波、こっちも終わったよ」

 

綾波「勝ちましたか」

 

朧「顎に叩き込んでやったよ」

 

綾波「さて、とりあえず腰を落ち着けられる場所…行けますか?」

 

川内「大湊に聞いてみる」



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チキンスープ

大湊警備府

綾波

 

川内「Link…ねぇ」

 

綾波「ええ、世界を再び繋ぎ(Link)直すこと、それが我々Linkの目的であり…現在、ヨーロッパ各国との提携を結んでいます」

 

朧(え?そんなにしっかりした協力関係なの?いつの間に…)

 

川内(正直、コイツ(綾波)がそんなマトモな事してるなんて…全く信じられないけど…)

 

綾波「お互いの為に、ここは引き下がってくれませんか?長旅で疲れてるんです、私達」

 

曙「…朧、アンタは…」

 

朧「アタシはもう暫く戻るつもりはない…だって、新しい仲間ができたし、それに何かあった時綾波を止める役が必要でしょ?」

 

曙「……負けた以上、何も言うつもりはないわ」

 

朧「曙」

 

曙「…なによ、あたしは混ざるつもりないわよ」

 

朧「強くなってたよ、ものすごく」

 

曙「…アンタに言われても嬉しくないのよ…」

 

川内(…それにしても、3対1で負けたのはかなり良くないよね…しかも綾波は一度もダメージを受けてない、曙も私達も、一撃も与えられてない…もし、綾波が敵だったら?間違いなく勝てない…)

 

綾波「川内さん、あなた達が弱いんじゃないんですよ」

 

川内「…自分が強すぎるって?」

 

綾波「違います、賢すぎるんです」

 

川内「……頭が良ければ勝てるってほど単純じゃないでしょ」

 

綾波「そうですね、単純じゃない…複雑だからこそ、賢い私は負けない」

 

川内「…ちぇっ」

 

川内(倒せなきゃ、いざという時負けを認めて諦めるしかないのに…)

 

綾波「貴方達は根本的に間違えています、川内さんと那珂さんは全力を出せなかったし、神通さんは出さなかった…それは全て連携のためです」

 

川内「え?」

 

綾波「神通さん、あなたはメイガスだけではなく、AIDAも封じて戦っていますよね?そうじゃなければ私の腕一本は落とせましたよ」

 

神通「……それは」

 

綾波「川内さんも那珂さんも、本来の碑文の力を失っているせいで脳のセーブがかかっているんです、キタカミさんを思い出してください、あの人個人の演算能力はハッキリ言って異常、あんな技も使うようですし…」

 

那珂「待って、ずっと気になってたけど…なんで朧ちゃんの失敗した技を成功させられたの?元々知ってたの?」

 

綾波「いいえ、ですがやろうとする事の意図と目的、考え方、そう言うことを理解したら真似なんて簡単ですよ」

 

那珂(絶対普通は無理だよ…)

 

綾波「朧さん、キタカミさんの凄い所を言えますか?」

 

朧「す、凄い所…?デタラメな撃ち方をしても外さないこと…?」

 

綾波「ハズレです」

 

川内(…演算能力とか言うのかな)

 

綾波「外さないのはその力の結果です、大元にある素晴らしい力は…そう、徹底した射線管理とでも言いましょうか、あの人の…いや、あの人が率いた隊の被弾率の低さを知っていますか?不知火さんや阿武隈さんとの違いが分かりますか?」

 

神通(…そういえば、確かにキタカミさんは味方の主砲の角度などを指摘する場面も多かった、なにより相手の砲の角度を瞬間的に完璧に把握していた)

 

綾波「不知火さんは確かに当てる能力、正確な射撃に関しては比類ありません…阿武隈さんはキタカミさんの周りを見る目を部分的に…同じように見えて属性が全く違うんですよ」

 

川内「…成る程ね、それで?」

 

綾波「私はキタカミさんのマネをしただけです、朧さんがやろうとしたのはキタカミさんの射線管理…そう理解した時点で私はそれができると確信し、主砲を投げさせました、そして実行した」

 

那珂(…バ、バケモノ…)

 

綾波「とまあ、その気になれば…あなた達全員の技を盗むことも可能です、私に見せると言う事の意味を理解してください」

 

川内「……みたいだね」

 

綾波「まあ、いいものを見せていただいた御礼も兼ねて…碑文の力の取り戻した方を教えて差し上げましょう」

 

那珂「え?」

 

綾波「というか、そもそも神通さんが教えてないのが不思議なんですけど…」

 

神通「…だって、リアルデジタライズしないと…」

 

綾波「いいえ、The・Worldにログインしてください、そしてその中にいる碑文使いきら力を受け取ればいい」

 

川内「受け取る?」

 

綾波「受け取ると言うと語弊がありますが…少なくとも神通さんはそうやって力を取り戻した」

 

神通(…そうでしたっけ…?いや、私は強く覚悟をしようと決めて……あれ?そっか…)

 

綾波「まあ詳細は神通さんから聞いてください」

 

神通「…正確には漏れ出してる碑文の力に共鳴した感じだと思います、確かに力の大部分を失ってはいますが、私の中にメイガスは眠っていましたから」

 

綾波「次は…改二艤装とダミー因子を相手にしても大丈夫である、と…信じてますよ?」

 

那珂(さ、さらに上があるの…!?)

 

川内「…力の半分も出してないってことか…」

 

綾波「そうですねぇ…2%って所でしょうか?」

 

川内「にっ…!?……っ…ヤバすぎ…」

 

神通(鵜呑みにするつもりはありませんが…もし真実なら…)

 

綾波「さて、私はお仕事がありますから…あ、そうだ曙さん」

 

曙「何よ」

 

綾波「良ければ…溶けないような頑丈な艤装、作りましょうか?今のあなたの艤装、中身がドロドロに溶けてメチャクチャになってますし」

 

曙「遠慮しとくわ、あたしは明石の艤装しか使わないのよ」

 

綾波「では明石さん名義で送りますね♪」

 

曙「そう言う話じゃないっつーの…!」

 

綾波「それでは、もうすぐクリスマスです、良い日を」

 

川内「最悪のクリスマスプレゼントをもうもらったから、充分かな」

 

部屋の南側の壁の方に近づき、ノックする

 

綾波「もう帰りますので、直接の御目通りができず申し訳ありません、高岡提督、三崎司令官…さ、行きますよ、朧さん♪」

 

軽く頭を下げ、部屋を出ようとする

 

綾波「…あ、川内さん、春雨さんと連絡取れますよね?」

 

川内「…春雨と?」

 

綾波「離島にいる彼女にこのメモの通りの薬を処方するようにお願いします、あなたには捨て石のように見えているかも知れませんが、彼女は決してそんな扱いをしているわけではありませんから」

 

川内「…彼女……離島にいる、アヤナミ…?」

 

川内(直接見たわけじゃないけど、ボロボロの体を身代わりにして自分は雲隠れしてるようにしか見えないんだよね…)

 

綾波「そのように思うのは仕方のないことです、しかし…彼女は私にとって大事な存在、もし手を貸してくれるのなら何かお願いを聞いて差し上げますよ?」

 

川内「……後が怖いからやめとく、そのメモは貰うけど…」

 

綾波「それと、これは特務部からの連絡ということで…私達は極秘裏の、秘密組織ですから」

 

川内「……わかった」

 

綾波「私達は世界を再び繋ぎ直す、そう言う存在です、ただそれだけです、それ以上も以下もありません、人間に対しては専守防衛を貫きます……が、私たちに手を出したのなら…死をもって贖う事となる、よく覚えておく事です」

 

川内(…物騒なやつ…)

 

 

 

 

 

Link基地

 

長旅を終え、ようやく我が家に帰ってきたか

思えば土産が多すぎる旅だった

 

基地に一番最初に足を踏み入れ、振り返る

 

綾波「さて、そうですねぇ…これからはここが皆さんの家になる訳だし…まずは、おかえりなさいと言う事で♪」

 

朧「…ただいま…?」

 

朧(綾波こんなキャラだったっけ…?)

 

グラーフ「…あー…Ich bin zurück(今もどった)…で、良いのか?」

 

ザラ「Sono tornato(もどりました)って感じですかね…?」

 

綾波(あー、そっか、おかえりとただいまって日本しかないんだ…)

 

綾波「まあ、今後は日本にいる訳ですから、帰ってきたらただいまと言って入る、おかえりなさいと言って迎え入れる、良いですね?」

 

グラーフ「それが日本のルールか、ならば従おう」

 

綾波「さて、シャルンさんに日本語をインストールしないと…ああ、でもお腹減ってますよねどうしよう…」

 

タシュケント(結局ロシアで何も食べられなかったからなぁ…みんなで色んなところ周りたかったのに…)

 

綾波「…うーん、朧さん、適当に何か店屋物をとっておいてください、アレルギーのある人居ますか?」

 

ガングート「…海老が食えん」

 

綾波「甲殻類アレルギーですね、ほかは?…無しと」

 

ジェーナス「あ、fish()は嫌だなー」

 

綾波「好みは聞きません、時間がかかりますからね、シャルンさんKomm bitte her(こっちに来てください)…あ、グラーフさん、チキンスープの材料とりんごとバナナ、それからパンと卵を買ってきてください」

 

グラーフ「チキンスープ…?レシピは」

 

綾波「グラーフさんがよく食べるもので構いません、頼めますか?」

 

グラーフ「あ、ああ…わかった」

 

グラーフ(風邪なんて誰もひいてないよな…?)

 

 

 

処置室

 

綾波「どうですか?私の言葉わかりますか?」

 

シャルン「…は、はい…でも、すごく変な感じ…うぅ…」

 

綾波「脳に直接インストールするせいで負担が大きいんです、大丈夫ですよ、少しすれば慣れますから」

 

背中をさすりながら声をかける

 

綾波「艦娘システム自体の問題もあるし、多分少ししたら熱が出てきて風邪のような症状が出ます、暫くすれば治るのですが…」

 

シャルン「…わ、わかり、ました…」

 

綾波「…それと…貴方の艦娘としての名前…」

 

シャルン「…名前…?」

 

綾波「…シャルンホルストという船を知っていますか?」

 

シャルン「…戦艦の…?」

 

綾波「…いいえ、客船です、日本に来たシャルンホルストは…神鷹と名付けられました」

 

シャルン「…神鷹…」

 

綾波「どう、でしょうか…」

 

神鷹「…わかりました…これからは、神鷹と呼んでください…」

 

綾波(…軽空母神鷹…春日丸さんの改装した後の名、大鷹の…大鷹型の軽空母…なんというか、情けないな…まるで代わりにしようとしているみたいだ)

 

綾波「貴方の分の食事は後から用意します、もう暫く我慢できますか?…神鷹さん」

 

神鷹「Ja(はい)…あっ!は、はい」

 

綾波「無理せずに、私はドイツ語も話せますし…その、気楽にしてください」

 

神鷹「……ありがとうございます」

 

神鷹さんの笑った顔は…綾波の記憶に焼きついた護衛棲姫の笑顔とよく似ていた

 

 

 

 

綾波「…これは?」

 

朧「宅配ピザだよ?」

 

綾波「…なぜシーフードピザばかり…いや、ザラさんが倒れているのは…」

 

ザラ「…クリームピザ…ジャパニーズクレイジー…」

 

綾波「え?」

 

グラーフ「…綾波その…よその食文化にケチをつけるのは良くないと分かっているのだが…日本はシーフードピザにホイップクリームをかけるのか…?」

 

綾波「いや、かけませんけど…?……朧さん?」

 

朧「うーん…喜んでくれると思ったんだけど…」

 

どうやら、主犯は朧さんだったらしい

 

朧「潮が好きな生クリームピザとアタシの好きなシーフードピザを合わせたんだけど…」

 

綾波「どこのデリパリーピザがそんなものを売ってるんですか…!」

 

朧「この辺りにはなかったから、生クリームは買ってきたよ」

 

綾波(…話を聞くに朧さんだけじゃなく潮さんの味覚もやばそうだ…気をつけよう…いや、思えばアケボノさんの食に拘らないスタイルはまさかこの人たちが原因なのでは…)

 

綾波「と、とりあえず何か別なものを用意します!朧さん!」

 

朧「え?」

 

綾波「貴方は…外を走って来てください、罰です」

 

朧「べつにいいけど…」

 

綾波(ああ、そうだこの人トレーニング狂いだからそれじゃ罰にならない…)

 

綾波「…ついでに近くのサイゼリアで適当なものテイクアウトしてきてください…あー!やっぱり私が決めます!」

 

グラーフ(綾波、大変そうだが頑張ってくれ、私たちのまともな食事のために)

 

綾波(…頭が痛くなってきた…)

 

 

 

綾波「お待たせしました、チキンスープとすりりんごです」

 

神鷹さんは身体が強いわけではないらしく、平熱を2℃上回る高熱を出して倒れてしまった

となると、栄養補給は急務となる訳で、急いで栄養価の高く、食べやすい食事を与えなくてはならなかった

 

神鷹「……Es schmeckt gut(すごく美味しい)…ありがとう、ございます…」

 

綾波「…それは、良かった」

 

神鷹さんはそうは言ったものの、スプーンが進む気配がない…

でも、顔を顰めている訳でもないし味が悪いこともないはずだ…いや、まだ表情を掴み切ってないのか…?

 

綾波「…美味しくはないですか」

 

神通「…違う…その……Mama(お母さん)の作ってくれた…チキンスープの味…」

 

綾波「……そう、ですか」

 

弱って味覚が機能してないから、記憶からそれを手繰り寄せているんだろう…

だけど…まだ、幼い少女には…

 

綾波「…神鷹さん、貴方がこちらに来ると決めたのは半ば自暴自棄だったのではないですか?今からなら…艤装を完全に外してドイツに送り届ける事もできます」

 

神鷹さんは首を横に振る

 

神鷹「…確かに、決めた時はそうでした…でも、私は…貴方達と居たいです…」

 

綾波「……」

 

何を想っているのか、わからない…

当然だ、相手の気持ちなんか分かるわけがない

考え方や思考のクセから相手の気持ちを思いやる事が私にできる精一杯だ…だから…

 

背中に手を回し、優しく抱きしめる

 

綾波「…貴方がここを居場所にしたいのなら、私がそうなりましょう」

 

神鷹「……ぅ…うぅっ…」

 

命を細い一本の糸で繋ぎ止めた

だから生きた心地なんてずっとしなかったはずだ

殆どの人は自分の言葉もわからない土地に来て、いきなり派手な戦いを見せられて

自分もこうなるのかと怯えた筈だ

 

だから、泣けなかった筈だ

どんなに辛い目にあっても涙なんて出なかったはずだ

 

だから、今、ようやく泣けるのだから…

その涙を受け入れるのが私の役目…だと思う

 

大きな声で、涙を流しながら、必死に私にしがみついてくるこの人を護ってやることが…私にとれる責任だ

 

綾波「…よしよし…怖かったですね…」

 

これで何かの償いになんかなるわけが無い、だけど…

私にできる精一杯はこれが、限界



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見落とし

離島鎮守府 医務室

駆逐艦 春雨

 

春雨「…本当に?そんな筈…」

 

川内『とにかく連絡したから、こっちからは以上、わかった?』

 

…急に告げられる綾波さんの不調…それも使う薬などから殆ど死者同然とまで言われては納得も何もないだろう

しかし…外傷ばかりに目をやって体内をロクに見ていなかった…?

いや、とにかく検査しないと…

 

 

 

春雨「…そんな…」

 

言って仕舞えば、見落としだった…

そう、ただの見落とし、小さい、本当に小さい傷が化膿して広がるように…どんどん進行を許した

私が見落としたせいで、綾波さんの体内はボロボロだった…

最悪だ…最悪だった、私のせいだ…

 

幸い、ここには医療設備が充実している…だけど、それでも治せる病気と治せない病気がある…

綾波さんの病気は治せる病気だった、そもそも病気ですらなかったと言うべきか…怪我による臓器のダメージ…それを体は必死で治そうとしていた

それを助けるために様々な薬が投与されていたのにそれが途切れてしまった

結果として…小さな理由だろうが感染症などにかかりやすくなり、臓器が病気と呼ばれる状態になった…全ては私のせいだ、言い逃れるつもりはない

 

ただ、頭を悩ませているだけだ…

 

なんて伝えよう、どうしよう

率直に「貴方に余命宣告しなくてはならなくなりました、全て私が悪いんです」とでも言うのか?

 

無理だ、情けない話だがとても言えない

次の案は…

 

とんとん

肩を叩かれてふりかえる

ぐにゅっと人差し指が頬に突き刺さる

 

イムヤ「…どうなの?綾波の検査結果」

 

春雨「貴方に見せても、仕方ないでしょうね」

 

イムヤ「なんだとうっ!?」

 

春雨「……いや、むしろ貴方にも話すべきか…本当は先に敷波さん達にも…」

 

イムヤ「そんなに悪いの?」

 

春雨「…ええ、その…」

 

まだ、言葉ができてないのに

 

イムヤ「…そっか、カルテ貸して?」

 

春雨「え?」

 

イムヤ「これ?」

 

私の手からカルテを奪い取り、医務室のドアを開ける

そこには、綾波さんと敷波さんがいた

 

春雨「な…なんで?」

 

敷波「流石にさ、急にあんな大掛かりな検査をし始めたら怖いじゃん…」

 

アヤナミ「……」

 

綾波さんはマジマジとカルテを見る

 

春雨「あ、あの…ごめんなさ…」

 

アヤナミ「知ってました…永く保たないのは…」

 

春雨「え…?」

 

アヤナミ「だから、気にしないでください…」

 

春雨「違うんです!…私が悪いんです!最初の検査の時、もっと詳しく調べていれば…」

 

アヤナミ「…え…?」

 

春雨「ここに来た時にもっとちゃんと調べていればここまで悪化はしなかった!見落としさえしなければ、わかっていたらこんなことになりはしなかった…!」

 

敷波「…春雨…」

 

アヤナミ「……」

 

綾波さんは、ただ項垂れていた…

敷波さんとイムヤさんは言葉を失っていた…

 

アヤナミ「…なんで…」

 

春雨「……」

 

アヤナミ「…あなたは、お医者様なんですよね…?なんで…!」

 

…次に、綾波さんから向けられた目は…憎しみのこもった目

その目に、私は何も言えなくなってしまった

 

春雨「っ……」

 

私の心にどこか、許されるのではないかという気持ちを持っていたのだろう…その一言に、向けられた憎しみに…何かを打ち砕かれたような気持ちになった

 

アヤナミ「なんで…そんな事、言わなかったら、私はこんな気持ちにならなかったのに!!」

 

敷波「あ、綾姉ぇ…」

 

春雨「ごめん、なさい…」

 

何処かで甘えていたのだろう、許してもらえると思っていたのだろう、だからこんなにショックで、辛くて…

 

アヤナミ「なんであなたが泣いてるんですか…!泣きたいのはこっちです…!!」

 

春雨「ごめんなさいごめんなさい」

 

もう、そこからはなにも…覚えていない…

どれくらい謝ったのかも、どれくらい、怒られたのかも

 

私は心の中の優しくて甘い綾波さんを期待していた

でも、そんなの…

 

 

 

 

波止場

 

いつのまにか、ここに居た

脚を投げ出し、波止場に座って泣き腫らした目をおさえていた

ここに居ると死の感覚が肌をなぞる様な、落ち着かない感覚に襲われる

その分だけ、私のしてしまった罪を…認識できる

 

肩をトントンと叩かれる

右肩に置かれた手の人差し指を掴み、逆方向に曲げる

 

イムヤ「あだだだだだっ!?」

 

春雨「…なんですか」

 

イムヤ「…春雨がさ、死んじゃうのかなって…」

 

優しく、そして…儚い笑顔

この人はこんなに綺麗だったか

 

イムヤ「…どうかした?」

 

生と死を…誰よりも味わってきた人だ、深海棲艦として、人間として…両方の時を誰よりも苦しみ、生きながらえてきた人だ、だからこんなに綺麗に見えるのだろう

 

イムヤ「知ってる?ほら、夕焼け」

 

海に沈む夕焼けをイムヤさんが指す

 

イムヤ「この時間はさ、逢う魔が時って言って、妖怪や幽霊みたいな悪いモノが出るんだって」

 

春雨「え…?なんですか?それ…」

 

イムヤ「…春雨を深海に連れて行かれるんじゃないかなって」

 

春雨「……だから守りに来た?…冗談でしょう」

 

私はなんの役にも立たない愚図だ、捨て置いてくれていいのに…

 

イムヤ「…そういえばさ、私は何回か深海棲艦で…死んだり生き返ったり繰り返してるけどさ」

 

春雨「…そうですね…」

 

両肩を掴まれ、顔を近づけられる

 

イムヤ「……そういう悪いモノに一番近い存在だと思わない?」

 

春雨「っ〜!?!?」

 

イムヤ「あはははっ!そんなに驚く?あははっ!おもしろ!」

 

春雨「あ、あなた…!本当に…!!」

 

イムヤ「…悩み、吹っ飛んだ?」

 

春雨「……う…」

 

一瞬、忘れてしまった…このバカげた一瞬の出来事のせいで…私の罪を

 

イムヤ「あのさ、春雨…大丈夫、綾波は記憶を失ってて、アメリカ連中に監視されて…そんな理不尽な中で少し疲れちゃったんだよ、八つ当たりの一つもしたいんだよ、だからさ…ね?」

 

やれる事をやるべきだ

私ができるのは、延命くらいだとしても…

 

イムヤ「春雨、今は項垂れる時じゃないんだよ」

 

ぐいっと顔を持ち上げられる

夕焼けに目を細める

 

イムヤ「前を見よう?ね?」

 

イムヤさんが立ち上がり、私の隣にくる

 

イムヤ「…人は死ぬよ!みーんな、死ぬ…少なくとも2回生き返ってる私が言うと説得力ないけどさ!」

 

イムヤさんは、私に向いて、ニッと笑い…

 

イムヤ「でも、でもさ、生きて死ぬ人生、楽しくないと損でしょ?綾波は今底の底の底に居る!なら私達がやるべきことは…綾波を生きててよかったと思わせる事!」

 

春雨「…生きてて、良かった…」

 

イムヤさんが背中から海に落ちる

 

春雨「あ…」

 

イムヤ「ねっ」

 

派手に、大きく音を立て、私の服を濡らして海に落ちていった…

 

…なんとも迷惑な人だ、本当に…

そろそろ日が沈む、帰らなくては…やるべき事をやらないと

 

肩をトントンと叩かれる

振り返り、頬にぐにゅっと人差し指が突き刺さる

 

春雨「……え?」

 

イムヤ「やっ」

 

春雨「……」

 

首を戻し、海を見る…そしてもう一度振り返る

 

イムヤ「どうしたの?春雨」

 

春雨「……あ、れ、濡れてない…?」

 

あんなに派手に濡れた服が、濡れてない…

 

イムヤ「春雨?」

 

イムヤさんも、濡れていない…

 

春雨「……あの、イムヤさん?」

 

イムヤ「ん?」

 

春雨「逢う魔が時って知ってます?」

 

イムヤ「え?」

 

春雨「……なんでもありません」

 

…今日はなんだか寒いな…

 

イムヤ(逢う魔が時なんて、春雨はホラーとか好きなのかな…それともあの映画見たのかな…あ、今度一緒に映画……ってそうじゃなくて…)

 

イムヤ「あ、あれ!?春雨!春雨ー!?せっかく励ましに来たのに…」

 

 

 

 

 

 

アヤナミ「……なんの用ですか」

 

春雨「とりあえず、点滴をうたせて下さい」

 

アヤナミ「ちょっ…そんな勝手に…!」

 

無理矢理、点滴を打つ

 

春雨「…私に、貴方の時間を作らせてください…」

 

アヤナミ「……あなたは既に失敗してます」

 

春雨「わかってます、だから、ええと…!」

 

とにかく、必死に言葉を紡ごうとする

 

アヤナミ「……次は失敗しないでください」

 

春雨「…え?」

 

自分がどんなに間抜けな顔をしているのか、想像もできない…そしてそれが何度目なのかも

 

アヤナミ「…どのみち、ここにお医者様はあなただけなんですよね…?私が少しでも生きるためには…あなたを頼るしかない…だから…」

 

…どうして、こうなのか…

この人はどうして…

求めたのは私だ、チャンスを求める私に応えてくれた…

 

春雨「…私ができる全てを、あなたに」

 

今度は私が応える番だ

 

 

 

医務室

 

春日丸「…私にできることはありますか?」

 

春雨「春日丸さん…?」

 

春日丸「アヤナミ様のために、何かできることはありますか?」

 

春雨「……では、薬品の在庫を確認している間この部屋を見張っていてくれませんか?」

 

春日丸「え?」

 

春雨「綾波さんの命を狙う輩が何をするか、分かりませんからね……あと、注射器の数を確認しておいてください、少しでも濡れていたり、おかしなところがあればとにかく教えてください」

 

春日丸「わかりました」

 

…私にできるのはただの延命処置

だけど…

 

春雨(……今は不可能ですが、腫瘍のように手術で取り除いて終わることではありませんが…決めました、綾波さんをできる限り永く生かす…と)

 

 

 

 

執務室

秘書艦 アケボノ

 

提督がThe・Worldにログインしてから一時間程、だいたい毎日3時間、最近は作業が終わるのが早くなったから少しずつプレイ時間が延びつつある

 

その間、私はただ秘書艦として、護衛としてここにいる

 

そう、ただの護衛として

 

だからこうやって侵入者を締め上げることは仕方のないことだ

 

アケボノ「ご理解いただけますよね?サミュエル・B・ロバーツさん…盗聴器、それから監視カメラ…これをここにつけようとしているなんて、まさかスパイ行為を働くつもりですか?」

 

サミュエル「は、離して…!痛い…!」

 

アケボノ「私はあなたを殺してもいい、だってあなた達はアメリカから見捨てられ、日本ではなく提督が受け入れただけの存在、ただの賠償艦、人権なんてないんですよ」

 

肩を踏みつけ、右手を変な方向にへし曲げる

きっと折れそうな程痛いのだろう、後悔するほどの痛みを感じているのだろう

 

アケボノ「とりあえず、脱臼で済ませてあげます…階段から落ちたことにでもしておくといい」

 

サミュエル「あっ…待っ…」

 

叫び声を消すためにカーペットに顔面を押し付ける

 

アケボノ「提督の邪魔になるでしょう…静かにしてください……っ」

 

ソファの裏に引き摺り込む

 

海斗「…あれ?……気の所為かな、ごめん、なんでもないよ」

 

アケボノ(…危なかった、提督に見られたらやめるように仰るだろう、だけどそれではいけない、もし提督を狙っていたのなら…)

 

アケボノ「…おや、締めすぎてしまったか」

 

失神したサミュエルを医務室へと運ぶ

道中、サミュエルを囮にしたアトランタも捕まえて連行する事にした

 

春雨「…あの、私すごく忙しいんですけど」

 

アケボノ「脱臼だけです、それでは」

 

春雨「ちょっ…」

 

サミュエルを置いていき、アトランタを連れ回す

 

アトランタ「…なんのつもり?さっさと解放してくれない?」

 

そう言いながらも、目には怯え…

痛覚が、恐怖が教えているのだろう…逆らうなと

 

アケボノ「……私は、あなた達が邪魔で仕方ない、提督はお優しい、だからあなたたちに手を出すなと仰る…私は提督の前ではあなた達をどうにもしません、というか何もしなければ何もしません」

 

言いたいことはわかってるはずだ、大使館でコイツらは隠しカメラや盗聴器、それだけじゃないたくさんの何かを受け取っている

そしてそれを秘匿している

 

アトランタ「だから、何」

 

アケボノ「あなたを見世物にしてもいいなと思いまして…見せしめにして、無理矢理作戦を失敗させようかと」

 

アトランタ「…アンタみたいな奴のこと言うんだろうね、下衆って」

 

アケボノ「ええ、そうですよ?さて、選んでください…あなたが痛い目にあう前に隠してるモノ全部出すか、痛い目にあって他の人に出してもらうか」

 

アトランタ「……」

 

アケボノ「私は不器用なモノでね、提督や…ここにいる仲間を守る手段が他に思いつきませんでした…あなた達のせいで、安心して眠ることさえできない」

 

64、大使館から戻って以降定期的に確認した結果、64の盗聴器が発見された、隠しカメラはまだ使わせていない…はずだ

部屋を調べても何も出てこない、土に埋めたかどこに隠したか…

とにかく、このまま捨て置くつもりは毛頭ない

 

アケボノ「あなた達がアメリカとのつながりを…祖国との関係を断ち切るなら、私も態度を変えたのに」

 

アトランタ「…ハッ…どうだかね、アンタみたいなやつがさ、優しくなったところで気持ち悪いだけだよ」

 

アケボノ「……」

 

振り上げた拳を、止められ、振り返る

 

潮「アケボノちゃん、提督が探してたよ?」

 

アケボノ「潮…漣も…」

 

漣「そう言うことなんで、ほいじゃ」

 

アトランタ「……」

 

 

 

漣「…ボーノさ、最近良くないよ、ね?わかってるでしょ?自分で」

 

アケボノ「…提督が探していたと言うのは?」

 

嘘なのは知ってる、提督は大体18時前後まではログアウトしない…摩耶さんの家の食事の時間、らしい…

 

潮「…私達、知ってるから…知ってるけど、見て見ぬ振りは…できないから…」

 

アケボノ「止めないで、アイツらが情報流しまくってるせいで何が起きるか…」

 

漣「わからないけど、まだ何も起きてないよ」

 

そうだ、まだ…何も起きてはいない

 

だけど…

 

潮「…アケボノちゃんがみんなを守りたいのはわかってるけど、そんなやり方、提督は喜ばないよ…?」

 

アケボノ「だったら、どうしろって言うのよ…」

 

漣「堂々としてればいいんだよ、目の前で盗聴器ぶっ潰して、無駄でしたねって」

 

アケボノ「…それじゃ根本的な解決には…」

 

漣「ね、ボーノ…曙って漢字書ける?」

 

メモとボールペンを渡される

自分の名前だ、それは当然書ける…[曙]と書いて渡す

 

漣「うん、よく見て…ほら、真ん中に土、これが大地ね?」

 

アケボノ「何、何が始まったのよ」

 

漣「いいから!ほら、日が三つあって、土の周りを回るような漢字でしょ?太陽が登ってるみたいじゃん」

 

アケボノ「…うん、それで?」

 

漣「太陽は何度だって登る、ボーノはさ、何度も登る太陽なんだよ、太陽は雲に隠れることもあるけど…ずっと曇りじゃない、そろそろ晴れてほしいな…って」

 

アケボノ「……漣」

 

漣「ホントはキタカミサマに曙って字の成り立ちを聞いたんだけど忘れちゃったからさ!でまかせなんだけど!」

 

漣が笑いながら続ける

 

漣「太陽、お天道様なんだから、ね?」

 

アケボノ「お日様、か…」

 

潮「…あ、あと…ホントは曙って日と署でできてて、署の方が焚き火の意味、つまり太陽が焚き火のように赤々と…」

 

漣「ウッシーオ…覚えてたんなら先に言ってよ…」

 

アケボノ「…私は、漣の言ってた方が好き」

 

漣「ボーノ…!アイラービュー!…あら?」

 

抱きつきにきた漣をかわし、潮の肩に手を置く

 

アケボノ「でも、曙の一番上にあるのは日じゃないから覚えておきなさい」

 

漣「ボーノ…厳しい…」

 

アケボノ「太陽、太陽か……」

 

私には、少し荷が重いだろう

でも、そうだ…私にも太陽がある

 

アケボノ「私は太陽にはなれない」

 

潮「え?」

 

アケボノ「だって私の太陽は提督だから、でも漣は教えてくれた、太陽は何度だって登るって…太陽はいつだって私を照らしてくれる、灯りを分けてくれる」

 

漣「うん?」

 

アケボノ「…私はそれを見上げるだけでいい、明るい世界に居られるだけでいい…それなら私は信じられるから…私は、ただ堂々と空を見上げられるから」

 

潮「…これは、どうなったのかな…」

 

漣「…ま、どうでもいいんじゃないですかね、本人が満足げだし…」

 

アケボノ「…だめだった?私なりの…落とし所なんだけど」

 

漣「んーや!ボーノらしいなって!」

 

潮「うん、アケボノちゃんらしくて、私は好きだよ」

 

漣「んまっ!告白なんてウッシーオったら大胆…!」

 

アケボノ「……そうね、じゃあ潮、行きましょう」

 

潮の手を取り廊下を歩く

 

潮「ひゃっ」

 

漣「え?漣は置いてけぼりですかな?」

 

アケボノ「アンタが言ったんでしょうが、私達デートだからついてこないでよ?」

 

漣「オーマイガッ…え?マジ?」

 

潮(…アケボノちゃん、ちょっと余裕が戻ってきたみたいで良かった…)

 

アケボノ(晩御飯、カレー食べさせてもらえるかなぁ…満潮さんと如月さんにカレー禁止にされたし…)

 

漣(あの2人の見つめ合う雰囲気…ガチ!?これはガチなのか…?ウッシーオの目は…完全にボーノを…!……コ、コレは、事件なのでは…?うーん…いや、でも…うーん…)

 

アケボノ「何してんのよ、ほら、さっさと晩御飯食べに行くわよ」

 

潮「行こ、漣ちゃん」

 

漣「おっひょー!待ってましたー!!よかった!」



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ワクワク

The・World R:1

重槍士 青葉

 

青葉「…ホームのキー…たしかホームっていうのはR:1にある、個人ユーザーが使えるお家…」

 

要するに、自分専用のプライベートスペースがもらえるという事…

位置はマク・アヌの奥、決してゲームに役立つ訳では無いため、完全にそういうロールを楽しむ為のスペース…

 

青葉「ここ、か…」

 

かちゃり、鍵が空いた音と共に扉が開く

 

青葉「…?あ、あれ?」

 

中に、誰かいる…

 

青葉「ま、間違えました!!」

 

ばたん、とドアを閉じ、頭の中で整理する

 

おかしいだろう、この鍵を使えば自分の部屋にアクセスできる筈だ、なんで他の人の部屋に?まさか共用ホームなんてシステムがあったのか…?

 

R:1のことは記事を書いて、色んな人の思い出話を聞いて、そうやって情報を集めている

でも、ホームは共用なんて…聞いた事ないけど

 

目の前の扉が開く

 

アルビレオ「……あの」

 

青葉「あ、ひゃい!?」

 

…アルビレオさん…間違いなく、渡会さん…佐世保の司令官

 

アルビレオ「どうやって開けた?」

 

青葉「え、ええと…さ、さっき!ボスモンスターから出た宝箱で…ホームキーをもらって…その、使ったら…」

 

アルビレオ「……バグか?…災難だな、それじゃあ…あ、おい!」

 

アルビレオさんの脇をすり抜けて小さな女の子が出てくる

そして、私に手を伸ばし、じっと見られる

 

青葉「ほぇ?……え?」

 

つい、凝視してしまった…

燃えるように赤いケープに身を包んだ女の子

これが、ゲームの中のグラフィックなのか?と思うほど繊細なデザイン…

 

アルビレオ「…見える、のか…?」

 

青葉「へ?…あ、この子の事…?」

 

アルビレオ「……入ってくれ」

 

青葉「え?でも…」

 

アルビレオ「聞きたいことがある」

 

結局押し切られ、部屋の中に…押し切られて引き摺り込まれるというのも妙なものだが

 

 

 

 

アルビレオ「…このNPCについて知ってることを教えてくれ」

 

青葉「…は、はい?知ってる事?」

 

アルビレオ「他の誰にも、このキャラクターは見えてない、だけどあんたには見えている、何か知らないか」

 

青葉「え?他の人見えてないんですか?」

 

見れば見るほど異端だ

ボブヘアの、顎の線で揃えたプラチナブランドの髪に赤色のメッシュ、透けるように白い肌、燃えるように赤いケープ

でも、1番目を引くのは裸足なこと

この世界に裸足のエディットなんてないはず…

あと、ずっと目を瞑ってるのはなぜだろう…

 

アルビレオ「ああ、基本的には誰も見えてない、はずだ…そこの奴以外は」

 

アルビレオさんが奥に視線をやる

 

ほくと「うーん、やっぱりこっちの家具の方がいいかなぁ…」

 

白を基調にしたエルフの女の子の魔法使いといったイメージか

ターゲットして名前を確認する[ほくと]…北斗七星…

 

青葉「…あの方は?」

 

アルビレオ「…泣き落とされた」

 

青葉「はぁ…?」

 

アルビレオ「…いや、そこはいいか、とにかくパーティーを組んでいるんだが、パーティーを組んでいる相手だと見えるらしい」

 

青葉「な、なるほど…ところで、その…」

 

入ってきた時に思ったが、インテリアがめちゃくちゃだった、シンプルなテーブルや飾り棚に合わないピンクなカーペットやカーテン、独特なセンスだと思っていたが…

気がつけば、テーブルやソファもそのピンクに染まりつつある

まあ、要するに…あのほくとさんという人がこの部屋を侵食していると言うことか…

 

ドンドン!ドンドン!

せわしなくホームのドアをノックされる

 

アルビレオ「またか……?」

 

うんざりした様子で立ち上がり、アルビレオさんがドアノブに手をかける

 

私も立ち上がり、様子を伺う

 

オルカ「やあ!」

 

アルビレオ「あ……さっきの?」

 

オルカ「そっ!一緒にボス殴ってた……悪ぃね、いきなり訪ねてきて」

 

そうだ、この人私の隣でボスを攻撃していた人だ…!

 

オルカ「さっきショップの前にいるのを見かけたもんで」

 

アルビレオ「後をつけて、この部屋の場所を?」

 

オルカ「ちょっと悩んだけど……やっぱり声をかける事にした、気に障ったらごめんな!」

 

青葉(…ロールプレイ…)

 

この人の言動の端々から此方に不快感を与えないように気遣う丁寧さを感じる、フランクな喋り方はロールプレイ

豪放磊落(ごうほうらいらく)な剣士"オルカ"というキャラクターを演じているのが良くわかる

 

アルビレオ「……いや、まったく、そういうのもありだ」

 

オルカ「よかった!安心安心」

 

アルビレオ「女の子をしつこくストーカーして、ハラスメント行為でアカウント停止になった奴もいたから、そのへんは気をつけたほうがいいが」

 

オルカ「ははは!」

 

ふと画面の端を見るとパーティーの申請がアルビレオさんから来ていた

とりあえずそれを承認する、画面端のテキストのところにささやき(ウィスパー)

 

アルビレオ[悪いんだけど、この子についての話は後になりそう]

 

青葉[あ、大丈夫です!]

 

アルビレオ「メンバーアドレスを?」

 

気づけば向こうではメンバーアドレスを交換しないかというやりとりになっていた

 

オルカ「そっ!おれたちとパーティーを組まない?」

 

アルビレオ「またか」

 

オルカ「え?」

 

アルビレオ「…いや、こっちの話」

 

察するに、ほくとさんはアルビレオさんに泣きついてパーティーを組んでいるのだろうか

 

オルカ「さっきの、君の戦いっぷりを見て、感動した、ぜひとも仲間に誘いたいと思った」

 

アルビレオ「おれは誰ともアドレスは交換しない、そういうプレイスタイルだ、悪いけどほかをあたってくれ」

 

オルカ「そのコは?」

 

アルビレオ(リコリスが見えているのか…?)

 

ほくと「やっほ〜!なになに、なんの話?」

 

アルビレオ(違ったか)

 

アルビレオ「…こいつは特別で……とにかく、おれはソロで、パーティーは組まない主義だから」

 

オルカ「パーティー組んでる設定になってるようだけど」

 

アルビレオ(……)

 

アルビレオさんの渋い顔が背面からでも見えるようだった

自分の言葉を一瞬で否定する証拠が続々と出てくるのだから

 

ほくと「なになに、なにしゃべってんの?こっち聞こえないんだけど?」

 

声の高さや言動、何よりインテリアのセンスから中学生くらいなのか、人の話になんの躊躇いもなく入っていくのはやめた方がいいと思うけど…

 

アルビレオ「ところで、オルカさん」

 

オルカ「さんづけは、こそばゆいな……オルカでいい!」

 

アルビレオ「ではオルカ…さっき、おれたち、と言ったけど?」

 

オルカ「ああ!相棒がいる」

 

オルカさんが横を向いてモーションで手招きをした

 

バルムンク「ソロだというなら、無理に誘うこともなかろう」

 

おっくうそうな声と共に別の剣士が出てくる

そうだ、もう1人の一緒にボスを殴ってた…

 

オルカ「こいつ、バルムンク!いちおー、わが相棒ね」

 

白銀のプレートアーマーの輝きが映える、野生的なオルカさんとは対照的な、凛々しい聖騎士ふうのデザイン…装備してる武器は細身の片手剣…

 

青葉「……あのグリップ…なんて剣だっけ…」

 

知ってる、当時をプレイしていない私が知ってるくらい有名なレアアイテムだ…

それに、バルムンクという名前は由緒ある名前、ファンタジーRPGではギリシア、ケルト、北欧神話、叙事詩に基づいた名前は人気がある。

バルムンクと言えば、ゲルマン神話の英雄ジークフリートの剣の名前…。

 

そういう人気の名前をつけられるのは古株である証…

 

アルビレオ「ふたりパーティで最後のひとりを探してるわけ?」

 

オルカ「そう!なかなかレベルが釣り合うやつがいなくてね…わが相棒のおめがねにかなうような、人間の質も高いプレイヤーが」

 

バルムンク「The・Worldでのソロプレイは珍しい」

 

そうだ、このゲームはパーティを組んでも経験値は分配されない、1人でも3人でも、一人あたりのもらえる経験値は同じ…

このゲームはパーティ推奨のゲーム…メリットはアイテムを独占できることくらい

 

オルカ「バルムンクもおれと組む前はソロだったよな?」

 

アルビレオ「ほう..ソロで、そこまでレベルを上げたの?」

 

バルムンク「……最初のころと、最近、オルカと組んだ分以外は」

 

アルビレオ「すごいね」

 

バルムンク「そうだろうか?ソロプレイなら、だめな仲間をあてにして、仲間のへまのために死ぬことはない」

 

青葉(…キツイ言い方…)

 

だけど的外れじゃない、突出した強者になる程、独りになる

キタカミさん、アケボノさん、綾波さんのように…

 

アルビレオ「3人でパーティを組んだとして、どうするつもりだ……オルカ?きみなら、2人でも攻略できないエリアはままずないだろう」

 

オルカ「それが、あるからさ……アルビレオ」

 

アルビレオ「ん?」

 

バルムンク「"ザワン・シン"」

 

青葉「ザワン・シン…?」

 

聞いたことはあるような…気がする

 

オルカさんとバルムンクさんを部屋に招き入れ、改めて話をすることになった

 

オルカ「おっ、そうだった、おれたちはあんたも気になってたんだよ」

 

バルムンク「…ダブルMVPは、見たことがなかったからな」

 

青葉「あ、あはは…恐縮です…」

 

アルビレオ「…きみも、MVPだったの…?」

 

青葉「はい…ええと、ホームキーをもらって…使ったら、ここが…」

 

オルカ「あれ?そっちはお仲間ってわけじゃなかったの?」

 

青葉「…ええと…」

 

アルビレオ「ついさっき会ったばかりだ」

 

オルカ「へぇ…てっきり、このずいぶんとかわいいホームは…すごく意外だ」

 

アルビレオ「間違っても、おれの趣味じゃない」

 

ほくと「わたしがコーディネートしたの!」

 

バルムンク「目が痛い」

 

パーティーチャットでアルビレオさんが呟く

 

アルビレオ[リコリスのことは、この2人には言わないでくれ]

 

ほくと「なんでー?」

 

青葉(…この人、初心者だ…パーティーチャットを読んで全体チャットで返してる…!)

 

人によっては常識のない行為とも捉えられる…

 

オルカ「……なにが?」

 

バルムンクさんがアルビレオさんを注視する、明らかにないしょ話がバレている…

 

アルビレオ[返事はしなくていいから黙って聞いてくれ、しばらく、お口にチャックしてろ、リコリスのイベントは…つまり、誰にも知られず、おれたちだけでクリアしたい]

 

青葉(おれ、たち…?私は、関係ないよね…?でもそれならウィスパーを使うはず…)

 

ほくと「りょーかい!」

 

オルカ「……なに?了解って?」

 

オルカさんの声に怪訝な雰囲気が含まれる

なんというか、アルビレオさんには同情するしかない…

しかし、"リコリスのイベント"…あの女の子はリコリスという名前なのだろう、だとしたら…"ヒガンバナ"…

 

青葉(判断しかねてだけど、このアルビレオさんは過去の世界のアルビレオさんだ…きっと、すごく大事な記憶だ…)

 

渡会さんの名刺には全て手描きのヒガンバナが描かれている

それ程思い入れがあるんだ…私が深く関わるのは良くないだろう…

 

アルビレオ「ザワン・シンだったな、オルカ」

 

オルカ「そう」

 

アルビレオ「The・Worldでも最高難易度と名高いイベントだ」

 

オルカ「最高難易度というより、最近じゃ、攻略不能とまで悪評が立っている…たとえイベントエリアに行っても、なみの中級パーティじゃザコも倒せず全滅、最高レベルまで上げた現行バージョンの最強装備を揃えた3人パーティでも、ボスには勝てないと……」

 

そんなにヤバい代物だったのか…

ザワン・シンについて私の記事への書き込みから探る

 

アルビレオ「うわさだな」

 

オルカ「アルビレオはザワン・シンのワードを?」

 

アルビレオ「エリアは"病める 囚われの 堕天使"……だったか、行ったことはある、攻略を目指したことはないが…」

 

オルカ「ソロでは……無理だろうな」

 

アルビレオ「そういうことだ」

 

自分が死んだら誰も蘇生できない、ソロでの攻略難易度は跳ね上がる…

 

オルカ「でも、ザワン・シンは決して攻略不能じゃない」

 

アルビレオ「なぜそう思う?」

 

バルムンク「クリアできないイベントが存在すれば、それはバグだ、まともなゲームではない」

 

オルカ「……少なくともいいゲームではないと思うんだ、おれたち……The・Worldはいいゲームだと信じてるから」

 

アルビレオ「だから、攻略できると?」

 

オルカ「そう!この"世界"を信じたい!」

 

アルビレオ「The・Worldがすきなんだな」

 

オルカ「もちろん、アルビレオだって、だからそこまでキャラクターを育てて愛着が持てるんだろ?」

 

アルビレオ「その通りだと思うよ」

 

バルムンク「アルビレオ」

 

バルムンクさんが言いづらそうに口を開く

 

バルムンク「おれたちは……たいていの武器はグラフィックを見れば名前がわかるんだが」

 

アルビレオ「この槍か…」

 

青葉(……それは、私も気になっていた、神槍ヴォータンは私の手にある…なら、あれは?)

 

オルカ「どこで手に入れたんだ?やっぱり、イベントの賞品かなにか?槍の名前は?」

 

オルカさんがワクワクした様子で尋ねる

 

アルビレオ「秘密だ」

 

バルムンク「なぜ?」

 

アルビレオ「教えられない、教えたくない」

 

ば「不正規な…データ改造アイテムではないだろうな?」

 

オルカ「バルムンク……!いきなりそれは失礼すぎる!」

 

アルビレオ「いや…言葉を濁したこっちが悪かった、誤解を受けても仕方ない」

 

バルムンク「…すまない…アルビレオ」

 

アルビレオ「……神槍ヴォータンだ」

 

青葉「え?」

 

バルムンク「ニーベルングの指環にある神の槍か」

 

アルビレオ「詳しいな…まあ、きみなら知っていてもおかしくない」

 

オルカ「どういうこと?」

 

青葉「ニーベルングの指環は…北欧神話や中世ドイツの叙事詩、ニーベルンゲンの歌を基にしてるんです、英雄ジークフリートと、その剣バルムンクのお話…」

 

バルムンク「ワーグナーの歌劇をあえて神対人の構図で解釈すれば、ヴォータンの槍は神の秩序を貫くもの、契約と権威のシンボルとして扱われている」

 

青葉(契約と、権威のシンボル…)

 

私のヴォータンに目を向ける

 

オルカ「なんか……ほんとに悪ぃ!無理に聞き出したみたいで」

 

アルビレオ「いや、君達には誤解されたままでいたくないと思った…そうだな、だから少し教える、この槍はフラグメント時代のものだ」

 

オルカ「β版の!?アルビレオはテストプレイヤーだったのか?」

 

アルビレオ「…ああ」

 

オルカ「すげぇ!すげぇ…なあ、バルムンク!バルムンクもそうだったんだ!」

 

…確か、The・Worldのテストプレイヤーは1024人しか公募されなくて、倍率は相当高かったはず…

 

アルビレオ「この槍は今のThe・Worldでは入手できない、だからあんまり話したくなかった」

 

オルカ「そっかぁ…フラグメント時代のレアとなれば欲しがるやつは大勢いるよなぁ…その槍、かっのいいし!」

 

アルビレオ「手放すつもりは毛頭ない、一々トレード断るのうざいだろ?」

 

オルカ「これ!すごーくよくわかる!」

 

青葉(……私の槍と、同じ名前で…全然違うヴォータン…)

 

頭を悩ませる、もし私に聞かれたらどうする…?

 

オルカ「それでアルビレオ…」

 

アルビレオ「悪いが、パーティは無理だ…今は別のイベントを進めているんだ、悪いな」

 

オルカ「しかたないな、すげー残念だけど」

 

アルビレオ「The・Worldでいつか組んだみたいと思ったプレイヤーは君らが初めてだ」

 

オルカ「…うれしいよ!…あ、そうだ、君は?」

 

青葉「…私も、遠慮しておきます」

 

オルカ「いやー、残念だな…あんなにアイテムとスキルの組み合わせが上手いプレイヤーは初めて見たのに…」

 

青葉(…私、上手いのかな…そんなことないと思う、けど…)

 

オルカ「…よし!明日、朝9時からザワン・シンに挑む!」

 

雄々しく、そう宣言する剣士は背景も気にさせないほどには絵になった

つい、パシャリとシャッターを切ってしまったが、特に怒る様子もなく2人は出て行った

 

アルビレオ「……随分と待たせた、ええと、ごめん」

 

青葉「ああ、いえ…」

 

アルビレオ「それで…この子の…リコリスの事なんだが…」

 

青葉「私には何も、わかりません」

 

アルビレオ「そうか」

 

……個人的に興味が湧いた

ただ、見届けてみたいと思った、だから私は、このイベントを取材してみようと思った

 

純粋に興味を持って、取材したいと思って取材する…

初めての事だ、だから、こんなに心がワクワクする…



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わだかまり

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「限定イベント…?」

 

アルビレオ「おそらくだがな、あるエリアで出会ったリコリスといつのまにか手を繋いでいた、そして俺は…この手を繋いだままモンスター襲撃イベントに参加した」

 

青葉「そこで私はホームキーをもらいました」

 

アルビレオ「……リコリス、まさか、この…青葉もこのイベントの参加者なのか…?」

 

リコリス「ray.cylを、わたしにください」

 

青葉「しゃ、しゃべった……それにしても、.cyl…知らない拡張子…」

 

アルビレオ「もう1時間近く変化もないか、仕方ない」

 

アルビレオさんは観念したようにアイテムをトレードしたらしい

 

アルビレオ「…一つ前も同じ拡張子のアイテム名で使用は不可能、何か少しでも攻略情報が欲しかったんだがな」

 

青葉「…それは、ご期待に添えずごめんなさい」

 

アルビレオ「いや、こっちこそ変な話に巻き込んで悪かった、ごめん、あれ?いつのまにかパーティに…ほくと?」

 

ほくと「え?わたし知らないよ?」

 

青葉「…アルビレオさんが申請したんじゃ?」

 

アルビレオ「いや、おれはないしょ話はささやき(ウィスパー)を…」

 

そう言えばそうだ、リコリスさんについては私にウィスパーで口止めをしようとしていた…

 

だとすると…

 

3人の視線が、目を閉じた少女に集まる

 

アルビレオ「リコリスが…?」

 

青葉「……NPCが勝手にそんなことを…」

 

アルビレオ「…お約束から外れてる…」

 

不満げにアルビレオさんが声を漏らす

オルカさんやバルムンクさんの話で察せてはいたが、この人はロールプレイに重きを置いている

別にそれを強要するわけじゃないけど、ネットゲームの楽しみ方として重きを置いている、リアルの自分とネットの自分は別物だと考えている

 

だから、ゲームのシステムが勝手なことをするのが気に食わないのだろう

 

ふと、アルビレオさんの目が私の槍に止まった

 

アルビレオ「その槍…みたことないものなんだが、どこで手に入れた?」

 

青葉「…この槍は…ある人に託されたんです、今は力を失っていますが…」

 

アルビレオ「託された…?」

 

青葉「この槍の名前は、神槍ヴォータン、グラフィックは違いますけどね…」

 

アルビレオ「……同じ名前の槍?そんなもの……いや、リコリスのイベントの影響なのか…?」

 

アルビレオさんが考え込む仕草を見せる

 

ほくと「ねぇ、青葉ちゃんだから、青ちゃんって呼んでいい?」

 

青葉(またこのあだ名…)

 

青葉「構いませんよ」

 

ほくと「…青ちゃんはさ、どうしてパーティに入る前からリコちゃんが見えてたの?」

 

青葉「…私にもわからないんですけど…」

 

アルビレオ「……」

 

アルビレオさんの、2色の眼が私を見る

 

アルビレオ「…そのエディット、今のバージョンでできるものか…?」

 

青葉「へ?」

 

あ、この流れ、覚えがある…

 

アルビレオ「…言い方が悪いが、データ改造(チート)ではない…よな?」

 

青葉「もちろんですよ…」

 

うんざりという気持ちがどこかにある

疑われるのに慣れている自分がいることに嫌気がさす

 

アルビレオ「…すまない、少し気になったんだ」

 

青葉「いえ、私もつい変な対応を…ごめんなさい」

 

アルビレオ「…おれは今日は落ちる」

 

ほくと「落ちる??」

 

アルビレオ「ログアウトする、回線を落としてゲームを一旦やめるってことだ」

 

ほくと「え〜!!」

 

アルビレオ(しばらくこのホームには近寄らないでおこう……いや、このホームは捨てて夜逃げだ、アドレスを拒否して完全に断ち切ろう)

 

アルビレオ「じゃ」

 

青葉「あ、は、はい、お疲れ様です!」

 

アルビレオ(なぜそう固くなる…)

 

アルビレオさんが棒立ちのまま怪訝な表情で虚空を睨む

 

ほくと「どしたの?」

 

アルビレオ「………」

 

ほくと「黙ってないで何か言ってよ!固まってないでさ」

 

アルビレオ[………]

 

わざわざ、テキストでそう送られてきた

大抵のプレイヤーの不満を示すときのチャットの使い方

 

アルビレオ「できない」

 

ほくと「なにが?」

 

アルビレオ「ログアウト、できない」

 

青葉(未帰還者…!?)

 

アルビレオ「…堕ちられない、なんでトラブル…」

 

青葉「あ、アルビレオさん!モニターは!?デバイスを外せますか?!」

 

アルビレオ「…外せるが、どうした」

 

青葉「……そ、そうですか」

 

青葉(てっきり、未帰還者になったのかと思ったけど…コマンドが動作してないだけか…)

 

アルビレオ(まさかゲームの中に取り込まれるなんてSFを信じてるのか…?)

 

ほくと(SF好きなのかな、この子)

 

青葉「システム管理者は?」

 

アルビレオ「便利や扱いして無闇に呼ぶとおこられる」

 

青葉「こういうときのためにいるんじゃ…」

 

アルビレオ「それは、まあ……こういう原因不明なトラブルはたいてい一時的なもの、そのうち直る」

 

ほくと「案外さ!そのコがアルと離れたくないんだったりして!」

 

アルビレオ「…なんだ、そのアルってのは」

 

ほくと「あるびおれって呼ぶのめんどくさいからアル!そのコはリコリスだからリコちゃんね!」

 

アルビレオ「アルビレオだ、名前を間違えるな」

 

ほくと「ねぇ、アル」

 

アルビレオ「なんだ」

 

ほくとさんがアルビレオさんの顔に近づく

 

ほくと「アルって左右で目の色が違うんだね」

 

アルビレオ「何色に見える」

 

ほくと「右目が青で左目が黄色い」

 

アルビレオ「そういう設定だ」

 

ほくと「なんで?かっこつけ?」

 

アルビレオ「AFK」

 

ほくと「えいえふけー?」

 

アルビレオ「Away From Keyboar 繋げたままパソコンの前から離れる、このままキャラクターを放置する」

 

ほくと「ちょっ…わたしたちは!?」

 

アルビレオ「外で遊んでこい、パーティは解散しとくぞ」

 

青葉(…この人…というか、子…やるとは思ってたけど、とうとう怒らせた…)

 

ほくと「……2人で遊び…行く?」

 

青葉「遠慮します」

 

迷いなくログアウトを選んだ

 

 

 

 

リアル

青葉

 

青葉「…アルビレオ、アルビレオ…」

 

何か、聞いたことあるような…

 

青葉「なんだっけ、直接聞いてみようかな.」

 

 

 

 

 

The・World R:1

Δサーバー マク・アヌ

双剣士 カイト

 

カイト「お疲れ、トキオ」

 

トキオ「あ、うん、お疲れ…」

 

ブラックローズ「…はぁ…今日も何も収穫なしか…」

 

エリアを幾つか周り、聞き込みをして、情報を集めて…

確かにこれじゃ解決はしないのかも、だけど…

 

カイト「他に何もできないからね…でも、何かを掴まないと」

 

このまま時間を浪費するつもりはない、何かを掴む必要がある…けど、それはなんだ?

どうすればいい、僕はどうすれば…

考えろ、思い出せ、この世界に起こった事件を、イレギュラーを…イレギュラーは、明らかな異常は…

 

カイト(…クロノコア、そうだ、司を探そう…!この時代に居るはずだ…!あのとき、最後に司はクロノコアという何かをPCボディに取り込んでいた、だから…!)

 

ブラックローズ「おい、カイト」

 

カイト「どうかした?摩耶」

 

ブラックローズ「何回その名前で呼ぶなって言ったらわかるんだよ…!それより、さっきザワン・シンって敵が出てくるイベントの話聞いたんだ、誰も攻略できない…バグみたいなイベント」

 

カイト「ザワン・シン?…ああ!」

 

カイト(オルカとバルムンクがフィアナの末裔と言われるようになったイベントだ、オルカとバルムンクの2人がザワン・シンを倒し、蒼海のオルカ、蒼天のバルムンクって通称を手に入れたんだっけ…確かバルムンクの羽もこのイベントって言ってたはず…!)

 

ブラックローズ「知ってるのか?…ウイルスバグなのか…?」

 

カイト「いや、正規のイベントのはずだけど…」

 

ブラックローズ「…行ってみないか…情報が少しでも欲しいしさ」

 

カイト「え?…うーん…」

 

確かに、なりふり構う余裕はないか…

 

カイト「わかっ…あれ?」

 

ブラックローズ「どうかしたか」

 

カイト「…リアルで物音が…ちょっと待って……あれ?……気の所為かな、ごめん、なんでもないよ」

 

ブラックローズ「…今から行くか?」

 

カイト「最高難易度のクエストだし、もう少しレベルが欲しいかな、レベル上げをして明日挑まない?」

 

ブラックローズ「わかった」

 

ブラックローズと別れ、一時間ほどレベル上げをしてからログアウトする

 

 

 

 

 

リアル

離島鎮守府

提督 倉持海斗

 

海斗「…早く終わらせないと、みんなを待たせすぎちゃってるな…」

 

かつての仲間がみんな意識不明になって、もうどれくらい経ったのか

…うまくやるつもりだったけど、どれだけ時間がかかってるのか

 

コツン

誰もいない執務室の、背後からの…足音

 

海斗「うわっ!?」

 

どたん、どたどた

大きな音が鎮守府に響いた

 

 

 

 

 

教導担当 キタカミ

 

執務室から大きな音がした、だから偶々近くに居た私が様子を見に来たけど…

 

キタカミ「ど、どーしたの、何があったのさ…」

 

海斗「キタカミ…ちょっと手を貸してくれない?」

 

珍しい事もあるもんだ、提督が誰かに手を出すなんて…

って冗談は置いておいて…

 

キタカミ「アトランタか、何しようとしてたの?」

 

アトランタ「……」

 

見れば明白だろう、アトランタの手にはナイフ、そして態々組み伏せるなんてよっぽどな状態だったわけだ

 

海斗「キタカミ?」

 

キタカミ「……はー…あーあ」

 

杖をつきながらゆっくり近づき、ナイフを持った手に杖をつく

 

アトランタ「ぐっ…」

 

キタカミ「Hey, say something( ねぇ、なんか言いなよ )……i'm telling you to talk( おい、喋れって言ってんの )

 

アトランタ「……Screw you(クソくらえ)

 

キタカミ「…はー……なんかさ、馬鹿だよね?アンタも…提督一応軍人なんだからさ、そういう心得あるのくらい想像つくだろうに…」

 

海斗「キタカミ、ナイフだけ取ってくれたら良いんだけど…」

 

キタカミ「んや、これじゃめんどくさい話が残っちゃうからさ…アトランタ、今話つけようか」

 

アトランタがナイフを握る手の中指だけを立てる

 

キタカミ「別に日本だとあんまり気にする人いないよ?それ、漫画のネタにされたりしてるしさ」

 

杖に体重をかけてナイフを手放させる

 

キタカミ「アトランタ…アトランタ級防空巡洋艦、実力は折り紙付き、ワシントンやアイオワからの評価も暴走する点があるものの良好…」

 

アトランタ「…What(なに)?」

 

キタカミ「馴染もうとしてないのはアンタだけ、サムとかあの辺は盗聴器とか仕掛けたり(  イタズラしたり  )するけど馴染もうとはしてるんだよね、今医務室だけどさ?」

 

海斗「え、どういうこと?」

 

キタカミ「まー、まー話聞いてよ、私実はアンタのこと嫌いじゃないよ?アケボノと似た感じもするし…」

 

アトランタ「…あ?」

 

アトランタがドスを効かせて睨む…ものの、全く怖くはない、子猫が鳴いているようなものだ

 

キタカミ「脅しってのはさ……こうやるもんだよ」

 

カツン、と杖をつく

アトランタの身体が防御反応で大きく震える

 

キタカミ「別に派手な事する必要もないし、大きい声出す必要もない…痛いのを体に教えればいい、違う?」

 

杖をコツコツと叩く度にアトランタが小さく体を震わせる

 

キタカミ「アトランタ、私はさ、アンタの本質少しわかったよ、仲間思いで悪いやつじゃない」

 

アトランタ「…はあ?」

 

キタカミ「ね、仲良くしようよ」

 

ナイフを拾い上げ、デスクにおいてアトランタに手を伸ばす

 

アトランタ「…いきなり、何言って…」

 

キタカミ「簡単さね、私はアンタが嫌いじゃなくなった」

 

海斗「…ええと、もう離すけど、暴れないでね…?」

 

アトランタ「……アンタら、みんなよくわかんない」

 

そう言って出ていくアトランタを見送る

 

キタカミ「提督、怪我してない?」

 

海斗「大丈夫、それよりキタカミ、いきなりなんであんなことを…」

 

キタカミ「早霜とか、漣とかさ、いろんなのが教えてくれたんだよ、アイオワ達の話してることをね」

 

海斗「話してる事…?」

 

キタカミ「アトランタは結構アケボノとかに似ててさ、仲間のために突っ込んで怪我したりも多かったんだって」

 

海斗「……」

 

キタカミ「使えるなって思ってさ、引き込みたいなって」

 

海斗「…利用するために仲良くするのは、よくないよ」

 

キタカミ「かもね、でもアトランタは欲しい、空を潰せるのは凄くいい」

 

海斗「…キタカミ、それは…」

 

キタカミ「それにさ、アトランタは別に提督を殺すつもりはなかったみたいだし」

 

海斗「……まあね、撃てば済んでた話だからね…」

 

キタカミ「脅して何もかもしゃべらせたかったんだろうね…アメリカはとにかく情報が欲しいんだと思う、だから…」

 

海斗「…そこは僕の仕事だよ」

 

キタカミ「…手を出さないのはいいけど、自分1人で抱えて欲しいなんて誰も思ってないよ」

 

海斗「うん、わかってる…」

 

海斗(暴走気味のアケボノと、アメリカの人たちを利用したいキタカミ…2人が絡んでるうちは難しいだろうな…どうすれば……)

 

キタカミ「1人でアメリカの奴らとの蟠りをなくせるとは思わないでよ」

 

海斗「まあね…わかってる」



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親心

Link基地

綾波

 

タシュケント「…綾波?」

 

綾波「なんですか」

 

ガングート「随分、懐かれているな」

 

綾波「…みたいですね」

 

神鷹さんは私を母代わりだと思っているのか、あれ以降何をするにもついてくる…一応未成年で子供育てた経験ないんだけどな、私

 

リシュリュー「そんなに渋い顔してるのみてると、なんだか面白くなってきちゃうわ」

 

綾波「……はあ…神鷹さん、私今から仕事するので、離れててくれませんか?」

 

神鷹「…一緒に、居たい、です」

 

綾波「…わかりました」

 

タシュケント(明らかに甘いよね…?)

 

リシュリュー(綾波が呆気なく籠絡されてる…)

 

綾波(あああああ!何を思われてるかくらい表情見なくてもわかりますよ!?でもこの顔で言われると罪悪感があって断れないんですよ…!!)

 

フラストレーションが溜まる、だが同時に悪くないとも思えてしまう…

 

綾波「アークロイヤルさんとビスマルクさんは?」

 

リシュリュー「買い出しに行ったわ」

 

綾波「…まあ、いいや、帰ってきたら私のところに来るように言ってください、バイト先決めたので」

 

タシュケント「バイト?」

 

綾波「とりあえず、近所のローソンに叩き込みます、この辺は人口が多いわけじゃないので人手を欲しがってくれてました、神鷹さん、あなたもここに住まう以上は働いて貰いますよ」

 

神鷹「働く…Arbeit(仕事)Teilzeitstelle(パートのお仕事)……」

 

綾波「そうですよ、いいですか?」

 

神鷹「わかりました…ママ…あっ、Nein(違う)!…綾波さん…」

 

タシュケント「ぷっ…ま、ママ…綾波ママ…」

 

リシュリュー「ふっ…くく…」

 

綾波「…神鷹さん、私の目を見てください、わざとやってませんか?」

 

神鷹「や、やってないです…」

 

綾波(わざとじゃないけど呼びたい…って感じだな、同年代の娘とか死んでもお断りですよ、しかもシングルマザーになるし…属性盛りすぎです、頭痛がしますよ…)

 

綾波「ええと、はぁ……神鷹さんはこれから学校にも行ってもらうんですが、良いですよね?読み書きも一通りインストールしてあるし……あ、歳は?」

 

神鷹「16…」

 

綾波(同い年じゃないですか…ああもう、なんで同級生に母親になれって強請(ねだ)られてるんだ私は)

 

綾波「…ん?」

 

この感覚…

 

パソコンを開き、メーラーを確認し、メールを整理する

仕事柄受信メールは多い…

 

綾波(……これか、成程、私に助けを求めるのは賢い判断です)

 

正解を導き出して返信を書き始める

ドタドタという足音に部屋にいた全員が入り口を見る

 

グラーフ「お、おい!綾波!」

 

綾波「なんですか、騒々しい」

 

グラーフ「貴様、金庫の鍵はちゃんとかけていたか?!…たまたま空いていたから閉めようとしてみてしまったが……中身が空だった…」

 

タシュケント「金庫って…活動資金とか入れてるんじゃ…!?」

 

ガングート「お、おいおい、どうなってるんだ…誰かに盗まれたのか?」

 

綾波「ああ、最初からカラなんですよ、それ」

 

グラーフ「へ?」

 

リシュリュー「空の金庫?なんでそんなものがあるの?」

 

綾波「…まあ、入れるものが無いというのが正しいでしょう、Linkは活動資金調達も何もかも自分でやらないと」

 

グラーフ「…ま、待て、ドイツから1セントも貰ってないのか…?」

 

綾波「ええ」

 

タシュケント「どうして!?あんな別れ方だったけどドイツでの仕事は完遂したじゃないか!」

 

綾波「…勘違いしてるかもしれませんがLinkは所謂正義の味方です、商売してるんじゃありませんよ、戦争してお金もらうなんて…馬鹿馬鹿しい」

 

グラーフ「な、何を言ってる!そんな自分の身を削るだけみたいな…少なくとも活動にかかった費用くらい…」

 

綾波「見返り求めてたら正義とは言いませんよ、そんなのただの商売じゃないですか」

 

グラーフ「ぐ……じゃ、じゃあどうするつもりだ…!ザラが好意で貸してくれた輸送機はもう使えない、海外にどう行く、何日もかけて海を渡るのか!?」

 

綾波「輸送機は用意します、なんでもやりますよ……ですから、騒がないでください」

 

ガングート「…そんなにここは金がないのか」

 

綾波「ああ、ご心配なく、皆さんのお給料はちゃんと各国政府から払われます、ビスマルクさん、アークロイヤルさん、ジェーナスさん、神鷹さんは別ですが」

 

グラーフ「…貴様は誰から給料を貰う」

 

綾波「2度言わせないでください、見返りなんてありません…いや、あなた達が私への見返りと言ったところか」

 

ガラにもなく、クサイ事を言ったな…

 

タシュケント「…綾波、給料なんか要らないよ、少ないとは思うけど活動資金として使ってくれないかな」

 

綾波「…はい?」

 

グラーフ「私もだ、少ないとは言え合わせれば…」

 

綾波「ちょっと、バカ言わないでくださいよ、あなた達のガス抜きの為にお給料まで出してもらってるのに…」

 

ガングート「結局活動できなければストレスだろうが金だろうが、貯まるものも貯まらんだろう?」

 

グラーフ「どうせ貴様の事だ、アークロイヤルやビスマルクにもアルバイトをさせてその給料を小遣いとしてまるまる渡すつもりだったんだろう」

 

綾波「自分で稼いだお金です、渡すも何もないでしょう」

 

グラーフ「…家賃や食費も取るつもりはないんだろう?」

 

綾波「ええ」

 

グラーフ「神鷹の学費はどうだ」

 

綾波「用意してますよ」

 

神鷹「……あの、私、自分で…」

 

綾波「この国の学費は安くありません、無理ですよ」

 

神鷹「あぅ…」

 

グラーフ「貴様1人の負担が大きすぎる…!」

 

綾波「天より才能を賜った以上、この程度なんのその」

 

グラーフ「おちゃらけて逃げようとするな!ちゃんと話し合うべきことくらいわかっているんだろう!?」

 

綾波「……はぁ、だからなんです?今後は他所の国に仕事をこなすから金を寄越せと?」

 

グラーフ「そうだ、其処はしっかりするべきだろう!」

 

綾波「……Linkは信用の無い小さな組織です、見返りを何も求めないからこそ活動を許されるんですよ」

 

ガングート「なら、信用のある場所で活動すれば良いだろう」

 

綾波「それで?私たちを信用してくれない人たちは見捨てるんですか?」

 

ガングート「差し伸べた手を取ろうとしない奴らが悪い」

 

綾波「正義の味方はそんな奴の腕を強引に掴んで引っ張り上げるんですよ」

 

タシュケント「…綾波、ロシアなら…」

 

綾波「どこかの国に、陣営に所属することは…場合によっては選ぶ権利を奪われるんですよ、「相対する陣営が困っている、が…放っておけ」なんて言われたら私はその命令を出した奴の首を刎ねますよ」

 

タシュケント「……綾波」

 

タシュケントさんが項垂れる

 

綾波「私は飼い慣らされる犬じゃない、私がそうなればLinkもそうなってしまう…私たちの存在意義を奪わせたりしない、だから……わかってくれますね?」

 

グラーフ「…しかし、やはり給料はいらん、というより多すぎて使いきれん、2割で良い、残りはくれてやる」

 

綾波「貯金しなさい」

 

グラーフ「活動資金にあてないなら適当にコンビニで募金箱に突っ込む」

 

綾波「やめてください、まともな団体にいきませんよ」

 

グラーフ「だったら、まともな貴様が使え」

 

綾波「私はまともなんかじゃない、1番狂ってる」

 

グラーフ「一周して1番まともだ、私は本当にやるぞ、この国の人間が働いて稼ぐ2ヶ月分をコンビニの募金箱に突っ込んでやる」

 

綾波「……はぁ…」

 

ため息をついてデスクを睨む

 

タシュケント「右に同じ」

 

ガングート「私もそうしよう」

 

綾波「……はいはい、負けました、参りましたよ…」

 

綾波(とりあえず私が預かって、貯金しておこう…本当に強情な人達だ…)

 

グラーフ「貴様こそ」

 

綾波「…声に出てましたか」

 

グラーフ「なんとなくだが、わかったさ」

 

タシュケント「うん、お互い様だよね」

 

綾波「……はぁ…」

 

神鷹さんが横から抱きついてくる

 

神鷹「…疲れたなら、ご飯、作ります…Gulasch(スパイスのスープ)とか…Schnitzel(カツレツ)とか…」

 

綾波「…多分材料ないですよ」

 

グラーフ「そうだな、残念だが仔羊肉は日本では手に入らない…」

 

神鷹「…がーん……食べて、欲しかったのに…」

 

タシュケント「リシュリュー、何か作れる?」

 

リシュリュー「ええ、でも…多分綾波は食事が欲しいんじゃないと思うけど」

 

綾波「そうですね、私が欲しいのは…武装ヘリでしょうか」

 

神鷹「Der Weihnachtsmann(     サンタクロース    )…お願い…します…?」

 

綾波(懐かしい響きだな、ウチにはサンタクロースなんてシステムなかった、というより親が居ないから…敷波にプレゼントを私が用意しなくちゃいけなかったんだけど、お金も何もない私には何も用意できなかった)

 

綾波「……」

 

神鷹「…綾波さ、ん」

 

神鷹さんがぎゅっとひっついてくる

 

綾波「やめてください、メールを打ちにくい」

 

神鷹「……寂しい、わかります…私、寂しいの、嫌だったから…」

 

…寂しいわけじゃない

ただ、気になっただけだ

敷波の様子が、綾波の様子が

 

綾波「寂しくなんかありませんよ、うるさいくらいで少し疲れたんです」

 

タシュケント「そ、そんなにかい…ごめん」

 

綾波「仕事中は静かにしてください…はぁ………仕方ないか」

 

特務部にあててメールを送る

二式大艇を一つ譲ってもらおう、それで何とかなるはずだ…出世払いということで、話をつけよう…

といってもLinkのトップは私のため出世のしようがないのだが

 

綾波(譲ってもらえたとしてもしばらくは機械油に(まみ)れる事になるだろうな、ちゃんと改造しないと16人は…いや、もう二式大艇だった何かにする方が早いな)

 

そして、私のやるべきことをやる

駆逐古鬼の撃破…

台湾における深海棲艦の一つ、台湾の小鬼…そしてドイツでの謎の深海棲艦細胞の一件、イギリスでの戦い

全て裏にいるはずだ、私を恨んでるあいつが

 

綾波(ま、とりあえず引き摺り出してからかな)

 

となると、このままでは手詰まりだ

 

綾波「…モノも要るし…どうせいつか顔は見せなきゃならない、か…うーん」

 

誰が良い?誰を連れて行こう…

まともな感性があって受け答えができて、私の代わりになれるくらいまともな人…

リシュリューさんは書類を書くにも利き手が使えないし、グラーフさんとザラさん、タシュケントさんは書き取りが壊滅的

 

論外なのは神鷹さんとビスマルクさん、アークロイヤルさん、ジェーナスさん、ポーラさん…

レーベさん達も無いかな…となると

 

ガングート「ん?」

 

綾波「日本語、書けますか?」

 

ガングート「あ、ああ」

 

綾波「はい、これ書き写してください」

 

ガングート「…ええと、わかった」

 

書き写してる間に国語のテストを用意する

 

綾波「はい、次これ」

 

ガングート「…ええと、こうか…」

 

綾波(おお、ちゃんと綺麗な字でかけてるしアドリブ力もありそう…)

 

綾波「合格です、一緒に仕事に行きましょう、ついてきてくれますか?」

 

ガングート「あ、ああ…?」

 

神鷹「どこ、行っちゃう…ですか」

 

綾波「仕事です、5…いや、7時間で戻ります」

 

ガングート「夜中じゃ無いか」

 

綾波「…騒音問題になるか、明日にしましょう」

 

長々と書き連ねたメールを送信し、パソコンを閉じる

 

綾波「さて、ガングートさん、明日は遠出しますよ、今日は早めに休んでおいてくださいね、明日は特に早いので」

 

ガングート(私が強くなれるって話はどこに…)

 

綾波「ああ、ガングートさん、鍛えて欲しいならそのうちに鍛えてあげますよ、それについこの間見たでしょう?川内さんだって人間です、頑張れば誰でも勝てるんですよ」

 

グラーフ(いや、あんなもの見せられてその言葉にどんな説得力があると…)

 

ガングート(少なくとも、お前だけはその言葉を発する権利はない…)

 

タシュケント(頑張るどころか、超手を抜いてたって聞いたけど…?)

 

綾波「…そんなバカを見る目で見ないでください、私はバカじゃありませんよ」

 

グラーフ「言ってることはバカ並みだ」

 

綾波「はいはい…ん?…なんか焦げ臭い…」

 

ガングート「か、火事か!?」

 

綾波(いや、これは…)

 

 

 

 

綾波「…何やってるんですか、朧さん」

 

朧「あ、お疲れ、みんなの分のご飯を作ろうと思って」

 

綾波「…魚、焦げてません?」

 

朧「…ホントだ、まあでもこのくらいなら…ぃだっ!?」

 

綾波「なんで人に出すモノに妥協できるんですか…というかマトモな物でしょうね…?聞きましたよ、なんですか海鮮パフェ丼って…!」

 

朧「え?誰からそれを…ぁだっ!」

 

綾波(…秋刀魚の塩焼きにアサリとわかめのお味噌汁、深川めし、沢庵…マトモだ…なんでこんなにマトモなんだ?私の懸念はどこに行った…)

 

それぞれを適当につまむ

 

綾波「……マトモだ…え?…どうして…」

 

朧「そんな信じられないみたいな顔しないでよ…!?」

 

綾波「シーフードピザに生クリームぶっかけてた奴の味覚センスを信じろと…?」

 

到底無茶な話だ…

 

綾波「…まあ、多少秋刀魚が焦げてますが、良いでしょう…ご苦労様でした」

 

大きく息をつく

 

食事をして、休んで、朝一番に行こう…

 

 

 

 

 

 

新幹線内

 

綾波「………」

 

ガングート「随分眠そうだな」

 

綾波「…ええ、まあ…でも、何より指が筋肉痛です」

 

ガングート「ハシは使ったことがなかったからな、器に口をつけて飲むスープというのも、日本では当たり前なんだろうが」

 

綾波「……私が身をほぐした秋刀魚、美味しかったですか」

 

ガングート「冷めてたな」

 

綾波「14人全員が求めてきたらそれはそうでしょう、グラーフさんは秋刀魚の腹骨が喉にかかるなんて珍事…あんな細い骨で死ぬだのなんだの…」

 

ガングート「しかし、貴様は面倒見がいい奴だ」

 

綾波「…ま、面倒な子の扱いには慣れてるんですよ…」

 

綾波(…敷波の魚の骨も全部外してあげてたっけ…昔の話だって言われちゃうかな…)

 

ガングート「それで、今日は私は何をすれば良い」

 

綾波「ああ、それはですね」

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府 工廠

兵装実験軽巡 夕張

 

夕張「んー…やっぱサッポロ一番は塩ね、味噌もいいけど…ネギたっぷり入れた塩が1番美味しい…」

 

綾波「カップ麺ばかり食べてると身体を壊しますよ?」

 

夕張「いいのいいの、人生太く短く、なにより野菜もこんなに山盛り…えっ!?誰!どこ!?」

 

綾波「上です…よいしょっと」

 

天井の一角から降ってきたそれは…

 

夕張「あ、綾波…!!」

 

画像に手を伸ばす前に両手首を掴まれ、脚を絡められる

 

綾波「ごきげんよう、夕張さん」

 

視界いっぱいに綾波の顔が広がる

 

夕張(うわ、肌綺麗…って、そうじゃなくて!)

 

夕張「な、何しに来たの!?」

 

綾波「ええと、機材を買いに」

 

夕張「…は?」

 

綾波「あと艤装を少し分けて欲しいんです、主に機銃とか…使わない廃棄品でいいので、それと夕張さんのこの前使ってた特殊艤装も見たいです」

 

夕張「え?…あ、あの…どういう事?」

 

大淀「つまり、買い物客というわけです、スーパーマーケットなら正面入り口から出て東に20分でありますよ」

 

綾波「あ、どうも、帰りに寄って行きますね」

 

綾波が大淀の方に微笑む

 

夕張「大淀!ヘルプ!」

 

大淀「…離れないと撃ち殺しますよ」

 

綾波「できますか?」

 

じゅっ…と工廠の壁が焼け焦げる

 

綾波「ヴァルドラウテ…紋章神砲ですか、お戯れなのに」

 

身体が自由になる、と言っても…腕を掴まれていたときも力を込められてたわけじゃなかった

動けなかったけど、多分…

 

夕張(綾波は、私の精神にアクセスしてた?まるでマインドコントロールをされてるみたいな…)

 

あの一瞬で精神を掌握されていた…

目が離せなくて、身体が動かなかった…これが、日本の、艦娘の全戦力で挑んだ…怪物

 

綾波「ガングートさんから話が行ってますよね?お金もちゃんと用意されてるはずですよ」

 

大淀「受け取れるわけないでしょう…!資材をお金で売るなど…!」

 

綾波「そうですよねぇ、無理ですよねぇ…ねぇ?電さん」

 

電「当然なのです」

 

大淀「電ちゃん…いつの間に」

 

電「司令官さんから、伝言なのです「ゴミ回収、ご苦労様です」なのです」

 

綾波「なるほどわかりました、では業者は仕事が終わったので帰りましょうか」 

 

大淀「待っ…!まさか、資材を…!」

 

綾波「貰えるんですからもらいますよ、それでは」

 

綾波さんが来たとき同様天井の一角に消える

 

電「監視カメラに移りたくないのはいいですけど、ちゃんと出入り口通って欲しいのです」

 

夕張(…帰っちゃった)

 

綾波「あ、そうだ夕張さん」

 

ひょっこりと顔だけが現れる

 

綾波「今度お茶でもしましょう、技術者同士、楽しめそうですから」

 

夕張「え、あ…うん…」

 

大淀「何承認してるんですか!」

 

綾波「では、そういう事で」

 

 

 

 

大淀「提督は何を考えて資材を譲るなんて真似を…と言うか、生きてるのはなんとなくわかってましたが…」

 

電「天災…じゃなくて、天才には触れないのがいいと言う判断なのです」

 

夕張「確かに、地震とか台風とかその類な気はする…」

 

大淀「…どうしました、夕張さん、様子が変ですよ」

 

夕張「……なんだろう…わかんない…」

 

電「一つだけ教えてあげるのです、夕張さん、ロクな事にならないから忘れたほうがいいのです」

 

夕張「へ?何を…」

 

電「気づいてないのは不幸なのです」

 

大淀「山城さんの口癖ですよ…」

 

夕張「…えっ?」

 

 

 

 

 

特務部 飛行場

綾波

 

ここには二式大艇を受け取りに来たのですが

 

秋津洲「いーやー!だめかもだめかもー!!」

 

数見「…まだ4機あるんですから、ね」

 

秋津洲「あっちはよく乗ってるし、そっちのは毎日愛でてるし!この子は毎日お話ししてるかも!」

 

数見「残り2機は」

 

秋津洲「こっちはオートパイロット強化モデルのオリジナル!そっちは保存用!」

 

綾波「布教用はないんですか?」

 

秋津洲「二式大艇ちゃんの良さは秋津洲だけわかってればいいかも!!!」

 

とまあ、この有様で

 

綾波「…数見さん?」

 

数見「私が秋津洲さんを押さえているうちに好きに持っていってくれて構いません」

 

秋津洲「ギャー!!色情魔!セクハラ!パワハラ!」

 

綾波「…まあ、いいですよ、ここまでくるとめんどくさいし…秋津洲さん」

 

秋津洲「大艇ちゃんは死んでもあげないかも!!」

 

綾波「横須賀からもらったパーツで二式大艇さんをカスタマイズしましょう、戦闘強化の二式大艇は居ないようですし」

 

秋津洲「へ?」

 

 

 

 

 

 

 

秋津洲「か、完成したかも…!馬力も超強化!ステルス性も有るし海面への攻撃力も強化したし、何より積載量を増やしたから30人は乗れるかも!」

 

綾波「内装も綺麗になりましたね」

 

秋津洲「かも!こんなに素敵な大艇ちゃん!困っちゃうかも〜!」

 

綾波「ところで、この二式大艇に使われているパーツ、まあ色々そう取っ替えしましたし、70%程は私の持ち物なんですよね」

 

秋津洲「…え?」

 

綾波「だって私の持ってきたパーツ使ってるじゃないですか、それに作業も私が半分ほどやりましたし」

 

秋津洲「あ…ぁぁ…」

 

秋津洲さんの顔が青く染まっていく

 

秋津洲「鬼!悪魔!ケダモノ!最初からそれが目的!?大艇ちゃんを渡したりなんか…!」

 

綾波「鬼神や黒豹とは呼ばれたことがあるこの名前ですが、悪魔は初めてですねぇ…そういえば悪魔って契約を重視するそうです、数見さんと私はこの二式大艇の受け渡しの契約をしてますし…」

 

秋津洲「やめてええええ!」

 

綾波「さ、ガングートさん、帰りますよ」

 

ガングート「あ、ああ…なんかすごくショック受けてるが」

 

綾波「丹精かけて育てた我が子を掠め取られる父親みたいな顔してますよね」

 

とりあえず、これでドイツに行く前と近しいレベルに戻せた

 

これで、なんとかなるはずだ

私達は、海をつなぎ直すと決めたのだから



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コンディション

link基地

綾波

 

綾波「ハワイですか」

 

朧「うん、アタシが離島を統括してたときにね」

 

綾波「ハワイは一切問題ありませんよ、早期に対策してたのでかなり安定した方だと思います」

 

朧「ホントに?じゃあなんで救援要請なんて…」

 

綾波「そこが私の調査してる点です、見当はついてますけどね?」

 

簡単な話だ、日本は小国なのに艦娘システムが進み過ぎている

台湾は中国のすぐそばなのに一年と保たなかったではないか、艦娘システムなしに長期間島国が耐えるなんて普通は無理

まあそもそもは日本が作り出したシステムだけど…

 

綾波「技術は盗むモノです、しかし現地にスパイを送るのも一苦労だ」

 

朧「それで?」

 

綾波「アメリカも2つのスパイを使い、上手くやろうとしてるんですが…なかなかどうして上手くいかない」

 

朧「…2つ?」

 

綾波「知ってますか朧さん、日本は所謂スパイ天国と呼ばれています、その国の人間をスパイに仕立てあげたりもされたりされなかったり…今離島鎮守府には2種類スパイがあるんですよ」

 

朧「…よくわからないんだけど」

 

綾波「1つはアメリカから来た人たち、そしてもう一つは、国内から来た人…の、中の1人」

 

朧「……誰?」

 

綾波「身元がハッキリしない人が1人だけいまして、追えば追うほど罠が張られている、ここまでくると確実にブービートラップ、マヌケが引っかかって情報を抜かれるか、追われてることに気づければいい程度のものですけどね」

 

朧「だから、それ誰なの?」

 

綾波「清霜さんです、彼女はどうやらスパイとして育てられた様だ、詳しく調べてみるとアメリカが仕組んだところまでは掴めましたよ」

 

朧「…清霜か…」

 

朧(…本当に…?私はあんまり後から来たみんなを知らないけど…)

 

綾波「まあ、朝霜さんも早霜さんもスパイとして送り込まれてるんですけどね」

 

「日本政府のですが」と補足しておく

 

朧「…本物のスパイ天国じゃん…」

 

綾波「天国というか、スパイアイランドですね、でも情報交換の手段はほとんどないはず、そこまで怖がることもないでしょう」

 

それよりも警戒すべきは別に有るはずだ

深海棲艦が欧州で進化をしているのは比較的に艦娘の戦力が弱いからだろう、だが…

 

生物の進化は過酷な環境ほど早い、適応する為に…

 

綾波「さて、明日はお仕事にいきましょうか」

 

朧「え?どこに」

 

綾波「フィリピンやインドネシア、パプアニューギニアなどが今どうしてるかわかりますか?」

 

朧「えっと…どんな国だっけ…」

 

綾波「全部島国です、日本より小さなね…助けを求めてる人は多い…」

 

進化とは適応だ、ヨーロッパでは艦娘との戦いが優勢だったが、内陸へは攻め込めない、その為にああ言うドイツの様な形になったのかもしれない

日本の近海はどうだ?気づいてないだけで進化しているのではないか? 

だとしたら、他の国は?

 

綾波「軽ーく、戦ったら戻ります、2日ほどで帰ってこられますよ、良いですね?」

 

朧「みんなを呼んでくる」

 

綾波「ま、その前に…ジェーナスさんと神鷹さんの転校手続き、完了させてきますので」

 

ジェーナスさんは選択権はない、働けない年齢なのでとりあえず学業に従事させることで方針は決まっていた…本人は抵抗したけど…

 

朧「…それは良いんだけどさ、ここって訓練メニューとかないの?アタシ含めてみんな多少の自主トレーニングくらいしかしてないよ」

 

綾波「一気に人数が増えたから忙しいだけでルーティンは組んでます、まぁ今回は全戦力出撃させますけど」

 

朧「マックス達も?」

 

綾波「はい、今回向かう先にいるのは弱い深海棲艦だと踏んでいるので実践経験を積むにはもってこいなんですこの辺の雑魚を狩ると目撃されかねませんからね、誰かに」

 

朧「…要するに、ゲームでいうレベリングか…」

 

綾波「ちなみに艦娘システムにはレベルというか、戦力を数値化するシステムも組んでますよ、純正のやつだけなので朧さんは外れてますけど」

 

朧「え、そうなの?」

 

綾波「ポーラさんは25でザラさんは70、ガングートさんは60でタシュケントさんは75って感じです、大体ですけどね」

 

朧「ガングートさん、思ったより強いんだね」

 

綾波ちなみに川内さんはナノマシンも純正艤装も使ってないのにあの強さです、純正を使い始めて碑文を使われたら正直…レベルでは表せませんね」

 

朧「綾波は?」

 

綾波「さあ、今は90とかその辺じゃないですか?」

 

朧「今が2%だから…4410くらい?」

 

綾波「インフレもいいところですね」

 

朧(それによく勝てたよね…)

 

綾波「あなた達は私にかけ算をみせてくれました、チームの力を、仲間の素晴らしさを」

 

朧「…綾波」

 

綾波「と言うのは建前で…実際問題、なんで負けたのかわからないんですよね、数値的に明らかに私が勝てる戦いだったのになぁ…」

 

朧「……ナニソレ、ちょっと感心してたのに」

 

綾波(…やはり素直な気持ち、と言うのは苦手だな…相手の感情を操作するのは得意なのに、自分の感情をひけらかすのはどこか小恥ずかしい…つい逃げたくなる)

 

綾波「連携の力自体は評価してるんですよ、なんで負けたのかいまだにわからないだけで」

 

朧「…気持ちの問題、綾波をみんなが救いたいって思って、負けないって信じて戦ったから勝てた」

 

綾波「そう言うことにしておきましょう」

 

朧「…もう」

 

 

 

翌日

 

輸送機内

 

ガングート「いきなり実戦投入か、気が早いな」

 

グラーフ「それより…アークロイヤルとビスマルクは初出勤、ジェーナスと神鷹は初登校だぞ、帰って誰もいないのは寂しいんじゃ…」

 

綾波「そこは抜かりありません、クローンの私が対応する事になっています」

 

朧(出た、クローン…と言うか、この綾波もクローンなんだっけ…?)

 

綾波「まあ、もう製作予定はないので機材とかを粉々にするのがメインの仕事ですけどね」

 

グラーフ「…クローンか、恐ろしいな」

 

綾波「クローン系の映画は嫌いですか?」

 

グラーフ「…無限に現れる敵、そして味方すらも無限…終わらない戦争なんて恐怖しかないだろう」

 

綾波「意外と可愛いとこあるんですね」

 

グラーフ「……欠点だ」

 

綾波(…あなたの欠点はそこじゃ無いんですよ、今から教えてあげます、あなたの欠点を)

 

 

 

 

 

 

フィリピン

 

レーベ「はぁ…はぁ…!つ、疲れた…!」

 

マックス「生きてる…死ぬかと思った…」

 

綾波「被害報告」

 

ガングート「旗艦被害なし、僚艦レーベとマックス被害なし、ザラ被弾1、被害軽微、グラーフ被害なし」

 

綾波「よし、撃破報告」

 

ザラ「駆逐級5、戦艦級4、巡洋艦級12、空母級2」

 

綾波「消費した物資は」

 

グラーフ「戦闘機一機が堕とされている、弾薬は駆逐艦用が62発、巡洋艦、副砲用が31発、戦艦用21発、魚雷は17を使用、機銃用弾は6キロ消費」

 

綾波「……なるほど、堕とした艦載機は」

 

マックス「5機」

 

レーベ「12機墜とせたよ」

 

綾波「…よし、敵を合計23体撃破、使用砲弾は総合計で114発、砲弾だけを見れば十分な撃破数ですが、魚雷17本のうち有効な使い方ができていたのは6本だけ、それと命中0です」

 

レーベ「うう…ごめんなさい」

 

綾波「責めているんじゃありません、あなた達は艦娘システムを使い始めて日が浅いですし、焦ることは何もありません…午後は魚雷の使用を重点的に、できるだけ魚雷でやりましょうか」

 

マックス「はい」

 

綾波「それと、3時間、7度にわけての戦闘で114発は消耗を抑えすぎです、物資なんていくらでも用意します、馬鹿みたいに無駄遣いしろと言うわけではありません、あなた達なら有効に使える…ちゃんと使いなさい」

 

ガングート「…だが…」

 

綾波「いいですか、物資なんてどうにでもなります、何よりも大切な物は命です、砲弾100発で自分の命が守れるなら、人の命が救えるなら湯水の様に使いなさい」

 

ガングート「……わかった」

 

綾波「しかし、使い方が悪い物…魚雷では無いのですが、指摘しておくべき点もありました…対空機銃ですが、照準で追いかけながら撃つのは構いません、しかし明らかに当たらない状態で撃ち続けるのは良く無い…」

 

反省会をそこそこに昼食を挟む

 

綾波(午前中はボロが出なかったが、午後はわからない…)

 

綾波「タシュケントさん、グラーフさんに何かあったらすぐさま回収できるようにしておいてください」

 

タシュケント「え?」

 

綾波「グラーフさんはおそらくミスを犯します、それも致命的な」

 

タシュケント「……わかった」

 

綾波(あとはガングートさんも問題アリですね、わかっていたけど…恐れていない、バトルジャンキーと形容されたのは無闇に挑む姿より戦いにおいて恐れを見せない姿勢が原因でしょう)

 

ガングートさんを矯正するのは後だ、グラーフさんをどうにかすることを優先する

 

 

 

 

 

海上 

正規空母 グラーフ

 

グラーフ「左舷!!」

 

レーベ「了解!」

 

ガングート「全体!輪形陣から複縦陣に!グラーフ!敵機を堕としてくれ!」

 

グラーフ「了解した!」

 

戦闘機を操り、航空戦を…

押されて、いる…?

 

グラーフ「…なっ…ま、まずい…!」

 

ガングート「グラーフ!移動しろ!そこじゃ直撃をもらうぞ!」

 

今は先に空を取り返さないといけない

 

グラーフ「それどころでは…ない!!」

 

航空機の隊列を組み直そうとするものの、次々と堕とされる…

 

タシュケント「…撤退!」

 

グラーフ「何!?」

 

タシュケントに艤装を掴まれ、無理矢理連れられる

 

グラーフ「離せ!まだやれる!」

 

ガングート「撤退命令が出た!従え!」

 

…航空機は、戻らなかった

 

 

 

 

 

綾波「グラーフさん、こうやって2人きりで話すのはコーヒーを飲んだ時以来ですね、リラックスしてください、怒るつもりはありませんから」

 

グラーフ「……」

 

居心地が悪かった、出されたコーヒーは味がしないし、時間が経つほどに自分のやったことの危険性を認識していく

 

綾波「あなたは、失敗するべくして失敗している…だってあなたは失敗に学んでいないから」

 

グラーフ「…何?」

 

綾波「グラーフさん、あなたとガングートさんの違いは?リシュリューさんとの違いは?タシュケントさんとの違いは?……悪い意味で、あなたはザラさんとよく似ている…」

 

グラーフ「…艦種ではないのだろう…」

 

綾波「敗北してるか否かです」

 

グラーフ「…それが、どうなんだ」

 

綾波「あなたは航空機を操る技術は一級品だ、空母としてはかなりの練度を誇る…だけど、それが逆に悪い」

 

グラーフ「何が悪いんだ」

 

綾波「自分1人でどうにかしようとしましたね、確かにガングートさんはあなたにサポートを求めましたけど…自分を過信しすぎです」

 

グラーフ「…私では深海棲艦の空母に劣る…と?」

 

綾波「そう言う時もあります、誰だって調子が悪い時がある、疲れが出る時がある、コンディションが悪くて全力を出しきれない時がある…あなたは今日、そうなった…なるべくしてね?」

 

グラーフ「…どう言う意味だ」

 

綾波「ガングートさんは荒々しい戦い方をしますが…決して1人では戦わない、艦隊として戦っていました」

 

グラーフ「…私はそうでは無いと?」

 

綾波「ええ、あなたは飛行場じゃない、何の為の副砲ですか?」

 

グラーフ「火力が低い、これに頼るなら…」

 

綾波「その考えは真っ当です、しかしあなたに対して私が求めてるのは艦隊としての行動です、艦隊と敵の距離、把握してましたか?」

 

グラーフ「…ああ」

 

綾波「駆逐艦、射程外でしたよね?支援を求められる場面でした」

 

グラーフ「…そう、か…」

 

綾波「レーベさん達にはそれが把握しきれませんでした、あなたもそれを把握できなかった…レーベさん達は経験不足、貴女は自分の実力を過信し、艦隊としての行動に興味を持たなかったから」

 

グラーフ「…それは…そうかもしれん」

 

綾波「何より、気にして欲しいのは陣形です、複縦陣に陣形を変更した際、あなたは自分の配置に移動しなかった…いや、できなかったと言うべきか…艦載機の操作に集中したかったから」

 

グラーフ「…そう、かもな…」

 

綾波「はっきり言います、あなた弱いです」

 

グラーフ「…何?」

 

綾波「いいとこ中の下です、頑張ってその程度なんです、あなたは弱いんです、1人で戦って勝てるわけないんですよ」

 

グラーフ「……」

 

不満を口に出すにも、何といえば良いのか検討もつかない…

私が弱い、そんなわけがないと否定しようにも…

 

綾波「弱い自覚を持ちなさい、そうしないと死にますよ」

 

否定しようと言う考え自体が間違えなのだ

 

綾波「弱いから考えるんです、あなたは操作は一級品、型の通りキレイなパレードは得意かもしれませんけど、これは戦争…あなたのやってるのは御行儀のいい劇です、しかも主演、助演、演出、台本以外全てあなたのね」

 

グラーフ「……猛省する」

 

綾波「よろしい」

 

綾波(グラーフさんなら、理解できるだろう…)



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敗戦

佐世保鎮守府

青葉

 

青葉「すみませんこんな早朝に」

 

渡会「いや、構わない、それよりも要件は?」

 

青葉「はい…その、答え辛かったら答えなくていいのですが…リコリス、と言うNPCのイベントについて教えてもらえませんか?」

 

渡会「…リコリス、だと…?」

 

渡会さんの表情が変わる

 

渡会「……詳しく聞かせてくれ」

 

青葉「私は、今過去のThe・Worldで調査をしています、そして、その時代で…その、渡会さんの、アルビレオと出逢いました」

 

渡会「…何?」

 

青葉「そのThe・Worldではまだモンスター襲撃イベントが残ってて…その」

 

渡会「…タウン襲撃イベントか、入手したアイテムとか、聞いたか」

 

青葉「…ええ、と…変な拡張子の…」

 

渡会「.cyl」

 

青葉「そう、それです!たしか…ray.cyl…」

 

渡会「……そのイベントは…」

 

渡会さんが目を伏せる

それがどう言う感情なのかは読み取り切れないが…

 

渡会「救いの…いや、そのイベントには触れないでやってくれ、過去の俺が…」

 

…悲しげで、悔しそうで

つまり、とても…形容できない感情がある

満足いく結果ではなかっただろう、だけど…とても綺麗な、儚い想い出、という事だ…

 

青葉「…わかりました、それでは」

 

部屋を出ようとした私に声をかけられる

 

渡会「…もし、可能なら…」

 

躊躇う様な素振りを見せながら

 

渡会「…写真が、一枚欲しい」

 

青葉「……お任せください」

 

歪な感情を…必死に、前に向けている…

何処か、不確かで、カタチを作ろうと必死な…

 

青葉(…ザワン・シンのイベントは確か9時から挑戦するはず、まだ1時間ある…十分取材に間に合う)

 

 

 

 

 

The・World R:1

Ωサーバー 病める 囚われの 堕天使

重槍士 青葉

 

青葉「…あれ?な、何この感じ…」

 

エリアに入った瞬間から、なんだか身体がおかしい…?

いや、違う…PCボディに何か変化が…

いつの間にか容姿を隠す様なローブが装備されて…こんなもの装備した覚えないのに…

 

青葉(それより、アルビレオさんは来るのかな…きっと見に来ると思ったけど…)

 

青葉「あ、来…た…?」

 

三つの転送エフェクトとともに3体のキャラクターが転送されてくる

 

赤髪の、学生服の少年

そして…カイトとブラックローズ

 

青葉「…!」

 

カイト「あれ、先客が居るみたいだね…どうする?ブラックローズ、トキオ」

 

ブラックローズ「関係ねえだろ、さっさとザワン・シン倒しに行こうぜ」

 

トキオ「あー…うん、そうだね」

 

青葉(確かあの学生服の人ってマク・アヌで見かけた…いや、それよりなんか、元気ない様な…やっぱりログアウトできなくて困ってるんだ…それに、このコピー達に連れ回されてるから…)

 

この時代にカイトとブラックローズが存在しないことは調べてある

つまり、コピー達が時代を超えて来たんだ、それなら…

この2人はアカシャ盤の正常な運行を阻む、敵だ

 

カイト「…槍を、向けられてる…」

 

ブラックローズ「…やる気か、面白え…!」

 

カイト「トキオ!君は下がってて!」

 

青葉「…あなた達をデリートします…アカシャ盤の正常な運行を守る為に」

 

カイト(あれ、声に聴き覚えがあるような…)

 

トキオ「なんだって…!?コイツ、シックザールだ…!」

 

トキオと呼ばれた学生服のキャラが短剣を取り出す

 

青葉「……シックザールを認識しているのなら」

 

わかっていて、邪魔をするなら…

 

青葉「一度、フリーズさせてから対処します…!!」

 

踏み込み、槍を振るう

 

カイト「っ!!」

 

カイトが私の槍を阻み、此方を睨む

 

青葉「"フリーズ"」

 

カイト「なっ…!」

 

カイトの手から離れた双剣が石化する

 

カイト(この能力、フリューゲルさんと同じ…!)

 

青葉「ダブルスィーブ!!」

 

カイト「ケイオスの呪符!!メアンゾット!!」

 

青葉「っ!?」

 

スキルを発動したせいで動きが固定されたところを闇の範囲魔法にやられる

 

青葉(前やった時より、戦術の幅が広い…!)

 

ブラックローズ「サイクロン!!」

 

槍の竿で大剣を受け、ゼロ距離でスキルを発動する

 

青葉「リパルケイジ!」

 

ブラックローズ「がッ…!?な、こ…れ…!痛…!?」

 

カイト「ブラックローズ!」

 

ブラックローズ「カイト!近づくな!こいつやべえ…!ダメージが、痛え…!」

 

青葉(…ダメージが痛い?火力の話…?いや…そんなことどうでもいい…)

 

踏み込み、槍の竿の先端部を持ち、横薙ぎに一閃

バックステップでかわさせる

 

青葉(もらった…!)

 

カイト(今だ!)

 

回転の勢いを全て槍に乗せ、手の中で槍を滑らせ、最大射程で…

 

カイト「くらえ!」

 

青葉「っ!!」

 

いつの間にか懐に潜り込んだカイトの斬撃を籠手で受け止める

 

青葉(対応された!…日向さんに言われた通りだ、この動き、やっぱり読まれやすいんだ…!)

 

カイト(防がれた…!このままじゃ駄目なのか…!)

 

トキオ「うおおおおっ!!」

 

背後から迫るトキオに呪符を差し向ける

 

青葉「地獄蟲の召喚符!!」

 

ブラックローズ「ま…間に合え…!ライディバイダー!!」

 

雷を纏った斬撃が召喚された蟲の脚を切り裂き、魔法を阻止する

 

青葉「…!それなら直接仕留めるまで…!トリプルドゥーム!」

 

カイト「やらせない!」

 

突きを背後からの斬撃で阻害される

 

青葉「くっ…!…なんで、その姿で…!」

 

カイト(ダメージになってない、レベル差が大きすぎる…!なら3人でやるしか無い!)

 

カイト「トキオ!ブラックローズ!畳みかけるよ!」

 

槍を強く、握りしめる

まるで、感覚があるかのように手に熱が籠る、悔しい気持ちが、込み上げる…

 

青葉(司令官の姿で…!)

 

槍を大きく振るい、間合いを取り…

 

青葉「絶対に、許さない…!」

 

カイト「はぁぁぁッ!!」

 

槍と双剣がぶつかり合う

 

カイト(レベル差が大きいなら…これならどうだ!)

 

カイト「風・妖・刃の巻物!オラジュゾット!!」

 

青葉「っ!?」

 

隆起した木片に貫かれ、吹き飛ばされる

 

ブラックローズ「デスブリング!!」

 

トキオ「っらぁぁぁぁァッ!!」

 

吹き飛ばされた先で2撃

私のHPが完全に削り切られる

 

青葉「…な…んで……負け…?」

 

いや、大丈夫だ、私は…

 

再ログインするだけだ、もう一度…すぐに追いかければ追いつけるはずだ…!!

 

 

 

 

 

 

双剣士 カイト

 

倒したシックザールのPCが消滅したことを確認し、息をつく

 

カイト(…聴き覚えがある声だと思ったけど…誰だったんだろう…襲われたから倒したけど…本当なら協力したかったな…)

 

ブラックローズ「…っ…まず…頭痛くなってきやがった…」

 

カイト「大丈夫?摩耶…」

 

ブラックローズ「……アイツに斬られたとこが疼きやがる…悪ぃ、カイト、落ちる…」

 

ブラックローズが転送されていく

 

トキオ「…カイト、どうする…?」

 

カイト「…僕たちも出直そうか…あれ?」

 

さっきまでシックザールのPCが居た場所に…剣が…

 

カイト「…トキオ、これ」

 

トキオ「……剣…?なんでこんなところに…」

 

トキオが剣を引き抜く

 

トキオ「……カイト、これ貰ってもいい?」

 

カイト「いいけど…」

 

剣をターゲットする

"ソード・オブ・"

 

未完成の剣といったところか

トキオの物語を語る剣なのかもしれない…

 

カイト「僕たちも戻ろうか、トキオ」

 

 

 

 

 

 

青葉「あ、あれ!?誰も居ない!ローブもなんだか外れて…え?ど、どうなって………相変わらず他のメンバーにも連絡つかないし…このまま待とう…」

 

 

 

 

 

所変わって

 

 

リアル

Link基地

神鷹

 

神鷹「ただいま…あ…居ない、んだ…」

 

みんな、今は戦いに行ってる…

どうしよう、einsam(寂しい)

 

ジェーナス「あれ、神鷹の方が早かった?」

 

神鷹「…ジェーナス…さん」

 

ジェーナス「ジャパンのスクールって退屈ね!日本語の書き取りはめんどくさいし…あー、お腹減った、tea timeにしないと、お菓子とかあるかな?」

 

神鷹「…あれ…いい、匂い…」

 

紅茶の、匂い…

 

ジェーナス「…アーク?居るの?」

 

ジェーナスさんに連れられて奥へと進む

 

神鷹「…あれ?」

 

ジェーナス「誰も居ないのに、ティーセットが用意されてる…?この香り、アールグレイ…?」

 

神鷹「…違う、誰か、居ます」

 

ジェーナス「…どこに…」

 

クローン「はい、ここに居ますよ」

 

ジェーナス「わぁぁっ!?」

 

神鷹「…綾波、さん?」

 

片目をアイパッチで、隠してるけど…

綾波さん…なんで?…帰ってきた?

 

クローン「私は綾波ではありません、というよりサブのボディです、現在運用中の本体が破壊されることがあれば私に意識が乗り移る事になっています」

 

ジェーナス「…た、大概よね、それ…」

 

クローン「はい、クローン技術は禁止されており、私の存在は禁忌のものとも言えるでしょう、存在そのものが地獄送りにされて仕方ないという私の本懐を的確に表現した存在ともいえます」

 

神鷹「…Hölle(地獄)…?なんで…?」

 

クローン「綾波は人を傷つけすぎました、後悔するのすら遅いほどに、故に地獄に行き、永遠の時をかけて償うのです」

 

ジェーナス「…そんなこと考えてるの…?」

 

クローン「はい、それよりも、紅茶が冷めてしまいますよ」

 

ジェーナス「…いただきます」

 

神鷹「いた、だきます」

 

…渋い

 

神鷹「Z…Zucker(砂糖)…」

 

ジェーナス「ちょっと濃すぎね、砂糖よりミルクの方がいいと思うよ」

 

砂糖とミルクを注ぎ込む手を掴んで止められる

 

クローン「ミルクはかまいません、砂糖は5グラムまでにするように」

 

神鷹「えっ」

 

ジェーナス「こだわりがあるの?」

 

クローン「虫歯になります、甘いものは摂りすぎてはいけません」

 

ジェーナス(健康管理目的に残したのね…)

 

神鷹「…でも、これ…」

 

クローン「砂糖を紅茶に入れると渋み成分を強く感じやすくなります、砂糖は少量でミルクを足せば美味しく飲めますよ」

 

神鷹「…Ja(はい)……」

 

いわれたままに、紅茶を混ぜ、口に流し込む

少し、物足りない…

 

クローン「それと、お茶菓子も用意してあります…此方も甘い品ですので」

 

ジェーナス「…スコーンじゃない…チーズケーキ?」

 

ケーキと紅茶を口に含む

あまい味がひろがる

 

神鷹「……Köstlich(おいしい)…」

 

クローン「それは良かった」

 

ジェーナス「…あなたは食べないの?」

 

クローン「ええ、私は後期型ですので、電力でエネルギーを賄うシステムを試験投入していまして」

 

ジェーナス(それってただのロボットじゃ…)

 

クローン「生体発電システムも組み込んでいるので半永久機関と言うわけです」

 

ジェーナス「え?それほんと?」

 

クローン「嘘です、食事もしますし人間の作りと何ら変わりませんよ」

 

ジェーナス「……」

 

クローン「では、夕食の用意をしますので」

 

神鷹「……クローンさん、名前、無いのかな」

 

ジェーナス「ないんじゃない?」

 

神鷹「…考えたい」

 

ジェーナス「そんなペットみたいな…あー…でも、あった方が呼びやすくて良いのかな…」

 

神鷹「絶対に、良い…」

 

 

 

 

 

 

綾波

 

綾波「予定より早く一帯の殲滅が終わって良かった、まさか今日中に戻れるなんて…あれ?」

 

「しー…」

 

クローンに縋り付くように眠る神鷹さんとジェーナスさん…

 

綾波「あら、それは失礼を…と言うか、髪染めたんですか?」

 

真っ白に髪まで染めて、色々手が早いというか…

 

「はい、新しいお名前もいただきました」

 

綾波「…名前、ですか…そこまで貰ったらあなたをクローン扱いはできませんね、名前は?」

 

狭霧「綾波型駆逐艦、6番艦、狭霧」

 

綾波「Happy Birthday 狭霧、しかしなぜ狭霧なんですか」

 

狭霧「この子達にとっては私は貴方の妹のようなもの、でも敷波は他にいる…朝霧とか夕霧とかって名乗っても良かったんですけど、私も朧さんのお姉ちゃんになりたくて」

 

綾波「…やはり貴方はクローンですね」

 

狭霧「一緒になりましょう?お姉ちゃん」

 

綾波「お姉ちゃんに、なのかそれとも…まあいいでしょう、狭霧、貴方を歓迎します」

 

狭霧「はい、ありがとうございます、姉さん」

 

綾波(姉さん呼びされるのは初めてだな…しかも…いや、顔も微妙に違う…)

 

狭霧「クローンなのに随分違うと思いましたか?当然です、私は急いで作成されましたから、多少貴方とは違いが出てもおかしく無い」

 

綾波「……いいえ、貴方は貴方、私は私…そしてもう言いました、私は"狭霧"を歓迎している、"クローン"ではなくね」

 

狭霧「ありがとう、姉さん」

 

綾波「姉さんはやめてください、私は貴方の姉…とは言い難いので」

 

狭霧「では、綾波さん」

 

綾波「ええ、それでいきましょう、お互い上手くやりましょうね?」

 

狭霧「勿論です、雑務は任せてください」

 

綾波(こうなるとは思わなかったけど、これで少し楽になるな…)



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恐怖心

Link基地 地下プール

綾波

 

綾波「さて、ガングートさんの矯正を始めましょうか」

 

ガングート「…矯正?どういう事だ?」

 

綾波「今から、貴方と私の1対1で勝負します、私は…」

 

革手袋を装着する

 

綾波「この手以外使いません」

 

ガングート「…なんだと?」

 

綾波「ガングートさんが私に蹴りを使わせれば勝ちで良いでしょう、私を倒すことは不可能ですから…タシュケントさんから聞きました、私と川内さんの勝負を見ても全く恐怖する様子もなかったと」

 

ビスマルクさんは即座に艦娘になる道を閉ざしたのに

 

綾波「はっきり言って異常です」

 

ガングート「私に恐怖しろと?」

 

綾波「いいえ、死んでください」

 

平手をガングートさんに叩き込む

脳が揺れたガングートさんはバランスを失い、膝を突き、次に手をつく

 

ガングート「なん…なにが…?」

 

綾波「立ちなさい、もう始まっていますよ」

 

顎に手をやり、ガングートさんの顔を持ち上げる

 

綾波「簡単には、気絶させません」

 

ガングート「…これの意味は…!」

 

綾波「自分で見出しなさい」

 

ガングートさんがよろよろと立ち上がり、後進する

主砲を構え、私に照準を合わせる

 

綾波(地下室の電磁バリアは…よし、これで問題ない…)

 

綾波「さあ、遊びましょう?」

 

ガングート「ッ!!」

 

砲撃の為に引き金を引く瞬間、ガングートさんは歯を食いしばる

 

綾波(さて、見計らうか)

 

ガングートさんの砲弾の的中率は56%有効な砲撃である確率72%

外れる際にブレる確率、右に67%上が12%下が18%左が3%

 

左に一歩、歩いてかわす

 

ガングート「…!」

 

綾波「どうです?当たりそうですか?」

 

驚いた時、2度瞬きをする

気合を入れる時、気を引き締める時、瞬きより少し長く目を瞑る

 

ガングート「…くそっ!!」

 

綾波(そう、今だ)

 

ガングートさんが目を閉じる瞬間を待っていた

視界の外に一度消えて仕舞えば、驚いたガングートさんは2度瞬きをする

 

ガングート「き、消えた!?」

 

この2度の瞬きの間に、目の前に現れ…

 

綾波「さあ、いきますよ…!」

 

拳を握り、殴る

 

ガングート「ぁが…!」

 

一撃いれたら離れる

 

綾波「さあ、もう一度」

 

ガングート「この、ふざけて…」

 

生意気な言葉を吐くと言うのなら、プールの水を手で掬い、目に向けて飛ばす

 

ガングート「なっ!?」

 

綾波「御託は、いらないんですよ」

 

平手で頬を打つ

 

綾波「強くなりたいんでしょう?」

 

手を戻す軌道で首を殴りつける

 

ガングート「ぐ…ぁ…!?な、なんだと…?」

 

綾波「強くなるか、死ぬか、二つに一つです」

 

ガングート「矯正はどこに行った…!」

 

綾波「強くなれば自然と治りますよ」

 

眉間に手刀を叩き込む

 

ガングート「くそっ!!こんな事になんの意味がある!!」

 

綾波「見いだせ、と言いましたよね?」

 

口を開く度、殴りつける、叩く、徹底的に叩き、殴り、教え込む…痛みを

 

ガングート「ぐ…ぁ…!」

 

綾波「へばるには早いですよ?戦艦なんだからもう少し…やる気見せなさい」

 

ガングート「言われなくとも…やってやる…!!」

 

ガングートさんが砲を向ける度、私はそれをすり抜け接近し、徹底的に殴打する

顔の形が変わることはないだろう、力を入れて攻撃しているわけじゃない、角度、速さ、力加減、全てが適切だ

この暴力は計算されている、痕は残らない、後遺症も何も、無い

 

この時間はただただ苦痛が続くだけだ、ストレスでおかしくなるか、理解するまで

 

心が折れれば、変われる

普通はそうだ、大きい心境の変化で解決できると思っていたのだが…

 

ガングート「…ま、負けだ…もう、やめてくれ…!」

 

綾波「なんでですか?」

 

ガングート「もう無理だ!頼む、やめてくれ!」

 

綾波(まだ恐怖心が芽生えてないのに心が折れている…懸念していた事態が起きてしまったか)

 

綾波「無理じゃありませんよ、あなたはまだ生きてるじゃないですか、死ぬまで続けますよ」

 

ガングート「そ、そんな…」

 

綾波「立ちなさい、立って私と向かい合いなさい…徹底的に壊してあげます」

 

ガングート「やめてくれ…!無理だ!弾は当たらない、近寄られても抵抗する隙もない…!」

 

綾波「死んでも良いんですね?」

 

ガングート「……」

 

ガングートさんが項垂れ、水面を見る

もうその目には開始時の闘志はカケラもない

 

これでは、何にもならない

となると…実験を進める為にサブプランを使うしかない

 

綾波「あなたの祖国の艦娘の死亡率は世界でトップです」

 

ガングート「…なに?」

 

綾波「そして、あなたがそれを維持するのに一役買うわけだ、なんともちんけな世界一位か」

 

ガングート「き、貴様…!」

 

綾波(なるほどな、根底が見えた…だけど、これは私の…私に解決できる問題なのか)

 

掴み掛かろうと近寄ってくるガングートさんはとてもゆっくりで、千の思考を巡らすことすらできた

しかし…真に彼女の為になることが導き出せない

 

手を、一度振るった

 

ガングート「…っ…」

 

綾波「その傷は、私の覚悟です…今までの生半可なお遊びとは違う」

 

ガングートさんの左目の下から血が流れる

頬を伝い、ぽたりぽたりと水面に血が滲む

 

綾波「…何が祖国か、何が国か、そんな大きな物でしか自分を形容できないのですか?貴方は矮小な人間だ…何故国を語る、何故烏合の衆を声高に、誇らしげに語る!!」

 

ガングート「…烏合の衆だと…!?ふざけるな!祖国を馬鹿にするのも大概にしろ!!」

 

綾波「馬鹿にする?いつ私が馬鹿にしたと言うのですか!勘違いするな、馬鹿にされているのは貴方1人だ、ガングート!貴方ただ1人を非難し、否定し、糾弾している!」

 

ガングート「なんだと…?」

 

綾波「貴方はロシアを背負っているつもりですか?その小さな小さな体で?その弱く、か細い腕で、狭く、人1人背負うのがやっとな背中でロシアという国を、そこに住む人間を背負ったつもりか?驕り高ぶりも大概にしろ!」

 

ガングート「……っ」

 

綾波「貴方はこう考えている、自分の命がロシアのために使われるのなら有意義だ…と、ロシアの艦娘の養成システムに組み込まれているのは知っていましたが、まさかそうまで信じ込んでいるとは笑い物だ…!」

 

タシュケントさんは、そこまで深く信じ込んでいなかった

だから軽視していたがタシュケントさんが特別なのだ

ロシアの艦娘の死亡率の高さはこれが原因だ

 

綾波「あなたはお荷物だ、邪魔だ、弱く惨めなあなたでは川内さんに勝つどころかいつかその辺の深海棲艦に倒される、味方を何人も巻き添えにして…!」

 

ガングート「…貴様…!」

 

綾波「事実です、何れそうなる、あなたはみんなを巻き込んで死ぬ…だから、せめてもの酬いです…私がここで殺します」

 

ガングート「…何…」

 

綾波「あなたのせいで私は部下を失いたくはない、処分します」

 

脚部艤装に手を触れ、起動する

空気を吸い込む音が木霊する

 

ガングート「な…だったらLinkから除名すれば良いだろう!?」

 

綾波「…関係ありません、私の部下は私が始末します」

 

ガングート「やめ…!」

 

ぐおん

空間が歪む音ともにガングートさんが水面に吸い込まれる

 

綾波「……まだ、わかりませんか…」

 

頬を涙が伝う

 

綾波「これが、死の恐怖です…これでも、理解できませんか…だとしたら…」

 

茫然としたまま、水面に横たわるガングートさんを見下ろす

 

綾波「私は本当に、あなたを殺すしかなくなる…Linkの事をあなたは知り過ぎているから…」

 

ガングート「………私、は…」

 

ぽつり、と…

 

ガングート「…これが、恐怖なのか、わからない…必死だった、ただ、逃げようと、かわそうと…それすらも、できなくなる…これが…」

 

綾波「…それが、恐怖です…」

 

ようやく、紐付けが終わった…

これで、第一段階が終わったところだ…

 

ガングート「…これが、恐怖…なのか」

 

ガングートさんには危機管理能力がない

危険を察知できないし、迫る危険を防げない

艦隊のメンバーとして型にハマった動きをする事でその能力が有るように見えるだけで…実際には欠落しているし存在しない

 

だからまず、恐怖を抑え、本能を呼び覚ます必要に迫られていた

 

と言っても、グラーフさんほどの問題ではなかったため二の次になったのだが

 

綾波「…常勝の将は居ません、居たとしても小さい敗北が計上されていないだけ、その小さい敗北も…あと少し戦えば敵を倒して勝てたかもしれないし、逆に自分たちを苦しめ、全滅していたかもしれない…」

 

ガングートさんに手を差し伸べる

 

綾波「ガングートさん、あなたには酷かもしれませんが、国は捨ててください…少なくとも、あなたは国によって殺されかけている」

 

ガングート「……」

 

ガングートさんは何も言わずに手を取り、起き上がる

 

ガングート「…国を捨てろ、か…国に殺されかけている、か…わからん、私には全くわからん話だ…何も、考えられない」

 

綾波「…強い恐怖に晒され、思考回路が働いていないんです…落ち着いてからゆっくり考えてください」

 

プールから上がったガングートさんは狭霧の支えでなんとか歩き、地下を後にした

 

綾波「……目の下の傷…普通には消せないな…」

 

革手袋を装着していたのに、つい加減を忘れてしまった…

爪先が裂いた数センチ程の小さな傷だが、女性の顔に傷をつけたというのは問題だ

 

綾波(傷痕は消そう、悪い事をしてしまった…ガングートさんには難しい問題を投げかけているのに私は何もしていない…)

 

少し、憂鬱だった

 

 

 

 

綾波「…おや」

 

3人分の話し声が聞こえて来る

 

タシュケント「それでそんなところに絆創膏を?てっきり朧の真似かと思ったけど」

 

ガングート「ああ、そういえば朧はいつも絆創膏をしているが…なんでだ?」

 

朧「アタシは…ちょっと大きい傷跡が…」

 

ガングート「それはすまん、無理に言わせたな…悪かった」

 

朧「別に良いけど…ガングートさん、綾波に頼めば傷は消してもらえるんじゃない?」

 

ガングート「…いや、これは残そうと思う、傷跡が私に教えてくれると思うんだ、恐怖を…」

 

タシュケント「…綾波も無茶なやり方をしたよね、でもガングート、君が自分の命を認識してくれて嬉しいよ」

 

綾波(この口ぶり、タシュケントさんはガングートさんの欠点を…いや、ロシアの艦娘の欠点を知っていたのか…)

 

ガングート「…ああ、自分の命か…言われてもなんとなくピンとこないが…私は、今生きているのだな…死んでいないということだけで、十分すぎる…どうか他の仲間にも伝えてやりたいが…言葉では理解できるものではないな、これは」

 

綾波(…それがわかったのなら、ようやく始まり、か)

 

 

 

 

 

 

 

演習場

 

ガングート「な、なんだ?もう前みたいなのは無しで頼むぞ?」

 

綾波「ええ、これから理論で進めていきます」

 

ガングート「り、理論…?」

 

綾波「タシュケントさんとの戦いで見せた反転、アレは決して有効ではありませんが…」

 

ガングート(有効じゃないのか…!?)

 

綾波「使えて損はありません、まず重心などのデータを取りましょう」

 

ガングート「…戦闘訓練じゃないのか」

 

綾波「あなたは基礎戦闘能力で言えば決して低くない、たとえば…」

 

魚雷を一本抜き取り、クナイのように構える

 

綾波「これは私と川内さんが戦った時に感じた通りに動くだけですが…」

 

間合いを殺して詰め寄りながら魚雷を首に押し当てる

 

ガングート(み、見えなかった…瞬きもしていないのに…!)

 

綾波「川内さんは常に3人で戦っています、自分1人の技術ではなく味方の技術を積極的に取り入れる様は…あれ?どうしました?」

 

ガングート「…その、多分……私の時は川内は、手を抜いていたんだな…」

 

綾波「当然でしょう、よその国の軍人を殺したら戦争ですよ?」

 

ガングート(それをやろうとしていた貴様は…いや、やめておこう…)

 

綾波「勝ちたいなら、手札を増やしましょう…技量で負けているなら搦手で、とにかく大味な戦いが得意な戦艦でもやれることは沢山ありますから」

 

ガングート「例えば」

 

綾波「水上機、魚雷、なんでもアリなんですよ」

 

ガングート「…なんでもか」

 

綾波「ええ、徹底的にいきましょう、急反転はおそらく…」

 

ガングートさんを飛び越え、背後に周る

 

綾波「こんな感じであんまり意味をなしませんが…」

 

ガングート(…日本人はみんなニンジャだと聞いていたが…なんだ、今のは…屈む様子も無く跳んだぞ!?)

 

綾波「他にもこんな手段で…って聞いてます?」

 

ガングート「あ、ああ…」

 

綾波「それと、基本戦術として近づかせないのも大事ですが…まあ川内さん相手に当てられるなら苦労はしません、特に着地を狙ってもあの人は魚雷を炸裂させてエアダッシュします」

 

ガングート「エアダッシュ…?」

 

綾波「空中で加速するって意味です」

 

ガングート(やはり人間じゃない…)

 

綾波「とにかく、接近を許した際には駆逐艦砲のような取り回しを優先したぶきも視野に入れるべきです、わかりましたね?」

 

ガングート「ああ…」

 

綾波「…?……ああ」

 

脚を少し動かすたびにガングートさんの身体が小さく跳ねる

 

綾波(クスリが効き過ぎたか、まあ良い治療だったと思いましょう)

 

綾波「さ!始めますよ!」

 

ガングート「搦手をとにかく習得してやる…!」



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目撃者

The・World R:1

Ωサーバー 病める 囚われの 堕天使

重槍士 青葉

 

青葉「…あ、来た…」

 

ほくと「あれ?青ちゃん…まだ10分くらいあるよ?」

 

青葉「えっと…はい、まあ、でも…来るかなって」

 

青葉(カイト達が)

 

ほくと「んー、あと10分、まだ来ないかなぁ…」

 

エフェクトと共にアルビレオさんとリコリスさんが転送されて来る

 

ほくと「ビ〜ンゴっ!」

 

アルビレオ「あ……!」

 

ほくと「おはよー、アル!昨日はよく眠れた?」

 

青葉「おはようございます」

 

アルビレオさんが驚いた様子で固まっている

 

ほくと「びっくりしてる?」

 

アルビレオ「何故、ここにいる…」

 

ほくと「昨日の2人、帰り際に9時からここでイベントに挑むとか言ってたでしょ?あれって最後にアルをもう一度誘ったわけだよね、だからアルもきっと来ると思ったわけ!男同士の語らぬ友情ってやつ?結構好きだな、そういうの、君ってそういうキャラだもん」

 

青葉(意外と人のことをよく見てる…)

 

アルビレオ(で、ここで待ち伏せされたわけか…思惑にハマってしまったわけか……我ながら、情けない)

 

ほくと「君が戻ってくるのを待ってたら徹夜で監視しなきゃいけないじゃん?ここなら時間もわかってたし、ぐっすり眠って早起きして待ってたってわけ」

 

アルビレオ「おりこうさんだな」

 

ほくと「頭いい?頭いい、頭いい、わたし?」

 

アルビレオ「だが少年漫画に毒されすぎだ、おれはあの二人と友情のパーティを組にきたわけじゃない」

 

ほくと「は?じゃあ、何しに来たの?」

 

青葉「見届けに…ですか」

 

アルビレオ「…ああ」

 

ほくと「えっ…見てるだけ?本当に!?」

 

アルビレオ「おれは昨日パーティ入りを断ってるんだ、今更」

 

ほくと「意地っ張りだなぁ〜!アルってひょっとして意外と子供?」

 

アルビレオ「おれはソロだ」

 

ほくと「またそれかぁ…でも、私とは組んでくれるよね?」

 

アルビレオ「え?」

 

ほくと「だってわたしは特別なんでしょ?」

 

アルビレオ「あのな……きみはどこのタチの悪い女だ、どっからそんな根拠のない自信が湧いて来る…」

 

ほくと「だって昨日言ったじゃん!」

 

アルビレオ「言うか、そんなこと」

 

ほくと「うそだー!わたしは特別だからパーティ組んでるって!言ったもん!言ったもん!言ったもん!」

 

アルビレオ(そんなこと言ったか…?)

 

青葉「…あ、言ってますね…」

 

ログを遡り、引用する

 

青葉[アルビレオ[…こいつは特別で……とにかく、おれはソロで、パーティーは組まない主義だから]]

 

アルビレオ(…言っていた…)

 

ほくと「わたし達とリコちゃんのイベントをクリアしたい、とも言ってた!」

 

アルビレオ「うそ?」

 

ほくと「うそじゃないもーん!」

 

該当する会話を引用する

 

青葉[アルビレオ[返事はしなくていいから黙って聞いてくれ、しばらく、お口にチャックしてろ、リコリスのイベントは…つまり、誰にも知られず、おれたちだけでクリアしたい]]

 

アルビレオ(…こ、これは…二つとも其の場凌ぎの言い訳…)

 

ほくと「其の場凌ぎの言い訳だった…とか、言わないよね?アル?」

 

アルビレオ「ぐ…」

 

ほくと「The・Worldでほかのプレイヤーに嘘つくのは立派なマナー違反でしょ?」

 

アルビレオ「…わかった…パーティ組めばいいんだろう」

 

青葉(ほくとさん、子供だと思ってたけど結構なやり手だ…)

 

ほくと「組めば、いいんだろう?」

 

アルビレオ「…組もう、きみたちとはいいパーティになりそうだ」

 

ほくと「やほ、リコちゃん」

 

パーティ申請を受け、少し頭を悩ませる

 

青葉(…私への申請…受けた方がいいのかな…邪魔したくはないけど、見届けたい気持ちがあるし…)

 

アルビレオ「…組まないのか?」

 

青葉「あ、いえ…参加します」

 

アルビレオ「そろそろ9時だ、ここから離れるぞ、チャットをパーティモードにしておけ、声が届くと名前が表示される!」

 

青葉「は、はい」

 

ほくと「はいはい…」

 

病める囚われの堕天使

このエリアは吹雪のエリアだ、一歩歩けばホワイトアウトする猛吹雪に襲われる

 

青葉「…ザワン・シンの場所、わかるんですか?」

 

アルビレオ「この嵐の中心に、奴はいる」

 

つまり、このマップが使えなくなるほどの猛吹雪はそのモンスターのせいだと言うことだ

視界が悪過ぎて5メートル先見えない…

 

アルビレオ「逸れるなよ!」

 

ほくと「ね、ねぇ!アル!?どこ!?」

 

青葉「言ったそばから…」

 

ほくと「あれ?」

 

戦闘用のBGMが急に流れ出す

 

アルビレオ「バカっ…魔法陣だろ、そりゃ…!」

 

ほくと「うわわわわわわわわっ………」

 

ほくとさんのHPゲージが一瞬で消失し、赤く染まった

倒されたPCは薄暗い、半透明のお化けになり、蘇生を待つために近寄って来る

 

青葉(でも、蘇生の余裕なさそう…!!)

 

モンスターとの戦闘に1分かかった、たった一体の大型モンスターに二人掛かりでそれだけかかる、ノーマルモンスターとしては…破格すぎる強さ

 

アルビレオ「やはり、ここのモブは強い…」

 

ほくと「はやく!生き返らせて!」

 

アルビレオ「わかったからわめくな…」

 

ほくと「ううううう…パーティ組んだ初めての戦闘で見殺しにされて死ぬなんて」

 

青葉(あ)

 

アルビレオさんの視線が一瞬キツくなった気がした

 

アルビレオ「やっぱやめとこう」

 

ほくと「は?」

 

アルビレオ「蘇生の秘薬がもったいない」

 

青葉(まあ、勝手に逸れて一撃で死んだ上に見殺し扱い…は、ちょっと…)

 

ほくと「この…薄情者っ!ひとでなしーーー!!」

 

アルビレオ「そのレベルじゃ、ここのモンスターには歯が立たない、どうせまた一撃で死ぬんだからいっそ死んだままでいた方がいい、ある意味不死身だからな」

 

アルビレオさんが肩をすくめながら言う

 

ほくと「やだー!コントじゃないんだからぁ!死体のまま歩くなんてみっともない!」

 

アルビレオ「時間がない…行くぞ!」

 

青葉「はい…!」

 

ほくと「これじゃ…ドラクエでいう棺桶を引きずってる状態だよ…」

 

おばけは蘇生をしてもらうために一定以上離れることができない、つまり移動速度を上げるようなアイテムを使うときも節約ができる…という合理的な言い訳が頭の中で組み上がる

 

青葉「アルビレオさん、前にもここに来たことが?」

 

アルビレオ「ああ、だが何故?」

 

青葉「さっきボスの位置を知ってましたから…戦ったことが?」

 

アルビレオ「一度だけ…呆気なく殺された」

 

ほくと「アルでも死ぬんだ!」

 

…アルビレオさんでも攻略不可能なイベント…

つい、あの2人に攻略を譲るのが惜しく感じられる…いつの間にか私はゲーマーと呼ばれる人種になっていたらしい

 

アルビレオ「ソロだったからな…負け惜しみと思われそうだが、もともと倒すつもりはなかった、ただ攻略の糸口だけでも掴んでおきたかった」

 

ほくと「…惜しいとこまで行ったの?」

 

アルビレオ「いや、攻撃が全く通じなかった」

 

青葉「全く?」

 

アルビレオ「武器を持ち替えながら全属性のスキルを試したが、誰も通用しなかったし通常の物理攻撃も勿論効かない」

 

ほくと「だから攻略不能のイベント…」

 

アルビレオ「ダメージを与える方法がないんじゃプレイヤー達が非難するのも無理はない、とにかくダメージを与える…でも偶然の一撃ではダメだ、戦略を見つけないことには」

 

青葉(攻略法…ザワン・シン、どうやって倒せばいいんだろう…)

 

アルビレオ「だが、必ず攻略法はある」

 

青葉「え?」

 

アルビレオ「The・Worldはいいゲームだからだ」

 

オルカさんが言い切ったように、アルビレオさんもこのゲームを信じ、言い切った…

 

青葉「…そうですね、The・Worldは、いいゲームです」

 

何度も救われてきたこの世界だ、一介のボスモンスターに攻略法が無いわけがない…!

 

アルビレオ「氷壁だ」

 

ほくと「おー!南極みたい!」

 

2人の後を追い、氷壁のそばを駆け上がる

 

雪嵐が止んだ

ここが台風の目…!

 

嵐の音が止み、戦闘音が聞こえて来る

 

青葉「オルカさんとバルムンクさんです!」

 

いかつい剣士と銀の騎士が挑む、私たちよりも遥かに巨大な全高20メートルほどの…形の定まらないアレが…!

 

カメラを取り出し、シャッターを切る

 

数多の勇者を葬った、幻影のスペクトルドラゴン

虹色の罪竜…!

 

アルビレオ「アレが…ザワン・シンだ!」

 

エネルギーが体を形成しているのか、光の迷彩を纏っているのか、その姿は形の定まらない、曖昧な姿をしている

ザワン・シンの表面にさす光が時たま見せる四つ足のドラゴンは太古から伝わる西洋竜のようで…

 

アルビレオ「2人だけだ!まさか2人で挑むとは…!」

 

オルカさんとバルムンクさんは、たった2人ではるかに大きい巨竜と立ち会っていた

少し調べてみても、ザワン・シンとは攻略不可能と言われるようなイベントだった

攻略法は一切不明

あの2人が倒したのは奇跡かそれとも…

 

このゲームの伝説の一つを今レンズに焼き付けられる、そのことに何処か興奮する自分がいた

 

ほくと「ダメージ!入ってないよ!」

 

この距離ではモンスターをターゲットすることもHPを確認することもできない

だけど攻撃毎に表示されるダメージの数値や回復の数値は表示される

2人の攻撃は悉くダメージ0を連ねていた

 

ザワン・シンのブレスが2人を吹き飛ばす

 

アルビレオ「あのブレスには数種類あって、それぞれに属性に倣った追加効果がある、毒、呪い、マヒ、攻撃力ダウン、防御力ダウン……おまけに範囲攻撃だ…!」

 

ブレスのダメージはまだ低い、だが属性ブレスで弱ったところにくる直接攻撃のダメージが呆気なくHPを削りきる

 

ほくと「あぶない!」

 

ザワン・シンの尾が直撃し、オルカのHPを削り切る

おばけになる前に蘇生の秘薬で蘇生され、HPとMPを別のアイテムで完全回復し、休むことなく攻撃に移る

 

アルビレオ「…うまい」

 

青葉「え?」

 

アルビレオ「パラメーターダウンのデバフを削除するためにわざと死んだ」

 

青葉(そうか、デバフがかかっていたら攻撃力も防御力も、何もかもが低いんだ、だから死ぬことで一度リセットしてバフアイテムを使い、より有利な状況にした…!)

 

2人が熟練プレイヤーで、尚且つお互いの行動を理解し、モンスターの攻撃のタイミングを完璧に把握しているからこそできる、死ぬ前提の戦術…ソロプレイにはできない、パーティの醍醐味…!

 

ザワン・シンの光揺らめく巨体が上へと跳ね上がった

この距離だというのに、視界の外に消えるほど高く…!

 

アルビレオ「不味い!!」

 

青葉「アルビレオさん?」

 

アルビレオ「アレはおれが死んだ攻撃…!」

 

電撃のような効果音が耳をつんざく

鉄槌と化したザワン・シンの巨体がターゲットになったバルムンクさんを小石のように吹き飛ばした

 

アルビレオ「オルカ!」

 

オルカさんの動きに見て取れる動揺が感じられた

吹き飛ばされたバルムンクさんが視界から消えたのだろう

視界外のプレイヤーに蘇生や回復は使えない、そしてザワン・シンはすでに尻尾の攻撃モーションに入っている…!

 

青葉(間に合え…!)

 

無粋なことはできない、ただ祈るだけ…

 

アルビレオ「……しのいだか!」

 

バルムンクさんが立ち上がり、オルカさんへと回復アイテムを使う

2人のHPが全回復し、また立ち向かう

 

ほくと「でも、攻撃が通じないんじゃ!だめじゃん!」

 

アルビレオ「…ああ」

 

青葉(……アルビレオさんも感じてる、違和感があるんだ…今までブレスばかりの攻撃だったのに、何故物理攻撃を二回連続で使ったんだろう…?今までのパターンとは何が違った…?確か、あの2人の最後に持っていた武器は…無属性)

 

青葉「…リフレクト…?」

 

アルビレオ「見ろ、2人が攻撃をやめた…!」

 

オルカさんとバルムンクさんは、ザワン・シンを睨んだまま剣を下ろし、何かを考える様子を見せた

 

ほくと「…諦めたの?」

 

青葉「いいえ、違います…!気づいたんだ…!」

 

ザワン・シンはブレスを吐かず、直接攻撃すらしない…

 

アルビレオ「…まさか、ザワン・シンは攻撃を反射しているのか…!?」

 

BGMも風の音すらもない

明けない夜の氷原の戦場に空白の時が流れた

 

青葉「…そうだ、このゲーム、一部のボスはこっちから仕掛けないと攻撃してこない…だから勘違いしてたけど…」

 

ザワン・シンは攻撃をやめた

いや、違う…攻撃できないんだ

 

アルビレオ「ザワン・シンはプレイヤーが攻撃しない限り、反撃しない…?」

 

ほくと「え?」

 

青葉(……だとしても、ダメージを与えることにはつながらない……いや、そうだ…!リフレクトしてるなら、反属性…!)

 

アルビレオ「…ああ…!」

 

沈黙を破ったのは、オルカさんだった

剣に水を纏い、斬撃を叩き込む

 

それに呼応してザワン・シンは汚水のブレスを撒き散らす

 

青葉「行った…!」

 

そして、そのザワン・シンがブレスを吐いた瞬間に上空からバルムンクさんがザワン・シンに斬りかかる

炎を纏った斬撃で

 

とうとう、巨体にダメージの数字がポップする

 

アルビレオ「…どのブレスを吐くのかは直前のプレイヤーの攻撃で決まる、そしてザワン・シンは鏡のようなモンスターだ、だから…ザワン・シン自体もその属性に染まる」

 

青葉(確かこのバージョンのThe・Worldで設定されている属性は6つ、その内火と水、土と木、雷と闇は相克関係にある、そしてその相克の属性で与えた攻撃なら…!)

 

オルカさんとバルムンクさんが再び攻撃を放つ

今度はダメージが通らない…

 

アルビレオ「遅い!…ブレスを見てからじゃ遅いんだ!ブレスを吐く瞬間、受付時間はおそらくコンマ数秒かそこら…!」

 

ソロであればブレスを吐く瞬間に次の攻撃は間に合わない

3人パーティは乱戦になりがちで気付くことが難しい

 

アルビレオ「ふたりだから、か…」

 

口で言うのは簡単だが、気づくことも、実行する事も…難しい事だ

あの2人だけがやってのけられる、完璧な呼吸、タイミング…

美しいほどのコンビネーション…

 

炎を曳く一撃が、ザワン・シンのHPゲージを削り切った

 

咆哮を残し、七色の光の血をぶち撒け、氷原に身をなげうった

 

ほくと「…勝った…」

 

アルビレオ「攻略不能の伝説は崩れた」

 

ほくと「アル!見て!」

 

太陽が昇り、ザワン・シンの遺骸を焼き払う

明けない夜に、朝が訪れた…

足元の氷壁にばりばりと亀裂が走り、光が乱反射し、視界がホワイトアウトする

 

 

 

氷の氷壁が崩れ去り、封印が解かれた

深く、深く幽閉された何者かの姿が露わになる

 

アルビレオ「…六枚羽の…天使だと?」

 

ほくと「…つーか、だ、堕天使?」

 

翼を翻し、それは何処かへと飛び去る

ようやく解き放たれたそれが向かうのは、天なのか、それとも魔王の住処か…

 

 

もはやこのエリアは吹雪のエリアではなくなっていた

他のエリアと同じ、ありきたりなエリア…

 

ただ、一つだけ違うのはゆらゆらと落ちて来る天使の羽…

無意味な背景…

 

不意に、女の子の声が聞こえた

 

リコリス「わたしの、はね」

 

青葉(しゃ、しゃべっ!?)

 

ほくと「リコちゃんがしゃべった!」

 

青葉(…あれ)

 

ただ、何の意味もなく手を差し出した

その手の上に、羽が舞い降り…

 

[eye.cylを入手した]

 

青葉「えっ」

 

アルビレオ「どうした」

 

手に入れたアイテムをアルビレオさんに渡す

 

アルビレオ「eye…?」

 

アルビレオさんがハッとした様子になり、リコリスさんを見つめる

 

青葉「…あ」

 

アルビレオ「なんてこった、なんて初歩的な…!」

 

そうだ、実に単純な事だ

 

ほくと「どうしたの?アル?青ちゃん?」

 

アルビレオさんがリコリスさんに向き合う

 

パッと…リコリスさんの目が開く

 

リコリス「ありがとう、アルビレオ」

 

アルビレオ「みえるのか…」

 

リコリス「うん…うれしい」

 

リコリスさんが笑った瞬間、激しい音共に転送された



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連星と狼

The・World R:1

Σサーバー さざめく 一夜の 錬金術

重槍士 青葉

 

月夜の草原のエリア

空いっぱいの星が輝くエリアにいつのまにか転送された

このゲームに自動的なエリア移動は存在しない、エリアを移動する際は必ず自分の意思でタウンに帰り、別のエリアに行く…

ましてやサーバーを移動するとなるとタウンに帰ってから別サーバーに移動する必要がある…

ありえないことが起きている、だけど…それを楽しんでしまっている

 

アルビレオ「…星、か」

 

アルビレオさんが双眼に寝転がる

 

ほくと「それ、どうやるの?寝転がるやつ」

 

アルビレオ「コマンド、/lieだ」

 

ほくとさんが原っぱのベッドに横になる

 

思えば、アルビレオさんはエモートの使い方が上手い、その世界の住人かのような振る舞い…それがアルビレオさんの…渡会さんのThe・Worldへの想いか

 

ほくと「…ねー、そろそろ生き返らせてよ」

 

そろそろ怨念のこもった声で蘇生を要求される

 

アルビレオ「気は進まないが」

 

アルビレオさんがいやいやにほくとさんを蘇生する

 

ほくと「わーい!」

 

アルビレオ「ちょろちょろすんな、ここも初心者には危険なエリアであることに違いはない…っておい!」

 

ほくと「わっ!魔法陣だ!」

 

魔法陣がほくとさんに反応し、大量のゴブリンを召喚する

 

2人がかりで速攻ゴブリンは始末したが…

 

アルビレオ「言ってるそばから…」

 

ほくと「ドンマイ!」

 

青葉(まだあと一匹、ゴブリンがいますね)

 

アルビレオ「気にする!」

 

ほくと「えぐっ……ごめんなさい」

 

アルビレオ「モーションで無闇に泣くな、/cryを乱用するな、そんなモーションコマンドばかり覚えてないでマップをよく見て歩く事を覚えろ…!」

 

ほくと「アルって仕切り屋さん?」

 

青葉(まあ、鎮守府一つ仕切ってますし…)

 

アルビレオ「悪かったな、仕切り屋で、その仕切り屋のところに押しかけてパーティを組んでるのは誰だ?誰だ?誰だ?」

 

ほくと「わたし」

 

アルビレオ「だったら…」

 

クスクスと笑う声がした

 

青葉「…リコリスさん?」

 

ほくと「あれ?リコちゃん、目が…」

 

eye.cyl

eyeとは読んで字の如く、目の事

そして….cylはLycorisの頭文字三つだ

raeはear、つまり耳のこと…リコリスさんの耳

 

アルビレオさんに聞いたが、最初にeciov.cyl、つまり声を手に入れていたらしい

拡張子を気にしていたが…改めて見れば単純だった

 

目、耳、声…

それらはコミュニケーションの手段であり、相手のことを理解する為に…

 

アルビレオ「…心」

 

そう、心を伝え、理解するためのもの…

 

アルビレオさんが何か言いたげにこちらをみる、ささやき(ウィスパー)に切り替える

 

アルビレオ「…判断とは、自分の意思を決める行為だ…ネットゲームにおいて声がなくてもチャットができる、消音だとしても不都合はない、目を瞑っていても…ゲームは起動できる、判断ができなくなるが」

 

青葉「…そうですね」

 

アルビレオ「…判断とは自分の意思を決める行為だ、NPCにはその意思が存在しない」

 

青葉「……そうでしょうか」

 

アルビレオ「…何?」

 

青葉「…出過ぎた事を言うようですが、随分とこのイベントに入れ込んでいるように見えたので…」

 

アルビレオ「イレギュラーだからだ、このイベントが今までのThe・Worldのどのイベントとも違う、だから…確かめたかっただけだ」

 

青葉「確かめる。?」

 

アルビレオ「……オフラインゲームでチートやバグ技を利用した事は?」

 

青葉「…無いと思いますけど」

 

アルビレオ「お利口さんだな」

 

鼻にかかる言い方だ

 

アルビレオ「オフラインゲームでバグ技を使っても…それで生じる利益も、不利益も…全てそのプレイヤー1人のものだ、だがオンラインゲームでそれを行うとどうなる」

 

青葉「…経済の破壊…」

 

アルビレオ「それだけじゃない、インチキした奴等が良い目を見るのであれば他のプレイヤーたちのやる気を失う、改造(チート)複製(デュープ)が横行し、悪人たちが良い目を見れば規約に則った善良なプレイヤーは意欲を失う…!」

 

そうなれば、街から人は消える

エリアでの出会いも無くなり、ボスに誰かが挑むこともなくなる

誰にも必要とされなくなる世界

 

それは、よくないゲーム…か

 

リコリス「アルビレオ」

 

いつのまにかほくとさんと戯れていたリコリスさんがアルビレオさんを呼ぶ

 

リコリス「ついてきて」

 

リコリスさんがくるりと振り返り、走り出す

これが…NPCなのだろうか?

アルビレオさんのいう、意思のない存在なのだろうか、それとも…目と耳で感じた声から状況を判断し、声でそれを伝えているのだろうか

 

出会ってわずかなこのNPCの少女に、私は深く感情移入していた…アルビレオさんとは違った

重ねていた、元AIだった私にとっては…消して遠い存在だとは思えなかった

 

ふしぎな風が吹いていた

私たちに吹き付ける風は、どこかふしぎで…リアルを感じさせた

 

ほくと「リコちゃん待って!」

 

リコリスさんは小さな泉の前で止まる

 

青葉「幻の泉…!」

 

アルビレオ「装備アップグレード用のイベントだ、あまりの装備をこれに投げ入れると…ん?」

 

リコリス「アルビレオ」

 

アルビレオ「…なんだい。リコリス」

 

アルビレオさんはロールしてみせた

リコリスと時を過ごしたアルビレオとして

簡単に壊れてしまいそうな、小さな体で、ハッキリとした声で

 

リコリス「おねがいね」

 

その一言ともにリコリスさんは泉に身を投げた

 

青葉「えっ!?」

 

ほくと「リコちゃん…?」

 

リコリスさんと入れ替わりに最適に目鼻をつけたようなキャラクターが飛び出す 

 

青葉「泉の魔人…!」

 

ほくと「キモっ!めちゃキモい!!」

 

ムッシュ「あなたが落としたのは、金の斧ですかァ?それともこの銀の斧ですかァ?」

 

このイベントには三つの選択肢がある

一つは金の斧、もうひとつは銀の斧、最後はどちらも違う

当然投入するアイテムは金の斧でも銀の斧でもないので最後が正解、しかし金か銀を選ぶと高値で売れるアイテムになる

 

アルビレオ「どちらも違う」

 

…正直リコリスさんを無視した選択肢が脳裏をよぎらなかったわけではないが、この選択肢で安堵した…

 

ムッシュ「正直、このレベルのアイテムになると僕では無理だねェ」

 

アイテム?レベル?

リコリスさんはNPC…いや、確かこれもイベントの道筋だ、上限のレベルを超えている場合金の斧と銀の斧に加えて投入したアイテムを返却する仕様…だったはず

 

ムッシュ「それじゃね〜〜〜!」

 

魔人が空へと消えるのを見送る

いつのまにか背後にリコリスさんが居た

アルビレオさんを見ると、固まっていた…

 

おそらく、あの拡張子のアイテムを見て…

何かに驚いて

 

アルビレオさんがふとリコリスさんを見つめる

 

アルビレオ(…やはり、濡れていない…当然だ、濡れた髪も、濡れた洋服も、そんなグラフィックはこの世界に用意されていない…)

 

何かを、見定めるように…そして、ハッとして

 

アルビレオ「なぜ、そう言い切れる…?」

 

…リコリスさんを見てそう言った

リコリスさんは何も言っていない…いや、ささやいたのかもしれないが…私の頭には、ふと…別のことが浮かんだ

 

青葉(…思えば、アルビレオさんは…渡会さんは、The・Worldのプレイヤーとして遊んでいるんでしょうか…それとも)

 

発言が別の、視点のように感じる

 

 

 

 

星空を眺め、腰を下ろす

 

ほくと「なんか…こうしてると気持ちいいね、ゲームなのに」

 

アルビレオ「ああ」

 

ほくと「しっかし、休日の朝からネットゲームとは……とほほ、不健康だねぇ」

 

青葉(うぐ…)

 

悪意のない言葉が突き刺さる

何を隠そう私は曜日感覚などとうに失っている、今日が休日なのも知らなかった……いや、ここは過去の世界だから曜日が同じとは限らないのだが

 

アルビレオ「罪悪感があるうちはまだ大丈夫だ、それが不健康と思えなくなったら」

 

ほくと「廃人ってやつ?廃人プレイヤー」

 

アルビレオ「そう」

 

私はどうやら廃人らしい

 

ほくと「アルは廃人だよね?」

 

アルビレオ「廃人っていうのは蔑称だ、安易に他のプレイヤーに対して使うな」

 

ほくと「はーい」

 

アルビレオ「…仕切り屋はうざいか」

 

ほくと「赤の他人にたかがネットゲームのことで説教されたら、カチンとくるけど…アルは違うから」

 

アルビレオ「違う?」

 

ほくと「パーティの仲間だもん」

 

ほくとさんが笑顔のエモーションを使って見せる

 

アルビレオ「たくさん笑うのは、いいことだ」

 

ほくと「ほぇ?」

 

アルビレオ「泣くのはほどほどにしておけ、リアルでも同じだろう、涙に信用がなくなる」

 

アルビレオさんの視線がほくとさんに向く

 

ほくと「ねぇ」

 

アルビレオ「なんだ」

 

ほくと「アルの目って星みたいだね」

 

アルビレオさんが驚いたような表情を見せる

 

アルビレオ「…吟遊詩人になれるな」

 

ほくと「詩人?詩人?わたしって、詩人?」

 

アルビレオ「アルビレオの名前の由来、わかるか」

 

ほくと「ん〜……」

 

そうか、とようやく納得した

 

アルビレオ「白鳥座のクチバシにある2等星の名前だ、この星は肉眼では一つに見えるが望遠鏡で観るととても近くにある二つの星だとわかる、二重星…連星って言うんだが、お互いに重力で引き合いながらまわってる」

 

ほくと「ほー…」

 

アルビレオ「サファイア色と、トパーズ色の、とてもきれいな二つの星なんだ」

 

ほくと「だから、右目が青で左目が黄色、か…」

 

アルビレオ「だから、銀河の宝石ってな…」

 

ほくと「やっぱりかっこつけじゃん」

 

リコリスさんがアルビレオさんのそばに腰を下ろす

いつのまにか2人の手は離れていた

いや、目を取り戻したときからなのかも知れない

光を取り戻したから、もう手を引く必要はなかったのだろう

 

アルビレオさんが唐突に立ち上がる

 

アルビレオ「…リコリスのイベントに、決着をつける」

 

私たちは、タウンに転送され、アルビレオさんに連れられて…そのエリアに向かった

 

 

 

 

 

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

グリーマ・レーヴ大聖堂

 

BGMのない、静かな…空間

ただの空間…この世界の異端

始まりと終わりの場所…

 

四つの足跡が、四つの影が聖堂へと進んでいった

聖堂の中はパイプオルガンの音が流れていた

鏡のように磨かれた床に天井の振り子が四つ映されていた、ゆらゆらと、揺れていた

 

モンスターもダンジョンも宝箱すらもないここに…

 

アルビレオ「黄昏の碑文、知ってるか?」

 

ほくと「碑文?」

 

青葉「名前だけ…」

 

アルビレオ「黄昏の碑文はThe・Worldの世界観のもとになった叙事詩だ、黄昏の碑文は一般公開されたweb上のテキストだった…個人ホームページの公開小説みたいなものだ」

 

ほくと「どんなお話?」

 

アルビレオ「ざっくりいえば精霊と魔物の大きな戦いのファンタジーものだ、世界を破壊に導く禍々しい波と戦う光と闇の連合軍…そして波から世界を救うと予言された夕暮れ竜の探索をする2人の半精霊と1人の人間の物語だと言われている」

 

青葉「言われている?」

 

アルビレオ「この物語の作者、エマ・ウィーラントの黄昏の碑文のオリジナルは失われてしまったんだ、The・Worldのベータ版…フラグメントが公開されたのが2007年5月、そして2ヶ月後の終了の頃には噂が立ち始めた、このゲームの世界観のもとになった小説があると」

 

ほくと「それが黄昏の碑文…そっか、アルもテスト版の頃からこのゲームやってるんだもんね?」

 

アルビレオ「やっぱり廃人か」

 

ほくと「はは、はは、ははは」

 

ほくとさんは予期せぬカウンターにバツが悪そうに笑っていた

 

アルビレオ「しかし、噂が立ったときにはエマのサイトはとうに閉じられていた」

 

青葉「何故…?」

 

アルビレオ「エマ・ウィーラントはそのときすでに個人だった」

 

青葉「そうなんですか…」

 

アルビレオ「その事はずいぶん後になって知ったんだがな…俺は黄昏の碑文について調べ、手当たり次第に情報を集めていた、状況証拠から推察するに…2004年から2005年、あのPluto kiss(冥王の口付け)がおきた2005年12月24日までには消失していた」

 

青葉「プルートキス…世界最悪のネットワーククライシス」

 

アルビレオ「全世界で77分間ネットワークが一斉に停止した事件だ、調査の数字に現れていないが個人のデータ損失も計り知れないよ、俺も被害者」

 

ほくとさんが吹き出しながら尋ねる

 

ほくと「どしたの?」

 

アルビレオ「書きかけの、完成間近だった大学の卒業論文を…吹っ飛ばされた」

 

ほくと「バックアップは?」

 

アルビレオ「それ以来欠かさず外部のメディアにとるようになった…プルートキス前の2、3年間はウイルスデータの被害が日常茶飯事だったから、まあ…おれの対策不足か」

 

ほくと「大変だったよね!」

 

青葉(え?)

 

アルビレオ「…そんな時代に黄昏の碑文はあった…甘い物語は好きか?」

 

ほくと「重いだけのは嫌い」

 

アルビレオ「ファンタジーは読者を選ぶ…だが、ゲームとして…黄昏の碑文に触れたことないものも、エマ・ウィーラントに触れている…勝手に気持ちを代弁する事はしないけど、したくないけど…これは物語の語り手にとって、とても、幸せな事なんじゃないかと思う」

 

ほくと「無視されるよりはね」

 

リコリス「アルビレオ」

 

ほくと「リコちゃん?」

 

アルビレオ「気づかないか?このマップに入ってからボイスチャットが全体トークモードになっている、他のモードも選べない」

 

ほくと「あ、ほんとだ…!」

 

青葉「…どうして…」

 

アルビレオ「神の御前(みまえ)では隠し事もないしょ話も嘘も許されない…そういう設定か」

 

呟いた、誰に語りかけるわけでもなかったのだろう

 

アルビレオ「ならば言うさ…リコリス!!」

 

アルビレオさんが振り返り、リコリスさんを視界に映す

 

リコリス「アルビレオ」

 

アルビレオ「キミは、本当にこれを渡して欲しいのか?」

 

赤い髪の少女はステンドグラスから差し込む夕陽に照らされながら、そう答えた

 

リコリス「yromem.cylを、わたしにください」

 

青葉(…memory…!記憶!)

 

リコリスさんがハッとした表情になる

 

リコリス「アルビレオ…!」

 

アルビレオ「思い出したか」

 

青葉(…アルビレオさんと、リコリスさんの間に、何が…?)

 

アルビレオ「lyc.memory…リコリスのメモリか、思い出と訳すよりはまさにメモリだ、記憶のデータ…これまでに声と耳と目を取り戻したように、今、記憶を取り戻したわけだ」

 

リコリス「なぜ…あなたが、アルビレオ?」

 

アルビレオ「忘れてきたのはキミだ、顔のリンクを外していたのはキミの方だ」

 

…違う、この冷たい雰囲気…

ロールしていない、いや、これも一つのロールなのかもしれないが…重槍使いアルビレオは、私の目の前にはいない…!

 

リコリス「…わたしを」

 

アルビレオ「消す」

 

リコリス「わたしを、消すの?」

 

ほくと「アル…!?」

 

アルビレオ「なんだ」

 

ほくと「なんだじゃなくて!なんでリコちゃんに武器を…まさか攻撃するつもり!?」

 

アルビレオ「そうだ」

 

ほくと「な…なんで!」

 

アルビレオ「イベントを解く為だ」

 

殺すことがイベントの結末…?

これが、渡会さんが触れられたくなかった過去なの…?

なら、あの表情は?まるで何かを悔いて…いや…

 

ほくと「リコちゃんを殺してイベントをクリアする?」

 

アルビレオ「そうだ」

 

ほくと「そんな…そんなのって…!」

 

アルビレオ「そう言う設定だ、しかたない」

 

ほくと「説明して!何がどうなったらリコちゃんを殺すなんて出鱈目なお話になるの!!」

 

アルビレオ「このイベントを企画したやつに聞け、リコリスは最初目が見えないばかりか耳も聞こえず声も出せない、ついでに記憶喪失…そう言う設定だ、そして俺はリコリスの望みを全て達成してきた」

 

ほくと「何か間違えたとか…!」

 

アルビレオ「イベントの選択肢を間違えたのだとしたらこれはバッドエンドだ、だがシナリオ分岐に絡むような選択肢はなかった、これは攻略ミスじゃない」

 

ほくと「おかしいよ!そんなのいやだよ!」

 

アルビレオ「ならぬけろ、もともとキミ達に関係のないイベントだ」

 

ほくと「アルはリコちゃんを助けようとしてたんじゃないの?」

 

アルビレオ「違う、イベントを解こうとしていただけだ」

 

ほくと「手ぇ!つないでたじゃんか!ずっと!!」

 

アルビレオ「無理矢理な、これはNPCだ、ただのイベントキャラ、命も心もない、パラメーターもHPもSPもない」

 

ほくと「アルはリコちゃんを殺す為にこのイベントをやっていたの?」

 

アルビレオ「違う、結末は分からなかった、だが…始めた以上、どんな最悪な結末でもクリアはしておく、しておかなくてはならない」

 

ほくと「殺すなんてかわいそう!」

 

アルビレオ「殺すんじゃない……はぁ……削除…クリアするんだ」

 

アルビレオさんがため息をつく

何を想っているのか、推し量れない何かが、あるのだろう…

 

アルビレオ「このThe・WorldではふしぎなNPCが目撃される、キャラクターのグラフィックが壊れていたり文字化けした文章をチャットに流す、壊れたプログラムだ…バグだ」

 

ほくと「リコちゃんも…バグなの?」

 

アルビレオ「かもしれない、おそらくそうだ、バージョンアップのとき未完成のイベントを間違ってサーバーにアッパロードしたのかもしれない…出なければこんな唐突な救いのない結末は、誰も許さない」

 

ほくと「なら、バグなら直してもらおうよ!」

 

アルビレオ「もちろんそうする、だがその前にイベントをクリアする」

 

リコリス「わたしを、けすの?」

 

アルビレオ「オルカやバルムンク…彼らのような素晴らしいプレイヤーが生きるこの世界を守る為にはどんな些細なバグも見逃す事はできない!」

 

リコリス「…くずデータ…わたしは…」

 

アルビレオ「削除する」

 

リコリス「わたしは…できそこない」

 

アルビレオ「AIが…」

 

リコリス「AIだから…」

 

アルビレオ「AIが人を装い、喋るな!このThe・Worldを混乱させるな!」

 

閃光のエフェクトがあたりを包む

高音でなんの音も聞こえない…けど、だんだん、何かを感じられる…

スクリーンいっぱいに、古い映画のような映像が浮かぶ

 

痩せかけた男が、白く波打つ白髪を伸ばした男がこちらを見ている

 

「何故、お前がきたのか」

 

割れた声がする

 

「お前は、アウラにはなれない」

 

「わたしは…」

 

少女の声も、ひどく割れた音になる

 

「何故なら、お前はそのように名付けられなかったから」

 

「わたしは……」

 

「いいかい、リコリス、お前は、できそこないだ」

 

アルビレオ「……リコリスだと?」

 

気づけば、隣でアルビレオさんがそのスクリーンを睨んでいた

この映像は古い、そして一人称の…つまり、リコリスさんの記憶だ

 

カメラの視界が上を見た

聖堂の天井が映される

 

「ああ、未だ見ぬ子よ…だから、わたしは彼女をアウラと名付けよう、君なしにこの子はありえなかった、光り輝く子、アウラ、彼女こそ私の……」

 

「わたしは、できそこない?」

 

「お前は試されし夢産みの失敗作だ」

 

リコリス「アルビレオ」

 

アルビレオさんの槍に貫かれたまま、リコリスさんが呼びかける

 

アルビレオ「リコリス、今見せたものは…」

 

リコリス「初めての時、初めてここであなたと会った時、少しだけ前にこの聖堂で見ていたこと」

 

アルビレオ「キミは聖堂の中に佇んでいた」

 

リコリス「本当は泣いてたの」

 

…アルビレオさんと、リコリスさんの出会いを私は知らない、だけど…リコリスさんの痛みは、私には何故かよくわかる…

痛む心が、ある…今の私には…

 

2人にかける言葉が、私には何もない、言葉すら発せない…

 

リコリス「あの時、何故私が聖堂にいるとわかったの?」

 

アルビレオ「プレイヤーからのバグ通報があった」

 

リコリス「2回目の時は?」

 

アルビレオ「それもバグ通報だ」

 

リコリス「誰からの?」

 

アルビレオ「プレイヤーだ」

 

リコリス「うそ」

 

アルビレオ「……通報者のメールアドレスには、何もなかった、使われていないアドレスだった」

 

リコリス「アルビレオは、碧衣の騎士団でしょう…あなたの槍の名は?」

 

アルビレオ「…神槍ヴォータン」

 

リコリス「神の、槍ね

 

アルビレオ「そうだ」

 

リコリス「誰にもらったの?」

 

アルビレオ「デバッグ用のAI狩りのアイテムはフラグメント時代から存在する」

 

リコリス「誰が用意したの?」

 

アルビレオ「わからない」

 

リコリス「ある日突然、システム管理者のデバッグアイテムとして仕様に追加されていた」

 

アルビレオ「何故、知っている…」

 

リコリス「その槍だけじゃない、誰も知らないプログラムが勝手に追加されて、誰も知らないうちに勝手に削除されている」

 

アルビレオ「何故知っている…リコリス!The・Worldのなかにあるあのフォルダのことも知っているのか!」

 

リコリス「フォルダ…」

 

アルビレオ「フォルダだ!システムの中に開けないやつがある、移植の時もオリジナルのスタッフに散々苦情を入れたやつだ…オリジナルを開発した奴らですら開かなかった…!中身を知ってるのはCC社にThe・Worldの企画を持ち込んで1人で全てをプログラムした男だ…!俺たちはほんのちょっとの手伝いをしただけの…!」

 

リコリス「その男は?」

 

アルビレオ「…会った事はない、そのゲームデザイナーは自分の仕事をおえるとベータ版の公開前に姿を消した」

 

リコリス「名前は?」

 

アルビレオ「ハロルド・ヒューイックだ…」

 

リコリス「あの人と同じなのね」

 

アルビレオ「誰だ…まさか、さっきの男か…!」

 

リコリス「モルガナ・モード・ゴン」

 

アルビレオ「…何?」

 

リコリス「それが神の名、アルビレオ、ハロルドのつくろうとしたうちなる世界に潜むもの、顕在するもの、あなたにヴォータンを授け、私を消そうとした」

 

アルビレオ「モルガナ…その存在がキミを」

 

リコリス「そう、私は母からも、父からも、誰からも望まれなかった子」

 

アルビレオ「The・Worldに顕在するモルガナ…おれは、このアルビレオはモルガナの走狗だと?では、リコリス…きみは」

 

リコリス「私はあなたではない、モルガナから逃げていた」

 

アルビレオ「…あの逆さ読みの暗号もモルガナに検知されないように…?」

 

リコリス「これが、ほんとうに最後のセグメント…最後の私のカケラ…私の、あきらめのこころ」

 

アルビレオ「…setaf.cyl…The Fates…リコリスの運命…抗いがたい運命だぞ」

 

リコリス「私はこの世界で私として生き続けたかった、でも、私はアウラにはなれない…何故ならそう名付けられなかったから」

 

アルビレオ「アウラとは…リコリス!キミを抗いがたい運命のもとに、俺を、こんな結末へと導いたモルガナとは…アウラとは…一体何者だ…俺はイベントをクリアしたのか?失敗したのか?何を得た?」

 

リコリス「あなたは私を消す」

 

アルビレオ「もう…消さなくてもいい」

 

リコリス「モルガナがわたしを消す、私が、私のようなAIがこの世界を演じる事で、そのデータの積み重ねがアウラの誕生を早めるから」

 

アルビレオ「モルガナはアウラの誕生を望んでいない…?だがリコリス!キミのような放浪AIを生み出しているのはそのモルガナではないのか!あのブラックボックスのフォルダが…!」

 

リコリス「モルガナの自己矛盾」

 

アルビレオ「矛盾…矛盾を抱えたプログラムは動かない!」

 

リコリス「極めて複雑化したシステムは矛盾を抱えたままでも動く、そして予測を裏切る」

 

アルビレオ「それは…!」

 

リコリス「でしょう?」

 

アルビレオ「それでは人間と変わらない…!」

 

リコリス「わたしは自己保存する」

 

アルビレオ「それがキミの目的か…!だから自分をセグメントに分けて逃げて、俺を利用して…」

 

リコリス「助けて欲しかっただけ…このThe・Worldの中に存在し続ける、演じながら…それが私の目的、最優先される事」ら

 

アルビレオ「ゲームのキャラクターとして、か…だから、不自由だったんだな、キミはよくルールをやぶったが…」

 

リコリス「それは、あなたのマイルールでしょう」

 

アルビレオ「……そうかもしれない」

 

リコリス「でも、私が存在する限りあなたは私を消す、モルガナが騎士団を操り、私を消す…私は諦めた」

 

アルビレオ「俺のせいなのか…?」

 

リコリス「抗いがたい運命だもの、私は試されし夢産みの失敗作…」

 

アルビレオ「ちくしょう…!」

 

リコリス「わたしは、あきらめた、だから新しい答えを考えた、私が世界に存在する為に」

 

アルビレオ「それが…きみの意思か」

 

転送のエフェクトに包まれた

 

リコリス「これが、私たちのイベントの結末」

 

 

 

 

 

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

 

青葉「……」

 

今、私の手元には…一本の花がある

ヒガンバナ、学名は…リコリスラジアータ

 

…きっと、違ったのだろう

私は本来あの場に居なかった

私は、見てはいけないものを見て、手に入れてはいけないものを手に入れた

 

2つもだ、一つはこのヒガンバナ

そして…もう一つは、謎のアイテム…

 

とりあえずは…リアルに帰ろう、一度、話しておかなくてはならない…このヒガンバナは…きっとこの槍に惹かれたのだろう

アルビレオさんの槍に

だから、アルビレオさんに結末を語る必要がある

 

変わってしまった結末を

そして、もう一度誓おう…このゲームは良いゲームなのだから

今起きている問題は決して誰の目にも映すことないままに

私が解決して見せると



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オートリーブ

佐世保鎮守府 応接室

青葉

 

渡会「…そうか、全て見られたか」

 

青葉「…すみません、でも…」

 

渡会「ここまで来たのなら…なんでも聞け、もはや隠すつもりもない」

 

青葉「…では、やはり…渡会さんはシステム管理者…もっと正確に言えば、デバッガーだったんですか?」

 

渡会「…ああ、碧衣の騎士団と言う組織の…部署の、チーム長だった」

 

青葉(想ったより偉かった…)

 

青葉「…リコリスさんとの、出逢いについては?」

 

渡会「隠されし禁断の聖域…匿名の通報が入ったんだ、そこで…彼女と出逢った、俺は知らなかったが…泣いていたらしい」

 

青葉「…セグメントというのは」

 

渡会「リコリスを構成するデータだ、彼女は最初、削除される寸前に自分を複数のセグメントに分けた…声、耳、目、記憶…そして、運命…空っぽの体を徘徊させ、助けてくれる誰かを探していたんだ」

 

青葉「誰か…それが、アルビレオさん…」

 

渡会「ああ…といっても、その時も俺は削除するつもりでエリアに向かった、そうするとイベントNPCのように振る舞った、裸足で俺の後ろから歩いてきて、ぶつかられた…」

 

青葉「それが、2度目の出会い…」

 

渡会「…リコリスは、自分勝手だった、デバッグ用のオートリーブ…強制転送を多用したり…アルビレオを勝手に動かしたり…ルールから外れた行動を…」

 

青葉「それは、渡会さんのマイルール…ですよね」

 

渡会「…そこまで知っているのか……本当に何も隠し事はできなさそうだ、最初俺は…リコリスに…リコリスのイベントに、オフラインゲームをプレイさせられているようで、不満があった」

 

青葉「強制転送や関わるはずのないイベントに無理やり関わることになったから?」

 

渡会「ああ、特にモンスター襲撃イベントはまずかった、管理者PCの俺がMVPになった事で担当部署から苦情を入れられた…いや、それはいいか…昔から、俺は…主人公が勝手に喋るゲームが好きじゃなかった」

 

青葉「自分の分身として受け入れられなかった?」

 

渡会「ああ、だから…その、リコリスのイベントに…最初は不満もあった…だが…いろんなものを見た、様々な出会いがあった、別れがあった」

 

青葉「…アルビレオさんには、渡会さんには正しいのかは分かりませんが…こんな言葉があります出逢いは神の御業、別れは人の仕業」

 

渡会「…リコリスとの別れは、(アルビレオ)の仕業…か」

 

青葉「そうじゃありません…今、青葉の…The・Worldの青葉の手元に、ヒガンバナがあるんです、イベントの結末と共に…私の手元に何故か」

 

渡会「……新たな、出逢いか…」

 

青葉「…リコリスさんの、データの断片なんだと思います」

 

渡会「だろうな…相変わらず、か…勝手な事をするのは、昔から変わらないな、リコリス…」

 

青葉「…それを…」

 

渡会「君が持っていてくれ」

 

青葉「え?」

 

渡会「……リコリスは、ヴォータンの持ち主を選んだんじゃない、もしそうなら…過去の俺を選んだはずだ、キミを選んだリコリスの判断を……意思を、尊重したい」

 

青葉「…いいんですか?」

 

渡会「俺には重すぎた…出来すぎたシナリオだったよ」

 

青葉(…できすぎた、か…)

 

渡会「ああ、それと…」

 

青葉「はい、わかってます…これ」

 

ポーチから写真を取り出し、並べる

 

渡会「随分あるな」

 

青葉「…いつのまにか、シャッターを切っていました」

 

星空の世界、聖堂の中、雪山の激戦

最初はリコリスさんだけを、次にアルビレオさんと2人の写真を…ほくとさんは写さないようにと思っていたけど、いつの間にか写っていた、だから

3人が並んだ姿を…

 

渡会(ん?…これ、エディットが違う様な…)

 

青葉「あ、槍…多分、私がヴォータンを持ってるから…代わりに何か別の槍を……あれ?」

 

おかしい、だとしたら…おかしいはずだ

過去にヴォータンが無いのは、何故…?

私にヴォータンを渡したのは現代だ、過去のことに何故関係する?

 

渡会「…これが1番…よく撮れている…ありがとう」

 

3人が星空を眺める画

…やはり、渡会さんにとって、アルビレオさんにとって…ほくとというあの呪文使いもまた、無視できない大事な仲間だったのだろう

 

コンコンと応接室の扉を誰かが叩く

 

渡会「入ってくれ」

 

瑞鶴「失礼しまーす…あれ、青葉さん、どうも…提督さん、遥さん来てるよ」

 

青葉(遥さん?)

 

渡会「…せっかくだ、通してくれ」

 

青葉(せっかく…?)

 

少しして、女性が入ってくる

お洒落な格好とは言わないが、上品な女性…

 

水原「あれ?この人は?」

 

女性が私を指す

 

渡会「青葉…さんだ、その…他所から来てくれてる…それより、これを」

 

渡会さんが一枚の写真を見せる

 

水原「あ!え、懐かしい!スクショなんて持ってたの!?なんで今まで見せてくれなかったの?!」

 

青葉(な、懐かしい…?ま、まさか…)

 

改めて女性を見る

渡会さんと年齢はさほど変わらない様で、そう…あり得ないと頭の中で結論つける

あの時の渡会さんは大学を卒業して数年、ほくとさんは…女子中学生ぐらい…の、はず…

 

水原「リコちゃんの写真なんてあったんだ〜…でも、なんで今更?」

 

…いや、前言撤回も考えた方が良さそうだ

 

渡会「俺じゃ無い…」

 

渡会さんが私を見る

 

水原「え?」

 

渡会「過去の…The・Worldの風景を切り取ってきてくれた、彼女もまた、目撃者だ」

 

…目撃者

 

水原「…へ〜…!そっか、あ、自己紹介してなかったね、私は水原遥、翻訳家やってます!」

 

青葉「水原…遥……え?翻訳家…?」

 

私でも知ってる、著名な作品の翻訳を手掛けているのだから

つまり、まあ…業界的には有名人…

 

渡会「あと、ほくとだ」

 

青葉「えええぇぇぇぇっ!?!」

 

絶叫した

完全に子供だと、年下だと思ってたのに…めんくらったとはこの事か

 

水原「いやー、その名前も久々だね、アル?」

 

渡会「…そうかもな」

 

呆然とした、だけど…見える気がする

かつての、3人のパーティが

私が見ていたあの光景が…そう、2人の間に小さな女の子…が…?

 

青葉「あ、あれ?幻覚じゃない…?」

 

瑞鶴「あ、浬子ちゃんも来てたんだ」

 

青葉「り、リコちゃん…?」

 

水原「あ、愛娘の浬子でーす、ほら、挨拶は?」

 

浬子と呼ばれた女の子がお辞儀する

 

青葉「…あ、なるほど……ええと」

 

渡会「…そういう事だ」

 

青葉「…本当に、よく出来すぎたシナリオですね…」

 

渡会「ん"っ…ま、全くだな…」

 

水原「ん?何?なんの話?」

 

瑞鶴「え?どういう事?」

 

素敵な結末とは言えない

だけど、それは物事を一つの側面から見た時の言葉

決して同じものじゃ無いけど、決して違うけど…

 

それもまた一つの結末

シナリオは幕を閉じたのだろう…

 

 

 

 

 

 

The・World R:1

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

グリーマ・レーヴ大聖堂

重槍士 青葉

 

青葉「……なんとなく、来てくれる気がしていました」

 

聖堂の扉が開く

赤毛の少年が靴音を鳴らしながら近づいてくる

声に若干のノイズがかかる

 

青葉「…あれ、マイクの調子が悪いのかな…まあ、いいか…初めまして…いや、正確には…2度目ですか、私は青葉といいます」

 

トキオ「…シックザール…!なんでここに…」

 

青葉「ここは、始まりと終わりの場所…きっと来ると思っていました」

 

私も、演じよう

この世界の中にある…青葉を

 

青葉「私はあなたと戦いたいわけじゃありません、あなたをリアルに帰してあげたいんです」

 

トキオ「え?」

 

青葉「…ただ、あなたをネットに引き込んだ人たちについて話してはいただきたいですが…」

 

トキオ「……」

 

トキオさんが、剣を持ち上げる

前とは違う、ファンタジー的…いや、科学的とも言える

その剣を順手に持ち、私へと向けられる

今まで持っていた短剣と合わせて、これで双剣か

 

トキオ「そんな話、信じられるか…!」

 

青葉「…そういう事でしたら、やむを得ません…一度、フリーズさせます」

 

…不思議な没入感だ

このゲームは三人称と一人称を切り替えられる

初めて一人称にした途端、すごく馴染む感覚を感じた

 

青葉「……この、神槍ヴォータンで」

 

トキオ「…やってやる!!」

 

剣と槍を交わす

ぶつかり合い、火花を散らす

何度もぶつけ合い、パターンを把握する

 

青葉(大丈夫、1人相手なら余裕…できるだけ傷つけないで生捕る…!)

 

大ぶりな槍の攻撃を防がせ、体制を崩したところを石突で脚を払い、こかす

こけて倒れた首元に切先を向けてチェックメイトだ

 

青葉「…どうですか、まだやりますか」

 

トキオ「……クソッ!」

 

負けを認めたか、悔しそうな顔つきで天井睨む

 

トキオ「なんなんだよ!なんでなんだよ!……もう、わかんないよ!何を信じればいいんだ…」

 

青葉「…一緒にいた、カイトとブラックローズは何処に」

 

トキオ「…偽物、なんだろ…?」

 

青葉「え?」

 

まさかそんな返事が返ってくるとは思わなかった

 

トキオ「俺を守ってくれたカイトとは、声が少し違ったんだ…この時代に本当はカイトはいないんだ…!」

 

青葉(声が、違う……そう言えば、現代で対峙したカイトとも声が違った…確かに少しの差だけど、違った)

 

青葉「え?じゃあ……まさか、司令官…?」

 

冷や汗が伝う

私は誰に槍を向けていたのか…なんとなく察した

 

トキオ「え?…クロノコア?」

 

青葉「え?」

 

トキオさんが槍を払い除け、私に斬りかかってくる

 

青葉「うわっ!?」

 

斬撃を受けてPCが後ずさる

コロコロと、名前のない謎のアイテムが零れ落ちる

 

トキオ「こ、これ!?これがクロノコアなの!?雑賀ちゃん!」

 

青葉(彩花?)

 

転送エフェクトに包まれる

 

青葉「へっ?」

 

トキオ「え?」

 

…転送された、何処かに

 

 

 

トキオ「…逃げた?……と、とにかく!クロノコア手に入れたよ!」

 

彩花『はしゃがない!早く次の時代に行くわよ、トキオ』

 

トキオ「うん、それにしても…強かったな…きっとあのローブのやつと同じなんだ……右目が青で、左目が黄色の槍使い…か」

 

彩花『…また戦うことになるかもしれないから、ちゃんと対策しなさい』

 

 

 

 

The・World R:2

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

 

青葉「こ、ここ……R:2…なんで?」

 

いや、それより…今の強制転送(オートリーブ)

 

懐からヒガンバナを取り出す

ヒガンバナが少し光った気がした

 

青葉「…リコリスさん…貴方が?……そんなわけ、無いか」

 

そう否定するのは簡単だが…

 

とにかく頭痛から逃れるために今は否定しておこう

 

青葉「はは、はは、ははは…」

 

…新しい冒険の幕開けか…



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取り決め

離島鎮守府 医務室

駆逐艦 春雨

 

春雨「鎮痛薬です、どうぞ」

 

海斗「ありがとう、助かるよ」

 

春雨「しかしまた妙な方が来たものです、激しい頭痛…風邪ですか?」

 

海斗「…いや、正直に話すなら今は症状は出てないんだ」

 

春雨「…予防、いや、だとしたらその薬は不要だ……自殺でも考えるんじゃないでしょうね」

 

海斗「違う、これは対策として欲しかったんだ…The・Worldで何かが起きてる…なんて言うか、ええと…ゲームの痛みを感じる恐れがあるんだ」

 

春雨「……成る程」

 

The・Worldでのダメージをリアルに感じる、過去にあったログアウト不可の事象の際に発生した事例…

 

春雨「思ったより深刻みたいですね、手を貸しましょうか」

 

海斗「…いや…大丈夫、まだ…僕たちでやれるはずだから」

 

春雨「……あなたの見るべき場所は、何処なんですか」

 

海斗「…此処と、The・World…」

 

春雨「1人で2つの世界を救うなんて無謀な事を」

 

海斗「それが…僕の責任だ」

 

春雨「責任?」

 

海斗「この世界を産み出した、その決断をした責任は果たさなくちゃならない」

 

春雨「そういえばそんな事してましたね、ですが今ここにいる人たちはあなたを信じてついてきた人なんです、今の仲間にもう少し目を向けてはどうですか」

 

海斗「……The・Worldは…今のThe・Worldは放置すれば何が起こるかわからない、この世界を前と同じ結末にするわけにはいかないし…でも、今はできるだけみんなに目を向けてるつもりだよ」

 

春雨「…摩耶さんにも、ですか」

 

海斗「え?…知ってたの?」

 

春雨「部屋に入れば大抵やってますからね、何度か名前を呼んでいるのを見かけました…アケボノさんが不安を感じていたのはおそらく摩耶さんの存在が原因なんじゃないですか?」

 

海斗「摩耶が?」

 

春雨「アケボノさんを褒めてあげたらどうですか、すごいとか、そんな事じゃなくて…そう、例えば頭でも撫でてみたらどうですか?」

 

海斗「褒める…わかった、そうしてみるよ、ありがとう、春雨」

 

春雨(御礼はちゃんと言えてますし、感謝は当たり前なんでしょう、となると別方面の刺激を与えてあげて満足感を与える…果たして有効なのかな、まあ…火でも噴くか?)

 

春雨「それと…中部海域、迷ってるならやめたほうがいいですよ」

 

海斗「…ええと、誰かに聞いた?それとも…」

 

春雨「勘です、貴方ならアメリカの人達を帰そうとするでしょうから、賠償艦の事なんて関係なく」

 

海斗「…まあね、家に帰りたいとは思ってるはずだから」

 

春雨「でしょうね」

 

春雨(まあ、勘でわかるほどの仲じゃありませんけどね、相談されたから知ってるだけ、でも、倉持司令官もそれは承知のはず…)

 

追及してこないなら見逃してくれるという事だ

つまりは、要するに内通者がいるなんて騒ぎ立てるのが嫌なわけだ、お仲間想いの綺麗事だが、あまり放置していい問題では無いことくらい分かるはずだろう…

 

海斗「…そういえば、アヤナミはどう?」

 

春雨「…眠っています、体はまだ回復を諦めていませんから」

 

意外なことにも綾波さんの身体は多少マシになっていた

と言っても完治することはない、痛みが多少引いたくらいだろう…

飲食にも多大な苦痛を伴っていた綾波さんは執務室に毎日遊びに行き、お茶会を開催していた

それを一時的にやめた

熱い紅茶を飲むなんて今の綾波さんの体には耐えられない激痛を伴っていた筈だ、故に、この楽しみを取り上げる行為は仕方がなかった

 

春雨「起きていたら喜んでいたでしょう、綾波さんにとってお茶会は大きな意味を持っていましたから」

 

唯一無二の憩いの時間だ、それを奪われたとあってはたまったものではないだろう…だというのに、あれ以降綾波さんはただの一度も文句を言わない

私が綾波さんを救う事を、残された時間を有意義にする事を信じて疑わないでいてくれる

 

…それが私の使命なら…それに応えるまでだ

 

 

 

 

Link基地

駆逐艦 朧

 

朧「……ん?ラーメンの匂い…」

 

もう夜も遅い、晩御飯もみんな食べて、誰がこんな時間に夜食なんか…

 

朧「…あ」

 

前言撤回、2人食べてない人がいた

 

ビスマルク「これが…らーめん?」

 

綾波「ええ、と言ってもインスタント麺ですけど…」

 

アークロイヤル「美味しそうだ…は、ハシが良いんだよな?」

 

綾波「無理せず、フォークを用意してますから」

 

アークロイヤル「すまない、ありがとう!」

 

ビスマルク「あったかい…冷えた身体に沁みるわ」

 

綾波「喜んでいただけて良かったです、遅くまでお疲れ様でした」

 

朧(そう言えば2人ともコンビニバイトだっけ…深夜まで働いてるんだ…)

 

綾波「明日から神鷹さんもそちらでアルバイトすることになりますから、面倒を見てあげてくださいね」

 

アークロイヤル「明日?私は休みだな…ビスマルク、大丈夫か?」

 

ビスマルク「問題ないわ、やる事は大体覚えたから」

 

朧(…明日はアタシも時間あるし、ちょっと覗いてみようかな…)

 

アークロイヤル「インスタントラーメンでこんなに美味いなら店で食べたらどんな味なんだ?」

 

綾波「美味しいのは美味しいですが、好みによりますね…ラーメンなんて家で食べるものだという人も居ます、より好みな味のためにお金を出す人も居ますし…」

 

ビスマルク「日本は食文化が豊かね…」

 

アークロイヤル「ふう……実に美味かった…」

 

 

 

 

翌日

 

 

 

コンビニ

 

朧(結構距離あるな…この時期の夜はすごく冷えるし、大変そうだなぁ…)

 

コンビニの中に入る

 

ビスマルク「あら、朧?」

 

朧「や、ちょっと見に来たよ、神鷹は?」

 

ビスマルク「まだ学校だと思うわ、シフトの時間まであと少しあるし…」

 

朧「ふーん…せっかく来たし何か買って…あ、肉まんだ」

 

肉まん、あんまん、ピザまん…

 

朧「ピザまん!」

 

ビスマルク「…ピザまんね…」

 

朧「あれ?だめだった?」

 

ビスマルク「…いや、その…ピザと…中華まんを合わせる日本人が理解できなくて…」

 

朧「あ、うん、それはわかる、最初に作った人は多分おかしいと思うよ」

 

ビスマルク「…そうなのね、はい、ちょうど最後だったみたい」

 

お金を払い、ピザまんをもらう

 

朧「でも、美味しいから大丈夫だよ、大体は美味しければ問題ないから」

 

ビスマルク「…そう、なのね…」

 

コンビニの外に出て、冷たい風にあたりながらピザまんを頬張る

 

朧「んー、これこれ、冬の風物詩って感じする……あ、神鷹」

 

神鷹「あれ、朧さん…ご飯、ですか」

 

朧「んー、おやつついでに遊びに来ただけかな」

 

神鷹「そう、ですか…がんばります」

 

朧「うん、頑張っ…うわっ、大湊の!」

 

慌てて離れる

 

白露「コンビニいっちばーん!」

 

夕立「んー、お腹減ったっぽい!」

 

睦月「おでん、おでん〜♪」

 

朧(そっか、ここどっちかというと大湊警備府に近いから…まさか常連なんじゃ…いや、見つかっても良いんだけど…)

 

コンビニの中に入り、雑誌コーナーで立ち読みのふりをしながら様子を伺う

 

夕立「あれ?新しい人っぽい」

 

神鷹「a…えぁ…は、はじめ、マシて」

 

睦月「…外国の人?」

 

神鷹「ドイツから来ました…神鷹です…」

 

夕立「このコンビニ、外国の人多いっぽい?」

 

白露「しかもヨーロッパ系なの珍しいよね」

 

朧(…なんでLinkの事知ってるのにそこに思い当たらないんだろ)

 

夕立「あー!ピザまん売り切れてるっぽい!」

 

ビスマルク「…さっき最後の一つが売れちゃったの、次の補充までは無いから…悪いけど諦めて」

 

夕立「そんなぁ…これじゃ来た意味がないっぽい」

 

睦月「残念ですー…にゃしぃ」、

 

朧(なんか罪悪感が湧いてきたんだけど…)

 

神鷹「あ」

 

綾波「こんにちは、様子を見に来ましたよ」

 

朧(あ、綾波!?)

 

夕立「あ…!」

 

白露「綾波…!」

 

一瞬で2人が臨戦態勢になる

 

綾波「これはこれは大湊の皆さん…お元気ですか」

 

夕立「…がるるる」

 

白露「夕立、店内じゃダメだよ、外に出てから…」

 

他に客はいないけど…ここで戦う事になったら…

 

綾波「まあまあ、落ち着いてくださいよ」

 

夕立「無理っぽい…色々と返しが残ってるっぽい!」

 

白露「だからダメだって!」

 

夕立を白露が羽交い締めにして抑え込む

 

神鷹「や、やめて…!ケンカ、ダメです…!」

 

神鷹が夕立と綾波の間に入る

 

綾波「神鷹さん、無茶しないで…」

 

神鷹「ダメ…私、守る…絶対に…!」

 

夕立「退くっぽい!」

 

白露「あーもう!なんでこうなるの!」

 

朧(…そろそろために入ったほうが、良いかな…)

 

睦月「ストーップ!」

 

睦月が夕立にチョップする

 

睦月「夕立は話聞くと良いと思うぞよ、白露ちゃんも」

 

夕立「…庇うつもり?」

 

夕立が睦月を睨む

 

睦月「そうじゃなくて…うーん、前のことは前のこと…にした方が、良さそうじゃない?」

 

睦月がこちらに視線を送る

 

朧(バレてたのか…)

 

睦月「多分怪我すらなかっただけだしにゃ〜」

 

綾波「私は手を出しませんよ、もうあなた達と戦うつもりはありませんから」

 

夕立「信用できるわけないっぽい!」

 

綾波「ええ、ですので私は何をされても文句は…」

 

神鷹「ダメ!」

 

綾波「…ええと、神鷹さん、あなた勤務中なんですから…あーもう、外で話しませんか?」

 

神鷹「ついてく…」

 

綾波「神鷹さん、あなたは今働いてるんですよ?お仕事です、途中で投げ出しちゃいけません」

 

ごねる神鷹とそれを宥める綾波

そして眺めるアタシ達…

 

夕立「…やる気失せたっぽい」

 

白露「私も」

 

睦月「よーし、買い物して帰ろ?」

 

神鷹「……」

 

神鷹は綾波から決して離れず、白露達を綾波の側から監視し続ける

 

綾波「…神鷹さん、あなたも問題児ですね…やめてくださいよ、お仕事してくれません?」

 

神鷹「やだ、ママ…あ」

 

夕立「ま、ママ?」

 

白露「綾波って子持ちだったんだ…?」

 

ビスマルク「神鷹…怒られるわよ」

 

神鷹「ま、間違えました…」

 

綾波「……もう良いです、好きに呼んでください…」

 

神鷹「…ママになって、くれるんですか?」

 

綾波「なりませんよ…!」

 

夕立(な、なんか…複雑な事情っぽい?)

 

睦月(これ面白いから帰ったらみんなに話そっと)

 

睦月「あ、これください」

 

ビスマルク「タバコは子供には売れないわ」

 

睦月「ちぇっ、吸ってみたかったのに…お金ならあるぞよ!」

 

ビスマルク「そういう問題じゃないの」

 

睦月「ぐぬぬ…」

 

綾波「たばこは成長を阻害します、やめた方がいいですよ」

 

睦月「でも嫌なこと忘れられるんでしょ?」

 

綾波「2度と顔は見せませんから」

 

睦月「…いひひ、良いこと思いついた…」

 

綾波「はい?」

 

睦月「演習、しよ!相手が居なかったから困ってたんだよね」

 

夕立「演習?」

 

綾波(合法的に殴らせろってことか、まあそれなら別に…)

 

朧「演習なら受けても良いけど、綾波は戦わせないよ」

 

夕立「あ、離島の…!」

 

朧「今はLinkの朧、綾波は戦わせたらやり過ぎるかもしれないから、アタシ達が相手するよ」

 

睦月「いひひ、よいぞよいぞ!」

 

綾波(また勝手な……いや、しかし実戦経験は必要か…大湊が協力的なら乗るべきか?)

 

綾波「……ま、徳岡さんと話さないと何も始まらないか…仕事増えましたね」

 

綾波に睨まれた気がするけど、気にしない

 

白露「…じゃ、演習の時に」

 

夕立「覚悟しといてよね」

 

綾波「…駆逐艦しかいない大湊相手に誰を出せば良いんだ…?弥生さんの出撃記録はないから戦力外として、夕立さんや白露さんじゃ全く足りない…いや、通常編成を出すほうがいいか」

 

朧「…おーい、綾波?」

 

綾波「今考え事してるんですけど…と?」

 

バックヤードの扉が開く

 

佐藤「どうも、綾波さん」

 

綾波「ああ、佐藤太郎さん」

 

佐藤「佐藤一郎です」

 

綾波「どうせ偽名でしょう?どっちでも良いじゃないですか」

 

朧「…知り合い?」

 

綾波「えーと、ここのフランチャイズ店長でヘルバさんの最も信頼している部下ですね」

 

朧「…あー、黒のビトだっけ」

 

綾波「ええ、佐藤さんも有名になりましたね」

 

佐藤「…有名になっては困るのですが」

 

綾波「まあ、それより…神鷹さんまで雇っていただいてありがとうございます」

 

佐藤「いえいえ、こちらも助かりますから…ヘルバ様も貴方に協力するためとはいえ無茶を仰る」

 

綾波「コンビニ一つ好きにするなんて簡単な話でしょう?」

 

佐藤「組織としては、ですが…私はこういった仕事の経験はないもので」

 

綾波「いい社会勉強になりますね、履歴書に書けますよ?」

 

佐藤「骨を埋めるところは決めていますので」

 

綾波「あら、もったいない」

 

神鷹「…店長さん、ママと仲悪い…?」

 

朧(あ、遠慮なく呼ぶんだ…)

 

佐藤「ま、ママ?」

 

綾波「…娘じゃないですよ、なんか勝手に懐いてるだけです」

 

佐藤「…そうですか…しかし、今のあなたはまるで…」

 

佐藤さんのそばの商品棚が歪む

 

綾波「…地震でしょうか、その棚が勝手に壊れましたね」

 

佐藤「その様だ、おっと、何を言いかけたか忘れてしまった」

 

綾波「思い出さない事をお勧めしましょう、それでは私はこれで」

 

ビスマルク「ま、また来ても良いけど…喧嘩はしないで」

 

綾波「ええ、喧嘩を売る様な行為はしませんよ」

 

神鷹「…バイバイ」

 

綾波「はい、帰ってきたらすぐ食事を摂れるようにしておきますから…朧さん、帰りますよ」

 

朧「…あーい…」



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勉強

大湊警備府

綾波

 

綾波「やー、今日はどうも」

 

徳岡「あ、ああ…よろしく…」

 

ひきつった笑顔の徳岡さんに迎えられる

まあ当然だろうな、勝手に演習をしようと言い出して、その相手が私たちとなると嫌な顔の一つもするだろう

 

綾波「まあ、今の私はあなた達に非敵対的です、心配ありませんよ」

 

徳岡「…だと良いんだが」

 

綾波「さ、はじめましょう」

 

大湊警備府は駆逐艦のみ、これでアメリカからの最短ルートでの輸送作戦を高い割合で成功させてきたのだ、実力は折り紙付き…

となるとこちらも精鋭で相手をする事になる

 

綾波「こちらの編成です」

 

徳岡「…戦艦2に、駆逐3の重巡1か」

 

綾波「完全に演習用の編成ですよ」

 

徳岡「…実戦は?」

 

綾波「実戦だと戦艦1巡洋艦2、駆逐4、空母1の8人想定ですが…まあ?今回は演習ですし、良い刺激になると思いまして」

 

徳岡「8人?」

 

驚くのも無理はない、艦隊のメンバーは基本6人、それが限界

円滑なコミュニケーションと衝突防止などの観点から基本は6人までとするのが一般的

精鋭なら絞ることもある…が、私は別だ

私の部隊は全員が精鋭であり、何よりも生存率を重視する

そうなると8人なら何らかの事情で半数が抜けても4人、不足の事態でもよりカバーが多く、できるだけ撤退し易い状況を作れるだろう

 

8人である事はとても有意義だ

殲滅力も高いし索敵での見落としも減る

 

それは人数が増えれば当然のことだが、8人なのがちょうど良いように私が艦隊の行動メニューを作ってきた

 

綾波「さて、そちらは……白露、時雨、夕立、睦月、菊月、長月…おや、エースはお休みですか」

 

徳岡「五月雨か?」

 

綾波「いいえ、弥生さんですよ」

 

徳岡「ああ…」

 

弥生さんは私の腕を落としたこともあれば、揺らめく煙のような接近戦を仕掛けてくる事もある

正直言って戦い辛い相手だろう…が、ガングートさんと戦わせれば発見につながる…そう思っていた

 

徳岡「弥生は…ずいぶん前から引きこもってる、どうしてもやりたいことがあるんだと」

 

綾波「あなたは上官でしょう」

 

徳岡「…他の奴らも納得してるし、艦隊に支障はでていない」

 

個を優先した、それ自体を否定するつもりはないが…

しかし…

 

綾波「…余所者が口出しすることではありませんが…気にかけてあげてくださいね、どうしても気になるもので」

 

徳岡「そいつは、どうも」

 

綾波(…何か、悪いことでも起こっているような感触だ…)

 

そういう空気、そういう気配がする

 

綾波「……とりあえず、始めますか」

 

演習が始まる

旗艦はリシュリューさん、最後尾…

そして間にレーベさん、マックスさん、タシュケントさん、ポーラさん

そして先頭に立つのはガングートさん

 

徳岡「戦艦のうち片方だけが先頭か?」

 

綾波「ええ、彼女はそういう人ですから」

 

戦艦の射程を活かした長距離攻撃

これをガングートさんは嫌う、前に居る駆逐艦達が直撃を喰らうのを後ろから何度も見てきたそうだ

 

ガングートさんは今まで何も思わなかったが、考え方を改めて以来「前に出たい」という申し出をしてきた

勿論、私はそれを受け入れた、なぜならそれは予測済みの事で、そのように訓練過程も組んであるからだ

 

徳岡「…戦艦2人、しかも片方が前衛に出てくるとなると…弱ったな」

 

綾波「私もてっきり五月雨さんか弥生さんが出てくるとばかり思っていましたから…負けるつもりだったんですけど」

 

と言っても2人とも艦隊としての運用ができないのが難点だが

五月雨さんの場合は艦隊が五月雨さんの支援、つまり安全な狙撃の護衛などをしなくてはならない為、艦隊ではなく五月雨さんを守る隊になる

弥生さんは前の世界のままなら…艦隊行動は苦手、すぐにフラフラと離れて個人で殲滅するだろう

 

2人とも実力者故許される事だが…

 

綾波「会敵した」

 

長距離での攻撃は戦艦もしくは雷撃のみ

しかし夕立さんと白露さんはインファイト型、そして主導権を握ろうとしているのもこの2人…

私に恥を欠かせたいがために突出した動きをしている…故に…

 

徳岡「直撃しやがった…!」

 

ガングートさんとリシュリューさんの砲撃の的になる

 

リシュリューさんは長距離砲撃において素晴らしいスコアを残した、この結果も当然だろう

 

雷撃が届く前にインファイトが得意な2人が落ちた

そうなると次は?

 

綾波「さて、見ものですよ」

 

徳岡「突出した?」

 

ガングートさんが最大速に上げて前に出る

駆逐艦や巡洋艦を置いて

 

綾波「彼女は自分の命を安売りする癖がありまして、それを矯正したんですが……その上で、こんなことができる人は…強いですよ?」

 

戦艦故に舵を切るのが遅い、速力が低い、囲まれて狙い撃ちにされる

 

だからどうした、彼女に駆逐艦の攻撃なんて効くわけがない

弥生さんと五月雨さんのいない編成なら、間違いなく負けるわけがない…

 

徳岡(睦月のやつ、仕留めに行ったな…!)

 

睦月さんが魚雷発射管を構え、ガングートさんの脇を取りに行こうとする

至近距離で魚雷全てをぶつければいくら戦艦でもひとたまりもない…だが…

 

綾波「もう少し、あと1メートル離れないと危ないな…」

 

至近距離に迫った睦月さんにガングートさんが刀を向ける

 

徳岡「か、刀?」

 

綾波「良いでしょう?秘密兵器(リーサルウェポン)

 

あの後、私がまず最初に教えたのは刀の扱いだった

手元に振り回せる武器があればそれで良い、ライフルでもバットでも何でもよかった

 

ガングートさんの反転は体重移動をしっかり教えれば簡単にクリアしたし、あとは望む武器を与えるだけ

それが刀だったというだけ

 

刀を差し向けられた睦月さんは固まる

まあ、まさか刀を持っているなんて思わなくて当然だ、長身のガングートさんは刀の射程もそこそこ長い

睦月さんは被弾を避けるためとはいえ接近しすぎた

 

綾波「…チェックメイトですね?」

 

徳岡「…ああ」

 

睦月さんの判断は悪くなかった、むしろ褒められるべきだ

私がタシュケントさんに指示した事と同じ、接近して戦艦の有効射程を潜り抜け、駆逐艦が戦艦を獲る

 

それをやろうとしたんだ、後の巡洋艦やら駆逐艦やらを相手にする前に前衛を倒そうとした、悪くはないのだ

 

綾波「しかし、詰めが甘い」

 

徳岡「……タバコが切れた、買いに行ってきてもいいか」

 

綾波「どうぞ」

 

 

 

 

コンビニ

 

徳岡「あ?」

 

佐藤「どうも」

 

 

 

 

大湊警備府

 

綾波「お疲れ様でした、みなさん」

 

ガングート「どうだ、中々に堂々とした立ち振る舞いだっただろ?」

 

タシュケント「うん、綺麗に構えられてたよ、実際振ったらどうなのかは知らないけど」

 

リシュリュー「昨日はイアイをやろうとして指を切ってたものね」

 

綾波「あのー」

 

リシュリュー「あ、ごめんなさい、どうだった?」

 

綾波「30点ですね」

 

ガングート「低いな…」

 

綾波「40点減点の原因はリシュリューさんですけどね、レーダーは置いてくるように前持って言ったのになんで装備してるんですか」

 

リシュリュー「使わなければ良いんじゃないの?」

 

綾波「そういう問題ではありませんよ、全く…事前の準備に不備があるなんて最低の仕事です、大幅減点」

 

タシュケント「後の30は?」

 

綾波「細かいことばかりですが…魚雷の使い方がなっていませんね、進路を潰すように魚雷を流せば良かった、ガングートさんが攻撃を受けてくれているのに何故後ろにいた駆逐艦がダメージを受けているのか、よく考えましょう…特に、タシュケントさんは被弾4、1番多いです、反省」

 

タシュケント「あー…ごめんなさい」

 

綾波「貴方は速さに頼って回避をする癖をなおしましょう、今回は個人作戦ではありませんから、あとレーベさん、魚雷発射管に異常がありましたね?後で報告してください」

 

レーベ「は、はい!」

 

マックス「え、ほんとに?」

 

レーベ「うん、ちょっと動きが悪いんだ…」

 

リシュリュー「よく見てるのね」

 

綾波「まあ、あとポーラさん」

 

ポーラ「んぇ?」

 

綾波「ザラさんがいなければワインを飲む癖をやめましょう」

 

ポーラ「だってぇ…こうしないとザラ姉様どこか行っちゃうんです…」

 

綾波(もはや精神疾患だな、これは)

 

目頭を強く摘む

 

ガングート「…頭を使うときの癖か?」

 

綾波「悩ませるときの癖です…ん?」

 

睦月「にゃはははー!負け負け!提督知らない?」

 

綾波「タバコを買いに行きました…というのは建前で、顔を合わせづらいんでしょう、勝手に組まれた演習とはいえ負け続き…なんでしょう?この前の呉とのやり合いといい」

 

睦月「うむ!でも…ま、仕方ないかなぁ」

 

綾波「……駆逐隊のメリットとデメリットをわかった上で…駆逐隊として運用しているなら問題ありません、しかし、今のままでは難しいでしょう」

 

睦月「あー、やっぱり、か…」

 

綾波「睦月さん、貴方は判断力があります、ガングートさんに迫ったのは良い判断でした…夕立さんは接近戦ならこの警備府ではトップクラス、白露さんは…突っ込み癖がありますね、よく生きてるものです…戦術らしい戦術を組めていない」

 

睦月「まあ、今日のは暴れたいだけだったから」

 

綾波「そうでしょうね、徳岡さんと少し話しましたが…あなた達のことを分かった上での戦術を複数持っていました、誰を軸にするか、誰は艦隊としての動きが苦手か、遊撃に出るなら誰か」

 

個人での戦力…

そして、艦隊での戦力…

 

綾波「睦月さん、取引をしてみませんか?」

 

睦月さんはニッと笑い

 

睦月「待ってました…!」

 

 

 

 

 

睦月「おー…これが、最新式の艤装…」

 

綾波「まあ、私が作ったものでしかありませんが…言うなれば、改二…まあ、正規のそれよりは出力があるでしょう…」

 

睦月「なるほどねん…で?こっちは何を?」

 

綾波「定期的な演習と一部設備の使用許可、それで全員分の艤装を用意します」

 

睦月「司令官殿の説得は任せて!」

 

綾波「では、そういうことで」

 

ガングート「お、おい…?」

 

タシュケント「こっちのメリットは…?ほとんどないに等しいじゃないか…!」

 

綾波「取引とは言いましたが、別に私はお金儲けをするつもりはありません…十分な見返りが手に入りました」

 

リシュリュー「見返り?」

 

綾波「ここの人たちを強くすれば、お互いに助け合いが成立します…私達を攻める敵は大湊警備府も敵に回す事になるでしょうから、防衛費を浮かせたと思ってください」

 

レーベ「ええと、つまり結果的に節約したってこと?」

 

綾波「そう考えてください、この程度…安い出費です、それよりも早く引き上げますよ」

 

ガングート「貴様は本当によくわからんやつだ、どこまで考えている?」

 

綾波「さあ……おや」

 

端末を確認する

 

綾波「急いで戻りましょう、グラーフさん達がしくじったようです」

 

ガングート「何?どうしたんだ」

 

綾波「不運、という他ないでしょうね、とにかく戻りましょう」



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ファンブル

Link基地

綾波

 

綾波「グラーフさん!」

 

グラーフ「…綾波…すまない、逃げ帰るのがやっとで…パッケージは消失してしまった…」

 

綾波「よく戻りました、朧さんとザラさんは?」

 

グラーフ「朧は1人でパッケージを破棄に向かった…さっき通信があった、ザラは狭霧に治療を受けている…私は艤装がダメージを肩代わりしてくれたが…ザラは後頭部に直撃を2発もらったのと、私を庇って被弾が増えて……その……私のせいだ」

 

狭霧が治療をしているとなると…どうなったのかわからないな

素人目には派手に見えても問題ないこともあれば逆もあり得る

 

綾波「今それを言われてもどうにもなりません、それと、顔に垂れてる血を拭いておいてください、ついでにさっさと泣き止んでください」

 

タオルを投げて奥に向かう

 

綾波「狭霧さん!ザラさんは!?」

 

狭霧「重症というほどではありません…衝撃で気絶しているようです」

 

横たわったザラさんの顔一面に血の痕

額の上部に裂けたような痕…

 

綾波「失血は」

 

狭霧「止めてます、それと頭部の傷はバリアの電撃によるものだと思われます、艤装のダメージや傷などから20発は受けてます」

 

綾波「………」

 

何よりも、悪いのは私の作ったカートリッジが命を危険に晒したことか

 

狭霧「カートリッジ挿入口とカートリッジ自体にも被弾の痕があります、綾波さん、カートリッジのせいではありません」

 

狭霧が手当てをしながら言う

 

綾波「関係ないんですよ、そんなこと…耐久性が足りてなかったということでしょう、戦場で使うんです、多少のダメージに耐えられなくてどうするというのか」

 

狭霧「……私と貴方が別の存在だと貴方が言うなら…私は無責任な事を言いましょう、生きていたのだから良かったではないか、と、貴方は悪くないではないか、と」

 

綾波「ふざけた事を言わないでください、生きていたから良かった?貴方ならわかっているはずです、そんな言葉を言えないことくらい」

 

狭霧「それよりも、朧さんの事は」

 

綾波「…1人でパッケージを処理しに行ったそうです」

 

狭霧「助けに行かなくていいんですか」

 

綾波「ガングートさん達を送りました、しかし…」

 

狭霧「…パッケージはロスト、と…」

 

綾波「ええ…ザラさんは任せましたよ、グラーフさんの治療と聞き取りに行きます…そうだ、アークロイヤルさんに部屋から出ないように指示を」

 

狭霧「ビスマルクさん達もリシュリューさんに迎えに行ってもらいましょう」

 

綾波「わかっています…!」

 

 

 

 

グラーフ「…どうだった」

 

綾波「特に大怪我ではありません、それより…交戦したのはやはりアメリカの?」

 

グラーフ「…おそらくな、全員仮面をつけていた」

 

綾波「露出した肌は?」

 

グラーフ「指すら手袋で隠して露出はゼロだった、だが艤装のペイントがアメリカの艦娘と特徴が一致していた」

 

綾波(深海棲艦を取り込んでる可能性が高いな…仕方ない、これは仕方ない事だ…)

 

グラーフ「…綾波…私のせいだ、私が操作ミスをしたんだ…私のせいで全部崩れた…ついこの間艦隊としての行動を叩き込まれたところなのに…」

 

綾波「気にしないでください致命的失敗(ファンブル)は誰にだって起こりうる、あなたは不幸な失敗をした、1度2度の失敗を機に病むな」

 

選択ミスや操作ミス、どんな些細なミスもは必ず起きる、仕方ない事だ

私がこの前グラーフさんが叱責したのは防げるミスを防ぐ為、どんな人でも、この私ですらやらかしはある

 

綾波「後悔は不要です、深く反省し、次に活かしなさい」

 

グラーフさんの顔の血の痕を拭い、傷口を消毒する

 

綾波「……それに、あなた達の失敗は私の失敗です、私が招いた失敗です」

 

狭霧「綾波さん!朧さんが負傷しているそうです!」

 

綾波「…わかりました、狭霧さん、グラーフさんの手当てもできますか?消毒までは済ませてあります」

 

狭霧「お任せ下さい」

 

手持ちの装備は…ハンドガンと簡易的な脚部艤装、開発中のカートリッジ類

 

綾波「位置は」

 

狭霧「津軽海峡の東側、太平洋との合流地点です」

 

綾波(陸奥湾を縦断して陸路経由でうまく行けば20分で狙撃地点に行ける…ライフルだけ取れば…よし)

 

綾波「狭霧さん!任せましたよ!」

 

狭霧「いってらっしゃいませ」

 

 

 

 

 

 

 

綾波「無線!応答しなさい!」

 

ガングート『こちらガングート、交戦中だ!』

 

綾波「座標をアップロードしてください!」

 

ガングート『送信した!』

 

[41.6313309, 141.4561827]

 

デバイスに打ち込み確認し、表示された方角を確認する

 

綾波「…目視しました…朧さんは」

 

ガングート『ポーラ達に連れて戻らせた!私がしんがりだ!』

 

綾波「なら撤退を開始しなさい」

 

ライフルを向けて引き金を引く

仮面の敵が血を噴き出して倒れる

 

綾波「背を向けてさっさと帰ってください、あなたに傷一つ負わせはしません」

 

仮面の敵を順に撃ち抜こうとするも、こちらに艤装の装甲部を向けられ、弾丸が通らない

これでは狙撃の意味がない

 

綾波(…久しく、こんな気持ちになりましたね…しかし…復讐されるばかりの私が復讐する側に回るとは…)

 

仮面の敵の艤装は戦艦や巡洋艦クラス

明らかに両手の指では足りないほどの数…

来た方向やパッケージの受け渡し地点などから推察するに、敵は東から来ている…そしてこれだけの艦娘達を大量に動かせるのは…

 

綾波(いや、全員殺さなければいい)

 

カートリッジを起動し、ライフルの弾丸を強化する

 

綾波(どうやって朧さんに傷を負わせたかは知りませんが…!)

 

弾丸が装甲を貫通し、撃たれた敵の身体が内側から弾け飛ぶ

 

綾波「私は、優しくありませんよ…」

 

次々に撃ち抜き、殺す

一つずつ、順番に…

 

綾波(おかしい、恐怖を感じない…殺されているのに恐怖する様子すら見せない…やはり、私の予測は正解か…)

 

敵の隊列は乱れない、進行方向も何も変わらない、まるでロボットのよう

だから、撃ち殺す事は凄く簡単で…

 

綾波「…殲滅完了、サンプルを確保後帰還……いや、無理か、サンプル消失を確認」

 

撃ち殺した敵の死体は、艤装ごと海に溶けていった

 

 

 

 

 

Link基地

 

綾波「…戻りました」

 

狭霧「おかえりなさい、これを」

 

狭霧がパッケージを私に差し出す

 

綾波「……これは」

 

狭霧「朧さんが確保していたそうです」

 

要するに、朧さんがダメージを受けた原因はこれだ

朧さんはこのパッケージを持ち帰ろうとして被弾したわけだ

 

綾波「…朧さんもわかってないですね」

 

狭霧「わかっているからこそです、きっと」

 

中身を確認する

数枚の書類と複数のUSBやマイクロチップ

 

綾波「全て解析にかけてください、これを無駄にするわけにはいきません…それと、朧さんのダメージは」

 

狭霧「軽いものです、ただ、脚の腱を痛めてしまったようで」

 

綾波「……そうですか」

 

狭霧「私に任せてくださいますか?」

 

綾波「ええ、私はあなたの様にはなれない…私では叱責することしか出来ませんから」

 

狭霧「もっと素直になればいいのに」

 

綾波「早く行きなさい」

 

眉間を摘む

少し、疲れた

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

朧「……あの」

 

狭霧「ん?…大丈夫、心配してただけですよ、朧ちゃんの事を怒ったりしてません」

 

朧「…そうですか」

 

アタシたちは…パッケージ…つまり、荷物の受け渡しをしに行った

そして帰りの道中に仮面の集団に襲撃された…

 

道中で受けた攻撃でパッケージを紛失、基地までの距離が僅かだったこともあり、万が一の際は完全破壊による破棄という命令を無視して確保しようとした

結果被弾もしたし…いい結果とは言えない

グラーフとザラのダメージも、何もかも…

 

狭霧「…ふふ」

 

狭霧さんがアタシの頭に手を置く

 

狭霧「よく頑張りました」

 

朧「え?」

 

狭霧「綾波さんはこの言葉を言うのが苦手ですから、私が代わりに…綾波さんは褒めたりするの、下手ですから」

 

朧「……いや、アタシ失敗して…」

 

狭霧「ううん、そんな事ない、みんな帰ってきたし、パッケージはちゃんと持って帰ってきてくれました…大成功ですよ、偉いですね」

 

頭を撫でられる…いつ以来だろう

嫌なわけじゃない、だけど…不思議な感じ

 

狭霧「んー…朧ちゃんは私の事、どう思ってますか?」

 

朧「え?どうって…」

 

意識外のことを質問されて戸惑う

そもそも考えたことがなかった

クローンだのなんだの、あんまり理解ができない

 

朧「…さあ」

 

狭霧「お姉ちゃんには思えませんか?」

 

朧「お、お姉ちゃん?」

 

狭霧「綾波型駆逐艦の6番艦、実は朧ちゃんの一つお姉さんなんですよ?」

 

朧「え、ええと…」

 

狭霧「ほら、甘えてもいいんですよ、お姉ちゃんですから」

 

朧「あ、いや、遠慮しておきま…むぐっ」

 

抱き寄せられながら頭を撫でられる

 

狭霧「えらいえらい、よく頑張りました」

 

朧(な、なにこれ、無理矢理離れていいのかな…あ、でも凄くいい匂いする…あったかい…)

 

狭霧「よーしよし、ゆっくり休みましょうね…」

 

朧(あ…これダメになる…)

 

 

 

 

綾波

 

綾波「何やってるんですか、これ」

 

狭霧「え?」

 

朧「ほぇ…?」

 

扉を開けて最初に視界に入った光景は…

蕩けきった顔の朧さんとそれを楽しんでいる狭霧…

 

綾波「…ええと」

 

狭霧「お姉ちゃんしてました」

 

綾波「…ごゆっくり」

 

それ以上は何も言わず、扉を閉めて他所へと向かうことにした

自分のクローンにそんな趣味が有ったとは…いや、潜在的に自分にもあるのだろうか…

 

今考える事ではないな

 

どうせあの調子ではメモリの解析は何もしていないだろう、そうなれば私がやる他ない

 

綾波(みなさんには悪いけど今日の夕飯はラーメンにしておこう…)

 

ビスマルク「帰ったわ!」

 

綾波「おや、ビスマルクさんに神鷹さん、リシュリューさんも…お帰りなさい、みんな生きてますよ」

 

リシュリュー「良かった、それより見て、綾波」

 

リシュリューさんがレジ袋を見せつけてくる

 

綾波「…随分と買いましたね?」

 

神鷹「違う、です、店長さんがくれました、ハイキ品です」

 

綾波「……今度お礼を言わないと…ありがたくいただきましょう」

 

ビトがわざわざ気を遣って食事を用意してくれるとは

ヘルバさんには2度と頭が上がらないな…

 

神鷹「あの…」

 

綾波「どうしました?」

 

神鷹「私も、らーめん、たべてみたいです」

 

綾波「…まあ、わかりました、ついでに作りましょうか…ビスマルクさん、動ける人を呼んできてください、リシュリューさん、袋の中身は?」

 

リシュリュー「全部すぐ食べられるわ、レンジで温めればね」

 

綾波「油モノばかりじゃないですか?」

 

リシュリュー「大丈夫、消化にいいものもあるから」

 

綾波「それは良かった…よし、一度落ち着きましょうか、どうか、食事の時だけはゆっくりとしましょう…」

 

朧さんと狭霧は放っておけば良いだろう

さっさと食事を摂って仕事を進めて…

 

 

 

 

 

 

 

 

綾波「…ふーん…」

 

暗い部屋をモニタの青い光がぼんやりと照らす

もう何時間これを眺めているのかはわからないが…発見は未だ尽きない

 

全く違う視点から見た深海棲艦

そして深海棲艦を使ったシステム…

 

識ってはいた

このシステムの存在を、開発していると言うことを

だが…

 

綾波「これは、かなりまずい…境界を壊そうとしている…」

 

元はと言えば、境界なんてないのだが

 

綾波「Cubia…世界を破壊する、最悪の存在、超古代生物…このままではThe・Worldの内部には収まりきらない…」

 

ネットの世界は無限に広がっていると信じられていた

 

綾波「…リアルにまで、侵食してくる…!」

 

リアルだって、そうだ、宇宙は無限だと考えられていた

でもそれが違うとしたら?

一つの世界に収まりきらない存在は…

 

ネットとリアルの境界を破壊し、自分の存在できる場所を作ろうとする

 

全てのデータを外部のメモリに映す

 

綾波「深海棲艦の誕生…そして進化……深海棲艦と融合した艦娘…いや、こっちか?」

 

敵は多い…

ネットとリアルの境界が壊れる前に、やらなくては



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意思決定

Link基地

綾波 

 

綾波「狭霧さん、データはまとまりましたか?」

 

狭霧「はい…でも、何もゲンコツ落とすことないじゃないですか…」

 

狭霧が見せつけるように頭をさすりながらこちらを見る

 

綾波「…別にメンタルケアをするのはいいんですよ、時間をかけ過ぎです、何時間あのままだったんですか」

 

狭霧「はーい……羨ましいのならそう言えばいいのに」

 

綾波「何か勘違いしてませんかあなた…」

 

頭痛のタネが増えてしまったらしい、目頭を強く摘む

 

狭霧「寝てないんじゃないですか?一度お休みになられては?」

 

綾波「……やめておきます、今日は嫌な風が吹いています、何か起きてからじゃ遅い、対応できるようにしないと」

 

朧さん達が命からがら逃げきったおかげでこの基地のだいたいの場所は割れているだろう、いつ何が襲ってきてもおかしくないのだ

 

綾波「…それと…ええと…ああ、もうどうすれば…」

 

狭霧「まずは落ち着いて、結末から考えましょう?」

 

綾波「結末なんて決まっています、艦娘システムの完全撤廃、深海棲艦の完全削除、そして…Cubiaによるリアルへの被害を完全にシャットアウトする…次のネットワーククライシスで全てを終わらせる…!」

 

狭霧「なら、やらなきゃいけないことは決まってますよね?」

 

綾波「…ええ、もちろん…わかっています、しかし…」

 

どうする?戦争だ、戦争のやり方は知っている…

簡単じゃない、敵は二分された国だ

 

綾波「……最悪ですね、まさか私が頭を悩ませなくてはならないとは…それほど強大な相手に被害なしで戦い続けるには…」

 

研究資料を眺める

 

綾波「……これが、科学…か」

 

破滅の道だ

この道の先に人類の存続などない、数年もすれば世界は終わり、この星は死の惑星になるのだろう

まさに破滅だ、自分の首を絞めていることにも気づいていない

 

理解できないのだろう、御せる範囲を超えた力を持つとどうなるかを身をもって知らぬ限り

 

自分の創り出したものは自分の思い通りになる

浅はかな思い込みだ、何を根拠にそんな事を…

 

綾波「……どうする、か」

 

このデータは戦争のデータだ

他国に協力を要請するにも…人間というのはどこまでも愚かだ、制御できないならできるようにすればいいと考え、自国のためにその技術を使おうとするものも現れるだろう

 

メリットもデメリットも…何もかもを度外視する輩はいる

 

全て、私たちだけで処理しなくてはならない

 

目頭をつまむ力を強くする

頭痛がマシになる気がした

 

この戦争は私たちだけの戦争

何もかもを失うとしても、どんな結末が待っていても

誰も巻き込みたくない、本当なら、Linkなんて無い方がいいんだ

でも、今、海を支配する存在があるなら…私達はそれを打ち砕かなくてはならない、それがなんであれ…正しくないのなら

 

どんな犠牲を出したとしても…?

 

狭霧「綾波さん」

 

狭霧に肩を叩かれてハッとする

 

綾波「…なんですか」

 

狭霧「お茶にしましょう、少し休まないといざという時に疲れて倒れてしまいます」

 

綾波「…そうですね…ええ、いただきます」

 

狭霧に手を引かれ、椅子に座らせられる

お茶とお菓子、今は何時だったかもわからないが…物音ひとつしない事、そしてこの空気感から夜なのが伝わってくる

 

綾波「…熱っ!」

 

狭霧「あれ?猫舌でしたか?」

 

綾波「違いますけど…緑茶を沸騰したお湯で淹れる人がどこに居ますか…!必要以上に渋味が出るでしょう…?」

 

狭霧「私はこのくらいが好みなんです」

 

…そうだ、私と狭霧は別人だ

好みも違う

 

狭霧「綾波さん」

 

綾波「……」

 

狭霧「2人です、2人いれば充分です…確かに道中は2人では苦しいですが…ある程度進めば、私たちで事足りる筈です」

 

……

良く似てしまった

 

ただの姉妹艦であれば、迷う事もないのに

狭霧の意図を理解する事もないのに

 

綾波(…狭霧が朧さんに構ってたのは悔いを残したくないからか…察しが良すぎるな…)

 

綾波「…かも、しれませんね」

 

そうだ、万物は朽ちて消える

だから、失う事自体を恐れてるわけじゃない

私のせいで失うという事を恐れているのだ

 

狭霧「余計なことは考えないで…私は、綾波さん、貴方と一緒に…」

 

綾波「……最高なのは、2人とも生き残ることですね」

 

綾波(その次くらいに…狭霧だけでも残す事……ああ、本当に良く似てしまった、なんでこんなに死にたがりなのか…)

 

クツクツと自嘲気味に笑う

隠し事なんてできるわけがない、私の考えている事なんて丸々筒抜けだ

 

……やりにくいなぁ…

 

綾波「とりあえず、注意喚起が必要です…各基地に本部からの通達を装って書類を回しましょう…」

 

狭霧「できますか?私がやりましょうか」

 

綾波「……いいえ、私がやります、貴方も疲れてるんでしょう…?」

 

狭霧「いいえ、それと…綾波さんが考え事をしている間にサンプルを一つ解体完了しました」

 

綾波「サンプル?……アレか!」

 

Link初作戦の時朧さんがたまたま持って帰ってきた深海棲艦もどき…

 

狭霧「人間の意識を取り出すことには成功、しかし…体は復元不可能です、その……進行し過ぎています」

 

綾波「…クローンの作成装置は?」

 

狭霧「残してますよ♪」

 

…なんとまあ、予測済みというような笑顔に若干の苛立ちを感じつつ、感謝の言葉を述べる

 

綾波「写真などは入手します、できる限り復元してあげてください…それと、4人分のパスポート、あとウォースパイトさんに連絡を…」

 

狭霧「わかりました、イギリスに家族と逃してあげるんですね」

 

綾波「…クローンの体で逃すのは…正直、思うところもありますが…」

 

狭霧「綾波さん」

 

綾波「ん?」

 

狭霧がそばに近寄ってきて私を抱きしめる

 

綾波「…やめてくれません?」

 

狭霧「みんな貴方を認めてくれる、だけどそれは尊敬です、貴方を対等に認められるのは私だけ」

 

綾波「離してください、気持ち悪い」

 

狭霧「照れ隠しする時強い言葉を使う癖、出てますよ」

 

綾波「…本当にやめて欲しいんですけど…」

 

狭霧「あと少しだけお願いします、お姉ちゃん」

 

綾波「…はぁ…」

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

提督 倉持海斗

 

海斗「この書類コピーして配ってくれる?みんなに読むように連絡して欲しいんだ」

 

アケボノ「わかりました」

 

…全身を包み隠した、仮面をつけた艦娘のような敵

深海棲艦なのか艦娘なのかわからない敵…

撃破すると溶けるように海に消えてしまい、何の情報も得られないそうだ

 

太平洋側の海域での目撃が報告されている以上、いずれ僕達も出会うことになるだろう…

 

海斗「…無事だといいけど、綾波も朧も…」

 

今の僕には何ができるのだろうか

中部海域に出撃するリスクはこの報告で跳ね上がった

しかしリスクを避け続けることは容易じゃない…

戦力の拡充が必要だ、それだけじゃ足りないけど…

 

明石「失礼します!」

 

海斗「あ、明石、どうしたの?」

 

明石「…これ、見てください」

 

艤装用カートリッジ…

明石が開発したものだ

だけど、少し違うような…

 

海斗「これは?」

 

明石「……カートリッジの改良品です、ヨーロッパを中心に出回り始めたみたいで…その、情報が漏れてます」

 

海斗(…いや、多分綾波だ、綾波が見真似で作ったんだ…)

 

海斗「…ヨーロッパか………あ、そうだ」

 

明石「…提督?」

 

ヨーロッパ方面に侵攻して海域を解放すれば…直接アメリカと一緒に動くのは難しい、それはわかってる…

アメリカの東側の海域を解放すればどうだろう

 

アメリカの部隊と協力して中部海域の攻略を二正面作戦にできるんじゃ…

 

簡単じゃないけど、これなら…もっといろんな人たちと協力しながらやればリスクも削れる…

 

海斗「…いけるかもしれない…」

 

机上の空論だ、だけど…

今までの現実的な話よりこの絵空事に賭けてみたい

 

海斗「明石、艤装の強化をお願いできる?」

 

明石「えっ?」

 

海斗「ここからの作戦では…カートリッジでもなんでもいい、とにかく航続距離とか火力とか、色々なものを底上げしなきゃいけなくなる」

 

無茶を言っているのはわかってるが、そうする他ない

 

明石「……資材の方は」

 

海斗「今から横須賀に行ってくる、直接掛け合ってくるよ」

 

明石「…でしたら、私も行きます」

 

海斗「え?」

 

明石「横須賀の設備を借りられれば、夕張の手を借りられればきっとより良い装備を作れます、今の所大破率も低いし艤装の修理ならキタカミさんやアケボノさんもやってくれますし…と言うか、2人が暇だからとやってるせいで仕事が無くなってて…」

 

海斗「そうなの…?」

 

明石「キタカミさんが居座るせいで託児所状態ですね…朝霜さん達や択捉さん達も危なくない範囲で遊んでますし…その、最近はオモチャ作ったりとかしてましたし…」

 

海斗「…なら、悪いけどキタカミとは話をつけておいて欲しい、僕は別にやらなきゃいけないことがあるんだ」

 

航路はどうする、陸路を使う?…いや、それでは意味がない

敢えて安全じゃない道を通ることで…証明するんだ、みんなの強さを…そして、協力を取り付ける…

 

その為には…

 

全て順調にいくわけがない、必ず何かが失敗する

だからその対策をするのが僕の仕事…

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

 

海斗「時間を作ってくれてありがとう、昨日メールで送った通りなんだけど、もう読んでくれたかな」

 

火野「…何も直接来る必要はなかった筈だろう」

 

海斗「直接、2人に会って話したかったから…作戦を遂行するために、できるだけの対策をする為に」

 

火野「……もう1人はまだだ、そもそも、本当に来るのか…」

 

海斗「いや、もう来てるみたいだ」

 

扉が開く

 

綾波「どうも、遅れまして申し訳ありません、倉持司令官、火野提督、お久しぶりです」

 

海斗「来てくれてありがとう、綾波」

 

綾波「まさか…また正面から入れる日が来るとは思ってませんでしたが?」

 

火野「…急な招集に応えてくれて感謝する」

 

海斗「綾波、君の無事が確認できて良かったよ」

 

綾波「……その程度のことのために呼びつけたんですか?」

 

海斗「そうじゃない、作戦に協力して欲しいんだ…君と朧なら…」

 

綾波「それはお断りします、私も仕事を抱えておりますので」

 

火野「仕事だと?」

 

綾波「……ヘルバさんから何も聞いてませんか」

 

海斗「全く、だけど…わかった、君達が無理ならそれはそれで仕方ないよ、でも…その」

 

綾波「……なんですか」

 

海斗「アドバイザーになって欲しいんだ、これ、今やろうとしている作戦概要」

 

綾波(…長期間の出撃予定だ、南西海域…フィリピン周辺の海域の確保の後西方と南方を確保、そのままスエズから欧州に向かうのか…これは…つまり、アメリカを挟み込む形になる)

 

海斗「アメリカが東を気にせず、西に戦力をさいてくれれば…太平洋を確保する事も不可能じゃないと思うんだ」

 

綾波「……成る程、理解はできましたが…海を通る理由は?ロシアを経由して最短期間で通過する方法もあるのでは?この作戦では一年はかかる」

 

海斗「…協力して欲しいと思ったんだ、色んな国に…その為には、僕達は強く在る必要がある…深海棲艦に負けない強さを見せなきゃいけない」

 

綾波「その為に、何人犠牲になるんですか」

 

海斗「……わからない、だけど…犠牲を出すつもりはない」

 

綾波「敵は未知数だ、常勝できるかもわからないのに…何故犠牲が出ないと思えるんですか」

 

海斗「…できる限りのことをやるしか、ないんだ…このままじっとしてても何も変わらないんだ」

 

綾波「……でしょうね、それで?」

 

海斗「犠牲をださないための対策を…教えてほしい、僕にできる限りのことはする、だけど…それだけじゃ足りないんだ」

 

綾波「愚かですね、私に頭を下げるんですか?」

 

海斗「…できる限りのことは何でもやる」

 

綾波「……良いでしょう、倉持司令官、現実の厳しさをよーく知ると良い、誰かが犠牲にならなければ成立しないんです、戦争なんてものは…片方が犠牲にならなければね」

 

綾波がため息を吐く

 

綾波「あなたがなりなさい、戦争の犠牲者に」

 

海斗「……」

 

綾波「ふたつにひとつです、リアルの仲間か、ネットの仲間か…10やそこらの数字か、少し増えれば50に届きそうな数字か…選びなさい」

 

海斗「…それじゃ何も変わらない、前と同じだ」

 

前の世界で、それを選んだ結果が今なんだ

 

海斗「両方を…救うんだ、多いとか少ないとか、そんなのじゃなくて、犠牲を出さない為に戦うんだ」

 

綾波「…やり切る覚悟は」

 

海斗「あるよ」

 

綾波「……もう再誕はナシですよ」

 

海斗「世界の再構築は考えてない」

 

綾波(…なら、上手くいくかもしれない…)

 

綾波「わかりました、では…戦力を強化する期間が必要です、お互いにね……火野さん、横須賀の財布の紐は?」

 

火野「…電だ」

 

綾波「うっっわ……何とか口説き落としてくださいよ?演習強化週間を設けます、とにかく対人戦に慣れさせてください」

 

海斗「対人…ってことは、あの仮面の敵?」

 

綾波「私の読みでは…時間をかけるだけ増えます、良いですか、強くしてください、そうしなくては生き残れない」

 

火野「…そうだろうな」

 

綾波「元凶だけを叩いても何も変わらない、殲滅する役目を果たさなくてはならない…となると…アハッ…楽しくなってきましたね」

 

海斗「…元凶は把握してるの?」

 

綾波「Cubia、そして…サイバーコネクト社…全部敵です、倉持司令官、あなたはCubiaを」

 

海斗「…わかってる、クビアは僕が何とかする」

 

綾波「…戦力を強化する期間はどのくらい…いや、2ヶ月使いましょう、新型艤装を用意します、火野さん、資材だけじゃ足りません」

 

火野「…わかった、話は私がつけるとしよう」

 

綾波「私は夕張さんと話をつけてきます、あ…もしかして明石さんも居ます?」

 

海斗「え、うん…」

 

綾波「よし…!最良です、最高ですよ…!良いですか、倉持司令官、火野提督、まずは南西海域、フィリピンを目指してください、佐世保と協力してフィリピンです、この辺りの敵は弱い、2週間あれば完全に駆逐できるでしょう」

 

海斗「わかった」

 

綾波「火野提督、重い腰を上げる時ですよ」

 

火野「わかっている」

 

綾波「最新式のカートリッジを用意します、一週間下さい、それと電さんには明日手土産を持ってくるとだけお伝えください!それでは!」

 

綾波(アレを渡そう、意識をリンクさせやすい…アレだ、電さんはそれで懐柔できる…カートリッジは…2人がいれば大丈夫)

 

火野「…行ったか」

 

海斗「……綾波、頑張ってるね」

 

火野「……」

 

海斗「…できれば、綾波をウチで受け入れたかったんだけど…」

 

火野「無理だろう」

 

海斗「だよね…」



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補助器具

横須賀鎮守府 工廠

工作艦 明石

 

明石「……」

 

綾波「お口に会いませんでした?コーヒーはお嫌いでしたか?」

 

明石「……いえ」

 

嫌々口に流し込み、止むを得ず喉を通す…

嫌味の一つも言いたいが口で勝てる気がしない、こんなところでコーヒーなんてと言えば夕張を非難することにもつながるし、私自身工廠での飲食は…慣れている

とは言え、敵と一緒には…

色々頭が混乱している、鎮守府にいる車椅子の方は何だ?

 

夕張「そ、それより…今日は何の用事で?」

 

夕張もどこか浮き足立った様子、当然だ、ついこの間まで戦争してて、しかもその大将をやってた相手なんだ…

 

綾波「お二人の力を借りたくて…カートリッジを開発してくれませんか?」

 

明石「お断りします!」

 

コーヒーのカップをつい強く叩きつけてしまう

 

夕張「あ、明石!一回落ち着いて!それで…私たちにわざわざ頼む理由って?」

 

明石「夕張、まさか作るつもり…!?」

 

夕張「まあまあ!話だけだから!」

 

明石(…夕張、怯えてるんだと思ったけど何か違う…)

 

綾波「大抵のものは…私でも作れます、しかし、それは量産品というべきで…使用者のことを考えられて作られたものとは違う、あなた達には…自分のカートリッジを使う人のことを考えて作る能力がある」

 

夕張「…えっと?」

 

綾波「これを」

 

机に置かれたカートリッジに刻まれた文字は…改二

 

明石「…改二?」

 

綾波「私の全力の力を解放するためのカートリッジです、これを生身で使えば…脳の過負荷で斃れます、使えてアケボノさんか深海棲艦くらいでしょう」

 

明石「…それで?」

 

綾波「出力を下げて、複製してください…言っておきますが簡単な作業ではありません、私がやるのを躊躇い、あなた方に任せたいと思うくらいには大変なことです」

 

明石「目的は」

 

綾波「日本の戦力の底上げ、全員に改二レベルの実力を引き出せば…今後の戦いにおけるリスクは大幅に低下します」

 

…それが目的?わけがわからない

 

綾波「お願いします、これは身体強化カートリッジでありながら艤装の強化も行うカートリッジ、今までの何よりも作成難易度の高いものだと思いますが…」

 

明石(…あー…もうこの人が何言っても自分にはできるけどあなた達には難しいですねって嫌味にしか聞こえない…)

 

夕張「…なんでリスクを下げようとしてるんですか?今のあなたにとっては私たちの戦いなんて関係ないことなんじゃ…」

 

綾波「敵対してるわけじゃないし…何より、私たちにもメリットがある、協力したい…と考えたんですよ、それに…明石さん、あなたは凄い、だってカートリッジを開発したのはあなたなんです、私は外部接続機器で強化するなんて…考えもしませんでしたから」

 

明石「…何なんですか、急に誉めてみたりして」

 

綾波「あなた達にとって私が憎悪の対象であることは理解しているつもりです、しかし……もっと大きな敵も世界にはいる…お願いします、少しだけでも良い、私に力を貸して欲しいんです」

 

明石「いきなり…そんな事言われても、もう意味がわからないんですよ…!死んだはずの貴方が生きていて協力してくれとか…!」

 

綾波「深く考えないでください、私は…ただ……いや、無理な話か…」

 

明石「このコーヒーひとつにとってもそうですよ!私からしたらこれを飲むのも命懸け!断れば殺されるかもしれない!毒が入ってるかもしれないものを飲まなきゃいけない…今この場はそういう状況なんですよ…!なのに協力?何を考えてるのか、本当にわからない…!!」

 

綾波「…無理のない話です、貴方の言ってることは間違いじゃない…当然ですね、すみません、無理を言ってしまい」

 

綾波(…どうにか口説こうと思いましたが…流石にダミー因子持ちには…通じ難いのかな……上手い言葉が思いつかない、どうするのがいいのか)

 

明石「…朧ちゃん、返してくださいよ…!朧ちゃんを探すために出て行った曙ちゃんも…!貴方のせいで鎮守府が滅茶苦茶なんですよ!!」

 

綾波(…2人が再会したこと、伝えたいけど…Linkの存在を公にしたくない…最低限の人間で済ませたい、特にアメリカ人がいる離島に流したくはない…)

 

綾波「…朧さんの無事だけは保証します…それでは、失礼します」

 

明石「…タダで帰れると思ってるんですか…ここは横須賀ですよ、戦闘になるに決まって…」

 

綾波「いいえ、なりませんよ…私は犯罪者綾波として侵入したのではなく、客人として正面から招待されたのですから、例え手違いだったとしても面子がある、私を黙って見送るでしょう」

 

明石「そんな…!」

 

…私の頭では、どうすればこの人を消せるのかがわからない

目の上のたんこぶだ、どうにかして殺さなくては害を振り撒く、存在自体が邪悪…

 

去りゆく背中をただ見送ることしかできない

 

 

 

 

綾波

 

綾波「ああ、電さんに大淀さん、どうも?」

 

大淀「堂々と歩かないで欲しいのですが」

 

電「人に見られてはことなのです」

 

綾波「それより、お二人…手を出してくれますか?」

 

大淀「何も受け取らな……ふむ…」

 

電「そういう装備なのですか」

 

未来を先読みされたか、問題はないが…

 

綾波「どうですか?使ってみませんか?」

 

大淀「効果は」

 

綾波「艤装とのリンク率の上昇…つまり、限界を超えて強くなれます」

 

電「…試しにワンセットいただいておくのです」

 

大淀「え?1つだけ?」

 

綾波「…電さん、仲間割れにつながるようなことしないでください…後日人数分持ってきますから」

 

大淀「…それで」

 

綾波「ええ、そうですね…指輪型の演算補助器具なのですが、どの指につけますか?」

 

電「当然薬指なのです、サイズは今測りますか?」

 

綾波「……ええ」

 

何と趣味が悪い、親指でも人差し指でもいいのにわざわざ薬指か

 

大淀「まあ、提督宛に送ってください、貴方から貰ったものを身につけたくないので」

 

綾波「貴方も性格が悪いですね…あー……はぁ…火野提督に胃薬でも差し入れたほうがよかったか」

 

電「何を気にしているのですか、ただ、提督が艦娘に指輪を配るだけですよ」

 

綾波「それに特別な意味を持たせようとしてる人がいいますか…」

 

大淀「それで、具体的にどうなるのか教えてくれますか?」

 

綾波「簡単に言えば…状況判断能力、瞬発力の強化です、例えるならPCの増設メモリというか…許容量を増やすというか…これを持っているだけで脳への負荷を軽減し、普段の倍以上の速度で脳を動かせます」

 

電「カタログスペックは素晴らしいのです」

 

綾波「お好きに言ってください、効果は保証します…それと、カートリッジの件ですが、納期遅らせてくれませんか?」

 

電「お断りするのです」

 

綾波「…明石さん口説けなかったんですよ」

 

電「それはそちらの問題なのです、こちらに求めた以上、応えて欲しければ応えるのです、横須賀に支援して欲しければ納期までに一通りのカートリッジを用意するのです」

 

綾波(…商売相手にするには面倒な人を選んでしまったな)

 

綾波「わかりました、わかりましたとも…」

 

Linkの財政難は言わずもがな、さてはて、上手く乗り切らないと

 

綾波(これは、二徹はしないとなー…演習も組ませてもらう以上…あ、いや…そうか、Linkの代表表向きには狭霧さんに任せればいいか、演習も任せてしまおう) 

 

大淀「しかし、なぜ指輪型の艤装にしたんですか、カートリッジタイプでも良かったでしょう?」

 

綾波「…ナノマシン技術を使い、簡易的な艤装を召喚できるようにするつもりです、つまり…武器に見えない武器、暗器として、使えるんですよ」

 

電「…本当にですか?」

 

綾波「嘘つくわけないでしょう、ほら、これ」

 

ポケットから指輪を取り出し、縁をなぞる

主砲と魚雷発射管が手脚に召喚される

 

綾波「弾数は多くないんですけど、どうですか?」

 

大淀「…見せてくれるのはいいですけど何も言わずに展開するのやめてください、捕まえますよ?」

 

綾波「それは申し訳ありませんでした」

 

艤装を収納する

 

綾波「拳銃でもライフルでも、近接武器でも作り出せます、まあ事前に用意しておく必要がありますし、リングの作成時にナノマシンにそれを覚えさせる必要があるので…艤装用はあくまで艤装用、サイドアームは別のものが必要になります」

 

電「……暗器というか、侵入後には非常に役立ちそうなのです…相手が人間なら」

 

綾波「火野提督には敵も多いでしょう、コレを提供するんですから、カートリッジは勘弁して欲しいものですが」

 

大淀「では、ひとつ機能を付け足してください」

 

綾波「…なんですか?」

 

大淀「使用するにあたり、ロックをつけて欲しいんです、奪われたりした時のために…」

 

綾波「わかりました、指輪に使用者識別機能を…」

 

大淀「私たちが持つ指輪に新たにその機能をつけるのは大変でしょう?」

 

綾波「いや、別にそんなことないですけど」

 

大淀「なので、安全装置を管理する指輪が欲しいんです、新しく、一つ」

 

綾波(……うっわ………性格悪…)

 

電「良いアイデアなのです」

 

綾波「…明日、発送します…」

 

大淀「よろしくお願いします」

 

綾波「それと…横須賀もちゃんと戦力向上に励んでくださいね」

 

大淀「…勘違いしてるかもしれませんが、横須賀はどこの鎮守府にも全力で劣るつもりはありません」

 

電「もし、横須賀に勝てるとしたら…呉がいい勝負をできるかどうかなのです、ここにいるのはみんなエリートなのですから」

 

綾波「……期待しています」

 

 

 

 

 

 

翌々日

 

 

提督 火野拓海

 

火野「……ふむ、これが最新式の戦闘補助器具…か」

 

人数分の小箱に視線をやる

 

電「早速配備して欲しいのです」

 

火野「ああ、試用は任せる」

 

電「司令官さんから、確かに受け取ったのです」

 

火野「…なんだ?」

 

電「こういう事なのです」

 

いつのまにか電の左手の薬指に指輪…

 

火野「…中身はそれか?」

 

電「そうなのです、名称はケッコンカッコカリ…なかなか悪趣味なのです」

 

火野(君が言うか)

 

電(まあ、実際の所そんなは名称なんて無いのですが…)

 

電が指輪をなぞる

艤装が展開される

 

電「…少し軽すぎるのです、なれないと扱いは難しそうですけど…」

 

火野「十分過ぎるだろう、金属探知機に引っかかったとしても、外せば問題はない…」

 

電「それと、これのセーフティは司令官さんの分の指輪についてるのです」

 

火野「…私の分まであるのか」

 

小箱から指輪を取り出し、右手の人差し指につける

電が少し剥れた様子を見せるものの気にしない

 

火野「…こうか」

 

指輪に触れると電の艤装が消滅する

 

電「こんな感じなのですね…早速、全員に配るのです」

 

火野(カッコカリとはいえ結婚と名称のつく指輪を配り歩くのは些か問題なのではないか)

 

電「電が独り占めしても良いのなら別なのですが」

 

火野「…わかった」

 

電「…あ、それはなんなのですか?」

 

火野「…ついでにアオバの義手を用意してくれたそうだ」

 

電「なるほど…納期については目を瞑る事とするのです」

 

火野「何の話だ…?」

 

 

 

 

 

 

大湊警備府

駆逐艦 睦月

 

睦月「ほえー…これが最新式」

 

綾波「ええ、好きな指につけてください」

 

白露「人差し指につけて、これでパンチしたら強そうじゃない?」

 

夕立「威力倍増っぽい!」

 

綾波(メリケンサックじゃないんだけどな…でも電さんに比べたら百倍健全だ…)

 

綾波「細かい調整とかは後で連絡してください、私も忙しいので」

 

五月雨「……あれ?」

 

綾波「貴方のものは特別性ですよ、使ってみてください」

 

五月雨が指輪に触れるとライフルになる

 

綾波「貴方の適性は狙撃です、口径とかその辺のことはケースの中に説明書があるので…」

 

ビリッ…と、紙が破れる音が聞こえる

 

睦月「…五月雨?」

 

五月雨「…と、取り出そうとしただけなんです!」

 

破ってるし…いや、でもまだ読める…

 

綾波「まだ読めますよね、繋ぎ直して勝手に読ん…」

 

五月雨「ふぎゃっ!?」

 

五月雨が急にこけて…小箱ごと海に…

 

綾波「……わざとやってます?やってますよね、ねぇ?」

 

五月雨「ご、ごめんなさい!わざとじゃないんです!」

 

白露「…五月雨のドジは…うん、対策しない方が悪いよ」

 

夕立「次に活かすっぽい、ドンマイドンマイ」

 

綾波「……っ…はぁ…」

 

睦月(1番綾波と敵対してた2人が綾波慰めてる…面白いにゃ〜)

 

綾波「…明日、コピーを持って来させるので…絶対に五月雨さん以外が読み込んで伝えてください、取り扱いをしくじれば命にかかわりますよ」

 

睦月「はーい」

 

五月雨「ほんとにごめんなさい…」



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変装

Link基地

綾波

 

綾波「今日の演習の予定は」

 

ガングート「3時間おきに計4回だ」

 

綾波「相手は」

 

ガングート「大湊、呉、佐世保、それと…もう一度佐世保…なぜ2回同じ敵と戦う?」

 

綾波「ある程度戦術を把握したうえで再戦する、これにより互いに戦い方が変化します…考えて戦うと云う面での成長を促すんです」

 

ガングート「そうか…さっさと大湊に行こうか」

 

綾波「私は顔を見せるわけにはいきません、今日はLinkのトップは狭霧さんということで…おや、噂をすれば……」

 

…ニヤニヤとした狭霧さんが入ってくる

すごく嫌な予感が頭を支配する

 

狭霧「私がトップですかー、ガングートさん、聞きましたよね?」

 

ガングート「あ、ああ?」

 

狭霧「…綾波さん、ちょっとこっちに」

 

綾波「え、ちょっ…な、なにを!やめなさい!私にはまだ仕事が…」

 

狭霧「あーもう、あんまり暴れないでください、髪痛いですよ?」

 

綾波「髪をいじるな!な、なにを…眼鏡なんか要らないですよ!」

 

狭霧「はーい、おとなしくしましょうねー………よし、これでいいでしょう、あとはカラーチョークで髪の色を変えて…はい、完成」

 

ガングート「…おお…」

 

綾波「何するんですか…!」

 

狭霧「あ、そうだ、あとこれ…名札です」

 

綾波「…名札?……天霧…」

 

狭霧「今日は一日そう名乗ってくださいね」

 

天霧「は…?」

 

狭霧「演習には参加してもらいます、髪型、髪色、それに弱いですけど度の入った眼鏡だし…印象はかなり違うでしょう?」

 

ガングート「…おーい!みんな来てくれ!」

 

天霧「ガングートさん!呼ばなくていいですから…!」

 

狭霧「まあまあ、見てもらいましょう?ほら、鏡見てください」

 

天霧「……へぇ…」

 

狭霧「一見別人、よく見るとよく似た別人…といった感じでしょう?」

 

確かに、これで後は…

 

天霧「綿は」

 

狭霧「はい、あーん」

 

両頬にワタを押し込み、輪郭を変える

これならメイクのように簡単に落ちる心配もない、中途半端にメイクするより断然いい手段…

 

所作に気を付けて神通さんを騙せれば上出来か

 

狭霧「喋り方も変えましょう?」

 

天霧「…いや、それは不要です、つい素の口調が出た時が面倒です…」

 

タシュケント「綾波…じゃない?だ、誰?」

 

リシュリュー「お客さん?」

 

ガングート「いや、綾波だぞ、変装だ」

 

綾波(ワラワラと集まってきたか…めんどくさいな…)

 

タシュケント「ホントに綾波?」

 

天霧「ええ、声も若干違うでしょうが中にワタを詰めてるんです」

 

リシュリュー「ホントに何でもできるわね…」

 

天霧「……私じゃなくて、こっち」

 

狭霧を指す

 

狭霧「メイクに変装お任せあれ…なぁんて、でもこれで一緒に演習できますね?」

 

天霧「…加減して参加しろと?」

 

狭霧「むしろ全力で行きましょう、どのみち出せる力はセーブされてますし、気付かれたら本気で殺しに来ますよ?」

 

天霧「……」

 

確かにそうだろう、全力で殺しに来る恐れも十二分にある

…今はまだ早いんだ

 

タシュケント「うーん、なんか…いいかもね、その感じも」

 

リシュリュー「スポーティーというのかしら?」

 

天霧「…どうでも良いので、さっさと行きますよ…」

 

朧「綾波」

 

朧さんがこちらに何かを投げる

 

天霧「……香水?」

 

朧「匂いでわかるし、アタシ多分呼び間違えるからさ」

 

天霧「…失礼ですけど、持ってたんですね、こんなもの」

 

朧「…まあね」

 

天霧「使わせていただきます…」

 

綾波(慣れないな、自分から別の匂いがするの)

 

天霧「とりあえず、私の名前は天霧…ということで」

 

リシュリュー「なるほどね、わかったわ」

 

 

 

 

 

 

大湊警備府

 

狭霧「本日はよろしくお願いします」

 

徳岡「あ、ああ…?あー…あんたらの代表は?」

 

狭霧「私が正式な代表になりました、よろしくお願いします」

 

徳岡「は、はあ…?」

 

まあ、そんなに簡単に代表が変わる組織なんて信用が置けないだろうが…今日は実験だ、黙って見ているとしよう

 

狭霧「こちら編成表です」

 

徳岡「…8人部隊…か…ホントにこっちは12でいいんだな?」

 

狭霧「ええ、6人艦隊2つでどうぞ…私達も対多数の戦闘訓練を積んでおきたいので…」

 

徳岡「……それはいいんだが…アンタらここでウチを除いて3回も戦うんだろ…?」

 

狭霧「私たちの戦場は基本的には国外です、そうなると補給をしながらの戦闘とは行きません、継戦し続けられるように日頃から体力をつけておかなくてはなりませんので」

 

綾波(カンペ通り…ですね)

 

狭霧「さて、始めましょう」

 

 

 

 

天霧「…私も参加するのですか、本当に…」

 

狭霧「いいえ、大湊では必要ありません、天霧さんは対多数戦闘に慣れすぎています、呉と佐世保で起用します」

 

天霧「ホントに戦わされるのか…ああ…もう…」

 

狭霧「大湊は駆逐隊としての運用が多い、今回は前みたいな無様を晒してくれないんじゃないですか?」

 

天霧「そうですね、おそらくは前の夕立さんや白露さんのような甘えた動きはないでしょう」

 

狭霧「作戦も私が決めますか?」

 

天霧「いいえ、もう出してます、各々の判断で動けと」

 

狭霧「わかりました、それで進めましょう」

 

天霧「編成は」

 

狭霧「旗艦リシュリューさん、そしてガングートさん、グラーフさん、ザラさん、ポーラさん、朧さん、タシュケントさん、ユーさん」

 

天霧「勝たせるつもりないんですね」

 

狭霧「当たり前です、最初は肝心ですから、絶対に勝ちましょう?」

 

天霧(…ユーさんはかなり弱気な戦い方をするけど、チームとして動くなら問題はないはず…)

 

狭霧「さあ、始まりますよ…それと、天霧さんも持っておいてください」

 

刀を渡される

 

綾波(…軽い…竹光か)

 

狭霧「刀身が竹なので斬ることはできませんが…演習なので、今回は川内さん達にもこれを配るつもりです」

 

綾波「なるほど、わかりました」

 

狭霧「皆さんにも持たせていますし、今回は近接戦闘の練習でもあります、CQBテストは常日頃からしていても近接武器の扱いには慣れていませんから…」

 

天霧「……始まった」

 

演習自体はとっくに始まっている、要するに…会敵した

 

天霧「五月雨さんの射程です、ガングートさんは何発耐えられるか…」

 

狙撃を得意とする五月雨さん相手にガングートさんは何発を受け止められるか、どれくらい艦隊を推し進められるか…今回一番気にするべき敵は…

 

狭霧「今回一番警戒するべきはだれだと思いますか?」

 

天霧「勿論…睦月さんです」

 

 

 

 

 

駆逐艦 睦月

 

睦月「五月雨!敵の位置報告!」

 

五月雨「南南西!狙撃開始!行きます!」

 

雷のような音ともに弾丸が艦隊の間をすり抜ける

 

五月雨「防がれた…!有効打になってません!」

 

睦月「戦艦相手は仕方なし!第一艦隊!前へ!睦月達は大回り!白露!夕立!五月雨の援護!」

 

全体に指示を通してから動き始める

 

睦月「皐月と文月はついてきて!魚雷準備は!」

 

皐月「大丈だよ!」

 

文月「おっけ〜」

 

睦月「第一艦隊の戦闘中に最後尾の旗艦だけを狙い撃ちにするよ!」

 

睦月(時雨達がうまくやってくれれば…大金星だにゃ)

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

ガングート「ぐっ!!…装甲が吹き飛んだぞ…!」

 

着弾の音がまるで爆発のようにあたりに響く

 

朧「五月雨の狙撃、キツイね…ガングート!次アタシが受ける!」

 

ガングート「なっ…冗談だろ!?演習とはいえ死ぬぞ!」

 

朧「いいから!」

 

脚部艤装を起動し、ガングートの前に出る

 

脚を振るい、意識を集中して迫る弾丸を探す

 

朧「はぁッ!!」

 

脚に若干痺れる感覚を残すものの、弾丸が砕け散る

 

ガングート「なっ……?」

 

タシュケント「ガングート…キミが挑もうとしてたのはこういう相手なんだよ」

 

ガングート「…あの時戦った相手がタシュで良かった…」

 

朧「前方!6人来るよ!」

 

朧(時雨、村雨、涼風、長月、菊月、望月……やっぱり弥生は居ない!これならアタシ1人でも…)

 

朧「っ!!」

 

咄嗟で避けたが…頬を弾丸が掠める

風圧で頬が裂ける

 

朧(これ!ホントに当たっても防いでくれるんだよね!?死なないんだよね!?)

 

ガングート「朧!」

 

朧(1人でやろうとしたら五月雨に持ってかれるな…!それなら、おとなしくみんなでやる!)

 

朧「大丈夫!ガングート!タシュケント!換装しつつ戦闘!行くよ!CQB!!」

 

艤装を起動して海を蹴り砕く

 

周囲に衝撃を飛ばし、大きく波を立たせる

 

朧「グラーフ!!」

 

グラーフ「わかってるが…!なんだ、こいつら…艦載機が、落とされて…!」

 

朧(対空を徹底してる…!グラーフの艦載機でも落とされるなんて…)

 

グラーフ「ダメだ!まともな支援は期待するな!」

 

朧「大丈夫…!タシュケント!ガングート!」

 

荒波が視界を遮り、遮蔽物を作り出す

海面をかけ、敵を嗅覚を頼りに探し当て、迫る…!

 

朧「ガングート!会敵するよ!」

 

ガングート『ああ…!』

 

ガングートが波を突っ切り、砲撃しながら時雨達に迫る

 

タシュケント「朧!」

 

朧「タシュケント!行くよ!」

 

波に乗り、頂点から跳び、撃ち下ろす

上下、下は一方向だが上は二方向…

 

これに対応できるなら…

 

朧(やって見て欲しいもんだね…!!)

 

砲撃をとことん打ち込む

 

朧「座標マーク!レーダー砲撃開始!」

 

ザラ『フレンドリーファイアに気をつけて!』

 

ポーラ『撃ちますよぉ〜』

 

タシュケントの襟を掴み射線から外れる

徹底的な火力の集中…完全に叩き潰す…!

 

朧「…よし、艦隊撃破…かな?」

 

時雨「…っ…たた…これ、ホントに怪我はしないんだ…」

 

朧「立てる?手を貸そうか」

 

時雨「……随分余裕だね?まだ演習は終わってないよ?確かにこの荒波で五月雨の耳までちゃんと音が入らないから狙撃は難しいだろうさ、でも…」

 

リシュリュー『朧!戻ってきて!』

 

朧「えっ?」

 

時雨「何のために徹底的に空を潰したと思ってるんだい…?」

 

リシュリュー『保たない…!朧!背後からくるわ!』

 

朧(第一艦隊はまるまる陽動に使った!?…不味い!全部崩される!)

 

グラーフ『朧!ザラとポーラがやられた!ユーには敵の狙撃隊を狙わせている!』

 

朧「…それしか、ないか…!タシュケント!ガングート!反転して攻撃…!」

 

タシュケント「ぁがっ…!背中…!?」

 

朧「狙撃…!波が収まり始めてるから…いや、違う……まだ1人…!」

 

至近距離から砲撃を受ける

 

時雨「…あと、大破判定、僕はまだ貰ってないよ」

 

朧「…してやられた…か…」

 

ガングート「クソッ!囲まれたか!」

 

ガングートが包囲され、攻撃を受けて大破、ユーは五月雨を道連れにするも大破で全滅…

正直、負けるとは思ってなかった…慢心があったのも間違いない

 

だけど…睦月は同じ作戦に出た、戦艦を大量の魚雷で攻撃し、即座に倒す

大物狙いの大味な戦術だけど、駆逐艦のみの艦隊が危険海域を何度も通るためには必要な戦術…

それを完璧に、そして無傷でやり遂げられた…

 

大湊は五月雨1人の鎮守府じゃないことを改めて理解させられた…

 

 

 

駆逐艦 天霧

 

天霧「…でしょうね、そうでしょう…あの徹底した対空を見て何とも思わないのがおかしいんです、朧さん達には本当にわからなかったのか」

 

狭霧「それを識る為の演習です、ここでしたミスを実戦でしないために今するんですよ…朧さんやガングートさんなら、このミスを糧にできます」

 

天霧「……わかってますよ、とりあえず…軽い休憩を挟んだら呉の人達に対しての対策と編成を」

 

狭霧「もう決まってます、グラーフさんとザラさん、ポーラさん、リシュリューさんを外してプリンツさん、レーベさんとマックスさん、それから…天霧さん、あなたにも出て貰います」

 

天霧「……いいでしょうそれで基本戦術は」

 

狭霧「現場の判断に任せます」

 

天霧「…わかりました、後悔しないでくださいよ」

 

狭霧「Linkのトップとして…負けは許されませんよ?」

 

天霧「わかっています…が、誰が出てくるか」

 

川内型軽巡洋艦3名、球磨型5名…そして綾波型駆逐艦1名

 

天霧「…9人か、本気で勝ちに来るなら、川内型3人と曙さん、球磨さんと木曾さん…ですかね…雷巡は1人でいいし、球磨さんのテスト結果はかなり良いし」

 

狭霧「ですよね…私もそう思いした……どうなるんでしょうね」

 

天霧「さあ、とりあえず…朧さんたちを迎えに行きますよ」



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心頭滅却

大湊警備府

駆逐艦 天霧

 

天霧「相手が動くのは理由があるからなんですよ、わかりますか?この行動をした意味を考えなきゃいけない、読み違えても良いですから」

 

ガングート「…対空が徹底されてるくらいでそこまで読めというのはいささか無理難題ではないか」

 

天霧「そうでしょうね、でも今はそれで納得してください、時間押してるので、もう呉の人達ついてるんですよ、早く準備してくれませんか?」

 

ザラ「まだ10分あるじゃないですか…」

 

天霧「5分前行動!…完全に準備できて、点呼も終わった状態で5分前に集合、挨拶とこれが徹底できないと日本じゃ生きていけませんよ」

 

朧(大袈裟だなぁ…)

 

天霧「早くしてください!」

 

ガングート「…綾波ってこんなに時間にうるさいやつだったか?」

 

朧「んー…いや、陽が沈むのを嫌ってるんじゃないかな…川内さんいるし」

 

ガングート「…川内…か、早くもリベンジマッチというわけか、だがそれが何故急ぐことに繋がる」

 

朧「川内さんは夜が苦手なんだよ、夜だと実力を発揮できないというか…」

 

ガングート「なんだそれは…」

 

朧「まあ、色々あるんだよ…と言っても、昔よりはずっとマシになったみたいだけど」

 

朧(アタシは呉で過ごした事ないからどんなものかはわからないけど、かなりの夜嫌いだし)

 

 

 

 

 

狭霧「それでは、よろしくお願いします」

 

天霧「向こうの編成は」

 

狭霧「全員出るそうです」

 

天霧「…9人…?」

 

狭霧「はい、9人編成、呉は少数精鋭ながらに高い戦果、そして互いを深く理解しあった連携が戦果に現れてますし…何らおかしい事じゃないですよね?」

 

天霧「……そうですね、しかし…9人か…」

 

手が、足りない…誰かが2人を相手になくては…いや、それでも、まず足りない

球磨型はともかく、川内型は2人で1人を狙わないと…勝てない

 

天霧「……おや」

 

狭霧「あら」

 

曙「…アンタらが、他の綾波型?」

 

狭霧「はい、狭霧と申します、よろしくお願いしますね、曙ちゃん」

 

天霧「…天霧です」

 

曙「綾波は」

 

狭霧「本日外しております」

 

曙「そ…」

 

…落ち着いてる、なんていうか…

すごく、良い状態だ…何かに焦る様子もない、ギラギラとした感じではないけど…

 

曙「ま、よろしく」

 

天霧「こちらこそ」

 

曙「それじゃ」

 

狭霧「……強そうですね?」

 

天霧「…艤装は感情が乗るほど性能が向上します、しかし…」

 

感情じゃない、今までの曙さんとは違う…

落ち着いた感じ…それであの雰囲気…

 

天霧「…川内さん達と過ごしたことが何かを変えたんでしょうね」

 

狭霧「それは良い変化ですか、悪い変化ですか」

 

天霧「どちらとも取れる…曙さんの強さは感情を乗せた時に発揮される、だから…その強みを殺して何かを得た…と言うことになる…」

 

 

 

 

天霧「基本戦術は変えず、仕掛けるのは朧さんからです、CQB…つまり、閉所での近接格闘…これを仕掛ける戦術自体は変えませんが…絶対に川内型を巻き込まないように、アレは遠距離のみで仕留めます」

 

朧「うん、でも誰が仕掛けるの?」

 

天霧「ユーさん、レーベさん、マックスさん、魚雷での攻撃を徹底すること…レーダーで補足したら長距離の雷撃を狙い続けてください」

 

ガングート「川内はやらせてもらうぞ」

 

天霧「構いません、が…奥の手は伏せたままに…それは味方に向けるものじゃない」

 

ガングート「わかっている、だが充分に勝てるはずだ」

 

綾波(一番問題視するべきは神通さんですね…演習とはいえメイガスを起動して能力を底上げしてくるかもしれない、お遊びで済めば良いですが)

 

天霧「じゃ、行きましょうか…先ずは川内型を徹底して叩きますよ」

 

演習開始の信号弾を横目に確認して航行開始する

ヨーイ、ドンで始まるなんて、随分お優しい話だ

 

天霧「…レーダーに反応は」

 

ガングート「まだない」

 

プリンツ「こっちもありません」

 

天霧「……ま…レーダーを信用してたらどうなるかと言う勉強にもなるでしょう」

 

朧「…綾波、そこ危ないよ」

 

天霧「わかっています」

 

風を切る音が鳴る

朧さんが跳び上がり、槍を蹴り落とす

 

ガングート「なっ…ど、どこからだ!?」

 

朧「風上、南西6キロ」

 

タシュケント「…6キロ?え?」

 

マックス「…槍投げの世界記録ってどんなもんだっけ」

 

天霧「98メートルでしたっけ?しかも、低空を走るように飛ばしている…何とも恐ろしい」

 

ガングート「…相手は人間だよな?」

 

天霧「そんな考えは捨てなさい、化け物と対峙している自覚を持ちなさい」

 

朧「舐めてかかると死ぬよ」

 

タシュケント「死っ……イギリスの時よりヤバいんじゃないの…?」

 

天霧「当然です、相手はあの川内型…来ますよ!」

 

朧「…北西に他の匂いがある…そうか、みんなの匂いのついたもの持ってるだけで1人だ…神通さんは囮だよ!」

 

天霧「わかっています!」

 

砲撃を撃ち落とす

 

天霧「上昇気流を起こして匂いがこちらに流れないようにしていたんでしょうね…もう来てますよ!」

 

刀を抜き、振り抜く

 

川内「良い反応してるじゃん…!」

 

朧「えっ…!?匂いがなかった…!」

 

ガングート「な…いつの間に!?」

 

天霧「よく覚えておきなさい、物事には必ず対処法があるんですよ…!良い先生が来たものです…!」

 

川内「褒めてくれるの?嬉しいなぁ…!」

 

砲撃をしてこない、両手の短刀での徹底したインファイト…

 

綾波(砲撃によるカバーはフレンドリーファイアの恐れがあってできない、距離を取ろうとしても…絶妙だ、動けない…!)

 

川内(何で逃げようとしないかな…わざと隙を作ってるのに…それとも、退がった瞬間を狙ってるのがバレてる?なら…)

 

大振りな蹴りを受け止める

 

天霧「くッ…!?」

 

川内「なかなか…だね…うん、いい感じ…!楽しめそう…!」

 

天霧「…あなたは私の獲物じゃないんですよ」

 

川内「へぇ?」

 

天霧「狙え!」

 

ガングート「良し!」

 

身を伏せる

 

川内「!!」

 

川内(コイツの丁度真裏から砲撃…!?)

 

被弾した川内さんが吹き飛ぶ

 

ガングート「…先ずは一つ、借りを返したぞ、川内」

 

川内「……へぇ?深海棲艦どもとヨロシクやってたやつじゃん」

 

ガングート「今と前とでは違うさ…しかし、私は負けっぱなしは非常に嫌でな」

 

川内「おっ、気が合うねぇ…じゃあ絶対仲良くなれないかな」

 

ガングート「同感だ、リベンジマッチに付き合ってもらおうか」

 

川内「……こちら川内、抜けるよ」

 

天霧「…!」

 

綾波(川内さんが艦隊行動を外れた…てっきり威力偵察だと思ったのに、こうすると言うことは…指揮役は別だ!誰だ?神通さんと那珂さんはありえない…球磨型…?)

 

天霧「…いや、今考えるべきは…朧さん!!」

 

朧「わかってる!!」

 

朧さんが海面を踏み鳴らす

前方に水の壁ができるほどの水柱が上がる

 

朧「すっごい物量…!さすが重雷装艦3隻…!」

 

天霧「…いや、少なすぎる…!3隻分にしては少ない!」

 

ユー『南北から魚雷接近してます!』

 

天霧「魚雷接近してます!回避行動!」

 

バラバラに離れ、魚雷を何とか避ける

 

綾波(この魚雷…曲がってた!正面から来る大量の魚雷と左右から時間差で来る魚雷で前方と左右を完全に潰して一網打尽にするつもりだったのか…だけど、ここまでの魚雷操作術…呉にそんな事できる人…)

 

朧「来たよ!…那珂さんと神通さんが来てる!」

 

天霧「接近させないで!」

 

砲撃と雷撃で絶対に寄せ付けない…じゃないと、勝ち目は薄い…

 

綾波(ダメだ、2人とも砲撃を弾きながら来てる、砲撃を素手で弾くとか反則でしょう…!)

 

朧「2人で抑えよう!後の6人は任せて…」

 

天霧「それしかないか…!再集合して南に単縦陣で展開!敵本隊の攻撃を避けつつ接近して攻撃!ッ!!」

 

飛んできた刀を弾く

海面に突き刺さるように刀が浮き上がる

 

綾波(どこだ?何処から…!)

 

金属音が響く

細い管に高音が響くような音が鳴る

 

綾波(もう、遅い…!)

 

振り返りながら軽く跳び上がり、前蹴りを放つ

互いの脚をぶつけ、海面を無様に転がる

 

天霧「ごほっ…!ぺっ…海水が口に…」

 

神通「…今のを初見でかわしますか、綾波さんに聞いてたんですか?」

 

天霧「…そんなところです」

 

綾波(ワタが海水を吸ってて気持ち悪いな…ああもう…)

 

天霧「背後への艤装の推進力や刀と槍の遠心力を利用した高速移動、弧の中心がわかっているなら、左右どちらから来るかは関係ない…背後にだけ注意を払い、射程の外、つまりより中心に向かい、迫る槍さえかわせば大したダメージにはならない…」

 

神通「…ダメージになりませんでしたか?」

 

天霧「…いいえ、非常に効きました…」

 

受けた脚が痛む、痺れる…

これを演習で使うのは流石にやめてほしいな、相手に怪我をさせるばかりではないか

 

神通「…貴方…随分と強いですね」

 

天霧「それはどうも…さて、ここからはお勉強の時間です」

 

両手にカートリッジを持ち、起動する

 

神通「…貴方も?」

 

天霧「いいですか神通さん、戦術とは多いほど良い、たとえ付け焼き刃でも…その戦術がガッチリと状況に当てはまり…万の軍勢をたった1人が叩き潰す程の状況を作り出すかもしれない…」

 

綾波(…まあ、私にとってすれば、全て完全に扱える…私の戦術ですが…!)

 

カートリッジを艤装に挿入し、海面を蹴り、水を飛ばす

 

神通(目潰し…)

 

天霧「いいえ、本命です」

 

神通「ぁっ……?」

 

神通さんが体制を崩し、膝をつく

 

天霧「海って…というか塩水って電気を流すとあっという間に通してしまうんですけど…そういうことです、艤装強化じゃなく…身体強化の電撃カートリッジ…オートガード目的ですけど、こういう使い方もあるんですよ」

 

綾波(飛ばした海水に電気を伝わせただけだけど…充分に自由を奪う威力はあるか)

 

天霧「Ciao、再戦はまた今度やりましょう」

 

 

 

駆逐艦 朧

 

那珂「朧ちゃん、また強くなったね…!」

 

朧「どうも!」

 

回し蹴りを受け止められ、カウンターパンチを受けて主砲を空中に放り出す

 

朧(…射線、管理……タルヴォス…)

 

那珂(この感じ…やばっ…!)

 

拳銃で主砲の引き金を撃ち抜く

 

那珂「っ!この角度からの砲撃は…しんどいって!!」

 

正面からじゃない、左右の変な角度から飛んでくる砲撃を防ぎ切るのは容易じゃない…

 

朧(……ここだ)

 

ガチン 主砲を撃ち抜く

金属音が鳴る

 

那珂(最後の1発だけ外した…!)

 

那珂「よし、反撃…っ」

 

朧「最後の一発は、コレです」

 

艤装が周囲の海水を吸い込む

 

那珂(脚部艤装を起動した…!?そっか!主砲のハンドガードの中にレバーが…!)

 

空を蹴り、海水のカッターを放つ

艤装の内部の水を全て射出し、その分軽くなった脚を振り上げ

 

朧「せいっ!やぁぁぁぁッ!!」

 

飛び蹴りとの二段攻撃で、仕留める

 

那珂「ッ…!!っ痛ぁ…!」

 

朧「…耐えられた…!?」

 

2撃とも…正面から受け止められた…?

 

那珂「今度は…那珂ちゃんの番だって言ったよね?」

 

ボクシングスタイルの攻撃を何とかいなし、距離を取ろうと必死に下がる

 

那珂「パンチだけじゃ、ないんだよねぇ…!」

 

ボディブローを防いだところにハイキック…

こめかみを撃ち抜かれる

 

朧(ローとハイをほぼ同時って…どんな身体の作りして…!)

 

那珂「あはっ!やっちゃうよ?」

 

天霧「待ちなさい」

 

那珂さんがぐるりと宙で一回転して海面に叩きつけられる

 

那珂「ぷあっ!顔はやめてよ!」

 

天霧「…朧さんを落とされるわけにはいきません、朧さん、曙さんをやってください」

 

朧「えっ?神通さんは?!」

 

天霧「仕留めました、早く行ってください、曙さんに対抗できるのは私かあなただけです」

 

朧「…わかった…!」

 

那珂「……んー…今の、痛かったし…本気で行くよ?」

 

天霧「どうぞ、私も立ち技は得意ですので」



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火もまた涼し

大湊警備府

駆逐艦 天霧

 

天霧「アイドルというには…ギラついた目をする…まるで野生の獣のようであり…的確に獲物を殺し切るハンターのような…」

 

那珂「天霧ちゃんだっけ、那珂ちゃんのこと詳しいみたいだけど、もしかしてファン?」

 

天霧「…ある意味そうかもしれません、誰よりも人を研究している自信はありますね…ですので、貴方の手の内は…大抵読めている」

 

那珂「そういうの好きじゃないなぁ…天霧ちゃんデータ系かぁ…那珂ちゃん相手には不利だよ?」

 

綾波(不利上等…既に度のあってない眼鏡かけてるし、口の中変な感じだし…艤装が違うせいで完璧な動きなんてできやしない…でも…)

 

天霧「…いいですね、そういうの燃えるタイプなんです、私」

 

那珂「…前言撤回かな、いい勝負になりそう」

 

構えをとり、向かい合う

 

那珂「…ボクシング…キックボクシング?」

 

天霧「少し違う…」

 

那珂「ふーん…」

 

一歩踏み込んでジャブで牽制する

 

那珂「Linkって不思議だねぇ…艦隊として存在してるはずなのに近接戦闘まで仕込まれてるなんて…!」

 

まるでボクシングの試合のようだ、お互いがタイミングを読み合い、牽制し合い…決定打を待つ…

 

天霧「総合的にできなくてはならない…そんな場所です!」

 

那珂さんのジャブを掴み、掴んだ手ごと引く

 

那珂「っ!?」

 

綾波(この手は、折りはしないが…)

 

膝裏に掌底、そして首目掛けてハイキック…は、肩の上受け止められる

 

那珂(本気なら折られてた…!)

 

那珂「…シュートボクシング…掴みや関節技ありの…ほぼ何でもありのボクシング…」

 

天霧「…ええ、それと…警告です、離さないと痛いですよ」

 

那珂(電撃なんて堪えればいい、おられても関係ない…演習とかそういうのじゃない、負けたくない…!)

 

受け止められた脚の膝を折りたたみ、残った足で前方に軽く跳ぶ

体重移動で前に…那珂さんの方に倒れるように近づく

 

那珂「えっ」

 

天霧「だから、言ったのに」

 

即席のギロチンができた、私の体重で那珂さんの体は海面へと押し倒され、首を脛が押しつぶそうと体重をかけ続ける

 

那珂「っ…!やばっ…」

 

片手を掴まれ、片手は脚を抑えるのに使う…つまり両手が塞がっているので抵抗手段は脚のみ、それも好きにはさせないように残った脚を乗せて押さえつける

 

天霧「降参してくれますか」

 

答えを聞く前に私は残った自由な片手で懐から模造刀を取り出し、首に当てればいい

そう、当てれば那珂さんはとりあえず撃破判定…

 

綾波(背後か)

 

体勢を大きく沈め、背後からの槍の横薙ぎをかわす

 

那珂「ぐぇっ…」

 

那珂さんからカエルを潰したような悲鳴が聞こえた、首の骨は折れていないようだった

 

神通「かわされた…!?何故…!」

 

天霧「那珂さんの瞳の動きですよ」

 

那珂さんが神通さんを視認したのを確認し、瞳に反射した槍の角度を計算し、可能な範囲体を動かすことで避けた

それだけだ…そして、ただかわすだけじゃない、頭を振り、髪を…

 

神通「なっ…髪が首に!?」

 

空いた片手で毛先を持ち、神通さんの首に巻きついた髪で締め上げる

頭皮が痛いが…まあ良い、このまま締めてオとす

 

神通「かっ…ぁが…く…!」

 

那珂「ひゅ…あ…!」

 

天霧「降参するなら、口を閉じてください、無理に呼吸しようとすると海水が口に入りますよ」

 

那珂「……お、断り…!」

 

天霧「…魚雷か」

 

また左右から迫ってくる魚雷…でもこれでは那珂さん神通さんも犠牲にするようなものではないか…

 

天霧「ま、どちらでも良いか」

 

那珂「ぁっ」

 

神通「ぐ…」

 

2人の首を絞める力を一瞬だけより強くし、離れる

魚雷が炸裂し、2人を吹き飛ばす

 

天霧「ふう、間一髪でしたね…危なかった」

 

綾波(神通さん、髪を斬るか迷ってたな…そうでなければまだ私が無事なわけがない…互いにハンデ戦だったわけだ…)

 

 

 

 

戦艦 ガングート

 

ガングート「ちょこまか逃げるな!!」

 

川内「お断りだっての、馬鹿みたいに撃ち合ってたら負けるに決まってんじゃん」

 

ガングート(…よし、予定通りだ…川内の砲撃なら耐えられる、近寄らせずに仕留める…が、恐らく…このままいけば川内は私の周りを飛び回って撹乱に来る)

 

川内(どうしよっかなぁ…一手ミスれば負ける気がするし…私の手の内は綾波が知ってる、何も対策させないわけないよね…なら…)

 

川内がボクシングのような構えを取る

 

ガングート「…何?」

 

川内「綾波から聞いてない?何でもできるって」

 

川内が姿勢を沈めた瞬間に合わせて刀を抜き、前方を斬り払う

 

川内「!」

 

慌てて姿勢を戻した川内の鼻先を切先が掠める

 

ガングート「もちろん、聞いているさ…うちのトップを舐めないでもらおうか…!」

 

川内「…へぇ、それが秘密兵器か…」

 

川内(予想外だったな…しかもかなり射程があるせいで迂闊な距離をつめられない…!)

 

驚いた川内の動きが止まった瞬間に…全ての主砲が川内を捉える

 

ガングート「ようやく止まったな!」

 

川内(マズ…)

 

一斉射が川内を撃ち砕く…

 

川内「っぶな…」

 

ガングート「何…な、なんで無事なんだ!」

 

川内「そりゃ…ま、秘密兵器はお互い様だからね…」

 

ガングート(至近距離の一斉射を全て防ぐ秘密兵器だと…?なんなんだ…!)

 

川内「…教えてあげるよ」

 

ガングート「…雷のカートリッジ…!」

 

川内「これでちょいとね、信管を全部」

 

ガングート(それをあの短時間でやってのけたというのか!?…バケモノめ…!…だが、感じる…わたしにも恐怖が理解できたぞ綾波…!だから、私は強くなれるはずだ!)

 

主砲で川内を捉え続ける

 

ガングート「なら、何度でも!!貴様を倒せるまで撃ち続ける!」

 

川内(弾切れまでかわすってのも…無理か…なら、左右に揺さぶって重心を崩したところで裏を取る)

 

左右が砲撃を左右に跳ねながらかわし、直撃コースは雷に防がれる

 

ガングート(こいつ、全く撃ち返してこないな…舐めたマネを…!!)

 

川内「今…!」

 

川内が私の頭上を飛び越える

 

ガングート(…綾波と同じ軌道…)

 

ガングート「…その動きは、もう見た!!」

 

反転し、刀を振り抜く

 

川内「あだっ!?…う、うそ…!」

 

振り抜いた刀は川内を確かに捉えた…

しかも当たった部位は胸部、真剣なら致命傷…

 

ガングート「…私の勝ちだな、川内?」

 

川内「…くっそー!なんでその巨体で綺麗に反転できるの…!」

 

ガングート「ハハハ!好きなだけ吠えるがいい!よし!!……やったぞ綾波…!」

 

川内(あの喜びよう…なんか悔しい通り越しちゃったなぁ…というか、綾波慕われすぎでしょ、何したの?脳弄ったのかな…)

 

ガングート「…ふう…よし!こちらガングート!蹴りがついた!すぐに援護に向かう!」

 

無線機に声を送り、向き直る

 

ガングート「演習が終わったら聞きたいことがある、またな」

 

川内「はいはい、いいよ、逃げないから」

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

朧「レーベ!マックス!…だめだ、応答しない…絶対あの炎のドームの中…」

 

天霧『ユーさんから退避したとの連絡がありました、熱湯に近づきすぎて負傷したようなので今手当てをさせてます』

 

朧「ユーが?…曙、演習なのにやりすぎだよ…!」

 

天霧『いいえ、潜水艦という艦種は珍しい…調整に慣れていないんでしょうね、仕方のない事故です…』

 

炎のドームが弾け飛ぶ

少し離れてるだけではこの熱風で消し炭にされるのではないかというほどの…

 

曙「あら、朧じゃない」

 

曙の足元には2人…マックスとレーベ…

 

マックス「ごめん、無理」

 

レーベ「怪我しそうだったから降参しちゃった…」

 

朧「それで良いよ、無事でよかった……曙、2人が離れるの待ってくれるよね?」

 

曙「勿論、何も焦る必要なんてないのよ」

 

朧「……」

 

2人が離れたのを確認した瞬間、アタシと曙を囲うように細い直線の炎の壁が現れる

 

曙「…アンタ、カートリッジ持ってる?」

 

朧「…持ってないよ、残念だけどね」

 

曙「なら…これで完封ね」

 

確かに、大きな動きをしたら炎の壁に焼かれるほど狭い空間

炎を自在に操る曙、もしくはカートリッジの使用者でなくてはこの炎は…手痛いダメージだ

 

朧「…完封?…甘いよ」

 

海面を踏み鳴らす

海が沈み、大きな波を立てる

 

荒波の隙間に…炎と海の境目ができる

 

朧「曙…見てなよ」

 

炎を潜り抜け、通路から抜け出す

 

曙「……読めてんのよ」

 

朧「えっ…」

 

魚雷…?

 

朧「ぁがっ!…ぐっ…うぅ…」

 

海面を無様に転がる

あの数、曙じゃない、重雷装艦だ…誰の…

 

北上「よ、久しぶりじゃん」

 

朧「…北上さん」

 

北上「この演習勝てばさ、北海道旅行行けるんだわ、つーわけで…負けてくれると嬉しいな」

 

北上さんの魚雷発射管全てから魚雷が飛び出す

 

朧「…そういう理由…まあ、良いんですけど…」

 

海面を踏みならそうとしたところを撃ち抜かれる

 

曙「それは、もうさせない」

 

朧「…曙…!」

 

前より砲撃精度が遥かに高い、その上…この冷静な感じ…凄く嫌だ…!

 

魚雷を防ぐ術を奪われ、徹底して追い詰められる

 

北上「ほらほら、逃げても逃げても無駄だよ」

 

魚雷はアタシが進路を変えてもついてくるみたいに…

 

朧(…読まれてる、徹底的に…しかも、北上さんは自在に魚雷を曲げられるんだ…!…いや、落ち着け…そんなの大したことない、魚雷を飛び越えて…インファイト!)

 

くるりと反転し、片足で跳び上がり魚雷を飛び越える

砲撃しながら北上さんへと近寄る

 

北上「っとと、危ないなぁ…魚雷発射管で防がないとやられちゃう」

 

朧(盾を潰すよりも近寄って…叩き潰す!)

 

曙「…そこ、危ないわよ」

 

朧「え?」

 

手遅れになってから気づいた…

北上さんには近づけない、魚雷が周囲を回ってて、近づけばそれが刺さるから

 

脚部艤装に魚雷が2本刺さってからそれに気づいた、つまり、手遅れ

 

朧「っ…?」

 

北上「ああ、安心して、信管は抜いてあるから、大破判定にはなるけどね」

 

朧「……やられた…」

 

別働隊のプリンツとタシュケントも向こうで別の球磨型とやり合ってることだろう…残り半分の戦力で勝つには…

 

ガングート『座標は』

 

朧「…ここ」

 

北上「ん?」

 

曙「…北上!離れなさい!」

 

北上さんに砲弾が着弾し、派手に吹き飛ばされる

 

ガングート『ハッハー!当たりだな!』

 

曙「チッ…やるじゃないの」

 

朧「…良いでしょ、今のアタシの仲間」

 

曙「……良かったわ、アンタのそんな顔見られて…今日は来た甲斐あった…ついでに勝って帰らせてもらうから」

 

曙の方に飛んできた砲弾が寸前で溶けて炸裂する

 

曙「……今のアタシは、負ける気が、しない…!!」

 

朧(…そうか、曙は落ち着いたんじゃないんだ…落ち着いた振る舞いもできるようになっただけ…強みが無くなったわけじゃない…!)

 

 

 

 

駆逐艦 天霧

 

天霧「……残すは、炎の勇者様だけ…か」

 

球磨「クマぁ…やるもんだクマ」

 

天霧「お互い様です、ですが…その、爪はやめてください、普通に痛かったので」

 

球磨型との戦いはプリンツさんとタシュケントさんを合わせた3人で臨んだ…

というのに、圧倒的な魚雷の物量と絶え間のない砲撃により2人は大破、私もそこそこの被弾はしたが…まあ、球磨型はこれで全滅

 

綾波(…ガングートさんはまだ健在か)

 

天霧「ガングートさん、やれそうですか」

 

ガングート『…無理だ、川内もバケモノだったが…こいつは別のバケモノだ…!!』

 

ここまで熱風が吹き付けるんだ、普通に相手をしたら勝てないことくらいわかっている

 

天霧「もう少し耐えてください、上手くやりますから」

 

魚雷を幾つか取り出し、手で弄る

 

球磨「…工作艦かクマ?」

 

天霧「駆逐艦ですよ、ただの駆逐艦…」

 

魚雷を真下に向けて海に落とす

 

天霧「…あとは、これですね」

 

主砲を頭上に向けて4度放つ

 

天霧「…さあ、私には予知能力はありませんが……人間の限界まで脳を酷使したらどうなるか、ご覧あれ」

 

球磨「…まさか、マジかクマ…!」

 

天霧「ええ、私は本気ですよ」

 

ゆっくり、ゆっくりと曙さんの方に近づく

 

 

 

ガングート「ぐっ…!まだか!」

 

天霧「到着しました」

 

曙「援軍?無駄よ!燃やし尽くして…?」

 

天霧「…もう終わっていますよ」

 

魚雷が曙さんの真下で炸裂し水柱があがる

 

曙「っ!!…どうなっ…て…!?」

 

砲弾が降り注ぎ、曙さんの艤装を撃ち抜く

 

天霧「大破判定には届きますよね?航行不可能でしょう?」

 

曙「……主機が動かない…!」

 

天霧「良い時間稼ぎでした」

 

ガングート「…時間稼ぎか…ははは、いつから…利用されていたのやら」

 

天霧「最初からですよ、当然でしょう?」

 

曙「……アンタ…いや、顔が…でも、整形して……?わからない…」

 

綾波(どうやら、変装はかなり有効らしい)

 

2戦目は勝利という形で幕を閉じた

 

 

 

 

 

 

ガングート「川内、何故主砲を一度も撃たなかった?魚雷は?」

 

川内「あー…近距離戦に頭がいっちゃうとね、つい忘れるんだよ…」

 

ガングート「忘…そ、そうか…舐められていたわけではないのか」

 

川内「もし舐めてるならタイマンなんてしないって!いやー、強かったよ、またやろうね」

 

ガングート「…ああ、だが今後も演習のみで頼むぞ、殺し合いはごめんだ」

 

川内「それはお互い様」

 

神通「…あなたは髪を武器にしているのですか?」

 

天霧「女の武器ですから」

 

那珂「え、いや、そういうのじゃないと思うけど…?」

 

天霧「自分の体は全て武器です、使えるものは全て使うべきでしょう?」

 

那珂「…確かに、参考になったよ、ありがとね…」

 

神通「後でもう一度手合わせ願えますか、どうしても…」

 

天霧「いや、演習控えてるんで…」

 

しつこい神通さんをなんとか振り払う

 

神通「では今日出なくて構いません、明日にでも…」

 

天霧「私Linkの仕事あるんですけど…うぉっと」

 

背中から神鷹さんが飛びついてくる

 

神鷹「ママ…学校、終わりました」

 

那珂「ま、ママ!?」

 

神通「…お子さんが居たんですか?……どう見ても同年代…」

 

天霧「違います…というかよく分かりましたね、私だと…」

 

神鷹「…ちょっと、違うけど、すぐわかった…」

 

観戦していた大湊の連中がゾロゾロと近寄ってくる

 

睦月「…あれ?神鷹ちゃん」

 

神鷹「…睦月ちゃん、ママカッコ良かったですか?」

 

天霧「だからママと呼ぶなと…」

 

睦月「え?………え?…綾波さん?」

 

神通「……え?」

 

那珂「嘘…!?」

 

綾波「……はぁ…ええ、私です、綾波ですよ」

 

髪を結び直し、眼鏡を外してワタを吐き捨てる

 

神通「…なぜ気付けなかったのか…」

 

綾波「気付かれたら変装の意味がありませんし…眼鏡のせいで変な戦い方になってましたから」

 

那珂(つまり手加減された上で負けたと)

 

綾波「那珂さんのジャブを止めるのに距離感が掴めなくて時間がかかりました…ああ、気持ち悪かった…」

 

曙「驚きよね、あの綾波がいつのまにか子持ちだなんて」

 

川内「時の流れって早いねぇ!」

 

綾波「…違いますからね?神鷹さん、自己紹介してください」

 

神鷹「…神鷹です…その…ええと…なんて言えば良いんですか…?」

 

綾波「うちで保護してるドイツの子です」

 

川内「へぇ…何もされてない?大丈夫?脳弄られたりしてない?」

 

神鷹「…ママはそんな事、しません…!」

 

綾波(だからママと呼ぶなと…というか、脳弄ったりは……いや、色々前科あるんだけどな…)

 

朧「神鷹、綾波が不機嫌になるからその呼び方はやめてあげなよ」

 

神鷹「好きに呼んで、良いって言いました…」

 

綾波(…そう言えばコンビニで言ってしまった覚えが…ああ、なんでそんなこと言ったんだ私…)

 

目頭をつまむ

 

狭霧「はーい、動かないでくださいね」

 

綾波「え…ああ…」

 

狭霧に即座に髪型を戻され、新しいワタを詰め込まれる

 

天霧「狭霧さん、少しは優しくですね…」

 

狭霧「佐世保の人たちに見られますよ」

 

天霧「……わかりました…」



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仕掛け

大湊警備府

駆逐艦 天霧

 

天霧「ラストは、佐世保か…」

 

ガングート「2回も戦うことになるわけだが、問題無いのか?」

 

狭霧「一切ありません、だって自分で組んだスケジュールですもんね?」

 

天霧「ええ、まあ…強いて言えばこんな予定では…」

 

狭霧「何か言いましたか?」

 

天霧「……」

 

まあ良い、気になるのは青葉さんが来るのかだ、佐世保に在籍はしていないものの律儀な青葉さんならついてくるだろう

 

青葉さんに会えば何があるというわけでは無いが…

The・Worldを、ネットの内側を任せきりにしているせいで少し気にはなる…

 

狭霧「佐世保の方達、さっきの演習も観戦してらっしゃいましたし、情報を取られてる分不利ですので…」

 

ガングート「何?…いつ到着してたんだ?」

 

狭霧「日本の真反対ですから、午前には出発してもうとっくに着いてるそうです」

 

天霧「…ではあのわちゃわちゃも?」

 

狭霧「まあ、聴こえてるんじゃないですか?」

 

頭を抱える、私の正体だけじゃなく…あんまり嬉しく無い呼び名まで伝わっているのだとしたら…

 

天霧「……はぁ…」

 

川内(うわ、ほんとに嫌そう)

 

天霧「もう…私次出ませんからね、私は絶対」

 

狭霧「もともと次は観戦の予定ですよ、次は特殊な戦い方を目指すので」

 

川内「特殊?」

 

狭霧「旗艦だけを狙います、私達の作戦では目的を達成してそのあとは逃げに回ることもありますし…その訓練です」

 

ガングート「具体的には」

 

狭霧「全戦力を使い、旗艦を徹底して狙います…そして撃破後、演習の制限時間である3時間、逃げ続けます…まあ、つまりは判定勝ちを狙う訳です」

 

川内(やられたらイライラしちゃうやつだ)

 

天霧「私は佐世保と険悪になりたいわけじゃ無いんですが?」

 

狭霧「ええ、わかっています…なので事前にその旨は伝えるつもりです、その方が難しくて良いでしょう?」

 

天霧「……まあ、良いですけど…」

 

狭霧「では、さっさと始めましょう…ああ、天霧さん、青葉さんに会わなくていいんですか?」

 

天霧「やはり来てましたか」

 

狭霧「はい、今のうちに話しておくほうがいいですよ」

 

天霧「そうします」

 

 

 

 

 

天霧「ああ、よかった、青葉さん」

 

青葉「あ、は、はい!…ええと…大湊の?」

 

天霧「いいえ…私です、綾波ですよ」

 

青葉「え」

 

青葉(色々マッドな人だとは思ってたけど…まさか自分の顔を改造するなんて…)

 

天霧「最近どうですか、その…調子というか、調査?」

 

青葉「…あ、そうだ!私の携帯とかパソコン、綾波さんに直してもらいたくて持って来たんです!」

 

天霧「壊したんですか?」

 

青葉「いえ、その.…私の所属してるチームのメンバーにだけ連絡がつかなくて…いろんな人に診てもらったのに直らないんです、だから調査もちゃんと進まなくて…」

 

天霧「わかりました、パソコンと携帯、お預かりしても?1時間もあれば原因はわかるでしょうから」

 

綾波(まあ、何かウイルスを踏んだんだろうな…)

 

 

 

 

天霧「…なるほど、原因が全く分かりません、これは…何をしたんですか?いや、誰に何をされたかわかりますか?」

 

青葉「わからないです…」

 

天霧「…あ…これ、アドレスにロックをかけられてるようですね…それとPCボディにも変なデータ…The・World経由で仕掛けられてるようですね?……妙なのもありますけど…悪さをしてるのはこれか?.cyl…」

 

青葉「あー!!それはダメ!ダメです!!」

 

天霧「え?」

 

青葉「と、とにかくそれは"だいじなもの"なんです!それに、不具合はそれをインストールする前からあって…」

 

青葉(というか、リコリスさんは私のPCに宿ってる?)

 

天霧「なら…ううん…これ、巧妙に隠されてますね…青葉さんに対してなんらかの思惑を持ってる人が居るようです」

 

青葉(あのローブを急に装備させられたりしたのも含めて…全部誰かの思惑なら…一体誰が?)

 

天霧「…青葉さん、あなたの所属してるチーム…失礼ながら少し疑うべきかもしれません」

 

青葉「え?」

 

天霧「みつけましたよ、PCボディの中に……でも、この丁寧な隠し方…余程長い時間PCボディに接近して直接組み込んでるとしか…」

 

青葉「…そんな…」

 

天霧「詳細な思惑まで知ろうと思うと…このキャラクターを破壊して中身を見なくてはなりません…どうしますか?確認しますか?」

 

青葉「……いいえ、やはりそのままにしてください…その…大事なキャラなので」

 

青葉(…みんなと遊んだことも、リコリスさん達とのことも…全部、私の大事なもの……それを捨てたりするなんてありえない)

 

天霧「わかりました、ではその様に……おや、演習…1戦目…終わりましたか…そういえば青葉さんはでなくて良かったんですか?」

 

青葉「私は正式なメンバーじゃありませんから…」

 

天霧「…青葉さんってどんな闘い方をしてましたか?…あ、自我を持ったまま戦ってる姿は殆ど見てないもので…ぇあ…その…というか…本当に、その節は本当に…」

 

青葉「…綾波さん」

 

天霧「…ごめんなさい、私が謝るべき相手はたくさんいるのに…やっともう1人謝れた…」

 

青葉「…綾波さん、その…いいですから、私は…」

 

天霧「……」

 

青葉「私は、あなたのことを恨んでいません…その…司令官が信じたあなたを信じますから」

 

天霧「…また誰かを傷つけるかもしれない」

 

青葉「だったら、私が止めます…私じゃなくても、アケボノさんや…佐世保にも強い人はたくさん居るんですよ?龍田さんに瑞鶴さんに、日向さんに…」

 

天霧「……なら」

 

青葉「わかってます、証明して見せます…これから」

 

天霧「……私たちがこうして戦いを求めてるのは…艦娘として、AIとして生み出された本能なのかもしれませんね」

 

青葉「でも、そのおかげで分かり合える事もあります」

 

 

 

 

 

朧「あ、あや…天霧、勝てたよ」

 

天霧「ほんとうに?どうやって?」

 

狭霧「私が出撃しました、対空兵装を用意し、空を制圧したところ…圧勝できました」

 

天霧「……待ちなさい、それは新作の補助艤装と…そのカートリッジ、夕張さんが試しにと送って来た擬似的な改二の…模倣品……」

 

狭霧「ダメでしたか?」

 

天霧「ダメに決まってるでしょう!なんでそんなもの使ったんですか!」

 

狭霧「いや、向こうの空母の方がえらく殺気立ってましたので…ちょっと戦意をそごうかなと」

 

綾波(ああ、もう…瑞鶴さんにはバレてるのか…)

 

飛んできた矢を掴んで止める

 

瑞鶴「……チッ…!」

 

天霧「…私、あなたにそんなに恨まれるようなこと…ああ、いや、誰に恨まれてもおかしくないのはわかってるんですよ…あー…ほんとうに、ごめんなさい…」

 

朧「…綾波、多分実弾とか撃たれるけど…演習出る?」

 

綾波(青葉さんと約束したし、出なきゃなぁ……)

 

天霧「はい…」

 

眼鏡を外し、髪をいつものところで結び直す

 

綾波「ぷっ……ふぅ…ようやく落ちついた、もういいですよね?バレてるんですし」

 

狭霧「まあ、良いですよ」

 

綾波「よし…ああ、もう…そのうち離島にも伝わるんだろうなぁ…」

 

朧「先に言ってみる?」

 

綾波「絶対ダメです、アヤナミが居場所を失うかもしれない……だからバレたくなかったのに…」

 

まあ、手遅れなものは仕方がない

 

 

 

綾波「瑞鶴さん」

 

瑞鶴「なに」

 

綾波「…殺せるなら、私を殺してくださって構いません…けど、この演習、私たちが勝ったら私の存在を口外しないでくれませんか?」

 

瑞鶴「何の為に」

 

綾波「…死人は死人らしく、していたいんです」

 

瑞鶴「……殺して恨まれるのはごめんだから」

 

綾波「問題ありません、みんな…自立して生きていける基盤を持っているし…その…私はまず、まだ死ねませんから」

 

瑞鶴「…一度吐いた言葉、取り消せないのわかってるんだよね?」

 

綾波「勿論です」

 

瑞鶴「……覚悟しときなよ」

 

 

 

 

 

綾波「今回は6人編成です、狭霧さん、朧さん、タシュケントさん、グラーフさん、ガングートさん、今名を呼ばれた人は前に」

 

リシュリュー「私は?」

 

綾波「遠距離攻撃は通じませんよ、向こうも全力で来るでしょう…陽炎さんと秋雲さんがいるし、龍田さんと日向さん、青葉さん、瑞鶴さん…この六名のようですね、そうなると…空はまず使えません」

 

グラーフ「堕とされる前提か?」

 

綾波「いいえ、これは練習です、相手は一線級の駆逐艦ですそれも対空、精密砲撃に特化している……さあ、グラーフさん…真剣に」

 

グラーフ「……ああ」

 

綾波「それと、ガングートさんは日向さんを、あの人も前に出て戦う、そうですね…所謂タンクタイプの戦艦です、射程を活かすよりも味方の盾となることを…というのはもう見ましたか」

 

ガングート「ああ、アイツの太刀筋は恐ろしかった、実戦なら両手がもう無かった…」

 

顔色に怯えが見える

 

綾波「……なら、龍田さんを狙いましょう、近距離戦闘の練習だと思ってください、まあ槍と刀では間合いが違います、特に間合いを測ることを意識するように」

 

ガングート「わかった…」

 

綾波「気に病まないでください、良い変化です、タシュケントさんと朧さんは敵主力駆逐艦を、狭霧さんは瑞鶴さんの艦載機を仕留めてから本体を…そして私は、青葉さんを獲ります」

 

朧「狼狩り?」

 

綾波「…ああ、ソロモンの狼…青葉さんのイメージじゃないですよ…多分本人もそう思ってるでしょう」

 

朧「そうかな」

 

綾波「そうですよ、勝手に付けられた通り名なんて…」

 

狭霧「それより、早く行きましょう?」

 

綾波「……ええ」

 

 

ガングートさんを最前方に置いた単縦陣で進行する

私の読み通りなら、向こうの戦闘は日向さんであるもののほとんど同じ配置…

 

ガングート「レーダーに感あり…撃つぞ!!」

 

綾波「戦闘開始です」

 

グラーフ「待て!………5人だ」

 

綾波「え?」

 

朧「見間違いじゃない?」

 

グラーフさんがいうには敵は5人…誰がいない?

 

グラーフ「間違いなく居ない!……名前がわからないが…空母はいた、あと…小さいのも2人いる…」

 

瑞鶴さん、秋雲さん、陽炎さんはいる…

つまり、ほかの3人のうち…そんな突出した行動…

 

グラーフ「くそっ!見つかった瞬間堕とされた…!」

 

綾波「追加で出して、情報を取りつつ攻撃」

 

グラーフ「わかった!」

 

誰だ?龍田さんか?それとも日向さん…いや、だとすると隊列が…

日向さんは天龍に換装ができる、だからそれで1人仕留めにきたか?でも…

 

朧「…北には誰も居ない、匂いがしない……いるなら、南…!」

 

南から砲音がする

 

綾波「この音、口径は小さくない…!龍田さんでもない!…まさか、青葉さんが…?」

 

朧「…綾波は知らないかもしれないけど…青葉さん、そんなにおとなしいタイプじゃないよ…!」

 

砲撃が飛んで来た方へ撃ち返す

 

綾波「…楽しめそうですね…!」



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豹と狼

大湊警備府

綾波

 

綾波「来るか…!」

 

こちからも視認し、青葉さんへ向け砲撃を放つ

しかし…槍で防がれる

 

ガングート「槍だと?神通だったか…アイツと似たファイトスタイルか…!」

 

綾波(それよりもあの構え、ゲームの中で私に見せたものと似ている…!)

 

青葉「リベンジマッチ…させていただきます…!」

 

綾波「…簡単ではないですよ」

 

槍から距離を取りながらの砲撃…のはずなのに、距離を引き離せない

槍を振るわれるたびに間合いが迫る…

 

綾波(槍の遠心力を利用してそれを推進力に足してるのか…!)

 

馬鹿げた話だが、実際それで近寄ってくるのだから恐ろしい

いや、海を走る人も居るのだから今更か

 

青葉「やあぁぁぁッ!!」

 

槍の竿の先端部を持ち、コンパクトな横薙ぎを放ってくる

 

綾波(それはもう見ました…初撃は牽制、その後に本命の横薙ぎがくる……でも、初撃をガードして、そしてカウンターを叩き込めば…あまりにも無防備…!)

 

綾波「っ!?」

 

ガードしようと構えた刀がが弾き飛ばされる

 

綾波(なんて威力…!どんなパワーしてるんですか…だけど、蹴りでも何でもいい、今カウンターを…)

 

詰め寄り、放った回し蹴りを槍を持っていない腕を盾にすることで受け止められる

 

青葉「っ……重いですね…でも…!」

 

青葉さんの全身を使った斬撃が迫る

 

綾波(片脚を攻撃に使ったせいで、かわせない…)

 

朧「っりゃああっ!!」

 

青葉「!」

 

槍と脚部艤装がぶつかり、鈍い音が響く

朧さんの蹴りで槍が弾かれ、青葉さんの姿勢が大きく崩れる

 

綾波「カバーどうも…!」

 

青葉「朧さん…!」

 

朧「その技は…識ってる…!」

 

朧(蹴りで受けたのに…あの槍、折れないどころか…こっちの脚が痺れて…)

 

青葉(…手が痺れて、このままは不味い…一度撤退しないと)

 

ガングート「逃がすか!」

 

青葉「いいえ、失礼します」

 

綾波「煙幕…!」

 

青葉さんが煙幕に包まれる

 

タシュケント「そんな薄い煙なんかで…」

 

綾波「待って!…朧さん」

 

朧「居る……久しぶり…かな?秋雲、陽炎」

 

秋雲「ありゃー、バレてるよ、瑞鶴さんの援護も朧の前じゃ意味ないんだね?」

 

陽炎「まあでも…朧にしか、わからないみたいだし」

 

タシュケント「…どこから、煙の中?」

 

ガングート「この声の響き方…いや、待て、なぜ海の上で声が響く?」

 

綾波(…瑞鶴さんの術中か…!本気のようですね…)

 

綾波「ガングートさんグラーフさん!防御の姿勢をとって!狙われるならあなた達です!」

 

ガングート「何言っ…っぐ…?!」

 

ガングートさんが砲撃を受けてよろける

 

ガングート「なんだ!?ぎ、艤装が…動かない!?」

 

綾波(だめだ、致命的な部分に被弾してガングートさんはもう主砲を操作できない…陽炎さんと秋雲さんにとってこの近距離は得意な距離なんだろう…完全に向こうのペース…これ以上呑まれるわけには…!)

 

朧「…秋雲、陽炎、そこ、危ないよ…」

 

朧さんが虚空に主砲を撃つ

 

秋雲「うわっと!?」

 

朧「それ、アタシにも、できるから」

 

陽炎「ふんっ…こ、これくらい…!」

 

見えないが、砲戦になっている…

朧さんは主砲で攻撃しながら、砲弾を弾いている…

 

綾波(角度は…そして…ああ)

 

綾波「ここか」

 

煙に撃ち込む

 

秋雲「うわぁぁっ!?」

 

当たった

なら、斬り込めばいい

 

刀を抜き、進路を指し示す

何かを言う前に狭霧さんとタシュケントさんが詰め寄る

 

綾波(刀を帯刀させた選択肢は、悔しいが良い判断だという他ない…視界不良でこの距離なら砲撃よりは当たるだろう)

 

陽炎「痛っ…!あーもう!秋雲!?」

 

秋雲「逃げるが勝ちだって!」

 

朧「逃がさないよ」

 

陽炎「ぐぇっ」

 

秋雲「ちょっ、か、陽炎!?ぎゃあっ!?」

 

辺りの煙が晴れる

陽炎さんには朧さんが馬乗りになり、後頭部に主砲を突きつけており

秋雲さんは両脇から刀を差し向けられていた

 

狭霧「降参…してくれますよね?」

 

秋雲「…するする、しますって…」

 

陽炎「……」

 

朧「陽炎はまだやる?」

 

綾波「いや、それ息できてませんよ、口と鼻が海水に浸かってます」

 

朧「えっ!?嘘!ごめん!」

 

陽炎「ぷぁ……あ、こ、こーさん…うん、死にたくないし…」

 

朧「ほ、ほんとにごめん…わざとじゃないんだ…」

 

綾波(朧さんは無自覚にやりすぎるな…)

 

朧「…?………こっち!」

 

朧さんが振り返り、虚空を蹴る

金属音が響く

 

青葉「っ…!ダメでしたか…!」

 

綾波「青葉さん、退いたのはブラフでしたか…全員周囲警戒!もう迫ってきててもおかしくありませんよ」

 

綾波(しかし、日向さんからも瑞鶴さんからも支援攻撃が無い?そんなバカな…)

 

ガングート「綾波!」

 

ガングートさんの艤装が日向さんの刀を受け止める

 

日向「…止められましたか」

 

ガングート「どうやって近づいた…!レーダーにも反応は無かったしグラーフも見落としをするようなやつじゃ無い…!」

 

綾波「光学迷彩…風の事をしてるだけですよ…しかし…瑞鶴さん!思ったよりあなた達の連携は穴があるんですね?いや…物理的に不可能なのか…」

 

聞こえているだろう

 

綾波「戦闘中は姿を表すのは姿を隠すことが不可能だから、派手な動きをするときや撤退の支援は煙幕のような大雑把な物で姿を隠す…その方が確実ですよね…日向さんが撃たずに近づいたのは、砲撃で見つかる事と、予定外の動きで迷彩がとけることを嫌って…」

 

日向(…お見通しというわけですか)

 

綾波「朧さん!龍田さんを捜してください!タシュケントさん、グラーフさん、狭霧さん!朧さんに追従してください!ここは2人でいい…」

 

グラーフ「私もか!?」

 

日向さんの放った砲弾がグラーフさんのすぐ側に着弾する

 

ガングート「その方がいい!巻き込まれるぞ!」

 

グラーフ「その様だな…!」

 

4人が離れるのを支援する

 

青葉「…一対一は、得意ですよ」

 

青葉さんが槍を構えた手に呪符を挟み込む

 

綾波「その呪符は私が作った物です、ナノマシンの集合体…全ては私の意思一つ」

 

青葉「演習でもやるんですか?そんな事」

 

綾波「勿論、そうしないと厳しそうですから」

 

綾波(せめていつもの艤装なら圧倒できたものを…)

 

青葉「破魔矢の召喚符!!」

 

呪符が光る、その光が辺りに散らばり、矢となって私へと伸びる

 

綾波「無駄で…ッ!?」

 

気付くのが遅れていたらどうなったかわからない…

でも…今のは…私が作ったものだったそれは…

 

綾波「…誰が複製したんですか?いや…もはや複製じゃないですね、根幹が違う、私がアクセスできなかった…」

 

青葉「明石さんとは、連絡が取れてましたから」

 

やはり、明石さんも凄い人だ…

 

綾波「これは、予想より頑張らなきゃいけませんね…!」

 

青葉「予想を上回れたみたいで、嬉しいですよ…!」

 

綾波「大きく、上回っています…!」

 

槍を蹴りで弾きながら立ち回る

 

綾波(距離を取るのはやめだ、下手に動くといい様にやられる…それなら、詰めて、とことん詰めてやる…!)

 

青葉さんの動作を観察し…予備動作を見極めろ

 

青葉(近い…なら)

 

青葉さんが半歩引き、片手で槍を縦に振るう

 

綾波「っと…」

 

青葉(退いた、次は…!)

 

突き下ろし、突き上げる2段攻撃…

 

綾波(…この動き……)

 

青葉(またかわされた…でも!)

 

左右の薙ぎを受け、体制を崩す

 

綾波「……ははは、成程…あなたも随分…面白い事をしますね…」

 

青葉「…なんのことですか」

 

綾波「直接やり合ったからこそ、わかります…その動き、さっきの縦に槍を振るう挙動、二段突き…ゲームの動きの再現ですか?」

 

青葉「……槍の扱いは、それしか知りませんから」

 

綾波(それでここまで立ち回られては…神通さんが聞いたら唸るだろうな…)

 

青葉「お粗末でしたか」

 

綾波「いいえ、踏み込みも…目線も、どれも一級品です、恐れ入りましたよ…全く…」

 

私の前髪を槍の先端が払う

 

青葉「なら、このまま」

 

先ほどと同じ、回転をつけた…横薙ぎが来る

 

綾波(かわすか詰めるか、腕に鎖帷子を仕込んでる様ですが、片腕の防御なんて簡単に破壊できる…いや、ここはかわすべきか…)

 

背後に飛び、間合いの外に…

 

青葉(跳んだ!!)

 

綾波(…目が…)

 

青葉さんの手の中で槍が滑る、竿の先から石突まで手の中で滑らせ、槍をそのまま振り抜くのが…その技なのに…

 

綾波(中間で握った…?不味い、突き…)

 

防御に使っていた片手を添え、槍を押し出す様に、全身の勢いを乗せた突き…

 

青葉(決める!!)

 

全身に鋭い衝撃が走る

 

綾波「……ぐ…なんて、威力…!」

 

青葉「…掴んで止めるのは反則ですよ…本当なら指が飛びますから」

 

掴んで止めたのに、全身が痺れる様な、この衝撃…威力…

 

綾波「……ははは…御冗談を、こうしなければ私は死ななくても内臓が潰されてましたよ……それに、私は実戦でも…この槍が本物の槍でも、掴んで止めたでしょうね…」

 

青葉「そうですか…」

 

綾波(なんでゲームばかりしてるはずのあなたがそんなに強いのか…意味わかりませんよ、本当に…!)

 

手が痺れて槍を掴み続けるのも厳しい、青葉さんが槍を引いたと同時に片膝をつく

 

綾波(破壊力は言うまでもないが、単純な技だったから対処できるはずだった、でも…直前で選ばれては…対処のしようがない)

 

青葉(…大丈夫、うまくいった…まだ試したい事はあるけど…)

 

後方に振り返った青葉さんの姿が突如現れた霧に消える

 

綾波(マズイ…!朧さん達の方に行くんじゃ…)

 

立ち上がり、霧を見つめる

何も見えない…まさか背後から強襲してくるのか?

 

ガングート「うぐっ!」

 

綾波「そっちか…!」

 

霧が晴れ、日向さんと青葉さんがこちらに向かってくる

 

綾波「……ガングートさんを先に狙いましたか」

 

青葉「…龍田さんが危険なので」

 

日向「ええ、私は無粋な真似をするつもりはありません」

 

日向さんが背を向けて別の方向に動く

 

綾波「一匹狼ですか」

 

青葉「…いいえ、時間さえ稼げば他の人達は3人が倒してくれます、その間の時間稼ぎです」

 

綾波「時間稼ぎ?勝つのは諦めましたか」

 

青葉「…狼は群れで狩りをするものでしょう?」

 

綾波「…成程、その通りだ」

 

主砲と機関を外し、海に捨てる

 

青葉「…なんですか」

 

綾波「馴染まない装備を使う余裕はないなと…これ、ナノマシンタイプなんですけど…私既に別のナノマシンをインストールしてるので、合わないんです」

 

青葉「…そうですか」

 

青葉さんが片手に主砲を持つ

 

綾波(…呪符は節約か?…まあ、いい…この方が細かい動きができる)

 

脚部艤装のみ、つまりは…推進力は自分の脚だけ、進むにはこの海を走らなくてはならない

航行速度ほどのスピードは出せないが、瞬発力と旋回などの細かい動きには優れる…

 

綾波(行きます…!)

 

青葉(蹴りなら朧さんで慣れてます!それに…)

 

砲撃をかわしたところを炎に襲われる

 

綾波「なっ…」

 

青葉「炎殺球の呪符…」

 

綾波(砲撃をかわしたところに炎…主砲を見せたのは意識させる為、本命は呪符…接近するのも、難しい…)

 

綾波「……私にそこまでして黒星をつけたいという事ですか、いいでしょう…」

 

青葉「火焔太鼓の召喚符!」

 

砲撃を弾き、召喚された炎の中に突っ込む

 

青葉「えっ」

 

綾波「他の呪符なら止まったかもしれませんね…!」

 

炎を突っ切り、手で水を掬い、前方に飛ばす

 

青葉「うわっ!?」

 

海水は目には入らなかっただろうが、目を瞑った

 

青葉「い、居ない!?…え?」

 

青葉さんの目は海面に残された脚部艤装に釘付けになっているはず…

 

綾波「本当に勝ちたいなら、手段は選ばない事です!」

 

青葉さんの脚を掴み、水中に引き摺り込む

 

青葉(潜って…!?あ、わ、私あんまり泳げない…!)

 

綾波(この焦り様…まさかカナヅチだったんじゃ…)

 

 

 

 

青葉「ぷはっ!…はー…はー…ぎ、艤装がついてると…足だけ浮くんですね…その…頭は沈むのに」

 

綾波「すみません、泳げないとは知らず」

 

青葉「まさか水中から来るとは思いもしませんでした、してやられたって感じですね…でも、それなら魚雷とか砲撃で良かったんじゃ?呉との戦いでやってましたよね?」

 

綾波「…できなくはないんですけど…青葉さん相手に通用するのか、一度見せた技を再び使うリスク…そして移動された際の対処……色々考えると、1人で戦う時に使う手段ではありませんから」

 

青葉「…水没で負けなんて…ホントに船みたい」

 

青葉さんが槍を投げ出す

 

青葉「こんなに強い人が味方なら…きっとみんな安心ですね」

 

綾波「…受け入れてもらえる様に精進します」

 

しかし、青葉さんは幾分…甘すぎるな、致命的な程に

 

綾波「こちら綾波、青葉さんを撃破しましたが…私もリタイアです、艤装がイカれました」

 

朧『えっ?……じゃあ負けだよ、こっち全滅してるし』

 

綾波「……何があったんですか」

 

瑞鶴『もしもーし!聞こえてる!?』

 

無線機をつい落とす、耳がキーンとする

 

綾波「はい…聞こえてますけど…」

 

瑞鶴『演習負けたんだから、どうなるか分かってんでしょうね!?』

 

綾波「……ええ、とりあえず…戻りましょう」

 

朧『ごめん、背後から来てた日向さんと龍田さんにボコボコにされちゃった』

 

綾波(…仕方ない…か)

 

 

 

 

青葉「綾波さん、まだ全然戦えたんじゃないですか?」

 

綾波「まあ、艤装を潰すつもりで使えば…でも、この艤装潰したらストックがなくなるんですよ、うちは裕福ではないので演習で偽装を破壊されては困るんです」

 

瑞鶴「それで勝ちを譲ったって?」

 

綾波「そんなつもりはありません、まさか負けるなんてというのが本音です、その…日向さんに全滅させられるとは…」

 

瑞鶴「一応言っとくけど私の艦載機の援護あってのものだから、私たち佐世保の勝ちだから」

 

綾波(何を…?ああ、青葉さんも日向さんも離島出身だからそれを気にしてるのか…)

 

綾波「わかっています」

 

大きくため息をつく

 

綾波「…負けは負けです、好きにしてください」

 

綾波(どのみち明石さんがバラしてる可能性はある、今更気にしても.仕方ない)

 

瑞鶴「……じゃあ、先に説明してくれる?あんたが言ってた…アヤナミっての」

 

綾波「…アヤナミのことを?」

 

瑞鶴「説明して、あんたが綾波じゃないの?」

 

綾波「………簡単に、ざっくりとだけなら……」

 

アヤナミの存在、現在と立場について説明した

 

 

瑞鶴「…つまり、私がそれをバラせば…そのアヤナミは居場所を失うかもしれない、と」

 

綾波「…みんな優しいですし、無条件に叩き出したりはしないでしょう…しかし、本土に送られるかもしれない…記憶を失っているとしても、あの肉体は情報の宝庫だと考える人もいます、あそこにいるのが…一番安全だったんです」

 

瑞鶴「…あんたが面倒見るのは」

 

綾波「私がその立場ならいきなり出てきた同じ顔したやつに面倒見られるなんて怖いですよ…それに、記憶を戻すのも不可能です」

 

できなくはない、だが…アヤナミは私の代わりになろうとする

 

瑞鶴「……あ、そ…まあ、私には関係ないから」

 

綾波「…そうですね」

 

瑞鶴「約束したのは、私たちが負けたときの条件、勝ったときのことは何も決めてないっけ」

 

青葉「そうですね、特には…」

 

瑞鶴「…言いふらしたところで寝覚め悪いだけだし、言いふらす様な事はしない…だけど、2度と悪事を働かないで」

 

綾波「……感謝します、深く…深く」

 

頭を下げる

 

青葉「…あ、そうだ、瑞鶴さん」

 

瑞鶴「何?………ふーん…そっか、それでいいか、ねぇ、綾波」

 

綾波「はい」

 

瑞鶴「横須賀に送った最新装備、こっちにも回しなさい、それで勘弁してあげる」

 

綾波(もともと各地に配備するつもりでしたが…丁度いい、落とし所にしてくれるならそれに乗ろう)

 

綾波「その様に」



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不慮

大湊警備府

綾波

 

綾波「は?…泊まらせて欲しい?正気ですか?」

 

神通「非常識だとは思ってるんですが…その…姉さんが…」

 

那珂「夜は出歩かないって聞かなくて…大湊は断られたし…その…海路で来てるんだけど、夜の海は死んでも渡りたくないって…」

 

綾波(夜が嫌いとは聞いていましたが…)

 

綾波「川内型って確か夜戦装備も充実してましたよね、他所の基地の川内型なんて夜が好きで狂ったとか聞いてますけど」

 

神通「その…お恥ずかしながらウチはそうはいかなくて…」

 

綾波「……雑魚寝になりますけど、いいですか?10人分も布団の予備はありません、毛布なら用意できますけど…あ、病床も使えばギリギリ…」

 

那珂「え?いいの?」

 

綾波「…まあ、いいですよ、ちなみにその川内さんは?」

 

神通「明るい部屋で抵抗してます、夜なのに外に出たくないと…」

 

綾波「ハハハ、筋金入りですね……朧さんを迎えに出します、私は…」

 

2人の奥にいる人間に視線をやる

 

神通「電さん…?」

 

那珂「来てたんだ…横須賀は演習の予定なかったのに?」

 

綾波「私が、呼んだんです…今の我々の力を開示しておく事は…まあ、私たちのメリットとしては…メリットありませんね、あららあ」

 

神通「なんですかそれ」

 

電「目的は、戦力開示をして敵対の意思は無いことを伝えるという大きな目的があるはずなのです」

 

綾波「ええ、どうですか?思ったより弱かったですか?」

 

電「こんなお遊びで戦力が測れるわけがないのです、何より貴方は力を封じている」

 

綾波「まあ、そうかもしれませんね…でも、お遊びとも限りませんよ?私達はそれなりに真剣に取り組んでいましたから…どうです?良いデータは得られましたか」

 

電「…綾波さん、新型艤装はいつになるのですか」

 

綾波「話を逸らさないでくださいよ、じっと見てたでしょう?Linkを、そして私を…Linkは素晴らしい部隊です、呉は全員が個人を尊重することを知っているから自然と連携が成立する稀な例ですが…Linkは最初から連携に必要な考え方を擦り込みます」

 

電「…何が言いたいのですか」

 

綾波「分かっているはずです、逃がしはしません」

 

電「……綾波さん、横須賀は…」

 

綾波「私の話は、今していませんよ」

 

電「我々は、貴方を雇っても良いと言っているのですよ」

 

綾波「お断りします」

 

電「…何故なのですか」

 

綾波「私がこの国を心の底から嫌っているからです、嫌悪しています、あなたたちに仕える?冗談じゃない、吐き気がする」

 

神通「何故そんなに…」

 

綾波「苦しめられたからですよ、この国に、私は苦しめられたからこの国が嫌い、それだけです、何かおかしい事でも?」

 

電「…やはり、貴方が初期段階の艤装の開発に関わっていたのですね」

 

那珂「初期段階?」

 

電「綾波さんと敷波さんは倉持司令官が横須賀で保護したのです、その際の扱いの酷さは聞いているのです」

 

綾波「懐かしいですねぇ、ええ、艤装が運用可能になった頃、私は精神崩壊を起こして独房に放り込まれ、役に立たないので実験段階の艦娘候補として宿毛に引き渡されたんですよ…思い出すのも忌々しい」

 

良い記憶ではない

あのときの私は間違いようもなく壊れていた、だから…何もできなかった

そのつもりになればなんだってできた、誰だって殺せたのに…私はそれをしなかった、自分は…救われたかった、強烈な恐怖に襲われて…辛くなって…

 

綾波「…私の黒歴史を掘り返して何のつもりですか?」

 

電「自分から喋っておいていいますか?」

 

綾波「喋らせた様なものでしょう?それとも、もっと事細かに話しましょうか…私のか細い腕に何が守れたのか、とか」

 

電「胸糞話は聞きたくないのです、それにもう復讐は果たしたのでしょう?」

 

綾波「そうですね、しかし復讐と私がこの国を嫌うことに何の関係もありません、許せないものは許せない、嫌いなものは嫌いです」

 

電「意外と子供っぽいことを言うのですね」

 

綾波「子供ですから、実年齢16歳のうら若き高校一年生…のはずなんですけどね、何の因果か…2度、3度と死にましたので、このボディは0歳です」

 

電「…世間話はやめましょう、貴方が国を恨んであるのはわかりました、でも私達は違うのです」

 

綾波「お断りです」

 

電「何故ですか…資金に困っているのも知っています、横須賀に来ればそんな心配…」

 

綾波「私は私にしか従わない、これが私の意思である限り、それを曲げられるのも私だけ」

 

電「そんなくだらない事で不意にするつもりなのですか…?」

 

綾波「わかりあうつもりなんてありません、しかし人の思想をくだらないと言うのはやめた方がいい…」

 

電さんに近寄る

 

綾波「良い子なんですから、ね?お嬢ちゃん」

 

頭に手を置き、ニッコリ笑う

 

電「……」

 

綾波「私は賢いフリをしたバカは嫌いです、あなたがそうかは知りませんが…あー…電さん、火野提督にこうお伝えください、私は走狗になるつもりも、汚れ仕事を請け負うつもりもありません、ましてやLinkは人殺しの集団なんかじゃない」

 

神通(自分は暗殺の手段を使うのに…)

 

綾波「Linkは清い組織である必要があるんですよ」

 

電「清い?」

 

綾波「表向きではなく、本当に清い組織でなくてはならない…それが私の責任です」

 

電「……まるで、その後を見据えたかの様な発言なのです…自分のいない後を見ているかの様な」

 

綾波「さあ?私のこだわりというだけですよ」

 

神通「…なるほど、正常な組織である必要…艦娘の様な武力を持った存在ならその経歴は執拗に洗われる…そのとき殺人や…何らかの悪事を働いてきた経歴が出て来れば社会復帰がまともにできないから?」

 

那珂「つまり…Linkの子達の為に汚れ仕事はやりたくないって事?」

 

綾波「思い込むのは勝手です、私はこだわりだと言いましたよ」

 

神通「…中々、いじらしい人なんですね」

 

綾波「…そういうのウザイです…」

 

那珂「なんかー…意外」

 

綾波「勝手な思い込みで意外とは心外ですよ…おや、青葉さん」

 

青葉「居た、綾波さん!ちょっと来てください!」

 

綾波「え?」

 

 

 

 

 

綾波「……これは」

 

青葉「病院には連絡しました、多分すぐに救急車が来ます」

 

大湊警備府は何人かで1組の部屋になる

だから、発見が早かった…はずだ

 

綾波「…砂嵐の画面、落っこちたコントローラーに…FMD…」

 

青葉「The・Worldプレイ中に意識不明になったんだと…思います」

 

弥生さんは自分のスペースを確保する為にカーテンで仕切りを作っていた、その中でゲームをプレイしていた様だ

 

青葉「睦月さん達の話だと…弥生さんはかなり凄腕のプレイヤーで…The・Worldに詳しいそうでした、だからお話を聞きにきたら…その」

 

綾波「そうですか」

 

正直どうでも良い、脈はあるし、特に問題視するべきところは…

 

綾波(あまりにも色白なのは…外に出ないからだろう…だけど……細過ぎる、ちゃんと食事をしてるのか…?)

 

触診する限り、本当に…

 

綾波「……徳岡さんは?」

 

青葉「睦月さん達を宥めてます、医療の知識がない自分がいても邪魔だろうと」

 

綾波「…ほんとうにThe・Worldのせいですか?これは…ただの栄養失調ともとれる…こんなもの…ああもう、苛々する…!」

 

自分の部下の面倒も見られないのか…!

 

 

 

病院に運ばれた弥生さんは栄養失調と判断された

しかし、それは現状目を覚まさない理由が、だ

…このまま明日も、明後日も目を覚さなければ?

 

綾波「…徳岡さん、少し良いですか」

 

徳岡「…ああ、わかってる」

 

綾波「……すごく単刀直入に言いますが…あなた、人を見る立場には向いていませんよ、弥生さんの引きこもりは何週間も前から、そして食事の時間にもろくに出てこなかったそうじゃないですか、何で放置したんですか」

 

徳岡「……」

 

綾波「何か言ったらどうなんですか」

 

徳岡「…返す言葉もない」

 

綾波「慕われるだけが上に立つものの役目じゃないんですよ…弥生さんは1人で何をしていたんですか?」

 

徳岡「……本人からは聞けてない…睦月からは、The・Worldをプレイしてるとしか」

 

綾波「…これが未帰還者、つまり…黄昏事件の再来を意味しているなら…」

 

徳岡「……やれる事は、何でもやる」

 

綾波「当然です、当たり前だ…そんなこと言ってるんじゃないんですよ、今すぐCC社のシステム管理者のパソコン全部クラッキングして主導権を奪うかを悩んでいるんです…!何も解決しませんが、被害者は増えない」

 

頭を悩ませるのは、疲れる…

 

 

 

 

 

青葉

 

青葉「…すごく怒ってますね、自分は何も関係ないのに」

 

渡会「徳岡さんがあんな風になるのは初めて見た…」

 

瑞鶴「そういえば知り合いだっけ」

 

渡会「会社時代の上司と部下だ……その…かなり昔の話だが」

 

瑞鶴「あんまり良い思い出ないの?」

 

渡会「…良くも悪くも、だな…」

 

青葉「何があったんですか?」

 

渡会「俺は…というか俺たちは元々CC社にいたんだが、その時は日本語版The・Worldの移植の真っ最中、たまたま徳岡さんのチームに配属された…食事はいつもバーガーとコーラとフライドポテト…よくお使いに行かされた」

 

瑞鶴「お昼だけでも毎食ファストフードはしんどいかも…」

 

渡会「…昼か…昼だけじゃなかった…」

 

青葉(胃もたれしそう…)

 

渡会「ゲームの制作現場に当時はタイムカードなんてなかった、徳岡タイムってのがあって、徳岡さんが床に敷いた毛布から出てきたら朝、飯を食いに出たら昼、飲みに行ったら夜なんだ…リアルの時間から置き去りになって、徳岡タイムで暮らしていた」

 

青葉「絶対体壊しますよね、そんなの…」

 

渡会「んなもん壊してる暇もない、完全休日は42度の熱出してぶっ倒れて…救急車で運ばれた3日間だけだった…」

 

瑞鶴「思ったより壮絶…」

 

渡会「……徳岡さん、ガラムってインドネシアかどっかの甘ったるいタバコ吸っててな」

 

瑞鶴「ゲーム会社ってタバコ吸って良いの?」

 

渡会「完全禁煙だった、でもそんなクレームつける勇者はいなかった、一週間くらい人前に出られない顔になっても良いなら別だが」

 

青葉(形変わるまで殴ったってこと…!?)

 

渡会「そのタバコ、缶に入ってて…36本入りの缶入りタバコ、見たことあるか?タール42ミリ、ニコチン1.8ミリだって」

 

瑞鶴「…うわっ、普通のタバコはタールは19ミリグラム、ニコチンは1.0って…ほぼ倍じゃん…」

 

渡会「あのタバコの臭いは脳味噌に焼き付いてる、火をつけるとパチパチ燃える音がして、甘ったるい匂いが充満して…新品のパソコンが1ヶ月でヤニ色…春夏秋冬アロハシャツ着て、寒ければスカジャン羽織って、泥みたいに濃いインスタントコーヒーがぶ飲みして、ハードロックガンガン聞きながら仕事してた……確か、ジミ・ヘンとか言ったか」

 

青葉(よく、ここの駆逐の子と仲良くやれてるなぁ…)

 

渡会「…現場の作業環境のためなら徳岡さんはどんな偉いさんともガチンコでやりあってた、決して仕事で楽をしようとはしなくて、部下にも厳しかったが、誰より自分に厳しい人だった、だから、やる気のある奴はついていったし、ない奴はみんなやめた」

 

瑞鶴「…一昔前の、今でいうブラック企業の社風みたい」

 

渡会「そうか?…いや、そうなんだろうな、だけど…それでも、俺は尊敬してるよ……だから、庇うわけじゃないが…今回のことは仕方のない事故に見える」

 

青葉「……私もそう思います、弥生さんは…なんらかの悪意に晒され…あ、あれ?」

 

いつの間にか、大湊の駆逐の子達が…

 

白露「提督ってそんな怖かったの…?」

 

渡会「いや…まあ、昔の話で…」

 

睦月「…みんなにも教えてあげなきゃ、提督の昔話聞けるって!」

 

青葉「や、弥生さんについてなくて良いんですか?」

 

睦月「面会謝絶らしいにゃ、だからみんなが心配しなくて良い様に、もっと昔話教えて?」

 

渡会「…いや…」

 

瑞鶴「…人前に出られない顔になる?」

 

渡会「多分…1ヶ月くらいは」

 

青葉「……渡会さん」

 

渡会「ん?」

 

青葉「…The・Worldを作ってくれて、ありがとうございます、それと…今までお世話なりました」

 

瑞鶴「へ?何言ってんの?」

 

青葉「私、佐世保は離れます、もう秋雲さんも帰ってきてますし…次は、弥生さんを助けたいと思ったんです…The・Worldが誰かの悪意で…"いいゲーム"じゃなくならない様に」

 

渡会「…それは……わかった、元々俺に止める資格はない、今までありがとう」

 

青葉「こちらこそ、ありがとうございました…なつめさんにも連絡しないと…」

 

瑞鶴「それはそうと、寝泊まりはどこでするの?というかそれこそ佐世保からアクセスすれば良いんじゃ…」

 

綾波「Linkに空き部屋があります、お貸ししましょう」

 

青葉「ひゃあ!?」

 

渡会「は、話は終わってたのか…じゃあ…」

 

徳岡「ああ、ちゃーんと聞いてた、一から百までな…ったく、余計な事言うんじゃねえよ…」

 

睦月「お、司令官殿ボコボコにするの?」

 

徳岡「しねえよ!たかが昔話でそんな事するか!」

 

渡会「…徳岡さん、聞いてたなら把握してるとは思いますが」

 

徳岡「…ああ……どの道、今のThe・Worldなんて俺にはわかんねえ事ばっかだ…ホントにThe・Worldのせいなのか、それとも栄養失調なのかもわかってない…」

 

青葉(あ、そっか…ただの栄養失調なら私行くあてを失うだけだ)

 

綾波「いいえ、データログの解析をさせていたのですが…どうやら、不明なPCとの接触後、キルされたようです」

 

白露「PKで意識不明になるって事…?そんな話聞いた事…」

 

睦月「いや、ある…確かオバケのキャラにやられて意識不明になるって話…」

 

徳岡「…モンスターじゃなくて、か」

 

綾波「The・World内のPKでリアルの意識を奪う……詳しい人が居ます、青葉さん、ついてきてください」

 

青葉「…わかりました」

 

シックザールとの契約内容には、未帰還者たちの回復も含まれてる、これも業務の範囲内…多分



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明晰悪夢

Link基地

青葉

 

亮「The・World内のPKで意識不明…か」

 

綾波「知ってますよね、何か…何でも良いんです、教えてください」

 

亮「……AIDAじゃねえのか…?」」

 

綾波「狭霧さん、解析にかけてください」

 

綾波さんが携帯に指示を飛ばす

 

亮「……徳岡のオッサンは」

 

青葉「お医者さんにお話を聞いてるそうです」

 

綾波「……解析結果にAIDAの反応は無い…?……そんなわけ…いや、否定するな……もう一度解析し直してください、PCボディの回収は?…不可能?……どうなって…」

 

青葉「エリア、わかりますか?」

 

綾波「行くつもりですか、馬鹿じゃ無いですか?弥生さんを倒した相手がいるかもしれないんですよ」

 

青葉「でも、何かわかるかも…」

 

綾波「ダメです、被害の拡大を防ぐ事を優先します、狭霧さん、エリアにロックを………え?アカシャ盤?…CC社の制御システム?」

 

青葉「アカシャ盤?今、アカシャ盤って言いましたよね…何か関係が?」

 

綾波「……弥生さんは昨日の時点でそれを使ってどこかに転送されたそうです、弥生さんのキャラクターから追うことができるのはそこまで…アカシャ盤にアクセスは?……セキュリティが大きく変わってる…?」

 

つまり、アクセスできない…

 

青葉「…アカシャ盤の事なら、私達の仕事です」

 

綾波「…どの道あなたは関わるつもりですよね…ああ、もう……」

 

青葉「ダメですか」

 

綾波「ダメって言えば引きますか?」

 

青葉「いいえ」

 

綾波「…とりあえず、もう今日はやめておきましょう、明日…明日落ち着いて話を進めましょう、貴方も部屋にパソコン環境を用意するのに時間かかるでしょう?」

 

青葉「…そうですね」

 

綾波「あーもう、電さんも泊まるとか言い出すし、毛布すら足りなくなりそうです…」

 

綾波さんが目頭を抑え、呟く

 

青葉「そう言えば、佐世保の人たちは?」

 

綾波「守備隊は基地に残してるから大湊で夜間哨戒をするそうです…」

 

綾波(…そう言えば、何人…川内さん、神通さん、那珂さん、瑞鶴さん、電さん…あと弥生さんも…この離れてるとは言い難い距離に、一部消失してるとは言え碑文使いの力を宿した艦娘が6人か…何か干渉しなければ…いいけど)

 

 

 

 

青葉「…あれ?」

 

ぼんやりとした、世界…

 

青葉(おかしい、さっきまで私は…あれ?何をしてたんだっけ…いや、とりあえずこれが夢なのか…)

 

カラン、と音を立てて目の前に槍が落ちる

 

青葉(明晰夢だ、なんだ…私寝てたんだっけ……あれ?)

 

何か、背後に…いる?

 

青葉「……ぁ…」

 

浮遊する岩…そしてその中心には赤い目の紋様…

 

青葉(な、何か違うけど、見た事ある!絶対私知ってる…!)

 

青葉「な、何!?地震!?」

 

地面が揺れ、岩が隆起する

そしてその岩が浮遊する岩に近づき、人型を形成し…

 

青葉「…す、スケィス…!」

 

スケィスが手を翳すとその手には赤い、巨大な十字架が現れた…それは…

 

青葉(やる気だ…!)

 

私の生存本能が警鐘を鳴らす程の…

 

青葉「…消えた?」

 

目の前から、スケィスの姿が消え失せる…

左右を確認し、安堵した瞬間背中を殴打され、吹き飛ばされる

 

青葉「ぁ…っ…ぐ…!?」

 

ぼんやりした世界をどれほど吹き飛ばされたのか

地面を転がり、やっと止まって顔を上げれば…

 

青葉「…あ…」

 

十字架の先端に鼻が触れた

 

強烈な死の感覚

2度味わったことのある、紛れもない死の感覚…

 

青葉(…ゲームじゃない、殺される!)

 

スケィスが十字架を振りかぶり…振るう

私に十字架が触れる直前、目が醒める

 

青葉「……え?」

 

…昨晩案内された部屋…

悪い夢から解放された、それだけだ

 

青葉(……何だったの、あの夢…?)

 

…何であんな夢を見たのか、まるで見当もつかない

スケィスとは直接戦った事はないけど…資料は何度も見た

まだ背中が痛い、恐怖が私の脳を鷲掴みにしている…

 

青葉「…嫌な、感じ…」

 

きっと…ならない環境に身を置く不安が何かに刺激された、それだけ…のはず

 

朧「あ、青葉さん…なんだか顔色悪いですね」

 

青葉「…嫌な夢見ちゃって」

 

朧「嫌な夢?」

 

青葉「……スケィスに追われる夢」

 

川内「スケィス?」

 

青葉「うわぁっ!?な、何で天井に張り付いてるんですか!」

 

川内「いや、隠しカメラとか仕込まれてないか探してただけ」

 

朧「…ここ、綾波の基地なんですから…あっても勝手に外しちゃダメですよ」

 

川内「わかってるって、どうせもう出て行くし…ところでその綾波は?」

 

朧「なんだか、血相変えて出ていきました…その、仕事だって」

 

川内「…Linkって基本綾波1人で動いてるの?」

 

朧「いや……その、普段は違います」

 

青葉「…あの、川内さん」

 

川内「何?」

 

青葉「……私の夢にスケィスを送り込んだりしました?」

 

川内「するわけないじゃん、というかできるわけないじゃん」

 

青葉「…ですよね…」

 

 

 

 

 

 

時は遡って

 

 

 

 

離島鎮守府 執務室

工作艦 明石

 

明石「…知っていて、黙っていろと?」

 

海斗「…今の綾波に危険性は無いと思うんだ、その…明石、納得できないとは思うけど…」

 

明石「できるわけないでしょう!ここにいるアヤナミさんは?使わない体を身代わりにして…隠れてこそこそ何してるかもわからないんですよ!?」

 

海斗「……でも、明石…もし綾波が味方になってくれるなら…」

 

明石「メリットは理解しています、私なんかよりずっと優秀な人です、だけどそんなハイリスクがすぎる賭けをしてみんなの命を危険に晒すんですか!?」

 

海斗「…今、綾波には朧がついてる」

 

明石「……有事の際に殺せますか?朧さんに」

 

海斗「それは…難しいとは思う、だけど…どの道もう一度綾波を倒すのは難しい」

 

明石「…それは…」

 

…それに、アケボノさんもキタカミさんも、綾波さんの事を把握していた

把握した上で静観していたと聞かされた時は訳が分からなかったが…そうだ、アレには触れちゃいけないんだ…

下手に刺激すれば、爆発して…みんながやられる

 

だから、怯えながら生きていくしかない

最悪の相手だ

 

明石「…それと黙っている事との関係は」

 

海斗「…暴走されたら困るから、かな…」

 

春雨さんや春日丸さんは間違いなく…本物の方の綾波さんを求めるだろう

今の鎮守府が分裂するのは、確かに避けたい…

 

明石「……わかりました」

 

でも、協力はしたくない

特にカートリッジの複製…あんなもの複製したら、どうなるのか…

世界の終焉だ、わかりきってる

 

だから私は、ただ…何もしない事しかできない

 

明石「…ホントに、問題抱えすぎですよ…どうするんですか、これから」

 

海斗「…まずはアメリカのみんなと協力関係を築く…かな」

 

明石「何故アメリカ…?」

 

海斗「綾波が教えてくれたんだ、ハワイからの救援要請は虚偽のものだって…でも、明石、君はそれを信じる?」

 

明石「……信じませんね」

 

海斗「だからアメリカのみんなから本当のことを聞ける様にしたいんだ」

 

明石「…てっきり、提督なら即座に中部海域進行を言い出すのかと」

 

海斗「いや、それはしない…まずは南西に向かう、ハワイは最終的に挟み撃ちにするよ」

 

明石「…地球をぐるりと回るつもりですか」

 

海斗「深海棲艦を撃滅するなら…世界中の戦力を集めた総力戦にすべきだ、そうしないと…勝てないよ」

 

明石「……わかりました」

 

 

 

 

 

 

The・World R:1

データ潜航艦 グラン・ホエール

トキオ

 

トキオ「よし…これで別の時代に行けるんだ…!」

 

彩花『さ、2020年に戻りましょう?あのニセモノのカイト達に見つかる前に』

 

トキオ「……それなんだけどさ、ホントにニセモノなの?カイトとブラックローズは」

 

確かに違和感はあった、フリューゲルからオレを守ってくれたカイトとは声が少し違う気がした…

ニセモノなら、なんでオレとパーティを?…わからない

 

彩花『改めて解析したけど、ここは2009年の初めの方…カイトが初めてログインしたのは2010年、いるはずがないのよ、この時代にカイトなんて』

 

トキオ「……そっか」

 

だけど、助けてくれた事は間違いない

 

複雑な感情だ…

 

彩花『…別に悪人ってわけじゃないんだろうし…アドレスがあるんだからいつでも連絡取れるでしょ?』

 

トキオ「うん、そうだね…よし、次の時代に行こう!」

 

彩花『アカシャ盤に行って、ロックを解除するのよ、トキオ!』

 

トキオ「わかった!」

 

 

 

 

The・World R:X

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ アカシャ盤

 

トキオ「…な、なんだ?入り口に何か、変なのがいるぞ…?」

 

黄色い、マッチョ…?

 

トロンメル「ヘーイ!やっぱガイストの言う通りになりやがった、Newフェイスも気になったが、連絡がつかねーんじゃ仕方ネー!オレがここで…ぶっ潰してやる!」

 

トキオ「…オレを倒す…って事は、シックザールか!」

 

トロンメル「いかにも!オレ様はシックザールNo.7!怪力男のトロンメル様だ!呼びたきゃ……T様って呼びな!!」

 

ボディスーツのTマークを見せつけてくる

 

トキオ(…ぜ、絶妙にダサい…)

 

トキオ「…シックザールならもう一回倒してる!大丈夫、やってやる!」

 

トロンメル「何ィ…?倒した?……ニューフェイスはもうやられちまったのか…コイツは、出直した方が良いかもなァ!」

 

トキオ「な、逃げるのか!?」

 

トロンメル「ノー!このトロンメル様が逃げる?ありえねえゼ!」

 

トキオ(どっちなんだよ!)

 

トキオ「ああもう!やってやる!!」

 

剣を構えて斬りかかる

 

トロンメル「グローリーィィ…チャージッ!!」

 

トロンメルの突撃に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる

 

トキオ「がっ……ぁ…!」

 

トキオ(い、痛い…!しかも、重くて、強い…R:1で戦ったモンスターなんかと比べ物にならない…これが、シックザールの本当の実力…)

 

彩花『…無理ね、トキオ!引き上げなさい!あんた1人じゃ無理よ!』

 

トキオ「で、でも…じゃあどうしたら…」

 

彩花『…仲間を集めるのよ!黄昏の騎士団を…!』

 

トロンメル「何ブツブツ言ってやがるゥ!ボオォォォォイ!!」

 

トキオ「は、早く転送して!」

 

トロンメルの拳が当たる寸前に…なんとかアカシャ盤の外へと転送された…



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甘い罠

The・World R:X

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

トキオ

 

トキオ「仲間、か…彩花ちゃん、どうすればいい?」

 

彩花『知らないわよ!自分で考えなさいよ!』

 

トキオ「ううん…このままじゃ敵が追ってくるかもしれないし……あれ?…甘い匂いがする」

 

彩花『甘い匂い?』

 

トキオ「うん、花の匂いみたいな…」

 

自然とそれに釣られるように…その匂いの方に…

 

彩花『ちょっ…待ちなさい!トキオ!』

 

 

 

トキオ「…あれ?ここは…」

 

タウンの路地の奥…?

 

彩花『ちょっとトキオ!何やってんのよ!』

 

トキオ「ご、ごめん…甘い匂いがして…あれ?誰かの声が…」

 

彩花『シックザールかもしれない、というか…このタウンには一般PCは入れないわ、気をつけて』

 

トキオ「…うん…でも、肩を掴まれてると動けないんだけど…?」

 

彩花『何言ってんのよ、私はホログラム、PCじゃないんだから掴むなんて…え?』

 

トキオ「…彩花ちゃん?…ど、どうしたの?オレ、振り向くのがすごく怖い気が…」

 

ミア「彩花?さっきからキミは誰と話してるの?それとも遠距離チャットなのかな」

 

トキオ「うわぁだっ!?」

 

いつのまにか真後ろにいた紫のネコの獣人のPCに驚いてこける

 

ミア「驚かせちゃったかな、ゴメンね?立てるかい?」

 

フカフカの手に引っ張られて起き上がる

 

ミア「ボクはミア、キミは?」

 

トキオ「…トキオ、ええと…ミアは…」

 

彩花ちゃんの方をチラリと見る

 

彩花『こんなシックザールは知らないわ…多分、違うと思う…』

 

ミア「ああ、こんなところで何してたのかって?観察さ…ほら、そこ」

 

ミアが指した路地の奥には二体の紫のPCがいた

紫色の衣装に薔薇をあしらった帽子と水色のロングヘアーで、男とも女とも言い切れないキャラ

そしてそのキャラの半分ほどのサイズの女の子のキャラ

 

彩花『…一般PCはここに入って来られ無いはずなのに』

 

ミア「あの2人は…ボクのせいでここにいるんだ、The・World(ココ)にしか居場所がなくなっちゃったんだ、リアル(あっち)より魅力的だからね」

 

トキオ「…ミアのせいって…どういう…」

 

ミア「…ちょっと特殊なんだよ、2人ともね、観ただけじゃわからないかもしれないけど、そうわかっていれば……トキオ、キミは…強いのかな?」

 

トキオ「え?……いや、オレは…強くは、ないと思う…だから、仲間が欲しくて…」

 

ミア「……あの2人は、きっといい仲間になるはずだよ」

 

トキオ「え?」

 

ミア「2人とも、強いんだ、きっといい仲間になる…」

 

ミアが目を細める

 

ミア「でも、それは今じゃない…か……トキオ、なんでキミから…カイトの匂いがするの?」

 

トキオ「え?…いや、それは…パーティを…」

 

ミア「カイトは、この世界にまだ居てくれるんだね、なら安心だ」

 

トキオ「ミアはカイトの知り合い?」

 

ミア「…安心しちゃったな…ああ、ホントによかった…みんなを見捨てないでくれて……良かっ…@&かっ×…」

 

トキオ「うわっ!?」

 

ミアの声が潰れ、チャットログがメチャクチャに文字化けする

 

ミア「ああ…7/%×…ま、だ…**%♪」

 

トキオ「な、何を言ってるんだ…!?」

 

ミア「…ニ…ゲテ…」

 

トキオ「え?」

 

ミアがそろり、そろりと2人の方に歩き出す

 

トキオ「…み、ミア?おい!どうしたんだ!?」

 

彩花『待ちなさいトキオ!この辺りのデータ量がありえないほど増加して…!!』

 

 

 

 

 

 

斬刀士(ブレイド) ヤヨイ

 

ヤヨイ「…エンデュランス、聞こえる?」

 

正面にいる細い男の手を握って呼びかける

空っぽ、どこまでも空っぽな彼をなんとかして呼び戻そうと試みる

だけど、何も反応してくれない

ずっとそうだ、どんなに呼びかけても、どんなことをしても、戻って来ない

 

でも、ようやく見つけたばかりなんだ

焦る必要はない、なんとか元に戻す為に…

 

エンデュランス「…ミア」

 

ヤヨイ「え…?」

 

何かに反応した…エンデュランスが見た方向を見る

 

ミア「……」

 

ヤヨイ「…ミア」

 

直接会うのは初めてだ、エンデュランスの心に空いた穴の原因

失われた、彼女

 

ミア「…ニゲ、テ…逃ゲてにげてニゲテニげて逃げテニげてニゲテ逃げてニゲテにげて逃げテ逃ゲて」

 

ヤヨイ「え?」

 

ミアの剣に胸を貫かれる

まるでリアルで刺されたかのような衝撃…

冷たい石の床に頬が触れる

 

ミア「ア…ァ……」

 

ヤヨイ「…あ…これ…」

 

間違いなくダメ…死んじゃう…

 

トキオ「ミア!何してるんだよ!」

 

走ってくる、赤い髪の少年が目に入る

あれは誰だろう…そう考えていると隣でコツコツと足音が鳴る

 

トキオ「な、なんだよ…!」

 

エンデュランスが剣を持ち上げ、少年に近づく

 

エンデュランス「……彼女が、戦って欲しいって」

 

トキオ「か、彼女…?」

 

ミア「…ダ…〆…」

 

ヤヨイ「…エンデュランス…」

 

必死で手を伸ばす、なんとか掴もうとするけど…

 

ヤヨイ(睦月…みんな…司令官…)

 

 

 

 

 

トキオ

 

奥に倒れていた女の子の体が消滅を始める

 

ミア「×$%→♪+々アァァ!!」

 

ミアの剣が消滅しかけた女の子に向き、妙な紋様が展開される

紋様から放たれた光線が女の子を消し去る

 

トキオ「な、なんだよこれ…!」

 

頬に裂ける感覚

 

エンデュランス「あれ…ちゃんと、当たらない…」

 

トキオ「…えっ…」

 

痛い、裂けた感覚がハッキリする

痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 

トキオ「うわあぁぁぁぁぁっ!!」

 

恐怖で、両手の剣を振った

剣で受け止められた

 

怖い、もう、おかしくなりそうなほどに怖い

太鼓のように剣を上から下に叩きつけるように何度も振った

ガンガンと辺りに金属音を振り撒いた

 

死ぬ、殺される…痛い、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

 

エンデュランス「キミの、戦いは…醜い」

 

剣が空を斬る、

周囲に薔薇が舞い、背後から足音が聞こえる

背中が裂けたような感覚

痛い

 

トキオ「うあああっ!!」

 

派手な攻撃じゃない、命を奪いにくる攻撃…

痛くて、冷たくて、怖い

 

トキオ(殺される…殺される!)

 

ミア「…や…〆テ…仝る…ク…」

 

エンデュランス「……?」

 

ドシドシと地鳴りのような足音がする

 

トロンメル「ヘェェェイ!!見つけたぜェ!ボーイ&ナイツ共ォォォォ!!まだ生き残りが居やがったとはなぁぁ!」

 

トキオ「シックザール!?…しかも、生き残り…この2人は…黄昏の騎士団だったのか…?」

 

ミア「…$¥+なら…キる#」

 

トロンメル「…ワーッツ?何言ってやがンだ?ん?…こいつ……よく見りゃァ…」

 

トロンメルが斃れる

 

エンデュランス「…ミア…」

 

エンデュランスの一撃で、トロンメルが…

 

トキオ(…オレじゃ絶対に勝てなかったやつを、一撃で…?)

 

ミア「……€〆だ、ト°+、→×%」

 

ミアが切先をこちらに向ける

 

トキオ「…え…?」

 

ミア「…バ$+$」

 

転送エフェクトに包まれ、景色が切り替わる

 

 

 

 

 

トキオ「…ここは…石像がたくさんある場所…?」

 

彩花『転送させられた…?あのミアってキャラに?何者なの…』

 

トキオ「…逃がしてくれたってこと…?」

 

てっきり、斬られるんだと思った…

 

彩花『わからないわ、罠かもしれない……待って、トキオ』

 

トキオ「…像が光ってる?…なんで…」

 

石像が一つ、光り…

石の部分が消えて…

 

アルビレオ「……ここは」

 

トキオ「…だ、誰?」

 

アルビレオ「…おれはアルビレオだ、キミは」

 

トキオ「オレはトキオ…ええと…」

 

アルビレオ「…カイトから聞いている、キミのサポートをしよう」

 

トキオ「え?ホントに?よっしゃ!ラッキー!」

 

トキオ(これで初めての仲間ができた…!ここからだ…!)

 

彩花『トキオ、急いでアカシャ盤に向かって!さっきまであそこを守ってたシックザールがやられた今しかない!』

 

トキオ「わかった!すぐ行くよ!」

 

 

 

 

アカシャ盤

 

トキオ「よし、トロンメルがいないおかげでスムーズに進めた…けど…」

 

彩花『さ、次の記憶の泉よ、飛び込んで、トキオ』

 

トキオ「…ええい!どうにでもなれ!!」

 

 

 

 

 

 

 

The・World R:2

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

 

トキオ「うわぁぁぁぁっあでっ!?」

 

記憶の泉から落ち、腰を打つ

 

トキオ「いてて…また腰を……」

 

彩花『グランホエールが到着したわ、トキオ、一度戻ってきなさい』

 

トキオ「…オレもそっちで来たいよ……ああ、でもこれオレがセキュリティ破壊しないと来られないのか…」

 

 

 

 

 

データ潜航艦 グランホエール

 

トキオ「それで、オレはこの時代で何をすればいいの?前回もよくわからないままクロノコアが手に入ったし…」

 

彩花『さあ?とにかく、しっかり探索していくわよ!』

 

トキオ(て、適当だ…)

 

トキオ「…仕方ない、とにかくみんなを助ける為にアルビレオ、力を貸して」

 

アルビレオ「ああ」



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怪メール

離島鎮守府

提督 倉持海斗

 

海斗「南西海域への初出撃はどうだった?」

 

加賀「ダメですね、外務省が協力を取り付けたというのに補給もままなりませんでした、私たちが事前に用意した復路の燃料が無ければどうなっていたか」

 

翔鶴「それと、強くはないですが敵の数が非常に多いです、3日という短期間でしたが、危ない場面もかなりありましたし…駆逐隊による殲滅を一度するべきでは…」

 

加賀「何でもいいけれど、向こうは物量だけはあります、どんなに腕が良くてもあの場所じゃ艦載機は飛ばせません」

 

海斗「加賀にそこまで言わせるほどの量か…」

 

アケボノ「…成る程、航空写真で確認できる限り……海を埋め尽くすほどというのはまさにこのことでしょう…統率も取れていなさそうですね」

 

加賀「そうね、だから漣達も戦果は高いわ、撃破数が二桁後半に行かなかった子は居ないんじゃないかしら」

 

アケボノ「…正直、サバを読んでいるのかと思えますけどね…しかし駆逐級が多い…」

 

パソコンから電子音が鳴る

 

海斗(メールか…あの音は執務用のアドレスだから…摩耶ではない、本部はメールなんてほとんど送らないし…誰だろう)

 

加賀「そんなにパソコンが気になるなら確認したらどうですか」

 

海斗「そうさせてもらうよ、多分拓海だ、南西海域についての報告の催促だと思う」

 

アケボノ「でしたら、私も一応目を通させてください」

 

海斗「構わないよ…あれ」

 

差出人は不明…?

 

アケボノ「差出人がわからないか…ウイルスメールの可能性もありますね…いや、しかし…南西海域について?」

 

海斗「その時はその時だよ、ええと…」

 

差出人:Unknown

件名 :南西海域について

 

[南西海域での戦果につきましては御祝いのお言葉を。

しかし、問題はここからです、死とはシステムの循環のためのスイッチに過ぎません、ここからが問題なのです。

深海棲艦の進化について調べましたが、どうにも低級の深海棲艦は死する度に進化する傾向にあるようです。

つまり何が言いたいのかと言えば、今回の戦果により、南西海域の深海棲艦はより強力なものに進化していきます。

最初の出撃は駆逐艦と巡洋艦による殲滅、小規模の海域の確保を提案します。

もしくは駆逐艦を減らし、重雷装艦を多く編成することによる本格的な掃討を。

今回の作戦エリアであった南シナ海からスールー海域につきましてはそれで対応の程、お願い致します。]

 

海斗(絶対綾波だ…)

 

アケボノ(耳が早すぎるな、ふざけたマネを…だが、そうか…死ぬ度に強くなるか…)

 

加賀「どうかしたの、2人とも…目を皿にしてパソコンに食らい付いて」

 

翔鶴「そんなに面白い内容なんですか?」

 

海斗「…いや、面白いというよりは…参考になる、かな…」

 

アケボノ「…提督、まさかこれを使うつもりですか?」

 

海斗「うん、もしかしたら有効なんじゃないかって思うんだ」

 

アケボノ「……前者の手段しか取れませんが」

 

海斗「いや、両方の手段に手を出せるよ、呉と協力すれば重雷装艦は事足りる…さて、どうしたものかな」

 

加賀「重雷装艦というと、球磨型ですか」

 

翔鶴「…空母の出番は有りますか?」

 

海斗「いや、今は様子見かな…」

 

翔鶴「…やはり私達は偵察以外に役目がないんですね…」

 

海斗「いや、そんな事は…」

 

加賀「空母に対する待遇改善を求めます」

 

アケボノ「深海棲艦に対しては一定の戦果を挙げられているじゃないですか」

 

加賀「……演習の度に如何に楽しく撃墜するかのコンテストをやめさせてください、というか、やめてください」

 

アケボノ「次は右翼の先端を全て撃ち抜かせますので、対策しておくように」

 

加賀「…貴方とキタカミさんの所為で駆逐艦の子達の対空練度が跳ね上がっています、演習の度に艦載機を全滅させられる所為で使える艦載機は型の古くて安いものになるし…」

 

翔鶴「終いには観戦してるアメリカの人達に帰り際に「弱っ」って…」

 

アケボノ(絶対アトランタさんだな)

 

加賀「…同じ空母のガンビアベイさんには私たちの実力を理解してもらえるので、仲良くはできてますが…」

 

翔鶴「あー、もっと良い装備があれば…」

 

海斗「ご、ごめん…でも、予算の都合上…」

 

加賀「そうですね、落とされ続ける空母に捻出する予算はありませんね」

 

アケボノ「ええ、全くです、発艦した艦載機と同じ数の弾丸しか消耗しない対空射撃よりはコストが高すぎるものですから」

 

加賀「………」

 

アケボノ「教育が行き届いておらずすみません、ちゃんと翼の先端だけ撃ち抜けば回収して再利用できるものを、皆さんまだ技術が不完全故に中心を撃ち抜いて完全破壊してしまうもので」

 

海斗「あー…アケボノ?」

 

加賀「嫌味を聞きたい訳では無かったのですが」

 

アケボノ「加賀さんは現状の自分に不満がなさそうでしたから、やる気のある他の艦種に手も足も出ないから、と自分は悪くないと考えている様では…翔鶴さんにまで悪影響ですよ」

 

加賀「……そうですか」

 

アケボノ「瑞鶴さんが見たら鼻で笑われるでしょう、もっと鍛錬を積んでください、赤城さんの様に」

 

加賀「赤城さんも演習で全機撃墜されています」

 

アケボノ「私達は地蔵を求めているのではないんですよ、加賀さんは艦載機を飛ばして動かす事だけが仕事だと勘違いしていませんか?」

 

加賀「…そんな事は…」

 

アケボノ「ではわかっていて、他の仕事を怠っている事になります、最近艦隊でリーダーの立場になりやすい阿武隈さんに甘えていたのでは?今回の出撃のログでは全体で意思決定しながら進んでいた様ですが、何故リーダーが居ないんですか?旗艦の加賀さん」

 

加賀「……どうやらその様ですね、今後改めさせていただきます」

 

アケボノ「いきなり指揮役に戻らないでくださいね、キタカミさん辺りに頭を下げてきてください、そうすれば赤城さんの努力も見えてきますよ」

 

翔鶴「…赤城さん、キタカミさんのところに居たんですか?」

 

アケボノ「ええ、龍驤さんも居ます、状況判断、考え方についての意見交換会の様なものです、弛んだ考え方の人についていけるかは…知りませんが」

 

加賀「ついていきます、そうしなくてはただの地蔵ですから」

 

アケボノ「期待してますよ、加賀さん」

 

加賀「…しかし、貴方がそこまで喋ると提督が地蔵の様になってしまいますよ」

 

アケボノ「……それは…」

 

アケボノがこっちに慌てて振り向く

 

アケボノ「出過ぎた真似を、失礼しました!」

 

海斗「い、いや、全然良いんだけど…」

 

翔鶴「加賀さん、別に仕返しする事ないんじゃ…」

 

加賀「普段あれだけ冷静なアケボノさんがこれだけ取り乱す様子はなかなか観れたものではありません、流石に気分が高揚します」

 

アケボノ「…そうですか、翔鶴さん」

 

翔鶴「は、え、私で…あ、は、はい!」

 

アケボノ「ちょっと演習場に行きませんか?私なら艦載機の扱いも多少は心得があります、2人で練習しましょう」

 

翔鶴「え?あ、是非!」

 

加賀「それなら…」

 

アケボノ「もちろん加賀さんは抜きで」

 

加賀「……」

 

アケボノ「どうしました?加賀さん」

 

海斗「アケボノ、仲間外れは良くないよ…」

 

アケボノ「…仕方ありませんね、来ますか?」

 

翔鶴(滅茶苦茶嫌な聞き方…)

 

加賀「…行かせてください」

 

翔鶴(プライドを捨てて参加する方を選んだ…)

 

翔鶴「流石加賀先輩、みんなの為に成る道を選んだんですね…!」

 

加賀(誤作動を装って爆撃するか…それとも、蜂の巣にするか…)

 

険悪な雰囲気のままの加賀とアケボノに翔鶴がついて出て行った

それを確認してから医務室に内線を通す

 

海斗「もしもし、空いたよ、多分2時間は帰ってこないかな」

 

春雨『わかりました、だそうですよ、綾波さん……はい、すぐ向かうそうです、それでは』

 

引き出しからノートパソコンを取り出し、起動する

仕事用じゃ無い、この前に横須賀に行った時に買ったものだ

 

春雨「失礼します」

 

春雨がアヤナミの乗った車椅子を押して入ってくる

 

海斗「準備できてるよ、はい、これ」

 

アヤナミ「ありがとうございます…」

 

ノートパソコンを渡す

今のアヤナミに取って、これが唯一の楽しみらしい

 

アヤナミ「……」

 

アヤナミは受け取ったパソコンでいろんなものにアクセスし、色々なものを識る

 

たった1を観るだけでアヤナミにとってはどれほど理解できるのだろうか

小さなネットニュースやWebサイトのブログ記事、取り留めのないものでも、どんなにつまらないものでも、記憶を失ったアヤナミにとっては自身の好奇心を埋めるお宝になる

 

アヤナミ「……最近、深海棲艦の事件が減ってるんですね」

 

海斗「みんな頑張ってくれてるからね」

 

アヤナミ「…そのせいでしょうか、芸能人と呼ばれる人の不祥事ばかりです…」

 

春雨「…そんな陰鬱なネットニュースばかり見てて楽しいんですか…?」

 

アヤナミ「……私に取ってみれば、これは…そう、僅かな…"外"に触れられるチャンス…私はここでの生活しか知らない、ここの人たちが話す事しか知らない…」

 

春雨「……」

 

アヤナミ「…私にとって、この大きな島が全てなんです、でも…みんなは違うって、この島はとても小さい島だって言うんです、そう…私は知らない、外を知らない、海を知らない…日本を知らない、世界を知らない…」

 

春雨「……倉持司令官、渡航は…」

 

海斗「…難しいかな」

 

理由は幾つかあるけど、体調が悪くなった時に対処できない事と、この姿の綾波を知っている人間が本土にはいる

二人の綾波のうち、政府側が犯罪者と認識してるのはこっちのアヤナミだ、つまり…二人同時にいたとして捕まるのは、アヤナミの方だ…

アヤナミに辛い思いをさせるのは、春雨も僕も本望ではない

 

アヤナミ「………」

 

春雨「…どうしました?何を見てるんですか」

 

アヤナミ「…この、ニュース…」

 

春雨「随分前のニュースですね…大阪の、銃乱射事件……いや、これは違…」

 

海斗「……そうだ、そのニュースは…!」

 

アヤナミ「犯人の、名前…綾波……私…?」

 

アヤナミが驚愕の表情のまま、固まる

 

春雨「違います!貴方じゃない!…貴方では、ない…!」

 

アヤナミ「…じゃあ、誰なんですか…?この写真の人が私?……調べれば、いくらでも出てくる…綾波という人が、何をしたのか…」

 

海斗「そうじゃないんだ、違う…これは間違いなんだ」

 

アヤナミ「私じゃない…間違い…?なんなんですか、それ…意味が、わかりません…」

 

春雨「この事件は、その……国に狙われた貴方が逃亡している際に起きた事件で……民間人に貴方を危険だと印象付けるために…でっち上げられたものなんです」

 

海斗「…ほら、これを見て…いろんな記事で綾波が犯人だって可能性を否定してる」

 

アヤナミ「…確かに…でも、何も証拠なんて…」

 

海斗「証明は難しい、だけど僕達はこの事件に書かれてることが全部間違いだって知ってる……それに、綾波がそんなことしてたら僕達は君をここで受け入れたりしない」

 

アヤナミ「……少し、考える時間をください」

 

春雨「…怖いですか」

 

アヤナミ「当たり前…じゃないですか……私は、自分が普通の…その…普通の女の子のつもりでした…両脚なくて、片目見えなくて…全身火傷してて、死にかけてるけど…誰かに迷惑をかけずに生きられないけど…それ以上なんて…」

 

海斗「…そんなこと言っちゃダメだ、君を悪く思う人はどこにもいない、だから……納得できないかもしれないけど…」

 

アヤナミ「私を悪くいう人なら、たくさんいるじゃないですか……色んな人の目が、教えてくれます…納得がいく……私のしてきたことがコレなら…どんなに嫌われても、誰に殺されても…!」

 

春雨「…違う…!貴方は、素敵な人だ、誰より魅力的で、凄くて、私の憧れの人……だから…」

 

アヤナミは春雨を無視し、ネットを漁る

 

アヤナミ「…この綾波も艦娘…特務部所属…?」

 

海斗「……え?そのページ…」

 

なにかが刺激になってしまったのだろうか

アヤナミはパソコンを操作し、どこかのデータベースにアクセスして……

 

アヤナミ「……できた」

 

春雨「…それ、まさか…特務部のデータベース…?」

 

アヤナミ「…やっぱり私は、綾波なんだ…」

 

アヤナミが目を伏せる

 

アヤナミ「何も違わない、私がやったことなんだ……だから、ここにいるんですか…?日本にいたら捕まるから?それとも…捕まったあと隔離されるのがここなんですか…?」

 

海斗「違う、ここはそんなところじゃない…アヤナミ、そもそも君は悪いことなんてしてないんだ」

 

アヤナミ「できるなら私だってそう信じたい、だけど…」

 

春雨「……証拠があれば信じられるんですね?」

 

アヤナミ「え?」

 

春雨「あのニュースは改竄されたものです…その証拠を私が用意します…!だから貴方は胸を張って生きていい、私が貴方を絶対に死なせたりなんかしない…!だから、もう少しだけ私を…そして、自分を信じてくれませんか…?」

 

アヤナミ「……なんで、私のために…?私は最低な事をしたのかもしれないのに…それに、私は貴方にあんなに辛くあたったのに…」

 

春雨「何が辛くあたったですか、私のミスは殺されても文句言えないくらい馬鹿げたミスです、それを…あんな風に、私がまだ前を向けるようにしてくれた事…感謝してもしきれません」

 

アヤナミ「…それは、他にお医者様が誰も居ないから…」

 

春雨「それでも、私を選んで賭けてくれた……私はそれに応える義務がある…約束します、貴方の無罪を白日の元に晒し、貴方ができるだけ満足できる人生を送れるように…」

 

アヤナミ「……」

 

春雨「だから、貴方は自分自身を信じて…」

 

アヤナミ「…わかりました」

 

春雨は今も充分忙しい、それにロクに本土に行く事なんてできない

ネット環境はあるものの…それだけで真実を見つけ出すとなると…

 

春雨「…倉持司令官、ちょっとだけお力を借りたいのですが、ヘルバ様のアドレスは私は登録させてもらえなかったので」

 

海斗「いいけど…」

 

春雨「大丈夫です、依頼するのは、アクセス元を隠すことだけ…ここからアクセスしたのがわかればみんなに迷惑がかかります、調べるのは私が」

 

海斗「…確かにね、頼んだよ」

 

特務部は目を瞑ってくれるだろうけど、時間の概要があるとしたらもっと別なところだろう

 

春雨「……少しだけ、ですからね…少しだけ待っててください」



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イージーモード

離島鎮守府 演習場

秘書監 アケボノ

 

アケボノ「そうですね、発艦に関しては正直やり方人それぞれですから、言うことはないんですけど」

 

翔鶴さんの矢筒から矢を引き抜き、鏃を指に挟み込み、片腕だけレ級のものにして空へと放つ

 

加賀「……驚きました」

 

翔鶴「そんなこともできるんですね…」

 

アケボノ「ええ、それでですが、問題はここからなんです、一般的な機銃の弾速が大体800メートル毎秒だったとして、それを一分間に約1000発撃てるとしましょう」

 

加賀「…それで?」

 

アケボノ「撃ち落とされるのを回避するには、まず撃ち落とす側を理解しなくては…銃身のブレを制御しつつ、狙い続ける人達の立場になって」

 

2人に機銃を渡す

 

アケボノ「目標はたった4機、しかし…初めてということで特別に1機落とせば…合格とします、ようい」

 

2人が機銃を向ける

 

アケボノ「始め」

 

機銃の音が響く

艦載機を操り、機銃の向いている方向からなんとか逃す

至近弾は多い、流石に舐めていたか

 

アケボノ(このままじゃまぐれ当たりはありそうだ…)

 

艦載機を急降下させ、機銃を大きく動かし、狙いをブラす

 

アケボノ「どうしました、さっきまではいい感じだったのに」

 

加賀(細かな動きで狙う分には良いけど……大きく動かすと外れる…そうですか…)

 

翔鶴「これ、思ってた以上に…難しいですね…!」

 

アケボノ「本当ならこれに横回転だのなんだのやりたいところなんですが…型式が古すぎて機体が無茶な動きについて来れなさそうですし……所謂イージーモードですよ」

 

加賀「…これが簡単ですか」

 

アケボノ「貴方達は常日頃撃墜されることに慣れすぎている、確かに特に不知火さんやら阿武隈さん…最近は秋月さんもかなりバグったような対空射を見せますし、1発撃たれた時点で堕とされるのならやる気も失せるでしょう」

 

翔鶴さんの弓を手に取る

 

アケボノ「しかし、そろそろわかるはずです、どのタイミングに減速するのか、どのあたりを狙えば当てやすいのか…この辺りの高度は当てやすい、攻撃するために直線的な動きをするときは当てやすい…わかりますか?」

 

加賀「…確かに」

 

翔鶴「少し、消すべき癖が見えてきたかもしれません」

 

アケボノ「良いですか、攻撃機が墜とされるのは正直な話仕方のない事です、ですが…偵察機は堕とされてはいけない、攻撃機よりも高い位置から見下ろす役なのに、なんで簡単に堕とされてるんですか?」

 

加賀「……もう言い訳はしないわ、鍛錬に励みます」

 

アケボノ「期待に応えてください、皆さんの期待に」

 

翔鶴「…あの、弓返してもらえますか…?」

 

アケボノ「まだですよ、少し役目がありまして」

 

鍛錬用の、鏃ではなく先端に布を丸めたものがついた矢を取り出し、引き絞る

 

加賀「どこを狙って…」

 

アケボノ「確かに今向いてるのは明後日の方向ですが…」

 

片足で地面を蹴り、90°回転し草むらを射抜く

ガサガサと何かが蠢く音が鳴る

 

アケボノ「ちゃんと狙ってますよ」

 

加賀「…あら」

 

アケボノ「こんにちはワシントンさん、あなたの体躯では隠れるのはあまりお勧めできませんね」

 

ワシントン「い、いきなり何するのよ…!当たるところだったでしょ!?」

 

アケボノ「はずしたじゃないですか、それに…なんで戦艦のあなたが空母の演習をジロジロ見てるんですか」

 

ワシントン「それは…駆逐艦が空母の装備を使えるなんて…」

 

アケボノ「それに驚いたと?だとしたら馬鹿ですね、駆逐艦に空母の装備が使えない、適性がないと思ってるならそう思えば良い、私はなんでも使うんですよ」

 

弓を翔鶴さんに返す

 

アケボノ「それと、執務室以外で私について嗅ぎ回るの、やめてくれますか?というかあなた達は離島鎮守府所属の艦艇になった癖にその意識が無さすぎる…捕虜の方がまだマシだ」

 

ワシントン「所属、というわりには…」

 

アケボノ「誰もあなた達を受け入れていない?当たり前でしょう、受け入れられようとしてないのですから…それに、私は変わりましたよ?次はあなた達の番です」

 

ワシントン「変わった…?」

 

アケボノ「貴方達の扱いを改めたじゃないですか、もう手は出さない、口頭での注意のみ…なんと有情なことか……ああ、それと、あんまりしつこいと司法に突き出しますから、警察でも国連でも」

 

ワシントン「…しつこいって?」

 

アケボノ「アイオワさんの諜報活動」

 

ワシントン「……改めるように言っておくわ」

 

アケボノ「貴方も改めるんですよ、わかってますか?」

 

ワシントン「…わかった」

 

アケボノ「さて、邪魔者もどっか行ったし、再開しますか」

 

 

 

 

 

 

Link基地

綾波

 

綾波「狭霧さん!そのデータは!」

 

狭霧「ええと、あ、はい!今処理できました!」

 

綾波「なら次を!……ああ、そう言えばもうお昼の時間か…作りに行かないと…」

 

狭霧「私がやりましょうか…?」

 

綾波「いいえ、軽食も作るので二式大艇を用意しておいてください、ロシアに行きますよ、アメリカの深海棲艦を利用していると噂のある基地について調べるために」

 

狭霧「アメリカを調べるのにロシア…なるほど、別陣営同士、スパイだらけで詳しいでしょうからね…」

 

綾波「どうせKGBとかが調べ上げてます……あ、お昼ご飯はバーガーにしますか、ひき肉が今日までです」

 

狭霧「…バンズは?」

 

綾波「…作ってたら間に合いませんね、ハンバーグにしましょう…」

 

 

 

 

 

機内

 

綾波「…さて、ええと…どうしたものかな」

 

狭霧「ロシアが流してくれた情報、確かなんでしょうか」

 

綾波「概ねは間違いありません、多少脚色してますけどね…この情報通りなら、仮面の敵は深海棲艦とアメリカが共同で作り出した、新たな艦娘システム…」

 

弱った話だ、これでは戦争の道具だ、道具に意思決定権はないだろう…

 

綾波(産み出された時から、運命を決められている彼女達は…誰に救われる事もなく、灰として、海に還る)

 

綾波「……かつての私のようだ、運命の決められた…進む道を選べない、私のようだ…」

 

狭霧「……アポ取れました、4時間後、アラスカに来てくれるそうです、あんまり人気のないコーヒーショップを取ってあります」

 

綾波「…よし、進めましょう」

 

 

 

 

 

アラスカ コーヒーショップ

 

頬についた血を指先で拭う

 

綾波「…人であるならば、殺したりはしなかったのに…」

 

目の前に転がったヲ級の首を足先で転がして弄ぶ

 

綾波「……ねぇ?どう思いますか?なんでこんな事になったんでしょうか」

 

怯えた目でこちらを見る男に問いかける

大量の深海棲艦の死体

白く柔らかい部位を全て裂かれ、血と臓物をぶちまけたあとの…ただの肉と皮

 

綾波「……何か答えてくださいよ、あなたのせいでしょう?」

 

あと2歩程のところで男は意識を失ってしまった

恐怖心に屈したか…この状況はどう見えるのか…

悪い、非常に悪い…

 

綾波「…ええと、名刺ケースは…」

 

薬莢を拾い、自身がここにいた痕跡をできる限り消す

 

綾波「……はぁ…このコーヒーショップ、美味しいって評判だったらしいですね…なのに、深海棲艦に乗っ取られた…私は深海棲艦を嫌悪をする…いや、平和を壊す全てを嫌悪する…戦争を嫌悪する…」

 

艦娘システムは何のためにある?

 

綾波「少なくとも、戦争のためではない…コイツはシステムを戦争のために使おうとしている…」

 

ナイフを取り出し、男の首元にあてる

 

狭霧「ダメですよ」

 

綾波「…平和とは、幸せとは何か」

 

狭霧「他愛のない時間、それこそ…ついさっきまでこのコーヒーショップで腰掛けてコーヒーを楽しんでいた時間のような…」

 

綾波「それをこの男は壊した」

 

狭霧「でもその人にも家族があるかもしれない、守りたいものがあるのは私たちだけじゃありませんよ」

 

綾波「組織が腐ってるなら…完全にデリートするしかない」

 

狭霧「その被害を受けるのは?」

 

綾波「被害、か…」

 

狭霧「正義の味方が小さな犠牲を容認してはいけませんよ」

 

綾波「……ごもっともです、ついてきてくれてよかった」

 

少し頭に血が上っていた

 

くだらない幸せを守るために戦っているのに、そのくだらない幸せを壊しては意味がない

 

綾波(深海棲艦を全滅させたところで、戦争は消えないのだろうな…ああ、なんて愚かしいんだろう)

 

狭霧「……あ、みてください、これ」

 

綾波「……へぇ…大当たりを引きましたか…!」

 

狭霧がこちらに差し出したのはハワイに関する書類

そして…仮面の敵に関する書類

 

綾波「引き上げますよ、死体の処理は……任せましょうか」

 

狭霧「所詮深海棲艦の死体だけですから」

 

大きな収穫だ、やはりアメリカの一部が噛んでいる

つまり、今後の方針は決まった

 

 

 

 

 

Link基地

 

綾波「狭霧さん、スイッチを」

 

狭霧「3…2…1…電撃流れます」

 

綾波「……反応なし、何が違うんでしょうか」

 

カートリッジを製作しなくてはならない

来る戦いでみんなが戦えるように…

 

戦わなくて済むように動いてはいる、だが…間に合わなかったら、戦えずに死ぬなんて事は避けなくてはならない

 

狭霧「少なくとも、朧さんやガングートさん、ザラさんなら大怪我をさせるほどの実力が有る…深海棲艦でも姫級の実力があると言えます…」

 

綾波「ええ、そうですね…」

 

問題はあれが人間か深海棲艦かだ

人間なら?深海棲艦なら?どちらでも倒す事には変わりないのだが…

 

綾波「でも、もし人間を使っているなら…やられた瞬間消滅するようにプログラムされているなら…一切合切、研究施設ごと焼き払いますよ…」

 

狭霧「…消滅の仕方は従来の深海棲艦の者と一致しています」

 

綾波「……思い違いをしていませんか?このパターンと同じだからこの仮説は否定されるなんて……限りなく近い現象が全く別のものから起きる事もあるんですよ」

 

綾波(……気になる…あの人達は、仮面の敵は存在そのものを生成されたのか、人を改造して作ったものなのか…)

 

狭霧「綾波さん」

 

綾波「…大丈夫です、流用したりはしません、ハッキングできたら楽だなと思っただけです」

 

狭霧「ならよかった」



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流浪人

The・World R:X

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

重剣士(ヘビーブレイド) ???

 

「久々にログインしたが…マク・アヌも随分様変わりしちまったなぁ…」

 

マク・アヌの風景を眺めながら歩く

 

「…お?これは……石像か?…ふむ、見たことないキャラだ…おっと、これは…俺か?…まさか石像になっちまってるなんてな…だが、作りが甘いな、ここの所とかが微妙に…いや、同じか?」

 

タウンを一通り練り歩く

 

「…しっかし、ショップも何もない、他に誰もいない…活気が無くなったな……お?…あそこだけ明るい…何かあるのか、それとも祭りがあるからみんなあそこにいるのか?」

 

とりあえず、行ってみる事にしよう

 

 

 

 

 

グランホエール 艦内

 

がしゃん

入った途端に入り口が音を立てて閉まる

 

「む……閉じ込められたか?……いや、明るいし、ショップもある、だが…どこにも誰も見当たらない…」

 

そんな事、あるのか?普通…

The・WorldはMMORPGだ、だがNPCの1人や2人はいるはずだ

昔はショップNPC(ノンプレイヤーキャラクター)PC(プレイヤーキャラクター)だと勘違いした事もあるが…

 

こうも人がいないのは初めてだ、モンスターすらいないとなるとここはエリアでもない

 

「む…」

 

ごうんごうんと音を立て、艦が大きく揺れる

 

「……動いたか?…エリアにでも送られるのか」

 

何にせよ、目的は調査だ、いろいろなところを回るしかないだろう

 

 

 

 

「…ついたか?」

 

いつの間にか止まっている

それに…入ってきた時に閉じた入り口が開いている

つまり、移動は終わったのだろう

 

とにかく、外に出てみよう

 

 

 

The・World R:2

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

 

「…おお、人がたくさんいるな……さっきまでのマク・アヌは…古いバージョンのものだったのか?俺はそこに取り残されていたのか」

 

先ほどまでとは大違いだ、街は人で溢れかえっている

誰かにものを尋ねようにも…

 

(…あっちの赤毛の少年にするか、それとも…向こうの桃色の髪の女性にするべきか)

 

ロールプレイをしているため、丁寧な口調とは言い難い

それを万人が受け入れてくれるわけではない

 

「…おお…あの売り子、PCか…丁度いい」

 

噴水の前で売り子をしてる少年のPCに近づく

 

「すまん、少しいいか」

 

ハセヲ「いらっしゃいませ!」

 

貼り付けたような笑顔でPCがこちらを向く

 

「やあ、すまない、人探しをしているんだが」

 

ハセヲ「…んだよ、客じゃねぇのか…」

 

「…そうだな…物を尋ねるのに何も買わないというのも不味いか…すまない、これと…これを貰おう」

 

回復アイテムらしき物を買う

 

ハセヲ「…あー…お買い上げありがとうございました!」

 

「いや、それより…カイトというキャラを知らないか」

 

ハセヲ「カイト…?そんなありふれた名前そこら中に居るんじゃねェのか」

 

「…確かに、それではオルカやバルムンク、ブラックローズ…この辺りの名前は?聞き覚えはないか」

 

ハセヲ「…聞いたことねえな…」

 

「そうか…では、.hackersも?」

 

ハセヲ「んだそれ」

 

「…いや、すまん、有難う」

 

.hackers自体知らないとなれば、カイト達を知らないのは無理がない話だ

しかし…どうやって探すか

 

ハセヲ「……オッサン」

 

「なんだ」

 

ハセヲ「メンバーアドレスは?」

 

「ん?ああ…」

 

メンバーアドレスを交換する

 

ハセヲ「一応、他に客が来たら聞いてみる、何もわかんねえかもしれねえけど、それで良いか?」

 

「本当か!恩に着る!」

 

ハセヲ「あと、BBSとか書き込んだか?」

 

「ああ、それは盲点だった」

 

BBSなんて昔刀を探す時に使ったくらいだ

思えばカイトとの出会いその時だ、BBSで見つかるか試してみよう

 

ハセヲ「そういや聞いてなかったけど…アンタ、名前は?」

 

砂嵐三十郎「砂嵐三十郎だ」

 

ハセヲ「…なんか、随分変わった名前だな」

 

砂嵐三十郎「時代劇が好きでな」

 

ハセヲ「…三十郎……椿三十郎か?」

 

砂嵐三十郎「おお!いけるクチだな!だが少し違う、おれの名前の由来は用心棒の桑畑三十郎だ」

 

ハセヲ「また古い映画を…」

 

砂嵐三十郎「む…古い映画は嫌いだったか…」

 

ハセヲ「そうじゃねえよ、なんつーか…いや、なんでもねえ、人探し、頑張れよ」

 

砂嵐三十郎「ああ!ええと…何というんだったか、そうだ、商いだ、商いが上手くいくと良いな」

 

ハセヲ「おう…」

 

砂嵐三十郎「それじゃあ!」

 

ハセヲ(にしても、ゴツいやつだったな…眼帯に顔半分緑のフェイスペイントに袴に…サムライのロールにしちゃ派手じゃねえか?)

 

 

 

 

 

 

砂嵐三十郎「BBSには書き込んだ、が…」

 

わずか数分で返信なんて来る物ではない

致し方ない、待つしかないか

 

しかし、ただ待つのも性に合わない

 

砂嵐三十郎「…エリアにでも、行くか」

 

 

 

 

 

 

Θサーバー 果てなき 滅天の 麒麟児

 

砂嵐三十郎「ふっ……」

 

モンスターを一刀両断にし、辺りを見る

 

砂嵐三十郎「悪くはないが…1人は随分久しぶりだ、いかんせん寂しいな…誰か、パーティの空いていそうなプレイヤー…と?」

 

先ほどタウンで見かけた桃色の髪の…

 

砂嵐三十郎「なあ、ちょっと良いか」

 

青葉「ひゃあっ!?な、何ですか!?」

 

砂嵐三十郎「おっと…驚かせてすまん、1人だったもんだから、良ければパーティはどうかと思ってな」

 

桃色の髪に、両目が違う色…得物は大槍…重槍使い(ロングアーム)

さっきちらりと見ただけでも腕が立つのはわかる…

 

青葉「え、ええと…私、ソロなので…」

 

砂嵐三十郎「そうか、そいつはすまん」

 

青葉(うーん…あ!み、見失った…さっきまであそこにいたのに…)

 

砂嵐三十郎「…探し物か?良ければ手伝うが」

 

青葉「…いえ、それと…急に近づくとPKだと思われて攻撃されますよ」

 

砂嵐三十郎「プレイヤーキラーか…随分と殺伐としちまったなぁ……」

 

 

 

 

 

砂嵐三十郎「ベタベタした付き合いは苦手だったんだが…歳を取ったせいか、1人が寂しくて敵わん…」

 

かといって、誰かがいる訳でも…

 

砂嵐三十郎「む」

 

これまた先程見かけた赤毛の少年か…今度は別の重槍使いもいる…

 

砂嵐三十郎「……ピンチか?」

 

ボスらしきモンスターに手こずっている…ように見える

とくに赤い髪のキャラは逃げ腰だ

それならば…いや、しかし…

邪魔をするわけにもいかない…

 

砂嵐三十郎「うぉっと」

 

モンスターの攻撃がこちらまで飛んでくる…

となれば、先にコナをかけたのは向こうだ

 

砂嵐三十郎「おおい!!邪魔するぜ!!」

 

トキオ「な、なんだ!?」

 

アルビレオ「侍…?」

 

モンスターに向かって駆け、腰の刀に手を置き…

 

砂嵐三十郎「叢雲!」

 

居合でモンスターの腕を切り落とし…

 

砂嵐三十郎「雲耀之太刀!」

 

雷を纏った斬撃がモンスターを大きく3つに刻む

 

砂嵐三十郎「…ま、こんなとこか」

 

トキオ「つ、強え…」

 

砂嵐三十郎「……おっと!邪魔したか?コイツがこっちまで攻撃しやがるもんでな、つい」

 

アルビレオ「いや、構わない…よな、トキオ」

 

トキオ「あ、うん、助かったよ、ありがとう!」

 

砂嵐三十郎「そうか、そいつは良かったぜ」

 

アルビレオ「…良い刀だな」

 

砂嵐三十郎「コイツか?だろうな、最上級品だ…アンタ、名前は?」

 

アルビレオ「アルビレオだ」

 

砂嵐三十郎「おれは砂嵐三十郎だ、良ければ何だが、アンタらのパーティに入れてくれないか?少し1人に飽きてきた頃でな」

 

トキオ「え?…オッケー!大歓迎だよ!」

 

アルビレオ「…あんたは人間としてのレベルも高そうだな」

 

砂嵐三十郎「人間としてのレベル?なんだ、それ」

 

アルビレオ「なんでもない」

 

トキオ「ええと、オレたちこれからいくつかエリアを回るつもりなんだけど…」

 

砂嵐三十郎「おれもそのつもりだ、楽しくやろうぜ」

 

 

 

 

 

幾つかのエリアを回って分かったが、トキオは初心者らしい

アルビレオはかなりの強さだが…どうやって知り合って、何のために共に活動してるのだろうか

 

砂嵐三十郎「…む」

 

トキオ「…あ、アイツは…!」

 

アルビレオ「……青葉?」

 

青葉「なぜ、アルビレオさんがその人と一緒にいるんですか?」

 

アルビレオ「…カイトに頼まれたからだ、シックザールを撃破し、アカシャ盤の頂上を目指す為に」

 

砂嵐三十郎(…カイトだと?何の話だ?)

 

青葉「…つまり、貴方もコピーなんですね……よかった、戦う事に躊躇わなくて済みますから」

 

桃色の髪の重槍使い(ロングアーム)が構える

 

砂嵐三十郎「待て、やるつもりなのか」

 

トキオ「アイツはシックザールって言う悪いヤツなんだ!」

 

青葉「アカシャ盤を守っているだけです!人を悪人扱いしないでください!!」

 

砂嵐三十郎「……どうしたものか」

 

人数が有利な方から一方的に攻撃するような真似はあまり好きではない

 

アルビレオ「穿天衝!」

 

青葉(これはR:2のアーツ!)

 

青葉「トリプルドゥーム!!」

 

アルビレオが2段突きに吹き飛ばされる

 

青葉「地獄蟲の召喚符!」

 

アルビレオ「ぐっ…!」

 

青葉(弱い…やはり、ニセモノだ!)

 

青葉「終わりです、リパルケイジ!!」

 

アルビレオに向けて振るわれた槍を刀で抑え込む

 

青葉「……何のつもりですか…!」

 

砂嵐三十郎「すまねえな、多勢に無勢は好きじゃねえが…一党の仲間がやられてるのをただ眺めるのはもっと好きじゃねえ」

 

槍を刀で押し返し、構え直す

 

青葉「……そうですか」

 

砂嵐三十郎「それに聞かなきゃいけねえ事もできたしな…!」

 

青葉(油断したら前みたいにやられる、初撃で決める…!)

 

こちらを睨む目に力が籠る

まるで獲物を狩るような…

 

砂嵐三十郎「良い眼をしてやがる…ビリビリきやがるぜ…!まるで狼みてえな眼だ…」

 

青葉「…それは、どうも…!」

 

その言葉を発し終わるが早いか、こちらへと踏み込み…深く構えた突き…

 

砂嵐三十郎(速い…重槍使い(ロングアーム)の速さじゃないな!ならこっちも速さで勝負だ!)

 

砂嵐三十郎「反隼!!」

 

最速の居合

これなら…

 

砂嵐三十郎「ぐっ…!!重い…!」

 

青葉(速い!…止められた上に…ダメージも受けて…)

 

青葉が飛び退き、槍を構え直す

 

こちらの居合は直撃にはならなかった…だが、相手を威圧する効果は十二分に有ったのだろう、敵方は一歩下がったのだがら

 

砂嵐三十郎「……」

 

青葉(この人に、後の2人がサポートにつくとなると…分が悪いか)

 

青葉「ここは退かせてもらいます」

 

砂嵐三十郎「…ふう…何とかなったか…」

 

2人の方に向き直る

 

砂嵐三十郎「すまないな、アルビレオ、知り合いだったんだろう」

 

アルビレオ「いや…問題ない」

 

砂嵐三十郎「そうか…なら、カイトについて聞かせてくれ、おれも探してるんだ、カイトを」

 

 

 

 

 

 

 

グラン・ホエール 艦内

 

砂嵐三十郎「するってえと…カイトは本当に石にされたのか」

 

トキオ「そ、そうなんだけど…砂嵐三十郎は…黄昏の騎士団なんだよな?生き残り…?」

 

砂嵐三十郎「黄昏の騎士団…?なんだ、それは」

 

トキオ「え?」

 

砂嵐三十郎(…以前のカイトの招集に集まったメンバーはそういう組織になったのか?…だとしても、カイトが名付けたとは思えない…)

 

砂嵐三十郎「おれは.hackersだ、黄昏のなんたらではない」

 

トキオ「.hackersはわかるんだけ…ど…え?マジ?カイト達と一緒にThe・World最後の謎を解いた?」

 

砂嵐三十郎「そういう事になっている」

 

トキオ(だ、だからメチャクチャ強かったのか…!)

 

トキオ「す、スッゲー!」

 

砂嵐三十郎「…さっきのやつについて聞きたいんだが」

 

アルビレオ「青葉だ、かなり強い…いい重槍士だ」

 

砂嵐三十郎「パルチザン?ロングアームは今はそう呼ぶのか…」

 

アルビレオ「…レベルを上げに行こう、このままではまた戦っても勝ち目はない」

 

トキオ「わ、わかった」

 

砂嵐三十郎「おれも微力だが、手を貸すぜ!」



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シチュー

Link基地

正規空母 グラーフ・ツェッペリン

 

グラーフ「……綾波は?」

 

朧「調理場だね」

 

ガングート「さっき帰ってきたばかりだろう」

 

タシュケント「…いや、正直さ、ここ一週間、なーんにも仕事してないよね…」

 

グラーフ「ああ、みんなで集まって多少の訓練をして、綾波の用意した食事を食べて、胃が落ち着くまで休んで、それから少し訓練をして、夕飯まで休んで、夕飯を食べて、自由に過ごして寝る…」

 

ガングート「……おい、ドイツ人…少し腹に肉がついたんじゃないか」

 

グラーフ「…1.5キロ」

 

タシュケント「やめてくれないかな…気になってきた…!」

 

朧「いや、そう言う話じゃないでしょ」

 

グラーフ「…ああ、そうだな」

 

タシュケント「正直、自堕落に過ごすのも楽しいんだけど……その…うん、綾波は何をしてるのかな、何で誰も仕事に連れて行かないのかな」

 

ガングート「私たちでは戦力にならんか」

 

朧(…いや、アタシならここのメンバーで一番強いし、それならアタシに声をかけない理由がわからない)

 

朧「…巻き込みたくないんだと思う」

 

グラーフ「…巻き込みたくない、か」

 

何と身勝手な話だ…私たちをLinkに参加させて、私たちを放置するなんて、私たちを戦わせるために雇ったのに何もさせないなんて

 

グラーフ「綾波にとって私たちは何なんだ?」

 

ガングート「さあな、食事の時に捕まえればいいだろう」

 

朧「無理だよ、そうしようと思ったけど、昨日逃げられたんだよね…お弁当作って持って行ってるみたい」

 

タシュケント「なら、今しかない?」

 

グラーフ「……仕事の邪魔はできない、それをすればLinkの存在意義を問われるだろう、綾波にとってすればこのくだらない問答をする時間があれば人の命が救えると思っているはずだ」

 

どうすればいい?私たちでは…綾波の役には立たないのか?

 

私たちでは、足手まといなのか…?

 

ガングート「……」

 

タシュケント「どこに行くんだい、ガングート」

 

ガングート「修練だ、綾波が助けを求めたとき、私達が役に立たねばならんだろう」

 

タシュケント「…ついてくよ」

 

グラーフ「私も行こう、朧はどうする」

 

朧「いや、やめとく……綾波の手が空いたら話し合いたいからさ」

 

グラーフ「そうか」

 

朧の気持ちもわかる

私たちを一切頼らない綾波は…冷たいのだろうか

 

 

 

 

 

ガングート「タシュ、随分と砲撃の精度が上がったな」

 

タシュケント「朧が教えてくれるんだ、朧は砲撃も一級品だからさ」

 

グラーフ「おかげで私が出した艦載機は毎回ほぼ一瞬で全滅だ、朧を敵方にやって演習するのは嫌だ」

 

ガングート「クジに弱いお前が悪い」

 

グラーフ「く……ん?」

 

タシュケント「この匂い、シチューだ…いいね、冷えてたから嬉しいよ」

 

ガングート「シチューか?確かにクリームの香りはするが…クラムチャウダーじゃないのか?」

 

タシュケント「どっちでもいいよ、早く食べよう……あれ?朧?」

 

朧が私たちの分のシチューを配膳していた

ザラ達も先に席についていたようだが…同じ理由で固まってしまう

 

グラーフ「…な、何だ、これは…」

 

朧「え?…シチューだけど、あんまりヨーロッパじゃ食べないの?」

 

…そう言う意味ではない

 

グラーフ「何故シチューがライスにかかっているのかと聞いているんだ…!」

 

朧「え……あ、そっか…うっかりしてた、ウチはいつもこうだったから…」

 

ガングート「…日本人はシチューを米にかけて食うのか?」

 

朧「…半々かな、パンにしかかけないって人もいるし、でもライスにかける専用のシチューのルゥもあるよ」

 

タシュケント(日本人はお米が好きすぎるんじゃないかな…)

 

ザラ「……あれ、意外と美味しい」

 

ポーラ「シチューの味が濃いからご飯とあいますね〜」

 

レーベ「うん、悪くはないと思うけど…パンの方が好きかな」

 

マックス「同じく」

 

ユー「私は…パンより、好きかも…食べやすくて」

 

リシュリュー「こう言うのを、サンシャサンヨーって言うんでしょ?…うん、シチュー自体はすごく美味しいわ、ライスとの相性は私の好みじゃないけど」

 

朧(うーん…つい癖でかけちゃったけど、結構不評だなあ…)

 

グラーフ「…む…」

 

野菜の溶けた甘いルゥが米をほぐして食べやすく…

チキンの旨味も…

 

グラーフ「……私はこれ好きだな」

 

ガングート「私も嫌いではないな、いや…パンより好きかもしれん……そうだ」

 

タシュケント「…お米とシチューをぐちゃぐちゃにかき混ぜてどうするつもりだい…」

 

ガングート「これにチーズを乗せて焼けば美味いかもしれん、グラタンみたいだろう?」

 

ザラ(ドリア誕生の瞬間…!)

 

ポーラ(こうしてドリアが生まれたんですね〜)

 

ガングート「よし、これで焼いてみるか…美味いだろうな、間違いなく」

 

タシュケント「……あー…同志?」

 

ガングート「良いだろう、米とシチューを混ぜろ」

 

グラーフ(よく考えたら、ただのドリアじゃないのか?何であんなに得意げなんだ…?)

 

ガングート「よし、できたか…熱っ!……ゆ、指を火傷した…少し冷やしてくる…」

 

タシュケント「…今のうちに…」

 

タシュケントがガングートの皿にスプーンを突っ込み、口に運ぶ

 

タシュケント「あふっ!…はふっ……あっ…美味しい!これ美味しいよ!」

 

レーベ「…やってみる?」

 

マックス「先に一口食べてからでもいいんじゃない?………あ、美味しい」

 

リシュリュー「あんまりはしたない真似は…」

 

ザラ「そ、そうですよ…せめて自分の分で…ううん、でも…」

 

ポーラ「あ、ザラ姉様あーん」

 

ザラ「へっ?!あ、あふっ!?あひっ…ぽ、ポーラ!…あ、美味しい…」

 

朧「うん、確かに美味しいね、トマトとか入れても美味しそう」

 

グラーフ「……どれ、私も…」

 

伸ばしたスプーンを持っている手を掴まれて止められる

 

ガングート「おい、何で私のシチューライスが半分以上無くなっているんだ」

 

グラーフ「ま、まて!私はまだ何もしてない!と言うかその、まっ…腕が痛い!離せ!」

 

ガングート「おい、誰だ食べたやつは」

 

タシュケント「グラーフが1人で食べたよ」

 

ガングート「…本当か?」

 

タシュケント「ねえ、マックス、ポーラ」

 

マックス「え…あー…はい」

 

グラーフ「マックス!!?」

 

ポーラ「姉様も私も無罪ですよ〜」

 

グラーフ「ウソだ…」

 

ガングート「……そう言うことだ、弁解はあるか」

 

グラーフ「待て!私じゃないと言っているだろう!?それにお代わりすれば良いだろうが!」

 

ガングート「そう言う問題ではない、貴様の舌を抜いてシチューにして熱々を胃に流し込んでやろう」

 

グラーフ「そんなに気に入ったのか…」

 

ガングート「美味いものは美味い、それに日本にはこんな言葉がある…買い物の恨みは恐ろしい…とな」

 

腕を掴む力が強くなる

 

グラーフ「待て!ガングート待て!ここは食卓だ!暴れるな!」

 

ガングート「そうだな、暴れずにへし折ってや…ん」

 

グラーフ「…あー…帰ったか」

 

綾波「何騒いでるんですか、食事ぐらい大人しくできないんですか?」

 

狭霧「あ、ガングートさん即席ドリアしてますね、私もそうしよっと」

 

ガングート「……ドリア?……ああ!ドリアだこれは!…世紀の発見だと思ったのに…」

 

タシュケント「随分家庭的な世紀だね」

 

朧「…今日は一緒に食べられるんだね」

 

綾波「…常に留守にするわけではありませんし、基地にいないとできない仕事もあります」

 

ガングート「…待て、貴様寝ているのか?酷い顔だぞ」

 

グラーフ「…狭霧もだ、クマができているし、頬も少しこけている……休んだ方がいいんじゃないのか?」

 

綾波「…交代で2時間取りましょうか、狭霧さん、先に休んでいいですよ」

 

狭霧「ええ?綾波さんが先でいいですよ、私はやりたい事がありますし」

 

綾波「私もなんですよ、試したいことが…」

 

綾波の肩を掴み、無理矢理座らせる

 

グラーフ「面倒な話は後だ」

 

ガングート「先に食事を済ませよう」

 

…綾波の心は、冷たいのかもしれない…そう思ったが

こんなにも温かい気持ちにさせてくれる奴の心が冷たい筈が無いだろう

 

狭霧「あれ?…美味しいけど何か足りないような……」

 

綾波「…何か足りませんか」

 

狭霧「ああ、ミートソースだ…てっきりドリアを食べてるんだと思ってましたけど、これ焼きシチューでしたね…」

 

綾波「…はぁ…」

 

ガングート「……むう…イタリア人は何故これのうまさに気づいてしまったんだ」

 

ザラ「え?イタリア料理じゃありませんよ?」

 

ポーラ「ドリアはスイス人の方が作ったものですよ〜」

 

ガングート「何?じゃあスイス料理か」

 

リシュリュー「それが、生まれは日本らしいわ」

 

ガングート「日本料理なのか?」

 

リシュリュー「生まれた土地で言うならそう、作り手で言うならスイスね」

 

綾波「まあ、日本人の認識はイタリア料理らしいですけどね、イタリアンレストランで出てきちゃうし」

 

グラーフ「ああ…サイゼリヤか…」

 

ザラ「じゃあ、イタリア料理ということで!」

 

狭霧「うーん…美味しければなんでもいいと思いますけど…」

 

 

 

 

 

 

グラーフ「綾波、少しいいか」

 

綾波を呼び出し、みんなから離れる

 

綾波「なんですか」

 

グラーフ「…その…何故私たちを使わない…その、もしかして、私達を……」

 

綾波「使うまでも無い、自分でやる方が確実で完璧で速い、それだけなんですけど…もしかして、気を遣われてるとか期待してましたか?」

 

グラーフ「……いや、すまない」

 

綾波「とりあえず、しっかりと鍛錬だけは積んでおいてください、私は今から南西に向かいます、フィリピンの方に」

 

グラーフ「なんでまた」

 

綾波「大きい作戦があるので、視察です」

 

……

 

やはり、綾波を理解するのは容易ではない

 

グラーフ(…何故、綾波の顔が辛く、暗く見えてしまうのだ……)

 

……私には、綾波がわからない

誰にもわからないだろうが、私にはわからない



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確執

南西海域 南シナ海

軽巡洋艦 阿武隈

 

阿武隈「はー……緊張する…」

 

北上「そんなに緊張することかね、たかが合同作戦で」

 

川内「まあ、そう言わないの、でも……見てる限り、深海棲艦も強いのは居なさそうだし…さっさと終わらせよう」

 

阿武隈「では、あたし達はここで」

 

艦隊が別々に離れる

今回の作戦は呉と離島の合同作戦

あたし達の編成は旗艦があたし、そして潮ちゃん、朝霜ちゃん、早霜ちゃん、清霜ちゃん…

合計5人の編成、小規模だけど、この辺りの海域なら十分倒せる敵しかいない…

 

呉は川内さんを旗艦に、北上さん、大井さん、木曾さん

海上戦略に対しての有効打を担う艦隊

 

この作戦の目的は海域の調査とブルネイの確保

ブルネイ周辺海域の安全が確保できたらブルネイからは資源や補給が約束されてる

 

潮「あ、ドラム缶…?」

 

清霜「何か入ってるかな…何これ!中身何?」

 

朝霜「…くっせぇ…こりゃァ…油だな…」

 

阿武隈「これは貴重な燃料になるから……回収しちゃおう!」

 

早霜「……取得物等横領罪」

 

阿武隈「…うぐ……ぶ、ブルネイまで一度運ぼっか…」

 

潮「……雷撃!南西!」

 

朝霜「あァ?!敵なんて居ねェじゃねェか!」

 

早霜「しかし、確かに魚雷が迫っています」

 

魚雷を撃ち抜き、破壊する

 

阿武隈「…潜水艦」

 

潮「はい…今、捜してます………居た、包囲フタマルフタ、距離500、深さは…20程」

 

阿武隈「爆雷投下!」

 

爆雷が射出される

 

 

 

 

清霜「これ、何かな」

 

深海棲艦の黒い艤装を清霜ちゃんがつっつく

 

朝霜「やめろ、触んな、ばっちィぞ」

 

早霜「…あそこがブルネイですか?」

 

阿武隈「そう、日本語がわかる通訳の人を待たせて置いてくれるらしいから、あたしと…早霜ちゃん、ついてきて、みんなは深海棲艦が来ないか警戒しててね」

 

清霜「はーい!」

 

潮(…潜水艦、また今…)

 

潮「この辺り、潜水艦が多いです、川内さん達大丈夫でしょうか…」

 

潜水艦タイプの深海棲艦は佐世保が頻繁に出会すくらいで、みんなあんまり戦闘回数は多く無い

…でも、川内さん達なら間違いなく大丈夫

 

阿武隈「北上さんが居るし、多分この辺りの潜水艦はみんなやられてるかもね」

 

潮「…そうでしょうか」

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

川内「あーもう!潜水艦多すぎ…!こんな事なら爆雷持ってくればよかった…」

 

北上「煩いよ、狙いがブレる……今か」

 

前方に複数の水柱が上がる

 

大井「流石です、全部直撃ですね」

 

木曾「マジでどうなってやがんだ…水中で鋭角に曲げて浮上させる途中で潜水艦に当てるなんざ…」

 

北上「ま、才能かね」

 

川内「日が落ちる前に早く倒し切ろうよ…」

 

北上「なんで提督は夜嫌いな川内にこの仕事を任せたんだろうねえ」

 

木曾「なんも考えてねえんだろ」

 

大井「いや、流石にそんなことは……」

 

北上「……お、川内、仕事だよ」

 

川内「……駆逐級ばっかじゃん」

 

水上部隊の撃破が私の仕事とはいえ…

 

川内「この程度じゃ手応えなさすぎ…!」

 

木曾「…一瞬か」

 

大井「流石に強いわね、川内」

 

川内「これで強い扱いされるなら弱いって言われた方がマシだよ、こんな雑魚ばっかり相手にしてなんになるのか…」

 

木曾「そう言うなよ、仕事は仕事だろ?」

 

川内「わかってるって……ああ、もう…つまんないなぁ」

 

この辺りの深海棲艦じゃ、ダメだなぁ…

 

川内(…綾波はThe・Worldで力を取り戻せるって言ってたけど…演習にしか使い道がないなら、振るう先のない力なら、必要ないし…)

 

川内「……東にいる」

 

北上「了解」

 

大井「木曾!アンタもよ!」

 

木曾「……どうしろってんだよ、急浮上なんか…あーもう」

 

川内「……海域内の敵の掃討を確認、帰投するよ」

 

 

 

 

ブルネイ

 

阿武隈「ええー…ほんとに終わったんですか…」

 

朝霜「マジかよ、あたいらの出番は無しかよ…」

 

川内「そうごねないでよ、弱いっちゃ弱いけど、舐めてかかったら死ぬんだからね」

 

朝霜「だからってよー!ここまできて何もせず帰るのか?そりゃねえよ…」

 

早霜「むしろ、戦わなくていいのは幸運なのではないでしょうか」

 

北上「おっ、いいねえ、そうだよ、戦わなくていいのは幸運、よーく覚えときな」

 

朝霜「あたいは戦いたいんだよ!!メチャクチャに深海棲艦をぶっ殺したいんだよ!」

 

木曾「口の悪りぃやつだな」  

 

大井「ねえ、阿武隈さん、ちゃんと面倒見てる?正常に育ってるとは言い難い言動だけど」

 

阿武隈「あはは、えーと……」

 

川内「ねえ、駆逐の、なんで深海棲艦を倒したいのさ」

 

朝霜「あァ?理由なんざいくらでもあんだろうが、倒すだけ金が貰える、それにスカッとするだろ、あとは……殺す分だけ、強くなれる…それに、軍ってのは正義の味方だろ?」

 

川内「……へえ?」

 

朝霜「深海棲艦どもをぶっ殺しゃあみんなに尊敬されんじゃねえか、やるだけ得だろ、こんなもん」

 

川内「……さっさと帰るかな、日が暮れる前に船を出そうか」

 

朝霜「あ、おい!聞くだけ聞いてそれはないだろ!」

 

川内「阿武隈ぁ?」

 

阿武隈「あ、はい!」

 

川内「……キタカミに言っといて、ちゃんと面倒見ないと死ぬって」

 

阿武隈「…わかってます、勿論、キタカミさんも」

 

朝霜「死ぬ?あたいがか?ふざけんなよ、深海棲艦どもにやられるってのか!?このあたいが!」

 

川内「うん、真っ先に死ぬタイプだね、クソガキ」

 

朝霜「ンだと!!」

 

阿武隈「川内さん、その辺で」

 

川内「……わかった、でも…朝霜」

 

朝霜「ケッ、今更謝っても許しゃしねえよ!」

 

川内「自分の気持ちがわかるのは自分だけ、そりゃ勿論他人が教えてくれることもあるけど…全部わかるのは自分だけ……嘘をついても、誤魔化しても、自分で気づいちゃうもんだからさ…素直になりなよ」

 

朝霜「ンだよ、説教か?ざけんな!」

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「んぇ〜、ほんなほほがあったんら…」

 

阿武隈「はい、なので朝霜ちゃんの今後について……ええと、佐渡ちゃん、松輪ちゃん、一回離れてもらってもいいかな?キタカミさんのほっぺた伸びちゃうよ」

 

佐渡「イヤだ!佐渡サマは今遊びたいんだ!」

 

松輪「…私も…一緒がいいです…」

 

張り付いている2人を引っ剥がす

 

キタカミ「…いや、いい加減ウザイよ、というか佐渡、口に手を突っ込むのやめな、汚いから」

 

佐渡「えー…」

 

キタカミ「…ん、食堂からプリンの匂いがする」

 

佐渡「プリン!?まつ!行こうぜ……あれ?」

 

阿武隈「先に行っちゃったよ…」

 

佐渡「…いってきます!」

 

キタカミ「はいはい、いってらっしゃい……それで、朝霜だけどさぁ…私も気を遣ってはいるんだけど、どうにもね、怖さを知らないって言うか…でも、辛くあたるのも違う…危険なところには送り込みたくない、どうしたもんかな」

 

阿武隈「……出撃意欲が誰よりも強いだけに……その…」

 

キタカミ「…家族取られたら、そりゃ怨みもするだろうさ……でも、朝霜の家族は復讐なんか望んでない……とは、言ったんだけどね…「何がわかるんだよ」って」

 

阿武隈「……どうしましょう」

 

キタカミ「…荒療治は提督に提案されたね」

 

阿武隈「荒療治?」

 

キタカミ「ま、それも視野に入れとくってだけだけどさ、とりあえずはいつも通りかな…」

  

阿武隈「…大丈夫ですか…?」

 

キタカミ「大丈夫、なんか起きる前に動くから……ん?」

 

この匂い…

 

キタカミ「血の匂いがする」

 

阿武隈「え?」

 

キタカミ(この匂いは朝潮型っぽいけど…土の匂いもするし、誰かがこけて擦りむいただけ?……いや…)

 

キタカミ「近くにアメリカ連中もいるか…」

 

 

 

 

 

アイオワ「逃げたって事は、何か知ってるのよね?詳しく話して欲しいんだけど」

 

朝潮「守秘義務があります!それに堂々とスパイ行為をする人達に話す事はありません!」

 

アトランタ「うるさいよ、さっさと喋ってくれないとこっちも困るんだよね、ほら、早く教えなよ、アンタの知ってる事全部…」

 

キタカミ「何が聞きたいの?」

 

ワシントン「!…いつの間に…」

 

朝潮「キタカミさん…!」

 

キタカミ「一応さ、ウチの鎮守府所属なんだから、その意識ちゃんと持って仲良くしなきゃダメだよ〜、みんなさぁ…」

 

アトランタ「黙れよ、アンタと話してないんだから」

 

キタカミ「……朝潮、怪我してるねえ、どしたの」

 

朝潮「…転びました」

 

キタカミ「ならさっさと手当してもらいな、春雨も暇してるだろうし」

 

アイオワ「待って、まだ話は終わって…」

 

止めようとしたアイオワが阿武隈に抑えられる

 

キタカミ「体格差、考えなよ…いい大人がさ、子供にそんなふうに近づいたら……怖がるでしょ?」

 

阿武隈「少しじっとしておいてください、他の皆さんも」

 

アイオワ「…待って、あの子は悪質なクラッカーと繋がってるかもしれないの!そんな事公になったらあなた達も困るでしょ!?」

 

キタカミ「クラッカー……ああ、ハッカーの事?それで?」

 

ワシントン「……その反応、知ってるの?あの子があのヘルバと繋がりがあるって」

 

キタカミ「ヘルバ?…ヘルバってなんだったっけ、阿武隈」

 

阿武隈「……さあ、聞いたことあるような…」

 

アイオワ「まさか、知らないの!?知らなくて逃したっていうの…?」

 

キタカミ「別にハッカーなんか興味ないし、それに朝潮はルールを守るいい子だよ、アンタらは知らないだろうけどさあ……」

 

阿武隈がアイオワを解放する

 

キタカミ「それよりも…私らが問題視してんのは、大人が子供に怪我させたことなんだよねぇ……はい、言い訳あるなら聞くよ」

 

アイオワ「…I don't believe it...(信じられない…)

 

キタカミ「信じられないのはこっちだよ、小さな女の子相手にさ、3人係で追い回してたって…?アンタら牢屋で反省してなよ」

 

ワシントン「牢屋!?」

 

キタカミ「日本じゃ傷害罪になるから、15年以下の懲役刑になるんだよ?」

 

アトランタ「勝手に転けただけじゃん…」

 

キタカミ「……あのさあ、やっぱアンタら自分の立場わかってないわ、アンタら仕事を終わらせたらアメリカに帰れると勘違いしてるでしょ」

 

アイオワ「What?()

 

キタカミ「あんたらは賠償艦として引き渡されたの、もはや人間扱いされないで引き渡されてんのね、煮るなり焼くなり好きにしろって…わかる?あんたらアメリカに捨てられてんの、売られたの」

 

アトランタ「…好き放題言ってんじゃねーよ」

 

キタカミ「じゃあアメリカから情報の催促きた?」

 

ワシントン「……なんの話」

 

キタカミ「とぼけなくていいよ、みんな知ってる、だってアケボノがほぼ毎日誰かを捕まえて取り調べてるんだからイヤでも「コイツらはスパイだ」って理解するよ」

 

阿武隈「今朝も、フレッチャーさんを取り締まったそうです」

 

キタカミ「…アンタら、期待されてないんだよ、アメリカに帰ってもたーくさんの余罪抱えて刑務所行き、日本でもそう、あんたら此処で穀潰しさせてもらえてるの幸せなんだよ?戦うことを強要すらされてない」

 

アイオワ「…それは、ミー達がアメリカの…」

 

キタカミ「アメリカの何?何を背負ってるの?背負ってるならアメリカに連絡取れるよね?どこ所属?どこにアンタらの上司がいるの?電話ならいくらでも貸してあげる、アンタらが自分達の居場所は他所にないってわかるまで」

 

アトランタ「…んなわけねーだろ、あたしたちは帰れるんだよ」

 

キタカミ「なら試せばいいさ、どうせ…迎えは来ない」

 

アトランタ「黙れ!!」

 

ワシントン「……電話、貸してもらえる?」

 

キタカミ「いいよ、阿武隈、案内したげて」

 

阿武隈「…一人で大丈夫ですか?」

 

キタカミ「…もし、この2人が私を攻撃したとして……私が何もできなかったとして…タダで済むわけないじゃん、ねえ、アケボノ」

 

アケボノ「ええ、この艦隊は提督のものです」

 

アトランタの背後からアケボノが現れる

 

アイオワ「い、いつの間に…!?」

 

アケボノ「そして、ここに所属する艦娘は皆提督の所有物です、それにキズをつけた…その罪は重いですよ?」

 

アトランタ「…ハッ…知ったことねーよ」

 

キタカミ「好きに言えばいいよ、アイオワとワシントンも捨て台詞、吐かなくていいの?」

 

アイオワ「……」

 

ワシントン「…そこまで、馬鹿じゃない」

 

当然だ、こっちがこんなに自信たっぷりにこう言っているんだ、もし本当なら…ここから叩き出されたら

そう考えると強い言葉は使えない

 

アケボノ「後の2人は、先に独房にお連れしましょう」

 

アトランタ「なんで牢屋に入れられるんだよ!」

 

アケボノ「Do you want me to explain(説明して差し上げましょうか)? Monkey.(お猿さん)

 

アトランタ「っ…!!」

 

キタカミ「…ま、明日にはわかるんじゃない、ワシントン」

 

ワシントン「……ええ」



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海難事故

離島鎮守府 食堂

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「で、どうよ、電話の結果は」

 

ワシントン「……確かに、私たちは帰れば犯罪者扱い、居場所はここにしかないみたいね」

 

キタカミ「いやー、そうだろうね、なのにこっちでも傷害事件起こすようじゃね」

 

ワシントン「……」

 

キタカミ「アンタらさ、大使館に行った時スパイしろって言われたでしょ」

 

ワシントン「…そんな事ないわ」

 

キタカミ「まあ、隠したいのかなんなのかはどっちでもいいけど…それ、続けてたら自分達の首絞めるだけだよ?帰る国はない、だから日本に留まる…のに、そこで子供に怪我をさせました〜って」

 

ワシントン「貴方も、まだ子供に見えるけど」

 

キタカミ「私は大人びてるから、それにアンタらに怪我させられるほど弱くないし」

 

ワシントン「……歩くのに杖を使うのに?」

 

キタカミ「クセだね、それだけだよ…で、あんたらさ、これからどうするつもりよ」

 

ワシントン「…みんなに全部話してみて、それから…」

 

キタカミ「だと思った、悠長だよね、そんなの待ってもらえると思ってるんだ」

 

ワシントン「…待ってくれないの?」

 

キタカミ「当たり前でしょ、もう何ヶ月になるよ、2ヶ月だよ?そんだけ経ってコレ、終いには今回のコト、朝潮の姉妹達は大変におかんむり、アンタらがまずやるべき事は謝ることからだね」

 

ワシントン「…朝潮に謝るのね」

 

キタカミ「当たり前じゃん、追いかけ回して結果転けた、みんな知ってるよ、どっちが悪いか明白じゃん?」

 

ワシントン「…そうね、そうでしょうね…」

 

キタカミ「朝潮は優しいからその辺のことは自分で転けたって言うだろうけど、アンタらより敵視されてくだろうしさぁ……なんか、納得できないとは思うけど…とりあえず、誠心誠意謝ろっか」

 

ワシントン「…わかった」

 

キタカミ「いやー、崖っぷちの相手に一方的に要求押し付けるのって気分いいねぇ?」

 

ワシントン「…いい性格してるって言われない?」

 

キタカミ「おかげさまでよく慕われてるよ、一番追いかけ回したアイオワとアトランタ、しっかり連れてきなよ」

 

ワシントン「…わかってる…」

 

キタカミ「…あん?」

 

緊急の連絡の時に流れる短い音楽がスピーカーから流れる

 

アケボノ『問題発生しました、アイオワ、アトランタ両名が脱走、最終目的地点は埠頭、艤装を不正に持ち出した様です、手空きの人員は至急執務室に』

 

ワシントン「……なんてこと」

 

ワシントンが頭を抱える

 

キタカミ「まー、大丈夫、死にゃしないよ、手出さない限りはさ」

 

一応ウチで面倒見てる以上…粗相の始末はしてやらにゃならないだろう

 

キタカミ「…とりあえず、優先順位1番にアメリカ連中を抑えるが出てきたし、アンタはさっさと他のメンツのとこ行ったら?」

 

ワシントン「…捜しには…」

 

キタカミ「邪魔になるかな、それに…もしアトランタ達が撃って来た時、アンタどっちを撃つのさ、答え次第で今殺すよ?」

 

ワシントン「……大人しく、してるわ…」

 

キタカミ「それがいいね、大人しく祈ってな」

 

 

 

 

 

 

執務室

 

キタカミ「ういー、遅れたけど、もう行った?」

 

アケボノ「まだです、空母中心に捜索部隊を編成中です」

 

海斗「…待って、本当に?……わかった、君たちはその場で待機できるかな、もし見つけたら報告して…うん、お願い」

 

アケボノ「…どうされました」

 

海斗「任務から帰投中だった阿武隈の部隊が遭遇して襲われたって」

 

キタカミ「は?」

 

海斗「…朝霜達が連れて行かれたみたい、目的はわからないけど…」

 

キタカミ「…怪我人は」

 

海斗「阿武隈と潮は無事、朝霜、早霜、清霜はわからないらしい…もしもし、明石?急いで夕雲型の艤装の発信機を確認して」

 

アケボノ「捜索隊、すぐに出撃を、まず阿武隈さん達と合流してください」

 

バタバタと人が流れる

言葉が行き交い、それぞれの仕事をする

 

…私は、何をすればいい?

 

この苛立ちをどうすればいい?捜しに行って、みつけたら…

アトランタとアイオワなら間違いなく殺す、絶対に、例え清霜達が無事でも殺す…やってはいけない事を何度もやった以上…絶対に

 

海斗「キタカミ」

 

キタカミ「ん?」

 

海斗「…君は択捉達についてあげてて、不安がってるみたいだから」

 

キタカミ「…私の鼻があれば早いんじゃない」

 

海斗「…択捉達をお願い」

 

殺す事は認めない、という事らしい

 

キタカミ「……あいあい…わかりましたよっと」

 

アケボノ「随分恐ろしい顔になっていますよ」

 

海斗「朝霜達を出迎える時は、優しくしてあげてね」

 

キタカミ「…見つかる前提?」

 

海斗「見つける、絶対に」

 

 

 

 

 

 

 

無人島

駆逐艦 朝霜

 

朝霜「……ンだよこれ…なんであたいら…こんな目に…」

 

帰投中にいきなり捕まって、艤装の燃料抜かれて、挙句艤装はどっかに捨てられて…

 

早霜「…大丈夫、この島は岩だらけというわけじゃないから、きっと1日くらいは持つわ」

 

清霜「おー…ホントに?」

 

朝霜「…チッ……こんなとこじゃ退屈すぎて…あ?」

 

遠くに黒い影…

いや、見間違えようがない、深海棲艦だ

それも駆逐級…1番の雑魚…

 

朝霜(艤装ありゃ、ぶっ殺してやんのに……あ?)

 

清霜「…深海棲艦だ!こっち来てるよー!?」

 

早霜「…島の奥に逃げましょう」

 

2人に無理やり立たされ、森林の方に引っ張られる

 

朝霜「別に逃げる事ねェだろ…」

 

清霜「危ない!」

 

清霜に頭を押さえつけられる

顔面が砂に埋まり、鼻が潰れる様に痛い

 

朝霜「ぶはっ!何しやが…」

 

すぐ先で、砲弾が爆発した

 

朝霜「撃って来やがった…!チッ!」

 

早霜「それだけじゃない…上陸して来た」

 

朝霜「あァ?!ンなわけ……なんで陸に上がって来てんだ!?」

 

遅い、だが…確実にこちらへと迫って来ている

 

早霜「早く逃げないと、全員…」

 

朝霜「……逃げるぞ!!」

 

…また、こんな思いをするのか

惨めで、怖くて、辛くて

 

 

 

 

朝霜「っはぁ…はぁ……ここ、まで…来りゃ、良いか…?」

 

なんとか駆逐級から逃げ切って

山の中腹の森林に姿を隠す

 

早霜「ふー…はー……」

 

清霜「…静かに、何かいるよ」ら

 

清霜に口を抑えられながらあたりを見渡す

 

朝霜「!」

 

深海棲艦、それも…人型のやつもいる

数も多い…

 

朝霜(こんなとこに深海棲艦の隠れ家があったなんて…どうなってやがんだよ、全然知らなかった…)

 

鎮守府から離れては居ないはずだ…だが…

 

清霜「離れよう、見つかったら殺されちゃう」

 

早霜「そうね、急ぎましょう」

 

朝霜「…待て……は、走るのか…」

 

まだ、息が整いきってない…

 

頭が酸欠でクラクラするし、このまま動いてもこけそうで…

 

清霜「今行かないと見つかるかもしれないよ」

 

早霜「…ゆっくり、離れましょう」

 

朝霜「わ、悪りィ…」

 

少し下がった途端、周りのカラスが飛び立つ

 

清霜「……」

 

早霜「何…?不吉な感じ…」

 

清霜「見つかった…」

 

朝霜「あ…?」

 

近くの木がバリバリと音を立てて裂ける

 

早霜「走らないと」

 

朝霜「クソッ!!」

 

清霜「こっち!」

 

清霜に先導され、山を駆け降りる

 

木の間をすり抜け、丘を滑り、落ち葉をかき分けて逃げる

 

 

 

 

 

 

朝霜「かっ…はー……かひゅっ…はー…」

 

早霜「ごほっ…ぜぇ…はぁ…」

 

死にたくないという気持ちで走り続けた

本当に体力の限界まで走った

今度こそ、撒いたはずだ

 

清霜「……うん、追ってきてないと思う」

 

朝霜(こ、こいつ…息切れしてねェ…体力お化けめ…)

 

早霜「…はっくしゅんっ!」

 

朝霜「うー…確かに冷え…ぇ…っくしょい!!」

 

清霜「…寒い?」

 

朝霜「当たり前だろ、冬真っ只中に混んだか汗かいて湿った服着てるんだぞ、そりゃ冷えるだろ」

 

早霜「う…ぅ……」

 

清霜「火を起こすのは…怖いけど…どうしよう」

 

朝霜「…そうか、煙でバレちまうのか…」

 

清霜「うん、どうしようかな…」

 

朝霜「……腹も減ってきた…」

 

腹の虫がさっさとメシをよこせと鳴く

 

早霜「…このままここにいるのは危険だと思うの」

 

清霜「…深海棲艦が陸で活動するなんて聞いてない…いや、前に東京侵攻の事例…」

 

朝霜「おい、清霜」

 

清霜「え?」

 

朝霜「とにかく、ここから離れようぜ、あたいも寒くなってきやがった」

 

清霜「……うん、わかった」

 

早霜「…あら…戦闘音が」

 

朝霜「様子見に行こうぜ…味方かもしんねえ」

 

 

 

 

 

離島鎮守府 執務室

提督 倉持海斗

 

海斗「艤装は破損はしてなかったんだね?」

 

阿武隈「はい、燃料だけ抜かれてましたけど…」

 

キタカミ「アメリカに帰るために?艤装に入ってる燃料なんてたかが知れてんのに、足りるわけ無いじゃん…バカでしょ」

 

阿武隈(めちゃくちゃ怒ってる…)

 

海斗「加賀達から連絡は?」

 

アケボノ「お待ちください、今……交戦中のアイオワ、アトランタ両名を発見した様です、深海棲艦の群れに襲われている様ですね…それと、所属不明の二式大艇らしきものを見かけたと、こちらは捜索エリアより南西に離れた地点ですので関連性はなさそうですが」

 

キタカミ「二式大艇?…特務部の連中って事?」

 

海斗「水上部隊を編成して出撃、アイオワ達は艤装を破棄させてから保護…長門達に行かせて、それから…いや、なんでもない」

 

アケボノ「…憂慮されている事があるのでしたら、仰ってください、きっと応えて見せます」

 

海斗「…アケボノ、悪いんだけど君にも出て欲しい、特殊な…ウイルスバグを宿した深海棲艦に対しての対抗手段が足りてないから」

 

アケボノ「わかりました」

 

キタカミ「春雨がいるじゃん」

 

海斗「春雨はアヤナミから離れないと思うよ、それに交渉する時間が惜しい」

 

アケボノ「キタカミさん、申し訳ありませんが漣と山雲さん、それから長門さん、扶桑さんを呼んできてください」

 

キタカミ「わかった」

 

バタバタと全員が部屋を出る

 

海斗「……さてと…聞こえてた?」

 

綾波『ええ、バッチリ…お任せください』

 

 

 

 

 

二式大艇 機内

綾波

 

綾波「さて、波の流れなどから予測するに…この辺りか」

 

複数の小島を横目に二式大艇を着水させる

 

この辺りの海域は装甲空母鬼が居た頃に任せていた辺りだ

アレのせいで外来の野生動物が増え、生態系も狂っているし、深海棲艦の残党もいる

早いところ見つけたいが

 

綾波「…でも、見つけても連れ帰るわけには行かないんですよねぇ…どうしましょう」

 

海上を低速で移動する

 

綾波「……あ、深海棲艦…まあ、無視でいいか」

 

わらわらと湧いて出てくる深海棲艦を音波を流して黙らせる

 

綾波「これが効くならコイツらは"群れ"か…ボスは何処に…いや、刺激しない方が安全?」

 

要するに、ここから安全に抜け出せればいいのだ、力を誇示する必要は微塵もない

 

綾波「…食料と、水…だけ渡せばいいか、艤装は使えないみたいだし、大体の位置も教えてあげないと…おや」

 

こちらへと幾つかの深海棲艦が砲撃してくる

 

綾波(群れと野良の混合か、仕方ない)

 

最低限の深海棲艦だけを撃破し、上陸できそうな場所へと近づく

 

 

 

 

無人島

 

綾波「ふう…荷物が多いせいで疲れますね、ええと…この島の中にも結構深海棲艦が居るのかな、それなら危険かも……」

 

朝霜「あー!人だ!」

 

綾波「……しまった、いきなり見つかるとは」

 

だけど捜索対象の3人の無事が確認できただけよかった

 

綾波(…おや)

 

何も感じさせない様にしているが、私に疑念の目を向けている人もいる様だ

 

綾波「…ま、いいか……倉持司令官へ、聞こえてますか、合流しました、予定外ですけど」

 

海斗『場所はわかる?』

 

綾波「……海流などを詳細に記した地図を送っておきます、明日にでも迎えに寄越してください」

 

海斗『…それまで大丈夫?』

 

綾波「ええ、私はそこまでヤワじゃありませんから」

 

通信を切り、3人の方を向く

 

綾波「こんにちは、いやー、無事でよかった」

 

清霜「貴方誰?見たことない人だ…」

 

綾波「捜索隊のお手伝いをさせていただいています、綾波と申します」

 

清霜「所属は?」

 

綾波「…単冠湾です!」

 

実際にその基地は稼働はしているが、そんなところに綾波という艦娘は居ない

というか、今のところは綾波という名前を艦娘につけるのは避けられている、全部私のせいだけど

 

清霜「……」

 

綾波「毛布とお食事、持ってきたんですけど、如何ですか?」

 

朝霜「本当か!?良かったな早霜!」

 

早霜「…えぇ…」

 

綾波(…寒さによる震え、それと空腹による体力の低下…1日2日遅かったら深海棲艦に喰われていてもおかしく無かったな)

 

綾波「一度お洋服は脱いで乾かしましょう、こんなに汗で濡れていては…風邪をひいてしまいます」

 

早霜「…ありがとう、ございます…」

 

清霜「おー、サンドイッチだ!」

 

綾波「あ、勝手に…」

 

荷物を漁られ、食料を勝手に食べられる

 

清霜「んー……」

 

綾波(…やっぱりか)

 

清霜「はい、朝霜、早霜」

 

朝霜「なんでお前が先に1人で食うんだよ…」

 

早霜「…頂きます」

 

綾波「…ポタージュスープもありますよ」

 

清霜「いただきます!…あづっ!?」

 

朝霜「だからなんで清霜が一番に飲んでるんだよ!早霜に回せよ!」

 

清霜「ご、ごめんなざぃ…お水もある?喉焼けちゃった…」

 

綾波「ええ、どうぞ」

 

早霜「…暖かい…良かった…ホントに」

 

綾波「それにしても、姉妹想いな方ですね」

 

清霜「うん、朝霜はいい子だよ!」

 

朝霜「清霜が突っ走ってるだけだろ…」

 

綾波(…本当に、気が回る…清霜さんは…厄介な程に)

 

 

 

 

 

朝霜「はー!食った食った!美味かった!ありがとう!」

 

早霜「本当に…助かりました…」

 

綾波「いえ、しかし…弱りましたねぇ…」

 

朝霜「あン?」

 

綾波「実は、海水にやられたのか無線機がダメになってて…私の馬力では皆さんを連れ帰る前に燃料が切れてしまいます」

 

朝霜「…じゃあ、遭難生活は続いたままなのか?いや…でも、誰か…」

 

綾波「皆さん、かなり変な流され方をしてるんです、多分捜索方向の真反対なんじゃないかな〜…」

 

早霜「…今夜は、ここで過ごすことになりそうね…」

 

綾波「大丈夫、今夜だけで済ませますから」

 

清霜「……」

 

朝霜「どーすンだよ、この辺深海棲艦だらけだぞ」

 

綾波「……見に行ってみましょうか」



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正義観

無人島

駆逐艦 朝霜

 

朝霜「…なァ、あんた…あたいら3人を庇って戦えるくらい強えのか?」

 

綾波「んー…どうでしょう、弱くはない自負はありますが、物事は時の運、何もかもを事前に用意したところで万事上手くいくとは限りません…」

 

朝霜「自信ねえなら大人しく隠れとこうぜ」

 

綾波「何処に?」

 

朝霜「そりゃ…適当に安全そうなとこだよ、洞穴でも森の中でも…」

 

綾波「洞穴がもし深海棲艦の住処で、中には大量の深海棲艦がいたら?今は居なくても後から帰ってきて逃げ場を塞がれたら?」

 

朝霜「……小難しい事言って如何すんだよ、それならそれこそ…動かねえ方がいいんじゃねえのか」

 

綾波「意外ですねぇ、貴方は血の気が多くて深海棲艦と戦うことばかり優先するタイプと聞いてましたけど」

 

朝霜「…コイツらを危険に晒さねェくらいの分別は有らァ」

 

綾波「それはいい事ですね、非常に素晴らしい事です」

 

清霜「…ねぇ、深海棲艦の方に行ってどうするの?」

 

綾波「…まあ、見てのお楽しみ…と言うところでしょうか」

 

他所のヤツの戦い方なんざ、ほとんど見たことはなかったが…

同じ駆逐艦、何かしら参考にはなるはず…

 

早霜「あの」

 

綾波「はい?」

 

早霜「綾波…と言う名前…こちらの鎮守府にも…」

 

綾波「存じ上げてます、まあ、同じ艦の艤装を使ってるので…」

 

早霜「そうなんですね…」

 

綾波「……居た、戦艦急に空母級がこんなにも」

 

人型の深海棲艦がゾロゾロいる…

ヤバい気配がする、深海棲艦ばっかで…

 

綾波「……コミュニケーションを取ってますね、言葉を使って」

 

朝霜「あ?」

 

早霜「…確かに、口は動かしてるみたいですけど…」

 

綾波「待って、静かに………「襲われたか?」…ふむ………成る程…」

 

朝霜「何やってんだよ…さっさと言ってぶっ倒せよ」

 

綾波「いや、どうやらその必要はなさそうですね…」

 

綾波(深海棲艦達の会話を読み取っていくと…人間に襲われた奴がいるかと言うのを確認している、こちらに怯えている…それと…ちらほら、見た事ある顔が…ああ、回収しきれなかった人間が深海棲艦化したのか…)

 

朝霜「何1人で納得してんだよ」

 

綾波(餓死したり、喰われたりした結果、深海棲艦化した人間ばかり…なら、私の言うことを聞くだろう…が、悪目立ちしてしまうのが悩みだな…)

 

綾波「交渉しましょうか、襲わないで欲しいって」

 

朝霜「は…?」

 

何言ってんだ…コイツ…

 

綾波「言葉が通じるなら、交渉してみましょう、ちょっと行ってきますね」

 

朝霜「おい!待てよ!」

 

早霜「…ホントに行くのね…」

 

 

 

 

 

 

綾波

 

綾波「…どうも、みなさん」

 

深海棲艦がこちらを向き、攻撃の体勢になる

 

綾波「やめなさい、攻撃するつもりはありません」

 

ル級「…駆逐棲姫様…?」

 

ヲ級「綾波様…!オ戻リニナラレタノデスネ!」

 

深海棲艦達が武器を下げ、近寄って来る

 

綾波「いいえ、違います…私はもう深海棲艦の力を持っていません、貴方達の指導者ではない…」

 

ル級「…ドウイウコトデスカ…?」

 

綾波「私は人間になった、それだけです…貴方達が望むなら、人の世に戻る術もあります…あなたたちを捨て置いた私には、他に責任の取りようはありません」

 

ヲ級「…綾波様ハ、モウ…敵ナノデスカ…?」

 

綾波「私は人間ですが…全ての深海棲艦の敵ではありません…悪しき者は裁きます、しかし…貴方達はわざわざこんな所に留まって…人も殆ど襲っていないのでしょう?」

 

ル級「…イイエ、先程人間ヲ…」

 

綾波「正直に話してくれてありがとう、しかし取り逃したのならいいじゃないですか、それに貴方達は自分の身を守るために、仲間の為に過剰に反応しただけでしょう、何も悪くない、誰も責めません」

 

ヲ級「…綾波様…私達ヲオ赦シ頂ケルナラ、ドウカ再ビ…」

 

綾波「それはできません、私は既に…やりすぎました、私は償わなくてはならない、これから私は贖罪のために生きるつもりです…しかし、罪のない貴方達は普通の人間として生きる事もできる」

 

ル級「…人間の世界ハ、アマリニモ窮屈デ…辛イモノデシタ…」

 

ヲ級「私達ハ、望ンデ深海棲艦ニナッタノデス、容姿ニ囚ワレズ、差別モナク、コノ余リニモ小サナ島デモ、静カニ生キラレル…素敵ナ、幸セデス」

 

綾波「……貴方達は、幸せなんですね」

 

私の手からこぼれ落ちた彼女らは、自分たちなりの幸せを見つけ、自然と幸せになった…

それでいい、大事な事だ

 

綾波「…貴方達が幸せで良かった」

 

ル級「アリガタキオ言葉デス」

 

綾波「それと、貴方達が出会った人間達は武装していません、どうか見逃してあげてくれませんか?」

 

ヲ級「…味方デスカ?」

 

綾波「私の味方ではありませんが…陣営は同じと言えるでしょう…あと、明日は森の奥にでも引きこもってください、この辺りを大量の艦娘と艦載機が調べにきます…実は、あの3人は遭難しているんです」

 

ル級「遭難…ソレハ…ナニカ手伝エルコトハアリマスカ?」

 

綾波「いえ、皆警戒心が強いです、下手に近づけば戦いになりかねません」

 

ヲ級「ミンナニ伝エテキマス」

 

綾波「……幸多き事を」

 

ル級「貴方ニモ、ソレト…」

 

 

 

 

 

 

朝霜「…ホントに無事で戻ってきやがった」

 

綾波「ね?問題なかったでしょう?」

 

朝霜「なにやったんだよ…つーか、なんで深海棲艦を撃たねえんだよ…」

 

綾波「深海棲艦とはいえ、分かり合える個体もいるんですよ」

 

しかし、気になるのは…

ル級に聞かされた事ですが、装甲空母鬼も復活しているとか…

 

綾波(まあ、決して強いわけじゃない、そこまで問題にはならないかな)

 

朝霜「意味わかんねェ…なんでだよ!深海棲艦は殺すべきだろうが!」

 

綾波「殺すのは実に簡単な事です、でも何度でも甦る深海棲艦にとっては、全くもって無駄でしょうし…」

 

朝霜「はァ?生き返る…?」

 

綾波「知らなかったんですか?深海棲艦は殺しても甦る、不死身の生命体なんですよ?」

 

早霜「そんな…」

 

清霜「ホントに?なんでそんなことわかるの?」

 

綾波「私は一度深海棲艦になってますからね」

 

朝霜「……はァ…?」

 

早霜「…人間、ですよね…?」

 

綾波「ええ、でも一度死んで、深海棲艦になって、特殊な過程を踏んで人間に戻りました」

 

清霜「……じゃあ、人間が死んだら深海棲艦になるの?」

 

綾波「例外はありますが、そうですね」

 

朝霜「…深海棲艦が、元は人間…?」

 

朝霜さんの顔色が一気に青くなる

 

朝霜「じゃあ…もしかしたら………」

 

早霜「あ、朝霜さん…?」

 

綾波「…刺激が強すぎましたか、ごめんなさい、でも思い悩むことはありません、深海棲艦は世界中に大量に居ますし、"そう"である可能性は低い」

 

朝霜「わかっ…わかんねェ…だ、ろ……もしかしたら…あたいは…」

 

早霜「…まさか、そう、ですか…」

 

続いて早霜さんの表情が陰る

どうやら気づいたらしい

2人とも家族を深海棲艦によって失っている

そして今更知らされた深海棲艦が元々人間であると言う事実

 

家族を殺したんじゃないか

 

…少し、刺激的すぎる話だった

 

朝霜「…嘘だよな、死なねェんだよな?」

 

綾波「基本的には何度でも甦りますよ」

 

早霜「…人間に戻せるんですよね?貴方の言う通りなら…」

 

綾波「非常に難しい手順を踏めば、しかし…」

 

清霜「ねえ」

 

綾波「…なんですか?」

 

清霜「生半可に希望なんて見せないでよ」

 

綾波「……それは失礼しました」

 

清霜「弄んで、楽しい?」

 

綾波「いいえ、そんなつもりはありませんでした」

 

清霜「……希望なんか見せないでよ、怒りだけで良かったのに、そうすれば苦しくないのに」

 

綾波(…やはり、清霜さんにとってこの二人は特別なのか)

 

綾波「怒りでは人は生きていけません、生きていても死んでしまう…より生きるために必要なことは、恐怖、辛くても生き続けるのに必要なのは、弱い心なんです」

 

清霜「ふざけないでよ!自分は強いからそうやって言えるかもしれない、でもその恐怖に、辛さに、押し潰されたら?!……自己満足して、価値観押し付けて…最低だよ」

 

綾波「…あなたには、表面しか見えてない、物事の一側面しか…上辺だけを見ていては、いつか見誤りますよ」

 

シャッと風を切る音が微かに響く

 

綾波(ナイフか、どっちの手だ……右手が強張っている……左手は力が抜けている…)

 

右手を背に回し、左手を胸の前まで持ってくる独特な構え

清霜さんがこちらへと走る

 

綾波「やはり、あなたの狙いは私一人」

 

左手首を掴み、いなして地面に引き倒す

右手は無視し、左手を締め上げる

 

清霜「っ…!」

 

左手からポケットナイフがこぼれ落ちる

 

綾波「…小さいですね、毒ですか?……私が筋肉の動きを読む事までよく調べ、対策してきたようですが…いかんせん、物足りない」

 

朝霜「お、おい…いきなり何やってんだよ!」

 

清霜「…なんで、左手に持ってる事…」

 

綾波「そんな事より…あまり、お二人に心配をかけるような真似はやめた方がいいでしょう」

 

清霜「…何が…」

 

綾波「あなたのかけがえのないものを失うという…あなたにとって1番のリスクを、私一人のために背負わない方がいい…さて、場所を移しましょう、眠れる場所を探さないと」

 

朝霜「お、おい…なんだよ、何なのか説明しろよ…掻き乱すだけ掻き乱しやがって…」

 

綾波「……世の中には知るべき事と知らないほうが幸せなことがある」

 

朝霜「…これが知らない方が幸せな事だって?深海棲艦が人間だったって事もか…!?」

 

綾波「それは両方に当てはまる事です、ですが知るべきだと思います、知らずに戦う事も、また不幸と呼べるでしょうから」

 

朝霜「……なんでアンタはそんな割り切ってられるんだよ…人殺してんのと変わんねェだろうが!!」

 

綾波「……」

 

驚いた、まさかそう返すとは

 

綾波「死体ですよ?」

 

朝霜「…ゾンビだろうがなんだろうが…変わんねえだろ…」

 

…目にちゃんと恐怖心が宿っている

家族だったものを殺すかもしれないという事

恐怖としか現せない、複雑な感情

 

綾波「…そうですね、割り切るのは確かに難しい、私だって割り切ってません、今生きてる人達を守るためだけにしか…戦えません」

 

朝霜「じゃあ、アンタは家族が深海棲艦になったら撃ち殺すのか!?何度でも!」

 

綾波「…できないでしょうね、私の…唯一の私の家族は、そして…私の事を想ってくれる人たちは、私を撃つことはしましたが、殺意は向けませんでした…」

 

大きくため息をつく

 

綾波「はぁ……私は、私の信じる正義の為にしか戦えません、じゃないと壊れちゃいますから」

 

朝霜「正義…?」

 

綾波「あなたにとって正義ってなんですか?」

 

朝霜「…もう、わかんねェ…さっきまで、軍で深海棲艦ぶっ殺すのが正義だと思ってたのに……深海棲艦と戦ってれば…周りから認められて、誰からも疎まれる事もなくて…」

 

綾波「…それは正義じゃない」

 

朝霜「…ンだよ、それ…」

 

綾波「それはただ、自身の自己顕示欲を満たしたいだけ、認められたいだけ、自分の居場所が欲しいだけ…それは正義とは言わない、正義というのは…何も求めず、ただひたすらにその身を犠牲にする事です、正義に見返りなんて無いんですよ」

 

朝霜「…見返りなんてない?じゃあ深海棲艦殺して金もらってる艦娘は正義じゃねえのか?!あたいらは正義じゃねぇのか!?」

 

綾波「見方によります、しかし…艦娘システムを使い、悪事を働く人もいる、自身のために力を振るうことは…正義とは言いません、誰かの為に力を払う事だけを正義と呼ぶ…と、私は思います」

 

朝霜「誰かの、為…」

 

綾波「…朝霜さん、早霜さん、あなた達はご家族を深海棲艦に奪われた…しかし、あなた達は1人じゃない、生きてると言うのは何ものにも変え難いことです、死んでは…悲しむ事も、苦しむ事も…悼む事すらも、何もできない」

 

早霜「…悼む…」

 

綾波「あなた達は1人じゃない、辛くても、悲しくても、誰かが居ます、離島鎮守府は悪くない所ですよ、常に誰かが居ますから」

 

清霜さんから離れ、ポケットに手を突っ込み、朝霜さんに近づく

 

綾波「…もし、あなた達が辛くて、悲しくても…それでも戦う事を決めたのなら、皆さんはきっとあなたの力になってくれる…」

 

朝霜さんの手を取り、カートリッジを握らせる

 

朝霜「…これは…?」

 

綾波「私は研究者でして、これは最新式のカートリッジというものです、貴方達の艤装に対応したものです、早霜さんにも」

 

早霜「……これ、どんな物…なんですか」

 

綾波「使えばわかります、しかし…使うと、元には戻りません…一度だけ、あなた達を助けてくれる…清霜さんにも」

 

清霜「……」

 

綾波「…深海棲艦に、望んでなる人も…居るみたいです、差別も無く、孤独じゃないからって……人間を襲うつもりはなくても、そうなる人もいる……」

 

朝霜「…そう、なのか…?」

 

綾波「私もさっき知りました、ここの人達は艦娘の拠点が近いから過剰反応しただけみたいです」

 

早霜「…じゃあ、襲われない…」

 

綾波「ええ、大丈夫ですよ」

 

朝霜「……わかんねェ…もう、なんにもわかんねェよ」

 

綾波「…それでいいんです、誰も何もわかりません、誰も何も知りません、今、目の前のことを見て、判断するんです、これは正しい事なのか、悪い事なのか…私は正しいと想って…あなた達を助ける事を選んだ」

 

清霜「……」

 

綾波「…さ、もうすぐ日が落ちます、早く火を焚いて、休める場所を」

 

 

 

 

 

 

 

焚き火を焚き、浜辺に腰掛ける

夜の闇を月と炎が照らす

 

清霜「…ねぇ」

 

綾波「なんですか?リベンジマッチならまた今度にしてください」

 

清霜「…貴方は、やっぱり、綾波なの?」

 

綾波「……ええ、しかし…あなたはどこの誰に飼われているのか、暗殺者として育てる機関が日本にまだ在った事にも驚きでしたが…」

 

清霜「…古いところだから…ぜーんぶ、アナログなとこ」

 

綾波「ああ、やっぱり?……それにしても、離島の情報を本土に流し続けるのはいいんですけど…海軍のトップがトップですから、何も起きませんよ?そもそも離島はしっかり仕事してますし」

 

清霜「…横須賀の、火野拓海は…何度も暗殺対象に上がったって、私以外みんな返り討ちになったって言ってた」

 

綾波(あーあ、知らないところで壊滅してるのか…)

 

清霜「…なんていうか…気づいたらみんな死んでた…って」

 

綾波「この世には常人の理解を超えたものがあります、横須賀の方達はそれを備えてる…と言うだけですよ」

 

清霜「…離島鎮守府に行って、暗殺対象のアヤナミって奴が来て、私は何度か殺そうとしたのに…あの医官や…妹だって奴に睨まれて…何度も足がすくんで…」

 

綾波「……失敗談は興味ありません、それにあのアヤナミはあなたの暗殺対象じゃない、私ですよ、殺すべきは」

 

清霜「…なんで、2人いるの?」

 

綾波「あのアヤナミは身代わりだからです、隠れ蓑」

 

清霜「ウソ、それなら今回私の前に姿を現すわけがない」

 

綾波「……そうですね、嘘です…清霜さん、組織はまだ生きてるんですか?」

 

清霜「わかんない、こっちにきて、半月くらいで連絡取れなくなったし」

 

綾波「なら、仕事なんて忘れた方がいい……朝霜さんと清霜さんと…一緒に生きればいい」

 

清霜「…それは、できない」

 

綾波「なら、私を一生つけ狙ってください」

 

清霜「え?」

 

綾波「そうすれば仕事してることになるでしょう?…じゃあ、私は逃げます、怖い暗殺者に襲われてはたまらないので」

 

清霜「……」

 

綾波「明日には迎えが来る手筈です、無事に帰れますね」

 

清霜「…うん」

 

綾波「それと、無駄に手首に力を込めすぎです、わざと空洞を作ってるのがわかりやすい…自然と手を握っている方にナイフを持ってるのは明白ですよ、素人さん」

 

清霜「次は殺すから」



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天才で最強

海上

綾波

 

月と星の明かりだけが照らす、恐ろしくて、冷たい海を独りで帰る

 

綾波「しかし、ふむ……清霜さんが何故か目立った動きをしない理由については納得いきましたが…装甲空母鬼、この辺りをまた牛耳って居るのか、それとも大人しくしているのか…」

 

懸念すべき事は多いが、これ以上関わるべきじゃない…

私はあくまで部外者だ、命の危険さえ取り除いた今…

 

綾波「……嘘でしょう…?」

 

二式大艇の開いたハッチに人影が二つ…

しかも、最悪だ…

 

キタカミ「人の顔見て最悪かぁ…礼儀がなってないね」

 

アケボノ「その様で…」

 

…こっちにガンガン殺意を向けられる、私が一体何をしたというのか…

頭が痛くて仕方ない、思わず目頭をつまむ

 

キタカミ「…やっぱりな3人の匂いがついてる…でも、血の匂いはしない…」

 

綾波「当然です、私は何もしてませんし、あの3人に食料と毛布を渡しただけですよ」

 

キタカミ「…毒なんか、入れてないよね」

 

綾波「当たり前でしょう…!疑いたい気持ちはわかりますが…」

 

言いかけた言葉を、遮られる

 

キタカミ「まあ、どっちでもいいや……殺してから、確認するしかないし」

 

キタカミさんが自身の艤装を確かめる様に触る

…かなり特殊な作りだ、腰の皮ベルトについた四つの主砲以外に武器らしい武器はない…

あの杖は仕込みだけど

 

綾波「…殺す?私を…?」

 

キタカミ「自分が狙われる立場だって事…忘れてた?アンタのダミーは勘弁してやってもいいよ、春雨達がうるさいからさ…だけど、アンタのことなんもなしに見逃すわけにはいかないよ」

 

…当然だろう、なんたって…

 

キタカミ「生き返りはしたけど…阿武隈と不知火、その他の仇、丸々取らせてもらうよ」

 

綾波「……そうですか、それなら…」

 

キタカミ「そっちの意思なんて、ハナから関係ないっての」

 

艤装は汎用の簡易的な駆逐艦の艤装、カートリッジはオートガードと身体強化系1つ、艤装強化系2つ

弾薬は十分、燃料もある

 

それで、どうするか…

 

綾波(改二も黄昏の書も持ってきてない、これは…死ぬ覚悟をしたほうが良さそうだ)

 

綾波「…逃げたアメリカ艦は良いんですか」

 

キタカミ「まだ逃げてる、いや…正確には泳がせてる、だってさぁ……一網打尽にしたいじゃん、これに絡んだ奴らまとめて全員」

 

綾波「国際問題になるかもしれませんよ」

 

キタカミ「知るか、そんなこと……私は私の撃ちたいやつを全員撃つ…!」

 

キタカミさんが腰のベルトにくっついた主砲を全て外し、空にばら撒かれる

 

綾波(しまっ…)

 

反応が遅れた、この動きは…

 

キタカミ「知ってるでしょ…これ」

 

キタカミさんが拳銃を取り出し、主砲の引き金を撃ち抜く

引き金を引かれた主砲が的確に私へと撃ち込んでくる

 

綾波「っ…!」

 

キタカミ「……なにそれ?バリア?」

 

電磁バリアが防いでくれなければ…既に終わっていた

額に脂汗が滲み出る、背中にゾワゾワとした死の感触が触れる

 

綾波「ええ…まあ……それより、アケボノさんは見てるだけですか」

 

アケボノ「ええ、そうですよ…キタカミさんが危険になったら交代します」

 

綾波(つまり、これは…)

 

乾いた笑いしか出ない、キタカミさんとアケボノさんを両方倒すとなると…苦しいな、無理だ

 

綾波(しかし、やるしか無い)

 

綾波「……それ、回収できるんですね」

 

キュルキュルと音を立て、キタカミさんの主砲が巻き取られる

 

キタカミ「まあ、昔もこう言う巻き取り式の装備使ってたからねぇ…自分で改造しちゃった」

 

アケボノ(昔……ああ、あのよくわからない魚雷発射管…)

 

綾波(同じ手を使ってみるか)

 

右手人差し指の指輪に触れる

主砲を四つ空中に召喚し、拳銃を向ける

 

キタカミ「……へえ」

 

キタカミさんもそれに合わせて主砲をばら撒く

 

綾波(これで…)

 

拳銃で主砲の引き金を撃ち抜く

互いの主砲が砲音を鳴らし、互いに撃ち合う

 

綾波「…っ!?」

 

同じだ

主砲の数、発砲の速度、同じだ

違うのは私かキタカミさんか

 

キタカミ「…力量の差ってヤツ?ちゃーんと、味わいな」

 

同じはずだ、同じ撃ち方で同じ狙い、なのに…

 

綾波(主砲が撃ち落とされて、さらにバリアも削られて…!)

 

空に放った四つの主砲は、僅かな、一瞬のうちに焼け焦げた鉄屑に成り果てた

 

キタカミ「……あのさぁ…甘いよ、ツメがさ…確かに形はできてても…精度が低い、1ミリ…いや、2ミリ外してるね」

 

綾波(…さすが、としか言いようがないな…真似た戦い方じゃ勝ち目はない)

 

砲撃戦が得意な相手には、近接戦に持ち込むほうがいい

 

キタカミ「…そうだね、ようやくらしい顔つきになったじゃん……ちゃんとやってくれなきゃ、こっちもやり甲斐ないんだよね」

 

綾波「……そうですか、私は気が進まないんですが」

 

キタカミ「それよりさ」

 

綾波「…?」

 

キタカミ「あんた、改二も何もないんでしょ?夕張から聞いてる、明石づてにね……つまり、今なら殺すチャンスなわけだ」

 

キタカミさんが私に指を指す

 

キタカミ「下」

 

向けられた人差し指がクイッと下を向く

身体をのけぞらせ、魚雷が炸裂して打ち上げられた水柱をかわす

 

綾波「…いつの間に、仕込んだんですか」

 

キタカミ「いやー…ははは、戻ってくるのわかってたしさぁ、随分前かな?ほら、誰も私が分離(パージ)した艤装がこれだけなんて言ってないわけだし?夜の闇でよく見えないかなぁ」

 

…見えないが、きっと伸びているのだろう、ワイヤーが

そして、右に一歩、次の雷撃を交わし、一歩下りまたかわす

 

綾波「……」

 

わかっていれば、かわすのは容易い

 

キタカミ「……マジか、1発目はサービスしたけど、あとのは少しくらい当たると思ってたよ…だって…ねぇ?」

 

綾波(ウソだ、表情筋の動きだけでわかる…そして資産は今別の何かを……まさか)

 

背後に回し蹴りを放つ

察知とほぼ同時に放たれた砲弾を蹴り砕き、辺りに爆風を巻き起こす

 

キタカミ「ヒューっ!やるねぇ」

 

綾波「魚雷全部ブラフ…本命は先に投げておいた主砲…しかも、トリガーを引かずに発砲できるタイプのモノ…」

 

キタカミ「良いでしょ、ソレ」

 

主砲が巻き取られて帰っていく

 

綾波(私と最初に撃ち合った時からずっとブラフを仕掛けていたわけだ、装備に魚雷はない、主砲は引き金を引かなくては撃てない…全てウソだ)

 

綾波「…やはり、あなたは天才ですね…私とは違うカタチの」

 

キタカミ「天才かぁ……天才ねぇ…ま、じゃあ最強で天才な訳だ」

 

綾波「…最強か」

 

この傲慢とも取れる態度、自信に満ち溢れた表情

私の理想でもある

 

私はこうならなくてはならない

 

綾波「…ふふ」

 

キタカミ「…何笑ってんのさ」

 

綾波「いや、私も…弱くなったな、と」

 

キタカミ「……守るものがあると弱く……チッ…嫌なもん思い出した…」

 

キタカミさんが主砲を手に取り、廃莢する

空の薬室に直接砲弾を込め、私に向ける

 

キタカミ「…ま、悪いけど……死んでよ」

 

綾波「お断りします」

 

しかし、どうしたものか、私の心は折れていない、むしろ昂っている

 

綾波「…あなたが、最強で天才なら」

 

キタカミ「ん…?」

 

綾波「最強だからこその天才なのなら……私は、天才で最強だ」

 

キタカミ「天才だからこその最強、か……いいねぇ、どっちが上か、確かめたくなってきた」

 

綾波(…大丈夫、構えてる主砲は一つ、それなら防ぎ切れる……!)

 

いや、待て、冷静になれ

 

綾波(…自問自答しろ、読め、どうすればいいのかもすべて、考えろ…)

 

姿勢を低く、構える

 

綾波「…ああ……読めた」

 

キタカミ(…寒気してきたなぁ…)

 

踏み込み、海面を蹴り、迫る

 

キタカミ(うわ、なんか……ヤバそうじゃん)

 

キタカミさんの砲撃を、くらいながら迫る

 

アケボノ(…真正面から受けてる、なんのために?)

 

キタカミ(こいつ、近づいて…)

 

キタカミさんが後退を始める

 

綾波(大丈夫、それもブラフなのは知っています)

 

身体を沈め、跳躍の前動作を見せる

 

キタカミ「っ!」

 

綾波(…そう、私の接近を防ぐなら魚雷を使うと思ってました…!)

 

水面から魚雷が飛び出したのを確認し、両手を海面に突き、停止する

 

キタカミ(ありゃ、してやられたか)

 

頭を低くして魚雷の爆発のダメージをできるだけ軽減する

 

綾波「……あれ、せっかく近づいたのに…そんなに離れちゃ嫌ですよ」

 

キタカミ「また近づいてみなよ」

 

爆風を受けて離れたか…

捨て身な動きすらも躊躇いなくやる

 

最も邪魔な、警戒すべき相手

 

綾波(……近づかないな、これは…方針を変えよう)

 

艤装にカートリッジをつき挿す

 

キタカミさんをチラリとみる、また手動で廃莢し、直接薬室に砲弾を…

 

綾波(…今、何を入れた?…手首の筋肉の強ばり方、頬の硬直、視線……今何をした?……あの砲弾、ヤバい)

 

当たるな

頭にそう投げかけられている様だ

 

キタカミ「…勘がいいなぁ…」

 

向けられる前に回避行動に入った

そうしなくては…

 

綾波(ガス弾…!)

 

確実に、やられていた

 

着弾した辺りに煙が留まる

鼻を抑え、離れ、口から息を全て吐き出す

 

綾波(大丈夫、吸い込んでない…)

 

綺麗な空気を肺に取り込み、前方に視界をやる

 

白い煙、これがなんなのかはわからないが…ただの煙幕ではない

 

口の中が微かに溶けている

目から絶えず涙が流れている

 

これは致死性のガスだ、危うく…死んでいた

 

キタカミ「…いい判断してるよね、まだ生きてんだから」

 

綾波「海を汚すのはどうかと思いますよ」

 

キタカミ「大丈夫大丈夫、その辺が汚れるよりずっと大きな汚れが落ちるんだからさ、いい事してることになるよ」

 

綾波「…正義と取れる発言ではありませんね」

 

キタカミ「正義?なにそれ、こんなの単純な私闘でしょ、正義もクソも無いし……つーか、アンタが正義語ってんじゃ無いよ、大犯罪者」

 

綾波「ごもっとも……」

 

しかし、不味い

先程のガス、どれほどの強さなのか…

肌のひりつきと口内の痛み、涙による視界不良…

 

綾波(まともに戦えないな)

 

キタカミ「で、どうよ…ガスの味は」

 

綾波「渋いですね」

 

キタカミ「なら、これはもっと気に入ってくれると思うよ」

 

パッと煙の奥が明るくなる

 

綾波「…火!」

 

爆風を受け、海面を転がる

 

綾波(無茶な真似を…!)

 

キタカミ「舌も鼻も、多少溶けただけで済んでよかったねぇ…でも、お陰で気化したガソリンが混ざってることには気づかなかった?」

 

綾波(鼻も…効かなくなってたのか…)

 

とことん向こうのペースだ

どう立ち回る?

どこまでなら、やってもいい…

 

少なくとも二式大艇を確保しなくては…

 

綾波(……待て、そうだ、私の勝利条件を思い出せ、ただ帰るだけでいい…ここは、うまく誘き出しさえすれば逃げ切れる)

 

ただし、対空射撃を封じる必要もあるし…

 

アケボノさんもいる

 

綾波「……アハッ」

 

キタカミ「……」

 

綾波「良いでしょう、一切合切を…封じてみせますか」

 

先ほどとは逆、左手人差し指の指輪に触れる

 

綾波「即席トラップハウス…なんてね」

 

キタカミ(匂う、機械の匂い…何された?あの指輪?何を…)

 

キタカミさんが主砲を持ち上げた瞬間主砲が撃ち抜かれる

 

キタカミ「…海中から撃たれた…しかも…」

 

キタカミ(動体感知センサ?それとも何か有るのか、動きに反応した…)

 

綾波「…動かないでくださいね、私はもうやるつもりはありません」

 

キタカミ「…へえ」

 

綾波「私は帰ります、帰ります、が…キタカミさん、あなたが余計なことをするなら首が飛ぶ、そういう仕掛けです…私が離れればこの仕掛けは消えます」

 

キタカミ「信じると…っ」

 

キタカミさんの首筋に赤い線が浮かぶ

 

キタカミ(…糸…)

 

綾波「…いいですか、動かないでくださいよ……アケボノさん、貴方もです」

 

アケボノ「悪人らしい手法だ」

 

綾波「私だってこんなことはしたくないんですよ」

 

綾波(頭が痛い、割れそうだ…ああ、もう、疲れた…いや、疲れたなんてレベルじゃない…立ってるのも限界だ…)

 

キタカミさんの方へ伸ばしたナノマシンを除去する

これで少しは脳への負担が落ちる

 

綾波(直接ナノマシンを操るのに、なんの機械も使わずに自分の脳を使うのはやめた方がいいな…本当に死にかねない……)

 

ゆっくりと二式大艇に近づく

倒れそうなことを悟られない様に、ゆっくりと、フラつかない様に…

 

キタカミ(……ホントに殺すつもりないんだ…)

 

アケボノ「……」

 

綾波「……ぅあ…?」

 

背中に、痛み…?

鈍いのか、鋭いのかも…わからない

両膝を海面につく

 

綾波「…何、が……?」

 

振り返る力が、ない

なんだ、この感じ…刺されたのか?

体に力が入らない、両手をついて、海面を睨んで…

 

キタカミ「…お前、何」

 

アケボノ「深海棲艦…?」

 

駆逐古鬼「ヤッタ…ヤッタゾ…!ハハハ!ハハハハハ!!」

 

綾波(この、声…ああ、駆逐古鬼…見え見えの隙をずっと付け狙われてたわけか…それにこの感じ、毒……大丈夫、ジェーナスさんに聞いたときに血清も作った…)

 

なんとか、倒れる前に血清を注入する

 

綾波「く…ぁ……」

 

海面に倒れ込む

もう、指先を動かす力もない

 

綾波(…すぐ楽になるものじゃないけど……この感じ、だめだ…ちゃんと効いてない…体内の、毒液の解析…だめだ、こっちにはその機能を搭載してなかった……頭、回らな…)

 

駆逐古鬼「ヨクモ…ヨクモ散々ナメニ合ワセテクレタナァ!ハハハ!無様ニ伏シテ死ネ!死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ!!」

 

…随分と恨まれたものだ

これは、本当に一度死んで、無理やり因子で再誕を…

 

綾波「っぅ…?」

 

胸ぐらを掴まれ、持ち上げられる

 

キタカミ(…どうなってんの、これ、深海棲艦が綾波を襲ってるのはわかる、だけど……アレはどういう状況)

 

視界に、駆逐古鬼の手が伸びる

 

綾波(…あ、不味い)

 

激痛が走る

周囲の肉ごと目を抉られる

 

綾波「っ……ぁ…あ……」

 

駆逐古鬼「コレカ?コレダナ?貴様ノ妙ナ再生ノ力ノ源ハ!」

 

…ダメだ、本格的に不味い、焦らないと…

 

綾波(でも……もう、意識を維持できない…)

 

キタカミ(…敵は敵だ、でも、あの眼を取られるのは不味い)

 

駆逐古鬼の両手が吹き飛ぶ

 

駆逐古鬼「ガアァァァァッ!?」

 

レ級「……よっと」

 

吹き飛んだ眼をレ級がキャッチする

白く染まった肌が戻っていく

 

アケボノ「これは、ダミー因子か…渡すわけにはいきませんね」

 

駆逐古鬼「リョ、両手ガ…!」

 

アケボノ「綾波(ソレ)を殺すのは好きにすればいい、しかし…私達の障害になりうる以上……排除する」

 

駆逐古鬼「チィッ!!」

 

駆逐古鬼が水中へと消える

 

アケボノ「…追います」

 

キタカミ「やめときな、提督にバレるよ、勝手に出撃したの」

 

アケボノ「……チッ…」

 

…必死に、二式大艇へと…

辿り着けば、帰れば、きっと…

 

キタカミ「……コイツ、どうしよっかな」

 

アケボノ「殺すんでしょう」

 

キタカミ「…そうだね」

 

死んでも、いい

その気持ちだけは変わらない

 

だけど、私は…まだ償えていない…

 

地獄はまだ私を許容しきれない

 

キタカミ「…綾波、死にたくない?」

 

綾波「…死…?わた、し…が?」

 

キタカミ「……」

 

綾波「…地獄、は……私を、裁けますか、ね……」

 

キタカミ「チッ…」

 

アケボノ「…どうしたんですか」

 

キタカミ「…今じゃない、今殺すのは…違う」

 

ただの気まぐれ

でも、やはり私は死ねない

 

地獄は、私を拒絶し続けている

 

だから私は償い続けて、せめてもの…

 

綾波(……ごめん、なさい…)



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467話

Link基地

駆逐艦 朧

 

朧「……」

 

二式大艇が帰ってきた、こんな早朝に、だ

綾波はどうでもいいことにうるさい、例えば二式大艇を飛ばすのも早朝とか深夜は避ける

近隣の人に迷惑だって

 

そんな綾波がこの時間に二式大艇を動かしたとなると…

 

絶対におかしい、最近の綾波は確かにおかしいくらい働いてた、でも、いつもと変わったところといえばそれくらい…

つまり、要するに綾波がこの行動を取るのは、不自然、余程の緊急事態

 

朧(乗ってるのが綾波だけなのかも…わからない)

 

機体が降りるときに吹き付ける風で匂いが散る

誰がいるのかわからない

 

基地の方からガングートやリシュリューも異変を察知して出てくる

 

何が出てきても、戦う準備はいい

万が一の場合の事も想定してるし、綾波をすぐに回収する用意も…

 

朧「…降りた」

 

ハッチが開く

 

朧「……あ、アケボノ!?」

 

アケボノ「朧…ちょうどよかった、面倒な説明は省けそうね」

 

なんでアケボノが二式大艇に…

いや、ということはアケボノが綾波と闘った?

 

朧「…綾波は…!」

 

アケボノ「中で倒れてる、それより朧」

 

朧「…何」

 

アケボノ「帰るわよ」

 

朧「今は綾波を優先するよ」

 

アケボノ「……帰るわよ」

 

アケボノの声に圧が含まれる

 

朧「…綾波の無事を確認してから話をさせて」

 

アケボノ「話なんて要らない、アンタは離島(ウチ)の艦娘、勝手に出て行って…何もなし?許されると思ってんの?」

 

朧「提督なら許してくれる…」

 

アケボノ「なら許可を取りなさい!今はまだアンタの独断で決めたこと、せめて先に許可を取っていたなら100歩譲ってわかるけど」

 

朧「…リシュリュー、ガングート、行って、無関係な奴にまで手を出すタイプじゃないから」

 

ガングート「…ああ」

 

リシュリュー「通るわよ」

 

アケボノ「お好きにどうぞ、しかし…綾波はもはやどうにもならない」

 

ガングート「何…?」

 

朧「…ソレ、どういう意味?」

 

アケボノ「おそらくこのまま死ぬ、いや、間違いなく」

 

朧「だから、なんでだって聞いてんの…!」

 

アケボノ「毒を仕込まれたみたいだからよ、深海棲艦に」

 

朧「…!」

 

ガングート「…貴様がやったんじゃないだろうな!」

 

アケボノ「違いますよ、私は毒なんか使いません」

 

リシュリュー「朧」

 

朧「…確かに毒は使ったことないし、真実だとは思う…でも」

 

深海棲艦に遅れをとる様な事、信じられない

 

アケボノ「そこで私を睨んでいる暇があるなら、さっさと病院にでもかつぎ込めばいい」

 

ガングート「言われなくてもそうする!!」

 

リシュリュー「狭霧!早く出てきて!」

 

…重い

空気が、重い…

 

アケボノ「…帰るわよ、みんなアンタを心配してる」

 

朧「まだ、帰れない…」

 

アケボノ「仲間を捨てるの?私を?曙を?潮を?漣を?捨てるの?」

 

朧「そうじゃない!……ここのみんなも、アタシにとっては大切な仲間なんだ…だから…」

 

アケボノ「アンタだって綾波に苦しめられたのに」

 

朧「っ…」

 

アケボノ「みんな傷つけられたのに、あんなに恨んでたのに、許せなかったのに、今更何?……漣のことわかってる?離島にいる車椅子の頭いかれたアヤナミを見て怯えてるのよ?ソレでも必死に我慢して一緒にあの島で生活してる」

 

…わかってる

 

アケボノ「アンタ言ったわよね、漣は誰より優しいって、あのバカ()が居ないのも、アンタがいないのも凄くストレスなのに、ソレでも文句ひとつ言わない漣の気持ち考えたことある?アンタがやりたいことって漣に辛い想いを強いる事?」

 

…ぐうの音も出ない

 

漣のことは確かに気にかかってる

だけど…

 

アケボノ「アンタに何ができんのよ、アンタはここで何をなそうとしてるのよ、アンタの守るべき仲間は…どこに居るのよ」

 

朧「……」

 

アケボノ「わかったから、帰るわよ」

 

朧「…アタシは、まだ…帰れない」

 

アケボノ「まだわからないの?それなら…」

 

アケボノの腕が白く染まる

 

アケボノ「ぶん殴って連れて帰るケド」

 

朧「…アケボノ、お願い、見逃して…アタシ達は…別方面でみんなのために戦ってる、確かにアケボノからしたら違うと思うかもしれないけど…」

 

アケボノ「…私じゃない、提督に許しを乞え」

 

…だから面倒なんだ

アケボノは、だから面倒、だから、話を聞かない

 

朧「…提督はこの事を知ってるの?」

 

アケボノ「お知らせする必要はないと判断した」

 

朧「提督はアタシが綾波といることは知ってる」

 

アケボノ「そうね、それで?」

 

朧「…無理矢理連れて帰るのは、違うんじゃない?」

 

アケボノ「…違う?何が?…アンタを連れて帰る理由は2つ、勝手な行動を止めるため、だけど…こっちの方が大事よ…漣の為、潮の為…私の為、連れて帰りたい、それ以上の理由はない」

 

朧「……どうあっても、連れて帰る?」

 

アケボノ「そうね、私は綾波が嫌いだし、そんな嫌いな奴のところにアンタが居るのも納得いかない」

 

朧「意外と嫉妬深いんだ」

 

アケボノ「今更気づいた?」

 

アケボノの姿が揺れ、消える

 

朧「えっ」

 

アケボノ「それとも、まだ気づいてない?」

 

後頭部を掴まれ、顔面を地面に叩きつけられる

 

朧「ぁぐあ…!?」

 

レ級「話し合いになって、意識が緩んでる事、自分じゃ気づかなかった?私はアンタを叩き潰してでも連れて帰る…これでわかったでしょ」

 

頭がぼやける

 

アケボノ「…無駄な力を使わせないで」

 

朧(…ダメだ、意識…持たない…)

 

 

 

 

 

狭霧

 

狭霧(…不味いことになりましたね……あの圧倒的な力…今私が出ても無惨にやられるだけ、私はただ見てるしかない…)

 

アケボノさんが朧さんを連れて行くのを、じっと眺める

 

ガングート「おい!狭霧!」

 

狭霧「あ……それ、が…」

 

リシュリュー「…急いで手当を」

 

 

 

 

 

狭霧「……これが限界ですね」

 

失われた眼の部分は、肉ごと抉られていた為…かなり大雑把な処置になった

それと背中の傷…刺し傷だが…毒が、注入されている…

毒の方はまだ解析できていない

 

狭霧「…誰にやられたんですか…」

 

…アケボノさんではないだろう

この抉られ方、獣の手の様な躊躇いのなさ

深海棲艦の人型のタイプだろうが……

とりあえずアケボノさんは除外できる、彼女はこんな戦い方を好まないというデータがある

それに…今の綾波さんは精々駆逐水鬼と同レベルの力しかないが、無傷で済む相手などまあ居ない

 

綾波「…っ……ぅ…」

 

狭霧「!…わかりますか!綾波さん、狭霧です!」

 

綾波「さ…ぎ……さ…」

 

狭霧「無理に喋る必要はありません、今毒を解析しています、大丈夫ですからね」

 

綾波「……みん、な…は」

 

狭霧「あなたを心配してます、でも大丈夫、みんな落ち着いてますから」

 

大嘘も良いところだ

神鷹さんの様に綾波さんへ強い信頼を寄せている者は…ひどく憔悴している

絶対的強さを誇っていた綾波さんが急に…こんなにボロボロになるなんて

さらには朧さんも連れ去られた

精神的支柱を2本ともへし折られたのだから…

 

狭霧「…綾波さん、大丈夫ですからね…」

 

綾波「……ぁ…っ…か…は……」

 

呼吸すらまともにできていない

息を吸い込めば咳き込み、吐き出せば血を吐く

 

死ぬ

 

どう考えても…死ぬ、こんな状態で生きていられるわけがない

 

何より不味いのは再誕を失ったこと…

このままでは、本当に死ぬ

 

狭霧「……絶対に死なせませんから、私たちはまだ死ねません、まだやり終えてない仕事が山積みです、絶対に起きてもらいますよ」

 

 

 

 

 

 

狭霧「…あれ、みなさん…そんなところに集まって何をしてるんですか」

 

治療室は現在誰も立ち入らせない様にとガングートさんとリシュリューさんに言っておいたが…

全員入り口で座り込んでいるとは思わなかった

 

ザラ「…狭霧さん、綾波さんは?」

 

狭霧「…良くは、ないですね…」

 

神鷹「Nein(そんな)…」

 

ガングート「誰にやられたんだ、あの曙か、呉とやらに行けば良いのか」

 

狭霧「…違いますよ、アケボノさんは曙という名前でも別人です、あれは離島鎮守府のアケボノさんです」

 

ガングート「どう見ても同じ顔だった」

 

狭霧「とにかく別人です……それより、食事にしましょう?ずっと落ち込んでいては、綾波さんに怒られますよ?」

 

神鷹「…Ja(はい)…」

 

リシュリュー「…神鷹、なにか食べたいものある?」

 

神鷹「…ラーメン…アルバイトの後、綾波さん、作ってくれた…」

 

リシュリュー「ラーメン…ストックはあるかしら」

 

アークロイヤル「ある、私が知ってる」

 

リシュリュー「教えてくれる?あと…みんなもそれでいい?」

 

グラーフ「……ああ、正直…食う気はせんが…」

 

ザラ「…綾波さん、うるさいですからね…3食きっちり食べろって」

 

狭霧(…面倒な決まり事が、ギリギリのところでみんなを繋ぎ止めてくれている…)

 

…これで、みんなが持ち直してくれればいいけど

 

 

 

 

 

アークロイヤル「…おい、リシュリュー…具がないぞ」

 

リシュリュー「袋にはヌードルとスープの粉しかなくて…」

 

狭霧「…いや、それが普通ですよ…?」

 

ビスマルク「え…?綾波のラーメンはいつも具があったけど…」

 

狭霧(態々作ってたんですね…じゃあ冷蔵庫にストックが……)

 

狭霧「ああ、あった…煮卵と焼豚、それとネギ…ここはラーメン屋じゃないのに…」

 

神鷹「…美味しくない…」

 

リシュリュー「えっ……そう…?」

 

アークロイヤル「硬い…か?」

 

ビスマルク「ふにゃふにゃしてるっていうか…」

 

狭霧「…フライ麺だからですね、でもこれも普通なんですけど…」

 

アークロイヤル「…普通…」

 

ビスマルク「…綾波は随分と手をかけてくれてたのね」

 

狭霧「その様です」

 

正直、無駄な手間だとは思うけど…

 

ザラ「うーん…お昼はパスタにしましょう、美味しいものを食べれば少しは気持ちも前を向きますから」

 

リシュリュー「なら、夕飯は任せて、コースを振る舞うわ」

 

狭霧(食費が嵩む…ええと、今月の予算あといくらだっけ……絶対に足りない気がしてきた…)

 

ザラ「…狭霧さん」

 

狭霧「はい?」

 

ザラ「…私達のことは、自分たちでなんとかしますから…」

 

リシュリュー「…綾波をお願いね」

 

狭霧「………わかりました」

 

重荷、だけど…

この荷は、取り合いになるだろう

だって、綾波さんは…Linkにとってかけがえのない存在だから

 

狭霧「どんなことをしても、治しますから」

 

…どんな手段を使っても



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代替品

佐世保鎮守府

駆逐艦 狭霧

 

瑞鶴「…えーと…何?どういう状況?これ…」

 

狭霧「お願いします!綾波さんを助けてください!」

 

毒の解析はしているが、悠長な事はできない

解毒薬が完成する前に死ぬ可能性の方が高いと判断した、だから…

常識を超えた力を頼る道を選んだ

 

瑞鶴「…なんでアンタもいんの?」

 

神通「…生命活動を少しでもつなぐためにと…」

 

瑞鶴「…まあ、その……とりあえず待って、もう一度確認させて……ええと、そこの包帯で巻かれてんのが綾波で…毒でやられて死にかけてると…」

 

狭霧「はい、この毒、どうやら普通の毒ではないらしく、正しい解毒剤が用意できていません、なので…碑文の力を借りたいんです」

 

瑞鶴「…お断り」

 

狭霧「どうしてですか…私に用意できる限りのものは用意します!なんだってします!だから…」

 

瑞鶴「…これ、説明しなきゃわからない?」

 

神通「説明してもわからないとは思います、が…簡単に言えば、みんな綾波さんに死んで欲しいんですよ」

 

狭霧「……わかっています、でも…綾波さんは、綾波さんがこうなったのはただ助けようと手を差し伸べたから…自分にできる事は何でもやると決めたから…」

 

瑞鶴「それが本心かわかんないんだって」

 

狭霧「…佐世保には大量の艤装を提供していますよね…?綾波さんはこれからも新しい艤装を供給し続けられるはずです…だから、お願いします!お願いですから…!」

 

瑞鶴(…この子も話わかんなさそうだなぁ…というか、クローンだっけ……)

 

瑞鶴「じゃあ、こうしよう」

 

狭霧「…なんですか」

 

瑞鶴「…治せるかわからないけど、やってみても良い、でも条件がある」

 

狭霧「私にできる事なら、何でも…」

 

瑞鶴「…その前に…狭霧だっけ、右目、何でアイパッチしてるの?」

 

狭霧「…空っぽだからです、私の右目は空っぽ…元々、この空洞にはダミー因子を受け継ぐ予定でしたから…ダミー因子は何故か眼に宿る…」

 

瑞鶴「ふーん…なら、左目抉って見せてよ、今、ここで」

 

狭霧「なっ…!?」

 

神通「……」

 

瑞鶴「そしたら、やってもいいよ」

 

…私の、残された視力を完全に失う…

でも…綾波さんがそれで戻ってくるなら…

 

綾波さんは、Linkに必要だから…

みんなに必要だから…

 

手が震える、自分の顔に近づけることを拒否してる

身体が重い、怖い

 

チラリと神通さんの方を見る

 

狭霧「…瑞鶴さんが、約束を守ってくれるか…」

 

神通「わかりました、代わりに見届けましょう」

 

…見届けてくれる人がいてよかった

怖い、震えが止まらない、だけど…

 

瑞鶴(…ほんとに、やる気だ)

 

狭霧「っ!」

 

痛い…痛い痛い痛い…

眼球が、私を見て…る…

 

狭霧「…え…?」

 

引き抜いた目と目が合う…

あり得ないことが起きたせいで脳の処理が止まる

呼吸が荒くなる

 

瑞鶴「…本気で抉っちゃうとは…思ってなかったけど…」

 

手の中の眼球が消える

 

狭霧「あ……っ…あ…!」

 

狭霧(ま、まだ、抉ってない…恐怖で勘違いしただけ…!)

 

焦って手を眼に近づける

 

神通「待ってください」

 

手を掴まれ、制止される

 

狭霧「は、離してください!早くしないと気が変わるかもしれない…!」

 

瑞鶴「いや、もういいよ」

 

瑞鶴さんが私の手を握る

 

瑞鶴「…クローンだって聞いてたけど…どっからどう見ても…誰がなんて言おうと…ただの人じゃん」

 

狭霧「え…?」

 

体の力が抜け、崩れ落ちる

地面にへたりと座り込む

 

瑞鶴「ごめん、幻覚だよ、さっきくり抜いた眼…自分の目をくり抜いたと錯覚させてた」

 

狭霧「な、何のために…そんな事…」

 

瑞鶴「ほんとに抉ってもそうしなくても怪我はしない、覚悟を確かめる上で安全に、確実に確かめる手段じゃない?」

 

狭霧「……じゃあ」

 

瑞鶴「目を抉れと言われて…あんなに怯えて、ためらって…覚悟して…こっちから見てたら表情が二転三転して、クローンだから主人のために躊躇いなくやるか、人間らしいからこそ断ると思ってたらさ…うーん…」

 

神通「意地の悪い人ですね」

 

瑞鶴「…こんな子から、心の底から慕われてる…信じられてる、それなら…」

 

瑞鶴さんの手が綾波さんに触れる

 

瑞鶴「リプドゥク」

 

綾波さんの体が光に包まれる

 

瑞鶴「……うん、効いたんじゃない?多分だけど」

 

狭霧「本当ですか!ありがとうございます!本当にありがとうございます!」

 

瑞鶴「まあ、ちゃんと使った感触はあったから……あとは時間が経てば目を覚ますとは思うけど」

 

神通「……折角です、少しの間、それまで…」

 

狭霧「…?」

 

神通「聞きたい事が有ったんです、私達が演習の後、一泊させてもらった時……碑文の力が共鳴して、どうやら色んな人に様々な影響を与えたそうです」

 

狭霧「…ああ……良く、覚えています…私達はそのおかげで方針を変えましたから」

 

瑞鶴「方針?」

 

神通「…何を見せられましたか」

 

狭霧「見た、と…決めつけるのですね」

 

神通「……貴方は、予知夢を見たと感じているのではないか、と思いまして」

 

狭霧「…はい、私と綾波さんは…同じ夢を見て、これは予知夢だと結論づけました……みんなが、殺されて、血の海に浮かんでいる…そんな夢でした」

 

神通「やはり、そうですか…実の所、私も同じ様な夢を見ました…大量の碑文使いが集まり、ダミー因子も存在するせいで共鳴反応を起こしたんでしょう、その夢はただのまやかし、怯える必要はありませんよ」

 

狭霧「……怯える必要は無い、か…」

 

私達の見た夢は

とても苦しくて、怖くて、辛くて

 

痛かった、身体が痛むわけじゃない、心が死んでいく痛みを、ハッキリと刻み込んだ

 

狭霧「……電さんがおられました、そうとなると…フィドヘルの予知を流し込まれた可能性が否定できません」

 

みんな、ズタズタに壊されて

体から流れる血が海を染めて

 

取り返しがつかないところまで行っていた

人は死んだら取り返しがつかない、だから、死ぬ事はあってはならない

 

瑞鶴「……ま、可能性はあるけど…たぶんイニスが悪さしたんだと思うけどなぁ…」

 

神通「私もそう思います」

 

狭霧「……そうでしょうか」

 

瑞鶴「イニスは人を惑わせる蜃気楼を使う…フィドヘルは相対する者に予言を告げる…予知って言ってもさ、相手に見せるなんて芸当はできないと思うな…ああ、あとはスケィスとか」

 

神通「確かに、死に関連する夢なら…その人が持つ、一番恐れている死の恐怖のイメージを強く…イメージさせた可能性もあります」

 

狭霧「…私たちが一番恐れている、ですか」

 

…確かに、仲間を失うことほど怖い事は…ないかもしれない

 

瑞鶴「…にしても、この顔のとこひどいなぁ…治してあげよっか?」

 

狭霧「…いいんですか?」

 

瑞鶴「イニスが悪さしたお詫びって事で、ね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無人島

駆逐艦 朝霜

 

朝霜「…腹減った…」

 

早霜「綾波さんは、どこにいったのかしら…」

 

清霜「さあ…」

 

ぼんやりと海を眺める

 

朝霜「…あ?」

 

早霜「あれは……深海棲艦?」

 

清霜(…鬼級!?)

 

こちらを認識した深海棲艦が艦載機を飛ばす

 

朝霜「うぉい!?ま、待て!あたいらは敵じゃ…」

 

装甲空母鬼「人間!艦娘メ!!貴様ラノセイデェェェッ!!」

 

早霜「怒り狂ってますね…コレはまずいですよ」

 

清霜「逃げよ…う?」

 

朝霜「…砲音?」

 

砲音が響き、装甲空母鬼が吹き飛ぶ

 

装甲空母鬼「グガァッ!?ナ、ナンダ!ドコカラダ!!」

 

朝霜「…あ、あれ!」

 

早霜「長門さんの隊ですか…!」

 

戦艦たちの砲撃を浴び、装甲空母鬼の体がどんどんミンチになっていく

 

装甲空母鬼「コ、コンナノ…!ガァッ!…クソ!覚エテオケ!」

 

装甲空母鬼は海の中に逃げた

 

清霜「…強い…」

 

早霜「清霜?」

 

朝霜「おい、清霜…だめだ、こいつ完全に見惚れてやがる…」

 

清霜「そりゃ、見惚れるでしょ…あんなに強いんだよ!凄いんだよ!?」

 

朝霜「確かに凄かったけどよォ」

 

清霜「…戦艦になりたいなぁ…」

 

早霜「…流石に戦艦級は……そうですね、もう少し大きくならないと艤装を付けさせてもらえませんよ」

 

清霜「…うん」

 

 

 

 

離島鎮守府

 

キタカミ「おー、無事だった?チビ共」

 

朝霜「チっ…!?チビってなんだよ!」

 

海斗「キタカミ、優しくね」

 

キタカミ「うげぇ…」

 

朝霜「うげってなんだよ!」

 

阿武隈「まあまあ……実はキタカミさん心配だからって昨夜寝てないんですよ?」

 

キタカミ「余計なこと言うなっての」

 

阿武隈さんが杖で殴られる

 

阿武隈「もー、照れちゃって…あいたっ!?痛い!ほんとに痛いです!」

 

早霜「…キタカミさん、心配してくださったんですか?」

 

キタカミ「まあ、それなりにはね…みんな怪我はないね?さっさと風呂浴びてきな、美味しいもん作らせとくからさ」

 

清霜「わーい!お風呂!潮風で髪ベタベタだー!」

 

早霜「あ、待って」

 

朝霜「置いてくなよ!!」

 

 

 

 

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「さ、邪魔者追い払ったところで…話聞かせてもらおうか、提督?」

 

海斗「……そうだね」

 

キタカミ「…提督の言う通りに探したら、すーぐみつかったよ…朝霜達…この辺の潮の流れとかあんまり詳しくなかったし、普通だったら見つけられなかったと思う」

 

海斗「…言いたい事はわかってる、綾波を頼った」

 

キタカミ「…なんで?」

 

海斗「朝霜達を一刻も早く助けるためだよ」

 

キタカミ「……なら、なんで綾波はここまで朝霜達を連れてこなかったの?」

 

海斗「…僕が言ったんだ、安全さえ確保できればそれでいいって」

 

キタカミ「綾波を優先して、ね……ウチのメンバー優先してるなら、手は出させないから送り届けろとでも言うよね?なんで…綾波を優先したのさ」

 

海斗「…そんなつもりはなかったんだ、でも…綾波は、十分苦しんでる」

 

キタカミ「足りないよ」

 

海斗「……」

 

キタカミ「……綾波と仲良くすんのは勝手だよ、だけど…あとが辛いだけさね、綾波を心の底から恨んでる連中にどう思われるか、ちゃんと考えたほうがいいよ」

 

海斗「…そうだね、考え方が甘かったかもしれない」

 

キタカミ「黙認するにも、限度あるから」

 

綾波は確かに利用価値がある

でも、私は綾波の作った艤装は使いたくないし、綾波の存在を肯定するつもりもない

 

キタカミ「アレは、危険だよ」

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「……目を覚ましませんね」

 

瑞鶴「毒は抜けてるはずなんだけど…」

 

そう、毒は抜けている

綾波さんの身体は、今、とても安定した状態だ

健康体だ、片目がない事以外は

 

神通「…意識が戻らないのは、なぜでしょうか」

 

瑞鶴「わからないけど…」

 

検討はつく

拒絶している

 

心が折れた

 

狭霧(…そうでしょう、そうであるべきでしょう……貴方にとって、貴方1人が背負うにとって…この世界は、あまりにも重く、そして…貴方に対して辛すぎる)

 

罪が消えたわけではない、当然だ、この扱いにも納得している

 

だが、それでも1人で立ち向かって生きてきた

 

なら、今は休めばいい

 

狭霧(…貴方はもう十分に苦しんだ…だからそのまま…ゆっくりと休んでください…代わりが必要なら私が成りましょう、どんな手も尽くしましょう、もとより恥などありません、誰が私に期待しようと勝手です、私は最善を尽くします)

 

恥も外聞もない、ただ…私は最善だと思う道を進む

だから…

 

狭霧「…よく、休んでください…綾波さん」

 

瑞鶴「……なんていうか、意外…あんなに面倒な敵だったのに…こうもあっさり…」

 

狭霧「…綾波さんについた刺し傷は背後からのものでした」

 

神通「不意打ち?……それにしては」

 

狭霧「まず毒をくらい、身体が動かなくなったところで目を抉られた……しかし、背中を刺されたというのは妙なんです、綾波さんが簡単に背後を許すはずがないんです」

 

神通「……」

 

狭霧「おまけに、艤装に戦闘の痕跡がありました…つまり、闘っているところを背後から刺された……今の綾波さんが全力で戦うことを強いられる様な相手である必要があります」

 

瑞鶴「…綾波相手に誰が全力を出させられるって…」

 

狭霧「今の綾波さんは、駆逐水鬼レベルの力しか出せません、改にすら届かないでしょうね…つまり、そんじょそこらの敵には負けませんが…」

 

神通(……互いに本気なら…私にも勝ち目は…いや、充分すぎるほどにある)

 

瑞鶴「もうあんなに強くはならないの?」

 

狭霧「カートリッジを使用すれば一時的に力を取り戻す事はできますが…反動も大きいんです」

 

瑞鶴「へえ、反動あるんだ」

 

狭霧「ええ」

 

神通「隠さないんですね」

 

狭霧「敵対する事はないと思っていますから」

 

瑞鶴「…こっちもそう思いたいけど」

 

狭霧「……」

 

神通「復讐するつもりですか」

 

狭霧「いいえ…少なくとも、綾波さんが正面から戦っていた相手には」

 

瑞鶴「正面から?」

 

狭霧「…被弾の数と、砲撃の回数が合わないんです」

 

神通「差が出るのは当然じゃ…」

 

狭霧「綾波さんの砲撃回数は被弾の半分以下でした、カートリッジの残量から間違いありません、それは綾波さんは積極的に戦おうとしていなかったという事です」

 

瑞鶴「つまり、第三者がいきなり出てきて…グサッ!…て?」

 

狭霧「はい、そして綾波さんは離島のアケボノさんに運ばれてきました」

 

神通「では…」

 

狭霧「…違うと思います、アケボノさんは何でもこなす万能型ですが、砲撃に拘った戦いをしません、キタカミさんにやられたんでしょう」

 

神通「…成る程」

 

瑞鶴「さっき正面から戦ってた相手に復讐するつもりはないって言ってたけど」

 

狭霧「綾波さんを刺した人は……探し出すつもりです、それから考えます」

 

瑞鶴「…強いの?あんた」

 

狭霧「カートリッジの扱いはわかってます、この身体なら、多少の負荷には…」

 

神通「……やめたほうがいいでしょうね」

 

瑞鶴「うん、私もそう思う」

 

狭霧「…分かっています、しかし……綾波さんがもう苦しまない為には、私がそうなる必要がある」

 

神通「案外、この世は思った通りにいかないものです……苦しみから逃れる術はありませんよ」

 

狭霧「ええ、よく…識っています……それでも、なにもしないよりはいい」

 

神通「それが、自己満足に過ぎず、後に誰かに苦しみをもたらすとしても?」

 

狭霧「……再誕を奪い、綾波さんを悪戯に傷つけた行いは……私には看過できません、綾波さんは私達にとって、唯一無二であり、かけがえのない存在です」

 

瑞鶴「それがたとえば離島のアケボノの犯行なら?」

 

狭霧「…玉砕の覚悟です」

 

瑞鶴「本気で言ってんの?!」

 

狭霧「…仇討ちは望んでないでしょう、新たな争いの火種です……しかし、何のためにこうしたんですか…!?綾波さんは殺し合いをするつもりなんてなかったはずなのに!」

 

神通「落ち着いてください」

 

狭霧「……私がやらなければ誰かがやります」

 

瑞鶴「…気持ちはわかるけど、そんなの…」

 

狭霧「綾波さんが戻ったとき、出迎えるべき人が居ないなんてあってはならない、誰かを失ってはならない…だから私がそうする」

 

瑞鶴「…あんたも、綾波にとってかけがえのない存在じゃないの?」

 

狭霧「……私は所詮、クローンですから」

 

瑞鶴「そんな事…」

 

神通「…姉というのは、案外どうしようもない妹でも…可愛いものですよ」

 

狭霧「妹ですらありません、代わりの身体でしか」

 

神通「……それは、貴方の中での綾波さんにとっては、でしょう」

 

狭霧「…そうでなくては、私の存在はおかしいんです」



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許可

離島鎮守府

駆逐艦 朧

 

朧「……っ…ぅ……あ…?」

 

ここは…

 

アケボノ「おはよう、随分よく寝たわね」

 

朧「あ、アケボノ!!」

 

飛び起きる

そうだ、いきなり攻撃されて…

 

アケボノ「…手荒な真似して悪かったわね」

 

朧「……いや…もういい…確かに何の断りもなく此処を出て、勝手な事してたアタシも悪いし」

 

アケボノ「…そうね、通すべき義理は通してもらうわ」

 

朧「どうしろって?」

 

アケボノ「簡単よ、アンタが必要だと思う全員に許可をとってきなさい、それだけ」

 

朧「……」

 

アケボノの性格を考えれば、そういう事を求めてくるのは想像に難くなかったけど…

 

朧「…じゃあ、まず…アケボノ」

 

アケボノ「お断りよ」

 

朧「…先に聞きたいことがあったんだけど」

 

アケボノ「綾波なら、深海棲艦に刺されたわよ」

 

朧「…どんなの」

 

アケボノ「教えたらアンタ追うでしょ?言わない」

 

朧「……」

 

アケボノ「良い?アンタは離島鎮守府の駆逐艦、朧なの」

 

…アケボノのことを甘く見てた

此処を出て数日で追いかけてきてもおかしくはなかった、今まで放置されてたのが不思議なくらい…

いや、綾波を見つけた事でよくやく足跡を掴めた、だから即座に捕まえにきたのか

 

朧「……じゃあ、アケボノは聞けば許可してくれるの?」

 

アケボノ「ダメ」

 

朧「……だよね」

 

この話の1番の問題点は…提督でも漣でも潮でもない

みんな話せば分かってくれる

漣なら絶対に許してくれるし、潮は背中を押してくれる

提督なら理解してくれる

 

本当に面倒で、避けられないのはアケボノだ

 

朧「…アケボノ、提督がいいって言っても止めるつもりだよね」

 

アケボノ「当たり前でしょう…アンタもあの(バカ)も勝手が過ぎんのよ」

 

朧「……最後にもう一度、戻ってくるよ」

 

アケボノ「あら、やる気?……いいけど、怪我する事になるわよ」

 

朧「やってみなよ」

 

…いつもそうだ

アタシのやり方は決まってる

 

朧(…アケボノは案外単純だから、提督と漣、潮を抱き込めば文句は言えないはず…3人にも説得を手伝ってもらおう)

 

 

 

 

執務室

 

朧(…勝手に出て行ったのは事実だし、入りづらい…というか、みんな訓練中だから…建物の中には誰もいない感じがする…)

 

ノックするのも緊張してくる

 

朧「あーもう!さっさと行っちゃおう!」

 

ノックして扉を開く

 

朧「失礼しま…うわっ!?」

 

漣「ボーロ確保!」

 

潮「ご、ごめんね朧ちゃん…」

 

扉を開いた手を掴まれ、引き摺り込まれ、拘束される

 

朧「え?あ、漣?潮?な、何これ」

 

漣「…いや…こうしないと…ボーロさ、また出てくんでしょ…?」

 

潮「……アケボノちゃんが言ってたよ、きっと私たちを説得したらまた出ていくって」

 

朧(しまった…アケボノの方が一枚上手だった……漣と潮を先に味方につけられた…)

 

漣「…ごめん…でも…行ってほしくない、1人だけ、危険な場所で戦ってほしくない…もう誰も居なくなってほしくない…」

 

朧「…アタシは…」

 

漣「ボーロさ、凄く強いよ、みんな合わせても、上から数えた方が早いくらいには強いと思うよ…でも、誰だって死ぬかもしれないんだよ」

 

潮「…朧ちゃん、お願い…」

 

朧「……」

 

ダメだ、それは…

Linkのみんなを見捨てる事になる、確かに今は危険はない、でも綾波がああなって、苦しんでいるみんなから離れる事は…

 

朧「…あと、少しだけ時間が欲しい…」

 

潮「少し…?」

 

朧「…今、綾波が…」

 

漣「知ってるよ」

 

漣が目を伏せて言う

 

漣「驚いたよ、此処にいるのは身代わりだって知って……本物は瀕死で…今にも死にそうで…でも、ボーロも…たくさん、苦しめられたじゃん…ボーノだって、キタカミさんも…みんな、みんなたくさん苦しめられた…!」

 

朧「それは…」

 

漣「…なんで、なんでボーロは…それでも綾波のそばに居ようとするの…?」

 

朧「……」

 

…いつのまにか、許していた

心がいつのまにか許していた、だから…

だけど…

 

漣「島風は守るべきものを奪われたし、キタカミさんは連れ去られて拷問にかけられたし、ボーノなんか一緒に居る間ずっと酷いことされてた…!なのに、なんで…」

 

…根深い

恨みは、根深い

 

潮「…朧ちゃん」

 

漣「世界が変わったからって…何も、変わってなかったじゃん…イムヤさんを痛ぶって、みんなを傷つけて…前よりずっと悪いじゃん!なんで?何でそんな奴と一緒に居ようとしてるの!?」

 

……

 

朧「…ごめん」

 

漣「…ごめんって何…何がごめんなのかわかんないよ、ボーロ…」

 

朧「アタシは…綾波を仲間だと思ってる」

 

漣に胸ぐらを掴まれて引き寄せられる

 

漣「…なんて、今なんて言ったの?…仲間?ここにいるみんなと同じ?」

 

朧「……同じくらい、大事に思ってる」

 

漣「…なんで…そんな事言えるの…」

 

漣が涙を流してへたりこむ

 

漣「わかんないって…ボーロの事大好きだし、何でも理解してるつもりだったのに…もう、わかんないよ…」

 

潮「朧ちゃん…少なくとも、さっきの言葉は漣ちゃんの前で言う事じゃないと思う」

 

朧「……わかってる、でも、正直な気持ちを話さなきゃいけないと思ったんだ」

 

…漣の事は大事だ

アタシも大好きだし、誰よりも優しくて、頑張り屋で、必死にみんなのことを盛り上げてくれる

 

潮だってそう

芯があって、ちゃんと周りを見てくれて…結構頼りになって…

 

アケボノも…アタシにとっては大事な姉妹

ここにいるみんなは大事な仲間

 

でも、綾波も…

アタシにとって綾波は目標で、憧れで…

 

朧「…漣…確かに、アタシは軽率だった、最初ここを出た時も…何かあったらアタシがケリをつける為に出たし…こんな感情を抱くなんて思ってなかった」

 

大事な仲間で…

 

朧「…綾波は…綾波は、変わってくれた、だから…アタシはそれに応えたい、漣を傷つけるのは分かってる、潮も…みんなを傷つける道なのは分かってる、生半可な覚悟で進んじゃいけないのもよく理解した…だから」

 

…もう少しだけ

蹴りがつけば、全て終われば、ここに戻ると決めて…

 

朧「もう少しだけ待って欲しいんだ…絶対帰ってくるから…」

 

漣「…どうして…」

 

朧「…アタシさ、今…2人に会えて本当に嬉しいんだ、もう何ヶ月か会ってなかったし、ここに居たいって気持ちもあるよ、でも…苦しんでる人がいるんだ、綾波だけじゃない、いろんな人が居て、みんな今苦しんでる…だから、もう少しだけ」

 

漣「……」

 

納得してくれなくても良い…

散々傷つけた、もう説得なんてするより、今は通せる義理を全て通してから1番に戻ってくる事だけを考えよう

 

漣「……ボーロ」

 

漣が、顔をあげる

泣きながら、でも、しっかりと、笑顔で

 

漣「いってらっしゃい!」

 

朧「え…?いいの…?」

 

絶対許してもらえないと思ってた

だから、拘束も引きちぎってアケボノも倒して、それで無理矢理行くつもりだったのに…

 

漣「でも、ちゃんと連絡してね?ボーロさ、携帯持っていかなかったから連絡つかなかったじゃん!あ、写真とか送ってよ?」

 

潮「漣ちゃん……うん、そうだね、ちゃんとメールしてね」

 

朧「漣…潮…」

 

漣「…でも、今日だけは居てくれない…?その、一緒に…さ」

 

朧「…分かった、明日、出発するから…それまで」

 

漣「キタコレ!」

 

潮「じゃあ、みんなに会いにいかない?久しぶりでしょ?」

 

朧「うぁ…うー…キタカミさんに会うのは怖いなぁ…」

 

漣「起きたら呼んでほしいって言ってたよね」

 

潮「特別メニュー組んでおくからって」

 

朧「うげ……あ、そういえば…提督は?」

 

漣「んー、横須賀だっけ」

 

潮「実は、南西諸島海域で上層部と衝突してて…」

 

朧「どう言う事?」

 

漣「その…潜水艦の数ヤベーからそれ用の艤装つけてる海防艦使え、じゃないと予算削るぞって…」

 

朧「…えっ?火野さんは?」

 

潮「それが…西方海域の現地指揮に駆り出されてて…」

 

朧「そのタイミングを狙われたわけだ…」

 

漣「そう言う事でございやす…」

 

朧「…アケボノはついていかなかったんだね」

 

漣「あー、うん、朝潮達がついて行って、自分らでやりますってさ」

 

朧「成る程…海防艦って、電さんくらい小さい子達だよね…」

 

潮「うん…だから、その…かなり危ないし…」

 

朧(そりゃ止めるよね…)

 

潮「上の人たちは軍人として雇用してるんだからって」

 

漣「中東の少年兵でももう少し年上だよ…!」

 

朧「……あっ!?」

 

やられた…!

 

漣「どしたのボーロ」

 

朧「アケボノ、それがわかってたから…提督にも許可を取らせようと…」

 

潮「え?提督に許可を取らないといけないの…?」

 

漣「……仕方ないなー…ボーロは」

 

漣が立ち上がる

 

漣「ちょっとボーノと交渉してくるから、ウッシーオはボーロとのんびりしててよ」

 

朧「え?」

 

潮「漣ちゃん…良いの?」

 

漣「良いに決まってるでしょ、任せといて!」

 

朧「…行っちゃった」

 

潮「やっぱり優しいね、漣ちゃん」

 

朧「…うん、提督がいない事を理由に止める事もできたのに…」

 

潮「ちょっと迷ってたけど…決めた事だからって、アケボノちゃんを説得しに行っちゃった」

 

朧「……今度、みんなを紹介したいな…綾波以外にも、たくさん仲間ができたんだ」

 

潮「どんな人?」

 

朧「…みんな外国人、ロシア人にドイツ人にイタリア人にフランス人にイギリス人、でもみんな日本語喋れるし、仲良しだし…」

 

潮「……楽しそうだね」

 

朧「うん、でも今は…きっと大変な事になってる、だから」

 

戻って、建て直さなきゃ

 

 

 

 

 

 

ドアが音を立てて開く

 

漣「説得!してきたよ!」

 

朧「お、おかえり…」

 

漣、また泣いたんだろうな…

頬に濡れた後、何回も何回も、漣を泣かせて…情けないったらありゃしないけど…

 

潮「アケボノちゃん、なんて?」

 

漣「えっとね…「これからアイツはバカ二号って呼んでやる」って」

 

朧「誰がバカ!?」

 

漣「ボーロでしょ」

 

朧「…バカ…はー…ホントに?」

 

漣「うん」

 

朧「…あーもう…アケボノ…」

 

攻撃的な言動は、アケボノの悪癖…

 

朧「…今日は、4人で居よっか」

 

漣「うん、それが良いと思う」

 

潮「たぶん今なら食堂誰もいないから、きっと居やすいよ」

 

寂しかったり、苦しかったり

そう言う時に強がる、アケボノの…曙達の癖

 

朧「よし、早速行こう」

 

…思えば、迎えに来た時にアケボノは言っていた

自分の為だって

アケボノも…寂しかっただけ

 

今日は、後1人、足りないけど…

 

漣「ひっさびさに七駆集結ですなー!」

 

潮「あ、曙ちゃんにビデオ通話繋げよっか」

 

朧「いいね、それなら全員で集まれるかも」

 

 

 

 

 

 

???

綾波

 

…冷たい

 

私は、何処にいるんだろう

 

冷たくて、孤独で…でも、誰も私を害さない

何もない世界

 

何もないからこそ、誰も私を…認めない、許さない、肯定しない

しかし、それは私を否定しないという事

 

私の、居場所…

 

……わかっている、目を醒さなくてはならないことくらい

 

だけど、あの世界は…余りにも、優しく、暖かく、それ故に…苦しく辛く、私をいたぶり、永遠の苦痛を与えてくる

 

そうだ、苦痛だ…私は味わわなくてはならない

 

苦痛を味わい、苦しみ続けなくてはならない

私は、誰よりも苦しむべきなんだ、こんなところで逃げて、隠れていてはいけないとは分かっているのに

 

戻るのが怖い

ああ、ここに一生いられたらどんなに楽なんだろう

どれだけ、幸せなんだろう

私が誰も傷つけることなんてない

傷つけられることなんてない世界

 

綾波「……もう、帰りたくない」

 

私は…まだ、目を醒ませない…



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可能性

The・World R:2

データ潜航艦 グラン・ホエール

トキオ

 

トキオ「…オレ、この時代で何をすれば良いんだろう…」

 

あれから、何度も…何度もいろんなエリアに行って、いろいろ調べたけど…

 

彩花『…クロノコアの反応は相変わらず無いわ、一体どうして…』

 

トキオ「…やっぱ、クロノコアってシックザールの奴らが持ってるなら…倒さなきゃいけないんじゃ…」

 

あのムキムキ男とか…槍使いとか…

 

彩花『勝てるの?』

 

トキオ「そ、それは…オレだっていろんなエリアに行って、戦い方は覚えてきたし…!」

 

彩花『…あんたがやられて、計画が破綻したらもうお終いなの、それにクロノコアの持ち主がシックザールなんて…いや、運が悪かっただけなのかも…先にあのシックザールにクロノコアを…』

 

トキオ「…彩花ちゃん?」

 

彩花『…トキオ、一度…R:1の…あの時代に戻ってみましょ』

 

トキオ「戻れるの!?」

 

彩花『当たり前じゃない、あんたがロックを壊したからグランホエールは好きに行き来できる、ほら、さっさと行くわよ』

 

トキオ(…R:1か…)

 

トキ☆ランディ「で、R:1のどの辺に行くウパ?」

 

トキオ「うわぁっ!?と、トキ☆ランディ…そっか、このグランディがグランホエールを操作してるんだっけ」

 

トキ☆ランディ「彩花、どうするウパ」

 

彩花『…もう少し後の時代に行ける?ロックがかかるギリギリを目指して』

 

トキ☆ランディ「わかったウパ」

 

 

 

 

 

 

 

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

 

トキ☆ランディ「この辺りの時代が探知されるギリギリウパ、でも、この辺りのデータログに大量の異常データがあるウパ……時代の破損が確認されてるウパ」

 

彩花『どういう事?』

 

トキ☆ランディ「外部から手が加えられた痕跡があるウパ…本来存在しないものがいた形跡、トキオの存在に近いものがあるウパ…」

 

彩花『…またシックザールね…戦う覚悟をしておきなさい……きた!クロノコアの反応ありよ!』

 

トキオ「ええっ!?ほんと!?」

 

彩花『さっさと行きなさい!クロノコアを探して!』

 

 

 

 

 

トキオ「って言われても…クロノコア…クロノコア…」

 

タウンを練り歩く

 

トキオ「ん?」

 

…ゲートの前が騒がしい、言い合いをしてるみたいだ

あれは、呪癒士(ハーヴェスト)撃剣士(ブランディッシュ)か…

 

トキオ「少し、近づいてみよう」

 

 

 

 

ミミル「だから、あんな事続けてたら居づらくなっちゃうよ?今度紅衣の騎士団に会ったらどうするワケ?」

 

司「別に…その時は、しばらくログインしなきゃ良いだけだし」

 

ミミル「そんなの…!」

 

司「人それぞれ……人の数だけ、遊び方があって良いんじゃない?」

 

司と呼ばれたPCが転送用のカオスゲートに近づき、杖を振り上げる

 

司「……っ…!?」

 

杖を下ろし、何かに驚いた様子でもう一度杖を振り上げる

 

ミミル「……司…?」

 

司「……僕、アンタ、嫌い」

 

司が転送エフェクトに包まれて消える

 

ミミル「なんだとっ…!…ムカつく…!」

 

彩花『反応消失…今の呪癒士がクロノコアの持ち主よ!』

 

トキオ「…よし、とりあえず残った方に聞き込みをしてみるよ」

 

 

 

トキオ「あのー」

 

ミミル「…ぁん?」

 

トキオ(うわっ…機嫌悪っ)

 

ミミル「あー…ごめん、感じ悪かったね、なんか用?」

 

切り替えた様子でミミルがこちらに問いかける

 

トキオ「ええと…今の子、知り合い?」

 

ミミル「んー…ま、遠からず…かな…そっちは?」

 

トキオ「オレ?!ええと…」

 

彩花『オレも!オレもそうって言いなさい!」

 

トキオ「お、オレもそう!」

 

ミミル「ふーん…ま、そっかぁ…アイツに仲良い友達なんかいるワケないもんね」

 

トキオ「…揉めてたみたいだけど…」

 

ミミル「…紅衣の連中煙に巻いてるとこ出くわしてさ…」

 

トキオ「紅衣の騎士団?…碧衣じゃなくて?」

 

ミミル「へきい?…ナニソレ」

 

彩花『碧衣の騎士団はデバッガー集団よ、一般プレイヤーが知ってるワケないでしょ』

 

トキオ「あ、そっか…ええと…紅衣の騎士団ってどんな人達なの?」

 

ミミル「なに?紅衣の騎士団知らないの?…紅衣ってのは…ほら、あれ」

 

ミミルが差した方に赤い衣装と銀の鎧の兵士達が立っている

 

ミミル「The・Worldの自警団みたいなもんだよ、一般PCの集まり、まあ最近ちょっと行きすぎた感じあるけど」

 

トキオ「…結構居るからNPCだと思ってた…」

 

ミミル「マジ?…というか、紅衣の騎士団も知らないってことは…初心者?」

 

トキオ「ええと…3日位…かな?」

 

トキオ(こっちに来た時間感覚なくなっちゃったから…わかんないな)

 

ミミル「へえー、そうだ、気晴らしにちょっと付き合ってよ!良いエリア知ってるんだ!」

 

トキオ「オッケー!」

 

ミミルのメンバーアドレスを手に入れた

 

ミミル「トキオか…あたしはミミル!よろしくね」

 

トキオ「よろしく!」

 

 

 

 

 

 

Δサーバー 豊かなる 魔術師の 谷間

 

 

 

ミミル「ふー!」

 

ミミルが大剣を振り回し、モンスターを薙ぎ倒す

 

トキオ「ご、豪快だ…」

 

ミミル「あのさ、トキオ…トキオは司の事どう思ってる?」

 

トキオ「え?」

 

ミミル「あたしはさ、嫌な奴だって…面倒な奴だって思ってるけど、なんかほっとけないんだよね、知ってると思うけど、辺な猫型のチートPCと関わって追われてるって話だし…」

 

トキオ(猫型のPC…そうだ、2020年のマク・アヌで出会ったアイツだ!)

 

トキオ「オレも、助けてあげたいと思ってるんだけど…」

 

ミミル「助ける?……もしかして司って…そっか、うん、そうかも…司もそんな奴と関わりたくて関わってるんじゃないかもしれないし…確かめてみないと」

 

トキオ「オレも手伝うよ、気になるし…」

 

トキオ(さっきから彩花ちゃんがすごく睨んでる気がするし…)

 

 

 

 

 

リアル

離島鎮守府 地下牢

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「お、目ぇ覚めた?」

 

アイオワ「…何、これは」

 

アトランタ「…fuck」

 

キタカミ「結果的にだけど、深海棲艦に襲われてるところ助けてもらったんじゃん、燃料バカみたいに使ってかなり遠くまで行ってたし、そのまま放置しても良かったんだよ?あのまま深海棲艦に喰われるの眺めてても良かったんだよ?」

 

2人とも、誰かと合流手筈でもあるのかと思ってたけど…

まさかマジでただ無茶をしてただけだとは思わなかった

 

助ける価値もないとは思ったけど…提督からの指示もあったし、ダメージを受けて意識を失ったのを確認してから回収した

 

一応簡易的な手当てはしてる、春雨は診る事を拒否しないだろうけど、嫌がるだろうし

 

アイオワ「…他のみんなは」

 

キタカミ「皿洗いでもしてんじゃない?それか駆逐に混ざって訓練してるか……立場を受け入れてないのアンタらだけだし」

 

アトランタ「…どういう意味」

 

キタカミ「ワシントンの返事待たなかったでしょ、アメリカに見捨てられたの、知らないんでしょ?」

 

アイオワ「違う!捨てられてない!」

 

キタカミ「ああ、ごめんごめん、もう譲渡したから関係ないの間違いだったね、確かに捨てちゃいないか」

 

アトランタ「…Shut up( 黙れ )

 

キタカミ「あのさ、そろそろ仲良くしようか、こっちはかなり優しくしてあげてんの、他所の家で暴れ回って自分達は正しいって言ってるアンタらがおかしいんだよ?」

 

アイオワ「だから、帰るって…」

 

キタカミ「帰れないよ」

 

杖でコンと地面を叩く

 

ワシントン「……」

 

アトランタ「…ワシントン?」

 

アイオワ「ワシントン、出して」

 

ワシントン「もう少し、大人しくしてて…そうしたら出してくれる事になってるから」

 

アイオワ「……ワシントンに何を言ったの…!」

 

キタカミ「私?…いや、アメリカと直接連絡を取った結果だけど」

 

ワシントン「そう、私達は日本に引き渡された、それだけ……ここのルールに従わなきゃダメなの、もうアメリカに私たちの居場所はない」

 

アトランタ「What are you talking about?(    何を言ってんの…?    )

 

ワシントン「アメリカの国籍はもうないの…とりあげられたのよ」

 

アイオワ「…What?( え? )

 

キタカミ「要するに、足切りされたって話さね」

 

アトランタ「That's not possible…(   そんなワケない  )absolutely not.( 絶対ありえない)!」

 

ワシントン「嘘じゃない…直接問い合わせて、聞いた…だから日本(コッチ)の国籍を取るには、ちゃんとした手順を踏めって…」

 

アイオワ「……嘘…」

 

アトランタ「嘘だ、そんなの」

 

ワシントン「信じられないでしょ…?でも、私達…船だから」

 

アトランタ「……人権なんか、無視ってことかよ」

 

キタカミ「ま、理解できたら…わかるでしょ、大人しくしてな」

 

アトランタ「……」

 

 

 

 

 

医務室

駆逐艦 春雨

 

春雨「…深海棲艦の目玉、ですか」

 

アケボノ「ええ、しかも、ダミー因子つきです、どうですか、保存しておきたいのですが」

 

春雨「わかりました、でも、これ…視神経などを繋げば…」

 

アケボノ「移植に使わないでください…その……アヤナミさんに深海棲艦の力を宿らせるかもしれない、みんなが忌避する事態になったとなると…次は殺すしかなくなる」

 

春雨「…そうはならないとしても」

 

アケボノ「ダメです」

 

春雨「……わかりました、とりあえずは保管しておきます」

 

アケボノさんが所持していると思っていたが…まさか深海棲艦の手に渡っていたとは…

コルベニクの…再誕の、ダミー因子

 

春雨(…でも、これがあれば綾波さんを…いや、そういう訳にはいかないのか…)

 

頭が痛くなる

これを使えばもしかしたら、だけど、もし道を踏み外したら、今度は生きている事を消して許されない

 

綾波さんのことを真に考えたとき、正しいのはどちらの道なのか

 

コンコンとドアをノックされる

 

春雨「はい」

 

春日丸「只今戻りました、今日はいい陽気でしたね」

 

アヤナミ「…はい、とても素敵な日です…」

 

…綾波さんはあれ以来、陰りを見せている

あれ以来、自身の存在を疑い、日々疲弊している

 

私1人で綾波さんの真実を証明することは本当に難しい

倉持司令官の話では青葉さんにも調査を頼んでいたらしいけど…

 

春雨「そうだ、綾波さん…今日は執務室には誰もいません、今から行きませんか?」

 

アヤナミ「……そうですね」

 

青葉さんを頼りにするより、色んな策を私が策を講じて、正しい結末に導けばいい

 

 

 

 

執務室

 

アヤナミ「…ネットワークに、何かをいじられた痕跡があります」

 

春雨「誰かが改竄した?」

 

アヤナミ「…はい、しかも……1人の仕業じゃない…これは…」

 

画面を覗き込む

私が改竄したデータだ…ふと、画面の暗がりに反射した綾波さんの視線を追う

 

春雨(…え?)

 

どこにも、何の痕跡もない

 

この人は、何をみて…

 

アヤナミ「…これは…」

 

画面が目まぐるしく移り変わる

私にはわからなかった改竄の痕を綾波さんは辿り、何かを…

 

春雨「これ…艤装のデータ?」

 

春日丸「潜水艦用に…軽空母や重雷装艦用…色んなものが…」

 

アヤナミ「…これ、私が作ったものだと思います……この隠し方、何故かわからないけど……私には、わかる…」

 

春日丸「アヤナミ様…」

 

春雨「綾波さんが、設計した艤装……持ち込んで作ってみましょう、なにか…」

 

でも、綾波さんが何故これを隠したのか

 

これにどんな意味があるのか

 

 

 

 

 

工廠

 

明石「…これは…」

 

春雨「どうですか」

 

明石「…組めるのは、組めますけど…どこから出てきたんですか、こんな設計図……しかも、その…これをみてる限り、素材もかなりのものを使わないととても耐えきれないような…」

 

春雨「特務部のデータです」

 

明石「また特務部…それにしても、これ…うう…作ってみたい…」

 

春雨「お願いします」

 

明石「……わかりました、とりあえずこの潜水艦用…から…」



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過去

Link基地

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「只今戻りました」

 

ガングート「…どうなんだ?」

 

狭霧「とりあえず、命に関わる事は…ないでしょう」

 

ガングート「そうか…!」

 

グラーフ「今の話、本当か?」

 

狭霧「ええ」

 

グラーフ「……本当に良かった」

 

ザラ「ちょっと待ってください…それなのに狭霧さんが暗すぎます……あの…何か、あるんですか?」

 

狭霧「……決して、植物状態ではありません…脳死はしていない、とにかく…生きていて、あとは本人の気持ち次第なんです」

 

グラーフ「…要領を得ないぞ」

 

ガングート「いや、つまり…」

 

狭霧「…最悪、もう目を覚まさないかもしれません」

 

グラーフ「どう言う、事だ…何故だわ治ったんだろう!?」

 

狭霧「身体は、治りました…しかし、片目は欠落したまま、そして…何より心が治っていない」

 

ガングート「精神が崩壊したか」

 

狭霧「その域には達していないと思います…その…心が折れたと言うべきでしょうか…」

 

グラーフ「…そんな」

 

ザラ「綾波さんの心が、折れた…」

 

狭霧「…目を覚ましていない、廃人のようなものです…この世界は綾波さんにあまりにも冷たい、それが故に…嫌になったのかもしれません…戦うのが」

 

グラーフ「……そうか」

 

搬送用のベッドに寝かされた綾波さんを横目で見る

両目を閉じ、静かに…呼吸器の力を借りて呼吸している

 

グラーフ「…あの綾波がこうも…」

 

ガングート「……先ずは、返しだ」

 

狭霧「馬鹿なことは言わないでください、あなた達はやってはいけません…私がまず探します、倒すべき相手なのかは私が探りますから、大人しくしていてください」

 

ガングート「大人しく、だと?…ふざけるなよ、私達のアタマを潰されて、それで黙って泣き寝入りしろとでも言うのか!?」

 

グラーフ「待て!まだだ、戦っていい相手かの判断をしてからだと狭霧もあっているだろう!」

 

ガングート「ふざけるな!戦っていい相手か?…お前、グラーフ…お前にとって、綾波をやった相手が誰かが重要なのか?そんなくだらないことが重要なのか?!…誰でも関係ない、私は誰だろうが殺してやる…!」

 

狭霧「…やめてください、綾波さんは…そんな事を望んでいません」

 

ガングート「何故わかる!」

 

狭霧「……綾波さんの、最初に戦っていた相手は…綾波さんが傷つけた人…そして、その後、水を指したのは…怨みを持った人…綾波さんは復讐された、復讐の復讐なんて…必要ありません」

 

ガングート「…復讐が復讐を産むんだ、そんなことわかってる、だが私は…納得できん、私を強くするんだろう!綾波!!」

 

ガングートさんがベッドに寝ている綾波さんに掴みかかる

 

グラーフ「やめろ!」

 

ザラ「ガングートさん!」

 

狭霧「……ガングートさん」

 

ガングート「…なんだ」

 

狭霧「せっかくの機会です…綾波さんのやった事全て…知りたくありませんか」

 

ガングート「…どう言う意味だ」

 

狭霧「全てを教えてあげましょう…知りたい人全員に…朧さんのように騙し騙しの形を作られた事実ではない…そのままの真実を」

 

グラーフ「…聞かせてくれ」

 

ガングート「私も、聞こう」

 

ザラ「私も」

 

 

 

 

 

狭霧「……綾波さんは、元々どうしようもない人でした、研究者として、与えられた権限で可能な限り自分の欲望を満たし続けました……人をいたぶり、殺し、弄ぶ事が楽しみのような人でした」

 

グラーフ「…本当なのか…?」

 

狭霧「ガングートさん、今朝あなたが見たアケボノさん、あの方も被害者の1人です」

 

ガングート「……そうか」

 

狭霧「技術も当時に仕込まれたもので、研究者としての頭脳もこの時、戦闘員としては狙撃は勿論、格闘術、砲戦…1人で何でもこなす人でした」

 

グラーフ「…本当なのか?…私の知ってる話と、辻褄が合わない気がする…」

 

狭霧「そこについては後から説明しましょう……まず、綾波さんは…件のアケボノさんの事を脅し、無理矢理言うことを聞くように仕向け、最も信頼していた人から否定の言葉を引き出し、仲違いさせ、その手で殺そうとさせ……2度と元の関係に戻れなくしようとしました」

 

ザラ「…そんな事を…」

 

狭霧「それだけではありません、そのアケボノさんは居場所を失い、綾波さんに依存せざるをえなくなったところで飼われ…口に出すのも、憚られるような事ばかり繰り返しました、その人の持つ特異性を利用した人体実験、生きたまま殺し続けたりも…」

 

グラーフ「……」

 

狭霧「…それから、都市を一つ…完全に滅ぼしました、そこを守っている人達も、無力な民間人も、1人残らず」

 

グラーフ「…信じられない、ならドイツで綾波がやっていたことはなんだ」

 

狭霧「……考えが変わったんです…なので、以前の綾波さんは…その…私から見ても、最低な人でした…人を殺す事ではなく、痛めつける事に悦楽を感じる人でしたから何よりもタチが悪かった、死ねないように痛ぶるのを楽しんでいました」

 

ザラ「…いつ、ですか…?綾波さんが軍に入ったのは…一年程前ですよね?」

 

狭霧「そうですね、1年と半年…より少しかな…でも、今した話は、もっと…もっと昔の話です」

 

グラーフ「どう言う事だ」

 

狭霧「……世界が、生まれ変わったといえば…信じますか?」

 

ガングート「…どう言う話だ、ビックバンで宇宙が生まれたことか?」

 

狭霧「それに近い……限りなく、それに近い事が起きていたんです」

 

グラーフ「…訳がわからないが」

 

狭霧「……世界を再誕させた人がいたんです、その影響で…ありとあらゆる事象がリセットされた…本来、既に起きているはずのネットワーククライシスが起きていない、起きるはずのネットワーククライシスが起きている…」

 

ザラ「…狭霧さんの言葉を鵜呑みにするなら、生まれ変わる前にやった事、前世の罪…?」

 

狭霧「…ええ、そうです……前の世界の綾波さんは、心からいろいろなものが欠落していました、たとえば…罪悪感とか、そういうのが…悪意だけを持って生きていました…しかし、世界の再誕の影響で、心を、正常な心を手に入れてしまった」

 

ガングート「それで変わった、と?」

 

狭霧「……生まれ変わった時、最初から記憶を持っていたわけではなかったんです…綾波さんは、早くに両親が居なくなり、妹と2人でした、そしてその妹…敷波と言うのですが、その敷波が攫われたんです」

 

グラーフ「…殺されたのか?」

 

狭霧「いいえ、幸いにも今も生きています……しかし、その時彼女は両脚を失う事になりました、綾波さんは…1人で追いかけ、犯人グループの拳銃を奪い、撃ち殺してしまいました」

 

ガングート「撃ち殺した?…日本で銃か?」

 

狭霧「まだ今よりは管理が緩かったですから…でも、その時に全て思い出したんです」

 

ザラ「前の世界の記憶を?」

 

狭霧「はい…それからは…綾波さんは未成年で孤児と言う立場、そして…前の世界での頭脳…その二つが噛み合ったが故に、国の機関に引き取られ…艤装を生み出すことになります」

 

ガングート(綾波が全ての艤装の始祖か)

 

狭霧「…しかし、その時以来…銃を撃つことはおろか、銃声にも怯えるし、パニック障害も発症してました、あと…まともに喋れませんでしたね…艤装が実戦段階になった頃に、綾波さんと敷波はテスト用と言う名目で機関から捨てられ、隔離されました」

 

グラーフ「隔離された?」

 

狭霧「賢すぎたんです……前線に送るにも、誰かが近づくだけで泡を吹いて倒れるし、直接殺すわけにもいかない、敷波さん共々、宿毛湾泊地という、日本で最初に艦娘を運用した基地に送られました…が…そこは、最悪でした」

 

ガングート「…既に最悪だろうが」

 

狭霧「いいえ、綾波さんは隔離されて以降の自身に対しての扱いに満足していました、敷波さんだけは助けて欲しかったですが、綾波さんは自身の行いの償いの為なら何でもすると言う気持ちでしたし…」

 

ザラ「要するに、刑務所の代わり…」

 

狭霧「そう思っていました、しかし…宿毛湾泊地は…かつて綾波さんが手にかけた人もいるような場所でした、中には記憶を持っているのに、優しく接する人もいました……それが苦痛だった、殺して欲しかったのに、怨みをぶつけて欲しかったのに、そうする事をよしとしなかった」

 

怒りで人を殺すような、まともじゃない事を許さなかったから

 

狭霧「まともな人達のせいで綾波さんは苦しくて仕方なかった…そんな日々を過ごしていたある日、綾波さんを欲しがる機関があった…綾波さんはそこに移り、また研究の日々に戻りました……その時には…自分を偽る事を覚えていました」

 

ガングート「偽る?」

 

狭霧「まともな健常者のふりをしたんです、タガの外れたマッドサイエンティストのフリをして、吃音を隠し、パニック障害を押し殺し、生活していました…」

 

グラーフ「…できるのか?そんな事」

 

狭霧「無理です、普通無理なんですそれをやってました……そして、綾波さんの元に、被験体として…生きた艦娘を送られたんです」

 

ガングート「…やったのか」

 

狭霧「いいえ、連れて逃げました」

 

ザラ「どうして…?」

 

狭霧「…ただ、耐えきれなかったんです、しかし…逃げている間に、こんな事件が起きました」

 

大阪の、20人が死んだ銃撃事件の記事をタブレットに映す

 

グラーフ「……これを、綾波が」

 

狭霧「いいえ、これは追手がやったことです、綾波さんが逃げる先を奪うためだけに」

 

ガングート「……それで」

 

狭霧「…結末だけ言えば、その時に綾波さんは殺される事になりました…自分が心から愛した妹の手によって…」

 

ザラ「…何故、妹に殺されたんですか」

 

狭霧「この世界に来て、綾波さんは敷波さんと共に過ごし、自身の存在を、敷波の事を許してくれている周りに深く感謝していました…敷波も同様に……なのに、この凶行…敷波は姉妹である自分が手を引く事を選びました」

 

ザラ「抵抗しなかったんですか」

 

狭霧「…ザラさんなら、できますか?」

 

ザラ「……」

 

狭霧「綾波さんは、自身の脚を差し出しました、四肢の移植の成功率、凄く低いんですけど…それでも、死んでしまうなら脚を敷波にあげたほうがいいって」

 

ガングート「自分を殺した妹に、か…」

 

狭霧「……そして、その後、綾波さんの遺体は深海棲艦に奪われ、深海棲艦として目覚める事になりました…駆逐棲姫です」

 

グラーフ「…ああ」

 

狭霧「当時、生者としての記憶の一切を失った綾波さんは…深海棲艦の本能、そして方針に従い、多くの命を奪い、傲慢に振る舞いました……記憶を取り戻した頃には遅かった、もはや帰る道はない、自分で壊し尽くした…」

 

グラーフ「…受け入れてくれなかったのか、誰も」

 

狭霧「…それ見た事か、と言う態度の人もいました…まるで、それが綾波さんの本性だと言わんばかりでした……綾波さんにとって、望まぬ事だったと誰が信じるでしょうか…もはや戻れないなら……世界を滅ぼして、永遠を1人で生きる事を選びました」

 

グラーフ「…何故そうなる」

 

狭霧「輪廻は廻るものです、それならこの世界に1人残り、永遠を孤独に過ごし、悔いる事、それが綾波さんの望みでした」

 

グラーフ「…次の世界に自分が行かないようにか」

 

狭霧「はい…そして、綾波さんは敗北した…だから、死刑を何度も執行され続けた……なのに、死なない、死ねない……地獄に拒否されている…それなら…少しでも善行を積み、許容してくれるようになったのなら、一番辛い地獄に行きたい…そう考えたんです」

 

ガングート「それが、Linkの誕生の理由か」

 

狭霧「……どうですか、こんなどうしようもない綾波さんのために、復讐しますか?」

 

ガングート「…私が前の世界にいたのかは知らん、もしかしたら痛めつけられてるかも知れん…」

 

グラーフ「それはみんな同じだ、しかし何も覚えていない、納得もできない」

 

ザラ「……こう言うのがあります、世界5分前創造論」

 

狭霧「…この世界は、5分前に誕生した…と言う、あれですか」

 

ザラ「はい、私は…どうしても納得できない事は、そうやって納得してます」

 

狭霧「…現実に何人も苦しんだんですよ」

 

ザラ「私は苦しんでないし…5分前に世界ができたなら、その苦しみなんて嘘です」

 

狭霧「…傷つけた人間が、加害者が被害者を無視するなど…!」

 

ザラ「良いじゃないですか、私達は…綾波さんがどんな人だったかなんて関係ないし興味もないんです、私達が知ってる綾波さんは…誰よりもその身を犠牲にして、頑張っています」

 

グラーフ「…確かにな、私は過去何をされたわけでもない、ただ、国の攻撃機が落とされたくらいだ……狭霧」

 

狭霧「なんですか…」

 

グラーフ「…私たちは、何も知らなかった、復讐されて然るべきだと言う事は理解できたさ、しかし……それでも許せない」

 

狭霧「……」

 

グラーフ「…だから、ちゃんと判断してくれ、そいつを叩き潰して良いのか」

 

ガングート「……それまでは、静かにしていよう」

 

狭霧「そうですか、わかりました…なら、少しだけ、待っていてください…必ず調べ上げますから」

 

狭霧(…綾波さんが帰って来る前に、仇を討つ)



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陰り

離島鎮守府

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「…は…?択捉達を出撃させた?」

 

アケボノ「ええ…これではもう(らち)があきません、一度行って帰って来れば上も無理だとわかるはずです」

 

キタカミ「…違うでしょうが、目的は口減らしだよ…択捉達を死ぬために行かせようとしてるのさ…その方が都合がいいから…」

 

アケボノ「知ってますとも、誰が失敗すると言いましたか、択捉さん達なら十分成功させて帰ってきます、それに…護衛を2人もつけていますからら」

 

キタカミ「護衛…?」

 

 

 

 

 

輸送船内

軽空母 春日丸

 

春日丸「…貴方まで来なくても良かったのではないでしょうか」

 

龍驤「まーまー、ええやん、3人になんかあったらキタカミ怖いしや」

 

春日丸「……せっかくのヘソクリが無くなってしまいました」

 

龍驤「ウチとしては…アンタが艤装関係に勝手に関わって、燃料ちょろまかしてたとかホンマに驚きやわ…どうやってちょろまかしとったんや?」

 

春日丸「ここの艤装の型式は古いです、しかし明石さん達の力で常にアップデートされている……その報告をしなければ、燃費を良くした事も他所には伝わりません」

 

龍驤「勝手に改ざんまでしてんのかいな…怒られんで」

 

春日丸「…怖いものなど、ありませんから」

 

龍驤「ま、正直なとこ言えばドロップ艦を無断で保護したりして、ウチも相当グレーな場所や、査察なんか来たら1発アウトやしなぁ…」

 

春日丸「大変なところなんですね、意外と」

 

龍驤「んや…よその方がヤバいわ、内地たまに行ってみぃな、人権団体やら女性の地位向上やらのデモを毎日やっとるらしいわ、加賀が瑞鶴の愚痴に疲れた言うとった」

 

春日丸「…そうなんですか」

 

龍驤「そんなん言うたら誰がお前ら守んねん!…って話やけど、まあ、ウチらもみんな聖人君子ちゃうからなぁ…上はうっさいし、他所から変なん来るしで疲れてくるわ…知っとるか?この基地取材したいて勝手に船出して沈められたテレビ局あるねんで」

 

春日丸(よ、よく喋る…)

 

龍驤「護衛の仕事も増えよったさかい、忙しなったしなぁ」

 

春日丸「…択捉さん」

 

択捉「は、はい!」

 

春日丸「硬くならなくていいですよ、龍驤さんも気の遣い方が下手ですね」

 

龍驤「なんや…ウチら5人の中で4人が初出撃やからちぃと優しくしたったのに」

 

春日丸「私は…そうですね、護衛棲姫として戦ってましたから」

 

龍驤(そりゃそうやけど…その体なってから戦闘訓練も見た事無いやろに…)

 

択捉「…あ!影…レーダーに影です!…敵かは分かりませんけど…」

 

龍驤「ココか?まだ該当海域ちゃうやろ…魚が映ったんちゃうか?」

 

春日丸「……いや」

 

感じる、重く、濃密な力

 

春日丸「行きなさい」

 

艦載機を送り出し、周囲を索敵する

 

春日丸「…水上部隊は見えませんが…択捉さん、松輪さん、聴音機を」

 

松輪「……これ、居るのかな…」

 

択捉「…おそらく…」

 

龍驤「ホンマか?…いや、ええい!佐渡!やったれ!」

 

佐渡「おおう!」

 

佐渡さんが爆雷を投げ込む

 

龍驤「馬鹿っ!近すぎるわ!」

 

爆雷の爆発で船が大きく揺れる

 

春日丸(……仕留めてる、3つ)

 

春日丸「そこか」

 

瑞雲を差し向け、攻撃する

 

龍驤「どうした、ん…や…」

 

バラバラになった潜水艦型深海棲艦が浮き上がって来る

 

択捉「ひっ…」

 

松輪「こ、これ…人…」

 

春日丸「やはり居ます!…多すぎる!おかしい、なんですかこれは…!」

 

龍驤「……この辺りの海域にこんなに深海棲艦おるなんて聞いとらん…いや、そうや、なんかおかしいんや…なんや、何がおかしい…」

 

怯えた択捉さんと松輪さんのそばに近寄り、艦載機を着艦させる

 

春日丸「ここは一度撤退すべきでは…」

 

龍驤「……いや、あかん…あかん気がする…なんやこの感じ…」

 

春日丸「どうかしま…っ?」

 

択捉「た、大量の影が映ってます!私達の来た方向から…挟まれてます!」

 

龍驤「前進や!こっから一番近い陸地まで行くで!」

 

春日丸「…アレは…」

 

遠くにチラリと見えた…間違いない、姫級だ、それも2体…

 

春日丸「行ってください」

 

艦載機を送り出す

 

春日丸(少しでも情報が欲しい…それと、どうにか退路を…!)

 

龍驤「絶対海に降りんなや!脚つけたら引き摺り込まれんで!!佐渡!択捉!爆雷ばら撒き!」

 

輸送船を最大速で進めながら海域から離脱を目指す

 

春日丸「…右舷!魚雷です!」

 

龍驤「チッ…ああもう、ホンマ、堪忍な!!」

 

龍驤さんが式神を飛ばす

艦載機へと姿を変えたそれが魚雷に突っ込み、被雷を防ぐ

 

龍驤「ああ…クソッ!」

 

龍驤(一発でも魚雷受けたら致命傷や!逃げきれんくなるし、アホ程おる潜水艦どもにじわじわ殺される!!)

 

春日丸「…東……東に攻撃を集中してください!」

 

龍驤「…待て…これ、まさか…松輪!無線機!すぐ鎮守府に繋げ!」

 

松輪「ひっ…」

 

春日丸「怒鳴らないで!今繋いでます!」

 

龍驤「じゃあこう言うてくれ!大量の潜水艦が日本目指して侵攻しとるかも知らん!!」

 

春日丸「…なる、ほど…それは不味い…!」

 

無線の状態も最悪…

 

春日丸(…なら、貴方です、堕とされないで、彩雲)

 

急いで彩雲を送り出す

 

龍驤「…見つけよったか!!浅瀬がある!このままそこまで進むで!そこまで行けば潜水艦がなんぼのもんじゃ!」

 

春日丸「船が座礁します!」

 

龍驤「アホ!そこまで浅ないわ!それに、逃げるだけちゃう!」

 

春日丸「…あそこか、陸も近い…座礁の恐れが十分に…」

 

陸地の高さは一定ではない、危険だ…

 

龍驤「こんくらいの賭けができんかったら…みんな死ぬわ!」

 

春日丸「…潜水艦が近づいてきてます!」

 

龍驤「嘘やろ!?なんぼ早いねん…!でも、ここならウチでも見えるやろ!!さあ!お仕事お仕事!!」

 

艦載機が飛び回る

 

春日丸「そうか…確かにあまり深くまで潜れないここなら……狙い撃ちできる!瑞雲、行ってください!」

 

択捉「爆雷投下します!!」

 

もはやメチャクチャだ

深海棲艦の群れを引き連れ、大量に爆雷を投下し、どれだけ倒したかも把握できない

 

春日丸「…そのまま、もう少し…」

 

陸地まで、あと少し…

 

龍驤「もうちょいや!なんかに捕まり!揺れんでぇ!!」

 

春日丸「えっ」

 

前方の砂浜に船が突っ込む

 

 

 

 

 

 

 

龍驤「…ぷはっ……ぺっ…無事かぁ…お前ら…」

 

春日丸「…なんとか」

 

口に入った砂を吐き出す

 

択捉「あ、あの…ここは…」

 

龍驤「多分フィリピンの方やろな…さっさと安全を確保すんで!」

 

春日丸「…なんとも、最悪な事で」

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

キタカミ「よっ…と」

 

堕ちた艦載機を拾い上げる

彩雲、一応空母なら全員がいつでも使えるように配備されてる偵察機

でも、これは少しカスタマイズされてる…

 

キタカミ(…それに、これ、脚の部分の特徴的な形…ウチの誰でもない…)

 

誰でもないとは言うが、1人だけ可能性がある

 

キタカミ「春日丸…」

 

彩雲に内蔵された録画機器を持ってパソコンへと急ぐ

 

これは、なんらかのメッセージである事は明らかだ

 

キタカミ(…アケボノ、考えが甘かったね…どうやら失敗みたいだよ)

 

 

 

キタカミ「本土侵攻か、それとも狙いはここか…どっちにしろ、面倒なことしてくれるよね、全く…」

 

備えなくては、龍驤の読みが外れてるかなんて関係ない、超大量の深海棲艦がいるだけでも十分やばい

 

キタカミ「アケボノ!どこ!?」

 

嫌な事は重なる

そんな気がする

 

 

 

 

地下牢

アヤナミ

 

アヤナミ「…貴方ですか、私をずっと、呼んでいたのは」

 

あきつ丸「はい、どうか、駆逐棲姫様に目を覚ましていただきたく…!」

 

アヤナミ「目を覚ます?」

 

あきつ丸「思い出してください!貴方は我らを導いてくださったではありませんか!」

 

アヤナミ「…駆逐棲姫…」

 

調べれば、わかるだろう

 

アトランタ「…ほら、やっぱり…コイツはそうだ」

 

アイオワ「The Demon Scientist…」

 

憎悪の目を向けられる

 

何?どういう事…?

 

私は、なんで…

 

アヤナミ「…時間をください」

 

識らなくては

 

 

 

 

Link基地

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「…佐世保が襲撃?」

 

五月雨「いえ、正確には…台湾方面から深海棲艦が北上してきてると…それで、最初に狙われるだろう場所が…」

 

狭霧「佐世保になりそうだと」

 

五月雨「はい」

 

狭霧「……こんな時に、戦争ですか」

 

指導者のいない軍は…烏合の衆だ

 

成らなくては

私が、戦わせねばならないのか

 

五月雨「…Linkにも力を借りたいんです」

 

狭霧「わかりました、少し猶予をください」

 

…だけど、立ち向かえるのだろうか…



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光前段作戦

離島鎮守府 

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「うん、そう、まあほぼ間違いないと思ってるよ」

 

海斗『そっか…わかった、すぐに戻れるように手配するよ』

 

キタカミ「いや…帰りを襲われたらひとたまりもない、そっちから指揮して、細かな判断はこっちでやるからさ、大体の方針とかは任せるよ」

 

海斗『わかった、大変だと思うけど…』

 

キタカミ「私?私は大丈夫だよ、みんな絶対怪我させないから、心配しないでよ、提督、それよりアケボノと島風の出撃の許可をくれない?あの2人にしか択捉達を助けに行けないからさ」

 

海斗『…待って、目的地は?』

 

キタカミ「艤装を追ってる限り、フィリピンの方かなぁ…」

 

海斗『……それなら、空路を使った方が安全だ、特務部か綾波を頼った方がいい、いくら島風とアケボノでも5人を乗せた船を守りきれないし、遠すぎるよ』

 

キタカミ「……あー…言って、なかったっけ…」

 

しまったな…提督に知らせる必要なんてないと思ってたし、択捉達のことでバタバタしてたから…

提督は綾波が死にかけてることを知らない

 

…言わずに居るよりは、まだマシか…

 

キタカミ「…あのさ」

 

 

 

 

海斗『………』

 

何も言わない、だけど…ため息を咬み殺したような、本当に困ったような雰囲気

 

キタカミ「…提督からしたら、悪いのは完全に私らなんだろうけど…」

 

海斗『いや……僕が、軽率だった…』

 

…そんな事はない、私があの時朝霜たちを追えたのは綾波が海流を示した地図を送ってきていたからだ、それを勝手に盗み見て追った

本来、ありえない、想定外の衝突

それを勝手にやった

 

…提督からすれば寝耳に水だ、少なくとも自分とは友好的だったはずの相手が、自分の部下のせいで死にかけている

 

そのせいで、結果的に…択捉達を苦しめてる

私のせいで

 

キタカミ「…ごめん」

 

海斗『…僕に言う言葉じゃないよ、それよりも……無線は通じる?兎に角、陸地で凌ぐように言って、食料や水も少なくない量が積んであるはずだから』

 

キタカミ「…迎えは出さないの?」

 

海斗『…出せないよ、今は…』

 

珍しく、微かに怒気を孕んでいるような…低い声

 

手詰まりだ、当然、私が択捉達を案じるように、提督もみんなの事を案じているはずだ

ここも心配なのに、択捉達が消息不明

 

…不安だろう、私だってそうだけど

 

キタカミ「…近海の哨戒は取りやめるよ、危険だし」

 

海斗『……一度切るよ、ちょっと問題が起きてるみたいだ』

 

キタカミ「え?提督、話はまだ……切れたし…」

 

…自業自得なんだろうけど、少し、納得できてない

 

アケボノ「キタカミさん」

 

キタカミ「……いつから居たの」

 

アケボノ「今さっきです、それにしても私の接近に気づかないとは…どうかしましたか」

 

…接近に気付けなかった、つまり…匂いを感知する事に脳のリソースを使ってなかった

頭がいっぱいいっぱいになってる

 

キタカミ「……失敗だよ、択捉達」

 

アケボノ「…ええ、把握しています」

 

アケボノに詰め寄る

 

キタカミ「…把握しています、じゃないんだよ」

 

アケボノ「今は怒りをぶつける時じゃないでしょう」

 

キタカミ「わかってるけど、その態度が気に食わないんだよ」

 

アケボノの胸ぐらを掴む

 

キタカミ「…あの子達が無事に帰って来なかったら…アンタわかってるよね」

 

アケボノ「……」

 

キタカミ「不確定要素しかないんだよ、海は…!何が起きるか分からないから私は出撃を拒んでたんだよ!そのくらいわかってたはずでしょ!?」

 

アケボノ「…ええ、思慮が足りませんでした…その事についてはお詫びします」

 

キタカミ「そんなの今更どうでもいい!…ちゃんと、覚えときなよ…人殺しかけてんの」

 

アケボノ「はい」

 

 

 

 

 

 

呉鎮守府

軽巡洋艦 川内

 

亮「とりあえずは概要は以上だ、大井」

 

大井「はい、再度纏めます、まず私達は呉をでて宿毛湾の方へと進撃、そこから鹿児島の方へ、南からぐるりと周り佐世保周辺の敵を挟み撃ちにし、そのまま舞鶴方向へ進撃、舞鶴で回収してもらいます」

 

木曾「質問だ、敵編成は」

 

亮「先にやり合った連中は大量の潜水艦を報告してる」

 

北上「また?…あーもう、曙、煮て」

 

曙「いいわね、潜水艦の煮込み、ちゃんと食べなさいよ?」

 

北上「え、カニバリズム…」

 

亮「ふざけてる場合か、さっさと出撃しろ」

 

川内「待った……航路的に夜までかかりそうなんだけど」

 

亮「…川内は佐世保に泊まれ」

 

川内「っし!」

 

神通(…いい加減夜嫌いを完全に克服して欲しいんですけど…)

 

亮「いいか、今回の作戦はスピードが重要だ、止まらずに目の前の敵を叩き潰せ」

 

大井「わかっています」

 

那珂「よーし!行くよ!」

 

球磨「球磨達はお留守番かクマ」

 

多摩「瀬戸内海の防衛があるニャ」

 

 

 

 

 

 

瀬戸内海

 

川内「んー…ここにまでうじゃうじゃ居るのかな」

 

曙「まだ居ないんじゃない」

 

木曾「待て!…通信だ、南方から深海棲艦の艦載機が来てやがるらしい!」

 

曙「…ふあぁ……で?…欠伸が出るわ…何処?」

 

木曾「…まだ先だ、だが、南の空には気をつけろ」

 

曙「はいはい、で?」

 

川内「…もう暫く行くよ、速力上げられる?」

 

木曾「…配布されたカートリッジ使えばいけるだろうが、あんまり数ないぞ」

 

神通「空襲で被害が出る事を防げるのなら…使うべきです」

 

川内「よし、急ごう」

 

カートリッジを起動し、艤装に挿入する

 

川内「おわっ!?」

 

木曾「ぐっ…!なんて馬力だ…!」

 

神通「体が持っていかれそうですね…!」

 

高速艇並みの速度

身体強化系のカートリッジで加速した事はある、あれは筋肉の瞬発力等にも影響していたけど、これは艤装の速力にしか影響してない

 

曙「ば、倍は出てるわね…」

 

那珂「曲がったら脚が持っていかれるかも…」

 

推進力が強すぎる…

まだ、慣れられない…

 

川内(…離島の島風はこれよりも早い速度を耐えてるのか…)

 

木曾「…おい!見えたぞ!敵艦載機だ!」

 

南の空に胡麻粒…いや、本当に空気中のチリくらいのサイズの何かが見える

 

曙「…速度落とすわよ」

 

お互いがだんだん近づく

射程まで、あと少し…

 

曙「……さっさと…」

 

曙の艤装が火を噴く

両手に火が灯り、周囲の気温が異様に上がる

 

神通「…暑いです」

 

曙「燃え尽きろ!!」

 

炎がまっすぐと伸びる

 

川内(…よく飛ぶなぁ…)

 

どれほど伸びるのか、数十メートルどころではない、100、200と伸び、突如花火のように破裂する

 

曙「頭上に注意しなさい!!」

 

ポンポンと音を立て、小さな爆発が何度も起きる

その度に艦載機が火の玉となって海へと堕ちる

 

神通「……ふっ」

 

神通が降ってきた火の玉を切り裂く

 

曙「…全滅した?」

 

神通「ええ、その様です」

 

川内「さすが」

 

とりあえず、空襲は防げたが…

 

川内「…さ…問題の敵は…」

 

木曾「やろうぜ、俺たちで」

 

北上「結構めんどくさいんだって…」

 

川内(潜水艦、マジでうじゃうじゃ居るんだろうなぁ…)

 

神通「姉さん」

 

川内「んー」

 

神通「この辺りの海、熱してしまいますか?」

 

川内「生態系崩れるからダメ」

 

…そんなもの気にしてる場合ではない

 

川内「とりあえず、今はそこまで焦らなくていいよ……那珂、佐世保まであとどれくらい?」

 

那珂「1時間かな」

 

川内「…カートリッジ使えば?」

 

那珂「…20分かな」

 

川内「よし、使おう」

 

 

 

 

 

 

Link基地

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「大湊の援護は」

 

ガングート「順調だ、今のところはな…しかし、いつの間にこんなに近くまで攻めてきたんだ」

 

狭霧「……入念に準備していたんでしょう」

 

深海棲艦は既に津軽海峡の側まで迫っていました

佐世保の援護?そんな余裕はないでしょう

 

狭霧「ガングートさん、陸地から砲撃を、貴方は潜水艦の的になりますから海に出ないでください」

 

ガングート「…わかった」

 

リシュリュー「狭霧!今通信が入ったけど…仮面の敵を含む水上部隊を捉えたって…!」

 

狭霧「…何処でですか」

 

リシュリュー「津軽海峡から東に行った辺り…一度戦線を下げましょう、深海棲艦の狙いは基地らしいし、民間人の生活してる家屋に攻撃する様子は無いらしいわ」

 

狭霧「ダメです、それ何処の情報ですか」

 

リシュリュー「日本の海軍かららしいけど…」

 

狭霧「信用しないでください、グラーフさんは」

 

グラーフ「ここだ」

 

狭霧「…お願いがあります、神鷹さん達をできるだけ安全なところに…」

 

グラーフ「…わかった、だが…狭霧」

 

狭霧「はい」

 

グラーフ「…無理はするな」

 

狭霧「…私、ですか…?」

 

ガングート「ああ、お前だ、お前1人で背負い込もうとするな、死にそうな顔をしているぞ」

 

グラーフ「…言おうとしたことをとるな」

 

リシュリュー「喋ってる暇はあるのかしら」

 

グラーフ「……そうだな、私は行く」

 

…気を遣われた、か

 

…私は綾波さんじゃない

絶対じゃない、天才じゃない、最強じゃない

知識を共有している、経験を共有している

でも、意識は違う

 

狭霧(…綾波さん……)

 

ガングート「…何?…狭霧!大湊の連中がおされている、私は急いで援護に行くがもう遅いだろう、戦線を下げるぞ!」

 

狭霧「…やむを、得ません……住民の避難は」

 

リシュリュー「とっくに済んでるはずだけど…」

 

狭霧「……物量には、負けますか…」

 

…相手は、何倍もの数だ

私達を圧倒する、恐ろしい敵だ

 

一人一人は雑魚でも、束になれば…私達を蹂躙することすらできる…

 

狭霧(…どうすれば…)

 

リシュリュー「…え…?レーベとジェーナスが被弾?!…急いで戻って!ザラとポーラは!…わかった、とにかく退いて!」

 

…戦況は、芳しく無いです

 

逆転の一手は、なんなのでしょうか

 

全てをひっくり返すジョーカーは何処に転がっているのですか

 

狭霧(……この状況、何をどうすれば…先手を打たれたのが、とことん不味かったです…最悪の事態…このままでは…)

 

無線から聞こえてくる報告の音声に悲鳴が混じる

 

手にじっとりと汗が滲む

考えなくてはならないのに、勝つための戦略を

なのに私の頭はくだらない現実逃避を始めている

心が負けている

 

…最低な、私じゃ…救えない…

 

 

 

 

 

陸奥湾

駆逐艦 タシュケント

 

タシュケント「もう少しだ!もう少し耐えれば増援が来る!だから耐えてくれ!」

 

五月雨『無理です!みんなもうボロボロで…!』

 

それはこっちもそうだ、だけど…

 

タシュケント「ぁ…が…!?」

 

肩に、被弾…

 

海面に倒れる

視界がぼやける

 

ザラ「タシュケントさん!」

 

ポーラ「ダメです姉様!」

 

ザラ「きゃあっ!?」

 

助けに来ようとしたザラが砲撃を受けて吹き飛ばされる

 

ポーラ「姉様!!」

 

タシュケント(…脆い…綾波が、朧が居ないだけで……こんなにも、脆かったのか…)

 

情けない

立ち上がる気力もないのに、涙だけは流れる

敵が、どんどん近づいてくる…ああ、終わりだ…

 

タシュケント「…っ……?」

 

大きな波が、深海棲艦を呑み込む

 

五月雨『な、何が起きて…』

 

何処かから砲撃の音…

それも、駆逐や巡洋艦とは違う、重たい音…

 

ガングート『おい!タシュ!この砲撃は何処のやつだ!深海棲艦に攻撃してる奴がいるぞ!』

 

タシュケント「…援軍……?」

 

目の前の海に、バラバラになった深海棲艦が転がる

 

五月雨『違います!これ、人が撃ってるんじゃない…機械です!いつのまにか、砲台が…あ、あんな所にも…さっきまで無かったのに!』

 

砲台?機械?何を、言っているのか…

 

ガングート『…なんだ、これは…何が起きているんだ…』

 

水上部隊が撃ち砕かれる

潜水艦が破壊される

 

さっきまで圧倒的に不利だった状況が、一瞬にして、何かが変わる

 

ポーラ「……深海棲艦の侵攻が止まった…」

 

プリンツ「早く、撤退しないと!」

 

プリンツに抱き起こされ、撤退する

 

五月雨『援護します!そのまま行ってください!』

 

ポーラ「姉様!姉様死んじゃ嫌です!」

 

…みんな、ボロボロだ…凄く、ボロボロで、もう…ヘトヘトだ

 

疲れたなぁ…

 

『よく、頑張りましたね』

 

タシュケント「…え…?今、何か言った…?」

 

プリンツ「…いいえ…?」

 

…気の所為だろうか

 

何かが、確かに聞こえたのに…

 

 

 

 

 

Link基地

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「…自動で深海棲艦を砲撃する砲台なんて、いつのまに…」

 

つい先程までの劣勢は覆った

あとは…殲滅、撃退のどちらか

 

…とはいえ、戦力は限界

私が打って出ても…指揮が疎かになる

 

リシュリュー「狭霧!」

 

狭霧「な、なんですか、そんなに血相を変えて…」

 

リシュリュー「……綾波が居ない…寝かせていた部屋の壁が、消滅してた…」

 

狭霧「……は…?」

 

悪い、冗談だ



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水中戦

佐世保鎮守府

軽巡洋艦 川内

 

川内「とーちゃくっと」

 

まあ、出迎えはないか…

 

北上(ほくじょう)して行く大井達を眺める

 

川内(……うまく行くのかなぁ…多分これは…)

 

作戦はうまく行っている

でも、敵の攻撃に対する対処は、まだ微妙

 

瑞鶴「あれ、かわうちじゃない」

 

川内「…あの、私、川内なんだけど」

 

瑞鶴「知ってる」

 

川内「…名前くらい、普通に呼んでくれない?」

 

瑞鶴「嫌だった?」

 

川内「割と」

 

瑞鶴「それは、ごめん、で?なんでそんな顔してんの?」

 

川内「…何も感じない?敵の狙い、本当にやろうとしてる事はなんなのか」

 

瑞鶴「…人間を殺しまくるとか」

 

川内「……何も考えてないって言われない?」

 

瑞鶴「バカにしてる?」

 

川内「バカだと思ってるの、多分…これ、何か、目的があるんだよ、でもまだ掴めてない」

 

瑞鶴「…全部倒せば済む話じゃないの?」

 

川内「じゃないと思ってるから…こうやって頭を悩ませてるんでしょ」

 

瑞鶴「……っ…!?」

 

川内「どうかし…ぁ…?」

 

遥か遠くの海に黒いモヤ

まるで風の様に消えたそれは…確かに心をざわつかせて、不安を…

 

川内(…私が、こんな感覚に陥るなんて…)

 

瑞鶴「…見た?」

 

川内「見たよ、あれは…何?」

 

瑞鶴「…わからない、真っ黒なモヤに包まれた何か……わからない、けど…確かに聞こえた…「許さない」って」

 

川内「…許さない…?つまり、あれ…人?誰の声だった!?」

 

瑞鶴「わからない…声が、潰れてた…壊れたスピーカーから流れてるみたいで…判別がつかなかった…」

 

川内「……この戦い、やっぱり裏がある…」

 

それを知らないままに戦うのは、間違いだ

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府 工廠

潜水艦 イムヤ

 

イムヤ「新しい、艤装…私の?」

 

明石「そう、そうなんです!これ!試してもらえませんか!」

 

イムヤ「…いいけど」

 

受け取った艤装を眺める

 

イムヤ(…なんか、普通のとは違う…カートリッジのスロットもあるし、魚雷もある…でも、何かが違う)

 

イムヤ「これ、明石が?」

 

明石「…まー…設計は特務部です」

 

イムヤ(特務部…もしかしたら、昔綾波が設計したとかだったりして…)

 

とにかく、装着してみないと始まらない

艤装を装着し、身体を軽く動かす

 

イムヤ「…うん、いい感じ」

 

明石「本当ですか!良かったー…火力などもかなり上がってるんですけど…」

 

明石の説明が耳をすり抜ける

何も聞こえない

 

…これは、間違いなく綾波が作ったものだ、なんとなくだけどわかる

 

これは、私の艤装だ

 

明石「あのー、イムヤさん?」

 

イムヤ「ん?ごめん、何?」

 

明石「いや、ぼーっとしてたから、大丈夫かなって」

 

イムヤ「大丈夫、そうだ、春雨に自慢してこよっと」

 

明石「え?」

 

イムヤ「じゃ、また後で!」

 

明石「…まあ、いいからどうせ報告しなきゃだし…」

 

 

 

 

 

医務室

 

春雨「…それが、ですか」

 

イムヤ「うん、綾波、これは綾波が設計してくれたんだよね?」

 

アヤナミ「……多分…」

 

不安そうな顔でこちらを見る綾波

記憶がないから、自信がないんだろうけど

 

イムヤ「これつけたらなんか身体が軽いし!ガンガン戦果あげるから!ね!綾波!」

 

アヤナミ「……」

 

春雨「綾波さん?」

 

イムヤ「おわっと」

 

携帯が鳴る…

 

イムヤ「キタカミさんだ、緊急の呼び出しみたいだし、行くね」

 

急いで医務室を出る

 

アヤナミ「あ…」

 

春雨「綾波さん?」

 

アヤナミ「ダメ…!ダメ!止めて!」

 

春雨「落ち着いてください、何があったんですか」

 

アヤナミ「少し…思い出したんです…あの艤装はダメ…何か嫌な、何か…」

 

春雨「…止めないと…っ…?目が、あ……因子が、反応、して…?!…ぐ…う……!」

 

 

 

 

 

 

執務室

 

キタカミ「…というわけで、まあ、敵潜水艦隊を処理したいんだけどさ、水中の索敵を任せたいわけなのよ、もちろんレーダーとか使うけど…」

 

イムヤ「大丈夫、イムヤにお任せ!やってやるわ!」

 

キタカミ「……危険だよ」

 

イムヤ「でも、私がやらなきゃみんながもっと危険、それに…新しい艤装を試したかったから」

 

キタカミ「…その手のやつ?」

 

イムヤ「ああ、これは違う…」

 

もう随分前だ、この艤装を最後に使ったのは

綾波が完成させたデータドレインを、最初に宿した、歪な手を覆う様な艤装

 

イムヤ「これはデータドレインを撃てるの、ウイルスバグ出たら困るでしょ?でもプロトタイプ?みたいな感じだから…見栄えはあんま良くないかな」

 

キタカミ「綾波製か…ま、それは置いといて…じゃあ最新艤装は?」

 

イムヤ「これ」

 

キタカミ「…イムヤの艤装はあんま見ないから違いわかんないなぁ…」

 

イムヤ「じゃ、たっぷり教えてあげる…戦果報告期待してて!」

 

キタカミ「ん、待ってるよ、楽しみにしてる」

 

 

 

 

 

 

海に飛び込み、周囲を確認する

 

イムヤ(…まだこの辺りまでは来てない?…いや…感覚を研ぎ澄まさないと…絶対にいるはず)

 

潜水艦型の深海棲艦にはなった事もあるし、引き連れた事もある

 

…感じる、特有の息づかい

特有の動きを

 

イムヤ「…見えなくても、狙い撃てる」

 

魚雷を向ける

スクリューが静かに回りだし、魚雷が手元を離れる

 

イムヤ「戦果、あげてらっしゃい…!」

 

上の方が騒がしくなり始めた…と言うことは、出撃

 

阿武隈『お願いします!イムヤさん!』

 

イムヤ「任せて!」

 

阿武隈の隊の直属、それなら魚雷の指示もしなくちゃいけないけど

 

阿武隈『潮ちゃん!確認できた!?』

 

潮『水上部隊まだ見えてません!』

 

加賀『イムヤさん、できるだけそばにいて頂戴、見えないから巻き込まれるかもしれないわ』

 

イムヤ「わかりました!」

 

潮『前方で爆発!』

 

イムヤ「いや、アレは私の魚雷!あそこに潜水艦隊が居る!」

 

加賀『攻撃開始』

 

阿武隈『接近します!周囲に注意を払って!』

 

先手だ、とにかく先手を打つ

 

加賀『この辺りかしら』

 

潮『そこです!!』

 

爆雷が敵潜水艦を捉え、吹き飛ばす

海中でもみくちゃにされ、ズタズタになったソレを目隠しに、私も魚雷を差し向ける

 

イムヤ(…順調!…この艤装のおかげかな、全部が良い、いつも以上にいい動きができる!)

 

イムヤ「っ…?」

 

違和感

 

イムヤ(…身体が、固まる様な…慣れない艤装だから疲れ易い?…いや、そんな事ない…大丈夫…)

 

そんな不安とは裏腹に、感覚は研ぎ澄まされ、撃墜数は増えていく

 

阿武隈『すごい…半分以上1人で倒して…潜水艦ってそう言う役割でしたっけ』

 

イムヤ「…普通なら無理、だけど…」

 

この艤装、水中戦を考えて作られてる…

これなら、水中で誰にも負けない…!

 

イムヤ「さあ!戦果をあげてらっしゃい!」

 

魚雷を放つ

的確なタイミングで炸裂させ、爆発に巻き込む形で撃破する

 

イムヤ「やった…!また倒せた…!」

 

身体はまだ緊張のせいか硬い、だけど…

 

戦果十分!感度良好!

 

イムヤ「まだまだ行くわよ!」

 

 

 

 

 

 

Link基地

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「…綾波さんが、消えた…か…絶対に秘匿してください、今それを知られては士気に関わります」

 

リシュリュー「で、でも…!」

 

狭霧「…気持ちまで死んでは、傷の治りにも響きます」

 

…何故消えた?綾波さんは何処に…

 

狭霧「…いや」

 

二つ可能性がある

綾波さんは…おそらく、あの自動砲台は綾波さんが作ったもの、つまり…こうなることを予見していた

だから、Linkを守る為に、もう一度立ち上がった可能性

 

そして、もう一つは…攫われた可能性

 

そもそも、この襲撃作戦は日本全域に対してのものだ

佐世保も呉も、かなりの数を相手にしているらしい

 

要するに…これは威力偵察

 

狙いは綾波さん1人、駆逐古鬼が綾波さんの潜伏先を探し出し、殺すための作戦だと私は踏んでいる

 

そしてあの自動砲台から…綾波さんの位置を割り出し、連れ去ったとしたら

 

狭霧「…リシュリューさん、二式大艇に人を集めてください、私達はここを離れなくてはなりません」

 

リシュリュー「…行き先は」

 

狭霧「…敵の本拠地」

 

リシュリュー「わかるの?」

 

狭霧「……わかるであろう、人の元に向かいます」

 

幸いにも敵は水上部隊を出してきていない

 

つまり、空は自由だ

 

二式大艇を堕とすのは容易ではない

今なら離島だろうが呉だろうが佐世保だろうが

何処にだって行ける

 

狭霧「……最悪の事態を、防ぎましょう」



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Genocide

二式大艇内部

駆逐艦 狭霧

 

ザラ「…ガングート、あの話何処まで信じてますか?」

 

ガングート「2割、世界が生まれ変わったと言うのは信じがたい話だが、深海棲艦の出てくる様な世界だ、何が起きてもおかしくないと思う気持ちもある」

 

リシュリュー「あの話って?」

 

ザラ「…いや…」

 

リシュリュー「…言いづらいこと?」

 

ガングート「…説明し難いことだ、だが……ああ、もう、わからん…」

 

狭霧「今話す必要はありません、それより…グラーフさんが到着したら即座に出立です、先ずは…離島を目指します」

 

ガングート「リトウ…そんな地名があるのか?」

 

ザラ「そうじゃなくて…海軍基地の名前だそうです…」

 

リシュリュー「…ザラもタシュケントも酷い怪我よ、マックスとレーベは軽症だけど…戦わせるの?」

 

狭霧「…いいえ」

 

…離島鎮守府に行くより、佐世保で瑞鶴さんに会うべきだろうか

どうすれば良い?…選択肢は…

 

狭霧「…!」

 

リシュリュー「狭霧?」

 

狭霧(…艤装の、反応が…今微かにあった、誤作動?いや……これは…間違いない、今、佐世保近海…南進してる…)

 

ガングート「おい、どうした」

 

狭霧(…考えて、落ち着いて……朧さんを回収する?それよりも…追う?もしくは、回復を頼むか…)

 

…どれもを、同時にクリアする妙案…

 

狭霧(そうだ、簡単だ、単純だ…)

 

狭霧「離島鎮守府に向かいます!」

 

上手く、行けば…

 

グラーフ「悪い、遅くなった」

 

狭霧「……何故…」

 

ガングート「おい!何故アークロイヤルとジェーナス、ビスマルクに神鷹まで居る…!」

 

神鷹「わ、私たちが!…自分で来たいって…!」

 

ビスマルク「そう、選んだの…貴方たちの戦いを見て……怖くて仕方ないけど、それでも」

 

アークロイヤル「ただ見ているなんてできるものか…何かしら、力にならせてくれ」

 

狭霧「…震えながら言うものではありませんよ」

 

アークロイヤル「誰が震えている」

 

狭霧「ジェーナスさん以外全員ですよ」

 

ビスマルク「…ジェーナス?怖くないの?」

 

ジェーナス「…まあ、一回死んでるし…みんなと戦えるなら、全然!」

 

神鷹「…私も…!」

 

狭霧「張り合わなくて良いです、グラーフさん、神鷹さんとアークロイヤルさんについてください、それとガングートさん、奥に汎用艤装があります」

 

ガングート「…戦わせるのか」

 

狭霧「身を守るためです、もはや送り返す時間はない」

 

…行くしかない

 

狭霧「行き先は離島鎮守府……目的は、協力を得るため、そして確かめるため」

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府

軽巡洋艦 川内

 

川内「綾波がこの襲撃に絡んでる?」

 

龍田「今そう言う報告が入ったって〜」

 

瑞鶴「…綾波が絡むって…何のために?まだ意識も戻ってないんでしょ?」

 

川内「……誘われてる」

 

瑞鶴「…だよね」

 

敵の罠、と取るべきか

いや、そうだろう

 

川内「…叩き潰すつもりだ、この一回で終わらせるつもりなんだ」

 

龍田「どうするの〜?」

 

川内「行くよ」

 

瑞鶴「夜になるよ?」

 

川内「…夜は嫌い、みんなを失いそうになるから…だれかを、夜の闇に呑み込まれるのは大嫌い……でもさ、それだけ…私自身は、怖くなんかない…死の恐怖は、もう私のものだから」

 

瑞鶴「1人で行けるとは思わないでよ?」

 

川内「…守り切れないよ」

 

瑞鶴「守られるほど弱かないって、龍田、提督さんにすぐな艦隊を編成してもらって!私も絶対入れてよ!」

 

龍田「はいは〜い」

 

…ここまで来たら、とことんだ

 

川内「…神通、那珂、聞こえてたら大井に伝えて、舞鶴はやめて呉に戻って、全戦力を持って、鹿屋で合流……一気に敵を叩き潰すよ…!」

 

瑞鶴「おお…覚悟決まった?」

 

川内「ここで覚悟決めなきゃ、いつ決めるの」

 

…綾波が関与していたなら叩き潰す

そうでなければ原因を叩き潰す

 

何も変わらない

 

 

 

 

時は遡り…

 

 

綾波

 

…暗い闇の中、すごく、静かな時間を過ごした

でも、静かだけど、何も聞こえないはずなのに

確かに聞こえてしまった

 

…戦いの音

無線越しの悲鳴

 

……それは…私の宝物が傷つく音

私の大事な存在が苦しむ声

 

…それだけは、看過してはいけないから

 

目を覚まし、立ち上がり、戦わなくてはならない

 

 

 

 

Link基地

 

綾波「……」

 

手を翳す

 

黒いモヤが形を作り、私の手を包み込む

 

…今の私にどれほどこれが制御できるだろうか

今の私は、みんなを守り切れるだろうか

 

モヤが壁を消し去り、外貨を部屋に取り込む

 

綾波「……怪我が治ってることには、深く感謝しなくてはいけませんね」

 

さあ、喰らえ…私の理性を

今の私より、これの方がまだマシだ

 

 

 

 

陸奥湾

 

砲台により大半の敵は殲滅されていた

しかし、微かにある気配

そして撤退途中の…仲間達

 

綾波(…タシュケントさん…ザラさん…わかる限りだけでも、2人が重症……駆逐古鬼、あなたは…私を怨んでいるのでしょう、しかし…)

 

目に映る限りの敵を、破壊する

 

綾波「…やり方を、間違えましたね……待ってくれれば、直接来れば…いくらでも、殺せるのに」

 

……もう、遅い

 

私の1番大事なものに手を出した以上…

 

綾波「……死んでもらうほかないか」

 

身体をモヤが包み込む

意識が朦朧とする

 

ただ、ひたすらに…突き進む

 

 

 

 

 

 

破壊

殴って壊す

撃って壊す

 

踏み砕く、蹴り砕く、握り潰す

 

とことん撃ち込む、死ぬまで、形がなくなるまで

 

綾波「………」

 

ル級の顔面を掴み、後頭部を海面に叩きつけ、顔面を握り潰す

肉片が弾け飛び、周囲に赤くて白いかけらが散らばる

 

周囲の深海棲艦が怯えたような目つきでこちらを見る

 

綾波「……見つけましたよ、本隊を…」

 

潜水艦隊は前座だ

本町はこの水上部隊

ブルネイ近海に集められた大群…!

 

これだ、これを探していた

潜水艦隊の対処で疲弊した人達を倒すための作戦

 

だけど、それは…失敗に終わる

 

綾波「合計数は?何人ですか?…5000?10000?……どれほどの数がいるというのですか」

 

返事を待たず、全身にモヤがまとわりつく

目の前の、全てを…

 

綾波「…っ……」

 

壊せ

 

潜水艦を海に手を突っ込んで引き摺り出す

掴み、主砲を突きつけ、撃つ

逃がさない、全て逃さない

 

こちらに撃ってくるなら、敵を盾にしてそれを防ぐ

 

全員、殺す

 

 

 

 

 

離島鎮守府

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「アケボノ、この報告は」

 

…綾波が、今回の大規模な襲撃に絡んでいるという報告

一斉にメールで送られてきた、しかも緊急用のアドレスで

 

アケボノ「恐らく、綾波に目を向けさせたい何者かがいる…その人は綾波が死にかけてるのを知らない」

 

キタカミ「……かな…」

 

アケボノ「…他の可能性も有りはしますが…」

 

キタカミ「うん、私もそっちの方が本命だと思ってる」

 

綾波の影響力を利用しようとする誰かが何かを狙っている可能性

それがまだ読み切れてない

 

アケボノ「…キタカミさん」

 

…またメール

次は

 

キタカミ「…さ、ぎり……何処の誰…いや、狭霧っていうと綾波型……綾波のとこのやつが、復讐に来るってか…」

 

今から伺いますとだけ書かれたシンプルなメール

 

アケボノ「確か、そんな名前で呼ばれてる人がいました、間違い無いでしょう…が、朧にも話を聞けると思います」

 

キタカミ「朧呼んで、それと…私が何されても手出させないで」

 

アケボノ「ええ、わかってますよ」

 

タイミング悪いなぁ…

何もこのタイミングで仕返しに来ることないだろうな

 

 

 

 

キタカミ「…来た、か」

 

二式大艇がゆっくりと鎮守府前の広場に降下してくるのを眺める

 

キタカミ「…アケボノ、島風たちに出撃命令、イムヤ達に合流させて」

 

アケボノ「わかりました」

 

キタカミ「……ねえ」

 

アケボノ「なんですか」

 

キタカミ「どのくらい痛めつけられると思う?」

 

アケボノ「殺されるんじゃないですか」

 

キタカミ「…だよねぇ…朧の話聞くと相当仲良いんでしょ…?」

 

こっちの事情を押し付けるつもりはない、私の恨みをこの話にに出すつもりもない

ただ、私で終わりにしてしまおうというだけ…

 

キタカミ「……おわ…外国人だ」

 

降りてきた奴らは、なんか派手な色の髪に…

まあ、服のセンスとかも含めて、明らかに日本人じゃないのばかり…

 

朧に聞いていたとはいえ、外国人なんて数年見ていない…

 

キタカミ「…ま、とりあえず会うか」

 

アケボノ「そうですね」



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全ては計画の通りに

離島鎮守府 食堂

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「…あー、初めまして、今提督留守なんで、私が応対するんですけど」

 

狭霧「そうでしたか、それは…タイミングが悪かったですね」

 

満潮「えっと…コーヒーでよかったでしょうか…」

 

満潮も如月もすっかり緊張した様子で飲み物を配り歩く

 

狭霧「あ、お構いなく、用が済んだらすぐに出て行きますから」

 

キタカミ「用…」

 

何とまあ、タイミングの悪い…

せめてあと少し時間が欲しい、この作戦を提督に引き継げるまでは…

 

狭霧「そう緊張しないでください、それで…あの、朧さんは?」

 

キタカミ「朧?あー…」

 

アケボノに執務室で説得を頼む様に言って放置してるけど…

 

キタカミ「今外してて…」

 

グラーフ「おい、狭霧、さっさと朧を回収するぞ」

 

キタカミ(うわ、日本語喋れんの?…迂闊な事言ったらどうなんだろうなぁ…)

 

狭霧「…ひとつ伺いたいのですが」

 

キタカミ「…何でしょうか」

 

狭霧「そちらで敵部隊の位置などは把握されてますか?その…潜水艦隊は先遣隊、もしくは威力偵察ではと我々は考えてまして」

 

キタカミ「…え?」

 

狭霧「ですので、水上部隊を探し、叩くつもりです、既に位置などをつかんでいるなら…」

 

キタカミ「いや、全然…ていうか、先遣隊…」

 

狭霧「…まさか把握されてないのですか、今、深海棲艦の潜水艦隊が日本中を襲っています」

 

キタカミ「な…!?」

 

狭霧(…本当に知らないのか)

 

いつの間に、そんな事に…

いや、落ち着け、だとしたら何でこいつらはここに…

 

狭霧「…現在、撃破が報告されている数は合わせて300、余力を十分残している事を考えると…本隊は倍以上だと考えています」

 

キタカミ(…600?…いや、全然現実的な数字だ、最初に加賀達を南西に向かわせた時、それよりも多い数を目にしてる…つまり、あれはその本隊だったんだ…なら、航空戦力の充実してるウチなら…数を削れる)

 

キタカミ「…フィリピンの方、だと思う」

 

狭霧「そうですか…やはり、そちらですか…」

 

考え込む様な仕草…

 

……厚かましい事を、今考えている

 

龍驤達をついでに回収してきてくれと頼みたい、今どうなっているのか、まだ生きてるのかもわからない

 

キタカミ(…5人助かるなら、私は、いいや…)

 

キタカミ「…あの」

 

狭霧「なんですか」

 

キタカミ「…実は、昨日…うちの艦隊が潜水艦隊に攻撃を受けて、フィリピンの方で消息を絶ってるんだ…その…」

 

狭霧「回収してきてくれ…と」

 

キタカミ「……自分の言ってる事が相当ヤバいってのは、わかってるよ……わかってる、だけど…!」

 

立ち上がり、頭を下げる

 

キタカミ「…頼める立場じゃないのはわかってる!綾波をやっといてこんなこと言える立場じゃないけど…」

 

グラーフ「何?」

 

狭霧「……はぁ…」

 

…この反応、マズった…

 

ガングート「おい、狭霧…お前知ってたな?コイツが綾波をやったんだな?」

 

狭霧「正面からやり合ってた人です、この人じゃない」

 

リシュリュー「…じゃあ、この子がキタカミって子ね、こんなに小さい子だとは思わなかったけど」

 

…庇われてた?

名前だけ知られてた、つまり、やり合ってた相手が私であるとは知られてた

その上狭霧ってやつは私がキタカミなのを黙ってた…

確かに名乗ってはいない、だけど…何故知ってて黙ってたの…?

 

まさか、復讐に来たんじゃない…?

 

グラーフ「…貴様が、綾波を…!」

 

帽子を被った奴が机を叩き立ち上がる

 

狭霧「グラーフさん!やめてください…わかってますよね?ここに来たのはそんな事をする為じゃない」

 

グラーフ「…狭霧、正直な話、目的なんかどうでも良い…私は、コイツが許せない!」

 

…随分と、慕われてるな…

綾波は…本当に心を入れ替えたのかもしれない

 

だけど、あれは世界の癌だ

 

ガングート「落ち着け…」

 

グラーフ「落ち着けだと?ガングート…お前は何も思わないのか!」

 

ガングート「事情は知っているだろう、互い様だ」

 

グラーフ「あんな与太話を待ち受けているのか…!」

 

ガングート「狭霧が嘘をつく理由がない」

 

グラーフ「……ここで諍いを起こさない為だ、充分な理由がある、わかっている、目的が優先な事ぐらい…」

 

……

 

キタカミ「…もし、私の言った5人を助けてくれるなら…私はどうなっても良い」

 

グラーフ「何…」

 

狭霧「馬鹿を言わないでください」

 

キタカミ「…真剣だよ、本気、それであの子達を助けてくれるなら…」

 

グラーフ「…黙れ、貴様…!その目を、向けるな…!」

 

キタカミ(…ダメか…)

 

狭霧「…とりあえず、その五名の現在地と、念の為簡単な委任状を、私たちの事を信用してくれなければ話になりませんから」

 

キタカミ「…受けてくれるの」

 

グラーフ「受けてやる、だからさっさと用意しろ…!」

 

狭霧「グラーフさんもう黙っててください!…お受けします、我々は人命を軽んじる事はしませんから」

 

ガングート「綾波の教育の賜物だ、感謝するんだな」

 

狭霧「ガングートさん!!」

 

キタカミ(…これが、綾波の部隊…?)

 

本当に?こんなのが、綾波の部隊なのか…?

…なんで、あの綾波が、こうも…

 

キタカミ「……」

 

もう、わからない

何が正しいのか、わからなくなってきた

 

私が綾波を倒そうとしたのは、間違いだったのかな…

 

キタカミ「…ごめん」

 

狭霧「要りませんよ、綾波さんは納得の上です」

 

キタカミ「納得…?」

 

狭霧「何でもありません、それより…さ、早く出発しましょう」

 

キタカミ「…待って、すぐに…」

 

バタバタと誰かがかけてくる

 

春雨「キタカミさん!」

 

キタカミ「春雨、今ちょっと…」

 

春雨「綾波さんが居ないんです!」

 

キタカミ「…え?」

 

ガングート「綾波だと?」

 

狭霧(…そうか、元の体…)

 

春雨「何処を探しても居ません!お願いします!少し来てください!」

 

キタカミ「…目を、離したの…?」

 

春雨「…何故か因子が反応して、急に高熱の発熱が出て、意識を…」

 

キタカミ「……チッ…何か不味い…!春雨!朧引っ張ってきて!それと動けるヤツ全員動かして!…あと、アンタも、動ける!?」

 

春雨「わかりました…!」

 

狭霧「…何が起きてるんですか」

 

キタカミ「…わからない…何も、少なくとも私の把握できる範囲は越えた…既に」

 

アケボノ「キタカミさん」

 

キタカミ「アケボノ…!」

 

アケボノ「島風さんから連絡です…綾波を見つけたと…」

 

キタカミ「…それって…」

 

狭霧の方を見る

 

狭霧「…恐らく、こちらの」

 

 

 

 

 

 

海上

駆逐艦 島風

 

島風「…あれ、暴走してる…?」

 

大軍をたった1人で…"破壊"している、あの黒いモヤを纏って

その行為には一切の躊躇いがなく、情け容赦なく…

殺戮としか言いようのない行為が繰り広げられている

 

天津風「…深海棲艦の頭だけを、破壊してる…」

 

荒々しいのではない

頭部、胸部のみが破壊された深海棲艦が無造作に転がっている

両脚が落とされた個体も居る

 

…計算されている?

よくよく観察すると、ほとんど全てが近接攻撃だが…遠距離から攻撃を仕掛けようとした深海棲艦は脚を撃ち、立てなくされている

 

天津風「…ね、ねぇ…」

 

島風「…綾波だ……」

 

見間違えようがない

すぐに無線を繋ぐ

 

島風「聞こえてますか!こちら島風!作戦海域より北、綾波を発見…1人で深海棲艦と交戦してます!」

 

アケボノ『綾波?……事実なんですが、それは』

 

島風「間違いありません…」

 

アケボノ『急いでその場から離れてください、綾波のそばにいるのは、危険です』

 

…その通りだ

危険だ、早く、離れないと…

 

天津風「島風!何してるの!?早く離れないと…!」

 

島風「……」

 

愕然とした

綾波の姿が一瞬視界から消えた

 

次の瞬間には目で追えたけど…

 

私のトップスピードの様な無茶苦茶な速度で、短い距離を右往左往、跳ね飛び回り、敵を仕留め、破壊し…

 

しかし、聴こえてくる気がする…異様な音

 

骨が砕ける音

筋肉がちぎれる音

 

島風「…保たない…あれじゃ、保たない…」

 

体そのものを、使い潰そうとしてる様な…

 

天津風「島風ってば!」

 

島風「あ……わ、わかってるよ…」

 

少しずつ、後退する

 

光景が脳裏に焼き付いていく

聴こえるはずのない音と共に

 

 

 

 

 

潜水艦 イムヤ

 

イムヤ「…まだ、終わらないの…?」

 

無限に湧いて出てくる潜水艦

残弾はつきかけ、一度戻るにも、既に囲まれている

 

阿武隈『増援が来るはずです!…きっと…!』

 

加賀『来たところで、撤退が上手くいくか…』

 

…どうしたらいいのか

どうすればいいのか

 

イムヤ「…残ってるの全部使って、一方向突破しかない…よね」

 

阿武隈『…取り残されますよ』

 

イムヤ「大丈夫」

 

阿武隈『ダメです…!全員で戻るには、待つしか…』

 

イムヤ「心配ないって、この艤装なら置いていかれたりしないから…!」

 

…大丈夫、大丈夫な筈だから…

 

信頼してる、信じてる、成功を、綾波を

私は私を信じ、綾波の作った艤装を信じて、成功を信じて、賭けたい

 

阿武隈『…マルサンマルに』

 

潮『了解…』

 

イムヤ「了解!」

 

…大丈夫、何も怖がる事はない、失敗して死ぬのは、私1人だから…

 

何も、怖くなんか…

 

阿武隈『攻撃開始!!』

 

イムヤ「何一つ、怖くなんかない…!!」

 

一方向を狙い撃ち、大きく海が唸る

荒れた海を突っ切り、撤退の為に一方向へ進み続ける

まっすぐ、ただひたすらまっすぐ

 

イムヤ(置いていかれたかな、無線を使う余裕はないよね…でも……いや、そろそろ一度浮上したい…)

 

追従してくる敵はいない

 

真下から、靴底を見上げる

 

イムヤ(人数分あるし、みんなちゃんといる…かな)

 

ゆっくりと浮上しようとする

 

阿武隈『イムヤさん!何処ですか!』

 

イムヤ「え?真下…」

 

阿武隈『敵潜水艦だらけです!方向を間違えてませんか!?』

 

イムヤ「え、嘘…!?」

 

つまり、真上のは…敵

 

そうだ、何故、一番遅い私がこれだけ進んでまだ真下に居られるのか

とうに置いていかれてもおかしくない

 

イムヤ(きゅ、急速潜航!…え…脚が、固まって、動かない…)

 

脚が、急に動かなく…

無理矢理体を折り、潜航しようとした瞬間、イ級に喰いつかれる

 

イムヤ「がぁっ…!?」

 

体を齧られたまま…海面に連れていかれる

 

イムヤ「やめ…!この!離せ!!」

 

逃げられない…

逃れる術は、ない

 

イムヤ「あ…」

 

水上型の深海棲艦がこちらを向く

そして、主砲が差し向けられる

 

イムヤ(終わった…!)

 

目を瞑り、衝撃を堪える…

 

 

 

イムヤ「……っ…?あ、あれ…?」

 

来ない

砲撃が、来ない…

イ級の歯が、噛む力が、緩んで…

 

海が血で赤く染まっている

 

バラバラに切り裂かれた深海棲艦が転がっている

 

イムヤ「…これは…?」

 

視界の端に、黒い手袋に包まれた手が映る

 

春雨「遅くなりました、助けに来ましたよ」

 

イムヤ「は、春雨…!?」

 

春雨「貴方達がまだ鎮守府近海に居てよかった…!…急いで補給をしてください!再出撃します!」

 

イムヤ「春雨!綾波といなくていいの!?」

 

春雨「……綾波さんは、深海棲艦に攫われた様でした、あきつ丸さんの牢に海につながる大穴があり、その上に…アトランタさんとアイオワさんも、深海棲艦が連れていったと証言しました」

 

イムヤ「…そんな」

 

春雨「直ぐに追いかけますが、先に補給です」

 

イムヤ「待って!阿武隈達が…!」

 

春雨「そっちは心配ありません…アケボノさんが行きました」

 

 

 

 

 

戦艦 レ級

 

レ級「……終わりですか」

 

海面に浮上し、辺りを見渡す

 

阿武隈「あ、ありがとうございます…」

 

肌の色がだんだんと戻っていく

 

アケボノ「それより早く補給を済ませてください、キタカミさんが高速艇を回してきます、それと…先行している島風さん達曰く、3桁ではきかない大軍を発見したと」

 

加賀「つまり、千を超えるということですか」

 

アケボノ「近くの島に避難し、高所から確認したところ…貴方達がフィリピン方向に行った時と同様のものを見たそうです」

 

加賀「……そんな数、この人数で倒し切れるとは思えませんが」

 

アケボノ「……既に、全滅しています」

 

阿武隈「え?」

 

アケボノ「見える範囲の深海棲艦は全滅した…と、報告がありました」

 

阿武隈「どう言う…」

 

アケボノ「つまり、今から行うのは…死に損ないを片付けるゴミ処理、そして…最悪の場合、怪物退治もしなくてはならないでしょうね」

 

阿武隈「…怪物っていうのは…」

 

アケボノ「綾波です、もし、またそうなるのなら…覚悟は決めてください」

 

潮「そんな…」

 

 

 

 

 

 

 

綾波

 

綾波「……ああ、やっと見つけた…私を、探していたんでしょう?」

 

怯えなくてもいい、恐れる事は何もない

 

暴力の先に、幸福な世界はない

戦いの為に発展した化学の先に待つのは破滅だ

 

私は、破滅する

 

しかしそれは、お互い様だろう

 

駆逐古鬼「…バカナ…アノ数ヲ全滅サセタ、ノカ…」

 

綾波「貴方がまだ隠している兵隊以外は…ね」

 

駆逐古鬼「バケモノメ…!」

 

綾波「化け物?…笑わせないでくださいよ、深海棲艦が曲がりなりにも人間に化け物とは…」

 

駆逐古鬼「…然シ、随分ト傷ヲ負ッタナ…!貴様モココマデダ!」

 

立ち止まり、自分の身体をチラリと見る

確かに両手両脚、共にズタズタだ

身体が耐えられなかった

 

私は島風さんの様に美しい筋肉配列ではない

あの速度に生身で耐えられるのは、まさに天の才だ

 

私はその分野においては、平凡以下だ

 

故にこうなった

 

綾波「…まあ、深海棲艦につけられた傷ではないのですがね」

 

指先をピッと振る

鮮血が辺りを汚す

 

綾波「さて、これにて、全滅していただきましょうか」

 

全ては計画の通りに



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潜水棲姫

ソロモン諸島 近海

綾波

 

綾波「さあ、持ってる戦力…全部吐き出しなさい」

 

大将首なんて後回しでいい…

 

戦艦級、駆逐級、空母級、巡洋級…どれも海の中から無限に出てくる

よくもまあ、これほどの数を集めたものだ

 

綾波(本当にこれで全部だろうか、本当にこれが全戦力なのか)

 

まだ、確信を持てない

だけど…もう、待てない

 

綾波「……おっと」

 

深海棲艦の砲撃が電撃に弾かれる

 

綾波「考え事をしてると…危険ですね」

 

主砲も魚雷も、とっくに弾が切れた

スペアも使い切ったし、何もかもを使い果たした

カートリッジなんてオートガードぐらいだ

 

綾波「でも、十分すぎる」

 

あと残されたのは、私自身の肉体と

鈍器として振りまわす主砲のみ

 

綾波(刀でも持てばよかった)

 

主砲を振り回すたびに腕に激痛が走る

血が撒き散らされ、出血が酷くなる

 

駆逐古鬼「何ヲ手コズッテイル…!」

 

砲撃を交わし、最低限受け、とことん殴り倒す

 

綾波(…ダメだな、だんだん、意識が鈍ってきた)

 

強烈な眠気

もう終わろうと囁く声がする

 

幻聴だ、でも、それに屈すれば私はあの幸せな世界にまた閉じこもることができる

 

…それの何が良いのか

私の正義は何処に行った、私の宝物を傷つけた奴等への復讐は何処に消え失せた

 

綾波「…おや」

 

身体をのけぞらせて振り下ろされた刀をかわす

 

綾波「良いもの持ってますね、それ、くれませんか?」

 

次の攻撃を前腕で受ける

刀が肉を割き、骨に当たる

 

駆逐古鬼「良クヤッタ!モウ左腕ハ動クマイ!」

 

綾波「まあ、捨てましたから」

 

ル級の腕を主砲で殴りつけ、刀をもぎ取り、ル級の首を突き刺す

 

綾波「……切れ味悪いですねぇ…錆びてるところもあるし」

 

横に振り抜き、首を裂く

 

片腕で振るうにはやや重いか

しかし大した問題ではない、今一番欲しかった、弾切れしない、殺しやすい道具

 

綾波「…最良ですね」

 

駆逐古鬼「…怯ムナ!ヤレ!」

 

砲撃を剣先でいなし、駆けて振り抜き敵を斬る

刀は確かに振り抜いた、が…敵は両断できない

仕留めきれない

 

綾波「…足りない、速度も、鋭さも」

 

黒いモヤが、私の体を包む

 

駆逐古鬼「ナ、ナンダ、ソレハ…!」

 

綾波「……私の、"綾波"の異名はご存知ですか?…ここは、ソロモン海、私は綾波」

 

ソロモンの鬼神であり

 

綾波「私が名を冠する(ふね)は、黒豹という異名を賜ったとか…ですので、この黒は…私に、良く似合う」

 

駆逐古鬼「…エエイ!サッサト殺セ!」

 

綾波「手負いの獣は、怖いですよ…特に、我が子を守る親は」

 

意識を呑ませる

刀を握る手が、より強く強張る

全身の痛みが、感じられなくなり…

 

綾波「……」

 

目の前の敵をもう一度見定める

 

 

 

 

 

 

太平洋 高速艇

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「…潜水艦、あとどんだけいるんだよ…全然ダメじゃん、このままじゃ」

 

…もう何時間進んでるのか

敵を殲滅しながら本隊を探し、戦い続けているのに一向に敵本体が見つかる気配がない

潜水艦もどんどん逆に数が増えてる…

 

阿武隈「この辺り…どこだろう……あ、キタカミさん、前方に島が…!」

 

キタカミ「……あそこは……アレだ!トラック諸島…!」

 

ここまで来るのに滅茶苦茶時間かかったとは思ってたけど…

 

キタカミ(あーもう、頭回ってない、敵との戦闘に集中してそれに気づかない?2000キロは離れてる事になる…)

 

アケボノ「キタカミさん、先に進んでいるイムヤさんから、姫級を見つけたと…しかも2体」

 

キタカミ「……じゃあ、それをぶっ倒せば今回の戦いは決着?」

 

アケボノ「いいえ、頭を潰しても大量の深海棲艦が居ます」

 

わかってはいる

この大量の深海棲艦を倒し切らなくては…

 

キタカミ「っと…?」

 

この匂いは…

 

キタカミ「佐世保の連中?」

 

川内「ハズレ!」

 

阿武隈「うわぁっ!?」

 

キタカミ「川内…!なんでここに…」

 

川内「狙いは同じ、殲滅しようと思ってね」

 

瑞鶴「夜通し移動してたから疲れたー…ちょっと乗せて」

 

キタカミ「瑞鶴も居たんだ」

 

加賀「ほら、手」

 

加賀が瑞鶴を引き上げる

 

神通「あとは、私と」

 

那珂「那珂ちゃんだよー!」

 

キタカミ「……ホントどっからでも湧いてくるな」

 

神通「言い方に棘がありますね」

 

那珂「それよりー、姫級はいた?」

 

キタカミ「いる、それも2体」

 

川内「それさえやれば、とりあえずは落ち着くかな?」

 

キタカミ「…いや、そうでもないんだよね」

 

綾波が戦っている事と、Linkの事、それから、もう1人のアヤナミが連れ去られたことを説明した

 

川内「……今は姫級を倒す事に専念しよう、いい?」

 

キタカミ「もちろん」

 

 

 

 

 

 

潜水艦 イムヤ

 

イムヤ「…姫級の潜水艦か…ねぇ、どのくらい強いの?…綾波に操られてた私よりも強い?」

 

双子棲姫-白「ノコノコ、来タノネ…カンゲイシマショ?」

 

双子棲姫-黒「アア、ワカッテルヨ、姉貴」

 

イムヤ「どのくらい強いかって聞いたんだけどなぁ……」

 

2体の深海棲艦を視界の中心に捉え、しっかり狙う

 

イムヤ「…くら…っ!?」

 

また身体が、動かない…

なんで…どうして…

 

双子棲姫-黒「……ナンダ…オ前モ同ジジャナイカ」

 

イムヤ「…おな、じ…?」

 

動かなくなった身体に、なんとか視線をやる

四肢の先端が白く、染まり始めている

 

イムヤ「…え……」

 

双子棲姫-白「…貴女モ私達ト同ジ」

 

イムヤ「…嘘…嘘嘘嘘嘘!!そんなわけない!!こんなはずない!」

 

なんで?

私はもう深海棲艦じゃないのに、こんな事になるはずないのに…!

 

イムヤ(まさか、綾波の艤装が……ダメ!疑うな!)

 

そんな訳が、ないんだから

 

イムヤ「アンタらなんかと一緒に…しないでッ!!」

 

魚雷を発射する

しかし、的が外れている

 

双子棲姫-黒「イッ緒ニスルナ、カ…」

 

双子棲姫-白「仲良クハデキナイノナラ…」

 

イムヤ「…え…?」

 

潜水棲姫と同様の艤装が展開される

かつて、私が成ったソレと同じ艤装が二つ

 

生体部分の怪物がこちらに大口を上げて迫る

 

イムヤ(…大丈夫、アレはかつての私の力と同じ、だから…!)

 

身体が、動かない

 

肘まで、膝まで…白く染り、艤装が変質を始める

 

イムヤ「……嘘でしょ…?やめてよ…やめてよ!!信じさせてよ!疑わせないでよ…綾波は…私の大事な友達なの…!」

 

このまま、また深海棲艦になるのか、それともここで食い殺されるのか

 

末路は、見えた

 

双子棲姫-黒「喰ラエ」

 

その声に反応して前を見る

双子棲姫の艤装が、もう、そこに

 

イムヤ(…っ……)

 

…目を瞑った

抵抗することもできないのだから

 

ただ、怯え、耐えるしかできないのだから

 

私には

 

イムヤ「…痛く、ない…?」

 

目を開く

…艤装が、居ない…?

 

イムヤ「…!」

 

やや下に、ぐったりと沈んでいく生態艤装…

誰が…やったの

 

双子棲姫-黒「…ナンダ、オ前ハ…!!」

 

双子棲姫-白「深海棲艦…ダトイウノニ、敵対スルツモリカ…!」

 

イムヤ「…え…?」

 

…助かった…

 

レ級「なんという事はありません、私はただ……守らなくてはならない」

 

イムヤ「アケボノ…!」

 

双子棲姫-黒「ナンダ…貴様…!」

 

レ級「この人間の、友達ですよ、ね、イムヤ」

 

アケボノがこちらを見て笑う

姿が完全にレ級に成っている

 

…コントロールしている、深海棲艦の力を

 

双子棲姫-白「……深海棲艦デハナイ」

 

レ級「その通り、私は人間です、この姿は…訳あって、成れるだけ…さて、しかし…2対1というのはあまりにも卑怯でしょう」

 

双子棲姫-白「……私ガ」

 

レ級「では…イムヤ」

 

イムヤ「…何」

 

レ級「人払いはしてあります、解放してください」

 

イムヤ「…解放…?」

 

レ級「…深海棲艦の力を、使って下さい、貴方なら扱える」

 

イムヤ「……深海棲艦の…」

 

レ級「もし暴走しても、私が止めましょう…貴方は、私と綾波を信じればいい」

 

イムヤ「…アケボノと、綾波を…」

 

…そうだ

何を怯えていた

 

私には…

 

レ級「さて、行きますよ」

 

双子棲姫-白「ッ!?」

 

アケボノの尻尾が片方の深海棲艦に喰らいつく

 

レ級「これでも…水上戦以外の心得がないもので」

 

アケボノが深海棲艦を連れて急速浮上する

 

双子棲姫-黒「…オ前ヲ先ニスルカ」

 

イムヤ「…1人になっちゃったけど、大丈夫?」

 

もう、体は固まらない

こわばって動かなくなることもない

 

双子棲姫-黒「オ互イ様ダロウ」

 

イムヤ「…違う、私は1人じゃない」

 

双子棲姫-黒「ナニ…?」

 

イムヤ「私には…綾波やアケボノ以外にも、たくさんの仲間がいる…だから、私は、怖くない」

 

…身体が白く染まる

綾波の作ってくれた艤装が変化する

 

双子棲姫-黒「…ソノ姿ハ…!」

 

潜水棲姫「…また、この姿になるなんて」

 

今ならわかる

アケボノが、どんな思いで戦ってるのか

 

喰われる…命が

 

潜水棲姫「あんまり長くは戦えない…でも!絶対に、私が倒す!!」

 

艤装から魚雷を射出する

 

双子棲姫-黒「小賢シイ!」

 

魚雷を撃ち合う

直撃はしない、それでも確実にお互いがダメージを負う

 

双子棲姫-黒「チッ!!」

 

威力はこっちが上

当てさえくれば倒せるけど…

 

潜水棲姫(…一撃くらえばアウト…常に命を喰われてる感覚…身体中が痺れて、フワフワする…脳が痙攣してるみたいにバチバチしてヒリヒリする…)

 

…まだ、慣れてない

入ってくる情報が多すぎて、脳が正確に処理できていない

 

このままでは…

 

双子棲姫-黒「…ニブイ!!」

 

潜水棲姫「ぁ…!」

 

頭がぼうっとして接近する魚雷への反応が遅れた…!

 

炸裂した魚雷の衝撃を受け、吹き飛ぶ

 

潜水棲姫「ごはっ…あ…!」

 

双子棲姫-黒「アハハッ!!ウットオシインダヨ!!」

 

動きがブレた瞬間に、一切に魚雷が飛んでくる

 

潜水棲姫(…無理…!)

 

 

 

 

 

 

秘書艦 アケボノ

 

アケボノ「……おや」

 

双子棲姫-黒「…ナンダト…オイ!姉貴!ユルサナイ…ユルサナイカラナァッ!!」

 

アケボノ「それはお互い様でしょう、イムヤは…やられたのですね」

 

双子棲姫-黒「オ前モ…フットバシテヤル!」

 

魚雷だけじゃない

艦載機を射出し、攻撃してくる

 

アケボノ「……貴方のお姉さんは、どうやって倒されたと思いますか」

 

艤装を、召喚する

 

双子棲姫-黒「……エ…ナンダ…ソレハ…」

 

肌が、白く染まる、衣服が切り替わる

 

レ級「…これが、私の力の…一端」

 

離島棲姫と飛行場姫の艦載機を飛ばす

空を覆うほどに

 

戦艦棲姫の艤装を出し、魚雷を受けさせる

 

レ級「…ああ、艤装を扱ってるのは…当然私1人、1対1ですよ…卑怯なんて、言いませんよね?」

 

双子棲姫-黒「…ナ…!」

 

一斉射

 

双子棲姫-黒「ウガァァッ!!…ナ、ナンデ!ナンデソンナ…!」

 

レ級「…まだか、心は折れてるようなのに、頑丈な人だ…諦めれば楽になるのに」

 

詰め寄り、尻尾で弾き飛ばす

 

双子棲姫-黒「アグァッ!!」

 

レ級「もう一撃」

 

尻尾の艤装の先端の口が開く

大口径の主砲から砲弾が飛ぶ

 

双子棲姫-黒「ヒッ…!?」

 

どこまで吹き飛ばしたか…いや

 

レ級「なんだ、心配して損しました」

 

イムヤ「…心配…して、くれたんだ…」

 

双子棲姫をイムヤが掴み、魚雷発射管を突きつける

 

イムヤ「…ちょーっと……痛いけど…!」

 

アケボノ「うわ…」

 

ゼロ距離で、ありったけの魚雷を突き刺し、離脱…

 

双子棲姫-黒「ソンナッ!!コンナノ…!」

 

双子棲姫が爆発を受け、ズタズタになる

 

アケボノ「…死んだフリしてたんですか?」

 

イムヤ「そうじゃなくて、艤装が…庇ってくれたの、潜水棲姫のやつ……生体艤装だったから、勝手にね……それで間一髪生き延びた…でも、あの姿を維持する体力もなくて」

 

アケボノ「ギリギリの勝利、か…情けないですね」

 

白い方を掴み、持ち上げる

 

イムヤ「初めて使ったんだから許してよ!…でも、アケボノはアレを使いこなしてるなんて…凄いね」

 

イムヤさんが手に艤装をつけ、黒い方に向ける

 

アケボノ/イムヤ「「データドレイン」」

 

これで、頭目は仕留め切った



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peaceful

フィリピン

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「五名全員無事でしたか、よかった」

 

龍驤「な、なんや?あんたら…日本語喋っとるのに、ほぼ外人やし…どこの誰なんや…」

 

狭霧「我々は、Link…海を繋ぐ者です、あとこれ、そちらのキタカミさんから任を賜った証明になります」

 

書類を渡す

 

龍驤「…確認したわ、どうやらマジに助け舟みたいや…良かったぁ……あと何日持つか数えんのが億劫になる前でホンマに助かったわ…」

 

狭霧「…随分参ってるみたいですね」

 

龍驤「まあなぁ…食料も食い尽くしたし、そうなると現地で勝手にとるほかないやろ、でもこの辺の魚やらなんやらを取る道具もない」

 

狭霧「食糧を積んでなかったんですか?」

 

龍驤「いや、現地の人らに配ってもうたんや、食糧難はみんな同じやしな」

 

狭霧「それは徳の高い事で」

 

龍驤「せやろせやろ、ま、正直言うてここまで遅うなると思っとらんから、ついな」

 

狭霧「とりあえずですが、早速二式大艇の方に、ここに長居はできません、それに…未だ戦いは続いています」

 

龍驤「…せやな」

 

龍驤(ずっと気ィ張っとったから…休ませてやりたい気持ちはあるけど、そういう訳にもいかんか…)

 

春日丸「…あの」

 

狭霧「何か」

 

春日丸「……いえ、すみません、なんでもありません」

 

狭霧(…主人を求めているかの様な、不安そうな目…綾波さんに会いたいのでしょうが、そもそもここにはいない……綾波さんは、今どうなっているのか)

 

二式大艇を直接戦地に向けるのは正直危険だが

行くしかない

 

 

 

 

 

 

ソロモン諸島 近海 駆逐古鬼のアジト

アヤナミ

 

輸送級の体内から、ゆっくりと排出される

久方ぶりに見た空はすでに日が昇っていた

 

アヤナミ「……」

 

あきつ丸「綾波様、到着致しました、ここに我々の同胞がおります」

 

アヤナミ「…そうですか」

 

まだ迷いはある…が

駆逐棲姫、綾波、その、2つの名が残した爪痕を知った今

この行為に躊躇いはなかった

 

私は私の進むべき道を進む

すでにレールが敷かれているなら

 

私はそれを進むのみだ

 

駆逐古鬼「来タカ」

 

あきつ丸「は…綾波様をお連れいたしました」

 

駆逐古鬼「…フム…使イ道ハアルノカ」

 

あきつ丸「綾波様なら、海域全ての深海棲艦を統べることもできましょう、必ずやお役に立つかと」

 

駆逐古鬼「マア、良イダロウ……丁度、補充ガ必要ダトオモッテイタ」

 

アヤナミ「…一つ、伺っても」

 

駆逐古鬼「ナンダ」

 

アヤナミ「貴方は」

 

駆逐古鬼「…駆逐古鬼ダ、今、コノ瞬間ヨリ貴様ノアルジトナル」

 

可能な限り身体を傾け、頭を下げる

 

アヤナミ「…よろしくお願い致します」

 

駆逐古鬼「折角ダ、良イ物ヲ見セテヤロウ」

 

 

 

 

あきつ丸「これは…?」

 

駆逐古鬼「ツイ、先程ノ事ダ、私ノ兵ヲスベテ打チ倒ストイウ事ヲヤッテノケラレタ…毒ヲ喰ライ、四肢ヲ落トサレテモ…私ニ歯向カッテキタ…コレハソノ時ノ傷ダ」

 

衣装から覗く駆逐古鬼の背中は大きく裂けていた

 

駆逐古鬼「…然シ、ダカラコソ…コレニハ価値ガアル……我ガ手駒トナッタコレニハ」

 

ソレに無数に繋がれた管

虚を覗く片眼

 

アヤナミ「……」

 

鏡写しの、私

 

駆逐古鬼「コレハ最強ノ兵器ダ…駆逐水鬼ハ、モウマモナク完成スル」

 

駆逐水鬼…これが

 

アヤナミ(……これを、私は…)

 

 

 

 

 

 

 

海上 

駆逐艦 春雨

 

春雨「…潜水艦、可能な限りの掃討は終わりましたが…」

 

川内「こっからどこ行くの?」

 

イムヤ「確かに、どこに行けばいいかわからないと…」

 

神通「いいえ、わかります」

 

キタカミ「ちょっとでも匂わない?……この、濃ぉい…血の匂いがさ」

 

川内「…言われれば、血の匂いはするけど…」

 

神通「少し南進すればわかります、道導は無数にある」

 

 

 

 

 

川内「な、なにこれ…!」

 

那珂「…どれだけの戦闘が、ここで…」

 

深海棲艦の死体が海を埋め尽くしている

押しのけずに海を進むことが不可能なほどに

この大海原に山を作るほどの死体が、そこに存在している

 

キタカミ「……うん、やっぱ綾波の匂いがする…」

 

春雨「…え…?」

 

嘘だ、綾波さんは…両足が無い、もし車椅子だけで移動したとしても、自由には戦えない

 

いや、どう説明づけても無理だ、だって…こんな数、いくら雑魚でも…私にも、川内にも無理だ

今居る全員でも、無理、もしくはほぼ壊滅まで追い込まれる

 

春雨(…いや…まさか)

 

綾波さんは、まさか…ダミー因子を手に入れているんじゃ…

バタバタして確認していなかった

もし再誕で全て元通りになっていたら…

 

春雨「……あ…あの」

 

キタカミ「…どうしたの」

 

川内「なんか、まずそうどけど」

 

 

 

川内「…再誕をもし、綾波に取られてたとして…」

 

キタカミ「……これをやる意味ってなんだろうね」

 

確かに、私たちと再度敵対するためなら…この数の深海棲艦を倒す理由がわからない

掌握し、自身の手駒とするべきなのに

 

春雨「…じゃあ…」

 

キタカミ「手放しで喜ぶには早いよ」

 

頭に浮かんだ可能性を止められる

 

キタカミ「……進もう、死体が場所を教えてくれる」

 

…真実を、見に行かなくては

 

 

 

駆逐古鬼のアジト

アヤナミ

 

駆逐古鬼「ドウダ、素晴ラシイダロウ?」

 

駆逐水鬼の虚ろな目が私を射抜く

早くしろと、急かすように

 

アヤナミ「……ええ、とても…ですが」

 

だから、私は

 

駆逐古鬼「…ム…?」

 

あきつ丸「綾波様…?」

 

歩き出そう

 

アヤナミ「…再誕…」

 

 

 

駆逐古鬼「ゴホッ…ナ、ナニガ起キタ!!」

 

アヤナミ「一帯を吹き飛ばしただけです、大した事はありません」

 

周りにあった何もかもが、瓦礫になる

何もかもが、無くなっている

 

駆逐古鬼「…貴様…ヤハリカ!!」

 

アヤナミ「わかっていたのなら、招き入れない事です」

 

そのミスのおかげで、私の計画は進む…!

 

アヤナミ(…再誕のお陰で脚が再生した、だけど、体力を消耗しすぎた、今の一回で、私の体力をほとんど持って行かれた…)

 

やむを得ない、できる限りのことはする

 

チラリと後ろを見る

あきつ丸さんは、しばらくは起き上がらないだろう

駆逐水鬼は完成前に止められた

 

アヤナミ「…後は、私が頑張るからね…綾ちゃん、もう、良いよ…ゆっくり休んでください」

 

…眼が、再誕が、全てを教えてくれた

記憶も、何もかもが戻ってきた

 

例えそれが戻らなくても、例え脚がなくても、例え動くことさえ叶わなくても

私はもう決めていた

 

アヤナミ「…私は、この世界の最後の砦になりましょう」

 

駆逐古鬼「…ハハッ…ハハハッ!!ソウハイクモノカ!」

 

駆逐古鬼が艤装を召喚し、こちらに撃ち込んでくる

 

アヤナミ「…!」

 

しばらく無かった脚での動きには、身体が慣れていない

どう動けば良い

 

どう戦えば良い

 

アヤナミ(…大丈夫…私は、まだ、頑張れる…)

 

ステップを踏むように砲撃をかわし、接近を試みる

 

駆逐古鬼「艤装モナイ貴様ニ負ケルト?…舐メルナ!!」

 

アヤナミ「…!」

 

肩に被弾

地面を転がり、突っ伏す

 

駆逐古鬼「ハハハハハ!!…コレハ、僥倖ダ…取リ逃シタチカラガ、自ラノコノコヤッテクルトハ…」

 

近づいてくる足音を聴く

そうだ、後少し、もう少し…

 

駆逐古鬼「モウ一度、目ヲ抉ッテヤル、ソシテ…殺ス」

 

アヤナミ(今だ!!)

 

起き上がりざまに殴りかかる

 

駆逐古鬼「…ハ……」

 

…私の攻撃はようやく届いた、しかし…

 

駆逐古鬼「効カンナ?コレデ倒スツモリダッタノカ?マサシク児戯ヨ、ナニモデキズ死ヌカ」

 

アヤナミ「…そんな…」

 

…今の私の力は、ただの人間のそれと何も変わらない…

まさか、そんなわけ…

 

いや、これが現実…

 

 

 

 

 

駆逐艦 春雨

 

春雨「あれは…」

 

キタカミ「……色々、遅かったのかな…」

 

たった今、綾波さんの目が、引き抜かれた

まさしく、この瞬間に

 

駆逐古鬼「…仲間カ、ククッ…遅カッタナ…!」

 

深海棲艦が綾波さんを投げ捨てる

意識が無いのか、それとも死んでいるのか、ピクリともしない

 

春雨「……許さない…絶対に…!」

 

両手を振るう

籠手から刃が飛び出す

 

キタカミ「…冷静になりなよ、敵は、1人じゃない」

 

駆逐古鬼「…ハハハ…完成シテイタカ…!起動シタ…完全ニ…」

 

瓦礫の中から、ソレが姿を表す

 

春雨「え…」

 

キタカミ「……2人とも、ここにいたわけだ」

 

駆逐水鬼「……」

 

春雨「…綾波、さん…?」

 

…今さっき、投げ捨てられたのは?

そして、目の前にいる、この敵は…

 

キタカミ「……やるよ」

 

川内「春雨!ボサッとしてないで!」

 

春雨「…どうなって…」

 

神通「2人いた、と言うだけでしょう」

 

どういうことだ

何故2人いる

 

春雨(わからない、わからない…!)

 

川内「春雨!!」

 

春雨「…ぇ」

 

いつのまにか、目の前にいた駆逐水鬼の腰から伸びた大腕が私に向けて伸びる

 

神通「はぁッ!!」

 

神通の槍、そしてAIDAの腕がソレを受け止める

 

駆逐古鬼「サア、全部、殺セ」

 

深海棲艦が瓦礫の山の奥へと消えていく

 

川内「逃がす…かッは…」

 

川内が砲撃を受けて吹き飛ぶ

 

駆逐水鬼「……」

 

那珂「川内姉さんじゃなくて…那珂ちゃんを見てよ!!」

 

那珂が接近戦を仕掛け、神通から引き離す

 

神通「那珂ちゃん!絶対に腕の攻撃をくらわないで!一撃でもくらえば…」

 

那珂「わかってる!」

 

…目の前で起きてる光景が、まだ理解できない

 

キタカミ「聞こえる!?こっちキタカミだけど!!」

 

キタカミさんが無線に怒鳴る

 

狭霧『はい、聞こえています』

 

…無線の相手は、鎮守府で見かけた人か

 

キタカミ「…綾波、殺されてたよ」

 

狭霧『……そうですか』

 

キタカミ「どうなってんの、綾波は、なんで…」

 

狭霧『なんでも何も、ありません…綾波さんは1人で戦い続けた、1人だったから、孤独だったから、何もかもを失った』

 

…1人で、戦っていた?

 

綾波さんにとって、私達は?

イムヤさんは?敷波さんは?朧さんは?私は?

 

…仲間では無かったのか

私達は、分かり合えていなかったのか

 

狭霧『…急行します、それまで、うまく時間を稼いでください』

 

キタカミ「…了解……でも、時間稼ぐったって…」

 

狭霧『適任を、送り込んであります』

 

キタカミ「……ああ、こりゃ確かに」

 

風が、流れる

 

ピリピリと肌に感じる、向かい風

 

アケボノ「…増援か」

 

アケボノさんに釣られて振り返る

 

春雨「何処に…」

 

アケボノ「少し、上です」

 

そう言われて、視線をやや上にあげる

 

もうすぐそこまで迫っていた

 

朧「せいっ!やぁぁぁぁッ!!」

 

朧さんが駆逐水鬼を蹴りで吹き飛ばす

 

駆逐水鬼「っ……」

 

朧「…綾波、止めに来たよ」

 

春雨「朧さん…!綾波さんは…」

 

朧「春雨、細かい話は後、今は綾波を止めよう……綾波もそれを望んでる」

 

…やはり、この駆逐水鬼は綾波さんなんだ

 

構え、姿勢を低くする

 

春雨「…はい」

 

朧「綾波、安心して、絶対に、止めるから」

 

春雨「……綾波さん…」

 

朧さんの眼は、綾波さんの事を信じていた

 

なら、私も信じる

綾波さんの事なんて、何も分かってない

私はあなたの強さを、頑張りを、碌に知らない

 

…だけど

 

春雨「…今ここで、私達が止めます…!」

 

踏み込み、斬りかかる

 

駆逐水鬼「っ」

 

目が、合う

片目はない、然し…感じる、まだ…

 

この人の意識は完全に死んでないと私は信じる

 

春雨「どうして…誰かを頼らなかったんですか!どうして私を頼らなかったんですか!!」

 

大腕の軌道を読み、跳び上がって攻撃をかわす

 

春雨「あなたは一人なんかじゃないのに!」

 

呼び掛けに、応えてくれる事を信じて

もう一度、意識を取り戻してくれる事を信じて

 

駆逐水鬼「……」

 

春雨「あなたは特別なんかじゃ、ないんですよ…!!」

 

…だから、ただ、帰ってきて欲しかった…なのに…

 

駆逐水鬼「…いいえ、特別です」

 

朧「!…意識が」

 

キタカミ「……チッ…!」

 

私の両脇を砲弾がすり抜ける

その砲弾は、大腕に弾かれ、防がれる

 

駆逐水鬼「私は、特別な存在です」

 

春雨「…綾波、さん…」

 

……相容れない

そう言う事なのか

 

…いや

 

春雨「違う…!私は知ってる、あなたを……貴方は強い人です!なのに、目を背けた…誰にだって目を背けたくなることがある!誰だって苦しくて、誰だって辛くて……だから…あなたは、特別なんかじゃないんだ…!!」

 

駆逐水鬼「……いいえ、もう一度言いましょう…特別だと…それは、あなたも、私も…同様に」

 

キタカミ「春雨!もう諦めな…」

 

川内「一回死んで、諦めてないなら…」

 

朧「綾波!!」

 

春雨「……ああぁぁぁぁッ!!」

 

願わくば、この刃を振るうのは、最後であって欲しい

人を傷つける事は、もうしたくない

 

それは、みんなが望んでる事

 

キタカミ「もう、迷うな……合わせるよ…ここで仕留める!!」



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Over the evolution

二式大艇 機内

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「……通信が繋がらない…妨害されている…」

 

グラーフ「繋がりにくいだけではないのか」

 

狭霧「いいえ、通信関係の掌握は綾波さんの1番の得意、戦いにおいて、これをやらない理由はない…」

 

そして、この感覚

前方に映る破壊の後

 

狭霧「……最悪ですね」

 

もし、綾波さんが…そう望んでいるなら、私達は応えるしかない

 

悪になる事はない、私たちの意志は正義のためにある

 

狭霧「…先射出した朧さんとも連絡が取れない、何が起きてるのかも把握しきれない」

 

グラーフ「…艦載機を出すか」

 

狭霧「この位置からの発艦は最高難度ですよ」

 

グラーフ「関係ない、アーク!神鷹!」

 

神鷹「や、Ja(はい)!」

 

アークロイヤル「任せておけ、この程度!!」

 

ハッチを開く

艦載機が落ちるように飛んでいく

 

グラーフ「ぐ…この!持ち直せ!…良し…!」

 

アークロイヤル「神鷹!動かせてるか!?」

 

神鷹「ほ、方向が、うまく…いかない…!」

 

グラーフ「一度真っ直ぐ下に向けて行かせろ!スピードに乗ったら徐々に方向を変えるんだ!!そのまま方向を変えると機体に負荷がかかりすぎる!」

 

神鷹「…ぅ……Das funktioniert nicht.(いうこときいてくれない)…!」

 

アークロイヤル「焦るな!使い潰すぐらいの気持ちで行け!」

 

狭霧「エリアの安全を確認してください!降りられる場所はありそうですか!」

 

グラーフ「一帯に深海棲艦は居ない…だが、あそこか…戦闘してる集団がいる!」

 

狭霧「……何と戦ってますか」

 

グラーフ「…深海棲艦…まて……あれ、は…」

 

グラーフさんの表情が固まる

 

アークロイヤル「……見間違いだ、違う、そんな訳ない」

 

神鷹「……も、持ち直しました…!…あ、れ…」

 

狭霧(反応からして間違いない、綾波さんはやられたか…)

 

グラーフ「…おい!狭霧!よく聞け、私には理解できない光景が広がっている…!綾波が殺されている、だが、深海棲艦も、綾波に見える…!」

 

狭霧「…最悪です」

 

2人とも、殺されたか

 

神鷹「…Solche(そんな)…!Das ist eine Lüge(   こんなの嘘  )!」

 

グラーフ「…狭霧、私はどうすれば、いい」

 

狭霧「……深海棲艦を完全撃破、それだけが、目的です」

 

私たちの、目的であり、望みでもある

 

 

 

 

 

潜水艦 イムヤ

 

…目の前で繰り広げられてる戦いが理解できない

私では力になれない

 

わかってる、でも…戦わなきゃいけないのが、耐えられない

 

ゆっくりと、捨てられた綾波に近づき、うつ伏せのそれを抱き起こす

 

イムヤ「っあ…!……こんな…」

 

両の目が抉られていた

 

傷つけるのが目的なのか、それとも…どれ程苦しめられたのか、綾波に何ができたのか

脚は何故か再生していたけど…

 

イムヤ「こんなの…酷い…!綾波はもう戦おうとはしてなかったはずなのに…!」

 

アヤナミ「…イムヤ…さん…?」

 

イムヤ「綾波!…ま、まだ、生きて…?」

 

アヤナミ「……よかった…あの、艤装…使わなかった、ですね」

 

イムヤ「え?…いや、艤装は使ったけど…」

 

アヤナミ「え…なのに、生きて…」

 

イムヤ「…綾波…今はしゃべらないで、一度撤退して治療をしてもらうから」

 

アヤナミ「…艤装…二度と……使わないで…アレは…深海の、チカラ…」

 

イムヤ(…深海の力……危険なもの?)

 

今は、いい

とにかく、みんなの元に

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 春雨

 

駆逐水鬼「…そろそろ、本格的に始めますよ」

 

春雨「あれは…カートリッジ?」

 

何か、何かのカートリッジを、大腕に取り込む

 

キタカミ「……絶対にあの腕触っちゃダメだよ」

 

神通「勿論です」

 

神通(…私の目を以ってしても、何かわからなかった…当然わかりやすいラベルなんてない、アレは一体)

 

駆逐水鬼「…全力で…」

 

こちらへと手を伸ばそうとした瞬間、駆逐水鬼の背後からアケボノさんが飛び出す

 

レ級「当然…一切の躊躇いなどない!!」

 

戦艦棲姫、そして自身の尻尾からのゼロ距離の砲撃を駆逐棲姫の背中に撃ち込む

 

駆逐水鬼「……その程度ですか?」

 

レ級「チッ…!火力が足りないか…」

 

キタカミ(弱点になるような部位は…やっぱあの腰の大腕の付け根…そこに全力で合わせ技を打ち込むしかない…でも、どうやって?あの隙だらけに見える棒立ちが恐怖しかない…)

 

駆逐水鬼「……来ないんですか?それとも、もう心が折れましたか」

 

朧「…春雨、キタカミさん、アタシに合わせて」

 

春雨「…私は火力は出せませんよ」

 

手数ぐらいしか、ない

それも接近戦限定…

 

キタカミ「…朧、考えあんの?」

 

朧「ある…だから、2人が動けばみんな動くから…!」

 

朧さんが飛び出す

 

キタカミ「マジ…?」

 

春雨「…やるしか、ないか」

 

正直、不安しかないが…

 

朧(一瞬の隙が有ればキタカミさんが撃ち込んでくれる…その後は、その隙をこじ開ける!!)

 

朧さんへと大腕が向く

拳を作り、朧さんへと伸びる

 

朧(何かを飛ばしたり、撃つ様子はない…触れるタイプか…それなら…)

 

大腕は構造上、腰、背側から伸びている

なら…正面からなら、一瞬腕が伸びる前に見極める猶予がある

 

朧(真正面から殴る!!)

 

朧さんが大腕を殴りつける

 

朧「っ!!…やっぱ…重…!!」

 

キタカミ「バカ!直接殴んなって!」

 

朧「…大丈夫」

 

大腕が爆発し、駆逐水鬼が一歩退く

 

春雨「な…」

 

駆逐水鬼「……主砲を…そうでしたね、あなたの艤装は近接格闘を主体に置いている」

 

朧「綾波が教えてくれたことだよ」

 

主砲をメリケンサックがわりにして、突きつけて撃った

だから完全に腕に衝撃はいかなかったし、与えたダメージも大きいはず…

 

朧「次!」

 

脚部艤装から魚雷が射出され、駆逐水鬼に突き刺さる

 

そして同時に拳での打撃

隙を与えない攻撃

 

春雨(…今なら気付かれずに背後を取れるか…いや、まだ早い……焦るな、落ち着け…)

 

朧「っりゃあああぁぁぁぁッ!!」

 

朧さんの蹴りが、空を切る

 

朧(かわされた…!?流石に何度も正面からは攻撃させてはくれない…いや…それよりも)

 

朧さんが普通の手に脚を掴まれ、振り回される

 

朧「ぅぐ…!」

 

春雨(今しかない!!)

 

背後から大腕の付け根に刃を振るう

 

駆逐水鬼「お待ちしてました」

 

朧「うっ!?」

 

春雨「ぁっ!?」

 

朧さんを私の方に投げ飛ばされた…

朧さんを受け止め、地面を転がる

 

春雨「っ…痛……大丈夫ですか…」

 

朧「うん…ごめん…あ!」

 

鈍い金属音

振り下ろされた大腕を朧さんが両手の艤装で受ける

 

朧(ぐ…砲口が外れてるから、撃てない…!)

 

キタカミ(…いいね、今しかない)

 

駆逐水鬼「っ…」

 

駆逐水鬼の背中を複数の砲弾が撃ち抜く

 

川内「…効いてない」

 

キタカミ「火力が足りてないね、川内、神通、那珂、前行っていいよ」

 

神通「…1人でなんとかするつもりですか」

 

瑞鶴「私忘れられてる?…任せといて、加賀さんの分の艦載機も貰ったし、全部叩き込む」

 

キタカミ「注意する事はただ一つ、同士討ちだけ…朧!!」

 

朧「はい!」

 

駆逐水鬼に正面から一撃、大きく斬りつける

よろめき、一歩…

 

朧「やぁっ!!」

 

朧さんの前蹴りを受け、二歩下がる

 

朧「春雨!主砲全部投げて!」

 

キタカミ「3人とも主砲投げて!」

 

川内「了解!」

 

神通「わかりました!」

 

春雨「えっ」

 

川内達がそれぞれの主砲を空に投げたのを見て、戸惑いながらも投げる

 

朧「……タルヴォス…力を貸して…!」

 

キタカミ「っ……この感覚…そういうこと…!」

 

2人が主砲を撃ち続ける

撃たれた主砲が反応し、駆逐水鬼に向けて砲弾を放つ

 

たった2人が作り出す、圧倒的な弾幕…

 

駆逐水鬼(…これは、要らない)

 

駆逐水鬼は弾幕をすり抜けるように逃げる

 

春雨(避けた…!?)

 

川内(でも、隙ができた)

 

神通(貰いました!!)

 

神通の槍と川内の双剣の斬撃が駆逐水鬼の大腕にダメージを与える

 

川内「!…斬ったのに、再生してる!」

 

神通「あれは再生の効果を持つカートリッジ…いや、増殖か!ならば尽きるまで!!」

 

瑞鶴「2人とも気をつけてよ!!」

 

2人の頭上から爆撃機が爆弾を落とす

 

駆逐水鬼「っ……」

 

駆逐水鬼が片膝をつき、地を見る

 

川内(今しかない)

 

川内「終わらせるよ!!」

 

那珂「わかってる!」

 

春雨(この中で一番破壊力があるのは間違いなく神通…なら!)

 

川内と那珂に加わり、大腕を抑え、駆逐水鬼を拘束する

 

朧(アタシも、やる!!)

 

キタカミ(…神通も朧も行く気か、もうラストチャンスかな…)

 

神通「トドメ!!」

 

朧「やあぁぁぁぁぁッ!!」

 

朧さんの蹴り、神通の槍とAIDAの腕から繰り出される斬撃

それと同時に、落下する主砲からの一斉射…

 

駆逐水鬼(…これが最高火力か)

 

捉えた

 

砲弾も全て当たった、斬撃も、蹴りも確実に捉えた

 

大腕が受けた衝撃に耐えきれず、駆逐水鬼の本体部分が分離し、地面を転がる

大腕はチリになって消え始める

 

朧「…どう…これは…」

 

キタカミ「……!今呼吸した!まだ終わってない!」

 

川内と那珂に合わせて駆逐水鬼に迫る

 

川内(…何か、おかしい……肌の色が戻って)

 

那珂「っ!?」

 

那珂の動きが止まる

 

那珂「……あ……う…ぁ…」

 

川内「那珂…?」

 

那珂「止まって…!」

 

那珂が川内を組み伏せる

 

川内「ちょっと!那珂!…操られてる!?」

 

春雨「…くッ!」

 

川内を無視し、駆逐水鬼に迫る

 

…いや、もはや肌の色も戻ったそれは…

 

綾波「……もう、いいです」

 

春雨「え…?」

 

かわされた

私をかわされた、ほぼゼロ距離を通り抜けられた

朧さん達の方に…

 

朧(来る!)

 

神通「捉える!!」

 

綾波「…もう、その必要はありません」

 

綾波の姿が消える

 

神通「…どこに」

 

綾波「背後です」

 

神通の背後にいる綾波の手には…

 

キタカミ「カートリッジ…?」

 

綾波「…もう、茶番は必要ありません」

 

綾波さんがカートリッジを起動する

 

綾波「改二…」

 

綾波さんの姿が、黒い球体に呑まれ、消える

 

キタカミ「…改二…」

 

アケボノ「また、アレを相手にするのか…」

 

那珂「…違うよ」

 

神通「那珂ちゃん…?もう、操られてない…?」

 

那珂「そもそも、操られてなんかないんだよ…識ったから…姉さんを止めただけ」

 

朧「…川内さんを?」

 

春雨(あの「止まって」は川内に対してだった?でもなぜ)

 

川内「…説明してくれるんだよね」

 

那珂「…うん、全部わかったから」



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I was happy

駆逐古鬼のアジト 跡地

綾波

 

綾波「例えば、100や200の命がかかった状況下において、その者たちが戦えず、死が目前に迫っているとして……自分だけが、行動を起こせるとしたら…」

 

カツカツと足音を鳴らし、歩く

 

綾波「あなたはどうしますか」

 

駆逐古鬼「…知レタ事、利用価値ガアルナラ生カス、無ケレバ殺ス」

 

綾波「…あなたは正義の味方ではないらしい」

 

駆逐古鬼「正義?……巫山戯タ冗句ダ、貴様ガ正義ヲ語ルカ」

 

綾波「正義とは誰にでも語れるものです、そして私の正義は、大義に近い…はずです」

 

駆逐古鬼「今更、ソンナモノヲ掲ゲテ誰ガ貴様ヲ受ケ入レル」

 

綾波「誰も、私を理解しようとはしないでしょう……私のせいでたくさん死んだのは、紛れもない事実ですから」

 

駆逐古鬼「ソレハ、仕方ノナイコトダロウ、世ノ常ダ、凡人ドモハ我々ノヨウナ才能ノ有ル者ノ糧ニナル、理解サレヌガナ」

 

綾波「ほう」

 

駆逐古鬼「貴様ニモワカルダロウ、天才ト名乗ルノナラバ…天才故ノ孤独ガ…我々ハ同志ダ、違ウカ?」

 

綾波「…ふふっ」

 

駆逐古鬼に笑いかける

 

駆逐古鬼「ワカッタカ?私ハ貴様ノ理解者ダ」

 

綾波「天才、か……天才は理解されず、孤独か…」

 

なら、私の宝とは、なんだ

 

綾波「ふふっ…あははっ」

 

駆逐古鬼「…ナニガオカシイ」

 

綾波「…私は天才なんかじゃない」

 

駆逐古鬼「ナニ?」

 

綾波「……私は、ただ…少し周りより頭でっかちで、情けなくて、臆病で…ずっと目を背け続けてるだけの…ダメなやつですよ」

 

…そうだ…だから、矮小な私だからここで、立ち向かう選択肢を選べるんだ

 

綾波「…天才は理解されず孤独…か、才能があるせいで孤立した?随分と笑わせてくれますね」

 

駆逐古鬼「ナンダト」

 

綾波「天才を名乗るなら…全て完璧にやりなさい、やってみせてください、あなたは孤独だと言いましたが……私は孤独じゃない、それに…あなたは部下の扱い方が下手だ、故に…みんな殺されて、孤独になった」

 

駆逐古鬼を指差す

 

綾波「つまり…これは証明です、あなたが天才ではない証明です…本当に天才なら、部下は死んでも守れ…!」

 

駆逐古鬼「…笑ワセルナ…!!」

 

綾波「…さて、始めましょうか」

 

脳を灼き尽くしてやる

 

これが、私の理想…

全てを壊す力で、全てを守ってみせる

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 那珂

 

那珂「…全部、教えてくれた、私の頭の中に流れ込んできた……多分、ゴレのダミー因子を利用したんだと思う」

 

川内「今の綾波は因子を持ってないんじゃ…」

 

春雨「いや……綾波さんは因子を自作したこともあります、それに一度作り上げたゴレなら、不可能じゃない」

 

那珂「一瞬しかなかったから、多分完全ではないんだろうけど……綾波ちゃんは、みんなから本気の攻撃を受ける事で完成する道を選んだ…あの多腕に取り込んだカートリッジは、"空っぽ"だった」

 

朧「…空っぽ?」

 

キタカミ「…なるほどね、読めてきた…力を溜め込むってことだ」

 

那珂「そう、綾波ちゃんのブラックホールは…世界を歪めるほどの力を一点に集中させる、高密度の力の塊……それが改二、それは今手元にない、だからそれを手に入れるために、みんなと敵対したフリをした」

 

春雨「…最初から、意識があったと?」

 

那珂「そうとしか考えられない…それに、攻撃を選んでた…傷つけないようにね…みんな、特に大きい怪我もしなかったでしょ?」

 

キタカミ(…てっきり、私の復讐の一撃を恐れてたんだと思った、でも…そうか、できる限り本気でかかってくるように挑発する程度、綾波は自分から仕掛けたりはしなかった)

 

キタカミ「でも、納得できないね…あの駆逐古鬼ってやつ、そんなに強いの?」

 

那珂「……綾波ちゃんには誤算があった、だから…こうするしかなかった」

 

 

 

 

綾波

 

駆逐古鬼「1ツ、訊カセロ…イツカラ裏切ッテイタ…イヤ、意識ヲ取リ戻シタ…」

 

綾波「……最初から」

 

駆逐古鬼「ナンダト?」

 

綾波「私は確かに殺されました、力尽きて死にましたとも……でも、あなたの支配下に堕ちた事など一度も無いんですよ」

 

手を翳す

正面の空間が歪み、空間が捩じ切れる

 

駆逐古鬼「巫山戯ルナ!深海棲艦化シタ以上、私ノ支配下ニ堕チル!ソレガ当タリマエダ!」

 

綾波「…天才を名乗るなら、当たり前に縛られない事です……私が同じ轍を踏むと思いましたか?前に深海棲艦化した時のことは覚えています、そのくらい対策しますよ」

 

駆逐古鬼「…デキルワケガナイダロウ…!死ヌ前提ダッタトイウノカ…!?」

 

綾波「…少し違う、私は…タダでは死ねない……それと、どうせあなたの事です、私を深海棲艦として再起動するのは想像がついてましたからね」

 

駆逐古鬼「クッ…!」

 

綾波「少し前の私は、今の4分の1の力も出せなかった…今もフルパワーには程遠いですが…これだけ力があれば十分貴方を仕留め切れる」

 

…前の改二の半分程度の力

それでも、圧倒する自信はある

 

綾波「それと、私にも誤算が二つありました」

 

駆逐古鬼「誤算ダト」

 

綾波「あなたに一度殺されかけた事、そしてアヤナミの事です」

 

あの事があったから、再誕はアヤナミの側にわたり、さらには私の記憶を読み取ってしまった

そして、アヤナミは駆逐古鬼と戦う事を選び、惨敗し…駆逐古鬼に再誕が渡ってしまった

 

私の中では、ここまで酷くなる予定はなかった

 

改二は必要なかった

 

駆逐水鬼になって、そして目覚めてすぐ、不意打ちで駆逐古鬼を殺して終わるはずだった

 

それがどうしたことか、再誕を持っているとなるとただ殺しても意味はない

 

そういう事で、私は改二を手に入れる必要に迫られた

 

綾波「ああ、それと…今更ですが、あなたの部下、全滅させておいて本当に良かった…先にあなたを殺してしまってはあの数が世界中に散らばる…あんな大軍、もし数カ所に分散しても処理し切れるところがどれ程あるか」

 

駆逐古鬼「……」

 

駆逐古鬼が渋い顔をこちらに向ける

貴様に全滅させられた、とでも言いたそうだが…

 

綾波「ま、私が処理しておいてよかった…群れのボスを仕留めても、その群れが散って二次被害を出しては…なんの意味もありませんからね」

 

駆逐古鬼「…御託ハ聞キ飽キタ!貴様ハヤハリコノ手デ直接…ァガッ!?」

 

綾波「!」

 

駆逐古鬼「ナ、ナンダ!」

 

大量の艦載機…

瑞鶴さん達が追いついた?いや…

この音、二式大艇か

 

綾波(…情けない姿を見せる事になるなら…さっさと終わらせてしまおう…いや、間に合わないかも知れないな)

 

踏み込み、駆逐古鬼に迫る

 

駆逐古鬼「来ルカ!」

 

駆逐古鬼がこちらに拳を振るう

 

綾波(…駆逐古鬼の、関節の動き…まさか…!)

 

姿勢を屈めて滑り込む、拳をかわして背後から蹴り込む

 

綾波「ッ!!…やはり硬い!」

 

駆逐古鬼「効カン…ククク!」

 

…当たった感触から、確信に至った

 

綾波(人工筋肉…!)

 

かつての私と、同じ…機械に頼った身体…

 

綾波(……まるで、過去の自分との、戦いですね)

 

立ち上がり、スカートの汚れをはらいながら駆逐古鬼を見つめる

 

綾波「……その道は、やめたほうがいいですよ…地獄しか待っていない」

 

駆逐古鬼「ナンダ今更…怖気付イタカ?」

 

綾波「経験者からのアドバイスですよ…それに、早くしないと…みんな来ちゃいますから」

 

ブラックホールに呑み込まれ、転移する

 

駆逐古鬼「ドコダ…背後カ!」

 

綾波「いいえ、左です」

 

横っ面に蹴りをぶち込む

 

駆逐古鬼「ゥグ…!」

 

綾波「あなた、振り向く時右から振り向く癖がありますね」

 

両手にブラックホールを召喚し、手を胸の前で合わせる

 

綾波「それと、動き始める時、右足で地面を蹴るクセもある…機械故のクセか、生物故のクセかは知りませんが」

 

駆逐古鬼「…!」

 

重なったブラックホールが周囲の瓦礫を飲み込み…

 

綾波「それでは、飛び道具は?どう対処しますか?」

 

空間に白い球体が複数浮かび上がる

それは駆逐古鬼を取り込むように浮かび上がり…

駆逐古鬼に向けて瓦礫の散弾を放ち続ける

 

駆逐古鬼「ゥグァ!!」

 

綾波「近接戦闘を特に強化してるのは、普通なら正しい一つの形なですけど…今の私相手には無意味でしたね」

 

駆逐古鬼「クソッ!クソ!!」

 

綾波「…人工筋肉だとか、深海棲艦を使った戦いだとか……"そこ"、すでに私が通り過ぎてるんですよ、つまりあなたが居るのは、ただの通過点…お疲れ様でした、先頭にいるのは私です、凡人さん」

 

駆逐古鬼が瓦礫の散弾からなんとか逃れる

 

綾波「…こんなこともできるんですよ」

 

指をパチンと鳴らす

あたりを包み込むように周囲の瓦礫が形を作り、建物が形として現れる

 

駆逐古鬼「ナ…ァ!?」

 

綾波「…ここまであなたが苦しんでる理由、それは…その人工筋肉を使ってるからです…それでは、動きが読みやすすぎる」

 

脳がパチパチと音をたてる

 

綾波「…動かない事を、お勧めします」

 

駆逐古鬼「コンナモノ!…ウギャァッ!?カ、身体ガ…アアアァァァァァッ!!?」

 

綾波「即席トラップルームです、一歩でも動けば…死ぬと思います、絶妙なバランスで作られた建物なので、動いたら崩れ落ちるし、足元は鋭利な岩だらけ…って、もう手遅れか……それでは…あなたが粉々になった頃にまた」

 

腰を下ろす

いや、正確にはもう立っていられない

 

脳が灼ける

頭が熱い、全身が熱い

 

…私の計画の最終段階

人間の身体で改二を使い続けた私の末路…

 

 

 

 

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「遅くなりました、皆さん御無事そうで…」

 

キタカミ「…ああ、うん」

 

でも、綾波さんの姿がない…

 

狭霧「綾波さんは?」

 

那珂「決着をつけに行ったよ」

 

…遅かったか

 

狭霧「瑞鶴さん、ついてきてくれませんか…もう遅いかも知れませんが…」

 

瑞鶴「……わかった、私も最後まで、確かめたい」

 

キタカミ「……なにアレ」

 

少し離れた所で瓦礫が浮かび上がり、何かを形作っていく

 

狭霧「…行けばわかります」

 

狭霧(…グラーフさん達を抑えなきゃ…いや、もう行ってしまったか…これは…最悪の場合もありうる…か)

 

イムヤ「ねえ!ちょっと待って!」

 

 

 

綾波

 

あたりが騒がしくなってきた

もう、そろそろ、私の意識も限界に近いけど…

 

項垂れた首をなんとか上げて、横目であたりを確認する

 

綾波「…ああ……きてしまいましたか…間に合わなかった」

 

…来てしまう前に、死んでしまえれば良かったのに

 

リシュリュー「綾波…!」

 

ガングート「怪我は無さそうだな、しかし…」

 

グラーフ「随分疲弊しているように見える…だが、間に合わなかったとは…」

 

綾波「…こんな姿、見せたくなかったんですけどね…」

 

狭霧「皆さん!綾波さんを止めてください!」

 

遠くから叫んでる声がする…

 

グラーフ「狭霧!どういう意味だ!」

 

狭霧「今なら間に合う!それ以上あの瓦礫の山を維持させないで!」

 

…もう遅い、誰が私を止められるというのか

 

リシュリュー「どういう事、何を…?」

 

狭霧「いいから殴ってでも何でもいい!気絶させてでも止めてください!!」

 

ガングート「……」

 

ガングートさん達が顔を見合わせる

…終わりだな

 

悪くはなかった…楽しかった、幸せだった

それくらい、伝えてもいいかな…

 

綾波「…私は、幸せでした…よ…っ…?」

 

両肩を背後から斬られた感覚…?

誰だ、何のために、誰が…!

 

春雨「貴方には、聞きたい事が山ほどある…1人で終わらせない…!」

 

ガングート「貴様!何を!」

 

血が、流れ落ちる

外気が冷たい

 

…この冷たさが、心地よくなってくる

 

春雨(やはり、この人の体内は今高温だ…脳も、きっと…)

 

綾波「ぅ…」

 

顔面から地面に突っ伏す

 

瓦礫が崩れる音がする

 

…私は、なんて情けないのだろう…

もう、アレを維持することもできない

 

春雨「これだ…!」

 

カートリッジも、取り上げられた…

……願わくば、永遠の眠りを…

 

 

 

 

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「ぜ…はぁ…ごほっ…ごひゅっ……あ…ず、瑞鶴さん、とりあえず…綾波さんを…」

 

瑞鶴「…あっちでタコ殴りになってる春雨は…」

 

狭霧「こ、殺しはしないはず…ごほっ…」

 

瑞鶴「わ、わかった…」

 

綾波さんの傷口が消えていく

 

狭霧「…体内の高温の血液を多量に流す事で、体温の低下を狙う……うまくいったのかもしれません」

 

アヤナミ『だとしたら、よかった』

 

…流石、もともとは同じ体に存在した意識だ

互いのことをよくわかっている

 

そして、助けるための手段も

 

綾波さんの首元に触れる

 

人間の体温としては以上だ

人間の致死温度は42℃、45℃を越えれば短時間でも危険…

それを超えている

 

激しい動きをして越えたんじゃない

これが改二艤装のデメリット、反動

脳に負荷を強いるため、フル稼働した脳が灼き切れ、そして全身の血が沸くように熱くなる

 

狭霧「…お願いです、綾波さん、貴方は…まだ必要とされているんですよ、だから…」

 

綾波「……」

 

目を覚ます気配は、ないか

 

瑞鶴さんの能力とはいえ、完全に壊れた細胞までは治らなかったか

このままでは、良くても脳死状態になるのか…

 

狭霧「…皆さん、到着しましたか」

 

タシュケント「…これは…」

 

ザラ「遅かったんですか…」

 

狭霧「…はい、私達は、何もかも遅すぎた」

 

神鷹「…嘘…」

 

倒れた綾波さんを、取り囲む

 

狭霧「…無茶さえしなければ、こうはならなかった筈なのに」

 

タシュケント「…熱い…これが、人の体温?」

 

狭霧「…なに脇に手を突っ込んでるんですか」

 

タシュケント「…日本の体温計って、そうじゃない?」

 

狭霧「体温計ならそうですけど…」

 

タシュケント「…神鷹、来て」

 

神鷹「え?は、はい…」

 

タシュケントさんが神鷹さんの手を綾波さんの両脇に突っ込み、体を起こして神鷹さんに傾ける

要するに、神鷹さんにハグさせた状態だ

 

神鷹「え、ええ…?」

 

狭霧「なにやってるんですか…」

 

タシュケント「神鷹の手が冷たかったから、きっと丁度いいかと思って」

 

ザラ「…まだ海につけたほうが涼しいと思いますよ」

 

狭霧「…急げば間に合うか、海に運びましょう…!」

 

綾波「……いや、要らないです…」

 

神鷹「綾波さん…!」

 

狭霧「目が、醒めましたか…!」

 

綾波「……永遠の眠りの、はずだったのに…ロクに寝かせてもくれないんですね…」

 

タシュケント「もう朝だよ」

 

ザラ「私達にとって、あなたのいない朝は考えられないものになってしまったみたいなんです」

 

綾波「…駆逐古鬼……アレは、まだ、生きてますか…」

 

狭霧「生きていようが、死んでいようが、関係のない事です、貴方の戦う力はもうカートリッジごと取り上げられたのですから」

 

綾波「…そうですね」

 

神鷹「……」

 

綾波「神鷹さん…」

 

神鷹「は、はい!」

 

綾波「珍しいですね…私を、そう呼ぶのは」

 

神鷹「…だって…Sie wird wütend, wenn ich sie Mutti nenne( ママって呼ぶと、怒らせちゃうから )……」

 

綾波「そうですね…でも、怒ってるんじゃないんです…ただ、少し困るだけです……神鷹さん、人の気持ちを考えられて、えらいですね」

 

神鷹「ママ…」

 

タシュケント(…あとで後悔するんだろうな…)

 

瑞鶴「…一件落着?」

 

狭霧「…もう少ししたら、ですかね」

 

 

 

 

駆逐古鬼

 

駆逐古鬼「…ゥグ…ワ、私ハ…生キノビテ…!」

 

目の前に鉄製の弓が突き刺さる

 

ビスマルク「ねえ、アーク、私達はいっときコイツに使われてた訳だけど」

 

アークロイヤル「そうだな、ビスマルク、おかげで綾波達に出会えた、その礼はするべきだろう」

 

駆逐古鬼「ナ…誰ダ…」

 

ビスマルク「ここで問題よアーク、確かに私達は今は姫級ではない、目の前にいるこれを斃すのは…無理だと思う?」

 

アークロイヤル「答えはNoだ、今の私たちなら、かつての私達よりもずっと強い」

 

弓が引き抜かれ、矢がセットされ、ぎりぎりと引かれる

 

アークロイヤル「なあ、そうだろう?ビスマルク、それに…お前達も」

 

ガングート「当然だ」

 

リシュリュー「綾波を痛めつけたお返し、させてもらおうかしら」

 

駆逐古鬼「ヒッ…バ、バカナ!ヤメロ!ヤメロォォォォ!!」



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Report

駆逐古鬼のアジト 跡地

綾波

 

綾波「すみません、みなさん、私の茶番に付き合わせて…おわっとと」

 

深く頭を下げる、頭の重みに耐えきれず、よろけて倒れる

 

キタカミ「茶番…茶番ねぇ……他に手はなかったの?」

 

綾波「あるには、ありました…しかし、再誕を許さないほどの強力な力、もしくは再誕を連続発動させ、使えなくする必要があった…一つは限界までダメージを与えたあなたの…呪殺遊戯でしたっけ、そのままダメージを返す技」

 

キタカミ「まあ、人1人が死ぬ程度…私が死ぬギリギリまでのダメージじゃ足りないだろうけど」

 

綾波「あれは精神系に作用します、再誕とはいえ…廃人にして仕舞えば問題ないでしょう……それ以外は、マグマに突き落とすとか…いつか耐性がつくリスクもありますから避けました、それと後はまあ、核とか」

 

キタカミ「それらを踏まえた上で、自分が改二になる選択をしたと」

 

綾波「もうすでに聞いてるかもしれませんが、本当はなる予定はなかったんですよ、私はそうするつもりはなかったのに…アヤナミが出てくるとは思わなかった…まさに私としては最悪の事態になってしまった…」

 

那珂「だから改二を選んだんだっけ」

 

綾波「ええ、本当ならもう少し力が手に入って…その、駆逐古鬼を完全消滅させようと思ったんですけど…如何せん私の…力不足…いや、違うな…消し飛ばすこと自体はできた、でも、不安だからと直接消し去るのを避けた…」

 

狭霧「…本来のどのくらいの出力だったんですか」

 

綾波「50%しか…」

 

キタカミ(50%でアレか…)

 

綾波「本来の改二カートリッジの様に調整を済ませておけば、その必要もないくらいの出力が出せたんですけど…まあ、一撃必殺に拘る必要はありませんでしたから…駆逐古鬼は十分な回数、死んだでしょう」

 

瑞鶴(あ、何回も殺してるんだ…あの短時間で…)

 

キタカミ「…それで?もう、終わり?」

 

綾波「いいえ」

 

空気がヒリつく

 

綾波「…警戒しないでください、私たちが戦うわけじゃない」

 

キタカミ「……何だ、違うのか」

 

綾波「ええ、まだハッキリとは言えませんが…全てが終わったわけじゃない、これからも何かが起きる」

 

…それだけは、間違いない

 

綾波「だから、私は…まだ、少なくとも地獄に嫌われているうちは…Linkとして、世界を繋ぐために戦いましょう」

 

アケボノ「…もう、私たちと敵対するつもりはないと」

 

綾波「はい」

 

川内「正直、どこまで信じていいんだか…って感じだよね、色々もらってるけど」

 

綾波「約束しましょう…あなた達と敵対したりはしません、少なくとも、大義のために戦っているうちは…歪んだ正義にならないうちは」

 

神通「その約束を信用できるのか、という話です」

 

綾波「…私は、嘘をつかれること、そして約束を破られる事が大嫌いです」

 

アケボノさんに視線を送る

 

アケボノ「…悪かったですよ、誓うとまで言ってすぐに裏切ったのは」

 

綾波「いえ、あの時の私は…とても正気ではなかった、なにをされても文句はありません」

 

春雨「…あの」

 

綾波「なんでしょうか、春雨さん」

 

春雨「…ずっと聞きたかったんです、なぜ、綾波さんは…2人も…」

 

綾波「…私は彼女のコピー、私は綾波という存在ではありますが、オリジナルではない…」

 

アヤナミ「そういう意味では、もう綾波という存在はこの世には存在しないのでしょう」

 

イムヤさんに連れられ、目を閉じたアヤナミが近寄ってくる

 

綾波「…無茶をしましたね…随分と」

 

アヤナミ「お互い様です、それに…大事な大事なあなたの為ですから、綾ちゃん」

 

綾波「…はー…記憶を取り戻されたのは、誤算でしたね」

 

キタカミ「…オリジナルの人格が宿ったのが、そっちの綾波、そっちは…」

 

綾波「かつての駆逐棲姫の中に宿った、AIDA…それが私を模倣した存在であり、私と戦い、私と共にあった、もう1人の私…」

 

アヤナミ「…ねえ、綾ちゃん」

 

…アヤナミの表情から、何を言いたいのかくらい、すぐにわかる…

 

アヤナミ「…この身体…やっぱり…」

 

綾波「要りませんよ、そんなキズモノの身体なんて」

 

アヤナミ「っ……ごめんなさい…」

 

綾波「……いっ!?」

 

頭を叩かれる

 

狭霧「どうしてあなたはそんなに素直じゃないんですか!…率直に言えばいいでしょう…貴方にも幸せになって欲しいって、私を繋ぎ止めてくれた貴方こそに幸せになる権利があるって…」

 

綾波「……うるさいですよ、狭霧さん」

 

アヤナミ「…そう思ってるのなら、そうであってくれるのなら、だからこそ、私にこの身体は勿体無い…綾ちゃん…」

 

綾波「…もう、敷波にもぜーんぶ、バレてるんだろうな」

 

ゴレを利用した、となれば伝わっているだろう、私の計画、今の私の存在、全て

 

綾波「…アヤナミ」

 

アヤナミ「はい」

 

綾波「この薬を呑みなさい、今出ている症状を抑える薬です」

 

アヤナミの口にカプセルを押し込む

 

アヤナミ「…ん………ぁ…?」

 

綾波「…敷波は優しい子です、そばで見守っていてあげてください…春日丸さんはあなたを助けてくれるでしょう、イムヤさんもきっとそばにいて、良き友人であってくれる…春雨さん、アヤナミを頼みます」

 

イムヤさんと春雨さんがこちらを見て頷く

 

アヤナミ「…なん…で…」

 

アヤナミが眠りに落ちる

 

瑞鶴「眠らせたの…?」

 

綾波「この子は…強情すぎる、それに…いや、瑞鶴さん、一つ頼めますか」

 

瑞鶴「…病気まで治るかは、わからないけど」

 

綾波「少しでも良くなれば、治るキッカケになるでしょう」

 

瑞鶴「…わかった」

 

キタカミ「身体は放置しとくんだ?」

 

綾波「…私と彼女は別人です、私にはこの子のように振る舞うことができない…」

 

視線が、いつのまにかつま先まで落ちていた

 

イムヤ「綾波」

 

少し、顔を上げる

 

イムヤ「…さっき、良き友人であってくれると言ってたけど…私達も、友達だから」

 

春雨「今の貴方なら、貴方を否定する人は…そう居ないはずです」

 

綾波「……」

 

キタカミ「ま、ウチには厄介なアメリカ人どもが居るからさ、会うなら本土にしてよ?」

 

綾波「…ありがとうございます」

 

キタカミ「…私なりの償いさね、頭なんて下げないでよ…あの時、勝手に突っ走って仕掛けなければ一回死ぬ必要なんか無かったでしょ」

 

綾波「…いいえ、私の思慮不足です」

 

キタカミ「ま、それならお互い様ってことにしとこうか」

 

綾波「ええ…それでは、私達は帰ります」

 

狭霧「龍驤さん達は先に送りましょう」

 

キタカミ「頼んだよ」

 

綾波「狭霧さん、ついでに2人も回収してください」

 

狭霧「勿論です」

 

 

 

 

 

 

二式大艇機内

正規空母 グラーフ・ツェッペリン

 

グラーフ「…良く、似ているな」

 

龍驤「せやなぁ…」

 

春日丸「……」

 

神鷹「…えと……Was ist das(なんですか)…?」

 

春日丸「…英語?」

 

龍驤「いや、ちゃうやろ」

 

グラーフ「神鷹、日本語で対応しろ」

 

神鷹「…はい」

 

龍驤「あんたらみんな喋れるんやな、日本語」

 

グラーフ「まあな、綾波にインストールしてもらった」

 

龍驤「インストール?」

 

グラーフ「艤装を付けられるようにする手術の時にな」

 

龍驤「頭もいじっとんのか?…怖いな」

 

グラーフ「そうでもない、もとより戦って死ぬ覚悟をして手術を受けるんだからな」

 

龍驤「…そーか、えらい覚悟決まっとんな」

 

グラーフ「その覚悟も今は無くなった」

 

龍驤「なんやそれ」

 

グラーフ「…生きていれば仲間と過ごすかけがえのない時間がある…それだけだ」

 

龍驤「……悪ぅない話やな、他所の国のモンおもて変に勘繰っとーたけど、アンタらもウチらも…案外同じやねんな」

 

二式大艇のハッチが開く

 

綾波「戻りましたよ…と?…うわっ」

 

脱兎のごとくふたつの影が綾波に駆け寄る

 

神鷹「ママ…」

 

春日丸「綾波様…!」

 

神鷹「え?」

 

春日丸「…ま、まま?侭?…いや…聞き間違い…?」

 

綾波「…狭霧さん、回収した5人について何も聞かさなかったのはこういう事ですか」

 

狭霧「ええ、勿論です」

 

グラーフ(様付けで呼ばれる仲…給仕の者か?)

 

春日丸「…ええと…綾波様、この方は…」

 

綾波「…神鷹さん、その…私の仲間であって、娘ではありません」

 

龍驤「…や、やんなぁ!どう見ても歳変わらんモンな!」

 

春日丸「…何故、ママなどと…」

 

神鷹「…優しくて、ママみたいだから…」

 

春日丸「ひ、人の優しさに漬け込むのはどうかと…!」

 

グラーフ「その呼び方を容認した綾波に半分くらいの責任はあるがな」

 

綾波「……」

 

綾波が目を逸らす

 

春日丸「よ、容認したんですか…認めたんですか…!?」

 

グラーフ「2回もな」

 

龍驤「それ寧ろ呼ばれることに快楽得てる奴やろ」

 

綾波「違いますよ!…神鷹さんが酷く落ち込むから仕方なく…」

 

神鷹「…だめ?」

 

綾波「あなた、私を弄んで楽しんでません…?」

 

綾波は項垂れ、大きなため息をついた

 

綾波「…さっさと、帰りましょうか、この戦いは完全に終わりました、もうここにいる意味はない」

 

狭霧「ええ、それでは」

 

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遺りもの

離島鎮守府 二式大艇機内

綾波

 

綾波「春日丸さん…アヤナミの……いや、私に縛られず、好きに生きてください」

 

春日丸「私は貴方の命令の侭に生きる、貴方のお役に立てること…それだけが私の喜び…どうか、そのようなことをおっしゃらないでください」

 

グラーフ「…神鷹と似た顔をしてるのに、まるで真逆だな」

 

ガングート「ああ、頭がバグりそうだ、尽くす側と尽くされる側が真逆だ」

 

綾波「聞こえてますよ」

 

グラーフ「そう怒る事ないだろう」

 

綾波「…怒ってませんよ、ただ、春日丸さんや神鷹さんに失礼なことを言うのはやめて欲しかっただけで…」

 

春日丸「…神鷹さん」

 

神鷹「……」

 

春日丸「綾波様にあまり甘えてはいけませんよ、綾波様はお優しいですが、同時に誰かのために無理をされる方でもあります、支えてあげる人が必要で…」

 

神鷹「…やだ…」

 

春日丸「あーもう!嫌だじゃないです!綾波様もあまり甘やかしすぎては…!」

 

綾波「春日丸さん、別にあなたの妹ではないのですから…」

 

春日丸「ぅ…そう、ですが…」

 

神鷹「……お姉ちゃん?」

 

春日丸「…綾波様、どうやら私は姉になったようです……躾ける義務があります」

 

綾波「また今度にしてください…」

 

春日丸「……はい」

 

龍驤「あー…とりあえず…世話なったわ、またな!」

 

狭霧「はい、今度はこちらに遊びに来てくださっても構いませんよ」

 

龍驤さん達を送り出す

 

綾波「…狭霧さん、後の操縦は任せました、私は少し休みます」

 

狭霧「……ええ、わかりました…おや」

 

誰かが走って…いや、誰かは見当がついている

 

綾波「…敷波、走るのはやめ…うぐっ」

 

飛びつかれた

壁にぶつかって、背中と頭が痛い

 

敷波「……」

 

強く、精一杯、私を抱きしめ、私の腹部に顔を埋めて泣いている

 

…私の意図を全て知って、それで、いろんな感情に呑み込まれたのだろう

 

頭を軽く撫でる

 

綾波「…心配かけましたね、敷波……随分と久しぶりに会ったような気かまします」

 

敷波「…もう、離さない…」

 

綾波「ダメですよ」

 

敷波の手を掴む

 

綾波「あなたは連れて行きません、敷波、あなたの姉は…私じゃない」

 

敷波「…違う、綾姉ぇは…綾姉ぇだから……」

 

…困ったな、どうするか…

 

敷波「……でも、アタシは…ここに残るよ…アタシのもう1人のお姉ちゃんが悲しむから」

 

綾波「…そうですか…優しい子ですね、ずっと、変わらない」

 

額に口付けし、軽く頭を撫でる

 

敷波「……綾姉ぇ、一つだけ聞かせて…アタシのこと、嫌い?」

 

綾波「いいえ、あなたはいつまでも私の大事な妹です…最初から、それが一度でも変わったことはありませんよ」

 

敷波が立ち上がり、笑う

 

綾波「…大きくなりました?」

 

敷波「ううん、全く」

 

綾波「…大きく見えます」

 

…かつての、小さな妹はもう居ないのだろうか

とても頼もしく見える

 

敷波「またね、綾姉ぇ」

 

綾波「ええ…またいつでも」

 

 

 

 

敷波も二式大艇を降りた

これで、ここにはLinkのメンバーと来客2名だけ

 

後は帰るだけ

 

帰ろう

 

 

 

駆逐艦 朧

 

二式大艇が離陸し、それなりの時間が経った

離島鎮守府に残る選択肢は、まだ無い

 

綾波の言う、次の戦い、それをみんなで乗り越えて、ようやく…

 

そう考えながら、大艇の中を歩き回る

 

俺「…ぇ?」

 

…なんて間抜けな声を出してしまったのか

でも、目の前に映っている光景は…いや、まだ焦るには早い

 

朧「あ、綾波?寝てるの?こんな所で…」

 

倒れた綾波に近寄り、抱き起こす

…息はしてる

 

朧(よかった、死んだわけじゃない…でもなんで?)

 

仮眠室も大艇にはある

 

なのに、廊下で…?

それに、なにか…体臭とは違った匂いがする…

 

朧「…誰か!誰か来て!!」

 

 

 

 

綾波を仮眠室に寝かせ、ただ、到着を待つ

綾波の身体は治されたのに…

なぜあんな所で眠っていたのか…

 

 

 

 

Link基地

駆逐艦 狭霧

 

ベッドに横たわった綾波さんの隣に座る

 

狭霧「……そんな気はしてたんです、わかってました…気づかないふりをしているのが楽だったから、そうしてしまいましたけど」

 

綾波さんは、ただ眠っている

それだけだ

 

狭霧「…本当に、良く頑張りましたね…貴方の頑張りを知っているのは、認めてあげられるのは、私しかいません…だから、貴方のことを私は…ずっと…」

 

…綾波さんは、脳にダメージを負った

それも、深刻なダメージだ、回復しきれなかった

…脳を火傷したような状態、回路が灼き切れているような状態

 

ここまで含めて綾波さんの計画だったのだろうか

 

綾波さんは、改二を使う事でこうなる事を知っていたはずだ

 

世界にとって邪悪な存在とみなされる自分が改二カートリッジの使用で再起不能になる事が世界の為だと思ったのか

 

狭霧「…頑張りましたね…みんな、貴方のこと、気づいてなかった」

 

綾波さんにとって、戦いなんて全く苦ではなかっただろう

綾波さんは、春日丸さんに、敷波さんに、みんなに心配をかけないように…その為に、平気なフリをしていた

 

一番苦しんでいた筈なのに、誰にも気づかせなかった

 

貴方の真意に、本当の貴方に、誰も気づかなかった

 

狭霧「全部、望み通りですか…?…私達を、置いて行くことも」

 

…きっと、目は覚ます

何故なら処置が早かったから

 

…でも、どのような状態で目を覚ますのか、私には想像もつかない

 

きっと、無傷とはいかない

たくさんの人々を守ったと言うのに、その世界を救った英雄が…誰よりも傷を負い、そして、人知れず眠りにつく

 

狭霧「みなさんには、改二の負担が大きくて…体力を全て使い切ったからだと説明してあります、2、3日は眠ってるって…だから、貴方は…もう少しだけ休んでていいんですよ」

 

…でも、できるなら…

 

狭霧「…早く、目を覚ましてほしいなぁ……」

 

 

 

 

 

憂鬱な気持ちに呑まれて、何も手につかないと言うことはあってはならない

 

私は、理解者だ

だから私は、綾波さんの代わりを果たす

 

私は、綾波さんの代わりになる為に…

 

狭霧「初めまして、お二人とも」

 

来客の対応は、私達がやる

といっても、その客は2人とも縛り上げられてるけど

 

駆逐古鬼「……」

 

あきつ丸「…ここは…」

 

狭霧「私達の基地です」

 

駆逐古鬼「処刑場ノ間違イダロウ」

 

狭霧「…確かにそうかも、朧さん」

 

朧「わかってるよ」

 

駆逐古鬼「ダ、誰ダ!後ロニ居ルノカ!?」

 

朧「……タルヴォス…データドレイン」

 

駆逐古鬼「ゥガッ!?ギャアァァァアアアあぁぁぁぁっ!!」

 

あきつ丸「ひっ!?」

 

狭霧「手荒な真似をしてすみません、でもこうしないと…いろいろと抉り取る事になりますので」

 

あきつ丸「ぁ…あ、あれを、じ、自分も受けるのでありますか…!?」

 

狭霧「…確かに、あきつ丸さんの歪みを矯正するにはいいかもしれませんが…人格壊れちゃいますよ?やめておきましょう」

 

神風「……ぁ…ぁ…が…」

 

狭霧「さて、駆逐古鬼さん、どんな気分ですか?」

 

神風「…い、生きてる…?…え?は、肌も…何もかも、元に戻って…嘘…!」

 

狭霧「人間に戻しました、これで深海棲艦ではなくなり、戦う力も失った…どうです」

 

神風「……なんで?…私を、なんで…」

 

狭霧「綾波さんは貴方を恨んでいます、それは大切な物を侵そうとした貴方への恐怖から…しかし、それでも綾波さんは組織の長、規範となる者、みんな綾波さんに倣っている以上…憎しみで戦い続けることはしません」

 

神風「…許して、くれるの…?」

 

狭霧「許しましょう、だから貴方も許しなさい、もう争う必要はありません」

 

神風「……ありがとう…てっきり、私は…ここで痛めつけられて、殺されるんだって…深海棲艦でも再生できないようにされるんだって思ってた…」

 

狭霧「ここには小さい子たちもいますし、そんな教育に悪いことしませんよ」

 

神風「…そう」

 

狭霧「あきつ丸さんと…」

 

神風「神風」

 

狭霧「神風さん、貴方たちには選択肢があります…Linkとして、死の危険のある戦いに参加するか、それとも人間として、普通の様に生きるか」

 

神風「…夢みたい」

 

狭霧「夢ですか」

 

神風「もう、そんなこと絶対無理だと思ってたから」

 

狭霧「……あきつ丸さんは?」

 

あきつ丸「…私は、綾波様に生かして貰えた身…」

 

狭霧「それ以前は?」

 

あきつ丸「…避難船…襲われて…」

 

狭霧(成程、沖縄のような島に住んでいたのか…)

 

狭霧「嫌な事を思い出させてすみません、しかし、それなら貴方も普通を目指して生きてください」

 

あきつ丸「…普通…か」

 

狭霧「学業に従事していればいいんです、ただし、お小遣いなんかは出ないので、自分でアルバイトでもしてくださいね」

 

あきつ丸「…はい」

 

神風「私、今更学校になんて…」

 

狭霧「学ぶことは山のようにあります、学校でする事は勉強です、それが学問か、人との付き合いかは人によりますが…わかりましたか?自称天才さん」

 

神風「はい…」

 

 

 

 

離島鎮守府

アヤナミ

 

春雨「…はい、これでよし、どうですか?」

 

アヤナミ「…体調に問題はありません…」

 

春雨「それならよかった、再誕の力があれば医者いらず、か」

 

症状を抑える薬という名目で、かなり強い眠り薬を呑まされた

目が覚めれば再誕の眼が埋め込まれ、その力で両目が戻り、両脚も現在.

悪かった身体も、完治した

 

…でも、私の心には影が差した

 

きっと、もう目を覚まさないだろう

私があの身体に行けばよかったのに、苦しい役目は任せてくれればよかったのに

 

あなたの幸せは私の幸せ

 

それは私も同じ事だ

 

春雨「…アヤナミさん」

 

アヤナミ「…わかっています」

 

前を向くのが、綾ちゃんへのせめてもの…

 

春雨「そうじゃありません、あなたが…今の状況を理解していることくらい私でもわかります、私は…貴方を貴方として、受け入れます」

 

アヤナミ「…私を?」

 

春雨「貴方は代わりなんかじゃない、私にとって、かけがえのない存在の1人であると言っているんです」

 

アヤナミ「……そんなわけない、だって…おかしいでしょう!?私は、私はただのAIDA、人の体を借りただけの存在!…私は、まやかしなんです…」

 

春雨「いいえ、貴方は私を強く憎しみ…許した、そんな事ができて、何がAIですか…それに、私達だって昔はAIだった…知っているでしょう?」

 

アヤナミ「…それ、は…」

 

春雨「…それに、貴方は求められている、貴方を求める存在がいる」

 

アヤナミ「え?」

 

背後から、優しく抱きしめられる

 

敷波「…アタシは、アヤ姉ぇも…大事なお姉ちゃんだと思ってるよ」

 

アヤナミ「…敷、ちゃん…」

 

敷波「ずっと…綾姉ぇの中で、綾姉ぇを守っててくれて、ありがとう」

 

アヤナミ「……でも、私は…」

 

敷波「大丈夫、だから…これから、アタシのお姉ちゃんになってよ」

 

アヤナミ「…うん…」



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ウイルスコア

離島鎮守府

提督 倉持海斗

 

アケボノ「本土近海の掃討、お疲れ様でした、凄まじい戦果だとか」

 

海斗「数だけは多かったからね、朝潮達がすごく頑張ってくれたし…でも、こっちの方が大変だったって聞いてるけど…」

 

アケボノ「綾波たちは非公認の存在ですので戦果を丸投げした為…潜水艦が4桁後半、水上艦もかなりの数を倒しまして…」

 

海斗(え、4桁?)

 

アケボノ「それから姫級3体の撃破など…挙げればキリのない戦果です、特に姫級は誰も本土侵攻を狙っていた様ですので…防がれた被害はかなりのものだと」

 

海斗「…ほ、報告書が大変そうだね…」

 

アケボノ「現実的な数字に切り捨てれば…なんとか…」

 

海斗「…そうしようかな…アケボノ、今日はゆっくり休んで、明日手伝ってくれるとありがたいよ」

 

アケボノ「分かりました、そのように…」

 

アケボノ(レ級の力を使いすぎたな、偏頭痛が辛い…)

 

海斗「…大丈夫?」

 

アケボノ「ええ、何一つ問題ありません、ご心配おかけして申し訳ありません」

 

アケボノがそそくさと出て行く

 

海斗(…さて、話によると、アヤナミも記憶を取り戻したみたいだし……そうだ、報告書)

 

報告書の作成を始める

 

戦闘のレポートなどを書類にまとめていると扉がノックもなしに開く

 

キタカミ「おわっ、帰ってたの?待ち伏せようと思ってたのに」

 

海斗「キタカミ、お疲れ様」

 

海斗(キタカミなら匂いで誰かいたら気づける筈なのに…気づかないなんて、よっぽど疲れてるんだな…)

 

キタカミ「あー…今忙しい?それ、報告書?」

 

海斗「急いでないから全然大丈夫だよ、何か用事?」

 

キタカミ「新顔を紹介しとこうかなって」

 

海斗(そういえば姫級を倒したんだっけ、姫級が再生しても困るし、データドレインを使ったのかな)

 

キタカミ「入ってきて」

 

そっくりな容姿の2人が入ってくる

 

海斗「双子…?それより、2人だけ?アケボノからは3って…」

 

キタカミ「あー…綾波たちが倒したの含めたら、3かな…そっちは向こうの獲物だから」

 

海斗「そっか、じゃあ…僕がここの提督をしてます、倉持です、よろしくお願いします」

 

キタカミ「ほら、ちゃんと挨拶しな、やり方は教えたでしょ?」

 

ヒトミ「…潜水艦…伊13、ヒトミです…よろしくお願いします」

 

イヨ「同じくイヨ、よろしくお願いします」

 

海斗(潜水艦か…イムヤ以外の潜水艦が居ないから、どうすれば良いか…)

 

海斗「キタカミ、とりあえずはイムヤをつけてあげて、何かあったらアケボノに……あれ」

 

ヒトミ「…白い手…大量の艤装…」

 

イヨ「人間なのに、深海棲艦…」

 

明らかに2人の様子が…

 

キタカミ「…2人とも、その2人にやられてるんだよねぇ…」

 

海斗「……そっか、キタカミ、とりあえず慣れるまでは任せていい?」

 

キタカミ「あいよ、よーし、行こうか2人とも」

 

ヒトミ「は、はい」

 

イヨ「…喉乾いた」

 

キタカミ「ん、先になんか飲みに行くか…なに飲みたい?」

 

ヒトミ「えっと…真水…」

 

イヨ「炭酸水!」

 

キタカミ「真水に炭酸水ね……両方水じゃん…」

 

 

 

 

 

 

海斗「…よし、終わった…」

 

メーラーを起動し、メールをチェックする

2件、今日は来ていた

 

一つずつ確認する

 

[from:摩耶

件名 :出れなくなった

 

R:1から出られなくなっちまった

トキオにも連絡取れねーし、アタシらどうすればいいんだ?]

 

…摩耶の危惧してることも最もだ

ここの仕事もしなきゃならないけど、僕も仲間も助けに行かなきゃ行けない

 

もう一つのメールを確認する

 

[from:ヘルバ

件名 :時間旅行

 

時間旅行はどう?楽しんでいるかしら。

貴方の持ってる腕輪、ゲートハッキングで大雑把な時間の移動は可能だけど、細かな時間の移動は苦手みたいね。

そこで、データのログを追いかける事を提案するわ。

 

ゲートハッキングの時に必要なウイルスコアを使えばログの詳細なデータを手に入れられるわ。

是非試してみて頂戴。

 

それと、The・Worldのデータを解析していると不自然なログがあるの、具体的には、貴方達のリアルデジタライズに近いものが…。

他にも、何かを破壊したような破片もある…。

 

The・Worldで今も何かが動き続けているのは、間違い無いわ。]

 

 

海斗「…やっぱり、The・Worldは避けられないか」

 

戦わなくてはならない

カイトとして

 

.hackersとして、みんなを取り戻す

 

 

 

 

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

双剣士 カイト

 

とは言っても、この時代にウイルスバグは居ない

ウイルスコアというアイテムはウイルスバグから入手するものだ

 

…早速手詰まりか

 

カイト「…いや」

 

一つだけ、可能性があるかもしれない

ウイルスバグは確かにこの時代には居ない、だけど…

 

リアルに出現してるウイルスバグから入手できるかもしれない

 

カイト「…となると、うちでウイルスバグを倒した報告があるのはイムヤと春雨…」

 

…あたってみるかな

でも、その前に…

 

カイト「…うーん…The・World R:Xにはなんとか戻れそうかな…」

 

…時代の移動は、一度行ったところにしかできないのかな

 

 

 

 

 

リアル

離島鎮守府 医務室

提督 倉持海斗

 

春雨「…なるほど、データドレインでウイルスコアを…だったらイムヤさんをあたるのが早いでしょう、彼女の旧式の物は完全な機械です、解析も簡単ですから」

 

海斗「イムヤは何処にいるの?」

 

春雨「そこのベッドです、深海化の反動でダウンしてます」

 

海斗「そっか…じゃあ、今は無理かな…」

 

春雨「いいえ、用があるのは艤装だけでしょう?それならそこの棚にあります、持っていってかまいませんよ」

 

海斗「…勝手に持ち出して大丈夫?」

 

春雨「はい、それと、後でアヤナミさんと一緒に伺います、解析するなら最適です」

 

海斗「…出撃で疲れてるんじゃ…」

 

春雨「では、その艤装をどうすればいいかわかりますか?…私にはわかりませんけど」

 

海斗「…ケーブルを挿して、パソコンに接続してデータドレイン…とか」

 

春雨「壊れたらどうするんですか、それに外部接続機器を挿す場所なんてありませんよ」

 

海斗「…大人しくアヤナミを頼るよ…」

 

 

 

 

執務室

 

アヤナミ「なるほど、そういう御用命でしたか…でしたら申し訳ありません、それにはデータを蓄積することができない、深海棲艦を人間に戻すだけの簡易的なものなんです」

 

海斗「そっか…」

 

アヤナミ「腕輪の暴走の危険性、それを取り払う為に大掛かりな制御装置をつけ、ほとんどの機能を撤廃しました…つまり、腕輪を使い続けることによる暴走のリスクを排除する為に腕輪は何も取り込まないんです」

 

海斗「…じゃあ、他に可能性があるとすれば…」

 

アヤナミ「はい、碑文使いPCを頼るしかないと思います」

 

碑文使いPC

ハセヲを始めとしたメンバーもそうだ、アケボノ達も碑文を使えるからそうだ、でも…

 

海斗「……」

 

アヤナミ「危惧されている事はわかります、しかしそれは自然のことわりのようなものです」

 

海斗「とりあえず、ウイルスコアを集める為に…いろんな人を頼ってみるよ」

 

アヤナミ「…それが良いかと」

 

 

 

 

 

 

 

The・World R:X

忘刻の都 マク・アヌ

 

ハセヲ「ハッ、The・Worldも随分様変わりしちまったな」

 

カイト「そうだね…それで…」

 

ハセヲ「ああ、有る、ウイルスコアだ」

 

ハセヲからウイルスコアを受け取る

 

ハセヲ「…で、そっちが?」

 

ブラックローズ「ンだよ」

 

ハセヲ「いや、3人パーティが定石だしな、よろしく頼むぜ」

 

ブラックローズ「…カイト、こいつ死の恐怖だよな?PKK、死の恐怖のハセヲ…」

 

カイト「うん、でも力を貸してくれることになってて…」

 

ブラックローズ「おい、テメェ」

 

ハセヲ「随分と喧嘩腰だな」

 

ブラックローズ「…事が済んだら、返しさせて貰うぞ…!」

 

カイト「…ハセヲにやられたの?」

 

ハセヲ「…俺、あんたを狩った覚えはねえぞ」

 

カイト「いや、多分PCが違うから…」

 

ブラックローズ「…カオティックにやられかけた時、助けられた」

 

ハセヲ「…あ?」

 

ブラックローズ「ほら…あの、3人組のカオティックに襲われてる時に…一回助けられたんだよ!その借りを返す!」

 

ハセヲ(ああ、川内たちか……つーか)

 

ハセヲ「紛らわしいんだよ…言い方が」

 

カイト「摩耶、言葉遣いには気をつけよう…」

 

ブラックローズ「うるせえよカイト!その名前で呼ぶな!」

 

ハセヲ「それより、さっさと始めようぜ」

 

カイト「…ゲートハッキング」

 

 

 

The・World R:1

水の都 マク・アヌ

 

カイト「…R:1?…ウイルスコアを使ったのに、移動できなかった…?」

 

ハセヲ「…いや」

 

視界の端に黒い影がチラつく

そしてその影を追う、紅衣の騎士…

 

カイト(この時代は…紅衣の騎士団が存続してる時代だ、前いた時代より後で、僕がThe・Worldに初めてログインするより前…大体、2009年頃…!つまり、僕がリアルデジタライズで送られた時代だ…)

 

ハセヲ(嫌なもん見ちまったな、黒歴史ってヤツか…)

 

カイト「…よし、情報を集めよう!」

 

ハセヲ「なら、アテがある、行こうぜ」

 

ブラックローズ「…アテ?」

 

ハセヲ「情報通を知ってるんだよ」

 

 

 

 

 

BT「なんだ?お前達、見ないカオだな…いや、お前にはあった事があったか」

 

カイト「BTさん…ハセヲ、情報通って?」

 

ハセヲ「コイツだ」

 

女性の呪紋使い

僕のことを覚えているなら…敷波と会った事もあるはず…

 

BT「人をコイツ、呼ばわりか…いい気はしないな」

 

ハセヲ「悪かったな、単刀直入にアンタに聞きたい事がある、The・Worldで起きてる異変についてだ」

 

BT「情報提供をしろ、と?」

 

ハセヲ「情報交換だ、俺から出す情報は…Key of the twilightについて」

 

BT「黄昏の鍵…?何故、そんなことを…」

 

ハセヲ「…どうする、呑むか、呑まないのか」

 

BT「……異変、というのは具体的じゃない、何が知りたいのか、わかりにくい」

 

ハセヲ「なんでもいい、今俺たちはキッカケを探してる…そのきっかけになりそうなものをなんでも、教えてほしい」

 

BT「……これは情報交換だったな、先に…お前の持ってる情報を聞かせてもらおうか、話はそれからだ」

 

ハセヲ「チッ……簡潔に言う、それはまだ目覚めていない…そして、アンタの思ってるようなどんな願いでも叶う代物ではない…だけど、ちゃんと…有る、アンタの、キーオブザトワイライトも」

 

BT「私の…だと?」

 

ハセヲ「これが俺から出せる全てだ」

 

BT「……まるでBBS(掲示板)の雑な書き込みだな、何を指しているのかもわからなければ、目覚めていない?何がだ、そして目覚めたらどうなる」

 

ハセヲ「……ダメか」

 

BT「当たり前だ、あまり大人を舐めるな」

 

ハセヲ(チッ…いや、待てよ)

 

ハセヲ「…楚良とはどうだ」

 

BT「楚良だと?」

 

ハセヲ「あいつの好きなエリアを知ってる、出し抜くのはどうだ」

 

BT「…なぜ私が楚良を恨んでいると知っている」

 

ハセヲ「そりゃあ、あんだけPKすりゃ恨まれるだろうよ…」

 

カイト(PKしたんだ…それも、かなりの数…っぽいね)

 

BT「本当なんだろうな」

 

ハセヲ「さっき紅衣の騎士に追われてた、となると…カルミナ・ガデリカから行けるエリアだろうな、その辺の方がモンスターも強くて騎士に追いかけられにくい」

 

BT「…聞かせてもらおう」

 

ハセヲ「おっと、これは情報交換だったな?俺も、そっちの情報を聞かせてもらおうか」

 

BT「……良いだろう、といっても、そこのカイトも知ってるだろうが、青葉や敷波と言った異端なPCの存在だ…それと、強いて言うなら…最近ドゥナ・ロリヤックに変なPCがいるらしい、それくらいだ」

 

ハセヲ「そっちも大したことねえな」

 

BT「手札は強く見せるものだ、違うか?」

 

ハセヲ「ったく…良いキャラしてやがるぜ、オバサン」

 

BT「なんだと!!」

 

ハセヲ「ヤベ、口が滑った」

 

 

 

 

ハセヲ「撒いたか?」

 

カイト「…僕達まで逃げる必要あった?」

 

ブラックローズ「絶対無い!!」

 

ハセヲ「…しっかし…過去に来たせいか…変にうわつきやがる…ま、アレでキレられんのもな」

 

カイト「女の人にオバサンなんて言ったらそれは怒ると思うよ…」

 

ハセヲ「…で?ドゥナ・ロリヤックだったか」

 

カイト「うん、行こう」



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真反対

The・World R:X

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

トキオ

 

トキオ「このタウンが司のお気に入り?」

 

ミミル「そ、この辺の原っぱで座ってることが多いかな…人気ないでしょ?この辺」

 

トキオ(人気がないっていうか…下には雲が広がってるし、山と山の間を吊り橋が繋いでるだけで心許ないし、落ちそうで怖くて近寄れないというか…)

 

ミミル「ん?どしたのトキオ」

 

トキオ「…危なくない?」

 

ミミル「ああ、もしかして…怖いんだ?高所恐怖症?」

 

トキオ「いや…誰でも怖くない?こんなの…雲海が下に広がってる高さなんて…」

 

ミミル「ゲームなんだから、平気だって!」

 

トキオ「ええ…?」

 

それにしても、司らしいキャラはいないな…

 

ベア「お、ミミルじゃないか」

 

ガタイの良い剣士が話しかけてくる

 

ミミル「ベアじゃん、どうしたの?こんなとこで」

 

ベア「エリアでの冒険が終わったらタウンに戻される、当たり前のことだろう?それよりそっちは、見ない顔だが」

 

ミミル「ん?ああ、トキオだよ、司のこと調べるの手伝ってくれてるんだ」

 

トキオ「よろしく!」

 

ベア「司か…」

 

ミミル「どうかした?」

 

ベア「…いや、最近のThe・Worldは随分とおかしくなってる気がしてな」

 

ミミル「あー、たしかに」

 

トキオ「おかしい?」

 

ベア「…トキオ、お前は何かに巻き込まれてたりするのか?」

 

トキオ「えっ?!」

 

ベア「…最近、妙なPCが増えたらしい、未来から来た、という奴もいれば仕様外の謎のPCもいる、なにか…」

 

トキオ(た、たしかにオレもリアルに帰れないけど…でも、この時代で言ってもなぁ…)

 

トキオ「ううん、オレは特に」

 

ベア「そうか」

 

ミミル「青葉だっけ、紅衣に追われてた子」

 

ベア「そっちもそうだが、敷波とか言う名前じゃなかったか」

 

ミミル「2人とも、忽然と姿消しちゃったけど…大丈夫かなぁ」

 

トキオ「青葉と…敷波、なんだかその2人ともゲームのキャラクターっぽくない名前だな…」

 

ベア「ファンタジーのオンラインゲームには向いていない名前だな、特に敷波という名前…確か、昔の軍艦の名前だったはずだ」

 

ミミル「おじさんくっわし〜い!」

 

ベア「…調べた事があるだけだ、青葉の方も一応該当はするが、こっちは本名なのかもしれん」

 

トキオ「へー…2人とも、どんな見た目なんだ…?」

 

ベア「青葉の方は重槍士だ、先端に斧のついた戦斧バトルアックスタイプの珍しい槍を持っていた」

 

トキオ「へー…結構特徴的な…槍……あれ?青葉?」

 

…この前やり合ったあのシックザール…そんな槍を持っていたような

というか、アルビレオがそう呼んでいたような…!

 

トキオ(アイツだ!!)

 

つまり、この時代にシックザールが侵入しているという事…

 

もう一度戦う事になるのか…

 

ミミル「知ってる?」

 

トキオ「ああ!戦った事もある!…すごく、強かった…」

 

ベア「戦った?…何故だ?」

 

トキオ「え…?それは…襲われたから…」

 

トキオ(というか、よく思い出せばオレを襲ってるというより…周りにいるアルビレオやカイト達を狙われてたような…)

 

ベア「襲った?……ミミルは、会ったことがあったか?」

 

ミミル「うん、あるよ…人を襲うようなタイプじゃないと思う、紅衣の連中相手に反論してたり、かなりしっかりした子だったと思うけど」

 

トキオ「え…?」

 

ベア「おれも襲ったというのは、中々…本当に青葉なのか?それは」

 

トキオ(な、なんか…急にアウェイに…)

 

ベア「…おれが知っている限り、青葉というキャラのプレイヤーは無意味にPK行為をするタイプではない、本当にあんたが見たのは青葉なのか?」

 

トキオ「…そう言われると、自信ないけど…」

 

とりあえずここで不用意なことを言うのは避けたほうがいいかな…

 

ベア「もしかしたらアカウントをハッキングされたのかもしれない、最近姿を見ないのもそのせいかもな」

 

ミミル「心配だね…」

 

トキオ(…2人とも、本当に心配してるみたいだ…)

 

ミミル「司もそうだけど、気になってきちゃった…よし、エリア回って探してみるよ!」

 

ベア「おれも付き合おう」

 

ミミル「トキオ、アンタはどうする?」

 

トキオ「オレも行くよ!」

 

 

 

 

 

双剣士 カイト

 

カイト「…うーん、変なキャラ…か」

 

カイト(青葉や敷波以外に、このバージョンに似つかわしくない変なエディットのキャラ…)

 

ハセヲ「居ねえな」

 

ブラックローズ「どうすんだ?」

 

カイト「…あ!昴だ!」

 

遠くを1人で歩いている、天使の羽を生やした重斧使いヘビーアックス

 

ハセヲ「たしか…紅衣の騎士団の団長…知り合いか?」

 

カイト「うん、それに紅衣の騎士団ならいろんな情報を知ってるはず…!」

 

 

 

カイト「やあ、昴」

 

昴「カイトさん、どうも」

 

カイト「昴、アレ以来司はどう?」

 

昴「司…?司がどうか、しましたか?」

 

カイト「え?…大聖堂で…」

 

昴「大聖堂…?」

 

カイト(待てよ…)

 

僕が転移する前、昴は司のガーディアンが暴走した事によってBTやミミル、ベアがキルされ、司自身も心を病んでしまったと言っていた

 

…それが未だ起きていない?

そんな中間の時代に入ってしまった?

 

カイト(だとしたら、まだ司に会える、司のガーディアンの暴走を止めたらどうなる…?いや…それよりも…なにか、みんなを救う手がかりを…)

 

どうしたら、いいんだろう

やらなければいけないことが見えてこない

 

昴「…どうかしましたか?」

 

カイト「いや…」

 

ハセヲ「どうする、カイト」

 

カイト「…司を探そう、きっと、何かを知っているはずだよ」

 

ハセヲ「司か」

 

ブラックローズ「誰だそれ」

 

カイト「…The・Worldに取り込まれた、最初の未帰還者だ」

 

 

 

 

 

リアル

Link基地

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「え?…あの仮面の深海棲艦らしき敵に貴方は関わってない?」

 

神風「そう、アレは別枠」

 

狭霧「…そんな…いや、そう一気に解決してくれるとは思ってませんでしたが、となると…やはり、未だこの戦いは終わらない…」

 

神風「…毒も、何もかも、私は何もかも与えられて研究していただけ、今思えば…私なんてなんて矮小なことか…」

 

狭霧「…そんな事はありません、環境が整っていようと、アレほどの成果を出せるのは一握り……貴方は優秀な人です、差し当たって解毒剤の作成をですね…」

 

神風「…多分、無意味…毒の種類は、無数にある…私が綾波に対して使った毒も、一つじゃない…毒を喰らっても簡単に解毒できたら意味が無い、だから…」

 

狭霧「…でも、綾波さんは死ななかった」

 

神風「……えーーっ…と………何言っても怒らない?」

 

狭霧「…だいたい察しましたので、どうぞ」

 

神風さんがお茶を一息に飲み干す

 

神風「なんであの毒で死なないの!?あれなら鯨でも象でも10分と経たずに死ぬのに!というか何故アレで生き延びて、その上私の部下も全滅させて…もう、何、なんなの?綾波って…」

 

狭霧「…毒に関しては、解毒剤を使ったんです、不完全ながら毒を分解してくれて、即死を免れました…そして、私の手当てや…まあ、様々な手段で回復した結果、ですね」

 

神風「…何よりも、不満なのは……何?あの力…心が折れちゃった…もうアレとは戦いたくない…」

 

狭霧「それが一番良いと思います、あの力に関しては…私たちも把握しきれませんから……少なくとも、現代の物理学では到底…届かない領域でしょうね」

 

神風「…だと思うわ、私も」

 

狭霧「……その綾波さんも、今は…」

 

神風「……この姿の綾波を、私に見せる意味って?」

 

目を覚ました綾波さんは、虚ろな表情で何処かをずっと眺め続けている

半開きの口からは唾液が垂れ流し、食事は理解できないのか摂ることはない為、栄養を点滴している

…かつての姿は、何処にもない

 

狭霧「貴方なら、未だショックは少ないでしょうから」

 

神風「……いや、かなりのもの…それでも未だマシなのかな…」

 

…当然だろう

自身を呆気なく打ち倒した最強の敵がこの有様

老人のようになっている

 

でも、みんなは…他のメンバーは比ではないショックを受けるだろう

 

綾波さんを再び立たせることは、もはや不可能だ

なら、私たちはどうすれば…

 

神風「これから、どうするの?」

 

狭霧「このまま…長い時間を稼ぐことはできませんからね、致し方無いとは思います、いつかは話さなくてはならない…でも、私から話すのもあまりにも重い」

 

神風「私にやれって?」

 

狭霧「そんなこと、冗談でもあの人達の前で言えば貴方殺されますよ?」

 

…神鷹さんは最近特に元気がない

周りが励ましてはいるものの…後どれだけ騙し騙しでやっていけるか

 

神風「もう、元には戻らないの?」

 

狭霧「わかりません」

 

瑞鶴さんで治せないのなら、私たちにはどうすることもできない

いや、私の体を明け渡すことができたら或いは…

しかし、それも拒否されるだろうし…

 

狭霧「綾波さん、もう少し休んでいて良いですからね」

 

…Linkを再起動するには、いや、まず…Linkは何をすればいいのだろうか

私にはわからない…

 

神風「……貴方は、私に相談したくて、呼んだの?」

 

狭霧「そうかもしれません…私は、綾波さんほど自身を理解できていない、でも…そうなんでしょうね、他に誰に相談していいのかもわからない」

 

神風「…つい昨日まで、私は敵だった」

 

狭霧「今は味方です」

 

神風「…今、敵がいないのなら…ただ守りを固めればいいんじゃないの?」

 

狭霧「……そうですね」

 

あの仮面の敵にここの存在はほぼ割れていると言っても過言ではない

 

狭霧(拠点を移す事も考えないと)

 

 

 

 

 

離島鎮守府

アヤナミ

 

朝霜「…なあ、アンタ…脚なかったよな?」

 

清霜「目も見えなかったよね?」

 

アヤナミ「ええと…訳あって、完治しました」

 

朝霜「どういう訳だよ…」

 

アヤナミ「その…まあ、色々…」

 

清霜「へー…」

 

アヤナミ「…清霜さん」

 

清霜「ん、なあに?」

 

アヤナミ「…いつでも良いですよ」

 

清霜「…!」

 

朝霜「なんの話だ?」

 

アヤナミ「遊びたそうにしてたので、追いかけっこでもしますか?」

 

清霜(な、なめられてる?それとも本当に殺していいって事?)

 

朝霜「そんなガキの遊びなんか誰がやるんだよ」

 

清霜「えー、いいじゃん、私はやるよ!待てー!!」

 

アヤナミ「簡単には捕まりませんよ!」

 

朝霜「……え?…は、2人ともくそ速えんだけど…」

 

 

 

 

アヤナミ「ごほっ…はー…げほっげほっ…つ、疲れた…」

 

清霜「…まだ200メートル位しか走ってないよ…?」

 

アヤナミ「た、体力おちてるんです…はー…ひー……」

 

清霜「…アレさ、殺してもいいって意味?」

 

アヤナミ「…はい、でも簡単には死にませんよ…敷ちゃんが悲しむし、綾ちゃんもショック受けちゃいますから」

 

清霜「……わかった、期待してるね」

 

アヤナミ「…はー……ようやく、落ち着きました…」

 

清霜「……ねえ、さっきからそこにいる人、出てきていいよ」

 

物陰からワシントンが顔を出す

 

アヤナミ「こんにちは」

 

ワシントン「…随分、元気そうね」

 

アヤナミ「全身が治癒しましたから」

 

ワシントン「…記憶も?」

 

アヤナミ「ええ」

 

ワシントン「っ!」

 

ワシントンさんが艤装を展開する

 

アヤナミ「撃ちますか?……その程度では私は殺せませんよ」

 

ワシントン「冗談…!人間が砲弾を受けて死なない訳…」

 

アヤナミ「完治したと言うことは、私が完全な状態になったということは…そう軽い意味ではないんです、それに、私はもう誰かと戦いたくはない」

 

ワシントンさんの方に歩いて近寄り、手を差し出す

 

アヤナミ「…どうか、友好的にお願いできませんか」

 

ワシントンさんに握手を求める

…無理だろうということはわかっている

ワシントンさんは私が記憶喪失だから

私が何もできないから見逃していただけ

 

私が完治しているなら、手を出さない理由はないだろう

 

そういう世界のためという勝手な正義を振りかざすタイプ…

 

ワシントン「友好的?貴方が?」

 

突きつけられた主砲を掴む

 

アヤナミ「…今の私は、改レベルの力を何も無しに扱うことができます

 

主砲を握りつぶす

 

ワシントン「なっ!?」

 

清霜「うわっ!?」

 

アヤナミ「それが何を意味するかはわからないでしょう、しかし…私も脅しは好きではありませんが、話し合うつもりがないのなら戦意を削がせてもらいます」

 

ワシントン(す、素手でこの主砲を…?握手なんてしたら、手が潰されてたんじゃ…)

 

アヤナミ「清霜さん、手を借りられますか?」

 

清霜「えっ」

 

アヤナミ「大丈夫、力加減は間違えません」

 

清霜さんと握手してみせる

 

清霜(…うわ、普通に握手できてる…)

 

アヤナミ「どうですか、私は貴方ともこうして友好関係を築きたいんです」

 

ワシントン「…え、遠慮するわ」

 

アヤナミ「…そうですよね……出過ぎたことを言いました」

 

やはり、私はたくさんの人を傷つけすぎた

いきなり仲良くしようなんて無理だ

むしろ私としては、早く地獄に堕ちられればそれでもいい

 

なのに、今更仲良くだの、握手だのと…

 

ワシントン(清霜の手、大丈夫…?わ、私…殺されない?)

 

アヤナミ「…清霜さん、疲れてますね?…もう片方の手も出してください」

 

清霜「へっ?」

 

アヤナミ「実は私、ハンドマッサージ得意なんです」

 

清霜(い、いや…こわいこわいこわい!え?手、握りつぶされないよね?)

 

ワシントン(わ、わかっててやってるの?それとも本当に善意?こ、こわい…見てるだけで怖い!)

 

アヤナミ「疲れ目に効くのはここ、後結構促進とか…」

 

清霜「…ぅ…あ…」

 

清霜(い、痛気持ちいい……でも、怖い…)

 

ワシントン(清霜のあの表情…それにあの脂汗……ど、どんな痛みなの…恐ろしい…)

 

アヤナミ「…凄い手汗ですね、代謝が良いんですね」

 

清霜(怖いんだよ!!)

 

ワシントン「…なんで代謝に繋がるのか、わからないんだけど」

 

アヤナミ「あれ?…ああ、そうだ、たしかに…手の汗は体温低下には繋がらない、恐怖ですか…?…ああ…そう、ですか…」

 

清霜さんの手を離す

 

清霜(め、めっちゃ落ち込んでる…)

 

清霜「あ、あれー、なんか、身体少し楽かも!」

 

ワシントン「え、本当に?」

 

清霜(多分気のせいだけど…)

 

アヤナミ「…少しでもお役に立てたなら良かったです」

 

清霜「う、うん!すごく助かりました!ありがとうございました!」

 

清霜(波風立てずに終わらないと、後が怖い…)

 

アヤナミ「…そうですか、良かったです」

 

アヤナミ(ものすごく気を使われてる…相手の心理が見て取れるのも…不便ですね…)



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物知り

離島鎮守府 執務室

提督 倉持海斗

 

海斗「え?撤退?横須賀の艦隊が?」

 

アケボノ「はい、援護を要請されてます」

 

海斗(確か、西方海域に向かってたんだっけ…そんなに苦しいのかな)

 

海斗「今の手空きは……よし、通常編成で横須賀艦隊の撤退を援護、ウチで受け入れよう」

 

アケボノ「そのように手配します」

 

 

 

 

 

応接室

 

海斗「…拓海、西方海域はそんなに苦しいところなの?」

 

火野「少なくとも…簡単ではない、特に敵の援軍が出てきてからはな」

 

海斗「援軍?」

 

火野「…仮面をつけた艦娘のようだった、白い仮面と、衣服も白で統一されていた」

 

海斗「…人ってこと?」

 

火野「わからないが、艤装は艦娘と同様のものに見えた……対人戦となると…艦隊の動きも鈍る」

 

海斗「…そうだね、ここにいるみんな、深海棲艦と戦う覚悟はしていても、人と戦う覚悟はできてない…」

 

火野「…どうしたものか」

 

海斗「そう言えば…向こうの拠点はどうなったの?」

 

火野「……仮面の敵に奪われた、どうにも、陸戦の動きも一級品らしい…現地の軍人達があっという間に制圧されたそうだ、帰港するにも…危険だと判断した」

 

海斗(…仮面の敵、陸上での戦いもできる艦娘…)

 

海斗「…なんで人間を襲うんだろう」

 

火野「理由は不明だ」

 

海斗(…アヤナミに少し話を聞いてみよう、何か知ってるかもしれない)

 

 

 

 

アヤナミ「仮面をつけた敵、ですか…」

 

海斗「うん、何か…わかることがあれば教えて欲しいんだ」

 

アヤナミ「……その…私にはあまり…データは綾ちゃんが持ってると思います…交戦したことがあるそうなので…」

 

海斗「そっか…わかった、どうにか連絡を取らないと…それと、もう一つ……深海棲艦が人間を襲う理由…何か分かったりする?」

 

アヤナミ「…本能のようなものだと思います…だって、理性がかけてるんです…深海棲艦は……理性が存在する深海棲艦は、悪戯に人を襲いません…上位個体に制御され、仮初の理性を得た深海棲艦同様に…」

 

海斗「……止められないのかな」

 

アヤナミ「…方法はあります、綾ちゃんが使っている手なんですけど…深海棲艦に仮初の理性を与えて人間への攻撃性を抑える音波を出すんです……でも、これも完璧じゃない…理性を受け付けない個体と、理性がある個体には効きません…」

 

海斗「要するに、賢すぎても、そうでなさすぎてもダメなんだね」

 

アヤナミ「はい…なので、仮面の敵には効果はないかと…」

 

海斗「そっか…うん、色々ありがとう、参考になったよ」

 

アヤナミ「司令官」

 

海斗「何?」

 

アヤナミ「…綾ちゃん、私は多分、会ってもらえないから…時間がある時に、尋ねてあげてください……」

 

そう言ってアヤナミがメモを差し出す

住所らしきものが書いてある

 

海斗「ここに?」

 

アヤナミ「…誰にも見せないでください、誰にも、教えないでください」

 

海斗「…わかったよ、どこにしまっておこうかな…」

 

アヤナミ「…見たら、燃やしてください」

 

海斗(お、覚えておけるかな…こんなに細かい住所…)

 

 

 

 

 

応接室

 

火野「どうだった」

 

海斗「特に、今すぐ役に立つことはなさそうかな…」

 

火野「佐世保の艦隊を派遣しようかと思う」

 

海斗「佐世保を?…確かに陸上での戦いも訓練してるらしいけど…それは国を守る為でしょ…?」

 

火野「そうだが、他に手が思いつかない」

 

海斗(…陸での戦闘も熟る…か)

 

海斗「頼りっぱなしになりかねないけど…行くしかないか…」

 

 

 

 

 

本土 青森 某所

 

海斗「…確か、この辺りだと思うんだけど……メモすれば良かったなあ…検索してもはっきりした位置情報がないし…あれ?」

 

向こうから走ってくるのは…

 

朧「あ、提督?どうしてこんなところに…」

 

海斗「朧!キミこそ…いや、そっか、丁度よかった、朧、綾波に会いたいんだ、案内してくれない?」

 

朧「綾波に用事ですか?…よくここがわかりましたね…」

 

海斗「まあね…なんの連絡もなく来ちゃったけど…」

 

朧「大丈夫です、たぶん」

 

 

 

 

Link基地

 

…正直、どんな要塞や研究所が広がっているのかと想像していたけど…入ってみれば生活感のある設備、というよりは今風の豪邸のような…

 

朧「…どうかしました?」

 

海斗「いや、普通のお家みたいだなって…」

 

朧「あー、確かに、でも綾波曰く普段の生活がひどいと仕事に入らないらしいし、そのせいかもしれません」

 

海斗「…おじゃまします」

 

 

 

 

狭霧「初めまして、倉持司令官、私は狭霧と申します、ここの副官を務めさせていただいております」

 

海斗「よろしく……キミは、綾波の姉妹なの?」

 

狭霧「姉妹艦という意味でしたら、はい…しかし実の姉妹ではありません」

 

海斗(…すごく雰囲気が似てる気がしたけど、そうでもないのかな)

 

狭霧「私は綾波さんのクローンのようなものですから」

 

海斗「く、クローン!?」

 

狭霧「…随分と驚かれますね」

 

海斗「いや…そ、そっか…ええと、それより…綾波は?」

 

狭霧「……わかりました、ご案内致します」

 

狭霧さんに案内され、奥の部屋へと通される

 

海斗(…ここだけ雰囲気が違う、いや…医薬品の匂いか、ここは医務室なのかな…綾波は何処か悪いのか、それとも…)

 

狭霧さんがドアをノックする

 

狭霧「綾波さん、お客様ですよ」

 

引き戸を開け、中に案内される

 

狭霧「え…?」

 

海斗「……綾波?」

 

綾波「ああ、これはこれは、倉持司令官、お久しぶりですね」

 

狭霧(あ、綾波さんが…しゃ、喋って…しかも立ってる!な、何故…快復できるはずなかったのに…!)

 

海斗「…ええと…うん、久しぶり、元気そうでよかったよ」

 

綾波「そうでもありません、未だこの現世に縛られているのは、少しイヤな感じです…さて、さっさと本題を進めましょう?狭霧さん、お茶をお出ししてください」

 

狭霧「は、はい!」

 

海斗「あ、お構いなく…行っちゃった…」

 

綾波「忙しない子ですみません、それより、今日はなんの用ですか?離島鎮守府の司令官ともあろうお方が、わざわざ私に会いになど…」

 

海斗「…仮面の敵、で伝わるかな…」

 

綾波「ああ……なるほど、そういう事でしたか」

 

綾波が書類の溜まった棚から迷いなく一つのファイルを抜き取る

 

綾波「あれは、私もよく分かってないんですよね、人の形してるけど中身はまるで不明…非人道的な奴らが扱う私兵ですから、仕方ないですけどね」

 

海斗「…扱う…誰かに操られてる?」

 

綾波「いいえ、自分の意思で動いているはずです、奴らの活動時、ほぼ全ての回線を確認しましたが、通信の痕跡はありませんでした…と、なれば…可能性が高いのは命令を埋め込まれているパターン…ま、なんにせよあれは人とは呼べないでしょう」

 

海斗「人じゃない?」

 

綾波「ええ、もしくは人だったが正しいかもしれません、少なくとも生きた人間ではない、戦う時点ではね」

 

海斗「……西方海域に出現したんだ」

 

綾波「ほう、興味深い」

 

海斗「現地の基地を襲ったらしい、なぜそんな事をするのか、深海棲艦でないとしたら、誰にメリットがあるのか…僕にはわからなかった」

 

綾波「…まず一つ、深海棲艦の仲間です、奴らは」

 

海斗「え…?人の艤装を使ってるのに?」

 

綾波「奴らはここを攻める時に深海棲艦と一緒に攻めてきました、まあ要するに…奴らはズッブズブの関係なんですよ、というか深海棲艦に分類する方が早いでしょう」

 

海斗「…報告によると陸戦もこなすって」

 

綾波「……倉持司令官、我々Linkはその為にある、世界の海を取り戻す為にある…ならば、私はその為になんでもしましょう、見返りは求めません…言ってください」

 

海斗「……西方海域に出現した仮面の敵を掃討してほしい」

 

綾波「了解、承りました」

 

海斗「…ごめん、頼りっぱなしで」

 

綾波「いえいえ、仕事がないとみんな怠けてしまいますからね…そうだ、倉持司令官、今日はお時間の程は?」

 

海斗「…こんなにすぐに了承してもらえるとは思ってなかったから」

 

綾波「それは良かった」

 

狭霧「失礼します、お飲み物をお持ちしました」

 

海斗「あ、どうも……え?」

 

綾波「…な、なんですか、これ…」

 

狭霧「タピオカミルクティーです」

 

綾波「…狭霧さん、貴方……はぁ…すみません、倉持司令官」

 

海斗「いや…うん、流行った頃には向こうにいたから飲んだ事なかったけど、甘くて美味しいね」

 

狭霧「お気に召していただけて幸いです」

 

綾波(おかしい、私は狭霧さんに栄養管理とかを頼んだりするくるい信頼してたのに、この一件で信頼が砕け散りましたよ)

 

綾波「狭霧さん、お客人の前で言うことではありませんが、普通のお茶を要求したんですよ、私は」

 

狭霧「ええ、知ってます、でも折角なので」

 

綾波(この人も頭のネジ外れてますね)

 

綾波「…ええと、それでなんですが、見て欲しいものがあるんです、きっと持ち帰ったら皆さん喜びますよ」

 

海斗「みんなが?」

 

綾波「狭霧さん、持ってますか?」

 

狭霧「はい、此方になります」

 

小箱を渡される

 

綾波「そちらは試験運用中の艤装…と、その管理用の器具になります」

 

小箱を開く

 

海斗「…指輪?」

 

綾波「ナノマシンを使った、いつでもどこでも艤装を召喚できる装備になります、良ければ是非」

 

海斗「……僕が使うの?」

 

綾波「いや、皆さんに配ってほしいんです」

 

海斗「だよね、それで、こっちの管理用っていうのは?」

 

綾波「敵に奪われたりした際、それで指輪の艤装をただの鉄の塊に変える力があります」

 

海斗「なるほどね、普段は使うことはなさそうだね」

 

綾波「ええ、しかし…まあ、諸事情があって、というか…横須賀の人たちがごねたので、管理用の指輪に生体反応がないと艤装を展開できないようになってます」

 

海斗「……つまり、これを僕がずっとつけておかなきゃいけないって事?」

 

綾波「そうなります…ご不便かとは思いますが」

 

海斗「みんなの役に立つなら、ありがたく使わせてもらうよ!」

 

綾波「……では、そのように…それと、これを」

 

綾波が人差し指の指輪を僕に差し出す

 

綾波「つけておいてもらえませんか、サイズは自動調整されますから」

 

海斗「…どうして僕に?」

 

綾波「……あなたは、こう言ってはなんですが、しぶといでしょうから…」

 

…まっすぐ、目を見つめられる

 

綾波「お願いします」

 

海斗「……わかった」

 

右手の人差し指に指輪をはめる

 

綾波「もう一つの指輪は、左手に……っ…と……狭霧さん、倉持司令官をお見送りしてください…私は、疲れました……」

 

狭霧「!……はい、倉持司令官…こちらへ」

 

海斗「ありがとう、綾波」

 

狭霧(…随分と、1人で無茶をされていたのですね…貴方1人が頑張ることなんて、ないのに…)

 

 

 

 

朧「あれ、提督、もう帰るんですか?」

 

海斗「うん、これでも忙しい身だからね…どうしたの?朧」

 

朧「いや、その指輪…」

 

海斗「綾波にもらったんだ」

 

朧「綾波に?……そっか…うーん…」

 

海斗「どうかした?」

 

朧「…ケッコンカッコカリ」

 

海斗「結婚?」

 

朧「その指輪をつけることの名称らしいです…横須賀の人たちが言い出したとかで」

 

海斗「…気をつけなきゃ、何言われるか、わから…ない……ね…」

 

朧「提督?」

 

海斗「……そういえば、いまウチに横須賀の人達が……いや、明日の朝には帰ってるはずだけど…」

 

朧「…泊まって行きます?部屋ならありますけど…」

 

海斗「ううん、もうすぐ新幹線の時間だし、じゃあ僕は…あれ?」

 

青葉「し、司令官!?なんでここに!?」

 

海斗「青葉こそ、なつめのところにいるんじゃ…?」

 

青葉「いえ…その、ここで起きている未帰還者事件を解決する為に、場所を借りてるんです……その、司令官、よければお話を…」

 

海斗「あー…えっと…」

 

朧「新幹線、間に合いますか?」

 

海斗「綾波のところで予想外に長居しちゃったから…ギリギリかな」

 

青葉「ひ、引き止めてごめんなさい!どうぞ!」

 

海斗「そう畏まらないで…青葉」

 

青葉「はい!」

 

海斗「疲れたらいつでも戻ってきて、みんな待ってるから」

 

青葉「……はい!」

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府 執務室

 

アケボノ「…これを、私にですか」

 

海斗「うん、アケボノならどんな艤装も扱えるでしょ?」

 

アケボノ「……しかし、私は今は非戦闘員です」

 

海斗「でも万が一が起きるかもしれない」

 

アケボノ「……どうやら、今日の提督は強引なようですね」

 

海斗「別にどの指でもいいんだ、アケボノがつけてもいいと思う指につけて、とにかく失くさなければそれで良いから」

 

アケボノ(…左手の薬指…というのは、あまりにも卑しいか、横須賀の連中が言っていたケッコンカッコカリ、意識するなというのが無理な話だ……)

 

アケボノ「では、提督同様右手の人差し指に」

 

海斗「あとは、みんなにも渡さなきゃな…」

 

アケボノ「え…?人数分有ったのですか?」

 

海斗「え?…うん、みんなに渡してって…」

 

アケボノ「……そう、ですか…」

 

アケボノ(いま、当然だ、なにをへこんでいるのか私は)

 

アケボノ「配る役目、お手伝いします」

 

海斗「いや、僕が直接やるように言われてるんだよね…なんでも制御装置とのリンクが外れるって」

 

アケボノ(…せめて隣でお待ちしておこう)



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ヒガンバナ

The・World R:1

Θサーバー 病める 忘却の 戦慄

錬装士(マルチウェポン) ハセヲ

 

ハセヲ「見つけた…!」

 

黒い影を追う

今、この世界のことを調べるにあたり、情報を持ってそうなやつを捕まえ、吐かせる

その為に…

 

ハセヲ「待ちやがれッ!!」

 

楚良「およ?…誰?アンタ」

 

黒い影が立ち止まり、此方に振り向く

特殊なタイプの双剣士、全身を包む黒い衣装に、拘束具のようなベルト、そして…

籠手から飛び出す刃

 

ハセヲ「お前に聞きたいことがある」

 

楚良「んー…オレは「誰?アンタ」って聞いたんだけど…自己紹介って知ってる〜?」

 

ハセヲ「…ハセヲだ、お前楚良だろ、俺はお前に…」

 

楚良「何?オレに情報提供しろって?」

 

ハセヲ「…チッ」

 

こいつ、うぜえ…

 

楚良「そ、れ、よ、り…うーん…アンタのキャラ、おもしれ〜…武器も、双剣みたいで見たことないし…」

 

ハセヲ(…お友達、か…?)

 

楚良「で、も…アンタは面白くないから、アンタの武器だけ貰おうかな」

 

楚良が籠手から刃を出し、構える

 

ハセヲ「俺もお前のメンバーアドレスはゴメンだ!!」

 

楚良「ちゅばっ!……と」

 

楚良が自らの口で効果音を鳴らしながら飛び上がり、此方の背後へと回る

 

ハセヲ(動きなら、読めてんだよ!!)

 

ハセヲ「環伐!!」

 

大鎌に換装し、周囲を切り刻む

 

楚良「あっらら〜ん?……そんな武器、見たことないケド」

 

ハセヲ「…言うなら、未来の武器だ」

 

楚良「ひぇー、おったから〜……なら、オレもちょっと頑張っちゃおうかな」

 

ハセヲ(来る!!)

 

大振りな鎌を最低限の動きで受け流され、多数の手数によるダメージ…

 

ハセヲ(こっちが不利か、なら…)

 

ハセヲ「疾風双刃!!)

 

楚良「っとぉ?…また武器が変わった……いいね、やっぱりおっもしれ〜……」

 

ハセヲ(今のを全部かわされた…!クソ、油断してかかると…こっちが痛い目を見ることになるな)

 

武器を大剣に切り替える

 

ハセヲ(手数は向こうが上、だが多数で勝負するとなると…向こうのほうが上だ、それなら、一撃の破壊力で…!!)

 

大剣を振り回す

 

ハセヲ「虎乱襲!」

 

楚良「おわっ」

 

楚良が飛び退き、かわす

 

楚良「当たったらいったそー」

 

ハセヲ(クソ、ふざけた態度しやがって!!)

 

楚良「……あっ…そうだ」

 

楚良が踵を返し、ダンジョンへと向かう

 

ハセヲ「逃がすか!!」

 

 

 

 

ハセヲ「クソッ!どこに消えやがった…!」

 

楚良「こったこっちぃ…」

 

少し離れた、見通しの悪い部屋から声がする

楚良がオブジェクトに腰掛け、こちらを挑発する

 

ハセヲ(…突っ込むか、それとも…いや!!)

 

アイテム欄から呪符を取り出す

 

ハセヲ「粋竜演舞の召喚符!!」

 

楚良「おわっ!?」

 

楚良の足元から水が召喚され、楚良を呑み込む

 

ハセヲ「破魔矢の召喚符!!」

 

光の矢がダンジョンの壁を削り、壁の裏に隠れていたモンスターを貫く

 

ハセヲ「やっぱりな…狙いはMPK(モンスタープレイヤーキル)か…!」

 

楚良「ちぇっ…バレてたか、んー…」

 

ハセヲ「…お前の手の内は読めてる、やられる前に降参したらどうだ」

 

楚良「ホントに?」

 

ハセヲ(…待てよ、このエリア…確か、モンスター召喚の魔法陣から出るモンスターの数は…)

 

背後から別のモンスターが斬り掛かり、ダメージを受ける

 

ハセヲ(やっぱアンデッド系か…!ここはそういうエリアだった、なら…)

 

ハセヲ「破魔矢の召喚符!!」

 

ありったけの呪符でモンスターは制圧する!!

 

楚良「うっはー…正面からやりあうのキッツいのに、これもダメか〜」

 

ハセヲ「…次はお前だ」

 

楚良「後悔すんなよ」

 

ハセヲ「っらああァァァァァッ!!」

 

楚良「…ハッ」

 

楚良とすれ違いざまに斬り合う

 

ハセヲ「……」

 

楚良「……へ〜」

 

楚良の体が倒れ、霧散する

 

ハセヲ「調子乗ってんなよ、悪ガキ…まだ居るんだろ?」

 

倒されてもおばけとしてその場に透明なキャラクターは残る

蘇生もできる

 

楚良「…悪ガキ、か……随分と、おっさんくせ〜」

 

ハセヲ「お前に聞きたいことがある、司についてだ」

 

楚良「……メンバーアドレス、ちょ〜だいっ」

 

ハセヲ「断る」

 

楚良「じゃあ、無し」

 

ハセヲ「……チッ」

 

ハセヲ(なんで過去の自分とメンバーアドレス交換しなきゃなんねえんだよ!!)

 

楚良は、俺だ

R:1の頃に使ってたキャラ…

 

ハセヲ「ほらよ」

 

組成し、メンバーアドレスを渡す

 

楚良「んじゃ、教えてやる…司クンは今頃猫のPCと一緒にいるんじゃないかなあ、きっと」

 

ハセヲ「…猫か」

 

このバージョンで獣人キャラは作れない、要するにチートPC扱いされる奴だ

 

楚良「Δの隠されし禁断の聖域に最近よく居るみたい…オレが知ってんのはそんだけ」

 

ハセヲ「そんだけわかりゃ十分だ、助かった」

 

楚良「……で、アンタ何者なワケ?」

 

ハセヲ「…さあな」

 

 

 

 

 

The・World R:2

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「……はあ…」

 

司令官に用があったのに、折角訪ねてきてくれたのに話せなかった

連絡しようにも自分の携帯やパソコンのメールは何故か使えない

 

朧さんに借りて連絡しようと思ったら朧さんは七駆の連絡先しかない

 

青葉(どうしよう…)

 

今頃西方海域を攻略中だろう、と、聞かされたけど…

 

わたしだけここで何も成せずにいるのは心苦しい

未帰還者を救う為に奮戦してるつもりが、なんの手がかりも無くなった

 

青葉「…あれ?」

 

ヒガンバナを取り出す

 

青葉「…何か、呼ばれた気がしたんだけど……」

 

青葉(…リコリスさん、私は、どうすればいいんでしょうか…)

 

このままでは良くない、何かを、手にする為に…動かないと

 

青葉「え?」

 

花が、手から消える

つい一瞬前まで持っていた花が視界から消え失せる

 

青葉「そんな!…なんで?何処に…あ!」

 

あわてて周りを見渡し、自分の手が伸びている先が妙なことに気づく

片手には槍、もう片手には…いつの間にか、手が握られていた

 

青葉「…リコリス、さん?」

 

リコリス「……」

 

つぶられた瞳、閉じられたままの口…私が見た、そのままが

つい一瞬前まで、誰もいなかった場所に、確かに居る

 

青葉「…全部、失ってる…?いや、そんなのおかしい!だったらアルビレオさん達は何のために…!」

 

落ち着いて、状況を整理しよう

リコリスさんは何故か戻ってきた、この槍の持ち主の所に

 

それは何故か

 

青葉(…リコリスさんを完全に目覚めさせれば、わかる筈…!)

 

青葉「…どこに行けばいいですか、私を、導いてください」

 

転送される

オートリーブ、ルールの外側の移動

 

 

 

 

The・World R:X

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

 

青葉「…ここは…」

 

R:Xのマク・アヌ…?何故ここに…

 

青葉「うっ!」

 

いきなり背後から斬りつけられる

謎の違和感が体を包み込む

 

エンデュランス「……」

 

青葉「貴方は…!エンデュランスさん…紅魔宮の宮皇(チャンピオン)…!」

 

…実力は私よりも確実に上、それと、戦えということ…?

 

青葉「…やるしかないようですね…!」

 

片手で槍を振り回す

できる限り射程を活かした大振り、寄せ付けないことだけを意識した攻撃…

全部かわされてるけど、それでいい

 

青葉(…間合いは、此方が有利、なら…)

 

大きく槍を引き、身を引く

 

青葉「神槍……ヴォータンッ!!」

 

全力で突きを放つ

槍がエンデュランスの剣に触れる

 

青葉「フリーズ!!」

 

エンデュランス「…!」

 

エンデュランスが剣を捨てる

剣は落ちながら石化し、地面に当たると同時に砕け散る

 

青葉(武器を封じた!これで…!)

 

エンデュランス「……こんな戦い、美しくないよ…ねえ?ミア…」

 

青葉「…ネ、コ…?」

 

いつの間にか、エンデュランスの肩には小さな白い猫…

その猫の目が私を射抜く

鋭く、魅力的な瞳…

 

エンデュランス「…ミア…ボクを見てよ…」

 

青葉(ミア?あの猫の名前…?あ、れ…?動けない…)

 

PC(プレイヤーキャラクター)が動けないわけじゃない

私だ、リアルの私が…固まっている

 

恐怖じゃない、まるで金縛りのような…

 

エンデュランス「…キミが居たら、ミアがボクを見てくれない…!」

 

エンデュランスが別な武器を取り出し、一気に近寄ってくる

 

青葉(動いて!動いて!!)

 

エンデュランス「鬼輪牙」

 

斬撃を受け、PCが大きなダメージを負う

 

青葉「ぁが…ぁ…?……かはっ…ぁ…!」

 

だけど、私が…リアルの、私が、より大きなダメージを受けている

はっきりわかる、斬られた感覚がある

脳がそう認識している

 

FMD(フェイスマウントディスプレイ)で見えないが、まるで血が流れているような感覚

大きく斬りつけられたような感覚…!

 

青葉(…ここで、殺されたら…)

 

…ゲームバトルが、一瞬にして本物の殺し合いに変わる

 

青葉「……動く」

 

痛みのおかげで解放されたのか、もう体は動く

 

ならば…戦うしかない

 

青葉「…一度、キルさせて貰います」

 

エンデュランス「……」

 

青葉「……」

 

睨み合いの膠着状態になる

また攻撃してきたら、カウンターを叩き込む…そのつもりで、ゆっくりと…

 

青葉(大丈夫、あの猫の眼を見なければ)

 

青葉「えっ…!?」

 

エンデュランスさんは何もしていないのに、魔法が展開されて…

 

青葉「ヴォータン!!」

 

魔法を槍でかき消す

 

エンデュランス「……」

 

青葉(これが強さの秘訣?自動でスキルを放つ猫と、剣士の、コンビネーション…)

 

エンデュランス「行くよ、ミア」

 

エンデュランスの斬撃を槍で防ぐ

防ぐ、防ぐ、防ぎ続ける

乱撃のようで計算された斬撃をなんとか防ぐ

一撃受ける度に一歩、何とか間合いの外へと退がるのに…それを許さず追撃が来る

 

しかし、斬撃に見惚れていては…

 

青葉「しまっ…!」

 

魔法にやられる

 

爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされる

 

青葉「あぁっ!!…っぐ…あ…」

 

青葉(だ、ダメ…これじゃ、まともな戦闘にならない…リコリスさんが同じようなことをできるわけはないし…)

 

回復アイテムの瓶を開け、飲み干す

 

青葉「…攻めきる、受けに回ったら間違いなく負ける!!」

 

呪符を取り出し、握りしめる

 

青葉「バフも全部使い切る…!剣士の血!騎士の血!法術師の血!占星術士の血!」

 

物理、魔法攻撃力、そして物理、魔法防御力上昇

 

青葉「それから封印!!」

 

そして、逆に物理、魔法攻撃力、物理、魔法防御力の低下を相手にかけ…

 

青葉「岩戯王の召喚符!!」

 

大量の岩石が降り注ぐ

 

青葉(ダメージにならなくていい!視界を潰して…)

 

一瞬の隙を、作る

 

青葉「トリプルドゥーム!!」

 

槍を大きく振りまわし、エンデュランスに防がせる

 

青葉「フリーズ」

 

剣が石化する

 

青葉(そして、この距離から!!)

 

ゼロ距離で呪符を使う!

 

青葉「斬風姫の召喚符!!」

 

竜巻が巻き起こり、自分もろとも切り刻む

 

青葉「ッ!!…まだ!!火炎太鼓の召喚符!!」

 

爆炎でエンデュランスを吹き飛ばす

 

青葉(追撃…!!)

 

体制を立て直す前に、仕留める…!!

 

青葉「……え…」

 

走って、詰め寄ってた筈なのに

一瞬、視界にキラリと何かが光った途端…

 

歩けない、動けない

 

ばたりと、体が倒れる

 

青葉(…なん……どうして…?)

 

青葉「なんで……弥生さん…?」

 

弥生さんの、キャラだ…弥生さんのキャラに、すれ違い様に斬られた

 

ヤヨイ「……エンデュランス」

 

エンデュランス「…ミア…?ミアは、どこ…?」

 

青葉(…エンデュランスさんは、弥生さんを見ていない…?これは、どうなって…)

 

猫が鳴く

目の前で小さく「ニャア」とだけ

 

…この猫か

 

この猫のせいで、こんな風に…

 

青葉「……デリート、しなきゃ…!」

 

The・Worldが"良いゲーム"である為に!

 

青葉「ぇ…」

 

転送され、景色が、切り替わった

 

 

 

 

リアル

Link基地

青葉

 

青葉「…っ…」

 

残った力を振り絞り、体をやっとベッドまで動かす

身体中ヒリヒリする

痛い、すごく痛い

 

青葉(……負けた、やられた…数に負けた、気づかなかったから、やられた、でも…次こそは)

 

油断したからやられた?違う

2対1だから負けた?違う

 

…私が弱いから負けた

 

最初から腰が引けていた

宮皇に勝つなんて無理だと

 

勝てるんだ、勝つつもりで戦えば勝てたかもしれないんだ

 

でも、勝ってどうしたらよかったんだろう

いや、弥生さんがあそこに居た、という事は…未帰還者を助けるチャンスだったんだ

 

青葉(…悔しい…悔しい、未帰還者を助けるチャンスだったかもしれない、それを……ただ、逃した…!)

 

…悔いても遅い

 

今は、休むしかない…でも、この身体の痛み…あの闘いはマトモじゃなかった

 

 

 

 

 

 

 

青葉「…うわっ…」

 

翌朝、顔を洗いに洗面所に行った時、鏡を見て気づく

首元に赤いスジ…

 

青葉(こ、ここ…弥生さんに斬られた…じゃあ、まさか!)

 

袖をまくる

部屋着が長袖だったから気づかなかったけど…内出血を起こしている

斬られたと脳が錯覚して…?

 

青葉(ま、まさか…ゲームの中で死んだら…)

 

嫌な考えだけど、否定するより肯定する根拠の方が多い

 

青葉「…病院にかかろう…一回…」



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逃亡

Link基地

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「…綾波さん」

 

ベッドに横たわり、ものを言わぬ綾波さんの手を握る

…わかったことがある

 

綾波さんは短い時間だけ、正常に振る舞うことができるということだ

 

倉持司令官が来た時、わずかな時間だけ正常に振る舞って見せたのは対等な関係を崩さない為

Linkは綾波さんの存在があって初めて成立している

 

…こんな姿の綾波さんを見せたら、協力関係が破綻するかもしれない…そう危惧したのだろうか

 

あの後、寝ずにずっと見ていた

 

綾波さんは何かを急いでいると思ったからだ

あのように動ける時間があるのなら、綾波さんは行動しないはずが無い

きっと何かをしている

 

狭霧(…綾波さん、どうか…)

 

手を握り、ただ寄り添う

私達には、貴方が必要だから

 

 

 

…いつのまにか、眠っていた

辺りも暗い、夜だ

みんなご飯は食べたんでしょうか…

 

手の感覚を確かめる

 

狭霧(あ、れ…?)

 

身体を起こし、確認する

 

狭霧「あ、綾波さん!?」

 

居ない…

何処に…!

 

狭霧(探さないと!)

 

 

 

 

居場所はすぐにわかった、ダイニングルームだ

そこだけ明かりがついていたから

 

狭霧「綾波さん…」

 

綾波「あれ、見つかりましたか」

 

…机に無造作に腹がられた資料にパソコン…それと、マグカップに入ってるのは…コーヒー?でも粉が浮いてて…インスタントにしてもちゃんと作ってない…

 

らしくない

 

狭霧「…なにを、やってるんですか?」

 

綾波「艤装の開発です、そうだ、少し見てもらえませんか?どうしてもここの規格がうまくいかないんです」

 

画面を見せられる

…綾波さんと私では頭のできが言葉通り違う

 

綾波さんで苦戦しているなら、私には…

 

狭霧「……長さが、合ってませんよ」

 

綾波「え…?……ど、どこですか?」

 

狭霧「ここです」

 

…単純なミス

しかも一つじゃない…

 

綾波「……ここ…そうですか…ううん…」

 

きゅるきゅると、腹の音が鳴る

 

狭霧「あ……」

 

思えば昨日の晩から何も食べてなかった

よく飽きもせず綾波さんをみていたものだ

 

綾波「何か作りましょう、座って待っててください」

 

狭霧「いや、そんな…」

 

綾波「大丈夫ですから」

 

綾波さんに促され、座る

 

改めてあたりを見渡す

無造作に散らかされた資料も、パソコンの画面も、そのままだ

あり得ない

今までの綾波さんとは違う

 

綾波さんはきっちり整理整頓するタイプだ

なのにこの散らかし様はなんだ

 

要するに、綾波さんは…変化したと言うことが

 

でも、粉の浮いたインスタントコーヒーも嗜好の変化?

 

…納得できない気持ちもある

でも、私は綾波さんが望むままに…

 

からん

 

何か金属が落ちた音…

 

綾波「…なん、で…?」

 

狭霧「綾波…さん?」

 

綾波さんの足元には金属性のおたま、あれが落ちたんだろう…でも、あの立ち尽くした様子は…

 

綾波(……ダメだ、私…もう、ダメなんだ…何も作れない…何も、できない…!)

 

狭霧「綾波さん、どうしたんですか…?」

 

綾波「…狭霧、さん…」

 

綾波さんの目が、澱んだ不安と恐怖の色に染まっている

初めて見た目、こんな目をする綾波さんを見たことがない…

 

…一瞬だけだった、その目を私に見せるつもりはなかったのだろう

すぐに、いつもの目に切り替わり、決意したように、強い眼になる

 

綾波「狭霧さん、よく聞いてください」

 

狭霧「え?」

 

綾波「私はもう貴方たちとは居られません、私ではもはやみんなの役に立てません」

 

狭霧「な、何を言ってるんですか…」

 

綾波「それに…元々私1人居なくなるくらいで機能しなくなるならこの組織は不要です」

 

狭霧「ちょっと待ってください!どういう意味ですか!!」

 

綾波「そのままの意味です、狭霧さん、導く必要はない…リーダーをするのはリーダーに向いた人がやればいい、大丈夫」

 

綾波さんが何かを取り出す

 

狭霧「…それは…改二カートリッジ!どこから…!」

 

綾波「…さようなら」

 

狭霧「待っ…!」

 

綾波さんが黒い球体に呑まれ、消滅する

 

狭霧「…嘘……」

 

自殺したわけじゃ無い

ただ、転移しただけ

 

何処か、私たちの想像のつかないところに

 

…私たちを置いて、どこかへ

 

狭霧「……私達は…いや……私は…」

 

崩れ落ちる

膝をつき、両手で顔を覆い、涙を受けとめる

 

狭霧「…私だって…寂しいんですよ……姉さん…」

 

わかってくれないでしょう

貴方は私の気持ちなんて理解できないでしょう

興味もないのでしょう

 

でも、私は…辛い

 

耐えられない

 

…みんなにどう説明すればいいの?

これから私達はどうすればいいの?私はどうしたらいいの?

 

狭霧「…っ…!」

 

足音、それも複数…

 

グラーフ「狭霧!何かあったのか!」

 

ガングート「叫び声が聞こえたのでな、みんなを起こしてきた」

 

…最悪だ

まだ、私自身整理も追いついていないのに

 

私は、まだ何も準備できていないのに

 

朧「待って……みんな、一度出てくれない?」

 

グラーフ「朧、どうした、何かわかったのか?」

 

朧「……狭霧が落ち着くのに時間が必要だと思う……一回、2人だけにして」

 

リシュリュー「そうしましょう、みんな、こっちに」

 

 

 

 

朧「…狭霧、ココアでよかった?」

 

狭霧「…ありがとうございます」

 

ココアを口に含む

暖かくて甘い、なのに…

 

飲み込めない

拒絶する

 

私の身体は拒絶している

 

狭霧「……」

 

もう一度カップに口をつけ、悟られぬように液体を戻す

 

朧「…綾波、何処かに行ったの?」

 

狭霧「…!」

 

…気づけなかった、そうだ

朧さんは鼻で既に理解してるんだ

 

狭霧「……はい」

 

小さく、返事する

 

朧「…どう、しようかな……何か言ってた?アタシがみんなに説明するよ、狭霧もまだ落ち着けてないでしょ?」

 

狭霧「なんで…なんで朧さんは、そんなに落ち着いてるんですか…」

 

朧「……実はさ、綾波とこの間話してたんだ」

 

狭霧「…話した…?」

 

朧「戦術の話したり、運営の話したり…でもさ、万が一があるでしょ?」

 

狭霧「万が一…」

 

朧「次、誰がLinkを率いるのか」

 

狭霧「…綾波さんは、ここを抜けるつもりだった…?」

 

朧「そうじゃないと思う、でも…もし、次にLinkを指揮する人はLinkの中にいちゃいけないって言ってた、お互いにほとんど干渉しない、外部の人に頼むべきだってね」

 

狭霧「……確かに、私はその資質はない…ガングートさんやタシュケントさんは正義観が少しズレている感じもする、グラーフさんはキッチリしすぎている…」

 

朧「うん、だから…今は日本の海軍と目標が同じでしょ?一緒に行動してみるのはどうかな」

 

狭霧「……それは…」

 

朧「狭霧、綾波の代わりになるなんて事、必要ないんだよ、狭霧は狭霧なんだから」

 

狭霧「…Linkのリーダーはあくまで綾波さんです、綾波さん以外の誰かが方針を決めるなら、それはみんなで話し合って出す結論であるべきです」

 

朧「それは勿論」

 

狭霧「……それと…綾波さんのことは、私が皆さんに……皆さんを、入れてください」  

 

 

 

 

狭霧「…と言うことで、綾波さんは…消息不明…です…」

 

グラーフ「……そうか」

 

ガングート「綾波…勝手な奴だ」

 

…誰も、怒る様子はない

ただ、困っている、困惑している

どうすればいいのか、わからなくなっている

 

狭霧「…その…ええと…」

 

神鷹「大丈夫…です」

 

狭霧「神鷹さん…?」

 

神鷹「狭霧さん、つらい、わかってますから…だから…今日は、もう休みましょう…」

 

狭霧「……そんなの…」

 

神鷹「でも……私も、少し、寂しいので…」

 

神鷹さんが私の手を取り、両手で包み込む

 

神鷹「…一緒に寝ましょう?」

 

狭霧「……わかり、ました」

 

神鷹さんの手には、若干の震えが感じられた

不安があるのは当然だ、だけど恐怖までしている

 

神鷹さんにとって、綾波さんの居ない世界はもはやありえないんだ

自分を救ってくれた、生かしてくれた綾波さんを失うなんて、誰が信じられるのか

 

唯一無二が、消失した

 

それは、日常の瓦解を意味することだ

 

ガングート「そうだな、狭霧、よく休め」

 

タシュケント「狭霧は碌に休まないからね、いい機会だよ」

 

狭霧「……すみません」

 

朧「…今、一つだけ決めておきたいんだけど……綾波を探す?それとも、放っておく?」

 

グラーフ「決まっている、見つけ出して連れ戻すさ」

 

リシュリュー「あんまり勝手なことするリーダーにはお仕置きしなきゃね」

 

朧「ま、そうなるか…」

 

神鷹「…あれ?」

 

神鷹さんがキッチンに近づく

 

狭霧(そういえば、綾波さんが作りかけていた…何か)

 

鍋を覗き込む

刻まれた具材が入っている鍋

 

神鷹「作りかけ…?」

 

スプーンで一口すくい、啜る

 

狭霧「!?ぶっ!ごほっごほっ!!」

 

グラーフ「どうした」

 

狭霧「こ、これ…冷たっ…」

 

ガングート「スープだよな?」

 

タシュケント「……野菜しか入ってないけど、何も火が通ってない、この匂い…一度煮て冷ましたわけではないみたいだね」

 

狭霧(そう言うことか…くだらないようなミスを大量にしている、綾波さんは何か作業をするたびにミスをする、そのせいでもう、絶望したんだ…綾波さんは)

 

食事も作れない

艤装も作れない

 

綾波さんには、とても耐えられないのだろう

 

狭霧(だとしたら私たちがいる、私たちに頼ってほしかったのに…)

 

狭霧「っ……」

 

ガングート「大丈夫か!」

 

ふらついて、ダメだ、眠い…



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記録 勝つ為に

The・World R:1

Λサーバー 文明都市 カルミナ・ガデリカ

重槍士 青葉

 

青葉「…こ、ここは…?」

 

前回の戦いの後、即座にログアウトを選んでしまったため、ここが何処かわからない…

でも、このグラフィック…R:1?

 

ファンタジー世界のR:1にしては…

暗い夜に聳え立つビル、星空に負けない程の多数の明かりが道を照らしている

そして、空に浮かぶ飛空挺、タウンの外に何処までも広がるビル群

 

青葉(ここが本当にR:1?…世界観が少しあってないのか、それともそう言う場所なのか……いや、ええと…そうだ、世界観のページ…)

 

青葉「ここだ、Λサーバーの、文明都市、カルミナ・ガデリカ…世界の最先端の文明を持つ軍事都市…あの飛空艇も熱気球を利用したもの…へえ…決して世界観を壊す場所ではない…のかな?」

 

神に届くための力、科学を追い求めた都市…か

 

青葉「…あ…」

 

少し脇を見る、伸びる手先に視線を落とせば、やはりリコリスさんと手を握っていた

 

青葉「…戦闘中は離してたと思うけど…いつのまにかまた手を繋いでる」

 

リコリスさんは私とあの人を…エンデュランスさんを戦わせてどうしたかったのか

いや、勝てなかったのがダメなのだろう

力をつけろということなのだろう

 

青葉(…勝たなきゃ)

 

神の槍に誓い、私は…戦う

 

青葉「……っ!!」

 

何か、嫌な感じがした

振り向いて、その視線の先にいた人を睨みつける

 

楚良「うっひゃ〜…怖っえ」

 

青葉「…貴方は…!PKの…楚良さん」

 

楚良「そ、楚良さん……ま、さん付けはこそばゆいけど」

 

青葉「…何か用ですか」

 

楚良「カオスゲートの前に立ってそれ言う?そんなとこ居たら、みんなの邪魔だと思うケド」

 

青葉「えっ?あ!ご、ごめんなさい!」

 

慌てて退がる

 

楚良「んー…やっぱ、キミ…おっもしれ〜…メンバーアドレス、ちょ〜だいっ!」

 

青葉「お、お断りします…」

 

楚良「え〜?なんで?ねぇ〜なろうよ、お友達♪」

 

青葉「け、結構です!」

 

楚良「オレと仲良くなるとお得だよ〜…ま、裏切るケド♪」

 

青葉(ど、どこにもお得な要素がない…)

 

楚良「ね、なろうよ、お友達♪」

 

青葉(と言うか、前に渡したような…気の所為だっけ…まあ、いいや…)

 

青葉「はい…これ」

 

楚良「おっ…メンバーアドレス、ゲ〜ット♪」

 

青葉「そんなにメンバーアドレス欲しがってどうするんですか…?」

 

楚良「ん〜?お友達100人…なんつって!」

 

青葉「じゃあ、富士山でおにぎり食べる時は呼んでください」

 

楚良「ワォ、まさか乗ってくるとはねン♪」

 

青葉(まあ、それでPKに付け狙われないなら…)

 

青葉「じゃ、じゃあ、私はこれで」

 

楚良「お…何処行くの?」

 

青葉「…ええと、ランダム生成…」

 

Λ にじり寄る 裏切りの 虚無

 

青葉(な、なんか不穏な…)

 

青葉「にじり寄る、裏切りの、虚無です」

 

楚良「決ぃめっ!いっち抜けた~っと!」

 

青葉(さ、誘ってないんですけどね…?)

 

楚良「んじゃ、さいなら〜」

 

楚良さんが転送される

 

青葉(な、なんか…不穏な名前だし、やめておこうかな…)

 

っていうか……

 

青葉「ああああっ!?」

 

こ、この時代に楚良さんがいると言う事は…

わ、私は…てっきりアルビレオさんの時代に戻ってきたと思ってたのに…!

 

青葉(…そういえば、さっきの楚良さんを含めて誰もリコリスさんに反応してない…やっぱり見えてないんだ…!)

 

だからどうと言うわけではないけど、それならリコリスさんのことを気にする必要はない

 

青葉(それより、この時代で動きやすいように昴さんに会おう、騎士団に捕まるとめんどくさいし)

 

 

 

 

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

 

青葉「わあ…!ちょっと離れてただけなのに、このマク・アヌがすごく懐かしく感じる…!」

 

こういう現象なんて言ったか覚えてないけど…

 

青葉(見てるだけで1日過ごせそうなくらい…不思議な気持ち………んん…?!)

 

…なんだか、あの白と黒のストライプの、PC…見たことある…

この時代には居ないはずの、三階宮王者で、死の恐怖のハセヲさんに見えるんだけど…

 

青葉(プレイヤーは確か今は呉にいる三崎さんのはず…というか、何故ここに?……いや、あそこには、カイトとブラックローズも……)

 

ニセモノ…か

あのハセヲも、アカシャ盤の乱れで時代を転移させられたニセモノ…

 

青葉(アカシャ盤の運航を守る者として、倒さなきゃ…)

 

でも、間違いなく、今戦っても勝てない

 

青葉(…レベル上げと、技術を磨かないと…!)

 

今、無謀に挑んではいけない

少なくとも早く他のシックザールの人に会わないと

 

青葉(…R:Xに戻るにも、あの斬刀士が彷徨いてるし…ホームには戻れない…うう…)

 

こんな思いをしないためにも

私が、頑張っていると証明するためにも

 

絶対に、負けない

 

 

 

 

 

 

リアル

ペナン基地

??? ???

 

「…ふう…」

 

大きく息をつく、高鳴る心臓を押さえ込む

仮面を被った敵を見据える

 

ここはもう奴らに奪われた基地

 

上手くやらないと

 

ゆっくりと、ただ、歩いて近づく

隠れるわけでもない、堂々と歩いて近寄る

 

こちらに気づいた敵が何かを叫ぶ

止まれ、近づくなという意味か?

 

微笑み、どうかそのまま通してくれることを願う

 

(…近づいてきた?できるだけ殺すつもりはないのかな…確かにこの基地の外に進出してる様子はないし…)

 

肩に手を触れようとした所を、隠し持っていたナイフで首を斬る

敵は驚きからか、一歩、二歩と退がる

 

「…キッチンナイフでは、致命傷になりませんか…では」

 

敵が帯刀していた刀を抜き、斬りつける

 

「……安らかなる事を…できる限り…苦しまず」

 

死んだ敵が消失する

まるで、何も居なかったかのように…

 

艤装だけを残して消え去る

 

「…重巡級…ですか」

 

艤装を拾い上げ、装備する

 

そして、再び基地の中を歩く

 

もう敵も容赦しないだろう

どんどんこちらを撃ってくるし、斬りかかってくる

誤射も恐れない攻撃には…少々手を焼く

 

(…簡単に撃ち倒せるなら楽なのに…)

 

向かってくる敵に砲撃しながら進む

 

「1人倒すのに、3発もいる…?効率が悪すぎる…」

 

艤装を外す

ゴトゴトと音を立てて艤装が落ちる

 

「…いきますよ」

 

刀を大きく振りまわし、構え直す

 

走り、詰め寄り、一閃、そして手を返して…さらに一閃

 

「これの方が効率的…!……っ…!」

 

敵の攻撃の仕方がどんどん変化していく

愚鈍に砲撃してくる敵はもう居ない

機銃による、とりあえず1発当てるという戦法に切り替わっている

 

(生身だからか…!有効ですね…!)

 

斬った敵を盾にしながら別の敵に近寄り、斬る

 

徹底した機銃での攻撃、それも包囲されての…

 

(…っ…被弾してる…擦り傷だけど、このままじゃ…いや…!)

 

「私は、やるんだ…!」

 

盾にしていた死体を捨てる

死体が倒れると同時に消滅する

 

「…これでどうですか!!」

 

死体の艤装から転がった砲弾を蹴る

それに銃弾が当たり、炸裂する

 

(一瞬視界を奪えればそれで良い!!)

 

爆風の中を駆け抜け…

 

「2つ!!」

 

二連撃

 

「4つ!!」

 

そして立て続けに二連撃

 

全て致命傷のみを狙う

体がヒリヒリする、焦りでどうにかなりそうになる

 

一瞬の判断ミスが死につながる

 

「こっちです!!」

 

挑発し、撃たせながら物陰に滑り込む

自身の負った傷を確認しながら待つ

 

(…そろそろだ…)

 

そろそろ、弾が切れる

 

銃声が止み始めたタイミングを見て、飛び出す

 

「やあぁぁぁぁッ!!」

 

2人組に向かい、走る

 

1人に刀を突き刺し、もう1人にはたいあたり

刀を抜き、体勢を崩したもう1人の首を斬り落とす

 

多勢に無勢で、圧倒的な人数差がある

 

だから、1人ずつ殺す

全員を同時には殺せない

 

もし敵が2人なら体当たりで1人の行動を制限する

そしてその先にもう1人を

 

「取る!!」

 

 

 

 

 

「…はぁ…っ…はぁ…!」

 

倒した、のか…

 

全部、死んだ?

わからない、私はやり切ったのか?それとも、まだ潰し残しがあるのか

 

ジャリッ

足音がした方向に振り向き、刀を差し向ける

 

士官「ま、まて!敵じゃない!」

 

「……人間…」

 

士官「こ、ここの残存部隊だ!奴らに襲われて、それ以来抵抗を続けていた…」

 

「…そうですか…」

 

士官「……日本人か?」

 

「…答える義務はありません」

 

士官「…名前は」

 

「名前?……名前は…」

 

東雲「東雲です」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

提督 倉持海斗

 

海斗「敵に奪われた基地が…たった1人によって取り返された?」

 

アケボノ「ええ…そのように報告が入ったと」

 

海斗「……本当に…?そんなことってあり得るのかな…」

 

アケボノ「…基地を取り返した者は、東雲と名乗ったそうです」

 

海斗「……東雲か」

 

アケボノ「忌々しい名前です」

 

海斗「アケボノ、僕たちも西方海域に出よう」

 

アケボノ「…はい、しかし、火野提督の話によればかなり強力な敵だとか」

 

海斗「うん…わかってる、それについても対策をしっかりするよ」

 

アケボノ「…提督、西方海域に出撃する際、どうか必ずキタカミさんか私を編成していただけませんか」

 

海斗「キタカミは首を縦に振るかな」

 

アケボノ「振らせます、アヤナミも、なんでも使います…私がなんとかして見せます…!」

 

海斗「アケボノ、焦る必要はないよ」

 

アケボノ「しかし…!」

 

海斗「アケボノ、僕を気遣ってくれてるのはわかってる、僕はどっちもやると決めたんだ、だから…どちらかの為に焦って、みんなに無理を強いたり、傷つけるような事はしない」

 

アケボノ「……出過ぎた真似をしました、申し訳ありません」

 

海斗「ううん、気遣いは嬉しかったよ、でも…西方海域に行くのは少し気が早かったのかもね…離島鎮守府はその役割を今果たしている」

 

ここの役目は、国防と遠くに出撃せざるを得ない、それこそ先の横須賀艦隊のように撤退をする際の援護

一時的に逃げこめる安全な場所

 

海斗(西方海域に直接向かうのは間違いだ……うん、仕方ない…必要な戦力を同行させる形にしよう)

 

海斗「アケボノ、横須賀と呉に連絡を取っておいて、西方に出るのはウチとその二つになるだろうから、詳しく話しておかなきゃ」

 

アケボノ「はい」



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記録 レンゲキ

Link基地 ダイニング

駆逐艦 朧

 

ガングート「タシュ、少しゲームでもしよう」

 

タシュケント「夕飯の当番をかけて、かい?お断りだよ、ちゃんとみんなが納得するご飯を用意するんだね」

 

ガングート「く…い、いや!待て!私の秘蔵のナイフをやろう!」

 

タシュケント「そこまで料理したくないの?」

 

ガングート「…できないから困ってるんだ!」

 

ガングートが頭を抱えて叫ぶ

 

グラーフ「私の様に簡単に作れるキットを買ってくれば良いだろう、あれは美味かった、なんだったか」

 

プリンツ「えーと、エビチリ…?」

 

グラーフ「そう、エビチリだ、すこし辛かったが美味かった」

 

朧(辛味ソースを全部入れたから滅茶苦茶辛かったけどね)

 

ガングート「…ま、待て、実はな…これは言いたくなかったんだが、私は昔、肉を焼こうとしてフライパンに穴を開けたことがあってな…」

 

タシュケント「何その面白エピソード、まあ、そんな冗談はいいから観念して作ってよ」

 

ガングート「待て!フライパンに穴を開けたらどうなるかだけ聞かせてくれ…!」

 

グラーフ「…まあ、百叩きが妥当だろうな」

 

ガングート「…弁償で済まないのか…?」

 

タシュケント「綾波の残して行ったものだからね、価値が違うよ」

 

ガングート「……ええい!朧!なんとかしろ!」

 

朧「え?アタシ?……んー…そうだ」

 

ガングート「いい案があるのか!」

 

朧「みんなにご飯奢ってよ、美味しいやつ」

 

グラーフ「おお、それは名案だな」

 

タシュケント「回らないスシがいいな〜」

 

プリンツ「ファミレスは無しですね!」

 

ガングート「き、貴様ら…!人の金だと思って!!」

 

グラーフ「そうだな、ガングートの金だ、気兼ねなく好きに食えるぞ」

 

タシュケント「グラーフ、どっちがたくさん食べられるか勝負しようか」

 

グラーフ「おお、面白い」

 

ガングート「ぐ…貴様ら…!」

 

朧(元気だなぁ…)

 

騒ぐ4人を横目に自分のカップに牛乳を注ぎ、椅子に座る

大きく息を吸い込む

 

朧「あ」

 

入り口へと視線をやる

 

朧「青葉さん」

 

青葉「こんにちは…えと…すみません、少し通ります……ひゃっ!」

 

冷蔵庫へと向かっていた青葉さんをガングートが捕まえる

 

ガングート「よく考えたらコイツだけ当番が回ってこないのはおかしくないか!」

 

タシュケント「ガングート、見苦しいよ?」

 

ガングート「ぐぬぬ…!」

 

グラーフ「まあ、気持ちはわからんでもないが、青葉はLinkのメンバーというわけではない、他所で仕事をしてる以上うちのルールで縛るのは違うだろう」

 

ガングート「く…!ダメか…」

 

青葉「…朧ちゃん、なんの話ですか、これ…」

 

朧「食事当番」

 

青葉「食事…当番?……ええと、食事を用意すればいいんですか…?」

 

朧「そ、狭霧にアタシ、グラーフ、マックスとレーベにユー、プリンツ、リシュリューにザラとポーラ、ガングートとタシュケント、ビスマルクとアークロイヤル、神鷹、ジェーナス、神風、あきつ丸、それと青葉さんで19人分の食事が必要なんだ」

 

青葉「じゅ、19…」

 

朧「だから当番は事前に決めて、材料とかも用意して…るんだけど…ね」

 

青葉「…ちょっと失礼します」

 

青葉さんが冷蔵庫からエナジードリンクを取り出してテーブルに置く

 

朧(ゲームにエナドリ…完全に廃人じゃん…)

 

青葉「牛肉と玉ねぎ、にんじん、じゃがいも…カレーですか?」

 

ガングート「一番簡単だと言われたからな…」

 

グラーフ「お前…これ、全部皮が剥いてあるぞ、その上カットされてる」

 

タシュケント「というか、カレーならフライパン使わないじゃん」

 

ガングート「何?そうなのか?」

 

プリンツ「ま、まさかほんとにフライパンでやろうとしてた…?」

 

青葉「…わ、私、作りますよ…?煮込むだけですし…」

 

ガングート「何!本当か!!」

 

朧「大丈夫ですか?青葉さん、疲れてるんじゃ…」

 

青葉「大丈夫です、それにこれでも昔は料理勉強してたんですよ」

 

青葉(失敗しましたけど)

 

グラーフ「…申し訳ないがよろしく頼む」

 

タシュケント「ほんとウチのガングートが…」

 

ガングート「なんだお前達!」

 

朧「…うわ、牛乳温くなってる…」

 

牛乳を一息に飲み干す

 

朧「さて、プリンツ、タシュケント、グラーフ、走り込みに戻ろうか」

 

タシュケント「え?」

 

プリンツ「ま、待ってください、私たちまだ何も飲んでない…」

 

朧「でももう休憩予定の20分が経ったよ」

 

グラーフ「し、しかしだな、これは今夜の夕飯についての重大な話し合いを…」

 

タシュケント「それな!外は寒いしさ!朧も部屋で暖まろう!」

 

朧「走れば嫌でも暑くなるよ、ほら、早く立つ!」

 

タシュケント(鬼だ…)

 

グラーフ(ガングートなんかに時間を使うんじゃなかった…)

 

朧「じゃあ、青葉さん、お願いします」

 

3人を引きずってランニングに向かう

 

 

 

 

朧「〜♪」

 

グラーフ(もう、1時間は走ってるのに…鼻唄歌いながら悠々と…)

 

タシュケント(喉渇いた…もうやだ…)

 

プリンツ(帰りたい…)

 

朧「…あれ?この匂い……カレーじゃないな…」

 

この醤油の香りは…

 

朧(肉じゃがだ!お味噌汁の匂いもする…)

 

朧「よーし!ペース上げるよ!お腹減らして帰らないと!」

 

グラーフ「ま、まて!いつ終わるつもりだ!」

 

朧「晩御飯できたらかな!」

 

グラーフ(このランニング無駄だろう!!)

 

 

 

 

 

朧「うんうん、やっぱり肉じゃがだ」

 

青葉「白滝があったので…賞味期限も近かったし…」

 

朧「お味噌汁に卵焼きまでついてるなんて、青葉さんほんとに料理できたんですね…」

 

青葉「意外でした?…ふふ、私の時の日替わり、誰も食べたことありませんもんね…」

 

朧(あー、食堂が日替わりやってた時……確かに青葉さんのやつ食べたことないっていうか…)

 

朧「何作ってましたっけ」

 

青葉「…一応、ナポリタンとか…ハンバーグとか…みんな好きそうなのをチョイスしたのに、司令官と曙ちゃんくらいしか食べてくれなかったんですよね…」

 

朧(ぜ、全然記憶にないや…)

 

 

 

 

 

 

 

ネット

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「…はぁ……私って影が薄いのかな……」

 

大きくため息をつき、リアルの手でドリンクの缶を掴み、口に運ぶ

 

青葉「ん……ん…よし、ドーピングOK!頑張るぞ…!」

 

なんとなく、頭が冴える気がする

あれから少しレベルも上がったし、今ならきっと誰にでも勝てる…と思いたい

 

青葉「…あ!」

 

赤毛の少年のキャラを見つける

 

青葉(今日はアルビレオさんもあの剣士も居ない、なら、話ができるかもしれない…)

 

走って追い掛ける

見つけて、捕まえて、少し話を…したかっただけなのに

 

ベア「おお、青葉」

 

青葉「べ、ベアさん?」

 

阻まれる

 

ベア「最近見なかったが、調子はどうだ?」

 

青葉「ええと…大丈夫です、すみません、少し急いでて…!」

 

ベアさんをすり抜けた時にはすでに遅かった

赤毛の少年はどこかのエリアに転送された後…

 

青葉「あぅ……ま、間に合わなかった…」

 

ベア「……青葉」

 

青葉「はい…?」

 

ベア「少し、話があるんだが」

 

 

 

 

 

Δサーバー 隠されし 裏切りの 碧野

 

青葉「…何故私をここに?」

 

ベア「さっき追いかけてたPC、このエリアに居るはずだ、ここでアイテムを探すと言っていた」

 

青葉「本当ですか!?」

 

でも、なんでそれを知ってるんだろう

知ってたとして、わざわざ一度私を引き止めた理由は?

 

…少し、引っかかる

 

青葉「…あ!」

 

見つけた、そのキャラを

赤毛の学生服のキャラ…!

 

走って近寄る

 

青葉「っ?…貴女は、ミミルさん…」

 

間に撃剣士が立ち塞がる

 

ミミル「…青葉、トキオをPKする為に付け狙ってるってホント?」

 

青葉「え…?なんの話ですか…?」

 

思いもよらない質問に呆気に取られる

 

ミミル「……だよねぇ…良かった…」

 

青葉「そもそも、トキオって…あのキャラの名前ですか?」

 

ミミル「うん、最近絡んでるんだ…ま、でも、青葉に狙われてるとか言い出してさ、どうしても気になったもんだから?」

 

青葉「そうでしたか…」

 

別に私はそんなつもりは…

 

青葉「…あれ?…あのキャラは…トキオさんはどこに?」

 

ミミル「え?さっきまでそこに居たのに…」

 

青葉(…あれ、リコリスさん…?)

 

リコリスさんに手を引かれる

 

青葉「え?こっち?」

 

ミミル「うーん…さっきまで居たのに…って、青葉?」

 

ベア「青葉はどこに行った?」

 

ミミル「わっかんない!一瞬目を離したら消えちゃった!」

 

 

 

青葉「あ、居た!よかった…」

 

トキオ「シックザール…!」

 

青葉「確かに私はシックザールだけど、戦うつもりは…」

 

トキオ「連牙・昇旋風 (れんが のぼりつむじ)!!」

 

青葉「ッ!!」

 

斬撃を受け止める

 

トキオ「やられてたまるか!!斬烈破!」

 

遠距離攻撃を避けながら近づく

 

青葉「話を聞く気はなさそうですね…そっちがその気なら、少し痛い目を見てもらいます…!」

 

槍を振るい、トキオの剣にぶつける

 

青葉「フリーズ!!……あれ」

 

トキオの剣は…石化しない

 

青葉(あの剣は特別…?いや、そんなの関係ない、とにかく今は!!)

 

槍を振るい、攻める隙を与えない

 

トキオ(強い…!さすがにシックザール相手に1人は…)

 

ミミル「ちょっと…待ったああぁぁぁっ!!」

 

ミミルさんが間に割り込んでくる

 

青葉「み、ミミルさん!?」

 

ミミル「青葉、さっきの話とずいぶん違うみたいだし…初心者相手にちょっと大人気ないかもね」

 

青葉「いや、これは向こうから…」

 

トキオ「ミミル!力を貸して!」

 

ミミルさんの剣がこちらに向く

 

青葉(…そんな…)

 

青葉「別に、私はあなた達と戦いたくはないのに…」

 

トキオ「今更そんなの信じられるか!」

 

青葉「…今のはカチンと来ましたよ…先に攻撃してきたのはあなたでしょう!!」

 

大きく槍で薙ぎ払う

 

ミミル「させない!!」

 

ミミルさんの大剣に当たり、手が痺れるほどの振動がクる

 

青葉(な、なんか…感覚が…やっぱりあの時斬られてから感覚がおかしい…!)

 

青葉「仕方ないです、一点集中、直ぐ終わらせます!!」

 

槍で刺突、ミミルさんの大剣に突き刺さったところで槍を引き、反転させ石突で同じように突く

 

とにかく執拗に突きを狙う、大振りな攻撃は一切しない

 

ミミル「っ…あー!もう!!鬱陶しいなあ!!」

 

ミミルさんが大きく飛び下がり、トキオの側まで近寄る

 

青葉(…でも、どうしよう、このままじゃ本当に疑われてる通りのPKになっちゃう…別に私は何も悪いことをしてない人まで攻撃したいわけじゃ…)

 

ミミル「行くよ!トキオ!」

 

トキオ「え?」

 

青葉「…へ…?」

 

ミミルさんがトキオの手を掴み、自身を軸にグルングルンと…

ハンマー投げの様に回転し始める

 

トキオ「へ、う、うわあぁぁぁぁぁっ!!」

 

青葉(な、何やって…)

 

ミミル「いっけえぇぇぇぇぇっ!!」

 

そして、トキオが投げ飛ばされる

 

青葉「うわ、危ない!」

 

一歩横に逸れることでトキオをかわす

トキオは顔面から地面に突っ込んだ

 

青葉(な、なんて危険なことを…15メートルは投げ飛ばされましたよ…ん?)

 

バタバタと走る足音

 

青葉「ひっ!?」

 

駆け寄ってきたミミルが一撃

腹部を斬りつけ…いや、寝かせた剣の腹で殴り飛ばされる

 

青葉(お、重い…!)

 

信じられないほど重い感覚

激痛を感じている様な錯覚に陥る

 

青葉「うぐ…ぁ…」

 

腹部の違和感と吐き気に死にそうになりながら地面を転がる

 

トキオ「ナイスミミル!」

 

ミミル「…ふー…どう、青葉、まだやる?」

 

青葉(…あ…だめ、吐きそう…う…)

 

青葉「ご、誤解はまた今度解きます…」

 

エリアから出ることを優先した



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一度好転

離島鎮守府

提督 倉持海斗

 

海斗「…協力関係…国とではない、独自の?」

 

狭霧『はい、どうかご一考のほどお願い致します』

 

画面の向こうで狭霧が頭を下げる

 

狭霧『我々Linkとしては、今、方針が存在しません、小さなものはあっても…大義を掲げて戦うには、私達では些か…』

 

海斗「でも、それなら…それこそ国と交渉して…」

 

狭霧『人間とは利口になる程狡賢く、愚かになります、表向きを大義と偽り、私たちを利用したいと考える輩は多い、背中を預ける相手は考えなくてはなりません…そして、できる限り…少数にしたい』

 

海斗「…僕だって軍属だし、国の方針で動くことになるけど…」

 

狭霧『貴方が必要だと思ったのなら、私達に協力を求めてください、私達は傘下に入るわけではありません、部下になるわけでもありません、限定的な協力関係です』

 

海斗「……わかった、必要になったら力を貸してもらうよ」

 

狭霧『よろしくお願いします、対価は求めません、私達はそういう組織ですので』

 

海斗「一応、ウチのみんなにも話は通しておくよ、必要になったら補給に寄ってくれてもいいから」

 

狭霧『御心配りに感謝します、それでは…』

 

海斗「待って、一つだけ」

 

狭霧『…なんでしょうか』

 

海斗「……綾波はどう?」

 

狭霧『綾波さんですか…』

 

狭霧(居ないのを、気取られたくはない…)

 

海斗「実は、あんまり広めるわけにはいかないんだけど…東雲って名乗ってる子が、西方海域に出現してるみたいなんだ…写真とかは一度も撮られてないみたいなんだけど」

 

狭霧『東雲…』

 

狭霧(…ほぼ間違いないはず、綾波さんだ…)

 

海斗「何か知ってる?」

 

狭霧『……直接お会いできますか?すこし、こう…話しづらいことがありまして、聞かれたくないんです、誰にも』

 

海斗「…わかった、明日でもいいかな?」

 

狭霧『はい、明日東京でお待ちしております…いや、横須賀の方がよろしいでしょうか?』

 

海斗「悪いけど、横須賀でお願いできるかな」

 

狭霧『では、そのように』

 

ビデオ通話を終了する

感じていた違和感の正体が掴めてきた

 

海斗「…この連絡も、そうだ…うん、多分だけど…」

 

海斗(東雲は、綾波だ)

 

おそらく間違いない…と思う

 

海斗(ずっと、渦中に居るなぁ…綾波)

 

 

 

 

 

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「じゃ、始めようか、実力テスト」

 

アトランタ「……」

 

アイオワ「……」

 

げっそりした様子の2人を尻目に阿武隈に指示を飛ばす

 

キタカミ「阿武隈、ヘマしたら許さないからね?」

 

阿武隈「わ、わかってますよ!!」

 

アトランタ「…待って、相手1人?」

 

アイオワ「こっちは2人だけど…」

 

キタカミ「いや、4人だよ、ワシントン、フレッチャー、混ざりな」

 

ワシントン「了解…」

 

フレッチャー「うぅ…」

 

2人が死んだ目でこちらをみる

 

阿武隈「えっ…4対1は聞いてませんよ!」

 

キタカミ「今言うよ、4対1だから頑張れ」

 

阿武隈「そんな適当なぁぁ!!」

 

アトランタ「舐めてんの?」

 

キタカミ「いや?ちょうどいいでしょ」

 

ワシントン「…4対1なら…いける…?」

 

フレッチャー「わかりません…」

 

アイオワ「2人とも、なんでそんなに弱気なの…?」

 

こっから長そうだし…問答無用だ

 

キタカミ「ようい…」

 

阿武隈「えっちょっ!?」

 

ワシントン「散って!!」

 

フレッチャー「はい!」

 

キタカミ「はじめ」

 

フレッチャーとワシントンはわかってる、もう動き始めた…アイオワとアトランタはやる気なさそうに主砲を構えて…

 

キタカミ(阿武隈…最初にあの2人狙ったら許さないよ、やる気出させな…!)

 

阿武隈「あああ!もう!!」

 

阿武隈が魚雷をばらまく

 

ワシントン「き、きた!」

 

フレッチャー「速力落としません!」

 

ワシントンとフレッチャーも私のやり方を知ってる、先に自分たちを狙わせると読んで、阿武隈の魚雷を必死にかわそうとしてる

 

アトランタ(…何やってんの?さっさと撃てばいいじゃん)

 

アイオワ「…1発当てれば終わりなのに」

 

キタカミ「なら、さっさと当てなよ、もし阿武隈に勝ったら本土で遊べる休暇をプレゼントしてあげるよ」

 

阿武隈「ええぇっ!?わ、私にも!」

 

キタカミ「アンタはダメ、次の休み来週でしょ」

 

阿武隈「そんな……」

 

アイオワ(休みに興味はないけど…)

 

アトランタ(だるいし、さっさと終わらせて…)

 

2人の放った砲弾が空中で炸裂する

 

アトランタ「…え?」

 

ワシントン「な、何が起きたの?不調…?」

 

阿武隈(…今の落とさなくて良かったなぁ…当たらないコースだった…また怒られる…)

 

キタカミ「阿武隈マイナス5点」

 

阿武隈「ポイント制…!?」

 

ワシントン(気を取られてる今なら!)

 

フレッチャー(当てられる!!)

 

阿武隈「…あっ!」

 

ワシントンとフレッチャーの主砲の向きが阿武隈の機銃の銃撃で僅かに逸らされる

 

ワシントン「…そんな、これにも反応するの…!?」

 

阿武隈「…迷ってるうちは勝てませんよ!」

 

フレッチャー「なら…!」

 

フレッチャーが果敢に肉薄し、砲撃戦を仕掛けて阿武隈の注意を惹く

 

阿武隈「忘れましたか!足元注意です!」

 

フレッチャー「きゃっ!?」

 

フレッチャーの足元から魚雷が飛び出す

 

阿武隈「ワシントンさん!ぼさっとしてる暇ないですよ!!」

 

ワシントン「わかってるけど…!誘い込まれたって事…!?」

 

同様にワシントンの艤装に魚雷が突き刺さる

 

阿武隈「2人撃破、残りは2人!」

 

ワシントン「2人とも何ぼーっとしてるの!!なんで同時に攻撃を仕掛けなかったの!?」

 

アトランタ「いや…なんか、調子おかしいんだけど」

 

アイオワ「撃ったら勝手に爆発するし、調整の仕方が悪かったって言うか…壊れてるみたいだから…」

 

フレッチャー「あの…それ、撃ち落とされてるだけです」

 

アイオワ「…撃ち落とす?」

 

アトランタ「いや…飛行機じゃないんだけど」

 

阿武隈「…見せなきゃわからないみたいですし、撃沈判定ですけどワシントンさん、撃っていいですよ」

 

ワシントン「Okay」

 

ワシントンが放った弾丸を阿武隈が機銃で撃ち抜く

 

アイオワ「…What?()…何が起きたの?今」

 

フレッチャー「だから、撃ち落とされたんです、今みたいに」

 

アトランタ(いや、そんなの今息を合わせたからできただけじゃん…)

 

アトランタが阿武隈を撃つ

 

阿武隈「うわっ!」

 

しかしその砲弾も、撃ち抜かれる

 

アトランタ「……マジ…?」

 

キタカミ「おーいい反応、プラス1点」

 

阿武隈「いや!加算ポイント低くないですか!?」

 

キタカミ「ほら、さっさと続きやりな」

 

アイオワ「…こんなのにどうやって勝てって…」

 

アトランタ「無理ゲー」

 

フレッチャー「お二人が最初からやる気なら…」

 

ワシントン「勝ちの目はあったのに…」

 

アトランタ「…こっちが悪い訳?」

 

キタカミ(こりゃ続行不可能だな〜…)

 

キタカミ「うん、悪いよ、100パー悪い、アンタら自分たちの実力を見られるためにこの場が設けられてるのわかってる?」

 

アトランタ「知らねーよ」

 

キタカミ「んじゃあアンタ要らないや、また牢屋戻るか国籍のないまま本土行けば?マトモな仕事ないと思うけど」

 

アトランタ「…チッ」

 

キタカミ「強いて言うなら阿武隈が希望を持たせなかったのも悪いけど、そこまで器用じゃないんでね、アレは」

 

阿武隈(あ、あたし頑張ってただけなのに…この言われよう…)

 

キタカミ「それに、連携する気もない奴ら…やる気無い技術ない、実力ない、居てもしょうがないよ、他の連中見習いなよ、みんなマトモに訓練やってるよ?なんならワシントンとフレッチャーとやる?間違いなく勝てないけど」

 

アトランタ「ハッ、ワシントンはともかくフレッチャーが誰に勝てるって?」

 

ワシントン「……フレッチャー、アトランタとやれる?…目を覚まさせるしかないわ」

 

フレッチャー「…わかりました」

 

アトランタ「マジで言ってんの?駆逐艦と巡洋艦だよ、無茶させんなよ」

 

キタカミ「なら、負けて手を抜いてましたって言い訳すればいいよ、真剣になれないような奴、ウチも願い下げさね…阿武隈!アンタ見といてよ、まだ疲れてないでしょ」

 

阿武隈(ひ、人使いが荒い…というか、キタカミさんすごく機嫌が悪い…)

 

キタカミ「返事!」

 

阿武隈「は、はい!!」

 

 

 

 

食堂

 

キタカミ「…お」

 

机に突っ伏したアケボノの隣に座る

 

キタカミ「満潮ー…は、今日は休みか、如月、お茶と羊羹くれる?」

 

如月「はーい!吹雪ちゃん、用意して」

 

キタカミ「で、アケボノ、何やってんの?」

 

アケボノ「……私は、提督にとって不要な存在である気がしてなりません…無駄な焦り、無駄な考え、私にとっての善を提督に押し付け、無駄な問答をさせる…」

 

キタカミ(こりゃ相当、ナーバスになっちゃってまあ…)

 

キタカミ「何やらかしたの」

 

アケボノ「…西方海域への出撃を考えておられましたので…私と、貴方を編成すればまず負けることはありません、ですので…その、提案したのですが…」

 

キタカミ「…それを蹴られた?」

 

アケボノ「ええ」

 

キタカミ「……アケボノ、余裕なくなってきたねぇ」

 

アケボノ「もとよりありません、できるだけ多く提督のお役に立ちたいというのに…」

 

キタカミ「…確かに、ウチの最高戦略を合わせて、まとめた艦隊ならまず周りに敵は居ない……でも、だからどうしたって話なんだよね、その艦隊が守れない場所は敵で溢れかえるよ」

 

アケボノ「わかっています…提督も離島鎮守府としての役割を果たしつつ、攻略組の援護をする形を取るようで」

 

キタカミ「それが最良かな」

 

吹雪「失礼します」

 

キタカミ「お、ありがとね」

 

置かれた茶を啜る

 

キタカミ「はー……焦っても仕方ないって」

 

アケボノ「…提督は日々憂いておられます、かつてのお仲間が未だ現実に帰れず、ネットに囚われていることを…出来れば専念してほしい、本当にやりたいことをやり続けてほしい…その為にも、早く…」

 

キタカミ「…アケボノさ、自己肯定感低いのは知ってたんだけど…それのついでに私らの価値まで下げるのはやめてよ」

 

アケボノ「え?」

 

キタカミ「提督が本当にやりたいのはネットで仲間を助けること…って言ったじゃん、でもそれならもう居ないって、それに提督はここを守ることも本当にやりたいと思ってるよ」

 

アケボノ「……そうでしょうか」

 

キタカミ「ん、まあ多分だけどね…どっちも真剣に取り組みたいと思ったからここにまだいて、あのゲームにもログインしてるんでしょ、それなら認めて、最善を尽くすのみだよ」

 

アケボノ「……ええ…」

 

キタカミ「…ん?」

 

アケボノの手に、指輪?人差し指…?

 

キタカミ「アケボノってそんなファッションに気を使うタイプだっけ、というかその指輪…随分シンプルだね」

 

アケボノ「…ええと、これは…」

 

キタカミ「まてよ…確か電達に…」

 

キタカミ(横須賀とかでは確かケッコンカッコカリとかいう…いや、でも左手薬指じゃない…そこは拘らないのかな…?)

 

キタカミ「それ、例の?」

 

アケボノ「…まあ、一応」

 

キタカミ「うわ…ホントに?へぇ……マジか」

 

アケボノ「…これは、私に出撃しろと言う意味だと受け取りました、これは戦闘においてかなり有用だそうです、私はそう言う意味だと思った…だけど…」

 

キタカミ「出撃の提案を蹴られて悩んでると」

 

キタカミ(思ったより根深いな…)

 

でも、まあ…それなら

 

キタカミ「えーっと…麻紐でいいかな?とりあえず…その指輪、ちょっと貸して」

 

アケボノ「え、あ、ちょっと」

 

指輪に麻紐を通し、アケボノの首にかける

 

キタカミ「迷ってるうちはこれでいいんだよ、指輪とは言い難いかもしれないけどさ」

 

アケボノ「……そうですか」

 

キタカミ「しっかし、アケボノがねぇ…カッコカリとは言えねぇ…」

 

アケボノ「…どうやら提督はその認識はなさそうですよ、艤装として認識しておられるようでしたから」

 

キタカミ「ぁで、や、やっぱり?」

 

そんな気はした

 

アケボノ「みんなの分も順に配ると」

 

キタカミ「…なら、左手薬指にでもつけてみようかね、困るだろうけど」

 

アケボノ「ええ、そうでしょうね」

 

キタカミ「…ん?終わったっぽいなー…」

 

アトランタ達の匂いが近づいてくる

 

キタカミ「どうよ、やる気出た?」

 

振り返る事なく、訊く

 

アトランタ「……」

 

羊羹を口に運び、茶を啜る

 

ワシントン「ほら、ちゃんと教えた通りに!」

 

アトランタ「…お願いします、私を、強くしてください…」

 

茶を飲み干し、湯呑みを置く

 

キタカミ「ご馳走様、悪いけど片付けといてよ……さて、今日は夜までやるよ、いいね?アトランタ」

 

アトランタ「…Okay…」



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愚信正義

神奈川 某所

提督 倉持海斗

 

狭霧「すみません、わざわざ来て頂きまして」

 

海斗「此方こそ、僕も綾波について少し気になる事はあったんだ」

 

狭霧「……倉持司令官はどう思っておられるのですか」

 

海斗「東雲は綾波だ、と考えている…昨日の通話での君の反応から…綾波はいないんだと思ったんだ…綾波じゃなく君が協力を求めてきたことも含めて、いろいろ違和感はあったんだけど…」

 

狭霧「御明察恐れ入ります、全くもってその通りです、そして私も同じ考えです」

 

海斗「……綾波は何故君たちの元を去ったの?」

 

狭霧「…綾波さんは今、脳に重度の障害を負っており、普段は廃人のような状態です…先日倉持司令官が訪ねてきた時のように、わずかな時間の対応はできるようですが…」

 

海斗「ちょっと待って?…その話が本当なら、東雲と綾波は…」

 

狭霧「そうなんです、私もそこは腑に落ちませんでした…綾波さんが東雲なら、戦えるはずがないんです、もし戦えても僅かな時間…改二は使えないでしょう…もし使えても、すぐに脳を破壊してしまいます」

 

海斗「……じゃあ、綾波じゃない…のかな」

 

狭霧「ええ…それに、綾波さんは…自分自身に絶望していた、何もできないことに…」

 

海斗「何もできない?」

 

狭霧「…設計も、料理も、何もできないんです…今の綾波さんは脳の障害をどうにかして克服しない限り…」

 

海斗「…可能性は、思ったより薄いのかな…」

 

綾波がそうだったとしたら、殲滅して自己紹介までする余裕があるとはとても思えないな…

 

海斗「もし綾波だったとしたら何かあるね」

 

狭霧「はい、私もそう考えています」

 

 

 

 

狭霧「本日はお時間をとっていただきありがとうございました」

 

海斗「こちらこそ、それより、ずっと聞きたかったんだけど…君たちのところにはいろんな国から仕事の依頼が来るんじゃないの?」

 

狭霧「私は…綾波さんとは違います、その質問の答えとしては"はい"ですが、殆どは裏の目的があります、私たちを利用しようとする輩は多い、綾波さんがいないと知れ渡ればもっと増えるでしょう…表と裏を見極めずに仕事を受けるわけにはいきません」

 

海斗「そっか、だから僕達を?」

 

狭霧「ええ、貴方はまだ…いえ、きっとその様な邪な考えで私たちを動かそうとはしていないと判断しました」

 

海斗「…どうして?」

 

狭霧「……言葉が悪いですが、そのままの言葉を使わせていただきます、愚かだからです」

 

海斗「愚か?」

 

狭霧「綾波さんはこんなことを言っていました、「正義の味方は愚か者だ」と…自身にメリットのない戦いをする事もある、そしてその為に命をかけられる人……とても清い人ですが、見方を変えれば愚か者…」

 

海斗「…そっか、愚か者か…」

 

綾波らしくはある

 

狭霧「綾波さんが放った言葉を、私は全て知っている…貴方は愚かな勇者です、ですから…私は貴方を信じましょう」

 

海斗「…人は変わるよ」

 

狭霧「良くも悪くもですね」

 

海斗「僕はもう、勇者だなんてものじゃない…もとよりそんなつもりはなかったしね」

 

狭霧「…望んでなるものじゃありませんから、そんなもの…過程、意思、そんなものを無視して呼ばれるのです、称号とは…」

 

 

 

 

 

ネット

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

双剣士 カイト

 

カイト「……」

 

ハセヲ「どうしたんだよ、カイト」

 

カイト「いや、なんでもないよ」

 

過程や意思を無視して呼ばれるのが称号、か

 

カイト(なら、何度だって勇者になってみせる…それでみんなを助けられるなら)

 

ハセヲ「で?今日はブラックローズはどうしたよ」

 

カイト「家庭の用事でお休みだって」

 

ハセヲ「ふーん…」

 

カイト「…居た!」

 

司だ…!カーキ色の衣の呪紋使い…

すぐに追いかける

 

カイト「ねえ!君、ちょっといいかな」

 

司「……何?」

 

カイト「…少し探し物をしてるんだ、クロノコアって言うんだけど」

 

カイト(あの時、司はクロノコアという何かを知っていた、それについてわかれば、きっと何かの手がかりに…)

 

司「くろの…コア?何それ…黒い何かのコアって事?」

 

カイト(知らない…?どうなって……)

 

司「…もういい?」

 

カイト「あ、うん…ごめん」

 

司を見送る

 

ハセヲ「なんか掴めたか」

 

カイト「いや……逆に謎が深まっただけだったよ」

 

クロノコアって、一体何なんだろう…

きっと何かの核心に触れる物なのに、それが掴めない

 

ハセヲ「……そういや、この時代…いや、俺がやれる事…」

 

ハセヲがカオスゲートの前に立つ

 

カイト「どうしたの、ハセヲ」

 

ハセヲ「今が"いつ"なのか、それさえわかれば…俺にできる事もあるだろうぜ」

 

カイト「いつ?」

 

ハセヲ「…過去の時代、それに俺たちみたいなイレギュラー…何かが変わっちまってるんだ、色んなゲームであるだろ?過去を正しく導くってな」

 

カイト「正しく、か…そういえば、この時代でプレイしてたんだっけ」

 

ハセヲ「ああ、あんまり…思い出したくはねえけど…それに、もしかしたら直接モルガナを叩くチャンスがあるかもしれねえ…過去で何かをするなら、改変を阻止するか、黒幕の陰謀を止める…ゲームのお決まりだろ」

 

カイト「…よし、そうだね、大雑把な目標は決まったし、行こうか」

 

ハセヲ「何処にだ?アテはあんのか?」

 

カイト「…いや…」

 

ハセヲ「俺はあるぜ、この時代の紅衣の騎士団の動向さえわかれば多少の状況はわかる」

 

カイト「…じゃあ、昴に会わなきゃ…か……とりあえず、探して話を聞かないとね」

 

ハセヲ「ああ……ぁ…?ま、待て!揺らすな!誰だ!」

 

カイト「ハセヲ?」

 

ハセヲ「おい川内!……悪いカイト、落ちるわ」

 

カイト「あ、うん…じゃあ、僕は聞き込みでもしておくよ」

 

ハセヲ「ああ、頼んだ…」

 

ハセヲがログアウトする

 

カイト「…さて、と…昴に会うには…あれ?あそこにいるのは…青葉だ…!」

 

間違いない、青葉がいる…

でも、何故?……いや

 

カイト(過去に来てると言うことは…その時代に居た敷波や青葉もいる事になるのかな、BTも敷波と青葉のことを知っていた…つまり、僕を助けに来てた時の青葉…)

 

カイト「…なら、組めるかも…」

 

何かあった時、今の僕のレベルではまだ心許ない

情けない話だけど、1人で行動するよりは良いはずだ

 

カイト「青葉!」

 

青葉「ひゃっ!?え、え!?し、司令官?!い、いやでも……あれ?1人…だし…」

 

青葉(な、なんで過去のカイトが私を知って…いや、と言うかこれ…本人だ!…そっか、リアルデジタライズしてた時の司令官…が、この時代にはまだ居るんだ…味方だと思うと、心強いなぁ…)

 

カイト「今大丈夫?何かしてる途中だったり…」

 

青葉「いや、そんなことないですけど…」

 

カイト「ならパーティを組まない?」

 

青葉「パーティですか?……あ、いや…実は…その、私のアカウント、と言うかパソコンに変なウイルスが入ってるみたいで…メールとかも全部使えなく…」

 

カイト「え?…それは大変だね…治せるといいけど…よし、ちょっとこっちに来てくれるかな」

 

青葉を路地に連れて行く

 

青葉「え?司令官、どこに…」

 

カイト「流石にあんなところで腕輪を使うのは…」

 

カイト(見えないとはいえ、少し怖いしね…)

 

青葉「う、腕輪ですか!?」

 

カイト「…あー…やっぱり怖い?やめておこうか…」

 

青葉「い、いえ!他に頼れるものもないので!」

 

カイト「じゃあ行くよ…!」

 

青葉をデータドレインしてデータを改変する

 

カイト「……これでどうかな?…あれ?」

 

青葉、誰かと手を繋いでる…?

 

青葉「…あ、パーティ申請送れる!……ぅ…め、メールがものすごい数溜まって…」

 

青葉(というか、私やられた事になってる…確かに負けたけど…!)

 

カイト「青葉、その…手を繋いでるキャラは…?」

 

青葉「え?…あ!?み、見えてるんですか!」

 

カイト「え、うん…その…女の子のキャラ…」

 

青葉「…ええと、この子はリコリスさんと言って…その、私を助けてくれてるんです」

 

カイト「そっか、青葉を…ありがとう」

 

目を瞑った少女に話しかける

 

青葉「あ…た、多分何も聞こえてません。」

 

カイト(目を閉じてるから見えないとは思ってたけど、聞こえてもないのか…)

 

カイト「そっか、ところで…青葉はこれからどうするつもりだったの?」

 

青葉「…昴さんを頼ろうかと」

 

カイト「ちょうど僕も紅衣の騎士団に用があったんだ、一緒に行ってもいい?」

 

青葉「是非」

 

青葉(またあの騎士と衝突しかねないし…)

 

 

 

 

カイト「あ、昴!」

 

青葉「昴さん!」

 

昴「…貴方達は…ええと…」

 

カイト(そういえば、この時代はまだ僕は昴とほとんど関わってないんだったっけ)

 

青葉「昴さん!その…少しお話を…」

 

昴「…貴方は?」

 

青葉「え?」

 

青葉(…ああ、ようやくわかった…この時代、私が昴さんと出逢う前なんだ…だからミミルさんもベアさんも、私とあまりまだ話していない…誤解されてる…いや、認識をすり替えられてる…)

 

青葉の槍を握る手に、力がこもった感じがする

 

カイト(緊張してるのかな…)

 

青葉(…許せない、時代を改変して、そんな風に…)

 

青葉「…私は青葉と言います、私は今、この世界に起きてる異変について伺いたいんです」

 

昴「異変、ですか」

 

青葉「紅衣の騎士団の皆さんがユーザーのために戦ってくださってるのは知ってます、でも、私もただ見てるつもりはないんです」

 

昴「……司というキャラを、知っていますか」

 

青葉「司…」

 

昴「そのキャラが、猫のようなチートPCと思われるキャラと頻繁に会っていることを目撃されています、私たちは今それを調査しているのです」

 

青葉「…猫」

 

青葉(あのR:Xでみたエンデュランスさんの肩の猫?…いや、違う…何かまだ居る)

 

カイト(ミアの事…かな)

 

青葉「わかりました、私たちも調べてみます」

 

昴「そういうつもりで言ったわけではありません、あまり関わらないでください、そのプレイヤーが使役するモンスターにキルされると…危険です、リアルの身体にも影響があるそうです」

 

青葉「リアル、に…?」

 

青葉(ただのゲームバトルでダメージを負う?…今の私がダメージを受けたら…)

 

カイト「青葉、あんまり無理する必要はないよ」

 

カイト(青葉の声が震えてる…やっぱり怖いんだろうな…)

 

青葉(司令官を言い訳にするつもりはないけど、この司令官は生身、そんな状態で攻撃を受けたら…私もそうだけど、危険すぎる…ここは一度戻って、シックザールのメンバーと合わせて調査した方がいい…)

 

青葉「わかりました、あまり関わらないようにします」

 

昴「そうしてください、では、私はこれで」

 

昴を見送る

 

青葉「司令官」

 

カイト「何?」

 

青葉「司令官は絶対にリアルに帰れますから」

 

カイト(…やっぱり、この青葉は過去の青葉なんだ…僕がリアルに帰れた事、言うべきなのかな…いや、変に言えば…何が起きるかわからない)

 

カイト「うん、わかってる」

 

青葉(……私のやるべき事は決まった…!司ってキャラの調査…絶対に、やり切って見せる)

 

カイト(とりあえず、司を探そう、確かさっき見かけたのはあっちのショップの方だった…)

 

カイト「それじゃあね、青葉」

 

青葉「はい」

 

青葉(あ、そうだ…司令官にメールを送らなきゃ、過去のカイトと戦うにあたってクセとか、そういうのを把握しておかないと…あと団長にも現状報告しないと怒られる…よね)

 

カイト(…あれ?メールだ…青葉から……)

 

[from:青葉

 件名:聞きたい事が

急なメールすみません司令官。

どうしても伺いたい事がありまして…。

私は今、The・Worldの調査中なのですが、過去の時代の司令官、つまりカイトというキャラと交戦する事がありました。

 

恥ずかしながら、かなり苦戦を強いられまして、私は一度も倒せていないんです、なので、もし宜しければ司令官から見たカイトの弱点を教えて頂けませんか?

 

そのカイトが色んな所に出没して様々な物を狂わせている以上、未帰還者の人たちを助けるためにも見過ごせないんです…!]

 

カイト「青葉…頑張ってるんだね…」

 

 

 

 

 

青葉「あ、返信早い…」

 

[from :カイト

 件名 :弱点

そのカイトが僕じゃない以上確証はないんだけど、双剣士は打たれ弱いんだ。

あと火力もあんまり高くないかな、R:2の双剣士(ツインソード)は火力と手数が強みだけど、R:1の双剣士(ツインユーザー)は火力が出ないから物理職としては最低クラスの攻撃力なんだ。

 

その代わり移動速度が速いし、魔法ステータスも高い。

後衛としての立ち回りが安定してるから、剣士2と双剣士1で双剣士はヒーラーとして回復やバフを担当する事も多い。

 

メインアタッカーとして前に出る事はあんまりないかな…。

 

これぐらいしか思いつく事はないよ、役に立つといいんだけど。]

 

青葉(確かに、アルビレオさんの時代で戦ったカイトは魔法を頻繁に使ってきたし、火力も低くてサポートを優先してた……でも、R:Xで戦った時は味方よりも前に出て攻撃してきてたような…)

 

青葉「うーん…でも、アルビレオさんの時のカイトの方がキツかった気がするし、本来の動きをされてたのかな…」

 

青葉(この間見かけたカイトも仲間2人、ブラックローズとハセヲは攻撃職だから…うん、司令官の言う通りなんだ…じゃあ私は回復役を先に落とすことを考えないと)



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見敵必殺

ベンガル海

軽巡洋艦 川内

 

川内「こちら川内!神通が敵艦隊発見、戦闘陣形に変更!」

 

亮『了解、こっちはペナン基地の周辺の安全を確保しておく、無理だと判断したらそっちの判断でも撤退しろ』

 

川内「了解!まずは複縦陣に変更して!」

 

呉と離島の連合艦隊、その先駆けとして今回の編成には呉と離島の3:3で攻略艦隊を編成

メンバーは離島の赤城、加賀、そして朝潮、呉からは私、神通、曙の合計6名

 

神通「姉さん、潮さんが」

 

潮「潜水艦が居ます、探知しました…!数は3」

 

川内(…3か…空母を狙い撃ちされると辛いな…複縦陣で突っ込むより一度広がる形…空母2は後ろでそのままに前の4人を横陣に…)

 

潮「川内さん、先制対潜の許可を!」

 

川内「え?…いける?」

 

潮「はい!」

 

川内「…よし!じゃあ複縦陣を維持したまま進行!潮、頼むよ!」

 

潮「爆雷投下!!」

 

潮が爆雷を射出する

 

前方で水柱が上がる、バラバラになった敵潜水艦が浮かび上がってくる

 

神通「2体分ですね…残り1!警戒を!」

 

川内(はは…マジ?いい腕してんじゃん…!)

 

曙「やるようになったわね、潮」

 

潮「私も頑張ってるからね、行こう!」

 

赤城「加賀さん、私達も」

 

加賀「そうですね、何もせず立っているだけでは不愉快です」

 

艦載機が頭上を通り過ぎる

 

加賀「攻撃隊」

 

赤城「……仕留めました」

 

神通「視認していた三体の敵水上艦、かんさいきによる撃破を確認…残りの潜水艦は…」

 

すぐ横で水柱が上がり、潜水艦の死骸が上がってくる

 

潮「撃破完了です」

 

川内「…ははは、こりゃ…離島のメンツにいいとこ取られちゃったね」

 

神通「全くです、が…油断せず行きましょう」

 

川内「勿論」

 

加賀「敵発見、水上部隊、戦艦もいるようです」

 

赤城「そのまま仕掛けます」

 

川内「…ウチも横須賀も空母はいないからねぇ…居るとこんなに頼りになるとは…いや、赤城と加賀だから?」

 

赤城「よしてください、随分古い仲ではありませんか」

 

加賀「それこそ世界線を一つ変えるほどに」

 

川内「あはは、そりゃそうだね、うちや横須賀も空母運用すればいいのに」

 

神通「横須賀にはいますよ、候補生だけですが」

 

曙「居ないようなもんじゃない」

 

川内「さて、航空隊の戦果は?」

 

加賀「航空戦になっています、が…こっちの被害は軽微」

 

赤城「こちらの与えたダメージは敵空母級、二隻撃沈、戦艦級大破炎上、軽巡級炎上、残り二隻駆逐級はダメージが軽微です」

 

神通「恐ろしいまでに、優勢ですね」

 

川内「もちろん油断はなし、確実に仕留めていくよ」

 

と言っても敵は満身創痍

こっちは勢いの乗ったまま

 

敵の残党を圧倒しながら進む

 

神通「…北側に進みたかったですね、陸地と離れ過ぎてしまいました」

 

川内「そうだね、怖いのは…強襲されて撤退せざるを得ない時、撤退戦で追い込まれるのは怖い…」

 

ベンガル海をインドまでまっすぐ突っ切る形…インドに到着したら陸上を飛行機で移動できることになってる、決して海は通らない…

 

川内「……神通、増援の要請して」

 

神通「わかりました、編成は」

 

川内「C編成で」

 

川内(…今、すごく嫌な感じを肌で感じた…ヤバいかもしれない)

 

赤城「やや北、北西の位置に敵です、敵航空隊と交戦します」

 

加賀「少数ですね…敵機撃墜……水上部隊もたいした敵は居ません」

 

川内(…順調だ、例の敵はどこ?仮面の敵は…私たちが一番警戒するべき敵は…)

 

神通「姉さん」

 

神通が近寄ってくる

 

神通「敵の艦隊を確認しました…非戦闘艦のみで編成されています」

 

ぞわり

背中を何かがなぞった

 

川内「それだ……それを徹底的に叩いて!!神通!位置を赤城と加賀に伝達!攻撃機全部そっちに回して!!」

 

神通「は、はい!敵確認の地点をアップロード…」

 

赤城「片方の隊は水上部隊を狙った方が…」

 

川内「赤城!…私に賭けて」

 

赤城「……了解しました、第二攻撃隊も出しましょう、加賀さん」

 

加賀「わかっています」

 

今はっきりと感じた、察知した、死の感覚

 

川内(出てくる前に、潰す!!)

 

この艦隊の旗艦は私

そして私の担った任は二つ、海域の敵の掃討と…

 

川内(全員を無事に連れ帰る事)

 

その為になら資材を無駄に使おうが、艤装を使い潰そうが関係ない…

 

必要だ

 

旗艦の私がそう判断した、文句は言わせない

 

川内「赤城、まだ?」

 

赤城「見つけました、攻撃に移ります……伏兵?」

 

加賀「隠れていた護衛艦が浮上してきました、想定内という事ですか…艦載機を狙われています」

 

川内「…敵のはらわたブチまけてやって…!じゃなきゃ、せっかくそっちに差し向けた意味がない…」

 

中身さえわかればいい、最低限…

 

赤城「…敵補給艦一隻撃沈……居ました!」

 

川内「やっぱり、か…」

 

加賀「倒した補給艦から仮面をつけた…人間でしょうか、少なくとも人型です」

 

神通「どうしますか」

 

川内「出た以上…()るよ」

 

敵の強さを知るいい機会だ…測る、そして、確実に潰す…

 

でも、この感覚、嫌な感じは…

 

川内(どんなに強い深海棲艦と出会った時もこんな感じを感じた事はなかったのに…)

 

あの綾波とも違う感覚

綾波にあった時に感じたのは…

 

虚無、勝つ事が確実に"不可能“だと思い知らされるような絶望感

 

でもこれは違う

 

川内(……来る…!)

 

川内「全員!警戒して!!」

 

腰に差した短刀を逆手で抜刀し、海面に突き刺す

抉るように動かし、両手で持ち上げる

 

神通「そ、それは…」

 

川内「これが、敵の仮面、かな」

 

真っ白な顔全体を覆う仮面、そして目の部分のみに空いた穴…

 

川内「もう真下まで来てる」

 

一体は仕留めたけど

 

曙「川内!」

 

川内「好きにやっていいよ、みんな、できるだけ近くに来て」

 

曙以外が密着するほど近づく

 

曙「火傷注意!」

 

周囲を炎が包む

気温が一気に上昇し、海面が沸々と沸き始める

 

潮「わ、沸いてる…」

 

赤城「…話には聞いてましたが、こんな芸当を…」

 

加賀「高温の海水で茹で上がるわけですか…中々…おぞましいやり方ですね」

 

神通「でも、効果的です…深く深く逃げるしかない」

 

潮「…あれ?後ろから何か…」

 

赤城「……ジェットスキー…でも誰も乗ってない…」

 

誰も乗っていないジェットスキーがフルスピードで通り過ぎる

 

加賀「速いですね、50ノット…?」

 

神通「いいえ、60ノットは出ています、改造してあるようですね」

 

潮「で、でも誰も乗ってませんでしたよ…速すぎて落とされたんじゃ…」

 

川内「だとしても問題ないよ」

 

前方に大量の水飛沫が上がる

 

神通「振り落とされたのは直前だったようですね、良かった」

 

イムヤ「振り落とされてない!自分から飛び込んだの!」

 

川内「援軍到着を確認、よし…」

 

短刀をもう一本抜き、構える

 

イムヤ「C班到着!潜水艦隊配置良し!ヒトミ!イヨ!初出撃だけど大丈夫!?」

 

イヨ「まっかせて!」

 

ヒトミ「あ、あんまり調子に乗っちゃダメ…!」

 

イムヤ「曙!」

 

イムヤが曙にカートリッジを投げる

 

曙「待ってたわ、もう動けなくなるところだったから」

 

川内「何それ?」

 

イムヤ「補給カートリッジ、燃料とか弾薬もカートリッジで補給できるようにしてみたんだって」

 

川内「へー、便利…でも曙の炎って燃料使わなくなったんじゃないの?」

 

曙「そっちは体力を消耗すんのよ、だから燃料使ってたってわけ、援軍に補給のことは頼んでたしね」

 

川内「先に言ってよ…ま、いいや、下の安全は任せたよ、危なくなったら神通のそばに行って、守らせるから」

 

神通「そうですね…こうなった以上、出し惜しみはしません、守る事を優先します……多少、見た目がわるいですが……っ…と…!」

 

神通の肩からAIDAが吹き出し、三本目の腕を形成する

 

イヨ「うわっ…な、何あれ」

 

ヒトミ(こ、こわい…)

 

川内「怯えないで、味方であるならこんなに心強いものはないから」

 

曙「…出てきた」

 

100メートル先、頭数は7つ

 

川内「…私が行く、曙、カバーして…それと、全員自分の身を守ることを優先して、いい?身を守るって事はただ防御する事じゃない、先を読んで…怪我せず済むように立ち回って」

 

曙「んな事今更言わなくてもみんなわかってるわよ、さっさと動きなさい」

 

川内「7対2で行くよ、良い!?私たちが請け負うのは7だけ!後は…任せた!!」

 

海面を踏みしめる

足が沈む、艤装が水面から体を押し上げる

 

川内(さあ、私の勘はどこまで正しいのかな)

 

短刀を振りかぶる素振りで片手を背中に回し、人差し指にワイヤを括った輪っかを引っ掛ける

 

川内「行くよ」

 

曙「さあ、目瞑らないと火傷するわよ!」

 

曙が炎を上空に放つ

それが炸裂の瞬間、高温になり強く発光する

 

川内(この目眩しが効く、こうなればまともに狙いはつけられない、仮面で視界が悪いなら尚更もう狙えない、だから…)

 

ゼロ距離まで、近づける!!

 

川内「さあ、勝負!!」

 

一撃で1人斬り伏せる

そしてその動作とともにワイヤを飛ばす

ワイヤの先についた(おもり)が別の敵の仮面に当たる

 

川内(狙いはそうじゃないんだけどな、ったく!)

 

大きく腕を振るい、ワイヤを別の敵に巻きつける

 

川内「取った!」

 

ピンと張ったワイヤに短刀を押し当て、カートリッジを挿入する

 

川内「痺れろ…!」

 

ワイヤに電流が流れる

 

曙「どこが痺れろよ、黒焦げじゃない」

 

ワイヤを捨て、構え直す

 

川内「後五つ」

 

敵が此方に砲撃してくる

綺麗とは言い難い、バラバラの陣形、出鱈目な砲撃

 

川内(…あの感覚は何?私はこれを危険視…いや、ここで慢心するな!!)

 

神通「姉さん!気をつけて!」

 

川内「え?」

 

急に砲撃ではなく、銃撃に切り替わる

一斉に切り替わり、制圧射撃…

 

川内(ッ…かわしきれない!!)

 

曙「川内!!」

 

川内「大丈夫ッ…!」

 

右手の指輪に触れる

目の前に現れた金属片か銃弾を弾く

 

川内「っ〜……痛い…やって、くれたね…」

 

金属片がどんどん大きく、形を作っていく

柄の形を作った部分を握り、振り向き、金属片を背中に押し当てる

 

神通「姉さん!大丈夫ですか!!」

 

川内「安心して、神通……肉を切らせて、骨を断つから!!」

 

金属片がとうとう大剣を形造る

銃弾を全て大剣で受け止める

 

川内(ようやくわかった、恐ろしさは…人間と同じだ)

 

要するに、この敵は対応することを知っている

深海棲艦は同じ行動で倒せる、なのにコイツらは違う

 

私を人間だと判断して、1発頭に当てれば殺せると判断して機銃に切り替えた

 

遠距離ではなく近距離戦闘を得意としていると判断して弾幕を張り、近づかせない事を優先した

 

川内(指示する役割がいて初めて深海棲艦にできる動きを自分達でやってる…だから、怖いんだ)

 

大剣に身を隠したままポケットに手を突っ込む

 

川内「えっと………ああ、あった」

 

紙切れを取り出す

 

川内「本当に役に立つかはわからないけど…」

 

紙切れを海面に叩きつける

 

川内「行け!!」

 

何かが真下を走る感覚

 

顔をチラリと覗かせて様子を伺う

 

川内「うわっ」

 

噴き上げた水に一体が切り裂かれる

 

川内「本当に使えるんだ、この鉄崩水の呪符……冗談だと思ってたけど、なんでもできるんだ…前の世界みたいに」

 

急な遠距離攻撃に敵の銃撃が止む

回避行動を優先しているのか、移動している

 

川内(自分の命を優先することも知ってるんだ…やっぱりただの深海棲艦とは違う)

 

川内「…あと4つ、いくよ」

 

大剣を一度振り下ろし、背中まで振り上げる

 

曙「いくわよ川内!!」

 

川内「思いっきりよろしく!!」

 

背中のすぐそばで爆発が起きる

爆風を大剣が受け、吹き飛ばされる

 

そしてその吹き飛ばされた勢いのまま…

 

川内「また近づけた…!」

 

振り下ろす

 

一体を両断する、そして大剣をその場に捨て、再び指輪に触れる

 

大剣を足場に飛び、空を掴むように構える

 

手には 大鎌が現れ、一体の首を狩る

 

川内「あと2つ!!」

 

大鎌を捨て、短刀を2本投げる

一体にまとめて2本突き刺さる

 

川内「ラスト…!」

 

主砲を手に取り、お互いに構えて撃つ

 

外した…

 

曙「何やってんのよ!!」

 

残りの一体に火がつき、のたうち回る

 

川内「…ふー…7対2で良かった…助かったよ曙」

 

曙「こいつら、本当になんなの?…アンタが斬った奴ら、血を流してないし…いや、艤装以外消滅してる」

 

川内「うん、人間じゃない」

 

…まだ、賢くない

まだ怖くない…

 

"まだ"

 

私の頭にそう語りかけるような気がした

 

これは序章だ、まだなんだ

 

怖いのはこの先だ

そう言ってる気がした

 

川内「……一旦全滅かな、インドまで進むよ」



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絶対不落

インド 沿岸部

軽巡洋艦 川内

 

川内「はぁ!?こ、来られないってなんで!?」

 

亮『急に他国の軍事力を招き入れるのが怖くなったとか言い出したらしい、今交渉中だから安全な場所を確保してくれ』

 

川内「…も、もう日が暮れるんだけど?てっきり安全に夜を明かせると思ってたんだけど?」

 

亮『…悪い…川内、今日だけ耐えてくれ…』

 

川内「じょ、冗談じゃないよ!!!ああもうやだ!イムヤ!ジェットスキーは!?」

 

イムヤ「…岩にぶつかって、壊れました」

 

川内「ここから戻ったら…」

 

曙「どんなに早くても半日はかかるんじゃない?」

 

川内「こんな任務受けなきゃ良かった!!もーどーなってんの提督ー!!」

 

赤城「ひどい癇癪ですね」

 

加賀「久しぶりに見ました、最後に見たのは…年で言えば何年前ですか」

 

神通「お二人が今19ですので、少なくとも20年は見ていないことになりますね、前の世界と合わせて」

 

亮『戻ってきたらお前のやりたいようにやらせてやるから!頼むから今日だけ我慢してくれ…!』

 

川内「やーだー!!神通と曙もなんか言ってよ!!」

 

神通「何かと言われましても…」

 

曙「クソ提督とでも言っておけば?」

 

川内「クソ提督クソ提督クソ提督〜!!」

 

神通「姉さん、はしたないです」

 

川内「……はあ…虚しい…やぁぁだぁぁ!夜きちゃうよ!」

 

潮(もう通信切れてるのに無線機に喚いてる…)

 

神通「空母が2人いるのに夜を海の上で過ごすのは避けたいですね」

 

加賀「夜間は危険です、せめて上陸したいのですが」

 

イムヤ「でも話聞いてる限り…上陸したら怒られそうじゃない?」

 

川内「だねぇ…」

 

潮「あ、通信……はい…そうです…え?戻るんですか?」

 

赤城「…どうやらなんとかなりそうですよ」

 

潮「あ、あの…20分ほど戻ったあたりで二式大艇で回収してくれるそうです…」

 

川内「え、マジ?」

 

神通「良かったですね、姉さん」

 

川内「うんうん!最高だよ!良かったぁぁ!」

 

反転し、きた道を戻る

 

川内「にしてもよくそんな都合の良いタイミングで…」

 

潮「ここまでくる用事があったみたいで、そのついでだそうです」

 

神通「用事ですか…」

 

川内「どこの?二式大艇っていうと特務部だと思ってたけど…」

 

潮「ええと…表向きはそういう事になってるみたいです」

 

加賀「表向きというか、通信では特務部と言っていましたが、妙なんです」

 

川内「…通信の相手誰だったの?」

 

潮「それはこちらの提督なんですけど…」

 

神通「…待って、前方に敵輸送部隊を確認しました」

 

川内「もう一回、か」

 

神通「…ここは戦闘を避けるのも手です、進行が遅れます、夜になれば空母は艦載機を飛ばせない、視界も悪くなる、一撃に負うリスクが高すぎます」

 

確かにそうだ

でも、ここで引けば民間人への被害もあり得る

となれば、私たちの役割を考えると

 

川内「数は」

 

神通「輸送艦は5、護衛部隊は見えませんが水中にいるものと思われます」

 

川内(奇襲するにもなぁ…詰めてくるのを待ってるんだろうし、敵に有利なスタートを切らせるのはまずい、だったら遠距離でやるしかない)

 

川内「魚雷流しまくろう」

 

駆逐と軽巡、さらには潜水艦の遠距離といえばこれに限る

 

 

 

曙「…魚雷射出したけど、当たるの?これ」

 

神通「敵は単縦陣、五隻がきっちりと固まっている以上…この平行に放たれた魚雷を全て避けるのは難しい上、おそらく水中には護衛艦もいる」

 

川内「ちょーっとばかし、いたぶってから仕留めるよ」

 

速力を徐々に上げ、迫る

 

イムヤ「……そろそろ」

 

前方で深海棲艦が打ち上げられる

 

川内「うわ、魚雷の水柱って切断するくらい威力あるんじゃなかったっけ?よく壊れないなあ、あの輸送級」

 

神通「いや、表面だけですね、裏面はズタズタですよ」

 

曙「そんな冷静に解説しなくていいから」

 

潮「き、来ます!!」

 

護衛部隊が浮上し、攻撃を仕掛けてくる

 

川内(戦艦2、空母と軽巡と駆逐…5か)

 

神通「舐められたものですね」

 

神通からAIDAの腕が伸び、戦艦球を掴み、引き寄せ…

 

曙「うわ…」

 

ぐちゃり

 

嫌な音を立てながら、じっくりと時間をかけて戦艦級が真っ二つになっていく

 

川内「神通、潜水艦の子達が凄い顔してるからやめな」

 

神通「別に楽しんでいるわけではありませんよ」

 

神通が死体を投げ捨てる

 

神通「確実に仕留めたいだけで」

 

川内「…おっと…鉄崩水の呪符!!」

 

前方に水の壁を作る

 

曙「何?何やってんのよ」

 

川内「敵!攻撃してきてるよ!!」

 

水の壁に敵の砲弾がぶつかり、激しく波が立つ

 

川内「うわっ!?」

 

潮「あ、足元が!?」

 

思っていた以上に大きな波でバランスを崩す

 

神通「…!姉さん!どうやら敵の輸送しているものは…艤装です」

 

川内「え!?何!聞こえない!」

 

神通「だーかーら!艤装を運んでるようです!!」

 

川内「な、なに?艤装?!」

 

先刻倒した仮面の敵は艤装を残して消滅

もしそれを今回収しているのだとしたら?

 

川内(…あり得る、嫌な感じがする)

 

頭の中で組み上がった仮説を肯定する

 

川内「それ…全部頂いちゃおうか…!!」

 

神通「は、はい!?」

 

艤装が残るなら、それを調べてみれば何かわかる!

 

神通「では!残り4体を…いや…」

 

神通が遠くを見据える

 

川内「神通?」

 

神通「…成る程、私達の仕事は終わりですね」

 

 

 

 

二式大艇

駆逐艦 朧

 

朧「1班降下用意!」

 

タシュケント「あああもう!無茶だって!なんで飛び降りて戦うの!?ゆっくり二式大艇を着水させてからでいいでしょ!」

 

ガングート「諦めろ、朧は言い出したら聞かん」

 

朧「喋ってる暇あるなら…行くよ!!」

 

二式大艇のハッチが開く

ロープを艤装に繋ぐ

 

狭霧『高度よし、風はありますが問題ありません!減速します!』

 

朧「行くよ!」

 

タシュケント(な、なんで落下さんじゃなくて振り込みたいな方式にするかなぁ…)

 

ガングート「練習はしたが、これは足腰を痛めるんだよな」

 

グラーフ「行け!」

 

ハッチから飛び降りる

二式大艇の進む勢いに引っ張られながら、徐々に降下していく

 

タシュケント「さ、寒い!!」

 

グラーフ「空冷はなかなか堪えるな!」

 

朧「もうすぐ海面だよ!ロープ切断するよ!…3‥2…1…今!」

 

ロープをひきちぎり、海面に転がり着水する

 

タシュケント「わぷっ!?」

 

ガングート「よし、完璧な着地だ…いや、着水なのか?」

 

朧「前方敵深海棲艦4発見!!」

 

即座に主砲を構え、撃ちながら迫る

 

ガングート「続け!!」

 

タシュケント「ま、まって!まだ立ててない!」

 

朧「置いてくよ!?もう良いや!」

 

タシュケント「良くないよ!?」

 

ガングート「アレは空母か!!狙い撃ちだ!!」

 

ガングートの砲撃が空母級の側に着弾する

 

朧「狙えてない!いや、ブレを抑え切れてないのか…止まっても良いから一回当てて!」

 

此方に差し向けられた艦載機を全て撃ち落とす

 

ガングート(飛んだら跳ねたりしながらアレより小さく速いやつを落とすとは、本当にバケモノだな…)

 

朧「軽巡と…駆逐!!」

 

砲撃を叩き込む

 

朧「それから空母!!」

 

空母級に砲撃する…も、ダメージとしては軽微…

 

朧(なら…これのお披露目かな!!)

 

脚部艤装の魚雷発射管が海面を向いたのを確認し、空母級をしっかりと狙う

 

朧「くらえ…!」

 

艤装のブーストつきの回し蹴りが空を切る

そしてその勢いのまま、魚雷が射出される

 

朧「3本とも、刺さった!」

 

ガングート「…オーバーキルがすぎるだろう」

 

空母級が爆散する

 

タシュケント「まだ終わってないよ!!」

 

ガングート「いや、終わりだ!」

 

ガングートが戦艦級に迫り、艤装を掴む

 

ガングート「この距離なら外しようもない!!」

 

ゼロ距離砲撃と刀でのめった斬り…

 

タシュケント(オーバーキルはどっちなんだか…)

 

 

 

川内「成る程ね、特務部のガワを借りてるんだ?」

 

朧「表立っては動けないので…」

 

神通「しかし、あの降下…いきなり至近距離に敵が現れることを考えると…恐ろしいですね」

 

ガングート「簡単じゃないぞ?リシュリューとプリンツは脚を折ったからな」

 

川内(Linkってどういう場所だっけ?特殊部隊か何か?)

 

朧「さて、狭霧!早く降りてきて!」

 

二式大艇がすぐ側に着水し、ハッチを開く

 

川内「夜になる前に帰れる!」

 

朧「あー、はい、そうですね…」

 

 

 

 

 

二式大艇 機内

 

狭霧「なるほど、これが仮面の敵の艤装…」

 

朧「川内さんに言われて回収したけど、見れば見るほど…普通の艦娘の艤装だよね」

 

狭霧「ええ、深海棲艦のものとはまるで違う、これを使っているとなると…」

 

狭霧が何かを取り外す

 

狭霧「あった、戦闘ログ」

 

朧「そんなのあるの?」

 

狭霧「皆さんのものにもありますよ」

 

朧(知らなかった…)

 

狭霧「と言っても、元は特務部の管理システムの名残ですけどね」

 

朧「帰って解析かー…」

 

狭霧「時間がかかりますが、そうする他ありません、艤装の出所も探らないと」

 

朧「綾波、帰って来れば良いのにね」

 

狭霧「帰ってきても無理はさせられません、無事であることをただ祈るばかりです…というか、綾波さんを探しにきたんですよ?鼻に何も感じませんか?」

 

朧「ううん、ペナン基地の方が何かあるんじゃないかなぁ…」

 

狭霧「神鷹さんの夜中がひどいので早く帰ってきて欲しいところです」

 

朧「夜泣きって…」

 

 

 

 

 

東雲「っくしゅん!!…か、風邪…?」

 

 

 

 

ペナン基地

 

朧「…!…するよ、綾波の匂い…それも、血液の匂いが」

 

狭霧「本当ですか!?」

 

朧「海の方に続いてて、追えないけど」

 

狭霧「確定ですね」

 

朧「うん、東雲ってのは…綾波だ」

 

これで確証に変わった

 

ここに綾波はいた

 

足跡をたどり、見つけたとして

アタシ達は綾波と何を話し、何を求めれば良いのだろうか

 

 

 

 

駆逐艦 東雲

 

東雲「…ゔ……は、鼻が…ムズムズしますね…」

 

今日は些か調子が悪い

 

東雲(帰って来れないかな…)

 

私を探し、この小島を何人もの敵に囲まれている

この島の地形は把握した

何もかも理解した

竹林の場所、崖の場所、何もかも

 

そして、罠を張った

 

東雲「…まあ、仕方ないですね…でも、篭城戦をするときの私は…強いですよ?」

 

細く張った竹の糸が切れる音

そしてそれに反応して石飛礫(いしつぶて)が降り注ぐ

 

反対側で落とし穴に何かが落ちた音

向こうで竹槍に貫かれた音

 

私が数えるのをやめるほど居た敵は、自ら数を減らし続ける

 

賢くない

 

確かに巧妙な罠の貼り方だが、ここまで悉くかかるのもまたすごいことだ

 

東雲「……ああ、最後か」

 

私の正面に、とうとうやってきた敵達

一歩踏み込んだが最後、いつのまにか前後なんて入れ替わり、私が敵の背後から斬りかかり、始末する

 

東雲「…生半可…いや、中途半端…とも違う」

 

どう形容して良いかわからない

 

東雲「まあ、"この程度"が1番近いか…これでは、私の首はおろか…血の一滴すらも私を汚すことはない」

 

守るのは容易い事だ

 

私の城を攻めるのは、私を知っている敵でなくては、不可能だ

 

私が守るのは、我が身だけ

そして、その我が身が明日を守る…

 

東雲「…疲れちゃいました……ああ…皆さん、お疲れ様でした…」

 

また、今日を乗り切った

目を瞑り、あすをまつ



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記録 変化

The・World R:1

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

グリーマ・レーヴ大聖堂

重槍士 青葉

 

青葉「ええと、連絡がつかなかった理由は…はい、本当に申し訳ないと思ってて…」

 

フリューゲル『いや別にそこまで畏まる事ないんだけどさ、オレとしても無事なら良いわけよ、だって青葉ちゃんの事国から預かってるわけだしさ、なんか、こう…ヤラレチャッタかな〜って』

 

青葉「え、ええと…何度か」

 

フリューゲル『何度か?誰に』

 

青葉「い、色々ですね…騎士団の残党や例の謎のPC……あ!そうだ、あのPCについてなんですけど…リアルデジタライズしたPCなんじゃないかと…」

 

フリューゲル『あー、やっぱそう思う?オレ達もそう思ってたからさあ、できれば生捕にしてくんない?リアルに返さなきゃいけないだろうしさ、あ、でもあんまり無理しないでね?』

 

青葉「も、もちろんです」

 

青葉(注文多いなぁ……)

 

自分が微妙な立ち位置なのはわかってる

団長からしても面倒で扱いづらい位置なんだろうな…

 

青葉(それよりも、向こうは話を聞く気ゼロだったし…どうしよう)

 

私があの人を元の世界…つまりリアルに戻すのは…無理

戻せと言われてもどうすれば良いかわからない

 

だから有無を言わせずリアルに戻すなんてことは当然できなくて、一度捕らえる必要がある

 

青葉(戦いになるとして…毎回わたしは1人で向こうは複数、これは良くない…まず人数不利をなんとかするために他の方と合流しなきゃ)

 

青葉「確か、トロンメルさん…この時代にきてるはずなんだけど」

 

 

 

 

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

双剣士 カイト

 

カイト「あ、トキオ!」

 

トキオ「え、か、カイト!?」

 

トキオ(しかも暫定ニセモノの方…!)

 

カイト「よかった、急に居なくなっちゃったから…でもまた会えてよかったよ」

 

トキオ「えー…と、あーうん、そうだね」

 

カイト(…トキオ、僕を何か怪しんでるような…そういえば、過去の僕と青葉が戦ったって言ってたし、誰彼構わず襲いかかってるのかな…)

 

カイト「よければパーティを組まない?調べたい事があるんだ、司ってキャラについてなんだけど…」

 

トキオ「司?なんでカイトが司を調べてるの?」

 

カイト「うーん…事情は色々あるけど、ざっくり言えば僕の仲間を助けるためかな」

 

きっと、The・Worldの謎を追えばみんなを助けられるから

 

トキオ「どうしよう…うん…」

 

カイト(誰かと話してる?)

 

トキオ「わかった、こっちこそよろしく!」

 

カイト「よかった、じゃあ行こうか」

 

司を見つけてもすぐに何があるわけじゃないけど

きっと手がかりを掴めるはずだ

その為には司と親しくなる必要がある

 

トキオ「…わかった…カイト、Δサーバー、隠されし禁断の聖域に行こう!そこに居るらしいんだ」

 

カイト(やっぱり、見えない誰かがいる)

 

 

 

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域 

グリーマ・レーヴ大聖堂

重槍士 青葉

 

青葉「…あれ」

 

聖堂の奥、何もない台座の上に腰掛けた呪癒士を見つめる

 

青葉「貴方は、司さん…?」

 

確か、紅衣の騎士団に敷波さん同様捕まってた人だ…

 

司「…誰だっけ、キミ」

 

青葉「ええと、青葉です…何してるんですか?」

 

司「……良いもの、見せてあげよっか」

 

青葉「いいもの?」

 

空間が歪み、半透明の鉄アレイのようなモンスターが現れる

 

青葉(あのモンスターは…!)

 

司「怖がらないで」

 

それは柔らかいのか、硬いのか、丸い膨らみの先から触手を伸ばし、まるで犬の芸の"お手"のように司の手に触手を乗せる

 

青葉「…お、おお…?」

 

司「すごいでしょ」

 

青葉「…モンスターを使役する人なんて初めて見ました…」

 

背後の、聖堂の扉が大きな音を立てて開く

 

青葉(誰?)

 

司「来た!」

 

司さんは人を待っていたのか、明るい表情で入り口の方を見る

 

青葉「貴方は…」

 

司「…っ…」

 

入り口にいたのは

 

ベア「やあ…悪いな、これでもミミルの正式な代理人だ」

 

司「あの子は来ないの?」

 

ベア「キミと喧嘩したくないそうだ」

 

青葉(司さんの待人はミミルさんだった…という事ですか)

 

司「ボク、嫌われた?」

 

ベア「そう思ってるのは、彼女の方かもしれん」

 

司「そっか…やっぱりまだ怒ってるんだ…もう大丈夫なのに」

 

ベア「……大丈夫だと?」

 

司「見たい?」

 

モンスターが司さんの周りを回ってみせる

 

ベア「ッ…!!」

 

司「大丈夫…ほら、ね?」

 

さっきと同じように、お手をして見せる

 

ベア「……何が「大丈夫」で、何が「ね?」なのかオジサンにはわかんねえ」

 

司「…もうあんなことは起こらない、わかるでしょ?」

 

青葉(…モンスターに襲われ、意識を奪われる事件のこと…)

 

ベア「そんな事が言いたくて、ミミルに連絡したのか?」

 

司「だって、凄くない?」

 

自慢げな表情の司さんとは対極的に、ベアさんの目は哀しそうだった

 

ベア「だからなんなんだ?何が言いたいんだ、おれにはさっぱりわからん…それでいいのか?それで何かになったつもりか?」

 

司「……」

 

司さんは何も言わずに、転送を選んだ

 

ベア「……すまんな、君たちも話してたんだろうが」

 

青葉「いえ…それより…」

 

ベア「見ていたよ、前のことは…先に仕掛けたのはトキオだった、話す間もなく仕掛けたのは、何か理由があるのか…なんにせよ、キミを一方的なPKだとは思っていない」

 

青葉「それなら…良かったです」

 

ベア「…ん?」

 

青葉「あれ?な、何?」

 

カードが天井から散らばるように…

 

青葉「……わっ!?」

 

ベア「あー…そんなエディットだったかな…?」

 

べ、ベアさんが、大きなクマのぬいぐるみになってる…

 

青葉「だ、大丈夫ですかベアさん!」

 

ベア「おれよりも自分の心配をした方がいい」

 

青葉「へ?……ま、まさか」

 

視点を三人称に切り替える

 

青葉「な、なんですかこれ!!」

 

オオカミの着ぐるみ…

私も同じような目にあってるとは…

 

青葉「!…今上に誰かいた…!」

 

ベア「上?…いや、誰も見えない、というよりはこのゲームであんなに高いところに行く方法は…」

 

そう、無い

普通はあんなところには行けない

 

青葉「絶対に居ました…!趣味の悪い悪戯です…」

 

ベア「タウンに戻れば治るかも知れん、一度戻ろう」

 

青葉「そうですね…あれ?」

 

聖堂の扉がまた開く

 

カイト「…モンスター?」

 

トキオ「2体か…でも、なんか…違うような?」

 

青葉(司令官!…いや、トキオさんと組んでるなら…コビーの方だ!)

 

ベア「すまん、ちょっと良いか?」

 

ベアさんが歩いて2人に近づく

 

トキオ「うわあぁぁ!襲ってきた!」

 

青葉(声が聞こえてない?…不味い!!)

 

駆け寄り槍でトキオの手を押さえ込む

 

トキオ「う…!こ、この槍…シックザール!!」

 

カイト「え?この槍って…」

 

青葉「ちょっと待ってください!私の声が聞こえてるなら少し話を…」

 

トキオ「離せ!!この…!咬牙・嵐絶刃!!」

 

青葉「ぅ…!痛…こ、腰が…」

 

弾き飛ばされ、尻餅をつく

 

ベア「青葉!…どうやら話が通じないらしいな…」

 

青葉「声が聞こえてないんです…仕方ありません!一度倒します!」

 

ベア「手を貸そう!」

 

青葉「え!?や、やった!初めてソロじゃない!」

 

一歩退がり、槍を構え直す

 

トキオ「ふざけた格好で油断させて襲うなんて!卑怯だぞ!」

 

青葉(どうせ聞こえてないのなら、弁解は倒してからです!…私怨は入れない、私怨は入れない…よし!)

 

青葉「いきますよ!」

 

ベア「おれが合わせよう、好きに攻めると良い!」

 

青葉「助かります!!」

 

突きの構えで、踏み込む

 

カイト「!!」

 

カイトが双剣を交差させて突きを受け止める

 

青葉「フリーズ」

 

カイト「うわっ!…け、剣が…!」

 

カイトが石化した双剣を投げ棄てる

 

カイト(…違う、ヴォータンの効果はデリートだ、石化じゃない…つまりあの槍はヴォータンじゃない、だからあれは青葉じゃないのか…なら、倒すしかない)

 

青葉(後衛から落とし切る!!)

 

呪符を使いながら斬り込み、カイトを集中して狙う

 

ベア「トキオはおれが抑えよう!」

 

青葉「お願いします!」

 

横薙ぎをひとつ、跳んでかわされる

 

青葉(流石早さが売りの双剣士…なら、あなたが速さに自信を持って、私に勝てると確信しているなら!)

 

槍の先端部を持ち、横薙ぎに斬りつける

 

カイト(危なかった、直撃は避けたけど……あ…!)

 

わざと背を見せる、横薙ぎの勢いのまま回転し、背を見せる

 

カイト(今だ…!)

 

青葉「やああぁぁぁぁぁッ!!」

 

手の中で槍の柄が滑り、石突に近い部分を握る

全身の回転の勢いを乗せた斬撃、この誘いからの攻めで…

 

カイト「!!」

 

神速の槍

空間を切り裂いたような音が耳に残る

 

青葉「…あ、れ…?い、居ない?…後ろ!」

 

振り返った先に確かにカイトは居た、だけど…既に双剣を鞘に収めていた

 

カイト(今の技、青葉の技だ…直接受けるような位置で見たことは無かったけど…間違いなく、今のは青葉の攻撃…このモンスターがもし青葉なら、ならもう戦う理由はない…)

 

青葉「…司令官…?」

 

カイト「青葉、青葉なんだよね?今チャットか何かできる?」

 

青葉「え!?し、司令官なんですか!?ま、待ってください!す、すぐに…ああもう!なんでダメなんですか!?」

 

チャットは送信できない、ショートメールも…

 

カイト(この慌て様、僕の言葉は伝わってるみたいだけど…チャットが使えなくなってるのかな…いや、僕もテキストチャットが打てない、妨害されてる?)

 

青葉「ああもう、ええと……あ…?」

 

さっきまで司さんが居たところに、またあのモンスター…そして…帽子を被った猫の様な獣人のPC…

 

鉄アレイ型のモンスターが触手をカイトに向けて伸ばす

 

青葉「司令官!危ない!!」

 

カイト「うわっ!?」

 

カイトを突き飛ばし、間に割り込む

そのせいで触手に脇腹を貫かれる

 

青葉「か……っ…」

 

痛い、凄く痛い…熱くて、気が狂いそうな痛み

 

青葉「ああああああああああッ!!!」

 

頭が激しく揺さぶられる感覚

身体をめちゃくちゃに振り回されてる様な、おかしくなりそうな…

 

カイト「っ…あ、青葉!?これは…データドレイン…!?」

 

青葉(あ、これ…ダメ、かも…)

 

カイト(間に合え…)

 

カンッ

小さい、でもよく響く音が大聖堂に響く

それと同時に私は妙な浮遊感とともに地面に叩きつけられる

冷たい、大理石の床を全身で感じながら微睡に沈んで行く

 

カイト「青葉!…ちょっとだけ待ってて…!」

 

 

 

双剣士 カイト

 

この鉄アレイの様なモンスターの中心には、古びた金属の腕輪の様な何かがある

今さっき青葉を助ける為にそれを攻撃したら青葉は解放された

 

つまり、アレが弱点だ

 

カイト「ウルカヌス・ファ!!」

 

炎の精霊神を呼び出し、炎でモンスターを包み込む

 

トキオ「か、カイト!なにやって…うわっ!別なモンスター!?」

 

カイト「少し黙ってて!」

 

今使うべきスキルは?

今するべきことは?

 

徹底的に頭の中で分析し続ける

 

カイト「双邪鬼斬!!」

 

闇属性の斬撃を叩き込む

 

モンスターは不定形なのか、それとも不死身なのか

まったく効いている様子はない

 

カイト「なら!雷独楽!」

 

武器を変え、属性を変え、攻撃のために伸ばした触手を全て斬り落としながら徹底的に攻撃する

 

カイト(似た様なモンスターは過去に見た事がある、でもこれはそれとも違う、異質だ…!)

 

カイト「百花繚乱!!」

 

斬る、隙を与えずに、徹底して斬り続ける

 

カイト(まだか…まだプロテクトを破壊できない…データドレインが使えない…!)

 

…一度考えを改めよう

 

大きく飛び下がり、猫の様なPCを見る

左を紫、右を白の2色で半分ずつ塗られた様な猫

 

まるで人の様に行儀のいい服ととんがり帽子、そして左目を包む様に紫色の星のマーク

 

これが例の猫のPC…確かにエディットできない、非正規のPCだ

 

カイト(この猫を倒せば、或いは…!)

 

猫はこちらを見てニタリと笑い、手を掲げる

 

それに従う様にモンスターが空間に溶け込んで消える

 

カイト「……!」

 

そしてその掲げた手をゆっくりとおろしながら一礼し、その猫も空間に溶け込む

 

カイト「…今のは…なんだろう、この感じ…何かを、僕は感じてる…」 

 

あの猫は…なんだ…

 

カイト「!」

 

パラパラと音を立て、カードがあたりに散らばる

 

トキオ「うわっ!べ、ベア!?」

 

ベア「おお…ようやく元に戻ったか…危うくPKされるところだったな」

 

カイト「これは…」

 

カイト(あの猫が悪意を以って僕らを同士討ちさせようとした?…いや、でもそれなら退いた理由がわからない…わからない…!)

 

ベア「なあ、お前さん…」

 

カイト「…青葉…青葉は!?…居ない…PCが消えてる…」

 

蘇生できない、通常倒されたキャラクターは半透明のお化けになる

なのにそのお化けすらいない…それはログアウトした、もしくは…

 

カイト(まさか、意識不明になったんじゃ…!)

 

カイト「すみません!ログアウトします!」

 

即座にログアウトを選ぶ

 

トキオ「え!?か、カイト!?」

 

ベア「忙しないな」



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作戦計画

ペナン基地

駆逐艦 曙

 

曙「で?」

 

亮「「で?」ってなんだよ、俺に言われても知らねーよ」

 

曙「わざわざ呉空けてきたのに、もう何も考えがないの?」

 

亮「ベンガル海を一回の出撃で行って帰ってくる予定なんてなかったんだよ、横須賀も手を焼いた海域だ、1発で向こう岸まで行けるなんて誰が思うよ」

 

神通「私たちを甘く見ていましたね」

 

亮「かもな…だが、次はインドの協力なしだと苦しいな」

 

那珂「なんで?」

 

亮「スリランカへ補給物資を送る、ついでに可能な限りの人間の避難もある…次の作戦はかなり重いぞ」

 

神通「行きはともかく帰りは護衛ですか…インドまで?」

 

亮「で、済めばいいが」

 

那珂「ここまでつれこなきゃいけないの!?スリランカってインドの目と鼻の先でしょ!?」

 

亮「どこの国も裕福じゃねえ、それに輸出で財政を持たせてたような国は軒並み苦しんでる、仕方ないとはいえ避難先に何も差し出せない奴らは避難民を受け入れる代わりに最終的に国土を要求される」

 

神通「成る程…しかし、それも納得いきませんが」

 

亮「一つの国になることで得られるメリットを選ぶか、深海棲艦に滅ぼされるか、島国に迫られる宿命だ、軍艦なんてあの速度でチョロチョロしやがる深海棲艦相手にはろくに役に立たない以上な…」

 

神通「…待ってください、提督、その話を聞くに…私達はどこかの国の利益を阻害しようとしていることになります」

 

亮「正解だ、そのどこぞの国は黙ってねえだろうな」

 

那珂「…人とやるって事?」

 

狭霧「いいえ、その心配はありません」

 

神通「貴方は…てっきり帰ったのかと」

 

狭霧「帰っても良かったのですが、お仕事がまだありまして…あれ、ザラさん?居ない…あの人が資料持ってるのに…」

 

神通「資料?」

 

狭霧「海賊というものを知っていますか?」

 

那珂「漫画とかでなら」

 

狭霧「結構、私たちはそれに対する戦力です、古来より海賊という存在は有りました、深海棲艦の登場により一時的になりを潜めました…が、以前健在です、彼らは常に獲物を狙っている」

 

曙「そんなの出てきたら深海棲艦にやられるんじゃないの?」

 

狭霧「意外と生き残ってるんですよね、しかも不正入手した艤装を使っているという情報もありました、それもあって雑魚には対処できているのでしょう」

 

曙「へぇ…海賊になってる艦娘ねぇ…」

 

狭霧「え?違いますよ、ただのむさいオジサンが使ってるんですよ」

 

神通「艦娘以外もつけられるんですか?」

 

狭霧「適性がないのでシステムの性能は大幅に落ちますけどね、しかも重いので、普通なら楽に動けないでしょう」

 

神通「でも、深海棲艦を退ける程度にはできる…か」

 

那珂「というか、なんで海賊の話?」

 

神通「利益を邪魔された人たちが正面から仕掛けては戦争になります」

 

狭霧「それならば失敗しても良い部外者を使う方が、都合がいい…」

 

那珂「え、失敗前提?」

 

狭霧「今の状況でよその国に見捨てられ、陸で孤立するならば…と言うところでしょうか」

 

亮「ダメでもともと、当たれば大勝利…か」

 

狭霧「スリランカは紅茶の生産が盛んですが、輸出を封じられている、世の言うセイロンティーは価格高騰の一途を辿ってる、それに対してインドで作られる紅茶は需要も供給も高まる一方」

 

神通「…この状況に乗じた商いもあるのですね」

 

狭霧「当然です、もっとややこしい事を言えば陣営の話にもなります、しかしそんなもの私たちには関係ありません…助けを求める人を助ける、それが私達の仕事です」

 

亮「ま、海賊は任せるとして…」 

 

狭霧「南から行きましょう、北は陸地に近いし海賊の拠点があるかもしれませんよ」

 

亮「だな、じゃあ…どうする?編成だが…」

 

神通「提督、この海域、目立った敵はありません、問題は水面下に隠れ、奇襲を狙う知能のある敵達です、となると…遊撃隊を編成することを提言します」

 

亮「遊撃か」

 

神通「私と…活動時間の限られる姉さんはLinkと共に行動させていただく方が有用なのではないでしょうか」

 

狭霧(…私達のはらわたを見たいんだな…まだ信用しきられていないというか、監視しておきたいというか)

 

狭霧「そう言う申し出でしたら是非…貴方達の作戦がうまく行くことが私達の望みです」

 

神通「随分と献身的ですね」

 

狭霧「Linkはそう言う組織ですから」

 

神通「そうですか」

 

狭霧(今のところ、綾波さんの事は倉持司令官以外には露呈していない、綾波さんが敵対的行動を取らない限り…伏せておくべきだ、いきなり仕掛けられる事があっては協力関係を失う)

 

神通「……では、編成の話に移りましょう、護衛という事ですので空母のお二人には出ていただきたいところですね」

 

亮「まあ、そこは堅いだろ、あとは離島から借りてる戦力…盾役としての動きができる大和だな…あと、大和を出すなら指揮役をつける様に言われてる、ウチからは那珂と曙、お前らに出てもらうが…」

 

神通「指揮役としては…こちらに来ている離島の方はあとどなたが居ましたか…阿武隈さんも居ないし…」

 

曙「キタカミとか呼べば来るんじゃないの?」

 

亮「…まあ、それが安全策か…一度掛け合ってみるか?でもそうすると移動は船だ…作戦開始は延期になるな」

 

曙「……ああ、いい事思い付いた、狭霧、朧貸してくれない?」

 

狭霧「ああ、成る程…構いませんよ、朧さん1人の穴は十分に埋められます」

 

神通(朧さんに匹敵する戦略が控えているというのですか…なかなか、恐ろしいチームですね)

 

曙「これで編成は良し、あとは決行するだけ…」

 

亮「行き道はとことん時間をかけろ、できる限り殲滅しながら進め、帰りはできるだけ逃げることを最優先、そっちから回収の連絡が出たあたりで潜水艦隊を出して撤退を援護…これで良いな?」

 

神通「まず問題ないでしょう、那珂ちゃん、あまり無駄な戦闘はしない様にしてくださいね?」

 

那珂「わ、わかってるって…」

 

神通「新しい艤装を試したい、なんて言わないでくださいよ」

 

那珂「わかってるってば…で、でも敵が多かったり強かったら…」

 

神通「その時は一切の油断なく叩き潰してください」

 

那珂「オッケー…!」

 

亮「結構は明日の夜だ、明日作戦を確認して夜に出発する、輸送時はできるだけ日中になる様にする…とりあえず明日の日中はゆっくり休め」

 

那珂「了解!」

 

 

 

 

 

二式大艇 機内

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「そういう作戦になりました、何か気になる事がある人は」

 

グラーフ「無い、私はな……ザラ、そっちのパンを取ってくれ」

 

ザラ「はい…あ、そのフリッターください」

 

リシュリュー「タシュケント、口汚れてるわよ、ほら」

 

タシュケント「ごめんごめん」

 

狭霧「…食事時に帰ってきたからって無視して食べる事ないでしょう…?」

 

グラーフ「私は無視はしていないぞ」

 

タシュケント「というか、食事時に帰ってきたとしても食後に話せばいいんじゃない?ご飯の最中に明日の仕事なんて…」

 

ザラ「考えたくないですよね…」

 

狭霧「ザラさん、私は貴方に海域の資料と海賊の資料を持ってくる様に言ってあったし、つい10分まで隣にいたはずですよね?」

 

ザラ「ご飯ができたってグラーフさんに呼ばれて…」

 

狭霧(綾波さん、無駄に食事にこだわるタイプですからね…悪習慣とは言わないけど…こんな癖がみんなについてしまってます…)

 

グラーフ「なぜそんなに焦って連絡しているんだ」

 

狭霧「言い忘れとかあると困るじゃないですか」

 

リシュリュー「どうせやる事は変わらないんでしょう?」

 

ガングート「海賊をぶちのめして、調査する」

 

タシュケント「…何をだっけ」

 

狭霧「艤装ですよ艤装!仮面の敵の艤装と海賊の艤装の類似性!それから海賊が深海棲艦を使役しているという情報の調査!」

 

タシュケント「そう、それだよ、頑張らないとね〜」

 

タシュケントさんがグラスのワインを飲み干す

 

狭霧「せ、せめてお酒飲まないで聞いて欲しいんですけど…」

 

リシュリュー「そう言えば朧は?」

 

狭霧「書類整理手伝ってくれてるんですよ…」

 

ガングート「食事もせずにか?」

 

グラーフ「それは良くないな、綾波が言っていただろう、食べるという字は人に良いと書くと、私は漢字が書けないが」

 

狭霧「ああもう!そうですね!」

 

タシュケント(拗ねた…)

 

ガングート(綾波を持ち出すと本当に弱いな、狭霧は)

 

グラーフ「どうた、朧を呼んできてみんなで食べる気になったか?」

 

狭霧「…わかりましたよ、呼んでくれば良いんでしょう…!」

 

リシュリュー(狭霧って綾波とはとことん違うタイプ…これがクローンだって言っても誰も信じないわね)

 

 

 

朧「うーん…仕事残したままっていうのも気持ち悪くない?」

 

グラーフ「だとしても、出来立ての食事を食べないのは作ったやつに対する冒涜だろう」

 

朧「…そうかも、でも、アタシに調理当番が回ってこないのはなんで?」

 

タシュケント「え?…つ、疲れてそうだからじゃない?みんなより働くしさ」

 

ガングート「ああ、そうだ、そういう事だ」

 

狭霧(素直に魚介づくしが嫌だと言えば良いのに)

 

グラーフ「ま、まあ、そんな事は気にしなくていいんじゃないか?」

 

リシュリュー「そうね…別に朧の料理が独創的だとは…思ってないから…」

 

狭霧(リシュリューさんでもダメか…)

 

朧「独創的?…昔から日本で食べられてるものだよ?酢〆のお魚なんて」

 

タシュケント(そ、それじゃないんだけどなぁ…いや、それもなんだけど…)

 

ガングート(一食全て魚介に染まる事を恐れてるんだがな、メインだけじゃなくサラダも魚介、小鉢も皮の和物、汁物は骨が丸ごと入ってたり……特にライスに魚を入れる発想には脱帽した)

 

朧「そろそろ、お魚が食べたいんだけど…」

 

狭霧「朧さん、貴方の魚介好きは病的ですよ」

 

朧「え?そんな事ないでしょ…?」

 

狭霧「今朝何を食べましたか」

 

朧「焼き鮭定食…かな、狭霧が作ってくれたよね」

 

狭霧「今朝食べましたよね、魚」

 

朧「うん、でもお昼は食べてないよ」

 

狭霧「毎食食べないと気が済まないんですか…?」

 

朧「身体に良いよ」

 

狭霧「ならいりこでも食べてなさい…!」

 

タシュケント「…ガングート」

 

ガングート「ああ、カルシウムが必要なのは狭霧の方だな」

 

狭霧「聞こえてますよ!!」

 

ザラ(め、メチャクチャ怒ってる……)

 

ポーラ「ザラ姉様、怖い…」

 

ザラ「私もです…」

 

グラーフ「カルシウム…くっ…ふふっ……」

 

朧(あのグラーフがツボってる…!なら…)

 

グラーフ「ぶっ!?…ふっ…ハハハハハ!!」

 

タシュケント「くっ…ふふ…や、やめて…!」

 

ガングート「それは、卑怯だ…!」

 

リシュリュー(ふっ……わ、私は知らない、と…)

 

狭霧「みなさん何笑って…」

 

グラスの水の反射を確認し、即座に振り返る

 

朧「あ」

 

狭霧「…私の頭にツノを生やして、何だと言いたいんですか?」

 

朧「…オニ、とかかな…」

 

狭霧「なら、鬼らしく雷を落としてあげましょう」

 

朧「い、いや、ごめんって…」

 

狭霧「問答無用!!」

 

雷のカートリッジを起動する

 

朧「いや本物じゃん!?」

 

 

 

 

 

狭霧「…はぁ…無駄な体力使いましたね」

 

グラーフ「なあ、狭霧…朧はわかるが…なんで私たちが片付けなんだ」

 

狭霧「私を笑いましたよね?」

 

朧(神通さんみたいな事言ってる…)

 

リシュリュー「わ、私は笑ってないんだけど…」

 

狭霧「心の中で笑いましたよね?」

 

リシュリュー(…め、メチャクチャな事言ってるわ…)

 

タシュケント「その理論でいくとザラ達は?」

 

狭霧「ザラさん達は笑ってませんよ、怯えてただけで」

 

リシュリュー(確かに怯えてた気はするけど…)

 

狭霧「何か文句でも?」

 

リシュリュー「…ないです」

 

ガングート「戦艦が駆逐艦に脅される図」

 

タシュケント「ぶふっ…や、やめてよ…」

 

朧「お酒入ってるから笑いのツボがおかしくなってるね」

 

狭霧「貴方が笑わせたんでしょう」

 

朧「そーでした」

 

狭霧「…はぁ……頭が痛くなってきました」



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海賊討伐

ベンガル海

駆逐艦 朧

 

朧「うわー、大和さんもそうだけどみんなと一緒に戦うの久々…」

 

那珂「最近やり合ったばかりだけどね」

 

曙「朧、アレ持ってきてないの?」

 

朧「いや、黄昏の書は怒られるって」

 

大和「そ、それで、作戦は…?」

 

朧「んー……普通じゃない敵が出てきたら作戦は仇になるから…」

 

那珂「つまり何も考えてない、と…」

 

朧「まあ、そういう事です…急だったし」

 

曙「それはごめん、言い出したのあたしだわ」

 

朧「じゃ、曙にはしっから働いてもらうからね…と、そろそろ行こうか?対した敵はいないはずだけど」

 

那珂「随分な楽観視というか…」

 

朧「ま……何もないわけじゃないですから」

 

 

 

 

 

二式大艇機内

軽巡洋艦 川内

 

川内「ふぁ〜…あ…?あ、あれ?ここどこ?」

 

見慣れない天井、知らない空気感

…ペナン基地……ではない

この振動、これ、動いてる…

 

川内「…ん…?」

 

パンの焼ける匂い

コーヒーの匂い

美味しそうな匂いが鼻をくすぐる

ぐうと腹の音が鳴る

 

川内(だ、誰も聞こえてないよね…ああ、もう…兵糧丸でも食べて……ん?)

 

神通「あ、姉さん」

 

川内「神通!…って事は神通だね、ここに私を乗せたのは…この乗り物何?」

 

神通「二式大体です」

 

川内「は?……え?あの二式大艇?」

 

…驚いた、飛んでいるはずなのに全然うるさくないし、広い…それもかなり

 

川内(かなりの幅作ってるし、このソファベッドとか…滅茶苦茶柔らかいし……Linkの金回りってかなり良いんだなー…)

 

神通「姉さん、よければ朝食をと言われているのですが…」

 

川内「え?いいの?」

 

神通「いいそうです」

 

川内「やりぃ!メチャクチャいい匂いしてたんだよね!」

 

 

 

 

川内「うわ…」

 

5人掛けのテーブル3つが料理と人で埋まってる…

ここが軍用機の中だとはとても思えない…

 

川内「て、ていうか…あれ、キッチン?」

 

神通「コンロだけじゃありません、レンジにオーブンまでありますよ…あっちには冷蔵庫…」

 

ガングート「床下には冷蔵室もある、歓迎するぞ、川内」

 

川内「…これ、軍用機だよね?キッチンカーみたいなノリじゃないよね?」

 

ガングート「ちゃんと軍用機だ、それにこういう設備が充実してるのも理由がある」

 

神通「理由?」

 

タシュケント「食べるって字は人に良いとかどうのこうの」

 

グラーフ「朝食は特に大事だ、しっかり食え」

 

川内「おー…まさか外国人に感じの成り立ちを言われるとは…」

 

神通「私達も頂きましょう、洋食の朝食は離島を出て以来です」

 

案内されてテーブルにつく

 

サラダとパン、チーズとハム、それからスクランブルエッグとソーセージにコーンスープ

 

川内(結構ボリューミーだなぁ…)

 

神通「いただきます」

 

川内「うん、いただきます」

 

ザラ「食後はEspresso(エスプレッソ)をお出ししますね〜♪」

 

グラーフ「待て、私がコーヒーをだな」

 

ザラ「Espresso(エスプレッソ)です」

 

グラーフ「確かにエスプレッソは美味い、だがここはシンプルなドリップこそがだな」

 

ザラ「朝の目覚めをサポートする一杯としてEspresso(エスプレッソ)の右に出るものはありません、それにCaffè Latte(カフェラテ)Cappuccino(カプチーノ)のような物を出すこともできます、お客様にお出しするんですから、ね?」

 

グラーフ「なにが「ね?」だ、日本人に親しみのあるのはドリップコーヒーだ、だからここはドリップコーヒーの方が良いだろう」

 

タシュケント(うわー、めんどくさいのが始まった…)

 

川内(私コーヒー飲んだことないんだけど)

 

神通(ミルクと砂糖なしでは飲めないのですが、どうしましょう)

 

ガングート「2人とも完全に引かれてるぞ、やめておいた方が…」

 

ザラ「少し黙っててください」

 

グラーフ「今は静かにしていろ」

 

ガングート「…はい」

 

タシュケント(折れないでよ!ガングート!!)

 

川内「あー…ええと…わ、私コーヒー飲んだことないから…」

 

ザラ「でしたら尚更Espresso(エスプレッソ)ですね、初体験は素敵な物であるべきですから」

 

グラーフ「待て、だったら尚のことドリップコーヒーだ、日本で1番飲みやすいコーヒーから入った方が良いだろう」

 

神通「…さ、砂糖と牛乳がないと飲めません…」

 

ザラ「勿論用意します、Cappuccino(カプチーノ)にラテアートなんてどうですか?」

 

グラーフ「…アレはあんまり美味くないだろ…」

 

ザラ「それは淹れ方が下手な人が淹れるからです、美味しいものを淹れて差し上げますので…」

 

川内(な、なんで朝っぱらから押し売りされてんの…?)

 

寝ぼけた頭で口にサラダを詰め込む

 

神通「あの、それより作戦要項について…」

 

グラーフ「む…まあ、確かに仕事前にこんな諍いはつまらないな」

 

ザラ「そうですね、切り替えていきましょう」

 

川内(ほ…)

 

 

 

 

川内「つまり、一回全員海に降りるの?大海原の真ん中で降ろされるとか危険じゃない?」

 

グラーフ「危険は承知だ、だがそんなものは関係ない、それと特殊艤装を使って船へ乗り込む手順だが…」

 

川内「特殊艤装?何も聞いてないんだけど」

 

グラーフ「試作品の為私たちの分しかない、だが有用な品でな」

 

ガングート「確かモデルはイギリスの特殊部隊の装備だったな、綾波にかかればそんなデータも見放題か」

 

タシュケント「たまに思うんだよね、綾波がいたら自国に核がなくても核戦争ができるんじゃないかって」

 

グラーフ「できるだろうな」

 

ザラ「しかも自分たちは無傷でしょうね」

 

川内(あ、綾波ってホントやばい奴だ…)

 

川内「で、その綾波は?」

 

グラーフ「今回は不在だ」

 

狭霧『間も無く作戦エリアです、ハッチ前に集合してください』

 

ガングート「始まるな、しかし…駆逐艦が少なすぎる」

 

川内「そういえばLinkは他に艦娘いたよね?」

 

グラーフ「今は居ないがな、本土でやることがあってついてきてない」

 

神通「やる事?」

 

タシュケント「学校に通ってるんだよ」

 

川内「が、学校!?…なんか色々予想外すぎ…」

 

グラーフ「さて、仕事だ」

 

リシュリュー「行ってらっしゃい」

 

タシュケント「脚、お大事にね」

 

リシュリュー「大丈夫、もうあの降下は2度としないから」

 

 

 

 

ベンガル海

 

川内「敵影なし」

 

神通「見当たりませんね、海賊」

 

南進する二式大艇を横目に索敵する

 

グラーフ「行きは襲わんだろうな、なら襲うのは帰りだ、として」

 

グラーフが艦載機を飛ばす

 

タシュケント「さて、準備は良い?下手したら敵の船に乗り込むことになると思うけど」

 

川内「どうやって?」

 

ガングート「所謂ジェットパックみたいなものを使う…これだ」

 

川内「…ジェットパックってどこについてるの?何?普通の艤装にしか見えないけど」

 

タシュケント「ジェットパックっていうか…ジェットスーツ?とにかく、こうやるんだよ」

 

タシュケントの手首を覆うように黒い筒がいくつか伸び、その筒から風が吹き出す

 

川内「おお…お?」

 

タシュケントの体が浮かび上がる

 

タシュケント「ね?これで少しなら飛べるんだ、イギリスの技術だよ」

 

川内「手から何かを射出して飛ぶってアイアンマンみたいだけど…無防備じゃない?」

 

タシュケント「1人で行けば無防備でいい的かもね」

 

ガングート「だからこそ互いにサポートし合うんだ」

 

神通「チームの力の見せ所ですかね

 

川内「お手並み拝見、かな」

 

グラーフ「…居たぞ、船が…北西に20キロ先だ、てっきり漁船のようなものかと思えばガレオン船のようでかなりでかいな」

 

タシュケント「さっさと見に行こうか」

 

グラーフ「ああ…む……待て、川内、神通、援軍の要請だ」

 

川内「え?」

 

神通「朧さん達ですか?」

 

グラーフ「ああ、例の仮面の連中が出てきたらしい…ここから真南に進めば丁度合流できるはずだ、そっちに戻って援護してやってくれ」

 

神通「ここまで来た意味がありませんね…」

 

川内「…でも随分早いよね、もう人員は回収したの?」

 

神通「それより、早朝に避難船を出すのは昨日決まったばかり…やはり国すらも一枚岩ではないようですね」

 

川内「急ごう」

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

川内さん達を呼び出して間もなく、深海棲艦の群れが現れる

 

現在地はスリランカ南部からわずか十数キロ東に進んだあたり、輸送船は人と荷物でギチギチ…

 

万が一砲弾が船に被弾したら荷物が人が落ちるくらいに人が乗ってる

 

曙「あきらか過積載よね」

 

朧「逃げ出したいのはみんな同じだよ」

 

しかし、流石にこの数…10や20では効かない程の深海棲艦

 

朧(やっぱりこのタイミング…なのは想像はできてたけど、単純に多すぎる!)

 

距離を詰めて殲滅するのも手だけど、これはあくまで護衛任務

護衛対象を放り出すことはできない

 

曙「燃えろ!!」

 

飛来した砲弾が曙の炎で焼かれ、空中で炸裂する

 

那珂「うわー、さっすが」

 

赤城「朧さん!西から人型の敵が来ています!」

 

朧「…那珂さん、お願いします」

 

那珂「オッケー!」

 

朧「大和さんはこれを」

 

大和「え?…な、なんですか?これ…」

 

朧「深海棲艦の攻撃性を高める音を流す装置です、深海棲艦はコレの発生源を狙うと思います…つまり、大和さんが狙われます…」

 

かなり危険な代物ではあるけど…

 

大和「ありがとうございます…!私にも役に立てることがあるんですね…!」

 

朧「無茶しないでください」

 

大和「わかってます、でも無茶なくらいじゃないと…皆さんの役に立てませんから」

 

大和さんが装置の電源を入れる

それと同時に水中から大量の深海棲艦がわらわらと湧いて出てくる

 

大和「ぴっ!?」

 

朧「こ、こんなに隠れて…!」

 

朧(やっぱりコレ、誰かが裏で糸を引いてる…!深海棲艦を操ってる何かがいなきゃこうはならない!!)

 

この数を殲滅するのは、無理

100とか200じゃなくなってる…海が見えないほどの深海棲艦の攻撃が大和さんへと集中する

 

大和「ひいいい!!へ、変な音があぁぁ!?」

 

オートガードのカートリッジもあるから高い耐久力はある

だけどこのままじゃすり潰されるように殺される…!

 

朧「まだ!?」

 

無線機に向かって怒鳴る

 

狭霧『今視認しました、攻撃開始します』

 

後方から機銃の音がなる

 

朧「ようやく来た…二式大艇…」

 

狭霧『無茶言わないでくださいよ、先ほど皆さんを降ろしたばかりなのに……このまま掃射続けます、リシュリューさん、ミサイルハッチを』

 

朧(ミサイルって……やっぱり二式大艇に見える何かだ…うん)

 

狭霧『もう少し耐えてください、すぐに殲滅します』

 

朧「頼んだよ!!」

 

 

 

 

 

駆逐艦 タシュケント

 

タシュケント「前方敵!」

 

ガングート「アイツら仮面被ってるが…前の奴らと違うな!少なくとも人間だ!殺すなよ!」

 

グラーフ「紛らわしい奴らだ…が、海賊なら容赦はいらん、叩き潰す!!」

 

ガングート「撃つなよ!下手に当てて殺しては綾波に何を言われるかわからん!」

 

グラーフ「じゃあどうする!?」

 

ガングート「近づいて、殴ればいい!!」

 

ガングートが速力を上げる

 

タシュケント「撃ってきたよ!」

 

ガングート「ハハハハハ!!その程度の攻撃が効くか!」

 

タシュケント(仕方ないなぁ…)

 

速力を上げ、追従する

 

ガングート「タシュ、先に行け!私は…」

 

ガングートが刀の峰で1人を殴る

仮面を剥ぎ取り、海に投げ捨てる

 

ガングート「マスク剥がしがあるからな…!」

 

タシュケント「…知ーらないっと」

 

ジェットを起動して浮かび上がる

敵の砲撃はカートリッジが弾くし、ダメージを無視して船に乗り込む

 

タシュケント(仕事はまず、エリアの確保、安全な場所を作ること…!)

 

周囲の人間の動きをカートリッジの電撃で止め、海に投げ捨てる

 

タシュケント「甲板のエリアは制圧してるよ!」

 

グラーフ「ご苦労だな」

 

グラーフ達が上がってくる

 

タシュケント「さて、ここにいる海賊どもは救いようがあるのかないのか、情報通り深海棲艦と絡んでるのか否か」

 

グラーフ「深海棲艦の関与が確認できたならデータも取らねばならん、出てこないことを祈る…が」

 

タシュケント「そうもいかないみたいだね」

 

深海棲艦の艦載機が飛来する

 

グラーフ「空は任せろ!」

 

タシュケント「わかった、じゃあ……」

 

主砲に非殺傷弾を詰め込む

 

タシュケント「人間は任せてもらおうかな!」

 

此方へと走ってくる人間を撃ちまくる

 

グラーフ「おいまて、そんなに撃ったら流石に死ぬぞ」

 

タシュケント「別に構わないよ、だってもうクロってわかったし」

 

狭霧『そう言って無意味に殺すのはやめてください』

 

タシュケント「あ……無線機ついてた?」

 

朧『うん、ずっと…やめようね?』

 

タシュケント「んー…でもぬるいんだよね、綾波のことは理解してるし、賛同もしてる……でも、いつかこっちが死にかねないと思うんだけど…大事な仲間を殺されるくらいなら、殺す道を選ぶかな…」

 

狭霧『それについては帰ってからゆっくり話し合いましょう』

 

タシュケント「はいはい、とりあえずは大人しく…海賊退治と行きますか…」

 

甲板の敵を一掃し、内部へとつながる扉に近づく

艤装の隙間に隠した酒瓶を手に取り、アルコールを口に含む

 

タシュケント(さて、居るかな?)

 

ライターに火をつけ、扉を開くと同時に火を噴く

 

悲鳴、そして発砲音

 

タシュケント(やっぱり綾波の言う通りだ、無策に立て篭もった敵の方へ行くものじゃないね)

 

砲弾を切り替え、壁に主砲を押し当て、ぶち抜く

悲鳴が響く

 

タシュケント「ああ、当たっちゃった?そんなわかりやすいところにいると死んじゃうよ?…ま、今回は特別だ、殺さないでおいてあげる…ええと…」

 

屋内を調査する用のドローンがない

 

タシュケント「あれ!?ドローンって誰が持ってるの!?」

 

グラーフ「ザラだ!おい!ザラ!タシュケントより先行しろ!」

 

ザラ「は、はい!」

 

ザラが小型のドローンを進ませ、内部を探る

 

タシュケント「居る?」

 

ザラ「奥の方に向かって行ってます、どうやら何か隠してるみたいです…追いかけてます……何か、集まって…」

 

タシュケント「情報というか、お宝みたいなものがあるんじゃないかな…それだけでも持ち帰る気か……うわっ!?」

 

爆発音とともに船が大きく揺れる

 

ガングート『おい!どうした!』

 

ザラ「ど、ドローンのすぐそばで爆発が…」

 

グラーフ「これは…自爆か!」

 

ザラ「早く脱出しないと!」

 

タシュケント「飛び降りるよ!グラーフも!」

 

グラーフ「わかっている!総員退避!自身の安全を最優先にしろ!!」

 

ザラと一緒に海に飛び降りる

 

タシュケント「っとと……早く離れない…っと!?」

 

脚部艤装を何かが掴んで…

 

ザラ「潜水艦!!」

 

ザラが海から伸びる腕を主砲で殴りつける

 

タシュケント「こっちが海に飛び降りるところまでが算段か!この!!」

 

ジェットを起動して浮かび上がり、深海棲艦を海から引き摺り出す

 

タシュケント「浮上した潜水艦はいい的だね…!」

 

2人係で深海棲艦をミンチにする

 

ガングート『おい!タシュ!早く来い!海賊が逃げ始めてる!』

 

タシュケント「ああもう!人使い荒いな!」

 

ザラ「グラーフさん!」

 

グラーフ『すぐに行く!』

 

 

 

 

 

タシュケント「結局、こっちは収穫なしか…」

 

ガングート「仕方ない、情報より身の安全を優先する、うちのルールだ」

 

グラーフ「ザラ、どう見てる?」

 

ザラ「あれは海賊の人たちが意図してやったようには見えませんでした…船が爆発した時、あまりにも爆心地に人が集まり過ぎていました…」

 

グラーフ「付近に潜水艦が潜んでいたことも考慮すると、私もあの海賊達は捨て駒にされたと考えている」

 

ガングート「私から逃げ延びた奴らも末路は知れているだろうな……ふん、なんとも後味の悪い」

 

タシュケント「でも、深海棲艦が何かを企んで海賊を利用してたのは明白だ、それを調べる必要性が有ることがハッキリと証明された、充分な収穫だよ」

 

ガングート「取り敢えず、一度戻るぞ、二式大艇が回収してくれればいいがそうもいかんだろう」

 

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 神通

 

神通「姉さん、下がっていてください」

 

川内「…1人で大丈夫?」

 

凛とした立ち振る舞いの、一昨日の仮面の敵とは違う

薙刀のみを持った個体

 

神通(理解できませんね、私自身もそうですが、近接に無駄にこだわったスタイルは不利なのに)

 

その上一体しかいない

 

川内(あの深海棲艦っぽいの、なんか…)

 

仮面の敵の挙動に既視感がある

私は、この敵の動きを知っている

視たことがある

 

その本質を

 

ならば負けるわけがない

 

至近距離まで詰め寄り、槍を交わす

お互いが間合いを測る

睨み合い、ぶつけ合い、どちらの射程が長いかを探りながら自身の射程を悟らせない

 

神通(…この動き、やはりどこかで!)

 

のけぞり、横薙ぎに振られた薙刀を交わす

 

神通(しまった!)

 

今更気づいたというのか

遅すぎるのではないか…

 

薙刀による横薙ぎの斬撃はカモフラージュ

本命は次の、自身の体の回転を乗せた斬撃

 

神通(青葉さんと同じ!!)

 

腰の刀を抜き、槍と合わせて防御の姿勢を取る

 

神通(な……)

 

斬り飛ばされた刀と槍の先端部が宙を舞う

自身の血液が視界を覆う

 

川内「神通!!」

 

神通「…ガードは…ダメ、でしたか…」

 

仰向けに、倒れ…目を閉じる



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感覚共鳴

ベンガル海

軽巡洋艦 川内

 

川内「神通!!」

 

神通が、やられた…

正直、信じられない…目の前で起きてる事が、理解できない

 

あの神通がやられた?

そして、今の技は…

 

間違いない、離島の青葉の技…

 

川内「ああああああァァァッ!!!」

 

腰に差した短刀を引き抜き、逆手に構えて迫る

 

得意の細かな動きを捨て、大振りで一撃での致命傷を狙った斬撃、刺突

 

川内(あの動きは見た事がある、だから間違えようもない、あの青葉だ…その仮面の下が、もしあの青葉なら…!)

 

許さない

 

確実に殺してやる

 

川内「その仮面、剥ぎ取ってやる…!!」

 

一撃一撃を全力で振るう

弾かれようが力で押す

決して引かない

 

川内「やあァァッ!!らぁッ!!!」

 

その甲斐あって一撃ごとに引くのは敵の方だ、だけど…

 

川内(来る!!)

 

横薙ぎの斬撃を見切り、姿勢を低く伏せるフェイント

 

川内「かかった!!」

 

斬撃が海面スレスレを通る

 

川内(隙だらけだ!!)

 

斬撃をかわしてから踏み込み、頭部を目掛けて刺突を放つ

 

川内「あ…!」

 

回転の勢いを乗せるために向けられた背を見てようやく思い出す

 

川内(そうだ、この技は…!)

 

攻防一体、さまざまな派生系もある、無闇な突撃では攻略できない…

この背を見せている隙も、無闇に攻め込めば鎖帷子を仕込んだ腕で防がれ…カウンターに対するカウンターを喰らう

 

はずだった

 

川内(…え…?)

 

いろいろと考えている間に、私の短刀は敵の面を貫いていた

 

川内「と、通った?…いや!」

 

動きが止まった、確かに捉えている

だから油断していいわけじゃない!

すぐさま飛びつき、海面に押し倒し、首を両足で締め上げ、肩に短刀を突き立てる

 

川内「…中身!見せてもらうよ……ぅ…!?」

 

…空洞だった

仮面を引き剥がしたら、何も無い

 

川内「……嘘でしょ…?」

 

全身を白い衣装で包み、顔を白い面で隠した敵の中身は…空洞

何もない

 

仮面を外した途端、衣装の中の膨らみも消え失せた

確かに締め上げた首も、突き刺した肩も存在しなかった

 

川内(…わからない、おかしいよこんなの…)

 

納得のいかないまま、手に持った仮面を握りつぶす

 

川内「…神通!」

 

今は、考えるよりも神通の救助を急ごう

 

本当についていない、遊撃隊でなければすぐに手当てをできたのに

すぐに帰れたのに

 

神通「…姉さん」

 

川内「神通、喋らないで、今から帰るからね…」

 

神通の腹の傷は、深くは無かった

どちらかといえば両腕の方が深く斬り裂かれていた

 

神通「……こんな手じゃ、もう槍を…握れないかもしれません」

 

川内「大丈夫、すぐ帰って手当して貰えば大丈夫だから」

 

神通「…姉さん」

 

川内「もう喋らないで、辛いでしょ…?」

 

神通「…カッコ良かったです、私の憧れの姉さんのままでした…」

 

川内「…今までそんな事言ったことないくせに、なんでそんなこと今言うかな…」

 

神通(……自分でわかっている、私の手は…もうダメだ、私は…私は…)

 

川内「…神通、大丈夫だからね」

 

神通「はい、姉さん」

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

朧「…!」

 

強烈な血の匂い

それも、川内さん達の匂いに混じって

 

朧「狭霧!!北に向かって!」

 

狭霧『北ですか?』

 

朧「川内さんか神通さんがやられた…!ここはアタシ達で保たせるから!」

 

狭霧『それは…なるほど、分かりました、リシュリューさん、薬品棚から一番上の段の物を並べてください!』

 

二式大艇が徐々に離れていく

 

朧「……さあ、気合入れていくよ」

 

深海棲艦の数は減っていない、むしろ増えている

 

殺しても殺しても無限に湧いてくるのだ、その原因は大和さんにつけたスピーカーだが、今更止めると船がひとたまりもない

 

たとえ投げ捨てて逃げたとしても壊された瞬間アウト

 

まさかここまでの代物だとは誰も思っていなかったが…

 

朧「…ふー…」

 

どうやって叩き潰すか

この数を殲滅する手段は二式大艇にしかない

 

本当にそうだろうか

 

だとしたら、なんでこんな作戦を引き受けた

 

私は、これで失敗していいのか?

私の背に背負っている命は…幾つある

 

100?200?そんな数字で効くのか?

 

…ダメだ、私じゃ弱すぎるんだ

 

朧「…あ…」

 

目が、熱い

 

朧「ああ…」

 

頭が、熱い

 

朧「あああああっ…!」

 

頭を抱え、蹲る

 

大和「お、朧さん!?」

 

加賀「…万事休すですか…!」

 

曙「何やってんのよ朧!!」

 

朧「た…たッ……タルヴォス…!!」

 

繋がった

 

何かが繋がった感覚

体が、自分のものじゃないような感覚

ゆっくりと、立ち上がる

 

赤城「朧さん…?」

 

朧(……いける)

 

主砲を持ち上げる

ぼんやりと、敵を眺め、理解する

角度はこの辺りか

 

ここか?ここでいいのか

 

わからない、タイミングはいつだ

 

…何も、わからない

 

何も正しくはない

 

ただ引き金をぼんやりと引くだけ

先ほどから激しく撃って来ていた深海棲艦がことごとく爆散する

 

大和「え…?」

 

曙「な、何が起きて…」

 

朧「…あ…」

 

頭がぎちぎちと音を立てる

 

朧(保って…まだ、もう少しだけ…アタシの、体…)

 

引き金を引くたび、激しい金属音と共に10や20の深海棲艦がダメージを受ける

 

朧「…まだ…もっと…!!」

 

狙いがわかってるなら、簡単さね

もう片手の主砲を向ける 

 

朧「もっと…!!」

 

大和「…ほ、砲撃が、来ない…!?」

 

全ての砲弾が撃ち落とされる

全ての砲弾がぶつかり合い跳ね返される

 

前に飛ばない

 

深海棲艦同士が撃ち合っているかのように、全ての砲弾が深海棲艦へと帰っていく

 

ガンガンと鳴り響くたびに深海棲艦が沈む、どんどん沈む

壊れそうなほど頭が痛い

 

鳴り止まない金属音が頭を刺激する

 

朧「……う…」

 

片膝をつき、海面を睨む

 

曙「ウソでしょ…?」

 

大和「そ、装置の電源を切ります…」

 

顔を上げる

 

…もはや深海棲艦は、居ない

海に浮かんでるのは全て鉄屑だ

 

私の前に、敵はいない

 

赤城「こんな事が…」

 

加賀「目の前で起きた光景が、信じられません」

 

朧「…あ、アタシ…も…」

 

力が抜け、海に突っ伏す

鼻や口から血がダラダラと流れている感覚

 

虚なまま目を閉じる

 

朧(…つ、疲れた……)

 

 

 

 

 

 

ペナン基地

駆逐艦 狭霧

 

亮「協力に感謝する、アンタらのおかげで…死人はいない、奇跡的な話だがな」

 

狭霧「しかし、離脱者が出てしまいました、それも2人」

 

亮「…ああ」

 

神通さんも朧さんも診た

 

神通さんは両手の神経を斬られていた

そして短くない時間をそのままにしてしまった事、あまりにも多量の出血による貧血などから戦線離脱を余儀なくされた

 

腕がくっついても手が動く保証もない

あれでは今後の生活にも不便だろう

 

朧さんの方は…危険なレベルの発熱

そして長時間の戦闘によるダメージの蓄積と疲労による気絶

 

海の真ん中で血を流し続けたのだ、サメに食われなかっただけ幸運だった

 

狭霧「しかし、神通さんは本当に?」

 

亮「俺に訊かれても困る、が…再生できないと言っていた」

 

神通さんの強みである、増殖による再生

メイガスの能力で作り出す不死性…何故かそれが発動できないと言い出した

 

つまり、ある程度は自然治癒に頼るしかない

 

狭霧「こんな時に主要戦力が落ちる、か…苦しいですね」

 

亮「一度ペナン基地からは撤収する、元よりこの攻略作戦は行ったり来たりの予定だった、スリランカの状況が良くなっただけ御の字だ」

 

狭霧「いい判断だと思います、謎の敵についても調べなくては」

 

川内「それなら、丁度いい」

 

狭霧「川内さん…?」

 

川内「私、わかったかもしれないよ、あの敵の正体」

 

亮「本当か!」

 

川内「……あれは、データの集合体」

 

狭霧「データの…集合体?」

 

川内「私がそう思ってるのは、青葉の動きをされたから」

 

亮「青葉ってえと…」

 

川内「離島の方、バカみたいに強いやつ」

 

狭霧「槍使いの方の青葉さんですね」

 

川内「そう、アレの動きをされたんだ…間違い無く、同じ技だった」

 

狭霧「それで」

 

川内「…でも、古かったんだよね、動きが」

 

狭霧「古かった?」

 

川内「綾波がまだ敵対してた頃、青葉が怪物になった時のこと、覚えてる?私達みんなまだ離島にいた頃さ…あの時と同じ動きだったんだよ」

 

狭霧「どういう事ですか」

 

川内「やってみせるよ」

 

川内さんが片手を振るい、その回転のままにもう一回転する

 

川内「これが古い動き、でも今の青葉はこうする」

 

余った片手を突き出し、盾のようにして見せる

 

狭霧「…確かに、その動きは私も見覚えがあります」

 

亮「…データが古い、つまり…そこからはデータを入手できてない…いや」

 

川内「そう、あの後青葉はデータを取れない環境に行った、ネットの方に集中してたしね、それに青葉の使ってる艤装、たしか一から明石が作った完全オリジナルでしょ?」

 

狭霧「そうか、データを取る機構を失ったんですね」

 

川内「うん、青葉があの技を改良したのは怪物化した後だから、間違い無いと思うんだよね」

 

狭霧「…だとしたら、納得がいきます…」

 

川内「納得?」

 

狭霧「横須賀が撤退したのは士気の大幅な低下が原因なんです、負けが増えたのは士気がひどく下がってからだと伺いました…人と同じような格好をして、人をモチーフにした闘い方をする」

 

川内「だとしても、それで士気が下がる?」

 

狭霧「人と戦っているような嫌悪感を覚えたそうです、当然です、深海棲艦と戦う覚悟をしていたのに人間と戦っていると錯覚した…」

 

川内「…人殺しになるのはごめん、か…甘い、とは言わないけど…」

 

亮「川内、お前にわかりやすく言ってやる」

 

川内「何」

 

亮「お前が初日に相手した奴らは、まだ戦場に出たばっかの未熟な奴らだった…としたら?」

 

川内「……斬れなくなるね、聞かなきゃ良かった」

 

狭霧「それを乗り越える強さを持ってるのは…限られた人達だけです」

 

亮「とりあえず、すぐに撤収だ、明日には此処を出る、通達してくれ」

 

川内「了解、じゃ、狭霧、世話になったね」

 

狭霧「こちらこそ」

 

 

 

 

 

???

駆逐艦 東雲

 

高く登った月を眺める

星と、月

 

この空には他に何も無い

有ってはならない

 

夜は良い

罠が見辛い、動物も昼よりは静かで、音を立てるのは侵入者だと断定できる

 

東雲「素敵な夜、でしょう?」

 

装甲空母鬼「…貴方ニ、コレヲト」

 

一通の封筒を受け取る

 

東雲「帰りは、気をつけてくださいよ…罠、張り直してるので」

 

装甲空母鬼「…ハイ」

 

封筒を開封し、中身を見る

 

ヘッドハンティング

こんな所まで調査しに来た奴が居るらしい

 

東雲「…まあ、思うに…ノるべき話では無いんでしょう」

 

紙をくちゃくちゃにして火に焚べる

 

東雲「しかし…しかし、確認すべき事ができました」

 

会いに行こう、差出人に



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先手防衛

離島鎮守府 執務室

提督 倉持海斗

 

キタカミ「いやー…にしても、思い切ったことしたよねぇ?…だーれも居なくなっちゃったじゃん?どうなってんのさ」

 

アケボノ「残されたのはキタカミさんと、私と、アメリカの人達と…春雨さんくらいですか?」

 

キタカミ「いきなり殆どのメンバーに休暇与えて本土に放り出すなんて、随分太っ腹だけど、どういうつもり?」

 

海斗「…あんまり人はいないほうが良いんだ」

 

アケボノ「休暇は人払いですか?…それにしたって、丸一日以上人がいないのは…何故ですか」

 

海斗「…そろそろ良いのかな…いや、もっと早い段階に言おうと思ってたんだけど…前に横須賀の撤退を援護した時、ここの存在の意味について敵が気づいたみたいなんだ」

 

キタカミ「気づく?気づくも何も一目瞭然だし、深海棲艦にそんな事理解できるの?」

 

海斗「…後ろに誰かいるとしたら?この戦争を進めたい人たちがいたら?」

 

キタカミ「…つまり、つまりだ…あー、マジ?…防衛戦をしたいって事?いつ来るかもわからない、どれだけ居るかもわからない敵から?」

 

海斗「いや…いつ来るかはわかってる」

 

アケボノ「今ですか」

 

海斗「そうだよ、今から来る」

 

キタカミ「なーんで…そんなことわかるかね?」

 

海斗「これだよ」

 

パソコンの画面を点けて2人に見せる

記号が規則正しく並んでいる

 

アケボノ「…暗号文?」

 

キタカミ「どうやって手に入れたのさ」

 

海斗「ヘルバが送った来てくれたんだ、それをアヤナミに調べてもらった…」

 

キタカミ「送り主と受け取り手は?」

 

海斗「受取手はわからない、これは一般サイトで公開されてたものだから」

 

アケボノ「鍵暗号方式ですか」

 

キタカミ「…なるほどね、暗号化された文を解読するには鍵、つまり…この暗号一つ一つを調べる鍵がいる…でも、なんでアヤナミはそれを解読できたのさ」

 

海斗「アヤナミが言うには、これはネットを使って変換した暗号らしいんだ、「デジタルなら解けない物はありません」って」

 

キタカミ(味方にしとかないと後が怖いねぇ)

 

アケボノ「それで、内容は」

 

海斗「この基地が邪魔である事、即座に攻撃を仕掛ける事を提言する…という文だった、だから正確にいつ来るとまでは記されていない」

 

アケボノ「…では、提督は敵が最速で動くと想定して…しかし、敵襲が分かっているなら備えるべきです、より多い人数で防衛線を張り…」

 

キタカミ「それは間違いないけど、なんか考えがあるんでしょ?」

 

海斗「うん、罠を張ることにしたんだ」

 

キタカミ「罠?」

 

アケボノ「…今から設置するんですか?」

 

海斗「いや、もう張り巡らせてある…だから、2人に頼みたいのは…ここまで飛んできた砲弾を防ぐ事と、艦載機が来たら撃ち落として欲しい…かな」

 

キタカミ「マジ?ホントにそれだけ?……言っちゃ悪いけど防衛戦の備えとか罠とか、提督のイメージには無いね、それを信用しろって?」

 

海斗「信用して欲しい」

 

アケボノ「…信用しろと言われた以上、私はそれを受け入れますが…」

 

キタカミ「そうじゃないんだよ、みんなの家が壊れるかもしれないって時に…旅行に行って帰ってきたら家がありませんってなったらどうすんのさ…!」

 

海斗「罠については、今から説明するよ」

 

キタカミ「…聞かせてもらおうじゃん」

 

 

 

 

 

波止場

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「…空城の計って知ってる?」

 

アケボノ「…ええ、堅牢な城の城門を敢えて開け…優雅に振る舞う事で誘い込まれていると錯覚させる戦術です……ぐ…な、中には誰も居ない、攻めればひとたまりもない…なのに疑心暗鬼に陥ったものは攻められない…っと…」

 

キタカミ「そう、それだ…それを思い出したよ」

 

望遠鏡で遠くを眺める

 

アケボノ「あ、あの…そろそろ降りてもらって良いですか…」

 

キタカミ「もう少し肩車してて」

 

アケボノ(なんで身体の小さい私に肩車させるのか…!)

 

キタカミ「…浮上してくる気配全然無いね、本当にこっちの方角なのかな」

 

アケボノ「…提督の読みに間違いがない事を祈るばかりです」

 

キタカミ「!」

 

遥か遠くで水柱が上がる

それも、複数、連鎖反応のように…

 

アケボノ「始まりましたか…っうわっ…」

 

アケボノがバランスを崩してこける

 

キタカミ「痛っ…た…こけるなら先に言ってよ…」

 

アケボノ「無茶言わないでください…1時間も人を乗せたまま棒立ちは辛いんです……」

 

キタカミ「…ねえ、遠くで戦闘してる感じだったんだけど、何があったと思う?…というか、あの感じ…」

 

アケボノ「……機雷…ですか?」

 

キタカミ「多分そうだね、機雷…でも、設置しに行ってるような奴ら居たっけ?出撃予定の管理とかは提督任せだけど、内容とかは私に話が来るし」

 

…いや、潜水艦だけ妙な出撃はあったけど…

 

アケボノ「……そういえば工廠に妙な艤装が増えたような」

 

キタカミ「明石が遊んでるんだと思ってたけど、もしかしてそれ?……まさか、遠くに機雷を設置する砲とか?」

 

アケボノ「可能性はあります…回収作業が面倒ですね」

 

キタカミ「ホントにね、機雷なんて危なっかしいだけじゃん…効率はいいけどさ…あーでもそっか、みんなを追い出したのはそれが狙いか、訓練で海に出る事も防ぎたかったんだ」

 

アケボノ「しかし、機雷のみで完封できる相手でしょうか」

 

キタカミ「流石にそのくらい分かってるでしょ」

 

アケボノ「必要なら、私が出ましょう」

 

アケボノが起き上がり、手を白く染める

 

キタカミ「やめな、アメリカ連中に見られるよ…深海棲艦と連んでるみたいにいわれたら折角マシになり始めたのが…」

 

アケボノ「……仕方ありませんね…おや」

 

キタカミ「…な、何アレ」

 

風船が四つ海から浮き上がってくる

 

キタカミ(き、気球?)

 

アケボノ「この距離であのサイズ、相当大きいようですね…というか、何か繋がってる?」

 

よく見れば確かに何か繋がって…

 

キタカミ(あ、網!?)

 

キタカミ「深海棲艦は魚じゃないっての…」

 

浮き上がった気球によって四方を釣られた網に深海棲艦が所狭しと捕まっている

深海棲艦が通るルートを完全に読み切っていないとできない芸当…

 

アケボノ「魚も巻き込まれてますけど、良いんですかアレ」

 

キタカミ「いや、良くないだろうけど…どのみち深海棲艦って魚でも食い荒らすし…というか網に捕まった深海棲艦も今食ってるし…」

 

同じ網に捕まった魚を喰らう、なんともシュールな姿…

 

アケボノ「あれ、どうするんですか?吊り上げて終わりですか」

 

キタカミ「…いや、まだなんか繋がって……ああ、わかった、電気で殺すんだ、網の中身全部電気で焼くんだよ」

 

アケボノ「それはまた、エグい事を…」

 

キタカミ「にしても……なんか、動き違うよね」

 

アケボノ「ええ…普段の深海棲艦なら態々海の中を通ってくる事はしません、阿呆らしく水上を堂々と飛ばして近づいてくる…筈なのに、そうしない」

 

キタカミ「…この襲撃を隠したかったんだ、できるだけ直前まで」

 

この先手を取られた事態は敵にとって全くの予想外と言うことになる

 

アケボノ「あの深海棲艦は何者かに命令を受けて行動していますね…何故なら、普通海中の危険を悟ったら海の上に出てくる筈です、なのに未だ浮上してくる敵は居ない」

 

キタカミ「多分、駆逐古鬼とも繋がりあるよこれ、ここまでひた隠しにするのは、龍驤達が駆逐古鬼の艦隊をたまたま見つけた事を知ってるからだと思う」

 

アケボノ「…では、敵は…誰だ?」

 

キタカミ「…さっき訊きそびれたけど、送り主は一体誰だったのかな」

 

アケボノ「それは後で確認しましょう…しかし、未だ敵は接近してこないか」

 

キタカミ「できないの間違いだね…しかし、提督がこうも読み切って罠を張れるなんて、何?明日は大嵐か何か?」

 

アケボノ「無礼ですよ」

 

キタカミ「イイじゃんイイじゃん、仲悪い訳じゃないんだし、冗句の一つぐらい……」

 

アケボノ「しかし、私も内心疑念がありました、それを恥じています」

 

キタカミ(ま、正直な話、この話聞きゃみんなそうだろうさ…何が起きたのかは知らないけど)

 

アケボノ「……しかし、全く飛んできませんね、艦載機も砲弾も」

 

キタカミ「日向ぼっこは気持ちいいなぁ……」

 

 

 

 

 

 

執務室

 

キタカミ「結局完封かね?夜まで待って来なかったし…夜襲なんて寧ろ鼻で感知できるこっちの独壇場だし」

 

海斗「多分、被害の拡大を恐れて撤収したんだ…現地でも指揮ができてるって事は深海棲艦の司令塔もいるのかな…」

 

アケボノ「その様ですね、しかし…失礼ながら、この作戦は提督1人でお考えに?それともアヤナミですか?」

 

海斗「あー…まあ、そんなところかな…」

 

キタカミ(まあ、アヤナミなら納得というか、効率的に殺すのも頷ける)

 

キタカミ「ここまで完封となると、専守防衛ならぬ先手防衛…なんちって」

 

アケボノ「……」

 

アケボノがぽかんと口を開けて両目を見開いてこちらを見る

 

アケボノ「キタカミさん、やはり体調が優れなかったのですか?提督、余程重篤に見えます、支給本土のいい病院に入院させましょう」

 

海斗「え?ええと…」

 

キタカミ「冗談言ったらこれ?…酷いな…」

 

アケボノ「あなたがそんな冗談を言うキャラじゃないからですよ…」

 

キタカミ「えー?…傷ついた…」

 

海斗「余裕がある事はいい事だよ」

 

キタカミ「…ん?」

 

…なんだ、狡いなぁ

 

キタカミ「言ってくれれば良かったのに、上陸の備えもあるって」

 

海斗「言わなかったっけ?」

 

アケボノ「言ってらっしゃいましたよ、ワイヤートラップを囮にしたブービートラップがたくさん仕掛けてあると」

 

キタカミ「だったっけ?…かかったよ、二つ」

 

海斗「悪いけど、上陸した部隊を…」

 

アケボノ「了解しました」

 

アケボノが宿を開けて飛び出す

 

海斗「…ど、ドアから出て欲しいな…」

 

キタカミ「一応二階なんだけどね、ここ…んー…でも、退いたか…」

 

海斗「退いちゃった?」

 

キタカミ「うん、匂いは全部帰っていってる…罠を掻い潜ってここまで来たのにまだ罠があるとなると、そりゃ帰るさね、無駄死にしたくないなら」

 

海斗「取り敢えず、先手を取られずに済んだ…忙しくなるけど、大丈夫?」

 

キタカミ「それよりも訊き忘れたんだけど、送り主はどこなの?」

 

海斗「…アメリカ、サンディエゴの…サイバーコネクト社のデスクからだったよ」

 

キタカミ「CC社か…ゲーム企業のくせに何やってんの?」

 

海斗「会社そのものが関与してるんじゃない筈だよ、CC社を調べながら叩く…」

 

キタカミ「あの暗号公開するのは?」

 

海斗「無駄かな、実はあの暗号文、読み方を変えれば新しいイベントの告知になるんだ、だから…うん、言い逃れされると思う」

 

キタカミ「二つの答えを併せ持った暗号文だったわけだ……仕方ない、うまく逃げられてる感じだね…」

 

海斗「向こうも馬鹿じゃない、戦場は一つじゃない…内側から瓦解させてみせるよ」

 

 

 

 

 

 

秘書艦 アケボノ

 

アケボノ「…おや」

 

アヤナミ「…これは、こんばんは、お目汚し失礼しました」

 

…返り血をかなり浴びている…いや、それよりも残っていたのか

てっきり本土に行ったと思っていたのに

 

アヤナミ「ぁ…みなさんが帰る前に、その…罠の回収をしておきたくて」

 

考えは見透かされているらしい

 

アケボノ「素晴らしい対応だった…と、評価しておきます」

 

アヤナミ「そうですね…まさか倉持司令官にこんな才能があったとは…」

 

アケボノ「…どういう意味ですか?あなたが考えたんでしょう?あの罠の数々は」

 

アヤナミ「え…?いいえ、私は設営と作成を手伝っただけですよ…?」

 

それが本当なら何故自分が考えた作戦だと言わなかったのか

ただ謙遜しただけ?…それなら最初からアヤナミの作戦だから安心しろと言えば済んだ筈…

 

アケボノ(…提督は、まだ何かを私たちに隠している?)

 

…まだ、わからないことがあるらしい



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茶話日和

離島鎮守府 食堂

駆逐艦 春雨

 

春雨「久しぶりですね、楚良」

 

亮「だから俺を楚良って呼ぶんじゃねーよ」

 

春雨「楚良は楚良でしょう?」

 

亮「そうじゃなくてリアルでハンドルネームで呼ばれるのが嫌なんだよ!」

 

川内「ひっさびさにそのやりとり見た…けど、それよりも神通診てくれない?」

 

春雨「向こうの医官がやった以上の事はできませんよ」

 

神通「…動く様になると思いますか」

 

春雨「なりますね、筋力は大幅に低下するでしょうが」

 

那珂「じゃあ…」

 

春雨「槍や刀を使った戦いはもう望めません」

 

神通「……」

 

春雨「すみませんね、私は…私にできる以上の事はできないんです、はい」

 

川内「…神通」

 

神通「覚悟はしていました…ですが、いざ面と向かって告げられたとなると…心が苦しいですね」

 

春雨「……神経の問題か筋肉の問題かによりますが、外骨格の様な…その、説明が難しいのですが、腕を機械で覆い、それを操作する形でなら…」

 

神通「……装着したとして、習得するのが難しそうですね」

 

春雨「科学でどうにかできる限界です、そもそもそれもうまくいくかどうか、脳波を感知するタイプにしたとして、飛行機なんかに乗れば使えませんしね」

 

川内「電源をオフにしてくださいって言われるわけだ」

 

春雨「…でも、そこまで手こずる相手でしたか?」

 

神通「油断、慢心は確かにありました、それを言い訳にするのは簡単です、しかし…何より、私はちゃんと視ていなかった、薙刀と戦斧の違いから頭の中で関連を断ち、読めるはずの敵の動きを読めなかった…見え見えの隙に釣られた」

 

川内「…反省してるならよし、それに私も1人でやらせたのが間違いだったから…油断してたっていうなら私もだよ」

 

神通「…姉さん…私は、次こそこんな失態を犯さないと誓います」

 

川内「失敗して良いんだよ、次は私が守るから…神通は妹なんだから、全部自分でやろうとしないで、私も頼って…ね?」

 

神通「……はい」

 

那珂(今歯がギリっていった…余程悔しいんだね…というか、情けなく感じてるのかな…)

 

アケボノ「失礼します」

 

アケボノさんがお茶とお茶菓子の乗った盆を机に置く

 

春雨「おや、珍しい、秘書をクビになってお茶汲み係のアケボノさん」

 

アケボノ「違います、数日は食堂担当が全員不在だから私が居るだけで、秘書はクビになっていません……今は…」

 

那珂「え?なんで不安そうなの?まさかほんとにクビになりそう?」

 

アケボノ「…いや、そんなはずは…」

 

春雨「無いと言い切れますか?」

 

アケボノ「……役職は所詮役職です、どんな仕事であろうと私は提督の役に立ちます」

 

神通「…いいですね、貴方は」

 

アケボノ「いい、とは?」

 

神通「貴方は自身のアイデンティティが揺らがなくて…それに比べて私は…何故か発動しない増殖、そしてメイン戦法の消失…」

 

アケボノ「提督が言っておられました、他人を羨んでいても強くはなれない、問題を解決できるのは自分自身だ、と」

 

神通「…そうですか」

 

那珂(うわー…ネガティブなモードに入ってる)

 

アケボノ「…さて、私は……どうしたものか」

 

春雨「行く当てがないと」

 

アケボノ「仕事がありませんからね」

 

川内「ここの提督そんなに書類仕事できるっけ?」

 

アケボノ「上手い処理の仕方を覚えられた様です」

 

川内「それで仕事がないと拗ねてるわけだ」

 

アケボノ「…そういう訳では…」

 

春雨「アケボノさんは倉持司令官と七駆が絡んだ時だけ人間味がありますね、他は機械の様なのに」

 

アケボノ「そうでしょうか」

 

川内「最近は知らないけど、冷徹冷酷な冷血漢ってイメージ持ってた時期もあったね、前の世界では何の躊躇いもなく態々酷い方法を選んで人を殺してたし」

 

那珂「それも表情一つ変えずに」

 

神通「宿毛湾時代にたった1人で全員を打ち倒したとも聞きました」

 

春雨「…おや、アケボノさん、両耳を塞いでどうしましたか……まさか聞きたくないと?身から出た錆ですよね?」

 

アケボノ「だから聞きたくないんですよ…!忘れて楽にならせてください!」

 

春雨(この人でもこうなる事があるとは)

 

川内(多分、操られて自分の提督殴り殺そうとしてた事言ったら滅茶苦茶怒るだろうなぁ)

 

神通「でも、その辺りはまだマシでしょう、あのパーティーの時が一番酷かったですから」

 

川内「あ」

 

アケボノ「…パーティー」

 

神通「まさか忘れてませんよね?自分で…むぐぐ…」

 

川内が即座に口を塞ぐ

 

アケボノ「……ああ…片時も、ほんの一瞬たりとも忘れたことなんてありません…提督は何故私を裁いてくださらないのか、私を一思いに同じ目に合わせて欲しかった、何か、お役に立たねばならないのに…あまつさえ私なんかの命を救っていただいて……」

 

川内「命を救われた?」

 

アケボノ「綾波との決戦の際、綾波が私にトドメを刺そうとした時、その一撃を提督が防いでくださったのです…偶々あの場所にネットの世界から放り出され、意図せず戦闘に介入してしまったという様子でしたが…」

 

川内「へー…」

 

アケボノ「ああ…なんとか、どうか提督に私がいて良かったと思える様な何かを…」

 

亮「いて良かったとは思われてんじゃねーの?」

 

アケボノ「…何故です」

 

楚良がアケボノさんの胸元を指す

麻紐に吊り下げられた指輪…

 

亮「少なくとも、そんなモン好意を抱いてない相手に渡さねえだろ、たとえそれが特別な意味のない武器だったとしてもな」

 

春雨「じゃあ楚良は私にもくれるんですか?」

 

亮「ここに居る以上カイトに貰えよ…」

 

春雨「楚良に貰います、はい」

 

チラリとアケボノさんを見る

指輪を眺める表情からは複雑な感情が見て取れる

 

川内「嫌なの?」

 

アケボノ「……私に人間味がどうのと言いましたね…私も同じことを思っています……私を恨んで当然なのに、何故提督は…そんな素振りを一度も見せないのか」

 

春雨「ただの一度も?」

 

アケボノ「…ええ」

 

那珂「単純に許されてるんじゃないの?」

 

アケボノ「あなた達は自分が殺しかけた人が、自分に対して優しくしてきたら…どう思いますか?」

 

川内「まあ、そりゃ気持ち悪いけどさ……」

 

春雨「あなたの気にすることも理解できます、しかし…あなたはその身を滅ぼす程の力を使い、貢献し続けているではないですか」

 

アケボノ「私がいつ力の使い方を間違えるともわからないのに、何故全幅の信頼を置き続けてくれるのか、私が失敗しても責めることをしないのか………いや、私はただ…」

 

神通「視てもらえていないのが不満だ、ということですか」

 

アケボノ「……」

 

川内「…見てない、か…確かに、そうとも取れるよね、自分を信頼してる様で期待してないんじゃないか、裏切った事を責めないのも元から…なんて」

 

春雨「そう感じているのだとしたら、相当自意識過剰というか、疑心暗鬼が過ぎるというか、一番信じてほしい人を信じてないのはあなたというか」

 

アケボノ「ええ、信じているつもりで信じられていません、しかし…私にとって提督が絶対である事は変わりません」

 

神通「…いいですね、貴方は」

 

那珂(ま、また始まった…)

 

神通「私なんか…」

 

川内「はいやめやめ、神通もネガティブ終了」

 

川内が神通を止める

 

神通「…所詮、私は闇の住人…」

 

アケボノ「…なんでこの人こんなめんどくさい事になってるんですか?」

 

春雨「青葉さんの戦法を真似した敵にやられて鬱みたいです」

 

アケボノ「青葉さん本人にあったら襲いかかりそうですね」

 

神通「そんな事はしませんよ」

 

那珂「……苦い」

 

春雨「苦い?」

 

那珂「うん、すごーく苦い感じがする……どこからだろう」

 

アヤナミ「す、すみません、私のせいだと思います」

 

食堂の入り口にアヤナミさんが立っている

 

春雨「アヤナミさん、どうかしましたか?」

 

アヤナミ「…アケボノさんに…」

 

アケボノ「苦いのも関係ありそうですね、手短にお願いします」

 

アヤナミ「これです」

 

アヤナミさんが瓶を差し出す

 

那珂「うやっ!?に、苦過ぎ!!」

 

川内「なんで読み取ろうとしたの…」

 

アケボノ「これは」

 

アヤナミ「……貴方が死ななくていい様にする薬です」

 

アケボノ「…深海化の話ですか」

 

川内「…そっか、レ級の力使えるんだっけ」

 

アヤナミ「アケボノさんは特異体質です、なんの補助もなく、深海棲艦の力を完全に自分のものとして扱える、他の誰にもそんな事はできないのに…本当にすごい事ですけど、それを行使するたび、命が削られていく」

 

アケボノ「それで?これがあると何が変わるんですか」

 

アヤナミ「それを一つ飲めば、10分は深海の力を使っても問題ない……はずです」

 

アケボノ「本当ですか?」

 

アヤナミ「はい、私も試しました…」

 

川内「え?…なれるの?深海棲艦」

 

アヤナミ「はい…水鬼も棲姫も、どちらも…でも、どちらかと言えば私にとってはセーブモードですから…」

 

那珂「え……セーブモードがそれって、今どのくらい強いの…?」

 

アヤナミ「改レベルの力なら…」

 

川内「わかりやすく」

 

アヤナミ「駆逐棲姫の倍ほどの強さの駆逐水鬼の十倍ほどの強さです…」

 

川内(あ、勝てないかも、殺せる時に殺したほうがいいかな…)

 

那珂(この鎮守府、核爆弾抱えてるんだ…)

 

アヤナミ「その……で、でも、私はもう戦うつもりは…」

 

川内「それは置いといて、セーブモードで試した情報なんて正しいの?」

 

アヤナミ「は、はい…アケボノさんの強さなら10分ほど持つはずです、が…力の出力で変化もすると思います」

 

アケボノ「大量に艤装を召喚したら負担も増えると」

 

アヤナミ「は、はい…」

 

川内「…ちなみに、致死量は?」

 

アヤナミ「えと…1日に3粒を超えると危険です…5粒で死ぬかと……」

 

アケボノ「殺したい相手の方に大量に突っ込む作戦もありですね」

 

アヤナミ「あ!そ、それは…」

 

春雨(流石にダメでしょう…)

 

アヤナミ「思いつきませんでした…!す、凄く有効だと思います!」

 

春雨「え…貴方、自分の薬をそんな使われ方許せるんですか?」

 

アヤナミ「へ…?」

 

那珂「問題ないみたいだね」

 

アヤナミ「だ、だって…敵を倒せばアケボノさん達が生き残るという目的は果たせますから……」

 

春雨(味方が生き残れば満足、か…)

 

神通「…貴方なら私の腕を…いや、光を求めてはいけませんね」

 

アヤナミ「ええと…ごめんなさい」

 

神通「気にしてません、わかってましたから」

 

アケボノ「……次の西方海域攻略…私も出ます」

 

川内「え?」

 

アケボノ「私は提督のために、戦いたい……でも、焦ってる訳じゃない、私はただここで腐る訳にはいかない、戦うことで自分を研ぎ澄まし、提督の艦として誇り高く生きて見せましょう」

 

那珂(な、なんかこっちも面倒なこと言い出した…)



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記録 失態

Link基地

青葉

 

青葉「ん……んぅ…っ…?」

 

頭がガンガンする

何が起きたのか覚えてないけど…机から転がり落ちて倒れたみたいな感じで…寝てた?

 

青葉「……あ、れ…?」

 

すぐそばに落ちてるのは…コントローラーと、装着型のディスプレイデバイス…でも、このデバイス、こんなところまで持って来れたっけ……

 

青葉「あ!…ああ!?こ、コードが千切れてる!!」

 

なんと最悪なことか、接続用のケーブルが切れている

最新式のワイヤレスタイプならこうはならなかったのに

 

青葉「だ、どうしよう、すごく大事なもの…なの、に……」

 

あれ…?なんで大切にしてたんだっけ…

 

青葉「…あ、そうだ、新しいやつある…」

 

VRスキャナ、貰ったんだった…

焦る事はない、これなら仕事には支障は出ないし、特に問題は…

強いていうなら、愛着のあるものじゃないのは…まあ、思うところはあるけど…

 

青葉(多分、それくらいしか思いつかないし…大丈夫なはず)

 

立ち上がり、ちぎれたコードとデバイスを袋にまとめる

パソコンに繋がった方のコードはUSBポートを変形させていたため、かなりショックを受けた

 

青葉(ああ…もう…)

 

しかし、ゲームをしながら寝落ちなんて…なにしてたんだっけ…

 

思い出そうとする度に頭が痛む

内側から殴られてる様にガンガンと痛む

 

青葉「……今日は、やめておこう…」

 

点きっぱなしの電源を電源スイッチを直接押して切り、ゴミ箱に袋を入れてベッドに横になる

 

青葉(お腹減った…喉も乾いてる……でも、取り敢えず…動く元気がないや…)

 

 

 

 

翌々日

 

青葉「…ん……ぁえ…?」

 

体が自然と目覚める

デジタルタイプのカレンダーを見る、日付はふたつ進んでいた

 

青葉「…!」

 

叫びたいくらいの寝坊だ、だけど周りが明らかに暗いことから声を殺す

 

青葉(ヤ、ヤバ…丸2日寝てた…?いや、この時間なら、1日半……た、体調不良ということでセーフ…?)

 

まだ多少頭が痛いけど、そんな些事が全く気にならなくなるほど焦った

 

青葉(あ…お腹減ってる…)

 

ここには居候の身だし、勝手に冷蔵庫の中を漁る訳にもいかない

やむを得ずアウターを羽織り、財布だけ持ってコンビニへと向かう

 

 

 

青葉「寒っ!!」

 

冬真っ只中、深夜、暖かいわけがないのはわかっていたけど、手袋とかマフラーとか、その辺りを持って来なかった事を後悔した

まあ、そもそも欲しいのならば買い揃えなくてはならないのだが…

 

アウターのポケットに両手を突っ込み、縮こまりながらとぼとぼと歩く

すでに空腹の限界で動きたくない、が、温かいものを食べるためになんとかコンビニまで歩く

 

青葉(こ、ここのコンビニ徒歩で20分くらいかかるんですよね…うう……寒い…)

 

耳が冷え切ったせいで治っていた頭痛が再発する

体幹ではもうついている頃なのに、コンビニの看板は未だ見えない

 

青葉(寒い寒い…って言うか、よく見たら雪積もってるし…)

 

そう言えばここは青森だった、私が寝ている間に積もったのだろうか、雪とは無縁な暮らしが長かったせいで若干テンションが上がったものの…

 

青葉(今はダメージ床並に恨めしいですね………はあ…ゲーム脳になってる)

 

自己嫌悪と雪への憎悪に包まれながら歩く

 

 

 

コンビニ

 

青葉「やった、ついた……」

 

空腹が限界に達して腹の音が鳴る

 

青葉「う……き、聞かれてませんよね…」

 

辺りには当然人はいない

こんな時間に歩き回る変質者なんて私1人で十分だ

 

自動ドアが開いた途端、温かい空気が顔に吹き付ける

 

青葉「ん……生き返る…」

 

ビスマルク「いらっしゃ…あー…青葉、だったかしら?」

 

確か、滅多に会わないLinkのメンバーさん…

なんでコンビニで働いてるのかは知らないけど…

 

青葉「あ、こんばんは…遅番ですか?」

 

ビスマルク「そうなの、でも帰りの事考えるともうここで暮らしたいわ、バックヤードも広いし、店内は暖かいし」

 

青葉(コンビニの労働環境ってかなり劣悪って聞いてたけど…それよりお腹減ったなー…)

 

ビスマルク「それに今は帰っても綾波が居ないし、自分でラーメンを作らないといけないでしょ?お腹が減ってるのに動くのも嫌だから…」

 

青葉「気持ちはわかります(お腹減ったなー…)」

 

ビスマルク「でも明日の朝一にゴミ出しもしなきゃいけないのよ、ここじゃなくて基地の方ね、アークロイヤルは昼まで寝てるし、神鷹達にそんな事させるのも可哀想だからって」

 

青葉「お腹減った…(そうなんですね)…はっ」

 

ビスマルク「…ごめん、話長かった?と言うかお腹減ってるの?寒かっただろうし、何か奢りましょうか?」

 

青葉「い、いえ!悪いですよ!…あ、肉まん売り切れてる…」

 

ビスマルク「この時間帯は人が来ないから…」

 

青葉(温かい肉まんを持って暖をとりながらハフハフしたかったな…)

 

ビスマルク「…あ、そっちのラーメンの棚、ちょっと待っててね」

 

ビスマルクさんがカップ麺を持ってくる

 

青葉「あ、それは…」

 

ビスマルク「これ、すごく温まるらしいんだけど、良かったらどう?」

 

青葉(ほ、北極ラーメン…これ、確かすごく辛いんじゃ…赤城さんや加賀さんなら好きそうだけど…)

 

青葉「え、遠慮しておきます…私辛いものダメで…」

 

ビスマルク「え?辛いの?アークロイヤルが普通に食べてたから…」

 

青葉(アークロイヤルさんって空母の艤装持ってるの見たことあるし…もしかして空母は辛いものが好きになるのかな…翔鶴さんも赤城さん達と同じもの食べてた時期あるし…)

 

青葉「…あ、これは?」

 

ビスマルク「冷凍食品コーナーね、レンジもあるから好きなものを選んでいいのよ?」

 

青葉(お腹いっぱい温かいものが食べたい…ここはできるだけ一番好きなものを…)

 

ビスマルク「あ、このソーセージは結構イケるわよ」

 

青葉「う…お肉…」

 

ビスマルク「後は狭霧が絶賛してたのはこのサバの味噌煮ね」

 

青葉「うあ…しょ、商売が上手いですね…!」

 

ビスマルク(普通に勧めてるだけなんだけど)

 

青葉(お腹が減ってるからこそ一番食べたいものが食べたい…)

 

青葉「あ…こ、これください!」

 

ビスマルク「え?あ、わかったけど」

 

 

 

 

レンジの音が店内に響く

 

ビスマルク「イートインは好きに使って」

 

青葉「あ、ありがとうございます…では、早速…」

 

紙皿に出したハンバーグに食らいつく

 

青葉(美味しい…お肉美味しい…)

 

ビスマルク「幸せそうに食べるわね」

 

青葉「お腹減ってて…ん、このおにぎりも美味しい……エビマヨは外れないですね…」

 

ビスマルク「日本人の食のセンスはやっぱり難解ね、えびマヨネーズなんて…」

 

お茶でおにぎりを流し込む

 

青葉「はー…すごく、幸せです…」

 

ビスマルク「ちなみに、肉まん温まったけど」

 

青葉「いただきます!」

 

ビスマルク「…これ、良かったら飲んで、オススメだから」

 

ジュースの缶をビスマルクさんから受け取る

 

青葉「つめたっ!…レモンジュース…?」

 

ビスマルク「熱いもの食べてる時にこれで流し込むと最高よ、私の奢り」

 

目の前にレンジで温められて皮が弾けたソーセージが置かれる

…ゴクリ

 

青葉「い、頂きます!」

 

ソーセージを喰らい、流し込む

 

 

 

 

青葉「いやー!美味しいですね!これ!」

 

ビスマルク「でしょ!?案外青葉もイケる口じゃない!」

 

青葉「えー?なんの話ですかー!?」

 

ポワポワと楽しい気分で食事をする

いつのまにかビスマルクさんも食べ始めてるけど、まあいいや

 

青葉「あ…そろそろ帰んないとなー…」

 

ビスマルク「えー?でもよく見なさい?外は雪が降ってるわ、止むまで良いんじゃない?ほら、吹雪だったって言えば大丈夫!」

 

青葉「吹雪かー…吹雪なら仕方ありませんね!」

 

ビスマルク「それより、これ飲んで…エビスってヤツなんだけど」

 

青葉「ええー?…これビールじゃないですかー!ダメですよ!」

 

ビスマルク「ドイツなら合法よ!」

 

青葉「なら良いかもしれません!」

 

ビールを流し込む

 

ビスマルク「んあ?なんか、駐車場に車が止まったわ、この吹雪の中わざわざ来たのかしら?」

 

青葉「ホントですなー、どうしたんでしょう」

 

自動ドアが開き、眼鏡をかけた男性が入ってくる

 

ビスマルク「あれ、店長じゃない」

 

佐藤「ビスマルクさん、何やってるんですか」

 

ビスマルク「えー…?」

 

佐藤「……ビスマルクさん、飲み会の代金は置いておいて、未成年にお酒を飲ませるのは犯罪ですよ」

 

ビスマルク「何言ってんのー、青葉は成人でしょー?」

 

青葉「えー、見えますかねー、17なんですよー」

 

ビスマルク「え?ホントに?」

 

ビスマルクさんの顔が一気に青ざめる

 

佐藤「ヘルバ様に言われて監視カメラを確認してみれば……なんでこんな事に…外部の人に見られてなくて本当によかった…」

 

ビスマルク「青葉って18くらいじゃないの?」

 

青葉「えー…まだ17になったばっかりですよー…うーん……眠…」

 

ビスマルク「えっちょっと!寝ないで!?待って!起きて!18ですって言って!!」

 

佐藤「そもそもこの国は20からしか飲酒喫煙はできません」

 

ビスマルク「ま、まって!蒸留酒は飲ませてないから!」

 

佐藤「日本ではリキュールもビールもアウトです」

 

ビスマルク「そ、そんな…どうかクビだけは…」

 

佐藤(普通なら即刻クビですけど、できないんですよね、上が仲良いから)

 

佐藤「取り敢えず、青葉さんを連れて帰ってください…後、未払いの代金は天引きします」

 

ビスマルク「そんなあ…」

 

 

 

 

 

Link基地

 

青葉「ん……痛っ…頭痛い…」

 

ゆっくりと身体を起こす

 

青葉「…うう…気持ち悪い…ガンガンする……なんでこんな事に…?」

 

…なんか、やばい事をしてしまった気がする…

もう時計はお昼回ってるし…

 

青葉「はあ……ん…?」

 

ため息が、なんか…鼻につく匂いを混じらせて…

 

青葉「……そういえば、昨日何か…」

 

蘇る記憶、失態…

 

青葉「お、お酒飲んじゃった!?」

 

まさかビールいっぱいで潰れて寝るとは…いや、それ以前からテンションがおかしかったけど、あれ以外お酒は飲んでないはず!

 

青葉「何が「なら良いかもしれませんね」なの…ああもう…最悪…」

 

ベッドから起き出して、あたりを見る

中途半端に片付けられた部屋

机の上のVRスキャナを見て何か、引っかかる

 

青葉(あれ…?FMDは?)

 

…そうだ、私、記憶が混濁してて…

 

と、とにかく、捨てたんだ!!」

 

慌ててゴミ箱を確認する

空っぽ…

 

青葉(そういえば昨日ゴミ捨てって…!)

 

部屋を脱兎のごとく抜け出し、ゴミ捨て場へと走る

 

青葉「…な、何もない…」

 

力無く、崩れ落ちる

 

青葉「す、捨てちゃった…ああ…もう、捨てちゃダメなのに…捨てちゃった……!」

 

あろう事か、一番捨ててはいけないものを捨ててしまった…

私の持ってるパソコン周辺機器で一番価値が高いと言っても良い

なのに、それをなんの躊躇いもなく捨てた…

 

青葉「…ごめんなさい、司令官…」

 

どうしよう…もう、戻ってこない…

 

ビスマルク「あ、青葉!」

 

青葉「あ…ビスマルクさん…」

 

ビスマルク「昨日はごめんなさい、まさか未成年だとは思ってなくて…いや、それを抜きにしてもハメを外しすぎたけど…」

 

青葉「いえ…私もちょっとおかしかったので…」

 

ビスマルク「普通チューハイを進める前に聞くべきだったけど…ああ、本当にごめんなさい」

 

青葉「チューハイ?……あのジュース…まさか、お酒だったんですか?」

 

ビスマルク「え、あ…気づいてなかったのね…」

 

青葉(今更だけど、初めて飲むお酒は良いレストランで赤ワインを優雅に飲みたかったなぁ…)

 

ビスマルク「…ところで…こんなところにいたら風邪をひいてしまうわ、戻らない?」

 

青葉「…はい」

 

 

 

 

アークロイヤル「おい、ビスマルク」

 

ビスマルク「…何よアーク」

 

アークロイヤル「何よじゃない!お前は分別も知らんのか!お前のせいで今から出勤が憂鬱だぞ…」

 

ビスマルク「ああ…うん、ごめん」

 

アークロイヤル「それと、ゴミ、返却されてたぞ…ゴミ出しの時に確認しなかったのか?」

 

ビスマルク「え?…ああ、これ?ダメなの?」

 

アークロイヤル「缶と一緒に機械を捨てるな!!」

 

青葉(缶と、機械…まさか)

 

青葉「ちょっと失礼します!!」

 

ゴミ袋を開けて漁る

 

青葉(無い!無い…!どこに…)

 

アークロイヤル「…もしかして、これを探してるのか?」

 

別の袋に入った…FMD

 

青葉「それです!!」

 

引ったくるようにFMDを手に取る

コードはちぎれてるけど、本体は壊れてない…

 

青葉「良かった…」

 

ビスマルク「…捨ててあったみたいだったけど…」

 

青葉「…ちょっとした、気の迷いというか、ミスだったんです…本当は捨てるはずがないもので…すごく大事なものなんです」

 

アークロイヤル「それ、随分古い型のFMDだな?今時M2D(マイクロモノラルディスプレイ)でも古いのに…」

 

青葉「頂き物なんです、それに…これでもThe・Worldはできますから」

 

ビスマルク「The・Worldをプレイしてるの?」

 

青葉「ええ…まあ」

 

アークロイヤル「…しかし、そのディスプレイはフレームレートも低いし、不利じゃないか?色々と」

 

青葉(意外と詳しい…)

 

青葉「そうなんですけど…私にThe・Worldを教えてくれた人がくれたもので…」

 

アークロイヤル「つまり、そのくれた人というのがよほど重要らしいな……ふむ、私が見るに…さては惚れてるな?」

 

青葉「ゔぇっ!?そ、そういうのじゃないですよ!!」

 

アークロイヤル「なに、隠すことはない、女と言うものは恋をするたび美しくなるものだ、爛れた面を見せず、自分の綺麗な姿を見て欲しくなるものだ」

 

青葉「だからそういうのじゃ…あ」

 

そういえば私、モンスターにキルされてから…

 

青葉「ちょっとすみません!」

 

自室に戻ってパソコンを起動し、携帯を確認する

 

青葉「じゃ、充電切れ…?」

 

充電切れの携帯を充電し、パソコンの起動を待つ

 

青葉「早く早く早く早く!!」

 

思いとは裏腹になぜか遅い

 

青葉「…アップデート…再起動が必要…?あああもう!!早くして!」

 

結局、5分後に携帯の電源が入るのが先だった

 

青葉(め、めちゃくちゃ不在着信が…司令官から…それと…うん、こっちは見なかった事にしよう)

 

司令官より自分が姉と呼ぶ存在からの着信の方が多かったのは少し残念だった

 

青葉「…あ、司令官ですか…?」

 

海斗『青葉!無事だったんだね、良かった…』

 

青葉「ほんとにご心配をおかけしました…」

 

海斗『無事で何よりだよ、でも、数日連絡がつかなかったのはもしかして…』

 

青葉「……意識を失っていたみたいですね、呆気なく、やられてしまいました…ほんとうに情けない事ですけど…」

 

海斗『…君は僕を庇ってやられたんだ…本当なら僕がそうなるはずだった、そうであるべきだった』

 

青葉「…司令官をお守りできて、良かったでさ」

 

海斗『…本当にありがとう…ところで青葉、ええと、横須賀の君の…お姉さんで良いのかな』

 

青葉(あ…)

 

海斗『僕がここを離れられないから、代わりに見てきてもらえないか頼んだんだけど…』

 

気の所為だろうが、玄関先が騒がしい気がする

 

青葉「司令官、ありがとうございます、少し会ってきますね」

 

海斗『うん、改めてありがとう、青葉』

 

丸々3日ほどの休暇明け、騒がしい一日のスタートを切る事になりそうです



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恐怖羨望

離島鎮守府 執務室

提督 倉持海斗

 

アケボノ「失礼します、提督、お茶をお持ちしました」

 

海斗「ありがとう、今日はもう休んで良いよ?仕事も特に無いし…」

 

アケボノ「確かに片付けるような書類はありません、しかし…でしたら何故提督は普段のようにThe・Worldにログインせず、何かを待っていらっしゃるのですか」

 

…アケボノは勘が鋭い

別に隠すようなことじゃない、ただ、連絡を待っているだけだ

 

だけど、その内容が重要なんだ

 

海斗(筒抜けになって良い内容なのか、そうじゃないのかすら判断がつかない以上、悟られるのも避けたい…無理に隠そうとすれば余計な気を遣わせてしまう…)

 

アケボノ「…提督、少し、お時間をいただいても宜しいですか」

 

海斗「別に構わないけど…」

 

まだ、連絡は来ないだろう

 

アケボノ「…提督は私をどう思っておられるのですか、恐怖の対象ではないのですか?…私は力です」

 

海斗「…力?」

 

アケボノ「私は…かつてのあなたを傷つけた、私はあなたを苦しめ続けたのに何故未だに側に置いてくださるのですか、私の能力を求めているのならまだ良い、理解できる…しかし、もう私は必要ではない…」

 

海斗「いや、そんなことは…」

 

アケボノ「秘書艦の役目を私が果たしているとは思えません、書類仕事のような雑事、そんな役目でなくても事務員としてやりましょう、敢えてその名称にしている意味が、わからない…」

 

海斗「…アケボノ、僕は君を恐れてない」

 

アケボノ「なら…」

 

アケボノが小瓶を取り出し、中の球体を一つ、口に含む

瞬時に全身が白く染まり、尾が床を打つ

 

レ級「……これでも…」

 

瞬きする間に、アケボノが目の前に迫る

アケボノに押されて椅子のキャスターが転がり、執務室の壁に背もたれが当たる

 

アケボノの両手が両肩を掴む

ピクリとも、動けない

 

レ級「これでも、恐怖しませんか…」

 

海斗「…それは、流石に少し怖いかな、いきなりで驚いたし」

 

レ級「…なら、何故そのような顔を向けるのですか…!何故笑っていられるんですか!提督…あなたは、壊れています…」

 

海斗「……君に怯えるのは、少し難しい相談だよ…アケボノ」

 

…多分、僕の立場になれば誰1人としてもアケボノを恐れたりなんかしない

 

海斗「…僕よりもずっと怯えてる子に恐怖するのは、少し難しいよ」

 

レ級「怯えている…?私が……」

 

今にも泣きそうな顔で、小刻みに震える両手で

必死に縋り付いてくる少女に恐怖の感情を抱くのは難しい

 

海斗「…僕は君じゃない、だから…何が怖いのか、わからないんだ、教えて、アケボノ」

 

レ級「…私は……」

 

姿が、徐々に戻りはじめる

 

まるで止まっていた血が巡るように、ゆっくりと

肩から二の腕、前腕、そして指先へと…顎から頬を伝い、額まで…

時間をかけて、ゆっくりと血色が戻っていく

 

アケボノ「私は、何よりも…提督が怖い…人では無いかのように感じてしまう……何故私を恨まないのですか、なぜ私に怒りを抱かないのですか、恐怖しないのですか…」

 

海斗「恨むもなにも、あの時の君は操られていただけだ」

 

アケボノは小さく首を振る

 

アケボノ「…私の意思でした…だから、いつまでも、私の中に在るんです、あの時の私の感情が…私があの時信じた全てが…たとえ世界を越え、果てしない時間が経ったとしても、私は…」

 

海斗「……でも、僕にとっては遠い、遠い遠い過去の話なんだ、今、僕は楽しかったり、辛かったり、悔しかったり…焦る事もあれば恐怖もする、君の思ってるより、僕はずっと人間らしい感情を持ってる」

 

アケボノ「…私は、その感情を…見たいのです、安心するために、あなたの事をより知るために…」

 

海斗「…難しいな」

 

アケボノが見たいのは、生死をかけた瞬間に浮かぶ表情のことだ

死を恐れ、生に執着し、感情のままに口走る言葉を求めている

 

海斗「アケボノもThe・Worldをやる?…一応、危ない敵と戦ってる時くらいは…」

 

アケボノ「……いいえ、どうやら提督に私の求めているものはないのかもしれません」

 

何か、間違えただろうか

 

アケボノ「提督は、強くなりすぎた…」

 

海斗「僕が?」

 

アケボノ「…提督は、私たちにとっては僅か数瞬でありながら…永劫に近い時を過ごした、この世界の全てが些事に見えるのでしょう」

 

海斗「別にそんなことは…」

 

アケボノ「提督、やはり私は秘書艦として不適当です、どうか、別の誰かを」

 

海斗「…僕が君を選んだのは…」

 

アケボノ「…私を安心させたかったのですか?…それとも他の理由か、何にしても…私の為であった…それでは意味がない…貴方のための秘書で在るべきだ、私のための役職であってはならない…」

 

海斗「……」

 

アケボノ「提督、明日より、改めてこの駆逐艦アケボノ、出撃任務に参加したいと考えております、どうか私に任を」

 

こうなればアケボノは…聞く耳を持たない

止めようがない、別に止める必要もないのかもしれない

 

…だけど、目が澱んでいる気がする

 

深く濁った目をしてる気がする

 

海斗「アケボノ、僕は…」

 

アケボノ「提督、私は提督の艦です、提督が望めば何にでもなりましょう、しかし…提督は私に求めてはくださらない」

 

海斗「…求める、か…」

 

任務を与え、仕事を作り、戦果を立ててきてもらう

 

それだけの関係であるべきだ

それ以上はみんなの負担になる

 

アケボノ「…私達は、ただ貴方の艦でさえあれればいい、私はそのために死んでも良い」

 

海斗「僕は犠牲を出したくなんかない」

 

アケボノ「例え話です」

 

…今のアケボノの考えが読めない

 

アケボノ「…不愉快な思いをさせて申し訳ありません、失礼します」

 

アケボノになんて声をかければ良いか、わからなかった

 

 

 

 

 

東京 廃ホテル

駆逐艦 東雲

 

東雲「…随分と古いホテルですね、その上汚らしい」

 

まあ、つまるところこれは処刑場だ

いくら東京といっても人の近寄らない場所、廃屋は幾らでも存在する

 

白昼堂々人を殺しても問題ない様な場所も存在する

 

東雲「……」

 

指定された時間より10分早くつき、すでに20分待っているが、どうやら漸く来たらしい

屋上のヘリポートにヘリが降りたのが見えた

 

東雲「…貴方が私を試すと言うのなら、もう私は貴方を測り終えましたよ、穢らわしい人だ」

 

こう言うタイプの人間は私は嫌いだ

 

 

 

東雲「…まだ仕掛けてこないか」

 

エレベーターが使えないため、非常階段を登る

あまり時間を使わせないで欲しい、私の力も無尽蔵ではない

この活動をする時間も惜しいのに

 

東雲「……よういと始めの掛け声は?不要ですか、そうですか」

 

相手が待つつもりも、真正面からやるつもりもないなら 

 

東雲「…汚い手を使いますが、ご容赦」

 

今の私に力は無い

だから、あるもの全てを使い、私なりの全力を見せるしかない

 

闇に息を潜めた相手には、その背後をとり、締め落とす

まるで壁をヤモリのように伝い、音もなく忍び寄る

 

東雲「まず一つ」

 

私の手の中でもがく男の抵抗が弱まっていく

 

東雲「…ごめんなさい、苦しいですよね…ごめんなさい…」

 

ああ、何でこんな真似を

しかも、最悪だ

 

東雲「!……貴方達、今撃たないでください…お仲間に当たってしまいますよ」

 

バタバタと走りながら兵隊が走ってくる、足音からして3人

この迷いのない感じ…

 

東雲(撃って来る!)

 

締め上げていた兵士を突き飛ばす

兵士は階段をガタガタと音を立てながら転がり落ちていった

 

東雲「あ!…ご、ごめんなさい!…っ!」

 

肩を弾が掠める

 

東雲「私は戦うつもりなんて…」

 

深く、体を沈める

地を這う様に走り、そして飛び上がり、縦横無尽に駆けながら迫り…

 

東雲「タッチ…って事で、勘弁してくれませんか…?」

 

3人の兵士の左胸に1度ずつ触れる

 

しかし当然それで許されるはずも無くこちらへと銃が向けられる…前に、仕掛けた

脱いだソックスに瓦礫の破片を詰めたもので1人の手を殴りつけ、銃を落とさせる

 

東雲「…私がその気ならもう死んだんですよ?もう良いじゃないですか…!戦うつもりなんてないんです…!!」

 

近距離の格闘戦

当然誤射の恐れもあるのに、容赦の無い、躊躇わない射撃が私を襲う

 

最低だ、死ぬ事も恐れない

殺す事も恐れない

 

人間じゃないのか、何故…

 

東雲「…未だ私の言葉は届きませんか、何がそれほど貴方達を突き動かすのか…分かりません、生きていることほど素晴らしいことはないと言うのに…」

 

1人の兵士に近づき、片足の太ももを両手で掴み、持ち上げて体制を崩させる

 

東雲「私は命を奪いません、だから…少し、痛い目にあってもらいます」

 

 

 

 

 

最上階

 

東雲「っ…はー…はー……」

 

最上階、ここだけは煌びやかな…

ここだけがまだ、使われているかの様な場所

 

東雲「こふっ……はー…か…ぁ……」

 

扉を、蹴り開ける

 

東雲「…お待たせ、しました…」

 

ガス「貴様が、綾波か」

 

綾波「…そう呼ばれるのは、いつぶりでしょうか」

 

ガス「NAB、ネットワーク安全管理局のガス・フォックスだ、代理人としてここに来た」

 

綾波「……それで」

 

ガス「我々と手を組んで欲しい」

 

綾波「…2つ、まず私をここに呼びつけたのは、サイバーコネクト社の人間です、NABとは仲が悪いCC社の人間の代理が…あなた…つまり…あなたはスパイですか」

 

ガス「……そうだ」

 

綾波「そうですか、それは些細な事です、問題は次です、あなたの連れて来た兵士たちは、何故私を襲うのですか」

 

ガス「実力を測るためだ」

 

綾波「それはわかりました…しかし……味方を躊躇いなく撃とうとするのはやめさせましょう」

 

ガス「綾波、お前を殺せば殺した者には2億ドル振り込まれることになっている」

 

綾波(安…)

 

ガス「故に、誰も味方の命なんて考えていない…それに、お前が味方を撃つ行為を加速させた…お前は兵士たちが味方を撃った時、必ず庇った、敵であるお前が」

 

…私は、目の前で命が失われるのが耐えられないだけだ

だから、それを防いだだけ

 

ガス「結果として、味方同士で殺し合えば…お前はどんどん弱ると言う結論に至った、その結果があのザマだ」

 

綾波「……このザマですよ」

 

多少、撃たれた

背中も撃たれたし、腕も、脚も

 

でも、この弾丸全て私を狙ったものじゃない

いや、正確には狙いは私ではあるけど、味方殺しを防いだ時に受けた弾

 

なんて最低な戦法か

 

綾波「…交渉決裂です」

 

ガス「何?」

 

綾波「話すことは…ありませんよ」

 

ガス「…ならば、プランBだ、このホテルを爆破する」

 

ポケットから信管を取り出して投げる

 

ガス「これは…」

 

綾波「すべての爆弾の信管を抜いてあります、ご自由にどうぞ」

 

ガス「そんなはずが…」

 

ガスが何かを取り出そうとした瞬間、近寄り、腕を締め上げる

 

ガス「が…き、貴様!」

 

ガスの衣服からスイッチを抜き取る

 

綾波「…そんな暇無いに決まってるじゃないですか、ハッタリですよ」

 

スイッチを握りつぶし、破壊する

 

ガス「ならば…」

 

綾波「それと、後ろに控えてた警備兵は…もう居ませんよ、貴方の目的が掴めた時点で無線機をジャックしたのちに呼び出して締め上げてます」

 

ガス「…なんだと…」

 

綾波「女帝に伝えてください、この不義理は貴方の首を絞めることになると」

 

そう言って一番近い窓から飛び降りる

 

 

 

 

 

 

綾波「やはり、死ななかったか」

 

木々に助けられ、最終的に池に落ちた

ああ、何と惨めか

 

綾波「…さて、私は……東雲に戻りましょう」

 

東雲「倉持司令官に連絡もしないと…あ…」

 

うつ伏せに倒れ込む

 

東雲「…先に休憩ですか……そうですね…おやすみなさい、みなさん」



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搦手

東京 某所 公衆電話

駆逐艦 東雲

 

東雲「……連絡がつかない…電話をかけるのもただじゃないのに」

 

私は財布一つ持たずにLinkを出た、故に今の持ち金はたまたま拾った20円だけ

因んでおくと、あの時に持ち出したカートリッジと指輪の艤装以外は持ち合わせはない

艤装もないので今の私は一般人にできることしかできない

 

特殊部隊相手でも深海棲艦相手でも、一般人にできる方法でしか対処はできない訳だ

 

東雲(こうも出ないとなると、ううん…何かあったのかな、でもそうじゃなくても…)

 

結局つながらないままお金が返って来る 

 

東雲「なんでぇ…?もう…ついてない…もう一回」

 

ダイヤルを押してお金を入れ、受話器を取る

 

東雲(早く出てください、このままじゃ帰れないのに…)

 

 

 

15分後

 

 

東雲「何で出ないんですか…ああ…今時公衆電話を1人で長い時間占拠するなんて…ああ、完全に不審者…」

 

チラリと周りを見る

 

東雲「!」

 

慌てて背を向け、隠れる

 

東雲「い、今の…敷波…!?」

 

だけではない、春日丸さん達もいた、今日は休暇なのか?

なんとも間の悪い…

 

しかし、間一髪気づかれずに済んでよかった…

 

東雲(と、とりあえずほとぼりが冷めるまで…)

 

東雲「ぁえ?」

 

背後から肩を叩かれ、振り返る

 

アオバ「どもー、恐縮です、不審者さん」

 

東雲「〜〜〜!?」

 

声にならない悲鳴が上がる

 

 

 

 

敷波「今、なんか聞こえた様な…」

 

春日丸「そうでしょうか…それよりもアヤナミ様へのお土産ですが…」

 

敷波「多分メスとか喜ぶよ」

 

春日丸「そうでしょうか」

 

 

 

東雲「…あの、ここは…」

 

アオバ「かなり良い感じの喫茶店じゃないですか?私のお気に入りなんですけども」

 

東雲「そうじゃなくて…」

 

アオバ「即刻牢屋行きよりは有情かな…なんて」

 

東雲「ご配慮感謝します…」

 

アオバ「いやー、しかし、何故あんな所に?公衆電話でずっといる女の子がいるなんて、よからぬ単語の通報が来ましたよ」

 

東雲「そうですか…」

 

アオバ「で?今日の売り上げは?」

 

東雲「シません!そんな事!」

 

アオバ「冗談ですよ、でも、また会えて良かった、お礼が言いたかったんです」

 

東雲「…それですか」

 

アオバさんの義肢を見る

 

アオバ「ええ…これがあれば、戦闘中に下がってろなんて言われませんから」

 

東雲「元はと言えば私のせいで失われた手です」

 

アオバ「でも、この腕と引き換えに私は妹と分かり合えましから」

 

東雲「……そうですか」

 

アオバ「何かを失っても、それを超える何かを得られれば…怒りも、悲しみも湧きません、貴方に恨みはもうない…」

 

東雲「……」

 

アオバ「再開できたのは偶然ですが、本当に良かった…大淀さんあたりなら容赦なくやっちゃってましたから」

 

東雲「ここは横須賀の近くという訳でもなければ、通報の処理となると警察の仕事ですよね?」

 

アオバ「艦娘のことは艦娘が、貴方は平日の昼間に出歩いてる女の子、それも見える所にも怪我をしてる女の子が一般人だと思いますか?…いや、一昔前ならこんな荒仕事は無かったから警察が対応するんですけどね」

 

警察に行った通報が横須賀に、か

 

アオバ「何より女性同士の方がいいだろうと言うことで、そう言う取り組みですよ…まあ、確かに管轄外なので、たまたま近くに来ていた私が来たんですけど…」

 

アオバさんが携帯を操作する

 

アオバ「んー、迷子になってるのかな…」

 

東雲「人待ちですか?…私はいない方が…」

 

アオバ「いいえ、会ってもらいます」

 

少し強い口調で制止される

 

東雲「…どなたですか」

 

アオバ「来ればわかります…あ、来た」

 

東雲「…あ、そう言うことですか…」

 

青葉「…ど、どうも…綾波さん…」

 

東雲「やはり姉妹水入らずに私は邪魔では…」

 

アオバ「…いいえ、直接Linkに会うのは嫌でしょうからこうして青葉に引き合わせたんです、話すことちゃんと話しましょうよ」

 

東雲「……」

 

青葉「綾波さん、言伝は、預かりますよ」

 

東雲「少し、待ってください…整理したい……それと、青葉さん、携帯貸してもらえませんか…?電話をかけたい相手が…」

 

 

 

 

東雲「もしもし、聞こえてらっしゃいますか」

 

海斗『あ、綾波、青葉の携帯を借りたんだね、なんの用?』

 

東雲「……倉持司令官、単刀直入に言って、NABもCC社もまだ情報は出してきませんでした…おそらく、次に接触した時、その時に動く筈です」

 

海斗『…わかった、何かこっちから用意できる物はある?』

 

東雲「どうかお気になさらず、その…私の独力でやるべき事です、誰かを巻き込めば、その誰かは確実に不幸になる…」

 

海斗(…表立っての支援はまず無理だな…)

 

東雲「それと、森は…私が解放します」

 

海斗『…わかった』

 

電話を切り、携帯を返す

 

青葉「司令官に用事だったんですね…」

 

東雲「…いろいろと気を遣っていただいていますので、報告の義理くらいはあるかと思いまして…正直に言えば、それすらも避けたいのですが」

 

青葉「……今の貴方は、普通の人に見えます」

 

東雲「そうですか?」

 

青葉「歩く事も、喋ることすらもままならないあなたがなぜ快復したのか、その理由をお聞かせ願えますか」

 

東雲「……断るわけにはいきませんかね」

 

アオバ「ダメです」

 

東雲「…私は、脳がダメになってしまいました……ですので、私と他の人の脳をリンクさせ、私が自分の脳で行う処理を代わりにやってもらってるんです」

 

青葉「…その脳は、誰の…」

 

東雲「どこの誰かもわかりません…この世界には、生きた人間の脳を取り出し、保管する場所が存在します…そう言う、間違った施設を私は利用している」

 

アオバ「…間違った道を歩いている自覚はあるんですね」

 

東雲「いいえ、勘違いしているかも知れませんが…私はその人たちを助けたいと思っています」

 

青葉「…脳だけになった人達を…?」

 

東雲「ええ…培養して作り上げた体を提供したいと、そう考えています……意思すら残ってない人達ですが…今、私に手を貸してくれる協力者達です」

 

アオバ「話が読めません、貴方は…」

 

東雲「どう思われても構いません、私は少なくとも、私の正義から外れる事はしません」

 

アオバ「正義ですか…未だ私には、全容が掴めていませんが…」

 

東雲「喋りすぎては、巻き込むことになります……」

 

青葉「…Linkの人達、心配してますよ」

 

東雲「皆さん強いですから、きっと逞しく生きていけます」

 

青葉「本当にそう思ってるんですか」

 

東雲「ええ…それでは、私は…」

 

席を立ち上がろうと片手をテーブルにつく

その腕を掴まれる

 

アオバ「…実は、このお店、チャージ料って言って、席に座るだけでお金がかかるんですよ」

 

東雲「え?」  

 

アオバ「連れ込んじゃいましたけど、ここは割り勘という事で♪」

 

東雲「い、いや…あの…お金持ってな…」

 

アオバ「なら、ここは私が払いますから…身体で払ってもらいましょうか…」

 

東雲「え、いや…や、やめ…」

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府 工廠

 

工廠に放り込まれ、扉を閉められる

 

アオバ「さ、払ってもらいましょうか、労働で」

 

東雲「……明らかに、釣り合わない対価ですね…」

 

数百円、それを3人で割れば下手すれば数十円だと言うのに

 

あろう事か数時間の労働に化けるとは

 

アオバ「それとも、Linkに帰ってお金払って貰いますか?」

 

東雲「万引き犯に対する二択みたいなこと言わないでくださいよ…」

 

アオバ「どうしますか」

 

東雲「……」

 

狭霧さんは私を逃さないだろう

誰も私を離さないだろう

 

でも、それじゃダメだ

 

今のところまだ恐れている事態は起きていないが、例えば無誘導弾なんか飛んできた日には、誰か確実に死ぬ

 

私がLinkに未練を見せてはいけない

それを見せた瞬間、相手に有用なカードを与えることに他ならない

 

私は1人でいい、私は苦しくて、辛くて、いい

 

むしろ、それがいいのに

 

アオバ「…泣いてるんですか」

 

東雲「……私には、あの時間は、あの瞬間はあまりにも輝かしく、尊く、かけがえのない物でありすぎた…」

 

未練がないわけがない

 

何故、あんなに大事にしていた居場所を捨てられようか

 

私は、私はあそこにいたい、なんでもない時間を過ごしたい

 

だけど、それは…

誰かが狙われる危険性を孕んでいる

 

私のせいで誰かが傷つく可能性がある

 

東雲「…どうか、私のことは放っておいてください…私は、もうあそこには帰れない…」

 

アオバ「……」

 

東雲「…それと、貴方ではない、青葉さんに……私は元気でやっていますと伝えて欲しいと、どうか心配しないで欲しい、と…」

 

アオバ「……私には、人の心を読み取る力がある訳ではありません…でも、今の貴方の想いは嫌でも、伝わってきます…助けて欲しいのなら、そう言わなくては…」

 

東雲「違う…!助けて欲しいんじゃないんです!……ただ、無事で居てほしい、みんなに、辛い思いをしないでほしい…それだけ、それ以上は望みません…」

 

しかし、私にはそれすらも…

烏滸がましい願いとしか呼べないのかもしれない

 

東雲「……働きましょう…なんでもしましょう…あなた方が口を噤むのなら」

 

アオバ「…少し、待っていてください」

 

…諦めろ、何もかもを

自分の命はとおに諦めている

 

ならば、後は何を諦めればいい



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真の価値

横須賀鎮守府

提督 火野拓海

 

アオバ「と言うことで、監禁してます」

 

…出鱈目な報告を受け、頭を抱える

 

大淀「何やってるんですか貴方」

 

アオバ「まあ、客人への対応としては些か手荒ですが」

 

大淀「そうじゃありません、相手はあの綾波ですよ」

 

アオバ「この世界で最高の能力を持った存在です」

 

大淀「私たちもその恩恵には肖ってはいます、しかしそれはそれ、これはこれ、あの人を私たちで制御できるわけがない」

 

アオバ「制御はしません」 

 

火野「…考えがある様だな、聞かせてもらおう」

 

アオバ「司令官は勿論ココの評判はご存知ですよね?非人道的施設なんて呼ばれてます、見た目年端も行かない少女達が化け物と戦い続けてるのですから仕方ありません」

 

火野「それで」

 

アオバ「今の綾波さんは誰よりも人道的だと思います、少なくとも…私よりは」

 

大淀「アオバさん、まさか忘れたんですか…?貴方の腕は…」

 

アオバ「そう言う問題じゃありません、実を取るという話です、綾波さんはただ私達のそばに居るだけで、勝手に世の中にとって良いと思う事をします…いわゆる大義です、そこからは外れません」

 

火野「…好き勝手やらせていれば、名声が手に入る、評判を立て直す、と?」

 

アオバ「それだけではありません、綾波さんが正しい行いをし続けるのは一人では難しいことです、綾波さんは…敵になったとしたらもうそれは恐ろしいですけど、味方であるなら頼もしい…」

 

大淀「味方であるために、コントロールする?」

 

アオバ「いいえ、コントロールは必要ありません…綾波さんは自身で判断するくらいできます、善悪を間違えることは…少なくとも、私達の思ってる形では無いと思います」

 

火野「…まるで、暴走を放っておく、という様な話だな」

 

アオバ「それで良いんです」

 

火野「本人はどう言っている」

 

大淀「提督!正気ですか!?」

 

火野「…私の考えでは、そもそもここに留まることすらしようとしないだろう、私もLinkについては多少聞いている、本人が活動拠点とする場所を捨てたと言うのに、ここにとどまることを選ぶとは思えない」

 

アオバ「それは…」

 

火野「…今の彼女は、我々でとどめて置ける様な存在ではないだろう…もとより、そうだが」

 

アオバ「……味方につけたかったんだけどなあ」

 

大淀「…何故、貴方がそんなに綾波さんに入れ込むんですか」

 

アオバ「だって…あんなに辛そうな目をしてる人…私は…」

 

大淀「…辛そうな目、ですか、それが演技でない確証は?」

 

アオバ「大淀さん、貴方から見たら確かに私はアマちゃんですよ、だけど、いろいろな人を取材してきて、その人が嘘をついてるかくらいは見抜く力をつけるつもりです」

 

大淀「…提督」

 

火野「綾波は災害と何も変わらない、それを止めるのはもはや人にとっては至難の業だ、無理にここに留めることは…首を絞めることに他ならない」

 

アオバ「つまり…綾波さんが望めば、良いんですね」

 

大淀「本当にいいんですか」

 

火野「…一番近くで見張れるのだとしたら、それが一番マシだろう」

 

 

 

 

 

工廠

実験軽巡 夕張

 

東雲「…ええと、これは?」

 

夕張「何も食べてないんでしょ?私秘蔵のカップ麺、好きなの食べて良いから、後で感想聞かせてね!」

 

東雲(す、すごい種類…)

 

夕張「ちなみに私のおすすめはこの飲み干す一杯シリーズ、結構クオリティが…ああ、でも、味噌ラーメンはこっちのカップヌードルの方が美味しいかも、あ!サッポロ一番もあるけど!」

 

東雲「…ええと、私、カップ麺はあんまり食べたことなくて…」

 

夕張「なら、やっぱりカップヌードルから入るのはどう?王道で美味しいし!」

 

綾波にカップヌードルの醤油を押し付ける

 

東雲「え、ええと…ありがとうございます…」

 

夕張「…ほんとなら栄養のあるものを用意しなきゃなんだけど、今日間宮さんいなくて…一応医官もやってるのに、情けないけど」

 

東雲「そんな、お気になさらず…」

 

綾波の身体には合計12の銃槍があり、自身で処置できる場所は全てガマという水辺に生える植物の花粉が塗られていた

なんでも止血効果のある、所謂薬草らしい

 

夕張「…どうせ、暫くは外に出られないんだし…」

 

東雲「いえ、その…言われた仕事を終えたら出て行きます…」

 

夕張「え!?だ、ダメ!普通死んでる様な怪我なのに…!」

 

東雲「生きてるなら、私は…私の命を使わなくては、時間が勿体無い…」

 

夕張「そんな…ほんとに死ぬつもり?」

 

東雲「元よりそのつもりです…私は、大人しく地獄に落ちるべきなんです」

 

夕張「……あなたに憧れてる人、たくさんいると思う」

 

東雲「それは…間違いです、目を覚ますべきですよ、私に憧れるなんて…冗談も休み休みにしてください」

 

綾波の手を取り、こちらを向かせる

 

夕張「少なくとも!……私は、技術者として…憧れてる……」

 

綾波は私の手を優しく握り、ゆっくりと離させる

 

東雲「…あなたは凄い人です、私なんかに惑わされちゃいけませんよ」

 

夕張「違う、惑わされてなんかいない…!私が憧れたのは、使い手の事を理解した装備を作れるところとか!私よりも色んなことしてるのに手先がすごく綺麗で気を遣ってるところとか!」

 

東雲「…そうでしょうか、ほら、今の私の手…汚いじゃないですか」

 

綾波の手は、確かに見る影もない

前に会った時、美しく、人形の様な姿だった

 

でも、今の綾波の肌は…カサカサだったり、シミがあったり

手も、爪先が割れていたり、指が傷だらけだったり…

 

でも…

 

綾波の手を両手で包み込む

 

夕張「…綺麗だと思う、私にはわかる、この手は…頑張ってる人の手だって…辛くても苦しくても諦めてないって、わかる」

 

東雲「……あなたは、優しい人ですね、相手の心を思いやれる、良い人です…」

 

夕張「…あ、あれ?どうかした?」

 

綾波の瞬きの回数が多くなり、その度に目を閉じている時間が長くなる

眠い?それとも…

 

夕張「よ、横になって!まさか失血がそんなに?いや、でも…そりゃそうよね、ああもう…!」

 

東雲「……すみません…少し、眠り、ます…」

 

そう言って綾波は目を閉じて寝息を立て始める

 

夕張(し、死ぬのかと思った…)

 

体力が尽きたのか、一瞬で深い眠りについたらしい

 

夕張(…私よりも、年下で、小さくて、なのにずっとずっと強くて、何度も間違えて、今もまだ…)

 

思えば、私もたくさん間違った

今が正しいとはとても言えない

 

正しいは存在しないのに、間違いはたくさんある…

 

夕張(…今なら、進めても良いかも)

 

 

 

 

 

 

数時間後

 

東雲「ん…んぅ…?」

 

夕張「あ、起きた?」

 

東雲「……すみません、毛布までお借りしてしまい…今の私は、1日の連続活動時間に限界があって…」

 

夕張「大丈夫大丈夫…それより、一ついい?」

 

東雲「なんでしょうか…」

 

夕張「横須賀に、留まるつもりはない?横須賀は貴方のことを支援したいと考えてる、貴方が大義のために戦うと言うのなら、目的は同じだから」

 

東雲「…お断りします」

 

夕張「理由、聞いてもいい?」

 

東雲「……誰かを、巻き込むだけです、私は1人でいい」

 

夕張「…そう、それなら仕方ない、か…」

 

懐から、カートリッジを取り出して差し出す

 

東雲「そ、それは…最初に作った改二カートリッジ…」

 

夕張「それだけじゃない、勝手で悪いけど、これも使わせてもらったの」

 

東雲「…私が持っていた方の、改二カートリッジ…」

 

アオバから大体の話は聞いてる

 

夕張「両方、データをもらったから…そして、これ」

 

東雲「……このカートリッジは…?」

 

夕張「二つのカートリッジの力をそのまま組み込んだ…そうするとできあがったのは、全く安定性の無い、凶暴としか言えない、破壊のカートリッジ…」

 

このカートリッジは、何よりも危険だった

 

夕張「だから、それを…抑え込むために、色んなカートリッジを使ってチューニングしたんだけど、まだ不完全なの」

 

東雲(…このカートリッジ、改二と同等の出力でありながら…危険度が跳ね上がってる、でも…)

 

綾波がカートリッジを手に取る

 

東雲(…そうか、無理やり押さえ込んでいるから改二と同等の出力しか出せない…でも、このカートリッジ…)

 

夕張「制御装置というか、枷だらけだから、使いづらいかもだけど…」

 

東雲「…いえ、これ、身体への負担が大きく軽減されています…!そんな、あり得るんですか、こんなこと…改二のリスクが、無い?」

 

表情を見ている限り、どうやら満足いくレベルまでは押し上げられたみたい

 

東雲(カートリッジ其の物が長時間の使用に耐えられないけど、その代わり使用者への負荷が一切ない…あり得ない、私じゃ絶対にできなかった…)

 

東雲「…夕張さん、あなた、凄いですよ…!」

 

夕張「え?そ、そお?いやー…あはは」

 

憧れの対象にそんな事を言われるなんて、つい頬も緩む

 

東雲(でも、これを使うのは控えたほうがいい、カートリッジ自体が長時間の戦闘に耐えられない、となると、本当に必要な時まで使えない…複製するにも、改二カートリッジ2本の力を流用することになる…)

 

開発の手間は途方もない

そうなると無駄遣いはできない

それこそ死にかける様な戦い以外では、使えない

 

東雲(…でも、この力をどう扱うのが正しいのか、測り間違えそうで、怖い…もっとおびえて、力の使い所を間違えない様にしないと)

 

夕張「…綾波は、自分の戦いが終わったら、どうするの?」

 

東雲「自分の戦い、か……私は特定の敵を持っていません、強いていうなら敵は悪意そのものです、なので…そこそこ平和になったら赤坂におしゃれなカフェでも開いて隠居しようかと」

 

夕張「そっか、そんな夢があるんだ」

 

東雲「…今適当に考えて言っただけです、私の夢は、地獄に落ちる事ただ一つですから」

 

夕張「ううん、今さっきのカフェの話、きっと綾波の夢なんだよ、ずっとそうしたいと思ってるんだよ」

 

東雲「……そんな事」

 

夕張「絶対そうだって!じゃないとそんなにすらすら出てこないし…」

 

東雲「あーあー、そうだ、忘れてたことが一つありました」

 

無理矢理話を流される

 

東雲「その指輪についてです、重要な機能を一つ伝え忘れてました」

 

夕張「機能?」

 

東雲「…その指輪は、より強くなるために役に立ちます、具体的にはその指輪が思考の補助や動作補助をしてくれるんです、実質的に今の限界を突破できます」

 

夕張「そんな機能あったの!?」

 

東雲「ええ、でも機能していませんでした」

 

夕張「機能してなかった?」

 

東雲「ある一定ラインの強さを変えないと、意味がないんですよ…機械の補助がつくのある強さになってからです」

 

夕張「それって、具体的にわかるものなの?」

 

東雲「今の艤装には練度を識別するシステムがあります、そのシステムと指輪は繋がってるんですが、そのシステムが練度99以上と認めて初めて効果を発揮するんです」

 

夕張「99…該当者はいるの?」

 

東雲「3名います」

 

夕張「三名…」

 

東雲「アケボノさん、キタカミさん、川内さんです…」

 

夕張「3人とも指輪なしでも超のつく実力者…」

 

東雲「…これから、もっと強くなるはずです」

 

底を知らないというか、なんというか



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似非モノ

離島鎮守府 食堂

教導担当 キタカミ

 

テーブルの上で指輪を回して退屈な時間を過ごす

 

敵の襲撃はいつ来るかわからない

的確に読み切った防衛戦なんて、2度目はないんだ

遠距離から建物を狙い撃たれたら、唐突に、警戒してない時にやられたら

 

この退屈な時間が一瞬で終わる

戦争とはそう言うものだ

 

キタカミ(って考えると、これも幸せなのかねぇ…)

 

指輪をつまみ上げる

 

魔法のランプの様に、擦れば艤装を召喚するコレは私との相性がだいぶん良い

 

自分自身が携行できる主砲は4つ、杖の仕込み合わせて5つ、でもこれは瞬間的にかなりの数の主砲を召喚できる

 

一つ一つの火力は確かに戦艦なんかには敵わない

でも、うまく操れば戦艦なんてメじゃない

 

キタカミ(私にあった艤装だけど、なんともまあシンプルでつまんない)

 

何より綾波製と言うのが単純に気に入らない…

 

キタカミ「ん?アケボノじゃん」

 

アケボノ「どうも、ここ良いですか?」

 

キタカミ「いや、良いけども」

 

アケボノ「……」

 

アケボノにじっと見つめられる

 

キタカミ「いや、聞くから、聞くからさ…そんな顔しないでよ」

 

アケボノ「…秘書艦の任を、解いていただいてきました、これで…私はいち駆逐艦にすぎません」

 

キタカミ(駆逐艦ねぇ…深海棲艦の力で暴れまくる奴が駆逐艦ねぇ…)

 

アケボノ「……何故、提督は…私を恨まないのでしょうか、私に…感情的にならないのでしょうか…怒りもしなければ…」

 

キタカミ「いや、そんなの簡単じゃん、もーっと酷いもん山ほど見てきたからでしょ」

 

アケボノ「…自分の命を奪う何かより?」

 

キタカミ「その辺はさ、人の感覚なんだろうけど…知ってる?朧って提督の記憶が一時期丸々頭に入ってきたことあるんだよ」

 

アケボノ「…何が関係あるんですか、それが」

 

キタカミ「朧と私はタルヴォスで繋がってる、朧は好き勝手やる時私の頭に色んなもの垂れ流すんだけど、ざっくりその記憶を盗み見たりもしたんだよね、まー酷かったよ、言いたい放題言われたりして」

 

アケボノ「だから私は大したことないと?」

 

キタカミ「……アケボノはさ、今助けたい人、いる?」

 

アケボノ「助けたい、人…?」

 

キタカミ「居ないでしょ、私も居なかった」

 

アケボノ「居るんですか?今は」

 

キタカミ「ん」

 

アケボノを指さす

 

アケボノ「それは…すみません、相談に乗ってもらって」

 

キタカミ「そうじゃなくて、ここのみんなって事だよ…こんな戦争で苦しむことがない様にって意味でね」

 

アケボノ「それが、提督の願いですか」

 

キタカミ「もちろん意識不明のお仲間も助けたいみたいだけどね、両立の為に片方にあんまり入れ込めないし、余裕も無い、特に…困った部下のお遊びにはね」

 

アケボノ(…困った部下か…)

 

アケボノ「どうすれば、お役に立てると思いますか」

 

キタカミ「言われたことだけやんな、あんたはなんでもやり過ぎ」

 

アケボノ「足りないくらいです、それこそ書類関係は一通り任せていただいても…」

 

キタカミ「完璧にできるとか、そんな話じゃないんだよ、自分で責任を取るって決めた以上、人任せにしたくないんだよ」

 

アケボノ「……」

 

キタカミ「アケボノ、前線に出たい?」

 

アケボノ「前線ですか…」

 

アケボノ(そこらの深海棲艦なら、一瞬で壊滅させられる自信はある、私が前に出ることで提督のお役に立てるなら…)

 

キタカミ「…わかんないか」

 

アケボノ「そうですね、一瞬で答えられるほどには、まだ至っていません」

 

キタカミ「私は出たくないなぁ、前線…危ないし、出る理由もないし」

 

アケボノ「……ありませんか、本当に」

 

キタカミ「……私が育てた子達は、全員自分の身は守れるくらいに強くなってるよ」

 

アケボノ「なら、それで守りきれない強さの敵が出たら?」

 

キタカミ「そんときゃ、少しくらい頑張るよ」

 

…想像はしたくない

だけど神通の事もある

 

…いつ、前線送りになってもおかしくない

 

指輪を天井目掛けて放り投げる

 

アケボノ「そういえば、キタカミさんはそれを偉く乱雑に扱うのですね」

 

キタカミ「……これはお守りじゃない、私達を守る何かではないただの武器だからね…」

 

放り投げた指輪を受け止める

 

キタカミ「たとえばこれに特別な想いがこもってたなら、こうはしない、でも…私にはみんな等しく与えられたこれが、どうにも疎ましく感じる…アケボノがそうである様に」

 

バツが悪そうにアケボノが目を逸らす

 

キタカミ「なーんで、ケッコンカッコカリなんて名称付けたのかね、綾波は」

 

アケボノ「綾波の趣味とは思えませんが」

 

キタカミ「まあね、確かにそうだよ、でも、何らかの意味はありそうだよね」

 

取り敢えず、薬指に戻す

 

キタカミ「あ、見た?これつけて見せた時の提督の顔の焦りよう」

 

アケボノ「見てはいませんが、教育に悪いのでは?」

 

キタカミ「数少ない娯楽くらいに考えとくもんさね……と」

 

アケボノ「どうしました」

 

キタカミ「…呉の連中まだ居るよね、叩き起こして、敵襲だよ…南風に乗って匂いが一足先に来た」

 

アケボノ「…まだ本土に行った人たちは帰ってきてないのに」

 

キタカミ「良いじゃん、最強タッグの結成という事で」

 

 

 

 

近海

 

キタカミ「へぇ、アレか…うわさの仮面の敵」

 

神通を戦闘不能に追い込んだ、青葉の動きを真似た敵…

でも、ここから見るに、3人、艤装は前2人が駆逐艦、後ろの1人が戦艦タイプ…こちらから見て三角形の陣形…

 

キタカミ(…いや、あれは)

 

何か見覚えが…

 

キタカミ「…阿武隈の索敵陣形…!」

 

スリーマンセルの時に組む、阿武隈が考案した離島鎮守府独自の陣形…!

後方からの奇襲をタンク役が受ける事で、敵のゲリラ的戦術を防ぐ為の…

なんでアイツらが使ってんのかは知らないけど、罠を警戒してるのはわかる…!

 

キタカミ(冗談キツイっての…あれは阿武隈の作ったもの、勝手に使うなよ…!)

 

考案段階から、あの陣形については研究していた

あの陣形は派生系が多く、チームワークが求められる

 

キタカミ(…間違いない、戦艦が前に出た)

 

駆逐艦の前に戦艦が出る事で、前衛1後衛2の形に切り替わる

 

キタカミ(普通の深海棲艦とは違う、味方を生かそうとするくらいには賢い…!)

 

主砲を腰紐から一つ外し、向ける

 

キタカミ「……お互い射程内、覚悟は良いって事で良いよね?」

 

…深海棲艦だ、相手は深海棲艦なんだ…間違いなく

 

…でも、引き金が引けない

 

キタカミ(落ち着け、撃てば殺せる!……でも…)

 

相手はヒト型だ、意志がある、あの仮面の下が人間でない確証は?

 

キタカミ(……)

 

下した判断は…

 

キタカミ(撃って来なよ…その瞬間、殺してやる)

 

主砲をおろし、無防備に見せる事

先に撃たせる専守防衛

 

領海内とはいえ、あの仮面の下を確認するか攻撃されるまでは、撃たない…

 

キタカミ(さあ…さあ!)

 

戦艦の主砲が、こちらを捉える

 

キタカミ(…捉えてる、ブレもない…綺麗に捉えて…!)

 

放たれた砲弾を主砲を右手の振り抜いて叩き落とす

 

キタカミ「…良い腕してんじゃん…!」

 

叩き落としたと同時に放った砲弾が戦艦の仮面をブチ抜く

 

キタカミ「さあ…中身は………え?」

 

反応が遅れた、眼前の敵に集中しすぎた…

左足に幾つも絡みつく…

 

キタカミ(これ、触手…!?)

 

カッと光が視界を包む

 

キタカミ「ー!!」

 

吹き飛ばされ、海面をゴロゴロと転がる

痛い、熱い…

 

人の形をしてるからと迷ったのは良くなかった

さっさと撃ち殺せばこうはならなかったのに

 

キタカミ(あの触手、何かから伸びてた、その何かが、爆発した…!)

 

キタカミ「ぐ…!」

 

なんとか、立ち上がる

 

キタカミ(一番怖いのはさっきのやつ、もしくは引き摺り込もうとする伏兵…海中は匂いがしないから私の鼻は全く役に立たないし…)

 

呉の奴らとアケボノは何をしてるのか、早く来ないと流石にヤバい!

 

キタカミ「…待って、なんであんたらが来たの…!」

 

この匂い…アメリカの…

 

ワシントン「キタカミ!敵襲って聞いて…」

 

キタカミ「さっさと逃げ…ッ!!!」

 

脇を通り抜け、ワシントンの方へと飛んだ砲弾を雷のカートリッジで速度を上げた砲撃で撃ち抜く

 

キタカミ(狙撃!!しかもこれ、何キロ先から…!)

 

ワシントン(い、今、気付いてない砲弾に超速で反応して撃ち落とした!?なんて事…!)

 

思い出すのは、五月雨とやり合った時のこと

そうだ、この感じ、五月雨だ

 

キタカミ「……」

 

…ヤバい

背筋が凍った

 

青葉、五月雨、あの戦艦は長門か?なら…(キタカミ)は?

アケボノや私はどうなんだ

 

なうての実力者は軒並みコピーされてるとしたら、絶対に、そこに自分が加えられてる

 

キタカミ(…守り切る余裕はない!!)

 

体を大きく揺らしながら、右手を大きく振りながら、放つ

 

キタカミ(五月雨は落ちる、次…!)

 

キタカミ「え」

 

匂いがしなかった

いつのまにか目の前に…

 

いや、違う、早すぎる

 

キタカミ(島風…!?)

 

指輪で艤装を召喚し、なんとかそれを盾にしてダメージを軽減する

しかしそれでも足りない

 

海面をゴロゴロと転がるたびに傷口に海水が染みる

全身切り傷だらけ、今の一瞬で何撃くらった?

 

キタカミ「かはっ…っあ…!」

 

ワシントン「キタカミ!い、今何が…!?」

 

キタカミ「さっさと逃げな…!死ぬよ!」

 

手札は何が残ってる

いまさっき切ったカードは強すぎる

 

私の手持ちのカードは…

 

キタカミ(…いや…)

 

キタカミ「おっそい…!」

 

川内「川内参上」

 

アケボノ「お待たせしました、駆逐艦アケボノ、戦闘行動を開始します」

 

ようやく増援が来た

これで多少はマシになる

 

敵の数を測り、敵の強さを測り、戦う余裕ができる

 

キタカミ「下にも気をつけなよ、なんか居る!」

 

川内「なんかって何さ」

 

キタカミ「変な奴、絡みついて自爆してくるよ…!」

 

アケボノ「なんて面倒な」

 

川内「…で、敵は…!」

 

キタカミ「…島風っぽい駆逐とあと1は不明!」

 

戦艦はすでに沈んだらしく、艤装しか残ってない

 

川内「了解」

 

アケボノ「なら不明な方は任せました…島風さんのニセモノは私が」

 

川内「そこは対応力ある方が未確認やるべきでしょ」

 

アケボノ「あなたは速くはない」

 

川内「…まあ、確かに」

 

キタカミ「ワシントン!さっさと引き上げないと巻き込むよ!」

 

すぐそばでアケボノが敵を捕らえる

 

アケボノ「…速いですが、貴方はまだ力の扱いを知らないと見える」

 

アケボノが敵の頭を握りつぶす

 

風船が割れる様な音があたりに響く

 

ワシントン「ひっ!?」

 

キタカミ「……中身は本当に空洞なんだ」

 

アケボノ「…ッ!!」

 

アケボノが一部を一瞬深海化し、尻尾で残りの一体の砲撃を防ぐ

 

川内「ごめん!防ぎきれなかった!」

 

キタカミ(今の砲撃スタイル、別に突出したところはない、というか、アケボノにとんだのもまぐれっぽい…戦闘データ云々が本当だとしたら、かなりの新米みたいな…)

 

川内が敵を圧倒し、じっくりと刻んでいく

 

キタカミ(……ああ、最悪の気分…)

 

まるで、朝霜達だ

もしかしたら択捉達かもしれない

 

まだ戦うことにすら慣れてない子が、川内に蹂躙されてる様に見える

 

キタカミ「…アケボノ、川内、先帰る」

 

川内「先も何も、終わったよ」

 

アケボノ「ええ…海中の敵も、反応ありません」

 

…多分、ここまで少数なのは事前に仕掛けた罠が効いてるからなはず

だけど…なんだか心が澱む

 

アケボノ「…!」

 

川内「そこか!」

 

アケボノと川内が同じ場所を撃ち抜く

 

先ほど自爆した生物がいくつかグッタリとした様子で浮上してくる

 

アケボノ「コイツらが」

 

川内「近づいちゃダメだよ、死んだふりかもしれないから」

 

キタカミ「……コイツらの拠点、どこなんだろうね」

 

…前回の襲撃も、今回の襲撃も、南からだった

 

…南の海域は、周辺の諸島、すべての近海を一度制覇している

 

キタカミ(……コイツらが賢いのなら、拠点を隠してるなら…深海なのか、それたも…)

 

可能性として、一番あるのは…

 

キタカミ「東かな」

 

川内「ハワイ…か」

 

地理的には真東にあたる

 

そして、アメリカが深海棲艦にいい様にやられてるなら

 

アケボノ「可能性は高いでしょう」

 

キタカミ「…敵はいつまでも待ってはくれない、さっさと動くよ」



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臆病勇者

The・World R:1

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

双剣士 カイト

 

カイト「あ、やあ!ブラックローズ!」

 

ブラックローズ「「やあ!」じゃねえよ!なんでここ最近ログインできなかったんだよ、なんか…ヤバかったのか?」

 

カイト「まあ、ヤバいかやばくないかで言えばヤバいけど、大丈夫、みんな頑張ってくれてるからね」

 

ブラックローズ「…まあいいや、それより、例の猫PCの居所を掴んだんだ、ついて来てくれよ」

 

カイト「わかった」

 

…あの猫の、獣人のPCは間違いなく仕様外のキャラクターだ、NPCかPCかはまだわからない、でも…あの時、間違いなく僕を、僕達を…

 

カイト「…行こう」

 

僕はこの時代を、この世界を知らない

あのキャラクターを知らない、でも、唯一わかるのは、アレは危険だって事だけだ

 

 

 

 

 

 

Θサーバー 隠されし 真実の 虚無

 

カイト「…居ないね」

 

ダンジョンをくまなく探しながら進む

 

ブラックローズ「昨日はここにいたんだ、間違いない」

 

カイト(…見つけても、話ができるかどうか…いや、それよりもしもの時に摩耶を逃すことだけ考えよう)

 

前の様に仕掛けてきたのなら…最悪、腕輪の行使も視野に…

 

ブラックローズ「…アイツは…」

 

カイト「司だ」

 

…摩耶の情報は正しかったらしい

緑衣の呪紋使い、司…

 

カイト「少しだけ、様子を見てみよう…」

 

ブラックローズ「わかった」

 

…ギリギリ、聞き取れる距離まで近づく

 

司「…そうだね、でも…あの女の子はずっと寝てるから、まだ先になるかもしれない」

 

司1人が喋る

しかし、会話が成立しているかの様な素振り…

 

まるで、司には誰かの声が聞こえている様な

 

カイト(女の子…?一体誰と喋って…)

 

司「うん、でも、先に君にこれをあげるよ」

 

司がエノコロ草を手に持ち、掲げる

 

ダンジョンの障害物の影から猫のPCが現れ、エノコロ草を受け取る

後ろ姿からでも、あの猫のキャラが喜んでいることがわかる

 

カイト(…まるで、ミアとエルクみたいだ…)

 

司「ねえ、マハ、母さんはミミル達をあそこに連れて行ったら怒るかな?」

 

カイト「マハ…!?」

 

…マハ、第六相誘惑の恋人マハ、六相の碑文にして、もう一つの姿を持つ…

 

その持つ一つの姿こそが、僕のかつての仲間、同じ様にネコをモチーフとした獣人のPC、ミアだった

 

マハ「…!」

 

司「どうか、したの?」

 

カイト(しまった、気づかれた…!)

 

急いでエリアから摩耶と脱出する

 

 

 

 

 

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

 

ブラックローズ「おいおい、なんでいきなりエリアを出るんだよ、目的のやつはみつけたのに…また振り出しに戻るじゃねえか」

 

摩耶が剣を地面に突き立て、寄りかかる

 

カイト「…ごめん、でも、あのキャラは特殊なモンスターを呼び出すんだ、そのモンスターにキルされると…」

 

ブラックローズ「ただのゲームバトルじゃ済まないってことか…で?アタシを外そうって?」

 

摩耶の目線がキツくなる

 

カイト「いや、そういう訳じゃ…」

 

ブラックローズ「…カイト、あんまりこの摩耶様を舐めんなよな…!」

 

カイト「……そうじゃない、怖かったんだ、また目の前であんな事が起きるのが」

 

…ただ、怖かった

 

カイト(…青葉みたいな目に合わせたくない、あんなことになって欲しくない…でも、まだ、探索できたかも)

 

…焦りが産んだ判断ミスとも取れる行動

そんなつもりはない、もちろんアレの危険性を踏まえれば退いて良かったと思ってる、でも…

 

ずっと逃げ続けるのか?それは、いつか限界が来る

 

カイト「……摩耶、その…ブラックローズのPCには慣れた?」

 

ブラックローズ「ああ?…まー…だいぶん、思い通り動いてくれる様にはなったけど…」

 

カイト「…よし、せっかくだし、コンビネーションの練習をしようか」

 

ブラックローズ「コンビネーション?」

 

カイト「動きをあらかじめ決めておけば、未知の敵にも有利に立ち向かえるかもしれない、お互いの意思疎通の手間を減らせるという意味でも有用じゃないかな」

 

ブラックローズ「…良いけど…「The・Worldは3人パーティが基本」じゃなかったのかよ」

 

カイト「やむを得ず2人で戦わなきゃいけないこともある…特に、行動を一番共にする相棒とは、連携技の一つくらいないとね」

 

ブラックローズ「…なるほどな、そういうことなら悪くねえ、乗った」

 

 

 

 

 

 

 

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

トキオ

 

トキオ「はぁ…結局、カイトは帰ってこないし、ベアとは少し揉めちゃうし…散々だったなあ……ん?あれは…司!」

 

司「…アンタ、誰」

 

トキオ(そ、そういや話したことなかった…!)

 

トキオ「オレはトキオ!よろしく!」

 

司「…ふーん」

 

トキオ(め、めちゃくちゃ警戒されてる…)

 

トキオ「あれ?それって、ペット?」

 

司が抱きかかえた動物を凝視する

 

司「知らないの?プチグソ」

 

トキオ「プチグソ?」

 

彩花『The・World R:1のペットシステムね、成獣にまで進化させれば移動時に乗ることもできるわ、あの子はまだ子供みたいだけど』

 

トキオ「へー…よく見ると愛らしいなあ…」

 

司「…撫でる?」

 

トキオ「え?いいの?」

 

司が降ろしたプチグソを撫でる

 

トキオ「うわあ…なんか、柔らかいしフサフサだし、あったかいなぁ…」

 

司「……わからないくせに」

 

司がプチグソを抱き上げる

 

トキオ「ああっ…もう終わり?」

 

司「…じゃあね」

 

司がどこかへと転送されていく

 

トキオ「わからないくせに…か……わかるんだけどな、オレ」

 

彩花『普通、リアルの感覚があるなんて誰も思わないでしょう?』

 

トキオ「うーん…確かに、仕方ないのかなあ…」

 

青葉「あ!居た!」

 

トキオ「うわっ!シックザール!?」

 

シックザールから逃げ出す

 

青葉「ああ!待って!ぁゔっ!?」

 

何かに引っ張られた様に青葉が転ぶ

その隙にグランホエールへと逃げ込む

 

 

 

重槍士 青葉

 

青葉「うう…ど、どこいきました?……居ないし…リコリスさん、ついてきてくれないし…」

 

…収穫は今のところ、何もない、このままでは困る

そもそもトロンメルさんは何処だ、連絡を取っているのに全然待ち合わせにやってこないし、探しても居ない

 

青葉(まあ、人のこと言える立場じゃないけど…時間とかに良い加減な人多そうだなー…シックザール)

 

どうしたものか、今の私は時間が過ぎるのを待つしかやることが無い…

 

青葉「……あ…?」

 

砂嵐三十郎「む」

 

青葉「…出ましたね、浪人の方…」

 

砂嵐三十郎「…ああ、以前立ち会った重槍使いか…!あの時は中途半端に終わっちまったが、続きがやりたいのか?」

 

青葉「…そうですね、あなたをデリートしなくてはいけません」

 

青葉(この人も、別の時代から来てしまったコピー、それを削除するのが私の仕事…)

 

砂嵐三十郎「立ち合い…と、いくか」

 

青葉「容赦は、しません…!」

 

砂嵐三十郎「む…これは…!」

 

周囲の景色が切り替わる

 

青葉「簡易的なバトルエリアです、この中ならどんなに戦っても良い」

 

砂嵐三十郎「…なるほどな、良いじゃねえか、狼」

 

青葉「私は狼ではありません、青葉です…!」

 

砂嵐三十郎「おっと、そうなのか、そいつはすまんな、てっきり拝一刀かと思っちまった」

 

青葉(子連れ狼なんて今時誰も知りません…よ……あれ?)

 

…チラリとリコリスさんの方を見る

相変わらず私の手を握っている、何も変わらない

 

青葉「…あの、見えてます?」

 

砂嵐三十郎「なんの事だ?見えてるってのは…」

 

青葉「…子連れ狼なんていうものだから、焦った…」

 

砂嵐三十郎「しかし、手を握るモーションなんてあったかな、そっちの子はこのエリアにいて大丈夫なのか」

 

青葉「やっぱり見えてるじゃ無いですかーっ!!」

 

砂嵐三十郎「おおっ…な、なんだ?」

 

青葉「え、なんで?なんでリコリスさんが見えて…!」

 

砂嵐三十郎「リコリスって言うのか?…なんだ、なんか訳ありに見えるが…」

 

青葉(うーん…どうしよう、言うべきか言わざるべきか…)

 

砂嵐三十郎「で、やるのかい」

 

青葉「…とりあえず、あなたが生き残ったなら、聞きたいことを聞かせてもらいます」

 

砂嵐三十郎「ほお」

 

青葉「私が勝ったら、そこまでです」

 

槍を両手で構え、踏み込む

突き、薙ぎ払い

素早く手数の多い攻撃で様子見する

 

砂嵐三十郎(く…この前やった時より技のキレが良い…)

 

青葉(槍に集中した…それは命取りです!)

 

呪符を投げつけ、発動する

 

青葉「火炎太鼓の召喚符!!」

 

浪人のやや後方にダメージエリアを作り、逃げ場を限定し…

 

砂嵐三十郎(誘い込まれてるな…いや!あえて乗るか…)

 

互いに一撃、浅いが一撃ずつ攻撃がヒットする

 

青葉(削られたダメージは…この程度なら普通にやりあえる、でも…)

 

斬られた感覚が頭に流れ込む

斬られた錯覚の痛みでおかしくなりそうだ

 

砂嵐三十郎(このダメージ…油断は元よりない、しかし…巧い…!)

 

青葉「そういえば、名前を書いてませんでしたね…!」

 

砂嵐三十郎「砂嵐三十郎だ」

 

青葉「…青葉です」

 

一合、二合…

 

小手調べをしてるわけでは無い

だというのに、互いに下手な踏み込みを恐れ、戦えない

 

砂嵐三十郎!!」

 

ここで重要なのは射程差

槍とに本当なら槍の方が長い

 

青葉「はああぁぁぁッ!!」

 

砂嵐三十郎「ぐっ…」

 

リーチを生かした一方的な攻撃

斬撃を狙わない、もはや打撃のみの軽い攻撃で徐々にダメージを蓄積させる

 

砂嵐三十郎「やるじゃねえか…!」

 

青葉「それはどうも!!」

 

槍が刀とぶつかり、刀を弾き飛ばす

 

青葉「ダブルスィーブ!!」

 

砂嵐三十郎に大技叩き込む

そして間髪いれずに乱撃を叩き込むら

 

青葉「……トドメ!」

 

振り上げた槍を斬撃で受け止められる

 

砂嵐三十郎「こいつは、思ったより強いな…まいったまいった」

 

青葉「え?まいった?……なんで?」

 

砂嵐三十郎「お前さんの方が強い、それだけだ」

 

青葉「…」

 

油断はない、変な動きをするなら貫く

 

砂嵐三十郎「どうやってここからでればいいんだ?」

 

青葉「あ?ああ、なら送り出しますけど…」

 

砂嵐三十郎「悪いな」

 

バトルエリアが消滅する

 

青葉「……なーんだか、少し違和感あるんですよね」

 

砂嵐三十郎、この人についても少し調べないと

 

.hackbrsであることくらいしか分かってないのに

 

青葉「私も出直します」



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記録 事故

Link基地

青葉

 

青葉(砂嵐三十郎、.hackersのメンバーとして一応記されてはいる、だけど.hackersはカイトとブラックローズ以外のメンバーは自称などでしか知られていない、つまり、正確なメンバーは不明)

 

過去の.hackersについて調べても、それが正しい情報とは限らない、だからこういう手が役に立つ

 

青葉(写真と記事を載せて…と…タイトルは…隻眼の侍とかにしておこう……これで砂嵐三十郎を知ってる人から反応が来れば…よし…!)

 

使えるものはなんでも使う

データを集め、対策を立てる

向こうは私の方が強いと言って退いたけど、今の私ではあの人を倒し切れるとは思えなかった…

 

油断はしちゃいけない、それに次も1人とは限らない…

 

青葉「…あ、そう言えば、言伝のメールは来てるのかな…」

 

今横須賀に監禁されてる綾波さんは、Linkのメンバーに何かを伝えて欲しいとは言わなかった

 

青葉(メールなし、流石に解放したのかな…うーん…気になる)

 

綾波さんなら、きっと何処でも上手くやるんだろうけど、それが良いことなのか悪いことなのか、私には判断できない 

 

青葉(…司令官に聞くのも手だけど、コピーとは言え仲間を狩られてるのは嫌だろうし…)

 

できればここは伏せておきたい…

 

青葉「うぇっ!?」

 

ドガガガガッ

と、連続で壁を殴る様な音が聞こえる

 

青葉(へ、変な声出た………あれ?……なんか、焦げ臭い…?)

 

 

 

 

 

ダイニング

 

タシュケント「なんでお粥作ってたのにそうなるのかなぁ!?」

 

ガングート「だから言っただろう、私は料理が一切できん、と」

 

グラーフ「胸を張るな、もっと落ち込め」

 

青葉(…何この惨状…壁に何かの破片が沢山刺さってるし、黒い何かがぶちまけられてるし…)

 

ザラ「あ、どうも」

 

青葉「どうも…あの、どうしたんですか…これ…」

 

ザラ「…朧さんが倒れたので、お粥を…」

 

青葉「…壁に刺さってる破片は…?」

 

ザラ「土鍋です」

 

青葉「土鍋…」

 

土鍋…だったものを引き抜く

 

青葉「ちなみに、あっちの黒いのは…」

 

ザラ「お粥です」

 

青葉「お粥…」

 

これは、料理ができるできない以前の問題な気がしてきた…

 

青葉「何があったらこうなるんですか…?」

 

ザラ「何というか…その、土鍋を密封して作ったらしくて…」

 

青葉「…???」

 

ザラ「穴を塞いで重しをして、完全に外と遮断して、その…圧力鍋…みたいな」

 

青葉「え、そういうものなんですか?圧力鍋」

 

ザラ「さあ…」

 

タシュケント「何でこうなるんだよー…!」

 

ガングート「知るか!綾波が居ないのが悪い!」

 

グラーフ「人のせいにするな!綾波に関してはみんな困ってるんだ、大人しく片付けでもしていろ!」

 

タシュケント「あーもう、早く帰ってきてよ綾波!!」

 

青葉(あ、綾波さんの居場所知ってるって分かったら拷問でもされそうな気がしてきた)

 

ザラ「青葉さん、申し訳ないのですけど、この水差しとお薬、朧さんに持っていってもらえませんか…?」

 

青葉「あ、はい!全然大丈夫です!」

 

逃げる様にダイニングを出る

 

 

 

 

青葉「失礼します…あ、どうも」

 

狭霧「あ…お水ですか、ありがとうございます」

 

リシュリュー「キッチンの方にいたの…?あの…向こう、すごい音したけど、大丈夫?」

 

青葉「…土鍋が逝きました」

 

狭霧「…ガングートさんに料理はさせない方がいいのに…」

 

青葉「あの…朧さん、大丈夫なんですか…?」

 

Linkのメンバーが帰ってること自体さっき知ったから、朧さんの状態は何も知らない

 

狭霧「戦闘が長引いて倒れてしまったんです、すぐに良くはなりますけど…無茶をさせてしまいました…」

 

青葉(やっぱり、少人数での活動がメインのチームだから人手が足りてないんだ…半数は非戦闘員だし…)

 

朧「……綾波…?」

 

狭霧「目が覚めましたか…大丈夫ですか…?」

 

朧「…綾波が…居る…」

 

リシュリュー「…ご自慢の鼻もやられてるのね」

 

朧「ううん…確かに…居る……あれ…青葉、さん…?

 

朧さんが私の方を見る

 

青葉「……あ」

 

青葉(少し会っただけなのに匂いがついて…!?でもお風呂もしっかり入ってわこれも洗濯した服なのに…)

 

朧(…確かにしたのにな、綾波の匂い…)

 

青葉(まずいまずいまずいまずい!絶対にバレたくない!というかバレたら喋らないと死ぬだろうし喋ったら綾波さんにやられる!)

 

前門の虎、後門の狼と言ったところか

 

青葉(あああ、やだぁ…あれ?)

 

携帯が喧しく鳴る

 

青葉「ちょ、ちょっとすみません!」

 

部屋を出て電話を受ける

 

青葉「もしもし…」

 

アオバ『あ、もしもしー?今大丈夫?』

 

青葉「何…?」

 

アオバ『いやー、綾波さんなんだけど、今はまだ居るんだけど、「元気でやってるからどうか心配しないでほしい」って』

 

青葉「……ほんとにそれだけでいいの…?」

 

アオバ『さあ、でも…私は良くないと思うなあ…それに、巻き込みたくないから、言ってるみたいだし』

 

青葉「……」

 

綾波さんの居場所をみんなに明かすのは間違いだろうか

ここは間違いなく綾波さんの居場所だ、それを奪う権利なんて誰にもない

 

私は、今の彼女に居場所がある様には思えない

 

青葉「…綾波さんを連れ戻した方がいい、と…思う…?」

 

アオバ『そりゃあ勿論、返してあげたいとは思うけど、本人がね』

 

青葉「…私はLinkじゃない、綾波さんでもない、だけど…Linkの人たちが綾波さんを求めてるのは、痛いほどわか…る…」

 

視線を感じた方を向く

 

神鷹「……」

 

青葉「し、神鷹さん…い、いつからそこに…?」

 

神鷹「…朧さんのお見舞いに…入ろうとしたら、青葉さん、でてきて…」

 

青葉(ぜ、全部聞かれた…!?)

 

神鷹「Wissen Sie, wo Ayanami ist(綾波さんの居場所、知ってるの)…?」

 

青葉「え、な、なんて…?」

 

神鷹「Erzählen Sie mir(教えてください)Bitte, sagen Sie es mir(お願い! 教えて!)

 

青葉「い、いや、ちょっ…あだっ!?」

 

開かれたドアノブが腰を強打する

 

狭霧「あ!ごめんなさい!」

 

青葉「い、いえ…うわっ!?」

 

腰をさすり、その場を離れようとしたところを手首を掴まれ、床に引き倒される

 

マックス「レーベ!逃さないで!」

 

レーベ「わかってるよ!」

 

狭霧「あ、あなた達何を…!?」

 

ビスマルク「聞こえてなかったの?…どうやら、青葉は綾波の居所を知ってるみたいなのよ」

 

狭霧「…青葉さん、本当ですか?……少し、失礼します」

 

狭霧さんが私の携帯を拾い上げる

 

狭霧「すみません、もしもし?……貴方、何で貴方が絡んでるんですか…わかっています、手荒な真似はさせません…!……ええ、ええ、はい……わかりました…2人とも、青葉さんを離しなさい」

 

拘束が解かれる

ビスマルクさんに助け起こされるが、視線は厳しい

 

ビスマルク「…いつ知ったの?何で、教えてくれなかったの?」

 

青葉「…つい、昨日……悩んでは、いました…」

 

ビスマルク「何故…!」

 

青葉「…綾波さんが、そう望んでいたから…」

 

ビスマルク「……」

 

狭霧「やめてください、ビスマルクさん……青葉さんに非はない、綾波さんなら口止めするでしょうから」

 

青葉「…すみません」

 

携帯を返される

 

狭霧「横須賀に迎えに行きます」

 

神鷹「Lass mich mit dir gehen(私も連れていってください)!」

 

狭霧「もちろんです、みんなで捕まえに…」

 

また、やかましく携帯が鳴る

 

青葉「な、何…」

 

アオバ『ご、ごめん…逃げられたって伝えて』

 

青葉「…え…?」

 

アオバ『……消えちゃった☆』

 

青葉「……消えちゃったじゃないよ!!!」

 

狭霧(…勘づきましたか…)

 

神鷹「…狭霧さん…」

 

青葉「え、ほんとに…?あ、あの…」

 

アオバ『…うん、カートリッジの力で転移したって』

 

青葉「そんな…わ、私…タコ殴りにされるんじゃ…」

 

アオバ『…そうはさせないから、とりあえず…』

 

電話を切る

 

青葉「…あの…」

 

狭霧「逃げましたか」

 

青葉「は、はい…」

 

狭霧(…綾波さんが逃げたのは、何故?今更何故逃げるのか、私たちから離れる理由は巻き込まないため…だと思うけど、そこまで危険なところに足を踏み入れているのか、そもそも、逃げられる様な状態なのか)

 

青葉「ご、ごめんなさい…」

 

狭霧「貴方が謝ることはありません、寧ろ…すみません、気を遣わせて、綾波さんは私たちが勝手に見つけて連れ戻します、だからどうか気にせず」

 

青葉(…そうできたら楽なんだけど…)

 

周りの視線が痛い…

 

狭霧「何でみなさんは青葉さんを並んでるんですか」

 

レーベ「綾波の事を隠してたからだよ」

 

ビスマルク「先に言ってくれていれば、逃げられる前に捕まえられたのに…」

 

狭霧「捕まえてどうするんですか、またここに居させるために縛り付けるんですか」

 

マックス「それは…」

 

狭霧「みなさん、綾波さんのことが大事だから、きっと帰りたいと思っているから迎えに行こうとしたんですよね?…だとしたら、その考えはもう捨てなさい…綾波さんはここに帰ろうとしていない」

 

神鷹「そんな…」

 

ビスマルク「そんな言い方…!」

 

狭霧「…実際そうでしょう、それに……少なくとも先程の青葉さんを拘束した行動、綾波さんの前でやったなら、手ひどく怒られるでは済みませんよ、青葉さんは綾波さんが黙っていろと言ったから黙ったまで」

 

レーベ「そんな事より、綾波は…寝たきりじゃなかったの」

 

狭霧「どうにかして復活した様です、しかし……青葉さん、申し訳ないのですが、暫く居辛い思いをすることになりますが、ご容赦のほど…」

 

青葉「い、いえ…その…」

 

ビスマルク「…そもそも、なんでこの青葉はここに居るの、働きもせずゲームばかり…」

 

狭霧「未帰還者を救うためにネットで戦ってる…と言っても伝わらないか、デバッガーの様な仕事をしてるんですよ」

 

マックス「デバッガーね、それで?」

 

狭霧「……貴方達、青葉さんの事をかなり軽んじてますけど…Link創設期にそれなりの資金援助を受け、なおかつ未だに資金を援助してもらってるんですよ?」

 

レーベ「…お金持ってる様には見えないけど」

 

青葉(私もお金持ってる自覚ないですけど…)

 

狭霧「…あと、私と同格かそれ以上に強いですから」

 

ビスマルク「絶対嘘」

 

青葉「…狭霧さんの強さは知りませんけど…私は、弱くはないです」

 

…弱い、弱いと言い続ければ、心が弱くなる

 

心が弱くては、勝ちを逃す

生き残れない

 

ビスマルク「へえ、本当に?確かに佐世保の演習に居たって聞いたけど」

 

狭霧「綾波さんと互角にやりあえる実力者です」

 

レーベ「えっ」

 

マックス「嘘だ」

 

青葉「綾波さんは加減してましたけどね…」

 

狭霧「ロクな戦闘訓練をしてないビスマルクさんじゃ、勝ち目はありませんよ、というか私でも…」

 

…目線が恐怖の視線に変わる

 

青葉「え、ええと…すみません」

 

ビスマルク「い、いや…」

 

マックス(これがそんなに強いの…?)

 

狭霧「青葉さん、話はつけておきますので、今日はもう休んでください」

 

青葉「え、ああ…はい、すみませんでした」

 

狭霧「…いえ」

 

青葉(狭霧さんも、本当なら綾波さんに会いたかったんだろうな…やっぱり、言えば良かったんだ…こんなに後悔するくらいなら)



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不慮の事故

???

駆逐艦 東雲

 

…ここは、何処だ

あそこに戻るわけにはいかない、その一心で転移した、場所なんて指定する余裕はなかった、だが…何も考えず転移したのは、間違いだったのかもしれない

 

暗い世界に規則正しく響く足音

それは一つなのか、複数なのかすらわからない

 

東雲(…目が、慣れてきた…)

 

暗闇の中に、複数の人影が見える…

そのどれもが、私の知る何者かに見える

 

東雲(…ここは…間違いない、ここは、アレの…!)

 

…足音は規則正しいのに、背が違う、何もかもが違う

一人一人違う、だけど全てここから生み出された存在

 

一体がこちらへと近づいてくる

仮面をつけた、あの敵が

 

東雲「…私にはわかる」

 

歩き方の癖、手の振り方、足の踏み出し方、その全てを私は記憶し、判別できる

 

東雲「……何故、同じなんですか…あなたは…!」

 

目の前でその一体が立ち止まり、仮面に手をかける

 

東雲「…!」

 

ずらされた仮面の下の口元は、笑っていた

 

ここまで見れば、間違いない…この人は…

 

東雲(この人は、アケボノさんだ…)

 

仮面がカランと音を立てて地面に落ちる

アケボノさんと向かい合う、暗闇の中で、2人、ただ、何も言わずに

 

東雲(仮面の敵は面を外した時点で消滅する、なのに何故…このアケボノさんは本物で、潜入しているということか…?)

 

何にしても、警戒は解けない

 

東雲「あなたは…なんなんですか」

 

アケボノさんは答えない、だけど、口角を釣り上げて…ニィと笑う

 

気持ち悪い…

アケボノさんは好きだ、あのストイックな所も、容姿も、何もかも高く評価している

だけど、これは…全くそれとは似つかない…

 

東雲「!」

 

初撃、飛び蹴りを一歩下がることでかわす

 

東雲(やはり敵か!格闘戦になる、か…!)

 

立ち技を徹底していなし、かわすことのみに注力し、測る

 

拳の突き出し方、蹴りのときに踏み込む足

蹴りの角度、得意そうにしている動き

 

何もかも、同じだ

 

東雲(本人、としか…思えない、なんで?…いや、違う)

 

蹴りのタイミングに合わせて膝を突き出し、脛の骨を砕く

 

東雲「これで脚を…っ……成る程やはり、仮定は正しかったか」

 

確かに脚は砕いた、でもすぐに再生したのか、その脚を軸足に別の蹴り技を此方へと…

 

東雲(今の再生速度、この感じ……しかも、さっきの蹴り……分析して、大丈夫……わかるから)

 

アケボノさんの動きが止まる

確かめる様に砕かれた脚を軽く動かしている

 

互いに攻め気を出すこともできるが、それを得意としてはいない

互いにカウンタースタイルの先頭を得意とするタイプ…

 

東雲(どう潰す?いや、そもそも潰せるのか…私が今戦ってる相手は言うならば霧だ…これらは実態を持っていない、ただのデータの集合体の様なもの、強いて言うなら…前の世界や私たちに近い)

 

そう、前の世界の艦娘システムのそれに限りなく近い

おそらく、実態のない何かであるために仮面や衣装が破壊されると中身が霧散して消え失せるのだろう

 

しかし、ここではそうならない

 

アケボノさんが白い衣装を脱ぎ捨てる

何も規定ないのだろうが、どのみちこの暗闇だ、細部の確認などできようもないし興味もない

 

東雲(しかし、何のために脱いだ?)

 

アケボノさんの首を狩る様な回し蹴りの連打を交わし、カウンターの蹴りを首に見舞う

 

東雲「!」

 

すり抜けた…

首をすり抜け、そして、無防備な私の背中に前蹴り

 

東雲「ぁがっ…!」

 

顔面から床に突っ込んだ

最悪の気分だ…

 

しかし、もっと最悪なのは…今、学習したことだ

衣装を脱いだのは、ここでは霧散しないと学んだから

寧ろあの服が無ければ…無敵であると、気づいてしまったから

 

冷や汗が頬を伝う

 

東雲(どうする?私は…どう戦えばいい?いや、ブラックホールで消し去る手もある、だけど…ワープに使う方が後の為だし、カートリッジの耐久も無限じゃない…)

 

その気になれば、体内に入り込むなんて芸当もできるはずだ…

お互いにリスクがあることだけど、向こうは実質不死身

そしてアケボノさんであることも踏まえると、何でも試してくるだろう

 

東雲(私にワープか完全に消滅させると言う2択を迫るあたり、アケボノさんはやはり、馬鹿にできない実力者ですね…)

 

カートリッジを取り出し、起動しようとする

 

東雲「!」

 

寸前のところで回避行動に入ったおかげで直撃は避けられた

手首を絨毯が掠め、血がどくどくと流れ落ちる

 

東雲「…キタカミさんか」

 

カートリッジの事を認識していた

カートリッジの力を危険視し、使わせないように…

 

東雲「!」

 

キタカミさんがもう一度こちらへと撃ち込んでくる

その瞬間、一瞬だけあたりが照らされる

写真の様にその光景が頭に焼きついた

そしてその危険性も理解した

 

…全ての敵が私を捉え、攻撃の姿勢を…

 

砲弾をかわす

…キタカミさんの砲撃精度、実に素晴らしい…が

偏差射撃の腕前は本物とは雲泥の差か

 

東雲(でも、成長することを加味したら余裕は無い…仕方ない、こうなれば…)

 

蹴りかかってきたアケボノさんの一撃を避け、頭突き…が、すり抜ける

口内に何か、粉が入り込む様なピリピリとした感触

 

東雲(喉まで行く前に…!)

 

犬歯、前歯の隣の鋭く尖った歯を擦り合わせる

 

東雲(くらえ…!)

 

ガチッ

歯に仕込んだ火打石から火花が散る

そしてそれがデータの破片に着火し…

 

東雲(これは、思ったよりマズ…)

 

爆発する

 

東雲「かはっ…ぁ…が…」

 

口から黒い煙を吐き出す

少なくとも、口内のアケボノさんのパーツは焼き払った

…しかし、これほとの規模の爆発をするとは思わなかった

精々火花がついて燃えて消えるくらいだと思っていたのに、かなり大きい爆発になった…

 

人体を構成するほどのデータとなると、よほど強大ということか

 

東雲(…まずい、出血が……血が足りない、クラクラする…)

 

両手にカートリッジを持ち、起動する

 

キタカミさんが砲撃をするが、もう遅い

 

東雲(オートガードは完全に、使い切りましたね…)

 

 

 

 

 

 

???

 

東雲「かはっ……あ…はぁ…はぁ……つ、ついてる…て、適当に、転移したのに…陸地につけた…」

 

…本当に幸運だ

まさか陸地にたどり着くなんて

ここが何処かの島なのか、それとも大陸なのか

 

国なのか、それとも国ですらないのか

それすらもわからないが…幸運だ

 

どうやらここは山間の森らしい…

陽の光も入ってこない、じめじめとした場所…

でも、こう言うところになら…

 

東雲(…これ、あった!チドメグサだ!本当についている…)」

 

雑草をむしりとり、汁を傷口に垂らす

この雑草の汁には血を止める効果がある

 

東雲「ぁ…っう…!……これで…失血死は、しない…」

 

口元に汁を絞った後のチドメグサを寄せ、犬歯に仕込んだ火打石で火をつける

 

東雲(…何処かに……居た)

 

適当に小さな野生動物を捕まえ、火に放り込む

 

東雲(…動け、あとは、木を……でも、ここの木は湿ってるだろうし…)

 

止むを得ず、衣類の乾いた部分を破いて火に焚べる

 

 

 

東雲「…2日ぶりの食事…」

 

といっても、素焼きのイモリやバッタなどの食材とは呼べないものばかりだが

 

東雲(…ああ…極限に来ると、こう…これでも満足してしまうのが腹立たしいですね…)

 

…まあ、昆虫や小動物を食べるのは、慣れた

Linkを抜け出してからずっとそうしていたし、別に問題はない

 

ただ美味しいと感じてしまったのが悔しいだけだ

 

東雲(美味しいもの、食べたいなあ……)

 

 

 

 

 

東雲「…少し、楽になりましたね…散策してみましょうか…」

 

山を少し下る

多分この山はそこまで高くはないだろう、なので頂上まで行っても植物はあるだろうし、野生動物も少なく安全だろうが…

生憎私は頂上から見渡して現在地を理解する程の能力はない

 

その上この限界に近い体力、負傷した体でトレッキングは危険だ

 

イノシシがいるかはわからないが、出てきたら終わりだ

 

東雲「…!こ、これ、アケビだ…やった、本当についてる…」

 

アケビを取り、皮をよせて中身を口に含む

 

東雲(…甘い……)

 

久方ぶりの甘味に思わず涙が出てくる

前に拠点にしていた無人島では甘いきのみは発見できなかった

 

正確には該当しそうなものがあったが、毒を持っている恐れがあったためやめておいた

 

東雲(…美味しい…うん、美味しい…でも、こんな時期にアケビ?冬の今に…と言うか、アケビがあるならここは日本か中国…か)

 

糖分を摂取したおかげで頭が働き始める

 

東雲(…もう一つ………後一つだけ…)

 

考えながらも、この甘味に手が止まらない

 

東雲「……はっ…」

 

気づいたときには手が届く範囲のアケビを食べ尽くした後だった

 

東雲「…か、皮も食べられるので、回収しておきましょう」

 

東雲(昔食べたアケビの天ぷら美味しかったなぁ…って違う違う!私のやる事は…いや、もはや何をすればいいんだろう、私)

 

ただ、みんなを巻き込みたくなかっただけ…なのに…

 

東雲(人の仲間を、色んな人を傷つけてきた私が、何と都合のいい…)

 

そして、終いには…自分の命惜しさに逃げ出した、か

あの場で全てブラックホールに放り込めば良かったのだ

どのみち私は死なないが、敵方は大打撃を受けていた筈だ

 

…ただ、死なないとはいえ辛い思いをすることになっただろう

 

東雲(…せっかく東雲と名乗った意味もないな、これでは…)

 

東雲、東の空が明るくなることの意

つまり、曙という意味であり、彼女が名乗っていた名だ

 

それを敢えて名乗るなら…その時に決めたことを護るべきだろう

 

東雲「……そうですね、あるじゃないですか、目標…曙になるって…私が、夜を終わらせるって……そうしたら、ほんとにカフェでも開いてみて…みんなで…」

 

…楽しいだろうな

だけど、そこに私は、いちゃいけないんだ

 

東雲「……甘ったれるな、私…よし、お仕事お仕事…」

 

しばらくはここで生活することになるかもしれない

 

東雲「…潮風だ」

 

海水の香りが鼻をくすぐる

海も近い、か

 

…深海棲艦から艤装を取り上げれば、戦えるか?

 

東雲(うん、とりあえず日本の何処かに行こう、自分の場所さえわかれば転移は簡単だから…)

 

潮風に誘われ、山を下る

 

東雲「あ、こ、これは…まさか、そんなまさか…ヤマブドウまであるなんて…」

 

飢えていた甘いものがどんどんと舞い込んでくる

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府 執務室

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「つーわけで、敵の特性はそんな感じさね」

 

海斗「うん…そっか、キタカミ、大丈夫?辛そうだけど」

 

キタカミ「…あー、風邪風邪、鼻も効かないし、困っちゃうよねー、ゴホゴホ」

 

嘘だ、風邪をひいてなんかいない、ただ…ちょっとナーヴァスなだけ

 

どうしたらいいんだろう、アケボノや川内のコピーが来ても問題ない、叩き潰してやるって自信はある

 

でも、もし…もし、択捉達、朝霜達みたいな…年端もいかない、戦い方を知らない奴らがきたら

 

躊躇う、撃てなくなる

 

…これが人と戦っている様な、感覚

 

人殺しはしたことがある、無論前の世界でだけど

あのときも提督を守るために殺しただけ、それに相手も軍人だったから…お互い納得の上だから…

 

キタカミ(でも、あの子らはどうなの?……違うじゃん、納得してここに来ていても、死ぬことにまで納得できる様な歳じゃない!)

 

生きたい、そう思って必死に毎日訓練してる

死なないために頑張ってる子達の影を、私が殺す

 

吐き気がしてきた、私は、弱い

 

海斗「…ゆっくり休んで、キタカミ」

 

キタカミ「…ん」

 

…嫌だな、もしコピーと出会って、戦うとしたら…私じゃない誰かが…

 

キタカミ(それも嫌だけど…)

 

キタカミ「…は……は…はっくしゅん!!」

 

盛大にくしゃみが出る

 

海斗「…ほんとに風邪ひいてるみたいだね、後で誰かに温かいものを持って行かせるから、ゆっくり寝てて」

 

キタカミ「…うん」

 

キタカミ(瓢箪から駒、嘘からでたまこと…だね、風邪なんかひかないと思ってたのに、ほんとに風邪ひいてるみたいだ…)

 

キタカミ「じゃ、悪いけど」

 

海斗「お大事に」

 

 

 

 

食堂

 

キタカミ(ま、寝る前に何か食べた方がいいよね…む?)

 

美味しそうな匂い…何の匂いだろう、すき焼き?

 

大井「あ!キタカミさん!」

 

キタカミ「おー、大井っち、まだいたんた」

 

球磨「大した言い草だクマ」

 

木曾「姉さんも食うか?大井姉さん特製の牛丼だってよ」

 

キタカミ「へー…何入ってんの?」

 

球磨「…豆腐白滝玉ねぎ牛肉だクマ」

 

キタカミ「牛丼?それ…すき焼きっぽいね」

 

多摩「甘口で美味いニャ」

 

キタカミ「…大井っち、一つちょーだい」

 

球磨「生姜とネギつけてやるクマ」

 

大井「はーい!」

 

キタカミ「……さっすが球磨姉…お見通しか」

 

球磨「あたりまえだクマ、お姉ちゃん相手に隠し事は通用しないクマ」

 

木曾「何の話だ?」

 

北上「風邪ひいてるんでしょ」

 

キタカミ「おー、北上じゃん」

 

北上「おっすキタカミ」

 

キタカミ「どう?最近、北上の方は」

 

北上「上々かな、キタカミの方こそどうなのよ」

 

キタカミ「北上よりは良いんじゃない?」

 

多摩「北上キタカミ北上キタカミ北上…頭おかしくなりそうニャ」

 

木曾「2人とも同じ名前だしな」

 

球磨「顔見れば一目でどっちかわかるのにイントネーションは変わらんから困るクマ」

 

大井「はい!特製牛丼です!」

 

キタカミ「おー、美味しそ」

 

豆腐と白滝もすっかり色変わるまで煮込まれちゃって…

 

キタカミ(良い匂いするんだろうなー…)

 

牛丼ゆっくりと時間をかけて味わう

やはり甘めのすき焼きの様な感じだった、正直生卵が欲しかったけど

 

キタカミ「ごっそさまー、じゃあね」

 

球磨「ん、明日には帰るから見送りに来るクマ」

 

キタカミ「覚えてたらね」

 

 

 

 

自室に戻り、寝転がる

満腹なおかげでゆっくり眠れそうだ

 

 

 

ノックの音で目が覚める

 

キタカミ「…どーぞ」

 

キタカミ(そういやあったかいもん用意するんだっけ、生姜湯とかかな…匂いではわかんないや…)

 

那珂「失礼しまーす」

 

神通「どうも、風邪ということでお見舞いに」

 

キタカミ「おー、那珂に神通、川内は?」

 

神通「夕刻の間見張りをすると…敵襲が無いかどうか…夜間は私が立ちますので」

 

キタカミ「そりゃどうも、助かるよ、明日にはみんな帰ってくるんだけどねー……あれ?」

 

那珂の持ってるトレー…

 

那珂「あ、お腹減ってるか、はいこれ!牛丼!」

 

神通「大井さん特製です、生姜ネギトッピングは球磨さんから」

 

キタカミ(…球磨姉…遊んだな…?私が食べ切ったの知ってる上でもう一杯とは…)

 

神通「どうしました」

 

キタカミ「…いや、さっき食堂で食べたんだよね」

 

那珂「だめだよ、好き嫌いしちゃ」

 

キタカミ「は?…い、いや、ほんとにさっき食べたとこで…」

 

那珂「球磨さんから玉ねぎとネギが嫌いだけどちゃんと食べさせる様に頼まれてるんだから!」

 

キタカミ「私ゃ多摩姉か!じゃなくてネコか!」

 

神通(やはり多摩さんは食べられないのか)

 

キタカミ「もー…食えばいいんでしょ…食えば…」

 

消化中の腹に牛丼をさらに詰め込む

 

キタカミ(う…き、キツイ…)

 

神通「あまり無理せず」

 

キタカミ(よく言うよ、無理矢理食わせてるくせに…)

 

 

 

 

キタカミ「完食…うぷ」

 

那珂「じゃ、お大事に」

 

神通「では」

 

キタカミ「…え?本当にそれだけ?……何、この間ただ拷問されてただけ?……マジか…」

 

満腹すぎて眠れないな…

 

1人寂しく、沈んでいく太陽を眺めて過ごすしか無い…



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居眠日和

離島鎮守府 演習場

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「つーわけで、帰ってきて早々で悪いけど、島風とアケボノには戦ってもらいます、アケボノ、データ収集よろしく」

 

島風(な、何にも説明受けてないんだけど…)

 

アケボノ(何でこの人はどてらに冷えピタなんか…風邪ひいてるなら大人しく寝てれば良いのに)

 

アケボノ「くぁ…あ」

 

キタカミ(欠伸なんかしやがって、なめてるな…?)

 

キタカミ「あ、手ぇ抜いたら…お仕置きだからね?」

 

アケボノ「何ですかお仕置きって」

 

キタカミ「ご飯抜きと夜警二日間」

 

アケボノ(地味に嫌なのが腹立たしいな…)

 

アケボノ「島風さん、さっさと終わらせましょう」

 

島風「りょ、りょうかい…」

 

キタカミ「あと、島風は勝てばお望みの有線Wi-Fiを部屋につけてあげよう」

 

島風「え!?本当に!?」

 

キタカミ「うん、提督にもオッケーもらってるし」

 

島風「よーし!頑張ります!」

 

キタカミ「あとアケボノはあなたから使っちゃダメね、見られてるし」

 

アケボノ「…ハンデ戦はいいでしょう、しかし私の褒賞は?」

 

キタカミ「無理、だってあんた…「私の悩みの答えをください」とか言い出しそうだし、特に欲しいものないでしょ」

 

アケボノ「それは…ありませんけど…」

 

キタカミ「ね、とりあえず、あんたは勝ってあたりまえの立場にあるし…頑張りなよ」

 

アケボノ(やる気が失せる)

 

 

 

 

島風「行きます!!」

 

アケボノ「どうぞ」

 

島風が連装砲達を展開し、自身は双剣を逆手に構える

 

キタカミ(…うん、いつもの攻め方をやろうとしてる…その方が助かるな、コピーと飲み比べができるし…)

 

島風(踏み込みと同時に加速して…一気に肉薄する!!)

 

島風が一瞬でアケボノに詰め寄り、斬りかかる

 

アケボノ(…これは…一目瞭然だな、コピーよりずっと速い)

 

島風の速攻は見事なものだが、アケボノの対処も的確で、全て読み切り、紙一重でかわし続ける

 

アケボノ(この盤面なら、神通さんより川内さんの動きの方が合わせやすいか)  

 

島風が斬りかかった瞬間を見計らい、腹部に膝…

 

島風「あ…ぐ…?」

 

キタカミ(一方的に攻めてる側だったのに、急な反撃で混乱してるな…上体の動きに集中しすぎて脚の捌き方が甘いし注意もしてなかった)

 

動きの止まった島風をアケボノが投げ飛ばす

 

島風「ぁが…あ…!」

 

アケボノ「…こんなものか、川内さんの動きをするヒマもなかった」

 

キタカミ(川内の動きって事は…あの蹴り防がれる前提だったのか…川内はかなり攻め気が強いから敢えて防がせて有利に立ち回る事多いし)

 

アケボノ「…もう終わっていいですか」

 

キタカミ「まだまだ」

 

アケボノ「…おや、いつの間にそんなに離れて」

 

島風とアケボノの距離が開く

駆逐艦の主砲なら十分狙いすまして当てられる距離、大体100メートル…さて、ここでアケボノの頭にはある疑念が浮かぶはず

 

アケボノ(何故離れた、近接戦闘を得意とするスピードアタッカーの島風さんが私から距離を取る理由は何だ)

 

アケボノの悪癖、それを見極めるために動きを止め、島風を見定めようとする…

 

そこがポイントだ、島風はこの瞬間、複数の手札を切り続け、アケボノを完全に狩る必要がある

そうしなくてはチャンスはもう来ない、アケボノに対して搦手は2度も効かない

 

島風(…私だって成長してる…それを見せるためにも!)

 

連装砲達からの砲撃、そして止まる島風…

何をやるつもりだ…?

 

キタカミ(いつ動く…)

 

駆逐艦の砲撃なんてアケボノからすれば避けることも防ぐ事も容易い、なのにそれを続けてる…連装砲達が弾幕を貼り続けることに意味を見出している…

 

キタカミ「!」

 

アケボノ(!1発だけ速い!避けられないか!)

 

アケボノがソレをガードして、防ぐ

 

アケボノ「な…!?ぎょ、魚雷!?」

 

キタカミ(魚雷を砲弾の様に飛ばした…!回し蹴りの勢いを乗せて素早く射出して…このレンジを射程内にした…!)

 

私たちは完全に魚雷を意識していた

その瞬きほどの一瞬が、命取り

 

アケボノ「しまった!」

 

島風がアケボノに詰め寄り、魚雷を蹴り、深く食い込ませる

 

島風「まだまだ!」

 

ゼロ距離から放たれた魚雷を交わす手段は存在しない

一方的に魚雷を撃ち込まれ続けるアケボノ、そして立ち技の手を緩めず、仕留めにかかる島風

 

アケボノ(このまま魚雷が炸裂したら流石に死ぬ!)

 

アケボノが島風の顔面を掴み投げ飛ばす

 

島風「…っと」

 

アケボノ「…なかなかやりますね」

 

島風「…え?魚雷は、何処に…」

 

アケボノの背後で魚雷が炸裂する

 

島風(いつ抜いて…いや、それより!)

 

アケボノ「私の素の速力はあなたには遠く及びませんが…」

 

爆発を背中に受けたアケボノが読んで字の如く爆発的に加速する

 

島風(ヤバ…)

 

アケボノ「潰します」

 

攻守が一気に入れ替わる

攻め続けるアケボノと逃げの一手の島風

 

しかし、島風は攻め気の強いタイプだったのに…

 

キタカミ(上手く直撃を流れ続けてる、それにあの感じ、近くからだとわかりにくいだろうけど、近いからこそ生まれる下半身の死角をつこうとしてる、また魚雷か…でも、弱点がバレてる以上…逃げきれないだろうし)

 

島風の弱点、それは前方にしか加速できないこと

過去に天龍や朧がソレをついて攻略している、一度近付いて仕舞えば、正面からの戦闘で圧倒して仕舞えば…

あんなに速くて厄介な島風が戦いやすい相手へと変わる

 

島風(今、背を向けたら潰される!)

 

キタカミ(さあ、これからが腕の見せ所だね)

 

島風の行動は意外にも早かった

連装砲達のうちの一体が爆雷を島風に向けて撃ち込む

アケボノはその爆雷に気づくが自分にあたるコースでないことを認識するとソレへの関心を失う

 

アケボノ(…低いし逸れてる…私には当たらない…操作ミスか、なら)

 

…それが巧い

 

キタカミ(防げるのに、防がない選択をさせた)

 

島風(この盤面で私がミスなんか…)

 

島風「しませんよ!!」

 

爆雷を蹴り上げ、アケボノの腹部に直撃させる

 

アケボノ「ぐ…!?」

 

そして島風の離脱と同時に爆発…

 

キタカミ(いいね、アケボノめちゃくちゃ嫌な立ち回りされてるじゃん)

 

ここで評価したいのは無駄な追撃をせず、距離を取る判断をしたところ

前までの島風ならここで勝ちまで突っ走ってカウンターの流れからの負けのパターンがあった、島風にとっても肉薄した状況は好機

しかしその状況を相手が得意としていたら逆にとことんまで追い詰められる

 

離れた時の有効だのなさからやむを得ず近づいていた節もあったのに…これはまだ遠距離の有効策を持っている証

 

キタカミ(うんうん、成長してるねぇ…)

 

島風(この距離なら…いける!!)

 

アケボノから背を向けて逃げ続けていた島風が突如飛び上がり、振り返る

 

アケボノ(来るか!)

 

島風(…こっちに集中してるからこそ、勝ち目がある!)

 

振り返りながら飛び上がった勢いと、その際の回転を利用した右足での回し蹴りが空を切る

右足の魚雷発射管から魚雷が全て射出される

 

アケボノ(またこれか!いや……)

 

キタカミ(…アケボノ、構えを解いた?)

 

防御姿勢でも、回避行動でもなく、ただの棒立ち、そして一歩体を逸らし、何かをかわす素振り

 

キタカミ(…ああ、終わったか)

 

島風(ば、バレてる…!)

 

アケボノ「……ワイヤーは危険でしょう」

 

…連装砲達にワイヤーを装備させていたのか

 

島風が1人距離を取り、派手な動きで注意を惹く

そしてその間に連装砲達から伸びるワイヤーがアケボノを巻くなり締め上げるなり切断するなり…

つまり本体を囮にした作戦だったわけだ

 

アケボノが魚雷を蹴る

へし折れた魚雷か炸裂し、特大の水飛沫をあげる

 

アケボノ「…しかも勝手に火薬増やしてますよね、これ…さっきのとも違うし…ふむ……あの力無しでは厄介なことは認めましょう、一応作戦をここまで作りながら戦ったことに関しては評価します」

 

キタカミ(あー、長いやつだ)

 

アケボノ「しかし資材を勝手に使った改造は禁止されています、ちゃんと報告書を出した上で…」

 

キタカミ「はいストーップ、評価するのは私、アンタはしなくていい、あるのは勝ちか負けだけ」

 

アケボノ「……なら、これはどちらの勝ちですか」

 

キタカミ「無論あんたさね、島風への説教は置いといて、アケボノの勝ち」

 

島風「わ、私ほとんどくらってないのに…」

 

キタカミ「作戦全部潰されてるんだから、これ以上やってもどっちか怪我するしね、これ演習だよ?」

 

島風「うう…Wi-Fi…有線…」

 

キタカミ「心配しなくてもつけてあげるから、元々設置予定だったし」

 

島風「え?じゃあさっきの条件は?」

 

キタカミ「やる気出してもらうために決まってんでしょーが」

 

島風(つ、つられた…)

 

キタカミ「でも島風も速さ頼りでありながらも搦手ができてるね、これなら前より戦える、良い結果だし…うん、今後も頑張る様に」

 

島風「はーい…」

 

キタカミ「…ふぇっ……ふえっくしゅん!!…あー…風邪悪化してきた…」

 

アケボノ「無理するからでしょう」

 

キタカミ「はやく確かめたかったんだよ…それよりアケボノ、アンタにもご褒美あげる」

 

アケボノ「ご褒美?…欲しいものなんてありませんが」

 

キタカミ「いや、一個だけあるね、と言うか私が無理だからなんだけど」

 

 

 

 

 

執務室

 

キタカミ「んじゃ、そう言うことで」

 

アケボノ「待って」

 

キタカミ「…何よ、あとは若いお二人でどうぞごゆっくり」

 

海斗「えーと…キタカミ?」

 

キタカミ「いいっていいって!みなまで言わなくても!そんなにお礼したいなら本土のいいレストラン予約しといてくれればいいから!」

 

アケボノ「…いや、そうじゃなくてですね…なんなんですかこれは」

 

キタカミ「…秘書艦の仕事できないから代理任せるだけだけど?アケボノが辞めて以来空席のね」

 

アケボノ「まだ辞めて2日ですが」

 

海斗「それに、秘書艦にキタカミを指名した覚えはないけど…」

 

アケボノ「え…じゃあ代理も何もないじゃないですか」

 

キタカミ「あはー、ま、そう言うことだから、晩御飯まで動いちゃダメだよ」

 

アケボノ「……そうです、それについても…何故この形になったのか」

 

キタカミ「…ほら、喧嘩した後はスキンシップしたらいいってよく言うでしょ、いいねえ、距離感近くて!どうよアケボノ、提督の膝の上は」

 

アケボノ「…すみません、すぐ降ります」

 

提督用椅子に杖が突き刺さる

 

アケボノ「…な…」

 

海斗「……え?」

 

キタカミ「あ、ごめんごめん、もし勝手に降りたら、ドタマ突き刺すよ?…おーい!不知火!阿武隈!」

 

アケボノ「え、ちょっ」

 

不知火と阿武隈を呼び出す

 

阿武隈「…な、何ですかこの状況」

 

不知火「…ここの提督と秘書艦はそう言う関係なのですね」

 

海斗「いや、そう言うわけじゃ…」

 

阿武隈(あの杖を見てそういえるなんて、不知火さん鈍いなぁ…明らかに脅してる…)

 

キタカミ「もし、アケボノが膝から降りたら容赦なく撃っていいよ」

 

阿武隈「へ!?」

 

不知火「う、撃つんですか?」

 

キタカミ「ん、どうせレ級の耐久力あるから死なないって」

 

アケボノ「それはそうですが、提督に誤射したらどうするつもりですか」

 

キタカミ「ウチの愛弟子が外すわけないでしょーが」

 

そこだけは自信がある

 

アケボノ「…御手洗いは」

 

キタカミ「その時だけ降りていいけど戻って座りなよ」

 

アケボノ(…待って、今思い出したけど私へのご褒美ですよねこれ、なんで半分嫌がらせみたいな内容なんですか…提督への迷惑になることはしたくないのに…)

 

キタカミ「じゃ、楽しんで」

 

アケボノ「どう楽しめと…」

 

 

 

 

 

駆逐艦 アケボノ

 

アケボノ「本当に、このまま仕事するんですか」

 

海斗「まあ…仕事には関係ないし、それに…なんていうか、キタカミは制御が効かないところあるから…」

 

提督も匙を投げた…

 

つまり、この2人に見張られたまま私は辱めを受け続けるのか

 

不知火「どうぞお気になさらず」

 

阿武隈(あたしは壁あたしは壁あたしは壁…殴られたくない…!)

 

アケボノ「……申し訳ありません、提督…この様なことに巻き込みまして…」

 

海斗「…いや、僕としてはありがたいかな」

 

アケボノ「…ありがたい?」

 

海斗「キタカミは多分、アケボノと話をさせる機会を作りたかったんだよ、きっとだけどね」

 

…あの相談した時に、もうこの作戦は組まれていたのかもしれないな…

 

アケボノ「…話、ですか」

 

海斗「うん、僕もアケボノとちゃんと話せる時間が欲しかったんだ」

 

…話す、か、何を話すのか…でも

こうして見ると、不思議だ

 

ちゃんと暖かく感じられる

私にとって、機械の様な存在であった提督が、ちゃんと人として感じられる

恐怖の対象と一緒にいるのに、何処か安らぐ

 

アケボノ(…キタカミさんが何処まで想定済みかは知りません…が、成る程、これはご褒美になるのか)

 

…まず間違いなく、私の中にあった不安が一つ、薄れていっている

 

海斗「だから、僕もアケボノを……あれ?」

 

…暖かいな…本当に

 

阿武隈「…寝てる?」

 

不知火「毛布を持ってきます」

 

海斗「うん、お願い」

 

阿武隈「…アケボノさんが眠るなんて…珍しいですね…」

 

海斗「きっと、色々考え込んで眠れなかったんだと思う……アケボノは少し考えすぎるところがあるから…」

 

不知火「失礼します」

 

阿武隈「…提督も休まれますか?」

 

海斗「いや、仕事を済ませちゃうよ、でも起こさない様にしないと」

 

アケボノ「…すぅ……くぅ…」

 

本当に、暖かい



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理想の為

???

駆逐艦 東雲

 

東雲「…はー…断崖絶壁か…」

 

真下は海、そして周囲に島はなし…

外周ぐるりと回るのも考えてるけど、食糧がある地帯を離れたくない

 

東雲(果物だけじゃなくキノコもある、水場に行けばカエルがいる…ヤモリやイモリよりはマシ…虫よりもマシ…)

 

目頭を摘む

前に拠点にしていた島では油の抽出までは成功していた、つまり揚げ物もできたし、ソテーもできた

しかしまたゼロからのスタートだ、しかも今回は艤装がない

 

そう、艤装がなければ…ワープ先が海だった場合詰む

 

東雲(というか、現在地がわからないとあんな中にでも飛ぶんじゃ…下手すれば活火山の中?…どのみち終わってるな……暖かいものが食べたい)

 

くるると鳴る腹の音を聞くほどにお腹が空く

 

東雲(…焼き魚…いや、うーん……ん…?)

 

砲撃の音…戦闘音

 

東雲(艦娘だ…ここからかなり遠いけど、戦闘してる!)

 

少なくとも所属国くらいはわかるだろう、これは僥倖だ

足場に気をつけながらゆっくりゆっくりと島を歩き続ける

 

東雲(…終わった?砲音が止んだ……一瞬で決着がついたのかな…いや、また…何かが炸裂した音…というか、これ島の真反対では……山登ったほうが早いんじゃ…)

 

…山を登るのは時間もかかるし、疲れるので…やはり却下とする

 

といっても、外周をまわるほうが時間はかかりそうだ

思っていた以上にこの島は大きいらしい

 

東雲「あ!…い、今…クマが…」  

 

野生のクマ…といっても子熊だが…

これは危ない、子熊がいるということは親熊もいる

下手に手を出せば襲われる…

 

東雲(どうしよう…でも、野生動物がいるなら…お肉……)

 

東雲「…はっ」

 

…また腹の音が私を急かす

ここをいつ出られるかはわからない、何なら遭難者として船に拾って欲しいくらいなのに…

でも、今のご時世動いてる船は全て軍艦、そしておそらく私の顔は割れてるから…良い思いはしないだろう

 

今わかってるのは太陽の方角から北半球にいることだけ、北極星も見つけたが…役には立たない

 

東雲「…ちょっと眠ろう…」

 

良い感じの日の当たる木に寄りかかり、休む

 

東雲(……今は体力は温存…)

 

 

数時間後

 

 

東雲「…ん……夜か…起きなきゃ」

 

枯れ木の枝に火をつける

 

東雲「あったかい……松の木…ありませんかね…流石に…でもアケビがあったし…」

 

石ころが足に当たる

 

東雲(軽い…?)

 

東雲「あ、松ぼっくり…!」

 

つまり、松の木がある…

 

 

 

東雲「本当に、ラッキーとしか言いようがありませんね…松ヤニが手に入ったから松明もできたし…」

 

布の代わりに蔓植物を編んで作った布もどきを燃やしているが、これは正直気休めにしかならない

 

でも、松明ができたのは本当にありがたい…この冬の時期は本当に寒い

着の身着のままの私としては暖を取れる手段は本当にありがたい

 

東雲「あー……」

 

暖かい…

 

しかし欲望を満たせば新たな欲望が出てくるのが人間の面倒な所だ

 

ポケットに入れていた山葡萄を口に含む

 

東雲(美味しいんだけど、物足りない…)

 

…何だかお米やパンが食べたくなってきた…

そういえば、この前リシュリューさんが焼いていたバゲット、食べたかったな…

ザラさんは分けてもらったら軽く焼いて、ニンニクをこすりつけて、アンチョビとトマトとチーズを乗せたブルスケッタにするって言っていた

 

東雲「……いいな…」

 

何だか、お腹が減りすぎて匂いがしてきた様な気がする

待機中のチリが焼ける匂いだろうが…異様に良い匂いがしてる様な…

 

東雲「ああもう、お腹に毒です!」

 

松明を消して再び寝る事を選んだ

 

 

 

 

数時間後

 

東雲「……う…」

 

きっと今の私の顔は酷いものだろうな

空腹が限界に達している感覚

 

別に死ぬわけでは無いが、たまに来る死ぬほどお腹が減っている、という感覚

 

東雲(…ああもう、ここにいる意味を思い出しなさい、私の役目は?……ここの位置さえわかればさっさと転移するのに…)

 

東雲「…え?」

 

…とんでもないものを見てしまった

ここは…そうか

 

東雲「……じゃあ、もうここに用はありませんね」

 

後ろ髪を引く想いが無いわけではないが

 

ここに用はない

カートリッジを起動し、転移する

 

目指すはアメリカ、本丸に…

 

 

 

 

敷波「…綾姉ぇ?」

 

アヤナミ「呼びましたか?」

 

敷波「……ううん、それより昨日上がってた煙の調査、急ご」

 

 

 

 

 

 

サイバーコネクトサンディエゴ社 会長室

 

東雲「ふぅ……良い椅子ですね?会長さん」

 

ヴェロニカ「…どうやってここに」

 

東雲「いやー、的確だ、正確に椅子の上に転移できてよかった…間取りやインテリアの配置は知らないので予測して、転移したんですよ?」

 

ヴェロニカ「質問の答えになってないわ」

 

東雲「誰も答えるなどといっていません、さあ、辞世の句を詠む時間は差し上げますよ」

 

ヴェロニカ「結構、殺すつもりで来たのね」

 

東雲「…まあ、話し合いのできる相手なのかによりますが」

 

軽く手を挙げる

周囲の椅子やテーブルが入り口へと飛んでいき、扉を固める

 

ヴェロニカ「…超能力か何か?」

 

東雲「そんなとこです、さあ、助けは来ませんよ」

 

ヴェロニカ「……あなた、死にたいんですって?」

 

東雲「…ええ、それが何か?」

 

ヴェロニカ「…安楽死、って知ってるかしら」

 

東雲「命乞いの仕方が下手ですねえ…」

 

ヴェロニカ「命乞い?…これは慈悲よ」

 

東雲「…はっ、ふざけた事を」

 

ヴェロニカ「…まあ良いわ、なら、お仕事の話といきましょう?」

 

東雲「なんですって?」

 

ヴェロニカ「貴方の理想に近い…最高のプランを用意したわ」

 

東雲「理想?…私の理想をなぜ貴方が語る」

 

ヴェロニカ「お互いのために、働いてみない?」

 

東雲「……馬鹿にするのも良い加減にしていただきたい」

 

ヴェロニカ「貴方を評価しているの、私はただ…ゲームがしたいだけよ、このゲームのルールは簡単、最強の魔王を倒せば終わりのゲーム…」

 

東雲「!」

 

東雲(そういうことか…何と悪趣味で、私の理想に近い事を…)

 

ヴェロニカ「理解してもらえたみたいね、魔王様?」

 

東雲「……人類共通の敵を前に、人類は団結できるのか…私の手で人類が滅ぼされるのが先か…なるほど茶番だ」

 

東雲(だけど…私という魔王の元に、世界が団結するのだとしたら?逆に深海棲艦を淘汰して仕舞えば、私1人による恐怖に立ち向かうという構図さえ作れば…犠牲者はほぼ出ない)

 

あくまでこれはうまくいった仮定の話…

でも、これは…

 

ヴェロニカ「私は貴方に"森"の全権を与えるわ、どう?」

 

東雲「……」

 

…悩んでしまっている

 

東雲(正直、こんなに良いカードを切ってくるとは思わなかった…そう、この話のミソは私1人を犠牲にすれば世界平和が手に入るかもしれないという点、森の力を使えば深海棲艦を5秒で消し去ることもできる…)

 

だけど、森に繋がれた人たちは2度と生き返ることは無いだろう

 

森、黒い森は…人間の脳の保管施設

いや、実態は…人間の脳を使ったコンピューターの運用施設

 

現在の最新鋭のスーパーコンピューターの何倍もの速度を叩き出す、最高の電卓というわけだ

 

東雲「何故です」

 

ヴェロニカ「何故?」

 

東雲「何故私なんですか、何故…私に」

 

ヴェロニカ「誰よりも才能を持っていた、まさに天才だからよ、貴方の才能の果てを見たい」

 

東雲(…笑わせる)

 

東雲「私はポーンではない、キングだ」

 

ヴェロニカ「それで構わないわ」

 

東雲(…私の理想、か)

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

秘書艦 アケボノ

 

アケボノ「ん……?」

 

暖かい…もう、朝かな…いや…

 

普段とは違う、カタカタという音が響いている…

 

ゆっくりと目を開く

目の前にはパソコンの画面

画面いっぱいに映ったゲームの中の映像

 

それはとても…現実の世界とはかけ離れたファンタジーだ

なのに、この中にあるのはまやかしなのに…

 

アケボノ(…これは…)

 

楽しそうに見えた

 

ふと、見上げる

 

アケボノ「!」

 

すぐ真上にディスプレイデバイスを装着した提督の顔がある…何故?

そうだ、キタカミさんに変なルールを…

 

いや、それより私は提督の膝の上で寝ていたのか?なんて事だ…

 

アケボノ(早く降りよう)

 

体を動かし、降りようとする

 

海斗「あれ?危ない」

 

降りようとした所を提督に抱き止められる

 

海斗「…寝返りをうとうとしたのかな…落ちなくてよかった…」

 

提督は私が起きている事に気づいていないらしい

…いや、もう起きていますと言えば…

 

…何となく、言えなかった

 

アケボノ(…せっかくだし、もう少し、このままいてみよう)

 

特に何があるわけでもない、試しというだけだ

 

提督は私が動かないのを確認してゲームを再開する

キーボードでチャットを打ちながらコントローラーに持ち替えて戦闘をこなす

 

アケボノ(…すごく、不思議だ)

 

…ゲームの中の提督は、イキイキして見える

 

何が違うのか、カイトで居られるのが楽しいのか

それとも…

 

アケボノ(表情は見えないけど…チャット文から、気持ちが伝わってくる様な気がする)

 

…私が見えていなかった提督は、ここにいたのか

 

ようやく見つけられた…やっと安心できた…

 

ふと見上げる

 

アケボノ(…マイク、ついてるのに…喋ってないのは私への気遣いか)

 

気を遣われるのはあまり好きではない

 

アケボノ(…おや、戦闘か)

 

激しくモンスターと斬り合ってる様子が画面に映される

 

…きっとこのモニターと、提督の見ている光景は同じなんだ

そう思えるとモニターの中の光景がひときわ輝いて見える

 

海斗「う……ぁ…」

 

アケボノ(…かなり真剣なご様子…見張りの阿武隈さん達は…多分部屋の前か、なら今のうちに降りて…)

 

海斗「!」

 

アケボノ「……」

 

今、体を動かそうとしたのに反応したのか片手がこちらに差し向けられた…

 

アケボノ(かなり気遣われてるな…だめだ、降りようとしたら邪魔になる…仕方ない、ゲームが終わるまで待っていましょう)

 

 

 

 

 

いろんな光景が見られた

巨大生物の体内を探索したり、平原を駆け回ったり

 

モンスターに追われたり、お宝を見つけて喜んだり

 

これも正しい形なのだろう

 

だけど、提督の表情は窺える限りでも明るくは無い

 

未帰還者を助けられていない今を憂いておられる

 

アケボノ(…だからこそ、私が力になりたいのに…)

 

アケボノ「……っ…」

 

ここに座ってからもう何時間になるか

流石にそろそろ、一度ここを離れたい

 

至急離れたいのだが…

 

アケボノ(そっと降りれば…)

 

戦闘に熱中してるうちに…

 

海斗「あ…よし」

 

よしではない、私を片腕で抱きとめ、拘束された…

これでは降りられないではないか

それともこの腕の中で果てろとでもいうのか

 

私は今すぐに離れなくてはならないのに

 

アケボノ(…どうする?いや、まあ普通に伝えて降りれば…)

 

画面が喧しく点滅する

チラリと目線をやると…

 

アケボノ(な、なんだこのモンスター…まさか、危険なウイルスモンスターじゃ…)

 

キルされたら意識不明…

それが頭をよぎる

 

アケボノ(わ、私は…私はただ耐えることしかできない?)

 

…耐久戦が始まった…

どれくらい耐えられるのか

 

 

 

 

 

 

30分後

 

海斗「…終わった…」

 

提督がディスプレイを外したのを確認し、即座に飛び降りる

 

海斗「あ、あれ?アケボノ、起きて……行っちゃった」

 

 

 

アケボノ(…耐え切った…)



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Trojan horse

離島鎮守府

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「おー、帰んの?」

 

球磨「ま、流石に一旦休憩だクマ、攻略の為にわざわざみんな出張ってきたけど、慣れない場所で一日中気が休まらないんじゃ辛いクマ」

 

川内「何より私たちが出てから日本海の深海棲艦が急増してるらしくて、早く戻ってきてほしいってさ」

 

キタカミ「舞鶴も稼働し始めたって聞いたけど」

 

川内「練度低い子達しか居ないからねぇ…元々舞鶴にいた連中はアメリカとの共同の輸送任務であっち行ったらこっち行ったりだし」

 

球磨「それより、川内、神通の事言ったかクマ」

 

キタカミ「なに、神通何かあったの?」

 

両手が使えないのは知ってるけど

 

川内「あー…いや、どっか消えちゃったんだよね、神通…多分神通なら上手くやるだろうけど、ほら、怪我してるじゃん」

 

キタカミ「マジで?居ないの?」

 

川内「…昔から勝手なことするタイプだったけどね、家出はこれで…2回目…いや、3回目かな?」

 

球磨「もし見つけたら連れて帰って欲しいクマ」

 

キタカミ「おけ、言っとくよ」

 

川内「……次は一気にヨーロッパまで行くかな」

 

球磨「途中で退路なりを断たれて終わりクマ、じっくり殲滅するしかないクマ…軍艦がちゃんと役に立てばここまで梃子摺る事もないクマが…」

 

キタカミ「ま、同じ速度や馬力出せて、火力も同等…しかも使うのは最新鋭の誘導ミサイルじゃなくてただの砲弾、防ぐにも防げないだろうし仕方ないんじゃない?」

 

川内「的当てするにも的はいやに小さいしね、向こうのマトは大きいのに」

 

キタカミ「当てれば関係ないよ」

 

川内「流石キタカミ、周りが自分並みに当てられると思ってるんだ」

 

キタカミ「当てられる様にはなるよ、そうじゃないと生き残れない…みんなを生かせない」

 

球磨「キタカミなりの誓いってとこかクマ」

 

キタカミ「…まあね」

 

川内「んー…でも、神通はどこに行ったんだろう、兵糧丸はあるから餓死はしないだろうけど…」

 

キタカミ「鼻が効けば捜してあげれるんだけどねえ…お?」

 

那珂が川内の背後に現れる

 

川内「あ、見つけた?」

 

那珂「…えっと…書き置き、食堂のテーブルの裏にあったって」

 

[己を鍛える為、Linkに行ってきます。

               神通より]

 

川内「…は?」

 

那珂「ええと…」

 

キタカミ「おやおやおや?見つかったは良いけど面倒な事になってるねえ」

 

球磨「Linkはヤバい奴らの温床だって話クマ」

 

川内「…迷惑かけないでよ、神通…」

 

川内の祈る様な声が響く

 

 

 

 

 

Link基地

駆逐艦 朧

 

朧「…なんで神通さんがこんなところに?」

 

神通「迷惑はかけません、仕事をさせてください」

 

狭霧「…他所の方をそのまま受け入れるのはちょっと…」

 

神通「…そうですか」

 

神通さんが踵を返して去っていく

 

朧「な、なんだったの…?」

 

狭霧「…ずいぶん雰囲気が悪くなっていました…やはり両腕を失ったのは…精神的に辛かったのでしょう」

 

朧「…それより、狭霧、データの解析は済んだ?」

 

狭霧「それ自体は終わってるんです、でも、今問題なのはそのデータをどう使っていたかがわからない…あれは一体何なのか…」  

 

朧「川内さんのいう通り、本当に…あれは記憶を再生してる様なものなら?」

 

狭霧「無限に湧いてきますよ、それこそ、みんなが戦うほどに」

 

朧「……どうする?」

 

狭霧「…さあ、まだ考えてる途中ですので」

 

グラーフ「おい!狭霧!」

 

狭霧「どうしました?」

 

グラーフ「大湊が救援を求めている!急いで出たい!」

 

朧「例の敵?」

 

グラーフ「わからん…とにかく、行こう」

 

 

 

 

 

 

海上

軽巡洋艦 神通

 

…冷たい潮風が私の肌を撫でる

立っているだけで、冷静になれる、落ち着く、だから、カッとなりやすい私に冬は相性が良い

 

神通「…成る程」

 

ゆっくりと歩きながら近づく

戦っている、確かに戦っているが…

 

これは、幻覚の様な何かだ

 

私に気づいた深海棲艦が砲撃を放ってくる

 

神通「……」

 

当たりもしない砲撃、無駄な攻撃…

 

何発撃っても、私を捉えてすらいない

 

私の眼には全てが()えている

 

神通「成る程、ようやくわかりました……かつての舞鶴か、ここは」

 

あの檻の中だと言うことだ

ここは、リアルであってリアルではない

 

ようやく私を捉えた砲弾が飛んでくる

それを蹴り、前方の交戦中の艦娘へと吹き飛ばす

 

神通「…何と言うのか、擬態とでもいうか」

 

あれは大湊の子…に、見える

でも、違う

 

神通(…これは、罠だ…そしてこの檻は、目に見えない異質な空間は…どうやって顕現しているのか…)

 

神通「あれか」

 

一体、何か変な機械を持った戦艦級がいる

 

神通「……潰せば、解決するでしょうか」

 

歩き、近寄る

擬態の艦娘も、深海棲艦も、その戦艦級を守ろうと私に立ち向かうが…

 

神通「邪魔です」

 

両手は使えない

ならば脚を使え

 

蹴ればいい

一度で倒せないなら二度でも、三度でも

 

前蹴りを何度も叩き込み、徹底的に叩き潰しながら進む

 

深海棲艦の表情はわからないが、擬態の艦娘には顔がある、表情はよくわかる

 

神通「…貴方達には、恐怖という感情があるのですね」

 

背後から忍び寄ってくる擬態を回し蹴りで打ち砕く

 

神通「……良いですね、貴方達は…私は、もう…何もかもを失った気分です…恐怖さえも」

 

蹴る、蹴る、蹴り砕く

 

神通「…終わりです」

 

軽く跳び、全体重を乗せた、振り下ろす様な縦回転の回し蹴りを戦艦級に叩き込む

 

機械ごと呆気なく、爆発し、死ぬ

 

神通「……」

 

周囲の空気が戻る、やはり…この機械を壊せばよかったのだろう

簡単だ、こうでなくてはならない

 

今頃Linkの人たちも来た様だが、私には関係のないことだ

 

朧「神通さん…これは」

 

神通「代わりに仕事をしたまでです」

 

グラーフ「救難信号を出していた連中は、何処にいる」

 

神通「…居ませんよ、そんなもの、最初から」

 

グラーフ「何?」

 

神通「騙されてるんですよ、貴方達」

 

脚部艤装を足元に振り下ろす

一瞬にして海が荒れる

 

朧「ッ!!」

 

グラーフ「な…この、波でバランスが…!」

 

気絶した魚に混じって幾らかの深海棲艦が浮上してくる

 

神通「これが答えです」

 

朧(…どうなって…あの艤装、アタシのと…よく似てる…)

 

朧「その艤装…綾波の…?」

 

神通「いいえ、貴方の想像している綾波さんには会っていません…ただ、強いて言えば、もう1人には会いました、それに多少手を借りましたよ」

 

朧(…だから、あんな艤装…)

 

そう、これはアヤナミさんの作った物

これは朧さんの艤装をベースに作られた、改良品

威力のみに注力して作られた代物

 

神通「……何ですか、そんなに私を見つめて」

 

朧「神通さんは、何のためにそれを…」

 

神通「戦う為」

 

朧「…何の為に」

 

神通「私の為に、私が戦いたいから戦う…」

 

朧(…今の神通さんは危うい…危険すぎる気がする…)

 

朧「グラーフ、帰ろう」

 

グラーフ「……ああ」

 

2人がゆっくりと後退するのを確認し、浮かび上がった動かない深海棲艦を一つずつ、潰していく

 

神通「……どうせ、私なんか…深海棲艦と戦う事でしか価値を見出せない…」

 

 

 

 

 

サイバーコネクトサンディエゴ社 会長室

駆逐艦 東雲

 

東雲「貴方の協力者に合わせてください」

 

ヴェロニカ「…何処までお見通しなの?」

 

東雲「全てです、私を利用すると言うことは、破滅を取り込むという事です、はらわたに毒を持ちなさい、あなたが確実に死ぬ様な毒を」

 

ヴェロニカ「…彼女には会えないわ、協力関係だけど、お互いに会わないのよ、お互いに代理を立ててる」

 

東雲「なら私をその代理に会わせてください」

 

ヴェロニカ「構わないけど」

 

東雲「…私を利用するすべての者は、等しく私を恐れなくてはならない、私に喰らわれる事を理解しておかなくてはならない」

 

ヴェロニカ「貴方のはらわたには、どんな毒が仕込まれているのかしら」

 

東雲「世界を滅ぼす毒ですよ、その気になれば、この地球すらも一瞬で消し去れる」

 

カートリッジの力と、私の全能力を持ってすれば…太陽系ごといけるかもしれない

 

ヴェロニカ「それは危険ね」

 

東雲「…さて、貴方が私に提供できる全てを、私はあなたから奪いますよ」

 

ヴェロニカ「奪う?」

 

東雲「欲しいものは奪え、何を賭しても手に入れろ…素敵でしょう?」

 

ヴェロニカ「…貴方のデータが欲しいわ、貴方の思考回路を読んでみたい」

 

東雲「1世紀かけても1秒分の思考すら読めませんよ」

 

東雲(…しかし、でも、今なら、とは思ってしまう)

 

敵と組むことができた

これで、私のはらわたは…護れるのかもしれない

 

本当にそうか?この関係性が露呈すれば世界中からLinkは狙われる、Linkそのものから私が狙われることになるかも知れない

 

…帰れるかもしれない、そんな甘い考えは…要らない

 

ヴェロニカ「貴方のはらわた、私に預けてくれるのかしら?」

 

東雲「何ですって?」

 

ヴェロニカ「…貴方と私が組んだ、それを広めても良いのかしら?」

 

東雲「…私は大犯罪者ですよ」

 

ヴェロニカ「私はこの役職に興味はないのよ」

 

東雲「ならば、好きにすれば良い……その代わり、私の居城を用意してください、できるだけ良い場所に、それと運転手とか、身の回りの世話をする人もつける様にお願いします」

 

ヴェロニカ「あら、必要だったかしら?」

 

東雲「それすらなく、魔王と名乗れと?」

 

ヴェロニカ「てっきり、貴方には不要なのかと思ってたわ、Linkって場所があるのだから」

 

東雲「…あそこは捨てました」

 

ヴェロニカ「…私には、貴方のはらわたに見える」

 

何がはらわたか、あそこは急所中の急所ではないか

 

ヴェロニカ「衛星兵器って知ってるかしら?」

 

東雲「それ以上言葉を紡ぐと、殺しますよ、衛星兵器とその乗組員、それと捜査してる人たち全員」

 

ヴェロニカ「…どうやって?」

 

東雲「……」

 

窓の外を指さす

海が見える…

 

東雲「良い海ですね、深海棲艦も少ないからか騒がしくなくて…」

 

でも、今、この瞬間それは変わる

 

空間が歪む音が3度鳴る

衛星が海に落下し、爆発する

会長室には悲鳴が木霊する

 

東雲「言葉を紡げば、どうなるか言いましたよね、特別に殺しはしませんでしたが」

 

ヴェロニカ「…まさか」

 

東雲「乗組員全員と、基地から5人、重要そうな人間をピックアップして連れてきました」

 

…今ここで殺しても良いのだが

 

ヴェロニカ「…やっぱり、はらわたの様ね」

 

東雲「一つ」

 

1人、ブラックホールに呑み込まれる

また悲鳴が…騒がしい

 

ヴェロニカ「……わかった、黙るわ、だから勘弁してあげてちょうだい」

 

東雲「わかりました」

 

全員がブラックホールに呑み込まれ、何処かへと転移させられる

 

ヴェロニカ「何処にやったの?」

 

東雲「正面玄関です」

 

ヴェロニカ「ずいぶんと力を見せびらかすのね」

 

東雲「あなたを脅しても価値は無いでしょうが…何もしないのは好きじゃない……もはや、立場は入れ替わった」

 

…脅さなくてはならない

脅されているから

 

ヴェロニカ「やはり頭の回転は誰よりも速いのね、嫌いじゃ無いわ」

 

東雲「もう一度だけ告げておきましょう、Linkに手を出したのなら、あなたは全てを失う」

 

ヴェロニカ「…さあ?どうかしら」

 

東雲「あなたが良き協力者でなくなった時が、あなたの死に時です」

 

ヴェロニカ「そうなればLinkも死ぬわ」

 

東雲「……舐めるな」

 

ヴェロニカ「守り切れると?」

 

東雲「できないと思っているのですか」

 

ヴェロニカ「ええ、勿論」

 

東雲「…その時が楽しみだ」

 

ヴェロニカ「そうね、お互いに…ね?」

 

 

 

 

 

砂浜

 

東雲「あの様子では、本当に何か手があるのかもしれない」

 

警戒しない手はない…だが…

どうすれば良いのか、掴みきれない

 

東雲「…おや」

 

姿勢を低くし、砂を掴む

手から砂がこぼれ落ち、何かの破片を手にする

 

東雲(…これは…刃物のかけら?)

 

神通「それは私の魂の一部でした」

 

東雲「…神通さん?」

 

神通「…私の槍だったものです」

 

東雲「……それで」

 

神通「今の貴方は…何が残っていますか?」

 

東雲「…護らなくてはならないものがあります」

 

神通「羨ましいことだ…私は、守りたいものも守らなくてはならないものも無い」

 

東雲「…わざわざそれを言いにアメリカまで?」

 

神通「まさか」

 

跳び膝蹴りをくりだしてくる

両手を交差させ、膝をガードする

 

神通「目的はこっちですよ…!」

 

東雲「なんのために…」

 

神通「答える必要はありません」

 

蹴りに執拗にこだわったスタイル

ハイキックのみの蹴りを防ぎ続ける

 

東雲(槍は失ったと言っていたが、関節技も何も狙ってこない?)

 

神通(ガードを固めたのは、間違いでしたね)

 

神通さんが膝を自身の胸まで引く

 

東雲(これは…!)

 

神通「はっ!」

 

突くような蹴りがガードを打ち破る

 

東雲「かはっ…!……昔を、思い出しますね…」

 

神通「あの時は貴方が全てを失っていた…」

 

東雲「…あなたの目的は、なんなんですか」

 

神通「…貴方の部下にしてください」

 

東雲「…はい…?」

 

神通「貴方の部下にしてください」

 

東雲「いや、ちょっ……ええ…と?」

 

流石に、読みきれなかった…

 

神通「離島鎮守府で貴方を見かけました、見窄らしく山を探索していた貴方を」

 

東雲「…見られていましたか」

 

私が一つ前に転移したあの山や森のある場所、あそこは離島鎮守府だった…

最後に私は鎮守府の建物を見つけて、位置を理解し、離れる事を決意したのだが…

 

東雲「それで?何故私の部下になろうと?」

 

神通「Linkの人たちは貴方が居ないことをひた隠しにしていました、何故なのかを知りたい」

 

東雲「恥だからでしょう」

 

神通「そうではない、離れて尚慕われる貴方の事を知りたいのです」

 

東雲「……部下は要りません、それに私は住む場所も何もありませんが」

 

神通「用意します」

 

東雲「利用されるだけですよ」

 

神通「私が利用するんです」

 

東雲「……それと、今の私は、東雲です」

 

神通「…その名前は…」

 

東雲「ええ、そうですね…そういう事です」



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記録 VSトロンメル

The・World R:1

Δサーバー 萌え立つ 過越しの 碧野

双剣士 カイト

 

カイト「今日はちょっと喋れないから、デフォルトの読み上げ機能を使うけど大丈夫?」

 

ブラックローズ「おー、なんか声ちげー…って言うかさすがThe・World、チャット読み上げなんてあったんだ」

 

カイト「みたいだね(笑)」

 

ブラックローズ「カッコ笑いってちゃんと読むのか、それ、面白いな!」

 

カイト「うん、ところで、武器換装についてはどう?」

 

ブラックローズ「あー……試してみてるけど、うまくショートカットを割り当てられてなくて…」

 

カイト「このゲームの属性武器はどれも強力だし、属性の扱いをマスターしないとこのゲームは難しい、ゆっくり慣れていこう、そうすれば自然と連携も繋がってくる」

 

ブラックローズ「…でも、カイト、どうするんだ?このまま未帰還者達のこと後回しにするより…」

 

カイト「いや……後回しではないんだ、どうやら、少しずつ進んでいる…僕たちは進んでる事を認識していないだけで、少しずつ進んでる…」

 

そう、この時代に起きている、司というPCに起きている異常は…少しずつ、進んで行っていた

 

 

 

 

 

昨日

 

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「え、ええ!?…あの、プチグソって…」

 

あの司が連れているプチグソ…間違いない、敷波さんの…!

 

青葉(…あのプチグソ、種類が同じだけ?それとも敷波さんの代わりに司さんが受け取った…?)

 

何にせよ、あのプチグソを…助けたい

 

青葉「あの!」

 

司「…青葉だっけ」

 

青葉「は、はい!…そのプチグソは?」

 

司「…預かったの」

 

青葉(やっぱり…!)

 

青葉「可愛い子ですね…」

 

司「うん」

 

プチグソを撫でる

 

青葉「!」

 

青葉(…暖かい、感触がある…うう…だから斬られる度に痛いのに…)

 

司「…暖かいって、感じる?」

 

青葉「…ええと…」

 

司「感じないよね、普通は」

 

青葉「いいえ、感じますよ」

 

司「…なんで」

 

青葉「この子は頑張って生きてる、命としての熱を持っている…だからあったかい…私はそれを感じてます」

 

司「……データなのに」

 

青葉「私はそうは思いません…この子、予防接種はしましたか?」

 

司「知らない、預かっただけだから」

 

青葉「なら…してあげたほうがいいかもしれません、どうですか?一緒にプチグソ牧場まで…」

 

司「考えとく」

 

司さんがプチグソを抱き上げる

 

青葉「……その子のために」

 

司「……」

 

司さんが転送される

 

青葉(…あんまり深刻そうに話しても、信用されないかな…なら、ホワイトチェリーを…あ、エリアワードなんだっけ…?)

 

 

 

 

 

青葉「あ、居た!昴さん!」

 

昴「…貴方は、確か…」

 

マク・アヌの街の中を流れる川、その川を進む手漕ぎの小舟によく昴さんは乗っている

しかし、見つけやすいのはいいが、船は勝手に止まってはくれない

 

青葉「あ、あの!紅衣の騎士団って!たくさん情報が…あー!待って!」

 

…船がいってしまった…

 

 

 

 

昴「最初からここで待っていてくだされば…」

 

青葉「す、すみません…降りる場所知らないもので…」

 

結局小舟から降りるポイントで合流することになった

 

青葉「そ、それで、騎士団っていろんな情報が集まるって聞いて…」

 

昴「それほどでは…ありませんが」

 

青葉「…ホワイトチェリーを探してるんです」

 

昴「ホワイトチェリー?」

 

青葉「どうか、手に入れられるエリアを教えてくれませんか?」

 

昴「…プチジステンパーですか…」

 

青葉「はい、知り合いのプチグソが罹ってしまったようで…」

 

昴「成る程…しかし、その…あのアイテムはかなりの高値で取引されていて、本当に欲しいという本人にのみ情報を提供しているのです」

 

青葉「そんな…」

 

青葉(先手を打ちたかったのに…)

 

昴「そもそも、プチジステンパーのイベントはプチグソ牧場でプチグソを診てもらった時点でホワイトチェリーが出現するようになっていて、本来は手に入らないアイテムなので…」

 

青葉「そういうイベントなんですね…あーもう!ど、どうしよう…」

 

…いや、こういう時こそ、アレが使える!

 

青葉「失礼します!」

 

ログアウト

 

 

 

 

リアル 

Link基地

青葉

 

青葉(よーし!これで…)

 

ログアウトしてすぐに記事を書き込む

ホワイトチェリーについて、プチジステンパーについて

そして、最後にこう付け加える

 

[ホワイトチェリーの出るエリア名を覚えてる人、居ませんか?]

 

…これで、誰かが教えてくれればいいのだけれども

 

青葉(待ってる間に、昨日の剣士の記事…)

 

こちらも情報収集目的だが…いろいろなことが書かれていた

 

[確か、小さい呪紋使いとよくいたのを見たなぁ…すごく強かったっけ]

 

[ショップのNPCをPCだと勘違いして話しかけてるのを見たことあるぞ]

 

[.hackersの初期メンバーだよ、コテツソードを一緒に取りに行ったって話を聞いたことがある、かなり初心者向けの武器だから、始めたての時に仲間になったんじゃないかな]

 

[BBSの話?確かそんな書き込みあったような、刀探しの人?]

 

[そうそれ、刀を探してますってやつ]

 

青葉(…欲しい情報では無いけど、初心者時代からの仲なのかな…)

 

バトルスタイルやら、その辺りの情報が欲しいのに…

 

[昔PKやってた時に戦った事あるけど、真っ正面からの斬り合いスキルしかないから搦手を使えばいいとこまでは行けたなぁ…でも、結局正面から叩き潰されちゃったw]

 

青葉(搦手…そういえば、この前戦った時はうまく呪符を絡めて戦えば引いてくれた…)

 

戦闘スタイルを見直そう

ヴォータンに頼ったスタイルが多いが、呪符を使いながらスキルを…

 

青葉(でも、アイテム使用も動きが止まるしなあ…スキルのタイミングと合わせるとなると…うーん……上手くやらなきゃ)

 

青葉「あ、新しい記事にも…この人…というか、このハンドルネームは…」

 

司[Δサーバー 拒絶する 彼女の 進軍 で見かけた事がある、でも、あのイベントは好きじゃない…何でロストする仕様になってるんだろう]

 

青葉(…そうか、私は勘違いしてたんだ…敷波さんがあのプチグソを預かるのが正しい歴史なわけがない、だって本来居なかったんだから…司さんが受け取るはずのプチグソを受け取っていたんだ…!)

 

…このエリアに行けば、ホワイトチェリーがある!

 

青葉(…一応、ドゥナ・ロリヤックの牧場に行こう、まだ生成されてないかも)

 

 

 

 

 

The・World R:1

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

トキオ

 

トキオ「あ、司だ!」

 

司「…トキオ」

 

…司が抱えてるプチグソ…何だか元気ないな…

 

トキオ「プチグソ、元気なさそうだけど…大丈夫?」

 

司「わからない…けど、何だか元気なくて…だから、プチグソ牧場に…」

 

トキオ「プチグソ牧場?」

 

彩花『プチグソを貰ったり、診せたりする場所よ』

 

トキオ「そっか、オレも行くよ!」

 

 

 

 

プチグソ牧場

 

プチグソ屋「いらっしゃい、ここはプチグソ牧場だよ」

 

司「あの、この子…」

 

司がプチグソをNPCに差し出す

 

プチグソ屋「…おおっ!?こ、これはプチジステンパーじゃないか!」

 

司「プチ、ジステンパー…?」

 

プチグソ屋「名前よりずっと恐ろしい病気だよ…予防接種はしなかったのかい?」

 

司「予防接種…?……あの時、行けば…」

 

トキオ「な、治す方法はないの?」

 

プチグソ屋「特効薬はホワイトチェリーだね、早く与えないと手遅れになる…」

 

トキオ「ホワイトチェリー?ど、どこで手に入るの?」

 

彩花『知らないわよ!それより、早くクロノコアを探さないと…』

 

プチグソが小さい声で鳴く

 

トキオ「彩花ちゃん…!」

 

彩花『…ああ!もう!わかったわよ!』

 

司「どうしよう…」

 

青葉「居た!…そんな、発症してる!!」

 

司「青葉…!」

 

トキオ「し、ししっ…シックザール!?」

 

青葉「邪魔です!」

 

シックザールに押しのけられる

青葉は司とプチグソにすぐに駆け寄る

 

司「ぼ、僕…あの…」

 

青葉「予防接種しなかったんですね……でも、まだ間に合うはず、ホワイトチェリーを取りに行きましょう!」

 

司「…何処にあるのか…」

 

青葉「調べてあります!Δサーバー拒絶する彼女の進軍、一緒に来ますか…!?」

 

司「う、うん…行くよ…!」

 

トキオ「な、なんでシックザールがプチグソを助けようとしてるんだ…?」

 

彩花『…事情は知らないけど、ついて行きなさい、あのプチグソに何かあるのかもしれないわ』

 

トキオ「…うん、わかった、オレもプチグソを助けたいし……オレも行くよ!」

 

青葉「貴方は…!いや、今はいいか…わかりました!急ぎますよ!」

 

トキオ(あ、あれ?オレだって気づかれてなかったの?)

 

 

 

 

 

Δサーバー 拒絶する 彼女の 進軍

 

大雪の積もった森のエリアに転送される

 

青葉「すみません、パーティを組んでください」

 

司「これでいい?」

 

トキオ「あ、うん……あれ?」

 

青葉「行きますよ!」

 

トキオ(な、何で青葉は女の子と手を繋いでるんだ…?)

 

雪を踏みしめながら進む

 

トキオ「…なんでシックザールがプチグソを助ける為に…」

 

青葉「私は命を大切にしてるだけです、それに貴方は私たちを誤解してる…」

 

トキオ「…その子は?」

 

青葉「あとです!とにかく今は先を急ぎます!」

 

青葉(…リコリスさんの事は後!…とにかく今は急いで……いや、誰かいる!)

 

青葉「デュアルスィーブ!!」

 

青葉が森の木を真っ二つに斬り倒す

 

青葉「…かわしましたか、誰ですか!姿を見せてください!」

 

楚良「ばみょんっ…と」

 

青葉「貴方、楚良さん…!」

 

楚良「そ、楚良さん…ねえキミ」

 

トキオ「お、オレ?」

 

楚良「メンバーアドレス、ちょーだいっ」

 

トキオ「い、いや、今急いでて…」

 

楚良「くれないなら…」

 

楚良が籠手から刃を出す

 

青葉「相手、しましょうか」

 

楚良「…えー?」

 

青葉「私が相手になりましょうかと言っているんです…!今急いでるんですよ!!」

 

青葉の槍が周囲の雪を吹き飛ばす

 

楚良「うわ、なんか怒ってんじゃーん……ん?」

 

青葉(まだ何が来る!)

 

クリム「待て待て待てェーーーいッ!!」

 

成体のプチグソに乗った赤い衣装の男が此方へと近づいてくる

 

青葉「クリムさん!」

 

楚良「げぇっ…クリムかよ…」

 

クリム「とおっ!」

 

プチグソから飛び降り、青葉と楚良の間に降り立つ

 

クリム「よお、相変わらず…悪いのか?」

 

楚良「何、オッサンがオレの相手してくれるわけ?」

 

クリム「遊び相手になるつもりはないが…」

 

クリムが槍を振り回す

 

クリム「説教するつもりは満々だ!!青葉!ここは任せて先に行け!」

 

青葉「ありがとうございます!2人とも早く!」

 

司「う、うん!」

 

楚良「ちぇっ…司くん達逃げちゃった…」

 

クリム「さあ、悪い子供は説教だ!」

 

楚良「そういうのウザすぎ」

 

 

 

 

青葉「何処にあるの…ホワイトチェリー…!」

 

司「…ねえ、The・Worldって、こんなマップだったっけ」

 

青葉「え?」

 

トキオ「な、なんのこと?」

 

司「……変なんだ、このエリア、ダンジョンが見当たらない、それに、向こうのほうに、変な扉があるんだ」

 

青葉(…何あの扉、まるで…ボス部屋みたいな無駄に凝ってる作り…)

 

トキオ「ボス部屋っぽいし…きっとあの中にあるんじゃない?」

 

司「…とにかく、行って…」

 

ずうぅぅぅん…

 

地面の揺れについ尻もちを着く

 

トキオ「な、なんだぁ!?」

 

舞い上がった雪の中から、巨体が現れる

 

トロンメル「ヘーイ…ヘーイヘーイヘーイ!!T様の登場ダゼ!」

 

トキオ「こ、こいつ…!」

 

青葉「なんで…さっきから邪魔ばかり!!」

 

青葉がトロンメルに槍を振り下ろす

 

トロンメル「おうっ!いきなりデンジャーな挨拶しやがるぜ…!」

 

青葉「先に行ってください!ここは私に任せて!!」

 

トキオ(シックザールとシックザールが、戦ってる…?な、なんで…)

 

彩花『シックザールで潰しあってくれるなんて、ツイてるわ…!』

 

青葉「早く進んで!!」

 

青葉が呪符を使いながら炎で辺りを包む

 

トキオ「い、急ごう!」

 

司「わかってる…!」

 

 

 

 

 

重槍士 青葉

 

トロンメル「ヘーイ…中々タフな事しやがるじゃねーか、このT様相手に、やる気かガール?」

 

青葉「TだかYだか知りませんが!何で邪魔するんですか!プチグソの命がかかってるんですよ!!」

 

トロンメル「ワーッツ?…ペットモブ一匹にベリーホットなヤツだ」

 

青葉「……」

 

槍の先端が床に触れる

 

片手はリコリスさんの手をしっかりと握ったまま、トロンメルを睨みつける

 

青葉「貴方は、シックザールNo.7、怪力男のトロンメル…」

 

トロンメル「ワーオ!オレ様も有名になったもんだぜ!」

 

青葉「私はシックザールNo.9、青葉です!…味方です…どうかここは引いてください」

 

トロンメル「なにィ?ニューフェイスってのは…」

 

青葉「私です」

 

トロンメル「ならなんであのPCと」

 

青葉「……今は特別です!私は何としてもあのプチグソを助けたい…!」

 

…綾波さんの事で、何も言わずに居たことを後悔した

何もしなかった事を後悔する、人生に於いては…何度も、何度も繰り返す事だ…

だから、次こそはなんて言いたくない

 

手を伸ばしたのに、届かなかったなんて…絶対に嫌だ

 

プチグソは助けられるはずだ

だから、この反逆は、取り返しのつくものだと信じて

 

青葉「今は追わせません…コレが終わったら、トキオを捕まえます…だから!」

 

トロンメル「ヘーイ…そういうンじゃねぇんだぜ…バタフライエフェクトって知ってるか?オレ達はアカシャ盤の正常な運航を守るだけでいい」

 

青葉「……なら、倒させてもらいます…!」

 

トロンメル「ヒュー!シンプルなのは、嫌いじゃネーッ!!」

 

青葉「!」

 

トロンメルが両腕を振り下ろす

地面から岩が一直線に隆起する

 

青葉(危なかった!後一瞬遅れてたらくらってた…)

 

リコリスさんは、手を離さない

 

青葉(いつも戦闘になったら離すのに……私を信じてる、って事?)

 

槍を地面に突き刺し、呪符を握る

 

青葉「火焔太鼓の召喚符!!」

 

トロンメル「ワーオ!ベリーにホットじゃねェか!!なら!栄光への突撃(グローリーチャージ)!!」

 

炎に焼かれながらの突進…!

 

青葉(こちらの攻撃を利用して…!いや!そんなの…)

 

槍を引き抜き、強く握る

 

青葉(…やらせない!!)

 

いろいろな手段が頭を駆け巡る

回転系の攻撃はリコリスさんの移動制限で使えない

呪符を使ってもおそらくそのまま突っ込んでくる

 

なら、この筋肉の塊と正面からやりあうしかない

 

考えているうちに顔が熱くなる

熱がこもったような感覚…

 

青葉「トリプルドゥーム!!」

 

上下段の攻撃がトロンメルに先にヒットする

そして、その攻撃二撃が、トロンメルを退け反らせる

 

トロンメル「なん…っ…!」

 

青葉「リパルケイジ!!」

 

槍を縦回転で振り回し、連続で斬りつける

 

トロンメル「ぐううぅ…!!ヘーイ…やるじゃねえか…ニュービーの癖にぃぃ…!」

 

青葉「申し訳ありませんが…倒させていただきます!!」

 

トロンメル「…コレで吹き飛ばして……」

 

トロンメルが飛び上がる

即座に、接近する

 

トロンメル「衝撃の鋼拳(ビックバンフィスト)ォォーーッ!!!」

 

青葉(もらった)

 

拳を地面へと振り下ろす前に、その浮き上がった体の下に潜り込み、槍を突き立てる

 

トロンメル「ぁがあッ!?」

 

青葉「オマケです!!」

 

槍を手放し、呪符を使う

 

青葉「地獄蟲の召喚符!!」

 

闇の蟲の足に掴まれ、トロンメルが喰らわれる

 

青葉「…団長には後で謝らないと……追おう」

 

トロンメル「…クソ…スト、ロング……」

 

 

 

 

トキオ

 

トキオ「ぼ、ボスだ!」

 

司「…倒せばホワイトチェリー…!」

 

司の攻撃に合わせながら斬りかかる

 

トキオ「連牙・昇旋風!」

 

司「アンゾット!」

 

トキオ(ダメージが低すぎる、全然倒せる気がしない!)

 

司「…このままじゃ、勝てない」

 

連続で斬り続ける

 

司「……トキオ、離れてて…!」

 

トキオ「え?」

 

司の声に反応して振り向いた時にはすでに遅く、司のすぐそばにいる鉄アレイ型のモンスターから触手がこちらへと伸びていた

 

トキオ「のわあぁぁぁぁっ!?」

 

間一髪避けたものの、とんでもない威力の余波に巻き込まれ、地面を転がる

 

司「…大丈夫?」

 

トキオ「あ、危ないだろ!?」

 

司「避けてって…言ったじゃん」

 

トキオ「そうだけど!!…いや、それより!」

 

司「…あった、ホワイトチェリー…!」

 

トキオ「これで良くなるな…!」

 

司「うん…治ったらまたトキオにも撫でさせてあげる…!」

 

トキオ「よっしゃ!早く戻ろう!!」

 

 

 

 

 

 

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

                プチグソ牧場

 

司「…よし、これをお食べ、元気になるよ…」

 

プチグソ「…ぷぃ…」

 

プチグソは食べる様子を見せない

 

トキオ「な、なんで?」

 

司「た、食べてよ!…あ…」

 

プチグソがどんどん光になって消えていく

 

青葉「2人とも!……そんな…」

 

青葉がプチグソを見た途端崩れ落ちる

 

青葉(…間に合わなかった……?なんで…歴史は変えられない?本当に、どうしようもないの?)

 

トキオ「…司」

 

プチグソは光になり、消えた

 

青葉(…光が、少し、槍の方に…?)

 

司「……少し、1人にして」

 

青葉「司さん…」

 

トキオ「司……」

 

青葉「……トキオさん」

 

トキオ「…何」

 

青葉「貴方に用事がありましたが、また今度にします…」

 

 

 

 

 

リアル

Link基地 

青葉

 

青葉「…司令官、私どうすればいいのか…」

 

頭がいっぱいいっぱいだった

堪らなく、誰かを頼りたかった、だから司令官を頼った、何かを解決する為に

 

海斗『…今は、流れに身を任せるしかないんじゃないかな…The・Worldはネットゲームだ、たくさんのプレイヤーがいる、時間が経てば、ストーリーが勝手に進んでいくんだと思う』

 

青葉「……長く待たされた末がこのイベントなんて……最低ですよ…」

 

海斗『…そうかもしれないけど、でも…歯車は動き出した』

 

青葉「……もし、またアウラが誕生できなかったら…」

 

海斗『それは……最悪の結末だね』

 

青葉「…私は最悪を防ぐ…!私がアウラを目覚めさせる…そして、未帰還者を救ってみせます」

 

海斗『僕もいる、1人で無茶はしないでね』

 

青葉「はい…!」



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記録 評価

The・World R:X

シックザール @ホーム

重槍士 青葉

 

フリューゲル「まさか、トロンメルを完封勝利しちゃうなんてねぇ…それで?どうなったの?オジサンにわかりやすーく説明してくれるかな」

 

青葉「……以前、シックザールに入る前にあの時代に入り込んだ時、プチグソが目の前でロストしたんです…それを防ぎたかった」

 

フリューゲル「…ま、年頃の女の子にこういうこというのは残酷だけどよ…あれってデータな訳」

 

青葉「そうかもしれませんが…」

 

フリューゲル「…それに、トキオを捕まえられる状況で見逃した…生半可に関わるのはお互いにとって良くない、コレは仕事だ」

 

…感情に左右されず、割り切れ

言われて当然だ、私はトキオを捕まえなきゃならないのに見逃した…

 

ただ、気分じゃなかったから

 

フリューゲル「これから同じような場面に出くわすたびに見逃すのか?それが正しいのか?」

 

青葉「……あのプチグソは、特別でした…」

 

槍の先端を見下ろす

確かにあの時、プチグソの光は槍に吸収された

 

…この槍が、何かを得たと言うことになる

無作為にデータを集めればいいのか、それとも特定の何かだけを求めてるのかはわからないけど

 

青葉「もう、次はありません、なので…」

 

フリューゲル「なら良い、オレもそれ以上の追求をするつもりはない…って事で、この話は終わり!さぁて、メトロノームが帰ってくる前に仕事してるフリしねーとな」

 

青葉「…失礼します」

 

 

 

 

メトロノーム「あれで良かったんですか、団長」

 

フリューゲル「あんな申し訳なさそうな顔してトロンメルを圧倒するぐらいの実力者だ…変に扱って敵になられる方が困る、あの槍の力はいつでも消せる、だが…その力無しでもシックザールPCを圧倒する」

 

メトロノーム「必要ならクラリネッテに向かわせますが」

 

フリューゲル「いや、責任感強いタイプみたいだし、問題ないだろうよ…しっかし…トロンメルの戦闘ログ観てる限り…やっぱり強いねえ…」

 

メトロノーム「彼女はまだ自分自身の特異性に気づいていないようでした、気付く前に…」

 

フリューゲル「だから必要ないって、それに味方でいるうちは非常に頼れるじゃねーの…流石、"連星の狼"ってところか」

 

 

 

 

 

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

 

青葉「…もう、この時代にやり直したい事はない、はず」

 

思えば随分と勝手なことをし続けたものだ

許されなくて当然なのだ

 

青葉「…トキオを、捕まえる…」

 

今私がやるべき、目標…

そして

 

青葉「未帰還者を助ける…」

 

未帰還者達を助けるには、どうすれば良い?

…過去の事例は、モルガナ、AIDA、どちらも両者の排除によって未帰還者を救い出せた

 

なら、過去に倣え

 

Cubiaを獲る…!

 

その為にもシックザールの監視網は必要だ…

 

青葉「…居た」

 

…トキオ

 

タウンの中で騒ぎを起こすのはまずいか

 

 

 

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

         グリーマ・レーヴ大聖堂

 

トキオ「…なんの用なんだ…?オレをこんなところまで連れてきて」

 

青葉「簡単に言えば、交渉です…私は貴方をリアルに返したい」

 

トキオ「え?」

 

青葉「…私たちの邪魔はしてほしくない、その上で、リアルに帰ってほしい…利害は一致してるはずです」

 

トキオ「…カイト達は…黄昏の騎士団はどうなるんだ…!」

 

青葉「あれにはそのまま、石像として眠っていてもらいます」

 

トキオ「…そんなの納得できるか!お前達にThe・Worldを好き勝手荒らされて!」

 

青葉「私達はシステム管理者に近い立場です、ルールを守る為に存在しています…好き勝手荒らしているのは貴方達です…!」

 

トキオが剣を構える

 

青葉「実力行使も…やむを得ませんか……もう一度だけ言います、貴方をリアルに返したいんです…!私達は敵になりたいんじゃない…!」

 

トキオ「そんなの…信じられるか!!」

 

トキオが飛ばした斬撃をかわし、槍で突き上げる

 

青葉「本当に……やるんですね…!!」

 

トキオ「連牙・昇旋風!」

 

青葉「リパルケイジ!!」

 

お互い、手数の多い連続技を繰り出す

 

青葉(手数で様子見か…!)

 

トキオ「おりゃあッ!!」

 

退こうとしたところに強く踏み込んで斬りかかってきた…!

 

青葉(場数を踏んで戦闘慣れしてきてる…しかも、この感じ…)

 

この人は、強くなる…

 

今潰すしかない!

 

青葉「デュアルスィーブ!!」

 

横薙ぎの振り回し、そして

 

トキオ(背後を向いた!!)

 

誘う、敵の攻撃を!

 

青葉(もらった…)

 

槍を中程で握り、一回転して突き…!

 

青葉「くらえ!!」

 

トキオ(罠!?)

 

硬い何かにあたった感触

トキオが聖堂の壁まで吹き飛ばされる

 

トキオ「うぐ…く…クソ…!」

 

青葉「……あの一瞬で防ぎましたか…やはり、センスはある…」

 

でも、ここまで弱らせたなら、あとは回収するだけ…

 

青葉「!」

 

背後に槍を片手で振り抜く

 

青葉「……貴方、猫の…」

 

マハ「ーー!」

 

猫が何かを叫ぶような表情

そして現れる鉄アレイのようなモンスター…

 

青葉「……」

 

槍を構え直す

 

ずっと握られたままのリコリスさんの手を意識する

 

青葉(コレではスキルと同時に呪符が使えない…それじゃあ…どう立ち回る?)

 

槍を床に突き刺し、呪符を投げる

 

青葉「斬風姫の召喚符!」

 

突風が辺りを包む

 

モンスター達を風の刃が削り取る

 

青葉(今のうちにトキオを…!)

 

青葉「い、いない!?逃げられた…!」

 

確かに動けないほどのダメージを与えたはずなのに…

 

青葉「……邪魔をした罰…!」

 

 

 

 

モンスターが灰になり、消えていく

 

青葉「…なんでみんな、邪魔するんですか…」

 

灰を槍で払う

 

青葉「…今、灰を吸収した?…まさか、モブのデータを集めてる…?この槍が?いや……リコリスさんなのか…わからないけど…」

 

 

 

 

グラン・ホエール 艦内

トキオ

 

トキオ「う……うう…」

 

彩花『酷いやられようね』

 

トキ☆ランディ「仕方ないウパ、敵はシックザールでも未知数、簡単は倒せるとは思わない方がいいウパ」

 

彩花『しっかし……なんで1人でノコノコついていくのよ!こんっのバカトキオ!』

 

トキオ「……わからなかったんだ…なんで…あの時、青葉がプチグソを助けようとしてたのか…」

 

信じたかった気持ちはある

いや、きっと真実なのだろう、信じればオレはリアルに帰れたのだろう

 

でも、The・Worldはそのままだ

 

…オレの憧れのゲームは、そのままなんだ

 

トキオ(絶対…オレは、オレがThe・Worldをなんとかする!勇者として!)

 

 

 

 

 

 

リアル

某所

駆逐艦 東雲

 

東雲「ここは?」

 

神通「かつて私が住んでいた家です、戦争が終わったらと思い、残していたのですが…それよりも早くに帰ってきてしまいました」

 

東雲「……帰る場所、か」

 

神通「…いいえ、帰る場所ではありません、ここはただの隠れ蓑です、私の帰るべき場所はここじゃない」

 

東雲「それを理解しているなら…」

 

神通「お説教もお節介も、不要です」

 

東雲「……わかりました」

 

お茶の入った湯呑みが置かれる

 

東雲「…これはどうも、しかし、その腕でもお茶は淹れられるんですね」

 

神通「重いものは持てませんが、それなりに快復してきるようです」

 

毒など気にすることもない、なんの躊躇いなく口に含む

 

東雲「…上等なほうじ茶ですね、いや、あなたの腕ですか?」

 

神通「お茶汲みだけは自信がありますから、昔よく仕込まれました」

 

東雲「川内さんはあなたのことを大事に思っているのですね、もう一杯いただけますか?」

 

神通「はい」

 

…淹れる所作も含め、全てしっかり指導したのだろう…

どこに出しても恥ずかしくない様に

 

東雲「やはり貴方の腕の様だ、とても素晴らしいですよ」

 

神通「どうも、唯一自信のあることです」

 

東雲「ここの台所や近所の商店のことは分かりませんし、夕飯も任せて良いですか?」

 

神通「……ええ、まあ」

 

 

 

 

東雲「…できないなら、できないと言えば良かったのに」

 

食材全てミンチ状…まるでタルタルステーキ…

 

神通「……家事は全て姉さんがやっていましたから」

 

東雲「流石の川内さんも家事全ての教育は投げ出したか」

 

神通「……」

 

東雲「…分かりました、私が用意しましょう…ええ、仕方ない…」



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記録 VS川内

Link基地 

駆逐艦 朧

 

朧「データの方はどう?」

 

狭霧「解析は終わってるんです、問題なのは…このデータで何をしているかが未だ掴めない…それと、戦闘ログの解析をしていたら…」

 

狭霧が画面に何かを写す

たくさんの顔写真が並んでいる

 

朧「…みんな艦娘?」

 

狭霧「ええ、それも…横須賀の育成施設の候補生が大部分を占めています、どなたも基本高いスコアを出している優秀な人たちです」

 

朧「……それで?」

 

狭霧「どうやら、彼女達の戦闘ログを使われていた様です…さて、しかし…未だに掴み切れません、このログの中身が分かっても、意図がわからない」

 

朧「…戦闘ログだけじゃどうにもならないもんね」

 

狭霧「ええ、あの仮面の下にいるのがこの戦闘ログの持ち主なら話は単純です、しかし画面の中は空洞……いや、まさか…」

 

朧「狭霧?」

 

狭霧「…仮面の下には何もない、そしてあの全身を包む防護服の様な衣装……まさか、あの中にはデータが詰め込まれて…」

 

朧「……前の世界の艦娘システムに近いもの?」

 

狭霧「その可能性があります…もしそうなら、なんてことをしているのか…!」

 

朧「まだわからないよ、焦る必要はない…」

 

狭霧「世界の境界が崩れますよ…!前の世界の出来事全てが無駄になる!!」

 

朧「…もう繰り返したりしない、繰り返させない…だから焦らないで」

 

狭霧「…ええ」

 

しかし、狭霧の焦りももっともだ、今直面してるのは世界の崩壊の危機とも言える…

 

朧(…あれ、なんだか良い匂い…)

 

ザラ「失礼しまーす」

 

グラーフ「差し入れだ、コーヒーと、ブルスケッタ、美味いぞ」

 

狭霧「……そこはワインが欲しいです…白ワイン…」

 

ザラ「狭霧さんは未成年なのでダメでーす」

 

グラーフ「クローンだし、なんなら0歳だろう?」

 

狭霧「だからこそ法律無視でいきたいところなんですけど」

 

ザラが差し出したブルスケッタを一つつまむ

 

朧「…バゲットに…ニンニクを塗って、オイルで和えたトマトとチーズ……あとはアンチョビ?」

 

ザラ「それにバジルですね、ちなみにこっちはキノコのマリネ、コッチはチキンのマスタードソース…どれも最高に美味しいですよ!Bon appétit(召し上がれ)!」

 

狭霧「コレは完璧に白ワインですね…スパークリングワインも合うでしょうね…」

 

ザラ「…わかってますね、狭霧さん…実は、リシュリューさんにシャンパンを…」

 

狭霧「……す、少しなら…」

 

グラーフ「何を言っている、今はまだ昼の一時だろう」

 

朧「それに狭霧はまだ仕事あるでしょ……」

 

狭霧「だって!これ完全に軽食じゃなくておつまみじゃないですか!絶対に白ワイン!ワインのみたい飲みたい飲みたい!!」

 

グラーフ「…狭霧が壊れたぞ」

 

朧「…最近頑張ってたからね、今日はもう終わりにしようか…」

 

グラーフ「…だな、せっかくだ、私もいいビールを仕入れた、どうだ?狭霧」

 

狭霧「頂きます…!」

 

ザラ「綾波さんはお酒には厳しい人でしたけど…狭霧さんは違いますねえ」

 

狭霧「せっかく生きてるのに、誰かに迷惑をかけるわけじゃない楽しみすら制限するのは私は好きじゃありませんね」

 

朧「未成年飲酒も?」

 

狭霧「……私は成人です、多分」

 

グラーフ「まあ、今日くらいはいいだろう、ビールとソーセージを用意してくる」

 

朧(タシュケントやリシュリューが知ったら……酒宴になるんだろうなぁ…いや、もう手遅れか…神鷹達が帰ってきた時にはすでに酒瓶で散らかってそう)

 

 

 

 

 

神鷹「ただいま、です」

 

神風「……あれ?誰もいないのでしょうか?」

 

朧「あ、おかえり、待ってたよ」

 

神鷹と神風はいつもより少し遅く帰ってきた

おかげでこちらも用意をする時間があったわけだけど…

 

朧「2人とも、少し手を貸して?」

 

神風「へ?」

 

神鷹「…朧さん、それより…」

 

朧(あれ、神鷹についてる匂い…)

 

2人の肩越しに、匂いの元となる人を見つける

 

朧「せ、川内さんに那珂さん!?」

 

神風「あの…Linkに案内してほしいって…」

 

川内「やっ!」

 

那珂「神通姉さん、お邪魔してない?」

 

朧(あー、どうしよう……き、綺麗な部屋…)

 

朧「とりあえず、どうぞ…」

 

 

 

 

応接室

 

朧(全く使ってないから全然掃除が行き届いてないけど…)

 

川内「別に玄関先でいいのに」

 

神鷹「Grober Tee(お茶です)…。」

 

那珂「え、え?なんて?」

 

川内「お茶じゃない?ティーって言ってたし…多分」

 

朧「…ええと、神通さんは来たのは来ましたけど、ウチでは雇えないって言ったらどこかに…」

 

那珂「えー…無駄骨だった…?」

 

川内「…ま、仕方ないよ、神通無しでやるしかない」

 

朧「神通さん、帰ってないんですね…」

 

川内「うん、まあ…考えなしってことは無いだろうけど…」

 

那珂「そういえば、綾波ちゃんは?」

 

朧「ええと…今居なくて…」

 

川内「そっか……んー…にしても、なんだか…」

 

朧(…酔っ払いの騒ぎがここまで聞こえてきてる気がする……)

 

那珂「……お酒の味?」

 

朧「……はい、その…一部メンバーが休暇なので、飲み会してるみたいです」

 

川内「おー、いいね、自由っぽくて」

 

那珂「ウチじゃ絶対怒られるよね」

 

川内「クソうるさいからね、大井とか特に」

 

朧「あはは…」

 

しかし、川内さん達の目的も果たしたし、さっさと帰ってもらうべきか、それとも…いや、それともどうしたいのか私にはまだ…

 

川内「あ、そうだ、青葉いる?」

 

朧「あ、居ますよ、でも多分今は…」

 

川内「なんかやってるの?」

 

朧「The・Worldやってると思います」

 

那珂「The・Worldかあ…なんだか懐かしいってくらい触ってないなあ」

 

川内「せっかくだし、見に行こうよ」

 

朧「え…大丈夫かなぁ…」

 

川内「なんか不味い?」

 

朧「仕事の一環みたいな感じなので…」

 

川内「…そういやそうだっけ、未帰還者助けようとしてるんだっけ?」

 

朧「はい」

 

那珂「なら、尚更レッツゴー!」

 

朧「えっ」

 

那珂「ほら、行くよ!」

 

朧「……はい」

 

朧(那珂さんには未だに逆らえないなぁ…)

 

 

 

 

 

 

朧「青葉さーん」

 

扉をノックする

返事はない

 

川内「…カチャカチャやってるね」

 

那珂「中にいるのはわかるんだけど…熱中してるのかな」

 

朧「ほぼ1日中プレイしてるみたいで…この前チラ見した時、レベル90くらいでした」

 

那珂「90…私のメインアカウントより高いよ…」

 

川内「The・Worldってレベル上がりにくいのに…っていうか、数ヶ月前に始めたばっかでしょ?90レベルまで上げるには……2.3ヶ月かけて大体30レベルが普通かそこらなのに…」

 

朧「異様にやり込んでますよね…」

 

那珂「…あ、鍵空いてる」

 

川内「…入ってみる?」

 

朧「え?まずいと思いますけど…」

 

那珂「大丈夫大丈夫、気配消すから!」

 

川内「簡単には気づかれないって!」

 

 

 

 

川内「お邪魔しまーす…うわっ…空き缶だらけ…しかも全部エナドリだ…」

 

那珂「戦闘中?…というか、入力早っ…」

 

青葉さんの実際にプレイしてる画面は初めて見たけど…確かに、入力が滅茶苦茶早い…!

 

朧「戦ってるの、PC?」

 

川内「PK戦に見えるね…相手は……撃剣士にみえるけど」

 

那珂「それより、なんで一人称でプレイしてるんだろ、三人称の方が視界広くて有利だし、プレイしやすいのに…」

 

朧「あ、それは没入感が高いからって言ってました」

 

青葉「…どこが私の方が強いですか…!……このままじゃ勝てませんね….hackersのメンバーを名乗るだけはある…」

 

川内「ドットハッカーズ?」

 

那珂「姉さんは知らない?最後のThe・Worldの謎を解き明かした集団…ほら、倉持司令達のチーム」

 

川内「あ、そんなすごかったの?」

 

朧「すごいです、たぶん」

 

那珂「こっちもすごいことになってるけどね」

 

一瞬目を離した隙に激しい斬り合いに画面が移り変わる

何が起きてるのか把握し切れない

当然だ、The・Worldは本来3人称でプレイするゲーム、だからエフェクトも派手で、一人称では画面を覆い尽くす様なシーンもある

 

つまり、一人称ではエフェクトで画面が見えなくる様な事もある…なのに、それをものともせず戦っている…

 

青葉「く…!」

 

でも、やはり押されている…!

防戦一方の上に、体力が徐々に削られて…

 

川内(…待って、青葉の腕、あの赤いスジは何?…さっきまで無かったはず…!)

 

那珂(…血の味がする…)

 

青葉「………貰ったぁぁ!!」

 

画面いっぱいの閃光の先…それを貫いた槍が画面に映される

 

青葉「…勝った…!」

 

朧(…押されていたんじゃなくて、待ってたんだ、決定打を放つタイミングを…)

 

川内(……やっぱり、これ内出血起こしてる、よね…なんで?…よく見たらいろんなところに痕がある…)

 

川内さんと那珂さんが黙ったまま何かを確認し合う

 

那珂(…血の味、ここからしてたんだ…)

 

川内(……この首元、締め付けられたような痕は?)

 

那珂(…日常的に暴行を受けてるような…ここの人達との関係性ってそんなに悪いの?)

 

川内さんと那珂さんが顔を見合わせる

 

2人に腕を掴まれ部屋から引き摺り出される

 

朧(え?えっ?えええ?)

 

 

 

 

廊下の壁に押しやられ、2人に詰め寄られる

 

川内「…虐めてたり、しないよね?」

 

朧「いじめ?…いや、そんな事ないですけど…」

 

那珂「……首を絞められたような痕があったけど」

 

朧「え…?本当ですか…!?」

 

…全然気づかなかった

画面に見惚れてて…

 

川内「あとちゃんとご飯も食べてない感じがしたよ…」

 

朧「それは、青葉さんの活動時間が不規則で…一応作ったものは取り置いてるんですけど…」

 

那珂「……あと、機材とかすごい古いの多かったけど…」

 

朧「それは青葉さんの趣味っていうか、青葉さんが好んで使ってるんです」

 

川内「なんで?」

 

朧「提督と買いに行って揃えたとか、聞いてますけど…」

 

川内さんと那珂さんが顔を見合わせる

 

那珂「朧ちゃんは白かな」

 

川内「…ここの他のメンバーとの関係は?」

 

朧「え?それは…」

 

朧(綾波の事以来、壁があるのは間違いないけど…今言うと変な感じになりそうだし、でも誤魔化せば後がどうなるか…)

 

川内「…何かあるんだ?」

 

朧「…仲が悪い訳ではないです、気まずくはなってますけど…」

 

那珂「差し支えなければ聞かせてくれない?」

 

朧「……綾波の居場所、青葉さんは知ってたみたいなんです…それを言わなかったから…」

 

那珂「…そっか」

 

川内「一応さ、私達も青葉とはそれなりに古い仲のつもりだからさ…特に…前の世界の離島の頃からの」

 

那珂「心配なだけなんだよ、朧ちゃん達を疑っちゃうのは本当に悪いとは思うけど…友達だから、心配なの」

 

朧「……それなら私だって長い間一緒に戦った大事な仲間です、ここにいる事で青葉さんが苦しんでるなら、離島にだって送り返せる」

 

川内「…言い方キツイけど、関心は持ててないよね、他の仕事が忙しいだけかもしれないけどさ」

 

朧「…そんな事…」

 

那珂「そんな事あるんだよ…朧ちゃん青葉ちゃんの全身に傷があるの知ってる?それも全部内出血みたいだね、理由はわかんないけど…あと、首の痕も知らなかったんだよね?」

 

朧「……それは、そうですけど」

 

那珂「関心持ってたら、気づくよ」

 

朧「………ごめんなさい」

 

同じ屋根の下にいるはずなのに、来て1時間くらいの川内さん達の方が青葉さんの今をわかっている

 

…情けない事だけど

 

朧「あ…」

 

青葉さんの部屋の扉が開く

 

青葉「…お二人でしたか、部屋に来てたの…」

 

川内「え…バレてた?」

 

那珂「気配殺してたつもりなのに」

 

青葉「……私の使ってるFMD、かなり古いので…隙間があるんですよ、その隙間から人の手足が見えたら…それはもう居るなと」

 

川内「えー…あんな厳ついのに隙間あるんだ…」

 

那珂「それよりも…うん、やっぱり全身傷だらけだよ、皮膚の下を切られてるみたいな…」

 

青葉「…まあ、あの、実際に斬られてはないので…」

 

川内「……ここに居るの、辛いんじゃないの?」

 

青葉「…どうでしょう、人間関係なんて…そんなものですから…」

 

朧(…青葉さん、こんなこと言う人だっけ…)

 

…私の中にあるイメージ、臆病な青葉さんから随分とかけ離れてしまった気がする

…改めて向かい合ってみると、やつれたような…

 

青葉「…どうかしましたか?」

 

朧「……帰りましょう、離島鎮守府に」

 

青葉「え?」

 

朧「…青葉さんにとってここの環境は良くないんだと思います…いや、アタシたちが良くない環境に追い込んだんだ…」

 

青葉さんが私の肩に手を置く

膝を折り、私に目線を合わせて言う

 

青葉「……そんな事ありませんよ、ここはすごく良いところです…ここの人達は、仲間としてお互いを信頼し、心の底から大事に思ってる…素敵な場所ですよ」

 

川内「…それはあくまで仲間になれば、じゃないの?」

 

那珂「青葉ちゃんにとってはどうなの?」

 

青葉「……優しい人たちが多いな、とは思います…私は隠してはいけない事を隠した、なのに未だ叩き出されすらしていないのは、本当にありがたい限りです」

 

川内「……全身の傷、首元に絞められたような痕…説明できる?」

 

青葉「え?」

 

青葉さんが首に手を当てる

 

青葉(ヒリヒリするなぁ…とは思ってたけど、まさか傷になってるなんて…)

 

青葉「説明するのは難しいんですけど……どうやら、碑文の力に影響されてるんだと思います、その…実は弥生さんとやり合っちゃって…その時なんて首を切られたから首が内出血を…」

 

川内「え、頸動脈斬られて生きてんの?」

 

青葉「ゲームの中でですよ…でも、その時以来、斬られた箇所に血が滲むんです、本当に斬られてる訳じゃないのに…」

 

那珂「……The・Worldやめよう、命に関わるよ」

 

青葉「みなさんは、私が言えば戦争から手を引きますか?」

 

川内「…それとは話が違う」

 

青葉「いいえ、一緒です……今も苦しんでる人がネットに囚われている…それを助けたい……それにこっちの方があってるんです、私は艦娘としての適正は高い方では無かったんだと思います、だって…砲撃なんてみんなにすぐ追い抜かれちゃったし…」

 

那珂(白兵戦なら化け物じみた強さだけどね…)

 

川内「演習での立ち回りはすごく良かったと思うけど」

 

青葉「あんなの、瑞鶴さんの力がなければできませんよ」

 

朧「……なら、試してみますか?地下の演習用のプールを使っていいので」

 

青葉「えっ…い、いや、やめておきます…だって体なんて殆ど動かしてないし、最近体力落ちてるんじゃないかなって…」

 

川内(…神通がやられた事もある、あの動きを研究したい…)

 

川内「青葉、少しだけ相手してよ」

 

青葉(よ、よりによって川内さん…いや、一番強い分…加減してくれる、かなあ…)

 

 

 

 

地下プール

 

青葉(うう…そう言えば2日食べてないからお腹減ったなあ…)

 

川内「行くよ」

 

朧「あれ?川内さんの艤装ってあんなのでしたっけ」

 

那珂「戦闘スタイルに合わせて新調したんだよ、3種の近接武器にあわせて、遠距離は呪符と砲雷撃、一応小道具としてワイヤー付きのクナイなんかも仕込んであるし」

 

朧(完全に忍者装備だ…)

 

川内(まずは、青葉の射程に合わせて 大鎌から!!)

 

大鎌が召喚され、青葉さんの槍と打ち合う

 

青葉(ま、間合いが取りにくい!しかも先端で貫くように振るってくるから防ぎにくい…!)

 

那珂(巧いなあ青葉ちゃん…持ち手を叩く事で振り抜けないように…お互いに戦い辛そうだなぁ…)

 

朧「…川内さんの鎌、軽いんですか?身長よりも大きいのに難なく振って…」

 

那珂「扱いが1番難しい分1番練習してるんだよ、だから今では1番得意な武器」

 

川内(そろそろ、仕掛けようかな)

 

川内さんが一歩踏み込み、槍を振るう

 

青葉(…近い!このままだと柄が直撃するけど刃は当たらない、ならばこの隙に直接攻撃で…!いや!)

 

青葉さんが振り返り、槍を縦に構えて防御姿勢をとる

 

川内(ぐ…殺ったとおもったのに…!)

 

青葉「…大鎌使いとは戦った事ありませんけど、この内側の刃で刈り取る様な攻撃もできるんですね…!」

 

青葉(わざわざ近づいてきたのは柄を防がれても私の背中にある刃が本命だから…か)

 

鎌を引く事で擬似的に背後をとる…

相手が防ぐ事を知っている前提の戦術…

 

朧(仮面の敵みたいな…知能のある相手と戦うための作戦、か…)

 

青葉(……この膠着状況は、マズイ…)

 

川内(お互いに動けない…手を緩めたら武器を弾き飛ばされて一撃もらう…それで決着……)

 

青葉/川内((なら、やる事は…おそらく同じ!))

 

青葉「火焔太鼓の召喚符!」

 

川内「粋竜演舞の召喚符!」

 

炎と水がぶつかり合い、あたりを水蒸気の煙が包む

 

青葉(何も見えない…!でもそれは向こうも同じ、探知系の艤装でもない限り…いや!)

 

煙の中、何度も火花が散り、金属音が鳴り響く

 

青葉「見えないはずですよね…!」

 

川内「見えないね…でも気配はダダ漏れだよ…!」

 

那珂(気配って…)

 

朧(アタシは匂いでわかるけど…いや、川内さんもおかしいけどそれを防ぐ青葉さんも大概おかしい…)

 

青葉(でも、釣れた)

 

青葉「斬風姫の召喚符!」

 

川内(風!?…この距離!まさか自分ごと…!)

 

川内さんが突風に吹き飛ばされる

 

青葉「演習じゃなければ、お互い血塗れでしたね」

 

那珂「…あの手際の良さ、絶対実戦でもやってるね…自分ごと巻き込む攻撃…」

 

川内「っ…たた…」

 

青葉「動くと追撃しますよ」

 

川内「やってみなよ」

 

川内さんが飛び起きる

 

青葉「閃矢の呪符」

 

青葉さんが紙を投げたのを見て、川内さんが飛び退く

 

川内(…呪符が発動しない…ブラフ…?)

 

川内「ぁが…!?」

 

川内さんが突如倒れる

 

青葉「先程、煙の中接近してきた時に貼り付けておきました…」

 

那珂「あの斬り合いの中で…!?」

 

朧「呪符の扱いに手慣れてる…」

 

青葉「…降参してくれますよね…?」

 

川内「……いいよ、もうやめとく…殺傷能力ないにしてもこれ以上は怪我するし」

 

青葉「それはよかったです」

 

川内(……1対1なら誰まで倒せるんだろうね…アケボノにも勝てるんじゃない…?いや、命懸けになれば…私もわからないか)

 

朧(…青葉さん、また攻撃のキレが増してる様な気がする…謙遜してたけど、やっぱり強い…砲撃とかのセンスは人並みなんだろうけど…)

 

那珂「間合いの管理がずば抜けてうまい、自分の射程の内側に入られるリスクを分かってるから、入ってきたら手痛いカウンターをいつも構えてる…距離を取るためなら自分がダメージを受ける事も躊躇わない…か」

 

川内「…そう、まさにその通り…青葉の強さはそう言うとこにあるね」

 

青葉「ありがとうございます」

 

川内(…他対一やスピードアタッカーは多分苦手な分野かな、でも中途半端な速さや耐久自慢じゃ勝てないよこれは…!)

 

川内「…どうやって鍛えたの?動いてないにしては普通に筋力も私と同じくらいあるでしょ」

 

青葉「え?絶対ありませんよ、ここ数ヶ月まともに走る事もしてませんし」

 

川内「へ?」

 

青葉「え?」

 

川内(…まさか、弱っててコレ?…元はどんだけマキシマム…いや、違うな…筋力が落ちてないんだ…鍛えはしてないけど、筋力が落ちなかった…何が理由かまではわからないけど)

 

青葉(…お腹減った…)

 

川内(…多分、マハの触覚に影響されたんだろうけど…ゲームバトルで斬られたと細胞レベルの勘違いを起こすくらいなら…トレーニングしてると勘違いしてる可能性も…)

 

ぐうと腹の音が鳴る

 

青葉「あ……」

 

朧「…ご飯、食べます?」

 

青葉「…はい」

 

川内「せっかくだし食べに行かない?何でも奢るよ」

 

青葉「なんでも…?…いいんですか!?」

 

川内「え、うん…すごい食いつくね…まあ、負けたし、ご褒美という事で…」

 

青葉「じゃあお肉が食べたいです…!」

 

那珂「…美味しい焼肉屋さんあるって」

 

川内「じゃあ、そこで」



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探し物

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

トキオ

 

トキオ「あ、司だ」

 

プチグソを亡くした司には、何が残っていたのだろう

…立ち直る手助けをしたい

 

トキオ「…一緒にいるのは、昴…!」

 

2人に駆け寄る

 

トキオ「おーい!司!昴!」

 

司「…トキオ…?」

 

トキオ「司、あの子のことはなんていえばいいのか、いまだにわからないけど…」

 

司「…うん、ありがとう」

 

昴「貴方もあのプチグソの事を…?」

 

トキオ「昴も?」

 

昴「…いいえ、私は…司のプチグソがホワイトチェリーを求めているとは知りませんでした…ホワイトチェリーは希少なアイテム、故にコレクターは欲しがります…なので、本当に求めている人にのみ情報を伝えようとしていました…」

 

トキオ「本当に求めてる人…つまり、それ以外の人が聞きにきたってこと?」

 

昴「…いいえ、私に情報を聞きにきたのは青葉さんです」

 

司「…青葉が…」

 

昴「私は、その時、信用することができませんでした…青葉さんの事をちゃんと理解し、伝えるべきだったのに…」

 

トキオ「そういえば、青葉はホワイトチェリーのエリアワードを知ってた…」

 

昴「…何か、別の手を使って手に入れたのでしょう……きっと、私に聞くよりもリスクのある、大変な方法で」

 

トキオ(…あのシックザールの考えてる事、やっぱりわからないな…)

 

司「……そっか」

 

昴「…司、貴方は1人ではありません…確かに、騎士団の全体の方針として貴方を敵視する者は大勢居ます、しかし私は貴方が…何らかの理由で巻き込まれているのだと考えています」

 

昴が司の手を取る

 

昴「…私では、力になれませんか」

 

司「…あったかい……あの子みたいだ」

 

トキオ(…そういえば、司はリアルの感覚が、あるんだったっけ…)

 

司が昴の手を両手で握りしめる

 

司「…あのプチグソも、あったかかった……元気な時は、もっと暖かくて…プチグソの子供があんなにあったかいなんて…ちっとも知らなかった……だから、それが消えちゃったら嫌だなって…だから…!」

 

昴「……」

 

トキオ(…今は、まだそっとしておこう…)

 

 

 

 

 

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

        グリーマ・レーヴ大聖堂

重槍士 青葉

 

青葉「…えーと…どうも」

 

砂嵐三十郎「よお、お前さん、いつもここにいるんだってな」

 

青葉「…誰から聞きました」

 

砂嵐三十郎「真っ赤な騎士連中だ」

 

青葉「紅衣の騎士団か…それで?」

 

砂嵐三十郎「…なぜトキオやおれを狙う、何か理由があるんじゃないのか」

 

青葉「……貴方は、この時代に存在していい存在じゃない」

 

砂嵐三十郎「時代…?何の話だ」

 

青葉「ここは、2009年、貴方がいるべき年代よりも過去なんですよ」

 

砂嵐三十郎「……あー…日本はまだ2009年なのか?…いや、そんな訳はないだろうが…これは、ジョークか?」

 

青葉「……何を言ってるかわからないでしょうけど…アカシャ盤の正常な運航のため、デリートします」

 

砂嵐三十郎(…今は2020年のはず…何を言ってるのかさっぱりわからん…)

 

青葉「…トリプルドゥーム…!!」

 

砂嵐三十郎「話はできそうにないな!」

 

剣先で槍を受け止められる

 

青葉(ここで下手に踏み込めばカウンターがくる、それなら…レンジは私の方が広いのを利用する、とにかく相手の射程外からの一方的な攻撃で…!)

 

当たっても深刻なダメージを与えられないほどの、槍の最長射程に立って攻撃…

 

砂嵐三十郎(…良い腕だ、ここまでのプレイヤー、昔はほとんど居なかった…!だが、攻め気が強すぎたな!)

 

青葉(納刀した…!居合が来る!)

 

慌てて槍を引いたのに、遅い!

 

砂嵐三十郎「火麟!」

 

神速の居合いに槍が弾かれ、大きく姿勢が崩れる

 

青葉(手から、離れて…!いや!これなら!)

 

近寄らせない!

 

青葉「火焔太鼓の召喚符!!」

 

爆炎が接近を許さない…

体制を立て直し、降ってきた槍を掴み、構えなおす

 

砂嵐三十郎「もらった、と思ったんだが」

 

青葉「私はそう安くありませんよ」

 

砂嵐三十郎「…やりやがる、さすが子連れ狼といったところが」

 

青葉「貴方本当に子連れ狼好きですね…」

 

砂嵐三十郎「いや、正確にはMr.MIFUNEが好きだ、子連れ狼の漫画はMr.MIFUNEがモチーフになっている」

 

…何だろう、この言い方というか、アクセントというか…

すごい違和感…というか、このバリバリのサムライエディットにロール、完璧な日本語だけど…

 

青葉「……あ、貴方…まさか、日本人じゃない?」

 

砂嵐三十郎「だとしたら、何か問題があるのか?」

 

青葉(…あー…いや、昔司令官から聞いたような気がする…アメリカのサウスダコタに友達が居るって…まさかこの人?)

 

青葉「別に…ありませんよ!!」

 

槍を振るい、レンジを生かした戦法を続ける

 

砂嵐三十郎(詰め寄れば…やられるか、なら)

 

青葉「!」

 

…一歩引いた、刀の先端と槍の先端だけが届くだけの距離が開いた…

 

青葉(…こちらもダメージは与えられない!)

 

砂嵐三十郎「…さあ、どうする」

 

青葉(…動きを封じられたようなものだ…呪符を使う隙はあるか…いや、無作為に使うのはまずい、ゼロ距離まで詰め寄られて自滅技になるか、斬りつけられて終わり…)

 

激しく打ち合うものの、これはただの停滞している間

しかもお互いが大振りな攻撃

もし、どちらかが武器を引いて空振りを誘えば?

その隙ができた瞬間、ダメージを覚悟することになる

 

そしてこちらは呪符のタイミングも見定めなくてはならない…

 

砂嵐三十郎(…今、手を返す)

 

払った槍が刀を捉えることなく、空を切る

 

青葉(誘われた!?)

 

砂嵐三十郎「火怨!」

 

両足を一閃で切りつけられ、よろめいた所に首へと刃が伸びる

 

青葉「ッ!!」

 

砂嵐三十郎「…防がれたか」

 

槍を聖堂の床に突き立てる事で盾にし、何とかそれを防ぐ…

 

青葉(…油断してた訳じゃないけど、他の事を考えたら反応が遅れて…)

 

そして、先程の斬り合いが再び始まる

 

青葉(…!さっきより近い!)

 

いつの間にか、私は槍を短く持ち、手数を増やす事で危険を防ごうとしていた

自分でも気付かないうちに、恐怖して…

 

青葉(…両腕を斬られてる…)

 

斬り合いの中で、何度も何度も刀が腕を掠め、その度に斬られる感覚…

狂いそうな痛み……

 

青葉「…どこが私の方が強いですか…!……このままじゃ勝てませんね….hackersのメンバーを名乗るだけはある…」

 

砂嵐三十郎「…有名になったもんだ…!」

 

青葉(…仕返しだ、誘う…私が、獲る!!)

 

防戦一方、まさしくその通りだ、そうでしかない

誘う訳じゃない、待っているだけ、一瞬の隙を…!

 

槍と刀がぶつかった閃光で画面が埋め尽くされ、剣撃への対応が遅れる

 

砂嵐三十郎(今だ!)

 

青葉(突っ込んできた!)

 

この攻撃を待っていた、真っ直ぐ私へ突っ込むような、勝負を決めに来る攻撃を!

 

槍を引き、刀をいなしながら体を捻る

 

青葉(…決める!!)

 

青葉「…貰ったぁぁぁぁッ!!」

 

刀を掠め、エフェクトを伴った突きが砂嵐三十郎を捉える

 

 

 

青葉「……勝った…!」

 

ゲームバトルなのにどれほど消耗したのか

肩で何とか息をして、槍にもたれるように立ち、そして…倒した敵を、再度見つめる

 

青葉「……私の、勝ち……でも、次は、ないな…」

 

槍を差し向ける

砂嵐三十郎の死体が消滅する

 

ペタリと床に尻餅をつき、青銅の長椅子の手すり部分にもたれかかる

もはや椅子に座るために動く気力もない

 

青葉(…そういえば、さっきからリアルの視界にちらちら何か…一回、落ちないと……)

 

 

 

 

 

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

トキオ

 

トキオ「ショートメールだ…昴から呼び出し?」

 

 

 

トキオ「あ、いた、昴」

 

昴「トキオ、来てくれたのですね」

 

トキオ「呼び出しって…何か用事?」

 

司「僕が頼んだんだ、この前のお礼がしたくて…」

 

トキオ「司…もういいの?」

 

司「うん、でも…青葉は来てくれなかった…」

 

昴「メンバーアドレスがなくて…」

 

トキオ(…青葉、か…)

 

司「仕方ないから、3人で行こう?…秘密の部屋に連れて行ってあげる」

 

トキオ「秘密の…」

 

昴「部屋?」

 

 

 

 

Θサーバー そびえたつ 無限の 大砦

 

トキオ「このエリアは?」

 

昴「ここは…ごく普通のエリアですね……秘密の部屋というのはどこに?」

 

司「まずはエリアの1番奥まで行こう、そうしたら連れて行ってあげる」

 

トキオ(へー…1番奥から行けるのか…秘密基地みたいだなあ…)

 

彩花『トキオ…トキオ!聞こえてる?』

 

トキオ「あれ?彩花ちゃん?どうしたの?」

 

彩花『やっぱり司がクロノコアの持ち主で間違いないわ、早く貰いなさい!』

 

トキオ「貰いなさいったって、どうすれば…」

 

彩花『普通に言いなさいよ!』

 

トキオ「んなむちゃくちゃな……ねえ、司…」

 

司「なに?」

 

トキオ「…クロノコアって、持ってたり…」

 

司「クロノコア……?なにそれ」

 

トキオ「え?」

 

彩花『え?』

 

司「僕、そんなの知らないよ?それ、アイテムなの?」

 

トキオ「…あれ?…あ、あははは……な、なんだろう…」

 

トキオ(彩花ちゃん!?話と違うんだけど…!)

 

彩花『…どういう事…?』

 

トキオ「もしかして、彩花ちゃんもクロノコアについてよくわかってないんじゃ…」

 

思えば最初のクロノコアもたまたまシックザールが持っていたのを奪えただけだし

 

彩花『うるさいわね!あんたはさっさと司と行きなさい!!』

 

トキオ「あぐぁっ!?」

 

背筋に電流が走る

 

トキオ(ず、図星つかれたからって電撃はやめてほしいなぁ……)

 

 

 

 

トキオ「なあ、司、秘密の部屋ってどんな所なんだ?」

 

司「…それは、つくまでは内緒、もう少しで着くから、それまでのお楽しみだよ……でも、これは教えてあげる、秘密の部屋のことを教えてくれたのは、マハなんだ」

 

トキオ「マハ?」

 

司「秘密の部屋には母さんがいて……だから、僕はもうリアルに帰らなくても良いんだ…それに、アウラ…あの女の子はずっと眠ったままだけど、いつ起きるのか、楽しみなんだ」

 

トキオ「…?」

 

トキオ(マハ?母さん?アウラ…?何を言ってるのかさっぱりわからなくなってきたぞ…)

 

 

 

 

 

トキオ「エリアの1番奥までたどり着いたぞ」

 

司「…よし、行こう」

 

昴「どうやって…わ…」

 

 

転送される

 

 

 

 

 

秘密の部屋

 

鬱蒼とした森の中、ここにだけ木がない、決して広くないスペースに、子供用のおもちゃや、タンス

そしてベッドと、その上にあるクマのぬいぐるみ…

 

薄暗い空も併せて、とても不気味な雰囲気が…

 

トキオ(…何だか、長居したくはないなぁ…)

 

司がベッドに近づく

 

司「あれ…?いつもはここにアウラがいるのに…」

 

トキオ(居ない、って事?)

 

司「うわぁっ!?」

 

司の身体が突如持ち上がる

 

『あんなに言ったのに……共に歩む限り、私は貴方を守ります…と』

 

トキオ「だ、誰の声だ…!?」

 

司「か、母さん!昴たちをここに連れてきたから怒ってるの!?」

 

周囲の風景にノイズが走る

 

司「何する気なの…!?やめてよ!!」

 

『お前に…罰を与えます』

 

電撃が空を切り裂き、降り注ぐ

 

司「うわっ…ああああっ!!」

 

トキオ「こっちにも…!ぐっ…うわああぁっ!?」

 

昴「きゃあああっ!」

 

 

 

 

 

 

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

 

トキオ「ぐ……う…?」

 

昴「トキオ…ここは…マク・アヌ…?」

 

トキオ「…司は…!居ない…?」

 

…タウンに戻されたのか…

 

トキオ「…司は、どこに行ってしまったんだろう…」



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abduction

某所

駆逐艦 東雲

 

パソコンを起動し、ビデオ通話を繋ぐ

 

東雲「ハロー?ご機嫌はいかがですか」

 

ヴェロニカ『なぜこちらに直接出向かずビデオ通話なんか…』

 

東雲「こうしておいた方がお互い楽ですし、ヘルバさんもこの瞬間に何万とあるチャットルームからここを割り出すのは難しい…如何に伝説のスーパーハッカーといえど、見つけられなければセキュリティに触れることすらできない」

 

ヴェロニカ『…それで?』

 

東雲「それではこちらです、代理と合わせる話はどこに行きました」

 

ヴェロニカ『…手配はするけど、向こうがタイミングを決める』

 

東雲「…仕方ない、なら…とりあえず今日はここまでにしておきます、もう用事はなくなりましたし」

 

ヴェロニカ『どうするつもり?』

 

東雲「佐世保に行きます…1人、始末しておきたい人がいまして…いや、味方に引き込む方がいいかな」

 

ヴェロニカ『あなたが評価した実力者なら歓迎だけど』

 

東雲「実力云々のレベルじゃありませんよ、瑞鶴さんは…あの能力は厄介ですからねぇ…霧に回復、最初に殺すもよし、味方に引き込むもよし…さて、行きますか」

 

ビデオ通話を切断する  

 

神通「佐世保ですか」

 

東雲「いいえ、今日瑞鶴さんは横須賀に行くことになっています」

 

神通「…横須賀?」

 

東雲「次回西方海域出撃について、佐世保への依頼があったんですよ、瑞鶴さんはヒーラーとしても幻術使いとしても、一級品です」

 

コトリと薬瓶を机におく

 

神通「それは」

 

東雲「簡単に言えば、碑文の力を逆手に取る薬です…これを呑んだら瑞鶴さんは自身の蜃気楼に囚われ、自我を奪われる」

 

神通「自我を奪われる?」

 

東雲「この薬の効果は脳の働きを活性化させるもの、そしてナノマシンを暴走させる物でもある…碑文の力をリアルに顕現する際、皆さんは依代としてナノマシンを使う……神通さんはナノマシンをAIDAで産み出してしまいましたが」

 

神通(…私のナノマシン?)

 

東雲「わかってなかったんですか?あなたの細胞はAIDAに感染した事でナノマシンに変質してしまったんです、生きたナノマシン、レアですよ……さて、暴走した碑文の力、例えばあなたに使えば……無限の増殖を引き起こすでしょうね」

 

神通「この世を埋め尽くすほど私が?」

 

東雲「正確には増えたあなたの細胞です、肉塊が世界を埋め尽くし、露出した神経が常に痛むでしょう、更に言えば無防備な肉体を晒しているので病気にも罹りやすくなる…死んでもおかしくないのに死ねない…地獄の苦しみです」

 

神通「地獄…か」

 

東雲「興味を惹かれないでください、とりあえず、これでイニスを暴走させれば自身を含めた周囲を蜃気楼で覆い、完全に自我を失うでしょう…」

 

神通「コントロールできるんですか」

 

東雲「無理ですね、通常の手段では」

 

神通「アテはあると」

 

東雲「…ええ、私の言うことだけを聞くようにします」

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

 

神通「居ます、佐世保の人達が…かなり」

 

東雲「……情報と違う、半分以上の人たちが来ていますね…そうなると、めんどくさいな…見られない方がマシか」

 

仮面を被り、黒い衣服で全身を包む

 

神通「…私もそれを着るんですか」

 

東雲「ええ、お願いします、それと…これをこうして…」

 

神通「……上から着てるのは…制服?」

 

東雲「在中警備員の物です、こうすれば色々偽装しやすい、顔もこういう変装マスクがあるんですよ」

 

 

 

 

神通「……どうですか」

 

東雲「喋らなければバレないでしょう、あとはこれを…」

 

小瓶の中身を飲み干す

 

東雲「んんっ…あー、あー」

 

神通「……随分と低くなりましたね、男性のようです」

 

東雲「ちゃんと効いたか…あまり長くは持ちません、急ぎますよ」

 

神通「私の分は」

 

東雲「ありません、喋らなければ問題ない」

 

 

 

 

 

神通「思ったより、バレないものですね」

 

東雲「巡回する予定の警備員2人が居ませんからね、歩き回ってもバレないでしょう」

 

神通「…消したんですか」

 

東雲「いいえ、その2人に上司を偽ってシフト変更を伝えておきました」

 

神通「…そうですか」

 

東雲「引かないでくださいよ…平和的な素晴らしい手段でしょう?…お、あったあった」

 

一つの扉を開け、ガス缶を投げ込む

 

神通「…30秒経過」

 

東雲「よし、いやー、誰も居ないか、無駄遣いしちゃったなあ…でも、ここは見ておきたかったんです、作戦資料室」

 

横須賀はアナログな部分が多い

この作戦資料室、データ類も未だに紙の報告書だらけだ

 

東雲「火野提督の嗜好でしてね、他所から来た資料を全て紙にしてここに並べるんですよ、私みたいなハッカーに対する対策として」

 

神通「……そうですか」

 

東雲「実に有効だし、優秀な方だ……これですね」

 

迷いなくデータを閲覧する

 

東雲「…やはり、下がっている」

 

命中率などのデータだ

一人一人のデータをじっくり見定める

 

わかりやすい話、仮面の敵、つまりほとんど人のような動きをする敵に対して…艦娘は攻撃的になれない

冷静に戦えないのだ

 

化け物との戦いに躊躇する者は少なく、よほど腕が立たない限り戦場に立つことは無い

しかし、人と戦うとなれば話が変わる

 

東雲「深海棲艦にも人型のものはたくさん居ます、しかし…アレはあまりにも異質だ、まるで人のように動く、互いを庇う事もあれば、見極めて、見捨てる事もある…人にしか見えないのですよ、アレは」

 

神通「……」

 

さて、頭ではバケモノだ…そう理解できる人型深海棲艦

それに対し、頭ですら理解できない仮面の敵

 

あの仮面の下は?もし撃って血が噴き出したら?

 

…怖い

 

そういう感情に支配されたら…もうダメ

 

東雲(悪趣味ながら、有効だ、ここにいるのはみんな化け物と戦うことだけを考えている、急に人と殺し合えと言われても対応はできない)

 

東雲「…おや」

 

神通「……予定と違いますよ」

 

この空気の変質

私の予定にはなかったが…何かが起きることは明白

 

東雲「化学反応、といったところか……まあ良い、神通さん、物陰に」

 

神通「……」

 

神通さんか隠れたと同時に扉が開く

 

大淀「……警備員?」

 

東雲「はっ!この部屋から白い煙が出ているのを確認し、原因を確認していた次第です、この空き缶と机に置かれている資料から侵入者と思われます!」

 

大淀「なんてタイミング…!すぐに本部に連絡を!こちら大淀!侵入者の形跡があります!急いで人を集めて!」

 

大淀さんが走って出て行く

 

神通「…この部屋を調べないのですね、ここが1番怪しいはずなのに」

 

東雲「あの人は戦闘は好きではありません、それに警備員の事なんてどうでも良いんでしょう…簡単に言えば、もしここに侵入者がいれば警備員とやり合うことになる、それを確認して敵の量と武器の種類などを調べたいんです」

 

冷血なことだが、被害を減らす為の生贄といったところか

 

東雲「その判断を即座にするセンスは好きですよ」

 

神通「どうします」

 

東雲「……日向さんと龍田さんを落としましょう、瑞鶴さんを取るにはそこが邪魔です」

 

神通「任せてください」

 

神通さんが部屋を出る

 

東雲「……さて、面倒な事をしてくれましたね、流石に深海棲艦一匹も見逃さないというのは無理難題、あの装置を持っている敵は…どこにいるのやら」

 

この空間の変質

仮面の敵に、実態を与えることもできるあの感覚

 

東雲(…今居られると、邪魔だな)

 

扉を開き、廊下を走り、外へと

 

 

 

 

東雲「…あははっ」

 

阿鼻叫喚

仮面の敵だらけではないか

 

しかも、どれも帯刀していたり、特殊な動きをして見せたり

 

東雲「これはテスト、か」

 

あの帯刀しているのはガングートさん、そのとなりはタシュケントさん

朧さんの動きをしているやつは居ないが、Linkメンバーで固めてきた

 

私を試すというのなら、覚悟しなくてはならない

 

東雲(…しかし、あの動き、今ひとつか……ん?)

 

あそこで戦っているのは電さんか…

しかし、たった1人?…ちょうどで払っていたのか、タイミングが悪かったのだろうな

 

東雲(…!)

 

鋭い光が電さんを包む

その閃光が消えたときには、電さんの姿はどこにもなかった

 

東雲「あれは、私がやったのと同じ……」

 

…意図が読みきれない、何でそんなことをした?

何が目的だ…?

 

考えるために立ち止まり、じっと考える

 

飛んできた砲弾が頬や太腿を掠める

マスクが大きく裂ける

 

東雲「チッ……先に始末してあげましょうか…見つけた」

 

腰から警棒を取り出し、振るって伸ばす

 

東雲「ふんっ」

 

警棒を振りかぶって投げる

鈍い金属音が響く

遠くにいる深海棲艦の持っている機械に警棒が突き刺さる

 

東雲「…当たったかな」

 

ホルスターから拳銃を引き抜き、ガングートさんの動きをした敵の脚を撃つ

体勢を崩した…かのように、消滅した

 

東雲「あら、あらららら…」

 

それを見た途端、他の敵が逃げ出し始める

 

東雲「邪魔するからですよ…」

 

奴らは完全に密閉されていないと存在できない

あの衣装は完全に密封されているから何とか存在を維持できる

そして、それに穴が空いた時のための空間を遮断するような…ある種の結界

 

東雲(面白い)

 

使ってみたい

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 神通

 

日向「深海棲艦はどこに…!?」

 

龍田「居ないわね〜」

 

駆けて行く2人を上から眺める

 

神通(……まずは、日向さんか)

 

飛び降り、踏みつけるつもりで真上に…

 

日向「ッ!!」

 

神通「!」

 

刀が靴底にぶつかり、火花を散らす

弾き飛ばされ、空中で回転しながら着地する

 

神通「……」

 

日向「警備員!?…いや、何か違う…!」

 

龍田「人に化けた…深海棲艦かも」

 

龍田さんが差し向けた槍を蹴る

 

龍田(この重い感触…覚えがある)

 

龍田さんがじっ…と睨みつけてくる

 

神通(バレるのはまずいかも知れませんが、最早手遅れ…)

 

龍田(えっ…いつの間に目の前に…)

 

踏み込み、頭を狙ったハイキック…

 

日向「はッ!!」

 

それを刀が止める

 

日向「ぼさっとしてはいけません!…どうやら相手の方が格が上に見える」

 

龍田「2人の力が合わされば、格下になるわ」

 

刀と槍…2人とも武器を持っているせいでリーチが長い

 

神通(…でも、刀の距離なら)

 

一切の油断もない

的確に踏み込み、蹴りでいなし、大きく動き、徹底して槍と刀相手に立ち回る

 

日向(なんて踏み込みの速度…!それに、一撃が小技のように速いのに、重い!)

 

龍田(ここまで一瞬で肉薄されたら、槍は…!)

 

神通(この距離なら、槍は役に立たない…!)

 

そう、槍は槍の射程が、刀は刀の射程がある

 

そして今私が居るのは…格闘戦の、私の脚の射程だ

 

神通(…いいですね、槍は…しかし、あなたには、もったいない)

 

龍田さんの腕を膝蹴りで捉える

 

龍田「いっ…!?」

 

手の力が緩んだ瞬間を見定め、回し蹴りで槍を弾き飛ばす

蹴りに使った脚が地についた瞬間、軸足を入れ替えもう一撃

次は頭、意識を刈り取る

 

日向「龍田!」

 

間髪入れずに蹴り込む、一切の容赦なく、蹴りで圧倒する

 

日向(武器がある分こちらの方が有利なはずなのに…!)

 

神通(本当に、いう通りか)

 

人との戦いを嫌い、恐れているのがわかる

 

あの日向さんであれ、人との戦いに迷いがある

 

地を蹴り、跳び上がる

 

こんな隙だらけな両足でのドロップキックすらも

斬り伏せるか撃てば容易に返せる攻撃すらも

 

日向「が…ぐ…っ……!」

 

神通「……」

 

弱い

 

私よりも弱い、そして前よりも弱い

 

神通(…これでは、楽しくはない……)

 

楽しみは求めてはいないが、戦闘の高揚感すらない

 

弱った敵を狩ることは、面白みに欠ける

 

神通(…もっと強くなっていて欲しかった)

 

 

 

 

 

駆逐艦 東雲

 

東雲「ああ、いたいた…おあつらえ向きに1人で、待っていてくれたんですか?」

 

瑞鶴「…やりましょ?相手してあげる」

 

東雲「その必要はありませんよ、だってさっきの戦いで無線機壊れちゃいましたから…はい、これ」

 

薬瓶を投げる

 

瑞鶴「えー、つまんないの…」

 

瑞鶴さんか中の錠剤を口に放り込む

 

東雲「苦いですよ」

 

瑞鶴「おぶっ!?…さ、先に…苦ぁ……うう…」

 

東雲「さあて、夢の中へご招待、おやすみなさい」

 

瑞鶴さんが膝を突き、倒れる

 

東雲「……怖いくらいに予定通りだ、全て上手くいっていますよ……さあ、倉持司令官、貴方はそちらの戦いに集中していてください」

 

瑞鶴さんを抱き起す

 

東雲「リアルの世界は、私が……なんとかして見せますから」



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起動失敗

横須賀鎮守府

駆逐艦 東雲

 

東雲「……遅いですよ、神通さん」

 

神通「2人を見つからない場所に隠してきたものですから……しかし、本当に?」

 

私が抱えた瑞鶴さんを怪訝そうに見つめる

 

東雲「拠点に帰りましょうか、もっと近づけますか?」

 

神通「ええ」

 

神通さんの腰に手を回し、カートリッジを起動する

 

東雲「……また来ましょう、次は真正面から、堂々と」

 

 

 

 

神通の家

 

東雲「おや…もう来ていましたか」

 

神通「……来客の予定があるなら、先に教えて欲しかったのですが」

 

夕立「言われてたもの、持ってきたっぽい」

 

東雲「どうも」

 

夕立さんからパッケージを受け取る

 

東雲「さて、これからよろしくお願いします」

 

夕立「……本当に、夕立の望む通りになるのかしら?」

 

東雲「ええ、神通さん、ついてあげてください」

 

神通「……引き入れたんですか?」

 

東雲「ええ、大湊の方達は小回りのきく優秀な方達です、メンバーとしては申し分ない」

 

神通「…犠牲を出したくないから、巻き込みたくないからと私を選んだんじゃ…」

 

東雲「あなたも死なせない為に、ですよ……今のあなたはあまりにも危うい」

 

神通「……そうですか」

 

東雲「夕立さんのファイトスタイルは朧さんに近い、しかし…神通さん、泥臭く鍛え上げてください」

 

神通「…わかりました…私なんかで良ければ」

 

夕立「…お願いします」

 

 

 

東雲「さて、これでいい」

 

パッケージの中身を確認する

たった一つのUSBメモリしかないが、これが重要

これには大湊の全員の戦闘データが記録されている

 

これをカートリッジに取り込む

 

東雲(……よし、まだまだ足りないけど…)

 

瑞鶴さんが持っていた分の……佐世保全員分のデータも取り込めば、そこそこだろう

 

東雲「…改善点はまだ見えては来ないか」

 

机に頬杖をつき、物思いに耽る

 

今頃横須賀は大騒ぎだろう

電さんの消滅、あれはネットの世界に飛ばされたと言うことだろう

 

あの閃光は神通さんが私から受けた光と同じ、リアルデジタライズさせる為の光

 

横須賀は主力の1人の電さんを失った

そして佐世保、瑞鶴さんを失った……

 

今から大騒ぎになるだろう

 

東雲(それよりも問題なのは、離島にも協力者が欲しい、アヤナミとは関わりたくない、アケボノさんもだ……)

 

黒い森について知られたくないこともある、とにかく今は知られたくない相手が多い

 

東雲「……はぁ」

 

…Linkに帰りたい

そう言う気持ちが私を邪魔している

 

Linkのデータも取られている

つまり、私がLinkを離れたのは大正解だ、Linkも監視されている…あのままあそこにいれば私の弱点が露呈する

 

目下の標的にLinkは含まれないだろうが、いつか女帝の障害になったとき、私に始末させようとするはずだ

 

…その時にはみんな、成長しているのだろうか

 

東雲「さて」

 

パッケージは夕立さんと瑞鶴さんからだけではない

横須賀にも協力者はいる

 

夕張さんから受け取ったパッケージを開封する

 

東雲「……凄いな…夕張さんはもうここまで組んでいたのか」

 

特殊なフィールドを展開するあの機械、これの存在が確信に変わったのはつい最近のことだ

でも、確信に変わる前から夕張さんは制作を開始していた

 

それがおそらく存在するだろうと言う仮定のもとに造られた

完全な想像を具現化する為に、造られた…雲を掴むような話が完成した形と言える物だ、これは…

 

東雲(…データを顕現させる空間を一時的に作る……最高の代物ですね)

 

起動スイッチを押し、起動する

 

東雲「……ん?」

 

ジジジジジジッ

 

嫌な音と共に火花が散る

 

東雲(防御姿勢………と…?)

 

小さな、半透明の電磁膜が展開される

 

東雲「…焦った、爆発するかと……いや、爆発はするだろうな、このまま稼働していたらショートするだろうし…起動テストはよし、しばらくは改良に専念し、安全性を上げたら組み上げ始めよう」

 

電源を切り、装置を片付ける

 

 

 

 

 

東雲「神通さん」

 

神通「……もうそんな時間ですか」

 

夕立さんとの戦闘訓練の様子を見にきたのに…

神通さんは汗ひとつかいていない、それに対して半死状態の夕立さん

 

東雲「そこまで実力差があるとは」

 

神通「艤装に頼りすぎですね、夕立さんは闘い方を知らない、戦争の方法を知っていて、身を捨てて戦う事を知っている、チームとしての戦い、部隊の動きを知っている……しかし、闘いを知らない」

 

夕立「…意味、わからないっぽい……」

 

東雲「今はまだ分からなくていいんですよ、そのうちわかります、さあ、神通さん、あなたも特訓頑張りましょう」

 

神通「…憂鬱です」

 

夕立(今から特訓…?しかも、あの神通ですら、嫌がる…)

 

 

 

 

東雲「そうです、このサイズが適切ですね、口に含みやすいし、舌の裏に収まるような小さなサイズ、これくらいが良いんです」

 

神通「…成る程」

 

神通さんのすぐ側について調理の補助を続ける

 

東雲「いいですか、よく見ておいてください、動きのコピーはしなくて構いません、あなたが覚えるのは考え方です、例えばこれ、この大根を煮物にするとして…」

 

夕立(何で、料理教室が始まってるのかしら…?)

 

東雲「神通さんの生活力が皆無なんですよ、川内さん達に勝手に借りている以上、真っ当にして返すのが義務かと」

 

夕立「……心が読めるの?」

 

東雲「顔に書いてありますよ」

 

神通「あの…指が」

 

東雲「えっ…見せてください……なんだ、薄皮一枚です、セーフですよ」

 

しかし、目を離せば指を切るし、切り方も見ていないと食材は木っ端微塵

 

東雲(どうしたものかな)

 

 

 

 

瑞鶴「………」

 

夕立「瑞鶴さんも?」

 

東雲「ええ、おはようございます」

 

瑞鶴さんは物言わぬ人形、しかし栄養は取る必要がある

 

東雲「さ、御食事をどうぞ?」

 

そう声をかけると勝手に座り、勝手に食事を摂り始める

 

夕立「……この煮物、少し薄いっぽい」

 

神通「そうですか?…適切な味付けだと思いますが」

 

東雲「大湊は徳岡司令でしたか、彼はファストフードでの生活で濃い味に慣れていると伺っていますが、あなた達も?」

 

夕立「ポテトとハンバーガーは大好きっぽい、でも最近は食べてないっぽい」

 

東雲「……何故?」

 

夕立「みんなで作るようになったからかしら」

 

神通「…これを食べやたら休んでもいいですか」

 

東雲「ダメです、掃除と食器洗いがあります、掃除は毎日しないと後が辛くなりますよ」

 

神通「……」

 

東雲「掃除は綺麗にすると言うより綺麗を維持するもので…」

 

神通「ここから長いですよ」

 

夕立「話長い人は嫌われるっぽい」

 

 

 

 

 

離島鎮守府

秘書艦 アケボノ

 

アケボノ「畑が荒らされているということでしたが」

 

山雲「うーん……畑というか、山全体かしら〜…山葡萄やアケビが勝手にとられてるの〜…あと、火を使った痕もあったわ〜」

 

アケボノ「…畑に被害は?」

 

山雲「ほとんどないけど〜、落石で一部の野菜がダメになっちゃって〜…この時期だから、あんまり育ててなかったけど〜」

 

アケボノ「落石ですか、被害は……大根4本、カボチャ一つ、落ちてきた石は拳大からスイカはどの大きさまでが10個ほど、怪我人は?」

 

山雲「居ないけど〜」

 

アケボノ「けど?」

 

山雲「私の心は傷心です〜」

 

アケボノ「…とりあえず、この原因はおそらく山登りのトレーニング、もしくは敷波さんのクマが暴れた、だと思います、この島には大型野生生物は確認されていませんので」

 

山雲「…そうですか〜」

 

アケボノ「とりあえず、報告書はあげておきますが…まあ必要ない事ですけど……ちなみに他に何かあるなど…」

 

山雲「んー…そうですね〜……あ!ひとつありました〜」

 

アケボノ「なんですか」

 

山雲「私も提督の膝の上に座ってみたいです〜」

 

アケボノ「ぶほっ!?……だ、誰からそれを…!」

 

山雲「キタカミさんです、みんな知ってますよ〜?」

 

アケボノ(後で殺す…!)

 

アケボノ「あれは事故のようなもので…!第一提督の迷惑になるような行為は…」

 

山雲「秘書艦の特権って聞きましたよ〜?」

 

アケボノ「そんな特権ありません!」

 

山雲「じゃあ頼めば誰だもできるんですか〜?」

 

アケボノ「知りませんし私は望んだわけではありません!」

 

山雲「そうなんですか〜」

 

アケボノ「…なので、提督の迷惑になるようなことはしないように」

 

山雲「…はーい」

 

 

 

食堂

 

アケボノ「キタカミさん」

 

キタカミ「おー、そんな殺気振り撒いてどしたのさ」

 

アケボノ「余計なことを触れ回るのはやめてください、迷惑この上ない上に提督にまで被害が及びます」

 

キタカミ「いやー、いいじゃんいいじゃん、スキンシップはストレス軽減につながるって聞いた事ない?」

 

アケボノ「関係ありません、提督の仕事の邪魔でしょう…!」

 

キタカミ「提督のストレスを取れば仕事が捗るかもよ?」

 

アケボノ(ああ言えばこう言うなこの人は!!)

 

キタカミ「それとも、まさか独り占めしたくて黙ってて欲しかった、とか?」

 

アケボノ「違います!!」

 

キタカミ「あー、よかったよかった、じゃあいいや」

 

アケボノ「…じゃあって何ですか」

 

キタカミ「漣と朝潮がしてもらいに行くってさー」

 

アケボノ(…止めた方がいいのか?いや、もう勤務時間外だけど…)

 

キタカミ「…妬いてる?」

 

アケボノ「いや、提督の邪魔にならないなら……しかし、この時間帯、提督はThe・Worldに…一応見に行くか」

 

 

 

 

 

執務室

 

アケボノ「…おや」

 

漣「かー……くー…」

 

朝潮「………」

 

アケボノ「…この部屋、暖かいですものね」

 

寝ることを想定したかのように2人とも毛布がかけられている…か

 

海斗「…あれ?やあ、アケボノ」

 

アケボノ「お疲れ様です、聞き取り調査などの書類、こちらに提出させていただきます…」

 

海斗「ありがとう」

 

アケボノ「…2人も乗せて重くないのですか」

 

海斗「…回答は差し控えさせてもらおうかな」

 

まあ、重いのだろう

 

アケボノ「提督、その…どうですか、そちらは」

 

海斗「…掴めたことはあったよ、未帰還者についてではないけど、近いうちに大きな戦いが起きる…備えるように伝えておいて、それとよければ明石にメールチェックは怠らないように言っておいてほしい」

 

アケボノ「かしこまりました」

 

アケボノ(明石さんがメールチェック……よく分からないことだが、何か無視しているメールでもあるのだろうか)

 

海斗「それが終わったらもう好きにしていいからね」

 

アケボノ「提督は」

 

海斗「……2人が起きたらかな」

 

アケボノ「…提督、失礼します」

 

朝潮と漣の膝の上に片足ずつ乗せ、提督と向かい合うように座り、提督の両耳を抑える

 

海斗「あ、アケボノ?別に僕は気にしてな…」

 

アケボノ「起きろ!!」

 

朝潮「ひっ!?」

 

漣「いひゃぁっ!?」

 

2人が跳ね起きる

 

海斗「いっ…たた………す、脛が…」

 

どうやら2人が起きた際、2人の踵が提督の脛を直撃したらしい

 

アケボノ「…も、申し訳ありません提督…余計な真似を…」

 

海斗「…えーと…無理に起こす必要はなかったかな」

 

アケボノ「大変申し訳ありません…ほら、2人とも、ちゃんと立ちなさい」

 

漣「ボーノ…トイレ」

 

朝潮「…私も行きます」

 

アケボノ「幼稚園児か…!自分で行け!」

 

2人を怒鳴りつけて追い払う

 

アケボノ「…はぁ……提督、私の所為でご迷惑をおかけして申し訳有りません」

 

海斗「いや、大丈夫、気にしなくていいよ、別に座られるくらいなら…見られて困るものを見られてるわけでも無いし」

 

アケボノ「…そうですか」

 

海斗「まあ、あんまり怒らないであげて」

 

アケボノ「かしこまりました」



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Σサーバー 虚なる 哀情の 逆さ男

The・World R:1

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

トキオ

 

トキオ「ベアに呼び出されて来てみたけど…ええと…ベアは…あ、いたいた、他のみんなもいるな…」

 

ベア「トキオ、来たか、これで全員揃ったようだな」

 

ミミル「つっても、BTにクリムに昴だけだけどね、青葉もカイトも連絡がつかないし」

 

トキオ(…そういえば、カイトとは連絡が取れなくなってる…砂嵐三十郎もログインしてないみたいだし、アルビレオは…何というか、怖いし…)

 

ベア「悪いが、早速本題に入らせてもらう、おれはヘルバに会ってきた」

 

昴「…あの、ハッカーのですか」

 

BT「ヘルバといえば極悪なハッカーとして悪名名高いハッカーだ、大丈夫だったのか?」

 

ベア「ああ、それで、ヘルバはThe・Worldに起きていると言われる一連の現象…意識不明や、バグモンスターを独自に調査していたようだ…それで、結論から言うと、司はその原因に巻き込まれている可能性がある」

 

ミミル「原因?それってどういうこと?」

 

ベア「ヘルバは、すでに何かを掴んでいるようだった…が、詳しくは教えてくれなかった…だが、代わりにエリアワードをもらったよ」

 

[Σサーバー 虚なる 哀情の 逆さ男]

 

トキオ(これがエリアワードか…Σ…まだ行ってないサーバーだ)

 

ベア「ここに行けば何かがわかるらしい、だが…何が待ち受けているかもわからない、だから、全員で行きたいと思う、どうだ?」

 

ミミル「おっけー、意義なし!こういうのは考えるよりも行動だよ!」

 

ベアが近づいて来て、肩に手を置く

 

ベア「…無理をする必要はない、昴からこの間の話は聞いた、不安を感じたらその場で抜けてくれていい」

 

トキオ「抜けるって…」

 

ベア「最悪、回線を引っこ抜けばあんな目には合わないだろう」

 

トキオ(そ、それができたら苦労しないよ…)

 

ミミル「よーし、Σって事は敵もそこそこ強いし、一回カルミナ・ガデリカで装備整えて再集合しよ?」

 

クリム「依存ない、じゃあまた向こうで、だな」

 

   

 

 

 

 

Σサーバー 文明都市 カルミナ・ガデリカ

 

トキオ「…ここも、The・World…」

 

ミミル「ね、なんか雰囲気違うよねえ…まるでここだけ…未来都市みたいで」

 

…確かに、ここは凄く、明るくて、不思議な場所だ

 

ミミル「じゃ、装備整えてくるから、またね」

 

トキオ「あ、うん、また…」

 

ミミルを見送り、(タウン)を散策する

ここは、マク・アヌともドル・ドナとも違う

静かな町ではなく、賑やかな街だ

 

トキオ「…あれ」

 

この世界に、もしこの世界に居てはいけない存在が居るとしたら、それはオレ自身だ

 

でも、彼女も…オレと同じに見える

この世界で浮いている、何か、おかしいというか、違う存在

まるで途方に暮れたようにベンチで座り、俯いている少女…

 

少し、訝しみながら近づく

…オレよりも歳下のようだけど、似つかわしくない物々しい装備…

 

何となく、気になって仕方なくて、だから声をかけた

 

トキオ「あの…」

 

電「…はい…?」

 

トキオ「…キミ、もしかして…手、だせる?」

 

ネットゲームに取り込まれましたか?なんて…聞けるわけがない

だから、手を差し出して、相手にもそれを求めて

 

電「……」

 

無言のまま、返された手を、握る

 

トキオ「…暖かい?」

 

電「…暖かいのです」

 

トキオ(やっぱり…まさか、リアルから取り込まれたのがオレだけじゃないなんて…!)

 

トキオ「キミもゲームに取り込まれたんだよね、オレもそうなんだ!」

 

電「やはり、ここはゲームの中でしたか……どうやって帰れば…」

 

トキオ「えっと…お、オレもそれを探してるんだ!良かったら一緒に来ない!?」

 

電「…本当なのですか?」

 

トキオ「ああ!今、オレと同じでこのゲームに取り込まれてる司ってやつを助ける為に色々調べてるんだ」

 

電「……何か、わかったら…教えて欲しいのです」

 

トキオ「わかった、絶対力になるよ!」

 

…まさかオレ以外にも取り込まれた人がいるなんてな…

でも、彩花ちゃんが引き込んだのか…?

わからない、後で聞いてみよう

 

トキオ「そろそろ出発できるかな…みんなのところに戻ろう」

 

 

 

 

ミミル「トキオが最後かー、よし、一緒に行こう?」

 

トキオ「え?他のみんなは?」

 

ミミル「もう行っちゃったよ」

 

トキオ(再集合のはずが置いてかれてる…)

 

 

 

 

 

 

秘密の部屋

No side

 

 

この空間は、今はとても、寂しい

虚ろな世界に取り残された司と、それを不安げに見つめるマハ

それしか居ない

 

今の司には、誰かの声が届く事はない

ただ居るだけ、深い絶望の中にあるだけ…

 

マハが手元のエノコロ草を見る

 

司に貰った、宝物

司を此処に導いたら、司はマハにこのエノコロ草をくれた

決して何かになる物でも無い

 

人が雑草と呼ぶそれは、このゲームにおいても等しく雑草であり、価値は無いに等しい

 

しかし…マハにとっては、これが何物にも代えがたかった

 

マハ「……!」

 

周囲にノイズが走る

 

『マハ、何をしているのです……』

 

マハの手元にノイズが集まる

そして、エノコロ草が光となって消える

 

マハ「…!」

 

『そのようなゴミ、棄てておしまいなさいっ』

 

マハは項垂れたまま、司を見る

そして、その場を後にした

 

 

 

 

 

Σサーバー 虚なる 哀情の 逆さ男

トキオ

 

BT「何の変哲もないエリアのようだが…?」

 

ベア「いや、そんなはずはない、エリアをくまなく探索してみよう」

 

トキオ「わ、わかったけど…先に行かないで…はあ…お、追いつくのも一苦労だよ…」

 

ミミル「別にそんなに焦るような事じゃないのに」

 

 

 

 

エリアを進みながらモンスターを倒す

 

トキオ「こ、ここの、モンスター…強い…」

 

ミミル「Σサーバーだからね、ΔやΘより手強い敵が多いから」

 

トキオ「…そっか、じゃあここで戦えるようになれば、オレももっと強く!」

 

ミミル「行くよトキオ!」

 

トキオ「オーケー!ミミル!」

 

合わせて敵を斬り伏せる

 

ベア「元気はいいが、あんまり突っ走ると怪我をするぞ」

 

BT「良いんじゃないか?優秀な罠探知機として見れば」

 

クリム「なるほど、自分の体で地雷を探すわけか、これはいいな」

 

ミミル「なんですとー!?」

 

トキオ「オレ達、そんな扱い…?」

 

 

 

トキオ「あれ?あそこに居るのは…」

 

エリアの中ほど、猫のキャラ…

 

トキオ(司と一緒にいるって噂の猫PC!捕まえれば何か話が聞けるかも!)

 

ミミル「ああー!!!ネコォォォ!!」

 

マハ「!」

 

こちらに気づいたネコPCがどこかへと逃げる

 

トキオ「あ…あー……」

 

ミミル「くっそー!逃げられたか…」

 

トキオ「そりゃ逃げるよ…あんな大きな声出したら…」

 

ミミル「なによー…びっくりしちゃったんだからしょうがないじゃない…でも、アイツ地面ばっかり見ててこっちに気づかなかったよね?」

 

トキオ「何か探してたのかな?」

 

ミミル「…探し物なんてするようなの……あ」

 

トキオ「これは…」

 

視線の先にあったであろう草束から、一本、摘む

 

トキオ「…草…っていうか、猫じゃらし?」

 

ミミル「うん、エノコロ草っていう、一応アイテムなんだけど……」

 

トキオ「これが欲しかったのかな」

 

ミミル「…そうかも」

 

トキオ(ネコだから?…いや、わからないな…)

 

 

 

 

 

トキオ「結構奥深くまで来たけど…」

 

ミミル「何もないね」

 

BT「…ベア、私が思うに……ヘルバにいっぱい食わされたのではないのか?」

 

ベア「いや、ヘルバがそんな事をするとは思えない…何か見落としたか?」

 

昴「あのネコPCそのものがこのエリアの価値ということも…」

 

クリム「…いや、待て!」

 

トキオ「へ?」

 

…何かを、踏んづけたような…

 

ガコン

何かが動き、転送される

 

トキオ「うわわわわわわわわわっ!?」

 

 

 

 

 

 

創造主の部屋

 

トキオ「な、なんだ?ここは…みんな転送されたのか…」

 

ベア「みんな、見ろ」

 

祖母が指し示した方向には宙に浮いた、座した女性と思われる赤い像と、それに取り込まれるように逆さに寝転がった男が居た

 

昴「これは…」

 

ベアが一歩近寄る

 

ベア「アンタは誰だ!」

 

ハロルド「……私は…キミを、愛している…」

 

ミミル「な、なんですと…!?」

 

ハロルド「……私は…君との愛を……形に残したかった……だが、私は…過ちを犯してしまった……私は…父親として…失格だった…」

 

トキオ「父親…?」

 

司が母さんと呼んでいた声と、関係があるのか…?

 

ハロルド「彼女は、私達の……希望…だから……私は、娘に"アウラ"と名付けよう」

 

トキオ「アウラ?どこかで聞いたぞ……そうだ!司が言っていた女の子の事だ!」

 

男の声にノイズが混じり始める

 

ハロルド「全ての罪は私にある……だが、アウラだけは……アウラは…近くにいる者の……影響を受けて、目覚める……」

 

さらにノイズが強くなる

 

ハロルド「ゆがんだアウラを目覚めさせてはいけない…」

 

像ごと、男が弾け飛ぶ

粉々に吹き飛び、カケラも当たりには残らない

 

ハロルド「…アウ……ラ…彼女……は…私…達の…希望……」

 

あたりがまばゆい閃光に包まれる

 

 

 

 

トキオ「あ…元の場所に戻った?」

 

ベア「みんな無事か!…問題はなさそうだな…」

 

クリム「今のは何だったんだ…?あの逆さまの男は…?」

 

昴「ベアさん、少し……」

 

ベア「…一度タウンに戻ろう」

 

 

 

 

Σサーバー 文明都市 カルミナ・ガデリカ

 

ベア「昴と話をまとめ、仮説を作った…一度聞いて欲しい…どうやら、司を利用するためにThe・Worldに閉じ込めた奴がいるようだ」

 

ミミル「利用?」

 

ベア「そいつは司のネガティブな感情を利用し、ゆがんだアウラとやらを目覚めさせようとしているんだ」

 

トキオ(利用してるやつって、まさか…あの、秘密の部屋の声…なのか…!?)

 

BT「となると、心配すべきは司の安否だな…」

 

クリム「昴、未だに司との連絡は取れないのか?」

 

昴「はい…どうやら返事は来ていません…」

 

トキオ「司…大丈夫かな……」

 

ベア「今日はこれまでにしよう……みんな、解散だ、何かわかったらまた伝える」

 

ベアの声を受けてそれぞれが転送されていく

 

トキオ「……オレをこの世界に引き込んだのは彩花ちゃんだけど、司は一体誰にこの世界に閉じ込められたんだ…?なんで母さんだなんて、そんな呼び方をしてるんだろう…」



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エノコロ草のお礼

The・World R:1

データ潜航艦 グラン・ホエール

トキオ

 

トキオ「…あ、ベアからメールだ」

 

[差出人:ベア

  件名:逆さまの男について

 

おれたちが遭遇した逆さまの男は、

このゲームの制作者、ハロルド・ヒューイックの残留思念のようなものなんじゃないかと思う。

 

ハロルドはThe・Worldのベータ版である"fragment"を単独で作り上げた天才プログラマーなんだが、そのシステムデータをタダ同然でCC社に売りつけた後、

謎の失踪を遂げている。

 

噂では、ゲーム世界への愛が強すぎて魂すらデータ化してしまったと言われていたが…。

 

それも全くの出鱈目ではないのかもしれない、と思えてきたよ。]

 

トキオ「ハロルド…このゲーム、The・Worldの…産みの親か」

 

…なんで、ハロルドが出てきたんだろう

オレには見えてない何かがある気がする…

 

トキオ(もしあれが残留思念なら、たったあれだけの言葉しか残さないなんて事、あるのか…?)

 

…きっと、もっと別な何か…いや、最期に遺したい物なんて人それぞれ、ハロルドはアウラという女の子を残したかったのかもしれない

 

トキオ「でも…アウラって、どんな子なんだ?」

 

…調べるにも、尋ねるにも…手詰まりか

 

彩花『何珍しく頭捻ってんのよ』

 

トキオ「あ!彩花ちゃん!どこ行ってたの!?用があったのに…」

 

彩花『なに?クロノコアを回収できたの?』

 

トキオ「そうじゃなくて…オレの他に誰かをこの世界に引き込んだ?」

 

彩花『どういう意味よそれ』

 

トキオ「カルミナ・ガデリカでリアルから入ってきちゃったって女の子に会ったんだ」

 

彩花『…はー、そいつアイタタタね、そういうロールに決まってるじゃない』

 

トキオ「…本当にそう思う?オレは、違うと思う」

 

彩花ちゃんと目を合わせる

 

彩花『……少なくとも!アタシは知らないから!』

 

正直言って、彩花ちゃんが犯人だとは思っていない

だってあの子は2009年にいる

2009年に誰かに引き込まれた事になる…

彩花ちゃんには不可能だろうから

 

トキオ「わかったよ、それで…その子を、ここで保護して良い?」

 

彩花『なんでそこまで面倒見るのよ!』

 

トキオ「同じ境遇の子を放ってはおけないよ!」

 

彩花『…それがシックザール達の罠って可能性は?』

 

トキオ「そんな事わかんないけど、そんなの気にしてたらあの子はどうなるんだよ…」

 

彩花『…とりあえず、会いに行きなさい、後ろから見てるから』

 

 

 

 

Σサーバー 文明都市 カルミナ・ガデリカ

 

トキオ「いたいた!おーい!」

 

電「貴方は…何かわかったのですか?」

 

トキオ「うーん、こっちはあんまり…そういえば名前、聞いてなかったんだけど」

 

電「電なのです」

 

トキオ「オレはトキオ、電って珍しい名前だね!ライトニング、カッケー!」

 

電「電というのは、艦娘としての名前でもあるのです」

 

トキオ「艦娘?…あー、アレなんだ、深海棲艦と戦うっていう…」

 

彩花『待ちなさいトキオ!今、この子なんて言ったの!?』

 

トキオ「…艦娘?」

 

彩花『深海棲艦が出たのは、本当にここ数年の最近よ?10年以上前に艦娘なんて…!』

 

トキオ「え、つまり…い、電ちゃん、今年って何なんだっけ…」

 

電「2020年なのです」

 

トキオ(現代から来てる!?)

 

彩花『警戒しなさい!この子が敵である可能性、もしくは利用されたスパイの可能性もあるわ…!なんでグランホエールもなしに時間移動なんか…』

 

トキオ「オレが時代の壁を壊しちゃったせい…とか?」

 

彩花『…とにかく、グランホエールに乗せるのは危険すぎるわ…!』

 

トキオ「そんな…可哀想だよ!」

 

彩花『可愛いだの可哀想だので話してないの、もし敵にグランホエールの存在がバレたらあんたもアタシも終わり!とにかく今は慎重になりなさい!』

 

トキオ「……わかった」

 

今はとりあえず、引き下がる他ない

少なくともグランホエールの権限はオレにはないのだから

 

 

 

 

 

 

 

重槍士 青葉

 

青葉「…あ、司さん」

 

司「…青葉だっけ」

 

青葉「はい…その後、どうでしょうか」

 

司「……わかんないけど…でも、もう、どうでも良いや…」

 

司さんはクスリと自嘲気味に笑い、こちらを見る

 

司「…何で僕、この世界に閉じ込められてるんだろう」

 

淀んだ、感情の混ざり切った、濁った目

 

青葉「……貴方は、何者に囚われているのですか」

 

司「…さあね」

 

青葉「…リアルに帰りたいんですか」 

 

司「リアル…か……」

 

司さんはそれ以上は何も言わず、転送して消えた

 

青葉(…優先事項はトキオ、そして…現代の未帰還者……でも、司さんを助ける事で何かヒントが…)

 

青葉「…でも…今は、他にやることがある」

 

視界端に映ったメール

件名は、横須賀襲撃について…

 

青葉(司さんの事は昴さんにメールしておこう、私は私のやる事をやらなきゃ)

 

 

 

 

 

トキオ

 

トキオ「あ、昴、何の用事?」

 

昴「青葉さんが…メールで、このタウンに司が居た、と」

 

トキオ「カルミナ・ガデリカに?司が?……本当に?」

 

正直、疑わしい

シックザールの情報がオレにまで来るとなると…罠の可能性もある

 

でも、司の情報は他にない

 

トキオ(…タウンの中で仕掛けてくるような真似、しないか…)

 

おとなしく、その情報を使うしかない

 

 

 

 

トキオ「あ!あのネコ!」

 

ネコのPCが街の隅でぼーっと佇んでいるのを見つける

 

マハ「…!!」

 

トキオ(逃げられる!)

 

トキオ「待てよ!!お前!司の友達なんだろ!?」

 

ネコのPCが肩越しにこちらを見る

 

トキオ「オレたちもそうなんだ、司の事が心配なんだよ」

 

マハ「………」

 

トキオ「なあ、あいつがどこにいるか知らないか?」

 

マハ「………」

 

ネコのPCは何も言わない…

 

トキオ(…ダメか…)

 

トキオ「あ、そうだ、これ…」

 

エノコロ草を差し出す

 

マハ「…!」

 

ネコのPCはエノコロ草を受け取り、離れる

 

マハ「………」

 

[Σサーバー 凍てつく 北海の 秘境 のエリアワードを手に入れた]

 

トキオ「え?」

 

昴「司は、このエリアに?」

 

ネコのPCは答えることなく転送されていった

 

トキオ「………よし、昴!オレと一緒にこのエリアに行こう!!」

 

 

 

 

Σサーバー 凍てつく 北海の 秘境

 

トキオ「…寒っ」

 

昴「司が、ここに…」

 

トキオ「司ってどういうところが好きなんだろう…このエリアで司がいそうな場所は……」

 

2人でエリアを巡り、司を探す

 

昴「…あれは、モンスターの群れ?」

 

トキオ「何かを、襲ってるような…まさか…!」

 

昴「行きましょう!トキオ!」

 

 

 

 

こちらに気づいてないモンスターに背後から忍び寄り、大きく斬りかかる

 

トキオ「っりゃああ!!」

 

一匹を一刀両断し、こちらへとモンスターの注意を惹きつける

 

トキオ「やっぱり!居た!」

 

モンスターの群れに襲われていたのはやはり司だった

 

昴「穿天衝!」

 

トキオ「連牙・昇旋風!」

 

ここにいるモンスターはΣサーバーの強力なモンスターばかり

一体倒すのにも時間がかかる

 

トキオ「昴!合わせるよ!」

 

昴「はい!」

 

2人がかりで一匹ずつ仕留め、倒す

 

トキオ「昴!」

 

攻撃で浮き上がらせた敵を昴に飛ばす

 

昴「穿天衝!」

 

そして、昴の攻撃で弾き返された敵を…

 

トキオ「ポテンダ!」

 

二本の剣で吹き飛ばし、地面に叩きつける

 

トキオ「…良し、全滅させた!」

 

昴「司!大丈夫ですか!?怪我はありませんか?」

 

司「…!」

 

トキオ「…司、オレたち司が心配でさ、あのネコのPCに教えてもらって…」

 

司「どうして…」

 

トキオ「え?」

 

司「どうして、僕に構うの…?もう放っておいて……」

 

昴「司…?」

 

司「この前、母さんに怒られてから、少しだけリアルのことを思い出したよ…僕はずっと誰かに怯えてた…ずっとあそこから逃げ出したかった…」

 

…司のリアルは、相当過酷なものだった…ということか

 

司「そしたら母さんがここに連れて来てくれて…僕はずっとここで静かに暮らしていたいんだ……」

 

昴「それは、ウソです…!」

 

昴がキッパリと司の言葉を否定する

 

昴「青葉さんに聞きました、あなたは、"この世界に閉じ込められている"、と言ったと……あなたは、本当はこの世界から、The・Worldから抜け出したいと思っているはずです…!」

 

司「……それは」

 

司が目を逸らし、俯く

 

司「…僕は、怖いんだ……ここから出るのが、たまらなく怖い…」

 

昴「司…あなたは決して独りじゃない………今、私はあなたのことを考えています…あなたと一緒にここにいます…トキオも、ミミルもベアも、みんなあなたのことを想っています」

 

司「………」

 

昴「だから、立ち上がって…!あなたを変えることができるのは、あなただけです…」

 

司「昴…」

 

トキオ(…ここは、昴に任せた方が良さそうだな)

 

昴と目が合う

 

昴「…司、一度、タウンに戻りましょう?」

 

司「……うん」

 

二人が転送されていったのを、見送る

 

トキオ「…オレも、タウンに戻るか………うわっ!?」

 

一息ついたところに、目の前に槍が刺さる

 

青葉「失礼します、少し、お話を、と思いまして」

 

崖の上から見下ろされる

 

トキオ「お前…青葉!やっぱり罠だったのか!?」

 

青葉「違いますよ…!罠なら司さんと会えてないでしょうし…というか、私がここに来たのは…」

 

青葉が自身の手元を見る

 

トキオ(…何を見てるんだ?)

 

青葉「……それより、貴方をリアルに帰すために、私についてきて欲しいんです」

 

トキオ「…もう断った筈だ!オレはこの世界を守る勇者になる!だから…こんなとこで諦めるか!」

 

青葉「交渉する気すら…無い、か…」

 

槍が消え、青葉の手元に戻る

 

青葉「……私も、ある意味…貴方と同じです」

 

空が曇り、辺りが薄暗くなる

…小さく、青葉の目が光った気がした

 

青と黄色の、連星の光…

 

青葉「次会う時、私は、貴方を倒し、無理矢理にでも連れて行きます」

 

トキオ「…良いんだな、今じゃなくて…!次会う時にはオレはもっと強くなってるぞ!」

 

青葉「それは私も同じです」

 

トキオ「……」

 

タウンへと自身を転送する

 

 

 

 

青葉「…リコリスさん、私に力を貸してください」

 

リコリス「………」



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記録 安否確認

横須賀鎮守府

青葉

 

青葉「…めちゃくちゃ心配して来たのに…朝一番の新幹線の席買って、とにかく急いでここまで来たのに…」

 

衣笠「ま、まあ、ほんとに大変だったんだよ?というか今も大変、電ちゃんいなくなったし…」

 

アオバ「それに、ほら、片腕持っていかれてるし…」

 

青葉「それは前の話でしょ…!」

 

アオバ「あはは、ナイスツッコミ……はい、ごめんなさい」

 

睨みつけていたらいつの間にかしおらしくなる姉を横目に衣笠さんに話を聞く

 

青葉「それで…被害は?」

 

衣笠「電ちゃんだけ、本当になんの痕跡もなく消えちゃった……でも、監視カメラに微かに映ってた映像だと…」

 

見せられた映像では、半身しか映っていなかったが…

 

青葉「………これ!」

 

微かに光った後、映っていた半身は消えた

 

衣笠「解析にかけても次のフレームには映ってないの」

 

アオバ「そう、一瞬光った後…まるで突然消えたかのように…」

 

青葉「…リアルデジタライズ?…いや、そう考えるのは軽率か…強制的にワープさせる攻撃手段なら綾波さんとかもいるし…」

 

…でも、ほかにその他の手段が使える人間は?

 

青葉「…だめだ、やっぱり…」

 

綾波さんが一番怪しく見える

 

アオバ「とりあえず、心配して来てくれてありがとうね」

 

衣笠「ま、みんな居る人は元気だから」

 

青葉「…あれ?待って……なんで横須賀なの?」

 

そう、横須賀鎮守府は…堅い防衛ラインの内側にある

 

そもそもの話、狙うなら離島鎮守府が一番楽だし、あそこを叩いて機能を奪えれば全てを停滞させられる

実力者も多い離島鎮守府が一番の狙い目のはず…

 

たとえ本部が横須賀鎮守府だったとしても、それだけで最優先になる理由とは言い難い…

 

青葉(横須賀鎮守府が狙われた理由が…わからない…それに、どうやって横須賀まで来られたのかも…!)

 

単純では無い

もちろん分かってはいたけど、これは思っていた以上に練られた何かである可能性が高い

 

青葉「…敵の編成とかって」

 

アオバ「それが、ほとんど例の仮面の敵だったんだよね…というかこれに対する呼称の仕方…聞いた話だけど、海外ではイミテーションとか、マスクマンとか、変な名前つけられてるみたいだし」

 

衣笠「でも、あの仮面の敵達がここまで侵攻して来たのは初めてだよね」

 

アオバ「人型のがチョロチョロされたらキツイよぉ…」

 

青葉「…ほんとに、気をつけてね」

 

アオバ「…もちろん」

 

衣笠「衣笠さん達にお任せ!」

 

青葉「…あ、こんな時間だ、行かないと」

 

アオバ「あれ?!私たちはついでだったのかな!?」

 

青葉「いや、こっちがついでなんだけど、人と会う約束をしちゃったから」

 

衣笠「人?」

 

青葉「うん、じゃあ」

 

アオバ「また来てね」

 

 

 

 

東京 下北沢 喫茶店

 

青葉「本日はわざわざ時間をとっていただいてすみません…それで、貴方が…?」

 

庄司「はい、私が司のプレイヤーでした、庄司杏です」

 

青葉(…まさか、女性だったなんて)

 

The・Worldにおける司さんのエディットは一般的な男の呪紋使い

一人称も僕だったし、てっきり男性だと思っていた

 

青葉「…あの、私は…11年前の事件について調べてるんです」

 

庄司「11年前…ですか」

 

青葉「貴方が、未帰還者になった事件です」

 

庄司「…誰からそれを」

 

青葉「……司というPCが"そうなった"と言うことを知っているだけで、それ以上は知りません…だけど、貴方がリアルに戻れていた事も知れて、良かったです」

 

庄司「それで、何故あの…アレを調べてるんですか」

 

青葉「ストレートに言えば…私は過去のThe・Worldを調べています、CC社の人間ではありませんが、お手伝いのようなことをしてまして…」

 

庄司「過去のThe・World…」

 

青葉「それで…あなたは、あの時、何によって苦しめられていたのか、どうやって抜け出したのかを知りたいんです」

 

…そう、私がやろうとしているのは、ゲームの攻略本を見るような行為

道を違えぬ為に、正しい道を進む為に

真実を知って導く事…

 

庄司「……過去のThe・Worldを調べているなら私の口から聞く必要性が分かりかねます」

 

青葉「…そうですね…では、ここからはなんの根拠もない話なのですが、例えば、過去のThe・Worldにタイムスリップできたとします」

 

庄司「はあ?」

 

あまりにも突拍子のない話に庄司さんが素っ頓狂な声をあげる

 

青葉「…その過去のThe・Worldに、現代からあるプレイヤーがやって来たんです、彼は自身がそうするべきだと考えて行動していますが、大きく過去を変える恐れのある行為を続けています…」

 

庄司「…バタフライエフェクトを防ぎたい、と」

 

青葉「はい…現在への影響などは私は知りませんが…」

 

庄司「まるでタイムパトロールですね」

 

そう言って庄司さんは小さく笑う

 

…笑われた、少なくとも、この話を信じてはいないだろう

 

どうすればいいのか、この攻略本はなかなか開けないらしい

 

青葉「…そうだ、これ」

 

携帯を取り出し、たくさんのスクリーンショットを見せる

 

庄司「R:1の…?」

 

青葉「そうです、それにこれ、こっちはベアさん、こっちはミミルさん、これは昴さんで、こっちは貴方です」

 

庄司「……違いますね」

 

青葉「…へ…?」

 

違う?…何が違うと言うのだ

私は間違いなく過去の写真を撮ったのに…

 

庄司「これ、ほら、ここの部分…うん、エディットが違う…昴はこんなに大きい武器は使わないし…でも、ミミルとベア、BTはそのまま…」

 

どうなって…

何故エディットが違う?何故武器が違う?

 

庄司「……でも、貴方の言ってる話には納得できました、手を貸してもいいですよ」

 

青葉「本当ですか…!」

 

庄司「ただし、条件があります」

 

青葉「へ?…条件とは…?」

 

 

 

 

庄司「今言ったことが条件です、呑みますか?」

 

青葉「…私一人では決めかねます、少し時間をもらえますか」

 

庄司「どうぞ」

 

青葉「…では、失礼します」

 

庄司「ああ、青葉さんでしたっけ」

 

青葉「…はい?」

 

庄司さんがこちらに微笑む

ゲームの司とは、まるで違う笑顔…

 

庄司「こう言う言葉があります、出会いは神の御技、別れは人の仕業…」

 

青葉「…昴さんの…」

 

庄司「ああ、知ってましたか…私の大事な友達の言葉です、この出会いを、どうか大切に」

 

青葉「…わかりました」

 

 

庄司「…暫くやってなかったなぁ…The・World」

 

 

 

 

 

 

某所

 

青葉(…まさか、あんな条件を出されるなんて…The・Worldやってる人はみんな頭のネジ飛んでるのかな…)

 

携帯でさっさとメールを書き上げ、団長に送信する

 

青葉「……はぁ…それにしても、どうしようかなあ…あそこには居づらくなっちゃったし…」

 

別に嫌がらせは受けていない

だけど、Linkの人達は私に不信感を募らせている

 

後悔しても遅いのだが、実際後悔しかない

 

青葉(帰るの気まずいなぁ…)

 

 

 

 

 

Link基地

駆逐艦 狭霧

 

グラーフ「狭霧、最近働きすぎじゃないのか」

 

狭霧「いえいえ、全く足りませんよ、綾波さんのように成果が出ていない」

 

ガングート「そういう問題じゃないだろう、ずっと仕事をし続けてお前まで倒れては完全にLinkは止まるぞ」

 

狭霧「そうなったら倉持司令から来るタスクだけをこなしてください」

 

グラーフ「二式大艇の操縦は」

 

狭霧「オートパイロット可能である程度のところまではいけます」

 

タシュケント「…ほんと、綾波とよく似てるよね」

 

狭霧「元々は同じ存在ですから…」

 

リシュリュー「ビスマルク、ガングート、手筈通りにね」

 

ビスマルク「そうね」

 

ガングート「よし」

 

2人に両脇を抱えられ、持ち上げられる

 

狭霧「は!?な、何を…」

 

ビスマルク「…目元、ひどい事になってるわよ」

 

ガングート「肌もガッサガサだしな」

 

リシュリュー「というか、これだけの人数がここに集まってるのに実力行使の可能性を危惧しない時点で判断力の低下に気づきなさい」

 

グラーフ「規則正しい生活をしなくては仕事もままならんだろう」

 

持ち上げられては足が地面につかないし、体重がかかるせいで肩が痛い

恥ずかしいし肩が痛いし、嫌になりそうになる

 

狭霧「…下ろしてください」

 

リシュリュー「食事にしましょう、それからゆっくりと休みましょう…良い?貴方は疲れてるの、休憩が必要なのよ」

 

狭霧「そんな暇はありません…!」

 

グラーフ「…なあ、お前は1人で何を目指しているんだ?綾波の代わりになろうとしているわけじゃないだろう?」

 

狭霧「……」

 

…最近、綾波さんの考えていたことがわかるようになってきた

 

きっと今の綾波さんは、どこかで私たちを心配してるんだろう

きっと未だに戦うことをやめてはいないのだろう

 

…私に力があったのなら、私もそうしているから

 

私は弱い

私は…強くない

 

…だから、みんなを守るための手段を、最大限…色んなことをして、綾波さんが残したみんなを守ることだけを考えて…

 

今も戦ってるんだ

形のない敵と、見えない敵と…

 

朧「ビスマルク、ガングート、狭霧を離して」

 

リシュリュー「…朧、どういうつもり」

 

ビスマルク「まだ働かせるの?」

 

朧「違うよ、狭霧はアタシたちじゃ止められない…だから、止められる人間に会いに行く」

 

朧さんが私の前に立つ

 

朧「狭霧、姉妹に会いに行こう」

 

狭霧「姉妹…?」

 

朧「狭霧の、姉妹だよ」

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

 

ここまで来るのに二時間半

空路で最速で飛ばしてもこれだけかかるか

 

でも、二式大艇の操縦はいい気分転換になった気がする

 

ガングート「…ここに来るのは久しいな」

 

タシュケント「チラッと寄っただけだよね」

 

狭霧「…急に大所帯でお邪魔して良いものでしょうか」

 

朧「大丈夫、先に連絡してあるから…行こう?」

 

朧さんに手を引かれ、鎮守府へと歩く

好奇の視線を感じながら、多少の不愉快さを噛み殺して…

 

 

 

食堂

 

朧「や、アヤナミ」

 

アヤナミ「ご無沙汰しています」

 

ガングート「綾波か!?」

 

リシュリュー「ここにいたの…!?」

 

狭霧「違いますよ、前に説明したでしょう」

 

タシュケント「オリジナル、か」

 

…両目のある綾波、それがオリジナルの証…とでも言うべきか

今となってはクローンの私も綾波さんも片目を失っている

 

アヤナミ「そうですね、私は貴方たちの求めてる綾波とは違う存在です…でも、あなた達のことは良く知っていますよ」

 

グラーフ「ほう?」

 

アヤナミ「グラーフさんは根っからのコーヒー好きで過去に綾ちゃんのコーヒーコレクションを勝手に触って怒られましたよね、それからガングートさんの料理の苦手っぷりは見るに耐えないとか」

 

グラーフ「…なんでそんなことを」

 

アヤナミ「狭霧ちゃんが色々教えてくれましたから、時々メールをくれるんです」

 

狭霧「ええ…でも、こうやって会うのは…2回目ですけどね…」

 

アヤナミ「…狭霧ちゃん、おいで?」

 

アヤナミさんが手招きする

何も言わず、近づく

 

狭霧「!」

 

抱き寄せられる

力が入らなくて、膝立ちの状態になり、アヤナミさんの胸に顔を埋める

柔らかくて、暖かな感触に、思わず目を閉じてしまう

 

アヤナミ「…よく頑張ってますね……良い子…良い子…」

 

グラーフ「…狭霧が普段周りにやってることをされてるな」

 

ガングート「ああ、脳がバグるな」

 

アヤナミ「ふふ…狭霧ちゃんはお姉さんであることに拘ってたみたいですね…でも、貴方にもお姉ちゃんがいるんですよ?」

 

狭霧「…私の、姉さん…」

 

アヤナミ「…良いですか、辛くなったらいつでも私を頼ってください…頼らないかもしれませんけど、私は貴方の姉です、貴方はまだまだ、幼いんですから…」

 

狭霧「でも…」

 

アヤナミ「あなたは立派です、もうちゃんとみんなを導けるほどに…だけど…誰にだって辛く苦しい時がある…あなたが辛い時、そんな時に頼れるのが私でありたいんです…私のわがまま、聞いてくれますか?」

 

狭霧「…はい、姉さん…」

 

…頭を撫でられるのも、抱きしめられるのも、鼓動を聞いたまま目を閉じるのも、悪くない

 

 

 

 

 

駆逐艦 アヤナミ

 

アヤナミ「寝ちゃいましたね」

 

朧「ありがとね、アヤナミ」

 

アヤナミ「いえいえ、それにしても…神鷹さん達の学校の事がなければこっちに越して来たら良いのになんて言えるんですけど…」

 

朧「…アヤナミは離れるつもりない?」

 

アヤナミ「…はい」

 

朧「そっか」

 

ガングート「…オリジナル、お前は…」

 

アヤナミ「私をオリジナルと呼ぶのはやめてください、私の肉体こそオリジナルですが、精神は別物です」

 

グラーフ「なんだと?」

 

アヤナミ「私は綾ちゃんとずっと行動を共にして、行動や言動を完璧にラーニングしたAIなんです、本当の精神はあなた達の思う綾波が持っています」

 

リシュリュー「相変わらず、無茶苦茶よね、綾波は」

 

朧「天才だからね」

 

アヤナミ「…そうだ…あなた達に言っておきたい事が」

 

朧「なに?」

 

アヤナミ「もし、綾ちゃんと戦う事があれば…殺す気でいかないと死にますよ、綾ちゃんがLinkを離れた以上、その覚悟は必要ですから」

 

グラーフ「なんだと?」

 

アヤナミ「もしもの話ではありますが…可能性はゼロじゃない…今頃、カートリッジも修復し終えてるかもしれないし…下手をすれば…次の瞬間には宇宙が一部削り取られるかも」

 

朧(そう言えばそう言う能力あったなぁ)

 

アヤナミ「…もし綾ちゃんが道を間違えたとして、綾ちゃんを止められるのは、あなた達なんです、その時は躊躇わずに一度倒してくださいね」

 

グラーフ「…理解できんな、いや、お前が理解していないのか」

 

アヤナミ「え?」

 

タシュケント「精神がオリジナルじゃないなら仕方ないけど、とりあえずラーニングは完璧じゃない事がわかったよ」

 

リシュリュー「綾波は道を間違えたりしないわ、絶対にね」

 

アヤナミ「…ふふっ…これはこれは……」

 

…素敵な仲間に恵まれたね…

 

アヤナミ「余計なことを言いましたね、ごめんなさい」

 

朧「良い仲間でしょ」

 

アヤナミ「ええ、とっても…漣さん達にも紹介してあげてください」

 

朧「うん、そのつもり」



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酒宴失態

離島鎮守府 執務室

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「……急に来てすみません」

 

海斗「いや、気にしなくて良いよ、それより、そっちはどう?」

 

狭霧「ええと…まあ、その…なんとか」

 

海斗「…綾波も早く帰って来れば良いんだけどね」

 

狭霧「それより…すみませんが、一つ伺っても?」

 

…今、私はせっかく来たのだからと、挨拶に執務室まで訪れた

しかし、私の眼前の光景はなかなか…と言うか全くもって想像し難い光景で…

 

狭霧「何故、アケボノさんが倉持司令官の上に座って仕事をしてるんですか…?」

 

このアケボノさんは人とベタベタするのを苦手とするし、特に倉持司令官との距離感は一線を置いたものになっていたはずだ

好意を抱いていたとしても、このわずかな期間にどう言う変化があったのか…

 

アケボノ「気にしないでください、仕事をしているだけです」

 

海斗「…まあ…そう言うことらしいから…」

 

困ったように笑う倉持司令官から、言い出したのはアケボノさんか第三者である事がわかる

 

膝の上に座る事も、座らせる事もお互いに気を許していなければしない様な事だ、仲が良好なのは良いのだが

 

狭霧(こういうときくらいは降りるべきでは?)

 

アケボノ「…そう訝しまないでください、私が降りたら提督が自由に動けてしまいます、そうすると貴方との会話の最中に託けて書類を全て奪われます」

 

どうやら原因は倉持司令官の方にあったらしい

 

しかし、まあなんとも、仕事の取り合いとは珍しい事だ

 

狭霧「まあ、私は軽い挨拶に方だけですし…どうぞお気になさらず…暫くしたら帰ります」

 

アケボノ「スペースもありますし、泊まっても構いませんよ」

 

狭霧「だとしたらみんなできます、今回半分以上のメンバーは居残りですから」

 

今回来たのは朧さん、ガングートさん、グラーフさん、タシュケントさん、リシュリューさん、ビスマルクさんの6人と私だけ

それに…青葉さんも来たかっただろうし…

 

アケボノ「そうですか、帰り際にアヤナミさんを攫わないでくださいよ」

 

狭霧「……その保証はできません」

 

実際、ウチの人達は強い関心を持っていたし…

アヤナミさんを連れて帰りたいと好奇の目を向けているもの達もちらほら

 

海斗「敷波達が悲しむから、やめて欲しいかな…」

 

狭霧「ことを構えたくはないので、わかっています」

 

アケボノ「む…提督、漣からメールです…食堂が大惨事になっていると」

 

海斗「え」

 

狭霧「…ちなみに、原因などは」

 

アケボノ「当然、貴方達のところですよ」

 

狭霧「すぐに片付けて来ます!!」

 

 

 

 

食堂

 

狭霧「…なる、ほど…」

 

…どんちゃん騒ぎ、か…

しかも、この匂い、アルコール…

 

ガングート「お前!なかなか飲めるな!」

 

アイオワ「ひっさびさのビール!!染み込んでくるわ…!」

 

グラーフ「しかし、これだけの大所帯で酒が許されていないとは、辛いだろうな」

 

ワシントン「そうなの…!もう何ヶ月ぶりなのか…うう…うう…」

 

ガンビアベイ「泣き上戸…」

 

狭霧「あ…あぁ……なんて事…」

 

思わず頭に手を当て、項垂れる

 

この場に連れて来たのがこぞって酒飲みばかりなのが最悪だった

 

離島鎮守府は在籍艦娘のほとんどが未成年、その為にここは料理酒以外の酒は仕入れていないらしい…

ので、ここにある酒は全て二式大艇に積んでいたものと言うことになる

 

早霜「ジントニックです」

 

タシュケント「…美味しい…若いのにやるね…!」

 

狭霧(…あのバーテンに関しては離島鎮守府の人だと思うけど…)

 

イヨ「かーっ!もう一杯!」

 

狭霧(え?あの人未成年じゃ…ああ、と言うかどうしたら良いのこれ…朧さんは…)

 

朧「……くぅ…」

 

すでに酔い潰れて寝てる…

 

狭霧(肝心な時に使えない…!)

 

狭霧「…グラーフさん、タシュケントさん、ガングートさん…」

 

グラーフ「おお!狭霧も飲むか!?」

 

タシュケント「この子の作るカクテルすごく美味しいよ!」

 

ガングート「カクテルなんぞ、そのまま飲んでこそだろう」

 

…頭が痛くなって来た

ポケットに手を突っ込み、カートリッジを取り出す

 

狭霧「……改二艤装、展開!」

 

タシュケント「あ」

 

 

 

 

ガングート「けほっ……ぐ…」

 

タシュケント「改二で殴る事ないじゃないか…いつつ…骨いってないよね…」

 

狭霧「加減はしましたよ」

 

グラーフ「アレが加減か…?」

 

グラーフさんの顔面を掴み、持ち上げる

 

グラーフ「あああ痛い痛い痛い!悪かった!許してくれ!」

 

狭霧「ここ、家じゃないんですよ、他所様のお宅で何やってるんですかこの、大うつけ!」

 

タシュケント(う、うつけ?)

 

狭霧「リシュリューさんとビスマルクさんは」

 

ガングート「…追加の酒を取りに行ったきりだな……逃げたか」

 

狭霧「そうですか、ここは絶海の孤島…逃げ場はありませんよ」

 

ガングート(死んだなアイツら)

 

チラリと他の艦娘達を見る

 

ワシントン「ひぃっ…」

 

ガンビアベイ「うう…」

 

手を出してないのに、この怖がられようか…

酔いもすっかり覚めたらしい

 

狭霧「お酒は節度を持って楽しんでくださいね?」

 

アイオワ「わ、わかった…」

 

狭霧「…なんで、みんな綾波さんがいなくなったら自制できないんですか…」

 

ガングート「そう言う狭霧もこの間飲んでたじゃないか」

 

狭霧「はい?」

 

ガングート「…なんでもありません」

 

狭霧「よろしい」

 

狭霧(まだ私で良かったと思って欲しい…これを止められるのなんてキタカミさんやアケボノさん…ああ、あの2人なら…)

 

狭霧「全身骨折…」

 

タシュケント(まだやる気!?それともリシュリュー達!?)

 

 

 

演習場

 

狭霧「…あら」

 

キタカミ「おー、借りてるよ、2人とも」

 

リシュリューさんとビスマルクさんはどうやらキタカミさんに捕まっていたらしく、延々とランニングをしていたらしい

そしてその2人の後ろには不知火さん…

 

リシュリュー「さ、狭霧!助けて!」

 

ビスマルク「もう走るの嫌!」

 

不知火「うるさいですよ、黙って走りなさい」

 

2人の足元を実弾が掠める

 

リシュリュー「ひいいい!」

 

ビスマルク「やめて!死んじゃう!」

 

狭霧「バカは一度死んできなさい」

 

リシュリュー「狭霧!?」

 

ビスマルク「化けて出てやるー!!」

 

狭霧「どのくらい走ってるんですか?」

 

キタカミ「んー…もうそろそろ20分かな、でもまだまだだよ、2時間は行こうか」

 

リシュリュー「にっ…」

 

ビスマルク「……謝るからぁ…」

 

狭霧「ガングートさん達を連れて来ます、良い見せ物です」

 

リシュリュー「が、ガングート達はどうなったの!?」

 

ビスマルク「アイツらまさかそのまま無罪放免!?なら一緒に走らせてよ!」

 

狭霧「心配しなくても…ボッコボコにしましたよ、改二で」

 

リシュリュー(あ、向こうも死んでるのね…)

 

狭霧(息抜きに連れて来られたはずが、胃に穴が空きそうです…)

 

狭霧「早く帰って寝よう…仕事をする気も失せちゃった…」

 

 

 

 

 

Link基地

青葉

 

青葉「…あれ、部屋、空いてる?」

 

私の部屋の扉が半開きになっている

侵入者か、掃除の時に開けっ放しになったか

 

基本この施設の掃除は持ち回り制で、誰がどの部屋に入っても問題ないことになっているので…まあ、警戒することはないはずだが

 

青葉「……」

 

中の様子をチラリと伺う

 

ザラ「これ、なんでしょうか」

 

ユー「…あんまり触らない方が、良いと思う」

 

アークロイヤル「このパソコン、どう起動するんだ」

 

掃除しているのかと思ったけど、パソコンを触っているとなると話は変わる

 

青葉「何やってるんですか」

 

ザラ「わっ!?」

 

ユー「えと……」

 

アークロイヤル「…掃除だ」

 

青葉「アークロイヤルさん、パソコンに触らないでください」

 

アークロイヤルさんが一歩パソコンから離れる

 

青葉「…何が目的なんですか…?掃除と言いましたが、何故私のものを引っ張り出して…いや、目的なんて明白か」

 

綾波さんの情報を持っていないか、調べたかったのだろう

 

青葉「私はもう綾波さんのこと、何も知りませんよ」

 

アークロイヤル「…信用できるか」

 

青葉「それはどうぞ、私は信用されるつもりはありません…」

 

ザラ「…どうして黙っていたんですか?」

 

青葉「もう言いましたよ、本人が望んだからです…綾波さんは貴方達との関係を断つことを望んでいた」

 

ユー「ウソ…」

 

青葉「本当です」

 

アークロイヤル「…本当に何も知らないのか、なあ、何か知ってるんじゃないのか」

 

青葉「知りません…だから、それに触れようとしないでください」

 

机の上のFMDにアークロイヤルさんの手が伸びる

 

アークロイヤル「大事なものなんだろう……教えろ、お前の知ってること、全て」

 

青葉「……出会いは神の御業、別れは人の仕業、か」

 

アークロイヤル「なに?」

 

青葉「…ここを去るべきなのかもしれませんね…どのみち、ここにいてもお互いのためにならないでしょうから」

 

ザラ「……」

 

青葉「…私は、何も知りません、もし信じないのなら好きにすれば良い…でも、私の大事なものを壊すなら…私は貴方を許さない」

 

アークロイヤル「ッ…」

 

ザラ(…流石に、このプレッシャー…実力者という話も嘘ではないようですね)

 

ユー(怖い…)

 

青葉「……」

 

無言で睨み合う

 

ザラ「…別に悪意があるわけじゃなかったんです」

 

青葉「それは理解していますし、貴方達の気持ちもわかる、でも、私は力になれません」

 

アークロイヤル「何故だ」

 

青葉「知らないからです、本当に……それと、私は貴方を力で押さえつける事もできる」

 

壁に立てかけてある槍をチラリと見る

 

青葉「…でも、そうするのは不義理ですし、完全に関係を壊すことになる…お互い、やめませんか」

 

アークロイヤル「それは、脅しだろう」

 

青葉「貴方も脅してるじゃないですか…」

 

ザラ「アーク、やめましょう、私たちが悪かったわ、通らせてくれる?」

 

青葉「はい…」

 

3人を部屋から追い出す

 

青葉(…やっぱり、ここは私には合わないんだろうな)

 

その後、The・Worldにログインし、トキオを見つけたものの、どうしても気分が乗らなかった

…今の私は、すごく弱い…

 

心が、弱ってる

 

青葉「…みんなに会いたいよ…」

 

…でも、ダメだ

 

私はあそこを抜けたのは未帰還者を助ける為だ

 

私は…

 

青葉(未帰還者を助けてから、胸を張って帰るんだ…)

 

そう決めているから、まだ、帰れない

 

青葉「…あれ?電話だ…な、なつめさん!」

 

慌てて電話を受ける

 

青葉「も、もしもし!」

 

大黒『あ、青葉さん、良かったー、お元気ですか?』

 

青葉「は、はい!な、なんでしょうか?」

 

大黒『…もしかして、今忙しかったですか!?ごめんなさい!ちょっと用事があって…』

 

青葉「大丈夫!大丈夫ですから!」

 

大黒『あ、よかったー……ええと、実は私も青葉さんのお手伝いをしようと思って』

 

青葉「…へ?」

 

大黒『今度、一緒にログインしませんか?』

 

青葉「…あ、あの、過去に行くんですよ?」

 

大黒『はい』

 

青葉「めちゃくちゃ危険ですよ…?」

 

大黒『わかってます、でも大丈夫、なんて言ったって….hackersですから』

 

青葉「おお……えと…ちょっと待ってください」

 

…やっぱりThe・Worldのプレイヤーはみんな頭のネジが飛んでいるのだろう

この危険な戦いに身を投じようという神経はわからないが…

 

青葉「…なつめさんって、強いんですか?」

 

大黒『カイトさん達には到底敵いませんけどね』

 

青葉「…ええと」

 

パソコンになつめと打ち込み、検索をかける

 

[カオティックPK エッジマニア なつめ 超危険!]

 

青葉「Oh……」

 

この記事の題名だけでわかる、この人実はかなりやばい

 

青葉「…なつめさん、凄く強いんですね…あ、あはは…」

 

記事を流し読みしてる限り、死の恐怖以外のPKKを何度も返り討ちにしてるとか…見ては限りでも…この強さはやばそう

死の恐怖もそこそこの痛手を負ったとか…

 

ネット記事なんて信用しちゃダメだけど、こんなのが書いてるってことは…相当やばい

 

青葉「や、やるときは連絡します」

 

大黒『待ってますからね!いつでも誘ってください!』

 

青葉(なんとも思ってなかったけど……あの死の恐怖と良い勝負って…相当やばい人だ…)



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Pacific Devil

ハワイ

綾波

 

綾波「…にしても、ははは、これは」

 

神通「まさか、貴方が笑うしかないなんてことがあるなんて」

 

綾波「いいえ?私の本命の予想と真反対ではありましたが、これも想定内…しかし、面白いのは…ふふっ…受け入れてるみたいですね?支配を」

 

私たちがハワイに来て見た光景は、深海棲艦に支配された世界だった

 

このハワイは完全に深海棲艦の手に落ちている

 

しかし、見ている限りその支配は穏やか、完全に深海棲艦に屈している環境でありながら、人々に暗い様子はない

 

綾波「まるでユートピアのようですね」

 

夕立「本当にユートピアなのかしら?」

 

神通「どうします」

 

綾波「どうも?向こうが接触してくるのを待つだけです……ああ、あそこなんて良さそうだ」

 

屋外に席のあるカフェ、そのテーブルの一つを占領し、店員に軽く注文する

 

綾波「あ、アレルギーや苦手なものは?」

 

神通「…サラダ菜のような葉物でえぐみのある物は苦手です」

 

夕立「トマトは嫌いっぽい、血っぽいから戦う時を思い出しちゃう」

 

答えない瑞鶴さんは無視して注文を確認し直し、先に金を渡す

 

神通「…お金持ってるんですね」

 

綾波「いい財布が手に入りましたから」

 

女帝から大金をせしめている、金銭のことを心配する必要はまるでない

 

まあ、ふつうにしてる限りはだが

 

綾波「…さて、ロコモコにガーリックシュリンプ、今時日本でも食べられますけど、本場は風味が違いますねえ」

  

提供された食事をゆったりと楽しむ

 

夕立「瑞鶴さんは、食べないの?」

 

神通「…綾波さん」

 

綾波「食べなさい」

 

その声を聞いてようやく瑞鶴さんが食事を始める

 

夕立(…完全にコントロール下に置かれてる…)

 

綾波「しかし、ふふ…面白い物だ、この島は元々観光業で成り立っているのに、深海棲艦に支配されてもそれが続いている、海を見ればサーフィンをする人もいる、さらにはパラシュート、スカイダイビングでしょうか」

 

神通「空挺降下では」

 

綾波「だったら撃ち落とされてますよ、何にせよ、ここは深海棲艦の本拠地と言うことになりますね」

 

夕立「……わかってて乗り込んだんじゃなくて?」

 

綾波「わかってて乗り込みましたよ?しかし、どうやら私の思っていたほどバカではないようでよかった、良い仕事相手になりそうです」

 

神通「というと」

 

綾波「ここは核が落とせない」

 

夕立「…確かに、こんなに民間人がいたら…」

 

神通「…しかし、そんなこと無視してでも落とした方が…」

 

綾波「140万人、ハワイの人口はそのくらいのはずです……が、まあここを制圧するまでに下手すれば半数は死んでるでしょう…でも、70万人と仮定して、この狭い島々の深海棲艦を殲滅するとして、全員死んだとして……批判は酷いものでしょうね」

 

神通「しかし…」

 

綾波「さて、真面目な話、いつ占領されたのかな、このハワイは……少なくとも離島のアメリカ人たちが来た後でしょう、彼女達がハワイを離れたのは確か4ヶ月以上前…」

 

となると、思っている以上にやり手の可能性がある

飲食店をはじめとした経済が停滞していないこと

人々が娯楽に興じる余裕があること

 

半数の人口が消えたと思ったが、そもそも犠牲はほとんど出ていないのかもしれない

 

神通「何故、アメリカの人たちが離島に行った後だと?」

 

綾波「彼女達言ってましたから、「ハワイは大丈夫」だって、それに私が調べてた限りハワイからの救援要請は罠でした…少なくともあの時に発信されていた信号はね」

 

神通「本当に助けを求めていたんじゃ…」

 

綾波「その可能性はゼロではありません…が、たくさんの通信履歴から、日本の艦娘を捕まえる、という単語が何度も何度も確認できました、心配しなくても、罠だった事には間違い無いでしょう」

 

もし罠でなくても、今更どうにもなるまい

 

夕立「それで、何を待ってるのかしら?」

 

綾波「…さあ?」

 

食後のコーヒーを口に含む

 

綾波「…マズ……はぁ…水みたいに薄いコーヒーなんてよく客に出しますね、下手くそばかりか」

 

カップを置いて空を眺める

 

夕立「…苦い…」

 

神通(お砂糖もミルクもない…どうしましょう、飲めません…)

 

綾波「…はあ……」

 

最悪の気分だ

食事を邪魔された、最後の余韻で台無しにされた

今の機嫌は最悪…

 

綾波「…おや、深海棲艦のウエイトレスか…珍しいものだ」

 

ル級「綾波様デヨロシイデショウカ」

 

額に拳銃を突きつける

 

神通「な…」

 

夕立「深海棲艦とはいえいきなり…」

 

綾波「二つに一つです、案内するか、死ぬか」

 

そう言って引き金を引き、ル級を撃ち殺す

あたりに悲鳴が響き渡る、民間人が騒ぎ出し、逃げ出す

 

神通「…何故殺したのですか、今の深海棲艦は人の生き方に馴染んでいました」

 

綾波「あれ?…まさか貴方達、気づいてないんですか?今のル級が殺気を出したので撃ったんですよ?」

 

夕立(そんな正論みたいな言い方で無茶苦茶な理論…)

 

綾波「案内しないなら殺す、それだけです…しかし、この感じ、どうやら…アハ、私の真似をするのがよほど好きとみえる、ここの深海棲艦の基地は海中ですね…さて、少し遊びましょうか」

 

街のいろいろなところから深海棲艦が溢れ出してくる

 

神通「……はあ…」

 

綾波「見えてるだけで…200…300か、神通さん、どうしますか?」

 

神通「私が行きます…」

 

綾波「そうですか」

 

神通「……」

 

丁度、太陽が雲に隠れる

 

薄暗く、湿った空気があたりを包む

 

神通「……私は、やはり闇の住人か…私は陽の当たる道を歩けない」

 

夕立(な、なんか始まった…)

 

神通「…どうせ、私なんか」

 

ぐちゃ、ばき、ぐちゃ

 

蹴り砕き、踏み潰されていく

湧いて出た深海棲艦が徹底的に、とことん殲滅されていく

 

夕立「強…」

 

綾波「艦娘のほとんどが出払った後に来た、という考えは正しいらしい、どうやら実戦経験がほとんどないようだ」

 

拳銃を他所に向け、撃つ

弾が当たった深海棲艦が弾け飛ぶ

 

夕立「それ、何?」

 

綾波「対深海棲艦用の特殊弾です、私のオリジナルですが、今の日本で出回ってる銃弾はほとんどこれに置き換わり始めています」

 

夕立「提供したの?」

 

綾波「売ったんですよ、日本政府に…私の才能の一端としてね?…技術は公開しなくては全体の進歩に繋がりませんから…しかし、かといってタダで配れば歩みは遅くなる」

 

夕立「…すごい効果…頭に当たった敵が吹き飛んでる…」

 

綾波「よく効くでしょう?」

 

そうこうしている間に深海棲艦の増援が途切れ始める

 

神通「…これだけ、か」

 

残った深海棲艦の死体が一通り地面に転がったあたりで戦闘音が止む

 

こちらの消費は神通さんの体力と特殊弾7発のみ

神通さんも無傷

 

綾波「まあ、実力の証明になりましたね」

 

夕立「…何か来る」

 

綾波「敵型の総大将、と言ったところですか」

 

椅子に腰掛け、ゆったりと眺める

 

宙に浮いた白い鯨のような巨大な深海棲艦を従えた、大槍を持った深海棲艦…

 

綾波「初めまして?太平洋棲姫サン」

 

太平洋棲姫「名乗ッタ覚エハナイケド?」

 

綾波「名乗りは必要ありませんよ、私は仕事相手についてはよーく調べることにしてるんです」

 

太平洋棲姫「ソレデ?」

 

綾波「あー、代理の人間が来ると聞いていたのに、原初の深海棲艦直々に来てくださるとは恐悦至極、今後ともよろしくお願いします?」

 

太平洋棲姫「……」

 

綾波「…やる気なさそうな顔してますねえ」

 

太平洋棲姫「…貴様ヲ信用シテイナイ」

 

綾波「当然でしょう、あって1.2分の相手を誰が信用できましょうか」

 

太平洋棲姫「…貴様ハ私ニ何ヲ提供スル」

 

綾波「…そうですねえ、貴方達にとって目障りな敵を消す機会を差し上げましょう」

 

太平洋棲姫「ナンダト?」

 

綾波「用意はしましょう、しかし進行はしません、そこまでやる義理はありませんから」

 

太平洋棲姫「……具体的ニ言エ」

 

綾波「基地の指揮官を1人ここに連れてきて、それを餌にそこの艦娘たちを殺せばいい…簡単だ、実に簡単だ」

 

太平洋棲姫「…ドウヤッテ連レテクル」

 

綾波「はい」

 

すぐ隣にブラックホールが現れる

 

そしてそれが一瞬消え、次の瞬間そこには朝潮さん…

 

朝潮「……へ…?」

 

綾波「これが餌ですよ、これを使って大物を釣る」

 

夕立「…!」

 

神通「…へえ」

 

太平洋棲姫「…本当ニソレガ来ルノカ」

 

綾波「来なければ私は約束を破ったとみなしてくれて構いませんよ、連絡だけは…今済ませましたので、指揮官と2人の艦娘を連れてここに来い、と…それ以上の人間が来た場合、殺す、と」

 

太平洋棲姫「……イイダロウ、信用シテヤル」

 

綾波「それじゃあ私たちは帰りますか」

 

太平洋棲姫「ナニ?帰ルダト?」

 

綾波「御膳立てはしました、あとは貴方たちの努力次第ってことで…私はそれ以上はやりませんよ」

 

太平洋棲姫「…イイダロウ、結果ハ追ッテ連絡スル」

 

綾波「瑞鶴さん」

 

私たちを蜃気楼が包む

 

神通「…これは」

 

綾波「本当に帰るのはつまらないでしょう?この状態なら、一方的に見てられる…見物しましょうよ、せっかくですから」

 

夕立「何を?」

 

綾波「ショーですよ、あの朝潮さんは離島鎮守府の人です、さて…離島鎮守府の艦娘が誘拐され、そこの指揮官と2人の供回りのみがハワイまで来ることを許可された…ふふっ…楽しみでしょう?」

 

夕立「…なるほど」

 

神通「2人、というと…来るのは」

 

綾波「間違いなく、アケボノさんとキタカミさんです」

 

目の前で朝潮さんが縛り上げられ、深海棲艦に連行されていく

 

綾波「ああ、哀れですね…なんと可哀想なのか、私が居場所を把握できてしまったが故に…」

 

朝潮さんは殺されはしないだろう

だが…不幸だった、朝潮さんには、オリジンの残滓がある

 

ただでは済まない



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即時奪還

 

離島鎮守府

提督 倉持海斗

 

海斗「……」

 

目の前に空いた黒い大穴を見つめる

綾波のブラックホール…

 

アケボノ「提督、綾波からです」

 

執務室の電話を取る

 

綾波『ああどうも、倉持司令官、朝潮さんが深海棲艦に捕まってますよ…助けたければ、2人艦娘を連れてそのブラックホールの中へ…擬似的にアウラと融合したことのある朝潮さん、どうなっても知りませんよ?』

 

海斗「綾波…君は…」

 

綾波『そちらはそちら、私は私だ』

 

その言葉とともに電話を切られる

 

海斗「キタカミを呼ぼう」

 

何が待ち受けているかもわからない状況

それなら最高戦力でいくしかない…アケボノとキタカミの2人で行く

そして、待ち構えている者を倒すしかない

 

アケボノ「…提督が行く必要はありません」

 

海斗「君たちを連れて、ということは僕も行かなきゃいけないんだ、大丈夫、足手纏いにはならないようにするから」

 

アケボノ「…なら、アヤナミを、キタカミさんではなくアヤナミにしましょう、その場の状況判断ならアヤナミの方が長けています」

 

海斗「いや…アヤナミは確かに素の力も強いし何より頭がキレる、でも相手は同じ綾波、読み合いになれば…どうなるかわからない」

 

…なにより、もし綾波が目的のために非情になったというのなら、勝ち目はない…アヤナミにはそれができないと思う

 

アケボノ「…仕方ありませんね」

 

 

 

キタカミ「それで、私かぁ……武器持っていっていいんかね」

 

アケボノ「さあ、とにかく、行きましょう」

 

 

 

 

 

 

ハワイ

 

転移したのはビーチ側の街…

 

キタカミ「…ここどこ」

 

アケボノ「看板などは英語…アメリカ?いや、この気候は……かなり暖かいし、ハワイか?…いや、オーストラリア…」

 

海斗「ここ、ワイキキのビーチだよ、写真で見たことがある…」

 

キタカミ「じゃあ、ハワイか…でも、おかしくない?アイオワやワシントンはハワイは大丈夫だって…」

 

海斗「…アメリカのみんながハワイを離れた後、侵略された…」

 

アケボノ「侵略にしては、建物が綺麗に残り過ぎている…」

 

しかし、気になるのは

 

海斗「人1人居ない…」

 

 

 

 

 

 

 

太平洋棲姫基地

綾波

 

太平洋棲姫「何?モウ来タダト!?マダ一時間ダゾ!?」

 

ヲ級「キュ、急ニ現レタト報告ガ…!ドウシマスカ!?」

 

太平洋棲姫「…拷問ハ後ダ!手配通リニ動ケ!」

 

綾波(うーん、急に状況が動いた時の対処が下手…か)

 

神通「これ、何故私たちに誰も気づいてないんですか」

 

綾波「瑞鶴さんの能力です、私たちの姿を蜃気楼で隠してる、なんとも良い力だ、味方にしてよかった」

 

夕立「…見てるだけで良いのかしら?」

 

綾波「ええ、私達と手を組むなら、これくらいの事態は自分たちで解決してもらわないと」

 

 

 

 

 

ビーチ

提督 倉持海斗

 

海斗「…深海棲艦」

 

海からゆったりと深海棲艦が浮上してくる

 

アケボノ「来たか…」

 

キタカミ「綾波の匂いはしない…さて、撃つ?撃たない?」

 

海斗「まだ様子見だよ」

 

太平洋棲姫「人間ドモ!良ク来タ、歓迎シテヤロウ…」

 

宙に浮く鯨のような魚に乗った深海棲艦がそう言う

 

キタカミ「あれが親玉か…撃てるのは、撃てる」

 

キタカミ(殺し切れるかは置いておいて)

 

アケボノ「やめましょう、人質がある以上は」

 

太平洋棲姫「真ン中ノ男、来イ」

 

海斗「……」

 

一歩前に出る

 

太平洋棲姫「オ前ノ部下ヲ預カッテイル…会イタイカ?会イタイヨナァ?…ココカラ先ハオ前1人ダ…1人デツイテコイ」

 

アケボノ「何?」

 

キタカミ「私ら呼んだ意味よ…やるか」

 

太平洋棲姫「オ前達ハ後ダ、ガ……アマリ騒グト捕虜ノ命ハナイゾ?」

 

キタカミ(チッ…居場所がわかればどうにかなるかもしれないけど…)

 

太平洋棲姫「武器ヲ全テ捨テロ」

 

キタカミ「……」

 

キタカミが主砲を四つ、魚雷発射管二つを棄てる

 

アケボノ「私は武器を携行しない」

 

太平洋棲姫「嘘ヲツクナ、敵地ニ乗リ込ムノニ武器ヲ持タヌワケガナイ…オイ、調ベロ」

 

ル級「ハ…」

 

ル級がアケボノに近寄り、ボディチェックを行う

 

キタカミ(私の杖はスルーか、知られてない感じかな)

 

アケボノ「何か、出てきましたか?」

 

ル級「……コノ瓶ハナンダ」

 

アケボノ「ああ…持病持ちなもので…それと、武器というなら…」

 

ル級「エ?」

 

太平洋棲姫「…ホウ…」

 

アケボノがル級の顔面を握りつぶす

 

アケボノ「…この、手を指すべきかと…さて、どうします、切り落としますか?」

 

アケボノが深海棲艦を笑いながら睨む

 

太平洋棲姫(体術タイプカ…マアイイ…モウ片方ハ射撃ニ強イト見エルシ、ソコソコ悪クナイ…)

 

太平洋棲姫「オイ、案内シロ」

 

海が割れ、トンネルが口を開く

 

海斗(海の中…逃げ場は、ない…か)

 

 

 

 

 

太平洋棲姫基地

 

海斗「…これは」

 

海中基地なのに、太陽の光の届く場所…そして、その光の中心に目隠しと猿轡をされ、縛られた朝潮…

 

キタカミ「悪趣味なコトすんねぇ…」

 

キタカミが周りの深海棲艦を見ていう

 

海斗(…深海棲艦が持ってるのは、拳銃?しかも三挺…まさか)

 

太平洋棲姫「オイ、渡セ」

 

拳銃がそれぞれに配られる

 

キタカミが足元に向けて引き金を引く

 

キタカミ「…カラじゃん」

 

弾倉に弾は入っていない、らしい

 

太平洋棲姫「今カラ配ル…オイ、立タセロ!」

 

深海棲艦に無理やり朝潮が立ち上がらせられる

そして、頭に…リンゴ

 

太平洋棲姫「ロビンフッドハ好キカ?私ハ好キダ、オ前達ニハリンゴヲ撃ッテモラウ…順番ニナ」

 

キタカミ「あ、そ」

 

キタカミ(距離38.2メートル…風はなし、拳銃も…銃身に癖があるな、この距離なら7ミリ右下を狙って…)

 

アケボノ(…外しはしない、問題はない)

 

太平洋棲姫「1人、3つノリンゴヲ撃ッテモラウ、全テ撃テタナラ解放シテヤロウ」

 

海斗「…わかった…朝潮!少しだけ我慢してて」

 

朝潮が小さく頷く

 

キタカミ「はやく、弾ちょうだいよ、撃てないでしょうが」

 

太平洋棲姫(コイツ、狂人カ?)

 

太平洋棲姫「渡セ」

 

1人1発ずつ弾が配られる

 

キタカミ「!」

 

アケボノ「この弾…」

 

海斗「…マガジンがないけど…」

 

太平洋棲姫「直接薬室ニ入レロ」

 

アケボノ「それより、1人1発ですか」

 

太平洋棲姫「外シタ時ニモウ一発ヤル」

 

キタカミ「おーおー、臆病だねぇ」

 

全員が薬室に弾を込める

 

海斗「……外しても殺されるわけじゃないんだね」

 

太平洋棲姫「ハードモードガオ好ミカ?…ナラ、両脇ノ艦娘、コメカミニ向ケロ」

 

アケボノ「なんだと?」

 

キタカミ「抑えなアケボノ」

 

海斗「…言う通りにしよう」

 

アケボノとキタカミの銃口が僕に向く

 

キタカミ(…弾持ちは3人、位置は…)

 

アケボノ(…キタカミさんの動きを見極めろ…完全に、模倣する)

 

海斗(2人を信じるしかない)

 

太平洋棲姫「サア、撃テ、人間」

 

朝潮から大きく外したところに狙いをつける

 

海斗「…撃つよ」

 

引き金に指をかけ、力を込める

 

引き金を引くと同時に屈む

 

キタカミ「バーン」

 

キタカミとアケボノが少し銃口を逸らし、近くに居た弾持ち2人を撃ち殺す

 

太平洋棲姫「ナ…何故拳銃ナンカニ…!」

 

アケボノ「やはり対深海棲艦用弾…何故ここに」

 

キタカミ「アケボノ!やるよ!」

 

アケボノ「ええ!」

 

キタカミとアケボノが廃莢と同時に薬室に弾を押し込みながら一体ずつ深海棲艦を撃ち殺す

 

海斗「朝潮!」

 

朝潮の方へと走る

 

キタカミ「援護は任せといて!」

 

アケボノ「…銃弾は全て差し上げましょう」

 

レ級「私は素手で十分です」

 

太平洋棲姫「何!?レ級ダト!」

 

レ級「果たしてただのレ級でしょうか」

 

背後から激しい戦闘音が聞こえてくる

それを無視して朝潮に駆け寄り、拘束を解く

 

朝潮「けほっ…司令官…!」

 

海斗「キタカミ!アケボノ!逃げるよ!」

 

レ級「ええ」

 

キタカミ「さあて、どう逃げたもんかな!」

 

集合し、撤退を開始する

 

太平洋棲姫「逃ガスナ!殺セ!」

 

 

 

 

 

綾波

 

綾波「なかなか面白い見世物でしたねぇ」

 

夕立「…あのアケボノ…本当に強い…」

 

神通「一番恐ろしいのはキタカミさんですよ…杖も指輪も隠す判断…流石でした…それに比べて私は…」

 

綾波「無駄話は良いから、行きますよ」

 

神通「私達も狩りに?」

 

綾波「いいえ、あの4人は離島に戻します、ここで死なれたら計画が狂う…私たちは私たちの目的のためにこの騒ぎを利用したに過ぎない」

 

ブラックホールを操作し、天井に大穴を開ける

 

太平洋棲姫「ナニ!?天井ガ…!」

 

一部の深海棲艦が水圧に潰され、グチャグチャになる

そしてここは深海、建物も一箇所崩れれば…水圧で全て壊れる

 

綾波「行きますよ?ここにいたら死んでしまうかもしれない…私以外は」

 

どうせ私はこれでも死ねない

 

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「…は…?な、なにこれ、なんでここに…」

 

アケボノ「…離島鎮守府…?」

 

海斗「帰ってきた…みたいだね」

 

アケボノ「…そうか、やられた…!綾波は私たちを利用して…!」

 

キタカミ「そんなもんずっとそうでしょうが、綾波は私らを使って目を引いてるうちに…何か自分がやりたいことをやってる…つまり、あそこに居たわけだ」

 

走って逃げてる途中で急に転移させられたあたり、すぐそばにいたのは間違いない

 

朝潮「…あの、司令官…」

 

海斗「うん、無事に戻れたみたいでよかった…朝潮、怪我は…特にははない?」

 

朝潮「はい…しかし、何かをされたようで…」

 

キタカミ「…何されたの、わかる限り言ってみ」

 

朝潮「…注射器で血を抜かれました、それと、ゴーグルのような機械をつけられ、変な映像を見せられてて、その時、なんだか…力が抜ける感覚がして…」

 

海斗「…何をされたかはわからないけど…良くないことなのは間違いないね」

 

キタカミ(…綾波、これになんの意味があるって言うのか…いや、説明すら必要ない、次見たら…いや…早まるのはやめたほうがいいか)

 

アケボノ「提督、先程は銃口を向けてしまい申し訳ございませんでした…!」

 

海斗「いや、いいよ、でも、すぐに理解してくれてよかった」

 

キタカミ「そっちこそ、ちゃんと私達のこと信頼してくれて良かったよ、おかげで多少の痛手は負わせられたんじゃない?」

 

海斗「だといいけど…とにかく、すぐに立て直して備えよう、横須賀のようなことがいつ起きるかわからない」

 

キタカミ「そうだね」

 

キタカミ(…頭を潰すつもりなら、問答無用で殺しにかかるべきだった…多分あの基地、それなりに広かったし、数百の深海棲艦がいたと見て良い…なら、引き込んで殺そうとすれば…こっちは痛手を免れなかった)

 

綾波の策略にしては、やはりお粗末

私たちはただの餌だった…

 

なんにしても腹が立つ

 

キタカミ「これで無傷じゃなかったら、今すぐ見つけ出しに行ってたのに」

 

…無傷で帰れて良かったと言う他ない

敵が杜撰だったことを喜ぶ他ない

 

…敵の基地まで、腹の中まで行って、消化されなかった幸運を噛み締める他ない…

 

綾波の方に攻めた時は、ほとんど全員死んだんだ…これには綾波は殆ど絡んでない…

 

キタカミ(でも、なんもなしとはいかないからね)



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diver

太平洋棲姫基地

綾波

 

綾波「ふーん…面白いものが多いですねえ」

 

神通「何が面白いんですか」

 

綾波「この装置のログですよ」

 

目の前の膨大な数のモニター、それに移されてる文字

 

[…個体 A-1と認定 特殊行動を確認 記録▽]

 

[タクティカルリロードと判定 動作テスト 良好▽]

 

綾波「さっきの戦闘でアケボノさんとキタカミさんが見せた、拳銃を撃った時の廃莢の時、薬室に直接弾を押し込む動作、あれは所謂エマージェンシーリロードというのですが、それを機械に記録してるんです」

 

神通「なんのために」

 

綾波「仮面の敵…イミテーションとでも呼びますか?あれらは私たちの動きを真似た存在です、神通さんも青葉さんの動きを真似た敵にやられたでしょう?」

 

神通「…ええ」

 

綾波「アケボノさんは艤装のシステムからも、ナノマシンからも外れた、深海棲艦の力を利用した艦娘、そうですね…ダイバーとでも呼びましょうか、あの力は何者の力でもなく、彼女達自身の力です…内側から記録をつける手段はない」

 

神通「…内側から」

 

夕立「まさか、さっき戦ってたのって」

 

綾波「おお、意外に切れますね?そうです、あの部屋は動体感知センサ、それから細かな動きまで把握するようなセンサーがたくさんありました、もちろん私たちの動きもバレてます」

 

夕立「じゃあ、なんで無事なの?」

 

綾波「モニタールームとか、記録してるのはここなんですよね、どうやら……それで、これが私たちのデータなので、これを削除すればよしと」

 

神通「目的は果たせましたか?」

 

綾波「ええ、面白いものも見れて満足です…さて、帰るか遊ぶか、選んでいいですよ」

 

夕立「…慣れないことしてお腹痛いから帰りたいっぽい」

 

綾波(夕立さんは緊張に弱いタイプか)

 

綾波「ではすぐに」

 

ブラックホールに呑まれる

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府 執務室

提督 倉持海斗

 

朝潮「…はい、殆ど誰にも気づかれていませんでした」

 

海斗「そっか…それは良かった、のかな…?」

 

アケボノ「恐ろしいのは綾波の手際の良さです、朝潮さんの位置を確認せずに正確に連れ去った…誰でも良かったのかもしれませんが…」

 

海斗「いや、それはない」

 

朝潮は一時的にアウラと融合状態にあった

そんな朝潮を選んだ理由はなんだ?

 

海斗(…綾波の事を簡単に悪く言うつもりはない、綾波は誰よりも考えてる、はずだ…それは、良くも悪くも…綾波がまた世界を滅ぼすつもりなら、僕たちは全力で止めるしかない)

 

綾波の真意はわからない、だけど…

綾波とは何度も戦った

 

そして、綾波は信じて欲しいとまで言った

 

これが綾波にとっての理想の過程で、それが僕にとっては納得のいかない事で、ぶつかっているとしたら…

 

海斗(綾波とは話し合いたい、だけど連絡が取れない…か)

 

この状況を解決する手段は今はない…

 

海斗「…ところで、アケボノ、そんなに隅っこに居なくてもいいんだよ?」

 

アケボノ「いえ、この距離でお願いします」

 

…アケボノは銃口を向けた事をよほど気にしているのか、帰ってから半径2メートル以内には近づかないと言って距離を取り続けている

なんと言うか、極端な性格が災いしているようだ

 

朝潮「面倒な人ですね…せっかく司令官にお許しを頂いて、膝の上にまで座らせてもらっていたのに、また振り出しですか」

 

アケボノ「よく舌がまわりますね」

 

朝潮「…司令官、私が座っても?」

 

海斗「え…あー…別に良いのはいいんだけど…」

 

もう業務時間差すぎている

つまり今からはThe・Worldをプレイするのだが…

 

海斗(アケボノが落ちそうになった時とか、ゲームに意識を向けられないしヒヤヒヤしたから…ゲーム中はちょっと怖いなぁ…)

 

海斗「寝ないでね?」

 

朝潮「大丈夫です」

 

 

 

 

 

食堂

秘書艦 アケボノ

 

アケボノ「……」

 

キタカミ「……」

 

真向かいに座られ、じっと見つめられる

 

アケボノ「なんですか、気色悪い」

 

キタカミ「いやー?…嫉妬してんなぁって」

 

アケボノ「誰が」

 

キタカミ「アケボノ以外にいる?」

 

アケボノ「誰に」

 

キタカミ「朝潮以外に思い当たらないなぁ…」

 

アケボノ「なぜ」

 

キタカミ「そりゃあ、特等席取られたからでしょ」

 

そう言ってキタカミさんはクツクツと笑う

 

キタカミ「自分から離れて他の奴に近づかれたら嫉妬…めんどくさー」

 

アケボノ「私はこれからの方針を考えてるので、邪魔しないでもらっていいですか」

 

キタカミ「なんの方針さ」

 

アケボノ「それはもちろん、艦隊の…」

 

キタカミ「嘘吐き、そんなわけないでしょーが、それはアケボノの仕事じゃ無いんだから、「提督の仕事を取るのは不味い、今はとにかく邪魔になりたく無い」顔にそう書いてあるのにねえ」

 

…心を見透かされているようだ

 

キタカミ「つまり、今考えてるのは…実に簡単、どうやって提督の側に戻るか…だ、ついでに答えを言っておくとそのままでいいよ、普通に戻りな、そしたら解決だから」

 

アケボノ「……」

 

キタカミ「あ、納得して無いねえ、でも考えてみなよ、銃口向けたのは提督の命令な訳じゃん?」

 

アケボノ「……まあ」

 

そう、それは…たしかに

 

キタカミ「だから真っ当に、忠実に命令をこなしてるアケボノは評価されて然るべき、なのになんで自分からその機会遠ざけてんのかな」

 

アケボノ「……」

 

そうなんだ、だけど…

 

キタカミ「さらに、あんたの感情で勝手に離れて近づいてを繰り返してると……正直クッソ迷惑だよ?」

 

アケボノ「うぐ…」

 

トドメの一撃

私をノックアウトするには十分すぎる言葉の数々

 

アケボノ「……そうでしょうね」

 

キタカミ「はーい、あとで一言言っていつも通り接する、オーケー?」

 

アケボノ「…はい」

 

こう言うところがあるからキタカミさんは小さい子たちに好かれているのだろうな

面倒見の良い姉のような…

 

アケボノ(…そうだ)

 

アケボノ「折角ですし、試しにキタカミさんも座ってみては?」

 

キタカミ「…は?」

 

アケボノ「結構快適というか…暖かくて安心しますよ」

 

キタカミ「提督の膝のこと言ってんの?え?頭おかしい?壊れた?私そんな歳じゃ無いけど」

 

…キタカミさんが動揺している、珍しい

 

アケボノ「何を言います、まだうら若い乙女ではありませんか、お互いにね」

 

キタカミ「……いや…というか、重いでしょ」

 

アケボノ「キタカミさんはたしか平均より軽…」

 

口を塞がれる

 

キタカミ「こんなとこで体重言おうとすんな…」

 

アケボノ「数値までは言いませんよ」

 

キタカミ「推測できる情報出すな…!阿武隈と不知火ですら知らないのに」

 

アケボノ「…そんなに気にしてたんですね」

 

キタカミ「るっさい、あー…もうやだ」

 

アケボノ「…キタカミさん、ところでハワイの事なんですけど」

 

キタカミ「伏せな、多分…聞かれたら無理矢理にでも奪還に行くだろうし……そしたら無駄死にだよ、そんなのダメ」

 

アケボノ「どうやら、愛着が湧きましたか」

 

キタカミ「その言い方は好きじゃ無いけど、手のかかるやつほど可愛いもんさね、特にアトランタは打ち解けてからは…まあ、ちょっとしか手を焼くようなことないし」

 

アケボノ「へえ…意外ですね」

 

キタカミ「まあ、根はいい子なんだよ」

 

アケボノ「…ま、私は盗聴器とか仕掛けられなくなって良かったとだけ」

 

キタカミ「そーね…ん?イムヤ?」

 

イムヤ「あ、いた、アケボノ」

 

アケボノ「私に用事ですか」

 

イムヤ「うん、工廠で新艤装についてのテスト、私たちダイバーのお仕事だって」

 

アケボノ「潜水艦用艤装か…」

 

キタカミ「え、ダイバーってダイビングの?」

 

イムヤ「そうです、だって潜るから」

 

キタカミ「へー…カッコいいじゃん、それでどんな艤装なの?」

 

アケボノ「それが…アメリカから輸入したナノマシンタイプらしくて」

 

キタカミ「…それ、もともと日本がアメリカに輸出したもんじゃなかった?」

 

イムヤ「よく知ってますね、それの改良版らしいです」

 

キタカミ「…きな臭い」

 

アケボノ「キタカミさんの鼻は効く、それ、全て解析にかけるように連絡を」

 

イムヤ「ええ…?わかりました」

 

キタカミ「よろしくね」

 

 

 

 

 

工廠

 

キタカミ「結果出たって?」

 

アケボノ「どうでしたか」

 

明石「至って普通、ナノマシンがアメリカ製なのは置いておいて普通のものですよ」

 

キタカミ「それおいといていい話なの?」

 

明石「さすがキタカミさん、実は大問題で、このナノマシン不安定なんですよね、どうやら無理矢理作られていろんな機能を持たされたらしく、まともな代物とはいえません」

 

キタカミ「じゃあ?」

 

アケボノ「全廃棄」

 

明石「…は、流石に怒られるので…」

 

アケボノ「責任は明日私が持ちます」

 

明石「今待ってください!」

 

キタカミ「なんにせよ、こっちも解析かけなきゃだね」



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記録 理由Reason

The・World R:1

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

重槍士 青葉

 

青葉「…うう…お腹痛くなってきた…」

 

団長への報告、そして弁解を毎日続け、なんとかなつめさん達、現代の.hackersの協力を秘密裏に承諾して貰ったものの…

つけられた制約は1時間のみという子供へのゲーム制限のようなものだった

 

と言うのも、記憶の泉という過去に渡る手段、これを利用する際、一般のPCは激しくデータを損傷する、普通なら渡れない

私はシックザールのメンバーとしての保護がかかっているから平気…

というか、正確には私のPCは通常のPCボディの上から特殊な装甲をしているようなものらしい

 

正規のシックザールPCではない、というのは理解しておかねばならない注意事項だ

 

それで、同じような処置を、ということになったが…

 

それ自体は良い、しかしログの管理が大変になる

時代を超えたログインはただでさえ面倒なログが出るらしく、サーバーにかかる負荷も大きいとのことで

指定された一時間以上はデータ破損の恐れがあるため厳禁と言うことになった

 

青葉「社会人…サラリーマンって毎日こんな感じなのかな…胃が痛いよ…」

 

さて、しかし…なつめさんを仲間にできたとして、別にトキオを捕まえる手伝いをして欲しいわけでは無い

 

もっと根幹の、The・Worldに潜む闇、未帰還者の救出任務の為に手を貸して貰うのだから

 

青葉「…あれ?」

 

あそこにいるのは、ミミルさんと…赤い、なつめさん?

 

なつめさんのPCは緑の髪と、空色のワンピース衣装、しかし…あのPCは赤系の茶髪にピンクの衣装

ジョブは双剣士の様だけど

 

青葉(そう言えば、写真はR:2しかないし、1ではあんな格好なのかな、それとも単純に似たエディット?)

 

少し近づいてみる

 

A-20「付き合ってよ、カルミナ・ガデリカから行くとこのダンジョン!」

 

ミミル「カルミナ・ガデリカからって…1人で!?」

 

A-20「付き合ってくれれば、2人」

 

ミミル「キツイよ?」

 

A-20「へー、そうなんだ」

 

ミミル「で…っ…説明書とか、システムのお知らせとか、ちゃんと読んでる!?」

 

青葉(すごい険悪な雰囲気…近寄らないでおこう…声違うし、テキストログの名前も別人だし)

 

ミミル「そっちレベルどんくらい?」

 

A-20「えーと…」

 

青葉(レベルの見方もわからないのかな…)

 

ミミル「初めてどんくらい」

 

A-20「2週間!」

 

ミミル「にしゅっ!?ンなんじゃ無理だよ!絶対死んじゃうって!!」

 

カルミナ・ガデリカのレベル適性は確か60とかそこら…

2週間じゃ絶対無理…

 

A-20「えー!?そなの?でもパーティとか組んでいけばなんとかなるんじゃない?」

 

ミミル「…死ぬの気にしないで、分不相応にレベル高いとこ行って、経験値稼げればラッキーって連中もいるけどさ…アタシは違うから、他の誘って」

 

ミミルさんが背を向けて離れていく

 

A-20「弱虫…もーあいや、やっぱやめよ、こんなの、つまんないし」

 

ミミル「あのねぇ!」

 

何か気に障ったのか、ミミルさんが戻ってくる

 

A-20「だってそうじゃん、ここにアクセスしてくる人って基本的に暇人でさあ、目的のないままぶらぶらしてるようなのばっかだし」

 

ミミル「あんただってそうじゃん」

 

A-20「む…ちょっと違う、やりたい事だってあるもん!」

 

ミミル「ふーん?」

 

A-20「…本当だったら、3人で回るとこだったんだけど…まあね」

 

青葉(…約束を破られた、と……それにしても、少し幼い子なのかな…)

 

ミミル「なんで2週間なのに、カルミナ・ガデリカ?」

 

A-20「そこじゃないとダメだから」

 

ミミル「だから…なんで」

 

A-20「……やってみたいから…じゃ、ダメ?」

 

…最初はまるで小さな子が周りの人間をうまく操ろうとしている様な光景だった

煽って無理矢理連れて行こうとしていた様に見えた

 

でも、最後の本音が…

 

ミミル「いいけど」

 

A-20「え?」

 

ミミル「ちょーっと無茶したい気分だったし…ダンジョン攻略、付き合っても良いかな」

 

A-20「やりぃ!」

 

あの本音を聞いてみて、私も混ざりたくなった

 

青葉「ミミルさん」

 

ミミル「おわっ、青葉!?居たの?」

 

青葉「私も行かせてください、そちらの貴方も…もともと3人で行くつもりだったんですよね」

 

A-20「3人目ゲット!」

 

ミミル「…ま、いっか!行こう!…と、その前に、あたしミミル、あんたは?」

 

A-20「A-20(Aの20)

 

ミミル「…A-20かぁ…」

 

 

 

 

 

Λサーバー 絶望する 絶対の 古城

 

なんとなく、パーティは組まなかった

分不相応な経験値が取得できるのが嫌という点が大きいのかもしれない

 

The・Worldでは3人パーティが基本、何人でももらえる経験値は同じ

つまり、パーティは組むほうが得…

 

でも、今回の目的はレベル上げじゃない

ただのお手伝いだから、必要もない

ちなみにパーティを組まなければ、紅衣の騎士団の様な大群も作れたりする

 

ミミル「ここまではモンスターから逃げまくって進めたけど、ここからはこうは行かないからね、いい?」

 

青葉「はい…!」

 

A-20「うん」

 

…Λサーバーの中でも有数の難易度と言って良いだろう

ここの敵は属性をうまく組み合わせて戦わないとダメージにならないし、無駄に耐久が高い

 

The・Worldのエリアワードシステムは3つのワードとサーバーシンボルのうちの1つでも変われば、それだけで難易度や構成も大きく変わる

そして、生成のパターンのせいか、時たま有る

馬鹿げてるほど難しいエリアが.

 

このエリアの敵は、Σサーバーよりも上、Ωサーバークラスか…?

 

私でも1人ではとても太刀打ちできない…!

 

A-20「どこが面白いんだろうね」

 

ミミル「なにが」

 

A-20「これ、The・World」

 

ミミル「そんなの人それぞれでしょ」

 

A-20「だってさー、なんか、結構めんどくない?人間関係とか、いろいろ」

 

青葉「それも醍醐味ですから…」

 

ミミル「…!」

 

狭い通路の真ん中にモンスター召喚の魔法陣…

 

ミミル「行くよ!ー

 

A-20「え、ちょっと」

 

召喚されたモンスターをターゲットし、正面から2人係で斬りつける

 

ミミル「やあぁぁぁッ!!」

 

青葉(属性は合ってる!でも堅い!)

 

片腕は大槍、片腕は鉄球ハンマーの鎧の怪人、大振りなハンマーの攻撃をバックステップでかわす

 

後方で空を眺めているA-20にミミルさんが詰め寄る

 

ミミル「何やってんの!」

 

A-20「だって…」

 

ミミル「この程度でもたついてたらここの攻略なんてできないよ!」

 

A-20「ああ、うん…」

 

青葉「こっちに惹きつけておきます!回り込んで攻撃を!うっ…」

 

ハンマーに殴られ、壁に叩きつけられる

 

青葉(ノックバック効果があるのか…でも、火力は低い!A-20さんでも2.3発は耐えられる!大丈夫!)

 

ミミル「わかった!…返事は!?」

 

A-20「わ、わかった…」

 

ミミルさんが左、A-20さんが右手側に展開する…が、モンスターがA-20さんをロックした…!

 

青葉(多分耐えられるから今は攻撃に…)

 

A-20「わ」

 

モンスターの攻撃でA-20さんが壁にめり込む

 

そして再び姿が見えた時には回復アイテムのエフェクト…

 

ミミル「1発食らっただけで回復するか!?」

 

モンスターの攻撃の際に出てる数値的に半分も削れてないほどこのモンスターの火力は低い

なのに攻撃を食らうたびに無駄に回復アイテムを消費している…二度、三度、四度目…

 

ミミル「コラ!!良い加減に…」

 

A-20「だってまだ1週間なんだもん!!」

 

ミミル「…なに?」

 

青葉「へ?」

 

…気の抜けた声が2人から発せられた

 

ミミル「今なんて言った?!1週間だ!?」

 

ミミルさんが飛び上がり、一回転する

 

[デスブリング!!]

 

一刀両断…

 

青葉(く、クリティカル…しかも、弱点特攻や武器アビリティの発動が重なってすごい火力が…)

 

A-20「おー…」

 

ミミルさんがキッと睨みつける

 

A-20「そんな変わんないって、そっち強いんだから、気にしない気にしなーい」

 

ミミル「レベルのこと言ってるんじゃないよ!嘘つかれたのが嫌なんじゃん!

 

A-20「嘘なんてついてないよ」

 

青葉「1週間しかプレイしてないのに2週間って言いましたよね?倍もサバ読んだら…」

 

ミミル「それは嘘って言うんだよ」

 

A-20「そっちがそう思うなら、それで良いけど…」

 

ミミルさんが怒った様子で床に剣を突き刺す

 

ミミル「あんた、ここで何したいわけ?」

 

A-20「なにって…」

 

ミミル「何も考えてないなら、やめれば」

 

A-20「なんでそんなふうに言うかなー!偉そうに!」

 

ミミル「…わかった、じゃあいいよもう」

 

ミミルさんが踵を返す

 

A-20「逃げるんだ」

 

ミミル「バイバーイ」

 

ミミルさんがオカリナを掲げてダンジョンから脱出する

 

A-20「あ…」

 

青葉「……」

 

私もそれに倣い、その場を後にした

 

 

 

 

 

 

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

 

青葉「…戻ってきてしまった…」

 

…あんまり、良い感じではない

あの人はウソをついていたし、それを詫びることもしなかった

だから私は嫌になって抜けた、ミミルさん同様に

 

それだけだけど、どうにも…

 

青葉「あ」

 

…草原にいるのは、BTさんとミミルさん…

 

BT「おっさんの代わりに話を聞いてやってくれだとさ」

 

どうやら、ベアさんを呼びつけていたのに、来なかったらしい

 

ミミル「ベアと、付き合い長いの?」

 

BT「それなりだ」

 

ミミル「ベアが何してる人か、知ってる?」

 

BT「なんとなく」

 

ミミル「なあに?」

 

BT「ノーコメント」

 

ミミル「なんでよ」

 

BT「ベアが言って欲しくないみたいだったから…気になるのか?」

 

ミミル「そりゃあ、ちょっとは」

 

BT「だったら、本人に聞け、特に話がないなら私は落ちるぞ」

 

ミミル「うん……BTはどう思う?…甘えてない?最近の若い子ってさ」

 

BT「最近の若い子…フッ…アンタはどうなんだ?」

 

BTさんはバカにした様に言う

 

ミミル「……」

 

青葉「あの」

 

BT「おや、聞いていたか?」

 

青葉「ええと…全部ではありませんけど……BTさん、最近、司さんがどうなっているかはご存知ですか?」

 

BT「まあ、多少はな、この前の集まりに来ていればもう少し詳しくわかっただろうに」

 

青葉「…それは、ちょっと用事があって…」

 

BT「…聞いてくる割には、関わろうとしないんだな?」

 

青葉「ええと…それは…」

 

…藪蛇だった

でも、私はアウラの誕生を守る義務がある

アウラが生まれなくては、この世界は…

 

BT「お前はもう降りたのか?」

 

青葉「…そう言うわけではないんです、でも…」

 

BT「…ハッキリと決めるべき事柄だと、私は思うが」

 

ミミル「かもしれないけど、前回は理由があったんでしょ?だったら、また次来れば良いじゃん、一回繋がったのに、途中で放り出すのって…」

 

ミミルさんが言葉に詰まる

 

BT「どうかしたか?」

 

ミミル「…行かなくちゃ」

 

ミミルさんと視線が合う

 

…ミミルさんがそうするなら、私も、見届けてみたくなった

 

BT「ミミル、青葉、何かあるのか?」

 

ミミル「野暮用!」

 

青葉「私もです!」

 

2人でカオスゲートを目指して走る

 

ミミル「A-20ってさ、嫌なやつだったじゃん!でも中途半端に嫌なやつだって思ったまま終わるのって、もっと嫌くない?!」

 

青葉「同感です!」

 

 

 

Λサーバー 絶望する 絶対の 古城

 

モンスターを無視して2人でダンジョンを駆け抜ける

 

橋を渡り、階段を駆け降り、小道を駆け抜け、ダンジョンを踏破する勢いで、走る

 

ミミル「……居ない、か」

 

最後に通った地点よりもかなり進んだ

しかし、道中のモンスターの数が明らかに少ない…

つまり、それはモンスターが召喚されたことを意味する

 

モンスターは召喚されてから、プレイヤーに倒される又は無視されるか、元の位置を離れすぎてデスポーンした場合、一定期間再スポーンしない…

 

つまり、ここまでの道を誰かが通ったはずなのに…

 

青葉「…あ!」

 

ミミル「いた!」

 

壁際に横たわるA-20さんに近づく

 

ミミル「ヤバい!?死にそう?!」

 

A-20さんは親指と人差し指の間に軽く隙間を作る

 

A-20「あと…こんくらーい…」

 

ミミル「薬は!?」

 

A-20「使い切ったさー…」

 

青葉「待ってください!今回復します!」

 

A-20「え?」

 

ミミル「要らないなら、いいけど」

 

A-20「お礼、できないよ?」

 

すぐに回復アイテムを使い、回復させる

 

…どうやら、最後に追いかけてきたモンスターがトドメを刺す直前にデスポーンしたのだろう

 

ミミル「まだいたんだ、戻ったと思ってた」

 

A-20「ああ…」

 

青葉「なんでこんなにボロボロになっても…」

 

A-20「こっちのレベルだと、次いつここまで来られるかわかんないし…それに…」

 

ミミル「ん?」

 

A-20「嫌だから、途中で放り出すの」

 

ミミル「それだけ?」

 

A-20「……何か、やって見せたかったから」

 

青葉「誰にですか?」

 

A-20「…A-3とか、A-13とか、先にこのゲーム始めたクラスメイト」

 

青葉「A-20って…出席番号!?」

 

A-20「そ、こっち見ての通りだから、なんか中々相手にしてもらえなくって」

 

ミミル「性格悪いもんね」

 

青葉「ミミルさん…」

 

A-20「何かってわかんないけど、何か…絶対何か」

 

青葉「…ふふ」

 

ミミル「そっか」

 

 

 

 

A-20「もしかすると、自信が欲しかったのかな…それよりそっちこそなんで戻ってきたの?」

 

青葉「私達も…」

 

ミミル「途中で投げ出すのが嫌だったから」

 

A-20「あはは、あたしも見ての通りでさ、よく余計なことに首突っ込んで、自分で身動き取れなくなって、親からも先生からもバカとか散々言われて…」

 

ミミル「要領悪いんじゃな〜い?」

 

A-20「あんたに言われたかない!…ふふっでも…そうなのかもね、間違ってないと思うんだけどなあ……そう思ってこのゲーム始めたんだ」

 

目の前の魔法陣が輝く

 

ミミル「多分、この先が最終フロアだと思う」

 

A-20「敵、つおい?」

 

青葉「それはもう」

 

A-20「無理かな」

 

ミミル「…無茶だねぇ」

 

青葉「誰かは死にますね」

 

ミミル「やめとく?」

 

A-20「……行きたい」

 

3人で顔を見つめ合わせる

 

ミミル「じゃ」

 

青葉「頑張ってみましょうか…!」

 

A-20「はい!お願いします!」

 

モンスターが召喚される

 

青葉(アンデッド系とゴーレム系の混合種族!確か、耐久性と火力トップクラスの!弱点は…動きの遅さ!)

 

ミミル「あんたのキャラ、機敏なはずだからあいつ惹きつけて!」

 

A-20「はい!」

 

A-20が攻撃を交わし、敵の注意を惹きつける

 

ミミル「今さ!連絡の取れない嫌なやつと!嫌なやつなのかもわかんないやつがいてさ!」

 

ミミルさんが斬りつけながら喋る

 

A-20「はいぃっぶな…!」

 

ミミル「結構やなやつだったり!困ったちゃんだったり何考えてるかわかんなかったりするわけ!自然消滅とか、完全に縁切っても良いんだけど!なんか気持ち悪いんだよね!」

 

A-20「どうでも良いけど!戦闘中にする話じゃなくなぁっいいっ!?」

 

青葉(トリプルドゥーム!!)

 

ミミル「やなやつならやなやつで良いんだ!でもそれならさ!とことん付き合って!とことん嫌ってからでも遅くないかなって!バイバイするならそれからでも遅くないよね…ッ!?」

 

モンスターの攻撃がミミルさんに直撃し、瀕死になる

 

青葉(一撃であのダメージ!?…二撃目を構えて…マズイ!)

 

A-20「だから!」

 

A-20さんがミミルさんに駆け寄り、回復アイテムを使う

 

ミミル「あんた…回復アイテム使い切ったって…」

 

A-20「そうだっけ?」

 

A-20さんが悪戯っぽく笑う

 

ミミル「!危ない!」

 

青葉「任せてください!」

 

二撃目を槍を投げ、敵の腕を壁に貼り付けることで防ぐ

 

ミミル「行くよ!!」

 

A-20さんとミミルさんが敵を斬りつける

連打、連打連打、徹底して斬りつけ、トドメを指す

 

A-20「…あははっ」

 

ミミル「やるじゃん」

 

 

 

 

大きな扉の前にたどり着いた…

つまり、ここがボス部屋か、お宝か…

 

ミミル「まだ隠し持ってる?」

 

A-20「へ?」

 

青葉「回復アイテム」

 

A-20「いやー…もう今度こそ本当に使い切り」

 

青葉「私も品切れです」

 

ミミル「こっちも……この中にモンスターいたら死ぬなぁ…」

 

A-20「そんときは諦めるしかないか…悔しいけど」

 

ミミル「でも、頑張ったよね」

 

青葉「やれるだけやりました」

 

A-20「うん、やれるだけ頑張った!」

 

ゆっくりと扉を押して開ける

 

 

 

ミミル「…どう、か…」

 

青葉「…あ!」

 

中には、宝箱のみ

そしてこの部屋の配置…ダンジョン最深部のお宝部屋

 

3人「「「……ふぅ…」」」

 

ようやく、気を抜けた

 

宝箱の前まで行って、顔を見合わせる

A-20さんが宝箱を開く

 

青葉「あ!」

 

ミミル「わあ!」

 

A-20「げ……なにこれ…」

 

…中のアイテムは…

 

ミミル「初めてみた!金のプチグソ!」

 

金色のプチグソ像、中々に大きいし、輝いてる…!

 

A-20「レアアイテム?」

 

青葉「凄いですよ!よく覚えてませんけど、何かのパラメーターが凄く上昇するんです!」

 

A-20「えー…」

 

ミミル「本当にすごいんだってば!」

 

A-20「……でも、なんか、ブサイク…」

 

ミミル「…あはは」

 

青葉(可愛いと思うけどなぁ…)

 

 

 

ダンジョンを出て、安全を確保してから始まったのは、押し付け合いでした

 

A-20「モンスター倒したの、そっちだし…」

 

青葉「そんな、いいですよ…クラスメイトに自慢できますよ?」

 

A-20「ええー…?いいっスよ…」

 

ミミル「あはは、こんなふうに押しつけあってるとおばちゃんみたいだし、パスパス」

 

青葉「私も!」

 

そういって離れる

 

A-20「あ!ひど!」

 

ミミル「あんたさ、もう少しやってみれば?」

 

A-20「え?」

 

青葉「これです、The・World……」

 

ミミル「色々あるけど、色々あるからこそ面白くない…こともない、かなって…人それぞれだけど」

 

A-20「そのやなやつと会えると良いですね、あとよくわかんない方とも!」

 

ミミル「ま、そのうちあえるっしょ!それに…よくわかんなかったやつだしね!」

 

青葉「え…あー!?わ、私!?」

 

ミミル「あははっ!じゃーね!」

 

 

 

A-20「……やっぱ、ブサイク」



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記録 設立

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

…今日のマク・アヌは偉く騒がしい

理由はわからないが、とにかく、楽しい話題でもあったのか、それとも辛い話題でもあったのか

一部のキャラは喜び、一部のキャラは嘆いている

 

青葉(タウン襲撃イベントはこの時期には無くなってるって渡会さん言ってたし、何が…)

 

ミミル「あ!青葉!」

 

青葉「ミミルさん…!この間早くも逃げましたね!?」

 

ミミル「ごめんごめん、でもさ、青葉と一緒に冒険して、ちゃんと青葉のことわかったよ、トキオの言ってたことも勘違いなんだって」

 

青葉(…多分、それは勘違いじゃ無いんだけど…まあいいや)

 

青葉「それより、なんの騒ぎですか?」

 

ミミル「……昴がさ、紅衣の騎士団…解体したんだって」

 

青葉「…はい?」

 

衝撃的すぎる話だ

このR:1において最大手のギルドで、さらにこのゲームの大部分の自治を担う様な巨大組織が、解散?

 

ミミル「いきなりだよね、決まってすぐに行動に移したみたいで、みんな混乱してるんだ、それに昴もどこに行ったのか…」

 

青葉「そんな、なんで…?」

 

ミミル「さあ…クリムに聞いたら何かわかるんじゃない?後はBTとかさ」

 

青葉(BTさんは情報通っぽいからわかるけど…)

 

青葉「なんでクリムさん…?」

 

ミミル「昴とすごい仲良いんだよ」

 

意外だ、ああいう熱血漢タイプは嫌いかと思っていた

 

BT「それはクリムが紅衣の騎士団の創設者だから、だな」

 

青葉「うわぁっ!?」

 

ミミル「BT!…え?創設者?!」

 

BT「ああ、昴と2人で作り上げた組織だと聞いている」

 

青葉「…じゃあ、クリムさんも紅衣の騎士団…まあ赤い服着てますけど…」

 

クリムさんは騎士という見た目ではない

袴の様な赤いズボン、そして素肌の上から赤い羽織を羽織っているだけ

 

そのせいで首元から腹筋にかけて大きく露出している

 

青葉「規則正しいというか、精錬された雰囲気の騎士団とは衣装のイメージが…」

 

BT「そんなことを言えば昴のドレスは真っ白だ、が…クリムは騎士団を昔に抜けている、昴との関係を見るに、円満な別れ方をしたのだろうが」

 

青葉「そうなんですね……あの、なんで解散したんですか?」

 

BTさんは質問を受けて驚いた様に目を見開く

 

BT「…てっきりクリムの話を聞こうとすると思ったが」

 

青葉「だって、BTさん…「本人に聞け」って言うでしょう…?」

 

ミミル「あ、言いそう…って言うかあたし言われた!」

 

BT「なるほどな、確かにそう返してやるつもりだった、しかし…青葉は賢いと言うのに、ツレが馬鹿丸出しだな」

 

ミミル「BT〜…!毒しか吐けないの…?」

 

BT「冗談だ、さて……ことの発端は1人の騎士だ、そいつは兼ねてから騎士団の権力をもっと大きくしたいと思っていた」

 

青葉「…碧衣の騎士団の様に…?」

 

ミミル「へきい?」

 

BT「なんだそれは」

 

青葉「えっ?…あっええと…す、すみません!別のゲームにそういうグループがあってつい…」

 

青葉(で、デバッガーの名称なんて一般プレイヤーが知ってるわけないよね…焦った…)

 

BT「まあ、なんでも良い…それで、その騎士はCC社にこう言った「騎士団にサーバーのログの閲覧権を渡せ」とな」

 

ミミル「そ、それ…明らかにライン超えてない?」

 

青葉「ユーザーの範疇を超えています…」

 

BT「当然、棄却されたとも…まあ、もし権限をやったところで給料無しで働く奴隷程度だろうがな」 

 

ミミル「あ、確かに」

 

BT「そんな状況に陥って、昴はCC社から警告のメールを受けた…そして昴は、かねてから自分が掲げている「The・Worldのより良い自治」ではなく、「完全なる管理」へと方針が変わりつつある騎士団を解散することを選んだ」

 

青葉「…すごく、勇気のいることですよね…」

 

BT「忠誠を誓った騎士に罵倒されたそうだ、「恐れている」とか、「司を裁くことを避ける為だ」とかな」

 

ミミル「なんで司…」

 

BT「司救出のために手を貸していることが、その騎士の目には、良くは映らなかったのだろう」

 

青葉「…そんな理由で」

 

BT「昴は司を「巻き込まれた被害者」だと言ったそうだが…周りから見たらどうだ?ただのチートPCにしか見えない、被害者だと決めたのは誰だ?それは確実なのか、それともただの憶測なのか……少なくとも、今は憶測の域を出ない」

 

青葉「……確かに」

 

ミミル「でも、司は…!」

 

BT「もちろんわかっている、だからこそ、昴が心配だ、少なくとも、騎士団が消えて喜ぶ者も、悲しむ者も、矛先を昴に向ける」

 

ミミル「え?なんで…」

 

青葉「PKから一般ユーザーを守る騎士団を消した昴さんを恨むのは仕方ないでしょう…そして、今まで抑圧されてきたと感じているPK達もまた、昴さんへの鬱憤を晴らしたいと思っている…」

 

BT「そういうことだ」

 

ミミル「そんなのおかしいよ…!」

 

BT「心配するな、一過性のものだ、昴が昴である限り…強い姿を見せ続ける限り、問題はない…すぐに終息するさ」

 

ミミル「…そうかな…」

 

青葉「…私は、そうとは思えません」

 

BT「ほう?2人揃って私の意見に否定的だな」

 

ミミル「だってさ…昴だって女の子なんだよ?多分、私たちと同じくらいの…」

 

青葉「BTさんなら理解してるはずです…人の言葉の鋭さを」

 

BT「そう思うなら、探しに行くか?」

 

ミミル「勿論…!」

 

青葉「いいえ、私は昴さんを探しません」

 

ミミル「え?」

 

青葉「…中途半端な慰めは意味をなさない、今一番助けになれるのは、クリムさんです」

 

BT「そうかもしれんな」

 

青葉「…クリムさんの居場所は」

 

BT「流石に知るわけないだろう」

 

青葉(…どうしよう、メンバーアドレスもないし…)

 

ミミル「…そうだ…!良いこと思いついた!」

 

 

 

 

 

Θサーバー 萌え立つ 禁断の 秘境

 

青葉「なっ…なんで私がこんな目にぃぃ!!」

 

エリアを全速力で逃げ続ける

敵は今の所視認していないが、間違いなく追ってきてるし…このままだといずれ捕まる…

そうなると、殺される…

 

それは避けたいので、加速アイテムを使って走り続ける

手を握っているリコリスさんは風船の様に宙にふわふわと浮かんでいる様な、シュールな光景になったが

 

ミミル「頑張れー!」

 

BT「…オイ、アレは何をしている」

 

ミミル「何って…釣り?」

 

BT「…餌は、楚良か」

 

ミミル「そう言うこと」

 

要するにこの作戦はこうだ

私が楚良さんに会う、そして追いかけられ…逃げ続ける

そうすると、クリムさんがやってきて楚良さんを止めてくれる…はず

 

なんとも…馬鹿げた作戦だが、趣旨的に反撃も許されない

 

…さて、しかし

 

青葉(そろそろ距離離れて…)

 

一瞬振り返る

 

青葉「…誰もいない?」

 

背後から首筋に刃を当てられる

 

楚良「ア〜ン、もう追いかけっこお終い?もっと遊ぼうよ〜♪」

 

青葉「え」

 

…振り返った時の背後、つまり、私が走っていた方向に回り込まれた…

 

双剣士の機敏さは確かに誰もが知るところだが、これは異常だ

プレイヤーとしてのスキルは、超のつく一級品…と言ったところか…!

 

青葉(マズイ…完全に動けない…それに、この人ただの快楽主義者だから、読めない…!)

 

下手に動いて気がかわって殺されるのはごめんだ

 

楚良「…あン…?」

 

青葉「……この地鳴りみたいな音、何…?」

 

そう、地鳴りの様な音…

でも、よく聞けば…馬ほど綺麗な音ではないが、動物が走ってくる音に…

 

青葉「あ!」

 

楚良「げ…!」

 

クリム「待て待て待てェ〜〜い!!」

 

プチグソの成獣に乗ったクリムさんがこっちに…!

 

ミミル「よっしゃ来たぁ!」

 

BT「…なんで上手くいったんだ」

 

クリム「とうっ!」

 

プチグソから飛び、すぐそばに降り立つ

 

クリム「よう、相変わらず…悪い様だな?」

 

楚良「お前ウザすぎ…!」

 

クリム「ウザくて結構!さあ、青葉を離してもらおうか?…それとも、前の続きをやるか」

 

楚良「…チッ」

 

楚良さんが転送されて消える

 

青葉(…悪い事、したな…)

 

楚良さんは快楽主義者で、読めなくて、変な事ばかりする…

悪意を持った行動を望んで楽しみながらする

 

が、別に嫌いというわけでもない…

 

彼は嫌われ者だろう、私にとってもそうだけど…

でも、別に嫌ではない

 

青葉(今度、2人で会ってみよう…PKされるだろうけど)

 

ミミル「クリム!」

 

クリム「む…ミミルにBT……これは、まさか、釣られたのか?」

 

BT「そういう事だ、それより、なんでここに?」

 

クリム「向こうにうまい狩場が有ってな、ここは俺のお気に入りのエリアなんだ」

 

青葉「偶然それを私達は引き当てた…と…」

 

二度とミミルさんに作戦を立てさせない方がいい…

私はそう確信した

 

ミミル「それより、知ってる?紅衣の騎士団の解散の話…」

 

クリム「まあ、話には聞いている」

 

青葉「…昴さんについてあげてないんですね

 

創設者で、昴さんの理解者なのに、狩場で狩りをしていたり、PKから私を助けたり…

 

クリム「昴は大丈夫だ、俺はそれを信じてる」

 

ミミル「…なんで大人ってそんな風に人を信じられるのかなあ」

 

クリム「昴には、呪文を教えてある、大丈夫だ」

 

青葉「呪文?」

 

クリム「…本当にダメな時に、助けてくれる呪文だ、だから…昴なら、大丈夫だ」

 

ミミル「それ、本当に役に立つの?変な金言とかじゃないの?」

 

BT「やめておけ、余計なことを言うのは悪い癖だ」

 

青葉(呪文、か…)

 

青葉「……クリムさん、良いですか?」

 

クリム「なんだ?」

 

青葉「すこし、2人でお話がしたいんです」

 

クリム「2人か」

 

ミミル「んー、まあ、アタシは落ちようかと思ってたし」

 

BT「私もだ、またな、2人とも」

 

2人がエリアから消える

 

青葉「……騎士団の、創立について…聞きたいんです、私はあんまり何も知らないから…」

 

別にそれを知ることで誰かの力になれるわけではない

昴さんはクリムさんに助けを求めていない

 

…なら、私はただ、理解者になるだけで良い

 

理解者になって、ただ、必要なら、居る

 

それが今の昴さんに必要なものだと思ったから

 

青葉(きっと、立ち直ることはできたはずだ…だから、私は、保険)

 

万が一の備えとして

 

クリム「どこから話したもんかな…そうだな、アレは昴と出会った時なんだが、その時もPKから助けたんだったか…」

 

  

 

 

クリム「なあに、怖がることはない…赤い稲妻クリムと言やあ、女に優しくヤローに厳しい……そう言うことになっている」

 

PKの首元に槍を突きつけて言う

 

クリム「ここで殺されるのが良いか、今後一切このお嬢さんに関わらないのが良いか…選ぶのは、お前だ」

 

PKがエリアから転送される

 

クリム「だからヤローは嫌いなんだ、隙を見せりゃ斬りかかる、良い顔すればつけあがる…だろ?」

 

昴「私…良い顔なんか…」

 

クリム「してねえ、ってか?どっちだ!?…自分は悪くないと思ってるだろ、勝手に追い回して、勝手なことを言う…自分は悪くない……相手に言ったか?」

 

昴「え?」

 

クリム「「近づくな」「お前なんか嫌いだ」「消え失せろ」ってな…言わなきゃわかんねえんだよ、言ったってわかんねえ奴らだってここには腐るほどいる」

 

昴「私…」

 

クリム「曖昧は罪だ!」

 

昴「っ…」

 

クリム「ログインさえすれば、楽しく遊べると思ってたのか?ここをなんだと思ってる?…もう一度聞く、何がしたい?」

 

昴「私は…ここに居たいです…!」

 

クリム「それならよし!俺に任せろ!」

 

 

 

 

クリム「初めて会った頃の昴は、今の様なタイプではなく、もっと内気だった…が、それ故につけこまれることも多かった」

 

青葉「…何故?他のPCと積極的に関わる訳でもないなら…」

 

クリム「あの頃の昴は違う意味で有名だった…昼日中からログインしてる女の子、ネットゲームに慣れてる訳でもなさそうで、他に仲間もない…それが周りにどう映るか、わかるだろ」

 

…少なくとも良い印象は受けないだろう

何か訳ありにしか見えない、そういう人は悪意に対して弱い…脆い

 

クリム「と言っても、俺は昴のリアルを探りたい訳じゃなかった…昴の本心が知りたかった」

 

青葉「本心?」

 

クリム「こう言ってたよ、「年か、性別とか、環境とか、状況とか、職業とか、そんなもの関係なしに人と付き合えると思ってここにログインしていた」ってな」

 

…ネットの良い面に憧れを持って、ログインしたのだろう…

しかし、世界は応えてはくれなかった

 

クリム「もしかしたらこう思ってるかもしれないが…世界が非情だというなら、それは違う…」

 

 

 

 

クリム「その考え方は間違っちゃ居ないが、足りないものがあるな」

 

昴「え?」

 

クリム「背を伸ばすんだ、俯くな、いいな?」

 

クリムの槍の切先が昴へと向く

 

クリム「目を逸らすな!逃げるな!そうすれば世界の方が昴に近づいてくる!」

 

 

 

 

 

青葉「世界の方が、ですか」

 

クリム「ああ、その時だったかな、紅衣の騎士団を設立したのは…」

 

青葉「え?」

 

クリム「その時、3人のPKが俺たちを襲ったんだ、不意をつかれたこともあって、劣勢だった…昴は戦闘は得意じゃないしな…だけど、その時、昴はPK達にいったんだ」

 

 

 

 

昴「やめてください!あなた方が闘いを楽しむためにThe・Worldに参加するのは自由です…!でも、悪意を理由に他のプレイヤーの参加を妨げる行為は謹んでください!」

 

PK「偉そうに、説教たれんじゃねえよ、ウザいんだよ」

 

昴「説教ではありません」

 

PK「じゃあなんだよ」

 

昴「お願いです」

 

クリム「それでもやりたいってならこっちも容赦しないぜ?ちゃんとセーブしてから来たか?やり直しはめんどくさいぞ?」

 

PK「うるせえ…何様のつもりだ…!」

 

クリム「俺たちか?……紅衣の騎士団とでも、呼んでもらおうか?」

 

昴「二度と、この様な振る舞いをなさらない様に!」

 

 

 

 

青葉「本当に話し合いだけで?」

 

クリム「ああ…だから、昴は…強い」

 

…成る程、昴さんの根底にあるものが見えた気がする



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記録 呪文

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「……」

 

クリムさんから、全てを聞いた

だけど、それはクリムさんの目線の話だった

 

脱退の理由に関しては深くは語ってはくれなかった、価値観の相違とだけ…でも、それは…腑に落ちない

 

青葉(…ここまできたら、最後まで取材しよう)

 

こうなると、どこに行くか迷う…誰にあたるべきか…

 

青葉(…あれ?)

 

ジーク「聞いたか?偽物の話…」

 

耕次「ああ、騎士団がいなくなったからって昴と同じ格好して成りすます奴らのこと?」

 

青葉(なりすまし…?)

 

ジーク「昴のふりをしてアイテムを集ったり、騙し討ちしたり…」

 

青葉(そんなの、最低だ…)

 

青葉「あ」

 

マク・アヌの橋からこっちに向かってくる人

昴さんによく似た人…

 

青葉(…エディットは同じはず…声、かけた方がいいかな…でも…)

 

どんどん近づいてきて、私の脇を何も言わずに通り抜ける

 

青葉「…!」

 

本物だと思った

だって…遠くからではわからなかったけど…

 

暗い

そして、深い闇のような重い空気…

近くにいるだけで喉が詰まる感覚…言葉を発さない感覚…

 

これほど深く、苦しみ、傷ついていた…とは

 

青葉(追いかけないと…!)

 

気づいた時には、すでに昴さんの姿はなかった

 

青葉「っ…やらない事で、後悔するのは、嫌なのに…」

 

ぎゅっと…手が暖かく握られた

 

青葉「え?」

 

手の前にエフェクトがかかり、転送される

 

 

 

 

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

          グリーマ・レーヴ大聖堂

 

青葉「ここ…大聖堂…リコリスさんが…?」

 

リコリス「……」

 

青葉「…あ」

 

遠くに見えるのは、昴さんと…騎士が1人

 

青葉「力を貸してくれたんですね…わかりました、行きます!」

 

近づき、様子を伺う

 

 

 

サルー「昴様」

 

騎士が膝をつき、礼をする

 

昴「やめてください…私はもう、あなた達の長ではありません」

 

サルー「…どうか、お戻りください…それまでこのサルー、ここを動きません」

 

昴「紅衣の騎士団は、既にその役目を失いました」

 

サルー「しかし、銀漢如きが昴様を差し置いて新しい騎士団を立ち上げようと…」

 

昴「サルー!…かつて、行動を共にした仲間にたいして、軽侮の言葉を吐くようなことがあってはなりません!」

 

…銀漢

確か、チートPCとして私を強く非難し、敷波さんや司さんを捕らえた騎士…

 

昴「あなたの進むべき道は、あなた自身が探すことです……ここは、The・Worldなのですから」

 

そういって昴さんは聖堂を後にした

 

サルー「…昴様…」

 

青葉(この人に、話を聞いてみよう…)

 

青葉「すみません」

 

サルー「…何者だ」

 

青葉「…私がわかりませんか、紅衣の騎士団の人はみんな私の顔を知ってるものだと思っていました」

 

サルー「……そうか、確か重槍士の青葉!…何故ここに……昴様を狙ってか!」

 

青葉「え?…ち、違いますよ!私も昴さんが心配で…」

 

サルー「…なんだと?」

 

青葉「それに、その…クリムさんからいろいろ話を聞いたんですけど…腑に落ちないことも多くて、貴方に話を聞きたいんです」

 

サルー「……俺は分隊長でもない、ただの1隊士だぞ」

 

青葉「構いません、貴方の昴さんへの忠誠心は、他の騎士とは違うように見えましたから…」

 

サルー「……場所を変えよう、誰かに見られたくはない」

 

 

 

 

 

青葉「いくつか聞きたいことはありますが、特に気になるのは…クリムさんの脱退についてです」

 

サルー「クリム殿か…クリム殿は、あくまでもThe・Worldを遊びだと説いていた、良くも悪くもな…故に、面白くないと感じたから抜けたのだろう」

 

青葉「果たして本当にそうでしょうか…クリムさんは価値観の相違と言いました、しかし…私には、そうは思えないんです」

 

確かに価値観の相違はあるだろう

だけどあの熱血漢が途中で物事を投げ出すようなことをするだろうか

果たしてそんなことをしたら自分を許せるのだろうか

 

青葉「…私には、誰かに追い出されたか…いや、それも昴さんが防ぐか……何かやむを得ない事情があった、としか思えません」

 

サルー「……どうやら、本当にクリム殿とも親しいようだ…こうなれば隠し事は不義理だな」

 

…どうやら、煙に巻くつもりだったらしい

 

サルー「クリム殿は自身を犠牲にしたんだ、彼は銀漢に軽佻浮薄と常日頃から言われていた…まあ、要するに軽い男である、と受け取ってくれれば良い…それを利用した」

 

青葉「利用?」

 

サルー「分隊長の銀漢と創設者の1人クリム、この2人の関係は最悪だった、しかし……クリム殿は自身を悪者とし、自信が追い出された体をとることで上手く騎士団を纏めたのだ」

 

青葉「そんな…」

 

…だから、あんなに厳しい騎士団に…

 

サルー「俺もクリム殿には世話になった…当時はショックを受けたが、昴様がこっそりと事情を教えてくれた…クリム殿は、言わば…呪いをかけてしまったのだろうな」

 

青葉「呪い、か…」

 

サルー「銀漢は増長したし、最後には解体まで来てしまった…銀漢の昴様への言い様は酷いものだった…臆病だのなんだのと抜かし…昴様が騎士団解散に踏み切ってしまった…」

 

青葉(昴さんを罵倒した騎士って、あの銀漢だったんだ…)

 

サルー「…知りたいことは、ほかにあるか」

 

青葉「…随分と詳しいんですね」  

 

サルー「昔、昴様をPKしようとしたことがある…その時、諭されたんだ…力ではなく、言葉でだ…それで…俺は、昴様とクリム殿に憧れたんだ」

 

青葉(クリムさんの話してたPKって…この人だったんだ…)

 

青葉「…貴方と出逢わせてくれた神に感謝しなくては」

 

サルー「何?」

 

青葉「出会いは神の御業、別れは人の仕業…です」

 

サルー「…そうだな、いい騎士と出会えたものだ」

 

青葉「え?私は騎士じゃ…」

 

サルー「そうなのか?」

 

青葉「……ただの、狼ですよ」

 

リコリスさんが手を引いてる

早く行こう、次の場所へと…

 

だから私は行かなきゃいけない

 

青葉「では、私はこれで」

 

次の場所を目指して

 

 

 

 

 

 

Δサーバー にじり寄る 絶望の 足音

 

昴「……」

 

彼女はただそこにいた

何かを待っているように…

 

そして、何かを求めているように

 

カオちん「やっほー」

 

昴「…貴方は?」

 

現れたのは、色以外瓜二つのエディットのキャラ

 

カオちん「カオちんは、カオちんだよ?昴ちんは?」

 

昴「え?」

 

カオちん「名前、もしかして昴ちん、名前の見方もわからない初心者?」

 

困惑した昴は、答えることを躊躇う

 

カオちん「あー、図星だ…でも、迷惑だよねえ」

 

昴「迷惑?」

 

カオちん「そのキャラ、エディット…昴ちんだって紅衣の騎士団の昴ちんを真似て作った訳じゃないでしょ?」

 

昴「はい…」

 

カオちん「なのに、真似っこだなんて言われてさあ…ほんと迷惑…ねー、ほんと紅衣なんて大っ嫌い…いなくなってスッとした…」

 

昴「そうなんですか…」

 

カオちん「だってあいつら威張ってんだもん、喧嘩するな、エチケット守れ、ホント偉そう」

 

昴「でも、それはここの…」

 

カオちん「マナーを守ってみんなで仲良くしましょうってやつでしょ?…でもさあ……どうして仲良くなきゃダメな訳?平和じゃなきゃダメな訳?」

 

昴「それは…」

 

カオちん「たかが遊びじゃ〜ん…やりたいことやればいいんだよ…」

 

昴「遊びにもルールがあるんじゃないですか…?」

 

カオちん「あれ?そういうこと言う人?マジー…昴ちん?」

 

昴「そっか……」

 

カオちん「ん?」

 

昴「滑稽、ですね……紅衣の騎士団は、裸の王様だった訳ですか」

 

カオちん「…ねえねえ、昴ちん、お友達になろうよ」

 

カオちんが一歩昴に歩み寄る

 

昴「っ…」

 

昴が一歩下がる

 

カオちん「そうよぉ…カオちん…遠くからだけど、ずーっとずーっと見てたんだから…!アンタ…マジ昴ちんだよね?どうせレベル上げなんてやってないんだろ?」

 

昴「……」

 

カオちんが近づくほどに昴が下がる…

 

カオちん「イヤ?落ちたっていいんだぜ?BBSに書き込んでやる、ネットにも居られなくなった昴様の真面目な現状ってやつ…ウケるぜ?それとも助けを呼ぶか?…誰が来てくれるかな?」

 

昴(…呪文…)

 

昴の足が止まる

もう、引き下がることはしない…

 

昴(…やっぱり、これには、頼らない)

 

昴「近寄らないでください…!」

 

カオちん「あァ…?」

 

昴「あなたが私を殺そうが、どうしようがかまいません、逃げもしません、でも貴方と友達になることは決してないでしょう…!」

 

カオちん「チッ…」

 

昴「私は貴方のような人が…嫌いです…!BBSに書き込みたければ書き込めばいい…貴方の私怨が晒されるだけです…」

 

カオちん「っ…!…やああぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

青葉「…居た」

 

崖の下にいる重槍士を視認する

 

青葉「……随分と、遅くなりました…パーティでなければ居場所も何も分かりませんから…」

 

槍を振りかぶり、崖下へと投げつける

 

カオちん「うわっ!?」

 

カオちんの足元にヴォータンが突き刺さる

そして、空の上に降り立つ

 

青葉「…「誰が来てくれるかな?」でしたか…来ましたよ、ここに1人」

 

カオちん「待てやがったのか…!」

 

青葉「いいえ、探したけど間に合わなかっただけです…どうやらもう手遅れな様ですが…オープンチャットなおかげでログだけはいつでも閲覧できましたしね」

 

降りて、ヴォータンを引き抜く

 

青葉「その分、私が…」

 

カオちん「…あ…!お前、紅衣に追われてた奴じゃ…なんで…」

 

青葉「紅衣の騎士団のことは私も好きではありません、しかし…昴さんは個人です、紅衣の騎士団そのものではありません…そして、私はああいう人が好きです…だから、そんな人が悲しまない様に…」

 

鋒を向ける

 

青葉「貴方をデリートします」

 

ぶんっと一振りで首を落とす

薄暗い死体になる

 

青葉「…ネカマヤローめ…って所ですか…私も、ヤローが嫌いになりそうです……ん…?」

 

視線…いや、これは…

 

青葉「ダブルスイーブ!!」

 

振り返りながらスキルを発動する

 

飛んできた斬撃を叩き落とす

 

青葉(斬撃を飛ばすスキル!これは…!)

 

青葉「いきなり何するんですか!トキオさん…!」

 

トキオ「…よくも昴を…!なんでPKなんかするんだ!!」

 

青葉「は?…いや、これ昴さんじゃ…あ」

 

青葉(死体だと色の判別つかないのか…!)

 

望まぬ戦いが、始まってしまう

 

青葉(昴さんはもうキルされてるし、どうしようも…)

 

青葉「ッ!!」

 

背後から飛んでくる隕石を槍の石突で突き崩す

 

青葉「このスキル…司さん…!」

 

司「青葉…」

 

青葉「待ってください!私がキルしたのは別人です!私はあくまでPKKしただけ!」

 

攻撃を防ぎながら必死に弁明する

 

青葉(タウンに戻って昴さんを捕まえるしか…いや、流石にこんなことがあったら落ちてるか…!…うわっ!?)

 

リコリスさんに手を引かれる

 

青葉「え、ちょっ…ど、どこに!」

 

トキオ「逃がすか!」

 

司「……!」

 

戦闘中にどこかへ連れて行かれるなんて、今まで無かったのに…!

 

必死に走り、2人から逃げながら目的地を探る

 

青葉「……!」

 

目的地、というか…目的の人は、見つかった

 

トキオ「あぁっ!?昴!?」

 

司「昴…!」

 

…ボロボロの状態で

昴さんはひどく傷ついた状態で捨てられていた、だが…キルはされていないらしい…

 

青葉「だから言ったじゃないですか!私はやってません!」

 

青葉(…でも、それよりなんでリコリスさんがここに…いや、私を助けてくれてるんだ)

 

司さんが昴さんに駆け寄る

 

昴さんはなんとか起き上がり、司さんと向かい合う

 

昴「なんで、ここに…」

 

昴さんの声は、とても弱々しく…心が傷ついていることがわかった

 

司「…なんでだろう、なんとなく…ここに来れば、キミと逢える気がしたから…」

 

昴「…私を、探していてくれたんですか…」

 

司「かもね…」

 

昴「……私は、待っていました…貴方を…」

 

縋り付く様に、昴さんが司さんに抱きつく

 

司「…辛いの…?僕は…」

 

昴「何も言わないで……しばらく、このままで…」

 

司「…うん」

 

辺りに、昴さんの啜り泣く声が響く

 

司「……いいよ、気が済むまで、泣けばいい…」

 

…この場に、私たちは、居てはいけない気がした…

 

トキオ「……」

 

青葉「……」

 

お互い、顔を見合わせ、その場は引くことを選んだ

 

 

 

 

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

 

クリム「騎士団の意味?」

 

青葉「…ええ、貴方がこだわった騎士団の、存在する意味を知りたいんです」

 

あの後、タウンでたまたま見つけたクリムさんを捕まえ、話を聞いた

 

クリム「…昴はノーブレス・オブ・リージュ…高貴なる者の責任と義務だと言っていた…それが、The・Worldのより良い自治なんだろうな」

 

青葉「上に立つものの…責任と義務、か」

 

騎士団の解散は、たった一人の騎士の暴走の結果だ

でも、それほどの責任を背負い、果たした…

 

青葉(…騎士、か…)

 

クリム「同じ騎士として、思う所でもあるのか?」

 

青葉「え?いや、私は騎士じゃ…」

 

クリム「碧衣の騎士団、なんだろ?」

 

青葉「…碧衣の騎士団…」

 

デバッガー集団の名前を知ってる…?

 

クリム「昔はよく見かけたもんだ、それこそエリアの管理とかが杜撰でな、俺が紅衣を名乗ったのも、碧衣の騎士団を知ってたからこそだ…トレードマークは槍だったか」

 

青葉「…知ってたんですか」

 

クリム「ま、昔見かけたこともあるしな…タウン襲撃イベント…唯一MVPが2人出た回、俺も参加してたんだ、初心者だったけど」

 

青葉「あの時、クリムさんも…?」

 

クリム「ああ、でも、思い出したのはつい最近のことだ」

 

…やはり、過去に関わるということは…未来を変えることに繋がるのだろうか…

 

クリム「…連星の騎士さんよ、アンタには…このThe・Worldがどう見えてる」

 

青葉「連星の、騎士…?」

 

覗き込んだ水路の水面に自分の顔が映る

青と黄色の…二つの眼が私の目と合う

 

青葉「えっ?」

 

クリム「いや、勝手な通り名はよくないか…サラーに聞いた、狼だったか?」

 

青葉「あ、え、はい…」

 

クリム「狼にしちゃ、随分派手な制服を着てるもんだ」

 

…確かに、リアルの制服をモチーフにエディットしたから…狼っぽくはないけど…

 

クリム「コレをやる、さっきのエリアで手に入れたんだが、俺は赤い稲妻だからな」

 

灰色のフード付きのアウターの様な装備…

 

青葉「…偶に、The・Worldって世界観に合わないものを出しますよね」

 

クリム「それもThe・Worldだ、いや…一周回って全てがそれらしいのかもな」

 

青葉「……クリムさんは昴さんとリアルでも…?」

 

クリム「いや?どうしてそう思った」

 

青葉「……もし、私がクリムさんなら…そして、遠く離れた場所にいるのなら…あの呪文…私は、きっと連絡先を渡すんじゃないかなって」

 

クリム「…そうか…」

 

青葉「違いましたか…?」

 

クリム「…いいや、正解だ」

 

…私も、持っている

大事な呪文をたくさん持っている

 

司令官、なつめさん、お姉ちゃん

 

たくさんの人がいるから、私はまだ前を向いていられるんだ

 

青葉「勉強になりました…これは、ありがたくいただきます」

 

貰った装備を羽織る

 

青葉「…ん?」

 

フードの上が、ぴょこぴょこしてる様な…

 

クリム「…ハハハハハ!こいつはいい!まるで本当に狼だ!」

 

青葉「……げ」

 

水路を覗き込む

フードの頭の部分に犬の耳…

 

青葉「…やっぱお返しします…」

 

クリム「遠慮するな、似合ってる」

 

青葉「……はぁ…」

 

結局、フードを脱いだ状態で使うことにした



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chess

神通の家

綾波

 

夕立「…何してるの?」

 

神通「将棋です」

 

綾波「やりますか?…これで終わりました」

 

神通「え?…終わってません、まだ王手もかかってませんし、詰みません」

 

綾波「盤面の2手3手先を読むことは大切です、しかし、相手の手札を読むことも忘れてはなりません…例えば、私のこの歩、これを玉将の前に打てば、それを避けるために歩を取るか逃げるか…そして逃げられる先のマスには飛車、桂馬、角が有ります」

 

神通「打ち歩詰めは反則ですよ」

 

綾波「もちろんわかっています、なので、私がここに…香車を置いたら?香車だったらルール的には問題ありませんよね?」

 

神通「……なるほど、確かにこの盤面では詰んでいましたか」

 

綾波「まあ、これはものすごく簡単な例です、でも…」

 

桂馬を指して王手をかける 

 

神通「え?」

 

綾波「桂馬をとると?…神通さんの駒では、ここにある玉を守る為に金で桂馬をとる必要がある…とりあえずそれでその出番は凌げますね、ではここから勝つにはどうしますか?」

 

神通「…無理でしょう、香車詰めもできるのに…」

 

綾波「脳死はよくありません、桂馬を動かしたことで詰みは回避されました…さて、ではこうしましょう」

 

将棋盤を回転させる

 

綾波「私がここから勝つとしたら?」

 

神通「……」

 

綾波「確かに、一度有利に立ち、王手をかけたらあとは一方的に詰め、殺すだけ…それが当たり前です、しかし…現実はなかなかそうは行かないものなんですよ」

 

神通さんが再度王手をかける

 

綾波「王手を防ぐには、王手をかけた駒を取るか、王手にならない様に邪魔な駒を打つか、王を逃すしかない…さて、ここからは一手に二つの意味を含ませましょう」

 

実に単純な駒を打つ

 

神通(この駒を取ったら…ノーリスクで私の角を取られる…)

 

綾波「攻められませんよね?…守ると言うのは、容易いんです…ある、何かを守り続けることはね」

 

堅牢な城を作る

それは私の得意なことだ

 

神通さんは考えながら駒を遊ばせる

上手く指せない、私の手のひらの上から出ることができない…

 

神通(…誘導されている気が…)

 

香車や桂馬、一手で大きく動ける駒は…意表をついた詰みを狙える

 

守りながら攻める

 

一手に二つの意味を持たせる

 

綾波「神通さん、飛車角ばかり守るのは良くないですよ、桂馬や香車の重要性を理解していますか?」

 

そう言って、王将の隣に歩を置く

 

神通(隣?…横の駒は取れないのに、王手もかからな……いや)

 

神通「参りました」

 

綾波「そうですね、次の手番には私の桂馬は王手をかける、移動のために歩をとれば香車に王を取られ、逃げれば歩に取られる、別の逃げ道も気付けば潰されている…いや、元々潰してあったの間違いですけどね」

 

神通「……これが、2手3手先…」

 

綾波「そうではありません、私が知って欲しいのは…機会は必ず巡ってくると言うことですよ」

 

神通「……」

 

綾波「夕立さんも」

 

夕立さんに笑いかける

 

夕立(…狙いを、勘づかれてる?)

 

綾波「簡単な話です、タイミングを見極めれば…いつかチャンスは来る、今はその時じゃない……それと、神通さん、棒銀は確かに強い動きではありますが、私には通用しませんよ」

 

神通「…棒銀?」

 

綾波「貴方がやっていた戦術の名前です、銀と歩を棒の様に突き出すことからついた名前です、単純ながら攻撃的で、対処を知らないと角をあっさり取られ、飛車成りまで許してしまいます」

 

神通「…姉さんや那珂ちゃんには通用したのですが」

 

綾波「単純すぎるんです、それに…戦略がありません、あるのは戦術と戦法だけ…その戦術も戦法も幼稚です」

 

神通「幼稚……どうせ私なんか…」

 

綾波「夕立さん、これを見てください」

 

角の進行ルートに王、そしてその二つに挟まれる様に飛車を置く

角と他の2つは敵対している駒だ

 

夕立「…これが?」

 

綾波「これは飛車を取れる盤面です、飛車を動かしたら王手になりますから…」

 

夕立「それで?」

 

綾波「飛車を守りたいなら奪った駒を捨てて逃げるしかない…それも、角が逃げるしかないと判断する位置に駒を打たねばより不利になる」

 

神通「…私にもそれを意識しろと?」

 

綾波「将棋とは戦場を俯瞰的に見られる立場なんです、王は本隊、他はそれぞれの隊だとして…本隊を逃すための役割がこの飛車なんです」

 

神通「その飛車は、反撃すらも許されない…」

 

綾波「そう、死ぬ事でしか役に立たないんです、悲しい事ですがあくまでゲームです、そう言うルールなんです」

 

夕立「…それで?」

 

綾波「この飛車の犠牲は果たして無駄なのか…まあ、将棋なので相手に使われる駒になると言う意味ではかなり苦しいんですけど…この飛車を取らせた以上、どう勝つかと言う選択肢は狭まる…」

 

神通「…だから守りを固めろと?」

 

綾波「ええ、守り方にもいろいろありますが、弱い駒で強い駒を取るには守る方が容易い」

 

夕立「でも、ずっとは守れないっぽい」

 

綾波「それすらも意味を持たせるんです、意味のない事をそのままにして時間を無駄にするのではなく、意味を持たせる…そして…一気に攻める」

 

神通「一気に?」

 

綾波「堅い守りを崩すには速度が必要です、流れを殺さず一気に破壊し尽くす…良いですか?攻城戦をする際、攻める側は守り手よりもより多い戦力で攻めるべきです、何故ならそうしないと攻め落とせないから」

 

夕立「…数が居ないと攻め落とせない」

 

綾波「大量の人間が必要です…もしくは、ごく少数の潜入か」

 

神通「随分と真逆ですね」

 

綾波「少数潜入の良い点は侵入さえすればあとは簡単だ、と言う事です…よほど下手な変装でもない限り、何より人の多い様な基地は変装すらせずとも正体に気付かれることはありませんから」

 

夕立「それより、この話の意味って?」

 

綾波「…面白いでしょう?世界でも大国と評される国の上層部に、大量のスパイがいたとしたら?」

 

神通「…どう言う意味ですか?」

 

綾波「アメリカの頭は深海棲艦に支配されてる様なものなんですよ、それが少数侵入の結果ですね」

 

神通「話が呑み込めませんが」

 

綾波「寄生、擬態、深海棲艦はそれができると言う事です…」

 

チェス盤を出し、駒の位置を並び替える

 

綾波「さあ大変だ、アメリカの全戦力を好きに動かせるのが深海棲艦?それでは、私達は…どうすればいいのやら」

 

夕立「どうするのかしら」

 

綾波「どうもしませんよ、下手に動いて感知できない所で核戦争なんて起きたら堪りませんからね…しかし、私が感知できる範囲内なら…全て止められる、デジタルに頼りきっている以上、弾道ミサイルだろうが核だろうがね」

 

神通「……なるほど、まるで貴方1人が堅牢な守りの様だ」

 

綾波「その通りです、正解ですよ、やはり賢いですね」

 

夕立「…何かを、待っている…?」

 

綾波「ええ…私はいつまでも待ち続けます、その時を…」

 

神通(CC社に与すると言っていたのは…いや、今は…触れない方がいい、この人に触れる事は余りにも危険だ)

 

綾波「チェス、将棋…これはあくまでゲームでしかありません…とても簡単なね…だから、王を、キングさえ落とせばその戦争の勝敗が決まる」

 

夕立「…リアルは違うって事?」

 

綾波「ええ、当然でしょう?例えば…離島鎮守府、あそこの頭が落ちたとして、どうなるでしょうか」

 

神通「倉持司令が死んだとなると…復讐に駆られるものもいるとは思いますが…」

 

夕立「…ヤバいのはアケボノくらい…?」

 

綾波「そうですね、彼女達は結局は軍の中の一部であり、帰る国のある人間です、理性的になればあまり暴走はしないでしょう…ですが、それでも何人かは暴走する」

 

夕立「復讐ってことかしら?」

 

綾波「ええ…さて、次は…深海棲艦ならどうでしょう」

 

神通「深海棲艦…?」

 

夕立「群れのボスを潰しても…」

 

綾波「想像できませんよね、理性的に生きてる人たちに野生のことなんて…彼らは何の意図もなく暴れるようになりますよ、復讐ですらない、だって元がただ目についたからなんでも喰らう化け物です」

 

神通「…姫級の深海棲艦はコントロールの為に必要…?」

 

綾波「全部殺せばいりませんけどね」

 

夕立「確かに…ハワイの深海棲艦は人を襲う様子なかったし…」

 

綾波「ハワイに住む人たち、何を聞かされていると思います?」

 

神通「深海棲艦は友好的だ、とかですか?」

 

綾波「半分正解…かな、これ、太平洋棲姫の拠点から持ってきた書類なんですけど…彼女達はアメリカとの戦争を終わったことになってるそうです、そして新たな知的生命体として人類と共存していく…と」

 

神通「…本当に?」

 

綾波「ええ、つまりハワイは実験場なんですよ…アメリカのね」

 

夕立「…それって」

 

綾波「反発するものは殺されても消されてもおかしくはない、そんな神経のすり減る状況が続いている…住んでいる人たちもおかしくなり始める」

 

神通「…正常に見えましたよ」

 

綾波「表向きはね、でも壊れた人間でも表向きは普通に見えるものですよ、それに、人間誰しも自分が壊れたなんて思いたくない、でしょう?」

 

私は正常だ、私はおかしくなんてない

みんなそう思っているから、あの島はなんとか成り立っている

 

周りが壊れてないのだから私も壊れていない、壊れたくない

それが最後の砦…

 

綾波(あの実験場は大失敗でしょうね)

 

綾波「…さて、あの人たちを救うには、どうしたものやら」

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府

秘書艦 アケボノ

 

アケボノ「…おや」

 

アヤナミがこちらに気づき一礼する

 

アヤナミ「お疲れ様です」

 

アケボノ「眼帯?」

 

…アヤナミが眼帯で片目を覆っている…

 

アケボノ(まさか…!)

 

アヤナミに詰め寄り、顔に手をかける

 

アヤナミ「ひゃっ!?」

 

アケボノ「この眼帯は」

 

アヤナミ「…め、めばちこができて…」

 

アケボノ(めばちこ…ものもらいか…)

 

ため息をついてアヤナミの顔から手を離す

 

アケボノ「お大事に…」

 

てっきり、ダミー因子が流出したのかと思って焦ったのだが…

 

アヤナミ「あの…それより、深海化の為の艤装…」

 

アケボノ「ああ、イムヤさんがダイバーとか言ってたやつですか」

 

アヤナミ「…はい?」

 

アケボノ「深海化をダイバーというそうですよ」

 

アヤナミ「へえ…」

 

アヤナミは知らない、か…

 

アケボノ「工廠ですよね」

 

アヤナミ「はい、よろしくお願いします…」



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528話

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

トキオ

 

トキオ「…司と昴の調子が戻ったみたいだ、それに合わせて…司をリアルに返すための作戦会議があるらしいけど…」

 

ベア「来たか、トキオ」

 

トキオ「あ、ベア!みんなはどこにいるの?」

 

ベア「ネットスラムに集まっている」

 

トキオ「…ネットスラム?なに、それ」

 

ベア「ハッカーやチートPCの溜まり場、The・Worldのまともではない部分だ」

 

トキオ「なんでそんなところに?」

 

ベア「そこには、ヘルバがいる、今回の話はヘルバが手を貸してくれなくては実行できないからな」

 

トキオ「伝説のスーパーハッカー…ヘルバ、か」

 

ベア「ゲートから、Ωサーバー、遺跡都市、リア・ファイルだ」

 

 

 

 

Ωサーバー 遺跡都市 リア・ファイル

 

壊れたビルが立ち並ぶ

廃都市の様なタウン…

全体的に暗く、空も夜の様に…

 

トキオ「あ、みんな!」

 

クリムに昴、ミミルやBTもいる…

 

トキオ「でも、司がいない…」

 

ベア「司は、今ここに向かっているらしい…だが」

 

ベアが上を見上げる

 

トキオ「うわっ!?」

 

大量の、壊れた司のPCボディ…?

 

トキオ「これは…!?」

 

ベア「…おそらく、司のデータの残滓だ…そのデータを取り続けていた誰かがいる」

 

青葉「それがモルガナでしょう」

 

背後から声…

 

トキオ「うわっ!シックザール!!」

 

青葉「…ことを構える気はありません、私は今、ここに協力者として来ています」

 

トキオ「……シックザールが、協力者?」

 

青葉「私の名前は青葉です!前にも名乗ったはずですよ…!」

 

青葉(団長にも連絡して、和解の方向で話を聞いてもらうために協力する事にしたけど…うまくいくのかなあ…)

 

ベア「モルガナか」

 

青葉「The・Worldに潜む偏在する意思…ですよね!ヘルバさん!?」

 

青葉が天を仰ぎながら言う

 

ヘルバ「そうなる」

 

ヘルバと呼ばれたPCがゆっくり降ってくる

全身白のドレスと帽子、そして杖…顔は目元をバイザーで隠した…かなり特徴的なエディット…

 

トキオ「この人が、ヘルバ…!」

 

ヘルバ「ようこそ、ネットスラムへ」

 

ベア「……リア・ファイルそのまま、アンタのエリアになってるとはな」

 

ヘルバ「少し違うな、このネットスラムはデバッグされなかったバグやデータの屑の集まりでタウンの形を成している…Ωサーバー、リア・ファイル…と言うよりは、これはネットスラム以外に言い表し用のないものだ」

 

ベア「まさか、CC社が用意したタウンじゃないって言うのか…!」

 

青葉「そうですね、それよりも…早く本題に移りましょう」

 

ヘルバ「……この司の壊れたデータは…半年ほど前から私のプログラムが拾う様になったものだ」

 

BT「そのプログラムとは」

 

ヘルバ「The・World内のイリーガルなものを集めるプログラム」

 

ミミル「待って、半年って…」

 

トキオ「司はそんなに前からこのゲームに…」

 

青葉「いいえ、その時期の司さんは取り込まれていない…つまり、元々データを取られていた、ターゲットにされていた」

 

ヘルバ「そう、司は狙われていた…理由は、本人にしかわからないだろうけど」

 

トキオ「…それで」

 

ベア「俺たちの獲得目標を確認したい」

 

ヘルバ「アウラの覚醒…というところかしら?」

 

トキオ「…司の帰還じゃなくて?」

 

青葉「…アウラと司さんがリンクしているのは知ってる様ですが…おそらく、司さんが帰るためにアウラを目覚めさせる必要がある、と考えていたりしませんか?」

 

ベア「違うのか」

 

青葉「逆です、アウラの正常な覚醒を持ってして…司さんがリアルに帰れる様になる」

 

ベア「その根拠は」

 

青葉「司さんを閉じ込めたモルガナは…今、The・Worldの全権力を持っている…それが、アウラに移った時、アウラは司さんを束縛する理由がない」

 

BT「なるほどな」

 

クリム「だが、どうする」

 

青葉「……ここからは、私は司さん次第だと思います」

 

ヘルバ「私もそう思う、それにしても…青葉だったか、随分と事情に通じているものだ」

 

青葉「それほどでも…」

 

青葉(…この時代のヘルバさん、口調がキツいなぁ…)

 

クリム「…どうする」

 

ベア「それよりも、主役の登場だ」

 

司が中心に転送されてくる

 

司「っ…!なに、ここ…!」

 

クリム「怖がるな、安心しろ」

 

トキオ「む、無茶な…」

 

空中に自分のお化けがたくさん浮いてる様な状態でどうなって安心しろと…

 

昴「司、向こうに行きましょう」

 

昴が司を連れてその場を離れる

 

トキオ「…良いの?大事な話なのに」

 

ベア「今はいい、しかし、来てしまったか」

 

BT「なんだ、ベア、呼んだのはお前だろう」

 

青葉「そうじゃありません、司さんがここに来たのは、少し不味いんです…モルガナは、司さんを監視している…それが急に、司さんの位置を掴めなくなれば…」

 

トキオ「位置が掴めない?」

 

青葉「ネットスラムはThe・Worldでも異質な場所、此処を監視するには、この内側にいる必要があります…ここは、The・Worldの中にありながら、The・Worldの外部なんです」

 

ヘルバ「そうね、ここはThe・WorldであってThe・Worldではない…内部に外部を持ち込む様なものだもの…簡単には割り出せないはずだけど」

 

青葉「持って…2時間ですか?」

 

ヘルバ「敵を甘く見過ぎね、もう少ししたら始まるわ」

 

トキオ「…始まるって、何が」

 

ベア「司を、絶望させる戦いだ」

 

…司が負の感情に呑まれれば…アウラは歪んだ誕生を…

 

ベア「…そもそも、そのモルガナは、アウラを誕生させる気すら無いのかもしれんな」

 

ヘルバ「おそらく、歪んだアウラを取り込み、さらに大きな存在になろうとしてるはず」

 

ベア「そうなると、今の心の支えである昴が狙われることになる」

 

ヘルバ「そして、昴はここにいる…ここももはや安全ではなくなった」

 

ミミル「昴に落ちてもらうのは?」

 

ベア「司をここに引き留めているのは昴だ、昴が落ちれば司はここには居ない」

 

BT「…守るしかないか、二人を」

 

トキオ「…2人とも…」

 

青葉「……絶対にさせない」

 

クリム「そうだ、絶対に守りきる!」

 

トキオ「あれ…誰か、転送してきた…?」

 

転送音だけ鳴ったけど、どこに…

 

青葉「上!!」

 

クリム「アイツは…!」

 

言われた通りに上を見上げる

 

青葉「何故、貴方が此処に…楚良さん…!」

 

楚良「何故?んー…招待状は出てなかったけど、パーティの声が聞こえちゃった」

 

楚良の周りに司のガーディアンと同じモンスターが次々と現れる

 

青葉「…そういう事ですか…!」

 

楚良「そ、そういうことッ!」

 

楚良が建物から飛び降り、近くに降り立つ

 

クリム「此処は俺に任せろ!!」

 

楚良「ハッハー!いい加減にお前もウザいんだよ!」

 

クリムと楚良が斬り合ってるうちにその場を離れる

 

トキオ(青葉は…一人でガーディアンを相手にしてるのか!?)

 

青葉「振り返る暇があるなら早く!女神より早く司さんを!!」

 

そう言いながら飛び上がり、ガーディアン3体を一刀両断して見せる

 

トキオ(つ、強っ…!)

 

 

 

 

 

トキオ「司!昴!」

 

司「トキオ、どうしたの?」

 

ベア「ここが襲われている、逃げるぞ!」

 

 

 

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

         グリーマ・レーヴ大聖堂

 

聖堂の中に立て篭もり、祭壇の裏側に身を隠す

 

トキオ「侵入経路が一つしかない分、守りやすい様な気はするけど…」

 

ベア「…不味い!居るぞ!」

 

空中にネコのPCが現れる

 

トキオ「お前…!司の友達だったんじゃ…」

 

ネコPCの周りにガーディアンが現れ、ガーディアンは司と昴めがけて触手を伸ばす

 

ベア「はあぁッ!」

 

ミミル「りゃぁっ!!」

 

2人がガーディアンの触手を斬り落とす

 

BT「やるしかないのか…!」

 

ベア「俺とミミル、トキオで前を張る!BTはバフと回復だ!」

 

BT「わかった!」

 

トキオ「よし…行くぞ…!」

 

ガーディアンの攻撃を防ぎ続ける

 

昴「…でも、ここに居たのでは、埒があきません…」

 

司「…どこかに、また別の場所に逃げるの?」

 

ミミル「どこに!」

 

昴「……貴方の、司の意志のままに」

 

司「……」

 

司と昴が飛び出す

 

トキオ「司!昴!」

 

ガーディアンの触手が2人へと伸びる

 

トキオ(間に合え!!)

 

空を蹴った

 

そして、攻撃の間に割って入る

 

トキオ「ッ…うわあぁぁぁぁぁッ!!」

 

ミミル「トキオ!」

 

BT「ミミル!すぐに触手を斬り落とせ!!」

 

ミミルが触手を切り落とし、BTに回復される

なんとか意識は失ってない…

 

トキオ「う…」

 

でも、身体から何か変な光が…

 

マハ「…!」

 

マハの手に、光が集まる

エノコロ草の形になったとたん、その光は消えていく

 

司「トキオ!」

 

トキオ「司!早く行って…!」

 

昴「!ダメです!司!」

 

司の方にガーディアンの触手が伸びる

 

マハ「…」

 

司「…マハ…?」

 

触手が貫いたのは、マハだった

 

マハが、割って入り、攻撃を受けた…何故?

 

マハ「…!!」

 

トキオ「…攻撃を受けた、マハが…消滅した…」

 

司「どうして…!」

 

昴「…モンスターが…」

 

マハを攻撃したガーディアンが消滅していく

 

トキオ「…司を、守ったんだ…」

 

司「…マハ…」

 

この逃亡劇を、成功させるために…

最後に、味方になってくれた…

 

トキオ「絶対に、逃げ切るんだ…!」



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帰還 return

The・World R:1

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

          グリーマ・レーヴ大聖堂

重槍士 青葉

 

青葉「どうしてここが…!」

 

楚良「どうして?…どうしてだったかなぁ」

 

 

数分前

秘密の部屋

 

楚良「おばちゃーん、アイツらどこ?」

 

『……』

 

楚良「ふー、無視するつもり?後でどうなっても知らないよん?アイツらの居場所、知ってるよね?」

 

『…把握しています』

 

楚良「じゃ、教えろ」

 

『貴方は約束を守れますか?』

 

楚良「ぷッくく〜内容によるよん」

 

『…曖昧な返事、曖昧な態度…イエスとノーの狭間のグレーゾーン…人間を人間たらしめるその不確かさが、私は嫌いです』

 

楚良「んー…おばちゃ〜ん、何者?」

 

『私は、The・Worldです』

 

 

 

楚良「なんでだったかな〜」

 

青葉「なんで裏切る様な真似…お友達じゃなかったんですか!」

 

楚良「べっつに〜?オレ、あんたらに協力するって言った事ないし…それより」

 

私を無視して、背後の赤い重槍士へ目線が向く

 

楚良「決着つけよーぜ、クリム」

 

クリム「貴様!」

 

お互いに飛びかかり、空中で一撃

 

楚良「…バカを相手にしてる暇はない…今、そう思ったでしょ」

 

クリム「ちょっと違うな…!バカじゃなくて、大バカだ!!」

 

2人が斬り合いながら飛び上がり、聖堂の屋根に着地する

 

クリム「…お前は自分で思ってるほど強くない」

 

楚良「んふ…思い込み、って言いたいなら、そっちだって」

 

クリム「違うな」

 

楚良「どこがよー?」

 

クリム「…強さは!レベルの差でも装備の差でもない!レベルなんざ99で頭打ちだ!装備もパラメーターの上限は決まってる…わかるか!」

 

楚良「ハッ!わかるかよ!」

 

クリム「故に…お前は、弱い!」

 

楚良「んふー、全然負ける気しね〜」

 

クリム「負けてから気付くのも悪くない」

 

クリムさんが槍を構える

 

クリム「気づければな!!」

 

そう言ってクリムさんが斬りかかる

 

青葉(圧倒、とはいかないけど…手数有利なはずの双剣士を力で防戦一方まで追い詰めてる…!)

 

確実に押し続け、楚良さんを追い詰めるクリムさん

優位は間違いない…

 

振り下ろす様な一撃を楚良さんが刃を交差させ受け止め、鍔迫り合いの形になる

 

楚良「ちょいちょい…!オレにかまってて大丈夫?中、大変なことになってるよ…!」

 

クリム「前にも、同じ様なセリフを聞いた事がある…!苦しくなるとお前は問題を他にすり替えようとする…弱いからだ…!もっと言うなら…ガキンチョだからだ…!」

 

楚良「…お前、まじムカつく…」

 

クリム「図星だもんなぁ…反論できまい…!」

 

楚良「けッ」

 

クリム「いいか…!パラメーターが同じ場合…勝つのはどっちか…!」

 

楚良「あァん…!?」

 

クリム「…熱い方だ!!」

 

クリムさんが槍を振り抜き、弾き飛ばす

 

楚良「チッ…つくづく…アナクロ!!」

 

クリム「そうとも!俺は時代の流れとかに迎合するの、大嫌いだからな!!」

 

再び打ち合う

 

楚良「っ…!」

 

クリム「でえぇぇぇぇい!」

 

空中で互いの武器がぶつかり合う…

吹き飛べば、そのまま落下しする様な場所で…

 

そして、武器を振り抜いた勝者は…

より、熱い方だった

 

落ちていく楚良さんが途中で転送され、間一髪デスを免れる

 

クリム「…よし」

 

青葉(クリムさんがやられた時に備えてたけど、必要なかったかな…)

 

クリム「…む」

 

聖堂の扉が開く

 

青葉「司さん…」

 

司さん、昴さん、ミミルさん、トキオさん…

みんな無事な様だ…

 

クリム「すまんな、楚良が出てきたもんで、そっちにいく余裕はなかった」

 

ベア「気にするな、それよりも場所を…」

 

青葉「あ」

 

手を、引かれた

 

リコリスさんが、4人の方に歩く…

 

司「えっ」

 

昴「な、なに?」

 

リコリスさんが司さんに触れるほど近づいた途端、どこかへと転送される

 

 

 

 

 

???

 

青葉「…ここは」

 

どこまでも広がる、掃き溜めの様な世界

ポツポツと点在する壊れたオブジェクトのデータ、それ以外は何もない世界…

 

司「アウラ」

 

司さんが見上げて言う

それに釣られ、みんなが空を見上げる

逆さに立っている、女の子…

 

澱んだ色に染まってしまった彼女が…女神アウラ…

まるで色覚の設定が反転しているかの様な

 

司「ねえ、聞こえる?僕の声がわかる?」

 

アウラは、何か、確かに反応し、ゆっくりと司さんの前に降りてくる

今度は逆さまではなく、横たわる様にして

 

司さんがアウラの頬に手を触れる

 

『司!その子に触れるのをやめなさい!』

 

ミミル「誰…!?」

 

この声が、モルガナの…!?

 

『お前なんかもういらない……司!…司!…その子から手を離しなさい!』

 

青葉「…!」

 

ミミルさんと私で司さんの両脇を固め、周囲を警戒する

 

司さんは声に耳を傾けることなく、アウラに手をあて、微笑みかける

 

『…わかりました、お前なんか、もうどこかへ行ってしまいなさい!』

 

司「……僕は、もうあんたの言うことなんか聞かない」

 

青葉「…あれは…!」

 

遠くのオブジェクトの影に楚良さんを視認する

 

青葉(何故隠れて…不意打ちを狙っている!?…来るのなら、迎え撃つまで…)

 

司「僕は、あんたが誰か知らない、どうして僕にこんなことをしたのかもわかんない、でも、今は一つだけ理解してることがある…あんたは、この子に目覚めてほしくないんだ」

 

『お前はお前の役割を全うすれば良かったのだ、だが、もうお前に全うすべき役割、ロールプレイは、ない』

 

司「違う、僕にはまだやるべきことがある」

 

『何…?』

 

司「この子を目覚めさせる」

 

…アウラの色が、少しだけ澄んだような気がした

 

司「あのね、僕はあんたに感謝してるんだ」

 

『ならば私に従え…!』

 

司「それはできない…でも、あんたのおかげで、僕は昴、ミミル、ベア達みんなと出会うことができた…」

 

昴「司…」

 

司さんが呪杖を棄てる

 

司「分かったんだ、何かを見たくないなら、目を開けばいいって…それは大切なものの一部だって気づく…昴も、ミミルも…見ることが、どんなに痛いことだとしても」

 

『お前の戯言などわからない、わかりたくもない』

 

ミミル「戯言なんかじゃない!あたしあんま頭良くないけど司の言ってることわかるもん!正しいって思うもん!」

 

『それでお前たちは英雄にでもなったつもりか?』

 

昴「いいえ、私たちは自由でありたいのだ、そう思います…何故こんなことに関わるのか、こんなことに関わるのは間違っている…そう言う人もいるでしょう、でも、私は間違ってるとは思わない、自分の気持ちを縛りたくない、ただ、それだけの気持ちでここにいるのです」

 

ミミル「そーだそーだぁ!」

 

『お前らなど…』

 

青葉「どうするつもりですか、怖くありませんよ…怖がってるのは、貴方の方だ…!」

 

『バカな!私が何を恐れる!』

 

トキオ「アウラが目覚めることだ…!」

 

『そんなこと…』

 

司「そして、それができる僕のことも」

 

『っ…!』

 

司「あんたは…あんたも、同じだ…力だけで、僕を、この子を押さえつけようとする、でもそれは、怖くてしょうがなくて、不安でしょうがなくて…」

 

『従っていれば、力を使う必要もない…!私に力を使わせるな!私の力の大きさ、知っていよう…!』

 

司「僕はもう、あんたも父さんも怖くない、だから僕は帰るよ、僕のいるべき場所へ…!」

 

そう司さんが言うと同時に、アウラが光を放つ

眩い光に視界が潰される…

 

司「あ…」

 

…覚醒した

白い髪、白いワンピース

そして、ガラス玉のような目、陶器のような肌

 

真に覚醒したアウラが、司さんの前に降り立つ

 

…何も、言葉が出なかった

誰も

 

司さんは片手のひらを見せ、笑う

 

それにアウラも随い、同じようにして、笑った

 

ミミル「…どうなってるの?」

 

トキオ「やったんだよ!司はアウラを覚醒させたんだ!」

 

突如激しいノイズがあたりを包む

 

『お前らなどみんな要らない…!アウラと共にここで朽ちろ!!』

 

青葉(何をするつもり…)

 

楚良「ちゅっばっ……ばみょん!」

 

楚良さんが私たちの中心に降り立つ

 

ミミル「楚良!?あんたまた…」

 

楚良「ちょびっとだけど、いいモン見せてもらったよん…ネットスラムでみんな待ってる、そいつ連れて先行きナ」

 

『楚良!何を言っている!』

 

楚良「ほら、早く行けって!お前、そう言う力持ってるだろ?」

 

司「…アンタも、来る?」

 

楚良「モッチ行っくすぐ行くモッチ〜ン…司クン、お友達になろうね」

 

司「うん…!」

 

司さん達が転送される

 

楚良「…あれ、アンタら残るの?」

 

トキオ「…ああ」

 

青葉「念のために…!」

 

楚良「ま、いいや……テッハ!おばちゃん、悪いけど、オレ、裏切るね」

 

『なんと思慮のない…!』

 

楚良「だってアンタ胡散臭くって、ぼくちん、アンタとお友達になりたくにゃ〜い…ちゅーわけで?ごめんなら〜…あれ!?」

 

楚良さんの転送エフェクトがかき消される

 

『遊びが過ぎましたね、楚良』

 

青葉(何か来る…!)

 

つい、得体の知れないものに対する恐怖心から、キュッと目を瞑った…

 

青葉(…あ、れ…見える…たくさんの、ガーディアン達が…)

 

でも、私の視界、こんなに低かったっけ…

 

トキオ「何が、くるんだ…!」

 

トキオさんには、見えてない…?

 

体を進め、前方のガーディアンに槍を振り抜く

 

…視点は動かなかった

 

青葉「あ、あれ!?な、なにこれ…」

 

こんな大事な局面でバグった…いや、違う…

 

青葉(リコリスさんの目…!)

 

私の目を、代わりにした?

でも、もしかしてこれ…

 

『何故見える…!』

 

青葉「見えないものが見えている、と言うことですか…醜い貴方の姿まではっきり見える!!」

 

実体のない、エネルギー体のような存在、それがモルガナの正体なら…!

 

青葉(見えてるなら、やれる!!)

 

ガーディアンを斬りながら迫る

 

『…その槍…!』

 

青葉「え…?!」

 

槍が、ガーディアンを仕留めきれない

貫けない、刺さりすらしない

ダメージを与えられない…

 

『神の槍で神に楯突くとは!』

 

青葉「…そんな…」

 

槍の力を、奪われて…

また、この槍が無力に…

 

『…貴方も、お遊びが過ぎましたね、まとめて、死ぬより辛いことがあると教えてあげましょう』

 

青葉「っ!」

 

距離を取り、攻撃を交わし続ける

 

楚良「えっ」

 

トキオ「楚良!」

 

青葉「しまった…」

 

楚良「あ、だめ、嘘、やだ、やめてええええぇぇッ!!」

 

楚良さんか巨大な赤い十字架に磔になる

 

青葉(アレは…!)

 

トキオ「えっ!?」

 

青葉「っ…!」

 

…結末を見届ける前に、リコリスさんの自動転送が発動した



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530話

The・World R:1

Ωサーバー 遺跡都市 リア・ファイル

トキオ

 

トキオ「…ここは」

 

青葉「ネットスラム…転送された…楚良さんは……居ない…!」

 

楚良は何故最後の最後に、庇ってくれたのか

もはや尋ねる手段はどこにもない

 

青葉(歴史改変を望んでたわけじゃないけど、助けたかった…)

 

司「トキオ!青葉!」

 

ミミル「よかった!2人とも無事だったんだ!」

 

青葉「…ええ、しかし楚良さんが…」

 

ベア「…そうか、それは仕方のないことだ、それより…」

 

見上げる

 

さらに、ふわふわと浮かんだアウラが…どこかへと消えた

 

ヘルバ「アウラはどこかへと旅立った…か」

 

…女神の行方は、わからない…

 

司「…みんな、ありがとう、みんなが助けてくれたから、僕は前を向けた…歩き出せたんだ…みんながいなかったら僕は、アウラと同じように、ずっと眠っていた…」

 

昴「司…」

 

ミミル「ちょっと…しんみりしてきたかな…」

 

司「トキオも、青葉も……あれ?」

 

司さんの体が輝く

 

トキオ「この光…」

 

前に見た、クロノコアの…

 

青葉「待って!何か来ます!!」

 

ザザザ…

ノイズが走る

 

ベア「来るか…!目的は達成した!司!ログアウトできるか!」

 

司「うん…!」

 

ヘルバ「みな、離脱しないと…死ぬ…か……このサーバーを落とす、強制離脱させるぞ」

 

トキオ「えっ」

 

それ、リアルの肉体のオレはどうなって…

 

目の前が暗転する前に、何かを見たんだ

赤い3つの光…それに対して、青葉は一言だけ呟いた…「スケィス…」と

 

トキオ「うわあぁぁぁぁぁッ!?」

 

 

 

 

 

データの狭間

 

…ここはどこなのか、ここがなんなのかわからない

浮遊感と脱力感…力が抜ける感覚…

 

トキオ(…く……ダメだ、動けない…)

 

リアルの体だったオレだけが…この場所に取り残されたんだ…

 

トキオ(オレ、このまま死んじゃうのか……?)

 

…頭がぼんやりする…

こんな時、昔から何度も繰り返して見る夢がある…

 

その夢の中では、オレは不思議な格好をしてて

武器を携えてモンスターを倒していく

 

まるでゲームの主人公みたいに

 

そして、魔王の城に囚われていたお姫様を救い出す…

 

すると彼女は、決まってオレにこう言うんだ

 

???『ありがとう、トキオ…貴方は私の勇者様です』

 

……誰かが呼ぶ声がした

 

???『勇者様…勇者様…!』

 

薄目を開ける

青と緑のグラデーションの髪…淡い色のドレス…

夢で見たお姫様だ…

 

トキオ(キミ、は…?)

 

 

 

 

 

 

Λサーバー 文明都市 カルミナ・ガデリカ

 

???「しっかりしなさい!しっかりして、目を覚まして…!」

 

誰かの声が…

目を開く…あのお姫様の姿がこんなに近くに…

 

???「よかった…大丈夫…?」

 

トキオ「…キ、キミ……キミは一体誰…?なんでここにいるの?」

 

???「え?」

 

トキオ「なんでオレの夢に出てきたの?その格好PCじゃないよね!なんで?ねえ、どう言うこと!教えてよ!」

 

???「ちょっ……トキオ!!」  

 

背筋に電流が走る

 

トキオ「んがあぁぁぁぁぁっ!?」

 

視界がハッキリする

オレがお姫様だと思い込んでたのは…

 

トキオ「あ、あれ…?彩花ちゃん…?……こ、ここは…カルミナ・ガデリカ?オレ、助かったのか…!?」

 

彩花「ね、寝ぼけるんじゃないわよ!モニターのアラームが鳴り出したから急いで来てみれば……全く…」

 

トキオ「…彩花ちゃんが助けてくれたのか…ありがとう」

 

トキオ(でも、今更だけど…お姫様と彩花ちゃん、似てる…?)

 

背後から足音がした

 

トキオ「誰が……あ、キミは!」

 

電「……」

 

トキオ「電ちゃん、だったよね…?」

 

電「はい、大きな騒ぎがあったので見にきたのです…」

 

トキオ(そういえば、この子もリアルデジタライズの被害者なんだっけ…できればグランホエールに…)

 

彩花「乗せないから」

 

電「…貴方は、誰なのです?」

 

電ちゃんが彩花ちゃんの方を見る

 

彩花「…あれ?なんで見えて……あ!不可視モード切ってる!VCもオープン…!?なんで!」

 

トキオ「お、おっちょこちょいだなぁ……」

 

彩花「うるっさい!このバカトキオ!」

 

電流が走る

 

トキオ「んがっ!?」

 

電「…タダで保護して欲しい、とは言わないのです」

 

電ちゃんが何かを見せる

 

彩花「それは…クロノコア…!?」

 

電「さっきそこで拾ったものなのです…」

 

トキオ「そういえば…さっき、司から…」

 

彩花(どう言う条件で出たか確認しないと…観測用のボッドは……)

 

彩花「…時間データが正常になってる…!?」

 

トキオ「え?どうかしたの?」

 

彩花「トキオ…クロノコアの出現条件がわかったわ…だから今は早く、そいつから取り上げて」

 

トキオ「えっ…」

 

電「渡すのです、別にそれになんの抵抗もするつもりもありません…なので…」

 

彩花「…アンタが敵のスパイじゃないって保証はないわ…!」

 

トキオ「…あ、待って!」

 

クロノコアが光となり、電ちゃんに吸収される

 

電「え…」

 

彩花「な、なにをしたの…!」

 

電「何も…」

 

トキオ「……どうやら、クロノコアが欲しかったら電ちゃんも一緒に行くしかないみたいだね」

 

彩花「……ああもう!仕方ないわね…!」

 

彩花ちゃんが不可視モードになる

 

電「…ありがとうございます」

 

トキオ「うん、よろしくね」

 

電ちゃんに笑いかける…それと同時に、大きく地面が揺れる

 

トキオ「じ、地震!?」

 

いや、違う…ズンッ…ズンッ…と規則的に、そしてより大きく…

 

トキオ「この感じ、足音…それも…」

 

トロンメル「Heyボーイズ…!…探したぜぇ…」

 

トキオ「シックザール…!?なんでここに…」

 

トロンメル「お前はずっと監視されてたんだよ!」

 

トキオ(監視…じゃあ青葉が手を貸したのも…監視のためか…!)

 

トロンメルが指を鳴らすと同時にあたりに結界が張られる

 

トロンメル「このまま終わればハッピーエンドってところだが…?そうはいかねェんだよなこれがまた…!逃げられないように、結界を張らせてもらったぜ…!」

 

トキオ「やる気か…!」

 

トロンメル「そうとも…前にやり合った時からストップがかけられてたが…ようやくお前をやっていいって命令が降りたんだぜ!」

 

トキオ(…青葉を信用しようと思ったのも、間違いだったのか…!)

 

トロンメル「さあ!T様のお出ましだ!!」

 

トロンメルが飛び上がり、攻撃を仕掛けてくる

 

トロンメル「衝撃の剛拳(ビックバン・フィスト)ォォーーッ!」

 

地面に突き刺さった拳から衝撃波が飛んでくる

 

トキオ「くっ…電ちゃん!逃げて!オレがなんとかするから!」

 

電「……問題ないのです…!」

 

機械音が響く

 

トロンメル「あァ…?」

 

電「電の本気を見るのです!!」

 

砲音、そして砲弾がトロンメルに直撃する

 

トロンメル「オウッ!?なんだぁ…不正PCか…!このT様が粉々にしてやるぜェーーッ!!」

 

トキオ「させない…!絶対に電ちゃんには手を出させないぞ!」

 

トロン丸の大ぶりな攻撃を交わしながら、立ち回る

 

トキオ(どうすればいいんだ…!?トロンメルの攻撃は威力がヤバい、直撃したら…)

 

電(ここがThe・Worldだというのなら、私はフィドヘルを使える…さあ…!)

 

電「フィドヘル…!…っ…?」

 

電ちゃんが立ち尽くす

 

トロンメル「貰ったァ!唸れジャスティーースッ!!」

 

トロンメルが加速し、いつの間にかオレの背後に…

 

トロンメル「正義の拳舞(ヒーロータイム)!!ブレインふっとべェェーーッ!!」

 

連続でのパンチを受け、結界の壁に叩きつけられる

 

トキオ「がはっ…」

 

電「トキオさん!!」

 

トキオ(強い…強すぎるよ…)

 

電「っ…このままでは…」

 

剣を杖のようにして立ち上がる

 

トキオ「…クソっ…!」

 

ポーン…

 

何か、音がした

 

トキオ「クソォォォォッ!!絶対に!負けてたまるかぁぁぁッ!!」

 

立ち上がり、駆けて…

 

剣を強く握って…

 

振りかぶって…

 

電(…お願いします…!)

 

偶然だった

 

突き刺すように押し出した剣と、電ちゃんが撃った砲弾が、同じ場所を同時に攻撃した

 

トロンメル「ぐっ…!?」

 

トキオ「いっ…けぇぇぇぇッ!!」

 

剣を、力強く振り抜いた…

 

トロンメルを吹き飛ばし、結界をぶち壊した…

 

トロンメル「GAYFUN!?…アウチ…このT様が……こんなガキどもに2度も……!……いや…次はビッグTで…」

 

トロンメルがどこかへと転送されていく

 

トキオ「はぁ…はぁ……や、やったのか?」

 

彩花『そうみたいね、とりあえずグランホエールに戻りなさい、すぐにアカシャ盤に行くわよ』

 

トキオ「待って彩花ちゃん!……今、オレたちは本気で戦ってた、オレはもちろん、電ちゃんも」

 

電「……」

 

彩花『…そうね』

 

トキオ「…電ちゃんを、信用できないかな」

 

彩花『…考えて、おくわ』



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決着 トロンメル

The・World R:X

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

トキオ

 

トキオ「…あ!司達の石像が光ってる…!」

 

司、昴、ミミル、クリム、ベア、BTが石化から解放された…

 

トキオ(あれ?でも…やっぱり楚良達はまだ解放されてないのか…)

 

彩花『どうやら、わずかに残った時間データの乱れによって解放できなかったみたいね…楚良達に降りかかった禍を取り払うことさえできれば…』

 

トキオ「…そっか…」

 

ミミル「あ!トキオ!」

 

ベア「すまんな、トキオ、助かった」  

 

BT「まさかお前が私達を解放する者だとはな」  

 

トキオ「みんな、この時代でもよろしく…!」

 

彩花『とりあえず、アカシャ盤に乗り込むメンバー以外はグランホエールに連れてきて、せっかく取り戻した戦力がまたやられたら台無しよ!』

 

トキオ「わかったよ」

 

 

 

データ潜航艦 グラン・ホエール

 

トキオ「あ!砂嵐三十郎!」

 

砂嵐三十郎「おお、トキオ…む?…其方にいるのは、エルクとブラックローズ、それに寺島か、随分と久しいな」

 

司「エルク?」

 

ミミル「ブラックローズって…」

 

昴「寺島さんは別の方です…私は昴と言います」

 

砂嵐三十郎「……む…どうやら人を間違えたいたようだな、カラーが少し違う…か」

 

ミミル「そうだよ、あたしミミル…って、覚えてない?」

 

砂嵐三十郎「……さて、どうだったか…」

 

司「それよりも…トキオ、早くアカシャ盤に行こ?」

 

トキオ「うん…じゃあ、今回は砂嵐三十郎と…電ちゃんで行くよ」

 

彩花『クロノコアを持ってるのはアンタなんだから、ちゃんとついていきなさいよ』

 

電「はいなのです」

 

砂嵐三十郎「ま、よくわかねえが…とりあえず行くか!」

 

 

 

 

アカシャ盤

 

トキオ「…あれは?」

 

四角いブロックに触手の生えたモンスター…

 

彩花『セキュリティ用のモンスターね…シックザールが配置したんだわ…!』

 

トキオ「じゃあ、倒していいんだね!」

 

彩花『あたりまえでしょ』

 

砂嵐三十郎「倒すのか?」

 

トキオ「そう、全部!」

 

勢いのままに警備モンスターを叩き潰す

 

トキオ(コイツら弱い!オレでも充分やれる!)

 

砂嵐三十郎「…これが警備用…か?……精々時間稼ぎ…本命は別か」

 

トキオ「え?」

 

電「この先、何か待ち構えてるのです」

 

砂嵐三十郎「おれもそう思う」

 

トキオ「…わかった…!」

 

気を引き締め、先に進む

 

大量の警備モンスターを倒しながら、アカシャ盤を登る

時代を登る…

 

この頂上には、何があるのだろう

 

トキオ「あった!記憶の泉!」

 

あれで次の時代に…

 

天井から何かが降ってくる

 

トキオ「うわっ!?」

 

砂嵐三十郎「でやがった…!」

 

土煙が晴れ、その中からトロンメルが姿を表す

 

トロンメル「2009年では世話になったなァ…ボーイズ…!」

 

トキオ「トロンメル…!」

 

トロンメル「オレもガキの使いじゃあねえんだ、なんの成果もなく手ぶらで帰るわけには、いかねえんだよッ!」

 

アカシャ盤全体が揺れるような感覚

 

トロンメル「今度こそ本気で行くぜ!!カモン!!ビッグT!!」

 

結界が張られ、その中心に超巨大な人形の機械が現れる

 

砂嵐三十郎「ロボットか…!」

 

電(…あの黒いパーツ、どこかで見たことが…)

 

トキオ「で、デケー…!!」

 

かなり大柄なトロンメルが小さく見えるほどの巨大なロボット

その頭部にあたる部分にトロンメルが乗り込む

 

黄色と紫の配色が目に悪い…

 

トロンメル「GO!GO!超合金!ビッグT!!」

 

ビッグTの拳が射出される

 

トキオ「ろ、ロケットパンチ!?」

 

電「っ…!逃げても追尾してくるのです!」

 

砂嵐三十郎「焦るな!速度はかなり…遅い!!」

 

砂嵐三十郎が剣撃でロケットパンチを弾こうとする…も…簡単にはいかない

 

電「攻撃を集中させましょう!!」

 

トキオ「わかった!!」

 

一つの拳を徹底的に叩く

 

砲撃と剣撃…

何度も何度も攻撃を加える

 

トロンメル「遠距離攻撃も…あるんだぜェェ!?」

 

ビッグTが両腕を挙げ、Tの形をとる

 

そして、正面方向にエネルギを溜め…

 

トキオ「ま、まさか…!」

 

砂嵐三十郎「む…!」

 

トロンメル「Tの烙印(デストロイ・T)ィィィィーーーッ!!」

 

ビームが射出され、砂嵐三十郎のHPが一瞬で消し飛ぶ

 

トキオ「っ…あ…!」

 

声も出ない…

 

砂嵐三十郎「焦るな!!蘇生薬はあるか!」

 

半透明の砂嵐三十郎がこちらへと走りながら問いかけてくる

 

トキオ「え、生きて…?」

 

砂嵐三十郎「死んでいる!蘇生できるか!?」

 

トキオ「ま、まって!」

 

アイテムを取り出し、蘇生アイテムを探す

 

トキオ「あった!蘇生の秘薬…!」

 

砂嵐三十郎が蘇生され、戦線に戻る

 

砂嵐三十郎「すまんな…!しかし、なんて威力だ、掠めでもしたら即死だぞ…!」

 

トロンメル「チィッ!さっさとデストロイしなァ!!」

 

ビッグTが拳を振り上げる

力がたまるようなエフェクト…

 

トキオ(あれを、トロンメルにぶつければ…!)

 

トロンメルが乗っている頭部は露出している

つまり、うまくやれば直接当てられる

 

トキオ「電ちゃん!狙える!?揺さぶるんだ!!」

 

電「わかったのです!」

 

電ちゃんの砲撃を受け、拳が少し揺れる

そして、揺れたところに向けて

 

トキオ「斬烈破!!」

 

こちらからも遠距離攻撃…!

狙うは拳の端、先端部…

できる限り大きく揺れるように…

 

トロンメル「ワーッツ!?どうなってやがる!!」

 

何度も、何度も…何度も攻撃を加えるうちにラリーのように…

 

トロンメルが振り上げた拳が右へ左へと大きく揺れ続け…

 

トキオ(今しかない!!)

 

跳び上がる

 

トキオ「ゴートゥ・ヘブン!!」

 

二本の剣を拳に叩きつけ、トロンメルに向けて弾き飛ばす!

 

トロンメル「オウッ!?」

 

ビッグTが衝撃で倒れ、トロンメルが地面に叩きつけられる

 

トキオ「今だ!!」

 

三人係で攻撃を叩き込み続け、タコ殴りにする

 

トロンメル「ノーーーッ!!」

 

トキオ「うぐっ?!」

 

右から飛んできたロケットパンチに気づかず、直撃をもらう…

地面を転がり、横たわる

 

…痛い、まるでトラックにでもぶつかったみたいだ

 

電「トキオさん!」

 

砂嵐三十郎「立てるか!トキオ!」

 

2人に抱き起こされ、なんとか立ち上がる

 

トロンメル「ハッ………やるじゃ、ねぇか…ボーイ…!」

 

その間に起き上がっていたビッグTからトロンメルが見下ろす

 

トキオ「オレは次の時代に行かなきゃならないんだ!」

 

トロンメル「…そうはいかねえ、が…チッ…今の一撃でガタが来ちまった…!」

 

トロンメル(次デストロイTを撃ったら即座に離脱…正義の拳舞で全員KOしてやるぜ…!)

 

トキオ(あのデカブツ、もう所々壊れてる!次で終わる!!)

 

トキオ「もう一回だ!!」

 

トロンメル「もう一回ィ?…ハッ!同じ手を使うと思ってんのかァ!!」

 

ビッグTが両手を振り上げる

 

トキオ(これは…)

 

トキオ「まずい!みんな逃げて!!」

 

トロンメル「Tの烙印(デストロイ・T)ィィィィーーッ!」

 

光線が地面を焼きながら俺たちへと伸びる

 

砂嵐三十郎(ここでデスを恐れては勝ち目はない!最優先事項は勝利だ!!)

 

襟を掴まれる

 

トキオ「えっ…砂嵐三十郎!?」

 

砂嵐三十郎「行け!トキオ!」

 

そして、そのまま高く放り投げられる…

砂嵐三十郎は光線に焼かれ、オレは助かったけど…

 

トロンメル「離脱!!そして…正義の拳舞(ヒーロータイム)…っ…なっ…!」

 

丁度目の前に、ビッグTから離脱したトロンメルが…

 

トキオ「ッ…うおおおおおおおおおお!!」

 

一閃

 

全身全霊の一刀の元に、トロンメルを斬る

 

トロンメル「ぐぐぐ……!う…」

 

トロンメルの姿が空中で消失する

 

トキオ「やった…のか…!勝った!やったよ!」

 

喜びながら、記憶の泉へと落下する

 

電「トキオさん!」

 

そしてそれを追って電ちゃんも

 

砂嵐三十郎(……さて、一度ログアウトして、リスタート…か……む)

 

 

 

 

 

砂嵐三十郎「…蘇生には感謝しよう、しかし…なぜおれを助けた、狼」

 

青葉「…私は青葉です、狼と呼ばないでください…」

 

 

 

 

 

 

 

数刻前

 

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「…はぁ…みんなどうしてるのかな…」

 

作戦がうまくいったかわからないけど…私は成功したと信じてる…

でも、どんなに探しても誰もいないし…

 

青葉「…うわっ」

 

前方に嫌なものを見つけた

銀漢、元、紅衣の騎士団の分隊長…そして、"自称'銀衣の騎士団団長

 

銀衣の騎士団というのは、紅衣の騎士団を失い居場所を無くした者たちの行先となる銀漢が設立した騎士団…だったのだが

数日でほとんどのメンバーが離反

 

青葉(…今日も1人だ…というか、関わり合いになりたくないし、離れよう…)

 

背を負け、来た道を引き返す

 

銀漢「待て」

 

青葉(私じゃない私じゃない私じゃない)

 

銀漢「待ってくれ、青葉」

 

青葉「……はぁ…なんですか」

 

銀漢「貴様のその銀の衣、まさか入隊希望か」

 

青葉「え…どう見てもグレーですよね…灰色ですよ?」

 

銀漢「良い、そう照れるな、銀と灰色はよく似ている」

 

青葉「入隊希望ではありません」

 

銀漢「うぐっ…」

 

…面倒な人にはストレートに言うに限る…

 

銀漢「…そうか…その…呼び止めて、すまなかった」

 

あの鬱陶しかった人がここまで素直に引き下がると言うのも、気持ち悪いな

 

青葉「……話くらい、聞きましょうか」

 

銀漢「本当か!」

 

 

 

 

 

銀漢「…と言うことでだ、ゆくゆくはCC社に認められた組織に…」

 

青葉「なりませんね」

 

銀漢「…言い切ることはないだろう」

 

青葉「言い切れちゃいますよ、だって無理ですもん」

 

というか、現代にその組織の名前残ってませんもん

調べたら出てくるのは紅衣だけですし

 

…とは、流石に言えない

 

青葉「それに、そんなに厳格なルールを決めても本当に取り締まれるんですか?」

 

銀漢「団員が増えれば…」

 

青葉「その団に参加するにも、魅力が無いと」

 

銀漢「素晴らしいThe・Worldが守れると言う栄誉があるだろう!」

 

青葉「……現実でお金もらってる人でも、黒を見逃すこともあるのに」

 

銀漢「警察のことか」

 

青葉「やむを得ない事情で黒に染められた人もいるのに」

 

銀漢「…司のことか」

 

青葉「…あなたはその二つを黒だと言いますか?ルールに仕えるものが不正を見逃す事、そして…やむを得ない理由で黒に囚われた人」

 

…アルビレオさんと、司さんのことだ

 

青葉「前者は、騎士団という組織なら起こり得ることです、貴方の部下の騎士が見逃すことなんて容易に想像できる、それは…可哀想とか仕方ないと言う理由で…」

 

銀漢「だが、その黙認が、悪意のある黒を生む」

 

青葉「悪意があるかは本人しかわからない…あなたは昴さんに言ったそうですね「誰がそう決めたのか」と…あなたは、「他でも無いあなた」の"決めつけ"で裁くのですか」

 

銀漢「むぅ…」

 

青葉「…司さんの事、どう思ってますか」

 

銀漢「…言うならば、グレーだ…おれには真意はわからない、奴が悪意を持っていたのかも…」

 

青葉「…銀とグレーはよく似ている」

 

銀漢「……だから黙認しろと?」

 

青葉「結論を急がないでください…でも、一つあなたに言いたいのは…昴さんとの別れは人の仕業、貴方の仕業でした」

 

銀漢「理解している…」

 

青葉「…後悔していますか」

 

銀漢「…しているとも」

 

青葉「あなたにとって、昴さんはどんな存在だったんですか」

 

銀漢「憧れであり、守りたい人だった…おれはその方に、なんて事を言ったのかと…」

 

青葉「昴さん、情の深い方ですから…きっと今もあなたの事を気にかけてくれてると思いますよ」

 

銀漢「……そうか…」

 

ミミル「お!珍しいコンビじゃん!」

 

青葉「ミミルさん!?…よかった、無事でしたか」

 

ミミル「うん、それで何の集まり?」

 

青葉「え、あ、いや、それより作戦は…」

 

ミミル「大成功、下北で会ってきたところなんだ〜」

 

青葉「……よかった…」

 

ミミル「あ、そうそう銀漢、昴が心配してたよ?」

 

銀漢「な、に…?」

 

ミミル「元気そうでよかったよ、オジサン」

 

銀漢「オジっ…!おれはまだ若い!…そこそこな…」

 

ミミル「え?嘘だぁ」

 

銀漢「23だ!若いだろ!」

 

青葉(30くらいかと…)

 

ミミル「でもうら若き女学生からしたらオジサンじゃん、つーか騎士団騎士団言ってたけど、仕事は?」

 

銀漢「………フリーター…」

 

青葉「あ…」

 

銀漢「そ、そんな目で見るな!おれはそのうち就職する!今もレンタルビデオ屋でバイトしてる、し…」

 

ミミル「へー、いいよねレンタルショップ、店番してるときビデオ見放題!」

 

銀漢「…何だそれ、寿司屋なら寿司食い放題か…?」

 

銀漢さんが冷めた目でミミルさんを見る

 

ミミル「冗談だってばさー!」

 

ミミルさんによってバシバシと銀漢さんの兜が叩かれる

 

青葉(え、えぐい音が…というかダメージ表記出てますけど…)

 

銀漢「ま、まて!HPが…あ!あー!待て!……おい!」

 

ミミル「ごめん、殺しちゃった」

 

銀漢「…ったく…」

 

ミミル「ま、昴には元気だったって伝えとくから」

 

銀漢「…本当に昴様がおれのことを……」

 

青葉(ニヤけてる…)

 

銀漢「…うおおおおおおお!!!」

 

青葉「うわっ!?」

 

ミミル「な、なに!?うるさっ!」

 

銀漢「昴様ぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

突如銀漢さんが立ち上がり叫ぶ

 

銀漢「この想い!昴様の元へ!届けええええええぇぇぇッ!」

 

ミミル「あーもう!アタシが届けてあげるから!」

 

青葉(鼓膜破れそう…退散しよう……)

 

 

 

 

青葉「はあ…すごい声…あれ?メールだ…」

 

…命令の行き違いによる、トロンメルさんとトキオさんの交戦の連絡…

 

青葉「そんな、せっかく和解できるかもって思ったのに…」

 

団長から即座にR:X、アカシャ盤にてトキオを確保するように、というメールが届く

 

青葉「……槍は使えないけど、行くしか無いか」

 

 

 

 

 

The・World R:X

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

 

青葉「アカシャ盤アカシャ盤……あれ」

 

石像が減ってるような…と言うか、あの光ってるのは……

 

銀漢が石像から解放される

 

青葉「あ」

 

銀漢「む…青葉か!」

 

青葉「ど、どうも…青葉です…」

 

銀漢「そうか!会えて嬉しいぞ!」

 

青葉「…恐縮です…」

 

ど、どうしよう…黄昏の騎士団は倒さなきゃ行けないのに…

 

青葉(とりあえず、近くに置いておいて後で団長に聞こう!うんそうしよう!)

 

青葉「アカシャ盤、ついてきてくれますか…?」

 

銀漢「いいだろう」

 

 

 

 

 

 

アカシャ盤

 

青葉「…で、登ってきたところなんですよ」

 

砂嵐三十郎「…その銀漢という奴は」

 

青葉「途中でモンスターにやられました、蘇生薬が勿体無いので取り敢えずまだオバケです」

 

砂嵐三十郎「そ、そうか…」

 

青葉「……あなた、現代のプレイヤーなんですね」

 

砂嵐三十郎「…どうやら、そういう話らしいな…おれが見てたThe・Worldは過去で、今いるこの場所が現代…か」

 

青葉「……話は後です、ああ報告しなきゃ…これ始末書とか書くのかな…嫌だなあ……」

 

お腹痛くなってきた…



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An Honest Lie

神通の家

駆逐艦 夕立

 

前に将棋を刺しているのを見かけた日から、あの日、自分が綾波と対局してみた日から、それが日課になった

 

ただ、負けっぱなしが悔しくて、何か一つでも上回りたくて

でも、ふと冷静になったとき、自分の役目を思い出す

 

潜入捜査…

その為に全てのデータを無断で持ち出して取り入った

綾波の元で習得した技術で綾波を殺す為に

 

綾波に思いっきり泥を塗ってやる為に

全ては前の世界の舞鶴の時の復讐

 

許す?過去の事?

 

果たしてそれで何人納得してるのか知らない、だけど…違う

夕立は、違う

 

納得もしてなければ、雪辱を果たす方法を選ぶような余裕もない

 

だから、みんなを裏切るような真似をして、警備府を1人で抜け出したのに

 

今やってることは将棋と一日三時間の近接格闘の鍛錬のみ

 

情報を得るにも、綾波はどこかの会社と深海棲艦を利用しているということしかわからない

 

ふとした瞬間に思い出してしまう、自分の使命を

やりたい事を

 

たとえば今この時、対局中にも

パチン 

駒が置かれる音でハッとして将棋盤を見る

 

綾波「…何故、私が東雲を名乗るか、教えてあげましょうか」

 

夕立「…え?」

 

そう言えば、綾波について回ってる中で、何度か自らを東雲と名乗ったのを見ている

 

綾波「綾波でもいいんです、別に…でも、名前は記号で、意味で、答えなんです」

 

…最後の一つが気にかかった

 

夕立「答え?」

 

綾波「貴方だってそう、私だってそう、実は私たち2人とも、東雲を名乗る権利がある、いや、事実上東雲といったところか」

 

…意味がわからない、いや…

 

綾波「王手、どうしますか?」

 

…どうしますか、か

 

まるで今の状況だ

 

東雲、離島のアケボノがかつて名乗った名前

最低な裏切り者を演じた人

 

…今の私か?敵に寝返ったとみせ、寝首をかこうとしている私なのか

 

綾波「そろそろ1分です」

 

夕立「……参りました」

 

…観念するしか無い

スパイであることはバレている

 

なら、今将棋盤をひっくり返すことも…そして、拳銃を抜いて撃つこともできる

 

でも、どの手も、二手三手先には潰され、4手5手先には、殺されている

 

無意味、私には、何もできない

 

…でも、綾波は自身もそうだと言った

 

なら、確かめたかった

 

綾波「……よかった」

 

よかった?何がよかったなのか

 

綾波「…もう一局、お願いできますか?少しルールを変えて」

 

…綾波から、「もう一局」というのは聞いたことがない

これには、特別な意味があるんだと…ふと理解できた

 

夕立「…はい」

 

身体が強張る

緊張している

 

綾波「…チェスと将棋のルールはよく似ていますが、大きな違いは取った駒を使えないこと、なので…今回は取った駒は全て使わない、というルールでどうでしょう」

 

夕立「え…?」

 

そのルール…それは私にとってはなかなかの痛手だった

攻めまくりの将棋をしている私は綾波の駒を奪い、打って戦うような戦法を好んで使っていたのに…

 

それがまるまる潰された

 

……対局を始めて20分

これだけやっているのに、場は停滞…

攻めにいけない、どうにも…機会が見いだせない

 

夕立(…この手は、ダメ…桂馬が取られる…桂馬は綾波の得意な駒…)

 

悩む、悩みに悩んで、つまらない一手

保守的な手しか打てない

 

夕立(…あれ)

 

…何となく、綾波の意図が伝わってきた

 

夕立(もしかして、これ…)

 

今までの将棋はただのゲームだった、という事なのか?

 

…指先に熱がこもるような気がした

駒が異様に重く感じていた事に今頃気づいた

 

綾波(気づいた…)

 

真剣だった、だからこそ

負けたくない、真剣に取り組む、勝ちたい

 

誰よりもこの遊びに熱中していたから、感じたし、気づけた

 

綾波の意図に

 

…結局、敗北したのだが

 

 

 

 

綾波「…「参った」が、今回は少し早すぎましたね、まだ巻き返せたかもしれないのに」

 

夕立「……できるだけ、犠牲を出さない事を選んだ…ってとこ」

 

綾波「…伝わってよかった」

 

そう、将棋はただの遊びだ

でも、これは綾波にとって特別な意味を含んでいた

夕立にとってもそうだった、だけど、今まで気づかなかった

 

夕立「…夕立は指揮官には向いてないっぽい」

 

綾波「いいえ、そんな事はありませんよ、きっとあなたは良い指揮官になる、部下に慕われるようなね」

 

綾波の将棋は、堅い

守りが第一にあり、隙さえ見せれば一気に攻めてくる

少数の駒が互いをカバーする様な特殊部隊の攻め

そして、大軍によって築かれた陣

 

綾波の将棋には、綾波自身が意図しているかを別にメッセージがあった

 

夕立「…桂馬、そんなに好きなのかしら?」

 

綾波「桂馬、ですか……何故?」

 

夕立「誰と対局しても、多分桂馬だけは取らせない」

 

綾波「…!」

 

夕立とだけじゃない、思い出すと神通さんの時も、ずっと桂馬は一枚も渡していない

 

綾波「得意な駒というだけ、かもしれませんよ?」

 

夕立「お気に入りである事、それさえわかれば何でもいいっぽい、重要なのは桂馬が大事って事」

 

綾波にとって、お気に入り

お気に入りは決して譲らない

 

それだけだけど、それがすごく重要なんだ

 

夕立「それは…その桂馬は誰?」

 

綾波にとってみれば、将棋盤は実戦の戦場だ

綾波は、全て駒を誰かに見立てている気がした

 

綾波「…誰だと思いますか?」

 

夕立「わからないから聞いてる」

 

王将を摘み上げる

 

夕立「これが綾波、だけど…他の……あ」

 

…そうか、誰かじゃない…

 

夕立「部隊、だ…」

 

一つの駒が、部隊…

 

夕立「……」

 

綾波「…どうやら私もまだ甘い、あなたに読まれる様では…あ、決してあなたを馬鹿にしてるわけではありません」

 

夕立「……」

 

王将を置き、一つ自陣の駒を摘み上げる

 

綾波「歩、ですか」

 

それを手の中でひっくり返し、敵陣に、こちらへ向けて…

つまり、寝返らせて、王将の隣に置く

 

夕立「駆逐艦、夕立…よろしく」

 

綾波「ええ」

 

…ようやく、綾波の事を理解できた

これ以上の言葉は、不要だ

 

だって、綾波は常に監視されているだろうから

 

綾波は将棋盤の駒を綺麗に片づけ、引き上げる

 

夕立(…盗聴器?それとも監視カメラ?……わかってて、泳がせてることになる…)

 

綾波は、真意を将棋を通して教えてくれた

 

それは、言葉にできない理由がある

泳がせるしかないという事になる

 

夕立(…今は、どうでもいい…)

 

…綾波のメッセージ

それは、将棋の指し方にあった

 

全ての駒に意味を持たせていた

歩一つにも、全て

 

そして、大事なものをたくさん抱えていた

いや、全部大事なんだと思う

 

誰よりも堅い守り

無駄な駒のない、殆ど全てが役割を持って、できる限り駒を失わない様にして…

 

夕立(綾波にとって、将棋が意味のあるものなら)

 

綾波は部下を見捨てたりしない

綾波は、将棋を通して私を信用して欲しいと言っていた

 

…なら、信用して死んでやる

それでもいい

 

綾波の将棋は、王を守る将棋じゃない

全ての駒を守る将棋

 

仲間を死なせない覚悟、綾波の本気の覚悟が、夕立には理解できた、だから、もういい

 

あの時の残虐な綾波がもういないのなら

殺してやりたい程、嫌いな綾波がもう居ないのなら

 

夕立はここで、夕立に与えられた役目を果たすしかないのだから

 

 

 

 

神通「鍛錬の時間ですよ」

 

夕立「…はい」

 

神通「…おや、今日は、身が入っていますね…何かありましたか?」

 

夕立「…そうかしら」

 

不意に、目の前にカートリッジを突き出される

 

夕立「…これは?」

 

神通「あなた専用のカートリッジです、使ってみて下さい」

 

夕立「…ッ…!?」

 

手に取った瞬間わかる

夕立に、馴染んでいる

 

カートリッジを起動し、挿入する

 

神通「……なるほど、そういう艤装ですか」

 

夕立「…!」

 

身体強化系のカートリッジだと思っていた

でも、これは艤装強化系…

 

神通「将棋で観られていたのは、なにも東雲さんだけじゃない」

 

夕立「!」

 

そう、つまり、夕立も見られていた

 

将棋を通して、攻めまくる夕立の姿勢を

 

神通「…と、いう事ですね」

 

夕立「…そうかもしれないっぽい」

 

…でも、この艤装…

陸戦も想定されてる

 

神通「小型のミサイルポットにレーダー、サーベル…艤装なんですか?それは…もはや貴方そのものが兵器ですね」

 

夕立「……でも、これなら…役目を果たせる」

 

神通「…おや、そういう事ですか…ようやく気づいたんですね」

 

夕立「……」

 

神通「大丈夫、ここには盗聴器の類はありませんよ」

 

夕立「え?」

 

神通「私の眼は全てを見通す眼、ここは大丈夫……盗聴器は、綾波さん自身に埋め込まれてんです」

 

夕立「…どういう事?」

 

神通「たくさんのナノマシンを取り込んでますからね、敢えて敵方のナノマシンを体内に取り込む事で敢えて情報を流してるんです」

 

夕立「なんで…?」

 

神通「その方が、信用されやすいし不意もつける…という事でしょう」

 

夕立「……やっぱり、本当に…」

 

神通「綾波さんは、ただ約束を守ろうとしてるだけですよ」

 

…綾波の将棋はどこまでも正直だった

夕立でも真意がわかるくらいに

 

夕立でも全部理解できちゃうくらいに、綾波の将棋は全てを語っていた

 

ゲームを、遊びを通して綾波を理解した

 

神通「夕立さん、その艤装、試しましょうか」

 

夕立「……夕立改二を相手に、どこまでやれるのか、試すっぽい?」

 

神通「…相手も改二相当の実力者である事をお忘れ無く」



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Limited space fusion device

横須賀鎮守府

軽巡洋艦 神通

 

神通「さて、仕事を始めましょうか」

 

綾波「ええ」

 

夕立「本当に正面から…?」

 

綾波「はい、神通さんと約束しました、次は正面から堂々と入る、と」

 

神通「…しましたっけ」

 

綾波「ええ、それに私嫌いなんです、約束破るの」

 

綾波の指示で私たちは霧に包まれる

 

綾波「瑞鶴さん、頼みましたよ」

 

虚ろな目のまま瑞鶴さんはコクリと頷き、正門へと進む

 

綾波「さて…と」

 

綾波が警備兵に近づく

顔に仮面をつける様な動作…

 

東雲「すみません、外出しておりました、東雲、その他2名、ただいま戻りました」

 

兵隊「え?外出……ああ、本当だ…どうぞ、戻ってください」

 

東雲「行きましょう」

 

神通(偽造書類…いつの間に?)

 

チラリと書類を視る

ハンコも署名も、しっかりと全て揃っている…

 

夕立(抜け目がないっぽい)

 

 

 

 

東雲「さて、さてさて、居るかな」

 

夕立「ここは…工廠?」

 

神通「……中にだれか居ますよ」

 

東雲「制圧します、神通さんは右の人の意識を奪って拘束してください、私は堂々と乗り込むので」

 

神通「……本当に?大丈夫ですか?」

 

東雲「はい、時間をかけるほど失敗率が上がりますよ」

 

神通(予知持ちか…!それに、"右の敵"…私ですら把握しきれていないのに何故居場所まで)

 

東雲「失礼します」

 

夕張「はーい…あれ?えーと…教育隊の子かな、何か用事?」

 

大淀(こんな人居たかな………あ、れ…予知?…視界暗転、気絶…まさか、襲撃犯…)

 

神通(中には2人、大淀さんと夕張さん、私のターゲットは大淀さんか……構えた!)

 

大淀さんが拳銃を向けたのを視認して、即座に侵入する

 

夕張「うやっ!?あ!実験品が!」

 

何かの爆発音、タイミングよく煙が全員の視界を潰す

 

大淀(見えな…)

 

銃声1発、それだけ鳴った後は何もない

 

 

 

 

東雲「ふー……まさか見えてもないのに撃つとは、危ない危ない、危うく夕張さんに当たるところでしたよ?」

 

夕張「ほんとにね、大淀ったら自分が決めたら絶対曲げないし突き通すし、それで犠牲者も出るかもしれないってわかってるのかなあ…」

 

2人が喋ってるのをよそに、大淀さんの目を布で覆う

 

夕立「…ずいぶん親しそうだけど」

 

東雲「ああ、言ってませんでした?こちら横須賀の協力者、夕張さんです」

 

神通「ここにも協力者が?」

 

東雲「全基地に居ますよ、少なくとも日本はね、呉と大湊は貴方達」

 

夕張「え?この二人誰?」

 

東雲「神通さんと夕立さんです」

 

夕張「うっそ……」

 

神通「…それより、さっきの銃声、どう誤魔化します」

 

東雲「任せてください、神通さん、夕立さん、大淀さんを介抱してるフリを、夕張さんは…そっちの機械を」

 

警備兵達がドアを開けて入ってくる

 

兵隊「…銃声が聞こえたとの連絡があり参りましたが」

 

夕張「えーと…見ての通りです、機械がショートして爆発しちゃって…」

 

東雲「その時出た煙で大淀さんがパニックになって…」

 

神通(こっち見られて…ええと…)

 

夕立「大丈夫〜?大淀さーん」

 

東雲「その…煙を吸いすぎたのか、倒れてしまったんです…医務室に運びたいんですけど…」

 

兵隊「そういう事でしたら私どもに、夕張さん、担架をお借りします」

 

夕張「ああ、はい、そっちのロッカーです、すみません、手を離せなくて」

 

大淀さんが運ばれていく

 

兵隊「では、失礼しました」

 

神通「……」

 

東雲「ま、こんなところでしょう」

 

夕立「よく通った…ぽい」

 

東雲「大淀さんの凶行は珍しくも何ともありませんから」

 

夕張「ほんとにね…」

 

神通「…どういう事ですか?」

 

東雲「大淀さんは自身が絶対、とは言いませんが…かなり自信があるタイプ、迷いなく人を撃つこともできる……そう、素晴らしい兵士だとは思います、しかし…本人は知将である事を望んでいる」

 

夕立(…知将…)

 

東雲「合ってないんですよ、適性が、それが故に、人を切り捨てることも躊躇わない…だから、ここは犠牲者が出やすい」

 

夕張「それは違う、今のところ出してない」

 

東雲「あなた達の踏ん張りでね、でも、このままでは潰れますよ」

 

夕張「……かもね」

 

…つまり、大淀さんは、戦果を最大化するために犠牲や無謀を躊躇わず実行する人…

 

神通「でも、それが今何の関係が?」

 

東雲「…私を敵として捉えていたんですよ、侵入者としてね」

 

夕立「…そんなのあり得る?」

 

東雲「あの人はデータ処理には長けています、私のこの蜃気楼で包み隠された、仮初の姿を見て、コイツは見覚えがない、と判断したんでしょう」

 

神通「それはおかしいです、警備兵に変装した時は…」

 

東雲「艦娘と警備兵では話が違う、艦娘となると同じ立場として関わりが深い者が居てもおかしくないし、何よりこの間侵入を許してるんですからそれは警戒しますよ、警備兵に化けたらアウトだったかも」

 

夕立「その割には簡単に入れたけど…」

 

夕張「だって私が書類偽造したし」

 

東雲「そういう事です、簡単でしょう?内部に協力者がいれば」

 

神通「……それで、ここに来た目的は」

 

東雲「夕張さん、これを」

 

東雲さんが紙袋を渡す

 

夕張「こ、これは…!…北海道限定のカップ麺…!」

 

東雲「遊んでる場合ですか」

 

紙袋から東雲さんが機械を取り出す

 

夕立「それがカップ麺?」

 

東雲「…あなたもバカですか?…これは、そうですね……限定空間 融合装置(Limited space fusion device)とでも言いましょうか」

 

夕張「略してLSFD!これがあれば次元を融合させる様な超常現象を起こせるの!」

 

神通「……はあ」

 

東雲「これの実験をお願いします、出力は僅かですので、おそらく半径20メートル30秒が限界かと」

 

夕張「ここからエネルギーが出るなら…うーん、半円形になるのかな、この形なら…OK、あとで感想送るわね!」

 

東雲「お願いします」

 

夕張「試したら!試したら解体していい!?」

 

東雲「ええ、でも造らないでくださいね、まだ実験段階、敵に利用されるのは最悪ですし」

 

夕張「オッケー!」

 

神通「私たちは何も理解できていないのですが」

 

東雲「仮面の敵、イミテーション、奴らの衣装には意味があります」

 

夕立「……あの、真っ白な防護服?」

 

東雲「ええ、あの中にはデータが詰まっているんです、コピー元の戦闘データがたっぷりと…ね」

 

夕立「データ?」

 

東雲「ええ、それは無形のものです、ですが、だから…そのデータを閉じ込めておく容器が要る」

 

神通「それがあの衣装だ、と」

 

東雲「ええ、あの衣装の中身は全て水だと考えてください、破けたら外に出てしまうんです、だから、完全に遮断できる様な装備でなくてはならない」

 

夕立「……それで?」

 

東雲「この装置で展開したフィールド内では、イミテーションはあの服がなくても活動できます、現実と切り離された様な空間になるので、データが流出しないんです」

 

神通「……なるほど」

 

東雲「これを私はCC社に売り込みます」

 

神通(…事はそう単純ではないはず)

 

東雲さんは単純な裏切り者ではないのだから

 

神通「…誰か来ますよ」

 

東雲「気にすることはありません、私たちの正体に気づける人はいませんから」

 

浜風「失礼します、夕張さん、来月の予算について…あ、今忙しかったですか?」

 

夕張「いや、別に」

 

東雲(予算か…)

 

東雲「カップラーメン代とか請求してませんよね?」

 

夕張「ぶっ!?す、するわけないでしょ!流石に!」

 

神通(してますね…)

 

浜風「……あの」

 

夕張「ん?なに?」

 

浜風「この人達、誰ですか?」

 

東雲「私は…」

 

夕張「離島の子達!ね」

 

東雲(余計な事を…)

 

東雲「え、ええ、そうですね」

 

浜風「離島鎮守府か…成る程、強そうなわけです」

 

東雲「そうでしょうか」

 

浜風「…ええ、すごく…」

 

そう言って浜風が書類を置いて出ていく

 

夕張「…何しに来たのかしら」

 

東雲「異様に鋭い人でしたね」

 

夕張「生存本能かなぁ…電ちゃんに危険人物のみ分け方叩き込まれてるらしいし…あ、そうだ、電ちゃんどうなったか知らない?」

 

東雲「前言った通り、リアルデジタライズの説が最有力ですよ」

 

夕張「了解…うーん…とりあえず用件は終わり?」

 

東雲「はい、次に行きます」

 

神通「次?」

 

東雲「もう一組、会う相手がいまして」

 

 

 

 

夕立「こ、ここって…」

 

神通「司令室…火野提督に、か」

 

東雲「失礼します、東雲、ほか2名参りました、入ってもよろしいでしょうか」

 

火野「入りたまえ」

 

ドアが開く

 

アケボノ「……チッ…」

 

神通「…!…貴方達は…」

 

離島のアケボノと倉持司令官…何故ここに

 

アケボノ「東雲、か…嫌な名前をしていますね」

 

東雲「そうでしょうか」

 

海斗「拓海、この子達は?」

 

火野「1度、会っておくべきだと判断した」

 

アケボノ「……まさか」

 

東雲「ええ、そのまさかです、ご無沙汰しております、アケボノさん、倉持司令官」

 

海斗「綾波…!」

 

アケボノ「!」

 

一瞬でアケボノさんが綾波さんを壁に追いやり、首を締め上げ、銃を突きつける

 

アケボノ「…何をしに来た」

 

綾波「お話ですよ」

 

アケボノ「巫山戯るな」

 

綾波「ふざけてなどいません、あなた達が持っているオリジンの断片をいただきに来ました」

 

アケボノさんが発砲…する前に、立ち位置が入れ替わる

 

アケボノ「なッ…!?」

 

綾波「倉持司令官も火野提督も居られるのに発砲など…失礼ですよ」

 

火野「…話と違うようだ」

 

綾波「あれ?どう違いましたっけ?」

 

火野「今後についての話し合い、と聞いていたが」

 

綾波「今まさにやってるじゃないですか、オリジンがないと計画破綻なんです、大人しく渡してくれませんか」

 

海斗「綾波」

 

綾波「…なんです?」

 

海斗「…君が、東雲なんだね」

 

綾波「ええ、そう名乗りました、偽名としてはちょうどいい…」

 

海斗「アケボノを離してほしい」

 

綾波「…オリジンを渡すのなら、アケボノさんを返しますよ」

 

海斗「僕たちはもう持ってないんだよ、オリジンなんて」

 

綾波「……仕方ありませんねぇ」

 

アケボノさんがすてられる

 

綾波「また朝潮さんを拐いましょうか?それとも、勇者様は自らオリジンを取りに行ってくれますか?……オリジンさえ渡せば貴方達の安全を保障します、約束です」

 

海斗「僕たちは本当に持ってない」

 

綾波「…とりあえず目的だけ伝えました、私は約束を破られることも嫌いですが、破るのも嫌いです、信用してくれていいですよ」

 

海斗「……」

 

綾波「それではご機嫌よう」

 

 

 

 

東雲「さて、どうなるか」



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記録 勇者の始まり

The・World R:X

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ アカシャ盤

重槍士 青葉

 

青葉「…はい、そうです、団長、私の見てる限り…はい」

 

周囲の状態を報告する

ビッグTと呼ばれる巨大兵器は崩れ落ち

私は二人の剣士を連れている

 

フリューゲル『とりあえず、だ…ポザオネを向かわせる、今度こそ一緒にトキオを追ってくれ、それと……その記憶の泉の先は2010年、そこにいるのはカイトだ、カイトの復活を阻止してくれ』

 

青葉「わかりました」

 

フリューゲル『そっちの2人は、まあ…任せるわ、オレ他にも仕事あるし…まあ、一回ログアウトしてもらったほうがいいんじゃねーかな』

 

青葉「はい、では、失礼します」

 

通信を切り、記憶の泉を見下ろす

 

青葉(今ならまだ間に合うかもしれない、急げば追いついて止められるかもしれない)

 

リコリスさんを抱き上げる

 

砂嵐三十郎「…行くのか……ふむ…おれは一度落ちよう」

 

砂嵐三十郎がログアウトし、オバケの銀漢だけが残される

 

青葉「銀漢さんを連れていくには……ううん…」

 

記憶の泉は通常のPCが通るとデータが破損し、抜けた頃にはクズになってて戻らない、そう聞かされている

 

銀漢「私はあくまでこの時代のものだ、2009年に貴様に救われ、そしてこの時代の私も救われた、それだけだ…よって、私がここから先の時代に進むのは間違いだ」

 

青葉「……もし、この時代で戦う時、手を貸してくれませんか?」

 

銀漢「よかろう、それが正義なのならな」

 

青葉「もちろんです…!」

 

銀漢さんを見送り、記憶の泉の前に立つ

 

青葉「…行きます!!」

 

 

 

  

 

 

トロンメル「ぐ……ぐう…本気で、やったのに…何故…!…あのガキ…!」

 

???「負け犬は退場のお時間だよ」

 

シャッという音共にトロンメルの身体に赤い筋が何本も浮き上がる

 

トロンメル「な………」

 

???「バイバイ…T様♪」

 

ブロック状になったトロンメルのデータが、チリとなり、消えていく

 

???「本気のトロンメルでも敵わなかった…勇者トキオ、期待できそうだね、フフフ」

 

 

 

 

 

 

 

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

トキオ

 

記憶の泉を抜けた先はマク・アヌ…

の、空中

 

オレ達はそのまま重力に従い、落下した

 

トキオ「あがっ!?…ま、また、腰打った……」

 

石畳に腰をぶつけ、鈍痛に唸っている所に、もう一撃

 

電「きゃあっ!?」

 

同じ場所に放り出された電ちゃんが落ちてくる

そして、体勢がまだ戻っていないオレの上に

 

トキオ「っ〜〜!?…い、痛た…」

 

電「はわわ…ご、ごめんなさいなのです…」

 

彩花『あんたらねぇ…落ちるってわかってるんだから受け身くらい取りなさいよ』

 

トキオ「そ、そんな余裕ないよ…」

 

腰をさすりながら立ち上がる

 

トキオ「……あ、ここは、マク・アヌか…でも、司達の頃から全然変わってないなぁ……」

 

彩花『バージョンそのものは同じだから、時間としては1年経ってるらしいけど』

 

トキオ「へぇ……それより、連戦で少し疲れたし、一度グランホエールに戻らない?」

 

彩花『そうね、追手が来るでしょうし…一度身を隠す必要があるかも…いいわ、戻ってきなさい』

 

トキオ「やった!」

 

 

 

 

重槍士 青葉

 

青葉「うぁっ!?…い"っ!?……ったぁ〜…!こ、腰…The・Worldは私の腰に怨みでも…!?」

 

リコリスさんの分も重量が上がったせいで…致命的に痛い…

 

青葉「うう…もうやだ…」

 

槍を杖の様につきながらマク・アヌを徘徊する

 

青葉(ここに過去の司令官が)

 

…となると、直接リアルの司令官に話を聞いて、ネタバレをくらう方が物事はスムーズなはずなんだけど…

 

青葉(昔の司令官ってどんな人なんだろう…)

 

ここで私の中の好奇心が責務を大きく上回る

 

青葉「あれ、ゲートの前…」

 

オルカ「だからぁ…ここではオルカなの!ま、リアルではともかく、ここじゃちょっとしたもんなんだぜ!」

 

青葉(やっぱりオルカさんだ!)

 

バルムンクさんとオルカさん

アルビレオさんと共に見届けた、ザワン・シンを討伐した2人の剣士のうちの1人…

 

青葉(…あの隣にいるのって…)

 

オルカ「なんだよぉ…」

 

カイト「いや、いいかも(笑)」

 

青葉(…司令官?……いや、キャラの色が違いすぎる…司令官のキャラは赤い、なのにあのキャラは深緑のエディットだし…)

 

オルカ「よ〜し!Δサーバー、萌え立つ 過ぎ越しの 碧野に出発だ」

 

青葉(…ついていってみようかな…この時代のことわからないし、知り合いと接触できた方がいいよね…ああ、でもこっそりついていくなんてやめた方が…うう…偶然を装う?…考え方暗いかなぁ…)

 

青葉「あ!いっちゃった」

 

考えてる間に2人は行ってしまった…

 

こうしていてもアテもないのだ

ついていく以外の選択肢は、どのみちない

 

 

 

 

Δサーバー 萌え立つ 過ぎ越しの 碧野

 

青葉「…あ、居た」

 

…どうやら初心者に対する講習会の様な形で、プレイ方法を教えている様だった

 

青葉(…なんか、微笑ましいなぁ…)

 

2人に見つからない様について回り、ゆっくりとダンジョンに脚を踏み入れる

 

青葉「え?」

 

進めない

見えない壁…じゃない、リコリスさんだ…拒絶してる…

 

ダンジョンの奥へと進むことを、拒んでいる

 

青葉(確かにこの槍は力を失ったけど、この初心者用エリアのモンスターなら狩れるし、代わりの槍もある…モンスター相手の戦闘なら問題ないのに…)

 

前を歩く2人が止まる

 

悪寒が走る

 

青葉(この、嫌な感じ…何か…)

 

青葉「!」

 

目の前の通路を飛んで逃げる白いワンピースの少女、そして、黒い石人形がそれを追いかける

 

青葉(…今の、間違えようもない……スケィスだ…)

 

オルカ「このレベルにいたか…?あんなモンスター…!」

 

…いるわけがない

あれはイレギュラー中のイレギュラー…最強のバグモンスターの一角、八相の中の第一相

第一相死の恐怖スケィス

 

青葉(リコリスさんはいち早く感じ取っていたんだ、スケィスを…!……待って、さっき追われてた女の子…)

 

そうだ、よく思い出せば…あの女の子は…

 

青葉「ア、ウラ…?」

 

アウラはあの後、旅だったはず…

 

まさか、丸々一年以上追われて…!?

 

青葉(どうなって…この時代に何が…)

 

…2010年、確か第二次ネットワーククライシスの起きた頃だ

そして、その時みなとみらいが焼けて、他にも…

 

青葉(…どうなってるのか、わからないけど…その時代に居る以上、いや…待って、私の役目はトキオさんを捕まえることで…この時代の問題は司令官が解決する)

 

青葉「よし…とりあえず、私は…ん?」

 

ノイズが走る

当たりが揺らぐ

 

青葉「わわわわわわ!?」

 

 

 

 

 

青葉「こ、ここは…!?」

 

荒廃した大地

鈍いながらもエメラルドの様に輝く地面の紋様

 

そして暗く、沈んだ空

 

電子的な音が響き、そちらに視界を向ける

 

青葉「あれは…オルカさん達もここに…!」

 

こちらには気づいてない様だけど…

 

青葉「!」

 

2人の前に、アウラが現れる

やはりアウラだ、成長してる

あの幼い少女が、少し大人っぽくなって…背も伸びている…

 

オルカ「まさか…噂は本当だったのか…!」

 

青葉(噂?)

 

アウラ「これを」

 

アウラの前に、一才の本が現れる

それは明らかに巨大で分厚い

 

オルカ「え?」

 

アウラ「時間がないの…お願い…早く…!」

 

オルカ「これは?」

 

アウラ「強い力……使う人の気持ち一つで、救い、滅び、どちらにでもなる…」

 

青葉(…まさか、黄昏の書…)

 

オルカ「キミは…!」

 

アウラ「……来る!」

 

アウラが姿を消すと同時に、2人の背後にスケィスが現れる

 

オルカ「…!逃げろ!今のお前じゃ即死だ!」

 

オルカさんがスケィスに斬りかかる

何度も、何度も斬りかかる…

だけど、ダメージ表記ではなく、MISSの文字だけが画面を埋める

 

青葉(通用していない…!)

 

しかし、腐ってもトッププレイヤー、スケィスの攻撃を的確なガードで防いでいるおかげで致命打はまだない…

 

オルカ「なんだこの攻撃!それにこいつ……攻撃が効いていない!普通じゃない!!」

 

手が強く握られる

 

青葉(…!……リコリスさんの手、怯えて…)

 

オルカ「っぐ!?」

 

オルカさんが赤い十字架の杖に磔にされ、宙に持ち上げられる

 

そして、スケィスが手を向ける

 

青葉「データドレイン…!」

 

オルカ「ぐ…うう…!この…!ぐあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

データドレインに貫かれたオルカさんが地面に落ちる

 

オルカ「こんなはずじゃ、なかったのに……ごめ、ん……逃げろ…!」

 

オルカさんのPCボディが砕け散る

 

スケィスが杖を振り上げ、もう1人へと迫る

 

カイト「…ぁ…!」

 

青葉(……リコリスさん、ごめんなさい!)

 

青葉「でりゃああぁぁぁぁッ!!」

 

ガキンッ

 

槍で杖を受け止めた…のに、HPが削れて…

 

青葉(一撃で7割…!この防具最高ランクなのに!)

 

オルカさんが守ろうとした人を、視認する

 

青葉「…司令官…!?」

 

まさか、そんなわけは…いや、でも、なんとなく、そう直感する

 

青葉「…早く、逃げて…!」

 

電子音、そしてこの感覚…背後に振り返る

スケィスがデータドレインを展開して…

 

青葉(…どうすれば…)

 

青葉「!」

 

スケィスがデータドレインをやめ、何かを見る

 

青葉「…何かの、杖…」

 

地面に突き刺さった杖…

そして激しいノイズ…

 

私のThe・Worldはそのまま落ちた



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1640889593

離島鎮守府 執務室

提督 倉持海斗

 

海斗「……はぁ」

 

キタカミ「ため息とは珍しいじゃん」

 

海斗「…ちょっと難しい問題に直面しててね」

 

横須賀襲撃、これは拓海の提案で伏せられる事となった

綾波の動きに不可解な点が多すぎることが理由として挙げられたが……何よりも気になるのは「話と違う」と言う言葉

 

海斗(拓海は綾波とどういう話をしてたんだろう)

 

…でも、それを気にしても仕方ない

もっと警戒すべきものは他にある

 

オリジン…朝潮を狙われている

 

海斗(朝潮は今、アケボノが常につく事でガードを固めている、だけど…正直、負担も大きいだろうし、本当に守り切れるのかと言う不安もある)

 

たった一回、巻き込まれたと言うだけで…

 

キタカミ「なーんか、言えないことあるのはわかんだけどさぁ…」

 

海斗「…動けないなら、動いてもらうしかないか」   

 

キタカミ「…何?どういう意味」

 

海斗「Linkを引き入れる、あそこの戦力は喉から出るほどに欲しい…」  

 

キタカミ「…それを迷ってただけ?」

 

海斗(朝潮の護衛も、頼めば誰かは引き受けてくれるはずだ、だけど、少数で一騎当千の実力者じゃないと次そうなった時、無事に帰れる保証はない)

 

問題は、どう丸め込むか、そしてどう朝潮の安全を確保するか

綾波の目的もハッキリしない今…

 

海斗(あれ…?)

 

朝潮がオリジンを宿したのは知っていて当然だけど、朝潮からオリジンを抜き出した事は綾波も承知のはず

 

…東雲の意味を信じてもいいのか

 

そこだけはまだ不安だ、そこも含めて深読みを利用されている可能性がある

 

なら、よりLinkの力は欲しい

きっと、最後の防波堤になってくれる…

綾波と深い仲の人達ならきっと綾波を万が一の時に止めてくれる

 

海斗(…上手く、いけばいいけど…)

 

 

 

 

 

 

Link基地

青葉

 

青葉「っ……う…?」

 

The・Worldが落ちた時、私の意識も奪われていたらしい…

固い椅子にもたれかかって寝ていたせいで体が痛い

 

…まあ、この目覚めにももはや慣れたものだ

 

青葉「ん……ん〜〜っ!!」

 

伸びをするとポキポキと関節が鳴る

…目覚めは最悪、か…だけど

 

青葉(あれが、司令官の初ログインの時…か…)

 

少し、気分はいい

優越感だろうか

 

…部屋の外が騒がしいのを感じとり、部屋を出る

 

あの時以来ほとんど顔を合わせていないせいで…少し出づらいけど

 

 

 

 

ガングート「本当にここを捨てるのか!?」

 

狭霧「捨てるんじゃありません、目的を果たすまでの一時的な引っ越しです」

 

グラーフ「…目的は、なんだ?理由も目的も無く引っ越すのは納得いかん」

 

狭霧「離島鎮守府に移り、本格的な戦争に備えます」

 

タシュケント「…国の指揮下に入るつもりはないんじゃなかったのかい…!」

 

…どうやら、これは…

 

朧「国の傘下になるわけじゃないよ、ただここから移って安全を確保する為に…」

 

タシュケント「誰の安全なのか、教えてくれるかな…!?」

 

朧「……」

 

リシュリュー「それに、神鷹達は?あの子たちは置いていくの?それとも連れたいから危険な戦場に…さらに、神風たちとはかなり険悪な中って聞いたけど」

 

狭霧「向こうでも学問は学べます、それにあの人達も今は味方となった人に手を出すような真似は…」

 

リシュリュー「そうじゃないでしょ?」

 

狭霧「……連れて行きます」

 

グラーフ「…私は行かないぞ」

 

ガングート「私もだ、ここに残る」

 

朧「……待って、2人とも…アタシ達もまだ整理しきれてない事情があるんだよ…!」

 

タシュケント「それを先に話すのがスジなんじゃないのか」

 

狭霧「わかっています…しかし、難しい問題なんです」

 

ガングート「私たちに優劣はない、私たちに上下関係はない…違うか…!?」

 

朧「そうだけど…」

 

グラーフ「なら先にそれを話せ、それから考える」

 

狭霧「…最近、横須賀に2度襲撃がありました、その両方に綾波さんが加担している可能性が…あります」

 

ガングート「何?」

 

グラーフ「……綾波はこの国が嫌いだと言っていたな」

 

タシュケント「横須賀って言えば、綾波が囚われてた場所?」

 

リシュリュー「恨みを晴らす為…」

 

狭霧「そんなわけないでしょう…!綾波さんがそんな感情に呑まれるわけがない事くらい知っていますよね…!?」

 

グラーフ「わかっている、だが、綾波の事を知れば、知るほどに…綾波に起きたことが許せない気持ちもある、その基地が潰されても私たちは何も思わないぞ」

 

朧「……綾波は次に、離島鎮守府に居る朝潮を狙うかも知れないと言っていたそうだよ」

 

リシュリュー「その子と綾波の関係は?」

 

狭霧「平たく言えば、担当医と患者」

 

ガングート「狙う理由はなんだ」

 

朧「……言いたくない」

 

ガングート「何故だ」

 

朧「…疑うのが間違ってるとは思う、だけど、それでも疑わざるを得ない…これはそれだけの事情があるんだ」

 

タシュケント「ここまでいって今更伏せる理由って何?」

 

…朝潮さん、と言う事は…

 

青葉「アウラ」

 

全員が一斉にこちらを向く

 

タシュケント「青葉…また、キミも知ってるって事」

 

青葉「いいえ、私の発言はただの憶測ですが…アウラが絡んでるんですよね…?」

 

リシュリュー「アウラって…何?名前?誰なの?」

 

ガングート「いや…アウラ、アウラか…そう言うことか、まさか、オリジンが出てくるとはな…」

 

タシュケント「知ってるの?ガングート」

 

ガングート「…そうか、タシュ、お前は知らなくても無理はない…私は要人の警護などの任務も多かったが故、聞いた事があるのだが…詰まるところ、オリジンだ」

 

グラーフ「オリジンだと…!?」

 

ザラ「知っています、ここに来る契約の時に聞かされました」

 

リシュリュー「…それは、私も聞かされてる」

 

タシュケント「…うん」 

 

狭霧「やはり、聞かされていますか」

 

グラーフ「日本に舞い降りた女神の存在も、うっすらとだけ聞かされた…要するに、綾波と同レベルの危険な存在だろう」

 

狭霧「危険、ですか…」

 

狭霧さんがクツクツと笑う

悲しそうに

 

狭霧「…綾波さんが危険に見えるんですか…?」

 

グラーフ「それは…」

 

狭霧「私には、オリジンも危険には見えません、ただ、神として存在したが故に…愚かな人間が手を伸ばし続け、今にも地上へと引き下ろされそうな…!」

 

リシュリュー「…信用してくれなくていい、オリジンがどんな危険なものかは聞いていないけど、もし情報や、その物を手にした場合、即刻持ち帰れと言われてる、でも、私はそうはしない」

 

タシュケント「右に同じ、そんな事をして何もかもを失うような真似…」

 

グラーフ「…皆、要求されてるんだな、オリジンを」

 

狭霧「当然でしょう、オリジンを掌握することができたら、世界を手にしたような物、誰もが欲しがる…ネットワーク掌握の鍵」

 

リシュリュー「そんな名を持ってるような子が、その基地に…?」

 

グラーフ「……裏切りを警戒する理由もわかったし納得した…だが、私は…」

 

朧「アタシ達は…別にアウラの、オリジンの流出そのものは恐れていない…」

 

ガングート「本当か…!?」

 

狭霧「なんで食いつくんですか」

 

ガングート「……オリジンを入手した場合、莫大な報奨金がもらえることになっている…日本円にして、数百億…」

 

タシュケント「それで?オリジンが欲しいってこと?」

 

ガングート「…金は誰でも欲しい物だろう」

 

狭霧「…朝潮さんは、オリジンと一度融合しましたが、綾波さんによってネット世界へと還されました」

 

リシュリュー「…じゃあ、オリジンには関係ないんじゃ…」

 

狭霧「いいえ、誰もそうは思わないでしょう…あの子には、残り香があるんじゃないか…みんなそう考えてるんですよ…だから、捕まえてなんでもする」

 

グラーフ「なるほどな…ようやく目に見える形で尻尾が現れた…皆躍起になって探し出したくなる」

 

狭霧「事情を言えば、互いが怪しく見える、互いを疑うことになる、軋轢を生む…だから、伏せたかった」

 

朧「朝潮はアタシの、ずっと前からの仲間…絶対にそんな目に合わせたくない」

 

狭霧「いいですか、私たちは…仲間なんです、お互いを信用したい、だけど…オリジンを手に入れたら、それは…世界が崩れる」

 

ガングート「だから秘匿していた、私たちに余計な手出しをさせない為に…か」

 

グラーフ「…ガングートは置いていこう、こいつは金に釣られる」

 

ガングート「な…!」

 

タシュケント「同意だね」

 

ガングート「違う!金に釣られるわけじゃない!…それだけの金があれば、もう戦争のない場所にみんなで移れるんじゃないかと…」

 

リシュリュー「そんなメルヘンな頭してないでしょう…?」

 

ガングート「メルヘンだと…!?」

 

青葉「…あの」

 

狭霧「なんでしょうか」

 

青葉「……朝潮さんの顔は割れていません、なら…方法はあります」

 

朧「どんな方法ですか」

 

青葉「先にみんなに連絡するんです、この人を朝潮と呼べ、と」

 

朧「そっか、偽物の朝潮を作って…でも、警護は…」

 

青葉「…ランダムに行う形を取るべきだと思います、偽物も本物同様に守るテーブルを作ります」

 

狭霧「それなら…しかし…」

 

朧「それでいこう、みんなで、ここを一度出よう」

 

狭霧「…そうですね、改めて、離島鎮守府に行く人と、嫌な人、ハッキリさせましょうか」

 

 

 

 

 

神通の家

軽巡洋艦 神通

 

神通「それ、文字見えてるんですか?」

 

綾波「いいえ、しかし何を入力してるかくらいわかります」

 

綾波さんはパソコンの画面も見ずに、私と向かい合ったまま何かを入力し続けている

 

かつてもそうだった、同じだ、同じ事をしていた

 

綾波さんはパソコンにモニターをこちらに向け、私に文字列を見せる

 

[決行は先延ばし、ナノマシンがおかしいです]

 

…これが、綾波さんの抜け穴

視覚情報は全て筒抜け、リアルタイムでモニタリングされている為に、見ずに文字を打ち込んだり書いたりする事で本来の目的を秘匿し続けるという荒業をこなす事で私達は裏切りを続けられる

 

しかし、本来なら今日、ある実験を行う予定だったのだが…

 

神通(先延ばし、か…悪いことの前触れのようですね……)

 

神通「!」

 

…ざわつく様な感覚

 

神通「姉さん達が、帰ってくる」

 

綾波「なんですって?」

 

神通「此処に、戻ってきます」

 

何もおかしい事はない、私達の家だ、帰ってくるとはおかしい事じゃない、だけど…このタイミング

 

神通(まさか、勘づかれて…!)

 

綾波「仕方ありませんね」

 

神通(転移…!?)

 

 

 

 

 

 

 

川内「…気づかれたか…感知系の神通が居るんじゃ、厳しいとは思ったけど」

 

那珂「暗殺は無理かなぁ…」

 

川内「…見て、これ」

 

那珂「[決行は先延ばし]…なんの?」

 

 

 

 

 

 

綾波「…ここなら、勘づかれない」

 

夕立「な、何が起こったの?…ここど…ど、どこ…?」

 

神通「……どこかの、島の様ですね」

 

瑞鶴「……」

 

綾波「無人島です、つぎの潜伏先が用意できるまでここに潜みます」

 

神通「…外国では無く?CC社にアメリカに用意させる話は?」

 

無言で綾波さんは私に向かって2度瞬きをする

否定の合図

 

…それもそうだ、監視カメラ、盗聴器、今の様なやり取りも完全に不可能になる…

 

綾波「それも良いですが、私はアメリカでも嫌われ者ですから」

 

神通「…そうですか」

 

綾波「さて、と…野宿は好きですか?星空が綺麗で楽しいですよ」

 

夕立「…虫が多いっぽい…」

 

神通「……それは勘弁願います」

 

綾波「貴重な食料ですよ、虫も」

 

夕立「えっ」

 

神通「……」

 

気の所為だ、と思いたい

 

綾波「さて、数日楽しく暮らしましょう?」

 

…気が遠くなる



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blunder

無人島

駆逐艦 夕立

 

夕立「…お腹、減ったっぽい…」

 

神通「たとえ地獄の底の底に落ちたとしても、こんな物、食べたくはありません」

 

…目の前に差し出された虫の素焼きを眺める

夕立としては、虫は死んでも食べたくない…

 

綾波「そうですか?魚を取るにも…用意してた銛などは使えなくなってまして…あむ」

 

カブトムシの幼虫の様な虫、の串焼き…を、綾波が頬張る

 

綾波「案外美味しいんですよ?…うん、お塩だけでも残っててよかった」

 

この無人島はどうやら綾波が開発していて、なんらかの理由で放棄した島らしく、雨風を凌げる環境は整っていた

 

だけど、食料事情はお察しの通り

綾波は誇らしげに油までは精製してあるので

と言っていた…けど、それは…どうなんだろう

 

その気になれば買いに行けるはずだし、凄さがわからない…

 

夕立(こ、これ、単純に節約生活に付き合わされてるだけじゃ…?)

 

神通(この果物は大丈夫…まともなものが食べたい…)

 

綾波「2人ともちゃんと食べましょうよ…体が持ちませんよ?瑞鶴さんはたべてるのに」

 

夕立「えっ」

 

神通「…嘘だ…」

 

本当に食べている…

瑞鶴さんは物言わぬ人形の様な状態、だからと言ってこうもためらいなく食べるなんて…

 

夕立(…うう…多分このまま2日3日はこのまま…)

 

…せめて形のわからないものにして欲しい…

 

夕立「…ぁぐ……むぐ…」

 

一つ、口に無理やり含む

 

神通(うわ、食べた…)

 

夕立「……美味しくはないっぽい…」

 

綾波「そうですか?…うーん、普通な美味しいと思うんですけど」

 

神通「……絶対私は食べませんよ」

 

綾波「イナゴの佃煮食べたことありますよね?アレだと思えば…」

 

神通「おぞましいです」

 

綾波「でも佃煮の瓶が冷蔵庫にありましたよ」

 

神通「食べるのは姉さんと那珂ちゃんだけです…!」

 

綾波「……多分あなたがよく食べていた兵糧丸に練り込まれてると思いますけどね」

 

神通「…あり得ませんよ」

 

綾波「わかりませんよ?良質なタンパク質も含まれてますし、案外鶏肉の代わりに…」

 

神通さんが串焼きの串を綾波に投擲する

 

綾波「あっぶないですね…止めなかったら首に刺さってましたよ…」

 

神通「そんなに食べたければ直接食道に捩じ込もうと思いましたが…」

 

綾波「…そう嫌がらないでください、結局文化の問題なんです、海を越えれば猿や羊の脳味噌、カメレオンにモモンガ、犬や猫まで食べる国もある、ウサギやカエルは最近日本でも…食べなくなったのか食べる様になったのか、どっちでしたか」

 

夕立「…うぇ…」

 

綾波「虫も少し日本を出ればポピュラーなものですよ」

 

神通「一般的か、は関係ありません、私は気持ち悪いので食べたくありません」

 

綾波「はいはい、お好きにどうぞ」

 

 

3日後

 

 

神通「………」

 

夕立(順調にやつれていってる…)

 

綾波「なんで拷問受けてるみたいになってるんですか、ほら、作りましたよ、お望みの兵糧丸…」

 

神通「…!」

 

手のひらサイズの団子を神通さんが口に含む

 

綾波「…数はありますから、焦らずに」

 

 

 

神通「……ふぅ…ようやく空腹が落ち着きました…」

 

綾波「空腹も何も、栄養失調そのものじゃないですか、どうでしたか、お味は」

 

神通「…美味しかったです」

 

綾波「虫で作りましたけどね」

 

神通「ごほっ!?だ、騙しましたね!?」

 

綾波「騙すも何も、あんな話の後なんですから、承知の上で食べたんですよね?」

 

神通「それは頭が回ってなかったからで…虫入りと知っていれば食べるわけが…」

 

夕立「羽とか脚とか見えてたっぽい」

 

綾波「これは見間違いだ、気のせいだと自分を騙し騙しで食べたわけですから…ね?」

 

神通「……」

 

綾波「で、食べた感想は」

 

神通「…多分、栄養も豊富で、味も申し分ないかと…」

 

綾波「ならなかった、虫ですけど」

 

神通「ぐ…!」

 

夕立(…すでになんの躊躇いもなく串焼き食べてたけど…よく考えたら夕立の感性が麻痺し始めてるっぽい…)

 

綾波「私が出しているのは全て毒を持たない、もしくは毒があっても除去したものです、安心して食べていいんですよ?」

 

神通「……その様で」

 

綾波「見た目で敬遠するのは理解できます、しかし、今はそれを受け入れなくてはならない時です」

 

神通(あなたのせいでしょう…)

 

夕立「日本に帰ったらお寿司が食べたい…」

 

神通「アメリカでTボーンステーキを食べてみたいです」

 

綾波「どちらの望みも叶えましょう、しかし、そうするには…新たな拠点が必要か…」

 

神通「寝泊まりだけここでして頻繁にワープする、ではダメなんですか?」

 

綾波「それはできませんね、私の力には制限がある、何度も何度も連続転移はできないんです」

 

夕立(…してたような…?)

 

神通(めちゃくちゃにしてたはず…)

 

綾波「そ案外私の力には弱点があるんですよ、言いませんけど」

 

神通「……そうですか」

 

夕立「これからの方針は?」

 

綾波「ま、静観の方針を貫きます、どうせ居場所はバレてるだろうし、用事があれば向こうから近づいてくる……いや、もう来てますか」

 

装甲空母鬼「ハイ」

 

綾波「仕事の内容は」

 

装甲空母鬼「離島鎮守府ヲ、落トセ…ト」

 

綾波「…いきなりですねえ、いや、とうとうなのでしょうか」

 

夕立「…落とせる?」

 

綾波「消し飛ばす事はできるはずです、でも落とすとなると…不可能に近い、あそこにある戦力はトップ中のトップばかり、もちろんザコもたくさんいますけどね?」

 

神通「要点だけお願いします」

 

綾波「防衛戦は楽なんですよ、おそらく全方位しっかり固めてある…上も、下もね」

 

夕立「上も下も?」

 

綾波「そうするのが、アヤナミの役目ですから…私と交戦する可能性は真っ先にに考え、真っ先に可能な対処を徹底的にやる…可能なら捕縛したい…という考えのはず」

 

神通「どうするんですか」

 

綾波「…女帝に伝えなさい、楽な仕事ではない、と」

 

装甲空母鬼「ハ」

 

綾波「大量の戦力を持ってすれば…無理ではないかもしれない…4人ではまず無理…となると…」

 

綾波がニヤニヤとこちらを見る

 

夕立「キモ…」

 

綾波「自分の実力を知るいい機会ですよ、2人とも」

 

神通「…そうですか」

 

…失敗する前提の作戦を立てている

綾波はそう言っている

 

そして、その顔はなんとも楽しげだった



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記録 インストールブック 黄昏の書

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「…時間的に、あと1時間くらいかぁ…」

 

離島鎮守府には、移ることになった

それまでの間、出発の準備はもうできているからあと少し、待ってみたかった

 

青葉(司令官、あのあとどうなったんだろう?)

 

初心者のカイト、あの強制回線切断の影響はきっとあのカイトにもあったはず…

 

青葉(それにしても…ひどい目にあったなぁ…)

 

防具は役に立たない、槍も武器としては最低クラスの火力しか出ない

モルガナのせいでヴォータンはその意味を失った

 

青葉(多分、その辺の槍を買って使う方がまだ強い…)

 

レベル1の、雑魚ですら手を焼く可能性がある…

 

青葉(…あ!)

 

今転送されてきた緑のPCが、カイト…

 

青葉(…やっぱり、初心者なのかなぁ…)

 

パチリと音が鳴る

 

青葉「あ…あれ?スクリーンショットのショートカット設定してたっけ……あ"っ…り、リコリスさん…!?」

 

…リコリスさんの手には、私のポロライドカメラのアイテムが…

 

青葉「な、なんで持ってるんですか…うう…でも、写真とか撮るタイミングはないし…壊さないでいてくれるなら…」

 

リコリスさんは閉じた瞳のまま、どこに向けるわけでもなく、カメラのシャッターをきる

 

青葉「写真を撮りながら時間の旅、か………あ、あの人って」

 

カイトに近づいていくPC、あれは…ミミルさん…!

 

青葉「…じゃないな、うん、違う」

 

ミミルさんは褐色の撃剣士で、明るい茶髪が特徴だ

でも今カイトに近づいていった撃剣士は褐色は同じだけど白髪で、アーマーの色も少し違う

 

青葉(あれは……ええと、そうだ!ブラックローズ!)

 

コピーと対峙した事もあれば資料も見た

間違いない、.hackersの副官、ブラックローズ!

 

…でも、初心者なんだろうな、真っ直ぐの移動もちゃんとできてない…ゲームそのものが初めてな様な…

 

エリア転送用のカオスゲートの周りを回りながら何かを探す様な動作をするブラックローズとそれを眺めるカイト…

突如ブラックローズがカイトに向き、詰め寄る

 

ブラックローズ「なに…なによ…?なんか言いたいわけ?」

 

カイト「いや……」

 

ブラックローズ「あ、わかった、あんた初心者ね、そうだ、絶対そうよ、そうでしょ?」

 

青葉(多分自分もですよね…?)

 

ブラックローズ「失礼しちゃうなぁ…いい?特別親切に教えたげるけど、そうやってジロジロ見んのはマナー違反!ゲームの中でもリアルでも一緒だよ!わかった!?」

 

カイト「……」

 

言葉の無い空白の間を三点リーダーが埋める

 

ブラックローズ「だからぁ!なんなのよっ!」

 

カイト「……」

 

ブラックローズ「てんてんてん、じゃないっちゅ〜の!」

 

青葉(中々、面白いものを見てしまいましたね…司令官…カイトと、その相棒、ブラックローズの出会い…)

 

こんなものが見られるなんて、素直に嬉しい

 

青葉「あ、行っちゃう、追いかけ…あ"っ!?」

 

あそこにいるのは、このバージョンに似つかわしく無い白塗りピエロは…

 

青葉「そうだ!確か道化のポザオネ、今回の私のパートナーになる人!」

 

こちらに気づいたのかポザオネさんが近づいてくる

 

ポザオネ「オマエが青葉アルね〜?」

 

青葉「あ、アル?」

 

ポザオネ「団長から話は聞いてるアル、が……ワタシはオマエと組む気は無いアル!」

 

青葉「は、はあ…?」

 

ポザオネ「どうせトロンのアホは油断してやられただけアル、ワタシはそうはいかんアル…シッシツシッシッ!」

 

青葉(ろ、ロールプレイがキツい人だなぁ…ボイスは男の人なんだけど…)

 

ポザオネ「それに、ワタシは重槍士に嫌な思い出があるアル…さっさと失せる事ヨ!」

 

青葉「…あ、あの、それより…トロンメルさんはもう出てこないんですか?」

 

別に2人で当たる必要はないし…

 

ポザオネ「ん〜?オマエ、聞かされてないアルか?トロンはガイストが発見した時にはバラバラに刻まれてて、そのまま意識ごとやられたアル」

 

青葉「…え…?」

 

頭を殴られた様な感覚に陥った…

 

青葉「トロンメルさんが…未帰還者に…?」

 

ポザオネ「今頃病院のベッドでオネンネ中アルね!シッシッシッシッ!」

 

青葉「あの、トキオってキャラにやられたんですよね…!?」

 

ポザオネ「そう聞いてるアル」

 

青葉(あのPCにやられたら…未帰還者に…?いや、私はやられても…待って、やられた時はトキオさんは…剣が一本だった、今は二本になってる、あの剣が悪い?)

 

なんにしても、危険である事は間違いないんだ

 

青葉(…止めないと…!!)

 

青葉「これ以上、犠牲者は出しませんから」

 

ポザオネ「ん〜??どうでもいいけど、オマエのキャラ、随分と弱そうアルね〜」

 

青葉「……そうですか」

 

ポザオネ「ま、足手纏いになるだけだから邪魔にならない様にするアルよ」

 

そう言ってポザオネさんはどこかへと消えていった

 

青葉「……トキオさんにキルされたら、未帰還者…か」

 

未帰還者を助ける決意と覚悟はとても強い

しかし、ここからは自分が"そうなる"覚悟も必要になる

 

青葉「…司令官…私、やってみせますから」

 

きっと、今の状況は同じだ

かつてのカイトと同じなんだ

 

だから私も、カイトになってみたい

 

青葉「あ!」

 

ゲートの方に走っていくカイトを見つけて追いかける

 

青葉(!ブラックローズさんも追いかけて…)

 

ブラックローズ「ちょい待ちっ!」

 

カイトが振り返り、ブラックローズさんの言葉を待つ

 

ブラックローズ「そう、アンタ…その……あたしねー…面白いワード知ってるんだけど…一緒に行くっていうなら特別に教えてあげてもいいよ」

 

青葉(あ…一緒に来て欲しいんだな…)

 

カイト「…怪しいからやめとく」

 

青葉「え」

 

ブラックローズ「…あっそ、別にいいけどね」

 

想定外の返事に戸惑い、つい声を漏らしたが…確かに嫌なファーストコンタクトだ…仕方ない、のかも…

もしくは別の場所で仲間になるタイプのイベント…!

 

青葉(だといいんだけど…)

 

しょぼくれたブラックローズは明らかに誘われるのを待ってる様子…

 

カイト「あの…」

 

ブラックローズ「んもぅ、やっぱり行くんじゃない、初めから素直に言やぁいいのに」

 

カイト「…やっぱやめた」

 

ブラックローズ「う〜!!ハッキリしろ!!」

 

青葉(これ、RPG特有の"はい"を押すまで無限回ループするパターンでは…?)

 

カイト「…行く」

 

ブラックローズ「そうそう、そうこなくちゃ…初心者は素直が一番!」

 

カイト「…やっばやめた」

 

ブラックローズ「これって…中途半端なじらし?」

 

青葉(でしょうね…司令官意外と性格悪いとこあったんだ…)

 

カイト「わかった、行くよ…」

 

ブラックローズ「…ワードはΔサーバー、隠されし禁断の聖域だからね」

 

カイトがゲートの方を向く

 

ブラックローズ「パーティに誘いなさいよ?!」

 

青葉(…コメディか何かですか…)

 

 

 

 

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

          グリーマ・レーヴ大聖堂

 

2人から少し離れた位置に転送する

 

ブラックローズ「うわ……ここって…」

 

カイト「?」

 

ブラックローズ「…なんでもない、さっ、いきましょ?男の子なら、ちゃんとエスコートする!」

 

カイトが聖堂の扉を開く

 

青葉(…中にモンスターが湧いてる?…変な音がする様な…)

 

モンスターの声が聖堂に響く

 

ブラックローズ「え?なんなのなんなのなんっ…!」

 

雑魚のゴブリンが現れ、2人へと近づく

 

カイト「!」

 

カイトがブラックローズの前に出てゴブリンと斬り合う

 

ブラックローズ「い〜や〜だ〜…」

 

…前に出るべき撃剣士は大剣を盾にした様にして後ろで震えている…

なんとも、言えない…

 

パチリと音がした

 

ゴブリンがカイトに斬られ、消滅する

 

ブラックローズ「ふふっ…何よ!弱っちぃじゃない!…こんなの、あたしが手を出すまでもないわ」

 

青葉(声、超震えてますね…)

 

恐怖心と動揺が隠れてない…

カイトもどこかやれやれといった雰囲気だ

 

2人が聖堂の奥へと進む

 

青葉(…誰か転送されてきた?隠れなきゃ)

 

聖堂の中に身を潜める

 

その間に2人は、最奥の台座に鎖で縛り付けられた女の子の像のそばへと行く

 

ブラックローズ「これ、なんだろう…なんだか、切ない…」

 

カイト「…台座に何か文字が……スケィス…イニス…メイガス…あとは削り取られてて読めないな…」

 

ブラックローズ「ねえ」

 

カイト「ん?」

 

ブラックローズ「あたしが初心者だって…バレてるよね…」

 

カイト「うん…まあ」

 

ブラックローズ「そりゃそうだよね…あんだけオドオドしてたらそりゃバレバレか…それなのに付き合ってくれて…アンタ、割といいやつかもね!……あたしね、どうしても調べたい事…」

 

聖堂の扉が大きな音とともに開け放たれる

 

バルムンク「何をしている!」

 

青葉(あの人は…バルムンクさん!)

 

ブラックローズ「なにって…アンタこそなによ!」

 

バルムンク「言い合ってる暇はない!ここは危険だ!」

 

ブラックローズ「は?」

 

…気づかなかった!この感覚!何か居る!

 

バルムンク「逃げろと言っている!!」

 

バルムンクさんが2人へと駆け寄る…が、2人との間にモンスターが現れる

 

バルムンク「早く行け!!たぁっ!!」

 

飛翔し、斬り下ろす

バルムンクさんの剣が最大値近いダメージを叩き出し、モンスターが崩れ、死ぬエフェクトを伴った瞬間…

 

青葉「…ウイルス、バグ…!」

 

モンスターはノイズと共に起き上がる

 

バルムンク「やはり、こいつもか…」

 

ブラックローズ「なによ、なんなのよぉぉっ!こいつってば死んだ筈じゃない!!何光ってんのよ!気持ち悪いぃぃぃっ!そんなんアリなわけ!?」

 

バルムンク「ウイルスバグだ、ウイルスがデータを書き換えている、コイツのHPは…無限だ!」

 

ブラックローズ「こいつが…!」

 

バルムンク「俺がしばらく時間を稼ぐ!その間に脱出しろ!」

 

青葉(…手を貸したい、だけど、今の私じゃ…)

 

ブラックローズ「コイツのせいで……殺してやるーーーっ!!」

 

青葉「えっ」

 

バルムンク「無理だ!これは倒せん!コイツに構うな!死ぬぞ!」

 

バルムンクさんが舌打ちしながらブラックローズを追いかける

 

青葉「!」

 

カイトの表情は、凍りついていた

明らかに、あのオルカさんのことを思い出していた…

恐怖と、絶望に満ちた目をしていた

 

…聖堂に、声が響く

 

『本……本を開いて…』

 

カイト「本…?」

 

『強い力、使う人の気持ち一つで…救い、滅び、そのどちらにでもなる』

 

カイトの前に、あの時オルカさんが手にしていた本が現れる

 

青葉(渡っていたんだ!オルカさんの手から、カイトに!)

 

カイト「う…ううううっ…!?」

 

カイトの手の中で本が開き、電流を散らす

 

カイト「っ…!えぁっ!」

 

カイトは本を投げ捨てる

しかし、本はカイトの方を向き、何かをその右腕に…

 

青葉「色が、変わっていく…」

 

緑のPCが、オレンジに…

 

そして、データドレインが展開され…

 

カイト「う…ああ…うわっ……!うわああああっ!!」

 

データドレインが、ウイルスバグを貫いた

 

カイト「…今の、って…オルカの時と…!」

 

バルムンク「はっ!!」

 

バルムンクさんがウイルスを抜かれたモンスターを斬り殺し、カイトに振り返り、睨む

 

バルムンク「今のスキル…そうか、そういう事か……お前もあのウイルスバグと同類というわけか…そんな奴に、助けられるとはな…!」

 

カイト「そんな…僕にだって何が何だか…」

 

バルムンク「最近The・Worldでウイルスによる被害が発生している、面白半分にウイルスを撒き散らし、この世界を貶めようとする存在を私は……許すわけにはいかない!」

 

カイト「違う!僕は…」

 

バルムンク「抜け!剣を抜け!!」

 

カイト「嫌だ!戦う理由がない!」

 

バルムンク「こちらにはある、抜け」

 

カイト「嫌だ!戦いたくない!僕はただ…」

 

ブラックローズ「ちょっとアンタ!」

 

ブラックローズがバルムンクさんに近づく

 

ブラックローズ「助けてもらっといて!それは無いんじゃない!?」

 

バルムンク「…チッ…」

 

バルムンクさんが剣を納める

 

バルムンク「お前を信用したわけじゃない、ただ…事態が把握しきれていないだけだ」

 

そう言って聖堂の出口へと歩く

 

バルムンク「奴らの仲間だと判断したら、その時は……必ず殺す…!」

 

青葉(……今のバルムンクさんは、頭に血が上ってるな…私がここで口を出しても話は聞いてもらえないだろうし、敵認定されて終わる可能性もある…落ち着いたら接触してみよう)



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538話

The・World R:1

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域   

          グリーマ・レーヴ大聖堂

 

ヘルバ「フィアナの末裔、蒼天のバルムンク……にしては、大人気ないんじゃない?」

 

聖堂を出たバルムンクが声に振り返る

青銅の屋根の上、そこにただ、存在する白い、異質な女王…

 

(ダック)の女王、スーパーハッカーのヘルバ

そして、ザワン・シンを討ったふたりの英雄、フィアナの末裔、蒼天のバルムンク

 

バルムンク「ハッカーと話す言葉などない!」

 

ヘルバ「(笑)」

 

ヘルバがバルムンクのそばにワープする

 

ヘルバ「彼はね、あなたのパートナーの友人よ」

 

その言葉を聞いてバルムンクは足を止める

 

バルムンク「オルカの……?」

    

 

 

 

 

聖堂内部

重槍士 青葉

 

カイト「彼も…オルカみたいになっちゃうと思って、なんとかしなきゃ、なんとかしなきゃ…って、そう思ったら…声が聞こえたんだ」

 

そう語る司令官を物陰から静観する

また、いつアレが現れても、良いように

 

カイト「オルカに本を渡した、女の子の声だったと思う」

 

ブラックローズ「そっか…でもさ、どうする?またウイルスバグが出てきたら…その力は、アンタの友達を……その…ごめん」

 

…デリケートすぎる部分だ

踏み込みにくいし、踏み込めない

 

カイト「よくわからないんだ…この力がなんなのか、彼女は、オルカに何をして欲しかったのか、こんな力を持ってしまった僕はどうすれば良いのか、僕はただオルカを助けたい、それだけなのに…」

 

…ただ、友達を助けたいだけだったのに…か

 

 

 

 

 

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

 

ブラックローズ「今日はあたし落ちるね」

 

カイト「うん」

 

ブラックローズ「今日はなんだか……その、うまく言えないけど…おやすみ…」

 

そう言ってブラックローズがログアウトする

 

それと入れ替わりに…

 

青葉(…さて、どうしようかな、私はとりあえず影から司令官を…)

 

カイトの正面に、転送されてしまった

 

青葉「あ」

 

カイト「…あ、もしかして…」

 

青葉「あー、そうだ、このタウンじゃなかったー…」

 

ゲートをターゲットして転送しようとした時、リコリスさんに手を引かれ、転送できない距離に移動させられる

 

青葉(り、リコリスさん…!)

 

リコリスさんの妨害により、転送が阻止される

 

カイト「あの…この前、助けてくれた人…」

 

青葉「ええと…どちら様でしょう…」

 

カイト「あ…そっか、色が…ええと、前は緑色だったんですけど…」

 

青葉「…人違いじゃないですかね?The・Worldってにたエディット多いし」

 

カイト「…そうですか…わかりました、すみません」

 

青葉(心臓に悪いですね……そう言えば、この時の司令官っておいくつくらいなんだろ…えーと、2010年だから…14か13…!?…若っ…)

 

…本当にその年齢でたくさんの未帰還者を助けたというのだろうか

…怖かったはずなのに、辛いはずなのに、そんなの…

 

青葉(…私も、見習わなきゃな)

 

青葉「……気分、変わっちゃったなぁ……そう言えばあと少ししたら出発だし、落ちようかな」

 

 

 

 

 

リアル

 

離島鎮守府 執務室

重巡洋艦 青葉

 

狭霧「駆逐艦狭霧、それから以下Linkメンバー、離島鎮守府にお世話になります」

 

海斗「よろしくね、狭霧、それとお帰り、朧、青葉」

 

朧「はい、朧、ただいま戻りました」

 

青葉「同じく青葉、戻りました!」

 

…あのカイトが、今目の前にいるんだ

そう思うと、司令官が少し違って見える

 

海斗「それと、護衛の話だけど…5人用意したよ、影武者合わせて5人」

 

狭霧「…そちらに居られるのが、5人の朝潮さん、と、その役の人達と」

 

海斗「そうなるね」

 

朧(…アケボノも混じってるし…)

 

青葉(それと…確かあの子は朝霜さん、あっちは春雨さん、そっちは荒潮さん、それと山雲さん…あ、あれ?本物の朝潮さんは?)

 

アケボノ「とりあえず、私達は施設内を案内致します、では、提督、一度失礼致します」

 

ガングート「おい待て」

 

アケボノ「…なんですか?」

 

ガングート「なぜ影武者にお前が混じっている、私はお前を知っているぞ、たしか…あー…あー………あ…なんだった?朧」

 

朧「朝潮」

 

ガングート「じゃないだろう?多分別の名前だったはずだ」

 

狭霧「アレは、朝潮さんですよ、ね?」

 

アケボノ「ええ、私が朝潮です」

 

グラーフ「秘匿されるべき本物が堂々と名乗るか?」

 

荒潮「あら〜、なんで詮索するのかしら〜?」

 

リシュリュー「…要するに、私達は目の前にいる5人を本物だと信じて守るしかない、か」

 

アケボノ「それでは、ついてきてください」

 

戦闘ができるメンバーは殆ど全員連れて行かれた

残されたのは、狭霧さん、私、朧ちゃん、それから神風さんやアークロイヤルさんみたいな…ここに詳しいメンバーや戦闘をしないメンバーばかり

 

海斗「次に、キタカミ…は、まだ来てないか…」

 

朧「相変わらず、キタカミさん時間にルーズなんですね…」

 

海斗「いや…多分誰かに絡まれてるんだと思うよ、最近は人気者だし、それに…脚が少し良くないんだ」

 

青葉「…何かあったんですか?」

 

海斗「新種の深海棲艦がね、キタカミの足に張り付いて自爆したんだ…アヤナミの用意してくれてた特殊繊維の制服のおかげで大事には至らなかったけど、見えてないだけで傷があったみたいでね」

 

狭霧「それは…」

 

海斗「本人は大したことないって言い張ってるけど、無理はさせられない…」  

 

朧「なら尚のこと、こっちから行くべきなんじゃ…」

 

海斗「僕もそう提案したんだけどね…」

 

朧(…あ、あれ?この匂い…あ…)

 

朧「……絶対にアタシ達が行くべきでしたよ…」

 

海斗「どうかしたの?」

 

ノックもなく、扉が開く

アケボノさんがいたら激怒していただろうけど…

 

阿武隈「し、失礼しまぁす…!」

 

潰れたカエルのような声になりながら、キタカミさんを背負った阿武隈さんが入ってくる

 

海斗「…あー…阿武隈、キタカミ…なにやってるの…?」

 

キタカミ「いやー、なんか背負っていってくれるらしいからさ、いい弟子を持ったよ〜」

 

阿武隈「嘘!脚が痛いからおぶらないと動かないって言いまし…あゔっ!?」

 

阿武隈さんが体制を崩して倒れる

キタカミさんに膝裏を杖でつっ突かれたようだった

 

キタカミ「それよりもさー、阿武隈?ノックはしようか」

 

阿武隈「びゃい……」

 

キタカミ「さて、と」

 

キタカミさんが杖をついて阿武隈さんの上に立ち上がる

 

ビスマルク「背筋もピンとしてるし、脚が悪いようには見えないけど」

 

アークロイヤル「黙っていろ」

 

キタカミ「ま、私が教導担当のキタカミね、とりあえずここで2番目にえらくて強くて賢いやつだと思って覚えといてくれたら良いからさ」

 

ビスマルク「賢いの?綾波より?」

 

キタカミ「さあ?どうだろ」

 

アークロイヤル「綾波より強いのか?」

 

キタカミ「タイマンでお互い死ぬ直前まで行ったかなあ」

 

朧(それ…自滅技…)

 

海斗「キタカミは勉強も得意だから、知りたい事やわからないことがあったらなんでも頼って」

 

キタカミ「ま、そういうことでよろしく?」

 

狭霧「……キタカミさん、あなたは私たちを受け入れる事に抵抗は無いんですか?」

 

キタカミ「無いね、ここは絶海の孤島だけど新聞とかニュースはネットを介して見られる」

 

キタカミさんがニュース記事をスマホに映して見せる

 

キタカミ「まあ、よろしく?有名人さん」

 

英語の記事…イギリスの英語…

 

狭霧「この記事、イギリスの新聞ですね」

 

アークロイヤル「…ウォースパイトが働きかけてくれたんだな、ヨーロッパの方ではLinkの存在がかなり広まっているらしい」

 

キタカミ「ま、アンタらが目の色変えて襲いかかってきても…うちの駆逐艦にすら勝てないだろうしさ?」

 

アークロイヤル「流石にバカにしすぎだ」

 

ビスマルク「一応汎用艤装で訓練も済ませてるんだし、何より装甲が違うわ」

 

キタカミ「なら為す?うちの駆逐艦と」

 

そう言って朧さんが指差される

 

アークロイヤル「…これは駆逐艦とは呼ばないだろう」

 

キタカミ「んじゃー…アケボノとか」

 

朧「あれはアタシより化け物…いや、もう戦艦とか空母ですら無い…」

 

ビスマルク「朧がそう言うってどんな化け物なの…」

 

朧「しばらく本気を出してるのを見た事ないけど…アタシじゃ無理かなぁ…」

 

キタカミ「それなら、オリジナルボディのアヤナミは?」

 

朧「…ちなみに強さは?」

 

キタカミ「ノーマルよりは弱いってさ、水鬼くらい?」

 

朧「無理、戦艦でも手も足も出ません」

 

キタカミ「んな事ないよ、スペック的にはやりあえるよ、戦い方にやられるだけで」

 

アークロイヤル「ここには化け物しかいないのか」

 

キタカミ「最前線だからね」

 

阿武隈「あ…あのぉ…そろそろ…降りてもらっていいですか」

 

キタカミ「ああ、ごめん、忘れてた」

 

そういってキタカミさんが阿武隈さんから降りる

 

青葉(こんなキャラだっけ、2人とも…)

 

キタカミ「魔、とりあえず怯えるこたぁないよ、優しく教えてあげるからさ」

 

青葉(…大変なことになる予感がします…)



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539話

離島鎮守府

秘書艦 アケボノ

 

ガングート「なあ、お前」

 

アケボノ「なんですか」

 

ガングート「試しに私とやらないか?」

 

アケボノ「……護衛対象と戦いたいなんて人、初めて見ましたよ」

 

他のダミーの朝潮さん達と別れた途端にこれか

かなり好戦的にみえる

 

アケボノ「お断りします」

 

ガングート「私は是非やりたい、お前は強そうだからな」

 

アケボノ(一目でわかるタイプの戦闘狂か)

 

他のメンバーにつかなくてよかった、この人といるとストレスが溜まるパターンだ

 

ガングート「なあ!試しに一度!どうだ!」

 

アケボノ「お断りします」

 

…この人は何が知りたいのか

 

ガングート「お前からは技術だけで誤魔化すような力ではない、純粋な力を感じる…!」

 

アケボノ「……」

 

こいつ、深海化の力を見抜いている?

…明石さん試製の艤装のテストに使うのも手だが、殺してしまいかねないか

…革手袋をした上で、手だけを深海化して…

 

アケボノ「なら、腕相撲と行きましょう」

 

ガングート「アームレスリングか、わかった、いいだろう、それでも力はわかるしな!」

 

…まさか本当に乗るとは

 

 

 

アケボノ「では、行きますよ」

 

…片手だけ深海化して、力を抜く

握り潰さないように

 

この手なら簡単に鉄を変形させるほどの力がある、力を抜かなくては兵士としての人生を殺してしまいかねない

 

ガングート「手は抜くなよ」

 

アケボノ「はいはい」

 

アケボノ(抜かないと大怪我させるんですよ…)

 

手を重ね、互いに力を込める

 

アケボノ「!」

 

ガングート「…どうした、まだ握らないのか?」

 

握り潰すつもりの握力…これは…

 

アケボノ(コイツ、本気で骨を折るつもりか…)

 

アケボノ「合図はそちらのタイミングでどうぞ?」

 

少し痛い目に合わせた方がいいのかもしれない 

 

ガングート「3…2…1……GO!」

 

アケボノ「!…これは…」

 

思っていた以上に力がある…!

コイツ、ナノマシンタイプだ、筋量以上のパワーが出ている…

 

アケボノ(いや!それよりも…手首までの深海化で出せるパワーでは…勝つのはギリギリか)

 

ガングート「やはり見立て通りだな!その小柄さで私並みのパワーだと!?どうやって出しているんだ!!」

 

アケボノ(うるっさい…一瞬力を込めて…潰す!!)

 

ガングート「!」

 

一瞬で手の甲を叩きつける

 

アケボノ「私の勝ち、以上です」

 

ガングート「…ははは、意外と…負けず嫌いなんだな?」

 

アケボノ「…何?」

 

ガングート「何をした?今、明らかに異常な力が見えた…貴様が本物なのか?」

 

アケボノ(…思ったよりバカではないらしいが、不愉快だな)

 

アケボノ「そうまでして本物が知りたいですか」

 

ガングート「…ああ、ロシアには、本物を迎え入れ、警護する用意がある」

 

アケボノ「馬鹿げてる、国で守れると?」

 

ガングート「国で守れなければ何が守れる!」

 

アケボノ「仲間ですよ」

 

ガングート「…果たして、そううまく行くか」

 

アケボノ「うまく行きます、何故なら、私たちは今までそうやって乗り越えてきました、どんな障害も、どんなに苦しい時も」

 

ガングート「それは、今後もそうであると言う証明にはなり得ない」

 

アケボノ「だからなんですか」

 

ガングート「…お前が本物ならロシアに来てほしい、必ず護ると約束する、オリジンの力は悪用させない、いや、利用すらさせない!約束する、世界が滅ぶようなことになってほしくないだけなんだ…!」

 

アケボノ「あなたが真実を言っている証明はどこに落ちているんですか?」

 

ガングート「…それはない」

 

アケボノ「私たち言葉を否定しておきながら、なんと都合のいい」

 

ガングート「……悪いとは思う、しかし、だが…」

 

アケボノ「そもそも、あなた達を今の所信用していません、あくまで私はですが」

 

ガングート「……そうだ、思い出したぞ、お前の名前」

 

アケボノ「…へえ」

 

ガングート「呉で川内達といたやつだろう!?確か曙…で、お前はその、そっくりさん」

 

アケボノ「……」

 

ガングート「確かあの時、お前は別の曙と名乗っていた、そうだろう!?…てっきり深海棲艦の力を扱うのがオリジンの能力かと思ったが…」

 

アケボノ「なんですって?」

 

…あの一瞬でそこまで見極めたのか?

どんな眼をているというのか

 

あの、本当に微かな一瞬で…それを見極めるなんて

 

アケボノ「私は深海棲艦の力なんて使えませんよ

 

ガングート「私は、と言うことは使える奴もいるのか?それがオリジンなのか?」

 

アケボノ「知りませんよ」

 

ガングート「頼む!教えてくれ!邪な考えは持っていない…!」

 

アケボノ「…信用するのは無理な話だ」

 

ガングート「その無理を通したい!頼む!この通りだ!」

 

…真っ直ぐに当たられるのは慣れてないな

でも、それはそれとして

 

アケボノ「まあ、お断りしますね」

 

ガングート(コイツは何かを知っている、本物の正体以上のことを…コイツから聞き出すのが一番早い!)

 

アケボノ(…別の人に代わってもらおうかな)



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Preparation

離島鎮守府

駆逐艦 アヤナミ

 

アヤナミ「…えっと…?」

 

狭霧「すみません、やはりご迷惑をかけるとは思っていたのですが…」

 

神鷹「…綾波さんなのに、違う…?」

 

ビスマルク「見れば見るほど、見分けがつかないわ」

 

アヤナミ「…あの…」

 

アークロイヤル「記憶も大体同じなのだろう…?一時的に指揮を取ってもらうのはどうだ」

 

神風「…止めなくていいんですか、これ」

 

青葉「あー、すみません、一度離れて…あ、髪引っ張らないで!!」

 

もみくちゃにされた…

 

アヤナミ「…あの…わ、私は綾ちゃんとは…いえ…身体を借りてるだけで、わ、私、人間ですらないのに…」

 

神鷹「Ich habe geweint(泣いちゃった)…」

 

神風「これが、あの綾波…?信じれない…」

 

…怖い、この人たちは怖くない、でも、私に期待して欲しくない

私を信じて欲しくない

私を見て欲しくない

 

私と綾ちゃんを重ねないでほしい

 

綾ちゃんは、私より、ずっと立派で素敵だから

 

だから、私を見ないで

 

狭霧「アヤナミさんはアヤナミさん、別の人だと何度説明したらわかってくれるのか…」

 

ガングート「おお!綾波!…じゃない方のやつか!おーい!みんな!居たぞ!」

 

グラーフ「本当か!?」

 

ザラ「あら本当ですね」

 

リシュリュー「記憶も同じって本当なの!?」

 

アヤナミ「ひっ…」

 

狭霧「……」

 

狭霧さんが何も言わずにカートリッジを起動する

 

狭霧「ここはよそ様のおうちです、少しくらい…」

 

狭霧さんの回し蹴りが異様な音を鳴らしながら、空を切る

 

狭霧「静かにしなさい」

 

ガングート(改二…)

 

グラーフ「わ、わかった…」

 

狭霧「それと、あなたたち警護の仕事はどうしたんですか」

 

リシュリュー「そこまで気負わなくていいし、「基本は自由にしろ」って言われたから」

 

狭霧「……はぁ…」

 

アヤナミ「…ああ、あ、あの…わ、私はこれで…!」

 

その場をそそくさと逃げ出す

 

アヤナミ(怖い…)

 

 

 

 

 

農園

 

清霜「あ」

 

アヤナミ「ど、どうも…」

 

朝潮「どうも…目元が腫れてますけど…」

 

アヤナミ「ご、ごめんなさい…」

 

清霜「え、なんで謝るの…?」

 

アヤナミ「す、すぐに消えるので…!ちょっとだけ地盤の確認をさせてください…!」

 

今日の仕事は、地質調査とか、その辺のなんでもないことばかり…

に、見せかけた索敵や罠の補強、周辺の確認…

 

朝潮「い、いや…別にそんなに焦る必要はありません…どうぞゆっくりと…」

 

清霜「…焼き芋食べる?」

 

くぅ、とお腹が鳴る

そういえば、昨日から何も口にしていない

 

別に忙しいわけじゃない

私はどんどん不安感が増していく

 

最初の頃の綾ちゃんみたいに、私は何もかもが怖い

 

だから、苦しくて、辛くて

綾ちゃんはもっと苦しくて辛いのに

 

そう思うと、食欲が湧かなかった

 

…身体を借りてるのに、餓死なんて笑えないことはできない

 

アヤナミ「頂きます…」

 

 

 

 

清霜「はい、冷たい牛乳」

 

アヤナミ「あ、ありがとうございます…」

 

朝潮「…ふう…」

 

3人で丸太で作られた椅子に腰掛け、焼き芋を食べ、牛乳で流し込む

 

アヤナミ「はふ…」

 

清霜「えっ…皮ごと?洗ってあるけど…」

 

アヤナミ「せ、せっかくいただくなら、余す事なく頂かないと…失礼かなって……思ったんですけど…」

 

どんどん声が小さくなってる自覚がある…

 

朝潮「食物繊維やアントシアニンが含まれてて、身体に良いそうですね、山雲が教えてくれました」

 

清霜「へー、自分に教えてもらったんだ、山雲サン」

 

…そう、今の朝潮さんは"山雲さん"ということになっている

 

そして護衛は清霜さん

倉持司令官とキタカミさんが持ちかけた交渉により、成立した…

 

アヤナミ「…美味しいですね」

 

ここは、野菜を育てるのに向いた土地とはいえない

でも、ちゃんと毎日、欠かす事なく面倒を見続ける事でしっかり育った作物はとても美味しく感じられる

 

風情、と言うのだろうか

 

この土地、そして、遠くまでぼんやりと眺められる空と海

静かなこの島を楽しみながら食べるから、こう感じられるのだろうか

 

元々ただのAIDAの私には、有り余る幸せだ

 

清霜「…ふー…美味しかった」

 

アヤナミ「…はい、本当に…」

 

朝潮「な、なんで泣いてるんですか…」

 

アヤナミ「…なんででしょう…」

 

笑って見せるものの、涙がボロボロと零れ落ちる

 

アヤナミ(…やっぱり、綾ちゃんは泣き虫ですね…綾ちゃんが泣いてばかりだったから、私もすぐ泣いちゃいます…)

 

清霜「ふふっ…泣きながら笑ってるじゃん」

 

アヤナミ「そうですか…?ふふ…」

 

朝潮(やっぱり、満潮達の言う通り…普通の人、か)

 

 

 

 

執務室

重巡洋艦 青葉

 

青葉「そう言うわけで、これから司令官の時代に…」

 

海斗「そっか……うーん、なんだか恥ずかしい気もするね」

 

2010年のThe・Worldに入った事を伝えた、けど、あんまりいい反応はもらえなかった

やはり、司令官からしても過去を好き勝手に覗かれるのは当然好ましくないらしい

 

青葉「あ!そ、それと、砂嵐三十郎さんってわかりますか?」

 

海斗「わかるけど…」

 

青葉「現代のThe・Worldに!ログインしてるんですよ!!」

 

海斗「え…?本当に!?」

 

青葉「はい!話を聞いてみたら、どうやらアメリカにいたせいでネット回線が悪くてログインが間に合わず、そのおかげで助かったとか…!」

 

海斗「…そっか…!よかった…」

 

青葉「…司令官、私はあの時代において、正しい時の運航のため、何をすればいいのかを知るために…司令官にあの時代について教わりたいんです」

 

海斗「…あの時代、か…もう10年も前だから、ちょっとあやふやなことも多いんだよね…それに、何から話せばいいのか…」

 

青葉「そうですか…なら、助けが欲しくなったら話を聞きにきます、司令官のキャラを時間移動させるのはリスクも多いですし」

 

海斗「またレベル1はちょっとごめんかなぁ…僕もできる事を探してみるよ」

 

青葉「はい」

 

青葉(よし…それじゃあ、The・Worldにログインして…)

 

キタカミ「ああいた、青葉、ちょい良い?」

 

青葉「ひゃえっ!?」

 

キタカミ「…そんな驚かないでよ」

 

青葉「ご、ごめんなさい!なんでしょうか」

 

キタカミ「ゲームに詳しいんだっけ、ウイルスバグってゲームのモンスターと同じ症状だよね?」

 

青葉「ウイルスバグ…ですか」

 

キタカミ「殺す方法、データドレイン以外にある?提督に聞いたけど死ぬまで殴れば一応死ぬけど馬鹿みたいに硬いからさ」

 

海斗「まあ、ネットゲームだった頃はその手が使えたけど、今は…ね」

 

青葉「私も、司令官以上には何も知りません…」

 

キタカミ「そか、悪いね、じゃ」

 

 

 

 

 

 

 

無人島

綾波

 

綾波「…くぁ…あ…」

 

大きく欠伸をする

 

綾波「みなさん起きましょう、どうやら来たようですよ」

 

海を埋め尽くすほどの大群

2000の深海棲艦

 

…まあ、烏合の衆、役には立たないのだが

 

装甲空母鬼「コレデ離島鎮守府ヲ落トセ、トノコトデス」

 

綾波「舐めた事を」

 

…こんな烏合の衆では、意味が無いだろうに

本当にあそこを落としたいなら、万はいる

完全包囲の兵糧攻め

 

それが鉄板の戦術なのに

 

綾波「どうやら太平洋棲姫は随分私を勘違いしているらしい、何のこともない駆逐級や軽巡級ばかり、これでは補給線を断つ事すらできない」

 

装甲空母鬼「……」

 

綾波「そんなことは向こうも承知、使えないゴミを押しつけ、離島鎮守府の戦略を削れれば御の字…か、バカめ」

 

装甲空母鬼の首を鷲掴みにする

 

装甲空母鬼「ッ!?」

 

綾波「落としてやろう、落として見せましょうとも、いとも簡単にね…でも、この仕事の払いは高くつく、装甲空母鬼、太平洋棲姫に伝えなさい、試作機の、1番の大型を持ってこい、と」

 

装甲空母鬼「カッ…アッ……」

 

綾波「境界線を破るための実験場として、あそこを使います」

 

装甲空母鬼の首から手を離し、肩を撫で、顔を近づけ微笑む

 

綾波「しっかりと、仕事を果たしなさい」

 

装甲空母鬼「ハ、ハイ…!」

 

装甲空母鬼を送り出し、食事の支度をする

 

神通「良いんですか?」

 

綾波「ええ、夕立さん、そのコオロギとバッタの下処理をしたらこの石臼に入れて混ぜておいてください、神通さんは山芋を刻んで一緒に合わせてください」

 

神通「…おぇ…」

 

夕立「もう慣れちゃったっぽい」

 

綾波「あとはムカゴ、それから山菜各種、魚のワタ、これらをよく合わせ、海塩で味付けしたらそれをよく焼いて完成です」

 

神通「…兵糧丸ですか」

 

綾波「カロリーもタンパク質も食物繊維も、ミネラルなども含めて摂れるようにしてあります…が、いささか味気ないのが悩みですね」

 

夕立「爪先くらい小さくして固焼きにしたら美味しいっぽい」

 

綾波「さて、離島鎮守府を落としますが…みなさん、覚悟の程は?」

 

神通「強敵揃いです、簡単に勝てるとは思えませんが」

 

夕立「勝算あるのかしら?」

 

綾波「…風向きが悪い、そして私のやる気がないことが憂慮すべき事ですが…問題ありませんよ、明後日、日没と共に出立します、そして北側から奇襲をかける」

 

神通「北?」

 

夕立「北は本土に近いっぽい」

 

綾波「ええ、ですから…本土との補給船が通るルートも北にあります、普通に考えてそのルートに罠はほとんど配備できませんからね」

 

夕立「基本戦術は?」

 

綾波「ありません、あなた達は私に操られていると言う体を装いなさい、そうすれば殺されるはずありませんから、あの甘い人たちは誰も殺せない」

 

神通「では、誰を殺しましょうか」

 

綾波「殺すのはまだです、今殺しては我々の価値を理解させ、買わせる前に話が終わる…太平洋棲姫が十分な見返りを用意しないなら、仕事をする価値はありません」

 

夕立「ふーん…」

 

綾波「電撃戦、一瞬で終わりますよ、気をつけてくださいね?」



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記録 不意打ち

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「…っ!?」

 

ログインした直後、背筋を舐めるような視線に振り返る

 

ミア「……」

 

青葉「だ、誰ですか!?」

 

…びっくりした、紫のネコPC…

……いや、この配色

 

青葉「…貴方は……ミア…?」

 

ミア「へえ?ボクを知ってるの?……ジロジロ見て悪いね、ほら、キミ、珍しい子を連れてるから」

 

ミアがリコリスさんを指す

 

青葉「…見えるんですか」

 

ミア「もちろん、キミにはこの可愛い女の子が見えないの?…目に見えなくても、そこにいるとわかってるなら、見えてるのと一緒だけどね」

 

青葉「……」

 

ミア「ありがと、良いもの見せてもらったよ…キミとはまた合うような気がする、何となくね」

 

ネコの斬刀士…

 

スタスタと私の前から歩いて去っていくミア

…気をつけたほうが、いい…

 

あのミアは、きっとエンデュランスさんの肩にいたあのネコなのだから

 

ミア「じゃっ、また、どこかで」

 

青葉「……ええ」

 

……

 

青葉「…ずっと見てたみたいですね、トキオさん」

 

トキオ「……ああ」

 

トキオさんが物陰から出てくる

私を見つけて、ずっと様子を伺ってたのか

 

青葉「ここはタウンの中です、安心してゆっくり話を…」

 

トキオ「もう、その手には乗らないぞ…!」

 

青葉「…トロンメルさんの事は、命令の行き違いだったんです、私達は貴方を攻撃する指示は受けてなくて…」

 

トキオ「じゃあこの時代で何をするつもりなんだ!時間データをめちゃくちゃにするつもりなんだろ?!」

 

青葉「…なんの話ですか」

 

青葉(一応、言われてるのはカイト復活の阻止、それだけ…)

 

トキオさんはこちらを睨みつけたまま剣を構える

 

青葉「…話がわからない人じゃないはずです、もう少し冷静になってください…!」

 

トキオ(彩花ちゃん!今ならいけるんだよね!?…よし、わかった!)

 

青葉(…目線、そしてあの頷き……やはり後方でモニタリングしてる誰かがいる、糸を引いてる誰かが…)

 

青葉「!」

 

トキオ「なっ…これは、結界!」

 

シックザールの結界…

青いバトルフィールドに閉じ込められる

 

青葉(なんで!?私はこの機能使えないのに…!ポザオネさん…は、この時間は居ないはず…別に誰かが居る!?)

 

トキオ「やるって事か…!やってやる!!」

 

青葉「ッ…待ってください!この結界は私が展開したものじゃ…」

 

トキオさんが詰め寄り、斬り掛かってくる

 

青葉「く…!」

 

前よりやはり強い…

剣戟を槍でいなすものの、完璧に防げるわけじゃない…

 

防具をつけてるのにこの削られ様…

 

青葉(モルガナ…!私のステータス全てに干渉した…!?)

 

ふとHPを見た時にはもうギリギリ、急いで回復アイテムを使うがその隙に追撃

 

青葉「ぅぐ…」

 

トキオ「斬烈破!!」

 

青葉「ああぁぁっ…!」

 

一方的…

私が今まで優位に立ててたのは、装備のおかげだった?

…武器も防具も、最低クラスの効果しか発揮できなくなった途端にこうもコテンパンにされるのか

 

トキオ「よし!…オレ、もしかしてめっちゃ強いかも!」

 

…違う

 

不安になってるだけだ

 

今も、怖い、痛いし、辛いし

 

戦いたくない

 

消極的で、不安だから

 

青葉(…落ち着いて…大丈夫だから)

 

…斬られれば私も痛いんだ

相手も痛いんだ

 

だから、戦いたくない

 

リコリスさんが結界を無視して転送してくれるのを期待している

リコリスさんならどこかへ逃してくれると信じてる

 

でも、今回はそうもいかないらしい…

リコリスさんは動く気配がない

 

青葉(…ステータスも何もかも、徹底的に弄られてるんだろうな)

 

私にできるのは、これだけだ

 

槍の中程を片手で持ち、全身を回しながらの斬撃…

 

トキオ(バックステップでかわして…回転の隙を!!)

 

青葉(詰めてくるはずだ、だから、これが効く)

 

槍を手の中で滑らせ、石突の部分を握り、柄で顔面を打ち抜く

 

トキオ「がッ…!?」

 

青葉「……初回でやるべきじゃないかもしれませんね、マジックスキルと合わせて二、三回転する事で射程を誤認させるのも…」

 

倒れたトキオさんに近寄る

 

青葉「…なんにせよ、私の勝ちです…」

 

トキオ「まだ、オレは戦える!!」

 

飛び起き、こちらに剣を向けられる

 

青葉「…痛いですよ」

 

トキオ「え?」

 

青葉「お互いに、痛いんです、辛いんです…勝ちだ、などと言って誤解させたかもしれませんが…別に私は負けてもいい、ただ、もうやめませんか?こんなの、間違ってる」

 

トキオ「…お前達が黄昏の騎士団や時間データをめちゃくちゃにしたんだろ!?」

 

青葉「彼らは、The・Worldを破壊しようと…」

 

地鳴りのような音…

 

青葉「な、なに…!?」

 

この感じ、ドタドタとした感じ…リアルだ!

 

トキオ(スキあり!!)

 

リアルの手がFMDにかかった瞬間、斬撃を連続で受け、HPがゼロになる…

 

青葉「っ…!」

 

…不意打ち

そして、この脳への衝撃…

 

青葉「…許さ…な…」

 

 

 

 

 

数刻前

 

 

 

リアル

離島鎮守府 波止場

 

天津風「……嫌な風ね」

 

島風「え?」

 

キタカミ「確かに、心地いい南風ではないね…今日の哨戒班誰だっけ?」

 

阿武隈「南は不知火ちゃんと龍驤さんの2班です、東西は今日は哨戒はありません」

 

キタカミ「私の独断になるけど、即座に撤収させて…東西に1班ずつ、北に2班、見張りを立てて……いや、北は偵察機のみにしようか…」

 

阿武隈「…どうしたんですか?」

 

キタカミが天津風の頭を撫でる

 

天津風「子供扱いしないで…」

 

キタカミ「天津風の勘はなんとなく当たりそうだからねぇ…」

 

天津風「…それは、悪い意味?」

 

キタカミ「んー…備えあれば、憂なし……ともいかないか、南風は何も運んできてない、だけど南は安全とも限らない」

 

阿武隈「キタカミさん…?」

 

キタカミ「阿武隈は、ここ以外に帰るところはある?」

 

阿武隈「…一応、両親も健在ですし…」

 

キタカミ「私もね、一応はあるよ……でもまあ、天津風も島風も、アメリカ連中も…ここが家なわけだからね」

 

島風「…来るんですか?」

 

キタカミ「匂いはしない……来ない、そう信じたい…でも…何か、天津風が何かを感じるように、私も何か…ものすごく嫌な何かを」

 

      

 

 

 

 

食堂

駆逐艦 春雨

 

春雨「……」

 

朝潮役は基本食堂に集まり、護衛の人間以外の目も有るようにする

 

これは指示されたわけではないが、暗黙の了解だ

 

私は医務室に引きこもりたいくらいなのだが

 

タシュケント「ここのお菓子は美味しいね、ウチじゃあお菓子作りなんて誰もしないもんだからさ」

 

春雨「本土ならスイーツ類も有るでしょう?」

 

タシュケント「田舎なんだ」

 

春雨「へぇ」

 

紅茶を口に含む

…なんとも、落ち着いて飲めないのは嫌なものだ

 

春雨「……あ、アヤナミさん」

 

アヤナミさんは私に一礼し、離れた席に座り、飲み物と菓子を頼む

 

タシュケント「…見れば見るほど、綾波にしか見えないな…」

 

春雨「…そうでしょうね」

 

綾波さんは今どうしているのか、なぜLinkから消えたのか…

それはまるでわからない

 

春雨(…満潮さん達とも仲、良いなあ…)

 

アヤナミさんの交友関係は意外と広い

誠心誠意接し、相手のことを思いやる姿勢を曲げたことがないからこそ、相手も受け入れてくれるもう1人の綾波さんの事を別の存在として見てくれる

 

如月さんと満潮さんは宿毛湾時代に綾波として交友関係を持っていたからか、他の人たちよりも仲がいい…

 

タシュケント「楽しそうだね、少し混ざりにいかない?」

 

春雨「……そうですね」

 

席を立ち、3人に近寄る

 

満潮「そうそう、最近は山雲も落ち着いててね、この前まで野菜を使ったお菓子には猛反対してたのに」  

 

如月「「お野菜に砂糖をつけるのはダメですよ〜」って、笑顔でにじり寄ってきてて…結局お砂糖は使えなかったの」

 

綾波「でも、このキャロットケーキ、すごく出来がいいですよ…うーん、この感じ、甘味はかぼちゃと玉ねぎ……あ、あとお米ですか?」

 

満潮「そうそう!頑張って甘くする方法を探して作ったんだけど、材料を軽くバターで炒めて甘味を出す事でね」

 

如月「下拵えに時間がかかるから、2人だったらできなかったけど…」

 

綾波「吹雪さん達も手伝ってくれてるんですね」

 

…菓子についてか、私はあまり詳しくないな

 

タシュケント「そう言えば、ここのアヤナミも眼帯をしてるんだね」

 

春雨「ものもらいらしいですよ」

 

タシュケント「もの、貰い?」

 

春雨「ものもらいというのは簡単に言えば瞼が腫れる事で…」  

 

かちゃり

フォークを皿に置く音が響く

 

綾波「ごちそうさまでした」

 

そういってアヤナミさんが立ち上がる

 

春雨「……あ…あれ…?」

 

体が、固まって動けない

 

タシュケント「どうかしたのかい」

 

春雨(この感じ、この恐れ…あれ、なんで…この、危険を伝えてるかのような感覚は、何…)

 

綾波「あれ、あそこにいるのは誰でしょう」

 

アヤナミさんがキッチンの方を指す

満潮さんと如月さん、そして近くにいたタシュケントさんも…

アヤナミさんに意識を向けていた人が全員そちらを向く

 

恐怖で固まった私を除いて

 

春雨(アヤナミさんが、笑った…?)

 

一瞬だった

瞬きの間に、何が起きたのか満潮さんと如月さんが崩れ落ち、次は私達へと…

 

春雨(違う…これはアヤナミさんじゃない!)

 

因子に意識を向けようとした瞬間、額と胸部に打撃を受け、そして顎を打ち上げられ意識を揺さぶられる

 

タシュケント「えっ」

 

この護衛は、役に立たなかったな

気づいた時には、すでに遅い

 

 

 

 

 

綾波

 

綾波「ふぅ……制圧完了、かな」

 

パンパンと手を打ち、汚れを払う

 

血も流れてないからキタカミさんに匂いで気取られることもないだろうし

万事順調か

 

綾波「あーあー、聞こえますか?夕立さん、進めてください、神通さんはちゃーんと、教えた通りによろしくお願いします」

 

神通『はあ…』

 

夕立『本当にうまくいってるの…?』

 

食堂に居たのは春雨さん達含め12名

非戦闘員4名も含め、同時に全滅させた

 

…が、唯一、予想外が起きてしまった

 

綾波「にしても、なぜここにいるんですか、タシュケントさん…貴方だけじゃない、Linkは何故ここにいる」

 

…ついてないなぁ

 

楽な仕事ではなくなった

 

たった今、難易度が跳ね上がった

 

しかし、誰かに感知される前にこの食堂を制圧できたのは非常に大きい

 

次に来たやつも、即座に…

 

アヤナミ「綾ちゃん…」

 

綾波「おや、意外と早かったですね、あと20分は遊べるかと思ってたのに」

 

アヤナミ「……」

 

アヤナミが私にゆっくりと歩いて近寄ってくる

 

綾波「勝てると思ってるんですか」

 

即座に、迷わずにカートリッジを起動する

改二カートリッジを、起動して…

 

綾波(…亀裂……カートリッジに入ってた小さいヒビがどんどん大きくなってる)

 

…耐久性に難がある

あまり使いたくない、だけど

 

相手は警戒すべき3人のうち1人…

 

計画を破綻させるわけにはいかない!

 

綾波「さあ、楽しみましょうか…!」

 

互いに蹴り

ハイキック、脛のあたりが互いに交叉する

 

アヤナミ「…なんでこんな事を…綾ちゃん…!」

 

綾波「私をそう呼ぶのをやめなさい、不愉快ですよ、偽物風情が」

 

アヤナミ「!」

 

アヤナミの表情に動揺が見て取れる

 

一歩近寄り、姿勢を低くし、床に手をついたまま…

 

綾波(一撃で仕留める)

 

アヤナミ(蹴り…!)

 

突きのような蹴り…のモーションを見せ、アヤナミに防御姿勢を取らせ、アヤナミの背後に短距離の転移

 

アヤナミ「っ…!」

 

アヤナミの肩を掴み、そのまま背中を蹴り砕く

 

アヤナミ「ぁがっ…」

 

綾波「やはりその顔は、苦しんでいる時こそ輝く…!」

 

アヤナミがテーブルや椅子を巻き込み、壁まで転がっていく

 

綾波「…アハッ…さて、他の面々も来たようですね」

 

島風「!なにこれ!」

 

天津風「綾波…!」

 

綾波「今は基本的に東雲と名乗ってるんですが、まあ、どうもどうも…キタカミさんとアケボノさんは別の方に行ったか」

 

島風「別?」

 

手を島風さんに向ける

黒いモヤが手に集まる

 

天津風「な、なにあれ」

 

綾波「さあ、パーティータイムです」

 

島風さんにモヤが飛び、まとわりつく

 

島風「えっ…や、やだ!これって!嘘!やだ!やだヤダヤダヤダ!!」

 

天津風「島風!ちょっと!島風に何を…」

 

天津風さんが血を流し、倒れる

 

島風「……」

 

天津風「え…?」

 

島風さんの手に握られた剣に、ベッタリと天津風さんの血が付着する

 

綾波「さて、Enjoy(楽しんで) Ciao(また)

 

そう言って転移する

 

天津風「う、うそ…島風…」

 

島風「……」

 

島風は天津風に目もくれず、どこかへと行こうとする

 

天津風「……だめ、行かせない」

 

立ち上がり、天津風が島風の進路を防ぐ

 

島風「……」

 

天津風「安心して、島風……私が止めてあげる」



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overwhelm

離島鎮守府近海

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「チッ…何この数…!なんで接近に気づかなかったの!!見張りの機体は!?」

 

加賀『それが…突如現れて…!』

 

赤城『ついさっきまで間違いなく居なかったんです!』

 

…北に大量の深海棲艦が集中してる、か

最悪にも程がある

この方向は輸送船も通るから罠が極端に少ないんだ

 

キタカミ「被害報告!!」

 

加賀『不知火さんの班は全員手首を負傷し撤退、空母艦載機による攻撃のみの状況で…』

 

キタカミ「状況は要らない!被害だけ言って!」

 

赤城『死者、重症者は居ませんが手を狙われています!艤装の操作をできなくするのが狙いです!』

 

キタカミ「手…?深海棲艦がそんなことできるなんて…」

 

加賀『神通さんです!』

 

キタカミ「神通…!?」

 

あのバカ、また敵方についてるのか…!

 

赤城『どうやら操られているようです!』

 

キタカミ(チッ…仕方ないか!)

 

前方へ視界をやる

 

キタカミ(1000?もっとか、赤城達をすり抜けてもう島のギリギリまで迫ってきたこいつらを…)

 

どう仕留めるか

 

跳弾を利用した攻撃?一発の弾が敵を何体も仕留められる?

 

馬鹿を言うな、敵はあり得ないほど多い、頭を使え、敵の砲撃のタイミングを…

 

キタカミ「ッ!?」

 

一斉射

馬鹿げた数の深海棲艦が、島めがけて一斉に砲撃する

 

方向だけを狙った、対象物の存在しない砲撃

 

キタカミ(防げない…)

 

私が防げない、唯一の…

 

爆発音があたりに響く

島全体が大きく揺れる

 

キタカミ「…あ…」

 

建物に何発も砲弾が直撃する

 

これだ、こう言う作戦に、私はとことん弱い

2体や3体ならこれでもどうにかなる

だけど…この大群で1秒の狂いもなく同時に砲弾を撃たれると…私には防げない

 

私は無力…か?

 

いや、そんなこと、許せない

 

キタカミ「ああぁぁあぁぁああぁぁッ!!」

 

腰の主砲全てにカートリッジを突っ込む

 

頭が、焼き切れそうだ

 

腰に下げた主砲を全てばら撒き、そしてそれから砲弾が射出される

 

キタカミ(全部…全部全部全部!!止める!!)

 

カートリッジの効果で放たれた砲弾が全て散弾になり、近くの深海棲艦から順々に沈めていく

 

キタカミ(ここで全滅させてやる!弾が足りなくても!関係ない!!)

 

キタカミ「冷静になれ冷静になれ冷静になれ…」

 

ばら撒いた主砲が砲撃ができない高さまで落ちるまで12.7秒

そして深海棲艦はどのタイミングで砲撃してくるか

 

主砲の角度、砲撃のタイミング

 

それを全て読み取れ

そのタイミングを失うな、焦って何もかもを失うな!

 

キタカミ(最初の砲撃から既に15秒…16秒…なんでまだ撃ってこない?タイミングを合わせるにしても遅すぎ…!)

 

キタカミ「そうか!しまっ…」

 

主砲が砲撃できない高さまで落ちるのにあと7秒…

その7秒間、深海棲艦は砲撃をしない…

 

私の攻撃のタイミングを奪うために

 

キタカミ(私の手のうち全部バレてるのはわかってた…だけど、深海棲艦が指揮役もなくこんな行動…!)

 

でも、それなら艤装をワイヤーで巻き取ってもう一度…

 

キタカミ(待って、これ、そうか…もしこれが綾波の仕込みなら?…例えば私なら…もし、綾波のようになんでもできるなら…)

 

拳銃を抜き、指に引っ掛けて回して振り向かず背後に向けて発砲する

 

キタカミ「……だと思ったよ」

 

手首を押さえられ、銃口を逸らされる

 

綾波「素晴らしいですねえ、タイミング、予測した位置、何もかも完璧…逸らさなければ脳幹まで行ってましたよ」

 

キタカミ(最悪すぎ…!あの雑魚どもも止められない!綾波の相手もしなきゃならない!どうすれば…)

 

今の手持ちの武器はこの拳銃一つ

巻き取りを始めたら動きが制限される、なら別の…

 

綾波「接近を許したのは間違いでしたね、いや、このワープで好きに近寄れる時点で私の負けはありませんが」

 

手首を離され、急に体が自由になる

 

キタカミ「っ…ぁが…ごっ……ぐ…」

 

腹部に膝蹴り、そして背中に肘打ち

顎に蹴り上げからのかかと落とし…

ワープを使いながらの超高速インファイト…

 

キタカミ(この…っ……呪殺遊戯で…!いや、この攻撃の仕方、意識を奪おうとするだけで軽い…!)

 

綾波「お察しの通り、その技は通じない…ね?」

 

回し蹴りがこめかみを打ち砕き、地面へと投げ出される

 

キタカミ「…か……あぁ……」

 

…仲間を、みんなを、守れない

 

綾波「もう立たないでください」

 

キタカミ「あああぁぁぁぁッ!!」

 

両肩を踏みおられる 

 

キタカミ(…こ、の……惨敗……か…)

 

 

 

 

食堂 

駆逐艦 天津風

 

連装砲くんの砲撃に合わせながら島風に接近を試みるものの…

 

間合いに踏み込んだ瞬間回転斬りで接近を拒まれる

 

天津風「…島風、すぐ元に戻してあげるから!」

 

…でも、砲撃は一切当たらないし、近づけない

 

天津風(…わかってる、痛いのは嫌だけど、痛くないまま止められるなんて思ってない…)

 

島風「……」

 

左右へと体を振りながら島風が高速で接近してくる

 

天津風(……やるしか、ない!!)

 

天津風「連装砲くん!!」

 

天井を撃たせて瓦礫を崩落させる

 

島風「!」

 

瓦礫の位置を把握するために島風の動きが止まった…

 

天津風(今しかない!)

 

天津風「いっけえええええ!!」

 

島風に飛び付き、そのまま転がりながら押し倒す

 

天津風「捕まえた!!連装砲くん!!」

 

そのまま、私ごと…

 

島風「!!」

 

何発かかってもいい!撃たせて、ダメージを蓄積させて気絶させる!

 

天津風「ぐ…!」

 

砲弾が私の腕に直撃する…

痛みで腕の力が緩まないように、歯を食いしばり、力を込め続ける

根比べだ…絶対に負けない…絶対に!!

 

島風「っ…!」

 

天津風「島風ぇ!!」

 

何発も何発も、私達に砲弾が当たる度に身体が痛む

 

綾波「よく頑張りますねえ?」

 

天津風「綾波…!?」

 

瓦礫の上に腰掛け、私を見下ろす綾波…

 

綾波「覚えてますか?台湾遠征の時、留守番してる満潮さんや青葉さん達と一緒にお茶した時のこと」

 

天津風「…覚えてるわ…!」

 

…あの時は、戦うことなんて考えてなかった

 

綾波「……また、してみたいものです」

 

天津風「え?」

 

…力が、緩んだ…

 

天津風「ふぐっ!?」

 

島風が拘束を抜け出し、私の腹部に掌底を叩き込む

 

天津風「かはっ…ぁっ…か…」

 

綾波「思ったより深く入ったみたいですねえ?…息ができてませんよ、ちゃあんと、息を吸わないと…死んじゃいますよ?」

 

天津風「か…ひ……ひ……」

 

あ、ダメだ、息ができない

涙が出てきたのに、息が吸えない、もう肺の空気を全部吐き出したのに

 

お願い、息をさせて、死んじゃう…

 

綾波「呼吸困難で死ぬか…ふふ、まあそれでもいい」

 

目の前が暗い

嫌だ、島風を助ける前に死にたくない

 

息ができない

 

怖い、暗いよ…

 

 

 

 

 

 

綾波

 

綾波「さて、ここもケリがついたか……おや?」

 

食堂の壁に大穴が空く

 

神通「……」

 

AIDAで作られた軽巡棲姫の面をつけた神通さんが壁を蹴り砕いて入ってくる

 

綾波「おや、良いところに」

 

神通「……」

 

綾波「隠れてる人を1人残らず見つけ出して叩きのめしなさい」

 

神通「はい」

 

綾波「さて、隠れてるといえば…そこで隠れてる春日丸さん」

 

春日丸さんがゆっくりと姿を表す

 

綾波「乱心だ、と言いますか?それともついてきますか?」

 

春日丸「……綾波様」

 

綾波「さあ、求めなさい、あなたの主人を」

 

春日丸「……今の私は、主人に使えるだけの走狗ではありません」

 

綾波「ほう?」

 

春日丸「…其方に倒れておられるアヤナミ様を御守りする事…それが今私に求められていること」

 

綾波「……」

 

春日丸「たとえ!この命に代えても!!」

 

春日丸さんが艦載機を取り出す

 

綾波「この至近距離、閉鎖空間で艦載機?…舐めてるんですか、相手は近接戦闘のエキスパート、私相手にそれが通じると…?」

 

春日丸「……では、ご覧に入れましょう…!」

 

春日丸さんが艦載機を二機、両サイドに飛ばす

 

そして、本体は私に向けて…

 

綾波「…成る程、あなたらしい」

 

春日丸さんの作戦は至極単純

艦載機は攻撃目的じゃなく回収目的

 

自身を犠牲に時間を稼ぎ、艦載機達はこの場にいる15名を回収する…

 

綾波「…なるほど、素晴らしい」

 

あの艦載機も戦闘用ではない、後方支援特化に改装してある

ワイヤー付きのフックを射出し、遠距離の人間も回収できるようにしている…

 

そして何より素晴らしいのは

その仕事の精度を落とさず、此方を注視しながら迫り続ける春日丸さんと言ったところか

 

綾波「ですが私にそんな行動を見せて許されると…」

 

足を引き、足刀蹴りを直接叩き込む

 

綾波「!!」

 

…足を、掴まれて、動きが…

この蹴りはただの蹴りではない、人の身体くらいなら貫ける威力があるのに…

 

蹴りは確実に貫いた感触があるのに…

 

護衛棲姫「かはっ……あ…!綾波、様…!」

 

綾波「……なるほど、命を削ってなお、私を捕まえることを選びましたか……素晴らしい…!!」

 

これではまるで動けない、姫級に捕まっては動けない…!

 

綾波「全員回収されましたか…しかし、何人生き残れるやら」

 

建物に砲弾が当たり、大きく揺さぶられる

 

綾波「屋内にいては、そろそろ倒壊して全滅ですよ?」

 

護衛棲姫「…大丈夫…ですよ……ね…?」

 

安心しろと、そう言うように、笑ってみせる

 

…今にも意識が潰えそうな筈なのに

 

綾波「……強い人だ」

 

 

 

 

 

 

軽巡洋艦 神通

 

ガングート「居たぞ!!」

 

アケボノ「神通さん…!」

 

グラーフ「コイツが敵か!固まって朝潮を守ることを優先しろ!!」

 

…朝潮?

 

神通(朝潮さんの姿は見えない……いや、そうか、アケボノさん達が朝潮さんの役…事前情報にあったが、よくわからなかった…でも、そう言うことでしたか)

 

此方へと飛んでくる砲撃を紙一重でかわす

 

ガングート「な…あの面で見えてないんじゃないのか!」

 

アケボノ「視えるんです!あの人は!」

 

グラーフ「有利だと思うな!目が見えようと見えまいと敵が危険であることは変わらん!!」

 

神通(……良い闘気です、鍛錬を積んでいることがわかる)

 

ガングート「消えっ…なッ!?」

 

那珂ちゃんの消えるような移動…そして、私の蹴り

 

ガングート「ぐ……!」

 

刀を盾にして塞がれたが、刀は刃が砕け散ったか

 

グラーフ「ガングート!!」

 

ガングート「心配は要らん!!…だが、コイツは…」

 

グラーフ「ああ、今の動き…倒れるかのように深く沈み、そして大幅な移動…まるで消えたようだったな…」

 

神通(…綾波さんに教えてもらって、形にはしましたが…やはり、まだ不完全ですね、動きを理解されているようではなかちゃんほどではありません)

 

脚をサッカーボールを蹴る前のように振り上げ…

 

ガングート(なんだ…?この、恐れは…)

 

グラーフ「何か……ヤバいぞ!!」

 

床を蹴る

 

蹴られた部分が破壊され、抉れ、前方に散弾のように射出される

 

神通(……少し、力が入ってしまいましたね…死んでなければ良いのですが……おや)

 

砂埃が晴れ、視界が戻る

 

大和「大丈夫ですか…!?」

 

長門「ここは我々に任せてもらおう!朝潮は先に行け!」

 

アケボノ(流石に深海化はまだ伏せるしかないか…!)

 

アケボノさんが逃げ出す

 

ガングート「お前らは…日本の戦艦か!」

 

神通(大和さんと長門さんが艤装を盾にして守った、か…ここの戦艦はタンク役が多いですね…)

 

コンコンと爪先で地面を叩き…

 

長門「大和!」

 

大和「はい!」

 

電光石火の如く迫り、2人の艤装に蹴りを放つ

 

長門「ぐッ……!!」

 

神通(守ってばかりか)

 

怒涛の攻め…

蹴る、蹴る

何度も蹴り続ける

 

神通(戦いというものを理解していない、この程度では…)

 

神通「!!」

 

体を大きくのけぞらせる

イナバウアーのように体をのけぞらせ、そのまま背後にバク転の要領で下がる

 

体制を整え、面に手を当てる

 

AIDAの面が大きく裂けていた

 

刀傷…

 

長門「つい最近な、我々も接近された時の対抗策として、帯刀することを許可されたんだ」

 

大和「持つのは一部のメンバーのみですが!」

 

2人が切先を此方に向ける

 

ガングート「……せっかくだ、私もまぜろ」

 

大和「え?」

 

長門「貴様の刀は折れただろう」

 

ガングート「…刃物はこれ一つじゃない」

 

ガングートさんが此方へとナイフを向ける

 

ガングート「奥の手…ってな」

 

神通(…近接戦闘を専門とする私に近接戦闘で挑んでくるとは…)

 

踏み込もうとするものの、すぐに後方に跳ぶ

 

先ほどまでいた地点に大穴が空く

 

大和「…刀だけではありませんよ」

 

神通(これは遊び甲斐がありますね)



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Re Over The Evolution

離島鎮守府

秘書艦 アケボノ

 

アケボノ「なんでこのタイミング…Linkの人間が移って1日も経たずに襲撃…まさかそういう手筈だった?いや、それなら……もう良い、私のやるべきことは一つ…!」

 

ただ提督を守ること…!

 

執務室へと走る

砲撃が建物をかなり崩しているために、もうここは長く保たない…

 

提督は恐らく全隊との伝達、他基地への連絡などで動けてないはず…

 

アケボノ「提督!!」

 

執務室の扉を荒々しく開く

 

海斗「アケボノ…!」

 

アケボノ「よかった…ご無事でしたか!早く避難を!」

 

海斗「いや!それよりも全員を広場に集めて!」

 

アケボノ「何を仰っているんですか!今は一刻を争うんです!」

 

海斗「それはわかってる!だから……アケボノ!君にしか頼めないんだ、無線が通じないキタカミを始めとする全員を広場に集めて欲しい」

 

アケボノ「…!」

 

そう言われては、私は逆らえない

 

海斗「僕は大丈夫…この部屋は頑丈な作りだからね」

 

アケボノ「……は、すぐに全員集めて参ります!」

 

…何も考えがないわけではない筈だ

だけど、この行為は賭けでしかない

 

博打を打たなくてはならないのは分かっているが、賭け金に自分を含める必要などないのに

 

 

 

 

 

 

 

教導担当 キタカミ

 

…身体中痛い

意識が奪われてないせいで、この痛みにだんだんと慣れ始めている

 

キタカミ「……行かな、きゃ…」

 

動かない両腕をどうにかして、手をついて、立ち上がり、歩かなきゃ

 

こうしてる今も、目の前でたくさんの砲弾が撃たれて、みんなに当たるかもしれない

 

…それは、ダメ

 

キタカミ「……動け…」

 

肩を踏み砕かれても、神経は生きてる

肩がダメでも、筋肉と皮で突っ張る

 

手を、肘をつく

 

その際普通は肩の骨が体の体重を支える役割を担う

 

でも私の肩はそれができない

 

キタカミ「…っ……ぁ…ああぁぁあ…!」

 

動かすほどに激痛が走る

骨が肉と皮を少しずつ斬るような痛みが体内に走り、悶絶しそうになる

 

ようやく膝立ちの状態になった時にはもう叫び声を上げる気力もなかった

 

…でも、行かなきゃならない

目の前にたくさんの深海棲艦がいるけど

 

今もずっと砲弾を撃ち続けてるコイツらを無視してでも、私は行かなきゃならない場所がある

 

キタカミ「っ……は…ぁ……はぁ…」

 

脚だけで立ち上がる

重力に引っ張られる腕が憎いほどに痛む

 

キタカミ(…あそこに、行かなきゃ…!)

 

 

 

 

私室前

 

キタカミ「誰か!居る!?」

 

そう言ってドアを何度か蹴る

 

佐渡「キタカミだ!」

 

 

早霜「開けるのは待ってください、敵には幻術使いもいるとか…」

 

キタカミ「…開けなくて、良い…!全員無事かだけ、教えて…!ワシントン達も居るよね…!?」

 

ワシントン「ええ!海防艦の子達も全員この部屋に避難させてる!貴方こそ大丈夫なの!?」

 

キタカミ「……ちょっとヤバい…だから、逃げる準備しな…」

 

早霜「どこに?」

 

キタカミ「…応答できなかったけど…提督が、運動場に全員集めてる……なんか考えがある筈…!」

 

ワシントン「運動場ね…!」

 

…伝えられた、よかった…

 

ふと、壁にもたれかかり、空を見上げる…

 

キタカミ「!!」

 

こっちに、砲弾が…

 

そう思った時には既に色々と遅かったんだ

もう、止まれなかった

 

 

 

 

食堂

綾波

 

しがみついた護衛棲姫を壁に叩きつける

何度も、何度も…それを20…いや30ほど繰り返した頃

 

綾波「…ようやく、意識を失いましたか」

 

…それまで必死で喰らい付いていたのだ、評価されるべきだ

誰にも知られず、多数を守ったことを…

 

綾波「……あなたが私と共に来るのなら、こうはしなかったのに……とても、惜しい…あなたは本当に素晴らしい人だ、敵ながらに称賛の言葉を」

 

そう言って寝かせた護衛棲姫の肌がだんだんと血色を帯び、元の肌色へと戻っていく

 

綾波「…敵にこんな言葉を言うことは、本当に稀なんですよ、春日丸さん……素晴らしかったです、お疲れ様でした」

 

体が人間のものに戻ったからか、床に大量の出血

春日丸さんはあと5分の命だ

 

私はそう診断した

 

綾波(…もう、関係ない)

 

…せめて、安らかなることを

 

そう思い、食堂から歩いて出る

 

綾波(……今日は本当に全て予定外だ、失敗するはずの作戦がこんな大打撃になるなんて)

 

…ここまで侵攻した以上、そのままここは落ちる

落とす想定でなかったのに、落ちてしまう

 

ついついやる気になってしまったせいで

 

綾波「!」

 

…さて、ここまで驚く日はそうないだろう

 

綾波「なんで、貴方がここに…どうやって…!」

 

キタカミ「へ…はは……や…調子、良さそうじゃん…」

 

先程の戦闘でも十分なダメージだったのに、新たに砲撃で腹部と左腕の大部分に火傷を負っている…

そして、顔も多少怪我をしており、口と鼻から血が流れっぱなし

 

もう立つ気力もないのか、ぐったりと倒れたまま

だけど、この感じ…

 

綾波(この人に直撃する砲弾じゃなかったんだ…!何かの盾にされた……いや、この表情…自分から、守ったんだ……)

 

ドンドンとドアを叩く音でハッとする

 

択捉「キタカミさん!キタカミさん!!」

 

ワシントン「今外に出ちゃダメよ!」

 

綾波「…海防艦に、アメリカの…」

 

キタカミ「……見逃して、くれないかな」

 

綾波「…なんですって?」

 

キタカミ「もうさ、情け無いけど、戦える体じゃないんだわ…もう無理、多分一生戦えない、普通の暮らしもできない……と言うか、多分そのうちに死ぬ……それでさ、勘弁してくれない?」

 

…要するに、自分の命と引き換えに、背中にあるものを護ろうとして…

 

綾波「……私がその約束を、守ると?」

 

キタカミ「…約束してくれるなら…守るだろうねぇ……」

 

…確信している

そういう目だ

 

綾波「…なら、断るとしたら?」

 

キタカミ「……どうだろうねえ…」

 

キタカミさんが仰向けの姿勢のまま、踵を臀部へと近づける

 

キタカミ「ふっ…!……うぐぐ……」

 

綾波(まさか、立とうとしてるのか…?……その身体をまだ動かすと言うのなら……とんでもない、無茶をする…流石としか言えない)

 

キタカミ「…っ!!立て!立て!!」

 

綾波「……あなたの身体はすでに限界を迎えています…死にますよ、それ以上動くと」

 

キタカミ「…わかんない、かなぁ…」

 

綾波「……」

 

キタカミ「ガキも守れない大人になるくらいなら死んだほうがマシってこと…!」

 

綾波「…それは…!」

 

桃色の杭がキタカミさんの周囲に現れ、地面に突き刺さる

そして、何かに引かれるようにゆっくりとキタカミさんが体勢を立て直す

 

綾波(タルヴォスの聖杭か…随分とお利口だ…しかし…キタカミさんはもう瀕死、ここで無茶をすれば確実に死ぬ、それくらい自分でわかっているだろうに…)

 

綾波「仕方ないですね…特別ですよ?…あなただからこんな手を使う」

 

キタカミ「っ……う…?」

 

綾波「…あなたの鼻、確かに驚異的な嗅覚を持っていますが…でも、それだけ鼻血を垂れ流していては匂いなんて分かりませんよね?」

 

キタカミさんを霧が包む

 

キタカミ「…まさか…これは…!」

 

綾波「はい、イニスです、瑞鶴さんにお力をお借りしてまして…まあ、彼女はすでに自我を失いましたが」

 

私の背後から、瑞鶴さんが現れる

 

キタカミ「…そうか…神通達も、そう言うことか…みんな自我を…」

 

綾波「ええ」

 

クスリと笑い、キタカミさんの方を見る

 

キタカミ「……綾波…!」

 

綾波「今、あなたはどんな状況ですか?答えてみなさい」

 

キタカミ「!」

 

キタカミさんが、がっくりと項垂れ、聖杭が消滅する

 

キタカミ「……鎖で…全身を、固められて……動け、ない…?…なんで…あ、足場が…無い…お、落ちる…!」

 

綾波「……あなたと私は、よく似ている…アケボノさんとは違うものの、ね」

 

…背中にあるものを守る覚悟、その覚悟は、きっと誰よりも硬く、強い…

なぜなら蜃気楼に囚われ、現実を見失っているはずのあなたの眼は…しっかりと私を捉えているのだから 

 

綾波「…さて、引き上げますか……おや」

 

アヤナミ「そうはいきません」

 

いつの間に後ろに…

 

綾波「…水鬼程度の力で私にまた戦いを挑むとは…」

 

アヤナミ「……私と倉持司令官の間には、ある取り決めがありました」

 

綾波「…なんですか、いきなり」

 

アヤナミ「ある通信がトリガーになり、そうすると言う約束があるんです…」

 

綾波(……意味がわからないな)

 

アヤナミ「…なので、私はその約束を守る」

 

綾波「……待ちなさい…あなた、確か私が直々に背骨を砕いた筈…」

 

アヤナミは軽く笑い、こちらを睨む

 

アヤナミ「そう見えますか?…私の背骨が砕けてるように」

 

綾波「いいえ、だから疑問なんだ…まさか…」

 

チラリと瑞鶴さんを見る

 

綾波「……完全に自我を失っていない、と言うことですか」

 

アヤナミ「ええ…瑞鶴さんは私と春日丸さんを治療してくれましたよ…そして今、キタカミさんも…」

 

綾波「…!」

 

幻覚にうなされてはいるものの、恐らく回復し続けている…

この2対1はマズイ…

 

アヤナミの目的は撤退のはず…上手く立ち回れるか?

 

綾波「……痛み分けにしましょうか」

 

アヤナミ「…痛み分け?」

 

綾波「ええ、ほら」

 

ブラックホールが一瞬現れ、朝潮さんを残して消える

 

朝潮「え…?ここ、は…」

 

アヤナミ「……やはり、マーキングしてるんですね」

 

綾波「ええ、朝潮さんの位置は、常に把握しています」

 

アヤナミ(どこに…腕か、脚か…首?いや、脳に……?)

 

綾波「朝潮さんをこのままネット空間に放り込まれるか、それともあなたが引き下がるか」

 

朝潮「…!」

 

アヤナミ「……随分と追い込めましたね、綾ちゃんからそんな提案を引き出せるなんて」

 

綾波「そう思って結構です、実際かなり困ってますから」

 

アヤナミ「なぜ、倉持司令官に朝潮さんを狙うと言ったんですか」

 

綾波「アウラの残滓…それがまだ残ってるからですよ…わかるでしょう?」

 

アヤナミ「!」

 

…アヤナミが、笑った

 

綾波「何か面白いですか?」

 

アヤナミ「あなたがそんなくだらないものに…固執してる様が、面白いんです」

 

綾波「…チッ…!」

 

踏み込み、お互いにハイキック…

先ほどと同じ…

 

綾波「!?」

 

ではない、この力…

 

アヤナミ「私の力を水鬼程度と思わない方がいいですよ…!改までなら……引き出せる!!」

 

押し切られ、体制が崩れる

 

綾波(こんな事が…!改どころか、改二に限りなく近い!…さすがオリジナルのボディ…!私の培養した体の不完全さをこれでもかと教えてくる…)

 

神々が創造せし人類と、私が作った偽りの存在、その差を…はっきりと目に見える形で

 

綾波「……」

 

アヤナミ「……」

 

睨み合い

アヤナミからは仕掛けてこないのは明白だ、恐らくアヤナミは時間を稼ぎに来た……なら、私から仕掛けなくてはならない…

 

綾波(どうする、転移を見られた時点で次の移動先を先読みされて攻撃されかねない…距離を取るか?……それが一番ベターだが、それではおそらく…目的に影響する)

 

……どれほど睨み合ってるのか…

 

アヤナミ(……まだ、かな…司令官に連絡してそろそろ10分経つ…いや、誰か連絡がつかない…)

 

アヤナミの視線が一瞬だけ、泳いだ

 

綾波「隙を見せましたね」

 

アヤナミ「ッ…かハ……」

 

転移からのうなじへの膝蹴り

 

そのまま地面へと押し倒す

 

綾波「あなたの計画は破綻です」

 

アヤナミ「…ぐ……」

 

綾波「……おや」

 

アヤナミのポケットからこぼれ落ちた無線機がザーザーと音を鳴らす

 

アヤナミ「どうやら……でも、ないようです…!」

 

綾波「…な…?」

 

信じられない事が起きた

 

キタカミさんの周りに出たあのエフェクト

そして、周囲に発生した音……

間違いない

 

私のブラックホールの転移だ

 

アヤナミ「……私の体内には、改二カートリッジのデータがある…それを明石さんと…取り出して、作り上げた……もう一つの、アヤナミ改二」

 

アヤナミが、転移して消える

 

綾波「……アハ……ハハハ…ハハハハハ!!」

 

…まさか、それを、手にしてるなんて



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Special purpose Knife

離島鎮守府

軽巡洋艦 神通

 

神通「……」

 

ガングート「貴様ら、中近距離の心得は…!」

 

大和「あるとは言えません…」

 

長門「だが!足手まといにはならんぞ!」

 

神通(手っ取り早く、気絶させて…)

 

一歩、二歩、踏み込んで、身体を捻りながら跳躍…

ひねりを効かせた蹴りで、真正面から後頭部を狙う…

 

長門「させるか!!」

 

神通「!」

 

刀でそれを防がれる

脚部艤装が火花を散らす

 

神通(反応はいい…か)

 

着地して二歩、下がろうとしたところに大和さんの砲撃

直撃は避けるものの…掠めでもしたら、まともに戦えなくなる威力…

 

大和(外しましたか…!)

 

ガングート「……」

 

神通(動かなかったか、やはり何か作戦を抱えたいるようで)

 

ガングート「2人とも、ガードを固めてくれ」

 

そう言ってガングートさんが片手を背に回す

大和さんと長門さんは何も言わずに艤装で周囲を固める

 

神通(……何かを、掴んだか?)

 

この眼を持ってしても、衣服の上からではそれしかわからない

どんな形の何を掴んだのか…

 

キン…

 

小さく金属音が響く

 

神通(金属?何を…何かに引っかかった…)

 

そのままガングートさんは背に手を回したまま…1秒…そして、2秒経つ前に動き出す

 

神通(あれは!!)

 

ガングートさんが手榴弾をこちらに投げつけてくる

それに気づき、防御姿勢を取ろうとするものの…

 

目の前で炸裂する

 

神通「ッ…!!」

 

防御をしようとしたせいで、それに使おうとした両腕が深刻なダメージを受けた…そして、面が完全に吹き飛んだ…

 

ガングート「…ハハ…!ようやくそのツラに見覚えがあるのを思い出したぞ」

 

神通「……」

 

ガングート「無視か?日本人にしては…随分と礼儀がなってないな」

 

ガングートさんの手が懐に伸びる…そして、何かを掴んだ

 

神通(……これはヤバい!)

 

身体を捻りながら飛び、呪符を一枚宙に放つ

 

神通(怒塊の呪符!!)

 

ガングート「逃がさんぞ!!」

 

ガングートさんが銃を取り出しこちらに発砲してくる

そしてそれを召喚された岩の塊が防ぐ

 

ガングート「…なるほどな、隠し玉は互い様か…」

 

神通(…危なかった)

 

サブマシンガン…と呼ばれる類の銃器

弾も小さく、威力には優れないが、装弾数は少ない上に連射速度もそこそこ、その上で取り扱いも簡単…

 

神通(近距離戦闘に使うにはもってこい、近距離はナイフ、中距離はサブマシンガン、遠距離は砲…)

 

ガングート「その岩は邪魔だな」

 

ガングートさんの主砲で破壊された岩の破片が私の頬を斬り裂く

 

神通「……」

 

…久方ぶりに、目を開いた

 

ガングート「…クク…なかなか、澱んだ目をしたやつだ」

 

神通「……」

 

…ガングートさんの目を見たかったから、目を開いた

 

やはり、綺麗な、目をしている

 

長門「どうする!」

 

ガングート「お前らは私に当てないようにしながら砲撃、長門!お前の刀を貸せ!ナイフも良いが間合いに入ってくれないだろうからな!」

 

ガングートさんがナイフを鞘に収めて刀を握る

 

大和「…1人で大丈夫ですか、私も…」

 

ガングート「案ずるな!Linkはあらゆる状況を想定した作戦行動のためのテストがある…こんなもの序の口だ!」

 

…全く恐れがない

私へと向かい、走ってくる姿に、恐れも、警戒もない

 

神通「……」

 

砲撃をかわしながら、サブマシンガンの銃口を注視する

 

ガングート(やはり警戒している、どうする…!)

 

サブマシンガンを警戒しているからか、攻撃はそちらではなく主砲での砲撃のみ…

しかし、あと3歩接近すればそうはいかない、主砲の有効射程から外れる…

 

ガングート(近すぎれば、この大口径の主砲は当てづらい…と思っているんだろうな!!)

 

神通「!」

 

ガングートさんが放った砲弾は、散弾…

 

放たれた散弾が

右の太腿に複数の傷を作る

 

ガングート(脚は奪った!!これで逃がさんぞ!!)

 

振り下ろされる刀を蹴りで防ぐ

 

ガングート「引けないとなると、そうするだろうとは思ったよ」

 

刀を蹴りで防ぐとなると、片脚が塞がれる

そして、私は両腕が使えない

 

ガングート「チェック」

 

腹部にサブマシンガンが突きつけられる

 

長門「…強いな…」

 

神通「……」

 

ガングート「ゆっくりと足を下ろせ、そして膝をつけ…」

 

刀と脚部艤装がギチギチと音を立てる

 

ガングート「聞こえていないのか!!」

 

神通(…下腹部を撃たれる、か…瑞鶴さんを捕まえれば出血死は免れるはず…この至近距離なら…問題はない)

 

脚をゆっくりと下ろす動作、そして身体を一瞬引く素振り

…そして、頭突き

 

ガングート「ぐう…!!」

 

神通(全く気を抜いていない…頭突きも不意をつけてない!)

 

本当なら不意打ちで動揺を誘えたはずなのに…

軽い銃声が鳴り、脇腹に熱い感覚

動きを止める事なく、艤装を使った全力の蹴りでサブマシンガンを蹴り飛ばす

 

ガングート「なッ!」

 

神通(続いて刀も…!)

 

艤装のブーストを効かせた回し蹴りが刀を木っ端微塵に砕く

 

ガングート「クソッ!…殺しておけばよかったか!」

 

逃がすわけにはいかない、まずは1人完全に仕留めるしかない!

 

飛び上がり、主砲の砲撃を蹴りで弾き、艤装の接続部を蹴りで破壊する

 

ガングート「があぁぁぁっ!!」

 

……艤装も、刀も、隠していた銃器も破壊した

 

神通(……左脚、両腕、腹部……限界に近いな)

 

ガングートさんはよろよろと私の間合いから外れる

もう武器はない…

 

ガングート「…クソ……まだ、終わってないぞ…!」

 

ガングートさんが鞘に収めたナイフを抜く

 

長門「待て!ここからは我々が…」

 

ガングート「やめろ!手を出すな!!」

 

大和「で、ですが…」

 

ガングート「ここまで面白い奴は久々だ!!こんなに楽しい時間を誰かにくれてやる?あり得ないだろう!!」

 

神通(……戦闘狂か)

 

こちらにナイフを向けたまま、ヨロヨロと刺突の構えで近づいてくる

 

神通(…私も姉さんにバカと言われたものですが……ここまでのバカではありません)

 

どう考えても、刺突の届く距離は私の蹴りの射程より短い

そして、あと一歩で蹴りの範囲内…

 

大きく振り上げるようなハイキックがこめかみを打ち砕く

 

ガングート「…かはっ……」

 

神通(あっけない、最後ですね…)

 

脚を戻し、他の2人へと視線をやる

 

神通(…あ、れ…?)

 

気付いたら、膝をついていた

胸から、血が流れ落ちていた…

 

神通(な、何故!…ナイフは届いていないはず…)

 

ガングート「ク…ハハ……これが、私の、切り札だ…」

 

神通「…!」

 

ガングートさんの手に握られているナイフの…刃がない

…話にだけ聞いた事がある、ロシアの特殊部隊は刃を射出する特殊なナイフを使うと…

まさか、それか…

 

ガングート(綾波…お前、言ってたよな…これを見せるときは、確実に殺せって……多分、言いつけは守れた…な)

 

長門「!これは…!」

 

ガングートさん達がブラックホールに呑まれる

 

神通「…かはッ…ぁ……あ……が…ぐ」

 

 

 

 

 

広場

駆逐艦 夕立

 

神風「この子、駆逐艦の艦娘でしょうか…」

 

ポーラ「離島鎮守府の子…って雰囲気じゃないですねー」

 

夕立「…夕立と遊んでくれるのかしら?」

 

痛めつけろ

そういう命令だし、攻撃に躊躇いはないけど

 

ザラ「…大湊警備府の、夕立さん」

 

夕立「……誰?それ」

 

…面が割れているのは困る

所属も名前も割れている以上、あからさまなすっとボケで誤魔化す他ない

 

ザラ「…私たちでやるしかありませんよ…!」

 

リシュリュー「朧達は!?」

 

ポーラ「動けなくなった人の救助に…!」

 

夕立「お話は、後にするっぽい」

 

改二艤装を展開する

 

ポーラ「…え…」

 

リシュリュー「な、何、あれ…」

 

ザラ「…艦娘システムなのですか、あれが…?」

 

夕立「…まず、何から使おうかしら」

 

ミサイルハッチが開き、小型ミサイルが射出される

そしてそれを操り…

 

夕立「選り取り見取りっぽい?」

 

ザラ「っ!」

 

リシュリュー「嘘…!」

 

艤装の接合部を狙い撃つ

 

ザラ「おもちゃみたいなサイズと見た目なのに、性能体力は本物…!」

 

夕立「こういうのもできるっぽい」

 

砲をそれぞれに狙いをつけて撃ちまくる

 

リシュリュー「これ!主砲じゃない!大口径の機関銃みたいな…!」

 

ポーラ「うう…だ、ダメです…!」

 

夕立(……あり得ないほど、高性能…夕立の強さじゃない、艤装の強さに頼った戦い……)

 

…心に、しこりはある

 

夕立「ついでに、これも見せてあげるっぽい」

 

ラジコンのようなサイズのヘリコプターが飛び上がる

しかし、飛び上がった瞬間、撃ち落とされる

 

夕立「……もう…これじゃ使えないっぽい」

 

…撃ち落としたのは、誰だろう

 

アトランタ「……」

 

アイオワ「アメリカ艦隊!敵発見!仕留めるわ!」

 

…アメリカ人

 

夕立「……」

 

…人数が増えた、か…いや、まだ増える

 

朧「間に合った!?」

 

ザラ「はい!」

 

リシュリュー「…これだけの数相手に、やるつもり?」

 

夕立「……分が悪そうっぽい」

 

…でも、どれだけやれるか……

 

夕立「!?」

 

周囲の人間が黒い球体に包まれて消える

 

夕立「…な、何が起きたの?」

 

私1人だけ、取り残されて…

 

 

 

秘書艦 アケボノ

 

アケボノ「…居ましたか!」

 

連絡が取れない人間の大体の位置は把握した

そして残り1人、居場所がわからないあと1人…

 

部屋に入り、抱き起す

 

アケボノ「青葉さん!生きてますか!」

 

青葉「……」

 

意識がない…

ゲーム中に意識を失ったか?いや…倒れていたことから頭をぶつけて意識を失った可能性もある、なんにせよこの人を早く連れて出なくては…

 

綾波「やあ、どうも、こんにちは…」

 

背後から、今一番聞きたくない声…

 

アケボノ「綾波…!」

 

綾波「はい、そうですよ、綾波です」

 

アケボノ「貴様…提督への恩を忘れたか…!」

 

青葉さんを手放し、綾波を睨む

 

綾波「ええ忘れましたよ、そんなもの」

 

アケボノ「…貴様」

 

綾波「しかし…せっかくやろうにも…ははは、アヤナミは手際がいい」

 

アケボノ「…!」

 

背後にブラックホール…?

不味い…!

 

綾波「……フフ」

 

アケボノ(逃げられな…)

 

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

 

アケボノ「ッ……こ、ここは…?」

 

海斗「アケボノ!青葉も…よし、これで全員だ…」

 

…あのブラックホールで転移させられたということか…!

 

だが、綾波が何故…

 

朧「…アケボノも知らなかったと思うけど、まあ1人の方のアヤナミが、逃してくれたんだよ」

 

アケボノ「朧…!」

 

長門「負傷者で動けるものはこっちに来い!急げ!!」

 

赤城「まだ戦える人は此方に!防御を固めます!」

 

…私が呆然としている暇はない、か

 

朧「アケボノ」

 

アケボノ「……ええ」

 

…綾波は過去に、私にこんな話をした

 

私の打つ手には全て意味があると

 

…これも、そうなのか



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出戻り

離島鎮守府

綾波

 

綾波「…結局、此方の被害は深海棲艦502体…」

 

寄ってきたイ級を撫でる

 

夕立「…完全に懐いてるっぽい」

 

綾波「当たり前でしょう?太平洋棲鬼のところから来たのですから……彼女らは深海棲艦でありながら下級の深海棲艦を見下している、故に部下として戦闘を強要するだけ」

 

神通「…貴方は違う、と」

 

綾波「ええ、あなたたち同様に手厚く扱っています、深海棲艦が自身の存在を維持するのに必要なエネルギーを供給したり、ね」

 

夕立「……それにしても、これだけの被害で…」

 

神通「大勝利、と言えるでしょう」

 

綾波「ええ…はぁ……Linkがここに来てるとわかってしまったからつい気合が入ったのと…何より、計算が狂ってしまいましたねえ」

 

夕立「本当なら負け戦、が…大勝利っぽい」

 

綾波「ええ、その通りです、しかし…神通さんは危うく死にかけてましたが」

 

神通「……」

 

綾波「ガングートさんの使うナイフは私が仕込んだものです、本当なら毒薬も仕込むんですけど、あの人は手入れを怠っていた…お陰で、増殖で助かりましたがね」

 

神通「不覚を取りましたが、もう有りません」

 

綾波「当たり前でしょう、同じ手に2度引っかかるのは間抜けと言うんです、あなたは阿呆ですか」

 

神通「っ……」

 

綾波「特に、3対1で闘ったこと自体は構いませんが、相手の力量を見誤ったのは宜しくない…その眼は飾りか」

 

神通「……申し訳、ありません」

 

綾波「夕立さんもそうです、簡単に囲まれてしまって…撤退してくれなければ負けてましたよ?…時間をかけすぎです、そもそもあなた達2人は共に行動するべきでしたね」

 

夕立「……ぽい」

 

綾波「…説教はここまでにします、それと、あなた達2人とも、戦闘能力は著しく上昇しています、それについては称賛します」

 

神通「…そうですか」

 

夕立「……」

 

綾波「主に、艤装操作、その点については他の艤装へ換装したときにも役に立つ技術です、ある基地では艤装は体の一部のようなもの、と教えられるそうですが、道具は道具です、使うコツを探しましょう、そして身体に覚えさせる」

 

薬瓶から錠剤を取り出し、噛み潰す

 

…力があふれる感覚

アケボノさんとアヤナミ、あの二人の私室から見付けたものだが、これは良い…

 

綾波「…さ、て……久しく、まともな食事ができそうですね…自家発電機も1ヶ月は動かせる燃料がある、夕立さん、倉庫の備蓄を確認してきてくれますか、神通さんは調理場の片付けを」

 

神通「…貴方は」

 

綾波「私は……」

 

…そこに佇んでいるだけの、瑞鶴さんを見る

 

綾波「これを始末します」

 

歩みより、首に手をかける

 

神通「っ!…本当に殺すんですか…!?」

 

綾波「ええ…もう役に立ちません、居なくてもいい…元より、イニスの能力が敵方にあるのが厄介という理由での確保でしたから」

 

瑞鶴さんの首がへし折れ、首が異様な角度に曲がる

 

血が吹き出し、肉が裂ける

 

綾波「さて、神通さん、早く片付けてください、お食事を出しますから」

 

夕立「わーい、お肉が食べられる?」

 

綾波「残ってればですけどね」

 

神通「……」

 

綾波「どうしました」

 

神通(……)

 

綾波「まさか、今更怖気付きましたか」

 

神通「…いいえ、片付けます」

 

 

 

 

横須賀鎮守府 応接室

提督 倉持海斗

 

火野「こうしているとふと思う、昔は人と話すのにも(タウン)の一角の薄暗い路地やゲートの前の人混みを気にしなかった、いつからだろうな、人と話す時に場所や周りの人間を気にするようになったのは」

 

拓海が周りにいる護衛の人たちをチラリと見る

 

海斗「それだけ君が凄くなったって事だよ」

 

火野「だとすれば、あまり気分の良いものではないな…」

 

海斗「それより、急に来たのに、受け入れてくれてありがとう、本当に助かったよ」

 

火野「それについては気にすることはない、しかし、よく逃げ延びたものだ」

 

海斗「…そうだね」

 

海斗(…アヤナミ達の事を含めて色々言いたいけど、ここでいうのはリスクがあるかな)

 

海斗「ところで…」

 

火野「ああ、負傷者についてだが、致命傷を負ったものはいない、しかし、未だ意識を失ったままの者も居る」

 

海斗「…アヤナミ、青葉、春日丸…他にも、Linkのメンバー2名…」

 

火野「既に把握しているか」

 

海斗「……」

 

火野「離島鎮守府は完全放棄、元々敵の拠点を此方に利用しているだけだ、仕方あるまい」

 

海斗「…僕達は、どうなるの」

 

火野「宿毛湾泊地に戻ってもらう、あそこには別の部隊が入る予定だった、が…結局手付かずになっている」

 

海斗「……わかった」

 

火野「…しかし、出撃は控えてくれ、仕方ないとはいえ、燃料も弾薬も持ってこれなかったのだろう」

 

海斗「…そうだね」

 

海斗(動きが制限されてる以上、綾波の動きを探ることは難しいか…ハワイのことも気になるのに…)

 

状況は停滞気味だったとはいえ、もう既に動き出した

 

一度動き出した以上…止めるのは簡単じゃない…

 

 

 

 

医務室

秘書艦 アケボノ

 

アケボノ「失礼します」

 

夕張「ああ、アケボノさん、どうも」

 

アケボノ「…その…どうですか、容体は」

 

夕張「春日丸って子も青葉ちゃんも傷一つない、こっちのアヤナミもね…でも、キタカミさんとこのアヤナミは力を使いすぎてる、目を覚ますまでには時間がかかるかなあ…」

 

アケボノ「他2人はすぐに目を覚ます?」

 

夕張「それは断言できない」

 

アケボノ「……」

 

やはり、私も戦えば良かったか

 

夕張「それと、Linkのメンバーの残りだけど、こっちのガングートって人はさっき目を覚ましたんだけど…」

 

アケボノ「けど?」

 

夕張「暴れたから眠らせた、完治もしてないのにね…タシュケントって人はさっき出て行った……ねえ、linkとはいつ合流したの?」

 

アケボノ「今日です、合流して数時間で襲撃に遭いました」

 

夕張「それは…御愁傷様、どうにも一枚岩って感じしないわけだ」

 

アケボノ「…と言うと」

 

夕張「心の底から信用しあえるくらいの関係にならないと…このままじゃ厳しいんじゃないかなって」

 

アケボノ「……」

 

夕張「…命懸けの仕事である時に、仲間が信用できるかどうかは凄く大きい要素よ」

 

アケボノ「ええ…そうですね……どうにも、ここに居ては耳が痛くて仕方ない、失礼します」

 

 

 

実験軽巡 夕張

 

夕張(ふぅ……なんとか出て行ってくれたか…)

 

ノートパソコンを開き、メールを打ち込む

 

夕張(……このデータは重要、絶対に…綾波に届けなくちゃ)

 

夕張「っ」

 

首元に冷たい感覚

目線を下ろしても何が当てられてるか見えない

 

息を吸い込むと同時に、皮膚が裂ける感覚

 

夕張「…誰…」

 

アヤナミ「……私です」

 

夕張「…なんで、起きて…」

 

アヤナミ「綾ちゃんと…繋がってますよね……話してください…」

 

夕張「……」

 

呼吸を整え、状況を整理する

 

ゆっくりと咀嚼して飲み込むように…

 

夕張「…私は、何も喋らないわ、今ここでベッドに戻るなら…っ」

 

鋭い痛みが走る

 

アヤナミ「ふざけないでください」

 

夕張「……ふざけてない、確かに貴方はその気になれば私を殺すはず、だけど…私に手を出すという事の意味を知ってる以上、貴方は私を殺さない…違う?」

 

私を殺したら、情報も何も手に入らない

そして、綾波の強襲が成功した今、自信に向けられている目もわかっているはず

 

夕張「ここで私を手にかけたら、とうとう居場所はなくなる」

 

アヤナミ「…私が、居場所なんかに固執すると思ってるんですか…私は独りでも…」

 

夕張「…あなたは、暖かい場所に長居しすぎたのよ」

 

アヤナミの腕を掴み、立ち上がって組み伏せる

 

アヤナミ「っ…!」

 

夕張「…無茶したわね、その体で…音もなく背中を取ったのは凄いと思うけど、私に組み伏せられるようじゃ…ね」

 

アヤナミ「…!」

 

アヤナミがポケットに手を突っ込む

 

アヤナミ「…あ、あれ…無い!?な、無い!」

 

夕張「…ああ、これ?」

 

改二カートリッジを取り出して見せる

 

アヤナミ「…何故…」

 

夕張「連絡は受けてたから」

 

カートリッジを机に投げ捨てる

 

夕張「……今は、休んだほうがいい、よく眠って」

 

薬液の入った注射器を向ける

 

アヤナミ「一つ…!」

 

夕張「…何?」

 

アヤナミ「一つだけ、教えてください…!……綾ちゃんは…どう言うつもりなのか…!」

 

夕張「……」

 

「どういうつもり」か…

私が知ってるのは、計画のなかではほんの一端だ

 

だけど、私は…それから読み取ったデータで、想像している

 

夕張「これは、私の憶測だけど……綾波は、貴方と離れてから…貴方の知ってる綾波から一度だって変わったことはない…んじゃないか、って思う…何も確信はないけど…」

 

アヤナミ「……そう、ですか…」

 

アヤナミががくりと項垂れる

 

夕張「……薬は要らなかった…か」

 

体力も何もかも限界を超えた体をよく動かしたものだ

 

夕張(…寝かせて、私の止血と掃除…はあ…仕事増えちゃった…)

 

夕張「…ま、いいか、これも世界の為だし!」

 

…そう信じてるから、私は…



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Objective

宿毛湾泊地

秘書艦 アケボノ

 

…ここに戻ってくるのはいつぶりか

ここを出て以来、手付かずの基地…

 

建物の前に全員を集め、説明の為に前に出る

 

アケボノ「えー、では、本日からここが…」

 

アイオワ「本土ってところよね!?」

 

ワシントン「違うわよ、ここは四国」

 

ガンビアベイ「で、でも、電車も車も通ってるし…」

 

アケボノ「あの…」

 

アイオワ「これでお休みの日に遊びに行ける!!」

 

ワシントン「Don't let yourself get caught(ハメを外しちゃダメよ)

 

アトランタ「でも、漸く酒が飲みに行ける」

 

アケボノ「……聞いてもらえますか」

 

アイオワ「あれ、ガングートは?飲み比べしたかったのに」

 

ワシントン「怪我人はみんなまだ横須賀よ」

 

フレッチャー「あんなに強い人たちがああなるなんて…Worst battleship ever.(災厄の戦艦)Worst R Class(最悪のレ級)を思い出します…」

 

ワシントン「う……でも、今の私達なら傷くらいなら付けてやれる…!」

 

アケボノ「すみません、いいですか?」

 

アイオワ「I won't get weak-kneed(弱気にならない  )Next time,(次こそ  )  I'll beat you to a pulp(ボコボコにしてやればいいんだから  )!」

 

アトランタ「That son of a bitch(あのクソ野郎  )Next time I see him, I'm gonna kill him...(次見た時はぶち殺してやる… )!」

 

ワシントン「You're right. Next time, we won't lose.(  そうね、次は絶対に負けない  )

 

アケボノ「……」

 

地面を、軽く踏み鳴らす

 

ワシントン「But I haven't seen you around in a while(でも、ずいぶん見かけてないけど)

 

アイオワ「You never know,(もしかしたら) maybe someone will beat you to it(誰かが先を越してるのかも)

 

アトランタ「Did he kill you first(先に殺されたかな)?」

 

アケボノ「……チッ」

 

強く、踏み鳴らす

地面が唸るように揺れる

 

アケボノ「話を聞け」

 

ワシントン「ひっ…」

 

アイオワ「な、何…!」

 

アケボノ「You people can't even shut up and(お前らは黙って話を)listen to what I have to say(聞くことすらできないのか)?」

 

ワシントン「…は、はしゃいで悪かったけど…」

 

アケボノ「分かったなら、返事は一つ、「はい」だけですよ、ワシントンさん」

 

ワシントン「…は、はい…」

 

アケボノ「よろしい、さて…話を戻します、この宿毛湾泊地が我々の拠点となります、が…燃料や艤装の類は皆さんが装備していた分を除いて逃げる際に破棄してしまいました、故に暫くは防衛に専念し、戦闘時も無駄弾も抑えるように」

 

アイオワ「ってことは…お休みも…」

 

アケボノ「ないですよ、そんなもの…追撃戦に備えなくてはならないのに何故そう呑気なのか、理解に苦しみますね」

 

ワシントン「oh…」

 

アケボノ「それと、負傷者は横須賀から動かしていない為、実働できるのはここに居るメンバーのみであることを重々理解してください、今が一番狙われるタイミングであることもね」

 

アヤナミがダウンして逃げの手を失った今、向こうはいつどんな時でも仕掛けてこられる

 

…少なくとも、今は気を抜いてはならない…

 

狭霧「すみません、発言しても良いでしょうか」

 

アケボノ「…どうぞ」

 

狭霧「合流したばかりで私のことを知らない方もおられると思うので、名乗らせていただきます、私は狭霧、Linkのメンバーです、つまり…綾波さんと深い仲にあったものです」

 

一瞬のどよめき

 

狭霧「…そんな私には、おそらく今は追撃は難しいのではと思います」

 

アケボノ「何故」

 

狭霧「改二を使用した形跡があるからです、綾波さんの改二というのは体に大変な負担を伴います、なので…昨日の戦闘で改二を乱用したとなると相当に消耗してるはず…」

 

アケボノ「だから、追撃を警戒する必要はないと?」

 

狭霧「ええ…いや、間違いなく無いわけではありません、しかし横須賀からここまで撤退できています、追撃するなら体勢の整う前にやるべきです、となると今は最低限の警戒班を残して人員を一度休ませるべきです」

 

アケボノ「……それについては私が判断することではありませんので、一度この場での返答は控えます」

 

…短時間の戦闘とはいえ、精神に対する影響は大きい

休暇は必要、か

 

アケボノ「それでは、部屋などについて…」

 

 

 

 

 

執務室

 

アケボノ「説明なども一通り終わりました、荷物もほとんど破棄してきたので…皆荷解きもない為にやる事をなくしている様子で…」

 

海斗「ありがとう、本当なら僕がやらなきゃいけないんだけど」

 

アケボノ「多忙である以上仕方ないと思います、それと、此方が現在想定されている哨戒ルートになります」

 

海斗「うん……よし、わかった、ありがとう」

 

この部屋も、ずいぶんと久しぶりだ

 

海斗「……アケボノはどう思ってる?あの襲撃」

 

アケボノ「…どう、とは」

 

海斗「僕にはあそこから出て行かせることが目的だったように思えるんだ、誰かを殺すためでも、何かを奪うためでもなく」

 

アケボノ「…ちょっと待ってください、なんなんですかいきなり…」

 

海斗「……僕1人じゃ答えを出すのに手間取っちゃってね、わからないんだ、綾波の真意が」

 

アケボノ「……」

 

海斗「横須賀で相談しようにも、あそこは盗聴器も監視カメラあるし、何より人の目もある…」

 

横須賀はスパイ防止の為の監視網がある

内部の人間による盗聴器などがある

だから、秘匿したい話をするには向かない…

 

海斗「だから、こうして落ち着いて話せる環境で話したかったんだけど」

 

アケボノ「…確かに」

 

確かにそうではある

綾波ほど化け物じみた力を手にしていると、目的は逆に絞りやすい

 

綾波ならその気になれば攫う相手は一瞬で攫える

殺すならその場で殺せる

 

…その気がなかった、ということになるのか

 

あんな大軍を率いる意味とは何か

 

アケボノ「確かに私にも、そうは感じられました、しかし、目的は追い出すことだったとして…その理由は何か」

 

海斗「あそこを使いたかった、何かの為に」

 

…何の為だ?

決して手狭ではない島だ、だが…

 

ミサイル基地でも作るか?飛行場か?

 

だとしたら何のためだ?

 

そんなに回りくどい事をする理由は何だ

 

綾波は自身が盤上に立つ事を望むタイプだ

自身がゲームマスターになる事を好むタイプではない

 

積極的に干渉する、そして自身が場を動かす事を好むタイプだ

 

だからわざわざ軍隊を引き連れながら、戦火の火蓋を自身が切って下ろす真似をした

 

アケボノ「……私には、わかりません」

 

まるで、私の中にある想像は…綾波という存在のイメージからまるでかけ離れている

 

一線を引いた位置に立ち、そこから指示するだけの人間に綾波がなるのか?…本当に?

 

海斗「僕は、綾波は誰かの元に降ったんだと思う」

 

アケボノ「……東雲、ですか」

 

かつて私が名乗った、名前

 

海斗「うん、それも潜入という形で…綾波は何か、もっと大きな何かを解決する為に、敵についたフリをした…それが昨日まで、僕は深海棲艦なんだと思ってたけど…」

 

アケボノ「…違うと?」

 

海斗「多分、深海棲艦にも関わりのある何かだと思う…深海棲艦なら綾波も深海棲艦の姿になると思う、それに大湊の夕立、呉の神通…佐世保の瑞鶴、この3人も深海棲艦にはなっていなかったって報告があったしね」

 

アケボノ「……」

 

果たして、それが判断材料とするのに正しいのか

 

海斗「結局は憶測だよ、綾波が本心から全て壊そうとしてるのかもしれない…でも、本当はどうなのか…」

 

 

 

 

離島鎮守府跡地

綾波

 

綾波「どうですか?私はちゃ〜んと、やりましたよ」

 

携帯を見下ろしながら喋る

 

ヴェロニカ『その様ね』

 

綾波「太平洋棲姫さんは聞こえてますか?あなた方2人とも、私との約束を守るんですよ?」

 

太平洋棲姫『…イイダロウ』

 

綾波「ったく、称賛の言葉ひとつないとは…あなた、そのうち背中を刺されますよ?」

 

太平洋棲姫『貴様ニカ?』

 

綾波「いいえ、あなたの部下にです、だって私があなたをやるなら真正面から行きますから」

 

太平洋棲姫『チッ…貴様ノ戯言ニ付キ合ウ暇ナドナイ』

 

綾波「あ、信じてませんね?…ま、いいや、それと…これ、今送ったファイル、その設計図通りに組み立てお願いします」

 

ヴェロニカ『これは?』

 

綾波「艤装ですよ、深海棲艦用のね…カートリッジを取り込めるパーツなどを追加してあるので、基礎戦力が大幅にアップします、費用も…まあ、この程度」

 

太平洋棲姫『…人間ノ金ニツイテハワカラン、安イノカ高イノカ』

 

ヴェロニカ『かなり、安いわね』

 

綾波「あなた達が用意するのに困らない程度に抑えてあげたんですよ、もう少し強化すると莫大な費用になりますけど?」

 

太平洋棲姫『…貴様ハ本当ニ気ニクワン…ナンダソノ見下シタ態度ハ…!』

 

綾波「あなたが私を見下すからですよ、対等でありたいのなら…」

 

太平洋棲姫『対等ダト!?フザケルナ!貴様ノ様ナ下等ナ存在ガ…』

 

綾波「私の存在無くして…Cubiaの誕生はあり得ませんよ?」

 

太平洋棲姫『貴様…!』

 

綾波「改めて私たちの目的を再確認しましょう?私達の目的はこの世界を無比なる力であるCubiaのものとする事、違いますか?その為に私の力がいる、違いますか?」

 

太平洋棲姫『……』

 

綾波「仲良くしましょうよ、あなたが深海棲艦のトップなんでしょう?お行儀よくしないと部下に愛想を尽かされますよ?」

 

ヴェロニカ『煽るのはそこまで、今後の方針を聞かせてもらおうかしら』

 

綾波「何も変わりません、ここからは実験を重ね、確実な召喚を成せる時に全てを進める」

 

ヴェロニカ『果たしてそううまくいくのかしら』

 

綾波「私は天才ですよ?そのくらい簡単です、それに…良いものを持ってますから」

 

眼帯を外す

 

ヴェロニカ『…なるほどね、それが?』

 

太平洋棲姫『ダミー因子、トイウ奴カ』

 

綾波「ええ、素敵でしょう?」

 

…計画は、狂いなく

 

私の世界は、歪みなく

 

綾波「ではまた」

 

道はもう見えている

あとは切り開き、進み続けるだけ



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ウイルスバグ

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

トキオ

 

…カイトを少し離れた位置から観察するようにして、もうどれくらい経ったんだろう

シックザールに邪魔されることもなく、オレはこの時代の情報収集ができた

 

彩花『そろそろ、接触してみない?』

 

トキオ「…ニセモノなのかもしれないって思うと、何だか…それに、ここが本当にカイトの時代だったとしたら…オレ、初対面だし…」

 

彩花『いくらこの時代のカイトと面識が無いからって緊張しすぎよ、さっさと話しかけなさい』

 

背筋に電流が走る

 

トキオ「んがっ!?…ったた…」

 

カイト「……大丈夫?」

 

カイトの前に、出てきてしまった…

 

トキオ「あー、うん、ありがとう、カイト」

 

カイトの動きが止まる

 

カイト「…僕の事を知ってるの?」

 

トキオ「あ、えっと……」

 

…きぃぃぃぃぃん、と体内から音が響く

 

カイト「…!これは……腕輪が共鳴してる…君を指し示して…?」

 

トキオ「な、なんだ…!?」

 

トキオ(カイトは腕輪なんてしてないよな…?)

 

カイト「…まさか…キミも、あの女の子に会ったの…!?」

 

トキオ「え…?」

 

彩花『話を合わせなさい!そうすれば一緒に行動しやすくなるわ!』

 

トキオ「あー…ええと……そう!オ、オレも…女の子?に…会ってさ…あ、えっと、オレはトキオ!よろしく!」

 

カイト「僕はカイト…って、キミはすでにボクを知ってるみたいだけど…」  

 

トキオ「え?いや…あはは……」

 

トキオ(…怪しまれてる…?)

 

カイト「…キミは、女の子のこと、何か知ってるの?」

 

トキオ「えっ」

 

彩花『…余計な事を言うのはやめておきなさい、あんまり知らないって言って…誤魔化すしか…』

 

カイトが指してる女の子が分からない以上、そうなるか

 

トキオ「オレ、女の子のことはあんまり…」

 

カイト「そっか…ねえ、トキオ、よかったら僕と来てくれないかな、調べたいエリアがあるんだ」

 

トキオ「え、あ、うん!分かった!一緒に行くよ!」

 

 

 

 

Δサーバー 萌え立つ 過ぎ越しの 碧野

 

エリアを探索…してはいるけど、変わった所は見えないな

それに、カイト…敵との戦闘を見てると、あんまりダメージも出てないし、そこまで強いようには見えない…

 

…かなり昔に来たのかもしれない

カイトが、まだ強くなる前の時代に

 

カイト「……エリア自体に変な所はなさそうだけど」

 

トキオ「うん…ここはどういうエリアなの?」

 

カイト「…ここは、僕が初めて冒険して、そしてあの女の子にあったエリアだよ」

 

トキオ「女の子に…」

 

カイト「……ここで、僕は…女の子と、あのモンスターに会って……」

 

トキオ「カイト?」

 

カイト「…僕の友達が、このエリアで…あるモンスターに出会って、襲われて、意識不明になったんだ…」

 

トキオ「…!」

 

カイト「…だから、僕は友達を助ける手段を探してる……それと、もう1人…」

 

トキオ「もう1人?」

 

カイト「うん…モンスターの攻撃から僕を助けてくれた人がいて…」

 

トキオ「助けてくれた?」

 

カイト「うん、その人とも、会えるかなって思ったんだけど……どうやら、居ないみたいだ…」

 

トキオ「…あれ?」

 

唸り声が背後から聞こえる

振り返ると髑髏を被った悪魔剣士のモンスター…!

 

トキオ「またモンスターか…!」

 

カイト「行くよ!トキオ!」

 

カイトは双剣士

手数重視の攻撃スタイル

 

オレと同じ、だから2人合わせれば手数で圧倒できる…!

 

カイト「疾風双刃!!」

 

トキオ「連牙・昇旋風!!」

 

2人で同時に連続で斬撃をたたき込む

 

トキオ「うわっ!こ、こいつなんか光りだした!」

 

カイト「…ウイルスバグ…」

 

トキオ「こんのぉっ!!」

 

…攻撃をしても、HPが減らない…

 

カイト「トキオ!ダメだ!ウイルスバグは普通の手段じゃ倒せないんだ!!」

 

トキオ「へ?ウイルス…?うわっ!?」

 

なんとか振り下ろされた剣をかわす

 

カイト「…僕に合わせて!!…行くよ…!!」

 

トキオ「えっ」

 

カイトに合わせる為、必死に攻撃を繰り返す

 

トキオ(カイト、なんだか焦ってるような…!)

 

カイト「やああぁぁぁっ!!」

 

モンスターが一瞬怯む

 

その瞬間、ノイズが走る

 

トキオ「うわっ!?」

 

カイトが飛び上がり、右腕をモンスターに差し向ける

謎の光に包まれる

 

トキオ(…なんだ、何が起きて……カイトの右腕が発光してるような……アレが、腕輪…?)

 

カイト「…データドレイン!!」

 

 

 

 

トキオ「…今のが、腕輪…?」

 

カイト「これが…あの子に託された、データを改変する腕輪の能力…どんなモンスターも倒せるように改変してしまう力……データドレイン……」

 

トキオ「データ…ドレイン……?」

 

カイト「だけど、こんなものもらっても……僕にはどう扱えば良いか、わからないんだ……!」

 

トキオ「カイト……」

 

…カイトは腕輪のことで、そんなにも悩んでいるのか…

 

バルムンク「また、貴様か…!」

 

どこかから声が…

 

トキオ「だ、誰だ!?」

 

カイト「……」

 

オレ達が来た道を辿って大きな翼を纏った銀騎士が歩いてくる

 

バルムンク「違法なチートPC達がいるという噂を聞いてきたが、やはり渦中にいるのは貴様という訳か…!」

 

カイト「…違う…僕は…」

 

バルムンク「何処が違う!その力はオルカを意識不明にしたものと同じだ!貴様ら違法なチートPCによってThe・Worldがどうなっているか…!」

 

トキオ「おい待てよ羽根男!カイトが違法なPCだって!?なんだよそれ!」

 

バルムンク「仕様にないスキルでモンスターを倒したな、何処が合法だ」

 

トキオ「うぐ…」

 

彩花(口喧嘩弱っ…)

 

カイト「…僕は、ウイルスバグを倒しただけだ」

 

バルムンク「…その様だな、だが、貴様らがウイルスを撒き散らしている犯人だという証拠、必ず掴んでやる…!」

 

そう言って銀騎士は転送されていった

 

トキオ「な、なんだよアイツ…!偉そうにして…」

 

カイト「…彼は、バルムンク…凄腕のプレイヤー…らしいよ」

 

トキオ(…いきなり悪者扱いされて、カイトも相当参ってるな…)

 

カイト「…ごめん、今日はもう落ちるね」

 

トキオ「あ…うん…わかった」

 

カイトが消える

 

彩花『何やってんのよ、アンタ…あんな羽根男にあっさりと言い負かされちゃって…時間データを正常なレベルまで復元しないとクロノコアは手に入らないんだから、アンタがカイトをフォローして時代を進めなきゃダメでしょうが!このバカトキオ!』

 

トキオ「うう…でも、あれは正論言われちゃったから……」

 

彩花『もう、しっかりやってよね?…あ』

 

聞きなれた様な電子音が微かに聞こえる

 

彩花『お風呂が沸いたから、私は落ちるわ、戻ってくるまでに三つ目のクロノコアよろしくね』

 

トキオ「…オレのこと、放置ゲーのキャラか何かと勘違いしてない…?」



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Reason for birth

横須賀鎮守府 医務室

実験軽巡 夕張

 

夕張「〜♪」

 

パソコンと向き合いながらコードを打ち込み、カートリッジの内部データを書き換える作業を始めてすでに2時間

このカートリッジの改造さえ終われば今日の仕事は終わる

 

キタカミ「…ねえ」

 

ベッドから起き上がり、キタカミさんが気怠そうに声をかけてくる

 

夕張「はい?」

 

キタカミ「…ここって」

 

夕張「大丈夫、盗聴器監視カメラ無線機、その類は何一つ置いてません、あるのはこのオフラインのパソコンと、いくつかのコンセントだけ、そこも盗聴器のチェックは毎朝してるし」

 

キタカミ「……成る程ね、起きてたのもバレてたんだ」

 

夕張「アヤナミさんと私の会話を聞かれてるって気づいた時は殺されるかと思ったけど…大丈夫ですよ、そちらに敵意がないならこちらも何もしません…あ、そうだ、お腹減ってませんか?」

 

キタカミ「……まあ、でも今の私何か食べても…あー…そっちも聞きたかったんだ、なんで私怪我してないの?あんなにズタズタになってたはずなのに…」

 

夕張「あなたがここにきた時、既に瑞鶴さんが治療した状態でした、だから貴方が意識を失っていたのは精神的なダメージが大きな要因」

 

キタカミ「…なら、今も精神的に穏やかじゃない私に…」

 

夕張「大丈夫、貴方はちゃんと守りきれました、そこに寝てる人以外に怪我人は…まあ、軽症以外ではいないし、死者も勿論ゼロ、そしてみんな宿毛湾に先に移動しました」

 

キタカミ「…よかった…」

 

夕張「……さて、これで終わりと」

 

パソコンのディスプレイをスリープモードにしてキタカミさんの方を向く

 

夕張「さて、何食べます?私のおすすめはエースコックのワンタンメンですけど」

 

キタカミ「…お湯少なめ時間長めで」

 

夕張「おお…それは美味しそう…」

 

 

 

キタカミ「カレーうどん?…そっちはカップ焼きそばにたぬきそば…」

 

夕張「カレーラーメンですよ、ほら、カップヌードル」

 

キタカミ「いや、そういうことじゃなくて…なんでそんなに作ったのさ、お腹は減ってるけど流石に食べきれないよ…?」

 

夕張「いや、そうじゃなくて…ここってサイバー攻撃には絶対完璧な防御の自信があるんですけどね…」

 

キタカミ「…何?なんの話?」

 

夕張「ここは、ネット回線も通らない作りになってて、最低限の電気しか通ってません、なので情報とかの流出には…デジタルの面では強いんですけど…そろそろ3分経つから出てきて?」

 

天井の一角が外れて那珂と川内が降りてくる

 

キタカミ「……成る程ね」

 

川内「や、キタカミ」

 

那珂「なんで気付かれたのかはわからないけど…」

 

夕張「…ま、私も伊達に横須賀鎮守府所属の艦娘じゃないですし?あ、はいこれワンタンメン、お湯少なめ時間長め」

 

キタカミ「…ああ、うん…今食べんの?」

 

夕張「2人もどうぞ」

 

那珂「あ、じゃあラーメンで」

 

川内「じゃあ蕎麦にしようかな」

 

キタカミ「…で、あんたが食べるのがそのカップ焼きそば?」

 

夕張「いえ、ほら、起きてください、もうお互い腹の中を見せ合いませんか?」

 

キタカミ「…誰に…」

 

川内「アレかな」

 

川内がベッドの一つを指す

 

春日丸「……」

 

ゆっくりと春日丸さんが起き上がり、こちらを向く

 

夕張「貴方も回復してるんだし、起きてるはずだとは思ってました」

 

春日丸「…そうですか」

 

夕張「はい、これ」

 

春日丸「どうも…」

 

川内「……相変わらずカップ麺生活?」

 

夕張「美味しいですよ?」

 

川内「栄養…」

 

那珂「そんなこと言いながら食べたら美味しくなくなるじゃん…」

 

夕張「まあ、そんなことは置いといて…先に食べちゃいましょ?それから話しても遅くはないでしょ、ね?」

 

 

 

 

 

キタカミ「ふう…ご馳走様」

 

川内「せめてネギ入れたかったなあ」

 

夕張「さて、ここに横須賀、呉、さらには離島の主要メンバーが集まったわけだし…いや、ちょっと違うな、春日丸さんは…個人として、綾波さんのことを想っている」

 

春日丸「…だとしたら何だというんですか」

 

夕張「……さて、どうしようかな…何から話せば良いのか」

 

そう言ってイジっていたカートリッジを拾い上げる

 

夕張「これをみて」

 

カートリッジを起動する

 

持っていた手が、白く染まる

 

キタカミ「!」 

 

川内「その腕、深海棲艦の…!」

 

夕張「っ……うぅ…っ…」

 

右腕が焼けるような感覚…

 

那珂「だ、大丈夫…?」

 

夕張「…これは……っ…深海棲艦の力を使う…春日丸さんや、アケボノさん…イムヤさんのデータを使ったカートリッジ…所謂ダイバーと呼ばれる力を…再現したもの…っ」

 

カートリッジが手からこぼれ落ち、膝を突く

それとともに腕が元に戻る

 

夕張「っ…はぁ…はぁ…っ…!これは……負担、大きいわね…!」

 

キタカミ「それを見せて、どうしたかったのさ」

 

夕張「…すぅ…はぁ……深海棲艦、それがなんのために生まれたのか…って、知ってますか…」

 

川内「なんのために、生まれたか…?」

 

夕張「…この世界は、もともと艦娘も深海棲艦も居ない世界…本当なら、存在しなかった世界…だけど、ある存在のために、生み出されてしまった」

 

那珂「ちょっと待って、意味わからないんだけど…」

 

夕張「……深海棲艦は人工の産物です、そしてそれはある存在のために作られた」

 

キタカミ「さっさとその正体を教えてくれる?」

 

夕張「…前の世界に存在せず、そして…強大過ぎる力ゆえに、生まれた歪みとも言える存在…それが、反存在、クビア」

 

川内「クビア…!?話には聞いたことあるけど…」

 

キタカミ「なにそれ」

 

那珂「…うちの提督が戦ったって言ってた、The・Worldのカウンタープログラム…巨大な力をぶつけ合い、対消滅する為のプログラム…」

 

夕張「正確には倉持司令官達も戦った事がある…巨大な存在で、全てを破壊する…そういうプログラムだって聞いてる」

 

キタカミ「……ねえ、それで、その話の続きは」

 

夕張「…本来、クビアはThe・Worldで強大な力が行使された時に現れる存在だった…でも、思い出して、前の世界…あの世界は、ネットとリアルがほとんど融合していた…だから、あの戦いの終わりの時…」

 

川内「世界が、再誕するときに産まれた…?」

 

夕張「そう、そしてこの世界には、The・Worldが誕生する前からクビアがいた」

 

那珂「…それで?」

 

夕張「ただ…クビアは、リアルに居たわけじゃなかった、ネットの中に囚われた存在として、産まれてしまった……だから、クビアは…実態を求めた、私たちのように」

 

キタカミ「私…達?」

 

夕張「私たちはもともとデータだった事、忘れた?…再誕の影響で肉体を得て、まだ10数年じゃない?」

 

川内「……でも、深海棲艦が…いや、クビアゴモラ…」

 

夕張「色々考えてるみたいだけど違う、深海棲艦は失敗作なの」

 

那珂「失敗作?」

 

夕張「深海棲艦は死体で構成されてる、死体を細かくして……いや、魚で例えるとさ、魚粉っていう乾燥した魚を粉にしたものがあるでしょ?それを練って練り餌を作る…それが、動き出したのが深海棲艦」

 

キタカミ「…それは、なんとなく知ってる」

 

夕張「流石に、一度深海棲艦にされてると嫌でもわかるか…うん、人間の体をものすごく細かくして、その一つ一つがナノマシンのような働きをする…細胞を人工のものに置き換えるようなもの……ナノマシン、そこが重要なの」

 

那珂「…ナノマシン…機械って事?」

 

夕張「そう!…機械、つまり、ネットに接続する力があるの」

 

川内「まさか、それを依代に…?」

 

夕張「そう、クビアは現実の肉体を得る為に、人間の死体を利用しようとした…ある研究機関に働きかけてね、その研究機関は人の死滅した細胞を再活性化させ、ネットに接続させ……そうすると何故か、深海棲艦が出来上がってしまった」

 

キタカミ「そこは偶然の産物だった…?」

 

夕張「みたいね、しかも…クビアを現実に呼び出すには、質量が足りなかった」

 

那珂「質量が足りない…?」

 

夕張「クビアはもともと、超巨大な化け物だったの、だから…その身体をそのまま呼び出すには、島を埋め尽くすほどの肉片が必要だった…しかも、召喚が失敗でもしたら…全部ぱあになる」

 

キタカミ「だから、深海棲艦は人を襲う…?」

 

夕張「勿論、深海棲艦も生物として存在する以上は…エネルギーがいる、だけどそれが別の生命を喰らう事でしか補給のできないものでもある」

 

那珂「……ねえ、待って?深海棲艦が産まれた理由は分かったけど、それは…今なんの意味があって、教えられたの?」

 

夕張「綾波は深海棲艦の軍勢と、サイバーコネクト社、その2つに協力してクビアを呼び出そうとしてる」

 

夕張(…そして、おそらく…)

 

キタカミ「…何故?」

 

夕張「…さあね、でも、クビアはその研究機関にこう言ったの「強すぎる存在を破壊するための力…世界の均衡を崩すもの、それを破壊する、究極の抑止」…世界を救う為の研究として、クビアの研究は始まったの」

 

川内「核抑止を、超える抑止?」

 

夕張「そういう事…核とは違い、世界を汚染することの無いクリーンな力、そういう名目だった」

 

那珂「…それを今も目指してる理由って何?」

 

夕張「クビアのウソを看破してるから、クビアの真意を利用したい存在がいる…それだけよ」

 

那珂「ウソ?」

 

夕張「…クビアは、倉持司令官…いや、かつての勇者カイトとの戦いに於いて、対消滅を避けたがったし、ギルドG.U.…つまり、ウチの提督やら三崎司令達との戦いにおいても自身の消滅を避けたがった」

 

川内「…それで?」

 

夕張「肉体を求めたのは、消滅を避ける為…利用されるためなんかじゃない、そう気づいた人達は、自身の都合の良い世界を作るため、クビアを取り込もうと考えている」

 

那珂「…結局、世界征服って事?」

 

夕張「…有り体に言えば、そうかもね…それで、今、敵達はクビアを呼び出す為に必要な超大量の深海棲艦を用意するのは…あまり合理的ではない、と考えてるの」

 

川内「合理的ではない?」

 

夕張「これをみて」

 

小さな手のひらサイズの装置をみせる

 

夕張「これは、ネットとリアルを融合させる装置」

 

キタカミ「は?」

 

3人が構える

 

夕張「焦らないで、これを発動すると小さなエリアだけ、限定的に融合させるの、Limited space fusion device、LSFDって呼ばれてる装置」

 

川内「それで」

 

夕張「クビアを現実に呼び出して肉体を与えるのは、リスクがあると考えたの…もし反逆されたらダメージは深刻でしょ?だから、活動できる範囲を決めて、言いなりにさせることにした」

 

那珂「それをするのがその装置?」

 

夕張「そう、でも、まだ開発段階で…ちゃんとは動かない、これが完成したらどこかで実験するとは聞いてるけど…」

 

キタカミ「それが離島鎮守府か…!」

 

夕張「多分ね」

 

キタカミ「……成る程、少し納得したよ…あそこは日本を刺すための前哨基地にも、守る防波堤にもなる」

 

夕張「あそこに 大型のLSFDをおいて、日本まで攻められちゃ…みんな死んじゃうかもね」

 

キタカミ「……待って、LSFD…って、小型のもあるの?」

 

夕張「これがそう、手のひらサイズ」

 

川内「…あ!ウイルスバグ!」

 

夕張「…かもね、ウイルスバグが急に出てきたのは、実験段階に入った証明なのかも……私の知らないところでね」

 

那珂「…ねえ、ダイバーとそのカートリッジ、なんで…」

 

夕張「……今見せたのは、ちょっとした、保険…私は、敵対するつもりはない、ね?」

 

キタカミ「…どうだか」



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549話

横須賀鎮守府 医務室

実験軽巡 夕張

 

夕張「そういえば…そう言えばというか、元を辿ればなんだけど、川内達は謝りに来たんでしょ?」

 

キタカミ「…謝る?」

 

川内「まあ、ね…」

 

那珂「神通姉さんが寝返って、その…」

 

2人がガングートさんを見る

 

キタカミ「…そういや神通とやり合ったんだっけ?長門達が言ってたかな」

 

夕張「神通相手に辛くも勝利…って聞いてるけど…それが本当ならかなりの実力者ね」

 

川内「…マジ?神通に勝ったの?」

 

那珂「信じられない…」

 

夕張「え、知らなかったの…?じゃあなんで来たの?」

 

川内「Linkからね、神通を見たらすぐに連絡するように頼んでたんだけど…なんでも神通と戦って1人意識不明って聞いたから…」

 

那珂「でも、まさか神通姉さんを倒せるくらいに強いなんて…Linkってやっぱり猛者揃いだね…」

 

川内「うん…個人技は勿論チームでの動きも叩き込まれてる、すごい集団だよ」

 

キタカミ「なんかやけに詳しいね」

 

川内「演習何度かしてるし」

 

那珂「前も負けたっけ?」

 

キタカミ「…国を救った英雄だとか、取り上げられてるのは知ってたけど…」

 

川内「あー、らしいね、本拠地不明の多国籍軍Linkって」

 

夕張「へえ、そうなんだ」

 

川内「それより…その人、まだ目ぇ覚まさない?」

 

夕張「ああ、うーん…両腕にヒビとか色々ダメージは負ってるけど、カートリッジの効果で最小限に抑えられてはいるのよね、でも、一番重いダメージは背中とここ、こめかみの部分」

 

キタカミ「頭はわかるけど背中?」

 

夕張「そう、欧州に輸出された艦娘システムってさ、春雨ちゃんとかが使ってるような第二世代の手術が必要なタイプなの、要するにナノマシンを入れないやつ、無理矢理艦娘にしたら問題になるかもしれないから、ね?」

 

キタカミ「…第一世代のナノマシンだって、許可なく入れてたでしょ」

 

夕張「まあね、私は無関係だけど……あの時はまだ体内にまで侵入されるとは思ってなくて」

 

キタカミ「それは良いから、続きは?」

 

夕張「…背中に接続ユニットがあるの、まあ、見てもわからないように体内の皮膚と背骨の間に埋め込まれてる感じ…で、そこを攻撃されると体内にもろにダメージがいくわけ、筋肉のガードが薄いから…」

 

キタカミ「成る程、第二世代にとっての弁慶の泣き所か」

 

夕張「というより、文字通りの急所ね、見ての通り」

 

チラリとガングートさんを見る

 

夕張「体内へのダメージっていうのは思っている以上に大きなものでね、神通も多分全力を出していなかったから気絶で済んでるけど、その急所に全力の蹴りが入ったら…死んでたわ」

 

川内「……こめかみと背中、か…神通なら片方でも殺せる」

 

夕張「だから、多分…」

 

ガングート「加減、だと…?」

 

キタカミ「おお、起きた」

 

夕張「初めまして、ガングートさん、体調はどう?」

 

ガングート「ぐ…そんな事どうでも良い…加減していたというのは、本当なのか…!!」

 

夕張「た、多分…」

 

キタカミ「神通なら十分殺せるだけの技量がある、だから間違いないと思うね」

 

ガングート「…クソッ!!」

 

横になったまま、ベッドを殴りつける

 

ガングート「私は、まだ弱いままじゃないか…綾波…!」

 

ガングートさんがゆっくりと起き上がる

 

ガングート「……む…なっ…!な、何をしてるんだお前ら…」

 

キタカミ「へ?…うわ」

 

夕張「うわっ…川内、那珂、一応毎日清掃してるけど、流石に…」

 

2人揃って土下座は…

 

川内「この度はウチの妹がご迷惑をおかけしました!」

 

那珂「した!」

 

ガングート「…はあ…?な、なんだ?日本ではこういう風習でもあるのか?」

 

キタカミ「…まあ、一番深い謝罪を伝える時かな…」

 

ガングート「…そ、そうか…」

 

キタカミ「っていうか、神通の事で謝られるなら私にもその言葉があるべきなんじゃないの?不知火達が怪我してるんだよ?」

 

川内「ああ、その…そっちの謝罪は曙に任せてるから…」

 

キタカミ「いや、そういう問題じゃないでしょ」

 

ガングート「……謝罪は要らん…だから、貴様と勝負がしたい!川内!」

 

川内「…は?」

 

ガングート「手加減をした相手とやり合って負けた屈辱…更に強いものを打ち負かして手に入れる達成感でしか払拭できん!」

 

夕張「いや、加減した神通に負けてるならどう足掻いても川内には勝てないでしょ」

 

ガングート「ぅぐ…」

 

キタカミ「まあ、その話はまた今度にしたら?アンタ自身が強くなってから挑めば良いわけだし」

 

ガングート「…まあ、そうか……逃げるなよ川内!」

 

川内(え、受けたことになってる…)

 

 

 

 

宿毛湾泊地

駆逐艦 朧

 

曙「まっ…待てって言ってんでしょうがあぁぁぁぁッ!」

 

アケボノ「アンタ達!アイツを逃したら容赦しないわよ!!」

 

漣「あいあいさー!」

 

潮「ごめんね!曙ちゃん!」

 

曙「だから逃げないって!あ、コラ!撃つな!当たるでしょうが!!」

 

アケボノ「2、3発当てても死なないからとりあえず当てなさい!」

 

曙「アンタねぇ!!」

 

龍驤「朧は混ざらんでええんか?」

 

朧「…帰っては来たけど、アタシが原因で曙が離島を抜けたわけだしね」

 

龍驤「ほーかほーか、まあええわ、うちも参加するでェ!」

 

曙「龍驤っ…アンタまで!!」

 

龍驤「曙のアホ捕まえて縛り付けて!二度と離れられんくしたるわ!!」

 

曙「だから呉から宿毛に移るって言ってるでしょうがあぁぁぁぁッ!」

 

 

 

 

離島鎮守府跡地

綾波

 

夕立「はあ……白米にお肉にお味噌汁…幸せっぽい…」

 

神通「…そうかもしれませんね」

 

綾波「たかが食事で喜べることは本当に素晴らしい事です…さて、次の計画を伝えますよ」

 

夕立「ご飯の最中っぽい」

 

綾波「聞き流しても構いません、やるのは私ですから」

 

神通「標的は」

 

綾波「特に居ません、民間人の混乱が狙いだとか」

 

夕立「民間人?」

 

綾波「戦争の仕方、教えてあげますよ」

 

神通「戦争の、仕方…ですか」

 

綾波「私がやった取りにやれば良い、味方でも敵でもない、ただの一般人のように入ってきて、気取られる前に制圧する…なんなら爆弾でも毒ガスでも良い、そうすれば大混乱を起こせる」

 

神通「つまり、民間人を無差別に…殺す、と?」

 

綾波「それでも良いんですけどね、無意味なことをするのは好きじゃない、そういう事件があったという報道を作るだけで…人々は恐れるんですよ」

 

ノートパソコンの画面を見せる

 

神通「っ…これは」

 

夕立「アメリカで、実行済み…?」

 

画面にはさっき言った通り、喫茶店に入り込んだ客が自爆テロを起こしたという事件の報道、そしてそれが同時に四箇所で合計100名を超える死者を出したと…

 

綾波「フェイクニュースです」

 

神通「…フェイク?」

 

夕立「つまり、これは本当には起きてない事件…」

 

綾波「そうです、少し調べれば真実はわかることですが」

 

パソコンの画面が消える

 

綾波「今、ネットワークをハッキングしてほとんどのサーバーをダウンさせ、ネットにアクセスできなくしました…私は今から二日間、それを維持します…するとどうなるでしょうか」

 

神通「…ネットワーククライシス…混乱が起きる、か」

 

綾波「さあ、どうなるか、試しましょう?サイバー戦争です」

 

夕立「それの、目的って…?」

 

綾波「時間稼ぎですよ、私の目的に気づいた人間がいても、邪魔をされないように、ね?」

 

  

 

 

 

 

宿毛湾泊地

提督 倉持海斗

 

海斗「…入店を拒否された?」

 

ワシントン「ええ、アメリカで自爆テロが相次いであったらしくて、それが原因でお断りだって…顔馴染みですらないから、仕方ないんだろうけど」

 

アイオワ「というか、そもそもその事件についてもネットにアクセスできなくて何もわからないのに…!」

 

海斗「……ネットが、使えない…?……なんで、どうなって…」

 

 

 

 

横須賀鎮守府

実験軽巡 夕張

 

夕張「…始まった」

 

キタカミ「何が?」

 

夕張「フェーズ2…情報伝達を止める」

 

キタカミ「なんのために」

 

夕張「今のネットに頼りきりの社会ではそれが止まるだけで致命的、それが簡単に止まるとなると…国のネットに対する危機感が薄いとなる、つまり人材を軒並みそっちに回すほかなくなる」

 

キタカミ「…そういうもんなの?」

 

川内「多分」

 

夕張「横須賀ほどの基地になれば間違いなく苦情殺到」

 

キタカミ「なんでそんなのに協力してんのさ」

 

夕張「私がなんの考えもなく協力するとでも?」

 

川内「え、うん」

 

那珂「前科あるしねぇ…」

 

夕張「ないですー!犯罪したことありませーん!」

 

キタカミ「前の世界で提督のパソコンから色々データ抜き出そうとしてたじゃん」

 

川内「しかも未だに綾波に手を貸してるじゃん、死刑囚の逃亡幇助してるじゃん」

 

那珂「あれ?死刑って失敗したら無罪になるんじゃないの?」

 

川内「それは執行してたらね、綾波の死刑はどれも執行の器具とかが破損して先送りになってるんだよ」

 

夕張「…はー…まあ?その…実を言えば私も全部を知ってるわけじゃない」

 

川内「じゃあなんで手を貸してんの」

 

夕張「それはまだ言えない、言ったら最後、みんな消されるか、こっちに着いてもらうまで…殺し合いになる」

 

春日丸「あの」

 

夕張「はい、なになに?」

 

春日丸「…私は、どうすれば」

 

夕張「…ここに居るのは実力申し分なしのメンツばかり、そして、綾波に複雑な感情を抱いてるものばかり……そこで提案なんだけど」

 

川内「会いに行く、って?」

 

夕張「そう」

 

キタカミ「お断りだね」

 

川内「私も」

 

那珂「同じーく」

 

夕張「え!?あ、あれ?!な、なんで!」

 

春日丸「私も、遠慮させていただきます」

 

夕張「うっそ……何故に…?」

 

キタカミ「よくもまあ敵か味方か微妙な立場で誘えたね、罠にしか見えないよ」

 

川内「そうでなくても、今の私たちじゃ綾波相手にするのはちときついかな」

 

那珂「うん…力量差を測れない訳じゃない、今行くのは賢くない……時間稼ぎをするってことは、今すぐ行動に移す訳じゃない」

 

キタカミ「綾波の目的をぶっ潰しに行ってこっちが全滅でもしたらさ、止める奴が誰も居なくなる…それだけはダメだね」

 

川内「という訳で、まだ行きませんって事で」

 

夕張「…残念、じゃあ…はい、これ」

 

カートリッジを配る

 

キタカミ「…ダイバーのカートリッジ?」

 

夕張「これはネットワークに接続してはじめてその真価を発揮するの」

 

川内「真価?」

 

夕張「……ただし、これは…自身の強化にも使えるけど、もしかしたら、全てを失うかもしれない、賭けのカートリッジ」

 

那珂「…内容はまだ言わないんじゃなかったの…?」

 

夕張「そのつもりだったけど、急いで力が要るなら…これは絶対役に立つ、それに3人とも、このカートリッジの適格者だからね」

 

キタカミ「カートリッジの適格者?」

 

夕張「それは碑文使いが使うと少し違った力を発揮するの」

 

川内「どんな」

 

夕張「口で説明すると長いから、後でメールしとくわ、ちゃんと読んで使ってね?…決して、取り込まれないで」

 

キタカミ「取り込まれる…か」



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もう1人のネコ

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

トキオ

 

トキオ「カイトに呼び出されて、来てみたは良いけど……どこだ?…あ!…あれは…」

 

カイトと、近づいていってるのは、あの羽根男!

 

走って2人の方に近づく

 

カイト「…!」

 

バルムンク「また会ったな…おまえ、オルカを知っているそうだが?」

 

カイト「知ってるも何も……僕はアイツに誘われて、このゲームを始めたんだ!」

 

バルムンク「ならば、訊きたい…あの異変以来、連絡が途絶えているのだ…彼は今、何をしている」

 

カイト「信じるなら、話す」

 

バルムンク「内容次第だ」

 

カイト「……オルカは…僕と初めて冒険に行ったエリアで、謎のモンスターと、それに追われる女の子を見た、そして…そのエリアの帰り道、急に変な空間に飛ばされたんだ、そこで、オルカは…そのモンスターにやられた」

 

バルムンク「やられた…そしてどうなった」

 

カイト「…意識不明になった、今も病院に入院している」

 

バルムンク「……」

 

カイト「その時、追われていた女の子から受け取ったのが、あの時に発動した腕輪の力なんだ」

 

バルムンク「なるほど…その話、どこまで真実かは知らんが……お前の腕輪の力……オルカを意識不明にしたものと同じだということ…覚えておけ!」

 

そう言ってバルムンクが立ち去る

 

カイト「…そんなこと……もちろん、わかってるさ…」

 

トキオ(…タイミング悪かったな…何で声をかければ良いかわからないよ…)

 

トキオ「あ、アレは!」

 

カイトの背後からヌッと白い衣装のPCが顔を出す

ファンタジー世界に似合わない近未来的な立ち姿…

 

ヘルバ「落ち込んでるヒマなんか、なくってよ」

 

カイト「…あなたは…」

 

カイトが少し後ずさる

 

ヘルバ「敵か、味方か…(笑)…お節介な警告者…」

 

トキオ(ヘルバだ!間違いない!でも何でここに…)

 

カイト「…メールをくれた人…?ヘルバ?」

 

ヘルバ「それより、リョースには気をつけなさい」

 

カイト「リョース?」

 

ヘルバ「リョースはシステム側の人間、腕輪を持ったあなたはウイルス扱いよ…それと、これ……必要でしょ?」

 

カイトの前に小さな結晶が現れる

 

カイト「これは…ウイルスコア…!しかも、足りない種類の…」

 

ヘルバ「何故、それを知ってる?……って顔してるわね、モニター越しでも想像がつくわ、言ったでしょ…「お前は、常に誰かに見られている」」

 

カイト「何故…協力してくれるの?」

 

ヘルバ「協力?…さあ、どうかしら…協力してもらうのは、私の方かもよ、じゃ、またね…ぼうや」

 

ヘルバが転送されて消える

 

トキオ(…話しかけに行くタイミングも無かったけど…ヘルバとカイトは知り合いだったんだ…)

 

肩を背後から叩かれる

 

トキオ「ん?…わっ!?」

 

ギョロリとしたネコの目が目の前にある

 

ミア「……」

 

紫のネコの、獣人…

 

エルク「ミア!待ってよぉ…や、ようやく追いついた…」

 

そして、追いかけてきた…青い、司?

 

トキオ(司そっくりのPCだ…色違いだけど……それより、ずっとこのネコに見られてる…)

 

ミア「………」

 

じろり、ジロリ…

 

ミア「……………」

 

品定めのように見られる

 

ミア「すごく変わってるのに、この世界によく馴染んでる……」

 

トキオ「へ?」

 

ミア「良いもの見せてもらっちゃった、はい、これ」

 

トキオ「え、あ、ありがとう…」

 

メンバーアドレスを受け取る

 

ミア「エルクも渡しときなよ」

 

エルク「え、僕は…」

 

ミア「良いから良いから」

 

エルク「……ほら、これ」

 

エルクのメンバーアドレスを手に入れた

 

トキオ「ありがとう…?」

 

ミア「キミとは、またどこかで会いたいな…じゃあね」

 

エルク「待ってよミア!あ、そうだ!エノコロ草がたくさんのエリア見つけたんだよ!」

 

ミア「ほんと?じゃあ早く行こう」

 

トキオ「……なんだったんだ…?…あ、エノコロ草って言うと…司たちといた猫のPCも好きだったな…ネコジャラシ…」

 

あのPCも好きなのだろうか

それとも、そう言うロールなのか

 

カイト「トキオ!」

 

トキオ「あ、カイト!そうだ!オレ呼び出されてたんだった!」

 

カイト「来てくれてたんだね!トキオ!」

 

トキオ「あ、うん!それでオレに用事って?」

 

カイト「紹介したい仲間が居たんだ」

 

カオスゲートから2人転送されてくる

 

少女風のふわふわした呪癒士と…

 

ブラックローズ「カイト、来たわよ」

 

ブラックローズ…こっちもきっと本物だ、声が違う…

 

ミストラル「ありゃりゃ?この人って誰?」

 

カイト「彼はトキオ…よかったらみんなで冒険したいな、と思ったんだけど…どうかな」

 

ミストラル「問題ナーシ!よろしくね!(^ ^)」

 

トキオ「よろしく…」

 

トキオ(顔文字とか使う人、初めて見た…)

 

ブラックローズ「…ただ遊ぶだけ?」

 

カイト「……実は、そこはプロテクトエリアなんだ」

 

トキオ「プロテクトエリア?」

 

カイト「…プロテクトエリアって言うのは、文字通りプロテクトのかけられたエリアのことだよ、データの破損したエリアばかりで、ウイルスバグがいることが多いんだ」

 

トキオ「ウイルスバグ…!」

 

カイト「でも、プロテクトがかかってるから、もちろん基本的には入れない、だから、そこで…ウイルスコアを使う」

 

トキオ「ウイルスコア?」

 

カイト「ウイルスバグやモンスターからデータドレインをして集められるコアのことで…A〜…今のところはOまで、24種類はあると思ってるけど…とにかく、これをうまく使えばプロテクトをすり抜けられるんだ」

 

ブラックローズ「それでアタシたちはデータの破損したエリアを探索するんだけど…ほんとに来る?危ないわよ」

 

トキオ「…行くよ!オレもカイトの役に立ちたいんだ!」

 

カイト「…トキオ、キミを誘っておいてこんなことを聞くのはおかしいとは思うけど……どうして、僕を助けてくれるの?」

 

トキオ「……オレは、カイトに助けられてるんだ、多分カイトはまだ知らないと思うけど…カイトはオレの命の恩人なんだよ、だから、助けたい…!」

 

ミストラル「おー、男の友情って奴?(°▽°)」

 

ブラックローズ「どっちかって言うと、貸しと借りじゃない?」

 

カイト「僕が、キミを…?いつ…」

 

トキオ「…いつ…」

 

トキオ(いつか、なんて、言えない…未来の話なんてしても信じてもらえないだろうから…でも)

 

トキオ「いつだったかなんて、関係ない、それにこの前もオレをウイルスバグから守ってくれたじゃないか!」

 

カイト「…あれは…」

 

トキオ「オレも絶対に役に立ってみせるよ!カイト!」

 

カイト「……キミをあのエリアに誘ったのは、腕輪が共鳴したからだった…でも、今回は違う…トキオ、僕と一緒に戦って欲しい」

 

トキオ「オーケー!カイト!」

 

ブラックローズのメンバーアドレスを手に入れた

ミストラルのメンバーアドレスを手に入れた

 

ブラックローズ「さっさと行きましょ、でもパーティは悩みものね」

 

ミストラル「2人ずつに分かれる?」

 

カイト「そうだね、ここは…トキオ、誰をパートナーにするか選んで」

 

トキオ「お、オレ?……うーん」

 

カイトは手数も多いし、普通に強い

ブラックローズは撃剣士で一撃粉砕タイプ

ミストラルは回復特化…

 

ここはミストラルとカイト…にするべきかな

 

ブラックローズ「…なによ」

 

トキオ(いや、なんかこのブラックローズちょっと怖いぞ!?…オレがミストラルと組もう…)

 

トキオ「じゃあ、ミストラルで…」

 

ミストラル「よろしくねーo(*゚▽゚*)o」

 

カイト「よし、エリアに行こう」

 

 

 

 

 

Δサーバー 漠然たる 騒霊の 沙海

 

トキオ「こ、こんなエリア…見た事ない…」

 

空が剥げ落ちてる…

それに、変な文字列が行き交ってて…

 

カイト「…トキオ、危険を感じたら逃げて良いし、いつでも抜けて良い…別に僕はそれを恨んだりはしない、約束する」

 

トキオ「…いや!オレはむしろこう言う冒険がしたかったのかも!燃えてきた!」

 

ブラックローズ「脚震えてるわよ」

 

トキオ「うぐっ…」

 

 

 

トキオ「モンスターもあんまり居ないな…」

 

カイト「そう言うエリアなのかもね…これ以上は探索しても何も出てこないか…」

 

ミストラル「…あー!」

 

ブラックローズ「何かあったの?」

 

ミストラル「あそこ!すっごいレアなエディットの重斧使い(ヘビーアックス)!」

 

トキオ「…ヘビー…?」

 

確かに遠くに何か…ずんぐりした、緑色の変なのが…

 

カイト「…あ!あれは…」

 

ブラックローズ「知り合い?」

 

カイト「…ええと、うん、実はこの間、モンスターとの戦いの見届け人をして欲しいって頼まれた人なんだ…名前は、ぴろし」

 

トキオ「ぴろし?」

 

カイト「ちょっと、うん、ちょっとだけ変わってるけど、良い人だよ……見つかる前にエリアを出ようか…」

 

トキオ(カイトがそういうなんて…どんな奴なんだ…?)

 

 

 

 

 

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

 

ブラックローズ「じゃ、私たちは落ちるから」

 

ミストラル「バイバーイ(^^)/~~~」

 

トキオ「うん、また!」

 

2人が転送される

 

カイト「じゃあ僕たちも…あ」

 

トキオ「ん…?」

 

ミア「やあ、カイト…それにキミは、また会ったね」

 

カイト「ミア?」

 

トキオ(ミアとも知り合いだったんだ…)

 

ミア「ちょっとごめんね、人に会う約束があるんだ」

 

背後に誰かが転送されてくる

 

ミア「あ、きたきた、待ってたよ、ぴろし」

 

びろし「む…待たせたな!諸君!!」

 

緑色の大柄な鎧、そしてそこから出てきたパッツン頭の童顔…

 

トキオ(ど、独特なセンスだなあ…)

 

ミア「はい、約束のもの」

 

ぴろし「おおおお!!ほ、本当にこのアイテム、もらって良いのだな?」

 

ミア「もちろん!」

 

ぴろし「おぉぉぉぉっ…で、では…早速…のわっ!」

 

ぴろしがオレンジ色に発光する

 

ミア「ふふふふふっ……治したかったら、Δサーバー鼻曲がる沸血の処刑場にある、回復アイテムを探すんだね」

 

ぴろし「こっ…こらあぁぁぁぁっ!!」

 

ぴろしが制止する暇もなくミアが転送されて消える

 

カイト「……何を、トレードしてもらったの?」

 

ぴろし「……色男になる…薬…」

 

トキオ(う、嘘は言ってないな…)

 

カイト「と、とりあえず、そのエリアに行ってみようか…ふっふふふ…」

 

トキオ「カイト、笑いを堪えられてないよ…」

 

 

 

 

Δサーバー 鼻曲がる 沸血の 処刑場

 

トキオ「な、なんだ!?」

 

カイト「あ、最初は驚くよね」

 

ゲーム内のBGMが、明るいドラムの…なんか不思議なBGMに…

 

ぴろし「ぴろしセレクトである!」

 

カイト「だって(笑)」

 

トキオ「あ…そう…」

 

トキオ(BGMを改変するなんて…データドレインみたいな力でもあるのか…?)

 

カイト「あ!モンスターだ…!ユニオンバトル作戦で行くよ!」

 

ぴろし「承知した!」

 

トキオ「ゆ、ゆに?」

 

カイト「集中撃破だ!!行くよ!」

 

ぴろし「うおおお!!治療薬の糧となれえぇええ!」

 

トキオ(治療薬ってモンスターから作るのか!?)

 

 

 

カイト「あった、これが治療薬か…」

 

カイトが宝箱からアイテムを取り出す

 

ぴろし「それこそが回復アイテム!早く私にくれ!」

 

…使用したぴろしの体が桃色に発光する

 

ぴろし「もっもっもっもっもっももっもっももっ…」

 

カイト「…ほ、他の宝箱を探そう(笑)」

 

トキオ「お、オーケー…はは…」

 

 

 

 

 

 

トキオ「お!これか!」

 

元祖・治療薬を手に入れた

 

ぴろし「絶対それだ!早く私に…」

 

黄色に発光する

 

ぴろし「……少し、強くなった気がする」

 

 

 

 

 

ぴろし「真・治療薬!これだ!きっとこれだ!」

 

ぴろしの体がオレンジに明滅し,元の緑色に…

 

戻ったのも束の間,再びオレンジに発光する

 

カイト「惜しかったね(笑)」

 

トキオ「手の込んだ悪戯するなぁ…」

 

 

 

 

カイト「治療薬・改…」

 

ぴろし「うむ…では」

 

ぴろしの体が赤、オレンジ、桃色、黄色の順に明滅する!

そして…

 

ぴろし「な、治った!」

 

元の色に戻る

 

カイト「良かったじゃない」

 

ぴろし「うむ!!お礼にこれを授けよう!」

 

ぴろしの自伝を受け取った!

 

トキオ「…自伝…」

 

カイト「あ、ありがとう…」

 

ぴろし「頭上に星々の輝きのあらんことを!」

 

そういってぴろしが転送されて行く

 

カイト「…まあ,あんな人だよ」

 

トキオ「なるほど、評価の理由がわかった気がする…」



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Θサーバー 呪われし失意の楽園

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

トキオ

 

カイト「トキオ、少し来て欲しいところがあるんだけど」

 

トキオ「来て欲しいところ?」

 

カイト「Θサーバー、呪われし失意の楽園ってエリアに行きたいんだけど必要なウイルスコアが足りてないんだ、それを集めるためにΘサーバーのエリアを回りたいんだけど…」

 

トキオ「よっしゃ!行くよ!」

 

カイト「ありがとう、まずは、ドゥナ・ロリヤックに向かおう」

 

 

 

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

 

トキオ「ん?」

 

ゲートの前で話してるのは、ミストラルと…知らないPCだ

 

アペイロン「勘弁してよ……これって、超のつくレアアイテムなのよ、9999GP!それ以上は無理!」

 

ミストラル「ニコニコローンとか無い?」

 

アペイロン「高い金利付きで良いなら」

 

大柄な重槍士のPCと話してるみたいだけど…

どうやらアイテムのトレードの話みたいだ

 

ミストラル「うあぁぁ………ローン地獄は勘弁…`s(-' -;)」

 

アペイロン「ローン地獄か…嫌な言葉だなぁ…」

 

ミストラル「身に染みるよね…(T-T)」

 

…2人とも、言葉が重い気がする…

ローンに苦しんだのかもしれないな…

 

アペイロン「じゃあ、まあ、交渉決裂ってことで」

 

ミストラル「ぐぬぬ…あっ…」

 

ミストラルがこちらに気づく

 

ミストラル「あぅ…どっから見てた…?(-_-;)」

 

カイト「ニコニコローンとか無い?あたりから…」

 

ミストラル「あはははσ(^◇^;)って、アイテム全部揃えないと、気が済まないタイプなんだよね♪んなもんで、ついムキになっちゃったりして(^ ^;)」

 

カイト「そう…」

 

ミストラル「んにゃ〜、その辺一回りして、アタマ冷やしてきますわん(*^_^*)」

 

そう言ってミストラルがダウンの奥へ消える

 

トキオ(確かあっちって倉庫とか武器屋が…)

 

アペイロン「やあ!」

 

カイト「はい?」

 

トキオ「ど、どうも…?」

 

アペイロンはこちらに向きなおり、話しかけてくる

 

アペイロン「鉄壁の書ってーのがあるんだけど、興味ある?あるよね?あるでしょ、このアイテムをインストールしとくと、高い確率で敵の攻撃を無効化してくれるんだな」

 

トキオ「へー…めちゃくちゃ強そう…」

 

カイト「……」

 

アペイロン「999GPでどう?」

 

カイト「あれ?さっき、ミストラルには9999GPって……」

 

トキオ「うん、間違ってる」

 

アペイロン「うそぉ〜ん!それって、一桁違ってるじゃないのぉ!…ま、それはそれとして……さっきのあの人はいないしさ、キミ、買ってよ…役に立つこと請け合い!」

 

カイト「いらない」

 

アペイロン「そんなこと言わないでさ、買ってよ、あの攻撃がなきゃ…って思うこと、あるでしょ?」

 

カイト「でも、いらない」

 

トキオ「本当にいいの?カイト」

 

アペイロン「おりょりょ…なんて意固地なやつだ!そんなら俺にも意地があらぁな!なーんも要らん!!黙って持ってけ!!」

 

カイトが鉄壁の書を押しつけられる

 

アペイロン「ああ!それからな、ヘルバっつー悪質なハッカーがいるから、気ぃつけぇや」

 

アペイロンが転送されて消える

 

トキオ「ヘルバが悪質なハッカー?」

 

カイト「…なんだったんだろう、今の人…」

 

ミストラル「あーっ!居ない!さっきの人は!?」

 

カイト「行っちゃったよ」

 

ミストラル「はぅぅ…遅かったかぁぁぁっ……(T T)倉庫のいらない物、売ってきたのにぃぃ」

 

トキオ「…カイト、渡さないの?」

 

カイト「うん…さっきの人、明らかにおかしいよ、こんなアイテムをわざわざ僕を狙って押し付ける目的がわからないけど…」

 

ミストラル「あ!さっき武器屋で小耳に挟んだんだけどぉ…Θサーバー、瓦解せる、刹那の、螺旋ってサーバー、やばいらしいよぉ…どう?行ってみない?あの技久しぶりに見たいし!」

 

トキオ「あの技?」

 

ミストラル「そーそー!ギュギューンってなるやつ!(*⁰▿⁰*)」

 

カイト「…あれは…」

 

トキオ(データドレイン…か…ミストラルはカイトの事情を知らない、のか…?)

 

カイト「…とりあえず、エリアを調べに行ってみよう」

 

 

 

 

Θサーバー 瓦解せる 刹那の 螺旋

 

ミストラル「ステージがぐっちゃぐちゃになってるなんて…すごい演出だね」

 

カイト「……」

 

カイトは何かいいたそうにミストラルをチラリと見るが、諦めたように俯く

 

トキオ「…演出…?どうみても、これは…」

 

演出には見えない

絶対違う…でも、ミストラルはカイトの事をロールプレイヤーだと勘違いしてるフシがある

 

何を言ってもロールプレイで片付けられる気がする

 

カイト「…進もう」

 

トキオ「わかった」

 

…やっぱり中にはウイルスを持ったモンスターが多い…

順に倒しながら進んでるけど…もう何体データドレインしたのか…

 

カイト「…っ…侵食率が…」

 

トキオ「カイト?」

 

カイトが手首を見つめたまま、固まる

 

カイト「……なんでもないよ…次がラストみたいだ、気を引き締めていこう」

 

ミストラル「ゴーゴー!(^ ^)」

 

トキオ「やっぱり、ここにもウイルスバグ!」

 

巨大な木のモンスターがウイルスバグに感染している…

 

カイト「トキオ!キミは回り込んで!僕が正面から叩く!!雷独楽!」

 

トキオ(な、なんだ?あのエフェクト…あんな技、今まで見たことない…!)

 

ミストラル「バクドーン!」

 

トキオ「連牙・昇旋風!!」

 

攻撃を交わし、スキルを叩き込む

ヒットアンドアウェイを繰り返すカイトがヘイト役…そして、メインアタッカーでもある

 

トキオ(俺がダメージを受けられたら…)

 

でも、ウイルスバグにキルされたらオレは…どうなるんだ?

 

カイト「よし!プロテクトが壊れた!!…データドレイン!」

 

カイトが腕輪を展開し、データドレインを放つ

 

ぶうぅぅぅぅんっ

 

世界が唸る

 

トキオ「な、なんだ!?」

 

カイト「あと一回持つと思ったのに…!ダメだったか…!!」

 

カイトのPCボディが強く発光する

 

カイト「っ!………あ、あれ…?」

 

ミストラル「あれ?カイト、全回復してる?(゚ω゚)いつ回復したの!?」

 

カイト「暴走…こう言うパターンも…いや、今は…!」

 

データドレインを受けたモンスターが斬り刻まれる

 

トキオ「な、なんだったんだ?今の…」

 

ミストラル「いいなぁ、その腕輪…どこで手に入れたの?わたしも欲し〜い!」

 

カイト「いや…これは…」

 

カイトはこれまでのいきさつを話した

 

ミストラル「へぇーっ、そんなイベントあったんだぁ」

 

カイト「違う、イベントじゃなくって…」

 

ミストラル「あー!!雨降ってきたぁーーっ!!洗濯物入れなきゃ!と言うわけで、落ちます」

 

ミストラルがエリアから転送される

 

カイト「………」

 

トキオ「カイト…」

 

カイト「…大丈夫、ここで手に入ったウイルスコアで新しいプロテクトエリアに行けるかもね、トキオ、タウンに戻ろう!」

 

トキオ「…うん」

 

 

 

 

 

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

 

ブラックローズ「おっそーーい!!」

 

カイト「うわっ!?ブラックローズ!」

 

トキオ「お、オレ達今エリアから帰ってきたばっかなんだけど…?」

 

ブラックローズ「Θサーバー、呪われし失意の楽園に行くわよ、BBSにある書き込み、見たでしょ?」

 

トキオ「BBS?」

 

カイト「ああ…でも、あれってΘサーバー、静寂なる、久遠の、白魔ってエリアじゃなかった?」

 

ブラックローズ「…1人で言って調べたの、でもそこには何もなかった…担がれたと思って書き込みをしたやつにメールで突撃したら…その後も書き込んだエリアワードが書き換えられたって」

 

トキオ「エリアワードの書き換え?」

 

カイト「それよりもブラックローズ、1人でエリアに…!?」

 

ブラックローズ「そんな事より、はやく行くわよ、呪われし、失意の楽園」

 

カイト「…トキオ、キミは?」

 

トキオ「オレも行くよ」

 

 

 

 

Θサーバー 呪われし 失意の 楽園

 

カイト「…普通のバグエリアみたいだけど」

 

ブラックローズ「それに、ここ…問題になったのは少し前だしね」

 

トキオ「何があったの?」

 

ブラックローズ「白い女の子と、黒い石の人形が目撃されたのよ」

 

トキオ(カイトが言ってたやつか…!)

 

カイト「何か、痕跡があればいいんだけど…」

 

話しながらダンジョンを進むが、何もない…

いるのはモンスター達だけ、痕跡はどこにも…

 

ブラックローズ「ああもう!イライラする!!」

 

トキオ「モンスターに八つ当たりしてる…」

 

ブラックローズ「ガンドライブ!!」

 

…一撃必殺レベルの威力の攻撃…

ブラックローズを怒らせるのはやめておこう…

 

カイト「…結局モンスターはほとんどブラックローズが倒しちゃったね(苦笑)」

 

トキオ「…でも、ここが最深部?」

 

ブラックローズ「みたいね、本当に何も…」

 

カイト「っ!?」

 

全員が、転送される

 

 

 

???

 

トキオ「こ、ここは…」

 

真っ白い部屋

その中央には白に金で縁取られた天蓋付きのベッド

そして、大量のクマのぬいぐるみ…

 

カイト「ここは…?」

 

ハロルド『だから私は、彼女をアウラと名付けよう…君なしに、この子はあり得なかった』

 

誰かの、男の声が天から響く

 

トキオ(この声、どこかで…!)

 

ハロルド『光り輝く子、アウラ…彼女に私達の未来を託そう…彼女こそ、私達の…』

 

声が途切れる

 

ブラックローズ「なんなのよここ…」

 

カイト「わからない、でも…アウラっていうのは、あの女の子のことなんじゃないかな」

 

ブラックローズ「女の子って…あの腕輪をくれたって言ってた?」

 

カイト「うん、なんだかそんな気がするんだ」

 

トキオ(カイトの言ってた女の子はアウラのことだった…?じゃあ、あれからずっとモルガナから逃げてたのか…!?)

 

そして、おそらく今も

 

 

 

 

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

 

ブラックローズ「またなんかあったら連絡するね」

 

カイト「一度、解散しよう」

 

トキオ「わかった」

 

…アウラは、だからカイトに助けを求めたんだ

そして、今も助けを待ってる



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記録 サイバー攻撃

横須賀鎮守府

重巡洋艦 青葉

 

青葉「……っ…はっ…?」

 

夕張「あ、起きた?」

 

青葉「夕張さん…?あ、あれ、ここは…?」

 

夕張「横須賀、離島鎮守府は襲撃にあったから放棄、みんな宿毛湾に避難してる」

 

青葉「しゅ、襲撃っ!?な、なんで!誰が…いや、深海棲艦か…!でも、キタカミさん達もアケボノさんも、Linkの人達までいたのに…!」

 

夕張「主導者は、綾波だった」

 

青葉「…え…?」

 

夕張「だったから、守りきれずに放棄、撤退…みんな宿毛湾に移ったわ、死者もいないし、怪我人も回復していってる」

 

キタカミ「ま、奇跡的だよねぇ」

 

青葉「きっききっキタカミさんっ!?なんでここに!」

 

キタカミ「私もボロボロにやられたからねえ」

 

青葉(キタカミさんでも、やられたのか…)

 

キタカミ「しかも綾波はまだ何かを狙ってる、ネットワーククライシスを引き起こした…おかげで交通機関も何もかもストップ、まあ、今のところ大きい損失の報道も…いや、まず報道ができないのか」

 

青葉「ネットワーククライシス…?そんな…」

 

青葉(あ、あれ?待って…もしかしてネットワーククライシスのおかげで、私は目が覚めたってこと?私はあの時、トキオさんにキルされて…そこから…うう…何も覚えてない…)

 

キタカミ「何、気になることでもある?」

 

青葉「少し、確かめたいことがあります…病院に行ってきます…」

 

夕張「病院?」

 

青葉「未帰還者達が、ほかの未帰還者達が戻ってきてるかも」

 

夕張「未帰還者…ああ…どうだろう…そもそも青葉ちゃんが未帰還者だったって保証はないんじゃないの?」

 

青葉「え?」

 

…言われてみれば、確かあの時、頭に強い衝撃を受けた気がする

それで気絶した?…まさか、だとしたらなんて情けない

 

青葉「……あああぁぁぁっ!?」

 

キタカミ「うるさっ」

 

夕張「な、何、どうしたの?」

 

青葉「わ、わた、わたわた…私の、フェイスマウントディスプレイもパソコンもコントローラーも…カメラも…ぜ、全部…」

 

キタカミ「…物資は何一つ持ってこれなかったよ」

 

青葉「そ、そんな…いや、今からでも取り返しに…!」

 

夕張「ちょ、ちょっとバカ言わないでよ、1人であそこまで行く気?何百キロ離れてると思ってるの?もし辿り着けても確実に死ぬ!」

 

青葉「アレは大事なものなんです!絶対に…取りに行かなきゃ…私が私じゃなくなっちゃう…」

 

キタカミ「…あのさあ、青葉、あんたのアイデンティティは物で成り立つの?」

 

青葉「アイデンティティの問題じゃありません!」

 

キタカミ(うわ、これ話通じないやつだ…)

 

夕張(どうしようかなあ…流石に1人で行かせるのは…かと言ってあそこは多分今の綾波の拠点になってるはず)

 

青葉「…私を心配してくれるのはありがたいんですけど、譲れないところなんです、行かせてください」

 

キタカミ「それで死んだら提督は悲しむだろうな、いや、自分を責めるかもよ、自分があげたもののせいで…って」

 

青葉「…それは、そうかもしれませんけど…」

 

FMDも、コントローラーも、パソコンも、カメラすらもあの時一度に揃えた物だ

全部全部、大事で、ずっと私のそばにいてくれた物だ

 

だけど…それを取りに行って死んで、提督に迷惑をかけるのも、良くはない

 

キタカミ「…機会を見て取り返せばいい、今は…宿毛湾に行きな、大丈夫、提督はそんなことで怒ったりしない」

 

青葉「……はい」

 

…仕方ない、と…諦めるのは簡単なんだけどな…

でも、心の底で、諦めたくないって声が、ずっと私を捕まえてる

 

夕張「車も電車も使えないから、高速艇を出してあげる、大体8時間で着くわ」

 

青葉「はっ…ち…じかん…」

 

愕然とした

いや、もっと長い船旅も有ったが、国内でそれほどなのか

 

夕張「管制塔も死んでる今、国内便を使う事もできないし…」

 

キタカミ「まあ、8時間も海の上は怖いだろうしさ、少し散策してきたら?」

 

青葉「そう、ですね…」

 

いつ攻撃されるかわからない海の上に8時間…は、かなり苦しい

仕方ない、一度、外を散策してみよう

 

 

 

 

市街地

 

青葉「…事故とかはあんまりなさそう…か…うーん、でも、あっちも、こっちも…多分あれ横須賀の候補生の人たちだよね…交通整理とかさせられてるんだ…」

 

信号などは一部動作しているようだが、逆に一部のものは動いていないようだった

でも、電気は通っているし、大きな事故も、騒ぎもない…

夕張さん曰くもうネットワーククライシス発生から一日は経っているとの事だし、ネットのない世界に適応しつつあるのかもしれない

 

青葉「…どう、しようかな…あ」

 

なんの気もなしにポケットに手を入れると財布が入っていた

…どうやら、できることはありそうだ

 

青葉(と言っても、お金があっても…飲食店やホテルとかしか営業してないだろうなあ…さっきの電気屋さんのテレビ、砂嵐だったし…あれ?)

 

青葉「ネットカフェが、空いてる…ああ、漫画喫茶として営業してるのかな?」

 

…でも、ネットカフェも管理システムはデジタルだったはず…アナログでやるのは大変そうだけど…

 

青葉「ん…?」

 

ネットカフェから出てきた人達の会話が耳につく

 

「なんでThe・Worldにだけアクセスできるんだろうな?」

 

「……さあ」

 

青葉(The・Worldに、ログインできる…?)

 

なんでだ?なんで?

 

The・Worldのサーバーにはオンラインでしか繋げない、直接コードで繋がってる訳でもないのにどうやって?

 

青葉(その回線だけ開いてる…って事…?…いや、わざと開けてるんだとしたら…これって誰かによる全世界のネットワークに対するハッキング!?)

 

そんなことができるんだとしたらただ1人

 

青葉「綾波さんは何をしようと…?」

 

目的はなんだ?なんの意味がある?これによって生じるメリットを探せばわかるはずなのに、私には想像もつかない

 

青葉(The・Worldの回線を生かすことで、The・Worldで何かをする?…The・Worldには絶対何かがある…!)

 

その足でネットカフェに入る

 

 

 

 

青葉「…周辺機器すっごく高かった…」

 

ディスプレイデバイス、コントローラー、その他諸々を借りたところ、通常の数時間に相当する値段に跳ね上がった…

 

青葉(…私のお財布、軽くなっちゃって…しかも、このままだと2時間しか居られないし…ああ…ATMなんか動く訳ないし…)

 

青葉「あ、あれ?そういえばログインIDとパスワードとか覚えてない…い、いや!携帯に……そうだ、離島鎮守府で充電器に挿しっぱなしだ…」

 

詰んだ

 

青葉「…新垢…も、CC社のサイトがダウンしてて作れない、か…ええと、ええと…」

 

思い出せない…

 

青葉「……どうしよう…」

 

The・Worldには何かある

新しいアカウントでもなんでもいい、とにかくログインさえできれば何かが掴める

 

そう思っていたのに、私は…

 

???「あークソッ!どうなってやがんだ!」

 

隣のブースから怒鳴り声と机を叩く音がする

 

青葉(怖っ…な、何?……あれ?今の声って…)

 

自分のブースを出て、隣を小窓からチラリと覗く

 

青葉「!…摩耶さん…?」

 

摩耶さんがこちらへと振り返る

 

摩耶「あ…?何見てんだテメー!」

 

青葉「ひっ!」

 

すぐに自分のブースに引きこもったが…扉を叩かれる

 

摩耶「開けやがれ!」

 

青葉「ご、ごごっごめんなさい!知り合いに似てて…!」

 

摩耶「うるせえさっさと開けろ!」

 

青葉「あ、開けますから!勘弁してください!」

 

…なんで開けるんだろう私は…

 

青葉「…え、ええと…覗いて申し訳ないとは思ったんですけど…知り合いと声がすごく似てて…」

 

摩耶「間違ってねえよ」

 

青葉「へ?」

 

摩耶「…合ってる」

 

青葉「…まさか、記憶が?司令官からは記憶が戻ってないって聞いてたのに…!」

 

摩耶「…あァ…つっても、わりかし最近だ、The・Worldにログインするようになって、カイトと変なエリア行ったりしてるうちに…ブラックローズがやけに馴染むと思ってな…そん時に思い出した」

 

青葉「そ、そうなんですね…よ、よかった…殺されるのかと…」

 

摩耶「あ?ンだよ、なンでそんなに怯えてんだお前」

 

青葉「…ええと…」

 

すぐ睨んでガンつけるところ…とは言えない

 

青葉「そ、それより!なんで怒ってたんですか?」

 

摩耶「…カイトのメーラーにアクセスしたんだがな、バグメールばっかでなんもわかんねえんだよ、アイツ最近ログインしねえし」

 

青葉(司令官…ログインできてなかったんだ…)

 

青葉「それ…離島鎮守府が襲撃されたからですよ…ニュースになってないんですか…?いや、すぐネットワーククライシスになったから…知らなくても無理はないのかな…」

 

摩耶「襲撃?離島がか…!?」

 

青葉「はい…」

 

摩耶「……そうか…なら、ログインできなくても仕方ねえのか…チッ…」

 

青葉「…あれ?それより…メーラーって…今、メールのやりとりができるんですか!?」

 

摩耶「あァ、The・World経由のメールなら送り合える見てェだけど…」

 

青葉「…そういえば、カイトのメーラーって…そ、それならまさか!司令官の…カイトにアクセスしてログインできるんじゃ…」

 

摩耶「…できっけど…」

 

青葉(この際だ!手段を選ぶ余裕はない!)

 

青葉「教えてください!ログインIDとパスワード!」

 

 

 

 

 

The・World R:X

Θサーバー 蒼穹都市 ドル・ドナ

双剣士 カイト

 

カイト「で、できちゃった…」※中身は青葉

 

ブラックローズ「…なンでアタシまで…」※中身は摩耶

 

カイト「今のThe・Worldには何かがあります!それに…」

 

多分、ヘルバさんなら私たちにすぐに気づく!

 

カイト「…ところで、なんでこのキャラのログインIDとパスワードを…?」

 

ブラックローズ「…本物のブラックローズ…つまり、まあ、この世界では姉貴にあたるんだけどよ、そのブラックローズに伝えてあったんだ、何かあった時のために」

 

カイト「…その何かのための備えを、今私が借りている…か」

 

ブラックローズ「そうなるな」

 

カイト「…そういえば、バグメール!」

 

メーラーを開く

たくさんあるメールの中から一つを選ぶ

 

[from:ア#*

件名:*め#

もう、こ%以×#めて#いけない。

ト*が頂#に来たら私は

#なら、ま*間に合う。今なら、#*間に合う。*なら、ま#間に合う。*なら、ま#間に合う。#なら、まだ間に合う。今*ら、まだ間に合う。今な*、まだ間に合#。]

 

カイト「な、なにこれ…」

 

ブラックローズ「どうやら、全部のメールがバグっちまってる、このネットワーククライシスでメールシステムもイカれてるのに、The・Worldだけ通るってんでな、みんなこぞってログインしてるから大量に送るだろ?」

 

カイト「…それでメールがバグった?」

 

ブラックローズ「多分な」  

 

ヘルバ「流石の洞察力…と言うことにしておこうかしら、紛い物の勇者さん達」

 

ヌッと2人の間にヘルバさんが現れる

 

カイト「ヘルバさん!」

 

ブラックローズ「コイツが、ヘルバ…」

 

ヘルバ「あいにく、時間はないの、ネットワークの復旧なんて大仕事を私達に丸投げされてるから」

 

カイト「ヘルバさん!私、青葉です!あの、私のPCの…」

 

ヘルバ「私はカスタマーセンターじゃないのよ?」

 

カイト「あ…ええと…カスタマーセンター扱いしたい訳じゃなくて…」

 

ヘルバ「私は手が離せないわ、少し待っていて」

 

ヘルバさんが転送されて消える

 

ブラックローズ「…な、なんなんだ?」

 

カイト「…ヘルバさんは今、釘付けにされてるんだ……ヘルバさんを拘束するのが目的だったとしたら…?目に見える激流が、水面下で全く別の方向を向いているんじゃ…」

 

ブラックローズ「おい、何言ってやがる」

 

カイト(…綾波さんの目的は、復旧が済んだネットにあるんじゃ…ネットの復旧が済んだら何かが始まる…?それって…何?いいこと?悪いこと?)

 

欅「何かお考えのようですね」

 

カイト「ひゃっ!?」

 

ブラックローズ「…こいつ、見たことあるぞ…た、確か!月の樹の欅!」

 

カイト「…つ、きの…樹っていうと……あ、あの最大手と呼ばれたギルドの…?」

 

ブラックローズ「そのトップだよ!」

 

カイト「え……」

 

欅「そう言う扱いを受けるのは久しぶりですね!」

 

白い和装、そして頭からはえた2本の龍のツノ

明るい少年にしか見えないのに…

 

カイト「そ、そんなすごい人が…なんで?」

 

欅「The・Worldを敢えて生かしている、貴方はそうお考えだ」

 

カイト「…はい、その目的は、ヘルバさんを釘付けにすることにもあるんじゃないかと思ってます…」

 

欅「…現在、リアルタイムでダウンしたサーバーを復旧させていますが、復旧した端から再度ダウンさせられ、現場は混乱を極めています、貴方の予想はあながち間違っていないでしょう…」

 

カイト「……あの、とりあえず…」

 

欅「そうでしたね、貴方のログインIDとパスワード、メールしておきました」

 

 

 

 

青葉「…よし!」

 

ブラックローズ「お、お前…お前本当にあの青葉か!?」

 

青葉「え?な、何を驚いて…」

 

ブラックローズ「アタシだよ!ほら、パーティ組んだろ!」

 

青葉(…私が真っ当にパーティ組んだことあるのって…司令官、三崎さん、明石さん、それと…桜草さん…あれ?そう言えばあの時も声が摩耶さんっぽいなって…)

 

ブラックローズ「桜草だよ!」

 

青葉「えええぇぇぇっ!?」

 

まさか本当にそうだとは

 

ブラックローズ「お、お前…凄くなったな…」

 

青葉「あ、は、はあ…どうも…」

 

ブラックローズ「まさか名前でゲームするバカがいるとは思ってなかったけどな…」

 

青葉「ば、か…か…」

 

欅「そんな事より、今の話をしましょう」

 

青葉「そんな事…」

 

欅「青葉さんは、何を思っていますか?」

 

青葉「……ええと…その、回線は取り戻せてるんですか?」

 

欅「回線自体は、死んでいません、データのやり取りをブロックされているんです、サーバーダウンなどの攻撃で」

 

青葉「…そっか、サイバー攻撃には回線が必須……あ、あれ?…じゃあ、復旧したサーバーにダウンさせる前に何か仕込んだりもできるんですか?」

 

欅「…できは、しますが…」

 

青葉「…それをヘルバさんはチェック…」

 

欅「していません、する余裕もない…」

 

青葉「……多分、狙いはそこなんじゃ…全部の回線を落とす必要なんてない、だから大規模なサイバー攻撃にして、回線自体は生き残ってて…」

 

つまり、これは…何か大掛かりな作業の仕込み

 

欅「すぐに調べます」

 

…でも、綾波さんの狙いって…何?



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記録 データドレイン

The・World R:X

Θサーバー 蒼穹都市 ドル・ドナ

重槍士 青葉

 

青葉「たとえば、これは序章で混乱を引き起こすための布石、だとしたら…?今、携帯回線は」

 

ブラックローズ「使えるわけねえだろ」

 

青葉「だったら、何が起きても素早い伝達はできない…」

 

わざわざ回りくどくThe・Worldだけを残した、回線を全て遮断すれば済むのに、The・Worldのみを生かしている

これは、蜘蛛の巣だ

 

ヘルバさんは今、その蜘蛛の巣に囚われている

The・Worldに釘付けにされ、ひたすらに復旧作業に勤しんでいる

それが綾波さんの狙いで、別の何かに本命を隠しているとしたら?

 

…私は、未だ綾波さんを信じ切るとも、敵として見ることもできていない

 

別に仲が良かった訳じゃないし、強い思い入れも…他の人ほどではないのに

 

青葉(なんで、こんなに迷ってるんだろう…)

 

欅「…見つけました、確かに青葉さんのいう通り、改変の痕跡のあるデータが複数ありました、どうやら、狙いはこれのようです」

 

ブラックローズ「どういうデータなんだよ」

 

欅「今は解析中です」

 

青葉「……」

 

綾波さんは、すごいな、なんでもできて、ハッキングの技術もヘルバさん並みなんて

 

だから…きっと私には想像もつかないことをするんだ

 

青葉「欅さん、ネットを介した大規模な事件…黄昏事件に何かありますか」

 

欅「え?…色々ありますね、かなりの有名どころでいくと冥王の口付け(プルートキス)…」

 

青葉「そういうのじゃなくて、仕込み、っていうか…時限爆弾みたいな……あ!デッドリーフラッシュ…!」

 

ブラックローズ「で…?なんだそれ?」

 

青葉「社会か情報の授業でやりませんでしたか!?2003年に起きた、史上初のネットワーク犯罪における死罪の判決が下された事件です!」

 

欅「良くご存知ですね…ええと、全世界で7人の死者を出した事件です」

 

青葉「…欅さん、もし、さっき言ってたデータが…それに準ずるものなら…」

 

欅「大変な事件になるでしょうね」

 

ブラックローズ「ま、まてよ、ネットワーク犯罪でなんで死人が出てるんだ?」

 

青葉「…デッドリーフラッシュ、死の閃光…その名のとおり、その光を見たものは死んでしまう…」

 

欅「理由としては、その光を見ると生理機能が狂うんです、無意識下に働きかけるような、かなり特殊な閃光で、犯人である瀬戸悠里以外にそれを作成できたという話もありません」

 

ブラックローズ「…光を見て狂って死ぬ…」

 

欅「目眩やひきつけ、意識障害など、死者以外の被害者もたくさんいます」

 

青葉「綾波さんの目的がそんなことなら…止めないと…!」

 

ブラックローズ「止めるったって、どうするんだよ」

 

青葉「……The・Worldが蜘蛛の巣なら、そこから抜け出すしか…」

 

The・Worldの外から防ぐしか…

 

欅「待ってください、全てではありませんが、データを捕捉しました、そして、これらを…紐付けて……ショートメールを送ります」

 

欅[Σサーバー 賢知なる 騒乱の 黄泉国 Δサーバー 瓦解せし 禁断の 焼肉定食 Θサーバー 光放つ 月光の 妖精]

 

青葉「エリアワード?」

 

欅「このエリアの中に、先ほど言っていた改変データにアクセスできるポイントがあります、それを潰して回れば…事態は防げるかと」

 

青葉「…行きます」

 

ブラックローズ「アタシも行く」

 

欅「…今あげた3つは数ある中の本の数個です、圧倒的に手が足りません、なので貴方達には別々に行動してもらいます」

 

青葉「……わかりました、では…」

 

欅「あ、ちょっと待ってください」

 

青葉「はい?」

 

背中をぽんぽんと叩かれる

 

青葉「へ?誰?」

 

くるりと振り返る

…金色の何かが視界いっぱいに映る

 

青葉(…なんだろー…これ、なんだか見覚えがあるような…)

 

ぴろし3「ぬわーっハッハッハッハ!」

 

ブラックローズ「な、なんだ!?この金ピカ赤マスクの変態は!」

 

ぴろし3「ジュワッチ!強き非力なゴールデンベア!ぴろし3!ただいま参上ォーーーッ!」

 

青葉「……これ?」

 

欅さんの方を見ながらぴろし3を指差す

 

欅「はい、青葉さんにはその方と組んでいただきます、そしてエリアの調査に…」

 

青葉「え、本気ですか、あ、本気なんですね」

 

なつめ「青葉さん、そんなに悲観しないで!」

 

緑髪の双剣士がひょこっと顔を出す

 

青葉「あぇっ!?その姿にその名前…な、ななな、なつめさん!?」

 

なつめ「はい!私も手を貸します」

 

欅「それと僕も同行します、これで6人、今から3手に分かれて探索に」

 

青葉「6人?…5人ですよ?」

 

欅「いえ、6人です」

 

欅さんの隣にカイトが現れる

 

青葉「まさか、司令官…!」

 

カイト「……」

 

なつめ「…カイトさん?」

 

ブラックローズ「返事ぐらいしろよ」

 

ぴろし3「むむむ…?なるほど、そういうことか、目に光が灯っておらん」

 

欅「はい、このカイトはカラです、中身がいません」

 

青葉「え…?」

 

欅「そこで、青葉さん、あなたには、2つのPCを担当してもらいます、カイトと、青葉を」

 

…同時に2キャラをプレイするなんて…やったことない

 

欅「大丈夫、基本的には僕とぴろし3が仲間のいない方をカバーします、必要になったら集中してプレイしたい方に切り替えてください、カラになればオートバトルプログラムを起動して、AIが闘ってくれますから」

 

青葉「…それなら、いけるかも」

 

戦闘頻度が多いだけで操作するのは1キャラだけ

なら大丈夫!

 

青葉「でも、本物の司令官を呼べば良いんじゃ…?」

 

欅「連絡を取るためにメールなどを送りましたが、応答はありませんでした…やはり此方も連絡がつかない状態にあるようで」

 

青葉「…仕方ありませんね…わかりました、早く行きましょう…!」

 

欅「では、僕はΘサーバーのエリアを」

 

ブラックローズ「アタシはΔだな」

 

青葉「じゃあ、Σサーバー…よし、わかりました!」

 

ぴろし3「よし、行くぞ!良き目をした人よ!……む?」

 

ぴろし3とパーティを組んだ途端、ぴろし3が止まる

私の少し隣をじっと見つめるように…

 

青葉「……あっ」

 

いつの間にか、リコリスさんもここに居た…

 

ぴろし3「…よし!行こうぞ!」

 

青葉(何も触れないんだ!?)

 

 

 

 

 

Σサーバー 賢知なる 騒乱の 黄泉国

 

青葉「トリプルドゥーム!!」

 

並み居る敵を薙ぎ払う…

つもりだったのだが

 

青葉「き、効いてない…!?こ、このモンスターまさかウイルスバグ…」

 

モンスターをいくら攻撃しても、ダメージがほとんど入らない…!?

 

ぴろし3「とぉっ!!」

 

ぴろし3の一撃でモンスターが消し飛ぶ

 

青葉「じゃ、ないですよね…そうですよね…」

 

槍がモルガナの手によって弱体化されて以来、私の火力は大幅ダウン…

ヘルバさんに頼んで直して貰えば良かった…

 

青葉「で、でも、呪符もバフアイテムもあります!」

 

ぴろし3「うむ!では支援に努めてくれたまえよ!」

 

後衛に徹して、バフアイテムと魔法を呼び出す呪符での後方支援に努める

 

青葉(…ぴろし3のあの初めて会った時みたいな派手なロールは…今日は無いな…空気を読んでるんだろうけど、なんだか悪い気もしてきた)

 

私の護衛の仕事も、何もかも的確に果たしてる姿から、むしろ頼り甲斐すら感じる始末だ…

見た目はアレだけど

 

青葉「騎士の血!騎士の切札!」

 

味方に物理ステータスのバフを、敵に物理防御のデバフを

サポートに徹して……

 

ぴろし3「む」

 

青葉「あれは…」

 

何かが大量のモンスターを惹きつけて…

 

ぴろし3「むむっ…あれは」

 

青葉「光った…攻撃エフェクト…!?」

 

そして、モンスターたちが消滅する

 

青葉「あ、あれは…!竜賢宮の宮皇…太白…!?」

 

モンスターの群れたちの中から現れたのは、白いロングコートの老人のような出立ちの男性キャラクター

そして、The・Worldを少し遊べば嫌でも名前を聞くことになる…最強と謳われる宮皇

 

紫の銃剣マクスウェル、そしてそれを扱う太白

 

間違いない、アリーナに関する記事で読んだ通り、でも…R:2で引退したと思っていた…

 

太白「…来客か」

 

青葉「あ、いえ…その…私たちはこのエリアの調査に…」

 

太白「…では、君たちが」

 

青葉「え?」

 

太白「話は聞いている、この先だ」

 

青葉「も、もしかして!」

 

太白「案内しよう」

 

なんと贅沢な水先案内人か

この宮皇に案内してもらうのなら、敵などいないに等しいのでは無いか

 

太白「このエリアにはメイジ系のモンスターが多い、故に、私が適任だった」

 

モンスターたちが此方へと迫ってくる

 

太白「塵球至煉弾!」

 

弾丸の雨に一瞬で消し去られるモンスター達

しかし、その奥にはすでに呪紋(スペル)を構えた別のモンスターが…

 

太白「マクスウェル」

 

太白さんが銃剣を掲げると、詠唱中だった呪紋全て消える

 

青葉「スペル無効化…!?…ど、どんなチート武器なんですか、それ…」

 

ぴろし3「いや、アレは仕様にある武器!断じてチートでは無い!」

 

太白「あなたの反応も無理はない、しかし、このエリアと私は相性が良かった」

 

あっという間に呪文を構えていたモンスター達が切り刻まれる

 

太白「…次だ」

 

 

 

 

青葉「こ、これは?」

 

太白「データの歪み、というものらしい、ここから先には通常のPCでは進めないらしい、君達の健闘を祈る」

 

青葉「へ!?」

 

太白「さあ」

 

青葉「さ、さあって…うわっ!?」

 

強制転送される

 

 

 

青葉「…っ…たた…?あ、あれ?」

 

ぴろし3「うーむ、なんだここは、グラフィックがないではないか、こんなに広大な空間にグラフィックが無いとはなんともけしからん」

 

青葉(ぴろし3は居るんだ…というか、ほんとにグラフィックがない)

 

青色のグリッドの上に立っているだけ

床らしい床もなく、ポリゴンが周囲に散らばっている無機質な世界

 

青葉「…あ、もしかしてターゲットって…!」

 

紫色のエフェクトを伴った巨大なネズミ…

モンスターなのか、それとも仕様外の何かなのか

 

青葉「なんでもいい!ここで倒します!」

 

呪符を大量に構える

 

青葉「まずはこれ…火焔太鼓の召喚符!!」

 

ネズミを爆炎で焼き払う

炎に包まれたネズミはキュゥと小さく鳴き、倒れる

 

青葉「えっ!弱っ!?」

 

ぴろし3「む?おわったのか?」

 

背後からぴろし3さんに声をかけられて振り返る

 

青葉「みたいです、ぴろしさ…」

 

パチン

 

背後から弾ける音と、強い光を受けたような感覚

そして…

 

青葉「え…?」

 

倒れる、ぴろし3

 

青葉「な、なんっ…」

 

ネズミの方を向くと、跡形もなく消滅していた…

 

今になって私の頭が理由を探し始める

こういう時の頭の回転は思いのほか早い

そして、導き出した結論を、私は即座に否定した

 

青葉「違う…」

 

別の可能性を模索する

 

青葉「違う…違う…!」

 

何度否定しても…私の頭に浮かぶ可能性

 

青葉「…違う!絶対違う!…あれが、デッドリーフラッシュなんて…」

 

そうだ、瀬戸悠里は死罪になったはず…!

ならばそれを扱える人なんて…

 

欅『青葉さん、此方に来られますか?』

 

青葉「け、欅さん!助けてください!ぴろし3が…!」

 

欅『どうやら、そちらも状況は良くなさそうですね』

 

青葉「そちらも…って、まさか…」

 

欅『なつめさんが、閃光を浴びて倒れたと報告が入りました』

 

青葉「…っ……」

 

聞きたくなかった…

より、確信に近づいた

 

青葉「これの正体はデッドリーフラッシュです!ネズミを倒したら…そいつらが…!」

 

欅『…わかりました、すぐに対処しましょう』

 

青葉「対処…?」

 

視界が切り替わる

 

カイト「っ…これは…」

 

場所が変わった?

グラフィックが無いせいでほとんど違いが分からないけど…

 

欅「青葉さん、今あなたのプレイしているキャラを切り替えました、アレが見えますか?」

 

カイト「…!」

 

また、あの巨大ネズミ…

 

欅「あのネズミを解析したところ、どうやら剥き出しのデータのようでした、データドレインを使って改竄してください」

 

カイト「で、データドレイン!?私が!?」

 

欅「今は、カイトです」

 

カイト「あ、そっか……ええい!…えと…どうすれば」

 

腕を突き出しても反応しないし…

 

欅「まずステータスを呼び出して、スキル欄から選択してください」

 

カイト(え、そんなシステムなの…?)

 

言われるがままにデータドレインを選択して放つ

 

カイト「データドレイン!!」

 

欅「目を閉じて!」

 

目を瞑る

 

…どう、なったんだろう…わからない…

何もわからない、今にも襲われるんじゃないだろうか…

 

欅「もう大丈夫…ネズミは消えました」

 

カイト「よかった…フラッシュは!?」

 

欅「無かったです、データドレインでネズミのデータを改変すれば、安全に倒せるようですね」

 

カイト「……でも、そんなの今わかっても…」

 

欅「…ぴろし3となつめさんについては任せてください、僕がなんとかします」

 

カイト「…はい」

 

欅「だから、今は、ネズミの駆除に力を貸してください」

 

カイト「…わかり、ました…」

 

…今は、仕方ない、私のやれることを…

 

カイト「あれ?これって……」

 

ネズミから抜き取ったデータ…?

 

欅「どうかしましたか?」

 

カイト「……いえ、なんでもありません」



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記録 ジャーナリズム

The・World R:X

Θサーバー 蒼穹都市 ドル・ドナ

双剣士 カイト

 

欅「世界規模のサイバー攻撃です、流石に綾波さんといえど1人ではこなせません、それに此方もかなりの人員を投入している…きっと何処かで逆転の目がある筈です、しかし…」

 

カイト「…問題はそれだけじゃ無いでしょう…?ぴろし3やなつめさんが…!」

 

欅「お二人は今自宅に救急車を向かわせています、電話回線なども急いで取り返そうとはしていますが…」

 

カイト(…埒があかない…!)

 

カイト「どうするのか!教えてください…!私は何をすればいいのか!」

 

欅「…青葉さんにはネズミを駆除してもらいたいです、それだけは今カイトを操作できるあなたにしかできない」

 

カイト「……綾波さんはネズミを使って世界を滅ぼすつもりなんですか…?」

 

欅「断言はできません、それにネットに対してここまでの攻撃を仕掛けるメリットは…彼女にも薄い筈」

 

カイト「メリットが、薄い?」

 

欅「彼女達、深海棲艦の力を使う人間は細胞全てをナノマシンとし扱い、ネットに接続できる、果たしてそのメリットを放棄するでしょうか」

 

…そんな力があったなんて

でも、そのメリット以上の何かが…

 

カイト(…いや、待って、蜘蛛の巣に囚われてるのは、私達だった…?)

 

…そうだ、よく考えろ

ここは、The・Worldは綾波さんの蜘蛛の巣だ

そこにいる人たちを助けるための手段だ…と考えてたけど

 

私達はその蜘蛛の巣にいる、囚われている人たちを救うつもりが、囚われていたのは私たちもなのかもしれない

 

カイト「……一度、ネズミを狩るにしても、一度一般PCを避難させましょう…!ここに居させるのは危険すぎます!」

 

欅「それは…難しいですね、彼らはここを唯一の娯楽として考えています、The・World以外のオンラインに接続するシステムは何も使えませんから」

 

カイト「…それって、The・Worldからいろんなところにアクセスしたりは…」

 

欅「そのルートで復旧作業をしています」

 

カイト「……どう、しよう…私は、どうすれば…」

 

ネズミを狩るのが正しいのか?

いや、きっとあのネズミの数は途方もない

100や200では効かないだろうし、そうだとしても対処しきれない

 

…でも、私にも、唯一できることがあるのなら

 

このカイトのPCボディを使うのではなく…

 

カイト「欅さん…全PCを一度、このドル・ドナに集めることができますか?」

 

欅「…何をするつもりですか?」

 

カイト「10分でいいんです、10分くれれば…最悪の事態を防げる…かも…しれないんですけど…その…無理かもしれないですし…」

 

欅「…わかりました、あなたが思う最善の手を打ちましょう」

 

 

 

 

〜10分後〜

 

 

青葉「…よし、できた、きっちり10分!」

 

ゲート前を見る

次々とプレイヤーが現れ、混乱の様子を見せる

 

青葉「……すぅ…はぁ……大丈夫、私はやる、絶対に大丈夫…」

 

ぎゅっと紙束を握り、プレイヤー達の集まりの方へと歩く

 

笑われるかもしれない…いや、笑われるだろう 

信じてもらえないだろう

 

でも、やらなきゃ

 

キタカミさんに言われたことだけど、私のアイデンティティは物じゃない

でも、アイデンティティを物にできる時もある

 

青葉「すぅ……号外ー!!!」

 

そう言って走りながら紙束をばら撒く

 

「な、なんだなんだ?」

 

「…新聞?」

 

新聞と呼べるほど立派なものではない

実に粗末な、簡易的な物だけど、他のプレイヤーに注意喚起するための新聞もどきを放り投げて配る

 

「ネズミのモンスターに注意?」

 

「デッドリーフラッシュって、あの?随分昔の」

 

青葉(お願い、信じて…!)

 

信じてくれるはずがないことはわかってるけど

信じてもらわなきゃならない

 

このThe・Worldでその事件が起きたら、どれほどの犠牲者が出るのか、という…最悪の事態が脳裏によぎったのだから

 

青葉「っ…」

 

気づけば、私はプレイヤー達に囲まれて前にも後ろにも、進めなくなっていた

 

…でも、臆することはない

でも、伝えて、わかってもらいたい

 

1人でも多くにこれを伝えて、被害を防がなきゃならない…!

 

「あの、青葉さんですか?」

 

青葉「へっ…?」

 

「いつもブログ見てます!」

 

青葉「…えと、恐縮です…?って!それより今The・Worldは危険なんです!ネズミのモンスターもしくは今まで見たことのないようなモンスターを見たら逃げてください!」

 

「あいつ有名人なのか?」

 

「なんか有名なブロガーだって」

 

「本当なのかなこれ」

 

「実はレアモンスターで横取りされたくないだけだったりして(笑)」

 

青葉「私の仲間が2人!今意識不明で倒れています!だから…だから皆さんは逃げるなりなんなりしてください!!お願いします!The・Worldでこれ以上事件が起きちゃいけないんです!」

 

「うわ、マジに頭いかれてんじゃないの」

 

「知り合いが死んでブログのネタにしてんのかよw」

 

…なんと言われようが、構わない

この事態を認知さえしてくれれば…最悪、たおした瞬間に目を瞑ってくれれば良い

 

そうすれば…

 

青葉「好きに笑ってくれて構いません!だから…」

 

…視界の端に、紫色のエフェクトが見えた

 

チラチラと、そのエフェクトが散って、落ちて消えていくのが

ハッキリと見えてしまった

 

そうだ、当然だ、もし大量に人をやるのが狙いなら、ここで何もしないわけがない!ここに人が集まっているのだから…

 

やってしまった

人を集めたのは、間違いかもしれない

 

青葉「……どいてください!!」

 

人の波をかき分け、ネズミを追う

 

青葉(どうする!どうする!?)

 

今の私にデータドレインはない!

カイトに切り替える前に誰かがネズミを捕まえて、万が一閃光を浴びたら…!?

 

青葉(絶対にさせない!!!)

 

青葉「道を開けて!!」

 

槍を大きく振りまわし、無理矢理道を開く

 

青葉(どう倒す!いや、とにかく人目のない所に…)

 

欅「環伐乱絶線(わぎり・らんぜつせん)!」

 

闇の球体にネズミが呑まれる

 

青葉「け、欅さんっ!?」

 

「あ、あれ!月の樹の欅様だ!」

 

「やめたんじゃなかったのか!?」

 

あの技のエフェクト、こんなに長く持続したっけ…いや、そもそも…あんな技だったかな

…まさか、技を改変した…?ネズミ狩りの為に?

 

欅「大丈夫ですか、青葉さん」

 

青葉「あ…え…?」

 

欅「今はあなたが頼みの綱、無茶はいけませんよ」

 

青葉「…!…すみません…でも、ここにいる人たちを…」

 

…全員を守るには、私がやるしかなかった…

 

欅「…みなさん!聞いてください!この方の言っている事は真実です!」

 

青葉「欅さん…」

 

「月の樹が言うなら、本当なのか…?」

 

「ちょっとヤバいかもね…」

 

明らかに、周囲の雰囲気が変わる

ログアウトするPCも出始めた…

 

青葉「あ、ありがとうございます!これできっと…」

 

欅「ええ、今ここにいる人たちには、真実かもしれない…という気持ちが宿っています、そうなれば、きっと迂闊な行動はせず、自分の身を守ってくれる…はずです」

 

…そう、上手くいけば

 

青葉「っ!?」

 

欅「これは…!」

 

2人揃って、転送される

 

 

 

 

 

???

??? ???

 

青葉「…真っ白な、部屋?」

 

真っ白な世界、そして、赤い三角形の傷痕

そして、一部が抉れ、浮かび上がった部分に大量に積まれた本

 

欅「…ここは」

 

コツ、コツと…小さく足音が響く

その足音に振り返り、槍を向ける

 

青葉「!……あなたが、何故ここに…」

 

…いや、いてもおかしくはない

全ての行動はここで行っている筈なのだから

 

居るべきなのは事実だ、だが、分からないのは何故姿を表したのか

 

青葉「綾波さん…!」

 

綾波「なに、ほんの…余興ですよ」

 

青葉「余興…?もし何も行動せずに、進んで仕舞えば…どれだけの犠牲者が出ると…」

 

綾波「……それはあなたが防いでしまった、まさかあんな手段で止めるとは…ネットワークジャーナリストとしてすごい活躍ですね?」

 

青葉「ふざけないでください!!」

 

綾波「ふざけてなんていません、でも、あなたが居てくれて本当に良かった」

 

青葉「さっきからあなたは何を…」

 

綾波「真実とは、案外手のひらの内に握られている物、だと私は思いますよ」

 

青葉「だとしても!それが真実であるとは言い切れない…結局は可能性の一つでしかない!」

 

綾波「可能性ですか…」

 

綾波さんが私を指差す

いや、正確には、私の隣にいる…

 

綾波「そのAIはアウラになれなかった、そんな醜くて可哀想なAIに、何を期待してあなたは連れ回しているのか」

 

リコリスさんを指差してそういう

 

綾波「シンパシーでも感じましたか?人並みのように生かしたいという、情でも湧きましたか?AIに対して」

 

青葉「違う!そんなのじゃ…」

 

綾波「知ってますか?ヒガンバナには毒があるんですよ…致死量に達する前に、手放してしまわないと…ね?」

 

ぞわり、と…背中を何かが撫でる

 

青葉「……毒…?」

 

リコリスさんの方を向く

閉じられている瞳と、目が合った

 

綾波「くくく…アハハハハハハッ!!あなたは実に脆い、大任を担い、目が曇っているらしい…今のあなたは本当にあなたなのですか?そのリコリスは、青葉さん、あなたじゃなくて…アルビレオを求めている」

 

アルビレオさんのことまで、知って…?

 

青葉「な、何を、証拠に…」

 

綾波「自分のエディットしたPCすらも忘れましたか?そんな目を、していましたか、あなたは」

 

ハッとして、目に手を当てる

 

二色のオッドアイ

アルビレオさんと同じ、連星の…

 

綾波「せいぜい、頑張ってください…青葉さん?」

 

青葉「う……うわあぁぁぁぁッ!!」

 

…つい、我を忘れた

否定したくて、私自身が失われるのが許せなくて

綾波さんにヴォータンを突き刺した

 

綾波「…実に、脆い」

 

そう言って、綾波さんは消えていった

 

青葉「はぁ…はぁ…ッ…はぁ…!」

 

欅「青葉さん」

 

青葉「……っ…問題ありません…戻りましょう」

 

欅「いいえ、一度休んでください、ひどく、消耗している」

 

…自分でもわかってるけど、今止まるのは

 

欅「大丈夫、あなたは良くやりました、だから」

 

青葉「っ……う…」

 

視界が、ぼやけ…て……



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記録 活路

ネットカフェ

重巡洋艦 青葉

 

青葉「ぅ……っ…?」

 

いつの間にか、借りていたM2Dも外れてブースの中でだらしなく寝ていたらしい

 

青葉「っ!?ね、寝てた…!い、いや、気絶してたのかな……でも…異様に疲れちゃった…」

 

あの白い世界で、綾波さんと対峙した瞬間

私はおかしくなりそうなほどのプレッシャーを浴び、精神が磨耗してしまった…そして、気絶…情けない

 

青葉「半日経ってる……あ、あれ?…ブラウザが開ける…」

 

…つまり、ネットワーククライシスが回復したんだ!

 

青葉「よ、よかったぁ……いや…でも」

 

安心するにはまだ早い、下手をすれば、未曾有の大災害が外で起きてるのかもしれない…

デッドリーフラッシュは、結局どうなったのか

 

確かめる為にも、一度戻って……

 

青葉「…あ」

 

 

 

 

 

キタカミ『はあ!?お金が足りないから迎えに来い?!』

 

青葉「ごめんなさいごめんなさい!気づいたら時間が過ぎちゃってて…!」

 

2時間分のお金しかないのに…

 

キタカミ『……冗談キッッツ…』

 

青葉「ほんとなんですよぉ…!」

 

キタカミ『…誰かに行かせるわ、待ってな』

 

青葉「え、キタカミさんじゃないんですか」

 

キタカミ『なんで私が、嫌に決まってるじゃん』

 

…キタカミさんならまだ気心が知れてる分、申し訳ありませんで済むのに…これで知らない人でも来た日には地獄だ…

 

青葉「あ、そうだ、摩耶さん……帰ってる!?」

 

いつの間にか隣のブースは空だった

 

青葉「起こして行ってくれたら…うう…仕方ないかあ…」

 

ため息をついてブースに戻る

 

 

 

 

コンコンとブースの扉を叩く音がして鍵を開ける

 

夕張「はーい」

 

青葉「うげっ…ゆ、夕張さん…」

 

夕張「…その反応は地味にショックだわ…」

 

青葉「だ、だってぇ…キタカミさんが離島のメンバーじゃなくて夕張さんに頼んだって事は…」

 

夕張「ん…うーん、まあ、確かにいるよ、アオバと衣笠…車で待機してる」

 

青葉「やっぱり……」

 

こうなるから嫌だったのに…

 

夕張「で?いくら?お姉さんが払っといてあげるから」

 

青葉「夕張さんは私のお姉さんじゃないですよ…」

 

夕張「でも、年上よ?」

 

青葉「……」

 

夕張「そんな蔑むような目で見ないでよ…」

 

 

 

 

 

衣笠「青葉!久しぶり!」

 

青葉「ああ、どうも…衣笠さん…」

 

衣笠「…やっぱ私嫌われてる?」

 

アオバ「ガサはテンションが高いから…」

 

衣笠「アオバよりは嫌われてませんーっ!」

 

アオバ「なんだとー!?」

 

青葉「……はぁ…」

 

夕張「…と、いうより…2人とも同じように扱われてる…気がするわね……そんな事より、青葉ちゃん、ネットが回復したのは、知ってる?」

 

青葉「ええ、まあ…」

 

衣笠「そうそう!それでいち早く会いに来たくて!」

 

青葉「…へ?」

 

アオバ「何ボケーっとしてるの?」

 

3人が不思議そうにこちらを見る

 

青葉「な、なんの話を…」

 

衣笠「ほら」

 

衣笠さんがタブレットを見せる

そこには

 

[The・World内でデッドリーフラッシュ発生!有名ブロガーの勇気ある行動!]

 

青葉「…ええええぇっ!?」

 

夕張「このThe・Worldに現れたブロガーって青葉ちゃんでしょ?」

 

青葉「…[少数の被害者を出したものの、早い段階で対応が広く認知されたおかげで被害は激減したもよう]……ほ、ほんとですか…?これ…!?」

 

夕張「え、ええ…そうだけど…?」

 

アオバ「いやー、優秀な妹を持って鼻が高いというかなんというか!」

 

…信じられない

あの即席の新聞だけでは絶対に足りないと思ったのに…

 

だからあの場に残り続けて戦わないといけないと思ったのに…

 

目が覚めた時、本当に後悔した

外に出る時、ものすごく怖かった

 

私があそこで意識を手放したせいで、街中大混乱になったと思ったのに…

 

青葉「……よ、よかった…」

 

衣笠「え!?な、なんで泣いてるの!」

 

夕張「よーしよし、ほら、落ち着いて…」

 

青葉「違うんです…あ、安心しちゃって…良かった、ほんとに…!」

 

アオバ「…良かったね」

 

青葉「うん…!」

 

…私のやったことは無駄じゃなかったんだ

それだけで、本当に…

 

ピリリリリッ

 

携帯が急に鳴り出す

 

青葉「…団長…?」

 

表示された名前は曽我部隆二

…フリューゲルさん…

 

青葉「ちょっとごめんなさい、電話に出てきます」

 

車を降り、電話を受ける

 

青葉「はい、もしもし」

 

曽我部「おっ…やぁっと繋がったか…いやー、青葉ちゃんお手柄だったねえ!オジサン驚いちゃったよ!」

 

青葉「…本題はなんですか?」

 

曽我部「…んー…ジーニアスが呼んでいる…ってトコかな、これからサイバーコネクトジャパン社の本社ビルに来られるかい?」

 

…CC社の本社ビル…

ジーニアスと言うと、シックザールに直接の指示を出す上司…だった筈

 

ジーニアス(天才)か…

中々自信たっぷりな名前だけど…

 

青葉「少し時間をもらえますか、私、さっきまで意識を失ってて…返事はメールでします…」

 

曽我部「…なら今日は休んだほうが良い、無理に来る必要はない…ただ、詳細な報告書を作る必要がある、また電話させてもらっても良いかな?」

 

青葉「すみません、わかりました」

 

…確かに、今はまだ本調子じゃない、頭が少し、クラクラするし…

 

青葉「……っ…?」

 

いつの間にか電話は切れていた

どれだけ棒立ちしていたのだろう

 

…頭に、ずっと張り付いている

 

私は、ずっと…それだけを考えている

 

どうすれば良いのだろうか

 

私は、あの時綾波さんと対峙して、どうなったのか

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府 医務室

 

青葉「…結局、電車も何も当日には乗れませんでした…」

 

夕張「そりゃあ、あの大混乱だし」

 

キタカミ「でも聞いたとこによると、被害は限りなく少ないらしいね、経済損失も僅かで」

 

…そう、今までのネットワーククライシスよりも、圧倒的に被害は抑えられた

 

だから私は気になるんだ

 

青葉「夕張さん、パソコンって借りられます?」

 

夕張「いいけどディスプレイデバイスもコントローラーもヘッドセットも何も無いわよ?」

 

キタカミ「流石にゲームしないでしょ」

 

青葉「いえ、The・Worldで確かめたい事が…」

 

 

 

 

The・World R:X

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「…他に人はいない、か……だけど」

 

念のため、結界を張る

これで私の行動は記録されず、視認されず

 

私1人のものになる

 

青葉「…綾波さんは、いくつかのヒントをくれた、一つは、私の感情」

 

あの瞬間、綾波さんを貫いた瞬間のヴォータンは、かつてのその攻撃力を取り戻していた

これは、ナノマシンタイプの艤装と同じ…感情が性能を左右するということ

 

青葉「そして、カイトから取り出した、このデータ」

 

青葉に戻る時、カイトから取得しておいた、データドレインで取得したデータ

 

egassem.cyl

 

リコリスさんの"eye.cyl"や"eciov.cyl"と同じように、これは逆さに読むことができる

 

lyc.message

 

メッセージ…

リコリスさん、もしくは、ネズミを仕組んだ誰かからの

 

リコリスさんにegassem.cylを渡す

 

リコリス「………」

 

リコリスさんはこちらを向き、口をパクパクと動かす

声はしない…だけど、ログが流れ始める

 

リコリス[こんにちは、このメッセージはあなたにしか表示されていません、リコリスさんの隣にいる…と言うことは、おそらく青葉さん]

 

青葉(綾波さんだ…)

 

リコリス[このメッセージは、CC社が私の予測を超えた行動を始めた為に作った、謂わば救難信号です、もう既にわかっているかとは思いますが、ネズミから発される光は、デッドリーフラッシュという光になります]

 

青葉「…デッドリーフラッシュ…」

 

リコリス[しかし、オリジナルとは少し違う……この光を浴びたものは、脳内にネズミを飼うことになります…そして、そのネズミの幻覚に、殺される]

 

青葉「…え」

 

…認識が甘かった

私は、ぴろし3やなつめさんが死ぬことはないと思っていた

 

デッドリーフラッシュの事件の時だって、死者は7人だ、でも実際光を浴びた人は数えきれない筈だ

 

だから、そんな低い確率…なんて

 

リコリス[精神に異常をきたし、最終的に解放される為に、ネズミを殺す為に何処かから飛び降りる…非常に危険で、悪質なウイルスです…青葉さん、私は表立っては動けない、あなたに止めてもらいたい]

 

青葉「そんな……まだ、混乱してるのに…」

 

わからないんだ、私には

綾波さんの真意も、私が今、正しいのかも

 

だから、足が止まりかけていたのに

 

青葉(…止めるって、どうやって…?)

 

リコリス[それと…あと一つだけ、その神槍・ヴォータンに一つだけ細工をしようと思っています、その為にはあなたに一度殺される必要があります、私の想像通りなら、このメッセージを読んでから対峙する筈なので…お願いします、私を刺してください]

 

青葉(さ、刺したけど、本当はこのメッセージを先に読むと思われてたんだ…?)

 

リコリス[私があなたの槍に仕込むのは、ウイルスコアによるデータ復元の機能です、今のヴォータンはデータが破損して、ほとんど力を持たない…だから、あなたにはウイルスコアを使って槍を修復して欲しいんです]

 

青葉「…ウイルスコアで、修復…」

 

リコリス[完全に修復できれば、力を取り戻せるでしょう…健闘を祈ります]

 

青葉「ウイルスコアを手に入れる為には、あの時代のカイト達に接近する必要が、ある…でも、ネズミも止めなきゃいけない」

 

…やる事が、多いな…

 

でも…

 

青葉「…私、頑張りますからね…」

 

槍の力を取り戻す目処もついた

恐れる事はない、私が…

 

青葉「…何になっても、何であろうとも」

 

この世界を、守る



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記録 すり合わせ

The・World R:X

シックザール ギルド@ホーム 

重槍士 青葉

 

扉をノックし、入る

 

青葉「失礼します」

 

フリューゲル「おー、わざわざきてくれてありがとう、ま、座ってよ」

 

ソファに腰掛け、フリューゲルさんと向かい合う

…面倒な話をするかも知れないと事前に断ったのだが、それに関しては気にも留めていないようだった 

 

フリューゲル「ま、先に伝えるところを伝えとくかあ……The・World R:Xの日本サーバーは一時的に閉鎖、一般PCは正規のログインが不可能になった」

 

青葉「…ニュースで見ました、デッドリーフラッシュ事件の影響でサーバーを浄化するまで一時閉鎖するしかない、と……今回は閉めたんですね、黄昏事件の時はログインできたのに」

 

フリューゲル「そいつはお偉いさん達の都合だ、そもそも、サイバーコネクトジャパン社はネズミを流したやつをとっ捕まえればこの機会にThe・Worldの信用を世界に示せる、と考えている…おめでたい事にな」

 

青葉「……フリューゲルさん」

 

フリューゲル「大丈夫だ、ここはログは残らない」

 

青葉「……私の掴んだ情報によると…ネズミを放ったのは、サイバーコネクト社です…」

 

フリューゲルさんがキョトンとした表情になり、何かに気づいたように頭に手を当てる

 

フリューゲル「あー…マジ?……そっかあ…それは…あー…」

 

青葉「…それと、私の話もして良いでしょうか」

 

フリューゲル「…どうぞ」

 

青葉「…R:1で、一時的にカイトのサポートをしたいんです」

 

フリューゲル「…それは、何故」

 

青葉「この槍です」

 

フリューゲル「…神槍ヴォータン」

 

CC社の人間でも、限られた人間のみが感知している

デバッグ用のアイテム、神槍ヴォータン

 

貫いたものをデリートする力のある、仕様内にありながら、仕様外の武器

 

青葉「これは、R:1でモルガナに力を破壊され、使えなくなりました……でも、昨日のあの事件の最中…この槍にウイルスコアを投入する事で槍の力を修復する事ができるようになったんです」

 

フリューゲル「…その説明は、何故そうなったのか…ってトコが抜けてると思うんだけどなあ」

 

青葉「……」

 

綾波さんの事を話すのは、中々に厳しいものがある

どうすれば良いのか、まだ掴めない

私が綾波さんを信じても、他の人が無条件に信じる理由にはならないのだから

 

フリューゲル「……ま、いいか」

 

青葉「え?」

 

フリューゲル「…青葉ちゃんは今回の件の謂わばMVPだ、システム管理者側も混乱状態だったにもかかわらず、こんな紙切れで沢山の人の命を救った」

 

青葉「あ…それ、私が書いた…」

 

フリューゲル「…CC社側の人間として、礼を言わせてもらう、本当にありがとう」

 

青葉「え、いや…」

 

フリューゲル「ま、その活躍に応じた褒賞とかも出たかも知んないけど?それを破棄してまで青葉ちゃんがやりたい事があるって言うなら?オジサンはなーんにも言わないよ!」

 

…意思確認か

 

青葉「…はい、もう一度R:1に行こうと思います」

 

フリューゲル「……なら、オレから言うことは特に無いか、だが…こちらからも一つ、条件がある…カイトは復活させない事だ」

 

青葉「……」

 

フリューゲル「この時代の石像にしたカイトは、R:1での全ての歴史をなぞった時、復活するだろうねえ…だ、が…そいつはちと不味い、本来カイトは1人になるまで追い詰めてシックザール総力で挑む程の危険な相手だ」

 

青葉「腕輪、ですか」

 

フリューゲル「そーそー、まあ、他にもヤバいのは居たけど、そう言うのは囲んで叩いてきた、でもトロンメルってタンク役が落ちてる今、それはちょーーっと難しい訳よ」

 

青葉「だから、復活しそうになったら…」

 

私が…

 

フリューゲル「いや、青葉ちゃんは何もしなくて良い」

 

青葉「え?」

 

フリューゲル「ポザオネに任せる、アイツが復活を止める手筈にする、だから、リミットをつくる…青葉ちゃんの槍が力を取り戻すか、カイトが復活する危険が、迫ったら…カイトは石化させる」

 

青葉「……わかりました」

 

フリューゲル「よし、それと、今後の活動における注意点だが、ネズミの活動が見られるのはThe・World内ではR:Xのみ、現在はそこでしか確認できてないし、青葉ちゃんにはあんまり関係ないか」

 

青葉「…シックザールとしては、ネズミに関しては?」

 

フリューゲル「手出しはしない、そこはシステム管理者の仕事だ、オレ達雇われはそこまで手を出す理由はない…今回のデッドリーフラッシュは強力らしいからな」

 

青葉「……光を浴びた人達は…?」

 

フリューゲル「…今回の事件の被害者は判明してる限り24人、青葉ちゃんのお友達2人と、ドル・ドナで12人、各エリアで残りの10人がネズミによるフラッシュを見た…」

 

青葉「そんなに…」

 

フリューゲル「これでも抑えられたほうだ、目を瞑るって簡単な対処が知られてたのが良かった…いや、実際症状が出てないだけで…って可能性はあるが」

 

青葉「そ、それで…」

 

フリューゲル「……「かゆい」んだと」

 

青葉「かゆい…?」

 

フリューゲル「「脳の奥をネズミが噛む」だとか、「かゆい」だとか、とにかく、ネズミにやられて気が狂いそうになるらしい」

 

…綾波さんの言ってた通りだ

そして、最後には…

 

青葉「あ、あの!その人達すぐに入院させたほうが…!」

 

フリューゲルさんは俯いて首を振る

 

フリューゲル「…本人達が拒否してる、一見マトモな健常者が、急に発作を起こすようになった、それも不定期に、本人達はさっきの発作で「治った」と信じ込む」

 

青葉「…それで…」

 

フリューゲル「だが、実際のところそうも言ってられない…今朝のニュースは見たか?世田谷であった飛び降りだ」

 

青葉「…まさか」

 

フリューゲル「あの事件は2階からの高さで車の上に落ちたから死ななかったが…飛び降りたのは、フラッシュを見た奴だ、つまり…」

 

綾波さんの言う通り、死ぬ…

 

青葉「すぐにでも病院に入れないと…!」

 

フリューゲル「オレもそうは思う、だが、ここからは一ゲーム会社の雇われ職員には何もできない、いや、CC社でも無理だろうな」

 

青葉「そんな……」

 

フリューゲル「…さらに、まだ悪い事がある…ネズミを放ったのは、シックザールPCを素体にしたキャラクターである可能性が高い」

 

青葉「シックザールPC…」

 

CC社側の存在であるシックザールのPCはかなり強化されている…

破損しにくいPCボディに大型パソコンのような処理能力

チェロさんの連れているモンスターを扱う力や、クラリネッテさんの高速戦闘、これらもシックザールPCが可能にしている、イリーガルな力

 

仕様にあって、仕様書にはない力

 

フリューゲル「…まあ、これは部外秘だったんだが、そのシックザールPCが…サイバーコネクト社の中の誰かに盗まれた、と言うのなら…納得がいく」

 

先ほどの、サイバーコネクト社がネズミを放ったと言う事に対する反応の意味がわかった

 

フリューゲルさんも漸く事態を呑み込め始めたばかりなんだ

 

青葉「それで、私はどうすれば」

 

フリューゲル「…いや、今はいい…ただ、まあ、どうしても青葉ちゃんに逢いたいって奴がいてな、それで…まだ、時間大丈夫?」

 

青葉「はい」

 

電子音とともに、スクリーンが現れる

 

青葉(うわ、SF映画みたい…あ、そうだ、このモニター前に見た…)

 

スクリーンにスーツ姿の男が映し出される

…明らかに日本人ではない、褐色の肌に金色の髪

 

ジーニアス『フリューゲル』

 

フリューゲル「へー…あー…青葉ちゃん、前にちらっとだけ見たと思うが…一応覚えとくといい…この画面に写ってるのがサイバーコネクトジャパン社の代表取締役社長…ジーニアスだ」

 

青葉「えっあっ…えと…!あ、青葉です!…あ、違う」

 

慌てて敬礼…をしたものの、間違えたとお辞儀に直す

 

ジーニアス『…なるほど、彼女が件の』

 

…前にこの人を見た時は、直属の上司としか聞いてなかった

でも…代表取締役社長…?

 

な、何でそんな人がシックザールを動かして…

 

ジーニアス『…青葉、だったか』

 

青葉「は、はいっ!?」

 

ジーニアス『キミの働きに、賞賛の言葉を贈らせてもらう』

 

青葉「あ、え…こ、光栄です…?」

 

フリューゲル「あー、そんな話のためにわざわざ会いに来たんじゃない…ですよねえ?この子も時間ないでしょうから、手っ取り早く本題といきましょうよ」

 

ジーニアス『そこでだ、キミにも正式に、シックザールとして我が社に来てもらいたい』

 

青葉「えっ?」

 

…ヘツドハント…?

 

フリューゲル「おやっ?おややや…なんか回線の調子が…」

 

フリューゲルさんがスクリーンを消す

 

青葉「えっ?」

 

フリューゲル「ま、こんなとこだと思ったよ」

 

青葉「な、なんだったんですか…?」

 

フリューゲル「…嬢ちゃんは知りすぎたってとこだ、だから行動を契約で制限しやすいように正式に部下にしたい…特に、国の人間を雇ってるなんてジーニアスからしたら避けたいだろうしな」

 

青葉「…あの、幾つか気になってますけど、ジーニアスって…本名じゃないですよね…?」

 

フリューゲル「ああ、本名は調べりゃいくらでも出てくるだろうが、ドゥルガ・フィダ・シャルマー…聞いた通り見て通りの外国人、インドの上流階級出身の筈だ…だが、ジャパン社の社長になってるくらいのキレ者、ジーニアスって事だな」

 

青葉(それで、ジーニアス…)

 

フリューゲル「…嬢ちゃんがジーニアスに雇われるかどうかは、嬢ちゃん自身の判断だ、今回は押し切るつもりだったみたいだったから止めたが、基本的にそこにはオレは干渉しない」

 

青葉「……私は、艦娘を辞めるつもりはありません」

 

フリューゲル「なら、そうするといい」

 

 

 

 

 

 

アカシャ盤

 

青葉「では、また行ってきます」

 

フリューゲル「トキオの確保については焦る必要はない、どのみちオレらはR:Xでも仕事がある、こっちも緊急だし、もしトキオを捕まえても後回しになるかもしれないしな」

 

青葉「わかりました」

 

記憶の泉へと飛び込む

 

青葉(…もう一度、過去へ…!)



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557話

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「…戻ってきた…けど」

 

…今の私がどうやってカイトに接触すればいいのか

何も考えてなかった…

 

青葉「…そうだ、こういうのはまず聞き込みから!…でも、よく考えると、この時代ってシステム管理者の監視もかなり強いって聞いてるし…」  

 

過去の世界のシステム管理者の持っている権限については後で聞くとしても、過去のアルビレオさんかまヴォータンを行使していた以上…

 

青葉「甘く見ちゃいけないよね…」

 

それより、私が一番警戒しなきゃいけないのは腕輪だ

もし敵対してあれを向けられでもしたら

 

…いや、ないか

 

青葉(いくら過去とはいえ、司令官が力の扱いを間違えたりはしない…)

 

漠然とした理由でも確信を持っていた

 

青葉「よぉし!聞き込みから…!」

 

 

 

 

青葉「あの!すみません」

 

ネコスキー「何?トレード?」

 

青葉「あ、そうじゃないんです…赤い双剣士のプレイヤーを見ませんでしたか?カイトって人を探してるんですけど…」

 

ネコスキー「んー…知らないかな」

 

青葉「そうですか、失礼しました…」

 

 

 

青葉「すみません、少しいいですか?」

 

アンリ「何ですか?」

 

青葉「赤系のエディットの双剣士を探してるんですけど、見ませんでしたか…?カイトって人なんですけど…」

 

アンリ「いや、知りません…」

 

青葉「そうですか…どうもありがとうございました」

 

 

 

 

青葉「みんな知らないか…」

 

…もうこのサーバーにはいない可能性があるな…

強くなれば初心者達が集まるサーバーにいる意味はない…

 

青葉「…いや、当たり方を変えてみよう」

 

 

 

 

青葉「すみません、最近BBSで…変なエリア事言ってる人いませんでしたっけ、ちょっと思い出せなくて」

 

バグエリアをカイトは調べる、ならばそこで待ち伏せればいい

 

ティム「ああ、見た見た、あの書き込みでしょ?ボブって人の」

 

青葉「そうそれです!エリアワードを覚えてたりしますか?」

 

ティム「エリアワード?確かあの人は友達を連れてくって言ってたエリアに…って」

 

青葉(友達を、連れて行く?)

 

ティム「でもそのボブって人すごいよねえ、あのオルカさんに頼まれるなんて、よっぽどの何かがあるんだよきっと」

 

青葉(オルカさん?じゃあ、あそこだ…!)

 

青葉「すみません、助かりました!」

 

そう言ってゲートに走る

 

青葉(間に合え!間に合えば会える!!)

 

 

 

 

 

 

Δサーバー 萌え立つ 過ぎ越しの 碧野

 

青葉「…オルカさんは最初にここで司令官と冒険をした、つまり…オルカさんが友達を連れて行くと言ったエリアは、ここだ…だから、ここに居るはず…あ」

 

リコリスさんが私の手を引く

 

青葉「…良いですよ、リコリスさんが行きたい方へ…!」

 

 

 

 

ボブ「リンダがいろいろしつこく聞いてたな、彼女ならおいらより詳しく知ってるかも…Δサーバー、埋もれし異郷の熱砂に居ると思うよ」

 

カイト「ありがとう、行ってみる」

 

ボブ「それから、これ」

 

カイト「覚醒の秘伝書…?」

 

ボブ「オルカさんに頼まれてたんだけど…多分、これをあんたにやるつもりだったんじゃないかな」

 

カイト「……」

 

ボブはそれだけ伝えて転送した

 

青葉「覚醒の秘伝書、魔法防御力を永久的に上昇させるアイテムです、ステータスをアップさせるアイテムなので、相当にレアな代物ですね」

 

カイト「っ!…この前の…!」

 

青葉「その説はどうも…その、私は、青葉って言います、あなたに用があってきました」

 

カイト「用?ぼ、僕に?なんで…」

 

青葉「…微力ながら、貴方の力になります、だから、代わりに不要なウィルスコアを分けてくれませんか?」

 

カイト「…ウイルスコアを…?」

 

青葉「ええ…」

 

ヴォータンを突き出して見せる

 

青葉「この槍は、ウイルスコアを喰らうほどにその力を取り戻す…だから、私は…ウイルスコアが欲しい」

 

カイト「……」

 

カイトがウイルスコアを差し出す」

 

青葉「えっ?」

 

カイト「この前に、助けてくれたお礼…」

 

青葉「い、いや!そうじゃなくて!余って不要なものだけでいいんです…足りなくなったら困るじゃないですか…!」

 

カイト「…どれがいるか、わからないし…それに、今の僕にはどれも…」

 

青葉(…少し、疲れてるみたいですね…)

 

青葉「…カイトさん、少し、私と来ませんか?」

 

カイト「え?」

 

青葉「……タウンに戻りましょう」

 

 

 

 

 

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

 

青葉「一緒にエリアに行きましょう、いいエリアを見つけたんです」

 

BBSに絞った聞き込みで、いくつか目星をつけてある

その中に、私も知ってる名前もあった

 

カイト「いいけど…」

 

青葉「でも、私も今はすごく弱いので、あんまり役に立ちませんけどね…」

 

さっきのウイルスコアを受け取っておけば…

 

 

 

Δサーバー 激怒する 情熱の 戦慄

 

カイト「このエリアって…」

 

青葉「知ってるエリアでしたか?」

 

カイト「いや…でも、前にBBSで見たエリアだ…確か、スパイラルエッジって武器が出るはず…」

 

青葉「そうなんですよ!たしか双剣です、だから新しい武器になるかも、早速行きましょう!」

 

…なんだろう、不思議な感じがする…

励ましたいとか、元気になって欲しいって気持ちでこのエリアに連れてきたのに、過去の、この司令官は初心者で、私の方がThe・Worldに詳しくて

 

青葉(ちょっと楽しいな…)

 

 

 

カイト「ここからがダンジョンか…」

 

このエリアのモンスターなら、何とか私でも倒せる…でも経験値は本当に全くもらえないと言ってもいいレベル

 

モルガナのデバフでステータスも全て弱体化してる私は、レベルを上げてステータスを何とかすることも難しいし…

 

青葉(と言うか、レベルも下げてくれれば上げ直しでどうにかなるのに)

 

青葉「あれ?」

 

入り口に立ってるあのPCは…!

 

青葉「あ、あの、そんなところで何をしてるんですか?」

 

なつめ「スパイラルエッジが欲しくてダンジョンに潜ってみたんですけど…怖くて出てきちゃいました…」

 

青葉(な、なつめさんだ!過去のなつめさんだ!)

 

なつめ「ダメダメ!なつめ変わらなきゃ…そのためにこのゲーム始めたんじゃないのよぉ…ばかばか、ほんとにバカ…」

 

青葉「あ、あれ?おーい、あのー…」

 

カイト「…聞こえてないみたいだね」

 

自己嫌悪に集中しすぎでディスプレイを見てない可能性がある…

 

青葉「…どうします?」

 

カイト「…代わりに取ってこようか」

 

 

 

 

 

青葉「リパルケイジ!」

 

カイト「虎輪刃!」

 

モンスター一体を倒すためにスキルを連発しなくてはならない…

火力の出る重槍士がこんな扱いなんて…

 

青葉(ちょっと自己嫌悪…)

 

 

 

青葉「案外、あっさりでしたね」

 

カイト「うん…そうだね、最近はこんなエリアには来てなかったから」

 

多分、ギリギリの強さのエリアでレベリングし続けたのだろう

精神も摩耗するし、ゲームを楽しむことなんて到底できない

辛い日々だったのだろう

 

カイト「これがスパイラルエッジか…」

 

青葉「どうですか?強さは」

 

カイト「今の装備の方が強いかな…」

 

青葉「じゃ、なつめさんに私に行きましょうよ」

 

カイト「…わかった」

 

 

 

 

 

なつめ「え〜っ!スパイラルエッジ手に入れたんですかぁ〜っ!?いいなぁ…」

 

カイト「あげるよ、僕は必要ないし」

 

なつめ「え?いいんですか?でも……私お返しできるようなもの持ってないし…」

 

カイト「いや、別に気にしなくても…」

 

なつめ「そうだ!体で払います!」

 

カイト「えっ…?」

 

青葉「ちょっ!?な、何言って…!」

 

なつめ「あの…その…いや、そう言う意味じゃなくって…何か、お手伝いすることがあったら、手伝います!」

 

青葉(…焦った)

 

カイト「あ、うん…じゃあね」

 

なつめ「はい、それじゃあ」

 

 

 

 

 

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

 

青葉(あー…もう…なつめさんもたしかこの時代は中学生ぐらいのはずだし、そういうつもりではないのはわかってるんだけど…心臓に悪いって言うか…)

 

青葉「…新しい仲間ができましたね?」

 

カイト「うん…でも、巻き込んでいいのかな」

 

青葉「巻き込む…か……なら、私を連れていってください、私は貴方と一緒に戦いたいって思ってますから…危険な場所にでも、行きたいです」

 

カイト「…でも」

 

青葉「Δサーバー、埋もれし異教の熱砂に行く時は…私も誘ってください、エリアワードがわかってるんですから、逃しませんよ」

 

カイト「…うん、でも、どうして?」

 

青葉「どうして?」

 

カイト「どうして僕を…あの敵の攻撃から守ってくれたり、こうやって…」

 

青葉「それは……私の憧れてる人に、似てるからですね…」

 

カイト「憧れてる人?」

 

青葉「その人も、赤い双剣士で、私にThe・Worldを教えてくれて…その人が言ってたんです、「The・Worldを普通に楽しんで遊ぶのが夢だった」って…今の私も、同じ気持ちです」

 

カイト「The・Worldを、普通に楽しんで遊ぶ…」

 

青葉「The・Worldに感じてる思いは人それぞれ、だから…このゲームが危険だとしても、いつかは楽しく笑って遊べるゲームに戻したい」

 

青葉(…でも、そのためには、槍を取り戻して、R:Xのネズミを掃討しなきゃ)

 

カイト「僕も…」

 

青葉「え?」

 

カイト「僕も、同じ気持ち…なのかもしれない……オルカを…ヤスヒコを助けて、一緒にThe・Worldで遊びたいんだ…」

 

青葉「……なら、私はその手助けをしますから」



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記録 買い替え

宿毛湾泊地

秘書艦 アケボノ

 

アケボノ「帰ってきて早々に尋ねるのもどうかとは思いますが…どうですか、士気の方は」

 

キタカミ「てんで、ダメだねえ…アメリカの方の事件、誤報かもーなんて噂がネットで出てるけど、まあ…自爆テロがありましたってなると見えるもんなんでも的に見えるもんさね、それに引っ張られて街は疑心暗鬼」

 

アケボノ「ワシントンさん達に向く街の目が厳しく、落ち調子、そして周りもそれに流され…はあ…」

 

キタカミ「全体の士気が下がるのはちとまずいね、だけど……物事は多方面から見るべきだ、なんで綾波はネットワーククライシスの混乱とともに襲撃を仕掛けなかったのか」

 

アケボノ「それについては私も気になっていました、国防システムも大半が潰れていたとか…日本の端から順に空襲を受けた日には、気づいた時には逃げられなくなっていたでしょうね」

 

キタカミ「なぜその手を取らなかったのか、綾波が考えつかないとは思えない」

 

アケボノ「無駄な手を打つとも思えません」

 

キタカミ「綾波の目的は、見えないところにあるんだろうね…」

 

しかし、怪我で離脱していたキタカミさんが戻れば少しは士気が上がると思ったのだが

 

キタカミ「みんな、自分の力じゃどうにもならない何かに怯えてる」

 

…情報操作を起こし、そしてネットワーククライシス

そう考えると、まるでこれは…

 

アケボノ「Linkの居場所を潰しにかかっている、とか」

 

キタカミ「…って言うと?」

 

アケボノ「Linkは大半が外国人で構成されています、そして国内の目は外国人に対して異様なほど厳しくなった…だから、綾波はそれを狙い、居場所を…奪ってどうするのか……」

 

二手、三手先が見えてこない

 

キタカミ「案外、単純に…情が湧いて、逃したいとかそんな気持ちなのかもね」

 

アケボノ「まさか、だったらなぜLinkから離れたのです、もしそうならこんな騒ぎを起こさなければ良かった、Linkと敵対するような真似をした意味がわからない」

 

キタカミ「…なんだろうねえ…綾波の考えてる事は、全く、理解できないけど」

 

キタカミ(「私と似ている」か……私がその言葉を受け止めるなら、綾波と同じ点は、守るためにみんなを強くした事…でも、その上で離れるとしたら…)

 

キタカミ「綾波は、とんでもない敵にでも挑むつもり…?……あっ」

 

アケボノ「キタカミさん?」

 

キタカミ(分かったかも、綾波の目的…でも、そうするメリットが見えてこない、この感じ、よく掴めない…)

 

アケボノ「どうかしましたか」

 

キタカミ「んや…あ、それより青葉は?一緒に帰ってきたのに…」

 

アケボノ「提督とパソコンを買いに」

 

キタカミ(……聞いておきたいことがあったんだけどな)

 

 

 

 

 

ゲームショップ

重巡洋艦 青葉

 

海斗「あ、このP-COMってデバイスはどうかな、The・World用の最新モデルだし…これ一つでThe・Worldがプレイできるんだって」

 

青葉「司令官がそう言うなら、これで…」

 

海斗「…ええと、あ、青葉?やっぱりこう言うのは自分で選んだ方が…」

 

青葉「先の活躍の褒賞に一式を用意してくれると言ったのは司令官です、だから、司令官が選んでください!」

 

海斗(うーん…青葉のやることも考えると、自分にあったデバイスを揃えてもらった方がいいと思うんだけど…それに、僕が選んだ機器で青葉が危険な目に遭うのも良くない…)

 

青葉(…デッドリーフラッシュもある、それにトキオさんに負けたら、次は意識が戻らないかもしれない…あのあと見に行っても病院の人たちの意識は戻らなかったんだし…)

 

自分が納得できる形で、戦いたい

 

海斗「…そうだ、モニターだけど…あのフェイスマウントディスプレイは重くなかった?」

 

青葉「あ、ええと…はい、すごくつけやすかったです…」

 

海斗(でも、あれは重いものをつけてる分、肩がこりやすいし…あ、これって…)

 

海斗「これにしようか」

 

青葉「…VRスキャナー…?」

 

海斗「うん、最近出たばっかりの、メガネ型のモニターデバイスだよ」

 

青葉(これ、まだ商品化してないはずなのに…いや、知らないだけで出回ってた?)

 

海斗「それと、あと必要なのはコントローラーとパソコン本体だね、コントローラーはレバーの重さとかも選べるけど…」

 

青葉「それも、選んでください」

 

海斗(だ、ダメか…これは逃げられそうにないな…)

 

 

 

 

青葉「…散々注文しておいてなんですけど、本当に一式をいただいて良かったんですか?」

 

海斗「構わないよ、僕もThe・Worldにもっと行かなきゃいけなくなった…だから、手伝ってくれるかな、青葉」

 

青葉「はい…私は、The・Worldに囚われた人達を、助けます」

 

…でも、もう一つ、気になることがある

 

青葉「…メール…」

 

携帯に届いたメールを見る

 

[送信者:ヘルバ

  件名:2人について

 

今、確認が取れたわ、なつめたちは病院に入院してる、今回はデッドリーフラッシュの可能性が公に知られているから、愛知の病院に集められたみたいね。

愛知には優秀な脳外科医が居るわ、貴方も会ったことがあるはず。

 

一度訪ねてみたらどうかしら?]

 

青葉「愛知の病院…あ、私が深海棲艦になりかけた時の…」

 

海斗「どうかしたの?」

 

青葉「…なつめさんと、ぴろし3の入院してる病院を教えてもらったんです」

 

海斗「…そっか、そっちも、気になってたんだ…今度、お見舞いに行ってみようか」

 

青葉「はい」

 

青葉(…そう言えば、司令官は…)

 

青葉「司令官はどんなデバイスを買ったんですか?」

 

海斗「僕は…公私をしっかり分けなきゃ行けないし、さっき言ってたP-COMっていうポータブルデバイスを買ったよ」

 

青葉「それ一台でどこでも遊べるって、すごいですね…」

 

海斗「これをヘルバに送って、The・Worldにログインできるようにしてもらわなきゃ…今のThe・Worldには普通はログインできないからね」

 

青葉「そうですね」

 

青葉(うーん…私もそっちにしておけば良かったかな…あれ、でもメーカーはCC社だ……司令官には悪いけど、私はCC社苦手だし、やめておいて良かったかも)

 

 

 

宿毛湾泊地 

 

青葉「へ?…綾波さんと、ですか?会ってませんよ?」

 

キタカミ「嘘、匂いするよ?」

 

青葉「え?綾波さんの、ですか…?……ま、まさか、ネットの匂い…?」

 

キタカミ「…何言ってんの?」

 

青葉「…私が綾波さんと会話したのは事実っていうか、その.まず直接は会ってないんです、ネットの中で出会っただけで…」

 

キタカミ「は?」

 

青葉「ああもう」

 

いきさつを話した

 

キタカミ「ってことは、綾波を刺し殺したと?」

 

青葉「いや、多分死んでません…」

 

キタカミ「……その綾波、実体かもね」

 

青葉「へ?」

 

キタカミ「リアルデジタライズ?だっけ、それで入ってきてた可能性あるよ、だから私の鼻で匂いが感じられるんだと思う」

 

青葉(じゃ、じゃあ綾波さんは自分が死ぬかもしれない賭けをした…と…!?)

 

青葉「て言うか、それならもっと早く聞けば…」

 

キタカミ「そん時に聞いたら行かなきゃ行けない理由ができる、負けたばっかの相手に無策で挑みたくなかったの」

 

青葉「は、はあ…」

 

キタカミ「情報ありがとう、こっちからも探れるとこ探るわ」

 

青葉「は、はい…」



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記録 侵食率

The・World R:1

Δサーバー 忌まわしき 破壊者の 遠雷

重槍士 青葉

 

砂嵐三十郎「ほお、お前さんらも刀探しか?だったらやめておいた方がいいぜ」

 

カイト「いや、別にそう言うわけじゃ…」

 

青葉「まあまあ司令か…カイトさん、せっかくだし行ってみませんか?この人も、コテツソードを探しにきて困ってるみたいですし」

 

カイト「…わかった、あの、BBSにコテツソードを探してるって書き込みを見て…良かったら、手伝いましょうか?」

 

砂嵐三十郎「何…?だが、やっぱりやめておいた方がいい…へへっ、BBSを見て来てみりゃあこのザマだ、その辺の宝箱を探ってみてもガラクタミテェなものばかり…冗談にもなりゃしねえ」

 

三十郎さんはすでにモンスターにやられてボロボロ、やられる直前にダンジョンから抜け出せた…と言ったところか

ここの適正レベルは初心者には少し高い…

 

砂嵐三十郎「すまねえが、もしコテツソードを手に入れたら、譲ってもらえねえか」

 

カイト「わかりました」

 

青葉「そうですね、私たちでとってきちゃいましょう」

 

そう言って2人でダンジョンに進む

 

 

 

 

青葉「ダブルスィーブ!」

 

モンスターを槍の斬撃で吹き飛ばす

 

カイト「プロテクトブレイクした…!データドレインできるよ!」

 

腕輪から放たれた光線がモンスターを貫く

 

カイト「よし…!ウイルスコアだ…」

 

青葉「やりましたね…それにしても、ここの敵は少し強いですね…」

 

カイト「青葉さん、これ」

 

カイトがアイルスコアをこちらに差し出してくる

 

青葉「だから、それは…」

 

カイト「今は必要なウイルスコアは無いし、この種類のウイルスコアは余ってるから」

 

そう言って笑顔で押し付けられる

 

青葉(断りにくいし、断る理由もない、か…)

 

青葉「ありがとうございます」

 

ウイルスコアを受け取る、するとウイルスコアは小さく砕け、破片が槍へと取り込まれていった

 

青葉「…あ」

 

ステータス画面を見る限り、2レベルほど上がったくらいの強さだろうか…

一つのウイルスコアでこれだけ上がるのなら…

 

青葉「…このダンジョン、今の私なら余裕ですよ…!」

 

カイト「本当に?」

 

青葉「ええ!…早速、次の敵を…」

 

 

 

青葉「いました、アンデッド系ですか…」

 

私のキャラデータにかかっているデバフは槍を変えても消えることはない

だけど、属性の違う武器を使うのも大事だ、特に弱点なら

 

青葉「バカドゥーム!!」

 

炎を纏った槍の斬撃が一瞬でモンスターを薙ぎ倒す

 

カイト「…凄いね、ウイルスコアでこんなに強くなるなんて…」

 

青葉「はい!私も驚いてます…!」

 

カイト「でも、威力が強すぎてデータドレイン出来なかったね…」

 

青葉「あ…」

 

カイト「できれば技の威力を抑えてくれると…」

 

青葉「わ、わかりました!」

 

 

 

青葉「よし!そろそろですか?」

 

カイト「うん、これならいける…データドレイン!」

 

モンスターをデータドレインする

 

カイト「……ダメだ、また装備アイテムか…」

 

青葉「…さっきから、ずっと別のアイテムばかり出てますね…その、ウイルスコアはあんまり出ないんですか?」

 

カイト「比較的、珍しいとは思うけど…」

 

青葉「うーん…あ、あそこにもモンスターがいますよ、やりますか?」

 

カイト「……うん」

 

青葉(…何か様子がおかしい、ウイルスコアがでないことを悔しがってる様子じゃない……何か、何かあるんじゃ…私が見落としてる?いや、知らない何か…)

 

青葉「カイトさん、大丈夫ですか?」

 

カイト「…大丈夫…まだあと一回くらいなら…」

 

青葉「一回?」

 

カイト「…なんでもない」

 

青葉(…何かはある?だけど、言いたくないのかな…)

 

 

 

モンスターに接近し、背後から槍で突き上げる

 

青葉「ふんぬっ…ぬぬぬ…」

 

槍を突き刺したまま壁に押しやり、動きを制限してタコ殴りにする

 

カイト「…よし!データドレイン!」

 

モンスターがデータドレインを受ける

そして、腕輪から展開された光線が格納される…それが普段の流れなのに

 

青葉「っ!何かおかしい…!」

 

パリンッ

 

青葉「っ…!?の、呪いのデバフ…!」

 

カイト「う…!」

 

青葉(呪い魔法が降りかかって…これ、MPが継続的に減らされてる!?モンスターは動けなかったし……なにが…)

 

青葉「ええい!リパルケイジ!!」

 

モンスターを無理矢理倒して戦闘を終わらせる

 

青葉「はぁっ……はっ…ふぅ……な、何が起きたんですか…」

 

カイト「…う、腕輪が…暴走した…」

 

青葉「え?」

 

カイト「……また、侵食率の上がり方を見誤った…」

 

青葉「…待ってください、腕輪を使うとその侵食率が上がるんですか?それで、侵食率が上がるとあんなことが…?」

 

カイト「…うん……侵食率が100%を超えると…腕輪が暴走して、変な効果が…何が起きるかは、僕には分からなくて…」

 

青葉「なんでそんな重要なこと先に言わないんですか!?それを知ってたら無理にデータドレインなんてさせなかったのに!」

 

カイト「あ、いや、別に無理してるわけじゃ…」

 

青葉「何が起きるかは分からないんでしょう!?…あなたの身が危険なのかもしれないのに…!」

 

カイト「…それは」

 

青葉「…私は確かにウイルスコアが欲しいと言いましたけど、あなたに危険な目にあって欲しいわけじゃない…お願いですから、自分を大事にしてください…!」

 

カイト「…でも…」

 

青葉「でももだってもありません!あなたはオルカさんを助けるんでしょう!?」

 

カイト「それは…」

 

青葉「いいですか、貴方がやろうとした事はオルカさんを見捨てる様なことです…もし貴方まで意識不明になったら…!」

 

カイト「え?」

 

青葉「…どうかしましたか」

 

カイト「あの…なんでオルカが意識不明って…」

 

青葉「あー……そ、その、話を立ち聞きしてしまって」

 

カイト「…いつ?」

 

青葉「この前ですよ!ほ、ほら、ええと、マク・アヌだったかなー…」

 

カイト「バルムンクとの話の時…か…」

 

青葉「そ、そうそう!」

 

青葉(納得してくれて良かったぁ……私はただ知ってるだけだから、追及されたら変なことになっちゃう…)

 

青葉「それよりも、ここに来たのは息抜きのためだったんですよ…ね?確かに危険と隣り合わせで生きてるのは…その、少し疲れちゃいますけど、慣れれば考えを曇らせることも無くなっていきますから」

 

カイト「…青葉さんは、なんだか、不思議な人だね」

 

青葉「え?」

 

カイト「ホントに、危険と隣り合わせで生きて来たみたいな…」

 

青葉「ホントですよ、私は命懸けの世界で生きて来ましたから」

 

カイト「え…?」

 

青葉「…私は、その…軍人なんですよ、ほら、わかりますか?だから…命を奪うことも守ることもする道具を扱います…だから、こう…腕輪ってそれと同じじゃないですか、その力で、人を守ることもできる」

 

カイト「…腕輪が、人を守る」

 

青葉「誰かを助けるために使うこともできるはずです…だから、その為にも、あなたは自暴自棄になってはいけない」

 

カイト「……うん」

 

青葉「私は、あなたを応援してますから、護りますから…必ず…貴方の味方ですから…だから、道を違えない様に…往きましょう」

 

 

 

 

 

カイト「あった、コテツソードだ」

 

青葉「よし、戻りましょうか」

 

来た道をゆっくりと帰っていく

 

カイト「あの、実は…」

 

青葉「はい?」

 

カイト「……侵食率を下げる方法っていうのもあって…」

 

青葉「え、なんでそれをしないんですか?…もしかして、難しいとか…?」

 

カイト「いや、普段は簡単なんだけど…その…侵食率を下げるには、僕がモンスターにとどめを刺さなきゃ行けないんだ、通常攻撃で」

 

青葉「……あ」

 

そういう事か…

私の火力が高いばかりに、いや、そもそもその条件を知らないからさっさと敵を倒してしまいがちだったが…

 

それが裏目に出たわけだ、本来ならラストヒットで下げられる侵食率が下げられなかった

 

青葉「え、ええと…ごめんなさい…」

 

カイト「い、いや!こっちこそ…」

 

青葉「…その、お互い、言わなきゃいけないことはさっさと言うようにしましょうか…」

 

カイト「うん…あの、ついでに一つ聞きたいんだけど…」

 

青葉「はい?」

 

カイト「青葉さんが連れてるその子は…?」

 

青葉(あ、今更触れるんですね…)

 

青葉「ええと…リコリスさんと言って、私のサポートのNPCなんです」

 

カイト「へえ…何かのイベントで仲間になったの?」

 

青葉「そういう訳じゃ…あー、いや、そうです、イベントで…」

 

カイト「すごくかわいいね」

 

青葉「あはは、どうも…」

 

カイト「あ、出れた…」

 

 

 

 

 

砂嵐三十郎「コテツソードがあっただと!?どうだ、その刀、俺に預けねえか?」

 

青葉(預ける?渡すんじゃなくて?)

 

カイトがコテツソードを三十郎さんに渡す

 

砂嵐三十郎「俺が欲しくなったらいつでも呼んでくれ!それと、こいつは気持ちだ、取っときな」

 

カイト「どうも、ありがとう」

 

そう言って三十郎さんは何処かに去っていった

 

青葉「何をもらったんですか?」

 

カイト「防御力アップのアイテムみたいだ」

 

青葉「助かりますね、良かったです」

 

カイト「…青葉さんもありがとう、少し迷いが吹っ切れた気がするよ」

 

青葉「なら良かった」

 

カイト「…これから、Δサーバー、埋もれし異教の熱砂に行くんだけど…」

 

青葉「喜んで、お供します」

 

 

 

 

 

 

Δサーバー 埋もれし 異教の 熱砂

 

カイト「虎輪刃!」

 

青葉「やあぁぁぁッ!」

 

斬撃を合わせ、モンスターを吹き飛ばす

 

カイト「データドレイン!」

 

そして、プロテクトを破壊したところにデータドレイン

 

カイト「やった…!ウイルスコアだ!」

 

青葉「いいですね!このエリアに来て2つ目ですよ!」

 

カイト「…実は、ヘルバにもらったメールに、侵食率の低い状態を維持するとウイルスコアを取得しやすいって書いてあったのを、さっき思い出したんだ」

 

青葉「なるほど、カイトさんが安全に戦える上に、ウイルスコアも手に入る…一石二鳥ですね」

 

カイト「じゃあ、はい」

 

青葉「…いや、今はやめておきます」

 

差し出されたウイルスコアを拒否する

 

カイト「…どうして?」

 

青葉「その……多分、これ以上強くなるとこのエリアの敵一撃です…」

 

カイト「あ…」

 

…強化アイテムがあっても使えない、そういう事情も、たまにはある

 

 

 

青葉「あ、あそこにいるのが…?」

 

カイト「貴方が、リンダさん?」

 

リンダ「……君が、オルカの友達?1人って聞いてたけど」

 

青葉「私は付き添いです、気にしないでください」

 

リンダ「まあいいや…ボブから話は聞いてる、例の噂のことだろ?The・Worldはただのネットゲームじゃない、別の目的を持った何かが蠢いているって」

 

カイト「別の目的を持った何かって?」

 

リンダ「さあね、結局はただの噂だし、本当にそんな存在があるのかなんて…でもね、オルカとバルムンクは…その何かの正体を掴もうと、動いていたよ」

 

カイト「オルカと…バルムンク」

 

リンダ「蒼海のオルカ、蒼天のバルムンク…誰言うとなく、そんな二つ名を持つ、最強のパーティさ」

 

青葉(…もし、あの時アルビレオさんもいたら、そこにアルビレオさんの名前もあったのかな)

 

リンダ「なのに、そのオルカでさえ…悪いことは言わない、噂のことは忘れちまいな」

 

カイト「そうはいかない」

 

リンダ「…」

 

カイト「僕は……オルカの友達だから」

 

リンダ「なるほどね、それが理由か…なら、Δサーバー、孤立せる沈黙の大蓋に行ってみるといい、オルカはそこで奇妙な部屋を見たと言っていた」

 

カイト「わかった、どうもありがとう」

 

リンダ「…それからそっちの、アンタ…もしかして、ザワン・シンを知ってるかい?」

 

青葉「え?…ええ、まあ」

 

リンダ「…じゃあ、アンタが連星の槍使い…か?」

 

青葉「連星の槍使い…?あ!いやいや、私じゃないです!」

 

青葉(クリムさんも言ってたけど……連星の槍使いって絶対アルビレオさんのことだよね…と言うか何でそんなに有名に…?)

 

リンダ「そうかい、本物に会えるかと思ったが…まあいい……キミたちに、夕暮れ竜の加護のあらんことを」

 

そう言ってリンダは転送していった

 

青葉(…碑文の一説、か)

 

青葉「…夕暮れ竜の加護のあらんことを」



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記録 同志

The・World R:1

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

トキオ

 

カイト「トキオ、ちょうど良かった、今からエリアに行くんだけど、ついてきてくれるかな?」

 

トキオ「わかった、どんなエリア?」

 

ブラックローズ「待ち合わせしてるエリアよ」

 

トキオ「おわっ!?ブラックローズ!」

 

ブラックローズ「何驚いてんのよ、早く行きましょ?」

 

 

 

 

 

Θサーバー大いなる 最果ての 沃土

 

カイト「よし、行こう!」

 

トキオ(なんだ?カイト、少し元気な気がするぞ…?いい事でもあったのかな)

 

ブラックローズ「待ち合わせ場所はこのエリアにあるダンジョンの上層部、そこにいるメグってPCと会って、プロテクトエリアを聞きに行く」

 

トキオ「いつものやつ?」

 

ブラックローズ「多分ね、でもなんか気になる感じだったの、最近までログインしてたアルフって子がお気に入りだったエリアで、その子と急に連絡がつかなくなったみたいなのよ」

 

カイト「とにかく、行ってみよう」

 

ブラックローズ「レベル上げも忘れずにね」

 

 

 

トキオ「よし、このエリアでもなんとか通用するな…!おわっ!?」

 

ブラックローズ「どきなさい!!でえぇぇぇい!!」

 

ブラックローズがすぐそばに居たモンスターを危うくオレごと真っ二つにする

 

トキオ「あ、危ないだろ!?」

 

ブラックローズ「気を抜いてるのが悪いのよ、シャンとしなさい!」

 

トキオ「は、はい…」

 

カイト「虎輪刃!!」

 

カイトが自身で削ったモンスターをデータドレインでドレインする

 

カイト「よし…ウイルスコアだ」

 

トキオ「これでここのモンスターは全滅だな…」

 

ブラックローズ「カイト、最近調子いいみたいじゃない」

 

カイト「うん、少しだけ、前を向けてるかもしれない」

 

トキオ(何か良いことがあったんだな…カイトが元気になって良かった)

 

 

 

 

ブラックローズ「あ、いたいた!」

 

カイト「あれがメグさん?」

 

トキオ「…でも、どっちだ?」

 

2人いて、話してるみたいな…

 

ブラックローズ「どう考えてもあっちの剣士の方でしょ、話してるのは…ショップのNPCみたいだし……」

 

カイト「…ショップのNPCが何でここに?」

 

NPCが転送されて消える

 

ブラックローズ「話も終わったみたいだし、行ってみましょ」

 

カイト「うん」

 

ブラックローズ「メグさん?あたし、メールしたブラックローズなんだけど、BBSに書いてたアルフの行ってたエリアってどこ?」

 

メグ「もう、いいの…」

 

ブラックローズ「へ?なにそれ?いいってどういう…」

 

メグ「さっきBBSにワード書き込んだんだけど、なんかヤバいみたいで…その…ごめんなさい!」

 

メグがそのまま転送する

 

ブラックローズ「あっちょっ…こらぁっ!……行っちゃったよ…でも…聞いたよね?」

 

トキオ「うん、BBSに書き込んだって…!」

 

カイト「すぐ確認しに行こう!」

 

 

 

 

 

 

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

 

ブラックローズ「メッセージ削除って手も足も出ないじゃないのよぉーーッ!もぉ、ぷんぷん匂うのにぃぃ!」

 

トキオ(BBSの書き込みも削除されてたのか…)

 

ブラックローズ「もうなえなえって感じ……」

 

カイト「…仕方ない、一回解散しようか」

 

トキオ「レベル上げでもしてるよ…」

 

 

 

 

 

 

リアル 

宿毛湾泊地

重巡洋艦 青葉

 

青葉「演習、ですか?」

 

キタカミ「そーそー、それも1対多、まあもしくは逆パターンね」

 

アケボノ「私たちが呼ばれた理由が掴めませんが」

 

キタカミ「アンタらは1人組、他の奴らは多数組…わかる?」

 

青葉「えっ…ええっ!?わ、私が1人って…む、無理ですよ!」

 

キタカミ「心配しないでよ、別に不知火たちとやらせる訳じゃない、実力を合わせた相手にするからさ?」

 

アケボノ「その狙いは?」

 

キタカミ「綾波とやるなら…多数で囲んで叩くこともあるし、1人で雑魚を大勢相手する時もある、だから基本的な連携の基礎を叩き込む必要があるんだよ」

 

アケボノ「…まあ、良いですが…」

 

青葉「お、お二人がやると…一瞬で終わるんじゃ…?」

 

キタカミ「大丈夫、本気は出さないし」

 

アケボノ「私も、これは使わないでおきましょう」

 

青葉(あ、あれ…?アケボノさん、そんな武器、持ってたっけ…変な形の剣みたいな…)

 

アケボノ「気になりますか?」

 

青葉「え、あ、ちょっとは…」

 

アケボノ「…私の改二…と言えるかもしれません」

 

青葉「え?改二は既に…」

 

アケボノ「随分前にもらったんですよ、でも、そのまま放置してました」

 

キタカミ「なんでさ」

 

アケボノ「手札を見せないつもりで置いておいたんですが、すっかり忘れていましたね」

 

青葉(えぇ…?)

 

アケボノ「それに、私の特技は全てです、武器を換装しながら戦う事ができるのだから使わない手札があってもおかしくはないでしょう?」

 

青葉「は、はあ…」

 

キタカミ「まあ、言いたいことはわかったよ、じゃあ、早くやろうか」

 

 

 

 

 

青葉「あ、あの…?」

 

キタカミ「何さ」

 

青葉「…何でLinkの方達が相手なんですか」

 

キタカミ「向こうの強い希望だよ、なんか不味かった?」

 

青葉(…恨まれてるなあ…数少ない接触の機会を失ったこと…あと、それもだけど、なにより…)

 

青葉「8対1…?6でも多すぎるのに…」

 

キタカミ「いいじゃん、そのくらいの方が、勉強になるよ」

 

青葉「要するに負けて来いと…」

 

キタカミ「勝ってもいいよ」

 

青葉(期待されてないなぁ…でも、そう言う時に勝てたら、かっこいいかも)

 

青葉「絶対に勝ちます」

 

青葉(頭数も多いし、あれが使えるかな?)

 

キタカミ(やる気満々だなぁ…あの内気な青葉がこうも変わるとは思ってもみなかったけど)

 

青葉(名簿を見る限り、出てくるのはガングートさんとタシュケントさん、グラーフさん、リシュリューさん、プリンツさん、ユーさん、マックスさんにレーベさん…)

 

青葉「駆逐艦3に潜水艦1、空母1に巡洋艦1と戦艦2…」

 

キタカミ「ガチだよねぇ」

 

青葉「いや…」

 

青葉(ガングートさんたちの動きは少し知ってる、それに私もそこそこ白兵戦には慣れてるし、接近戦なら私に分があるはず、でも…後衛をどう倒せばいいのかわからない…)

 

ポケットから呪符を取り出す

 

青葉(明石さんに手を加えてもらったときに増産してもらったから、今の手持ちは20枚ある、でも…これは流石に卑怯かな…?)

 

キタカミ「使えるもんは何でも使っていいよ」

 

青葉(…許可は出たけど)

 

五枚だけ握り、あとはキタカミさんに渡す

 

青葉「後で取りに戻ります、5枚で仕留めます」

 

キタカミ(ほんとに、強気だねえ)

 

青葉「…キタカミさん」

 

キタカミ「あい?」

 

青葉「狼の狩りの仕方…知ってますか?」

 

キタカミ「は?」

 

 

 

 

 

 

演習場

 

青葉「…さて、信号弾が上がるのを待たなきゃ」

 

お互いの位置がわからない状態から演習は始まる

そうなると水上機の有無は大きな差が出る

 

今の私の装備は普段使っているヴォータンを模した槍斧、そして呪符が5枚に主砲一つ、そして対空用の小機関銃

あとは、水上偵察機を一機

 

あと、今回は…長期戦を想定して燃料を艤装に満タン入れてもらってある

 

青葉「…あ、信号弾上がった」

 

戦闘開始の合図…

さて、まずは…相手が私を見つけるためにどうするか

当然空母が艦載機を出してくる

 

それを待つ

 

水面にしゃがみ込み、ゆっくり落ち着いたまま、空を眺める

 

…相手が来るとわかっているのに、行く意味など何もない

 

青葉「よし、きたきた」

 

航空隊が一つ、私を見つけた…

でも、機銃の射程外…

 

青葉(飛んできた方向から南に3キロとか…?いや、位置を撹乱してる可能性は十分ある、それにあの航空隊、3機のみの編成…いや、分散してるんだ、だから今からどんどん集まってくる)

 

相手は私を完封したがっている

そのつもりで来ると思っていい

 

青葉「よーし!青葉頑張っちゃいますよ!!……なんて…」

 

キャラじゃない、かな…

 

ジッと動かずに航空機を見つめる

どんどんと北や西から集まってきた他の航空機も…

 

青葉(私1人に30機ほど…ちゃんとやる気ですね…よし、射程に入ったらやる!)

 

呪符と機銃を片手に握り、槍を航空機に向ける

 

青葉「さあ、居場所を教えてください」

 

此方に隊列を組んで接近してくる攻撃機をジッと睨む

確実に当たる距離まで…待つ

 

あとどれだけだ、どのキャラなら当てられる…

 

青葉(……よし、当たる)

 

青葉「斬風姫の召喚符!!」

 

機銃を撃ちながら攻撃機に向けて暴風を召喚する

風の刃に斬り裂かれたり、バランスを崩して勝手に墜落したり

抜け出しても立て直そうとしたところを機銃で撃ち落とされたり…

 

青葉(思っていた以上にうまく行った…!)

 

無傷な機体は居ない…

残った機体も一度撤収しようとしている

 

青葉(あとは、あの艦載機が勝手に居場所を教えてくれる…)

 

アレについていけば、簡単に居場所を割り出せると言う算段だ

 

 

 

 

 

青葉「もう良いかな」

 

射程外から抜け出しそうになった機体を機銃で撃ち落としながらついて回る

 

青葉(大体の方角は掴めたし、30機くらい全部堕ちた、あとは…)

 

直接対決、ということになる

でも、真正面から1対多をやるのは嫌だ、弱らせる

まずは弱らせて少しずつ仕留める

 

青葉「…見つけた」

 

遠方に敵艦隊…

私が見つけたということは、最短距離を通ってきた私の位置もバレている

 

青葉(撃ってきた!)

 

当然、射程は戦艦の方があるし、遠距離は不利

この距離を詰めるまでは一方的に撃たれるしかない

 

青葉(…まあ、想定内…よし、行くよ…!)

 

呪符を2枚掴み、投げ捨てる

 

青葉(瑞鶴さんにやってもらった時に思いついた組み合わせだけど…)

 

青葉「炎殺球の呪符!そして、鉄崩水の呪符!」

 

二つの呪符が水蒸気を作る

 

青葉「威吹の呪符!」

 

そして、水蒸気を風が一気に冷まし、即席の霧を作る

 

青葉「あとは…」

 

主砲を捨てて水上機の羽を掴み、槍を海面に突き立てる様にして回転する

そして、回転の遠心力とともに

 

青葉「索敵は任せたよ…!」

 

空に水上機を発艦させる

 

青葉「あとは、突撃あるのみ!!」

 

霧の中を姿勢を低くし、被弾しないことを祈りながら接近する

 

青葉(先手を…とにかく先手を取る!!)

 

水上機からはいる情報と自分の位置から正確な位置を予測して…霧を抜け出す瞬間に槍を大きく振るう

 

青葉「やあぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

ガングート「ぐ…!」

 

ガングートさんが艤装で槍を受け止め、此方を睨み笑う

 

ガングート「ククク…グラーフ、賭けは私の勝ちだな…やはりこいつは近づいてきたぞ!」

 

青葉(近づかれるのもやっぱり想定内か…いや、大丈夫…)

 

近づいてさえ仕舞えば迂闊には撃てない

空母のグラーフさんと潜水艦のユーさん、そして肉薄してるガングートさん以外は私を狙って撃ってきてはいるけど、ガングートさんが近すぎるせいで当てようとはしてない

 

動きを制限してるだけ…

 

ガングート「槍を相手にどこまで立ち回れるか…楽しみだ!」

 

ガングートさんが刀を抜く

 

青葉「1人で相手をするつもりですか…1対多の演習なのに」

 

ガングート「む…?」

 

ガングート(…狭霧に後で怒られるか…?いや、それは避けたいな…だが、ここで真正面から戦う機会を失うのも…)

 

青葉(な、なんか普通に考え込んでるし!)

 

槍を一度引き、突きの構えを取る

 

ガングート「む」

 

青葉「はっ!!」

 

ガングート「ぐ…重い…!」

 

艤装の主砲部に突きが防がれる

 

青葉(隙を与えずにこのまま立て続けに…いや、危ない!)

 

槍をそのまま右に薙ぎ払う

 

タシュケント「っ!」

 

青葉「…貴方達も、剣を使うんですね」

 

タシュケント「Linkのメンバーは、白兵戦も一応教え込まれる…それだけさ」

 

マックス「タシュケント、こっちはいける」

 

レーベ「これで逃げ道は潰せたよ」

 

駆逐艦3名がいつの間にか私の両脇に回り込んで、退路を塞いでる…

 

ガングート(チッ…余計な事を…これでは誤射が怖くて銃器は使えんな)

 

青葉(…軽く削って逃げてのつもりだったけど、ここで決戦になりそう…)

 

青葉「……行きますよ…!」

 

踏み込み、槍を振るう

できるだけ手数を意識し、短く持って軽く振るう

 

青葉(有効打になるチャンスまで待つ…とにかく今は軽く速い手を!!)

 

槍の石突で背後を防ぎ、先端でガングートさんを牽制する

 

ガングート(こいつ、引きこもりのくせして何でこんなに動ける…!)

 

タシュケント(まるで後ろにも目がついてるみたいに的確にやってくる…!)

 

青葉(リパルケイジ…!)

 

片足を半歩引いて半身の状態で槍を縦回転させ、連続の斬撃を見舞う

 

ガングート(チッ!曲芸みたいなマネを…!だが、背後がガラ空きだ!)

 

タシュケント(よし、いける!)

 

青葉(ダブル…スィーブ!!)

 

前方に一度横薙ぎに斬りつけ、その勢いのまま背後に振るう

 

タシュケント「なっ…!?」

 

レーベ「弾かれ…」

 

2人の刀が宙を舞う

 

青葉「もらった!!」

 

そのまま石突で薙ぎ払う

 

ガングート「…やはり、不得意な事をするのは良くないと思わないか?」

 

青葉「……」

 

ガングート「マックス、貴様だけでも下がれ、タシュもレーベも撃破判定だ…退いていろ」

 

青葉(この人、やっぱり接近戦に自信がある…か)

 

ガングートさんが刀を片手で握り、空いた手に小銃を握る

 

青葉「なっ…!?」

 

ガングート「ん?どうした、そんなに驚いて…私達は艦娘だぞ、艦艇ではなくな…なら、使えるものはとことん使う、取り回しの良い武器は使うべきだ」

 

チャッと音を立てて銃口がこちらを向く

それに追随するように主砲も

 

青葉(…誤射を恐れて先ほどまでは刀だけで戦ってた…でも、ここからは違う……どうすれば…というか、あれ、実弾…?)

 

ガングート「安心しろ、中に入ってるのは非殺傷弾だ、だが、当たったら痛いぞ」

 

青葉「…どのみち、実戦想定なので…」

 

槍を短く持ち横薙ぎに一閃

 

ガングート「ッ」

 

青葉「関係ありませんよ」

 

当たれば負けだ、なら、戦闘から意識が逸れた瞬間を利用しなくてはならない

 

ガングート「この…いや、不味い!」

 

ガングートさんが退がり始めるが、遅い

撃ってもブレで当たらない

 

青葉(…いける…!)

 

体の回転の勢いを槍に乗せ、振るう

 

ガングート(低い!艤装で…)

 

槍を艤装で防がせ、そしてその艤装を中心に槍の勢いでガングートさんの裏に回る

 

ガングート「なっ!?」

 

ガングート(後ろには…!)

 

青葉「逃しませんよ」

 

マックス「うわっ!?」

 

マックスさんに馬乗りになり、切先を向ける

 

青葉「これで3人…」

 

ガングート「…まだ戦える私を無視してまで逃げ出したマックスを狙うとはな」

 

青葉「弱った獲物は喰らわれる…そういうものです」

 

ガングート「見込み違いだったか」

 

青葉「私は戦いを楽しもうとは思いません…私は、よりみんなを助けるために戦う…だから、汚いとか、そういうふうに思われても構いません」

 

呪符を水面に投げる

 

青葉「粋竜演舞の召喚符」

 

波が大きく荒れる

 

ガングート「…先ほどまでの背後への完璧な対応は、あの水上機を利用していたのか、そして今の呪符はユーへの牽制…」

 

青葉「潜水艦がいるのに、何故水中から仕掛けてこないのか…あれっきり艦載機も攻撃してこないのも気になりますが…」

 

ガングート「私が止めた、貴様を測りたい、と言ってな」

 

槍を構え直す

 

ガングート「…だが、どうにも見込み違いらしい…私は逃げ出した奴の背中を追うような真似はしない」

 

青葉「…それで仲間を失うくらいなら、私は薄汚い手を使う方がマシだと思います」

 

ガングート「そうか、どうやら話は合わないな!」

 

ガングートさんが小銃を棄て、斬りかかってくる

 

青葉(銃を捨てた!?…いや、チャンスを活かさない理由は無い!)

 

槍を大きく振り回し、振り上げる様に斬りあげる

 

ガングート「ふっ」

 

ガングートさんは主砲を手で掴み、盾の様に自身の前に寄せる

 

青葉(そうか、駆動じゃ遅いから自分で動かすために…ダメだ、そっちに意識がいってるせいで甘い!)

 

防がれたら逃げられない…

なら、振り切るしか、ない!

 

青葉「っ…りゃあぁぁぁぁっ!!」

 

金属がひしゃげる音が響く

 

ガングート「っ…!」

 

青葉「き、斬れた…!?」

 

ガングートさんの主砲の一部が宙を舞う

あんな巨大な鉄塊を斬るには本来どれほどの力がいるのだろうか

唖然としてしまう

 

ガングート「おい」

 

青葉「え?」

 

ハッとして前を向いた時には鉄の塊が頭を殴打していた

 

 

 

 

 

青葉「い…たた…」

 

ガングート「起きたか」

 

青葉「あ…」

 

…頭に一撃もらって気絶…か

なんとも情けない最後だ、戦場なら死んでいた

 

ガングート「貴様、どうやって主砲を斬った…」

 

青葉「え?…いや、あんなの偶然…」

 

じゃない、か…きっと、ナノマシンの身体強化が槍にまで作用したんだ

 

つまり、絶対に負けたくなかったんだ

なのに、自分の力に呆気に取られてやられるなんて

 

青葉(とほほ…)

 

ガングート「…偶然では無い、私はそう思う…土壇場にあんなことができるのは心が死んでいなかった証拠だ、お前はあの時詰んでいたはずなのに」

 

…確かに、あのまま槍が塞がれていたら、何もできずに負けていた

 

ガングート「私は人を見る目がなくてな、戦う事でしか人を理解できん、と思っている…だから、あんな場面で心が死んでいないお前は、やはり認めるに値する強者だ」

 

青葉「は、はあ…?」

 

ガングート「考え方は違うが、貴様のことは気に入ったぞ」

 

青葉「…恐縮です……あ!」

 

ガングート「む」

 

青葉「あの…Linkの皆さんにお話が…」

 

ガングート「話、だと?」

 

 

 

 

 

綾波さんとの事について、話した

 

狭霧「…そうですか、綾波さんがそんな事を…」

 

ガングート「じゃあ綾波は今ネットにいるんだな!?」

 

タシュケント「何いってるんだい、多分すでにどこかに行ってるよ」

 

リシュリュー「それよりも気になるのは…」 

 

狭霧「ええ、派手に動けない…か」

 

青葉「今、綾波さんはCC社と行動をともにしている様でした、しかし目的は違う様で…」

 

タシュケント「…CC社に乗り込む?」

 

グラーフ「バカを言え、世界各国にある巨大企業だ、暗い噂はあれど私達が入り込めば即座にスパイで逮捕だ」

 

狭霧「…皆さん、私たちのやることは何一つ変わりませんよ」

 

ガングート「ああ、綾波信じて待つことだ」

 

青葉「…信じられるんですか?」

 

ガングート「さっきも言ったが、私は人を見る目がとことんない!だがな、綾波は私と戦った時、私を殺せる状況下で泣いた、こんな傷一つのためにだ」

 

ガングートさんが目元の傷跡を親指で指す

 

ガングート「そんなくだらない事のために、本気で真剣に涙を流していた、そんな奴は私は見たことが無い…だからな、この傷にかけて誓う、私は綾波の味方だ」

 

グラーフ「ここにいるメンバーは、全員それぞれが違う形や、似通った形で綾波を信じている…私は国を救われたしな」

 

ザラ「どんな事でもいい…私達は信じるに足りる理由を持ってます、確かに迷ったり、疑ったりする時もあるけど…」

 

狭霧「私たちを信じさせるくらいの人ですよ、綾波さんは」

 

青葉「…そうですか」

 

タシュケント「君は、どうなんだい」

 

青葉「私も信じてみようと決めました」  

 

青葉(だって、司令官が信じてますから)

 

ガングート「ほお、では貴様も今日から同志だな」

 

青葉「えっ」

 

ガングート「なんだ?不服か?」

 

青葉「…ロシアの方がそう言うと、少しアカいような…」

 

タシュケント「おや?同志青葉はファシストだったのかな?」

 

グラーフ「おいおい、その手の話は…」

 

ガングート「なあに、気心の知れた連中の内輪話にケチをつける輩もおるまい!なあ、同志よ!」

 

青葉「は、はい…」



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記録 感染拡大

宿毛湾泊地

重槍士 青葉

 

Linkの人たちに解放された頃には夜になっていた

自室に戻るため、廊下を歩いていると前に七駆の5人組が歩いてるのが見えた

 

青葉「あ、演習終わったんですね、お疲れ様です」

 

朧「お疲れ様です」

 

漣「あ、ども…」

 

青葉「うわっ!?さ、漣ちゃん…その…か、顔に紅葉…」

 

漣「顔だけじゃなくて…その、腹部にもボディブローもらってます…」

 

青葉「な、何があったんで……はっ…」

 

いつの間に少し前にいた2人の曙さんが振り返っている

しかし、何か違和感…

 

青葉(2人とも相変わらずそっくりだなぁ……じゃ、なくて……あれ?…なんか、やっぱり…)

 

青葉「そんな髪型でしたっけ…?」

 

2人揃って前髪が乱れてると言うか、目の部分まで髪でしっかり隠されてるような…

 

漣「あー、これはですねぇ、ボーノとぼのたんが演習の最後に頭突きで相打ちになった結果…」

 

漣ちゃんの脇腹とまだ紅葉のついていない頬に平手が飛んでくる

 

漣「あべしっ!」

 

アケボノ「余計な事を言わないでくれる?」

 

曙「何が相打ちよ、どう考えてもまだやれたでしょ」

 

アケボノ「そうね、でもあれ以上やるとあんたを殺しちゃいかねないわ」

 

曙「はっ、アンタが?殺されるの間違いでしょ?でもまあ、あたしは殺さない程度に手加減できるけど」

 

青葉「あー……」

 

潮「これを提督の前でやって…」

 

朧「注意されて、帰るところだったんですけど…」

 

青葉「す、すみません、私のせいですね…」

 

漣「あー、いや…漣が悪いでお気になさらず…」

 

朧「わかってるなら煽らないでよ…」

 

漣「にへへ…」

 

青葉(あ、痕は派手だけどそんなに痛く無いのかな…?)

 

潮「ほら、アケボノちゃん達も早く戻ろ?こんなところで喧嘩してると提督に怒られるよ?」

 

アケボノ「……はあ、今は私をアケボノって呼ばれると困るんだけど」

 

朧「でも、曙が帰ってきたから名前も割れちゃってるし、みんなもうアケボノはアケボノに戻してるからね」

 

アケボノ「それが困るんだって言ってるのに」

 

青葉(そう言えば、アウラの残り香が…みたいな話をしてた割には朝潮さんはやはり狙われてないのかな…)

 

携帯のメール受信音が鳴る

 

青葉「ん?こ、このフォルダにメール?ってことは…

 

このアドレスは、The・World用…

そして、このフォルダに振り分けられてると言うことは、過去からのメールという事になる…

 

[送信者:ヘルバ

  件名:DEAR青葉

 

久しぶりの連絡で失礼だけど、いきなり本題に入らせてもらうわ。

 

カイト達があるプロテクトエリアに向かった、そこには貴方とカイトが出逢った敵がいるかもしれない。

 

どうするかの判断は貴方に任せるわ

カイトに送ったメールは、↓これ。

 

 差出人:ヘルバ

タイトル:DEARカイト

 

削除された書き込みは、 ↓ これ。

 

メグ

Θ選ばれし 絶望の 虚無

女の子と十字架を持った黒衣のキャラの

追いかけっこを見たっていってました。

アルフの家族の人からメールが来て、

ゲーム中意識不明になって入院している

そうです・・・

 

Θ選ばれし 絶望の 虚無

の容量が肥大している。

今なら、何かいるかもね]

 

青葉(…過去の司令官達がスケィスとの決戦に向かった…!?)

 

朧「どうかしましたか?」

 

青葉「急用ができました…!失礼します!」

 

 

 

 

The・World R:1

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

トキオ

 

トキオ「ゲートのそばにいるのは…カイトとブラックローズだ、どこかに行こうとしてるのかな」

 

2人に近づくと会話が聞こえてくる

 

カイト「アイツがいるかも知れないんだ、オルカを…ヤスヒコを、あんな目に遭わせたヤツが…」

 

ブラックローズ「そいつを倒しに行くんだ?」

 

カイト「倒せるかどうか、わかんないけど…」

 

ブラックローズ「倒すのよ!アタシも行くわ!……イヤとは、言わせないからね」

 

…2人は、決戦に行こうとしてるのか…

 

トキオ「2人とも!」

 

ブラックローズ「トキオ、アンタもしかして聞いてたの?」

 

トキオ「ああ!オレも行かせて欲しいんだ!」

 

カイト「……トキオ」

 

トキオ「3人なら、倒せるかもしれない…いや、倒せる!」

 

ブラックローズ「…そうね、足引っ張んじゃないわよ?」

 

カイト「…2人とも……よし、行こう」

 

カイトが腕輪をカオスゲートに向ける

 

カイト「ゲートハッキング!」

 

 

 

 

 

Θ選ばれし 絶望の 虚無

 

トキオ「…いつものプロテクトエリアだ、空が裂けて、空間がおかしくなってる…」

 

薄暗い、夜のプロテクトエリア…

 

ブラックローズ「…いや、感じね…あれ?」

 

カイト「…!…腕輪が、光ってる…」

 

カイトの腕輪が、発光してはっきり見える

データドレインの時以外、カイトの腕輪が見えたことなんてなかったのに

 

トキオ「それだけここが特別ってことか…」

 

ブラックローズ「違う、ここに居る何かが特別なのよ」

 

 

 

 

3人でダンジョンを少しずつ進む

 

カイト「…ここの敵で死ぬ様なことはないだろうけど…」

 

ブラックローズ「うん、あんまり消耗したくないわね…」

 

トキオ「アイテムは2人とも十分にあるの?」

 

カイト「一応ね、回復アイテムと蘇生アイテムが少しずつ」

 

ブラックローズ「同じくらいかなあ…」

 

トキオ「オレもだよ、足りるかなあ…」

 

勢い任せで来てしまったのもあって、不安は拭えないが

 

カイト「仕方ない、マップアイテムを使って戦闘はとことん避けよう…それから、ブラックローズ、武器は足りてる?」

 

ブラックローズ「ちゃんと全属性揃えたわ、だけど火と雷以外はかなり弱いのよね」

 

カイト「アイツにオルカの攻撃が効かなかったのは属性の問題の可能性もあるし、試せることはなんでも試そう」

 

 

 

 

対策を話し合い、戦闘を避けながらダンジョンを駆け抜ける

そして、最後の扉の前にたどり着いた

 

カイト「最深部、か…」

 

トキオ「…この先、普通はボス部屋かお宝だと思うけど…」

 

ブラックローズ「イヤな感じがするわね…」

 

…なんだか、ただならぬ緊張感が走る

 

ブラックローズ「ステータスアップは?ちゃんとかけた?」

 

トキオ「継続回復もついてるし、大丈夫!」

 

カイト「…行こう」

 

扉をくぐった瞬間、どこかへ飛ばされる

 

浮遊する瓦礫で作られたフィールド

それを彩る鈍く光るエメラルド色の紋章

 

瓦礫の世界の中心に、彼女は佇んでいた

 

カイト「アウラ…?!」

 

トキオ(あれが、アウラ…?すごく成長してるぞ…)

 

オレの知ってるアウラは幼児ほどの小ささだったのに、たった一年でカイトやオレほどの大きさにまで成長してる…

 

アウラ「届いてたんだ……私のメール…でも……間に合わなかった」

 

カイト「え?まって!ぼくは君に訊きたいことが…!」

 

アウラの背後に、赤い十字架が浮かび上がる

 

カイト「!?」

 

そして、ノイズとともに、その十字架の後ろに黒い石の人形がぼんやりと浮かび上がり、段々と実態を得ていく

 

カイト「やめろおぉぉーーーっっ!!」

 

突如カイトが叫ぶ、それが何を意味するのかを、教える様に、オレの脳裏にも訪れるであろう結果が浮かび上がる

 

石の人形が左腕を十字架に向けて突き出すとその腕に腕輪と同じ幾何学模様が顕れ、形を作る

そして、放たれた光線がアウラを貫く

 

アウラは悲鳴とともに赤い光の玉となり、ふわふわと浮かび、尚も逃れようと、その石人形から離れようとする

 

しかし、石人形の胸部から放たれた光線により、その赤い球も3つに砕け散る

わかたれた3つの光の球は、砕けた勢いのまま、どこかへと消えた

 

トキオ「っ…!」

 

カイト「……」

 

カイトが一瞬自身の腕輪を見て、そして石人形へと向き直る

それに呼応するかの様に、石人形も十字架の杖を一度地面に打ちつけ、カイトへと向ける

 

phase:1(第一相  )

The TERROR of DEATH(死の恐怖   )

SKEITH(スケィス )

 

視界の端に、チラリと文字列が浮かんだ

スケィス、それがあの敵の名前か?

 

カイト「行くよ!!」

 

ブラックローズ「わかっ…えっ?」

 

スケィスがブラックローズの背後に瞬間移動し、機械的に杖を振り上げる

反応する暇もなく振り下ろされた杖により、ブラックローズのHPが無情にも削り取られる

 

トキオ「…い、一撃…?」

 

ブラックローズ「死んだ…!?で、でも、意識はある!蘇生して!」

 

カイト「わかってる!」

 

…防御バフに攻撃バフ

様々なステータスアップをかけていたのに、一撃で…

 

死んだらバフは消える

だから、バハは意味がない…

 

カイト「トキオ!両側から攻めるよ!」

 

トキオ「ああ!」

 

スケィスに左右から近づくも、スケィスが杖を掲げた途端に辺りを冷気が包む

 

カイト「!」

 

トキオ(まさか、あの速度とあの威力に加えて、全体攻撃まで…!?)

 

カイト「炎術士の呪符!ビバクローム!」

 

カイトがスケィスに炎を放つ

しかし、スケィスは止まる事なく杖をフィールドに突き立てる

 

フィールド全体が凍り、オレ達も氷塊に包まれる

 

トキオ「っ……」

 

一瞬の後、氷塊が砕け、解放されるが…

立ち上がれない…

 

トキオ(さ、寒い…!身体が、凍る…!)

 

カイト「リプス!」

 

ふわっと、身体が光に包まれ、少し楽になる

 

トキオ(…回復したら楽になったってことは、さっきのがHPの少ない状態…?…何もできなくなるのか…)

 

剣を突き立て、立ち上がる

 

トキオ「うおおおおお!!」

 

叫び、自身を鼓舞し、2本の剣を構え直す

 

スケィスを睨み、斬りかかろうとするものの

 

トキオ「消えた…!?」

 

ブラックローズ「違う!こっち!」

 

速い…

スケィスは消えたのかと思うほどの速度で移動し、攻撃…

 

ブラックローズ「目で追えない…」

 

カイト「いや!よく見るんだ!移動ルートに薄らと残像が残ってる!」

 

スケィスの攻撃は今のところ1人に対して機械的に振り上げた杖を振り下ろす攻撃、もしくはフィールド全体を凍らせる全体攻撃…

 

全体攻撃は耐えられたが、直接攻撃はブラックローズでも即死した、オレたちも即死すると考えていい…

 

カイト「アプボーブ!アプボーマ!」

 

カイトが死亡によりバフの剥がれたブラックローズにバフをかけ直す

全体攻撃はバフをつけていても半分以上削られた…

バフがなければ、死ぬかもしれない

そういう考えなのだろう

 

当然だ、さっきブラックローズは死んでもなんとか意識不明を免れたが、次はどうだ?

次も無事という保証もないんだ、警戒はしすぎるくらいでいい

 

カイト「ぼくが惹きつける!」

 

カイトがスケィスから距離を取り、魔法を呼び出すアイテムで遠距離攻撃を仕掛ける

 

そして、その攻撃がスケィスにダメージを表示させる

 

カイト「効いた…!?」

 

トキオ(効かないつもりで打ってたのか!?…いや、それより…攻撃は通るんだ…)

 

カイトの思惑通り、スケィスはカイトへと迫り、杖を振り上げる

 

トキオ(止まった!!)

 

ターゲットがわかっているなら、スケィスが止まっているなら…攻撃はできる

 

ブラックローズ「ガンドライブ!」

 

トキオ「連牙・昇旋風!!」

 

一撃辺り二桁、もしくは一桁の最低レベルのダメージを、確かにスケィスに与える

 

しかし、スケィスをロックオンしても、体力バーは減らず、評価はバグっていて読めない

こいつも、データドレインの必要なウイルスバグだということ…

 

カイト「う…!」

 

ブラックローズ「カイト!」

 

スケィスの杖がカイトのHPを一瞬で削り切る

しかし、すかさずブラックローズが蘇生…

そして、死亡の際に失われたMPを回復し…

 

カイト「雷独楽!」

 

ブラックローズ「デスブリング!!」

 

トキオ「斬烈波!!」

 

スキルをとことん叩き込む

 

トキオ「!」

 

スケィスが一度高速で移動し、視界外へと消える

 

カイト「後ろ…っ!」

 

スケィスが杖を振り上げ、突き立てる

 

カイト「ぐ…」

 

ブラックローズ「なによコイツ…!一撃でこんなダメージ…」

 

一撃辺りのダメージが大きすぎる

 

二撃くらえば確実に死ぬ

攻撃と攻撃のスパンは決して長くない

その間に回復を終えないと…

 

カイト「完治の水!ファリプス!」

 

ブラックローズ「ちょ…それまだ2個しか無いのに!」

 

カイト「出し惜しみしてたらやられるよ!!」

 

全員のHPを満タンにする為に上位回復アイテム、使うとなれば確かにここしか無いだろう

 

ブラックローズ「え…」

 

ブラックローズのPCボディがふわふわと浮き上がる

 

トキオ「な、なんだ…」

 

スケィスが十字架の杖を投げると、それはまるで吸い付く様にブラックローズの背に向かい、止まる

 

ブラックローズ「う、ウソでしょ…!?」

 

カイト「データドレイン…!止めないと!」

 

そんな暇もなかった

そうだと気づいた時にはブラックローズが光線で貫かれ、地面へと放り出される

 

トキオ「ブラックローズ!」

 

ブラックローズのステータスは満タンのHPと、大量のバッドステータスが表示されていた

 

ブラックローズ「っ…平気よ!それより攻撃に集中して!」

 

トキオ「無事だったのか…なんで…いや、そんなことより先に…」

 

スケィスに攻撃を続ける

 

カイト「虎輪刃!」

 

…コイツの体力は、どれほどあるんだ

 

ブラックローズ「こっち回復切れたよ!」

 

同じパターンで何度も攻撃をして、死んで

 

カイト「ぼくももう残り少ない!」

 

…このままじゃ、ジリ貧だ

 

ブラックローズ「ごめん!死んだ!蘇生できる!?」

 

カイト「こっちはもう無いよ!」

 

トキオ「待って!今…う…!?」

 

ふわりと、身体が浮き上がる

 

ブラックローズ「データドレイン…!でも、大丈夫!さっきはオールデバフだけだったし!」

 

…確かにブラックローズはダメージも受けてなかった、そこまで怯える必要はない、のかもしれない…

でもそれは、普通ならの話

 

生身のオレがくらったら、どうなるんだ?

 

意識不明?それともちょっと気絶するだけとか…いや、もしかしたら

…死ぬ、のか…?

 

試行している間に、背後に張り付く十字架

そして、向けられたスケィスの腕に、データドレインが展開していく

 

…こんなに、怖いとは思わなかった

 

トキオ「…っ!」

 

もはや、防ぎ用などない

ただ、助かることを祈るしか無い…

 

青葉「ダブルスィーブ!!」

 

大ぶりな槍の二連撃をくらい、スケィスが大きく揺れ、データドレインの構えをやめる

 

青葉「……間に合った…!」

 

トキオ「あ、お前は…!うわっ!?」

 

空中から自由落下し、腰を強打する

 

トキオ「っ…たた…」

 

青葉「間に合ったみたいですね…」

 

目の前に手を差し伸べられる

 

トキオ「なんで、シックザールが…」

 

青葉「何度も言わせないでください…私はシックザールじゃなくて、青葉です!」

 

カイト「青葉さん…それに…」

 

ブラックローズ「蘇生…?あ、アンタら…誰?」

 

砂嵐三十郎「今は、どうやら名乗る余裕は無さそうだぜ?」

 

なつめ「アレが敵ですか…!」

 

カイト「三十郎さん!なつめ!」

 

砂嵐三十郎「おう!遅くなっちまったみたいだな!」

 

なつめ「スパイラルエッジのお返しに来ました!」

 

青葉「援軍、ってとこです…!」

 

青葉の手を取り、立ち上がる

 

トキオ「…カイト!」

 

カイト「うん、反撃開始だ!」



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記録 決着 スケィス

The・World R:1

Θ選ばれし 絶望の 虚無 最奥部

重槍士 青葉

 

青葉「…それにしても、恐ろしい出立ちですね」

 

…かつて、夢で対面した時と同じプレッシャーだ

恐ろしい化け物だ

 

これを、今から倒さなくてはならない

 

リコリスさんと繋いだ手に、力がこもる

 

青葉「三十郎さん!なつめさん!メインアタッカーは私が引き受けます!サポートをお願いできますか!?」

 

砂嵐三十郎「援護は慣れちゃいねえが…あいわかった!」

 

なつめ「はい!頑張ります!」

 

カイト「トキオ!ブラックローズ!2人は何も考えず削ることを考えて!青葉さん!そっちの回復アイテムは…」

 

青葉「ご心配無く、買えるだけ買って来ました…!」

 

ステータス諸々は弱体化していたが所持金はそのままだった、だから買えるだけ買った、私と砂嵐三十郎さん、なつめさんがそれぞれ持ちきれないほど買えた

 

青葉「っ!」

 

スケィスが振り下ろした杖を振り上げた槍で防ぐ

 

トキオ「ふ、防いだ!?」

 

青葉「ぐ…っあ!!」

 

力の差は歴然で、一瞬は持ったが吹き飛ばされ、地面を転がる

すぐに起き上がり、体力を確認したがやはりHPは半分以上削れている…

顔を上げるとリコリスさんが私の方にゆっくりと歩きながら寄ってくるのが見える

 

青葉(ウイルスコアも吸収した分多少耐えられると思ってたのに…!2発で死ぬ、でもあの攻撃はかわせない!)

 

カイト「アレを受けても…HPが残ってるなんて……青葉さん!!」

 

青葉「!」

 

幾つかのウイルスコアが目の前の地面に転がる

 

カイト「今!ここでやられたらそれは何の意味もなくなる!」

 

青葉「カイトさん…!」

 

ウイルスコアへと手を伸ばそうとしたが、すぐにやめ、防御の姿勢を取る

 

青葉「っっ!」

 

スケィスが、それを許さないとばかりに杖で殴りつけてくる

 

ブラックローズ「こっちも、見なさいよ!!」

 

トキオ「斬烈波!!」

 

青葉(ウイルスコアをヴォータンに使えれば…きっとチャンスは…!)

 

杖と槍がぶつかり合い、吹き飛ばされる

 

青葉「っ…」

 

なつめ「リプス!」

 

砂嵐三十郎「反隼(かえりはやぶさ)!」

 

なつめさんが回復し、三十郎さんが攻撃で追撃を防ぐ

 

青葉「すみません!助かりました…」

 

槍を構え直し、スケィスと向き合う

 

トキオ「うおおぉぉーッ!連牙・昇旋風!」

 

ブラックローズ「ガノスマッシュ!!」

 

カイト「雷帝の呪符、ギライローム!!」

 

スケィスが腕を振るい、あたりに冷気を撒き散らす

 

青葉「っ!炎殺球の呪符!」

 

カイト「不死鳥の呪符!ギバククルズ!」

 

即座に火属性の呪符を放つ

しかしそれでも微かなダメージを与えるのみで、容赦なくフィールドを氷が包む

 

青葉(別に発動を妨害できるわけじゃ無いのか…弱点属性でもない…!)

 

氷に囚われ、動きを制限される

そして、氷が砕け、HPが削れるのとほぼ同時にスケィスが瞬間移動し、杖を振り上げる

 

青葉「っ…やあぁぁぁッ!」

 

タダでは、死なない!

 

横薙ぎの一閃が空を切り、そのまま一回転

最大射程の槍の回転斬りを放ち、スケィスの杖にぶつける

 

青葉「ぎ…っ!」

 

瞬きほどのほんの一瞬の膠着の後、ヴォータンが宙をまう

 

青葉(ヴォータンが弾かれた…!でも、ダメージは防げた、ヴォータンをもう1度掴みさえ…)

 

スケィスは防がれた攻撃をやり直すように、同じ機械的に繰り返し、また杖を振り上げる

 

カイト「リグセイン!」 

 

HPとMPが継続回復(リジェネ)を始める

スケィスの杖によるダメージを受けてなお、継続回復(リジェネ)のお陰で微かにだけHPが残る

 

青葉「助かりました!」

 

カイト「それよりも早く!」

 

…強い、その上に速い

こんなバグみたいな、ありえない強さをしたモンスター…

明らかに正規のモンスターじゃない

 

全身が痺れてるように、感覚があやふやになる

 

青葉(全力で攻撃したのに、押し負けてヴォータンが弾かれた…全力でも、私じゃ足りない!!)

 

呪符を構える

 

青葉「破魔矢の召喚符!!」

 

呪符から強い光と共に大量の光の矢が召喚され、スケィスへと放たれる

 

青葉(これは目眩し、本命は…)

 

ヴォータンを取りに行く暇はない

隙を見せればスケィスは即座に瞬間移動の如く迫り、攻撃を仕掛けてくる

 

青葉「……え…?」

 

光の矢は、スケィスを貫く筈が…肝心のスケィスがそこに居ない…

 

カイト「三十郎さん!」

 

砂嵐三十郎「チィッ!」

 

砂嵐三十郎さんが十字架の一撃を受け、瀕死になる

 

なつめ「回復します!…うわっ!?」

 

私の放った魔法が大きく方向を変え、なつめさんのすぐそばを通ってスケィスを追尾する

 

青葉「あ!ごめんなさい!」

 

魔法は必中、一度ターゲットしたら術者を倒さないかぎり逃れる術はない

 

スケィスは当たる直前に再び高速で移動する

 

トキオ「今度はオレか!この!!」

 

青葉(トキオさんは不味い…!)

 

装備している適当な槍を手の中で返し、逆手に持ち…投げる

 

槍がスケィスの腕に突き刺さる

 

カイト「火炎車!」

 

そしてカイトの追撃

 

トキオ「連牙!昇旋風!!」

 

スケィスの姿勢が大きく崩れる

 

トキオ「おおぉぉぉっ!!」

 

トキオさんの乱撃を受け、スケィスの姿勢が崩れ、最後の一撃でスケィスの巨体が吹き飛ぶ

 

青葉(な…なんて、力…!)

 

ブラックローズ「追撃は任せて!デスブリング!!」

 

吹き飛ばされた先で大剣の一撃

そして、それをさらにトキオさんが斬りつける

逃れる事を許さない、2人係で仕掛ける怒涛の攻撃

二、三度それを続けたあたりでトキオさんが飛び上がる

 

トキオ「ゴートゥ・ヘブン!!」

 

二本の剣で地面に叩きつけるようにスケィスを斬りつけ、フィニッシュ…そしてそこに遅れて私の呪符の閃矢が…

 

ブラックローズ「流石に堪えたでしょ…!」

 

トキオ「…どうだ…!」

 

一瞬、全員の動きが止まる

スケィスは無機質に地面から浮き上がり、体制を立て直してみせる

 

トキオ「そんな!」

 

青葉「まだピンピンしてるなんて…」

 

カイト「いや…違う!」

 

スケィスを球体が包み込むようなエフェクト

そしてそれが砕け散る

 

カイト「プロテクトブレイク…!これでデータドレインが…」

 

カイトがデータドレインを構えようとした瞬間、凍りつく

 

トキオ「カイ…トっ…」

 

ブラックローズ「やられた…!」

 

近くに居たメンバーから順々に凍り始める

 

青葉(そうか、地面に叩きつけられた時に発動してたんだ…!)

 

ジワジワと徐々にフィールドが凍り始める

でも、これならかわせる…

 

地面に転がったヴォータンに走る

 

青葉「なつめさん!回復の用意を!三十郎さんも!」

 

すぐ後ろまで氷が迫る

槍に飛び付き、転がりながら構え直す

 

青葉(取り戻した!でも…)

 

氷が砕け、カイト達が大ダメージを受ける

 

カイト「ぐ…」

 

トキオ「っ…カイト!早くデータドレインを…!」

 

カイト「わかってる…」

 

カイトがよろよろと腕輪を展開し、スケィスを捉える

 

カイト「データドレイン!!」

 

光線がスケィスへと伸びる

 

トキオ「やった…!」

 

スケィスへと届く瞬間、砕け散った球体が戻るようなエフェクト共にデータドレインを弾かれる

 

青葉「…え…?」

 

カイト「そんな…プロテクトを修復された…!」

 

プロテクトを修復…?

データドレインが、効かなかった…?

 

青葉「…っ…」

 

言葉が出ない

勝つための、手段が…尽きた

 

回復アイテムも残りわずか

これ以上の戦闘は望めない…

 

カイト「…まだだっ!!」

 

カイトが1人、スケィスへと迫り、斬りかかる

 

青葉「…カイトさん」

 

…歴史をなぞるのなら、勝利できるはずだ、だが…

今の歴史はイレギュラーだ、私たちという本来存在しない不確定要素に…改変されている

 

カイト「舞武(まいぶ)!!」

 

だから、私は、悪い方向に歴史が改変されたんだと…思った  

 

でも、この時代の勇者は、まだ…ただ1人、立ち向かっている

 

ブラックローズ「…デスブリング!!」

 

なつめ「虎輪刃!」

 

砂嵐三十郎「爪牙翔(そうがしょう)!」

 

…そして、カイトに勇気づけられたのか、みんながスケィスに立ち向かっている

 

…私は…

 

青葉「!…リコリスさん、それは…」

 

リコリスさんが、両手いっぱいのウイルスコアをこちらに差し出す

…拾ってくれていたのか、目も見えず、耳も聞こえないのに、なぜそこにあると分かったのかはわからないけど…

 

青葉「…これなら、いけます!」

 

ウイルスコアをヴォータンに喰わせる

…力が、私の中に力が宿る感覚が…全身を走る

 

青葉「…ダブル…スィーブ!!」

 

槍の大ぶりな斬撃がスケィスを大きく揺らす

この戦闘で初めて3桁の大ダメージをスケィスに与える

 

カイト「青葉さん…!」

 

青葉「行きますよ!!」

 

槍を突き立てる

 

カイト「虎輪刃!」

 

ここまで来たら、もはや攻めるのをやめない

 

カイト「みんな!回復よりもダメージを与える事を優先するんだ!!」

 

なつめ「アプコーブ!アプコーブ!」

 

なつめさんがみんなに攻撃バフを与え続ける

 

青葉「リパルケイジ!」

 

カイト「舞武!」

 

スケィスが杖を振り下ろす

 

ブラックローズ「っ…!ごめん!死んだ!」

 

トキオ「後で蘇生するっ…!」

 

今は、蘇生も回復も、する余裕はない!

 

カイト「絶対に…絶対に、倒すんだ!!」

 

青葉「トリプル…ドゥーム!!」

 

槍がスケィスにぶつかった瞬間、違和感を感じる

 

青葉(…まさか…いや、いける…!)

 

青葉「デリート!!」

 

先ほどと同じエフェクトを伴いスケィスのプロテクトがブレイクする

 

カイト「データドレイン!!」

 

データドレインがスケィスを貫く

 

カイト「…いっけぇぇっ!」

 

スケィスが、黒い、複数の石の破片へと姿を変える

 

バグっていたHP表記が正常になる

 

青葉「残りHP3000ですか…!」

 

カイト「双邪鬼斬(そうじゃきざん)!」

 

トキオ「連牙・昇旋風!」

 

2人の攻撃がスケィスのHPを削る

 

青葉「やあぁぁぁッ!」

 

槍を突き下ろし、スケィスを攻撃する

 

青葉「!?」

 

…私の与えるダメージが、下がっている…

一桁しかダメージを与えられない

 

青葉(ま、まさかデリートを使ったせいで…不完全だったのに無理やり使ったから!?)

 

ブラックローズ「あー!」

 

なつめ「か、回復しましたよ!」

 

砂嵐三十郎「行動パターンが変わってやがる…範囲攻撃に回復技か!」

 

カイト「でも、ダメージはかなり減った…これなら耐えられる!!」

 

…心が、前を向いている

 

青葉「火炎太鼓の召喚符!!」

 

スケィスを爆炎が包み込む

 

トキオ「熱っ!?」

 

カイト「雷舞!」

 

ブラックローズ「カラミティ!!」

 

着実に、確実に

こちらが有利なまま、戦闘を押し切る

 

青葉(倒れろ…倒れろ…!このまま!)

 

呪符を放ちながら、祈るしかなかった

 

カイト「トドメだ!!」

 

カイトの攻撃がスケィスのHPを、削り切る

 

スケィスは淡い光を放ち、泥のように崩れ、地面へと溶けていった

 

トキオ「…やった、のか…?」

 

ブラックローズ「やったのよ…!」

 

砂嵐三十郎「骨が、あるやつだったな…」

 

…本当に、倒せた…?

 

青葉「……やっ…」

 

喜びの言葉を発しようとした時、異質な雰囲気に気がつく

 

カイト「……え…?」

 

ステージが、薄暗かったステージが、さらに暗く、悍ましい雰囲気に包まれる

 

ブラックローズ「え…!?」

 

地面から青く発光する植物の根のようなものがいくつも隆起する

 

なつめ「こ、これってなんですか!?」

 

周囲で地割れが起きる

 

青葉(何が起きて…)

 

カイト「!」

 

カイトの目の前の地面が砕け、紫色の光が天へと走る

 

全員が、目を瞑り、衝撃に備えた

 

カイト「…っ……」

 

青葉「…なんとも、ない…?」

 

周囲を見渡す

隆起した岩

吹き飛んだ瓦礫

暗い世界

 

それだけ…

 

みんなが、辺りを見渡しても、何も…

 

青葉「…司令官?」

 

カイトは、ただ1人、空を見上げていた

そして、その視線の先を、私も見る

 

青葉「っ……」

 

巨大な浮島か?

紫の、植物の根の様なものが生えた、直径数十メートルの浮島に、化け物の顔がついている様な

そんな夢見たいな、恐ろしい生物が私たちを見下していた

 

トキオ「な、なんだよあれ…!」

 

その生物は、口を開き…

 

ブラックローズ「な、何する気!?」

 

エネルギーを溜めて……

 

青葉「に、逃げ…」

 

放った

 

何かに私たちの体は吹き飛ばされ、地面を転がる

 

青葉「っ……」

 

何とか、顔をあげる

かなり吹き飛ばされたらしい、あの生物が手のひらほどの大きさだ

そして、私たちのいたであろう場所は…きっと何もなくなっている

 

青葉「…ヘル、バ…さん…?」

 

空中に浮かんでいるヘルバさんと目が合った

そして、ただ一言

 

ヘルバ「…クビア」

 

…クビアと

 

青葉(クビア…あれが…!?)

 

…どういう事だ

何が、どうなっているんだ

 

クビアは、何処かへと姿を消し、私たちもいつの間にか、ゲームから落とされていた



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記録 無人

宿毛湾泊地 食堂

重巡洋艦 青葉

 

…ぼんやりと、重たい手を動かし、箸で少量の米粒を椀から捻り取り、口に運ぶ

咀嚼し、嚥下するまでにかかる時間がいやに長い

噛んでも味がしない、頭にはずっとあの巨大なバケモノの事しかない

 

あれが、クビア…

私の知っているクビアは、R:Xで出会った私を騙した少年のPCだったのに

いきなり浮島のバケモノが現れ、クビアと呼ばれた

 

何をどう、捉えればいいのか

そもそも、スケィスは倒せたのだろうが…

八相を舐めていた

八相の強さは私の想像を遥かに、超えていた

 

私は弱い、あの巨大なクビアにも、他の八相にもきっと歯が立たない

 

悔しい

次こそは、次の敵は

 

でも、敵は私が強くなるのを待ちはしないだろう

それに、私は何も知らない

 

結局あそこにいたのはスケィスだけで…

 

…何を考えていても、答えはここにはない

行かなくてはならない、The・Worldに…

でも、行くのが怖い

 

まだ、全身が痛い…私は斬られればその部位にダメージがフィードバックするのだから

杖で殴られ、氷漬けにされ、私の体はボロボロなのだから

 

…でも、止まりたくはない

止まろうとした自分に腹が立つ

まだ、走り続けるんだ

 

だから…

 

箸が椀から少量の白米を掴み取り、口へと運ぶ

 

青葉(…大丈夫…上手く立ち回れば、死にはしない…次は、もっと!)

 

青葉「あぐっ…った!?」

 

ベキッ

口内で嫌な音が鳴る

 

青葉「…噛む力が強すぎて、お箸が折れちゃった…」

 

食事だというのに、つい嫌に力んでしまったか…

 

漣「どもー」

 

青葉「うわぁっ!?」

 

いつの間にか、真正面に漣さん…いや、周りを七駆のメンバーに固められてる…!

 

漣「そんなに驚かれるなんて、漣ショック!オヨヨ…」

 

潮「で、でも良かったね、無視されてるんじゃなくて…ほんとに気付いてなかったみたいで…」

 

青葉「え?わ、私に用事ですか…?な、なんでしょう…?」

 

アケボノ「執務室に出頭命令です」

 

青葉「え!?」

 

出頭命令…?私、一体どんな粗相を…

いや、というか司令官がつまらない事で出頭命令を出すとは思えない

…なんだろう、そういえば私は一度深海棲艦になりかけたせいで綾波さんに攫われたことがある

まさか本部に呼び出されて、解剖でもされるんじゃ…

 

朧「ややこしい言い回ししなくて良いでしょ…青葉さん、出頭命令じゃなくて、ただ、近いうちに少し遠出するからそれについて話があるって事らしいですよ」

 

青葉「と、遠出…?」

 

潮「心当たり、ないんですか…?」

 

青葉(……あ!病院!お見舞いだ…!すっかり忘れてた…)

 

青葉「あ、あります!ありますあります!すぐ行ってきます!」

 

慌てて席を立つ

 

漣「あぇ?!ま、まだご飯途中!」

 

曙「それよりも重要な用事なんでしょ…あ、エビフライも〜らいっ」

 

朧「じゃあ…トマト貰お」

 

潮「朝からフライはちょっと重いよね〜」

 

漣「え、食べんの?みんなで新しいのもらってくれば…」

 

潮「でも、これ…ご飯しか手をつけてないみたいだし…食料は大事だからね…」

 

アケボノ「せっかくのミックスフライなのに勿体ないですね…おや、このコロッケ…クリームコロッケか」

 

漣「な、なんと!ミックスフライ定食のコロッケは20個に一つはカニクリームコロッケという噂は真でござったか!」

 

アケボノ「そんな噂無いわよ」

 

 

 

 

執務室

 

青葉「失礼します!」

 

海斗「あ、そんなに慌てて来なくてもよかったのに」

 

青葉「い、いえ!すみません!それで…!」

 

海斗「明後日、時間が取れたから新幹線で愛知に向かう事にしたんだけど…青葉は、来る?」

 

青葉「もちろん、行かせて下さい…!」

 

海斗「わかった、今は2人に直接会うのは難しいかもしれないから、担当のお医者さんに会うだけになるかもしれないけど…」

 

青葉「それでも、行きます」

 

海斗「分かった、調整しておくよ」

 

それだけの会話をして、執務室を出る

 

青葉(…お二人にも良い報告をするために、私は…!)

 

 

 

 

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「……誰もログインしてない、か」

 

誰かを誘って探索するにも、誰も居ないのでは…

いや、でも…タウンにこんなに人がいないのは珍しいな

どこを見て回っても、誰もいない

 

青葉「The・Worldそのものが無人の状態だったりして…あはは…」

 

ヘルバ「あら、本当に誰も居ないのかしら」

 

青葉「ひゃあ!?へ、へへっへ…ヘルバさん!?」

 

ヘルバ「久しぶりね、青葉」

 

青葉「え、あー…お久しぶりデス…」

 

ヘルバ「そう固くなることはないわ、それより、今のあなたに手を貸せることがある気がしてね」

 

青葉「へ?」

 

liam.cylを手に入れた

 

青葉「え、何これ…いや、.cyl…!?」

 

ヘルバ「貴方が連れているそのAIの機能を拡張するプログラムを組んでみたわ、如何かしら」

 

青葉「liam…mail…メール機能…?」

 

リコリス[liam.cylを、わたしにください]

 

リコリスさんの発言がログに流れる

 

青葉(これを、認識してる…?いや、でも…)

 

ヘルバ「随分と迷っている様ね、心配ないわ、それはゲーム内からメーラーにアクセスすることができる様になるだけ」

 

青葉「……なぜ、私に手を貸そうとするんですか」

 

ヘルバ「…イレギュラーだから、かしら」

 

青葉「イレギュラー?」

 

ヘルバ「貴方もトキオも、あの司達の事件から一切の痕跡を残さず消え…そして、今戻ってきた、何かに呼ばれたかの様にね」

 

青葉「それは…」

 

ヘルバ「これで、「何にもありません」…なんて、通用すると思って?」

 

青葉「……何もないとは言いません、言いませんが、だからこそ関わらない方がいいこともあるはずです」

 

ヘルバ「だったら、なぜ貴方はそれに関わる道を歩いているのかしら」

 

青葉「それは…退けない事情が、あるから…」

 

ヘルバ「理由をつけるのは簡単よ、逃げ出すための理由をつけるのも」

 

青葉「…投げたりなんか、しません」

 

ヘルバ「なら、きっとそれは役に立つわ」

 

青葉「……」

 

持っていたヴォータンを地面に突き立て、リコリスさんの手をキュッと握る

 

青葉「ヘルバさんには、この子が見えてるんですか」

 

ヘルバ「…見えている、というと少し違う、認識しているというべきね、データのログには、そのリコリスというAIが写っている」

 

青葉「……リコリスさんは、機械じゃありません、データでもありません、AI…」  

 

AIでもない、とは…言えない

そうだ、勿論AIだ、だから、AIであることを否定したいわけではない

データであることを否定したいわけでもない

 

何より、私にはできない、私達には、データも、AIも否定できない

 

ヘルバ「…つまり、特別な存在…とでも?」

 

青葉「…私にとっては」

 

ヘルバ「だからその機能を埋め込む様な真似はしたくない…って事かしら?」

 

青葉「…ええ、私は、リコリスさんを便利な端末にするつもりはありません」

 

ヘルバ「……それならそれで私は構わない、なら…」

 

別のアイテムを渡される

 

青葉「…これは」

 

ヘルバ「さっきのアイテムと合わせて使えばメーラーとしての機能を使える様になるわ」

 

青葉「…そうですか」

 

青葉(デスクトップに戻れば問題ないんだけど…確かにR:1にいて、アドレスを使い分けずに済むのは便利かも)

 

ヘルバ「また会う事になると思うわ」

 

ヘルバさんが転送されて消える

 

青葉「……うーん…嫌な、感じ」

 

メーラーを起動し、閲覧する

 

青葉「…あ、サーバートラブル!?」

 

クビアが出てから自然とゲームが落ちてたけど、如何やらサーバートラブルで落ちたらしい

というか、未だに復旧前…

 

青葉(未来から来てるから入れたけど、本当は誰も入れないタイミングだったんだ…どうりでどこにもPCがいない訳だ…)



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記録 パワーアップキャンペーン

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「…あ…メール!?」

 

メールの通知音を聞いて即座にメーラーを起動する

 

[送信者:砂嵐三十郎

  件名:無題

 

俺の方は二日も寝れば

どうにかなる程度だが、お前はどうだ?]

 

青葉「三十郎さんから…あ、なつめさんからも来てる」

 

[送信者:なつめ

  件名:わたし、強くならなきゃ

 

手強い敵っているもんなんですねーっ。

なつめ、今日からかわります!

もっともっと強くなるために、

がんばります。]

 

青葉「…三十郎さんはこのゲームの裏側が少し見えてるのかも…」

 

何にしても、あの場に2人を連れて行って良かったのか、迂闊だったのではないか…

悩んでいるとまた通知音が鳴る

 

青葉「またメール?…司令官…いや、この時代のカイトさんから」

 

[送信者:カイト

  件名:ありがとう

 

来てくれてありがとう。

きっとぼく達だけじゃやられてたかもしれない…。

 

それと、これはヘルバに聞いた事だけど、ぼくとパーティを組んでいると“腕輪の加護”って効果がついて、

これに守られている間は意識不明になる事を避けられるかも知れないんだ。

 

逆に言えばパーティを組んでないと守れない…。

 

だから、ウイルスバグやあんな強敵と対峙する時は、パーティを組みましょう。]

 

青葉「…腕輪の加護、か…」

 

それがみんなを守ってくれるのか…

 

青葉「…またメールだ、今日メール多いな………あ!?CC社から!?」

 

慌ててアドレスを確認する

このメールアドレスはこのPCボディと直結している

なので、この時代からメールを受け取った事になる…

 

「送信者:CC社

  件名:当選のお知らせ

 

おめでとうございます!

貴方はThe・World発売開始一周年パワーアップキャンペーンに当選しました!

商品として、通常では手に入れられない特殊なレベルアップアイテムをご用意しました!

ルートタウンのショップでお受け取り下さい!]

 

青葉「…は…?さ、詐欺?……いや、でも受け取り場所ゲームないのNPCショップだし…え?」

 

応募した覚えがないんだけど…というか、応募せずにこんなのって…怪しすぎる…

 

青葉「……い、一応、確かめてみる…とか?…いや、無いかな、こういうのは無視無視…」

 

逆に罠の可能性の方が高いし

 

青葉「…あ」

 

どうやら、一斉にいろんなキャラがログインしてきたらしい

 

青葉(…何人かオンラインだし、誰か誘って冒険にでも…いや、よく考えたら…確かめるべきことがある)

 

青葉「行かなきゃ、Θサーバー、選ばれし絶望の虚無へ」

 

 

 

 

Θサーバー 選ばれし 絶望の 虚無

 

青葉「…あれは、この時代のカイトさん達だ…トキオさんも居る?」

 

ブラックローズ、カイト、トキオ

3人だけでこのエリアを調査しようというのか

 

私にも声をかけてくれても良かったのでは無いか

 

若干の不満を感じつつ、3人の跡をつけることにした

 

ブラックローズ「腕輪、光らないね」

 

カイト「うん…」

 

…前に来た時は腕輪が光ったのか?

何かあったのか

 

3人がゆっくりとダンジョンへと向かう

 

ブラックローズ「見た目は変わんないみたいだけど」

 

トキオ「…相変わらず暗いよなあ…」

 

 

 

ダンジョンを進むも、敵すらいない

何もない…

 

青葉(このエリア、やっぱりおかしいんだ)

 

ブラックローズ「あの無駄に大きいやつ、いるかなぁ?」

 

カイト「うん、いるかな?」

 

ブラックローズ「アタシが聞いてんの!聞き返さないでよ、もう…」

 

カイト「ごめん」

 

ブラックローズ「でも、もしいたら…勝てる?」

 

カイト「それは……無理」

 

ブラックローズ「……」

 

トキオ「…見つけたら、すぐに逃げよう…」

 

 

 

 

 

 

何もない部屋をブラックローズさんが先頭に立ち、怯えた様子で探索する

 

カイト「ねぇ」

 

ブラックローズさんが悲鳴を上げて振り返る

 

ブラックローズ「何よっ!?」

 

カイト「怖く、ないの…」

 

ブラックローズ「アタシ?アタシは恐くない……訳ないじゃない、アタシのコントローラーなんか、汗でグチャグチャなんだから…あんた達はどうなのよ」

 

トキオ「まあ…そりゃあ…」

 

カイト「うん…正直恐いよ、でも、そんな事…言ってらんない」

 

ブラックローズ「だよね」

 

なんの気なしに振り返ったであろうカイトと目が合う

 

カイト「…あ」

 

ブラックローズ「ひっ!何よ!!」

 

カイト「え、いや…」

 

ブラックローズ「…脅かしたかった訳?前にも言ったでしょ!そういうのマナー違反だって!」

 

カイト「ゴメン……その、そこの壁の模様が動いた様な気がして…」

 

青葉(…私に気づいた上で、放っておいてくれるんだ…?)

 

トキオ「壁に紛れる敵か!?」

 

ブラックローズ「どこどこどこ!?」

 

カイト「いや…気の所為だった…」

 

ブラックローズ「もう…脅かさないでよ…!」

 

カイト「(笑)」

 

ブラックローズ「…(笑)じゃないっちゅ〜の!」

 

カイト「だって…(笑)前もこんな事なかった?」

 

トキオ「前?」

 

カイト「会ったばかりの頃、隠されし禁断の聖域でね」

 

ブラックローズ「あー!…ぅぅ……ええ、ええ、どうせアタシは強がってるだけの小心者だわよ」

 

トキオ「へー…意外…」

 

カイト「あのさ、聞いてもいいかな」

 

ブラックローズ「なによ!ムカつくわね」

 

カイト「ぼくが、こうしているのはオルカを助けたいからだけど、きみは、どうして…?」

 

ブラックローズ「それは…」

 

カツカツと金属製のブーツが石床を叩く音で声が遮られる

 

青葉「!」

 

…あの白銀の鎧、間違いない、バルムンクさんだ

 

全員が、バルムンクさんを視界に捉える

 

バルムンク「原因を突き止めてきてみれば……また、お前達がいる…どういうことだ!?」

 

ブラックローズ「アンタこそ何よ!!事情も知らないくせに!」

 

カイト「いや、事情はこの間話した」

 

ブラックローズ「え?そうなの?だったらなおさらでしょ!わかってやんなさいよね!!」

 

バルムンク「事情はともかく、事態を直視しろ、お前達が動くと事態が悪化する…オレにはそうとしか思えん、違うか!?」

 

それだけを言い、バルムンクさんは踵を返し、去っていく

 

ブラックローズ「ヤな奴」

 

カイト「…彼には、ぼく達とまた違った事情が、あるのかもしれないよ」

 

青葉(…同じオルカさんの友人なのに…)

 

バルムンクさんの後を追いかける

 

青葉「バルムンクさん!」

 

バルムンク「…貴様、何者だ」

 

切先を向けられる

 

青葉「私は青葉と言います、覚えてませんか、かつて、アルビレオさんのホームで…」

 

バルムンク「…思い出した、あの時の…だが、何故ここにいる」

 

青葉「私も、このエリアの調査に来ていたんです」

 

バルムンク「……」

 

青葉「ですが…いや…私の知ってることを全て、取り敢えず話します…なので、落ち着いて聞いてもらえませんか?」

 

バルムンク「…いいだろう」

 

青葉「…まず、オルカさんを意識不明にしたモンスターは斃しました」

 

バルムンク「お前が、か?」

 

青葉「私もですが、先程のカイトさん達と共に」

 

バルムンク「なんだと、ハッカーと手を組んだのか…!」

 

青葉「違っ…」

 

バルムンク「…やはり、あの時の俺の見立ては間違っていなかったのか…」

 

青葉「話を…」

 

バルムンク「ハッカーの仲間と交わす言葉など、有りはしない!」

 

青葉「私はハッカーでもハッカーの仲間でもありません!」

 

バルムンク「どうだかな…!貴様も、あのアルビレオも…」

 

青葉「っ…!貴方は…軽率にそんな事を言う人だったんですか…?」

 

バルムンク「あの槍も、仕様外の物だ…貴様のそれもな」

 

青葉「CC社の社員でもない貴方がそれを断言できるんですか…!?貴方は何様ですか…!」

 

バルムンク「黙れ…薄汚いネズミめ…!」

 

青葉「ネズミ…ああもう…私の癪に触る言葉ばかり…ああ、もう!!」

 

槍を一度振るい、目を閉じ、開く

 

青葉「…気が、変わりました…あなたを説得するのは、やめます」

 

バルムンク「やる気か」

 

青葉「いいえ、しかし……今後、カイトさん達の邪魔をするのであれば…私は貴方を討つ…」

 

バルムンク「…好きにしろ、その時は俺も引き下がりはしない」

 

バルムンクさんはアイテムでダンジョンから出て行った

 

青葉「……私は、貴方達の信じた、良いゲームであるThe・Worldを信じていた…でも、ここに悪意が溜まっていたら…人を信じられない憎しみしかなかったら…何にもならないじゃないですか…」

 

このゲームがいいゲームであり続けるには、ユーザーの善意や、良心が無くてはならないのに

それなのに、一番強く願っていたであろう貴方がそれでは…

 

槍を石床に突き立てる

 

青葉「…ちゃんと、止めますからね」 

 

 

 

 

 

 

 

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

 

青葉「……わ…ぁ…?」

 

転送したら目の前にショップNPC…?

 

NPC商人「パワーアップキャンペーンに御当選されたお客様ですね?こちらをどうぞ」

 

青葉「…絶対の書…?」

 

NPC商人「今後とも、The・Worldをよろしくお願いします」

 

青葉「は、はあ…?」

 

絶対の書をアイテム画面から取り出す

 

青葉(…パワーアップキャンペーンの商品としか書かれてないな…何が上がるんだろう…使ってみようかな……)

 

青葉「いや、やっぱ怖いし……あとでゴミ箱にポイしとこう」

 

背後で転送音が鳴る

 

カイト「うわっ」

 

NPC商人「以前パワーアップキャンペーンに御当選されたお客様ですね、実はあの時お渡ししたアイテム、稀にインストールできないと言う不具合が出ることがわかりました、絶対の書と交換しますので、ご了承ください」

 

青葉(あ、同じやりとりされてる)

 

NPC商人がトレードを終えて転送されていく

 

ブラックローズ「パワーアップキャンペーン?そんなのあったっけ?」

 

トキオ「あれ?オレまで貰ったぞ…?」

 

カイト「……やっばり」

 

ブラックローズ「やっぱり?」

 

カイト「エラーが出て使えないんだ、インストールできないって」

 

青葉(…なんだか、クサいな…)

 

トキオ「あ、オレもだ」

 

青葉(貴方は生身なんだから当たり前でしょう…)

 

青葉「…ちょっと調べてみよっと」



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記録 光の王

The・World R:1

Θサーバー ドゥナ・ロリヤック

重槍士 青葉

 

青葉(…Θサーバー、空疎なる因縁の深淵…)

 

私のメーラーにひっきりなしにメールが入り、最後に届いたメールはまたCC社からのものだった

 

内容はこうだ

 

[送信者:CC社

  件名: 情報提供

 

当方、意識不明者を回復させるヒントを

持っているかもしれません。

興味がおありであれば、

Θ空疎なる 因縁の 深淵

にお越しください。

おまちしています。]

 

今更、こんな事を言い出すなんて明らかにおかしい…

でも、本当にヒントなら?

 

雲を掴むような目的を持っている私には、これはあまりにも魅力的すぎた

 

 

 

 

Θサーバー 空疎なる 因縁の 深淵

 

青葉「…ここは」

 

真っ白なエリア

いや、エリアですらない、どこまでも広がる白い地平線…白いながらに薄暗い空…

エリアがどうこうじゃない、デバッグエリアとかその類…

つまり

 

青葉(…私を誘い出すための罠として作られたエリアだ…!)

 

青葉「!」

 

トキオ「あ!お前…!」

 

カイト「あれ?2人も…?」

 

ブラックローズ「合わせて4人、怪しげなメールに呼び出されてきてみたんだけど、アンタらも?」

 

青葉「はい」

 

カイト「意識不明者を回復させるヒントがあるって…」

 

ブラックローズ「そう……ちょっと待って!」

 

ブラックローズさんが転送を試みるものの、できない

 

トキオ「た、タウンに帰れない…!」

 

青葉(やっぱり罠だったんだ…)

 

ジジジと電気が走る様な音が頭上に鳴る

上を見上げると、キューブ状のポリゴンがNPCを形作る

 

同じ手順でショップNPCが大量に作り出される

NPCはそれぞれが別の方向を向き、宙に浮かぶ

 

リョース「私は、リョース、The・Worldのシステム管理者だ」

 

一言一言を別々のNPCが話し、順々にこちらを向く

 

リョース「君たちは再三の警告を無視し、出過ぎた真似ばかりしている」

 

青葉「出過ぎた真似…?何を…!」

 

リョース「君たちが余計な事をしなければ、状況はこれほど悪化しなかったのだよ!」

 

カイト「意識不明者まで出しておきながら、なにもせず…それどころか、その事実を隠そうとさえした!あなた達の責任はどうなる!」

 

リョース「一連のトラブルは、心ないハッカーがウイルスを撒き散らした結果だ、恨むならハッカーを恨め」

 

ブラックローズ「恨んだら……恨んだら意識不明者は、元に戻るって言うの!?」

 

ブラックローズがリョースへと詰め寄る

 

ブラックローズ「戻しなさいよ…!今も病院にいる彼を戻しなさいったら!!」

 

リョース「意識不明者とThe・Worldこ因果関係その他は現在調査中だ、我々も手をこまねいている訳ではない、対策は進行している」

 

リョースがふんぞり変える様にカイトを見下す

 

リョース「が、それとは別に…これ以上の状況悪化を防ぐためにも、君達のPCを破棄してもらう必要がある」

 

トキオ「なっ!?」

 

カイト「このキャラを、捨てろと?」

 

リョース「君のPCはソフトウェア使用許諾に反している、不正な効果のインストール、身に覚えがあるだろう?そっちの君もだ、そして」

 

リョースが私を見る

 

リョース「君のPCに至っては不正規なAIとデバッガー用のアイテムまで持ち出した、見過ごすわけにはいかないのだよ」

 

青葉(呼び出された時点で分かってたけど、やっぱり私もか…)

 

リョース「では、デリートさせていただく!」

 

ヘルバ「待ちなさい!」

 

ヘルバさんが空間を割って入ってくる

 

リョース「ヘルバか…!」

 

ヘルバ「リョース、あなたも未帰還者になりたいの?」

 

リョース「なんだと…?!」

 

ヘルバ「ぼうやが、ここでデータドレインを使ったら…どうなるかしら?」

 

青葉(そうか、脅しの手がこっちにも…)

 

カイト「僕はそんなことしない!」

 

…どうやらそう言う話でもなさそうだ

 

ヘルバ「そうね、ぼうやはバカじゃない、バカな石頭はこの男」

 

ヘルバさんがリョースさんを見る

 

ヘルバ「何がどう作用するかもわからないのに、消してしまっていいのかしら?そもそも、本当にデリートできるの?」

 

リョース「……」

 

リョースさんが小さく唸る

 

ヘルバ「ぼうやのPCには管理者も干渉できない強固なプロテクトがかかっている、青葉も、トキオも同様にね…レアなアイテムを偽ったワクチンを用意はしてみたものの…管理できないものは排除してしまえ…石頭のやりそうなことね(笑)」

 

カイト「あの…いいですか?」

 

カイトが一歩、前に出る

 

カイト「ぼくは、このPCがどうなっても文句は言いません」

 

青葉「えっ」

 

ブラックローズ「ちょっと!何言い出すのよ!」

 

カイト「いいんだ、何度も言う様だけど…ぼくは友達を助けたい、ほんとうにそれだけなんだ…」

 

トキオ「カイト…」

 

カイト「ヘルバさん、管理者の人……ぼくは、どうすればいいんですか?」

 

ヘルバ「残念だけど、ぼうや…私はその答えを持っていない、いわんや、そこの石頭においてをや(笑)」

 

…ヘルバさんも、リョースさんも、先の事を見通せない…

 

ヘルバ「ただ…この世界が黄昏の碑文を元にデザインされていたのなら、そこにヒントが…」

 

リョース「くだらん」

 

ヘルバ「リョース」

 

リョース「なんだ」

 

ヘルバ「システム管理の責任者に与えられるそのコード名、碑文に出てくる光の王の名前だって知ってた?」

 

リョース「そうなのか…?」

 

青葉(確か、碑文の一節は…リョースの王、アペイロン…とあったはず……あ!?あの時のミストラルさんに値切りされてたPC…!)

 

気がつかないところでどうやら色々裏方もしていたらしい

 

ヘルバ「押さえ込むばかりが管理じゃない、もう少し、この子達の様子を見てみない?」

 

リョース「おまえの指図は受けん!」

 

ヘルバ「指図?とんでもない、提案よ…ネットは世界中に広がっている、この先、もしトラブルが拡大したら、あなた…責任が取れる?」

 

リョース「っ…」

 

ヘルバ「結論は、あなたが出しなさい」

 

リョース「……現時点での処分は保留!君達には後で決定を伝える!」

 

リョースさんが、NPC全てとともに消える

 

ヘルバ「…だってさ(笑)じゃあね」

 

ヘルバさんも同じように…

そして、私たちだけが取り残される

 

カイト「黄昏の、碑文…」

 

ブラックローズ「アタシたちには情報が足りなさすぎるね…」

 

 

 

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

 

青葉「はぁ……」

 

カイト「大変だったね」

 

ブラックローズ「アタシ、落ちるわ」

 

トキオ「オレも、ちょっと休むよ」

 

…大変だったのもそうなんだけど…

よく考えると、私CC社側のPCなんだけどなあ…

 

青葉「…はあ」

 

カイト「…青葉さんは落ちないの?」

 

青葉「……ここで落ちると、脚が止まる気がして」

 

カイト「じゃあ、よかったらエリアに行かない?」

 

青葉「…今からですか?ホントに…?」

 

カイト「…そんなにおかしい?」

 

青葉「…気が滅入るものじゃないかなって…」

 

カイト「まあ、確かに…でも、森林のエリアらしくて、前々から行ってみたかったんだ」

 

青葉「あ…もしかして、Θサーバー、柔らかき孤高の三色すみれ?」

 

カイト「そう、BBSで見たんだけど…」

 

青葉(た、たしかこの前変なファンクラブとかが入り浸ってるみたいな…いや、時間も経ってるし、流石にいないか…)

 

青葉「是非、御同行させてください」

 

 

 

 

Θサーバー 柔らかき 孤高の 三色すみれ

 

青葉「ほ…居ないか…」

 

カイト「何が居ないの?」

 

青葉「あ、いえ、なんでも…」

 

青葉(…でも、エリアの中じゃなくてダンジョンの中にいたり…いや、ないか)

 

森林浴くらいのつもりでのんびりとエリアを探索する

 

青葉「…良いエリアですね」

 

カイト「うん、落ち着いたエリアだし、敵もそんなに強くない…あれ?」

 

…落ち着いたエリアだって言った途端、変な嬌声が…聞こえてくるような…

 

青葉(…あー、ダンジョン前に群がってる、なんか…変な人たち)

 

カイト「…なんだろう、あの人たち」

 

女性PCの群れが困ったように声をあげている

が、まあ…

 

青葉「無視しましょう」

 

カイト「え?」

 

青葉「関わらないが吉です、ほら、触らぬ神に祟りなし」

 

カイト「あ、うん…」

 

ヘリル「ねえあなたたち!」

 

カイト「…話しかけられたよ?」

 

青葉「…前も塞がれましたね」

 

ヘリル「あなたたち強そうね!この先のダンジョンにガル様が1人で入っちゃって…これ、ガル様に渡しといてーっ!」

 

青葉「はい…?」

 

ガルデニア宛のラブレターを押し付けられた

 

カイト「…困るんだけど…」

 

ヘリル「あなた宛じゃないわよ!頼んだからね!捨てたりしたら承知しないからっ!」

 

青葉「いや、それが人に物を頼む態度かって話…」

 

カイト「青葉さん、もう諦めて行こう…」

 

青葉「…そうですね、ちゃんと届く保証はしませんから…後、それ以上に何かしゃべったら、迷惑行為としてCC社に通報しますからね!」

 

カイト「あ、青葉さん…」

 

 

 

青葉「すみません、ついかーっとなって…」

 

カイト「ま、まあ…気持ちはわかるけど…」

 

青葉「でも…ああ言う人たちにはなりなくたいです…」

 

青葉(アイドルの追っかけみたい……あれ?)

 

誰かいる、女性の…重槍士…?

腰まであるブランドの女性…だけど雰囲気の凛々しさから女性ウケもしそうではある…

 

青葉「…この人がガルデニアさん…?いや、でもまさか…」

 

ガルデニア「なんだ、お前は…礼儀を知らないようだな」

 

カイト「ごめんなさい、あなたがガルデニアさんですか?」

 

ガルデニア「そうだが、なんの用だ」

 

カイト「人に頼まれて…手紙を渡すようにって」

 

ガルデニア「人?」

 

カイト「ええと、たぶん、あなたのファンクラブの人に…」

 

ガルデニア「断る!」

 

ガルデニアさんはダンジョンの奥深くへと走っていった

 

青葉「に、逃げた…?」

 

カイト「…あの人も嫌みたいだね…」

 

青葉「……逃げられると、追いたくなりますよね」

 

カイト「え?」

 

青葉「行きましょう!」

 

カイト「あ、うん…」

 

青葉「快速のタリスマン!」

 

移動速度アップのアイテムを贅沢に使って走る

 

 

 

カイト「あ、居た」

 

ガルデニア「…しつこい!」

 

カイト「約束しちゃったから…」

 

ガルデニア「おおかた、強引に押し付けられたのだろう?」

 

青葉「ええ、よくご存知で…」

 

ガルデニア「そんなものは約束とは言わん、ほおっておけ」

 

ガルデニアさんも加速アイテムを使って走っていく

 

青葉「…行きましょうか」

 

カイト「う、うん…でも、追いかけるのが目的になってない…?」

 

青葉「そんな事ありませんよ!」

 

 

 

 

カイト「最終層まで来たけど…」

 

青葉「…いるとしたらこの先、ボス部屋ですか、殆どの敵をソロで倒してるし、かなり消耗してるはずなのに…」

 

カイト「…行ってみよう、必要なら手を貸そう」

 

最後の部屋の扉を吹き飛ばす

 

カイト「…扉は攻撃しなくても良いんじゃ」

 

青葉「あ!居ましたよ!」

 

カイト「ボス相手に苦戦してるみたいだ…」

 

青葉「あの敵は…確か土属性の高耐久タイプ…なら別の槍を…良し!行きましょう!」

 

カイト「ジュローム!」

 

青葉「ジュリパルス!」

 

木属性の攻撃でボスをのけぞらせる

 

ガルデニア「ここまで来たのか…!」

 

青葉「悪いですが…私はしつこいので!!」

 

槍をボスモンスターに叩きつける

 

ガルデニア「トリプルドゥーム!」

 

青葉「ジュドゥーム!」

 

カイト「蘭舞!」

 

3人の連続攻撃で一気にボスモンスターのHPを削る

 

カイト「データドレイン…!」

 

青葉「ダブルスィーブ!!」

 

ボスモンスターが崩れ落ちる

 

ガルデニア「…ふう……お前たち、強いな…気に入った、その手紙、受け取ろう、ただし、条件がある…」

 

青葉「条件?」

 

ガルデニア「私が呼び出したら冒険に付き合う事、さん付けは今で終わりにする事…以上だ」

 

カイト「わかった、よろしく、ガルデニア」

 

ガルデニア「では、私はアイテムで脱出させてもらう、どうせダンジョン周りには奴らが居るしな…」

 

ガルデニアさんがエリアを出て行く

 

青葉「…報告、しに行きます?」

 

カイト「何か貰えたりして(笑)」

 

青葉「……いや、それはないと思いますよ…やっぱり私達もアイテムで出ましょう」

 

精霊のオカリナを掲げてエリアを出る

 

 



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Count Down

離島鎮守府 跡地

綾波

 

綾波「…漸く、快復しましたか…」

 

…体の感覚が漸く戻ってきた…つい先刻まで指先一つ痺れて動かせなかったと言うのに

 

綾波「だれも私の寝首を掻かなかったんですね?意外でしたよ」

 

夕立「……ほんとうに意識がなかった?」

 

神通「無かったんでしょうね、まあ、随分と長い居眠りでしたが」

 

綾波「……ん…あの、ヘルバさんと直接やり合ってたんです…私の脳みそもオーバーヒートして休眠期間に入ってましたよ」

 

夕立「それで?」

 

綾波「さて、そろそろ良い頃ですか?…ちょっと遊びに行きましょうか、私達の仕事を再開するにはちょうど良い」

 

神通「…まだ調子が悪いんじゃないですか?」

 

夕立「喋り方に違和感があるっぽい」

 

綾波「え?…あー…どうやらまだ熱があるようですね…仕方ない、お出かけは次に…っ?」

 

尻もちをつく

 

夕立「…本当に死にかけてる?」

 

綾波「……いや、そこまでではありませんよ、ですが…まだ麻痺が残っていたか…」

 

神通「言語機能まで麻痺していたんですね」

 

綾波「その様で……っ…と……それで、私が倒れてる間に何か、大きな進展は?」

 

神通「いいえ、全ては貴方が主導となって動いてます、だから貴方が落ちている以上、何も動きませんでした」

 

綾波「クッ…あははっ!マヌケですよねぇ…指示がなければ何もできない奴らが偉そうに踏ん反り返って…!」

 

夕立「それより、どうするの?」

 

綾波「ニンゲンを量産します」

 

神通「…はい?」

 

夕立「人間?」

 

綾波「ええ、人間です…」

 

軽く手を打つと駆逐級の深海棲艦が雪崩れ込んでくる

 

綾波「よしよし、良い子達ですねぇ…深海棲艦の中でも、駆逐級は特にコストを安く量産できる…とか太平洋棲姫はほざいていましたが…あれは本当にバカです」

 

一体の駆逐級に触れる

 

夕立「なにを…」

 

綾波「人間にするんですよ、神通さん、貴方も手を貸してください」

 

神通「…データドレインを使えと?」

 

綾波「ええ、特に手を加える必要はありません、人間に戻しさえすれば良い」

 

夕立「…なんで人間に戻すっぽい?」

 

綾波「下準備ですよ、彼女らは皆、私達の兵力になる…いや、多くて半数かな」

 

触れていた一体が一瞬光を放ち、人間の姿に戻る

 

綾波「さて、お名前は?」

 

浦風「う、浦風…」

 

綾波「そうですか、浦風さん、喋れると言うことは…本能的に身体の動かし方もわかりますね?…ふむふむ…見てる限り異常も無さそうだ…」

 

神通「…待ってください、貴方は今何を…」

 

綾波「データドレイン、私独自に作り上げた物ですがね…碑文の力を使わずとも発動できるんですよ」

 

夕立「…なんでそれを夕立にはくれないっぽい?」

 

綾波「必要ないからです、これは深海棲艦を人間に戻す力しかありません」

 

神通「それより、なんで人間に戻したんですか、貴方は…」

 

綾波「裏切るのか、ですか?……それは違う、心配しなくても私は気が狂ったりはしていませんよ」

 

神通「では何故…」

 

綾波「世界で最も恐れられることとは何か…はい、答えてください」

 

夕立「戦争…?」

 

神通「……隕石が落ちたり、地震が起きたり…」

 

綾波「そうですね、両方正解です、個人レベルで恐れている世界的な恐怖…しかし、最もと質問に付け加えたのですから、本質的には間違いとも言える…浦風さん、貴方は何が一番怖いですか…?」

 

浦風「へ…?あ…こ、怖い…?…し、死…死ぬのが、怖い…」

 

浦風さんの目を見て、笑う

 

綾波「正解です、大正解…最近は安楽死など自ら死ぬ者も居ます、でも、生物の本能的に…死とは恐ろしくて仕方のないものなんですよ」

 

夕立「…それで?」

 

綾波「深海棲艦は陸上での機動力には欠けます、過去に上陸した際も、数で轢殺する様な行為は行いましたが……結局のところ、遅さのあまりに人命的な意味での被害は多くはないんですよ」

 

神通「…陸戦部隊を作ると?」

 

綾波「それも良いですね、まあそれなら最初は空襲で事足りる気もしますが」

 

夕立「結局何がしたいっぽい…?」

 

綾波「艦娘の信用を奪いましょう」

 

神通「信用を、奪う…?」

 

綾波「貴方は何になりたいですか?」

 

別の駆逐級に触れて微笑む

 

綾波「貴方も人間に戻りなさい」

 

駆逐級が人間になる

 

綾波「さて、名乗ってください」

 

山風「や、山風…」

 

綾波「そう怯えなくて良いんですよ、あなたは私たちと“同じ”なんですから」

 

山風「お、同じ…?」

 

綾波「私達は…同じ神の胎から産み落とされた人間という存在です…だから、安心しなさい」

 

神通「綾波さん、貴方の目的が未だ見えてきません、艦娘の信用を奪うとはどう言うことですか」

 

綾波「…2人とも、立ってください」

 

浦風さんと山風さんを立ち上がらせる

 

綾波「神通さん、どう見えます」

 

神通「…どう、とは…?」

 

綾波「人間ですよ、2人とも」

 

夕立「…まさか、人間が人間を?」

 

綾波「大正解、流石夕立さん、変な所鋭いですねぇ」

 

神通「……その人達に、襲わせると?」

 

綾波「いいえ、私達も加わって…いや、もっともっと大規模にやりましょうか」

 

神通「…本気ですか」

 

綾波「今更、怖気がつきましたか?」

 

神通「……いいえ」

 

綾波「よろしい」

 

夕立「…確かに、武装してる女の子がいたら、艦娘だと考えるのは当たり前っぽい…でも、それで信用が落ちるなんて…」

 

綾波「簡単に落ちますよ、なんで私がサイバー戦争してたと思ってるんですか、世界中のニュースサイトにこんな記事を仕込んできました…「人の死体が深海棲艦になる、深海棲艦とはゾンビだ!」ってね」

 

神通「…それを見た人達は、襲撃した艦娘が深海棲艦を増やそうとしていたと思う…」

 

夕立「深海棲艦が居ないと戦争の相手が居なくなる…から?」

 

綾波「そうですね、きっと一般の人はそう思うことでしょう…だって私がそう誘導しますから…深海棲艦が減ったから自分達で増やして、戦争を続けようとしてるって…どんどん非難が増える」

 

神通「それでは、艦娘は…」

 

夕立「大衆にそんな刷り込みをしたら続けるのが難しくなるっぽい…って言うか、そんなレベルじゃない、国の世論が動くっぽい…」

 

綾波「ええ、最終的には艦娘が居なくなる…世界が無防備になる…それが私の狙いですよ、これを各国で行うとどうなるか、楽しみですね」

 

神通「…確かに、普通ならただのテロで済むでしょう…でも、それを年端も行かない少女が先導することで“艦娘がやった”と言う強い印象をつけられる…」

 

綾波「敢えて生存者を出すことで一気に情報が広がりますよ、艦娘という商売はもうできません」

 

夕立「商売…?」

 

綾波「ええ、商売として続けることはできないんです…お金が絡んでいないという証明をした上で深海棲艦と戦う事でしか、艦娘は続けられない」

 

神通「…利益ではなく、正義のために戦うと示さなくてはならない…」

 

綾波「はい、そうなると…どれだけの人が残るでしょうねぇ?…いや、無理やり残らざるを得ない状況にさえして仕舞えばそらも容易いことなのですが」

 

神通「…それで、最終的にどうなるんですか」

 

綾波「小回りの効く力…要するに特殊部隊…これの代わりが今は艦娘ですが…それが失われると、国は特殊部隊を再編成したり、艤装ではなく兵器に技術を転換したり…まあ、てんやわんやですね」

 

夕立「兵員も募る必要があるっぽい」

 

綾波「そして、再構築してる途中に…クビアが世界に産み落とされる」

 

神通「…クビア」

 

綾波「対抗する術が無ければ、クビアをどうこうすることは不可能です、陣を一度自ら崩したら…再構築するまでの過程はとんでもなく脆い」

 

神通「…核ミサイルは?」

 

綾波「ああ、そんなものもありましたね…しかし、それが通用する相手ではないんですよ、だから、私たちはそれにあぐらをかいて眺めてるだけで良い…世界の終焉をね」

 

夕立「じゃあ、夕立達の仕事は…」

 

綾波「お察しの通り、クビアが出てくる場を整えることですよ…と言っても、あと数手で詰みのパターンに入ることになりますから…御安心を…おや」

 

装甲空母鬼「御快復、オ喜ビ申シ上ゲマス」

 

綾波「どうも、何か用ですか?」

 

装甲空母鬼「東雲様ガ御不在ノ間ニ我々モ少シ、進展ガアリマシテ」

 

綾波「……聞かせてもらいましょうか」

 

装甲空母鬼「アカシャ盤…トイウモノヲ御存知デスカ?」

 

綾波「ええ、知っていますよ」

 

装甲空母鬼「ソレニアクセスシ、記録ヲ再生スル事ガデキルヨウニナリマシタ、故ニ…」

 

綾波「何をするつもりかは興味はありません、私の邪魔をしたらあなたの頭が飛んでいくので気をつけなさい、以上です」

 

装甲空母鬼「ハ、ハッ!」

 

綾波(……思ったより、まずいかもしれない…歩調を合わせるつもりが、そうもいかない…か?)



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記録 継承

The・World R:1

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

重槍士 青葉

 

青葉「…あのリョースって人から、命令ですか」

 

カイト「うん、Λサーバーの調査をしてこいって」

 

青葉「Λ(ラムダ)…?カルミナ・ガデリカですか」

 

カイト「そうなんだ、それで、多分しばらくあんまり冒険できないから、これ」

 

ウイルスコアを幾つか渡される

 

青葉「…ウイルスコア…?なんで…」

 

カイト「…今は、必要ないから…青葉さん、使って」

 

青葉「いつか必要になるかもしれません」

 

カイト「前、アイツと戦った時に思ったんだ、1人じゃ絶対に勝てない…それに、前回は運が良かったけど、本来は三人でしか戦えない」

 

…腕輪の加護があるのは、パーティを組んでいる二人と、カイト自身だけ

 

カイト「だから、青葉さんにも強くなってもらいたいんだ、今後のウイルスバグを倒すためにも」

 

青葉「…わかりました、そういう事なら、頂戴します」

 

ウイルスコアを槍に吸収させる

 

青葉「…何かあったら連絡してください、できるだけ急いで飛んできますから」

 

カイト「うん、それじゃあ…また」

 

カイトさんが一瞬リコリスさんの方にも視線を送る

 

青葉「…見えてるんですか?パーティも組んでいないのに…」

 

カイト「ううん、見えてはないけど…そこに居るってわかってるから」

 

青葉「……ミアさんとも、知り合いだったんですね」

 

あのネコの獣人のキャラ…何故かリコリスさんが見える、ミアさんと同じ事を…

 

カイト「うん、エルクとミア、2人とも友達だよ」

 

青葉「そうなんですか、ミアさんは不思議な方ですよね」

 

カイト「僕にゲートハッキングをおしえてくれたのもミアなんだ」

 

青葉(え?腕輪の力を…?)

 

カイト「あ、行かなきゃ、またね」

 

青葉「あ、はい、お疲れ様です…」

 

カイトが転送される

 

青葉「…ミアさんってちょっと普通じゃない…よね、やっぱり」

 

なんだか、異質な感じが…残ってる

 

青葉「…ちょっと気分じゃないな、そういえばお見舞いもあるし…一回落ちよう!」

 

 

 

 

リアル

愛知 病院

重巡洋艦 青葉

 

青葉「面会謝絶ですか…」

 

海斗「…残念だけど、仕方ないよ」

 

青葉「……そうですね」

 

海斗「僕は担当の先生に会ってくるけど、青葉はどうする?」

 

青葉「私も御同行します」

 

 

 

青葉「あ、貴方は確か…黒貝さん?」

 

黒貝「お久しぶりです」

 

海斗「知り合い?」

 

青葉「はい、随分前にヘルバさんに言われて診察を受けに来た時に…」

 

黒貝「それより、本題に入りましょう」

 

青葉「え?」

 

黒貝「…おや、今回も話を聞いているのは、私1人という事ですか」

 

海斗「…何も」

 

黒貝「…全く、全て私に丸投げされても困る」

 

黒貝さんがモニターに脳のレントゲンを写す

 

青葉「これは…?」

 

黒貝「松山さんの脳のレントゲンです」

 

海斗「…何処が悪いんですか?」

 

黒貝「…何処でもありません」

 

青葉「え?」

 

黒貝「医療の力では、治せない類の状態という事です」

 

青葉「そ、そんな…」

 

海斗「どういう事ですか?」

 

黒貝「…なんと表現するべきか、いや…とにかく、この症状を治療する手段は医学にはありません、デッドリーフラッシュをどうにかする事は、私にはできない」

 

青葉「…待ってください、医学じゃなければなんとかなるんですか?」

 

黒貝「ええ…可能性はあります、これは私も話に聞いただけの事ですが…シックザールPCというPCについて、御存知ですか?」

 

青葉「シックザールPC…」

 

私も、シックザールPCを使っている

普通のPCボディより格段に性能の高い、特殊なキャラクター

 

黒貝「このシックザールPCには、さまざまな特殊な力が備わっています、人によってその能力は様々だそうで…そして、そのうちの一体に、ネズミを作り出す能力が…」

 

青葉「待っ…て…待ってください…!それって、シックザールの中に…デッドリーフラッシュを操る人が居る?どうなって…いや…」

 

そうだった、曽我部さんも言っていた、シックザールPCを盗まれたと

 

外部で利用してる人間がいると

 

黒貝「私が問い合わせたところによると…シックザールPCを捕まえさえすれば…その能力を解除することも出来ると」

 

青葉「……」

 

なら、私がその人を…

 

海斗「青葉、君には君のやる事がある…そっちは僕がやるよ」

 

青葉「司令官…」

 

黒貝「そういえば、青葉さん、貴方はネズミと対峙しても無事だったのですね」

 

青葉「あ、ええ、まあ……あれ?…なんで私がネズミと戦った事…」

 

青葉(いや、欅さんに聞いたのか…)

 

黒貝「見送った後、やはりついていけるようにするべきかとは思いましたが」

 

青葉「…え?…だ、誰ですか?貴方…」

 

黒貝「…そういえば名乗っていませんでしたか、The・Worldでは太白として活動しています」

 

青葉「た、たたっ…太白さんって…あの…」

 

…竜賢宮の宮皇…

ネズミの時に、手を貸してくれた…

 

黒貝「何事もなく解決したようで何よりです」

 

青葉「…あー…はい、ありがとうございました…そうだ、槻さんにもその事お礼言ってなかった…」

 

海斗「…何かあったの?」

 

青葉「いえ、私が困ってた時、太白さん…というか、こちらの黒貝さんを欅さんが呼んでくださって…」

 

黒貝「いいえ、私は彼に呼ばれた訳ではありませんよ」

 

青葉「…へ?あ、ヘルバさんに…」

 

黒貝「あの時、私を呼び出したのは欅でもヘルバでもありません」

 

青葉「じゃ、じゃあ誰に?」

 

黒貝「…誰かは名乗りはしませんでしたが…私の連絡先を知っていたようで、直接電話をかけてきました」

 

青葉「電話…?待ってください、あの時は電話回線も…」

 

黒貝「ええ、しかし電話をかけられた…声は女性でした、若い女性の声で、「The・Worldに行って欲しい、青葉と言うキャラを助けて欲しい、データの歪みを見つけたら、そこまで連れていってくれればいい」と、だけ」

 

青葉「……ヘルバさんじゃなかった?でも、なんで…」

 

黒貝「もちろん正体を尋ねましたが、その方は「このままでは再び黄昏がやってくる」としか応えませんでした」

 

海斗「……」

 

青葉「黄昏…」

 

黒貝「私はそれまでしか知りません…が、青葉さん、貴方にこれを」  

 

USBメモリを渡される

 

青葉「なんですか、これは…」

 

黒貝「マクスウェル…その力を組み込んだデータだと」

 

青葉「マクスウェル…魔剣マクスウェル!?あ、あの太白さんのメインウェポンとして名高い銃剣…!?」

 

黒貝「役に立つかどうか」

 

青葉(確か、マクスウェルの特殊効果って…呪文系統の攻撃を完全に無効化するっていう…)

 

青葉「本当にいいんですか…?自分で使った方がいいんじゃ…」

 

黒貝「今、私がやるべきことはリアルにある…今もフラッシュの犠牲者が増え続けているのですから」

 

 

 

 

青葉「…マクスウェル…か…」

 

海斗「武器をそのまま使えるなら、かなりの強化になるんじゃない?」

 

青葉「…ええ…」

 

ありがたい、だけど、私には少し重いかもしれない

ヴォータンも、マクスウェルも

 

青葉「私、期待に応えられてるんでしょうか…」

 

海斗「…期待か、僕はもう充分に応えたと思うけどな…あのフラッシュの時に、たくさんの人を助けた時点で、もう青葉は充分みんなの期待に応えてると思う」

 

青葉「…でも、私はまだ…皆さんを助けられてない」

 

海斗「それは僕がやることでもあるから…」

 

青葉「…あれ、司令官、携帯鳴ってませんか?」

 

海斗「…本当だ……アケボノ?どうかした?……え…わかった、すぐ戻るよ」

 

青葉「何かありましたか?」

 

海斗「哨戒部隊が強襲を受けて壊滅、全員病院に送り込まれた」

 

青葉「…急いで帰りましょう」



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怪奇現象

宿毛湾泊地 近海

秘書艦 アケボノ

 

アケボノ「二班は左舷の安全を確保しなさい!阿武隈さん!強襲を受けた部隊は!」

 

阿武隈『合流はしましたが…敵が見えません!』

 

不知火『海中も爆雷などで警戒しつつ動いていますが…何処にも姿がありません、哨戒部隊をエサにしているのかと思いましたが…』

 

アケボノ「どうなっている…」

 

哨戒班は全滅、しかし生存している

自力で動けないために回収部隊が合流した

だが、一番問題なのは合流までに戦闘がなく、今の所深海棲艦の目撃も無いことだ

 

アケボノ「…哨戒班を拘束した上で搬送してください、何か仕込まれているかもしれない…意識がある人から何か聞き出せませんか」

 

阿武隈『そ、それが…哨戒班旗艦のアトランタさんが…敵は、人間の姿をしていたって…というか、あたしだったって…』

 

アケボノ「は…?」

 

…何を、言って…

 

アケボノ「…貴方、本当に阿武隈さんですよね?本物はすでに海の藻屑なんてオチ…」

 

阿武隈『ホンモノです!ねえ不知火ちゃん!?』

 

不知火『さあ、一度撃って確認してみますか』

 

アケボノ「それは妙案ですね」

 

阿武隈『2人とも遊ばないで下さい!?』

 

アケボノ「冗談はさておき、考えられるのは瑞鶴さんのイニスによる幻影ですね、コンパスは持ってますか?すでに術中にある可能性もあります、方向を見失わないで」

 

…予想通り幻覚なら、なんとも悪趣味な話だ…

いやそれ以外手段はない

 

朧『アケボノ!アケボノ!こちら二班!敵と交戦してる!今すぐ来て!』

 

アケボノ「朧…?」

 

朧が救援を求めるような敵…

 

海面を蹴り、速度を上げて朧の方へと移動する

 

朧『敵は…ぁっ!?』

 

アケボノ「朧!…チッ!二班!応答できる人間は!」

 

ガングート『おい!どうなってる!何故貴様が無線を使ってる!』

 

アケボノ「…何?どういう意味…」

 

ガングート『私の前にいるのはなんだ!』

 

アケボノ「次は私の幻覚か!趣味の悪い…!」

 

 

 

アケボノ「チッ…!」

 

辿り着いた時には、全滅、そして…

 

アケボノ「…逃げた、いや…」

 

敵の姿はない

 

アケボノ「…どうなってる…?いくら私の幻影だったとして…偽物だったとして…いや、たかが蜃気楼に朧達がやられる?」

 

倒れている朧に駆け寄り、観察する

 

アケボノ「!…これは…」

 

朧の太腿にある傷、間違いない、レ級の尻尾についた大顎による咬み傷

ガングートさんの艤装の破壊の痕からも、喰らった砲撃は戦艦級の砲弾であることは間違いない

 

アケボノ「…ただのレ級にやられる様なメンバーじゃない…チッ…何処に行った…!!」

 

薬瓶から薬を取り出し、飲み込んでレ級へと姿を変える

 

レ級「…水中なら、逃さない」

 

水中に潜り、周囲を確認する

 

アケボノ「…なんで、何もいない…!」

 

…深海棲艦も、私も

蜃気楼を操るはずの瑞鶴さんすらも居ない

 

アケボノ「…なんでだ…どうなっている…!!」

 

わからない、それが無性に腹立たしい

わからないままでは何をどう報告するべきか…

 

アケボノ(いや、落ち着け…情報は朧達が持っている、焦ることは何もない)

 

アケボノ「こちらアケボノより全隊へ、急ぎ撤収せよ、泊地に帰還ののち防衛体制に入れ」

 

…敵の正体は綾波達で、私や阿武隈さんと錯覚されたのは、行方不明で綾波と合流したであろう瑞鶴さんの仕業である

そう考えるのが自然なのに

 

なんだこのモヤは

視界を曇らせる様なモヤが払えない

 

 

 

宿毛湾泊地 工廠

 

キタカミ「…交戦した部隊は全滅か、一番ヤバいのは、朧が一方的にやられてることだよねえ…うちの主戦力の1人がさ」

 

アケボノ「ええ…未だ目を覚ましていませんが、断片的な情報から私の偽物と出会った様で…」

 

キタカミさんが杖を私に向ける

 

キタカミ「…それなら一応、拘束されといてくれる?」

 

アケボノ「……」

 

キタカミ「もちろん違うのは知ってるよ、わかった上で言ってる…だって匂いが違うからね、朧からしてる匂いは、少し違う」

 

アケボノ「なんの話です」

 

キタカミ「……すごーく、悪い話」

 

アケボノ「悪い…?」

 

キタカミ「…朧から、いろんなやつの匂いがする…アケボノは勿論、私自身や、川内とか、青葉とか、瑞鳳とか、本当にいろんなやつの匂い」

 

アケボノ「…どういう事ですか」

 

キタカミ「人間の匂いってさ、もちろん体臭はあるんだけど、何をしてきたかでその素の大衆も多少なりとも変化したり、もっと言えば明石なんて2、3日工廠から放り出していても機械の匂いがする」

 

アケボノ「…それで?」

 

キタカミ「朧からする匂いは、それがないんだよ、血と汗と、乾いた皮脂、素の体臭…それだけ」

 

アケボノ「……すみません、意味がわからないです」

 

キタカミ「たとえば、明石が今まで工廠に一度も立ち入らなければ機械油の匂いなんて絶対つかないよね、それと同じなんだよ、不純な匂いが一切無いんだわ」

 

アケボノ「……では、いろんな奴の匂いがする…というのは」

 

キタカミ「…あのさ、一つ思い当たる節があるんだけど…アヤナミと狭霧連れてきてくれる?」

 

アケボノ「…まさか、朧が出会ったのはクローン、だと…?」

 

キタカミ「結論を急ぎ過ぎ……でもないか、私はそう考えてる」

 

アケボノ「…可能性はあるのか…」

 

綾波は、自分のクローンを複数体生成している、不可能ではない…

 

キタカミ「…でも、気になるのは、血と汗の匂い…乾いた血の匂いがベッタリついてる、私は綾波と懇ろ(ねんごろ)じゃないけど、趣味じゃないだろうね」

 

アケボノ「というと」

 

キタカミ「綾波なら身なりは整えさせるだろうよ、管理してるのは他所かな」

 

アケボノ「…ふむ」

 

キタカミ「で、提督は?」

 

アケボノ「そろそろ戻られるはずです」

 

キタカミ「…弱ったなぁ…今日の哨戒班が全滅ってなると…明日から誰動かそう、少し強いやつにしないとなあ」

 

アケボノ「…呑気ですね」

 

キタカミ「私は私の仕事してるだけだよ、それ以上に首突っ込む気は、まだ無い」

 

アケボノ「…今動けば、被害は抑えられるかもしれませんよ」

 

キタカミ「提督が言ったら動くさね、あんたもそうでしょうよ」

 

アケボノ「……」

 

キタカミ「それに、朧がオチてるのにこれ以上主戦力を差し出してどうすんのさ」

 

アケボノ「…哨戒のルートを狭めますか」

 

キタカミ「いや、人数を増やす」

 

アケボノ「え?」

 

キタカミ「哨戒の範囲はそのままに人数を増やす形を具申してくる、これで哨戒網を狭めさせるのが狙いだったらどうなるよ」

 

アケボノ「…もし、海を自由にするのが狙いだったら…狭めた時点で向こうの思い通りに」

 

キタカミ「じゃあ、もう一つは?」

 

アケボノ「もう一つ?」

 

キタカミ「哨戒範囲を狭めて、基地のそばにいる奴らを…一網打尽」

 

アケボノ「…成る程」

 

キタカミ「哨戒班はサブの部隊として考えなよ、基地が襲撃された時にすぐに戻れる素早い、なおかつ弱くは無い奴らが適切さね、常に基地の外に人間を配置しておく事で…全滅は防ぐ」

 

アケボノ「それはわかりましたが…」

 

キタカミ「相手の狙いがなんであれ、少しでも逃すよ…私はただの面倒見ぃだから、私は最終的に、艦娘なんて無くなって、みんな普通の生活すりゃいいと思ってるからさ」

 

アケボノ「…ええ」

 

キタカミ「……不知火!走るな!」

 

アケボノ「…どうしました」

 

キタカミ「不知火が走ってこっちに来てた…ほら」

 

背後の戸が開き、不知火さんが入ってくる

 

不知火「報告します、朧さんの意識が回復し、至急お二人、もしくは倉持司令にお会いしたいと」

 

キタカミ「…行くよ」

 

アケボノ「はい」

 

 

 

 

病院

 

アケボノ「あ…提督、お戻りになられてましたか」

 

海斗「うん、ごめん、先にそっちに行くべきだったのかもしれないけど…」

 

青葉「さっき阿武隈さんから連絡があって…」

 

キタカミ「……その様子だともう話は終わってるみたいだね」

 

海斗「まあ…ね……朧、もう一回話せる?」

 

朧「…敵は、アケボノでした、私は不意をつかれて側頭部を蹴られて、尻尾に噛まれて振り回されて、そのままやられたんですけど…ものの20秒で全滅させられて…」

 

アケボノ(あの変なタイミングで無線が切れたのは、噛まれた時?)

 

朧「一応意識はまだ残ってて…その……消えたんです」

 

キタカミ「消えた?」

 

朧「はい、風に吹かれて消えるみたいに、そのアケボノは一瞬で消えました」

 

アケボノ「…だからどこを探しても居なかった」

 

でも、そんな事…

 

朧「レ級の力とアケボノとしての力、それだけじゃない、アケボノの誰のスタイルでも真似る様な動きも、してた……だから一瞬迷った…本物かもって…その…それだけです」

 

キタカミ「……」

 

青葉「あの…いいですか?」

 

アケボノ「なんでしょうか」

 

青葉「ペナンの方に呉の方が向かった際のこと、覚えてますか?川内さんが私と同じ戦い方をする人を見たって」

 

アケボノ「……ああ、確かに聞いたことが」

 

キタカミ「…そういう事か、あの白い服のやつら、服を脱げる様になったってわけ?」

 

アケボノ「…中身は、コピー元そのままか……ふざけた真似を」

 

海斗「そのコピーは、どこの誰が操ってるのかな」 

 

アケボノ「そんなの、綾波に…いや」

 

キタカミ「うん、私も綾波ではないと思ってる」

 

青葉「……嫌なタイミングに、どんどん問題が重なりますね…」



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disguising a corpse

離島鎮守府跡地

綾波

 

綾波「…LSFDを使った実験ですか、私は“あなた達”相手に許可した覚えはありませんが」

 

モニター越しに相手を睨む

 

太平洋棲姫『ダガソノ技術ハ元々我々ノサポートノ為ニ作ッタ物ダロウ?何カ問題デモアルトイウノカ?』

 

綾波「大アリですよ、非常に不愉快だ、私の作ったものを勝手に使うなどと…はあ……不愉快極まりない」

 

太平洋棲姫『シカシ、ヨク気ヅイタナ?何故ダ、一切連絡ハシナカッタノニ』

 

綾波「……」

 

LSFD、限定空間(Limited space)融合装置(fusion device)

これを動作させる際にはオンラインに接続し、空間を生成するほどの巨大な演算装置が必要になる

 

そして、太平洋棲姫は黒い森…人間の脳を使った処理装置を接続し、使った

 

黒い森は私も接続している…故に、負荷がかかった場合、私も感知できる

 

綾波「情報が入ってるんですよ、あなたの部下から」

 

太平洋棲姫『ソンナ嘘ニ踊ルト思ウナ』

 

綾波「真実ですよ、それよりもあなた達、データを提出はしてくれないんですね」

 

太平洋棲姫『貴様ニ共有スル理由ガナイ』

 

綾波「はいはい」

 

通信を切り、ため息を吐く

 

綾波「はあ…実験段階の代物をすでに完成してると勘違いして使うのは…賢いとは言い難いですよねぇ……神通さん」

 

神通「なんですか」

 

綾波「夕張さんと会ってきます、残りの深海棲艦も人間に戻しておいてください」

 

神通「…わかりました」

 

綾波「流石に1人でやるのはキツイでしょうし、全部とは言いませんので」

 

神通「いえ…全部、人間に戻します」

 

綾波「そうですか」

 

指を鳴らし、転移する

 

 

 

横須賀鎮守府 工廠兼医務室

 

夕張「うわぁっ!?」

 

綾波「どうも、会いに来ましたよ」

 

夕張さんは驚きのあまり箸を落とす

 

綾波「相変わらず何か食べてますね、太りますよ?」

 

夕張「い、いや…あ、はい…気をつけます……じゃなくて、何しに…」

 

綾波「LSFD」

 

夕張「あ、それか…それならほら」

 

夕張さんがこちらに手を向ける

…腕時計が目に入る

 

綾波「その腕時計が?」

 

夕張「そう、持続とかは全然うまくいかなかったから、一旦携行しやすく、なおかつ節電とかに切り替えてみたんだけど」

 

綾波「性能は」

 

夕張「ベースの30メートルを30秒のドームから変化なし、これを巨大化させて…ってのも考えたけど、ダメ…今の回路じゃ無理、どんな高性能な装置を使っても3から5秒の持続を伸ばすことしかできない」

 

綾波「…成程、やはりあなたは凄い、それほど延ばせるなら話は早いです」

 

夕張「あ…やっぱり普通の機械じゃそこまでしか延ばせないんだ…?」

 

綾波「ええ、それで、これを」

 

USBメモリを渡す

 

夕張「…このUSBメモリ、何かに接続する機能がついてる…?これってどこに接続されるの?」

 

綾波「黒い森です」

 

夕張「黒い、森…」

 

夕張さんの顔が強張る

 

夕張「…それなら、これは要らない」

 

綾波「…今更逃げられる道があると?」

 

夕張「私は、科学者の前に人の命を救う医師でもある…あんな道を間違えた人間の作った邪悪なものなんて…」

 

綾波「…なら今、あなたをここで殺しますよ」

 

拳銃を抜いて眉間に突きつける

 

綾波「私たちは協力関係です、そしてあなたは私の思想に賛同したからこそ私についた…なのに、あなたは今更裏切ると?」

 

夕張「…裏切るんじゃない、けど…」

 

夕張さんがたじろぐ

 

綾波「いいですか、実験は進めなさい、それにCubiaによる究極の抑止の完成した世界ならより多くの人の命が救われるんですよ…?今出る犠牲はその礎」

 

夕張「…究極の、抑止?」

 

綾波「ええ、説明していませんでしたか?」

 

夕張「…クビアを、利用する…?倒すんじゃなくて…」

 

綾波「倒す?何を言ってるんですか、利用できるものは利用しなくては」

 

夕張(じゃあ、私の予想は…)

 

夕張さんが一瞬目線をよそに送る

 

綾波「…あなた、まさか誰かに計画を話したんじゃ」

 

夕張「っ…」

 

綾波「……最悪ですね」

 

 

 

実験軽巡 夕張

 

一歩、二歩と後退る

 

綾波「実に残念な事この上ありません、あなたも瑞鶴さん同様に…殺すしかなくなった」

 

夕張(殺した…!?瑞鶴ってあの佐世保の…)

 

綾波「どう殺されたいですか、いや…あなたは、見せしめにちょうどいいか」

 

綾波の手がぬっと私へと伸び、何かを掴む

 

夕張「っ…?…え?」

 

…私の目の前に、別の私が…首を締め上げられて…?

 

夕張「…どう、な…むぐ…っ!?」

 

誰かに口を塞がれ、無理矢理後退させられる

 

 

 

夕張「っぷは…はー……へー…成る程ね…そういう事だったか…」

 

大きく息を吸い込み、振り返る

 

瑞鶴「そうそう、私達はこれで死んだことになる…」

 

夕張「…でも、なんで?」

 

瑞鶴「綾波は今、視覚と聴覚のデータがそのままアップロードされ続けてる、綾波が見たもの、聞いたものは綾波の背後にいる第三者に筒抜けになってる」

 

夕張「ほんとに?」

 

瑞鶴「だから、私はこうやって死んだフリをしてるのよ、綾波は自分に仕込まれたナノマシンが何をしているのかを理解した上で敢えて放置して、自分を操ろうとする連中を騙して…」

 

夕張「…待って、じゃあ綾波の目的って本当に…?」

 

瑞鶴「そう、反存在Cubiaの完全撃破」

 

夕張「やっぱり…合ってたんだ、じゃあ全部…合ってるんだ…!」

 

瑞鶴「綾波は夕張、アンタを殺した事にしてうまく逃す算段なの、でも、誰かに見られでもしたら困るし、死体もあげなきゃいけない」

 

夕張「…え?どういう話?それ」

 

瑞鶴「死体役、やってくれる?」

 

夕張「…自分の死体のフリをしろと?え、私どうなるの…?」

 

瑞鶴「んー…元々の予定ではモニターの前でバラバラに解体するって事になってたけど」

 

夕張「……一つ聞いていい?」

 

瑞鶴「なに?」

 

夕張「綾波と会話できるの?」

 

瑞鶴「いや、一方的に指示されるだけ、もし喋りかけたりしたら私が生きてるのバレちゃうじゃない」

 

夕張「だったらどうやって意思疎通してるの…?」

 

瑞鶴「ここよ、ここ」

 

瑞鶴が口を開いて奥歯を指す

 

瑞鶴「ここをカチカチ鳴らすの、普通の時に鳴らすと不自然だから食事の時にだけね」

 

夕張「…モールス信号ってこと?」

 

瑞鶴「そうそう、それで細かい指示をもらって、私がそれに対応した行動をする…今回は、ほぼ即興だったけど」

 

夕張「え?」

 

瑞鶴「さっきの死体処理の指示とかも、会話中に飛んできた指示だから」

 

夕張「…食事の時にしか指示が出ないんじゃないの?」

 

瑞鶴「食事中以外にもう一つ、自然にカチカチと音を鳴らせるタイミングがあるの」

 

夕張「会話中…成程、確かに喋ってる時は…鳴らせなくもないか」

 

瑞鶴「綾波としても、夕張が誰かに情報を流してるのは想定外だったみたい」

 

夕張「……まあ、私としても、綾波の真意はなんとなく読めてたから、だから…味方を増やすべきだと思ったんだけど」

 

瑞鶴「綾波はできる限り味方を作りたくないみたいだけどね」

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府跡地

綾波

 

綾波「…どうでしたか、ショーは」

 

ヴェロニカ『悪くないけど、それだけのためにわざわざ呼びつけたのかしら?』

 

綾波「ええ、私を裏切ればどうなるか…わかったでしょう?」

 

視界の端にある角切りにされた夕張さんをチラリと見る

 

ヴェロニカ『随分と怖いことを言うのね』

 

綾波「恐怖してくれるならよかったですよ、それでは」

 

ビデオチャットを終了し、死体の夕張さんを見て微笑む

 

夕張(こ、怖…)

 

綾波「神通さん、片付けておいてください、私は夕張さんの抜けた分の仕事をしなくてはならないので」

 

神通「……ええ」

 

 

 

 

宿毛湾泊地

秘書艦 アケボノ

 

アケボノ「今度は、夕張さんが消えたか…」

 

キタカミ「怪奇現象が起きまくってるねえ…でも、潰しに来る気配はない…敵さんの狙いがわからないのは、まずいねえ…」

 

アケボノ「…やはり、私たちが先に仕掛けるべきなのでは」

 

キタカミ「…居るとしたら、離島だろうけど…」

 

イムヤ「今行くのは、やめたほうがいいと思う」

 

アケボノ「イムヤ?」

 

イムヤ「潜水艦隊として、密偵に行ってきたけど…数キロ離れてても爆雷が投げ込まれるくらい厳重に警戒されてる、今は近づけないわ」

 

キタカミ「…潜水艦隊の出撃なんて聞いてないけど」

 

イムヤ「極秘任務だったから、まあもう帰ってきたし喋っていいかなって」

 

アケボノ「さすが綾波、守りは鉄壁か」

 

キタカミ「感心してる場合じゃないけどね」

 

イムヤ「……とにかく、今は迎え討つ準備をしたほうがいいと思うんだけど」

 

アケボノ「……ええ、そうしますか」

 

キタカミ「了解」

 

イムヤ「それじゃ」

 

イムヤがこの場を離れたのを確認する

 

アケボノ「…内通者がいるとすれば、イムヤか」

 

キタカミ「あ、やっぱそう思う?極秘任務がどうであれ、明らか様子がおかしいもんねえ」

 

アケボノ「……」

 

キタカミ「…もし内通者が居たとして、行動を監視されてんじゃ……敵の実態すら見えてこないか…」

 

アケボノ「手詰まり…いや、何か手段はあるはず」

 

キタカミ「……あれ?なにこれ、イムヤのスマホ落ちてんじゃん」

 

キタカミさんが杖でスマホを指す

 

キタカミ「ロックかかってなかったりして」

 

アケボノ「…そんなベタな」

 

キタカミ「かかってないわ」

 

アケボノ「……」

 

キタカミ「…なにこれ」

 

アケボノ「なんですか」

 

キタカミ「…めっちゃ過激なレディコミ読んでんじゃん」

 

アケボノ「……あの?」

 

キタカミ「はいはい、ええと……あ?…あー…多分、これを見せようとしてたわけだ」

 

キタカミさんがスマホをこちらに向ける

 

アケボノ「…アカシャ盤とLSFDの同時起動の実験にはCC社の承認を待たねばならず…アカシャ盤?CC社?」

 

キタカミ「…確か、両方青葉が言ってた記憶がある、The・Worldのなんかなんだけど…」

 

アケボノ「…The・World…?」

 

キタカミ「……なんでイムヤはこれを持ってきた?」



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記録 関連

宿毛湾泊地

重巡洋艦 青葉

 

青葉「えるえすえふでぃー?」

 

キタカミ「…そう、夕張が消えたのはそのLSFDが絡んでるんじゃないかってのが、一日おいた私の仮説さね」

 

青葉「そ、それをなんで私に?」

 

キタカミ「…The・Worldが絡んでるっぽくてさ、青葉はそっちの専門でしょ?」

 

青葉(専門っていうか…まあ、確かに詳しくないわけではないと思うけど…)

 

キタカミ「アカシャ盤っていうのと、LSFDの同時起動で何が起きるかはわからないけど、青葉にも調べてもらうのが賢いかなあって」

 

青葉「は、はあ…」

 

青葉(まだ未帰還者を助けることもできてないのにやることばっかり増えちゃうなあ…)

 

キタカミ「ま、なんかわかったら教えてよ」

 

青葉「は、はい」

 

 

 

 

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

青葉「っていってもなぁ…LSFDっていうやつはリアルとネットの融合装置みたいだし、アカシャ盤との関連性…よくわかんないし…」

 

LSFDについては色々聞いたけど、これがどう作用するのかを私は知らないし…

 

考えられる事象はThe・Worldのモンスターが突然リアルに現れるとか?

 

青葉「あ!リアルデジタライズ?」

 

この融合の範囲にいたら逆にネットに取り込まれるとか…

でも、アカシャ盤を利用する点には繋がらない

 

青葉(団長はメールの返信くれないし…いや、というかその辺は上層部の部外秘だろうから返信はないほうが当たり前かなぁ…)

 

青葉「…調べるにもわからないものはわからないし、一度ウイルスコア集めに行こうかな…」

 

青葉(確か、最近はカルミナ・ガデリカで活動してるって聞いたし)

 

 

 

Λサーバー 文明都市 カルミナ・ガデリカ

 

青葉「わっ」

 

カイト「あ、青葉さん、ちょうど良かった」

 

青葉「へ?」

 

カイト「今から、Λサーバー、蘇生する惑乱の裁きってエリアに調査に行くんだけど」

 

青葉「けと?」

 

カイト「メンバーが集まらなくて…ブラックローズは来てくれる事になってるんだけど」

 

青葉「良いですよ、一緒に行きます」

 

カイト「ありがとう!」

 

 

 

 

Λサーバー 蘇生する 惑乱の 裁き

 

青葉「っ…?」

 

ブラックローズ「ノイズ…!?」

 

ザザザとノイズが何度も走る

 

カイト「何か、いる」

 

青葉「…警戒しながら進みましょう」

 

エリアをゆっくり進み、ダンジョンへと足を踏み入れる

 

カイト「このエリアは、リョース曰く汚染度がかなり高いみたいだけど……」

 

青葉「汚染?」

 

ブラックローズ「ウイルスバグとかが多いって事」

 

青葉「じゃあ、ここの敵はウイルスバグだらけか…」

 

カイト「…待って」

 

ノイズが激しくなる」

 

青葉「!」

 

ブラックローズ「うわぁっ!またなんかでたぁーっ!」

 

ステンドグラスのような模様の、不可思議な形の石板…

 

カイト「こいつが…こいつが元凶?」

 

青葉(確か、これは第二相…イニス!)

 

カイト「はあぁぁぁぁっ!」

 

カイトがイニスに駆け寄り、連続で斬りつける

 

ブラックローズ「だ、ダメージが入ってない…!?」

 

イニスは後方に下がりながら姿を消した

 

カイト「……逃げた?」

 

青葉(というよりは、誘ってる…)

 

カイト「…追いかけよう」

 

ウイルスバグを仕留めながらダンジョンを潜り続ける

 

ブラックローズ「ま、また!」

 

激しいノイズとともにまたイニスが現れる

 

ブラックローズ「影なんだか、実態なんだか……いいかげんにしなさいよ!!」

 

青葉「閃矢の呪符!」

 

カイト「虎輪刃!」

 

攻撃はヒットしているものの、ダメージにならない…

先ほどと同様に後方に消えていく…

 

ブラックローズ「…まるで…おいでおいで…ってやってるみたい」

 

カイト「どっちにしたって、行ってやるさ…!」

 

青葉「…この先で待ち構えてるのなら、バフは入念にかけましょう…返り討ちにしてやりましょう…!」

 

ブラックローズ「そうね!」

 

ダンジョンの最深部へと歩を進める

 

 

 

 

カイト「…ここは」

 

青葉(スケィスとやり合ったステージとそっくり…)

 

瓦礫のエリア、そしてアメジスト色に輝く光の川

 

そのステージの中央に在る…イニス

 

ブラックローズ「もう逃がさないわよ…!」

 

pHEse: 2(第二相)

INIS(イニス)

The MIRAGE of DECEIT(惑乱の蜃気楼)

 

視界の端にチラリと英文が映り込む

 

青葉(自己紹介どーも…!)

 

槍を振り、構える

 

青葉「火炎太鼓の召喚符!!」

 

カイト「炎術士の呪符…ビバクローム!」

 

二つの炎魔法がイニスを焼く…しかし

 

青葉「っ…効いてない!」

 

カイト「まさか、魔法耐性の能力?」

 

青葉「魔法無効…!?」

 

ブラックローズ「青葉知らないの!?敵によっては呪文は一切通じないのよ!!」

 

青葉「なら、物理で殴るだけです!!ダブルスィーブ!」

 

槍の2連撃を振るうものの、手応えがない

 

青葉「っ…今度は幻影…」

 

カイト「後ろだ!」

 

青葉「ぁ…っ…」

 

背後から魔法の焔に背中を焼かれる

 

青葉「っ…頭にキました…!」

 

青葉(使うか悩んでたけど、そっちがそんな事するならこっちだって!!)

 

USBを取り出し、パソコンに突っ込む

 

青葉「マクスウェル!!」

 

イニスが魔法を放つために止まった瞬間、槍を掲げる

イニスが放とうとした魔法が消滅する

 

青葉「よし!効いた!」

 

ブラックローズ「何それ!」

 

青葉「借り物の力です!」

 

槍を大きく振るい、勢いのままに斬りつける

 

カイト「炎舞!」

 

ブラックローズ「カラミティ!」

 

青葉「トリプルドゥーム!」

 

戦闘は順調に、こちらのペースで進んでいった

 

青葉「マクスウェル!」

 

相手の呪文攻撃を防ぎ、カウンター…

物理攻撃も火力は高くないからダメージを受けてもそこまで苦しくない

 

カイト「また来るよ!」

 

青葉「マクスウェ…っ!?」

 

呪文に合わせて槍を振り上げたはずが、キャラ(青葉)が静止する

 

青葉(ま、まさか…これは麻痺のバッドステータス!?しかもスキル封印まで…!)

 

対策された

敵はこのゲームそのもの、何度も何度も使っているばかりに、マクスウェルの特殊能力を見切り、それに対しての耐性を得たとでもいうのか

 

ブラックローズ「ちょっ…青葉!」

 

カイト「リプシンキ!」

 

即座にカイトが状態異常を治す

 

青葉「すみません…どうやら、もう呪文を防ぐのは無理みたいで…」

 

カイト「大丈夫…このままでもきっと倒せる!」

 

ブラックローズ「バクドライブ!!」

 

ブラックローズさんがイニスに剣を叩きつける

 

ブラックローズ「前の奴よりは、弱い!」

 

確かにそうだ

確かにスケィスは破格の強さだった

そう考えると、まだ楽だと思う

 

青葉「トリプルドゥーム!」

 

カイト「蘭舞!」

 

…でも、終わりが見えないのは、苦しいものがある

 

青葉(いつ、プロテクトが壊れるの…!?)

 

カイト「青葉さん!危ない!!」

 

青葉「え?」

 

背後からモンスターのような形の石像が飛んでくる

 

青葉「ぁ…」

 

…死んだ

 

ブラックローズ「蘇生の秘薬!」

 

青葉「っ……」

 

蘇生はされたけど、一瞬で全身をぺちゃんこにされた感覚は消えない

私はゲームのダメージがリアルにフィードバックする

指が、麻痺して動かない

 

立ち上がれない、声が出ない

 

ブラックローズ「青葉!?何やってんの!」

 

カイト「リプキシン!…状態異常じゃない…?」

 

痛い…

全身が痛くて、壊れそうで…

 

青葉「……」

 

ふわりと、持ち上げられるような浮遊感

 

データドレインが、イニスの正面に展開される

 

カイト「何か、おかしい……ブラックローズ!止めるよ!」

 

ブラックローズ「わかってる!!」

 

カイト「炎舞紅蓮!」

 

ブラックローズ「バクディバイダー!!」

 

2人の攻撃で、とうとうイニスのプロテクトが砕ける

 

カイト「データドレイン!!」

 

イニスがデータドレインを受けた事で、私は空中から投げ出され、地面に落下する

 

青葉「っ……」

 

朦朧とした意識の中、ようやく痺れがおさまりつつある指をなんとか動かし、コントローラーを操作して立ち上がる

 

カイト「これでトドメだ!」

 

私がなんとか、必死に立ち上がる頃には、イニスのHPはすでに削り切られており

崩壊を始めていた

 

青葉「っ……!?」

 

激しいノイズが続く

頭が痛くなる

 

何度も、何度も、叫び声にも聞こえる音と、ノイズが…

それが止むと、イニスは消え失せた

 

ブラックローズ「なんか今、様子が変じゃなかった?」

 

カイト「うん、とにかくタウンに戻ってみよう」

 

 

 

 

Λサーバー 文明都市 カルミナ・ガデリカ

 

青葉「…これ、は……人が、居ない…?」

 

…タウンは無人だった

誰も、どこにも居ない

 

ブラックローズ「なんか…雰囲気違くない?」

 

カイト「…調べてみよう」

 

リョース「その必要はない」

 

すぐ後ろから声がした

 

リョース「またやってくれたようだな…!」

 

カイト「他の人たちは?」

 

リョース「危険な状態だったので強制的にログアウトさせた…またクレームが増える…」

 

青葉「危険な、状態?」

 

リョース「君たちは一体何をしてくれたんだ!?私は調査しろと言ったのだぞ!」

 

青葉「待ってください、一体何が…」

 

リョース「指示があるまでは動くな!これは命令だ!」

 

リョースが転送されて消える

 

ブラックローズ「…アタシ落ちる」

 

カイト「…うん、僕も落ちるよ」

 

……八相のうちの2体目、イニスを倒したのに

何故こんな事に…

 

青葉「私も落ちよう…」

 

ゲームをログアウトした

 

 

 

リアル

宿毛湾泊地 私室

 

青葉「っ…な、なにこれ」

 

ゲームを落としてみると、パソコンが見た事ない様な画面に早変わり…

 

青葉「ウイルスに感染した…?あ、あれ?」

 

何かをダウンロードするバーが表示され、それが完了するとパソコンが元に戻り始める

 

青葉「えっ?え?なにこれ…」

 

ヘルバ『ワクチンプログラム、と言ったところかしら?』

 

青葉「うわっ!ヘルバさん!?」

 

通話を繋いだ覚えはないのに、何故か声が…

 

ヘルバ『あなたが受け取ったUSBに仕込んで置いた、モルガナの組んだウイルスに反応するように』

 

青葉「モルガナの、ウイルス…?」

 

ヘルバ『過去の世界で第二相と出会ったようね?…第二相…惑乱の蜃気楼、イニス、斃すのは簡単だけど、自身の崩壊時にウイルスを散布するように仕込まれた…厄介な敵よ』

 

青葉「待ってください、過去の敵が散布したウイルスがなんで……あ」

 

ヘルバ『そうね、おそらくアカシャ盤の影響じゃないかしら』

 

青葉「アカシャ盤に接続してる私が、こうなった……じ、じゃあ!まさか!」

 

LSFDとアカシャ盤を利用すれば、過去に起きたネットワーク事件を全て現代に持って来られる

デッドリーフラッシュも、プルートキス、第一次ネットワーククライシスも…

 

青葉「それが、狙い…だとしたら…ヘルバさん!調べて欲しいことがあります!!」



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vsクビア

宿毛湾泊地

重巡洋艦 青葉

 

青葉「…プルートアゲイン、第二次ネットワーククライシス…ですか」

 

ヘルバ『The・Worldが原因とされるネットワーク事件、その中で最初に起きた、大規模な事件…となると、プルートアゲインかしら』

 

青葉「…私でも知ってます、ニュースで流れてました…あの日…みなとみらいでの大規模火災、陸の孤島と化したあの場所で、何千人もの死傷者が出た…」

 

ヘルバ『そうね、それが丁度、フィドヘルによるものだったかしら』

 

青葉「フィドヘル…第四相、ですか?」

 

ヘルバ『そう、第四相、運命の預言者フィドヘル、そのフィドヘルが散布したウイルスが原因で発生したのが第二次ネットワーククライシスよ』

 

青葉「……待ってください?…そのウイルスって、今散布されたら、対策できるんですか…?」

 

ヘルバ『さあ?無理だと思うけど』

 

青葉「さ、さあって…!」

 

ヘルバ『もし、フィドヘルの撃破がタイムリミットだったとしたら…自分がやるべきことが何か、今できることは何か、考えてみるべきじゃない?』

 

青葉「そんなの、過去に行ってそのウイルスを…」

 

ヘルバ『封じ込める…そうね、そうできれば良いけれど、モルガナの手先はどれも狡猾よ、それに…そんなに簡単に過去を変えて良いの?』

 

青葉「え?」

 

ヘルバ『今のところ何も起きていないみたいだけど、タイムパラドックスが起きたらどうなるのかしら』

 

青葉「そ、そんなの…」

 

ヘルバ『ウイルスの封じ込めが、不完全なままに成功したとしたら?』

 

青葉「…不完全?」

 

ヘルバ『…ハッカー、システム管理者、そしてカイト達プレイヤー…その3つが手を組み、初めてモルガナの策を超える事ができた…でも、これらが不完全なままに封じ込めたら…次は簡単に突破してくるわ』

 

…中途半端な対応策を見せる訳にはいかない、第二次ネットワーククライシスより…さらに最悪な事態を呼ばないためにも

 

青葉「……なら、本当に、そうなるのだとしたら……」

 

…これは一つの賭けでもあるのだが

 

青葉「私、フィドヘルとの決戦のタイミングでみなとみらいに行きます、確か横浜にはCC社のデータセンターがあると聞きました、そこにLSFDもあるかも…」

 

とにかく、LSFDさえ止めれば第二次ネットワーククライシスの再来は防げるはず…

 

ヘルバ『うまくいくと良いけど』

 

青葉「あっ…LSFDを仕掛けられる可能性のある場所ってわかったりしますか…!?」

 

ヘルバ『調べておくわ』

 

 

 

 

 

The・World R:1

Λサーバー 文明都市 カルミナ・ガデリカ

トキオ

 

トキオ「…なんか、タウンってこんな感じだったっけ?」

 

人通りはあるけど、活気がない…何処か暗い感じ…

 

カイト「トキオ!」

 

トキオ「あれ?カイト?…よかったぁーっ、どこにも誰も居なくて不安だったんだ!」

 

カイト「トキオ、今から時間…あったりする?」

 

トキオ「え?あ、あるけど…どこか行くの?」

 

カイト「Λサーバー、容赦なき、嘆きの竈にね…もしかしたら、危険かもしれないんだけど」

 

トキオ「行くよ!」

 

カイト「ありがとう、じゃあ2人で行こう…あ」

 

ミストラル「わあぁぁい!こんにちは〜ヽ(^o^)ノ」

 

トキオ「み、ミストラル?」

 

ミストラル「よかったーっ、知ってる人いて…だって変な奴ばっかなんたもん(T ^ T)ところで、予定ある?」

 

カイト「Λサーバー、容赦なき嘆きの竈に行くトコだけど…」

 

ミストラル「行く行く!私も行くー!!いいでしょぉぉっ!?((o(^∇^)o))」

 

カイト「……」

 

ミストラル「ここで待ってるから!行くとき声かけてね!(・◇・)/~~~」

 

トキオ「あの…ちなみにさっき言ってた変な奴って?」

 

ミストラル「んー、見たことないキャラ!「サービス残業反対ー」とか、「気の利いたこと言えってどうすれば良いんだ?」とか…」

 

カイト「CC社の人達か…一般PCに紛れてるんだ…」

 

ミストラル「???、何の話?」

 

カイト「…なんでもない、Λサーバー、容赦なき嘆きの竈に行こう」

 

 

 

 

Λサーバー 容赦なき 嘆きの 竈

 

カイト「…行こう」

 

トキオ「よーし…!」

 

モンスターを薙ぎ倒しながら進む

 

ミストラル「キミって強くなったよね〜っ!最強のプレイヤー目指してる?(*^o^*)」

 

カイト「え?」

 

ミストラル「あたしは暇潰しで、アイテム集めにモエモエだけどねー(^ ^)目指せコンプリート!なんてーっ」

 

カイト「…あのさ…前から言おうと思ってたんだけど…」

 

トキオ(カイトがあらためて事情を説明してるぞ…でも、確かミストラルって…)

 

ミストラル「うんうん、そういう設定でロールプレイしてるんだったよね」

 

トキオ(や、やっぱり…ゲーム中に意識不明とか、生身でゲームに入るとか、非現実的だもんなあ…)

 

ミストラル「好きだぁっ、そういうの、頑張れっ!(^^)/~~~」

 

カイト「……」

 

トキオ(か、カイトも諦め気味だ…)

 

少し重たい空気のまま、ダンジョンを進む

 

カイト「っ!」

 

カイトの足元から、赤い光の玉が舞い上がる

 

トキオ「こ、これ…あのとき…」

 

スケィスによって破壊され、3つに分たれた球体…

 

その球体が空中で静止し、アウラの姿を映し出す

 

ミストラル「うそぉっ…さっきの話、ホントだったんだ?」

 

カイト「わかってくれた?」

 

ミストラル「それにしてもこの子、綺麗だけど…なんか、なんかうまく言えないんだけど…生きてない」

 

アウラは空中に漂いながら、グッタリとしていて…

元気がない…というか、生気を感じられない

 

カイトの腕輪が発光し、その姿をハッキリと表す

 

カイト「……っ」

 

カイトがアウラに近づこうとした瞬間、激しいノイズが流れる

 

トキオ「えっ?!」

 

ミストラル「うわっちゃっちゃ……なんじゃこりゃ〜!?」

 

地鳴りとともに辺りの景色が切り替わる

 

足元は魔法陣でできた狭い陸地

そして、周囲はどこまでも続く暗雲に包まれている…

遥か下に広がる暗黒の大地も、何もかもが異常だった

 

カイト「…上…!」

 

カイトに言われて見上げると…

青紫に発光する植物の根の様な巨大な…化け物

 

カイト「これが…?」

 

化け物がゆっくりと周囲を旋回するように飛んで、こちらを向く

 

カイト「これがクビア…!」

 

クビアから放たれた小さなゴモラという名前のモンスターが魔法陣の上に複数現れる

 

ミストラル「ガノドーン!」

 

トキオ「連牙・昇旋風!」

 

カイト「先にこの小さい敵を狙うんだ!」

 

トキオ「こいつ…HPがかなり多い…!」

 

ミストラル「トキオ!」

 

トキオ「え?」

 

ミストラルの支援魔法を受けて剣が発光する

 

トキオ「強化魔法(バフ)!ありがとう!!うおおおお!!」

 

大ぶりな一太刀でゴモラを一つ叩き潰す

 

トキオ「っしゃあぁーーっ!!」

 

ミストラル「いえい!」

 

カイト「次はこっちだ!」

 

カイトに合わせた連続の斬撃を放ち、次のゴモラを仕留める

 

カイト「…また出てきたか…!」

 

トキオ「でも、さっきのコアより大きい!」

 

新たに出てきたコアは、光の球の中に何かを閉じ込めたような形をしていた

そして、そのコアが別のゴモラを生み出し続ける

 

カイト「…アレを壊せば…もしかしたら!」

 

トキオ「よし…いくぞ!」

 

巨大なコアに目掛けて遠距離攻撃を放つ

 

トキオ「斬波!」

 

カイト「落雷注意、ライローム!」

 

ミストラル「ギバクドーン!」

 

一度に攻撃を叩き込む

 

カイト「効いてない…!?…魔法に耐性があるんだ…!」

 

ミストラル「っ…じゃ、じゃあ!回復に集中するね…!」

 

トキオ(…ミストラル、少し焦ってる…?)

 

カイト「ありがとう!ミストラル、可能なら攻撃のバフもお願い!」

 

ミストラル「わかった!」

 

トキオ「よし…いくぞ…!」

 

2人でミストラルの前に立ち、ゴモラの攻撃を受けながらも反撃を繰り返す

 

トキオ(カイト、やっぱり物理の攻撃力が少し低いせいでダメージがあんまり出てない…)

 

カイト「虎輪刃!…炎舞!」

 

トキオ「連牙・昇旋風!!」

 

ミストラル「2人とも!危ないよ!」

 

トキオ「え?」

 

ハッとして、クビア本体を見る

巨大な顔が大きくのけぞり、口のような部分を開き…力を溜めて…放たれる

 

カイト「アプボーブ!アプボーマ!!」

 

トキオ「っ!?……う…た、助かった…?」

 

カイト「リプス!」

 

カイトが即座に減ったHPを回復する

 

カイト「焦らないで!時間をかけて戦おう…!」

 

トキオ(攻撃までの間に全員に耐性を付与してたのか…?いつのまに…!)

 

トキオ「でも、助かった…!」

 

ミストラル「うん!よ〜し…」

 

カイト「攻撃再開だ!」

 

トキオ「カイト!合わせて!」

 

巨大なコアの足元に潜り込み、斬撃を繋げる

 

トキオ「連牙・昇旋風!」

 

コアが大きく揺れる

 

トキオ「いけぇっ!!」

 

両手の剣を叩きつけてコアを吹き飛ばす

 

カイト「追撃…雷独楽!」

 

カイトが吹き飛んだ敵をスキルで弾き返す

そしてそれをまたオレが攻撃し吹き飛ばす

 

カイト「炎舞!」

 

トキオ「っしゃあ!」

 

何度も繰り返すうちにどんどんHPを削り…

 

トキオ「ゴートゥ・ヘブン!!」

 

2本の剣で地面へと敵を叩きつける

 

トキオ「どうだ!」

 

カイト「あと少し…!え?」

 

コアがクビアの方へと帰っていく

そして、コアを回収したクビアが魔法陣から離れる

 

カイト「…逃げた…!?」

 

ヘルバ「クビアを撃退できるとは…恐れ入ったわ」

 

トキオ「うわっ!?へ、ヘルバ!」

 

カイト「ヘルバ…さん?」

 

ヘルバ「さんはいらない、そんなことより、まず、おまえがやるべきこと…」

 

カイト「やるべきこと…?」

 

ヘルバ「アウラの解放」

 

カイト「それをする事が、オルカを助けることにつながる?」

 

ヘルバ「可能性の問題だけどね、今、私に言えるのはそれだけね」

 

 

 

 

 

Λサーバー 文明都市 カルミナ・ガデリカ

 

ミストラル「…茶化しちゃってごめん……あたしってば、こんなんだから…(^_^;)」

 

カイト「ううん、大丈夫」

 

ミストラル「がんばれ、なんて言わないよ…だって、キミはがんばってるもん…がんばってるの、知ってるもん、だから、言わない」

 

カイト「ミストラル…」

 

ミストラル「必要な時は呼んでね、遠慮は無しだよ、あたしにできることなら、やっちゃうよぉ!)^o^(…じゃ、買い物行くから」

 

カイト「またね、僕も落ちるよ…じゃあ、トキオ」

 

トキオ「うん、オレも必要な時は呼んで!」

 

カイトとミストラルを見送る

 

トキオ「……スケィスだけでも大変だったのに…クビアか…でも、何であいつは逃げたりしたんだ…?」

 

考えても、わからない…

それに、このままじゃクロノコアも手に入らない…か

 

トキオ(…今は大人しくカイトの行動を待とう)



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記録 Place of Decisive Battle

日付、時間設定を間違え、二度も間違った時間に投稿してしまいました
申し訳ありません


宿毛湾泊地 演習場

重巡洋艦 青葉

 

キタカミ「は?…人手が欲しい?そういうのは私じゃなくて提督に話通しなよ」

 

青葉「もう通しましたよ、ただ、人選となると私より…キタカミさんの方が向いてるかなー…なんて」

 

キタカミ「……そういうことなら、良いけどさ、何に使う人間よ」

 

青葉「…避難誘導や機械操作など…ですかね?…いや、場合によっては戦闘になるかも?」

 

キタカミ「…何、何が起きようとしてんのさ」

 

青葉「キタカミさんにもらったLSFDの情報から、次に起きるであろう事態を先読みした結果、第二次ネットワーククライシスが再来する可能性に思い至りました」

 

キタカミ「あー…10年くらい前のやつ?」

 

青葉「はい、アカシャ盤にはThe・Worldの時間が記録されています、その中でネットワーク事件に関連する部分を調査したところ、第二次ネットワーククライシス、プルートアゲイン(冥王の再来)が挙げられるんです」

 

キタカミ「はえー、仕事早いねぇ」

 

青葉「恐縮です、それで、まあ…LSFDが仕掛けられる場所を絞って、それを阻止しに行こうかと……あと、敵がいたら戦闘…」

 

キタカミ「待って、それさ、どの辺でやるか知らないけど海上じゃないよね?艤装つけて行ける場所?」

 

青葉「え?」

 

キタカミ「いくら艦娘でも歩き回る時は装備置いていかなきゃいけないし、陸上での問題はウチは関与できないの…忘れてないよね?」

 

青葉「あ…あー…」

 

深海棲艦が関わっていない問題に艦娘が手を出すことは禁じられているし、それを無視したら…

基本的に陸上で起きることは艦娘ではなく警察とか、陸上の軍事力の仕事で…

 

青葉「……その…う…うう…」

 

キタカミ「まあ、いいや、使い勝手いいのなら居るから貸してあげるよ、こういう仕事のエキスパートも付けてあげる」

 

青葉「へ?」

 

キタカミ「名目上はウチの艦娘だし、ウチの言うこと聞かなきゃいけないけど、日本国籍もまだ取ってなくて、その上立場もあやふや…」

 

青葉「あ、アメリカの人達!」

 

キタカミ「いやー、役所の仕事が遅くて助かるねぇ〜…それに、Link連中なんて自分の国の国籍ある連中ばっかだし?多分こういう仕事も慣れてんじゃないの?」

 

青葉(…なんか、適当…)

 

キタカミ「ま、アタマ呼んでくるから、待ってなよ」

 

 

 

 

 

狭霧「Linkとしてはそのお話、是非受けさせて欲しいと思っています」

 

ワシントン「私は……立場をいいように使われるのは気分がいい話じゃないけど、でも、まあ仕事だし…」

 

キタカミ「ってわけで、交渉も済んだよ」

 

青葉「あ、ありがとうございます…」

 

キタカミ「まあ、でも…具体的に何するのかがはっきりしないのが問題さね、どうよ、その辺」

 

狭霧「私達としては何も問題ありません、行き当たりばったりな作戦は慣れていますから」

 

キタカミ「へぇ、あの綾波がアタマ張ってたんだから精密な作戦の(もと)にしか動けません、なんて感じかと思ったけど」

 

狭霧「…良くも悪くも、私たちは戦闘集団です、地形や状況、何もかもが常に違う…常に同じなのは大義のために戦うことのみですから」

 

キタカミ「おー、カッコいいねぇ、で、ワシントンとしては?」

 

ワシントン「…私たちにはそんな能力はない、だからちゃんとした指示が欲しいわ」

 

狭霧「なら、今から連携を叩き込みましょう、作戦の実行予定日は」

 

青葉「うぇっ!?…えと…わからないです

 

狭霧「時間はあるのですか?こちらはそのつもりで進めますが…」

 

狭霧さんがチラリとキタカミさんを見る

 

キタカミ「大体どのくらいとかはわかったりしないの?」

 

青葉「…えと…第二相は倒してて……次の次だから、ええと…」

 

キタカミ「…第一相からその第二相まではどのくらいのペースで行けたのさ」

 

青葉「…2日経たないくらい…」

 

キタカミ「じゃあ単純計算で四日?…いや、三日以内と見て、実行が三日目…のつもりで組める?狭霧」

 

狭霧「努力します」

 

キタカミ「それで、今回アタマ張るのは青葉、あんたなんだからさ、アンタも演習とか積極的に混ざりなよ?」

 

青葉「うぇぇっ!?」

 

キタカミ「まさか自分だけ何もせず…なんて許されると思ってないよね?」

 

青葉「い、いや…」

 

キタカミ「ほら、さっさと行った行った」

 

 

 

 

アイオワ「Really(正気なの)? 哨戒スケジュールが変わってみんなピリピリしてるのに…」

 

アトランタ「 You've got to be kidding me. Seriously(ふざけんなよ、マジで        ) You come back, and suddenly (戻ってきていきなり      )you're too rough with people(人使いが荒すぎんだよ      )

 

ワシントン「 If the mission is successful, we can(作戦が成功さえすれば      ) negotiate something with Kitakami(キタカミと報酬を交渉できるわ      )

 

アトランタ「 Ha(ハッ)! Then I'll ask you to let me hit him(それならお前の顔を殴らせろって言ってやる)!!」

 

青葉(…めちゃくちゃ雰囲気悪い…)

 

狭霧「そういえば青葉さんはアメリカの人達とは…」

 

青葉「あ、はい…実はあんまり……」

 

狭霧「だとしたら気にしなくていいですよ、あの人達はああいうノリ、らしいので」

 

青葉「そうなんですか…?」

 

アイオワ「そうと決まれば早速…Open fire(撃ち方始め)!!」

 

アイオワさん達が標的に向けて砲撃を始める

 

青葉「…え?撃つんですか?…武器の携行できないんじゃ…」

 

狭霧「そうですね、ですので彼女達の仕事は有事の避難誘導や表立った戦闘ができる場合のみになると思います」

 

青葉「…ええと?」

 

狭霧「なので、まあ、青葉さんにはあの人達とみっちりくっついて生活してもらい、仲を深めて欲しいのですが」

 

青葉「……はい?」

 

狭霧「指示伝達がスムーズに進むようになってくれればアドリブが効きます、そこさえなんとかなれば大丈夫ですので」

 

青葉「…本当に…?」

 

狭霧「はい」

 

青葉「…うぅ…」

 

青葉(The・Worldログインする余裕、あるかなぁ…)

 

 

 

 

 

離島鎮守府跡地

綾波

 

綾波「神通さん、全員の準備を整えるのにどれくらいかかりそうですか」

 

神通「衣服、装備、諸々を整える事は完了しましたが、輸送用の深海棲艦を調整するのにあと二日欲しいかと」

 

綾波「結構、ではそのように進めましょう、それと、実行地点はみなとみらいでいきましょうか、横須賀も直ぐそばです」

 

夕立「なんですぐそばでやるの?」

 

綾波「鎮圧までがスムーズな方が頭の悪い連中が勘違いし易いでしょう?忘れましたか?今回の目的はあくまで民間人に誤解させることです」

 

神通「そうでしたね」

 

夕立「…敢えて、負ける?」

 

綾波「ええ、これは長い戦いにおけるうちの小さな敗北に過ぎません、夕立さん、今は駒を取らせる時です」

 

夕立「…駒が多い方が有利っぽい」

 

綾波「確かに彼らは駒を取るでしょう、しかし…自ら手放さなくてはならなくなる」

 

神通「果たしてそう上手くいくでしょうか」

 

綾波「私の作戦です、上手くいかないわけがない」

 

夕立「……完全な勝ち筋なんて存在しないっぽい」

 

綾波「存在しないなら作るまでです、艦娘システムを放棄させる…これが私の王手…さあ、成る日が楽しみですよ」



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記録 コミュニケーション

宿毛湾泊地 演習場

重巡洋艦 青葉

 

ワシントン「Move( 行け )!move( 行け )!」

 

青葉「ひいぃぃ…!」

 

号令に合わせて部隊が動き、激しい動きで標的を蹂躙する…

 

青葉(普段やる訓練と全然違う…!)

 

アイオワ「Two down(二つ壊した  )!!」

 

アトランタ「The target on the(   右側の標的はどうすんの   )right is!?」

 

アイオワ「I'll leave it to (  青葉に任せるわ )Aoba !!」

 

青葉(へ?今呼ばれた…?)

 

青葉「い、今なにか言いましたか!?」

 

…こういう不慣れな連携が、全体の動きの乱れにつながる…

 

 

 

キタカミ「えーと、うん?…何で的当てにこんなに時間かけてんの?次に使う奴らも控えてるのにさあ…ていうかそもそも訓練に参加しろって言った覚えもないし…」

 

青葉「ご、ごめんなさい…」

 

結局、あの一回の動きの澱みが原因でお説教を喰らう結果にもなったし…

 

キタカミ「まあ、青葉が英語全然ダメだってのはわかったけど…それ先に伝えてた?」

 

青葉「いや…その…」

 

キタカミ(あー、そもそもあんまり関わりたくないと思ってる感じだなぁ、これは…苦手意識があると避けちゃうのはなあ…無理言って使ってる立場だし、アイオワ達にまた譲歩させるのも…)

 

キタカミ「しゃーない、ワシントン」

 

ワシントン「何?」

 

キタカミ「ガンビアベイとあと1人、適当なの連れてきてよ」

 

ワシントン「え?連携の方は?」

 

キタカミ「いやいや、青葉が訓練に参加してるのはコミュニケーション取れるようにする為だから、んなもん二の次三の次だよ、狭霧から言われてないの?」

 

ワシントン「言われたけど…」

 

キタカミ「じゃあわかるでしょ?青葉は戦争しに行くんじゃなくて、止められるかもしれないことを止めに行くだけ、それに必要なのはお互いを理解して通じ合うこと」

 

ワシントン「…私達の日本語ってそんなに下手?」

 

キタカミ「あー…そう言うことじゃないんだなぁ…日本語が上手い下手じゃなくて、ほら、信頼関係築くことの方が大事って言うか」

 

ワシントン「…それは、わからなくもないけど…」

 

キタカミ「なら誰か仲良くできそうなの連れてきてあげて、ヘレナとかは?」

 

ワシントン「買い出しに出てる、フレッチャーなら適任かもしれないし、2人とも連れてくるわ」

 

青葉「ええと…よろしくお願いします…」

 

ワシントンさんを2人で見送る

 

キタカミ「さ、てと…青葉?」

 

背後から肩に手を置かれる

 

青葉「ぁい!?」

 

キタカミ「人見知りしてんのか、それとも避けてんのか知らないけど…記者がそれじゃダメなんじゃないの?みなとみらいも、もし大規模なトラブルになったら?」

 

青葉「…わかってますよ…自分の役目から逃げるつもりはありませんし…」

 

キタカミ「……まあ、青葉ってほんと…おとなしいよねえ…内気で控えめっていうか」

 

青葉「え?」

 

キタカミ「仲良い相手とはとことん仲良いんだけど、そうじゃないととことん奥手だし…まあ、あと頑固だし」

 

青葉「がんっ…!?」

 

キタカミ「頑固でしょ、自分の考えを中々に変えないとことかも含めて」

 

青葉「……確かに、そう言われればそうかもしれませんけど…頑固かなあ…私…」

 

キタカミ「自分から話しかけて友達作ったこともないでしょ、いや、無いね、長い付き合いだけど私は見たことない」

 

青葉「え…?あー…どうだろう…」

 

キタカミ「…じゃあ青葉に一つ命令」

 

青葉「命令?」

 

キタカミ「次、初めて会ったやつに自分から話しかけて友達になる事」

 

青葉「は、はい?…ハードル高くないですか?そんなコミュニケーション能力の塊みたいな事…」

 

キタカミ「難しい方が、燃えない?」

 

青葉「燃えませんよ…!」

 

キタカミ「でも、やっといた方がお得だと思うよ、今後のためにさ…あ、来たね、悪いね、フレッチャー、ガンビアベイ」

 

フレッチャー「い、いえ…」

 

ガンビアベイ「…あの…あ、I'm…じゃなくて…私達は何を…」

 

キタカミ「いや、そんな固くならないでよ、作戦の話は聞いてるでしょ?」

 

ガンビアベイ「Yes…」

 

キタカミ「なら話は早いんだけど、それまでにアメリカ組と仲良くできるようにしたいんだよね、まあ、早い話友達になったげてよ」

 

ガンビアベイ「…Friend…?」

 

フレッチャー「構いません、けど…」

 

青葉「よ、よろしくお願いします…」

 

キタカミ「……青葉、あんたが尻込みしてたら仲良くなんてなれるわけないでしょ」

 

青葉「だ、だってぇ…」

 

キタカミ「だってもへちまもないよ、青葉一人部屋だし、フレッチャーとガンビアベイは今日泊まりね」

 

青葉「な、ななっ…」

 

ガンビアベイ「Why(なんで )!?」

 

キタカミ「や、まあ…距離感近い方がいいっしょ」

 

青葉「良くないですよ!…ほら、私も守秘義務が…」

 

キタカミ「あー…あっち(The・World)の仕事…?……今日だけ休めば?」

 

青葉「横暴…!」

 

キタカミ「だって、数百数千人の命かかってるんでしょ」

 

青葉「それはそうですけどぉ!」

 

フレッチャー「…なら、そのお仕事以外の時間をご一緒する…とか?」

 

キタカミ「まあ、それが妥協点だよねぇ…青葉、それなら良い?」

 

青葉「は、はい…」

 

青葉(これ以上抵抗したらとんでもないことになる…)

 

キタカミ「ガンビアベイもさ、友達作ってよ」

 

ガンビアベイ「うう…」

 

キタカミ「じゃないと私が友達になるけど」

 

ガンビアベイ「ひっ… I'm okay! I have Taiho(大丈夫です!大鳳が居るので間に合ってます)!」

 

キタカミ「いや、そうじゃなくて青葉と仲良くなれって」

 

ガンビアベイ「は、はい…」

 

 

 

 

 

食堂

 

青葉(って言われても…)

 

フレッチャー「ランチ、何を頼みますか?」

 

ガンビアベイ「Burger and coke(ハンバーガーとコーラ)…あ、あと…」

 

フレッチャー「ガンビー、折角だし青葉さんと同じものにしましょう?」

 

青葉「え?そこまでしなくても…」

 

フレッチャー「せっかくなんですから、お互いの好物を知れば仲良くなれるかもしれません」

 

青葉(え…?私の好物……ううん…)

 

青葉「じゃあ…」

 

 

 

ガンビアベイ「…Steak(ステーキ)…」

 

フレッチャー「思ったより、しっかり食べるんですね…」

 

青葉「…ええと、お肉が好物なもので…」

 

ガンビアベイ「…お、美味しいですよね…」

 

青葉「あ、その…もしかして…ベジタリアンとかだったり…」

 

フレッチャー「いえいえ、大丈夫ですよ」

 

青葉「……じゃあ…いただきま…あ」

 

ステーキを一切れ、横からつまみ上げられる

 

ガングート「ふむ…ミディアムか……もぐ…ふう、珍しい組み合わせじゃないか、混ざっていいのか?」

 

青葉(と、取られた…)

 

ビスマルク「ガングート、行儀悪いわよ」

 

ガングート「ああ、すまんすまん…おい、同志、同志青葉?」

 

フレッチャー「同志…?」

 

ガンビアベイ「Communist( 共産主義者 )…?」

 

ガングート「なんだ、お前」

 

ビスマルク「ちょっとガングート、喧嘩腰にならない!狭霧を呼ぶわよ?」

 

フレッチャー「…貴方達は、ロシア人とドイツ人でしたよね…?」

 

ビスマルク「仲が悪くないのか、とか思ってる?何十年前の話よ」

 

フレッチャー「…どうやら、システムに際する教育などもかなり変わるようですね…」

 

ガングート「教育だと?」

 

フレッチャー「…私達は戦争の歴史を刻まれましたから、アトランタやアイオワなんて特に影響されやすくて」

 

ビスマルク「何でそんな事…」

 

フレッチャー「深海棲艦が居なくなったら、次の敵は?」

 

ガングート「次の敵など居ない」

 

フレッチャー「いいえ、同じ力を持った艦娘です、私達はそう教えられました」

 

ガンビアベイ「フレッチャー!」

 

フレッチャー「いいの、どうせもう国に見放された身…」

 

ガングート「国に見放されたか、お前には国しかないのか?」

 

フレッチャー「貴方は愛国心がないのですか?」

 

ガングート「…何を言ってるんだ?お前は、国家機密をつい先ほどしゃべっておいて愛国心を問うか」

 

フレッチャー「それは…」

 

ガングート「今だ、生きているのは今、国の為にと言う考えは大切だ、私も祖国を大事に思っていたからな」

 

フレッチャー「…今は違うと?」

 

ガングート「…私1人に国を守る力はない、無理矢理気付かされたんだがな、お前もそうだ、みんなそうだが…たった1人で世界をどうこうする力なんて無いんだよ」

 

フレッチャー「……」

 

ガングート「私からすれば、今のお前は…アメリカを恨んでいるように見える、きっと今までのお前は大役を担い、胸を張って生きていたんだろう、つい最近まではな」

 

ガングートさんが椅子をひいてこしかける

 

ガングート「しかし、失敗したのか、それとも諦めたのか…お前は国から見放されたらしい…そして、国を恨む…」

 

フレッチャー「…悪い事でしょうか」

 

ガングート「いいや、全然悪くないさ、だが…お前1人で背負えるものじゃないんだ、お前1人でも、お前の仲間達とでも…背負い切れるようなもんじゃない、そんな無理をする必要はない、できなくて当然なんだ」

 

フレッチャー「…最初から期待されてないと?」

 

ガングート「ククッ…卑屈な事を言うんだな?…でも、私は思うんだ、生きてるだけで幸せだと、死んでないなら次もあるしな」

 

フレッチャー「……」

 

ガングート「お前の人生はお前のものだろう?国に捧げるのも悪い話じゃないが、私は自分のために生きたいと思ったんだ、そしてその自分の為が…仲間の為だった、お前はどうだ?」

 

フレッチャー「……」

 

ビスマルク「偉そうに言ってるけど、ボロボロ泣いてた癖に」

 

ガングート「な…貴様!誰から聞いた!」

 

ビスマルク「朧と狭霧、あとタシュ」

 

ガングート「アイツら…!クソ!とっちめてくる!」

 

フレッチャー「…自分の為…」

 

ガンビアベイ「フレッチャー…?」

 

フレッチャー「……私達も、在り方を見つめ直すべきかもしれませんね」

 

ビスマルク「変化っていうのは…良い方にも悪い方にも転がるわ…身に沁みて知ってる……ところで…」

 

フレッチャー「はい?」

 

ガンビアベイ「…あ」

 

ビスマルク「青葉?随分と静かだけど…」

 

青葉「…え?…あ!?ぜ、全部食べられてる…」

 

ステーキプレートの上に乗っていたステーキは…もはやどこにも無い

 

ビスマルク「…ガングートね、良い話してる風にしながらつまみ食いしてたなんて…後で見つけたらしばいておくから」

 

青葉「…お願いします、本当に…」

 

ガンビアベイ(す、すごく悔しそう…)

 

フレッチャー「は、半分食べますか?」

 

青葉「え、いえ…」

 

ガンビアベイ「あ、これも…」

 

青葉「いや、その…悪いですよ…」

 

フレッチャー「大丈夫、気にしなくて良いですから」

 

ガンビアベイ「どうぞ…」

 

青葉「う…す、すみません…」



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記録 賢者

The・World R:1

Λサーバー 文明都市 カルミナ・ガデリカ

重槍士 青葉

 

青葉「…はあ…疲れる1日だったなあ…」

 

思い返せば今日は随分と面倒ごとが多かった

キタカミさんに無理難題をふっかけられたことも、ガングートさんにつまみ食いされたせいで狭霧さんに事情聴取を受けた事も

 

青葉「…あれ、あんな人…居たかな」

 

ふと隣を誰かが通り過ぎる

落ち着いた雰囲気の、浅黒い肌に白髪の…老人のようにもみえる呪紋使いのキャラクター…

見た事のない人だ、何もしていないのにこれほど鮮烈な印象を受けているのだから…

 

青葉「……」

 

キタカミさんに言われたからじゃないけど、気になった

 

青葉(…話しかける?でも、パーティに誘うと否が応でもリコリスさんの事を知ることになり、迷惑をかけるかもしれない…黄昏事件ほどじゃないけど、リコリスさんも問題が無いわけではないし…)

 

…でも、不思議と気になる

まるで、鼻につく臭いを発しているように気に触る

 

青葉「…あの」

 

つい、話しかけた

 

ワイズマン「トレードかい?」

 

普通はそうだろう、このゲームにおいて人に声をかけるときはアイテム交換のトレードかパーティに誘う時だけ

 

青葉「いえ、そうじゃないんですけど…」

 

ワイズマン「では何の用事かな」

 

青葉「……用事」

 

特に用事があったわけではない

何か気になったから声をかけただけで…

 

青葉「いや、その…あ」

 

思いついた、理由

 

青葉「じ、実は、知り合いに友達を作れって言われて…私とメンバーアドレスを交換してもらえませんか?」

 

何も嘘はついていない…が

キタカミさんに言われたから、という点は否定のしようを失った…

 

ワイズマン「ハッハッハッ…面白い理由だ、が…構わないよ、私はワイズマンだ」

 

青葉「あ、青葉です…」

 

ワイズマン「…青葉?」

 

青葉「へ?」

 

ワイズマン「いや…何でもない、よろしく、青葉」

 

青葉「は、はい」

 

ワイズマン「それで?君と私は晴れて友達になったわけだが」

 

青葉「え?」

 

ワイズマン「友達になった、のなら…仲を深めるべきだと思うが」

 

青葉「…そ、そうですよねー…」

 

青葉(どうしよう、勢いで言っちゃったから何も考えてない…)

 

ワイズマン「…折角だ、一緒にエリアでも行くかい」

 

青葉「え?…あ、はい」

 

カオスゲートの前に移動し、エリアワード入力画面を呼び出す

 

青葉「…行きたいワードとかあります?」

 

ワイズマン「その前に、パーティに誘ってくれないか?」

 

青葉(…やっぱり、そうなりますよね)

 

観念してパーティに誘う

 

ワイズマン「…おや?…その子は」

 

青葉「…ええと…NPCです、その…」

 

ワイズマン「NPCか…成る程、イベントの類か」

 

青葉「イベント…そう!そうです!…多分」

 

ワイズマン「……Λサーバー、花開く約束の散歩道は如何だろうか」

 

青葉「えーと…花開く、約束の…散歩道…と」

 

エリアワードを打ち込み、転送ボタンを押す

 

青葉「わっ!?」

 

エラーメッセージが表示される

 

青葉(プロテクトエリアだ…!)

 

ワイズマン「どうかしたか?」

 

青葉「このエリア、転送できません」

 

ワイズマン「そうか、では仕方がない」

 

青葉「…何か思い入れのあるエリアだったんですか?」

 

ワイズマン「いや、そこにはスパークブレイドという剣があって、中々に強い武器なんだ」

 

青葉「ブレイドってことは剣ですよね…?使えるんですか…?」  

 

ワイズマン「いいや、売るんだ、実はスパークブレイドは入手難易度もかなり高い、しかし強い、欲しがるプレイヤーは少なくない」

 

青葉「だから高値で売れる…」

 

ワイズマン「そういうことだな」

 

青葉「…そういうプレイはしたことがないです」

 

ワイズマン「トレードもあまりしたことが無さそうだな、如何だ、試しに私のとっておきのアイテムとその槍を交換、というのは」

 

青葉「…この槍を?」

 

ワイズマン「ああ、勿論、釣り合うようにアイテムを差し出す、どうかな」

 

青葉「お断りします」

 

ワイズマン「…理由を聞かせてもらおうか」

 

青葉「これは人から譲り受けたものですので」

 

ワイズマン「譲り受けた…か…では、これはあくまで善意からの言葉だが…その槍は改造(チート)品の可能性がある」

 

青葉「…それで」

 

ワイズマン「不正なアイテムを使い続ければアカウント停止の恐れもある、そのアイテムの出どころははっきりしているのか?」

 

青葉「ええ…これは、仕様の内部にあるものです」

 

ワイズマン「それは間違いのない事なのか」

 

青葉「はい」

 

ワイズマン「…ならば、無用な詮索を詫びよう、見た事のない槍だったものでね」

 

青葉「…いえ」

 

ワイズマン「しかしこれで確信できた、君があの連星の騎士だと言うわけだ」

 

青葉「…へ?」

 

ワイズマン「違ったかな?」

 

青葉(…連星の……って、言うと…?)

 

ワイズマン「かつてのザワン・シンのイベントで2人の英雄、蒼天のバルムンク、蒼海のオルカ、この2人の戦いを見守った連星の騎士…というのが君だと思ったが」

 

青葉「ち、ちちっ…違います!あれはアルビレオさんで…あ」

 

ワイズマン「アルビレオ?…成る程白鳥座か…だから連星の騎士…」

 

ワイズマンさんが納得したように頷く

 

ワイズマン「君がそう言うのなら確かに君は連星の騎士ではない、のだろう…しかし、君はその錬成の騎士を知っている」

 

青葉「…えーと…」

 

ワイズマン「今のが出鱈目だと言うのは通じない、君もご存知の通りアルビレオというのは白鳥座の恒星の連星のことだ、それがすぐに出てきたあたり、何も考えずに言った言葉とは思えない」

 

青葉「…それは、その…」

 

ワイズマン「そして、君のキャラクターのエディットもそうだ、そのオッドアイはその二つの星と同じ色になっている…親しい仲、もしくは憧れの対象なのか」

 

青葉「……何が言いたいんですか、それを調べ上げてどうしたいんですか…」

 

ワイズマン「っと…いや!失礼、信じてくれ、とは言わないが、他意はないんだ…ただ、興奮してしまった、だって君が連星の騎士ならあのW・Bイェーツ達とも深い仲な訳だからな」

 

青葉「W・Bイェーツ…?あ、ああ、有名なネット詩人でしたっけ…」

 

イベントがあるごとに詩をBBSに書き込む、古株の有名プレイヤーだとか聞いたけど…

ザワン・シンの時にも?

 

ワイズマン「その反応では本当に知らないのか…是非会ってみたかったのだが」

 

青葉(…あれ?そういえばクリムさんも知ってたし、なんで連星の騎士が広まって…)

 

青葉「そ、そういえば、その連星の騎士って、どこから…?」

 

ワイズマン「W・Bイェーツの詩にあった、連星の騎士と共に…とな、それが何かあるのか?」

 

青葉(うっっわ…絶対ほくとさんだ…あの時アルビレオさんと一緒に居たのはほくとさんだけだし…)

 

青葉「…詳しいんですね」

 

ワイズマン「好きなんだ、その手のものには興味があってね」

 

青葉「そうですか…」

 

ワイズマン「君に不愉快な思いをさせてしまったお詫びに…」

 

お札セットをワイズマンから受け取った

 

青葉「…アイテム…?…呪符がこんなに……なんで?」

 

ワイズマン「あると便利だろう?」

 

青葉「……何で私の戦闘スタイルを知ってるんですか」

 

ワイズマン「何のことだ?」

 

青葉「普通、このゲームの槍を使うキャラは魔法攻撃のステータスが高くありません」

 

ワイズマン「ふむ」

 

青葉「相手のことを思い、渡すものを選ぶなら…こういうアイテムではなく、ステータスを変化させるバフアイテム、もしくは回復アイテムの詰め合わせみたいな物を選ぶはずです」

 

ワイズマン「それで、私がそうしなかったから私の行動はおかしい、と?」

 

青葉「はい、貴方は私を知っている…そうなれば納得がいくんです、だって私は呪符を多用する戦闘スタイル…普通ならあまり喜ばれないアイテムが私には逆に刺さる」

 

ワイズマン「君のニーズにあった商品を提供できた、と言うわけか」

 

青葉「…はぐらかさないでください、あなたは何者なんですか?」

 

ワイズマン「…やれやれ、本当に警戒心が強いな、狼というだけはある」

 

青葉「……」

 

ワイズマン「クリムという男は知っているな」

 

青葉「クリムさん…?ええ、知っています」

 

ワイズマン「紅い稲妻クリム、もうログインをやめたようだが…彼は過去、面白いプレイヤーに出会ったと言っていた、それが、君だと私は考えた」

 

青葉「…それで」

 

ワイズマン「まさか君から接触してきてくれるとは思わなかったが、君にこれを」

 

青葉「紅雷(こうらい)の槍…?」

 

炎属性と雷属性のスキルを持った槍…

 

ワイズマン「これを手に入れられるエリアも、すでに入れなくなっている…つまり、今のところ…これを持っているプレイヤーはほんのひと握りだ」

 

青葉「…私はアイテムの希少性に、レア度には興味はありません」

 

ワイズマン「では言い方を変えよう、これはクリムからの贈り物だ」

 

青葉「そう言うことなら、喜んでいただきます」

 

ワイズマン「さて、折角友達になったのなら…の続きだが」

 

青葉「続き?」

 

ワイズマン「来て欲しいエリアがある、君にも私を知ってもらおう」



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記録 賢者の試練

The・World R:1

Λサーバー まばゆき 賢者の 極北

重槍士 青葉

 

青葉「…よし…このエリアの敵は全滅です」

 

ワイズマン「話に聞いた通りだな、呪符と槍一本で戦うソロプレイヤー…味方との連携には慣れていない」

 

青葉「そんなこと言うくらいなら戦ってくださいよ!…値踏みしてるつもりかもしれませんけど、ずっと見てるだけじゃないですか!」

 

ワイズマン「そう言うつもりではないんだが…ここでは私が前に立って戦うわけにはいかない」

 

青葉「え…?…っ!」

 

背後から迫ってきたモンスターを一撃で撃破する

 

青葉「もらった呪符、使わせてもらいますよ…!不死鳥の呪符!」

 

モンスターに不死鳥が突っ込み、モンスターが火だるまになる

 

青葉「バクリパルス!」

 

さらに炎の斬撃でモンスターをチリになるまで焼き続ける

 

青葉「…よし……って、本当に手伝ってくれませんね…」

 

ワイズマン「理由もちゃんと説明するよ、だが、まずはここの最奥部に行ってからだ」

 

青葉「最深部…は、もうすぐ見たいですけど…」

 

マップを見ながら最後まで進む

 

青葉「…あ、ここだここだ……あれ?ボス部屋になってるのにボスがいない…」

 

ワイズマン「ここはそう言うエリアだ、本来ならここにはボスがいるべきだが居ない…そのおかげでこの広い部屋を好きにできる」

 

青葉「…ここで何をしてるんですか」

 

ワイズマン「警戒する事はないさ、ただの…トレードだよ」

 

ワイズマンさんが部屋の中央に立ち、入り口の方を見つめる

 

青葉「…誰か来るんですか」

 

ワイズマン「さあ、だが、来るはずだ」

 

青葉「なぜ?」

 

ワイズマン「いつも誰かが来るからだ」

 

青葉「…貴方はトレードを主体にするプレイヤー…トレーダーだったんですか…?」

 

ワイズマン「まあ、そんなところだ…トレードがしたい人間がここまで来て、私から買う…待っている間は、適当に暇を潰す」

 

青葉「…私を知ってもらおうって…」

 

ワイズマン「なあに、これからわかるさ」

 

バス部屋の扉が開き、PC達が入ってくる

 

リンダ「…っと、先客か?」

 

ワイズマン「いいや、君が一番乗りだ」

 

青葉「……あ…?あ、貴方は確か、オルカさんの知り合いの…」

 

リンダ「ああ、オルカの友達といた連星の槍使いじゃないか」

 

ワイズマン「知り合いか?」

 

リンダ「まあ、そんなとこ…それより、例の話はどうなった?」

 

青葉(例の話?)

 

ワイズマン「先払いだ」

 

リンダ「…これで足りるか」

 

ワイズマン「十分だ、バルムンクだが、カルミナ・ガデリカで商人NPCと妙なやりとりをしてるのを目撃されている、だが、目的などは一切不明…と言うより、憶測の域を出ない」

 

リンダ「それで構わない」

 

ワイズマン「未帰還者の調査…だろうな、だが、芳しくはないようだ」

 

リンダ「……未帰還者の方は」

 

ワイズマン「そうなると、今の100倍は必要だな、何せ…フッ、リアルの個人情報も調べ上げる必要が出てくるからな」

 

リンダ「…貯まったらにするよ、今日はどうも」

 

リンダさんがアイテムでダンジョンから出ていく

 

青葉「…今のがトレード」

 

ワイズマン「ああ、何か気になることでも?」

 

青葉「…今のやりとりは、まるでトレードと言うより…情報屋の様でしたね」

 

ワイズマン「情報屋ワイズマン…そう呼ぶ者もいる」

 

青葉「情報屋…」

 

また人が部屋に入ってくる

 

ジョー「ワイズマン、今週のアガリを持ってきた」

 

RAM「呼び捨てにしてんじゃないよ、ワイズマンさん、私も今週の利益持ってきました」

 

青葉(り、利益?)

 

歩いてくるPCと目が合う

 

ジョー「…ワイズマン、こいつは?」

 

ワイズマン「私のボディーガードだ」

 

青葉(ボディーガード!?)

 

RAM「なら仲間か、よろしく」

 

青葉「え、あ…ど、どうも…?」

 

ジョー「とりあえず、ほら、今週のアガリ」 

 

RAM「どうぞ」

 

ワイズマン「…計算して後で君たちの分を送るよ、それより…Θサーバーのオピロンは?」

 

RAM「さあ?」

 

ジョー「持ち逃げしたんじゃねえの」

 

ワイズマン「後でメールをしておいてくれ、今日はもういいよ」

 

ジョー「よし、じゃあ落ちるか!」

 

RAM「お疲れ様でした」

 

2人とも転送されていく

 

青葉「……トレーダーも本当にやってる…?いや、あの感じ…」

 

ワイズマン「私のプレイスタイルは、情報屋…そして、トレードの元締めだ、タウンにいる沢山のプレイヤーが安全かつ円滑にトレードをできるサポートをしている」

 

青葉「トレードの元締め…」

 

ワイズマン「ここにくるのは私と直接商品のやりとりをしたい人間だけだ、もしくは、私に雇われた人間か」

 

青葉「…それより、さっきのボディーガード扱いは何だったんですか」

 

ワイズマン「ここに来る人間は大体はレアアイテムのトレードを目的とするが、中にはリンダの様に情報をやり取りしたがる者もいる…そうなると部外者の存在を嫌う」

 

青葉「…それは、確かに」

 

ワイズマン「だから君にはここに居る以上私の身内でなくてはならない、そうなると手っ取り早いのがボディーガードだった」

 

青葉「…それは、わかりましたけど…じゃあ道中の敵とは戦って下さいよ…」

 

ワイズマン「誰に見られているかわからない、ボディーガードだというなら、戦闘は君に任せた方が信憑性もでるだろう?…結果として、その光景を見た人間は居なかったようだが」

 

青葉(…食えない人だな…)

 

ワイズマン「…さて、ここで一つ聞きたい、君のつれているNPCについてだ」

 

青葉「……」

 

ワイズマン「NPCを連れ回すタイプのイベントなんて一度も聞いたことがない、情報屋もやっているこの私がだ…君にこの言葉を返そう、君は何者だ?」

 

青葉「重槍士、青葉」

 

ワイズマン「…言うつもりは無い、か?」

 

青葉「……言える事はそれだけです」

 

ワイズマン「言える事、と言う事は君はシステム管理者か?何かの制約がかかっているのか」

 

青葉「それは…ただの揚げ足取りです」

 

ワイズマン「君もそうした、私の渡したアイテムから細かな事までに口を出したのだから…」

 

逃すつもりはない、か

 

青葉「……私にもわかりません」

 

ワイズマン「わからない?」

 

実際、何もわからないのだから、仕方ない

 

青葉「ええ、このキャラ…リコリスさんは、何を目的に私と共に居るのかもわからない」

 

ワイズマン「…興味深い」

 

青葉「え?」

 

ワイズマン「良ければ、調べさせてくれ、私の情報網を使って何か掴めるか試してみたい」

 

青葉「ま、待ってくれますか、何でそうなるんですか?」

 

ワイズマン「単純に興味が湧いたからだ」

 

青葉「……本当に、食えない人ですね…私は何を要求されるんですか」

 

ワイズマン「いや、これは本当に好奇心からの申し出だ、それに…友達相手に金品を請求したりしない…信じてもらえるだろうか」

 

青葉「…いい、でしょう…信じます、私も…頼めるなら頼みたい事ですから」

 

大きくため息をつく

駆け引きの緊張感からようやく解放された

 

青葉(……丸々信じるのもどうかと思うけど…もういいや、多分勝てる相手じゃない)

 

ワイズマン「っと…来客だ」

 

2人組のPCが入ってくる

 

スレイヤー「ワイズマンさん」

 

ワイズマン「ああ、アイテムの買い取りか、順番に受け付けるよ」

 

エダジマ「では、私のこのあかずの斧から…」

 

ワイズマン「あかずの斧か、確か土属性と水スキル…ドレイン系…」

 

エダジマ「7000GPでどうでしょうか」

 

ワイズマン「NPCに売却で確か4800GP、だがイベントの難易度的には8000GP程の価値がある、8000GPで買わせてもらうよ」

 

エダジマ「ありがとうございます」

 

スレイヤー「じゃあ、こっちは異世界の兜を」

 

ワイズマン「The・Worldに7つしかないという…?……見せてもらおう」

 

…妙ちくりんな兜がワイズマンさんの手に渡る

 

ワイズマン「……偽物だな、装備してみればわかるだろうが、各種デバフその他の嫌がらせが仕組まれているらしい」

 

スレイヤー「えぇっ!?」

 

ワイズマン「自分で試すか適当な奴に使ってみると良い、他にはあるか?」

 

スレイヤー「いいえ」

 

エダジマ「本日は、ありがとうございました」

 

スレイヤー「またよろしくお願いします」

 

2人が転送され、入れ違いに三人入ってくる

 

青葉「…!」

 

ワイズマン「君たちも、トレード?」

 

カイト「あの……“黄昏の碑文”について、聞きたいんだけど…」

 

ワイズマン「“黄昏の碑文”……その情報は安くはない……こっちも商売なんでな…ギブアンドテイク!…交換条件を出そう」

 

トキオ「どんな条件?」

 

ワイズマン「そうだな…少し時間をくれ、詳細はメールで知らせる」

 

カイト「わかりました」

 

ブラックローズ「時間あげる分、安くしてよね」

 

ワイズマン「ハッハッハッ……そう、取引とはそういうものだな」

 

トキオ「…ところで、さっきから気になってたんだけど…」

 

全員の視線がこちらを向く

 

ブラックローズ「何であんたがここにいんの?」

 

カイト「青葉も、情報収集?」

 

青葉「いや…」

 

ワイズマン「知り合いだったか、友達の紹介という事で、少し条件をまけてもいい」

 

ブラックローズ「友達ぃ…?青葉と、アンタが?」

 

ワイズマン「スパークブレイド…Λサーバー、花開く、約束の、散歩道…このエリアにあるスパークブレイドで手を打とうじゃないか」

 

青葉「え…あっ、でも…」

 

ワイズマン「しっ…わかってるさ」

 

ワイズマンさんがパーティチャットで制止する

 

カイト「スパークブレイド…それを持ってくれば、いいんですね」

 

ワイズマン「ああ、私はここにいる」

 

カイト「早速、行ってこよう」

 

3人が転送される

 

青葉「…わざわざプロテクトエリアを指定するなんて…」

 

ワイズマン「黄昏の碑文を追うものは多く無い、彼らならきっと突破してくるだろうな」

 

青葉「…何の保証が」

 

ワイズマン「そんなものはない、だが、君のその様子から察するに、私の見立ては外れてはいないらしい」

 

青葉「……例えば」

 

ワイズマン「む」

 

青葉「私が先に、スパークブレイドを持ってきたら…どうしますか?」

 

ワイズマン「…それは、面白い提案だが、彼らは友達じゃなかったのか?」

 

青葉「友達…とは違いますね、彼らは…仲間です、同じ志を持つ仲間」

 

ワイズマン「成る程、実に興味深い…それと、先程の答えだが、君が望む情報を提供しようじゃないか」

 

青葉「なら、どっちが持ってきても同じですね」

 

 

30分後

 

 

ワイズマン「確かに、スパークブレイドだ」

 

ブラックローズ「でしょーーっ?さっ、約束通り情報ちょうだいっ!」

 

ワイズマン「その前に、一つ聞きたい、君たちは一体、何者なんだ?」

 

ブラックローズ「どういう意味よ!アイテム渡したのに難癖つけるつもり!?」

 

ワイズマン「約束は守るよ、ただ、プロテクトエリアに易々と、気になるじゃないか?」

 

トキオ「わざとプロテクトエリアを指定して、試してたのか…!」

 

ブラックローズ「感じ悪ぅ…」

 

ワイズマン「まあ、そういう事になるが…良かったら話を聞かせてくれないか」

 

カイト「…青葉さんからは?」

 

青葉「私は何も」

 

カイト「…わかりました」

 

 

 

ワイズマン「なるほど、やはりこの世界は……実に興味深い…しかし、蒼海のオルカがという話が真実だったとはな…」

 

ワイズマンさんが考え込む様な仕草を見せる

 

ワイズマン「わかった、そういう事なら協力しよう、試したりしてすまなかった、私の持っている黄昏の碑文のデータはメールで送らせてもらう」

 

カイト「ありがとうございます」

 

ワイズマン「それと、これを」

 

ブラックローズ「へ?スパークブレイド、何で返してくれたの?」

 

ワイズマン「アイテム以上に君たちの話が興味深かったからな」

 

青葉「…好奇心が利益より優先されるんですか?」

 

ワイズマン「ゲームとはそういうものだろう?後、これは私のメンバーアドレスだ、それでは私は失礼する」

 

ワイズマンさんが転送されていく

 

青葉「…私も失礼します」

 

一礼してからログアウトする



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主力

宿毛湾泊地 作戦室

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「…んー…」

 

杖をつきながら報告書の束のファイルが並んだ本棚の前をゆっくりと歩き回る

 

朧「あ…キタカミさん、ここに居たんですね」

 

キタカミ「んー…まあ、なんか…やる事なくなっちゃったから…ってかもう退院してたんだ、私に用事?」

 

朧「はい、提督から、哨戒班の出迎えに行って欲しいって」

 

キタカミ「んー了解、てか今日の哨戒って誰だっけ?」

 

朧が木札を見せる

 

キタカミ「旗艦は島風か……あ?あれ、島風木札無くしたの?」

 

朧「あ、わかります?…蒲鉾の匂いしますよね」

 

キタカミ「うん、っていうか…こっち戻ってきたばっかりの時は木札作るために馬鹿みたいにかまぼこ食べるハメになったから…もう見たくないな…てかなんでカマボコの板で木札作ったんだよ…」

 

朧「アハハ…」

 

キタカミ「……あ…あった、台湾侵攻の作戦報告書」

 

朧「…その単語だけ聞いたら完全にアタシたち悪役ですよね」

 

キタカミ「…うーん…ダメだわ、使える情報ないな」

 

朧「何を探してるんですか?」

 

キタカミ「大規模な作戦の記録で簡単に理解できそうな奴、でも陸上戦をするかもしれないとなると何も参考にならないんだよね」

 

朧「あー……」

 

キタカミ「…待って、なんか…誰か走ってきてない?」

 

朧「……清霜?」

 

扉が音を立てて開く

 

清霜「居た!哨戒班が交戦しました!」

 

キタカミ「…!」

 

朧「すぐ行く!」

 

 

 

少し前

 

 

近海 

駆逐艦 島風

 

島風「…あれ?」

 

荒潮「どうかした〜?」

 

島風「…なんか、いま、肌がビリって…」

 

秋月「…なりました?」

 

龍驤「さあ、わからんなぁ……んがっ!?」

 

最後尾の龍驤さんが私の前まで吹っ飛んでくる

 

島風「敵襲!…っ…」

 

振り返った時には、秋月と荒潮が呆然とした様子で海面へと倒れ込む最中だった

 

島風「……本当に、これが偽物…?誰でも出せるの…?」

 

朧「……」

 

朧の偽物…なのだろう、おそらくは

 

そして、後方から一瞬で…3人がやられた

4人部隊のうち、3人が一瞬で

 

島風「っ…」

 

連装砲ちゃんを操作し、砲撃を放つもかわされる

そして、距離を詰めて拳打…

ボクシングスタイルの連続のパンチが鈍く身体に突き刺さる

 

…動けない

 

私は加速すれば誰よりも速く動ける

だけど、正面方向にしか加速ができない

 

そして、正面を抑えられている今…私は距離を取ることができない

 

朧「……」

 

パンチに蹴りが混じり始める、僅か数秒しか立っていないはずなのに、頭が嫌に働き、まるで数分殴られ続けていると錯覚する

 

島風(…大丈夫)

 

右頬を打ち下ろす様に殴られ、視界が下を向く

 

一方的に殴られ、段々と思考が鈍り始める

 

…仲間の顔をしている人間に手を出すのは、正直怖い

でも…やらなきゃやられるのなら

 

朧「!」

 

島風「…止まった」

 

額で拳を受け止め、短剣を抜き朧の腕に突き刺す

 

島風(…生き残る…勝ちたい…)

 

…朧には、正気を失った状態ではあるものの、一度負けている…

台湾から離島への侵攻の時の意識のない状態での戦い…

 

…負けっぱなしは嫌だ

たとえどんな理由での戦いでも、何であろうと

 

島風「…だから、対策はしてる」

 

体の力を抜き、後方へと倒れる

そして水面に右手をつき、右手だけで身体を持ち上げ…

 

島風(ゼロ距離なら…!)

 

片足の艤装を最大速度で稼働させる

 

島風「やあぁぁぁッ!」

 

右手を軸にした全身を回転させる蹴りが朧を吹き飛ばす

 

島風(一度距離を取れば…)

 

体勢を立て直し、加速し、朧に一撃を加えるたびに離れるを繰り返すヒットアンドアウェイを繰り返す

二撃、三撃…そして、とどめのひと突きを…

 

島風「くらえっ…!…っ?…あ、あれ?」

 

スカッた…

というか、朧が消えた…

 

島風(ど、どうなって…)

 

いや、共有された戦闘レポートによると…急に消えたって言ってた、つまり今消えたのもそう、何かしらの理由で消えた

 

島風「大体…30秒?」

 

艤装の記録装置を観ることができれば正確な時間もわかるはず…

 

島風(…多分、そのくらいの時間しかその場に留まれなかったって事……あ)

 

強い南風が吹き付ける

 

島風「……みんなを回収して戻らなきゃ…」

 

荒潮「だ…大丈夫よ〜…」

 

秋月「こっちも…なんとか」

 

2人がヨロヨロと起き上がる

 

秋月「…あ、殴られた時の衝撃で救難信号がオンになってる…」

 

荒潮「じゃあ…こっちで戦闘があったって伝わったのかしら…?」

 

龍驤「やったらそれでええやろ、荒潮、(こま)い報告は任したで、早いとこ逃げなまた…ん?」

 

島風「…あ!」

 

遠くに小さな黒い影…

 

秋月「逃げてる…深海棲艦?」

 

島風「逃がさない!」

 

龍驤「あ、ちょっ待ちいや!」

 

直線距離約150メートル、私なら一瞬で追いつける

 

島風「おっそーい…」

 

駆逐級の前に回り込み、艤装でブーストをかけて蹴りあげる

 

龍驤「ああもう!ぼさっと寝てんなや!仕事やで!」

 

秋月「待って!…あの深海棲艦、何かついてます」

 

荒潮「…あら〜…」

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 波止場

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「…ひっどい顔してんね〜…島風、他3人は目立った傷無いのにアンタだけ顔ボコボコじゃん」

 

島風「……」

 

島風が目を逸らす

 

龍驤「意地悪言うたらんとったって、一撃で気ぃやったウチが言うのも何やけど島風はだいぶ耐えてくれたんやで」

 

キタカミ「わーってるって…で?見せてくれるんでしょ」

 

荒潮「今明石さんとアケボノさんが…」

 

キタカミ「ああ、吊り上げてんの?サメみたいに」

 

龍驤「おー、多分USJのサメみたいになるわ…っても、あれも元々人間って思うと、早いとか弔うなりなんなりしたいけどな」

 

キタカミ「…島風」

 

島風「はい」

 

キタカミ「どうだった?」

 

島風「……」

 

島風が目を伏せる

 

島風「多分、勝てたのは運とか、勢いとか…」

 

島風の両頬を掴んで、顔を持ち上げる

 

キタカミ「よく勝った、勝ちは勝ちだよ、偽物とはいえ朧相手によく勝ったね」

 

島風「…でも」

 

キタカミ「でももだってもないよ、うちの主力が自信無くしてどうすんのさ」

 

島風「主力…?」

 

キタカミ「島風が違ったらどうなんのさ、うちはどんだけ化け物揃いになるのやら」

 

島風「でも…砲撃当たらないし、頭の回転速く無いし…」

 

キタカミ「他人の長所を求めてどうすんのさ、自分の長所があるでしょーが、すばしっこくて近距離戦も弱くない」

 

島風「でも、直線にしか動かないのを狩られて…何回も負けて…」

 

キタカミ「その度に色々手を変えてたじゃん、連装砲にワイヤつけて回転の軸にしたりさ、その努力はみんな知ってるし、主力と呼ぶに相応しい力もある…っていうか、もっかい言うけどあんたが主力じゃなかったら他の連中どうなんのって」

 

杖でコツコツと地面を叩く

 

朧「はーい?」

 

キタカミ「朧、阿武隈連れて外周」

 

朧「えっ」

 

キタカミ「ほら、早く行く」

 

朧「…まだ仕事が…」

 

キタカミ「じゃあそれ終わったらすぐにね」

 

朧「と言うか何で…?」

 

キタカミ「話聞こえてなかったの?そりゃあ当然負けたからでしょ」

 

朧(それアタシの偽物じゃ…?)

 

島風(り、理不尽…)

 

明石「あ、キタカミさん!」

 

キタカミ「んえ?」

 

明石「ちょっときてください!」

 

 

 

 

 

離島鎮守府跡地

綾波

 

綾波「……おっと?…アハッ」

 

山風さんの髪を弄っていた手を止める

 

神通「どうしました」

 

綾波「愚か者が泣きついてきますよ」

 

神通「え?」

 

綾波「…よし、山風さん、これで良いですか?」

 

山風「う、うん…」

 

綾波「さて…お仕事の話がありますので、少し離れておいてください」

 

モニターを起動する

 

綾波「どうも、女帝サマ?作戦失敗の不幸になんと言うべきか」

 

ヴェロニカ「随分と早耳ね、もう次のプランの目処が立ってるのかしら?」

 

綾波「人の作ったものに依存してる癖に偉そうですねえ…ああ、一応偉いのか、でも、人や物を扱うにしては…ふふっ…随分と下手くそだ、三流ゲームマスターさん」

 

ヴェロニカ「随分安い挑発ね」

 

綾波「おや、挑発と認識していると言うことは効いてるんですね…こんなに安い挑発が効くなんて、失礼しました」

 

ヴェロニカ「……」

 

神通(随分と煽る…綾波さんはこの人と組む気が有るのか無いのか)

 

ヴェロニカ「おままごと遊びを楽しんでいる様なヒマはあなたには無いんじゃ無い?時間の浪費なんてもったいないだけだと思うケド」

 

綾波「お生憎様、私の趣味はままごと遊びだけなんです、それに…自分の部下の身なりが整っていないとまともに仕事ができなくて、おかげで朝のセットをしていたらお昼ご飯の時間になってしまいまして…あー、ランチタイムなのでもう切ってもいいですか?」

 

ヴェロニカ「こっちもディナーにはいい時間だけど、先に仕事の話をしましょう?」

 

綾波「…先に言います、あなた達の技術力ではもう勝ち目はない…イミテーションではもう相手にならなくなる」

 

ヴェロニカ「精鋭のコピーを用意したのに?」

 

綾波「それもあと一度が限界でしょうね、LSFDはあなた達には使いこなせない…LSFDを模倣しただけの装置では圧倒的に足りない」

 

ヴェロニカ「…どうやら、その様ね、貴方の才能は認めるわ」

 

綾波「才能…ハッ……笑わせる、そういえば、作戦資料拝見しましたよ、LSFDの作成が可能な夕張さんを拉致しようと言う作戦」

 

ヴェロニカ「貴方が殺したせいでパァになった」

 

綾波「そんな物、殺す前に言いなさい、それに所詮夕張さんでは一体のイミテーションという点には変わりない…いや、まず今の世界の融合度ではそもそも一体の存在をLSFDで止めるのが限界、あなたたちの作った管理施設の存在はまさに奇跡なんですよ」

 

ヴェロニカ「奇跡?そんなやすい言葉で表すのはやめて頂戴」

 

綾波「再現性がないものは奇跡って言うんですよ、あの施設の様な障壁を好きに作れるならLSFDなんて要らないことくらいわかってるでしょう?……はあ…」

 

大きくため息をつく

 

綾波「活かせないものは手放しなさい、私が手を加えてあげてもいいですよ」

 

ヴェロニカ「貴方が?」

 

綾波「考えておいてください、私はままごと遊びで忙しいので」

 

そう言って勝手にモニターの電源を落とす

 

神通「…どうするんですか?」

 

綾波「言うまでもなくイミテーションは本物より弱い、それは駆け引きを知らないからであり、相手の動きに対応することを知らないからである……力量自体は本物と同等ですけどね」

 

神通「それで?」

 

綾波「偽物…イミテーションは常に別の個体と戦い、戦術を最適化し続ける、対個人戦のね、だから背後からの強襲などの戦法に依存する」

 

…だか、少し強い敵が居たら仕留め損なう

頭のキレる人間なら、先手を取らなければ搦め手に叩き潰される

 

綾波「…対応力が低すぎるんですよ、誘い込むとかそう言う手を知らない、アケボノさんのコピーの個体は本物が本物なだけに悪くない動きをした様ですが」

 

神通「…それで?」

 

綾波「だから、本物同様の知性を与えるべきだと思いまして…私が一からプログラムすれば…かなり強くなれるんですけどね?」

 

神通(…なんと悍ましい事か)

 

綾波「さあて、あ、浦風さんの髪のセットをしなくちゃいけませんね、神通さん、昼食は任せました」

 

神通「……」

 

綾波「大丈夫、物事は順調に進んでいる」

 

 



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呼応予言

The・World R:X

Θサーバー 蒼天都市 ドル・ドナ

双剣士(ツインソード) カイト

 

八咫(やた)「ここ3日のネズミの出現数は併せて2件のみ、だが、その2件はどれも人気の無いエリア…」

 

カイト「そもそも、今はThe・Worldのサーバーは一般のユーザーには解放されてないけどね」

 

八咫「それどころか、このサーバーにいるのは我々2人だけだ」

 

…そう、管理者PCすら居ない

完全にこのサーバーを、The・Worldを放棄した様な状態

CC社は今、表向きには状況の打破に注力している事になっているけど…

 

八咫「…ネズミの破壊力は恐ろしい物だな、碧衣の騎士団…デバッガーチームがほとんど病院送りにされた」

 

2件のネズミの出没事件、その2件で調査にあたったCC社のシステム管理者合計30人がフラッシュを直視することになり、入院を余儀なくされた

 

カイト「…碧衣の騎士団っていうのは、僕はあんまり詳しくないけど…」

 

八咫「君の思ってる以上の集団だ、プレイヤーとしての腕も一級品、知識と技量を持ち合わせたThe・Worldの番人だ」

 

…それが壊滅状態になる

その重さはよくわかっている

 

八咫「…待て、このタウンのデータが…」

 

カイト「…何かいる?」

 

八咫「エリア一つ分、膨らんだ…碑文使いPC並の何か…」

 

カイト「……」

 

見渡す限りは、どこにも、誰も居ない…

 

何が潜んでいる?何がここにいる?

 

八咫「…気をつけろ、たった2人で相手取る事になるやも…」

 

カイト「!」

 

画面にノイズが走る

 

八咫「手遅れか」

 

カイト「この感じ…八相!?」

 

八咫「そんな筈はない、The・Worldの時間データを逆行してくるなど…っ…!」

 

カイト「どこから来る…!」

 

…背筋が凍る様な感覚

 

八咫「…ぐ…っ…!?」

 

八咫がうずくまり、苦しみ始める

 

カイト「八咫!」

 

八咫「っ……この感覚…まさか、私を…追って…!」

 

紋様が八咫に浮かび上がる

 

八咫「あ…蒼ざめた馬の、疾駆するが如く…疫病の風…境界を越えゆく…」

 

カイト「これは…フィドヘルの予言…!?しかも、これは…!」

 

かつてフィドヘルを撃破した時、第二次ネットワーククライシスの予言…

 

八咫「阿鼻叫喚…慟哭の声…修羅、巷に満ちる…逃れうるすべ…無く…」

 

カイト「なんで、この予言が今…!八咫!しっかりするんだ!」

 

八咫「…時、は…不可逆…なればなり…っ…不可…ぎ……ぐ…」

 

カイト「八咫!」

 

八咫がよろよろと立ち上がり、虚な目をこちらに向ける

 

八咫「……境界を越えし勇者、試練の先に真の力識る…闇の帷を、降ろす鍵…」

 

カイト「さっきと違う予言…!?」

 

八咫「境界を壊す鍵…終末の鍵となりて、全てを呑み込む…世界、反転の刻にて…」

 

カイト「終末の鍵…反転の…?」

 

八咫「……かつての英霊、今に揃いし時、楔を断ち…真なる道進まん…」

 

それを言い終わると八咫がパタリと倒れる

 

カイト「八咫!……ダメだ、意識がない…横須賀に連絡しないと」

 

 

 

 

リアル

宿毛湾泊地 執務室

提督 倉持海斗

 

大淀『倉持司令、連絡していただきありがとうございます』

 

海斗「拓海の容体は…?」

 

大淀『問題はありません、ただ意識を失っただけの様です、しかし…予言ですか』

 

同時に二つの予言…なんの意味があるのか

 

海斗「…こっちで少し探ってみます」

 

大淀『お願いします、こちらも提督が快復次第、連絡を差し上げます、それと、青葉さんにもお礼を伝えておいてください』

 

海斗「わかりました…では」

 

受話器を置く

 

海斗「青葉、連絡してくれてありがとう」

 

横須賀への連絡は、宿毛湾、横須賀、両基地に居る青葉を通じて行われた

 

青葉「いえ…でも、現代のThe・Worldで何が?」

 

海斗「…多分、フィドヘルと八咫が共鳴してたんだ、それで、予言を…」

 

…でも、なぜ二つ?

 

海斗(…ヘルバにメールしよう、The・Worldだけで済めば良いけど…そうもいかない気がする、対策はしっかりしないと)

 

海斗「…何が起きるんだ…?」

 

 

 

 

 

The・World R:1

Θサーバー 高山都市 ドゥナ・ロリヤック

重槍士 青葉

 

青葉「…あ、メール…ログイン前に見ればよかった……あ、でもこう言う時に…」

 

メーラーを呼び出し、閲覧する

 

青葉(便利、助かるな〜…)

 

[差出人:ワイズマン

  件名:黄昏の碑文

 

約束の碑文の一節だ。

 

禍々しき波の何処に生ぜしかを知らず。

星辰の巡りめぐりて(のち)

東の空(くら)く大気に悲しみ満ちるとき

分かつ森の果て、定命の者の地より、波(きた)る先駆けあり

行く手を疾駆するはスケィス

死の影をもちて、阻みしものを掃討す

惑乱の蜃気楼たるイニス

偽りの光景にて見るものを欺き、波を助く

天を摩す波、その(かしら)にて砕け、滴り新たなる波の現出す

こはメイガスの力なり

波の(おと)なう所

希望の光失せ、憂いと諦観の支配す

暗き未来を語りし者フェドヘルの技なるかな

禍々しき波に呑まれしとき策をめぐらすはゴレ

甘き罠にて懐柔せしはマハ

波、猖獄(しょうけつ)を極め、逃れうるものなし

仮令(たとい)逃れたに思えどもタルヴォス()りき

いやまさる過酷さにてその者を滅す

そは返報の激烈さなり

かくて、波の背に残るは虚無のみ

虚ろなる闇の奥よりコルベニク(きた)るとなむ

されば波とても、そが先駆けとなるか

 

君たちが遭遇したモンスターは、

碑文に記されている「スケィス」「イニス」

である可能性が高い。

これ以上は安易に推測するべきではない。

 

伝説のハッカー、ヘルバとコンタクトを取ることを勧める。

ヘルバはネットスラムを拠点としている。

 

東北南西北

楽園への扉開かん。

 

ネットスラムに行くためのまじないだ。

 

君に夕暮れ竜の加護があらんことを。

本来はカイトにしか送らないつもりだったが

友好の証としてこれを君にも送ろう]

 

青葉「…成る程?…ヘルバさんの居場所なら、私はわかる、逢いに行ける!すぐに知らせないと…!…あれ?もう一通ある…」

 

[差出人:カイト

  件名:ネットスラム

Λサーバー、動脈する 最悪の 中心核

このエリアワードからネットスラムに行けるみたいです。

バルムンクがプロテクトを解除するのに必要なウイルスコアをくれたので、先に行っています。]

 

青葉「え…?」

 

バルムンクさんが、ウイルスコアを?

おかしい、腕輪も何もないのになんでウイルスコアを手に入れられた?

 

…おかしい、明らかにおかしい

なんであんなに敵対していたバルムンクさんが…!

 

青葉「いかなきゃ、ネットスラムに!」

 

 

 

 

 

ネットスラム

 

青葉「…まだ誰も来てないか」

 

先回り…ではないけど、私はかつて司さん達と共にネットスラムに来たことがある

だから、直接来る方法も知っている

 

青葉「…みんな、来てないのなら…少し待つしか無いかなぁ……」

 

…頭部だけが顔文字になったへんなキャラクターや薄っぺらい2Dキャラ

頭をテレビに置き換えていたり、赤黒いシノビ装束の剣士がいたり

 

青葉(前来た時よりも賑やかだなあ…いや、それよりも…なんだか、薄暗さが増した…)

 

賑やかと言っても騒がしいわけじゃ無い

ただ、静かに鎮座しているだけのPCが増えただけの話

 

ヘルバさんのプログラムにより、イリーガルな存在が集められた場所、ネットスラム

ここにいるのは全て、AIなのか…

 

カイト「…あれ?青葉?」

 

青葉「あ、どうも、先に来ちゃいました」

 

ブラックローズ「アンタどうやったのよ…?」

 

トキオ「そ、それより…ここ」

 

青葉(あれ?トキオさんが居るなら…)

 

青葉「トキオさんも直接転送できたんじゃ?」

 

トキオ「え?…いや、オレはここの転送の仕方、知らないし…」

 

ブラックローズ「ってか、なんなのよここ!変なのばっか…きも悪ぅ…なんなのコイツら…!」

 

カイト「うん…ここがネットスラムみたいだね」

 

頭がテレビのキャラがこちらを向く

 

シーア「そう言う言い方をする人もいるわね…わたしたちは楽園と呼んでるわ」

 

青葉(喋った!)

 

カイト「ヘルバはどこに…?」

 

ブラックローズ「青葉、アンタなんか知らないの?」

 

青葉「た、たぶん、中心とか?」

 

青葉(全然わかんないけど…)

 

カイト「…ここの人達、一応話せるみたいだし…居場所を訊いてみようか」

 

 

 

クルフフ「本物の偽物、偽物の本物、どっちが本物?」

 

ドリン「君たちは今本当に起きているかい?頬っぺたをつねったってダメさ、僕らの夢は本当にリアルなんだ」

 

カイト「えっと…」

 

ブラックローズ「ヘルバの居場所…」

 

ドリン「君たちは本当に起きているかい?」

 

トキオ「ま、またおなじこと言い始めた…」

 

 

 

スコンク「知らない、知らないよぉっ…ほんとに何にも知らないよっ…うふっ」

 

ブラックローズ「ゲーセンにある古いゲームみたいなグラフィックね…」

 

青葉「今時2Dのゲームは逆に新鮮ですよね…」

 

 

 

カイト「ヘルバについて聞きたいんだけど…」

 

スピリタス「物事を突き詰めて考えると言う作業は自問自答を繰り返すことによって、完成度が高まっていくものである、それは蒸留酒を作る作業に酷似していると言え無いだろうか、私の名前もそうした理由でつけたのだ、安直に他人に救いを求める前に、自らが考え答えを導き出すべきである、よって、私は貴方達の質問、“ヘルバについて聞きたいんだけど”に答える意思は無いと答えよう」

 

ブラックローズ「……長っ」

 

トキオ「早口すぎて何言ってるかわからなかった…」

 

青葉「半分くらい聞き流してましたけど」

 

 

 

カイト「…個性的な人たちばかりだね…」

 

青葉「ま、まあ…」

 

青葉(吹き溜まりですし…)

 

タルタルガ「ヘルバをお探しか?」

 

カイト「っ!」

 

全員が声のした方向に振り返る

 

緑色の杖をついた老人…

 

青葉(…醜いマスターヨーダ…いや、自分で思ってなんだけど失礼すぎる…)

 

でも、その細長い量の手足で支えられた不釣り合いに大きい頭…

どうしても綺麗な格好とは言えない蓑の様な衣、伸びっぱなしのあご、口周りを覆うヒゲも、やはり清潔感はない

 

カイト「…はい、ヘルバを探してます」

 

タルタルガ「ヘルバから多少は聞いておる、黄昏の碑文な……ざっくり言って、それ自体は精霊の時代がいかにして終わりを告げるかを語る物だが…」

 

カイト「終わりの、物語…?」

 

タルタルガ「さよう…しかし、テキストも散逸してある上に、これがえらく難解でな…一筋縄ではいかん」

 

ブラックローズ「あの……さっきから気になってたんだけど、ここの人達って他では見かけない姿ばっかりだけど?」

 

タルタルガ「ここは元来、失敗作と呼ばれるNPCの集う、データの吹き溜まりだった、それを面白がり、キャラデータをいじくり回して失敗作をロールするプレイヤーも集まる様になってな」

 

トキオ「なんでそんな事…」

 

青葉「楽しみ方なんて、人それぞれなんですよ」

 

タルタルガ「さよう、今となって、その境界も曖昧になって自分がPCかNPCなのかもわからなくなっているようなヤツもおる…もしかすると、既に肉体はなく、キャラデータのみが動き回ってる様なやつもおるかもしれん…そう……ハロルドの様にな」

 

カイト「ハロルド?」

 

ブラックローズ「な、なにそれ…怖い話…?」

 

声が大きく響く

 

ヘルバ『どうしても……モルガナと話し合う必要がある』

 

ブラックローズ「ひぃぃーっ!?な、なんなのよ!」

 

ヘルバ『彼女のところに行くには、生身の身体が邪魔になる、だとしても、行かなくては…私達のアウラのために…エマ、私にあと少しの勇気を…』

 

声と共に、ヘルバさんが空中から降りてくる

 

カイト「ヘルバ!」

 

青葉(…今のは…)

 

ヘルバ「この世界の創造者、ハロルド・ヒューイックの言葉よ」

 

青葉(じゃ、じゃあハロルドは生身でこの世界に…!?)

 

ヘルバ「で、私に何の用?」

 

 

 

 

ヘルバ「黄昏の碑文…ぼうや達もそこまで辿り着いたのね」

 

青葉「っ…?」

 

羽ばたく様な、音…

 

ヘルバ「あら、珍しいお客さんだこと、ネットスラムを代表して歓迎するわ、楽園へようこそ」

 

カイト「バルムンク…」

 

青葉「バルムンクさん…!やっぱり…!」

 

ネットスラムの廃屋の上から、バルムンクさんが羽ばたいて降りてくる

 

ヘルバ「あなたはリョースについた訳ね、偉そうに言ってた割には、脆いもんね」

 

バルムンク「俺はお前らとは違う!」

 

青葉「…そうか、ワイズマンさんが言っていたリョースとバルムンクさんの密会…そしてカイトさんに渡したウイルスコア…システム管理者ならウイルスコアを取得する方法があってもおかしくはない…!」

 

ヘルバ「ぼうやの跡をつけ回すなんて、フィアナの末裔の名が泣くわよ」

 

カイト「バルムンク…僕たちを利用したのか…?…僕は、ウイルスコアをもらった時、和解できたと…」

 

ブラックローズ「だから言ったでしょカイト!こんなやつ信用するなって!」

 

バルムンク「秩序を取り戻すためには仕方のない事だ…!」

 

ヘルバ「秩序?世界が欲する秩序とあなたの欲する秩序……あるべき姿はどちらかしら?」

 

バルムンク「……」

 

リョース「無論!私が望む秩序だ」

 

全員が空を見上げる

大量のポリゴンが商人NPCの形を作り上げる

 

青葉「リョース…!」

 

ヘルバ「真打登場、役者が揃ったわね」

 

青葉「…どうして同じシステム管理者でも、こうも違うのか…!」



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記録 悪性変異

The・World R:1

ネットスラム

重槍士 青葉

 

青葉「私たちが悪党の様に言ってくれますけど、あなた達はどうなんですか!意識不明者達のことを隠蔽して…!」

 

リョース「無駄口はそこまでだ!やはりお前達はこの世界にとって危険な存在でしかない!」

 

トキオ「ちょ、ちょっと待っ…」

 

リョース「消えてもらう!」

 

リョースがこちらに腕を向けると、掌に光球が顕れる

そしてそれがどんどん巨大化し…

 

青葉(ヴォータンと違うデリートスキル!…ヴォータンとぶつけ合えば相殺できたり…)

 

槍を構え直す…

 

青葉「…っ!?」

 

大きく世界が揺れる

 

リョース「何をした!?」

 

画面の色調が反転し、激しくノイズが入り、音声が乱れる

 

ヘルバ「私は何もしていない、彼女は私達がお気に召さないみたいよ」

 

カイト「彼女…?」

 

ヘルバ「そう……つまりこの世界そのもの…」

 

青葉「モルガナ…!」

 

激しい突風に吹き飛ばされそうになる

 

トキオ「うわわわわっ」

 

青葉「!」

 

バルムンクさんとリョースが転送して消える

 

青葉「逃げた!…いや、それより…」

 

ネットスラムが、消える…

建物が消失し、浮かんだ巨大な岩のステージに移り変わる…

金に輝くラインの走った、瓦礫の世界

 

ヘルバ「対応は、任せるわ」

 

ブラックローズ「ちょっ」

 

カイト「ブラックローズ!来るよ!」

 

…激しいノイズと共に、来る…

 

ブラックローズ「…葉っぱ!?」

 

pHAse:3(第三相 )

MAgUS(メイガス )

The PROPAGATION(増殖       )

 

球体から伸びた棒のような胴体、そしてそれから左右対象に6枚ずつ伸びた石でできた葉っぱの羽

それをオールのように動かしながら飛来する

 

青葉「メイガス…!」

 

カイト「青葉さんも逃げて!」

 

青葉「えっ…」

 

カイト「青葉さんには加護が発動しない!」

 

…確かに、私は加護の対象外、データドレインを一度くらえば…

 

青葉「…いや!」  

 

槍を大きく振るう

切先がフィールドを大きく削り取る

 

青葉「やらせてください!」

 

カイト「でも…!」

 

青葉(大丈夫…大丈夫だから…!)

 

呪符を放つ

 

青葉「斬風姫の召喚符!破魔矢の召喚符!!」

 

風と光の魔法攻撃がメイガスに直撃する…

が、ほとんどダメージにならない…

 

青葉(魔法無効じゃないけど魔法防御が高い!)

 

青葉「物理スキルで攻めましょう!」」

 

カイト「…わかった…!」

 

固まってメイガスに攻撃を仕掛ける

 

ブラックローズ「ガンドライブ!!」

 

トキオ「連牙・昇旋風!」

 

青葉「リパルケイジ!」

 

カイト「待って!危ない!」

 

攻撃を受けたメイガスが飛び上がり、頭部らしき球体を下に向け、地面へと衝突する

 

青葉「なっ!?」

 

トキオ「うわっ!」

 

その衝撃波でHPが半分以上削り取られる

 

青葉「っ…!これは油断すると…あれ」

 

いつの間にか、メイガスの葉が地面に一つ突き刺さって…

 

青葉(いや、本体優先!)

 

青葉「トリプルドゥーム!」

 

攻撃を受けたメイガスが再び飛び上がる

 

青葉(またあの範囲攻撃!…いや、まさか)

 

カイト「リプス!」

 

カイトに回復され、攻撃を凌ぐ

 

カイト「攻撃スキルに反応してるのかもしれない!」

 

青葉「…はい、私もそう考えてたところです!」

 

一度距離を取り、攻撃の態勢を整え直す…

 

青葉(あれ?)

 

…また一枚、地面に落ちてきて…

 

青葉(メイガスがカウンターを発動するたびに、リーフが地面に落ちる?)

 

…だとしたら、あれは何を引き起こすんだ?

 

ブラックローズ「ねえ、さっきから変なのが落ちてきてるけど…!」

 

トキオ「ダメージを受けたらあの葉っぱが落ちる…なら、全部落ちたらどうなるんだ…!?斬烈波!」

 

カイト「アプボーブ!…スキル無しで勝つのは無理か…みんな!攻撃してくるタイミングを見計らって!」

 

ブラックローズ「わかってる!デスブリング!!」

 

カイト「舞武!」

 

青葉(…本当にそうなのか、あれはダメージを受け続けると落ちて、本体が無防備になる指標?…いや、このリーフにターゲットできるし体力表記もある!?)

 

青葉「ダブルスィーブ!!」

 

リーフを2つ、叩き壊すと同時に一つ葉が落ちる

 

青葉(よし、脆い!でもリーフへのスキルにも反応するのか…なら、このまま壊して…)

 

青葉「っ…!?メイガスの葉が、全部落ちてる…?!」

 

もうメイガスに葉がない、落ちる葉がない…

何故?メイガスの能力はその名の通り増殖、葉を再生する事も容易いはずなのに…

 

青葉(嫌な予感がする…!)

 

急いでメイガスリーフをターゲットし、攻撃し続ける…

 

青葉(待って!何か音が…カウントダウンみたいな…)

 

メイガスが高く飛び上がり、リーフが光る

 

青葉「え…」

 

手を握っていたリコリスさんに覆い被さるように、メイガスリーフの広範囲爆発を受ける  

 

青葉「っ……!HP1…!?」

 

…ギリギリ助かった、回復していなければ、バフがなければ、死んでいた

メイガスリーフをあと一つ壊せていなかったら…

 

青葉「っ!?」

 

…カイト達が、今の爆発で全滅して…

 

青葉「蘇生の秘薬!」

 

カイト「……」

 

青葉(アイテムが効いてない…!?ま、まさか全滅したから加護が消えて…!)

 

青葉「蘇生の秘薬!…復活の神薬!…HPは回復してるでしょう!?起きてくださいよ!!」

 

誰も、立ち上がらない…

ターゲットしたら体力も回復してるのに…

 

青葉「起きてください!起きて!!…っ」

 

メイガスが、こちらを見ているのを感じる

葉が復活し、その葉に光が集まっているのを感じる

 

…耐えられない

蘇生に意識を向けてしまったせいで、私は回復していない

死ぬ…間に合わない…

 

メイガスが葉から光線をつ

 

青葉「っ………あ、れ…?」

 

光線には貫かれた…

なのに、なんとか…生きてる…

物凄く、痛いけど…生きてる…?

 

カイト「間に合って良かった、青葉、大丈夫?」

 

青葉「お、起きたんですか…?遅いですよ…」

 

カイト「え?…ああ、違う違う」

 

カイトがどこかを指さす

 

青葉「ふぇ?」

 

そちらを見ると、もう1人倒れたカイト達が…

 

青葉「…へ?」

 

カイト「僕だよ、青葉」

 

青葉「……しっ…司令かっ…え!?…な、なんでここに!?」

 

カイト「話は後だよ、先に…メイガスを片付けよう!」

 

手を取られて起こされ、立ち上がる

 

青葉「ああぁぁもう!なんで知りたいことを後回しにしないといけないんですか!」

 

カイト「一応、命懸けだからね…!」

 

司令官が先行し、メイガスを攻撃し続ける

 

青葉「だったら雑念が入らないように先に教えてくださいよ!!」

 

それに続いてメイガスを攻撃…

 

カイト「ヘルバが、教えてくれたんだ!… 獄炎双竜刃!」

 

青葉「ヘルバさんが!?っていうかスキルは…!」

 

カイト「大丈夫!リーフは簡単に壊せる!全部落ちると起動して、少し置いて爆発するからその前に全部破壊するよ!」

 

青葉「は、はい!」

 

カイト「現代で気になることがあって、ヘルバと連絡を取ってたんだ!それで、アカシャ盤にネズミが侵入した痕跡があって、念のためシックザールと共同で調査をしてたんだけど、過去のネットスラムに入るのはなかなか難しいから!」

 

青葉(だから腕輪の力が必要だった…?というか、過去にもネズミが?)

 

カイト「雷神独楽!…ネズミは駆除したけど、メイガスとの戦いが始まってて…念のために控えてたんだけど…!」

 

青葉「…物凄く、ありがたいです!…リパルケイジ!!」

 

槍を持ち変える

 

青葉「ギバクテンペスト!!」

 

炎を纏った槍の大薙ぎでメイガスリーフを一斉に破壊する

 

青葉「リーフは破壊しました!」

 

カイト「よし!このまま…行くよ!」

 

カイトを蒼炎が包み込む

 

カイト「三爪炎痕(さんそうえんこん)!!」

 

青葉「っ…!地面に、爪痕が…!」

 

フィールドに刻まれた三角形の傷痕が、その威力を物語っている…

でも、確か司令官のカイトはレベルが落ちてたはずなのに…

 

青葉「さ、サボってレベリングしてました…!?」

 

カイト「大丈夫、勤務時間外にしかプレイしてないよ」

 

青葉(だとしてもこのダメージ…廃人並のレベルの上がり方してる…)

 

槍を大きく振るい、メイガスを吹き飛ばす

 

青葉「…あ!」

 

トキオ「っ…?」

 

カイト「どうやら目が覚めたみたいだね、青葉、あとは大丈夫?」

 

青葉「…はい、本当に助かりました」

 

司令官がステージの外に飛び出して消えたと同時に、カイト達が起き上がり始める

 

カイト「…っ…何が…」

 

ブラックローズ「助かった…?」

 

青葉「助かってません!まだ、終わってません!!」

 

トキオ「そうだ…オレ達、コイツに…!」

 

青葉「だいぶん削ってますけど、まだプロテクトブレイクできてません!…っ?」

 

風が、私を包み込んで持ち上げられる

 

青葉(う、動けない…!?…あ、これ…データドレイン…)

 

メイガスの頭部からデータドレインが展開される

 

カイト「えっ」

 

トキオ「な、なんだ!?」

 

青葉「ご、ゴブリン…!?」

 

青葉(このスキル、まさかまだ司令官が…?)

 

巨大なゴブリンがメイガスの上に召喚され、メイガスを踏み潰す

プロテクトがブレイクされる

 

カイト「な、なんだかわからないけど…今だ…データドレイン!」

 

メイガスがデータドレインを受け、石の集合体のような姿になる

 

青葉「あぅっ…また、腰を…いたた…」

 

カイト「メイガスをデータドレインできた…!あとは、倒し切るだけだ!」

 

ブラックローズ「行くわよトキオ!」

 

トキオ「おう!」

 

青葉(…メイガスも、これでなんとか撃破できる……でも、危うくやられていた…)

 

青葉「…私が関わったから、なのかな」

 

…本来ならきっと倒せていたんだ

何事もなく…こんな危機もなく

 

だから、そう考えると

 

青葉(トキオさんと私が関わっているのが良くない…かな)

 

メイガスが崩壊し、フィールドがネットスラムに戻る

 

青葉「……倒せましたね」

 

カイト「うん、ありがとう、きっと僕らだけじゃ…っ」

 

ブラックローズ「地震!?」

 

大きな地震のように世界が揺れる

激しいノイズで視界すらも乱れる

 

ブラックローズ「な、なに…!?」

 

トキオ「うわわ…ネットスラムが崩れて…!」

 

ネットスラムが、空に吸い込まれて…

 

 

 

 

…落ち着いた時には、建物が何棟か失われ、ステージがボロボロになり…

 

青葉「…ネットスラムに攻撃を仕掛けるなんて」

 

ブラックローズ「でも、収まった…のよね?」

 

カイト「…タウンに戻ろう」

 

 

 

Λサーバー 文明都市 カルミナ・ガデリカ

 

ブラックローズ「……な…なんなのよこれ……」

 

…空も、建物も、グラフィックを所々削り取られ、世界が…グチャグチャになって…

 

青葉「っ…」

 

きっと強制切断したのだろう、誰もタウンにはいない

でも、タウンに居たとしても、こんな事になってしまうのなら…

 

カイト「……」

 

ブラックローズさんの持っていた大剣が音を立てて、落ちた

 

…誰も、何も言葉を発することなく

それぞれがログアウトした



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記録 十字架

宿毛湾泊地 執務室

提督 倉持海斗

 

海斗「うん、うまく潜り込めたみたいだよ、向こうのヘルバにも勘づかれてないみたいだったし」

 

ヘルバ『それは重畳ね、でもあなたの狙いはうまくいくのかしら』

 

海斗「…それはわからないよ、でも、フィドヘルの二つの予言の意味を僕は知らなきゃいけない、だから過去に行く必要がある…」

 

ヘルバ『シックザールはネズミの反応があったという報告を鵜呑みにしてるからこそあなたの行動に目溢ししている、でも、事態はそううまくはいかない』

 

海斗「……」

 

ヘルバ『あなたは、過去の世界で何をするつもりなの?』

 

海斗「フィドヘルの予言を、もう一度聞く…それに、境界を超えし勇者…多分、トキオ…トキオが、世界に闇をもたらす存在になるのかもしれないから…そうなったら、僕が止めなきゃ」

 

…フィドヘルの予言は、近い未来を指す

 

何かの終末が近いうちに起きかねない

それを防ぐ為に

 

海斗「…何が起きてるのかは、僕にはとても測りきれないけど…隠れて観測するのは、少し続けてみるつもりだよ」

 

ヘルバ『そう、私から言うことは何もないわ、ただ、気になる事が一つ』

 

海斗「なに?」

 

ヘルバ『…サイバーコネクト社がアカシャ盤の権限を一部何者かに譲渡してる』

 

海斗「……過去に別の敵が出てくるって事?」

 

ヘルバ『さあ、何が起こるかまではわからないわ』

 

海斗「……」

 

 

 

 

 

The・World R:1

Λサーバー 文明都市 カルミナ・ガデリカ

重槍士 青葉

 

青葉「……」

 

このグチャグチャになった世界を見ているほど、心が落ち込んでいく

 

わかってる、わかってるんだ、ここは過去の世界だって

でも、私たちのやった事が…間違っていたのか?

私たちのやったことに自信が持てない

不安を解消するには、真実を知るしかない

それには司令官に聞くのが一番早いのはわかっている

…聞きに行こう、とは思うんだ

でも、足が止まって、口が開かなくなる

 

青葉(…我ながら、ヘタレてるのか、なんなのか…)

 

大きくため息をついてカオスゲートをチラリと見る

 

青葉「あ」

 

カイト「…あ、青葉さん」

 

青葉(…今更だけど、さん付けに違和感出てきたなぁ…でも、司令官と過去の司令官を区別するのに有用っていうか…まあ、訂正するのも今更だしいいか…)

 

青葉「…っ!?」

 

異様な気配を感じ、背後に振り返る

 

青葉「あ、あなたは…ミアさん…?」

 

かなりの前傾姿勢で、がっくりと項垂れたように

そして、ゲームキャラにしては明らかに異様な…虚ろな目

 

ミア「……ああ…キミ達か…」

 

声に生気がない…

 

ミア「今日は随分と人が少ないね…ああ、そうか!今日はお祭りなんだ」

 

カイト「お祭り?」

 

ミア「すべての囲いが解き放たれて、自由に行き来ができるようになる…ステキじゃないか?」

 

ハキハキと、なのに、ゆらゆらと

…不気味な声が、耳から離れない

 

…不安になり、手がミアさんに伸びる

 

ミア「ボクに触るな!」

 

青葉「!?」

 

…はっきりと拒絶した

怒気と、嫌悪感を孕んだ声で

 

ミア「……そうだ、エルクを知らないかい?また置いてきちゃったかなぁ…あるかはどこ?」

 

カイト「どうしたんだミア…?なんか、変だよ」

 

ミアさんは、それに応えることなく何処かへと転送されていった

 

青葉「……っ…」

 

物凄い手汗で、コントローラーが滑る

今の一瞬で、まるでスケィスと戦った時のような疲労感が私にのしかかる

 

カイト「……ミア、どうしたんだろう」

 

青葉「…さあ」

 

わからないけど、不安になる…

 

転送エフェクトを伴って、さらに誰かが現れる

 

トキオ「あ」

 

青葉「……貴方ですか」

 

トキオ「何その反応!?」

 

青葉「いえ…」

 

トキオ「あ、そうだ、ちょうど良かった、聞きたい事があったんだ」

 

青葉「……私に?」

 

この人が私に質問とは、珍しい

いや、そもそも敵対してるのだから会話自体が最低限だ

 

トキオ「…オレたちが気絶してるとき、カイトが2人いなかった?」

 

青葉「えっ」

 

カイト「僕が…2人?」

 

青葉「夢でも見たんじゃないですか」

 

トキオ「…そうかな…確かに見た気がするんだけど…倒れてるカイトと、戦ってるカイト……ほら、それにあのあと、フィールドに変な三角形の痕があったけど…」

 

カイト「そうだっけ…?」

 

青葉「みんな戦うのに必死でそんなこと覚えてませんよ」

 

トキオ「……もしかしてオレの気のせいだったのか…?」

 

青葉「そうですよ…ところで…カイトさん、どこかに行く途中ですか?」

 

カイト「えっと…実は、ミストラルから呼び出されてて…」

 

青葉「…あ、そのメールなら確か私ももらってます、マク・アヌですよね」

 

カイト「うん、なら、一緒に行こう」

 

 

 

 

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

 

ミストラル「…あ」

 

青葉「たまたま会ってしまったので、3人できました」

 

カイト「用事って何?」

 

ミストラル「…んっと…あのね…」

 

カイト「うん」

 

ミストラル「前から言おうと思ってたんだけど、なかなか言い出せなくて…」

 

カイト「なんか、ミストラルらしくないよ(苦笑)」

 

ミストラル「ごめん…あたし……主婦です!もうすぐ赤ちゃん産まれます!」

 

青葉「えっ」

 

ミストラル「だから…もう、怖いのとか、危ないのとか、ダメなの…ゴメンね、最後まで手伝いたいんだけど…」

 

カイト「そうかぁ…全然気づかなかった…すごいなあ…ミストラルはお母さんになるんだ…おめでとう!」  

 

ミストラル「そんな…」

 

カイト「話はわかったよ、無理しちゃダメだよ」

 

ミストラル「キミたちこそ、無理しちゃダメだよ!…それが言いたくて呼んだんだけど…」

 

青葉「ありがとうございます、ミストラルさん、頑張ってください」

 

トキオ「応援してるよ、ミストラル!」

 

ミストラル「気をつけてね」

 

カイト「うん、ミストラルも」

 

ミストラル「じゃあ…またね( ; _ ; )/~~~」

 

ミストラルさんがログアウトする

 

カイト「……じゃあ、僕も」

 

トキオ「うん…でも、もうミストラルに会えなくなるのか…寂しくなるな…」

 

青葉(思えば、私はそこまで関わりがある方じゃなかったけど…カイトさんたちに取っては、大切なメンバーの1人だったんだろうな…)

 

青葉「……」

 

トキオ(…の、残るんだ…シックザールと2人で残されるのって…凄く気まずいな…)

 

青葉「…あの」

 

トキオ「えっ、あ…何?」

 

青葉「…もう関わらない方が良いですよ、私たちが関わって、時代がおかしくなったせいで…メイガス相手に全滅するところでした」

 

トキオ「…それは、お前たちが時間を滅茶苦茶にしてるからなんじゃないのか…?」

 

青葉「だとしたら、私がメイガスとの戦いで貴方たちを助けた理由は…なんですか?」

 

トキオ「それは…」

 

トキオ(確かに、そうだ…わからない…)

 

青葉「それでは」

 

カルミナ・ガデリカを選び、転送する

 

 

 

 

Λサーバー 文明都市 カルミナ・ガデリカ

 

青葉「っ…」

 

よくないタイミングで、来てしまったらしい

 

カイト「……」

 

ブラックローズ「ああ、青葉、アタシ落ちるから、またね」

 

ブラックローズさんが私を通り過ぎてゲートからログアウトする

 

青葉「……落ちたんじゃなかったんですか」

 

カイト「…うん、なんとなく…落ちられなくて」

 

カイトさんが、此方に視線をやる

 

カイト「…弱音を吐いたら、怒られちゃった」

 

青葉「…そうですか」

 

壊れたタウンのグラフィックを指先でなぞる

 

カイト「なんのために怖い思いをしてきたか、考え直せって…うん…僕達は、オルカのために…未帰還者のために戦ってきた…でも、僕らが何かするたびに良くないことが起こってきた…」

 

青葉「それは、結果論に過ぎません」

 

カイト「…事実なんだ、目を背けられないような…でも…僕は…オルカのためにも、止まれないんだ」

 

青葉「…強いんですね」

 

カイト「みんなが、居てくれるから…今度こそ、落ちるよ、ブラックローズのメール、読まなきゃ」

 

カイトさんがログアウトするのを見届ける

 

青葉「…あれ、メール?」

 

[差出人:ブラックローズ

  件名:ファイト

 

なんだか分からないことだらけだけど、

きっと、うまくいくって!

みんなとは連絡とれないけど……

アタシはどうにか平気みたい。

いつでもよんでよね]

 

青葉(ブラックローズさん…)

 

[差出人:青葉 

  件名:Re:ファイト

 

送る相手、間違えてますよ…。]

 

青葉「…明日は、みなとみらいに行かなきゃいけない…か…」

 

槍の切先を地面に突き刺し、天を仰ぐ

 

青葉「…リコリスさん、私…戻って来られますよね…?」

 

…結局、まだ何も掴めていない

リコリスさんのことも、槍のことも

 

青葉「…また、メール?ブラックローズさんかな」

 

[差出人:ワイズマン

  件名:NPCについて

 

これは確証のある情報では無いのだが、碑文について探っていた時に耳にしたものだ、それでもよければキミに伝えたい。

 

Σサーバー、談笑する 謀略の 双子

 

ここの最奥部にはかつて謎の英文の綴られたアイテムがあったという、もしかすれば…。]

 

青葉「英文のアイテム….cyl…か…?」

 

…関わるべきではないはずだ

だけど

 

青葉「…リコリスさん」

 

リコリスさんのことを投げ出すのは、違う 

 

青葉「行きましょう」

 

 

 

Σサーバー 空中都市 フォート・アウフ

 

青葉「…談笑する、策謀の、双子…よし!」

 

転送する

 

 

 

Σサーバー 談笑する 策謀の 双子

 

青葉「…このエリアも、壊れてる…いや、アレは…!」

 

かなり遠くに見えた、白い立ち姿

 

青葉(バルムンクさん…!?なんでここに…)

 

目的が異常なアイテムの調査なら、衝突の可能性すらある

 

青葉(最悪、戦うかも……?)

 

転送案が背後から鳴る

 

青葉「あれ」

 

カイト「あ」

 

青葉「…なんで、ここに?」

 

カイト「…BBSに、ここのワードがあったんだ、オルカが調査してたエリアだって」

 

青葉「そうなんですか」

 

カイト「…それより、どうやって?」

 

青葉「どうやって…というと?」

 

カイト「ここ、プロテクトエリアなのに…」

 

青葉「え?」

 

カイト「どうやって入ったの?」

 

青葉「…普通に転送して…」

 

カイト「…ゲートハッキングしないと、入れなかったのに…」

 

…チラリとリコリスさんの方を見る

どうやら、ここには何かがあるらしい…

 

青葉(貴方はルールを破ってでも…ここに来たかった?)

 

カイト「もしかして…その子が?」

 

青葉「かもしれません…行きましょう」

 

ダンジョンへと踏み込む

 

カイト「…モンスターがいない」

 

青葉「あ…実はさっきバルムンクさんが居て…」

 

カイト「バルムンクが?…何か、声が?」

 

空間に響くように声がする

 

ハロルド『人には、物理的に避けがたい限界がある…しかし、AIには成長の限界がない…私は、その行き着く先を知りたい、そこにあるものを見たい』

 

青葉「…ハロルド・ヒューイック?」

 

カイト「かもしれない…」

 

青葉「……モンスターも宝箱もないエリアか.」

 

バルムンクさんの後を追いかけるのは実に簡単だ

モンスターはウイルスバグを除いて全滅、最低限の戦闘だけで進める

 

カイト「そうだ、このウイルスコア…」

 

青葉「ありがとうございます…あ、また声が」

 

ハロルド『究極AIは人と同様に過ちを犯す…過ちを知らずして、成長はありえない……違いは、同じ過ちを二度と繰り返さないことだ、ハロルド、ここが正念場だ』

 

青葉(…間違いを犯すAI…)

 

ハロルド『大地は死と再生の母胎であるがゆえに、母なる女神であると同時に死者を受け入れる死の女神でもある、かくて、母性とは生と死の両面性をもつ、ならば彼女の顕現は必然であったのか』

 

青葉「彼女?」

 

エンデュランスさんも彼女彼女と言っていたけど…

 

ハロルド『モルガナ・モード・ゴン…彼女は私の介入を拒絶する』

 

違うらしい

 

カイト「この先が最深部…」

 

気づけばダンジョンの最深部…

 

カイト「っ…!」

 

青葉「ウイルスバグ…!」

 

中では、バルムンクさんと巨大な機械系モンスターのウイルスバグが戦っていた…

戦況は当然とも言えるが、ウイルスバグを倒す手段のないバルムンクさんが劣勢

 

何度斬撃を叩き込んでも、バルムンクさんの攻撃はダメージにならない

 

バルムンク「くっ…!」

 

カイト「バルムンク…逃げろ!!」

 

バルムンク「だめだ…こいつの方が動きが早い…逃げられない!」

 

モンスターがバルムンクさんへと突進する

 

青葉「っ…ああぁぁぁ!」

 

一歩二歩と踏み込み、跳び上がる

 

青葉「ダブル…スィーブ!!…うぁっ!?」

 

金属製の体に槍ごと弾かれ、地面を転がる

 

バルムンク「馬鹿な!何をやってる!死にたいのか!」

 

青葉「早く逃げてください!カイトさん、カバーをお願いします!」

 

カイト「わかった…!リグゼイム!」

 

HPが継続回復を始める

 

青葉「リパルケイジ!…堅い…攻撃が通らない!」

 

カイト「…物理で削り続けるしかない…夢幻操武(むげんそうぶ)!」

 

青葉「トリプルドゥーム!」

 

2人で合わせ、攻撃を叩き込むも、足りない…

 

バルムンク「…チッ!…クロススラッシュ!!」

 

バルムンクさんの斬撃を受け、モンスターが一歩、下がる

 

青葉「バルムンクさん…逃げなくて良いんですか…!」

 

バルムンク「…ここで逃げては、蒼天のバルムンクの名が泣く!」

 

 

 

 

3人係でボロボロになって、やっと…ウイルスバグを倒した…

 

カイト「無茶だよ、1人でなんて…」

 

バルムンク「しかし、放ってもおけん……それより、なぜオレを助けた…必死に戦うお前たちを批判し、卑劣な手段にまだ手を染めた、このオレを」

 

カイト「なぜって…そんなのあたりまえじゃないか」

 

バルムンク「当たり前か…」

 

青葉「ウイルスバグを倒すために戦ってるんです…襲われてるのに、見捨てるような真似はしません」

 

バルムンク「……オレは、おまえのその腕輪の力を憎むあまり、自分を見失っていたようだな…力そのものに悪意はなく、あるのは悪しき心のみ…身勝手なのは、オレだったのかもしれん」

 

カイト「“強い力…使う人の気持ち一つで、救い、滅び、どちらにでもなる”」

 

バルムンク「それは?」

 

カイト「女の子…アウラは、そう言って腕輪をくれたんだ」

 

バルムンク「なるほど…その力、おまえにこそ相応しい…これまでの無礼を詫びる、すまなかった」

 

青葉「バルムンクさん…」

 

結局のところ、バルムンクさんに必要なのは…冷静になるきっかけだったのか

この世界を愛するがあまり、イリーガルを憎むばかりに…

 

バルムンク「オレはこの世界を守りたい…そして、おまえと同じように…オルカを助けたいと思っている…だが、オレ1人の力ではどうにもなりそうもない…力を貸して…いや…」

 

バルムンクさんがハッとしたように俯き、考え込む仕草を見せる

 

バルムンク「…ムシが良すぎる話だったな…すまない、笑ってくれて良い」

 

カイト「…僕からもお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」

 

バルムンク「なんだ」

 

カイト「僕はオルカを助けたい、それに壊れてない“The・World”で普通に遊びたいと思ってる…だけど、僕一人じゃどうにもならないんだ、手伝ってくれる?」

 

青葉「カイトさん…」

 

バルムンク「おまえ…もちろんだ!」

 

バルムンクさんが鞘から剣を抜くのに合わせ、カイトさんが片手の剣を掲げる

2人の剣が交差し、十字架を作る

 

青葉「……」

 

ぼうっと見入ってしまったが…これで、2人は和解できたのだろう

The・World最強のプレイヤーの一角が、仲間となってくれたのだ

 

 

 

バルムンク「…オレがオルカと噂を調べていたのは、その真相を突き止めるためではなく、噂は噂でしかないと証明するためだった」

 

バルムンクさんが部屋の奥へと歩いていく

 

バルムンク「しかし、あるとき奇妙な部屋を見つけた…異質で、異様な空間だった…オルカは言った、モルガナ・モード・ゴン」

 

カイト「モルガナ…」

 

バルムンク「その先は今度話すと言ったきり、オルカとの連絡は途絶えた」

 

 

 

白い部屋、赤い絨毯の上に、無数のアゲハ蝶のような蝶のオブジェクト…

同じ蝶が浮かんで静止しているだけの、狭い空間

 

『系の改変、(あた)わす、我ら、その機会をすでに失してあり、残されし(とき)の、あまりに少なさゆえに我ら道を誤てり、今にして思う、我らが成すべきは、系の変更にあらず、個の変化なりしかと』

 

 

 

 

リアル

宿毛湾泊地 正門前

重巡洋艦 青葉

 

青葉「……行きましょう、災害を、止めるために」



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Catastrophe

みなとみらい

綾波

 

綾波「……変ですね」

 

さっきから既に5回、艦娘を見ている…どれも横須賀の所属のようだけど

武装はしていなかったが、この辺りをわざわざ“艦娘”が巡回する理由がわからない

(おか)の仕事は警察やら自衛隊やらがいるのにだ

 

綾波(まさか、気付かれている?…何故?そんなはずは…)

 

綾波「…延期すべきか?…いや、こちらの人数も百二百では効かない、隠れての移動も楽ではない、ここまで来た以上は引き下がれない…」

 

夕立「どうすればいいの?」

 

綾波「…ここまできたら居直りましょう、ここが阿鼻叫喚の地になる…それは不変の事実です」

 

夕立「……こっちのメンバーは、戦闘経験なんてろくにないっぽい」

 

綾波「大丈夫、何人かは仕込んでありますし、大半は今日ここで逃げ出す…殆どが逃げ出して、艦娘システムを批判する役割なんですから」

 

神通「…待ってください、居ます…朧さんが…」

 

綾波「…!…本当ですか」

 

神通「ええ、海上警備をしてるようでしたが…」

 

朧さんは不味い、たとえ人混みの中に居ても、私達を察知しかねない

 

綾波「開始の用意を」

 

神通「…食事ぐらいしてからでも」

 

綾波「…遊びに来たんじゃないんですよ」

 

夕立「お腹減ったっぽい…」

 

綾波「そんな悠長な事を…」

 

夕立「本土に帰ってくるのも暫くぶりだし、思いっきり食べたいっぽい」

 

綾波「………はぁ…では元の予定通り、各々でランチだけ済ませましょうか」

 

…先が思いやられるな

 

 

 

 

重巡洋艦 青葉

 

ワシントン「…朝から見回ったけど、どこが怪しいのかしら」

 

青葉「わかりません…狭霧さん、そっちはどうですか?」

 

狭霧『回線に異常なし…付近のデータセンターもハッキングを仕掛けましたが、特に気になる点はありませんでした』

 

青葉「…となると、やっぱり足で探さないといけないんですね」

 

現在、私たちは三チームに分かれている

万が一の時の避難誘導の準備をしながら、原因となるものを探している私達

そして、少し離れたところからネットの監視をする狭霧さん

もう一つのチームはというと

 

朧『こちら朧です、船舶のルート確保完了しました』

 

青葉「わかりました、では避難誘導の際は各々各地点に誘導してください」

 

この作戦は一応横須賀にも伝えてあって、かなりの数の人間が動いている

…それだけに、私の予測が外れたらどうなるのか…

 

正直心臓が痛いほど緊張している、だってそうではないか、アカシャ盤を利用した過去の事象の呼び出し…

それが本当に起きる確証なんてどこにある?

 

ただ、私はこうかもしれないと言っただけ

 

青葉(…って訳には、いかないよね…)

 

何もなければそれで良い

私の読みが外れてるのが、一番良いんだ

 

アトランタ「…顔色悪いけど」

 

青葉「だ、大丈夫です!」

 

フレッチャー「そうは見えませんよ…?」

 

青葉「…あー…いや、ほんとに大丈夫なので…あれ?」

 

携帯からメールの受信音が鳴る

 

青葉「キタカミさん?」

 

[from:キタカミ

  件名:無題

 

この前の島風が倒した偽物の事件覚えてる?

あの時鹵獲した深海棲艦からさ、LSFDが出てきちゃったんだわ。

 

これは確証は無いんだけど、偽物とLSFDにも関連があるって考えて良いと思ってる。

今そのLSFDは明石が解体して調べてるんだけど…。

 

いや、それよりも問題なのはさ、LSFDがそっちで起きる事件に繋がるなら…多分偽物も出てきちゃう可能性が充分にあるって事だけ共有しておいて。

 

それとさ、これはあくまで疑問なんだけど…、

ネットワーククライシスってネットからしか起きないものなの?

LSFDの力とかはまだわからないけど、その気になれば過去のその時代をアカシャ盤ってのでそのまま呼び出すとかさ…?

 

流石にナイかな、ごめん、気にしないで。]

 

青葉「…それは、流石に…」

 

でも、それが可能であるとしたら…

 

青葉(キタカミさんにLSFDって装置の写真とか送ってもらわないと!)

 

 

 

 

狭霧『本当にそんなことがあり得るんですか…?…いや、あり得るんですね…だからこんな事態になって…』

 

ワシントン「じゃあこの装置がありそうな場所を探る?」

 

青葉「いえ…どうやら、これはこのサイズではあまり大きなエリアを展開できないらしくて、都市ひとつとなるととても無理だそうです、だから…もっと大きい物…もしくは、複数あるのかと…」

 

狭霧『……そんな破壊計画を黙認する筈がない…となると…』

 

青葉「狭霧さん?」

 

狭霧『場所を絞ります、その機械の構造通りなら外部にバッテリーが必要です、キタカミさんに鹵獲した駆逐級の装備を再度確認してもらいます』

 

朧『バッテリーって…動かすには外から電気を送らなきゃいけないの?』

 

狭霧『おそらくは、もしそうならこの機械、大体高さ50cm横幅70cmの機械は目立ちます、隠して設置するには…』

 

携帯にマップの写真が送られる

そして、端っこに赤い丸

 

狭霧『その辺りかと…』

 

青葉「発電所…?…でも、そこから盗電…?」

 

朧『…いや、そこか地下じゃないと無理だよ、周りを見て、電柱なんてひとつもないんだし、そんなに大きな機械を置ける場所なんて他にない筈』

 

青葉「地下配線をいじれる場所は?」

 

狭霧『少ないです、Linkでそちらを押さえます、青葉さん達は発電所を、朧さん、海上警備の班を急行させましょう…ネットワーククライシスさえ潰せば、私たちの勝ちです』

 

朧『わかった!』

 

青葉「…よし!行きましょう!」

 

フレッチャー「どっちに行けば…」

 

青葉「場所はわかってます、ただ…」

 

距離がある、流石にタクシーを使うとして…

 

青葉「先に数人で向かいます、フレッチャーさんとガンビアベイさん、来てくれますか?」

 

ガンビアベイ「は、はい…」

 

フレッチャー「わかりました」

 

ワシントン「場所、メールしておいて、こっちも別の車捕まえるから、現地で集合しましょう」

 

青葉「よし、行きますよ!」

 

 

 

タクシーに乗り込み、発電所を目指す

 

青葉(…やっぱり、人がすごく多いな…)

 

車窓から見える人混みも、惨事を防げなければ…

 

青葉(…絶対に、防いでみせる…確実に防ぐんだ!)

 

目を瞑り、気合を入れ直し、再び目を開く

 

青葉「…え?…ぁ…」

 

窓の外、道路の向こうのファミレスに…

 

青葉(アヤナミさん…?…いや、でも今回の作戦には参加してない筈……って…)

 

青葉「あれ綾波さんだ!!」

 

フレッチャー「え?」

 

ガンビアベイ「ど、どうかしたんですか?」

 

青葉「う、運転手さん止めて!あ!あー!」

 

慌ててタクシーを止め、降りる

 

青葉「もしもし!」

 

アケボノ『はい、こちら宿毛湾泊地です』

 

青葉「その声はアケボノさんですか!?あの!アヤナミさんそっちに居ますか!?」

 

アケボノ(えーと…青葉さんか…)

 

アケボノ『いいえ、確か今日は敷波達とTDLに行くとか言ってましたけど』

 

青葉「…え?…じゃああれは…アヤナミさん?…私の杞憂?…って、千葉と神奈川じゃ全然違うし…!」

 

アケボノ『…1人で何言ってるんですか?』

 

青葉「綾波さんを見たんです!多分間違いなく!」

 

アケボノ『…待ってください、今連絡して確認してみます……千葉に着いたばかりだと』

 

青葉「じゃあやっぱり!」

 

アケボノ『…だから何が』

 

青葉「綾波さんですよ!Linkの方の!」

 

アケボノ『は?』

 

青葉「ここに居るってことは綾波さんが実行犯…?…とにかく捕まえないと…!」

 

アケボノ『ちょっと何を…』

 

電話を切り、全体に通信で伝える

 

青葉「こちら青葉です!発電所に向かっている途中で綾波さんらしき人物を発見しました!一度見失って今探しているところです!」

 

狭霧『えっ?』

 

朧『そ、それって…あ!ガングート!今喋らないで!』

 

それぞれが疑問を一度にぶつけ、無線の音がはっきりと聞き取れない

 

青葉「一度に喋らないでください!…っ…!」

 

ぞわり

 

間違いの無い敵意を向けられ、咄嗟に顔を上げる

 

青葉「…おん、なの子…?」

 

数人の女の子が此方にゆっくりと、歩いてくる

 

…まさかあの子達が私に敵意を向けている?

そんなわけがあるか

見たこともない相手だ

 

青葉(…え…なんでこっちにくるの?…何、この子達…)

 

綾波「そう怯えなくて良いんですよ?」

 

青葉「!」

 

振り返る…

そしてその先に、居た

 

青葉「あ…綾波さ…」

 

綾波「捕縛しなさい」

 

青葉「っ…!?」

 

先端に重りのついたロープのような物が飛んできて足に絡みつく

 

青葉「な、何これ…っ…!?」

 

両手、両足…気づけば一瞬のうちに自由が奪われる

 

綾波「…極度の緊張状態…それに加えて対象( 私 )への意識の集中……隙だらけになるのも仕方ありませんねぇ…でも、あまりにもお粗末だ」

 

青葉「ま、待ってください!貴方をここで何を…」

 

綾波「こちらのセリフです、貴方達はここに何をしに来たんですか」

 

青葉「…そんなの、貴方を止めに…!」

 

綾波「……おかしいですよねえ?私を止めに来た?…なら何故私の目的を知らない」

 

綾波(…これは、少しまずいな…おそらく何かと被った…)

 

綾波「このまま行動の真ん中で拘束しているのも良いですが……聞こえますか?神通さん、始めなさい」

 

青葉「待っ…」

 

方々(ほうぼう)で銃声がなる

 

青葉「え…?」

 

青葉(…何を…)

 

綾波(この表情、間違いない、予測していた事態と違うというわけか…何を防ぎに来た?)

 

フレッチャー「そこまでです!」

 

ガンビアベイ「青葉さんを、は、離してください!」

 

綾波「…おや…」

 

青葉「2人とも…!逃げてください!何かおかしい!本部と連絡を…!」

 

綾波(なるほど、なるほどなるほど、まさか…アレか?…イムヤさんの連絡から想像はしていたが、切り捨てた考えだった、まさかここまでバカな事をするとは思わなかったが…実行する気か)

 

綾波「貴方達は、この都市の炎上を防ぎに来た…か」

 

青葉「…やっぱり、貴方が犯人なんですか…?どうして…」

 

綾波「信じてはもらえないでしょうが違いますよ、でも、破壊活動をするつもりなのは間違ってません…おや」

 

青葉「…この音、砲撃…!」

 

砲弾がすぐ側の建物に着弾し、炸裂する

 

綾波「っ…危ない事を…」

 

女の子達に降り注いだ瓦礫が黒い球体に呑み込まれて消える

 

青葉「誰が…」

 

明らかに遠くからの砲撃、つまり…此処をどこかから狙撃してる?

 

綾波「貴方達のお仲間でしょう?そこのお二人」

 

フレッチャー「…此処の位置は伝えてあります!私たちの仲間は一人じゃない、みんなここに砲弾を撃ち込む…いくら貴方が防ぐ手段を持っていると言っても、全て防げますか?」

 

青葉「ま、待ってください!艤装をどうやって…いや!此処に打ち込んだら関係ない人も死んじゃう…!」

 

綾波「でしょうね、私も貴方も、何もせずぼうっと観ていればここでついでに殺される」

 

飛んできた砲弾が黒い球体に飲み込まれて消える

 

綾波「ですが、私もそんなつもりはありませんので…」

 

綾波さんがガンビアベイさんとフレッチャーさんの方を向く

 

綾波「…戦争屋は嫌いですよ、私は」

 

フレッチャー「戦争屋…?」

 

綾波「お金の為に人を殺す、最低な人種じゃないですか」

 

ガンビアベイ「あ、貴方もそうですよね…!?」

 

綾波「…いいえ、私が殺すのは…」

 

綾波さんの周りの空間が歪む

 

綾波「私が気に食わないと思った時だけです」

 

フレッチャー「えっ…」

 

ガンビアベイ「ひっ…!?」

 

地面が隆起し、逃げ場を失う

 

綾波「これで砲撃は届きませんね」

 

青葉(…届け…あと、少し…)

 

綾波「おや、何を?」

 

青葉「掴んだ!威吹の呪符!」

 

風の刃が私を切り刻む

 

綾波「……へえ…自傷しながら無理やり縄を切りましたか…しかし、貴方も武器を持ってるんですね」

 

青葉「…呪符なら持ち物検査にも引っかかりませんからね」

 

別の呪符を掴む

 

青葉「岩戯王の召喚符!」

 

綾波さんの足元が隆起…する筈が…

 

青葉「…え?な、なんで何も起きないの?」

 

綾波「…呪符をあげたのは、私ですよ?」

 

青葉「でも!これは明石さんが…」

 

綾波「なめないでくれますか?少し手を加えただけでベースは私の作った呪符、その程度…簡単にハックして…操作できる」

 

私の足元のコンクリートが砕け、舞い上がり石の礫となりぶつかる

 

青葉「ふぐぁ…!?」

 

フレッチャー「青葉さん!」

 

綾波「人の心配をする暇があるんですか?」

 

フレッチャーさんとガンビアベイさんの両腕にロープが絡みつく

 

綾波「さあ、楽しい時間の始まりですよ」



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記録 Desire

みなとみらい

重巡洋艦 青葉

 

青葉「…2人を離してください…!」

 

綾波「お断りします、というか、主導権は私である事を理解してくれますか?質問に答えるなら命までは…となるかも」

 

青葉(…武器が無い以上、今は大人しく従うしか無い…とにかくタイミングを見て逃げるしか…)

 

綾波「貴方達、何人で来たんですか?朧さんがいるのは知っていますが」

 

青葉「…宿毛湾からの作戦参加者は…たしか、16人のはずです…」

 

綾波「ということは狭霧さんもいるか?Linkとアメリカの方々以外は」

 

青葉「…Linkとアメリカの人たちだけで動くことになってます…あとは私と、横須賀の人たち…」

 

綾波「へえ…目的は?」

 

青葉「さっき貴方が言った通り…都市の炎上を防ぎに来た…それだけです、綾波さん!貴方だって無関係な人を殺して回りたいわけじゃないでしょう…!?」

 

綾波「ええ、まあそうですね…でも、私には関係ありません……おや?」

 

綾波さんが空を見上げる

 

綾波「…私は嘘つきが嫌いです」

 

青葉「嘘…?」

 

綾波「…なんだ、本当に知らないのか」

 

青葉「何を言っているんですか…?」

 

今の反応だけで、何かに納得したように頷き…

綾波さんがこちらに背を向ける

 

綾波「処刑用意」

 

綾波さんの声に従うように、女の子達が懐から拳銃を取り出し、私達に向ける

 

ガンビアベイ「 Oh, my God( 嘘ですよね    )!? Why do you have a gun( なんで日本で銃が出てくるんですか  )!?」

 

フレッチャー「テロリストなら…銃器くらい…」

 

青葉「綾波さん…!」

 

綾波「なんですか」

 

青葉「…私は」

 

綾波「もういいです、撃ち殺しなさ…」

 

目の前に何かが降ってくる

大きな音と、振動

舞い上がる土煙…

 

綾波「…貴方が出てきましたか…なるほど、確かに適任ですが…青葉さん、貴方の話にこの人は居ませんでしたよ?」

 

青葉「へ…?」

 

綾波「……本当に知らないのか」

 

那珂「知らなくてとーぜんっ、今日の那珂ちゃんはオフ!路上ゲリラライブのために遊びにきてただけだからねっ!」

 

青葉「な、ななななっ!?」

 

綾波「全隊進路東へ、合流地点Bに進行せよ」

 

綾波さんの号令に従い、拳銃を向けていた女の子達が隆起した瓦礫の隙間を縫って何処かへと消える

 

綾波「…追い討ち、しないんですね?」

 

那珂「したらやられちゃうし〜」

 

綾波「まあいいでしょう、貴方の相手は私が直接してあげましょう」

 

青葉(……違和感が、ある…先程の綾波さんの発言、行動…)

 

これはあくまで勝手な思い込みでしかない

…綾波さんは、私たちを殺すつもりはないんじゃないか?

 

根拠となりうる点は二つある

 

一つは先程の処刑用意の号令

綾波さんの性格から考えて、本当に処刑するつもりなら、あんな溜めの時間を作るのかという疑問がある

ノータイムで撃ち殺させる方が合理的なのに…

 

そしてもう一つはその用意の中で私と会話しようとした事

一瞬私に問いかけて「もういい」と切り捨てた、その直後に那珂さんの登場

 

私にはこれが殺さなくていいようにという綾波さんの抵抗に見えた

 

青葉(あのThe・Worldで出会った時、綾波さんは表立って動けないと言っていた…常に監視されていて、直接私達を逃す事ができないから…こんな回りくどい手を?)

 

だとすれば話を途中で切り上げたことにも説明がつく

綾波さんは話はちゃんと聞く方だし…でも…

 

綾波「さあ、かかってきなさい」

 

那珂「……」

 

那珂さんがボクシングの構えのまま止まる

 

綾波「一度負けている相手を前にしては…やはり立ち止まるしかないですか?」

 

青葉(…この皮膚を刺すような殺気…あーだこうだ理由付けて考えてたけど…それを全部帳消しにするほどの…)

 

那珂「ねえ」

 

綾波「なんですか」

 

那珂「…死んだら、ごめんね?」

 

青葉「え?」

 

綾波「勝ち目がないと分かっているのにでてきたんですか?…なんとも健気な…っ!」

 

乾いた音が響く

 

那珂さんのパンチを綾波さんが受け止めた音…

でも、殴り合いでしていい音じゃない…

 

綾波(前より数段強い!…拳が早くて重い…!)

 

那珂「…捕まえた」

 

綾波「!」

 

連打

逃げる暇のないまま那珂さんの連撃が綾波さんを囚える

 

綾波(逃げようとしたら攻撃が飛んでくる…しかも、防がなければ骨が持っていかれるほどの威力で…!)

 

左右からのフックを綾波さんが防ぎ、互いの両腕を絡ませる

 

綾波(取った!)

 

那珂「…ふっ!」

 

綾波「ぁが…!」

 

那珂さんの脚が脇腹に突き刺さる

 

那珂「…手を離したくないなら、那珂ちゃんからも繋いでてあげる…その代わり」

 

脚を一瞬下ろし、再び綾波さんの脇腹に蹴りが入る

 

綾波「っ…!」

 

那珂「死ぬまでこのままね」

 

2度3度と何度も何度も蹴りが入る

 

綾波「っ…ゴホッ…が……ぷっ!」

 

綾波さんが那珂さんの顔に血を吐き捨てる

 

那珂「汚いなあ…内臓イった?まだ潰れた感触してないケド」

 

綾波「おかげさまで、大分ダメージうけてますよ…!」

 

ミシッと…嫌な音が響く

 

那珂「っ…つぅ…っ!」

 

綾波「…跪け」

 

那珂さんが苦痛に表情を歪ませ両膝を折り、地面に座り込む

両腕は絡めたまま、しかし、動けない

 

綾波「…このまま、腱をねじ切りますか」

 

那珂「それは…っ…困るかな!」

 

那珂さんが頭を深く下げ、手を使わない前転のようにくるりと回る

足先が頂点に来た時、それを勢いのまま真下に振り抜き、踵で綾波さんの肩を撃ち抜く

 

綾波「っ…!」

 

綾波さんが手を解き、ふらふらと後退する

 

那珂「…ふーっ…ようやく手が自由になった…」

 

綾波「……やはり貴方は爆発力がある、素晴らしい…戦闘に関しては天才的なのかもしれませんね」

 

那珂「そんなことどうでもいいからさ、那珂ちゃんには……でも、もう限界かな…我慢できないよ…」

 

那珂さんが構え直す

 

那珂「…神通姉さんを、返して」

 

綾波「……ふふっ…あははっ」

 

那珂「…じゃあ、潰すよ」

 

綾波「勘違いしてるのかもしれませんが、神通さんは自分の意思で私に与している」

 

那珂「そんな訳ない!神通姉さんは…神通姉さんはそんな人じゃない!!」

 

綾波「どうでしょうね…あなたが見ている姉というのは、あなたが見たい姉でしかないのでは?…人間って、所詮欲望の塊のような生き物ですからね」

 

那珂「馬鹿に…」

 

綾波「馬鹿になんかしていませんよ、だって私自身がそうでしたから…あなた達もそうでしょう?」

 

綾波さんが私の方を見る

 

綾波「青葉さん、例えばあなたは…ふふ…知っていますよ?あなたは合理的な考えに従えば済むのに、未だに倉持司令官に話を聞きに行っていないんでしょう?」

 

青葉「え?」

 

綾波「自己の探究心が故に、好奇心という欲望を…そして、それを独占したいという欲望を…持っている」

 

青葉「な、なんで……」

 

綾波「アケボノさんなんて特に顕著でしょう?人の身を得て欲を持ち、いや…強く現れてから…倉持司令官に尽くすことが喜びなどと言っておきながら…自身が理解できないことが恐怖であると吐露した」

 

青葉「何で知って…」

 

綾波「ぜーんぶ、知ってますよ?…あなた達がただの電子生命体だった時とはもう何もかも違うんですよ…那珂さん」

 

那珂「……」

 

綾波「あなたは、自身が人間ではないと知った時、どう思いましたか?…仕方ないと受け入れていた筈です、人間という存在に憧れを抱いても、そうなりたいという欲望が出てこなかった筈です」

 

那珂「…そんな昔のこと…それに今は…」

 

綾波「では春雨さんはどうでしたか?なぜ身を投げたのか、逃げて、生きるという欲を追い求めなかったのか!…わかりませんか?…あなた達は微かな生存本能と義務的な強さの探求しかなかった…」

 

青葉「……」

 

綾波「人間になってから…私は当惑しましたよ、だってこんなに欲に満ち溢れ、自分の心を満たしたいと心の底から思ったのに……その方法を知らないのですから」

 

綾波さんがカートリッジを取り出して見せる

 

綾波「…私は産まれながらに不幸でした、それを呪うことすら知らなかった…でも、今は違う、悪いのが何かを知っている」

 

那珂「悪い…?」

 

綾波「ええ、この世界が悪い…悪意に満ち溢れた世界が悪い、個人個人の悪意が固まったこの世界こそが悪だ!」

 

カートリッジが起動し、綾波さんの周りに電気が弾ける

 

那珂「だから、世界を壊す…?そんなの前の世界と何も変わらない…!そんなの間違ってる…」

 

綾波「ええ、だから間違いだらけの世界ごと、消えて無くなればいい…もう再誕なんていらない…完全に制圧され、管理される世界になればいい…私がその頂点に立ちましょう」

 

那珂「……ふっ!」

 

那珂さんが背後にクナイを投げ、ガンビアベイさんとフレッチャーさんを拘束していたロープを切る

 

那珂「逃げるよ!」

 

青葉「こっちです!」

 

綾波「逃しませんよ」

 

周囲に大量の雷が降り注ぐ

それも、地面を割るほどの威力の雷が

 

ガンビアベイ「ひぃぃぃ…!は、晴れてるのに!!」

 

青葉「っ…」

 

那珂「……(りん)(びょう)(とう)(しゃ)……(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)!よし!」

 

那珂さんが隆起した瓦礫に迫り、拳を振るう

 

那珂「とりゃああぁぁッ!」

 

那珂さんの拳が、瓦礫を粉砕し、道を作る

 

青葉「あ……ぁ…っ……!?」

 

あまりの衝撃に、とても言葉が出ない…

人間の力じゃない…

 

那珂「綾波ちゃん、じゃあ私は人間じゃなくていいや!欲望はたーくさんあるよ、もっと有名になりたい、みんなに見てほしい、アイドルもやりたいし、艦娘としてみんなで戦いたい…でもさ」

 

那珂さんがこちらに視線を送る

 

那珂「ほら、早く逃げてよ…だって…戦えない人が目の前にいる時…全部、ぜーんぶ、どうでも良くなっちゃう」

 

青葉「っ……二人とも!早く!」

 

那珂「ねえ、綾波ちゃん、ひとつ教えて?」

 

綾波「……なんですか」

 

那珂「貴方は、駆逐艦綾波?それとも…ただの綾波?」

 

綾波「私は……」

 

遠ざかり、どんどん小さくなっていく声…

那珂さんの問いかけの答えは、私には聞こえなかった

 

 

 

 

綾波

 

綾波「私は、“綾波であり”…“駆逐艦綾波ではない”……私には使命なんてものはない…私は、私のやりたいようにやる、望みを叶えるために」

 

カートリッジを強く握りしめる

バチバチと電気が弾け、地面を砕く

 

那珂「それでいいのかもね…那珂ちゃんも、巡洋艦、那珂としての使命なんか考えた事ないから」

 

那珂さんが地面の感触を足で確かめる

 

那珂「でもさ、“私”も、“巡洋艦那珂”も、どっちも“那珂ちゃん”だから」

 

那珂さんが懐から何かを取り出す

 

綾波「……その瓶は…」

 

那珂「…ん…」

 

中身の丸薬を1つ、口に含む

 

那珂「……やりたくなかったけど…」

 

那珂さんがカートリッジを起動して見せる

 

綾波「っ…!それは…!」

 

那珂「でも、那珂ちゃんもう一つ顔があってさ……ほら、こんな感じ」

 

肌が白く染まり、茶髪だった髪が黒く染まる

 

軽巡棲鬼「軽巡棲鬼…それが私のもう一つの力…らしいよ?」



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Surprise Attack

みなとみらい

軽巡洋艦 神通

 

…目が合った

正確にはこちらを視認できてはいない筈だ、だが…先程の謎の突風に乗せて、私の匂いを感じ取ったのか…

朧さんの眼は、鋭く私を睨み、そしてこちらへと向かっている

建物に囲まれ、瓦礫の山に身を隠した私の方に

 

神通「……貴方が相手ですか…考えてみれば、今貴方の装備している艤装をベースに私の艤装は作られている…」

 

瓦礫の山の上に登り、視下ろす

 

神通「…こんにちは、良い天気ですね、雷が降ったり礫が降ったり、不思議ですが空は青く、陽が高い…」

 

朧「神通さん…何でこんな事を…!」

 

神通「……さあ、私達のリーダーは、こうなる事を望んでいるのでしょう…本当ならもっとスマートに行ったのでしょうが」

 

朧「…こちら朧、交戦する、みんな、私の方には来ないで」

 

神通「…良いんですか?仲間を呼んでも良いんですよ?それとも……あなたは艤装があるから私には勝てると?」

 

海上警備に出ていた朧さんだけは艤装を装備している

…でも、市街戦ではそれが仇になるかも知れない

 

神通「……民間人がいるかもしれませんよ」

 

朧「……それは無い、辺りには人がいないし、匂いもない…それより…其方の狙いはなんなのか、教えてくれますか」

 

神通「狙いですか」

 

朧「犠牲者、まだほとんど出てませんよね…?だってほとんど血の匂いがしない、でも動いてる人数は100じゃ絶対に効かない数字…」

 

神通「というと?」

 

朧「それだけ居て、銃を乱射するようなことになったら…人がたくさん死んでなきゃおかしい…と、思ってるんです、この騒ぎを起こしておいて…人質を取るわけでもなく、ただ破壊するだけ…避難誘導班は攻撃されて無いし、追撃もない」

 

神通「では、簡単でしょう?」

 

朧「みなとみらいが欲しい?…そんな訳ない、敵基地がすぐそばにあって、守る要塞にもならない、第一ここには…貴方達の欲しいような物はない筈…」

 

神通「では、私を満足させることが出来たら……私の知っている答えを教えてあげましょう」

 

震える手で、カートリッジを握り、起動して艤装に挿し込む

 

朧「…!」

 

神通「…ああ、腕が気になりますか?気にしないでください…完治してる筈なのですが、たまにこうなるんです…どうせ重いものは持てないし、強い衝撃が加われば動かなくなる…」

 

朧「…じゃあ」

 

神通「ええ、私の戦闘スタイルは、かつてと同じ…いや、貴方にはもう見せましたね」

 

片脚を上げ、空を蹴る

カートリッジの影響で周囲の建物に電撃が飛ぶ

 

神通「私の武器、それは蹴りです」

 

朧「……」

 

神通「貴方も知っての通り、この艤装はアヤナミさんの作った、あなたの艤装の改良版…」

 

朧「…わかってます、狭霧、連絡は…わかった、やって」

 

挿入されていたカートリッジが黒煙を上げる

 

神通「おや」

 

朧「…それはアヤナミが作ったもの…遠隔でハッキングぐらい…」

 

神通「やはりカートリッジはダメになりますか」

 

カートリッジを抜き取り、棄てる

 

神通「しかし、何一つ問題はありません…」

 

朧「…やっぱり対策されてたよ、うん…大丈夫、アタシがやる」

 

神通「アヤナミさんなら、私が敵対した時点でいつかこの艤装の力を奪うだろうとは思っていました」

 

瓦礫の山から飛び降り、朧さんから少し離れた位置に着地する

着地の瞬間、アスファルトがひび割れ、土煙が舞う

 

朧(飛び降りただけで地面が割れた…!?…どれだけ重いの…!)

 

神通「…ご覧の通り、これはあなたの艤装より遥かに重い…そして、それは一撃が必殺のダメージになることを意味する…」

 

朧「…だったら、かわし切れば良い」

 

神通「そうでしょうね、そういうと思っていました……あなたに地獄を味合わせてあげましょう」

 

ゆっくりと、歩いて近寄っていく

 

神通(かわす、たしかに一番良い手段です…しかし…私が相手なのは、ついていない)

 

朧(…近づかせる訳には!)

 

朧さんが主砲を構える

 

神通「砲身がない?…いや、確か戦闘中につけ外しできるんでしたか…」

 

カートリッジを起動し挿入する

そして発泡の動作を視て即座に蹴りを放つ

 

朧「え…」

 

神通「どうですか」

 

放たれた散弾は全て、弾き返された

風圧によって

 

朧(今の一瞬で、周囲の空気を艤装が取り込んで放った…?アタシの艤装でも同じことはできるけど…威力が段違いだ…)

 

朧さんの腕を血が伝う

 

朧「っ!」

 

神通「良かったですね、脳天に当たらなくて」

 

朧(これで、アタシは遠距離攻撃の手段を失った…いや…隙を見て使うことはできる、でも…)

 

神通(来る)

 

朧さんがこちらへと走り、距離を詰めてくる

 

朧「やあぁぁぁぁッ!」

 

神通(拳打主体のスタイルか)

 

主砲をメリケンサックのように扱いながら放つパンチを艤装を盾に受け止める

 

朧(くらえ…!)

 

神通「っ!」

 

発砲音と共に強い衝撃を受け、二歩下がる

 

神通(砲口をくっつけて直接撃ち込むのか…しかも、威力も抑えてない…)

 

朧「…壊せるくらいの威力があったと思ったのに」

 

朧さんが砲身に詰まった砲弾を主砲を振って抜き捨てる

 

神通「特別製ですから、しかし…こんなに傷つくのは…さすがとしか言いようがない」

 

朧「……」

 

神通「来ないんですか?せっかく待っているのに」

 

朧「…行きますよ、でも…」

 

朧さんがボクシングのように構え直し、目を瞑る

 

神通「煙幕」

 

朧さんの主砲から煙幕弾が放たれ辺りを白煙が包む

 

神通「こんな煙でなにを…っ!」

 

慌てて蹴りで煙を吹き飛ばす

 

神通「催涙効果も有るか…!」

 

目が開けていられない…!

 

朧「もらった!!」

 

神通「忘れましたか!私は目を閉じていようと…!」

 

飛びかかってきた朧さんを蹴りで近くの建物まで吹き飛ばす

 

朧「ぁが…」

 

神通「……加減はしています、意識は保てているでしょう?」

 

朧「っ…ふーっ…!…はーっ……っ…よ、し…」

 

朧さんが膝をつき、立ち上がろうとする

 

神通(馬鹿な、あの威力で壁面に叩きつけられてまだ立てる?…加減はしたと言っても、骨は砕けてる筈…!)

 

朧さんが拳銃を取り出し、向ける

 

神通(主砲じゃない?……まさか…)

 

蹴りを受けた時、空に投げた?蹴りもわざと受けた?最初からガードしていたからダメージも最低限だった…

では、主砲はどこに…

 

朧「タルヴォス!!力を貸して!」

 

銃声が3度、そして背後から主砲の発砲音が3度

 

神通「っ!!」

 

慌てて飛び退き、砲撃を全てかわす

 

神通(危なかった…いや、朧さんが正面にいない!)

 

朧「…これで…!」

 

首に横から靴底がめり込む

 

神通「か…は…」

 

朧「りゃああぁぁぁぁッ!!」

 

首への、全力の、一切の容赦のない跳び蹴り

その勢いのまま頭部をアスファルトに叩きつけられる

 

神通「っ……」

 

朧「っ…はぁ…っ…はぁ…!…さ…流石に、しばらく動けない筈…」

 

…普通は死ぬ

 

朧「増殖で、死にませんよね…?…いや、死なない筈…」

 

目を開く

 

朧「っ…よ、良かった、生きてた…」

 

神通「…最高です」

 

朧「え?」

 

神通「これはとても素晴らしい…地獄の釜で煮詰められているかのように…熱い、痛い」

 

朧「…あの」

 

神通「終わったと思いましたか?」

 

ゆっくりと上体を起こす

 

朧「せいッ!」

 

上半身を起こしきったところに蹴り

顔面目掛けた、容赦のない蹴りを右腕を犠牲に受け止める

 

神通「っ…ふ…はは…痛いですね…笑える程に」

 

朧(お、おかしい…こんな状況で笑えるなんて…狂ってる…!)

 

朧さんが嫌悪感と恐怖心を露わに一歩下がる

 

神通「狂ってると思いますか?…今の私には、この痛みだけが現実であり、信じられるものなんですよ」

 

地面に左手をついて、起き上がる

 

神通「…さて、朧さん…退がりましたね」

 

朧(…来る…)

 

神通「貴方の手番は、終わったということでよろしいですね?」

 

片膝を上げ胸元まで引く

 

朧「っ!」

 

神通「まずは一撃」

 

突くような蹴りを朧さんがサイドステップでかわす 

 

朧(神通さんはまだ目が開かない…なら勝機は十分ある、だって、神通さんは目を閉じている時…正面しか視えてないはずだから)

 

脚を引き、低めの回し蹴り、それも引いてかわされる

 

神通(やはり回り込む隙を窺っているのか)

 

踏み込んで右足で前蹴り…に、見せかけて右足でさらに踏み込み、左の回し蹴り

どうかわされようと関係ない、朧さんはこの蹴りを受け止められない

振り抜いて素早く構え直せば問題ない

 

朧(狙いがバレてる、直線的な攻撃を待ってるのにも気づかれてるせいでサイドを固められてる!)

 

神通(次は…)

 

朧(早い!)

 

一瞬で迫り、高めの回し蹴り

朧さんはそれをのけぞることで避ける

 

神通(ですが、これならどうです?)

 

艤装のブーストにより、もう1回転…次は低めに

 

朧「!」

 

神通「…後方回転でかわしましたか…良い判断です」

 

朧「どーも…!」

 

朧(中途半端に戻ろうとせず、バク転してよかった…あのままだったら死んでた…!)

 

神通「…しかし、次は如何ですか!」

 

踏み込み、前蹴り

 

朧(来た!)

 

朧さんが傍に飛び込むことで蹴りを交わす

これで完全に背後を取られたことになる

 

朧(待って、こんなに簡単に取れるわけ…)

 

前蹴りに出した脚の艤装のブーストで反転し、さっきまで背後だった位置を全力で踏み抜く

 

朧「っ…」

 

神通「…かわされた?…殺すつもりでしたが…よくかわせましたね?」

 

朧「……」

 

神通「……おや」

 

朧「……」

 

神通「……」

 

…無音、何も、動かない

 

神通(…当たっている?)

 

朧(…まさか、動かなければ…視えない?)

 

神通「……」

 

脚を引き、一歩下がる

 

左手で目元を拭う

 

朧(今しかない!…いや!)

 

朧さんが立ち上がる瞬間に回し蹴り

…空振り

 

神通(…生きているなら、立ち上がると思いましたが)

 

朧(…確認しようとしてた、アタシが死んだのか、生きてるのか…その為にわざわざ瞼を拭う動作まで見せた…)

 

神通(…もう、いいか)

 

振り返り、歩いてその場を去ろうとする

 

朧(…やるなら、この状況で、一撃で!)

 

神通(案外骨がなかった…前に見た時はもっと強かったと思ったのに…)

 

神通「…はっ」

 

背後に、ノーモーションで貫くような蹴りを放つ

 

朧「かっ……ぁえ…?」

 

朧さんの腹部に浅く突き刺さる

 

神通「…私の視力を見誤っていましたね…ええ、私は眼を閉じているとき、正面の動いているものだけしか視えない…確かに貴方はそれを読み切り、二度もブラフをかけ、見事私を術中にハメた」

 

朧「…なん…で…」

 

神通「…貴方がそうしたように、私もそう見せかけた…正面しか視えないと言うのは、正しくない…背後ですら、視認できますよ…ただし、狭い距離にすぎませんが」

 

足を引き、地につける

朧さんが膝を突き、崩れ落ちる

 

朧「が…ぁ……ゴホッ…!…ぁ…ひっ…はっ…」

 

神通「非常に満足いく戦いでしたが…こんな結果、私も望んではいませんでした…たった一撃で勝敗全てが決まるような体格と力の差なんて…」

 

朧(…だ、ダメだ…い、息が…動けない…!)

 

神通「…私達の目的でしたか…良いですよ、教えてあげましょう、艦娘を消すことです」

 

朧(え…?…艦娘を…)

 

神通「この騒動は艦娘が主導した事になる、いや、国が主導した事になる、どんな上等な復興シナリオが作れても…そうなる手筈です、すると…日本から艦娘が消える…次は別の国でも」

 

朧さんの肩に片足を乗せる

 

神通「艦娘が消えた世界…それが私達の望み…らしいですよ?」

 

艤装のカートリッジを起動し、力が溜まり始める

 

朧「…っ…ぁ……」

 

神通「……」

 

目元を強く拭い、眼を開く

 

神通「…おや」

 

飛来物に向かい、蹴りを放つ

人間大のそれは建物の外壁を突き破り消えていく

 

神通「……ヒト型?」

 

神通(何が飛んできた…)

 

綾波「那珂さんですよ」

 

神通「…綾波さん」

 

綾波「すみませんね、弾き飛ばしたのが飛んできてしまったようで」

 

神通「そうですか…では、あれは那珂ちゃんでしたか…いや」

 

瓦礫の中から、禍々しい其れがゆっくりと現れる

 

軽巡棲鬼「ウウウ…ウゥゥ…!」

 

血走った眼、鼻も口も血を垂れ流し続けてる

胴体なんてもっとひどい、両肩の肉は吹き飛び、骨が丸見え

腹部は大穴…

 

神通「随分いじめたんですね?」

 

綾波「ええ、構わないでしょう?第一…ほら、私の顔もボコボコに殴られましたから、おあいこです」

 

神通「……思うところはありますが」

 

今更、何を思うつもりもない

 

綾波「しかし…面白いものを見られそうですよ?」

 

神通「…何を…」

 

那珂ちゃんが瓦礫の中からこちらへ一直線に飛び出す

 

神通「っ!」

 

飛び上がり、突進をかわしたつもりだったが…

 

神通(狙いは私じゃない?……朧さんか)

 

綾波さんの隣に着地し、見下ろす

 

綾波「…深海棲艦の力を使っても私に手も足も出なかった上に…どうやら、意識まで呑まれた様で」

 

神通「…ああ、痛そうだ」

 

朧さんの肩を、食らっている

 

綾波「……ここはもう良いでしょう、致命傷は与えましたし」

 

神通「また出てきても、あれでは…相手にもなりませんね」

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 朧

 

…痛い

全身痛いし、何より…肩が…

 

朧「……っ…」

 

喰われてるのか

深海棲艦が私の皮膚を歯で切り裂き、肉を喰いちぎろうとしている

 

ダイレクトに死の感覚が迫ってくるのに…もう動けない

 

…私の最期は、深海棲艦のエサ…か

 

血がどんどん流れているような感覚…

少し、寒くなってきた…

 

深海棲艦が一度口を離し、こちらを見下ろす

 

軽巡棲鬼「……行ったかな」

 

朧「…その、声…」

 

軽巡棲鬼「…あ…」

 

ばたりと深海棲艦が隣に倒れる

 

軽巡棲鬼「…えへへ…負けちゃった」

 

朧「…那珂さん…」

 

さっきまで襲ってきていたのは…

 

軽巡棲鬼「…大丈夫…2人とも…もう居ないから…でも……全然敵わなかった…」

 

…きっと演技だったのだろう

私を助けるための演技…

 

軽巡棲鬼「…あ…」

 

近づいてくる二人分の足音…

 

朧(…もう、戦える様な状態じゃ…)

 

川内「…大丈夫?」

 

軽巡棲鬼「あ……うん…だめかも…」

 

朧「…川内さん…?」

 

アヤナミ「朧さん…大丈夫、朧さんは問題ありません、それよりも那珂さんです…」

 

朧「アヤナミ…!?…っ…い…」

 

アヤナミ「那珂さん、絶対に力を抜かないで、もしそのまま人間に戻れば一瞬で死んでしまいます」

 

軽巡棲鬼「…はー…い…」



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Plouto Again

みなとみらい

綾波

 

綾波「……おや」

 

狙撃の弾丸をかわす

 

綾波「…敷波か、青葉さんの情報は全く当てにならなかったな」

 

神通「南700メートル」

 

綾波「…会う価値もない」

 

神通「そうですか?自分の不始末とも言えるのでは」

 

綾波(…今になって、神通さんは私の本心を測ろうとしている…しかし、わざわざ神通さんに悟られない様に気を払ってるのにも理由がある…)

 

綾波「そこまで気になるのなら貴方に任せても構いませんが」

 

神通「…いえ、結構です」

 

綾波「射角からみて狙われたのは肩…使用弾から……っと、この弾…」

 

神通「どうしました」

 

綾波「ライフル弾ですけど口径が小さい…何を使ってるんでしょうね、狙撃銃かと思いましたが、自動小銃の可能性も有りますよ」

 

神通「興味がありません」

 

綾波「…しかし、混沌としてきましたねえ…」

 

綾波(敷波も、私を殺す気は無かったらしい…それに、初弾以降撃たないのは…いや、撃てないのか……敷波…)

 

綾波「場所はわかってるはずです、適当な人にいかせてください」

 

神通「わかりました」

 

綾波「……さて、私の相手は…」

 

アヤナミ「あなたの相手は、私達です」

 

神通「おや」

 

…瓜二つ、片目を眼帯で隠していること以外違いの無い、私がいる…

正確には、オリジナルボディ

 

川内「神通、逃がさないよ」

 

綾波「運命、とでもいうのでしょうか?…ふふっ…」

 

まだ居る

 

狭霧「…綾波さん」

 

…周りを見渡せば、見慣れた顔しか居ない

 

綾波「…同窓会か何かですか?ああ、会場は壊してしまいましたが…」

 

神通「ふざけている場合ですか?」

 

綾波「問題は…っ…?」

 

頭が…

 

綾波「っ…ぁ……ああぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

悲鳴

頭が、焼ける

 

肌がヒリつく

 

…始まった、想像していた以上の規模で

 

神通「な、何が…」

 

アヤナミ「綾ちゃん…!?」

 

綾波(ああぁ…!ダメだ!割れる割れる割れる!!)

 

震える手でカートリッジに触れる

指先で引っ掻き、なんとか起動しようと…

 

綾波「っ!…ぁ…」

 

カートリッジが起動した途端、多少頭痛がマシになる

 

狭霧「やっぱり…やっぱり限界なんですよね…?綾波さん!貴方の体はもう…!」

 

川内「待って、様子がおかしい」

 

綾波「…ぁ…はは…?アハッ……はぁ…いや失礼…別に今狂ったわけではないですよ、元々狂っていますから」

 

立ち上がり、辺りを見渡す

 

綾波「…それより…朧さんと那珂さんは、どうなりました?」

 

狭霧「近隣の病院の集中治療室行きになるはずです」

 

綾波「助かりましたか、ですが…病院かあ…」

 

遠くで、何かが爆発する

 

川内「っ!?」

 

神通「あれは…」

 

狭霧「…間に合いませんでしたか…」

 

綾波「全て手遅れ…この場のネットワークは全て…使えない、電気も通らない、電波も届かない、あーあ…最悪が、始まった」

 

LSFDの結界が展開されていったのだろう

 

空気が異質だ

 

綾波「…アヤナミ」

 

アヤナミ「……」

 

綾波「先に一つ、言っておきましょう、先程“綾ちゃん”なんて呼んでくれましたが、今の私は東雲です、最も…味方ですらそうは呼んでくれませんが」

 

アヤナミ「…何が、目的なんですか…ここで何をするつもりなんですか」

 

綾波「会話ぐらいしてもらいたいものですが」

 

アヤナミがカートリッジを取り出して起動する

 

アヤナミ「もうこれ以上罪を重ねさせたりしません、私が止めますから…だから…」

 

アヤナミの偽装が展開される

 

綾波(改二艤装…?どうやって…!この場には無かったはず、警備隊に紛れていたのか?)

 

アヤナミ「…綾ちゃん、あなたが開発したものです」

 

アヤナミが指輪を見せる

 

綾波「ああ、それに記録してたんですか…なら………やはりダメか、コントロールを奪えない」

 

アヤナミ「……私とあなたは、同じであって違う…その証明です」

 

背後から、狭霧が歩み寄る

 

狭霧「…私も、貴方を止める為に…死力を賭して戦います」

 

綾波「あなたも改二艤装を?…良いでしょう、二人まとめてでも…」

 

狭霧がカートリッジを起動する

 

狭霧「っ…あ…!」

 

綾波(…なんだ)

 

狭霧の持っているカートリッジから火花が散り、放電する

 

アヤナミ(拒絶反応…!何故?何が起きて…)

 

川内「な、何、あれ」

 

綾波「…まさか!…なんて馬鹿なことを!今すぐそれを捨てなさい!」

 

狭霧「お、お断りします…!っ…ぐ…!」

 

狭霧の表情が苦痛に満ち、カートリッジを握っている手が電撃で裂ける

 

狭霧(お願い…お願いします…!どうか…私に…)

 

カートリッジが破裂する

 

狭霧「…あ…」

 

綾波「……馬鹿なことを、私の改二艤装を使おうとするなど…あなたには無理に決まっています、そんな無茶をしたところで…」

 

狭霧「無茶をしなきゃ…私は、貴方には…届きませんから」

 

狭霧さんの傷が塞がり始める

 

綾波(な…傷が、消えて…)

 

狭霧「…みんなは違う、みんなはそれぞれ個性があって、みんなは…ちゃんと見てもらえる……でも私は違う…私は狭霧、だけど、私は貴方なんです…貴方は私なんです…」

 

狭霧さんの周りに、艤装が展開されて…

 

狭霧「強くならなきゃ…無茶をしなきゃ…貴方の想像の先にいかないと…!貴方は、私を見てはくれない…私は貴方の想像の内側では、終わらない…!」

 

綾波「…私の改二艤装…」

 

まさか、それを扱えるとは思わなかった

いや、だが…

 

アヤナミ「…綾ちゃん、さっきのあの反応…まだ、狭霧さん達に…気持ちがあるんじゃないですか…?」

 

綾波「…私のカートリッジを壊されたく無かった、なのによくも壊してくれましたね」

 

アヤナミ「綾ちゃん!!」

 

綾波「私をそう呼ぶな…!」

 

大きく息を吐き、前を向く

 

綾波「…私は、私は綾波ではない」

 

狭霧「…綾波さん…」

 

綾波「だから…っ…」

 

振り返り、狭霧さんを見る

虚ろな目は、私を捉えていても、私を見てはいない

視覚が死んでいる…?

 

綾波(…当然だ、あれほどの外傷ができるようなダメージ、体内も深刻なダメージを受けているはずだ……神経が焼けたのか…でも、回復の途中…なら、回復する前に)

 

狭霧さんの方に踏み込み、迫る

 

アヤナミ「待っ…」

 

綾波「嬲り殺しにしてあげますよ…!」

 

腹部を殴りつける

 

狭霧「…あっ…?がっ…」

 

綾波(…この、感触…内臓が既に…いや、戻りつつあるこの感じ…本当に再生して…)

 

狭霧さんに腕を掴まれる

 

綾波「っ!」

 

狭霧「綾波さん…私じゃお力になれませんか?…私は、貴方の役に立ちたい…ただそれだけだった」

 

綾波「何を…!」

 

狭霧「何かの為に必要だから、こんなことをしているんですよね…?違うんですよね?綾波さんは…本当は…」

 

アヤナミ「綾ちゃん…戻って来てください、私たちが…」

 

綾波「ふざけるな」

 

狭霧の手を振り払い、蹴り飛ばす

 

綾波(戻れだと?今更?……ふざけるな、だったら何のためにこんな事をした…私にそんなことを言うな…私の意思は何一つ動くことはない)

 

カートリッジを操作し、アヤナミの背後を取る

 

川内「っ!後ろ!」

 

アヤナミ「……」

 

後頭部に拳打を叩き込むも…びくともしない

 

アヤナミ「綾ちゃん…」

 

綾波「…硬い…」

 

アヤナミ「これで最後です、一緒に帰りましょう…?今なら、まだ取り返しがつくようにできるはずです…」

 

綾波「…取り返し?…じゃあ、つかないようにしてあげましょうか!なんなら…」

 

側頭部が地面のアスファルトに叩きつけられる

 

綾波「っあ…」

 

何が起きた、今何をされた?

蹴られたのか?それとも…

 

アヤナミ「……私は、あなたが例えどんな間違いをしても目を瞑りましょう…それは、例えば物を盗んでも、壊しても、人を殺しても、私だけはあなたのそばにいること…味方として…でも、一つだけ許せないことが、あります」

 

アヤナミと目が合う

 

アヤナミ「…今、あなたはなんと言おうとしましたか…間違っても、敷ちゃんを傷つけるようなことは…言おうとしていませんよね」

 

涙を流しながら、怒りに顔を歪ませた般若

 

自身のこんな顔を見たことはない

普通なら見ることもないだろうが…

 

綾波「…だとした…ふぐっ…あ…!」

 

腹部をサッカーボールのように蹴られる

 

綾波「かはっ……あ…っ……はーっ…ひっ…」

 

息ができない

呼吸をするたびに体が軋む

 

アヤナミ「もしそうだとしたら、私は一切の躊躇いも、容赦もなく…あなたの敵になります」

 

綾波「…はっ…はあー…な、なれるものなら、なれば良い…」

 

アヤナミ「…狭霧さんに対してもそうです、あの子は、あなたにとってなんですか」

 

綾波「…狭霧…?」

 

チラリと、蹴り飛ばした先から起き上がってくる狭霧を見る

どうやら視覚が回復したのだろう、此方をしっかりと見ている

 

…我ながら性格が悪い

 

綾波「…妹ですよ」

 

アヤナミ「…なら!なんで…」

 

倒れたまま、かかとで地面を蹴り、逆立ちの要領でアヤナミの顔に向かって蹴りを放つ

 

アヤナミ「っ!」

 

あえて防がせ、アヤナミの上に転移し…自由落下

そのままアヤナミを捕まえ、首を両脚で締め上げる

 

綾波「アハッ!馬鹿ですよねえ…せっかくの艤装もなあんにも役に立たない、だってあなたも私と戦う心構えができていないんだから…このまま絞め殺してあげましょうか?それとも頭をかち割りましょうか?」

 

アヤナミ「…あ、綾ちゃん…あなたは…考える時間が欲しい時…饒舌になりますね…」

 

綾波「っ……黙れ!!」

 

前方に自重をかけ、バックマウントポジションを取る

 

アヤナミ「…殺せば、いい…あなたの体…好きにすれば良い…」

 

綾波「…!」

 

…未だにその体に、生に執着が無いというのか

未だに…生きると言うことを…

 

綾波「…死ね!そう言うのなら、ここで死ねば良い!」

 

顎と頸に手をかけ、引きちぎりにかかる

 

狭霧「待ってください」

 

背後から肩に手を置かれる

 

狭霧「…お願いします…綾波さん…やめてください…」

 

綾波「…黙れ、お前もお前だ、なぜ背を撃たない、やる気のないくせに一丁前に艤装を装備し私の前に立つ癖に」

 

狭霧「……貴方が、私にとって特別だから…だから、私にあなたが撃てるわけがないんですよ…」

 

綾波「……」

 

狭霧さんの方に拳銃を向けて撃ち込む

 

狭霧「…え…」

 

綾波「そうですか、あなたには、私が撃てませんか…そうですよね、そう誘導しましたから」

 

狭霧さんがよろよろと後退し、膝をつく

 

狭霧「…綾波…さ…」

 

綾波「特別な相手を撃てない…気持ちはよーくわかりますよ、でも、あなたは私の特別じゃない」

 

狭霧「……妹だって…」

 

綾波「そう言えば、あなたは私を攻撃できない、少なくとも躊躇うでしょう?……馬鹿馬鹿しい、私が作ったクローンがそんなに意思を持つなんて、笑えてきますね」

 

立ち上がり、狭霧さんの方に近づく

 

綾波「…ふ…アハハハハハハッ!」

 

狭霧さんに向けて何度か引き金を引く

腹部、脚、二の腕、頬…

引き金を引くたびに傷が増える

 

綾波「どうしました?打たれてるのに悲鳴の一つもあげなくては…つまらないでしょう」

 

背後からの回し蹴りを頭を下げてかわす

 

アヤナミ「……」

 

綾波「しまったなあ……先に殺さないから、起きてきちゃった」

 

アヤナミ「……これからする事は、全てあなたのためです」

 

綾波「…何を寝ぼけたことを」

 

アヤナミ「狭霧さんがあなたの妹だと言うなら、私は狭霧さんを護らなくてはならない」

 

綾波「…あんなでまかせを…」

 

アヤナミ「でまかせなんかじゃない、例えそうでも…私の知ってる綾波のために…私が1番そばで見続けた綾波のために…!」

 

綾波「……」



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The way forward.

 

みなとみらい

綾波

 

アヤナミ「私は、あなたが愛した人を守る…あなたが愛した人たちをあなたが傷つけるのを、許すわけにはいかない…」

 

アヤナミが一歩下がり、主砲を構える

 

綾波「……殺してでも?」

 

アヤナミ「或いは、そうかもしれません」

 

綾波「上等です、素晴らしい、私のオリジナルらしい目つきになってきましたねぇ……と?」

 

狭霧「……お待たせしました、快復、完了しました」

 

綾波(…やはり、異常だな…この回復速度…あのカートリッジに明石さんの増殖の因子が組み込まれていてそれで再生した…と考えたが、それも腑に落ちない気がする)

 

アヤナミ「あなたは下がって…」

 

狭霧「そうもいきません、綾波さんが愛した人の中には、貴方も居ます…私達は、2人とも、生き残る…」

 

綾波「2人ともここで死ぬの間違いですよ…いいですよ?来なさい、相手になります」

 

綾波改二の艤装、それはベーシックなもので、主砲を両手に二門ずつ、そしてブーツ型の脚部艤装と大腿部の魚雷発射管…

 

あとは各種カートリッジによる強化での戦闘になる

そうなると…個性が出るのはそのカートリッジの使い方、その個性を刈り取れば、私に負ける道筋はない

 

アヤナミ(…さっきから見てたけど、綾ちゃんは転移を連続で発動できない、もしくは控えたがっている…体力消耗の様子が無いし、恐らく耐えられないとしたらカートリッジの方)

 

狭霧(だとしたら、綾波さんの転移を狩る事で倒すチャンスは有る、教えには忠実に…綾波さんの動きなら、頭に叩き込まれてる、単位のタイミングを読み切り、発動させて…狩る)

 

2人がこちらに主砲を向けてくる

 

綾波「…仕掛ける気がないのなら」

 

踏み込む素振りを見せると同時に前後から砲撃…

身体をかがめてそれをかわす…はずが

 

綾波「っ!?」

 

二つの砲弾がぶつかり、真上で炸裂し、爆風でかがめた身体を地面にたたきつけ付けられる

 

綾波(まずい…動きが制限されたことより、聴覚が…)

 

きーん…と音が響き、聴覚が完全に使えない

視覚もぼやけているし、頭の回りも遅い

 

綾波「チッ!」

 

転移し、アヤナミの真上を取る

 

アヤナミ(…そうくるだろうと思っていました)

 

狭霧(あなたは今まで転移する時、常に背後をとり続けた…だから、私達相手に同じ手を使いたくない)

 

綾波「な…!」

 

転移先に、既に砲撃が…

目の前まで砲弾が迫って…

 

綾波「っ…が…あ…」

 

両腕を交差させて受けたものの、オートガードのカートリッジでダメージを抑えたものの…

 

綾波(読まれたか…ボヤけた頭で変に動いたのが悪い…考えて動いたつもりが無理矢理反撃しようとしたせいで…)

 

綾波「!」

 

私を取り囲むように地面に魚雷が突き刺さる

 

綾波(不味い!流石にこの距離でこの数は…)

 

魚雷の炸裂を、防ぐ術なく受ける

 

アヤナミ「…まだです!」

 

狭霧「ええ!」

 

容赦のない追撃

砲撃の威力を強める各種カートリッジ…

 

綾波(…殺す気だな)

 

狭霧「転移しましたよ!」

 

カートリッジの起動音を聞かれた、このやかましい砲音の中で…意識は鋭く研ぎ澄まされているらしい

 

綾波(なら、当然生半可では勝ち目はない)

 

アヤナミ「どこに…」

 

綾波「ここですよ」

 

アヤナミを真下から蹴り上げる

 

アヤナミ「っ…!」

 

あえて防がせる事で、足元をガラ空きにし…

 

綾波「反応が、遅い!」

 

下段の回し蹴りで脚を取り、続いて上段の回し蹴りを叩き込む

 

アヤナミ「っあ…!」

 

綾波「やはりこんなものですか、完治したオリジナルボディでそれでは、全く、程度が知れる」

 

狭霧「やあぁぁーーっ!」

 

綾波(接近戦!)

 

狭霧と互いに片腕を掴み合う形になり、膠着する

 

綾波「愚直な接近戦とは、あなたらしくもない」

 

狭霧「いいえ…これが私らしさです!」

 

綾波「!?」

 

ここは何処だ!何故落ちている!

 

綾波「…まさか!空に!」

 

狭霧「上空2000メートルから自由落下です…そして、逃げ場はありませんよ…!」

 

空に転移して…!?

しかも、がっちりと捕まえられて、ろくに身動きも…

このまま2人で死ぬほど馬鹿ではないと信じたいが.

 

綾波(…まさか!狙いはカートリッジの消耗か!)

 

既にかなりの速度で落下している以上、このまま地上に転移したところで落下の衝撃をもろに受けてしまう、だから一度この落下の勢いを殺さなくてはならない

その為には、まあ要するに地球の真裏にでも行けば良い、そうすれば上下が逆転する、すると落下の勢いを利用しようとして上昇する事で勢いが死ぬ

そこで改めてこの場の地上に転移すれば良い

 

だが、困っている点は…カートリッジによる転移をなど行わなくてはならない点だ

 

できるだけカートリッジへの負荷を抑えたいのに…

 

狭霧(どうしますか!そのまま落ちるわけにはいかないでしょう!)

 

綾波(…いや、死ぬなら死ぬだけ!)

 

地面のすぐそばに転移する

 

狭霧「!」

 

アヤナミ(不味い!)

 

落下の衝撃は特になく、ゴロゴロと地面を転がる

 

綾波「…は…はは……そうですよねえ、まだ覚悟ができてないらしい、非情になりきれない…そこが弱さだ」

 

アヤナミ(…重力操作で落下の勢いを殺したは良いけど…)

 

狭霧(…殺せなかった)

 

綾波「折角のチャンス、無駄にしてしまいましたねえ…アヤナミ、あなたが狭霧さんを見殺しにしていればよかった、狭霧さんも自分を殺すつもりで転移すればチャンスはあったのに」

 

狭霧「…私達は…」

 

アヤナミ「私達は非情になるとか、そんなことを望んでるんじゃない!…殺してでも止めたい、でもそれ以上に…あなたを連れ戻したい…」

 

綾波「…未だ、寝ぼけているらしい」

 

狭霧「…もう一度、行きますよ」

 

アヤナミ「…ええ」

 

 

 

 

軽巡洋艦 川内

 

神通「姉さん、私たちもそろそろ始めましょう…良い加減に…またくたびれてしまいました」

 

川内「…いいよ、相手してあげる…でも、本当にいいんだね」

 

神通「何がですか」

 

川内「今なら戻れるんだよ、神通、全部綾波のせいにして逃げられるんだよ」

 

神通「お断りします…私は私が望んでこの場に立っている、私達は信じてここに立っている」

 

川内「信じて?」

 

神通「…この目をもってしても何が正しいのかはわかりません、ですが姉さん、私は…強くなり続けています…それこそが、正しい道を進んでいる証明…だと、私は考えていますが?」

 

川内「……大馬鹿だよ」

 

指輪をなぞり、大鎌を取り出し、構える

 

神通「…姉さんの目は、濁っているのかもしれませんね」

 

神通が距離を詰め、蹴りかかってくる

それを大振りな鎌の斬撃でいなすが…

 

川内(わかってたけど、間合いは完全に不利、本来射程の長いこっちが有利なはずだけど、神通は懐に潜り込む術を熟知してる)

 

今のところ神通は大きな回し蹴りなど、攻撃のテンポが遅いものばかり

だから大鎌で対応できてるけど…

 

川内(神通が隙の小さい動きにシフトしてきたら完全に対応できない…双剣に切り換えて戦うにも、下段の…脚回りばかりを狙われたら相当しんどいし…)

 

となると、受け手に回る戦術は全て不利

 

川内(なら!)

 

大鎌が霧散し、大剣が握られる

刀身に細かなサメの歯の様な刃が大量に付いた大剣…

 

神通「!」

 

神通(大振りで、なおかつ愚鈍な大剣を使う…!?何故!)

 

川内(神通が青葉の真似してたけど…槍以外でも…)

 

遠心力を利用して大きく横薙ぎに大剣を振るう

神通はそれを地面に張り付くように伏せてかわし、カウンターの蹴りを…

 

川内(できるんだよ!!)

 

軽く飛び上がり、大剣の重みでぐるりと回転しながら破壊力最大の一撃を放つ

 

神通「っ…!」

 

脚部艤装で受けられるが、地面が陥没するほどの威力…

目に見えないダメージがあるはず…それに

 

川内「…神通、この大剣はガードしちゃいけないんだよ、忘れた?」

 

神通(そうだ!しまった…!)

 

大剣についた小さな刃が音を立ててチェーンソーの様に回転し始める

 

川内「悪いことする様な脚…一旦斬り落としてお説教だね…!」

 

神通「…どうやら、そうはいかない様ですね…?」

 

…斬れない

 

川内(硬すぎる…!?いや、違う、斬ってる感覚はある!…増殖で修繕してるのか…!)

 

一度大剣を引いて振りかぶり、振り下ろす

 

神通「っ…!…危ないですね、生身にそれを受けたら…」

 

そう、生身に当てれば一撃で一刀両断にできる

でも、私はできれば殺さず捕まえたい…

 

神通(…一度回避に専念するか!)

 

神通が逃げ回るが、それを追って周囲の建物ごと斬りつける

大剣の威力に臆したわけではないはず…

 

川内「やああぁぁぁッ!!」

 

建物の壁ごと粉砕する

 

神通(…アレではないな、このあたりにあるはず…)

 

川内(何か、探して…)

 

神通(…さっき足元の地面を叩き割られた時、視えた…いや、まて…)

 

神通が立ち止まり、こちらを向いて手を向ける

 

川内「っ!」

 

神通の手に…黒い物質が形成されていく

そして、それを自身の顔に当てる

 

川内「…黒い、目隠し?」

 

神通「…ああ、視えた」

 

川内(なにが…)

 

川内「何が!!」

 

神通に飛びかかり、大剣を振り下ろす

 

川内「那珂が傷ついたのを見て!何もしなかった癖に…何が視えただ!!!」

 

神通が半歩引いて剣戟をかわす

地面を大きく抉り、突き刺さった大剣を踏みつけられる

 

神通「何も思わなかったわけではありません」

 

神通がうつむき、少し屈む

 

神通「那珂ちゃんが傷ついて、死ぬかもしれないと思って…ショックでしたよ、でも…世界のために必要な犠牲なのかもしれないと思いました」

 

川内「犠牲…?ふざけた事…」

 

神通が大きく屈み、息を吸い込む

 

川内(何して…)

 

神通「ふーっ」

 

神通がこちらに息を吹き付ける

 

川内(な…この、匂い…ガス!?)

 

神通が歯を合わせ、その歯を見せたまま微笑む

 

川内(仕込みの火打ち石…)

 

カチッ…

小さな火花がガスに引火し、爆発を引き起こす

 

 

 

 

 

川内「…かはっ…ぁが…」

 

神通「……素敵な作戦でしょう?増殖を持つ私だからでから、自爆特攻の様な…本当は直接肺にこのガスを流して引火させようと思ったんですが…やはり姉妹ですから、姉さんを殺してしまうのは、忍びないな、と」

 

川内「じ…神通…!!」

 

神通「…姉さんの目はやはり濁った、この街のガス管の位置を私が把握した時、愚かにも「視えた」と言ったのに、それが癪に触って無駄な突撃…らしくありませんよ?」

 

神通が踵を返し、去っていく

 

川内「…待て、神通…!」

 

神通「私はこの世界が善くなると信じています、だから綾波さんに近づいた…あの人が瑞鶴さんを殺した時、それも正しいのかすらわからなくなりましたが…ですが…私の眼は、この道を観ている…進むべき道は…もう視えている」

 

神通は…止められなかった…



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Take under one's wing

みなとみらい

綾波

 

綾波「っ…かはっ…こほっこほっ…」

 

神通さんめ…随分とやってくれたものだ…ガス管に引火させて大規模なガス爆発を起こすとは…

 

綾波(…艤装を展開して防御姿勢を取らなければ…死んでいたかもしれない…)

 

頭をなんとか動かしてアヤナミを見つける

深手を負ってはいるが死にはしないだろう…だが、狭霧さんが見当たらない…

立ち上がる為に地震にのしかかっている瓦礫を押し退けようとする  

 

綾波「えっ」

 

…柔らかい…いや

 

綾波「…嘘」

 

狭霧さんが私を庇う様に覆い被さって…

 

綾波(…心臓が止まっている、体温も低すぎる…いや…嘘だ、そんなはずは…何故私を庇う様な…!)

 

…ましてや死ぬ様な真似…

 

狭霧「…ね………さ…」

 

綾波「っ!?」

 

…声がした、喋った

ありえない、心臓は止まっていた、息もしていなかった、体温の低下からも…生命活動をしていないのは明らかだった

つまり確実に死んでいた

 

綾波「…なんで、生きて…まさか」

 

狭霧さんのアイパッチを外す

そこには無いはずの眼球があり、しっかりと私を見据えていた

 

綾波(再誕のダミー因子…!あなたが、持っていたなんて…アヤナミから、あなたに…そうか、だからあんな自殺まがいの戦術を取ったのか、自分が助かる確信があって…)

 

狭霧さんを瓦礫ごと押しのける

 

綾波「っ…」

 

綾波(艤装もほとんどダメージなし…防御する必要すらなかった、のか…いや、それより…)

 

綾波「何故私を庇ったんですか…」

 

狭霧「……さ…」

 

綾波「…聞こえませんよ」

 

狭霧さんに近づき、顎を持ち上げ、自身の耳を近づける

 

狭霧「…良かった…姉さんが無事で…」

 

綾波「っ…!」

 

綾波(なんで…!)

 

狭霧さんがこちらへと手を伸ばす

 

狭霧「…姉さん…私の…大事な人…」

 

…本当に、そう思っているのか?

それだけの為に私の事を庇って死ぬ真似をしたのか?

 

綾波「…ふざけるな」

 

…私は全て捨てたんだ

私は…私は、全てを捨てたのに…

 

綾波「…運が良いですね…もう、私はやる気を失いました」

 

…この道を歩くのは、とても辛い事だと知っていた

だけど選んだのには理由があった

 

なのに、なのにどうして…

私の道をみんなが塞ぐ、その程度の障害に今更躊躇うつもりは無いが…

 

綾波(…だめだ、物事が、悪い方向にばかり進む…)

 

私は一度だって道を見誤ったりはしていない

進むべき道も、至るべき結末も、見失っていない

 

だけど、時々わからなくなる

 

何が正しい道なのか

 

目の前の、死んでいる、でも生きているこの子は

本当に死ぬべきだったのか

 

私が結末を求めなければこうはならなかったのではないか

 

でも、悔やんだ頃には全てが遅い

一度でもそうなった以上、果たすべき責任が発生している

 

綾波「…全隊に伝達…好きにやりなさい」

 

 

 

 

駆逐艦 夕立

 

夕立「夕立、了解」

 

この指示の意味は簡単

逃げたい奴は逃げ出しても良い

戦いたい奴は戦えば良い

 

この地を阿鼻叫喚の地に変えろ

すでに黒煙が上がり、崩壊したこの街を、もっと壊せ

 

それだけの指示

 

夕立(ここで果たしたい目的…なんなんだろう?)

 

夕立が聞いている達成目標の意味

この街を崩壊させ、手にして…クビア召喚の実験の第二フェーズを行う事

 

その為にこの街が欲しかった

 

そう聞いているけど、実際はそうじゃない

この街でLSFDの実験が行われている時点でおかしい

LSFDの実験ができるならそのまま召喚すれば良い

ましてや部外者(CC社)にできるなら、開発元の綾波にできない理由はないはず

 

ここが欲しかったのか、それともここを壊す必要があったのか

艦娘システムをなくす以外の他の目的もまだ掴めないし、作戦が被ったせいでどちらなのか判別がつかない

 

夕立「…?」

 

レーダーに、生体反応を感知

…敵、だと思ったけど

 

夕立「…意外と合流が早いっぽい」

 

綾波「あなたは何をしているんですか」

 

夕立「好きにしろと言ったのはそっち、夕立は夕立のやりたい様にやる…ダメ?」

 

綾波(本当に食えない人だ…よくわからなくなってきた…)

 

夕立「それより…ボロボロっぽい」

 

綾波「…コピー…2人を、相手取りましたから…あんな結末を迎えてなければ、どうなった事やら」

 

夕立(…多分、もう1人の綾波って奴…それからLinkの今のリーダー?…だとしたら、もう勝ちの目は潰えたっぽい?)

 

綾波「……流石に疲労が溜まってしまいました、私は休みます、あとは任せましたよ」

 

夕立「…夕立でいいのかしら?」

 

綾波「神通さんは戦闘においてはエキスパートです、しかし戦争は知らない…」

 

そこについては同意できる

香車や桂馬の様なタイプ…運用の仕方によっては素晴らしい戦果を挙げられるのだが…想像力が足りてない気がする

 

綾波「……夕立さん」

 

夕立「ぽい?」

 

綾波「あなたは、過去の記憶…というか、前の世界において…艦としての記憶を、しっかり刷り込まれた方ですか?」

 

夕立「…夕立は、そんなの興味ないっぽい、結局あるのは今だけ、過去の事にもあんまり興味ないっぽい」

 

綾波「そうですか…しかし、あなたはそうでも、他の方はどうでしょう?」

 

夕立「…他?」

 

綾波「たとえば、アメリカの艦娘システムには…こういう特徴があります……過去の戦争の記憶を徹底的に叩き込む」

 

夕立「なんのために?」

 

綾波「先を見据えてるんですよ、この戦いが終われば、疲弊した各国はその疲弊が悟られる前に資源を集め、回復に専念する必要がある…それには、自国の力だけでは到底足りない」

 

夕立「…それで?」

 

綾波「例えば、あなたのことを恨んでいる人もいるかも…」

 

夕立「……もしかして、馬鹿?」

 

綾波「…ああ、少し疲れてるのかもしれません…いや疲れてるんですよ、そこそこにね」

 

夕立「……」

 

綾波「ほら、向こうから…敵が来てる気がするでしょう?」

 

夕立「…たしかに」

 

レーダーに敵部隊の感あり…

 

綾波「…全員アメリカ人」

 

夕立「さっきの話、これを読んでって事っぽい?」

 

綾波「さあ、どうでしょう」

 

…でも、よく見てみると…

 

夕立「避難誘導中の部隊っぽい」

 

綾波「どうします、潰しますか?」

 

夕立「……いや…」

 

ハッチから小型のヘリが飛び立つ

 

夕立(…ロック…オン)

 

ミサイルハッチから極小型のミサイルが射出され、後方へと飛ぶ

 

綾波「おや」

 

激しい爆発が響く

 

夕立「…威力は本物並み…っぽい」

 

綾波「何かいましたか?」

 

爆発の起きたあたり

煙の中から折れた標識が飛んでくるも

小型ヘリの機銃掃射でそれが撃ち落とされる

 

夕立「…それは武器じゃないっぽい」

 

レーダーを使い、狙いを定め、撃ち続ける

 

綾波(…誰だ)

 

砲撃をかわされ、瓦礫を盾に塞がれる

まさかここまで戦い慣れてるとは思わなかった

 

夕立「…あ」

 

弾切れ…

 

砲弾を装填するために砲撃が止んだ瞬間にザッザッザッと走る足音が近づいてくる

 

夕立(来る!)

 

青葉「やあぁぁぁーーッ!」

 

青葉の足元の瓦礫を拾い上げての投石をかわし、装填の終わった主砲を向ける

 

夕立「…せっかく逃げるチャンスをもらったのに、なんで死にに来たっぽい?」

 

青葉「…これ以上の被害拡大を防ぐために」

 

綾波「果たして本当にそうですか?」

 

綾波が立ち上がり、青葉を見据える

 

綾波「…狼は群れで狩りをする…獲物を弱らせ、あえて逃がし、追いかけ続けて弱ったところを喰らう…今のあなたの様ですね」

 

青葉「何が言いたいんですか」

 

綾波「弱った私を喰らいに来ましたか」

 

青葉「或いはそれも正しいのかもしれません…でも、私はこの戦いが終わりさえすれば…」

 

綾波「そうはいきませんよ、私は中途半端な終わりは望んでいませんから」

 

青葉「……なら…ここで止めてみせます」

 

綾波「…あとは任せましたよ」

 

夕立「りょーかい」

 

青葉「待って!」

 

夕立「そっちの相手は、夕立っぽい」

 

小型ヘリを操作しようとした瞬間、撃ち落とされる

 

アトランタ「ユウダチ…?悪夢(Nightmare)?」

 

夕立「…離島にいた奴…?」

 

アトランタ「…Point upload(ポイントをアップロード)Come on( こっち来て )

 

夕立「……なんか、睨まれてるっぽい?」

 

アトランタ「あんた、夕立って奴なんだ…?じゃあ、アカツキってやつもいんの?」

 

夕立「…何言ってんのかよくわからないけど…」

 

主砲を向ける

 

夕立「遊びたいってこと…?相手してあげるっぽい…!」

 

青葉(消えっ…!?)

 

アトランタ(今、どこに…)

 

夕立「ソロモンの悪夢…見せてあげるっぽい!」

 

青葉「っ!?」

 

アトランタ「撃ってきてる…!」

 

綾波(試製の迷彩カートリッジはちゃんと動作してるな…レーダーを誤魔化すことはできないだろうけど、視認はできないはず…いや、激しい動きをしたら…)

 

青葉「!そこか…でも、攻撃手段…いや!破魔矢の召喚符!!」

 

夕立「そういうのは、お断りっぽい!」

 

光の矢と夕立のミサイルがぶつかり、爆炎が周囲を包む

 

アトランタ(見えない…!)

 

視界が悪い状況なら…一方的に撃てる

 

アトランタ「見えてないはずなのに…!クソッ!」

 

青葉(一方的に認識されてる…!)

 

夕立(…砲撃じゃ仕留められないっぽい…)

 

ミサイルハッチからミサイルを射出し、撃ち込む

 

アトランタ(遅い!これなら!)

 

夕立「…へー…」

 

…ミサイルを今の一瞬で全て落とした?

信じられないけど…

 

夕立「…面白いことしてくれるっぽい」

 

青葉(…武器になるもの…武器が無いと、勝ち目がない…!)

 

夕立「…じゃあ、これはどう!?」

 

魚雷発射管から魚雷をありったけ抜き取り、空中に放つ

 

青葉「えっ…」

 

アトランタ「何…」

 

夕立「撃ち落とさないと…」

 

地面に落ちた魚雷が、片っ端から炸裂する

 

青葉「っ…!?…こ、こんなの…」

 

アトランタ「Fuck…!」

 

夕立(動きが止まった!)

 

主砲をそれぞれ1発ずつ撃ち込む

 

青葉「っ…」

 

アトランタ「うぁ…!」

 

夕立「…2人撃破…ぽい?」

 

綾波「お見事です」

 

腹部を抑え、地に伏した2人を見下ろす

 

青葉「…かはっ…あ…!」

 

アトランタ「なん…なんだよ…」

 

夕立「ここにどんどん敵が集まってくるっぽい」

 

綾波「そうですね…動きましょう」

 

綾波(…狭霧、あなたのせいで…犠牲者は増えるばかりですよ)



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記録 新緑色

みなとみらい

重巡洋艦 青葉

 

青葉「…っ…」

 

ゆっくり、体を少しずつ動かしてやっと起き上がろうとしたところに手のひらが差し出される

 

青葉「……あ…」

 

フレッチャー「すみません…見てることしかできなくて…それに、私たちを庇うために飛び出してくれたんですよね…?」

 

ガンビアベイ「Are you okay(大丈夫ですか)…?」

 

青葉「大丈夫は大丈夫…夕立さんが最後に撃った弾、どうやら…非殺傷弾だった様で…」

 

手を借りてなんとか起きる

 

青葉「…追いかけないと…」

 

フレッチャー「武器もないのに…?」

 

青葉「…それは…そうなんですけど…いや、無いわけじゃないか…」

 

立ち上がり、瓦礫の中を漁る

 

ガンビアベイ「な、何を…」

 

青葉「…あ、あった」

 

フレッチャー「…それは?」

 

青葉「壊れた道路標識です…他に使えるものがないので」

 

普段払ってる槍よりやや長いが、気にする余裕はない

 

青葉(今ならまだ追いつけるはず…)

 

フレッチャー「…あの」

 

青葉「はい?」

 

フレッチャー「…行かないほうがいいと、思います…拾った命を、捨てる様な真似…出直したほうが…」

 

青葉「……いいえ、やるなら今、この場です…綾波さんが疲弊している今仕留める…いや、捕らえる…」

 

青葉(でも、勝機はないに等しいな…だから、私ができるのは時間稼ぎ…綾波さんを一時的にその場に留めておくことくらい…通信でわかってる限り、今回作戦の主要メンバーで綾波さんに喰らいつけそうなのは…)

 

青葉「聞こえてますか、ガングートさん……ダメだ、無線機も死んでる…アトランタさんが位置情報をアップロードしたって言ってたけど、それもダメなんだろうな…」

 

Linkのメンバーに頼りたかったのに…

 

青葉「……いや、フレッチャーさん、ガンビアベイさん、お二人はLinkの人達を探してください、私は綾波さんを見つけて足止めします、できるだけ派手に戦います、だからそこに来る様に…」

 

ガンビアベイ「ええぇぇ…?」

 

フレッチャー「…もう一度言います、死にに行く様な真似は…」

 

青葉「…私は死ぬつもりはありません、まだやることがたくさんありますから…」

 

それだけ言って走る

 

青葉(…絶対に捕まえる、綾波さんの本心とか、そんなものは私はわからない、ここで止める事だけを考える…)

 

折れた標識はいやに軽い

これではおそらくすぐに壊れるだろう

補充できる様な武装も転がっているわけがない

 

となると、頼りになる可能性があるのは呪符…いや、これも無いのと変わらない

 

青葉(…今、一瞬見えた!あの2人だ!)

 

綾波さんと夕立さん…捉えた…

 

青葉「わっ!?」

 

足元の何かに躓いて転がる

 

青葉「っ…たた…何に引っかかって…ロープ…?…っ!」

 

その場を飛び退いたと同時に砲音が鳴り、さっきまでいた場所が吹き飛ぶ

 

青葉「誰……艦娘…!?」

 

…横須賀の訓練生だろうか…?

艤装を持った数人の少女達が…

 

青葉(いや、そんなお花畑な考えしてる暇ない…間違いなく敵だ!)

 

道路標識を強く握り、槍のように構える

普段使う槍より太く長いそれは、やはり使い勝手が悪い

 

浦風「あかん…かわされた…」

 

戦い慣れてない

表情の辿々しさ、1発外した程度で一喜一憂する姿から簡単に推察できる

 

青葉「待ってください!私は貴方達と戦いたいわけじゃ…」

 

山風「…あなた、綾波さんを追いかけて…どうするの…?」

 

青葉「…捕まえます!こんなことやめさせないと…っ!」

 

返答した瞬間、撃ち込んでくる

 

山風「…じゃあ…敵」

 

浦風「んなもん元からわかっとるわ!…やれるとええけど…!」

 

青葉(交渉の余地なし!ああもう!半分くらいわかってましたよ!)

 

ポケットの呪符を引っ掴み、ばら撒く

 

青葉「鉄崩水の呪符!炎殺球の呪符!伊吹の呪符!」

 

ガングートさん達とやった時と同じ

召喚した水を炎で蒸発させ、暴風で急冷して霧を作る

簡単な視界封じ…

 

青葉(いや、威力がおかしい!)

 

…視界封じのつもりで使ったのに、異常な威力…

いつもの倍近い威力のせいで服が濡れるわ髪の先が焦げるわ風で肌が切れるわ…

 

青葉(…威力が上がってる?コントロールできないとかそんな話じゃない、何かが原因で威力が…)

 

浦風「山風!どうなっとるんじゃ!見えんぞ!」

 

山風「…こっちも…!」

 

青葉(いや、今はこの2人から逃げて…)

 

青葉「っ!?」

 

前方から突風が吹き付ける

…それも、一瞬で霧が吹き飛ぶ程の

 

青葉(タイミングが悪い…いや…)

 

神通「ダメじゃないですか、人を無視しようとするなんて」

 

青葉「神通さん…!」

 

神通さんの蹴りの風圧で吹き飛ばされたのか…!

 

夕立「まだ起きてこれないと思ってたっぽい」

 

綾波「騒がしいので引き返してみれば…」

 

青葉「っ…」

 

青葉(覚悟はしてたけど、5人ともいるとなると…完全に勝ち目は潰えた…!)

 

綾波「…しかし、青葉さん、貴方も無茶をする人だ」

 

青葉「私にはそれしかできませんから」

 

綾波「いいえ、そうではない…貴方は違和感を感じていないんですか?そんなものを振り回そうとしているのに」

 

手に持った道路標識に意識が向く

 

綾波「それ、重くないでしょう?」

 

青葉「え…?」

 

綾波「だから、重み、感じてますか?」

 

青葉(…いや、これは…軽いだけ…)

 

綾波「ああ、やっぱり気付いてないんだ、あなたの体はかつて化け物に呑まれた、そのことをお忘れですか?」

 

青葉「…忘れてなんかいません」

 

確かに私はかつてAIDAと深海棲艦に呑まれて…でも、今はもう…

 

綾波「まさか今は関係ないとか思ってます?…原因、覚えてますよね?あなたの艤装のナノマシンが元凶なんですよ?…そんな物を持って、まさかナノマシンの働きが何もないとでも?」

 

青葉「…え?」

 

標識が手から滑り落ちる

重たいソレが落ちた音が響く

 

確かに、いつもの槍より長くて太いのに、重くないのはおかしい…のに…

 

綾波「あなたはナノマシンを抜いてもそのまま艤装の運用をしてたんでしょう?…まあ、表に出て戦うことは減ってるし、免疫もついてたが故に発症も遅かったんでしょうが」

 

…手のひらを見る

いつもの私の手だ、何が違うんだ、私の身体は何もおかしくなんてない

 

ブラフだ…!

 

青葉「……あれ…?」

 

身体が、動かない

 

綾波「…あなたとLSFDは致命的に相性が悪いみたいですねえ…この中ならあなたのナノマシンのハッキングも容易だ…簡単に指示を上書きできる…」

 

青葉(指示…上書き…?)

 

綾波「…ああ、何のことかわかりませんよね、そもそもナノマシンは神経から伝達される簡単な指示に従うことしかできません、疑似的に筋力を増強させるとかね…それを、硬直に書き換えれば…あなたは動けない」

 

青葉(…じゃあ、今動けないのは……これじゃあどうしようもない…!)

 

綾波「…でも、面白い発見でした、第二次ネットワーククライシスの再現をこの場で行なっているせいでここは携帯の電波はおろか、無線通信すら阻害されてるのに…やはり私が開発しただけあって、生きてるチャンネルもまだ有るんですねえ…」

 

夕立「レーダー類も死んでないっぽい」

 

綾波「私が作ったものは影響を逃れた様です」

 

青葉(…だから呪符も発動できる…呪符さえ取り出せば…いや、たとえ効果が出なくても…!)

 

なんとか、必死に体を動かす

 

神通「…まだ何かをするつもりの様ですが」

 

綾波「何もできませんよ」

 

片手をポケットに突っ込み、呪符を握ろうとする

 

綾波(また呪符か、無駄な事を…)

 

青葉(え…?…これって…な、何?これ、固い…?)

 

ポケットの中の何かを掴む

身体が少し、楽になった気がした

 

綾波(…?…ナノマシンの反応が一部消えた…何かをした?いや、わからないが…おかしい)

 

綾波「神通さん」

 

神通「ええ」

 

神通さんがカートリッジを起動し、空を蹴る

雷を纏った真空刃が迫る…

 

青葉「っ…!……あ、あれ…?」

 

目を閉じて、衝撃に備えたのに…届かなかった…?

 

神通(塞がれた?いや…何かおかしい)

 

青葉(…あれ?…体が、動く…)

 

青葉「……あ」

 

綾波(…あれは…そうか、まさかカートリッジにも耐性を発揮するとは…)

 

青葉「ま、マクスウェルのデータの入った…USBメモリ?え?でもこれ…なんで…?」

 

カートリッジでもないこれがなぜリアルで力を…

 

綾波(…待て、という事は、そういう可能性があるのか…!これ以上の情報を見続けるのはまずい!)

 

綾波さんが踵を返す

 

綾波「私は先に引き上げますよ」

 

神通「どうかしましたか」

 

綾波「…長居したくなくなりました、合流ポイントで会いましょう」

 

夕立「了解」

 

神通「わかりました」

 

青葉「待ってくださ…っ!」

 

神通さんが迫り、私の首を掴んで壁に叩きつける

 

青葉「かひっ…」

 

神通「黙りなさい、どうやら、口出しはしないほうがよさそうです」

 

青葉「…神通さ…貴方は…!」

 

神通「私はこの道が“正しい”と信じています、あなたが何をいってもそれは変わりません」

 

夕立「そうそう…大いなる目的のためっぽい、知らないケド」

 

神通さんの手を掴んだ瞬間、顔がこわばる

 

神通「っ…!」

 

青葉(!…手を痛めてる!)

 

掴む手の力を強める

 

神通「っー…!性格の悪い人だ…!」

 

青葉「…お互い様です!」

 

神通さんの腹部に前蹴りを放ち、押しやり距離を取る

 

神通「…やはり、痛めた手を動かすのは良くないか」

 

青葉(…格闘戦…は、不利だし…どうすればいいんだろう…このままじゃ一方的に嬲られる…!いや、とにかく呪符で!)

 

青葉「閃矢の呪符!」

 

神通「っ!…その程度!」

 

神通さんが蹴りの構えに入り、空間を蹴る

 

青葉「…け、蹴り…?」

 

青葉(蹴りでどうこうするとか…バトル漫画の世界じゃないんだから…!)

 

青葉「いや、呪符使ってるこっちも大概か!!地獄蟲の召喚符!」

 

地面に呪符を貼り付け、その場を離れる

 

神通(呪符はThe・Worldのものの再現、名前さえ分かっていれば私は効果と範囲が予測できる…)

 

青葉(多分神通さんは威力とかもそこまでじゃないと思ってるんだろうな…でも!何故かさっきから威力が増してる…ならこれで!!)

 

地面から現れた闇の蟲の多足が神通さんに伸びる

 

神通(捕まったら不味い…!……こうなれば…やむを得ないか!!)

 

新緑色の光が視界を塗りつぶす

 

青葉「っ…!?な、何が…」

 

 

 

 

 

青葉「……っ…?これ、は…」

 

拘束されてる…さっきの光の後、意識を失ったのか…

 

神通「流石に姉さんに土をつけるだけのことはある、槍なしでこうも手こずるとは…まさか、あなたに先に使うことになるとは思いませんでした」

 

青葉「…何をしたんですか…」

 

神通「メイガス」

 

青葉「…え?」

 

新緑色に輝く巨人…

一瞬だけ見えた…

 

これが、あの瞬間に…?

 

神通「LSFDのエネルギーを利用すれば…眠っていた力を無理矢理引き摺り出せる…!これは…何者にも劣らない力…!」

 

青葉「…神通さん…」

 

神通「…失礼、取り乱してしまいました…しかし、この力の前には、あなたも無力という事です」

 

青葉(でも、碑文使いなら…川内さん達が…)

 

神通「ああ、それと…一応言っておきますが、姉さん達は碑文の力を失っています、取り戻したのは私1人の様でしたから…あの聖堂で失って以来…取り戻す機会もなかったのでは、仕方ありませんけどね」

 

青葉(…碑文使いの力を神通さんが使える…この情報は、絶対に持ち帰らないと…)

 

神通「帰って皆さんに伝えたいんでしょう?…構いませんよ、でも…そんな暇があるでしょうか」

 

青葉「え?」

 

神通「…艦娘システムは終わりです、もう、この場所での戦いは終わった…逃げ帰って構いませんよ、辛いのは、今からですから」



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Beginning of Twilight

横須賀鎮守府 執務室

軽巡洋艦 大淀

 

大淀「…はい、はい、私どもも被害を最大限抑えられる様に…はい…ええ、もちろんです……ええ…それでは、失礼します」

 

受話器を置き、外を睨む

 

大淀(こっちの事情もわかってないクセに勝手な事ばかり…自分たちでは何もしないクセに恥ずかしげもなく人を非難するあたり、程度が知れる…)

 

大淀「…終わりましたよ、お待たせして申し訳ありません」

 

綾波「いえいえ、こちらこそ急に来てしまい申し訳ありません、どうしても話がしたかった物ですから」

 

大淀「…お茶の一つでもお出ししたいところですが、不用意な事をしたくない物で」

 

綾波「どうぞお気になさらず、それよりも…」

 

大淀「先に伺っても?」

 

綾波「…どうぞ、まあ聞きたいことというのは電さんと夕張さんの居場所…かと思いますが」

 

大淀「…わかっているのなら、話は早そうですね」

 

綾波「…夕張さんからですが、殺しました」

 

大淀「…そうですか、勝手な事ばかりする人でしたから、不思議とは思いません、それより電ちゃんは」

 

綾波「おそらくネットの中です、リアルデジタライズという事象はご存知ですよね?」

 

大淀「…何故そんな事に?」

 

綾波「以前この鎮守府に襲撃があったでしょう?私たちが忍び込んだ時、偶然にも襲撃が被ったんです、今回同様に」

 

大淀「それで?」

 

綾波「…その時、夕張さんに聞いてるでしょうが、LSFDの実験を行なっていた様で、その際原因不明のリアルデジタライズが起こったと思われます…あれは特殊光による事象ですので偶発的に起こることもあるんです、体質も影響はしますけど」

 

大淀「……」

 

綾波「…不服そうな顔をしていますね?」

 

大淀「電ちゃんを取り戻すには?」

 

綾波「リアルとネットの融合度が疑似的に高まるLSFDは必須ですねぇ…でも今の不完全なLSFDでは足りない、もっと融合度を上げることができればLSFDの発動中にネットの中の人を取り出すなんて事もできるかと」

 

大淀「…何が欲しいんですか」

 

綾波「何も?あなたの要望に対して回答してるだけなので…さて、私のお話をしても?」

 

大淀「…どうぞ」

 

綾波「あなたの力が必要になりまして…いや、正確にはあなたの中のフィドヘルの力が」

 

大淀「続けてください」

 

綾波「…今返事をしてください、力を貸すか、貸さないか」

 

大淀「…何故」

 

綾波「返事次第で私のあなたへの協力の姿勢も変わります」

 

大淀「…いいでしょう…何をさせたいんですか」

 

綾波「そうですねえ……強いて言えば、LSFDを完成させるのに、あなたを使いたい…と言ったところか」

 

綾波さんが机に小さな機械を置く

 

大淀「それは」

 

綾波「LSFDの基本パーツです、これに碑文の力を組み込む…神通さんの力を借りてもいいんですが、電さんとあなたはフィドヘルに強い繋がりがある」

 

大淀「……それで」

 

綾波「あー、少し待ってくださいね」

 

綾波さんが拳銃を抜き取り、自身のこめかみに当てる

 

大淀「えっ」

 

引き金を引いたが銃声はしない

というより…拳銃と似てはいるものの…違う、なんだアレは

 

綾波「…ああ、これは違いますよ…ええ、大丈夫……っ…」

 

綾波さんが頭から倒れる

 

綾波「…はっ…あ……く…っ…」

 

大淀(何が起きて…)

 

綾波「…そ、それ…」

 

大淀「…これは」

 

足元に転がって来たひび割れたカートリッジを拾い上げる

 

綾波「くれますか…それ、ないと…私…」

 

大淀(…これを取り上げれば、今ならこの人を殺すのは容易なんだろうな…)

 

ジッと…ひび割れたカートリッジを見る

これは最後に夕張と話した際、見せてもらったものに酷似している

 

その時、夕張はこう言った

「私の発明が世界を守る」と

 

世界を守る、か

夕張は夢みがちなところがあるが…

 

 

 

 

 

綾波「…ふぅっ…助かりました、ナノマシンを全て機能停止に追い込んだものですから、身体がろくに動かなくて」

 

大淀「今のあなたの体はナノマシン頼り…ですか」

 

綾波「いいえ、ダメになってるのは脳だけです、思考速度を早くしすぎて、そのせいで発熱してそれでやられちゃいましてね、半分くらい死んでるんですよ、だからナノマシンで置き換えてたんですけど…視覚と聴覚のモニタリングがいい加減ウザかったので」

 

大淀「……」

 

綾波「あなたがこのカートリッジを私に渡してくれてよかった、やはり私は地獄に嫌われている……このカートリッジは、夕張さんが私にくれたものなんです、今の私が生きるには、これが必要不可欠なんです」

 

大淀「…それより…」

 

綾波「それより、あなたに先に伝えておくべきことがあります」

 

大淀「…なんですか」

 

綾波「夕張さんを殺したと言いましたが…嘘です、生きています」

 

大淀「生きている…?」

 

綾波「夕張さんは生きています、多分今は工廠にいるんじゃないでしょうか」

 

大淀「…本当に…?」

 

綾波「ええ、それで…それを確かめる前に聞いて欲しいのですが…私の達成したい目標についてです」

 

大淀「達成したい目標…」

 

綾波「…反存在クビアの完全撃破…この世界を侵す可能性の排除」

 

 

 

 

 

みなとみらい

重巡洋艦 青葉

 

青葉「…川内さんも居たんですね」

 

川内「うん、まあ…那珂の付き添いに来てたんだけど…立てる?」

 

青葉「なん…とかっ…」

 

川内さんに助けられ、立ち上がる

 

川内「…あの光…一瞬だけ見たけど…」

 

青葉「神通さんはメイガスと言っていました」

 

川内「……そっ…かぁ……使えるんだ、この世界でも…でも、それじゃあ…それは、良くないことだよね…この世界も、ネットに侵されつつあるって事だよね…?」

 

青葉「…おそらく」

 

川内「……私の中に、スケィスは居ない…となると、これか」

 

川内さんがカートリッジを取り出す

 

青葉「それは?」

 

川内「夕張から渡された、深海棲艦の力を得るカートリッジ…でも、これにはもう一つ力があって…ネットにも接続できる…らしい…」

 

青葉「……それで、どうするんですか?」

 

川内「碑文の力は…スケィス達は、元々The・Worldの中にあったもの…これをうまく接続できれば…とは思ってるんだけど」

 

青葉「……方法に関しては手詰まり、ですか…」

 

川内「まあね…とりあえず、引き上げようか…仮の復興拠点作ってるってさっき連絡あったし」

 

青葉「…ネットが回復したんですか?」

 

川内「うん、40分程度で回復したって」

 

青葉「……」

 

川内「どうかした?」

 

青葉「…私達は、ネットワーククライシスを防ぎに来たのに…結局防げなかったんだなって…」

 

青葉(というか、綾波さんの話を鵜呑みにするなら…私達は余計なことに注力して、防げる被害を防ぎ損ねたことになる…)

 

夕立「残り物発見っぽい」

 

川内「…大湊の夕立…?」

 

夕立「もうそこに夕立は居ないっぽい」

 

青葉「何をしに来たんですか」

 

夕立「回収するものができたっぽい…持ってたUSBメモリ、渡して?」

 

青葉(マクスウェルを…?いや、特定条件下において有用だとわかれば…それは欲しくもなるか)

 

川内「…やり合ったほうがいい?」

 

青葉「できれば渡したくはありません…」

 

夕立「川内さん、指輪、破損してるし…武器は尽きてるっぽい」

 

川内「…確かに、この指輪の艤装はもう役に立たないけど…はあ…」

 

川内さんがため息をついて俯く

 

夕立(…格闘戦…?いや、近づかせない…!)

 

川内「…ふっ」

 

夕立さんの方を向いて、息を吹くような動作…

そして、何かが光る

 

青葉(今、何か飛ばした?)

 

夕立「……あッ!?」

 

バチバチッと音を立てて何かが弾け飛ぶ

 

川内「チッ…電気バリア…!」

 

夕立(今、何か飛んできた…!?針?)

 

川内「…仕込みの武器じゃ無理かなぁ…視界を潰してもダメだろうし…」

 

夕立「…やるなら、とことんやるっぽい」

 

青葉「待ってください!…夕立さん、なぜ貴方なんですか?神通さんはさっきまで私といたのに、しようと思えばあのUSBを強奪できたのにしなかった…今になって何が変わったんですか?」

 

夕立「変わった…とは違う、役割が違うだけ…神通さんは、口が軽いし、悟られ易いから…深いところまでは知らない」

 

川内「…人の妹を好き勝手言ってくれるね」

 

夕立「妹?あんな風にやられておいて…まだそう言えるの?」

 

川内「言えるよ、血の繋がりとか、前の世界とか、艦娘としての姉妹艦とか…そういうの抜きにしてもさ…あんまりにも長い時間、一緒に居たんだよ、小さい喧嘩一つで…今さらそのつながりを絶てる程、安く無いんだよ」

 

夕立「ふーん……ちょっと羨ましいかも」

 

川内「白露のとこに帰って、甘えてみれば?」

 

夕立「…今は時期尚早っぽい、それに…夕立達は、帰れない覚悟をしてこの場に立った…ホントはこうなるはずじゃなかったけど」

 

青葉「やっぱり…この街の破壊は…」

 

夕立さんは俯いて首を振る

 

夕立「街の破壊自体は必要なプロセス…でも、ここ迄の予定じゃなかった、狭い区域の中でだけ起きるはずの騒ぎが…ネットの完全沈黙によって拡大して、この街の全てを破壊するに至らしめた…」

 

青葉「…ネットワーククライシスが止まっていれば、こんなことにはならなかった…?」

 

夕立「神通さんがガス爆発を起こした時も、ネットの接続が切れてたから、被害が拡大したっぽい…安全装置作動しなかったって」

 

青葉(…綾波さんを止めれば、全て止まると思った私は、やはり間違ってたんだ…)

 

夕立「でも、気に止む必要はない…本懐は果たした…闇の(とばり)が降りて、黄昏が世界を包み込んでも…大丈夫だって、教えてもらったから」

 

青葉「黄昏…?何のことですか…!」

 

夕立「…ちょっと待つっぽい、こちら夕立…回収はまだしてないっぽい…ぽっ!?…要らないって…どういうこと?……了解、帰るっぽい…」

 

川内「……なんだって?」

 

夕立「どうやら…コソコソする理由も無くなったっぽい、はあ…しんどいのはお互い様って事で…」

 

川内「…今回は大人しく返すけど、次はそうはいかないよ」

 

夕立「期待してるっぽい」

 

 

 

 

 

青葉「っ……酷い…」

 

川内「おーい…誰か居ないの…?」

 

…完全に街が壊れてる…

地面が裂けるように爆発してて、それがいろんな方向に…

 

川内「…ガス管ってさ、普通爆発しても大規模な爆発にはならないんだよ、ガソリン満タンの車が派手に爆発しないのと同じようにね」

 

青葉「…そうなんですか?」

 

川内「うん、だからホントはこんなには大爆発じゃないんだけど…神通にいいように遊ばれてさ、地面ごと叩き割ってたからガス管も何箇所か一緒にね…それで空気とガスが混ざって…ドカン」

 

青葉「じゃあ…」

 

川内「うん、爆発の範囲拡大の原因は私です…ってね……」

 

すでに鎮火はしているようだけど…

 

川内「緑地とか山じゃなくてよかったよ、それに…先に綾波達の騒ぎがあったし、そのおかげで人的被害も多分抑えられてる…」

 

青葉「…携帯、壊れてなければ他の人に連絡できるのに…」

 

川内「こっちの無線も、さっきの通信を最後にうんともすんとも……って…青葉、アレ見て」

 

青葉「え?……うっ…」

 

…死体…

しかも、深海棲艦に変質を始めてる…

 

青葉「…初めて見ました、その…深海棲艦になるところ…」

 

川内「…呪符あるんだよね、使える?…その…介錯、したほうがいいと思う…」

 

青葉「…ええ」

 

呪符を一枚放ち、焼き払う

 

青葉「……良い気持ちじゃありませんね…その…頭ではわかってたんですけど…どこか、違うって…信じたかったので…」

 

川内「……仕方ないよね」

 

青葉「本当に仕方ないんですか…?…私、私たちは…ここにネットワーククライシスを防ぎにきたのに、中途半端に手を出したばかりに…綾波さん達を無視していればもっと、もっと被害は少なかった…」

 

川内「それは結果論だし…これでもかなり被害は少ないほうだよ…きっとね……あー…車も何も無いとこの街を端から端まで歩くのはしんどいなあ…」

 

青葉「……できるだけ無事な区域に行きませんか?バイクがあるかも」

 

川内「免許あるの?」

 

青葉「はい、持ってないんですか?」

 

川内「んにゃ、自転車だけ」

 

 

 

 

 

青葉「やぁっと…ついた…」

 

ワシントン「青葉!無事だったのね、これでこっちのメンバーは全員かしら?」

 

川内「那珂は?」

 

朧「処置室です、その…非常に良く無い状態で…」

 

川内「……そっか、今ここは頭誰?」

 

朧「狭霧です、負傷してるんですけど…他に適任が居なくて」

 

青葉「…今どうなってますか?」

 

朧「とにかく怪我人の手当てに注力しつつ、襲撃に対する防御の体制を整えています、犠牲者の捜索とかは…その、まだ無理です」

 

川内「っていうかさ、ほかに動いてる部隊ないの?横須賀とか宿毛以外で動いてるとかないの?警察は?自衛隊は?」

 

朧「…一線を引いたところで防御姿勢を取っています…」

 

川内「なんで!?相手は深海棲艦じゃないんだよ?!」

 

ワシントン「…ニュースの類は見てないのね?」

 

川内「こんなとこいて見れるわけないじゃん!」

 

青葉「…携帯は壊れてて…」

 

朧「…2人とも、落ち着いて話を聞いてもらえますか」

 

川内「…何を?」

 

朧「……この襲撃、というか一連の騒動…一部の艦娘による反乱として、報道されています」



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記録 協力者

 

みなとみらい

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「このような格好で申し訳ありません、まともな衣類の替えも、用意していなかったもので…」

 

あの戦いのせいで私の衣服も艤装も、何もかもボロボロ…

だけど、それでも…どこか心は満ち足りていた

 

…正直、あの時何をしたのか、何が起きたのかすらはっきりとは覚えていないが…綾波さんがこちらを見ていた時…

ぼんやりとだけど、不安そうにこちらを見ていたあの姿…

 

…私は綾波さんの心が死んでいない事を確信できた

私は綾波さんが堕ちたわけではない事を確信できた

 

それだけで満ち足りている

 

青葉「…すみません、私から言い出した事なのに、私が途中でブレたせいでこんな事になって…」

 

狭霧「青葉さんのお気持ちは理解できます、今回の件は仕方なかった…としましょう、それよりも、今宿毛湾と連絡がついたのですが…その…とても芳しいとは言えない状況の様です」

 

青葉「それって…」

 

…各種報道機関では、艦娘による暴動として色んなニュースがすでに流れていた

となると、各基地に問い合わせが相次ぐ

 

それだけではない

SNSには、みなとみらいから生きて脱出した人達の投稿が溢れている

みんな口を揃えて、年端も行かない少女達が銃器を持って暴れている、と言うのだ

中には画像や動画付きのものも多くある

 

青葉「…じゃあ、やっぱり警察達が踏み込んでこないのって…」

 

狭霧「ええ、我々を信用していいのか悩んでいる、と言うところでしょう…」

 

川内「…怪我人だけでも」

 

狭霧「それも拒否されました、ですので、私達で処置の方は済ませました…」

 

川内「…ちょっと待ってよ、那珂は?本当に大丈夫なんだよね?」

 

狭霧「…朧さんにも言いましたが……ハッキリ言って、ここの施設では延命処置のみです、それも…正しい意味ではなく」

 

…このままでは、あと2日以内に…おそらく亡くなる

だって、カートリッジの力で患部を無理やり深海棲艦にして生かしている状態だから…

傷の広がりなどを防いでいるだけで、決して治療しているわけではない

 

治すのは、ハッキリ言ってもう不可能なラインを超えている

 

川内「……病院なら?この辺なら大きい病院の一つくらいあるでしょ!?」

 

狭霧「…搬送できないんですよ、そもそも、向こうは私たちに懐疑的、一歩間違えれば敵視されているかもしれない…扱いとしては怪我人を抱えた立て籠り犯なんですよ」

 

川内「なんで…!同じ人間でしょ!?」  

 

狭霧「……人は、自分以上の力を嫌いますから」

 

川内「同じでしょ…!?同じ人間じゃないの…!」

 

青葉「川内さん」

 

青葉さんが川内さんを諌める

然し、当然簡単に引き下がれるわけがない

大事な人の命がかかっているのだから

 

川内「こんな理不尽を喰うためにあんな苦労をして、こんな危険を顧みないで!今まで戦ってきたの…!?そうじゃないでしょ…!?」

 

青葉「ええ…そうですよ、私たちはようやく掴んだ世界を守るために戦ってきたんです…」

 

…私には、この人たちの言っていることはわからない

綾波さんやこの人たちが語る前の世界…知識としては存在するが、それ以上にはならない

作られた記憶の様にしか感じない

だから、本質的には…存在しない、理解できない

 

青葉「…川内さん?」

 

狭霧「どこに行こうとしてるんですか」

 

川内「…那珂のとこ」

 

狭霧「連れて行くつもりですね」

 

川内「…当たり前でしょ…ここに居たら那珂は死ぬんだよね?じゃあ黙って指咥えてそれを見てろって?それともここで助ける手段があるの!?」

 

狭霧「…それは…賢い手段ではありません」

 

青葉「なにかあったんですか?」

 

狭霧「…警察隊に接近した人が威嚇射撃を受けたそうです、一般人だったのですが…保護を受ける前に、一般人相手にも武装を解除できているか入念な確認をされたらしく…」

 

川内「…武装さえ解除すればいいんでしょ」

 

狭霧「那珂さんは今カートリッジで何とかその命を繋いでいます、武装を解除しなくてはならないとなると…」

 

川内「っ…!じゃあどうしろって!?」

 

狭霧「…まだ、待ってください、私たちで各方面に連絡して…一箇所でも受け入れてくるところが見つかったら動きましょう…」

 

青葉「でもそれじゃあ、いつになるか…!」

 

川内「…海から帰る、ぐるっと回れば…」

 

狭霧「無理です、艤装は何処にあるんですか?それにもし泳いで帰ると言うのなら…深海棲艦に襲われたら?」

 

川内「船が何処かにある!それなら…」

 

狭霧「一度捕まれば終わりですよ…!」

 

川内「ああぁぁぁ!!じゃあアンタは!同じ立場ならどうするんだよ!!」

 

川内さんが怒鳴る

 

狭霧「ここから出る手段がないのなら…詰みです」

 

川内「…出られれば、助かるって?」

 

狭霧「可能性はあります」

 

青葉「どうやって…?」

 

狭霧「……那珂さんの体は一部が消失している状態です、それを作って補う…人工的に体のパーツを作り出します」

 

川内「どう…あ」

 

川内さんが私を見て目を丸くする

 

狭霧「はい、私は人のクローンですから…勿論、1から作ればそれは別人と呼ぶべきでしょうが…Linkの基地には未だクローンの生成装置が眠っています、本来は破棄する予定でしたけど…使い道があったので」ら

 

川内「じゃあ、ここから出れば…」

 

狭霧「可能性はあります、ですが強い拒絶反応が起こる可能性もあるのは事実です」

 

青葉「…ここから、抜け出すには?」

 

狭霧「…今、我々には“人間”の責任者は居ません…艦娘を人間と定義してくれてるなら、話は変わりますが…彼らには知能を持った野獣の様に見えている様で」

 

川内「そんなもん、叩き潰して通ればいい」

 

青葉「ダメです、そうしたら余計に…そうだ!司令官は!」

 

狭霧「ええ、連絡を取ろうとしていますが…宿毛湾にも問い合わせが殺到しているのか、繋がりませんでした」

 

川内「呉は」

 

狭霧「同様です、試しますか」

 

スマホを渡す

 

川内「……話し中…!大井!……出ない…球磨…多摩も木曽も北上もみんなダメだ…!出てくれない!」

 

青葉「佐世保!佐世保は!?私連絡先知ってます!」

 

川内さんが青葉さんにスマホを渡す

 

青葉「………ダメです…」

 

狭霧「…知らない番号、と言うのもあるのかもしれません、対応するなと言われてるのかも」

 

川内「留守電も入れたけど…反応ない…」

 

狭霧「…どう、すれば……」

 

グラーフ「おい、狭霧」

 

狭霧「グラーフさん、どうかしましたか」

 

グラーフ「保護した民間人だが、責任者に会わせろとうるさい奴がいてな…「私は偉い」だとか、言ってる奴がいるんだが…」

 

狭霧「…黙らせてもいいのですが、ここで下手な対応をすると後が面倒ですね…」

 

川内「もうイメージなんて落ちるとこまで落ちてるんだろうし、放っとこうよ」

 

青葉「それよりも今は目の前の命です」

 

狭霧「…ですね、グラーフさん、黙らせてください」

 

グラーフ「ああ…お、おい!タシュ!何故連れてきた!」

 

タシュケント「いや、連れてきたかったわけじゃ…」

 

秋津洲「お邪魔するかも!ここの責任者は何処かも!」

 

狭霧「…私ですが?」

 

秋津洲「所属を言うかも!」

 

狭霧「…はあ?」

 

秋津洲「だーかーら!所属は?って聞いてるかも!」

 

狭霧(私が聞かれてたんですか…?…宿毛湾というべきか、Linkと名乗るべきか…)

 

青葉「宿毛湾泊地所属の駆逐艦、狭霧さんです、私は同じく重巡洋艦青葉です」

 

狭霧「…どうも」

 

秋津洲「宿毛湾…あそこ…?…あー…離島潰されたっけ…」

 

川内「…もしかしてこっち側?なんか詳しい?…っていうか、見たことある様な…」

 

秋津洲「…特務部の秋津洲かも!」

 

青葉「特務部!?どうしてここに…!」

 

グラーフ「…特務部というのは軍内に本当に存在するのか?」

 

タシュケント「さあ…」

 

秋津洲「だーかーら!するかも!」

 

グラーフ「するのかしないのかハッキリしろ!」

 

秋津洲「するって言ってるかも!…あんまりうるさいとクビにしてやるかも」

 

タシュケント(絶対語尾が悪いのに…)

 

狭霧「…そうか、思い出した、あなたが秋津洲さん…!」

 

秋津洲「…会ったことあるかも?」

 

狭霧「いえ、しかし…私は綾波さんのクローンでして、記憶もある程度…なので貴方のことは知っています」

 

秋津洲「なら話が早いかも、さっさと帰らせて!仕事があるかも!」

 

狭霧「秋津洲さん」

 

秋津洲さんの手を取る

 

秋津洲「か、かもっ?あたしそういう趣味は…」

 

狭霧「お願いします!二式大艇を貸してください!」

 

秋津洲「…へ?」

 

 

 

 

秋津洲「またあたしの大艇ちゃんが寝取られるかもぉぉぉ!!」

 

狭霧「そんな事はしません、直ぐに返します、緊急搬送が必要な人たちがいるんです!」

 

秋津洲「そんな事言って!綾波は返さなかったかも!」

 

狭霧「…Linkの基地に眠ってる二式大艇は返却しますから…」

 

秋津洲「本当?なら許すかも、じゃあさっさと取りに行くかも」

 

狭霧「そのための移動手段として、もう一台少し貸してください」

 

秋津洲「まあ、大艇ちゃんが帰ってくるなら許すかも……カモン!大艇ちゃん!」

 

秋津洲さんがスマホを操作する

 

川内「…何やってんの?」

 

秋津洲「ハイスペックなうちの大艇ちゃんはスマホ操作でここまで来てくれるかも!」

 

青葉(事故に遭いそう…)

 

狭霧「…そんな簡単に飛ばしていいんですか?」

 

秋津洲「その辺は心配ないかも、周辺基地とも連絡を取ってあって、ちゃ〜んと管制塔も緊急出撃を知ってるかも」

 

青葉(問題なければいいんですけど)

 

秋津洲「ここからだと、20分もかからないかも、それより基地の場所と周辺の着水地点とか、教えるかも」

 

狭霧「は、はい」

 

川内「…これで、那珂が助かる…」

 

青葉「良かったですね」

 

狭霧「グラーフさん、今のうちに包囲。解除してもらう様に交渉に行く人を決めますよ」

 

グラーフ「ああ、でも誰が行けば…」

 

ワシントン「私たちが行くわ、私たちは立場があやふやだし、もう無いけど…アメリカ籍を主張すれば話くらいは無理やりさせられるでしょうし」

 

狭霧「…そうですね、私たちは要請を受けてアメリカから来た、と、必ず言ってください、今の問い合わせが混雑してる状況なら簡単にはバレないはずです、上手くいけば話し合いにはできるはず…そうしたら朧さんに繋いで、宿毛湾か横須賀に回してください」

 

ワシントン「わかったわ」



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prayer

神奈川 横浜

摩耶

 

摩耶「おい!ここ通れねえってどうなってんだよ!」

 

みなとみらいへの橋が戦車やら金網やらで塞がれていて、通れない

 

警官「この先でテロリストとの戦闘があってね、危険だから封鎖してるんだ、危ないから離れて」

 

摩耶「んな事知ってるよ!通せ!」

 

警官「もし家族や友達のことを探しているのなら向こうに避難所と、行方不明者の名前を伝える場所があるから…」

 

摩耶「そうじゃねえ!アタシは…!」

 

…アタシは、なんだ?

今のアタシは、艦娘じゃない

世界を超えて、戦わないことを選んで…でも、何のためにここまで来た?

あの、みなとみらいが燃えているニュースを見て、居ても立っても居られなくなって…必死でここまで来たのに

 

今のアタシは、なんだ?

 

アトランタ「だから!ここに民間人を非難させるのを手伝えって!」

 

摩耶「…何だ?あいつ…」

 

日本人っぽくねえ顔して、流暢な日本語話してる外国人…

しかも、後ろには怪我人やら子供やら…

 

摩耶(あいつ、なにモンだ…?)

 

警官「そう言われましても、今は…」

 

アトランタ「ガキだけでも引き取れって…!」

 

…改めて周り見て見りゃあ…戦車やら機銃やらで固めてるってだけじゃなく、その銃口をいつでも向けられる様な状態…

 

摩耶「おい…なんだよこれ、あいつらなんで受け入れねえんだよ…!」

 

警官「民間人に偽装したテロリストが大量に出没したそうで…貴方も危険なので離れてください」

 

摩耶「…だからって…あんな小さなガキも…」

 

アトランタ「… A deep-sea vessel(   え、深海棲艦が   ) Seriously?(マジで言ってんの?)…わかった、なんとかしたいけど…おい!深海棲艦が川登って来てるって!」

 

摩耶(深海棲艦…!?)

 

警官「何と言われても、順番に安全を確認するまでは通すわけにはいきません」

 

アトランタ「テメェそれでコイツら死んだら責任取れんのかよ…!」

 

摩耶(…ここに、深海棲艦が来るのか?…戦車とか機銃ならぶっ殺せるとは思うけど…)

 

砲撃の音が遠くから聞こえる

 

アトランタ「!」

 

摩耶「うわっ!?」

 

戦車の直ぐそばに着弾し、戦車が傾く

 

摩耶(…艤装がないってだけで、当たりもしない弾がこんなに怖いのか?…こんなな、かすりでもしたら、至近弾にでもなったら、体が木っ端微塵に吹っ飛びやがる…)

 

アトランタ「っ…ー…ワシントン!サム!抑えられる!?……数は…っ…Fuck(クソが)!!おい!さっさとコイツら引き取れ!」

 

そういって女が来た道を向く

 

摩耶「…!…駆逐級…!」

 

3匹の駆逐級が砲撃しながら橋を進んでくる

…どうやらさっきの砲撃もコイツららしい

 

今のアタシは、駆逐級相手にビビることしか、できないらしい…

 

アトランタ「まともな武器もないってのに…!」

 

女が艤装と思しき機銃を取り出し、駆逐級相手に応戦する

 

摩耶(アイツも、艦娘…!?)

 

アトランタ「Fuck(クソ)…!全然火力足りない… Give me the flyer(攻撃機回して)!…橋が壊れる!?…クソッ!あたしはこういうの苦手なんだって…!」

 

深海棲艦の進行は止まる気配はない、戦車の砲撃で一体吹っ飛んだけど…

 

摩耶(このままじゃ、アイツらみんな殺される…それで、良いのか?…そんなの…)

 

駆逐級が目と鼻の先まで…

 

摩耶「チッ!」

 

金網に手をかけ、登る

静止する声がした気がしたけど、聞こえない

 

金網を乗り越え、その辺に落ちてた棒切れを拾い、走る

 

摩耶「でえぇぇぇいッ!!」

 

駆逐級に棒切れを叩きつけるも…こちらの手が砕けたかと思うほどの激痛しか帰ってこない

 

アトランタ「な…」

 

女にバカを見る目で見られてる気がしたけど、それも知らない

 

だって、アタシは摩耶だから

アタシがここで逃げ出すなんて、あり得ない

びびって震えてることしかできなくて…そんなの、堪えられるか

 

摩耶「…確かに硬ぇけど…目ん玉ならどうだ!この野郎!!」

 

棒切れを目ん玉向けて突き刺す

駆逐級が吠え、暴れるも…それを無視して深く突き刺し、抉り込む

 

摩耶「この野郎…!」

 

アトランタ「look out(  危ない  )

 

摩耶「あ…?」

 

もう1匹の駆逐級が大口開けてこっちに…

 

摩耶「っ!……なん、だ…?」

 

迫って来た駆逐級が銃撃を受けて止まる、そして止まった瞬間その駆逐級の両目が撃ち抜かれ、潰される

 

アトランタ「…は…あ…」

 

続け様に銃撃を受け、駆逐級の頭が割れる

そして、もう1匹も同様に銃撃を受ける

 

キタカミ「…よっ、間に合った?」

 

摩耶「…は…?」

 

アトランタ「キタカミ…!?な、何でここに…いや、助けに来るならもっと早く来いよ!」

 

キタカミ「ダメだよアトランタ、そんながなりたてたら小さい子が泣いちゃうからさ」

 

キタカミが手に持っていた小銃を自衛隊のヤツに返す

 

キタカミ「いやー、怪我なさそうで何より、来た甲斐もあったってもんだよ」

 

摩耶「お、おい…キタカミだよな…!?」

 

キタカミ「はいはい、そうだよ、久しぶりっていうか…初めましてになんのかな…?」

 

 

 

 

教導担当 キタカミ

 

アトランタ「…アンタのおかげであっさり通れたけどさ…何でここにいんの」

 

キタカミ「アンタらが出てった後にね、まあアケボノとか提督と話して、監督役として行って来いって、間に合わなかっけど…あとほら、委任状…コレがあれば多少の融通は効くしさ」

 

摩耶「…無事だったんだな、お前ら」

 

キタカミ「え?…ああ、離島潰された時のこと?まあ、無事っちゃ無事か…」

 

アトランタ「…なんでここの奴らは、こんな事」

 

キタカミ「暴れたのが人間だったから、銃火器持ち込まれちゃ堪らないだろうしね、被害を抑え込むのでいっぱいいっぱいだろうし」

 

アトランタ「…通して良かったワケ?アンタの独断でさ」

 

キタカミ「銃火器持ってる奴はいない、その確認さえ取れれば良いし…それよりも怖がるべきなのは、ここ通るのが遅れて深海棲艦に喰われるやつでも出たら…?」

 

摩耶「…それはわかンだけどよ、1人できたのか…?武器も無しに?」

 

キタカミ「武器はあるよ」

 

指輪に視線をやる

コレさえあればナノマシンを操作して主砲を生み出せる…

 

キタカミ「…でもそれより足がいる、私はあんまり早く動けないし」

 

摩耶「…足、悪ぃのか?」

 

キタカミ「良くはないよ、潰れちゃいないけど…阿武隈か不知火でも連れてくればよかったかな…流石に自衛隊とか警察隊の車両動かせるほどの権限ないしさ」

 

アトランタ「細か…」

 

キタカミ「そうだねえ、でも細かく権力が分かれてるから安全ってこともあるでしょ、混乱も抑えられるだろうし…向こうは向こうの上がいる、だからこっちもこっちの上を使う」

 

摩耶「上?」

 

キタカミ「…お、来た来た」

 

遠くに見えるのは、軍艦の船団…3隻ほどだけど

あれだけあれば充分か

 

アトランタ「戦艦…?」

 

摩耶「護衛艦ってんだよ…たしかな、アレを動かしたのか?キタカミが?」

 

キタカミ「そ、横須賀に発破かけてね、大淀もなんか動き遅かったのは気になるけど…とにかく、あれで安全に海を渡れるワケだ」

 

アトランタ「海を渡るのはヤバいってLinkの奴らが…」

 

キタカミ「普通の船ならそりゃあね、そっち(アメリカ)だって輸送とか、止むを得ず海を渡るときは船使うでしょうよ、ちゃんとしたやつ、それに今回は優秀な護衛部隊もいるんだから、心配無いって」

 

摩耶「へぇ…」

 

キタカミ「どしたのさ、摩耶」

 

摩耶「お前がそんなふうに褒めてんの、滅多に見たこと無えから」

 

キタカミ「ま、そんだけ優秀なんだよ」

 

アトランタ「……」

 

アトランタがそっぽを向く

 

キタカミ「何?照れてんの?」

 

アトランタ「… No, it's not( そんな事ないし  )…」

 

キタカミ「愛い奴(ういやつ)め…まあまあ、遊んでる暇も無い…し…?」

 

この匂いは…潮風に乗って、確かに感じたこの匂い…

 

キタカミ「…チッ…行こうか、話しなきゃならなくなったみたいだし?」

 

 

 

 

 

船室

 

キタカミ「お邪魔しまーすよっと」

 

綾波「…他の船室に目もくれずここに最初に来る当たり、全く迷いがありませんね」

 

キタカミ「いい部屋だねえ…ちゃ〜んと客室だ」

 

ソファに腰掛け、綾波の方に視線をやる

 

キタカミ「で?大淀殺したの?」

 

綾波「いいえ、青森にあるLinkの基地に向かってもらいました」

 

キタカミ「何のために」

 

綾波「…青森には、人間の脳を保存し、それを巨大なコンピュータとして運用する設備があります」

 

キタカミ「……黒い森だっけ?そんな都市伝説聞いた事あるわ」

 

綾波「事実です、私も今それに接続していますし」

 

キタカミ「…で、それが何?」

 

綾波「私はそこに囚われた人たちを解放したい…彼らは決して何かの罪を犯したわけではありません、ただ、無作為に選ばれたモルモットというだけ…そんなのは、あんまりでしょう?」

 

キタカミ「……私はさ、綾波」

 

脚を組み、目を閉じ、息を吐く

落ち着け…綾波の返答次第では、殺し合いになる

 

鋭く研ぎ澄ませ

 

キタカミ「あんたの目的は、クビアの討伐だと思ってる」

 

綾波が目を丸くする

 

綾波「…何故?」

 

キタカミ「…そこがわからない…思えば、アンタの行動は不可解なことが多かった、Linkを設立したと思えばそれを捨ててさ、次はなんか山ほど兵士集めて」

 

綾波「Linkはもう邪魔になりましたから」

 

キタカミ「んー、そこでさ、一つ思ったのさ…情が湧いたんじゃ無いかってね」

 

綾波「情?」

 

キタカミ「…アンタは賢いよ、百と一万なら迷いなく一万を選べる人間だとは思うね、でも…それは赤の他人に限った話、例えば私がその状況で、一人と一万人で…その一人が大事な仲間だったら…」

 

綾波「あなたは一人を選ぶ…と」

 

キタカミ「そう、極端だけどさあ…そういうことになる、青葉から聞いたよ、ガングートってやつが言うにはクソくだらない事で泣いてくれるやつだって」

 

綾波「……」

 

キタカミ「アンタ言ったよね?私とアンタは良く似てるってさ、綾波、アンタの狙いは、近いうちに顕現するであろうクビアの排除…それは、自分が大事な人を守るため、だからどんな事でもしようとしてる」

 

綾波「もし、そうだとして…あなたは私と同じ道を歩みましたか?」

 

キタカミ「…いいや、私は弱いからさ、みんなに助けてって…言いたくなるよ」

 

綾波「…それができるのが、あなたの強さでしょう」

 

…どうやら、殺し合わなくては…いいらしい

 

綾波「…しかし、あなたが、答えに辿り着けるとは」

 

キタカミ「……これは、なんのマネ?」

 

…鉄臭い…

入念に隠されていた、鉄の匂いが…鼻腔に触れた

 

綾波「…あなたを返すわけにはいかなくなりました」

 

キタカミ「…クビアを斃すなら、一緒に戦えばいい…何か間違ってるのかね」

 

綾波「ええ、大間違いです、この罪滅ぼしに…道連れは必要ありません、私は私一人で成して見せます」

 

キタカミ「…アンタ、ほんっと…馬鹿だねえ…」

 

綾波「ええ、そうですよ…私はバカの頭でっかちです…だから、もう、手を出さないでください」

 

キタカミ「……いいや、気が変わるまで、大人しく捕まってあげるよ」



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Raise

Link基地 治療室

軽巡洋艦 大淀

 

大淀「……」

 

機材の陰から内部の様子を伺う

…那珂さんを始めとした、怪我人が治療を受けているのが見える

予定とは違うものの、協力を申し出れば快諾はしてくれるはずだ

問題は…

 

狭霧「…那珂さんの身体を修復するにはかなり無茶な手段になります、破損した内臓を入れ替え、消失した筋肉と皮膚を新しい物と繋ぎ合わせる…拒否反応が起きた場合、程度によっては…」

 

川内「他に助かる術がないんだから、なんでもやって」

 

狭霧「わかりました、こちらも全力を尽くします、あとは…那珂さんの気力の戦いです」

 

大淀(流石に今頼みに行けるほど、イかれてはいません…)

 

 

 

 

 

 

離島鎮守府跡地

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「…割と綺麗に残ってるもんだねえ」

 

綾波「でしょう?…おかげで、こちらも助かっています」

 

キタカミ「神通とかは?」

 

綾波「今は居ません…あなたと私だけです」

 

キタカミ「ここに連れて来て、どうしたいのさ」

 

綾波「……設備があるのはここだけなもので」

 

キタカミ「設備?」

 

綾波「…あなたの、タルヴォスを抜き出すための設備です」

 

キタカミ「…タルヴォスを」

 

綾波「ええ…瑞鳳さんは覚えてますか?」

 

キタカミ「忘れる訳ないよ」

 

綾波「それは失礼しました、では瑞鳳さんからタルヴォスの因子が抜き取られたことはご存知ですか?」

 

キタカミ「…ぼんやりとは知ってる、川内達がそうなったって感じで」

 

綾波「なら結構、瑞鳳さんは…半分なんです」

 

キタカミ「半分?」

 

綾波「…あなたと瑞鳳さんの違いからも、そこは間違いないでしょう…瑞鳳さんは肉体を、あなたは精神を…タルヴォスの加護は二つに分かれ、あなた達に宿っていた」

 

キタカミ「…精神?」

 

綾波「私も、最近まで気づきもしませんでした…でも、そう考えると納得がいく…あなたがかつて私を追い込んだ攻撃」

 

キタカミ「…ああ、あれ?」

 

呪殺遊戯…ダメージ全てを跳ね返す技

 

綾波「それは精神に作用していました、外傷ではなく、精神破壊という形です…リアルにその力を顕現させるのは無理だから、と納得していましたが…それもよく考えるとおかしいんです」

 

キタカミ「おかしいって?」

 

綾波「瑞鳳さんの戦闘スタイルはご存知ですよね?」

 

キタカミ「まあ…」

 

綾波「空母でありながら接近戦もこなす、艦載機を操る際も、場合によっては矢を投げる事まである…以上なまでに肉体が強化されている」

 

キタカミ「…言われてみれば、そうかもしれないけど…」

 

綾波「全ての基地に私と通じる者がいます、最近の瑞鳳さんの事を…あなたは知っていますか?」

 

キタカミ「…いや」

 

綾波「青葉さんは佐世保に世話になっていたのに、瑞鳳さんの事を何も言っていませんでしたか?」

 

キタカミ「…特には」

 

綾波「瑞鳳さんはかつて頼んでもないのにあなたの事を調べ上げ、あなたを助ける為に宿毛湾の艦隊に加わった程の人です…それが何故、離島を追われたあなたに会いもしないのか」

 

キタカミ「追われる原因作ったのはアンタだけどね」

 

綾波「…それは申し訳ありません」

 

キタカミ「で、私が適当に理由を考えるのは簡単だけどさ、多分全部違いそうなんだよね、答えは何?」

 

綾波「碑文の力を失った影響で…ナノマシンが非活性化し、性格も落ち着いたと」

 

キタカミ「…へえ」

 

綾波「異様な筋力、ナノマシンで説明づけることも出来ましたが…徐々に筋力が落ちていったという記録が、碑文の力を失った日からであるという裏付けも取れた」

 

キタカミ「じゃあ、私はどうなんの?廃人にでもなる?」

 

綾波「川内さんや那珂さんのように、自分を失わなければ何も起きることはないでしょう…タルヴォスとあなたは別ですから」

 

キタカミ「……さて、本命の目的を聞きましょうかね」

 

綾波「碑文の力を集めてるんです、かつてクビアを打ち砕いたのは…碑文の力だけでしたから」

 

キタカミ「なるほどね、神通には?」

 

綾波「話していません、必要になれば話しますが…彼女は口が軽いので」

 

キタカミ「ああそう」

 

…碑文の力をぶつけて、クビアを完全撃破、か

 

キタカミ「他に手段はなかったもんかねえ」

 

綾波「…どうでしょうか、天才(ハロルド)に対抗する、(綾波)なりの最善の手段ですが」

 

キタカミ「それはアンタの独善的な最善、それに…あんたのやり方は強引すぎる」

 

綾波「…艦娘なんて、存在しなきゃいいんです、あなたも、誰も戦わなくていい世界を作るには…それを悪とする必要がある」

 

キタカミ「綾波、それでどれだけの人が傷つくと思ってんの?」

 

綾波「……死なないことが大切なんです、辛くても、悲しくても、生きている…どんな事も、生きていなければ、味わうことすらできない…苦しみの中に生きるのが辛いのは知っていますけどね」

 

キタカミ「……」

 

綾波「天才(ハロルド)の作った、究極の護りを崩して、その上後のことまでやるんですから…多少は目を瞑ってくださいよ」   

 

キタカミ「…敷波は?」

 

綾波「…ああ、敷波…です、か……」

 

キタカミ(……)

 

綾波がカートリッジを取り出し、見つめる

 

綾波「実は、脳がやられてましてね…殆ど覚えてないんですよ、妹だってことくらいしか」

 

キタカミ「…嘘でしょ?」

 

綾波「さあ…今の私は、いろんな記憶と、意識を混ぜ合わせた存在です…私は、綾波です…でも、それは体だけなのかもしれません…いや、体すらも…これも作り物か」

 

キタカミ「……確かに、綾波だ」

 

綾波「え?」

 

キタカミ「綾波って言葉の意味、知ってる?綾ね連ねる波…重なり合ってくる波…小さな波がたくさん綾なった…あんたにぴったりな名前なのかもね」

 

綾波「…そうですか…なんだか…嬉しいですよ、これは、絶対に忘れないようにします」

 

キタカミ(…敷波のこと、本当に忘れたのか、忘れたことにしたいのか、どっちにしろ…)

 

キタカミ「…それじゃ、救われないよ」

 

綾波「それはあなたの考えです」

 

キタカミ「互い様だよ」

 

綾波「…そうですね…タルヴォスさえ差し出してくれれば、帰っていただいて結構ですよ」

 

キタカミ「…好きにすればいいよ、そんなに欲しいってなら、くれてやる」

 

綾波「…では」

 

 

 

 

…抜け落ちた感覚はある

だけどそれだけ

思っていたよりなんでもないものだった

 

キタカミ「…てっきり、廃人にでもなるのかなって思ったけどね」

 

綾波「そんなことする訳ないじゃないですか…でも……協力してくれて、ありがとうございます」

 

キタカミ「…私の力は私のもの、タルヴォスに頼り切って生きて来た訳じゃない」

 

綾波「…お近くまで送りましょう、そのあとは自力でお願いします」

 

キタカミ「わかった…ただ、これだけは言っとく」

 

杖を持ち上げて、綾波に向ける

 

キタカミ「アンタの考えが…今より更に気に入らないと思ったら…もし、敵対すると決めたら…アンタを叩き潰す」

 

綾波「タルヴォスも無いのに?」

 

キタカミ「有利になったと思った?…イーブンになっただけだよ、アンタも私も、碑文の力はない…ね?」

 

綾波「そういう事にしておきましょう」

 

 

 

 

横須賀鎮守府 客室

 

キタカミ「っと…?」

 

瞬きの間にソファに座った状態で転移させられる

 

キタカミ(ほんっと便利だな…っていうか、近くどころかダイレクトすぎ…)

 

キタカミ「さて、帰りますかね…っと?」

 

ドアが開いてワシントン達が入ってくる

 

アトランタ「マジでどこ行きやがったアイツ…」

 

ワシントン「本当に来てたの?この作戦には参加しない予定だったんでしょ?」

 

フレッチャー「勘違い、という事も…」

 

キタカミ「誰探してんの?」

 

ワシントン「えっ!?」

 

アトランタ「…なんでここに居んの…?」

 

キタカミ「…適当に、フラ〜っと」

 

ワシントン「本当に来てたなんて…」

 

キタカミ「…さて、帰りますかね」

 

アトランタ「…は?」

 

キタカミ「ここにいるよりやる事あるでしょ」

 

…綾波との話で想像はしてた

ここにいても電話の音が聞こえてくる

 

…仕方ない、今はやれる事をやるしかない

 

キタカミ「他所様に手を貸してる暇、本当にあると思う?」

 

アトランタ「でも…」

 

キタカミ「残りたいなら残っていい…でも、ここに居たら、後ろ指を指されるだけだよ、アンタらは“外国人”なんだから」

 

ワシントン「……」

 

キタカミ「優しい奴ほど傷つきやすいんだから、今は自分を大事にしなよ…嫌なもん見て来たとこでしょ」

 

 

 

 

 

Link基地

駆逐艦 狭霧

 

川内「…うん、わかってる、今治療を受けてるとこ……多分、そんなの、わからないけど…わかってる、また連絡する」

 

青葉「呉ですか?」

 

川内「うん、巻き込まれてないかって…まあ、モロに飛び込んでいったけど」

 

狭霧「……川内さん」

 

川内「…何」

 

狭霧「この通りです」

 

那珂さんの体を見せる

傷口は縫合してあるものの、色の違いから一目でわかる…血が通っていない

 

狭霧「…那珂さんはナノマシンタイプの艤装も使っていた跡がありますね」

 

川内「…まあ、一応ね」

 

狭霧「ナノマシンを注入してもいいですか?…生命活動をサポートする目的で」

 

川内「お願い」

 

狭霧「待ってください、これにはリスクもあって…」

 

川内「お願いだから、なんでもしていいから…助かる可能性を上げて」

 

狭霧「……後でちゃんと説明を聞いてくださいね」

 

機器を操作し、ナノマシンを注入する

 

那珂「……っ…」

 

那珂さんの体が大きく跳ねる

 

狭霧「……」

 

ナノマシンが全身に回るには20分

そして患部の神経などの修復の為に…

新たにつけた部位にさらにナノマシンを注入する

 

川内「…ねえ、本当に…」

 

狭霧「今更不安がらないでください…ほら」

 

新しくつけた部分が血色良くなり始める

 

川内「…これなら…治る…」

 

狭霧「川内さん、血液型は同じでしたね、輸血をお願いしても良いですか?」

 

川内「勿論…!」

 

 

 

 

 

狭霧「これで、十分か」

 

川内「…那珂」

 

那珂さんはカートリッジを外してもなんとか生きていられる状態

…これなら大丈夫…あとは、那珂さんの気力と、拒否反応が起きるかどうかの賭け…

 

狭霧「…私は他の方の治療に向かいます、それでは…」

 

青葉「あ、はい」

 

川内「…ありがとね」

 

…でも、でも、結局は…まだ5分と言ったところか…いや…

助かる見込みはあるが、完治は不可能というべきか…

 

奇跡でも起きなければ、戦える身体にするには…

 

 

 

 

狭霧「…ようやく片付いた…」

 

仕事が完全に終わった頃には深夜になっていた

深夜の遅い時間、みなとみらいでの戦いが終わって、みんな疲れ果てて…泥のように眠っている時間…

 

狭霧「……?」

 

なのに、おかしい

 

気配を殺し、周囲を探る

 

肌のピリつくこの感覚…

 

狭霧(…っ!)

 

今、カーテン越しに見えたシルエットは…

 

長身、長髪の女性…

 

狭霧(誰かいる、誰だ…)

 

気づかれないように近づき、跡をつける

 

狭霧「!」

 

一つのベッドの前で止まった

那珂さんのベッドの前で

 

そして

 

神通「出て来てください、戦う意思はありません」

 

狭霧「……何故、ここに来たのですか」

 

神通「妹の見舞いに来る事がおかしい事ですか?」

 

狭霧「……」

 

神通さんから、新緑色のオーラが…

 

狭霧(な、なんで…幻覚?いや…)

 

神通「…メイガス」

 

新緑色の巨人が、一瞬だけ見えた

そして、眩い光に目を閉じてしまう

 

狭霧「っ……!」

 

目を開いたときには、神通さんは居なかった

 

大淀「狭霧さん」

 

狭霧「っ!…貴方は」

 

大淀「大淀と申します、あなたにお願いがあって来ました」

 

狭霧「…なんですか」

 

大淀「クローン生成の機械を、お借りしたいんです」

 

狭霧「…え?」

 

 

 

 

 

那珂「那珂ちゃん!完!全ッ!復!活ッ!」

 

川内「…ナノマシンさえあれば一晩で治るものなんだね」

 

狭霧「いえ…」

 

違う…

完全に違う

 

これは、増殖だ

 

川内「私もなんだか体軽いし…血抜いたからかな?」

 

狭霧(川内さんの方にも、使ったのか)

 

……神通さんは、何故二人を

 

いや、答えは明白だ

大淀さんの話も合わせて…

 

狭霧(…綾波さん…)

 

まだ、信じていますよ



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詰み手

宿毛湾泊地

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「つーわけで、連れて帰って来ちゃった」

 

摩耶「よっ」

 

曙「東京ぶり?」

 

摩耶「だな」

 

キタカミ「……あれ?もう1人は?」

 

曙「他の連中とクレームの電話の対応してるわ、あたしはつい暴言吐いちゃってクビだけど」

 

キタカミ「…それは不味いんじゃ」

 

曙「あ、やっぱり?私もどうか…」

 

泊地に壁を叩き壊すような音が響く

 

曙「手遅れね」

 

キタカミ「だよねえ…」

 

キタカミ(アケボノは一部のワード出ると異様に沸点低くなるからなあ…)

 

立て続けに破壊音が響く

後ろの方にいたワシントン達が顔を見合わせて震え出す

 

曙「あんたらもそんなに怖がらなくて良いわよ、どうせアイツはキレてても誰かに八つ当たりするとしたら…」

 

摩耶「お前だろうな」

 

曙「まあね…」

 

キタカミ(どうせ艦隊の運営方針とか…いや、提督の悪口は確定として、人格否定の線かな、非人道的だとか…)

 

キタカミ「明日から忙しくなるねえ」

 

ワシントン「え?」

 

キタカミ「デモ隊とかにかこまれるだろうからさ、外に出るのも一苦労だろうし」

 

曙「そうなんの?やっぱり?」

 

摩耶「…横須賀出るときチラッと見たけど…既に正門前で文句垂れてるやつらばっかだった」

 

キタカミ「1日経ってるし、なんならここもそうだと思ってたけど…まあ、まだで良かったよ…入るのは簡単だったし?」

 

ワシントン「ここ、言っちゃ悪いけどかなり田舎でしょ…?」

 

キタカミ「まあね、でもそんなの関係ないよ、来るやつは来るし、なによりみなとみらいでの作戦に参加してたのがウチだったバレた日にゃ…」

 

アトランタ「んなのバレる訳ないでしょ」

 

曙「バレる、100パーセント、人の口に戸は立てられないっていうでしょ」

 

ガンビアベイ「こ、ことわざわからないです…」

 

キタカミ「いや、まあ…ウチにまであんだけ問い合わせ来てるんだし…もう手遅れじゃないの?それにさ、雑な対応とかネットに挙げられてみなよ、そういうのに対しては…怖いよお…?」

 

アトランタ「…最悪じゃん」

 

キタカミ「…お引っ越し、とか…できりゃ良いんだけど…」

 

ワシントン「引越しって?」

 

キタカミ「…ここ捨ててよそに移るとかね…そんなことできりゃ苦労はしないんだけど」

 

曙「そもそもウチが紹介しなかったらこの辺の漁場全滅だっての、なのにクレーム入れても困るっての」

 

窓ガラスが割れて受話器が飛んでいく

 

ワシントン「ひっ!?」

 

キタカミ「おー、受話器飛んでく勢いで本体ごと……ねえ、あれ新しくするのって経費で落ちる?」

 

曙「アンタの方が詳しいでしょ」

 

キタカミ「…弁償させないとねえ…経費削減とかでうっさいし、壁と窓ガラスも…」

 

アケボノ「ああああああああああッ!」

 

…アケボノがここまで聞こえるほどの大声で吠える

 

アトランタ「っ…」

 

ガンビアベイ「ひぃっ…」

 

摩耶「…お前ら、アケボノになんかされてんのか?…メチャクチャ怯えてんじゃねえか」

 

キタカミ「まあ、本能に恐怖心を刻まれてるだろうね」

 

曙「アイツ自分の思い通りに行かないとめんどくさいから」

 

割れたガラスからアケボノが顔を出す

 

アケボノ「聞こえてますよ…!」

 

キタカミ「あん?なんだって?聞こえないよ」

 

摩耶「地獄耳だよなあ、マジで」

 

曙「キタカミも帰って来たし、休憩したら?」

 

キタカミ「えっ」

 

曙「帰って来たんだから仕事しなさいよ」

 

 

 

 

 

 

事務室

 

キタカミ「…よし、受付時間終了って事で」

 

電話線を抜き、脚を組んだ雑誌を広げ、リラックスする

 

漣「キタカミサマ〜…あと30分ですぜ…?」

 

キタカミ「大丈夫大丈夫、繋がらないってなれば諦めるから…それに、アンタも潮も、泣きながら仕事して辛かったでしょうに」

 

潮「それは…その…」

 

漣「んじゃ、キタカミサマの優しさに甘えますかー」

 

キタカミ「そーしな、アケボノは私がなんとかするからさ」

 

潮「ありがとうございます…」

 

キタカミ「…ま、ガキが目を腫らしながらやる仕事じゃないよこんなの…提督もこんなことさせたい訳じゃないだろうけど…」

 

漣「なんかー、さっき呼び出しくらったとかで本部行きましたよ本部、つーか横須賀」

 

…艦娘による暴動

それが世間に知られているみなとみらいでの事件の全容

 

ニュースもSNSも、それを正しいと報道し、国からの正式な表明には耳を貸さない

 

キタカミ(…マズいねぇ…綾波が艦娘を潰したいのはわかってるけど、これは…)

 

あまりにも平和的とは言えない

 

漣「うわっ」

 

潮「どうしたの…?」

 

漣「…SNS開かなきゃ良かった…」

 

…今、SNSには私達への攻撃的な意見で溢れてるはずだ

そんなもん見たら…

 

漣「っ……おえぇっ…」

 

潮「何を見たの…?」

 

漣「…人が、深海棲艦になるとこ…」

 

キタカミ「…なにそれ」

 

漣の携帯を引ったくる形で奪い取り、画面を見る

 

…死体のが変色し、駆逐級になる様…

でも…

 

キタカミ「いやこれフェイクだよ」

 

漣「ひょえ…?」

 

キタカミ「私深海棲艦にされた事あるけど、こんな風にはならないよ」

 

潮(す、すごいパワーワード…)

 

漣「ほんとに…?こんなにリアルですよ…?」

 

キタカミ「リアルもクソもないよ、ほら、ここの最初の部分、死体に継ぎ目があるでしょ、人形っぽい」

 

漣「……あ、マジだ…じゃあ本当にフェイク…?」

 

潮「これが本当だったら利用規約にも反してるからすぐに削除されるよ…」

 

キタカミ「こういうときに悪ノリしてるやつ、ほんと勘弁してほしいとよねえ…」

 

…でも、これが出回るってことは相当マズい

“人間が深海棲艦になる”

これが知られてる可能性がある

 

深海棲艦は今のところ世間では出所不明の生物、核実験の影響だとか宇宙からきたとか、海の底が汚染されて現れたとか…

そういうレベルの存在、なのにそれが人間の成れの果てだと知られれば、より艦娘に向けられる目も厳しくなる

 

だって、それは人殺しと何も変わらない

死体を痛ぶって遊んでるのと、側から見たら何も変わらないんだ

 

キタカミ「…さて、どうしたもんかね」

 

…状況は悪化の一途を辿るだろう

ここからどんどん酷くなる…

 

キタカミ(…こんな子供相手に、悪影響だねえ…)

 

綾波は“生きてさえいれば良い”、という考え方だ

それもまた正しい、死ぬよりは良いだろう

 

だから死ぬ可能性を排除したい

 

でも、その為に…みんなに辛い思いを強いるのは、間違ってる

起きた事はもう取り返しがつかない

 

漣「…そーいや、キタカミサマって漣達をガキとかチビって言うことありますけど」

 

キタカミ「んー?」

 

漣「実際のとこ歳変わらんでしょ」

 

キタカミ「そりゃね、みんな同じようなもんさね…最年長は一応長門じゃない?確か二十歳すぎたって聞いたけど」

 

漣「の割にはガキとか言われるの不満なんですけどー」

 

キタカミ「そりゃあまあ…前の世界でアンタらよりずっと長生きしたからねえ」

 

生まれるのが早かった、というだけだけど

 

キタカミ「……」

 

だから、私は謂わばお姉さんだ

私はこのクソガキどもを護ってやる必要がある…と、思う

 

キタカミ「明日の電話番は誰にさせようかねえ…」

 

漣「それよりも…どうにかこんな混乱を止める方法…」

 

キタカミ「ないよ、ある訳ないじゃん、人の思い込みをどうこうするなんて無理、深海棲艦に襲われてる奴を助けたところでな〜んにもかわらない、どんどんどんどん、私たちは悪者にされる」

 

潮「そんな…」

 

扉を乱暴に叩かれる

 

キタカミ「あーい?」

 

アトランタ「キタカミ、話が…」

 

キタカミ「行儀が悪い」

 

アトランタ「…っと、失礼します…」

 

キタカミ「よろしい、で、何?」

 

漣(今更だけど絶対歳上なのに、完全に上下逆だぁ…)

 

アトランタ「…SNS見た?」

 

キタカミ「ちらっとだけ」

 

アトランタ「…じゃあ、他所もやばいの、知ってる?」

 

キタカミ「そりゃあ、呉も横須賀も、多分佐世保とかも酷い事に…」

 

アトランタ「No, it's not(   そうじゃない  )…!…Japan以外の事…!」

 

キタカミ「…ちょっと見せて」

 

アトランタが差し出した端末からSNSを見る

 

キタカミ(…スラングキツすぎて…読めないのばっかだけど……)

 

キタカミ「他の国でも、同じことが起きてる…?」

 

アトランタ「そう、 It's not just U.S.(アメリカもだけどそれだけじゃない)U.K.(イギリス)とか… Other European countries(  他のヨーロッパの国とかも  )、世界中で艦娘を排除すべきって…」

 

キタカミ「艦娘を、排除…?」

 

日本とは少し違う…

 

アトランタ「調べてみたんだけど、ドイツで生きたまま人間が深海棲艦になりかける事例があって…それが、艦娘のせいだって…」

 

キタカミ「根拠は?」

 

アトランタ「わからない…だけど…みんなそれを信じてる…」

 

アトランタの誘導する記事を読むが…

 

キタカミ(文献は全部ドイツ語か…中途半端に理解したつもりになって広まってんの?…いや、焦るな、時間をかければ…)

 

キタカミ「とりあえず1日寝かせな、そしたら翻訳した記事とか出てくるはずだから…そうすれば間違いかどうかはわかる」

 

アトランタ「もし、本当だったら…?」

 

キタカミ「…そん時はそん時だけど…もしそれがマジなら、他の国でもそうなってるって…大丈夫、落ち着きな…」

 

…焦って手を間違えるのだけはマズい…

ここで対応を間違えて反感を煽るのは避けなきゃ…

 

キタカミ(…でも、これって…)

 

キタカミ「……ハワイ挟み込む作戦が、潰れてない?」

 

漣「え?」

 

キタカミ「…全世界で艦娘を悪とするなら…私たち、作戦を遂行できない…」

 

潮「そ、それじゃあ…」

 

キタカミ「あ、ダメだ、ヤバイヤバイヤバイ…ごめん、1人で考えさせて…」

 

…完全に、手が詰まった



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592話

離島鎮守府跡地

綾波

 

綾波「……っ…」

 

目を開き、眩しさのあまりに手で顔を覆う

ゆっくりと起き上がり、周りを見る

 

綾波「…気絶、してましたか」

 

夕張「うん、キタカミさんを転移させたあとにね…」

 

…既に限界近い状態だった、タルヴォスを抜き取り、保管したり、横須賀内部の家具の位置などを読み取って転移させる

 

綾波(…少し、疲れることをしすぎた…)

 

ベッドに座ったまま、後方に手をつく

指先に何かが当たる

 

綾波(カートリッジ?……っ…これは…!)

 

夕張「あー…それね、キタカミさん転移させた時に…」

 

…壊れている

完全に、使い切ったわけだ

 

綾波「そんな……」

 

これが無くては、私は僅かな時間しか活動できない…

いや、暗い森にさえ接続できればいい…他のカートリッジでもなんとか融通を効かせる事はできる

だが、それも森と脳に負担が…

 

夕張「…綾波?ちょっと良い?」

 

綾波「…なんですか」

 

瑞鶴「私なら、多少の治療はできると思うんだけど…ほら、イニスで」

 

綾波「……ステーキを生肉に戻せるのなら、その治療を受けても良いですよ」

 

瑞鶴「それは…無理」

 

綾波「私の脳は熱を帯び過ぎて、加熱された状態…まさしくステーキを生肉に戻すことができない限り、治療はできませんよ」

 

夕張「となると、カートリッジを作り直すしかないか…」

 

綾波「……夕張さん、お願いできますか」

 

夕張「うん…でも、またちゃんと作れるかどうか…」

 

綾波「あなたが頼りです」

 

夕張「じゃあ、横須賀に戻るね、ここじゃできないし…」

 

瑞鶴「待って、誰か来た」

 

綾波「……神通さん」

 

神通「どうも、さっきからブツブツと、独り言ですか」

 

綾波「いけませんか」

 

…神通さんの眼を持ってしても、蜃気楼を捉えることすらできていないか

 

神通「…いいえ、しかし…違和感がありました」

 

綾波「というと」

 

神通「…誰かと話していませんでしたか?」

 

綾波「いいえ…ああ、意識内の人と、会話していたのかもしれません」

 

神通「……そうですか、それなら、構いません……ここに報告書は置いておきます」

 

瑞鶴「……危な、ばれたかと思った」

 

夕張「…バレちゃいけないんだっけ」

 

綾波「ええ、神通さんなら川内さん達に生存を報告する可能性がありますし、そこから漏れればどうなるか」

 

夕張「…ここに長居するのもマズいか」

 

瑞鶴「じゃ、私たちは横須賀に行くから」

 

綾波「ええ」

 

…全てが全て、順調というわけではない

 

綾波(ネットワーククライシスの時に仕込んだ爆弾は、爆発したな)

 

各国で様々な論文がいきなり公開され、様々な意見が飛び交い、艦娘の排除へと世界が動き出す

これで、艦娘を進んで雇用し続ける国は僅かになるだろう

 

綾波(あとは、クビア顕現の時に…)

 

あとは、時間との戦いだ

 

 

 

 

Link基地

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「…よし、こちらは終わりました、お待たせして申し訳ありません」

 

大淀「いえ」

 

狭霧「…これで、貴方の話の真偽を確かめにいけますね」

 

大淀さんの話は、正直信じ難いものだ

綾波さんについても、軽くしか聞かされていない

別の思惑のために利用されているのかもしれない

 

大淀「サイバー特区…は、知っていますよね?ここ青森に作られた情報処理特区です」

 

狭霧「聞いた事はあります」

 

大淀「アクセスしたりは」

 

狭霧「いいえ、そもそもなんの理由もなくハッキングするようなクラッカーとは違いますから」

 

大淀「では…まず、それを調べるにあたって、二つの手段があります」

 

狭霧「一つはリアル」

 

大淀「もう一つはネット…さあ、どちらにしますか」

 

…となると、ここはリアルから忍び込む方が、早いだろう

本当に脳が保管されているのなら、私達の手で奪取すれば肉体を作り出す事も容易…

 

狭霧「作戦には何人参加しても良いものか」

 

大淀「3.4人が限度かと」

 

狭霧「大淀さん、貴方は置いていきますよ」

 

大淀「勿論わかってます、私も死ぬ真似はもう御免ですから」

 

狭霧「……私、タシュケントさん、ザラさん、グラーフさん…の、4人かな…」

 

Linkは特殊状況下での作戦行動を主に訓練を積んできた、こういう潜入任務は十八番(おはこ)

失敗はしない

 

大淀「私は役にも立たなさそうですし…そろそろ失礼します…鎮守府を長く空けてしまいました」

 

狭霧「ええ、情報提供感謝します」

 

…しかし、こうなると…

どう話したものか

 

 

 

 

ザラ「サイバー特区内の、研究所の調査?」

 

タシュケント「…今更そんなことを調べても…何になるのかわからないけど」

 

グラーフ「必要なことなんだな?」

 

狭霧「…ええ、今、必要な事です……研究所と言うよりは」

 

地図を広げる

地上階4階、地下階3階の施設…

 

狭霧「…皆さんの国には死刑制度はありますか?」

 

タシュケント「確か、ロシアは一時停止だったかな」

 

グラーフ「廃止したらしいが」

 

ザラ「こっちもです」

 

狭霧「日本には、まだあります…私の憶測を交えた話ですが、構いませんか?」

 

ザラ「はい」

 

狭霧「…黒い森、と言う都市伝説があるんです、人間の脳だけでできた森…あくまでも比喩表現です、それほど大量の脳が保管されていると言うね」

 

タシュケント「…そんなの、無理じゃないの?」

 

グラーフ「大体、誰の…」

 

狭霧「私は死刑囚だとか、終身刑になったものだとか、そう考えていますよ…そうする事によって、要らない人間の脳でできた、巨大なコンピュータを作り上げる…それが黒い森だと思っています」

 

私は、綾波さんの改二艤装で一瞬だけ接続したけど…すぐに弾き出された

それ程のものだった

 

ザラ「待ってください、確か…綾波さん…」

 

狭霧「ええ、正常に活動する時に、黒い森に接続して脳の機能を肩代わりしてもらっているんです」

 

グラーフ「…そうか、綾波が絡んでいるのか」

 

狭霧「調査しておけば、綾波さんを一時的に無力化、拘束する手段になるかもしれません」

 

タシュケント「そう言う事なら喜んでやるよ」

 

狭霧「内部構造は外から軽く調べましたが…この地図にある通り、不明瞭な点が多く、目的の物はどこにあるのか、そして監視カメラなどのセキュリティはどうなのかも不明です…表向きは医療機器のメーカーですので、決して緩くはないでしょう」

 

グラーフ「よくそんな企業を名乗れるな」

 

狭霧「国絡みなんですよ…」

 

タシュケント「…出てくるのは、人間って事になるんだよね」

 

狭霧「ええ…なので、やり方としては先ず、セキュリティのハッキングからです、私がサイバー攻撃を仕掛けるので、タシュケントさん、システムに接続できそうなところにこの装置を」

 

タシュケント「わかった」

 

グラーフ「良いのか?派手にやれば次が…」

 

狭霧「構いません、その装置でローカルネットワークにオンライン接続し、内部の機器をハックします、その後はこちらからの指示を受けて動いてください」

 

ザラ「…人と会ったら」

 

狭霧「殺さない様に、殺さない事を心掛けて…ただ、やられるくらいなら、やって構いません」

 

グラーフ「私がこの作戦にいると言う事は…」

 

狭霧「ええ、ドローンで周辺の様子を、流石に艦載機は使えません」

 

グラーフ「ああ…」

 

狭霧「では、早速準備を…ん?」

 

今、床に何かが擦れる音が

 

タシュケント「…誰かいる!」

 

グラーフ「捕まえろ!!」

 

2人が飛びかかる

 

秋津洲「ぎゃんっ」

 

ザラ「あ…」

 

狭霧「秋津洲さん?」

 

秋津洲「ひっ…や、やややややヤバいかも!殺さないでほしいかも〜!」

 

狭霧「いや…えっと」

 

グラーフ「なにしてたんだ」

 

秋津洲「こ、ここから大艇ちゃんを撤収させたいから許可を取りに来たのかも〜!」

 

狭霧「……明後日まで待ってもらえますか?」

 

秋津洲「わ、わかったかも…」

 

ザラ「…今の話、漏らさないでくださいね?」

 

タシュケント「いや、不安だし此処でやっちゃわない?」

 

秋津洲「へっ!?」

 

タシュケント「国の施設に侵入する話なんて、漏れたらマズいしさ、此処で殺しちゃダメかな?」

 

グラーフ「確かに、その方が安心だな」

 

狭霧(二人とも、悪ノリがすぎますね…)

 

狭霧「ちょっ…」

 

ザラ「んーちょっといいですかー!…流石に殺すのは可哀想ですよ、不慮の事故ですし…」

 

狭霧「そうですね、だか…」

 

グラーフ「じゃあこうしよう!二式大艇を一機、人質として預かろう!」

 

秋津洲「かもっ!?」

 

狭霧「なっ…?」

 

タシュケント「あーそれは名案だね、二式大艇が死ぬほど大事みたいだし?」

 

秋津洲「だ、大艇ちゃんは許してほしいかも!」

 

グラーフ「じゃあ消すしかないな…お前が持っていると言う他の二式大艇も後々解体されるんだろうなあ」

 

秋津洲「えっ…」

 

タシュケント「どうする?一機、置いていくかい?…そうしたら…そうだねえ、適当な頃に返してあげてもいいけど」

 

ザラ「勿論貴方の命も保証します」

 

狭霧(そう言う狙いか…いや、流石に止めないと…)

 

秋津洲「お…置いていくかも〜!だから!命と他の大艇ちゃんだけは!勘弁してほしいかも〜!」

 

グラーフ「よしよし、話がわかるじゃないか」

 

タシュケント「もう行って良いよ」

 

狭霧(止める間なく終わってしまった…)

 

狭霧「ちょっと、流石にこれは…」

 

ザラ「必要な事ですよ、だって海外に飛べる飛行機なんて今手元に無いのはマズいでしょうから」

 

…確かにそうだ、情報操作で海外も艦娘排除に動き始めてる

私たちが必要になる場所はたくさんあるはず…

 

狭霧「…仕方ない、仕方ない……」

 

グラーフ(よし、うまく丸め込めたな)

 

タシュケント(ナイス!グラーフ、ザラ)

 

ザラ(綾波さんならこうはいきませんけどね)

 

狭霧「では、準備をして裏手に集合」



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Difference

駆逐艦 狭霧

 

グラーフ「…この辺りは来たことがなかったな」

 

タシュケント「……普通だよね?」

 

狭霧「そうですよ、此処にいるのは基本的には一般人だけですから…さて、此処で私たちが活動するのは少し目立ちます、気をつけてください」

 

ザラ「どうしてですか…?あ、外国人だから?」

 

狭霧「違いますよ、あまり表に出てない話ですが…この特区には生体認証チップの埋め込みで監視されてるんですよ」

 

タシュケント「どう言う事?」

 

狭霧「例えば監視カメラからでも…リアルタイムでそのチップを読み取り、個人を識別している、今、この瞬間も」

 

チラリと横目で商店についている防犯カメラを見る

 

ザラ「…あんな普通のお店のカメラも…?」

 

狭霧「可能性はあります、何せ此処はサイバー特区ですから」

 

タシュケント「…なら、どうやるのさ、常に監視されてるなら…」

 

狭霧「宿毛湾泊地に戻る前に終われば良いんです…慎重に行きますよ」

 

グラーフ(と言われても…監視されているのにどうするつもりだ?)

 

タシュケント「あ、あれかな、ターゲットの建物」

 

見つけた、今回忍び込む建物を

コンクリート作りの四階建てのビル

事前調査の通りの名前を掲げている辺り、間違いない

 

狭霧「…よし、ではそのまま通り過ぎて…向こうのコンビニに入りましょう、何か好きなものを買って良いですよ」

 

グラーフ「…おい?」

 

狭霧「立ち止まるのは不自然です、それにここのシステムに触れておいた方がいい」

 

グラーフ「システムに…触れる?」

 

 

 

タシュケント「んー…切り詰めておきたいしなあ…」

 

ザラ「節約してるんですか?」

 

タシュケント「…まあ、何かあっても良いようにね」

 

狭霧「好きなものを選んで良いですよ、奢ります」

 

グラーフ「何?随分と羽振りがいいな」

 

狭霧「そうでもありません」

 

三人が思い思いの商品を手に取る

 

狭霧「…精算が終わりました、出ますよ」

 

グラーフ「何?」

 

狭霧「大丈夫、ほら」

 

3人を連れて店を出る

 

 

 

グラーフ「…万引きにはならないのか?レジで何かをしたようには見えなかったが」

 

狭霧「非接触リーダー…って言ってわかりますか?」

 

ザラ「Non si tocca(  触れない    )って事は…」

 

狭霧「簡単に言えば、さっきレジの前を通る時に携帯決済のバーコードを読み込むようなことをしたんです」

 

タシュケント「でも、狭霧は何も持ってないじゃないか」

 

狭霧「それが、チップです」

 

ザラ「…成る程」

 

狭霧「私は今、偽造されたチップを埋め込んでいます…調べれば私が偽造チップを使っているという事はすぐわかるでしょうけど…」

 

グラーフ「おい待て、それは犯罪だろ」

 

狭霧「元々私なんて日本国籍すらないんです…クローンですから」

 

タシュケント「…それは、そうかもしれないけど」

 

狭霧「それに、ちゃんとお金は引き落とされてますし、問題は有りません…だって今から、それ以上の犯罪を犯すのですから」

 

グラーフ「……そうだな」

 

狭霧「今これを見せたのは、あくまでここの人達にはこんなに身近にこんなシステムがある、というのを見せるためです…そして、それが今から一切を失われる…一時的にね」

 

タシュケント「…そういうことか」

 

ザラ「システムを止める事で無理やり…」

 

狭霧「計画の第一フェーズを説明します、ここのシステムを落とし、警備員などの情報を取得します…全てが順調にいけば、その段階で目標も達成できるでしょうが」

 

グラーフ「そううまくいくとは思っていないという事だな」

 

狭霧「ええ、そこで出てくるのが話していたプランです、タシュケントさんにローカルネットワークに接続できるデバイス…これですね」

 

機器を渡す

 

狭霧「それをうまく接続して貰えば、問題ありません」

 

グラーフ「中に入る必要はあるのか?」

 

狭霧「おそらく、あるでしょうね…背後関係なども洗うとなると、データベースにある情報はどれほど信用できるものか、ダミーばかりの可能性もあるし、そもそもリアルにしか保管しないタイプの人もいます」

 

ザラ「データセンターなのに?」

 

狭霧「ええ、綾波さんも同じタイプでしたから」

 

グラーフ「…確かに、ウチ(Link)は資料が多いな」

 

ザラ「そういえば、書類秋葉兼倉庫の整理、してませんでしたね」

 

タシュケント「帰ったらやるとか言わないでよ?仕事を終えてまた仕事、その上宿毛湾に撤収して無意味なんて…」

 

グラーフ「なら持っていこう」

 

ザラ「それなら無意味にもなりませんね」

 

狭霧「……それも悪くないですね、よし、じゃあ仕事を始めましょう」

 

 

 

 

 

狭霧「…情報処理施設にハッキングして、侵入完了…配置についたらこの施設のメインシステムを一度シャットダウンします、その隙に…タシュケントさん、グラーフさん、お願いします」

 

タシュケント「わかってる、機械の設置は任せて」

 

グラーフ「ドローンはまず屋上に回す、調べられるところだけ外から様子を伺ってみる」

 

狭霧「…最悪の場合、壊されても捕まえられても構いません、そのドローンには私たちの正体を記すものはない…状況証拠的に私たちを疑う可能性はありますが」

 

ザラ「…随分と弱気ですね」

 

…痛いところを突かれた感覚だ

いつの間にか、すごく弱気になっていた…

 

狭霧「……実は、敵が見えてこないんです」

 

国なのか、それとも企業なのか、組織なのか

ハッキリしない

 

黒い森とはなんだ?

どこの誰が何のために作った?

 

単純な電子監獄のはず…でも、それは……

 

グラーフ「それさえわかれば良いのだから、話は簡単だ…」

 

狭霧「……」

 

今になって、綾波さんの気持ちが少しわかる気がする

…巻き込みたくないな…

 

人は、万に一つの道を踏み外せば、簡単に死んでしまう

そうでなくても全て無事に進むとは限らない

 

…ああ、わかった

 

綾波さんは、天才だから…怖くなったんだ

 

たとえ天才でも、この世の全てをコントロールできるわけじゃない

小さな小石が大きなミスを産む…

 

狭霧(…作戦を私が判断して、作って、主導したのは…初めて、か…)

 

…今まで綾波さんは、これと戦ってきたんだ

全ての責任が、私の手に乗っている

全ての可能性を、私が考慮し、最善を選ばなくてはならない

 

綾波さんの気持ちは今わかった

 

…私だって、みんなを巻き込みたくはない

 

ザラ「大丈夫ですよ」

 

ザラさんが背中をさすってくれる

 

タシュケント「そんなに震えないでよ、リーダー?」

 

タシュケントさんが肩に手を置いてくれる

 

グラーフ「貴様がそんなに不安では、こっちまで不安になるぞ」

 

グラーフさんが笑ってくれる

 

…綾波さんと私は違う

 

綾波さんは1人で戦える

その時その時でメンバーを変えても自分が100%の力を引き出せる

だから綾波さんはLinkを作り、捨てて尚、まだ何かを成すために…屍を築いた

 

だけど私にはそれはできない

 

狭霧「……」

 

狭霧(綾波さん、私は貴方には敵わない、私じゃ貴方になれない…貴方の真似をしていたらいつかみんなを殺してしまう…だから)

 

大きく息を吐き、笑う

 

狭霧「大丈夫です、問題なんて一切ありません…動きますよ」

 

狭霧(弱い私は、貴方の真似はできない…なので、私は私の最善を尽くす…私は、綾波さん、あなたの作った部隊を率いることで、皆んなを生かします)

 

手元の端末を操作し、メインシステムをダウンさせる

 

狭霧「復旧までに稼げる時間はおそらく2.3分、タシュケントさん」

 

タシュケント「充分だよ」

 

タシュケントさんが建物の裏手に周り、グラーフさんがドローンを飛ばす 

 

グラーフ「…慣れない機器の操作は、難しいものだな…」

 

狭霧「それほど小さいサイズですと風の影響も大きいですからね」

 

グラーフ「ああ…だが、この慣れない感じ…っ…?…あのマークは…」

 

狭霧「どうかしましたか」

 

グラーフ「……今屋上に着陸させたが…カーテンが空いてる部屋があるのがわかるだろう?」

 

狭霧「ええ」

 

確かに上の方の階はカーテンが空いている…

 

グラーフ「…ちゃんと撮れているか分からないが、カメラで撮った写真を確認できるか」

 

狭霧「待ってください、海外のサーバーを経由させているので…」

 

ザラ「そんなにかかるものなんですか?」

 

狭霧「普通はかかりませんけど…痕跡を消しながらなので……ええと、戻ってきました」

 

グラーフ「携帯に転送したか、よし……見てくれ、これを… ALTIMIT(アルティメット)社のロゴじゃないか?」

 

ザラ「あ、本当ですね」

 

狭霧「ALTIMIT社…?」

 

グラーフさんが信じられないという顔をこちらに向ける

 

グラーフ「……貴様、冗談で言ってるのか?今一番ベーシックなOSだろう」

 

狭霧「…あ、ああ!ALTIMIT社ってその…?ごめんなさい、医療機器メーカーと結びつかなく…て……え?」

 

ザラ「どうかしましたか?」

 

狭霧「…この写真の奥」

 

グラーフ「…このロゴは、CC社か…」

 

ザラ「The・Worldを運営してる会社ですね…」

 

狭霧「……なんで?何故ここに…ALTIMIT社はまだパソコンとかで納得できるけど、CC社…いや、でもここはゲーム開発以外にも福祉に手を出してるのか…」

 

ネットで検索をかけながら思考を巡らす

 

狭霧「…CC社はALTIMIT社の役員が設立した…つまりCC社の親会社がALTIMIT社…だからALTIMIT社の仕事の仲介?…いや…」

 

タシュケント『狭霧、セットできたよ』

 

狭霧「……あとは、虎穴に入るしかないか…」

 

おおきな欠伸がついでる

 

グラーフ「フッ、緊張感が足りていないんじゃないか?」

 

狭霧「いえ……いや、そのくらいの方がいい…タシュケントさん、下がって」

 

ローカルネットワークに侵入し、主導権を握り…

 

狭霧「グラーフさん、屋上の扉は電子ロックでした、今解錠します」

 

グラーフ「頼む、周囲に人の気配は…いや、まて、音が聞こえるな、階段を上がるような音だ」

 

狭霧「…今内部から解錠されましたね、やはり施錠します、換気用の窓がこちらで開閉できるのでそこから侵入を、二階南西方向です」

 

グラーフ「了解した」

 

タシュケント『狭霧、警備員たちが外に出てきた、どうやらドローンを探してるみたいだ…』

 

狭霧「見つからないでくださいね」

 

タシュケント『いや、それよりも…銃を持ってるよ、拳銃、多分グロックだね、安いヤツ』

 

狭霧「え…?警備会社の名前などは見えますか」

 

タシュケント『…視認できないな…目は悪くないんだけど…ついてないみたい』

 

狭霧(これは、きな臭くなってきた…私は、もしかして思っている以上に危険な所に足を踏み入れているのでは)

 

ザラ「…どうしますか、予定通り私とタシュケントさんで侵入…」

 

狭霧「……」

 

銃を持っているとなると、これは殺す事を躊躇わない可能性がある

命を賭ける覚悟はあった…でも、それは…私の命じゃなかった

2人の命を勝手に賭けるような作戦だった…

それじゃあ足りないのか…?

 

なら、レイズする…

 

狭霧「タシュケントさん、警備員は何人いますか」

 

タシュケント『6人、固まってるから、アレがいけると思うけど』

 

狭霧「了解、無線などを一切使えなくしますので、その後ガスグレネードで制圧、出てきた通路を確保してください、私とザラさんも同行します」

 

ザラ「狭霧さんも?バックアップは…」

 

狭霧「現地で行います、行きますよ…!」

 

通信回線を遮断、監視カメラの電源をオフ…作業を進める

ぼふん…と、くぐもった破裂音がする

 

タシュケント『…このガスって中身どうなってるんだっけ』

 

狭霧「……死にはしないので大丈夫です」

 

ザラ(綾波さんもですけど、死ななければ何でもいいと考えてる節がありますよね…)

 

狭霧「さあ、侵入しますよ」



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顕現

情報処理特区 施設内部

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「…監視カメラ類ダウン、進行します」

 

ザラ「右クリア」

 

タシュケント「正面クリア…左良し」

 

狭霧「グラーフさん」

 

グラーフ『ああ、今ドローンが一階に降った所だ、このまま地下階に向かわせる』

 

狭霧「…人の気配は?」

 

グラーフ『一度も見かけていない、警備員以外がいないのかと思うほどだ、今日は休日か?』

 

狭霧「かもしれませんね、もしくは…本当に警備員しかいないか…」

 

端末をじっと見る

 

グラーフ『狭霧?』

 

狭霧「熱感知センサ」

 

ザラ「…反応ありません」

 

狭霧「…よく聞いてください、私達は今なら痕跡を完全に消して逃げる事ができます」

 

タシュケント「いきなりどうしたんだい」

 

狭霧「…ロシア、アメリカ、イタリアフランスイギリス中国ドイツ…計12ヶ国のサイバーコネクト社から…ここにアクセスが集中しています…」

 

グラーフ「何故CC社が」

 

狭霧「…わかりません、ただ…私が言いたいのは、世界的に有名な大企業、そして下手すれば政府をも…敵に回す、逃げる場所なんてないかも知れない……祖国をも、追われることになるかも知れません」

 

このサイバー攻撃への対応からも…明白だ

これは一企業のできる規模じゃない、国が絡んでいる

 

このまま続ければ私は…

いや、この人達が…

 

指先が固まる

動け、動かせ

 

私は私の道を行くと決めた

 

グラーフ『だとしたら…どこか、人の来ない所に行って見るのも面白いかもしれんな』

 

ザラ「ええ、南の小島に住むのも楽しいかもしれません」

 

タシュケント「それはいいね、雪が降らないところがいい」

 

狭霧「……後悔は、ナシですよ……いや」

 

確かに私は私の道を行くと決めた、だけど、私の目標は未だに変わりはしない

 

狭霧「後悔はさせません」

 

強く目を閉じて、見開く

大きく欠伸をして、脳に酸素を取り込む

 

…クローンの私にもこんなクセがあるなんて、緊張すると欠伸をするか

 

狭霧(…酸素が足りないならいくらでも取り込んでやる、だから…働け)

 

狭霧「…基礎訓練、2-4…キルハウスを実効、順に艤装換装せよ」

 

タシュケント「…艤装換装、カバー…完了」

 

ザラ「艤装換装、サポート……完了しました」

 

2人が順に指輪の艤装の名のマシンを操作し、艤装を換装する

元々今回の作戦は室内戦闘を想定した取り回しの良い武装ではある

でもそれを撤廃して小火器のみにすることで、より効率的な戦闘を可能にできる…

 

狭霧「よし、進みますよ」

 

グラーフ『おい、少しいいか』

 

狭霧「なんですか」

 

グラーフ『地下階に行ってくれ、狭霧、大掛かりな部屋があるが…まあ、そこが怪しいと思っている』

 

狭霧「了解しました…と?」

 

タシュケント「前方の階段から駆け降りてくる音…」

 

ザラ「1人や2人ではありませんね」

 

狭霧「処理したください」

 

タシュケントさんがショットガンを構える

 

狭霧「……一度スルーさせましょう」

 

目の前の通路を数人が通り抜け、階段を降りていく

 

タシュケント(気づかれてない…それにしても、何人…7人か、随分な人数だ…)

 

ザラ(撃っていたら撃ち合いになっていましたね…てっきり私たちのいる通路を通って非常口から外に出て行くのかと…)

 

狭霧「どうやら、メインコンピュータの復旧の手伝いに行ったようです…マスクを」

 

ガスマスクを装着する

 

タシュケント「どうする、上にもまだいるかもしれないけど」

 

ザラ「マスクをつけた時点で決まってますよね」

 

狭霧「ええ、集まっている人たちを一網打尽にしますよ」

 

ザラさんが先導して階段を降りる

 

ザラ「…!」

 

こちらを向かず、手で制止される

指で右側に2人と合図を送り、三つ指を立てる

 

タシュケント(3カウントで突っ込むか…よし、いける)

 

タシュケントさんがショットガンを縦に持ち、前傾姿勢に飛び出す用意をする

 

ザラ「……」

 

ザラさんの指が一つずつ順に折れ、ゼロになったと同時に2人が飛び出す

 

タシュケント(気づかれてない!なら!)

 

ザラ(頭を狙って…)

 

ごすっ…と、鈍い音が響く

 

狭霧「……死にましたか?」

 

タシュケント「いや、心臓は動いてる…」

 

ザラ「しっ…まだ意識を失っていません…」

 

ガスマスク内の無線を起動し、小声で喋る

 

狭霧「制御施設はこの先です、メインシステムは今、再起動を繰り返し続けているので一切の動作を受け付けていませんが、ローカルで接続を切られては面倒です、急いで制圧しましょう」

 

グラーフ『こちらがラーフだが、今ドローンはお前達のいる通路の先の物陰に隠してある、10人は中にいるぞ』

 

狭霧「では、ここはもういいので地下二階を目指してください」

 

グラーフ『それがな、大掛かりな扉があった、電子ロックのような…あー…なんだ…そう、金庫みたいに巨大な扉だ、だから進めなかった』

 

狭霧(制御室の扉は普通の鍵付き扉なのに、それ以上に厳重…となると、メインコンピュータ以上に隠したいものがある…?)

 

狭霧「なら、上階を」

 

グラーフ『了解』

 

タシュケント「…ザラ、配置について」

 

ザラ「はい…ガスグレネード、準備できてます」

 

狭霧(…とにかく、今は制圧することが最優先か)

 

タシュケント「行くよ」

 

タシュケントさんが扉を小さく開けると同時にザラさんがグレネードを投げ込む

そして2人がかりで扉をロック…

 

狭霧「…大丈夫ですか?」

 

タシュケント「…平気……!」

 

ザラ「ふぬ…ぬ…!」

 

狭霧「……」

 

タシュケント「…そろそろ、大丈夫かな…?」

 

狭霧「…開けてください」

 

扉が軋む音を立てながら開く

 

狭霧「…意識がある者も居るかもしれません、もう一度ガスを放り込んでください」

 

ザラさんがグレネードを放り込んで扉を閉じる

 

タシュケント「…狭霧、致死量って知ってるかい?」

 

狭霧「ええ、しかし今見えた限りでは換気扇もありましたし…死にはしないでしょう」

 

ザラ「それなら効果もないんじゃ…?」

 

狭霧「換気扇は天井部にありましたし…そのガスは空気より重いです、大丈夫大丈夫」

 

タシュケント(適当だ…)

 

狭霧「先に下を制圧しますよ、タシュケントさん」

 

タシュケント「わかった、階段に向かう、ザラは上階を警戒して」

 

ザラ「上階段クリア…キープします」

 

タシュケント「徐々に降りるよ…っと…?」

 

狭霧「これが、グラーフさんの言っていた…」

 

確かに金庫のように巨大な扉だ

 

狭霧「…開閉の履歴も取られるな、流石にそこまでは隠蔽できない…」

 

この中に何があるかを知れば、敵は死に物狂いで私たちを始末しようとする筈だ…

 

狭霧「…っ……?」

 

肌が、一瞬ピリつく

 

タシュケント「…何か、嫌な感じがする…!」

 

ザラ「……レーダーが、完全にダウンしました」

 

狭霧「…ダメです、タブレットが…まさか、外界と遮断された…?」

 

タシュケント「…っあ!?」

 

タシュケントさんが壁に叩きつけられる

 

ザラ「え…なんで…!」

 

狭霧「……そういう事か」

 

今の肌がピリつく感覚…これが、LSFDの感覚か

 

アケボノ「……」

 

狭霧「よりによってこの人を選ぶ辺り…個々の重要性が窺える…!」

 

武器を構え、即座に発砲するも…

 

狭霧「っ…!本当にここまで再現するとは…!」

 

ザラ「…レ級…!」

 

タシュケント「なるほどね…馬鹿力も納得だ…」

 

アケボノさんがレ級に姿を変え、こちらに歩きながら近づいてくる

 

タシュケント「これでも…」

 

タシュケントさんがショットガンを向ける

 

タシュケント「喰らえっ!!」

 

レ級「……」

 

ザラ「効いてない…!?」

 

ザラさんが小型のマシンガンを向けて撃つも、ダメージにならない…

 

レ級「……」

 

一歩も動く事なく、尻尾を伸ばし、2人を打ち払う

 

タシュケント「かっ…!」

 

ザラ「っ…普通の弾じゃダメ…」

 

2人の銃器が床を滑る

 

狭霧「対深海棲艦弾を持ってきておくべきでしたね」

 

カートリッジを取り出し起動する

そして…拳を振りかぶり…

 

狭霧(私でも身体強化のカートリッジの力を使えば…っ…!?)

 

脳が揺れる

膝がガクガクと震え、尻餅をつく

 

狭霧「えっ…なっ…?」

 

顎が痛い…小突かれた程度なのだろう…なのに…

立てない、動けない

 

これほど効果的に弱点をつき、立ち回れるのなら、朧さんもガングートさんも歯が立たなくて当然ではないか…

目の前のこの人に抱くこの恐怖心は…間違いなく綾波さんに似通ったソレだ

 

レ級「……」

 

狭霧(…平衡感覚が、おかしくなっている……でも…)

 

ガタガタと震える足を、自身の骨で支え、立ち上がる

 

狭霧(…綾波さんなら、アケボノさんなら、今の瞬間に間髪入れずに攻撃をしてきた…)

 

…隙をわざと見せてくれているのなら

その期待に応えてやる

 

狭霧(これで…)

 

先程起動したカートリッジとは別に、もう二つカートリッジを取り出し、起動する

 

狭霧「綾波さんも、コルベニクの力を持っていたことがありましたが……これはやったことがないでしょうね…」

 

眼が熱い…力を吸われるような感覚に襲われる

 

狭霧「…大丈夫…だから、全部…」

 

私だって、出来損ないだろうと綾波さんのクローンだ…

そして、今は…もう一つの眼を手に入れた事で

ダミー因子を扱う事で…

 

カートリッジの力を操作し、周囲に結界を張る

 

レ級「……」

 

狭霧「…わかりますか?……貴方では、もう私を倒せない」

 

アケボノさんがこちらに詰め寄り、獣のような爪を突き立てる

 

タシュケント「…狭霧の周囲に、何か、光の壁みたいなものが…?」

 

狭霧「絶対防御…これが、第八相の力の一つ、そして…」

 

両手のカートリッジを落とす

落下したカートリッジが破裂し、霧散する

 

狭霧「…貴方の全てを、喰らい尽くす…!」

 

植物の根が床を突き破って伸び、アケボノさんに突き刺さる

 

狭霧「貴方のエネルギーを全て…!……え…」

 

がくりと、膝をつき、地を睨む

 

何故だ、無茶をし過ぎたか?

体力が尽きたか…?

 

いや…

 

レ級「……相手が悪い」

 

ザラ「喋っ…!?」

 

狭霧(…まさか…)

 

アケボノさんの方を、見る

 

アケボノさんの体の周りに、紋様が…

 

レ級「…来れ再誕…」

 

狭霧「っ!…ダメ…!」

 

レ級「コルベニク」

 

 

 

 

 

タシュケント「けほっ…かはっ…」

 

狭霧「…無事ですか」

 

ザラ「なんとか…」

 

…酷い有様だ

絶対防御が解かれていなくてよかった

おかげで2人も、私も無事だった

 

でも、周囲の土地が抉れ、建物が倒壊している

 

狭霧(…今のが、コルベニク…)

 

コルベニクが顕現した一瞬で、私達がコソコソとしていたのが全て無駄になった

ただ、その影響でLSFDが破損したのかアケボノさん自身も居ない

 

おかげで何もかも吹き飛んだ…

 

狭霧(まさか…根から逆に碑文の力を吸い出そうとするなんて……いや、早く逃げなくちゃ……あ…)

 

部屋の中身が、目に入る

 

ザラ「これが、中身…」

 

タシュケント「……なんなんだこれは…」

 

タシュケントさんがソレに近づこうとする

 

狭霧「触らないで!」

 

タシュケント「え…?」

 

狭霧「それに、触れてはいけません……これが、答えだとするのなら…」

 

…これが、真実なら…

綾波さんもこれを知らないことになる

 

狭霧(これが、黒い森…かつて脳だけで作られたといわれた森…!)

 

その実態は…

 

タシュケント「…このカプセル、何が……っ…」

 

ザラ「何を見たんですか…?……これは…」

 

タシュケント「カプセルに詰められた人間が、こんなに…」

 

ザラ「…出してあげないと…!」

 

狭霧「いいえ、早く逃げましょう…すでに警察が近くまで来ている」

 

…今は自分の身を優先しなくてはならない

 

狭霧「それに警察が真っ当なら、ここにいる人たちは警察が保護してくれる」

 

タシュケント「…真っ当ならね」



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friend in need

Link基地

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「全員無事に戻れましたか」

 

グラーフ「…とんでもないことになったな」

 

狭霧「…ええ」

 

タシュケント「あれは…」

 

狭霧「あれが黒い森の正体です、人間のカプセル詰め…脳だけを保管して機能させるなんてできるわけがない、だから人間そのままはを保管していた…」

 

…のだと、思う…

私にはそこまでだ

 

足りない、何が足りないって証拠が足りない

あそこで正確に何を行っていたのかを私は知らない

あそこが何なのかを、示すものは無かった

 

結局のところ、私は見たものから想像を語っているに過ぎない

 

ザラ「あの」

 

狭霧「…なんですか?」

 

ザラ「これ」

 

ザラさんが紙束を押し付けてくる

 

狭霧「……これは?」

 

チラリと紙を見ると、CC社のロゴ

 

狭霧「!」

 

書類だ、色々な種類がある、レポートや帳簿、求めていた証拠が…

 

ザラ「逃げる時に端の方に積まれてたのを見つけたんです、それで…すごく気になって…つい持ってきてしまって」

 

狭霧「出癖が悪いですね、然し……今回ばかりは称賛します」

 

書類を並べ、読み込む

 

狭霧「……え…?」

 

…ああ、何と愚かなことか

私は何も分かってなどいなかった、理解していたのは上辺だけだ

 

狭霧(…あの人間…全部、売られてるんだ…)

 

…言葉が出ない

あのカプセル詰めの人間は、人間としては認められていない

いつでも必要になったら殺せる存在…

 

グラーフ「どうした、なんなんだ」

 

狭霧「……あの人達は、黒い森です…ああ、そういうことだったなんて…」

 

ザラ「…わかるように、説明してくれませんか」

 

狭霧「ドナーですよ…望んでそうなってるわけじゃないですけど」

 

タシュケント「ドナー?」

 

狭霧「彼らは、あのカプセルで健康的に生かされている…そして、常に脳はフル稼働させられている…人体丸々保管するのは、鮮度を保つため…と思ってたら、実は正しいけど、違った」

 

グラーフ「違うだと?」

 

狭霧「売られてたんですよ、脳から肺や心臓、なんだって残さず売られてた」

 

帳簿を見せる

 

タシュケント「!…これ、ロシアの病院だ、行った事ないけど、凄く有名なところだよ」

 

グラーフ「こっちはドイツの医大だ…」

 

ザラ「イタリアの病院の名前もあります…」

 

狭霧「……ドナーバンク、のようなものだったのかも知れません…あそこに繋がれた人達は、臓器売買の被害者…」

 

グラーフ「…助けに行こう」

 

狭霧「いいえ、行けません」

 

ザラ「……」

 

もう遅い、もう手遅れだ

あそこの施設は処理されるか、すでに仲間を運び出しているはず…

 

狭霧「…ここに長居するのも危険です、出立の準備を」

 

タシュケント「…わかった」

 

…これをどこにどう報告するか

私1人でこの秘密を呑み込むのが良いのか

 

グラーフ「…どうする」

 

狭霧「ええ…そうですね、どうしましょうか」

 

私1人の問題じゃない、私たちの帰る家は宿毛湾泊地になった

となれば…このまま秘密を抱えて帰るわけにはいかない

あそこで私達も権限の余波に巻き込まれて吹き飛んだと思ってくれればどんなに良いのか…

 

狭霧「書類は即刻焼きます、ここにあった痕跡は残さない…私は念の為逆探知を防げてるか確認します…物理的に吹き飛んだので、詳細なデータも回収できないはずですけど…」

 

タシュケント「戻るんだね?宿毛湾泊地に」

 

狭霧「…ええ、迷惑をかけないようにしないと……」

 

…ああ、綾波さんなら…

完璧に終わらせて見せたのだろうか?

それとも私同様にミスをして狼狽えるのだろうか

 

あんな状況下でも綾波さんならアケボノさんを圧倒し、何事もないように先に進んでみせたのだろうか?

私はそう思う、だって彼女は私の憧れだから

 

私にできない事を、たった一人でやってのけたはずだ

 

私が手汗や震えを隠しながらしてきた道を涼しい顔で通り抜けたはずだ

 

なら私もそうするべきだ

私もそうしなくては

 

奥歯を強く噛み締める

 

狭霧(…いつまでも憧れてはいられない…少なくとも、綾波さんに誇れる私でありたい…!)

 

狭霧「降りかかる火の粉は、全て私が払います…行きましょう、宿毛湾泊地に」

 

 

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 事務室

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「…やー、今日も今日で…うるっさいねえ…」

 

電話線はすでに引っこ抜いたのに、わーわーわーわー、正門前があの騒ぎで買い物にも行けない…

艦娘に対する反対デモは昨日からずっと続いてる

外出しようとした加賀達は袋叩きのごとく囲まれたって話だし

 

阿武隈「…私達、悪いことしてませんよね…?」

 

キタカミ「不安になんなって…大丈夫大丈夫…と?」

 

何か、航空機の音が…

 

阿武隈「あれは、二式大艇…?」

 

キタカミ「青葉達か…帰ってくるなら連絡くらい…って、電話線引っこ抜いたのは私か」

 

阿武隈「…海に着水するみたいです、あたし、行ってきます!」

 

キタカミ「ん…」

 

阿武隈を見送り、窓の外を見る

 

キタカミ「早く帰ってこないかなー…提督」

 

どうにも話が進まなくて、その上に今しがた新たな嫌疑をかけられて帰るに帰れないらしいし

 

その新しい嫌疑ってのは、青森で起きた大規模爆発

建物の地下階が急に爆発し、綺麗に深さ10メートルのクレーター状の穴が空き、上部の建物は吹き飛ばされて近くの林に倒れてるとか…

死者もかなり出たとかで、近隣の監視カメラに艦娘と思われる人間が映っていたとも…

 

キタカミ「…詳細なこと知りたくても、まだちゃんとしたニュースにすらなってないし…」

 

テレビやネットからは今説明した通りのことが起きて、爆破テロの可能性があるとだけ

 

キタカミ(…にしても、不思議だな…)

 

タルヴォスが抜けた私は、どんどん嗅覚が衰えた…というか、一般レベルに落ち着いたのだろうか

特に人を察知するほどのことはもうできない

壁を隔てた先に何があるかもわからない

 

それが不思議と怖くない

落ち着いている…やっと解放されたとも思っている

 

…過ぎた力を持っていたのだろう

私には、強過ぎた…

私がその力の使い手であることに自信を持てなくて

 

みんなの前で戦う事のプレッシャーに呑まれ過ぎて

 

疲れ果てていた私の肩の荷は、ようやく一つだけ降りた

 

キタカミ(さて、電話番のフリしてサボるのもそろそろ限界かなあ…アケボノがうっさいし、めんどくさい事するのも仕事なのはわかってるけど…)

 

読んでいた漫画雑誌を机に投げ捨て、電話線を電話機に突き刺す

 

キタカミ「わっ!?…いきなりかよ…」

 

喧しく鳴り響く電話をいやいやに取る

 

キタカミ「あーい、こちら宿毛湾泊地…」

 

海斗『キタカミ?もしもし、聞こえてる?』

 

キタカミ「わ、提督じゃん、どしたの?」

 

海斗『よかった、ようやく繋がった…これからそっちに戻れると思うんだけど…そっちにもし青葉がいたら、悪いけど執務室の机の上のUSBを渡して置いて欲しいんだ』

 

キタカミ「なんかあんの?」

 

海斗『…みなとみらいの事件が発生した時、僕は過去のThe・Worldを調査してたんだ、その記録だよ』

 

キタカミ「おっけ、渡しとくよ、お土産よろしく」

 

海斗『ありがとう、じゃあね』

 

キタカミ「ん……」

 

受話器を置き、再び喧しく鳴る電話機を無視し背もたれに寄りかかる

脚を机の上に乗せて組み、漫画雑誌を開いて顔の上に乗せて寝ているフリをする

 

キタカミ「また、青葉かぁ…」

 

…力を捨てたのが、今になって惜しくなってきた

もう役に立てないのかもしれない

 

誰かがドアを乱暴に開けて入ってくる

 

不知火「キタカミさん!……寝てる…?いや、起きてください!」

 

不知火が漫画雑誌を取り上げる

 

不知火「っ……泣いてるんですか…?」

 

…嫌なものを見られた

目を開き、大きく欠伸をして見せ、如何にも「寝てましたけど何か?」と言った態度をとって見せる

 

キタカミ「何の様さね」

 

不知火「ニュースを見ましたか」

 

キタカミ「…どれの話?ニュースったって死ぬほどあるでしょうが……って、その前に」

 

部屋の入り口に視線をやる

 

狭霧「失礼します、倉持司令官、アケボノ秘書艦が御不在のため此方に帰還の報告をしに参りました」

 

キタカミ「…だけ、じゃないでしょ…わざわざ手下連れてきてんだから、何?クーデター?」

 

グラーフ「いや、そういう訳じゃない、そのだな…」

 

狭霧「どうしても、お話ししておかなくてはならないことがありまして」

 

キタカミ(めんどくさい事になりそうだなあ…不知火も待たせてんのに…)

 

キタカミ「それ人に聞かれちゃまずいやつ?」

 

狭霧「…ええ、かなり」

 

不知火「では、不知火の用事を先に済ませても構いませんか?」

 

キタカミ「…どんくらいかかる」

 

不知火がスマホを取り出し、弄り始める

 

不知火「…あった、2分30秒だそうです」

 

キタカミ「何、動画?…YouTubeとか?」

 

不知火「ええ、その…これがこのサイトに挙げられたのはつい先程なのですが、これのおかげで私たちに対する反対感情が抑えられるかもしれないんです」

 

キタカミ「勿体ぶらずにさっさと見せてみ」

 

不知火「…いえ、その…広告が」

 

キタカミ「残り1分40秒ね」

 

不知火「ま、待ってください…どうぞ」

 

不知火がスマホの全画面で動画を流す

 

キタカミ(ニュース番組?)

 

キャスター『先ほど入ったニュースです、青森県の情報処理特区に指定された津軽市で発生した原因不明の爆破事件ですが、事件の少し前に監視カメラに映っていた艦娘らしき人物を映像付きで公開し、情報提供を求めるとのことです』

 

キタカミ「…!」

 

狭霧「っ…」

 

キャスター『事件に関与している可能性が非常に高く、爆発が起きた事から危険物所持の疑いもある為、見つけても決して近寄らず、即座に通報する様にお願い致します』

 

狭霧(…甘かった…考えが甘過ぎた…!)

 

キタカミ(何で不知火はこれで反対感情が抑えられると…)

 

キャスター『今から流す監視カメラのVTRが…はい?……すみません、速報です、確認された艦娘は特務部、またはいずれかの鎮守府所属する工作員で、陸上型の深海棲艦による爆破テロを未然に防ぐ為に急行していた、との事です』

 

狭霧「え?」

 

キタカミ「…へえ?特務部…」

 

キャスター『この4名は爆破に巻き込まれ、死亡が確認されたとの事です』

 

狭霧「…死んだ?」

 

不知火「これがニュースとして流れたのはつい10分ほど前のことで、現在SNSでは悪意のない艦娘にまで攻撃するのは間違っているという、デモに対するネットデモが発生しています」

 

キタカミ「…なるほどね」

 

狭霧「すみません、いいですか」

 

キタカミ「ああ、ごめん、待たせたね」

 

狭霧「いえ、そうじゃなくて…その、私達です、死んだ事になってるの」

 

不知火「え?」

 

グラーフ「いいのか?」

 

狭霧「ええ、元々言うつもりでしたし…私たちが、その爆破事件の現場に居た艦娘4名です」

 

キタカミ「……詳しく聞こうか」

 

 

 

 

キタカミ「また、随分と…厄介なこと引っ張ってきてくれたもんだね」

 

狭霧「約束します、迷惑はかけません」

 

キタカミ「…無理でしょ、迷惑かけないなんてこと…特務部が気を利かせてなかったらアンタら指名手配だよ?」

 

狭霧「…ええ」

 

キタカミ「狭霧」

 

狭霧「はい」

 

キタカミ「私はさ、ワシントン達みたいな比較的仲の浅い奴らも仲間だって認めてる…だから、アイツらがハワイに帰りたいって気持ちも尊重したいと思ってる」

 

狭霧「……」

 

狭霧が少し俯く

 

キタカミ「迷惑はかけて当然だよ、迷惑かけずに生きてられる奴なんていないんだから、ウチにいるならウチのやり方も学んでもらわなきゃね、みんなでミスをカバーし合うのも、組織だからさ」

 

狭霧「良いんですか」

 

キタカミ「提督なら、良いって言うだろうしねえ…ま、それに…アンタらを受け入れたい奴らも居るだろうからさ…」

 

キタカミ(アヤナミや敷波は一足先に帰ってきてからずっとLinkを心配してたしね)

 

一つため息をついて天井に視線をやる

 

キタカミ「あと、もしウチが拒否ってもなんか聞き耳立ててる奴らが引き取ってくれるでしょ」

 

天井が外れて川内と那珂が降りてくる

 

狭霧「わっ!?」

 

那珂「命の恩人に恩を返したいしね!」

 

川内「全然、呉に来ても良いからね」

 

キタカミ「ま、アンタらの帰る家は、ひとつじゃなくなった…って事で?」

 

狭霧「…ありがとうございます」

 

狭霧(特務部にもお礼をしないと)



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Another place

横浜

工作艦 明石

 

海斗「これでようやく仕事も終わったし、帰れるね」

 

アケボノ「明石さん、わざわざ来ていただいてすみません」

 

明石「いえ…いきなり来いと言われた時は何事かと思いましたけど…」

 

海斗「偽装に関わる事は僕達にはあんまりわからなくて、でも明石のおかげで納得してもらえたみたいだし…本当に助かったよ」

 

明石(と言うより、オカルトじみた技術に理解を諦めたみたいに見えましたけど…)

 

アケボノ「…デモ、少し人の数が減ってますね」

 

明石「飽きたんじゃないですか?」

 

海斗「いや、キタカミからメールを受けたんだけど、どうやらニュースの影響でデモが間違ってるって意見が出てきたらしい」

 

アケボノ「ニュース、私たちを攻撃してきたのもニュースではあるのですが」

 

SNSを開き、軽く調べる

 

明石「わ…ホントだ、みなとみらいの一件、艦娘のせいかもしれないけどまともな人まで攻撃するのはおかしいって」

 

アケボノ「…デモに対するデモですか、面白くなっていますね」

 

海斗「これで少しはマシになってくれれば…」

 

アケボノ「キタカミさんからお土産の要望リストが来ていますが…」

 

海斗「…多分、時間をかけて帰ってこいってことかな…」

 

明石「時間をかける?」

 

アケボノ「恐らくですが、時間が経てばデモに参加する人間も減って出入りが楽になるでしょう…特に、このデモで標的にされるのは私達艦娘以上に提督の様な指導者です」

 

海斗「…気を遣わせちゃってるな…」

 

アケボノ「ここはお言葉に甘えて要望通りの買い物をしましょう、荷物は…最悪、私が保管します」

 

明石「どうやって?」

 

肩に何かが寄りかかる

 

明石「へ?」

 

そちらを向くと、黒い三角形の鋼鉄でできた蛇の顔…と言うより、これは…

 

明石(れ、れれっ…レ級の…)

 

アケボノ「この尻尾に呑ませれば簡単です」

 

海斗「アケボノ、誰かに見られでもしたら…」

 

アケボノ「はい、使う場所は弁えるつもりです」

 

明石「…心臓止まるかと思った……」

 

…でも、お土産買いに行くのかぁ…

要求されてるものはいろんな種類があって、買って回ると本当に1日では終わらない…

 

明石「これは手分けしても無理ですね…ある程度絞らないと」

 

海斗「この辺りのお菓子とかはまとめて買おうかな…」

 

アケボノ「……土産屋で買えないものを要求されるのは面倒ですね」

 

明石「…とりあえず、手分けします?」

 

海斗「僕は先に新幹線の切符を買ってくるよ」

 

アケボノ「では私はこの専門店を回ってきます」

 

明石「じゃあ私はお土産屋さんを適当に…」

 

 

 

 

 

 

実験軽巡洋艦 夕張

 

夕張「…さて、どうする?横須賀があの有様じゃ私達に居場所は無いわね」

 

横須賀鎮守府は提督が不在の為、他所から代理がやってきて、完全な管理体制を敷いていた

まあ、だけどその体制になったせいで逆に色々な歪みが現れ、みんな気が立っていたし…デモ隊に囲まれてるし

 

夕張「どこに行こうかなあ…研究ができる場所…」

 

瑞鶴「それは…まあ、このケーキを食べてからでも良いんじゃ無い?」

 

夕張「同感…はー…綾波も気を利かせてお小遣い持たせてくれてるなんて…ありがたいなー、確かに貯金に手をつけるのはまずいし…」

 

瑞鶴「銀行の履歴に残るからね…」

 

ケーキを口に含み、

 

夕張「んー…甘いクリームにビターなラテ…まさしくベストマッチ…でも、この辺のお店はもう来れないと思ってたけど…」

 

瑞鶴「大丈夫、イニスの力で私達は別人に見えてる」

 

夕張「碑文使い様々ね…」

 

瑞鶴「…あれ?」

 

夕張「どうかした?」

 

瑞鶴が窓の外を指す

 

夕張「……あの大荷物抱えてるのって、明石だ」

 

窓の外の明石と目が合う

 

夕張「やばっ……って、大丈夫か」

 

瑞鶴「そうそう、私たちの姿はちゃんと認識できないんだし」

 

一度目を離し、再び見た時には明石はいなかった

 

夕張「…ああ、居なくなってる…そりゃそうか」

 

瑞鶴「相手から見たら私たちは見ず知らずの一般人だからね」

 

…少し、寂しい気もする

多くはない友達の1人が、私を忘れたのではないかと、寂しさを感じる…

 

夕張「まあ、でもそんなのはこの憩いのひとときの前には…」

 

明石「そんなのって?」

 

夕張「え?そりゃあ明石に忘れられたんじゃないかって…」

 

瑞鶴「夕張って案外寂しがり?」

 

夕張「まあ…ほら、こんな生活してると人肌恋しく…って、言わせないでよ!……ん?」

 

瑞鶴「…あれ?」

 

明石「夕張、生きてたんだ」

 

夕張「…瑞鶴…さん?」

 

瑞鶴さんが驚きのあまり席を立ち上がる

 

瑞鶴「そんな…イニスの力は正常に作用してるはず…!」

 

明石「…何をそんな驚いて…」

 

瑞鶴「まさか、何で私達だってわかったんですか…!?」

 

明石「…何言ってるんですか?2人とも…」 

 

夕張「…明石、私普段と見た目違う?」

 

明石「いつも通りの夕張…っていうか!話が…」

 

瑞鶴「あり得ない!…あり得ないあり得ないあり得ない…!つまり私達は姿を隠せてるつもりでその姿を晒したまま…?いや、嘘…だとしたら全部破綻…!?」

 

夕張「瑞鶴、一度落ち着いて、ここ店内だし……あれ?」

 

…確かに店内だし、瑞鶴は場所を選ばずに取り乱したのに…誰も反応してない…

 

瑞鶴「……違う、おかしいのは私達じゃない…」

 

夕張「え?」

 

瑞鶴「何で見えてるんですか…?イニスの力をすり抜けて、私達を認識できてるなんて…何をしたんですか…?」

 

つまり、瑞鶴は姿形を操作し、取り乱してる事すらも周りに悟らせなかったのに…

なのに、明石は正常に認識している

 

明石の方がおかしいのは、頷ける

 

明石「へ?」

 

夕張(…イニスの力をすり抜けて認識…まさか、新しい発明?)

 

夕張「明石!いったい何を開発したの!?碑文の力を無視するなんて…!」

 

知りたい、何を作ったのか、何を使ったのか!

 

夕張「可視光に作用する眼鏡…はしてないから!コンタクトとか!?それとも神経系を直接いじった!?」

 

明石「い、いや…何もしてないけど」

 

瑞鶴「嘘、あり得ない……って、その眼…」

 

明石「へ?…眼…?」

 

瑞鶴「…メイガス、そうだ、メイガスのダミー因子を持ってるんじゃ…」

 

明石「え?…そ、そうですけど…」

 

夕張「…そういうことかあ…」

 

明石「え?何?何の話?」

 

夕張「…ダミー因子のこと、忘れてない?」

 

明石「忘れてないけど…じゃあ、2人を認識できるのは因子のおかげって?」

 

瑞鶴「じゃないと説明がつかない…でも、神通は私を認識できてなかった…」

 

夕張「ちょっと待って…本当に神通は私たちを認識できてなかったの?」

 

瑞鶴「視覚を司るメイガスの力が作用してないはずは………いや、明石さんって…視覚増大の影響をそもそも受けてんの?」

 

明石「…いや、特に…」

 

夕張「そもそも今は何が起きてるの?」

 

明石「…別に、ただ横須賀に用があって、その帰りに見つけて会いにきただけ…」

 

瑞鶴「……ごちゃごちゃしてきたし、場所変えて整理しない?」

 

 

 

 

明石「…まあ、まとめると、そっちも極秘任務で動いてるから、私に他言しないで欲しいと」

 

夕張「そっちは私たちが生きてるのを確認できて満足だ、と…」

 

瑞鶴「で、結局何故見えてるのかは不明…と」

 

夕張「んー……本当に普段の生活にも何の影響も?」

 

明石「ありません」

 

瑞鶴「見えちゃいけないものが見えたり」

 

明石「それもありません」

 

夕張「機械の中身が見えたり?」

 

明石「あ、それはあるかも」

 

瑞鶴「やっぱり原因不明か…」

 

夕張「…いや、今のスルーするの…?機械の中身が見えるってどんなレベル?」

 

明石「それは…こう、ほら、配線とか、全部大体透けてるみたいにイメージできるって言うか…」

 

瑞鶴「…それって透けてくるの?それとも最初から?」

 

明石「…頭の中で組み立てる感じだし、だんだんと理解したところから見えてくるから、透けてくるって方が…でも、流石に関係ないと…」

 

瑞鶴「ならこれは」

 

明石「え?……んー…」

 

明石がこちらを注視する

 

明石「うん、ちゃんと見えます」

 

夕張「何をしたの?」

 

瑞鶴「今、光の屈折の角度を変えて私達の姿をまた別の姿に変えたのよ、例えば服の色が変わってたり、そもそも透明になったりもできるのは知ってるでしょ?」

 

夕張「いや、それは知ってるけど」

 

瑞鶴「じゃあ、明石さん、どっちが私かわかる?」

 

明石は迷わず瑞鶴を指指す

 

瑞鶴「…ふむふむ、よし、わかった、やっぱメイガスの力だ」

 

明石「えっと…?」

 

瑞鶴「明石さん、艤装の修理するとき細かい破損とかも気づく?内部パーツの欠陥とか」

 

明石「まあ…そりゃあ、それが仕事ですし」

 

瑞鶴「見えない部分も?」

 

明石「え?……あー…?」

 

夕張「そう、か…明石は本来見えないものを見る事ができる…?」

 

瑞鶴「いや、正確には、本質っていうか…隠れた部分を見る力っていうのかな…神通は視野が広いとか、遠くが見えるって形に発現してたけど、明石さんは重要な物を見落とさない力…」

 

夕張「同じ碑文の力でも、違うって事?」

 

瑞鶴「だってそうでしょ?例えば特務部の秋津洲と大湊の弥生は?秋津洲の方は二式大艇が“触れて”感じた物を感じ取れる、弥生は自分が“触れた”ものから様々な感覚を得る…同じ触覚でも違う」

 

明石「あ!それなら、アケボノさんも言ってた事があります、綾波さんがコルベニクを使ってた時、アケボノさんの阿頼耶識に作用して操った事があるとか…でも」

 

夕張「でも?」

 

明石「キタカミさんと朧ちゃんは同じな様な…」

 

夕張「……まあ、似通ってるのかそれとも全く同じもあり得るのか…」

 

瑞鶴「元々かなりオカルトな力だし…私もこの力を完全には理解してないし…使い過ぎたら消耗するしで…」

 

明石「…そういえば、たしかに私も最近艤装を修理したり改修するとすごく疲れるかも…」

 

夕張「どうやらその線で正しそうね…」

 

瑞鶴「…ねえ、明石さん?」

 

明石「はい…?」

 

瑞鶴「本当に他言しないでくれる?」

 

明石「…まあ、もちろん」

 

瑞鶴「…手を貸してくれない?」

 

夕張「瑞鶴?」

 

瑞鶴「夕張…上手くやれば、ね」

 

明石「手を貸すって、何をすれば?」

 

瑞鶴「宿毛湾泊地の工廠…貸してくれない?」



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Gambit

宿毛湾泊地 執務室

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「えー、報告…していい?というか、しなきゃダメ?書類にもまとめたし後で適当に読んでおいてよ」

 

アケボノ「ダメです、それに書類一枚にまとめてるあたり、ずいぶん簡素ですね?どういうことか説明してください」

 

海斗「僕もキタカミの口から聴きたいな」

 

キタカミ「んじゃ、なんかちょうだい?」

 

アケボノ「…なんか、とは何を指しているのですか、褒章の事ですか?」

 

キタカミ「まあ…そうかも?」

 

海斗(キタカミが何かを求めるなんて珍しいな…)

 

海斗「わかった、何が欲しいの?」  

 

キタカミ「んー…さあ、適当に選んどいてよ」

 

アケボノ「適当な…」

 

キタカミ「じゃあ、報告するけど…Link、アメリカ含め全員無事に帰ってきたよ…あー嘘、無事じゃない、特にアヤナミとか」

 

アケボノ「その辺りはもうわかっています、私たちが出立した後のことを…」

 

キタカミ「なら、デモ隊は一度完全に退いた、今はなんか2、3人で20分くらいやって帰ってを繰り返してるよ、楽に入れたっしょ?」

 

海斗「うん、助かったよ」

 

キタカミ「そんでさ、あ……忘れてた、ごめん、特務部の人が明日来るって、Linkの奴らについて話があるらしいよ」

 

海斗「Linkの…?」

 

キタカミ「うん、青森のニュースあるじゃん、あれやったのLinkだから」

 

海斗「えっ」

 

アケボノ「…それ、大丈夫なんですか?」

 

キタカミ「大丈夫大丈夫、ホントはやばかったんだけど、特務部が気を利かせて守ってくれたみたいでさ」

 

海斗「…何でそんなことになったのかは?」

 

キタカミ「あー…それは狭霧から報告…いや、いいか…提督、狭霧達はその爆発した施設でCC社とALTIMIT社って会社の関与を確認したんだよ」

 

海斗「…CC社…」

 

キタカミ「表向きには医療品メーカー、サイト読んだらかなりデカデカとやってるタイプのね…だけど、その実は…臓器売買とかに関わってるくさいんだよねえ…」

 

海斗「臓器売買…?」

 

キタカミ「そーそー、で、まあヤバくなって逃げてきたのが狭霧達…爆発したのは…」

 

アケボノを指差す

 

キタカミ「アンタの偽物がコルベニクを呼び出そうとしたせいだってさ」

 

アケボノ「偽物が碑文を?…悪い冗談ですね」

 

キタカミ「ネットの写真見た?綺麗に円形に消し飛んでたよ、どんな爆弾でもああはならないね、だからこそ…私は狭霧の与太話を信用した」

 

海斗「…狭霧の言ってることは真実だと思う、ただ、今気にしなきゃならないのはみんなの安全だ」

 

キタカミ「……かもね…デモとかに関してはその薄っぺらい書類読んでよ、面倒だしさ……抗議の電話はもう電話線抜いて無視してたから知〜らないってね」

 

アケボノ「……なんというか、キャラ変わりましたね」

 

キタカミ「そう?」

 

海斗「明るくなったね」

 

キタカミ「えー?そうかなー、えへへ」

 

アケボノ「提督、ストレートに軽薄になったというべきです」

 

キタカミ「あん?」

 

アケボノ「事実でしょう」

 

キタカミ「お出かけ楽しんでたアンタには分からないだろうけど、こっちはストレス溜まってんのさ、アトランタとガンビアベイが石投げられたってよ、2人とも怪我はしてないけどさあ…被害者を押さえつけなきゃいけないのは納得できないよね」

 

海斗「キタカミ、そういう事は先に報告して欲しいな」

 

キタカミ「…じゃ、差別とデモの無いとこへの慰安旅行が欲しいって要望も報告しとくよ」

 

海斗「できる限り期待に応える様にするよ」

 

アケボノ「……」

 

キタカミ(…足音?誰だろ…うるさいなあ…)

 

誰かが走ってくる足音…

そして扉を荒っぽくノックして扉が開く

 

阿武隈「失礼します!…あ」

 

阿武隈がばつが悪そうにこっちを見る

 

キタカミ「廊下は走っちゃダメだよ、で?」

 

阿武隈「し、哨戒部隊が大量の深海棲艦を目撃したと!急ぎ増援が必要だと考えます!出撃許可を!」

 

海斗「…アケボノ」

 

アケボノ「わかりました、同行します、阿武隈さんと私、それから翔鶴さんで行きましょう」

 

阿武隈「お願いします!」

 

アケボノが提督に一礼してさっさと部屋を出る

 

キタカミ「…私も、仕事しよっかな」

 

海斗「キタカミ」

 

キタカミ「…何?あー、青葉に渡す物の話?ごめん忘れてたわ」

 

海斗「そうじゃなくて…キタカミ、もしかして調子悪い?」

 

キタカミ「なんでさ」

 

海斗「阿武隈だって…わからなかったんでしょ?だから調子が悪いんだと思ったんだけど…」

 

キタカミ「なんでさ、ただ…急いでたから…」

 

海斗「だったら質問の後に注意すればいいと思うし、それに…よく廊下を走るとドア越しでも怒鳴られるって…」

 

キタカミ(…不知火の時?それとも誰の…いや…)

 

海斗「別に言いたく無いことなら無理に言わなくて良いんだけど…ただ、体調が悪いのかなって思っただけだから」

 

キタカミ「……提督はさ、私が弱くても、ここに居ていいと思う?」

 

海斗「勿論…だって、そうじゃなかったら僕は真っ先に蹴り出されるだろうからね」

 

キタカミ「…ふふっ…そっか……」

 

キタカミ(訓練、参加しときますかぁ…負けて死ぬのは良いけど、守れないのは…嫌だもんね)

 

 

 

 

波止場

 

キタカミ「おー、無事じゃん」

 

アケボノ「…ええ、交戦はありませんでした、しかし…」

 

阿武隈「キタカミさん…哨戒班が見た深海棲艦…全部、死骸でした」

 

キタカミ「は?」

 

阿武隈「別の誰かが、深海棲艦を殺して回ってるんです…」

 

キタカミ「…何が起きてんの?」

 

 

 

 

 

離島鎮守府跡地

綾波

 

綾波「夕立さん、戦況は」

 

夕立「正面入り口は完全制圧、建物内部に入ってきた奴らは完全に包囲したっぽい、それと海上部隊は深海棲艦の撃滅を完了、撤収中」

 

綾波「ちゃんと罠を使って戦わせてください、裏手の山は?」

 

夕立「まだ中腹で止まってるから問題ないっぽい」

 

綾波「わかりました、あなたはもう休んで構いませんよ」

 

夕立「…攻められてるのに?」

 

そう、攻められている

この廃墟に大挙して軍勢が押し寄せている

 

綾波「私は守りの戦いにおいて、無敵です」

 

しかし、相手が悪過ぎた

私にとって、防衛は得意中の得意なのだから

 

この廃墟が私達の居場所

そして、この堅牢な要塞に足を踏み入れた敵は身動きのできないままに死んでいくしかない

 

 

 

綾波「どうやら悪くない状況のようですね」

 

浦風「入口取り返して包囲した奴らは爆薬で粉微塵に消しとんだし、新しく入ってこようとしとるやつらも機銃で牽制しとります、言われた通りやったら…なんや、拍子抜けや」

 

山風「…裏手の山は…さっき、ワイヤートラップが作動してたから…起爆装置の電源を入れ、ました…」

 

綾波「上々です、しかし…良く付き従ってくれました、あなた達だって死ぬのは怖いし、痛いのは嫌なはずでしょう?…私と一緒に来ても、その嫌な思いをするリスクを背負うばかりだというのに」

 

山風「…生き方を…知らないの……人間としての、生き方」

 

浦風「そう…みんな知らん、それでも何とか人として生きることを試みた奴らもあるが、ウチらには怖くて堪らん…今日を生きてられるのは、綾波さんの側におる時だけや」

 

綾波「なら、無事に敵を退けねばなりませんね……おや、鬼級のご到着か」

 

今戦っている相手は人間ではない、深海棲艦だ

バケモノどもだ

 

装甲空母鬼「……」

 

綾波「おや、そんな死にそうな顔をしないでください、あなたでは私の相手にはなりません、なので…山風さん、浦風さん、あなた達が相手をしてください」

 

山風「え?」

 

浦風「…あんな強そうな深海棲艦の相手しろっちゅーんか!?」

 

綾波「大丈夫、戦闘の基礎は教えましたし…装甲空母鬼、あなたがこの2人を倒せたのなら、話くらいは聞きますよ」

 

装甲空母鬼「約束デス」

 

綾波「ええ…ほら、向こうはやる気です」

 

浦風「焚き付けたのは…綾波さんじゃ」

 

山風「で、でも…戦わないと…殺される」

 

綾波「私はここで見物していますから」

 

装甲空母鬼「……行ケ」

 

装甲空母鬼が艦載機を放つ

 

浦風「本気か…!?ウチらで勝てる相手なんか!?」

 

山風「わかんない…!」

 

対空母戦のセオリーは、艦載機を撃ち落とすことに専念する

艦載機を失った空母は撃ち放題のただの的…

 

でも、2人は背中を向けて逃げ始める

 

装甲空母鬼「…?…追エ」

 

装甲空母鬼は艦載機を操りながら2人をおいかける

 

浦風「山風!ええな!?」

 

山風「わかってる…!」

 

建物の内部に逃げ込む2人、追いかけて建物に入る装甲空母鬼

 

綾波(ああ、勝負あったな…)

 

建物に入るというのは最悪の選択だ

なぜなら艦載機は小回りが効かない、というより、あの2人には近接戦闘と罠に嵌める戦いを重点的に教えた

それに対して過去に装甲空母鬼といた時に教えたのは艦載機運用のことばかりだ

言うまでもないことだが、私は接近戦を挑むなと教えたのだ

 

装甲空母鬼が私の言うことを聞かなかった時点で勝ち目はない

 

浦風「こっち来おった!…っぐ…!」

 

浦風さんは注意を惹きつける役割

わざとやられると言う役割だ

 

浦風(直撃せんでもこんなダメージ受けんのか…!怖くて足が動かん!…山風、はよしてくれ…!)

 

山風(今なら、注意が向いてるから!)

 

散弾銃の音、そして爆発音

 

深海棲艦の肉体なら圧倒的な力の差で一方的に戦えると勘違いしたのだろう

なんと哀れなことか

 

深海棲艦だって、殺そうと思えば簡単に殺せる

 

装甲空母鬼「ギッ…アアァァアア…!シ、東雲様…!」

 

綾波「“相変わらず”…あなた達は、私を“そう”読んでくれるのですね、もう意味のない事ですが」

 

腹部と両腕が穴だらけのボロボロの装甲空母鬼を見下ろす

 

綾波「対深海棲艦弾、私が開発した物です、使える銃火器は限られますが…凄い威力でしょう?」

 

装甲空母鬼「シ、東雲様!東雲様ァ!」

 

綾波「何を縋っているのですか、あなたは私を殺しに来た、いや…利用できるように脅しに来たのでしょう?…わかっていますとも」

 

大きなため息が、つい出る

 

綾波「監視ができなくなった途端これとは、臆病にもほどがある…ヴェロニカ・ベインと話す必要がありますね」

 

装甲空母鬼「オ助ケヲ…!オ助ケ下サイ綾波様…!痛イ、痛インデス!ズット痛クナカッタノニ!」

 

…かつての同胞がこれとは、もはや哀れという言葉すら似つかわしくない

 

綾波「……2人とも、楽にしてあげなさい」

 

装甲空母鬼「ヒッ…!」

 

山風さんが頭に散弾銃の銃口を押し付ける

 

山風「ごめんなさい…痛いのは、私も嫌だから…」

 

くぐもった銃声で、懇願の声が止む

 

綾波「良い子ですね、ちゃあんと…仕事ができた……あとは雑魚の掃討です、浦風さん」

 

浦風「…」

 

綾波「一度全員を引かせなさい、怪我をしている者も居るでしょう、手当てもしてやりなさい、正面入り口と西側入り口は死守させて下さい、残った場所は一度くれてやりなさい」

 

浦風「おう、了解じゃ…」

 

綾波「それと、さっきは敵が目の前にいましたから指摘しませんでしたが…言葉遣い、戻ってますよ」

 

浦風「…すみません、わかりました」

 

綾波「戦闘時の高揚で言葉が崩れる事は大目に見ます、しかし、それ以外ではできる限り言葉遣いに気をつけなさい、恥をかくのはあなたですよ」

 

浦風「はい」

 

綾波「大丈夫、あなた達は優秀な子です、やればできる…良いですか?あなた達の家を守るために、明日を得るために」

 

浦風「全部、払い除けて…」

 

綾波「そうですよ、海上部隊ももうすぐ帰って来ます、挟み撃ちにして全部倒す」

 

浦風「わかりました」

 

綾波「…あなたの個性を殺すようなことを言ってすみません、私の前では喋り方一つ自由がないのは辛いでしょう」

 

浦風「…気にしないように、してます」

 

綾波「そうですか」

 

…あまり残されている時間は長くはないのに

できる最大のことをやり遂げたいだけなのに

 

綾波(…っ…)

 

綾波「…私は下がります、何かあったら夕立さんを」

 

山風「はい」

 

浦風「了解しました」



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Oceanophobia

離島鎮守府跡地 

綾波

 

綾波「…ふあ…あ…よく寝た…」

 

ベッドから起き上がり、腰掛ける

目眩、平衡感覚の異常、頭痛…体調不良を感じた後、全てのタスクを後回しにして一度休む事を選択した

おかげさまですこぶる調子が良い、戦闘音も止んでいるようだ

 

綾波「まあ、私達が守りの戦いで負けるなんてあり得ないんですよ」

 

ノートパソコンを取り出し、立ち上げる

 

綾波「向こうは今17時か、じゃあどうせ暇してるはず」

 

CC社のメインコンピュータをハッキングし、メッセージを残す

これで30分待つ、そうすれば話はできるはずだ

 

綾波「……ああ、みんな掃除してたんですね、やけに静かだと思った」

 

窓の外を見てみれば、深海棲艦の死骸を海に掃き捨たり、まとめて焼いたり

これを全て人間に戻すのは、正直無理だから仕方ない

 

綾波(それにしても…神通さんも夕立さんも無しでこの数の深海棲艦を退けた…素晴らしい成果ですね…)

 

綾波「……ああ…」

 

私の心が疲れている時、仕事を終えて一息入れたい時…

誰かが居てくれたのに…

この廃墟の一室に、誰かが居てくれる事を幻視してしまう…

 

綾波(やはり、精神的に弱っている…予想外のことが続いたせいで計画もズレているし…)

 

このままなのは良くない

やはりこれ以上弱る前にケリをつけるべきだ、このままでは一騎討ちを行うのも不安になる

 

綾波「…おや、ようやく気づきましたか」

 

パソコンの画面を眺めてぼんやりと待つ

 

綾波「…ああ、どうも聞こえてますか?」

 

ヴェロニカ『なんの用かしら』

 

綾波「あなた達の宣戦布告に返事をしようと思いまして」

 

ヴェロニカ『なんの話かしら』

 

綾波「先ほどかたがつきましたが、大挙して押し寄せた深海棲艦はあなたと太平洋棲暇、共同の差し金でしょう?…装甲空母鬼はあなた寄りでしたし、初めて私に接触した時にも装甲空母鬼を通したでしょう?」

 

ヴェロニカ『…何が言いたいのかしら』

 

綾波「臆病者ですね」

 

大きくため息をつく

画面の向こうのヴェロニカが顔を(しか)めているのがわかる

 

綾波「いつナノマシンを仕込んだのかは知りませんが、自分達で御せぬ物を、自身の器量を超えたそれを、無理矢理制御しようとするとは…やはり、愚かですよねあなた達」

 

ヴェロニカ『…そう』

 

ヴェロニカは胸を撫で下ろしただろうか

声に安堵の音が混じった気がしたがどうだろうか

 

綾波(私がずっと監視されていたことに気づいてないと、そう考えたのか?それなら私が今まで真意を隠していたとは思わないだろうか)

 

何も確証はないが、私はその前提で思考を続けなくてはならない

何が良いとは言えないが、私は良い手のみを選ばなくてはならない

 

綾波「そもそも、勝手に仕込まれたナノマシンを排除しただけで敵対とか、意味わからないんですよ、そんなに怖いのなら私と手を組むな、バカバカしい…それで、もうあなた達は敵でいいんですよね?」

 

ヴェロニカ『……誤解があるようだから言いたいのだけど、私はその襲撃には無関係よ』

 

綾波「それで?」

 

ヴェロニカ『太平洋棲姫が焦った結果の行動でしょう?ナノマシンの話も、私は知らない』

 

綾波(保身に走ったな、もう裏も取っているのに)

 

綾波「…まあ、いいでしょう、返答次第ではサンディエゴごと潰しても良かったんですが」

 

ヴェロニカ『巻き込まれなんて、堪ったものじゃないわね』

 

綾波(実際にやれば3日は寝込むだろうな…)

 

綾波「…さて、一つ言っておきますが…太平洋棲姫すら御せない様では、あなたがその先に座り続けるのは無理かと思いますよ、愚かなゲームマスターさん」

 

ヴェロニカ『……』

 

ヴェロニカが声も聞こえないほどだが、確かに小さく唸る

今までとは明らかに違う、ヴェロニカにとって、感情を抑えきれずに露わにした反応

 

綾波(…使えるワードも手に入ったし、上々か)

 

綾波「まあ、幸い此方に被害はありません…良い訓練になったし、深くは追求しませんが…あなたか太平洋棲姫をどれほど上手く扱えるのか、楽しみに見ていますよ?」

 

ヴェロニカ『…ええ』

 

これで、ヴェロニカは太平洋棲姫“を”謝らせる立場になった

私たち3人は均衡した関係だったのに、明確なカーストを作ってしまったのだ、太平洋棲姫は一番下、頂点は言わずもがな私

 

太平洋棲姫は本人の与り知らぬところでたった1人の悪者にまでされる

 

間違いなく不和が起きる

 

ヴェロニカ『一つ聞きたいんだけれど』

 

綾波「なんですか?」

 

ヴェロニカ『…対深海棲艦弾…と言うものが日本で作成されたらしいわね』

 

綾波「…ああ、アレですか」

 

ヴェロニカ『何か知ってるかしら』

 

綾波「ええ、よく知っていますよ、元々は私の発明ですから」

 

ヴェロニカ『…貴方も、私たちと事を構えるつもりだった?』

 

綾波「均衡状態とは、お互いの力が拮抗して初めて成立する…違いますか?……あなた好みに言えば、私一人の力ではあなた達と拮抗した力とは言い難い…と言うべきか」

 

下手には出たくないだろう?

だから私1人が組織一つをゆうに超えると言う事実を否定し、私が力を蓄える事を黙認するしかないだろう?

 

ヴェロニカ『…何故それが日本で普及し始めているのかしら』

 

綾波(やはり、スルーしたか)

 

綾波「昔作ったものですからね、その後殺されて深海棲艦になりましたし…まあ、デスクの引き出しの隅で埃かぶってたのを、誰かが引っ張り出してきたんでしょう」

 

…まあ、これに関しては事実なのだが

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地

教導担当 キタカミ

 

キタカミ「……ダメだ…無茶な射撃、ほとんどできないかも」

 

ジャム(弾詰まり )った主砲を軽く叩いて空薬莢を抜き、腰を下ろす

 

キタカミ(タルヴォス頼りだったって事…だよねえ…私の砲撃も…)

 

的には当たる

いや、なんなら中心をぶち抜くなんて余裕だ

 

問題なのは…この恐怖心だ

何が怖いって…海が怖い

 

鼻が効かないのに慣れてきた筈なのに、戦闘に関連してくるとなるとたまらなく怖い

日常生活でも人と接触する際、死角から話しかけられたら恐怖とまではいかないが…過剰に驚いている気がする

 

それがなぜ海が怖いに繋がるのか、もともと海の中の匂いは感じ取れなかった

だけど…

 

不知火「キタカミさん、来ました」

 

キタカミ「っ……あー…うん、わかった、やろうか」

 

そういえば、不知火達と演習の予定を組んでいたんだった

 

阿武隈「…うう…お手柔らかにお願いします…」

 

キタカミ「大丈夫、大丈夫…今日調子悪いみたいだからさ」

 

…調子が悪い、と言えば…

私の主砲がジャムを起こすのは珍しい方だけど、戦闘中にこうなったら…それはそれで、仕方のないことか

 

 

 

 

キタカミ(前の2人潰して…その後…サイドを…)

 

対多数の戦闘をこなせなくては

そうでなくては意味がない 

 

私の背には常に誰かが居る

守るべき誰かが…

今回の演習では、清霜や朝霜に随伴艦兼護衛対象の役割をやってもらっているが…

 

清霜(…この人、こんな変な動きだっけ…?)

 

阿武隈(……おかしい、キタカミさんから、プレッシャーを感じない)

 

不知火(攻め蹴が弱い…距離や立ち回りのコントロールは圧倒的に向こうが上で、こっちは動きにくい思いをしている、なのに…消耗してるのはキタカミさんの方に見える)

 

キタカミ「……」

 

…マズい

わからない、怖い

後ろにいるのは誰だ?

清霜か、朝霜か、それとも敵役か?

…それとも、2人とももう居ない、深海棲艦が背をつけ回しているのか

 

朝霜「…さっきからチラッチラこっち見てッけど…なんかあんのか?」

 

清霜「さあ?」

 

キタカミ(この2人にも異常だと思われてる…か)

 

それほど今の私は挙動不審なのだろう

前方の敵以上に後方の味方が気になって仕方ない

 

不知火「…阿武隈さん、仕掛けますよ」

 

阿武隈「え?あ!待っ…まだです!あーもう!私の言うこと聞いてください!」

 

キタカミ「!」

 

不知火が単騎で突っ込んで来た

不知火の悪い癖が出た…

 

こんなの、簡単に…

 

キタカミ「っ…」

 

不知火の砲撃が私の横をすり抜けた

それは何もおかしいことじゃない、清霜を狙った正確な砲撃だ

 

不知火(…!)

 

だが、私の取った行動が異常だった、振り返ってしまった

清霜の無事を確認しようとして

 

実弾じゃないし、死ぬわけもないのに

 

そして視界が前を向いた時、砲弾が迫っていて

 

キタカミ「ッ!」

 

不知火(咄嗟に撃ち落とした…振り返ってから撃ち落とすまで、殆ど瞬きくらいの時間しかなかったのに…やはり、腕は鈍っていない!)

 

でも、それを撃ち抜いても爆発で視界が潰れる

嗅覚に意識を向けても硝煙と爆発の焦げ臭くて、酸っぱい匂いが鼻をくすぐるだけで…

 

キタカミ(…ダメだ、わからない…!)

 

煙が晴れた時、真っ先に感じた気配を撃ち抜く

 

朝霜「…エ?」

 

キタカミ「っ…!」

 

砲弾が朝霜の艤装に弾かれたのを見て、私は膝をついた

いつの間にか主砲は取り落としていて…

もう動けなくて…怖くなって…

 

キタカミ(なんで…今なんで朝霜を見ずに撃った…?見えなくても当たるから、それが当たり前だったから撃った…でももう違うのに…)

 

神通とは違う理由で、目を閉じていても戦えた

でも、私にそんなトクベツはもう無い

 

…今のは、完全に…

やった、やらかした…

 

キタカミ「ごめん、朝霜…怪我無い?」

 

朝霜「…あー…まあ、無いけど…」

 

不知火「誤射とは、らしくないですね」

 

阿武隈「大丈夫ですか…?今日のキタカミさん、何かおかしいですよ…」

 

背で手を組み、手汗を隠し、笑顔を貼り付ける

 

キタカミ「いやー…なんだろ、花粉症かねえ…匂いわかんなくなっちゃったかも」

 

不知火「…なるほど、だから」

 

阿武隈「春雨さんに言えばお薬を出してもらえるかも!戻りましょう?」

 

キタカミ「そうだね」

 

…今すぐに海から上がりたい

この海から何かが現れて、私たちを全て喰らい尽くす…そんな想像が頭から離れない

 

実際そうなったら、震えて喰われるのを待つしか無いのだろう

 

キタカミ(…やっぱ、弱くなったな)

 

そりゃあ、そうだ

だって、“トクベツ“はもう無い、それを理解して捨てた力なんだから

今更縋る真似は…できない

 

海洋恐怖症という言葉がある

 

海に対する恐怖…それは大量の水に対するものだったり

波やうずしおという自然の力に対する恐怖だったりもする

 

だけど、私が怖いのは…

深海に住む、バケモノ達だ

海の深い深い底から水面を狙い、喰らいつくバケモノが居ると知っている

その上、こちらは水中にいるバケモノをちゃんと感知できないときたもんだから…

 

キタカミ(…艦娘が海洋恐怖症なんて、笑えない話だけど)

 

誰に言えば、笑ってくれるか

誰に言えば理解してくれるか

 

キタカミ「……よし、行ってくるか」

 

書き置きを残して、改めて用意の確認をする

 

キタカミ「まあ…少しだけ、出かけてくるだけだし…いいよね」



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記録 進む為

宿毛湾泊地

重巡洋艦 青葉

 

青葉「き、キタカミさんが失踪した!?」

 

加賀「しっ…声が大きいわ、彼女が面倒を見ていた子達が動揺するでしょう」

 

青葉「あ…ごめんなさい」 

 

加賀「特に、海防艦の子達…キタカミさんを探して泣いていたらしいわ、今は翔鶴が面倒を見ているけれど、とても不安がっているの」

 

青葉「…それで、私に面倒を見ろ…と?」

 

加賀「そうじゃ無いわ、キタカミさんの居所を知らないかと思って」

 

青葉「いや、知らないです…」

 

加賀「そうよね…どうしたものかしら…」

 

加賀さんに声をかけられて数分後にはそれが泊地全体に伝わっていた

書き置きも見つかったらしく、それには

[武者修行の旅に出ます。

探すのは時間の無駄なんで、やめといたほうがいいよ。

あと私の部屋に軟禁してる摩耶とアトランタを海防艦と駆逐のガキの守役にすると良いと思うから、そんじゃそういう事で]

と、あったらしい

 

摩耶さんが本当に居たのは驚きだったけど…

 

摩耶「…電車賃が無くて帰れねーんだよ」

 

との事で、正式に艦娘になったわけでも無い摩耶さんはその場凌ぎでキタカミさんの部屋にいたらしい

 

青葉(あとは、これか)

 

USBメモリ…司令官に渡された物だけど、どうやら映像が入っているらしい

 

青葉(確認しないと)

 

 

 

 

USBの中に入っていた映像は、平たく言えば私が作戦の間、司令官が過去のThe・Worldを見てきた記録映像

第4の八相、第四相、運命の預言者、フィドヘル撃破までが記録されていた

 

ただ、そう…私が興味を惹かれたのは、フィドヘルでは無かった

 

 

 

The・World R:1

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

       グリーマ・レーヴ大聖堂

 

鏡のように磨き上げられた床に並べられた長椅子

その先にある、鎖に囚われた少女の像

 

いつ見ても、ここは変わらない

 

儚く美しい場所

 

そして、たった2人

 

ブラックローズ「アタシの弟はね…ここで意識不明になったの」

 

カイト「…!」

 

ブラックローズ「隠すつもりはなかったんだけど、なんだか言いそびれちゃって…ここで何が起こったのか、自分の目で確かめたかった、でも、1人じゃ怖くて来れなかったから……」

 

ゆらゆらと、天井の振り子が揺れる

 

ブラックローズ「今もそれは一緒、怖くて怖くて仕方ない……でもね、アンタがいたからここまでやってこれたんだよ…なのにアンタまであんなこと言い出したら…アタシどうすればいい?」

 

ブラックローズさんが一歩近く

 

ブラックローズ「お姉ちゃんは我慢しなきゃダメ?お姉ちゃんはいつも元気じゃなきゃダメ?…アタシだって……アタシだってねぇ……」

 

カイト「ブラックローズ……泣かないでよ…」

 

ブラックローズ「ば、バカねぇ!誰が泣いてるって?見えもしないくせに、勝手な想像で言わないでくれるっ!」

 

カイト「っ……」

 

ブラックローズ「まぁた、そうやって…てんてんてんじゃないっちゅーのっ!」

 

カイト「…ごめん…あやまるよ、オルカのことも、異変のことも、一人で背負ってた気になってた…みんな、どうにかしたいんだよね…」

 

最奥のステンドガラスから入る光が、幻想的に世界を照らす

 

カイト「ぼくだけじゃない、こんなこと、みんな、早く終わりにしたいんだよね」

 

ブラックローズ「うん……」

 

カイト「今、自分たちにできることは何か?とにかく…良いと思えることをやっていこう…そうすることでしか、前に進めないから」

 

ブラックローズ「うん、また一緒に頑張ろっ!きっと、うまくいく…へへ、アタシのカンは当たるんだからぁっ!」

 

カイト「(笑)」

 

ブラックローズ「じゃ、アタシ弟見てくるね」

 

カイト「病院?」

 

ブラックローズ「うん、来てくれてありがとね」

 

カイト「こっちこそ…ありがとう」

 

二人がエリアを出て行く

 

カイト「……今のが、過去の…」

 

…そうだった、この映像は司令官の画面をキャプチャした物だった…

 

カイト「…あれ?……腕輪に共鳴して……あの鎖か…」

 

少女の像を縛る鎖がいくつか薄らと発光する

 

カイト「……これは…スケィス…イニス…メイガス…」

 

三本の鎖が砕け散る

残された鎖は、5本

 

カイト「……」

 

右腕を持ち上げると、鎖が強く発光する

 

カイト「…フィドヘル、ゴレ、タルヴォス…コルベニク……これは…?」

 

一本だけ、発光していない

 

カイト「…マハ?」

 

マハ…

第六相だけ…

 

カイト「……マハだけ…居ない…?」

 

居ない…って?

 

 

 

 

気になったのはそこだけだった

フィドヘルも、比較的あっさりと倒された…

 

倒された際の予言は…司令官が「同じだ…」と呟いていたあたり、聞けばわかるはず

 

 

 

 

宿毛湾泊地 執務室

 

青葉「あの、司令官」

 

海斗「ごめん、少し待ってくれるかな…アケボノ、こっちの書類は郵送しておいて、それと明日また横須賀に行かなきゃいけなくなったけど、留守を任せる事になると思う」

 

アケボノ「了解しました」

 

青葉(か、かつてなく忙しそう…タイミング悪かったかなあ…)

 

海斗「一息ついたら声をかけるよ、それまでゆっくりしてて」

 

青葉「い、いえ…急ぎでは無いので…また改めて」

 

海斗「ごめん」

 

執務室を出る時、すれ違いに阿武隈さんが入って行く

 

阿武隈「提督!深海棲艦の死骸か漁港に大量に流れ着いたってクレームが…!」

 

海斗「…わかった…悪いけど、長門達に声をかけて…」

 

青葉(そういえば、昨日大量の深海棲艦が死んでたって……大規模戦闘も離島鎮守府なら気にしなくて良かったのに…)

 

それよりも深海棲艦を大量に倒したって、誰が?

 

青葉「……はあ…あれ」

 

ワシントン「あ、青葉、ちょうど良かった」

 

青葉「ワシントンさん?」

 

ワシントン「良かったら一緒に買い出しに行かない?その…預かってる子達のお菓子とかを買いに行くんだけど…」

 

青葉「大変そうですね、お手伝いしますよ!」

 

ワシントン「本当!?ありがとう!」

 

青葉(考えるのは、後でいいや)

 

 

 

 

離島鎮守府跡地

キタカミ

 

キタカミ「送ってくれてありがとう、提督達にはうまく言っといて」

 

イムヤ「了解」

 

キタカミ「……にしても、イムヤが内通者なのは知ってたけど、まさかねえ」

 

朝潮「私は、借りが有りますので」

 

キタカミ「その借りも元を辿れば綾波のせいじゃないの?…本当は別の理由があるんでしょ」

 

朝潮「……」

 

イムヤ「まあまあ、それは置いといて…キタカミさん、元気でね」

 

キタカミ「そーね、じゃあまあ、また」

 

朝潮とイムヤを見送る

 

キタカミ「さて、出てきて良いよ……って」

 

横に倒れて飛んできた砲弾をかわす

 

キタカミ「ちょっと待ちなよ、戦う気は…」

 

キタカミ(っ!ヘリの音…!)

 

右手に持っていた杖の先を向け、取手のトリガーを引く

飛び上がったヘリのプロペラのローターを撃ち抜く

 

キタカミ「……っ…」

 

プロペラがバラバラに飛び散り、そのうちの一枚が私の頬を薄く切りつける

 

キタカミ(腕、鈍ったかなあ…)

 

夕立「…2人目」

 

キタカミ「あ?」

 

夕立「このヘリ落としたのは2人目っぽい…そもそも、3回しか使えてないけど」

 

キタカミ「…そりゃ光栄だわれ

 

夕立「…試しに標的に使ったら、自分でも当てられないくらい…艦載機とは違うのに、どうして当たるの?」

 

キタカミ「そりゃあ…今まで練習してきたからね、味方を守る為に、私は最強になろうとしたし…」

 

夕立「……素敵なパーティ…しましょ?」

 

夕立の艤装が音を立てる

何が起きたのかは正確には掴めてないけど…

 

キタカミ(ヤバそうだねえ…杖に仕込んだ小型の主砲じゃ…話にならないし、弾込めないと撃てないし……)

 

夕立「…行けッ!」

 

キタカミ「…マジか」

 

ミサイルが空に向かって飛び出す

そしてこちらへと…

 

キタカミ(1発ずつ込めて撃ってたら間に合わんし…つーか、これは……)

 

かなりの小型だし、オモチャみたいだけど…

多分、威力は本物並みだ

 

つまりまあ、防げなければ死ぬ

 

キタカミ(仕方ない、やりますか)

 

砲弾を一つ掴み、さっさと杖に込めて向ける

 

キタカミ「………まだ」

 

着弾まであと5秒か?それとも4秒か

一瞬で蹴りをつけなくてはならない

 

カートリッジを握りしめ、引き金に力を込める

 

寸分の狂いも、一瞬の遅れも許されない

この刹那の早撃ちは、予測によって成り立つ

 

その瞬間が来ると…予測して

 

キタカミ(来い!)

 

引き金を引き、放たれた弾丸が小型ミサイルを弾き飛ばす

 

ミサイルがぶつかり、砲弾がぶつかり、誘爆する

 

キタカミ「………はっ…死ぬかと思った」

 

パンパンと衣服についた煤を払い、弾をこめて夕立に向ける

 

夕立「……」

 

キタカミ(…笑ってる?…チッ、余裕綽々かよ………いや!)

 

大きく体を沈める

頭の上を何かが通過した…

 

キタカミ「…ハッ……なるほどねえ…遊びに来たっていうか、用事があって来ただけなのに…ここでホントに消すつもり?」

 

神通「必要とあらば」

 

…今真上をすり抜けたのは…神通から伸びるAIDAの触手

破壊力は碑文のそれと遜色もないのに…それを、全力で振るうか

 

キタカミ「今の私は碑文の力すらないんだっての…非力な女の子相手によってたかって」

 

神通「その物言いをするのなら、私達だって非力な女の子ということになるのでは」

 

キタカミ「おー、でも2対1なんだしさあ…っ」

 

迫るAIDAの腕を杖でいなす

 

神通「やはり、あなたは異常だ…碑文使いの力を失い、全てが人間のそれと遜色無いはずの貴方がなぜ今の攻撃を見切り、かわせるのか…先程のミサイルを全て破壊する技量も含め…ただの人の領域を超えている」

 

キタカミ「んな事ないって、それより…マジに話聞いてくれんかね、私家出してきただけなんだしさ」

 

神通「…家出?」

 

キタカミ「そーそー、今の私じゃ弱いなあって、思ってさ?」

 

夕立(冗談キツイっぽい)

 

キタカミ「頭おかしくなりそうになりながらなんとか海渡って来たんだよ?もう少しなんかあるでしょ」

 

せっかく我慢して海を渡ったのに、この言われようではやっていられない

 

キタカミ「で?綾波は何処よ」

 

夕立「……」

 

神通「答えられません」

 

キタカミ「じゃあいいや、えーと、ここの奴らって普段何処にいんの?」

 

神通「なんでですか」

 

キタカミ「…正確には、アンタらのとこの部隊に用が有るだけなんだよね、深海棲艦のこと皆殺しにする強〜い奴らにさ」

 

夕立「どうして」

 

キタカミ「……私が強くなる為に」



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記録 バグ

離島鎮守府跡地

キタカミ

 

綾波「……」

 

キタカミ「なるほどねえ…こりゃ会わせたくないわ」

 

夕立「夕立達が発見したときには既にこうだったっぽい」

 

ベッドに寝かされた綾波は静かに、小さく呼吸をして生きている

だが、あまりにも無防備すぎる…無警戒に、ただ自身を休め、必要な時に最善を発揮する為に

ただ、ひたすらにその時を待っているように

 

キタカミ(……)

 

左手薬指にはめた指輪を意識する

これに触れて艤装を展開さえすれば…

 

キタカミ「っ……」

 

うなじに何かが乗った

そして、喉元に拳銃を突きつけられる

 

神通「邪な考えは捨てる事です、下手に動けばそのまま首を蹴り砕きます」

 

夕立「その必要はなくて、夕立が撃つっぽい」

 

キタカミ「…いや、ははは…流石だねえ…」

 

神通が私の視線に反応し、そしてその神通の反応に即座に夕立が反応したか…

 

キタカミ「心配しなくても、違うよ」

 

神通「ではなぜ、武器を意識したんですか」

 

キタカミ「私が綾波を殺すとしたら、憐れんで…かな」

 

夕立「…憐れむ」

 

キタカミ「この前サシで話したんだよ、綾波の事はある程度理解したつもりだけと…確かに、恨みがないわけじゃないけど、世の中、変な方向でうまく回っててさ…」

 

ジッ…と、綾波の顔を見る

寝ているのに、化粧の跡がある

多分化粧を落とせば目元はクマがあるだろう

肌はニキビができてるんだろう

 

無理を押し通して生きるものには、誰よりも何よりも、自分自身からストップをかけられる

 

そのストップなんて、綾波にはなんでもない

気に求めずに突き進んで…もう限界を()うに越えているのに

 

キタカミ「…でも、綾波がやってる事を見てると…死に場所を求めてるように見えるわけさ…でも、私は死ぬのに綺麗さも形もないと思っててさ、死んだほうがいいなら死ぬしかないって」

 

神通「つまり、殺すのは…介錯だ、と」

 

キタカミ「似たようなノリかな、でも…今はそんな気分じゃないし、心配しなくても殺しゃしないから」

 

夕立「……」

 

神通と夕立が顔を見合わせる

どうやら神鷹はかけらもないらしい、当然だけど

 

キタカミ「…おっ」

 

綾波の目が開き、気怠そうに此方を見る

 

キタカミ「よっ」

 

綾波「……何故、ここに?」

 

神通「強くなるため、だそうです」

 

綾波「……」

 

綾波が起き上がり、大きくため息をついて此方を見る

 

綾波「私が道を違えた時、殺してくれるんじゃなかったんですか?」

 

キタカミ「いやあ…それは果たすと思うよ?死んでもやると思う、でもさ、単純に…今の私は泊地のメンバーとしてはダメだなって」

 

綾波「何があったんですか」

 

キタカミ「誤射った…って言ったら信じてくれる?」

 

神通「…誤射?」

 

綾波「あなたが?いや、それは…なるほど」

 

夕立「…?…何をそんなに驚いてるの?」

 

夕立…とはあんま絡んでなかったか…

 

キタカミ「私が誤射するって相当なんだよ?わからないだろうけどさ」

 

夕立「暗闇の中とか、接近戦になれば日常茶飯事っぽい」

 

神通「違いますよ、夕立さん…貴方も話に聞くレベルでは知っているでしょう、宿毛の艦隊の異常な砲撃精度」

 

夕立「……」

 

綾波「百発百中どころか、砲弾の数より的の数が多いなら工夫して全てを撃ち抜く程の、イレギュラーと呼ぶべきセンスの持ち主なんですよ、この人は」

 

夕立「…理解できないっぽい」

 

神通「ではあのミサイルを全て誘爆したのは偶然だと?……私にはそうは見えませんね」

 

夕立「……」

 

神通「視界を潰されても、全く動じずに標的を撃てる貴方が誤射なんて」

 

キタカミ「タルヴォスが無いからねぇ…別に惜しくなったわけじゃないけど」

 

綾波「匂いでの味方の位置の判断を、無意識にやっていたと」

 

キタカミ「そーそー、急にその力無くしたもんだからさあ…」

 

綾波「今の状態に慣れるまでここに居たい、と?」

 

キタカミ「っていうか、まあ…そうだね、私を海に出られるようにしてよ」

 

綾波「……成る程」

 

綾波は察してくれたか

 

綾波「どうやら、デリケートな話になりそうです、お二人は出てください」

 

神通「わかりました」

 

夕立「了解っぽい」

 

 

 

 

綾波「まさか、あなたが海洋恐怖症とは」

 

キタカミ「イムヤ達の手前、発狂したりはしなかったけどさあ…いやあ、怖いね海って」

 

綾波「…一時的なもの、とは言えませんが…あなたなら克服できますよ、私と同じようにね」

 

キタカミ「…それは、アンタ同様に、自分の心咬み殺して、進めってことだよね」

 

綾波「ええ」

 

キタカミ「アンタのことはある程度はわかってるつもりだよ、未だに…何一つ変わらずにここまで生きて来たことも」

 

綾波「ええ」

 

キタカミ「……でも、それは本質的な解決じゃない…人を集めて、逃げ出して…それを繰り返すアンタと、私は違う」

 

綾波「勿論ですとも…だから、あなたは私と同じように、苦しみながら生きることになる」

 

キタカミ「……私は、アンタとは違うと信じてここに来た…」

 

綾波「みんな同じです、大切な仲間を殺したくはない」

 

キタカミ「私は味方を撃ちたくない」

 

綾波「同じだ、何一つ変わらない…どうぞ、治るまでここにいればいい…あなたの感じてる海への恐怖は、すべてを殺したところでおさまりはしないのだから」

 

キタカミ「……」

 

多分そうなんだろう

どうやっても、私はつい、ミスをして味方を撃つんだろう

 

…それが、怖い

 

綾波(……キタカミさんの心も弱っている、ということか、鼻が潰れたくらいで誤射なんて、正直未だに信じられないが…何か、別の要因があるのではないか?本質的な恐怖、狂気に触れるような何かが)

 

 

 

 

 

本土

重巡洋艦 青葉

 

青葉「まだ買うんですか?」

 

ワシントン「そう、ついでに買っておきたいものがあってね…」

 

青葉「…あ、私も買い物したいんで銀行寄ってもいいですか?」

 

ワシントン「コンビニもそばにあるでしょう?」

 

青葉「…ATMの無料使用可能回数超えちゃってて」

 

ワシントン「倹約家なのね」

 

 

 

 

青葉「…なんだか街が騒がしいような」

 

ワシントン「そうね…どうかしたのかしら」

 

 

 

銀行

 

青葉「そういえば、ワシントンさん達は…ちゃんとお給料出てるんですか?」

 

ワシントン「一応ね…あなた達よりは少ないらしいけど」

 

青葉「危険手当とか出ないんですか?」

 

ワシントン「その辺は私じゃわからなくて…でも、基本給がそもそもはいらないって言われたわ、正式に雇われてるわけじゃないからって、だから毎日の出撃がなくなるとお金はほとんど出ないみたい」

 

青葉「それは…ちょっと不味いですね…」

 

ワシントン「でも、国籍とかももうそろそろ発行できるって」

 

青葉「なら、そこでちゃんと雇ってもらえれば…」

 

ワシントンさんは首を振る

 

ワシントン「もし国籍を貰えたら、この仕事は辞めるわ、何処かでゆっくり暮らそうと思う…日銭を稼いで貧乏暮らしになるだろうけど…」

 

青葉「…どうしてですか?」

 

ワシントン「国に見放されてから、一緒に戦ってきた仲間だけが唯一の心の拠り所だった、帰る場所だった…だから、それを失うのは嫌…なのにみんなを置き去りにするなんて…って思うかもしれないけど、誰かが最初に抜け出さないと、みんな抜けづらいでしょ?」

 

ワシントンさんは俯きながらそういう

 

青葉「……もし、そうなったら、皆さんは私たちが守ります、だから安心して…」

 

銃声…

 

青葉「っ…?」

 

ワシントン「強盗…?」

 

銃を持った覆面姿の人間が3人…間違いなく、銀行強盗…

 

強盗A「動くな!動いたら撃つぞ!」

 

強盗B「金を持って来い!早くしろ!」

 

ワシントン「…日本でもこんなことがあるのね」

 

青葉「みたいですね…止められるかな」

 

周囲をじっと見る…使えそうなものは…あの細長い棒のオブジェクトくらいか?…取りに行く前に撃たれるか

 

ワシントン「何しようとしてるの?」

 

青葉「こんな事止めないと」

 

ワシントン「やめた方がいいわ、無視して…私たちは無関係よ」

 

青葉「そうはいきませんよ…」

 

ワシントン「…撃たれたら、死ぬのよ」

 

青葉「いつも、そうです…そうだ、それ、借りてもいいですか?」

 

ワシントン「え?」

 

ワシントンさんのスカートのベルトを抜く

 

ワシントン「え、ちょっ」

 

青葉「後で返します!」

 

強盗の方に飛び出し、金具のついてない方の先端を握り、振るう

 

強盗A「ぐっ!?」

 

拳銃を持った手に金具部分が当たり、落としたのを確認し、さらに接近する

 

強盗B「てめえ!っ…!あだだだだっ!?」

 

別の強盗の手にベルトを巻きつけ、締め上げ銃を奪い取る

 

青葉「動かないでください、残りはあなた1人です」

 

強盗C「お、お前…艦娘か!」

 

1人を拘束したまま奪った銃を向け、狙う

 

青葉「今ならまだ余罪はつきませんよ」

 

強盗C「黙れ!元はと言えばお前達のせいで…!」

 

青葉(私達のせいで?)

 

強盗C「お前達があの街であんな騒動起こしたせいで!オレ達はこんな事しなきゃなんねえんだよ!!」

 

あの街であんな騒動…みなとみらいの事か

 

青葉「…みなとみらいの事は、防げなかった私たちに責任があります、しかしこれは犯罪です」

 

強盗C「知るか!海のバケモンの所為で食うにも困ってんのに…」

 

青葉(…最悪、撃つしか……っ?)

 

引き金に指をかけようとして気づく

 

青葉(安全装置がかかったままだ…そうだよね…当たり前だけど、この人たちも苦しくて、止むを得ずにこんな事をしてる…でも、だからって…)

 

銃声が一つ鳴る

 

青葉「っ…」

 

痛い、熱い、お腹から、血が出てる…

なんで…?そっちには、少なくとも強盗は居ないはず

 

ゆっくりと振り返る

 

民間人が、銃を私に向けて…仲間?なんで?

 

民間人「わ、分け前をくれ!俺も協力する!」

 

青葉「…え?」

 

理解ができないまま、ばたりと倒れる

身体が、痛い、冷たい床に、体温が奪われて…

 

強盗C「そ、そうだ!金は山分けにする!だから!協力しよう!」

 

青葉(なにが、どうなって…)

 

 

 

 

 

病院

 

青葉「……っ…?…」

 

春雨「目が覚めたようです、誰か人を呼んできてください」

 

…ここは、何処だろう

なんで私は寝ているんだっけ

 

ワシントン「青葉、良かった…」

 

…ワシントンさん…?

 

青葉「……そうだ、私…」

 

撃たれて…

 

春雨「…病院が近くて良かったですね、危うく失血死でしたよ、はい」

 

青葉「…なんで…?」

 

春雨「どうしました」

 

青葉「なんで…私は、人間に撃たれて…?」

 

…わから、ない



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記録 It's still alive

病院

重巡洋艦 青葉

 

春雨「わからない、そう言った後…彼女は今のようにずっと…目が覚めるまでに4日もかかりましたし…」

 

狭霧「青葉さん、聞こえていますか?……声に反応しません、が…覚醒状態ではあります…」

 

春雨「そうですね…意識は有るんです、ですが…外界と完全に遮断されている」

 

…何を、言っているんだろう?

私は、教えて欲しい

 

なぜ私は撃たれなくてはならなかったのか

 

狭霧「それよりも……」

 

…何を言っているんだろう?

 

春雨「本当ですか…!?……そんな、まさか…いや、だって…!」

 

狭霧「検査の結果、間違いないと…それと、できるだけ早く引き払って欲しいとも…」

 

春雨「…何ですって…引き払え…?それでも医者ですか……」

 

どうやら、私はここを出て行かなくてはならないらしい

だけどここが何処かすらわからない

 

狭霧「それでも、こちらにとっても好都合です…事実は公表しないようにいくらか握らせましたが…持って1ヶ月と言ったところか」

 

春雨「……どうします」

 

狭霧「倉持司令官に報告しましょう」

 

青葉「…司令官…」

 

春雨「!」

 

狭霧「青葉さん、聞こえますか?青葉さん?」

 

…そうだ、司令官なら、教えてくれるかもしれない

私にとって、良いと思えることが何なのか…

 

春雨「…ダメですね、私達の声に反応しない…どうせここから去るんです、泊地に行きましょうか」

 

狭霧「ええ…でも…まさか、既に死んでいる…なんて…誰が信じられるんでしょうか」

 

春雨「いつ?何処で…?…もし撃たれた時なら…なぜ先程、発声した?なぜ心臓が動いていて脈拍がある?なぜ体温がある…」

 

狭霧「わかりません」

 

 

 

 

 

宿毛湾泊地 執務室

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「倉持司令官が居られない?」

 

アケボノ「ええ、横須賀に出頭命令を受けて…青葉さんの事について…」

 

春雨「……倉持司令官は、なんと?」

 

アケボノ「大変心を痛めておられました」

 

春雨「…貴方、私が聞いている事の意味は…わかっているんですよね?」

 

アケボノ「威圧しないでください、感情の制御のできない子供のようですよ」

 

春雨「子供で結構…!倉持司令官は何故見舞いにも来なかったんですか!」

 

アケボノ「多忙でした、たった1人のために時間を取れないほどに」

 

春雨「たった1人…?1人を蔑ろにする…それでは前の世界の離島と何も変わらない!!」

 

アケボノ「キタカミさんが消え、全体が乱れ、更にはこの事件…貴方達、普段からニュースを見ていますか?」

 

狭霧「……」

 

アケボノ「あの強盗事件…批判されているのは青葉さんの方なんです」

 

春雨「は…?」

 

アケボノ「強盗は2人が骨をおられる怪我をしました、しかし青葉さんは腹部、それから気絶した後に腕と、胸部、肩など、合計5発の銃弾を受けた……でも、それでも…批判されているのは青葉さんだ」

 

狭霧「知っています、青葉さんが先手を取って強盗2人を拘束した部分だけを切り取り、ネットに上げられた、悪意のある動画もあります」

 

春雨「どうして…!」

 

アケボノ「艦娘だから」

 

春雨「…艦娘だから…?」

 

アケボノ「私たちは、海を行けば深海棲艦の砲撃を受け、陸を行けば守るべき人間に石を投げられる…」

 

春雨「だから、どうしてだって、聞いてるんですよ…艦娘だからって、それだけで…」

 

アケボノ「艦娘、そして深海棲艦…それらは今、ある種で同一視されています…人間の職を失う理由になった存在として」

 

狭霧「みなとみらいの事はもちろん、漁業をはじめとした海に関する仕事は軒並み深海棲艦により奪われ、無理矢理強行すれば命を奪われた、なんとか対抗できる存在として現れたのが、艦娘」

 

春雨「そう…感謝こそされど恨まれる筋合いは…!」

 

アケボノ「無いですね、でも…それは人間だったら、に限った話」

 

春雨「…その言い方、艦娘は人間では無いとでも…?…人間でしょう!?」

 

アケボノ「なんともムシのいい話ですよね、自分達のできないことをする我々は…人では無いとみなされる」

 

狭霧「春雨さんはずっとついていてくれたので、知らなくても無理はありませんが…最初は青葉さんに同情的だった世論も、生存が確認された時点で“やはり人並外れた生命力“、と」

 

春雨「……そんなの…」

 

狭霧「銃で撃たれても死なないくせに、2人も骨折させるなんて、と」 

 

春雨「正当防衛でしょう!!」

 

アケボノ「自称専門家や、コメンテーターは…過剰防衛だ、と…そう、口を揃えて言っています…青葉さんがやったのは、間違いなく人道的で正しい行いだったのに」

 

春雨「…何故…?」

 

アケボノ「提督は、それについての呼び出しを受け、横須賀へ行かれました、デモこそ再開されていませんが、私たちに向けられてる目は良いものではありません」

 

春雨「……強盗達は」

 

狭霧「捕縛されました…が、春雨さん、今の質問は、よくないです」

 

春雨「何故ですか」

 

狭霧「今、貴方は冷静ではありませんでした、もし…ここで、万に一つも無罪にならないとしても、軽い罪で釈放された…と、私が言えば」

 

アケボノ「聞く耳を持たず、ここを出て行くでしょうね、最悪人の命を救うその手を人を殺めるために使うかもしれない」

 

春雨「……手は、人を殺めることも、救うこともできる……でも、それは人“間”の一部です…“人間”は人を殺せる、だから人間が発する言葉も、人を殺めることも救うこともできる…なのに」

 

アケボノ「今、貴方は危険な状態です、いっときの感情で…」

 

春雨「“馬鹿な真似はするな”…とでも?…青葉さんは何故撃たれたのか、わからないと言いました、私にも分かりません、今の話を聞いたところで、納得どころか理解すらできません!!」

 

アケボノ「……」

 

春雨「私は、今の私には…力が……っ…」

 

春雨さんの首を、レ級の尻尾の大口が挟み込む

 

アケボノ「……もし、それ以上先を言うなら、その喉を喰らい、2度と喋れなくします…もし行こうとするなら、両足を食いちぎります、それでも這うというのなら、真の臓腑まで喰らい尽くします」

 

春雨「…あなたには、わからない…私の、気持ちが…」

 

アケボノ「ええ、わかりません、かつて貴方が身を投げた理由も、その時の心境も…理解する気はないし、わかりたくもない……だが…」

 

アケボノさんの肌が、白く染まる

 

レ級「仲間をやられて、こんな事になって、私達が何も感じないとでも思っているのなら、大間違いだ」

 

春雨「なら…なら動け!青葉さんのために…!」

 

レ級「…提督からの命令は、ただ、待て…それだけです」

 

春雨さんの首元からレ級の尻尾が引く

 

アケボノ「……余計な事はしない事です」

 

春雨「それが正しいと信じているんですか」

 

アケボノ「私は提督を信じています」

 

狭霧「……少し、良いですか?」

 

アケボノ「なんでしょう」

 

狭霧「先程アケボノさんは私達が深海棲艦と守るべき人間、両方から攻撃を受けていると言いました」

 

アケボノ「ええ」

 

狭霧「倉持司令官はどうでしょう」

 

アケボノ「…意味が分かりかねます」

 

狭霧「倉持司令官は、果たして守れているのでしょうか?貴方が守りたい存在は今、どうなっているのでしょうか」

 

アケボノ「……」

 

狭霧「おそらく…この件、表向きには責任を問われる事態にはなりません、だって、青葉さん正しいですから…ですが、もし…」

 

アケボノ「青葉さんが間違っているという声が更には高まった際は、責任を問われると?」

 

狭霧「ええ、道徳心を世論が呑み込めば、処分されるのは倉持司令官でしょうね」

 

アケボノ「……チッ」

 

狭霧「それと、さらに悪い話が一つ」

 

アケボノ「…なんですか」

 

狭霧「あなたは知っているかもしれませんが…艦娘は、いや、どうやらシステムに深く入り込まれた艦娘は…人間と呼べない身体になっている」

 

アケボノ「…存じ上げています、ナノマシンの影響でしょう」

 

狭霧「ええ…青葉さんは、詳しい検査の結果、そして私の判断で…死んでいる、と断定できます…そしてそれは殆どの旧式艤装使用者全員がそうだとも言える」

 

アケボノ「そんな事、ずっと前に綾波が既に確認していたでしょう」

 

狭霧「…そうですか、では、これは知らない事だと思います…青葉さんは、もう、老化しません」

 

アケボノ「…老化しない?」

 

春雨「青葉さんに限らず言えば、たとえば漣さんや潮さん、朧さん、曙さん…貴方も、第二次性徴期を迎えておかしくない年齢です」

 

アケボノ「……まさか、不老不死にでもなったと?」

 

狭霧「少なくとも、不老…そして、この話を聞いて、私の頭にはあるものが浮かんだ」

 

アケボノ「……」

 

狭霧「艦娘を、完全に人間ではなくす手段…血と肉を、油と鋼鉄に置き換える、人智を超えたソレが、可能かもしれない」

 

春雨「…狭霧さん?」

 

狭霧「大丈夫…私は、そんなことしません……が、わかりますか、政府はソレを可能としています、今はまだ人の形をして、人の心を持っている艦娘が、鉄と油の入った皮袋にされるかもしれない」

 

アケボノ「……」

 

狭霧「倉持司令官とこの話をしなくてはならない、と…私は思います、だって、何も知らないまま利用されたら、悪いのは倉持司令官になってしまうから…」

 

アケボノ「…分かりました、取り継ぎましょう」



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Commando unit

離島鎮守府跡地

キタカミ

 

キタカミ「…へえ、こんな事になってんの?」

 

綾波「そのようです、しかし…青葉さんの事に構う暇はありませんよ」

 

キタカミ「……わかってるって」

 

銀行強盗が入ったって話は昨日、まあ、青葉がどうなったかは…今は気にする暇はない

 

キタカミ「で?紹介してくれるんだよね」

 

綾波「入ってきなさい」

 

綾波の声に従い、6名の駆逐艦と思しき艤装をつけた少女が入ってくる

 

キタカミ「あんまし強そうじゃないね」

 

綾波「…ある意味、当然です」

 

キタカミ「…?」

 

綾波「みなさん、この方はキタカミさん…あなた達と共に行動する事になる人です、覚えておいてください」

 

キタカミ「え?…面倒押し付けられてない?」

 

綾波「名乗りなさい、旗艦、そして補佐艦」

 

浦波「遊撃隊、旗艦、浦波です」

 

磯波「同じく遊撃隊所属、補佐艦、磯波です」

 

キタカミ「補佐艦?」

 

綾波「遊撃隊は基本的に複縦陣での戦闘を行います、その為、旗艦の役割を果たせる人間が2人必要なんです」

 

浦波「そして、右から順に、野分、嵐、萩風、舞風です」

 

キタカミ(こいつらが、あんだけいた深海棲艦を?)

 

綾波「…キタカミさん、事実です、彼女達が百をゆうに超える深海棲艦を撃破した…私の新たに作った部隊です」

 

キタカミ「どうやって」

 

綾波「キタカミさん、私はかつてあなたに言いましたね、チームで動く事は…逆に自身の動きを制限し、独力でこそ力を発揮できるあなたや私にとっては足枷にしかならない…と」

 

キタカミ「……否定する?」

 

綾波「いいえ、私もあなたもチームとして動くのは向いていません、ですが、この人達は…それに適性を見せた…だから私はこの人達で、全く新しいチームを組んだ」

 

キタカミ「全く新しい?」

 

綾波「…通常、砲雷激戦の際、一撃二撃で敵は仕留め切れません、当然です、キタカミさん、あなた達が異常なだけでね?…なので、我々もそうあるべきとして…まず全体にあるのがオートガードカートリッジ」

 

キタカミ「電撃のバリア」

 

綾波「そして、低くない耐久性を利用する事で、多少無茶が効くようになった…もちろん、死なないための無茶です、といっても、砲雷撃の精度はあなた達に遠く及びませんが」

 

キタカミ「……」

 

艦娘ってのは、基本的に深海棲艦を倒すのに主砲と魚雷を使う

で、私はその精度をとことん磨きに磨いて、戦ってきた

 

綾波が今言った事は、私の生き方への否定とも取れる…

 

綾波「そう怖い顔をしないでください、私が言いたいのは、変化の必要性です…カートリッジを主体に戦う特殊部隊のようなものなんです」

 

キタカミ「じゃあ、カートリッジに適性があるって話?」

 

綾波「いいえ、適正で言えば中程度、決して強くは…ああ、すみません、気を悪くしないで…」

 

浦波「いえ…事実ですし」

 

キタカミ(…?)

 

綾波「阿武隈さん、不知火さんは…お二人とも、一騎当千の実力者です、しかし、あなたが彼女らを起用するとしたら?どのような作戦を建てますか」

 

キタカミ「……まあ」

 

あの2人ならどんな作戦に出しても一定の成果を出す

でも、この前も演習して思ったが阿武隈は攻めが弱い、不知火は前に出過ぎる

 

キタカミ「大物とはやらせないかな、危なっかしいし」

 

綾波「あなたならそう言うと思いました、しかし、私は逆です」

 

キタカミ「…大物とやらせろって?」

 

綾波「事実…その2人に敗れたんでしょう?」

 

キタカミ「……なんでそこまで知ってんのさ」

 

綾波「予想です、あなたが私に救いを求めてやってくる、それは並大抵の理由ではありません…誤射というのも大きな理由でしょう、しかし…本質は?」

 

キタカミ「本質?」

 

綾波「あなたは人間です、人間は感情で動く…誤射の恐怖、海への恐怖を超える、何かがなくては私に会いにくるとはならない」

 

キタカミ「…言っとくけどさあ、大袈裟なだけで、本当は負けてないよ、誤射してやる気無くしただけだから」

 

綾波「本音は?」

 

キタカミ「だから、そんなんじゃないって!」

 

綾波「おや…なんにしても、あの2人なら、カバーをし合う実力もあるし、独力で格上を倒す力を十分に持っている…そして、そこに強いチームがカバーに加われば」

 

キタカミ「強い、チーム…Linkみたいな?」

 

綾波「Linkは素晴らしいチームでした、今なら困難な作戦も自力でやってのける事ができる、私がいなくても生きていける」

 

キタカミ「……」

 

綾波「さて、彼女達遊撃隊は…敵を捕捉する、拘束する、そして可能なら撃破する…その三つの目的を持っています」

 

キタカミ「3つの目的?」

 

綾波「というか、そもそも…まず意識が違うんでしょう…私たちって、戦うメリットはないんです」

 

キタカミ「…待って、そうだよね、あんたらが深海棲艦と戦うのはなんでよ」

 

綾波「自分の身を守るため…死なない為に戦うんです、浦波さん」

 

浦波「はい、私達は金銭を得ていません、食料はこの島に自生していた作物、および周辺の魚介類、鳥類を主としており、わずかながら本土より拝借した保存食で飢えを凌いでいます」

 

キタカミ「…弾薬は」

 

綾波「それも本土への襲撃の際に、撤退する代わりとして貰いました…横須賀から」

 

キタカミ「なるほどね、艤装、燃料、弾薬、鋼材、ぜーんぶ、横須賀とグルってわけだ」

 

綾波「そもそも、私たちにできる事は限られている、ここに残された物資も、時間的に残りわずかなことくらい、想像には難くないでしょう?」

 

キタカミ「まあね、で?大淀はなんで黙認してんのさ」

 

綾波「そうですね、なんと言えば納得してくださるか…いや、ストレートに行きましょう、火野提督の為です」

 

キタカミ「…なんでそうなんのさ」

 

綾波「火野さんはThe・Worldで意識不明になりました、いや、一応は回復したのですが…あまり芳しい状態ではない、私は大淀さんに電さんの話とは別に交渉を持ちかけた」

 

キタカミ「電?」

 

綾波「ああ、知りませんでしたっけ、彼女、今ネットに囚われてるんです…さて、本題に戻しますよ」

 

キタカミ(今サラッととんでもないこと言ったな…)

 

綾波「いまの火野提督は、目を覚ましはしましたが、会話もできず、ただ単語の羅列を繰り返すのみ…要するに…まともじゃないんです、だから、政府は艦娘に関する騒動全てを火野提督に押し付けて体制を大きく変えたいと考えている」

 

キタカミ「……で?あんたは何をしたのさ」

 

綾波「放火です」

 

キタカミ「…放火?」

 

綾波「各省庁のデータを漏洩しやすくするためにセキュリティをダウンさせました、これで火消しに必死になっているうちは問題ありませんよ」

 

キタカミ「そんなの数日でしょ」

 

綾波「ええ、でも問題ありません、その頃には火野提督は戻ってきますから…というより、あなたはそんな話を聞きたかったんですか?」

 

キタカミ「…んや…」

 

綾波「遊撃隊の演習、見ていきますか」

 

キタカミ「……ん」

 

綾波「皆さん、そういうことです」

 

浦波「承りました」

 

 

 

 

波止場

 

前は、このコンクリートでできた波止場の淵に腰掛けて、膝から下をダラリと海の方に垂らしていた

なのに、それすらできない

海に近づくのが怖い

 

今、演習のために出て行った奴らを見るのも怖い

 

海を見ていると、私の知らない何かが現れる気がして、怖いんだ

 

無線の音が聞こえるけど、ぼんやりとしか入ってこなくて…

頭がぼやける

まるで高いところにいるみたいにふわふわしてしまう

 

キタカミ「……やっぱ、弱いなあ……」

 

だから、いま、この場で直視するべきなんだ

私にない強さを

 

キタカミ(……始まる)

 

6対1、神通を相手取った遊撃隊の演習…

複縦陣で迫るのかと思いきや、2つの縦陣の距離はかなり広い

 

キタカミ(あんだけ離れてたら声も聞こえない…いや、無線があるのはわかるけど……あれは?)

 

距離があるのに、狙いも正確でないのに先頭の2人が砲撃…

いや、何かを飛ばしているような…

 

それは神通を通り過ぎて着水する

 

キタカミ(浮きがついてる?海の上に旗が…何かのマーカー?…いや、そうか、あれって)

 

2人が互いに砲撃した旗を拾う

遠すぎて視認できないが、おそらくそれにはワイヤーのような何かがあるはずだ

 

キタカミ「拘束…敵の動きを封じるわけだ」

 

複縦陣であれだけ離れた距離を取るのは、敵が間をすり抜けるように

挟み撃ちの形を常に作り、すれ違う時には中間に張られたワイヤーが自由を奪う

 

確かに新しい戦法だけど…

 

キタカミ(…今の、爆雷?)

 

後続の2人が投げ入れたのは、爆雷だったとは思うけど…

 

キタカミ「!」

 

神通が逃げ始める

正面から潰しにかかれば早いはず、なのに逃げる

そして始まる砲撃戦

 

キタカミ(……狙いは滅茶苦茶…ずぶの素人の集まりって感じ…でも、角度をそれぞれ変えて打つことでまず誤射もないし、なにより当てに行ってない)

 

味方に当たらない攻撃を意識しているのだろう

神通には至近弾こそあれど、擦りでもする砲撃は無い

 

キタカミ「……な…!?」

 

神通の足元で何かが炸裂し、神通の動きが止まる

誘い込んでいた、その場所まで…なんらかの罠がある場所まで

 

そして先頭2人がまだ砲撃…先程同様、それが着水した地点に浮き…

でも、今度は取りに行く様子はない…

 

キタカミ「…そうか、今のあの複縦陣の位置、それとあの浮きの位置……神通を囲むように三角形にアミが貼ってあるのか…」

 

そうなると、あとは好きに打ち込むだけだ

 

神通は全然攻撃をしない、つまりこの演習はこのアミに入るかどうかで勝敗を決める演習…

そして神通はそれに完敗だったわけだ

 

キタカミ「撃破を求めない部隊…か」

 

なるほど確かに新しい、戦うなら敵を倒してなんぼ、そうじゃなきゃ自分が死ぬ

でも、自分たちに味方がいるなら、その倒す役割の補助に回ることで全体の生存率を向上させる……

 

素人集団が、100を越える深海棲艦を屠ったなんて、誰も信じないだろう

でも、これを見て私は理解した

コイツらならやれる

 

キタカミ「……でも、あの爆雷みたいなのは…」

 

嵐「あれは磁力機雷っていうやつで、ある程度近くに投げ込めば磁力で近くの金属に引っ付いてドカンって奴らしいぜ」

 

キタカミ「っ……いつの間に…」

 

神通「随分と、考え込んでいましたね…隙だらけでしたよ」

 

キタカミ「……隙だらけ…そっか…」

 

接近されて気づかないなんて、と思ったけど…それが当たり前なんだ

気を張らなきゃいけないのに

 

萩風「嵐、喋り方、綾波さんに見つかったらまた怒られちゃう…」

 

嵐「今居ねえじゃん…細けえなあ萩は」

 

野分「そういう問題じゃない、何の為に喋り方まで指導されてるのか聞かされたでしょ?」

 

キタカミ「……随分厳しいんだね?」

 

神通「そうですか?私にはこの子達への当たり方が随分と優しく感じますよ」

 

キタカミ「なんでさ」

 

神通「私に対する姉さんとよく似てるからです、喋り方や振る舞いなどの所作を叩き込み、ちゃんとした人間社会で生きていけるように、と」

 

キタカミ「……本当に?」

 

神通「そう言っていましたよ」

 

キタカミ「……」

 

だとしたら、何とも回りくどい



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Cartridge

離島鎮守府跡地

キタカミ

 

…目を閉じ、呼吸を整え、集中する

 

キタカミ(…歩調、この感じ……)

 

キタカミ「神通?」

 

夕立「ぽい?」

 

キタカミ「……ごめん、勘違いだった」

 

相変わらず、海は怖い

でも、誤射への恐怖心はなくせる筈だと信じてる

だから最低限の気配で味方を認識…と思ったけど、すでに10連敗中 

 

キタカミ(ま、心眼なんてそう簡単にはいかないし、そもそも乱戦になったらそんな紛い物は役に立たない…特に期待もしてなかった)

 

結局頼れるのは自分のスキルだけ

磨き上げた砲撃の技術と、研ぎ澄まされた感覚だけ

 

悔しいけれど、綾波の言う通りなのだろう

チームとして動くのは向いていない

独力で戦い続ける方があっている

 

ただ、それは…

 

綾波が言った、「あなたと私はよく似ている」と

 

そう言う意味なのだろう

でも綾波はチームでも力を発揮できるはずだなら

私もそうする事ができる……ハズだ

 

綾波「まだ続けてるんですか」

 

キタカミ「……悪い?」

 

綾波「わかりませんか、無駄だと言うことが……今のあなたは、触れたら爆発する機雷と同じ、言っては悪いですが、とことんチームには向いていない…提督代理まで務めたことのあるあなたなら、指導者の重責はわかるでしょう?」

 

キタカミ「いまは教導担当もやってる」

 

綾波「その役職すら、自ら捨てたじゃないですか」

 

キタカミ「っ……」

 

綾波「あなたは別に間違ってない、自分がみんなを守る為に教えられることは何かを必死に考えて、自分と同じ道筋を辿らせることにした…その小さな頭で必死に考えて、自分のできる最善を教えた」

 

キタカミ「…だから?何」

 

綾波「あなたとアケボノさん、何が違うと思いますか?」

 

キタカミ「……」

 

綾波「答えは、知識量です」

 

キタカミ「知識量?」

 

綾波「あなたは本を読むのは好きですか?」

 

…嫌いではない、だけどこの世界に来てから開いた本なんて、学校に通ってた時の教科書くらいだ

 

綾波「その様子では、この世界では、と言うところか…神通さんに聞きました、前の世界と体の根本的な作りが変わっていると…同じ人間、同じ容姿に育っても、内部構造も同じと言うわけではない…」

 

キタカミ「それは体の作りでしょ」

 

綾波「ええ、ですが…性格も…だとしたら?」

 

キタカミ「……」

 

綾波「表には見えない、小さなところが違うとしたら?」  

 

キタカミ「それは、あるのかもね、それで?」

 

綾波「アケボノさんはこの世界に来ても本を良く読んでいます…レ級になっても本を求めたのは性格が残っていたからでしょう、では…そこで知識量の差ができたとして…」

 

キタカミ「だから何さ」

 

綾波「あなたは空母のことについてわかりますか?艦載機運用は?それでは海図は読めますか?海流の流れは?」

 

キタカミ「……」

 

綾波「アケボノさんは、低くないレベルでそれをやってのけてますよ」

 

そこが、差か

知識量の差なのか

 

綾波「彼女は生来の研究家です、加賀さん達に艦載機運用の指導すらしていたとか」

 

キタカミ「それは…」

 

綾波「指揮官クラスが膝を突き合わせて海図を眺めている時、自分で何がいいかを判断し、意見する胆力もある、いや、胆力ならあなたもあるでしょうが、あなたはその意見をするだけの知識が足りていない」

 

キタカミ「…関係あんの?私の悩みとさ」

 

綾波「ありますとも……知識を得れば、わかりますよ…あなたなやろうとしていることは、不可能…無理、無意味だって」

 

キタカミ「……へえ…真っ向から、否定してくれるんだ」

 

ムカつく話だ

 

綾波「…私は、あなたを高く評価しています、それは1人の兵士として…しかし、束ねる立場としては…どうにも向いていない」

 

キタカミ「束ねる?」

 

綾波「あなたはチームで動くと言うことを認識しながら、意識できていないのではないですか?あなたの探知に気配が触れれば、即座に起爆反応するほどに神経を研ぎ澄ますのは恐怖故、だとしても…それは艦隊のことを考えての行動とはとても言えない」

 

キタカミ「……」

 

綾波「あなたが意識改革を必要とするならまずはそこでしょう…チームとはあなたの思い通りに動く存在ではありません、あなたは大人びた性格ではあるが、思考は思ったより子どもなのかもしれません」

 

キタカミ「……なにそれ」

 

綾波「だって、そうでしょう?…全部自分でやる、そう考えて戦ってきたんでしょう?それは…不知火さんの悪い癖と同じ、ではありませんか…?」

 

キタカミ「…そんな事ない……そんな事、ない」

 

本当に?…自分の中で誰かに聞かれた気がして、自信無く、どう一度否定の言葉を口にした

でも…

 

綾波「…阿武隈さんは?不知火さんを即座にカバーしたり、みんなに頻繁に指示を飛ばすのはあなたが教えた事ですか?違いますよね、あなたが教えられたのはあくまで砲撃センスを伸ばす事だけ…さて、ここで元の知識の話に戻しますよ」

 

綾波はポケットから手帳とペンを取り出す

 

綾波「私が短期間、離島鎮守府に在籍した時の記録、それから内通者に教えてもらった情報です…朧さんは…些か私の考えた闘い方と違うスタイルですが、那珂さんとの修行で結果的にそれをモノにし、踏み台にしようとしていました」

 

キタカミ「…何」

 

綾波「曙さんは黄昏の書の操作に悩んでいました、島風さんは速度を活かす戦術が単純であると言う悩みを自分自身のみの力ではなく、天津風さんと関わりを持つ事で解消しました」

 

綾波がページを捲る

 

綾波「清霜さんは、素晴らしい砲撃精度を最初に見せながらもそれ以降は目立った活躍はしません…ワシントンさん達は基礎能力こそ上昇しましたが、目立った成長をしたのは…アトランタさんのみ」

 

キタカミ「何が言いたいのさ」

 

綾波「今、名前を挙げた中に、あなたが育てられた人間はたった1人です、アトランタさんだけ……わかりますか?あなたは現、宿毛湾泊地にいる、あなたが教育を担当した34名のうち、1人しか才能を開花させることができなかった、これだけいるのに?」

 

綾波がパタンと音を立てて手帳を閉じる

 

綾波「阿武隈さんと不知火さんを除いて32名、もちろんアケボノさんや明石さんは含めていませんよ、さて、確率にして3.125%、これがどう言う意味か、これは、あなたが育てたところで3.125%の確率でしか、才能を開花させられないという数値です」

 

キタカミ「…違う」

 

綾波「ああ、確かに違う…阿武隈さんと不知火さんを足して8.82…%か、でも、これでわかるでしょう?」

 

…すでに、理解はしている

首を縦には振りたくないが

 

綾波「あなたは、個性を見ていない、綺麗に形作られた、そう、あなたの砲撃の仕方を真似することを強要しているに過ぎない…学校の先生が教科書を読み上げるだけの授業をしているときより退屈ですね」

 

キタカミ「…じゃあ、どうしろって?」

 

綾波「アケボノさんとの差、ですよ」

 

キタカミ「……いろんなことに詳しくなって、何でもかんでも教えてやれるようになれ…って?」

 

綾波「ええ、しかし…誰でもそれができるなら苦労はしませんよね、だから、私はあなたがそれに向いてないと言っているんです」

 

キタカミ「……」

 

綾波「あなたはあくまで戦力…智将ではないし、教官としては…いや、カリスマもあり、リーダー性もあるから向いていない訳ではありませんが」

 

キタカミ「……はあ…」

 

もはや反論する気すらおきない

 

綾波「…あなたは天才ですよ、天才だと思います、私同様にね、でも…それはあくまで、特定の分野において…みんなそうなんです、みんな何かの分野は得意だけど、何かは苦手…砲撃が苦手な人だって多いでしょう?」

 

キタカミ「そりゃあね、漣はいつまで経っても砲撃が上手くならないし、曙なんて出鱈目な動きして…ワシントンは言うことは聞くけど納得してないみたいだし、青葉は…なんか妬ましいし」

 

綾波「あなたでも嫉妬するんですね」

 

キタカミ「アンタの言う通り子供なもんでね、感情の行き場を…探してる…ずっと黒いのがモヤモヤして、苦しくなる時もある…」

 

綾波(碑文を除去したのに、感情の抑制がよりできなくなっている…?……変だな…)

 

綾波「…感情の行き場ですか、発散させるのが難しいのは、わかりますが」

 

キタカミ「…アンタはどうやってんの?イライラするでしょ」

 

綾波「…感情は、いや…感情の置き場を見つけました」

 

キタカミ「…置き場?」

 

綾波「…私の、行う事には…いや、行う事全てが無機質であるべきで…感情が、何かを左右してはいけません…だから、私は、そこに…」

 

…綾波の顔色が、少し悪くなる

 

綾波「……あまり、良いものではありませんが」

 

キタカミ「そっか、よくないこと聞いたか」

 

綾波「……それも含め、いずれ終わることです」

 

キタカミ「そう簡単に行く?」

 

綾波「心配してくださるのなら、私の役に立つ努力をして欲しいものです」

 

キタカミ「…ちぇっ…可愛くないな、年下のくせに」

 

綾波「歳を重ねる事しかして来なかった、自分を恨むべきでしょうね」

 

キタカミ「…煽ってくれるねえ…」

 

綾波「あなたは叩いた方がよく伸びるタイプだと思いまして」

 

キタカミ「どーだか」

 

綾波「…でも、あなたはまだ強くなれる」

 

 

  

 

キタカミ「って言われたけど…」

 

空薬莢を投げ、狙いを定めて撃ち込む

 

神通「…相変わらずお見事ですね、一列に並べてみれば完璧な一つの円に見えるでしょう」

 

キタカミ「私にできる芸当はここまで、さて、どうすりゃいいと思う?」

 

神通「さあ」

 

キタカミ「……アンタもメイガスを手放すことくらい、想像してるんだよね」

 

神通「だとしても、私は決して弱くなることはありません、この強さは、私が己を鍛え上げて作ったもの、メイガスの力に頼り切ったとは思われたくはありません」

 

キタカミ「…そりゃ失礼しましたよっと」

 

神通「…あなたが間違いを犯したとしたら」

 

神通がこちらのスカートのポケットを見る

 

神通「其れの力を、頼った事でしょう」

 

キタカミ「……これが、間違った力だって言うなら」

 

神通「私同様に」

 

キタカミ「チッ」



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発明品

新大阪駅

軽巡洋艦 大淀

 

大淀「わざわざこんなところまで呼び出して、4時間もかかりましたよ?帰りも同じだけ時間がかかります…なので、手短に、お願いできますか?」

 

夕張「もちもち」

 

瑞鶴「悪い話じゃないって」

 

大淀「……」

 

 

 

 

大淀「LSFDを使う?…なんのために」

 

夕張「リアルデジタライズを引き起こす為」

 

大淀「は…?ふざけてるなら…」

 

瑞鶴「待って、ちゃんと聞いて、リアルデジタライズからリアルに帰るには、LSFDを使う必要があると思うの」

 

夕張「過去に倉持提督やら敷波やらが帰ってこれたのは、内側から手を借りたから…じゃあ、今回も」

 

大淀「協力者を放り込む?…前回同様青葉さん…とはいきませんものね」

 

夕張「うん、撃たれてまだ意識が戻ってないらしいし」

 

瑞鶴「それに私達は直接会えないしさ」

 

大淀「で?誰が行くんです?」

 

瑞鶴「それは私、碑文の力を失ってないし、何かあっても対応できる」

 

大淀「リアルデジタライズは本当にうまく行くんですよね?」

 

夕張「…それは保証がない、そもそもネットも広いの、The・Worldに運良くいければ奇跡なんだから」

 

瑞鶴「ネットの中に放り出されてThe・Worldにすら辿り着けない可能性もあるって…でも、今ある道はこれ一つ」

 

大淀「随分と…分の悪い賭けに聞こえますが」

 

夕張「でも配当は最高よ?」

 

大淀「というと」

 

夕張「電ちゃんを取り戻せる」

 

大淀「やりましょう、では何をすればいいですか」

 

夕張「大淀には隠蔽工作を頼みたいの」

 

大淀「…隠蔽?」

 

夕張「私の研究室、物理的にやっちゃって!セキュリティロックは硬いけど、万が一でも侵入される恐れがあるから…LSFDの研究ノートとかはもう持ち出したし」

 

大淀「では、どうしますか…深海棲艦の襲撃という事にしてしまいますか」

 

夕張「…ついでに邪魔者消したりしないでよ?」

 

大淀「それは私の気分次第です、特に…正門前以外も復活したデモ隊が囲んでいましたし?」

 

夕張「大淀!」

 

大淀「…脅す程度にしますよ」

 

瑞鶴「それもどうなの…?」

 

大淀「では、私はこれで……」

 

夕張「待って」

 

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

軽巡洋艦 那珂

 

海斗「あ」

 

亮「よっ、災難だったな」

 

川内「こんにちは」

 

那珂「どうも」

 

海斗「ああ、こんにちは……まあね、そっちも呼び出し?」

 

亮「ああ…おい、そっちは誰もつけてないのか?」

 

海斗「まあ…みんな忙しいんだ、それに…青葉の事もあるし…」

 

亮「つっても不用心だろ、変な連中に絡まれなかったのか?」

 

海斗「車で来たから」

 

亮「ならいいけどよ……でも、1人で動いてるのはマズイだろ、他所から見たら宿毛の艦娘はロクに言うこも聞けねえ奴って事になるんじゃねえのか?」

 

海斗「……そう言われたとしても、僕はここに誰かを連れてきて…それで、余計に嫌な思いをさせる方が…良くないと思った」

 

亮(別に参ってる訳じゃ無さそうだが…)

 

亮「那珂」

 

那珂「りょーかいっ!」

 

飛び上がり、天井裏に張り付く

 

川内「んじゃ、仕事終わったら」

 

那珂「うん、また」

 

亮「一応、念のため護衛に那珂をつけとく、何もなけりゃいいんだがな…」

 

海斗「…ありがとう」

 

那珂(那珂ちゃん的にはそううまくはいかないとは思うなあ〜……ん?)

 

川内「那珂」

 

那珂「うん、なんか…」

 

ざわつく感じ…

 

亮「どうした」

 

川内「……ここの大淀ってさ、“覚醒”してるの?フィドヘルに」

 

那珂「さあ…でも、今の肌にピリッとくる感じ…」

 

川内「似てる、八相に」

 

海斗「…碑文使いがいるって事?」

 

川内「……というより」

 

那珂「…っ!?」

 

砲撃の音…

そして、爆発音

 

亮「オイオイ…!」

 

海斗「このタイミングで襲撃…!」

 

川内(ここに、直接仕掛けてくるなんて…!)

 

那珂「行ってくる!姉さんはこっちをお願い!」

 

川内「わかってる…!」

 

 

 

 

那珂「っ…!」

 

砲撃がすぐそばの建物を一つ吹き飛ばす

ようやく、襲撃を知らせるサイレンが鳴り始める

 

那珂「哨戒網とかどうなってんの…!?」

 

大淀「火野提督不在の間、内閣府から派遣された閣僚が適当にやってましたから、見落としたんでしょう」

 

那珂「っ…!?いつの間に…って!」

 

大淀「話しかけないで、気が散ります…艦載機を操作しているので」

 

那珂「……敵の総数は?どこ行けばいい!全部やるから!教えて…」

 

息を吐ききり、目を閉じて呼吸を整える

 

大淀「なら…南西に展開した戦艦級と巡洋艦級合わせて10を…!」

 

那珂「臨…兵…闘…者、皆、陣列在…」

 

大淀「那珂さん!」

 

那珂「前!」

 

砲音と共に飛び上がり、蹴りで飛んできた砲弾を砕く

 

那珂「南西10体…了解…!!」

 

 

 

 

全力で迫り、拳打

直接の打撃、魚雷もなんなら直接叩きつければいい

 

那珂(…警戒すべきは…)

 

足元か?それとも遥か遠くか、真上なのか

 

本当にただ哨戒網を抜けてきたのか?

 

10体の中心に飛び込み、大立ち回りで嬲って、圧倒したとしても

 

那珂(…わからない、この感覚…っ?)

 

戦艦級に向けて振るった拳がすり抜ける

思わず瞬きする間に…

周囲の深海棲艦も消えている…

 

那珂(な、なんで…?……っ…ピリつく感覚も、消えて…?)

 

なにがおきた、なんで、どうして

疑問はいくらでも湧いて出る…

 

那珂「…深海棲艦、全部居なくなってる…」

 

大淀「那珂さん」

 

那珂「…何?どうなってるの?」

 

大淀「どうやら、LSFDを使っていたようです、ほら、見てください、私が倒した駆逐級から取れたものですが…」

 

壊れた機械がたくさんついたベルト…

 

大淀「…LSFD、限定空間融合装置、つまり、ネットとリアルをその範囲だけ融合させる機械です、これの範囲は、わずか数十メートル、そして効果時間は30秒程度…と、聞いています」

 

那珂「詳しいね」

 

大淀「まあ…それで、明らかにその時間を超えてこれを使っていた事から、先程の時間と距離は、あくまで“安全に動作する”という条件の下のようです」

 

那珂「……それで?」

 

大淀「深海棲艦が消えた事も含めて考えると…LSFDによって、召喚されたのが今戦っていた深海棲艦だった…と言う事になりまして」

 

那珂「…じゃあ、今の戦闘は、こっちが消耗しただけ?LSFDって艦娘のニセモノも召喚できるんだよね?イミテーション…だっけ、それも倒したところで意味ないんだよね…?こんなの、もう何しても意味ないって事?」

 

大淀「取り乱さないでください、それに、この装置を使うには大量の電力が必要です、今回倒した深海棲艦は体内に機械を埋め込まれていたので恐らくそれがバッテリー…それに、大量に使って無理やり効果範囲と時間を伸ばすしかLSFDはまともに運用できていません」

 

那珂「つまり…欠陥だらけ、って事?」

 

大淀「ええ、イミテーションも…同程度の強さのもの同士なら、イミテーションの実力が劣るため、撃破は難しくないと報告が上がっています、焦る必要はないんです」

 

那珂「……って言っても…」

 

大淀「…私は私で、やる事があるので、鎮守府に戻らないと…っ?…ぁ…!」

 

那珂「…大丈夫?」

 

大淀さんか頭を抱えて俯く

 

大淀「……何、何これ…よげ、ん……予知…?……っ…!…那珂さん、逃げ…」

 

那珂「え?」

 

ジュッ…と、焼ける音がした

それも、真裏から

 

熱い、背中がすごく熱い

 

那珂「っ…この、炎…!」

 

消せない、海に背中を押し付けても消えない、振り払えない

 

どんどん、服が燃えて、体が焼けて…

呼吸をしないようにしても、体が酸素を求めてる

広がった炎に喉を焼かれてる

 

大淀「…っ…那珂さん…!」

 

脚部艤装が燃えて破裂した

もう水に浮かんでいる事もできなくて、もがくほどに身体が痛くて…

 

大淀さんが伸ばした手も、掴めなくて

 

那珂(ダメ…沈む…!)

 

酸素が足りなくて、目の前がチカチカして…

ぼんやりと、頭が白くなって…

 

 

 

 

軽巡洋艦 大淀

 

大淀「…沈んだ……っ…撃ってきたのは…」

 

砲弾が飛んできた方向を見る

レ級…それも、恐らく…

 

レ級「……」

 

大淀「イミテーション…しかも、最悪ですね」

 

そのレ級の肌が、褐色の良いものに変わっていく

 

大淀「…手数が多いのは知っていましたが、こんな手まで使えるとは…いや、それより、CCW(特定通常兵器使用禁止制限条約)くらい、ご存知だと思ってましたよ、アケボノさん」

 

アケボノ「……」

 

ニヤニヤと笑う素振りは、本物とは似つかない…本物はまだ多少、少しくらいは品位があるだろう

 

大淀(…予知通りなのか、今、那珂さんが沈んだのも…そして、さっき見た…海の影も)

 

強大な、まるで島のような…

 

何かが、海から大口を開いて現れる…

 

海の奥底から、それが現れる

 

その予知が…

 

大淀(私の予言が、変えられないのなら…太古から眠り続けたそれは、もう間も無く、目を覚ます…と言う事なのか…)

 

レ級の尻尾が大口を開き、砲口を覗かせる

 

大淀「……撃てばいい、撃ってみなさい……」

 

ナパーム弾、それが先程那珂さんを襲ったものの正体

正確には少し違うのだろうが、この息苦しさからしてまずそれに近いものだ

粘性のある可燃物、周囲の酸素を大量に消費するため、着弾点近くにいるだけでも危険な兵器だ

ただの水では消せない…だが

 

大淀「……そもそも、当たらなければ問題ないのでしょう?」

 

砲弾が少し離れたところで何かにぶつかったようにひしゃげ、中身を撒き散らす

 

大淀「…夕張さん、私は、貴方が気に食いません、私にはできない、多彩な発明で、ひらめきで、提督の注意を簡単に引き寄せてしまいますから……でも、今だから、貴方に感謝していますよ」

 

立て続けに放たれた砲弾が全て、同じ地点で固まる

 

大淀「…この、フィドヘルのカートリッジ…ありがたく、使わせていただきます… 天明修羅曼茶羅(てんめいしゅらまんだら)

 

砲弾が歪み、消滅する

 

大淀「……ごふっ…!」

 

頭が、熱い…

鼻血が垂れて、頭痛も…

 

大淀「反動…か…!っ…」

 

なんとか、顔を上げたとき、すでにイミテーションは消えていた

 

大淀(…たす…かっ…た…)



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Night terror

横須賀鎮守府 

軽巡洋艦 川内

 

川内「…那珂が、死んだ?」

 

大淀「ええ」

 

…嘘だ

信じられない、本当に?

 

大淀「那珂さんは、背後から被弾、それも、ナパーム弾のような砲弾を受け、炎に包まれました、その後、脚部艤装なども炎で破損、沈んでしまいました」

 

川内「……誰がやったの」

 

大淀「イミテーション、アケボノさんの…ご丁寧に最初の1発だけ砲音を消してましたよ…投げつけるなりなんなり、砲音を消す手段を隠し持っているのでしょう」

 

川内「……っ…!」

 

…間違ってるのはわかってるけど、アケボノを一瞬憎んだ

だってそうだ、アケボノが手の内を全部曝け出してくれれば…それでもきっとやられてただろうけど…!

 

大淀「すみません、私を責めてください、私のせいで、あの時、私は…予言を、未来を見てしまった…なのに、なんともする事ができなかった」

 

川内「……」

 

大淀「三崎司令、申し訳ありません」

 

亮「……いや、わかった、川内、今は行くなよ、探すなら明日だ…海斗、潜水艦部隊を借りられないか?」

 

海斗「わかった、後で連絡するよ」

 

つい、壁を殴りつける

ほんの出来心だ、本当に、ついうっかり、意図したわけではない

でも…

 

川内「…後で?」

 

海斗「…今は連絡がつかないんだ、問い合わせの電話が集中してるし、携帯の連絡もできない…一応、メールだけは先に送っておくつもりだけど」

 

川内「チッ…!」

 

…つい最近の事だ

那珂が生死を彷徨うことになり

そして、漸く生き返ったのは

 

なのに、なのにこんな…

 

川内「納得できない…!この襲撃にLSFDを使ったのなら…裏はどこ?綾波?それとも深海棲艦の親玉?誰が悪いの…!」

 

亮「川内落ち着け!」

 

川内「落ち着けるわけないでしょ!?…提督は、落ち着いてられた…?大事な人が、居なくなって……私は、目の前で見ていることすらできなかった、手を伸ばしてあげる事すらできなかった…!そばに居てあげられなかった!」

 

亮「っ…」

 

…奥歯を噛み締める、痛い気がする

血が溢れてるような感覚がある

 

でも、那珂は?もっと苦しんでたんだ

これが?痛いわけない

 

川内「…提督」

 

今の私は、どんな顔をしてるんだろう

どんな目で、誰を見てるんだろう

 

川内「私の欲しい命令を、してよ」

 

亮「…それは…」

 

川内「…できないの?できるよね?だって…それは、自分自身( ハセヲ )を否定する事だよ…提督…自分(ハセヲ)が戦ってきた復讐劇は、間違いでしたって…言えるの?」

 

亮「川内…!」

 

…なんだっていい、最悪、命令なんてなくてもいい

なのに、欲しい

命令があれば、私は1人じゃないって…信じられるから

 

仲間に見捨てられたりしてないって…

 

海斗「間違ってる…と、思う」

 

亮「海斗…」

 

川内「…は?」

 

…なんだ、なんでいきなり割り込んできて…

 

腰に差した短刀に手をかける

手を乗せた重みにかちゃりと音を立てたそれを、すらりと抜き放ち

 

そして、眼球にその切先(きっさき)をむけ、問う

 

川内「なんで、間違ってるって…言えるの?」

 

海斗「…復讐なんかじゃない、ハセヲ()は、救うために戦ってきた…実際に見てきたわけじゃないけど…きっと、僕と同じだから」

 

…真っ直ぐとこちらを見据えてそう言う

 

海斗「ハセヲとして、戦ってきたことは間違ってない、でも、君が重ねている姿は、間違ってると思う」

 

川内「……何も知らない癖に…!」

 

亮「いや、川内、間違えてるのは、お前の方だ」

 

川内「…提督も…私を、否定するの?」

 

亮「話を聞け、川内…!那珂はまだ死んだと決まったわけじゃねえだろうが!」

 

川内「助かるわけ無いでしょ…!艤装も壊れた!全身に火傷を負ってる!…そんなの、素人でもわかる…死んでるって…」

 

海斗「いや…可能性はある、那珂さんは…確か、深海棲艦のカートリッジを持ってるんだよね?」

 

亮「ああ…なあ、川内…それがあれば、多分水中でも…なんとか耐えられるんじゃねえのか…?」

 

川内「っ…!」

 

まだ、可能性が…?

 

海斗「今、イムヤにメールを送ったよ、だから、少しだけ待って欲しい」

 

 

 

 

海斗「…返信が来た」

 

携帯の画面を見せてもらう

 

[送信者:伊168

  件名:Re捜索隊

 

OK!今から向かうけど、陸路の方が早いかな?

調べたら横須賀周辺は電車が止まってるみたいだし、近くまで行ったらタクシーで行くから!

もちろん経費でよろしく!]

 

川内「……間に合う、かな」

 

大淀「海上の捜索を先に始めましょう、横須賀の艦娘を動員します」

 

亮「いいのか?」

 

大淀「ええ、那珂さんは失うには惜しすぎる人材だ…と、私は思っていますので…それに、貴方達には借りがある…前の世界で何もかも託して消えてから、私は何一つ、返せていません」

 

川内「…ありがとう」

 

 

 

 

 

海上

 

夜の海は、荒々しい波をたてていた

まるで私を誘うような、誰かの泣き声のようにも聞こえる

地獄の門が開くような音にも聞こえる

 

大きな生物の唸り声?それとも世界の終わる音?

そのどちらもが正しい気がしてならない

 

世界は私を喰おうとしている、この海はその大口に過ぎないのだと…そんな気がして

 

大淀「…大丈夫ですか」

 

川内「……うん」

 

大淀「現在登録されている艦娘の中で1.2を争う強者…と聞きましたが、その見る影もありませんね」

 

川内「っ…」

 

耳を塞ぎ、目を凝らす

必死に、必死に視界を巡らせる

 

あそこか?こっちか?向こうなのか?

いつしか、那珂を見つけたいと言う心に、邪念が混ざり始めた

 

早く、終わりたい

この心臓を掴まれるような恐怖から逃れたいと

 

最低だ、一瞬自分を否定して奮い立たせても、その悪感情は消えてはくれない

 

川内「…那珂…那珂!どこにいるの!那珂ぁ!」

 

自分の言葉が、信じられない

心配して、那珂を案じての言葉だと信じきれない

この嫌味な隠れん坊を終わらせて、早く夜から逃げ出したいと、ずっと思っている

 

川内(違う!違う!違う!!)

 

そうだ、前の世界で克服したんだ

春雨と再開して、終わった話なんだ

夜は、もう怖くないはずなんだ…

 

だけど、私は知っている

夜は何より非情で、一度捕まえたものを、返してはくれないと

 

夜は冷たくて、一瞬で何もかも奪い去っていくと

 

夜は、私の大事なものを、何もかも奪っていく…

 

川内「っ…」

 

何かが、波に乗って何かが、脚部艤装に張り付いた

白いそれを、拾い上げ、広げる

 

大淀「…それは」

 

川内「……那珂の、手袋だ…」

 

所々焼け焦げているが…間違いない

那珂は私や神通と違い、1人だけ白手袋をつけていた

 

スポットライトへの、アイドルへの憧れだろうか

この世界に来てまで、かつての様に艦娘になろうと言わなければ…那珂は、未だにスポットライトの下にいられたのに

 

川内「……私の、せいだ…」

 

那珂は、きっと…私を恨んでいるはずだ

怨んでいるべきだ

 

夜は残酷だ、私の好きなものを、全部奪っていく

 

大淀「絶望するのはまだ早い…貴方は全てを失った訳じゃない」

 

川内「失ったよ!全てだよ…!神通も、那珂もそう!2人が私の全て!でも神通は私を見捨てた!那珂は…私が夜が嫌いなのを知っていたから…外に出るのが怖いのを知っていたから、護衛に残る様に言ってくれて……!」

 

大淀「だとしても、まだ…」

 

川内「死体が見つかるのを待てって…!?嫌だよ…!私は…私は……っ…!?」

 

俯いて、海を睨んでいた

光が見えた気がした…

上を見上げる

 

大淀「……月か…」

 

川内(…今の、海の中が光った様に感じた…本当に月が反射した…?)

 

本当にそれだけなのだろうか…

 

大淀「…潜水艦部隊が到着した様です、川内さん、一度陸に戻りましょう…そのままでは風邪をひいてしまいますよ」

 

いつの間にか、服はずぶ濡れだったけど…別にそんな事はどうでも…

 

川内「……待って…何か」

 

何か、本能に呼びかける様な何かが、ここに居る

 

大淀「どうしました」

 

川内「……ダメだ!ここに居ちゃだめだ!これ以上集めたら、ダメだ…!目覚めちゃうんだ…そうだ、そうなんだ…!」

 

大淀「だからどうしたと…」

 

立ち上がり、大淀の腕を掴む

 

川内「逃げよう!早く!!」

 

 

 

 

 

横須賀鎮守府

 

亮「…で、全員無理矢理撤収させた上に…潜水艦部隊も行くな…ってどう言う事だよ」

 

川内「あそこは危険なんだよ…怖いところだ、みんな、喰われちゃう…だから、駄目、行っちゃダメなんだ…何か、いるんだよ…」

 

大淀「…那珂さんのことは」

 

川内「那珂はもうダメ…きっと食べられたんだ…ああ…夜じゃなければ…夜が、私の大事なものを…」

 

亮「おい川内!いい加減にしろ!」

 

川内「っ…!」

 

声に反応して体が大きく跳ねる

目元が熱くなって、涙がこぼれ落ちる

 

亮「…お、おい…泣くなよ…」

 

川内「だって…きゅ、急に…怒るから…」

 

…ダメだ、涙が、止まらない…

怖い…目の前にいる人すら、怖くて怖くて仕方ない

 

海斗「…川内さん、イムヤ達に那珂さんの捜索を任せてもいい?」

 

川内「ダメって…言ってるじゃん……!アレが、起きたら…世界が終わっちゃう…」

 

大淀「先ほどから、何に怯えてるんですか…?」

 

ああ、胎動が聞こえる

そうか、あれは眠っていたんじゃない、産まれようとしているんだ

 

力を、栄養を得て、成長し続けて…ようやく産まれるんだ…

私達は、それに何もできず…蹂躙される…

 

川内「…そんなの……嫌だよ…」

 

亮「おい…」

 

大淀「極度の恐怖から…心を閉ざしてしまった様ですね…」

 

私のそばに、今、誰がいるの…?

神通は?那珂は…?

 

提督は、私に怒ってるし…周りも、何も、怖いものしかない…

 

川内(夜なんて、なくなればいいのに…夜が、那珂を…全部を、奪っていって…)

 

 

 

 

 

 

 

 

The・World R:X

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

             アカシャ盤前

???

 

……

 

全身が痛い

涙がとめどなく溢れてくる

 

だけど、目を開くことすらままならない

 

ザッザッと、こちらへ歩いてくる足音が一つ…

 

???「おう、無事か?…ダメだな、返事もできんほどと見える……回復アイテムはロクに持ってはいないが…っと、良いのがあった」

 

何かを振りかけられる感覚

体がスゥッと楽になる

 

自然と空気を吸い込み、酸素が肺に満ちていく

 

死んでるのか生きてるのかわからない状態だった自分が、生き返るのが…ハッキリとわかった

 

砂嵐三十郎「おお、目を覚ましたか…どうだ、加減は」

 

…侍?

 

砂嵐三十郎「プレイヤーか?それともこれは何かのイベントか?お前さん、名前は」

 

私?……私は…

 

那珂「那珂…」

 

いつもの様に振る舞う気力までは…まだ戻っていない

 

砂嵐三十郎「なか…ナカってぇーと…漢字はアレか、横長の口の真ん中に縦線引いた…」

 

那珂「違う、那珂って文字は…ええと、左側がちょっと変な月って字で、右はおおざとへん、これがな、それでかは、玉部に可能の可、わかる?」

 

砂嵐三十郎「ちょっと待ってくれ…ええとおおざとへんが…?これか、で、玉部……可能…那珂…って事か?」

 

那珂「そうそう、声おじさんなのに、部首でよくわかったね」

 

砂嵐三十郎「日本語を勉強し出したのも、おじさんになってからだ」

 

那珂「…外国人?」

 

砂嵐三十郎「そうだ、中々上手いもんだろう?」

 

…驚いた、流暢に喋るし漢字にも対応できるなんて

 

那珂「…ところで、ここはどこ?」

 

砂嵐三十郎「マク・アヌだ」

 

那珂「……マク・アヌ…?…じゃあ、The・World…!?」

 

砂嵐三十郎「…お前さんは他の奴らと毛並みが違うとは思ってたが、どうやら間違いないらしいな」

 

那珂「あ、まさか…」

 

これが、噂の…リアルデジタライズ?

そうか、あの最後に見たチカチカ…あれはリアルデジタライズの光…

 

那珂「…傷も治ってる!服も…手袋は片方ないけど…ね、ねえ…ええと」

 

砂嵐三十郎「砂嵐三十郎…三十郎でいい」

 

那珂「三十郎さん!…私、リアルから来たって言ったら…信じる?」

 

砂嵐三十郎「へっ…ついこの間までそんなこと言ってるヤツと組んでた、2人目だろうが3人目だろうが、信じようじゃねえか」

 

那珂(時代劇風…?)

 

那珂「…とにかく、リアルに帰らないと…そうだ、The・Worldなら青葉ちゃんにも助けを求められるはず…!」



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記録 着任

宿毛湾泊地 医務室

駆逐艦 狭霧

 

狭霧「失礼します」

 

春雨「おや…お疲れ様です、もうそんな時間ですか?」

 

狭霧「ええ、交代しましょう…何か引き継ぐようなことは?」

 

春雨「全く、変わりない…とは、本来いい意味のはずなんですがね」

 

狭霧「永遠に不変である果たして良いことなのでしょうか…青葉さんの体は、もう老化はしない、しかし…徐々に修復しつつある…」

 

春雨「…SNSは見ましたか?不老不死のバケモノ扱いですよ…私達は、深海棲艦を倒す為に存在するのに、深海棲艦と全く同じ扱いを受けて迫害される」

 

狭霧「……そうですね、しかし…青葉さんの、患者の前で言うことではありません」

 

春雨「すみません、感情が昂ってしまいました」

 

狭霧「…青葉さん、起きてますか」

 

カーテンを開き、ベッドで上体を起こしたままの青葉さんに声をかける

 

狭霧「ずっとその体勢では、腰も肩も疲れるでしょう…それと、少しは眠れましたか?……私の声は、聞こえていますか?」

 

…返事はない

 

春雨「ずっと……そのままです…横たわらせても、いつの間にか起きていたり、ずっと横になっていたり…たまに瞬きをするくらいで、自ら動くことはしない」

 

狭霧「……点滴、変えますね」

 

…私の声は届いていない

それに、私はここには医官としている訳ではない…

別に春雨さんの手伝いをする必要も…ない筈なのに

 

春雨「…狭霧さん、一つ聞いてもいいですか」

 

狭霧「なんですか?」

 

振り返らず応える

…いや、振り返れない

今の歪んだ顔を見られたくはない

 

春雨「何故、貴方が私に手を貸してくれるんですか?医療の知識が、技術があるのはわかる、でも…貴方はLinkの仕事もある筈です」

 

狭霧「……負い目があるんですよ、青葉さんに」

 

春雨「負い目?」

 

狭霧「青葉さんを苦しめてしまいました、川内さん達と仲が良かったのなら、何か聞いていませんか?」

 

春雨「……全身傷だらけになっていた、過酷な環境でゲーム(The・World)に臨んでいて、その意思は固い…とも」

 

狭霧「過酷な環境で…か……そうですよね、まさにその通りです、言い逃れのしようもなく、あそこは青葉さんにとっては完全な敵地(アウェイ)、なのに、ずっと頑張ってました」

 

だと言うのに、私は青葉さんに寄り添うことすらしなかった

Linkの存在に多大なる支援をしてくれたのに、朧さんにそれを丸投げした

 

狭霧「……本当なら倉持司令官にも、合わせる顔が無いんですが…」

 

春雨「…辛いことを抱えて生きるのは、しんどいですよね」

 

狭霧「…春雨さん?」

 

春雨「貴方は綾波さんの記憶で、過去の世界の私のことも知っている…んでしたっけ」

 

狭霧「…いいえ、私はあくまで、書類を読んだようにしか、理解したとはとても言えない、何も知っているとは言えないようなレベルです、貴方の気持ちも、何も…」

 

春雨「今の貴方と似ているのかもしれません…疲れて、それが、耐えられなくて…いつの間にか、楽になりたくなる……最期を迎えるとき、せめて誰かに優しくして、死にたいと思った…憶えておいて欲しいって」

 

春雨さんは俯いて笑う

 

春雨「それが…一食分のおにぎりひとつで…それが…川内の心を縛るなんて、あの頃の私は思いもしませんでしたけど、はい……心が疲れたら、逃げてください」

 

狭霧「…逃げる」

 

春雨「医者が心を病んでは、患者さんを治すことはできません、私達は、勿論死んではいけない、怪我をしてはいけない、心を病むことも」

 

狭霧「…いつも心がけてるんですか?」

 

春雨「そうじゃありませんけど…でも、たとえ逃げ出してでも、生き残れば…また救える命があるって…思いました、はい」

 

狭霧「……」

 

青葉さんに近寄り、顔をこちらに向ける

 

狭霧「…青葉さん、聞こえていますか…?辛い思いをさせて、ごめんなさい…ずっと謝れなかった…私も、綾波さんの居場所を知りたくて、止めるのを躊躇って…間違っていたのに…」

 

…独りよがりだ

だけど、今しか、謝れない気がしたから

 

春雨「…独りよがりですね」

 

狭霧「わかっています…言われなくても」

 

春雨「拗ねたんですか?……思ってたより、やはり子供、なんですね」

 

…癪に触ることばかりわざわざ…

 

春雨「…不快でしたか?」

 

狭霧「それは…」

 

春雨「当然ですよね、そう思うとわかって言葉を選んでました…でも、嬉しいんです、はい」

 

狭霧「…性格が悪いですね」

 

春雨「ああ、そう言う意味じゃなくて…貴方が感情を表に出すのは、珍しい気がして…その…感情を見せてくれる貴方を、理解できるのかなって」

 

狭霧「…理解、ですか」

 

春雨「はい…よければ、友達になってくれませんか?」

 

狭霧「友達…?何故また」 

 

春雨「なんだかんだ、友達がいないんですよ、私…如何ですか?」

 

狭霧「…確かに、友達多くはなさそうですね、目に痛い髪色をしてますし、明るい性格とは言い難いし、人付き合いも上手くなさそうですものね」

 

春雨「…言葉に棘を感じます、はい」

 

狭霧「お返しですよ」

 

顔を見合わせて少し笑う

 

狭霧「…これなら、大丈夫ですね」

 

春雨「ええ、私達は心を病んだりしない、青葉さんの治療も…滞りなく、間違いなくできる」

 

と言っても、体の治療よりは心のケアが優先されるだろう

 

コンコン、とドアを叩く音がする

 

春雨「はい?」

 

明石「失礼しまーす」

 

狭霧「明石さん?」

 

明石「医務室に新人を紹介に来ました、えーと、ほら、入って入って」

 

2人、おどおどとした様子で入ってくる

 

狭霧「…何故医務室に?」

 

明石「え、ほら、ふ、2人とも医者っていうか…」

 

春雨「医者…!?よくそんな人ここに派遣してくれましたね…!」

 

明石「あ、あはは、そんな事いいじゃないですか!ええと、それで、夕ば…ぶっ!?」

 

1人が明石さんの口に平手を打つ

 

春雨「え、ちょっと?」

 

 

 

軽巡洋艦 夕張

 

夕張「ご、ごめんなさい!虫が飛んでたもので、いやー、明石さん大丈夫でしたか?」

 

そう言いながら明石のつま先を踵でぐりぐりと踏みつける

 

明石「ふぐぉ…ぁ…は、はい…」

 

春雨「…ええと」

 

夕張(明石が名前ほとんど呼んじゃったし…ゆうば…まだ着く名前…名前…)

 

狭霧「あの、お名前は…」

 

夕張(…そうだ、この人って確か、狭霧さん…)

 

瑞鶴「ちょっと…どうすんの?」

 

夕張「大丈夫!すみません、申し遅れました、私夕霧って言います!こっちは朝霧です!」

 

瑞鶴「よ、よろしくお願いします」

 

狭霧「夕霧に朝霧…2名とも綾波型…?」

 

夕張「そ、そうなんですよ!だからつい驚いちゃって!」

 

春雨「…何に?」

 

夕張「え?ほら、同じ綾波型の人にいきなり会うなんて……ぁ」

 

狭霧「私、名乗りましたっけ」

 

瑞鶴「えーと、私耳が良くて!外まで聞こえてたんですよ!狭霧さんって名前…あ!そうだ!友達にってお話も聞こえてました!」

 

2人が顔を見合わせ、気まずそうに俯く

 

狭霧「本当に聞こえてたんですね…恥ずかしい」

 

春雨「…他言無用でお願いします」

 

瑞鶴「いやー、地獄耳ってよく言われます!あは、あははは…」

 

夕張(グッジョブ瑞鶴!)

 

瑞鶴(寿命10年は縮んだ…というかこの2人も事情さえ理解してくれれば味方してくれるはずなんだけどなぁ…)

 

狭霧「それで…医者というのは…」

 

夕張「あ、私、医師の免許とか、薬剤師、カウンセラー、いろんな資格持ってるんです」

 

春雨「本当ですか…!よくここにくれましたね…でも、資格を持ってるにしては、随分と若いような…」

 

夕張「え?いや、だって艦娘システムのせいで色々年齢無視できるようになってるじゃないですか、ほら、軍内だったら特例で試験とか受けられるし、私横須賀でー…」

 

春雨「横須賀から来たんですか?」

 

夕張「……あー…はい、そう、私たち横須賀から…」

 

狭霧「…左遷?」

 

瑞鶴「い、いや、あそこうるさいから…静かなところに…ね?」

 

夕張「そうそう!デモ隊に殺されそうだったので!ね!」

 

春雨「は、はあ…?」

 

瑞鶴「もうアンタ黙ってなさいよ…」

 

夕張「はい…」

 

狭霧「それで、朝霧さんは?」

 

2人の興味津々な視線が次は瑞鶴に向かう

 

瑞鶴「えっ?わ、私?…は…ええと…」

 

夕張「特に資格は無いんですけど、私のお手伝いをよくしてくれてて、その、そのうち勉強しようねって!」

 

瑞鶴「あ、そう!そうです!」

 

春雨(…黙ってろって言われてた気がします、はい)

 

狭霧(自己紹介が凄く下手…?)

 

夕張「……ん?」

 

カーテンの奥のシルエットが目に入る

 

夕張「青葉ちゃん…?」

 

春雨「…ああ、横須賀に居たならお姉さんとはお知り合いですか」

 

春雨さんがカーテンを開き、ベッドの上で呆然とした様子の青葉ちゃんが視界に入る

 

夕張「……?」

 

おかしい、生きてないみたい

まるで何も認識していないみたいに、ただそこに…あるだけ

存在がある、それだけ、心は居ない…

 

狭霧「カウンセラーもできる、とのことですし…いきなりですが、負担の大きい仕事を任せてもいいですか?」

 

夕張「…彼女、何処が悪いんですか」

 

春雨「担当してもらう以上、隠すことではありませんのでストレートに言いますが、彼女は民間人に撃たれ、そしてその上非難を受け…心が崩壊してしまいました…私たちの呼びかけにも応えてはくれません」

 

夕張「……」

 

アオバが何処まで知っているかは知らないけど

これを聞いたらその民間人を死んでも見つけ出して縛り首にでもするだろう

私だって、ニュースで聞いた時は気が気ではなかった

 

今だってはらわたが煮え繰り返る思いだ

 

でも、今必要なのは、他者への怒りではなく

寄り添う心

 

夕張「わかりました、どんなに時間がかかっても、必ず呼び戻して見せます」

 

青葉ちゃんの心を

 

明石「……あのー…」

 

春雨「…どうかしましたか」

 

明石「そ、そろそろ、アケボノさんに紹介に行かないとまずいかなって…」

 

狭霧「まだ行ってなかったんですか?」

 

明石「まあ…ちょっと怖かったので…」

 

春雨「遅くなる方が怖いですよ、何したのかは知りませんが」

 

医務室を出て、廊下の隅に固まって提出する資料を書き直し、準備をして向かう

 

 

 

 

執務室

 

アケボノ「……何故今の時間に?もう夜中の21時ですよ」

 

明石「ええと…職場見学?」

 

アケボノ「……」

 

アケボノさんの刺すような視線にたじろぐ

 

アケボノ「それで、貴方達が」

 

夕霧「夕霧です」

 

朝霧「朝霧です」

 

アケボノ「よろしくお願いします……明石さん、この資料…もっと早く提出してくれませんか?転属の知らせを当日に出すとか聞いた事ないですよ」

 

明石「ごめんなさい…」

 

アケボノ「……転勤の願も昨日提出されてる?……にしては、遅い時間…あれ、あの」

 

明石「は、はい!?」

 

アケボノ「転属願の名前と違うんですが」

 

夕霧「え?」

 

朝霧「あ…そ、それ多分向こうが間違ってるんじゃないかなーって思います!一晩したら訂正来るかも!」

 

アケボノ「……まあ、構いませんが…ええと、それと、本当に提督には先に?」

 

明石「向こうで連絡してます!大丈夫です!」

 

アケボノ「では、到着の連絡は明日の朝します」

 

明石「提督にくれぐれもよろしくお伝えください!!」

 

アケボノ「……ところで、なんで転属願…夕張さんに…あの人は確か行方不明のはず」

 

夕霧(…ちゃんと見てるなぁ…適当な名前に改竄しとけばよかった…)

 

朝霧「…本当に大丈夫なの?夕ばr…ったあ!?」

 

朝霧の口に平手を打つ

 

アケボノ「…何してるんですか?というか今、夕張って…」

 

夕霧「い、いやー!その、ご挨拶するときに何もないと失礼だと思って!手土産に持ってくる予定だった夕張メロンが届かなかったけど大丈夫かなって!」

 

明石(滅茶苦茶すぎる…)

 

アケボノ「は、はあ…」

 

夕霧「と、届いたらすぐ持ってきますので!」

 

アケボノ「…そうですか、楽しみにしておきます」

 

アケボノ(提督はお喜びになるかもしれない…あと漣と潮…朧は瓜の匂いが如何とか言ってたし大丈夫…?)

 

明石「じゃあ!夜も遅いんで失礼しまー…」

 

執務室の電話が鳴る

 

アケボノ「はい……イムヤさん?どうしました…川内さんが?……何故、ええ、ですが呉でも……はあ…成る程……提督は?…それで良いと、わかりました、受け入れの準備はします、それと朧と私がそちらに…」

 

アケボノさんが受話器を置く

 

アケボノ「夕霧さん、医官の経験があるんでしたね、それとカウンセラーの資格もあると」

 

夕霧「は、はい?」

 

アケボノ「…1人、患者が増えます」



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記録 裏切り

宿毛湾泊地 医務室

駆逐艦 夕霧

 

夕霧「んっ!?…っ…!…ま、またなんか壊れた…」

 

爆発…のような音、そして何かが破壊される音、怒号

まるで戦闘しているかのように激しい音が少し離れた位置から聞こえてくる…正直、怖い

 

朝霧「…あのー、あれ何が起きてるんですか…」

 

狭霧「さあ…でも、川内さんが目覚めたのは間違いないようですね」

 

意識を失った状態で…

おそらく、極度の緊張状態から一気に深い睡眠に落ちたと思われる川内さんは何をしても起きる気配がなかった

 

それが目覚め…爆発した

 

夕霧「…ほんとに何が…」

 

窓から覗こうとした瞬間、窓ガラスを何かが突き破る

 

夕霧「ひっ!?」

 

窓ガラス周辺の壁ごと吹き飛び、カーテンを巻き込んで何かが転がり込む

 

朝霧「人…っていうか…」

 

狭霧「川内さん…」

 

川内「っ……あ…アケボノぉぉ!!出てこい!!」

 

先程からの怒号の正体はこれか

 

狭霧「川内さん、落ち着いてください、アケボノさんは居ません」

 

川内「五月蝿い!アケボノ…殺してやる…!」

 

夕霧「ちょ、ちょっと待って!アケボノさんが何を…」

 

朝霧「っていうか、なんでそんな怒ってんの…?」

 

川内「那珂が死んだ!アケボノのせいで…!」

 

夕霧「えっ」

 

那珂さんといえば、呉指折りの実力者…

ただ、気になるところはアケボノさんは昨日は鎮守府に居た点

 

狭霧「那珂さんが?…アケボノさんのせい、というのは…」

 

川内「アイツのコピーにやられたんだ…アイツが手の内さえ晒していれば…!」

 

…つまり、イミテーションとかいう偽物と本物の那珂さんが戦って、那珂さんが負けたと…

確かに2人とも強い、強すぎるくらいに

だから、どちらかが、負けた方が死ぬのはおかしい事じゃない

 

ただ、イミテーションが那珂さんを殺したからと言って、オリジナルのアケボノさんが悪いかと言われると…

 

狭霧「…ちょっとよくわかっていませんが……話を聞くに…アケボノさんは悪く無いのでは?」

 

夕霧「あっ…」

 

言っちゃった…

 

川内「……悪いよ」

 

狭霧「でも、アケボノさんの手の内なんて知っていても対策できるかは別じゃないですか、あの人は私の知る限り、碑文、深海化、艤装、体術、それらを多彩に使い分けるし…手の内を全て知っていても全部潰すのは不可能ではないですか?」

 

川内「っ……」

 

狭霧「…貴方がアケボノさんを恨んでいるのは、ただ、憎しみをぶつけたいだけなのでは…」

 

医務室の壁が吹き飛ぶ

 

狭霧「……成る程、沸点に達しましたか…」

 

夕霧「あ、煽りすぎたんじゃ…」

 

川内「それ以上、何か言うなら…殺す」

 

狭霧「…だとしたら、場所を変えましょう、ここには他の患者さんも居ます、貴方が暴れたいのはわかりました、しかし…それとこれとは別、周りの迷惑くらい考えられない歳でもないでしょう?」

 

川内「…患者?」

 

川内さんがベッドを覆うカーテンを開く

 

川内「……青葉」

 

青葉「……」

 

青葉ちゃんが虚げに川内さんの方を向く

 

狭霧「…!」

 

川内「…青葉は、どっか悪いの…いや、撃たれたんだっけ」

 

夕霧「えっと…精神的なものも…」

 

川内「……精神的?じゃあ、私と同じだ…」

 

何かに惹かれるように、川内さんが青葉ちゃんに手を差し出し、その手を青葉ちゃんが取る

 

狭霧「…動いた」

 

夕霧「え?」

 

狭霧「なんで?何が起きてるの…?川内さんと親しかったから?じゃあ明石さんは?…他の誰にも反応を示さなかったのに」

 

川内「何言ってんの…?」

 

朝霧「…あれ」

 

夕霧「どうかした?朝霧…あ」

 

青葉ちゃんが、その虚な目でじっと朝霧を見つめる、そして次に川内の方に向く

 

狭霧「……」

 

川内「なんだ、青葉、何処も悪くないじゃん」

 

青葉「……はい」

 

夕霧「喋った…昨日までほとんど言葉を発しなかったんですよね!?」

 

狭霧「何が起きてるのか、わかりませんが…朝霧さん!春雨さんを…そうか、今日は夜まで帰らないんだ…ええと…なんてタイミングの悪い…!」

 

夕霧「あ」

 

青葉ちゃんがベッドから降りて立ち上がる

 

狭霧「…青葉さん、立てるんですか…傷は?痛むはずです、それに投薬しているので頭もぼやけてるんじゃ…」

 

青葉「…大丈夫です……私、やる事があるので…行きますね」

 

夕霧「ちょちょっ!?ちょっと待った!!そんな体で何処に…っていうか点滴抜こうとしないで!?」

 

青葉「……貴方は…?」

 

夕霧「いや、ゆう……夕霧…です…って!そうじゃなくて!まだ動ける体じゃないから寝てないと…」

 

青葉「私がここで寝てる事は、良くないことだと思います」

 

夕霧「へ?」

 

青葉「私は、今、やる事があります、邪魔をしないでください」

 

…ぞわり

身体が、固まる

足が震えて、膝がガクガク言いだした

 

力が抜けて、腰が落ちそうになる…

なんでこんなに怖いの…?

 

狭霧「青葉さん」

 

青葉「……なんですか」

 

狭霧「ベッドに横になってください…」

 

青葉「お断りします」

 

狭霧「何故ですか、何処に行くんですか」

 

青葉「The・World……これ以上の災禍を…止めるために」

 

夕霧「これ以上…?」

 

青葉「…みんな辛いんです、今は感じませんが、きっと痛い、この身体は今も痛みを感じてる……でも、私の知らないところで、知らない誰かも苦しんでる…だから、私は…行かなきゃ」

 

川内「The・Worldに何があるの?」

 

青葉「みなとみらいの事件を、再び起こした犯人が居ます…それを捕らえる」

 

夕霧「犯人…?綾波とかじゃなくて…?」

 

狭霧「え?」

 

川内「じゃあ、私が部屋まで送るよ…邪魔したら、殺すからね、そっちの白髪も」

 

狭霧「白髪……」

 

ただ、見送るしかなかった

 

 

 

 

夕霧「……夜恐怖症…そして、不安定な興奮状態…」

 

メモをとりながら、じっくりと思案する

 

狭霧「少し良いですか」

 

夕霧「はい?」

 

狭霧「…さっき、みなとみらいの犯人が綾波って言ってましたけど…」

 

夕霧「…あー…横須賀の一部のメンバーは知ってるんです」

 

狭霧「…そうですか」

 

夕霧「…みなとみらいの件がよほど精神的にきてるんですね…それに対する強迫観念もある…結局根幹は恐怖心……故に、自分の身を守りたくて、攻撃的になる…」

 

狭霧「……だとしても…青葉さんは何をしようとしているんですか」

 

夕霧「恐怖心の源をなんとか…消し去りたいと思っているはずです、それを取り除くために手段は選ばないと思います」

 

狭霧「……止める手段を探さないと、手遅れになる前に」

 

夕霧「無理だと思います…今の青葉さんも、川内さんも…極度の興奮状態にある…今行けば、攻撃的な対応をされる可能性も…」

 

狭霧「……」

 

 

 

 

 

The・World R:1

Δサーバー 水の都 マク・アヌ

重槍士 青葉

 

フリューゲル『本当に良いのか?』

 

青葉「はい」

 

フリューゲル『…なら、構わないし…詳細はそっちに任せるケド…』

 

青葉「任せてください…」

 

…ジッと…タウンの奥を歩く、朱色の背を見つめる

 

青葉「カイトは私が処理します」

 

…それが良い事だって、私は信じているから

 

 

 

 

Δサーバー 萌え立つ 過ぎ越しの 碧野

 

カイト「珍しいね、青葉さんから呼び出しなんて…」

 

青葉「…すみません、急に来ていただいて」

 

…カイト、この過去のカイトと、あのリアルデジタライズの少年、トキオが関わる事で、過去の事件を利用しようとする勢力が自由に動けている

 

となると、真っ先に排除すべきは…その協力者となっているトキオ

 

だけど、トキオの周りに誰かがいる状況を作ると…万が一の恐れがある

万が一にも敗北するわけにはいかない

 

先にカイトを始末する

 

カイト「…青葉さん?」

 

青葉「……ごめんなさい、司令官」

 

カイト「え?」

 

ヴォータンを、突き刺した

深く、深く…

心の臓を目指して、突き立てて

 

カイト「…なん、で…?」

 

青葉「…これが、良い事だと思うから…では、不足ですか」

 

転送音がして、そちらを向く

 

青葉「……早かったですね」

 

トキオ「…な…?…な、何してるんだよ!オイ!」

 

カイト「…トキ、オ…逃げ…」

 

青葉「フリーズ」

 

カイトの身体からクリスタルが染み出すように溢れ、カイトの身体がクリスタルに囚われる

 

青葉「……次は、貴方です」

 

トキオ「…なんでだよ…なんで、敵じゃないんじゃなかったのかよ!!」

 

青葉「事情が変わったんです…大人の事情…ってヤツなんでしょうか」

 

槍をクリスタルから抜き、トキオに向ける

 

トキオ「こうなるなら…なんで助けたんだよ!なんで…なんで!」

 

青葉「……やりましょうか」



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記録 進行不可能

The・World R:1

Δサーバー 萌え立つ 過ぎ越しの 碧野

トキオ

 

なぜ、なぜ今になっていきなりこんな事をしたのか

それを聞くのは、後でいい…後でいいんだ!

 

トキオ「うおおおぉッ!!」

 

青葉「……!」

 

槍と剣がぶつかり、金属音と衝撃波が響く

 

青葉(間合いの有利を活かして近づかせなければ、負ける理由はない……だから、常に…半歩引いて)

 

トキオ(…戦い辛い…!カイト達とあの石板の敵と戦った時より、司達とあの鉄アレイの敵と戦った時より、戦い難い…!なんでだ!?)

 

攻撃できない、うまく攻撃できない

踏み込もうとしたら剣先を槍で小さく弾かれ、突き刺す様な動きを見せられる

 

どう対処すればいい?

今まで隣に誰かがいてくれた

 

だけど、今回ばかりは…

 

トキオ(オレ一人で戦うには…一回退いて!)

 

大きく飛び下がり、武器を構え直す

二本の剣を両手に強く握り、逆袈裟に振り上げる

 

トキオ「斬烈波!!」

 

剣から放たれた斬撃が青葉の槍で弾かれる

 

青葉(…魔法じゃないな、マクスウェルでは消せない…冷静に対処しながら…いや、こっちも魔法で…)

 

トキオ「まだまだ!!斬烈波!!」

 

青葉「…はっ」

 

青葉が斬撃を槍の切先で弾き…

 

青葉(これを弾いて…今)

 

青葉「リウクルズ」

 

トキオ「うわっ!」

 

足元から水の刃飛び出す、慌ててかわすも…

 

青葉「…脚…ズタズタですね、回復しなくていいんですか?」

 

青葉が呪符を見せながらそういう

 

トキオ(狙われてる…でも、回復しないと次の攻撃でやられる…回復したところで次の攻撃を受け切れるのか?青葉の狙いは多分、動きの止まった俺を一撃で倒し切るような攻撃…まてよ?)

 

トキオ「……癒しの水…!」

 

回復アイテムを使った瞬間、青葉が接近してくる

槍を構え、大きく振りかぶり…突きの姿勢

 

トキオ「だと思ったぜ!」

 

青葉「!」

 

青葉の突きをギリギリで交わし、槍の柄を抱える

 

トキオ「取った!!」

 

青葉(読み切られた…!?何故…!)

 

トキオ「連牙・昇旋風!!」

 

逃さず、連続で斬りつけ…

 

トキオ「くらえっ!!」

 

弾き飛ばす

 

青葉「っ……どうして、ブラフに気づいたんですか」

 

トキオ「ワイズマンが言ってたんだ、青葉は魔法ステータスが高くないって、それなら…確実に仕留めたいなら直接槍で仕留めに来るって思った」

 

青葉「……そうですか、なら」

 

青葉が呪符を取り出す

そしてそれに火がつき

 

青葉「火炎太鼓の召喚符」

 

トキオ「えっ」

 

爆炎に危うく呑まれそうになりながら必死で避ける

この威力で魔法ステータスが高くない…?

前に見た時の倍近い威力だったのに…?

 

青葉「…魔法攻撃力が高くないのは事実です、しかし…弱いわけではない…それに、槍を使った理由は、別にある」

 

青葉(殺すつもりはない…槍なら加減が効く…大丈夫、捕縛してしまえばいい…)

 

トキオ(どうする…!?同じ手は通じないだろうし、青葉が回復しないところを見るとほとんどダメージにもなってない…!)

 

青葉(来ないなら、こっちから…!)

 

青葉が迫り、突きの構えを取る

 

トキオ(来るっ…!)

 

あの威力を受け切ることはできない、かわそうとすればそれも見切られるかもしれない…

 

青葉(逃げない…カウンター!)

 

槍に横から二本の剣を叩きつけ、切先を左に逸らす

 

青葉「!」

 

槍が地面に突き刺さり、槍の柄を踏みつけて動きが制限されたところを…

 

トキオ「斬烈波!!」

 

斬撃をゼロ距離から飛ばし、そして連続で斬りつけ…

 

トキオ「連牙!昇旋風!!」

 

青葉「っ…!」

 

青葉は槍を離さない、そして地面に刺さった槍は未だに抜けていない…

無防備な状態が続いている今、決めるしか…

 

青葉(こうなれば…これを)

 

青葉「ぁぐっ…?」

 

銃声が一つ鳴り、青葉が崩れ落ちる

 

トキオ「え…?」

 

ポザオネ「このワタシを抜きに楽しそうな事してるアルねェ〜!キッシッシッシッ!」

 

トキオ「…だ、誰だ、コイツ…」

 

青葉の後方から現れたのは、白塗りの顔に赤い衣装の道化…

 

ポザオネ「おっと、自己紹介がまだだったアル!ワタシはシックザールの道化のポザオネ!オマエを始末しに来たアル!」

 

トキオ「シックザール!?じゃあなんで青葉を…」

 

青葉は…意識を失って、倒れてる…?

 

ポザオネ「ソイツは元々部外者アル、それに…ソイツのPCのせいでアカシャ盤への負荷が急増し始めた…だから、まとめて始末するアルよ!」

 

トキオ「どういう事だ…意味がわからないぞ…」

 

だけど、今はっきりしてるのは…

 

ポザオネ「おや?」

 

剣を構え直し、立ち向かう

 

ポザオネ「キシシシッ!オマエ1人じゃ相手にならないアルよ〜!」

 

トキオ「だとしても!やってやる!!」

 

 

 

???

青葉

 

…ここは

 

暗い、暗く、深く、底の見えないどこか

上下左右の無い、天地のない世界を、逆さまに昇り続けているような…堕ちていくような感覚…

 

妙な浮遊感があって…ずっと、ここにいられたら、楽なのに

 

青葉「……あ」

 

ぽわんと、二つの光が灯る

 

『…チガウ…コレジャ、ナイ…』

 

何かの声が、私の頭に響く

 

『……ハッソウ…インシ……キュウキョクノ…チカラヲ…』

 

究極の、力…

 

『コンドコソ…コンドコソ…』

 

今度こそ、何を…

 

青葉「っ…!」

 

何かが、湧き上がる感覚が、はっきりと感じ取れる

 

青葉「…そうだ…ソウだ…おかしイよ…ナンデ私が…アんな事…!」

 

憎い、苦しい、悔しい

今もハッキリある痛みが…私を突き動かす

 

青葉「っ!」

 

視界が移り変わる…これは、自動転送(オートリーブ)

 

 

 

 

 

Δサーバー 萌え立つ 過ぎ越しの 碧野

トキオ

 

トキオ「…クソッ…!」

 

ポザオネとの戦いは、ハッキリ言って劣勢だった

ポザオネは毒や眠りなどの状態異常を絡めながら、離れてみたり接近してきたりというトリッキーなスタイル

 

こういう敵とはあまり戦ったことがない…

 

ポザオネ「そろそろ、終わらせるアル!」

 

トキオ(クソッ!ここで負けたら…こんなところで終わりたく無いのに…!)

 

ポザオネがゆっくりとこちらに近づいて…

 

ブラックローズ「でえぇぇぇいっ!!」

 

ポザオネ「あばっ!?」

 

大剣がポザオネの頭に激突する

 

ブラックローズ「サイクロン!!…もう一発!!オマケに…そらっ!!」

 

ポザオネ「ザーサイッ!?」

 

ポザオネが大剣に吹き飛ばされ、転がる

 

トキオ「ブラックローズ…!?…いや、声が違う…お前、偽物のカイト達といた…!」

 

ブラックローズ「あ?……あー!お前!トキオじゃねーか!?知らねー間にいなくなっちまって…心配してたんだぜ?」

 

トキオ「ぜ…?って、なんでブラックローズのPCをお前が使ってるんだ…!?」

 

ブラックローズ「…フクザツな事情があんだよ、ってか…目の前にいたやつぶっ飛ばしたはいいケド…ここ、何処なんだ?」

 

トキオ「は…!?助けに来てくれたんじゃ無いのか…?」

 

ブラックローズ「助けには来たんだよ、ただ…その相手はお前じゃなくて…あっれぇ…居ねえ…」

 

トキオ(…あれ、青葉のPCが居なくなってる…もしかして…)

 

トキオ「助けに来たって、青葉を?」

 

ブラックローズ「ん!?知ってんのか?ンだよ!知ってんなら先に言えよ!」

 

トキオ「いや…知ってるっていうか…ソイツに撃たれて…多分消えた…」

 

うつ伏せに寝っ転がってるポザオネを指す

 

ブラックローズ「ンだと!!」

 

ブラックローズがポザオネに馬乗りになり、殴りつける

 

ポザオネ「あだっ!?」

 

ブラックローズ「てめぇ!青葉に何しやがった!コノヤロウ!オラっ!吐きやがれ!!」

 

トキオ「バックマウントポジション…」

 

背中から馬乗りにされたポザオネは一方的に殴られ続ける

 

ブラックローズ「さっさと喋らねえと…串刺しにしてやるぞ!」

 

そういいつつも、喋る間すら与えず、タコ殴りにし続ける

 

ポザオネ「このままじゃ戦うことすら敵わないアル!ならば一度逃げる事ヨ!!」

 

ブラックローズ「あっ!?」

 

ポザオネの姿が霧散し、消える

 

トキオ「逃げた…た、助かっ…てない?」

 

次はこちらに剣を突きつけられる

 

ブラックローズ「青葉について、知ってる事全部しゃべってもらうぞ」

 

トキオ「わ、わかった…」

 

 

 

 

 

 

ブラックローズ「いきなり襲われた…ってトコは信じられねえな、アタシの知る限り、青葉にそんな度胸は無ぇ、もともとオドオドしてる気の小さいやつだったし…お前、なんかしたんじゃねえの?」

 

トキオ「いや…そんな事は…」

 

ブラックローズ「まあ、でも最近は人が変わったみてえに積極的なとこもあったしな……久々に会った時なんか、ちょっと引いたわ…」

 

トキオ「…リアルでも知り合いなのか?」

 

ブラックローズ「まあな、結構深い仲…元同僚ってヤツだな」

 

トキオ「…仕事仲間?…っていうか、ブラックローズ…いや、ブラックローズの中の人って…何者?」

 

ブラックローズ「…ブラックローズの妹分ってとこだ、本物は入院中…アタシ達は意識不明になったブラックローズ達を助けに来た」

 

トキオ「…どういう事?」

 

ブラックローズ「ここは過去だったな…今、現代で、リアルのブラックローズ達は意識不明になってる…それを救おうとしてんのが、アタシや青葉」

 

トキオ「じゃあ、シックザールって…」

 

ブラックローズ「シックザール?なんだそれ」

 

トキオ「……え?でも青葉は…」

 

ブラックローズ「少なくともアタシはそんなの知らねえな、まあ、ずっと一緒にいるわけじゃなかったしよ」

 

トキオ「……えーと、ブラックローズってそもそもどうやってここに…」

 

ブラックローズ「知らねえな、気づいたら転送されてた」

 

トキオ(ど、どうなってるんだ…?)

 

ブラックローズ「しかしよ…さっきのやつにお前はボコボコにされてたわけだ」

 

トキオ「え、あ…うん」

 

ブラックローズ「それを助けたんだから、アタシに恩があるよな?」

 

トキオ「ま、まあ…」

 

ブラックローズ「よし!じゃあお前はアタシの下僕だ!」

 

トキオ((しもべ)の次は下僕!?彩花ちゃんみたいなこと言い出したぞこの人!)

 

ブラックローズ「…お?」

 

トキオ「あ…」

 

ブラックローズがクリスタルに囚われたカイトを見る

 

ブラックローズ「……いつしかも…こんなんだったっけか?…ハッ、氷漬けがよく似合う勇者様じゃねえか……あ?」

 

カイトのクリスタルの一部が欠けて落ちる

 

トキオ「…これ…クロノコア…?」

 

…間違いない、クロノコアだ

でもどうして?この時代の歴史は修正できてないのに…

 

トキオ(まさか、カイトがやられたから?時代が進行できなくなってもクロノコアが出現するのか…!?)

 

…だとしたら、これは使って良いものなのか

 

ブラックローズ「なんだよそれ」

 

トキオ「…次の時代に行くのに必要な…」

 

ブラックローズ「へえ、じゃあそれでさっさと次の時代に行くぞ」

 

トキオ「えっ?青葉は?カイト達は…?」

 

ブラックローズ「このカイトを助ける手段はねえんだろ?」

 

トキオ「それは…まあ…」

 

ブラックローズ「なら、さっさと次に進んでその手段を手に入れればいい…今立ち止まるより、進む方が良い…アタシはそう思う」

 

トキオ「……ごめん、カイト…待ってて、オレ、必ずここに戻ってくるから」



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609話

宿毛湾泊地

軽巡洋艦 川内

 

川内「……」

 

つまらない退屈だ、だって青葉は私と話さないし

私も何をするわけでもなく、ただ明るい部屋の真ん中に座っているだけ

 

眠くなったら目を閉じて、眠く無くなるのを待つ

少し部屋が暗いのが気になるけど

 

できるだけ、時計や窓は目に入らないように、静かに過ごしたい

苦しい思いをしなくて良いように、できるだけ…もう、なにもしなくていい…終わりを待つだけで…

 

川内「っ」

 

気配が、近づいてくる

 

春雨「開けますよ」

 

川内「春雨…?」

 

扉が開き、春雨が入ってくる

 

川内「春雨!那珂が…」

 

春雨「聞いた…でも、川内…今、川内が取ってる行動は…間違ってる」

 

川内「え…?な、なんで?ちょっと待ってよ…春雨までそんなこと言うの?」

 

春雨「…仇を討ちたいとか、そう言う気持ちは理解できる…でも責められる謂れのないアケボノさんを標的にしてまで暴れる理由は何?」

 

川内「…アケボノが悪くないって…なんで、みんな庇うの…?」

 

春雨「川内、あなただってそこまで目を曇らせたわけじゃ…」

 

川内「那珂が死んだんだよ!?わかってる?あの那珂がだよ!?…そうそうやられるようなタマじゃないのに…!それの意味がわかる!?」

 

春雨「不意をつかれたとしても、なんだったとしても…悪いのはアケボノさんではない、貴方も奇策の一つや二つ、隠し持っているはず、私にだってある」

 

川内「…でも、それで、味方が死んだ…那珂が…」

 

春雨「なら隠すことが悪だとでも…?川内、私たちのしてる戦いは、簡単なものじゃないってわかってるでしょ…?相手が人間大で、同じように頭脳を持った個体がいる、そうなると私たちは戦術を隠す必要性を迫られる…!」

 

川内「そんなの…寄せ付けないほど強くなりさえすれば…」

 

春雨「…じゃあ、那珂は、弱かったの?」

 

川内「……」

 

みんな、みんな居なくなっていく

 

川内「春雨も、居なくなるんだ」

 

春雨「川内…どうして理解してくれないの…?」

 

川内「神通も私を見捨てた、残ってくれてた那珂すら死んだ…じゃあ、私には…」

 

春雨「……私は見捨てないし、死んでもいない…それに、1人で勝手に諦めておいて他者を否定するなんて、どれだけ傲慢に振る舞えば気が済むの?」

 

川内「…そもそも、生きてても、少しの間だよ…アレが目覚めたら…」

 

春雨「さっきから言ってるアレって何?横須賀で一体何を見たの」

 

川内「……世界を滅ぼす、チカラの塊」

 

春雨「力の…塊?」

 

川内「…私はそれに見られたんだ、それが私を見ていた…「こっちに来い」って、「お前も食ってやる」って…そう言ってた…わかるんだ、アレが目覚めたら、太刀打ちなんかできないって…」

 

春雨(…川内がおかしくなって見た幻覚なのか、それともそれこそが川内がおかしくなった原因なのか…普通に考えて、那珂の死で狂った川内の狂言だけど…)

 

 

 

駆逐艦 春雨

 

川内の言っている事はまるで狂言だ

だけど、この目に宿った因子が…川内の恐怖を…しっかりと伝えてくる

 

春雨(川内は本当に恐れている…それにしても、因子の共鳴でここまで感情がハッキリ読み取れるなんて…今までこんな事はなかった…まさか、何かが変わり始めている?)

 

春雨「っ…?」

 

何かが落ちる音…

即座に音の方向を向く…

 

春雨(コントローラー…?)

 

川内「青葉っ!」

 

青葉さんが、椅子から落ちて、倒れる様子が視界に映った

 

 

 

 

 

 

医務室

 

川内「青葉は?どうなの」

 

春雨「気絶しただけ…ただ、もしThe・Worldが原因なのなら…目を覚さない可能性もある」

 

ゲーム中の意識不明、つまり…未帰還者になったのだとしたら

復帰は絶望的だ

 

狭霧「パソコンを調べようとしたんですけど…未知のセキュリティがかかっていて解除できませんでした…」

 

春雨「青葉さんはそんなにパソコンに強い方ではない…と、思っていましたが…」

 

狭霧「…何者かにアクセスをブロックされているとしたら、かなり危険な状態だとも言えます…」

 

…どうする、か…

ヘルバ様に協力を仰ぐのはまず確定として…

 

川内「…みんな居なくなってく」

 

川内をこのままにしておくわけにも…

 

夕霧「川内さん」

 

川内「……アンタ、誰?」

 

夕霧「新入りの夕霧って言います、少しお話ししませんか?」

 

春雨(…任せました)

 

夕霧さんが此方にオッケーサインを見せる

 

春雨(とりあえず、川内のことは一度頭から追い出して、優先すべき事をやるしかない)

 

今優先するべきは、青葉さんの回復か

 

 

 

 

 

駆逐艦 夕霧

 

夕霧「川内さん、貴方はカートリッジ、持ってますよね」

 

川内「カートリッジ?」

 

夕霧「夕張に渡された、深海化(ダイバー)カートリッジ」

 

川内「ああ…あるけど」

 

川内さんがカートリッジを出す

 

夕霧「……今は、その時じゃないかもしれないけど…それを使えば…ネットの中に行けます、那珂さんが死んだとされる時、そのカートリッジを使っていて、なおかつ…LSFDが近くにあったのなら」

 

川内「…那珂がネットの中にいるって言いたいの?」

 

夕霧「可能性はあると思うんです」

 

川内「それで、何?ネットに入るにはLSFDが必要で?いるかもわからないネットに探さないかって?」

 

夕霧「行きたければ、お手伝いはします」

 

川内「…LSFDを取ってきてくれるって?」

 

夕霧「ここにあります」

 

川内「…それ、腕時計?」

 

夕霧「小型化に成功したLSFDです、どうですか、使いますか」

 

川内「…そんなもの持ってるなんて、アンタ何者?」

 

夕霧「さあ…行方不明の、天才科学者とか…なんちゃって…」

 

川内「……まさか夕張…?」

 

夕霧「どうしますか、答えは今じゃなくても良い」

 

川内「……考えさせて、悪いけど…そんな話…」

 

夕霧「怖いんですよね」

 

川内「……」

 

夕霧「貴方は夜が怖い、暗闇も怖いし、死ぬのも怖い…怖いものだらけ、何か違いますか」

 

川内「だったら何」

 

夕張「それは、ダイバーカートリッジの影響だと思います、それを持っている事でAIDAに感染したのに近い影響を受ける…黒い感情の増幅、恐怖の増大、憎しみや攻撃的な言動」

 

川内「…それって」

 

夕張「貴方自身、おかしいと思ってるはず、でもそれはカートリッジの所為…克服したはずの恐怖に呑まれそうになったのも、やり場のない怒りも、苦しくて、辛くて、悲しくて、寂しくて…それも全部、カートリッジのせい」

 

…そうはいうものの、実際カートリッジのみの影響であそこまでの暴走は起こさない

もともと抱えていた心の闇がそれほど大きいという証…

 

川内「……私は、どうすれば」

 

夕霧「そのカートリッジ、一度預かります、それで…落ち着いて、どうしたいか考えてください、きっと暗い心に支配されそうになる、だけどそれでも自分を信じて」

 

川内「…うん」

 

手放したところでおそらくほとんど変わりはしない

要するに、プラセボ効果だ

 

“今の私はカートリッジに心を支配されていない”そう思うことこそが肝心で、あとは川内さん次第

 

夕霧(綾波にはやいとこ連絡しないと…)

 

 

 

 

 

The・World R:X

Δサーバー 忘刻の都 マク・アヌ

那珂

 

那珂「…っ…はぁ…はぁ……何、あいつら…」

 

砂嵐三十郎「シックザール…とか言うらしい、ま、なんにせよ…厄介な奴らだったが…無事に凌げてよかった」

 

…眼帯のやつ、早かった

私と同じ近接格闘スタイルで、私以上に早くて…

 

砂嵐三十郎「…どうした」

 

那珂「強くならなきゃって…思っただけ、今よりももっと、もっと…だって、そうじゃないと…」

 

いつも、いつもみんな強くなっていく

私じゃ足りないようになってしまうのが怖い

 

砂嵐三十郎「…む?」

 

那珂「……誰か来てる」

 

構え、気配のする方を意識する

 

砂嵐三十郎「いや…どうやら敵じゃなさそうだ」

 

トキオ「あ!砂嵐三十郎!……と、誰だ…?」

 

ブラックローズ「お前…呉の那珂か!?」

 

那珂「その声、宿毛湾の摩耶ちゃん…?」

 

トキオ「…もしかして、知り合い?」

 

砂嵐三十郎「…ブラックローズは意識不明になったと聞いたが」

 

ブラックローズ「誰だ…オッサン」

 

 

 

 

 

砂嵐三十郎「成る程、そう言う事情があったのか…しかし、カイトがまだ無事なようで何よりだ」

 

ブラックローズ「ああ…ってか、オッサンも間に合わなくて助かるなんて、ツイてんな」

 

砂嵐三十郎「……頷き難いところだが」

 

那珂「それより!それよりさ!摩耶ちゃん!」

 

ブラックローズ「摩耶ちゃんって呼ぶなよ!アタシはお前と仲良くないだろ…!?」

 

那珂「姉さん達は!?みんな無事?私が生きてるって、みんなに教えてあげて欲しいな!」

 

ブラックローズ「だー!うるっせえ!ンなモンあとでまとめて伝えるからいいだろ!?」

 

那珂「…纏めて?」

 

ブラックローズ「もう1人、居るんだよ、リアルデジタライズってヤツをしたやつが」

 

那珂「……それって、もしかして電ちゃん?」

 

トキオ「えっ、電ちゃんと知り合いなの?」

 

那珂「やっぱり…!?そっか!そうなんだ!行方不明になった人がネットで見つかったって事は佐世保の瑞鶴とか横須賀の夕張も、みんなきっとネットに飛ばされたんだ…!」

 

トキオ「そんなにリアルデジタライズに巻き込まれてるのか…!?」

 

那珂「ねえ、トキオくんだっけ…私は行方不明になった人達を探したい、だから…連れて行ってくれない?」

 

トキオ「そ、それはいいけど…危ないと思うよ」

 

那珂「あー、大丈夫大丈夫、那珂ちゃん強いから!」

 

ブラックローズ(の割にはボロボロだけどな)

 

ブラックローズ「つーか、手袋片方だけしてんの気になるからやめろよ」

 

那珂「んー……片っぽリアルに置いてきちゃったし、当分このままなの、許して?」

 

トキオ(…また濃い人が加わったなあ…)

 

トキオ「…あ!」

 

ポザオネ「キシッ!?」

 

トキオくんが物陰に隠れた道化を指差す

 

那珂「…知り合い?」

 

トキオ「あ、あいつはシックザールって組織のメンバーで…」

 

那珂「ふーん…要するに敵でいいの?」

 

トキオ「え?…はい」

 

道化の方に歩いていく

 

ポザオネ「お前のことは知ってるアル!」

 

那珂「えー?!もしかして、那珂ちゃんのファン?サインとかいる?」

 

まさかこんなところでファンに会っちゃうなんて!

敵だと思ってたけど、わかりあえたり…

 

ポザオネ「ありえないアル!前に会った重槍士は仕留め損なったアルが…今回は逃さず徹底的に叩きのめしてやるアル!」

 

那珂「前に会った重槍士…神通姉さんの事?」

 

ポザオネ「確かそんな名前だった気がするアル、あの時は邪魔が入ったアルが…へぶっ!?」

 

顔面に拳を叩き込む

 

那珂「ねえ、神通姉さんに手を出したって?」

 

ポザオネ「へ?…あばっ!?」

 

捕まえて、もう一度殴りつける

 

トキオ(こ、この人もおっかない……)

 

那珂「神通姉さんが“お世話”になったなら、“御礼”しなきゃね…たっぷり…と」

 

ポザオネ「な、何を言ってるアル!ワタシはシックザール、道化のポザ…ぎゃんっ!」

 

那珂「え?何?聞こえない…もう一回言って?」

 

 

 

 

那珂「…さて、行こっか!」

 

ブラックローズ「…なんてむごい事しやがる…」

 

トキオ(さっきアンタがやってた事とほぼ変わらないよ…)

 

ブラックローズ「じゃ、さっさと進もうぜ…アカシャ盤とやらを」

 

那珂「このでっかい塔?を登れば良いんだね!」

 

トキオ「えーと…はい」

 

トキオ(オレ、勇者のハズなのに…全然何もしてないよ…)



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Source of terror

The・World R:X

データ潜航艦 グラン・ホエール

軽巡洋艦 那珂

 

那珂「うわー…本当に電ちゃんじゃん」

 

電「お久しぶりなのです」

 

ブラックローズ「ってか…リアルデジタライズがそんなに頻繁に起きるって、本当に大丈夫かよ、そのうちリアルの人間全員ネットに入るんじゃねーの?」

 

那珂「冗談じゃないよ…」

 

…もし、リアルデジタライズという事象が各地で起きたら

もし世界中の人間がデータにされてしまったら…

 

那珂(あ、あれ?何この感覚…いや、感情…?)

 

わからない、だけど…どこか、悪くないなと思う自分がいる

それは間違いなく、私の本意ではなかった

 

なのに、私の内から湧き上がっているこの感じ…

 

那珂(…何か、変)

 

私の望みとはかけ離れている、だと言うのに、さっきの言葉が嬉しく感じてしまった

私の意思が、世界の根底を否定している様なものだ

 

ネットとリアルを分かつために前の世界を終わらせたのに、その意味を失うような事…

 

那珂「…あれ?」

 

電「どうかしたのですか?」

 

那珂「わかんない…けど、何か、気配がした様な…」

 

ブラックローズ「気配ィ…?」

 

電「一応…過去のThe・Worldで出会ったって人達が奥に居るのです」

 

那珂「…そうじゃなくて、もっと近くに……気の所為かなぁ…」

 

…キョロキョロとあたりを見渡す

 

那珂「あ」

 

トキ☆ランディ「ウパッ!?」

 

ブラックローズ「お、グランディじゃねえか」

 

久々に見た、ギルドマスコットのグランディ…豚鼻の小さなマスコット…

 

グランディに近寄り、抱き上げる

 

那珂(…これの気配?…いや、そんな感じじゃ無かったんだけど)

 

那珂「お名前は?」

 

トキ☆ランディ「お、オイラはトキ☆ランディ!お前たちは黄昏の騎士団じゃないウパな!?何者だウパ!」

 

ブラックローズ「うぱってなんだよ」

 

那珂「那珂って言うの、ヨロシク!それより、ちょっと教えて欲しいんだけど…」

 

グランディの眼をジッと見る

 

トキ☆ランディ「な、なんだウパ!オイラは食べても美味しくないウパ!」

 

…今、目線が向いた先か

 

那珂「そこに誰が居るの?」

 

ブラックローズ「は?」

 

電「…誰か居るのですか?」

 

トキ☆ランディ「な、なんの事だウパ!」

 

那珂「さっきから気配はあったんだけど、この子の目線で確信したの、グランディって独自に成長するAIが入ってるらしいんだけど…AIってさ、嘘とかつくと思う?私はつけると思う」

 

電「AIが嘘をつけるかは、良く知っているのです」

 

ブラックローズ「だからそれがどうしたんだよ」

 

那珂「何かを庇うこともできる…として、この子は今、嘘をつきながら、その庇いたいものの方に目線を送った…私達には見えてないからって迂闊にもね」

 

トキ☆ランディ「な、なななな何を言ってるウパ!彩花はそんなとこにはいないウパ!」

 

那珂「へー、彩花って言う子が居るんだー…出てきてよ、那珂ちゃん達はトキオくんに協力する事にした…ってだけで、敵じゃないんだよ?」

 

彩花『……はぁ…コピー元に似てほんっとにバカね…!』

 

学生服姿の女の子が姿を表す

 

那珂「…PCボディじゃない…?」

 

彩花『ホログラムよ、だから何したところで意味ないから』

 

那珂「…全身ホログラムで取り込んじゃって良いの?身バレするよ?」

 

彩花『そうかもね、でもグランホエールまだバレてるんだし、隠し事するよりは全部曝け出して本当に味方にした方がマシでしょ?』

 

ブラックローズ「てめえの態度次第だがな」

 

彩花『こっちだって、そっちの態度次第でアンタ達をデータの海に羽織り出せるんだから』

 

那珂「あのー、喧嘩しにきたんじゃないんだけど…?」

 

電「そうなのです、電達はただリアルに戻りたいだけなのです」

 

彩花『…なら、あたしに協力して…目的さえ達成できれば、リアルに返してあげられる…はず』

 

那珂「その目的って?」

 

彩花『……クロノコアを集めて、アカシャ盤の頂上を目指すこと』

 

那珂(目的ハッキリしてるようでしてないなー…多分たどり着いて終わりじゃないよこれは…)

 

那珂「で?クロノコア?は、後いくつ必要なの?」

 

トキ☆ランディ「トキオは三つめのクロノコアを手に入れたウパ!だからあと一つだけウパ!」

 

ブラックローズ「へー、どうやって手に入れるんだよ」

 

トキ☆ランディ「時代の乱れを修正することでクロノコアが手に入るウパ!」

 

那珂「具体的にはどうすれば時代が修正できるの?」

 

トキ☆ランディ「そ、それは…良くわからないウパ…今のところ、過去に起こったことの追体験を重ねていくと手に入ることがあるウパ、ただ、一つ目は知らないうちにシックザールが入手していたのを奪ったウパ」

 

彩花『三つ目も、シックザールが手に入れそうだったところを奪い返した…みたいな感じらしいわ』

 

那珂「ふーん……じゃあまたシックザールに取らせる?」

 

ブラックローズ「そんで手に入れたとこを叩きのめすか」

 

トキ☆ランディ「ぼ、暴力的だウパ…」

 

彩花(とんでもない奴らがきたわね…)

 

那珂「…わっ…地震?…って、これ、おおきな艦なんだっけ?」

 

足元が揺れる

 

トキ☆ランディ「2017年のマク・アヌに到着だウパ!」

 

那珂「2017年…って、第三次ネットワーククライシスの起きた?」

 

彩花『そうなるんじゃない?』

 

那珂(提督の時代だ…じゃあ、わかることもあるかも…!)

 

 

 

 

 

 

リアル

離島鎮守府跡地

綾波

 

綾波「…宿毛湾泊地にいる?しかも医療班として…?何故…カートリッジの作成のために横須賀に行ったんじゃ…」

 

夕張『あー…あはは…その、色々面倒なことに巻き込まれて…特に横須賀は警備が厳しいし…途中で明石に見つかって、メイガスの眼でバレたりして…』

 

綾波「…それで?」

 

夕張『いっそのことと思って、宿毛湾に匿ってもらったんだけど…タイミング悪く青葉ちゃんは倒れるし、川内が調子崩してメンタルケア必要になるし…あと、瑞鶴のリアルデジタライズは失敗するし…』

 

綾波「そうですか…そう言うふうに進んでしまってるのは仕方のない事です、いつ何が起きても良い様に、カートリッジだけは早めにお願いしたいのですが…」

 

夕張『は、はい…ごめんなさい…』

 

綾波「いえ、責めているわけでは…そうだ、その…楽しいですか?…いや、違うな、今、幸せを感じていますか?」

 

夕張『え?』

 

綾波「あなただって、医学や科学の知識を身につけたのは…誰かの役に立ちたいからでしょう?その…だったら今、それが役にたって、幸福を感じられているのかなって」

 

夕張『そう言う意味なら、いいえ…私じゃ全然力不足なんだなって…』

 

…夕張さんは優秀な人だ、夕張さんほどの人が壁に阻まれるとなると…

 

綾波「そんな事はありません…それに、その状況…あなたなら楽しめるでしょう?」

 

夕張『え?』

 

綾波「あなたなら、なんだってできるでしょう…?だって、この私があなたを評価してるんですよ、あなたはその分野に於いて“天才”だ…とね」

 

夕張『…私には、あんまりにも重い称号だけど』

 

綾波「でも、それに見合った活躍をしてくれる」

 

夕張『……わかった、期待してて、すぐに仕上げるから』

 

綾波「ええ、お願いします」

 

通信を切り、眼を閉じて目頭を強く摘む

 

綾波(計画が狂い続けている…か、それと…一昨日の夜の地震が気になる、ずっと頭に残っている、地震の一つや二つで何が狂うと言うのか…深い深い海の底に、何かあるとでも言うのか)

 

綾波「…キタカミさんの海洋恐怖症がうつったか?いや…違うな…そんなに軽い考えではいけない、不安だと言うのなら徹底して潰さなくてはならない」

 

…私1人で終わらせられるのか?

 

心臓が痛い、鼓動が早くなって、不安になって、焦燥感に駆られる

 

綾波「……計画の変更を迫られている……いや、今更そんな事…くぁ…」

 

大きく欠伸をする

 

綾波「…一息入れますか」

 

 

 

 

 

 

山風「あ…綾波さん…」

 

キタカミ「へえ、あの部屋から出てくることあるんだね」

 

綾波「自分のお茶くらい自分で用意する…何か文句でも?」

 

キタカミ「んにゃ、なんもさ」

 

綾波「……」

 

なんだろう、この胸のつっかかりは

 

私は何に迷っている、何を求めている

 

欲しい答えはどこに落ちている

 

山風「キタカミさん、昨日の続き…教えて?」

 

キタカミ「ん、いいよ、他の駆逐も連れてきな」

 

綾波「…勉強会ですか?」

 

キタカミ「そうそう、物理学とかなら少しできるんだ」

 

綾波(空間把握能力や反射についてはずば抜けた理解を示しているし…適任だろうけど…)

 

綾波「戦闘に関する事じゃないんですね」

 

キタカミ「……私はさぁ…結局、人の才能測れるほど、賢くもないんだよね、だから…出来る限りやれることを、一番良い形でやってあげるよ」

 

綾波「…それは、どういう」

 

キタカミ「常識的な事ならなーんでも、叩き込む…明日から本土で1人で生きていけるくらいにね…」

 

綾波「…ありがとうございます」

 

キタカミ「アンタさ、ほんと回りくどいよね…何でもかんでも1人でやろうとして失敗ばっかしてるイメージだわ」

 

綾波「そうですね…でも、誰かを信じて頼っても、いつの間にかいなくなるんです」

 

キタカミ「…死ぬ時はみーんな1人さ、前の世界で敷波が死んだ時もね」

 

綾波「……」

 

反応を見られているのはわかっている

だから、眉ひとつ…動かしていないはずだ

 

私は敷波のことは忘れた

忘れたんだ

 

キタカミ(…ほんとに記憶ないんかね…?……ま、いいや…)

 

キタカミ「今大事なのは、今だよ、本当に今、1人で解決なんてロクなことになんないしさ、手を借りようとしなよ」

 

綾波「……1人でやるのが、精一杯です」

 

キタカミ「…確かに、あんたくらいになると完璧にスケジューリングしないと周りに仕事任せるの怖いんだろうね、でもさ、周りの奴ら…思ってる以上にやるかもよ?」

 

綾波「考えておきます」

 

…それはもう、Linkでやった事だ

 

ただ、結局、そこでの課題も私にあった

 

そのままであることが、失うことが…ただ、怖い



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611話

The・World R:2

Σサーバー 隠されし 禁断の 罪界

青葉

 

青葉「っ……んぅ…?」

 

何処だ、ここは

巨大な木が大量に…

 

青葉(森…?)

 

青葉「うわっ!?」

 

立ち上がった瞬間に巨大な刃物がすぐ隣を通過する

 

青葉(な、なにあれ…木からぶら下がってる…?巨大な刃が…振り子みたいに揺れて……っ!…ここって…まさか)

 

青葉「痛みの森…!そうだ!見たことがある…The・WorldのR:2で2回だけあった、超高難易度の限定イベント…!」

 

でも、何故ここに…

 

私は、どうしてここに?

 

青葉「…オートリーブしたところまでは覚えてる…リコリスさんか………せっかく、捕まえるチャンスだったのに」

 

…仕方ない、隣で目を瞑っている少女は未だに我関せずと言った様子なのだ、若干黒い感情が湧き上がるが、諦めの念にかき消される

このイベントから抜け出す方法を探すしか…

 

青葉(……人の気配?)

 

槍を向ける

 

三郎「おっ…こんなとこに人発見…」

 

メイド服の女性PC…

なのに、テキストに表示されるネームは三郎(さぶろう)

 

青葉「イベントの参加者…?」

 

三郎「半分正解、半分ハズレ…だってクリアする気はないから」

 

青葉「じゃあ何故ここに?」

 

三郎「人間観察、そっちは?」

 

青葉「…気づいたらいただけです」

 

三郎「へえ…そう言うのも悪くないね」

 

青葉(…変わった人だな…)

 

三郎「ところでさ、テキストオンにしてる?名前見て何も思わないの?」

 

青葉「…思って欲しいんですか?そういうウケ狙い…だったり?」

 

三郎「おー、久々にいいヤツ発見!」

 

青葉「…いいヤツ?」

 

三郎「三郎、なんて男っぽい名前で、キャラも声も女なんて変だ!お前はネカマか!ってヤツが多いのに…私が不快に思うかもって理由で触れなかった」

 

青葉「まあ…」

 

三郎「それに、まあ…ちょっと変なヤツだけど、固定概念に縛られず生きてるみたいで好印象」

 

青葉「は、はあ」

 

三郎「…さて、そっち重槍士?…なかなか強そうだね…ええと?」

 

青葉「青葉です、そっちは斬刀士ですか…」

 

三郎「良かったら、一緒に行かない?飽きたらやめるけど」

 

青葉(…この世界…まだ良くわかってないし、色々動く為にも…)

 

青葉「喜んで」

 

 

 

 

青葉「はぁっ!!」

 

三郎「おー…強いじゃん…」

 

青葉「そっちこそ、人間観察が趣味な割には強いですね」

 

三郎さんの動きは誰かと合わせることに特化してるようで、斬刀士の割に支援スキルや魔法攻撃なども使いこなしていた

 

青葉(斬刀士が魔法スキルを覚えるには高額な消費アイテムを手に入れなきゃいけないのに、複数種を使い分けて、なおかつ使いこなしてる…)

 

つまり、ただの成金がスキルを買い漁ったとかじゃなく、様々な種類のスキルを必要と感じて集めた

そしてその練度からプレイヤーとしてのスキルも十分にあるということ

 

青葉(頼りになるのは間違いないけど…狙いが読めないのが怖い、安心して背中を預けるのも……)

 

青葉「っ?」

 

前方で戦闘音

 

三郎「行ってみる?」

 

青葉「はい」

 

 

 

 

 

ハセヲ「らぁッ!!…クソッ!…オラァッ!!」

 

三郎「…黒の錬装士(マルチウェポン)か…」

 

青葉(…見た目が違うけど、あのネーム…過去の三崎司令…?)

 

三郎「戦ってるモンスター、ありゃあデバフ特化だね、キツそ…」

 

青葉「私たちはまだデバフを受けていません、一気に仕掛ければ…」

 

三郎「おっ?助けちゃうの?ライバルだよ?無視して行けば一番目指せるのに」

 

青葉「興味ありません」

 

モンスターに飛びかかり、槍を突き立てる

 

青葉(ゼロ距離から…バクリパルス!)

 

槍を縦に回転させ、炎の斬撃で斬り刻む

 

三郎「はー…しゃーない、 鬼輪牙(きりんが)!!」

 

ハセヲ「な、なんだお前ら…!」

 

三郎「ついでに回復して…リプス」

 

青葉「助太刀します!…破魔矢の召喚符!」

 

大量の光の矢が敵の動きを止める

 

ハセヲ「 破裏剣舞(はりけんぶ)!」

 

青葉(ダブル…スィーブ!!)

 

モンスターが大きな音を立てて崩れる

 

三郎「ひゃー…最深部までまだまだありそうなのにこれって…ソロとかマジできついじゃん…やっぱなんも考えてないなあ、CC社」

 

青葉(…今、間合いに入っただけでデバフをかけられてた…ここに出てくるモンスター、イリーガルな敵が多いとか…?)

 

ハセヲ「オイ」

 

三郎「ん?何?」

 

ハセヲ「礼は言わねえぞ」

 

青葉(…尖ってるなぁ…)

 

三郎「ここはロストグラウンド」

 

ハセヲ「あ?」

 

三郎「だって、隠されし、禁断の…に繋がってて、汎用のエリアとは全然違う作り込まれたフィールド……って事は、クリアしても、報酬なんて何もない…私の考えだけど」

 

青葉(…確かに、ロストグラウンドは通常、アイテムもモンスターも存在しない、報酬は存在するはずがない…)

 

ハセヲさんは無視して歩いていく

 

三郎「あながち間違いでもないと思うんだけど」

 

ハセヲ「そんなもん、行ってみなきゃわかんないだろ」

 

三郎「それもそっか」

 

ハセヲ「…アンタら、ナニモンだ?」

 

青葉「え…青葉です」

 

三郎「三郎…あ、もしかしてアンタも固定概念持ってたりする?」

 

ハセヲ「固定概念?」

 

三郎「名前とあってないでしょ、声とPCの性別」

 

ハセヲ「どうでもいい」

 

三郎「おっ、お前いいヤツだな」

 

青葉(この人のいいヤツの基準ってそこなんだ…)

 

ハセヲ「チッ…意味わかんねえ」

 

三郎「……意味わかんないといえば、なんでこんなイベントやってんの?おかしいと思わない?クリアの報酬もなーんにも明かされてないのに…」

 

青葉「そうなんですか?」

 

三郎「突如現れたロストグラウンドに手をこまねいたCC社が、体裁整えようとして開催した……どう?」

 

ハセヲ「……」

 

三郎「間違ってないと思うんだけどなあ…このゲームには不思議な自立性があるし」

 

ハセヲ「ッ…」

 

ハセヲさんが明らかにその言葉に反応する

 

ゲームの自立性…普通のプレイヤーなら、意味がわからないと鼻で笑う単語だ

でも、私はそれの存在を理解している

 

青葉「どうかしましたか?」

 

ハセヲ「……もういい、ついてくんなよ」

 

ハセヲさんはこちらを向くことなく行ってしまった

 

青葉「…って言われましたけど」

 

三郎「いやー、面白い子だね」

 

三郎さんは躊躇いなく後を追いかける

数メートルは離れたが、問題なく会話できるほどの距離しか開いていない

 

青葉「…怒られますよ」

 

三郎「この状況で最適な言い訳、思いついたんだけど」

 

青葉「目的地が同じ…とか?」

 

三郎「おっ…友達になれそうだね」

 

つまり、この会話も聞かれている

前方からため息が聞こえてくる

 

私としても、ここまで来ると興味が出てくる

ついて行くのも、決して悪い事じゃないだろう

 

三郎「…そういやさ、あんた…三爪痕(トライエッジ)って知ってる?」

 

ハセヲ「なんか知ってんのか?」

 

ハセヲさんが止まる

 

三郎「いや?アレって本当にPCなのかなって…だって、アレにやられたPCって、未帰還者になるんだろ?」

 

ハセヲ「NPCだって言いたいのか」

 

三郎「まさか、NPCならCC社が削除するなら対策とるだろ?」

 

ハセヲ「じゃあ、なんだってんだよ」

 

三郎「AI」

 

ハセヲ「AI?」

 

…感触と、背筋を触られたような感覚に襲われた

 

三郎「そう、AI…人工知能(artificial intelligence )、だからCC社は手出しできない」

 

ハセヲ「プログラムを消せばいいだろ」

 

三郎「…アウラ…知ってる?」

 

青葉「っ…!」

 

…この人、さっきから…

どこまで知ってるのか知らないけど、一体何者…

 

ハセヲ「アウラ?…大聖堂の、像の名前か」

 

三郎「半分正解半分ハズレ、かつてこの世界には、アウラってAIがいたらしい」

 

ハセヲ「消せなかったのか」

 

三郎「多分、前のリビジョンのBBSに書いてあった」

 

ハセヲ「そのアウラってAI、今は居ないのか?」

 

三郎「知らない、噂になってないって事は多分居ないと思うけど…」

 

…この世界に、もうアウラが居ない…?

 

青葉(…アウラはどこに…?)

 

三郎「代わりに三爪痕が現れたんじゃないかなー…と…家出した娘のために、父親が必死で頭を下げる感じ」

 

ハセヲ「代わりって、何のために?」

 

三郎「おっ…さあ、本人に聞くっきゃ、ないんじゃない?」

 

…アウラを見つける必要がある…という事なのか

 

青葉「…誰かいる?」

 

ジッと森の奥を見据える

老人のような出立ちのPCが木々の合間から姿を見せる

 

青葉「…太白さん?」

 

太白「おや…すまない、会ったことがあっただろうか」

 

青葉「…いいえ、一方的に知っているだけです」

 

三郎「イコロの太白かぁ…すごいライバルだね」

 

太白「私は競っているつもりはない、おそらく、最深部に行けば終わるイベントだろうからな」

 

ハセヲ「…本当なのか?それ」

 

太白「それは辿り着かなければ何ともいえない」

 

三郎「あり得ないって、クリアフラグが最深部到達なんて」

 

ハセヲ「アンタは黙ってろ」

 

太白「……お嬢さんはどう思う?」

 

青葉「えっ………その…三郎さんの言ってる事も、何となく共感できて…これは異質すぎると思います」

 

三郎「そうそう、クリアなんてないよ、こんなのイベントじゃないって」

 

太白「ふむ…一理ある」

 

ハセヲ「どっちなんだよ」

 

太白「ないと思って遊ぶか、あると思って遊ぶか、どちらが“ゲーム”として面白いか…人それぞれだと思わないか?」

 

 

 

 

青葉「…あの」

 

三郎「何?」

 

青葉「ハセヲさん置いてきちゃいましたけど…それに…勝手について行ってるし…」

 

太白「1人がいいんだがな…」

 

三郎「アンタのが先に最深部につきそうだし」

 

青葉(ああ、そういう目的…)

 

三郎「それに向こうは多分リタイアする、あのレベルじゃもうそろそろ勝てなくなってるだろうしさ」

 

青葉「……私、ハセヲさんの方に行きます」

 

三郎「無理無理、多分逢えないよ、ここ広いもん」

 

青葉「それでもです」

 

三郎「あーあ…時間もあんまりないのに…せっかく観光に来たんだから、ゴール見とけばいいのに」

 

太白「……それを何というか、知っているか」

 

三郎「ん?」

 

太白「寄生と言うんだ」

 

三郎「む…」

 

 

 

 

青葉(…ハセヲさんも太白さんも三郎さんさえも見失ってしまった…)



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記録 痛みの森

The・World R:2

Σサーバー 隠されし 禁断の 罪界

            痛みの森

青葉

 

青葉「……ふっ……はぁ…この区画の敵は終わり…か」

 

一度腰を下ろし、体を休める

 

青葉(敵も強いし、数が多い、状態異常も多いから無闇に戦闘したくないな…)

 

…妙な焦燥感が、心を駆る

私の中に何があるのか

 

異質な感覚がずっと私の中で…

 

青葉(……あ)

 

モンスターが目の前で出現(ポップ)し、何かにターゲットを向けて走って行く

 

青葉(ロックされたかと思った…今のモンスターにターゲットされてたら死んでたかも)

 

まだ重たい腰を上げて立ち上がり、モンスターが走った方向を見る

どうやら誰かが戦っているらしい、隠れて様子を伺う

 

青葉「あれは…」

 

三郎「やぁっ!!」

 

青葉(三郎さんだ、いつの間にか追い抜いてたんだ……それにしても、改めて見ると…三郎さんの動き、違和感があるな…)

 

三郎「…はっ!」

 

モンスターが大振りな斬撃を受けて倒れる

 

青葉(…何だろう、この違和感…)

 

三郎「おっ……アンタら…」

 

青葉(気づかれた…?物陰に居るのに…)

 

三郎「リタイアしたと思ってたのに」

 

ハセヲ「誰が」

 

青葉(ハセヲさんだ…ちゃんとここまで来れたんだ…)

 

三郎「いやー…てっきりね……まあ、いいや、私、リタイアするから」

 

ハセヲ「関係ねえ、時間がもったいねえ、リタイアするならオレに構わずどっか行けよ!」

 

無視して通り過ぎようとするハセヲさんの前にアイテムが差し出される

 

ハセヲ「っ…なんだよ」

 

三郎「これやる、回復アイテムその他、要るだろ?リタイアする私には必要無い」

 

ハセヲ「……礼は言わねえぞ」

 

三郎「いいよ、その代わり」

 

ハセヲ「なんだ」

 

三郎「今ならこの贈り物にはもれなく私のメンバーアドレスがついてくる、無料サーバーの広告バナーみたいなもん」

 

ハセヲ「迷惑な話だぜ」

 

三郎「とにかく、モンスターの特殊攻撃がきつい、状態異常かけられてタコ殴りにされたりね…しなくていい戦闘はできるだけ、避けたほうがいいと思う」

 

ハセヲ「…大きなお世話だ!」

 

アイテムを受け取ってハセヲさんが森を駆け抜ける

 

三郎「焼けた鉄板の上の水滴みたいなヤツだな…蒸発しきる前にクリアできるか……おっ!今の例えなかなか!そう思わない?」

 

青葉「…やはり、気付いてたんですね」

 

三郎「まあね、なんか用?」

 

青葉「いえ、でも……その、貴方のキャラ…正規のものではありませんよね…違和感があるんです、動きに…」

 

三郎「…何だ、そう言う話?時間も無いのにそんな事話していいの?」

 

青葉「……」

 

三郎「…このキャラは、貰い物、何か仕込まれてたとしても知らないけど」

 

青葉「誰に」

 

三郎「さあ?…エンダー…って言ってもわからないか…TaN(タン)はわかる?」

 

青葉(TaN……)

 

青葉「トレードギルドの?」

 

三郎「そうそう、でもあんま詳しくなさそうだね、そこのエンダーって名前だったヤツにもらった」

 

青葉(確か、TaNはR:2で超巨大なギルドの一つだった、トレードするならTaNを介してと言われるほど信頼性の高いギルドで、情報のやり取りもあったとか…)

 

青葉「…今って、TaNは…」

 

三郎「え?知らない?解散したの有名だけど」

 

青葉(…この反応、解散直後…?だとすると、時期が割り出せるかも……ええと、確か、TaNの解散は……2016年後半…?……あれ、そういえばTaNの噂でこんな話を聞いた事が…)

 

青葉「……三郎さんは、もしかして…」

 

三郎「ん?」

 

青葉「TaNの…暗部…っ」

 

喉元に剣の切先が触れる

 

三郎「……ははっ、冗談冗談!攻撃しないって!」

 

青葉「…当たり、ですか…」

 

三郎「そう、正解…探偵になれるかもね?…さて、私は帰るや、ソッチは途中参加なら回復アイテムも尽きてないだろうし…メンバーアドレス、要る?」

 

青葉「…いただきます、また機会があれば」

 

三郎「んじゃ」

 

三郎さんがアイテムで離脱する

 

青葉「…TaNの暗部…だからあんな動きを?……いや、どこか違うような…スキル構成も、立ち回りも、熟練したものなのに、なにかがおかしいような違和感…今は、いいか」

 

走ってハセヲさんを追いかける

 

モンスターは一通り倒されていて、足止めも無く進める…

 

青葉「っ!」

 

目の前でモンスターがポップする

 

青葉(戦闘は避けて…)

 

モンスターの放ったエネルギー弾を槍で弾く

 

青葉「っ…!…向こうが見逃してくれないか!…トリプルドゥーム!!」

 

攻撃の合間を縫って大技で仕留める

 

青葉(HPよりMPの問題だ…そろそろ最深部に……)

 

青葉「っ…ハセヲさん」

 

ハセヲ「…ここが、最深部か」

 

青葉「みたいですね…それ、双剣ですか…?」

 

岩に突き立てられた双剣を見る

 

ハセヲ「……」

 

ハセヲさんが双剣に手をかけて、抜く

 

ハセヲ「…っざけんな!!オレは武器が欲しくてここまで来たんじゃねえ!!!」

 

青葉(…そう言えば、ハセヲさんの目的って何なんだろう…クリアが目的では無いことが今の発言から明らかになった、だけど…)

 

ハセヲ「っ!?」

 

青葉「うわっ!?」

 

 

 

 

 

…色が混ざった、異質な世界

刃の振り子が逆さにゆらりゆらりと揺れていて、中心らしき場所には巨大な赤い人形(ヒトガタ)が逆さまに座した状態で浮かんでいた

 

青葉(これは…!かつて、R:1で見たハロルドの…でも、逆さ男がいない…)

 

創造者(ハロルド)の消えた、この場所は何を意味しているのだろうか…

 

ハロルド『我、なんじに問う』

 

青葉「っ…!」

 

ハロルド『我らの娘は、すこやかなりしか?』

 

ハセヲ「なんだ、それ…!」

 

ハロルド『答えよ!』

 

ハセヲ「知るか!誰だよお前っ…!娘って何だよ!?」

 

逆さに座した巨人が赤く発光する

 

ハロルド『なんじにその剣を授ける事、あたわず』

 

ハセヲ「っ!?」

 

青葉「なっ…!」

 

黒い雷がハセヲさんに降り注ぐ

 

ハセヲ「がっ…ああぁ…!!うわあぁぁぁッ!!」

 

 

 

 

青葉「っ…ハセヲさんが、消えた?」

 

そして、先ほど双剣が刺さっていた台座には、一本の槍が…

 

青葉「……」

 

明らかな地雷だ、だけど、これがクリアフラグなら…

……私の中には一つの思惑があった

 

青葉(…行くしかないか)

 

俯いて微笑み、槍を掴み、抜く

 

 

 

 

 

青葉「……また、ここか」

 

逆さの巨人が、再び問う

 

ハロルド『我、なんじに問う、我らの娘はすこやかなりしか』

 

青葉「……」

 

ハロルド『答えよ』

 

健やか、か…

 

青葉「…わかりません、娘さん…アウラは幾多の災難に見舞われました…そして、今はどこかへと雲隠れしてしまった……」

 

アウラが今どこにいるのかは、私は知らない

 

青葉「でも、貴方の娘は1人じゃない…見えますか?私の隣にいるこの子が…この子は貴方の娘の1人のはずです、確かに貴方の望んだ子ではなかった…だけど、リコリスさんは…貴方を想い、ここに健やかなままに居る…!」

 

…痛みの森のクリアフラグ、ではないだろう

だけど、私には思い浮かんだ、これがリコリスさんにとっての…

アルビレオさんが終わらせて、私のもとにやってきた新たなリコリスさんのイベントのクリアフラグ…

 

ハロルド『なんじにその槍授ける事、あたわず』

 

青葉「っ…!」

 

リコリスさんを庇うように抱き抱える

 

青葉「……雷、じゃない…?」

 

黒い雷は降らなかった

 

ハロルド『…だが……代わりに、なんじを解き放とう』

 

青葉「え?」

 

…何かが弾けた感覚

体がふっと楽になる

 

青葉「……何が、起きて…っ」

 

音ともに、メッセージウィンドウが表示される

 

[eciov.cylを手に入れた!]

 

…クリアフラグ、だと思ったこれは…

開始地点に過ぎなかった

 

 

 

 

 

 

青葉「っ…?……ここは……これ、R:2のカオスゲート…?……エリアの入り口!?…クリア…したって事?…っ!」

 

背後の物音に振り返る

 

ハセヲ「ぐ……っ…ア…!」

 

地を睨み、その爪で土を掴みながら、その獣は立ち上がった

 

青葉「……ハセヲ、さん…?」

 

ハセヲ「……あ…?」

 

…全身を指先まで包む赤黒い獣のような鎧、握られた大鎌

そして、向けられた敵意…

 

私の知っているハセヲ(三崎亮)さんとは、別の…

 

青葉「あっ…」

 

ハセヲさんは、どこかへと転送されて行った

 

 

 

 

 

 

リアル

宿毛湾泊地 医務室

No side

 

春雨「青葉さんが消えた…!?」

 

狭霧「はい!今みんなで探していますが…っ…停電…!」

 

…嵐が来た

雷が落ちて、風がうなって、雨が打ちつけて

みんな静まり返ってるのに、世界だけが騒がしい

 

春雨「…外に出ていたら危険です!私は外を探してきます!」

 

狭霧「念のため艤装を…今は、危険だと思います…何か、すごく嫌な感じが……っ…!?」

 

狭霧が片眼を抑えて疼くまる

 

春雨「狭霧さん…!?」

 

狭霧「熱い…!な、何…!?」

 

春雨「大丈夫ですか!?…まだ非常用の電源が付かない…とにかく横に…」

 

夕霧「すみません!春雨さんか狭霧さん!」

 

春雨「夕霧さん…今忙しいです!後に…」

 

夕霧「朝霧が!朝霧が倒れて…!」

 

春雨「っ…次から次に…急いで連れてきてください!!」

 

 

 

 

 

正門前

 

川内「……ほぉら…来た…やっぱり、終わっちゃうんだ。。この感じ、間違えようもないよ…アレが目を覚まそうとしてる」

 

川内(私達を喰おうとしてる……喰って、完璧なカタチになろうとしてるんだ)

 

川内「…っ」

 

嵐の中、正門を潜って横須賀に行ってた集団が帰ってくる

 

川内(…来ちゃダメだ、来たら、来たら知ってしまう)

 

1人、2人と倒れた

1人は急いで泊地の方に助けを呼びに行ったみたいだけど…

 

アケボノ「っ…!…コレは…何が……」

 

朧「眼が…熱い…!」

 

アケボノ「…共鳴してる…!でも、因子じゃない……何が…!」

 

漣「2人とも!しっかりして…!」

 

曙「潮!医務室は!?」

 

潮「ダメみたい…!」

 

アケボノ「さ……漣!」

 

漣「何!?お水!?」

 

アケボノ「提督に…!提督に、避難を…!」

 

曙「何言ってんのよ…!」

 

アケボノ「っ…早く!!」

 

アケボノ達へと、誰かが近づいて行く

 

潮「…青葉、さん…?」

 

青葉「……」

 

曙「青葉、なにやってんのよ…傘もささずに…!」

 

アケボノ「…違う…!」

 

漣「え…?」

 

アケボノ「ソレは青葉さんじゃない…!」

 

青葉「………カイトは…ドコ?」



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記録 管理者

宿毛湾泊地 医務室

駆逐艦 夕霧

 

夕霧「…春雨さんは何ともないんですか?」

 

春雨「えっ…ええ…確かに疲れてるかもしれませんが特に問題は…何故?」

 

夕霧「……いや」

 

…私は、てっきり因子保有者が全滅したのだと思った

朝霧(瑞鶴)、狭霧さん、アケボノさん、川内、朧ちゃん、明石、敷波ちゃん…

ダミー因子の保有者、モルガナ因子の保有者

合わせて7人が体調不良を訴え、朦朧とした意識の中苦しみ続けている

 

…何故春雨さんだけは例外なのか

 

夕霧(…夕霧としては、因子についてあんまり知らないことを装うべき……いや、私ならこの状況を何とかできたり…する、私はダミー因子をカートリッジに移せる…因子カートリッジの製作で、ダミー因子保有者だけは助けられる…)

 

夕霧「春雨さん、少し突っ込んだ話ししていいですか!?」

 

春雨「手短になら」

 

夕霧「…私、特務部に在籍してた経歴があって、因子を安全に取り出してカートリッジに移すことが出来ます!ダミー因子の保有者についても聞いてます!だから…!」

 

春雨「ちょ、ちょっと待ってください…ダミー因子?…特務部にいたとは言ってませんでしたよね…?」

 

夕霧「そんな事より、今苦しんでる人たちを救えるかもしれないんです、やってもいいですか…!成功歴としては、特務部の数見さんとか…!」

 

春雨「……因子保有者に直接訊く必要があります、それに…もしそうだとしたら、朝霧さんについても詳しくお話を伺うことになります」

 

夕霧「構いません…!」

 

 

 

この泊地在籍のダミー因子保有者は5名

第一相を持つ春雨、第三相を持つ明石、第五相を持つ敷波、第七相を持つ朧、第八相を持つ狭霧…

この5名のうち、春雨だけは体調に特に問題はない

 

何故か?

 

可能性としては…既に因子保有者ではない…と言うことがまず第一に挙げられる可能性だ

だけど、私の考えはそれを否定している

 

春雨はダミー因子に強い執着を見せていた

スケィスに強く執着しているのは間違いない

 

そう易々と手放すわけがないのなら、特別な理由もない今、失っているとは考えにくい

そもそも、因子の移動はかなり難しい

どう言う理由かダミー因子は眼に宿る、視神経とかじゃなく、眼球にチップが埋め込まれているような形…

 

だから因子を移動させる時は眼球ごと、もしくは目を覆えるようなデバイスでネットを経由することになる

春雨さんはちゃんと両眼がある

 

夕霧(…とにかく、いまは朧ちゃん達……いや、狭霧さんを回復させるのを優先するべきか…)

 

看病できる人間を増やすことが急がれる

 

夕霧「一つ移すのにもかなり時間がかかります!手を貸してください!」

 

 

 

 

 

正門前

提督 倉持海斗

 

…目の前に、青葉の姿をした何かが、立ち塞がっている

青葉ではないのは確かだ、青葉の姿であることも確かだ

 

青葉が内側に宿した何者か、それが…明らかな敵意を持ってこちらへとゆっくり歩いてくる

 

曙「待ちなさい」

 

青葉「……」

 

降り頻る雨が、曙の体から発せられる炎で地に落ちる前に蒸発していく

 

曙「アンタは、誰?」

 

青葉「……ダレ…?さア…よク…わかンなイ…」

 

曙「…ふざけてんじゃないわよ、アンタ、青葉に何したの…」

 

青葉「…なにカ…シタのは…人間ノほウジャなイか…」

 

海斗「……」

 

青葉の目線が、こちらを捉える

憎しみのこもった目を向けられているのがわかる

 

曙「…コイツが何かしたわけ?少なくとも、青葉にはしてないと思うケド」

 

青葉「……人間みんナ…居ナクなレばイイッテ…思ッテる…このコはネ」

 

海斗「…青葉が…」

 

当然だろう、人を守った筈なのに、気づけば悪役に仕立て上げられている

怨むことは何もおかしくない

 

曙「だとしても!だからって!そんなの…」

 

青葉「……カイト」

 

海斗「……」

 

青葉「忘れチャっタ?……ボクは、自分ノコト、忘レちャったケど…キみは、覚エてルヨね…?」

 

海斗「…君は…まさか…クビア…?」

 

青葉「……そウだ…ボクの名前…クビア…」

 

…クビアが因子と共鳴を起こしていたのか…!

 

曙「クビアって…あの…!?だとしたらなんで青葉に…!」

 

海斗「……クビア、どうして青葉の身体を…」

 

青葉「違ウ…これ、ハ…ボク、ひトりジャ…ナイ…」

 

曙「…なにこれ」

 

海斗「…AIDA…か…」

 

青葉の両眼が黒く染まり、黒い涙を流し、そしてその跡から黒い泡が噴き出る

 

海斗「曙、1人で行ける?」

 

曙「任せときなさい…!」

 

青葉の身体を包み込むようにAIDAが溢れる

 

海斗(クビアは青葉の中に居た…そして、AIDAも同時に存在していた……今、青葉の意識は眠っているのか?それとも…存在しない…のか?)

 

溢れたAIDAを曙が炎で焼き払う

 

曙(…焼いても焼いても減りもしない…!AIDAを潰し切るには…どうすれば…!)

 

曙が双剣を抜き、AIDAの塊に剣を突き立てる

 

曙「っ…!これも効かないってわけね…!有効な攻撃手段が無い…」

 

曙の攻撃はまるで雲を掴もうとするようで、まるで届いていない

まるで、ダメージになっていない

 

曙「だぁぁぁッ!!何で当たんないのよ!!」

 

川内「そりゃそうだよ、実態がないんだもの」

 

川内が曙の隣に降り立つ

 

曙「川内…!」

 

川内「30秒、それだけあれば終わる…よく見てて」

 

曙「…何言って…」

 

川内が右腕を持ち上げ、腕時計のようなものに触れる

周囲の空気がピリッと肌を焼くような感覚が走る

 

海斗(これは…?)

 

曙「…!炎が…」

 

曙が自身の体から発せられる炎を注視する

 

曙(…安定してる、今までこんなに思い通りに動いたことなんてなかったのに…)

 

曙「川内!アンタ何を…」

 

川内「LSFDを起動しただけ……そして、この中なら…」

 

曙「っ…!」

 

海斗「あれは…!」

 

川内の右腕に紋様が現れる

 

川内「…曙、春雨によろしく言っておいて」

 

曙「アンタ、何を…!」

 

 

 

 

 

…何が起きたのか、一瞬、眩い光と瞬きの間に、AIDAは消え失せ、青葉は倒れていた

 

曙「…今の……って、川内は…!?」

 

海斗「…居ない、消えた…!?」

 

…どうなっている

これは…

 

海斗「……とにかく、青葉を運ぼう!」

 

 

 

 

 

The・World R:2

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

            グリーマ・レーヴ大聖堂

青葉

 

青葉「…はぁ……私はてっきり、リコリスさんの事をお父さんの元に返してあげられると思ったのに…ねえ?」

 

リコリス「……」

 

何よりも、声を手に入れたからと言って会話ができるわけじゃないのに

 

先に聴力が欲しかったなぁ…

 

青葉「……ま、ないものは集めればいい…私が集めてみせます…」

 

…不思議だ、あの、ハロルドとの会話の後から心が軽い

 

ハロルドの言った、「なんじを解き放とう」

 

その意味はいまだにわからない

でも、私は

 

青葉(解き放たれる、か…)

 

随分と気楽に生きられている気がする

今は、何にも縛られていないような…

 

ただ、笑って生きることが出来るような感覚に満ちている

もう少し、寄り道をしてもいいだろう…

 

青葉「……リコリスさん、行きたい場所はありますか?いろんなところを巡りましょう、私は少し、疲れちゃったから…ゆっくりと、旅がしたい」

 

ふと、ゆっくりと聖堂を見渡す

 

台座にあった鎖で縛られた少女の像はどこにもない

その代わり、台座には赤く光る、三角形の傷痕が残されていた

 

青葉「……」

 

それをただ、じっと眺めていた

理由は無い、強いて言えば…不思議と惹かれたくらい

 

だから、私はあまりにも無防備で…

 

青葉「っ…?」

 

背後から迫る閃光に、全く無警戒だった

 

 

 

悲鳴すら上がらなかった

ただ、静かな教会の中心で金属音を立てて戦斧が落ちた

 

その持ち主は、虚な目でその影を見たのだろう

 

不定形の、確かな形すら持っていない…その影を

 

青葉(…あれ、は…)

 

私の中をめぐる、微かな思考回路はこう考えた

罰なのだ、と

 

一時の感情に突き動かされた罰なのだと

 

閃光を放った影の足音がゆっくりと、ただ、ゆっくりと近づいてくる

 

かつん、かつん、聖堂に木霊する音が私の意識を覚醒させていく

 

青葉(…私は、もう…やられたのに…どうして…)

 

視界が反転し、台座の赤い傷を背にした少女の姿が目に映る

持ち主を失った戦斧を抱えた少女

そして、それに迫る影

 

青葉(…狙いは、リコリスさんだった…?)

 

あの閃光は…私を貫いた閃光は、リコリスさんに向けてのものだった…?

 

青葉「…逃げ…て…」

 

…耳の聞こえないリコリスさんに、それを言ってどうするのか、ただ、口の中で小さく呟いた

せめて眼が見えれば、耳が聞こえれば…そう思っても、もはやどうにもならない…

 

…ならないはずだった、聖堂の扉が開け放たれ、大きな声が聖堂の空気を振動させる

 

ハセヲ「トライエッジィィィィィィィイイ!!」

 

視界の端で、黒い錬装士が影に向けて双剣を抜き放ち、斬りつける

しかし、影は錬装士の乱撃を片手でいなす

…まるで相手になっていない

 

武器を換装し、大剣を振り下ろした瞬間…大剣が砕け散る

テクスチャが剥げ落ち、ポリゴンが砕ける…

 

大鎌を振り抜こうものなら、蒼炎に吹き飛ばされる…

 

ハセヲ「ぐッ…!」

 

…圧倒的

実力の差は明白だった…

 

だけど、それでも、錬装士の意図せぬところで私は救われた

 

青葉(…リコリスさんを…転送、できた…)

 

聖堂にはもうリコリスさんが居ない…

彼と私はキルされてお終い…

 

…私は…一度ゲームをやめよう

落ち着くために、一度リアルでお茶でも飲んでこよう

 

…あれ…?

 

…ダメだ、体が動かない、疲れすぎたのかな…なんだか、もう…

 

閃光と、ハセヲさんの悲鳴だけは聞き取れたが、そこからは何もわからない

 

ただ、私は目を閉じ、眠った



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記録 転機

The・World R:2

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

那珂

 

那珂「うっわあ……なっつかしい…」

 

ブラックローズ「アタシからしたらようやく見慣れた景色…って感じだけどな」

 

那珂「ねえねえ彩花ちゃん、ここにいる間って好きに動いても良いの?いろんなとこ行ってみたいんだ〜、一人称のThe・Worldなんて普通プレイしないし」

 

彩花『あのねぇ…まあ、いいわ…くれぐれも邪魔だけはしないで』

 

那珂「はーい……あれ?」

 

砂嵐三十郎「俺の顔に何かついているか」

 

那珂「いや、出てくるんだなーって思って」

 

砂嵐三十郎「ジッとしてるのは性に合わなくてな、何でも、俺もいる時代にも行ったらしいが、俺は置いてきぼりをくらった…もう待つのは飽きた」

 

那珂「へえ…意外と情熱的じゃん!」

 

砂嵐三十郎「そうでもない」

 

ブラックローズ「おい、そういや電はどうしたよ」

 

那珂「んー?電ちゃんはあんまり前には出てないみたい…ところで、ここっていつぐらいなの?」

 

トキ☆ランディ『正確な日時は言えるけど、あんまり意味ないと思うウパ』

 

那珂「…確かに、日時がわかってもあんまり意味ないかも…」

 

ブラックローズ「…とりあえずバラバラに動く…ってことでいいのか?」

 

那珂「うん、那珂ちゃんも行ってみたいところ沢山あるし」

 

 

 

 

マク・アヌは5つのエリアに区分できる

冒険に出る、帰還するドームエリア

ギルドのショップなどがある中央地区

船着場のある港地区

少しレベルの高い装備の売買施設のある錬金地区

ギルド@ホームの入り口や、薄暗い裏取引のある傭兵地区

 

数あるタウンの中で1番の広さと便利さを誇るマク・アヌ

誰かと会うにも、人を探すにも、ここが使われる

 

那珂(……せっかくここにきたなら、力を取り戻すべきだよね)

 

カートリッジを持ち上げて、少し見る

 

那珂「……ゴレ…」

 

少し、体の内側が熱くなった気がする

 

 

 

 

 

傭兵地区

 

那珂「…はあ…居ないなあ…」

 

私が探してる子は、一体どこに……

 

那珂「……ん?」

 

…この感じ

 

那珂「何か、用?」

 

3人のPCが物陰から姿を表す

 

ボルドー「ヘッ…こんな人気のないところを1人で歩くと危ねぇって忠告してやろうと思ってなぁ…?」

 

那珂「ふーん……それはいいけど、タウンじゃPKできないし…そんな人数で囲われても全然怖くないよ?」

 

ボルドー「…んだと」

 

イバラのような刺々しい刀身の剣が向けられる

女性の斬刀士、そして残り2人は男性の撃剣士と双剣士…

 

那珂(…あの武器の適正レベルは…あ、だったらあんまり強くないね)

 

那珂「もしかして、やりたいの?エリアに出る?いいよ、ボッコボコにしてあげるけど」

 

ネギ丸「んだと!?てめえ誰に向かってそんな事…!」

 

ボルドー「待てネギ丸…オイ、アンタ何モンだい…」

 

那珂「んー……カオティック経験アリの…新人PC?…なんかちょっと違うかな…」

 

カオティック…カオティックPK、悪虐非道のプレイヤーキラーの中でも特にヤバい連中が7人選ばれ、賞金をかけられる

 

PKの中でもカオティックPKだけは一般プレイヤーも一目おく場合もあるほどの強さを誇る

 

ボルドー「カオティックだと?笑わせんじゃねえよ、アンタの名前なんか聞いた事ねえな」

 

那珂(じゃあ那珂ちゃん達はカオティックじゃない時期…相当昔だなあ…)

 

那珂「うん、サブアカウントって知ってる?」

 

ボルドー「ハッ…ブラフかけて逃げようったって…」

 

那珂「…じゃあいいや、ついてきてよ」

 

 

 

 

 

 

ドームエリア

 

那珂「ふう…んー……っ…いい運動したっ…!」

 

身体の関節をポキポキと鳴らしながらドームエリアを散策する

 

このゲームの死体は半透明のお化けになって蘇生を待つか、ログアウトして最後にセーブしたところまで巻き戻される

 

まあ、つまりそろそろ…

 

ボルドー「……」

 

那珂「あ、きたきた、どう?那珂ちゃん強いでしょ?」

 

ネギ丸「ひっ…あ、姐さん…!」

 

ボルドー「ビクビクしてんじゃねぇ!!…おい、アンタ…アタシらケストレルに手ぇ出して…」

 

那珂「“がひ”が、黙ってないって?…良いんじゃない?“それもThe・World”って感じで」

 

ボルドー「っ…お前、がびと…」

 

那珂「もしかしたら、知り合いなのかもね…ケストレルのギルドマスターと」

 

実際は全然そんなことはない

ただ、ケストレルはThe・Worldにおいて超巨大なギルドで、そのギルドマスターのがびは有名だ

口癖は「それもThe・World(^ω^)」

 

このセリフの通り、大体のことがケストレルでは容認されている

逆に言えばケストレルでは何が起きても誰も深く関わらない

ギルドというコミュニティでありながら、個々で輪を作らなくては孤立する…

ギルドそのものは誰かに入れ込むこともなければ、特別なのはがびただ1人

だからそもそも、がびの報復はまずあり得ない

 

それでなおがびの名前を口にするのだから、怖い物知らずとてもいうべきか

 

那珂「あんまりケストレルの看板を汚すと、身内にキルされるよ?」

 

ボルドー「チッ…!覚えてやがれ!!」

 

これも実際に起こったらしい話だ

あるPKがPKK…プレイヤーキラーキラーにボコボコにされた時、ケストレルを名乗ったせいでケストレルのPKに追い回されたとか…

 

那珂(ギルドっていうか…もはや愚連隊だよね)

 

まあ、ケストレルを侮辱するような言葉は吐けない

ギルドを侮辱すればメンバーは怒るだろうし、本当に追い回してくる

 

千人規模のギルドを相手に取るのは、些か…

 

那珂(…さて、情報を集めるには大きいところ…でも、大きいギルドといえば、カナード、月の樹、ケストレル…月の樹はちょっと規律厳しすぎるから嫌だし、ケストレルはもっと嫌…カナード…は、初心者支援ギルドだから都合が良さそう)

 

方針は決まった

 

カナードにお世話になる形で行こう

となれば早速カナードについて聞き込みを……

 

 

 

 

 

那珂「…何で、誰も知らないの…?」

 

…誰も、カナードを知らない…

 

 

 

 

 

 

リアル

宿毛湾泊地 医務室

駆逐艦 夕霧

 

狭霧「……すごく楽になりました、ありがとうございます」

 

夕霧「お役に立ててよかった…そのカートリッジを起動すれば本来の力は使えます、ただ、カートリッジって脆いので、気をつけてください」

 

狭霧「はい…」

 

春雨(……ダミー因子の保有者はこれで全員回復した、まだ意識が朦朧としてる人もいるけど、苦しみを訴えはしていない)

 

春雨「…助かりました、夕霧さん」

 

狭霧「ええ、本当に助かりました…が」

 

…あれ、なんか空気が円満とは言い難い…

 

春雨「あなたは何者ですか?」

 

狭霧「…ここまでカートリッジの取り扱い、因子の摘出などに適性を見せるのは…おかしいと感じました」

 

夕霧「…えと、だから特務部で…」

 

狭霧「特務部で、なんですか?秋津洲さんにも数見さんにも問い合わせますが、なんですか?」

 

…なーんで、ここまで疑われてるのか…

 

夕霧「じゃあそうしてください、ただ、なぜ私を疑っているのか、何のために疑ってるのかハッキリさせてください」

 

狭霧「朝霧さんです」

 

夕霧「…朝霧が何か」

 

春雨「彼女はダミー因子保有者…ではない、となると正規のモルガナ因子を保有している事になる……では、どの因子なのか」

 

…そうだ、それがあった

 

春雨「ダミー因子なら、複製された事もあるし…頷けた、しかし、モルガナ因子を保有しているとなると話は違う、川内はここにいるし、神通は綾波さんといる」

 

狭霧「キタカミさんは行方をくらましましたが、アケボノさんもまだここに居ます、因子保有者の行方がわかっていないのはイニス、フィドヘル、ゴレ、マハ、の四つ、その内の一つ、イニスには姿を隠す力がある…」

 

春雨「朝霧さんは、瑞鶴さんではないのですか」

 

……弱ったな、これは逃げ場がなさそうだ

 

夕霧「……先に私の質問に答えてください」

 

春雨「なんですか」

 

夕霧「…春雨さん、貴方はなぜダミー因子を所持していながら苦しんでいないのか、可能性は幾つかありますが、私は因子を失った…と考えるのが、やはり適切だと感じました」

 

狭霧「…失った?春雨さんがスケィスを手放したと」

 

夕霧「ですが、それは頷けない、春雨さんの性格からしてそれは適切な答えではない……だとしたら、なぜ貴方がこの騒動の中、ただ1人ダメージを負っていないのか」

 

春雨「……わかりません、私自身、何故なのか…」

 

夕霧「わからないはずが、ないでしょう…!思い当たる節くらい…!」

 

コンコンと、ドアをノックされる

 

曙「入るわよ」

 

狭霧「曙さんに…倉持司令官、それと…」

 

海斗「青葉は気を失ってる…ベッドを一つ使っても良い?」

 

春雨「どうぞ、ご自由に…」

 

…青葉さんがベッドに寝かされる迄の間、沈黙が訪れる

 

海斗「狭霧、悪いんだけど、青葉の体を拭いてあげて、酷い雨だったから」

 

狭霧「わかりました」

 

海斗「それと、春雨」

 

春雨「なんでしょうか」

 

海斗「きっと、君が無事だったのはクビアのせいだよ」

 

夕霧「…聞いてらっしゃったんですか」

 

海斗「うん、外まで聞こえてた」

 

春雨「クビアのせい、というのは…」

 

海斗「まず、この騒動は…青葉が内包していたクビアの意識に対する共鳴…そして、クビアはスケィスと2度密接な関わりがある」

 

春雨「青葉さんが、クビアを?」

 

海斗「…一度は、碑文使いの反存在として対立した…そして、トドメを刺したのは、スケィスの碑文使い…もう一つは、僕たちと対峙した時、クビアは倒されたスケィスの碑文石を依代に実体化した」

 

春雨「…スケィスを、糧に…?」

 

海斗「そう、だから…きっとクビアとスケィスは近しいものがあるんじゃないかな…だから、川内も苦しんでいなかった」

 

春雨「……川内は?」

 

曙「消えたわ、多分…ネットに落ちた」

 

春雨「っ…!」

 

夕霧「…力を、手にしようとしてるんだと思います」

 

狭霧「何か、知ってるんですか」

 

夕霧「ここまで来たら、何も隠すつもりはありません…ただし、この狭い部屋の中でだけです、改めて名乗りましょう、私は横須賀鎮守府所属、実験軽巡洋艦、夕張」

 

狭霧「…やはり」

 

海斗「うん、アケボノから聞いてるよ」

 

夕霧「…流石に見抜かれてますよね…ええと、朝霧はお察しの通り、佐世保の瑞鶴です、私達は綾波の協力者として、いろんな工作をしてます、ただし、貴方たちの味方として…ここで確約しておきます、綾波は貴方たちの敵じゃない」

 

春雨「…知ってますよ、そんなこと」



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Rethink

離島鎮守府跡地

綾波

 

綾波「…そうですか、見抜かれましたか、それで?」

 

夕張『綾波の方針をある程度伝えた…支障をきたさない範囲で…ちゃんとみなとみらいの事も説明した、民間人を狙ってない事も、アレが深海棲艦から人間に戻った子達を返すための、そして艦娘というものを終わらせるための作戦である事も説明した、起きた誤算についてもね』

 

綾波「……」

 

夕張『そして、今起きている事態についても…そっちは問題は?』

 

綾波「神通さんが酷い体調不良を訴えていますが、先程快復しました」

 

夕張『…倉持司令官は、クビアのせいだ…と、青葉ちゃんにクビアが宿ってみたいで、今その青葉ちゃんの体は意識を失ってる、クビアと一緒に』

 

綾波「クビア……そうですか、クビアか…」

 

夕張『…どうしたの』

 

綾波「……私は、クビアはまだ誕生していない…そう考えていました、The・World内に意識だけが存在しているんだと……まさか、私の予測の外側で何かが起きているのか…」

 

いや、そもそも何かが違うのか

 

綾波「……わかりました、根本的な調査のやり直しが必要不可欠になりそうですね…私が手にしている情報以外の何か……もしかしたら、クビア本人が秘匿している誰も知り得ない情報があるのか」

 

根本的な、本質的な間違いがあるのなら、どんなに今の情報を組み立てても求めている形にはならない

 

何が違う?クビアはいつ青葉さんの内側に寄生したのか

そもそも、青葉さんはなぜ意識を失い、クビアの意識が表に現れたのか

 

綾波(…わからない…だけど、クビアが共鳴を引き起こす程にその力を蓄えられたのも…深海棲艦は減り続けているはずだ、だというのに…)

 

綾波「青葉さんは、何かを手にしたのか?…青葉さんが力を手にした事で、内に宿るクビアが覚醒した…としたら……何を手にした?」

 

 

 

 

 

 

The・World R:2

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ   

             ドームエリア

川内

 

川内「…本当にネットの中に来ちゃったや…一か八かの賭けだったのにね…」

 

…このタウンは、正直あまり好きではない

何故かって、いつだって夕暮れだから…

 

いつだって、夜になる前の時間で、薄暗い夜がこれからやってくる兆候を、常に私に見せつけるから

 

川内「…っ?」

 

すぐ隣に、誰かが転送されてくる

 

川内「っ!」

 

…間違いない

大きく姿が変わっていたが、私の知るその人だ

 

ハセヲ「装備が……変わって…っ!?……まさか…レベル1!?」

 

何かに狼狽えたようにキョロキョロと辺りを見渡しながら、何かを操作する動作

必死に自分のステータスを確認しているのだろう

 

ハセヲ「そうだ…アイテムっ…!…メンバーリスト……装備は…!………消えてる…っ……は…はは……何も、かも…」

 

…何もかも消えた?

 

ハセヲ「キャラデータまで…まるごと……初期化しやがった……」

 

川内(…なるほどね、だからあんな格好なのか…)

 

……まだ碑文が、スケィスが目覚める前らしい

呆然としてる様を見て、何と声をかけるか躊躇っていたが…

 

ハセヲ「っ!」

 

…何かに反応したかのように、ドームエリアを駆け抜けて行った

 

川内「……追いかけようかなぁ…でも…」

 

じっと両の手のひらを見つめる

 

…少し、震えていた

戦うのが怖い…というわけではない

 

もっと、根幹の部分…

 

怖いのは、死とか、世界とか…

そういう概念的な部分にある

 

川内「……」

 

体の内側が熱い

何かの胎動が、感じ取れるように…

 

川内(……スケィスが、目覚めようとしてる…?)

 

私の内側で、ソレが暴れてる…

 

川内「………収まった…提督と、ハセヲと共鳴してた…って事?」

 

神通はこうやって力を取り戻した…って事?それなら…

 

川内「スケィスを取り戻せば、ワンチャンあったりするのかなぁ…」

 

…想像するだけでため息が出る

 

無茶もいいところだ

 

 

 

 

 

傭兵地区

那珂

 

那珂「うーん…こっち全然情報集まんないよ?」

 

ブラックローズ『知らねえよ!1人で飛び出しといて何文句垂れてんだよ!』

 

那珂「そう怒らないでよ、リアルの摩耶ちゃんの眉間に皺がよっちゃうよ?」

 

ブラックローズ『うるせえ!』

 

那珂「……はー…弱ったなぁ……ケストレルの下っぱには追い回されるし、朔望は見つからないし」

 

ブラックローズ『……サクボウ?』

 

那珂「朔望ね、朔と望、2人で1人の碑文使いだよ、ゴレの碑文使い…」

 

ブラックローズ『……どんな見た目だ』

 

那珂「えっとねー…ヘンテコな帽子に、ランドセル見たいなリュック背負ってるよ」

 

ブラックローズ『ヘンテコな帽子?』

 

那珂「なんかね、胃みたいな形してるの、左右の端がね、片っぽは上向いてて、もう片っぽは下向いてて、お日様と月のシンボルがついてて」

 

ブラックローズ『もっとマシな説明できねえのかよ』

 

那珂「だって本当にそうなんだよ?」

 

ブラックローズ『胃の帽子って…グロすぎんだろ…!?』

 

那珂「形だけだって、見た目もちゃんと可愛いし!」

 

ブラックローズ『お前のセンス、理解できねー…』

 

那珂「もういいよ、摩耶ちゃんには頼らないから」

 

謝罪のショートメールを無視してタウンを散策する

 

那珂「はー……見つからないなあ……」

 

水路にかかった石橋の手すりに乗っかり、足をだらりと水路に垂らしてぼんやりと夕暮れを眺める

 

…落ち着く、すごく、暖かい

 

ゲームの中なのに、暖かくて、幸せな時間…

 

これが、もっと、みんなで…

 

那珂(そのために、頑張らなきゃいけないんだよね…)

 

那珂「…あれ?」

 

コンコンと乗っかっている手すりを叩く音で我に帰る

 

クーン「やあ!お嬢さん、暇してるの?良かったら遊ばない?」

 

黄色の民族衣装に青い長髪の、スカした男性PC…

 

那珂「女遊びなら、やめた方がいいと思うよ?」

 

クーン「そういうデンジャーなコもオレは好きなんだけどな、どう?オレ強いよ?」

 

那珂「強がってる男はダサいと思うけど…」

 

クーン「あー……アハハ、そう?オレダサいかなぁ…いや、お嬢さんの力になれるんじゃないか……と、思ってさ」

 

那珂「…どういう事?」

 

クーン「ケストレル…追われてるんじゃないの?」

 

那珂「……何で知ってるの?」

 

クーン「タウンで有名だからさ、女の子をケストレルが形相変えて追っかけ回してるって……“死の恐怖”を追っかけるみたいに」

 

那珂「…死の恐怖?」

 

クーン「あれ?知らない?百人斬りのPKK」

 

那珂(…知ってはいるけど…だいぶん昔の話…だよね?)

 

那珂「知らない」

 

クーン「えー、有名だよ?死の恐怖って呼ばれてる黒いPKKが同時に100人のPKを斬ったって…つい最近の話なんだけどな」

 

那珂(つい最近?…そういう時代に来たって事…?)

 

那珂「それが、なに?」

 

クーン「いや?…ただ、PKKを意図してやってるのか気になってね、そういう悪目立ちする行動はThe・Worldではすぐ広まるし…ターゲットにされやすいんだ」

 

那珂「だから…やめろって?」

 

クーン「…オススメはしない、オレは女のコが困ってるのを放っておけないタチでね」

 

那珂「なら大丈夫、困ってないから」

 

クーン「…そっか、ゴメン、何か困った事があればすぐ連絡してよ、オレはクーン、これ、オレのメンバーアドレスだから」

 

那珂「いや、要らない……あ、そうだ、聞きたい事があるんだけど」

 

クーン「ん?」

 

那珂「カナードってギルド、知ってる?初心者支援ギルドらしいんだけど」

 

那珂(まあ、多分知らないだろうけど)

 

クーン「おお、知ってる知ってる、だってオレ、ギルドマスターだし」

 

那珂「……え?」

 

クーン「つっても、この間ギルメンにマスター譲ったんだけどさ、何、カナードに用?紹介しようか?」

 

那珂「……えっ…と……」

 

クーン「まあ、でも…そういう事ならオレからも良いかな?」

 

那珂「な…何?」

 

クーン「…キミをカナードに入れるなら、ケストレルとのいざこざは先に解決しておきたいんだ、ご存知の通り初心者向けギルドだ、初心者がケストレルの連中に狙われるような事になるのは、ゴメンだからね」

 

那珂「……あー…」

 

クーン「それと、君の目的も聞かなきゃならない、何故カナードなのか…とか、その辺りも含めてじっくり……どう?向こうのテラスでゆっくり話さない?」

 

那珂(…これ、本当に知ってるの?ただナンパの口実に使われてるような気がしてきた……)

 

那珂「…や、やっぱり良いや、自分で何とかします!ありがとね!」

 

クーン「あ、ちょっと!」

 

そそくさとその場を後にする

 

 

 

 

錬金地区

 

那珂「……はぁ…疲れた、端から端まで全力疾走したせいで…脚痛い……ここまで陸を走ったの、久しぶりかも」

 

大きくため息をついて、息を整える

 

那珂「…あのクーンって人、本当にカナードのこと知ってるのかなあ……いや、情報収集ついでに聞いてみようかな」

 

次は、クーンについても調べないといけなくなったか…

 

那珂(…もし、本当に関連があって、力を借りるとして……情報が欲しい…となると…)

 

那珂「よーし、中央地区でギルドショップ巡り!……お金集めないと!」

 

となればアイテム集めから始まる

片っ端からアイテムを集めて売り捌く、これが最効率…

 

那珂「“The・World“を楽しむついでに情報も集めちゃおう!……あれ、ところで…トキオ君は…どこで何してるんだろう」



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月の樹 楢

The・World R:2

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

             中央地区

トキオ

 

那珂「あ、いたいた、トキオ君」

 

トキオ「あ、ええと…那珂だっけ……何か用?」

 

那珂「…元気ないね?」

 

トキオ「え?…そうかな、確かに少し疲れてるのかも」

 

彩花ちゃんはオレのことほったらかしだし、シックザールには負け続きだし…

…オレ、勇者になれたはずなのに…

なるはずなのに…!

 

最初にこの世界に来た時、カイトを見捨てて逃げるしかなかった

そして、R:1でもカイトを助けられなかった

結局何もオレの力で解決できなかった

 

那珂「何か悩んでる?」

 

トキオ「…那珂は、どうしてそんなに強いの?やっぱり艦娘だから?」

 

那珂「え?…うーん、それはまああると思うけど……経験もそうだし、艤装の強化とかもあったしね、急にどうしたの?」

 

トキオ「…強くなりたいんだ」

 

那珂「なんで?」

 

トキオ「…2回も、オレの目の前でカイトがやられた……それに、オレはこの世界に来てまだ何もできてない…カイトはオレに勇者になれって言ったのに、オレはそれに応えられてない…」

 

那珂「…それじゃダメ、それは使命感に駆られてるだけだよ」

 

トキオ「え?」

 

那珂「それで強くなるのは難しいんだよ、もっと心の奥底の声を聞いて?トキオ君の心はなんて言ってる?」

 

……オレの、奥底?

 

那珂「那珂ちゃん…私はね…強くなる前…こう言ってた……悔しいって…辛いって……守りたいって…!」

 

トキオ「…守りたい…」

 

那珂「トキオくんが青葉ちゃんのことで悩んでるの、苦しんでるの、私…少しだけど知ってるよ、青葉ちゃんがどういう子なのかもよく知ってる、でも…何が正しいとか、何をするべきかなんて、どうでもいいの」

 

那珂が一瞬険しい顔つきを見せてから笑う

 

那珂「この世界って、トキオ君にとって……ただのゲームなの?」

 

トキオ「え?……そんな事ない…!オレは…この世界を…」

 

那珂「じゃあさ、数字(レベル)なんかより、大事なものは…」

 

那珂の拳に左胸を叩かれる

 

トキオ「いっ…!」

 

那珂「アハハッ、ちょっと強かった?…でも、大事なものはずっとここにあるから」

 

トキオ「……わかった」

 

那珂「じゃあ、それがわかったら…ただ、ひたすらに意識すればいい…強くなりたいって想いを後押ししてくれる気持ちが、いつの間にか体を動かして、トキオ君を強くしてくれるからさ」

 

トキオ「…オレの気持ち…わかった…!」

 

那珂「うんうん、新しい弟子ができて那珂ちゃん嬉しいよ!せっかくだから男子アイドルデビューしてみる!?」

 

トキオ「え?アイドル?」

 

那珂「そう!アイドル!興味ない?」

 

トキオ「い、いや…無いけど…」

 

トキオ(な、なんか…頼りになりそうだったのに一気に印象が変わったぞ…)

 

トキオ「…那珂はアイドルになりたいの?」

 

那珂「え?…うーん……なりたいっていうか、元々アイドルだったんだけど、艦娘の間は休業中?」

 

トキオ「へ?」

 

那珂「あれ?知らない?那珂ちゃんずって名前でやってたんだけど」

 

トキオ「…なんか、名前だけ聞いたことあるかも」

 

那珂「センターやってます!那珂ちゃんですっ!…て感じだよ!」

 

トキオ(お、思ってた以上に凄い人だったのか…)

 

那珂「……あれ」

 

那珂が振り返り、ギルドショップの人混みをじっとみる

 

トキオ「…どうかしたの?」

 

那珂「しっ……来るよ」

 

トキオ「え?」

 

…少しして、こちらを向いたキャラが1人歩いてくる

白髪の老人男性のキャラクター…

 

那珂「…知ってる顔だ…確か、月の樹の」

 

トキオ「月の樹?」

 

那珂「うん、The・Worldには幾つか大きなギルドがあるでしょ、ケストレル、月の樹、カナードみたいに」

 

…どれも名前だけは聞いたことがある

 

那珂「PKもなんでもOKな自由なスタイルって言えば聞こえはいいけど、無法地帯とも言われてるケストレル、それとは逆に…規律を守り、PKから守る…自警団みたいな立場なのが月の樹…だよね?」

 

楢「はい、そして、その月の樹には複数の隊があり、私はその中の四番隊の隊長職を勤めております、(なら)と言います」

 

ゆっくりとした柔らかな口調で自己紹介を済ませ、楢が那珂の方を向く

 

那珂「隊長さんがわざわざ出てくるなんて、なんの用?」

 

楢「用だなんて事ではありません、が…立ち話もなんです、よければ如何ですか、月の樹の内部にご招待いたします」

 

那珂「用もないのにギルドエリアに招待するの?それって変じゃない?」

 

楢「…強いて言えば、あなた方を付け狙う不届き者から身を隠し、心を休められればと思ったのですが」

 

楢がチラリとあたりを見る

 

トキオ「…うわっ」

 

トキオ(いつの間にかガラの悪いPC達に囲まれてる…)

 

那珂「ケストレルから?…確かに相反するギルドだけど、積極的に関わる様な相手でもないよね、というか月の樹だってケストレルと関わりたくはないよね?」

 

楢「ふぉっふぉっふぉっ……確かに、輩の相手をするのは年寄りにはちとしんどい事ですが…(わっぱ)のしつけは年長者の役目、それに、困ってる方を助けることに何も問題ありますまい」

 

那珂(これ以上話しても無駄だね、本題を知りたければ来いってことか)

 

那珂「いいよ、行く…でも、トキオ君は別だよ」

 

トキオ「え?」

 

楢「それは構いませぬ、しかし…ケストレルは執念深い、万が一ということもあります、トキオどのと言いましたか」

 

トキオ「は、はい」

 

楢「これは月の樹の連絡先、何かあった際にはいつでも頼ってくだされ」

 

トキオ「わ、わかりました…」

 

トキオ(なんかつい畏まっちゃうな……)

 

 

   

 

 

 

Δサーバーくれなずむ 無窮の 夕月

           月の樹専用エリア

那珂

 

まるで神社やお寺、和風の建物と、玉砂利の庭

美しいが、どこか古臭い

 

武家屋敷の再現というべきなのか…

 

所々にある灯籠や、小さな川にかけられた橋、ワープポイント

…広すぎる、そしてこの広さなのに、何処を見ても人がいる

 

楢「お気に召しましたか?」

 

那珂「んー…那珂ちゃん京都ってあんまり好きじゃないんだよね、アイドルが浮いちゃうから」

 

巨大な鳥居を潜ってようやく人気が落ち着いたところに出る

…白い玉砂利に石で作られた模様

 

一つの本筋から左右に三つずつの丸い縁

そして、本筋の先にも一つ…

 

さらにその奥には、小さいながらも煌びやかな寺の様な建物

 

那珂「へー…」

 

楢「ここは、七枝会(しちしかい)が集まる場…本来客人はおろか、隊員ですらここまで入れません」

 

那珂「で、そんなところに特別に連れてきた理由は何?……いや、人がいないからかー…」

 

…大きくため息をつく

 

那珂「はぁ……楢さん、率直に聞きたいんだけど、何者な訳?」

 

楢「…四番隊の隊長、とお伝え致しました…不足ですかな?」

 

那珂「全っ然足りないよ」

 

楢「ふぉっふぉっふぉ……四番隊の役目は情報を管理する事…」

 

那珂「情報を?」

 

楢「カナード…というギルドについて探られている様でしたので…是非、お答えしたいと思いまして」

 

那珂「待って、それだけ?……なら、なんでこんなところに…」

 

楢「…カナードは、現在ギルドマスターが代わりまして、シラバスというキャラクターが長を務めております…そして、他に団員は1人…」

 

那珂「1人…?」

 

楢「そう…カナードは合計2人で構成された、小さな小さなギルドでございます……私の意図が、伝わりましてかな?」

 

那珂(…カナードは、私がThe・Worldを始めた頃には誰もが知る巨大ギルドだった…だから、私はなりふり構わず聞いて回った…なのに)

 

楢「…たった2人しかいないギルド、構成員も特に変哲も無く、優れたプレイヤーでもない、無名であるが故に人伝に聞くことも珍しい、だというのに、どうやって知り、どうして探っておられたのか…」

 

那珂「……」

 

楢「意地悪な意趣返しに聞こえるやも知れませぬが…あなたは、何者なのですかな?」

 

那珂「……さあ、ねぇ…」

 

楢「…まあいいでしょう、深くは問い詰めますまい……カナードは頻繁にギルドショップを開いております…宜しければ、中央地区で露店を探すと良いでしょう」

 

那珂「…那珂ちゃん何にも答えてないよ?なんにも肯定してないし、否定もしてない、なのに…なんで教えてくれるの?」

 

楢「あなたと同じです…知りたくば、相手の懐に飛び込むことをも厭わない…私としてはこの情報に価値を見出せずにおりました、だというのに、あなたが危険を顧みず相手の懐に飛び込んだ」

 

那珂「…私にとっての価値を、測りたい…って事」

 

楢「お好きに受け取っていただいて結構…しかし、悪事を働く事になれば月の樹があなたを追いかける…夢夢忘れなさるな」

 

那珂「…ありがとう、この世界に来て人に助けられたの初めてかも」

 

那珂(助けようとしてくれた人はいたけどね)

 

楢「それは良かった、ついでに、これを」

 

那珂「…ギルドのゲストキー?」

 

これがあればギルドの客人としていつでも出入りできる…

 

楢「私は大体此処に居ります、困ったことがあればいつでも尋ねなされ」

 

那珂「……それを受け取る代わりに、もう一つ教えて」

 

楢「ほお?受け取る代わりに、ですか」

 

那珂「怪しい宗教団体の鍵受け取るんだから、そのくらいいいでしょ?」

 

楢「…あまり、人のギルドに強い言葉を使うのは感心しませぬな」

 

那珂「クーンってキャラのこと、知ってるよね…教えてよ」

 

楢「…クーン、ですか…わかりませぬな」

 

那珂「……そう、鍵はありがたくいただくよ、それじゃ」

 

那珂(…今、隠した…クーンがカナードの元ギルマスなら絶対に調べがついてるはずだし、私に接触してきたのも調べがついてるはずなのに……)

 

楢「……」

 

那珂「あと…ロールプレイもいいけど、次はそういうの無しで話してみたいな」

 

楢「ふぉっふおっふぉ……考えておきましょう」



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VSオルゲル

The・World R:2

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ 

              ドームエリア

トキオ

 

ここで人の流れを見ていても

ここで何かを待っても、何も起きはしない

 

トキオ「っ…?」

 

今、人混みの中に…みんなが持ってる武器の中に、見たことある槍が有った様な…

 

トキオ(気のせい…かな…?)

 

トキオ「うーん…オレはこの時代で何をすればいいんだろう」

 

彩花『そんなの、クロノコアを手に入れればいいに決まってるじゃない』

 

トキオ「うわっ!?彩花ちゃん!?」

 

彩花『なによ、アンタの監視は常にしてるんだから今更驚かないでよね?』

 

トキオ「…ずっと出てこなかったもんだから…」

 

彩花『…まあね、ちょっと忙しかったのよ、でも今のアンタの目的はハッキリしてるでしょ?クロノコアを手に入れる…まずは所持者を探しなさい、あんまり時間がかかる様なら、シックザールを利用して…』

 

トキオ「カイトと同じ様に手に入れる…って?」

 

彩花『それもやむを得ないわ、カイトを復活させられなかった様に、黄昏の騎士団が増えないのはイタいけど、シックザールに匹敵する力がある連中が協力してくれるなら問題ないし…』

 

トキオ「そんなの、おかしいよ…!」

 

彩花『な、なによ…?』

 

トキオ「彩花ちゃん…ずっと見てたんだよね!?何も思わなかったの?カイトが青葉に貫かれた時の表情は…?ミストラルの話は覚えてる!?司なんてオレと同じ…ずっと苦しんでたんだ!」

 

彩花『だからどうしたって言うのよ!こんなのただの…』

 

トキオ「ただの…?ただのなんだよ!!彩花ちゃんにとって…この世界って何なの?…オレにとっては、ここは、“今“で…“本物“で………」

 

…でも…

 

彩花『…なによ…』

 

トキオ「…彩花ちゃん、一つ聞いてもいい?」

 

彩花『……』

 

トキオ「どうして、オレだったの?」

 

彩花『え?』

 

トキオ「…オレ、嬉しかったんだ…ゲームの中に入って冒険できるなんて…勇者になるの、ずっと憧れてたからさ……でも、シックザールのやつにも…他の強い敵にも、全然敵わなかった」

 

スケィス、イニス、メイガス

青葉、ポザオネ、トロンメルにだってかなり苦戦した

 

トキオ「カイトも、助けられなかった

 

彩花『アンタねぇ…!何度も言ってるけど、私たちの目的はクロノコア!クロノコアさえ手に入ればそれでいいの!』

 

トキオ「ちっとも良くないよ!彩花ちゃんの目的はそうかもしれない!でもオレは違う!!オレはカイトを助けたい!この世界で、勇者になりたい…!」

 

彩花『……』

 

トキオ「でも……わかってるんだ、オレが来たから…カイトはフリューゲルにやられたんだ…オレがこの世界に来なければ…」

 

彩花『……あーもう!!だからってアンタがイジけててもしょうがないでしょ!?』

 

トキオ「……」

 

彩花『もー!私お風呂入ってくるから!戻ってくるまでにシャキッとしてなさいよ!』

 

彩花ちゃんのホログラムが途切れる

 

静かにはなったけど…すごく、心が重たい…

 

トキオ(もう、何もしたくないや…)

 

トキオ「……っ!?」

 

悲鳴が中央広場に響く

 

トキオ「なんだ…!?」

 

悲鳴がした方に走る

 

トキオ「っ…!」

 

噴水の周りから逃げ出す人達と、その中心にただ1人立ち尽くす男…

長い金髪が一まとめにして、袖なしのジャケット

両腕は…なぜか、青い…

皮膚というか、ゲームの生体金属みたいな…

 

オルゲル「……見つけたぜ」

 

トキオ「えっ?」

 

オルゲル「テメェがトキオだな」

 

両腕を左右に広げると同時に、左腕がガトリングガンに変形し、右手には大きなリボルバー拳銃が握られていた

 

オルゲル「返事をしねえってことは、“はい”って事だ」

 

ガトリングが回転し始め、周囲に向けて弾が乱射される

 

トキオ「なっ…!?」

 

慌てて身をかがめ、銃声が鳴り止むのを待つ

ようやく銃声が止み、顔を上げた時にはタウンの所々のグラフィックに穴が空いていた

 

銃弾を受けた壁、何でデータはどこにも存在しない

つまり、テクスチャとポリゴンを破壊していた…

 

銃弾を受けた場所、そこだけが、黒くて緑の…謎の穴が空いていた

 

オルゲル「テメェをぶっ壊してやる…!」

 

トキオ(ムチャクチャだ…!こいつ…!)

 

トキオ「お前…!タウンでいきなりそんなもんぶっ放して…!」

 

オルゲル「知るかよ…テメェだろ?トロンメルをやったのは…ぶっ壊しがいがあるって野郎は!」

 

トキオ「さっきから壊す壊すって…何なんだよお前!!」

 

オルゲル「俺は“火吹き男”のオルゲル…テメェを壊しに来た」

 

周囲に青い(グリッド)が走り、フィールドを作り上げる

 

トキオ(これって、結界!?コイツ…!)

 

トキオ「シックザールなのか…!」

 

オルゲル「……これで絶対に逃しゃしねぇ……心置きなく、テメェをぶっ壊せるってわけだ」

 

トキオ(…青葉達と違う、オレを捕まえるかなんてさらさらないんだ…!)

 

剣を構える

 

トキオ(……1人で、勝てるのか…?オレに、シックザールを倒す力はあるのか?)

 

わからない

勝ちの目なんて、殆どない

 

でも

 

トキオ(…やってやる!!)

 

オルゲル「すぐ終わらせてやるよ…」

 

ガトリングが回転し始め、銃口が黄色く輝く

 

トキオ(また連射がくる!結界の中には遮蔽物も無い…となると!)

 

オルゲルに向けてダッシュする

腕一本丸々の巨大なガトリング砲、離れるより近づいた方が当たらないはず…

 

オルゲル「ハッ!近づけば当たらねえとでも思ったか!?そもそもこれは…」

 

トキオ「っ!?」

 

オルゲルが地面に向けてガトリング砲から巨大なエネルギー弾を放つ

そして、弾丸が地面に触れたと同時に爆発し…

 

トキオ「うああぁぁぁっ!」

 

地面を派手に転がりながらも、体勢を立て直し、飛び上がる

体勢を戻すのに斬りあげる動作を挟み込み

 

トキオ「斬烈波!」

 

遠距離からの斬撃を叩き込む

 

オルゲル「…痛えじゃねぇか…!」

 

オルゲルがリボルバーを走りながらブッ放す

当てるつもりの一切ない、接近を避ける様な攻撃で逃げられる

 

オルゲル「これでもくらいな!!」

 

そして、次はガトリングの連射

 

トキオ(クソッ!…ダメだ、一方的に立ち回られてる…俺一人じゃ、どうしても勝てない…のか…)

 

このままじゃ殺される

このまま、ただなぶり殺しにされる

 

そんなの嫌だ

 

トキオ「…クソッ…!どうすれば…そうだ!メンバーアドレス!タウンの中なら…!」

 

ここはエリアじゃない、タウンの中なら誰かを…

 

トキオ「呼べない…!?」

 

オルゲル「結界の中にいる以上、シックザールPC以外は外と連絡は取れねえ…それに、入って来れるのも、出て行けるのもシックザールPCだけだ」

 

トキオ「…どうすれば…」

 

オルゲル「まだにどうにかなるつもりで居ンのか?…気に入らねえ…」

 

トキオ「…どうにか、してみせる…しなきゃいけないんだ!!オレは!」

 

オルゲル「じゃあ、やってみろよ…!」

 

オルゲルのガトリングが再び回転を始め、こちらを向く

 

トキオ(……倒すには、どうすればいいんだ…よく考えろ…!)

 

トキオ「っ!?」

 

オルゲル「……なんだ?」

 

結界の一部が崩れる

 

電「…これは…?」

 

トキオ「な…どうして電ちゃんが…!」

 

オルゲル「……誰だ、テメェ」

 

よく見ると、電ちゃんの隣に…

同じ歳くらいの女の子が…

 

トキオ「…いや、それよりもあの女の子の持ってる槍…!」

 

間違いない、青葉と同じ槍…

 

トキオ「な、何がどうなってるんだ…!?」

 

電「この子に…この子に手を引かれてきたのです、トキオさん、ここは…」

 

トキオ「来ちゃダメだ!殺されちゃうよ!」

 

電「え?…でも…」

 

電ちゃんの入ってきた入り口はもう閉じて…

 

オルゲル「仲間か?…まあどうでもいい、まとめてぶっ壊してやる」

 

トキオ「なっ…そんな事絶対にさせない!!」

 

オルゲルに接近し、斬りかかる

 

オルゲル(コイツ!動きが…!)

 

剣をガトリング砲で受け止められる

 

オルゲル「テメェ…!」

 

トキオ「絶対に、絶対に守るんだ!!これ以上誰も辛い思いをしないために!!」

 

オルゲル「……気に入らねえな…!俄然!ぶっ壊してやりたくなったぜ…!」

 

リボルバーの銃撃をギリギリでかわしながら休む間のない攻撃

だけど、それはどれもダメージにならない

 

トキオ(このままじゃダメだ!一方的に攻撃できてる様で誘われてる…このままスタミナが尽きたところをやられる!!)

 

盾にされていたガトリング砲を足場にして飛び上がる

 

オルゲル「正面はダメだから上からか…残念だったな、上に逃げ場はねえぞ!!」

 

トキオ「それでも!!」

 

一か八か、たとえダメージを受けながらでも…絶対に倒すんだ!

 

電「トキオさん!」

 

一瞬電ちゃんの方を見る

大砲が此方を向いて…撃ってきた

…でも、これは攻撃じゃない!

 

トキオ(そうか!)

 

オルゲル「終わりだ!」

 

オルゲルがリボルバーを撃つと同時に、オレに向かって放たれた砲弾を、体勢を変えて足の裏で踏みつける

 

トキオ「うおおおおッ!」

 

砲弾を足場にして空中で更に、前に走る

オルゲルの攻撃をかわし、身体を捻り、剣を振る

 

トキオ「斬烈波!!」

 

オルゲル「ぐ…!テメェ…!!」

 

電「こっちにも、居るのです!」

 

電ちゃんの砲撃がオルゲルに直撃し、吹き飛ばす

 

オルゲル「かはっ…!……クソッ!!」

 

トキオ「このまま追撃して…っ!」

 

攻撃しようとした瞬間、目の前に光の筋が走り、体が止まる

 

…死んだ…?

そう感じるほどの恐怖、体が動かない

 

クラリネッテ「……見切られた?」

 

背後の声に振り返る

バレエダンサーの様な衣装の、眼帯の女性PC…

 

トキオ(…新手…!?)



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終末の果て

The・World R:2

Δサーバー シックザール結界内

トキオ

 

オルゲル「ぐ…っ……ま、待て!まだだ…まだオレは終わっちゃいねえ…!だから手を出すな!“舞姫”!」

 

トキオ(舞姫…コイツの名前?いや、通り名…か?)

 

クラリネッテ「シックザールPCの消耗が酷い、オルゲル……もう帰って」

 

オルゲル「あ?こんなのかすり傷だろうが!ふざけたこと言ってんじゃねえ!」

 

クラリネッテ「帰って……足手纏いになる」

 

オルゲル「ッ……!」

 

オルゲルが転送される

 

トキオ(あ、アイツで足手纏いになるなんて…この舞姫って…どれだけ強いんだ…!?)

 

クラリネッテ「……」

 

トキオ「…えっ?…消えた」

 

…いや、違う!

 

電「っ…」

 

クラリネッテ「貴方は黙ってみてて」

 

電ちゃんに光のロープが巻き付き、拘束する

 

トキオ(今の一瞬で…ここでやる気だ!)

 

トキオ「っ!!」

 

急接近からの蹴りを武器で受け止める

 

クラリネッテ「……良い反応速度、でも」

 

トキオ「えっ」

 

剣が、弾き飛ばされる

 

そして蹴りと拳の乱撃…

 

トキオ(速過ぎる…!強すぎる…!)

 

目にも止まらない程の速さ

舞う様な動きで圧倒する攻撃…

これが舞姫…!

 

トキオ(勝てない…!)

 

クラリネッテ「……」

 

振り上げられた拳が見えて、思わず目を瞑る

 

クラリネッテ「……弱い貴方には、興味ない」

 

トキオ「……え?」

 

目を開けた時には、マク・アヌの中央広場に戻っていた

 

トキオ「……助かった、のか…?」

 

電「…退いてくれて、よかったのです…」

 

トキオ(…もし、あのまま戦いが続いてたら間違いなく負けてた…オレは、あの舞姫って奴よりも、青葉よりも、シックザールよりも弱い…)

 

…オルゲルに対しても、一瞬勝ちの目はあったけど、基本的にずっと劣勢な戦いを強いられていた

…オレじゃ、まだまだ弱いんだ…

 

電「…あの、トキオさん?」

 

トキオ「あ…電ちゃん……あれ?その子は?」

 

忘れてたけど、この槍を持った女の子は…

 

電「…いつの間にかいて…」

 

トキオ「…ねえ、キミ、名前は?」

 

リコリス「……」

 

トキオ(無視…いや、さっきから目を開けないし、喋らない、なんにも反応を示さない…)

 

トキオ「…NPC?」

 

電「えぬぴーしー?」

 

トキオ「プレイヤーがいないキャラのことだよ、でも…この子は…」

 

…なんで、青葉の槍を抱き抱えてるんだ…?

 

トキオ「……この子、一体何者なんだ…」

 

 

 

 

 

 

The・World R:X

シックザール ギルド@ホーム 

 

オルゲル「……クソッ……」

 

ガイスト「オルゲル、お気の毒様だね…フリューゲル団長のせっかくのご命令をしくじっちゃうなんてね♪クスクス♪」

 

オルゲル「ガイスト!!テメェ…!」

 

ガイスト「ごめんごめん、気に障ったのなら謝るヨ、ただキミに協力してあげたいなと思っただけなんだ、キミの名誉を回復するためにね」

 

オルゲル「何?」

 

ガイスト「簡単なことサ、トキオを完全に壊して仕舞えば良イ、トキオはまだThe・Worldに居る、ヌケガケして仕舞えば良いんダ…」

 

オルゲル「…それは団長の命令に反する事だろうが」

 

ガイスト「でも、そうすれば今回の失態なんか帳消しサァ…キミのために特別な“オモチャ”も用意してあげる…そうすればトキオなんて…簡単さ…」

 

オルゲル「……ポザオネも、テメェが?」

 

ガイスト「あれっ?……なんの話?」

 

オルゲル「アイツが変なのにボコボコにされたって帰ってきた後、テメェと接触したのは知ってるぜ、ポザオネにも渡したのか、そのオモチャを」

 

ガイスト「……“コレ”とは少し、違うケドね…☆」

 

オルゲル「…ソイツがあれば、トキオをぶっ壊せるんだな」

 

ガイスト「モチロンさ♪」

 

オルゲル「貰っとくぜ…団長に恩は返さねえとな」

 

 

 

メトロノーム「…あれはオルゲルとガイスト?何を話している…」

 

 

 

 

 

 

データ潜航艦 グラン・ホエール

トキオ

 

トキオ「……結局、あの女の子のことはわかんないし、彩花ちゃんとも喧嘩したままだし、強くなる方法は、わかんないし」

 

…オレ、本当にどうすれば…

 

那珂「やっ、迷ってるね、トキオくん」

 

トキオ「あ…那珂…」

 

那珂「勇者なら、そんなにクヨクヨしてちゃダメだよ?私の知ってる勇者はみんな自信たっぷりなんだから」

 

トキオ「…那珂の知ってる勇者って、どんな人?」

 

那珂「知りたい?沢山いるよ、でもね…うーん、私の1番の勇者は……お姉ちゃんかな」

 

トキオ「お姉ちゃん?」

 

那珂「2人いるんだけどね、一番上のお姉ちゃん、みんなを守るためにずっと、ずーっっと、頑張ってくれたよ…頑張りすぎて、心が壊れちゃったこともあったけど……それでも、ずっと勇者だった」

 

トキオ「…それが、勇者…」

 

那珂「那珂ちゃんはね、勇者は…強くなきゃいけないなんてこと、ないと思うな」

 

トキオ「え?」

 

那珂「人によって色々な意見があるから、那珂ちゃんのも一つの意見として聞いてほしいんだけど…強いから勇者になれるは違うと思う、勇者になったら、強くなれるんだと思うの、だって、そうじゃないと力が強くないと勇者になれないもん」

 

トキオ「……弱くても、勇者だと思う?」

 

那珂「勇者っていうのは、勇敢な者って書くでしょ?…那珂ちゃんはね、弱くても…誰かのために立ち向かえる人が勇者だと思うな」

 

トキオ「誰かのために…」

 

那珂「那珂ちゃんは今は戦わない…元、勇者も知ってるよ、付き人の女の子の方がすっごく強くってね、やたら口うるさいかな…他にも、私たちに勇気を与えてくれる人もいる」

 

トキオ「……なんだか」

 

那珂「なんでもないって思った?……勇者ってね、自分でなるものじゃないと思う…だから、なってあげてね、誰かの勇者に」

 

トキオ「誰かの、勇者…?」

 

…オレは、誰の勇者に…

 

電「だとしたら、既に勇者になれているのです」

 

トキオ「電ちゃん…」

 

電「私を守るために戦ってくれたトキオさんは、紛れもない勇者なのです」

 

那珂「だってさ!」

 

那珂に背中を叩かれる

 

トキオ「……うん、オレが…勇者…か」

 

???『トキオ…』

 

トキオ「あれ?」

 

…今、頭の中で、誰かの声が…

 

???『トキオ…私の勇者さま…』

 

トキオ「!」

 

声のした方向を向くと、目の前に、スクリーンがあって

その中に…あの夢に出てきたお姫様がいた

 

こっちに、手を伸ばした姿で

 

トキオ(お姫様が、オレに手を伸ばしてる…)

 

那珂「…何?このモニター」

 

電「真っ暗な…ウィンドウ…?」

 

トキオ(中の映像は、オレにしか見えてない…のか?)

 

???『強くなりたいのなら…大切なものを守る力が欲しいのなら……私の手を…』

 

…オレは、心臓の高鳴りを、引き締まる様な脳の震えを抑え

モニターに手を伸ばした

 

トキオ「っ!?…うわあぁぁぁぁっ!?」

 

那珂「えっ!?なにこれ!」

 

電「きゃああぁ!」

 

 

 

 

 

 

Δサーバー 終末の 果ての 迷宮

 

トキオ「…ここは…」

 

石でできた巨大な橋

周囲は霧に包まれていて、あたりを窺うことすらできない

 

???「勇者さま…」

 

声のした方向に振り返る

 

???「ここは、終末の果ての迷宮ですの…本来ならThe・Worldに存在しないはずの、忘れ去られ、風化した迷宮…」

 

お姫様が、淡々と言葉を連ねる

 

…やはり、このお姫様には、彩花ちゃんの面影が強く残ってる…

 

???「この迷宮を踏破して出口へと辿り着くこと、それがあなたに与えられた試練です」

 

那珂「…なに?それ…」

 

電「…トキオさんの試練に…巻き込まれたのですか?」

 

トキオ「……みたい…ところで、キミは…彩花ちゃん、だよね?」

 

???「えっ……そっ…そうです、私は、彩花……です」

 

那珂(…こんな性格だっけ?…見た目も全然違うし…)

 

電(喋り方にも、違和感があるのです…)

 

???「でも、この姿の時はAIKA(あいか)と呼んで欲しいですの」

 

トキオ(AIKA?…そういう演技(ロール)なのかな…別に良いけど」

 

トキオ「でも…こんなダンジョン攻略するより、オレは…」

 

やらなきゃいけないことがきっと…

 

AIKA「ダメですの!この迷宮を克服すればきっとトキオは強くなれますの!もっと自分を信じてください!」

 

お姫様が詰め寄ってくる

 

AIKA「あなたは強い人だと私は知っています!あなたはもっともっと強くなれます!!」

 

トキオ「……そんなに言うんなら、行ってみようか…」

 

 

 

 

トキオ「……なんの変哲もない、ダンジョン…?」

 

とくに、強い敵も居ないけど…

これは……

 

AIKA「トキオ、ひとつだけ注意しておく点がありますの」

 

トキオ「え?」

 

AIKA「この中では、誰に呼び掛けられても…振り返ってはいけません、後悔の迷宮に囚われ、2度と抜け出せなくなりますの」

 

トキオ「……後悔の迷宮か」

 

AIKA「お仲間のお二人も…気をつけて欲しいですの」

 

那珂(こう言うの、ゲームなら振り向いたら即死トラップとかだよね)

 

電「振り向かずに戦うなら単横陣を組まなくてはいけないのです…」

 

AIKA「あ…大丈夫ですの、呼びかけられた時に振り向かなければ良いだけ、呼びかけにさえ気をつければ良いですの」

 

那珂「連携取りにくっ!?」

 

トキオ(……ここをクリアしたら、オレがどう強くなれるのかな)

 

 

 

 

ポザオネ「見つけたアル…仕込みは完璧、仕返しの準備バッチリアル…イッシッシッシッ!…目に物見せてやるアル…!」



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認識

 

The・World

Δサーバー 終末の 果ての 迷宮

トキオ

 

トキオ「…ここに出てくるモンスター…みんな、バグモンスターだ」

 

名前の表記も、グラフィックもおかしくなってる

 

那珂「うえぇって感じ…でも、普通に倒せるんだね?」

 

電「ちゃんと死ぬのです」

 

トキオ(そういえば2人は艦娘なんだっけ、深海棲艦は普通には倒せないのかな?)

 

トキオ「…でも、敵が強いわけでもない…か……本当にここをクリアすれば強くなれるの?どうにもレベルが上がる気もしないし」

 

AIKA「もちろんですの!でも、レベルではありませんの」

 

トキオ「レベルじゃない?」

 

AIKA「ここは立ち入った者の心を映し出す迷宮、心の内に巣食う魔物が潜んでいるですの、ここを踏破すれば、一段と強い心に成長できるですの」

 

トキオ「心、か…」

 

確かに、今のオレに必要な強さはレベルじゃないのかも

 

 

 

  

 

 

那珂「やぁっ!!」

 

那珂の拳がバグモンスターを打ち砕く

 

トキオ「…那珂は艦娘なのに、殴るんだね」

 

那珂「まあね、だってここで弾の補充する手段がまだ無いし」

 

トキオ「あ…そっか」

 

那珂が手にじゃらじゃらと小さい弾を集めてこちらにみせる

 

那珂「これだけしかないの、一応弾の種類変えればあと少しはあるけど、あとは魚雷くらいだし、できるだけ節約しないと」

 

…そんなことまで考えて戦ってたのか

 

トキオ(…オレとは全然状況が違うけど、もし同じ立場だったとしたら…すぐに撃ちきっちゃいそうだな…)

 

トキオ「……ん?」

 

???『……ぃぃい………ひぃぃぃよ……』

 

AIKA「振り返ってはいけません」

 

那珂「これが、呼びかけ?」

 

トキオ「…なんだか気味が悪いよ」

 

AIKA「この呼びかけは、あなたたちの心に巣食う闇です、振り返ることは悔いること、悔いてしまえば後悔の迷宮に囚われ、2度と抜け出せなくなります」

 

那珂「…ふーん」

 

トキオ「……うわっ!?」

 

景色が急に切り替わる

 

那珂「……これは」

 

電「あのフィールドなのです」

 

…シックザールの結界…!

 

トキオ「なんで……いや、あれは…!」

 

中央に、司たちを襲ったあのガーディアンが…

 

那珂「あれ何!鉄アレイみたいだけど!」

 

トキオ「ガーディアンっていう…よくわかんないけどモンスターなんだ!その…スライムみたいだけど、うまくやれば近接攻撃でも倒せるはず…!」

 

那珂「つまり、不定形のモンスター…」

 

那珂が艤装から魚雷を引き抜き、ガーディアンに投擲する

 

那珂「電ちゃん!」

 

電「なのです!」

 

魚雷を機銃の弾丸が貫き、ガーディアンの側で炸裂する

 

トキオ(え、えげつねぇ〜…)

 

ガーディアンの一部が弾け飛んだものの、その破片がぐにゃぐにゃと集まり、再び元通りの形になる

 

那珂「…HP削り切らないと倒せないタイプなのか、コアを破壊したら倒せるタイプなのか、そこが問題だよね」

 

トキオ「…コアがあるとしたら、アレだと思う」

 

ガーディアンの中心にある、くすんだ黄金色の…腕輪の様な何か

 

トキオ「でも、アイツは体を触手みたいに伸ばして貫く様な攻撃をしてくるんだ、それに当たったら…」

 

電「…かなり危険、ということなのですね」

 

那珂「わかった」

 

那珂が武器を取り、前に出る

 

那珂「トキオくん、リーダーは君だよ、敵の動きを知ってるのは君だけだから…だから、生き残れるように、ちゃんと指示してね」

 

トキオ「えっ」

 

電「それしかないのです、任せました」

 

…オレが、リーダー…?

 

那珂「落ち着いて、大丈夫…私たちは作戦に従うのは慣れてるから」

 

トキオ「……わかった、でも」

 

両手の剣を構え直し、ガーディアンを見据える

 

トキオ「前に出るのは、オレだ!」

 

那珂「何言ってんの、コイツの攻撃危ないんでしょ…!?私達なら多少は耐えられると思うし…」

 

トキオ「大丈夫!…オレだけ安全なとこにいたくないんだ!それに……オレは…!」

 

両手の剣を一度大きく振り、敵を見る

 

トキオ(もう、後悔したくない!!)

 

トキオ「オレが注意を惹く!コイツは触手を伸ばして突き刺す様な攻撃しかしてこない!動きも遅い!だから対処を間違えなければ大丈夫!」

 

前に駆ける

ガーディアンの触手は見切って斬り落とす

 

トキオ(…イケてる!)

 

ガーディアンが同時に複数の触手を伸ばしてくるのを、回転しながら斬り落とす

完璧に対応できている、一本もオレに届くことなく斬り落とせている

 

那珂(あの動き…ちゃんと身体の動かし方を頭で組み立てて戦えてる…触手の伸びるタイミングも見切ってる…)

 

那珂「思ってたより、強いじゃん」

 

電「那珂さん!」

 

那珂「うん!」

 

後方からの遠距離攻撃がガーディアンを襲い、攻撃の手が止まる

 

弾け飛んだガーディアンの破片が辺りに散らばる

 

トキオ(よし!このまま…)

 

露出した腕輪目掛けて走る、そして剣を振りかぶり…

 

トキオ「ッ!」

 

その時ちょうど視界の端にチラッと見えた

吹き飛んだガーディアンの破片から、電ちゃんへと鋭く伸びようとしてる触手が…

走っていた足を止め、振り向きざまに剣を振る

 

トキオ「斬烈波!!」

 

斬撃を飛ばし、触手を斬り裂く

 

那珂「おー、ちゃんと気づけたんだ、ナイスカバー!」

 

トキオ(那珂は気づいてたのか…)

 

電「助かったのです!」

 

トキオ「良かった…間に合って」

 

……でも、足を止めたせいで、弱点だと思ってる腕輪は隠れてしまった

 

那珂「ダメージを与えても与えても、すぐに再生するどころか…再生速度上がってない?」

 

電「……どんどん攻撃速度も上がってきたのです」

 

トキオ「…早く倒さないと…」

 

那珂「…ねえ、電ちゃん」

 

電「………わかったのです」

 

トントン、と肩を叩かれる

 

那珂「トキオくん、前衛2人で行こうか」

 

トキオ「え?でも直接殴ったりしたら…」

 

那珂「大丈夫、那珂ちゃんには秘策があるから」

 

トキオ「……そこまで言うなら…お互いカバー重視!…左右にバラけて行く!」

 

那珂「よし!やるよ!」

 

トキオ「おう!!」

 

2人で歩調を合わせ、左右に広がる

外周を2人で回る様に動き、惑わせる

 

左右に分散したおかげで攻撃のペースは若干鈍く、精度も落ちた…

 

電(2人の位置がバラバラなせいで狙いが追いついてない…そして、3人目の私への狙いをつける余裕もない…)

 

電ちゃんの砲撃を受け、ガーディアンの攻撃が止まる

 

那珂(今!)

 

那珂がガーディアンに飛びかかり、砲弾を投げる

 

トキオ「えぇぇっ!投げちゃうの!?」

 

那珂(確実に仕留める!…この子に怪我をさせないために…私も…姉さんみたいになるために!!)

 

那珂が砲弾を至近距離で爆発させながら攻撃し続ける

 

トキオ(あ、あんな距離で戦うのは危ないんじゃ…!?…まさか…!)

 

外周を回る様な動きをやめ、一直線にガーディアンに駆け寄る

 

那珂(かったいなぁ…!でも、まだまだ!死ぬまでやるよ!)

 

那珂「っ」

 

トキオ「!」

 

腕輪がゲル状の体から僅かに露出し、那珂の意識がそっちに向く

 

そして、それを見越したかの様に、崩れたガーディアンの体から触手が那珂の背に伸びる

 

那珂(これさえ壊せば!)

 

トキオ「うおおぉぉぉぉッ!」

 

那珂「っ!?」

 

跳び上がり、那珂を掴んでガーディアンの側から離脱する

 

那珂「ちょっ…何して…」

 

トキオ「危ないだろ!!」

 

そのままガーディアンから距離を取り続ける

追撃は無く、そのまま離れられた

 

電「おかえりなのです」

 

那珂「…折角のチャンス、2度目も逃したね」

 

トキオ「…いや」

 

電「作戦は成功なのです」

 

ガーディアンのゲル状の体が崩れ落ち、煙を上げて蒸発していく

 

那珂「嘘!倒せてたんだ」

 

電「倒したのは、トキオさんなのです、那珂さんを助ける時にコアを攻撃していたのです」

 

那珂「へぇー!やるね!」

 

トキオ「…やるね、じゃないよ…!なんであんな事したんだよ!ボロボロじゃないか!」

 

那珂は至近距離で何度も、何度も砲弾のダメージを自分で受け続けて…

身体中やけどや破片でできた切り傷だらけになっていた

 

那珂「だって、あれが確実でしょ?事実、あと一撃で倒せてたじゃん」

 

電「残念ながら、那珂さん、貴方はトキオさんに助けられてるのです…あのままだと、貴方の攻撃より先に…背後から貫かれていたのです」

 

那珂「……そっか、ごめんね、守るつもりが迷惑かけちゃった!」

 

トキオ「…那珂…ちょっと待ってよ、おかしいよ…!」

 

那珂「え?何が?」

 

トキオ「確かに、オレのために…オレたちのために、危険を冒して敵を倒そうとしてくれたのはわかった、だけど…これが那珂の考えてる勇者なの…?」

 

那珂「……さあ、どうなんだろう…」

 

トキオ「え?」

 

那珂「那珂ちゃん自身、この感情は憧れでしかないからね…本当の勇者になんてまだまだなれてないと思う…だから、勇者の真似事をしてみたつもりだったんだけど…あれ?」

 

いつの間にか、あたりの景色が元の迷宮に戻っていた

 

トキオ「……あんな戦い方しちゃダメだ、あんな事してたら、みんな心配するよ」

 

那珂「それが役目だから」

 

トキオ「…今は、艦娘じゃないだろ?!オレと同じ同じネットに囚われた1人の人間だろ!?

 

那珂「…人間かぁ…」

 

電「……」

 

トキオ(…なんだ?この反応…オレ、変なこと言ったのか…?)

 

那珂「…トキオくんは優しいね、うん、君みたいな子が…必要なんだよ」

 

トキオ「え?」

 

那珂「君は、もう勇者なんだなって…そう思ったの」

 

トキオ「な、なに?いきなり…」

 

那珂「…ううん、なんでもない」

 

那珂(そう言う風な目で思ってくれてる子がいたの、久々に思い出したなぁ……)

 

電「…那珂さん、トキオさんは知らないだけなのです」

 

那珂「わかってるよ、でも…嬉しいでしょ?一瞬でも、浸らせてよ」

 

電「……わかりました」



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偽物の迷宮

The・World

Δサーバー 終末の 果ての 迷宮

トキオ

 

???『……ぃぃい………ひぃぃよぉぉぉ…』

 

トキオ「…まただ、また何か聴こえる」

 

那珂「振り返らないよ」

 

電「なのです」

 

…迷宮を、順調に進めてはいる

だけど…おそらくこの迷宮は定期的に強敵と出会う

次、またあの強敵のエリアに飛ばされた時、オレは勝てるのか?

それもただ勝つだけを目指したら…きっと那珂や電ちゃんは自分を犠牲にする道を選びかねない

 

トキオ(2人を守れるくらいに強くならなきゃいけない)

 

これが那珂の言っていた気持ちなんだろう

オレは、今、2人を守りたいって強く思ってるんだ

 

トキオ「……よし!やるぞ!…って!?」

 

また、あの空間に飛ばされる

 

トキオ「気合い入れた瞬間飛ばされるのか…」

 

那珂「…さっきと同じ場所?」

 

電「…敵は…2人?」

 

あたりにはごろごろと転がった石の破片と霧…

視界がハッキリしてなくてちゃんと見えないけど、片方はオレにはわかる

 

トキオ「……青葉」

 

一歩前に出て、近づく

視界が少しクリアになる

 

トキオ「!」

 

青葉と…手を繋いだ、女の子

 

槍を抱えていた子と同じ…でも、電ちゃんといたんじゃ…

 

電「!…あの子は…そういえばいつの間にか姿が…!?」

 

那珂「手ぇ繋いでたんじゃないの!?」

 

電「全然気づかなかったのです!」

 

トキオ「……あの子も、敵?」

 

でも、今回槍を持ってるのは青葉だけ…

 

青葉「……」

 

青葉が女の子と手を握ったまま、槍をこちらへと向ける

 

トキオ「…やるしかないのか…これがオレの心の内にあるものなら…やってやる!!」

 

那珂「青葉ちゃんを倒すのかぁ…」

 

電「気が引けるのです…」

 

トキオ「え?……あの、青葉と知り合いなの?」

 

那珂「勿論、同僚みたいなもんだよ」

 

トキオ(うわぁ…一気にやり辛くなったなぁ…)

 

那珂「…と?」

 

那珂が顔をのけぞらせ、光の矢をかわす

 

那珂「アイドルは顔が命なのにー!そんな事するなら…那珂ちゃん本気で相手しちゃうから!いいの?」

 

青葉「………」

 

那珂「…青葉ちゃん、嫌な感じ」

 

電「…喋れないのですか?…もしかして、再現だから…?」

 

那珂「ていうか!この辺の足元の石邪魔!歩きづらいんだけど!こんな岩場で毎回戦ってたの?」

 

トキオ「いや…」

 

そう言われてみれば妙だな…この大量の石は何なんだ…?

結界の中にこんなもの…

 

那珂「うわっ!?」

 

石が溶けるように平たくなり、煙となって蒸発していく

 

那珂「…想像の中だからいらないものは消せる?とか…そもそも想像の中ではないのかな…心の内を表すってそういう意味だと思ってたけど」

 

電「何でもいいので、戦うのかどうかはっきりして欲しいのです」

 

那珂「倒さなきゃ進めない以上、やる以外の選択肢あるの?」

 

トキオ「…行くぞ!!」

 

剣を振りかぶり、大きく振るい、斬撃を飛ばす

 

トキオ「斬烈波!」

 

…いとも簡単に防がれるが、これでいい

青葉の攻撃の射程はオレよりも圧倒的に長い

その分、ゼロ距離に近づけばオレにも勝機はある!

 

だからまずは隙を作る

 

那珂「考え方は間違ってないけど、青葉ちゃん相手に油断しない方がいいよ」

 

トキオ「わかってる!油断せず、待つ…!」

 

那珂(…そうじゃないんだけどな…でも…青葉ちゃんのことを考えると、言うのも何だか…どうしたらいいんだろう)

 

トキオ(那珂たちはできれば戦いたくないはずなんだ、なら、オレが…!)

 

リコリス「リパルケイジ」

 

トキオ「えっ!?」

 

青葉と手を繋いだ女の子が、声を発した

そして青葉が前に踏み込み

 

那珂「!」

 

トキオ「ぐ…」

 

片手で槍を縦回転させ、高速の斬撃を放つ…

 

即座に剣で防ぐものの、わずかに槍の刃先が肉を削る

 

トキオ(あの子、今しゃべったよな…!何だ、どうなってるんだ!?)

 

那珂「ねえ!意思疎通できるの!?聞こえてるよね!?」

 

リコリス「……トリプルドゥーム」

 

トキオ「うわっ!?」

 

こちらの問いかけに応えることはなく、槍の攻撃が無常にも迫る

 

トキオ「くそっ!落ち着いて戦わないと…!」

 

とは言っても、混乱しない方が無理だ

 

リコリス「火炎太鼓の呪符」

 

トキオ「おわっ!?」

 

那珂「あぶなっ…!」

 

…遠距離攻撃と、中距離攻撃

青葉は一方的にこちらを攻め立て、反撃を許さない

 

トキオ(…オレは、どこまでやっていいんだ…!?倒してもいいのか…?いや、倒すしかないんだ!!)

 

リコリス「ダブルスィーブ」

 

トキオ「!」

 

大振りな横薙ぎを2度行う…

かつて見た青葉の動きが頭をよぎった

 

そして、小さく跳び、剣を叩きつける様に振り下ろす

青葉が狙うであろう、槍の軌道目掛けて

 

トキオ「ここだ!!」

 

青葉「……」

 

金属音が響き、青葉の槍の切先が地面を抉る

 

トキオ(このまま!!)

 

槍の柄に乗り、至近距離で…

 

トキオ「連牙・昇旋風!!」

 

青葉が剣撃を受けてふらつく

 

トキオ(今ここで、決める!!)

 

那珂(…青葉ちゃんなら、こう言う時!)

 

リコリス「斬風姫の召喚符」

 

トキオ「っ!」

 

白い風の筋が辺りを包み込み…

 

那珂「よっと!」

 

トキオ「うわっ!?」

 

風に斬り刻まれる直前に那珂に引っ張り出される

 

電「間に合って良かったのです」

 

那珂「青葉ちゃんならやるよねぇ…やると思ってたし、それしかないもんねぇ…」

 

那珂(……自滅技…って言ってもいいのかな、相変わらず捨て身の闘い方してるなぁ…)

 

竜巻が晴れた時、ズタズタに斬り裂かれた青葉が虚ろな目をこちらに向ける

 

トキオ「っ…」

 

思わず息を呑む

幽鬼を思わせる程の、異質な雰囲気だった

ひとくくりにされていた髪も乱れ、衣服も乱れ

傷ついた部分から、テクスチャの裏側の、世界の狭間が覗いていた

 

…ただ、これは…

 

トキオ(やっぱり、おかしいよな…)

 

トキオ「…なあ、お前って、何なんだ…?」

 

那珂「…どう言う意味?」

 

トキオ「PC(プレイヤーキャラクター)なら、ああはならない…ダメージを受けても髪の毛がぐちゃぐちゃになったりしない…だってそんなデータはないはずなんだ」

 

…ゲームの中に入ってるオレが言うのもおかしいんだけど

 

トキオ「明らかに、おかしいんだよ、あの青葉は…この世界の住人なんだと思う」

 

那珂「……つまり、別人ってことでいい?あの青葉ちゃんは本物じゃないって…」

 

トキオ「オレは、そう思ってる」

 

那珂「……なら、思いっきりやろっか!本物じゃないのにこんなに強いなんて…ちょっと嫉妬しちゃうけど」

 

トキオ(…っ…?何だ?この感じ…)

 

那珂「…トキオくん?」

 

トキオ(……声が、聞こえる…誰かの声が…それに、変な感覚が…)

 

那珂「あぶ…ないっ!!!」

 

金属音と共に我に帰る

那珂が青葉の攻撃を弾いてくれたらしい

 

トキオ「あ、ありがとう!!」

 

那珂「ぼやぼやしてたら死ぬよ!?」

 

トキオ「う、うん…っ!?」

 

青葉がふらりと揺れ、倒れる

 

電「…倒れたのです」

 

那珂「…さっきの攻撃で…体力の限界だった?」

 

トキオ「みたい…だね」

 

青葉の体が徐々に崩れ、光となって消えていく

その光の粒子は、あの目を閉じた少女の方へ

 

トキオ「…あの子が青葉のコピーを作り出していたのか…?」

 

那珂「…ねえ、見て、これ」

 

電「…青葉さんの倒れてたところに…なんでしょうか」

 

光の塊を拾い上げる

rae.cylと表示された

 

トキオ「あーるえーいー…ドット…この拡張子、何なんだ?」

 

リコリス「rae.cylを、私にください」

 

那珂「うわっ!?」

 

電「…どうなってるのです…」

 

このアイテムが欲しい…って事なのか?

 

トキオ「……あげてもいい?」

 

那珂「それは任せるけど…」

 

トキオ「…ほら」

 

アイテムを渡したと同時に、元の迷宮へと強制転送(オートリーブ)される

 

電「……あ、あれ」

 

トキオ「また電ちゃんの隣に」

 

那珂「……よくわかんない子だね…名前は何なのかな」

 

リコリス「リコリス」

 

トキオ「え?」

 

電「…名前、なのですか?」

 

リコリス「うん」

 

那珂「会話ができてる…何で?」

 

トキオ「……わかんないや…」

 

那珂「……私もわかんないけど…この子、すごく不思議な感じする…」

 

那珂(というか、寒気がする……いや、この子のせいじゃないのかな…)

 

トキオ「…那珂?」

 

那珂「……あ」

 

電「どうかしたのですか?」

 

那珂「…みんな、逃げよう」

 

トキオ「え?」

 

那珂「バグモンスターが来てる!」

 

電「え?…きゃっ!?」

 

トキオ「うわっ!?引っ張らないでよ!!」

 

那珂「急ぐよ!!」

 

那珂(…この感じ……気の所為であって…)

 

AIKA「……たとえどんなに逃げても、逃れるのは難しいですの……貴方の恐れを、悔いを、迷宮は見逃してくれませんの」

 

那珂「っ!」

 

トキオ「ま、また!?」

 

再び結界に転送される

 

電「ペースが早くなってるのです!」

 

那珂「……いや…さっきまでのがトキオくんのだったとしたら、今回のは“私の分”かな…」

 

トキオ「え?」

 

電「っ…!…最悪なのです…」

 

カン…と、何かが床に突き刺さる音が響く

 

川内「…待ってたよ、那珂」

 

那珂「っ…!」

 

那珂の表情が一気に曇る

 

トキオ「…あれは誰」

 

電「川内さん…那珂さんのお姉さんなのです」

 

トキオ「アレが…!?」

 

…よく見れば、黒い衣装だけど…那珂の衣装と形は似てる

 

那珂「……2人とも手を出さないで、これは、私の問題だから」

 

那珂(…私が姉さんを置いてきたことをずっと悔いていたから…だから、今になって襲いかかってきた……)

 

那珂「だったら、ここで打ち砕くまでだよ…悔いも今、この瞬間をもって無くなる…姉さんはそこまで弱くない、私は信じてるから」

 

川内「…酷いな那珂は…知ってるでしょ?私が弱くて脆いことくらい…」

 

那珂「……確かに、姉さんに限らず人の心なんて脆くて弱い!でも…姉さんは、姉さんは私の前で間違ったりはしないから!」



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虚像

The・World

Δサーバー 終末の 果ての 迷宮

那珂

 

…強く拳を握り、構える、左右の拳を顔ほどの高さにあげて、顔を守る

基本的なボクシングの構え…

 

川内「…懐かしいねえ、よくスパーリングしたっけ?…那珂は覚えてないかなぁ…」

 

那珂「覚えてなきゃ、再現のしようもないでしょ」

 

川内「そりゃそうだね」

 

…同じ構えを一瞬取ってから考える仕草を見せ

 

川内「…いや、やっぱいいや」

 

隙だらけの両手を広げた、構えも何もない…

 

川内「先に仕掛けて良いよ」

 

那珂(…姉さんは、こんな事はしないけど…)

 

距離を詰め、腹部目掛けて突き上げる様に右拳を振り抜く

 

川内「…軽いなぁ…」

 

拳を片手で掴んで受け止められ、捻られる

 

那珂「っ…!…なんて、握力…!」

 

那珂(姉さんはこんなに握力ゴリラじゃないから!…って…)

 

可笑しい

やっぱり可笑しい

 

私の思ってる姉さんと何でこんなに乖離(かいり)してるの?

私の想像が、悔いが、形を得て現れてるはずなのに…

私の知ってる姉さんが言わないことを言って、違うことをして

 

那珂「本当に姉さんなの…!?」

 

川内「酷いなぁ…どう見たって、私でしょ?」

 

私の手を離し、両手を広げて笑う

 

那珂「っ……」

 

体を沈める様に、低く、深く

頭を地につけるかの如く沈め、そして再び浮き上がる様にして距離を詰める

 

那珂「!」

 

持ち上げた頭に蹴りを合わせられ、無様に転がる

 

川内「ほらほらどうしたの、那珂…そんな手、通用しないよ?だって那珂を一番知ってるのは私だから」 

 

那珂(…偽物とは絶対に言えないほど、私の手の内を知り尽くし、それに悉く対応してくる…)

 

…つまり、これに勝つのは本物同様に絶望的だ

 

那珂「……いいね、やる気でちゃうよ」

 

川内「おっ……そろそろ準備運動は終わった?」

 

那珂「これだけアップの時間があったんだから、そりゃあもうあったまったよ…!」

 

両手を軽く振り、額の汗を拭い、一度目を閉じて深呼吸する

視覚、聴覚、触覚

全てをシャットアウトし、落ち着く

 

那珂「…臨、兵、闘、者、皆陣、列在前…」

 

目を開く

目前まで迫った拳をいなし、カウンターパンチを脇腹に叩き込む

 

川内「っ…!」

 

那珂「…姉さんはさ、そんな卑怯な手を使ったりしないよ…うん、漸くわかったんだ、今の私が怖がってる事が貴方なんだ、姉さんの虚像でしかない」

 

川内「…だったら…?」

 

那珂「もう怖くない、だって…姉さんの事なら私たちが一番よくわかってるから…大丈夫」

 

川内「なにが大丈夫なのか…ゆっくり教えてもらおうかな!!」

 

距離を置くために飛び退いた虚像を追う

 

那珂(私が一番不安に感じてる手を打つなら、姉さんは…)

 

跳び上がり、振り抜かれた大剣を交わす

 

川内「っ!」

 

那珂「そうだよね、そうするよね…縦に振られてたら死んでたかも」

 

宙に浮いたまま大剣を振るったせいで…隙だらけの巨像

 

那珂「……」

 

そのまま、まっすぐ虚像に飛びつく

なりふりを構わずに、ただ、抱きしめる

 

川内「っ…!?」

 

那珂「…私が今一番怖い事は、姉さんをまた失う事…確かに貴方は虚像でしかない…だとしても、私は姉さんを失うことがただ怖い……残酷だよね、この恐怖心が姉さんを消すなんて」

 

抱きしめた虚像は、確かに暖かかった

感じてはいけない温もりを確かに持っていた

私の一番欲していた、そして恐れていた感覚を

 

川内「……那珂」

 

那珂「…なぁに?」

 

川内「那珂はもう間違えないね…大丈夫だよ」

 

那珂「……」

 

私の腕の中で崩れていく虚像を確かに感じながら…ただ、堪える

 

那珂「……本物も偽物も、やっぱりズルいなぁ…それ…私が今一番言って欲しくなかった言葉だよ…」

 

川内「たとえ(うつろ)の身でも私は私、それに…そう思って事は…ずっと待ってたんだよね?…大丈夫だよ、今の那珂なら、何かに呑まれた…り…」

 

…完全に消えた、目の前で姉さんを失った

私が一番恐れていたことが、現実に起きた

 

でも…

 

那珂「……知ってるよ…わかってる、だって私は強くなるから…姉さんよりもずっと……」

 

…あったかかった…

間違いなく、あったかくて…優しかった

偽物だとわかっていても、そう思うのが辛いほどに

 

那珂「……!」

 

…何かの鼓動が、体の内から聞こえた

 

那珂「…なに、か…が…」

 

…何かが…

 

那珂「……っ……う…?」

 

…あ、れ…頭がぼんやりして…

目の前が真っ白に…

 

 

 

 

 

 

那珂「っ!」

 

…次に目が覚めた時には、迷宮に戻っていた

 

トキオ「よかった…目が覚めた!」

 

電「大丈夫ですか?」

 

那珂「え…あー……うん……うん!?」

 

…なんか、服が…というか、色々可笑しいような…特に頭が重たい様な…

 

那珂「…えーと…電ちゃん、私の頭、どうなってる…?」

 

電「…帽子をかぶってるのです、大きな帽子を」

 

那珂「…私の想像だと、片方が上を向いて片方が下を向いてるヘンテコな帽子?」

 

電「…いいえ、丸い帽子なのです、取ってみればいいのでは?」

 

那珂「…うん」

 

帽子を外し、見つめる

 

潰れた玉のような形の帽子…

 

那珂(…環…か、私の心が落ち着いた…って事なのかな)

 

帽子を頭に乗せて立ち上がる

…服も、かなりフリルが増えたけど、綺麗なものになってるし

あと気になるのは…

 

那珂「なにこれ」

 

手袋のない片手につけられた、手首と二の腕を少し覆う…装飾具…?

 

電「多分、指輪に近いものだと思います」

 

那珂「指輪…ってことは」

 

触れた瞬間、目の前に魔導書が浮かび上がる

 

那珂「……は…はは…那珂ちゃんとうとう本当にゲームのキャラにでもなっちゃった…?」

 

AIKA「おめでとうございますですの」

 

那珂「あっ…AIKAちゃんだっけ」

 

AIKA「はい、貴方は自分の心に打ち勝ったですの、そして…自身に眠っていた力を解放したですの」

 

トキオ「つまり、那珂はこの迷宮をクリアしたってことになるのか…!?」

 

AIKA「そうです、トキオ、貴方もこの迷宮を踏破すれば新たな力が目覚めるですの!」

 

…これが、私の新たな力?

 

トキオ「よーし!オレもがんばるぞ!」

 

那珂「…よし、行こっか!」

 

…思ってた(ゴレ)では無かったけど…

今はこれもありがたい

 

電「…私も力が目覚めたりするのですか?」

 

AIKA「それは…わかりませんですの、この迷宮は心を写す鏡、でも本来はトキオの心のみを写すはずだったのに…」

 

那珂「なんだっていいじゃん、今は進もう?」

 

電「そうですね、わかったのです」

 

ポザオネ「イッシッシッシッ!ようやく追いついたアル…!」

 

トキオ「うわっ!?ど、どこだ!?」

 

那珂「誰?…声だけする…」

 

電「これは呼びかけのうちに入るのですか?」

 

AIKA「…多分?」

 

那珂「…じゃあ無視しようか」

 

トキオ「オッケー!」

 

電「先を急ぐのです」

 

ポザオネ「待つアル!人が呼んでるなら反応するのが世間の常識ヨ!」

 

那珂「うるさいよねー、誰なの?ほんとに」

 

トキオ「聞いたことある気はするんだけど…」

 

電「私はないのです」

 

ポザオネ「ムキー!!」

 

ふっと辺りが暗くなる

 

トキオ「な、なんだ!?」

 

那珂「っ!上だよ!!」

 

巨大な何かが降ってくる

 

電「っ……人?」

 

トキオ「で、でか…!?」

 

巨大なプレイヤーキャラクター…

 

那珂「……あれ?あ!思い出した!」

 

トキオ「こ、こいつ…那珂とブラックローズにボコボコにされたやつだ!…でも、こんなにデカくなかったよな!?」

 

ポザオネ「イーッシッシッシッ!!今のお前達なんて小指の爪ほどの大きさアル!簡単に踏み潰してやるネ!」

 

電「……それは無理なのではないのですか?」

 

ポザオネ「アラ?」

 

電「貴方の大きさが変わったのはわかったのです、でもこんな…メートル換算で20メートルはあるのです、でも、さっき貴方が降ってきた時、私達は吹き飛ぶことすらなかったのです…その巨大で、なおかつ重いのならこの迷宮ごと吹き飛ぶ筈なのです」

 

那珂「…ええと、つまり?」

 

電「それと、運動能力についてとかもあるのですが、見てる感じだいぶん鈍そうなのです…なので…」

 

電ちゃんが主砲を向けて撃つ

 

トキオ「うわっ!?」

 

那珂「こ、これって…」

 

パンっと音を立ててポザオネが萎む

 

電「巨大な風船だったのです」

 

ポザオネ「み、見切られていたアルか…この道化のポザオネの十八番、偽りの大巨人を…!」

 

トキオ「そのまんまだな…」

 

那珂「…で、手の内を明かされた道化さんは…どうなるのかな?」

 

ポザオネ「ひっ!?…あ、甘いアル!ここでワタシを倒したところでもう仕掛けは済んでるアル!お前達はもう終わりヨ!」

 

トキオ「なんの話だ!」

 

那珂「まーまー落ち着いて」

 

トキオ「え?…な、那珂?」

 

那珂「那珂ちゃん、暴力系キャラでは売ってないけど…少し路線変更も考えてるんだよね…どう思う?」

 

ポザオネ「ヒッ!…し、知らないアル!!」

 

電「に、逃げたのです…」

 

トキオ「速っ…」

 

那珂「……もうしばらくは出てこないでしょ、それにしても杜撰だよねぇ…始末したいなら後ろから不意をつけばいいのに、プライドが邪魔してできなかったのかな?」

 

電「三下の発想なのです」

 

トキオ(ふ、2人ともなんか怖いよ…)

 

 

 

 

 

ポザオネ「ヒー!ヒッ…こ、ここまで逃げればもう大丈夫アル……ヒ!?」

 

ガイスト「……」

 

ポザオネ「アイヤー、ガイストか!敵じゃなくて安心したアルよ〜」

 

ガイスト「ボクもホッとしたよ、キミを捕まえることができて」

 

ポザオネ「え?……ぎゃあぁぁぁぁッ!?」

 

ガイスト「キミに逃げ回られると厄介だからねσ(^_^;)ここで確実に息の根を止めておきたいのサ♪」

 

ポザオネ「な、なな……なん……なん、で……」

 

ガイスト「それと、最後に一つだけ聞いておくけど、プログラムはちゃんと仕込めタ?」

 

ポザオネ「……がふっ」

 

ガイスト「答えるのももう無理カ……急ぎすぎちゃっタ……洗脳が成功シテるといいケド♪……それにしても、あの3人……まさか、全員が素質アリなんて…本命はトキオだったケド、こんなに優秀なんてさすがダブルウェアだネ♪」



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ジョブエクステンド

お知らせさせていただきます。
筆者が今春より新生活をはじめるため、近日中に更新を一度停止します
余裕ができましたら不定期ながら再開しようと思っています。
何卒ご理解ください。

それと、常日頃のご愛顧、この場を借りて感謝申し上げます。
失礼致します。


The・World

Δサーバー 終末の 果ての 迷宮

トキオ

 

トキオ「…まただ」

 

???『………ぃぃ………しぃぃよぉぉぉ……』

 

那珂「……近づいてきてない?」

 

AIKA「振り向いてはダメですの!…絶対に、振り向くことだけはしてはいけませんの」

 

那珂「…わかってるよ」

 

電「でも、何かが急速に近づいてきてるのです」

 

那珂「…さっきの奴と…私の意識を失ってる時間……かなり足止めされてたもんね…」

 

トキオ「気にしないでよ、それに振り向かなきゃなにもされないんでしょ?」

 

AIKA「はい、振り向かない限り干渉することはできないですの」

 

トキオ「これなら、なんとかなりそうだな」

 

那珂「油断大敵、だけどね…」

 

???『……のにぃ……』

 

電「…すぐ後ろに居るのです…!」

 

トキオ「追いつかれてる!?」

 

那珂「走るよ!」

 

トキオ「わかった!」

 

???『……庇ってやった…のに……僕がキミを……庇って…やった…』

 

トキオ「っ…庇って…?」

 

走ろうと差し出した足の先に何かが当たる

 

トキオ「…これ…この帽子は…!」

 

…足に当たったのは、カイトの帽子…

 

AIKA「いけない!振り向いては…それは罠です!」

 

AIKAちゃんの声より、一瞬早く…見てしまった

 

後方から迫る影を

カイトの姿を真似た、化け物を

 

トキオ「っ!…うわあぁぁぁぁっ!?」

 

 

 

 

 

???

 

トキオ「っ……どこだ、ここ…」

 

…寒い、冷たい…辛い…

何もかもに拒絶されてるみたいで…苦しい…

 

トキオ(オレ、死んだのか…?…オレ…)

 

…ゲームの中なら、勇者になれると思っていたのに

 

苦しみだけが、何度も何度もオレの心をなぞる

シックザールの奴らの声が、オレの中に響く

 

クラリネッテ『弱い貴方には興味がない』

 

…手も足も出なかった舞姫…

 

オルゲル『これで…テメェを完全にぶっ壊してやれるぜ!』

 

オルゲルにだって、勝ったとは言えない…

 

フリューゲル『チェックメイト』

 

…そうだ、この時だ

 

オレがこの時、カイトに庇われた事で…

 

カイト『キミには、不思議な力が…あるみたいだ……お願いだ、アカシャ盤に……僕の仲間と、The・Worldを…救って…』

 

…オレには、無理なんだ…カイト…

 

AIKA『トキオ…トキオ…!…聞こえますか…!』

 

…もう、オレじゃ無理だ…

嫌と言うほどわかった

 

AIKA『…お願いですトキオ…目を覚まして…!』

 

…オレは、勇者にはなれなかった…

だから…もう…

 

???『…待ってます』

 

トキオ(っ…!?)

 

今の、声は…誰だ?

 

オレの聞いたことのない声…

 

???『青葉、キミだけが負担を強いられる理由なんか…』

 

トキオ(2人いる…?それに、片方は、青葉…?) 

 

青葉『大丈夫です、私がやります』

 

ぼんやりと、おぼろげに場面が移り変わり続ける

どれも激しい戦いの瞬間を切り取ったかのような…

 

トキオ(司令官って…誰の事だ…?フリューゲル…とか…?)

 

青葉『…良いですよ、リコリスさんが行きたい方へ…』

 

トキオ(これは…青葉の、記憶…?……どうして…)

 

???『今、自分たちにできることは何か?とにかく…良いと思えることをやっていこう…そうすることでしか、前に進めないから』

 

トキオ(この声は…カイトだ…!)

 

そうだ、カイトだ

でも、なんだか、全部がぐちゃぐちゃで、つぎはぎな…

 

トキオ(…色んな過去を、つぎはぎの過去を…見たんだ…)

 

カイトがやられるのはもう二回も見た

 

…ふっと…あたりが明るく…いや、白くなる

 

那珂『……知ってるよ…わかってる、だって私は強くなるから…姉さんよりもずっと……』

 

…これは…

 

司『トキオ!青葉!』

 

ベア『目的は達成した!司!ログアウトできるか!?』

 

司『うん…!』

 

これは…さっきまでとは違う

 

アルビレオ『もう…消さなくてもいい…!』

 

トキオ(…色んな、色んな記憶(データ)が…流れこんでくる…)

 

ああ…そうか…

オレ1人じゃ、なにもできなかったけど…

 

オレの知らないところでも、歯車は回ってたんだ

 

だから…オレも…

 

集まった記憶が、一つ一つの歯車となり…世界を、未来を回していく

 

トキオ(…オレも…この歯車みたいに…!)

 

 

 

 

フッと目が開く

 

カイトの形をした、黒い影がじわりじわりとオレの方へ迫ってくる

 

カイト『…トォォキィィオォォォォ…!』

 

トキオ「もう、そんなまやかしは通用しない!!」

 

両手に握られた剣を振り抜く

…内側から力が湧いてくるみたいに…

体が熱くなって…勇気が滾って…!

 

トキオ「行くぞ!!」

 

もう怖くなんかない

オレは後悔も、何もかも…

 

トキオ「煌輪波(こうりんは)!!」

 

放たれた斬撃が地面を削りながら飛んでいく

カイトの影を切り裂き、吹き飛ばす

 

カイト『…痛いぃ…痛いよぉぉ…!』

 

トキオ「…ごめん、カイト、オレのせいだ…でも、オレは先に進まなきゃいけない…カイトを助ける為に…!」

 

今までとは、まるで比較にならないほどの力を感じる

 

トキオ「咬牙・旋風神楽(こうが つむじかぐら)!」

 

カイト『いいぃぃぃ…!』

 

ポーン…と、頭の中に音が響く

 

トキオ「!……そうか!わかった!」

 

両手の剣を振り下ろす

剣が空間を…時間を切り裂いた…

そして、その時空の狭間から

 

トキオ「来てくれ!司!」

 

司「トキオ!」

 

トキオ「力を貸してくれ!!」

 

司「わかってる!」

 

司の呪紋に合わせ、絶え間のない攻撃を繰り出し…

 

トキオ「トドメだ…!」

 

カイトの影を吹き飛ばす

 

司「バクドーン!」

 

司の呪紋でダメージを与えたところに追撃…!

 

トキオ「ゴートゥ・ヘヴン!!」

 

カイトの影を、完全に斬り割いた

 

トキオ「……カイト、オレ、強くなったよ…あの時よりも、ずっと……だから、もう少しだけ待ってて欲しいんだ、必ず助けに行くよ」

 

影が消えると共に、司も転送されて消えていった

 

トキオ「……目を、覚まさなきゃな…みんなが心配しちゃう」

 

 

 

 

 

 

Δサーバー 終末の 果ての 迷宮

デュアルエッジ トキオ

 

トキオ「……っ…!」

 

那珂「目を覚ました…!」

 

電「良かったのです…起きたのですね…」

 

トキオ「…戻って、来られたのか…」

 

AIKA「おめでとうございます、トキオ」

 

トキオ「え?」

 

AIKA「終末の果ての迷宮…その最大の敵…終末を司る者を貴方は倒しました…試練は、達成されたですの」

 

トキオ「…じゃあ、オレは……っ?」

 

…いつの間にか、あたりの霧は晴れていた

 

電「…それにしても、なかなか奇抜な服装になったのです」

 

トキオ「え?」

 

自分の姿を見直す

 

トキオ「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁっ!?」

 

オレは、リアルデジタライズした時は学生服のままこの世界に放り込まれた…なのに…

 

トキオ「お、オレの学生服が…ポップなファンタジールックになってる…」

 

那珂「言うほどポップかな…あと、頭」

 

那珂が額部分を指す

 

トキオ「え?おでこ?…オレ、どう……げ、ゲェーッ!?つ、ツノだ…雄々しいまでのツノがニョッキリと…!」

 

額を突き破って生えているわけではなく、ツノの生えた額当てのようなものが装着されているだけ…なのは救いか

 

AIKA「……イヤ、ですの?」

 

トキオ「え?……あー……」

 

黒と白のインナーに、銀色の防具

所々に時計のモチーフをあしらった装飾

 

剣も鍔が歯車になった、一対の大きな双剣

 

トキオ「……まあ……これで学校に行くわけじゃないし…?……それに、割とかっこいいかも!ねぇ!?」

 

電「悪くはないのです」

 

那珂「私は好きだよ、勇者らしくてさー!」

 

AIKA「ほっ……気に入ってもらえたみたいで良かったですの……貴方は終末の果ての迷宮をクリアしました…その証として、新たな力に覚醒したですの」

 

トキオ「覚醒?」

 

AIKA「その力はあなたの内に眠っていたものですの…あなた自身の力…さ、さあ!出口はすぐそこですの!」

 

 

 

 

 

データ潜航艦 グラン・ホエール

 

トキオ「……っ…?寝てた?オレ寝てた…?なんだよ…夢オチか…」

 

那珂「…じゃないね」

 

電「なのです」

 

トキオ「え!?これどうなってるんだよ!」

 

彩花『ふぁぁ…何よ…うるさいわね…』

 

トキオ「うわっ!?彩花ちゃん!?」

 

那珂「…ほんとにリアルの服装も取り込んだホログラムなんだね、ネグリジェ一枚は流石にどうかと思うけど」

 

彩花『それより、何かあったの?』

 

 

 

 

彩花『……ふーん、じゃあAIKAってPCがアンタらを案内してくれたよね、それでその力を…』

 

トキオ「…いや、彩花ちゃんが言い出したんじゃないか」

 

彩花『え?…えーと……………』

 

那珂(なんか、変?)

 

彩花『……そうよっ!アタシのおかげよ!か、感謝しなさいよねっ!』

 

電「…ロールしてた時の方が喋り方は変でも好印象だったのです」

 

那珂「だね」

 

彩花(全く……あの子ったら……)

 

トキオ(なんか変だな……)

 

トキオ「…でも、これで…オレも戦えるんだ…!」



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店番

申し訳ありません、本日分を待って更新をしばらく停止いたします
安定したらできるだけ早く再開いたします


The・World R:2

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

              中央地区

デュアルエッジ トキオ

 

トキオ「よーし!!ここからオレの新たな冒険が始まるんだ!」

 

電「すっかり元気なのです」

 

那珂「良かったじゃん、いい事いい事!……トキオくん!」

 

トキオ「ん?何?」

 

那珂「トキオくんはThe・Worldの歴史を追体験するんだよね?」

 

トキオ「まあ…そうなるのかな」

 

那珂「なら、私と一緒に…っ?」

 

那珂が言葉の途中で振り返る

 

那珂(…何か、ヤバいのが居る…!どいつ…!?何処に…!)

 

那珂が何かを探すように、じっと人混みの中を睨む

 

トキオ「お、おーい?那珂?」

 

那珂「待って……そう、貴方」

 

那珂が1人のPCの手首を掴んで止める

 

那珂「さっきから何?…私たちに何か用事?」

 

パイ「……そっちから接触してくるなら、話が早いわ」

 

那珂「…システム管理者」

 

パイ「答えるつもりはない、ついてきなさい」

 

那珂「……私1人でいい?」

 

パイ「むしろあなたには用はないの、用があるのは、そっちの2人かしら」

 

電「え?」

 

トキオ「オレたち?」

 

パイ「この前の騒動について、詳しく聞きたいの、来てもらえるかしら」

 

トキオ(騒動……オルゲルとの戦いについてか!)

 

トキオ「わ、わかった…」

    

 

 

 

 

 

ギルド@ホーム レイヴン

 

那珂「ここは?」

 

パイ「私達のギルド、レイヴンよ」

 

電「レイヴン…カラスですか」

 

八咫「左様…そしてここはそのカラスの口の中だ」

 

パイ「八咫様」

 

スキンヘッドのインド僧侶…って感じの男が出てくる

 

那珂(あれって…確か火野提督だよね)

 

電(司令官さんなのです?)

 

八咫「私は八咫、このギルドの長をしている」

 

那珂「…そういう前置きは、要らな〜い」

 

八咫「結構…では、本題だけ伝えよう…噴水前で何があった?タウンのデータすらもボロボロになるほどの騒動だったが、あの場にいた大半のPCは口を揃えて知らないという…まるで何かの意思のように」

 

トキオ「あの場所で何があったかを、オレたちが知ってるって?」

 

八咫「私はそう考えている」

 

トキオ(シックザールのこと、言っていいのかな…)

 

那珂「なーんで月の樹でもない人達がそんなこと調べてるの?やっぱりシステム管理者なんだよね?」

 

八咫「そうだ」

 

那珂(うげ…認めちゃうんだ…もうちょっと駆け引きとかして欲しかったなぁ…手の内がまるで読めないよ…)

 

トキオ「し、システム管理者だって!?」

 

システム管理者といえば…リョースだ

今のところオレはシステム管理者と言うものに良い印象はない

 

八咫「あの瞬間、モニタリングしていた私たちも干渉できない何かが起きた、それについて話してもらいたい」

 

トキオ「…えっと…」

 

那珂(どうすれば良いんだろう…)

 

電「よくわからないPCに襲われたのです」

 

パイ「よくわからないPC?」

 

電「このゲームの仕様とは思えない武器を使ったキャラだったのです」

 

八咫「ふむ…君たちはなぜ狙われた?そしてなぜ生き残れた」

 

電「完全に運だと思うのです、特にそれ以上答えられる点はないのです」

 

八咫「それで我々が納得すると?」

 

電「たとえしなくても、電達には他に判ることはないのです…そんなに気になるなら監視すれば良いのです」

 

八咫「…結構…」

 

パイ「八咫様?」

 

八咫「君たちの行動は、君の申し出通り監視させてもらう…」

 

電「構わないのです」

 

 

 

 

傭兵地区

 

那珂「あれでよかったの?」

 

電「無闇に喋ると何をされるかわかったもんじゃないのです…特に私たちが今生身だと言う事を知られたら…」

 

トキオ「か、解剖とか…?」

 

電「あり得るのです」

 

トキオ(怖っ…!)

 

那珂(火野提督と長い付き合いの電ちゃんに言われると説得力あるなぁ…)

 

電「まあ、本当に解剖はしなくても、過去にPCを一つ捕まえて色々いじくりまわした結果、とんでもない災禍の蓋を開けてしまったとも言っていたのです、今の目的が一致しない以上、あんまり関わらない方が吉なのです」

 

那珂「へー…とんでもない災禍ねぇ…」

 

電「そんなに見られてもこたえられる事はないのです」

 

那珂「わーかってるって……あれ?」

 

トキオ「どうかしたの?」

 

那珂「…なんだか、美味しそうな匂いが…」

 

トキオ「え?……言われてみれば、香ばしい匂いがするような…」

 

電「……工業的な匂いを勘違いしてるんだと思うのです」

 

那珂「じゃー2人で調べに行くからいいよ、バイバーイ」 

 

電「あっ…ズルいのです!電も行くのです!」

 

 

 

 

中央地区

 

那珂「…おっ!」

 

トキオ「ギルドショップ…だよな?」

 

電「なのです」

 

…でも、祭りの出店みたいな…

 

那珂「あれはオリジナルの回復アイテムだね」

 

トキオ「オリジナル?」

 

那珂「うん、例えばさ…ゲームにお金を払って、アイテムを作れる権利があったとして…ほら、ああ言うふうにそれを買って自分のギルドはこう言うアイテムを作れますよってアピールするの、それで他のギルドショップと差別化を図る」

 

…それでできたのが、あの出店…?

 

那珂「強い効果のアイテムは作らなくても、ロールプレイに使えるアイテムは買う人が居るでしょ?そこまで値段も張らないし…すいませーん!」

 

シラバス「はーい、何にしますか?」

 

那珂「このどんぐりバーガーってヤツ、3つください!」

 

ガスパー「お買い上げ、ありがとうなんだぞぉ!」 

 

バンズがどんぐりの見た目をしたハンバーガー…しかも、かなりのサイズ…

 

トキオ(……ごくり…)

 

電(お腹が減ってるわけではないけど、いざ前にすると…)

 

那珂「はい、2人とも」

 

トキオ「…い、いいのかな?」

 

電「ちょっと怖いのです…これ 黄泉戸喫(よもつへぐい)になるんじゃ…」

 

那珂「あー……むぐっ!」

 

那珂が大口を開けてハンバーガーを頬張る

 

トキオ「い、いった…!」

 

電「一口で半分ぐらい食べてるのです…これ、かなり大きいのに…」

 

那珂「…もぐもぐ……む…んぐぐ…」

 

トキオ「やや、やっぱりなんかまずいんじゃ…!」

 

電「吐き出すのです!」

 

那珂「……ごっくん……」

 

トキオ「…呑み込んじゃったよ…!」

 

那珂が目を閉じ、大きくため息をつく

 

那珂「ふう……美味しいよコレ!パリパリのバンズにシャキシャキのレタス!ジューシーコッテリのパティも相まってくどくなりそうだけどレタスでサッパリ!すごく美味しい!」

 

トキオ(そ、そんなに美味しいのか…?)

 

電(お腹は減ってないはずなのに…すごく食べたくなってきたのです…)

 

那珂「ん〜〜!!バンズもちゃんと甘みがあって、塩気のあるパティと相性抜群だし、はー……幸せ…」

 

電「…もぐ…」

 

トキオ(誘惑に耐えきれず電ちゃんもいった…!)

 

電「……美味しいのです…というか…那珂さん…味覚増大を使ってますね…」

 

那珂「えへ、バレちゃった?…でも、久々のご飯を味わうなら最高の状態でね!…あー美味しい!」

 

電「なんだかズルいのです…」

 

トキオ「…あぐ……うん!確かに美味い…!」

 

那珂「ねー!ほんとに美味しいよね!もう一個……あれ?店仕舞いの準備してる…」

 

ガスパー「どんぐりバーガー売り切れだぞぉ!」

 

那珂「ガビーン!そ、そんなぁ…那珂ちゃんショックで大破しちゃう…」

 

シラバス「あははっ!そんなに気に入ってくれたの?でも、お客さん達のほんとに食べてるみたいな食レポのおかげで今日の分が飛ぶように売れちゃったよ」

 

ガスパー「ありがとうなんだぞぉ!」

 

那珂「いやー、こっちこそありがとう!……でも、みんなはコレを味わえないのはちょっと可哀想だね」

 

トキオ「たしかに…でも、オレたちの特権かぁ…」

 

シラバス「もし良かったら普通のギルドショップもやってるから遊びに来てよ!」

 

ガスパー「あ!シラバス!言ってた時間を過ぎてるぞぉ!」

 

シラバス「あ!まずい…!ハセヲきっとカンカンに怒ってるよ…!」

 

那珂(ハセヲ…!?)

 

那珂「ね、ねえ!君たちのギルドショップって何処にあるの!?」

 

シラバス「連れて行くよ!急ごう!ガスパー!」

 

ガスパー「もちろんだぞぉ!」

 

那珂(追いかけないと…!)

 

トキオ「あ、ちょっと那珂!」

 

那珂「ごめん!用事できた!!」

 

トキオ「行っちゃったよ……ん?」

 

閉店したで店の前で、誰かが困ってる…?

 

トキオ「ね、ねえ、キミ?」

 

朔望「…なぁに?」

 

トキオ「あ、あの…どうしたの?」

 

朔望「…お店がね…開くの待ってるの」

 

電「今日の営業は終わったのです」

 

朔望「え…?…そんなぁ……食べたかったな…ハンバーガー…」

 

トキオ(…味が分からなくても買いに来る人…本当にいるんだな…)

 

電「…半分ぐらい食べちゃったけど、要りますか?」

 

朔望「え?いいの?」

 

電「もうお腹いっぱいなのです」

 

朔望「やったあ、ありがとう!……美味しいなあ…♪」

 

トキオ(この子も、本当に食べてるみたいに嬉しそうだ…)

 

トキオ「ね、ねえ、キミ!名前はなんて言うの?」

 

朔望「ぼく?…ぼくは、(ぼう)だよ」

 

トキオ「望か…オレはトキオ!よろしく!」

 

電「電なのです」

 

朔望「よろしくね…あ、そうだ…お花、買いに行かないと…また売り切れちゃう…」

 

トキオ「お花?」

 

朔望「うん、(さく)がね、誕生日なの、だからお花をあげるんだ…!またね、トキオにいちゃん、電ちゃん」

 

トキオ「あ、うん…また」

 

電「…可愛い子だったのです……でも、あの子、男の子でしょうか…女の子でしょうか…」

 

トキオ「ぼくって言ってたし、男の子じゃないかな?」

 

電「…私には、どっちともつかないように感じたのです」

 

 

 

 

 

魔導士(ウォーロック) 那珂

 

那珂「もー!なんで道に迷うの!?自分のギルドショップでしょ!?」

 

ガスパー「ごめんなさいだぞぉ…」

 

シラバス「あ!いたいた!アレだ!」

 

シラバスが指差した方向を見る

 

那珂「…へぇ…真面目に接客してる………って、アレは…」

 

 

 

 

朔望「あの…」

 

ハセヲ「いらっしゃいませ!…ん?」

 

朔望「お花が、欲しくて…」

 

ハセヲ「おう、どれだよ?」

 

朔望「シロタエギクの花です…あります…?」

 

ハセヲ「えっと……一個だけあるか…6,000GPだな…ん?どうすんだ?買うのか買わねーのか、どっちだ?」

 

朔望「あ……おかね…たりない…」

 

ハセヲ「足りない?!それじゃ売れねーよ、こっちも店番任されてる身なんでね、きっちり商売しとかねーと…欲しいもんがあるなら、ちゃんと貯金しときな」

 

朔望「ためてたんだけど…なくなっちゃったみたい…」

 

ハセヲ「無くなったって…自分の金なら使い道くらい覚えてんだろ?」

 

朔望「わかんないよ…昨日まで朔のばんだったもの…」

 

ハセヲ「朔のばん…?」

 

朔望「朔はおねえちゃんだよ…昨日までこのキャラ、朔がつかってた…」

 

ハセヲ「要するにお前、一つのPCを姉弟(きょうだい)で交互に使ってるわけか…」

 

朔望「うん…」

 

ハセヲ「そんで?お前が溜めてた金を姉ちゃんが使い込んじまった…と……ひでぇ姉ちゃんだなw」

 

朔望「ううん…いいの…どうせ、朔の誕生日にプレゼントを買うつもりだったから……ふたごだから、ぼくの誕生日でもあるんだけど……」

 

ハセヲ「誕生日か………仕方ねぇな…まけてやるよ!」

 

朔望「ほんとにいいの?」

 

ハセヲ「ああ、姉ちゃんによろしくな」

 

朔望「うん!ありがとう!足りないお金はいつかちゃんと返すからね!」

 

ハセヲ「気にすんな…ふん……」

 

 

 

那珂「おお……良いもの見た」

 

シラバス「だね」

 

ガスパー「ハセヲも良いところたくさんあるんだぞぉ!」



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談笑

大変お待たせしました
不定期ながら再開させていただきます、遅筆になりますが、これからもよろしくお願いします


The・World R:2

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

              中央広場

魔導士(ウォーロック) 那珂

 

那珂

(うーん、これはツイてるね!だって、目的の朔望も見つけられたし、面白いものも見られたし…)

 

那珂

「よし!私たちも早速声掛けに行っちゃお!」

 

ガスパー

「ハセヲと店番を交代するぞぉ!」

 

シラバス

「そうだね、あ、でもまたお客さんが…」

 

那珂

(…?……この感じ…あ、あのキャラは……)

 

ハセヲが店番をしているカナードのギルドショップへとひとりのPCが近づき、声をかける

 

アトリ

「こんにちは!」

 

ハセヲ

「いらっしゃいまsウッ……お前……」

 

那珂

(…イニスの碑文使い)

 

アトリ

「意外ですねえ、ハセヲさんって絶対あーいうことしないタイプだと思ってたのに」

 

ハセヲ

「チッ……」

 

アトリ

「あ、でもさっきの挨拶とか笑顔がサマになってましたよ♪

実は、リアルでは接客業だったりして!バイトでコンビニ店員さんとか!?」

 

ハセヲ

「うっさいな……買う気がないならあっち行けよ」

 

アトリ

「失礼ですねえ…買いますよ!ちゃ〜んとショップどんぐりに貢献します!」

 

ハセヲ

「全然嬉しくねえのはなんでだろうな」

 

アトリ

「ね!ね!どれがオススメなんですか?」

 

ハセヲ

(そういやこの店、ショップどんぐりって名前だったのか…ってか、早くシラバス来ねえかな…)

 

那珂

(早く交代してあげないとお店が成り立たなく……あれ?あれは…ウワッ…)

 

黄色い衣装の男性PCが複数の女性PCを侍らせながら歩いてくる

 

クーン

「──ほらね、ギルドショップってやつはなかなか品揃えがいいんだよ。

でも……本当は君たちをここに連れてきたくはなかったんだけどね。

だって…君たちの目が俺以外の物に釘付けになってしまうからね!」

 

連れの女性PCから黄色い歓声が上がる

 

那珂

(うわ…キッッツ…)

 

クーン

「ああ!そんなに情熱的な目で見ないでおくれ、君たちの美しい視線に縛ら…しば、しば……」

 

那珂

「あ」

 

いつの間にかハセヲがクーンの視線の前で腕を組んで立ちはだかる

 

クーン

「………(滝汗)」

 

ハセヲ

「……」

 

クーン

「し、しばらくぶりだねぇ!!ハセヲくん!」

 

ハセヲ

「なぁにが、しばらくぶりだねだ、随分とお楽しみだなぁ、“クーン様“?」

 

クーン

「いや、あの…これは…つまり……」

 

ハセヲ

「俺は急いでるって言ったよな!?」

 

クーン

「…言ったかなぁ……(^_^;;」

 

那珂

(何があったかは知らないけど、約束を破られた感じかな…?

まあ、なんでもいいや、ぐちゃぐちゃになったし、切り替えて私は朔望の方を…)

 

ガスパー

「マスターだぁ!(^▽^)/」

 

シラバス

「行こう!」

 

那珂

「え?あ、ちょっ……」

 

アトリ

「…クーンさんってすごい人気ですねぇ…」

 

あっという間にクーンの周りに人だかりができる

 

クーン

「あ、あー…やあガスパー久しぶり!シラバスも…

あ、キミは!いやー、元気ー?あはは……」

 

那珂

「……」

 

クーン

「…あー…うん、判った!

後でみんなにメールするから!じゃあそういうことで!」

 

クーンが人だかりの合間を縫って1人で逃げ出す

 

ハセヲ

「おい!!……逃げやがった…」

 

シラバス

「クーンさんは相変わらずだなぁ…(^_^;

ハセヲ、店番ありがとうね。」

 

ハセヲ

「…あ、ああ……。

ところで…」

 

 

 

 

ハセヲ

「…じゃあつまり、クーンは元々お前らのギルドマスターだったのか」

 

那珂

(嘘はついてなかったんだね)

 

シラバス

「ギルド名のカナードは、飛行機の安定翼の事なんだ。

初めてThe・Worldに来たプレイヤーが安心して遊べる支えになる。

カナードにはそんなクーンさんの想いが込められてるんだ」

 

ガスパー

「迷子になってたおいらを助けてくれたのは、クーンさんだった…。」

 

シラバス

「僕らにいろいろ遊び方を教えてくれた…。

ほら、何事も初めが肝心っていうじゃん?

あの頃にクーンさんと会ってなかったら、きっと僕ら、こうしてプレイしてないと思う。」

 

ハセヲ

(……俺はどうなんだろう…。

俺が初めてログインした日、PKに出会っていなければ、オーヴァンに出会っていなければ、志乃に出会っていなければ…。

三爪痕(トライエッジ)に出会わなければ、こいつらみたいに笑えたんだろうか…。)

 

那珂

(……っ…?

胸が、熱い…?…何、何かを…感じてる、私が…誰かの何かを…)

 

ガスパー

「ハセヲ…どうかした?」

 

ハセヲ

「…いや、ところで、なんでクーンはカナードを抜けたんだ?」

 

ガスパー

「よくわからないけど…「巻き込むことになるから」…って」

 

ハセヲ

「……ふーん、オレはてっきり、女遊びが過ぎて退団させられたのかと思ったぜw」

 

シラバス

「ああ、あれはクーンさんの病気だから、気にしてたらついていけないよ(^_^;)」

 

ハセヲ

「成る程な、ビョーキかw」

 

那珂

「ギルドメンバーが女性だけで構成されたりはしてないあたりにまだ理性が感じられるね…」

 

アトリ

「…クーンさん、病気なんですか?」

 

シラバス

「病気って、心配するようなもんじゃないんだけど^_^;」

 

ハセヲ

「お前、まだいたのか?!」

 

アトリ

「さっきからずーっといましたよ?ねぇ?」

 

ハセヲ以外の全員が頷く

 

ハセヲ

「俺の死角に立つのはやめろ!」

 

アトリ

「…へぇ〜、ここが死の恐怖さんの死角なんですか?」

 

ハセヲ

「くっ…!」

 

シラバス

「まあまあ、それよりハセヲ、これ、店番のお礼」

 

ハセヲ

「客もほとんど来なかったし、ろくな商売になってないぞ」

 

アトリ

「そんな事ないですよ!そうそう、ハセヲさんたらねえ!」

 

アトリが素早くチャットを切り替え、ハセヲに見えないようにコソコソとメッセージをやり取りする

 

ハセヲ

「何こそこそチャットしてんだ!通知音は聞こえてるからな!?」

 

シラバス

「うんうん、見てた見てた!」

 

ガスパー

「ハセヲは良いやつだなあ…!」

 

ハセヲ

「オープンチャットにすれば良いってもんじゃねえよ!」

 

アトリ

「ね?誰でも本当は誰かに優してあげたいと思うんです、ネットは…リアルより少しだけ、自分の気持ちに素直になれる場所だと思うから…」

 

シラバス

「うん、ねえハセヲ!正式にカナードに入らない?」

 

ハセヲ

「はあ?」

 

シラバス

「ハセヲ、結構リーダーシップがあると思うんだよね!」

 

ガスパー

「そりゃあいい!きっと楽しいぞぉ!」

 

ハセヲ

「……わかったよ、ただし名簿にいるだけの幽霊部員だぞ、俺は忙しいんだ!」

 

シラバス

「それじゃあ、手続きに時間がかかるけど、後でメールが行くと思うから!

じゃあ、よろしく!僕らのギルドマスター、ハセヲさん!」

 

ガスパー

「わーい!ハセヲが新しいマスターだぁ!」

 

那珂

「おー!」

 

ハセヲ

「…ま、待て!?なんだ、ギルドマスターって!?」

 

シラバス

「だから言ったじゃん、ハセヲはリーダーシップがあると思うって!」

 

ハセヲ

「そういう意味かよ!」

 

那珂

「ねえねえ!那珂ちゃんもカナードに入れて!」

 

ガスパー

「大歓迎だぞぉ!」

 

シラバス

「じゃあ早速ギルド@ホームに行こうか!」

 

那珂

「やった!」

 

那珂

(とりあえず目的一つ達成!)

 

 

 

 

 

リアル

離島鎮守府跡地

綾波

 

綾波

「……何用ですか?」

 

キタカミ

「いやさ、夕張達の動きがバレたなんて私に言ったくせに何も指示が無いのが気になって」

 

綾波

「まだ出番じゃないということです。

それとも、そんなに不安ですか?自分の為すべきことがないのは。

未だに未練があるのですか?カルガモの雛のように自分の背中を追いかけ回す誰かがいないのが。」

 

キタカミ

「……向こうの親鳥の役割はもう私以外でもできるからねぇ。

こっちはまだ誰も育ってないみたいだけど」

 

綾波

「神通さんにでも、夕立さんにでもやらせれば良い。

焦りすぎですよ、あなたは」

 

キタカミ

「…変な焦燥感に駆られてる」

 

綾波

「奇遇ですね、私もです。

まるで破滅の…化け物の足音が聞こえてくるようで」



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記録 人工知能の記憶

The・World R:2

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

デュアルエッジ トキオ

 

トキオ

「那珂が1人で行っちゃってから随分経つけど…。

オレたち、どうしよう?」

 

「普通に考えるなら、この子をどうするか、なのです」

 

電ちゃんが手を繋いだ女の子を見る 

その子の二倍ほどの大きさの大槍を抱き抱えた、緋色の女の子…リコリス

 

トキオ

「……どうすればいいと思う?」

 

「…この子は、ゲームのキャラクター…何かしらのイベントがあるはずなのです。」

 

トキオ

「イベント…か…。

よし!オレたちでリコリスのイベントをクリアしよう!」

 

とは言ったものの…

 

トキオ

(リコリスのイベントって一体…?)

 

 

 

 

 

データ潜航艦 グラン・ホエール

 

彩花

『それでわざわざアタシを呼びつけたって言うの?!

ほんっと信じられない…!何回言えばわかるのよ、アタシたちの目的はクロノコア!』

 

トキオ

「で、でも…もしかしたらこの子も関係あるのかも…」

 

「この時代で急に現れたのです」

 

彩花

『こんなNPCがクロノコアに関係あるわけ……。

あれ、微弱だけど反応がある…?』

 

トキオ

「ほんと!?」

 

彩花

(……この子が、クロノコアの所有者…?いや、それにしては反応が弱すぎる…。

それにそもそも別の反応も既に見つけてるし…。

関わりがあったのは間違い無いんだろうけど、時間を割くほどの理由は無いわね…)

 

彩花

『トキオ、やっぱり……あれ?』

 

…トキオ達の姿は既になかった

 

彩花

『……あんっの…バカトキオ!!』

 

 

 

 

Δサーバー 悠久の古都 マク・アヌ

 

トキオ

「さて、と…彩花ちゃんに捕まる前にぱぱっとクリアしちゃおう!」

 

「どーせ素直に認められるとは思ってないのです」

 

リコリス

「……」

 

トキオ

「…でも、そもそもリコリスが何も喋ってくれなかったら…何もできないよなぁ…」

 

トキオ

(…それにしても、今まで会った誰よりもゲームのキャラって感じだなぁ…。

…でも、いくらNPCだからって何も喋らなさすぎるよ…)

 

ゲームのNPCには、イベントが設定されている場合がある

イベントのあるNPCは比較的わかりやすくするために服装が派手だったり、見てわかるように頭の上にマークがついていたり…

まあ、この電ちゃんの手を繋いで離さない行為もそれに近しいものがあると思うけど…

そもそも自ら行動しない

 

こちらの行動に反応を示さない

どうすればいいのか…このキャラを動かすには……

 

トキオ

(…いや、待てよ…そうだ、一度だけしゃべってたぞ…!)

 

トキオ

「電ちゃん!その子が前に喋った時のこと覚えてる?」

 

「…いいえ、いつの話なのです?」

 

トキオ

「迷宮だよ、ほら!」

 

「あ…!」

 

トキオ

「会話をしたのはあの時だけし、戦ってたからなのか、それとも別に理由があるのかわからないけど…あそこにいたあの瞬間、間違いなく喋れてたんだ。」

 

「…でも、なぜか今は口を閉じて…」

 

トキオ

「あの変な拡張子のアイテムが答えになるのかも!」

 

リコリス

「……」

 

「…そういえば、迷宮と言えば…」

 

トキオ

「うん?」

 

「…一度だけ手を離してくれたのです、代わりに青葉さんの手を…」

 

リコリス

「…青葉…」

 

トキオ

「そう言えばその時だけは手を離してた…というかそもそも、青葉は今どこに居るんだろう…」

 

リコリス

「……」

 

「…あれ?」

 

トキオ

「…あ、もしかして今、喋った!?…って、うわっ!?」

 

転送音とともに景色が切り替わる

 

 

 

 

 

Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域

     ロストグラウンド グリーマ・レーヴ大聖堂

 

トキオ

「…転送された…!?……でも、シックザールとかじゃなさそうだ…」

 

「…この子がやったのですか?」

 

リコリス

「……青葉」

 

トキオ

「っ!…青葉が、ここにいるのか…?!」

 

つい体が強張る

まるで一歩歩けば斬りかかられるのではないか

そんな不安で縛り付けられる

 

「…青葉さんは、話のわからない人では無いのです」

 

トキオ

「……知ってるよ」

 

聖堂の重い、巨大な扉を開け放つ

 

トキオ

「………誰も、居ない…か」

 

誰もいない、誰の気配もしない

 

カツン、コツン、ぺたり

三者三様の足音だけが響く

 

トキオ

「…青葉は、どこにいるの?」

 

リコリス

「……」

 

リコリスは規則正しく並べられた長椅子の方を静かに指さした

 

「……誰もいないのです」

 

トキオ

「…うん、誰もいない…」

 

改めて見れば、R:1の大聖堂と少し違う

像のない台座に赤い傷痕があるし、細部の作りも少し…

 

トキオ

「…何か、ある?」

 

長椅子の下で光が反射した

それを手を伸ばして拾い上げる

 

トキオ

「カメラ…?」

 

古い、ポロライドのカメラのような…

 

「それは…」

 

トキオ

「電ちゃん、知ってるの?」

 

「…青葉さんの、カメラに…そっくりで…」

 

トキオ

「え?…うっ…」

 

ふと…体に何かがのしかかるように重くなった

 

ぐるぐると渦巻く感覚、自分がどこかに飛んでいきそうな、ふわふわとした感覚…

 

トキオ

「…なんだ、これ…!」

 

…その感覚の中に、観た

すごく断片的で、はっきりとはわからなかったけど

 

トキオ

「……青葉は、ここで…」

 

背後から一瞬で何かに貫かれて…

その時に…槍を、そしてカメラを手放した…

 

トキオ

(じゃあ青葉はPKされて…!

……どうなった…?槍を失った青葉は、どう…)

 

ふっと、今に引き戻された時に見た最後の人影

白髪に黒い衣装のプレイヤー…

 

トキオ

「……」

 

「…大丈夫ですか?」

 

トキオ

「うん…」

 

「…やっぱり、大丈夫には見えないのです。

質問を変えます、何かあったのですか?」

 

トキオ

「……オレ、多分今…過去を見たんだと思う…。

青葉が…一瞬でやられてた、不意打ちで、誰かに…。」

 

リコリス

「……」

 

トキオ

「…すごく断片的で…顔も見えなかったし、何が起こったのか、よくわからなかったけど…。

青葉が誰かにPKされて、それで槍を失って…。

リコリス、青葉に何があったの?なんで君がその槍を…」

 

リコリス

「……」

 

「…何か、答えてください…」

 

リコリス

「わからない」

 

トキオ

「え?」

 

リコリス

「わたしは、なにも、わからない。

でも、それが欲しい。」

 

「欲しい?…カメラの事なのですか?…目が見えてないんじゃ…」

 

カメラを覗き込んでいると…かちゃりと音がした

 

トキオ

「……っ!」

 

いぃぃぃぃんっ…!

風が唸るような音が聖堂に響き、次に金属音

火花が何度か散り、トキオが大きく飛び退くことでその音はやっと一時的に止む

 

トキオ

「青葉…!」

 

青葉

「……」

 

不意打ちで仕留めにきた…でも…

 

トキオ

(…なんだか、様子がおかしいぞ…迷宮の時みたいな、コピーなのか…?)

 

トキオ 

「…青葉、これ」

 

持っていたカメラを青葉に差し出す

 

青葉

「……」

 

青葉がカメラを受け取ろうと手を伸ばす

 

トキオ

「…青葉…あ……」

 

青葉の手がカメラに触れた瞬間、青葉の姿が掻き消え、カメラが落ちる

 

落ちたカメラがフラッシュを焚いて、写真を吐き出す

呆然としたオレの表情を写した写真を

 

トキオ

(……そうか)

 

リコリスを見つめる

目を閉じた少女は、じっと此方を向いて何かを待っていた

 

トキオ

「わかったぞ…リコリスのイベント…!」

 

「え?」

 

…きっと、迷宮で戦った青葉は、今現れた青葉は、リコリスの中にあるイメージ的な存在

それが明確なヒントだったんだ

 

あの時の迷宮で出会った青葉はそもそも別な存在、迷宮にとってもイリーガルな存在、本来出てくるはずだった敵はあの時転がってた石の方だった…

……あの石の正体が何だったのかは、今は考えないでおこう

 

トキオ

(それを一瞬で撃破して、そうまでしてオレ達と戦ったのは…なんでだろう…。

でも、それは無視して考えても…間違いない)

 

トキオ

「リコリスのイベントは、青葉を復活させる事が目的なんだ…!」

 

「青葉さんを…?」

 

トキオ

「リコリス、キミは…っ…!」

 

また、何かが廻る感覚

ぐるぐると渦を巻いて、その中に落ちるように…

 

トキオ

(今度は、リコリス…?……これは、リコリスの…記憶…!)

 

トキオ

「あ…」

 

[yromem.cyl]

 

そう表示されたアイテムが、手に握られていた

 

トキオ

「…これは…?」

 

リコリス

「yromem.cylを、私にください」

 

トキオ

「え?」

 

…このアイテムを…

リコリスに…

 

 

 

リコリス

「……」

 

トキオ

「リコリス…?」

 

アイテムを受け取ったリコリスは、オレの声に反応するかのように顔を此方に向ける

 

リコリス

「……きっと、もう少し早ければ、ああはならなかったのに」

 

トキオ

「え?」

 

「…何を言っているのですか…?」

 

リコリス

「…さっきのは、わたしの記憶…リコリスのmemory(メモリー)…。」

 

トキオ

「リコリスの…記憶…?」

 

リコリス

「…そう…だから、全部思い出した」

 

そう言うリコリスの声から、少しの怒りが感じ取れた

 

リコリス

「…トキオ、青葉を助けて」 

 

そして、大きな寂しさも



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