衛宮士郎が平行世界に飛ばされたあげく、魔改造で女になったようです。 (糸田シエン)
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プロローグ

ただの妄想から始まったこの作品。楽しんでいただければ幸いです。


「ねぇ、衛宮くん」

赤い悪魔は、甘い声で囁いた。むしろあざとすぎて寒気すら覚えるレベルだ。

「あの、遠坂さん?」

「なぁに衛宮くん」

端から見ればイチャついているように見えるかもしれない。しかし、少年、衛宮士郎にとっては死活問題だった。

「赦して頂けないでしょうか……?」

「そうね、馬鹿は死ななきゃ治らないって言うし」

赤い悪魔こと遠坂凛は、一呼吸置いて、

「いっぺん死んでこい!」

「なんでさ!?」

死刑宣告をした。

彼女の持つ宝石が輝きだす。幾度目かの死を意識した士郎だったが、魔術が行使される寸前に第三者が割り込んだ。

「ちょっと待ったーっ!」

飛び込んで来たのは、赤みがかった髪に琥珀色の瞳。さらに特徴的なのは割烹着姿なことだ。

言わずと知れた、割烹着の悪魔である。

「どうも、皆のコハクちゃんでーす」

ばちこーん、という擬音と共にポーズを決める割烹着の悪魔。

「ところで、殺すつもりなら彼に私の実験に付き合ってもらいたいのですが」

「いいわよ」

「俺の意思は!?」

リンのにらむこうげき! シロウはひるんでうごけない!

「ではでは研究所にレッツらゴー!」

そこから車で移動することになった。運転手がメカヒスイだったのは気のせいだろう。

遠野邸に着くと、琥珀に案内されるがまま研究所に入る。

「ところで、なんの実験なんだ?」

士郎が言うと、待ってましたと言わんばかりに琥珀のテンションが跳ね上がる。と同時に、部屋の照明が消えた。そしてどこからともなくドラムロールが聞こえてくる。

「私の作った、『亜空間物質転送装置』! その人体実験です!」

一点だけ明かりが灯り、浮かび上がった塊から布を勢いよく取り払った。

あの某トラップカードと同じデザインのアレがそこにはあった。

「ささ! 入った入った!」

「ちょっ!」

凛は傍観を決め込んでいるのか、宝石を磨いてにやけていた。と、その時手が滑って宝石を取り落とし、それが士郎が押し込まれたカプセルの中にも滑り込んだ。

「ではでは! スイッチオン!」

カプセルを密封し、亜空間物質転送装置を起動させた。

「ちょっと待ちなさいよ!」

「あ、もう押しちゃいました。それに、カプセルは核電池使ってるんで、壊したりしたら即ドカン! 上の遠野家もろとも塵になりますよ」

「なんでそんなの使ってるのよ!」

笑って誤魔化す琥珀。

「それと士郎さん。行き先は多分平行世界だと思いますけど、面白そうなので魔改造します」

「魔改造って何さ!」

「それは行ってみてのおったのしみで〜す!」

「アァァァ私の宝石がぁぁぁぁぁっ!」

その瞬間、衛宮士郎の体は量子テレポートされた。

 




次回はいつになるんだろうか。


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新たな一歩

気が付いた時には、宙に投げ出されていた。

「なんでさぁーっ!」

高さは一メートルほどだったが、突然のことに受け身もとれず派手な水飛沫を上げた。

「ぷはっ」

水面から顔を出す。水深は腿程で、温かさと周囲の景色から大浴場であることが伺える。そして、目の前にいる十数人の女の子達の裸。

「……あれ?」

自身が洩らす情けない声にも違和感が生まれる。聞き慣れた自分の声よりも、幾分か高い、少女のような声色に変わっていたのだ。

そこで初めて身体の異変に気付く。

まず髪がセミロングになっている。次に胸。桜ほどではないが、それでも凛よりも大きい、シャツを内側から押し出す、柔らかそうな双丘。服装も少し変わっていて、シャツは普段のものだが、ミニスカートとニーソックスの間から覗く領域がかなり蠱惑的だ。

そんな自身の変化に狼狽していると、不意に真横を何かが高速で通り過ぎ、背後の壁が音をたてて崩れた。

当てることは十分に出来たハズだ。それをあえてしなかったということは、威嚇や牽制目的であることは間違いない。気持ちを切り換えて、攻撃者へと向く。

そこには、青がかった黒髪の少女がいた。その周囲には水球が浮かんでいる。

「一体、どこから入ったの?」

「分からない。気が付いたらここにいた」

「まさか、そんな低脳な言い訳が通じるとでも?」

「思ってはいないさ」

少女と会話しながら、自分の身体に解析をかけていた。

(魔術回路は不自然過ぎるほどに良好。原因はあの割烹着を着た悪魔みたいな奴が言ってた魔改造とやらのせいか、それとも……遠坂の宝石のせいか)

魔改造によって宝石が肉体に組み込まれ、魔術回路が数段も格上げされているのではないかという仮説を立てた。無論、実証している間などないが。

「ところで、ここはどこなんだ? それに、君の名前は?」

「ここはレヴァリア魔術学校の女子寮。私は生徒会長のフィナリア・イニチェリ」

「俺は、俺の名前は衛宮ーー」

シロウ、と言いかけて、今は見た目は女の子だと気付く。

「ーーシロナだ」

男の名ではさすがにまずいと思い、そう名乗った。

「ふん。もう十分でしょ? 遺言は」

フィナリアが手をかざす。それを合図に、水球が急加速する。

「投影開始(トレース・オン)!」

手にするのは、使い慣れた白黒の夫婦剣。干将・莫耶(かんしょう・ばくや)。宝具としてのランクは高い方ではないが、対で装備すると対物理や対魔術のステータスが上昇するという恩恵が得られる。

水球の軌道を読み、直撃するものだけ迎撃する。ギルガメッシュの"王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)"と比べたら、なんてことない。

ふとフィナリアが攻撃を止める。背後の壁はもうほとんどなく、夜風が吹き込んでくる。

「へぇ、なかなかやるじゃない。だったら……!」

フィナリアが詠唱を始める。

その時、スパーンッ! という音と共に浴場の扉が開けられた。

「フィナリア! 一体どうしたと言うの!」

現れたのは、中学生とおぼしき小柄な少女だった。

「……先生、邪魔しないで下さい。もうすぐ侵入者を八つ裂きにしますから」

少女だと思ったが、先生だったようだ。先生はシロナの持つ得物に気付く。

「待ちなさい、フィナリア。話を聞きましょう」

「……分かりました」

フィナリアが引き下がる。シロナも武装を解除する。

「さ、こっちに来て」

先生の言葉を受け、脱衣場に入る。促されるまま、丸椅子に座る。

「とりあえず、風邪引くといかないから、これ使って」

バスタオルを肩に掛けられる。

「あ、ありがとうごさいます」

「フィナリアは着替えたらすぐ戻ってきて」

「はい」

先生はシロナの正面に座り、微笑みながら言葉を掛ける。

「初めまして。私はメイティス・ハルベルト」

「衛宮シロナです。ところで、魔術学校って時計塔みたいな場所ですか?」

「時計塔……?」

そこで改めてここが平行世界であることを認識する。

「ごめんなさい、時計塔という場所は聞いたことないわ。……レヴァリアは、その名の通り魔術師を育成する学校よ。私もここの卒業生なの」

「そうなんですか」

「ところで、シロナさん。……あなた、この学校に入学するつもりはない?」

「えっ!? 俺、ですか?」

驚くシロナに、メイティスは言う。

「えぇ。実力は大丈夫そうだし、私の推薦とあなたの同意があれば問題ないわ」

「え……ですが……」

シロナとしては、すぐにでも元の世界に帰りたかった。しかし、帰る方法も分からない今、何かしらの組織に所属して損はないだろう、とシロナは判断し、了承した。

「先生」

フィナリアがシャツに短パンという格好で現れた。

「聞こえてましたけど……本当に、入学させるつもりで?」

「えぇ。剣士みたいだから、リンと手合わせさせておいて。私はちょっと書類作ってくるから」

メイティスが脱衣場を出ていく。その背中を眺めていると、

「……シロナ」

「うん?」

振り返った直後、目の前に拳があった。そこで衛宮シロナの意識は途切れる。

 




次回、この世界での初戦闘の予定。
さて、士郎ことシロナはどこまで強くなっているんでしょうか。


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力試し

戦闘シーンの影響で少々長くなってます。

早速お気に入りが十件越えました。ありがとうございます。


次に意識が覚醒したのはベッドの中だった。

(あれ……記憶が曖昧だな)

体を起こすと、ほんのさっき知り合ったばかりの少女、フィナリアがいた。

「……あぁ、そうだ。思い出した」

自分が殴られたことを思い出し、まだ少し痛む頬を撫でた。

ふと、自分の服装が変わっていることに気付く。肩が片方だけ露出しているシャツに、キュロットスカートのようなものを穿いていた。

壁に目をやると、着ていた服がハンガーで吊るしてあった。

「ただ着替えさせただけじゃないから安心しなさい」

「出来るか! 何したんだよ!?」

「別に、キスしたり胸を揉んだり。もちろんねっとりと」

「っ!?」

手で口を被ってしまう。

「……冗談よ」

どうも胡散臭いので何が真実か分からない。

そんなフィナリアの隣に、もう一人少女がいた。

「こんにちは、シロナ」

栗色の髪に同系色の瞳、小動物を思わせる顔立ちの少女がいた。

「私はニーナ。ニーナ・エルヴィン・クライゲルン」

「衛宮シロナ……ここは?」

「私達の部屋なの。フィナリアが運んできたのよ」

視線を移すと、仏頂面でベッドに腰掛け、腕と足を組んでいた。

「ところでシロナ。あなたのこと、もっと教えて欲しいなーなんて」

フィナリアがいるのでR18な展開にはならないと思いたいが、それでも身構えてしまう。

「あ、違うの。あなたの魔術を知りたいの」

そういうことか、と安心するが、もし全てを話したがために封印指定を受けて逃亡生活へ……なんてことになったら洒落にならないので、少し情報を伏せることにした。

「俺の魔術は、"投影"だ」

「投影って……確か使う人が少なくて失われたハズじゃ……?」

「そんな化石魔術なんて掘り返してなんのつもり?」

投影が失われた技術になっていることに驚いたが、さらに説明を続ける。

「俺は投影と強化しか出来ないんだ。それ以外は、てんで才能がない」

「属性魔術とかも?」

「あぁ」

本当は、違う。

地平の彼方まで続く赤原の丘。無限に突き立つ剣の架。一人佇むは、孤高の英雄。それが、それだけが、衛宮士郎に許された唯一の世界だ。

「ところで、シロナってなんなの? こっち系?」

フィナリアが手の甲を頬に付けたような、即ちオネェのポーズをする。

「ち、違っ……!」

「大丈夫、例えシロナが女の子が好きだろうと、私達気にしないから」

ニーナの優しさが痛い。

「と、こんなところで時間潰してたら先生に潰されるわね。シロナ、行くわよ」

「行くって、どこに?」

「もう一人のルームメイトがいるところだよ。剣士なんだけど、とっても強いのよ」

「へぇ、その子の名前は?」

「リン、だよ」

シロナにとって聞き慣れた名前。それは、メイティスからも聞いた名だった。

「着いてきて」

フィナリアに着いて歩くことに数分、体育館のような場所に着いた。

「リン! リンはいる!?」

「……そう叫ばなくても聞こえている。というより遅いぞフィナリア。何分待ったと思っている」

よく澄んでいて、かつ鋭い声色の少女がいた。服装は剣道の胴着らしきものを来ている。漆塗りのような艶のある黒髪を、後頭部でまとめて結う……いわゆるポニーテールが、服装ととてもマッチしている。

「で、こっちがリン。もう一人のルームメイトね。この子が衛宮シロナだよ」

「リン・オウマだ。そいつが噂の新人か。先生は手を抜くなと言ったが……本当に大丈夫か?」

殺気を纏った隻眼がシロナを睨む。思わず一歩後退りするが、数々の死線を潜り抜けてきたシロナは踏み留まることが出来た。

「……大丈夫だ。始めよう」

「で、お前の得物はどこだ? まさか無刀ということはあるまい」

「……投影開始(トレース・オン)」

干将・莫耶を投影し、構える。

「ほう……なるほど。では、こちらも相応な得物で

相手をしよう」

リンが携えていた日本刀を抜く。

「設定は決闘モード『パターンα』。……降参、あるいは戦闘不能で決着だ」

リンの声に呼応して、建物内が薄い幕に覆われていく。

「これは?」

「結界だ。これでどれだけ暴れようと結界の外に影響はない」

「そうか。なら……」

重心を落とし、脚に力を込める。

「行くぞ!」

シロナの叫びが、開始の合図となった。

跳ねるように加速し、肉薄する。刃と刃が交わる。その拮抗は一瞬で、シロナは持ちうる限りを尽くして猛攻する。

そんな二刀の乱舞を、リンは軽く捌いていく。

「どうした、剣筋が甘いぞ。素人か?」

笑みを浮かべた直後、シロナの腹に蹴りを入れる。

「ぐっ……!」

なんとかバランスを立て直し、そのまま距離をとる。後方に跳躍し、両手の剣を破棄する。

新たに投影する物は、黒の洋弓。つがえるは剣。最短で魔力を込め、標的を穿つーー!

「赤原猟犬(フルンディング)!」

音を越え一直線に飛んでいく。対するリンは、刀を上段で構えて迎撃する。

「剣舞"七天"!」

単なる剣速のみで、七回の斬撃を叩き込む。

防がれた。だが、防がれることは想定内。

防がれた剣が爆発する。

『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』。宝具を強制破棄することによって行き場を無くした魔力を暴発させる技だ。

白煙が辺りを包む。

(やったか……?)

答えは否、だ。リンの鋭い殺気は衰えることなく放たれている。

「さすがに今のは予想外だ」

視界が開けると、リンは立っていた。刀を地面に突き刺して防護陣を展開させて。

「投影開始(トレース・オン)!」

再び干将・莫耶を握り、駆ける。リンも陣を解き床を蹴る。

激しい白兵戦が再開する。シロナのあらゆる攻撃に、リンは笑みを浮かべながら対応する。

「うーん、やっぱりリンが勝つのかな……?」

結界の外から観戦していたニーナが呟く。

「恐らくね。けど、シロナの奴もまだ何か隠してる。負けるにしても、ただあっさりとは負けないハズ。最後の一矢が、猫を咬むのかどうか……」

フィナリアの言葉に、ニーナも同意した。手を隠しているのはリンも同じだが、それでもシロナにも勝機はあると判断したのだ。

「リンはあれを使うのかな?」

「さぁ。使っても抑えるんじゃない?」

「だよね」

呑気に会話をしている二人の背後から、メイティスが現れた。

「どう? シロナは」

「先生。かなり強いと思いますよ」

さらに激しさを増す戦いを見て、ニーナが言った。

「やっぱりね。リンと互角の戦いは出来るんじゃないかと思ってたけど、予想通りね」

「先生はどっちが勝つと?」

「そうね……今のままならシロナは確実に負けるわね」

外野の三人は、結界内の二人の戦いに意識を集中させていった。

シロナは全力で剣を振るう。それはリンに届かない。

リンの突きが、シロナの頬を薄く裂く。表情が険しくなる。

このままだと押し切られると感じたシロナは、一つ賭けに出た。

「なっ!?」

シロナが両手の得物を前方に放り投げたことに、リンだけでなく外野の三人も驚いた。空いた手に、再び干将・莫耶を投影する。

(この程度で動揺を突いたつもりか!)

シロナの一撃を防ぐ。その時、『背後から風を切る音』が聞こえ、しゃがみこんだ。その頭上を、投げたハズの干将・莫耶が通り過ぎる。

(何……っ!?)

呆気にとられていると、いつの間にか背後を取られていたシロナからの二連撃を受けてしまう。

「ぐっ……!?」

リンの目の色が変わる。先程までの、どこか楽しんでいる雰囲気とは違い、歴戦の戦士のそれになっていた。

「剣舞"崩砕・瞬"!」

シロナの手と、リンの背後から迫る干将・莫耶が、全て砕けて消えた。

何が起きたか理解しきれぬまま、シロナはリンの回し蹴りを側頭部に受け、吹き飛ばされる。数メートル転がったところで、両足で床を掴み、勢いを殺した。

「もう油断はしない。手加減もだ。次の一撃で沈めてやる」

リンがつっ先をシロナに向けたまま、上段で構える。

「咲き誇れ、我が剣戟」

その直後、生半可な宝具では太刀打ち出来ないと直感的に理解する。故に。投影する剣は一択だ。

「投影開始(トレース・オン)」

基本骨子の想定。外郭を形作る。

「春咲く桜の如く、何よりも鮮やかに」

ただの投影ではまだ足りない。敵を騙し、自らをも騙しうる幻を作り上げるために。

「また何よりも力強く」

作られた理由や制作者の意図、使用者と共に得た経験など、あらゆる工程を凌駕し。

「また、何よりも儚く」

今、ここに。

「我が剣戟は刹那にこそ映えあり!」

幻想を結び剣と成すーー!

「刮目せよ、千本桜の花吹雪に!」

リンが駆ける。シロナが駆ける。一閃の交錯。その瞬間に、五十の斬撃がシロナを襲う。その全てを受け流し、いや、正確には一太刀受けたが、それ以外は全て受け流した。

残りの四十九を結界が全て受け、耐えきれずに霧散した。

「参った、完敗だ。イテテ……」

シロナとしては、"勝利すべき黄金の剣(カリバーン)"で防ぎきれなかったことに驚きながら、腹に受けた峰打ちでこれ以上戦っても勝ち目はないと判断し、武装を解除し、両手を上げて降参のポーズをとる。

「さすがだよ。シロナの実力は、私が保証しよう」

「ありがとう」

握手をして、見物していた三人の元へと歩いた。

「お疲れ様。お腹大丈夫?」

「服を強化したから、なんとか」

「しかしまぁ、リンのあれを防ぐなんてね。……あれ、先生どうしました?」

「……、」

神妙な面持ちで、何かを考えているメイティス。

「先生!」

「……あ、うん! そうだね」

「大丈夫ですか先生」

「大丈夫よ。シロナ、書類は書いたらフィナリアに渡してね。明日までには手続き終わらせておくから」

言い残して、足早に去っていった。

「どうしたんだ、先生は」

「さぁ? とにかくシロナ、さっさと書いちゃって」

「あぁ。分かった」

必要事項を記入して、フィナリアに手渡す。

「じゃ、私はこれ先生に渡してくるわ。三人は先食堂行ってて」

ヒラヒラと手を振って、フィナリアが去っていく。因みに現在午後七時過ぎ。

「行こっか」

純粋な笑顔で先導するニーナに着いていく。リンも楽しみにしているようで、食堂の料理に期待するシロナであった。

 




UBW後だけどセイバーへの未練を捨てきれていないのでカリバーンを投影出来た……というつもりです。
リンの刀の銘と能力はもうしばらく伏せようかと思います。
では次回、戦闘しません。日常します。


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交流

サブタイトル考えるのに一番苦労するっていう。


「ここが食堂だよ。今日のメニューはなんだろな〜」

今にもスキップでも始めそうな足取りで食堂に入っていく。

「どうやら今日は肉じゃがのようだな。おばちゃん、三人分お願いする」

「今日はフィナリアは一緒じゃないのかい。おや、そっちの子は見ない顔だね」

「フィナリアは先生と来るだろう。こっちはシロナ。新人だよ」

「へぇ。ま、頑張りな」

三人分の食事がカウンターに置かれる。それぞれが持って、席に移動する。夕食時のためか、座席はかなり埋まっている。

「ここにしよ」

三人並んで席に座る。

『いただきます』

一口食べて、その味に感嘆する。

「旨い」

素朴ながら精錬され、それ故無駄のない完成した味。あえて名前をつけるなら、それは『お袋の味』に他ならない。

「最近は必ずと言っていいほど料理に魔術を使ってるんだけど、それでもおばちゃんは魔術に頼らず、自分の腕で勝負し続けるすごい人なんだよ」

「私達を本当の母のように見守ってくれる存在でもある。いや、私達三人からすれば母親同然だな」

食事を続けていると、フィナリアとメイティスが食堂に現れた。二人ともカウンターで料理の乗ったトレーを受け取ると、すでに食べている三人の正面に座った。

「手続きは終わったわ。部屋はフィナリア達と同じにしておいたから。ある程度気の知れた相手の方が、シロナも安心出来るでしょう?」

諭すようにメイティスが言う。シロナもそれに同意した。

「そう言えば、フィナリアとニーナはどんな魔術を使うんだ?」

不意に気になったので、聞いてみた。

「訴えるわよ」

「なんでさ!?」

反射的に口癖が出る。

「ごめんね、私達人見知りを拗(こじ)らせてるから……」

ニーナは笑顔で言うが、それは表面的なものでしかなく、その根底に見えるものは。

(これは……畏れ、か?)

人見知りと言うよりは、人間不振と言う方が正しいのかもしれない。「これでもマシになった方なの」と付言するニーナ。彼女らのそれは、よほど気心の知れた相手でなければ話すことは出来ないのだろう。

(なら、ここは下手に詮索しない方がよさそうだな)

勝手に自分の中で結論を出し、シロナは咀嚼する。

「でもまぁ、それもその内知られることだがな」

リンが箸休めの間に漏らす。

「もうすぐ対抗戦だしね」

「対抗戦?」

「隣国の学校との模擬戦のようなものよ。参加する生徒には戦闘不能になるダメージを受けると体を被う結界が戦場から強制退出させる、非殺傷設定のね」

メイティスの説明に付け加えるように、フィナリアが口を開く。

「それも、世界一を賭けてね」

世界一という言葉を聞いて、体が強張る。

「ま、気を入れすぎるとあっさり殺られたりするわよ、シロナ」

「気を抜きすぎるのもよくないと思うわよ?」

「分かってますよー先生」

そんな二人の会話にこそ緊張感が足りないと思うのはシロナだけではないだろう。

「シロナの配属は明日にしましょう。今日はよく寝て、明日の班別ブリーフィングに備えなさい」

後から食べ始めたのに先に食べ終えたメイティスが、席を立った。

「配属って例の模擬戦の?」

三人が頷く。

「三人はどこに所属するんだ?」

「私は生徒会長だから総司令官、リンは班長で、ニーナはリンの班よ」

箸を止めることなく動かし続ける。それにしても旨い、と黙々と口に運ぶ。

食べ終わって、四人で食器を返し、部屋に戻ることにした。寮の部屋はワンルームの四人部屋で、シロナはフィナリア達の部屋の四人目として迎え入れられた。

「改めてよろしく」

順に握手していくが、フィナリアだけが拒否した。

「フィナリア、ここは受け入れないか」

「うるさいリン。私の心へは何人たりとも踏み込ませやしない」

「それは分かってるけどさ……私達も頑張ってるんだから、フィナリアも努力して欲しいの」

「……分かったわよ、全く……」

仕方なく、というようにフィナリアが手を出す。その手を握ると、細くしなやかな指が絡んでくる。

「って痛たたた!? 力強いなフィナリアッ!」

「照れ隠しよ」

「爪! 爪食い込んでるから!」

ようやく解放された右手を、涙目で擦る。

「私はまだシロナを受け入れられない。けど、あんたが私を受け入れ続けてくれたら、いつかは……受け入れたいと思ってる」

「……なぁ、三人とも、昔何があったんだ?」

三人が俯く。俯いたままアイコンタクトでお互いの意思を確認し、同時に顔を上げた。

やがて、ニーナが静かに口を開いた。

「私達全員、孤児なのよ」

「……へぇ」

「驚かないのか」

「まぁ、俺も孤児だし」

そのまま、自らの出生を語っていく。

「俺は、十歳やそこらで災害で両親を亡くしてる。……それはまぁ、悲惨な事件だったよ。突然発生した火災で、五百人以上が死んだ。俺の家は爆心地から近かったんだけど、奇跡的に生き残れた。俺の第二の父親であり……魔術の師でもある切嗣に助けられたんだ」

神妙な面持ちで話を聞かれるのはかなり久しぶりだった。

(最近は遠坂を怒らせてばかりだったからなぁ……)

今は関係のないことなので、忘却の彼方へと押しやる。

「俺のはこんな感じだな」

自分から話すことで残りの三人が話しやすいような流れにすると、案の定ニーナから語り出した。

「私は育児放棄。八歳の頃、起きたら両親共に失踪してね、衰弱死寸前で発見されて。両親に裏切られたショックから、なかなか人を信じられなくて」

「そうだったのか」

目尻に浮かんだ涙を拭うニーナの次に、リンが語り出した。

「私は虐待だ。この目も、その時のものだ」

眼帯を親指でつついて、さらに話を続ける。

「私もな、裏切られるのが恐いんだ」

ギリ、と奥歯を噛む。

最後に残ったフィナリアは、自らの口で言うのが嫌なのか、ニーナに投げ出してしまった。

「話すけど、絶対に同情しないでね」

一度釘を刺してから、話し出した。

「一言で言うと、売られたのよ。そこで大人の悪い部分を見続けてしまってね。まぁ、最終的には全員、親も含めて逮捕されたんだけど、フィナリアの心には以下略、というわけよ」

「……ふん、軽蔑するならすればいい」

「……どうしてだ? フィナリアは頑張ったんなら、これからを楽しめばいいじゃないか」

「その通りだな。先生も言っていたぞ。『過去を振り返り、想起出来ても、塗り潰して認識を誤魔化しても、やり直すことは出来ない。未来を想像することは出来ても、思い通りに訪れることはない。過去は確かに"情報"としてそこにあり、対して未来はあやふやで、朧気なものでしかない。未来の想像を形にするのは、今しかない』と」

「……あの人らしいわね。いつまでたっても敵いそうにないわ」

少しだけ瞳を濡らして、言う。

「ところで、先生は強いのか?」

「私達の魔術は、全て先生から教わったものなのよね。強さで言うなら……私達三人を足して三を掛けたくらい」

「えっ!?」

「剣術だけで見ても、私は勝てない。夜桜も先生から貰ったものだ」

「夜桜?」

「あぁ。魔剣《夜桜》。私の使う刀だよ」

宝具だとしてもかなりのランクだとシロナは考察する。

「ふぁあ……ねー、もう寝ない?」

フィナリアの間抜けた台詞で、思わず吹き出し、笑ってしまう。

「フィナリアはここ数日仮眠しかしてないもんね。今日くらいはゆっくり寝させてあげようよ」

「そうだな。シロナ、明かりを消すぞ」

リンによって暗闇へと変貌する。布団の中に潜り込む。

何かいろいろとあったせいでシロナも眠気を感じていたので、眠るまでにあまり時間はかからなかった。それまでの間、この世界について大雑把に整理する。

平行世界。何故か性転換。魔術学校。フィナリア、ニーナ、リン、先生。

元の世界へと戻る方法はあるのだろうか、と意識が落ちる寸前に思う。遠坂が多分なんとかして……くれないだろうなぁ、と思いながら、完全な眠りに落ちた。

 




三人の孤児設定は最初からあったんですが、予定より早めに出してしまいました。リンだけは初期から眼帯の理由は決まってましたが、他二人は思いつきです。
次回、また戦闘あります。戦闘、苦手なんだよなぁ……。

この際だから言っておこうかな。この作品、発表せずに書いてて放置してたやつを、ここに投稿するために再構成したものになります。一応、最後までのシナリオは決まっていますが、こんなことしてほしい、あんなことしてほしいなどがあればお気軽に言ってもらえると嬉しいです。サブシナリオ的な感じで入れられそうなら入れようと思います。


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槍使い

青い全身タイツの人は出てきません。これからもずっと。


衛宮シロナの朝は早い。元々魔術の鍛練で蔵で夜を明かしたことも多々ある。そして魔術の鍛練のために早起きをして蔵に籠っていたこともある。

寝癖で跳ねた髪も直さず、静かに部屋を出る。そのまま外に出て、欠伸と共に伸びをする。

ようやく日が上ったかどうかという時間帯だ。近辺の探索も兼ねて、シロナは散歩をする。

三十分ほど歩いて、寮に戻り顔を洗う。ついでに寝癖を直し、濡れた髪をタオルでくるんで部屋に入った。

皆さん絶賛お着替え中でした。

「ぁ……わ、悪い!」

反射的に部屋から出てしまう。

「シロナー、どうしたのー?」

「いや、すまん反射的に……」

「別に、女同士だから気にしなくていいじゃない」

ドア越しのフィナリアの声に、「あ、そうだった」と素頓狂な声を上げてしまう。

再び部屋に入ると、なるべく何も見ないように自分の着替えを済ます。自分の着替えが終わる頃には、他も終わっていた。

フィナリアはいかにもなローブに、三角帽。リンもニーナもローブを纏っている。

「スゴい格好だな」

「フィナリアのは生徒会長用だからね。私達も強い部類に入るから、校則で着なきゃダメなの」

「へぇ」

そんな会話の後、食堂で朝食を摂る。

「ところで、今日は会議ないのよね」

「班ごとの会議はあるぞ」

「うへぇ……生徒会がないならいいんだけど」

「それなら心配いらないよ。あ、シロナの顔合わせもしなくちゃだね」

「顔合わせって?」

「あぁ、配属先の子達とね。強襲班」

なんとなく嫌な予感がした。

「正確には『第一団前衛部隊強襲班』。偵察部隊と本隊の間……本隊が少しでも有利に戦局を回せるようにするのが本来の役目だが、レヴァリアの強襲班は、単独で敵の本丸を落とせる唯一の部隊だ」

それだけの人材が揃っているということなのだろう。しかし……少数精鋭の班だとしても、よほどの実力がなければ敵の本丸を落とすことは不可能だ。

「よし、じゃあ行こう」

食べ終わるや否や、フィナリアが立ち上がる。

続いて立ち上がり、後を追う。

やがて、ある一室に辿り着く。その扉をフィナリアは勢いよく開け放つ。中には、既に三人いた。手前から、紅い髪の少女、体格のいい濃緑色の髪の青年、青白色の髪の少年。

「……よし、全員揃ってるな」

人数を確認したリンが、さらに続ける。

「今日から強襲班の副班長として加わることになった衛宮シロナだ」

「え!?」

副班長、なんて聞いていなかったので、反射的に声が出てしまう。

「そんな……納得いきません!」

紅い髪の少女は机を強く叩いて立ち上がる。

「それは何故?」

「今日転入してきたような余所者に、班員として命を預けられないと言っているんです、会長」

「実力は私が保証する。夜桜の五十連戟を、四十九受け流したんだ。少なくともアネッサ、お前よりは上だ」

「っ……!?」

鋭くシロナを睨む。やがて、ゆっくりと口を開く。

「だったら、衛宮シロナ。あなたに決闘を申し込みます!」

「なんでさ。別に戦う理由なんてないだろ」

「あ、あります! とにかく、私自身が納得するためには必要なの!」

「はぁ。ま、いいだろう。ニーナ、どこか場所ないか?」

「今なら校庭使えると思うよ。……全校生徒の視線に囲まれるけど」

「それぐらい大丈夫さ。よし、じゃあ行こう」

校庭に移動。シロナとアネッサは互いに距離をとり、その幅約十メートル。

「……来い!」

アネッサの声に呼応して、得物が空間転移魔術で手元に表れる。

二メートルに届かんばかりの槍。槍先は幅広く、突くことにも斬ることにも適する、どっちつかずの型。

「投影開始(トレース・オン)」

白黒の双剣を投影し、構える。

数秒の沈黙の後、シロナが地を蹴った。

槍は懐に入ってしまえばなんとかなると思ったが、アネッサ自身の体術に阻まれ、距離が生まれて肉薄しきれない。

シロナは一度後退し、双剣を破棄。そして、新たな得物を投影する。

「なっ……!?」

呪詛を帯びた深紅の槍。魔槍"ゲイボルグ"。ケルト神話の英雄、クーフーリンが魔術の師であるスカアハより卒業の証として贈られた逸品だ。

「どうかしたのか?」

絶句するアネッサに問い掛ける。いや、驚いていたのはそこにいた全員だ。

「……あなた、一体なんのつもり?」

「別に。気分的な問題だよ。強いて言うなら……俺が本物の槍使い(ランサー)ってのを見せてやる」

「私が、偽物だとでも……!? だったら、さっさと前言撤回させてやる!」

槍を構え、詠唱する。

「穿て、我が焔……!」

その槍先が炎に包まれる。

「憑依経験」

担い手の技術を再現する。

両者同時に駆ける。同じ得物同士での白兵戦。当然勝者は相手よりもあらゆるステータスが高い者となる。たかだか数十年、槍を握って六年に満たない少女と、死ぬ間際まで槍を振るい、死してなお心踊る闘争を求める英霊。どちらが勝つかなど、見ずとも分かる。

嵐のような猛攻に、アネッサは防戦を強いられる。

「こんのォッ!」

力業でシロナを押し返す。

「やるじゃねえか」

「それはどう、も!」

火花が散る。しばらく拮抗し、アネッサが弾かれる。

「っ……! 我と結びし盟約に則り、今此処に力と成せ!」

簡素な詠唱の直後、シロナの四方から巨大な拳が襲いかかる。地面から突き出た拳はかなりの質量を持っており、いかにシロナの魔力がパワーアップしていようと、強化を使おうと、無傷では済まない。

横の移動では避けきれない。下の移動でも第二波で詰む。かといって上の移動でも、安全域に達するのは難しい。ならば、どうすればいいのか。

一瞬で下した判断は、槍を地面に突き刺しその上で片手で逆立ちするという大道芸紛いの行為だった。

拳に片足を付き、槍を引き抜いて跳ぶ。丁度、アネッサの頭上を飛び越えるルートで。

交錯は一瞬。先に仕掛けたのはアネッサだ。渾身の力を込め放った突きは受け流された。シロナはその勢いを利用して一回転すると、高速で三回突く。それはアネッサの頬、腕、腿を薄く裂き衣服に血を滲ませる。

痛みに眉を歪ませる。その時、シロナが着地した背後からの殺気に、振り返る。槍の周囲の空間が揺れている。それは何か、自らを蛇に睨まれた蛙だと錯覚させるような、何か。

「ハァァァァァァァッ!」

殺られる前にやる。それがアネッサの下した判断だ。胴を狙って横凪ぎに振われる炎槍を、シロナはロングブーツを強化して防ぐ。

「突き穿つ(ゲイ)―――」

アネッサの槍を払い、下方に突きを放つ。

「―――死棘の槍(ボルグ)!」

真名開放と共に空間がねじ曲げられ、ゲイボルグのつっ先がアネッサの首筋にあてがわれていた。

「勝負あり、だな」

シロナの呟きと同時に、アネッサが崩れ落ちるように座り込む。その全身から冷や汗が吹き出していた。

(なんなの、アレ……!? あんなの、完全に、完全に……!)

殺されていた、と心の中で呟く。

(私達の霊装はあくまで人は殺せないようにしてあるけど、あの槍は確実に、人を屠るためのもの……!)

同時に、そんなものを軽々と扱うシロナ自信に恐怖を覚えた。

「いい戦いだった。ありがとう」

差し出された手を、握るかどうか躊躇っていると、リンがアネッサの頭に手を置いた。

「……こちらこそ、完敗です……。仕方、ないから。あなたを、副班長だと認めてあげる。……あ、えっと……次は必ず勝つから!」

驚いてから、笑う。

「いつでもかかってこい」

 

 

「やはりあれはゲイボルグ、よね」

思ったよりも危険な存在かもしれない、とメイティスは思考する。もしかすると、これは彼女の手に余る素材なのかもしれない。魔術師として、投影を主に扱うと言っていたが、それだけではどうにも済まされない問題も多々ある。現に、メイティスにも理解しきれていない。

(だとすると、この世界には存在していなかった新たな魔術の可能性が)

謎は深まるばかり。しかし彼女には、もう一つ放っておけない問題があった。

「あの人が目覚めるのも、時間の問題か」

あれから十五年がたった。一時的にだが、師事していたあの人。

これから起こるであろう大きな波を予感して、メイティスは不安に駈られる。

 




本編で説明し忘れていたので、ここで説明しようかと。シロナは武器なら見ただけで複製して貯蔵出来るので、槍も投影出来るんじゃないな、と。
あと、ゲイボルグは先に心臓を貫くという結果を作ってから放つことで因果を逆転させ確実に相手の心臓を貫く、という宝具なので、結果を「心臓を貫く」から「首筋にあてる」に書き換えてから放った、ということです。これで大丈夫かな?
何か不明な点や感想、意見、要望、野次、テロなどがあればお気軽にどうぞ。
ちなみに「あの人」は当分出てきません。


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相互理解

お気に入りが五十弱まで来ました。もうすぐ五十の大台に……!
応援、ありがとうございます。


アネッサとの決着の後、元いた部屋に戻って他の強襲班の面々と自己紹介を交わす。

「初めまして、衛宮シロナです」

「フリーダ・ガレナウェイです」

「フリーダは潜入、破壊工作要員だよ。得意なのは変装……というよりは認識阻害魔術だね」

ニーナの説明の後で、握手をする。

「ジランド・モルファーだ。よろしく」

「彼は霊装作りが本職けど実力も確かなんだ」

握手をした手は、大きくて力強さを感じ、手触りからも職人のそれだと思った。

「えっと……改めて、アネッサ・ローランドです。よろしくお願いします」

「よろしくアネッサ」

「アネッサは遊撃手なんだよ」

一通りの紹介を終える。

「ねぇ、シロナ。もしよかったら……先輩って呼んでもいい?」

アネッサが頬を紅潮させ、恥ずかしそうに言った。

「別に、好きに呼んでくれればいいよ」

「分かった、先輩!」

その姿が、桜と重なる。桜は自分を心配しているのではないかと思うと、申し訳なく思う。

「どうしたの、先輩」

「いや、大丈夫。気にしないで」

「さて、本来ならこれから連携の確認などをするのだが……強襲班は少数精鋭の部隊だ。さらに全員が個々でも十分な実力を備えていると判断する。よって以降は自由行動とする。ただし、節度を持て。以上だ」

リンが会を閉める。

「先輩、この後暇?」

「特に用はないな」

「じゃあさ、訓練手伝ってよ」

「分かった」

二人連れ添って部屋から出ていく。

「いやはや、同性はいいねぇ。仲良くなるのが早い」

「だったら混ざってきたらいいじゃん」

「それが出来たらこんなとこで愚痴ってねぇよフリーダ。あー、彼女欲しい……」

「一生霊装とにらめっこしてなさい」

「そりゃねぇよ姫」

「……私を姫って言うなって何回言ったら分かるの? ねぇ、死ぬ? それとも死ぬ?」

「おっと犬の散歩に行かないと」

「逃がさないわよそもそも犬なんて飼ってないでしょう」

ジランドがフィナリアに引きずられていく。もちろん、それを止める者は一人もいない。

 

 

訓練を終えた二人は、汗を拭きながら会話を始めた。

「先輩って、誰に槍を教わったの? もしかして、その人が先輩の言ってた本物の槍使いって人?」

「そうなるな。ランサーは、俺の知る限り最強の槍使いだ。剣はセイバーに稽古してもらってたけど」

「どうして武器の名前なの?」

「えっ!? えーっと、それは英rゲフンゲフン。そう! エイジェントなんだよ! いわゆるコードネームってやつ!」

「武器の名前がコードネームのエージェント、かぁ。会ってみたいなー」

「それはこの世界にはいないから無理かなーアハハハ」

「もう死んでるんだね。残念」

あながち間違ってはいないので、訂正は止めておいた。

「ところで、先輩って武器ごとに構えとか癖が全く違うよね。大体、全体的に何か同じ癖が出るものなのに、全部違うどころか、癖が分からないのまであったし」

「いや、なんと言うかな……」

言い淀んでいると、背後から声がした。

「使う武器によって戦法を変え相手を混乱させる……よね?」

「あ、先生。そうなの? 先輩」

「えと、そうなる、のかな。たぶん」

「アネッサ、少しシロナと話をしたいから席を外してもらえるかしら?」

「分かりました。明日頑張ろうね、先輩」

アネッサが座っていた場所に、メイティスが腰を下ろす。

「……さて、衛宮シロナ。『カリバーン』『ゲイボルグ』。あなた、一体何者?」

笑みや冗談の類いは一切なく、真剣な眼差しや表情がシロナに向けられている。

「いや、その……」

「答えたくないのなら別に答えなくともいいです。私から勧誘しておいて今更だけど、やはり素性の知れない生徒を持つのは気持ちよくないもの。私の思いだけでも知っておいて」

要約。黙ってないでさっさと真実を吐け。

婉曲させているものの、大意としてはこうである。人の罪悪感に漬け込んだ、卑怯と言えば卑怯な戦法である。

「……分かりました。全てを話します。ただし、俺からもいくつか質問に欲しいんですが」

「それくらいの交換条件は呑むわ。では、どうぞ」

自分について、十分程度で説明する。まず、自分は平行世界の人間であること。衛宮士郎は生涯未熟な魔術師であること。元いた世界で行われていた聖杯戦争についても、大雑把にだが説明した。

「なるほど。それなら納得は出来るわね」

それでも、固有結界については伏せておいたのは本能だろうか。奥の手は隠しておきたいというのもあるし、メイティスがそこまで信頼に足るかを判断するにはまだ出会って日が浅すぎる。故の判断だった。

「次はあなたの番よ。質問って言うのは何?」

「まず、フィナリア達は知らないのに、先生がカリバーンやゲイボルグについて知っていることです。銘を知っているということは、その使い手も……」

「アーサー王の選定の剣、クーフーリンの呪いの槍」

想定通りの返事。さらにメイティスは続ける。

「あの子達が知らないのは、世界規模で隠蔽されているからよ。この世界には約二百年前に魔術が伝わったのよ。第二魔法の使い手、宝石翁ゼルレッチによってね。ゼルレッチに魔術を教わった一族を『魔神』と称しているのだけど……今はあまり関係ないわね。それで、人々は魔神達から次々と魔術を教わり、魔術師がこの世界に増えていった。代わりに、環境が破壊されていってね。百五十年前、ついに抑止力が働いてしまった。ただの魔術師はことごとく殺され……魔神達でもなんとか撃退する程度。この世界には七体の英霊が抑止力として召喚されたのだけど……一体も倒すことが出来ず、魔神達は全ての知識を人造人間(ホムンクルス)に託し、自らの魂を楔として英霊を封印した。私がアーサー王とかを知ってるのは、対抑止力のためにゼルレッチから送られてきた存在しうる全ての英霊に関する資料のコピーを見たことがあるからよ。でも、それはトップシークレットだから、私を含め片手で数えきれるほどしか知っている人はいないでしょう」

あまりの情報量に、頭の中で整理するのに時間がかかってしまう。

「ごめんない、一度に話しすぎたわね」

「いや、大丈夫です。にしてもゼルレッチ、か。まぁ、あのハッチャケ爺さんならやりかねないか」

「まだ生きてるの!?」

「あ、いやまぁ、あの人死徒だし……」

「死徒?」

「大雑把に言えば吸血鬼の貴族みたいなものです」

「なるほど。まだ生きていたなんて……会ってみたいわね。他に聞きたいことは?」

言われて考える。

「……先生の説明だと、召喚された英霊はまだこの世界に封印されているんじゃ……?」

「そうよ。さすがに場所までは私も知らない。だからまぁ、封印が解かれる心配もないでしょう」

ならいいんだけど、とシロナは心の中で呟く。

「これでお互いの疑問は解消できたみたいね」

満足そうに言うと、メイティスはその場を去っていった。

 




感想だけじゃなく、批判や野次、テロなどもお待ちしております。


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作戦会議

おかげさまでお気に入り五十越え!
UAも5000越えと、読者様々ですね。


「よし、いい感じ」

焼き上がったクッキーを見て、衛宮シロナは満足げに頷いた。

 

「クッキー焼いて持ってきて」

 

フィナリアがそう言ったことが今回の事の始まりだ。どうも、生徒会で模擬戦に関する会議があるようで、ナナメなご機嫌を少しでも上昇させようと思い、何か出来ることはないかと訊いた結果がこれだ。事情を話し、食堂のキッチンを使わせてもらっている。

「あ、いい匂い。美味しそうに焼けてるね。味見してもいい?」

「一つだけだぞ」

焼きたての熱さと格闘しながら、ニーナがクッキーを頬張る。

「うわ、美味しい! 料理出来るとか羨ましいなぁ」

「ニーナでも作れるって。今度教えるからさ」

「んー、でもやっぱり私は食べる方が好きだから遠慮しとく。せっかくシェフがいるんだし」

「なんでさ。自分で作った方が美味しいって相場で決まってるじゃないか」

「むぅ。いいでしょ別に」

拗ねたように唇を尖らせる。その仕草がとても可愛らしい。

「……ところで、これどこに持っていけばいいんだ?」

「生徒会室だよ。私が案内するね」

さっきのクッキーは前金ね、とニーナは笑う。

「助かるよ。だってこの学校無駄に広いしさ」

冬木の新都並の広さはあるんじゃないかと作業の傍らで思う。

「私も半年は怖くてまともに歩けなかったよ。それだけ生徒が多いってことだし、一種の学園都市だね」

ニーナ曰く、日用品の類いは校内の店でほぼ揃えることが可能らしい。ただ、洋服などオシャレをしたい女子は校外に出るらしい。

「ニーナ、案内頼む」

「うん。こっちだよ」

しばらく歩いて、木製の重厚そうな扉の前に着く。ノックして中には入ると、押し寄せてくる重苦しい空気に後退りしそうになるが、なんとかこらえる。

「そこ置いといて」

「あ、あぁ」

教室の隅にあった机に置いて、部屋を出た。

「なんだよあれ、殺伐とし過ぎだろ……」

「あれがフィナリアの嫌がる理由だよ」

「なるほど……確かに、あれは俺も嫌だ」

そんな会話をしながら、強襲班の皆が待つ部屋へと向かう。

「先輩っ」

背後からアネッサが走ってきた。

「おはようアネッサ」

「おはようごさいます。お二人とも、今から向かうんですか?」

「あぁ。アネッサも一緒に行こう」

「はいっ!」

三人で部屋に入ると、すでにジランドとフリーダがいた。

「フリーダが挟まれたいとか言ってたぞ。……胸に」

「変態撲滅!」

握り拳で、アネッサがフリーダを殴った。

「誰もアネッサに挟まれたいとか言ってないじゃないか!」

「だったらお望み通り、挟んであげるわよ床と靴底でね!」

「痛たたたた! 頭踏むならせめてスカートの中身が見えるようにウオォさらに重圧が!?」

後頭部を踏むアネッサを止め、フリーダを起こす。

「フリーダも男だから、そういう気持ちがあるのも分かる。言葉に出すのも仕方ない。けど時と場合を弁えような。ジランドもジランドだ。こうなるの分かってて言っただろ」

「まぁな」

「誰かが不幸になるようなことをするな。次は許さないからな。アネッサ、お前もすぐ手を出しすぎだ」

「うぅ、ごめんなさい先輩」

「謝る相手が違うだろ」

全員に謝罪を述べさせ、いい感じで幕を下ろせそうな時に、ニーナが天然を炸裂させた。

「ところで、挟むって何を挟むの?」

その場が固まる。

「え、えと、気にするな! 気にしたら負けだ!」

「そうですよニーナさん! あなたは無垢なままでいて下さい!」

シロナとアネッサで強引に言いくるめて、その話題を断ち切った。

「すまない、待たせたか?」

リン、それに続いてフィナリアが部屋に入ってくる。

「今回は早かったね」

「誰かさんが駄々を捏ねたからな」

「悪かったわね我が儘で」

ムスッとした表情を浮かべ、フィナリアが席に着く。

「では、これより強襲班のブリーフィングを開始する」

リンが手をかざすと、円卓の中央に立体映像が現れる。どうやら模擬戦会場の地形図のようだ。

植物はなく、岩で出来た荒野のような場所で、所々に深く刻まれた谷が存在する。

「これがデフォルトだ」

対辺に軍勢が向かい合うように現れる。

「西が我々レヴァリア魔術学校。東がセイドラス魔術学院だ。まずは偵察部隊がこのFの谷に入ることになった。そのあとを強襲班が追従する。恐らく偵察部隊の情報を基に戦闘を行うことになると思うが……これは戦争だ。予想外の自体が起きて当然だと考えて然るべきだ。故に、予め作戦を立てておくと、不測の事態に陥いると混乱する可能性があるため、細かい作戦は立てない。現地にて私が状況を見て指示をする。大きな作戦は一つ。全ての敵を打ち倒せ。以上だ」

予想外に簡素な作戦会議に、椅子からずり落ちそうになった。

「なぁ、これで終わりなのか?」

遠坂としていた作戦会議と比べてしまい、思わず聞いてしまった。彼女の場合、考えられ得る全てのパターンを網羅し、全てに対して対策を立てていく。それに比べると、リンの作戦会議は柔軟で、あらゆる状況にさえ対応出来てしまいそうだが、その分後手後手に回ってしまいそうだ。どちらにもメリットとデメリットが存在し、一概にどちらが上かは判断しかねる。

「リンの会議はいつもこんな感じなんだよ」

「同じ『リン』なのにここまで違うのか……あ、別に気にしないでくれ」

こちらのリンにはうっかり属性もないようだし、違って当然だろう。

「明日は八時に校庭集合だ。遅れないように」

ここで会議がお開きになってしまう。

「先輩、何か分からないことがあったら教えてあげる」

心境を察してか、アネッサが話し掛けた。

「あ……ありがとう!」

反射的にアネッサを抱き締めてしまう。

「あっ……先輩、皆見てるから……」

「わ、悪い!」

アネッサが紅潮しているのを見て、慌てて離れる。

「……こほん。で、何か質問はあるの?」

一度可愛らしく咳をして、再度訪ねてくる。

「あぁ。戦争って言ってたけど……その、本当に殺し合うのか?」

「一応非殺傷設定にはなってるんだけどね。簡単に言うと、本人の実力に則して相応の結界で体を覆って、それの耐久値がゼロになると戦場から強制転移させられるシステムなんだ」

「なるほど。戦争ってことは、先生達も出るのか?」

「戦争って言ってもベースは模擬戦だから、他国の生徒との交流試合の意味合いも強いかも。国や軍隊が直接戦わずに、学生の私達が代理戦争をしてるっていうか」

「なるほど。分かった、ありがとう」

気付けば部屋には二人しかいなかった。帰ろうか、と声を掛けて、アネッサと共に部屋を出た。

「先輩、少し訓練しませんか?」

「あぁ。やろう」

外にあるちょっとした広場で、木槍と木刀を構える。

「先輩、行くよ!」

「来い!」

叫びを上げながら、木の武器を交わした。

 

「やっぱり、先輩には敵わないなぁ」

訓練直後に、アネッサはそう呟いた。

 




なんだか予想外のアネッサルートに作者が困惑しております。予定ではアネッサこんなに出番なかったのに……。

次回、模擬戦スタート!
の予定。戦闘シーンあります。


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番外編:その頃の衛宮邸

ぽっと出の思い付きネタです。

一体いつから……後書きの次回予告が本物だと錯覚していた?


「で、リンはそのあとノコノコと一人で帰ってきた、と」

イリヤが頬杖をついて、不満げに言った。

「し、仕方ないじゃない。人体実験って言っても、そんな平行世界に飛ばされるとか思いもしなかったし……」

「でも、先方はちゃんと説明したってボイスレコーダー突き付けられたわ。証拠も揃ってるの。それだからうっかリンとか言われるのよ」

「うっかリン言うな! それにそれ言ってるのアンタだけでしょ!?」

そんなことより! と話を切って、凛の顔を指差す。

「何か方法はないの? シロウをこの世界に呼び戻す方法とか」

「うーん、私が宝石に魔力を込めてたら、自分の魔力を探って平行世界の観測をすれば居場所ぐらいは掴めると思うんだけど……。てかイリヤスフィール、アンタも考えなさいよ」

「第二魔法は専門外なのー。それに、アインツベルンの専門は錬金術だし。それよりはゼルレッチの弟子であるリンの方が詳しいハズでしょ?」

「それはそうなんだけど……アンタの小聖杯でなんとかならない?」

「私個人の魔力じゃ不可能だし、そもそもシロウの居場所がわからなきゃどうしようもないじゃない」

「それはそうだけど……あれ、今思ったんだけどさ。これ、私達にどうにか出来るじゃないんじゃない?

それこそ魔法使いか、士郎が自力で戻ってくる以外の方法しかないんじゃない?」

「シロウなら必ず帰ってくるわ。ただ、出来れば早期解決したかったってだけの話。だって、シロウがいないとつまらないもの。いい加減リンの料理ばかりは飽きたのよー!」

駄々をこね始める。飽きたのなら毎日食べに来なければいいのに、と思ったものの、言えば余計な小言が増えてしまうと思い凛は飲み込んだ。

「今日は桜が遠征から帰ってくるわよ」

「じゃあ、シロウ風の味付けしてもらおっと」

そう言って、煎餅を手に取り、かじる。凛も同じく、煎餅をかじる。

「はぁ」

なんだかんだで士郎がいないと調子が出ない自分に気付き、凛は溜め息をつく。

「どうしたの? 煎餅湿気てた?」

「違うわよ。ちょっとむしゃくしゃしてるだけ」

同時に、ただ待つしか出来ない自分に苛立ちを覚える。

(……あのコハクって人、初めて会ったのにどこかで会った気がするのよね。声もどこかで聞いたことあるような……)

直後、自信の黒歴史が甦る。それを無理矢理記憶の彼方に押しやって、さらに気を紛らわせようと会話をすることにした。

「そう言えば、どうして士郎が絶対帰ってくるって分かるのよ」

少し引っ掛かっていたので、今に置いては絶好の話題だと問い掛ける。

「あぁ、それ? ただの勘」

最後の一口を放り込んで、イリヤは答えた。

 




UBWの後ってイリヤ死んでるんじゃね?とかいう指摘は受け付けません、絶対!
死にまくってるランサーだって生きてるじゃないか!ホロウで!
ご都合主義ですね、分かります。

次回こそ模擬戦始まります。


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開戦

お気に入り70、UA7000越え!
皆さん、ありがとうございます!\(^o^)/


起床は全員揃って午前六時。起きてからは各々で装備や術式の最終確認を行い、決戦に備える。

集合場所の校庭は、人の海。絶えず動きがあり、それでいて静かである。

『注目!』

フィナリアの声が響く。

『今日は交流試合よ。皆、負けたら死刑ね』

地響きのような叫び声が

、学校中を震わせる。

『五月蝿い!』

一気に静かになる。相変わらず理不尽だが、それでも生徒に慕われるカリスマを持ち合わせているということなのだろうか。

『それじゃあ、先生方。転移お願いします』

淡い光に覆われたかと思えば、視界が反転する。

一言で言うなら荒野。岩と砂だけの世界。

少しして、相手も転移してくる。

『双方の代表者は前に』

アナウンスに従い、フィナリアと、相手校の生徒会長が前に出る。エリアの中央で向かい合う二人を、両陣営が映像で見守る。

『では握手を』

相手は手を差し出したが、フィナリアは頑なに拒否する。

フィナリアの過去を知っているシロナ達三人はまだしも、それ以外は挑発しているとしか見えなかった。

すると相手の生徒会長は、悔しそうな顔をして引き返していった。

「総員、戦闘準備。恐らく敵の遠距離攻撃が開始と共に来るぞ。強襲班は迎撃する!」

各々が武器を構える。

シロナは干将・莫耶を。

リンは夜桜を。

アネッサは槍を。

ジランドはリボルバーを。

フリーダは投げナイフを。

ニーナは無手で。

『開始!』

合図と同時に、敵陣営から多数の光が発せられる。それはリンの読み通り、遠距離攻撃だ。

炎球や光線を斬る。自陣営へと一発たりとも通さない。他の部隊の人達も、かなり頑張っているようだ。

その時、一際敵陣営の上空が瞬く。

「ねーシロナ。あれ防がないと半分近くは持ってかれるヨー?」

「お前は暢気すぎだよフィナリアッ!」

「ほら、早くしないと」

「クッソ!」

着弾予測地点へと先回りし、移動してから防御策を考える。見た感じ、かなりの威力だと思われる。自陣営の半分を持っていかれるとフィナリアが言っていた。なら、干将・莫耶程度では防ぐことは出来ない。なら、方法は一つ。

(その一撃を防ぎうる幻想を剣の丘より引きずり下ろす……!)

七枚の花弁が咲いた。

"熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)"。その花弁一枚一枚が古城の防壁と同等の守りを持つ概念武装。かつてトロイア戦争にて英雄ヘクトルの投げた槍を唯一防いだアイアスの盾そのものである。

光槍を防ぎ、着地する。

「すごいよシロナ! ね、今のなんて魔術!? 教えて!」

「いや、ニーナ! 今そんな場合じゃないって!」

「あ、ごめん……。今のは私が防ごうと思ってたんだけど、先越されちゃったね。私、後衛部隊の隊長も兼ねてるんだ」

「うん……そういうのは割と早めに言ってほしかった」

「ゴメンチャイ」

おどけて言うニーナに、心がけほっこりする。

「シロナ! ニーナ! 行くぞ!」

「あぁ!」

計画通り谷へと降りていく。

「諜報部隊は一足先に出ているようだ」

リンを先頭に、谷を進む。まだ始まってすぐだからか、敵に全く遭遇しない。諜報部隊のおかげかもしれない。

「谷の半分ぐらいまで行かないと敵には遭遇しないだろうな」

「敵が走りでもしねぇとそらこんな所で鉢合ったりしねぇだろ。にしても、静かだな……」

「そうだね……もうちょっとドンパチ聞こえてきてもいいのに……」

聞こえてくるのは風の音だけ。それが逆に不安を煽る。

「なぁ、ジランドって銃使うんだな」

「ん、まぁな。俺が作ったんだ。ちなみに、アネッサのとフリーダのも俺が作った」

「へぇ。な、今度俺にも作ってくれよ」

シロナとジランドの顔が急接近する。無論、シロナが近付けたのだが。

「ま、また今度な」

そっぽを向いて歩みを速めた。

「いやー、怖いねー。天然って」

「全くだわ……」

アネッサとフリーダがそんなことを呟いていた。

「……待て。何かいる。いや、倒れているのか……?」

「あれってさ、うちの諜報部隊じゃない?」

その台詞を聞いて、シロナが走り出す。幸いにも罠の類いはなかった。

「大丈夫か!?」

手近にいた男を抱き起こす。

「気を付けろ……! 人形が、爆は――」

言い終わるよりも先に、転移させられてしまう。

「彼はなんて?」

「人形が爆は……とか。言い終わる前に転移した」

周りで倒れている者も次々と転移し、強襲班だけが残された。

「警戒しろ」

リンが告げた時だった。岩陰から誰かが飛び出してきた。距離はまだかなりある。

「俺がやる!」

ジランドが叫び、リボルバーに弾を込める。

属性は水。性質は氷。付属効果は爆散。標準を定め、劇鉄を落とす。火薬が弾けると同時に弾丸が吐き出される。それは一直線に敵の胸に吸い込まれ、内側から弾けた氷柱が全身を貫いた。

そして、大爆発。

「うお、すげい」

「……待てフリーダ。俺の魔術弾に爆発は付加してない!」

「となると、あれの仕様なのかもな」

視線の先には、五十人弱。その全てが、さっきの奴と同じと推測される。

「人形……だとしら、さっきの言葉に納得がいく。どこかに人形師が隠れているかもしれないな……」

「でも、探させてくれそうな雰囲気じゃないよ!」

人形達が一斉に駆けてくる。

弓と鉄矢を投影し、次々に射抜いていく。射抜く度に、人形が爆発していく。遠距離攻撃が可能なジランドとフリーダも攻撃している。第一波を殲滅し終えた頃、第二波が現れる。その数は先の二倍。とても三人で捌ききれる量ではない。

「ふっ!」

リンが人形を斬る。爆発までのラグの間に、爆発圏内より脱出していた。

「アネッサ! 来い!」

「はいっ!」

リンとアネッサが駆ける。全力で走りながら、人形を潰していく。

そんな中、一体だけおかしな動きをする人形がいた。他の人形を押し退け、リンとアネッサに向かっていく。

「ジランド、足場!」

「りょーかい!」

ニーナがジランドを足場にし、跳躍する。二人と一体の間に割り込んだ。ニーナの手前で、人形が爆発した。それは結界に阻まれ、ニーナには届かない。

シロナの個人的な認識では、即興で組み立てた結界にしては些か堅すぎるような気がした。

「キリがないな……」

第二波を撃退すると、第三波が現れる。当然の如く数が増えている。

「このまま物量で押し潰す気か」

「マズイな。早く人形師を見つけないと」

だが、方法がない。このメンバーの中で、術者を逆探知する魔術を身に付けている者はいない。

(考えろ……! 何か方法はないのか? 人形が糸で操られている形跡は見えないし、自動制御なんだろうか。でも、自動制御にしても魔力のパスは通じているハズ)

そこまで考えて、ある一つの可能性が生まれる。

「皆、俺に作戦がある。人形を一体、捕獲してほしい」

「分かった。行くぞ!」

地面を蹴る。人形の隙間を縫い、同時に捕獲しやすそうな人形を探す。

(……いた!)

一体だけ、少し離れた壁際にいる。その一体に目をつけ、跳躍し矢を放つ。人形自体には当てずに、服を岩壁に縫い付ける。

「援護頼む!」

シロナは縫い付けた人形に駆け寄り、頭部を掴んむ。

「同調開始(トレース・オン)!」

人形を解析する。

(見つけた。あとは魔力のパスを遡れば……!)

魔力の出所を解析し終える。

「アネッサ!」

「うん、いくよ先輩!」

アネッサが魔術で砂埃を起こす。すぐに視界が茶色に覆わた。

 

 

上から見下ろしていた人形師は焦っていた。

(小癪な真似を……!)

もう視覚による操作は出来ない。かといって完全に自動制御にしてしまうと、動きが乱雑になりレヴァリアの強襲班が相手では一気に抜かれてしまう。

(ここは一度退散し、体勢を立て直すべきか……)

躊躇していたのが仇となったのかもしれない。

「高みの見物とは、随分といい身分だな」

背後からの声に、全身が凍りついたように固まった。咄嗟に振り返るが、拳に顎を撃ち抜かれ意識が沈む。微かに認識出来たのは、強襲班班長、リン・オウマの姿だった。

「お手柄だね、先輩」

「皆のお陰さ。俺一人じゃ成し遂げられなかったよ」

リンが人形師を担いで降りてきた。

「フリーダ、頼む」

「へーい」

寝かせた人形師の額に手を添える。

「……返事がない。ただの屍のようあ痛ぁっ!?」

「真面目にやりなさい」

「殴ることないじゃないかー……。よし、終わった」

立ち上がった時には、フリーダの姿は人師のそれに変わっていた。

「次の作戦だ。フリーダはシロナを捕虜として、敵陣に潜入」

「どうして俺なんだ?」

「まだ名前と顔が知られていないからだ。私達は強襲班に配属された時点で相手に知られている。何もかもが不明のシロナの方が、捕虜として信用されやすい」

リンの説明に、納得する。

「今から縄で縛るけど、この縄は魔力を流すと簡単にほどける仕掛けになってるから、私達の合図で思いっ切り暴れてほしいの」

「その合図は?」

「派手にやるよ。どこにいても分かるくれぇにはな」

「分かった」

縄で縛られ、フリーダがそれを持つ。

「よし、んじゃ行こうか」

フリーダに引かれて、二人谷を歩いていく。

現在開始より三十分。これからが本当の戦いだ。

 




次回に続く、というやつです。
よく考えたら今まで単発でひと段落、というのが多すぎたような……というより、長編苦手なんです。それだけなんです。

うーん、次で模擬戦を終わらせるかどうしようか。
うわ、フィナリアの出番がほとんどねぇ。


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潜入作戦

今回短いかな。


潜入ミッションは理想通りに順調だ。むしろ順調過ぎることで不安を覚えてしまう。

リン達から別れて二十分。敵とスレ違いこそすれど、疑われる様子は全くない。

「順調だな」

今は人形師の姿(に見える)のフリーダに話しかける。

「僕としては一悶着ぐらいあって欲しいんだけどなぁ。『貴様何奴!?』みたいな」

「そうなったら洒落にならないぞ」

「分かってるよ。あー、彼女欲しいー」

突拍子もなく話題が飛ぶ。

「アネッサとか仲いいじゃないか」

「無理無理。あんな暴力女やだ。僕はニーナさんみたいな人がイインダヨ」

グリーンダヨ、とフリーダが付け加える。

「っと、もうふざけてる場合じゃないな。谷も八割は来たかな。……おや、あれは検問かな」

間違いなくスパイ対策だろう。

「どうする?」

「どうするも何も、まーっすぐ。僕を見抜ける奴は、それそこそれに特化した魔術師だけさ」

「検問だから一人ぐらいいるんじゃないのか?」

「見た目と声は相手が気付かない内に対象の姿として認識するよう術式を組んであるし、記憶も読み取ってるからそう簡単にバレたりはしない。泥舟に乗った気持ちでいてよ」

「安心出来ない!?」

カチカチ山を思い出してしまった。お爺さんに捕まった狸が、お爺さんの留守中にお婆さんを騙して殺し、帰ってきたお爺さんにお婆さん汁を食べさせて中略、最後は復讐に来た兎に泥舟に乗せられ湖で溺死する……という話だったハズ。ちなみにカチカチ山はハッピーエンドで終わる現在の子供向けの方ではなく、残酷版が正史である。昔は復讐は正義だったということを顕著に表す作品だ。

話を戻そう。

「ま、捕虜が挙動不審だと逆に怪しまれるから、落ち込んでる感じの演技しといてね」

「あぁ」

検問に着く。フリーダが担当に話し掛ける。

「ID35467」

「……おk。通ってよし」

通り過ぎる時に、シロナにしか見えないようにフリーダがVサインをした。

谷を上がる。敵はまだ大量にいる。恐らくは大軍で一斉突破するつもりなんだろう、とシロナはなんとなく思った。

二人は手近にあった簡易テントに入る。そこには一人の男がいて、暢気にお茶を飲んでいた。

「ご苦労。そいつは?」

「捕虜です」

「ほう……所属を言え」

フリーダによって膝ま着かされ、シロナは答える。

「強襲班だ」

「あぁ、あのフィナリア直属の」

「しかし……こいつ以外を捕らえるどころか撃破すら敵いませんでした」

「いや、これだけでも十分な戦果だ。囮に使うか、作戦を吐かせるか……。いや、両方だな!」

シロナの腹を蹴った。

「ぐふっ……!」

蹴られた勢いで地面を転がる。後ろ手で縛られているため受け身を取れず転がる。せめて抵抗の意思を見せるために、倒れたまま反抗的に睨んでみる。

「なんだ? その反抗的な目は」

頭を踏まれる。しかも圧力が徐々に強くなっていく。

「駄目ですよ、全くなってません。いいですか、拷問というのは精神攻撃なんですから、体の端から徐々に痛ぶって、心を弱らせていかないと!」

「さすがドS」

「恐縮です」

「なら頼もうか」

こうしてフリーダが拷問をすることになった。

男からは見えていないが、フリーダの顔は完全に「どうしよう」と言っている。

「さぁて、どうしてくれようか」

とりあえず、どうするかを考えるフリをして時間を稼ぐことにしたようだ。

だがいつかはボロが出る。その前に、早くリン達の合図が来るのを祈るしかない。

その時だった。

ズドォォンッ! と大きな爆発音がしたのは。

「な、なんだ今のは!?」

男が狼狽えていると、背後からフリーダが抱きつく。

「心配しないで下さい。そう、お前はもう死んでいる」

ナイフで首を掻き切った。男が転移する。

「さて、僕らも派手に暴れて居場所を知らせるか」

「そうだな」

弓と剣を投影する。さらに足を強化し、十メートル程跳躍する。

「赤原を往け、火の猟犬!」

近くの集団に撃ち込む。さらに『壊れた幻想(ブロークンファンタズム)』を使い、敵を打ち沈める。

着地と同時に弓を破棄、さらに干将・莫耶を投影する。

「持久戦でいくか?」

「攻撃は最大の防御って言うじゃん」

「了解」

地面を蹴って駆ける。そして敵の集団の中に飛び込み、撹乱を誘う。

迫り来る剣を避け、受け、弾き、一心不乱に双剣を振るう。

十分が過ぎた頃、シロナとフリーダは背中を合わせていた。

「囲まれたな」

「牽制に変えようか」

改めて弓を投影する。矢は鉄矢をつがえる。フリーダはナイフを投げ、シロナは射る。

数度繰り返した時、射った矢が跳ね返ってきた。

「うわ! 鏡面結界とか反則でしょ!」

半球の中に閉じ込められていた。その球の中からの攻撃は全て跳ね返され、逆に外からは自由に透過するという鬼畜仕様の結界だ。

(このままいても確実に殺られる……けど、生半可な攻撃じゃこの結界を破ることは出来ない)

ならば打ち破るに足る幻想を創ればいい。

「I am the bone of my sword(我が骨子は捻れ狂う)……!」

投影した剣を弓につがえる。限界まで魔力を込め、限界まで弦を引き、放つ。

「偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)!」

初速の時点で音速を優に越え、結界を貫いてなおその速度は衰えず、直線上にいた敵兵を蹴散らしながら進む。

結界を破ったはいいが、それで魔力を使い果たしたシロナは、その場で座り込んで動けない。周囲から光が見える。遠距離魔術にて止めを刺そうとしているのだ。

「フリーダ、逃げろ! お前は生きてリン達と合流しろ!」

「強襲班は仲間を見捨てない。今までも、これからも」

僅かな猶予もなくなった。魔術が飛んでくる。爆発で視界が点滅する。痛みはない。ダメージは全く受けていなかった。

「すまない、遅れたな」

リンがいた。ニーナがいた。アネッサがいた。ジランドがいた。強襲班の面々が、そこにはいた。

「あとは任せろ。ニーナ」

「はーい。シロナ、防護結界と、龍脈の魔力をシロナに還元する術式で囲むから、そこから出ないでね」

地面に陣を描いた。

「強襲班、総員戦闘準備」

リンの一言でシロナを中心に外を向いて円になる。

「我らは誓う」

『我らの勝利を!』

「我らは謳う」

『我らの誇りを!』

「故にこの地に沈むは彼らの骸」

『然り!』

「己が栄光のため」

「己が信念のため」

「己が友情のため」

「己が愛情のため」

「己が信仰のため」

「我らは奮起する。必勝の型は此処に」

リンが一喝する。

「強襲班、戦闘開始!」

敵陣での第二ラウンドが幕を開けた。

 




強襲班の決め台詞は個人的にお気に入りです。夜桜の詠唱の次にお気に入りです。


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決着

待ってないかもしれませんがお待たせしました!
感想に書かれたものを読んで、元々考えていた展開でいいのだろうか? そう思い、かなり手こずりましたが、元々考えていたものに近くなりました。
あとSAOの二次創作を始めたのも重なって、こんなに遅くなりました。SAOの方は気が向いたら投稿します。

では本編どうぞ!


リン達が現れてからすぐ、敵軍の人波が割れていく。その奥から、誰かが歩いてくる。

まだ朧気にしか見えないその両手には得物。剣のようだ。二刀流かと推測する。

「いきなり大将とはな……!」

呟いたリンは、苦笑しながらも楽しみにしているように見える。他のメンバーも身構えているようだ。

ようやくその人物が男だと認識出来た。距離にして百メートルほどだろうか。それにしても、大将である生徒会長自らが単機で挑むつもりなのだろうか。かなりの実力と自信がなければ不可能な暴挙を、男はやろうとしている。

十メートル手前で、男は立ち止まった。短髪の爽やか系で体つきもいい。急所を覆う金属アーマーを纏い、両の手に携えるのは剣……かと思えば違う。剣、というよりは刺突系の武器に見える。かといってフェンシングのように細いわけではなく、直径5cm程の円柱で、先が尖っている。さらに側面には細かい突起が敷き詰められている。

シロナも含め、強襲班の面々はそれがどんな武器で、どのような攻撃をしてくるのか想像すら出来なかった。そのためか、自然と警戒のレベルが上がる。

「セイドラスの生徒会長、ダルカンとお見受けする」

リンが問う。すると、男は静かに答える。

「如何にも。そちらもレヴァリアの強襲班とお見受けする。そちらのタイミングで始めてくれ。一対多数でもなんら問題はない」

言葉からも自信がにじみ出る。その言葉に反応し、アネッサが突っ込んだ。ダルカンは慌てる様子もなく、落ち着いたまま手に持つ二刀の霊装を起動させると、剣の刃が回転を始める。そこでシロナは理解した。あの武器は、斬ったり殴ったり突いたりするものじゃない。『あらゆる物を削り切る』ものだと。

アネッサの槍とダルカンの剣が交わる度に、火花が散る。アネッサもシロナとの訓練で二刀に慣れたためか、善戦している。だが、このままではアネッサの武器が保たない。それは本人も感じているようで、動きが武器をかばうような戦い方になる。

槍が弾かれ、体勢をアネッサが体勢を崩す。その体を振り下ろす剣が狙う。

咄嗟に槍の柄で防いだはいい。だが忘れてはならない。奴の剣は『削り斬る』仕様だということを。

槍はあっさりと両断される。剣がアネッサを捉えるよりも速く、リンが夜桜で弾いた。

ダルカンvsリンの戦いが始まる。

「ニーナ、リンの刀は大丈夫なのか!?」

「大丈夫。夜桜はね、魔剣だから。同系統の武器じゃないと傷付かないって話だよ」

ニーナの言う通り、確かに夜桜が削られている様子はない。火花こそ散っているものの、消耗はしていないらしい。

「魔剣……か」

しかし、同系統でないと傷付かないというのはどういうことだろうか。系統、というのは出典のことなのだろうか。それとも製作者、という意味かもしれない。

「ニーナ、俺はもういい。他の援護に行ってくれ」

干将・莫耶を一回投影するのが限界だが、いつまでもニーナに頼ってもいられない。

「無茶はしないでね」

頷いて、シロナは投影した剣を握る。向かうのは、武器を失ったアネッサのところだ。武器を失い、かなり苦戦しているように見えたからだ。仲間は誰も死なせない。その一念を貫くために。

アネッサと合流し、アイコンタクトで共闘を告げ、前衛に躍り出る。

剣を振るう。

だが、こうして剣を振るっていると、自分は何故ここにいるのか。思い返される。セイバーと、凛と共に駆け抜けた聖杯戦争が懐かしい。心に軋む、鉄を打つ音が懐かしい。そう、衛宮士郎の本質を忘れてはならない。

「先輩、危ない!」

不意に背を押される。前のめりに倒れ、振り返ったシロナが見たのは、矢に貫かれたアネッサだった。

改めて、己の未熟さに気付かされる。アネッサが消える。戦場の外へと転移させられたのだ。

(何をやっていたんだ俺は!? 俺は誓ったハズだ! 爺さんに、遠坂に、俺自身に!)

全ての人を救う、正義の味方になると。そう誓ったハズなのに。

ならば改めて誓いを示そう。その一心で、シロナは剣を振るう。

 

 

リンは苦戦していた。攻めるに攻めきれない。かといって守りに徹するわけにもいかない。そうすれば、持久戦に陥りやがて押し切られると確信していたからだ。

かといって、夜桜を解放するには相手の隙が少なすぎる。

(どうする……!)

手は二つ。なんとかして策を捻り出す。もう一つは、戦闘を放棄し撤退する。

(どうする!)

自問を繰り返しても、答えは出ない。

「うおおおおっ!」

叫びながら突入してきたのは、シロナだった。

振り下ろされた剣は、迎撃された剣に砕かれた。

シロナが奥歯を噛む。

「投影開始(トレース・オン)!」

叫んだものの、魔力はない。魔術回路を通じて魔力を生み出せない。それが一般的な魔術師だ。

だが、衛宮士郎はその一般には含まれない。

その強大なる意志でもって、命を直接叩き込む。不可能なことではない。もとよりその身は、それのみに特化した魔術回路なのだから。

再び干将・莫耶を握る。

一瞬の動揺を、シロナは突く。素早く懐に飛び込み、数度斬り込む。深追いはせず、引き際を誤らずに撤退。間髪入れずにニーナが飛び込む。

ニーナは防護、回復の後衛型の魔術を多く習得している。それを生かし、上手く剣を受け流していく。

斬りでは仕留められないと判断したダルカンは、突きを放つ。ニーナはそれを待っていた。手のひらで受け、貫通した剣を握り、固定する。焦ったダルカンがもう片方の剣も突く。それもニーナは手のひらで受ける。

「自動回復(オートリバース)、全開(フルバースト)!」

再生する手のひらの肉が回転する剣に絡み付き、完全に固定する。

「チッ!」

ダルカンはあっさりと剣を捨てた。

「我が剣戟は無数の花吹雪! 駆けよ、夜桜!」

リンが斬る。ダルカンの胴を捉えると同時に、三十近くの斬撃が襲う。

「ぐっ、うぉああ!」

ダルカンが獣のような雄叫びを上げ、斬戟を弾いた。

「空気を圧縮して身を固めていたか……!」

「ふっ、だが……やはりと言うべきか。さすがは世界に三本しか存在しない《時空間》に関わる魔剣なだけはある」

夜桜に込められた能力(ちから)は未来の圧縮。持ち主が三十回斬る場合、初めの一撃に残りの二十九を圧縮し、「一太刀で三十回斬る」ことを可能にした。最大で千もの斬撃を圧縮出来る。魔神の造った魔剣たちの中でも《時空間》に関わるものは三本しか存在しない。その内の一振りが、夜桜だ。

「荒れ狂え疾風、刃となって刻め!」

ダルカンの詠唱で、風が吹き荒れる。その風が全て鎌鼬のように物体を切り裂いていく。

強襲班は一ヶ所に集まり、ニーナが結界で防ぐ。

「倒せなかったか……でもま、時間稼ぎは出来たな。姫もまぁ、許してくれるだろ」

ジランドがおどけたような調子で言う。

「あぁ。どうやら、到着したようだ」

自陣の方向から、大部隊がやってくる。先頭に立つのはフィナリアだ。

乱戦になるのか、とシロナは身構える。

フィナリアが詠唱を開始する。敵は迎撃の準備を始めている。

フィナリアがゆらりと手を上げる。それが意味することをその場にいた全員が感じ取り、空を仰ぐ。

空中で白い炎が揺らいでいた。それは、白く、汚れを知らず、降り積もる初雪よりも、ただ白かった。

フィナリアが手を振り下ろす。白い炎が柱となって敵陣の中心に突き刺さる。地を這うように炎は広がり、ことごとくを包んでいく。だが、それは対象を燃やさない。代わりに。鏡のような氷で覆い尽くす。

凍てつく炎。万物を覆い、かつ凍らせる。それがフィナリアの魔術だ。

そして、今までの激闘を思うと、呆気ない幕引きだった。

 

 

レヴァリアの勝利という形で終了した交流試合。だが、衛宮シロナだけは自身を責めていた。

「アネッサ、すまない」

「どうして謝るの? 先輩の方が強いし、武器が折れた私よりは役に立つから」

「そういうことを言ってるんじゃない!」

その声に、アネッサが数歩後ずさる。

「シロナ、歯ぁ食いしばれ」

言葉と共に、フィナリアが拳を振り切った。

「全く何があったか聞いてみればつまらない理由でうじうじうじうじと。それとも何? 全員助けようとでもしてるの?」

ギリ、とシロナが奥歯を噛んでから、叫ぶ。

「当然だろう!」

「だったら!」

フィナリアが強く叫んだ。

「強くなれ! 誰も失わないで済むよう! 誰も傷付かなくて済むよう! それに過ぎた事を考え過ぎるな! 過去に押し潰されるぞ!」

そんなことは分かっていた。だが、シロナにとって、過去を捨てることは己を捨てると同義だった。だからこそ忘れることは出来ない。

「シロナ。私は過去を忘れる必要はないと思う。でもね、それでシロナが壊れちゃダメだよ。私達もいるから、抱え込まないで」

ニーナの言葉は、誰かの言葉を思い出させた。いや、今までシロナと関わったほとんどの人がそう言ってきたような気がした。

「ありがとう。善処するよ」

答えて、シロナは立ち上がった。

少しして、一人の男がシロナの前に現れた。その男は、一言で言うなら妙、だ。服装は中世貴族のような服装に、マスクを着けており、どこかオペラ座の怪人を思わせる。

「先の戦い、見事でしたよ」

「あ、どうも……」

少し警戒してしまう。見た目で判断するのは悪いと思いながらも、どうしてもそうはいかない。

「おや、失礼。まだ名乗っていませんでした。アークド・S・フェルメールと申します」

「衛宮シロナです」

自己紹介をし合う。

「何をしに来たんです、《夜の王(ノーライフキング)》。うちの生徒をたぶらかさないでもらいたい」

そう言ったのはメイティスだった。

「おや、あなたもお元気そうで。レヴァリアの《不死鳥》。今日はあなたに用があるんでしたよ」

すかさず本題に入った。

「魔神が目覚めました」

メイティスが目を見開いてから、静かに言う。

「それで、それを言って私にどうしろと? 探すならセイドラスご自慢の諜報部隊を動かせばいいのでは?」

「それが出来れば楽なのですがね。我々に出来たのは目覚めの波動を感知することまで。だからこそ弟子である貴女ならばあるいは。そう思ったのですが」

「……十五年会ってませんし、会おうとも思いません。お力にはなれません」

それは残念、とでも言うようにフェルメールは肩をすくめた。

「ではこれにて。あぁ、最後に。もし会ったなら、ご連絡を」

「覚えていれば」

メイティスの言葉に微笑み、去っていった。

「シロナ、一つだけお願い。もし魔神に遭遇したら、戦わず、言葉も交わさず、すぐに逃げて」

メイティスの言葉には、何か切実な思いが込められていた。

 




前話投稿時に、感想にて現時点で考えられうる限りの疑問や不満な点を書き込んで下さった方がいました。そこで、急拵えですが疑問点を分かりやすいように並べ、それぞれに回答してみました。なお、質問文は内容を損なわないように書き換えています。
また、回答は既に出ている設定か、本編では多分出てこないであろう設定のみにさせていただきます。今後本編で触れる予定のものは、回答にそう書いてあります。
それでは、どうぞ。


Q.何故リンは士郎に勝てたのか?

刀がチートなだけです。能力については本編で出ましたね。


Q.魔術は秘匿するものなんじゃ?

この世界に魔術協会は存在せず、封印指定や秘匿という概念が存在しません。全ての人に認知され、魔術師というだけで社会的に優遇される、そんな世界です。魔術師じゃない一般人もいます。


Q.地理的状況は?

まず士郎のいた元世界とは完全に異なっています。地球という惑星で見た場合、冬木市と同座標に存在するのが士郎が現れた学校です。でも転移したのはコハクさんの研究所じゃ? というのは気にしない。
また、ゼルレッチがこの世界に魔術を伝えたのは気まぐれであり実験の一つです。魔術協会のような組織の下で管理されずにいた場合、どうなるのかという。結果は六話「相互理解」にてメイティスが言っていたと思います。


Q.分からないことだらけなのに何故士郎は調べないのか?

調べる前に巻き込まれたということにしていただけるとありがたいです。模擬戦終了後に調べさせ始めようと思います。


Q.高ランク宝具投影とかバカじゃねぇの? 封印指定くらうだろ

この世界の士郎はこれだけ強くなってるんだぜ! ということを見せたかっただけなんです。


Q.凛に注意されてるのに宝具投影とかおかしい

正義の味方になろうとしている士郎を応援しているので、元世界の凛は仕方ないと割り切っています。


Q.正体不明の人物を学校に普通入れるか?

正体不明で何をしでかすかも危険度も分からないからこそ監視しておきたいと先生であるメイティスは考えました。かといっていきなり拘束しようとすれば士郎も抵抗しますし、一番自然な流れで監視をしようと思うとやっぱり入学かな、と。
士郎は士郎でこの世界の状況や、元世界に帰る方法を探すためには何かしらの大きな組織に属した方が情報量が多いとの判断をした、ということにしていただけるとありがたいです。
ちなみにメイティスはよく素質のある子を見つけてきて入学させる、ということをしているので疑われることなく入学出来ました。


Q.そもそもどんな学校?

基本的には魔術師の育成学校です。模擬戦をすることは決まっていたので、部隊という形をとった方が作戦の伝達がしやすいかなー、と。ただの趣味の気もしますが。
士郎が模擬戦に参加したのは、周りに流されるように出てしまいました。


Q.通貨や文明の程度は?

通貨はまだ考えてません。誰かいい案ありませんかね?
文明は魔術が発達しているので、科学は遅れ気味です。日本でいう昭和初期程度でしょうか。もちろん、それも魔術ありきですが。


あとは世界観について触れていない部分について説明しようかと。
まず、この世界では抑止力によって魔術が滅びかけ、再興を果たしたわけですが、その際にゼルレッチが伝えたものとは違う発展を遂げています。実際いくつかの魔術は滅び(投影もその一つ)、数多くの新たな魔術が生まれています。抑止力によって文明も少なからずダメージを受けており、建て直しのために統一国家が作られました。その国では一つの言語、一つの通貨でまとめられ、現在もそれは残っています。しかしその国自体は分裂し、二つの大国、士郎がいるレヴァリア王国と模擬戦の相手側であるセイドラス帝国になりました。前者が王政で、後者が議会制です。両者の間では不可侵条約が結ばれています。
ちなみに士郎がこの世界の言語を話せるのは魔改造の影響と世界による修正によるものです。

ここまでの回答を読み返してみて思ったことを正直に書きます。

うわ、強引wwww
だが止めない。

ちなみにこの話のあらすじを友達に言ったら「それもう二次創作じゃなくね?」とか言われたり。

元々が友達と駄弁りながら「こんなんあったら面白くねw?」とか言いながら作った設定なので、無茶な点も多々あると思います。そんなときは諦めてスルーするか、疑問をぶつけていただけると、お答えします。それで納得出来るかはまた別の話ですが。思い付きと勢いで書いている作品なので、生暖かく見守ってもらえるとありがたいです。元々今回終了した交流試合は、登場人物のスペックを見せるための展開です。

長文失礼。
次話からもよろしくお願いします。


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いざレヴァリアへ

レヴァリアとセイドラスの国境に位置する街、エイリア。二国間の貿易の八割がこの街を通ることから、通称貿易都市とも言われている。二国間でも重要なそんな街に、少女は足を踏み入れた。

歳は幼く、十に足りるかどうか。髪は腰の辺りまで伸ばされ、あらゆるモノを弾くような白い輝きを放っている。瞳は赤く、肌は陶器のように白い……いわゆるアルビノというやつだろう。服装は同じく白いワンピースだ。

「んー、とりあえず情報収集しないと」

経験から、多くの人が集まり、かつ情報収集の場としても有効な場所である酒場へと向かう。

酒場に入り、迷わずカウンターに座ると、オレンジジュースを注文する。

そしてオレンジジュースが置かれた時に、オーナーらしきゴリゴリの中年男性に話しかける。

「ねぇ、おじさん。聞きたいことがあるんだけど」

大きな手で小さなグラスを磨いているさまはどこか滑稽だが、少女は構わずに訊ねた。

「おう。分かることならなんでも教えるぞ」

見た目に反して根は優しい人物らしく、低くてドスの利いた声だが、少女に掛けられるそれは幾分か丸みを帯びている。

「一番強い魔術師って誰?」

少女が目覚める毎に聞く質問だ。すると男は答える。

「そうさな……三強と言えばレヴァリアの《不死鳥》、セイドラスの《夜の王》、それと《魔神》かな。学生だったらレヴァリアじゃないか?」

「ふーん……」

十五年でこれほど変わるものか、と少女は思う。以前目覚めた時よりも世界の状勢は変わっていそうだ。

「お嬢ちゃんも魔術師目指してるのか?」

「ううん。そういうわけじゃないの」

少女はむしろそれを超越した存在である。当然ながら男は全く気付いていないが。

次はレヴァリアに向かうと心に決め、少女はオレンジジュースを一気に飲み干す。

「えーっと、お代は……」

呟いて、少女は足下に小石が転がっているのに気付くと、それを拾う。小さな手でそれを握る。

「物質変換」

手の中で光が発生する。ゆっくりと手を開くと、それは小石ではなく純金の粒になっていた。

「んなっ……!?」

男があんぐりと口を開けている。しばらくしてようやく言葉を発した。

「驚いた、お嬢ちゃん錬金術師か?」

「ちょっと違うかも」

少女は自身のことを考えて、口を開く。

「そうだなぁ、おじさんの言葉を借りるなら、《魔神》ってやつ?」

見た目に相応な笑みを浮かべながら、魔神の少女は酒場を後にした。

「さて、レヴァリアか……。久々にあの子に会えるかもね」

呟いて、魔神の少女は進路を東にとった。

 




はい、新キャラです。
名前はまた次に。


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魔神の少女

いやー、気が付くとUA11000越えてましたね……嬉しい限りです。


シロナは、ニーナに質問をしていた。

「世界からの干渉を和らげる聖骸布? 聞いたこともないなぁ……。てかシロナは何に使うつもりなの? そんなの」

「あ、いやぁ、戦闘服の材料にしようかと……」

そう、交流試合終了後に、戦闘服を作ってはどうかと勧められたのだ。あまり気乗りはしなかったものの、固有結界のことを考えると(使うつもりはないが)あって損はない。だが肝心の聖骸布が見つからない。そこでニーナに訊ねたわけだが、結果は芳しくない。

「先生なら知ってるかも。行ってみたら?」

「そうするよ。ありがとう」

メイティスを探して歩き回る。運良く十分ほどで見つかる。

「先生」

「どうしたの?」

「少し相談が……」

服の生地を探している旨を告げる。

「ごめんなさい、私でも力に慣れないわ。代わりにいい生地扱ってるお店教えてあげるから、行ってきなさい」

「はい、ありがとうございます」

お礼を言って、シロナは部屋に戻る。

すると、フィナリア達は私服で出掛ける用意をしていた。フィナリアはカジュアルに、ニーナは清楚系に、リンは浴衣だった。

「あれ、みんなどこか行くのか?」

「外に買い物だよ。シロナもどう?」

ニーナに言われて、メイティスから紹介された店が学校の外にあることを思い出し、シロナも同行することにした。

移動は校内から出ているシャトルバス。もっともそれも、魔術によって成り立っているものだが。

学校は、冬木市と同位置にある。そして新都だった場所は全て商店が並ぶ繁華街になっている。

バスを降りて、シロナは伸びをする。

「どうする? 自由行動にするか?」

リンの言葉に、ニーナが答える。

「シロナを一人にするのもアレだし、私着いていくよ」

「ならまた後で集合ね。場所は中央広場」

フィナリアが言って、解散する。

「じゃあまずシロナのモノを買いに行こっか」

シロナとニーナは二人で、街を歩いていった。

 

 

「ほぉー、すごいなぁ、やっぱり来てよかったかも」

長距離の移動はかなり疲れたが、それを上回るだけの満足感があった。

と、少女の目にある屋台が目に入る。それはアイスクリームの店だった。ただ他の店と違うのは、その店主が魔術師で、曲芸紛いのことをして客引きをしていることだろうか。

「ほぉ……」

少女は目を奪われていた。

「お嬢ちゃん、一つ400リルだよ」

店主が声を掛けるが、少女はお金を持っていなかった。

「お金持ってない……」

少女が呟くと、店主は優しく言う。

「だったらお父さんかお母さんにお金貰ってから、また来てな」

すると、店主に声が掛けられる。

「二つ下さい」

「あいよ」

店主からアイスクリームを受け取ったのは、衛宮シロナだった。

「はい」

シロナは少女に一つ渡す。

「……いいの?」

「もちろん」

幸せそうにアイスを口に含む少女を、シロナは満足そうに見ていた。

そもそも今回のことをしたのは、少女の姿がイリヤスフィールと重なってしまい、放っておけなくなったからだ。

「お姉ちゃん、ありがとう」

少女がお礼を言ってくる。

「気にしないで。俺がしたくてしただけだから」

「優しいんだね。わたしはペティナ・アルスタユリ・ヴィスマス。ペトって呼んでくれると嬉しいな。お姉ちゃんは?」

「俺は衛宮シロナ。ペトは一人なのか? お父さんかお母さんは?」

「……いないよ。ずっと一人だもん」

その寂しげな表情に、シロナはますます放っておけなくなった。

「シロナ、待った?」

「大丈夫だよニーナ」

「あれ? その子は?」

隣にいるペトを、ニーナに紹介する。

「この子はペト。たまたま会ったんだ。で、こっちはニーナ。俺の友達だよ」

「よろしくね」

ニーナが優しく微笑みかける。

「うん」

ペトがそれに答える。

「てかシロナ、結局何も買わなかったんだ」

「まぁ……どうにも気が乗らなくて」

右手で頭を掻き、バツが悪そうに答える。正直、シロナは戦闘服なんて必要ない気がしてならないのだ。耐久度や防御力に関しても、魔術で強化すれば問題ない。むしろ着なれた服のほうが動きやすいので、無理に作らなくてもいいだろうと勝手に判断していた。

「ふぅん。シロナって以外と神経質なんだ」

「そ、そう……なのか?」

そう返されるとは思っていなかったシロナは、拍子抜けしたような声を上げる。ニーナとしては、自分の肌に触れるものだから気に入るものにしたいんだろうな、という意味合いで言ったのだが。

「お姉ちゃん達って魔術師なの?」

ペトが訊ねる。

「そうだよ。ペトちゃんも魔術師になりたいの?」

「うーん、ちょっと違うかな」

「じゃあ何になりたいんだ?」

シロナが聞くと、ペトは俯いてしまった。

「ごめん、別に言いたくなかったらいいんだ。嫌な思いしたなら謝るし」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん」

シロナはペトの頭を軽く撫でる。気持ち良さそうな顔をして、ペトは撫でられていた。

「早かったんだな二人とも」

声のした方を振り向くと、リンがいた。その手にはいくつかの買い物袋が下げられていた。

「シロナ、結局何も買わなかったのか。それとその子は誰だ?」

ペトの紹介をする。するとリンは、ペトの視線が自身の腰に下げられている夜桜に向けられていることに気付く。

「気になるのか?」

「……うん、それって夜桜?」

「そうだ。よく知っているな」

驚いたような表情をしながらも、声は平静を保っていた。

「え、誘拐?」

「そんなわけないだろフィナリア」

いつの間にか現れたフィナリアに、シロナが反論する。

「いや、シロナならやりかねない」

「なぁ、俺ってそんなに危なく見えるか?」

「冗談が通じない相手なんて初めてだわ」

「フィナリアが言うと冗談に聞こえないんだが」

そんなやり取りをしていると、不意にペトが言った。

「お姉ちゃん達って、全員魔術師で、レヴァリアの生徒なんだよね?」

「そうだけど」

「ふぅん。強いの?」

ペトの目に、何か別のモノが宿っていることに、誰も気付かない。

「たぶん、この四人ならほとんどの相手に勝てるんじゃないかな?」

ニーナが答える。

「なら、さ。わたしと戦ってみない?」

ペトが今まで抑えていた力を解き放つ。魔力の奔流が起こり、その左目に複雑な魔法陣が浮き上がる。

『っ!?』

シロナ達は一斉に距離をとる。目の前にいるのは、自分達が今まで目にしてきたどの魔術師よりも強大であることを本能的に感じ取ったがためだ。

「何者……!? これだけの魔力の持ち主なんて、見たことも聞いたことも……」

フィナリアは呟いて、有り得ない答えに辿り着く。正確には聞いたことがあった。だが、それはお伽噺の類いなハズで、実際に存在しているなど聞いたこともない。だからこそ認めたくなかったのかもしれない。目の前にいる少女が、この世界にいる人間なら誰でも知っている、初めて魔術を使い始めた一族《魔神》であるということを。

「まさか、《魔神》……!?」

フィナリアの言葉に、ペトは微笑んだ。

「正確には人造人間(ホムンクルス)なんだけどね。ただ《魔神》の知識を遺すためだけに創られた器……それがわたし」

その時シロナは、ペトを再びイリヤスフィールと重ねていた。聖杯の器として魔術師と人造人間(ホムンクルス)との間に産まれたイリヤ。ペトとイリヤ、何が違う?

だからこそ、シロナは問う。

「ペト、お前はそれで幸せなのか?」

「どうだろうね。そんなの、もうどうでもいいんだよ」

「よくない!」

シロナは決心した。この少女を幸せにすると。

「俺は皆を幸せにしたい。だからペト、お前も幸せにする」

「皆を幸福にする? 不可能だよ。幸と不幸は同じ天秤なの。同じだけの幸運が起きれば違う場所で不幸が起こる。それが世界のシステムだから」

「だとしたら俺はそのシステムを覆す! 不幸を防いで、皆を守って、誰もが笑っていられるように!」

ペトが面白そうに唇を歪める。

ペトがフィナリア、リン、ニーナを順に見ていく。

《凍てつく炎:所有者フィナリア・イニチェリ》

《魔剣夜桜:所有者リン・オウマ》

《自動回復(オートリバース):所有者ニーナ・エルヴィン・クライゲルン》

その人物が持つ主な魔術や霊装を識別し、解析する魔眼。それがペトの左目の正体だ。

《無#%,"剣@:エミヤシロウ》

解析が上手くいかず、ペトは目を細めた。その瞬間。

 

紅、紅、紅。吹き出し、広がる命の紅水。その中央に佇むのは、赤い外套を纏った錬鉄の英雄ザザ、ザザーザザザザザザザ――――

 

ノイズがかった記憶が甦る。それは、産まれた直後の記憶。それは、約百五十年の人生で、最も忌まわしい記憶。

その記憶を、無理矢理脳内から追い出す。

そして、ペトは大規模な術式を発動させる。それは、冬木市全てを一撃で焦土に変える威力を持つものだ。ただし、魔力の充填に三十分ほどかかる。

「ペト、何をしたんだ!?」

「あと三十分で、この街は消し飛ぶ。アレにわたしから魔力が充填され終えるまでに止められなければね」

上空を指差す。本来ならば必要なかった。だが、ペトは目の前にいる衛宮シロナという人物が『アレ』を連想させてしまった時点で、倒すべきものとして認知した。念には念を入れて、確実に消し飛ばすために。

「こんなことは止めろ!」

シロナが叫ぶ。

「止めたければ、殺す気で来なさい」

ペトは本気だった。

シロナは干将・莫耶を投影する。リンも夜桜を抜く。

「どうする気だ、シロナ」

「ペトは殺さない。俺に考えがある。援護してくれ」

フィナリア達が頷く。

シロナはペトに向かって走り出す。

「投影開始」

ペトが呟くと、その手に剣が現れる。

干将・莫耶と打ち合う。そこでシロナはその剣の正体を理解する。何があろうとも決して刃こぼれすらしなかったという魔剣、デュランダル。

「シロナ、退くんだ!」

リンの声が背後からして、シロナはリンと入れ替わる。

「散れ、夜桜!」

リンが夜桜の能力を少しだけ開放し、二十ほど斬撃を放つ。

それは透明な物質に弾かれる。物質としては最高強度を誇るダイヤモンドの壁。さらに魔術で強化されており、夜桜と言えど破ることは出来ない。

フィナリアが詠唱を終え、ダイヤモンドの壁を獄炎が包む。

「フィナリア!」

ニーナがフィナリアの背後に回り、いつの間にか回り込んでいたペトの剣を素手で受け止める。

シロナがペトを蹴り、後退させる。

「やっぱ強いわね」

魔神と言うだけある、とフィナリアが呟く。

「「全投影待機。停止解凍、全投影連続掃射!」」

シロナとペトが、同時に同じ技を放つ。剣の雨の中を、シロナは駆ける。時に干将・莫耶で弾きながら、肉薄する。

あと一歩。あと一歩でペトに届く。そんな時、シロナの腹を槍が貫く。

「ぐっ……うぉぉぉおおおっ!」

声で痛みを紛らわせながら、その一歩を踏み出し、左手でペトの肩を掴む。

「しまっ……!?」

「もう遅い! 投影開始(トレースオン)!」

右手を振り下ろしながら、シロナは投影する。それは歪な短剣"破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)"。『裏切りの魔女メディア』の伝説が具現化した宝具。あらゆる契約を破棄する能力を持つそれを、ペトの小さな胴に突き刺した。

ペトは己の中で、発動していた魔術への魔力のパスが弾け飛ぶのを感じた。

「全く……まさか殺さずに止められるなんて……ね」

ペトが呟いた。

「それが、俺の信念だから、な……」

腹の痛みに耐えながら、シロナは答えた。

「シロナ、大丈夫!?」

ニーナが駆け寄ってくる。シロナの傷を見て、治癒魔術が得意なニーナですら、完全に治すことが出来ないと悟る。

ペトがニーナを制止する。そして、シロナの腹に刺さった槍を引き抜いた。

「貴様、何をしている!」

リンに夜桜を向けられてもペトは焦る素振りすら見せず、シロナの傷に自らの手を重ね合わせた。

「はい、もう大丈夫」

ペトが言うと、シロナの傷は完全に塞がっていた。

「……どういうもり?」

「フィナリア……だったっけ? そんな恐い顔しないで。シロナは、『アイツ』とは違うみたいだし、何よりわたしはシロナが気に入ったのよ」

それこそ、ずっと側にいたいくらいに。

「ペト……」

「気が付いたみたいだね、シロナ」

優しく語りかける。

「皆、無事!?」

メイティスが駆け寄ってくる。その視線が、ペトを捉えると、表情が歪む。

「《魔神》ペト……!?」

「久し振り、メイ。元気してた?」

「っ……!」

ギリ、とメイティスが奥歯を噛む。

「シロナはしばらく借りるわね」

「貴女だけは絶対にダメ」

「ふん、それはわたしに触れられるようになってから言ったらどう?」

メイティスの表情がどんどん険しくなっていく。

「あ、そうだ。メイ、わたしをシロナと同じ部屋で住めるように手配してくれる? 出来れば二人っきりがいいな」

「……やれるだけのことはやります」

怒りやら羞恥やらを押し殺して、メイティスが答え、逃げるように帰っていった。

「それじゃ、これからよろしくね。お姉ちゃん」

自分が口を挟む暇すらなく決定してしまったことを、シロナは傍観的に受け入れていた。

 




今回から新章、いや、前回から新章のつもりです。なので新しいキャラとか出してみたわけです。

何かご意見ありましたらお気軽にどうぞ。


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過去と異変

ほのぼのパート?


魔神ペトとの出会いから数日後。シロナはペトと同じ部屋で目覚めていた。

メイティスの計らいにより二人部屋に移動となったシロナは、従姉妹としてペトと共に暮らしている。

授業にも二人で出たが、片や固有結界にのみ特化した魔術師。片や全ての魔術を扱える魔神。いろんな意味で注目を浴びまくっていた。

戦うと強いのに、投影以外の魔術が使えないシロナ。もちろん体質から来るものなので全く改善されない。

魔神であることがバレないように手は抜いているものの、それでも並みの魔術師を凌駕するペト。

オールランダーなペトと、尖ったシロナ。二人は気付けば学校の誰もが知っているほどに有名になっていた。

シロナとしてこの世界で暮らし始めて二週間がたったころには、この世界を知り、人々と知り合い、生活にも慣れていた。

そして、この頃から世界が大きく動き始める。

誰にも予測できない、終焉に向けて。

 

 

体の側で何かがもぞもぞと動く感覚で、シロナは目覚めた。

「おはよう、お姉ちゃん」

「おはよう、ペト」

ここ数日の変わらぬ朝を迎える。ベッドから起き上がって、大きな欠伸をする。

「今日から二日間休みなんだよね」

ペトが落ち着きなく言う。

「あぁ。……で、今日なんかあったっけ?」

「ヒドイ! 私と買い物に行くって約束だったでしょ!」

「そ、そうだった! ごめんごめん。うっかりしてた」

うっかりは遠坂の専売特許だと思っていたが、そうでもなかったか、とシロナは思った。

「早く行こうよ」

「もう行くのか? 朝ごはんはどうする気だ?」

「そんなの向こうで食べればいいじゃない。早く!」

「ま、待て! その前に着替えてからにしよう」

変わったと言えばペトの印象だ。初めて会った頃よりも、子供っぽくなっている。見た目に相応な振る舞いだが、ペトの歳は百五十を越えている。俗に言うロリBBAだ。

シロナとしてはますますイリヤスフィールを思い出させるわけで。かつての世界での安らぎを擬似的にだが得られていた。

「ほら、シロナ。早く早く」

「落ち着けって。急がば回れって言うじゃないか」

「回りすぎたから言ってるの」

こと年齢においてはシロナはペトに遠く及ばない。今回もこのまま押し切られ、早々と寮を出ることになった。せめてもの救いはバスが出ていることだ。でなければ、かなりの時間を歩かなくてはならない。

ペトと共にバスに揺られ、今日の予定を詰めていく。

「今日はどうするんだ?」

「うーん、どうしよう?」

無計画とはこのことだ。

「でも何か買うものあったか?」

「買うものがなくても買い物するのが女の子なんですー。シロナってそういうとことか男っぽいよね」

「うぐっ!?」

実際男なのだから仕方がない。かといってそれを言うつもりもないから必死に女を演じて……もいない。自然体でいる。

「そうだ! ずっと気になってたんだけど、ペトと先生ってどんな感じで出会ったんだ?」

「ん? メイとの出会いかぁ。ちょっと長くなるよ」

そう言って、ペトは語りだした。

 

 

十五年前、わたしは三十年ぶりに目覚めていた。いつも目覚めては社会の状勢を確認し、さらに魔術を集めていた。

かなり長い間寝ていると、魔術もかなり進歩している。だからわたしはそれらを全て知識に納めてからまた眠りにつく。

その時も、同じになるはずだった。

その頃はまだ奴隷が黙認されていた。奴隷と言っても扱いの悪い雑用だったけど。

メイも、その内の一人だった。ただわたしは、メイの潜在能力を見て、奴隷として過ごすにはもったいないと感じていた。そこでわたしは彼女を買うことにした。

お金? そんなの錬金術で金塊ポンでおしまい。

で、こんな感じでメイと出会いましたとさ。めでたしめでたし。

え? 何? 尺が足りない? もっと話せ?

仕方ない、続けよう。

えーっと、こんな感じでメイと出会ったわけだけど、初めは向こうが心を閉ざしてたから会話にならなかった。だからわたしは、夢に入り込んで彼女の内側で話すことにして、見事メイと打ち解けたのでした!

めでt、まだ? 仕方ないなぁ、もう。

そこから師弟としての生活が始まって、わたしはメイの体質に合った術式を与えた。それが《凍てつく炎》を始めとした各種の炎系魔術と、《自動回復(オートリバース)》などの肉体再生魔術及び防御魔術。剣の才能もあったからついでに夜桜もあげたわけ。たまたま手元にあったからあげたけど、実を言うと夜桜をあげたことには少し後悔した。時空間に関する魔剣は製作にものすごい時間と労力がかかるから。

まず能力の基本構築に一ヶ月、それに一番合う金属と形状の模索に二ヶ月、さらに入れ物に能力を定着させるために三日三晩鍋でコトコト煮込み、最後に儀式で胡麻壇で清めて、完成。かなりしんどいので、もうしたくない。

で、とりあえずメイに一通り叩き込んだあと、わたしは彼女の前から姿を消したんだけど、別れ方が悪かったみたいでものすごく嫌われてると言うか恨まれていると言うか。

わたしが眠りに就いてからメイはかなり努力して、レヴァリアの強襲班を率いて世界一に導いた。夜桜を振るい、炎系魔術に長け、傷は《自動回復(オートリバース)》ですぐに塞がる。その姿と強さから、《不死鳥》と呼ばれるまでになった。

え? どうして眠ってる間のことが分かるのか、だって?

わたしは世界中に使い魔を放って情報収集は常に行って、目覚めてから一気に確認するから大体のことは知ってる。使い魔は猫や犬、鳥類から昆虫までに及び、情報を集めてくれている。

大雑把に言えば、これがわたしとメイの物語。

 

 

「と、いうわけ」

「そうだったのか……」

これを聞いた後なら、メイティスがシロナに魔神と接触するなと言った理由が、シロナには少し分かった気がした。

「それじゃ、いただきます」

朝食であるハンバーガー(のようなもの)にかぶりつく。

「ペト、ソースが頬に付いてるぞ」

空いていた左手で拭ってやる。それが、また昔を思い出させて――気が付けば、シロナの頬を何かが流れ落ちていた。

「どうしたの? どうして泣いてるの?」

言われて初めてそれに気付き、袖で拭いながらシロナは笑う。

「大丈夫、なんでもない。ホームシックみたいなもんさ」

「ホームシック、ねぇ……。シロナはさ、どうしてこの世界に来たのかな?」

ペトの質問の意味が分からず首を傾げていると、

「平行世界は合わせ鏡のように無数に、無限に存在するって聞いたことがある。だからさ、シロナがこの世界に来たことには何か理由があると思うの。何か、役割があると思うの……もしかしたら、それを成し遂げた時、シロナは元の世界に帰れるかもしれない」

あくまで仮定や推測の話だけど、とペトは付け加えた。

「……だと、いいな」

最悪の場合も覚悟をしておくべきなのだ。だからこそ、シロナの言葉は願いでしかなかった。

「わたしも協力するから、一緒に元の世界に帰る方法を――」

ペトが取り落としたカップが、地面と激突して砕けた。

「どうしたんだペト!」

しばらく放心状態だったペトは、小さな体を振るわせながら答えた。

「ち、地脈の魔力の流れが、変わった……!? もしかして、いや、そんなハズは……!?」

「大丈夫か、どうしたんだ」

「ありえない、一体、誰が……」

ペトは回りに聞こえない大きさで呟きを繰り返して思考していた。

「座標固定、魔力の充填を開始……終了。転移」

「待て、ペト!」

シロナがペトの体を掴んだ。

「開始」

ペトの言葉が聞こえたかと思った直後、シロナは己の体が捻り切れるような痛みを全身に感じていた。

「かはっ!?」

放り出された地面に叩きつけられ、ヨロヨロと起き上がる。まずは全身を見渡して、パーツが欠けていないことを確認し、安堵した。

「って、シロナ!? あなた、どうして着いてきたの!?

無事だったからよかったものの、転移の範囲をわたしにしかかけてなかったから、五体満足なだけでも奇跡なんだから」

「わ、悪い……」

痛む体に鞭を打ち、立ち上がる。

「ここは……?」

どこかの遺跡のようで、年季の入った石の柱や、皹の入った床などが目に入る。天井は高く、目測で二十メートルはあろうかという高さだ。

ペトが答えるよりも早く、第三の声が響く。

「ふむ。貴様ら、余を解放した者……ではなさそうだな」

声のした方を向く。そこにいた人物を見て、シロナは思わず叫んでいた。

「セ、セイバー……!?」

 




現れた、新たなる敵。誰だか分かる方も多いかと。
さて、これからstay night以外の英霊が出てきます。前々から予告すべきかとも思いましたが、あえて隠しておきました。もしかするとその辺のネタバレの可能性もあります。もし苦手な方がいれば申し訳ない。
それでもおkな方はこれからもお願いします。


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死闘、そして……

久々(?)の戦闘シーン。



セイバー、と言ったものの、印象はかなり違う。顔や髪型はそっくりだが、服装がなんというか、赤い。しかもスカートの前が透けている。

「セイバーだと? 余はそのようなダサい名ではない。しかと聞け! 余はローマ第五代皇帝ネロ・クラウディウスである!」

ローマ皇帝ネロ。芸術を好み、暴君と呼ばれた皇帝。ひたすらに民を愛し続けたが、最後まで理解されずに自ら命を絶ったという。

「抑止力なのに自我があるのか……」

「ふむ、そこの二人。望むなら余のハーレムに加えてやってもいいぞ?」

「お断りします……」

「同じく」

なんだか気の抜けた会話だが、ネロはマイペースを崩さない。

「そうか……残念だ。さて、そっちの大きい方は余を抑止力と言ったな?」

シロナは頷く。

「違う、大いに違うぞ! 余はな、余の寵愛に価する者を探しているに過ぎん」

「……つまり、自らの願いのために行動している、と?」

「うむ。しかし、先程から魔術師を殺せという衝動も湧いておる。特にちびっ子。貴様は余のセンサーに激しく反応している!」

アホ毛をピョコピョコと動かしながら、ネロはペトを指差した。

「だが、余は寛大だ。どちらか一人。余の剣の餌食となれば、この場は収めてやろう」

ネロが赤い歪な剣を構える。

「どうする、ペト……」

「そうね、ここは」

ペトがシロナの周囲に結界を構築する。

「わたしが一人で片付ける。シロナは、そこで大人しくしてて」

「ダメだペト! 止めろ! 魔術師じゃセイバーとは相性が悪すぎる! 俺が前衛をするから、ペトは後ろで」

「それがダメなのよ! 分からないの? シロナは少し、いやもっと自分を大切にして」

正義の味方を志す者として、シロナはペトを一人で戦わせるわけにはいかなかった。対してペトは、一人で身を投げ出すシロナが恐くて、一人で戦う覚悟をした。

「結論は出たか? なら、踊ってもらうぞ!」

ネロとペトの戦闘が始まる。

「くそ、こうしてられるか。同調開始(トレースオン)」

結界の術式を解析する。

(なんだよこれ、綻びが全くない……!)

綻びに魔力を流し、抉じ開けようという魂胆なのだが、それが見付からない。

(でも、術者が解体するための『穴』が存在するハズだ。そこを探せば……)

視界の端で赤がはためいてる。恐らくネロの服だが、シロナとしては目の前の術式に集中するために余計な情報をシャットアウトしていく。そしてイメージする。この術式を破る己の姿を。

作業としてはパソコンでのハッキングと似ているかもしれない。防壁を破り、内部に侵入する。シロナの場合は内部から脱出する、だが。

一方、ペトはかなり苦戦していた。ネロが魔術の行使を許してくれないのだ。かろうじて身体強化と腕に防御陣を発動出来たが、詠唱する暇などなく、意識を裂くわけにもいかず、防戦一方なのだ。

「どうしたどうした! まだ舞台は始まったばかりだぞ!」

ネロの猛攻は続く。

「炎よ……!」

ペトの簡易な詠唱と共に炎が発生し、ネロを襲う。その炎はネロを完全に包む。

「天幕よ、落ちよ!」

「なっ!?」

ネロが炎を抜け、ペトの胴を横一文字に切り裂く。

ペトには分からないことだが、セイバーのクラスには基本的に高い抗魔力能力が備わっている。ネロはセイバーとしてはかなり低めだが、それでも弱い魔術なら十分に弾くだけの能力はある。

やはりペトは失策だった。シロナと共に共闘していれば、あるいは。

斬られた衝撃で十メートルほど転がる。

「フフ、無様ね……」

「ペト!」

シロナが叫ぶ。未だ結界は破れていない。

「さぁ、幕引きといこうか」

ネロがペトに近付き、その剣でペトの腹を突き刺した。

「う、うぐぁぁぁっ!?」

ペトが絶叫する。

シロナは、眺めるしか出来なかった自分に、激怒する。

「ふざけるな!」

全魔術回路が躍動する。先程までがなんだったのか、術式の全てを解析し、結界を破る。

「投影開始(トレースオン)!」

干将・莫耶を投影し、ネロと打ち合う。

「そうか、復讐か! よい、よいぞ! これはよい舞台だ!」

何度も剣を打ち合って、ネロにシロナが弾かれる。さすがに英霊と人とでは力に差がある。シロナが強化で身体能力を底上げしていても、だ。

「さぁ、ここから先は余の劇場で執り行おう!」

ネロの周囲に魔力が吹き荒れる。

「regnum caelorum et gehenna. 築かれよ我が摩天! ここに至高の光を示せ!」

空間が書き換えられていく。固有結界と似ているが、違う代物だ。固有結界のように世界を書き換えているわけではなく、自信の魔力で空間を再現しているに過ぎない。

「さぁ讃えるがよい。黄金の劇場を!」

招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレ ア)。生前ネロが建設したドムス・アウレアを再現する宝具。その空間内で行われるのはネロが主役の舞台。

「体が重い……!」

総合的に能力が下がっていることをシロナは自身に解析をかけて確認した。

現状を理解したところで、シロナは思考する。

干将・莫耶での白兵戦。否。今は強化をしても追い付けない。同じ理由でその他近接武器も却下。なら選択は一つしかない。弓を駆使しての遠、中距離戦。

干将・莫耶を破棄して、洋弓を投影する。矢は魔力消費を抑えるために鉄矢を投影する。

この戦いではいかにネロを近付けさせないかが重要となる。必要ならば、宝具の投影もする気でいる。

先に仕掛けたのはシロナだ。鉄矢を放つが、それは呆気なく弾かれる。それでも常に移動を心がけながら、速射を繰り返す。

「つまらんぞ、小娘」

ネロが接近を始める。矢を紙一重で避けたり、剣で軌道をずらして駆ける。あと数歩でシロナを射程に捉えられるというところで、シロナが後方に跳ぶ。

投影したのは剣。弓につがえ、魔力を込めて引き絞る。

「喰らい付け、赤原猟犬(フルンディング)!」

矢がネロを襲う。

「小癪なッ!」

ネロの剣と矢がぶつかる直前に、シロナは呪文を唱える。

「壊れた幻想(ブロークンファンタズム)!」

矢が爆発する。ネロは巻き込まれるが、ここは宝具の中。何が起こるか分からないため、シロナはさらに追撃する。

「投影開始(トレースオン)!」

空中に十を越える武器を投影する。それは剣だけでたなく、槍や斧と言った類いの武器まで含まれている。

「往け!」

剣がネロのいるであろう場所を貫いていく。

「ぬぁぁっ!」

直撃したらしくネロが吹き飛んで転がっていく。

「くぅ、今のは効いたぞ。あのような作戦があろうとは、どこぞの赤いのを思い出すな」

ネロは剣を地面に突き刺し、立ち上がる。多少のダメージはあるようだが、致命傷には至っていない。

「今度はこちらの番だ!」

ネロが動き、シロナが鉄矢で迎撃する。

「遅い!」

一気に肉薄する。

(矢を射ってる暇なんてない!)

咄嗟の判断で干将・莫耶に持ち換え、防御の姿勢に入る。

「ハァァッ!」

ネロの気合いと共に放たれた力任せの斬撃に、シロナは上空に打ち上げられる。

なんとか体勢を立て直し、跳んできたネロを受け流す。ネロはさらに上空にへと進んでいく。

(ネロは今まで魔力放出を使ってこなかった。だから地上で落ちてくるところを迎撃する!)

シロナは次の戦法を決めた。だが、それは裏切られた。

ネロが魔力を放出した勢いでシロナに突っ込む。

「なっ……!?」

「皇帝特権だ、特に許すがよい」

ネロの剣に干将・莫耶が砕かれる。防いだおかげで袈裟懸けに斬られた傷もそう深くはなかった。

ネロは着地し、剣を地面に突き刺す。そして両手を大きく広げ、高らかに叫ぶ。

「嗚呼、この炎こそ我が情熱!」

シロナの傷が爆発した。ネロは皇帝特権という本人が望む能力を一時的に自分のものに出来るというチートにも等しい能力で、《魔力放出・炎》を使用したのだ。

シロナは途切れかけた意識を必死に繋ぎ止めながら、ボロボロの体で着地する。

解析するまでもなく、次の一撃で決めねば、シロナに勝ち目はない。

「そろそろか。では、幕引きとしよう!」

ネロの宝具も制限時間が近いようで、次の一撃で沈めるべく剣を構える。

「投影(トレース)、開始(オン)……!」

残り僅かな力を注ぎ込んで投影したのは、夜桜。

「ゆくぞ! 堂女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)!」

「咲き誇れ、夜桜!」

シロナとネロが同時に駆ける。

両剣が交わる。単発ではネロが上。手数ではシロナが上。シロナは、夜桜の能力の使用によって魔力の減少と体力の消耗を感じている。だが、出し惜しみして勝てる相手でもない。一で駄目なら十を。十で駄目なら百を。斬撃を未来から圧縮し、三百を越える。そこでネロの剣は砕け、ネロ自身も致命傷となるダメージを負う。

「まさか……余の宝具が魔術師の小娘に破られるとは、な」

ネロが倒れ、黄金劇場が霧散した。

「小娘よ、余を倒した褒美だ。これからを労って、一ついいことを教えてやろう」

体が透け始め、粒子となりながらもネロは言葉を紡いでいく。

「願望器は再臨し、来るべき時は来る。よく備えておくのだな」

ネロは完全に消滅した。

「願望器……!? もしかして、聖杯、なのか……!?」

呟いて、力を使い果たしたシロナは座り込む。

「そうだ、ペトは……!」

ペトのところに進もうもして、何か衝撃を感じて体を見下ろす。

何かが貫通していた。胸を……いや、心臓を貫いて。

背後を見ると、黒い姿に白い骸骨のようなマスクをした人物がいた。

「アサ、シン……!」

シロナが倒れる。意識がどんどん暗くなっていく。

この感覚は何度か味わったことがあった。そう、死、だ。

衛宮シロナはここで死ぬ。本人もそう認識した。

 

―――シロウ、貴方を死なせはしない……!

 

何か、懐かしい声がした。

 




まだツッコミはなしでお願いします。
モノによってはお答え出来ますが、それ以外は現状黙秘を貫きますので。


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どうしてこうなった

自動回復(オートリバース)での回復を終え、ようやく意識の戻ったペトは起き上がって辺りを見渡した。

ネロはいない。だがシロナが倒れている。背中しか見えないが、何かが刺さっていて血溜まりが出来ている。

「シロナ!」

駆け寄ろうとして、足下に何かが刺さる。

そして、同じどくろの面を着けた人物が浮かび上がる。その数三十近く。

「暗殺者ごときが……でしゃばるな!」

凍てつく炎を放つ。アサシン達が炎に気がとられている間に、ペトは新たな術式を起動させる。

あるマスケット銃を転移させ、構える。狙いも定めずに引き金を引く。放たれた弾丸は血を撒き散らしながらアサシンを貫いていく。縦横無尽に駆け巡った一発の弾丸に、アサシンは一体ずつ撃ち抜かれる。

アサシンは分裂しているが、その全てで一体分のステータスしかないため、分裂すればするほど単体としては弱体化するという欠点がある。

「咎人達に裁きの一撃を」

巨大な魔法陣が展開され、アサシンが拘束されていく。それは斬首台だった。ペトが右手を上げる。

「死刑、執行」

降り下ろす手と連動して、ギロチンが首を跳ねていく。

ネロとの戦いがなんだったのかと思うほど呆気なく、アサシンは殲滅された。

「シロナ!」

ペトがシロナに駆け寄る。背中に刺さったものを抜き、治癒を始めようとして思考が止まった。

まず心臓を貫かれていた。その時点で死んでいてもなんらおかしくない。

そして傷がひとりでに塞がっていく。

なんらかの魔術の痕跡はなく、ペトはそれを思わず奇跡と評する。

「ぅ……ん……ペ、ト……?」

「全くもう、無茶して。自分がどれだけ無謀なことしたかよく考えることね」

「ごめん……」

シロナがペトの頭を撫でる。

「ホントに、ホントに死んだかと思った……! バカ! バカバカバカバカ! ホントに、ホントに心配したんだからぁ……!」

ペトの頬を涙が伝う。そして、シロナの胸に抱きついた。

「でも、ペトが無事でよかった」

シロナが呟く。

「ねぇ、そう言えばなんだけどさ」

落ち着いてからペトが言う。

「シロナの傷、勝手に塞がったんだけど、そんな魔術使えたの?」

「勝手に……? いや、俺にはそんな魔術……それに何か懐かしい声を聞いたような……」

思えば、昔にもそんなことがあったな、とシロナは漠然と思う。

(確かあの時は、バーサーカーにやられて……)

遠坂も同じく、傷がひとりでに塞がったと言っていた。

相変わらず謎の多い自身の体に呆れながらも、シロナは自身の体に解析をかけていく。

魔術回路はこの世界に来て本数も増えたし、質も向上している。シロナが宝具の投影を連続して行えるのもこれが原因だったりする。

「今日はもう帰ろっか。色々疲れたし」

ペトに同意する。転移を行い、寮の自室へと移動した。

シロナとペトは、抱き合うようにベッドに倒れ込んだ。そしてすぐに、二人からは寝息が聞こえ始めたのであった。

 

 

夜も更け、時刻としては午前一時を回った頃。シロナは不意に目を覚ました。隣のペトはまだ眠っていることを確認し、シロナは部屋を出た。

「……バカな人」

ペトは一度呟いてから、再び眠りに着いた。

シロナは寮を出て、近くにある小さな丘へと向かう。そこからだと綺麗に月が見えるのだ。元の世界が恋しくなった時、切嗣との約束を思い出させる月を見ると、自分が衛宮士郎であることを再確認出来るから。

だが、どうやら先客がいたらしい。月明かりに照らされた少女は、ほのかに青がかった黒髪のロングを風になびかせながら、シロナを見下ろしていた。服装は浴衣のように見える。

「こんばんわ」

シロナは優しく声をかけた。

 

 

時は少し遡る。

「フッ! ハッ!」

リンは木刀を振るう。

「これじゃダメだ……! この程度じゃ、まだまだ……!」

リンは自分の強さを認めていなかった。剣士として、遥かなる高みへと。この強さへの渇望はどこから来るものかは分からない。

「まだ、先生や魔神……何より……」

シロナに勝てない、と言いかけて飲み込んだ。

シロナは、自分とは違う領域にいると思った。自らの命を投げ出すような危なさはあるが、それでも他人を助けようという志はリンも評価していた。

この感情は憧れに近いかもしれない。同じ孤児として、負けてられないという意地なのかもしれない。

「今日は限界だな」

疲労で軽く震える手を眺め、木刀を放り投げる。そして眼帯を外し、髪を縛っていた紐をほどく。

「ふぅ」

息を吐き、左目の義眼に魔術回路を接続する。片側しかない視界が両方に広がる。普段から用いないのは、単に好みだ。それに、戦いでは片眼に慣れている。今さら変えるのも億劫だというわけだ。

ふと、視線を感じて丘から下を見下ろす。そこにいたのは衛宮シロナ。

「こんばんは」

不意にかけられた声に、リンは咄嗟に、同じくこんばんはと返した。

するとシロナはリンの隣に立つ。

「あ、初めまして。衛宮シロナです」

差し出された手を取るかどうか悩む。それと同時に。

(もしかして……私だと気付いてないのか……?)

シロナは確実に気付いていない。それは確かだ。

「えっと……君は?」

リンは慌てる。このまま「実は私はリンなんだ。この姿を見せるのは初めてだな」と言うつもりだったのだが、口から出たのは思いもしない言葉だった。

「アヤメ……と申します」

言ってから、自分の失態に気付く。

(何故だ!? 誰だアヤメって! シロナ相手に何故名を偽る必要がある!? 何故だぁぁぁぁぁぁっ!?)

そんな風に悶えながらも、それを悟らせないのは戦士としてのポーカーフェイスか。

「アヤメ、か。いい名前だな」

「ありがとうございます……」

なんだかしおらしい態度をとりながらも、心の中では大きく葛藤している。

「アヤメは剣士、なのか?」

転がっている木刀を見てシロナが言う。

「剣舞と言い、相手を魅せ、己を高めるための剣術なのです」

リン……もといアヤメが答えた。

「へぇ。俺には才能ないから羨ましいよ」

「え?」

才能がない、という言葉にリンは驚いた。何より、リン自身がシロナとの戦いで経験している。決して侮ってかかってはいけないと。

「あれだけ強いのに、ですか?」

「知ってるのか。でも、あれは俺の才能じゃない。あれはただの経験に基づいた技術だ」

シロナは断言する。自分には何も才能がないと。

だからこそリンもといアヤメは言う。

「なら何故、戦うのですか。何故、自らを犠牲にするんですか」

「全ての人を幸せにする正義の見方になる。それが俺の理想だからだ」

即答された言葉に、リンは思い知らされる。その言葉は紛れもない真実であり、同時に気付く。目の前の女は、理想のためなら命すら棄てる覚悟があるのだと。

「理解、出来ません」

震える声が辛うじて漏れたのは、それから十数秒たってからだった。

「でも」

リンのままでは言えなかった言葉を、アヤメという虚面を借りて言う。

「貴女の理想は、尊い。ただ、無茶はしないで下さい。貴女が死ねば、傷付く人がいるということを、決して忘れないで下さい」

驚いてから、シロナは言った。

「ありがとう。楽しかったよ。もしよかったら送っていくけど」

「……大丈夫です」

「そっか」

シロナが寮に向けて歩き出す。

「あ、あの!」

リンの言葉に、シロナが振り返る。

「もし、よかったら、その、えーっと……明日、一緒に買い物に行きませんか!?」

当然の如く、心の中で「何を言っているんだ私はぁぁぁぁぁぁっ!?」と自責する。もちろん顔には出ていないが。

「いいよ。じゃあ……朝の十時に、ここでいいか?」

「はいっ!」

じゃあまた明日、とシロナは去っていく。

一人取り残されたリンは、四つん這いで「どうしてこうなった……」と呟いていた。

 




次回は戦闘しません


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デートと尾行

前回からかなり時間空いてしまった……。
でもこれからもっと空く可能性が……。


「……よしっ!」

リンは己の服装を見て満足そうに頷いた。

トレードマークの眼帯とポニーテールをほどき、義眼とロングヘア。それに清楚な感じ(リン主観)に纏めた服装から、よく知る人物以外はリンだと判断することは珍しいほど別人に成り果てている。

「それじゃあ行ってくる」

リンが部屋を出ていく。

「ねぇフィナリア。リンものすごくオシャレして出てったけど、どこいくのかな」

寝間着のままベッドの上でゴロゴロしているニーナが言った。

「……もしかすると、男、かもね」

同じくベッドの上からフィナリアが言う。

「彼氏かぁ。今までそんな素振りすら見せなかったのに」

若干羨ましそうに、ニーナが呟く。

「……よし、追跡しよう」

フィナリアが唐突に言うと、ものの三十秒で着替え終えてしまう。

「あ、待って! 私も行く! 一分で着替えるから置いてかないで!」

慌てて着替えて、フィナリアのあとを追う。

リンはまだ寮を出たところだった。

「どこ行く気だろ」

「待ち合わせ場所でしょ」

ある程度の距離をとり、物陰に隠れながらリンを尾行する二人。やがてリンは寮の裏手にある丘へと向かう。

「あそこが待ち合わせみたいね」

「え……でもあそこにいるのって、シロナ?」

リンと合流したのは間違いなく衛宮シロナだった。しかも、何やらピンク色のオーラが駄々漏れである。リンから。

「あ、行った」

「でも、どうしてシロナ相手にあんな服装で? もしかすると何か事情があるのかな?」

「どちらにせよもっと接近したいわね……せめて会話を聞ける程度には」

「でも私達認識阻害とか隠蔽系の魔術得意じゃないし……」

遠巻きに眺めるしか出来ず、なんだかやるせない気分になっていると、二人の間から声が聞こえた。

「ならわたしがなんとかしてあげよっか?」

「うわ、びっくりした! 確かにペトちゃんなら申し分ないけど……」

「さすがに視覚は無理だけど、気配と音は隠せるよ」

指先に魔力を集め、空中に術式を刻んでいく。

「はい、これで大丈夫。あとは二人にもシロナに着けてる使い魔の聴覚を共有させて……ん、オッケー」

ペトが作業を終えると、どこからともなく声が聞こえてくる。

『今日はどこに行く?』

『えっと、アクセサリーとな見に行きませんか?』

そんな会話が聞こえ、心なしかフィナリアとニーナのテンションが上がる。

「てかリンの口調が……」

「それはかくかくしかじかで」

「なるほど。シロナはリンだと気付かず、リンもシロナにバレたくないから演技をしている、と」

「フィナリアもよく今のペトちゃんの説明で分かったね!?」

「使い魔の記憶を遡っただけよ」

「さすがメイの弟子。もう気付くなんて」

そんな呑気な会話をしながら尾行する三人。シロナ達がバスに乗るのを確認し、後方に座ったのを見てフィナリアが舌打ちする。

「あれじゃバスに乗った瞬間バレるわね……走って追う?」

「それは無理だって。次のバスを待った方がいいんじゃないかな?」

「……、……うん、座標軸の固定完了。じゃ、(空間を)飛ぶからねー」

よく分かっていないフィナリアとニーナをよそに、ペトは三人で先回りすべく転移するのだった。

 

 

『こっちです』

リンがシロナの手を引いて歩いているのを、フィナリア達は十メートルほど後ろから見ていた。

「ふむ、普段入り辛い店に突撃したか」

「私達はどうする?」

「あんまり店内に入ることはオススメしないかな」

「大丈夫、私の行き付けだもの。店の構造は把握してる」

「フィナリアに任せていいことなかった気がするんだけどなぁ……」

これ以上は本気で後が怖いので、ニーナは黙る。

「わたしはどうなっても知らないからね」

こうしてシロナとリンを追って店に入ってすぐ、二人の死角になる位置に移動し、様子を伺う。

「あ、これいいかも」

「こんな時くらいは自重しなさいよ、ニーナ」

「ごめん……」

こんな会話をしつつ、シロナ達の会話に耳を傾ける。

「うーん、俺はこういうの疎くてな……」

シロナの声が普通に聞こえる。

「シロナも少しは興味を持った方がいいですよ。ほら、こんなのはどうです?」

リンが何やら、華のイヤリングを薦める。

「いや、なんだかなぁ……」

と、シロナが何かに気が付いたようで、それを手に取る。

「コレなんかどうだろう」

それは、剣を模したイヤリングだった。

「シロナらしい、ですね。いいんじゃないでしょうか」

こうして買うものは決まり、シロナが料金を払った時、誰かが店に入ってきた。

「あれ、先輩。先輩もやっぱり女の子なんだね」

アネッサだった。

「いや、こっちの子が行きたいって」

「ふぅん。……ってあれ、もしかしてr」

リンが高速で肩を掴み、アネッサの耳元で囁く。

『あとで特別訓練だ』

「ひぃっ!?」

ペトの魔術のお陰でなんとか聞こえるぐらいの声量だった。ちなみにシロナには聞こえていない。

「あれ、アネッサ風邪でも引いてるのか? 震えてるぞ?」

「だだだだだ大丈夫! 問題ない! 今日は帰って寝ようかなー!」

無駄に死亡フラグを立てたところで、アネッサとフィナリアの目が合った。

余計なことを言われてバレると面倒なので、フィナリアは殺気全開で睨んだ。

「イヤァァァァ! 殺されるぅぅぅぅぅ!?」

アネッサは泣きながら帰っていった。

よく分からない様子のシロナとリンは、店を出た。

「ふぅ、なんとかなったわね」

「「なってない」」

ニーナとペトのツッコミを無視して、フィナリアは歩き出す。

店を出て、追跡を再開する。

『……あ、そうだ。片方あげるよ』

シロナがリンに、さっき買ったイヤリングを、片方渡す。

『これは……?』

『まぁ、また会えますようにって』

『ふふっ。シロナって、以外とロマンチストなんですね』

『そうか?』

それを見ていた三人は、口を押さえて同じことを思っていた。

(((砂糖吐きそう……)))

ブラックコーヒーを飲みたい衝動に耐えながらも、追跡を続けるのはただの意地だ。

「……ちょっと待って。何か聞こえない?」

「地響きみたいなのなら聞こえるけど」

「この魔力は、マズイ!」

ペトが叫ぶと同時に、近くの海から巨大な帆船と、それを取り巻くように小型の帆船が宙に飛び出したのだった。

 




いろいろ読んでたら遅くなった。反省はしていない。
そろそろ頭の中のストックが限界なのですよ……
前書いてた時は調度次の話の途中で飽きて放置だったので、今回は越えて見せます。


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戦いに向けて……

なんだかとてつもなく久々な投稿な気がする!


海中から飛び出した母船と、それを取り巻く子船は、宙に浮かんだまま微動だにせず、端から見れば不気味に他ならない。そもそもこの世界に飛行技術は存在しない。一部の魔術師が複数の魔術を併用し、ようやく人一人浮かせられるかどうかといったところだ。

故に大質量の帆船が複数浮いている時点で、異質なものとして認識されるのだ。

そしてシロナにしてみれば、それがすぐに英霊絡みであることに気付いた。

「アヤメ、今すぐここを離れるんだ!」

「シロナは!?」

「俺はあれを止めなくちゃならない。だからアヤメはすぐに逃げるんだ」

「でも……!」

あれが発する魔力は尋常じゃない、とリンは直感的に理解した。そして、魔神ペトであっても手に余る物かもしれない、と。

「早く離れるんだぞ!」

「あっ……!」

シロナは駆け出す。リンは追わなかった。いや、追えなかった。

シロナは船へと走る。

投影した剣を足場にしながら、宙を駆けていく。

 

 

「う、あぅ……」

ペトはシロナを追おうと転移の術式を組もうとして、胸が詰まるような痛みで胸を抑えて膝を着いて崩れ落ちた。集中力が削がれて術式も霧散した。

(こんな時に……! 頼むから、治まって……!)

そんなペトの思いも虚しく、ペトの意識は途絶えた。

もうすぐ限界が来ると知りながらも、その魂が燃え尽きるその時まで、力を振るい続けると決めたのだから。

 

 

リンは一人取り残され、改めて自身の姿を思い出して恥ずかしさに溺れていた。

「着替えよう。うん、そうしよう」

近くの洋服店の試着室を借りてリンとしての普段着に着替えていた。

眼帯を着け、ポニーテールにする。少し悩んだが、最後にシロナから貰ったイヤリングを着けた。

夜桜を下げ、店を出た。

しばらく歩くと、フィナリアとニーナに会う。

「……まさかお前ら……!」

「ごめんね、ちょっと気になって」

「うぷぷ、キャラが違った……!」

「忘れろ! 頼むから忘れてくれー!」

リンにとっては黒歴史なのだ。過去の厨二を暴かれるのと同義である。

「まぁ、あと一週間は我慢しなさい」

「お前が我慢しろフィナリア!」

「二人とも落ち着いて……ってあれ?」

いがみ合う二人は気付いていないが、ニーナは側を通り過ぎた人物に違和感を覚えた。

(なんだかよく分からないけど、既視感が……)

少し傷んだ白髪に、褐色の肌。鋼色の瞳に、赤い外套をまとった女性の後ろ姿を、ニーナはただ眺めていた。

「どうしたんだ、ニーナ」

「いや、なんでもないよ」

今までの思考を振り払う。

「それで、アレはどうする?」

フィナリアが宙に浮かぶ帆船を指差して言う。

「シロナが乗り込んで行ったが……私達はしばらく様子見の方がいいかもしれない」

「そうね。大砲とか迎撃しなきゃならないかもしれないし」

「じゃあ私達は散って砲弾を撃ち落とすってことだね」

「そういうこと。それじゃ、散開!」

こうして三人は自らが持つ場所へと向かう。

 

 

時は少し遡る。

場所は帆船の甲板。一人の女が、酒を煽っていた。

「さて、派手にやらかすとするかねぇ……。と、その前に。人の船に無断で乗り込むたぁ、いい度胸じゃないか。アーチャー」

アーチャーと呼ばれた女は、物陰から姿を現した。

「それとも、護衛でもしてくれるのかい?」

「私は警告しにきただけよ」

「警告? 何をふざけたことを」

アーチャーは鼻で笑う。

「無闇に犠牲者を出すべきではないと言ったのよ。奴らもそう馬鹿ではないし、力がないわけでもない。数で攻められれば、どれだけ強大な存在であろうといずれは討たれる」

「なら、その前に滅ぼせばいいじゃないか」

「警告はしたわ。これ以上は口出ししない。けど、気を付けることね」

「……何にだい?」

「正義の味方とか、ね」

アーチャーは船から飛び下りた。

「ま、あたしには関係ないね。精々楽しませてもらうさ。……砲撃よぉい!」

帆船が動き、大砲の標準が定められていく。

「させるかぁぁぁぁっ!」

「っ!?」

咄嗟に構えたクラシカルな二丁拳銃で振り下ろされた剣を受け、流す。

「あーあー、まだ入ってたのに、勿体ない。さっさとアンタを片付けて新しいのを開けるとするかねぇ」

手放し、甲板に落ちた衝撃で砕けた酒瓶から広がる液体を眺めながら、女は呟いた。

シロナはそんな女に問い掛ける。

「お前はライダー、なのか?」

「誰だい、そりゃ。アーチャーの奴もそんなこと言ってた気がするな」

「アーチャー、だと?」

シロナの脳裏に浮かぶのは、自身の未来の可能性の一つ、英霊エミヤ。しかし、それはないと言い聞かせる。まるで現実逃避をするように。

「で、アンタは敵ってことでいいんだろう?」

「……そうだ、俺はお前を止める!」

干将・莫耶と二丁拳銃が、それぞれ構えられた。

 




戦闘シーン、難しいですよね。
戦闘シーン、得意じゃないんですよね。
戦闘シーン、でも書きたくなるんですよね。
戦闘シーン、……もうないや。

さて、次もいつになるのやら。


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