鬼は鬼殺隊のスネをかじる (悪魔さん)
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鬼殺隊関係者録・小守新戸

()(もり)(にい)()

 

【概要】

先代当主の頃から鬼殺隊に在籍する、人を喰らわないズボラ鬼。常に道楽に興じるクズであるが、鬼殺隊〝最凶〟と謳われる実力と知力を有する貴重な戦力でもある。

座右の銘は「若い芽は御先棒を担げるように育んでおく」。

 

 

【プロフィール】

誕生日:5月24日

肉体年齢:23歳

身長:183cm

体重:75kg(無惨と同じ)

出身地:東京府牛込區(新宿、牛込)

趣味:煙草、酒、博打、酒のつまみ作り

好きな物:豊さんのうどん、日本酒、甘酒

嫌いな物:強制労働

階級:なし

イメージCV:山寺宏一(女体時:戸松遥)

 

 

【容姿】

一見はそこそこ端正な顔つきの男性。ただし鬼なので目は猫目。

服装は詰襟を袖を通さず羽織り、さらにその上に丈の長い羽織を被っており、不死川玄弥と同様に洋袴と靴を履いている。

得物は仕込み杖であり、物干し竿代わりにする時も多いが、後述の血鬼術のおかげもあって実は一度も刃こぼれしていない。

 

 

【人物】

◆性格

自称「穀潰しの玄人」で、基本的にはぐうたらでチャランポラン、昼間から酒に浸って賭場によく出入りする道楽者で、日輪刀の刃元に〝労働ハ敵〟と彫る程に労働を拒む筋金入りの引きこもり。態度も常に飄々とした昼行灯であり、やる気の無さを隠そうともしないズボラっぷりを披露している。

言いたいことはハッキリ言う主義であり、その言動は物事の本質をしばしば突くが、言ってはいけない本音や完全な開き直りも多く、戦場や修羅場でもお構いなし。

むしろウソを言ってくれた方がまだマシと思われる言葉が多く、周囲の反感を買ったり混乱させたりすることも少なくないため、口下手よりも質が悪い。

その一方、「玄人は寄生先が滅びないように陰で努力する」と豪語するように、見限られない程度に怠け、頃合いを見て差し入れや労いで寄生し続ける強かさを併せ持っており、狡猾さは鬼殺隊でも断トツ。

 

◆鬼殺隊随一の戦術家

戦闘においては「戦いにおいて卑怯・卑劣・姑息・悪辣・邪道非道は作法の一つ」とする頭脳派で、作中最高峰とも言えるズバ抜けた思考力と洞察力の持ち主。

相手の血鬼術を初見での分析は勿論、上弦の寝返りや珠世一派の懐柔などの離れ業も成し遂げており、あらゆるモノを利用して敵を屠る戦術家としての技量は極めて高い。策士として有能な耀哉や童磨でも思いつかない案もひらめくため、頭の良さはもはや兵器の類。

ただし目的を果たすためならばいくらでも残酷になり、物事を楽に進めるためなら越えてはいけない一線を平気で越えるため、その冷酷すら感じる時もある形振り構わぬ無節操さを慄く者も一定数いる。

 

◆育成者の素質

人間時代は医者の家系の三人兄弟だったゆえに相応の教養と要領の良さを持っており、性格の割には意外にも育成が得意分野。

見込みがあると判断すれば氏素性を問わず弟子として受け入れる度量を持ち、持ち前の洞察力や教養の高さもあり、個々に合わせて柔軟に指導できる。修行内容も飴と鞭をきちんと使い分けており、相手の向上心や自己肯定感を煽って叱咤激励するため、教育力と指導力はかなり高い。また、一度手に入れた手駒は絶対に捨てない主義であるため、手駒のことで揉めれば他者と武力衝突してでも譲らない姿勢を見せる。

このことから、荒んだ過去を持つ獪岳と玄弥からは敬意を払われており、炭治郎達からも信頼が厚い。

 

◆異端の鬼

短時間だが日光に対する耐性を持ち、睡眠や人間と同じ食事で力を得るなど、鬼の中でも禰豆子以上に特異かつ稀有な生態。

また、自らの性別を自在に転換できる。女体化すると美人になり気配も変わり、筋力と血鬼術の威力が落ちる反面、体の柔軟性がよくなる。しかし性格も口調も態度も変わらないため台無しな上、酒に若干酔いやすくなる。

ある時期を境に無惨と同じ能力が開花。鬼を吸収して血鬼術を増やしたり、念話を駆使して作戦を現在進行形で練るなど、無惨よりも有効活用中。

 

◆煉獄瑠火と過ごした記憶

新戸の唯一にして最大の地雷。

将棋での宿敵である一方、新戸の人生に最も大きな影響を与えた想い人であり、病没して記憶の中の幻になった今でも敬意を払っており、年に一回は墓参りに行く程。その際には必ず酒壺(本格麦焼酎)と一輪のツユクサを供え、線香と一緒に愛飲の煙草を一本寝かせるという新戸なりの弔いをする。

想い人ゆえに彼女への侮辱を新戸は決して許さず、言った相手がたとえ味方であっても本気の殺意を抱き、柱数名で取り押さえねばならないくらい大暴れすることもある。

ちなみにツユクサの花言葉は「尊敬」「なつかしい関係」。

 

 

【戦闘能力】

仕込み杖の形状の日輪刀を用い、斬撃と剣圧を飛ばす血鬼術〝(つい)()(しき)〟を使う。

飛ばす斬撃は日輪刀と同じ効果を持ち、剣圧は相手の血鬼術を弾き返す特性を持つ。斬撃の威力そのものは黒死牟に劣るが、特性が凶悪である。

また、鬼を吸収する能力で矢琶羽の〝(こう)(けつ)の矢〟と半天狗(憎珀天)の〝狂圧鳴波(きょうあつめいは)〟を奪っており、禰豆子の〝(ばっ)(けつ)〟も会得。持ち前の明晰な頭脳もあり、単騎での総合的な戦闘力は最強の鬼である無惨に迫る程。

ただし冷静さを欠くとゴリ押し戦法になりがちという弱点があり、その時は動きにもムラができ隙も生まれやすい。

『技一覧』

◦〝鬼剣舞(おにけんばい) 押込(おっこみ)〟…抜刀と共に斬撃を放つ。雑魚鬼であれば10丈(約30メートル)離れていても頸を斬り落とせる。

◦〝鬼剣舞(おにけんばい) (とう)(けん)()(くる)い〟…大小様々な斬撃を畳み掛けるように飛ばす。破るのは容易いが疲労が限界まで蓄積しない限りは無限に放てる。攻撃だけでなく敵の牽制にも使える。

鬼剣舞(おにけんばい) ムギリ(ぜん)(まい)〟…仕込み杖を抜刀し、斬撃を放つ。攻撃だけでなく天蓋として防御にも使える。

◦〝(つい)()(しき) (おに)こそ〟…周囲に赤い稲妻を走らせながら、極太の斬撃を放つ。一度に複数の鬼の胴体を真っ二つにする威力。

◦〝(おに)(おど)し 鬼太鼓(おんでこ)〟…黒い雷を迸らせながら、前方広範囲に剣圧を発生させる。発生する剣圧は、上弦の鬼ですら一瞬でも力を抜けば吹き飛ばされそうになる程の破壊力を有する。

◦〝(かく)(せい)〟…(かく)(とう)の新戸版で、鬼特有の怪力で日輪刀に圧力を掛けて発動する〝とっておき〟。追儺式と合一することで鬼の再生力を阻害する「赤い斬撃」を飛ばすことが可能となり、敵を斬滅する絶技と化す。

◦〝(おに)(おど)し・(ひいらぎ)〟…赫醒刃で放つ剣圧。陽光に似た効力の熱を帯びた、言わゆる「衝撃を伴う熱波」で、猗窩座ですら明確なダメージを与える。

◦〝(ばっ)(けつ)()(くう)()(しゃ)〟…空中で繰り出す、燃える斬撃の嵐。空中で繰り出されるので、回避は困難を極める。

(ばっ)(けつ)(とう)(えん)()〟…炎の呼吸を参考にした、燃える斬撃。

◦〝(せき)()(らい)〟…仕込み杖の刀身に雷撃を込め、それを振るって放つ。鬼化した獪岳の黒い雷撃を相殺する威力を持つ。

◦〝狂圧鳴波(きょうあつめいは)〟…凄まじい雄叫びと共に音波攻撃を放つ。音波を食らった相手は一瞬で気絶し、射程でなくとも咆哮自体は轟くため、聴覚が鋭い相手の平衡感覚を狂わせる威力を有する。ちなみに音源は初代ゴジラの咆哮。

 

 

【重要項目】

新戸の血液は形質転換の特性がある。何らかの形で鬼が摂取すると睡眠が可能となり、さらに人間の食事を摂取できるようになり、人間の血肉に対する飢餓感も激減する。応用すれば血液型を無視して輸血が可能となり、回復薬にも転用できる、ある意味では万能薬に等しい。

ただ、長年の飲酒と喫煙の影響か、アルコール・ニコチン・タールなどの有害成分が血液中に高濃度でとけているため、血を口にした鬼は泡を吹いて気絶し、肉を喰らおうものなら半年近く昏倒する威力。上弦の鬼と無惨にも通じる程で、童磨は暫くの間血肉を口にできなくなったらしい。

十三話以降、ふとしたことから珠世から「鬼舞辻無惨と同じ能力が開花し始めている」という衝撃の事実が発覚。念話能力や自らの血を取り込んだ鬼の支配権の掌握、鬼の吸収などを保有している。



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爆誕編
第一話 九時起きは辛い。


「鬼滅の刃」にハマったので、ついに小説投稿しました!
本作はニート気質ゆえに無惨から早速縁を切られた青年姿の鬼が主人公です。


 〝鬼〟……人を食する血の災厄。陽光を浴びる以外では死なないという不老不死に限りなく近い肉体を持ち、異能を開花させる個体もいる、悲嘆と怨嗟の声を生み続ける人間の天敵。

 〝鬼殺隊〟……「(あっ)()(めっ)(さつ)」の下、古より闇に紛れて人喰い鬼の手から只人を護り続けて来た鬼を狩る者。鍛練で超人的な技を身に付け、智慧・業・力を以て鬼に立ち向かう政府非公認の組織。

 彼ら彼女らの戦いは、鬼の始祖たる()()(つじ)()(ざん)を滅ぼすその時まで続く。

 だが、その戦いの裏で、鬼でありながら人を喰らわず、それどころか人のスネをかじり続けるクズニ……ではなく異端の鬼がいる。

 毎日をダラダラと生き、それでいて誰よりも生きることを謳歌する、どうしようもない鬼の青年。その名は――

 

 

           *

 

 

 時は一九一一(明治44)年、九月十一日。

 ここは蝶屋敷。負傷した隊士の治療所を兼ねた、鬼殺隊の最高位に立つ剣士達〝柱〟の一人である花柱・胡蝶カナエが所有する私邸。

 その私邸内の病室で、胡蝶カナエの妹である鬼殺隊士・胡蝶しのぶは白昼堂々怒声を上げていた。

(にい)()さん!! いい加減起きて下さい!!」

「……うっさいなァ、しのぶ。何時だと思ってんの? まだ朝の九時じゃん」

「もう九時です!!」

 ゆっくりと起き上がり、寝癖で爆発している頭をモリモリと掻く青年。

 詰襟の上に紫の着物を尻端折りで着用した出で立ちは、鬼殺隊でたった一人しかいない。

 

 この青年の名は、()(もり)(にい)()

 鬼舞辻無惨によって鬼となった元人間で、鬼でありながら人を喰らわない異端の鬼だ。

 本来は鬼殺隊に狩られる側の彼が、なぜ鬼殺隊の内部にいるのか。それは今からちょうど10年前に遡る。

 

 

           *

 

 

 小守新戸は、誰にも知られていない秘密がある。

 それは、前世の記憶を持っている、言わば転生者であるということである。

 平成の世に生まれたぐうたらな大学生であった彼は、ある日突然道路に飛び出してきた子供を庇い、トラックに跳ねられて命を落とした。不慮の事故で死んだ彼は、輪廻転生によって「ある世界」の過去の日本へと転生した。

 彼は華族という身分の高い家柄で、三人兄弟の末っ子として生まれた。しかし兄二人よりも3年遅く産まれたせいか、家督の話や他の名家への養子の話は一切回ってこなかったため、前世以上にぐうたらになった。今で言う「ニート」という者だ。

 末っ子がニートとなれば兄達や両親が怒るかと思われたが、金銭面以外は最低限の自立――と言っても家事の手伝い程度――はしていた上、兄達から可愛がられたため家を追い出されずに済んでいた。

 

 そしてある日、血の匂いと共に幸せは崩れた。

 

 

「……うっさいなァ」

 ある夜、新戸は苛立ちながら暗い廊下を歩いていた。

 というのも、深夜1時でありながら居間がうるさかったのだ。二階で寝ている新戸の部屋は居間の真上なので、それがモロに聞こえるのだ。

「ちょっと、今何時だと思って――」

 騒いでいた家族を一喝しようとした新戸は、放心状態になった。

 居間が殺人現場と化していたのだ。

 壁だけでなく天井にも血飛沫が染みつき、両親や兄達の遺体が横たわっていたのだ。そんな惨劇の中央に立つ、紅梅色の瞳と縦長の瞳孔を持つ見知らぬ男に新戸は釘付けとなった。

「……まだいたのか」

 地を這うような、相手の恐怖心を煽るような声に震え上がった。

 アレは人間じゃない。本物の化け物だ。

 身の危険を察知し、すぐさま逃げようとしたが、男の動きは早く、あっという間に片手で新戸の首を掴み持ち上げてしまう。

「ちょうどいい、貴様は鬼にしてやろう」

 鋭く尖った爪を首に突き刺し、男は自らの血を注ぎこんだ。

 その瞬間、新戸は声にならない悲鳴を上げて暴れ始め、床に落とされてのたうち回った。

 

 男――鬼舞辻無惨は、この家が薬師の家系と知り、「青い彼岸花」という植物の情報を聞きに訪れていた。しかし新戸の父は何も知らないと言い、さらに新戸の母が「具合悪そう」と心配そうに言ったことで激昂し、二階で一人寝ていた新戸以外を皆殺しにしたのだ。

 そして運悪く新戸は現場を目撃したため、口封じと証拠隠滅も兼ねて血を注いで鬼に仕立て上げたのだ。

 

 暫くして、のたうち回っていた新戸はゆっくりと起き上がった。

 瞳孔は猫のように細くなり、犬歯が牙のように鋭くなっていた。

 小守新戸は、鬼となったのだ。

「お前に命じる。あの肉片を残さず喰らえ。鬼になったばかりで腹も空いたろう」

 ここまでは、鬼舞辻無惨にとっていつも通りだった。

 が、ここで想定外の事態が起こった。

「……」

「何だその別の生き物を見るような目は!!」

 ピキピキと顔中に血管を浮かばせ、無惨は怒った。

 絶対的支配者の命令に、新戸は露骨にイヤそうな顔を浮かべていたのだ。

「っ……もう一度言う。あの肉片を喰って片づけろ」

 無惨は改めて命じた。

 人間から鬼への変異直後は、激しい意識の混濁・退行がある。こいつの場合はその影響が強すぎて、会話についていけてないのだ。そう必死に自分に言い聞かせながら。

 が、新戸はその遥か上を行く返答をした。

「別にいいじゃん、一日くらい。ってか何で人間食べなきゃなんないの? バカなの? あーあー、やだねえ、欲が強い人は……」

 床で横になり、尻を掻きながら欠伸をする新戸。

 これでは人間が鬼に変化したというより、人間がダメ人間に退化しただけである。

(なぜだ? なぜ私の命令を拒む!? 私は絶対的存在だぞ!? なぜこんなゴミクズが限りなく完璧な私を……!!)

 無惨は混乱していた。

 そもそも無惨の血で鬼になった者は、その時点で強い闘争本能や無惨への忠誠心といった「呪い」を植え付けられる。それは無惨に反逆できないよう肉体・意識の両面で絶対の制約をかけられている状態で、この呪いを外すことは鬼の最高位である「十二鬼月」でも、余程奇跡的な要因が重ならない限り不可能なのだ。現に無惨自身、自らの呪いから外れた存在は〝逃れ者〟となった(たま)()以外知らない。

 

 しかし、無惨はある部分を見落としていた。

 いや、そもそも思いつくことも気づくこともなかったのだろう。

 自分の血がもたらす影響が、必ず同じとは限らないということを。

 

 新戸は前世の頃からぐうたらな性格であり、今世ではぐうたらぶりに拍車をかけていた。そのいい加減さは茶菓子数個で一食を済ませることがあった程で、ただでさえ前世で生活習慣の乱れが目立ったのに、今世でさらに乱れるようになった。言わば「ずっと誰かのスネかじって生きていたい」という欲望が剥き出しなのだ。

 そんな新戸に、鬼舞辻無惨の血が注がれた。彼の血を受けて鬼になった者は、剥き出しの本能のまま人を襲うようになる。鬼の本能は人喰いという「食欲」で、無惨の支配の下、より多くの人を喰らい強くなることを目的として行動する。だが新戸の場合、鬼の本能よりも前世から継承してきたぐうたらぶりが爆発的に肥大化し、人肉や血に対する激しい飢餓や無惨の「呪い」をも捻じ伏せてしまう異常事態となったのだ。

「お兄さん、いい服着てるね。金持ってるんでしょ? 俺養ってくれない?」

「……」

 無惨は何も言わず、まるで無かったことにしようとでも言わんばかりにその場を足早に立ち去った。それはそうだ、向上心どころか自立心の無い、鬼になる前から人として色々終わってる奴を部下にはしたくない。

 私の盾になれ、役に立てと言っても「嫌だよ、何で俺?」「別に自分でやればいいじゃん」という返答が返ってくるのが目に見える。不変は好きだが、クズっぷりが変わらない意味での不変は大嫌いである。

(なき)()っ!!」

 無惨が苛立つように叫ぶと、ベベンッとどこからともなく琵琶の音が鳴り響き、襖が現れた。

 あんなクズと二度と関わるものかと、襖を通じて拠点に戻ろうとしたが、そう簡単に事は終わらなかった。

「待って待って待って待って!! 待ってよお兄さァァん!!」

「なっ!? 貴様離せ!!」

 無惨の足に、新戸が万力を込めてしがみ付いた。

「俺を養っておくれよ!! もうこの家終わってるしさ、俺を養う余裕あるでしょ!? それか1万円くらいでいいから、お金分けて!!」

「自分の食い扶持くらい自分でどうにかしろ!!」

「やだよ、俺はずっと養われたいの!! 毎日ご飯が出てきて勝手に洗濯される日々を過ごしたいんだよォ!!」

「働く気は無いのかクズが!!」

 鬼の血に適合したことでクズっぷりが増した新戸に、無惨は「しつこい!!」と叫びどうにか振り払おうとする。

「クソ、どうしてこんな奴を鬼にしてしまったんだ私は……!」

「それよりも俺を養うか3万円分けるか決めてくんない? 俺マジで遊んで暮らしたいからさ」

「何で2万も増えてるんだ!! 誰がお前のようなクズを引き取るか!!」

 ついに堪忍袋の緒が切れた無惨は、鋭い爪で新戸の両腕を切りつけた。

 この時、本来なら自動的に無惨の血が注がれるのだが、無惨の役に立つ気がないダメ鬼に注ぐ程寛大ではない彼はただ振り払うためだけに攻撃した。

「イタッ! 何すんの!?」

「馬鹿がうつる!! 二度と私に近づくな!! 金もやらん!!」

「そ、そんな!! どうか、どうかご慈悲を!!」

 

 ベベンッ

 

「……行ってしまった……」

 虚空に手を伸ばし続け、そして項垂れる。

 服装からして相当の上流階級と判断してスネをかじろうとしたが、失敗してしまった。

 途方に暮れる新戸だが、そこへ新たな来客が。

「……お前、鬼か?」

「?」

 声がした方へ振り向くと、そこには一人の男が立っていた。

 男は炎を思わせる髪が特徴的で、詰襟姿で刀を腰に差し、白地に炎の意匠がある羽織を羽織っている。

 その姿を見た新戸は、目を見開いた。

(――カネの匂いがするっ!)

 あの人、軍人っぽいからお金持ってそう。

 そう判断した新戸は、目にも止まらぬ速さで男に縋りつき、涙目かつ上目遣いで嘆願した。

「なっ!?」

「なあ軍人さん!! 俺を養ってくれ!! それか3万円分け――」

 

 ゴッ!

 

「フゴッ!!」

「馬鹿者! 鬼を養う〝柱〟がどこにいる! 俺は「鬼殺隊」だぞ!!」

 鉄拳制裁を受け、新戸は沈んだ。

 新戸は気づかなかったが、縋りついた男の正体は〝炎柱(えんばしら)(れん)(ごく)(しん)寿(じゅ)(ろう)――鬼の天敵である「鬼殺隊」の最高位に立つ剣士だったのだ。

「全く……鬼の分際で戯言を抜かすな」

「ハァ!? 何言ってんの!? 俺にとっちゃ死活問題なんだよ!! スネかじる相手、今アンタしかいなんだぞ!!」

「恥ずかしくないのか!?」

 槇寿郎は新戸の言い分に呆れ果てた。

 この鬼、鬼殺隊に居候しようと目論んでいる。

「ていうか、柱とか鬼殺隊とか言ってるけど、何それ? 俺を養ってくれんの?」

「知らないで俺に命乞いしたのか……?」

 そもそもあの言葉は命乞いではない気もするが、槇寿郎は警戒心が薄すぎる新戸に「冥土の土産に教えておくか」と思い、鬼殺隊について説明した。

 といっても、鬼殺隊は鬼の撲滅を目的とする組織だと教えるぐらいだが。

「成程……じゃあ結構な組織だな。その分資金も豊富なはず……」

 慌てる素振りも見せず、思考の海に潜る新戸。

 暫くすると、パンッと両手を叩いて爆弾発言を投下した。

 

「よし! じゃあその鬼殺隊の親分さんのスネをかじろう」

 

 首を縦に振って「俺って天才」と自画自賛する新戸に、槇寿郎はカカシのように突っ立った状態で真っ白な灰になった。

 

 

 その後、新戸は鬼殺隊に対する警戒心や敵意の無さ、いつまで経っても飢餓状態が訪れないことから、対処に困った槇寿郎は第96代鬼殺隊当主に報告。もしかしたら現状打破の要素になり得るかもしれないという当主の考えにより、新戸は鬼殺隊本部に連行されたのだが――

「君は何者だい?」

「俺は小守新戸。あなたのスネをかじりに来ました」

「おい、ぶっちゃけすぎだ!!」

 ……といった具合で、槇寿郎の肝を何度も冷やした。

 当然他の柱達は反発し斬首を主張したが、現場に残された家族の死体が喰われてなかったこと、鬼でありながら居眠りをして何度も槇寿郎に叩き起こされたこと、何より色々ぶっちゃける遠慮知らずさから「今までの鬼とは違う稀有な存在」と判断され、ひとまずは本部預かりとして柱一名の監視を条件にスネをかじることを許された。

 ただし、昼間から酒に浸るなどクズっぷりを遺憾なく発揮したため、「人を喰うより質が悪い」と頭を悩ませる柱が後を絶たなかったとか。

 

 

           *

 

 

 そして現在に至る。

「お館様の御呼び出しです!」

「しのぶ、ここ病室だよ。静かにして」

「こ、このダメ鬼……!!」

 神経を逆撫でする言葉を投げ掛ける新戸に、しのぶは額に大きな青筋を浮かばせ怒気を剥き出しにした。

 患者達や看護師達がはわわと狼狽え始め、いつ修羅場になってもおかしくない空気となった病室に、蝶屋敷の主人である花柱・胡蝶カナエが姿を現した。

「あんまりしのぶを困らせないでくださいね、新戸さん」

「姉さん!!」

「カナエ。珍しいな、腰に刀なんか差して」

 どっこいせ、と立ち上がる新戸はカナエに問う。

 彼女曰く、今日は自分がお館様の下へ案内するという。

「呼ぶなら呼ぶで何で今なんだよ」

「だからこそじゃないかしら。あなたを疑う人はまだいるもの」

 そう、カナエの言う通り、新戸に反発する者は少なからずいる。鬼殺隊公認の存在となって間もなかった頃は、随分と疎まれていた。

 ただ、それが鬼だから信用できないという理由よりも「鬼殺隊に属しておきながら働かず、遊んで暮らしているから」という理由の方が多いのだが。

「ったく、しょうがないな……墓参りする元気あるんだから耀哉が来ればいいじゃんか」

「それ全鬼殺隊士を敵に回す発言ですよ!?」

 絶対に外で言ってはいけない爆弾発言に、一同は凍りつく。

 鬼は平然と嘘を言うが、新戸は鬼でありながら素直な一面がある。ただ、それは思ったことをそのまま言うため、相手がお館様でもお構いなし。面と向かって言うことも多いため、柱を含めた多くの隊士が犠牲となっているのだ。

「さあ行きましょう!」

「ちょっと待って、俺今日は博打しに浅草へ行くつ……」

「行きましょう!」

 軽快な足取りで新戸の腕を強引に引っ張って連れて行くカナエに、しのぶは思わずジト目になるのだった。

 

 

 鬼殺隊の本部である産屋敷邸で、カナエと新戸は現当主・耀哉を待っていたのだが……。

「っ…………だーーーーーっ!! (あち)いィィ!!」

 異常なまでに汗を流す新戸は、苛立ちを露わにする。

 新戸は人を喰わないことで体質が変化した影響か、鬼でありながら日光を浴びても灰にならない。それだけ聞けば、鬼が日の光を克服することは鬼殺隊の敗北に繋がりかねないため、柱ですら血の気が引き、無惨は是が非でも手に入れ吸収したがるだろう。

 だが、新戸は日光を克服したのに未だに無惨から刺客を送られてきたことは無い。と言うのも、新戸は日光に30分以上照らされると汗が止まらなくなり倦怠感に襲われ、鬼特有の超人的な身体能力・怪力・不老不死性が著しく低下し、さらに1時間照らされ続けたら疲弊しきって動けなくなるのだ。つまり、日光を克服してると言うよりも、90分だけ日光を浴びながら活動できるようになったのである。

 無惨から見れば、日光を克服するという長年の悲願成就に対して、90分以上浴び続けると死にはしないが無駄に苦しむという代償を払わねばならないのだ。千年の努力に対して結果が釣り合わない上、そもそも新戸は無惨から「馬鹿がうつる」という理由で生理的に無理な相手と認識されている。ゆえに新戸は無惨に狙われず、こうして無為徒食の毎日を送れているのだ。

「耀哉め、俺が苦しむ様を楽しんでるな! 許せん! 鬼の所業だ!」

「それをあなたが言います?」

「「お館様の御成にございます」」

 産屋敷家の息女が姿を見せると、カナエは頭を垂れた。

 それに対し、新戸は手拭いで汗を拭きながら胡坐を掻く。

「お早うカナエ、新戸。今日も空が青く澄んでいていい日だね」

「何が今日も空が青く澄んでいていい日だ。耀哉、俺が活動時間の限界超えるとどうなるかわかってんだろ」

 止まらない汗を拭いながら顔を背ける新戸に、耀哉は困ったように笑った。

 これは完全に不貞腐れている、と。

「……で、どういった用件で」

「私はね、新戸。君を正式に鬼殺隊の戦力として前線に出てもらいたいと――」

「断るっ!!」

 新戸は大声で耀哉の言葉を遮った。

「先代の頃からずーーーっと言ってるけどさ!! 俺は一生スネをかじって生きていたいの!! 何で働かなきゃならないんだよ!! っつーか鬼を狩るのはお前らの仕事だろ!!」

「ふふ……何も君に鬼狩りをしろとは言わないよ、新戸。ただ、これは君じゃないとできないと確信している」

「俺じゃないとできない……?」

 耀哉が新戸に頼んだのは、〝上弦の鬼〟達の情報収集だった。

 鬼舞辻無惨の配下には「十二鬼月」と呼ばれる強力な十二体の鬼がおり、その十二鬼月の中でも上位六体は〝上弦の鬼〟と呼ばれ、幾度となく柱を葬ってきた怪物である。その規格外の強さゆえ、上弦の鬼達の情報を鬼殺隊はほとんど把握できていない。出会ったら殺されるか致命傷を負わされて逃げられるかのどちらかしかないのだ。

 だが鬼殺隊に属する鬼である新戸ならば、上弦の鬼と万が一交戦しても、鬼特有の不死性ゆえに生きて情報を持ち帰ることができるのではないか……耀哉はそう考えた。実際、普段のぐうたらぶりからは想像もつかないが、新戸はかなり強い。有益な情報を持って帰還できる確率は高いし、鬼殺隊側の犠牲も最小限に抑えられるのだ。

「……まあ犠牲になるのは俺一人だから戦略的には正しいかもな」

「わかってくれるかな? 君は鬼殺隊の希望にもなり得るんだ、新戸」

「でもやっぱイヤだ!」

 理解を示してなお断る新戸に、カナエは顔を引きつらせ、万が一を想定して待機していた非戦闘部隊の(かくし)は一斉に青褪めていた。

 我が強く個性の強い性格が勢揃いの柱ですら、耀哉の要請を真っ向から拒否する者はいない。ある意味では鬼らしい自己本位な人格と言えるが、どちらかと言うと我が儘な子供である。

「言っとくけどさ、今の俺には家もあるし着る服も飯もあるんだぞ。その上仕事やろうなんて贅沢すぎだ。鬼の俺が人並みの幸せを得ていいのかよ? それに鬼殺隊の使命に泥を塗るマネはしたくないんだ……だから耀哉、俺の気持ちを汲み取ってくれ」

 真剣な表情で力説する新戸。

 ぐうたらぶりを一切削ぎ落としたその様子に、耀哉は一瞬だけ大きく目を見開く。

 しかし満場一致で一同は思った。

(コイツお館様を言いくるめようとしてやがる!!)

 

 ――そこまでして働きたくないのか、このダメ鬼は。

 

 スネをかじり続けるためだけに、周囲の尊敬を集めるお館様を全力で騙しにかかるクズっぷり。もはや潔さすら感じられる。

 が、そこは我らがお館様。元々先代の頃からの付き合いである分、鬼殺隊の誰よりも新戸を理解しているだけあり、ニコリと笑いながら一刀両断した。

「正論っぽく言い回すのはよくないよ、新戸」

「…………ちっ、勘のいい奴」

 新戸はその後もダダをこね続けたが、活動時間の限界を超えて行動不能となり、最終的には根負けして耀哉の要請を受け入れた。

 ただ、終始イヤそうな顔をしていたため、耀哉を除いたその場にいた全ての者が新戸を睨み続けたとか。

 

 

 残酷な世界で、(ふう)(てん)を。

 一度だけの生に、享楽を。

 罵詈雑言に、開き直りを。

 抱かれた殺意に、無頓着を。

 

 これは、日本一チャランポランな鬼の物語。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸は呪いから外れています。
だって生理的に無理な相手と無惨に認識されているから。


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第二話 異能で楽をしたい。

執筆して思いました。
あ、新戸はいい奴なんだけどやっぱりクズなんだなって。(笑)


 鬼殺隊本部への呼び出しを食らい、耀哉から「働け」と命令された新戸は、不機嫌そうに愚痴を溢していた。

「ったく、俺が何したってんだよ。人も喰ってない、鬼殺妨害もしてない、これ程無害な鬼だってのに何だよあの仕打ち……」

「何もしてないからじゃないかしら? お館様も新戸さんを心配してるのよ。ほら、その証拠にお館様から手紙もらってきたのよ」

「それ手紙じゃなくて血判状!!」

 カナエが取り出したのは、血判が押された産屋敷耀哉直筆の書状。

 内容は端的に言えば「諦めて私の役に立ちなさい」で、要は今までのんべんだらりと生きてきた分のツケを払えということを言いたいのだ。

「あーあー……今日は厄日だ……」

「鬼に厄日ってあるの?」

「少なくとも俺はあるよ」

 そんなやり取りをしながら、蝶屋敷に帰宅。

 すると……。

「カナエ、ちょっと回復させて……」

 そう言って靴を脱ぐや否や、新戸は胡坐を掻いて玄関の近くで寝始めた。

「あらあら……」

 壁に凭れかかって鼻提灯を膨らませるその姿はだらしないが、子供のように穏やかな寝顔であり、カナエは思わず微笑んでしまう。

 胡蝶カナエと小守新戸は、長い付き合いである。

 新戸は本部預かりの名目の下、柱一名の監視下に置かれることとなったが、ほとんどの柱が嫌がったため煉獄槇寿郎の屋敷で居候することとなった。新戸は槇寿郎の倅の世話をすることもあったが、基本的に働きたくないので彼から疎まれ続けていた。そんな中、鬼殺隊に入ったカナエは柱になる以前から新戸に興味を持ち、槇寿郎に自分が預かりたいと申し出て、現在の関係に至るのだ。

 なお、引き渡された際に槇寿郎は歓喜のあまり涙を流し、翌日の柱合会議は二日酔いのまま参加したのは当時の柱のみ知る黒歴史である。

「フフ…………困った(ひと)

 目を細めて微笑むカナエ。

 そんな新戸を見かねたしのぶが、それはそれは不機嫌そうに姉に告げた。

「また玄関で……!!」

「しのぶ、新戸さんは姉さんが初めて仲良くなれた鬼なの。キツく当たらないでね」

「あれだけ怠けてたらキツく当たるわよっ!!」

 しのぶはくっきりと青筋を浮かべて声を荒げた。

 昼間から酒を飲み煙草を燻らせ、夜は柱の屋敷に侵入したり街を歩いたりと、遊び人のように振る舞う新戸。本人は時々家事の手伝いはするのだが、基本的には一日中ダラダラしてるため、ぐうたらな彼にしのぶがよくキレるのだ。

 そんな妹の様子に、カナエはこんな言葉を告げた。

「確かに新戸さんはいつも怠けてるけど、目的を持って行動を起こす時は別よ」

「ね、姉さん? それって、このチャランポランが!?」

「ええ! しのぶもきっと驚くわよ、新戸さんはスゴいんだから!」

「はぁ……」

 信じられないと言わんばかりに、しのぶは眉を顰める。

 生物として人間を遥かに凌駕している……はずなのだが、戦闘や修行とは無縁なこの新戸(おに)が、花柱である姉ですら認める実力を果たして持っているのか。

 熟睡中の鬼に疑惑の目を向けた、その時――

「カー! カー! 鬼の情報入る!」

「「!」」

 二人の下に、鬼殺隊の伝令係である鎹鴉が舞い降りた。

 本部からの要請だ。

「任務ね……じゃあ、一緒に連れて行きましょう! しのぶ、新戸さんの仕込み杖持ってきてね!」

「…………えぇぇぇぇぇ!?」

 新戸と任務を行うと宣言したカナエに、しのぶは今日一番の声を上げるのだった。

 

 

           *

 

 

 二日後、東京府・浅草。

 鎹鴉から伝えられた鬼の目撃情報は、驚くことに発展目まぐるしい大都市であった。

「こんな明るい所に、鬼が……?」

「さすがに気圧されるわね」

 夜なのに明るく、溢れんばかりの人が往来し、見たことがない建物が立ち並ぶ、あまりにも大きな街。

 ここ数年で文明開化が加速した地であるだけあって、胡蝶姉妹も呆気にとられていた。しかし、任務に同行されるハメになった新戸は違った。

「いつも柱に勘づかれるからちょっとしかいられねェんだよな……」

「ちょっと。解釈次第では聞き捨てならないんですけど?」

 新戸の言っていることは、見方を変えれば任務の同行中に柱の目を盗んでほっつき歩いていたことになる。どうやら幼子より目を光らせねばならないようだ。

 これといった問題にならなかったのは、人を喰わずとも鬼としていられる特異体質と、隠や鎹鴉のおかげなのかもしれない。

 すると、新戸が煙草を咥えて火を点けながら、二人に目を配った。

「……二人共、腹でも満たそう。何も食ってねェだろ?」

「あら、奢ってくれるの!? ありがとう!」

「……いやいやいや、どこからそんな金出せるのよ」

 働いてもいないのに収入があることに、嫌な予感がしたしのぶは問い質した。

 その答えは――

「この前の博打のあぶく銭」

「「……」」

 やっぱり新戸はダメ鬼だった。

 

 

 新戸の案内で、胡蝶姉妹は路地を外れて人気が少ない道を歩いていた。

 すると三人の前にうどんの屋台があり、店主が煙管を吹かして退屈そうに座っているのが見えた。

「ん? ――おおっ、小守じゃねえか!」

 新戸の姿を見かけた途端、店主は手を振って挨拶した。

「久しぶり、豊さん」

「随分見なかったからな……いつも通り山かけか?」

「久しぶりだから、しっぽくもいい?」

 胡蝶姉妹は互いに顔を見合わせた。

 どうやらうどん屋の店主――豊さんは新戸の顔馴染みのようだ。

「嬢ちゃん達は何か頼むかい?」

「じゃあ、私はきつねを。しのぶは?」

「じゃあ……たぬきを」

「あいよっ!」

 豊さんは気前よく応じ、調理に取り掛かった。

 三人は出来上がるまで長椅子に座り、新戸は懐から煙草とマッチを取り出す。

「フゥ~~~……あー煙草うめェ」

 一服を満喫する新戸に、しのぶは動揺していた。

 ――鬼と人間が、仲良くしている。

 鬼とは仲良くできるという持論をカナエは持っているが、それが現在進行形で行われているのだ。鬼は人間の天敵であるのが常識だったのに、新戸は鬼でありながらその常識を覆しているのだ。

「だから言ったでしょ、しのぶ。新戸さんはスゴいって」

「むぅ……」

 不服そうに頬を膨らませるしのぶ。

 すると豊さんが、新戸に出来上がった山かけうどんを渡した。

 新戸は一礼してから出汁を一口飲む。

「あぁ……いい味だ、生き返る」

「わはは! 俺のうどん食う時いつも言うよな」

「こちとら随分とお預け食らったもんでね」

 そう言いながら、ズルズルとうどんを啜る新戸。

 その後にカナエとしのぶにもうどんが渡され、一緒に啜る。

「ん~~~! 美味しいわ!」

「そりゃあ俺の自慢のうどんだからな! 小守、しっぽくはちょっと待ってな!」

 豊さんが裏側に引っ込んだ。

 すると、うどんに夢中だった新戸が箸を止めて眉を顰めていた。鬼特有の縦長の瞳孔は、街灯に照らされていない路地裏をじっと見つめ続けており、まるで睨み返しているかのようにも見えた。

 カナエとしのぶは異変に気づいたのか、怪訝そうに新戸の顔を覗き込んだ。

「……見てやがる」

「「っ!!」」

 不機嫌そうに放った言葉に、二人は顔を強張らせた。

 討伐対象の鬼が、自分達の様子を見に来ている……そう悟ったのだ。

「……狙いはしのぶだな。急にしのぶを見やがった」

「私なの……!?」

 新戸曰く。

 鬼は人間なら老若男女問わず喰らうが、女性はお腹の中で赤ん坊を育てられる程の栄養分があるため、女性を多く食べた方が鬼としては早く強くなれるという。

 討伐対象は、しのぶは三人の中で一番弱く喰いやすそうに思っているようだ。

「どうする? 鬼狩りは鬼殺隊(おたくら)の仕事でしょ?」

「「戦いなさいよ」」

「えぇ……」

 何言ってんだとでも言わんばかりに、露骨にイヤそうな顔でうどんを啜る新戸。

 二人揃って貼り付けた笑みを浮かべており、居心地が悪くなった新戸は「やりゃあいいんでしょ、やりゃあ……」と深く溜め息を吐いた。

「小守、しっぽくできたぞ」

「うっす」

 

 ずぞぞぞぞっ!

 

「「「!?」」」

 しっぽくうどんを受け取った瞬間、新戸は一気に麺を啜り、具材も出汁も一気に飲み干して完食。10秒程で食事を終えると、人数分の金を渡して仕込み杖片手に立ち上がった。

「用事できたから、ちょっと失礼。どうもゴチになりました」

「お、おう……」

 本日三本目の煙草を咥えて火を点けると、紫煙を燻らせ面倒臭そうにその場を後にした。

「しのぶ、後を追うわよ」

「えぇ……って、ええ!? 姉さんいつの間に食べ終えたの!?」

「ほらほら! 早く行かないと()()()()()()()()!」

 

 

           *

 

 

 鬼の気配を探り、二人は夜の街を駆ける。

「いたわ!」

「!」

 新戸の姿を視認し、足を止める。

 二人の目の前では、鋭い爪を見せつけ威嚇する女の鬼と、煙草を咥えた新戸が対峙していた。

「同じ鬼のクセに、何で鬼狩りに加担するのよ!」

「そりゃ鬼狩りのスネかじって生きてるんだもん」

「恥ずかしくないの!?」

 討伐対象の鬼にすら非難される新戸。

 人からも鬼からもどうしようもない奴と認定されているのに、完全に開き直っている新戸。ある意味で不屈の精神か一種の才能である。

「そういやあ、あの頭無惨今何してんの? ワカメ卒業できた?」

「んなっ……!? あ、あの御方を愚弄するな!! 裏切り者め!!」

「裏切るも何も、向こうから勝手に縁切ったんだけどね。まあ産屋敷のスネかじれるしそんなに拘束されないし万々歳だからいいけどさ。それにしても可哀想だね~……上司の悪口言えないなんて」

 憐れむような眼差しで無惨を罵る新戸に、鬼は憤る。

 人喰い鬼にとって、無惨は絶対的存在。恐れる者が多いが、慕い敬う変わり者もいる。彼女の場合は無惨に恩義を感じている分、主君を愚弄する同族など決して許すことはない。

「……で、どうする? 鬼いちゃん今うどん食えて気分いいから、一思いにスパッとサッパリ頸落とすけど」

「断るに決まってるでしょ!!」

 

 ヒュッ! チャキッ――

 

「……え……?」

「――つっても、早く帰ってダラダラしてェからもう斬っちまったけど」

 新戸がそうボヤいた瞬間、鬼の頸が物音一つ立てずに胴体から離れた。

 鬼は勿論のこと、目の当たりにしていたしのぶですら驚愕した。鬼から軽く四丈(12メートル)は離れていたのに、新戸はその場から一歩も動かず頸を落としたからだ。

(な……何なの!? 何で斬れたの!?)

 しのぶは動揺を隠せないでいた。

 彼女も立派な鬼殺隊士だ。新戸が一体何をしたのかは、その目でしっかりと捉えていた――が、理解ができなかった。新戸がしたのは、仕込み杖を逆手で抜刀し、()()()()()()()鞘に納めただけなのだ。

 そこへ、カナエの声がかかった。

「〝鬼剣舞(おにけんばい)〟」

 その呟きに、しのぶの双眸がカナエに向けられる。それを受けてカナエも続けて言う。

「新戸さんの血鬼術(けっきじゅつ)、〝(つい)()(しき)〟の技の一つよ。彼は斬撃を飛ばして広範囲攻撃ができるのよ」

「斬撃を……飛ばす……!?」

 新戸は普段こそぐうたらであるが、戦闘となると話は別だ。彼は杖に仕込んだ日輪刀で、我流剣術と鬼の異能・血鬼術を組み合わせた〝追儺式〟を駆使する。

 この〝追儺式〟は、斬撃をかまいたちのように飛ばすことができるという効果がある。血鬼術は人間時代の未練やこだわりが強く反映される場合があり、新戸の場合は「楽をしたい」「働きたくない」というクズっぷりが剣術に反映し、まさかの広範囲攻撃に昇華したのだ。反映した理由がくだらないのが、実に彼らしい。

 そして先程の技は〝鬼剣舞(おにけんばい) 押込(おっこみ)〟という技。抜刀と共に斬撃を頸目掛けて放つ技だ。

「任務完了。あ~、やっとこれで帰れる」

 仕込み杖で肩をトントンと叩きながら、腰に提げた酒入りの瓢箪に口をつける。

 頸を落とされた鬼は、怠け者とは程遠い強さを持つ同族の背中を見つめ続ける。

「……ねえ……教え、て……」

「ん?」

「……苦しくも……痛くも、ない、の……」

 徐々に灰と化していく鬼の言葉に、しのぶは新戸に目を向けた。

 鬼は女子供の姿をしていても関係なく、何十年何百年と人を喰って生きる醜い化け物だ。

 なのに、鬼に情けをかけるなど――

「ねえ……何で……?」

「そりゃあ、痛いだの苦しいだの言って死ぬのは誰だって嫌だろ」

 さも当たり前のように言う新戸の返事を聞いた鬼は、静かに涙を流した。

 それを見たしのぶは、カナエが初めて新戸と会話した時を思い出した。

 

 ――人だけでなく鬼も救いたい、ね……やるだけやってみりゃいいじゃん。そんな小さいこと気にしてたら人生楽しめねェぜ?

 

(新戸さん……)

 しのぶは、新戸をダメ鬼と罵ってきたことを恥じた。

 新戸は振る舞いこそ瘋癲だが、その本質は鬼とは思えぬ優しさがあり、人も鬼も救われることを願って剣を振るっている()なのだと。

 すると、新戸は消滅していく胴体に目を付け、着物をガサゴソと探り始めた。

(……形見でも弔うつもりなのかしら……)

 鬼は頸を落とされたら、灰と化すのみ。遺体は髪一本たりとも残らず、衣服や履き物しか残らない。

 優しい人だ、残された物で死にゆく鬼を弔うつもりなのだろう――そう思っていたのだが……。

「ひいふうみい……」

「「「……は?」」」

 新戸の手にあるのは、鬼の着物に入っていた巾着と紙のようなモノ。どうやら巾着にはお金が入っていたようだ。

 それと共に、嫌な予感がした。

「じゃあ、君の懐に入ってたお金でチャラね。ダラダラ自由にしていたかった俺を引きずり出した迷惑料ってことで」

「っ!? こっ……このクズ野郎っ!! 死ね!! 死ね!! 私の涙をか――」

 返せ、と言い切る前に鬼は消滅した。

 最期に浮かべた表情は、苦痛なく逝けることへの安堵ではなく、ちゃっかり金をくすねる新戸への怒りだった。

「「……」」

「うっし、帰るか………って何だよ、その目」

 こうして、浅草での任務はちょっぴり後味が悪い形で終わった。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸の収入源は三つ。
一つ目は博打のあぶく銭。
二つ目は盗んだ柱の給料。
そして三つ目は倒した鬼の所持品。


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第三話 煙草や酒より美味い血があるわけ無いじゃん。

12月最初の投稿です。

12/3 修正と付け足しを行ってます。


 同年九月二十日、午前十一時四五分。

 この日、鬼殺隊最強と見立てられる〝岩柱(いわばしら)悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)は、本部から緊急の招集命令を受けていた。

(この気配……小守もいるのか? それに……御子息様達も?)

 敬愛する主に加え、子息達の気配とあのチャランポランな鬼の気配を感じ取り、思わず怪訝な顔を浮かべてしまう。

 その時、新戸の高笑いを耳にし、何事かと思い柱達がいつも集う庭に向かうと――

「「うっ……」」

「俺に勝とうなんざ百年(はえ)ェんだよ! 耀哉も勝てなかったんだ、諦めたっていいんだぜ!」

 縁側に陣取って高笑いする新戸の前で、産屋敷家の幼き跡取り・()()()とその妹・かなたが項垂れていた。

 新戸は産屋敷邸に居る時は、必ず五つ子の誰かと遊ぶ。新戸自身が退屈なのもあるが、鬼狩りの中枢としての仕事を務めてばかりでは疲れが溜まるばかりと見て、こうして遊びに誘っては満喫するのだ。

 今日の遊びはどんぐりゴマ。しかも新戸が「一度でも自分を負かせたら仕事をしてやる」と賭けを申し出たため、三人は父の為にと意気込んで容認した。だが遊戯において化け物じみた強さを誇る新戸に、輝利哉とかなたは絶望の淵に立たされていた。

 すると、窮地に追い込まれた二人を見ていた姉のくいなが、「奥の手を使わせていただきます」とクヌギでできたどんぐりゴマを取り出した。

「んなっ!? くいな!! 何でクヌギコマ持ってんだよ!? 俺ですら見つけられなかったのに!!」

「敵は取ります! そして働かせます!」

(平和だ……)

 悲鳴嶼はスッと涙を一筋流す。

 新戸が鬼でなければ。輝利哉達が普通の子供であったなら。その様子は近所の青年が子供達に交じって遊ぶ、ありきたりで平穏な日常の一部だ。

 この日常を鬼から護るのが鬼殺隊だ。鬼の青年が人間の子供、それも敬愛するお館様の御子息達と仲良くしてるのは、鬼に人生を狂わされた身ではあるが少しだけ微笑ましくも思えた。

「あーーーーっ!!」

 すると、今度は新戸が絶叫し、膝から崩れ落ちて項垂れた。

 くいなが新戸に勝ったようである。

「お父様、勝ちました!!」

「よかったね、三人共」

 輝利哉達が嬉しそうに耀哉(ちち)に勝利を報告し、新戸は「クヌギさえあれば……クヌギさえあればっ!!」と非常に悔しそうな負け惜しみを披露する。

 暗い影を落とす新戸の姿は、まさしく崖っぷちに立たされた人間。いや、この場合鬼狩りに頚を斬られる寸前まで追い詰められた鬼と言うべきか。どちらにせよ、調子に乗って変な賭けをするんじゃなかったと心の底から後悔していた。

「……手を抜いて負けたのか、小守」

「悲鳴嶼か……違う違う、手を抜かなきゃなんないんだよ、人間と同じくらいの力に。そうじゃないと()()()()()()()

 酷く落ち込んだ顔で言う新戸に、悲鳴嶼は察した。

 鬼の特性の一つに、超人的な身体能力や怪力がある。その拳や蹴りは臓腑を破裂させ、人間の体をへし折ったり抉ったりすることすら造作も無い。

 新戸の場合、どんぐりゴマを回すには()()()()()()()()()()()()()()で回さねばならず、力加減を間違えれば回した瞬間にコマが粉微塵と化してしまう。そうなれば勝負以前の問題で、下手をすれば自滅という形で不戦敗となる。鬼には鬼なりの苦労があるようだ。

「難儀なものなのだな……」

「相変わらず慈悲深いことで。俺のことは無理に同情しなくてもいいってのに」

「そう言ってくれるとありがたい」

 ジャラジャラと数珠を擦りながら、また一筋の涙を流す。

 すると、今度は花柱のカナエが同僚である〝音柱(おとばしら)〟の()(ずい)(てん)(げん)と共に姿を現した。

「新戸さん、残念でしたね」

「カナエと天元突破ハデンジミンか……ああ、そうだよ、クヌギコマさえあれば……クソッ!」

「いや、クヌギコマへの信頼が派手すぎるだろ……」

 たかがどんぐりだろ、と呆れる宇髄。

 そんな中、ふとあることに気づく。

「おい、あの地味な日輪刀はどうした?」

「え? 俺の仕込みのこと? ……はっ! しまった! 物干し竿代わりにしたまんまだった!」

「おいウソだろ、日輪刀を何だと思ってやがる」

 必要以上に神経質にはならない新戸だが、こればかりはさすがの宇髄も引いた。いくら何でも扱いが雑すぎる。刀鍛冶が聞いたら血の涙を流しそうだ。

 ちょっと取って来ると言って一度その場を去る鬼に、カナエは困った笑みで見つめ続けている。さすが「鬼と仲良くできる」という持論の持ち主だ。

「そう言えば宇髄さん、ここだけの話ですけど、新戸さんの日輪刀の刃元の彫り文字を知ってますか?」

「ん? あいつもあるのか? 俺達と同じ〝惡鬼滅殺〟なんだろ」

「残念でした、〝労働ハ敵〟ですよ」

「どんだけ働きたくねェんだよ!!」

 

 

 正午になり、〝水柱(みずばしら)(とみ)(おか)()(ゆう)と新たに柱となった〝風柱(かぜばしら)不死川(しなずがわ)実弥(さねみ)も顔を出し、緊急の柱合会議が始まった。

「よく揃ってくれたね。私の大事な剣士(こども)達」

 息女達に連れられ、耀哉は頭を垂れる柱達に微笑む。

 そこへ――

「お館様におかれましても御壮健で何よりです、益々の御多幸を切にお祈り申し上げます……耳に胼胝(たこ)ができる程聞いたぜ、いい加減覚えるっての」

 どこか退屈そうな声が響く。

 柱達は声が聞こえた方向に顔を向けると、物干し竿代わりにしていた仕込み杖を取りに行っていた新戸が戻ってきていた。

「新戸さん……」

「耀哉への挨拶は早い者勝ちって前に言ってたじゃんか」

「いや、それはそうですけど……何て言うか……」

 新戸はそのまま縁側に上がり、耀哉の傍で胡坐を掻いた。

 その呑気な態度に、一同は呆気にとられる。

「……お館様、失礼を承知で申し上げますが、何故鬼がこの屋敷に居て太陽の下で平然としているのですか」

 ふと、実弥は地を這うような低い声で耀哉に尋ねた。義勇は一言も発していないが、警戒を強め刀に手を掛けている。

 二人の顔には困惑と恐怖が混じっていた。それはそうだろう。鬼が日の光を浴びても灰となって消滅していないのだから。

 殺気立つ二人に対し、新戸はというと……。

「え? 何か問題でも?」

「問題ありまくりだクソ鬼ィ!!」

 あっけらかんとしている新戸に、実弥は声を荒げる。

 柱達の前、それも耀哉の横で小指で鼻をほじるだらしない鬼の、あまりにも白々しい態度。いっそ清々しさすら感じた。しかし敵意は一切感じられず、カナエとのやり取りや他の柱達の様子を見た義勇は、何か思い出したのか目を見開いて警戒を解いた。

「二人共、驚かせて済まない。義勇も初めて会うかな。彼は小守新戸。私の父……先代当主の頃から鬼殺隊に在籍している、日光への耐性を持つ鬼だ。当然人を喰ったことは一度も無いし、鬼舞辻の支配からも逃れてるよ」

 その言葉に、実弥と義勇は息を呑んだ。

 そんな虫のいい話があるのかと、お館様は騙されてるのではと勘繰ってしまいそうになる。

「……俄には信じ難いです。人を喰らわない鬼がこの世に存在するとは思えません」

「フフ……そうだろうね。でも彼は見たとおりだ。鬼殺隊に来て10年、今まで監視をしてきた者達からは一言も人間への危害、人間の血肉を口にしたという報告は上がってない」

「ホントホント。耀哉の言ってること事実だから」

 グビグビと瓢箪の中の酒を飲む新戸に、義勇は少しイラッとした。

 まるで緊張感が無い。柱は誰一人として自分を殺せないという傲慢なまでの自信の表れなのか、それともこの場で刃傷沙汰はやらないだろうと信じているのか。ただ、お館様が自分達に嘘をつくわけがない。

 それは実弥も同じで、あの白々しい態度が癪に障ったのもあってか、説明を受けても信じられないと食い下がった。

「人を喰わねェ鬼がいるわけねェ……お館様、俺がそこの鬼の化けの皮を剥いでやりますよォ!!」

「いや、化けの皮っつっても特に俺何も被ってねェんだけど」

「てめェ馬鹿にしてんのか!!」

 そう怒鳴って抜刀し、自分の腕を斬りつけた。

 実弥は稀血の持ち主である。稀血を持つ人間は誰であろうと肉体や血の栄養価が極めて高く、一人食べるだけで50~100人分の人間を食べるのと同じだけの栄養を得られるという。しかも実弥に流れる稀血は、その稀血の中でも希少かつ特別。鬼がその血の匂いを嗅ぐだけでも、酩酊するほど濃いものであるのだ。

 どんな鬼でもその血を欲して本能を剥き出しにする。新戸という鬼も、鬼である以上は涎を垂らして食らいつくに決まっている。

 そう思っていた実弥は、獰猛な笑みを浮かべた。

「本性出せや鬼ィ!!」

「…………」

「何だその顔はァ!!」

 稀血が滴る腕を差し出した実弥に、新戸はドン引きしていた。

 匂いで酩酊することもなく、正気を失って襲い掛かることもなく、ただただドン引きしていた。

「っ……おら、来いよ鬼ィ!!」

「気色悪い奴だな、しつこい」

 納得のいかない結果に、実弥は稀血が滴る腕を突き出すが、新戸は非常にイヤそうに一蹴。

 こいつ頭のネジ外れてるのかとか、そんな余計な副音声でも付いてきそうだ。

「お前の大好きな人間の血だぞォ……」

「そもそも煙草や酒より美味い血があるわけ無いじゃん」

 とどめの一撃とも言える本音に、ついに全員が吹き出した。

 新戸は人間の血肉ではなく、鬼が本来行わない睡眠や人間の食事でエネルギーを摂取し、酒と煙草で鬼の本能を抑えている。煙草と酒の依存ぶりは相当なモノで、人間の血肉への飢餓感をも凌駕している……というか、ほぼ中毒者である。

 そんなぐうたらな彼にとって、稀血など無意味なのだ。なぜならすでに()()()()()()()()()()()()だからだ。

「それよりも早く手当受けた方がいいよ、人殺し白髪丸君」

「誰が人殺し白髪丸だ!!」

「お前以外いないっての。鏡見てみん、実際鬼殺してるっつーよりも人殺してる顔だからマジで。誰がどう見ても人殺し白髪丸だから」

 顔中に血管を浮かび上がらせる実弥と、彼を不審者でも見るような目をする新戸。

 どこからどう見ても馬が合わない。鬼狩りと鬼という相容れぬ立場のせいだと思うが、仮に新戸が人間でも相性最悪だろう。

 すると耀哉は口元に人差し指を当ててその場を鎮め、新戸に二人を紹介した。

「じゃあ改めて私が紹介しよう、新戸。〝水柱〟冨岡義勇と〝風柱〟不死川実弥だよ」

「水と風、か……まあこいつが言った通り、俺は小守新戸。現在進行形で耀哉のスネをかじってます。以後よろしく」

「何様のつもりだ。働け」

「えっ? 何で働かなきゃいけないの?」

 新戸の言葉に腹を立てた義勇が完璧な正論で殴りかかるが、即座に放たれたとんでもない切り返しに言葉を失う。

 完全な開き直り。意外そうな顔で発せられた吹っ切れた発言に、義勇と実弥はなぜ鬼舞辻無惨の支配から逃れることができたのかが理解できた。

 ――こいつは支配を逃れたんじゃない、クズすぎて()()()()んだ。

「あと一つ訂正ね。俺は日光への耐性はそこまでない。せいぜい90分……半刻とちょっとしか日光を浴び続けられないから。……ってか、そんなことの為に集めたのか?」

「君から本題を切り出すなんてね」

「いい加減気にするがな」

 耀哉は柱達に顔を向け、本題を切り出した。

「新戸、これからの柱合会議は君も顔を出しなさい」

「ハァッ!?」

 まさかの発言に、新戸は思わず声を上げた。

 それは柱達も同様で、動揺を隠せないでいる。

「今までスネをかじってきたんだ、私が倒れる前にツケを払ってもらわないとね。輝利哉達の戦果も無駄にはしない」

「……おい、まさかアレか。これ俺に圧力かけるために集めたのか」

「何か問題でも?」

 何を今更と言わんばかりに微笑む耀哉に、新戸は顔に血管を浮かばせた。

「お前、汚いぞ!! 権力濫用に加えて柱呼んで一人の人間……じゃねェや、一人の鬼に圧力かけるのは!!」

「君が働かないからいけないじゃないか」

「働かないのが人を喰うぐらい悪いってのか!?」

「お前人喰い(それ)引き出すの反則だろォ!!」

 

 ゴシャッ!

 

「ひでぶっ!」

 人喰いの単語を用いてスネかじりを正当化させようとする新戸に、実弥は思わず手を挙げて殴ったのだった。

 なお、この柱合会議は待機していた隠達によって「御前騒動」と呼ばれ、ある種の伝説のように語り継がれるのだが、当の本人達はまだ知る由も無い。

 

 

           *

 

 

 午後七時半、東京府某所。

 後に「御前騒動」と呼ばれることになる会議を凌いだ新戸は、腰に仕込み杖を差して単衣羽織を袖を通さず羽織り、柱も隊士も連れず一人で街をうろついていた。

「ったく何だよあのヤクザ柱、いきなり殴りやがって……あ、酒切れた」

 瓢箪の中の酒が無くなり、しょんぼりとする新戸。

 日中の会議の圧力で新戸は否が応でも働くハメになったが、その見返りとして単独行動を許された。今までは鬼という存在ゆえに人にいつ襲い掛かるかわからなかったために柱が監視役として付いたのだが、実弥の一件を機に監視を解いたのだ。といっても、あくまでも柱の監視が不要になっただけなので鎹鴉による監視は続いてはいる。

 当然、その監視目的は仕事をしてるかどうかである。

「上弦の情報、か……()()はあるっちゃあるけどなァ……俺あいつ苦手なんだよなァ、煽ってくるし」

 ブツブツと独り言を並べる新戸。

 最悪な関係という訳ではないが、できれば頼りたくない知人の顔を思い出し、遠い目をする新戸だったが――

(うわ……また見られてる。今月で二度目だぞ……)

 ふと察知した鬼の気配に、思わず溜め息を吐く新戸。

 しかも今回は二体いる。しかし先日の女鬼のような敵意や悪意、殺意は感じ取れず、「モテ期なのかなァ」とボヤきながら二つの異質な気配に近づいた。

 新戸を見ていたのは、黒髪を結い上げた着物姿の妙齢の女性と書生のような恰好をした少年だった。

「えーっと……鬼の御二方、何か用ですか?」

「っ! 貴様、鬼狩りか……? 鬼だからなんだ! 珠世様には指一本触れさせないぞ!!」

「よしなさい、()()(ろう)。……ごめんなさい、気を悪くしてしまいましたか?」

「いやいや、()()にじっと見られると色々勘繰ってしまうんで。例えば、鬼舞辻のワカメ頭の回し者だとか」

 新戸がそう言った途端、二人は一瞬で顔を真っ青にした。

 まるで信じられない光景を目の当たりにしたような反応で、文字通り血の気が引いている二人に新戸は困惑する。

「貴様、珠世様と同じ体質なのか……!?」

「あなたは、何者なのですか……?」

「……場所、移す?」

 困惑気味の新戸の提案に、二人は顔を縦に何度も振った。

 

 

 午後八時頃。

 新戸は町外れにある木造の診療所に案内され、奥にある西洋の装飾品がバランスよく配置された畳の部屋へと通された。

「申し遅れました、私は珠世と申します。この子は愈史郎です」

「俺は小守新戸。鬼殺隊公認の鬼だ」

 軽く自己紹介をし、新戸はマッチを取り出して煙草を咥える。

 喫煙者と知った珠世は、灰皿代わりにと白い陶器の皿を差し出し、新戸は気遣いに感謝するように一礼してから火を点けた。

「フゥ…………やっぱり煙草は美味しいぜ。悪いね、気ィ遣わせちゃって」

「ああ、全くだ」

 胡坐を掻いて煙草を吹かす新戸を、愈史郎は腕を組んで吐き捨てる。

「それで、鬼狩りに認められてるとはどういうことだ」

「人を喰わないからな。血も必要ない。煙草と酒、それに睡眠と人間の食事……まあ要するに安全な鬼だ」

 そう告げた瞬間、珠世と愈史郎は驚きのあまり目を見開いていた。鬼の範疇から逸脱した存在を目にするのは初めてなのだろう。

 特に珠世の驚きぶりは尋常ではなく、我を忘れて信じられないと叫んだ。

「そんな馬鹿な……! どんな鬼も人間の血肉が無ければ生きていけないはずなのに……!」

「そのまさかなんだよなァ」

 ケラケラ笑う新戸に珠世は戸惑いを隠せないが、同時に好奇心が湧いた。

 新戸は確かに鬼だ。口を開けば鬼特有の牙が見え隠れし、その瞳孔も人間のそれではない。だが平然と紫煙を燻らせ、人前で鬼舞辻無惨の名を口にしても「呪い」が発動しない鬼など、数百年生きてきた珠世から見れば規格外にも程がある〝未知の個体〟だ。

 この鬼を知らねばならない――そんな使命感を覚え、珠世は自らのことを話し始めた。

「私は自分で体を随分弄ってます。鬼舞辻の呪いも外し、人の血を少量飲むだけで事足りる。ですがあなたは、人の血肉を口にせず人間と同じ食生活を送れる。鬼は本来飲食を行えませんから……はっきり言って、羨ましい限りです」

「ん? 珠世さんと愈史郎は飲み食いできないのか?」

「私は紅茶だけです。体質を変化させましたが、あなたと比べると……」

 どこか憂いた表情の珠世に、新戸は「難しいね」と言いながら灰を落とす。

 そんな珠世を見た愈史郎は、憂いた顔も美しいと顔を赤くしている。

「……そう言えば愈史郎は彼氏? それとも息子? まさかの愛人?」

「んなぁっ!?」

 まさかの質問に、愈史郎は茹で蛸のように真っ赤になった。

「こんな別嬪と二人っきりなんだからそう思って当然だろ」

「んな……ななな……!」

「そこんトコ、どうなんだい」

 言葉にならない言葉で動揺する愈史郎を他所に目を向けると、珠世はクスクスと楽しげに笑みを浮かべながら答えた。

「愈史郎は私が鬼にした子です」

「珠世さんが? ……ってことはアレか、不治の病を患っていた者への延命措置的なヤツか」

「はい。もっとも、二百年以上かけて鬼にできたのは愈史郎ただ一人ですが」

「あんた一体何歳だ?」

「女性に歳を聞くな無礼者!!」

 いつも通り思っていたことをそのまま口にする新戸に、案の定愈史郎は激昂。

 鋭い正拳突きを繰り出すが、傍に置いていた仕込み杖の柄で受け止める。

「すぐ暴力で訴えるのはダメだろ。珠世さんの好感度高くしてェなら、な」

「! ぐっ……余計なお世話だっ!!」

 フンッと顔を逸らす愈史郎を、新戸は愉快そうに笑う。

 そんな光景に微笑ましく感じた珠世だが、すぐに真剣な表情になって新戸に告げた。

「新戸さん、あなたは先程鬼殺隊公認の鬼とおっしゃいましたね? すでに察してるかと思いますが、私は鬼であると共に医者でもあり、何より鬼舞辻を抹殺したいと思っています。あなたにも鬼殺隊での立場があってやりづらいかもしれませんが……どうか私に力を貸してくれませんか?」

「いや、全然いいですけど。むしろ大歓迎、いくらでも口利きしますとも。それで仕事せずに遊んで暮らせるなら切腹覚悟で直談判するよ」

「お前さては人間の頃から腐ってたな……?」

 快く了承してくれたが、クズっぷりを遺憾なく発揮する新戸に愈史郎は思わず頭を抱えた。

 しかし鬼殺隊と連携を取れるようになるのは、新戸の介入によって鬼殺隊に抹殺対象にされずに〝研究〟に没頭できるという意味でもあり、割とおいしい話。珠世は愈史郎に「お言葉に甘えましょう」と安堵した笑みで告げた。

「ありがとうございます。それと折り入って一つお願いがあるのですが……」

「今なら別にいいよ。労働関係以外なら」

「ええ、働くわけではありません。ただ……」

 

 ――あなたの体を調べさせてほしいの♪

 

 その瞬間、新戸は仕込み杖を手に取り脱兎の如く逃げ出そうとした。

 本能が察知したのだ。ヤバイことになったと。

 だが、時すでに遅し。珠世は血鬼術「(わく)()」を発動し、〝視覚夢幻の香〟で新戸の動きを封じた。

「大丈夫、痛くはしませんよ」

 それはそれは悪い笑みを浮かべた珠世に、新戸は震え上がった。

「ま、待ってくれ……! 話せばわかるから! 心の準備もできてないし! 愈史郎、お前も一言言え!」

「……フッ」

「こんの人でなしーーーーーっ!!」

 自分のことを棚に上げた叫び声を上げ、珠世に体を調べられる新戸だった……。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸を監視する鎹鴉は五羽で、一羽は産屋敷家の伝令、残りの四羽は好き勝手にふらつく新戸の捜索係。


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第四話 誰かに養われる日々を貫き通すのが一番大事だから。

後半は自分でも何を書いてるんだろうと思いました。(笑)


 同年十月三日、二時一七分、東京府北豊島郡滝野川村。

 この日、鬼殺隊の最下級である「癸」の隊士・村田と尾崎は窮地に立たされていた。

 鎹鴉の要請で任務を受けた二人は、討伐対象の鬼を狩るべく交戦していたのだが、尾崎が負傷してしまったのだ。

「うっ……!」

「村田!」

 腕が折れた同僚を庇いながら戦う村田だったが、長期戦に持ち込まれてしまい、体力が限界を迎え始める。必死に足掻くその姿を、鬼は嘲笑った。 

「心配すんなよ、二人共食ってやるからな……」

(い、嫌だ! こんな所で死ぬわけには……!)

 歯を食いしばり、死中に活を求める。

 しかし下級の鬼と言えど、人間を遥かに上回る身体能力であるのは変わらない。人を喰らい続けたことで得た怪力に、潰されそうになる。

(も、もうダメ……!)

 心が折れそうになった、その時だった。

 

 ゴトンッ

 

「……は?」

 突然、目の前の鬼の頸が何の前触れもなくズレて落ちた。

 いきなりの事態に呆然とするが、鬼の胴体が倒れたことでハッとなる。

「え、ええ!?」

「え!? 何で!? 俺何もしてないよ!?」

「な、何ィィ!? い、いつ斬ったお前ら!!」

 斬られた鬼自身も、戦っていた村田も混乱する。

 尾崎は腕を折られたために剣を持てず、自分も鬼の攻撃を受け止めたままなので、状況的には何もできないはず。考えられるのは救援だが、かまいたちを起こせる者はさすがにいない。じゃあ、一体誰が……?

 そんなことを考えていると、煙草の匂いがどこからか漂ってきた。

「お~い、二人共喰われて死んでるか~?」

「「言い方!!」」

 死人が口を利くか、と青筋を浮かべる二人。

 鬼を斬ったのは、血鬼術で斬撃を飛ばした新戸だった。煙草を咥えた彼は「焼酎」と書かれた瓶を手にしており、どうやら酒屋で酒を買った帰り道のようだ。

「そんで、どうしたの。足滑って転んだ?」

「転んでこうなる腕は持ってないわよ!」

「そんぐらい気が強けりゃ問題ねェな」

 もはや通常運転とも言える新戸の態度に、村田と尾崎はジト目で睨む。

 鬼殺隊の一般隊士にとって、小守新戸という存在を快く思わない者の方が多い。それは鬼殺隊に属する人間の多くが縁者を鬼に喰い殺され、鬼に対して並みならぬ憎悪を抱いているからでもあるが、一番の理由は働かずに遊んで暮らしていることだ。しかも戦闘力は高いのに、だ。

 体質上ほぼ不死身な上にひたすら遊んで暮らす、異様に戦闘力の高いクズ――それが一般隊士から見た新戸の共通認識であるのだ。

「まあ、アレだ。応急処置ぐらいはしてやるよ」

 新戸はそう言うと詰襟の(ボタン)を外し、腹に巻いていた晒を解く。

 そして解いた晒を器用に尾崎に巻き付け、折れた腕を心臓より上に挙げて固定した。

「カナエから嫌々学ばされてよかったよ」

「花柱様から……?」

「付き合いが(なげ)ェのさ」

 新戸はどっこいせ、と立ち上がる。

「じゃあ、俺ァここでお暇させてもらうぜ。今の鬼殺隊は人手不足だからな、くたばるんじゃないぞ。俺にまで仕事回ってきたら溜まったモンじゃない」

「「フザけんなクズ野郎!!」」

 手をヒラヒラ振りながらどうしようもない発言を残した新戸に、鬼狩り二人の怒りの叫びが木霊した。

 

 

 しばらく時が経ち、時刻は四時五分、東京府北豊島郡王子村。

 偶然鉢合わせた村田達と別れた新戸は、焼酎片手に煙草を吹かしながら夜道を歩いていた。

「ったく、何が上弦の情報取ってこいだよ。俺は鬼でもどっちかつーと新参者なんだよ。十二鬼月がどこで何してるかロクに把握できないまま放り込むって、いい性格してるよアイツ」

 ブツブツと独り言、それも鬼殺隊の頂点たる耀哉の悪口を呟く新戸。

 その矛先は、最近顔を見ない煉獄槇寿郎にも向けられる。

「っつーか槇寿郎こそ何やってんの? アイツこそ仕事しろよって話じゃん。俺が働くハメになったの絶対槇寿郎のサボりだっての。いや働きたくない気持ちはすっごく共感できるんだけどさ……」

 お館様どころか柱の悪口まで言ってのけ、煙草の灰を指で優しく落とした。

 その数秒後――

 

 ドォン!

 

「――ん?」

 ふと、後方で轟音と共に砂塵が上がった。

 そこはちょうど、新戸が煙草の灰を落とした場所だ。

「……え、ウソでしょ? さっきの灰か? 俺の煙草の灰が!?」

 混乱する新戸は、動揺を隠さずに砂塵に浮かび上がった影を見据える。

 砂塵が晴れ、そこから現れたのは、刺青のような紋様を身体に浮かび上がらせた紅梅色の短髪の鬼。右目には「上弦」、左目には「参」という文字が刻まれており、新戸が今まで斬った鬼とは比べ物にならない〝圧〟を放っている。

 突然の十二鬼月の襲来にきょとんとすると、鬼は一瞬で距離を詰めて拳を振るったが、新戸は紙一重で躱した。

(躱した……!)

「っぶねェな!」

 

 ドッ!

 

 居合一閃。

 上弦の鬼の右腕を、新戸は瞬時に仕込み杖を抜いて斬り飛ばした。

「――中々の居合だ」

 赤髪の鬼は瞬く間に斬り飛ばされた腕を再生させ、称賛しながら笑う。

「……お兄さん、用があるなら拳より先に口を出しちゃくれねェかい」

 初対面でそれは酷いだろ、と呆れながら新戸は仕込み杖を鞘に納める。

「今の一撃を躱し、さらに居合で腕を斬り落とすとは。貴様があの御方が嫌う〝逃れ者〟か。俺は()()()だ、お前の名は何と言う?」

「君の名はってか。……俺は小守新戸、鬼です」

 馴れ馴れしい猗窩座と気怠そうな新戸。まさしく対照的な二人の(おに)だ。

 厄介な相手に絡まれたと、新戸は頭を掻きながら尋ねた。

「何しに来たんだい。まさか夜中に悪いけど殺し合いに来たとかじゃないよね」

「ここに来たのは偶然だ。そして今、俺はお前と殺し合いたい」

「そんじゃあ躱すだけにしときゃよかったなァ」

 敵として目を付けられたことを悟り、溜め息を吐く新戸。

 そんな掴み所の無い態度をとるが、先程の居合の腕前をその身をもって味わった猗窩座は目を細めて尋ねた。

「お前はなぜ弱者の振りをする?」

「……というと?」

 猗窩座曰く、今の新戸は実に惜しい存在だという。

 一見は虫酸が走る弱者だが、先程の攻撃に対する反射速度と居合による反撃から、実力を隠しているのは明白。態度や性格は鬼として恥ずかしいが、秘めた力を解放すれば〝至高の領域〟に必ず踏み入れることができる。

 強者にして強者にあらず――猗窩座から見た新戸は、そんな言葉が似合うという。

「俺と一緒に来い、小守。鍛えて強くなって、さらなる高みを目指そう」

「いや結構です」

 堂々と一蹴。

 猗窩座も身勝手だが、新戸はそれ以上の身勝手であった。

 だが、これで引き下がる上弦の参ではない。

「そう遠慮するな。誰もお前を否定したり嘲ることもしない。お前は強いじゃないか」

「期待という名の暴力を振るわないでください」

 満面の笑みを浮かべて誘うが、それでも新戸は動かない。

 ――選ばれた者しか鬼にはなれない。小守新戸という男は選ばれた存在であり、自分と同じ武を極める権利を持つ者。それなのに、なぜ誘いに頷かない?

「ああ、そうか……先程の手出しで信用を失ってしまったんだな? あれは申し訳ない、お前の強さを知りたかったんだ。殺すつもりは無かった」

「あ、それ今更言うんだ。まあいいや、あれもう気にしないからいいよ」

 真面目だねと意外そうな表情を浮かべる新戸。

 ぬらりくらりとした掴み所の無い態度が、どうも大嫌いな同僚と重なって見えてしまうのが癪だが、話がいい流れに向かっていることに猗窩座はほくそ笑んだ。

 しかし、後に続いた一言で猗窩座は小守新戸という鬼の異質さを思い知る。

 

「……っていうかさ、俺にとっちゃ誰かに養われる日々を貫き通すのが一番大事だから。強さとか力とか別にどうでもよくね?」

 

 その一言を聞いた途端、猗窩座の顔から表情が抜け落ちた。

 彼は自分の耳を疑った。数百年生きて初めて聞いた、鬼という種族に属している以上は絶対に聞くことは無いはずの言葉。

「……お前は何を言ってるんだ?」

「だって何かわかんないけどダラダラしてたらいつの間にか強くなっててさ~。もう俺に鍛錬とかいう選択肢は無いの。人間の力の及ぶ領域を超えといてさらに上を目指すとか贅沢すぎ。はっきり言って時間の無駄じゃね?」

 新戸のぶっちゃけすぎな言葉に、猗窩座は放心状態となった。

 無限の修練も武の極みも〝至高の領域〟も、猗窩座の信念は小守新戸という異質な鬼を惹きつけることは決してない。()()()()()()()()()()()()なのだ。

「そうか……可哀想だなお前は。鬼の永き生を鍛錬に費やそうとしないとは。〝至高の領域〟に辿り着こうとは思わないのか?」

「これっぽっちも。現にプータローとしての至高の領域に達してるから十分だし」

 開き直りもいい加減にしてほしい言葉で、なおも拒否。

 プータローとしての至高の領域って何だと思ったが、猗窩座は口にしなかった。口にしたら負けだと思ったのだ、本能的に。

「そういう訳だからさ、真面目にやっても馬鹿を見るだけの生き方はしません。俺は楽して生きることにこだわるんで。――おわかり?」

「ああ、わかった」

 猗窩座は足下に雪の結晶のような紋様を出した。

 先程まで嬉々としていたのに、いつの間にか殺意に満ち溢れた笑顔を浮かべた相手に、さすがの新戸も身の危険を感じ、冷や汗を流して仕込み杖を構えた。

「戦わない鬼は殺す」

「今までの会話ガン無視しやがったコイツ!!」

 

 ギィン!

 

 猗窩座の拳を新戸の刃が受け止め、衝撃が周囲に走る。

 それを皮切りに、打撃と斬撃がぶつかり合う。

 幾百幾千の人間を喰らって不死性を鍛錬に充てた鬼の拳と、人間を喰らわず酒と煙草に不死性を享楽に充てた鬼の剣は、本来なら雲泥の差だ。それでありながら互角に渡り合えるのは、新戸の体質に答えがある。

 これはつい最近珠世に体を調べ上げられたことで知ったのだが、新戸は無惨から分け与えられた〝鬼の血〟の量が()()()多いという。鍛錬もロクにしない若い鬼でありながら高い戦闘力を有しているのは、注がれた血の量の多さが原因だという訳なのだ。

「新戸!! これ程の力、鍛錬せずにいられるわけがない!! 今からでも遅くない、鬼の永き生を享楽ではなく鍛錬に全てを充てろ!!」

「いやマジでダラダラしてたいから断る!!」

「なら俺が導いてやる!! 〝()(かい)(さつ)(らん)(しき)〟!!」

「ちょ、ま――」

 衝撃波を伴う拳打による乱れ撃ちを浴び、吹き飛ぶ新戸。

 左肩と右脇腹を抉られ、左手をもがれ、何度も跳ねながら地面を転がされる。人間であれば即死級の重傷だが、新戸も一端の鬼。血反吐を吐きつつも欠損した肉体を再生させ、立ち上がって猗窩座を睨んだ。

「ああ、もう……せっかくの着物が……! フザけんなゴラ、俺あんま血ィ流すの好きじゃねェんだよ!」

 新戸は、ビキビキと額に血管を浮かべた。

 先程までの昼行灯な様子からは想像もつかない怒りっぷり。愛用の着物をズタズタにされた仕返しを決意した新戸は、逆手に持っていた仕込み杖を順手持ちに持ち替え、血鬼術「追儺式」を発動した。

「アッタマきた、ぼてくりこかしてやる!! ――〝鬼剣舞(おにけんばい) (とう)(けん)()(くる)い〟!!」

 新戸は怒り任せに何度も仕込み杖を振るい、畳み掛けるように斬撃を飛ばした。

 大小様々な飛ぶ斬撃による集中砲火が迫るが、猗窩座は新戸を吹き飛ばした〝破壊殺・乱式〟で全て相殺していく。

 振るい、飛ばし、打ち砕かれる。

 斬撃は我武者羅に襲い掛かるが、その単調な動きに猗窩座は嘲るように笑った。

「どうした? 俺を殺すんじゃなかったのか新戸!」

「ペラペラうるせェ奴だな! 日の出が来るまで足止めするのはダメか!?」

「なっ!? お前、卑怯だぞ!!」

「女々しい言葉言ってんじゃねェ!!」

 馬鹿正直に真意を口にした新戸に呆れるが、猗窩座は内心焦っていた。

 斬撃を飛ばすという遠距離攻撃ができる新戸。現在進行形で飛ばしている斬撃は、破るのは容易いが数が異様に多い。日輪刀と同じ効果を持つ斬撃の嵐は、新戸の疲労が限界まで蓄積しない限り止むことは無いのだ。

 何より、抜け出せない。斬撃の嵐を止ませるには新戸を直接攻撃するか疲弊しきるのを待つしかないが、疲弊を待っては日光に焼かれてしまう可能性があり、直接攻撃しようにも斬撃が止まらない。

 しかも新戸は鬼だ。十二鬼月だろうと逃れ者だろうと鬼の不死性については同じであり、再生能力に優れ滅ぼす手段を持っていない以上は不毛。新戸の日輪刀を奪って頚を刎ねるという選択肢はあるが、そこまで間抜けではないだろう。

 斬撃を相殺しながら、猗窩座は顔を歪めて新戸に言い放った。

「小守新戸! 貴様の顔と剣、覚えたぞ! 次会う時は粉微塵にしてやる!!」

 猗窩座は新戸への殺害予告を口にし、轟音と共に姿を消した。

 その場に残るのは、新戸と粉塵、そして惨状と化した周囲だった。

「…………俺、し~らねっ!」

 新戸もまた、撤退を決めた。

 幸いにもケガ人はおらず被害を受けた家屋も空き家だったのだが、目が覚めて外に出た村人が驚愕のあまり失神しかける者も出ることになるのだが、新戸自身は知る由も無い。

 

 

           *

 

 

「――ってことがあってな! お前のせいでエライ目にあったんだよ!」

「やはり私の判断は正しかったようだ」

 二日後、産屋敷邸に自主帰還した新戸は耀哉の自室へ殴り込んで文句を言った。

 内容は大体八つ当たりだが、今回対峙した猗窩座の情報もきっちり伝えている。小守新戸はやる時はやる男であるのだ。

「あんなフザけた奴に殺害予告されたら博打も打てねェじゃねェか! 冗談じゃねェ!」

(博打は打たない方がいいんじゃ……)

 鼻息を荒くする新戸に、ごもっともなことを思う一家一同。

 しかし、そこは何だかんだ付き合いの長い天下のお館様・産屋敷耀哉。とっておきの切り札を用意していた。

「……新戸、残念だよ。私は君を信じ、その為に用意したのに」

「……!?」

 そう言って耀哉が取り出したのは、「賜」の文字だけが刻まれた白い箱。

 それを見た新戸は、今までにないほどに目を見開き、動揺を隠せないでいた。

「そ、それは……まさか……!」

「そう……「恩賜の煙草」だよ」

 新戸はゴクリと生唾を飲み込む。

 「恩賜の煙草」とは、皇室を表す菊花紋章が刻まれた特別な煙草である。一般には市販されず、叙勲者や園遊会の出席者、皇室の来賓への御土産や謝礼品として使用されている代物であり、新戸が手を伸ばしても届かない場所にある煙草なのだ。それをどうやってか耀哉は入手し、今目の前に見せつけた。

 その意味を理解した新戸は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「もし今後も引き受けてくれるなら、これを給料代わりに差し上げるよ」

「ぐっ……!!」

(それにしても、この程度で目に見える程に揺さぶられるなんてね。君も人間らしいじゃないか)

 鬼でありながら人らしさを失わない新戸の様子に、耀哉は微笑んだ。

 しかし後にこの出来事が柱達を始めとした鬼殺隊士に知れ渡ると、ほとんどの者が呆れ果てたり苦笑いせざるを得なかったとか。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸は煙草の銘柄に対するこだわりは無く、一日平均13本吸っている。
一緒に一服できる人間が周りにいないのが最近の悩み。


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第五話 化け物相手に正々堂々とやる必要無いから。

2021年最初の投稿です。

本作の柱は新戸のおかげで苦労人の気質かもしれません。


 十二月十日、正午。

 とある寺院で、青年はどこか退屈そうに大きな椅子の上で胡坐を掻いていた。

 頭から血をかぶったような模様をした白橡色(しろつるばみいろ)の髪。ベルトで締められた縦縞の袴に、閻魔の意匠を基にした帽子と血が垂れた様な服。そして鮮やかな虹色の瞳。その特異な容姿は、神の子と呼称されてもおかしくない。

 青年の名は、(どう)()。新興宗教「(ばん)(せい)極楽教(ごくらくきょう)」の教祖であり、鬼の最高位「十二鬼月」の中でも凄まじい戦闘力を持つ〝上弦の鬼〟の一角だ。

「教祖様、御友人を名乗る者が来ております」

(御友人? 猗窩座殿かなぁ?)

 信者の言葉を聞き、顎に手を当てる。

 童磨は他の上弦(どうりょう)にも気さくに話しかけるような朗らかな性格だと思っており、その中でも〝上弦の参〟猗窩座は一番の親友と考えている。

 一番の親友が顔を出すのも当然――そんな結論に至った童磨は、部屋に通すように命じるが……。

「よう丹頂鶴。相変わらずヘラヘラしてるか」

「おや、新戸殿じゃないか!」

 顔を出した男を見て、いつも以上に朗らかな笑みで歓迎する童磨。

 そう、童磨にはもう一人親友がいる。小守新戸だ。

 うっとうしがる上弦達と違い、新戸はそれなりに接してくれるため、相性がいいのだ。

「いやぁ、随分久しく感じるなぁ。顔を合わせるのは10年ぶりじゃないかい?」

「あの日以降は文通だったからな」

 新戸は頭を掻きながら、童磨との出会いを思い出す。

 

 10年前――新戸が鬼と成って間もない頃。

 当時の新戸は煉獄槇寿郎預かりの身であったのだが、賭博に興じ酒に浸り、クズっぷりを遺憾なく発揮していた。情熱ある槇寿郎としては新戸のぐうたらぶりは目も当てられないものであり、鬼狩りの任務に連れ回しても、助太刀こそすれど性格と態度は改善しないため悩んでもいた。

 そしてある日、今まで溜まっていた鬱憤が爆発したのか、突然槇寿郎の堪忍袋の緒が切れた。鬼の形相で斬りかかる柱にはさすがの新戸も身の危険を感じ、死に物狂いで煉獄家を脱出して槇寿郎から逃げた。そして新戸への殺意を滾らせる槇寿郎との命懸けの鬼ごっこの末、潜伏場所として新戸が駆け込んだのが万世極楽教の寺院なのだ。

 涙ながらに匿ってもらうよう頭を下げる新戸だったが、事情を聞いた童磨は「自業自得じゃないか」と呆れた笑みで正論を言い放ち追い返そうとした。しかしそこへ(はし)(びら)(こと)()という女性が声を掛け、いくら自業自得と言えど追い返したら暴力を振るわれてしまうと童磨を説得。渋々匿うこととなり、その後()()()で仲良くなったのだ。

 

 そして今日。

 柱による監視を解除された新戸は、10年ぶりに万世極楽教へと訪れたのだ。

「――琴葉さんと()()(すけ)とはうまくやってんのか?」

「勿論! 琴葉は本当に心が綺麗なんだよ~……一緒にいると、とても心地がいいんだ。大丈夫、俺はもう人を喰ったりしないさ。御布施として信者の血を集めてるから問題無いし」

「…………まあ大丈夫そうだな」

 童磨が琴葉に好意を寄せていると知り、新戸は「よくこんなのと馬があったな」と感心した。

 童磨という鬼は、高い知性を持つと同時に他者を強烈に()で煽ってくる。クズながらも割と許容範囲が広い新戸でも、彼の煽りには苦手意識を持っており、むしろ冷淡な本性の方が接しやすいと思う程。

 そんな輩と長く付き合える琴葉に、尊敬すら覚えた。

「積もる話もあるだろう? 花を咲かせようじゃないか、俺は優しいから放っておかないぜ」

「いや、実際に話しに来たんだけどね」

 

 

           *

 

 

 二人は寺院の縁側に移動し、胡坐を掻きながら話し合いを始めた。

 しかし内容は、世間話ではない。鬼殺隊と鬼の戦いに関係のある情報交換だ。

「最後に文通したの二年前だったよな。()()()はどうなったよ」

「酷い目に遭ったよ~……無惨様ってば「あのクズのことを口にするな」って怒っちゃってさぁ。それに〝青い彼岸花〟探しも中々進んでないし、いつも通りかなぁ」

「〝青い彼岸花〟? そんなモン生えてるのか?」

「らしいよ?」

 童磨曰く、青い彼岸花は鬼の始祖・鬼舞辻無惨が千年以上も探し求めている代物だという。

 上弦の鬼達の任務の一つがその青い彼岸花の捜索であることから、太陽を克服して完璧な生物へと至ることが野望である彼にとって必要なモノだと伺えるのは容易い。

 おそらく鬼殺隊も把握していない情報だろう。しかし新戸は「それ絶滅してるだろ」と吐き捨てた。

「青い彼岸花ってのが本当に自生している植物なら絶対(ぜってェ)噂になるって。もう種として滅んでるだろ」

「そうは言ってもね~……俺は探知能力が無いからなぁ……」

「いや、探知能力以前の問題だって。やっぱアイツ頭無惨じゃん」

 

 ――まあ、可能性があるとすりゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()って考えだが……。

 

 新戸は導き出した結論を飲み込んだ。

 無限の(とき)を生きる鬼達が数百年以上探しても見つからないのは、すでに絶滅してるか生態が特殊すぎるかのどちらか。そして本当に青い花であれば、その情報が真偽不明の噂話にすらなってないということは、花期が信じられないくらい短いということでもある。

 その可能性を思いついてないのなら、たとえ青い彼岸花が今も存在していても焦る必要は無いだろう。

「まあ、その青い彼岸花って代物は諦めろ。千年見つからねェなら万年経っても見つからねェよ」

 そう言いながら、新戸は煙草を咥えてマッチで火を点ける。

 それを見た童磨は、瞬時に血鬼術で氷の火皿を生み出した。

「お、(わり)ィな……そういやあお前、目はどうした? 文字浮かんでねェぞ」

「そりゃ擬態してるしねぇ。琴葉と伊之助以外は俺が鬼だってこと知らないよ」

「…………鬼って、擬態できんの?」

「あれ? もしかして、知らなかった?」

 新戸は驚愕のあまり、咥えた煙草をポロリと落とした。

 鬼の特性の一つとして、体を変形させる能力がある。外見上の年齢は勿論、肉体を強化することで身体の形状を自在に操作でき、中には分裂したり体そのものを異形化させる鬼もいる。

 新戸は様々な要因が重なったため、一人も人間を喰っていないのに血鬼術を扱うことができる、異端にして常識外れの存在だ。しかし見た目が人間の頃と全く同じで異形化もしていないため、本来の鬼の特性を一度も試さずのうのうと生きてきたのだ。

「うぅわ……何かスッゲェ損した気がする……」

「試しにやってみたらどうだい? 俺は女の子になってくれると嬉しいなぁ」

「性別変えられんのか? っつーかどうやんだよ……」

 新戸は体を震わせ、女になるよう念じながら気合を入れた。

 すると、体に変化が訪れた。

 六尺(180センチ)を越える身長が少しだが縮み、髪の毛も腰まで伸びた。程よく引き締まった体も、段々しなやかさと丸みを帯びていく。そして胸元が段々と膨らみ、詰襟の下でありながら存在感を露わにした。

「……おお」

 変化した自分の姿に驚く新戸。

 声も女性に変わっており、擬態としては完成度の高い方だろう。

「うわ~! 本当に女の子になれたね! スゴイスゴイ!」

 

 もみもみもみもみ

 

「……その手は何だ」

「いや~、触ってみたくなってさぁ。こんなに大きいのは滅多に拝めないんだよ?」

「お前の辞書に配慮って言葉はねェのか」

「それ君が言う?」

 胸を鷲掴みする童磨の手を払うと、新戸は考え込む。

 鬼は鍛え抜かれた人間や稀血などの特異体質者、若い女性を好むという。女性に化けれるというのは、鬼を自然と引き寄せ、その体を利用して騙すこともできるということ。当然人間にも通じ、うまく行けば――

「金欠の時はわざと身売りすりゃ、買った奴から身ぐるみ剥ぎ放題だな……鬼が相手ならハッタリも通じやすいか……?」

「……君って外道って言われたことない?」

「昔のお前に比べりゃまだいいわ」

 どこまでもクズな新戸の反論に、遠い目をする童磨であった。

 

 

           *

 

 

 翌日。

 新戸は女の姿で産屋敷邸に呼び出しを食らっていた。

「プハーッ! いやー、女の体で飲む酒は一味違うなァ!」

「何を呑気に酒飲んでんだてめェ」

 瓢箪の中身の酒を煽る新戸に、宇髄は若干キレそうになる。

 新戸が呼び出しを食らった理由は言うまでもなく、童磨との関係だ。不倶戴天の上弦の鬼、それも序列では二番手という強敵と繋がっていたとなれば、いくら好き勝手やってる新戸でもさすがに無視できない案件だ。

 宇髄だけでなく他の柱達も、険しい表情を浮かべており、特に人一倍鬼を憎んでいる実弥はいつ新戸に斬りかかってもおかしくない雰囲気を醸し出している。

「てめェ……お館様を裏切ったのかァ!?」

「んな訳ないでしょ~? 俺は何が起ころうと耀哉のスネから離れるマネはしないっての。そもそも鬼が社会に溶け込んで仕事とか絶対に無理。スネをかじる日々を手放すなど悪徳の極みだから。おわかり?」

 いかにも新戸らしい、問題ありまくりな言い分。あくまでも鬼殺隊に反旗を翻してなどいないと弁論しているが、その言い分が性根の腐ってる内容であるせいか、柱達はむしろ血管が浮いて怒りを込めている。あの温和なカナエですら笑みを浮かべたまま額に青筋を浮かべており、待機している隠達は段々と青ざめていく。

 そんな四面楚歌な状況下でも顔色一つ変えない新戸の図太さは、さすがと言えよう。

 そこへ、子息達に連れられて耀哉が姿を現し、柱達は一斉に頭を垂れる。

「新戸……報告を聞いたよ。上弦の弐と一体どういう関係だい?」

「童磨と? いやいや~、いきなりブチギレた槇寿郎から匿ってもらって、その縁で仲良くしてるだけだよォ?」

(酔ってる……)

 完全に酔いが回ってる新戸に、耀哉は困った笑みを浮かべる。

「うん、槇寿郎を怒らせたのは自業自得として……上弦の弐をなぜ見逃したんだい?」

「童磨は味方にした方がいいじゃん。前に会った猗窩座は真面目だから懐柔できねェし、他は素性を知らん」

「ふざけんな小守ィィィ!!」

 軽い調子で語る新戸に、実弥は鬼の形相で胸倉を掴んだ。

「鬼を味方にして鬼舞辻を討ち取る腹積もりかァ? そんなことはありえねェんだよ馬鹿がァ!!」

「だっていくら頭無惨でも、ワカメ頭は正攻法で勝てる相手じゃねェだろ? そこんトコ、君達ホント融通利かないよね」

「そういう問題じゃねェんだよ!!」

「そういう問題だよ。……あのさァ、お前らってちゃんと頭使って戦ってんの?」

 前触れもなくいきなりシラフに戻った新戸に、実弥は僅かにたじろいだ。

 その隙に胸倉を掴む手を振りほどき、元の男の姿に戻りつつ、鋭い眼差しで言い放った。

「この際言わせてもらうわ。……鬼殺隊に最も必要なのは個々の戦闘力じゃなくて〝情報〟と〝人手〟だ。敵の能力や性格もロクにわからねェまま隊士ぶつけるなんて、愚の骨頂なんて言葉じゃすまねェよ。耀哉はそれに気づいたってのに、お前ら柱は前線にいながらそれに気づいてすらいねェじゃん」

 新戸の言葉に、柱達は目を見開いた。

 鬼狩りの最前線とは、まず鬼に対しては絶対的に不利である。それが十二鬼月ともなれば頚を斬ることは困難、さらに上弦の鬼ともなれば討ち取るどころか傷一つ付けることすら至難の業……いかに隊士達が強くとも、敵の情報を把握できないまま鉢合わせたら一巻の終わりだ。それを覆すのは鬼との共同戦線しかない。

 新戸はそう言っているのだ。

「負けたら喰われるのが鬼のいる世界。それは生き残ることこそが全て。体であれ誇りであれ信頼であれ、何かを犠牲にしてでも生き残らなければ、明日を迎えることはできず親類縁者の敵討ちの機会も与えられない」

 鬼殺隊に所属する者は、縁者を鬼に喰い殺されたことで鬼に対して強い憎悪を抱いている者が多い。自分の中で怒りや憎しみを保つことで柱に登り詰めた者もいる。それらの者達の動機の多くが、敵討ちである。

 しかし、敵討ちとは()()()()()()()()()できることなのだ。生きなければ親類縁者の命を奪った鬼を見つけ出せず、生きなければ鬼を滅する刃を振るえないのだ。

「……鬼になってでも生き残れってか」

「鬼になって本能に呑まれるか理性を保てるかはソイツ次第。……まァどんな惨めな姿になっても、何事も生きなければ実は結ばねェさ」

 

 ガギィン!

 

 新戸が言い切った途端、実弥は日輪刀を抜いて斬りかかった。

「不死川さんっ!」

「胡蝶、黙ってろ……! お前もこのクズに毒されてるんだよ!!」

 カナエが諫めるが、実弥は意にも介さず殺意を剥き出しにする。

 対する新戸は、仕込み杖で受け止めながら剣呑な眼差しを向けている。

「言ったはずだぜ……負けたら喰われるのが鬼のいる――」

「だったらここで斬られても文句ねェよなァ!?」

 そう言って一度距離を置くと、「シイアアアア」という呼吸音を漏らす。

 実弥は全集中の呼吸の中でも基本となる五大流派の一つ〝風の呼吸〟の使い手。暴風のように荒々しい動きに加え、剣技によって起こした鎌鼬状の風も襲い掛かる戦闘法であり、それを極めたがゆえ柱の中でも上位の実力者であるのだ。

 すると新戸は、しょうがないとでも言わんばかりに溜め息を吐き、動いた。

「奥義〝錦の御旗〟!!」

 そう叫ぶや否や、一目散に屋敷に上がって耀哉の背後に隠れた。

『…………』

「……新戸?」

「俺の……勝ちだな」

 爽やかな笑みで勝ち誇る新戸。

 しかしやってることは誰がどう見ても外道の所業。鬼殺隊の頂点を盾に身を守るという恥も極めた対応に、ドッと非難の嵐が巻き起こった。

「てめェどこまで腐ってんだァ!!!」

「お館様を盾にするとは何と卑劣な……!!」

「卑怯者!!」

「真性のクズかよ!!」

「アンタ人の心あんのかよ!?」

 柱だけでなく待機している隠からも非難殺到。

 だが新戸は爽やかな笑みをあくどい笑みに変え、一蹴した。

「おいおい、戦いにおいて卑怯・卑劣・姑息・悪辣・邪道非道は作法の一つだぞ? なァに、惡鬼滅殺も所詮「勝てば官軍」が真理。汚いズルいは負け犬の遠吠え、反則行為も立派な戦術、騙し討ちこそ完全勝利の近道さ。これが実戦でやれなきゃ半人前よ、渋るなど以ての外」

 無駄に説得力のある反論に、柱達はさらに血管が浮き出る。

 彼ら彼女らの鬼の形相を気にも止めず、新戸は耀哉に問いかけた。

「お前はどうなんだ? 俺が鬼殺隊に居ることをお前の親父……先代は許した。今になれば、どういう意味かわかるんじゃねェか?」

「……そうだね、そろそろ鬼殺隊も変わる時が来たのかもしれないね」

「お館様!?」

 鬼殺隊の頂点の言葉に、新戸以外の面々は驚愕した。

「これ以上の犠牲を出さないためにも自分達の代で戦いを終わらせたい。打倒無惨の為なら、自分の命も戦力の一つと私は考えてるんだ」

『……』

「新戸。君という鬼が生まれたことで、鬼との戦いは転機を迎えたと私は思ってる。上弦の鬼の一角が無惨の下から離れる可能性が出てきた……これは鬼殺隊の歴史上、前代未聞で千載一遇の好機かもしれない」

 一同は息を呑んだ。

 鬼を鬼殺隊側に引き入れ利用することは悪手ではないだろう。ましてや上弦の弐は鬼の中で三番目に強く、その能力は未知数だ。損得の換算だけで考えれば、利用価値の高さを考慮して鬼を飼い殺すという選択肢はアリだろう。

「鬼の懐柔……これは新戸さんだからできるのかもしれないわ」

「だが胡蝶、それでは鬼殺隊の秘匿するべき情報も漏れるかもしれねェぞ」

「確かにそうだね。新戸、そこについてはどうなんだい?」

「心配すんな、ハッタリ試して問題無かったから」

 平然と言い放った衝撃の発言に、全員の視線が新戸に集中する。

「……どういうこと、かな?」

「ん? ワカメ頭の指揮官としての能力知りたかったからさ、槇寿郎の担当地区の情報を手紙で送ったんだよ。そしたら「あのクズのことを口にするな」って無駄な説教と制裁叩き込んだって。情報ガン無視は予想外だったわ、アイツもしかしたら学習能力ねェかもな」

 新戸はあっけらかんと語るが、いくら敵の能力を推し量るとしてもやってることはほぼ内通者である。

 もはや何に怒っていいのかわからず、一同呆然。

「ふむ……無惨が物事を大局的に捉えられない無能であるとは。貴重な情報をありがとう」

「お館様、まさかコイツに毒されてるんじゃ……」

「……それと新戸、今度からは独断で決めるのはやめようね」

「否定してくださいお館様ァァァァ!!!」

 風柱の慟哭が木霊したのだった……。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸は人間の頃は末っ子だったので、末っ子特有の要領の良さもあってチャランポランのクセにかなり頭がいい。
ちなみに小守家長男・(てん)(せい)は文武両道で快活、次男・(えい)(すけ)は穏やかな人格者だった。


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第六話 俺は自分が楽になるための努力は惜しまないぜ。

槇寿郎は杏寿郎を散々罵倒したけど、本音は「死んでほしくなかった」んじゃないかなと思ってます。



 一九一二年(明治45年)、一月十日。

 この日、蝶屋敷の病室はケガ人でベッドが埋まっていた。

 というのも、病室に運ばれた者は討伐隊の構成員であり、先日現れた十二鬼月の一角「下弦の鬼」に匹敵する力を持つ鬼と交戦したのだ。討伐は見事成功し、死者も出ずに終わったため上々の成果と言えるが、隊士のほとんどが負傷する事態となったのだ。

「ふう……」

「皆、お疲れ様」

 しのぶとカナエはイスに腰掛け、一呼吸置いた。

 野戦病院と化していた蝶屋敷も、処置を全て終えたことで落ち着きを取り戻し、ようやく息がつけるようになった。これであとは経過観察で十分だろう。

「花柱様……」

「ありがとうございます……」

「いいのよ。これが私の仕事だもの」

 負傷した隊士達を労うカナエ。

 すると、そこへ扉を開けて新戸が鍋を持って現れた。

「カナエ、しのぶ。甘酒作りすぎたから飲んでくんね?」

「新戸さん、またあなた勝手に厨房で……」

「仕方ないだろ、飲みたくなったんだから。それに材料は自分で買ったからいいだろ別に」

 細かいこと気にすんなと言いつつ、新戸は鍋を机に乗せて蓋を開けた。

 甘い香りが病室に漂い、その中にお酒の匂いも混じっている。米麹ではなく酒粕で作ったようだ。

 その直後、紫色の瞳をした少女がお盆で人数分のコップを持ってやってきた。

「どうぞ」

「おっ、ありがとなカナヲ」

 新戸は少女に感謝の言葉を掛ける。

 名は、栗花落(つゆり)カナヲ。親に売られ人買いに連れて行かれるところで胡蝶姉妹に保護された少女だ。現在はカナエに姫をあやすように甘やかされて育っており、時折蝶屋敷の誰かの手伝いをしているのだ。

「それにしてもカナヲは偉いな~。そこのガサツな妹と違う」

「何ですって? もう一度言ってみなさいクズ野郎」

「あ、すまん。心の声が漏れちった」

「正直でよろしい。あとで内臓を引き摺り出してあげましょう」

 新戸に対して恐ろしいくらい美しい笑顔を向けるしのぶに、一同は顔面蒼白。

 しかしカナエは荒ぶる妹を甘酒を片手に宥めた。

「コラコラ、そういう品の無い言葉はカナヲの教育に悪いからやめなさい。それよりも新戸さんの甘酒美味しそうだから一緒に飲みましょ♪」

「姉さん! それ新戸(アイツ)が作ったモノよ、変なモノ入ってたらどうするの!? 私が先に毒味するから!!」

「しのぶ、お前さっきのヤツ根に持ってんの?」

 おたまでコップに掬い、一気に飲み下すしのぶ。

 数秒経ってから、驚きを隠せない表情で呟いた。

「お、美味しい……! 何であんなどうしようもない人から、こんな優しい味が作れるの……!?」

「しのぶ、どういうことそれ?」

 新戸がジト目でしのぶを睨みつける。

 その間にもカナエは隊士達に甘酒を配る。

「……うまっ」

「何って言うか……おふくろの味?」

「鬼がおふくろの味を生み出せるって理解不能なんだけど」

 隊士からの評判は上々。

 カナエはすでに三杯目に突入していた。

「体が温まるわ~……誰に教わったの?」

「う~ん……多分母さんに教わったんじゃねェかなァ。いや、父さんだったかな……でも兄さん二人もいたし……誰だっけ? 別にいいけど」

 甘酒をグイッと煽る新戸に、カナエ達は哀しそうに見つめた。

 新戸は人間時代の記憶や人格はそのままハッキリと残っている鬼である。しかし鬼となった代償か、家族の顔と名前は憶えていても、家族とどこで何をしたのかという過去の記憶――思い出はほとんど残っていないのだ。

 そんな彼だが、やはり元が人間であるからか、身体に染みついたモノはハッキリ残っていた。甘酒の作り方と味もその一つで、母親から教わりよく自分で作り飲んでいたのだ。当の本人は鬼となった影響でほとんど忘れているが。

(愛する人達も、その思い出も失っているのよね……)

 一夜にして鬼舞辻無惨によって家族を失い、鬼にされた小守新戸。

 自堕落な日々を過ごしているとはいえ、その身にかつて起こった悲しい出来事を抱える彼に、カナエは悲しそうな表情を浮かべる。断片的にも残っているのが不幸中の幸いだろう。

「それにしても、今日ヤケにケガ人多くね?」

「ええ。実は彼ら〝下弦級〟の鬼と交戦したの。誰も死ななかったからよかったけど、皆ケガしちゃって……」

「あったり前だ。敵のこと何も知らねェまま()るんだ、力攻めで初見殺しの血鬼術を攻略できたら誰も死なねェよ」

 新戸の言葉に、病室にいた全ての者が生唾を飲んだ。

 汚いズルいは負け犬の遠吠え、反則行為も立派な戦術、騙し討ちこそ完全勝利の近道……それが新戸の鬼との戦い方である。鬼という人外に人間の常識や良識は通じないからこそ、汚い手段を用いるのだ。

 そしてほぼ全ての鬼が、本能的に己自身を過信している。中には理知的で冷静沈着な強者もいるが、大抵の鬼は生物として反則的な体質を有するために慢心する傾向にある。新戸が同族(おに)と対峙して撃滅する際にはそれを利用し、楽をして狩るのだ。

「鬼殺隊は()()()()()が多すぎる。ビックリするぐらい戦いの主導権を握るの下手糞。剣術はもういいから戦術を覚えろっての。人間が持つ最強の能力は〝知恵〟なんだからもっと頭使って戦えや。何でわざわざ同じ土俵に立つのか理解不能だわマジで」

『……!』

「まあ、鬼の俺の言葉なんぞ聴く義理はねェだろうけどな」

 ただ己を鍛えて強くなるだけでは強力な鬼は倒せない。

 そう示唆する新戸に、隊士達は顔を見合わせた。

 すると、開いていた窓の枠に一羽の鎹鴉が降り立った。

「やあ新戸。ちょうどいいところに」

(お館様の鎹鴉!?)

 首元に紫色の飾り紐を巻いた鎹鴉に、新戸以外は仰天する。

「……耀哉、何の用? 俺今日は働く気はないから」

(いつもそうだろうが!!)

 毎日ダラダラと自由に過ごす男のセリフではない。

 最近は鬼殺隊の歴史上類を見ない成果を上げたようだが、それを踏まえてもほとんど働かない奴が自分のことを棚に上げる言動に、隊士達は怒りが湧くのを覚えた。

「今日は煉獄家に少しおつかいにいってもらいたくてね」

「大方の予想はつくよ。どうせ槇寿郎のことだろ? 剣捨てといて柱のままでいるバカをどうにかしろってか」

「……やってくれるかい?」

「だから耀哉が行けばいいじゃん。お前まだ墓参りできるだろうが」

 新戸と鎹鴉は論戦を繰り広げる。

 一度働かないと決めた新戸は、梃子でも動かない。これは長い戦いになりそうだとカナエは苦笑いするが――

「……わーったよ、()()()()()()

(折れた!?)

 「労働ハ敵」と仕込み杖の刀身に彫る程、働くことを拒む新戸が早々に妥協した。

 しかし新戸のズボラな性格や振る舞いを知る中堅隊士達は、それはそれで不気味だと震え上がっていた。

「……あまり意地悪をしないようにね」

「心配すんなって。そこは弁えてるから」

(……全く信用できない……)

 鎹鴉の忠告に新戸は心配無用だと伝えるが、その顔はゲスい笑みを浮かべている。

 明らかに意図的にやらかす気満々な新戸に、一同は不安を募らせるのだった。

 

 

         *

 

 

 その日の夜。

 新戸は煉獄家の屋敷の門へ辿り着いた。

 ちなみに今の彼の姿は、訳あって女の姿である。

「おーい、槇寿郎死んでるー? おーい」

 新戸は門を叩くが、返事が来ない。

 それなりに大きな声で言ったのだが、煉獄家からの反応は無い。

 新戸はスネをかじる身だが、客人が来れば一応は反応する。それすらもないということは――

「あ~……これは〝重症〟だな」

 そう言うや否や、新戸は一気に跳び上がり、塀を乗り越えた。

 すると新戸の鼻が、香ばしい匂いを捉えた。

「何だよ、誰かいるんじゃん……しかも()()()の匂いがする!」

 新戸は酒に合いそうな匂いに惹かれ、軽やかな足取りで匂いのする厨房へと向かって行った。

 

 

 その日も煉獄家次男・千寿郎(せんじゅろう)は夕飯の支度をしていた。

 母・()()が亡くなって以来、槇寿郎は酒を飲んでは一日中本を読んでいるという状態。かつては遠く離れた離島にまで赴いて人間を助けるくらい精力的に鬼狩りをしていたのに、今では見る影もない。

 自分にも兄の杏寿郎(きょうじゅろう)にも、昔は熱心に剣の稽古を付けたりしていたのに、母が亡くなってからは冷たく当たるようになってしまった。

 ――どうやったら、どう声を掛けたら、立ち直ってくれるだろうか。

「父上……」

「ここからだな? つまみの匂いは」

 聞いたことの無い女性の声に、千寿郎はビクリと肩を震わせる。

 すぐさま振り返って、凍りついた。

(な、なぜここに鬼が!?)

 そこにいたのは、風変わりな出で立ちの鬼だった。

 詰襟の上に紫の着物を尻端折りで着用し、その上に羽織を被った鬼殺隊の隊士を思わせる服装。腰まで伸びた髪と詰襟の下でも存在感を露わにする胸部から、女性であることが伺えた。何よりも目に入るのが、鬼特有の鋭い瞳だ。

 なぜ鬼が屋敷に忍び込めたのか、一体何をしに来たのか、頭の中でグルグルと周り混乱してしまう。

(――落ち着け、千寿郎。父上が来るまで引き止めねば!)

 包丁を静かに置き、鬼と向き合う。

 鬼は壁に凭れると懐から煙草を一本取り出すと、マッチで火を点け吹かし始めた。

「いやあ、夜中に悪いね。ついついイイ匂いに惹かれちまったもんで」

「……鬼が、我が家に一体何の用ですか」

「おめェの親父にな。()の今後にも関わる案件なんでね」

 不敵に笑う女の鬼だが、その砕けた口調は男。

 邪気は一切感じ取れず、その目つきも獲物を見るというより親しい者に向ける優しい目つき。

 声と口調の不一致と、敵意の無い態度に、千寿郎は不思議そうに見つめる。

 

 ドタドタドタドタ! バンッ!!

 

 今度は屋敷の奥からガタイのいい男が日輪刀を片手に現れた。槇寿郎だ。

 新戸が女の姿になってるせいか、面識のある鬼とは思わず殺意を剥き出しにしており、千寿郎を守るように立った。

「……失せろ、悪鬼」

 いつものぶっきらぼうな声ではない、柱時代を彷彿させる圧のある声。

 冷たく当たっていたとは思えない、息子を命懸けで護らんとする態度。

 今まで見たことも無い父の姿に、千寿郎は声をかけようとするが、それよりも早く鬼が口を開いた。

「え? 〝療治の水〟も持ってきたのに第一声が「失せろ、悪鬼」とかヒドくね?」

 ジト目の鬼の言い回しに、槇寿郎はカッと目を見開いた。

 見た目は間違いなく女性の鬼。だが、砕けた口調と咥え煙草、そして得物の仕込み杖を見て正体を悟った。

「――まさか貴様、新戸か!?」

「やっと気づいたか。久しぶり。アンタ昔より勘が鈍ってんぞ?」

 ビキリと青筋を浮かべる槇寿郎。

 心配したのが損だったとでも言わんばかりに、盛大に溜め息を吐いた。

「俺の知る気配でなかったぞ……全く、お前は昔から人騒がせな……!!」

「フヒヒヒ……だけど、息子を護ろうとする親父としての最低限の矜持は失ってなくてよかったよ。煉獄プータローかと思ってたからビックリだわ」

「誰が煉獄プータローだ!!」

「現在進行形でそうじゃん」

 ビキビキとさらに青筋を浮かべる槇寿郎に対し、新戸は愉快そうに笑いながら元の男の姿に戻っていく。

 女性らしいしなやかさと丸みを帯びた体が、程よく引き締まった青年に。身長は段々と伸びて六尺(180センチ)を超え。十秒と掛からぬ間に性転換を終える。

 あっという間に元の姿に戻った新戸に、千寿郎は驚きを隠せないでいた。

「父上、この方は一体……?」

「先代当主の頃から鬼殺隊にいる、異端の鬼・小守新戸だ。コイツは昔から質が悪くてな……」

 新戸に振り回された日々を思い出したのか、槇寿郎は頭を抱えた。

 当の本人はイタズラっ子のような無邪気な笑みを浮かべているが。

「そんじゃあ、腹も空いたし飯としますか」

 

 

 居間に案内された新戸は、槇寿郎と千寿郎と共に夕食を堪能していた。

「プハーッ! やっぱ顔見知りと飲む酒は美味い!!」

 ケラケラとほろ酔い気分で笑う新戸は、槇寿郎の徳利に酒を注ぐ。

 父と酒を飲む姿は、人の血肉で生きる人喰い鬼のそれとは程遠い。人間と大差ない食性に、千寿郎はクスッと笑みを浮かべた。

「……そんじゃあ、早速本題に入りますか」

 新戸は煙草を咥えて火を点け、煉獄家を訪ねた理由を語る。

「実は耀哉からな、お前をどうにかしろって命令受けてんのよ」

「お館様が……だと?」

「そりゃそうだろ。まだ柱を()()()()辞めてねェんだからな」

 新戸は煙草の煙で輪っかを作りながら、いつになく真剣な表情で言葉を紡ぐ。

「柱ってのは隊士達をまとめる立場だ。俺は立場上隊士でも柱でもねェが、てめェは違う。柱の中でも古参の部類だし、新米の柱にとっても頼りになる存在なんだ。任務に酒持ち込むのはいいが、剣捨てるんならぶっちゃけ柱辞めてもらった方が鬼殺隊の重荷は減る」

「っ……本当にお前は遠慮を知らんのか」

「ウソ言うよりかはいいと思って」

 ニヤニヤ笑う新戸に、槇寿郎は目を逸らす。

「……で、辞めてほしいというのか」

「ただ辞めるのは困るんだよなァ。それだと俺の仕事が増える」

「そこはお前が頑張ればいいだけの話だろうが!! 逃げるな!!」

 槇寿郎のごもっともな正論に、千寿郎は苦笑い。

 だがそこを譲らないのがチャランポランの小守新戸。正論を意にも介さず話を進める。

「俺は仕事を増やしたくない。そしてアンタには然るべき辞め方をしてもらいたい」

「……復帰しろとは言わんのか」

「復帰したら、瑠火さんが遺した家族(モン)を護る奴がいなくなるだろ」

 その言葉に、槇寿郎と千寿郎はハッとなる。

 煉獄瑠火……槇寿郎の妻にして千寿郎の母であった、煉獄家の心の支え。彼女を失ってから煉獄家は大きく変わってしまった。煉獄家は、瑠火を失った日から時が止まっているのだ。

 新戸はその状況をどうにか打破したいのだ。本音を言えば自分の仕事(ふたん)を減らすためだが、煉獄家には世話になったのも事実であり、何より鬼殺隊を失って自立しなければならなくなることだけは阻止したい。

 楽をするため、スネをかじり続けるためなら、新戸は努力も我慢も惜しまないのだ。

「だからさ、それを一気に解決させるために……炎柱の代、杏寿郎に譲ってくんね?」

 

 ドガァッ!!

 

 刹那、新戸の顔面に拳が叩き込まれた。

 そのまま庭まで吹き飛ばされ、塀の壁に激突する。

「ち、父上っ!? 何を!?」

「ペッ……おいおい、いきなりどうした? 俺の顔に虫でも留まってたか」

 新戸は痛がる素振りをしつつ立ち上がる。

 視線の先には、鬼の形相をした槇寿郎が。

「杏寿郎に炎柱を継げだと!? くだらん!! 炎柱は俺の代で終わりなんだ、大した才能も無い愚息に夢を見させるな!!! 所詮犬死するだけだ!!!」

 ビリビリと空気を震わせる程の怒声と罵倒。

 新戸一人に向けられる強烈な威圧感と殺気は、彼が炎柱たる者である証拠。しかも先程の豪拳は全集中の呼吸を用いて放った一撃。殺意は無かったが、殴り殺す勢いではあった。

 いつになく激昂する父親に、千寿郎は身震いする。

 だが殴られた新戸は、何かを確信したのか不敵な笑みを浮かべていた。

「息子の杏寿郎まで死なせたかねェってことはよーくわかったよ」

「っ!!」

 その言葉に、槇寿郎は目に見える程に動揺した。

 新戸は遠慮を知らない。自分が思っていることを、その場の空気を考えずそのまま口に出す。そんな彼の言葉は時に本質や核心を突き、人の心に刺さることもある。

 槇寿郎が息子達に冷たくなり剣術の指南もやめたのは、死なせたくないという想いがあるからだと新戸は判断したのだ。そしてそれは見事に的中した。

 その上で、新戸は忠告した。

「――だがな、人間の歩みは止まらねェ。杏寿郎は〝熱〟を帯びてた頃のてめェを見て育っちまったんだ。てめェが最初(ハナ)からダメ親父だったら()()()()()()()()()()

「っ……!」

「自分が炎柱になれば父上も情熱を取り戻すだろうとか考えてたら、お前が何を思ってどう言おうが、杏寿郎は止まらねェよ。鬼狩りになった時点で手遅れかもしれねェけどな」

 槇寿郎は拳を強く握り締める。

 ――よりにもよって、鬼のお前に言われるとはな。

 人間ではなく怠惰を貪る、腐れ縁のダメ鬼に見透かされたことに槇寿郎は舌打ちをした。

「……どうやら、貴様はどうしても杏寿郎を柱にさせたいらしいな」

「柱が足りねェってことは、俺に面倒な仕事がいっぱい回るって意味だからな」

「……引く気はないのか、クズめ」

槇寿郎(にんげん)の事情と(おに)の事情が並び立たねェ以上、引いた方が負けさ」

 庭に降り立ち、酒瓶を飲み干して投げ捨てる槇寿郎。

 立ち上がり、着物に付いた汚れを払う新戸。

 険しい表情の鬼狩りと、あくどい笑みを絶やさない鬼が対峙し、そして――

「炎柱を舐めるなァ!!」

「飲んだくれの亭主なんざこれっぽっちも怖くねェよ!!」

 完全に酒が入った二人は、盛大な殴り合いを繰り広げたのだった。

 

 

           *

 

 

 一週間後、産屋敷邸。

 曇り空の下、当主の耀哉はいつになく元気そうであった。

「槇寿郎、よく戻ってきてくれたね。杏寿郎がその羽織を纏えるまでの間、よろしく頼むよ」

「はい。御心配をおかけいたしました」

 槇寿郎の言葉に、集結した柱達も安堵の笑みを溢した。

 煉獄家の庭で勃発した、新戸と槇寿郎の壮絶な殴り合い。殴って、殴られて、ぶつかり合った結果、新戸が殴り合いを制して槇寿郎の現場復帰となったのだ。古参の柱が立ち直ったことで、鬼殺隊の士気も上がることだろう。

 ただし条件付きである。それは「長男・煉獄杏寿郎が炎柱を継ぐに相応しい強さを得るまで」という期限付きの復帰。そもそも柱を辞める腹積もりだった槇寿郎は、杏寿郎が柱の選定基準である「階級が甲で、十二鬼月を倒すか鬼を五十体倒すか」を成し遂げれば代を譲ると決めたのだ。

「新戸、ありがとう。何と礼を言うべきか」

「耀哉、俺は自分が楽になるための努力は惜しまないぜ」

「小守……今の一言で全部台無しだぞ」

 本音ダダ漏れの新戸に、悲鳴嶼は冷たいツッコミを入れた。

 新戸は自分が楽をしたい欲を優先し、人間であれば絶対に気にするであろう周りからの評判や期待など「煩わしいから応える義理は無い」と考えている。言い変えれば「楽をするため・スネをかじり続けるためなら何でもする」という意味でもあるのだが……いかんせんズボラさに定評のあるチャランポランなので、色々とアレである。

「……とりあえず槇寿郎、任務中は断酒しようか」

「御意」

「そうだぜ。酒に呑まれてあっちの世界へ逝っちゃったなんざ笑えねェからマジで」

「貴様にだけは言われたくないわァ!!」

 自分のことを棚に上げる新戸に、槇寿郎は障子が震える程の怒声を放つのだった。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
女の体になった新戸は、筋力と血鬼術の威力が落ちる反面、体の柔軟性がよくなる。ただし酒に若干酔いやすくなる。
なお、胸の大きさは甘露寺と同じ。


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第七話 俺の血は特効薬らしい。

【「公式ファンブック 鬼殺隊見聞録・弐」の感想 ネタバレ注意】
童磨、お前も新戸と大差ねェな。

※趣味に水煙管(煙草)と酒風呂(酒)があったため


 一週間後。

 新戸は耀哉からとある廃寺の話を聞いていた。

「箱根にある廃寺に、複数の鬼が集まって根付いている。その場所はどうも古くから〝間引き〟の地であるようでね」

「成程、餌場としちゃ好条件だな」

 煙草を吹かしながら、新戸は顔を顰めた。

 飢饉に見舞われた時代や地域では、「間引き」として養うべき人数を山に捨て、場合によっては殺めるという風習がある。明治の世には時の政府が間引きや堕胎を禁止したが、その後も隠れて行なわれている。

 そして耀哉の言う廃寺は、そんな悪しき風習が根強い場所であり、そもそも周囲が鬱蒼とした森で囲まれているため鬼の隠れ家としては好条件なのだ。

「新戸、行ってくれるかい?」

「その前に一ついいか」

 新戸は人差し指で、隣に座る者を指差した。

()()必要ねェんじゃねェか?」

「てめェ逃げようとすんじゃねェ」

 遠回しに嫌がる新戸を一喝する、傷だらけの剣士。

 風柱・不死川実弥だ。

「新戸。君は言ってたね、戦術を覚えろと。ただ己を鍛えるだけでは進展は無い……確かに全集中の呼吸が全てじゃないと私も思う。人が持つ最強の能力は〝知恵〟ということは言い得て妙だ」

「お前聞いてたのかよ。てっきりその後に飛んできたと思ってたわ」

 蝶屋敷で漏らした本音が、どうも鎹鴉を通じて丸聞こえだったらしい。

 新戸は抜け目のない奴だなとボヤくが、実弥は耀哉に異を唱えた。

「お館様、コイツとは組みたくありません。柱が鬼の手を借りるなど屈辱の極みです」

 鬼狩りの最前線で剣を振るう隊士達から見て、新戸という存在は意見が分かれる。

 肯定する者はその強さを一目置き、ある意味で誰だろうと公平に接する磊落さや物事の本質を捉えたような言動と振る舞いに好意を持つ。逆に否定する者はチャランポランかつズボラな性格が癪に障り、好き勝手に道楽に興じ毎日をダラダラ過ごすことを疎む。

 そして新戸は、誰からどう思われようとも意にも介さない。好かれようと嫌われようと、殺意や憎悪を向けられようと、自分のかじるスネさえ確保できればいいのだ。それは鬼という存在となった時点で、大抵の人間から快く思われない現実を受け入れているからである。

 この達観にも似た開き直りこそ、新戸という鬼の真髄でもあるのだが……それが余計に鬼を憎む者を煽るのだ。

「ホラホラ、こう言ってるんだから俺を外してよ」

「新戸は黙ってなさい」

 逃げたがる新戸を一蹴し、耀哉は実弥に声を掛ける。

「実弥。腕といい頭の切れと言い、新戸を知れば君の今後に大いに役に立つと私は確信している。新戸の戦法は、はっきり言って実弥の戦法の延長線だ。それを短期間で学ぶには、新戸自身(ほんにん)の戦い方をその目で焼き付けるのが早いよ」

「っ……」

「新戸、いいかな? 受けてくれるなら煙草の本数増やすけど」

「どこか教えろ! 全員皆殺しだ」

 報酬である恩賜の煙草の話を持ちかけられたことで掌を返した新戸に、実弥はブチギレそうになるのを耐えたのだった。

 

 

           *

 

 

 それから三日後の夜。

 例の廃寺の門の前に立つ実弥は、新戸と作戦会議をしていた。

「作戦はこうだ。ここには複数の鬼が潜んでるから、俺が囮となっておびき出して皆殺し……以上だ」

「あ、それ却下」

 実弥の立てた作戦を、新戸はいきなり一蹴した。

「何か文句あんのか? てめェ」

「囮作戦は確かに常套手段だ、それ自体は俺も賛成。むしろ推奨するぜ。けどなァ、詰めが甘いんだよな~」

 新戸曰く。

 稀血体質の実弥が囮となって一網打尽にするのはいいが、鬼の具体的な数が把握できない以上、長期戦になれば練度が高くとも数で押される可能性がある。ましてや柱である実弥が何らかの形で一時的にでも戦闘不能になれば、戦いの主導権を握られてしまう。そうなってしまえば、最悪誰かの命を犠牲にしなければならない。

 つまり、囮作戦の確度を上げ、犠牲を払う必要のないやり方をしろというのだ。そして新戸は、それを実行できる策があるという。

「さねみん、俺が囮作戦の〝お手本〟を見せてやるよ。頭無惨でもできる戦術学講座を始めるぞ。まずは変装からだ」

「誰がさねみんだ!!」

 新戸は意気揚々と境内に乗り込んでいく。

 何でコイツから学ばなければならないんだと、内心悪態を吐きながらも廃寺に潜むであろう鬼達に察知されないように侵入する。

(馬鹿正直に正面から行った新戸(バカ)は……)

 新戸の姿を探すと、彼は賽銭箱の前で立っていた。

「もし……どなたか、いらっしゃいませんか?」

(いや、怪し過ぎるだろォ!)

 実弥はそうツッコまざるを得なかった。

 というのも、新戸は姿こそ女に変わってるが、それ以外は何の変化も無い。鬼殺隊の人間の証とも言える詰襟も丸見えで、ズボラな性格が思いっ切り影響して何もかも杜撰。一度不審に思ったら違和感しかない、中途半端な変装だ。

 それ以前に、そもそも女性が山奥の廃寺を真夜中に一人で尋ねるという時点で不自然だ。余程の愚か者でない限り、絶対怪しまれるに決まっている。

 任務失敗かと思ったその時、女性の悲鳴――ただし中身は新戸――が木霊した。

「ぐひひひ……美味そうな女だあ」

「それもまずまずの上玉じゃねェかァ」

「イイ乳してんじゃねェの……!」

「ウソだろ、引っかかりやがった」

 息を潜めて様子を見ていた風柱はそう漏らした。

 たとえ醜い鬼共が群がっても、多少なりとも警戒するだろうと思っていた矢先に、まさかの警戒心ゼロ。

 そして当の新戸はというと……。

「い、嫌だ……死にたくないっ……! 命だけは……! フヒッ」

(笑ってんじゃねェか!! 一人で猿芝居楽しんでんじゃねェ!!)

 顔を手で覆って泣く仕草をしているが、その口元は大きな弧を描いており、完全に笑っている。

 傍から見ればかなり高い演技力なのだが、それ以上に新戸の性格を知っている分白々しさが目立って仕方がない。まんまと罠に引っかかった鬼達が、むしろ不憫にすら思える。

「なるべくキレイなままで喰ってやるか」

「おい、最初に見つけた俺の獲物だぞ!」

「先に()った奴の独り占めでいいだろうが!」

 女の姿の新戸を巡って言い争う鬼達。

 鬼という存在は独善的で利己的な性格である一方で、共食いすらも起こす程の同族嫌悪である。助け合ったり徒党を組むことは無く、組織的に動くことなどまずあり得ない。

 叩くなら今しかない……実弥は日輪刀の鯉口を切った。

 しかし、ここで新戸が追い打ちをかけた。

「……もう、いいです……」

『?』

「旦那に裏切られ、両親に裏切られ……もう疲れました……」

(あのクソ鬼、まだ猿芝居続けてんのかよ!?)

 いい加減あとを任せればいいのに、まだ演技中の新戸にそろそろキレそうになる実弥。

 しかも全部真っ赤なウソである。

 だが、次の言葉に事態は大きく動いた。

「どうせ殺されるのなら、私は一等強い方にこの身を捧げましょう……」

 ボソリと呟いた一言に、全ての鬼が反応した。

 どうせ喰われるのなら、一番強い鬼に喰われたい――そう解釈したのだ。

「……女、その望み叶えてやろう」

「ああ? やんのかてめェ」

「こん中で一番(つえ)ェ奴が喰うってこった!」

「……上等だァ!!」

 その言葉と共に、女となった新戸を独り占めするべく、その場で殺し合いを始めた。

 廃寺の境内で勃発した不死身の怪物の大乱闘に、実弥は呆然としていた。

「そらそら、もっと暴れろ。そのまま体力消耗して弱ってしまえ」

(……口車に乗せて殺し合い起こすって、何なんだアイツは……)

 大乱闘の最中、ゲス顔を浮かべる新戸に冷や汗を流した。

 そう、これこそが新戸の作戦だったのだ。

 同族嫌悪の性質を利用した「全ての鬼を同時に唆して殺し合いを起こす」という離れ業。鬼同士の殺し合いで隙が生まれる上、仮に参謀・指揮官役の鬼がいても統率が取りにくくなり、さらに過剰な再生による体力消耗が狙えるという、荒唐無稽のようで効果的な〝戦術〟だ。

 加えて、新戸の擬態である「性別転換」は、槇寿郎が感じ取ったように〝気配が変わる〟という特性がある。その上日頃の飲酒や喫煙で「人間の匂い」を感じ取りにくくなっており、下級の鬼では同族と気づくことすらできないのだ。

 新戸の言っていた〝お手本〟を見せつけられ、実弥は戦慄すら覚えた。

「…………よ~し、いっちょやるか」

 ここで、ついに新戸が動いた。

 仕込み杖を抜いて両手で構えると、刀身からバリバリと音を立てて赤い稲妻が迸った。

 新戸が血鬼術を発動させたのだ。

「――〝(つい)()(しき) (おに)こそ〟」

 

 ゴバァッ!!

 

『は?』

「おい、反則だろそりゃ……」

 両手で横薙ぎに振るうと、極太の斬撃が周囲に赤い稲妻を走らせながら、次々と殺し合いを続ける鬼達の胴体を真っ二つにした。

 上半身と下半身の泣き別れ。初見殺しもいいところな剣技に、実弥は思わず新戸にとっては褒め言葉な一言をボヤいた。

「さねみん、出番だぜ」

「っ…………ああそうかい!!」

 

 ――〝風の呼吸 壱ノ型 (じん)(せん)(ぷう)()ぎ〟!!

 

 新戸が両断した鬼達目掛け、凄まじい勢いで螺旋状に地面を抉りながら突進する。

 体を両断されてロクに動けないままの鬼達は、真っ向から暴風を食らうハメとなり、その荒々しい刃に成す術も無く頸を斬られるしかなかった。

 

 

           *

 

 

 二日後、任務を終えた実弥は耀哉に報告をしていた。

「――以上です」

「そうか……お疲れ様。新戸の戦法はどうだったかな」

「……お館様、確かに奴の戦い方は活かせそうですが……あれは人間をやめてます」

 実弥はそう断言した。

 新戸が今回見せた戦法は、「同士討ちをけしかけ、程々に体力を消耗させてからの不意打ちによる殲滅」という、騙し討ちなんて言葉じゃ済まない狡猾な戦いだった。

 言葉巧みに醜い鬼共を煽りまくしたて、時間稼ぎや挑発による判断力の低下を招かせ、戦局を有利に展開させるという手口は、今後の鬼狩りの参考になるだろう。

 だが新戸は、相手が鬼といえど殺し合いを扇動した。そこに新戸という鬼の恐ろしさを感じたと、実弥は赤裸々に語った。

「鬼共が小守に罵詈雑言を飛ばした時、アイツは石ころでも見るような目で見下していました」

「……」

 その言葉に、耀哉は複雑な表情を浮かべた。

 新戸は目的を果たすためならばいくらでも残酷になり、物事を楽に進めるためなら越えてはいけない一線を平気で越えることができてしまう。それも本能剥き出しでなく、理性的にだ。

 それが、嫌悪を通り越して恐怖すら感じ取れたのだ。

「アイツは鬼というより……化物です」

「だからこそ、鬼殺隊(こちら)側でよかったと思っているだろう? 新戸はやる気が無いだけで、目的を持って行動を起こす時は一変する。――おや、カナエと同じようなことを言っちゃってるね」

「っ……」

 クスクスと笑う耀哉に、実弥は何とも言い難い表情を浮かべるしかなかった。

 

 

 その夜、東京府浅草。

 賭場で遊んだついでに酒を買おうとしていた新戸は、珠世の診療所に連行されていた。

「珠世さん、お話って何だい」

「急に連れ出して申し訳ありません……ですが新戸さん、これは非常に重大な案件です。心して聞いて下さい」

 いつになく真剣な珠世に、新戸は煙草に火を点けながら耳を傾けた。

「あなたと出会って以来、定期的に血液検査をしていたのですが……新戸さんの血液は、非常に特殊な血であることがわかりました」

「特殊な血? 稀血とは違うの?」

「……鬼は、人間の食べ物を摂取すると吐き出してしまうのはご存じですか?」

 鬼舞辻無惨によって生まれた鬼は全て、人間の食べ物を食べると吐き戻してしまう、言わば人肉以外の拒絶反応がある。人間の肉や血以外を摂取できる特異個体(おに)は、珠世と愈史郎、そして新戸の三人のみだ。

 特に新戸は、人間の食べ物と睡眠で鬼の身体を維持できる特異の中の特異。医者としても同族(おに)としても興味深い存在であり、珠世と会う度に検診として採血などをされている。

 その中で珠世は、新戸の血液を研究している最中にとんでもないことを発見したのだ。

「はっきりと言います。――新戸さんの血液は、数百年一度も見たことの無い〝()()()()()〟となっています」

「え? 人でも鬼でもない、得体の知れないナニかってこと?」

「何と言うべきでしょうか……生物として非常に特殊なのです」

 珠世は現在の研究の成果を新戸に伝えた。

 無惨の血は人間を鬼に変え、鬼にさらに血を与えると力が増すという特性を持つ。だが鬼でありながら人と同じ食性を持つ新戸の血は、人間の血でも鬼の血でもない、今まで見たことの無い血液であるという事実が判明したのだ。

 きっかけは、珠世が新戸の血を試飲したことだった。

「研究の過程で、私は血液の試飲を行うことがあります。その際にあなたの血を飲んだのですが……ちょっと申し訳ないのですが、その……物凄く、信じられないくらいに不味かったんです……お酒と煙草の臭いと味があまりにも……」

「ごめん、それは無理。酒と煙草抜いたら俺死ぬから」

「貴様の血のせいで珠世様がこの世の終わりみたいな顔で倒れたんだぞ!? まず謝れ!!」

「愈史郎、私の興味本位が招いたのです。彼を責めないでください」

 新戸を擁護する珠世に、愈史郎は庇う姿も美しいと心で叫んだ。

「話を戻します。あなたの血を飲んだ後、私の体に変化が訪れました。見た目の変化ではありません……人間の食べ物を、食べてみたいと思うようになったのです」

「……!」

「まさかと思い、街で売る人間の食べ物を口にしたのですが……一切の吐き気が無かった」

 新戸は目を大きく見開いた。

 新戸の血は鬼でありながら人間の食事を摂取できる特性があることが判明したのだ。しかも新戸の血を試飲して以来眠気が訪れるようになり、数十分程だが睡眠もできるようになったという。その効果は愈史郎にも影響し、今では人間の血を摂取しない日が徐々に増えているとのことだ。

「つまり新戸さんの血液は、伝染病に対する特効薬に近い特性があるのです。鬼の私達が人間の食事を取り、できないはずの睡眠ができるようになった」

「……マジすか」

「この血の研究が進めば、鬼となった人間を元に戻す薬もできるかもしれません。ですが検体が少ないので――」

「じゃあ童磨に飲ませてみるわ。上弦ならいい材料だろ?」

 新戸がそう言った途端、珠世と愈史郎は固まった。

「新戸さん、上弦の鬼と何か関係でも……?」

「顔馴染みだよ、大したことじゃねェ」

「重大案件だ馬鹿者!! 何で今まで黙ってた!!」

 新戸は別に訊かれなかったからなとボヤきつつ、二人に童磨との関係を語る。

 十数年前の出会いと、文通を通じた情報共有、鬼殺隊当主の容認……それらは無惨が把握できてない事実だという。

「あのワカメ頭、童磨のこと嫌いだから多分これからもバレねェよ。他の上弦にも煙たがられてるっぽいし」

「類は友を呼ぶとはこのことか……」

「愈史郎、それどういうこと?」

「しかし、これで研究が進みそうです」

 珠世は、新戸との出会いは僥倖だと語る。

 鬼として極めて稀で特殊な新戸、そして彼と良好な関係を築いている上弦の弐。未知の血液を持つ鬼と、無惨の血が濃い鬼から血液を採取すれば、希望を見出せるかもしれない。

 どんな傷にも病にも必ず薬や治療法があると考える珠世にとって、新戸は人間と鬼の運命を大きく左右する程の存在なのだ。

「新戸さん、できる限りで構いません。鬼舞辻との遭遇はなるべく避けて下さい。もしこのことが知られたら……」

「いや、俺アイツに馬鹿がうつるから二度と近づくなって言われてるから大丈夫だよ」

「……お前は人の下で働けるような男じゃないからな」

 暢気に告げる新戸をバッサリと切り捨てる愈史郎であった。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸の肉体年齢は23歳。
肉体年齢的には宇髄と同い年。


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第八話 兄貴はやっぱり〝弟妹第一主義〟だよな。

遊郭編がスゴイ楽しみ!
ただ、頭無惨様のパワハラから始まってパワハラで終わりそう。(笑)


 さらに月日が経ち、ここは吉原遊郭。

 男と女と見栄と欲、愛憎渦巻く夜の街。美貌と技能が価値基準の「花街」には、ある鬼が巣食っていた。

 その名は、()()。童磨や猗窩座と同じ「上弦の鬼」の一角で、多くの柱を亡き者にした強力な悪鬼〝上弦の陸〟である。彼女は今、吉原遊郭の「京極屋」の看板である蕨姫(わらびひめ)花魁として評判を博しているが、その陰では必ず美しい人間のみを捕食して力を増大させているのだ。

「蕨姫、入るよ」

 襖を開けて、京極屋の女将であるお三津が声を掛けた。

 蕨姫の姿で化けている堕姫は、不機嫌そうに返す。

「何よ」

「客だ。アンタを一晩買う男が来たんだ」

「客ぅ?」

 不機嫌そうに女将を睨めつける。

 ここ最近、美しい人間を喰らう機会が少ない堕姫。いつも以上に苛立っており、禿(かむろ)の少女達は震え上がっている。

 そこへ、堕姫を蕨姫として買った張本人が姿を現した。

「いや~、夜中に悪かったね女将さん」

(コイツ、確か無惨様が忌み嫌う逃れ者……!!)

 軽い調子で顔を出した男の姿を目にし、不快感が湧き上がる。

 敬愛する主人の鬼舞辻無惨が存在そのものを嫌い、そして接触はおろか目に入ることすら拒む程の異端の鬼・小守新戸。無惨を慕う者が集う上弦の鬼にとって、新戸は縁を切られたのをいいことに道楽にふけながら鬼殺隊に与する反逆者であり、童磨以外は殺意が湧いてくるからと抹殺対象に認定されている半端者だ。

 なお、無惨本人に童磨以外の上弦全員で申し出たところ「奴の馬鹿が移っても知らんからな。移ったら私に移すな」と遠い目をして投げやりな返答をされたのは秘密だ。

(見た感じは全然強くなさそうね……)

 詰襟と着物を合わせた出で立ちは、鬼殺隊士特有の衣装。その双眸は、鬼特有の縦長の瞳孔。しかし醸し出す雰囲気は、鬼狩りや人喰い鬼というより、道楽にふける遊び人。

 隊士が持つ日輪刀と思しきものは見当たらず、持参している物は杖一本。明治からの流行や風潮に乗ってるのだろう。

 掴みどころのない飄々とした態度や警戒心の無さに、堕姫は拍子抜けだった。

「お客さん、くれぐれも機嫌を損ねないでおくれ」

「んな野暮なマネしないよ。一番の売れっ子さんに何かあったら大変だ」

 ケラケラと笑って手を振る新戸に、お三津は不安そうな顔をしつつも下がった。

 部屋には、帯鬼(だき)ズボラ鬼(にいと)の二人っきりとなる。

「こんばんは、蕨姫。噂以上の美しさだ」

「アタシを買ったのがアンタ? 想像以上の不細工ね、死んだ方がいいくらいに」

「そりゃ悪かったね。世の中死んでほしい奴がしぶとく生き残るんだ、我慢してくれ」

 腰を下ろし胡坐を掻く新戸。

 その無防備さに内心嘲笑うも、鬼狩りの情報を少しでも得ることで無惨に貢献しようと、あくまでも蕨姫として接する。

「アタシを抱くのかい?」

「いやいや、ただ日本一の傾城と酒飲んでくれるだけで十分さ。どんな安い酒でも、別嬪さんに酌してもらえりゃ美酒に早変わりってヤツ。それに不細工に抱かれるのは性に合わないだろ?」

「ふぅん……」

 ――何よ、意外と物分かりいいじゃない。

 美しさにこだわり続ける堕姫にとって、新戸の言い分はどこか感心できた。

「まあ、まずは一杯やろうか」

「……ふんっ」

 新戸は盃を手にし、堕姫がそこに酒を注ぐとグイッと一気に飲み干した。

「基本一人酒だけど、女性に酌してもらうとやっぱ違うな」

「……そう」

 堕姫は悪意に満ちた笑みを浮かべる。

 このまま酒を飲ませ続ければ、口も軽くなって重要な情報を出してくれるかもしれない。酔い潰してしまえば、あとは煮るなり焼くなり好きにできる。反逆者を葬ったとなれば、無惨様も自分を褒めて血を分けて下さるに違いない。

 そう思いながら、妖艶な仕草で煽り新戸に酒を飲ませ続けた。

 

 

 一時間後。

(何で酔い潰れないの!?)

 堕姫は癇癪を起こしたくなった。新戸の酒の強さを見誤っていたのだ。

 大きめの酒瓶が周囲に転がり、部屋は途中から吸い始めた煙草の匂いで充満している。愛煙家な上に酒豪という、体に悪いモノをこよなく愛する新戸に、むしろ自分の方がやられそうになる。

 しかもウブそうに見えて女への耐性がかなり強い。彼女の美貌は気が弱ければ失神し、耳に息を吹きかけられれば失禁する程で、実際新戸にも何度も色仕掛けをした。だが大抵はくすぐったい様子であり、鼻血を一滴たりとも流さないという意外すぎる耐性が発覚。

 正直言って面目丸潰れであり、新戸に対して殺意が湧いてきた。

「……大丈夫?」

「っ! な、何でもないわよっ」

「ならいいけど……」

 そう言って本日8本目の煙草を吸い始める新戸。

 酒を浴びるくらい飲んでもピンピンしているどころか口を中々割らない相手に、そろそろ限界を迎えそうになる堕姫だったが……。

「蕨姫ちゃん、ちょっと仕事絡みの悩みあるんだ、聞いてくれないかな」

「っ! ――私でよければ、何でも聞いてやってもいいけど」

 新戸がそう言った途端、堕姫の目の色が変わった。

 ようやく本丸だ。産屋敷の情報も青い彼岸花の情報も手に入る。

 思わず口角を上げる堕姫だったが……。

「ウチの上司の敵である鬼舞辻無惨っていう男なんだけどさ」

(無惨様!?)

 まさかの変化球(むざん)

 いきなり主人の話を振られたことに、驚きを隠せない。

「アイツ自分で動こうとしねェからどこにいんのかさっぱりわかんねェんだよ。何回かそこらの関係者に問い詰めても言えないの一点張りだし、知り合いから情報提供されても展開進まねェし、マジで何なんだよあのワカメ頭。珠世さんの言う通りの野郎だわホント」

 無惨のことをボロクソに言う新戸。

 正体を知ってようがいまいが、よりにもよって上弦の鬼を前に並べる罵詈雑言に、堕姫はビキビキと青筋を浮かべながら怒りを堪えるが……。

 

「あんな頭の足りんクソみてえな小物が頂点じゃあ、放っといても滅ぶなありゃあ」

 

 とどめの一撃が炸裂。

 堪忍袋の緒が切れた堕姫は、鬼の本性を剥き出しに激昂した。

「あの御方をそれ以上侮辱するんじゃないわよ!! 殺すわよ逃れ者風情が!!」

「…………今何つった?」

「……ハッ!」

 きょとんとした顔で新戸に問われ、堕姫は思わず両手で口を押えた。

 ハメられた。自分が鬼であることがバレてしまった。

 動揺を隠せない堕姫に対し、新戸は喉を鳴らして笑った。

「詰めが(あめ)ェんだよ。鬼いちゃんはお前らが思ってるよりも手強いのさ」

「っ……ハメやがったわね!」

「そのつもりで喋ってたからな」

 ケラケラと愉快そうに笑う新戸にしてやられた堕姫は、血鬼術を発動して帯を振るう。

 鋼の如き強度と刃の切れ味、優れた柔軟性を合わせ持つ帯が四方から襲いかかるが、新戸はすかさず杖に手を伸ばす。

 

 ザザザザザン!

 

「〝鬼剣舞(おにけんばい) (もん)()(まい)〟」

「っ!! 帯がっ……」

 新戸も血鬼術を発動。抜刀と同時に発生した斬撃で天蓋を作り、四方からの帯の攻撃を全て防御しながら斬り刻んだ。

 全方位への防御と発動の早い迎撃に、堕姫は想像だにしない実力を目にして顔を歪めた。

(日輪刀を仕込んだ杖……!!)

 日輪刀を駆使する鬼と、上弦の名を冠する鬼。

 鬼同士の戦いは不毛とされているが、鬼殺しの武器の扱いに長けた新戸となれば、多少状況が変わる。

 お兄ちゃんを呼んだ方がいいかしら……そう堕姫は悩むが、新戸は違った。

「まあ待て、俺ァ今日は個人的な用事で来ただけだ。()()嬢ちゃんの頸を()るつもりはねェ」

「は?」

「言ったろ? 死ぬ前に一回は面と向かって会わねェと損するかなって」

 つまり、今夜はあくまでも酒の席であって、任務でも調査でもないというのだ。

 あんなに殺気立ってたのが馬鹿馬鹿しくなり、堕姫は盛大に溜め息を吐いた。

「ハァ……アンタ、何しに来たの?」

「いきなり殺しに来たじゃじゃ馬に言う義理は無いかな」

「ぐっ……!」

 完全に手玉に取られてしまい、堕姫は憤慨。

 すると新戸は、本性を露わにした堕姫に意外な質問をした。

「なあ、蕨姫ちゃん」

「何よ!」

「蕨姫ちゃんには家族っている?」

 唐突な質問に、呆気にとられる。

 要求したのは、鬼舞辻無惨の居場所でもなければ、上弦の詳細な情報でもない。堕姫に身内はいるのかどうかという、どう考えても関係の無い内容だった。

「……アンタに何の関係があるのよ?」

「最後に一つだけ尋ねたいだけさ」

 新戸は煙草の煙を吐くと、堕姫に尋ねた。

 

「もしもの話なんだけどさ……不倶戴天の敵に追い込まれて、自分を拾った主人とこの世にただ一人の弟妹どちらか助けてやるって言われたら、兄貴、又は姉貴だったらどっちを選ぶと思う?」

 

「…………!!」

「……ゴメン、変な質問だったね」

 新戸はおもむろに立ち上がり、仕込み杖を手にして襖を開けた。

「次会った時は、思いっきりドンパチするだろうから。そん時ゃよろしくね~」

 手をヒラヒラと振り、上機嫌に新戸は階段を降りていった。

 

 

           *

 

 

 京極屋を出て、花街を後にする新戸の背中を堕姫は本来の姿のまま見つめる。

 その直後、彼女の帯の中から痩せ細った体とボサボサ髪が特徴の鬼が現れた。

 堕姫の兄であり、共に〝上弦の陸〟の数字を与えられている妓夫(ぎゅう)()(ろう)だ。

「……アレがあの御方の言ってた逃れ者かあぁぁ。妹をハメやがってぇ、思ったより質の悪いやろうだぜぇぇ」

「……お兄ちゃん」

「何だぁ?」

「……あの御方と私、お兄ちゃんはどっちが大事?」

 妹から振られた話題に、妓夫太郎は困った表情で顔を搔き毟った。

 鬼になる前……人間の頃から全く愛情の類が与えられない絶望的生い立ちだった妓夫太郎。彼にとって妹は誇りであり唯一無二の存在で、無惨は鬼という行き場を与えてくれた大恩ある存在。厳密に言えば鬼にしたのは童磨だが、無惨は自分達のことをお気に入りと評している節があったので、兄妹揃って尊敬している。

 しかし、いざ無惨と妹どっちが大事かと問われると、さすがに答えに詰まるというものだ。

「……難しいこと訊いてくるようになったなぁぁ。どっちも大事なんだがなぁぁ」

 頭の足りない面がある妹の成長か、それとも無惨が嫌う変化か。

 どちらにせよ、新戸という異端の鬼の影響力は無視できないと感じ取った妓夫太郎だった。

 

 

「遊郭の鬼は見込みあり……な~んだ、やっぱ人も鬼も兄貴は〝弟妹第一主義〟か」

 新戸は帰り道、ニヤリと笑みを浮かべていた。

 そう、新戸の真の目的は鬼の味方を増やすこと。上弦の鬼を鬼殺隊の戦力として利用するという、掟破りの戦術を確固たるものにするため、鬼の伝承や各地に根付く都市伝説的な噂話の〝舞台〟へ足を運んでいたのだ。

 絶対的な主君・鬼舞辻無惨とかけがえのない存在を天秤にかけ、後者を選べる鬼を絆す。鬼殺隊の根本を覆す一線を越えた考えを実行できるのは、新戸以外にいないだろう。

(全ての物事には等しく例外は存在する……てめェとはオツムの出来が(ちげ)ェんだよ、ワカメ頭)

 酒が入って上機嫌になった新戸は、口笛を吹きながら夜道を行くのだった。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸に対する鬼側の評価は以下の通り。

無惨→馬鹿が移りそうだから会いたくない。死んでほしい。
黒死牟→反逆者。強さは認めるが無惨様に馬鹿を移さぬように殺す。
童磨→親友。救いようのない一面もあるが、一緒にいると楽しい。
猗窩座→決して相容れない思想信条を持つ相手。戦わない鬼だから次会ったら粉微塵にして殺す。
半天狗→ドがつく程の極悪人。非道ぶりは鬼狩り以上。会ったら殺す。
玉壺→高尚な作品を金にして道楽で還元するクズ。会ったら殺す。
妓夫太郎→反逆者だが興味がある。殺す時は殺す。
堕姫→反逆者だが意外と物分かりいい奴。殺す時は殺す。
鳴女→無惨様が嫌う相手だから会いたくない。殺せと言われたら一応殺す。


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第九話 殺し合いに善悪だの正邪だの求めちゃダメだぜ。

三月最初の投稿です。

今回は新戸版煉獄外伝です。


 その日、鬼殺隊(みずのと)(かん)()()(みつ)()は帝都・東京へ任務に赴いていた。

 尊敬する師範・煉獄杏寿郎の実父にして炎柱である煉獄槇寿郎を筆頭に、産屋敷耀哉からの勅命で帝都で暴れる鬼の討伐に参加することになったのだ。甘露寺以外にも新米の隊員達が集い、現在作戦会議中だ。

「手筈通り、二人一組で行動してもらう。鬼を発見次第、鎹鴉で連絡。すぐに応援を呼び駆けつけろ。市民の避難誘導を最優先に動け」

「うむ! 帝都の平穏は俺達が護るぞ!!」

『はいっ!!』

(指示を出してる炎柱さん、素敵!! さすが師範のお父さん!!)

 槇寿郎の気迫にキュンとなる甘露寺。

 すると――

「何やってんの?」

 そこへ、杖を腰に差した尻端折りの着物と詰襟を着た、一風変わった風貌の青年が現れた。掴みどころのない雰囲気を醸し出す不思議な人間に、甘露寺は目を見張る。

(何あの人!? いい顔してるのに見た目が浮いてて、可愛い!! ――って、ちょっと待って、あの目って……まさか鬼!? どういうこと!?)

 謎めいたトキメキを起こす感性でキュンキュンするかと思えば、その瞳孔を目にして目の前の青年が鬼だとわかり、アワアワとしてしまう甘露寺。それは他の隊士達も同様で、中には刀の柄を握る者もいる。

 が、それを制止したのは槇寿郎だった。

「新戸……お館様の命令で来たのか?」

「いや、個人的な要件でここら辺にいただけ。……あ、杏寿郎も一緒なの? 親子水入らずでご苦労さん」

「うむ! 父上と共に十二鬼月と思われる鬼の討伐にあたるところだ!!」

 煉獄親子とのやり取りを目にし、鬼殺隊の関係者と知る甘露寺達。

「師範……あの人は一体……」

「そうか、甘露寺は初めてだったな。奴は小守新戸……先代当主の頃から鬼殺隊に籍を置く、唯一にして異端の鬼だ」

「異端……?」

「奴は人を襲わず、人を喰わない。そして人と同じ食性でありながら血鬼術を操る。……人喰い鬼の概念から逸脱している、規格外な奴だ」

 杏寿郎(しはん)の言葉に、甘露寺は驚きを隠せない。

 ――人を喰わない鬼が、この世にいるなんて。

「確かに、人を襲うような悪い人には見えないわ……」

「うむ! だが甘露寺、見た目に騙されるな! 新戸は非常に質が悪い!!」

「酩酊状態で任務に行ってたおめェの親父にゃ及ばねェよ」

「新戸、お前あとで覚えてろよ」

 さりげなく槇寿郎の黒歴史を暴露する新戸。

 炎柱は額に青筋を浮かべつつ、新戸を正す。

「それで、小守こそなぜここにいる」

「え? 賭場行ってた帰りなんだけど」

 ピシリ、と空気が軋んだ。

 その直後、怒りの籠った視線、特に槇寿郎の怒気が新戸に向けられる。

 ――こいつ、鬼殺隊(おれたち)が命懸けで戦ってる裏で遊んでやがる!!

「……人手足りないならさ、俺手ェ貸すけど。今日引きが(よえ)ェのかそんなに儲からなくてムシャクシャしてんだ」

「貴様の憂さ晴らしに付き合う暇など――」

「囮としては俺が最適だとは思ってるんだけどなァ~……」

 不敵に笑う新戸の言葉に、槇寿郎は押し黙った。

 鬼殺隊が鬼を狩るために鬼の手を借りる……それも新戸の手を借りるのは心底嫌だが、確かに囮としては文句無しの人材である。事実、新戸の実力を槇寿郎は理解している。

 そして槇寿郎は、鬼殺隊で最も新戸の恐ろしさを理解している者の一人だ。生物としてはあり得ない生命力・治癒力でも、日輪刀と同じ効力を有する血鬼術でもない、新戸だからこそ成り立つ真の脅威を――

「……わかった。だがくれぐれも余計なマネはするな」

「大丈夫だっての。心配性だな、炎柱さんは………で、誰だおめェ」

「へっ!? あ、鬼殺隊癸・甘露寺蜜璃です!」

 はきはきと返事をする甘露寺を、新戸はジト目で見る。

「その制服は趣味か」

「へ!? あ、いえ、隠の人がこれが公式だって……」

「あ~……ゲスメガネの仕業だな。んな色仕掛け通じる鬼いんのかよ……その内鬼殺隊は異常者の集団とか言われんぞ、アイツの性癖のせいで」

 鬼殺隊の事後処理部隊「隠」に属する(まえ)()まさおは、下級の鬼ならば爪や牙すら通さない程に頑丈な繊維が用いられた隊服の製作・修復を担当する縫製係であり、隊では重用されている技術の持ち主だ。しかし見目麗しい女性隊員・少女隊員の隊服には、独断で痴女一歩手前になりかねない服にする悪癖があり、新戸ですら「あんな奴が出世したら鬼殺隊は終わり」と断言する程にゲスい。

 それゆえにゲスメガネと呼ばれ、明らかにダメだと解っていてもあえて挑戦する、かなり面倒臭い人物として知られているのだ。

「それより、この任務の作戦とかあんの?」

「ああ」

 槇寿郎は新戸に、先程隊士達に伝えた作戦を語る。

 その全てを聞くと、盛大な溜め息を吐いた。

「ハァーーーー……ホンット脇が(あめ)ェな、鬼殺隊」

 どうしようもない、とでも言いたげな表情で新戸は呆れた。

「あのなァ……わざわざ人気の多い帝都で暴れてんだぜ。その()()()()()()、ある程度の悪知恵働く奴に決まってる。たとえば今みたいに、柱が小隊引き連れた状況でも勝算がある作戦を練ってるっつー考えとか思いつかねェの?」

『っ!!』

「俺が指揮官だったらこう言うね。まず市民の避難誘導班と鬼の討伐班に分ける。討伐班は杏寿郎・甘露寺・槇寿郎でそれぞれ単独行動、残りの隊士は市民の避難誘導ってトコ。全員に避難誘導も課すと鬼の討伐に集中できないからな。それに甘露寺がいる以上、食料としても狙われるでしょ。だったら逆に甘露寺を狙うよう誘導し、隙を見せたところで一気に潰せるようにしとくのがいい」

 淡々と立案した作戦を述べる新戸。

 その頭の回転の速さに、甘露寺はスゴイと呟いてしまう。

「戦いは駆け引き……結局は主導権を握った方が有利なんだ。現時点では敵が主導権を握ってるから、そいつから主導権を奪える手段や状況を作るのが優先だ」

「……甘露寺も、囮にするつもりか」

「杏寿郎、言っても無駄だ」

 槇寿郎の言葉に、一同は顔を向ける。

「新戸は鬼殺隊()()だ。目的の為ならいくらでも残酷になり、楽をするためなら越えてはいけない一線を躊躇なく越える……奴に善悪や正邪など通じん」

 そう、それが新戸の恐ろしさだった。

 結果を出し、相手より有利に動けるようにするためには手段を選ばない狡猾さ。目的遂行の為なら鉄の掟を破ることすらも厭わない思考回路。それが新戸の真の強みであり、脅威であるのだ。

 事実、その一部を目にした隊士達は「えげつない」と口を揃えている程だ。

「小守……」

「杏寿郎、殺し合いに善悪だの正邪だの求めちゃダメだぜ。掟護って自分(てめェ)の命護れねェんじゃ世話ねェや。そういう余計なこと考えてる暇あんなら、目の前の敵に集中しな」

「っ……!」

 そう言って笑う新戸に、甘露寺は背筋が凍る感覚を覚えた。

 

 

           *

 

 

 日が完全に暮れ、鬼の時間が訪れる。

 新戸は変更した作戦に則って、甘露寺と行動を共にしていた。

「あの……えっと、新戸さん?」

「ん?」

「何で女の人の姿になってるの……?」

 甘露寺は顔をちょっぴり赤くして尋ねる。

 というのも、新戸は元の青年の姿から女性の姿に変化しているからだ。

 煙草を咥えながら歩くその姿からぐうたらな感じは全く抜け落ちてないが、それなりにいい体なので、ちょっと気になるのだ。

「ああ、これ? 鬼から見れば女の方が栄養価が高いから、こんな胸のデケェ肉付きのいいのが二人もうろついてたらアホみたいに食いつくかなって」

 胸を支えるように腕を組む新戸は、ニヤリと口角を上げる。

 悪い大人の顔を浮かべた鬼に、甘露寺は苦笑いを浮かべる。

 すると、新戸は眉間にしわを寄せた。

「…………甘露寺、時計持ってる?」

「え? いえ、持ってないわ」

「チッチッチッチッ、うっせェんだよなァ」

 どこからだ? と辺りを見回す新戸。

 すると、彼の視界が木箱を捉えた。耳を澄ませると例の音が鳴ってるのがわかり、蓋を開けて中身を取り出した。

「……これ、爆弾か?」

「ば、爆弾んんんんんんんん!?」

 何と、音の正体はダイナマイトと時計がセットになった時限爆弾。

 暢気に新戸は持ってるが、とんでもない危険物を発見してしまった甘露寺は絶叫。

「はわわわわわ!! どうしよう!! どうしよう新戸さん!!!」

「解除方法知らねェからドカンと一発だ、ろっ!」

 新戸はそう言うと、爆弾を夜空へ思いっ切りぶん投げた。

 爆弾はあっという間に帝都上空へと投げ飛ばされ――

 

 ドォンッ!!

 

「フゥ……間一髪だったな」

「……」

 鬼特有の怪力で危機を脱し、甘露寺は呆然とする。

 しかし、これ程の事になれば他の隊士達も気づくだろう。

「な、何で時限爆弾なんか……」

「鬼の仕業だな」

「え?」

「俺達の戦力消耗の為に、ご丁寧に爆弾(はなび)で歓迎してるんだよ」

 その時だった。

 二人の足元から狼のような黒いナニかが出現し、あっという間に囲んでしまった。

「ヤダ何このワンちゃん達! 可愛くないわ!」

「いや狼じゃねコレ?」

 甘露寺は日輪刀を抜き、オオカミの頸を斬りつける。

 が、頸を刎ねることはできず、ズブズブと刀身が沈んでしまう。

 まるで、刀が取り込まれていくかのようだ。

(ダメだ、斬れてない! 叩きつけるんじゃ取り込まれる!)

 不測の事態に全集中の呼吸すらも忘れ、焦り始める甘露寺。

 このままでは()られると、取り乱してしまうが――

「〝鬼剣舞(おにけんばい) (もん)()(まい)〟」

 新戸がすかさず仕込み杖を抜刀。四方から襲い掛かった狼を全て斬り刻んだ。

 血鬼術とはいえ、その剣技を前に甘露寺は絶句する。

(……手応えがねェ。血鬼術でできた分身か?)

 先程甘露寺が刀を取り込まれかけたように、新戸もまた、斬った時に取り込まれそうになったことに気づいた。

 触れたものを何でも取り込む特性があるようで、迂闊に斬れば日輪刀を奪われてしまうのかもしれない。それに加え、あの時限爆弾が血鬼術を使う鬼が作ったのならば、かなり頭の切れる敵の可能性が高い。

 そこから考えられる、敵の思惑は――

「帝都中に爆弾が置かれてるな……いい趣味してるぜ」

「て、帝都中に!?」

「――甘露寺! 無事か!?」

 そこへ、槇寿郎が慌てて駆けつけた。

 新戸を心配しないのはお約束だ。

「槇寿郎、ちょうどいいトコに来たな」

「何があった?」

「時限爆弾さ。鬼が仕掛けといたんだろうよ」

「……そうか」

 事態の大きさを悟り、槇寿郎は静かに言う。

「さっき、奴さんの血鬼術に遭った。下手に斬ると刀を取り込まれるかもしれねェ」

「わかった……それよりも時限爆弾をどうにかしなければならんな」

「人海戦術で探す他ねェ。お前と杏寿郎で敵を()り、俺は甘露寺や他の連中と爆弾どうにか――」

 

 ガァン!

 

 刹那、銃声が響き渡った。

 それと共に新戸の頭から、血が吹き出て倒れた。

『!!』

 甘露寺は口元を両手で押さえ、槇寿郎は甘露寺を庇うように刀を構える。

 その数秒後、汗だくになった新戸が平然と起き上がった。

「あー、ビックリした……死ぬかと思った……」

「お前は鬼だから死なんだろう」

 そう吐き捨て、弾が飛んできた建物の屋上を睨む槇寿郎。

 視線の先には、軍服姿でマントを羽織った何者かがいた。

「あそこか!!」

 槇寿郎は一気に駆け、屋上まで登り切る。

「……さて、敵は任せたから爆弾解除と行こうか」

「い、いいんですか!?」

「煉獄家が親子で来てんだ、問題ねェだろ」

 屋上から響く銃撃と斬撃の音から、相当な激闘であるのは嫌でもわかる。

 だが新戸は、代々炎柱の家系の力ならばあの程度の鬼は任せてもいいと判断し、爆弾の解除を優先した。

「ほらほら、早く行かんと――」

 

 ドォン!!

 

「あっ!」

「ほら、奴さんの思い通りに事が運んじまうぞ」

 ひとまずは新戸と共に、爆弾の処理を優先しなければ。

 甘露寺は煉獄親子の身を案じつつ、ズボラ鬼の背中を追い越し仲間の元へ向かった。

 

 

           *

 

 隊士達と一足早く合流した甘露寺は、苦戦していた。

 敵の血鬼術を撃破しながら爆弾を探し解除をするのは、至難の業だ。数が揃っていても分が悪いのは目に見えていた。

「探せ!! 炎柱様達が食い止めている間に爆弾を!!」

「気をつけろ、この狼、刀を取り込んでくるぞ!」

 隊士達は劣勢。しかし士気は高く、ギリギリで拮抗している。

 甘露寺も日輪刀を振るいつつ、爆弾を探す。

「は、早く解除しないと!」

「サッキ言ッタ手順デ解除シテ――」

解除面倒(じかんのむだ)だ!」

 

 ズボッ!!

 

『えーーーーーーーーーっ!?』

 そこへ乱入したのは、爆弾を探し当てた新戸。

 狼に突っ込んだかと思えば、何と手にした爆弾を、顔面に減り込ませた。爆弾はズブズブと音を立てて取り込まれていき、その光景に隊士達は唖然とする。

「何やってやがんだ、相手の血鬼術を利用しろ! 取り込めるのは刀だけじゃねェ! ()()()はあの親子との戦いで余裕はねェはずだ、爆弾の解除ができねェなら爆弾を取り込ませろ!!」

『は、はい!』

 新戸の指示にハッとなった隊士達は、速やかに行動に移す。

 敵は煉獄親子との戦いに集中しており、それ以外の隊士達の相手をしている余裕はない可能性が高い。隊士としての練度や鬼の人間に対する考え方を加味すれば、この場にいる者達は全員「後回し組」で、いつでも殺せると踏んでいるだろう。

 つまり、煉獄親子が稼いでいるこの瞬間こそが作戦の要であり、失敗が許されない瞬間でもあるのだ。

「本当だ、爆弾が取り込まれてる!」

「解除が無理なら押し込め!!」

「これ以上帝都を傷物にさせるか!!」

 新戸の言っていたことが証明され、奮起する隊士達。

 それに対し新戸は「これぐらい煽ればいいか」と暢気に一服し始めた。

(あとはあの親子だが……まあ手助けの必要はねェか)

 

 

 新戸の予想は的中していた。

 十二鬼月の一角――〝下弦の弐〟(はい)(ろう)は余裕を無くしており、新戸の暗躍に気づけないでいた。

 と言うのも、佩狼は十二鬼月になる前、色々あってやさぐれていた槇寿郎に散々甚振られた上に罵倒された因縁がある。それ以来槇寿郎に復讐するべく力を蓄えていたのだが、よりにもよって鬼狩りとなった息子を連れた槇寿郎と再会。息子諸共殺すことに執着し、市民への無差別攻撃の失敗などすっかり忘れていた。

「クソ……クソクソクソクソォォォ!!!」

 隠し持った銃火器で応戦するが、弾をはじき返して迫ってくる二人に追い詰められ、敗色が濃厚となる佩狼。それでも彼は、己の復讐を全うするために戦う。煉獄親子もまた、己の責務を全うするために剣を振るう。

 そして、勝敗はついに決する。

「〝伍ノ型 炎虎〟」

 槇寿郎は烈火の猛虎を生み出すが如く刀を大きく振るい、咬みつくかのように佩狼を斬りつけた。佩狼の体は大きく抉られ、体勢を崩した。

 その隙を突き、杏寿郎がとどめの一撃を見舞った。

 

「〝炎の呼吸・奥義 玖ノ型 煉獄〟!!!」

 

 自らの名を冠した、命ごと浴びせる渾身の斬撃。

 あらゆるものを抉る、全身全霊の一太刀を前に佩狼はガトリング砲を出して蜂の巣にしようとするが、その前に頸をガトリング砲ごと斬られてしまう。

 憎い敵の倅に頸を刎ねられた佩狼だったが、その表情には憎悪ではなく不思議な高揚感が浮かんでいた。

 負けはしたが――

「……いい、太刀筋だ……」

 人を見下す鬼とは思えない称賛の言葉を最後に、下弦の弐は消滅した。

「ハァ……ハァ……」

「……」

 息を荒くする杏寿郎に、槇寿郎は悟った。

 ――俺の出る幕は終わった、これからは杏寿郎が炎柱として鬼殺隊の柱となって支えていくだろう。

 灼熱の業火の如き威力で猛進し、下弦の弐を倒した倅に、安堵の笑みを溢したのだった。

 

 

           *

 

 

 一週間後、産屋敷邸。

「これで正式に槇寿郎は引退し、その後を杏寿郎が継ぐことになるね」

 当主・耀哉は、頭を垂れる煉獄親子に優しく声を掛ける。

 緊急の柱合会議で、炎柱の代替わりが決定し、他の柱達は杏寿郎に興味津々だ。

 柱古参の槇寿郎(ごうか)から、倅の杏寿郎(ほむら)へ――

「槇寿郎は育手として、杏寿郎は炎柱として、鬼殺隊を支えてくれるかい?」

「御意」

「はいっ!!」

 炎柱の引退式と就任式が同時に行われ、耀哉はそれを祝った。

 その様子を遠くから新戸は眺め、酒を煽った。

「……やれやれ。これで少しは顔向けできるか」

 それは、少し遠い過去の記憶。

 

「小守さん、お願いがあります」

 まだ煉獄邸で居候していた頃。

 病床に伏せていた瑠火に呼ばれた新戸は、面倒臭そうな表情で応じていた。

「私はもう長くありません。いつか夫が……夫だけじゃない、杏寿郎も千寿郎も、心がくじけそうになった時は背中を押してくれませんか」

「それ、鬼の俺に頼む普通? 頼む相手間違ってね?」

 他にも頼む相手はいるだろう、主に鬼殺隊(しょくば)耀哉(じょうし)とか。

 そんなことを考え、別に相容れない存在だから受ける義理は無いと軽視していたが……。

「鬼であるあなただからこそなのです」

「!」

「鬼殺隊という立場がある以上、夫も息子達もあなたを快く思わないでしょう。ですが、快く思われないであろうあなたの声に意味があり、そして消えかけた炎を蘇らせると信じてます」

 いつもは疎遠している相手の正論や叱咤が、仲間の励ましよりも大きな力を発揮する。

 そう語る瑠火は、新戸の瞳孔を真っすぐ見据える。

「あなたなりでいい。……私亡き後の煉獄家を頼みます」

 

 そんな最後のやり取りを思い返し、ズボラ鬼は天井を仰いで呟いた。

「……涙で物を頼むのは反則だぜ、瑠火さん」

 静かに涙を流していた瑠火の顔を思い出し、新戸は煙草を吹かしながらその場を後にした。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
瑠火から見た新戸は「憎しみにも哀れみにも囚われない、誰よりも達観した人」とのこと。
それに対し、新戸から見た瑠火は「〝導き手〟という言葉をそのまま具現化したような女性」とのこと。


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第十話 アイツの方が鬼の首魁だろ。

4月最初の投稿です。


「今日はツキが(わり)ィなァ……全然儲からなかった」

 満月の夜。

 新戸はどことなくがっかりした様子だった。

 今日も趣味である博打に興じていたのだが、やけにツキが悪く、あぶく銭が懐にほとんど入らなかったのだ。いつもの新戸なら頭にきて八つ当たりにその辺の雑魚鬼を狩るのだが、今回は賭場に入ってから妙な胸騒ぎが止まらず、寄り道せず帰ることにしたのだ。

(マジて何か嫌な予感がするんだよな……先代や瑠火さんがポックリした時と同じ感じがする)

 新戸が胸騒ぎする時は、決まって鬼殺隊関係者、特に自分と仲が良い人間絡みで不吉なことが起こっている。

 しかも今回に限っては、段々強くなっている。まるでその現場に居合わせることになると予言しているかのように。

(そういやあカナエの担当地区って、ここから結構近かったような……)

 アイツも大変だなと、呑気に煙草を咥えて火を点けた。

 その時だった。

 

 ――ゾワッ!

 

「っ!?」

 新戸は背筋が凍りついた。

 姿が一切見えていないのに、とてつもない圧迫感が襲い掛かった。それは紛れもなく、強大な鬼の襲来を意味していた。

 少なくとも童磨よりも上の気配……無惨か、あるいは――

「まさかとは思うけどよ……!」

 今までにない胸騒ぎに加えての、強大な鬼の気配の察知。

 数少ないスネ……カナエが危ない!

「――だあああっ!! 今日は厄日だ!!」

 吐き捨てるように言うと、新戸は気配がする方向へ全速力で向かった。

 

 

           *

 

 

 花柱・胡蝶カナエは瀕死に追い込まれていた。

 担当地区の巡回中に、十二鬼月と遭遇したのだ。

 それも十二鬼月の首席――上弦の壱・黒死牟。鬼舞辻無惨最古参の配下であり、無惨を除けば最強の武力を有する鬼だ。

「……弱いな……女の柱……」

 黒死牟は静かに刀を振り上げた。

 見下ろす先には、血まみれで倒れ伏すカナエの姿。

「……散れ」

(しのぶ、カナヲ、鬼殺隊の皆……ごめんなさい……)

 自分に訪れるであろう確実な死に、カナエは目を閉じた。

 

 ヒュオ――

 

 ふと、風が吹いた。

 いや、風の音ではない。何かが風切り音を立てて高速で向かっている音だ。

 それは煙草の匂いを纏い、カナエと黒死牟の間に割り込んだ。

「「!?」」

 そして、黒死牟の兇刃が振り下ろされる寸前、倒れ伏すカナエを抱き上げて飛び退った。

 一瞬の出来事だった。

「ハァ、ハァ……ギリギリ、だったな……!!」

「に、新戸さん……!?」

「ほう……」

 カナエを救ったのは、新戸だった。

 意外な人物の登場に呆然とするカナエに対し、黒死牟はその速さに感心したような声を漏らす。

「……小守新戸だな……?」

「じゃなかったら俺は誰だよ」

 凄まじい威圧感を放つ鬼の剣豪に、新戸はそれを躱すように涼やかな目を向けた。

「おじさん。(わり)ィけど、カナエはスネかじりの鬼いちゃんの大事な人なんでね。ここは勘弁してくれねェか?」

「お、おじさん……!?」

 まさかのおじさん呼ばわりに、黒死牟は心底驚いた。

 それはカナエも同じで、何とも言えない眼差しで新戸を見ている。

「あんた、偉いんだろ? 鬼舞辻のアホンダラにはうまく言っといてくれ」

「……それを素直に承諾する程、愚かではない……」

 ごもっともである。

「しかし……やはりあの女と同じ……逃れ者か……」

「うわ、間が(なげ)ェ……にしても、その言い分、あのワカメ頭の〝呪い〟の話はホントだったんだな」

 会話の間合いが長い黒死牟と、ぬらりくらりとした態度の新戸。

 鬼でありながら対極に位置するであろう二人は、言葉を交わす。

「全集中の呼吸は……使えないようだな……」

「俺は自衛さえできてりゃ十二分なんでね。高みだとか境地だとか何の興味も湧かねェのさ」

「……ならば、猗窩座と渡り合えたのは……剣の腕だけではないようだな……」

「あ、俺が仕込み杖使うのわかってたの? まあ正解だけど、教える義理は無いかな」

 月夜の下での、腹の探り合い。

 重厚な威圧感で心を折りに来る(けん)()か。あるいは真意を悟らせず相手のボロを確実に出しに来るズボラ鬼か。

 勝負に出たのは、新戸だった。

「……そういやあさ、一つ気になることがあんだけど言っていい?」

「? ……何のことだ……」

「後ろに突っ立って睨んでくるの……もしかして、おたくのご主人様?」

「っ!?」

 新戸の唐突な発言に、黒死牟は動揺した。

 ――まさか、無惨様!?

 思わず振り返ったが、そこには誰もいない。

「ウソだよ、ド素人!!」

 新戸はすかさず仕込み杖を抜き、血鬼術を発動して地面に斬撃をぶつけた。

 轟音と共に巨大な土煙が上がり、辺り一帯を包み込み、黒死牟は呑まれる。

(私を欺くとは……だが、無駄なこと……!)

 視界を封じて攻撃を仕掛けるのだろうと読み、刀を抜く。

 

 ――〝月の呼吸 伍ノ型 (げっ)(ぱく)(さい)()〟。

 

 刀を全く振らずに無数の斬撃を出現させ、舞い上がる煙を全て斬り裂く。

 煙が晴れると――

「に、新戸さん!! 放して!! 今ここで――」

「無理無理無理無理無理無理!! あんな化け物、真っ向勝負で勝てる相手じゃねェって!! 逃げるが勝ちだ!! 全集中の呼吸を極めた鬼と一対一(サシ)なんざ自殺行為だ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 深手を負った花柱(カナエ)を抱え、叫びながら逃走する新戸。

 その言葉に、黒死牟は癪に障ったのか、乱暴に刀を振るった。

 

 ゴバッ!!

 

「どわああああああああっ!?」

 無数の斬撃が襲来し、紙一重で避ける新戸。

「あっぶね! 掠った!」

「逃げ足の……速い奴め……」

 六つの目全てを細める黒死牟。

 新戸は日の出まで持ちこたえるしかないと判断し、臨戦態勢に入る。

「剣の勝負を……望むか……よかろう……」

「っ……勝ち目の薄い戦いは趣味じゃねェんだけどな!!」

 新戸は仕込み杖を、黒死牟は愛刀を抜く。

 鬼同士の剣戟が、勃発した。

 

 ――〝鬼剣舞(おにけんばい) (とう)(けん)()(くる)い〟

 

 ――〝月の呼吸 陸ノ型 (とこ)()()(げつ)()(けん)

 

 互いに斬撃の飛ばし合いを繰り広げる。

 ぶつかると共に衝撃が弾け、空気を震わせる。

「クッソ、よりにもよって俺の上位互換かよ……!!」

「貴様の血鬼術が……私の劣化した術に過ぎぬこと……」

 苦虫を嚙み潰したような表情の新戸に対し、余裕の表情を浮かべる黒死牟。

 この時点で、すでに血鬼術の上下関係が確定。新戸が劣勢なのは見るまでもない。

 しかし、新戸の真髄は純粋な戦闘にあらず。

「ふんっ!」

(何っ!?)

 新戸は黒死牟目掛けて仕込み杖を投げた。

 突然剣を捨てたことに黒死牟は度肝を抜いたが、刀を振るい無造作に弾いた。

 その時にはすでに、新戸は懐にまで迫り――

 

 ジュッ!

 

「っ!?」

 咥えた煙草の火を、黒死牟の「上弦」と刻まれた左目に押し付けた。

 正々堂々もへったくれもない、新戸ならではの目潰し。完全に裏をかかれた黒死牟は、反射的に仰け反り、その隙を突いて新戸は黒死牟を押し倒し、馬乗りになった。

 そしてすぐさま仕込み杖の刀身を収める鞘を振るい、思いっ切り頭部に叩きつけた。鬼特有の怪力から放たれるそれは、人間なら一発で頭蓋骨を砕かれてしまう程の威力。黒死牟は頭を潰されては再生するを繰り返す。

(この男……まさか鬼の力を削ぎ落とす気か……!)

 新戸の狙いを、黒死牟は察した。

 鬼の弱点はいくつかあり、鬼殺隊はそれを手段とする。絶対の理である日光や鬼を殺せる唯一の武器・日輪刀以外にも、藤の花やそれを応用させた毒もある。だが新戸は、別の方法を見せつけた。動力源の機能低下――すなわちエネルギーの消耗だ。

 鬼の持つ異能の数々は〝己の血液〟が動力源だ。それは人を喰らうことで蓄えることができ、それゆえに数多の人間を喰らう。言い方を変えれば、動力源に直結する再生能力や血鬼術の行使は、過剰に行えばエネルギーの消耗を招くことを意味する。しかし十二鬼月にはそうそうない事態であり、ましてや上弦の鬼が動力源の枯渇を招くなどあり得ないことだ。

 しかし、新戸は日輪刀を使用せず、頭を仕込み杖の鞘で叩き続ける。叩かれる度に頭蓋骨を砕かれ大量の血が飛び散る凄惨な状況が延々と続くが、それによってじわじわと動力源を削っていく。

 このままではマズイ――黒死牟は強引に抜け出ると、新戸を思いっ切り殴り飛ばした。

 

 ゴパァッ!

 

「がっ!?」

「新戸さんっ!!」

 文字通り頭を粉々に砕かれた新戸は、そのままカナエの眼前にまで吹き飛んだ。

 が、新戸もまた鬼だ。そのまま何事もなく立ち上がると、頭を再生させ、偶然傍に突き刺さっていた仕込み杖を回収する。

「……士道はないのか……鬼狩りに与する鬼……」

「使える手は何でも使う。それが全力ってモンだろ」

 新戸はそう言い切ると、再び血鬼術を発動させた。

 仕込み杖の刀身から黒い雷が発生し、バリバリと音を鳴らす。

「〝(おに)(おど)し〟!」

「!」

「〝鬼太鼓(おんでこ)〟ォ!!」

 

 ドォン!!

 

「っ!?」

 新戸が豪快に剣を振るった途端、剣圧が黒死牟に襲い掛かった。

 一瞬でも力を抜けば、文字通り吹き飛ばされそうになる程の衝撃。刀を地面に突き刺し、衝撃に耐える黒死牟だったが――

「っ!」

 気づけば、新戸はカナエを背負ってそのまま逃走していた。

 追おうとするが、剣圧はどうも自然消滅するまで発生する特性らしく、追跡ができない。

 凌ぎ切った時には、もうすでに姿が見えなくなってしまった。

 黒死牟は、仕留め損なったのだ。

「……」

 静かに納刀し、黒死牟は目を細める。

 猗窩座がなぜ仕留められなかったのか。その理由がわかったのだ。

 新戸は純粋な戦闘を、真っ向からの力比べを仕掛けない。騙し、罠に嵌め、不意を突く……邪道非道を作法とし、それを徹底して追い詰めていく輩なのだ。

「……(おう)(どう)を貫くか……油断ならぬな……」

 小守新戸という鬼の本質を把握した黒死牟は、静かにその場を去った。

 

 

          *

 

 

 上弦の壱との遭遇は、鬼殺隊を震撼させた。

 数百年以上も十二鬼月の頂点として君臨した鬼と遭遇して生き延びた花柱・胡蝶カナエだったが、戦闘で負った傷は深く、柱として鬼狩りに身を投じることは不可能となった。あの場に新戸が偶然居合わせなかったら、カナエは死んで喰われていただろう。

 これにより柱の枠が一席空白となり、今後は妹の胡蝶しのぶがカナエの後に就任。〝蟲柱〟として鬼殺隊を支えることになる。

 そして、しのぶの蟲柱就任式と共に、新戸が上弦の壱の情報を提供した。

「他の十二鬼月は、戦い方次第では柱一人でも何とでもなるだろうが……上弦の壱だけは異次元だ。ハッキリ言うが、上弦の壱は柱であっても絶対に一人で挑んじゃいけねェ。あいつ一人で鬼殺隊丸ごと潰せるぐれェの戦闘力があると思っても過言じゃねェ。俺でも童磨と手ェ組んで、勝率三割以下ってトコだ」

 新戸の証言に、絶句する柱達。

 本人がその気になることが滅多にないだけで、新戸自身は穀潰しの怠け者のクセに無駄に戦闘力が高いのは周知されている。全集中の呼吸を習得していない分、血鬼術と戦術で補っており、本気で暴れさせたら手に負えないとされている程だ。

 そんな彼が「上弦の壱だけは一騎討ちじゃ勝てない」と言い切るのだから、遭遇していなくても強さが伝わる。それと共に、柱達は生きて情報を持ち帰ることの重要さを思い知っていた。

「実際何度か煽ってもみたけどよ、ほとんど挑発に乗らなかった。戦いが所詮駆け引きであるってことを十分に理解してる。……無惨(ワカメ)よりヤベェ相手かもしれねェぞ」

「……つまり、新戸は上弦の壱だけは極力戦闘を避けるべきだと?」

「あのなァ、カナエですらあの様なんだぞ? 平の隊士じゃ掠り傷一つ付けられねェよ、三枚におろされて喰われるのが関の山だ。そもそも不死身の生物がこんなこと言ってる時点で十分ヤバイってことぐれェわかるだろ」

 新戸の意見に、耀哉は目を閉じて考える。

 鬼に対して並みならぬ憎悪を抱いている者が多い隊内において、新戸は鬼である以前に誰よりも達観しており、それゆえに客観的かつ俯瞰的な見方ができる。素行は悪いし性格も色々とアレだが、良くも悪くも正直であり、物事の核心を突く発言もよくある。

 上弦の鬼を討ち取れなかったのは残念なことであり、それはカナエ自身も悔しくてたまらないだろう。だが新戸の場合、どう考えても勝算の無い相手にわざわざ挑むのは愚の骨頂であるのだ。

 負けたら喰われるのが鬼のいる世界――新戸はそう言っていた。それが図らずも、今回の一件で証明された。

「耀哉、鬼と同じ土俵に立たねェように言っとけ。じゃねェと……おめェの剣士達(ガキども)、もっと死ぬぞ」

「……そうだね、状況を変えることに躍起になりすぎたのかもしれないな」

「っつーか俺が童磨と繋がってる時点で大分状況変わってね? ワカメ頭にバレてねェし」

「そうだったね…………」

 新戸の容赦ない指摘に、ションボリする耀哉。

 お館様の割と深刻な落ち込み具合に、厳しい視線が新戸に集中する。

「耀哉よう、おめェは急ぎ過ぎなんだよ」

「!」

「あの頭の足りねェ小物を自分の代でひとまず阿鼻地獄に送るんだろ? 決めたんなら急ぐよりもゆとり持ってやるべきだぜ。指導者に必要なのは、心身共に健康を保ち、判断を間違えねェことだからな」

(スゴイ真面なこと言ってる!!)

 新戸の一言が的を射すぎて、柱達は内心驚きを隠せないでいる。

 ただ、言ってる本人は穀潰し同然の男なので、後から苛立ちが湧き出るが。

「新戸……君は……」

「あまり背負いすぎるな。老けても知らねェぞ?」

 軽い調子で告げられた一言に、耀哉は思わずきょとんとした顔を浮かべた。

 それを見た新戸は「日光浴びすぎて辛いから戻るわ」と笑い、片手を上げて去っていった。

「老けても知らない、か……フフ……」

 新戸なりの自身への労いと励ましと受け取った耀哉は、とても愉快そうに笑った。

 柱達は、耀哉と軽口を叩き合える新戸をちょっと羨ましく思ったとか。




あともう少ししたら、原作に入って炭治郎や善逸達と行動を共にする話になります。
かまぼこ隊とズボラ鬼の話はギャグが多いので、乞うご期待。(笑)


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第十一話 まだ生きておられたんですか。

原作の第一話。
新戸がいるせいでシリアスさが台無しになる……タイトルの時点で笑っちゃうもん。(笑)


 月日は流れ、年を越し。

 新戸は東京府奥多摩郡にある雲取山の麓にある街を訪れていた。

「……ったく、何で俺が行かなきゃなんねェんだよ。他の柱でもいいだろうが」

 どこか不満げに呟く新戸。

 というのも、普段は大体私用――それも大体が賭場か知人への訪問――で外出する彼だが、今回は鬼殺隊のお館様(トップ)の耀哉に依頼(おど)されたのだ。

 その内容は、水柱・冨岡義勇の援護。新戸自身としては、水の呼吸を極めた義勇を助太刀する必要性はない上、そもそも自分は()()()()()()()()()()()()()()()()()()と駄々をこね……ではなく反論したのだが、耀哉はそれを満面の笑顔で「問答無用」と妙にドスの利いた声で切り捨て、今に至るのである。

 なお、この時一緒にいた隠達は、その気迫に呑まれて卒倒しかけたとかしなかったとか。

「っつーか天狗じいさん、まだあのこと根に持ってんのかよ……」

 参ったな、と頭を掻く。

 鬼殺隊には、隊員の育成を担う(そだ)()という人物がいる。だが彼らは皆、新戸とかなり仲が悪い。

 その原因は、やはり素行の悪さ。鬼殺隊士として働く気がない上、どうせ使い道少ないだろうからと柱の給料を盗んだり、鎹鴉を振り切って独断行動しまくる問題児中の問題児を誰が庇ったりするものか。実際、鬼殺隊の風紀が乱れるからと書状を何度も送ってるぐらいだ。

 その育手の一人が、雲取山の近くにある狭霧山で暮らす元水柱・鱗滝左近次(うろこだきさこんじ)だ。新戸は左近次の下を訪ね、耀哉の依頼を伝えて達成するまで泊まらせてもらうよう頼み込んだ。しかし、新戸の日頃の行いの悪さを知る左近次は「働かざる者食うべからずだ」と門前払いしたのである。

「門前払いはないでしょ……働く気はないとはいえ」

 プンスカと不満を漏らす新戸。

 この生物、自覚しておいても働かないのが余計に頭にくる。

 すると……。

「あの」

「あ?」

 後ろから声を掛けられ、振り返る。

 そこには、髪や瞳に赤が混じった、左額に火傷の痕を持つ市松模様の着物を着た少年が。背負っている籠からは少しばかり炭の匂いが漂っており、炭焼き稼業の家だということが一発でわかった。

(あの髪と瞳……噂に聞いた赫灼(かくしゃく)の子か?)

(人間の匂いじゃない……でも血の生臭さや、獣の臭いがない……っていうか、酒の匂いが強いなこの人!)

 お互いにまるっきり違うこと考えているが、気になっているのは同じ。

 ふと新戸は、あることを思いだした。

(そういやあ、最近炭欲しかったんだよな……消臭用と料理用で)

「……あの、もしかして炭が欲しかったんですか?」

「!? ……何でわかった」

「俺、昔から鼻が利くんです。あなたから炭を欲しがるような匂いがしたんで」

 少年の言葉に、きょとんとした表情を浮かべる新戸。

 どうやら異常発達した嗅覚で、相手の感情を読み取れるようだ。嗅覚の神経は、記憶や感情を司る脳の部分に直接つながっているからだろうか。

「……鬼いちゃんが人間じゃねェってことも、勘づいてたりする?」

「っ……」

「顔色が変わったね、当たりかな」

 あからさまに動揺した少年に、新戸は悪い笑みを浮かべた。

「そう……鬼いちゃんは鬼だ」

 唇を引っ張り、鋭くなった犬歯を見せつける。

 それと共に鬼の気配を感じ取ったのか、少年は眉間にしわを寄せて睨んだ。

「いやいや、俺ァ人を喰わねェ体質の鬼だよ。酒と煙草さえあればどうにかなるから、別にビビるこたァないよ」

「わかりました、すいません疑って!」

「いや、いやいやいや! もうちょっと疑った方がいいんじゃない?」

「噓をついてない匂いがしたので!」

 キッパリと言われ、新戸は不安そうに見つめる。

 ――この子、絶対騙されやすい性格じゃねェか……。

「俺は竈門(かまど)(たん)()(ろう)です! あなたは?」

「鬼いちゃんは小守新戸。よろしく」

 怠け者の鬼殺隊所属の鬼・小守新戸は、働き者の炭焼き一家長男・竈門炭治郎と邂逅するのだった。

 

 

           *

 

 

 その日の夜。

 雲取山の山中にある竈門家に、新戸は義勇を見つけるまでお世話になることになった。

「「「あーーーーーっ!!」」」

「ぶっはっはっはっ! 甘い甘い! クヌギコマを持った俺は天下無敵よォ!」

 夕食後、大声で叫ぶ子供達に対し、新戸は連戦連勝で大人げなく爆笑。

 産屋敷家の御子息達と壮絶な戦い? を繰り広げた「どんぐりゴマ」を竈門家でも決行し、新戸は上機嫌になっていた。

「うーーーーっ……もう一回!!」

「懲りねェ次男(ガキ)だな。いい加減譲れよ。いいぜ、かかって来いよ」

 次男坊の(たけ)()は心底悔しそうな表情で再戦を申し出て、新戸は「どうせ結果は同じだって」と容赦なく言いつつ承諾。

 このやり取り、かれこれ5回目である。

「お兄ちゃん、私もやるー!」

「俺もー!」

 次女の(はな)()と三男の(しげる)も、早く代わってほしいと要求。

 しかし竹雄は、相当悔しいのか非常に嫌がっている。

「まあ、アイツが見つかるまでは世話になるんだ。また明日相手してやっから、代わってやんな」

「うぅ……次は勝つからな!」

 そんな新戸達の様子を、長男は感心した様子で見ていた。

「上手なんですね、新戸さん」

子供(ガキ)の扱いはある程度慣れてる。こう見えて場数は重ねてんだ」

 愉快そうに笑う新戸に、炭治郎も釣られて笑う。

 新戸は産屋敷家によく出入りし、その御子息達の子守をあまねに代わってやれる程に子供の扱いに長けている。煉獄家で居候していた頃は幼少期の杏寿郎の相手をしていたし、万世極楽教においては信者の子供の世話もしたことがある。

 新戸という鬼は、()()()の人間や世話になった人間には意外にも律儀な一面があるのだ。

「炭治郎、そういやあ一番下はどうした?」

(ろく)()ですか? ()()()が寝かしてくれてるんだ」

 末弟はどうやら他の兄弟よりも一足早く寝床に向かい、長女があやしているようだ。

「禰豆子ちゃんねェ……嫁に行く時ゃ大変だろうな、二つの意味で石頭のお前という障壁を越えにゃならんからな」

「確かに! 兄ちゃん頭硬いもんな!」

「こら、竹雄!」

 新戸の呟きに便乗した竹雄を、炭治郎は叱る。

 その光景もまた、平和の一言に尽きるものだ。

「それにしても、悪いねホント。こんなどこの馬の骨か知れない鬼を入れさせてくれて。金の方は分のアレで勘弁してくれ」

「いいのいいの、気にしないで新戸さん」

 遠慮しなくていいのよ、と微笑む割烹着を着た炭治郎の母・()()

 頭突きで猪を追い払って撃退したという武勇伝を持つ、とんでもない母親である。

「あんなに頂いていいの? あなた働いてる?」

()()()()けど、俺には莫大なあぶく銭があるんでね」

「なんで兄ちゃんみたいに働かないの?」

「ん? ああ、死んだ兄ちゃん達に才能(いいトコ)全部奪われちゃったからなァ。まあ、そのおかげでほぼ毎日遊んで暮らせるんだけど。それに俺は鬼だから、ぶっちゃけ働かず飲まず食わずでも死にゃしねェんだ」

 ただ空腹感はあるんだよなァ、と呑気にボヤく。

 医者である鬼の珠世ですら未知の領域が存在すると断言する、鬼であって鬼にあらずという言葉が似合う、文字通りの未確認生命体。鬼擬きというよりも人間擬きというのが正しいのだろうか。

「……そういやあ炭治郎、その耳飾りは何だ? お前のか?」

「ああ、これですか? 父さんが譲ってもらったんです。俺のご先祖様の物らしいんですけど」

「ってこたァ、何かの祭具か? そのご先祖様、神職の人間なのかもしれねェぞ」

「それは違うと思います。でも、ヒノカミ神楽は神楽舞だし……似てるのかな」

 炭治郎の口から出た言葉に、新戸は目を細めた。

 ヒノカミ神楽とは、全部で十二ある舞い型を日没から夜明けまで何万回と繰り返し、一年間の無病息災を祈る厄払いの神楽だという。神職の出でもないのに天津神に神楽舞を奉納する慣習があるとは、かなり珍しいことだ。

(……日没から夜明けまで舞い続ける……かなり過酷だな)

「新戸さん」

「! な、何だ?」

 突然声を掛けられ、肩をビクつかせる新戸。

 声の主は、葵枝だ。

「お風呂でもどうかしら?」

「おっ、ちょうど気分スッキリしたかったんだ! じゃあな、今日は俺の勝ち逃げだ」

「ズルーい! 一度も勝負してないのにーーーっ!!」

「ダッハッハッハ! 俺は心が澱んでるんでな!」

 花子の抗議の声を一蹴し、新戸は勝利宣言をするのだった。

 

 

「フゥー……」

 入浴を終え、新戸は竈門家の外で一服していた。

 子供達がいる上、煙草の不始末で火事となっては申し訳が無い。新戸が外で喫煙するのは至って自然なことだ。

(……にしても、ヒノカミ神楽ねェ)

 新戸はいつも通りの飄々とした態度だが、内心ではヒノカミ神楽に興味を持っていた。

 炭焼き職人の家系である竈門家は葵枝・炭治郎・禰豆子・竹雄・花子・茂・六太の七人家族で、大黒柱である炭十郎(たんじゅうろう)は病死している。それ自体は大したことは無いが、気になるのはやはり「ヒノカミ神楽」だ。

 というのも、炭治郎が言った通りヒノカミ神楽は全部で十二ある舞い型を日没から夜明けまで何万回と繰り返す。特に冬場であれば日没は早く日の出は遅いため、相当長い時間休まず舞い続けることになる。ましてや炭十郎は病弱であったようで、いくら大黒柱で継承者であろうと、そんな過酷な舞を舞おうものなら命にかかわる。

 だが、話の流れでは病死するまでの間、年に一度のヒノカミ神楽を最後まで舞うことができていた。しかも葵枝から聞いた話では、舞った後は何事もなく過ごしていたのだという。

(やっぱり……どこからどう考えても、ただの炭焼き一家じゃねェ)

 新戸は一家から得た情報から、竈門家とヒノカミ神楽の真実を炙り出そうと一人考える。

 

 神職ではなく、炭焼き職人が継承する神楽舞。

 日没から夜明けまで何万回と繰り返すのに、継承者はその間一切疲れずに舞える。

 耳飾りは祭具ではないが、竈門家の先祖から受け継いでおり、元の持ち主がいる。

 

 そのことから、新戸の中である一つの仮説が成立した。

「……もしかして、全集中の呼吸と関連性があるのか?」

 全集中の呼吸は、言わずと知れた鬼殺隊士が扱う特殊な呼吸術。これを昇華させた全集中・常中は、体得すれば身体能力を向上し続けることが可能な上、応用すれば血管や筋肉を収縮させて傷口を閉じたり、心臓を一時的に強引に止めるなどの身体操作が行えるようになる。

 もし、その全集中の呼吸がヒノカミ神楽にも関係していたとしたら……?

(……これは結構な重大案件になりそうだぞ、耀哉)

 根拠に欠けるが、確信はあった。

 ヒノカミ神楽を日没から日の出まで舞い続けるために、全集中の呼吸を活用する――決定的な証拠を掴んではいないが、そう考えると病弱だった炭十郎が舞えた事実に対する理由として筋が通る。

 それを前提にすると、ヒノカミ神楽こそ全集中の呼吸の流派の一つであり、神楽舞の形で全集中の呼吸を後世に伝えるということは、あの鬼舞辻無惨(ワカメあたま)の目から逃れなければならない理由がある……とも考えられるのだ。

「……炭治郎に明日聞いてみるか」

 竈門家に隠された秘密の領域に、新戸は足を踏み入れようと目論んだ。

 

 

           *

 

 

 翌日の夜。

 新戸はだらけきった様子で畳の上で寝っ転がっていた。

「炭治郎よ~、早く帰ってこねェとお前の分の明日の朝飯全部食い尽くすぞ~……」

「大人げない……」

「悪い大人だ……」

 思いやりが強く心優しい長男ですら腹を立てるような意地悪を口にする新戸に、禰豆子と竹雄は白い目で見る。しかも新戸が完全に鬼であることすら忘れている。

 ここまで態度が悪いのは、新戸の起床が十時頃であったことに加え、やりたくもない炭作りや家事に付き合わされて気分が落ち込んだからである。やはり新戸は新戸のようだ。

「母ちゃん、兄ちゃん三郎爺さんのところかな? この山の麓だし」

「そうね、今日は雪深いから、明日になるかもしれないわね……」

 そろそろ寝ましょうか、と声を掛けようとした、その時だった。

 

 ――ドンドン

 

「あら? こんな時間に誰かしら」

 扉を叩く音が響く。

 葵枝は応じようと扉に手をかけようとしたが――

「ちょい待ち。全員、外に出るな」

「新戸さん……!?」

 いつの間にか立ちあがった新戸が、鋭い目つきで声を発する。

 傍に立てかけていた仕込み杖に手を伸ばし、いつになく真剣な表情で立ち上がる。

「俺が出る。何があっても家から出ちゃダメだ」

「新戸さん……?」

「下がってろ、()()()()()()()()()()

 その地を這うような低い声に、一同は思わずたじろぎ、押し入れの方へと下がった。

「はいはーい。何の用ですか? 道でも迷った?」

 対する新戸は、いつも通りのだらけきった態度で、扉を開ける。

 そこに立っていたのは、洋装を着て目が血のように赤い青年。

 そう、新戸が属する鬼殺隊が長きにわたり追っていた、不倶戴天の怨敵――

「っ!? 貴様……なぜここに!!」

 

「あれ? 無惨さんじゃないですか。()()()()()()()()()()()()()

 

「……は?」

 十三年の時を経て、ついに両者は因縁の再会を果たした。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸は竈門家の手伝いで薪を割る時、斧ではなく仕込み杖を使ってました。


【重大発表】
過去の活動報告で「鬼滅の刃」の小説投稿の際のアンケートにあった、「鬼のオリ主は伊之助の子分役」というネタの小説を投稿しようと思います。
新戸と対のオリキャラに仕立てますので、時期を見計らって投稿します。


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第十二話 全部アンタのザ・自業自得だ。

新戸と無惨様がレスバしたら、確実に新戸が勝ちます。(笑)

新たに鬼滅の新小説「我が名、嘴平伊之助が子分・嘴平一子!」も連載中ですので、是非お読みください。そちらも感想・評価をお待ちしてます。


 ――あれ? 無惨さんじゃないですか。()()()()()()()()()()()()()

 

 唐突な発言に、無惨は呆然とした。

 こいつ、今何と言った?

「……何だと?」

「いや、あんまりにも音沙汰がないもんですから。お亡くなりになられたのかと思ってたんですよ」

 無惨の顔にビキビキと青筋が浮かび上がり、体が怒りで震え始める。

 音沙汰がないのは、そう仕向けてるからである。太陽を完全に克服するためにあらゆる手を尽くす無惨にとって、鬼殺隊は最大の邪魔者。ゆえに十二鬼月を筆頭に多くの鬼を放ち、自分は人間に成りすまして手段を探っていた。

 ――それなのに、こいつは私を故人だと思っていたのか!?

「……悪く見えるか?」

「はい?」

「私の顔は青白いか? 病弱に見えるか? ()()()()に見えるか?」

「ええ、パッと見は。色々と流行ってるご時世ですから」

 何と思いっきり頷いている。

 人間はおろか鬼ですら滅相も無いと否定するのに、新戸は勿論とでも言わんばかりに肯定。しかも即答である。

 というか、それ以前にお互い不死身の鬼である。これは完全に確信犯だ。

「……このうつけ者がっ!!」

「うをぉ!?」

 無惨は左腕を巨大な触手に変化させ、薙ぎ払った。

 新戸は咄嗟に仕込み杖を抜いて受け止める。

「こんな平和なド田舎で、そんなモン振るっちゃダメだろワカメ頭」

「……やはり貴様は殺すべきだった。あの量の血に順応できたから、成長次第では喰らってやろうと思ったが……」

「そいつはやめとけ、腹下しても責任取らねェぞ?」

 飄々としつつも、仕込み杖に手を添え真剣な目つきになる新戸。

 人類の天敵を統べ、古より人々を苦しめた鬼殺隊の宿敵・鬼舞辻無惨。いくら頭の足りない小物でも、その戦闘能力は本物だ。

 斬撃と剣圧を飛ばす血鬼術と搦め手嵌め手を主軸とする新戸にとって、煽ったり冷静さを欠かせることは容易いが……。

(気ィ抜いたらオダブツだ……とりあえずは一定の距離を保ちながら日の出まで持久戦に――)

 無惨(あいて)の出方を伺いつつ、頭の中で作戦を練る。

 だがここで、思わぬ事態が。

「……新戸さん?」

「っ! しまっ――」

 何と禰豆子が様子を見に顔を出したのだ。

 その姿を見た無惨は右腕を触手に変化させ、禰豆子の体を貫こうと振るった。

 新戸はすかさず仕込み杖を抜いて斬撃を飛ばし、攻撃の軌道をどうにか逸らしたが間に合わず、禰豆子はそれを食らってしまった。しかし直撃を受けてれば間違いなく死んでいた攻撃で、幸いにも掠った程度。血を流して倒れてしまったが息はある。

 が、もし鬼の始祖の血を受けてれば――

「黒死牟と似た血鬼術か……どこまでも癪に障る奴め」

「っ……! てめェ、気まぐれで来たわけじゃねェな」

 新戸は確信した。

 先程まで自身に集中していた殺意が、禰豆子の姿を確認した途端、彼女の方に集中したのだ。新戸と禰豆子を比較すれば、どちらが厄介なのかは一目瞭然であるのにもかかわらずだ。

 これは八つ当たりや癇癪などではない。こいつらは絶対に生かしておくわけにいかないという、()()()()()()()()()()だ。

「新戸さん!! 禰豆子!!」

「姉ちゃん!!」

「来るな!! この頭の足りねェ小物の狙いはあんたらだ!!」

 新戸は無惨を罵倒しながら、竈門家を庇うように構える。

 彼としては、こういう面倒事はドが付く程に嫌いだ。しかし今後のこと、特に自分に後々押し付けられるであろう仕事を考えると、否が応でも動かざるを得ない。

「クソが、防衛戦は苦手なんだよ……!」

「ほう……それはいいことを聞いた。護ってみろ異常者め」

 悪意に満ちた微笑みを浮かべたことを皮切りに、無惨と新戸の全面対決が始まった。

 先手を打ったのは無惨。鞭のように変化した両腕で新戸を攻撃し、新戸は血鬼術で斬撃を飛ばし、刀傷を与えながら両腕を弾いていく。

(っ! ……この感じ、鬼狩りの刀と同じ……!)

 新戸の斬撃を受け、無惨は苛立った。

 新戸が放つ斬撃は、日輪刀と同じ効果を持つ。頸を斬られても無惨は死なないが、それでも不快に思える程の痛みは覚える。

 一番腹立たしいのは、人間を一人も食っていないのにこれ程の力を得た新戸の体質だ。自分を差し置いて人間を超越した生物の素質があったのだろうか。

「小癪なっ!」

 無惨は変化した両腕にある多数ある口で吸息を始めた。

 その勢いは、さながら重力場や竜巻でもあるかのよう。見事に嵌った新戸は吸い寄せられてしまい、体の一部が抉り取られかけた。

 が、新戸の真髄はここからだった。

「脇が(あめ)ェぞワカメ頭!」

 新戸は仕込み杖を無惨の右腕に深く突き刺して堪え、空いた左腕を振るって五つの小さな斬撃を飛ばし、無惨の両眼を斬った。

 何と、新戸は左手の爪から斬撃を放ったのだ。切れ味はかなり落ちるが、補助攻撃や不意打ち、刀を落としてしまった場合の一時的な対応などで重宝している攻撃手段である。

(爪から斬撃だと!?)

 まさか爪からも斬撃を放つとは思わなかったのか、面を食らった無惨は吸息の攻撃を緩めてしまった。

 鬼という種族特性と桁外れの身体能力を重視した戦法である無惨に対し、新戸は戦略眼や戦闘技術を重視した戦法だ。無惨が今まで屠ってきた剣士とは別次元であり、鬼の不死性と日輪刀と同じ効果を持つ血鬼術も相まって、鬼の始祖にとって新戸は〝相性最悪の敵〟となっているのだ。

「その程度で穀潰しの玄人に勝とうなんざ千年(はえ)ェ、よっ!」

 一瞬の隙を突き、無惨の顔面に蹴りを叩き込む。

 新戸も一端の鬼だ。人間を遥かに上回る怪力を持つのは他の鬼と変わらないため、無惨は文字通り吹っ飛んでいった。

「……新戸さん……」

「すっげぇ……」

 深手を負った禰豆子を介抱する葵枝と竹雄は、あのだらけきった新戸の意外な強さに驚愕する。

 これが、鬼の強さなのか。

「……産屋敷の狗め……楽に死なせんぞ……」

「……もう完治してんのかよ。もはや呆れるぜ」

 血管が浮き出た憤怒の表情である無惨に、新戸は引きつった笑みを浮かべる。

 人格面や指導者としてはポンコツだが、その最強すらも超越せんとする強さは伊達ではないようだ。

「……もういい。お前の顔など見たくない。肉片一つ残らず喰らってやる」

「それはマジで止めといた方がいいんじゃね? 酒と煙草の臭いと味が血液に染み込んでるらしいぞ。現に珠世さんもこの世の終わりみたいな顔で卒倒したらしいし」

「貴様本当に鬼なのか!? 喰う気が失せたわ……いや、待て。珠世だと?」

 人間どころか鬼としても悪い意味で逸脱し始めた新戸に、さすがの無惨もツッコミを入れたが、面識のある女の名前に食いついた。

「ああ、知ってんの? アンタの悪口でいつも盛り上がってる間柄なんだけどよ」

「あの女狐、私をコケにするか……!」

「言っとくけどアンタがコケにされるようなマネしてるからだからね」

 思いっきり煽りまくる新戸に、無惨は「黙れ!!」と激昂。

 それを新戸は〝追儺式 鬼こそ〟で一閃し、見事に両断するが、あっという間に再生してしまう。

「ちっ……やっぱ(つえ)ェな、一対一(サシ)じゃ足止めが精一杯か……」

「当然だ、異常者が天変地異に勝てるとでも思ってるのか?」

 鬼としての格の差が浮き彫りになったことに苛立つ新戸に、無惨は笑みを浮かべた。

 敵としても鬼としても得体の知れない生物の、ほんの一瞬だけ垣間見た「心の隙」。千年以上生きてきた無惨は人間の心の隙を突くことに長けている。新戸とて元は人間なのだ、心をへし折ることも不可能ではない。

 無惨は新戸に対し精神攻撃を仕掛け、感情的になって隙だらけになったところで袋叩きにする作戦を取った。

「いいか、新戸。私に殺されることは大災に遭ったのと同じだ。どれだけ人を殺そうとも、天変地異に復讐しようという者はいない。ほとんどの人間がそうだ。だが異常者の集まりである鬼狩りは、仇なんぞにこだわってる。お前もそうだろう? 考え直せ、死んだ人間が生き返ることはないのだ。生き残ったのだからそれで十分だろう」

「その異常者を生み出し続けてんの結果的にアンタだよね」

 新戸の発言に、無惨は呆然とした。

 激情に駆られることもなく、憎悪を向けることもなく、言い放ったのはただただ冷たいツッコミ。

 予想を裏切られてポカンとする無惨に、今度は新戸が語り出した。

「誰かを殺せばその家族や仲間、縁者が何らかの形で必ず復讐や報復に現れる。それは殺しかもしれねェし、法に則った裁判かもしれねェし、殺された方がまだマシだと思うやり方かもしれねェ。俺はそういう奴を多く見てきた」

 鬼殺隊の隊士の多くは、鬼に対して並みならぬ憎悪を抱いている。

 鬼に対して復讐を成就できた者がいることも、果たせぬまま死んだ者がいることも、新戸は知っている。そしてその想いを受け継ぎ、亡き者に代わって成就させた者がいることも。

「鬼殺隊と産屋敷一族が今日まで存続してるのは、全部アンタのザ・自業自得だ。俺が始祖だったら三年あればこんな戦い終わらせられるぜ? ()()()

 あくどい笑みで語る新戸に、無惨の怒りは頂点に達した。

 ――どこまで私を嘲笑えば気が済むのだ!!

「どうやら私は誤解していたようだ……貴様こそが()()()()()だと!!!」

「その真の異常者を生んだの、結局はアンタだけどな」

「貴様ァァァァァァァァァァッ!!!」

 無惨は両腕を振るうだけでなく、背中から九本の管状の触手を生やし放った。

 その集中砲火に臆さず、新戸は〝鬼威し 鬼太鼓〟を放って強烈な剣圧を展開。全ての触手を弾き返した。

「ぐっ……」

「さて……ボチボチ終わらせっか」

 すると新戸は全ての力を手に集中させ、仕込み杖の柄を全力で握り締めた。

 鬼特有の怪力による「万力の握力」は、刀身にも伝わる。そして――

「――っ!?」

「フゥー……」

 その刀身の変化を目にした無惨は、顔色を悪くした。

 新戸の仕込み杖の刃が、赤く染め上がったのだ。

 それと共に、無惨自身が封印していた()()()()()()()が蘇った。あの赤い刃は、かつて自分を死の淵にまで追い詰めたあの化け物の――

「貴様、なぜ――っ!!」

 問い質そうとした矢先に、新戸は斬撃を飛ばした。

 深紅の斬撃は無惨の肉体を斬り裂き、灼けるような猛烈な痛みを与えた。

「鳴女っ!!」

 刹那、琵琶の音が鳴り響き、無惨の背後に障子が現れた。

 あの野郎、逃げる気か――本来なら追撃するべきだろうが、新戸の戦いはあくまでも防衛戦だ。竈門家を無惨から護り切れればいいのであり、これ以上戦えば()()()()()()()()()

 それに――

(今は禰豆子だ。まだ昏倒してるが……)

 仕込み杖を鞘に収め、無惨が逃亡したのを視認してから葵枝達の元へ駆けつける。

「大丈夫か?」

「新戸さん……」

「うわあぁぁん!」

「怖かったよぉ!!」

 脅威が去ったことに安堵したのか、花子と茂は思わず泣き喚いた。

 あれ程までに強大な存在に命を脅かされ、どうにか家族が無事でいられたのは奇跡としか言い表せない。もし新戸がいなければ、竈門家は今頃全滅していたところだろう。

「……それより、葵枝さん。禰豆子なんだが……」

「今は中で横になってるわ」

「だといいんだが……」

 どうも嫌な予感がしてならない。

 新戸は様子を見に家の中へ入った途端――

「グアァウ!!」

『!?』

 獣のような声を上げ、禰豆子が新戸に襲い掛かった。その顔には太い血管が浮かび上がり、食いしばった口からは新戸と同じく鋭い牙が見え、瞳孔も猫のように鋭かった。

 新戸は咄嗟に左腕を盾にして防ぐ。禰豆子の牙が腕に深く食い込み、鮮血が滴る。

「ああ、やっぱこうなっちまったか……!!」

「禰豆子!? どうしたの!?」

鬼舞辻無惨(あのバカ)の血を浴びて鬼になっちまってんだ!! 俺が手を打つから下がれ!! 今の禰豆子は人間を喰いたくて仕方ねェ状態だ!!」

 その言葉に、竈門家は驚愕と絶望に包まれる。

 鬼殺隊は鬼を狩る組織。鬼になった人間は容赦なく斬り、成り立ての者も人を喰らう前に斬るのが掟だ。新戸は鬼殺隊に属するが結果的に得すればいいとやりたい放題し、時には他の鬼とも接触・結託する。

 それでも、締める時は締める。新戸はその判断を問われていた。

(どうにか庇えたが、このままじゃあ……これで義勇が来たら最悪。早く手を打たねェ――)

「――ウガアアアアアアアアアッ!?」

 刹那、禰豆子が断末魔の叫びを上げて倒れた。

 何事かと思って近づいてみると、禰豆子は白目を剥いて喉元を押さえ、口からブクブクと泡を吹いていた。

「禰豆子!? 今度はどうしたの!?」

「姉ちゃん大丈夫か!!」

「お姉ちゃん!!」

「ガゥ……」

 悶絶する禰豆子は、ついにガクッと気を絶した。

「……まあ、一件落着か」

 新戸は安堵すると共に、自分の体質に戦慄を覚えた。

 以前、新戸の血を試しに飲んだ珠世がこの世の終わりみたいな顔で倒れたという。血液検査という名目で血を渡していたので、おそらく少量、それも多くてお猪口一杯分程度だろう。

 だが、それぐらいで成人女性の鬼を昏倒寸前にさせたくらい、お酒と煙草の臭いと味が新戸の血に染み込んでいる。血だけでなく肉もそうだろう。それを直接喰らおうものなら、いかに飢餓状態の鬼でも溜まったものではない。

 そして運悪く、禰豆子は新戸の腕に食いつき、捕食しようとした。それが禰豆子を正気に戻したのかもしれない……というか、完全に意識を失っている。

(そりゃあ無惨のバカが嫌がるわけだ)

 不味い上に臭く、味を覚えた途端に悶絶し、最悪気絶する。

 それは餌や捕食対象ではなく、ただの毒物である。そんなものを喰らう鬼などいないだろう。

「新戸さん……これからどうすれば……」

「うーん……とりあえず応急処置で口枷でも作って嵌めるか。竹とかねェ? あと縛る用の布」

「お、俺! 取ってくるよ!」

 竹雄がそう言って動いた直後、人影が迫った。

 それは気絶する禰豆子へ向かい、刀を抜いて斬りかかった。が、新戸がいち早く察知し、人影に抜刀した仕込み杖の切っ先を突き付けた。

 人影の正体は、新戸が耀哉から頼まれ探していた水柱・冨岡義勇本人だった。

「なぜ庇う、新戸」

「いや、それ以前にてめェどこにいたんだよ! こっちは鬼舞辻のバカの襲撃に遭って大変だったんだぞ!!」

「何だと……!?」

 無惨と一戦交えたことを知り、顔色を変える義勇。

 鬼舞辻無惨は姿を隠すのが異様に上手いため、柱ですらも接触したことがない。だが新戸は無惨と遭遇し、一戦交えたというのだ。

 人喰い鬼と鬼殺隊の均衡が崩れようとしていることを感じたのか、義勇は刀を鞘に収めた。

「……まずはお館様に報告だ」

「俺は嫌だよ、どうせ腹切るとか書くんでしょ? それ読まれるのスゲェ嫌なんだよ」

「…………」

「え? 何その沈黙?」

 本当に書くのかよと、新戸は頭を抱えるのだった。

 炭治郎が帰宅し、禰豆子も意識を取り戻すのは、一夜明けた翌日の朝だった。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸の血肉は鬼にとって猛毒。
肉を喰らったら半年近く卒倒します。

ちなみに童磨も新戸の血をすでに口にしており、あまりの不味さにしばらく血肉恐怖症になったとか……。


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第十三話 あいつと一緒になるのはなァ……。

6月最初の投稿。
今回、新戸の体に異変が……!


 鬼舞辻無惨と小守新戸による、竈門家を巡った攻防から一夜明けた。

 炭を売り終えてから、麓に住む三郎じいさんに勧められて一晩泊まった長男・炭治郎が帰宅した。

 長男の無事に泣いて喜ぶ家族と、口枷をつけたまま眠り続ける長女、そして飄々とした鬼の客人とその隣で正座する剣士……何があったかわからない炭治郎に、新戸はあの夜の出来事を一通り語ると、全集中の呼吸でも使ってるかと思える程の速さで頭を床に擦り付けた。

「ありがとうございますっ……!! 家族を護ってくれて、本当に……!! 長男の俺が……!!」

「いや、長男だろうと次男だろうと、あのバカの相手は無理だって」

 新戸は何となく炭治郎の頭をわしゃわしゃと撫でる。

「そんでだ。これからについてちょっと話し合おう」

「……それはお前が決めることじゃない」

「この中で一番喋るの苦手な奴に言われたかねェって」

 新戸のド直球な返しに、義勇は心外!! と言わんばかりに驚いた。

 ただし、事実である。

「うっし。じゃあもう一度最初(イチ)から全部話そうか。話長くなるから寝てもいいぞ」

「それはダメだろう」

「いいって、どうせ一人ぐらい起きてるだろうし」

 煙草に火を点け、新戸は全てを語った。

 竈門家を襲った男・鬼舞辻無惨の正体、鬼殺隊と鬼の戦い、隣にいる冨岡義勇の立場……新戸が竈門家が知るべき事実と判断した、鬼殺隊と鬼に関するありとあらゆる情報がポンポンと出される。

 あまりにも浮世離れした話だが、新戸という鬼を客人として迎え入れた上、昨夜の襲撃に遭ったことから、一家は割とすんなり受け入れた。中々に図太い家族であった。

「っつーわけで、こっからは竈門家の今後についてだ」

 その言葉に、一同は顔を強張らせた。

 ちなみに三男の茂と次女の花子、四男の六太に関しては寝そうになってるので放置している。

「ぶっちゃけた話、最終的な決定権は耀哉にあるから何とも言えねェ。だが今回の件で保護は確定だな」

 無惨が気まぐれで襲ったならばともかく、新戸の目から見ても明確な目的を持った襲撃である以上、このまま家に住まわせるのは危険すぎる。

 ゆえに、鬼殺隊の力が及ぶ関係者の家に移住することになると新戸は語った。

(受け入れ先はカナエんトコにするよう、耀哉に言っとくか……)

 新戸が頼ることにしたのは、元花柱・胡蝶カナエだ。

 過去の一件――上弦の壱・黒死牟との戦闘で柱を引退せざるを得なくなった彼女だが、それでも下級の鬼なら複数相手取っても単独で屠る程度の技量は健在だ。それに隊士の出入りが多く、柱の出入りもよくあるため藤の家よりも安全だろう。

 それがダメなら、煉獄家の屋敷もある。実力で言えばカナエよりも槇寿郎の方が遥かに上であり、竹雄や茂達と年の近い千寿郎とも気が合うだろう。産屋敷家も捨てがたいが、色々と制約が掛かるので最終手段だろう。

 そんなことを考えていると、一羽のカラスが舞い降りた。

「あ、鎹鴉……」

「……お館様からの書状だ」

「え? もう飛ばしたの?」

 いつの間にか話が進んでた。

 義勇曰く、無惨と新戸の一戦の件と竈門家の件を報告したところ、本部から竈門家の保護と新戸の本部出頭を要請されたという。

「呼び出し食らっちまったじゃねェか! どうしてくれる!」

「別に何もすることないだろう」

「あるわ! 俺だってやんなきゃなんねェことあんだよ」

 新戸はそう言うと、立ち上がって戸を開けた。

「どこへ行く」

「義勇、耀哉にこう伝えとけ。「〝猫の手〟を借りてくる」ってな」

「……?」

 謎の伝言を残し、新戸は逃げるように竈門家を去っていった。

 

 後に眠り続けていた禰豆子が目を覚まし、炭治郎が禰豆子を人間に戻すべく鬼殺の道に身を投じることを宣言し、義勇がそれを承諾して狭霧山の師匠に話を通すというやり取りがあったのだが。

 新戸はその事実を知らないまま、一人浅草を目指した。

 

 

           *

 

 

 その夜。

 帝都・浅草の診療所で、新戸は無惨への復讐を誓う珠世と久方ぶりに顔を合わせていた。

「あのワカメの血を受けて鬼になった嬢ちゃんがよ、俺の腕に噛みついて血を飲んだら泡吹いてぶっ倒れたんだけど、何か心当たりねェ?」

「いえ……新戸さんの血液を取り込んだことで、先に注がれた無惨の血が拒絶反応を起こしたのかもしれませんね。新戸さんの血は、鬼としても生物としても規格外ですから。あんな有害成分に満ちた血は初めてです、よく生きてられますね」

「当たり前だろ、フグが自分の毒で死ぬかよ」

 的確すぎるツッコミに、珠世は思わず困ったように苦笑い。

 その時、新戸の頭にある声が響いた。

 

 ――困っている珠世様も美しい……!!

 

「愈史郎、今「困っている珠世様も美しい」っつったろ」

「!?」

 新戸がそう指摘すると、愈史郎は顔を赤くして声を荒げた。

「なっ……なななな、何も言ってないだろう!!」

「いいや、絶対言ったね。俺の耳は都合よくできてませんぜ」

 フヒヒヒと悪い笑みを浮かべる新戸。

 顔を赤くして動揺する愈史郎を見て、クスクスと笑いながら珠世は新戸に尋ねた。

「愈史郎の顔に出ていましたか?」

「いや、頭ん中に響いたんだよ。()()()()()()

「っ!?」

 新戸が言い放った言葉に、珠世は驚愕してイスから崩れ落ちた。

 その動揺ぶりは尋常ではなく、顔は真っ青で体をブルブルと震わし、恐怖と混乱に満ちた眼差しで新戸を見ていた。

「珠世様!? おい小守!! 貴様何をした!?」

「何もしてねェよ! 勝手に腰抜かしてんだボケ!」

「そ、そんな……こんなことが……!? あり得ない……絶対にあり得ない……!! いくら血の量が多いからって……体質が変化したからって、無茶苦茶すぎる……!!」

 常に落ち着いた態度の珠世は、血の気が引いて気が動転している。

 しかし暫くすると、正気を取り戻したのかいつもの珠世に戻った。

「っ……すみません、取り乱してしまって……」

「ぜっっったい俺の身に何かあったろ。それも()()()()()()のが」

「え、ええ……」

 珠世は冷や汗を流しつつ、いつになく真剣で、どこか恐怖心を孕んだような眼差しで新戸を見据えた。

「新戸さん、これはあくまでも私の憶測です。ですが……かなり高い可能性を持っていると確信しています。覚悟して聞いて下さい」

「いや、まあ別に何だっていいけど」

 緊張感のない態度の新戸に、珠世はとんでもない言葉を口にした。

 

「新戸さん、あなたは鬼舞辻無惨と同じ能力が開花し始めています」

 

「なっ!?」

「はぁ!?」

 あまりにも衝撃的な内容に、愈史郎と新戸は声を荒げた。

 鬼の始祖が持つ能力を開花させるなど、聞いたことがない。

「鬼舞辻が配下の鬼に刻む呪いの一つに、配下の鬼が知覚する様々な情報を自身も共有するというものがあります。視界に映る範囲ならば思考まで読み取ることができ、またどれだけ離れていても位置を把握することだけは可能なのです」

「うわー嬉しくねェ」

 露骨にイヤそうな顔を浮かべる新戸。散々罵倒した無惨と一緒にされたくないのだろう。

 しかし、能力だけで言えば大規模な行動・作戦を実行する際にはかなり有効。情報戦の成果がよろしくない鬼殺隊にとっては、一気に情報網が広がる魅力的なチカラだろう。

 それでも、珠世にとっては戦慄を覚える事態だった。

(新戸さんの血は、()()()()()()()()()()()()()……もしかしたら……)

 珠世が最も恐れているのは、新戸が無惨以上の厄災の種となる可能性だ。

 正確に言えば、()()()()()()、である。

 新戸は不老不死の鬼であるが、無惨と違って人間の血肉を摂取する必要が無く、短時間なれど日光への耐性がある上、現在進行形で体質が変化している。その変化の行きつく先によっては、人間と鬼による争いが悪化する。

 惡鬼滅殺の鬼殺隊と無惨率いる人喰い鬼に加え、強欲な人間という第三の勢力が生まれ、夜だけでなく昼も死の臭いが漂い日ノ本を覆う……そんなことになれば、この国から真に平穏が失われるかもしれない。それだけは何としても避けねばならない。

(鬼舞辻の日光克服だけでなく、新戸さんの体質変化の果ても注意しなければ……)

「俺の体質か……そこんトコは、俺も気ィ配るわ」

「っ!!」

 思考を読まれたことに、珠世は一瞬動揺するが、すぐさま落ち着きを取り戻した。

 そもそも珠世と愈史郎は、新戸の血を摂取して人間の食べ物を口にできるようになった。愈史郎が思考を読まれるのなら、珠世も例外ではないのだ。

「……ってことは、童磨も禰豆子もそうなるのかねェ」

「ええ、おそらくは」

 そう言い切る珠世に、新戸は顎に手を当てた。

 上弦の弐である童磨は、新戸の悪友であると同時に、無惨側の最高戦力の一角である。彼の思考を読めば、間接的に無惨の命令や動きを盗み聞きすることもできるかもしれない。それが成功すれば、無惨の頭無惨な計画も筒抜けになり、それを鬼殺隊に流せば()()()()()()()()()()()()()()可能性すら秘めている。

 無惨と同じになるのは非常に癪だが、惹かれる部分があるのは否定できなかった。

(……いっそのこと、俺の血で何か(おも)(しれ)ェの作ってもらおっかな)

 珠世の医術が非常に優れているのは、もはや疑いようがない。

 医学には薬を作る技術があるが、それは毒にも転用する。研究を重ねれば、人間にも安全かつ有効な回復薬になるかもしれないし、逆に鬼をも脅かす毒薬にもなるかもしれない。それを戦闘法に昇華すれば、たとえ全集中の呼吸を会得できずとも鬼を倒せるようになるだろう。吹き矢にするなり銃弾にするなり仕込み武器にするなり、考えれば無限に広がる。

 それを柱だけでなく一般隊士や隠にも装備させれば……。

(ヤベェ。俺の血スゲェなマジで)

「悪だくみが楽しそうだ……」

「悪人の顔ね……」

 本当に敵じゃなくてよかったと、愈史郎と珠世は心底思った。

 

 

 一方、鬼殺隊本部。

 悲鳴嶼から任務の報告を受けていた耀哉は、義勇からの手紙を受け取っていた。

「……そうか。ついに新戸も動いてくれるんだね」

「お館様、「〝猫の手〟を借りてくる」とは一体……?」

「私の父、先代当主の頃から新戸が産屋敷家に対してのみ使っている暗号だよ」

 耀哉曰く。

 猫の手とは、猫のように鋭い爪を持つ者という意味。すなわち新戸と面識のある鬼ということを表している。新戸が猫の手を借りてくると伝える時は、水面下で何があったかは全く知らないが、必ずと言っていいくらい鬼殺隊に有利に働く。

 つまり「〝猫の手〟を借りてくる」とは、新戸が自らが信頼する鬼と接触し行動を起こすということを知らせる事前通知なのだ。

「君達もわかっているだろう? 新戸は振る舞いや態度とは裏腹に賢く教養があり、謀略に長けている。無惨を出し抜くために、()()()()本気になってくれた。もっとも、私のスネをかじり続けるためだろうけどね」

「……なぜそれをもっとしてくれないんでしょうか」

「それは私にもわからない。彼とは君達よりも長く付き合ってるんだけど、未だに未知の部分というか、謎に包まれた一面があるんだ」

 耀哉はそう言って微笑んだ。

 それは、鬼殺隊と人喰い鬼の争いが大きな転機を迎えようとしていた瞬間だった。




そろそろ伊黒や無一郎、伊之助や善逸との絡みも入れよっかな……。
あ、でもやっぱり獪岳がいいかな……。

皆さんは誰がいいですか?(笑)


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第十四話 俺は永遠の二十代だぞ。

お待たせいたしました。
今回は雷一門の回です。
そして新戸は、無惨化が進んでる……?


 竈門家の事件から、月日は幾分と流れ。

 新戸は独断行動が日に日に増えていった。

 それは遊び回るだけではなく、自分が()()()()宿()()から逃れるために、あらゆる手を尽くして歩みたくない運命から回避するためにだ。

「ククク……こうしときゃ、誰も文句言えねェな」

 意地の悪い表情でケタケタと笑う。

 竈門兄妹を快く思う柱は少ないだろう。杏寿郎は煉獄家ぐるみで新戸と関わってるため中立を貫き、カナエとの関係上しのぶも味方し、柱になった甘露寺も寄ってくれるだろう。それでも残りの柱、特に悲鳴嶼や実弥などの反対は回避できない。

 だが、新戸は鬼殺隊〝最凶〟だ。鬼殺隊きっての頭脳派で、おそらく鬼殺隊の歴史上最も狡猾な男である。生まれ持った才能とも言うべき口の上手さと戦慄すら覚えるずる賢さを持ち、腹の探り合いで彼と渡り合える者はわずかだ。

 柱ぐらいでは、穀潰しの玄人である新戸を出し抜くことはできない。それを思い知らせるための書状は、すでに鴉達に渡して飛ばした。

(プータローを本気にさせるってのがどういうことか、教えてやるよ……)

 真っ黒い笑みを隠さないその姿は、惡鬼というよりも悪魔。

 狂気すら感じ取れる表情を見れば、素性を知らなければ人喰い鬼にしか見えないだろう。

「さてと、久しぶりに煉獄家から酒でも盗んで――」

 ふと、血の臭いを感じ取った。

 かなり濃く、すぐ近くで事件が起こっていたのは明白だ。

「……あーあー、ダラダラしてェと思った瞬間にこれだ」

 若干苛立ちを露わにしつつ、仕込み杖を強く握り締めた。

 

 

 鬼殺隊士・(かい)(がく)は追い詰められていた。

 一人で任務に赴いていた際、偶然鉢合わせした鬼と戦闘になったのだ。

 それも、鬼特有の異能――血鬼術の使い手。一人で相手取るにはかなり手強い敵だった。

「ハァ……ハァ……!」

「クカカカカカッ! 終わりだ鬼狩り!」

 止めを刺そうと、鬼が血鬼術を行使しようとした時だった。

「てめェか、俺に喧嘩売ったの」

「「!?」」

 獪岳の背後から現れる、一人の鬼。

 苛立って仕方がない新戸だ。

「き、貴様! 同類のクセに鬼狩りに与するのか!?」

「少なくとも鬼舞辻のバカに与する道理はねェな」

 飄々、なれど怒りを露にする新戸。

 その姿を目の当たりにした獪岳は、自らの師・(くわ)(しま)()()(ろう)の言葉を思い出した。

 

 ――鬼殺隊には、先代当主の頃から居る鬼がおる。腕も立つし頭も切れるが、コイツがとんでもない悪タレでな……文字通り性根がひん曲がっておる。惡鬼というより悪党じゃな……関わる時はくれぐれも用心せい。

 

(じゃあ、あいつが先生の言っていた……小守新戸?)

 仕込み杖を手にした鬼に、目を見開く。

 人格面はともかく、腕っ節は柱だった育手(じごろう)も認める強さ。

 果たして、その実力は――

「とっとと酒飲みに戻りたかったのに、てめェのせいで台無しじゃねェか」

「いや、俺のせいかよ!」

「だってこんなカスに苦戦してるんだもん」

「てめェ殺すぞ!! あと「だもん」とか言うな年上だろ!!」

「バカ野郎、俺は永遠の二十代だぞ」

 何と獪岳をボロクソに非難。

 苦戦しているのは否定しないが、味方のクセに非常に癪に障る。というか、本音ダダ漏れで殺意すら沸いてきた。

 すると、置いてけぼりにされた鬼が声を荒げた。

「お、おい!! わしを無視するな鬼狩りィ!!」

 

 ドバッ!

 

「「!?」」

 激昂した鬼は、血鬼術を行使した。

 その異能は、自らの血を凝固させて槍にする能力。獪岳を殺傷するには十分過ぎる威力を持ち、事実これによって懐に潜り込んで頸を斬ることができなかった。

 それは、鬼である新戸ではなく人間の獪岳へと向けられ――

 

 ガッ! ドシュッ!

 

「っ……!」

「あっ!!」

 思わず声を上げる獪岳。

 一撃目は新戸が鬼の怪力を活かして素手で鷲掴みにしたが、時間差でもう一撃襲い掛かり、止むを得ず体で受け止めたのだ。

「いってェな、この三下ァ……!」

「ひいっ!」

 青筋を浮かべる新戸に、鬼は怯んだ。

 ダラダラしたいと思った矢先に鉢合わせし、さらには着物を台無しにされた。

 敵は図らずも新戸の逆鱗に触れてしまったのだ。

「〝鬼威し〟……!!」

 仕込み杖を抜き、新戸は血鬼術を発動。

 刀身に凄まじいチカラが集中し、本能的に危機を感じた鬼は、背を向けて逃げ始めたが――

「〝鬼太鼓〟ォ!!」

 

 メキィッ!!

 

「ギャアアアアアアアッ!!」

 黒い雷を迸らせながら剣圧を飛ばした。

 衝撃が鬼を呑みこみ、轟音と共に地を抉りながら吹き飛ばされてしまった。

 その絶大な破壊力に、獪岳は愕然とする。

「……あー、ざまみろ」

「……」

 清々したと言わんばかりの笑みに、顔を引きつらせる獪岳だった。

 

 

           *

 

 

「ヤベェ、抜けねェ」

「鬼でも抜けないって、もうダメだろ……」

 傷を負った獪岳を手当てし、ひとまず廃屋へと身を潜めることに。

 その傍には、新戸が蝶屋敷からくすねてきた藤の香が置かれている。

「ちっくしょ、()()()付いてやがる……しかも貫通しねェから質が(わり)ィな……」

 眉間にしわを寄せ、困り果てる。

 先程の血鬼術は、どうも槍というよりも銛のような形状らしい。しかも貫通力は低い分、長く体内に刺さりとどまるという傍迷惑なオマケ付き。抜こうにも抜けないのだ。

「……アンタ鬼だろ。鬼は共喰いすんだから、それも喰えばいいだろ」

「バカタレ、どうやって喰うんだ。……あっ」

 獪岳の一言に、新戸は閃いた。

(そういやあ童磨の奴、人間を吸収できるっつってたな……)

 上弦の弐である童磨が新戸の血を取り込む前。

 彼は信者を喰らう際、抱き締めて自身の体に押し沈めるように吸収する芸当をしていたという。最上位の鬼ならではの能力で、無惨の血が濃いがゆえだろう。

 ならば、元々は無惨の血が濃い新戸(じぶん)もできるのではないか。現に主治医(たまよ)が「無惨と同じ能力が開花し始めている」と言っているので、不可能ではないだろう。

(とは言え、どうやりゃあいいんだ……)

 鬼になって15年以上。一度たりとも人間や同類(おに)の血肉を口にしていない新戸にとって、捕食行為というものはほぼ無縁だった。

 新戸の今の体質は現在進行形で変化しており、人間の食事・睡眠・飲酒・喫煙で体力回復や生命及び人格の維持を可能としているが、それゆえに鬼特有の人喰いは必要としなかった。いや、稀血の実弥にドン引きしてる時点で人間を喰わない体質となってるかもしれない。

(思えば、俺の血鬼術も元は先代の柱達の追跡から逃れようと思って発現したような……)

 今でこそ鬼達に猛威を振るう斬撃と剣圧を放つ血鬼術も、元々は遊び惚けている新戸に堪忍袋の緒が切れた槇寿郎達が〝躾け〟をしようとした際、何としてでも逃げようという「しょうもない意思」で発現した。

 意思で発現できるのなら、その理屈で通じるのでは――というのはさすがに安易な考えだろうが、実践する価値はある。

「――ふんぬおおおおおおお!!」

 とりあえず、力を入れて気合で吸収しようとしてみる。

 すると、新戸の体に刺さっていた血の銛は徐々に埋もれていった。まるで底なし沼のように、ズブズブと沈んでいく。

 そして10秒程で、銛は完全に新戸に吸収された。

「……できたけど着物は穴空いたままじゃねェか!」

「いや、そっちこそどうでもいいだろ」

 ――着物は糸とかで直すもんだろうが。

 そうツッコむ獪岳だが、内心では気が気でなかった。

 新戸が人喰いに目覚めたら、一巻の終わりだ。素質的には上弦の鬼を超える脅威となり、内情も知ってるため鬼殺隊にとって最悪の敵となるからだ。

 しかしそうだとしたら、自らの体に巻かれた血のにじむ包帯に涎を流すなどの反応があるはず。それが無いということは、少なからず食人衝動は無いということでもある。

(……一応は大丈夫ってことか……?)

「そう警戒すんな。取って喰う趣味はねェ」

 心情を見抜いた言葉を並べ、新戸は煙草を咥えて火を点ける。

 重度の飲酒・喫煙中毒者の彼にとって、煙草を吸うということは娯楽であり生命維持活動なのだが、血肉にまで染みついた有害成分と臭いが中々強烈だった。

(っつーか、(くせ)ェ! 煙草の臭いが半端じゃねェ!!)

「そういやあお前、雷んトコのだろ」

「!」

 新戸の言葉に瞠目する。

 ――初対面のはずなのに、何で知ってる?

「あの山んトコの桃盗りに行くのに一回見かけたぜ。お前は全然気づいてなかったけど」

「アンタ何やってんだ!!」

 ちゃっかり雷一門の山に自生する桃を盗んでることを自白。

 飄々とした態度とその言動から、育手の言葉の正しさと目の前の相手のクズっぷりを思い知る。

「雷の呼吸っつったら、〝(へき)(れき)(いっ)(せん)〟を基礎としてる速度重視の流派だったな。使えばアレぐらいすぐ片ァ付くだろうに、足でも痛めたか?」

「っ!!」

 新戸のさり気ない一言に、獪岳は拳を強く握り締めた。

 獪岳は雷の呼吸の壱ノ型だけ使えないまま、最終選別を突破して鬼殺隊士となったのだ。そのことに強い劣等感を常に感じ、壱ノ型を使えない自らへの周囲の冷たい目も相まって、不満を募らせながら今日まで生きてきた。

 それを悟ったのか、新戸はモリモリと頭を掻いた。

「あー、成程。壱ノ型だけ使えねェって訳ね。……スッゲェどうでもいいな」

「――は?」

「そんな〝小さいこと〟にわざわざ迷うなよ。少しでも無理と思ったらすぐ別の方法を考える方がよっぽど近道だぜ?」

 新戸はバッサリと切り捨てた。

 その上で、こう助言した。

「基礎ができないんなら、自分で基礎を作りゃいいだろうが。本来の型を自分好みにしちまえばいい。わざわざ育手の教えにこだわる必要はねェだろ」

 獪岳は思わず固まった。

 壱ノ型を覚えるまで努力するのではなく、壱ノ型を会得できないまま戦うのでもなく。

 〝雷の呼吸〟そのものを自分が扱いやすいように作り変えるという、青天の霹靂どころではないぶっ飛んだ発想。

 常識や固定観念に縛られない、小守新戸という男だからこそ導ける答えだ。

「要するに、自分にしか扱えない『()()()〝雷の呼吸〟』を生んだ方が手っ取り(ばえ)ェってことさ」

「『特別な〝雷の呼吸〟』……」

 その響きが、獪岳の思考を支配していった。

 〝壱ノ型〟だけが使えないという、長く心を苛めてきた呪縛が解けていく。特別という言葉が蜜のような甘さを持ち、とても誘惑的で魅力的だった。

 すると新戸は、パンッと手を叩いて言い放った。

「よし! せっかくだからお前を鍛えてやる。お前の足りねェトコを補えば、俺に与えられる仕事がお前に行くようになる」

「てめェ少しは自重しろ」

 善意ではなく、自分の仕事を他人に擦りつけるために一肌脱ぐと宣言。

 清々しいまでの自分勝手な言葉に、もはや呆れるしかない。

 だが、この男は周囲とは全く違う価値観を持っている。それこそ、自分を正しく評価してくれるような……。

「……なあ、アンタは俺を正しく評価してくれんのか?」

「んなこと言われてもなァ、俺はお前を知らねェんだ。実力も才能も何もかも。――ここまで言えばわかるだろ?」

 新戸の要求は、獪岳の戦闘を一から見せてもらうこと。

 それを見て、向き不向きを判断すると。

「言っておくがな、穀潰しの玄人は身代わりとなってくれる奴を絶対に捨てねェ。覚悟しとけよ?」

 新戸の不敵な笑みに、獪岳は不思議な高揚感を覚えたのだった。

 こうして、新戸と獪岳の奇妙な関係が爆誕した。

 

 

           *

 

 

 翌日、正午。

「そうか……それは驚いた」

 鬼殺隊本部にて、鴉の報告を聞いた耀哉は心底驚いた表情を浮かべていた。

 何を隠そう、あの小守新戸が隊士の面倒を見るというのだ。子供の子守は手慣れてはいたが、ついに隊士の稽古にまで手をつけてくれるようになったのは、隊士の質の低下が近年浮き彫りになりつつある鬼殺隊にとって、非常にありがたいことだ。

(もっとも、新戸は自分に押し付けられる仕事を擦りつけたいだけだろうけど……)

 耀哉は新戸の腹を読みつつも、動機はどうあれ結果的に有益と判断する。

 長年に渡って新戸と腹を探り合ってきた知力は伊達ではない。

「しかし、新戸は煉獄家で多少剣術を習っただけで、左近次達のようにはいかない。どうするつもりかな……?」

 新戸の実力は凄まじいが、その本質は喧嘩殺法も同然。型や呼吸法を教えることはできず、できるとすれば戦略・戦術ぐらいだ。

 それに新戸は柔軟な思考であり、別のやり方を求めるのが得意だ。それを利用して期待と責務から散々逃げ続けている新戸を引っ張り出し、一気に〝逃げ場〟を無くして働かざるを得ない状況にさせる。

 これは新戸の逃げ場を無くす、千載一遇の好機。逃すわけにはいかない。

(私から逃げられると思わないことだね、新戸。君の為に仕事をたくさん用意したんだから)

 鬼殺隊関係者ではなく、鬼殺隊士として任務に励む新戸の姿を想像し、耀哉は愉快そうに笑ったのだった……。

 

 

 それからしばらくして。

 獪岳の師匠である桑島慈悟郎の元にも、その報せが届いた。

「あの悪タレーーーーーっ!!」

 空気を震わす程の怒声を上げ、鼻息荒くして手紙を引き千切る。

 それと共に、小屋の方から「ぎゃあ"っ!?」とビビりまくった汚い高音が。

「お館様への無礼千万、人喰い鬼との戦いに対する傍若無人に飽き足らず、ついに儂の教え子をも唆しおったか……!!」

 声を震わせ、怒りを隠せない慈悟郎。

 先代当主の計らいで鬼殺隊に属する唯一の鬼となった新戸。その腕っ節と頭脳は認めるが、それ以上に日頃の問題行動の方が印象深く、あまりいい感情を未だに持てない。

 常に飄々とし、狡猾に立ち回り、時に残酷になる鬼殺隊最凶の〝穀潰しの玄人〟。その魔の手がついに教え子にまで及び、気が気でなくなる。

「しかし、奴を出し抜ける者はお館様くらいじゃ…………獪岳、すまん……!」

 せめて教え子が、あの鬼に感化されないことを願うしかない。

 鬼殺隊に迎えた時から、あの鬼の腐った性根をもっと早く叩き直しとくべきだった――そう後悔した慈悟郎だった。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
腹の探り合いで新戸と渡り合える相手は、以下の通り。
・産屋敷耀哉
・産屋敷あまね
・煉獄瑠火
・鬼殺隊先代当主(耀哉の実父)
・童磨

この5人の中でも、瑠火はかなりの頻度で新戸を出し抜くことができたという。
理由は新戸が瑠火に弱かったため。本人曰く「あの人がいると何かホワホワしちゃって、ちゃんと逃げることができなくなった」とのこと。
ちなみに逃げるとは、労働からである。


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第十五話 耀哉を老いぼれにさせてやる。

遊郭編の情報が出てきましたね。
自分としては堕姫は沢城みゆきさん、妓夫太郎は津田健次郎さん、童磨は宮野真守さんかなと思ってます。

ちなみに自分の中では黒死牟は山寺宏一さん、玉壺は速水奨さん、半天狗の本体は大塚明夫さんで再生されてます。(笑)


 さらに一週間が経過した頃。

 新戸は獪岳と行動を共にし、共同で鬼狩り――ただし新戸はほとんど傍観――をする中で、獪岳にこう告げた。

「一週間見させてもらってわかった。――お前は護る戦いが得意なようだぜ」

「は?」

 それは、思いもよらない一言。

 どういうことなのか理解ができず、どう言い返せばいいかわからなくなった。そういう評価のされ方は、今までなかったからだ。

「鬼を攻め討ち取るのではなく、鬼の攻撃から弱者(ヒト)を護る、言わば防衛戦。お前の才覚はそっちに特出してる」

 新戸曰く。

 鬼狩りの戦いにおいて、日の出まで人を護るのは単独で異能の鬼を討つよりも難しいという。なぜなら自分の身だけじゃなく、いつ喰われるかわからない背に庇う他人の身も護らねばならないからだ。そんな鬼の攻撃から自他共を護る〝戦果の無い戦い〟を、獪岳は確実にやれるという。

「戦果の無い戦い……」

「おうよ。戦果の無い戦いを成せる奴ァ、古今東西よっぽどの戦上手にしかできねェ芸当だ。防衛戦の辛さは俺もよく知ってる。護りの才覚を持つお前が羨ましいぜ」

 上弦の鬼も然り、無惨も然り……新戸は我流剣術と血鬼術に加え、臨機応変な戦法と狡猾な立ち回りを得意とするが、それでも防衛戦となれば後手に回り劣勢になってしまう。

 しかし防衛戦が得意な輩は、言い方を変えれば後手に回っても有利だということである。戦いは討ち滅ぼすよりも五体満足で護り切る方が難しい。そういう才覚に恵まれたとなれば、新戸にとっては柱以上に貴重な戦力と考えているのだ。

「つまり、お前は人喰い鬼共にとって〝面倒な敵〟なんだ。攻撃は最大の防御とか言うがな、防御力の高さは相手に焦りを与え、隙を生みやすくなる」

 守りが堅いことは、攻撃が通じにくくなるということ。

 鬼から見れば、自分の強さが人間に通じないという事実を受け入れるわけがなく、早く始末しようと勝負を焦るようになる。それこそが狙いで、勝負を焦って無意識に隙を生ませることで必殺の一太刀を振るいやすくする――新戸はそう言っているのだ。

 柱ともなれば、強行突破で容易く鬼を討つことができるが、一般隊士と柱とでは天地の差だ。そういう意味では、鬼を討つ呼吸法を護身としての呼吸法に変えることは、鬼殺隊の生存率の低さを解決する点では非常に重要だ。

 一刀必殺なれど捨て身の剣じゃなく、泥臭くても未来を繋げられる「自衛の剣」……それこそが獪岳の才能だと新戸は語る。

「鬼を殺す? 鬼を滅する? それ以前に自分(てめェ)の命だ。自分(てめェ)の身を護れねェ奴が鬼を討てるわけがねェ。最終選別から出直してこいって話だぜ全く」

「新戸さん……」

「世の中報われねェ努力は腐る程あるが、無駄な努力はねェ。獪岳、お前は間違っちゃいねェよ」

 その言葉に、獪岳は無意識に笑みを浮かべた。

 鬼である新戸の説法(おしえ)が、頭を支配していく。それは不快なものではなく、心地よさや清々しさすら感じ取れる程、魅力的なものだった。自分の努力を評価してくれた新戸は、慈悟郎すら霞む程の存在となった。

 ――この人は、決して俺を裏切らない。

 獪岳はそう確信した。

「……さてと、ボチボチ頃合いか」

「?」

「今からちょっと寄ってきたいトコがある。付いて来い」

 

 

           *

 

 

 新戸に連れられ、獪岳はある寺院を訪ねていた。

「ここは……」

「〝万世極楽教〟。俺の顔馴染みが切り盛りしてる寺だ」

 寺という言葉に、獪岳は眉を顰めた。

 というのも、獪岳は昔、とある寺に身を寄せていた際に寺の金を盗んだことでその日の夜に追い出されたという過去がある。そして追い出された時に鬼と遭遇し、助かるために寺の皆を売った。

 そのことを獪岳は伝えてない。伝えたくなかった。自分を正しく評価してくれた男に、見限られたくないという思いが強いがゆえに。

「誰かしら出るとは思うが、くれぐれも猪の皮被ったのと絡むなよ」

「は?」

 謎の発言に首を傾げていると、寺の門がゆっくりと開き、一人の女性が現れた。

 黒髪に緑色の瞳の可憐な容姿が特徴の、文字通りの大和撫子。妙齢でお淑やかな美人が顔を出し、獪岳は顔を赤らめた。

 すると、女性はパァッと笑顔を浮かべ、嬉しそうな声色を発した。

「あら、新戸さん! こんばんは!」

「こんばんは、琴葉さん。お久しぶりです」

(敬語!?)

 あのチャランポランの妙に紳士な態度に言葉を失う。

 普段の彼の様子を知ってる分、まるで猫を被ってるようにしか見えない。

 そこへ、さらに衝撃的な出会いが。

「どうしたんだい? 琴葉」

「童磨さん、新戸さんが来てくれたわ」

 そこへ新たな人物が登場。

 頭から血を被ったような文様の、白橡の長髪。ベルトで締められた縦縞の袴と徳利襟の洋服。太い下がり眉に優しい顔立ち。そして、見たら決して忘れない虹色の瞳。

 朗らかで気さくそうに見えるが、瞳に刻まれた「上弦」と「弐」の文字を目にし、言葉を失った。

(上弦の、弐……!?)

 その事実を受け入れた途端、脂汗が止まらなくなった。

 十二鬼月で二番手、人喰い鬼の中で三番目に強い圧倒的強者。それが目の前にいる。しかも人間の女性と。

 そんな怪物と、新戸がこうして交流している。これが露見すれば、新戸一人の処刑では済まないだろう。

「……アンタ、まさか」

「心配すんな。童磨は上弦だが鬼殺隊(こっちがわ)の鬼だ。あんまり動いちまうと、いくら無能の無惨でも勘づかれるかもしれねェってだけだ」

 鬼の始祖を罵倒しつつ、童磨は味方だと説明する。

 しかし今になって上弦の鬼の一体が鬼狩りに与するなど、到底考えられないことだ。何か裏があるのではと勘繰ってしまう。

 そんな心の声に気づいたか、新戸はさらに付け加える。

「童磨は信用に足る野郎だ。俺が保障する」

「友人にそう言ってもらえると嬉しいなぁ」

「つっても、腐れ縁の要素が強いけどな」

 軽口を叩き合うと、童磨はそのまま一行を招待した。

 

 

 寺院の中では、新戸が童磨達と談笑していた。

 鬼殺隊と十二鬼月という、決して相容れないはずの敵同士が、こうして仲良くしているなどあり得ない。当の本人達は意にも介してないが、獪岳は常識を根本から覆され、戸惑うしかなかった。

(……俺って、場違いじゃないよな……?)

「おや? 獪岳君はどうかしたのかな」

「一応現役の鬼殺隊士だからな。上弦相手じゃ空気重いかもな」

 グイッと酒を煽る新戸は、童磨の猪口にも酒を注ぐ。

 するとそこへ琴葉がお盆でつまみを出し、手を伸ばして頬張った。

「さてと…………そっちは何か動きがあったかい?」

「いんや別に。新米の柱が二名増えたぐれェだ。こないだ聞いた」

「それ言っちゃダメだろ!!」

 いきなりの爆弾発言が投下。

 柱が増えたことをあっさり漏らした新戸に、童磨ですら驚愕。

「えっと……それさ、結構重要じゃない? 大丈夫?」

「何言ってやがる、上弦にとっちゃ柱が何人増えても同じなんだろ?」

「本当に君って容赦ないね」

「聞こえの(わり)ィ言い方しやがる。俺ァ正直に喋ってるだけだぜ」

 淡々と語る新戸に、童磨は思わず苦笑い。

 現に童磨自身もそう考えているため、真っ向から否定できない。

「そういう童磨もどうなんだ? 何か事情変わったりした?」

「うんともすんとも。あの人は滅多に上弦を招集したりしないからねぇ。誰か欠けたら呼ばれるかも」

「そりゃ好都合だ。俺としても()()()()()と思ってるし」

 その考えが、新戸と鬼殺隊の決定的な違いだった。

 鬼殺隊としては、一刻も早く鬼舞辻無惨の頸を刎ね、全ての鬼を滅したい。それは命を懸けて行い、時として自らを犠牲にする。鬼を滅してこその鬼殺隊とは、よく言ったものだ。

 だが新戸は、同じ目的でも犠牲を〝無駄な浪費〟と捉え、最低限の損で済ませることを重視する。一刻も早くと急ぐのではなく、一度踏み止まって自らが置かれた状況を把握し、退ける時に退いて体勢を立て直すのだ。

 

 小守新戸は、鬼殺隊に向いた思考回路ではない。

 だが、それこそが血鬼術をも超越する最大の武器であったのだ。

 

(……俺と似てるんだ、この人は)

 鬼殺隊で生きることについて、誰よりも共感できる相手。

 それが、獪岳から見た新戸だった。

「そうだそうだ……新戸、君は吉原で堕姫ちゃんを勧誘したんだって?」

「! よく知ってたな、本人から聞いたか?」

「俺が()()()()を鬼にしたからねぇ。今でも時々顔を出してるのさ」

 その時だった。

「どおりゃああああああ!!」

「!?」

 襖を破壊して、木刀を両手に持った猪の皮を被った少年が飛び出てきたのだ。

 突然の異貌の乱入者に、獪岳は放心状態になる。

「勝負しろ、穀潰し野郎ォォォォ!!!」

「ちっ、また伊之助か……」

 二刀流の攻撃を繰り出す少年・伊之助に、新戸は呆れ半分で仕込み杖を使い胡坐を掻いたまま防御。

 伊之助は舌打ちしつつ猛攻するが、新戸はそれを軽くいなし、目にも止まらぬ速さで猪の皮を奪った。

「げっ!」

「んなっ!?」

 その素顔に、獪岳は驚愕した。

 青く染まった毛先、深い翡翠色の瞳、細い眉……猪の皮の下にあったのは、女性と見間違う程の顔立ちの美少年だったのだ。

 細面の新戸も端正な童磨も上回る、まさに生まれながらの美男子だ。

「だから脇が(あめ)ェんだよ。戦闘中に余裕ぶっこいてピーチクパーチク言っちゃダメだろ、伊之助」

「てめェ!! 返しやがれェ!!」

「はいはい、わーったよ」

 猪の皮を投げ返すと、伊之助は「次は絶対勝つ!!」と鼻息を荒くして被り直す。

 そしてそそくさと部屋を出て、母親の元へと向かった。

「新戸さん、あのガキって……」

「琴葉さんの息子だよ。まぁ気にすんな」

 新戸は素っ気無い態度で告げると、童磨の虹色の瞳を見据え、いつになく真剣な表情になる。

 童磨も新戸と長い付き合いゆえか、ヘラヘラしていた素振りをやめた。

「……童磨、少し面倒な事になった」

「というと?」

「あのワカメ頭と同じ能力が開花し始めてるらしい」

「ふぅん………………へっ!?」

 衝撃の暴露に、童磨は心底驚いた。

 鬼の始祖と同じ能力が覚醒している――それは千年以上に渡る鬼の歴史を覆す、とんでもないことだ。

 無惨の能力は上弦とは比べ物にならない。それは上弦の弐である童磨自身も理解している。そんな無惨と同じ能力を有するようになるということは、絶対的な鬼の支配者が二人になるということである。

「えっと……え? ウソでしょ?」

「珠世さんが言ってたからな。現に俺の血を摂取した奴の思考読めるようになったし。何ならお前の思考読んでみる?」

「君に読まれるのは嫌だなぁ」

「童磨、それどういうこと?」

 新戸は額にビキッと青筋を浮かべる。

「しかし驚いた。無惨様を脅かす存在が、鬼狩りじゃなくて君だったなんてね」

「そう言ってる割には全然そう聞こえねェけど」

「君だったら案外何でもしそうだと思ってるんだ」

「……(ちげ)ェねェや」

 鬼二人の会話に、獪岳は置いてけぼりになる。

 しかし、少なくとも鬼殺隊にとって悪い話ではないのは理解できた。

「さて……そんじゃあこいつでお開きとさせていただくわ」

 新戸は懐から手紙を取り出し、童磨に渡す。

 それを手に取った童磨は、内容に目を通した。

「さすがの君も、無惨様には敵わなかったんだね。可哀想に」

「……おめェの思ってること、多分違ってるぜ。当たってるとしても可哀想はねェだろ」

 不敵な笑みを崩さない新戸に、童磨は扇をパチンと打って微笑んだ。

「親友の頼みだ! 引き受けよう」

「そう言ってくれると思ったぜ。――ただ気をつけろ、俺の予想が正しかった場合、この件に関わったお前の身も危うくなりかねねェ。竈門家はそれぐらいヤベェってこった」

 

 

 童磨との交渉を終え、寺院を後にする二人。

 ふと、獪岳は新戸にこんな質問をした。

「なあ、アンタは何が目的なんだよ」

「目的? んなモン決まってるさ、産屋敷に養われる日々を貫き通すためだ。ワカメ頭とその子分共に恨みはねェが、俺の生活を脅かす以上は対処しねェとな」

 あくまでもスネをかじることを最優先としている新戸に、獪岳は呆れる。

 やっぱりこいつは腐ってる――そう思った時だった。

「けどな、最近になって目標ができた」

「目標?」

「ああ、耀哉を老いぼれにさせることだ」

「……ハァ!?」

 追い打ちをかけるように、とんでもない言葉を発した。

 鬼殺隊で最も偉い人物――お館様を老いさせるという、かなり歪んだ思考。さすがの獪岳も理解が追いつかず、言葉を失った。

 すると新戸は、神妙な面持ちで煙草を咥え、火を点けて紫煙を燻らせた。

「他の連中も気づいてるか知らねェが……あいつも危険人物だぜ。鬼殺隊で一番無惨を憎んでるから、腹ん中は超ドス黒いぞ。仏の皮被った第六天魔王だ」

「なっ……」

「しっかもこれがガキん頃から仕上がってる。それが気に食わねェのさ」

 煙を吐き、新戸は口角を上げる。

「だから俺は、()()()()()()()()()耀()()()()()。お館様なんつー御大層(はためいわく)な肩書きを捨てた、ただの産屋敷耀哉と酒飲んで、煙草の味を覚えさせるのが俺の責務だ」

「……」

 獪岳は目を見開く。

 歪んではいるが、新戸なりに不遇な友人を幸せにさせたいと考えているようだ。

 意外と義理堅いんだなと感心したが……。

「それに俺の人間性じゃ、仕事とか一生無理でしょ」

「ウソだろ、自覚してんのに直さねェのか」

「いや、だって直したら働かされるじゃん」

 新戸の安定のクズっぷりに、今までの感動が台無し。

 当たり障りのない話し方や場の雰囲気を悪くしない努力をしない男に、獪岳は頭を抱えるのだった……。



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第十六話 鬼殺隊は腹黒だらけかっ!

久しぶりの更新です。
次回あたりで炭治郎と禰豆子が動き出します。


 ()(ぐろ)()()(ない)にとって、小守新戸は非常に鼻につく存在だ。

 ただでさえ心底嫌う鬼という存在であるというのに、性格と思考回路は極めて利己的かつ無神経。その場にいるだけで組織や集団の和を乱し、それを自覚しているのに直さない。お館様の前でも無配慮で、軽い調子で呼び捨てにし、話を遮って持論を展開する。これが厄介なことに、物言いが無駄に強いが言ってることもあながち間違いではない。

 しかも無駄に頭の回転が速く、戦力補充として上弦の鬼の一角を味方につける離れ業を成し遂げている。素の戦闘力もバカにできず、個の武で言えば鬼殺隊でも最強に近い。

 とどのつまり、伊黒から見て新戸は「無駄に有能なクズ」なのである。鬼は問答無用で滅殺すべしと考えている彼にとって、こんなにも癪に障る相手はそうそういない。柱としての自覚が見られない義勇を毛嫌いしているが、最近は彼が仕事をしてる分まだ真面目だと思うようになってきた。

 同僚であり似た考えを持つ風柱と共に、徹底した厳罰に処するべきと直談判したが、当の鬼殺隊当主は「大目に見てほしい」だの「役に立ってくれる時はある」だのと妙にはぐらかすばかり。主人を疑うつもりなど毛頭ないが、二人の関係にはどうも裏がある様子。

 ならば、柱合会議で新戸を全員の前で問い詰めればいいのではないか。そんな考えを思いつき、鼻っ柱を圧し折ってやろうと目論んだが……。

「もうそろそろなんだよなァ」

「……」

 ほぼ全員が冷たい眼差しを新戸に送り、気でも違ったのかと頭を抱えた。 

 何と産屋敷邸の石庭で、焚き火を焚いていたのだ。

 好き勝手もいいところである。

「おい、ここがどこだかわかってんのかズボラ鬼ィ!」

「そこでニヤついているおかっぱ頭のおバカた様に文句言って。言い出しっぺはアイツだから」

「野郎、ぶっ殺してやる!!!」

 荒ぶる風柱は、怒りを爆発させ抜刀する。

 刹那、彼の眼前に棒に突き刺さった何かが飛び込んだ。

「……焼けたぜ、絶品。甘いのは好きだろ?」

 無駄に爽やかな笑みを浮かべる新戸。

 差し出されたのは、焼き芋だ。

「て、てめェ……!」

「一番はお前が食えっておれの気遣いを無下にするってのか? 食いもんの恨みは(こえ)ェぞ?」

 挑発気味に言いながら、焼き芋を半分に割った。

『!?』

 産屋敷家と柱達だけでなく、控えていた隠達ですら目を大きく見開いた。

 ふんわりと輝く上品な黄金色。食欲をそそる美味しそうな香り。完璧な火の通り。

 口に入れなくても、見ただけでわかってしまった――あれは確実に美味いと。

「た、只者じゃないわ……!!」

 ()()()()()に敏感な甘露寺は涎が出そうになるのを耐える。

 新戸は料理はしないが、つまみや間食は気分次第で自力で作る。その中でも好評なのが甘酒なのだが、焼き芋はもっと上手だ。絶妙な火加減で完成されたズボラ鬼の焼き芋は、多くの人間を屈服させてきた。新戸を嫌う育手の者も認める程で、最近では裏で通じている童磨や珠世すらも陥落させている。

 なお、一番最初に屈服したのはまだ生きていた先代当主と幼き日の耀哉であるのは秘密である。

「ささ、皆もお食べ」

「むぐむぐ……」

「わっしょい!」

「すでに毒されてるじゃねェかァ!」

 すでに貰っていたのか、耀哉や義勇、杏寿郎は頬張っているではないか。

 しかし香ばしい匂いに抗える者は一人、また一人と減っていく。柱のまとめ役である悲鳴嶼も陥落し、伊黒は鬼が用意した焼き芋など死んでも食うかと、新戸と折り合いが悪い実弥と共に反抗したが、耀哉の「……お腹が痛いのかい?」というさりげない一言と新戸の「いい年して好き嫌いかよ」の煽りに渋々妥協。その美味さに新戸を睨みながらも舌鼓を打った。

 

 

 そんな新戸が掻き乱す、芋の匂いが充満する柱合会議。

 今回の議題は、新戸の独断行動についてだ。

「え? 俺の話題?」

「現時点の新戸の動きと考えを共有したいんだ」

 耀哉曰く。

 鬼殺隊公認の鬼である新戸の独断行動は、その全てが結果的に鬼殺隊に有益となっており、隠達とはまた違った〝縁の下の力持ち〟であるという。実際に新戸が裏で動いたことで救われた命や討ち取れた鬼もあり、一族の悲願を果たす絶好の好機を逃したくないとのことだ。

「上弦の弐の件も然り。君は鬼舞辻と鬼殺隊の千年以上に及ぶ均衡を崩している張本人だ、鬼舞辻に対する切り札ともなり得る」

「お館様。お言葉ですが、その鬼はあらゆる面で信用できません。こんな冨岡並み、いやそれ以上に集団の和を乱す危険因子を放置するのは狂喜の沙汰です」

「お前義勇に恨みとかあんの?」

 ネチネチと義勇のことを引き出して自分の悪口を言う伊黒に、新戸は呆れ返った。

「まあ義勇についちゃあ、いい加減自分を卑下すんのやめろやっていう点は同意すっけど。どうせ「俺は水柱じゃない」とか思ってんだろうし」

「っ……!?」

 新戸の一言に、義勇は目を見開いて固まった。

 いつもの様子と違い、あからさまに動揺する水柱に、周囲の視線は新戸と義勇に集中する。

「お前は、人の心を読めるのか……?」

「いや、全然。ただ、俺も色んな連中見てきた。言動と表情を見りゃあ、大体の想像はつく」

 新戸は鬼ですら口車に乗せて自滅に誘えるくらい、非常に口が上手い。言動や声色、表情の微かな変化で腹の中を見抜き、こう考えているのではと予測を立てて言葉を選ぶため、腹の探り合いにおいては無類の強さを発揮する。人心掌握の達人が耀哉とすれば、新戸は凄腕のペテン師と言うべきだろう。

 それゆえか、人間の心の中を凡そ読むことができる。それは柱が相手でも例外ではない。

「本当に水柱じゃなかったら、いつまでも時が止まってる奴をわざわざ柱になんかしねェっての。耀哉だって何だかんだ人を見る目はあるから。物理的には見えねェし、実際のところはただの人材不足かもしれねェけど」

「諭してるのか貶めてるのかはっきりしろよ」

 相変わらずの新戸節に、宇髄はひくつかせた。

 そんな中、新戸は義勇の目を見据え、痛いところを突かれた義勇は逆に新戸を睨んだ。

「あのな。人間、生きてりゃ何らかの形の不幸に見舞われんの。無難な一生なんざ存在しねェ。どうしようもねェ事なんざ世の中腐る程あるってことぐれェはわかる脳味噌だろ?」

「……お前に何がわかるっ」

「たらればの後悔なんざ死んでからもできる。()()()()()()()()()()()()()()()()()。忘れろとは言わねェさ……ただ決別はしといた方がいいんじゃね? 弱い自分を斬り捨てなさいってこった」

 新戸の言葉に、義勇はハッとなる。

 ぬらりくらりとした態度で軽く言い放ったが、言葉そのものは確かな重みを感じるもの。

 他の柱達も、新戸の真面目な言葉に驚きを隠せないでいた。

「〝弱い自分を斬り捨てなさい〟……お前のような男でも、そういう言葉を言えるとは驚いた……」

「昔、俺が()()()()()()()()()の言葉だ。中々の格言だろ? 義勇」

 欠伸をしながら呑気に告げる新戸に、義勇は静かに「そうだな」と返答する。それはどこか憑き物が落ちたような雰囲気で、まるで心の闇が晴れたようなモノだった。

 が、ここでしのぶが額に青筋を浮かべて新戸を問い質した。

「……ちょっと待ってください。新戸さん、冨岡さんの本心をいつ見抜いたんですか?」

「ん? ああ、杏寿郎が柱になる前だけど」

『ハァ!?』

 とんでもないことに、新戸は何年も前から義勇の本心を誰よりも早く見抜いていたのにもかかわらず、それを誰にも言わず今日までずっと放置していたのだ。

 義勇と衝突することも多々あった面々にとっては、そんな事実がわかれば怒りの矛先を新戸に向けるのは当然のことであった。

「てめェ、何で今まで黙ってたァ!?」

「貴様のせいで集団の和の乱れが無駄に続いたじゃないか。どうしてくれる、どうしてくれようか」

「いや、俺よりも付き合いが長いお前らが勘繰らねェ方が問題だろ。いくら義勇が口下手でも、実は違うんじゃないかって一回ぐらい思わねェの?」

『…………』

 バッサリ切り捨てる新戸に、思わず押し黙る柱一同。

 ぐうの音も出ない切り返しに、さすがの耀哉も「耳が痛いね……」と複雑な表情を浮かべた。

「まあ、義勇が柱クビにされたら俺の手駒にするつもりだったけどさ」

『っ!?』

「えっ」

 そしてさらに衝撃の事実が発覚。

 何と新戸は、義勇と周囲の人間達の軋轢に目を付けていたのだ!

 これには柱達どころか、耀哉ですら絶句した。

「そりゃそうさ。義勇が柱に相応しくないので降格させますってなったら、絶対俺にしわ寄せ来るじゃん。そうなると俺も好き勝手動けなくなるし」

「……悪魔だ」

 霞柱・(とき)(とう)()(いち)(ろう)は、新戸の狡猾さに思わずそう称した。

「まあ、カナエに勘づかれたからすぐやめたけど……」

「だから次は〝彼〟に目を付けたのかい?」

「アイツは見込みがある。あのままで終わるのはもったいなさすぎるのさ」

 新戸はそう言って、スッと立ち上がって障子に手をかけた。

 が、その肩をメキメキと音を立てながら握り潰す勢いで止める男が一人。

「イデデデデデ!!」

「どこへ行くんだ?」

「し、死ぬ死ぬ死ぬ! ちょ、マジでヤバイって!」

「鬼が死ぬって言うのは(おも)(しれ)ェなァ」

 悲鳴嶼の握力に悲鳴を上げる新戸。

 苦悶に満ちた表情に、新戸関連の鬱憤が溜まってる実弥は嬉しそうな表情を浮かべた。

「……新戸、オイタがすぎないかな?」

「ヒッ!」

 いつもの優しい笑顔で凄む耀哉に、甘露寺は悲鳴を漏らし、他の柱達も戦々恐々になる。

 目が笑っておらず、いつも笑顔の人が本気で怒った時の顔だ。

「まあまあ、そう怯えなくてもいいだろう? 親友じゃないか」

「笑顔が黒いんだよ! 昔から変わんねェ腹黒さ剥き出しじゃねェか!」

 

 ドスッ

 

「……えっ?」

 鈍い音が響き、新戸は目を見開いた。

 何と自分の胸に、日輪刀が突き刺さっていたのだ。

「あれ……? 抜刀は御法度だったんじゃねェっけ……」

「隊員同士の戦闘は、ですよ。鬼のあなたはいつも隊員じゃないって言ってたじゃないですか♪」

 そう、抜刀したのはしのぶだった。

 新戸が言い逃れる際の主張を逆手に取り、藤の毒を注入したのだ。

 新戸はあっけなくバタッと倒れ、指一本たりとも動けなくなる。藤の毒に耐性があるが、どうやら新戸対策として強力に仕上げていたようだ。

「鬼を滅してこその鬼殺隊。あなたはその特殊な身体と先代当主からの意向で生かされてるんですよ? まさか忘れてたなんて、情けない情けない♪」

「しまった、知らねェ内にガサツさが抜けてたから油断した……お前も腹黒だった……!」

「殺すぞ引きこもりの糞野郎」

「胡蝶、顔ヤベェことになってんぞ」

 撃沈した新戸を鬼の形相で見下す蟲柱に、音柱は顔を引きつらせたのだった。

 

 

           *

 

 その日の夜。

 新戸は浅草の珠世の屋敷に訪れていた。

「新戸さん、どうぞ」

「あー、ホント助かる……珠世さんありがと。ったく、しのぶの奴、血清ぐらい用意しろっての……」

「自業自得だ馬鹿者が!」

 倦怠感でどこか重い空気を纏う新戸を、愈史郎は顔中に青筋を浮かべて一喝する。

 藤の毒を盛られた状態で訪ねたため、最初こそ本当に驚いたが、蓋を開ければ身から出た錆だったのだ。尊敬する相手を困らせた男を不快に思うのは致し方ない。

「……で、珠世さん。どうなんだい」

「順調に進んでます。ちょうど試作品が完成しましたよ」

「それは朗報。少しは楽ができそうだ」

 新戸は珠世から貰った解毒剤を服薬しつつ、笑みを浮かべる。

「しかし、あなたの考えには驚かされます。私ですら長年思い浮かばなかった」

「いやァ、そっちが野郎の情報を教えてくれたおかげさ。タネさえわかればこっちのもんだ。――で、どんな仕上がり?」

「こちらになりますよ」

 珠世は何重にも鍵のかかった箱を取り出し、その鍵を開けて試験官と注射を見せた。

 その中に入っていたのは、血の色をしたナニかだ。

「これがあなたと上弦の弐の血、私が作成した既存の薬を配合して作った特効薬です」

「ほー、コイツがかい……」

 興味深そうに目を凝らす新戸。

 珠世が作ったのは、人間を鬼にする無惨の血を中和する特効薬なのだ。

 この薬は、新戸がいつか来るであろう無惨と鬼殺隊の最終戦争に備え、隊士の誰かが戦闘中に鬼にさせられた場合を想定して珠世に作成を依頼した代物。人の血肉を喰らわずにして無惨と同等の存在となりつつある新戸の血液を主軸に、その血を取り込んだ童磨の血、さらに珠世が以前に作った鬼専用の回復薬を配合・試行錯誤を繰り返して完成させたのである。

「残念ながら試す機会がないため、一度も投与してませんが……」

「いやいや、無いよりかはマシだろ。これはありがたく頂戴する」

「そうですか……では新戸さん、申し訳ないのですが、もう一度採血を」

 新戸は無言で腕を出し、珠世は注射器で血を採った。

 この血こそ、忌々しい鬼の始祖を抹殺する可能性を秘めた福音。そして新たな厄災――人間同士の争奪戦の火種となりかねない、邪な心を持つ者に決して与えてはいけない禁断の果実。

(……煙草と酒の匂いが、以前より濃くなっている。それに藤の花の香りも混ざっている……?)

 とにかく、以前よりもヤバイ匂いを放っていることに、吐き気を耐える珠世。

 今もなお変化を続けている新戸の身体。医者としてなら興味深いが、変化の行きつく先は不明であり、本来ならばどこかで止めねばならない。

 何より、臭い。針を刺した箇所から漏れ出るエグイ〝それ〟を嗅いでしまい、愈史郎は顔を青褪め口元を押さえた。

「そう言えば、禰豆子さんはアレからどうなったのですか?」

「ああ、竈門家? そういやあ最近会ってねェなァ……禰豆子は確か鱗滝の天狗爺が預かってた気がしたけど」

 新戸は「今度顔出すか……」と頭を掻きながら呟く。

 竈門家襲撃以降、新戸が裏で手を回したことで竈門家は別々に生活することとなった。

 炭治郎と禰豆子は義勇の導きで鱗滝左近次の元で修業しているが、禰豆子は無惨の血の量が多かったのか、それとも新戸の血の影響か、一日の大半は寝ているらしい。

 一方の葵枝達は蝶屋敷で生活している。新戸と仲の良いカナエの手伝いをしているとのことで、現在の家族間のやり取りは文通で行っているという。

「……この際、禰豆子の血も採ってくる? 時期見計らって連れてくるって選択肢もあるけど」

「直接お会いしなければわからないこともありますが……そうですね、お願いします」

「あいよ。まあちょっと時間かかるかもしれねェけど気長に待ってな」

 新戸は珠世に袋を渡すと、ヒラヒラと手を振りながら去っていった。

「全く、あの男は……鬼狩りよりも質が悪い! そうは思いませんか、珠世さ――」

 新戸の悪口を言いながら、珠世に同意を求めた愈史郎だったが、当の本人は袋の中を見て目を見開いていた。

「……珠世様?」

「あの人は、本当に不思議な方です」

 珠世はクスリと微笑んだ。

 袋の中に入っていた、紅茶の茶葉を手に取って。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
しのぶは純米大吟醸酒三本を報酬に、新戸を実験台に毒の威力を確かめている。
さすがにいかがなものかとカナエは反対されたが、高級酒を働かずに貰えるために新戸はアッサリ承諾したため、思わず頭を抱えたとか。


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第十七話 野郎、学習し始めたな。

無限列車の地上波を生で見たので、その熱が冷めぬ内に。

堕姫のCVが、本当に沢城さんになった!
お兄ちゃんの方は、やっぱり津田さんかな……?


 ここは蝶屋敷。

 鬼殺隊唯一の公認の鬼は、とある一家とふれ合っていた。

「はい、一抜け」

「「「あーーっ!!」」」

「ダッハッハッハ! これで三連勝。顔洗って出直してこい!」

 高笑いする新戸を、悔しそうに睨む三人の子供。

 彼らは二年前、新戸がひょんなことから雲取山で出会った、炭焼き一家の竈門家の少年達。本来なら鬼殺隊とは無縁だが、かの鬼舞辻無惨の襲撃から生還したことで、産屋敷家の勅命で庇護下に置かれているのだ。

 そして今、新戸は竹雄・茂・六太の三名と双六で遊んでおり、連勝を重ねていた。

「まあ、少しは腕が上がったな!」

「新戸お兄ちゃん、強すぎ!」

「ちょっとは手を抜いてくれよ!」

「バカタレ、遊戯だろうが鬼狩りだろうが手ェ抜いて勝つのは失礼だろ」

 ケタケタと悪い顔で微笑む。

 そこへ、竈門家の柱である葵枝が新戸に家事の手伝いを要請したが……。

「新戸さん、お風呂の準備してくれる?」

「イヤです」

 穀潰しの玄人である新戸がそれを受け入れるはずもなく、即答で拒否した。

「俺は勝手にご飯でてきて勝手に洗濯されてる日々を過ごしたいん――」

「フンッ!」

 

 ゴッ!!

 

「ギャッ!?」

 何と問答無用と言わんばかりに、葵枝は新戸に頭突きを炸裂。

 新戸は額が割れ、血が滲み、鼻からも流血。一瞬だけ白目を剥き、ピクピクと悶絶する。それと同時に、傷口から漂う酒と煙草と藤の香りを混ぜた異臭とも言うべき匂い……。

「っ……!!」

「くっさ~い……!」

「うわ、何だこれ……!?」

「兄ちゃんが嗅いだら死んじゃうかも……」

 人間や人喰い鬼とは別の、悪い意味で未知の生物となっている新戸。

 鼻が曲がりそう……とまではいかないが、換気はした方がいいくらいのそれに、竹雄達男子陣はおろか、妹の花子ですら顔を顰めた。

「もう、いい年して怠けてちゃダメでしょ!」

 めっ! っと叱られる新戸。

 通常の新戸なら、この程度なら梃子でも動かない。まあ気分転換にする時もあるが、基本的には働くことは拒むからだ。自らの刀の鍔元に「労働ハ敵」と彫ってあるくらいに。

 なのだが……。

「……へい」

 渋々立ち上がり、溜め息交じりだが素直に従う新戸。

 そのやり取りを偶然見ていた機能回復訓練の指揮を執る神崎アオイは、思わず固まった。

「あ、あのアホ鬼が、家事を手伝う……!?」

 青天の霹靂とは、まさにこのこと。

 独断行動が主軸の新戸が他人の頼みを受け入れるのも珍しい方だが、何よりも意欲的でなくとも家事を手伝うなど、アオイにとっては上弦の鬼討伐くらいに前代未聞であった。

 新戸はそれぐらい、働くのが嫌なのだ。

「し、しのぶさまに報告を……!」

 アオイはすかさずその場を後にした。

 葵枝を介すれば新戸はきちんと働いてくれるのではないかという、一縷の望みを届けるために。

(ちっ……どうも瑠火さんがちらつく……)

 それは些事ではあるが、図太く強かな新戸の数少ない、打ち明けられない悩み。

 彼にとって煉獄瑠火は、自らを唯一出し抜いた人物として大きな影響を与え続けている。どんな相手にも物怖じしない新戸は、彼女にだけは一度も()()()()()()。全ての行動を見透かされ、その上で最期に頼み事をした彼女を、新戸はなぜか無下にできなかった。

 その面影を、葵枝含めて()()感じているのだ。未亡人が好きとか、そういう問題ではない。もっと本能的な、自分でもよくわからない〝ナニか〟に動かされていると言うべきか……。

「ったく、カナエには感じなかったってのに……何なんだ」

 愚痴を溢しながら、律儀に風呂を沸かす。

 そこへ、蝶屋敷の主人が顔を出す。

「あらあら、アオイの言う通りだったのね。明日は槍でも降るのかしら?」

「……カナエか」

 新戸と最も付き合いの長い人物の一人、元花柱の胡蝶カナエだ。

 上弦の壱との交戦で重傷を負い、柱として戦えなくなったが、今でも裏で鬼殺隊を支え続けている彼女は、どうやらアオイの緊急の報せを聞いて来たようだ。

「葵枝さんが好きなの?」

「俺ァ未亡人に手ェ出さねェよ。色恋沙汰にゃ興味ねェッ」

「そうには見えないのよね」

「その年で耄碌するのァ勘弁してくれや」

 軽い調子で悪口を言う新戸。

 しかしどこか、いつもよりも歯切れの悪さを感じ取れる。

「誰が誰を想うのかは自由よ。でもあなた、自分にウソついてない?」

「……そう見えるか? 割と自分には真っ直ぐだと思うんだが」

「そうね~」

「何がそうね~、だ! ――で、本当に俺が風呂沸かすトコ見るために来たのか?」

 目を細めた新戸に、カナエは観念したかのように「勘が鋭いのね」と呟いた。

「あなたに手紙が来たの」

「手紙?」

 カナエから手紙を渡され、目を通す。

 

 

 拝啓 小守新戸殿

 

 先日、鬼殺隊の最終選別を受けて合格し、晴れて鬼殺隊の一員となりました。

 新戸さんの血を受けて以来、禰豆子は体質の変化の連続で長期間眠り続けることもありましたが、今は日陰であれば日中でも活発でいられます。

 あの日、鬼舞辻を相手に俺の家族を必死で護ってくれて、本当にありがとうございました。怠け者でズボラでどうしようもないけど、あなたは俺の一番の恩人です。この恩は必ず返します。

 

 敬具 竈門炭治郎

 

 

「炭治郎の奴、悪口入ってんぞ」

「……!」

 その時、カナエは新戸の笑みを見て目を見開いた。

 新戸は表情豊かではあるが、鬼らしい傲慢さが見え隠れするような、要するに悪い顔をするのがほとんどだ。微笑む時も爆笑する時も何かしら含んでおり、悪巧みが楽しそうな雰囲気で満ちている。

 だが今の笑みは――炭治郎の手紙を読んだ笑みは、純粋さが確かにあった。おそらく鬼になる前は、人格も今よりかは歪んでおらず、心も()()()()()()()()のだろう。

(そんな顔ができたのね……)

「さてと。じゃあ行きますかね」

 新戸は大きく背伸びをすると、壁に立てかけていた仕込み杖を腰に差す。

「あら? お出かけ?」

「ちょいと遠出する。そうだな……耀哉には「合格者の様子見てくる」っつっときゃ大丈夫か」

「もうっ、私はあなたの隠や鴉じゃないのよ?」

 和やかな雰囲気で軽口を叩き合う。

 すると新戸は、さらに言葉を紡いだ。

「それとだ、カナエ」

「?」

「耀哉に「今度の柱合会議で知り合いの鬼を()()呼ぼうと思ってるんだが、お前の勘は何つってる」って訊いてきてくれね?」

「えっ!?」

 それを最後に、新戸は蝶屋敷を猛烈な速さで出ていったのだった。

 

 

           *

 

 

 数日後、東京府浅草。

 芝居小屋や見世物小屋が並び、路面電車が走る大都会の某所――とある木造の西洋館に、鬼殺隊士となった炭治郎は禰豆子と共に鬼であり医者である珠世と面会していた。

「あの……鬼って、人間の血肉以外は口にできないはずじゃ……」

「ええ。私は体を弄ったので、()()()()紅茶のみでした。あの人と会うまでは」

 そう言って、珠世は鍵のかかった小さな箱を取り出し、炭治郎に中身を見せた。

 中には、血液が入った試験管が保管されていた。

「その人から採血した血です。使い方次第では希望の福音にも絶望の厄災にもなる、鬼をも凌駕する代物」

 その時、炭治郎の鼻がかすかに嗅ぎ覚えのある匂いを捉えた。

「この濃縮した煙草と酒の臭い……まさか、新戸さんの!?」

「新戸さんをご存じで……!?」

 思わず声を上げる珠世。

 その傍に座る愈史郎は、「コイツもか」と若干引きつった顔で呟いた。

「新戸さんは……俺の恩人です。鬼舞辻から家族を護ってくれたんです」

「そうでしたか……私も愈史郎も、新戸さんの血のおかげで、人間の食事を口にできるようになりました」

「えっ!? じゃあ、珠世さん達も新戸さんの血を!? 大丈夫だったんですか!?」

 炭治郎の言葉に、珠世と愈史郎は思わず顔を逸らした。

 禰豆子は新戸の血を取り込んだ直後、泡を吹いて気絶した。ということは、珠世と愈史郎も――

「た、炭治郎さん、そのことはちょっと……」

「あまり思い出したくない……!!」

「す、すみませんっ!!」

 新戸の血を飲んだ瞬間を、記憶から消し去りたかった様子の二人に、炭治郎は慌てて謝った。そんな二人に同情してか、禰豆子は心配そうな顔で優しく頭を撫でた。

 そこへ、思わぬ来客が……。

「うーい、珠世さん。今時間空いて――」

「「新戸さん!!」」

「あり? 炭治郎じゃねェか。何でここに」

 噂をすれば影が差すとは、まさにこのこと。

 新戸本人が、四人の前に姿を現したのだ。

「むーっ!」

「おぉ、禰豆子。久しぶりだな……って、何か幼くなってね?」

 むぎゅっと抱き着く禰豆子に、炭治郎は鬼化の影響で子供のようになっていると説明。さらに師匠である鱗滝左近次に暗示をかけられており、人間を全て「家族」と認識し「家族を傷つける鬼を滅する」ように刷り込まれていると加えた。

 だが、あらゆる面で異質とはいえ新戸も鬼だ。しかも質の悪さで言えば鬼舞辻以上とも言える輩。そんな彼にも平然と抱き着くということは、彼もまた家族の一人だと――

「いや、ちょっと待て。竈門家ピンピンしてるのにか? そこは人間は護るべきでよくね?」

「多分、家族と見なした方がいいと考えたんだと思います」

「あー、成程。そりゃ誰だって赤の他人よりも家族の方が大事だもんな」

 頭を撫でると、どこか嬉しそうに微笑む禰豆子に新戸はホワホワした。

「……で、何でお前が珠世さんと?」

「実は……」

 

 

 炭治郎から事の経緯を聞いた新戸は、顎に手を当てて呟いた。

「人間に擬態どころか、擬似の家族まで用意しているか……。野郎、学習し始めたな」

「「「学習」」」

「正体がわかっても、人間と一緒に居ればそいつが人質にも〝非常食〟にもなる。鬼殺隊は良くも悪くも鬼から人を護る組織だからな……」

 頭を掻きながら、どこかムッとした表情の新戸。

 人間に擬態して暮らしていることは予想してたが、婦人と子供を連れて〝家族ごっこ〟をしてるのは想定外だったようだ。人間と共にいれば、たとえ柱だろうと無惨に集中できず全力を出せなくなる。対策としてはうってつけと言えよう。悪知恵が働くのはお互い様のようだ。

 そして新戸は、炭治郎の提供した情報から、無惨の目的を炙り出した。

「「異空間で身を潜めつつ人間社会にも擬態し、日光克服の為にのうのうと(わり)ィ事やる。そんで柱には十二鬼月をぶつけて泥仕合させ、克服したところで自分(てめェ)も出張って鬼側の士気上げてこの世から鬼狩りを消滅させる」……雑だが筋書きは大方こんなトコか」

「っ……!」

「新戸さんの読み通りかと。鬼舞辻は自らの手で鬼殺隊を滅ぼしたがるはず……!」 

「だろうな。アイツ絶対自分の部下信用してねェって」

 トントンと話しを進める新戸と珠世。

 愈史郎は口早に話す珠世に目を奪われているが、炭治郎は怒りを滲ませていた。

 つい先程出会った、諸悪の根源。その時の悪寒は、ずっと忘れない。忘れられない。()()()()()()()()()()大勢の人々を苦しめ、不幸にさせている現実を。

「……許せないっ!」

「世の中、早く死んでほしい奴が結構しぶといんだよなァ」

 同調するように首を縦に振る新戸。

 すると珠世は、「本当に生き汚い男……!」と無惨を罵りつつ、炭治郎に話を振った。

「炭治郎さん、私達は新戸さんの助力も含め、鬼を人に戻す研究をしてきました。どんな傷にも病にも、必ず薬や治療法はある。その為に、頼みたいことがあります」

 珠世が提示した頼みは二つ。

 一つは、禰豆子の血を採取すること。もう一つは、できる限り無惨の血が濃い鬼――とりわけ無惨直属の精鋭〝十二鬼月〟の血を採取してほしいことだった。

「禰豆子さんは今、極めて稀で特殊な状態なのです」

「それはどういう……」

「新戸さんの血を取り込んだ鬼は、現時点で三人。二人は私と愈史郎、そして三人目は鬼舞辻を除いて鬼の中で二番目に強い十二鬼月の〝上弦の弐〟です」

 珠世の言葉に、炭治郎は目を大きく見開いた。

 無惨直属の配下で二番手である鬼が、新戸と実は通じているのだ。それはつまり、鬼殺隊と繋がってるも同然なのだ。

「それって、隊律違反じゃ……!?」

「それは耀哉っつーか……まあ鬼殺隊当主預かりの極秘案件だ。つっても、俺が童磨と仲良くなったからドサマギに味方に引き込んだんだけどな。あと珠世さん、アンタらのことも耀哉にチクってあるから」

「おい新戸! 貴様という奴は!」

「鬼殺隊のきかん坊共に手ェ出されて困るのは俺も耀哉も同じさ。感謝しな」

 その上で、新戸はさらに付け加えた。

「おそらく、禰豆子は珠世さんよりも多く俺の血を摂取している。実際俺の左腕に喰らいついたし。お猪口一杯かそれ以下の量で上弦の鬼の体質変えるんだぜ、それより多く摂ってる禰豆子は、はっきり言って未知数だ」

「……禰豆子……」

 炭治郎は、そっと禰豆子の髪に触れる。禰豆子は兄の手を掴み、嬉しそうに頬擦りした。

 珠世は、切なそうに目を伏せて続ける。

「上弦の弐は新戸さんに協力的ですので、炭治郎さんと敵対はしないでしょう。ですが彼と引けを取らぬ強さを持つ鬼はまだいる。そのような鬼から血を採るのは容易ではありません。新戸さんですら撤退一択しかなかった鬼もいます。それでもあなたは――」

「愚問だね、珠世さん」

 珠世の願いを、新戸は遮った。

 愈史郎はすぐにでも殴りかかりそうな気迫で睨みつけるが、新戸は意にも介さず一言。

「炭治郎の答えは最初(ハナ)から一択だぜ。そうだろ?」

「え?」

「はい。それ以外に道が無ければ俺はやります」

 炭治郎は迷い無く頷いた。

「それに、珠世さんがたくさんの鬼の血を調べて薬を作ってくれるなら、禰豆子だけじゃなく、もっとたくさんの人が助かりますよね?」

 そう言うと、珠世は少し驚いたような顔をして――それから小さく「そうね」と笑った。

 その笑顔の美しさに、思わず見とれる炭治郎を愈史郎が睨み、新戸が「若いねェ」と呑気に紫煙を燻らせるが――

「!? まずい!! 伏せろ!!」

 愈史郎がいきなり珠世を庇うように床に伏せた。

 炭治郎も咄嗟に禰豆子を抱き寄せると、色とりどりの美しい糸で巻かれた手毬がとてつもない威力と速度で部屋に飛び込み、壁や床を破壊しながら跳ね飛び回った。

 その時、胡坐を掻いたまま新戸が、凄まじい速さで仕込み杖を抜き、毬を両断した。

(速い!)

「……ハァ」

 溜め息を吐きながら仕込み杖を鞘に収め、徐に立ち上がると、マントのように被る羽織をなびかせ表に出る。

 屋敷の庭先には、毬を持つおかっぱ頭の少女と、首に数珠を下げて目を閉じた青年が立っていた。

「キャハハッ! ()()()の言う通りじゃ。何も無かった場所に建物が現れたぞ」

「巧妙に物を隠す血鬼術が使われていたようだな。それにしても()()(まる)、お前はやることが幼いというか……」

「行儀の(わり)ィ連中だな……他人(ヒト)()に入る時ゃ玄関からって習わなかったのか」

 煙草を咥えたまま、二体の鬼を睨む新戸。

 加勢をするように炭治郎も慌てて駆けつけ、日輪刀を抜いて構える。

(今までの鬼と明らかに臭いが違う……!!)

 その重さに、炭治郎の顔から汗が流れた。

「禰豆子! 奥で眠っている女の人を、外の安全なところへ運んでくれ!」

「マジか、患者いたのか」

 炭治郎に言われ、禰豆子は駆け出し治療室へ向かった。

 すると毬の鬼――朱紗丸はまじまじと炭治郎を見て笑みを浮かべた。

「耳に花札のような飾りのついた鬼狩りは、お前じゃのう」

「っ!! 俺を狙っているのか!?」

「鬼舞辻のバカの追手か。癸一人に異能の使い手二体たァ、ちとビビりすぎやしねェか」

 仕込み杖で肩を叩きながら挑発すると、朱紗丸が「目障りじゃのう」と笑いながら両手の手毬を投げつけた。

 変則的な動きをする手毬が襲い掛かる。新戸は〝鬼剣舞 押込〟を発動し、抜き身も見せぬ居合から放つ「飛ぶ斬撃」で真っ二つにした。

「ほう、斬撃を飛ばす血鬼術か。少しは長く遊べそうじゃのう。ならば次は――」

 新戸は手強いと判断したのか、朱紗丸は炭治郎に毬を投げた。

 避けたところで、あの毬は曲がる。炭治郎は水の呼吸最速の突きで迎撃した。

「〝漆ノ型 雫波紋(しずくはもん)()き〟!!」

 炭治郎の日輪刀が、毬を貫通し動きを止めた。

 かと思えば、毬は大きく震え、炭治郎の頭にぶつかってきた。

 特別な回り方をしている訳ではなさそうだが……。

「なぜ動くんだこの毬!」

「どうやら目ェ閉じてる方の血鬼術らしいな。面倒な能力使いやがって……」

 どうしようか考えを巡らせていると、二人の後ろで愈史郎が珠世に向かって叫んでいた。

「珠世様!! 新戸の血を取り込んで強化されたとはいえ、俺の目隠しの術も完璧ではないんだ! それは貴女もわかっていますよね!?」

 その言葉に、珠世は目を逸らした。

 愈史郎の血鬼術〝紙眼〟は、目の文様が描かれた呪符を介して視覚に関する超常を多面的に行使できる。建物や人の気配や匂いを隠したり、呪符を張り付けた相手の視覚を操り幻覚を見せることもでき、その汎用性は極めて高い。

 そして新戸の血を取り込んでからは血鬼術が総合的に強化され、呪符自体も日光の下に晒されても短時間なら効力を持続できる程にまで高まっている。 

 ただし存在自体を消せるわけではなく、人数が増える程に痕跡が残り、敵に見つかる確率も高くなる弱点は克服できていない。

「貴女と二人で過ごす時を邪魔する者が、俺は嫌いだ! 大嫌いだ!!」

「ピーチクパーチク言ってねェで、とっとと下がった方がいいんじゃねェの」

「お前少し黙れ!!」

「キャハハハ! 何か言うておる。面白いのう、楽しいのう!」

 高笑いする朱紗丸は、着物の上半身をはだけると、メキメキと音を立てて両脇から腕を二本ずつ生やした。

「十二鬼月であるこの朱紗丸に殺されることを、光栄に思うがいい!!」

「えっ!?」

「炭治郎、騙されんな。十二鬼月は瞳に数字が刻まれてるから」

 精鋭という訳ではないので、炭治郎でも手に負える程度の相手だと新戸は説明する。

 だが、鬼狩りの経験が浅い炭治郎では、同時に異能の鬼を二体相手取るのは難しいだろう。かと言ってあまり手出しするのは炭治郎の成長の妨げにもなりかねず、何より働く気分じゃない。

 考えた末、新戸は炭治郎の補助に回ることにした。

「炭治郎、俺ァちょいとあの嬢ちゃんの遊び相手してくる。もう一匹の鬼をぶった斬ってこい、手品のタネはそいつだ」

「新戸さん……」

「それと禰豆子にも戦わせてもらう。これから鬼殺隊の一員となる以上、〝場数〟は重ねといた方がいい。ちょうど珠世(おいしゃ)さんがいるんだ、心配すんな」

 二手に分かれての討伐。

 新戸の提案に、炭治郎は無言で頷いた。

「さあ、遊び続けよう。朝になるまで。命尽きるまで!!」

 そう言って朱紗丸は毬を六つ同時に投げ込んだ。

 滅茶苦茶に跳ね回る毬を、炭治郎は必死に避け、新戸は一服しながら片手で仕込み杖を振るい弾く。

「炭治郎、矢印見えるか? 矢印を避ければ行けるぞ」

「え? 矢印なんてどこに!?」

「ったく……! 俺の視覚を貸してやる!! そうしたら毬女の頸くらい斬れるだろう!! あと新戸! お前もう少し手を貸してやれ!」

「イヤです」

 きっぱり切り捨てる新戸に、「これだからやる気のない有能は嫌いなんだ……!!」と愈史郎は舌打ちしつつ呪符を投げた。

 その呪符が炭治郎の額に張り付いた途端、血のように赤い矢印が帯のように流れているのが見えた。

「見えた!! 愈史郎さんありがとう!!」

 炭治郎は冷静さを取り戻した。

 それと同時に、禰豆子が走って戻ってくるのが見えた。

「禰豆子、木だ! 木の上だ!!」

「――むっ!」

 禰豆子はすかさず跳び上がり、木の上に潜む鬼へ向かった。

 その様子を見ていた新戸は、ニヤリと笑った。

(今の機動力、そして炭治郎からの命令に対する対応の速さ……童磨と比べるのもアレだが、禰豆子は()()。あとはどこまで伸ばせるか、だな)

 すると、新戸と炭治郎を襲う毬の動きが単調になった。

 木の上に潜む鬼――矢琶羽を見つけたようだ。

 それに合わせ、新戸と炭治郎は同時に動いた。

「〝追儺式〟――」

「〝水の呼吸〟――」

 

 ――〝鬼こそ〟!

 ――〝参ノ型 流流(りゅうりゅう)()い〟!!

 

 新戸が血鬼術による極太の斬撃で毬を一太刀で全て断ち切り、炭治郎はその軌道を躱し流水のような足捌きで朱紗丸に迫り、六本の腕を斬り落とした。

「珠世さん、新戸さん! 必ず、この二人から血を採ってみせます!!」

 炭治郎はそう宣言すると、新戸が助言をした。

「炭治郎。奴らは鬼の中でも(よえ)ェ個体だ、無駄にビビる必要はねェ」

「新戸さん……」

「だが選別の雑魚鬼よりかはずっと(つえ)ェ。()()()を考えて行け……今のお前なら絶対倒せる。天狗爺んトコでの修行の成果、俺に見せてくれ」

「――はいっ!!」

 優しさに満ちた新戸の激励に、炭治郎は気を引きしめ奮い立った。

 それを見た愈史郎はと言うと――

「質の悪さに磨きがかかったな………」

 素の性格を知る分、珠世も共に複雑な眼差しで見つめていた。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸の座右の銘は、「若い芽は御先棒を担げるように育んでおく」。
本人曰く、「産屋敷と煉獄は完了。義勇は中断、甘露寺は伊黒のせいで間に合わなかった」とのこと。


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第十八話 俺は口で鬼を殺せるぜ。

久しぶりに7000字越えです。
オリキャラの匂いがする……!


 竈門兄妹と新戸の共闘が開始し、炭治郎は矢琶羽を、禰豆子と新戸は朱紗丸を相手取っていた。……と言っても、新戸は禰豆子に任せっきりだが。

「ホレホレ、そっちじゃねェぞ~。鬼いちゃんはこっちだぜ?」

「ちいっ、ぬらりくらりと逃げおってぇ……!!」

 毬を力任せに投げる朱紗丸だが、新戸はぬらりくらりと流れるように躱す。

 しかも仕込み杖を抜く様子も見せず、まるでお遊び気分にも見える。それが余計に癪に障ったのか、朱紗丸は執拗に新戸を攻撃する。

「それにしても、あの矢印の能力……欲しいな。あとで()()()()()()()()

「余所見とは随分と余裕じゃのう!!」

 朱紗丸は剛速球を投げるが、それすらも回避される。

 新戸は一瞬で朱紗丸の懐に潜り込み、距離を詰めた。

(しまった! 詰められた!)

 ――が、手に携えた仕込み杖は抜かず、その場で煙草を咥えた。

 何かの罠かと勘繰り、すかさず距離をとるが、新戸はマッチに火を灯し煙草を吹かした。

「え? それとも十二鬼月は俺の一服すら阻止できねェ連中の集まりなの? 鬼舞辻のアホビビりも人を見る目がねェな」

 真ん前に立ち、紫煙を燻らせ嗤う新戸。

 露骨な態度に、朱紗丸はさらなる怒りを露にした。

「きっ、貴様ァァァァァ!!」

「いいぜいいぜ、嬢ちゃん、そのまま頭に血ィ昇っちまえ。殺し合いは先に冷静さ欠いた方が負けだ」

 悪意に満ちた表情で、朱紗丸を重ねて挑発する新戸。

 すでに彼女は新戸に掌で転がされてるも同然で、無我夢中を攻撃するが、全てがハズレ。

 余裕綽々な新戸と、焦心苦慮な朱紗丸。どちらが優勢かは一目瞭然だ。

(これが、新戸さんの真髄……何て恐ろしい人なの……)

 刀も抜かず、血鬼術も行使せず、ただ口と態度で戦局を左右する新戸に、珠世は驚愕していた。

「ええい、まずは貴様からじゃ!!」

 そこへ、新戸に構っては埒が明かないと判断し、禰豆子に毬を投げた。

 禰豆子は毬を蹴り返そうと構えるが――

「っ! 待て禰豆子、()()()()!!」

「蹴ってはダメよ!!」

 新戸と珠世は叫んだが、一足遅かった。

 毬を蹴った右足が千切れ飛び、倒れたところを蹴り飛ばされた。

 

 ドムッ

 

 が、診療所の壁に激突する寸前に、新戸が瞬時に飛び出て受け止めた。

「っぶね……これ以上傷物にしちまうと、葵枝さんの頭突き食らうハメになるトコだったぜ。珠世さん、何か薬打てる?」

「今行くわ!」

 珠世は駆け出すが、そこへ朱紗丸が毬を一斉に投げつけた。

 それを見た愈史郎は、悲鳴に近い声を上げて手を伸ばした。

「珠世様っ!!」

(ヤベェ……!)

 これには新戸も焦ったが、直後に信じられないことが起こった。

「いやっ!!」

 珠世が目を瞑り、まるで振り払うように無造作に手を振った瞬間。

 

 ズバババッ!

 

「なっ!?」

 何と、珠世の爪から紫色の斬撃が放たれ、毬を全て斬り裂いた!

 それは、新戸の血鬼術と瓜二つの現象だった。

「珠世様、いつの間に新たな血鬼術を……!?」

「……まさか、()()()()()()か……!?」

 愈史郎と新戸は驚きを隠せないが、一番驚いていたのは珠世自身。

 自らの爪から斬撃を放っていたことに、酷く困惑しているが、すぐさま禰豆子のことを思い出して駆け寄った。

「禰豆子さん、この薬ですぐ足は治りますからね」

 駆け寄った珠世は、千切れた傷口に注射を打つ。

 新戸は顎に手を当て一瞬考えると、珠世に告げた。

「珠世さん……もしかしたら、俺の血を取り込んだ鬼は、俺と同じ血鬼術を行使できるかもしれねェ」

「えっ!?」

「ハァッ!?」

 その可能性に、珠世と愈史郎は声を上げてしまう。

 とても信じがたいが、先程の現象のことを考えると辻褄が合ってくる。事実、珠世は少量だが新戸の血を取り込んでいるからだ。そう考えると、二年前に直接新戸に喰らいついて血を取り込んだ禰豆子も、珠世と共にその血を口にした愈史郎も――

「……指先に意識を集中させて、刀で斬るような感じで振ってみな」

「「?」」

「俺は斬撃を飛ばす時、大体そんな感覚でやってる。あとは〝慣れ〟だ」

 新戸はそう言うと、炭治郎に目を向けた。

「愈史郎、珠世さんの心を掴む好機だぜ。ここは任せた」

「ハァ!? おい小守、勝手に――」

 新戸はその場から立ち去り、炭治郎の元へ向かった。

 自由過ぎる新戸に、愈史郎は怒りでこめかみをひくつかせたが――

「愈史郎、私からも頼みます」

「っ!? 喜んで!!」

 珠世に懇願された途端、顔を赤くして朱紗丸と対峙したのだった……。

 

 

 一方、炭治郎は苦戦しながら必死に考えていた。

(どうする……!? 絶対に負けられないけど、隙の糸が見えても簡単には斬れない……!! そしてちょっと申し訳ないけど、手の目玉気持ち悪いな!! 申し訳ないけれど!!)

 炭治郎を苦しめるのは、矢琶羽の〝(こう)(けつ)の矢〟。掌の目を開閉させることで出現する紅い矢印を出現させ、あらゆる物体の力や速度、加速度などを操る血鬼術だ。

 戦闘開始から何度も隙の糸が見えた炭治郎だったが、その度にこの矢印で体勢を崩され、上空に飛ばされ、太刀筋をずらされ、頸を落とすどころか刃すら届かないでいた。

「全てがわしの思う方向じゃ! それ、腕がねじ切れるぞ!」

 矢印の一つが、炭治郎の右腕に巻き付いた。

 炭治郎は咄嗟に跳ね上がり、矢印と同じ方向へ回転し、羽織を脱ぎ捨てて間一髪脱出した。

「くっ、小賢しいマネを……!」

(――落ち着け炭治郎……新戸さんは「勝ち方を考えろ」と言っていた……勝ち方って何だ?)

 呼吸を整え、恩人である新戸の助言を思い出す。

 勝ち方……それは、戦術や戦略のことだ。勢いや気合、力押しではなく、頭を使い策を練って立ち向かえという意味だ。参謀としての才覚に恵まれた新戸ならいくらでも手を打てるだろうが、石頭な炭治郎にはかなり難しい要求に聞こえた。

(……矢印に直接触れないようにすれば斬れるかもしれない。でも、新戸さんなら矢印の向きを変える方も考えるはず……ん? 向きを変える?)

 そこで炭治郎はハッと気づいた。

 矢琶羽の勝ち方に、一つの答えが出たのだ。

(矢印を巻き取るように刀を振るい、参ノ型の足捌きで距離を詰めれば……!!)

 会得した技を応用し、融合させる。

 ――そうか、これが「勝ち方」なのか……!!

 炭治郎は迷いなく実行。参ノ型の足捌きで突進し、〝陸ノ型 ねじれ渦〟を繰り出し矢印を巻き取った。

(刀が重い!!)

 ――だが、行ける!!

「〝弐ノ型・改 横水車(よこみずぐるま)〟!!」

 横薙ぎの一撃が、矢琶羽の頸を刎ねた。

 千切れ飛んだ矢琶羽の頸は地面に転がると、怨嗟にも似た叫びを上げた。

「おのれ、おのれ、おのれ!! お前達の頸さえ持ち帰ればあのお方に認めていただけたのに!! 許さぬ! 許さぬゆるさ」

「知らんがな」

 そこへ新戸が歩み寄り、矢琶羽の頸を持ち上げたかと思えば、そのまま胸に抱きよせた。

「むぐっ!?」

「お前の能力、スゲェ便利そうじゃねェの。もったいねェから()()()()

 抱き締める腕に力を込めると、ずぶりという音を立てて矢琶羽の頸が新戸の身体に沈みこんでいった。

 新戸が、無惨の血で成った鬼を吸収している。その光景に、炭治郎は呆然とする。

「……フゥ。どれ、ダメ元でやってみたが……」

 矢琶羽の頸を完全に我が身に吸収した新戸は、意識を集中させた。

 すると、掌に亀裂が生じ、目玉が現れた。

「これが例の矢印の目か……あとで慣れておくか」

「新戸さん……一体、どういうことですか……?」

「ん? ああ、せっかくだから異能を()()()のさ」

 掌の目が閉じ、通常通りに戻ったことを確認すると、新たに煙草を取り出す。

 二年前の雲取山での一件以来、鬼の始祖と同じ能力が開花し始めている。当初は自らの血を取り込んだ者の思考を読む程度だったが、まさか吸収した鬼の力を得るとは。

 しかし愈史郎の札が無ければ可視化できなかった矢琶羽と違い、新戸のは肉眼でも普通に確認できる代物となっており、どちらかというと〝模写〟に近い能力であった。

(ダメ元で試したが、問題なさそうだ。ただあんまり模写すると面倒だから、あと一つか二つにしておこうか)

 呑気に頭をモリモリと掻き、マッチで火を点けて吹かす。

 無惨討伐後もスネをかじるつもり満々の新戸としては、能力を複数持つことは好みではない。知られたら確実に自分の労働時間が増やされるからだ。便利な能力だからと模写しまくると、必ず目を付けられて耀哉の無茶ぶりを突きつけられる可能性が極めて高くなり、せっかくの〝計画〟が破綻しかねない。楽をするための努力なのに自分の首を絞めるのは、新戸にとって愚の骨頂という訳である。

 ちなみに新戸が鬼殺隊に拾われてからは柱や隊士の殉職率は減少傾向にあるのだが、それは柱が死ねば自分が働かされるという危機感ゆえであったりする。

「さて……ひとまずお前の実力は確かめさせてもらったよ、炭治郎」

「!」

「合格だ。俺の言った通り〝勝ち方〟を見出せたようだな」

 新戸は炭治郎も御先棒を担いでくれる人材と判断し、さらなる助言を与える。

「本物の十二鬼月が相手となれば、戦闘力よりも戦略が求められる。お前は戦闘中の観察眼が高い……戦いの場全体の流れを見ろ。それができりゃあ救える命の数も増える」

「……はいっ!!」

「いい返事だ」

 

 ――まあ、獪岳のように()()()()()()()()()()は、今の内に染めなきゃ間に合わねェからな。

 

 そんな本音を腹の内に仕舞いつつ、新戸は炭治郎を連れて朱紗丸と戦う禰豆子達の元へ向かった。

 

 

           *

 

 

「ムウッ……!!」

「こ、このガキィ……!!」

 苦戦必須と判断し、慌てて駆けつけた炭治郎は、目を疑った。

 禰豆子は腕を振るい爪から斬撃を放っており、十分な距離を置きつつ朱紗丸を斬っているのだ。

「ね、禰豆子……」

「ここまで急速に強くなってるとはな……っつーか愈史郎、お前いいトコ見せられたの?」

()()()に即刻庇われたわ……!!」

 半ギレの愈史郎に、新戸は「だろうな」と笑いながら禰豆子に目を向けた。

(しっかし、禰豆子って鬼の素質半端じゃねェな……)

 もしかしたら、鬼としての素質は自分以上ではないのか――そう感じてしまうくらい、禰豆子の成長ぶりは目を見張るものだった。

 しかし、これで朱紗丸は全身全霊を持って潰しに行く。成長中とはいえ油断はできないし、何よりこれ以上傷がつくと葵枝に殺されかねない。母親という存在を敵に回すことの恐ろしさを理解している新戸は、煙草の煙を吐きながら禰豆子の前に出た。

「よう、毬の嬢ちゃん。お楽しみのトコ邪魔するぜ」

「本当に邪魔じゃ!! 引っ込んでおれ!!」

「本当は余計だろ」

 散々煽り散らしている男が再び水を差したことに、朱紗丸は怒りを露にする。

 一方の新戸は、そうカッカすんなと宥めるように声を掛けながら問い質した。

「毬の嬢ちゃん。お前は鬼舞辻無惨が何者か知ってるか?」

「っ!? 何を言う、貴様!!」

 毬を構えたままの朱紗丸は、顔色を変えて叫んだ。

「アイツはな、臆病者なんだよ。鬼殺隊で一番格下であるケツの青い隊士に、異能の鬼を二体も追手に放つくらいにな」

「やめろ!! 貴様ァ!!」

 朱紗丸の怒りなど意にも介さず、新戸は畳み掛けるように無惨の罵倒を始めた。

「鬼殺隊の現当主・産屋敷耀哉は戦死してしまった隊士の墓参りや、怪我で動けなくなった隊士の見舞いを欠かさねェし、さらには自分の命を犠牲にしてでも頭無惨に一矢報いろうと機を伺っている」

 新戸は不敵に笑いながら、耀哉を「まさしく鬼殺隊当主に恥じぬ男だ」と語る。

 炭治郎は新戸から信頼の匂いを嗅ぎ取り、鬼殺隊の当主との間に強い絆があることを悟った。ただし信頼関係はあるが、絆というより腐れ縁に近いことまでは読めなかったが。

「それに比べて、てめェんトコのワカメ頭はどうだ? 果たして本当に鬼殺隊と産屋敷を滅ぼすつもりがあるのか……大方、安全なところに身を隠し、勝手に自滅するのを待ってるだけなんじゃないのか?」

「黙れ!! 黙れ黙れ黙れェ!!」

「お前らは報われないな。あのワカメ頭の為に力を尽くしてるのに、当の本人は自分の保身しか眼中にねェときた。殉死しても労いの言葉も与えられず、慕っても古手袋のように捨てられ、ただ鬼狩りに斬られるのを待つばかり。……あんな小物に会ったのが運の尽きだと、一度は思ったろ?」

 新戸の忖度抜きの無慈悲な罵倒に、朱紗丸は喚き散らす。

(私でも〝(はく)(じつ)()(こう)〟を使っているのに……新戸さんの口の上手さは尋常じゃないわ)

 話術だけで鬼から冷静さと余裕を容易く奪った新戸に、珠世は驚きを隠せない。

 珠世の血鬼術〝(わく)()〟は、自らの血を媒介として発動する幻惑系の異能だ。その一つである〝白日の魔香〟は自白剤のようなモノで、脳の機能を低下させ、虚偽を述べたり秘密を守ることが不可能な状態に陥らせることができる。

 だが新戸は、話術――挑発と煽りで朱紗丸を追い詰めている。それがどれだけ凄まじいことか。

「あの方の能力は凄まじいのじゃ!! 誰よりも強い!! ()()()()は――」

「……今何つった?」

 新戸が白々しい態度で尋ねると、朱紗丸はハッと口を押さえた。

 その直後、悲鳴を上げながら逃げるように走り回った。

「炭治郎、よく見とけ。あのワカメ頭が小物である理由を」

「小物である理由……?」

 新戸の言葉に、炭治郎は首を傾げる。

 一方の朱紗丸は、六本の腕を天に突き上げ、誰かに向かって激しく訴えた。

「お許しください!! お許しください!! どうか、どうか、許して――」

 

 バキッ!!

 

「「!?」」

「うわあ……いつ見てもエグい」

 いきなり、朱紗丸の腹と口から何かが飛び出た。

 鬼の腕だ。体を引き裂くように、太い鬼の腕が突き出したのだ。

 その内の一本……口から出た腕が肘を曲げて朱紗丸の頭を掴むと、グシャリと握り潰した。

「「「……」」」

 凄惨な光景に、炭治郎と禰豆子、愈史郎は顔面蒼白。

 珠世も静かに目を伏せており、気の毒そうな表情を浮かべている。

「……これがアイツが小物である理由だ。居場所や弱点ならともかく、名前だけでこの有様だからな」

 名前なんぞ鬼殺隊(こっち)にもうバレてるのにな――そう付け加え、肉塊となった朱紗丸を見下す新戸。

 珠世は朱紗丸だったモノに近づき、調べ始める。

「……死んでしまったんですか?」

「もうすぐ死にます。――これは鬼舞辻の〝呪い〟。体内に残留する鬼舞辻の細胞に、肉体を破壊されること」

 その言葉を聞き、炭治郎と禰豆子は冷や汗が止まらなくなった。

 無惨の血を注がれた禰豆子も、いずれはこうなるのではないかと。

 しかし珠世は、「一部の例外は問題ありません」と言い放った。

「私のように体を弄って解除した者は他には知りません。ですが、新戸さんの細胞は鬼のそれからは逸脱している」

「どういうこと、ですか……?」

「新戸さんは、鬼化の直後から鬼舞辻の呪いを受けてないようなのです。それに新戸さんの血は変化を続けており、今では無惨と同じ存在になりつつある。上弦の弐と禰豆子さんは、新戸さんの血を取り込んだことで〝呪い〟を()()()されているかもしれないのです」

 言い方を変えれば、新戸は自らの血を取り込んだ者の支配権を握っているということだ。

 その気になれば先程のように殺すこともできると珠世は推測しており、新戸という生物の特殊性や脅威は未知数であると指摘する。

「ですが、新戸さんに限ってそのようなことはしないでしょう。あの生き汚い男と違い、命を踏みつけにはしない」

「珠世様!! 小守はそんな道徳的な生物じゃありません!!」

「愈史郎、お前俺に親でも殺されたの?」

 新戸がジト目で愈史郎を睨んだ、その時。

「まり……ま、り……」

 朱紗丸の声だ。けれどもそれは、先程とはまるで違い、か細く悲しい少女の声だ。

 炭治郎は近くに転がっていた毬を拾うと、かろうじで形を保っている朱紗丸の手の傍に置いた。

「……毬だよ」

「あそ、ぼ……あ、そぼ……」

(小さい子供みたいだ……)

 たくさんの人を殺し、喰らってきた鬼の正体が幼い少女だと気づき、胸が痛む。

 やがて朝日が昇り、光を浴びた瞬間、朱紗丸の体が灰となって消滅した。鬼として人を殺し喰らい続けた報いだとしても、無惨によって戦わされ無惨の呪いによって死ぬのは理不尽極まりない最期とも言える。

「……炭治郎」

「新戸さん……鬼舞辻は、本物の鬼だ」

 拳を握り締める炭治郎に、新戸は静かに「ああ……」と頷く。

 が、新戸はその認識だけでは厳しいと判断し、炭治郎に告げた。

「だがな、人間の(ナカ)にいる〝怪物〟の方がおぞましい時がある。俺はそういうのを知っている。残酷なのは鬼だけじゃねェってこと、忘れるなよ」

 新戸は炭治郎を連れ、日光から身を護るために診療所へ避難した禰豆子達の元へ向かった。

(――そう言えば栄次郎の奴も、人間を疑おうとしなかったな……)

 

 

 矢琶羽と朱紗丸を撃破した一同は、診療所の地下室で今後について話し合った。

「私達はこの土地を去ります。鬼舞辻に近づきすぎました。早く身を隠さなければ危険な状況です」

「俺も俺で用事があるしな……ここからは別行動だ」

 珠世と愈史郎は昨日鬼にされた男性とその妻を連れ、治療しながら身を隠すという。新戸も新戸で、吉原で取り込んでいるとある鬼の案件の〝仕上げ〟をしたいらしく、炭治郎と禰豆子とは別れるとのこと。

 その上で、新戸は思いがけないことを申し出た。

「炭治郎、禰豆子は俺が預かろっか?」

「えっ!?」

「鬼としての稽古も可能だし、バカ隊士が勘違いして斬りかかる可能性も低いし」

 新戸の提案に、炭治郎は言葉を詰まらせた。

 実力は新戸の方が遥かに上だし、立場的に考えてもその方が楽であるのは明白だ。

「禰豆子、(わり)ィ話じゃねェたァ思うんだけど、どう?」

「……ムン」

 新戸は禰豆子にも話を振る。

 すると禰豆子は、まっすぐ新戸を見つめながら炭治郎の手をギュッと握った。

 まるで、自分は兄と共に行くと意思表示しているようであった。

(そうだ……そうだよな、禰豆子)

 炭治郎は軽く会釈すると、新戸の提案を丁重に断った。

 新戸はそれ以上無理強いせず、微笑みながら人差し指を立てた。

「炭治郎、もし鬼殺隊のバカ隊士に禰豆子のことで殺されそうになったらこう言え。「小守新戸が産屋敷耀哉に話を通してある」とな。そう言えば少なくともすぐには殺されねェはずだ」

「……ありがとうございます、俺と禰豆子の為に……」

「まあ、二年前の義理ってヤツさ」

(コイツの辞書に義理という言葉があったとは……)

 愈史郎は呆れ返った表情で新戸を睨む。

「わかりました。では、武運長久を祈ります」

「俺達は痕跡を消してから行く。お前らももう行け」

「はい! ありがとうございました!」

 炭治郎は礼を述べると、禰豆子の手を握りながら階段を昇っていった。

「――さてと珠世さん、話があるんだけど今いいか?」

「ええ……構いませんが」

「さっさとしろ。珠世様も暇じゃない」

 新戸の話を一応伺うと、二人は耳を傾ける。

 すると新戸は、とんでもない話を持ち掛けた。

「どうせ身を隠すんだろ? だったら鬼殺隊本部に案内してやるよ。ボチボチ頃合いだしな」

「「!?」」

 ズボラ鬼の暗躍は、ついに山場を迎えようとしていた。




今回出てきた栄次郎という名前。
彼は「ある事件」で殉職とされた隊士で、新戸とは因縁の深い人物です。
新戸の過去に一体何があったのか。そして栄次郎との関係とは。
次回以降登場しますので、乞うご期待。


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第十九話 ワタシノ血ヲフンダンニ分ケテヤロウ。

今回の話は、例の寺の事件に触れます。
あくまでも新戸の価値観ですので、ご了承下さい。


 浅草で竈門兄妹と珠世一派と別れた新戸は、蝶屋敷の裏山で獪岳を鍛えていた。

 理由はただ一つ。手駒として完成させるためだ。

「〝鬼太鼓〟」

 

 ドォン!

 

「どわあああああああっ!?」

 情けない声を上げ、剣圧に吹き飛ばされる獪岳。

 日輪刀の獪岳に対し、新戸は蝶屋敷から拝借した木刀。しかも獪岳は全集中の呼吸の使い手だ。それでも実力(チカラ)の差は歴然だった。

 そもそも鬼とはいえ、本気の新戸は無惨を単騎で足止めできる程だ。鬼殺隊においては、純粋な剣術や格闘なら鬼殺隊最強の実力者と呼ばれる岩柱だが、「何でもアリ」なら断トツで新戸が一番とされている。

「ハァ……ハァ……」

「大分捌けるようになってきたな。全集中の持続時間も明らかに長くなっている。〝常中〟も近い内に会得できそうだ」

 木刀で肩を叩く新戸は、満足気に笑う。

 全集中の呼吸は、さらに地道かつ過酷な鍛練の積み重ねによって、〝全集中・常中〟という四六時中全集中の呼吸を維持し続けられる技術に到達できる。〝全集中・常中〟は「柱への第一歩」ともされており、体得・昇華できるか否かは努力と才能次第だが、これに至った剣士は十二鬼月とも同格に渡り合うことが可能となる。

 しかし、新戸の修行内容は違った。

「砂や土を使った目潰し以外に、剣を棄てての格闘を仕掛けたが、その対応もよかったぜ」

「アレは反則だっての……!」

「言ったろう、「戦いにおいて卑怯・卑劣・姑息・悪辣・邪道非道は作法の一つ」だと。えげつねェ戦い方をする鬼なんかザラにいる」

 その言葉に、獪岳は「確かに」と笑った。

 新戸の修行内容は、はっきり言って「悪質」である。組手は最初から目潰しを仕掛け、剣で勝負と言っておきながらいきなり素手の格闘になるなど、正々堂々という言葉とは無縁。実際、獪岳は何度も「クズ野郎」だの「卑怯者」だのと怒りをぶつけた。

 それでも獪岳は、新戸を〝師範〟と呼んで慕っている。思考回路が似ているのもあるが、何より己の才能や努力を認め評価してくれているのだ。強い承認欲求を抱える獪岳にとって、新戸は育手以上の存在なのだ。

「……よし、休憩だ。一度戻って小腹を満たそう」

「はい!」

 裏山を下り始めようとした、その時だった。

「こんなところで弟子の面倒を見ているのか……」

「うおっ! 焦った……」

 そこへ現れたのは、何と岩柱・悲鳴嶼行冥。

 意外な訪問客に、新戸は思わず驚くが、彼以上に驚く者がいた。

「アンタが俺に用があるなんて、珍しいじゃねェの」

「……!!」

「……! この気配……獪岳なのか……?」

「何だ、知り合いなのか」

 動揺を隠せない獪岳と、静かに涙を流す悲鳴嶼。

 ただの知り合いという風にも感じず、再会を喜んでいるという風にも感じず、何とも微妙な雰囲気に、新戸は察したのか提案した。

「とりあえず、山下りるか」

 

 

 山を下りた三人は、新戸と共に食事をすることとなった。

「新戸……お前は家事ができないのではなかったのか……?」

「できないんじゃなくて、俺はやらないの。それに俺、鬼だし」

「全部酒のつまみじゃねェか……」

 ()()新戸が自分で食事を作る時もあることに驚くべきか、酒のつまみしかないことに驚くべきか、思わずジト目になる二人。

 しかし、新戸は鬼の中でも特殊な個体なので人間の食事で体力を回復できるが、別に食べなくても空腹や飢餓は覚えず、睡眠での回復に切り替えるので死にはしない。それにどっちかというと飲酒・喫煙の方で体力を回復させることが多いので、本格的に食事を作ることはあまりないのだ。

「……で、どういう関係なんだ悲鳴嶼? いや、この場合は因縁に(ちけ)ェか?」

「!! ……なぜそう言える」

「俺だって色んな奴見てきたからな」

 気まずそうな雰囲気でも平気で突っ込んでいく新戸に、悲鳴嶼は語った。

「新戸、お前もお館様から私の過去は知っていよう」

「ああ、寺の一件で警察にお縄になったところを耀哉が救ったっつったな。……ああ、そういうことか」

 新戸は悲鳴嶼が入隊する以前から鬼殺隊にいる身。その上、現当主の耀哉とは親友のような関係であり、何だかんだ隊士の過去を耳にすることがある。

 悲鳴嶼が多くの孤児と共に住んでいた頃、言いつけを破って夜に出歩いていた孤児の一人が、自分一人が助かるために鬼に悲鳴嶼と他の孤児達を売ったという事件もまた、新戸も把握している。

 つまり、目の前にいる獪岳が――

「獪岳なんだな、その鬼にお前を売った孤児っての」

「……ああ」

 悲鳴嶼の両手に、くっきりと血管が浮き出る。

 それを見た獪岳は、一気に血の気が引いていくが――

「でもそうには見えねェんだよなァ……」

「小守……?」

「獪岳は結構真面目な奴だからさ。そう言われても何か納得いかねェんだよ……そこんトコ、どうなの?」

 新戸は獪岳に話を振った。

 怒りも無ければ嘲りも無い、ただ眼前の相手の心意を汲み取ろうとする眼差しに、獪岳は黙っていることはできなくなった。

「……俺は……寺の金を盗んで、それで……」

「ああ、それを責められて追い出されたってことか。まあ、何でそんなしょうもないの盗んだかは詮索しねェけど」

「……獪岳」

 悲鳴嶼の声色に、獪岳は冷や汗が止まらなくなる。

 明確な怒りに、気を失いそうな気分になる。

「お前は、あの日に己がしたことを解ってるのか……?」

「いや、無理だって普通。寺から追い出した時点で獪岳じゃなくても同じ結果だろ」

 バッサリと切り捨てる新戸に、悲鳴嶼は言葉を失い、獪岳は目を丸くした。

 獪岳以外の子供が鬼と遭遇したら違う結果だったかと言われると、悲鳴嶼と言えど「絶対に無い」とは断言できない。雑魚と言えど鬼は鬼……人間の子供が勝てるはずもない。それに沙代以外は悲鳴嶼(おとな)の言葉を無視したがゆえに死んだのだから、それすら獪岳のせいと言ってしまったら埒が明かないだろう。

「まあ当の本人達死んでるからアレだけどさ。人間、金に困ってたら身内だって切り捨てんだし、嫌いって理由で二・三人は平気で殺すぜ? そいつらもそのつもりだったんじゃねェの? 「悲鳴嶼さんを困らせる奴なんかいないほうがいい」って」

「小守っ!!」

 新戸の物言いに、悲鳴嶼は顔に青筋を浮かべて怒った。

 その恐ろしいまでの迫力に、獪岳は血の気が引いたが、新戸はむしろ睨みつけた。

「――何だよ、獪岳追い出したガキ共はお咎めなしだと思ってんの? 俺から見たら盗みより罪深いわ。何度聞いても殺人未遂を無かったことにしようとしてるとしか聞こえねェんだけど」

「「!!」」

 新戸は容赦なく言葉の刃を振るった。

 寺の金を盗んだ獪岳と、盗みを働いた獪岳を寺から追い出した子供達。鬼の脅威が根強い環境下において、どちらが罪深いと問われたら、新戸は間違いなく後者だと断言する。

 金を盗んだなら、その理由を聞き、そして反省を促し戒めるべきだ。しかし金を盗んだからと言えど、鬼の動きが活発になる夜に寺から追い出すなど、殺すつもりだったと解釈されてもおかしくない。――それが新戸の考えだ。

「お前が今、獪岳をどう思ってるかなんざどうでもいい。俺はコイツの今の師範。獪岳を手放すつもりは毛頭ないし、失うわけにもいかねェ」

「小守、お前は……」

「悲鳴嶼よォ、この際恨んでるなら恨んでる、殺したいなら殺したいって言っちまった方がいい。何なら獪岳の今後の処遇を懸けて俺と一発()ってもいいぜ? 心配すんな、俺は鬼だし、〝鬼殺隊関係者〟であって鬼殺隊士じゃねェから隊律違反にゃなんねェよ」

 ズボラ鬼の態度に、悲鳴嶼は息を呑んだ。

 胡蝶姉妹や煉獄家には及ばずとも、新戸がどういう主義主張の持ち主かは、大よそ把握している。ゆえに自分と獪岳の関係など、新戸ならば「どうでもいい」や「勝手にケジメつけろ」で済ませるだろうと思っていた。だが新戸は、獪岳を庇い食い下がった。ぬらりくらりとした態度や挑発的な物言いは変わらなくても、普段との違いはわかった。

 たとえ善意がなくても、共感や同情がなくても、新戸は獪岳の味方につくだろう。新戸は過去の罪に無頓着なのだから。

 悲鳴嶼は、一呼吸置いてから口を開いた。

「……私は、鬼に手を貸してしまった獪岳は一生を懸けて償うべきだと思ってる」

「――で?」

「だが新戸、お前の言葉を私は否定できない。もし鬼と遭遇したのが、獪岳ではなかったら結果は違ったのか――そう問われると、何も言えない」

 悲鳴嶼は数珠を鳴らしながら、獪岳に顔を向けた。

「獪岳……私はお前をすぐに許せそうではない。だが今は、お前をもう一度信じてみよう」

「っ……! ありがとう、ございます……」

 悲鳴嶼の言葉に、獪岳は頭を下げた。

 全て許されたわけでないのは、百も承知。それでも、悲鳴嶼との間に生まれた溝が少しだけ埋まった感じがして、獪岳は胸が熱くなったのだが……。

「っつーか、それ以前に生活ぶり考えると、寺の金なんか盗んでもどうしようもなくね? 少なくとも衣食住はどうにかしねェといけねェんだし、大人と子供とじゃ胃袋のデカさも違う。絶対大した金額じゃねェだろ。そんなんだったら追いはぎした方がシノギになる」

「……あの、悲鳴嶼さん……」

「言うな、昔からこういう男だ」

 新戸はどこまでも新戸だった。

 

 

 悲鳴嶼と獪岳の溝がほんの少し埋まり。

 新戸は純米大吟醸を味わいながら、悲鳴嶼から本題を聞いていた。

「鬼喰いの隊士?」

「ああ。不死川(しなずがわ)(げん)()という」

「白ヤクザの身内か」

 酒を煽りながら、悲鳴嶼から事情を聞く。

 今回の最終選別の合格者五人の内の一人・不死川玄弥は、鬼を喰らうことで一時的に鬼の能力を得られる逸材だと判明した。しかし鬼喰いの能力は持ち主の身体に相当の負担をかけており、鬼化中は理性や判断力も下がってしまう諸刃の剣でもあるため、万が一の場合も起こりうる。

 悲鳴嶼は継子としてではなく弟子として迎えているが、教えるのはあまり上手くない上、呼吸抜きの戦いの経験も浅いため、関係は悪くないが中々うまく行かない時もあるという。

「そこで無駄に教養のあるお前ならば、何かいい案が出るのではと思ってな」

(鬼喰いか……今年は()()()()だな。珠世さん達の前例を考えると、血を与えるべきだな)

 新戸はニヤニヤと黒い笑みを浮かべる。

 産屋敷家の出入りが――仮に制限されても無視するが――自由である新戸は、保管されている文献を網羅しており、その一つである鬼喰いに関する文献も把握している。鬼喰いの剣士は300年以上前に存在していたが、例はそれ一つだけである。

 新戸自身、鬼喰いの剣士の存在を知ったのはほんの数年前だ。もし鬼喰いの剣士が現れたらぜひ手駒にしようと考えていたが、まさかこうも早く出会える機会が訪れるとは。

 ――この機を逃す訳にはいかない。

「その玄弥って子、俺が預かってもいい?」

「……!」

「え……!?」

「いや、そんなアワアワしなくてもいいだろ。お前は()()()()()捨てないっての。んなもったいねェことすっかよ」

 慌てる獪岳を宥め、俺はお前が必要なんだと頭を撫でる新戸。

 あくまでも一番だと言われてホワホワする獪岳に対し、悲鳴嶼は顎に手を当てて考えていた。

 新戸の言っていることは一理ある。鬼殺隊で血鬼術を扱えるのは新戸ただ一人であり、呼吸抜きの戦闘技術にも精通している。性格こそアレだが、獪岳が懐いている上に年下の扱いにも長けている。提案そのものは悪くなく、むしろ魅力的だ。

 しかし、それにはある大きな障壁があった。

「確かに良い提案だ……が、それは承知しかねる……」

「何でだよ、選択肢としては悪くねェだろ」

「そうなのだが……実弥(あに)の方が気掛かりなのだ」

 その言葉に、新戸は遠い目をした。

 新戸と実弥は、()()()()()が重なってるせいで非常に折り合いが悪い。そんな新戸が実弟の面倒を見ることとなったらどうなるか? おそらく修羅場……いや、戦場となるだろう。下手すれば屋敷が一つ地上から消滅するかもしれない。

「ただでさえお前は一度()()()()()()()()()()を下された前科持ち……そんな男に身内を預けるとなれば、タダでは済まされぬぞ。……お館様や我々の身を案じろ」

「いや、向こうが勝手に俺のこと嫌ってんじゃん。無惨と同じ展開だからもう無理でしょ」

「新戸さん、それ絶対言っちゃいけませんからね!?」

 酒を煽りながらボヤく新戸に、悲鳴嶼はどうしようか悩んだ。

 新戸に指導を任せれば、玄弥は間違いなく強くなる。獪岳との関係の良好さや、呼吸を使わない戦い方に秀でている点を踏まえれば、決して無駄ではないだろう。

 そうすれば、自分にできることは――

「……わかった。小守、玄弥のことはお前に任せよう。不死川には私の方から説明する」

「うわ、マジか! やった、ありがとよ」

「お前が説明したらどうなるか、目に見えるからな……」

 そう、新戸に気を遣ったわけではない。

 新戸と実弥が衝突した場合を考慮し、周囲に生じる被害を最小限に抑えるためである。

「じゃあよ、明日までに玄弥紹介してくれよ。俺は一度決めたら本気でやる男だ」

「その言葉と最も程遠いだろう」

「やかましい」

 

 

           *

 

 

 翌日。

 新戸と獪岳の目の前には、二人にガンを飛ばすモヒカンの隊士が立っていた。

「お前が玄弥か……ホンットに兄貴とそっくりだな。不死川組の下っ端だよマジで」

「開口一番それかよ」

 興味深そうに呟く新戸に、獪岳は呆れ返った。

 一方の玄弥は、敵意剥き出しながらも兄をよく知る鬼であることを察したのか、目を細めた。

(コイツが、悲鳴嶼さんの言ってた鬼か……)

「おーおー、焦ってる面してやがる。〝アイツ〟と同じ表情だ」

 新戸は悪い顔で玄弥を見据える。

 鬼殺隊士や柱とは違った雰囲気に一瞬呑まれるが、すかさず睨み返して声を上げた。

「おい鬼! 早く俺を――」

「まあ、そう焦るな。まずはお前を知らなきゃな。――とりあえず得物を出せ、修行内容はお前に合わせなきゃ意味がねェ」

「……ホラ、出せ」

 そう言われ、舌打ちしつつも得物を差し出す。

 玄弥の得物は、脇差くらいの刃渡りの日輪刀と、銃口が二つある水平二連式の大口径南蛮銃。日輪刀の色が変わってない点を考えると、玄弥は兄と違い呼吸の才能は無いようだ。

 鬼殺隊士にとっては、全集中の呼吸を使えないことは致命的である。しかし鬼殺隊きっての策略家でもある新戸にとって、全集中の呼吸を使えるか否かなど些事に過ぎない。力と技が他人より劣っているなら、知恵で勝ればいいのだから。

「銃を選んでたのか! 兄貴より見所あるじゃないか」

「は?」

 新戸の言葉に、玄弥は素っ頓狂な声を上げる。

 それもそうだろう。呼吸の才能が全く無いからと選んだ武器が、いきなり柱よりも魅力があると言われれば、玄弥でなくてもそんな反応になる。

「海老で鯛を釣るってのはまさにこのことだな」

「……師範、どういう意味ですか」

「俺の理想通りに行けば、俺達三人だけで上弦を二・三体は()れると思っただけだ」

 新戸の衝撃的な一言に、獪岳と玄弥は目を丸くした。

 彼にとって、二人はそれ程の可能性を秘めており、そこに期待しているのだ。

「玄弥。お前には獪岳と同じように、呼吸抜きの戦い方の全てを――俺の戦い方を教えてやる」

「呼吸を、使わない……?」

「全集中の呼吸は肺をヤラれたらシメーだが、戦略や戦術は肺が潰れても練れる。練れねェ時は二つに一つ……一時的に寝てるか()()()()()()()のどっちかだからな」

 呼吸や剣技にこだわらず、あらゆる手段で鬼を殺す戦い方。

 自分の下に付けば、その全てを身につけられるという新戸に、玄弥は惹きつけられた。

「ひとまずお前は、鬼喰いの能力の制御が先だ。俺の血をやろう。お前を強くするために俺は時間も手間も惜しまねェが、その分キツいから覚悟しとけ」

「……上等だ!!」

「よし、じゃあ受け取れ。手ェ出せ」

 玄弥は手を差し出すと、新戸は袖を捲って、手首に刀の刃を滑らせ血を流す。新戸の血は玄弥が差し出した手の中に注がれる。

「ワタシノ血ヲフンダンニ分ケテヤロウ」

「……何か、スゲェ臭いんだけど」

「良薬は口に苦しっつーだろうに」

 意を決し、ゴクリと一気に飲み干す玄弥。

 その直後、目を最大限に見開かせ、真っ青な顔で喉元を押さえのたうち回った。

「ウガアアアアアアアアアッ!?」

「ちょ、師範!! これ大丈夫なのか!? 死にそうだぞマジで!!」

「……まあ、どうにかなるだろ」

 二年前の禰豆子と全く同じ反応をする玄弥に、水か何かで薄めるべきだったかと頭を掻く新戸だった。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸が一度に柱全員との接近禁止を下された理由は、柱合会議で「耀哉を囮にすれば無惨食いつくんじゃね?」というド級の爆弾発言をしたことで激昂した実弥と乱闘となり、うっかり本気になってしまい義勇と天元を巻き添えに実弥に重傷を負わせてしまったため。
後に新戸自身も「義勇と天元には悪い事をした」と反省している。


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第二十話 敵が人間だった場合の方がヤベェ。

オリキャラの因縁が語られる……!


 玄弥も弟子にとった新戸は、実弥に勘づかれないように戦術指南に努めていた。

 二人は今、日輪刀で手合わせをしている最中だ。

「おっと」

「オラァ!」

 新戸が横薙ぎを躱した瞬間、すかさず日輪刀を振り上げて唐竹割りを繰り出す玄弥。

 だが、新戸は仕込み杖を持ち替え――

「ほいっと」

「うっ!」

 玄弥の刃を柄頭で受け止め、跳ね返した。

 そして鞘で足を払って転ばせ、首元に刃を突きつける。

「っ……」

「狙いはよかったが、脇が(あめ)ェ。刃渡りの長さを考えて、関節技とかにした方が俺の隙は大きかった」

 キンッと仕込み杖を納刀すると、新戸はほくそ笑む。

「悲鳴嶼のおかげか知らねェが、基礎戦闘力はちゃんと身についているようだな。合格点だよ」

「そ、そうっすか……?」

「全集中の呼吸は向き不向きがあるからな、全ての型を扱える奴は案外多くねェ。独自の呼吸を使う奴も結構いる。だから土台となる基礎戦闘力が重要ってこった」

 全集中の呼吸は岩塊よりも硬い鬼の頸をも斬り落とす技術だが、それを本当に習得できるかどうかは個々の才能と努力次第になる。また、鬼の血鬼術には全集中の呼吸を封じることができる異能が存在する可能性もあり、全集中の呼吸を会得できるか否か以前に「基礎戦闘力でどこまで鬼と戦えるか」が重要となるのだ。

 新戸は強力な血鬼術を扱うが、それ以前に戦略や戦術を得意とする頭脳派である。基礎戦闘力で張り合いつつ、頭脳戦で敵を翻弄する戦法を得意とするので、呼吸を扱えない者や全集中・常中を会得できない者にとっては貴重な指南役であったりするのだ。

「お前の場合、二刀流と血鬼術を軸とした戦法を生むべきだな。たとえば……血鬼術で攻撃しながら銃撃で牽制しつつ止めは日輪刀って感じでな」

「む、難しすぎる……」

「言っとくが獪岳はお前の三歩先だぞ? 「難が有るから有難い」って必死に食らいついてきたんだ、お前も頑張れよ」

 新戸はそう言うと、玄弥に新たな訓練を課した。

「よし、今日からお前にも反射訓練をしてみよう」

「反射訓練?」

「見ればわかるさ。獪岳、手本を玄弥に見せろ」

 新戸はジャキッと仕込み杖を鳴らすと、獪岳は瞬時に距離を取って抜刀。

 そこへ新戸が、仕込み杖を抜いて〝鬼剣舞 刀剣舞の狂い〟を発動。畳み掛けるように斬撃を飛ばす。

 その飛ばされた斬撃を、獪岳は日輪刀で捌いていく。刃こぼれが生じないよう流し、時に刀を振るって相殺し。新戸が放った斬撃全てを捌ききった。

「……!」

「さすがにこの程度は呼吸抜きで全部やれるか。……玄弥、俺が言いてェことが理解できたか?」

 その言葉に、玄弥はゆっくりと無言で頷いた。

 獪岳は今の血鬼術を、()()()()()()()使()()()()無傷で捌いており、玄弥にも同じ要求をしている。今の血鬼術を無傷で全部捌いてみろと、新戸は言っているのだ。

「これは柱を目指すって大口叩く奴ならやれて当然だ。長年色んな隊士を見てきた俺が、お前には素質があると判断したんだ。できるよな?」

「はい!」

「いい返事だ。じゃあ始めっぞ。離れろ」

 玄弥は新戸から素早く後退し、距離を取る。

 新戸は仕込み杖を抜き、斬撃を飛ばした。

 

 

 結果から言うと、玄弥はボコボコにされた。

 新戸の斬撃は破るのは容易いが、それはあくまで柱並みの技量を持っていればの話。並の隊士では一太刀受け止めただけで持ってかれそうになる。それが無制限に飛ばされるとなれば、溜まったものではない。

 見かけによらず、かなり過酷な内容だったのだ。

「し、死ぬ……」

「うははは、まあ獪岳も最初ん頃はそんな感じだったよ。……そういやあ、お前の最高記録って百二十回だっけ?」

「百二十七です」

「……ってこった。まずは五十を目指そうか」

 新戸はそう言うと、飯を食おうかと二人に握り飯と水筒を渡した。

 握り飯は四つ。昆布、梅、鮭、おかかがそれぞれ入っており、割と大きいので腹に溜まりやすい。

「スゲェ美味しい……」

「米炊くの相当上手いだろ、師範」

「料理に必要なのは愛情とか言う奴は素人。玄人は火加減って答えるから」

 煙草を吹かす新戸は、ドヤ顔を決める。

 すると、それを見た玄弥が新戸に釘付けとなった。

「……どした?」

「――へっ!? あ、いや、その……ちょっと煙草が……」

 質された途端、しどろもどろになる玄弥。

 玄弥は無口で粗野に見えるが、本質的には気遣いのできる優しい性格であり、新戸の弟子になってからは本来の性格を取り戻しつつある。ゆえに吸わないでほしいのなら正直に言うはずだ。

 そうでないということは、つまり――

「玄弥、お前煙草吸いたくなったんだろ?」

「っ!」

「はあ?」

 ケラケラ笑う新戸に、二人は目を丸くする。

 新戸曰く、玄弥は自分の血を取り込んだことで、酒や煙草を欲しがるようになった可能性が高いという。新戸は睡眠や食事だけでなく喫煙と飲酒で体力を回復できる、鬼どころか生物としても稀有な個体。その血を取り込んだ玄弥も同じ体質になっているかもしれないのだ。

「一本やるよ。ただマッチが切れちまったからな……とりあえず咥えてみん」

「あ、はい」

 渡された煙草を貰い、咥える玄弥。

 すると新戸は、顔を近づけて火の点いた自分の煙草の先端を、玄弥が咥えている煙草の先端にくっつけた。

「玄弥、息吸え」

「は、はい……」

 息を合わせ、同時に吸う。

 なぜか目をギュッと瞑る玄弥に、新戸は愉快そうに笑いながら火を貸した。

 なお、このやり取りに獪岳はムッとした顔で玄弥を睨みつけていた。

「はい、いいよ。一気に吸うとむせっからゆっくり少しずつな」

「ん……」

 言われた通り、ゆっくりと吸い込む。

 吸った煙を口内に留め、深く息で肺に入れ、口から吐き出す。

「うめェだろ?」

「……はい。それと、気持ちがいいって言うか、落ち着くって言うか……」

「そこまで感じることができりゃあ、俺の煙草友達として百点満点だよ」

 煙草友達欲しかったんだよな、と楽しそうに語る新戸。

 その姿は、まるで近所の気のいいお兄さん――厳密に言うと〝鬼いさん〟だが――のようで、とても親しみやすく感じる。人間の理から外れた鬼だと言われなければ、本当に人間だと思い込んでしまう。

「……ちっ」

「そう拗ねるなよ、一番弟子。ワカメ()したら一番上等なの吸わせてやっから」

「……約束ですよ」

 ムスッとした表情の獪岳の頭を撫でる新戸。

 一番弟子と言われたことが嬉しかったのか、若干照れている。

「しっかし、玄弥といい炭治郎といい……今回の合格者はかなり腕が立つな。カナヲと伊之助は予想通りだったが、どこの馬の骨か知らねェ(あが)(つま)(ぜん)(いつ)ってガキは何者か知りてェな」

「っ――あんなカスに構わないでください!!」

「うおっ!? 焦った……」

 いきなり大声を上げた獪岳に、新戸は肩をビクつかせた。

「え? 何、善逸って奴知ってんの?」

「……弟弟子ですよ」

 獪岳曰く、我妻善逸は同門の弟弟子で、ダメだ無理だと喚き散らす泣き虫だという。

 新戸は産屋敷家を通じて合格者の大まかな氏素性は知れるが、その人間関係までは把握しきれていない。ゆえに善逸が獪岳の弟弟子であるのは初耳だった。しかも話の素振りからして、性格が正反対のようで、今でも反りが合わないようだ。

「……師範。師範があのカスを拾ったらどうしますか」

「その善逸がどこまでの(カス)かは知らねェが、弟子取りは(けん)(こん)(いっ)(てき)の大勝負と同じだ。師範が孤児(ガキ)を拾ったら二つに一つしかねェ。住み込ませて金づるにさせるか、全て与えて後継者にするかだ」

 弟子は師匠の半減か、それとも出藍の誉れか。

 弟子となる者が師を超えることができる素質を持ってるかを的確に見極めねば、どんなに手塩に掛けても無駄なものは無駄だ。

 そういう意味では、弟子を取ることは一か八かだろう。

「難儀だねェ、今時の(わけ)ェ衆は。まあ俺と栄次郎の方がヤバかったけど」

「栄次郎? 誰なんですかそいつ」

「ん? そういやあ話してなかったな……でも嫌な思い出しかねェんだよな、アイツとは」

 新戸は乗り気ではない様子であるが、「背に腹は代えられねェか」とボヤきながら語り始めた。

 

 栄次郎の本当の名は、(たか)(なみ)栄次郎。

 風の呼吸の使い手であった、柱を除いた鬼殺隊の最高位・甲の隊員。その剣の技量は当時の柱達に匹敵する程の剣士で、まだ柱として活躍していたカナエですら「冗談抜きで強い」と言わしめ、新戸も実弥と彼の親友であった(くめ)()(まさ)(ちか)を差し置いて風柱になるのではと推測していたという。

 

 それ程の剣士でも、柱に選ばれなかったのか――獪岳と玄弥は柱の壁の大きさに息を呑んだ。

「甲になっても、柱の座は遠いんですね……」

「いや、()()()()()柱になり得る人材だったさ」

「……仲、そんなに悪かったんですか」

「今までで一番悪かったよ」

 そう、栄次郎は確かに柱として申し分ない強さを持ってたが、同時に鬼殺隊士の中で新戸と()()()()()()()()であった。

 新戸の人望の御粗末さは有名だ。鬼殺隊に属して十五年、ずっと産屋敷家か煉獄家か蝶屋敷で怠惰を貪る日々を過ごしており、独断行動は多いわ昼間から酒を飲むわ賭場に出入りするわ……とにかくズボラである。だが好きか嫌いかで言われると、賛否両論だったりする。新戸の戦術家としての一面は優秀であり、有能さは何だかんだ認めている者もいると言えばいるからだ。

 だが栄次郎は、周囲から見ても異常と思えるくらいに新戸を敵視していた。病的なまでに新戸という存在を忌み嫌い、殺し合いに発展する程に険悪な関係だった。あまりの仲の悪さゆえ、耀哉が自ら仲裁役として和解の場を設けたが、栄次郎のある言葉で新戸が本気でキレてしまったため、それ以降は無期限の接触禁止になったという。

「それって……兄貴みたいに、鬼が憎かったからじゃないですか?」

「いや、アイツは身内や親友を鬼に殺されてねェ。両親は病気で他界してるってカナエから聞いたし、俺も俺で調べがついてる。アイツは鬼と因縁なんざねェよ」

「じゃあ、何で……」

「それがわからねェんだよなァ……栄次郎はもうこの世にいねェ。死人に口なしだ」

 新戸は溜め息を吐くと、栄次郎の最期を語った。

「賭場の帰りに、たまたま悲鳴嶼が栄次郎連れて任務中だったトコを出くわしてな。接触禁止だったし首突っ込む気分でもなかったから、親切に軽く忠告したのさ」

 

 ――栄次郎、人間も疑えよ? 人間の狂気は、鬼の本能をも上回る。

 

「……それで?」

「それ言ったらアイツ斬りかかったから、ささっと躱してトンズラした。そんで次の日に、蝶屋敷で訃報を聞いたよ。「人間に刺されて死んだらしい」ってな」

 新戸曰く。

 栄次郎は鬼を倒した直後、協力者であった人間に左胸を刺され、激昂して日輪刀で協力者を斬り殺してしまったという。悲鳴嶼が事態を聞いて駆けつけたところ、その時には栄次郎の姿は影も形も無く、捜索しても一向に見つからなかったという。

「左胸刺されたんだ、死んでるだろ」

「死んでれば良いけどな」

 二本目の煙草を咥えて火を点ける新戸の呟きに、二人は一瞬で凍りついた。

 そう、栄次郎の遺体は未だ見つかってないのだ。おそらく心臓を刺されたため、少なくとも死んでいるだろうが、それはまだいい方だ。最悪なのは、無惨や上弦の鬼と鉢合わせてしまい、鬼になってしまった場合だ。その可能性を拭えない以上、不安要素が残ったまま現在に至っているのだ。

「そんなことが……」

「今思えば、俺にとって栄次郎(アイツ)は最初にして〝最凶の敵〟だったかもしんねェな……」

 実力や技量ではなく、凶暴性や危険性という意味合いでは、鬼以上のナニか。

 栄次郎という男は、千年に及ぶ鬼と鬼殺隊の戦いから生まれた〝鬼狩りの怨みの化身〟だったのではないか――新戸はそう語った。

「憎しみや恨みは焦熱地獄だ、一度燃え始めると中々鎮火できねェ。しかもちょっとでも燻ぶればそれがまた大火の元になっちまう。二人共、誰かを恨むのは結構だが、度が過ぎると自分を失って取り返しつかなくなるから気をつけるんだな」

 新戸の言葉の重みに、二人は息を呑んだのだった。

 

 

           *

 

 

 その後、獪岳と玄弥は鎹鴉からの指令を受けて鬼狩りの旅へ向かった。

 一人残った新戸は、たまには煉獄家で寝泊りしようかと考えたが……。

 

 ヒョコッ

 

「は?」

 突如、目の前に手紙を片手に氷の人形が現れた。

 その見た目は、非常に見覚えのあるもので……。

「お前……童磨の?」

 その問いかけに、氷の人形はコクリと頷いた。

 新戸の悪友である上弦の弐・童磨の血鬼術の技の一つに、〝結晶ノ御子(けっしょうのみこ)〟というものがある。童磨を模した膝くらいの大きさの人形だが、見かけによらず童磨本人とほぼ同じ威力の術を行使できる恐ろしさを有する上、自動で動くのだ。

 今までは攻撃の為だったが、新戸との邂逅でさらに悪知恵が働くようになり、情報共有の為にも使用している。ちなみに言い出しっぺは新戸である。

「手紙渡しに来たのか? ありがとよ」

 結晶ノ御子から童磨直筆の手紙を受け取り、目を通す。

「ちっ、野郎ムカつくぐらい字がキレイじゃねェか」

 しかもミミズが這ったような字体じゃない分、とても読みやすい。

 宗教の教祖は伊達じゃないようだ。

「――うわ、マジか! ダメ元だったんだけどな」

 新戸は手紙の内容に驚愕した。

 その内容は、童磨が吉原遊郭に潜む上弦の陸・堕姫が、新戸の血によって無惨の支配から外れて寝返ったというものだった。

「うははは! これで()()()()、上弦二体が鬼殺隊(こっち)の戦力となれそうだ」

 ニィッと悪い笑顔を浮かべる新戸。

 新戸は以前より上弦の陸に目を付けており、どうにかして味方に引き込めないか機を伺っていた。しかし竈門家の一件以来、鬼側の動きが活発になった上に産屋敷家からの圧力が若干増してきたため、思うように動けないでいた。

 そこで童磨に上弦の陸を味方にしたいと相談したところ、何と童磨自身が鬼にしたという過去が発覚。早速童磨に自分の血を上弦の陸に少しずつ盛って、無惨や他の上弦に勘づかれない程度に寝返るよう働きかけることを頼んだのだ。

 新戸の血は〝無惨の呪い〟を上書きし、知覚掌握などが可能になる。しかも支配権(のろい)は上書きであって「完全な解除」ではないため、無惨は()()()()()()()()()()()()()ために呪いから外れたことに気づかないという利点がある。

 そして今回。童磨の裏工作によって見事に上弦の陸は寝返った。もっとも、うまく行かなかった場合の計画も用意してはあったので、新戸としては別にそっちでも構わなかったが、やはり人手不足解消という面では柱三人分以上の力を持つ上弦の鬼は必要というのが本音だ。

「まあ、話し合いが通じる相手とは言い難かったが……その時は童磨に任せりゃいいか」

 上機嫌に鼻歌を歌いながら新戸は山を下りた。

 

 

 同時刻、万世極楽教の寺院。

「……本当に知らねェんだな? 童磨さん」

「ごめんねぇ。彼、思った以上に悪知恵の働く鬼でさ」

「いや、あのクズ野郎の厄介さはわかる。引きこもりの癖に無駄に賢いからな」

 困った様子の童磨に理解を示す、鬼の青年。

 鬼殺隊の隊服の上に「鬼」の一字が刻まれた羽織に袖を通しており、かつては鬼狩りであったことが伺える。

(しかし参ったな。彼には何と言おうか……一応知らせておくべきか)

「童磨さん、アイツが来たらすぐ知らせてくれよ。アイツを殺せば、あの御方も安心して腐った鬼狩り共を滅ぼせるからよ」

 そう言って、鬼の青年は去っていった。

 その背中を見届け、童磨は眉を顰めて呟いた。

「正攻法で勝てる相手じゃないよ。哀れな栄次郎君」




次回、ついに原作における柱合会議!
新戸無双が勃発しますので、乞うご期待。


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第二十一話 生涯後悔するぞお前。

原作の柱合会議です。



 童磨の裏工作が成功したことに喜んだ、その三日後。

 早朝、新戸は蝶屋敷にて竈門家と密談をしていた。

「兄ちゃんが裁判にかけられる!?」

「建前だとは思うけどな。話はすでに通したし」

 声を荒げる寝癖がヒドい竹雄を制し、新戸は頭を掻きながら答える。

 実は先程、那田(なた)蜘蛛(ぐも)(やま)にて十二鬼月の一角〝下弦の伍〟を義勇としのぶが撃破したという報告を耀哉の鎹烏から受け、その際に炭治郎と禰豆子を拘束したというのだ。

 そして耀哉の方針により、()()柱合裁判を行うということになったのだ。

「大方の予想はつく。禰豆子が本当に人を喰わねェのかを証明しろってことだろう」

「何で!? 新戸さんと冨岡さんが動いてくれたのに!!」

「百聞は一見に如かずってこった。てめェの目で判断したいっていう意見が多かったんだろう。――まあ、こうなるだろうとは思ってたがな」

 新戸の中では、ここまでの動きは想定内だった。

 禰豆子が鬼になってから二年。耀哉はその間、一人として監視目的の使いを派遣しなかった。鱗滝の下にいたのもあるが、一番は本当にその間人を喰わずにいられるかを試したのだろう。そして義勇以外の柱の接触はなく、事実を知ってるのは新戸としても信頼できるカナエ程度しかいない。

 つまり、これから行われる柱合会議にて、禰豆子が新戸と同じ鬼殺隊公認の鬼となる。裁判は、その重要な過程なのだ。

(新参の甘露寺と無一郎は従うし、しのぶは検体として支持。杏寿郎は俺との縁があるから中立で、義勇が一応賛成だろう。問題はさねみんとネチネチ坊主か……)

 新戸として、一番の難点は風柱と蛇柱。

 集団の和や規律を重んじるあまり、新戸のような掟破り・型破りを認めるつもりはないだろう。新戸が先代の頃から居座ってることにも難色を示したのだ、おそらく戦略よりも感情が表に出るだろう。

 ましてや、上弦の一部や珠世一派の件も考えると、下手すれば新戸と柱の全面衝突になる。新戸としては、自分の主張を通すのに実力行使は面倒臭いゆえに好まないため、頭を使って捻じ伏せるしかない。

「まあ、一応あの手紙は渡ってるから大丈夫だろうが……」

「兄ちゃん、死んじゃうのかな……!?」

「いや、さすがにそこまでバカじゃねェとは思うけどな……」

 泣きそうな顔の六太に、新戸は悩む。

 あの手紙の効力は間違いなく通じると確信はしてるし、悲鳴嶼と宇髄も戦術指揮という面でギリギリ納得してくれるかもしれないが、実弥と伊黒は梃子でも動かない可能性が非常に高い。最悪伊黒は甘露寺に口利きして引き込めるかもしれないが、やはり不確定要素は残る。

 重要な場面とは、本来味方してくれる人間が寝返る可能性が高いのが常。新戸は絶対に従わざるを得ない状態にしなければならないと判断し、脳味噌を雑巾のように絞って案を出そうとするが、中々いいのが出ない。

 そこでうっかり、とんでもないことを口走ってしまった。

「――最悪、全員で腹切ってお詫びしますって書くか……」

『それだーーーーーーっ!!』

「は?」

 竈門家が一斉に声を上げ、その直後に新戸も素っ頓狂な声を上げた。

「いや、何を真に受けてんの? あくまでも選択肢の一つだぞ、迷うか否定しろよ」

「でも兄ちゃんと姉ちゃん死なせたくないよ!!」

「いや、だからそうはならないとは思うっつって――」

「じゃあ他に何か考えてるの!?」

 花子のグサリとくる言葉に、新戸は「うぐっ」と声を漏らした。

 新戸としては竈門家全員での嘆願は、最後の手段である。それをやった方が手っ取り早いというのが本音だが、良心が完全に失われたわけではないので()()()()()罪悪感を覚えてしまうのだ。

 だが、よりにもよって一家はそれで満場一致。竈門家は新戸が関わった「家族」の中で一番恐ろしい一面を持っていたのだ。

「……葵枝さんはどう思ってんの」

 あくまでも最後の手段だということなので、新戸は葵枝に判断を仰いだ。

 すると葵枝は深々と頭を下げた。

「ぜひ、炭治郎と禰豆子の為にも、私達も命を懸けさせてください」

「しまった、母親がどういう生き物かすっかり忘れてた……!」

 まさか推してくるとは思ってみなかったのか、思わず頭を抱える新戸。

 今回の柱合裁判は、思った以上に混沌と化すかもしれない。

「――話は終わったかな?」

『!?』

 そこへ、一羽の鎹鴉が舞い降りた。

 産屋敷家の――耀哉の鎹烏だ。

「新戸、出頭しなさい。君がいないと成り立たないんだ、来ないとは言わせないよ」

「バカタレ、今回は出るわ。義勇じゃ力不足だ」

 新戸は面倒臭そうに言うが、その顔には鬼らしい獰猛な笑みが浮かんでいた。

 ――久しぶりの口喧嘩だ。

「うっし……いっちょやるか、俺の十八番の〝舌戦〟!」

 

 

           *

 

 

 産屋敷邸にて、炭治郎は拘束されてうつ伏せに転がされていた。

 目の前にいる剣士達――柱の面々は炭治郎をどうしようかと意見を交わせており、妹の斬首を視野に入れた厳罰に処するべきという声も上がっている。

 このままでは殺されてしまう。どうにか訴えようとした時、新戸のある言葉を思い出した。

 

 ――炭治郎、もし鬼殺隊のバカ隊士に禰豆子のことで殺されそうになったらこう言え。「小守新戸が産屋敷耀哉に話を通してある」とな。そう言えば少なくともすぐには殺されねェはずだ。

 

「ま、待ってください! 禰豆子のことは、新戸さんが産屋敷耀哉に話を通してあるって――」

「ハァ? アイツが話を通してあるって? ウソ言ってんじゃねェ」

「それが本当なんだよ」

 ふと、聞き覚えのある声が響く。

 視線を向けると、その先には仕込み杖を携えた一人の鬼が。

「新戸さん!」

「おう、随分ボロボロじゃねェの。猪にでも襲われた?」

「これが猪の傷ですか!?」

「冗談だっての。それぐらいの元気あんなら大丈夫そうだな」

 ヘラヘラしながら煙草を吹かす新戸は、炭治郎の縛る縄を引き千切ると、彼を庇うように立つ。

 緊張感漂う中でも相変わらず掴み所の無い新戸に、柱達の厳しい視線が集中する。

「おい、小守。納得する説明できるだろうな貴様」

「納得しなくても押し通すけどな。とりあえず耀哉を待て。アイツがいないと始まらねェ。……そういやあ、白ヤクザどこ行った? おはぎ食い過ぎて腹でも下した?」

「誰がおはぎ食い過ぎて腹下したってェ?」

 そこへ、実弥が禰豆子の箱を片手に現れた。

 その顔には苛立ちが露わに立っており、それが全て新戸に向けられているのは明白だ。

「鬼を連れてた馬鹿隊員はそいつかィ。一体全体どういうつもりだァ? 新戸ォ」

「まあ、色々あってな。炭治郎と禰豆子の身柄は俺が責任(ケツ)持ってるって訳なんだわ」

「てめェがァ?」

「ああ。今回は本気なんでよろしくな」

 不敵に笑う新戸に、実弥は舌打ちしながら睨みつける。

「――ところで、その手に持ってるのは禰豆子が入ってる岩漆(いわうるし)で強度を上げた(きり)(くも)(すぎ)製の背負い箱なのは気のせいか?」

「気のせいじゃないと思います!! あそこには禰豆子が!!」

「だろうな。傷物にする気満々なのが伝わってくる」

「お前何つーこと言いやがんだ!!」

 加虐心に満ちてるような言いように、激怒する実弥。

 新戸は実弥が箱から目を逸らした一瞬の隙を見るや否や、左手を突き出して掌から目を開かせ、瞬きさせた。

 

 ギュンッ!

 

「んなっ!?」

 掌の目から飛び出た矢印は箱を貫き、まるで吸い寄せられるように新戸の手の上に乗った。

「新しい血鬼術!?」

「いつの間に……!!」

「よもや、斬撃と剣圧だけではなかったのか!?」

 いつの間にか新たな血鬼術――というか奪ったものだが――を身につけた新戸に、唖然とする。

「てめェ……!」

「脇が(あめ)ェな、さねみん。俺を出し抜こうなんざ百年(はえ)ェ」

 顔に出てんぞ? と余裕綽々な新戸に、血管を浮かばせて睨む実弥。

 舌戦も不意を突くのもお手の物である新戸にとって、柱を手玉に取ることなど造作もないのだ。

「そういうこった。おい耀哉、ちゃんと躾はしとけよ」

「フフ……考えてはおくよ」

『!!』

 新戸が座敷の奥に声を掛けると、穏やかな男性の声が響いた。

 いつの間にか鬼殺隊の最高指導者・お館様が立っていたのだ。

「よく来たね。私の可愛い剣士(こども)達。顔ぶれが変わらずに半年に一度の柱合会議を迎えられたことを嬉しく思うよ」

 そう言うや否や、柱達は横一列に並んで片膝を突き、深く頭を垂れた。

 炭治郎も、実弥に頭を押さえつけられる形で頭を下げたが……。

「お前も頭下げろやァ!」

「いや、俺コイツの部下じゃないし」

「ただの屁理屈だろうがァ!!」

「屁理屈も理屈だろ」

 全く譲らない新戸に、耀哉は「相変わらずだね」と穏やかに微笑んだ。

「お館様におかれましても御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます」

「ありがとう、天元」

「畏れながら、柱合会議の前にこの竈門炭治郎なる鬼を連れた隊士について、ご説明いただきたく存じますがよろしいでしょうか」

 丁寧に挨拶をしてから、宇髄は本題を切り出す。

 耀哉は「驚かせてしまってすまなかった」と一言告げてから答えた。

「二人のことは、新戸を介して私が容認していた。どうか認めてはくれないだろうか」

 その一言に、柱達はざわつき、それぞれの見解を口にする。

 甘露寺と無一郎は「お館様の意に従う」と述べ、義勇は無言。杏寿郎は「万が一の時はすぐ頸を斬ればいい」と中立の意見を述べ、しのぶと悲鳴嶼はそれに同意。実弥と伊黒は断固反対の立場を貫き、宇髄は「そんなに鬼を認めていいものなのか」と反対寄りの意見だ。

 新戸の予想通り、賛成と中立と反対に分けられ、現状では中立を含めれば賛成が有利と言ったところだ。

(宇髄が中立じゃねェのは意外だったが、大よそは想定内。だが柱の中の上下関係を考えると、もう一押しだな)

 そんなことを考えていると、耀哉の傍に立つ少女――娘のひなきが手紙を取り出した。

「ひなき様、その手紙は?」

「こちらの手紙は、小守新戸様から頂いたものです」

『!?』

 一同が驚きを隠せないまま、ひなきは手紙を読み上げた。

 

 無惨と俺が戦ったのは、すでに聞いてるだろ?

 あのワカメ頭は、無能な十二鬼月に対する八つ当たりとかで来たわけじゃねェ。明確な理由があって襲撃してきたんだ。実際、民間人の禰豆子の顔を見た途端、敵である俺じゃなくてそっちを先に攻撃しやがったからな。

 そこで思ったのが、炭焼き職人である竈門家が継承しているヒノカミ神楽っていう神楽舞だ。炭治郎から聞いたんだが、父親の炭十郎は病弱だったが日没から日の出まで疲れることなく舞い続けたらしい。このヒノカミ神楽、もしかしたら全集中の呼吸の流派の一つかもしれねェ。

 それだけじゃねェ。炭治郎が炭十郎から受け継いだ耳飾りも訳アリだ。聞いた話だと耳飾りは祭具じゃねェようだが、先祖代々受け継いでる代物で、詳しくはわからねェが元の持ち主がいるらしい。ヒノカミ神楽との関連を考えると、元鬼殺隊の剣士であるかもな。

 これはあくまで俺の推測だが、ヒノカミ神楽は当時の鬼殺隊士が習得した全集中の呼吸の流派の一つで、頭無惨が死に物狂いでこの世から消そうとした程の技術かもしれねェ。根拠には乏しいだろうが、そう考えると辻褄が合ってくる。

 それを踏まえると、竈門家は無惨に狙われ続けることになる。炭治郎も鬼になった禰豆子も、無惨は十二鬼月を刺客として動かす。もしかしたら無惨本人が接触しにくる可能性もある。禰豆子の方は俺の血を取り込んだから人を喰うことはねェだろうが、万が一の場合は俺一人が全部責任を取る。鱗滝の天狗爺や義勇も一門として関わっただろうが、アイツらは責めないでほしい。

 この嘆願を聞き入れなかった場合、生涯後悔するぞお前。

 

『……!!』

 ――万が一の場合は俺一人が全部責任を取る。

 その言葉を聞いた時、炭治郎は胸がいっぱいになり、涙を流した。ぐうたらでチャランポランな新戸が、そこまでの覚悟をして庇ってくれることに。

 柱達も息を呑んだ。無責任さが漂うあの新戸が、実質「命を懸ける」と明言していることに。

 だが、ここで宇髄が気づいた。

「……いや、派手にちょっと待て。最後の一文おかしくねェか」

「ひなき様、もう一度最後の文をお読みくださりませんか」

「……「この嘆願を聞き入れなかった場合、生涯後悔するぞお前」と書いてあります」

 時が凍りついたような静寂が訪れる。

 直後、怒声が新戸に集中した。

「ふざけんなァ!!」

「お館様への脅しではないか!!」

「性根が腐敗してるのか貴様!!」

「てめェ派手に正気か!?」

 殺意すらも孕んだ視線を向けられるが、新戸は煙草の紫煙を燻らせ素知らぬ素振りを貫く。

 すると耀哉は、右手の人差し指を当てた。途端に柱達はピタッと口を閉ざす。

「新戸はこの世に蔓延る鬼の中でも、非常に稀有な存在だ。そして無惨や上弦の鬼達とも渡り合い、しかも上弦の鬼を寝返らせる離れ業も成し遂げた。そんな彼が炭治郎と禰豆子に命を懸けると言ったんだ。これを否定するには、否定する側はそれ以上のものを差し出さねばならない」

「うむ! 無理だな!!」

 きっぱりと言う杏寿郎に、他の柱達も遠い目をする。

 今までの独断行動が今回のような事態の為の布石だったとすれば、計略で新戸に勝てる人間はいないだろう……。

「それに新戸の予想通り、炭治郎は鬼舞辻と遭遇し、鬼舞辻は二人に向けて追手を放っているんだよ」

『!?』

 その言葉に、柱達は目を見開いて炭治郎を凝視した。

「新戸の推測が全て正しかったら、近年起こるこの鬼の変化こそが無惨討伐の鍵となるかもしれない。この機を逃す訳にはいかないんだ、わかってくれるかな?」

「そういう訳だから、裁判ごっこはこれでお開きと行こうや。この後の方が大事なんだし」

 新戸はさっさと終わらせようと畳み掛ける。

 が、やはりと言うべきか。人一倍鬼を憎む実弥と伊黒が待ったをかけた。

「承知できません、お館様!! 鬼を滅殺してこその鬼殺隊だ!!」

「俺も反対だ。そもそも新戸すら信用に値しないのに、これ以上鬼の力を借りるのは反吐が出る」

 忌々しそうに反対意見を述べる二人。

 その意見はもっともであり、内心では他の面々も同意であったが――

「え? お前ら無惨に塩を送るつもりなの?」

 新戸は一瞬で反対派をバッサリと切り捨てた。

 とどめの一撃に呆然とする二人を見て、しのぶは「勝負ありですね」と呟いた。

「全く……鬼殺隊に属する剣士(ガキ)共は殺意だけ先走ってるアホばっかりか。この際キツく言っておくべきだな」

 そう言うと新戸は縁側に上がり、耀哉の隣で胡坐を掻き、真剣な表情で口を開いた。

「いいかお前ら。鬼との戦いは様々な要因ですぐ逆転するモンだ。想定外の事態、まさかの増援、共犯の人間の存在、未知の血鬼術との遭遇……初っ端は明らかに優勢だったのに、数分後には全滅寸前なんてことはザラとある。俺も槇寿郎やカナエに付き合わされた頃、何十回とエラい目に遭った」

 新戸は現役時代の槇寿郎やカナエに連れ回され、多くの修羅場をくぐり抜けてきた。

 時には十二鬼月でもない奴に苦戦することも多々あった。その度に知恵を振り絞り死中に活を求め、反撃の一手を打ち人々の命を繋いだ。

 本人達はあまり公言していないが、新戸がいなければヤバかった死線も多かったのも事実だと認めてたりするのだ。

「これ以上鬼の力を借りるのは反吐が出るだと? 自惚れてんじゃねェぞ青二才が。むしろ正々堂々真っ向勝負仕掛けたら、すぐ長期戦・持久戦に持ち込まれてシメーだろうが。それに加えて周囲に民間人や負傷した仲間が云十人、相手が上弦の鬼だったらどうするつもりだ。てめェ一人で全員護って頸取ることできんのか? できずに全員死んでったろ? だから数百年も泥仕合してんだろうが」

 ズバズバと言ってのける新戸に、一同は反論できず顔を顰めた。

 現にカナエも上弦の壱の前では手も足も出ず、新戸が通りかかって撤退しなければ間違いなく死んでいた。帝都での下弦の弐討伐も、相手の血鬼術を利用するという奇策を新戸が実行しなければ、被害は拡大していた。

 その事実を覆すことなど、この場にいる者にできるはずもない。

「――どうした、言い返してみろガキ共。俺の手を借りてでも人を護る責務を全うした槇寿郎やカナエとは違うんだろ? 一対一(サシ)で上弦倒せるぐらい強いんだろ? おい、黙ってねェで何とか言え」

「新戸、そこまでにしなさい」

「……フン」

 状況を見かねた耀哉に制止され、新戸はぷいっと横を向いた。

 まだ言いたいことがあるのか、不満気な様子だ。

「炭治郎。新戸は今まで自分の頸を懸けることはしなかった。君達兄妹に対する新戸の想いは、私達の想像以上だろう」

 耀哉は炭治郎に静かに語りかけた。

「十二鬼月を倒しておいで。そうしたら皆に認められる。炭治郎の言葉の重みが変わってくる」

「――はい! 俺は、俺と禰豆子は鬼舞辻無惨を倒します! 俺と禰豆子が必ず!! 悲しみの連鎖を断ち切る刃を振るう!!」

「今の炭治郎にはできないからまず十二鬼月を一人倒そうね」

「は、はい……」

 急に恥ずかしくなる真っ赤になる炭治郎だったが、新戸は耳元で囁いた。

「炭治郎、禰豆子の件はごめんな。あの白ヤクザ、年下を甚振るのが生き甲斐だったのすっかり忘れてた」

「やっぱりそうだったんですか!」

「ぶっ殺されてェのかてめェらァァァァ!!」

 新戸の印象操作に激怒する実弥。

 炭治郎の宣言で笑いを堪えていた柱達――義勇と杏寿郎は除く――は、そのやり取りでついに吹き出してしまう。

 すると新戸は、今度は耀哉の下へ向かい耳元で囁いた。

「っつー訳だから、()()()はナシで頼むわ……葵枝さん達には俺が言っとくから……」

「うん……さすがに一家総出だとね……」

 墓まで持っていこうかと、小声でごにょごにょと会話する耀哉と新戸。

 その内容は伝わってないのか、一同は首を傾げた。

 その直後だった。

「やあやあ、随分と可愛い女の子が揃ってるね」

 ガラリと、いきなり襖を開けて一人の青年が現れた。

 一見は気さくな好青年だが、左目に「上弦」、右目に「弐」の文字が刻まれている。

 つまり、青年の正体は――

「上弦の弐!?」

 鬼殺隊本部、それも耀哉のすぐそばに十二鬼月の一角・上弦の弐がいる。

 一斉に抜刀し、切っ先を童磨に向ける柱達。

 緊張が走り、一触即発となるが――

「この人格破綻野郎、どこほっつき歩いてた!」

「おやおや、タダめし食らい殿は随分とご立腹だ!」

 その空気を一瞬で搔っ攫うように、新戸は童磨と悪口を言いながらガシッと固く握手した。

「遅れて悪かったよ、可愛い黒子ちゃんと行きたかったのに気を遣ってくれなくてさ」

「琴葉さんいるだろうが。贅沢言うんじゃねェ」

「それは琴葉が一番だけどさー」

 まさに数年ぶりに再会を果たした親友のような光景に、呆然となる。

 耀哉だけが唯一、悠然と構えてニコニコと微笑んでいる。

 さらに、思わぬ来客が二人現れた。

「炭治郎さん、酷いケガを……大丈夫ですか?」

「全く、その程度で死にかけるようじゃ先が思いやられるな」

「珠世さん! 愈史郎さんまで!?」

 何と炭治郎が浅草で出会った珠世一派も来ていたのだ。

 立て続けに鬼、それも上弦の弐という大物まで産屋敷邸にすでに上がっていた事実に、ついに立ち眩みを覚える柱も出てきた。

「……さて、色々と問い詰めたいことがあるだろう。全ては私と新戸が話そう」

 耀哉の宣言により、鬼殺隊の歴史上初の「鬼が介入する柱合会議」が始まろうとしていた。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
耀哉は原作通り、鱗滝さんの嘆願書は預かってます。ただし新戸の手紙の方がビックリしたので、鱗滝さんに「新戸が全責任負うつもりだから大丈夫!」と連絡済み。鱗滝さんは新戸が炭治郎と禰豆子の為に動いたことに「あの不届き者が……」と感慨にふけってます。


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第二十二話 思い通りに事が進む時に限ってコレかよ。

これで今年の投稿は終了ですね。
よいお年を。


 産屋敷邸の大広間で、前代未聞の上弦の鬼が参加する柱合会議が始まった。

 鬼の中でも最上位に位置する怪物・童磨の寝返り。それは、千年に及ぶ均衡の崩壊と言える衝撃的な事態だ。しかも今回は珠世が関与してることもあり、炭治郎も同行された。

 そして現在――

「しのぶちゃんって、ホント食べちゃいたいくらい可愛いな~!」

「お前それどっちの意味?」

 しのぶにガッシリと抱き着く童磨に、新戸はジト目でツッコむ。

 一応は軽い自己紹介をしたのだが、その矢先にこれである。

 しのぶは笑みを浮かべてはいるが、顔中に青筋を浮かべてもいるので、正直かなり怖い。

「新戸殿、ありがとう! 俺しのぶちゃん気に入ったよ!!」

「ちなみに俺はソイツの()を知ってるけどね」

「えー!? 何で教えてくれないのさ! 親友じゃないか!」

 プンプン! とでも言いたげな表情で怒る童磨。

 新戸は「聞いてこなかったし」と小指で耳をほじって一蹴する。

 二人共、殺意が湧き上がっているしのぶを相手にしても意に介していないあたり、大物である。

「それにしても、上弦の鬼を二人――いや、正確に言えば三人だけど、よくこちらに引き込めたね」

「いや、梅と妓夫太郎は〝棚ぼた〟だ。正直、童磨との繋がりは俺でも読めなかった」

 どこからか拝借した酒壺を煽る新戸に、耀哉は笑みを溢した。

 昔から常識に囚われず、とんでもないことをしでかしてきたが、その行きつく先が「鬼との共闘」。しかも無惨と敵対する珠世だけでなく、十二鬼月の上弦を寝返らせてみせた。これは新戸にしかできない芸当だ。

 先代(ちち)はこれを見越して生かしたのだろうか――そう思わずにはいられない。

「さて。改めて自己紹介をしよう」

 耀哉がそう言うと、大広間の雰囲気がガラリと変わり、緊張に包まれた。

 童磨と新戸は相変わらずだが。

「私は現鬼殺隊当主・産屋敷耀哉だ。珠世さん、愈史郎さん、上弦の弐。どうかよろしく」

「話は新戸さんと炭治郎さんから伺ってます。鬼舞辻打倒の為、協力致します」

「フン! 珠世様の足を引っ張るなよ」

「止しなさい、愈史郎」

 軽い挨拶を済ませると、一同の視線は新戸と童磨に移る。

「……ほれ、お前の番だぞ」

「どこまで言えばいいかな?」

「どうせあとでバレるから、言えるだけ言っちまえば?」

 新戸の提言に「それもそうか!」と朗らかに笑うと、童磨は虹色の瞳で鬼殺隊の面々を見つめた。

「初めまして。俺は上弦の弐・童磨。万世極楽教の教祖だ。ウチの伊之助がお世話になってるねえ」

『は?』

 突然の爆弾投下に、素っ頓狂な声を上げてしまう。

 ――ウチの伊之助? 伊之助って誰だ?

「……新戸」

「耀哉、アレだよ。今回の最終選別の合格者の一人」

『ハアァ!?』

 新戸のさらなる爆弾投下に、騒然とする。

 最終選別の合格者の一人が、上弦の鬼の身内だったのだ!

「15年前、イカレた夫から逃げてきた琴葉さんと伊之助を童磨が匿ったんだよ。その同じ頃に、槇寿郎に殺されそうになった俺が駆けこんで、その後仲良くなったってわけ。しっかし、あの時の琴葉さんには感謝しかねェ……追い返されたらマジで殺されてた」

「アッハッハッハ! あの頃の新戸殿、必死だったねぇ!」

 涙目で爆笑する童磨に、新戸は顔を引きつらせた。

 すると炭治郎が、ハッとした顔で口を開いた。

「っていうことは、あなたが伊之助の言っていた糞親父ですか?」

「え? 伊之助そう言いふらしてるの!?」

 炭治郎の発言に心外! と言わんばかりの表情を浮かべる童磨。

 だが新戸がすかさず「琴葉さんと出会う前まで本当に糞野郎だったろうが」とツッコみ、親友からの刺々しい言葉を食らった童磨は目に見えて落ち込んだ。

「……と言うことだ。少しは信じられるだろ」

「んなわけあるかァ!! 言い分はどうした言い分はァ!!」

「言っても聞かねェ奴に理屈は通じねェでしょうに」

「そーかそーか、よーくわかったァ!! てめェ表出ろやァ!!」

 血管が切れそうな勢いで怒鳴り散らす実弥。

 それに続くように、宇髄も声を上げた。

「俺としては胡散(くせ)ェな。俺達に寝返ったっつってる上弦も、実際はそういうふりしてるんじゃねェかって思ってる」

「いえ……たとえ謀をしても、新戸さんはすぐわかってしまいますよ」

「ほう。というと?」

 宇髄の質問に答えるように、珠世は新戸が鬼舞辻無惨と同じ能力を開花し始めている話を始めた。

 鬼が生まれて千年。今まで無惨に似た能力を持つ個体は一度も出現しなかったのに、この大正の世になって新戸が発現した。定期的なやり取りで少しずつわかり、現時点では知覚掌握や鬼を己の肉体に取り込み吸収する能力などを扱えるようになっており、近い将来には人間の鬼化すらも実現してしまう見立てであるというのだ。

 実質、第二の鬼舞辻無惨の誕生――それどころか鬼の始祖を超越した鬼の王の誕生となるのではないか。珠世はそう判断しているという。

「おいおい、そんなんアリかよ……」

 無駄に賢くやる気のない関係者が、実はとんでもない能力を開花していたと知り、思わず顔を引きつらせる宇髄。

「お館様、危険が過ぎます! コイツが無惨以上の脅威になったら……!」

「新戸は必ず殺さねば。いずれ我々を……!」

 すかさず実弥と伊黒は意見するが、耀哉は杞憂だと言い放った。

「出来る能力があっても、そこから先は本人次第だ。たとえ無惨より強大な存在になっても、新戸は私のスネをかじる生活を選ぶと思うよ」

「素人の穀潰しは食い散らかして終わりだが、俺は玄人だぞ? 玄人は寄生先が滅びないように陰で努力すんだよ」

「努力の方向性が間違ってる……」

 ブレない新戸の発言に、困惑を隠せない珠世達だった。

 

 

 その後、議論は白熱した。

 珠世一派及び童磨が提供した情報は、鬼殺隊にとって極めて有益なものばかり。手の内をここまで知ることができれば、隊士の質の低下に頭を悩ませる今代の柱も息がつけるというものだ。

「これで多くの事実を知ることができた。感謝するよ」

「打倒鬼舞辻という共通の目的がある以上、いがみ合うのはよろしくないですからね」

「まあ、公にできねェ情報もあったけどな」

 新戸の呟きに、一同は押し黙った。

 珠世達が提供した情報に、上弦の壱〝黒死牟〟の人間時代があった。

 黒死牟は当時の鬼殺隊士であり、その強さは際立っていた。それが無惨に寝返り、当時の鬼殺隊当主を殺して首を新たな主君に捧げたのだ。その事実を知った柱達は、怒りに震えたり悲しみのあまり涙を流したり、かなり心を抉った。

「しかし、勘の鋭さは産屋敷の特権だ。裏切りは悟ってたりしてたんじゃねェか?」

「というと?」

「出来すぎてんだよ。当主(おやじ)は屋敷にいたのに、御子息(むすこ)()()()()()()()()()()だった? んな馬鹿なことあるか。わかってたに決まってんだよ」

 曰く、当時の当主は裏切りに勘づいており、根絶やしにされないよう予め妻と子と距離を置いたのではないかとのこと。

 新戸の視点では、かつての主君一人の首を刎ねて退散だと、あまりにも半端で不自然に思えるのだろう。

「さぞ気の毒だったろうが、大した奴だとは俺は思うけどな」

『……!』

 新戸は当時の当主は無惨より一枚上手だったと評した。

 その言葉に、耀哉は「ありがとう……」と泣きそうな顔で笑った。

「さて、湿気た話は終わりだ。今後について話そう」

「ふむふむ。それじゃあ俺はもうしばらく十二鬼月でいさせてもらうよ。その方が動きやすいし、伊之助や琴葉の為にもなるだろうし」

「私はしのぶさんの診療所で、研究をします。新戸さんと禰豆子さんの血液から、新たな薬を調合します」

「では、私から他の剣士(こども)達にも知らせておこう。誤解を生んで傷つけられたりしたら堪ったものじゃないからね」

 鬼達の会話にしれっと参加する耀哉。

 さすがお館様、肝が据わっている。

「じゃあ、炭治郎と禰豆子はここまで。傷を癒しておいで」

「は、はい……」

「隠の皆さん、私の屋敷に送ってあげてください」

 しのぶが手を叩いて隠を呼ぶと、炭治郎と禰豆子が入った箱を抱えてせっせと去っていった。

「……さてと。ひとまず会議はここで区切ろう。童磨、向こうの動きあったら伝えてくれ」

「ああ、そうそう。つい先日君の知り合いが俺の寺院に訪れてさ」

 新戸は童磨の言葉に、怪訝そうな表情を浮かべた。

「俺の知り合い? うどん売りに来た豊さんとかじゃねェよな」

「栄次郎君って知ってるよね?」

 その言葉を聞いた途端、新戸の雰囲気が変わった。

 新戸は平静を保っているが、顔色が〝悪い方〟に変わったのがすぐにわかった。

「いや、栄次郎は……高浪栄次郎は死んだはずだ。冗談は止せよ」

「だけど生きてたよ?」

「寝言は寝て言え。いくらお前でもそれは信じねェぞ!」

 新戸はきっぱりと言うが、そのすぐ後に探るように童磨に尋ねた。

「――で、アイツ何つってた?」

「君が来たらすぐ知らせてくれって」

 すると、新戸がソワソワし始めた。

 冷や汗をダラダラと流し、あからさまに動揺している。今まで見たことない姿だ。

「……上弦の弐。まさか彼が?」

 代わって質した耀哉に、童磨は答えた。

「そう。元鬼狩りの栄次郎君は鬼になったよ」

『!?』

 何と、裏切り者がまだいたのだ。

 それも、新戸との因縁が深い相手ときた。

「あの……栄次郎って誰ですか?」

「そうか……甘露寺は知らぬのだな。私の口からも説明しよう」

 悲鳴嶼は新戸に代わって栄次郎の説明をした。

 かつての風柱候補から新戸との因縁、最期の瞬間……悲鳴嶼が知り得る限りの情報は、鬼殺隊だけでなく珠世達も動揺させた。

「鬼になった後、彼は師匠と兄弟弟子を鎹鴉ごと殺し喰い尽くしたから問題ないって自慢げに言ってたよ」

「それ程の悪行を重ねといて、鬼殺隊は何も把握しなかったのか!?」

「愈史郎、責めないでくれや。俺にも落ち度があった」

 自らの落ち度もあったとあっさり言い放った新戸に、愈史郎は驚愕する。

 新戸にとって、栄次郎の鬼化はそれ程深刻だったのだ。

「しっかし、まんまとしてやられたな……」

「何だと?」

「一門から鬼が出れば、育手は責任を取って切腹する。その情報は鬼殺隊中に知れ渡り、同じ一門の人間は仇討ちをするだろう。だが鬼になって真っ先に育手と兄弟弟子を鎹鴉ごと()られちまったら話は別だ」

 つまり、栄次郎は鬼になってすぐ育手と兄弟弟子、さらに縁のある鎹鴉を殺したことで、情報が中枢まで出回るのを遅らせたのだ。

 通常、人間から鬼への変異直後は、激しい意識の混濁・退行がある。だが童磨のように人間時代の記憶や人格をそのままはっきりと保っている者もおり、栄次郎も同様だったとすれば、その芸当は可能だ。

「んなゴミクズが同じ呼吸の使い手だったとはなァ……!!」

「……」

 実弥は激昂する一方、悲鳴嶼は静かに涙を流した。

 悲鳴嶼は栄次郎の最後の任務で指揮官をやっていた。もっと自分が早く駆けつけていれば、彼は鬼にならなかったのかもしれない――そう思わずにはいられなかった。

「ちなみに、無理矢理だった?」

「いや、彼は自分の意志で鬼になったって言ってたよ。何でも「アイツを殺すまで死にたくない。殺した後は好きにしていい」って無惨様に言ったらしい」

「新戸を殺すためだけに、鬼舞辻に魂を売ったというのか!?」

 余りにも身勝手な理由だったと知り、杏寿郎は声を荒げ、思わず立ち上がった。

「……強いの?」

 無一郎の問いに、新戸は無言で頷いた。

「アイツは当時、さねみんを差し置いて次期風柱と謳われた奴だ。潜在能力的には今代の柱(おまえら)に匹敵するだろうよ。手の内を知ってるのは殺し合った俺とカナエだけだ」

「姉さんが?」

「……何でか知らねェが、カナエはアイツのことをよく知っていた。隊士同士の人間関係なんざ興味なかったが……あとで詳しく聞かなきゃな」

 栄次郎の育手と同門が亡き今、彼の手の内を知ってるのは新戸とカナエ。

 実弥は同じ風の呼吸の使い手だが、栄次郎との接点はほとんどなかったため、実質二人だけなのだ。

 その時、ふと新戸は気づいた。

「――いや待てよ。童磨、アイツ本当にワカメの手下になったんだよな?」

「さっきからそう言ってるじゃないか」

「だとしたらおかしいぞ。なぜ蝶屋敷にワカメの刺客が来ない? 俺だったら真っ先に叩くぞ」

 その言葉に、一同はハッとなる。

 栄次郎は産屋敷邸に行くことは無かったが、隊士として蝶屋敷の出入りはあった。蝶屋敷は負傷した隊士の治療所――鬼殺隊専用の病院にして薬局だ。そこを叩けば、たとえ誰一人殺せずとも大きな痛手となるのは火を見るよりも明らか。

 ましてや栄次郎は今や無惨の手下、しかもカナエが現役の柱だった頃の代の鬼殺隊士だ。その間に無惨側に蝶屋敷の所在がバレて当然なのだ。

「まさか……()()()()()()のか?」

 

 

           *

 

 

「頭を垂れて蹲え。平伏せよ」

 芸妓の女性が、無限に広がる複雑怪奇な空間で五人の鬼を見下ろしていた。

 ここは異空間「無限城」。かの鬼舞辻無惨の拠点である。

 そして無惨の視線の先にいるのは、十二鬼月の下弦の鬼達だ。なぜ彼らが招集されたのかと言うと、先日の那田蜘蛛山での下弦の伍・累の件である。

「ここ百年余り、十二鬼月の上弦は顔ぶれが変わらない。鬼狩りの柱共を葬ってきたのは常に上弦の鬼達だ。しかし、下弦はどうか? 何度入れ替わった?」

 誰一人として柱を討ち取ったことのない下弦の鬼達を咎める無惨。

 事実、彼らは一人として柱を葬っておらず、むしろよく葬られる方である。

「もはやお前達は必要ない。下弦の鬼は解体する」

 無惨がそう宣言し、指をパチンッと鳴らした。

 刹那、下弦の鬼達の前に一人の剣士が降り立った。

(何だアイツ……まさか鬼狩り!? なぜここに!!)

 咄嗟に身構える下弦達。

 唯一動かないのは、下弦の壱である(えん)()だけだ。

「〝風の呼吸〟……」

 

 ――肆ノ型 昇上砂塵嵐(しょうじょうさじんらん)

 

 たった一太刀。

 ほんの一瞬で下弦の壱を除いた四人全員の頸が撥ねられ、無数の鎌鼬が肉体を細切れにする。さながらサイコロだ。

 その凄まじい速さと強さに、頸を刎ねられた四人は目を見開いた。

(な……何だ、何が起こった!?)

(や、やられている!? あの一瞬でか!?)

(体が……再生、しない……!?)

(な、何者だアイツは!? 一度も見たことがない奴だったのに!!)

 それぞれが絶望や慟哭が混じった表情を浮かべ、ついに事切れた。

 剣を持った鬼の正体は、栄次郎だった。

「……見事だ栄次郎。私が拾い、黒死牟が鍛えただけはある」

「勿体無き御言葉っ」

 頭を垂れる栄次郎に、無惨は愉快そうな表情を浮かべた

「鬼化してすぐ、兄弟弟子と師を真っ先に喰った残酷さ。そして例の産屋敷の狗に対する並々ならぬ憎悪……異常者の集いである鬼殺隊に、お前のような逸材がいたとはな」

「いえ、全ては無惨様の慈悲深さゆえ。それに報いたまでのこと」

「この私が慈悲深い? ……面妖な奴め」

 栄次郎の言葉に、目を細め口角を上げる無惨。

 かつて自分を徹底的にコケにした、あの忌々しいズボラ鬼。無惨は生理的に受け付けられないからと今まで避けてきたが、そんな奴が最大の障壁の一つとして立ちはだかってしまったのだから、虫唾が走って仕方がない。

 そんな中、たまたま拾った栄次郎。彼は精力的に鬼殺隊を殺し回り人を喰らっていたが、実は新戸との因縁が深いということがつい二年前に発覚した。今まで彼が言っていた「アイツ」の正体はわからず、そもそも興味なかったのだが、竈門家襲撃が失敗した直後にグチグチ呟いてたところ、栄次郎が憎悪に狂った顔で「アイツ……!」と吐き捨てたのが始まり。

 それ以来、栄次郎は無惨から新戸抹殺を一任された。新戸を葬ったという報告はないが、索敵した他の上弦の報告から産屋敷よりも厄介な存在だと見積もっているので、その辺りは許容できた。何だかんだ新戸を殺したいが、直接関わるのは避けたいようである。

「……だが一つ腑に落ちない。なぜ奴は残した」

「下弦の壱のみ、他とは異なる反応でしたので、最期の言葉を聞く価値があるのではと」

 その返答に、無惨は「成程……」と感心した様子で呟いた。

 確かに五人の中で魘夢だけが終始余裕を持っていた。それを見逃さなかったあたり、栄次郎はかなり()()()()と言える。

「……最期に何か言い残すことは?」

 無惨は一人残された魘夢を見下ろすと、左手をぐにゃりと伸ばした。

 見る見るうちに膨れ上がったソレは、大蛇のようにうねり始め、巨大な口が開かれた。

 それを見た魘夢は、顔を赤らめてうっとりと見つめた。

「私は夢見心地でございます。貴方様直々に手を下していただけるなんて……人の不幸や苦しみを見るのが大好きなので、夢に見る程好きなので、私を最後まで残してくださってありがとう」

 幸せでした、と。

 恍惚感に満ち溢れた表情で、魘夢は狂気の笑みを浮かべる。

 黙って聞いていた無惨は、おもむろに異形の手を繰り出し、その先端を針のようにとがらせ、首筋に撃ち込んだ。

「がっ!?」

「気に入った。私の血をふんだんに分けてやろう。ただしお前は血の量に耐え切れず死ぬかもしれない。だが順応できたのならば、更なる強さを手に入れるだろう――私の役に立て」

 血を流し込まれのたうち回っていた魘夢は、咳き込み震えながらも、少しずつ静かになった。どうやら順応できたようだ。

 無惨は微笑むと、指を三本立てた。

「鬼狩りの柱と、耳に花札の飾りを付けた鬼狩りを殺せ。それから小守新戸――仕込み杖を携えた鬼を探し出せ。遂行できたら、さらに血を分けてやろう」

 その直後。

 ベンッという琵琶の音が響き、床が障子に切り替わったと思えば、左右に開いて魘夢は落下した。

「……では無惨様、この残りカスは俺が処分します」

「奴らの頸か? ああ、好きにしろ。お前を鬼にして正解だった、下弦共と違う」

 どこかスッキリした顔の無惨は、琵琶の音と共に姿を消した。

 残された栄次郎は、下弦の頸に手を伸ばし、大きく口を開けた――

 

 

 気がつけば、そこは人気の無い夜の路地裏だった。

 魘夢は喉を掻きむしると、脳内に記憶が流れてきた。

(何だ――何か見える……)

 見えたのは、二人の男。

 一人は、市松模様の羽織を着た少年の鬼狩り。額に赤い炎のような痣があり、その耳には花札のような日輪を模した耳飾りが揺れている。

 もう一人は、左手に仕込み杖を携え、煙草の紫煙を燻らせる細面の男性。詰襟の上に紫の着物を尻端折りで着用し、丈の長い羽織を外套(マント)のように被っており、口の牙や縦長の瞳から、同族(おに)であるのが一目でわかった。

(鬼狩りの〝柱〟に加え、コイツらを仕留めれば……さらに血を……!!)

 夢見心地だ、と魘夢は笑った。

 しかしこの後、小守新戸という鬼に出し抜かれた魘夢は心底後悔するようになる。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
無惨及び上弦から見た栄次郎は、以下の通り。
無惨→お気に入り。残酷さと仕事が早い点を高く評価。
黒死牟→愛弟子。
童磨→新戸と違って相性が悪いと思ってる。
猗窩座→競争相手。
半天狗→真面目。ただし共食いを好む点は危険視。
玉壺→構い甲斐がある。
妓夫太郎→共食いを好む点から、妹に手を出すんじゃないかとソワソワ。
堕姫→嫌い。顔を合わせた日に「囮か非常食か?」と言われたため。
鳴女→普通。


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第二十三話 酔っ払いの鼻歌みたいな音って何だよ。

明けましておめでとうございます。

遊郭編の縁壱、井上さんでしたね。
滅茶苦茶な威圧感だった……無惨様ビビるわそりゃ。(笑)


 ある日の蝶屋敷。

 鬼殺隊士の獪岳と不死川玄弥は、現在の師範であるズボラ鬼・小守新戸の呼び出しを受けていた。

「……師範の用事って、何なんだろうな」

「あの人のことだ、何か悪巧みしてるんだろ」

 互いに呆れた笑みを浮かべる。

 鬼殺隊に在籍している新戸は、チャランポランで人望も御粗末だが、戦略家としての才覚は鬼殺隊随一で、彼が直接関わった任務は死者が未だに出ていない。最近では指導者としての才覚に目覚めようとしているのか、今まで単独行動が多かったのにいきなり弟子を二人受け持つようになった。

「まあ、悪い話じゃないだろ」

「だといいけど……」

 そんな会話を交わし、集合場所である道場に入る。

 するとそこには、木箱の傍で煙草を吹かす新戸の姿が。

「お、来たか二人共」

「師範、失礼します」

「そうかしこまらなくていいさ。とりあえず座れ」

 礼儀正しく一礼をすると、獪岳と玄弥は新戸の前で正座した。

「それで、話って何スか」

「ちょっとした贈り物さ。まずは玄弥からだな」

 新戸は傍に置いていた木箱から、布で包まれた何かを手に取り、解包する。

 現れたのは、散弾銃(ショットガン)だ。

「これって……」

「ウィンチェスターM1897。狩猟用にと民間に払い下げられた西洋式の小銃(ライフル)でな、お前の大口径南蛮銃よりも狙撃に向いていると思うぞ」

 玄弥に銃を渡す新戸は、不敵に笑った。

 〝全集中の呼吸法〟を使えない上に剣の才能自体も低いという、鬼殺隊士として致命的な短所を抱えている玄弥だが、隊内でも極めて珍しい銃の腕前を有している。本人曰く「的に当てるのが上手い」とのことで、鬼との戦闘を踏まえ日輪刀と同じ材質の弾丸を飛ばせる銃を主軸としている。

 そこに目を付けた新戸は、玄弥の射撃能力を培うべく、鉄砲店で猟銃として売られていたウィンチェスターライフルを購入。さらなる武装強化を促したのだ。

「武装の強化改良は戦闘能力の向上につながる。文明の利器は活用しないとな。……そして獪岳、お前にはこれをやろう」

 続いて新戸が箱から取り出したのは、新品の隊服と黒い着物、そして帯だ。

 獪岳専用の衣装のようだ。

「隠の連中に頼んでな。帯と着物の素材は隊服と同じで、全体的に耐久性が高い仕様になっている特注品だ」

 ライフル買うよりも金がかかったぜ、と不敵に笑う。

 自分の為だけの戦装束を用意してくれたなんて……! 新戸の計らいに驚きを隠せない獪岳だったが、さらに思いもよらない「命令」を聞くことになる。

「お前は確かな才能を持っている。今日から〝(いな)(だま)(かい)(がく)〟と名乗って、俺の()()になれ。返事は「はい」か「御意」の好きな方でな」

「――はいっ!!!」

 ケラケラと笑う新戸に、獪岳は胸がいっぱいになった。

 才能と努力を評価・承認され、名字という存在の証を与えられ、右腕という居場所を与えられ……承認欲求の塊である彼の新戸への好感度は鰻登りだ。

 ――俺は今、期待されてる! 認められてる! 正しく評価されている!

「まあ、玄弥も見所とか才能とかあるから。獪岳の背中に追いついてみるこったな。コイツの努力は尋常じゃねェぞ」

「……はい!!」

「その意気や良し。じゃあ、こっからが本題だ」

 新戸は新しい煙草を咥え、火を点けて吹かす。

「今後、鬼殺隊とワカメ頭との戦いは激化すると考えてる。十二鬼月、特に上弦との殺し合いの頻度が増えるだろう。上弦の鬼は柱でも手に余る。お前ら二人はそう簡単にはくたばらねェだろうが、上位の鬼との模擬戦闘をあらかじめ積んどかねェとマジで死ぬ」

「……柱でも倒せないんですか」

「実際のところは相性次第って面もあるが、参から上は一対一(サシ)で勝てる相手じゃねェのは確かだ」

 無数の鬼を狩りまくってきた柱すらも容易く葬る、上弦の鬼。

 新戸はその上弦の中でも最上位とも言える三人と邂逅し、その内の一人を味方に引き込んだ。残りの二人は、新戸の戦略と血鬼術をもってしても討ち取れず、上弦の壱に至っては撤退一択だった。

 今となっては間違いなく鬼殺隊の最高戦力と言える新戸ですら、上弦の鬼の前ではギリギリ互角に張り合うので精一杯だったのだ。今の獪岳と玄弥が敵うはずもない。

「そんで、ここからが提案なん――」

 なんだが、と言おうとした直後だった。

「ウリイィィィィィィィィ!!!」

 道場の戸を突き破り、雄叫びと共に患者衣を着た謎の猪頭が乱入。

 裸足とは思えぬ素早さで新戸に肉迫し、跳び上がって踵落としを決めた。

 ――が、新戸は一切動じずに納刀状態の仕込み杖の柄で防御。強引に押し返し、呆れた表情で口を開いた。

「……相変わらず突っ込んでくるんだな、伊之助」

「おい引きこもり! 勝負しろコラ!」

 猪頭――嘴平伊之助は鼻息荒く睨む。

 幼少期からの顔馴染みの道場破りに、新戸は面倒臭そうな表情で笑う。

「行くぜ……猪突猛進!!」

 伊之助は真っ向勝負を仕掛ける。

 が、相手は卑怯千万の小守新戸。正々堂々と肉弾戦で迎え撃つわけがない。

「はい、どーん」

「うおわぁぁぁぁぁ!?」

 いつの間にか右手の掌に浮き出た目から、赤い矢印が射出。

 矢印は伊之助を貫通し、そのまま廊下まで吹っ飛ばした。

「いい加減学習しろよ。俺が正々堂々と勝負すると思ってんのか?」

「卑怯者であることを自覚してる……」

 呆れた笑みで語る新戸に呆れる玄弥。

 自覚している上で直さないという、完全に開き直っている態度に清々しさすら感じた。

 だが、これで諦める伊之助でもなく。さらに加速して新戸に飛びかかった。

「うりゃあぁぁっ!」

「ほいっと」

 

 ドォン!

 

「うぇぐっ!?」

 全力で殴りつけに来たところを、スルリと躱して足を突き出す。

 足を引っかけられて盛大に転んだ伊之助を、上から踏みつけ抑える。

(う、動けねェ……!)

「挑むからには〝勝ち方〟を考えるんだな。腕っ節だけじゃあ他人は超えられねェんだよ」

 伊之助がまた暴れるからと思ってるのか、新戸は足をどかそうとしない。

 そこへ、二人の少年が慌てて駆けつけた。

「伊之助! 無事か!?」

「お前ホントいきなりどうしたの!? うっすら酔っ払いの鼻歌みたいな音がしたと思ったら、いきなりすっ飛んで行ってさぁ!! また喉潰れたら困るんだけどぉ!?」

 道場へ駆け込んだのは、花札のような耳飾りを付けた少年と、金色の短髪が特徴的な眉尻が二股に割れた太い垂れ眉の少年。

 その内の前者は、新戸の顔馴染みだ。

「炭治郎じゃねェか」

「新戸さん!」

 顔馴染みにして恩人の鬼に、炭治郎の顔が明るくなる。

 伊之助を踏んでいた足をどかすと、新戸は胡坐を掻いて座り込む。

「竹雄達には会ったのか?」

「見舞いに来てくれたんです。泣き疲れちゃって大変だったんですけど……」

 アハハと困ったように笑う炭治郎。

 これが長男力か、と顎に手を当てると、もう一人の金髪に目を向ける。

「ってことは、お前が我妻善逸か」

「ええっ!? 何で知ってんの!? 俺あなたと今日初めて顔合わせたんですけど!? っていうか鬼じゃん!! 酔っ払いの鼻歌みたいな音に紛れて鬼の音がするんだけど!! しかも顔立ち悪くないし!! 世の中不平等だ!!」

(酔っ払いの鼻歌……)

 ギャーギャーと喚く善逸に、新戸はジト目になる。

 ――え? こんなのが俺の右腕と同格? マジか?

「……獪岳、お前苦労したんだな」

「ええ、全く」

 獪岳の肩に優しく手を置く新戸。

 炭治郎や伊之助の同期なのだから、それなりの剣腕と強運は持っているだろうが、胆力が限りなくゼロに近い。先代当主の頃から鬼殺隊に在籍している分、色んな人間と関わってきたが、()()()()()()()()はいなかった。

 及び腰は結構だが、これで民間人(カタギ)に泣きついてたら終わっている。……というか、新戸が知らないだけですでに泣きついているが。

「……そう言えば、新戸さん。隣の」

「ああ、玄弥はお前らの同期だったな」

 新戸が縦長の瞳を向けると、玄弥は顔を逸らした。

「……何かあったの?」

 炭治郎にも目を配ると、むんっ! と怒り気味の表情。

 新戸は「隠し事はよくねェなァ」と自分のことを棚に上げつつ、玄弥を質すと、彼は気まずそうに答えた。

「実は……選別ん時に揉めて腕折られて……」

「ああ、それか。()()知ってるけどね」

「――この野郎! ぶっ殺してやる!」

「おい! 師範に何しやがる!」

 何と新戸は、最終選別後の玄弥の問題行動と炭治郎との暴力沙汰を知っていた。

 完全に弄ばれたことに顔を真っ赤にし、胸倉を掴んで殴りかかろうとし、獪岳は青筋を浮かべて止めに入る。

「いいだろ、兄貴には知られてねェんだから。まあ知ったら知ったで面白そうだな、さねみんの反応は」

 あの白ヤクザの土下座見れそうだし、と意地の悪い笑顔を浮かべる新戸に、玄弥は兄の立場が危ぶまれると察し顔面蒼白。

 獪岳も新戸の黒い表情に「悪い大人だ」とボヤき、炭治郎達も苦笑いを浮かべる他ない。

「何はともあれ、お前らもよく生き残った。せっかくだからくつろげ」

 

 

 その後、炭治郎達は新戸の計らいで束の間の息抜きを堪能した。

 中でも特に食いついたのは、新戸の助言。現在の鬼殺隊において古参の部類である新戸は、鬼殺隊や鬼に関する多くの知識を有しているため、鬼狩りとして新参の三人には喉から手が出る程に欲しいモノだった。

 全集中の呼吸を睡眠時含む四六時中続ける高等技術「全集中・常中」、新戸と衝突した上弦の鬼の情報、獪岳と玄弥に課している修行内容……今後の鍛錬に必要なネタを引き出し、炭治郎と伊之助は意気込んだ。

 その上で、新戸は三人に提案した。

「俺としても、今の隊士の質の低下は少しマズイと思ってる。お前らでいいなら、付き合ってみるか?」

「よろしくお願いします!!」

「おう、やってやるよ!!」

 二人は色んな意味で経験豊富な新戸の修行に参加することを宣言。

 唯一、善逸は嫌がっているが、新戸が「禰豆子も鍛えようと思う」と言った途端に手の平返し。わかりやすい奴である。

 しかし、そんな新戸の真意を知る者が一人。獪岳だ。

「……自分が働きたくねェだけだろ、師範」

「よくわかってるじゃねェか」

 耳元で囁く獪岳に、ニィッと口角を上げる新戸。

 一般隊士の質の低下は、新戸への皺寄せに直結する。耀哉としては隊士の質の低下は悩みの種だが、新戸の強制労働にもつなげられる好機でもある。それを見抜いた上で、新戸は炭治郎達の育成に名を上げたのだ。

 その様子が、必ず外の鎹鴉達に見られていると想定して。

「まあ、傷が完治したらでいい。俺も珠世さんやカナエ達に用があるから、しばらくは蝶屋敷に滞在する。鍛錬は夜中、成長ぶり次第で獪岳がやってる応用訓練をやってもらう。痛い目に遭うから覚悟しとけ」

「痛い目に遭うこと前提!? 嫌だよ~!! 爺ちゃんの時みたいなのが再現されるのぉ!?」

「心配すんな、ちゃんと手加減した上での痛い目だから」

「余計不安なんですけどぉ!?」

 のたうち回りながら汚い高音を上げる善逸に、弄り甲斐は一丁前かと呟く新戸だった。

 

 

           *

 

 

 その日の夜。

 皆が寝静まった頃、新戸は蝶屋敷のある一室を訪ねていた。診療所を棄てた珠世達の専用の部屋である。

「カナエの奴、割といいトコくれてやったんだな。浅草とそんな差はねェ」

「彼女には助けられてます。妹のしのぶさんも協力してくださるので、大きな一歩です。では、腕を出して」

「あいよ」

 差し出した右腕に、注射の針が刺され、採血される。

 それと共に、傍にいた愈史郎は鼻と口を覆った。

 新戸の血は、高濃度のアルコールとニコチンが含まれている。その匂いは鼻が曲がりそうになる程で、血を飲めば悶絶し、肉を欠片だけでも喰らえば心的外傷に発展しかける威力を持っている。その体質の恐ろしさを身を以て知っているため、珠世達は強い覚悟で採血に臨むのだ。

 が、ここで意外な事実が発覚した。

「……!? 新戸さん、最近お酒と煙草は控えてますか?」

「? いや、よく飲んでるけど」

 そう、酒と煙草の臭いが薄れているのだ。

 つい数ヶ月前まで地獄のような臭いを放っていたのに……。

「……最近、何か変わったことをしてますか?」

「そうだな、強いて言えばしのぶの毒の実験に付き合ってるぐらいか」

「っ! それを詳しく!」

「うおぅ!?」

 興奮気味に詰め寄ってきた珠世に驚く新戸。

 一方の愈史郎は「興奮した珠世様……」と目を輝かせている。

「実はな、しのぶが純米大吟醸酒三本を報酬に俺を実験台にしてんだ」

「その過程で複数の試験薬……いや、この場合は〝試験毒〟か。それを服用したことで、体質がまた変化したのか。それにしても酒で自分の身を捧げるのか貴様は?」

「何言ってんだ、高級酒を働かずに貰えるんだぜ? 願ったり叶ったりだ」

 うはは、と呑気に笑う新戸。

 飄々としつつ狡猾に立ち回る印象が強いが、案外ザルかもしれない。酒好きだけに。

「成程。鬼に効く毒は藤の毒……ですが新戸さんの血を混ぜて作成したものとなれば、割合によって効果が変わるかもしれませんね。上位の鬼にも決定打となり得る毒の作成となれば、副作用で臭いが薄れるということも考えられます」

「副作用の割には、随分お得だな」

「はっきり言って、鬼殺しとも言うべき状態です」

 珠世曰く。

 新戸は人体にとって有害であるニコチンの大量摂取を続けることで、体内に侵入した異物への耐性が極めて高く、鬼の不死性や再生力も相まって異物を短時間で中和するように変異している可能性があるという。

 それは、新戸という生物が希望の光となり得ることを意味した。

「浅草で鬼にされた男性を治療する際、少量の血を混ぜて試験薬を投与したところ、飢餓がすぐ鎮まり人間の食事も食べれるようになりました。お二方は新戸さんに感謝していますよ」

「副作用として、飲酒と喫煙の毎日となったがな」

 人を襲わない分まだマシだが、と付け加える愈史郎。

 どうやら浅草で無惨に鬼にされた悲劇に見舞われた男性は、人を襲わずに済んだがロクな食生活じゃないようだ。

「炭治郎さんにもお話しましたが、今後も鬼の血の摂取を続け、少しでも鬼舞辻の打倒や鬼を人間に戻す薬の開発を進めるのが一番です」

「それについてなんだけどよ。珠世さん、ちょっといいこと閃いたんだ」

 新戸はニヤニヤと意地汚い笑みを浮かべた。

 絶対ロクな考えじゃないと勘繰りつつも、一応珠世はどういう考えか尋ねると……。

「俺の血で毒を作ってんのがしのぶだ。だが()を作ってくれる人いねェんだよ」

「……まさか!?」

「お前、正気か!?」

 

 それは、誰もが思いもしなかった、新戸ならではの考え。

 いや、新戸だからこそ思いつく、鬼を滅してこその鬼殺隊では反発必須の発想。

  

「俺の血で、鬼化した人間だけじゃなく、普通の人間にも効く回復薬や輸血用の血を作ってくれねェか?」




【ダメ鬼コソコソ噂話】
本作における化け物三人衆は、以下の通り。

鬼舞辻無惨→性根が化け物
継国縁壱→戦闘能力が化け物
小守新戸→思考力(特に洞察力・推理力)が化け物

皆さんは、誰が一番恐ろしいですかね……?


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無限列車編
第二十四話 準備の段階で勝敗はほぼ決まるんだよ。


そろそろ無限列車編に移ります。


 新戸が珠世に製薬を依頼してから、三日後の夜。

 鬼側の情報を鬼殺隊に流す間諜としての活動をしている童磨から、緊急速報が流れたことで産屋敷邸には柱達が全員終結していた。

「つい先日柱合会議を開いたばかりだってのに、今度は緊急の柱合会議かァ?」

「ああ! 何でも、お館様が上弦の弐から緊急の報せを受け取ったとのことだ!」

「珠世さんも呼ばれているあたり、やはり……」

「はい、おそらくは鬼舞辻に関する情報かと」

 何気に馴染んでいる珠世の言葉に、柱達は唸る。

 鎹烏を通じて受け取ったのは、「上弦の弐より緊急の報せあり。至急産屋敷邸に集結せよ」のみであり、実際のところどういった内容かは誰も知らない。しかし無惨と敵対する珠世も招集されているため、鬼側の動きに変化があった可能性があるのは確かだ。

 なのだが……一人だけ未だ駆けつけてない者がいた。

「……ところで、新戸さんは?」

「あの馬鹿の所在なんざ知るかよォ」

「そもそも鬼である上、俺が柱になる前から人望が御粗末な男だぞ? しかも賭場に出入りして、最近は吉原にも顔を出してるんだぞ? そんな信用できない奴を待ってどうする」

「奇遇だな、俺も同じようなことを思ってたぞ鬼狩り。珠世様を待たせるなど言語道断!」

 方向性は違うが、伊黒と愈史郎は似たような意見を述べる。

 他の柱達も、新戸の自由気ままさに呆れ果てている。

 そこへ、耀哉の娘であるひなきとにちかが姿を現した。

「お館様のお成りです」

『!!』

「いきなり呼んですまなかったね、私の剣士(こども)達」

 耀哉がゆっくり正座すると、一同は気を引き締める。

 が、その直後にガヤガヤと廊下から喧騒が響いた。

「童磨、お前何やらかしたの? 下手に動いて〝連中〟刺激すんの困るんだけど。今は特に」

「いやいや、俺はただ情報を送っただけだよ。別に鬼狩り達の井戸端会議に興味は無いさ」

「ここが鬼狩り共の根城? 辛気臭い所ね、息が詰まるわ!」

「いいところに住んでんじゃねぇかよおぉ……妬ましいなあぁ……!」

 声が近づく度に、圧迫感が大広間に襲い掛かる。

 鬼狩りの長に恥じぬ胆力を持つ耀哉だが、表情はどこか険しい。柱達は警戒心を最大に高めており、ビリビリと殺気立っている。中にはいつでも斬れるように刀の柄に手を添えている者もいる。

 そして、大広間の手前の襖の前で、足音は止んだ。

「……何か殺気立ってんな。これ襖開けた途端に攻撃されるかもしれねェから、童磨から入って」

「旦那ぁ、童磨様に何か恨みでもあんのかぁ?」

「いや、もしかしたらしのぶが突っ込んでくるかもしれねェし」

「しのぶちゃんが!? そうであってほしいなぁ、俺は歓迎するよ」

 童磨の嬉しそうな声色に、柱達は顔を見合わせ、下手に出ると面倒な事になると判断して殺気を解いた。

 耀哉もまた、「新戸がいるなら大丈夫そうだ」と表情を綻ばせた。

「おーい、殺気解けたから入るぞ」

 ガラッと障子を開けて中に入る新戸。

 その直後に童磨が入るが、問題はその後に入った二人だった。

 一人は、ボサボサの髪と陰気で血走った目付き、ギザギザした歯が特徴の男。肋骨や腰骨が浮き出た痩せ細った体型で、血の染みのような痣が顔や体のあちこちにある。

 もう一人は、毛先が黄緑色で露出度の高い衣装を纏った、白い長髪の美女。右額や左頬には花の紋様が、全身にはヒビのような紋様が浮かび上がっており、危険な雰囲気を醸し出している。

 そして何より、二人の左目に「上弦」、右目に「陸」の文字が刻まれている。それが表す事実は一つ――目の前にいる二人は〝上弦の陸〟であるということだ。

「……新戸、貴様さては嘘を言ったな? 言っただろう、そうに決まってる。上弦の鬼は弐と陸の二体のはずだろう、なぜ三体目がいる」

「は? 俺「こっちに与する上弦の鬼は二体だけ」って一言も言ってねェぞ」

 何を言ってんだコイツ? とでも言わんばかりの目で伊黒を捉える新戸。

 口どころか目線だけで煽ってくる新戸に、伊黒のこめかみに青筋がビキッと浮き出るが、ここはお館様の手前。グッと堪えた。

「まあ、色々言いたいことあるだろうけど、この二人が〝上弦の陸〟だ。ガリガリの方は妓夫太郎お兄ちゃん、あられもない姿の方は堕姫こと梅ちゃんだ」

「ちょっと新戸、あられもない姿ってどういうこと!?」

 新戸の直球すぎる紹介に、堕姫はムキーッ! と癇癪を起こした。

 子供っぽい一面をいきなり見せた上弦の片割れに、ギョッとする一同。

「あられもない姿は、あの桜餅の方でしょ!! どう見てもあばずれじゃない!!」

 ビシッと甘露寺を指差す堕姫。

 あばずれ呼ばわりされた甘露寺は心外!! とでも言わんばかりの表情で抗議するが、彼女より先に怒りの声を上げた者がいた。

「貴様っ!!! 鬼風情が甘露寺を悪く言うな!!!」

「いや、何でお前が反論すんだよ伊黒。普通甘露寺(ほんにん)だろ。彼氏かお前は」

「なっ……ちが、俺は……か、勘違いするな下郎が!!」

「思いっきり図星の反応してんじゃねェか。答え言ってるようなモンだぞ」

 畳み掛けるズボラ鬼に、蛇柱はついに撃沈。

 顔を真っ赤にして蹲る伊黒を、甘露寺は心配そうに見つめている。

「……で、アンタが鬼狩りの首領かあぁ?」

「ああ。鬼殺隊の現当主・産屋敷耀哉だ」

「ヒヒ、そうかあぁ。旦那に紹介してもらったけど、俺は妓夫太郎で、こっちは妹の梅だぁ」

 よろしく頼むぜえぇ、と妓夫太郎も悪い笑みを浮かべる。

 が、当然二人を信用する者などおらず。柱達は警戒の眼差しで睨みつけている。その気迫に、堕姫は思わず息を呑む。

「俺達はそこの大馬鹿とは違って、てめェらを信じちゃいねェ。鬼舞辻の罠の確率の方が(たけ)ェからなァ」

「視界の共有は、我々も承知している……新戸が鬼殺隊に属して15年以上経った今でも、敵に攻め込まれてない以上、今もなお鬼舞辻は本部の所在を知らぬままだろう」

「だからこそ、てめェらが胡散(くせ)ぇんだよ」

 宇髄の一言に、一同は頷いた。

 新戸は珠世と童磨を介し、無惨の「呪い」を解明して本部に周知させている。もし新戸が無惨の支配下であれば、鬼殺隊はすでに滅んでいるが、そういう事態になってないということは、少なくとも情報は漏洩していないことが証明させている。

 だが、上弦達は違う。無惨が新戸すら欺いて、部下を間諜として潜り込ませている可能性が否定できないのだ。

 しかし、その言葉は意外にも本人達が否定してきた。

「俺達は()()()じゃなくて童磨様に鬼にしてもらったからなあぁ……それに旦那が頭の足りねぇ妹の為に手を回してくれたんなら、渡りに船だよなあぁ。あんな野郎より、旦那達に与した方が良いに決まってるしなあぁ」

『!!』

「……どう? 信じる信じないは別として、あたし達があの臆病者の支配下じゃないってことは証明できたでしょう?」

 二人の言葉に、柱達と産屋敷家はおろか、珠世と愈史郎も驚愕する。

 上弦の鬼が本当に無惨の支配下から外れただけでも驚くべきことなのに、何とかつての主君から解放されるや否やボロクソに言っている。

 これが素の性格なのか、無惨の支配から解放された反動なのか、詳細は不明だが……少なくとも無惨と縁を切れたことが嬉しいと感じているのは事実だ。

「まあ、吉原離れるのは少し寂しいけどなあぁ」

「吉原って、それ俺の嫁の潜入先じゃねェか!! 派手に俺達の努力が全部パーになったじゃねェか!!」

 吉原に巣食う鬼を殺しに来たのに、その鬼が吉原を離れて自分達に与すんのかよ!

 宇髄はジト目で新戸を睨むが、当の本人はしらばっくれている。

「それにしても、新戸さんスゴいわ! 上弦の鬼は、鬼舞辻への忠誠が強いはずでしょう?」

「ああ、いきなり大量に取り込ませると怪しまれるからな。童磨を通して俺の血を()()()()()()()()()。おかげであの馬鹿に悟られずに済んだ」

「旦那ぁ、アンタ誰か毒盛って殺したことでもあんのかあぁ?」

 新戸の狡猾な手口に、真顔でツッコむ妓夫太郎。

 童磨は「彼も腹の中真っ黒だからね~」と耳打ちしている。

「それにしても、新戸さんってどういう脳味噌してんの?」

「うむ! 上弦の鬼を三体も与させるなど、正気の沙汰ではないな!!」

「……成程、お前らにはそう見えるんだな」

 無一郎と杏寿郎の言葉を聞いた新戸は、右手の人差し指をピンッと立てて口を開いた。

「戦略や戦術ってのは〝逆算〟と同じだ。一つの結果に到るまでの手段を()()()()()()()()()()で、生殺与奪は決まると俺は思ってる」

『……!!』

「本番ってのは、それまでの努力が反映されるだけじゃねェ。今まで準備してきたモンを出す場でもある。準備してきたモンを多く持ってれば持ってる程に戦いが楽になる。もっとも、その準備してきたモンも〝出し方〟を考えねェと意味ねェけどな」

 勝負というモノは、準備の段階で勝敗はほぼ決しているも同然。戦闘が始まってから策を練るのではなく、いかに下準備を整えて万全の体勢をとるか。

 己の持論を語る新戸に、一同は目を見開く。

「……まあ、正論っちゃ正論だわな。地味に腹が立つけどな」

 忍者の元頭領という経歴ゆえ、戦術指揮官としての才覚を持つ宇髄は同意する。

「何だ、わかってんじゃねェか天元。女房三人を部下にしてるだけあるな」

「――ハアァ!? あんた嫁三人もいるの!?」

「ふざけるなよなぁ!! なぁぁぁ!! 許せねぇなぁぁ!!」

 新戸がバラした宇髄夫婦の事情に、発狂に近い様子で怨嗟の声を上げる上弦の陸。

 これには童磨も「奥さんってそんなに必要?」とボヤいた。

「……新戸、いい加減に話を元に戻したいんだけど」

「あ? ああ、そうだったな」

 耀哉の凄みのある声掛けに、「そうカッカすんなって」とテキトーな態度で新戸は応じる。

「……童磨、早く教えてくれや。俺も知らねェで来てんだから」

「そうだね。これは俺達にも直結するからね」

 童磨は冷たい瞳を浮かべ、衝撃の事実を告げた。

 

「下弦の鬼が、壱を残して全て無惨様に粛清された」

 

『!?』

「那多蜘蛛山の累君を君達が討ったことで、下弦の鬼の無能さに無惨様はひどくお怒りになったのさ。まあ、あの子は下弦の中では無惨様のお気に入りだったから、八つ当たりもあっただろうけどさ」

 童磨が提供した情報の中身を聞き、顔を顰める一同。

 忠誠を誓う者すらも平然と切り捨てる無惨の冷酷無情さに、胸糞悪い様子だ。

「下弦の壱の名は〝(えん)()〟。人間を眠りに誘い、幸福な夢や悪夢を自在に見せる血鬼術の使い手。精神攻撃の玄人って言えばいいかな?」

「うわ、それセコいな。よりにもよって一番嫌な戦い方する奴じゃねェか」

「それ君が言う? 卑怯を極めてるじゃないか」

「てめェ何を履き違えてんだコラ。俺の卑怯は作法だ、ワカメ頭の奴隷共と一緒にすんな」

 青筋を浮かべて抗議する新戸。

 そのやり取りに実弥は「どっちも同じだろうがァ」と冷たいツッコミを披露した。

「しかし! 下弦の鬼が減ったのは、我々にとって有利ではないか!?」

「……」

 高らかに声を上げる杏寿郎に、新戸は目を細める。

 炎柱の一言を機に、柱達は明るい表情を浮かべた。

「確かにな! 隊士の質が落ちてる今、向こうが自減してくれるのは派手に嬉しい限りだ」

「我々を甘く見てるとも受け取れますが、こちらの戦力が削がれずに済むのは幸運ですね」

「……全くだ」

 柱達は意気揚々とするが、二人だけ浮かない顔をしていた。

 新戸と耀哉だ。

「……耀哉、お前どう考えてる?」

「そうだね……中々大胆な手を打ってきた、といったところかな」

「だよな~……」

 神妙な面持ちの両者に、一同の視線が集中する。

 チャランポランでズボラな新戸も、広い心を持った慈悲深い人格者である耀哉も、互いに非常に柔軟で強かな策士の一面を持ち合わせている。厳密に言うと実戦での兵法に秀でているのが新戸、大局を見据えた交渉術に秀でているのが耀哉という感じだが、いずれにしろ策士としての共通認識を持っている。

 二人の視点から見れば、下弦の鬼の解体はいい方向とは言い切れないのだ。

「お館様、新戸さん、お二方の見解を知りたいわ」

 甘露寺の言葉に、耀哉は口を開いた。

「私も新戸も同じことを考えている。――下弦の鬼を解体することで上弦の鬼に力を集中し、鬼殺隊の成長の要因を絶つ、とね」

「平たく言えば、柱を生ませているのは中途半端に強い下弦の鬼ってこと。いい塩梅の練度だから踏み台としても完璧だし」

 清々しい程の前座扱いに、上弦達は苦笑い。

 彼らも内心ではそう思っているようだ。

「つまり、次の柱を生ませないようにしたということか」

「察しがいいな。――まあ、手遅れだけどな」

 ニィッ……と、新戸は見るからに極悪人のような笑みを浮かべた。

「考えてみろ、弐と陸がすでにこっちに付いてるんだぜ? この時点で向こうの最高戦力を二つ奪えてんだ。これだけでかなり楽になる。まあ、栄次郎が気掛かりだけどな」

「そうそう、粛清された下弦達は栄次郎君に吸収されたよ」

「んなっ!?」

 童磨の一言に、新戸は絶句。

 目の前の上弦と比べれば遥かに劣るものの、下弦の鬼は鬼の中では精鋭とされる部類。栄次郎はその血肉を喰らい、力を付けているのだ。そんな芸当が新参の鬼に許されるのは、無惨のお気に入りである証拠か、あるいは無惨の命令だが……少なくとも、栄次郎は柱に匹敵する強さになっている可能性がある。

 下弦の鬼達よりも、栄次郎一人の方を選んだ無惨。その真意には、一番目障りな存在である新戸への嫌がらせもあるかもしれない。

(ってなると……成程、今のトコの戦況が何となく読めてきたぞ……)

 新戸は戦略家として、戦況を分析した。

(現状、無惨側の戦力は本人と上弦に加え、強化された下弦の壱と栄次郎……同族嫌悪の呪いから考えると、〝本隊〟はせいぜい十人。童磨達は間諜で動いてくれるから、情報戦は俺達が優勢。一方で全国に散らばる鬼達の頭数がわからねェ以上、人海戦術を使わされると不利か)

 数多の鬼を葬った柱九名に加え、寝返った上弦の弐と陸、そして珠世一派。

 対するは、鬼の始祖と忠誠心が厚い方の上弦、強化された魘夢、そして裏切り者の栄次郎。

 主力で考えれば鬼殺隊が若干優勢だが、無惨がその気になればいくらでも鬼を作れるため、総兵力で言えば鬼が確実に優勢。数で物を言わせられるとかなり厄介である。

 だが、長い時を過ごした中で無惨は一日たりとも人海戦術による鬼殺隊包囲網を敷いてないあたり、そういった策略は思いついていないようだ。

(……どうやら考えをまとめ始めているようだね)

 真剣な目付きで顎に手を添える新戸に、耀哉は視力を失った目を細めた。

「三人共、貴重な情報をありがとう。鬼舞辻討伐の為、大いに利用させてもらうよ」

「構わないよ。ただ、しばらくは無惨様の方に居させてもらうけど、いいかい?」

「異論はないよ。三人が鬼殺隊に与していると勘づかれるわけにはいかないからね」

 ――ひとまず、今日はここでお開きとしようか。

 耀哉はそう宣言し、緊急の柱合会議を終わらせた。

 

 

 産屋敷家と柱達、珠世と愈史郎が大広間を出ていき、残されたのは新戸と上弦達となる。

「何とか頸の皮一枚繋がったな」

 新戸は懐から「GOLDEN BAT」と記された箱から煙草を取り出し、咥えて火を点けた。

 洋酒(ラム)のような甘い香りが漂い、三人は新戸を凝視した。

「……一本どお? これ買ったばっかだから本数余裕あんだけど」

「じゃあ、頂こうかな」

「梅の分もくれぇ」

 煙草を渡され、上弦達も愛煙家(にいと)と共に一服。

 全集中するかのように煙を吸い、肺の中に入れて味わい、長く息を吐く。稀血を口にしたような心地よい高揚感に、不思議と笑みを溢してしまう。

 新戸の血を盛られた三人は、人の血肉を受け付けず、人間と同じ食事で事足りる体質となったが、元の血の持ち主が()()なので酒と煙草への依存度が上がった。健康を害する代物だが、そこは鬼の肉体……どれだけ吸っても飲んでもへっちゃらだ。

「……で、これからどうする気なんだい?」

「魘夢っつったっけ? まずアイツを始末する。そうすりゃあ向こうが勝手に上弦寄越す可能性が高まる。ただ()()()()()()()()()()から、そこは俺が手を回す……ってトコだな」

 鬼殺隊としては、上弦討滅は何が何でも成し遂げたいところだが、新戸はそれをよしとしない。誰か討ち取れば、必ず誰かがその席を埋めるからだ。

 それだったら、ある程度泳がせて席を埋める機会を奪う方が手っ取り早い。幸いにも下弦は壱以外は全滅、現時点で席を埋めるであろう猛者は栄次郎のみ。新戸個人としては「いい流れ」であった。

「勝つ見込みはあるの?」

「ある。……って言いてェが、向こうの出方に合わせるしかねェのが本音だ」

 上弦だけであればともかく、栄次郎という不確定要素がある以上、新戸は大勝負に出れないと語る。

 しかしその目は鋭く、虎視眈々としていた。

「〝頭を使う〟ってのがどういうことか、見せてやるよ」

 そう宣言する新戸は、獰猛さを孕んだ笑顔を浮かべるのだった。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸は喫煙・飲酒・博打が趣味であるが、栄次郎は技の開発が趣味。
栄次郎は禁欲的な性格なので、道楽的な新戸とは決して相容れない。


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第二十五話 脇が(あめ)ェんだよヒヨっ子。

アニメの遊郭編、終わりましたね。

童磨の声、やはり宮野さんだったか!
めっちゃピッタリ……刀鍛冶の里は、上弦招集から始まりますね。

ホント天元様、お疲れ様です。


 翌日の夜。

 誰もいなくなった蝶屋敷の広い庭で、禰豆子は新戸と手合わせをしていた。

「むぅん!」

「っと」

 拳打と蹴りで激しく攻め立てる禰豆子。

 それに対し、新戸は納刀状態の仕込み杖で的確に防ぎ捌いている。

 まるで、鬼としての実力差を見せつけるかのようだ。

「ふんぬっ!」

 

 ゴッ!!

 

 一瞬の隙を突き、新戸が左腕で正拳突きを見舞う。

 避けきれないと判断した禰豆子は、踏ん張りながら腕を十字に組んで受け止めた。

 十字の中央に炸裂した新戸の本気の拳打の衝撃は、禰豆子の想像を遥かに超えていた。腕の肉や筋が裂け、骨が折れる嫌な音が耳に入り、それでも威力を殺しきれず、血を流しながら吹き飛ばされてしまう。

 ――それが何だというのだ。

「むんっ!!」

 痛みに耐えながら、禰豆子は空中で受け身を取り、血鬼術〝(ばっ)(けつ)〟を発動。

 新戸の周囲に散った自らの血を爆熱させ、炎に包んだが……。

「――〝(おに)(けん)(ばい) ムギリ(ぜん)(まい)〟」

 新戸は仕込み杖を抜いて、全方向に斬撃を出現させた。

 自身を覆う斬撃は渦のように巻き、その風圧で炎を吹き消した。

「よし……今日はここまでだ」

「むっ」

 腕の再生を確認し、手合わせを終了する。

 禰豆子の頭を撫でながら、新戸は手合わせの評価をした。

「今のは中々よかったぜ、禰豆子。防御からの血鬼術による反撃の流れ……炭治郎と共に場数を重ねただけあるな。まだ動きにムラがあるが、浅草の時とは比べ物にならねェ。――強くなったな」

「むんっ!」

 どうだ! とでも言わんばかりに胸を張る禰豆子。

 無惨に注がれた血の量が多いのもあり、そこらの雑魚鬼では相手にならない強さを持っているのだ。戦闘力の上限を引き上げれば、戦力として高く評価されるだろう。

 ――万が一にも、いつでも上弦の誰かが裏切ったり倒されたりしてもいいように。

(まあ、俺個人として一番いい塩梅なのは、上弦の鬼を二体ぐらいぶっ殺して補充が間に合わない内に総力戦に持ち込ませること……なんだけどな)

「……むぅ」

 無意識に黒い笑みを浮かべている新戸に、目が点になる禰豆子。

 そのやり取りを黙って見守っていた炭治郎は、二人の元へ駆け寄った。

「新戸さん、禰豆子は……」

「基礎戦闘力はしっかり付いている。回復力・再生力も短期間でかなり上がっている……でもこれだけじゃあダメだ」

 新戸曰く。

 禰豆子の短期間での戦闘力の向上は、確かに目を見張るもの。しかし、今の禰豆子は鬼の中では中の上あたりで、上位・最上位の怪物達との接敵を考えると鍛錬が必要とのことだ。

「さっきの炎みたいな血鬼術……〝爆血〟だったか? あれを鍛えよう。応用の幅を利かせれば、鬼殺隊士が苦手とする遠距離攻撃もできる」

 新戸は仕込み杖を抜くと、柄の部分ではなく鍔元の刃を握った。

「に、新戸さん!?」

「騒ぐな。切れ味の最も悪い鍔元なら、握るだけなら骨に食い込むまではいかねェっての。それに自分の爪でやるのは何かヤダ」

 右手の掌から滴る血が、刃を伝う。

 そして新戸が気合を入れた途端、仕込み杖の刃を濡らしていた自身の血が爆ぜた。

 禰豆子と同じ血鬼術を発現したのだ。

「むぅ!?」

「禰豆子と同じ……!?」

「柱合会議の後、珠世さんに頼んで注射してもらったんだよ。獪岳と玄弥もそうだが、鍛えるからには相手に合わせないと始まらねェ」

 新戸は爆血の炎を纏った仕込み杖を構え、下から上に向けて弧を描く様に振るって斬撃を放った。

 放たれた斬撃は炎を纏ったまま上空へ打ち出されて、爆ぜて消滅した。

「「……」」

 新戸の血鬼術に圧倒され、ポカーンと口を開ける竈門兄妹。

 二年前、なぜ無惨から自分達の家族を護れたのかが少し納得できた気がした。

「一応俺も少し鍛えといた。補助攻撃としても申し分ない。鬼殺隊士にとっては福音となる血鬼術だな」

「じゃあ、禰豆子も鬼殺隊の一人として……」

 炭治郎の言いたいことを察し、新戸は無言で頷いた。

「だがお前も然り禰豆子も然り……これから先、上弦の鬼との戦いを考えると、()()()()に話を持ち掛けた方が良いかもしれねェ」

「兄妹、ですか?」

「〝上弦の陸〟だ。近い内に正式に無惨を裏切る予定になっている。多分親近感湧くぞ」

 新戸は、すでに炭治郎と禰豆子の情報を渡しており、二人が興味を持ったため了承済みだと語る。

 上弦の鬼が自分達に興味を持ち、新戸を介して協力してくれる雰囲気と知り、炭治郎と禰豆子は顔を見合わせて笑みを浮かべた。

「ただなァ……二人が拠点としている吉原は、天元の関係で今ゴタついてんだよ。何か嫁さんを間者で送り込んでたそうだ」

 滅茶苦茶怒ってたなー、と呑気に呟く新戸。

 実は吉原は、かねてより宇髄が十二鬼月が潜んでると読み、自身の妻を潜入させて情報を集めている最中だったのだ。読みは正しく、相手が上弦の陸だったのだが、それに気づいた時にはすでに新戸が()()()()()()()()()()()()()

 当然あとで新戸を呼び出した宇髄だったが、新戸が「いきなり撤退すると連中に怪しまれる」と説得。その場で思いついた()()()()に、宇髄は「地味だがやる価値はあるな」とあっさり承諾。その旨を妓夫太郎と堕姫にも伝え、二人には無惨に勘づかれぬよう慎重に行動してもらっているとのことだ。

「……童磨の情報からするに、おそらく次に動くのは強化された下弦の壱。だが残りの上弦は自由に行動しているから、任務先でバッタリ鉢合わせなんてのもあり得る。頸斬れねェと思ったら、程々に戦って撤退し、誰も死なせねェようにしろ」

「新戸さん……」

「鬼殺隊士一人死んだら、一般大衆百人分の死と思え。お前らの勝利条件は「民衆を鬼から護りきれたかどうか」だからな」

 若いんだから勝負は焦んなよ? と一言告げて新戸はその場を去る。

 その背中を見て、改めて不思議な人だなと炭治郎は思ったのだった。

 

 

 翌日。

 産屋敷邸にて、杏寿郎としのぶが言葉を交わしていた。

「出陣ですか?」

「胡蝶か。鬼の新しい情報が入ってな。向かわせた隊士がやられたらしい。一般大衆の犠牲も出始めている。放ってはおけまい!」

 その言葉に、しのぶの顔が一瞬曇った。

 柱が動く程の案件となれば、十二鬼月の可能性がかなり高い。新戸によって弐と陸は与してくれるが、それでも残りの上弦は柱すら手に余る強さであり、裏切り者の栄次郎も控えている。それどころか、未知の戦力の可能性すらある。

 しかし、今代の柱達は一味違う。何せ新戸と繋がっている上弦の陸・妓夫太郎も「中々の面子」と評しており、上弦の鬼達から見ても歴代の柱とは一線を画すと見なされてるのだ。ましてや炎柱・煉獄杏寿郎はその柱達の中でも随一の剣士だ。

「難しい任務のようですが、煉獄さんが行かれるのであれば心配ありませんね」

「うむ! ――ところで、珠世女史とはうまくやってるか?」

「珠世さんのおかげで毒や薬の研究は進んでます。姉さんも嬉々として参加してるんですけど……はしゃぎすぎてるのか徹夜が多くて」

「それは難儀だな!!」

 鬼と仲良くできることを夢見ていた姉の様子が想像できたのか、杏寿郎は大声で笑った。

「では、行ってくる!」

「お気をつけて」

 快活に笑いながら、任務へ向かう炎柱。

 その様子を影から見ていた新戸は、眉間にしわを寄せた。

(何で()()()()()に限って、妙な胸騒ぎがすんだよ……)

 盛大に溜め息を吐き、頭をモリモリと掻く新戸。

 瑠火が亡くなった時も、カナエが上弦の壱に殺されかけた時も。そういう時に限って、新戸は妙な胸騒ぎが止まらなくなる。

 胸騒ぎの原因は、紛れもなく杏寿郎。つまり、杏寿郎は任務先で死に直結するような目に遭うということだ。

 

 それだけは、何としても阻止したい。

 上弦の弐と陸が与してくれたことで、現在の鬼殺隊は歴代最強と言っても過言ではないくらいの兵力を有し、周囲の士気も良好な状態が続いている。そんな中で柱達からも信頼が絶大である杏寿郎が戦死したとなれば、せっかくの「イイ流れ」が台無しになる。

 それだけではない。杏寿郎が殉職すれば、その穴埋めを誰かがしなければならない。その候補として自分が挙げられ、押しつけられる仕事量が確実に増える。当然自分の思惑通りに事を進められなくなるため、色々と支障が出る。

 何より――瑠火との約束がある。〝導き手〟という言葉をそのまま具現化したような女性の言葉を、さすがの新戸も無下にすることができなかった。

 

「……しゃーねェな」

 ――遺憾ではあるが、行かねばならない。

 そう判断し、新戸は産屋敷邸に上がり、耀哉に杏寿郎の任務への同行を申し出たのだった。

 

 

           *

 

 

 夕方時、とある駅。

 新戸は弟子である獪岳と玄弥を呼び、実戦による「講座」を始めた。

「はい、じゃあ今からこの小守新戸による「カスでもできる鬼狩り講座」を始める。よく聞かないと柱でも多分死にます」

 へっへっへ、と笑う新戸に、弟子二名は引きつった笑みを浮かべた。

「ではまず、今回の任務内容について説明する。つっても、杏寿郎の任務に同行するだけなんだがな」

 新戸は二人に、耀哉から得た情報を開示する。

 

 現場は無限列車。

 新しく使われ始めた八両編成の汽車では、短期間の内に四十名以上の行方不明者が続出。数名の隊士が送り込まれたようだが、全員消息不明。全員喰われて死んでると考えていいだろう。

 拡大する被害を重く見た産屋敷家は、柱達の中でも随一の剣士である炎柱・煉獄杏寿郎を送り込んだ。

 

「さあ、ここで問題だ。さっきの情報から、(てき)の特徴を答えてみろ」

「「えっ」」

「思いついた限りで結構だ。何でもいい、言ってみろ」

 情報量が少ないのに、鬼の特徴を掴めと告げる新戸に、目が点になる二人。

 しかし新戸は、常日頃「〝勝ち方〟を考えろ」と主張する頭脳派。つまり少ない情報から敵の能力や特性を推測し、そこから戦略戦術を練り、勝利に繋げろと言っているのだ。

「えっと……擬態がうまい鬼で、血鬼術を覚えている? あと複数いる?」

「成程。獪岳、お前はどうだ?」

「潜める場所が少ない車内で、四十人も喰ってるんですよね。認識を誤魔化すっつーか、幻覚を見せる能力を持ってる。それで真っ向勝負を仕掛けないとか」

「二人共、正解だ! 俺が見込んだだけある、最高の弟子だ」

 新戸は二人の意見にご満悦。

 思わぬ高評価に、二人は仲良くホワホワした。

「俺はこう考えた。――無限列車に出る鬼は、擬態と隠蔽の玄人。人間の協力者を複数従え、狭い車内でも柱にも有効なヤバイ血鬼術を持ち、武力よりも知力に傾いた嵌め手搦め手を得意とする。総括して、人を護ることを使命とする鬼殺隊士としては相性最悪の敵……だってな」

「っ!!」

「ぶっちゃけ、この時点での決めつけは策を練る上ではかなり危険だが、被害のデカさを考えると妙に納得できる。だから確定事項と捉えていい」

「そ、それって……かなりヤバイんじゃ……」

 顔を強張らせた獪岳と玄弥に、新戸は頷いた。

「そりゃあ戦闘力と勝敗は別物だからな。ぶっちゃけ、この任務は難易度が高すぎる。俺でも情報抜きだったらヤベェと思うもん」

 高速移動している列車内での戦闘は、歴戦の鬼殺隊士でも不慣れ。ましてや100名は確実に居る乗客(ひとじち)を、鬼の攻撃から護りながら頸を刎ねねばならない。

 柱でも苦戦を強いられてしまう、信じられないくらいに面倒臭くて厄介な戦場……それがこの無限列車だと新戸は語っているのだ。

「っとまあ、こんな感じで鬼の能力や特性を想定する。敵がどんな奴かを考えることは、確実な勝利に近づける」

「ってことは、敵の性格とかも考えないといけないってことですか……?」

「獪岳、よく気づいた!! その言葉を待ってたぞ、それがこの講義の全てだ」

 新戸は嬉しそうにわしゃわしゃと獪岳の頭を撫でた。

 第二の師範である新戸に褒められて顔を赤らめる獪岳に対し、玄弥はそのデレデレぶりに若干引いた。

「どんな相手だろうと、戦闘にはどっかで必ず相手の癖や性格が反映される。高威力高精度の奥義にだって予備動作や隙がある。それを見抜けば、一瞬で戦局をひっくり返すことができる。どんな奴でも場数を重ねれば、自ずと戦ってる間に相手を理解できるようになる。……って訳で。任務を始める前に得た情報から敵がどういう奴かを知り、そこから自分がどう立ち回るべきかを考えろ。はい、講義その壱はこれで終了」

「講義その壱!?」

「弐も参もあるんですか!?」

「当たり前だ、俺が付きっ切りでお前らの面倒を見るんだからな。じゃあ、次の講義は車内でやるぞ」

 新戸はそう告げ、勇ましく蒸気を上げる夜汽車へ乗車したのだった。

 

 

           *

 

 

 汽笛が鳴り響き、無限列車は動き出す。

 新戸は三号車の奥の席に座り、持参した酒を飲んでいた。

「それじゃあ、ここで講義その弐を始めるぞ」

 新戸の告げた言葉に、獪岳と玄弥は気を引き締めた。

「この任務には炎柱の杏寿郎が乗っている。逆を言えば、それ以外に派遣された隊士は皆全滅で、柱が動かざるを得ない事態でもある。しかし腑に落ちないことがある」

「というと?」

「確かに狭い車内では刀は振りにくく、ましてや護るべき対象も多い。だが何もできずそんなポンポン殺されるか?」

「……まさか、すでに先手を打たれてるんですか!?」

 顔を青褪める玄弥に、新戸は「いい塩梅に勘が鋭くなったな」と頭を撫でて褒めた。

「俺が無限列車に巣食う鬼なら、まず切符に細工を施す。切符を切った瞬間に、初見殺しの血鬼術が自動的に発動するようにな。たとえば……催眠とかな」

 新戸はすでに鬼の策略を見抜いていた。

 そもそも血鬼術は、一言で言えば「何でもアリ」だ。思わず反則だろうとボヤいてしまう初見殺しなど腐る程ある。ちょっと頭を使って一手間加えたり工夫すれば、一度に大量の命の生殺与奪を握り、戦いの主導権を確実に掌握できる。

 人智を超越した鬼が、列車という閉鎖的空間で自由に立ち回るには、高い知性で策略を練る他になく、その策略も自ずと絞られてくる。頭脳戦や搦め手嵌め手を得意とする新戸だからこそ、()()()()()の敵の腹などすぐ読めるのだ。

「切符を切るのは人間だろう。協力者の人間では鬼殺隊士も成す術も無い。だが予測を立てておけば、対策も取れる」

 そう言うと懐から、新戸は切符を取り出した。

 だがよく見て見ると、それは無限列車の切符ではなかった。

「これ、別の列車の切符じゃないですか……」

「さっき駅で買った。無限列車だけが通るわけじゃないからな」

 新戸の考えた対策は、切符を切ってもらう際に、予め買った別の切符とコッソリすり替えることだった。

 だが、そんな子供騙しが鬼に通じるのか? 獪岳と玄弥は半信半疑で新戸を伺う。

「ククク……そりゃあ疑うよな。だがこの場合は必ずうまく行く。お前ら、車掌の様子は見たか?」

「「?」」

「客車に乗り込む前、窓から様子を見れた。その時の車掌の顔は俯きやつれていた。車掌の主な使命は列車の安全運行……心身共に疲弊しきってるような奴に任せられるか?」

 新戸の指摘に、玄弥はピンと来ていないが、獪岳はハッとなった。

「……車掌は協力者で、鬼の甘言につられている……!?」

「そういうこった。何かしらの()()()()を持ち出されたのは火を見るよりも明らか。だが俺達がモタモタすれば、それを味わいたいからと焦り、必ずボロが出る。って訳で、敵がボロ出すの誘ってジワジワ追い込むように」

 その時。

 後方の車両に続く扉が静かに開き、俯き加減に車掌が歩いてきた。

「……他の乗客に見向きもしねェ」

「気づかれてるかもな」

「気づかれてるかじゃねェよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 切符を切ってもらうだけなのに、言葉に表し難い緊張が走る。

 すでに戦闘は始まっているのだ。それが格闘戦ではなく、頭脳戦であるだけの話だ。

「切符……拝見……致します……」

「ああ、ご苦労さん。ちょっと待ってな」

 新戸はゴソゴソと懐を探る()()をする。

 すると、段々焦り始めた。

「あ、あれ? 切符が無い!!」

「はあ? ふざけんなよ。カスはこのトサカで十分だってのに、これ以上カスを増やすなよ」

「あんだと!?」

 獪岳の直球すぎる罵倒に、玄弥が反応。

 そのまま口論に()()()()()

「いつも上から物言いやがって!! 自重しろよ!!」

「単純な脳味噌してるくせに一丁前に言うようになったな、カスの弟弟子が」

「あぁん!?」

「……あの……切符……」

 獪岳と玄弥の罵り合いを割り、どうにか切符を切ろうとする車掌。

 切符を探す振りをしながら様子を伺っていた新戸は、周囲に気を配る。

(……鬼の気配は無い。まだ動いていないか。上々だな)

 その後も新戸の前で罵倒合戦を繰り広げる弟子二名。

 元来気が強い性格だからか、いい感じに譲らない。ただよく聞くと日々の不満も言ってるようにも聞こえる。

 その時、ついにボロが出た。

「あの!! 切符を拝見したいんですがっ!!」

(今だ!!)

 やつれた顔からは想像もつかない大声に、獪岳と玄弥は気圧された。

 この時を、新戸は狙っていた。

「ああ、あったあった! ごめんよ。ホラ、これでいいだろ?」

 新戸は無限列車の切符ではない、すり替え用の切符を取り出し、三人分を渡した。

 車掌は狙い通り、その切符に記されている内容を確認せず、焦るように改札鋏(かいさつきょう)でパチパチ切った。

 すると新戸は、いびきをかき始めた。無論、狸寝入りだ。

 それに倣い、罵倒合戦をしていた獪岳と玄弥は糸が切れた人形のように倒れ、狸寝入りした。

「ハァ……ハァ……これで、私もようやく眠ることができる……妻と娘のもとに……」

 車掌は目に涙を浮かべながら、最後にそう呟いて先頭車両へ駆けていった。

 その数秒後……三人は一斉に狸寝入りを終えた。

「はい、講義その弐はこれで終了な」

「さすがです、師範」

「本当にうまく行くのかよ……」

 不敵に笑う新戸と獪岳に対し、玄弥は信じられないとでも言わんばかりの様子。

 即興ではあったが、まさかこうもうまく騙せるとは思わなかったようだ。

 それに運がいいことに、収穫もあった。

「師範、車掌のあの言葉……催眠というより、夢を見させる血鬼術の使い手みたいですよ」

「ってこたァ、()()()()敵は下弦の壱〝魘夢〟か。不幸な人間をテキトーに見繕ってから「いい夢見せる」と唆して、乗客ごと柱も俺達も協力者もパックンチョ……雑だが筋書きは大方こんなトコか」

 敵の正体に加え、大よその目論見も看破した新戸。

 しかし移動する列車内での戦闘は、刀で戦う鬼殺隊士はかなりの不利だ。屋根の上の戦闘など転落の危険があり、車輪に巻き込まれる可能性もある。柱である杏寿郎や、任務以外にも自分の過酷な修行に身を置く獪岳なら問題ないだろうが、玄弥は不慣れだろう。増援が乗り込んでいれば、彼らも例外ではない。

 何より、まだ敵が油断していない。計画とは大掛かりであればある程、序盤が一番緊張感を持っており、警戒心も一番強い。今が一番感覚が研ぎ澄まされた状態であり、勝負を仕掛けるには早すぎる。

(さて、どうしたものか……状況的には(わり)ィ方だ)

 新戸が次の手を考えていると、玄弥が問いかけてきた。

「なあ、師範」

「ん?」

「さっき言ってたけどよ……乗客ごと俺達を喰うって、どうやってやんだよ?」

「そりゃあ…………………っ!!」

 新戸はハッと気づいた。

 鬼は同族嫌悪ゆえ、群れることは無い。無惨の命令で共闘はあるかもしれないが、鬼同士の関係性を考えれば、加勢は無い。むしろ横取りの方が可能性が高い。

 列車内にいる乗客は、少なくとも百名以上。客車の編成を考えると、二百人はいる可能性もある。それ程の人間を、たった一匹の鬼が一晩で一人残らず喰えるのか? 喰えるのなら、一体どうやって?

 そう考えた新戸は、一つの答えに辿り着いた。

(……列車と融合すれば可能だな)

 鬼は人を喰い肉体を強化することで、身体の形状を自在に操作することができる。現に新戸は女の体になれるし、禰豆子は体を小さくすることができる。

 その論理で考えると、列車という閉鎖的空間において一度に大量の人間を喰らうには、列車と融合するという常識外れの異形化が一番合理的だ。

「ありがとよ、玄弥。ここで最後の講義……講義その参を開くぞ」

「!」

「お前の質問で敵の腹ァ読めた。奴は列車と融合しようとしてる。ここで問題だ、泳がせてるか、その前に討ち取ろうとするか」

 その問いかけに、二人は迷うことなく後者を取る。

 だが新戸は違った。

「俺だったら迷わず泳がせる。正確に言えば()()()()()だがな」

「……師範、まさか!」

「ああ。融合したとなれば、頸がどこにあるか目星が付くだろ?」

 どのような形になろうと、鬼である限り必ず頸はある。

 だが、その頸がどこにあるのかがわからねば意味がない。閉鎖的空間とはいえ、常に頸が剥き出しとは限らないし、下手をすれば移動するなどという可能性だってあるのだ。

 その可能性を潰すには、どのような状況となっても動けない状態にさせる。その為に、あえて列車と融合して急所の位置を固定させる方が確実だ。

「おそらく、敵は時間稼ぎの一手を打ってくる。それに乗ってやれ。ここからは別行動とする。俺は杏寿郎を叩き起こしに行く。お前らは鬼を狩らず――」

「まず協力者全員を拘束しろ、ですよね」

「さすがは一番弟子。話が早くて助かる」

 新戸は獪岳の頭を撫でると、背を向けて羽織をなびかせながら後方車両へ向かった。

「動きがあったら後ろに来い。適宜作戦会議する。――絶対に死ぬなよ」

「「了解!」」

 新戸は「ここは頼んだぜ」と告げ、術にかかったであろう炎柱の下へ向かった。

(夢を見始めたね、もう起きることは無いよ、心を壊せば柱を殺すのも簡単……って感じのことを考えてんだろ? バァカ、やらせねェよ)

 新戸は思い通りに事が進んで笑っているであろう鬼を嗤った。

(脇が(あめ)ェんだよヒヨっ子。人間はな、敗北を重ねることで賢くなんだ。俺だって瑠火さんに将棋を百回挑んで百回ボコボコにされたから、敵の腹が読めるようになったし、勝ち方を考えられるようになったんだ)

 

 ――この俺を相手に嵌め手搦め手を仕掛けたらどうなるか、骨の髄まで刻み込んでやるぜ。

 

 夜を進む無限列車にて、鬼殺隊最凶は酷薄な笑みを浮かべたのだった。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸が無駄に賢くなったのは、煉獄家で居候中に槇寿郎が「将棋で勝ったらしばらく置いてやる」と言い出したのが始まり。
相手の駒を利用する将棋の楽しさに触れ、ルールを覚えた途端にストレート勝ちしたところ、病に伏せる前の瑠火が興味を持ち、新戸をボロクソに打ち負かします。
それ以来、負けっぱなしでいられないと変なところで心を燃やした新戸は、何度も瑠火に挑み、負け続けます。瑠火もまた、新戸と将棋をすることが楽しくなり、病に伏せても調子が良ければ将棋を指し、どうすれば勝てたかも教えたりしました。
ゆえに新戸の「〝勝ち方〟を考えろ」という思想は、瑠火に将棋で惨敗し続けたのが始まりです。


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第二十六話 後悔する時間ぐらい欲しいだろ。

前半と後半の温度差が激しい……。


(ぬり)ィんだよ雑魚が。勘が鋭い鈍い以前に、すでに見破られてる可能性を考えろよ)

 羽織をなびかせ通路を歩く新戸は、魘夢の詰めの甘さを嘲笑っていた。

 確かに、並の隊士では成す術も無い狡猾(みごと)な手段ではあった。一端の策士としての観点では、この面倒ながらも一番気づきにくいであろう手口は称賛に値する。

 だが新戸のように乗り込む以前から勘繰ってたり、予め対策を練られていると、些細なことで〝裏〟を気づかれ足を掬われてしまうのだ。

 現に魘夢のやり口は新戸に看破されており、その策略を逆に利用され始めている。

(これで杏寿郎を叩き起こしゃあ、ほぼ王手だ)

 新戸は連結部の戸を開けると、両腕を組んだまま眠る杏寿郎を見つけた。

 その傍には、見慣れた顔が三名。炭治郎と善逸と伊之助だ。

 全員、切符を切られて見事にハメられたようだ。鬼殺隊士は鬼から人を護るのが使命なので、まさか鬼の手下となった人に引っかかるとは思いもしなかったのだろう。

「……ったく、脇が(あめ)ェなァ。人間はお前らの思ってる以上におぞましい生物(モン)なんだぜ? まあ、俺が言えた義理じゃねェけどな」

 揃いも揃って血鬼術にまんまと掛かった事実に、新戸は頭を掻いてボヤいた。

 その直後、炭治郎の向かいの席に置かれた霧雲杉の木箱が独りでに開いた。

「禰豆子! 起きてたのか」

「むぅ!」

 炭治郎の傍に常にいる禰豆子が、木箱から出てきた。

 無賃乗車だから切符を切られずに済んだようだ。

(まだ眠りは浅いな……だが念には念だ)

 新戸は仕込み杖を抜くと、その鍔元を強く握った。

 ポタポタと血が滴り、それを見た禰豆子は何をすべきか瞬時に理解し、己の爪で腕を引っ搔いて血を流した。

「……禰豆子、()()()()

「むんっ!!」

 一切の躊躇いなど無く。

 息を揃えて流れた血にチカラを注ぎ込み、血鬼術〝爆血〟を発動。

 二人の血が一気に爆ぜた。

 

 ドォン!!

 

「あっ」

 新戸は血の気が引いた。

 二人で爆血を行使したら、その爆炎が想像以上に大きくなってしまい、四人が火達磨となってしまった。

 こんなにも大きくなれば、敵に勘づかれる――新戸は慌てて羽織を脱ぎ、バタバタと仰いで火を消そうとする。禰豆子も全く同じことを考えてたようで、新戸に倣って両手でペチペチ叩くが、そもそもの炎が大きすぎて効果なし。

 いよいよもってヤバいかと思った時、炎がパッと消えた。

「むーん……?」

「あー……ま、いっか」

 ひとまず目視では無傷のようだ。

 爆血は鬼殺しの火……それが消え失せたということは、少なくとも四人に掛かった血鬼術はほぼ解除されたと解釈していいだろう。

 しかし、だからと言って完全に目を覚ますかどうかは別。夢見心地だったり意識が朦朧としている可能性がある。その状態での鬼狩りは酩酊状態で鬼を狩ってた槇寿郎より危険だ。

 新戸は数秒程考え、迷いなく声を張った。

 

「大変だ!! 禰豆子と耀哉が一緒に寝るらしいぞ!!」

 

「禰豆子ぉぉぉぉ!?」

「禰豆子ちゃあぁぁぁぁぁぁん!?」

「お館様ぁっ!?」

 伊之助以外が一斉に覚醒。

 かなり破壊的な一言だったのか、三人共物凄い汗を流している。

 それもそうだろう。妻子がいる耀哉が禰豆子と寝ている光景など、色んな意味で鬼殺隊激震である。柱全員が発狂しかねない。

「ったく。やっと起きやがったか寝坊助諸君」

「新戸さん! 禰豆子!」

「よもや……お前が起こしてくれたのか! なぜここに?」

「妙な胸騒ぎがすっから、弟子連れて付いて来ただけだ」

 仕込み杖で肩をトントンと叩きながら、新戸は乗車の経緯を語る。

「そうだったのか……面目ない、助かった!! ――が、先程の発言は肝を冷やしたぞ!!」

「こうでもしねェと覚醒する気配無かったからな」

 真に受けるなよ、と笑う新戸。

 あの一言、余程衝撃的だったようだ。

 善逸に至っては禰豆子の肩に両手を置いて「大丈夫? 大丈夫だよね!?」と謎の安否確認をしている。

「あとは伊之助か……」

 新戸は今だ眠りこけている伊之助に近寄り、耳元で囁いた。

「琴葉さんが作った天ぷら、童磨が全部食っちまったってよ」

「あんの糞親父ぃぃぃぃぃっ!!」

 伊之助、爆裂覚醒。

 自称山の王は、天井に届くぐらいに跳び上がった。

「……あっ! 引き篭もり野郎!」

「いい加減名前で呼べよ」

 相変わらず名前を憶えない伊之助に呆れつつも、新戸は状況を説明した。

「お前らは切符を切られることで発動する遠隔操作の血鬼術にハメられたのさ。切符のインクが鬼の血、改札鋏が鬼の肉の一部だったんだろうな」

『っ!!』

 四人は一斉に切符を取り出す。

 すでに新戸と禰豆子によって滅却されてるが、かすかに鬼の臭いが残っているのを炭治郎は嗅ぎ取った。

 これ程までに狡猾で周到な手口と、強い血鬼術。それ程までに強力な鬼が巣食っているのか。

「ええっ!? ってことは、列車に乗る前から俺達と煉獄さんハメられてた訳なの!? じゃあ何で新戸さんは無事なの!? 切符買ったんでしょ!?」

「フン、俺がこんな明け透けな小細工に引っ掛かってたまるかよ。共犯の車掌を焦らして別の列車の切符を切るようハメてやったのさ。おかげでいい収穫もあった」

「……さすがだな」

 敵の罠を看破した上にそれを利用した新戸に、杏寿郎は笑う。

 初見殺しに等しい策略を察知し、自分が有利になるよう誘導する離れ業など、新戸だからこそできる芸当だろう。

「敵は下弦の壱……俺には到底及ばねェが、嵌め手搦め手の玄人だ。奴は列車と融合し、乗客も共犯者も一緒に俺達を喰うつもりだろうよ」

「よもや! 本当か」

「推測の域だが、合理性を考えるとこの可能性が一番しっくり来る」

「そんな! じゃあ早く頸を斬らないと!!」

 炭治郎達は血の気が引いた。

 思考力、特に洞察力や推理力がずば抜けて高い新戸がそう言っているのだ。そのおぞましい目論見は確定と考えるべきだろう。

 鬼が列車と一体化すれば、自分達は鬼の口の中にいることになる。それをいつ飲み込み消化するか、全ては鬼次第。一瞬の判断の遅れが命取りとなり、乗客の命も危険に晒される。

 事態の重さを悟った善逸と伊之助も、顔を強張らせたが、新戸は宥めるように優しく声を掛けた。

「まあ待て、勝負を焦るな。すでに作戦は練ってある」

 新戸の言葉に、炭治郎は瞠った。

 その頭の回転の速さに、驚きを隠せない。

「いいか? 奴が列車と融合すれば、この車内は奴の腹の中も同然。俺達も乗客も身の危険は高まる……だが見方を変えれば、倒すのは意外と簡単だ」

「どういうことだ?」

「奴が列車と融合すれば、()()の身動きが取れなくなるはずだ。わざと列車と融合させて、頸の位置を固定させりゃあこっちのモンだぜ」

『!!』

 一同はハッとした表情で、新戸を見つめた。

 頸を刎ねれば鬼は倒せるが、まずはその頸を確実に捉えねば意味がない。ましてや移動する夜汽車での戦闘そのものが容易ではない。そんな状況下で列車と鬼が融合したら、体力も精神力も摩耗する。

 だが新戸は、その融合こそが最大の狙い。むしろ融合させ、鬼殺しの刃から()()()()()()()()()()()のが目的だったのだ!

「今から頸を斬る組と乗客を護る組で分ける。融合が完了したら、伊之助と炭治郎は俺と一緒に運転室に向かう。十中八九、頸はその真下だ。善逸と禰豆子は杏寿郎と共に乗客を護れ。一両目から四両目までは俺の弟子と協力・連携を取り、杏寿郎は五両目から最後尾までを担当しろ。――これが俺の練った作戦だ。杏寿郎、他に案はあるか?」

「うむ! その案に乗ろう!!」

 迷いなど無かった。

 自分達がうたた寝している間に、柱として不甲斐無い姿を晒していた間に、新戸はここまでお膳立てしてくれたのだ。絶対に勝たねばならない。

「師範!!」

 そこへ、新戸の弟子である玄弥が駆け込んだ。

 どうやら事態に変化があったようだ。

「共犯者を新たに四人拘束しました!」

「そいつァご苦労さん。やっぱ車掌だけじゃなかったか」

 玄弥曰く。

 新戸がその場を去ってから、程なくして縄と錐を手にした四人の男女が姿を現したという。

 起きている獪岳と玄弥を目にした彼ら彼女らは、「何で起きている」だの「夢を見せてもらえないじゃない」だのと激しく動揺し、子供の癇癪のように喚き散らしたが、聞いていてだんだんムカついたのか獪岳が一人の青年に鉄拳制裁。メンチを切って脅したら色々白状したという。

「さすが一番弟子、激情を捻じ伏せるには実力行使が手っ取り早い。――で、何か情報は?」

「すみません、色々吐いてくれたんですけど、肝心の鬼の情報はダメでした……でも他にも協力者はいると、三つ編みの女が言ってました」

「そうか……ってことは、この列車の運転士も共犯(クロ)だな。でかしたぞ玄弥、いい情報だ」

 新戸は笑みを深めた。

 融合した場合、頸が運転室の真下にあるという推測が確信に変わった。運転士も共犯なら、頸を斬る手前で奇襲するよう仕向けるだろうし、状況に応じて人質に取ることもできるからだ。

 いかに抽象的であろうと、情報は情報。有益性は変わらない。

「あの、師範!」

「ん?」

「この鬼の頸、俺が取ってもいいですか」

 その申し出に、新戸は目を細めた。

 玄弥は新戸の血を取り込んだことで、確かに強くなっている。鬼喰いの才覚があるからか、血鬼術の扱いは新戸も目を見張る程の成長ぶりだ。

 しかし――

「玄弥、お前まだ兄のことが気掛かりなのか」

「っ!」

「お前が手柄を立てたいのは、兄に少しでも近づきたいからだというのは俺も承知だ。けどな……鬼殺隊士って生き物はな、常人以上に覚悟が鈍るのを嫌う」

 新戸は、鬼狩りの本質は尋常ならざる覚悟にあると玄弥に語る。

 その覚悟の根幹は人それぞれで、愛する者を奪われた恨み憎しみとする者もいれば、煉獄家のように代々鬼狩りをしているがゆえの使命感など、多種多様だ。事実、ぼんやりとしている無一郎やツッコミどころ満載の甘露寺でも、いざ戦闘となるとその覚悟の強さは凄まじい。

 しかし覚悟が強ければ強い程、それが少しでも揺らぐことが起これば、死に直結しかねない致命的な隙を与えることにもなり得るのだ。

「覚悟が鈍れば、本来の力を思う存分に発揮できない。お前の兄も人間だ、迷う時も覚悟が鈍りそうになる時もある。今はなるべく距離を置き、全て終わるまで耐えた方が近道かもしれねェぞ?」

「……師範…………」

「そういうこった。ひとまずこの修羅場を凌ぐぞ。お前は獪岳と善逸、禰豆子と一緒に一両目から四両目までの乗客を護れ。細かく斬撃を入れれば、再生に手間取るはずだ。ただし鬼化はするなよ、今のお前の身体には負担がまだ大きいからな」

「新戸! その少年は鬼になるのか!?」

 聞き捨てならない言葉に、杏寿郎は声を上げた。

 その気迫に玄弥は怯むが、新戸が庇うように立って反論した。

「人聞きの(わり)ィこと言いやがる。いいか、玄弥は「〝鬼喰い〟の素質を持つ逸材」だ。そんな貴重な人材、放っておけというのが無理な話だ」

「……! 成程、だからお前が少年を受け持ってるのか」

 新戸と玄弥の事情を察し、杏寿郎はそれ以上の追及は止めた。

 鬼殺隊は特異体質の持ち主が何名か在籍しているし、今の鬼殺隊は上弦の鬼が敷地内で呑気に煙草を吹かしている状況。それ以前に、そもそも産屋敷家の耳に玄弥の特異体質に関する案件が届かないわけがない。

 お館様が認めているのであれば、何も言うまい――杏寿郎はそう割り切った。

「ほんじゃまあ、ボチボチ頃合いだな。炭治郎、まず俺と来い。三人以上はかえって本気を出される。俺の経験上、多少舐められるぐらいが一番狩りやすい」

「はいっ!」

「そんな訳だから杏寿郎、頼んだぞ」

「承知した!!」

 炭治郎を連れ、新戸は鬼の下へと向かった。

 

 

           *

 

 

 連結部の戸を開けると、新戸は炭治郎を片手で抱え、天井部分を掴んで屋根へ飛び乗った。

「気ィつけろ」

「はいっ」

 腰に差した仕込み杖を取り出し、前かがみの体勢で進む。

 風に乗って強烈な鬼の臭いが届き、炭治郎は思わず隊服の袖で鼻を覆った。

(重い……こんな状況で眠ってたなんて、不甲斐無い!)

 己の至らなさを恥じると同時に、鬼の罠を見破って起こしに来てくれた新戸との差を感じてしまう。

「! っ……」

「いたな。奴が下弦の壱だ」

 風圧に負けず進むと二人の眼前に、洋装姿の鬼が立っていた。

 倒すべき存在――魘夢だ。

「あれぇ? 起きたの? おはよう、まだ寝てて良かったのに」

 場違いなまでの間延びした口調で、手をヒラヒラと振る。

 しかし全身から漏れ出る禍々しさに、炭治郎は息が詰まりそうになる。

 一方の新戸は、魘夢の左手に注目していた。

(左手の甲の口……血鬼術を行使する媒介か何かか?)

 ただの悪趣味や性癖の類ではないだろう。

 口から発するのは音か声……つまり耳で聞くこと、あるいは発する音波を浴びることで影響が出る特性の血鬼術である可能性が高い。

(クク……馬鹿が。対策してくれと言ってるようなもんじゃねェか)

 心の中で嗤っていると、魘夢が新戸に声を掛けた。

「そこの鬼……小守新戸かな?」

「ん? ああ、そうだけど」

 意外にもちゃんと姓名で呼ばれ、きょとんとした顔を浮かべる新戸。

 すると魘夢が、恍惚とした笑みを浮かべた。

「運がいいなぁ……! 夢みたいだ、早速来てくれたんだねぇ」

 頬を赤らめる魘夢。

 魘夢は無惨から、鬼狩りの柱と炭治郎の抹殺、新戸の捜索を命ぜられている。標的が雁首並べて揃っているとは、願ってもないことだ。

 しかし、解せないこともあった。

「それにしても、お前達はどうやって起きたのかな? 幸せな夢や都合のいい夢を見ていたいっていう人間の欲求は、凄まじいのにな」

「炭治郎達は引っ掛かったが、俺は違うぞ?」

 新戸はそう言って、切符を取り出した。

 無限列車の、魘夢の血を混ぜた切符ではない。予め用意していたすり替え用の切符だ。

 それがどういうことを意味するか――魘夢は悟った。

(アイツ……術の発動条件を見抜いて……)

「脇が(あめ)ェんだよ。そもそも短期間で四十人以上失踪してる曰く付き列車、馬鹿正直に乗るかっての」

 新戸は不敵に笑うと、魘夢は微笑みながら告げた。

「ふーん、残念だったなぁ。あなたにもいい夢見せたかったのに。()()()()()()()()()()()()()()()()()()とかさぁ」

 

 ズンッ!!

 

「「!?」」

 粘っこく言い切った直後、凄まじい圧迫感が魘夢と炭治郎に襲い掛かった。

 感じたことの無い威圧感。凶悪なまでの殺意。体感温度は絶対零度。

 その重圧の源は……新戸だった。

 

「…………他人様の過去、()()()()()()()知ったかぶって語るんじゃねェよ。後悔する時間ぐらい欲しいだろ」

 

 こめかみに血管を浮かび上がらせ、仕込み杖を静かに抜く。

 チャランポランな彼からは想像もつかない、強烈な怒気。

 絶望や憎悪、嘆きや怒りといった人間の歪んだ顔が大好物である魘夢だったが、新戸の怒りを目の当たりにして冷や汗を流した。

(新戸さんの怒りの匂いが強い……あの鬼の臭いすらかき消す勢いだ……)

 普段のズボラさからはあまりにもかけ離れた新戸の激情に息を呑みつつも、炭治郎は黒い日輪刀を抜いて刃を向けた。

 人の心の中に土足で踏み入るこの鬼を、許してはいけない。

「〝水の呼吸〟……」

 炭治郎は腰を低く落とし、体重を踵からつま先へ移動させた。

 それを見た魘夢は、左手の甲から低い呻き声を漏らして構えた。

(あの鬼狩りが接近戦を仕掛けるのは明白。その前に眠らせてやる)

 そうほくそ笑んだ時だった。

 

 ボッ!!

 

「あっ……ギャアアアアアアアッ!!」

「!?」

 何と新戸が一瞬で距離を詰め、魘夢の左腕をなます斬りにした。

 手に持っている仕込み杖の刀身は、赤く染め上がっていた。

「――瑠火さん……俺ァどうやらまだ未熟のようだ。あんな安い挑発にまだ乗っちまう」

「に、新戸さん……?」

「ハハ……笑っちまうよなァ。あんだけ勝負を焦るなっつッといてこのザマだからなァ……」

 ブツブツと独り言を言いながら、悶え苦しむ魘夢にゆっくりと歩み寄る。

 まるで、迫りくる死の恐怖を与えるように。

(再生が……!? 何だ、何をしたアイツ!?)

 一方の魘夢は、なます斬りにされた左腕の再生の異常な遅さに混乱していた。

 先程まで、新戸の刃はごく普通の刀身だったのに、今は赤い刀身となっている。しかも斬られると、灼けるような激痛が襲い掛かるという嫌な付随効果ときた。

 これでは、目の前の二人を眠らせることができない――この場では不利と悟った時には、すでに手遅れだった。

 

 ザシュッ

 

 赤く変色した新戸の仕込み杖が、魘夢の頸を刎ねた。

 宙を舞った頭部が、ゴトリと鈍い音を立てて転がり、それに続いて胴体も倒れた。

「…………」

 炭治郎は本気を出した新戸に唖然とするが、それどころではない。

 この鬼は列車と一体化するつもりであり、さっきの鬼は本体ではなくなってる可能性が高いからだ。

 急いで、仲間達に知らせなければ――

「……で、いつまで狸寝入りしてんだ」

 威圧感のある声色で、新戸は魘夢の頸を見やった。

 すると魘夢の頸の血管がドクンと波打ち、突如として肉塊が現れ肥大化。汽車の屋根に根を張り、頭部を天高く持ち上げた。

「うふふっ……意外と感情的なんだねぇ」

「ああ……自分でも驚いてる」

 剣呑な眼差しで睨む新戸に、魘夢は「いい顔だねぇ」とねっとり笑った。

「ねえ、どうして頸を斬ったのに死なないか、教えてほしいよねぇ? 俺は今、気分が高揚してるから教えてあげてもいいんだよ?」

「……」

「うふふっ、それはね、俺がこの汽車と融合したか――」

 

 ドンッ!

 

「!?」

「だろうな。読み通りだった訳だ」

 新戸は無造作に仕込み杖を振るい、赤い斬撃を放って肉塊を一刀両断。

 本体ではなくなった魘夢の肉体は、ボロボロと灰化していく。

「獪岳! 敵は予想通り列車と融合してる! 奴の頸は俺と炭治郎達で斬るから、杏寿郎達の援護をしろ!!」

 新戸がそう叫ぶと、どこかで小さく「了解です、師範!!」という声が聞こえた。

 命令が行き届いたことを確認し、新戸は煙草を一本取り出し、咥えてから炭治郎を見やった。

「炭治郎、伊之助呼べ。先行ってる」

「は、はい……」

 火を点けて吹かしつつ、風圧で羽織を激しくなびかせながら新戸は運転室へ向かう。

(……さっきの新戸さん、まるで別人だった……)

 いつになく感情をむき出しにする新戸に、炭治郎は戸惑っていた。

 新戸は常に飄々とし、感情より損得勘定を優先する人物だと思っていた。冷酷や非情という訳ではないが、全ての行動と言動に必ず裏があるような雰囲気だった。

 だが、魘夢の一言で新戸は激情に駆られた。我を失った訳ではないのはわかっているが、感情に支配された振る舞いは初めて見た。

(瑠火さんって、誰なんだろう……いや、今はそれよりも鬼を斬らないと!)

 気合を入れ直し、炭治郎は伊之助達の下へと向かったのだった。




新戸は割り切ってるようで、実は思い切りが悪かったりする一面があります。矛盾してるんですけど、そういうキャラが作者は好きなもので……。

あと、新戸の言っていた「アイツみてェに」の意味は、本作を読んでる方なら何となく誰かわかるかと……。


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第二十七話 やめろと言ってるのが聞こえねェか。

新戸、ついに怒りが爆発。
ズボラ鬼がマジギレするとこうなります。


 列車と融合した下弦の壱との戦い。

 二百人も人質を取られ、劣勢かと思われた鬼殺隊だが、勝負は鬼殺隊のまさかの圧勝。思いの外あっさりと片付いてしまった。

(……何か、とても怖かったな新戸さん……)

 列車が脱線した時に振り落とされ、全身を強打した炭治郎は、痛みに堪えつつ先程の戦闘を振り返っていた。

 

 伊之助を呼び、新戸と合流して運転室に乗り込んだ矢先、新戸は峰打ちで運転士の意識を奪うと、足元に斬撃を飛ばして隠れていた魘夢の巨大な頸の骨を掘り返した。

 魘夢は危険を察知し、床から数多の腕を生やして覆い隠そうとしたが、間髪を入れずに新戸が薙ぎ払い。さらに赤く染めた仕込み杖で嬲るように肉塊を斬り続け、反撃どころか再生すら許さない処刑を開始。その際の新戸の雰囲気は、ぬらりくらりとした不敵さから冷酷非情なものに変化しており、童磨との縁から顔馴染みとなっていた伊之助も震え上がっていた。

 いくら人の心を土足で踏み入る外道とはいえ、新戸に一方的に嬲られている時の絶望と恐怖に満ちた悲鳴は、正直なところ炭治郎でも聞くに堪えなかった。しかし諫めることなどできるはずもなかった。

 そしてついに魘夢の心はへし折れ、「早く殺してくれ」という叫びを上げ始めた。それを聞いてなおも嬲ろうとする新戸に炭治郎の罪悪感が限界を迎え、説得の末に〝ヒノカミ神楽 (へき)()(てん)〟で止めを刺すこととなった。

 

(頸を斬るのに嬲り殺しは止めようと説得するなんて……)

 結果的には討伐完了だが、何だかよくわからないが後味が悪く感じる。

 しかも自分に至っては、列車の脱線の際に受け身に失敗。打ち所が悪くて身体が動けず、痛みの感覚からして、どこか折ってしまっているだろう。

 長男なのに情けない! と思っていると、そこへ杏寿郎が現れた。

「煉獄さん……皆は……」

「うむ。皆無事だ! 怪我人は大勢だが、命に別状はない。今は新戸とその弟子が、猪頭少年と共に救出作業に当たっている。君の妹は黄色い少年が庇ったようだ。二人とも気を失っているが、じき起きるだろう」

 満足げに笑って見下ろす杏寿郎に、炭治郎は安堵の笑みを浮かべる。

 今なら、新戸が言っていたあの人のことを聞けるかもしれない。

「あの……煉獄さん」

「どうした!」

「瑠火さんって、誰ですか……?」

 ふと、耳を疑った。

 炭治郎は、鬼殺隊に所属してまだ日が浅い。それなのに、知り得るはずのない名を口にしているではないか。

 しかも、その名は――

「なぜ、俺の母上の名を君が知っている?」

「煉獄さんの……!?」

 炭治郎は非常に驚いた様子だ。

 彼が嘘をつくのは考えにくい。本当にその名の主の素性を知らないのだろう。

 なら、どのような経緯でその名を聞いたのだろうか。

「竈門少年、いつ知った?」

「……新戸さんが、鬼に怒った時に言ったんです……「瑠火さん、俺はまだ未熟だ」って……」

「!!」

 炭治郎の証言に、杏寿郎は目を大きく見開いた。

 常時ぬらりくらりとした新戸が感情的になるなど、滅多にないことだ。彼は不満をネチネチ言ったりイライラすることこそあるが、本気で怒るところなど、杏寿郎でも見たことないのかもしれない。

 しかも話の素振りからして、鬼は瑠火絡みで新戸の逆鱗に触れてしまった模様。

(よもやよもや、だ……)

 杏寿郎は表情を綻ばせた。

 彼女の死で、実の父は情熱を失った。今でこそ立ち直って手紙のやり取りをきっちりするが、それまでは刀を捨てて酒に溺れ、荒みきった怠惰な日々を過ごしていた。そんな落ちぶれてしまった彼に――物理的にも――喝を入れたのが、新戸だった。

 新戸は瑠火の葬儀には参列しなかったが、今でも度々墓所へ向かうところを目撃していると千寿郎(おとうと)が言うので、彼女への想いは今も在り続けているのは確かだろう。

 影響を受けたのは、煉獄家だけの話ではないのだ。

「……母上と新戸の関係については、あとで話そう。かなり長くなる。十五年も前からの付き合いだからな」

「十五年も……?」

 杏寿郎がどこか懐かしそうな顔で告げた、その直後だった。

 

 ドォン!!

 

「「!?」」

 爆発にも似た衝撃音が地面を揺らし、「それ」は降り立った。

 もうもうとした土煙の向こうから覗くのは、一人の若い男。

 死人の様な肌に紅梅色の短髪、全身に浮かぶ藍色の線状の文様、鍛え上げられた筋肉質な体格、両目に刻まれた「上弦」と「参」の字。

(上弦の……参……!?)

 新手の鬼――上弦の参・猗窩座の襲来に、炭治郎は瞠目し、杏寿郎は鯉口を切った。

 猗窩座はニイッと笑うと、炭治郎の眼前に迫り、拳を振るった。

 

 ――〝炎の呼吸 弐の型 昇り炎天〟

 

 炭治郎の頭を打ち抜こうとした拳を、炎が立ち上るかのような斬り上げで杏寿郎は即応。

 肘から下が縦に裂けたが、猗窩座は微笑んだまま背後へ後退。斬られた腕を瞬時に再生させ、元通りになった腕に残る血を舐め取りながら「いい刀だ」と呟いた。

「なぜ手負いの者から狙うのか理解できない」

 そう低く告げる杏寿郎は、静かに怒った。

「話の邪魔になると思った。俺とお前の」

 猗窩座は笑いながら答えた。

「君と俺が何の話をする? 初対面だが俺はすでに君が嫌いだ」

「そうか……俺も弱い人間が大嫌いだ。弱者を見ると虫唾が走る」

「君と俺では物事の価値基準が違うようだ」

 素っ気無い会話のやり取りに気を悪くした様子を見せず、むしろ気が合うと言わんばかりに語る猗窩座は、どこかの教祖のような朗らかな口調と笑みで手招きした。

「では、素晴らしい提案をしよう。――お前も鬼にならないか?」

「ならない」

 即答する杏寿郎に、猗窩座は両目を細めて笑う。

「見れば解る。お前の強さ。柱だな。その闘気、練り上げられている。()()()()()()()()

「俺は炎柱。煉獄杏寿郎だ」

「俺は猗窩座だ」

 互いに己の名を名乗ると、猗窩座は指を差した。

「杏寿郎、お前がなぜ至高の領域に踏み入れないのか教えてやろう」

 猗窩座は侮蔑に満ちた声色で告げた。

「人間だからだ。人間は弱く、老いていつか死ぬ。だが鬼は多少傷ついても死なない。百年でも二百年でも生きられる。強くなれる」

「……老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこそ、死ぬからこそ、堪らなく愛おしく尊いのだ」

 強さというものは肉体に対してのみ使う言葉ではない――そう告げて、杏寿郎は「如何なる理由があろうとも鬼にはならない」と猗窩座の提案を一蹴。

 猗窩座は物憂げに目を細めると、「そうか」と応えて右足を強く踏み込んだ。

「〝術式(じゅつしき)(てん)(かい) ()(かい)(さつ)()(しん)〟」

 腰を深く落として片腕を前に出して構えると、足元に氷花のような文様が浮かび上がった。

 猗窩座は嗤い、冷たく告げた。

「鬼にならないならころ――」

「〝鬼太鼓(おんでこ)〟!」

 

 メキィッ!

 

 猗窩座が地面を蹴ろうとした瞬間、真横から凄まじい衝撃が襲い掛かった。

 突然の不意打ちに吹っ飛ばされる猗窩座だったが、空中で受け身を取りながら地面に着地した。

「頭の足りねェ奴だな。価値基準が根本から違う相手なんざ、どんなに旨い話を持ち掛けても通じねェよ」

 響いた声に、全員の視線が集中する。

 その先には、酷く不機嫌な様子で仕込み杖を抜いた新戸がいた。

「ほう……来ていたのか、小守。随分と気が立ってるな」

「前座のせいでムシャクシャしてんだ、猫撫で声で喚くんじゃねェ」

 剣呑な眼差しで敵を見据える。

 こめかみには血管が浮き出ており、非常に機嫌が悪そうだ。

「さっきのやり取り聞いたぜ。人間は鬼に勝てないとでも言いたげだな」

「その通りだろう? お前も鬼だからわかるはずだ。人間はすぐに死んでしまうが、鬼はどんな怪我でもすぐ完治する。強き者は鬼となって――」

()鹿()()()()()()()()()()。どんな奴でも一度や二度は敗北する。鍛えりゃいいってもんじゃねェ、負けるが勝ちってよく言うだろ」

 猗窩座の言葉を、新戸は遮った。

「敗北ってのはいつも信じ難いモンだ。だからこそ目を背けちゃいけねェんだ。お前らとの違いはそこだ」

「なら小守、お前も敵わなかった相手はいるのか?」

 その言葉に、新戸は突然黙りこくった。

 代わりに、眼光がさらに鋭くなって周囲の温度が一気に下がった。

 新戸(おに)でも勝てない相手(にんげん)がいる――猗窩座は狂喜を孕んだ笑みを浮かべ、嬉々として尋ねた。

「そうか、やはりいるのか! お前より強い存在が! そいつはどこにいるんだ?」

「…………やめろ」

「俺はお前の強さを知っている。それでも一度も勝てなかったんだろう? そいつも鬼になる資格がある」

「やめろ」

 饒舌な猗窩座に、新戸は黙るよう要求し始めた。

 その口調は次第に強くなり、殺気も膨らんでいく。

 その意味を察したのか、猗窩座は同情するかのような眼差しで嗤った。

「……ああ、そうか。死んで勝ち逃げされたのか。望まぬ決着とは、()()()()()()()

 猗窩座が放った止めの一言で、新戸は堪忍袋の緒が切れた。

 それと共に、己の記憶の中に在り続ける〝強い女性(ヒト)〟を思い出した。

 

 

           *

 

 

 軒に吊るした風鈴が涼やかな音を奏でる中、新戸は瑠火と一局指していた。

 病床の身である瑠火に対し、鬼であるため常時ほぼ万全の新戸。全てにおいて正反対の二人だが、苦しめられるのはいつも新戸。

 病に侵される前から連敗し続け、いい加減勝ちたいところだが――

「王手だ、瑠火さん」

 新戸は勝利を確信した笑みを浮かべる。

 しかし瑠火は、一切動じず一手を指した。

「逆王手です」

「……げっ!」

 逆王手をかけられた新戸は、顔を青褪めた。詰んだのだ。

「まだまだですね」

「だーーーーっ!! 畜生、やられた!!」

 頭を抱えて仰け反る新戸に、瑠火は微笑んだ。

 かれこれ百戦連敗。馬鹿正直に指す訳でもなく、何度か追い詰める時はあったが、最後の最後にひっくり返されることもあった。要するに勝てないのだ。

「詰めが甘いですよ。将棋は王手をかけてからが正念場……王手をかけたからといって、それで勝負は決まるのではありません」

 静かだが、よく通る声で評する瑠火。

 ぐうの音も出ないのか、新戸は悔しそうに睨みつけるばかりだ。

「……でも、最初の頃とは比べ物にならない。やはり頭を使うのがお上手ですね」

「フンッ、俺が血鬼術に頼り切るようなカスと同じにされてたまるか」

 拗ねたようにそっぽを向く新戸。

 瑠火は新戸との将棋が、何よりの楽しみだった。人間と鬼の知恵比べに純粋な面白さもあったが、一番は新戸の普段見せない一面を知ることができるからだ。

 夫の苦言に耳を貸さず、外聞すら意にも介さず、正義感もへったくれもない新戸だが、瑠火と将棋を指すとなれば別。次の一手にわかりやすいくらい四苦八苦し、詰みを悟れば駄々を捏ねる子供のように転げまわり、負けっぱなしでいられない意気地な一面を見せる。良くも悪くも正直とも言える姿に、瑠火は愛おしさすら覚えていた。

「くっ……出直してくる! 次こそは勝つからな!」

「……」

 何度も聞いた捨て台詞を吐いて、立ち上がる新戸。

 いつもの瑠火なら「またいつでも来なさい」と返していた。しかし、己の死期を悟っていた彼女は何も言えなかった。

 新戸も薄々感じていたようで、背を向けたまま瑠火の顔を見ようとしない。

「……瑠火さん……また……指してくれるか?」

 全ての感情を押さえ込んだような声で、新戸は振り返らずに声を掛けた。

 僅かな望みに縋るようなそれに、瑠火は――

「ええ……いつか必ず、私に勝ってみてくださいね」

 ただ静かに、期待の言葉を投げかけた。

 その声はどこか寂しそうであり、黙って聞いていた新戸も、必死に耐えているようにも見えた。

 

 それが、槇寿郎はおろか杏寿郎と千寿郎も知らない、二人にとっての最後の一局(やりとり)であった。

 

 

           *

 

 

 次の瞬間、常人なら息を殺されそうなくらい、濃厚で円熟した殺気が襲い掛かった。

「――やめろと言ってるのが聞こえねェか」

 殺意に満ち溢れた声に、空気が凍った。

 炭治郎はおろか、多くの修羅場をくぐり抜けてきた杏寿郎ですら鳥肌が立つ程の圧迫感。普段の新戸からはあまりにもかけ離れていた。

 ()()()()()()()()()()()()()を、全てお見通しだと言わんばかりに語られたことで、新戸のナカの〝鬼〟が目覚めたのだ。

「良い具合に仕上がってるじゃないか……それがお前のあるべき姿だ」

「黙れ。キャンキャン吠えるな」

 恍惚とした様子の猗窩座に対し、鬼の狂暴性を剥き出しに血走った目で睨む新戸。

 いつもの新戸なら、長々と会話に応じて時間を稼いだり策を練ってるところだが、今の彼はあまりにも口数が少ない。

 頭に血が昇っている。

「いいよ、かかって来いよ。重ねてきた場数の差を教えてやるよ」

「……! 戦う気になってくれてるようだな!」

 鬼の形相で猗窩座を睨む新戸は、背を向けたまま杏寿郎に声を掛けた。

「杏寿郎、この馬鹿は俺が相手する。()()()()()()()()()()

「何を言う、新戸! 俺は鬼殺隊の柱だ! 鬼を滅し、人を救うのが俺の責務だ!!」

「お前がこんな三下に殺されたら、瑠火さんに何て言えばいいんだよ」

 その言葉に、杏寿郎は息を呑んだ。

(……新戸、やはり母上を……)

 杏寿郎の胸に、亡き母の真っ直ぐな眼差しが浮かんだ。

 あの強く優しい人に、新戸もまた無意識に惹かれたのだろう。

 

 だからこそ、あんなにも感情を爆発させたのだ。

 己が唯一感化した存在を嗤った猗窩座に。

 

「血鬼術・追儺式……」

 新戸は冷たく告げると、仕込み杖の柄を鬼特有の怪力で凄まじい圧力を掛けた。

 刀身はあっという間に赤く染まり、まるで今の新戸の激情ぶりを表しているかのようだ。

「〝奥義 (かく)(せい)(じん)〟」

(いきなり奥義だと!? やはり隠していたか、本来の強さを!!)

 猗窩座は心底歓喜した。

 かつて対峙した時は、ムカつく程の昼行灯ぶりで日の出までその場に留めようという姑息な手を使っていたが、新戸が今から仕掛けるのは真っ向勝負……猗窩座が最も好む戦いだ。

「死に晒せ、野良犬が」

 新戸は地面を割る程に踏み込んで、爆発的な加速で斬りかかる。

 対する猗窩座は、嬉しそうに拳で迎え撃つ。

 

 激情と殺意に身を焦がし、新戸(おに)は夜叉と化したのだった。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸は年に一回は瑠火の墓参りに行き、その時には酒壺(本格麦焼酎)と一輪のツユクサを供え、線香と一緒に愛飲の煙草を一本寝かせます。
墓参りは必ずたった一人で行きます。向かうところを煉獄家は見たことがありますが、墓前で何をしているのかは全く知りません。


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第二十八話 夢に出そうで怖いわ。

令和四年度、最初の投稿です。


(なぜだ……なぜなんだ!?)

 激情に駆られた新戸のデタラメな戦いに、猗窩座は劣勢に立たされていた。

 新戸の基本戦術は、化け物じみた思考力を最大限活用した「戦略」――相手の土俵に立たず、搦め手嵌め手を主軸にあらゆる要素を利用して敵を屠る、敵対者にとっては厄介極まりない頭脳派だ。凶悪なまでの思考力の高さは、鬼の中でも頂点に君臨する術者である童磨すら上回っている。ある意味で正攻法である猗窩座にとって、冷静時の新戸は相性が悪いと言える。

 しかし激昂した今の新戸は、血鬼術全開のゴリ押し。戦略も戦術もへったくれもない、ただの力業なのだ。同じ土俵であれば、武術の鍛錬を数百年怠らず続けた猗窩座が絶対的に有利である。

 有利であるはずなのだ。それなのに――

(武の道や鍛錬とは程遠い男が、なぜこんなにも強い!?)

 怒り狂う新戸の強さは、猗窩座の予想を裏切った。

 思考とは冷静時にこそ真価を発揮する。怒れば怒る程に冷静さを失うので、普通に考えれば思考力を封じられた新戸は窮地に立たされる。なのに、猗窩座は新戸の攻略が未だできないどころか、同じ土俵のはずなのに押されている。

 畳み掛ける斬撃の嵐に、反撃しにくい。

(コイツ自体の剣の腕はさほどではない……となると、やはりあの刀か!!)

 武闘家としての勘か、猗窩座は新戸の「絡繰り」に少なからず気づいた。

 

 新戸のオリジナルの血鬼術である「追儺式」は、斬撃と剣圧を操る能力。己の日輪刀を媒体とするため、日輪刀と同じ効果の攻撃を広範囲に放つことができる。――この時点で、並大抵の鬼には絶望を与える程の凄まじさを誇るが、追儺式は()()()()が存在する。

 それが〝赫醒刃〟。媒体の刀を鬼の怪力で圧力をかけることで、高熱を帯びた赫い刃と化させる技だ。発現した赫い刃は、斬撃に加え灼けるような激痛をもたらし、鬼の再生能力を阻害する効果を有するのだ。

 

 鬼殺しの特性を遺憾なく発揮する新戸は、まさに全ての鬼の天敵と言える生物だった。

「〝追儺式 鬼こそ〟」

 殺意に満ちた声と共に、極太の赫い斬撃を放つ新戸。

 猗窩座は回避し、一瞬で間合いを詰める。懐に潜り込まれた新戸は、その拳打を脇腹で受けてしまう。続けて左目を手刀で潰され、回し蹴りを食らって吹っ飛んだ。

「新戸さんっ!!」

 炭治郎は悲痛な叫びを上げる。

 新戸のことをよく知る杏寿郎も、穏やかではなかった。

(怒りで完全に冷静さを欠いている……!)

 怒りのあまり、避ける余裕がなくなっている。

 感情的になった状態での真っ向勝負は、いくら新戸でも不利だった。

「ははっ! 理性だけでなく知性も飛んだか!!」

 ゆっくりと大量の血を流しつつも立ち上がる新戸を、猗窩座は嗤った。

 今のアイツは恐れるに足らない――そう言っているかのようだ。

「俺は杏寿郎とも戦いたい! そろそろ終いとしよう!」

 猗窩座は全身に力をみなぎらせ、絶技である〝破壊殺・滅式〟を打ち込まんと地面を思いっ切り蹴った。

 そして、その拳が新戸の身体を貫かんとした直後。

「〝鬼剣舞 ムギリ膳舞〟」

 

 ドゥッ!

 

「ぐあっ!?」

 新戸は全方向に赫い斬撃を渦のように展開させた。

 まんまと引っかかった猗窩座は、赫い斬撃に斬り刻まれながら宙へ吹き飛ばされた。

 そして新戸は、別の血鬼術――矢琶羽の頸を取り込んで得た〝紅潔の矢〟を発動。己の体に矢印を突き立て、吹き飛ばされた猗窩座よりも数メートル高い地点まで跳躍した。

「よもや、いつの間に別の血鬼術を!?」

「何て熟練度なんだ!」

 複数の血鬼術の使い手と知った杏寿郎は驚愕の叫びを、炭治郎は練度の高さに感嘆の声を上げた。

 対する猗窩座は、空中で打ち上げるために仕掛けたと悟り、すかさず衝撃波をぶつけようと虚空を打ったが……。

「〝(おに)(おど)し・(ひいらぎ)〟」

 

 ドゴォ!!

 

「があああああああああっ!?」

 跳躍した新戸が大きく刀を振るった途端、衝撃波すら押し潰す程に強烈な剣圧が発生。

 轟音と共に猗窩座は、地面に大きな亀裂が生じる勢いで叩きつけられた。それと共に、肌がじりじりと痛んだかと思えば、突如として()()()()()()、猗窩座は断末魔の叫びを上げた。

 赫醒刃で放つ剣圧は、陽光に似た効力の熱を帯びている。言わば衝撃を伴う熱波をぶつけているようなモノで、それを受けた鬼は凄まじい圧力を受けながら火達磨にされるのだ。

「ぐっ……ぐおおおおあああぁぁぁぁっ!!」

 不死であるはずなのに、焼き殺される恐怖と戦慄が襲い掛かる。 

 猗窩座は炎に包まれながらも、〝(さい)(しき)万葉閃柳(まんようせんやなぎ)〟で地面を殴りつけ、発生した衝撃波で剣圧を吹き飛ばす力業で脱出。その際の風圧で己を包み込んだ炎もかき消した。

 が、それを新戸が許すわけもなく、〝紅潔の矢〟による高速移動で猗窩座を猛追。間合いを詰めて接近戦を仕掛けた。

(速いっ!!)

「死ね」

 新戸が殺意に満ちた声を上げると、日輪刀の刃が突然発火した。

 爆血だ。新戸の血が爆ぜ、鬼殺しの炎が猗窩座に牙を剥いた。

「〝(ばっ)(けつ)()(くう)()(しゃ)〟」

 

 ドドドドドドッ!!

 

「があああああああっ!!」

 空中で繰り出す、燃える斬撃の嵐。

 足場も逃げ場もない虚空の制空権を掌握した新戸の攻撃に、猗窩座は滅多斬りにされる。

 そのまま地面に落ちると、新戸は追撃して刀を大きく振るった。

 

 

           *

 

 

(……何という戦いだ)

 その様子を見ていた杏寿郎は、もどかしさを感じていた。

 本来ならば、鬼狩りである自分が戦わねばならない。だが、新戸の周囲への被害を省みない荒々しい戦いに、身を守るのが精一杯。助太刀に行ったところで、足手まといどころか巻き添えを食らって無駄な怪我を負ってしまう。

 今まで新戸の真っ向勝負を見たことは無い。 

 彼が純粋な戦闘、いわゆる正攻法で戦うところを見たのは、鬼殺隊でもごく一部の人間――関わりが深かった実父の槇寿郎や元花柱のカナエぐらいだ。

(本気で暴れると、こうも恐ろしいのかお前は)

 新戸の真の実力に圧倒されているのは、何も杏寿郎だけではない。

 その場に居合わせた炭治郎と伊之助も、息を呑んでいた。

(強い……全力の新戸さんは、上弦の鬼と同じ強さなんだ……!)

(……俺達の出る幕じゃねえ。入ったら死ぬ)

 本気で殺しにかかる両者。

 死を絡め取ろうとする鬼の宴に、鬼殺隊士(にんげん)の介入は許されなかった。

 

 

 乗客の手当てを終えた新戸の弟子――獪岳と玄弥も、遠くからその攻防を見守っていた。

「師範……」

「っ……」

 心配そうな声を上げる玄弥に対し、獪岳は悔しさを滲ませ拳を強く握り締めていた。

 獪岳は新戸の一番弟子であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()新戸という男を慕い、その背中を追いかけている。ゆえに新戸に背中を預けられるように強くなりたいと願い、ひたむきに努力してきた。

 だが、蓋を開ければ力の差は大きすぎた。下弦の壱との戦いでは蹂躙し、そのまま上弦との連戦。自分だったら手も足も出ないところだ。

 何が一番弟子だ……! そんな劣等感が、己の心を蝕んでいく。

(俺は……()()()()()とはもう違うってのに……!!)

 その時だった。

「……俺だって!」

「!? おいカス! 何する気だ!」

「カスじゃねえよクズ!」

 玄弥が新戸から貰った狙撃銃に、弾を込めた。

 あの異次元の戦いに、頸を突っ込むつもりだ。

「てめェ、師範の足引っ張ろうとすんじゃねェ!!」

「うるせえ、ここで逃がして溜まるかよ! 師範はいつも言ってただろ、「戦いにおいて卑怯は作法」だって!! これは試合じゃねえ、生き残りを懸けた殺し合いなんだ! 手助けするなっつー方が理不尽だ!!」

「っ!!」

 玄弥の言葉に、獪岳は目を瞠った。

 それと共に、新戸からの教えを思い返した。

 

 ――獪岳、玄弥、いいか? 過程は重要だが、求められるのは常に結果だ。ぶっちゃけ全集中の呼吸とか会得できなくても、鬼を殺せりゃあ合格。杏寿郎にも昔言ったが、殺し合いに善悪や正邪を求めるなよ。

 

「……わかったよ、カスが」

 獪岳は覚悟を決め、刀に手を添えた。

 

 

           *

 

 

 激化する戦い。

 しかし、戦局は大きく移り変わろうとしていた。

「ハァ……ハァ……」

「……何だ、その程度か」

 息を荒くしながら煙草の紫煙を燻らせる新戸に、猗窩座は冷たい眼差しを向けていた。

 新戸は鬼として稀有な存在であり、人間の血肉を喰らわずに強力な血鬼術を駆使することができるが、消耗しないわけではない。複数の血鬼術を同時に長時間使用すれば、その分体力は削られる。

 新戸が戦術戦略を主軸とするのは、思考力が最大限に発揮されるのは勿論、血鬼術の長時間使用による体力の消耗を最小限に抑えるためだ。血鬼術は消耗するが、思考力は冷静でいれば消耗することは無い。

 だが、今回の新戸は違う。煉獄瑠火というかけがえのない想い人との「記憶」を穢されたことで、完全に頭に血が昇って〝自分らしくない戦い〟を仕掛けてしまった。言わば相手の土俵に立ってしまい、じわじわと追い込まれてしまったのである。

 その上、猗窩座の再生力とタフさは新戸の想像を遥かに超えていた。強化された下弦の壱すら一方的に弄る程の実力を持つ新戸でも、猗窩座を消耗させるのは至難の技だった。

(ちくしょう、少し頭に血が昇りすぎた……どうする? このままあえて逃がすか? いや、杏寿郎は万全な状態だ。討ち取るのは不可能じゃねェ。……だが()()()()()は避けなきゃならねェ)

 しかし、追い込まれ消耗したことで、逆に新戸にとって最大の武器である「思考力」が復活した。

 新戸は相手の様子を伺いながら、必死に考えを巡らせる。

(地力では劣るが技術面では互角、頭脳戦を仕掛けりゃ俺が上だ。だが徒手空拳じゃあ間合いを制される。血鬼術もこれ以上使ったら動けなくなるかもしれねェ……クソッ)

 追い詰められた新戸は、汗を拭いつつ次の手を考える。

 しかし、ここは戦場。敵が律儀に待ってくれる道理など無い。

「死ね、新戸!」

「ぐっ……!」

 先程まで劣勢だった猗窩座の反撃。

 目にも止まらぬ速さで繰り出す拳の乱撃に、新戸は刀と鞘の二刀流で必死に捌いていく。

 だが武人としての場数は遥かに踏んでいる上弦の参には、血鬼術の乱用で消耗した新戸には荷が重かった。

 ――このままじゃあマジで()られちまう。日の出まで持ち堪えられるか?

 新戸はそう考えた、次の瞬間!

 

 バァン!!

 

「なっ!?」

「!?」

 突然の銃声。

 それと共に吹き飛ぶ、猗窩座の右腕。

 新戸はまさかと思い、銃声が聞こえた先に目を向けると、そこには玄弥がいた。

「玄弥、お前……!」

 弟子が助太刀をするとは思ってなかったのか、新戸は目を瞠った。

 さらに続いて――

「師範!!」

「獪岳!?」

 獪岳が抜刀しながら猗窩座に斬りかかる。

 が、当然その動きは見切られており、猗窩座は獪岳の一太刀を躱して手刀を見舞った。

 ――しかし、今の獪岳は新戸の一番弟子。それくらいは()()()()()

「食らえ、カス鬼!」

 獪岳は手から何かを投げつけた。

 それは、目眩ましの砂だった。

「小賢しい真似を、弱者が!」

 猗窩座は瞬時に背後に回り、獪岳の頭を砕き割ろうと拳を振るった。

 が、それが仇となった。

「よくやった、一番弟子!」

「何っ!?」

 何と同時に新戸も猗窩座の背後に回っており、真後ろから仕込み杖を振るって胴を斬りつけた。赫醒刃となった仕込み杖は、新戸の鬼特有の怪力もあって一気に半分まで食い込んだ。

「ぐううう!?」

 灼けるような激痛に悶える猗窩座。

 そこへ獪岳が飛びつき、頸に斬りかかった。

「うああああああっ!!」

 その一振りに、命を乗せて。

 全身全霊の一撃を、猗窩座の頸に叩き込む。

 師である新戸には到底及ばないが、たゆまぬ努力で鍛え上げ研ぎ澄まされた雷の如き剣閃は、頸に少しだけ食い込んだ。

(このガキ!!)

 猗窩座は怒りに身を任せ、獪岳の頭を潰そうと拳を振るった。

 が、直後に赤い矢印が両腕を突き刺し、千切り飛ばされそうになる。

「っ! 小守、貴様ァァ!!」

「誰が()らせっかよ!」

 〝紅潔の矢〟で両腕を封殺され、凄まじい剣幕で新戸を射殺さんとする猗窩座。

 その時だった。

(!! しまった、夜明けが近い!!)

 東の空が、白み始めている。

 鬼殺隊の絶対的な味方、太陽だ。この状態で朝日が昇ると、猗窩座は日光に滅却される。

 逃げなければと焦れ始めた時、あの赤い矢印が今度は両足の甲を貫いた。――まるで地面に縫い付けるかのように。

「ヒッ!」

 猗窩座は声を引き攣らせた。

 新戸の目論見を、本能が感じ取ったのだ。このまま陽光に晒すつもりなのだと。

「王手だ!! 詰ませるぞ獪岳ゥ!!!」

「はいっ!!」

 ズボラでチャランポランな新戸とは思えない、凄まじい気迫。

 それに続いて獪岳も叫び、文字通り命を削る思いで力を込めた。

杏寿郎(きょうじゅろ)ォォ!! ()れェェェ!!」

「っ!!」

 新戸の言葉に、杏寿郎は我に返ると一瞬で距離を詰めた。

 狙うは、頸。

「〝炎の呼吸 壱の型 不知火〟!!」

 赫き炎刀を構え、紅蓮の闘気を舞い上がらせながら斬りかかる鬼狩りに、猗窩座は戦慄した。

 ますます明るくなる空、逃がそうとしない新戸と鬼狩りの餓鬼、爆発的な加速で突進する炎柱……新戸の言う通り、このままでは詰まれてしまう。

 猗窩座は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべると、強引に体を引いて両手両足を引き千切った。

『!?』

 これには全員が度肝を抜いた。

 その隙を見逃さず、猗窩座は瞬時に引き千切った四肢を再生させ、思いっ切り地面を蹴った。着地と同時に朝日が昇ったのか、皮膚がじりじりと痛むのを覚えて背筋が粟立った。

(最悪だ……誰も殺せなかった!!)

 木々の間を走りながら撤退する猗窩座は、心の中で悪態を吐いた。

 

 自分の見通しが甘かったのは、認めよう。真っ向勝負を仕掛けた新戸の強さは、猗窩座の予想を裏切った。自分達の主が()()()に一任してでも抹殺したがるのも納得がいった。

 だが奴と戦っていると、どうしても苛立ってしまう。まるで何かと面影を重ねているような……。

 

(クソ……クソクソクソォォ!!)

 

 煮え滾るような怒りを抱えたまま、猗窩座は森の奥へ急いだ。

 鬼狩りを一人も殺せなかった、決して忘れることのできない恥辱の敗北だった。

 

 

           *

 

 

「おい待て!!」

「深追いは止せ……どの道追いつけやしねェよ……」

 暗い森をねめつける獪岳に、新戸は血反吐を吐いて口を拭った。

「師範! 大丈夫ですか!?」

「大丈夫に見えるかよ、カスが」

「ああ!?」

 全てが終わって駆けつけた玄弥だったが、獪岳の一言にカチンと来たのかメンチを切り始めた。

 新戸は「元気だなァ、おい」と笑いかけつつも、その顔には柄にもなく悔しさが滲み出ていた。

「……新戸、すまなかった」

 一方の杏寿郎は、申し訳なさそうな顔で謝罪した。

 新戸があそこまで追い詰めたというのに、頸をとらえることができなかったことが、相当参っているようだ。

 柱として不甲斐無い――そう言いたげな表情だ。

「……別に俺が勝手にやったことだ、一々謝んな」

「新戸さん……」

「炭治郎も伊之助もだぞ。これは防衛戦だ。乗客が一人でも殺されてたら鬼狩りとして敗けてた」

 その言葉に、一同は目を瞠った。

 鬼殺隊は、鬼から人を護る組織。鬼殺隊の隊士が鬼から人を護れなければ、決して忘れられない屈辱的な敗北である。

 言い方を変えれば、鬼を取りのがしても人さえ護れれば十分。取り逃した鬼は誰かが代わりに討ち取ってくれるかもしれないし、また相対するかもしれないし、限りなく低い確率で無惨に粛清されるかもしれないが、上弦を相手に生きて帰れれば万々歳だ。

 鬼を斬れなかった度に己を責めては、心身が()()()()

「……あー、ムカムカする……!!」

 新戸は頭をガジガジと掻いて、苛立ちを露にする。

 自分の想い人をコケにし、一番触れられたくない過去の記憶を土足で踏み荒らした鬼を逃がしたのは、新戸にとっても痛いコトだった。

 あんな安い挑発に乗らなければ、相手の土俵に乗らなければ、もっとうまく立ち回れたかもしれない。

「……これ瑠火さんが知ったら怒るだろうなァ」

「とりあえず枕元で説教だな!!」

「やめろよ、夢に出そうで怖いわ」

 新戸は引きつった笑みを浮かべながらも、懐から煙草を一本取り出して紫煙を燻らせたのだった。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸は通常の戦法と激昂した状態の戦法とで、強さが異なります。

通常の戦法は嵌め手搦め手主軸であり、かなり戦略的です。あらゆる手段で相手を翻弄する上、絶対に真っ向勝負を仕掛けないので、敵対者にとっては非常に厄介です。
激昂した状態の戦法は真っ向勝負で、感情任せなので周囲の被害も考えず戦います。血鬼術も出し惜しみせず発動するので、一撃の威力は通常時よりも遥かに高い反面、後先考えないので体力の消耗が早い上に味方が巻き添えを食らいやすくなります。

今回の場合、新戸は唯一にして一番の地雷を踏まれたことで感情的になっていたために消耗の激しい戦いをしてしまい、なおかつ猗窩座も再生力が最上位クラスなので、前半は新戸が優勢でしたが戦闘が長引いたことで後半は猗窩座が優勢になりました。
もっとも、新戸にも相性があるので、激昂した状態だと玉壺あたりなら普通にボコれます。


それと次回あたり、新戸の日輪刀に隠された「ある秘密」を紹介しようと思います。


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蝶屋敷襲撃編
第二十九話 面倒見の良さと稽古の厳しさは別物だぞ。


このあと、遊郭編以上の修羅場が待ち構えてます。


 無限列車での一件の後、杏寿郎は緊急の柱合会議に出席した。

 今回の任務は、途中合流した新戸の部隊との共同戦線により、脱線時に怪我をしてしまった点さえ除けば最小限の被害で済んだ。上弦の参が襲来するも、新戸の地雷を踏んだことで怒りを買い、翻弄された挙句に撤退した。

 上弦と遭遇した鬼殺隊士は、柱も含めて数多の数が闇夜に葬られ、その腹に収まってきた。感情的になったせいで新戸は苦戦を強いられたが、上弦と遭遇して誰も死ななかったというのは奇跡に等しい。

「二百人の乗客は誰も死なず、剣士(こども)達も全員生きて帰ってこれた。下弦の壱と上弦の参との連戦、よく頑張ったね杏寿郎」

「いえ! 俺は新戸のお膳立てを無下にしてしまった! 柱として不甲斐無いばかりです!」

「そんなことはないよ。しかし、まさか新戸を本気で怒らせるなんてね」

 今回の会議で話題になったのは、あの新戸が激怒したことだった。

 新戸の印象は人それぞれだが、大体は悪い印象だ。悪巧みや人をコケにするのが楽しそうだの、いつも遊んでるだの、真心がこもってない時が多いだのと散々だ。一応親しい間柄の人間からは堅苦しさがなくて柱より接しやすいとのことだが、やはり悪い部分が目立つ意見が多い。

 そんな新戸が、激怒のあまり下弦を嬲り殺そうとし、上弦を一時的に追い詰めた。新戸が怒っている場面をほとんど見てない自分達にとって、それは衝撃的な出来事だった。

「その上弦ってのは、新戸をどうやって怒らせたんだ?」

「……俺でも腹に据えかねる言葉だ」

 拳を凄まじい力で握り締める杏寿郎。

 その意味を察したのか、伊黒は恐る恐る尋ねた。

「……先代の奥方、か?」

 伊黒の指摘に、杏寿郎は無言で頷いた。

 というのも、伊黒は過去に炎柱だった頃の槇寿郎に救われた身。その縁で煉獄家と親しく、槇寿郎が荒んでいった経緯も知っているのだ。

「……煉獄、てめェの母親と新戸(あのバカ)はどういう関係だったんだァ?」

「それについては、私の口からも説明しないとね。杏寿郎、いいかな?」

「勿論!」

 快活な返答に耀哉は微笑むと、新戸の過去を語り始めた。

「元々新戸は、鬼に成った直後に槇寿郎が拘束して連れられてきたんだ。その時から新戸は鬼として特殊でね……フフッ……! あの第一声と言ったら……!」

(お館様の思い出し笑い! 素敵!)

 新戸が初めて本部に連行された時のやり取りを思い出し、笑みを溢す耀哉。

 敬愛する主君の意外な一面に、甘露寺はきゅんとなった。

「……お館様、新戸は一体何と言い放ったのですか?」

「当時の当主は父だけど、私も傍に居てね。父が何者か尋ねたら、新戸は「あなたのスネをかじりに来ました」と答えてね……!」

 いきなりぶっ飛んだエピソードに、杏寿郎以外は唖然。

 鬼になった時点で、今の新戸は完成していたようだ。

「その後、当時の柱達と処遇を相談していたんだけど、その間新戸は何度も居眠りをしてね」

「鬼なのに、柱達の前で居眠りするのか……」

 しみじみと呟く義勇に笑いが込み上げてきたのか、宇髄と無一郎、しのぶら女性陣が頬の内側や唇を噛んで震えている。

「居眠りに飽き足らず、お腹が減ったからと一汁三菜を要求したり、肌が痛いからと屋敷に上がったり、眠いから寝床がどこか隠に尋ねたりしてたよ。今でもよく憶えている」

「ぶふっ!」

 真っ先に吹き出したのは、やはりと言うべきか甘露寺だった。

 ただでさえ今も奇行が目立つというのに、十五年も前からぶっ飛んでたとは。

 文字通りのやりたい放題ぶりに、伊黒も膝を思いっきり握り締めて耐えている。

「そこで私の父は、今までの鬼とは違う稀有な存在と判断し、ひとまずは本部預かりとして柱一名の監視を条件に不問としたんだけど、十日ぐらいかな? 柱達が「人を喰うより質が悪い」と苦情を訴えてきてね。第一発見者である槇寿郎に一任させたんだ」

「それは全責任を槇寿郎殿に押し付けたということでは……?」

「そうだね」

 悲鳴嶼の疑問をあっさりと認めたお館様。

 さすが産屋敷家、何事も強かである。

「そんな中だったな……ある日父上は新戸の怠慢ぶりに業を煮やし、「将棋で勝ったらしばらく置いてやる」と言った」

「結果は?」

「三番勝負で父上の全敗だ」

 その言葉に、一同は息を呑んだ。

 鬼になってからなのか、元々の素質だったのかは不明だが、人生初の将棋で相手にいきなり全勝するとは。もっとも、新戸は博打で生計を立てることができるので、彼自身の勝負強さもあったのかもしれないが。

「今思えば、新戸の策士としての才能はそこから開花したのかもしれんな」

「私もまだ目が見える頃に新戸と指したことがあるんだけどね……恐ろしく強かったよ。父もコテンパンにされたそうだ」

 さらに出てきた耀哉の証言に絶句。

 聡明な鬼殺隊当主すらも、新戸には及ばないのか。

 だが言い方を変えれば――

「先代の奥方は、あの新戸を打ち負かした唯一の人間だというのか……!」

「……強かったのか」

「ああ、百回挑んで一度も新戸は勝てなかったそうだ。しかも敗北の度に母上から指導を受けたそうだ」

「マジかよ……」

 鬼殺隊随一の頭脳派である新戸を、瑠火は将棋で一度も勝利を譲らなかった。

 それ程までの差が、あの二人にあったのだ。

「誰もが手に負えなかった新戸に敗北を教え、その全てを受け止めたのは間違いなく母上だ。新戸は母上を裏切る真似はしない」

「私もそう思っているよ、杏寿郎。たとえこの先、鬼殺隊と袂を分かつことがあったとしても、瑠火殿の記憶が在り続ける限り人を護ってくれるはずだ」

 断言する杏寿郎に、耀哉は賛同した。

 常に飄々とした昼行灯で、時に鬼らしい傲慢さや凶悪性を見せ、狡猾に立ち回る新戸。疎まれがちな彼も、今もなお瑠火に対しては敬意を払い続けている。

 新戸と瑠火がどこまでの関係だったのかは、想像するしかない。事実、一番身近であった煉獄家の面々ですら二人の関係の全てを把握できてないし、新戸自身も詳しく語ろうとしない。

 それでも、新戸は瑠火への想いを忘れず、彼女の影を追い続けている。それが全てを物語っている。

「……いずれにしろ、今回の無限列車の件で、新戸は弟子を巻き込めば任務で大きな戦果を挙げてくれることがわかった。きっちりかっちり働かせないとね。皆も協力してね」

『御意!』

 

 

「ぶへっくしょん!」

「……師範、大丈夫ですか?」

「何か俺に労働の魔の手が忍び寄った気がしてな……」

 盛大にくしゃみをする新戸は、右手に風呂敷包みを、左手に酒壺を携え蝶屋敷の入院病棟へと向かっていた。

 今回の任務で合流した、炭治郎達の見舞いに来たのだ。

「金平糖で満足してくれりゃあいいんだが……」

「師範、あんなカスの見舞いなんかしなくていいですよ」

 獪岳はそう吐き捨てるが、新戸は不敵に笑って返答した。

「獪岳……人に親切にしときゃあ、自分(てめェ)に良い事があるってよく言うだろ? 人に何か与えてりゃあ、その対価がちゃんと自分に返ってくる。人間ってのァ、手ぶらの奴より何かしら持ってる奴の方に集まるモンさ」

「!」

「ありがたいことに、鬼殺隊は()()()()()()だ。今時の若い衆はちょっと飴与えただけですぐ堕ちる」

 新戸は黒い笑みを浮かべながら、病室の扉を開ける。

 そこには、ベッドに座る三人の少年と、見覚えのある一家が居た。

「あっ! 新戸さん!」

「よう、炭治郎。頭以外は柔かったんだな」

 新戸は欠伸をしながらイスに座り、グビグビと酒壺の中身を煽った。

 すると、二年前の件で蝶屋敷に移ることになった竈門家の柱である葵枝が、新戸に頭を下げた。

「新戸さん、炭治郎がお世話になってます」

「そんな大層なことじゃないですよ、葵枝さん。ガキの世話は昔から得意ですから。あと炭治郎、これ見舞いの金平糖だ。皆で分けな」

「こ、こんなにいいんですか!?」

 見舞いの品の中身を知り、ギョッとする炭治郎。

 アイスクリームやチョコレートが広まる時世だが、金平糖は今もなお裕福なお菓子という認識ではあるようだ。

「あとでお姉ちゃんにもあげないとね!」

「お姉ちゃん、金平糖大好きだし!」

「そうだな、今回の任務は禰豆子も頑張ったようだし」

 新戸の見舞いの品は、うまく作用した様子。掴みは大丈夫なようだ。

 すると、葵枝は見慣れぬ二人に気がついた。

「あら、そちらは……」

「稲玉獪岳です」

「し、不死川玄弥っす……」

 会釈する二人に、葵枝は微笑みながら挨拶する。

「二人は俺の弟子だ。獪岳は俺の右腕で、玄弥は炭治郎の同期だ」

「そうなの! この度は炭治郎が……」

「わ、わざわざ言わなくていいですよ!」

 頭を下げる葵枝に、アワアワする玄弥。

 獪岳はジト目で見やると、今度は炭治郎達に目を向けた。

「竈門。あのカスは相変わらずか」

「カスじゃなくて善逸です! ……善逸は確かに小心者ですけど、強くて優しいから頼りになりますよ」

「擁護してるようでしてないよねそれ!?」

「ハッ、てめェにゃ丁度いい評価じゃねェか」

 信頼してるのか貶めてるのかわからない評価をする炭治郎の言葉を聞き、盛大に嘲笑する獪岳。

 そのゲスい笑みは、悪巧みを仕掛ける時の新戸と全く同じモノ。彼も染まってきているようだ。

「っていうか、いつの間に稲玉って苗字名乗ったの!? そこは桑島じゃない!?」

「あのジジイと違うんだよ、師範は。俺を正しく評価する善人だ」

「善人って言葉から一番程遠いのに!?」

 その言葉にカチンと来たのか、獪岳は貼り付けた笑みで善逸を締め上げた。

 善逸はギャーギャーと喚くが、問答無用。笑っていない笑顔で弟弟子を躾ける様子に、さすがの炭治郎と伊之助も気の毒に思った。

「……で、どうするつもりだ? 今回の件で、上弦のヤバさはわかったろ」

「っ……はい」

 酒を飲みながら尋ねる新戸。

 炭治郎も――元も含めて――十二鬼月と遭遇・戦闘したことはあるのだが、猗窩座は異次元の存在だった。あの領域は柱かそれ以上の強さがなくては、呼吸どころか瞬きすらままならない。

 しかし、あの領域に達しなければ、鬼舞辻無惨の頸など夢のまた夢だ。

「そこで提案なんだが――」

「待て、新戸!!」

 驚く程に大きな声で、柱合会議を終えた杏寿郎が殴り込んできた。

「竈門少年達は俺の〝継子〟にする!! 手出し無用だ!!」

「えっ!?」

 杏寿郎の宣言に、炭治郎達はギョッとする。

 継子とは、平たく言えば柱候補生。次期柱として直々に育てられる新参の隊士であり、柱よりも希少な存在だ。まだ出会って一ヶ月も立っていないが、才能を見込まれるのは炭治郎達にとって嬉しい話だ。強くなるには、やはり柱に選ばれるのが早い。

 だが、ここで新戸が待ったをかけた。

「えー……お前ダメだって。弟子入りした奴ら全員逃げ出したの忘れてんの? 面倒見の良さと稽古の厳しさは別物だぞ」

「むっ! 何を言う、甘露寺は継子を経て柱になったぞ!!」

「本来の源流から滅茶苦茶離れてっけどな。っつーか〝炎の呼吸〟からどうやれば〝恋の呼吸〟になんの?」

「それは知らん!!!」

 堂々と言い放つ杏寿郎に、新戸は溜め息を吐いた。

「……まあ、炭治郎の〝ヒノカミ神楽〟に一番近いのは炎かもしんねェけどな」

「そこまで理解しているなら、なぜ譲らん!」

「禰豆子鍛えられないし、血鬼術使えないじゃんお前」

 新戸の一言に、杏寿郎は固まった。

 それが両者の決定的な違いだった。

 新戸は剣腕は然程ではないが、鬼であるために血鬼術を用いた訓練が可能だ。それに加えてズバ抜けた思考力を持ち合わせているため、変化に富んだ修行を行うことができる。実際に鬼と戦っている状態での稽古は、確かに新戸でないと不可能だろう。

 現に獪岳と玄弥は、新戸の血鬼術を用いたぶっ飛んだ鍛錬を積んでいる。

「もう鬼殺隊は鬼との共闘という方針になってる。模擬戦と言えど鬼との共闘を実現できるのは俺んトコだけだぜ?」

「ぬぅっ」

「それに炭治郎と禰豆子は一緒に鍛えた方がいい。〝万が一の場合〟の備えにもなる」

 新戸の言葉に、杏寿郎は唸った。

 禰豆子の唯一の懸念事項は、鬼化の進行による暴走状態。

 通常の人喰い鬼と違い、禰豆子は新戸と同様、人を喰わない鬼ながらも強力な能力を秘めた極めて稀有な個体である。しかし()()()突然変異体である新戸と違い、禰豆子は新戸よりも無惨の血が濃いことが珠世の研究で判明しており、暴走の確率はゼロではない。

 そして禰豆子は、新戸の血も取り込んでおり、新戸の血鬼術を行使できる可能性がある。それ程の鬼が暴走したら、甚大な被害が生じるだろう。

(まあ、あえて思い切って暴走させちまった方が、禰豆子の精神力強化の面で()()()()()()()アリだろうけどな)

 新戸は心の中で呟くが、さすがに一家の反発を買うと判断して口には出さないでおいた。

 すると、兄弟子に散々締められた善逸が、ようやく落ち着いた様子で新戸に尋ねた。

「あ、あの……新戸さん、だっけ? 兄貴達がやってる修行って、どんなの?」

「……獪岳。言ってみん」

「……はい」

 善逸に知られるのが非常に癪といった表情ながらも、獪岳は丁寧に説明した。

「師範との修行は、昼に行う時と夜に行う時がある。必ず体調が万全であること前提だ」

「昼と夜とでは、修行内容は違うんですか」

「昼は主に座学、夜は師範との組手を行ってる」

 至極簡潔で、なおかつ意外な内容に、一同の興味が集中した。

「座学だと? どういうことだ?」

「何ていうか、戦い方を学ぶんです。師範は剣腕よりも頭脳戦が大事っつってるんで……」

「戦術指南か! 成程、新戸だからこそできるな」

 玄弥の証言に、杏寿郎は納得した様子で首を振る。

 心と体だけでなく、思考や判断を司る「頭脳(あたま)」も鍛えるという訳だ。こればかりは、頭脳派である新戸だからこそできる芸当だろう。

「して、夜の修行は? ただの組手ではあるまい」

「ええ。夜は師範が容赦なく血鬼術や嵌め手搦め手を仕掛け、時々上弦の弐がちょっかい出してきます。最近は夜の訓練も全集中の呼吸の使用制限がかかっていて、一定時間全集中の呼吸の使用禁止なんて時もあります」

『えっ?』

 夜の修行内容に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう炭治郎達。

 血鬼術を容赦なく使う相手に加え、夜間での実行は、より実戦に向いたものだ。いつでも鬼殺隊は鬼達に有利な夜の中で戦うのだから、さながら実際の戦闘のように緊張感のある組手と言えよう。

 ただ、全集中の呼吸の使用制限を課すのは想定外すぎた。その上、鬼殺隊に与している上弦の弐が時々ちょっかいを出してくるというのだから、夜の修行は混沌と化しているだろう。そんな実戦以上の修羅場で、獪岳と玄弥は己を鍛えているのだ。

「……嫌な奴だな。さすがにおかしいぞ……」

「いいだろうが別に! 強くなりゃいいんだよ、強くなりゃあ」

 杏寿郎にドン引きされつつも、新戸は炭治郎に先程の続きを始めた。

「……それでだ、炭治郎。さっきの提案についてなんだが……()()()()()

「え?」

「本当なら俺が引き取りたいんだが……ここは間を取って、()()()寿()()()お前らを鍛える」

 その言葉に、炭治郎だけでなく善逸と伊之助も驚愕した。

 現役の柱と、鬼殺隊随一の頭脳派が、手を組んで若者三人を指南するというのだ。

「贅沢だろ? だがお前らの代は期待できる。これくらいの我儘は許されるさ。本当ならしのぶの継子であるカナヲも巻き込めれば最高だったんだがな」

「カナヲはダメだったんですか?」

「心身共に申し分ないが、蝶屋敷の面々がこぞって反発しちまってな」

 新戸曰く、蟲柱(しのぶ)の継子である栗花落カナヲも引き取るつもりだったという。

 しかし新戸の日頃の素行不良ぶりに加え、親密な関係である童磨が女性に目がないこともあり、その内に食べられてしまう――どっちの意味かは不明――として断固反対の姿勢を取ったため、諦めざるを得なかったとのこと。

 日頃の行いは、やはり大切な時に響くようだ。

「まあ、そんなことはどうでもいい。ともかく、お前ら三人はしこたま鍛える。剣術や呼吸法は杏寿郎が、それ以外の技能や組手は俺が担当する」

「ちょっと、勝手に話進めないでくんない!? まだ心の準備できてないし!! そんな厳しいの参加したくもないし!!」

「別に逃げてもいいぞ。逃げたら鬼殺隊内での全ての女性との接触禁止令を〝上〟に要請するだけだから」

「わかりました!! やります!! やりますよこの悪魔!!」

 逃げ道をしっかり塞ぐ新戸に、善逸は怒りに満ちた声で鳴きながら叫んだ。

 しかし狡猾な新戸にとって、悪魔は褒め言葉である。

「俺もやるぜ!! 親分だからな!! 腹が減るぜ!!」

「師範、コイツ何言ってるのかよくわからねェ」

「まあ……やる気あんならいいんじゃね?」

 謎の鼓舞をする伊之助を尻目に、炭治郎へと視線を向ける。

「……お前は?」

「やります! それで皆を護れるなら!」

「わかった……ひとまず怪我は全部治せ。話はそっからだ」

 新戸は三人の答えを聞き、満足気に笑った。

 

 その三日後、最悪の事態が蝶屋敷を襲うことになるなど、新戸自身も知る由も無かった。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸の日輪刀は、猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石という日光を吸収した特殊な鉄に加え、新戸自身の血の鉄分が混入されてます。無機物である日輪刀を媒体として血鬼術を放てるのは、己の血液の一部が血鬼術の発動に反応しているからです。


【特報】
次回、ついに〝アイツ〟が蝶屋敷に……!
新戸にとって過去最凶の敵が、鬼一文字を背負って鬼殺隊に災厄をもたらす!!


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第三十話 蝶屋敷が危ねェ!

ついにあの男が蝶屋敷に襲来!


 その日、新戸はいつものように弟子二人をしごいていた。

「うあぁぁぁぁっ!」

 己を鼓舞しながら、新戸に立ち向かう玄弥。

 今の玄弥は、鬼化して身体能力が爆発的に上昇している。鬼として特異個体である新戸の血を取り込み、彼の能力を扱えるようになったので、その訓練をしているのだ。

「そら、頑張れ頑張れ♪」

 一方の新戸は、なぜか女性の姿で血鬼術を使用。

 〝紅潔の矢〟を惜しみなく放ち、速さも大きさもバラバラの紅い矢印を玄弥に向かわせる。

 ……正直な話、元の持ち主よりも遥かに上手に扱えている。

「おおぉぉぉぉっ!!」

 玄弥は鬼化したことで飛躍的に上がった腕力を駆使し、両手持ちで矢印を斬り裂きながら特攻。あっという間に懐まで迫った。

 元々玄弥は、新戸の弟子になる前は最強の柱である悲鳴嶼に教えを請うていたため、素の身体能力は鬼殺隊でも上位の部類。技術面や戦略面では兄弟子である獪岳が上だが、純粋な腕っ節は玄弥が上である。

(貰った!)

 玄弥は片手持ちに切り替え、新戸の頸を狙った。

 ――が、新戸は不敵に笑った。

「いい選択だったが……脇が(あめ)ェ」

 新戸は玄弥の空いている方の腕を掴むと、それを己の豊かな胸に押し当てた。

 むちっと柔らかく暖かい感触が手を介して伝わり、玄弥の顔は茹蛸のようにボンッ!! と真っ赤に染まった。

 当然、それを見学してた獪岳も唖然。竹の水筒を思わず落としてしまった。

 

 バチィン!

 

「ほぶっ!?」

 新戸はニコニコ笑いながら平手打ち。

 鬼の怪力で放たれるそれをモロに食らい、玄弥は思いっ切り吹っ飛ばされた。

「おいおい、たかが女体に臆すんじゃねェよ」

「師範、声が笑ってますよ」

 新戸のまさかの手口に、獪岳は愉快で仕方ないのか、自分も釣られて声が笑っている。

 師範と兄弟子の様子に、起き上がった玄弥は顔を真っ赤にして詰め寄った。

「おいコラ師範!! 何つーマネしてくれてんだ!!」

「鬼は色仕掛けしないなんて、どこの馬鹿が決めた。そんなんで揺らぐようじゃあ、この先不安だな」

「フザけんな!! 他の連中に見られたらどうすんだ!!」

 恥ずかしさで涙目になる玄弥に、新戸は「ゴメンゴメン」と笑いながら謝罪した。

 すると、そこへ一人の鬼が姿を現した。新戸の悪友、上弦の弐・童磨だ。

「やあやあ、随分と仲良しだねェ」

「見られたくない奴に思いっ切り見られてたじゃねェか!!!」

 ヘラヘラしている顔を指差す玄弥。

 一番秘密を言いふらしそうな男に一連のやり取りを見られたのは、確かに致命的である。

「いやはや、新戸殿は随分と大胆だねぇ」

「誤解を生む言い方やめてくんない? ……で、そっちの動きは何かあった?」

「変わらないかな。下弦の壱が殺されるのは想定内だったようだよ」

「さすがに最後は総力戦になっちまうか。珠世さんと愈史郎だけじゃあ兵力不足だから、やっぱお前ら味方になってくれて正解だったな」

 新戸が仕込み杖を仕舞うと、玄弥も日輪刀を鞘に収めた。

 童磨は鬼殺隊に与し、定期的に情報を提供する間諜として上弦に座している。本人は早く無惨と縁を切って鬼殺隊の女性陣と仲良くなりたいと言っているが、新戸が「今抜けると警戒されて足を掬えない」として出入りを制限されている。

 一応、伊之助の様子を見に来る時もあるが……すぐ女性陣に関わろうとするため、あまりいい印象は持たれていないのはご愛敬だ。

「そうそう、猗窩座殿なんだけどさ」

「ん?」

 話題は、上弦の参・猗窩座に替わる。

 無限列車では新戸との死闘の末、撤退していったのだが……どうやら後日談があるそうだ。

「新戸殿との戦いの件、盛大に罵倒されてたよ。可哀想だから慰めといたぜ! 俺は優しいからね!」

「うわ、マジか。ざまあ、猗窩座マジざまあ」

「酒の肴には最高じゃないですか、師範」

「悪魔かお前ら」

 新戸と獪岳のゲスい笑みに、思わず玄弥は引いた。

 人の不幸は蜜の味とは、よく言うものである。

「あのワカメ、組織の長としてポンコツだからな。そうやってドンドン自滅していけば万々歳だぜ。勝手に向こうの戦力減るからな」

 極悪人のような笑みを浮かべ、敵の大将を嗤う新戸だったが――

 

 ドクンッ!

 

「!?」

 今までとは比べ物にならない、胸騒ぎが襲い掛かる。

 注意とか警戒とかではない。もはや緊急事態の領域だ。

「……マズイ。今までにない胸騒ぎがしてきた! 童磨、続きはまた今度だ!」

「新戸殿?」

「獪岳、玄弥、引き返すぞ! 蝶屋敷が危ねェ!」

 今までにない程に焦燥に駆られた師範に、弟子二人も嫌な予感を覚え、息を呑んだ。

 

 

           *

 

 

 日が暮れ、寝静まった蝶屋敷。

 胡蝶カナエは、しのぶや珠世一派との共同研究の続きをしていた。

「ふう……」

 大きく背伸びをし、一度休める。

 上弦の壱に敗れてから引退した自分に代わり、柱となった妹は任務で不在。珠世と愈史郎は、宇髄と共に吉原で共謀していて不在。研究を進められるのは、自分しかいない。

(新戸さんの方の案は、一応完成はしたけど……量を確保するのに時間が掛かるわね)

 カナエは珠世から貰った紅茶を一口飲む。

 現在進めている研究は、鬼を人間に戻す薬に加え、新戸が提案した「鬼にも人間にも効果がある回復薬と輸血用の血液」だ。

 新戸が上弦を懐柔し、さらに禰豆子という特殊な鬼のおかげで研究は順調に進んでおり、前者は研究中だが後者は完成している。問題なのは量の確保であり、こればかりはどうしようもないが、殉職率の高さを改善するという意味では、新戸の案は文句なしだ。

(しのぶと珠世さんは、無惨用の薬を作ってるのだけれど……薬というより毒ね、多分)

 しのぶと珠世が秘密裏に作っている、対無惨の猛毒(おくすり)

 新戸と上弦、禰豆子に加え、鬼化の体質を持つ玄弥の血を拝借・研究開発しているのだが、その時の二人の黒い笑みはスゴかった。笑ってるけど笑ってないというヤツである。

 しかも本人達曰く、今後は鬼を何匹か確保して投与するとのことだ。無惨用なので並大抵の鬼は一溜りもないだろうが、慈悲は無い。

(そろそろ寝て、明日続きをしましょうか)

 そう言って、イスから立ち上がった時だった。

 

 ゾクッ

 

「っ!?」

 禍々しい気配が、カナエに襲い掛かった。

 その気配が一際濃い窓際を振り返ると、信じられない光景が目に映った。

 

「久しぶりだな、カナエさん」

 

 そこにいたのは、鬼殺隊の隊服の上に羽織を着用した一体の鬼。

 端正な顔立ちだが、その歯は鋭く、目つきは獰猛。威圧感は上弦に匹敵しそうだ。

 何より、その声はカナエもよく知る人物のモノだった。

 

「栄次郎君……!?」

 

 そう、新戸を殺すために無惨に魂を売った鬼殺隊の裏切り者――高浪栄次郎だ。

「……あのクズはいねェのか」

「……何をしに来たのっ」

 狂気を孕んだ笑みを浮かべる栄次郎を、カナエは睨みつける。

 元柱の凄みは、並みの隊士達では息を殺されそうになるだろう。しかし短期間で甲までのし上がり、多くの修羅場をくぐり抜けた栄次郎にとって、それはただの強がりでしかない。むしろ可愛さすら覚える程だった。

「カナエさん、取引しねェか?」

「……何の取引?」

 栄次郎は取引を申し出た。

 蝶屋敷に乗り込まれた以上、カナエ一人では栄次郎は倒せない。ならば柱の誰か……それこそ新戸が戻ってくるまで時間を稼ぐべきと判断し、あえて話を聞くことにした。

「取引は簡単な話だ。――蝶屋敷のガキ共の身の安全を保障する代わりに、産屋敷の居場所を教えてくれればいい。勿論、アンタの身の安全も保障するよ、カナエさん」

「……」

「あのクズと、それに与する鬼狩り共は皆殺しにする。だが女子供を殺す趣味はねェ。だから蝶屋敷の連中だけは助けてやろうってんだ。悪い話じゃねェだろ?」

 猫撫で声で誘ってくる栄次郎。

 しかし、その声はゾッとする程に凍てついており、感情の底が知れない。

「なあ、カナエさん。鬼に従うのは罪じゃねェ。人智を越えた存在に人間がひれ伏すのは、ごく当たり前なことなんだぜ?」

 目を細め、穏やかにカナエの説得を試みる栄次郎。

 多くの人々を貪っている裏切り者は、自分の要求を呑めば肉親や家族は助けられると強調する。

「無惨様に従うのは、恥じゃねェ。俺が知る限りじゃあ、あのお方はこの世における最強の生物だからな。それに比べて……あの()()()()()()()()()()はどうだ?」

「っ!!」

「その身に宿る命を投げ打ってまで恩義を果たす価値があんのか? よく考えればわかるはずだぜ、自分の命はどこまで行っても自分の物だってことは。あんな奴の為に使うべき物じゃ――」

 

 バチィン!

 

 栄次郎の頬に、衝撃が走る。

 カナエが平手打ちしたのだ。

「それ以上……お館様を侮辱しないでっ!!!」

 怒りに満ちた声で叫ぶカナエ。

 しかし栄次郎は、不敵に笑いながら「事実だろ?」と気分を害した様子もなく言葉を紡ぐ。

「カナエさん。アンタの言うお館様は、本質的にはあの新戸(クズ)と同じだぜ? 頭の足りねェ隊士共を我が子同然に思ってる素振りしてるが、結局はどいつもこいつも手駒でしかない。頑張っても勝てない相手と知りつつ、隊士を死にに行かせてるゲス野郎だ。……まあ、俺としちゃあ〝タダ飯〟喰わせて貰ってるから感謝はしてるけどな」

「っ……地獄に堕ちろ!!!」

「……ハハハハハ!!」

 カナエの殺意に満ちた罵倒を、栄次郎は盛大に笑い飛ばすと、彼女の頬に手を添えた。

「地獄? この世こそが地獄であって、鬼にとって地獄は庭みたいなモンだぜ? 罵詈雑言にしちゃあ説得力や迫力に欠けるな、()()()

「っ……!」

「俺は今、アンタの生殺与奪の権を握っている。アンタの全てを喰って呑みこんでやるのも、姫のように生かして愛でるのも、俺の自由だ。当然、他のいの――」

 

 バァン!

 

「カナエさん!!」

「炭治郎君!?」

 そこへ、日輪刀を片手に炭治郎が殴り込んだ。

 妹や珠世一派、新戸らとは別の邪悪な鬼の臭いを感じ取り、慌てて駆けつけたようだ。

「……気配は殺したつもりだったんだけどなァ」

(アレは……鬼殺隊の隊服!? 鬼殺隊士が鬼になってるのか!?)

 目の前にいる詰襟の鬼に、言葉を失う。

 鬼舞辻無惨に魂を売り払い、鬼へと成り果てた隊士の襲来は、炭治郎ですら想定外だった。

「……その耳飾り……無惨様が言ってた鬼狩りだな? 名前は?」

「っ……俺は鬼殺隊、階級・癸!! 竈門炭治郎だ!!」

「竈門炭治郎か。俺は高浪栄次郎。猗窩座さんが世話んなったな」

「……!」

 栄次郎が口にした鬼の名に、炭治郎は鋭く目を細めた。

 やはり無惨の刺客のようだ。

「……蝶屋敷の人間が妙に居ないと思ったが、てめェがコソコソしてたのか」

「そうだ!」

(炭治郎君……!) 

 会話のやり取りを聞いたカナエは安堵した。

 おそらく、栄次郎の襲来を嗅覚で嗅ぎ取った炭治郎が、戦えない者達をバレぬように避難させたのだろう。

「……まあ、無惨様と黒死牟様は「息の根さえ止めりゃあ、あとは好きにしていい」っつってくれてたし。お言葉に甘えて、まずお前から血祭りにあげてやるよ」

 栄次郎はそう言うと、「シイアアアア」という呼吸音を立てて刀を構えた。

 炭治郎もまた、「ヒュゥゥゥゥ」という呼吸音を立て、先手必勝とばかりに斬りかかった。

「〝風の呼吸 弐ノ型〟――」

「っ!? 炭治郎君!! 逃げて!!」

 カナエの叫びに、炭治郎は一瞬たじろいでしまう。

 それが、いけなかった。

「〝爪々・科戸風〟!」

 

 ドガァァァン!!

 

 山の向こうまで響かんばかりの轟音と共に、炭治郎は蝶屋敷の病室ごと吹き飛ばされた。

(な……何だ、今の……?)

 たった一撃。たった一太刀。

 その一振りで、屋敷の一部が文字通り吹き飛んだ。

 幸いにも、斬撃はギリギリで防げたのか大した傷は負ってない。だが、受けただけでわかってしまった。

 ――自分一人では、どうあっても倒せる相手ではない。

「癸の割には頑丈だな……悪くねェぞ、後輩」

 ジャリッと地面を踏みながら、見下すような笑みを溢す栄次郎。

 そのまま仰向けで倒れる炭治郎の胸板を踏むと、刀を振り上げた。

「恨みはねェが……死んでもらうぜ」

 

 ドッ!

 

 炭治郎を斬ろうとしたが、それは背後からの衝撃で止まった。

「……いい突きだな、しのぶ」

「あなたに名前で呼ばれると虫唾が走ります」

「しのぶさんっ!」

 カナエの引退後に柱となったしのぶが、任務から帰ってきて応援に来た。

 本来、鬼にとって柱は警戒すべき人間だ。上弦の鬼でも柱を相手取るにはそれなりに腰を入れねばならず、下弦以下にとっては脅威である。しかし栄次郎は、まるで意にも介さない。

 その余裕の表れに、しのぶのこめかみに青筋が浮かび上がった。

「……何しに来たんですか。生憎、あなたが会いたがってる〝ろくでなし〟は不在ですよ」

「クク……勘づいて逃げたか?」

「まあ、あり得なくはないですかね」

 しのぶは淡々と言うと、渾身の蹴りで栄次郎を攻撃。

 鳩尾を的確に穿つ一撃に、栄次郎はよろめきながら後退するが、余裕の笑みを崩さない。

「〝蟲の呼吸 (ほう)()(まい) ()(なび)き〟」

 しのぶは強烈な踏み込みで距離を詰め、蜂の毒針の如く敵を刺し貫かんとする。

 一方の栄次郎は、不敵な笑みを浮かべて納刀したかと思えば――

 

 バキャァッ!

 

「なっ!」

 抜き身も見せない超高速の居合術で、しのぶの刀を粉砕。

 そのまま空いた左腕で拳を作り、鳩尾を穿った。

「がっ!!」

「しのぶさん!!」

「しのぶっ!!」

 崩れ落ちる蟲柱(しのぶ)に、炭治郎は絶句。

 まさに圧倒的。栄次郎の戦闘力は、想像を遥かに超えていた。

「無様だなァ。お前本当にカナエさんの妹か?」

「ゴホ、ゲホ……!」

「そう睨むなよ。俺はアンタは喰わねェことにしてる。カナエさんに必要だ。それに……鬼の頸を斬れねェ弱い柱なんざ、()()()()()()()()()()()だからな」

「っ!!」

 元鬼殺隊士から浴びせられた屈辱を味わい、しのぶの顔が憎悪で歪む。

 だが、刀をへし折られた以上、蟲の呼吸の技はおろか真面に戦うことすら不能だ。

「……しっかし、新技を試そうと思ってたってのに、こんなに手薄じゃあ蝶屋敷に来た意味がねェな」

「それはどうかな!!」

「?」

 威勢のいい声が響いた。

 栄次郎は声がした方向へ顔を向けると、興味深そうに笑った。

「へえ……楽しめそうなのが来たな」

「伊之助! 善逸!」

 現れたのは、栄次郎の襲来を察知した伊之助と善逸。

 まだ怪我は完治していないが、現時点では彼らが頼りだ。

 栄次郎もまた、二人の気迫に興奮した様子で、口角がさらに上がる。

「若輩にしてはいい面構えだ、褒めてやる」

「お前はまだまだ俺様には及ばないがな!」

「……フン」

「あーーーっ!! てめ、鼻で笑うんじゃねえ!!」

 嗤われたことに抗議する伊之助だが、栄次郎の意識はもう一人の方――鼻提灯を膨らませた善逸に集中していた。

(寝ながら戦う? いや、違う……意識を奥底に押し込め、恐怖心を抑えつけてるのか?)

「お前、しのぶさんを侮辱しただろ」

「あ?」

 善逸の問いかけに、目を細める栄次郎。 

 一方の炭治郎達は、寝ながら話しかける善逸に唖然としている。寝ているのに意思疎通できるとは思わなかったようだ。

「しのぶさんは鬼殺隊の要である柱だぞ。お前のような裏切り者が侮辱するな。謝れよ」

「裏切り者……ああ、そうか。そういう風になってるのか。俺はそもそも、鬼殺隊の連中を一度も仲間だと思ったことなかったから気づかなかったぜ。産屋敷と鬼殺隊が鬼に敗れ滅びようが、俺にとっちゃあ()()()()()()()だしな」

「……何の為に鬼殺隊に入ったんだ」

「食っていくために決まってんだろ。何で赤の他人を義理もねェのに護らなきゃならねェ?」

 栄次郎の主張に、善逸は怒りを露にして居合の構えを取った。

 彼にとって、鬼に殺された者達の無念などどうでもいいのだ。たとえ同じ釜の飯を食った間柄でも、尊敬に値する上司でも、彼にとっては有象無象にすぎないのだ。

「……で、かかって来ねェのか? 来ねェなら行くぞ」

 栄次郎はそう言うや否や、全集中の呼吸でブースト状態になって斬りかかった。

 爆発的な加速で距離を詰めるが、伊之助はバック転で後方に移り、善逸は高速移動で回避した。

「!」

「〝獣の呼吸 肆ノ牙 (きり)(こま)()き〟!!」

 伊之助は栄次郎の身体に細かい斬撃を刻んでいく。

 すかさず〝壱ノ牙 穿ち抜き〟で鳩尾を貫き、そのまま横薙ぎに斬り裂こうとするが、そのままピクリとも動かなくなった。

 決して伊之助が非力ではない。栄次郎が()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

「っ!? ぬ、抜けねえぇぇぇ!?」

「短絡だな。これじゃあ頸刎ねてくださいって言ってるようなモンだぞ」

 栄次郎の殺気が膨らむ。

 このままでは()られる――伊之助は咄嗟に刀を放して飛び退いたが……栄次郎の方が速かった。

 

 ドゴォ!!

 

 伊之助の体がくの字に曲がり、何度も地面を跳ねながら蝶屋敷の壁に叩きつけられた。

 見たことのない戦い方と呼吸に興味を持ったが、あっという間にノックダウンした伊之助に興醒めとでも言わんばかりに溜め息を吐いた。

 その時!!

 

 ガギィン!

 

「くっ!!」

「〝霹靂一閃〟か。少し肝が冷えたぜ」

 一瞬の隙を突いて、善逸は霹靂一閃で栄次郎の頸を狙った。

 ――が、栄次郎は善逸の居合を真っ向から受け止めていた。しかも本人は見るからに余裕そうで、悪意に満ちた表情で善逸を見ている。

 善逸はすかさず距離を取ろうとするが、栄次郎は驚異的な反射速度で善逸の腕を掴み、容赦なく地面に叩きつけた。

 衝撃の余り、日輪刀を手から放してしまう。その瞬間――

 

 ゴキィッ!

 

「ぐああぁっ!」

「善逸!!」

「神速の踏み込みからの居合一閃……でも足が使えなくなりゃあ、こっちのモンだ」

 栄次郎は思いっ切り善逸の右足を踏み躙り、骨をへし折った。

 〝雷の呼吸〟は足捌きが命。足が使えなくなることは、剣を振るえても雷の呼吸を使えなくなるのも同然。善逸も実質戦闘不能となった。

「……雷の呼吸か。そういやあ、今まで一度も喰ったことがねェな」

 狂気の眼差しで蹲る善逸を見下ろす。

 このままでは善逸が喰われる! 炭治郎は己の体に鞭を打ち、栄次郎に猛攻を仕掛けた。

「やめろぉぉぉぉぉ!」

「……馬鹿が」

 栄次郎は〝風の呼吸 参ノ型 (せい)(らん)(ふう)(じゅ)〟で炭治郎を攻撃。嵐のように連続で繰り出される激しい斬撃が襲い掛かるが、炭治郎は怯まない。

「〝水の呼吸 参ノ型 流流舞い〟!!」

「!」

 飛んでくる斬撃を全て躱し、懐へ飛び込む。

 栄次郎は〝陸ノ型 (こく)(ふう)(えん)(らん)〟で下から掬い上げるように刀を振るって斬りつけたが、炭治郎は何と真っ向から受けに掛かった。

「〝ヒノカミ神楽 円舞〟!!」

「何っ!?」

 水の呼吸の聞き慣れた呼吸音が、未知の呼吸音に切り替わったと知り、栄次郎は度肝を抜いた。

 未知の呼吸法を警戒して咄嗟に身を引いたが、その際に発生した一瞬の隙を炭治郎は見逃さなかった。

「〝ヒノカミ神楽 炎舞〟!!」

「っ!?」

 大きな半円を描く斬撃の二連撃が、栄次郎に迫る。

 一撃目は回避できたが、二撃目までは間に合わなかったのか、炭治郎の黒刀が栄次郎の胸を斬り裂き、鮮血が舞う。炭治郎の変わり様に、栄次郎は再生速度が遅いことに舌打ちしつつ、傷口を再生させる。

「っ……〝壱ノ型 塵旋風・削ぎ〟!!」

 栄次郎は後方へ跳躍すると、善逸の霹靂一閃に匹敵する速さで突進。竜巻のように渦を巻く斬撃が地面を抉っていく。衝撃波すら発生するそれは、常人はおろか鬼殺隊士でも食らえば五体満足ではいられないだろう。

 が、栄次郎は視線の先の炭治郎が一瞬で消えたことに気づき、技を強制解除。急停止してその姿を追おうとしたが、その時には決まっていた。

「〝ヒノカミ神楽 ()(しゃ)〟!!」

「ぐっ!?」

 炭治郎は栄次郎の頭上を飛び越え、体ごと垂直方向に回転して背後から斬りつける。

 深々と斬られたのはさすがに効いたようで、栄次郎は膝を突いた。それと同時に、炭治郎は必殺の間合いである〝隙の糸〟が見えた。

(見えた! 隙の糸!)

 次の一撃で頸を斬る――炭治郎は追撃しようとしたが、それは激痛によって叶わなくなった。

 

 ドクンッ!

 

「あぁ……!!」

「あぁ……?」

 胸を押さえてうつ伏せに倒れる炭治郎に、怪訝な表情を浮かべる栄次郎。

 ヒノカミ神楽は全集中の呼吸による技以上の威力を引き出せるが、その威力に比するだけの消耗と負担を強いられる。

 その代償が、よりにもよって止めをさせる機会の時に訪れてしまった。

「ああ、そういうことか……! 〝体の作り〟が追いついてねェんだな。しかも水の方は適正じゃねェ」

「っ……!!」

「自爆ご苦労……!! さっきの再生を遅らせる呼吸、気に入ったよ。いい物見せたお礼に、()()()で殺して喰ってやるよ」

 悪意に満ちた笑みで、栄次郎は炭治郎に渾身の一太刀を浴びせようとする。

 しかも、ただの一太刀ではなかった。

「〝水の呼吸 伍ノ型〟……」

『!?』

 その声に、その場にいた全員が耳を疑った。

 栄次郎は、水の呼吸の使い手でもあったのだ!!

「〝(かん)(てん)()()〟」

 斬られた者にほぼ苦痛を与えない慈悲の剣撃を繰り出す栄次郎。

 だが彼の目には慈悲ではなく侮蔑と悪意に満ちており、その目を見た炭治郎は背筋が凍った。

「炭治郎!!」

「紋次郎!!」

「炭治郎君!!」

 各々が炭治郎の名を叫ぶ。

 しかし炭治郎は、ヒノカミ神楽の跳ね返りで指一本動けない。

「じゃあな」

「っ!」

 万事休す。

 炭治郎は思わず目を瞑ったが……。

 

「〝水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き〟」

 

 ドォッ!

 

「ぐおっ!?」

『!?』

 刃が頸に届きそうになった時、どこからともなく日輪刀が栄次郎の胸を穿った。

 その衝撃は凄まじく、栄次郎は見事に吹っ飛んで蝶屋敷の壁をぶち抜いた。

 炭治郎は顔を上げると、そこには一人の剣士が立っていた。

「炭治郎、よく持ち堪えた。あとは任せろ」

「冨岡さん!!」

「ハハ……! ようやく()()が来たか、待ちわびたぜ」

 蝶屋敷の危機に、水柱・冨岡義勇が推参した瞬間だった。




というわけで、本作のオリジナルキャラにして最凶の裏切り者・栄次郎が暴れます。実力的には、半天狗とタメを張れます。
次回は義勇とその他柱との戦闘、そして栄次郎が有する衝撃の能力の判明。

新戸、早くしないと本気でヤバイぞ!!


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第三十一話 俺は死んでも会いたくなかったがな。

ちなみに作者の推しは黒死牟です。


 戦場と化した蝶屋敷。

 誰が死んでもおかしくない修羅場に、水柱の義勇が増援に駆けつけた。

「動けるか、炭治郎」

「冨岡さん……」

「動けない仲間を回収しろ」

 遠回しに助太刀はするなと言う義勇。

 炭治郎はその真意を汲み取ったのか、痛む体に鞭を打って足を折られた善逸を抱えて離れる。

「これはこれは……同僚から後ろ指を指される水柱殿じゃないか」

「俺は後ろ指を指されてない」

「どうだか。アンタみたいなのは身内からの殺意には鈍感そうだが……まあいい。水の呼吸は雑魚ばっかで味も水っぽかったが、アンタは骨がありそうだ」

 獰猛な笑みを浮かべる栄次郎。

 彼の狂気を孕んだ眼差しを、義勇は静かに睨み返す。

 そして――

「〝水の呼吸 壱ノ型〟」

「〝水面斬り〟!」

 

 ガギィン!

 

 互いに壱ノ型を放ち、真っ向から衝突。衝撃の余波で、大気と地面が震えた。

 しかし純粋な威力は、やはり鬼化した栄次郎の方が上。義勇は押し返されそうになった。

「ぐっ……!」

「やっぱ(つえ)ェな……でも足りねェ! 鍛錬も戦略も覚悟も半端だ!」

 栄次郎はそのまま強引に踏み込み、義勇を弾き飛ばした。

 義勇は宙に放り出されるも、冷静に対処して着地。すかさず構え直し、追撃する栄次郎と壮絶な剣戟を繰り広げた。

「〝打ち潮〟」

「〝水車〟!」

「〝滝壷〟」

「〝ねじれ渦〟ゥ!」

 型の連撃を互いに繰り出し、激しくぶつかり合う。

 その凄まじさは、先の新戸と猗窩座の死闘を彷彿させる。

 正しく異次元。柱に相応しい実力を遺憾なく発揮する義勇はさすがと言えるが、彼と同等に渡り合っているのに「数字」を持たない鬼である栄次郎の強さも尋常ではない。

「チッ……! 〝肆ノ型 昇上砂塵嵐〟!」

 ここで栄次郎は、水の呼吸から風の呼吸に変更。

 低い姿勢で舞い上がる砂塵のごとき斬撃を連続で繰り出すが、義勇は斬撃を捌きながら回避。後方へ飛び退いて距離を置いた。

(やはり、喰った隊士の呼吸を扱えるのは厄介だな。その上相当な剣腕だ)

 義勇は栄次郎の能力を把握し、舌打ちしたくなった。

 栄次郎の血鬼術は「喰らった隊士の呼吸を習得できる能力」で確定だろう。鬼狩りにとっては脅威ではあるが、それ自体は大したことではない。鬼化した影響で威力と射程範囲は段違いだが、相殺や防御がまだ可能であるからだ。

 厄介なのは、栄次郎自身の練度の高さだ。斬り合ってみてわかったが、彼の剣腕は柱に匹敵する技量だ。そもそも実弥を差し置いて次期風柱と謳われたのだから、当然と言えば当然だが。

「……」

「どうした、固まっちまって。そんなに俺が怖いか?」

「人の心配するより、てめェの心配しなァ!!」

「っ!?」

 

 ガギィン!

 

 栄次郎の死角から、新たに剣士が斬りかかった。

 すかさず受け止め、何度か刃を交わせてから互いに距離を置く。

 駆けつけたのは、現風柱・不死川実弥だった。

「不死川……」

「冨岡ァ、何をぼさっとしてやがるゥ」

 そこらの鬼より凶悪な面構えで、義勇を叱咤する。

 しかし視線は常に栄次郎に向けている。

(……あのガキがいなかったら、さすがにヤバかったかもなァ)

 舌打ちしつつも、実弥は炭治郎の働きかけに感謝した。

 彼が栄次郎の襲来に気づいて蝶屋敷で看護師や療養中の隊士を避難させなければ、より多くの人間が危険に晒され、最悪死人が出るどころか刺客の鬼の栄養補給にされていただろう。

「……柱が続々揃ってきたか。これは本気になんねェとな」

「ゴミクズが調子に乗ってんじゃねェぞォ……お館様を、鬼殺隊を裏切ってタダで済むと思うなァ!」

 怒りを露にして、実弥は壱ノ型を繰り出し栄次郎の懐へ特攻。

 対する栄次郎も、壱ノ型で迎撃。そのまま実弥と衝突。

 凄まじい轟音が響くと同時に、二人はそのまま鍔迫り合いとなった。

「っ……!」

「チッ……!」

 栄次郎は一度距離を取ってから弐ノ型を放ち、実弥に強烈な斬撃を飛ばす。

 が、実弥は卓越した柔軟性と軽快な身のこなしで確実に躱しつつ、懐に潜り込み肆ノ型で斬撃を浴びせていく。

 純粋な剣の腕なら、栄次郎が上だ。しかし戦闘力と勝敗は別物、ましてや動物的な戦い方を得意とする実弥との相性は最悪。しかも実弥は稀血の中でもさらに希少な血の持ち主で、その血の匂いを嗅いだ鬼は人間が泥酔したかのような症状に陥る程に強力。稀血の影響もあり、栄次郎は時間の経過と共に粗が目立ち始めた。

(この男……出血すればする程に鬼を酩酊させるのか!)

「絡繰りに気づいたところで手遅れだァ!!」

「……助太刀するぞ」

 勝機が見えたと感じたのか、義勇も飛び込んできた。

 栄次郎は咄嗟に水の呼吸に切り替え、受けに徹した。

「ぐう……!」

 栄次郎は苛立ちを露にする。

 水柱と風柱の同時攻撃を全て防ぐことはできず、かと言って攻撃をしても片方が受け止め片方が斬りかかる挟み撃ち状態。酩酊状態で柱を二人も相手取るのは、さすがの栄次郎も不利のようだ。

「終わりにするぞォ!」

 実弥は栄次郎の頸を狙い、とどめを刺しに行くが……。

「――フゥゥゥ……」

『!?』

 ここで、栄次郎の呼吸音が変わった。

 水でも風でもない呼吸音だが……それを聞いた一同は戦慄した。

 あの呼吸音は、間違いない。水の呼吸の派生流派の――

 

「〝花の呼吸 弐ノ型 ()(かげ)(うめ)〟」

 

 黒と桜色を混ぜ合わせた無数の斬撃が、実弥と義勇の斬撃を全て受け流した。

 まさかの展開に唖然とする実弥だったが、すぐさま後退して間合いから離れる。

「……〝水〟よりも防御が堅いが、やっぱ攻撃力は〝風〟に限るな」

 防御には最適だが、と呟く栄次郎だが、鬼殺隊は気が気でない。

 そもそも栄次郎の適正は風の呼吸。水の呼吸とその派生は畑違いのはず。おそらく鬼になったことで肉体がさらに強化され、他の呼吸をいくらでも会得しても負担がほとんどない身体になったのだろう。

 問題は、花の呼吸をどう会得したのかだ。

「……まさか……!」

 実弥は、最悪の答えを導いてしまった。

 栄次郎は、喰った隊士の呼吸法を己のモノとすることができる。そしてなぜか、花の呼吸を扱える。そして花の呼吸の継子は、カナヲの前に三人いたが、鬼によって三人共殺された。

 それはすなわち――

「てめェ、胡蝶の継子も()ったのかァ……!!」

『!?』

 知りたくもなかった衝撃の事実に、一同は怒りを爆発させた。

 栄次郎が、カナエの継子を喰い殺したのだ!

「……後で知ったけどな。だが鬼狩り稼業じゃあ、よくある話だろ? 恨むんだったら新戸を恨むんだな。アイツさえいなけりゃこうはならなかった」

「……殺してやる……!!」

 新戸を殺すために元花柱の継子を貪った事実に、カナエは憎悪を膨らませた。

 人間は、堕ちるとここまで狂うのか。

 栄次郎の狂気に、炭治郎は何も言わずにいられなかった。

「何でそんなことができるんだ!! 新戸さんが何をしたって言うんだ!?」

「アイツは昼間っから酒をかっ喰らい、煙草吹かせて賭場に出入りしてるクソ野郎だ。しかもアイツ自身の剣腕は大した技量でもねェときた。なのに俺よりも目立って戦果を挙げてる……おかしいと思わねェか?」

「それはお前が新戸さんを理解してないからだ!!」

 炭治郎は怒りのままに叫んだ。

 確かに新戸は、ズボラな上に狡賢い男であり、鬼であることもあって疎まれやすい存在だ。しかしその価値観や思想は共感できるところもあり、師として慕う者もいるのも事実。炭治郎も家族を救われた身であり、大人としてはちょっとどうかと思う面は多いが信頼できる〝人間〟ではある。

 そんな男を、何の罪もない人々を貪り喰ってまで殺そうとするのが全く理解できない。栄次郎は新戸のことを生きる価値無しと決めつけているが、炭治郎から見れば栄次郎こそ存在してはいけない性質の生き物にしか見えないのだ。

「……さっきからゴチャゴチャとうるせェガキだ」

 不快感を露わにする栄次郎は、刀を構え直した。

「そろそろ終いにするか」

 そう宣言した途端、栄次郎の闘気が一気に膨らみ、「ホオオオ」という先程とはまた別の呼吸を行った。

 大技を仕掛けてくると予感し、義勇と実弥は身構えた。

「〝月の呼吸 弐ノ型 (しゅ)()(ろう)(げつ)〟!」

 

 ゴゥッ!

 

 栄次郎は切り上げるようにして三連の斬撃を放つと、大きな月輪の刃が発生。

 それらは柱二人に襲い掛かるが、義勇は冷静に対処した。

「〝水の呼吸 拾壱ノ型 凪〟」

 三連の斬撃が義勇の間合いに入った途端、あっという間に相殺される。

 受けの型である水の呼吸の極致は、鬼の斬撃を文字通り滅したが……。

「馬鹿が、斬り刻まれろ!!」

(っ! しまった、時間差か!!)

 義勇は、三連の斬撃が囮であり、その後に襲い掛かる月輪こそが本命だと気づいた。

 気づいた時には月輪は眼前まで迫っていたが、そこへ実弥が肆ノ型で月輪に対応。

 荒々しい斬撃で全ての月輪を捌いたが、その時には栄次郎は二人の頭上にいた。

「「!?」」

「〝水の呼吸 捌ノ型 滝壷〟!!」

 渾身の力で刀を振り下ろす栄次郎。

 その威力と衝撃は義勇のそれとは比べ物にならず、二人は吹き飛ばされてしまう。

 さらに栄次郎は容赦なく追撃。先程放った月輪を繰り出し、義勇と実弥を斬滅せんと降り注いだ。

「義勇さん!!」

「不死川君!!」

 炭治郎とカナエが悲痛な叫びを上げる。

 幸いにも月輪の刃の切れ味は人体を両断する程の威力は無かったようで、二人は全身に切り傷を負う程度で済んだ。

 が、出血量は馬鹿にできず、義勇と実弥は刀を杖にして倒れるのを必死に堪えている。

「ちっ、やっぱ()()()()()()から師範みたいに斬ることはできなかったか……」

(これでまだ未完成!?)

 栄次郎の呟きに、炭治郎達は絶句。

 一発で柱二人に深手を負わせる術が、まだ未完成。それはつまり、完成すれば柱を容易く屠ることができるということであり、この()()()()()()()()()()という最悪の可能性が浮上したことでもある。

(戦闘力の上限が見えない……!)

 柱二人を同時に相手取っても互角以上に渡り合う栄次郎。

 このままでは、全員殺されてしまう。しかし炭治郎はヒノカミ神楽の影響で立っているのがやっと、善逸は足を壊され、伊之助やしのぶ達も消耗している。しかもこの場にはカナエもいるので、彼女を人質に取られる可能性がある。

 こんな時、新戸ならどうしただろうか。

「程々に削っておけばあのお方も楽だろうし……止めだ!」

 フゥゥゥ、と花の呼吸で義勇と実弥を討ち取らんと栄次郎は構えた。

 が、そこへ救世主が現れた。

 

「なーにやってだよ、俺の()()()で」

 

 ドゴォン!!

 

「があっ!?」

 突如、栄次郎は真横から来た強烈な斬撃に斬り刻まれながら吹き飛んだ。

 それと共に煙草の紫煙が漂い、覚えのある気配を感じ取った。

「ったく……お前らさ、こんなトコでくたばらないでくんね? 無惨との決戦までは五体満足でいてもらいてェんだからさァ」

「ちょ、師範! 何も壁壊す必要ないんじゃ……」

「この様子じゃあ修繕するより一から建て直した方が(はえ)ェって。耀哉ん()は財閥並みの金持ちだ、ちょっと多めに掠め取っても問題ねェよ」

 ジャリ、と瓦礫を踏みながら、羽織をなびかせる人影。

 その掴み所の無い口調は、紛れもなく彼の声。

「……てめェ、(おせ)ェぞ新戸ォ……!」

 そう、小守新戸が戻って来たのだ。

 彼の傍には、弟子である獪岳と玄弥も控えている。

「兄貴っ!」

「っ……!」

「おいカス! 今それどころじゃねェよ!」

「だな。コイツらはあとだ、まずはあの馬鹿をどうにかしねェとな。それと獪岳は下がってろ、お前とアイツは相性が(わり)ィ」

 新戸がそう言って向き直ると、瓦礫を吹き飛ばして栄次郎が戻ってきた。

 復讐の狂気に取り憑かれた裏切り者は、おぞましい笑みを浮かべて新戸を睨みつけた。

「小守ィ……!! 会いたかったぜえ……!!」

「俺は死んでも会いたくなかったがな。……で、鬼になってまでわざわざ顔出しに来た理由は? 俺は今日疲れてんの」

「お前の全てを奪いに来たのさ! 存在自体が万死に値するクズ野郎のお前に、俺は全て失った! 昔のよしみだ、お前は寂しくねェように産屋敷も一緒に殺してや――」

 

 ドガァ!!

 

「うおおおおおっ!?」

 殺してやる、と言い切ろうとした直後に新戸は斬撃を放った。

 モロに直撃を受けた栄次郎は、情けなく吹っ飛んだ。

「うわぁ……無慈悲ですね……」

「話してる最中は攻撃してこないと思い込んでるアイツが(わり)ィもん」

「ぐっ……この、外道がァァ!!」

 新戸が仕込み杖の峰で肩を叩きながら言うと、栄次郎は怨嗟に満ちた怒声を上げる。

 その邪悪な気配に玄弥は一瞬怯むも、すぐさま睨み返す。

 傷を負った兄を護るために。

「……玄弥、鬼化しろ。コイツだけは洒落になんねェ強さだ」

「っ……はい!」

 新戸に催促され、玄弥は隊服のポケットから赤黒い丸薬を取り出し、それを飲み込んだ。

 すると玄弥の気配が鬼に、それも新戸に近づいていく。白目は血のように赤く染まり、鋭い牙が生える。

「げ、玄弥……」

「鬼に、なってる……!?」

 玄弥が鬼になれる能力を持つ特異性を持っていたことに、カナエとしのぶ以外は驚愕。

 一方、すでに退避していた獪岳は、新戸の隣に立つ玄弥を見て舌打ちした。男の嫉妬である。

(あの鶏野郎……〝鬼喰い〟か……!)

「玄弥、お前〝爆血〟使えるようになったか?」

「な、何となくは……」

「上等上等。俺が念で指示飛ばすから、補助を頼むぞ」

 煙草を吹かしながら、新戸は憎悪を剥き出しにする栄次郎を剣呑な眼差しで見据える。

 栄次郎もまた、憎悪に狂った表情で新戸を睨んでいる。

「新戸、今度こそお前を殺す!! 地獄に道連れにしてやる!!」

「てめェみてェな独り善がり、阿鼻地獄すら生温いだろ」

 蝶屋敷で、鬼同士の因縁の殺し合いが始まろうとしていた。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
玄弥が所持する丸薬は、珠世様が新戸の要請を受けて開発した、新戸の血を飴玉のように固めた代物です。
一つ飲むだけで新戸と同じ血鬼術を扱えますし、どっかの無惨様のように呪いとかも無いので脳内通話が可能になります。持続時間は一つに付き一時間程。
ただし味は新戸の好物である酒と煙草がごちゃ混ぜになった混沌状態なので、玄弥は噛むことも舐めることもせずそのまま飲み込みます。


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第三十二話 なっちまったモンはしょうがねェ。

今回は念話のシーンがあります。
念話は〈〉で描写しますので、ご了承ください。


 新戸と栄次郎。

 決して相容れなかった男達の因縁の戦いの先手は、新戸が打った。

「〝奥義 赫醒刃〟」

 仕込み杖に怪力で圧力を掛けて刀身を赤く染める。

 赫醒刃は高熱を帯びた赫い刃。数百年も上弦の鬼として君臨する強者・猗窩座ですら、赫醒刃には苦戦を強いられた。新参者の栄次郎にとっても絶大な効力を発揮するだろう。

〈玄弥。聞こえるか?〉

「!?」

 その時、傍に待機していた玄弥の頭に、新戸の声が入ってきた。

 念話だ。かの鬼舞辻無惨と同じ、血を受けた者に対し直に言葉による指示を送る能力だ。

〈お前は戦えない奴らを護れ。栄次郎の狙いは俺だ、意識を俺一人に集中させればこの鉄火場を切り抜けられる。ただし〝流れ弾〟には気をつけろ。必要な時はこの念話で呼ぶから、玄弥は炭治郎達を頼む。()()()()()()()()()()()()

〈……わかりました〉

 玄弥は了解の意を伝えようと強く念じた。

〈……頼んだぜ〉

(!! 通じた……)

 念話が通じたことに、玄弥は驚愕して新戸を見た。

 新戸は不敵に笑っており、玄弥の頭に手を伸ばしてガジガジと撫でた。

「……そんじゃ、いっちょやるか」

 刹那、新戸は地面を割る程に踏み込んで栄次郎に斬りかかった。

 栄次郎は紙一重で躱し、風の呼吸で胴を両断しようと横に薙いだ。が、それを先読みしていた新戸は体勢を低くして回避し、すかさず頭突きで顎を穿った。

「がっ!?」

 顎から伝わる衝撃に、よろめく栄次郎。

 そのまま新戸は〝鬼こそ〟で栄次郎を真っ二つにしようとするが、花の呼吸に切り替えた栄次郎は極太の斬撃を捌いた。

 すかさず栄次郎は反撃に移り、月の呼吸で月輪と共に斬撃を飛ばすが、新戸は剣圧を放ちながら後退。多少頬が斬れて血が流れるも、ほとんど無傷に近い。

 すると新戸は、十分な間合いを取ると仕込み杖の切っ先を下ろし、栄次郎に嗤って告げた。

 

「お前……やっぱ弱くなってね?」

 

「……てめェ、今何つった?」

 栄次郎は鬼の形相で天敵を睨みつけた。

 当の新戸は、その禍々しい圧迫感を意にも介さず言葉を紡ぐ。

「人間の頃の方が、緊張感があった。肝が冷えるっつーか、本気でヤベェって思わせてた」

 そう言った時には、新戸は一瞬で懐に潜り込み、逆袈裟に栄次郎の胴を斬り裂いた。

 それと共に、灼けるような激痛が栄次郎を襲い、断末魔の叫びを上げる。

「何だ、まさか俺がぐうたらしっぱなしだと思ってたのか? これだから素人は困るってモンだ。穀潰しの玄人はな、生活を脅かす相手には重い腰あげんだよ」

 軽い調子で言いながら、新戸は赤い斬撃を浴びせまくる。 

 繰り広げられる斬撃。飛び、舞い散る鮮血。柱二人分の戦闘力はある裏切り者を完全に手玉に取ってる新戸に、一同は息を呑んでいた。

「驕れる者久しからず……それが今のお前だ。現に俺の知る栄次郎(アイツ)の太刀筋じゃ、こんなに見えるワケねェしな」

「っ!!」

 新戸はズイッと栄次郎に顔を近づける。

 栄次郎は思わず動きを止めてしまった。

 

「お前さァ、何の為に鬼になったの?」

 

「っ――クソがァァァァ!!!」

 殴りたいくらいに憎たらしい笑みで挑発する新戸に、栄次郎は激昂して〝滝壺〟を繰り出す。

 しかし太刀筋を見切っている新戸はヒョイッと軽やかに躱した。

「ホラホラ、そっちじゃねェぞ栄次郎」

「てんめェェェ!!」

「手数は揃えりゃいいってもんじゃねェぞ。その次の段階を踏まねェとな。――そういう訳だから、()()()()()()

 新戸は素早く後退して距離を取り、刀を構えた。

 すると先程斬られた頬から流れた血が発火し、仕込み杖の刀身を包んだ。

「〝(ばっ)(けつ)(とう)(えん)()〟!」

 新戸が刀身に爆血の炎を纏わせた瞬間、炎が巨大な虎を模した。

 そのまま刀を大きく振るって突進。栄次郎は刀で防御するが、爆血の炎が刀身を焦がし始め、ボロボロと炭化して砕け、袈裟掛けに斬撃を叩き込まれた。

「ぐあああああっ!!」

 爆血の炎に包まれ、火達磨になりながら吹き飛んでいく栄次郎。

 血鬼術の精度も戦略も挑発の練度も、あらゆる面で新戸は栄次郎を上回っていた。

(すごい……冨岡さんでも苦戦した鬼を圧倒している……! これが新戸さんの本当の強さなんだ……!)

 激情に駆られていない()()()()()()新戸の強さに、炭治郎は絶句する。

 新戸は感情的になって戦うと、じわじわと追い込まれてしまうという短所がある。事実、先の無限列車における猗窩座との戦いは、その新戸の短所が浮き彫りになって仕留め損なった。

 だが、冷静な状態で本気を出した新戸は、最高のパフォーマンスを発揮する。つまり今の新戸は、もっとも強い状態であるのだ。

「……し、師範……やったんですか?」

「いやあ、まだだ。この程度でやられるような野郎(タマ)じゃねえ」

 新戸がそう言った直後、凄まじい数の斬撃が襲いかかった。

 地面を抉りながら迫るそれを、横薙ぎに一振りして相殺すると、肉体のほとんどが炭化した栄次郎が幽鬼のような足取りで新戸を睨みつけていた。

「新戸ォ……!!」

「ヒッ!」

 憎悪を全身から立ち昇らせる栄次郎は、地獄の底から響くような声で天敵の名を呼ぶ。

 まさしく悪鬼羅刹。怒りで顔が強張り、血反吐を吐いて狂気を露にする栄次郎に、さすがの玄弥も身を震わせた。

 しかし、体力を消耗しているのがどちらかと言われれば、間違いなく栄次郎だ。彼は今の新戸の強さを見誤っており、鬼となったことで己の強さを過信した。それがこのような状況を生んだのだ。

「まあ、昔のよしみで止めは刺してやるよ。カナエとかにさせたらお前の勝ち逃げ感がスゴイし」

 いつも通りの軽い調子だが、その眼光は鋭い。

 新戸は仕込み杖を大きく振りかぶり、栄次郎に容赦なく振り下ろしたが――

 

「〝月の呼吸 伍ノ型 (げっ)(ぱく)(さい)()〟ァァ!!」

 

 ドンッ!!

 

「っ!!」

 栄次郎は刀を全く振らずに竜巻の様な斬撃を出現させた。

 完全に間合いの中に入ってしまった新戸は、身体をズタズタに斬り刻まれ、利き腕を斬り飛ばされてしまった。

「師範っ!!」

「フハッ……ハハハハハ!! かかったな新戸!! 脇が甘いんだよ!!」

 狂喜する栄次郎は、得意の風の呼吸の剣技で新戸の頸を狙った。

 このままじゃあ新戸が殺される! ――玄弥は焦って銃口を向けたが、その直後に念話が届いた。

〈玄弥、まだ待機だ〉

(……え?)

 新戸からの念話の内容に、呆然とした。

 絶体絶命なのに、手を出すなと言っているのだ。

 全く意味がわからないと玄弥が混乱している内に、栄次郎は新戸の頸を斬り飛ばそうとした、その時!

 

 ボンッ!

 

「ギャアアアアアアアッ!!」

 突如、栄次郎の体が巨大な炎に包まれた。

 その炎は、新戸が扱っていた爆血の炎。しかし扱っているのは新戸でも、ましてや玄弥でもない。

 ということは――

「禰豆子!?」

「ムンッ!!」

 そう、爆血の本来の持ち主・竈門禰豆子だった。

 実は禰豆子は、栄次郎襲来直後に炭治郎から蝶屋敷の皆を護るように頼まれ、たまたま任務帰りで居合わせていた栗花落カナヲにも声をかけ避難誘導させていたのだ。が、その本人達が蝶屋敷へ戻ってきたのである。

 当然、禰豆子の情報を得ていなかった栄次郎は、鬼殺隊に与する鬼が複数いたなど想像だにしなかったのか非常に動揺している。

「なっ、何だこのガキ!?」

「栄次郎、俺は「戦力が出揃った」なんざ一言も言ってねェぞ」

「っ……新戸ォォ!!」

 怨嗟の声を上げる栄次郎。

 すると新戸は、念話で玄弥に指示を飛ばした。

〈玄弥! 今だ、撃て!〉

「っ!」

 新戸と禰豆子に完全に気を取られた一瞬の隙を突き、玄弥は銃の引き金を引いた。

 ドォン!! という発砲音が響き渡り、弾は見事に栄次郎の頭蓋を貫通した。

「っ……あの鶏野郎!」

 栄次郎はすかさず刀を振るい、玄弥を細切れにしようと月輪を飛ばしたが、それは義勇と実弥によって阻まれてしまい、全ての月輪を捌かれてしまった。

 苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる栄次郎だが、新戸はその隙に禰豆子と合わせて栄次郎の鳩尾を()()()()()()()()()()で穿ち、火達磨にしながら吹き飛ばした。

「脇が甘いのはどっちだ? 栄次郎」

「っ――どこまで卑怯なんだ、てめェはよォォォ!!」

(あめ)ェこと言ってんじゃねェ、卑怯は作法だ。まさか聖者でも相手取ってるつもりだったのか?」

 その後も、新戸の猛追は止まらない。

 斬撃、炎撃、打撃、銃撃……新戸と禰豆子と玄弥による呼吸を使わない強者の共同戦線に、栄次郎は追い込まれていった。新戸の最大の武器にして、敵対者にとっては一番の脅威である「頭脳」は、合理的に栄次郎を消耗させていく。

 反撃の暇を与えない、まるで予定調和のような攻撃に、栄次郎は防戦一方だった。

 そして、ついに()()()()()が来た。

(っ!! しまった、夜が明ける!!)

 遠くの空が白み始めているのが視界に映り、栄次郎は戦慄した。

 このまま朝日が昇れば、栄次郎は消滅する。

 それと共に、新戸の戦略に嵌っていたことに気づき憤怒の表情を浮かべた。

「てめェ、まさか!!」

「もう(おせ)ェよ、バーッカ」

 挑発する気満々の笑みを浮かべる新戸に、栄次郎は怒りで気がおかしくなりそうになった。

 新戸は、わざと長期戦に持ち込んだのだ。夜明けという鬼狩りの絶対的味方が来るまで持ち堪え、焦れたところで畳み掛けるつもりだ。

(ふざけんな! ふざけんなふざけんなふざけんな!!! こんなところで殺されてたまるか!!!)

 栄次郎は後退しながら、状況を打破する策を必死に練る。

 ふと、視線を逸らすと一人の鬼殺隊士――獪岳と目があった。

 そう言えば、あの隊士は新戸を師範と呼んで親しげに接していた。片方は鬼喰いの能力を持っていたが、もう片方は紛れもない人間だ。

 そんなことを考えていると、ある悪魔的な発想を思いつき、悪意に満ちた笑みを浮かべた。

「……ああ、あの手があったなァ」

「っ――逃げろ獪岳!」

 栄次郎の心意を察し、新戸は焦燥に駆られた。

 いつになく慌てた様子の新戸に、一番弟子なだけあって獪岳はすかさず身を引いた。

 が、間に合わなかった。

 

 ズブッ

 

「――ああああああっ!」

「獪岳!」

 栄次郎の指が、獪岳の眉間に沈んだ。

 それと共に、何かが注がれていくのが目に見えた。

 そう……それはまさしく、鬼舞辻無惨や上弦の鬼が行える行為。人間の鬼化だ。

「ハハハハ! 数字の無い鬼だからって油断したろ!?」

「栄次郎、てめェ!!!」

「これで少しは気が晴れるってヤツだ!! カナエさんは諦めるが、お前の心は傷物にしないとな!! 次こそはその間抜け面を恐怖と絶望で染めてから殺してやるよ!!!」

 呪詛のような捨て台詞を投げかけた途端、どこからか琵琶の音が鳴った。

 すると栄次郎の足下に、大きな障子が現れて開き、その中を栄次郎は高笑いしながら落ちていった。

「……野郎」

 静寂が訪れ、新戸の怒りに満ちた声が支配する。

 栄次郎が堕ちる所まで堕ちているとは予想していたが、まさかここまで不快にさせるとは思わなかった。

 大事な寄生先は崩壊寸前、弟子にも手をかけられた。周囲からクズだのどうしようもない奴だのと散々言われ、それを意に介さなかった新戸でも、我慢の限界だった。

「ヴヴヴヴ……!」

「……獪岳」

 ふと、自分の背後から獣が唸っているような声が。

 振り返ると、そこには白目が黒く染まった、変わり果てた弟子の姿が。

「……ウソ、だろ……?」

 一部始終を見ていた善逸は絶望の声を漏らし、炭治郎や伊之助、柱達も目を逸らしたくなった。

 目の前で同士が裏切り者によって鬼にさせられるなど、地獄以外に何と例えようか。

「……」

「グルルルル……!」

 ボタボタと涎を垂らし、鬼となった獪岳は新戸を凝視する。

 襲わないのは、僅かな理性でどうにか抗っているからだろう。しかし夜明けは近い。このままでは獪岳は日光に焼かれ消滅する。が、人を喰らう鬼になった以上、打てる手は斬首のみ。一切の苦痛を与えないのが、鬼となった彼に対するせめての慈悲だ。

 だが、それはあくまでも鬼殺隊士の場合。新戸は違う。

「……おい獪岳、まさか俺がお前を斬るとか思ってんのか?」

「グゥ……!?」

『!?』

 虚を衝かれた獪岳は目を瞠り、炭治郎達も言葉を失った。

 対する新戸は、「お前は俺を解ってないな」と笑って額を小突いた。

「言ったろ? 俺はお前を手放すつもりは毛頭ないし、失うわけにもいかねェって。ワカメ殺したら一番上等な煙草を吸わせてやるっつっちまったし」

「……ウ、ア……」

()()()()()()()()()()()()()()()。だからまた一から付き合え、一番弟子」

「ゥウ、ゥアアアア……!!」

 鬼となった獪岳は、新戸に泣き縋った。

 新戸は目を細めると、「夜が明けるから休め」と優しく告げて獪岳の意識を奪った。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸と獪岳が互いにどう思っているのかは、以下の通り。

新戸→獪岳
贔屓する価値あり。思考回路が似て物覚えもいい、手駒として最高の逸材。見捨てるなんてもったいない。切り捨てるなど以ての外。

獪岳→新戸
自分を誰よりも認めて期待してくれる、今まで会った大人で一番真面な人。正直、新戸さえいてくれればあとはどうでもいい。


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刀鍛冶の里編
第三十三話 もう何をしても手遅れだと思うけどな!!


 鬼となった栄次郎の蝶屋敷襲撃は、鬼殺隊を大きく揺るがせた。

 元鬼殺隊士による反逆にも驚くが、何よりも隊士達が恐れたのは療養の為の蝶屋敷が安全とは言えなくなったこと。

 事態の収拾を図るため、耀哉は緊急の柱合会議を開いた。

「まず皆に言いたいのは……ありがとう。よく誰も犠牲にせず護り通せた」

 耀哉が深々と頭を下げたことに、柱達は息を呑む。

 特に当事者である義勇と実弥、しのぶは複雑そうな表情だ。

「炭治郎の初期対応が功を奏したな。ちょっとでも遅れてたら葬式が大変だったぜ。――しっかしまさか、栄次郎(あのバカ)が血を分けた相手を鬼化させるってのは予想外だったな……」

「そうだね。あれは上弦の鬼の特権だと聞いていたからね」

「無惨の野郎……物事を考える力が足りねェくせに、何でこういう時に限って勘が働くんだ」

 千年も殺せない理由がわかった気がするぜ、とボヤく新戸曰く。

 無惨の目的は「嫌がらせ」であり、柱ではなく一般隊士の心をへし折ろうと画策した可能性があるという。隊士の質が低下している昨今の鬼殺隊において、傷を癒せる場所も安全とは言えないと知れば動揺を誘うだけでは済まず、最悪の場合は離脱者を生むという事態に発展しかねない。

 次代を担う者達の〝切り崩し〟……それを仕掛けてきたというのが新戸の分析だ。

「それに栄次郎の能力は、ぶっちゃけ全集中の呼吸であればどんな流派も()()()()質の悪さ。俺や禰豆子、玄弥みてェに呼吸抜きで鬼を狩れる奴じゃねェと倒せねェ。人間の頃より弱いとはいえ、剣術だけは一丁前だからな」

「確かに……あの強さは尋常ではなかった」

 しのぶの一言に、義勇と実弥も目を逸らした。

 上弦に匹敵する鬼としての強さと、柱に匹敵する剣才。柱が三人もいながら、新戸以外は手も足も出なかった。

 その事実に、他の柱達も顔を強張らせた。

「幸いにも珠世さん達は宇髄の件で不在だったから、例の薬のことはどうにか無事で済んだ。蝶屋敷の再建は産屋敷一族が責任を持とう」

「お館様、ありがとうございます」

「炭治郎達にも、ちゃんと労っておかないとね。……さて、次は獪岳だ」

 耀哉は続いて、鬼となった獪岳について取り上げた。

 実は獪岳は栄次郎によって鬼化してからというものの、産屋敷邸のある一室で昏睡状態になっている。万が一を想定して禰豆子のように竹製の口枷を嵌められているが、現時点では異常や危険行為は見られてない。

 その理由は――

「俺の血、やっぱとんでもねェな」

「貴様の血は兵器か何かかね?」

「それは否定しない」

 伊黒の的を射た一言に、新戸はあっさり同意した。

 そう、何時ぞやの禰豆子と玄弥のように、新戸は人を襲わないようにと自らの血を注いだのだ。それも相当な量を注いだらしく、獪岳は白目を剥いて一時間ものたうち回った。栄次郎が身体が崩壊しない程度に大量に注いだのもあって、それこそ二人の血で死ぬかもしれないという悪い予感がした程だ。

 当然新戸の血が打ち勝ったが、新戸自身も相当焦っていたらしく、うっかり身体の三分の一の血を出したために動けなくなった程だ。

「あんな急激に血を注がれたら()()()()気がしたからよォ。おかげで俺も貧血になった」

「鬼なのに、貧血になるのか……」

「ったりめーだろ、俺ァあのワカメ頭のフケ共とは違うんだ。それに二度と会いたくなかった相手に一番弟子をあんな目に遭わされたんだぜ? 酒と煙草に溺れないと心労で倒れそうだわ」

「鬼なのに、心労で倒れそうなのか……」

「フッ……!」

 しみじみ呟く義勇に、甘露寺は吹き出しそうになった。

 一連のやり取りが面白かったのか、宇髄も必死に堪えている。

「獪岳の件は、お咎めなし。――まあ、咎めたところで君には通じないだろうけどね、新戸」

「あたぼうよ。あいつの主人は俺だ、駒を切り捨てるか否かは「将」である俺が決めることだからな」

「嗚呼……それに今、新戸と対立することは無益だ」

 何とここで、悲鳴嶼が新戸の援護に入った。

 相変わらず数珠を鳴らしているが、新戸に借りがあるのもあってか、今回の件に関しては早まった判断はしないべきと主張。柱達の代表とも言える彼の言葉の影響力は強く、他の柱達も異を唱えなかった。それに獪岳が鬼化した瞬間はカナエや他の隊士達も目撃しており、隊律としては斬首が正しいがそれはそれで反感を買うのも目に見えるし、何より今ここで溝を作るわけにはいかない。

 それでも、やはり責任問題は付随するもの。鬼への憎しみが人一倍強い実弥が、新戸を質した。

「……あのガキが人を襲ったら、てめェ責任取るんだろうなァ?」

「俺が賭ける時は勝てると確信した時だけだぜ、さねみん」

 ドスの利いた声で追及するが、新戸は愚問だと言わんばかりに不敵に笑った。

 実弥はそれ以上はとやかく言うつもりはないようで、「そうかよ」と言って顔を背けた。

「新戸、慈悟郎には私から遣いを送って伝えようか?」

「俺としちゃあ老い先短い爺が腹切ろうがどうでもいいが、最低限の関係はあるからな。その辺任せるわ」

 新戸はあくまでも耀哉に一任すると告げる。

 すると、新戸は何かを感知したのか急に立ち上がった。

「……()()()()

『!!』

 新戸の言葉に、一同は察した。

 鬼に成った獪岳が、ついに目を覚ましたのだ。

「耀哉、会議は勝手に進めていいぞ。俺は戦術指南はするが組織運営は関わるつもりないから」

「構わないよ。その方が獪岳も落ち着くだろう」

「そういうトコ、先代にそっくりだぜ」

 軽口を叩き合ってから、新戸はその場から立ち去った。

「……随分と気に入ってるようだね」

「私、びっくりしたわ。新戸さんって意外と一途なのね」

「新戸は一度気に入った人間は、決して離さない性分なんだよ」

 甘露寺の一言に、耀哉は微笑みながら語った。

 

 

 その頃新戸は、目を覚ました獪岳と暢気に喫煙していた。

「師範、あの……煙草もう一本いいですか……?」

「いいよいいよ、育ち盛りだからなお前」

 新戸は煙草を一本譲ると、獪岳はそれを咥えて火を借り吹かし始める。

 鬼化して間もなく新戸の血を注がれ、新戸と同じ体質となったおかげで、人の血肉を口にする必要性は無くなった。外を出る際は暫く竹の口枷を嵌めることになったが、鬼となった隊士は斬首一択であった鬼殺隊にしては破格の妥協と言えよう。

 これもひとえに、鬼殺隊中枢の新戸という戦力を手放したくないという思惑ゆえだ。

「……で、お前らは無事か?」

「ダイジョウブ……」

「俺達はどうにか……」

 そう言うのは、栄次郎との交戦で重傷を負った炭治郎達。

 ほぼ無傷の玄弥が面倒を見ているあたり、蝶屋敷の女子達はこちら側に回す人員は無いようだ。

「お前らが命張ったおかげで、誰も死なずに済んだ。よくやったよ」

「新戸さんが来なかったら、俺達も殺されてました……俺達が言いたいです」

「……で、お前はさっきから黙りこくってどうしたタンポポ」

 新戸の一言に、一同の視線は善逸に集中する。

 善逸は意気消沈しており、どんよりとした空気を纏っている。

 その理由を察した新戸は、溜め息を吐きながら声をかけた。

「……一応耀哉が遣いを送ったとは言ったぞ」

「……爺ちゃん、どうなるんだよ」

「知らね」

「ハァ!?」

 淡々と言ってのけた新戸に、善逸は顔中に青筋を浮かべて迫った。

「この外道!! 鬼畜!! 人でなし!! クズ野郎!! 獪岳が鬼に成ったらどうなるかわかってんの!? 一門から鬼を出した責任取って爺ちゃん切腹だよ!! それが何とも思わないのアンタ!?」

「時代の残党が一人自害したところで何になる。自分の死期を早めただけに過ぎねェだろ。死ぬ以外にも責任の取り方なんざ他にもあるだろうにな。何かあればすぐ切腹って神経疑うわ、合理性と効率性を否定するようなモンだ」

「に、新戸さん……」

 あっけらかんとした顔でバッサリ切り捨てる新戸に、炭治郎は顔を引き攣らせた。

 しかし「死ぬ以外に責任の取り方は他にもある」という言葉には、どこか胸がすいた。

「どいつもこいつも欲張りすぎだ。今回の襲撃では誰も死にませんでした……それで十分だろうが」

 新戸は呆れ返った様子で、人差し指を善逸の額に突き付けた。

「あのなァ、隊士の誰かが鬼になったとか超どうだっていい話なんだぞ。今までそういう事態が稀だったからだ。今大事なのは栄次郎の馬鹿によってガタガタになった鬼殺隊をどう立て直すかだろ? 最悪の事態は避けれたんだ、それでいいだろ」

「うっ……」

(まあ、本当(マジ)の最悪の事態はあの場で()()()()()()()()っつーことだけどな……)

 結構ヤバかったな、とあの時の状況を思い返す新戸。

 妹ですらあの特異体質なのだ、兄の方だったら何が起こるかわからない。それこそ、全ての柱が鬼に成った方がマシと思えるような、そんな地獄が始まるかもしれない。

 こんな言い方もアレだが、獪岳の鬼化は新戸にとって不幸中の幸いだった。

「それで師範、これからどうすれば……」

 そう心配そうに玄弥が尋ねた時。

 新戸の口角が上がり、悪意に満ちた笑みを浮かべた。

「……ヒヒ……ハハハハ……! まあ安心して休んでろ、無惨は今頃部下に無益な説教垂れてる頃だ」

「え?」

「ハハハハハ! あー、おっかしくて腹(いて)ェ! 脇が(あめ)ェんだよ、脇が!! 今までの鬼殺隊のやり方じゃねえってこと、ようやく気づいたんじゃねェか?」

 ――ここまで来たら、もう何をしても手遅れだと思うけどな!!

 ゲラゲラと爆笑する新戸が、悪魔にも思える一同だった。

 

 

           *

 

 

 同時刻、鬼舞辻無惨の根城である無限城は重たい緊張に包まれていた。

 怒り心頭といった面持ちで青筋を浮かべる無惨を前に、上弦の鬼達は跪いたまま動けないでいる。ウザい程に泣き喚く半天狗や、よく喋る玉壺と童磨ですらも押し黙っているのだから相当だ。

 もっとも、すでに新戸の血でいつの間にか呪いが外れてる童磨は、内心では「さすが新戸殿だね」と呑気に考えていたが。

「……上弦の陸が鬼狩りに寝返った」

 その一言に、空気が凍りついた。

 いくら上弦の一番下とはいえ、柱を何人も葬ってきた兄妹が、この期に及んで寝返った。

 まさかの事態に、一同は絶句。無惨としても受け入れがたい事態だったのか、身体を震わせて「まだ狩られた方がマシだ」と小さく呟いた。

「珠世と産屋敷が結託した。あの忌々しき小守新戸が裏で糸を引いていたのだろう」

 フラスコを握り割り、無惨は場内を震わせる程の威圧感で上弦を見下ろした。

 これにはさすがの栄次郎も、顔を青褪めた。

「あの阿呆は柱をも屠ってきた貴様らよりも遥かに弱く、姑息な奸計しか取り柄が無いはずだ。なのに惑わされてばかりか、それによって足を掬われ返り討ちに遭う始末。――あのような痴れ者をなぜ殺せない? 貴様らは本当に鬼狩りを滅ぼす気があるのか?」

 その言葉に、残された最強の配下達は深く頭を垂れた。

 一切釈明せず、行動で忠誠を示そうとする彼らの意思を確認すると、無惨は鼻をフンと鳴らして背を向けた。

「私の命令は絶対だ。……いいな?」

 その直後、べんっと琵琶の音が響き、上弦達は姿を消した。

 一人残された無惨は、右手で拳を作ると壁を殴りつけて破壊した。

「おのれ産屋敷!! やってくれたな!!」

 無惨は怒りをぶつけた。

 実を言うと無惨は、珠世と鬼殺隊は立場ゆえに接触はあれど結託することはないと考えていた。だが上弦の陸は、拠点である吉原遊郭にて珠世と結託した鬼殺隊の柱により、何らかの手段で呪いを外されて寝返った。それはつまり、両者の立場を仲介できる存在がいることに他ならない。

 その仲介の役を担える相手を、すぐ無惨は悟った。小守新戸なら……いや、新戸(やつ)以外にいないと。

「この期に及んで小賢しい真似を……!!」

 怒りでどうにかなりそうだ、と悔しさをにじませる。

 馬鹿がうつるからと干渉を避けていた相手が、よりにもよってこんな荒業を仕掛けてくるとは。

「この私を虚仮(コケ)にした罪は深いぞ……小守新戸!!」

 無惨はすぐさま新戸を()()()()()()()として上弦達に通達し、離反した上弦の陸の抹殺も命令したのだった。




栄次郎の襲撃についてですが、無惨は上弦兄妹の離反で激おこぷんぷん丸だったので、襲撃した結果についてはあんまり期待してなかったのもあってとやかく言ってません。



ちなみに上弦兄妹の寝返り劇の流れは以下の通りです。

①宇髄が嫁を潜入させ、上弦兄妹が拘束。
②吉原の地下の餌場へ降り立った宇髄が、上弦兄妹と遭遇。
③嫁がどうなってもいいのかと上弦兄妹が挑発し、宇髄が迷い始める。
④その隙に攻撃しようとした上弦兄妹の背後に、珠世が注射針で新戸の血を注ぎ、呪いを完全に解除。無惨の視覚掌握能力を利用して「お前の大嫌いな死が迫っている」と挑発をする。

なお、一連の流れは新戸が脚本を描いており、宇髄達にも通達済みです。
要はマッチポンプですね。

やる必要あるかどうかは別ですが、新戸なりの時間稼ぎと考えて下さい。


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第三十四話 仕事はもっと楽に効率よくやるモンだ。

堕姫と禰豆子がお兄ちゃんネタで揉める部分が書きたかっただけです。


 栄次郎襲撃後、ようやく落ち着きを取り戻した鬼殺隊。

 その本拠地、産屋敷邸では新戸が大広間で中枢の面々と顔を合わせていた。

『戦略会議?』

「そう。一番暇な新戸に今後の鬼殺隊の方針の案を考えてもらってね、今日それをみんなに伝えるつもりなんだ」

「暇って言うな。俺だって色々動いてんだから」

 新戸はムスッとした表情で酒壺を煽ると、傍にいた珠世に声をかけた。

「珠世さんも一杯どう?」

「貴様、珠世様と飲み交わそうなど百年早いわ!!」

「あーあー、これだから堅物は。んな張り詰めてるとこっちも疲れるぜ」

「新戸さん、早く本題に入った方が……」

 何名か「早く喋れ」と無言の圧力をかけてくることに気づいた珠世が、新戸に催促する。

 当の本人は「そう焦んなよ」と頭をモリモリ掻きながら、大きな紙を広げて衝撃の発言を口にした。

 

「とりあえず先に言っておく。――俺の言う通りに事が進めば、この戦いは勝てる」

 

『!?』

 新戸の衝撃的な発言に、一同は目を見開いた。

 まだ対峙していない鬼の始祖に、すでに勝利宣言しているのだ。

「まず現時点の戦力差について知ってもらうぞ」

 新戸は筆でスラスラと字を書き始める。

 それぞれ「鬼殺隊」と「鬼舞辻」に分かれ円で囲っており、その円の中に筆を走らせる。

「上弦の壱と参は新戸が交戦してるから血鬼術は確定、弐と陸はこっち側の戦力、下弦は全滅な上に壱と伍以外は無惨によって討伐。これが今の戦局だ」

「師範、何で鬼の首魁が一番多く幹部を殺してるんですか?」

「一軍の将として致命的に無能なだけだよ」

「本当に悪運の強い野郎なんですね……」

 玄弥がしみじみと呟く中、新戸は筆を置く。

 紙に書かれた鬼殺隊の枠には柱の面々や珠世一派、新戸などの主戦力や炭治郎などの若手実力者の名前が記されている。ただ新戸の遊び心なのか、珠世には矢印で「永遠の19歳」、実弥には「おはぎ柱」といった余計な一文が入っている。

 対する鬼舞辻側は、無惨と寝返ってない上弦、栄次郎の名前に加えて下弦のことも記されている。下弦の鬼達には大きくバツ印が付けられており、誰が滅されたのかわかりやすくしている。ただ、やっぱり新戸の遊び心か猗窩座には矢印で「馬鹿座」、無惨に至っては「お迎えはまだか」という吹き出しがある。

「成程、単純に考えれば私達が優勢だね。しかし新戸、いくら君が鬼舞辻は無能と言っても、隠し玉がいる可能性があるんじゃないかな」

「そこは大丈夫じゃね? 相手は謀略の基本である内通者も用意できねェんだし」

「私も大丈夫だと思います。隠し玉があってもせいぜい捨て駒でしょう。鬼舞辻は脳が五つもあるのに知力は皆さんの五分の一以下ですから」

 ボロクソに無惨を罵倒する新戸と珠世。

 淡々と毒を吐く二人に、柱の何名かが頬の内側や唇を噛んで震えている。いつも通りの微笑みを浮かべている耀哉は、さすがと言ったところだろう。

「つまり、私達が決戦までにやっておかなきゃならないのは、上弦の肆と伍の討伐ってことかい?」

「ああ。一体一体じゃあ戦力分散で守りが手薄になるから、二人同時に討ち取るのが一番理想的だ」

「……それを可能にすることができるのか?」

 義勇の指摘に、一同は頷いた。

 上弦一体の強さは、柱三人分とも言われている。血鬼術や戦法の相性、経験値の差もあるだろうが、一度に上弦二体を討ち取るのは至難の業だ。それも上弦との遭遇率の低さを考えれば尚更だ。

 が、新戸は不敵に笑っていた。

「できる。まだ一つ残ってる()()()()()()()で引きつけりゃあいい」

「……まさか〝刀鍛冶の里〟か!?」

 悲鳴嶼の言葉に、一同は息を呑んだ。

「そうだ。刀鍛冶の里に誘い込み、雁首揃えた肆と伍を包囲殲滅する。上弦二体を確実に討ち取り、かつ無惨の先手を打ちながら鬼殺隊優勢の状態を維持するにはこれしかねェ」

「戯けたことをぬかすな。刀鍛冶の里を戦場にするのか? 日輪刀がこれ以上作れなくなるのかもしれないんだぞ、貴様の言うやり方は」

「んなモン、鍛冶屋が無事で材料と設備揃えりゃどうにかなるだろ。場所にこだわる必要性はねェ。それに弐と陸がこっち側と言えど、上弦があと四体も残ってんだぞ。最終決戦はなるべく〝的〟は少ない方がいいだろ?」

「っ……」

 新戸の反論に、伊黒は押し黙ってしまった。

 確かに、無惨の戦力である上弦の鬼をどこまで削れるかで決戦の行く末は大きく左右する。柱が全員揃っても、上弦の穴埋めをされては溜まったものではない。

「新戸、もしそうするなら相応の戦力が必要だ。君達に加えて、柱も何人か向かわせよう」

「俺の部隊以外なら、柱は無一郎と甘露寺と宇髄がいいな……ああ、炭治郎達も手配してほしい。上弦兄妹の立ち入り許可もくれ」

 何と新戸は柱を指名し、さらに要求。

 甘露寺を引き抜くからか、なぜか伊黒が異様に厳しい目を向けているが、新戸は意にも介さない。

「理由は?」

「宇髄の指揮能力と甘露寺の防御範囲の広さ、無一郎の合理的な判断力、炭治郎達のずば抜けた感覚、元上弦の陸の汎用性の高い血鬼術、鬼殺隊随一の頭脳を持つ俺……鬼の襲来を想定した防衛戦だと、この編成が一番効果的だ」

「最後、自画自賛だね」

「やかましい」

 無一郎の呟きを一刀両断すると、新戸は一同に告げた。

「正直な話、俺達はこれ以上雑魚鬼に付き合う義理はねェ。幹部格の頸を取ることに集中すればいい」

「それは看過できんぞ、新戸! いかに雑魚でも鬼は鬼だ!!」

「そう言うと思ってよ、すでに手は打ってあるぜ」

 杏寿郎の言葉に、新戸は心配無用だと切り捨てた。

 どういうことかと質すと、思いもしない回答が返ってきた。

「実は童磨や梅ちゃんの血鬼術に分身体作るヤツがあってよ。それに雑魚鬼の討伐をさせるよう頼んどいたんだわ」

『ハァ!?』

 猫の手ならぬ、鬼の手を借りた新戸。

 上弦の脅威の能力に加え、新戸の頭脳が加わったことでとんでもない事態になっていた!

「そう言えば、杏寿郎の列車の任務以降、妙に鬼達の被害の報告を聞かなくなったと思ってたんだけど……君の差し金だったのか」

「お前、よくそんなこと考えて実行できるな……」

「愈史郎……仕事はもっと楽に効率よくやるモンだ。せっかく上弦が与してくれるんだ、身の安全を保障する代わりに鬼狩りの代行をしてもらわねェと」

 何もさせないなど勿体無い、と不敵に笑った。

 新戸曰く、すでに上弦の弐と陸は、自らの血を取り込んでるため、彼らへの命令権は自分にあるとのこと。人を襲わずに行動してさえくれれば基本的に放任するが、それは無惨と同じ能力を使えるようになったがためであり、自分の代わりも兼ねて貢献してもらわねば後々グチグチ言われてるのが嫌なのだという。

 相談もせず独断で実行したのは、柱達の反発が目に見えたからなのだろう……。

「……反吐が出るぜェ」

「だが、それを行ってもらうとありがたいのも事実だ」

「! 意外だな、あんたがそれ言うなんざ」

 柱の代表である悲鳴嶼の言葉に、新戸も目を瞠った。

「新戸、私から一つ提案がある。お前にとっても悪くない話だ」

「……ってこたァ、下の連中絡みか」

「左様。我ら柱が直々に隊士全員への指導をしようと考えている」

 悲鳴嶼は、柱達を筆頭に全体的な組織力強化を図る修練を行うことを提案した。

 本来なら様々な任務があって、隊士全員への指導などしている暇が無いのだが、新戸がここまで手を回していれば日中限定で総合的な実力の向上の為の訓練ができる……そう考えたのだろう。

「基礎体力向上、高速移動技術体得、太刀筋矯正……施さねばならぬことは多い」

「鬼にここまで働いてもらっちゃあ、鬼殺隊の名折れだぜェ」

「だな。派手に賛成するぜ」

 実力と人望を兼ね備える悲鳴嶼の言葉に、柱達は全員賛成。耀哉も同意し、物の数十秒で可決された。

 が、新戸は少し違った。

「いやいや、それじゃあ足りん。どうせやるんだ、童磨や妓夫太郎と手合わせさせた方がいいだろ」

「ちっ、てめェと意見が合うなんてな……」

「お前ら、鬼かよ」

 何と新戸と実弥の意見が合致。

 過酷さが増し、柱達も心してかからねば死にかける程の内容になってしまった。

「……まあ、ここらで全体的に一休みしとけってこった。あとは里に事前連絡して兵力揃えりゃあいいんだからな」

 こうして、緊急の柱合会議は終わりとなった。

 

 

           *

 

 

 ここは「新蝶屋敷」。

 旧蝶屋敷が栄次郎との戦闘の影響で使えなくなったため、さらに大きな産屋敷家の別邸が開放されることとなった。土地の広さは想像以上で、鬼殺隊の当主の一族の別邸ゆえか、蝶屋敷の倍の病床数を確保しても部屋が余る程だった。

 その大広間で……。

「このクソガキーーーーーッ!!」

「ムゥーーーーッ!!」

 堕姫と禰豆子が取っ組み合いの喧嘩をしていた。

 鬼同士、それも女同士の喧嘩には誰も介入できず、肉親ですら迷う始末だ。

「おい! ねず公と蚯蚓(ミミズ)女、どう止めるんだよ!」

「てめぇ、誰の妹が蚯蚓女だぁぁ!?」

「妓夫太郎さん、落ち着いて! 伊之助も謝るんだ!」

「ハァァァ!? 何で蟷螂(カマキリ)に謝んなきゃなんねえ!?」

 伊之助が余計なことを言って、鎌を構える妓夫太郎を必死で止める炭治郎。

 そんな混沌と化した修羅場に、玄弥もお手上げだったが、そこへ救世主が現れた。

「何やってんの?」

「師範!!」

 珠世と愈史郎を連れ、新戸が帰ってきた。

 まさかの事態に、思わずきょとんとした。

「何で揉めてんの? どゆこと?」

「それが――」

 玄弥が事情を説明しようとした時だった。

「あたしのお兄ちゃんが強くてカッコいいに決まってんでしょう!?」

「ムムーッ!! ムーーーーーッ!!」

「何ですってェ!?」

「マジか、まさかの兄自慢かよ」

 喧嘩している際に飛んだ言葉に、新戸は事情を察し、吹き出しそうになった。

 

 堕姫は超が付く程に傲慢で高飛車であるが、同時に負けず嫌いで子供っぽい一面を持つ。

 どうやら、竈門兄妹の仲の良さが気に入らず、自分達の方がより絆が強く優れていると言ってのけ、遠回しに炭治郎を侮辱した発言でもしたんだろう。

 それに禰豆子が本気で怒り、叱ったところで堕姫が逆ギレしたんだろう。

 

「おい貴様、あの二人は止めないのか!?」

「いいんじゃね? 別に大したアレでもなさそうだし」

「アンタって、結構ほったらかしにしてんだなぁぁ……」

 呑気に煙草の紫煙を燻らせる新戸に、妓夫太郎はジト目で見つめる。

 この男、かなり面倒臭がっている。

 この下らない喧嘩は長くなりそうだと、愈史郎が頭を抱えた時だった。

 

 ゴンッ!

 

「ギャッ!?」

「ムグッ!?」

 揉め合う二人の脳天に、鉄槌が下った。

 衝撃に悶えながら、二人は涙目で裁きを与えた者を見上げた。

「師範に逆らう奴は等しく死ね」

 二人を容赦なく拳骨を見舞ったのは、獪岳だった。

「ちょっと、何すんのよ青二才! 信じられない!」

「獪岳! 禰豆子ちゃんを殴るな!!」

「てめェ黙ってろカス。その眉毛嚙み千切ってやろうか?」

 獪岳は善逸に辛辣に吐き捨てると、ギロリと白黒が逆になった瞳で二人を睨み、「正座」とドスの利いた声で命令。

 物凄い圧を放っている上、互いの兄が無言で頷いているため、二人は素直に従った。

「俺が言うのも何だが、てめェらは師範のおかげで頸の皮一枚繋がってるんだぞ。師範が鬼殺隊の掟に忠実だったら、今頃処刑されてる立場だっつーことわかってんのか? ウチは何体も善逸みてェなうるさいだけのカスは増やしたくねェんだよ」

「ちょ、兄貴? 俺泣いていい?」

「勝手に泣いてろ、そのまま枯れちまえ」

 心底見下した表情で善逸を一蹴すると、再び堕姫と禰豆子に向き直る。

「師範は見込みがあれば誰でも受け入れ傍に置く。逆を言えば、師範が生殺与奪の件を握っていて、()()()()()()()()()()()()()()()()。分を弁えろ馬鹿妹共」

 新戸が鬼を手駒にするというやり方は、あくまでも無惨討伐までの話。無惨討伐後は、どうなるかわからない。

 無論、新戸は自分の手駒に対してはこだわりが強いため、そう簡単に見捨てることはしない。だが彼が使えないと判断すれば、追放して処遇を鬼殺隊に一任する可能性がある。そうなれば、鬼を滅してこその鬼殺隊は斬首を迫るかもしれない。

 遠回しに突きつけると、二人は顔を青くさせて平伏した。

「師範を困らせるんじゃねえ」

 落ち込む二人に「次は拳骨じゃ済まさねェ」と釘を刺し、獪岳は新戸の元へ向かった。

「師範、お疲れ様です」

「やるじゃねェの。禰豆子ならいざ知らず、あの癇癪娘にも一発かませるとはな」

「師範は俺にとって〝特別〟ですから」

「……そうかい。師範として冥利に尽きるじゃねェの」

 ポンッと新戸は獪岳の頭に手を乗せ、ワシワシと撫でる。

 獪岳は少し頬を緩めて笑い、玄弥はそれを見てムッとした。

 

 新戸は、決して自分を切り捨てなかった。

 鬼にさせられてもなお、手を差し伸べた。

 打算的な関係が、いつの間にか絆になり、鉄壁の信頼関係に。

 それが、とても心地よくて、泣きたくなる程に嬉しい。

 

 師弟であり、ある意味では義兄弟のような関係に、獪岳の心は満たされていた。

「獪岳、このあと空いてるか?」

「鬼の能力の訓練ですか」

「さすが一番弟子、わかってんじゃねェか。――近い内にデカい博打を打つから、それまでに鬼の戦い方を教えてやる」

 すると新戸は、炭治郎達に一言告げた。

「そうそう、多分お前ら刀鍛冶の里に行くことになるから、ちゃんと体調整えとけよ」

「刀鍛冶の里?」

 

 新戸の策略が、上弦の肆と伍に牙を剥こうとしていた。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
桑島切腹案件は、ちゃんと未然に阻止できました。
白装束を着て切腹用の短刀を握った途端、産屋敷家の鎹鴉が来て間に合ったそうです。


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第三十五話 情報は情報だってのによ。

単行本読み返してるんですけど、最近は「鬼殺隊も無惨側も情報戦がちゃんとできてないから千年以上泥沼の戦局続いたんじゃね?」って思ってます。

鬼殺隊側は、情報が揃ってれば上弦の対策も取れるし隊士の犠牲者も減ってた。
無惨側は、情報が揃ってればとっとと鬼殺隊滅ぼして太陽克服できた。

鬼滅の刃は、情報を得ることが如何に重要かを教えてくれるいいマンガです。


 翌日の夜。

 新蝶屋敷の大広間で、新戸達が作戦会議をしていた。

「童磨からの情報だと、上弦の肆・半天狗は窮地に陥いれば陥いる程に凶悪な分身体を生み出し、上弦の伍・玉壺は壺を使った空間転移や生物召喚が得意だそうだ」

「それ、スッゲェ重要な情報じゃないスか!?」

「何それ!? 増えるの!? 無理無理無理無理、絶対死ぬじゃん!! イヤーーーーーーーッ!!」

 標的の能力の凶悪さに、思わず声を荒げる玄弥。善逸に至っては――いつも通りと言えばいつも通りだが――絶叫しており、鬼化してなお理性を保つ兄弟子の獪岳に無言で締められた。

「分裂したり召喚したりして敵が増える……とても厄介だね」

「ええ、新戸さんが柱を三人寄越すよう言ったのも納得だわ」

「ハァ……皮肉なモンだな、鬼狩りが鬼の提供した情報に助けられるなんざ」

 新戸が立案した作戦に参加する柱達――無一郎、甘露寺、宇髄は口を開く。

 知らずに索敵したら、確かに勝つどころか生きて帰れるかすら怪しいだろう。

「情報戦がからっきしって、組織として一番致命的な問題を鬼殺隊は千年も抱えてたんだぜ? 眉唾物でも些細なことでも、情報は情報だってのによ」

「それでよく今まで潰れなかったなぁぁ……」

「鬼狩りって馬鹿しかいないの?」

 思わず呆れ返った妓夫太郎と堕姫の言葉に、新戸は「脳味噌詰まってなくても頸斬れりゃあ合格だからな、この組織……」とボヤいた。

 柱の前で言ってしまうあたり、新戸は相変わらずである。

「まあ、四百年前に一回滅びかけたらしいぜ? けどそれ、無一郎のご先祖の謀反とあんま関係ないんだよな……血鬼術の後遺症でも何でもねェのに、大体の隊士がポックリ逝ったって話だし」

「何でそんな組織を潰すのに手間取ってんだよ、十二鬼月」

「肝心の親玉がド級のノータリンだからな~……オツムの出来なら獪岳の方が断然立派だぜ」

 そう言ってワシワシと頭を撫でてくる新戸に、獪岳は鋭くなった爪でカリカリと照れ臭そうに頬を掻いた。

 それを間近で見た善逸と無一郎は、何か不気味なのでちょっと引いた。それに対し甘露寺と炭治郎は二人の関係に感動を覚え、宇髄らは普通に素っ気ない態度で見た。

「――ほんじゃ、大まかな作戦を伝えるぞ」

『!!』

 新戸は作戦を説明しだした。

 鬼殺隊きっての策略家の言葉に、耳を傾ける。

「まず上弦の肆と伍の対応についてだが、すでに振り分けといた。肆は甘露寺・炭治郎・禰豆子・玄弥・伊之助が、伍は無一郎・善逸・宇髄が担当。獪岳と妓夫太郎と梅ちゃんは、状況に応じて俺が念話で要請すっから、臨機応変に頼む」

「新戸さんは、何をするつもりですか?」

「一軍の将として判断を色々する。最前線と後方じゃあ、同じ戦場でも戦局の移り変わりの見え方が違うからな」

 新戸はあくまでも参謀として動き、自分の血を取り込んでいる獪岳達に念話で指示をするという。

 しかし、問題はまだ残っている。

「それはそうと、お前の言う上弦二体を倒すとして、里の連中はどうするつもりだ? 避難させるのも難しいぞ。まさか戦わせるとか言わねェよな」

「それについては問題ねェ。梅ちゃんの帯がある」

「アタシの?」

 驚いたように目をパチパチと瞬きする堕姫。

 新戸は彼女の帯を指差しながら、口角を上げた。

「梅ちゃんの帯は、中に人間を取り込んで保存することができる。梅ちゃんの操作か日輪刀で帯を斬れば解放することも可能だ。言い方変えりゃあ、帯は日輪刀以外の攻撃は防ぎ切れるってことでもある。その性質を利用して帯の中に避難させりゃあいい」

『!?』

 新戸の奇策は、まさに青天の霹靂。

 非戦闘員を鬼の肉体の一部と言える帯の内部に退避させるなど、常人どころか百戦錬磨の柱ですら思いつかない一手だ。だが伸縮自在で鋼のように強靭な帯ならあらゆる物理攻撃から護ることができるという点では、実に理に適っている。

 もし新戸が敵であったら……そんな考えが浮かび、その場にいる全員は背筋が凍る思いをした。

「もぬけの殻の里、殺すべき鍛冶職人は全員〝絶対防御〟の帯の中で戦線離脱済み、その場にいるのは鬼狩りと鬼の連合軍……かわいそうに、先手打ったつもりが実は里全体が罠でしたってんだからな。フヒヒヒ……!」

(人間を捕らえるための梅の帯を、人間を護る避難先にするって、何を食ったらそういう脳味噌になるんだぁ……!?)

 極悪人のように笑う新戸に、妓夫太郎は寝返って正解だったとしみじみ感じた。

 こんな奴を敵に回して相手取ったら、勝っても損しかないではないか。

 その時、無一郎が奇策を思いついた。

「だったらそれ利用して敵の鬼を拘束して、日中に解放して焼き殺すってやり方もいいんじゃない?」

「おお、それ地味にいいな!」

「確かに、それが成功すれば誰も死なずに……!」

 無一郎の策は、堕姫の帯に上弦二体を取り込ませ、日光に晒して焼くという妙案だ。

 仮に自力で脱出されたとしても、日の出まで封じ込められれば完封勝利となる。

 宇髄達は続々と賛同するが……新戸は難色を示した。

「俺も考えたんだが、そこに関しちゃあ読まれてる気もするんだよなァ……それが思いつかないようなポンコツだったら作戦会議なんざしねェって」

「あぁ、玉壺はともかく、半天狗は単独で殺すのは不可能だと思うぜぇぇ」

 妓夫太郎曰く。

 半天狗は分身体を次々と生み出すだけでなく、必要とあらば分身体同士を合体させることもできるという。分身体を生めば生む程、一体一体の攻撃の威力が落ちて弱くなるが、それでも柱以外では手に負えないのは変わらないだろう。

 しかも半天狗自身も、新戸には劣るが狡猾で抜け目がない一面を持ち、本体に至っては戦線から離れたところで隠れ、見つかった場合は瞬足で逃亡していくという。本体の大きさは野ネズミぐらいとのことだが、妓夫太郎や堕姫の頸より頑丈なので、防御力も鉄壁に等しいだろう。

「これ聞いてどう思う? 頸をわざと斬らせて分裂体を増やし続ける可能性もあんだぜ?」

「……そりゃあ、地味に想定外だな……」

「何じゃそりゃあ!? クソみてェな能力だな!!」

 妓夫太郎の情報に、宇髄は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、伊之助は声を荒げる。

 つまり攻略における厄介さを極めているのが、上弦の肆なのである。新戸が早めに潰そうと躍起になるのも納得がいく。

「小心者ってのは、言い方変えりゃあ警戒心が強いってことだからな……この戦いは俺とあいつの知恵比べになると思う」

「ちっ……勢いや真っ向勝負じゃあ絶対に勝てねェんだな」

「宇髄よゥ、いつも言ってるだろ? 卑怯は作法だって。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 新戸は自信に満ちた表情を浮かべる。

 小賢しく卑劣な手を使ってくる敵の戦略を読めるのは、戦略を熟知した者しかいない。

 勿論、鬼殺隊には指揮官として優れる者は複数いる。しかし戦術戦略に特化している実力者は新戸しかいない。

 全ての渦中にいるのは、新戸なのだ。

「理想の形は、壺野郎を秒殺して全戦力でジジイを袋叩きってトコだ。あとは逃がさないように仕向けりゃあいい」

「に、逃がさないようにって……どうするんだよ……?」

「――それは私が説明しますよ」

 そこへ、新たな人物が現れた。

 鬼殺隊を医療で支え、それでいて現当主のかかりつけ医も兼任する麗しき鬼の女性――珠世だ。その隣にはいつものように愈史郎が控えている。

「珠世さん! 愈史郎さんまで!」

「……めっちゃ美人」

「っ……」

「何惚けてんだカス共」

 女性への耐性が弱い玄弥と、女性に目がない善逸を獪岳は締める。

 珠世は全員に一礼すると、新戸に箱を渡した。

「新戸さん。例の回復薬に加え、しのぶさんと開発した毒もお渡しします」

「そいつァどうも」

 箱を開けると、そこには輸血パックと採血の短刀、そして紫色の液体が入った短刀が入っていた。

「この短刀って、刺さると自動で注入されるヤツ?」

「ええ。ただ日輪刀のような強度はないので、慎重に使ってください。――愈史郎」

「はい。……新戸、貴様に俺の呪符をやる」

「気が利くねェ。夜戦でこれ程重宝できる代物は無い」

 愈史郎は渋々といった様子で呪符を渡した。

 彼の血鬼術も汎用性が極めて高い代物。目隠しだけでなく幻覚を見せることも可能なので、この作戦においては大きな意味を持つだろう。

 すると獪岳が、新戸に進言した。

「師範、いっそのこと量産して隊士全員に配給させたりするのはどうですか?」

「それいいな、生存率と討伐率上がるからめっちゃ楽になる。――愈史郎、お前分裂して10人ぐらいになれよ」

「できるか馬鹿者ォ!!」

 声を荒げる愈史郎。

 しかし珠世が「一理ありますね」と呟いた途端、「当然です!」と返答。

 電光石火の手のひら返しに、新戸と炭治郎以外はジト目になった。

「……まあ、そっちはそっちで順調っぽいから良しとして……例の件についちゃあ情報だけでも押さえときたいな」

「例の件?」

「〝青い彼岸花〟……無惨達が必死に探してる代物だ」

 新戸曰く。

 童磨から聞いた情報だと、無惨が千年以上探し求めてるモノで、目標である太陽の克服に必要な要素を持っている可能性があるという。現に上弦の参はその捜索を命ぜられており、今もなお人を喰いながら探しているのだろう。

 ただし新戸の推測では、すでに絶滅してるか生態があまりにも特殊で人間も鬼も見つけられないかのどちらかで、たとえ実在していても確固たる情報さえ押さえてれば無視してもいいという。

「しっかし、ホントあの野郎欲張りすぎだよな。太陽を克服したい、鬼狩りを潰したい、産屋敷を潰したい……何でもかんでも全部同時にやったら()()()()()()()ってこと想像できねェんかねェ」

 新戸がそんなことをボヤいていると……。

 

「青い彼岸花なら、昔見たことありますよ」

 

 炭治郎が、爆弾を投下した。

「……今何つった?」

「青い彼岸花なら、母さんが昔採って見せてくれてさ。彼岸花って赤いから、青は珍しかったなぁ……()()()()()()()()()()()()()()()だって言ってたし」

 その瞬間、新戸と珠世一派、元上弦の陸が絶叫した。

「ハァァ!? ちょ、何でアンタみたいな不細工の家にあんのよ!?」

「嘘だろぉ!? ただでさえ半信半疑だったのによぉぉ!!」

「何でそんな大事なことを隠していた!?」

「炭治郎さん……本当に知ってるんですか!?」

 大混乱に陥る大広間。

 まさか鬼殺隊と人喰い鬼の均衡を一発でひっくり返す要素が、竈門家にあったとは。それも青い彼岸花の生態も新戸の予想通りの特殊性だ。

 あの時、竈門家にいてよかった――新戸は思わず安堵の息を漏らした。

「こりゃエラいことだぞ……炭治郎の実家の近くに、無惨が太陽を克服するために必要なヤバい代物が眠ってるんだからな……これは輝哉に伝えとくぞ。言い訳無用だ」

「当たり前だ!! んなヤベェ情報、バレねェように共有しねェと派手に滅ぶわこっちが!!」

 事の重大さを知り、炭治郎は段々と顔を引き攣らせていくのだった……。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸はオツムの出来が非常に良いので、新戸の血を取り込んだ鬼は知能指数が強化されます。
ですので、堕姫も原作よりちょっぴり頭が足りてます。


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第三十六話 程々にやるのが丁度いい。

そう言えば、鬼って目を回して気持ち悪くなったりするのかな?

※本作では鬼も目を回します。


「明日の朝には出発か……」

 新蝶屋敷にて、新戸は一服しながら産屋敷家からの文を読んでいた。

 未来予知と言える領域に達する「先見の明」を有する耀哉が、そろそろ行けと伝えているのだ。それはつまり、近い内に新戸の予想通りに里へ上弦が襲撃に来るという予感を覚えたからだろう。

「うっし、そろそろ準備すっか。全員呼ぶぞ」

 三本目に突入した新戸は、火を点けて紫煙を燻らせる。

 すると、傍にいた獪岳がいきなり質した。

「……師範、本当に肆と伍だけでいいんですか?」

「ん?」

「今の戦力なら、壱が来ても大丈夫な気もするんですが」

 獪岳は、今の鬼殺隊の戦力は歴史上最大規模ではないかと指摘する。

 確かに、15年程前の新戸の配属以来、千年以上の歴史がある鬼殺隊は列強の軍隊よりも強大な戦力を手中に収めている。

 

 既存の常識に縛られず、大胆かつ合理的な奇策を次々に立案できる参謀・小守新戸。

 非常に高度な医術を有する珠世と、その助手の愈史郎。

 敵対しているはずが、新戸の介入によって与してくれるようになった上弦の弐と上弦の陸。

 

 鬼狩りが鬼と手を組んで無惨抹殺を図るなど、いくら鬼の首魁でもこればかりは想定外だろう。

 ましてや鬼化してなお理性を保つ隊士や、鬼として非常に稀有な個体である少女もいる。

 全面的な総力戦になっても、勝てる戦いに持ち込めるのではないか――獪岳はそう考えたのだ。

 だが新戸は、それだと思い通りに事が進まないとして彼の意見に同意はしなかった。

「下手に相手の戦力を削ると、予測不能の一手を打ってくるかもしれねェ。まァ無惨は頭無惨だからな……大方、日本中に散らばってる雑魚鬼共を集めて強制的に強化させるぐらいが関の山だろうが」

「予測不能の、一手……」

「それを防ぐには、程々にやるのが丁度いい。博打と同じだ、鉄火場での欲張りは身を滅ぼすから覚えとけ。それに「二兎を追う者は一兎をも得ず」って、よく言うだろ?」

 ニィッ……と不敵に笑う新戸だったが……。

 

 ――ドクンッ!

 

「!? …………え、ちょま、マジか!?」

 何かを察知した新戸は、顔色を変えて立ち上がる。

 良いか悪いかと言われれば、かなり悪い顔色である。

「あのバカ童磨……何やらかしやがった!? 行くぞ獪岳、ちと厄介な事になりやがった!」

「は、はい!!」

 新戸は肩をいからせて、轟音が響いた方向へと走った。

 

 

           *

 

 

 その頃、新蝶屋敷の庭では。

「グアアゥゥゥ!!!」

「禰豆子!! 正気に戻ってくれ!!」

「禰豆子ちゃあああああああああん!! どうしちゃったんだよォォォ!?」

「クソッ! こういう時に新戸がいりゃあ、派手に秒で解決できるんだが……!」

 炭治郎達が暴走した禰豆子を取り押さえていた。

 今の禰豆子は手足の長い成人程の体格に変化し、右側頭部には角が生え、身体の各所に枝葉の様な紋様が入った姿となっていた。しかしその分鬼化を進行させているせいか、人喰いの衝動に駆られているようだ。

 そして、なぜ禰豆子が暴走したのかというと……。

「おやおや、これは困ったなぁ」

「おい、糞親父!! ねず公に何てことしてんだ!!」

 ポリポリと頬を掻いて眉を下げ、伊之助に叱られる童磨。

 どうやら彼に原因があるようだ。

「クソ、世話の焼ける小娘だなぁぁ!」

「ちょっと、大人しくしな!!」

「わ、私も手伝うわ!!」

 炭治郎と善逸に加え、妓夫太郎・堕姫兄妹と恋柱も乱入して禰豆子を拘束するが……。

「ウガアアアァァァァ!!」

 

 ドォン!!

 

 禰豆子の全身から、爆血が熱波として放たれた。

 人間である炭治郎達は無傷で済んだが、鬼である妓夫太郎達は火達磨になった。

「「「ギャアアッ!?」」」

「おい、大丈夫か上弦共!?」

「禰豆子、やめるんだ!!」

 断末魔の叫びを上げる鬼達に、炭治郎達は悲痛な声を上げる。

 幸いにも鬼としては禰豆子以上である肉体に加え、爆血を扱える新戸の血を取り込んでるため、鬼殺しの火に対する耐性はあるので滅却されることはなかったが、それでも黒炭一歩手前の状態に追い込まれた。

 鬼にとっても人にとっても災厄となり得る状態と化した禰豆子に、宇髄は判断を迷った。

(どうする……どうすりゃあいい!)

 すると、そこへようやく救世主が現れた。

 

「なーにやってんだよ、このスットコドッコイ」

 

「新戸!」

「新戸さん!」

 鬼殺隊に与する鬼達の頂点が乱入。

 納刀状態の仕込み杖の石突を喉元に突きつけ、面倒臭そうな声色で牽制する。

「新戸さん! 禰豆子がっ!!」

「わーってるよ。ったく……」

 溜め息を吐く新戸に禰豆子は容赦なく喰らいつこうとする。

「グアアアアアゥゥゥ!!」

「ちったァ落ち着け。じゃねェとこうなるぞ」

 新戸が無造作に左腕を上げ、その掌から眼を出現させる。

 その眼が瞬きをした途端、禰豆子の身体に巻き付くように赤い矢印が展開された。

「ヴッ?」

 

 ――ギュルルルルルルッ!!

 

「ガアァァアァァァァ!?」

 刹那、禰豆子の身体が矢印の方向へコマのように高速回転。

 それを見ていた童磨は「気持ち悪そう」と顔を引き攣らせ、炭治郎達は呆然とした。

 そして回り始めてからおよそ二十秒後、回転は収まったが……。

「ううぅ……」

 完全に目を回している禰豆子は、フラフラと覚束ない足取りで三歩くらい歩くと、そのままうつ伏せで倒れ起き上がれなくなった。

「禰豆子!! 禰豆子、大丈――」

「うぅ……あぁ~………」

「あ、コレ駄目なヤツだーーーーーーっ!!!」

 白目を剥いて泡を吹く禰豆子に、善逸の悲鳴が木霊する。

 あられもない姿を晒す禰豆子に、同情の視線が集中した。

「おい新戸、止め方が雑過ぎるだろ……」

「いや、これが一番手っ取り早くて被害も最小限だろ」

「そりゃそうだがよ……一応は女だぞ?」

 「もうちっと優しくしろよ」と呆れる宇髄をよそに、新戸は童磨を質した。

「お前、何やらかしてんだよ」

「いやいや、おれは禰豆子ちゃんを強くさせようとしただけだよ?」

「ざけんじゃねェよ! どう考えてもテメェだろうが糞親父っ!!」

 伊之助の怒りの咆哮に、新戸は目を細めて尋ねた。

「おれの()()()()()()には、暴走する禰豆子が映ってたが……何やらかしたんだコイツ」

 新戸に質された伊之助は、ありのままを伝えた。

 何でも、童磨が禰豆子に興味を持ち、強くさせようと――おそらく本人は遊びのつもりで――彼女と手合わせしたそうだ。

 その際、容赦なく血鬼術を行使して凍らせたり、鉄扇を振るって手足を斬り飛ばしたり、仕舞いには頸を一閃して刎ね飛ばしたりと、それは散々やらかしたそうだ。が、禰豆子の潜在能力によるものか、バラバラになっても瞬時に元通りとなり、むしろ童磨を爆血で甚振るように焼き始めたという。

 これはいけないと炭治郎達は慌てて柱や妓夫太郎達を呼び、拘束させようとして、現在に至るようだ。

「……そんなんだから嫌われるんだよ、てめェ」

「俺は嫌われてないよ。それを言うなら新戸殿もだろう?」

「おれは嫌われた方が独断行動しやすいんだよ。あえて嫌われるように振る舞ってやりたい放題してるだけだし」

「そっちの方が問題だろうが」

 新戸の言い分に半ギレでツッコむ宇髄。

 そんな理由でやりたい放題されて敵味方問わず搔き回されたら、溜まったものではない。

「んなことより、耀哉から手紙を預かってんだ」

「それ先に言えよ」

「言える状況じゃなかったろ。……刀鍛冶の里へは明日の朝に出発するぞ」

 新戸は手紙の内容を伝えると、全員が気を引き締めた。

 刀鍛冶の里が、近い内に戦場となる。新戸の作戦通り、一人として死ぬことなく進まねばならない。

 責任重大だが、肝心の新戸は至って通常運転だ。

「……成程、よくわかった。だが移動に関しちゃあ、なるべく少人数にしねェといけねェ」

「そうね、隠の皆に負担を強いるわけにもいかないわ……」

 二人は移動手段に課題があると指摘する。

 刀鍛冶の里の場所は産屋敷邸と同じく秘匿されており、隠の案内以外で辿り着く術は無い。 目隠しと耳栓をされた状態で隠におんぶされ、案内する鎹鴉ごと途中で何度も入れ替わりながら向かうのだが、今回はいかんせん人数が多い。

 どうしたものかと一同は考えるが……。

「いや、だから新戸がさっき言ったろ。上弦の妹の帯の中に入りゃあいいだろうが」

『あっ……』

「気づくのおっそ……これ大丈夫か?」

 宇髄の一言にハッとなる炭治郎達を見て、新戸は一抹の不安を覚えたのだった。

 

 

           *

 

 

 翌日の朝。

 曇り空の下、新戸は堕姫と共に玄関で隠と顔を合わせていた。

「は、はじめまして……お館様からの許可が下りましたので、ご案内します……」

「ふぅん、こんな不細工がねぇ」

「印象最悪だからやめろっての」

 ゴンッ! と仕込み杖で堕姫の頭を叩く新戸。

 「何すんのよ!!」と抗議する帯鬼と涼しげな顔で無視するズボラ鬼に、隠の女性は複雑な表情を浮かべた。

「そんで、()()()()()()よな?」

「当たり前よ! 私を誰だと思ってるの!?」

 堕姫はそう言うと、背後から帯を触手のように伸ばした。

 帯には炭治郎達や宇髄ら柱の面々が、目を閉じた状態で取り込まれていた。

 しかもよく見ると見慣れない美人が三人混じっている。天元の妻である雛鶴・まきを・須磨だ。

「……スッゲー揉めたんだな。須磨の顔がひでェ」

 須磨の涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を見て、新戸は吹き出しそうになった。

 善逸に匹敵かそれ以上の騒々しい泣き虫である彼女には、さすがの堕姫も怒りを滲ませた。

「アイツ、ホントうるさかったのよ!? しかもあのタンポポと一緒に喚き散らしたのよ!!」

「だろうな。獪岳の顔の青筋スゲェもん」

 取り込まれた獪岳の顔の青筋の量に、「イライラしたんだろうなァ」と呑気に呟く新戸。

 すると、ズズ……という音を立てて堕姫の背中から妓夫太郎が現れ、それを見た隠の女性は卒倒しそうになった。

「おいぃ、早く行くべきだろぉ」

「ああ、そうだな」

「早くあの変態を仕留めて終わりにしたいわ! それと新戸! あとで上等な酒を用意して!」

「めちゃくちゃ染まってんじゃん」

 

 鬼殺隊と鬼の連合軍は、上弦二人(へんたいたち)を迎撃・殲滅するべく刀鍛冶の里へと向かうのだった。




早く刀鍛冶の里、やってくんないかなァ。
上弦の鬼とお奉行のCVが気になって仕方ない。

お奉行は山路さんとかだと面白そう。


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第三十七話 どう見たって可哀想な爺さんだろ。

やっと更新できました。
前半は「里長、妓夫太郎の逆鱗に触れる」、後半は「上弦襲来」です。


 新戸一行は、ついに刀鍛冶の里に到着したが……。

「ちょっと新戸! 何なのあのクソジジイ!?」

「この里で一番偉い爺さんだけど」

「ただの変態じゃない!!」

 怒り心頭で声を荒げる堕姫が指差すは、鼻血を垂れ流しながら血鎌を片手に携える妓夫太郎に締められているひょっとこの面を着けた小柄の老人。

 老人の名は、(てっ)()(かわ)(はら)(てっ)(ちん)――刀鍛冶の里の里長だ。

「おいジジイぃぃ、俺の妹に手ぇ出すたぁいい度胸だなぁぁ!!」

「鬼でも若くて可愛い娘さんやもん……抱き着きたくなるに決まってるやん……揉みたくなるに決まってるやん……」

「もっとマシな言い訳しろよなぁぁぁ!!」

 元上弦としての威圧感バリバリの妓夫太郎だが、鉄珍は一切怯まず色ボケした返事をする。

 鍛治師としては一流なのに、若い女性が好みという一面が、ついに破滅を招く事態になったのか――哀れなれど因果応報でもある里長の姿に、付き人の里人達は頭を抱え、新戸は「今までのツケが回って来たな」とバッサリ切り捨てた。

「ぎゅ、妓夫太郎さん! それ以上はダメですよ!」

「ああ。それ以上やったら、柱として派手に容赦しねェぞ」

 炭治郎と宇髄は、怒り狂う元上弦を諫めようと強い口調で説得するが――

「せやけど、ホンマよう来てくれたな……蜜璃ちゃんデッカくていい娘やし、禰豆子ちゃんやったっけ……あの娘最高やん……色んなトコおっきくなれるって聞いたし……宇髄君の嫁はん達もええなぁ……」

「妓夫太郎さん!! 禰豆子が穢される前にやっちゃってください!!」

「俺様が派手に許す!! あのクソジジイを地獄に送ってやれェェ!!」

 鉄珍の余計な本音(ひとこと)で、炭治郎と宇髄は掌を返し、善逸は「何言ってんの二人共ォ!?」と悲鳴を上げた。

 混沌と化した大広間で、甘露寺は苦笑いを浮かべ、伊之助と無一郎は晩飯の話を始める始末だ。

「師範、このジジイ一体いくつまで生きるつもりですか」

「このジジイ、性癖の面で頭無惨だからなァ」

「鬼殺隊のジジイはどいつもこいつも耄碌してんのかよ」

 新戸一派の容赦ない毒に、里長もさすがに落ち込んだ。

 ようやく本題に入れそうだと、一同は安堵した。

「……それで、お館様から聞いたのですが……」

「ああ、この里を戦場――襲ってくる上弦共をガタガタにするための罠にする」

 新戸はその場で大よその討伐計画を語る。

 荒唐無稽だが、合理的で被害を最小限に抑えられる奇策まみれの計画に、鉄珍すらも驚いた。

「えっと……新戸君、正気かいな?」

「この作戦なら、誰も死なずに上弦を倒せる。うまく行けばの話だが」

「……わかった。乗ったで、その話」

 鉄珍はあっさりと了承。

 里人達は動揺しているが、里長の躊躇いの無い判断と新戸の計画よりも良い案が思いつかないため、渋々受け入れた。

「それとこれは別件だが……例の絡繰人形について話しがある」

「「「!」」」

 新戸の言葉に、宇髄ら柱は目を見開いた。

 それは刀鍛冶達も同様で、それぞれが顔を見合わせている。若輩の隊士達は首を傾げるばかりだが。

「……〝(より)(いち)(ぜろ)(しき)〟を、どうするん?」

「あれを二・三体作ってほしい。今後の戦いに欠かせない」

「あの……縁壱零式って何ですか?」

「この里に存在する、鬼殺隊士の訓練用絡繰人形や」

 炭治郎の疑問に、鉄珍は答えた。

 刀鍛冶の里に存在する縁壱零式は、実際に剣を持って動き、対戦する事によって訓練を行う絡繰人形だ。造られてから三百年以上も経っているが、時代に反した高度な技術が使われているようで、今でも活用できるとのこと。

 新戸は、どうやらその人形の作成をしてほしいと頼んでいるようだ。

「師範、それって訓練用にですか?」

「んな半端な事すっかよ。対上弦用に決まってんだろ」

『え!?』

 新戸の発言に、その場にいる全員が呆然とした。

 ――絡繰人形を、上弦の鬼への対抗手段にする?

「上弦の参は闘気に反応して先手打ってくるんだろ? だったら闘気もへったくれもねェ奴をぶつけりゃあいい」

「成程……人形に闘気なんかありませんしね」

「そういうこった。ましてや柱も使う程の訓練用となりゃあ、使い方次第で柱に匹敵する戦力に化ける。無惨の野郎(バカ)や上弦連中の意表を突くにはもってこいだろ」

 あまりにも常識離れした発言に、頭が追いつかない。

 しかし、このぶっ飛んだ思考を実現できるのが新戸の強みであり、鬼殺隊がなぜ彼が敵に回るのを恐れるかという理由でもあるのだ。

「金も労力も惜しまねェ。何なら俺の私財全部やる」

「お待ちください! 作成者の子孫である小鉄ですら修復困難だというのに……!」

「それを二体以上作るなんて――」

 新戸は自分の私財も全て渡してまで欲しいと語るが、里人達は反論した。

 というのも、縁壱零式もかつては複数体あったが、これまでの訓練で次々に破壊されており、現存するのは零式のみとなってるのだ。しかも作成者の子孫すらも修復困難なので、一から作り直し量産するのは無理だという。

 だが、ここで新戸の一番弟子が苛立ち気に吐き捨てた。

「何だよ、刀以外は何も作れねェのかよ。とんだポンコツ連中だな」

『……あんだとこのガキャ!!』

 獪岳の暴言に、刀鍛冶達が一斉に立ち上がった。

「不可能だとは言ってねェだろうが!!」

「やってやんよこの野郎!!」

「舐めんじゃねェぞゴラァァ!!」

 一気に柄が悪くなったが、作るように努めるとは約束してくれた様子。

 新戸は「よくやった」と不敵に笑いながら、鬼化した一番弟子を褒めたのだった。

 

 

           *

 

 

 その日の夜。

 新戸は炭治郎・禰豆子・無一郎・玄弥の四人で屋敷の一室に泊まっていた。

「それにしても新戸さん、仕事早いですね……」

「いつ襲ってくるかわからねェ以上、不安要素は無くした方がいい」

「確かに、その方が戦いやすいしね」

 新戸の言葉に、無一郎は同意する。

 この里に、刀鍛冶達はもういない。すでに堕姫の帯の中に回収済みで、その帯は隠の者達によって鬼殺隊本部へと移送されているのだ。

 ゆえに、今この里にいるのは新戸達だけである。

「ねえ、これからどうするのさ」

「布陣の方は問題ねェ。複数の上弦となりゃあ、隊士を殺す側と鍛冶共を殺す側で分けられるはずだ。念話で獪岳達と連携を取ってるから、臨機応変に対応するしかねェ」

 新戸はあらためて、作戦を伝えた。

「こっちに上弦が来たら、なるべく時間を稼ぐ。俺が口八丁手八丁で知恵比べをするから、三人はそれに合わせて我慢してくれりゃあいい。その間に別の上弦と宇髄達が索敵するはずだ」

「宇髄さん達がもう片方を討ったら、俺達も動けばいいの?」

「そうだ。肆も伍も分裂体や即席の軍勢を作れるのが厄介だが、童磨や妓夫太郎からの情報だと血鬼術の精度・威力は全く同じという訳じゃねェらしい。むしろ肆の方は分裂すればする程に血鬼術が弱まると言ってた」

 つまり、新戸達のところに上弦が来た場合、宇髄側が索敵するであろうもう片方の鬼を討つまで時間を稼ぎ、見事その鬼を討ち取った瞬間にもう片方を全戦力で包囲殲滅する――そういう筋書きなのだ。

「まあ、半天狗(クソジジイ)玉壺(へんたい)のどっちかが来るという地獄の選択肢なのは変わらねェがな」

「とんだ貧乏くじ引いちまったな、師範……」

「何を今更言ってやがる。鬼狩りになること自体ある種の貧乏くじだろ」

 そんなことをボヤきながら、新戸が酒を煽る。

 無一郎は「絶対言っちゃいけない言葉だよね」と思いつつ、新戸と炭治郎に尋ねた。

「二人ってさ、何でそんなに人に構うの?」

「何だ、いきなり」

「君達には君達のやるべきことがあるでしょ。新戸さんなんか、煉獄さんのところにはずっと気にかけてるし」

 無一郎の疑問に、新戸は不敵に笑った。

「人に親切にしときゃあ、てめェにいい事があるってよく言うだろ? 俺はそれを実践してるに過ぎねェよ。因果な世の中だからな」

「それに、人の為にすることは、結局巡り巡って自分の為にもなっているしね」

「――えっ?」

 禰豆子の頭を撫でながら言った炭治郎の言葉に、無一郎はきょとんとした表情を浮かべた。

 その直後、眠っていた禰豆子が覚醒。幼児のように元気溌剌な様子に、一同は微笑んだ。

「ん? 誰か来てます?」

「そうだね」

 ふと、障子の奥から気配を感じた。

 ゆっくりと開かれ、姿を現したのは――

「ヒィィィィィ」

 ぬらりと部屋に入ってくる、額に角と大きなコブを持つ小柄な鬼の老人。

 上弦の肆――半天狗だ!

「師範! 鬼です! 上弦の肆だ!!」

 玄弥は声を荒げ、銃を向けた。

 それに合わせて炭治郎と無一郎も刀を構えたが――

「おい、気を立てすぎだてめェら。どう見たって可哀想な爺さんだろ」

『は?』

 新戸の発言に、炭治郎達はおろか半天狗も呆然とした。

 敵も味方も「何言ってんだコイツ」とでも言わんばかりに、凝視している。

 集中する視線など意にも介さず、酒を煽りながら新戸は半天狗に声をかけた。

「爺さん、こんな夜中にどうした? この時期に外は危ないぞ」

「あ、ああ……」

 ――わ、儂が鬼だということに気づいてないのか……?

 いきなり斬りかかるかと思えば、何と鬼だと気づかないという予想の斜め上を行く展開。数多の鬼狩りと索敵した半天狗だが、気さくに声をかける新戸の態度には戸惑いを隠せないでいた。

「お前らも落ち着け。あまり殺気を飛ばすと怖がっちまうだろ」

「……わかった。()()()()()()()()()()

「ほれ、無一郎がそう言ってんだ。お前らも気を鎮めろ」

 無一郎達は得物を収め、その場に座り込む。

 うまい具合に誤魔化せたのかと、半天狗は一瞬安堵したが……。

(待て、あの小僧は間違いなく柱だ。柱が上弦の気配がわからないなどあるのか?)

 無一郎の言葉を思い出し、ハッと我に返る。

 半天狗は徳川の治世の頃より鬼として人々を貪る悪鬼で、同時に小心かつ卑屈な性格ゆえか狡猾で抜け目のない鬼でもある。卑怯者同士だからか、新戸の発言の裏の意味を察した。

(こやつら、まさか儂の能力を知っているのか……!?)

 半天狗の血鬼術は、頸を斬られると分裂して若い頃の自分を模した分身を生み出す能力だ。言い方を変えれば、頸さえ刎ねなければ分裂しないということに他ならない。

 今までであれば、鬼殺隊士は問答無用で頸を刎ね、その分裂のカラクリによって葬られてきた。しかし目の前の鬼狩り共は、今までのそれとは全くの異質――すぐに手を出そうとせず、様子を伺っているではないか。

(……マズい。攻め時を間違えた! このままでは……)

 目の前の鬼狩り達が若輩なのは間違いないが、隙を与えないよう警戒しているのも事実。

 半天狗の能力を知っているとなれば、この〝違和感〟の説明がつく。

(ククク……ざまあみろ。コソコソしねェで堂々と襲い掛かればよかったものを)

 一方の新戸は、悪意に満ちた笑みを浮かべていた。

 これで半天狗は()()()()()()()()()()を失い、動けなくなった。分裂が強さの真髄とも言える半天狗が、分裂できない状況に陥れば、頼れるのは己の頭脳のみ。

 新戸と半天狗の、壮絶な頭脳戦が幕を開けた瞬間だった。

 

 

           *

 

 

 その頃、宇髄達はというと。

「……今の気配……」

「ヒィッ! や、やっぱり……?」

 里の屋敷から聞こえた〝音〟に反応した宇髄は目を細め、善逸はビクッとした。

 聴覚が人並み外れてる二人は、半天狗の気配に気づいたようだ。

「グワハハハハ!! ついに来やがったか!! 腹が減るぜ!!」

「腕が鳴るの間違いだろ」

 興奮する伊之助を宥めながら、当たりを警戒していた時だった。

「死ね! 鬼狩り共!」

 叫び声がしたかと思えば、突如森を突き破って巨大な金魚が二匹現れた。

 間違いなく、鬼の血鬼術だ。

「逃げろ!!」

 宇髄が叫び、一斉に後方へ下がるが、金魚は口から無数の毒針を発射してきた。

 すると、血鎌を構えた妓夫太郎が血の斬撃で全ての毒針を防ぎ切り、宇髄達を守り通した。

 これが上弦の実力かと、一同は舌を巻いた。

「これはこれは妓夫太郎殿! お元気そうで何より……ヒョヒョッ」

「玉壺かぁぁ……」

 ガサッと茂みから現れたのは、壺と肉体が繋がっている完全な人外の姿をした鬼。

 本来口がある部分と額に目があり、額の目には「伍」の数字が刻まれている。

「上弦の伍……」

 獪岳は日輪刀を抜き、切っ先を玉壺に向けて警戒を強めていると……。

〈聞こえるか? 獪岳〉

(師範の声!)

 脳内に響く新戸の声に、獪岳は目を見開いた。

〈こっちも引っかかってくれたぞ。時間稼ぎすっから、早く片ァ付けろ。そっちの方が過大戦力のはずだからな……終わったら念話で伝えろ。この戦いが終わったら飯奢ってやるから、今のうちに考えとけ〉

(……今、それどころじゃねェんだけどな)

 ――上弦に強襲されたというのに、なぜか負ける気がしない。

 獪岳は不思議と口角を上げたのだった。




ちなみに縁壱零式も、刀鍛冶の里の皆さんと共に里を脱出済みです。
梅ちゃんマークの引越センター(帯への収納のみ)は、安心と信頼がウリです。


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第三十八話 やっぱてめェの頸取らせてもらうわ。

久しぶりの更新です、お待たせしました。


「そうか、やはり爺さん目が見えないのか。そりゃ大変だったな」

「あ、ああ……」

 酒を煽る新戸に、半天狗は動揺を隠しきれず、炭治郎達はジト目になっていた。

 上弦の肆が襲撃したにもかかわらず、新戸はまるで客人をもてなすような態度で接しているのだ。しかも今回の作戦の計画者である分、余計に質が悪い。

 ここまでしらばっくれると、清々しさすら感じる。

「いやァ、ね。〝上〟からこの里が敵側の精鋭が刺客に来るっつっててさ。いざ待機してたら目の見えねェただの爺さんだとは思わなかったぜ。デマもいいところだ」

「わ、儂を怪しまんのか?」

「角は骨が変化した器官だぜ? 人間も何らかの要因で頭蓋骨が変形したとなりゃあ、可能性はゼロじゃねェだろ?」

(最低だ、この人……)

 理路整然と語る新戸に、無一郎達は口元を引き攣らせた。

 知らないフリをする新戸の演技力がスゴい。彼が全力で相手を騙しにかかると、上弦ですら気を抜いてしまうのか。詐欺師になったら、凄まじい額の大金を騙し取れるだろう。

 しかし、半天狗は上弦の鬼。新戸の振る舞いに騙されまいと、傍にいる鬼狩りにも悟られないように情報を抜き取ろうとした。

「それにしても……ここは人里なのだろう? お前達以外の気配は感じなかったぞ……?」

「敵と戦闘になっちまったら、堅気を巻き込む。すでに避難誘導を済ませてある」

「なっ!?」

 半天狗は、思わず驚愕の声を上げた。

 刀鍛冶の里を滅ぼすつもりが、抹殺対象の刀鍛冶達は里を捨て、すでにもぬけの殻だったのだ。これはおそらく、玉壺も知らないことだろう。

(もしや、上弦の陸めが鬼狩りに……!?)

「どうした、顔色が(わり)ィぞ。何かマズいこと言ったか?」

「あ、い、いや……」

 すっ呆けた様子で半天狗を気にかける新戸。

 白々しいにも程がある。

(げ、玄弥! これいつまで続くんだ!?)

(もう片方を討ち取り次第袋叩きにするってんだ。師範はあのジジイを食い止めてるんだから、俺達は我慢するしかねェ!)

(普通、上弦の鬼と話し合いなんか成り立たないはずなんだけどな……)

(むー……)

 新戸の背後で、ヒソヒソと半天狗に聞こえない程度の小声で話す炭治郎達。

 狡猾な鬼同士の頭脳戦――という名の会話――は、さらに踏み込んだ内容になった。

「そうか……お主、この里で刺客とやらと戦うと言ったが、仲間は何人いる?」

「生憎、勝手に敵であるはずの連中を引き入れるような奴がいる組織なんでな。正確な数なんか知らねェよ」

(それやってんの全部あんただろ!!)

 自分のことを棚に上げた質問をする半天狗に、自分のことを棚に上げた返答をする新戸。

 盛大にツッコみたくなったが、敵が目の前にいるのもあって口には出さずに飲み込んだ。

「では、うぶ……いや、お前の言う〝上〟とやらは、一体どこで何してる? 死地へ赴いたお前達を犬死させるわけにも行くまい」

(今〝産屋敷〟って言おうとした!!)

「伊豆諸島の鳥島で療養中だって聞いたぜ。先代の炎柱が八丈島まで任務に行ったから、その縁があるらしい」

(思いっきりウソの情報流した!!)

 しれっとウソの情報を教える新戸だが、先代の炎柱・煉獄槇寿郎が八丈島まで赴いて鬼を狩ったのは事実である。ウソの信憑性を高めるための要素として組み込んだのだ。

 ちなみに伊豆諸島の鳥島は無人島であるのだが、本土から離れたことがないからか、半天狗はニヤリと笑みを浮かべた。それが真っ赤なウソと知らずに。

(バァーッカ、思いっきり騙されてやんの)

 新戸も腹を抱えて笑いたくなったが、ここは堪えつつ半天狗の足止めに集中した。

 

 

 その頃、宇髄達は上弦の伍・玉壺と対峙していた。

「ヒョヒョッ……これは僥倖! 柱が二人に()()()。喰らい尽くせば力は増す上、私の芸術の材料に相応しそうな子供も混じっている……! しかし妙な鬼もいるな」

 壺から姿を出した玉壺が、二つの口から舌を出しながらニヤニヤ笑う。

 彼の興味は、忌まわしき裏切り者によって鬼とされた鬼殺隊士・稲玉獪岳に向けられていた。

「ほほう、さては貴様が今の上弦の六・高浪栄次郎殿の言っていた小童か」

(栄次郎……師範の怨敵のクセに、上弦に成り上がりやがって)

 敬慕する新戸の不俱戴天の仇に鬼にされた獪岳は、額に青筋を浮かべた。

 間近で見ていた善逸は、同門の兄弟子の怒りに顔を青褪めた。

「ヒョヒョッ! 今日は実に気分がいい。特別にお見せしよう!」

 そう言って玉壺は壺を取り出し、その中から全身が折れ曲がった人間の死体をおぞましく飾り立てた、人の尊厳を徹底的に侮辱する「芸術」を見せつけた。

 火男の面や隊服を身に着けてないので、鬼殺隊士や里の人間ではないようだが、罪無き人間を己の趣味のために殺して死体すら弄ぶ玉壺の外道さに、宇髄達は怒りに震えた。

「て、めェ……!」

「ヒョッヒョッヒョ! どうでしょう! 下らない生命を高尚な作品にしてや――」

「うらァ!!」

 

 ビュッ!

 

「ヒョオォォォォォッ!?」

 何と獪岳が「作品」ごと玉壺を叩き斬ろうと刀を振るった。

 これはさすがに予想外だったようで、何とも間抜けな悲鳴を上げて玉壺は後退った。

「小僧、貴様ァァ!! 私の芸術品ごと斬り伏せようなど言語道断だぞ!!」

「言語道断? 寝言言ってんじゃねェよ、聖人君子でも相手にしてるつもりか?」

 獪岳は不愉快極まりないと言わんばかりの表情で、地を這うような声で玉壺に言い放った。

「戦いで卑怯・卑劣・姑息・悪辣・邪道非道は作法の一つだろうが。鬼殺隊(おれたち)には鬼を滅するって大義名分があんだよ、無いなら無いで言いがかりつけるかでっち上げりゃいいしな」

「んなっ……!?」

「それと土に還るだけの糞が詰まった肉袋見せつけたところで、おれ達が隙を見せるとでも思ってたか? ()()()()()で動揺誘うなんざ千年(はえ)ェよ」

 反吐が出ると嘲笑する獪岳に、玉壺は絶句。

 味方であるはずの面々からもドン引きされ、宇髄は「完全に新戸の思想に染まり切ってやがる……」と口の端を引き攣らせた。

 敵からも味方からも引かれていることなど意にも介さず、獪岳は言葉を紡いだ。

「俺はな、新戸さんが……師範が大好きなんだよ。「よくやった、さすが一番弟子だ」って師範に褒められたいんだよ」

「あ、兄貴!? 何言ってんの!?」

「お前、あんな奴のどこが……?」

「無惨様の美しい顔に何度も泥を塗る反逆者が、他者に好かれるわけないでしょうが!!」

 獪岳の言葉に敵も味方も耳を疑う光景に、妓夫太郎は「旦那は信用ねぇなぁぁ……」とボヤいた。

 

 しかし、獪岳が新戸を好いていることは紛れもなく本心だ。

 

 人を騙して生きてきたことも、鬼に脅迫されて寺を襲う手助けをしたことも……絶対に許されない罪を犯したにもかかわらず、お前は特別だと新戸は獪岳を今も可愛がり、「獪岳の味方」の姿勢を崩さなかった。悲鳴嶼との再会に至っては、手を出そうものなら殺し合いも辞さない態度すら見せていた。

 何があっても味方であり続け、師範として傍に居続ける新戸。荒んだ過去を持つ獪岳にとって、新戸は()()()()()()()()()()大人なのだ。打算的な面や利用価値など、手駒としての視点は当然あったが、それ以上に自分への情が深く甘やかす一面の方が印象に残った。

 何より、自分の才能を評価して伸ばし、長所も短所も真っ向から受け止めたのは新戸だけだった。

 

「俺はあの人に褒められてェんだ。だからとっとと死ね。死んで俺の手柄になれ」

「ヒッ……!」

 どっちが鬼だかわからない発言をする獪岳。

 いや、すでに鬼と言えば鬼なのだが。

「〝雷の呼吸 弐ノ型 稲魂〟」

 獪岳は自身を中心として半円を描くように刃を振るい、高速五連撃を繰り出す。

 それと同時に、黒い雷のような斬撃が玉壺を襲い、モロに食らった彼の体に亀裂が奔った。

「な、何だこれはっ!?」

「どうだ、俺の血鬼術〝(こく)()(らい)〟は!」

 相手の体を崩壊させる凄まじい血鬼術に、玉壺は顔色を変えた。

 この場で最も危険な〝脅威〟は、柱でも元上弦の陸でもない。忌まわしき小守新戸の一番弟子・稲玉獪岳なのだ。

「くっ! 〝血鬼術 (たこ)(つぼ)()(ごく)〟!」

 玉壺は壺から巨大な蛸の脚を出現させ、大質量による攻撃を仕掛ける。

 獪岳は〝陸ノ型 (でん)(ごう)(らい)(ごう)〟で迎撃。無数の斬撃を繰り出し、蛸の脚を斬り刻み、ひび割れを起こして粉砕した。

「ならば! 〝血鬼術 (すい)(ごく)(ばち)〟!!」

 今度は壺から大量の水を放出させ、その中に獪岳を閉じ込めた。

 すでに鬼化した獪岳にとって窒息は無意味だが、壺から出た水は粘度の高い液体であるため、刺突斬撃をほぼ無効化してしまう。さすがの彼も剣腕は柱には及ばないため、純粋な斬撃で水の牢獄を打ち破るのは困難を極める。

 しかし、絶対に破れないわけではない。いかに鬼の異能で生み出したとしても、水は電気を通す性質がある。獪岳の血鬼術は電撃系……この水の牢獄を黒死雷で破壊することはできるかもしれない。

(……いや、ここは封じられたフリだな。師範だったらそうする)

 だが、獪岳はあえて戦闘不能状態になることを選んだ。

 鬼は原則、人間を舐め腐っている。ゆえにちょっとした小細工で足を掬われ、格下だと侮った隙を突かれて頸を刎ねられてしまう。だが油断しなくなった鬼は、極めて厄介だ。警戒心が高いと狩りづらくなり、消耗戦に追い込まれてしまう。

 もしも新戸なら、あえて身動きが取れないフリをし、一瞬の隙を見計らって必殺の一撃を放つだろう――獪岳はそう判断したのだ。

「ヒョヒョヒョ……! 少し肝が冷えたが、これで黒い雷は放てま――」

「〝穿ち抜き〟ィィ!!」

「いいぃぃぃぃい!?」

 何と伊之助が二刀による全力の突きを仕掛けた。

 咄嗟に回避する玉壺だが、追い打ちをかけるように妓夫太郎が〝飛び血鎌〟で伊之助を援護、さらに宇髄が斬撃の合間を縫うように迫り頸を直接狙う。

 柱と元上弦の共同戦線に、玉壺は悲鳴を上げた。

「貴様ら鬼畜かァ!?」

「てめェにだけは言われたくねェよ!! 〝(めい)(げん)(そう)(そう)〟!!」

 的確なツッコミを入れつつ、流れる様に連続で斬撃と爆発を玉壺に浴びせる宇髄。

 頸だけは守らんと、壺から化け物を召喚して身代わりにしつつ距離を取るが、甘露寺と善逸が斬り込んで両腕を一刀両断した。

「小癪なっ!」

 玉壺は〝(いち)(まん)(かっ)(くう)(ねん)(ぎょ)〟を発動。

 毒を撒き散らすサンマのような魚を、技名通り一万匹も繰り出して宇髄達を食らいつくさんとしたが――

「〝八重帯斬り〟!!」

 突如、無数の交差した帯が魚の群れを一匹残らず斬り刻んだ。

 帯を攻撃で行使できる者など、この世でただ一人だ。

「小娘!?」

「アンタの血鬼術なんか、何の脅威にもならないわ!」

 堕姫の奇襲に、玉壺は怒りを露にした。

 あんな直情的で頭もあまり回らないバカの小細工に引っかかるとは……!! 玉壺は屈辱に顔を歪めた。

「ええい、こうなったら……!」

 玉壺は出し惜しみは愚策と判断し、「真の姿」になろうとしたが――

 

 ドドドドドドッ!

 

「何っ!?」

「キャハハハハハ! ざまあないわね、ブス!!」

 突如として苦無の雨が降り注ぎ、玉壺の身体に突き刺さっていく。

 何事かと見上げると、視線の先には特殊な装置を構えた二人の女が、堕姫の帯の上に乗っているではないか。しかもよく見ると、丸腰の女もいるではないか。

「うわーん! まきをさん、落としちゃった~~~!」

「須磨ァ! 何をヘマしてんだ!」

「天元様~~~~!!」

 ……どうやら天元の妻のようだ。三人はズルい。

 しかし、この程度の攻撃は無意味。時間稼ぎが関の山だろう――そう思い込んでいると、不意に玉壺の視界がグニャリと曲がった。

「な、何が……!?」

「やった……!」

「はっ! 見たか、鬼殺隊も進歩してんだよ!」

 雛鶴とまきをは笑みを浮かべた。

 実は苦無には、しのぶと珠世が制作した特製の毒薬が塗ってあった。

 その毒は新戸の血液を用いた研究の最中、珠世が()()生み出してしまった、新戸の血液・妓夫太郎の猛毒・しのぶ特製の藤の毒を混合させたことで誕生した、鬼殺隊史上最悪の兵器。その威力は凄まじく、藤襲山で実験した際、毒を注入された鬼が痙攣して倒れ伏し、そのまま息絶えたどころか肉体が融解・消滅する程。あまりのヤバさに産屋敷家からも細心の注意を払って使用するようにと厳命されたくらいだ。

 そんな劇物を食らった玉壺だが、上弦の鬼は伊達ではなく、肉体の崩壊は起こらなかった。代わりに、身体が指一本動けなくなった。

(こ、これは……!?)

「うーわ、スゲェな……本当に上弦も封じ込みやがった」

 天元は引き攣った笑みで玉壺を見下ろした。

 数百年に渡り、歴代の柱を葬ってきた災厄・上弦の鬼。その一角が、ズボラな青年(おに)の血によって屈服させられたのだ。その血の持ち主がもし鬼殺隊の敵となったらと思うと、背筋が凍るような思いになる。

 

 バシャッ!

 

「!?」

「ゲホ、ゲホッ! ……息ができるってのはいいもんだな」

 ふと、水の牢獄に囚われた獪岳が解放された。

 玉壺が行動不能に陥ったことで、血鬼術が解除されたのだろう。

「……!」

「余計な手間をかけさせやがって……」

 唾を吐きながら倒れ伏す玉壺を見下ろす獪岳。

 玉壺は悲鳴すら発することもできず、硬直した身体をピクピクと小刻みに動かすばかり。まな板の鯉とは、正にこのことだろう。

「……!!」

「下らねェ時間を過ごしたぜ」

 玉壺の瞳が最期に捉えたのは、凶悪な笑みを浮かべる獪岳の顔だった。

 

 

           *

 

 

 一方、新戸はやはり半天狗をその場に押しとどめるための会話をまだ続けていた。

 いい加減にしてほしいと願ってるのか、無一郎はこめかみをピクピクさせて睨みつけている。

 このままじゃあ俺も斬られちまうな……そう苦笑いした時だった。

〈師範! 上弦の伍、討ち取りましたっ!!〉

〈っ!! ――そうか、よくやった。じゃあ、ボチボチ頃合いだな〉

 獪岳からの念話を受け取った新戸は、ついに動いた。

「……ところで、爺さん」

「な、何じゃ……?」

「夜中に(わり)ィけどよ……やっぱてめェの頸取らせてもらうわ」

 新戸がそう言い放った途端。

 半天狗の頸がゴトリと畳の上に落ちた。無一郎が瞬時に斬り落としたのだ!

「……やっと? 宇髄さん達、遅すぎ」

「そう言うな。大事なのは勝負を焦らないことだ」

 新戸はケラケラと笑うと、頸を落とされても消滅しない半天狗を見下ろした。

「そうか、貴様……! 玉壺を先に討ち取り、この儂を袋叩きにするために……!」

「何だ爺さん、案外頭が切れるじゃねェか。もっとも、すでに俺達の王手だがな」

 新戸はニマニマとあくどい笑みを浮かべる。

 戦力を二つに分け、片方はその場に留めもう片方を先に討ち取る新戸の策略に、上弦二人はまんまとハメられた。すでに片方は討ち取られ、しかも鬼狩りを一人も殺せずに終わったようで、半天狗は一気に窮地に追いやられた。

「さァ爺さん、お遊びはここまでだ。みんな大好き鬼狩りの時間だ」

「ヒッ……!」

 新戸は爽やかな笑みで刀を抜いた。

 その爽やかさがどことなく恐ろしく感じたのか、玄弥は思わず震え上がった。




玉壺は個人的に嫌いなので、真の姿に脱皮させることすら許しません!
むんっ!


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第三十九話 今の内に生前葬を済ましとけ。

刀鍛冶の里編、来年の四月かよォォォォォ!!!

……失礼しました、つい荒ぶっちゃいました。楽しみですね。
そう言えば、お奉行様の声優も気になる。山路さんとかアリかも。

一応、今年最後の投稿になるかもしれません。


 上弦の伍が討たれ、残る敵は上弦の肆のみ。

 新戸の策略に引っかかった半天狗は、必死に抵抗し、炭治郎達と一進一退の攻防を繰り広げていた。

(小賢しいマネを!)

 半天狗は(せき)()()(らく)(うろ)()(あい)(ぜつ)の四体に分裂し、鬼殺隊を攻撃するが、息の合った連携に四苦八苦していた。

 積怒が錫杖を鳴らして強烈な雷撃を放つと、獪岳が黒い雷を放って相殺し、その隙に宇髄が善逸を連れて斬りかかる。非常に冷静な判断力の持ち主である積怒は、的確に躱すが反撃も難しく苛立ちを隠せない。

 可楽が団扇で突風を起こすと、玄弥が新戸と同じ血鬼術を発現させて食い止め、禰豆子と伊之助が攻撃を仕掛ける。突風を起こす度に玄弥が剣圧――新戸より威力は遥かに低いが――で受け止めてしまうため、その間隙を縫う二人をまとめて吹き飛ばすことができず、決定打に欠けてしまう。

 空喜が飛行能力を活かして制空権を得るが、堕姫が無数の帯を伸ばして追撃し、その帯を足場に甘露寺が肉迫する。口から強烈な音波を放つ空喜だが、実体の無い物でも斬り裂ける〝参ノ型 恋猫しぐれ〟で翻弄され、帯の不意打ちもあって自慢の爪も肉体はおろか隊服にすら届かずにいる。

 哀絶は卓越した槍術で炭治郎と無一郎を狙うが、水の呼吸とヒノカミ神楽を合わせた炭治郎の斬撃と的確な足捌きで仕掛ける無一郎の必殺の一刀に、他の三体と同様に戦況が膠着している。

 それはすなわち――

(どうやら優れた戦術家がいるようだな……!)

 半天狗の持久戦特化の戦法が、封殺に近い形で対策を練られている。

 もっとも、本体を探し出して倒さない限り、どれだけ分身体を攻撃しようと全て無駄な徒労なため、優勢なのは半天狗ではある。

 が、それでも不安要素はある。

(あの御方が嫌う鬼と、妓夫太郎はどこにいる?)

 一番厄介な存在、新戸と妓夫太郎を見かけない。

 怖気づいたということは、まずない。新戸は一見はふざけてるが鬼殺隊随一の戦略家だとして無惨から警戒されてるし、妓夫太郎も妹を置いて撤退するなど天地がひっくり返ってもありえない。そう考えると、必然的に二人は別行動していることになる。

「……まさか!」

 司令塔の役割を担う積怒は、新戸の狙いを悟って血の気が引いた。

 凶悪無比な分身体を次々と生む半天狗だが、その本体は野ネズミと大差ない大きさで、戦線から離れたところで隠れている。見つかった場合は戦おうともせずに逃走し、窮地に追い込まれれば即席の分身体を作るので、攻略における厄介さは上弦随一と言って過言ではない。

 だが、それは新戸も同様。戦術家としての才覚を持つ彼が、一時しのぎの小賢しい仕掛けを見破れないわけがない。むしろ彼の場合、相手の奸計を先読みして罠を張る芸当にまで至っている。

 新戸は妓夫太郎と共に本体を捜索している可能性が高い……いや、それが真の狙いなのだろう――積怒はそう結論づけ、両手を掲げた。

 その瞬間、可楽と空喜が掌に引き寄せられ、肉が捻り潰されるように吸収された。積怒はすかさず哀絶も吸収し、肉体を変化させた。

「吸収した!?」

「分裂だけじゃねェのかよ!?」

 鬼殺隊が驚愕する中、積怒は新たな姿に変化した。

 背中に「憎」の文字が書かれた五つの太鼓を背負った、雷神を彷彿させる姿――(ぞう)(はく)(てん)だ。

「不快、不愉快、極まれり、極悪人共めが」

 

 ズンッ!

 

 憎珀天の凄まじい威圧感に、柱達は息を呑み、炭治郎達は心臓に痛みを覚えた。

 半天狗の最強の分身体は、歴戦の鬼狩り達をすくみ上がらせるには十分だ。

 ただ、それを待ち望み笑う者もいたのは、彼自身知る由も無かった。

 

 

(王手だ!!)

 新戸は離れた場所で、獪岳の視界を介して戦況を把握していた。

 そして、憎珀天が誕生した瞬間に()()()()()()()()()

 ――この時を待っていた!!

〈聞こえるか、獪岳!〉

〈師範!?〉

〈お前らは気づいてるかわからねェが、今のジジイは〝切り札〟だ! 相当強いだろうが、その分お前らが追い込んでる証拠だ。とはいえ、そいつも分身体に過ぎねェだろう。だから()()()()()()()()()()()!!〉

 新戸の奇策に、獪岳は虚を衝かれるが、すぐさま了承して念話を切った。

 師範の意図を、弟子は瞬時に理解したのだ。そのことに新戸はニンマリと満足げに笑うと、口に咥えていた煙草を立て、風向きを確認する。

 風は風上――紫煙は西から東へと流れている。今から使用する〝兵器〟の有効性を最大に発揮する条件を満たしていた。

「さて……天も俺達の味方をしてくれたぞ」

「旦那、一体何しでかす気だぁぁ?」

「ケヒヒッ……まあ見てりゃあわかるさ。せいぜい、いい実験台になってくれよ? クソジジイ」

 

 

           *

 

 

 憎珀天と鬼殺隊の全面対決は、苛烈を極めていた。

 憎珀天は樹木の竜・石竜子(トカゲ)を五本召喚する血鬼術「()(けん)(ごう)(じゅ)」で、竜の口から音波と雷撃を放って嵐のように攻撃。堕姫と獪岳と玄弥で対応し、禰豆子が爆血で焼きながら、炭治郎達は命懸けで戦う。

 だが、あくまでも頸は狙わず、本来人喰い鬼との戦いでは悪手である「消耗戦」に持ち込んでいる。消耗させて分身体と本体の弱体化を目的としているからだ。

「何という極悪非道……! これはもう、鬼畜の所業だ……!!」

「ハッ! それは褒め言葉だな!!」

 獪岳は黒い雷を飛ばし、石竜子に浴びせてひび割れを起こす。

 脆くなった巨木は簡単に斬り裂くことができ、炭治郎達は凄まじい剣幕で攻撃を続ける。

 最強の分身である憎珀天を相手に、一進一退の攻防を繰り広げている――そんな予想外の展開を、物陰から伺う半天狗は、人を喰って回復せねばと動こうとした。

 その時!

「――ギャアアッ!! な、何じゃこれは!?」

 突如、言葉には言い表せない臭気が襲い掛かり、半天狗は凄まじい吐き気と眩暈に苦しみ始めた。

 どうやら、西側から臭気が流れているようだ。その影響は憎珀天も受けており、見るからに気持ち悪そうだ。なぜか鬼狩り達も顔色が悪く見えるが。

 この地獄のような臭気から逃れるには、東へ逃げるのが一番だ。北と南は臭気が残っているが、東は唯一汚染されていない。だが、太陽は東から昇り西へ沈むもの。臭気から逃れるには、太陽へ向かわねばならない。

 そう考えていると、ある答えに辿り着いた。

(ま、まさか……!! あ、あの小僧……最初からこのつもりだったのか!?)

 半天狗は震え上がった。

 これはあの小守新戸の策略だと、ようやく気づいたのだ。

 

 新戸の最大の武器は、鬼の始祖と同じ異能でも、血鬼術でもない。人間時代から変わらない明晰な頭脳と狡猾さを軸とした戦略家の一面である。

 確かに、知識が豊富であったり頭の回転が速い鬼はいる。だが新戸は、それらとは一線を画していた。知識と頭の回転の速さを昇華させ、最小限の被害で敵を確実に殲滅することができる、災厄とはまた違った脅威。

 むしろ優れた知性を持っている分、そこらの災厄より質が悪い。

 

 ――ハメられた。

 そう気づいた時には、最悪の男が戦場に現れていた。

「〝爆血刀・炎虎〟!!」

「ギャアアアアアアアッ!!」

 轟音と共に爆血の炎を纏った斬撃が、石竜子を焼き尽くし、憎珀天を火達磨にした。

 新戸だ。鬼殺隊最凶が、半天狗を詰ませるために推参したのだ。

「新戸さん……!!」

「よくやった。もうこれで王手だ」

「それより、何で師範は平気なんですかこの臭い……!?」

「フグが自分の毒で死なないのと同じ理屈だぞ、玄弥。……さて……」

 新戸は紫煙を燻らせながら、臭気に悶える半天狗を見やった。

「また会ったな、老いぼれ。随分と小さいな、度量の狭さに比例してんのか?」

「ヒッ……!」

 凶悪な笑みを浮かべる新戸に、半天狗は縮みあがった。

「極悪人めが……儂を甚振って何がいいというのだ!!」

「いやいや、俺は感謝してるぜ? あのワカメを最小限の被害でボコボコにする方法を模索してたからな、いい実験台になった。この兵器の有効性もわかった以上、残るはあんたの頸だ」

 愉快そうに笑う新戸は、上弦の首は前座に過ぎないと吐き捨てた。

 この戦闘は全て、新戸の手の内にあったのだ。そして今、最後の仕上げである半天狗の頸に狙いを定めた。

「ヒッ……ヒイィィィィィィィィィィ!!!」

 半天狗は、とてつもない速さで逃げた。

 この里そのものが、新戸が仕掛けた巨大な罠。誘われた全ての鬼の命を根こそぎ奪う仕掛け網。

 そこから逃げるには、日の出の前に脱出する以外にない。あの悪魔のような策略家の前には、最強の分身体を捨てて逃げに徹するしかなかった。

「逃げるつもりよ!」

「あの野郎!」

「まあ、そう焦るな。無駄に体力を消耗すれば、それこそ奴の思うつぼだ」

 疲弊した身体に鞭を打つ一同を制止する新戸は、無造作に手を突き出す。

 すると掌からギョロッと目玉が出てきて、瞬きをした。

 その直後、半天狗の体を赤い矢印が貫いた。

「な……!?」

「フヒヒヒ……大人しく頸を刎ねられれば痛い目に遭わずに済んだものを。さすが上弦の鬼だと褒めてやりたいところだ」

 刹那、半天狗の身体が一気に新戸達の元へと引き寄せられた。

 矢琶羽から奪った〝紅潔の矢〟だ。あらゆる物体の力の方向を自在に操る矢を放ち、逃げられないようにしたのだ。

「正直な話、ジジイの頸は俺一人でも事足りた。でも俺は戦略家なもんでね、出張るより後ろであれこれ指示する方が好きなんだ……っと、そうそう、これは貰うぜ爺さん」

 新戸は紅潔の矢を発動させたまま、火達磨の状態で転げ回る憎珀天を抱き寄せ、そのまま彼の全身の骨を折り砕いた。かと思えば、憎珀天の肉体は新戸の肉体に沈み込んでいくではないか。

 憎珀天を吸収するズボラ鬼に、半天狗の恐怖心は最高潮に上り詰めようとしていた。

「さてと、ちょ~っと最期に実験に付き合ってもらうぜ」

 新戸がゴキゴキと首を鳴らした、次の瞬間!

 

 ――〝狂圧鳴波(きょうあつめいは)〟!!

 

「ひぎゃああああああああっ!!」

 凄まじい断末魔の叫びと共に、新戸の口から発せられた音波攻撃を食らって身動きが取れなくなる半天狗。

 新戸の肉体は無惨のような体質に変化しており、取り込んだ鬼の血鬼術を奪い操ることができる。以前に珠世が「新戸は無惨と同じ能力が開花し始めている」と語っていたが、すでにその能力は完全に覚醒しており、実質第二の無惨となっている。

 その様を見せつけられ、半天狗も鬼殺隊も呆然としている。

「フゥ……使い勝手はいいが、威力の制御が難しいな。帰ったら鍛えるか」

「おいおい、反則だろそりゃ……」

 新戸のデタラメな能力を目の当たりにした宇髄は、こいつが味方で本当に良かったと顔を引き攣らせた。

 頭は切れるし能力も凶悪すぎるチャランポランとは、これいかに。

「そういう訳だ、目を通じて見てんだろ? ワカメ頭」

 新戸はそう言いながら、半天狗と目を合わせた。

 まるで、視線の先にいる存在に言い聞かせるように、極悪人のような笑みを浮かべて口を開いた。

「そろそろ〝お迎え〟の時間だ、今の内に生前葬を済ましとけ。どこへ隠れても無駄だ」

 新戸は脅し文句を告げると、仕込み杖で半天狗の頸を斬りつけた。

 が、刃は頸の半分あたりまでで止まってしまった。

「……ちっ、締まらねェなァ。獪岳、玄弥、峰押して手伝って」

「「はい」」

 新戸は弟子二名を呼び、じわじわと半天狗の頸に刃を喰い込んでいく。

 頸の硬さが災いし、余計な苦痛を味わうハメになった半天狗は悲鳴を上げた。

「わ、儂は何もしておらんではないかァァ!! なぜこうも痛めつける!? この卑劣漢共めがァァァァ!!」

「ハァ? 何もしてなくても鬼はとりあえず斬るのが普通だろうが」

「鬼狩りはどこまで行っても鬼狩りなんだよ、クソジジイ。とっととくたばれ」

「地獄に行ったら閻魔に、小守新戸がよろしく言ってたと伝えてくれ」

 半天狗の哀れな姿を三人で共同作業し、ついにその頸を斬り落とし、半天狗は涙を流しながら消滅した。

 長く人々を貪った卑しい上弦の肆と伍は、新戸率いる鬼殺隊と鬼の連合軍の前に完敗を喫したのだ。

「や、やったぁーーー! 勝ったよおおおおお!」

「生きてるよおおおおおん!」

 上弦二体の襲来という、鬼殺隊の歴史上屈指の危機を乗り切ったことに、甘露寺と善逸は号泣。炭治郎達も思わず抱き合い、宇髄も感極まった表情で口角を上げた。

 が、新戸はまだ喜んでない。ここからが正念場なのだ。

(ついにここまで来た。あとは残った怪物達をどうするかだな。童磨もそろそろ動いてもらわねェとな)

 前代未聞の共同戦線の戦果は、鬼殺隊の士気を飛躍的に高めることとなるのだった。

 

 ――鬼殺隊が倒すべき鬼、残り五体。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
宇髄の嫁達は、実は一足早く里を離脱してます。
守るべき対象第一が嫁である宇髄の判断です。

あと無惨様、前回の鳥島の件が気になって栄次郎を派遣してます。
無人島だと知らずに何やってんでしょうねー。


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第四十話 思いっきり嫌味じゃねェか。

新年初の更新です。
原作における柱稽古ですが、こっちの方が過酷かも。


 新戸が仕掛けた刀鍛冶の里での上弦殲滅作戦は、見事成功を収めた。

 上弦二体の討伐は鬼殺隊の士気を飛躍的に高め、耀哉も吐血して倒れるくらい嬉しさを露わにし、千年の悲願まであと一歩というところまで迫りつつあった。

 一方、産屋敷の戦力を削れなかった無惨側はどうしたのかというと――

「鬼の被害が突然なくなったァ?」

「うん……鴉達からの報告なんだ。君の作戦が成功して以来ね」

 産屋敷邸にて、耀哉に呼ばれた新戸は眉をひそめた。

 拡大しつつあった鬼の被害が、ピタリと止んだのだそうだ。

 無論、新戸が事前に童磨と堕姫の分身体に鬼狩りをするよう要請したのもあり、鬼の被害自体は減少傾向にはあった。だが、いきなり被害がなくなるのは不自然ではある。

「……新戸、お前はどう考える」

 数珠を鳴らしながら、柱の筆頭である悲鳴嶼は問う。

 すると新戸は、「総力戦だろ」と即答した。

「下手に部下の鬼達を動かせば、駒減らされると考えたんだろうよ。――バカだねェ、今更ジタバタしてももう遅いってのによ」

 愉快そうな声色で、新戸はあくどい笑みを浮かべる。

 上弦の弐と上弦の陸という巨大な戦力を戦わずして奪い、さらに珠世一派を引き入れたことで、今までにない兵力を得た鬼殺隊。それに対し無惨側は主君の愚行で下弦を、新戸の作戦で上弦を次々と失い、真面な戦力が無惨を含めて五人くらいしかいない。

 千年以上に及ぶ鬼と鬼殺隊の戦いの歴史上、戦局的にもっとも無惨を追い詰めた状況と言え、柱が誰一人欠けていないのも史上初と言える。それ以前に上弦を寝返らせるという離れ業を成し遂げてる方が凄まじいのだが。

「もう正直言っちゃうけどさ、この戦い勝てるよ」

「新戸……それは浅はかが過ぎるのではないか?」

「そうでもねェさ。考えてもみろ。本来ならこの国を鬼だらけにして、常に柱と上弦の一騎打ちにさせりゃあ無惨の勝利確定なんだぜ?」

 新戸の言葉を聞き、耀哉と悲鳴嶼は戦慄した。

 彼の言う通り、日本中に鬼を大量発生させれば戦力を分散せざるを得なくなり、それによって疲弊した柱を上弦で各個撃破すれば、鬼殺隊殲滅は割と簡単なのだ。もし無惨側に新戸のような戦略的に動ける鬼がいれば、あるいは無惨自身がその考えを早く思いつけば、鬼殺隊も産屋敷もとっくに滅んでいただろう。

 だが無惨は、新戸が爆笑するくらいに一軍の将として無能。情報の有益性や手駒の使い方、内通者の用意といった「謀略の基礎」がまるでできてない。隊律違反上等な合理的かつ効果的な戦略を仕掛ける新戸と違い、無惨は強力かつ凶悪極まりない手札を揃えておきながら計画性に欠けてるせいか、戦略が見事に空回り。むしろ童磨からの内部告発もあって新戸に読まれ、無惨な結果に終わっている。

 名は体を表すとはよく言ったものだ。

「そう言えば君は昔、「三年あれば鬼殺隊は滅ぼせる」とか言っていたね……」

「要するに、それをすれば可能ということか……」

「うん。そんでもって無惨の野郎、こんな簡単なこと千年経っても思いつかないんだぜ? てめェの無能を部下の有能で補ってるようなカスだから、当然っちゃ当然だがよ」

 無惨をボロクソに罵倒しつつ、新戸は本題を切り出した。

「……で、鬼殺隊の戦力強化訓練の件だったな」

「ああ……鬼の活動が止んだ今こそ、好機だと思っている」

「私も行冥に同感だ」

「それについてなんだけどよ……」

 新戸は二人に、自らの提案を語り出す。

 それを聞いた二人の顔は、見る見るうちに強張っていく。

「新戸、本気なのか……!?」

「より実戦に向いた形の方がいいと思ってよ。それに半端な覚悟であのワカメ頭を討ち取れっこねェっしょ? こんなトコで心へし折れるようなポンコツに、手駒の価値はねェ」

 不敵な笑みを浮かべる新戸に、目の見えない者同士が顔を見合わせる。

 暫し考え抜いた末、耀哉は新戸の案を採用した。

 

 

           *

 

 

 三日後の夜。

 鬼殺隊の隊士達は、新蝶屋敷に集結していた。

「おうおう、雁首揃えてらァ」

「……さすがに圧迫感ありますね……」

(兄ちゃんもいる……)

 目を細める新戸に対し、獪岳は柱が揃ってる光景に気圧され、玄弥は目を逸らした。

 柱も隊士も大方集結したところで、実弥が苛立った様子で質した。

「小守ィ、全員呼んで何を企んでやがる?」

(はえ)ェ話、俺が指導する戦力強化の訓練を始めるってこった」

 新戸の言葉に、一同は怪訝そうな表情を浮かべる。

 鬼の新戸が、柱を含めた隊士全員を鍛えるというのだ。

「中身は単純だ、俺が用意する()()()と組手をする。――わかりやすくていいだろ?」

 新戸はニヤニヤと悪い笑みを浮かべる。

 嫌な予感はするが、お館様が了承した以上、従う他ない。

「そうか!! それで、その刺客とやらは誰だ!?」

「ククク……そう話を焦るな、杏寿郎。刺客についちゃあ、柱と隊士は別に分けてあんだ。だが炭治郎達は問答無用で柱側に行ってもらうぞ、それぐらいの実力差はある」

「俺達が?」

「おお、じゃあ滅茶苦茶強いのが来るんだな!!」

 新戸の言葉に、伊之助は大興奮する。

 一方の炭治郎も、自分達の実力を高く評価され、どこか嬉しそうに微笑んだ。

「よし、まずは隊士側の刺客を紹介する」

 新戸がそう言うと、一同の前に一人の人物が現れた。

 流水と雲の様な柄の羽織を着用した、天狗の面を被った老人だ。

 それは、義勇と炭治郎、そして禰豆子にとっての大恩ある人物だった。

「まさかこのような形で再び会うとはな……義勇、炭治郎、禰豆子」

「っ……!」

「鱗滝さん!?」

「むむーっ!」

 そう、元水柱の育手・鱗滝左近次だ。

「……新戸、どういうことだ?」

「いや、見りゃあわかるだろ? 隊士達の刺客は元水柱の鱗滝左近次だ」

「いやいやいやいや!! 初っ端から壁が高すぎないか!?」

 まさかの相手に隊士達を代表して村田が声を上げるが、新戸は「一番易しいだろうが」と一蹴した。

「この爺さんボコれないようじゃあ、総力戦キツいぜてめェら」

「全く、お前という鬼は……」

「そう言うな。耀哉から戦局聞いてんだろ? ここで追い込めなきゃあ仕留め損なうぜ」

 新戸の言葉に一理あると感じたのか、溜め息交じりに左近次は「そうだな」と短く返した。

 すると、弟子である義勇と炭治郎に顔を向け、嬉しそうに抱き着く禰豆子の頭を撫でながら口を開いた。

「儂はお館様の命で、一般隊士の面倒を見る」

「……」

「鱗滝さん……」

「だが……今のお前達には無用かもしれんが、もし迷った時はいつでも頼れ。儂はお前達の育手であることに変わりはない」

 その言葉に、義勇と炭治郎は一瞬目を見開くと、決意を込めた眼差しで強く頷いた。

 口下手で口数も少ない義勇のいつもと違う一面を垣間見た実弥達は、驚きを隠せない。

「そんでもって、炭治郎達と柱連中が相手するのは……もうわかるよな?」

 新戸は指をパチンと鳴らす。

 それと共に、屋根の上から人影が二人分降りてきた。

「アンタ達の相手は!」

「俺達がやるぜぇぇぇ……!」

 炭治郎達と柱が相手するのは、元上弦の陸である堕姫と妓夫太郎の兄妹だった。

 まさかの大物の登場に、隊士達は悲鳴を上げて後退り、左近次も構えはせずとも警戒を強めた。それもそうだろう、鬼殺隊の中枢手前に、上弦を担った鬼がいるなど夢にも思わない。

 だが、柱達は違った。むしろ笑みを浮かべる者が目立っている。

「成程ォ、こいつらと戦うってことかァ……!」

「願ってもないな!! 相手にとって不足なし!! 受けて立とう!!」

「派手に上等じゃねェか!」

 上弦の鬼と手合わせできることに、柱達は士気を高めた。

 無惨との決戦の前哨戦に相応しい手練れに、興奮すら覚えていた。

「ちなみに医療班として珠世さんと蝶屋敷の面々、竈門家と琴葉さんもいるぞ」

「うわ、めっちゃ美人揃ってる!」

「ちなみにタンポポ、お前がケガしたら特別に獪岳が手当てしてくれるぞ」

「アンタ人の心ある!?」

 悲鳴を上げる善逸に、新戸は意地汚い笑みを浮かべるだけ。

 完全に確信犯である。

「そういうこった。言っとくがこれは耀哉が判を押した訓練だ、文句ある奴は俺じゃなく耀哉に直接言ってこい」

「ふざけんな、言えるかァ!!」

「済んじまったこと掘り返す暇あんなら、今日は休め。明日から死にたくなるくらいやってやるよ♪」

「それ殺す気ってことだよね?」

 ゲラゲラと笑う新戸に、無一郎は真顔でツッコミを炸裂させた。

 

 

           *

 

 

 解散後、新戸はある人物と顔を合わせていた。

 獪岳の育手である元鳴柱・桑島慈悟郎だった。

「新戸、まずは言わせてくれ。――すまんかった」

「……その言葉は俺じゃなく獪岳に言うべきだろうが」

 新戸はどこか苛立った様子で口を開く。

 しかし「その資格はない」と苦しそうな声で言葉を紡いだ。

「……儂はあの子の心を見抜けなかった」

「……そのことに気づいてるだけ、まだマシと捉えてやるよ。さすがに経験値が違うな」

 新戸は酒を煽りながら、俯く慈悟郎に告げた。

「人の頭ん中を読めても、心ん中で思ってることを見抜けなきゃ何を教えてもダメなんだよ。良い面も悪い面もひっくるめて全部見てるってことを()()()見せなきゃ、伝わるモンも伝わらねェ」

「……」

「あの子は誰かに認められたがっているし、()()()()()()()()()という想いがある。そういう奴に同格扱いって選択肢は絶対にやっちゃいけねェ〝禁忌〟だ。あのタンポポの日頃の行いを考えれば普通わかるだろ?」

 新戸は淡々と言葉を並べる。

 獪岳が強い承認欲求と自尊心の持ち主だからこそ、新戸は玄弥と差をつけるように扱い、自分の唯一無二の右腕として育てた。そうすることで獪岳の心の空白を埋め、欲求の肥大化を抑え、道を踏み外さないようにしたのだ。

 心の空白を埋めることさえできれば、あとはどうとでもできる。獪岳に「師範に失望されたくない」と思わせるように指導すれば、人を護ることはできるし栄次郎の二の舞にもならない。現に獪岳は「新戸に褒められたいから」という理由で玉壺に挑んだ。

「それと一つ訊く。……善逸に「一つできれば万々歳だ」とか言ったか?」

「! ……ああ」

「フッ……そりゃあ獪岳がクソジジイ呼ばわりする訳だ。思いっきり嫌味じゃねェか」

 新戸の言葉に、慈悟郎はハッとなった。

 獪岳は壱ノ型がどうしてもできず、それについて大きな劣等感を抱いている。今でこそ新戸を師範として慕い、その教えを優先しているために問題ないが、雷の呼吸の本質と言える霹靂一閃が使えないのはかなり不利だ。

 慈悟郎は果たして、獪岳の劣等感に気づいた上で善逸を励ましたのだろうか。ちなみに新戸はどっちに転んでも軋轢が生まれると考えている。

「……劣等感ってのはな、真面目である程にいつまで経ってもズルズルズルズル引きずるんだよ。現に槇寿郎がそうだった」

「……お前はないのか」

「全然。そもそも誰かと競うつもりねェから。テキトーに頑張ればどうにでもなる」

 新戸は酒瓶の酒を一気に飲み干すと、ゆっくりと立ち上がった。

「あの子はもう俺のモンだ。俺が面倒を見る。俺の弟子だ。――わかったら獪岳(アイツ)の〝心〟に近寄るな。せっかく埋めた穴を広げられんのァ困んだよ」

 座ったままの慈悟郎にそう告げ、障子を開けて縁側へと出て行った。

 その場に残った慈悟郎は、獪岳の抱える闇に気づけなかった己の不甲斐なさに一筋の涙を流したのだった。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸が弟子を育成する上では、以下のことを必ず守ります。

①弟子は多くとらない
②兄弟子と弟弟子を同格にしない
③一度とった弟子は絶対に見捨てない

これにはそれぞれ理由があります。
①は自分の教育をしっかり叩き込むため。多くとるとどこかしら抜けちゃうから。
②は互いの劣等感や自尊心の暴走抑止。同格だと絶対に対立するから。
③は「自分はいつでも味方」と植え付けることで、反逆させないため。悪く言えば洗脳。

これを固く守ってるので、獪岳や玄弥を上手くコントロールしてるわけなんです。
新戸はカリスマ性は無いですけど、教育力は鬼殺隊どころか作中随一です。


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第四十一話 次はねェぞ。

【独り言】

本作も残り無限城のみ……今年の夏までには完結かな?
新戸のこと気に入ってるから、クロスオーバー作品としてのスピンオフとか考えトコっかな……。

呪術廻戦とかいいなぁ。吉野家か伏黒家に居候するとか、プロヒモとビジパになるとか、腐ったミカンもメロンパンも宿儺も出し抜いたりとか、面白そう。


 新戸が始めた地獄の特訓。

 その効果は絶大で、基礎を固めたデキる剣士、半端な剣士、剣士どころか鬼殺隊士として難アリにキレイに分けることができた。これにより新戸は、無惨との最終決戦における部隊の配置がとても楽になり、ゲラゲラと上機嫌である。

 すでに新戸は無惨側を殲滅する作戦の大まかな流れを完成させており、現在は加筆修正の作業の真っ只中だ。

「ウハハハ! あー、楽だわやっぱ」

「師範、スゴいご機嫌っスね」

「そりゃそうさ、一番欲しい成果がもう出てるからな! あとは鍛冶の連中が造ってる人形と珠世さん達が作ってる毒が完成すりゃあ王手よ! ハハハ!」

 もう勝利祝いの宴の準備でもするか、と楽観視が過ぎる発言をする新戸。

 しかし、鬼殺隊随一の策略家がすでに勝利を確信しているのは、無惨との決戦は勝てる戦いであるという意味でもある。伊達に長く鬼殺隊に寄生――ではなく在籍していただけあり、穀潰しの玄人はご満悦だ。

 すると、三人は表に出て、その修羅場を目の当たりにした。

「おーおー、やってるやってる」

「「うわぁ……」」

 ニヤニヤ笑う新戸に対し、弟子二人は顔を引き攣らせた。

 三人の視線の先には、猛威を振るう元上弦の陸と、必死に渡り合う鬼殺隊の精鋭達が組手をしていた。

「何という攻撃の嵐……!!」

「これで最弱の〝陸〟かよォ……!!」

「うむ! やはり二人で一席となれば勝手が違うか!!」

「くっ……!!」

 文字通りの死に物狂いな柱達と、猛攻をしてくる堕姫と妓夫太郎兄妹。

 互いに息の根を止めるつもりがないとはいえ、仕掛ける攻撃は本気。妓夫太郎の血鎌の猛毒にやられ、珠世の治療を受けている面々が半数を占めている。

 今残っている面々は、悲鳴嶼、実弥、杏寿郎、義勇の四名。残りは全員戦闘不能だ。

「あれで最弱なんですか?」

「んな訳ねェだろ、カスが。……そうでしょう、師範?」

「あぁ!? 誰がカスだ!」

 青筋を浮かべて獪岳に食って掛かる玄弥。

 新戸はそんな二人に「今日も元気で何より」と笑いかけた。

「あいつらは俺の血を取り込んでる分、俺と同じ異能が使える。体質も変化してるか、無惨の野郎が生んだ鬼の上位互換かもな」

「なっ……!」

「それ勝ち目ないんじゃ……!?」

「話を最後まで聞け。いいか? 戦略戦法ってのは古今東西、あらゆる戦いで重要だと証明されてきた。数百人の軍勢が十倍以上の兵を揃えた敵軍を壊滅させたことなんてザラとある。戦ってのは頭数さえ揃えときゃいいんじゃねェし、個々の実力が高けりゃいいってもんでもねェ。戦は頭を使って仕掛けるからだ」

 トントンと指で頭をつつく新戸は、ある人物の元へと向かった。

 珠世達からの治療を受けている天元だ。

「おう、祭りの神。死にかけご苦労さん」

「新戸さん」

「てめェ……」

 ニヤニヤしている新戸に、青筋を浮かべる天元。

 しかし、この地獄を受け入れたのは敬愛するお館様であり、蹴ってもよかったのにそれを買った自分達にある。

 新戸に苦言を呈したところで何も変わらない……そう悟ったのか、天元はそれ以上は何も言わなかった。

「炭治郎達はどうだ?」

「毒の耐性がある俺様でもこの様だ、若手は満身創痍だぜ」

 天元が目を逸らすと、そこには撃沈した若手達が。

 炭治郎と禰豆子は竈門家に、伊之助は琴葉に、善逸とカナヲはアオイに介抱されている。

「ククク、そりゃあそうさ。俺の血を取り込んでんだから、俺の血鬼術使えるのは当然だろ」

「強化されてんのかよ!?」

「慣れとけよ、()()()も決戦ギリギリってトコで強化してくるかもしんねェから」

 新戸は続いて、珠世に声をかける。

「この様子だと、俺の依頼した薬は完成したようで」

「ええ。新戸さんの血を活用した回復薬や輸血用の血液の開発は、成功しましたよ。妓夫太郎さんの毒は中和できてます。副作用でしばらくは動けなくなりますが」

「それは上々。無惨の血に対する抗体にもなれそうだ、早めに予防接種させとこうか」

 新戸の言葉に、珠世も同意した。

 無惨の血という猛毒を体に流され、決戦の最中に誰かが鬼になるという事態を防ぐという意味合いでは非常に効果的だ。いかに無惨が愚かでも、()()()()()()悪知恵ぐらいは働くはずだ。

「愈史郎、血鬼術はどうなんだ?」

「呪符は陽光に晒されても多少は持つようになったし、呪符を媒体に会話ができるようになったぞ。誠に遺憾だが」

「ほうほう! そりゃあいいことを聞いた。立体的に指揮が執れるじゃねェの」

 新戸は笑みを深めた。

 童磨から無惨の拠点に関する情報はもらってはいるが、どこに無惨側の戦力が配置され、どれ程の規模なのかは皆目見当つかない。たとえ無惨が防衛に徹しても、災害級のチカラを有する壱と参は未だ健在で、鬼殺隊士とは相性最悪の栄次郎も残っており、油断はできない。

 だがこの呪符の効果があれば、鎹烏で呪符をばら撒いて耀哉が指揮をすることができ、柱に持たせれば現場での情報交換が可能となり、臨機応変に対応ができる。目隠し用の呪符があれば、撤退時に使用すれば生存率も上がる。

「今のところ、どこまで作れてる?」

「目隠しが二百と五十、会話用が予備も兼ねて二十だが……貴様のような悪辣な男のことだ、倍は作れと言いたいんだろう?」

「いや、それ以上作らなくていい。情報の漏洩は予測不能の危機を呼ぶ」

 下手に武器を多く持つと、いざという時に奪われて利用される。

 それを警戒し、新戸は量産を停止するよう頼んだ。

 その言葉に安堵したのか、愈史郎は「ようやく終わった……」とボヤいた。どうやら一人で黙々と作っていたようだ。

「今は脱落者が多いようだが、頃合いを見計らって童磨も参戦させるからな。若い衆にはもうちっと頑張ってほしいな」

「お前、鬼畜すぎるだろ」

「そうでもしねェと成長しねェだろ? こちとら突貫で修行つけてんだ、感謝しな」

 新戸は煙草で一服しながら、ニヤリと笑みを深めた。

 

 

           *

 

 

 今日の修行を終え、疲労困憊になる一同。

 炭治郎達や柱は肉体的に疲弊しているが、堕姫と妓夫太郎も柱全員を相手取ったために相当疲れている。鬼の目にも涙ならぬ、鬼の顔にも汗である。

 新戸はケラケラ笑いつつも「頑張れば童磨を送ってやる」と宣告。全然嬉しくない。

「てめェ、本当に容赦ねェな……」

「これぐらいしねェと、耀哉とあまねさんが俺に取引を申し出た意味がねェからな」

 その言葉に、全員が目を丸くした。

 お館様とあまね様が、新戸の馬鹿に取引? 寝耳に水だ。

 新戸が取引を申し出たのではないのだ。それが何を意味するのか、一同は神妙な顔つきになり、一部の者は剣呑な眼差しで見つめている。 

 新戸は不敵に笑いながら、「産屋敷家としての申し出だ」と前置きして、取引内容を告げた。

「〝()()()()()()()無惨を倒したら、産屋敷一族は俺の望みを何でも叶える〟……それが俺との〝契約〟だ」

『!!』

「あいつも何だかんだ、誰も死んでほしくないって思ってんだ。いくら無惨が頭無惨でも、何の犠牲もなく勝利できる相手じゃねェってのにな」

 呆れたように笑う新戸だが、一同は何とも言い難い表情だ。

 新戸は惡鬼というより悪党である。人間関係は割と律儀ではあるが、その本質は非常に狡猾で合理的……義理人情ではなく損得勘定で動き、自分の得を必ず重んじる。

 そんな奴と取引すれば、ロクなことにならない。

「おうおう、そうおっかねェ顔すんなよ。(わり)ィこたァ言わねェさ」

 欲深はいけねェしな、と新戸はあくどい笑みを溢す。

 明らかに悪巧みしている。

「……師範、楽しそうですね」

「まあな。伊黒と甘露寺をくっつけるとか、さねみんとカナエをくっつけるとか……耀哉(あいつ)の権力があればやりたい放題だ」

 新戸のとんでもない発言に、一同はギョッとした。

 ――こいつ、お見合いさせる気か!?

「な、なななな……!?」

「に、にに新戸、て、てめェ……!!」

「こん中で一番鬼殺隊の人間関係を熟知してるのは俺だ。誰が誰を想ってるのかは大体把握している」

 新戸は鬼殺隊に属して15年以上経っている。

 15年もあれば組織内の人間関係は大体把握でき、信頼関係や価値観はおろか、色恋沙汰の進展具合も凡その見当がつく。

 ずば抜けた洞察力を持つ新戸に、人間関係での隠し事は通じないのだ。たとえ柱であっても、だ。

「誰と相性がいいのかもわかるんですか?」

「当然……一番イイ感じなのは、義勇としのぶだな。合同の任務も多く、しのぶもガサツな割には協調性高いし」

「……そう言う師範って、好きな人いるんですか?」

 玄弥の一言に、空気が凍った。

 それと共に、新戸の纏う空気が様変わりした。

「――いたよ。俺よりも強くて、誰よりもカッコいい人がな」

(深い尊敬と……後悔の匂い……)

 匂いで相手の感情を汲み取れる炭治郎は、新戸からにじみ出た匂いに目を見開いた。

 新戸は、無理矢理笑っている。意地で笑って、感情を押し殺しているのだ。

 炭治郎はすぐに察した。その相手が、尊敬する煉獄杏寿郎の実母・煉獄瑠火であり、その別れも不本意なものだったのだと。

「……辛気臭いのは終わりだ。明日の修行について話すぞ」

 新戸は話を切り上げようとしたが、そこへ堕姫が待ったをかけた。

「新戸、あんたならどうにでもできたでしょ」

「……どうにでも、だと?」

「ええ。その想い人、鬼にすれば救えたのかもしれないじゃない」

「バカ!! てめェそれは禁句――」

 堕姫の発言に、実弥が血の気が引いた顔で窘めた時だった。

 ズンッ! と凄まじい殺意が襲い掛かった。

 ()()()()()()()()()()()()に、堕姫の顔が真っ青になり、柱の何名かも気圧された。炭治郎ら若輩に至っては、震えが止まらない始末だ。

 すると妓夫太郎が、目にも止まらぬ速さで妹の頭を畳に押し付け、自分も土下座した。

「旦那、勘弁してくれ……!」

「ちょ、お兄ちゃ――」

「てめぇ黙ってろ!」

 余裕のない表情で怒鳴り散らす兄に怯む堕姫。

 すると新戸から放たれた剣呑な気配は消え、仕込み杖を携えて立ち上がった。

 何も発さず、障子を開けて縁側に出ると、外を向いたまま一言告げた。

「――次はねェぞ」

 地獄の底から響くような、死刑宣告にも似た重すぎる声色。

 一言吐き捨てて表へ出た新戸に、一同は圧倒されたままだった。

「な、何今の……鼓膜破れるかと思った……」

「あいつ、とんでもねェ殺気放ってたぞ……」

 善逸と伊之助は、常人を超えた感覚から得た新戸の激怒ぶりに、身体を震わせていた。

 どうにか落ち着きを取り戻したところで、悲鳴嶼が「全員に聞かせたいことがある」と集合するように申し出た。

「……新戸と栄次郎の関係は知っているな?」

 栄次郎。新戸絡みの身勝手な理由の為に鬼になった裏切り者で、胡蝶姉妹との因縁も深い敵だ。

「実はお館様は過去に、新戸と栄次郎の話し合いの場を設けたのだ。その場で騒動が起きた場合を考慮し、お館様は任務を終えた私に非番であった冨岡と胡蝶を連れてくるよう頼まれた」

「しのぶさんですか?」

「いや、花柱を務めていた姉のカナエだ。当時からカナエは新戸と良好な関係だったのでな」

 その際の栄次郎の発言に、新戸は激怒し、瑠火に関する話は新戸の前で話さないようにという暗黙の了解が生まれたという。

 その発言はというと……。

 

 ――お館様、お言葉ですけど死にかけの人妻に恋を抱いてるゴミクズ鬼と、何で仲良くしなきゃならないんですか?

 

「酷すぎる……!!」

「人の心ないんですか!?」

「胸糞悪い……」

「とんだクソ野郎だな!!」

 栄次郎のあまりにも非情な発言に、炭治郎達は非難の声を上げる。

 当事者であるなぜ栄次郎がそんな発言をしたのかは、正直なところ不明だ。

 悲鳴嶼は、新戸への嫌味や挑発という意味で言ったのではないかと考えている。もしかすれば、新戸の頸を取る気だったのかもしれない。

「それを聞いた新戸は、とてつもない憎悪と殺意を剥き出しにした。完全に栄次郎は奴の殺気に呑まれていた。そのすぐ後に、冨岡が新戸を殴り倒して宇髄と共に引きずって離れた」

「義勇さんが!?」

「その時の新戸の荒れようは、尋常ではなかった」

 

 ――放せよ、おい!!! ぶっ殺すぞてめェら!!! 放せっつってんだよォォ!!!

 

 怒り心頭の新戸を、宇髄はどうにか押さえ、義勇が峰打ちをして気絶させたことで事は収まったという。 

 いきなり激昂して狂暴化した相手を殴り飛ばし、宇髄と協力して物理的に距離を置かせ、さらに峰打ちで意識を奪うという対応をした義勇。

 普通に考えれば問題ありまくりの対応だが、悲鳴嶼はあの場に限ってはそれが正解だと語った。

 

 産屋敷家が巻き添えを喰らわないように、怒り狂った新戸(おに)を止めるのは至難の業。

 義勇が新戸に手を上げなければ、間違いなく死人が出ていただろう。

 口で止めるのは不可能と瞬時に判断し、義勇は新戸を殴ったのだ。そうでもしないと止められないから。

 

 それ以来、二人は()()()()()()()接触禁止となり、事と次第によっては栄次郎の除隊も検討することとなったという。

 その時の耀哉も相当腹が立ったようで、度が過ぎた場合は鬼殺隊の敷居を跨がせないと言い放ったとのこと。それぐらい、栄次郎は歪んでいたのだ。

「もっとも、その矢先にああなってしまったのだが……」

「いつ思い出しても、不愉快極まりないぜ」

 宇髄は険しい表情で吐き捨てた。

「煉獄、不快な思いをさせて申し訳なく思ってる。これはお前がまだ柱になるずっと前の話であったから、初耳だろう」

「いや、新戸の気持ちはよくわかる! 俺も父上も斬りかかっていたのかもしれん!」

 鬼殺隊に起きた事件を知って顔が真っ青になった堕姫に、妓夫太郎は「口に気を付けろよぉぉ……」と注意した。

「そこまで、新戸さんは煉獄さんのお母さんを……」

「母上は、新戸のことになると楽しそうに話した。母上の前にいる時の新戸が、本来の新戸かもしれん」

 その言葉に、空気が少し重くなった気がした。

 新戸は、鬼になる前の記憶を失っている。最初からあんなチャランポランだったのか、それとも……鬼になる前の新戸を知る者は、もうこの世にはない。

 だからこそ、杏寿郎は思ったのだ。母といる時の新戸こそ、鬼になる前の新戸ではないのかと。

「……そう言えば、炭治郎の母さんや伊之助の母さんには、あの人結構丁寧な気がする……」

「重ねているかもしれんな。母上の影を」

 すると杏寿郎は「せっかくだ」と言い、朗らかに笑って一同に〝昔話〟を始めた。

「新戸が丁度席を外している……母上と新戸の関係について、俺の口から改めて話そう!」

「新戸の過去ォ?」

「ああ。実は新戸は――」

 杏寿郎は重くなった空気を変えるため、瑠火と新戸の知られざる関係を話し始めたのだった。




上弦の声優が超豪華っスね……。


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第四十二話 多少舐められてもらわないと困んだよ。

ついに最終局面へ!


 翌日、修行はさらに過酷さを増した。

 ついに童磨が参戦したからだ。

 今回に限っては、なぜか堕姫と妓夫太郎兄妹も童磨と手合わせするという。入れ替わりの血戦がまさかの鬼殺隊での実施である。

「さすが鬼殺隊だ。じゃあこれならどうかな? 〝寒烈の白姫〟」

 童磨は氷の巫女の上体像を二体作成し、凍える吐息を発する。

 そこへ禰豆子が爆血を放って相殺。さらに爆血の炎の火力を高め、炎の壁を作った。

 

 ――〝炎の呼吸 壱ノ型 不知火〟!

 ――〝水の呼吸 肆ノ型 打ち潮〟!

 ――〝ヒノカミ神楽 円舞〟!

 

 爆血の炎が人に危害を加えないという特性を利用し、義勇と杏寿郎、炭治郎が炎を突き抜けて強力な斬撃を繰り出す。

 童磨はそれを湾曲した氷柱を生み出す〝(かれ)(その)(しづ)り〟で防ぎ、〝粉凍り〟で牽制。その凶悪性を事前に知らされてるため、三人はすかさず後退する。

 続いて、堕姫と妓夫太郎がそれぞれ帯と血の斬撃を飛ばす。手の内を知る童磨は紙一重で回避し、〝冬ざれ氷柱〟で頭上から攻撃。堕姫の帯がそれを受け止め、その隙に柱達が斬りかかる。

 が、これも読まれてしまい、〝蔓蓮華〟を応用した宙に浮く氷の足場へと逃げられてしまった。

「ふむふむ! 中々やるじゃないか。今までの鬼殺隊で一番強いかもね」

「ハッ! 怖気づいたかァ?」

「貴様の血鬼術はすでにわかっているんだ。何をしても大よその見当はつく。不服だが、竈門炭治郎の妹の鬼の血鬼術のおかげで対策も打てる」

「南無……いくら上弦の弐とて、我々全員は骨が折れよう」

 柱達は余裕を崩さない。

 それを見た童磨は、とんでもないことを言った。

「それじゃあ、俺も()()殿()()()()()()()()

『は?』

 童磨は扇を構えると、宙へと飛び舞うように振るった。

「〝鬼剣舞 刀剣舞の狂い〟」

 童磨は扇を振るい、大小様々な斬撃を畳み掛けるように飛ばす。

 新戸の血鬼術を使用した童磨に、一同は必死に斬撃を避けながら愕然とした。

「え、ちょま、ええーーーっ!?」

「きゃーーーーっ!!」

「おいおい、派手にどういうこったぁ!?」

 童磨が繰り出す斬撃の嵐に、大混乱に陥る。

 それもそのはず、あの血鬼術は……!!

「何であいつの血鬼術を使えるんだァ!?」

「あー、それ俺の血を取り込んだからだわ」

『新戸!!』

 新戸の暴露に全員が怒りの眼差しで睨むが、当の本人は「止むを得ない代償だ、諦めて戦え」と煙草を吹かした。

 一方の童磨は、斬撃と剣圧を操る新戸の血鬼術を使用し、満足気に笑った。

「新戸殿の血鬼術は、黒死牟殿みたいだね。威力は劣るけど、組み合わせ次第でいくらでも強大になれるのは驚きだ」

「お前の冷気と混ぜれば、凍える斬撃とかできるかもしんねェぞ~」

「それは妙案だ、やってみよう!」

『新戸!!!』

 ちゃっかり童磨に助言して、手合わせの難易度を高める新戸。

 そんな中、善逸はハッと気づいた。

「ちょ、ちょっと待って! 新戸さんって、禰豆子ちゃんの血鬼術とか使えたよね? それってつまり……」

 善逸の言葉に、嫌な予感を覚えた。

 

 新戸は自身の血鬼術に加え、いくつかの能力を会得している。

 禰豆子の鬼殺しの〝爆血〟、浅草で仕留めた矢琶羽の〝紅潔の矢〟、刀鍛冶の里で袋叩きにした半天狗の〝狂圧鳴波〟……どれも強力な異能だ。新戸の身体の性質上、鬼の血肉を取り込めば理論上はいくらでも使える。

 その逆も可能で、自分の血を取り込んだ鬼には新戸本来の血鬼術に加え、取り込んだ他の鬼の血鬼術も使用できる。珠世や玄弥、獪岳も例外ではない。

 

 それはすなわち……童磨も使える可能性があるということだ。

 だが、それに関しては新戸が否定した。

「安心しろ。こいつが取り込んだ俺の血は()()。俺の血鬼術しか使えねェよ」

「それでも過剰すぎるがな!!」

 伊黒は恨みのこもった目で新戸を睨んだ。

 ただでさえ天災と言える上弦に、ある意味で天災である新戸の異能を使えるとなれば、誰も手に負えない。童磨一人で鬼殺隊丸ごと潰せるくらいだ。

 新戸と敵対しなくて、本当によかった。

「そぉら、行くよ。〝鬼威し・鬼太鼓〟」

 冷気を纏わせた剣圧を放ち、広範囲攻撃を繰り出す童磨。

 即席の新技に、悲鳴を上げながら次々と餌食になっていく。しかも耳を澄ませると、「進化してんじゃねェよ!!」「もういい加減にしてよぉ!!」「新戸、あとで覚えてろよォ!!」という恨み節も聞こえる。

 当の本人は一服して寛いでいるが。

「おーおー、頑張れ頑張れ」

「どうやら、うまく行ってるようだね」

 するとそこへ、耀哉があまねに手を引かれる形で姿を現した。

「! 何だ、体調はいいのか?」

「珠世さんのおかげで、幾分か楽になったよ」

「へー……」

 耀哉は新戸の隣に腰を下ろすと、重要な情報を口にした。

「新戸。七日の内に、鬼舞辻が産屋敷邸に来る」

「!! ……いつもの勘か?」

 その言葉に、耀哉は無言で頷いた。

 今は夜。一週間以内ということは、最長で七日後の夜、最短で明日の夜だ。

 しかし、新戸は「あっそ」と軽く返した。

「新戸……気を引き締めてくれないかな」

「童磨はまだ間諜として機能してる。後ろ指差されてるとはいえ、さすがに呼ばれるだろ。そん時に情報を聞きだしゃあいい」

 そう、上弦の弐・童磨は無惨側の間者――新戸の諜報員だ。

 さすがに具体的な作戦はわからずとも、いつ攻め入るかは無惨も伝えるはず。まあ、部下に何も伝えず乗り込んでくる可能性もゼロではないが、新戸や珠世一派、表立って裏切った堕姫と妓夫太郎の動きを考え、すぐ攻めるということはないだろう。

「……それよりも、見たかアレ」

 新戸が指差す先には、童磨に弄ばれてる耀哉の剣士(こども)達が。

 新戸の血鬼術を織り交ぜた戦法に、苦戦を強いられている。

「じゃあ、そろそろ頃合いかな。〝結晶ノ御子〟」

 童磨は自らを模した氷の分身を次々と生み出す。

 その数、六体。

「何だァ、身代わりの分身かァ? 血鬼術を無駄に消耗してんじゃねェかァ?」

「風柱殿、心配しないでおくれ! この子達が行使する血鬼術の威力は本体(おれ)と同じ程度だから!」

『ふざけんなーーーーーーっ!!!』

 怒りに満ちた叫び声が木霊する。

 それと共に結晶ノ御子の猛攻が開始。断末魔の叫びがあちこちから聞こえる。

「反則だね……上弦の弐は」

「だからよかったっしょ? 俺が味方に引き込んどいて。結晶ノ御子(あのにんぎょう)量産して人海戦術仕掛けられたら終わりだぜ鬼殺隊」

 煙草を吹かしながら暢気に評する新戸に、耀哉は背筋が凍る思いだった。

 童磨が言うには、結晶ノ御子は自身が大幅に弱れば術が維持できなくなり自壊するらしい。だが万全の状態で発動・量産すれば、鬼殺隊など一夜で皆殺しにできるだろう。

 新戸の独断行動がなければ、これを敵に回さねばならなかったのだ。鬼との共闘は鬼殺隊としては禁じ手だが、童磨達のことを考えれば実に合理的で無駄な犠牲を払わずに済む英断だ。耀哉は自分で自分を褒めたくなった。

「……新戸、君はどこまで先を読んでたんだい? ここまで予想通りだったのかな?」

「いや、全部が全部思い通りじゃねェよ。栄次郎の鬼化は想定外だったし、弟子二人の成長速度も予想以上だった」

 歯車がうまく噛み合っただけ――新戸はそう語った。

 しかし、その言葉だけでは耀哉は納得がいかなかった。

 新戸が先代当主の判断で鬼殺隊に在籍して以来、鬼殺隊が被る損害は減少傾向。その上、ここ数年で戦力は増大し、若者達も想像以上に成長している。その若者達にも新戸は関与している。

 新戸がいなければ、ここまで鬼殺隊が有利になることはなかっただろう。

「……例の人形の件は?」

「完成はしたようだよ。あとは実践あるのみ」

「じゃあ、最期に一回試運転すっか。同時並行で作戦の最終準備もしなきゃなんねェし。……あ、切れた」

 新戸は煙草を切らしたことに気づき、未開封の恩賜の煙草の箱を開け、一本取り出す。

 咥えながらマッチで火を灯し、紫煙を燻らせながら目を向けた。

「――で、作戦の第一段階をお前とあまねさんに任せたいんだけど……釣れるよな?」

「勿論! 囮でも何でもいいよ。鬼舞辻無惨へ一矢報いれるのなら本望だ」

 ホクホク顔の耀哉に、新戸は「いい性格してやがる」と笑った。

 そう、今回の作戦は新戸が想定し尽くしたあらゆる最悪の事態に対処できるように仕上げている。しかも途中から面白半分で童磨も関わっており、無惨側の視点も相まって、作戦はかなり大胆で綿密だ。

 おそらく、十回やって十回無惨は引っ掛かる。それぐらいの代物だ。

「よし! 最終確認も兼ねて、今日の夜の大まかな説明をする」

「わかった、緊急の柱合会議を開く。炭治郎達も呼んでおこう」

 二人の策士は生き生きと、そしていつになく黒い笑顔を浮かべたのだった。

 

 

          *

 

 

「はい、つーわけで決戦の大まかな作戦を伝えるぞ」

 緊急の柱合会議。

 無惨との最終決戦前の〝最後の柱合会議〟と知らされ、柱達と炭治郎達も勢揃いだ。

 本当なら一般隊士が柱合会議に出席していることを怪訝に思われるが、もはやどうでもいい。

 最後の戦いが、目前まで迫っているのだから。

「敵の戦力は主力が五人。搦め手嵌め手を使う奴は、おそらく奴の側近である琵琶の女ぐらいだ。一対一(サシ)になんない限りは心配無用だ」

「フン……随分と無惨を舐め切ってるではないか」

「ったりめェよ。この戦は絶対に勝てるって確信があるからな」

 新戸は口角を上げつつ、言葉を紡ぐ。

「基本的に作戦の指令は、俺と耀哉でやる。耀哉には愈史郎の呪符を介して、俺は獪岳達の視界を通じて戦局を見る」

「うむ! ではいつも通り、分散させるのだな!」

「察しがいいな。薄々勘づいちゃいるだろうが、この配置で行く」

 新戸は紙を取り出し、一同に見せた。

 それは、誰が誰を相手取るのかを簡潔に記した、担当配置の図だ。

 

 猗窩座は杏寿郎、義勇、炭治郎、獪岳が。

 黒死牟は実弥、悲鳴嶼、無一郎、宇髄が。

 鳴女は伊黒、甘露寺、善逸、愈史郎が。

 栄次郎は新戸と玄弥が。

 童磨はしのぶ、カナヲ、伊之助が。

 無惨は矢印で「待ちぼうけ食らってろ」とか書いてある。

 

 その配置を見て、炭治郎は気づいた。

「……ちょっと待ってください! 新戸さん、妓夫太郎さんと梅さんは?」

「妓夫太郎と梅ちゃんは別行動してもらう。隠密性が高いからな」

「成程……」

 鬼の中でも極めて高い隠密性を利用すると知り、炭治郎は納得したようだ。

 しかし、それを踏まえてもおかしな点はある。

「何で上弦の弐が胡蝶達と敵対する流れになっている?」

 そう、寝返っているはずの童磨が、まるでしのぶ達と一戦交えるように書いてあるのだ。

 一体どういうことなんだと、視線で新戸を訴える。

 すると、新戸が口を開く前に童磨が頭を掻きながら答えた。

「さすがに鬼狩りを滅ぼすとなると、呼び戻されるだろうし……」

「そうか、まだ完全に寝返っちゃいねェんだったな」

 そう、童磨は()()()()無惨側だ。

 あくまでも敵方として決戦に臨み、頃合いを見計らって寝返るのだ。

「まあ、童磨裏切らせるんだけどよ。それは俺が戦局を見て判断する」

「んなまどろっこしいことすんなよ!」

「確かに。とっとと寝返らせればいいのに」

 伊之助と無一郎の言葉に、何名かの柱も頷く。

 だが、新戸はそれにも理由があるという。

「鬼には多少舐められてもらわないと困んだよ。童磨の寝返りなんて事態、向こうも想像しちゃあいないはず。だからこそ、慎重に動く必要がある」

「それじゃあ、結晶ノ御子を待機させとこうか? 自立稼働できるし」

「よし、問題解決。それで行くぞ」

「早っ……」

 即断する新戸に、善逸は思わずそう声を漏らした。

「そうとなると……やはり童磨より強い上弦の壱と無惨が本丸か……」

 数珠をジャリジャリ鳴らしながら、悲鳴嶼は呟いた。

 鬼の中でも最上位の凶悪性を有する血鬼術の使い手である童磨をも超える、正真正銘の怪物達……無惨と黒死牟が、鬼殺隊最大の脅威だろう。

「一番いい塩梅なのは、琵琶の君を早々に支配して、夜明けと共に全員日溜まりに放りだすことなんだけどね~……」

「! ……新戸、上弦の弐が言ったことをどうにか実現できないかな?」

「琵琶女を支配するのは容易いだろうが、()()()が問題なんだよ」

 童磨のボヤきにひらめいた耀哉だったが、新戸は難色を示した。

「お前ら、〝釣り野伏〟わかる?」

「全然わかりません!」

「ハァ……〝釣り野伏〟は囮を使った武家の名門・島津家に伝わる包囲殲滅術だ。成功すれば数十倍の戦力差をひっくり返すが、囮役が敵に正面から当たって本気にさせるくらい奮戦し、最も困難な軍事行動である偽装退却ができなきゃなんねェ。これを俺達に当てはめると、いかに難しいかわかるだろ」

「そうか……かなり難しいんだね」

 新戸の心意を察し、耀哉は溜め息を吐いた。

 つまり、童磨が言ったことは、無惨が一軍の将として無能であることに賭けた、大博打もいいところの危険な戦術なのだ。

 この戦法の絶対条件は、鳴女が制圧されたことを日の出の時間まで悟られないよう、無惨達とギリギリに渡り合わねばならないこと。実行するとなると、相手方にバレないように戦わねばならず、しかも戦国乱世の戦法を参考にしてるので武家出身の上弦の壱に勘づかれる可能性があるのだ。

 もし勘づかれれば、無惨が絶対に逃走するのは自明の理。逃げに徹したら絶対に討ち損じるので、作戦としての難易度も極めて高いのだ。

「……だからこそ、珠世さんが必要なんだ」

『!』

 新戸がそう言うと、珠世が襖を開けて現れ、ある物を見せた。

 箱の中に、いくつかの試験官が入っている。

「これはしのぶさん達と開発した、無惨に投与する人間に戻る薬です」

『!?』

 珠世の言葉に、誰もが目を疑った。

 鬼になった人間を、元に戻す薬ができたというのだ。にわかに信じ難いが、この場で今になってウソを吐くとも思えず、真実なのだと受け止める他ない。

 そんな中、童磨は目を細めて尋ねた。

「しかし、俺や黒死牟殿、無惨様は毒を分解できちゃうよ? そこはどうしたんだい?」

「この薬は、新戸さんの血液を原料にしてます。この世で最も恐ろしい材料で」

「珠世さん、俺に恨みでもあんの?」

 珠世は不敵な笑みを浮かべながら、薬の効能を説明した。

 開発した薬は、鬼を人間に戻すことができる効果だけではない。無惨に対して一分で50年分も老いさせることができ、内部から攻撃する細胞破壊と身体の分裂を阻害する毒もあるという。さらにダメ押しで、刀鍛冶の里の防錆戦で猛威を振るった劇物も混ぜている。

 殺意に満ちたそれに、新戸と愈史郎、耀哉以外の男性陣は震え上がった。

「あー、そこまで盛り込んでると、無惨様でも全部は分解できないかなぁ……」

「ホント、どっちが鬼よ!?」

「ついにあの人も年貢の納め時かぁぁ……」

「よかったなお前ら。敵対してたらそれ打ち込まれるんだぜ?」

 執念が凄まじすぎる劇薬に、鬼達もドン引きした。

 しかし、これで大体の流れは掴めた。

 身も蓋もないことを言えば、珠世が毒を投与さえできれば王手なのだ。

「私の勘だと、奴は七日以内に来ると告げている」

『!!』

 その言葉に、全員が息を呑む。

 どうなってもあと七日以内に、全てが終わるのだ。

 鬼が滅ぶか人が滅ぶか――未来を懸けた最終決戦が、早くて明日の夜に始まるかもしれないのだ。

「ここにいるのは、鬼殺隊の歴史上最強と言っても過言じゃない。始まりの剣士達をも超えた、正真正銘の最強の集団だと確信している」

「お館様っ……」

「大丈夫、新戸も勝てる戦いだと言っている。でも、誰が犠牲になるのかはわからない。もしかしたらというのもある」

 耀哉は、穏やかに笑って懇願した。

「君達の武運を祈る。どうか、あの男を倒してくれ」

『御意っ!!』

「はいはい」

「新戸、返事は一回ね」

 

 日本一チャランポランな鬼、ついに鬼の始祖と全面戦争へ。



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無限城編
第四十三話 死人が蘇るわけねーだろ!!


別名、我慢比べ大会。

前半は新戸との組手、後半は無惨様襲来です。

下ネタ注意。(笑)


 それは、童磨との組手を終えた翌日のこと。

 きっかけは、実弥の一言だった。

「おい新戸ォ、てめェも組手付き合えや」

「え」

 威圧感のある笑みで睨まれ、新戸は顔を引き攣らせた。

 実弥曰く、無惨討伐の策を巡らすのはいいが、胡坐を掻いて手合わせをせず煙草を吹かしているのが気に食わないとのことだ。

 確かに新戸は鬼殺隊の強大な戦力であり、総合的な戦闘力は上弦の鬼をも上回る。それ程の男が高みの見物というのは癪に障るのだろう。

「うむ! 確かに新戸が鈍るのもよくないな!」

「何だかんだ理由つけてトンズラはよくねェなァ」

「新戸さんの本気、見せてほしいです!!」

「俺達だけじゃあ割に合わないもんねぇ」

 煉獄達を筆頭に、他の柱や炭治郎達、なぜか童磨も新戸との手合わせを所望し始める。

 今までのツケというわけではないが、新戸としては味方にも手の内を晒すのを避けたがる性分なので、ただ気圧されるばかりだ。

「新戸、諦めなさい」

「耀哉っ……!」

 ついには耀哉すら口を出し始めた。

 それでもどうにか逃げる口実を必死に考えるが、とどめは刺された。

「師範、俺からもお願いします!」

「ぐっ……」

 一番可愛がってる獪岳からも希望され、師範として逃げられなくなった。

 新戸は()()()()()()()()()()()律儀なので、止むを得ず同意した。

「わかったよ、しゃーねーなァ……ちょっとだけ付き合ってやる。ちょっとだけな。……ただ、本気で行くから血鬼術も多用すっから。卑怯も作法だってこと忘れんなよ」

 新戸はそう忠告し、実弥達との手合わせを承諾した。

 そして鬼殺隊は、本気の新戸の凄まじさを身をもって思い知ることとなる。

 

 

           *

 

 

 新戸対柱及び炭治郎達の組手。

 先制攻撃を仕掛けたのは、新戸だった。

「〝刀剣舞の狂い〟」

 仕込み杖を振るい、大小様々な斬撃を畳み掛けるように飛ばすが、悲鳴嶼が「鎖斧」とでも呼ぶべき特殊な形状の日輪刀を駆使し、全ての斬撃を相殺する。

 その隙に新戸は飛び上がり、真上から剣圧を放つ〝鬼威し・柊〟で押し潰し攻撃を仕掛ける。地面に大きな亀裂が生じるが、巻き込まれた者はおらず、全員が回避していた。

「〝雷の呼吸 弐ノ型 稲魂〟!」

 地面に着地した新戸目掛け、獪岳は黒い雷撃を飛ばす。

 が、ここで新戸は想定外の攻撃を仕掛けた。

「〝(せき)()(らい)〟!」

 新戸がそう唱えると、仕込み杖の刀身に雷撃が迸り始め、それを振るって〝黒死雷〟を相殺した。それどころか貫通し、獪岳や周りの面々にも直撃した。

「え、ちょ、待って待って! それ半天狗殿の……!?」

「あいつの一部を取り込んだからか、自然とできるようになった」

「あー……新戸殿、ホント無惨様みたいな能力に……!」

 バチバチと雷を纏い始める新戸に、一同絶句。

 上弦の鬼の能力すらも駆使するようになるなど、寝耳に水だ。

 そんなのアリかよ、と誰もが思った。

「どうした、まだまだやれるぜ俺ァ」

「上等だァ!!」

 指でクイクイと挑発する新戸に、実弥は特攻。

 新戸と真っ向から剣技で張り合い始め、次第に押し始めた。

(ちっ、さすがに剣腕じゃあキツいか)

「おらおらどうした、鬼殺隊最凶さんよォ!!」

「不死川、俺も行く」

 ダメ押しとばかりに、伊黒が変則的な斬撃を繰り出す。

 二人同時は厳しいのか、防戦一方になる。

 が、そこは卑怯も作法と豪語する新戸。精神攻撃を仕掛けた。

「伊黒、そういやあ最近甘露寺と飯食いに行ったか?」

「なっ!?」

 一瞬で顔を真っ赤にする伊黒は、太刀筋が乱れてしまう。

 その隙を逃さず新戸が斬撃を放つが、実弥が庇って受け止めた。

「伊黒ォ、耳貸すんじゃねェぞォ!!」

「ちっ……」

「き、貴様っ……!!」

 好いた相手の話で気を散らせた新戸に、伊黒は怒りを爆発させた。

 しかし精神攻撃は常套手段。耐えられなければならない。

「おいおい、こんなんじゃあダメだぜ」

 新戸はさらに斬撃の嵐を放ち、同時に爆血の炎を飛ばしまくる。

 爆血の炎は人間には無害だが、鬼相手――ただし禰豆子以外――には効果絶大であり、人間相手でも目を眩ませるには十分。童磨や獪岳らは黒焦げになり、鬼殺隊側も爆血に視界を遮られて剣圧で吹き飛ばされる者が続出する。

「クソッ!」

 乱れ撃ちに波状攻撃。

 付け入る隙を見つけられず、思わず歯噛みする実弥。

 だが、ここで絶好の好機が訪れた。

「〝八重帯斬り〟!!」

「〝飛び血鎌〟ァ!!」

 上弦兄妹が、同時に攻撃。

 新戸は臆することなく、冷静に剣圧で攻撃ごと二人を吹き飛ばすが、それと同時に死角から伊黒の奇襲を受け、仕込み杖を弾かれてしまった。

「何!?」

「そいつらは囮だ!!」

「行け!! 竈門少年!! 冨岡!!」 

 新戸はハッとなり、気配が強い方に顔を向けた。

「〝水の呼吸〟――」

「〝ヒノカミ神楽〟――」

 義勇と炭治郎が跳びかかり、刀を振り上げる。

 いくら丸腰の状態ではどうにもならないとはいえ、新戸はその常識に当てはまらない男。

 丸腰のままニヤリと笑みを浮かべた。

「……〝狂圧鳴波〟」

「!? 皆、耳を塞げェェ!!」

 本能的にヤバいと感じたのか、顔を青褪めた獪岳が全員に向けて叫び耳を塞いだ。

 玄弥はその意図を察し、両手で耳を押さえたが、善逸達はどういう意味かわからず耳を塞がなかった。

 次の瞬間!

 

 ――グオオオオオオオオオオオオオオッ!!!

 

 新戸の口から、凄まじい雄叫びと共に音波攻撃が放たれた。

 天地を震わす強烈な咆哮をモロに受けた義勇と炭治郎は、一瞬で意識を持ってかれ、白目を剥いて倒れた。

 そして何を隠そう、音は振動であり、波のように広がる。音波の射程でなくとも咆哮自体は轟くものなので、聴覚が人一倍鋭い宇髄は悶絶し、善逸は失神。他の者も平衡感覚を狂わされ、膝をついた。

「……これで満足か?」

『殺す気かァ!!!』

 意識をどうにか保っている面々は、新戸の容赦ない攻撃に非難轟々。

 弟子である獪岳と玄弥は、「死ぬかと思った……」「生きてる、よな……」と互いに生存確認する。

「……精神攻撃に脆い上に、勝負焦ってらァ。丸腰になっても油断するな、鬼は基本()()()()()だぜ」

 仕込み杖を鞘に収め、肩に担ぎながらその場を去る新戸。

 一同はその背中を、ただ黙って見る他なかった。

 

 

           *

 

 

 それから三日後の夜だった。

 新戸は産屋敷邸に居座り、煙草を吹かしていた。

「新戸……剣士(こども)達はどうなんだい……?」

「ギリギリ間に合ったってところだな……思ったより早くてびっくりしたぜ」

 新戸は頬杖を突きながら、外の庭を見やる。

 耀哉は寝たきりの状態で、彼を蝕む痣も広がっている。肌も痛々しい程に荒れ、体全体に包帯を巻いている。

「……もうちょっとだからな。変なこと考えんじゃねェぞ」

「……新戸……」

「あまねさん、梅ちゃんの帯は?」

「すでに巻いてあります」

 淡々と述べるあまねに、新戸は「じゃあ、あとは迎え撃つだけだ」と笑った。

 すぐ近くには、悲鳴嶼と珠世も待機している。ここまでお膳立てしておいて来なければ、無惨はある意味大物だ。

 そんなことを考えていると、不意に気配を感じた。

「……とうとうおいでなすったか」

「……! 来たのかい……鬼舞辻、無惨……」

 新戸の言葉に、耀哉はあまねに支えられながら起き上がった。

 庭には、不俱戴天の仇――鬼の始祖・鬼舞辻無惨が立っていた。

「……何とも醜悪な姿だな、産屋敷」

 無惨は耀哉の姿を見て嘲笑する。

 しかし新戸がその場にいることは想定外だったのか、警戒して近づこうとはしなかった。

 不用意に近づけば、反撃されるとわかっているようだ。

「あまね……彼は……どのような……姿形を……している……?」

「鬼舞辻無惨は二十代半ばから後半の男性に見えます。ただし瞳の色は紅梅色。そして瞳孔が猫のように縦長です」

「あまねさん、こんな大便を小便で煮込んだような性格の奴を一々美化して紹介せんでも……」

「ブフォッ!? ちょ、新戸……ゲホ、ゲホッ!!」

 新戸の突拍子もないボヤきに、耀哉は吹き出してむせた。

 素で言い放った爆弾発言に、あまねは唇を噛んで震え、無惨に至っては顔中に青筋を浮かべた。

「そう熱くなんな。せっかくの顔合わせだ、一杯やろうぜ」

「下らん」

 新戸は酒壺を投げ渡したが、無惨は不快そうな顔で叩き割った。

「あーあー、せっかく槇寿郎んトコからパクった純米吟醸が……結構高いんだぜ、それ」

「この状況下でも暢気に酒を食らえる貴様の神経を疑う。性根も脳味噌も腐ってるのか?」

「その性根も脳味噌も腐ってる奴とやらに足掬われてるのは、一体どこの無惨様だい」

 無惨の挑発に乗らず、むしろ挑発で返す新戸。

 忌々し気に「異常者が……」と吐き捨てつつ、屋敷を見回した。

(この屋敷には産屋敷と妻のみ……子供がいると聞いたが、逃したか。だが護衛も新戸一人だけか……?)

 大きな屋敷に、たった三人。

 さすがに不自然に感じたのか、無惨は何かあるのではと考えていると、耀哉が口を開いた。

「無惨……この千年間、君は一体……どんな夢を見ているのかな?」

「お前どうしたいきなり」

「お黙り」

 ジト目で見る新戸を一喝しつつ、言葉を紡ぐ。

「君たちは永遠を夢見ている……不滅を夢見ている……」

「……その通りだ。それもあと少しで叶う。お前達を滅ぼせば時間の問題だ」

「だが君は……思い違いをしている」

 耀哉は無惨に対し、人の想いこそが永遠であり不滅であると告げた。

「この千年間鬼殺隊は無くならなかった……可哀想な子供たちは大勢死んだが、決して無くならなかった……」

「それは無惨(こいつ)の詰めが甘いだけだろ」

「フッ……! 新戸、茶々を入れないでおくれっ……!」

 無惨を指差しながら呟く新戸に、耀哉は破願した。

 それとは対照的に、無惨の苛立ちは頂点に迫ろうとしていた。

 そしてついに、新戸が動いた。

「まあ……耀哉の言ってることわかる訳ねェよなァ? だってお前らって……」

 

 ――無惨が死ねば、全ての鬼が滅ぶんだからな。

 

 悪い笑みを浮かべる新戸に、無惨は目を見開いた。

 ――なぜだ? なぜ、こいつがそんなことを知っている!?

 困惑を隠せない無惨に、新戸は笑いながら庭に降り立った。

「何で知ってるかって顔だな? 答えを言うと、俺は何も知っちゃあいない。逆説的に考えただけだ」

「何だと……!?」

「だって自分が死ねば全員道連れっていう万が一の可能性を潰すには、自分が不滅の存在になるのが一番手っ取り(ばえ)ェじゃん?」

 トントンと仕込み杖で肩を叩く余裕綽々な新戸に、無惨は一筋の汗を流した。

「……まあ、お遊びはこの辺にして……そろそろ出番だぜ、縁壱!」

「何っ!?」

 新戸が口にした名前に、無惨は顔を強張らせた。

 縁壱……かつて無惨を最も追い詰めた剣士の名だ。

(なぜ知っている? 数百年も前の男だぞ!? まさか子孫が生きているのか!? そんなことはない、あの化け物が生まれ変わったり蘇るなど……!!)

 

 シーン……

 

 混乱しながらも無惨は警戒を強めた。

 だが、あたりをどれだけ警戒しても何も起きない。

「……?」

「死人が蘇るわけねーだろ!! 引っかかったなバカがーー!!」

 

 ドォオン!!

 

「ぐわああああああっ!!」

 気を抜いた瞬間に爆血で無惨を焼く新戸。

 無惨は両腕を振るって炎をかき消すが、その時には――

「っ!? 消えた……!?」

 何と産屋敷夫妻は行方をくらませていた。

 気配は、完全にない。まるで煙のように消え失せてしまった。

(バカな、あれ程の重症でありながら……)

 この時……いや、無惨は産屋敷邸に入るずっと前から、ある事実を失念していた。

 小守新戸という鬼は、血鬼術ではなく戦略戦法を得意とする鬼であると。

「お前って、本当に頭無惨だな」

「っ!」

 頭上から声が聞こえ、上を向く。

 視線の先には、宙に浮く帯の上で胡坐を掻く新戸の姿が。

 どうやら付近に、堕姫が隠れていたようだ。

「貴様、いつの間に……!」

「おいおい、そんなトコでボーっと突っ立ってると危ねェぞ」

 新戸はニィッ……と極悪人のように笑った。

「そんじゃあ、今宵限りの宴を始めようじゃねェの。まずは鬼舞辻無惨の燻製からだ」

「は?」

 

 ――ドゴォオオオン!!

 

 新戸がそう告げた瞬間、産屋敷邸が大爆発し、爆炎が無惨をのみ込んだ。

 鬼殺隊と鬼舞辻無惨の、最終決戦の始まりだ。




新戸の狂圧鳴波は、初代ゴジラの咆哮です。(笑)
あの咆哮を至近距離で食らえば、そりゃあ、ね……。

ちなみに新戸は、珠世さんを介して縁壱のことを知ってます。

さて、お館様とあまねさんはどこへ消えたでしょうか?
答えは次回以降で。


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第四十四話 全裸で飛びついてくんじゃねェよ。

そろそろ刀鍛冶ですね!

一応ですけど、念話は〈〉で表記します。


 闇夜を切り裂かんばかりの大爆発。

 狼煙を上げた新戸は、堕姫の帯の上でのんびり見物していた。

「あっつ!」

「あっついわね! ちょっと新戸、爆風こっちまで来たんだけど!?」

「あちちち! (わり)(わり)ィ、火薬の分量間違えた!」

 アハハと笑い飛ばす新戸に、鬼の兄妹はカチンと来そうだった。

 先程の爆発は、宇髄特製の爆薬を使用したのだが、テキトーに調節したせいで想像以上の破壊をもたらしてしまったようだ。

「まあ、これであのバカも再生に手間取るだろうよ。……ほら、出てきたぞ」

「「!」」

 爆炎の中から、肉塊一歩手前の無惨が吹っ飛んできた。

 剥き出しになった目がギョロリと動き、新戸達を捉えると、無惨は怒り狂った。

「貴様らァァァ!!」

 

 ――〝血鬼術 黒血枳棘(こっけつききょく)〟!!

 

 身体を再生させながら、無惨は伸ばした腕から黒い棘だらけの触手を生やして振るった。

「おいおい、全裸で飛びついてくんじゃねェよ」

 新戸は抜刀した仕込み杖から〝積怒雷〟を射出。

 無惨を感電させ、瞬間的に動きを鈍らせたが、当の本人はほとんどダメージを受けてない。

「これで私を仕留める気でいるなど、片腹痛いわ!! 私が血鬼術を吸収できることを忘れたか!?」

「お前こそ、余所見していていいのかい?」

「何だと?」

 

 ズッ!

 

「!?」

 直後、誰かの腕が無惨の腹へと突き刺さる。

 新戸と妓夫太郎、堕姫は手を出してない。とすれば、新手が無惨に攻撃をしてきたのだ。

 何者なのかと見下ろすと、そこには珠世の姿があった。

「珠世!!」

「おいおい珠世さん、注射ってのは注射器を使うもんじゃねェか?」

「この男には腕ぐらい太くないと私の気が済まないんですよ!」

 茶化す新戸に、珠世は晴れ晴れとした笑顔で返事をした。

「無惨、私の拳を吸収しましたね! 拳の中に何が入っていたと思いますか? 鬼を人間に戻す薬ですよ!!」

「バカな、そんなものできるはずが――」

「できなかったら言わねェっての。ねェ、珠世さん」

「ええ!! 状況が変わったんですよ!! お前をも超えた存在となった新戸さんのおかげで!!」

 無惨は珠世の自信に満ちた表情や新戸の悪い笑みから、ハッタリではなく真実と判断し、体内に打ち込まれた〝鬼を人間に戻す薬〟を分解すべく、珠世を引き離そうとする。

 だが、そこに堕姫の帯が襲い掛かって妨害を始めた。

「堕姫……!!」

「気安く呼ばないでくれない? この()()()()()

「貴様っ……!!」

「ダーッハッハッハ! 梅ちゃんに愛想尽かされてやがんの!」

 無惨を見下した発言をかました堕姫に、新戸はゲラゲラと笑った。

 その直後、分厚い手斧と大きな棘鉄球を持った巨漢が念仏を唱えながら無惨の頭を砕いた。新戸の指示で待機していた岩柱・悲鳴嶼だ。

「おお、ピッタシ登場!」

「新戸、お館様は!?」

「おいおい、そいつァもうわかり切った答えだろ?」

 飄々と語る新戸に、悲鳴嶼は何とも言い難い表情を浮かべる。

 その間にも、無惨は肉体を修復させて元通りになる。

「しっかし随分と人気者だな。お前の葬式の参列者、こんなに来てくれたぞ。香典代わりに心を込めた斬撃を受け取りな」

 その言葉と共に、怒りに満ちた表情で炭治郎達が斬りかかった。

 同時に帯の上で待機していた妓夫太郎も動き出し、斬撃を飛ばした。

「――これで私を追い詰めたつもりか?」

 

 ベンッ

 

 無惨が不敵に笑った途端、琵琶の音が鳴った。

 それと共に足下に障子が現れ、無惨も含めて全員が落ちた。

「貴様らがこれから行くのは地獄だ! 目障りな鬼狩り共。今宵、皆殺しにしてやろう!」

 高笑いする無惨を睨みながら落ちていく炭治郎達。

 すると新戸は帯から飛び降り、無惨の根城――無限城へと突入する。

(バカが、()()()()()()()()()()()()()

 自分に釣られ集まってきた鬼殺隊を嘲笑う無惨に対し、新戸はその無惨を嘲笑いながら落ちていった。

 

 

           *

 

 

 無限城に突入した新戸は、〝紅潔の矢〟を駆使して着地。

 上下左右の入り組んだ階段や廊下が縦横無尽に連なる異空間を見上げてから、懐に仕舞った懐中時計を取り出す。

 夜明けまではまだ遠い。それまでに兵力をどこまで減らさずにいられるかが、この戦いの鍵となる。

(さて、どうすっかね)

 煙草を取り出して咥え、火を点けた時だった。

「「師範!!」」

「おう、無事だったか」

 新戸の弟子である獪岳と玄弥が馳せ参じた。

 二人共、白目と黒目が反転しており、鬼化して臨戦態勢になっている。新戸の血を大目に取り込んだ二人に飢餓感はないように見えるが、念の為にと煙草を渡す。

「「「フゥー……」」」

 三人で仲良く紫煙を燻らせる。

 新戸の血を取り込んだ者は、煙草と酒で体力の回復ができる。すでに煙草の味に慣れた二人は、純粋な鬼狩りの剣士ではないため、肺が毒されることはないのだ。

「……師範、あの……さっきの爆発って」

「ああ、産屋敷邸が吹っ飛んだの見えたのか」

 新戸は「誰もいないから特別に先に伝える」と前置きし、二人にとんでもない秘密を打ち明けた。

「これはごく一部の面子にしか伝えてないが……耀哉(アイツ)とあまねさんはピンピンしてるぞ」

 さらっと口に出た言葉に、二人は唖然とした。

 ――あの大爆発で生きている!?

「あのアホ、どうしてもワカメ頭に一矢報いたって駄々捏ねてな。自爆って形で囮役を申し出たんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。だがそれじゃあ、炭治郎達の心がへし折れた時の対応ができねェ。そこで俺は、梅ちゃんに分身で二人を回収するように頼んどいたんだ。取り込んだ人間を保存できる帯は、日輪刀以外では傷一つつかないという利点がある」

 つまり新戸は、堕姫に彼女が操る分身に産屋敷夫妻を取り込んで撤収するよう、事前に手を回していたのだ。

 まさか堕姫の帯に鬼狩りの総大将が避難しているなど、誰も思わない。新戸じゃなければ思いつかない、奇策の中の奇策だ。

「ってことは、他の連中は……」

「ああ、あの夫妻は爆死したと思い込んでるだろうよ。あの爆発に巻き込まれてると、敵味方問わず誰もが考えてるはずだ」

 それが狙いなんだけどな、と新戸は笑った。

 知力も駆使して敵を追い詰め、さらに万が一の事態にも備えるのが新戸のやり方だ。

「さて……ちょっと状況整理と行こうかね」

「「?」」

「念を飛ばす。お前らは反応しなくていいぞ」

 新戸は煙草を吹かしながら念を飛ばす。

 すると早速、あの兄妹から返事が来た。

〈聞こえるぜ旦那ぁぁ……梅と猪頭と一緒だぜぇぇ〉

〈今、雑魚共を蹴散らしてるわ。下弦より弱いんじゃない?〉

(いいぞ、予想通りだ。短期決戦という選択肢は連中には絶対ねェからな)

 二人の言葉から、無惨が上弦を筆頭とした城内の鬼達をぶつけさせ、鬼殺隊を一網打尽にする算段だと新戸は見抜いた。

 だが、今の鬼殺隊は「無惨から離反した鬼との共闘」という前代未聞の戦術を実行中。しかも妓夫太郎と堕姫の元上弦の陸に加え、現役の上弦にして凶悪な血鬼術を使う童磨まで寝返っているのだ。災厄そのものといえる上弦を相手取れば、即席強化の鬼など一捻りだろう。

 すると、今度は童磨からの念話が来た。

〈新戸殿! こちら童磨! 今、美味しそうなしのぶちゃんとカナヲちゃんと合流したよ!〉

〈お前この期に及んでやめろよ。冗談に聞こえねェから〉

 洒落にならない冗句を口にする童磨に、新戸はキレそうになった。

〈……で、ワカメはお前に何か言ったか?〉

〈それが全然言ってくれないんだよ~〉

〈どこに誰が待機してるのかがわからねェな……愈史郎に訊いてみるか〉

 ここへ来て無惨達から嫌われている状態の弊害が来てしまい、今度は愈史郎に念を飛ばした。

 愈史郎は汎用性が極めて高い呪符を駆使するため、無惨討伐の要となる存在だ。はっきり言って、無惨を弱体化させる薬を作った珠世以上に死守せねばならない人材なのである。

〈愈史郎、聞こえるか〉

〈ああ。今、鎹鴉に貼った呪符を介して戦況把握をしている。一度しか伝えないからよく聞け〉

 愈史郎は現在の状況を簡潔に説明した。

 

 上弦の参・猗窩座は炭治郎、義勇、杏寿郎と交戦。

 上弦の壱・黒死牟は悲鳴嶼、宇髄、実弥、無一郎と交戦。

 上弦の肆・鳴女は伊黒、甘露寺、善逸と交戦。

 

(童磨はしのぶとカナヲ、上弦兄妹は伊之助と行動中か。やはり鳴女を優先するべきだな)

 新戸は()()()()()を最優先事項とし、愈史郎に指示を送ろうとした。

 その時、か細い女性の声が頭の中に響いた。

〈……さん……新戸さん……〉

(珠世さん!?)

 何と、無惨と共に落ちた珠世の声が届いた。

 新戸はすかさず珠世との念話に集中する。

〈新戸さん……今、私は無惨に取り込まれてます……〉

 珠世は途切れ途切れに情報を伝える。

 無惨は投与された人間に戻る薬を分解するため、繭のようなモノの中に籠っているという。どうにか抑え込んでいる状態だが、その内部に取り込まれつつあり、自分も吸収されるのも時間の問題とのことだ。

 それを聞いた新戸は、事前に教えられた薬の情報を思い出す。

(確かあの薬、俺の血と禰豆子の血を元にしてたよな? 分裂阻害と細胞破壊、老化促進だったか?)

 仮に四種類の薬を全部分解できても、いかに鬼の首魁とて相当体力を消耗するだろう。

 そうなると、柱と炭治郎達以外は近づけないようにするのが一番だ。下手にぶつけさせて喰われれば、その努力が水泡に帰すからだ。

〈……珠世さん、もし余裕があったら定期的に俺に念話してくれねェか? こっちも臨機応変に策を打ち出す。幸い、柱は誰一人として欠けてねェ。俺の計画通りに攻略が進めば、救助に行けるはずだ〉

〈……お願いします……もしもの時は……必ず、夫と子の仇を……!〉

〈そういうあんたこそ諦めないでくれよ? 愈史郎うるせェから〉

 珠世との念話を切ると、新戸は童磨に念を飛ばした。

〈童磨、少し早めに種明かしだ。しのぶ達とすぐにどっかの助太刀をしてくれ〉

〈新戸殿、いいのかい?〉

〈珠世さんからの念話で、無惨は解毒に手間取ってるらしい。今の内に上弦を全て殺し、なるべく兵力を揃えときたい。出し惜しみしないで全力で潰せ。手段は任せる〉

〈りょうか~い〉

 童磨との念話を終えると、新戸は弟子達に向き直った。

 二人は煙草を吹かしつつも、顔を強張らせている。

 新戸は「耳の穴かっぽじってよく聞け」と前置きし、次の動きを伝えた。

「今からお前らは、俺と一緒に敵戦力を削りながら無惨のところへ向かう。俺と戦うとなれば、奴もすぐには動けねェだろう」

「一番憎まれてると同時に一番警戒されてますもんね」

「よくわかってんじゃねェか。……だが、その前にやらなきゃなんねェことがある」

 その言葉に、二人は首を傾げた。

 新戸はゆっくりと背後を振り向くと、襖の向こうへ声を投げ掛けた。

 襖はゆっくりと開き、そこから漏れ出る禍々しい気配に、玄弥は青褪め獪岳は息を呑んだ。

「神様ってのァ残酷だが、時々粋なことをする……そうだろ? 栄次郎」

 現れたのは、新戸と決して相容れない存在――栄次郎だった。

「もう許さねェ……簡単には死なせねェぞ、新戸!!」

「おーおー、お怒りだねェ」

 荒ぶる栄次郎に対し、新戸は至って冷静。

 お互い、今は鬼なのにまるっきり正反対の状態だ。

「何か言いたげだな。忙しいからすぐ済ませてくんねェか?」

「ああ、言ってやるよ!! てめェ、無惨様を騙しやがったな!! あんな無人島に産屋敷の拠点があるとかほざきやがって……!!」 

 栄次郎の言葉の意味を察した新戸は、涙目で爆笑した。

「ダーッハッハッハッハッハッ!! こいつァ傑作だ、あんな真っ赤なウソをマジで信じてやんの!! 連中の間抜け面が目に浮かぶぜ!!」

 ゲラゲラと腹を抱えて笑う新戸。

 刀鍛冶の里にて、半天狗についたウソを無惨達は真に受けたようだ。しかも口ぶりからして、無人島に派遣されたのは栄次郎らしい。

 無惨のことなので、何の成果も得られなかった栄次郎を八つ当たり気味で制裁しただろう。

「どこまでもコケにしやがって……!!」

 栄次郎は風の呼吸で斬りかかるが、獪岳が黒い雷を纏った斬撃を繰り出したことで、寸でのところで回避した。

 彼の血鬼術の効果の凄まじさを知る分、迂闊に手を出すと思わぬ反撃を食らうと判断したようだ。

「……そんじゃあ、三分ぐらいで因縁に終止符を打つとしようや」

「そこは男らしく一騎打ちじゃねェのかよ!」

「いつも言ってたろ? 俺ァ話し合いは一対一(サシ)でやっても、殺し合いは一対一(サシ)でやらねェって」

 新戸と栄次郎の、長年に渡る因縁の終止符から決戦は始まったのだった。




念話もこうやって使えばよかったのに。
無惨様は宝の持ち腐れですなァ。(笑)


そう言えば最近、人工太陽光照明とかいう自然太陽光と同じ光を発する照明灯が売られてるそうですね。
あの世の無惨達が、もし人工太陽光照明が開発されたこと知ったらどうなるんでしょうね。色んな意味で鬼の尊厳破壊ですよね。
まあ、新戸だったら迷わず買うでしょうけど。


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第四十五話 俺は一途に想い続けるだけだ。

別名、栄次郎脱落回。

ここで新戸が激怒した、瑠火への悪口の内容が明かされます。


 襲い来る激痛が全身を走る中、栄次郎の顔には苦痛一色が浮かんでいた。

(クソ、クソ!! 何だこいつら!?)

 柱でもない、たかが三人。

 その三人に、栄次郎は防戦一方を強いられていた。

 

 稲玉獪岳。

 雷の呼吸と合わせた、黒い雷の血鬼術を扱う鬼化した隊士。斬撃を喰らうと体に亀裂が奔り、肉体のひび割れを誘発させる、厄介な特性がある。自分が鬼にしたため、新戸への嫌がらせとして機能するはずなのに、自我を保って殺しにかかっているのが腹立たしい。

 

 不死川玄弥。

 全集中の呼吸を使えない代わりに、鬼化の能力と狙撃術を駆使する隊士。鬼化している状態の身体能力は高い上、新戸と同じ能力を行使している。何度か身体を斬り刻んでも血液で繋ぎ止めて再生し、浴びた返り血が爆ぜて火傷を負わされてしまう。

 

 そして、いの一番に殺したい小守新戸。

 弟子二人に出張らせ、血鬼術でチマチマと攻撃している。弟子が危なくなれば斬撃や剣圧で攻撃を弾き、爆ぜる血液も駆使して牽制と反撃を繰り返す。その削るような戦いぶりは、非常に癪に障る。

 

 多くの隊士を貪り喰らい、その呼吸法を吸収した栄次郎にとって、新戸の戦術との相性は最悪。しかも無駄に連携が取れてる分、決定的な一撃を叩き込めない。

 これは新戸が常に念話を駆使し、的確に指示を送りながら攻撃をしているからなのだが、まさか無惨と同じ能力を開花・応用しているとは夢にも思わないだろう。

「ク、ソが……!」

 風の呼吸でかまいたちを飛ばし、新戸達と距離を取る。

 その隙に懐から、一つの瓢箪を取り出した。

 こんなこともあろうかと、体力回復と身体能力強化の為に稀血をかき集めていたのだ。

「おい、新戸……てめェだけとは思うなよ」

 

 バァン!! ガシャァアン!

 

「!?」

 壺の中の稀血を飲み干そうと口を付けた瞬間、銃声が轟いて壺が割れ、中身が全て零れ落ちた。玄弥が引き金を引いたのだ。

「鶏野郎……!」

「やるとわかってる回復強化を、黙って見てる訳ねェだろうが」

「クク……! 出来の良い弟子を持つと、師範として冥利に尽きる」

 鬼の形相で怒りを爆発させる栄次郎に対し、新戸は玄弥の英断にご満悦。

 すると、新戸は煙草の紫煙を燻らせながら唇を歯で切った。

「……これは俺の柄じゃねェが、弟子ばっかにやってもらっちゃあ師範として名折れだ」

「「師範……?」」

「本当なら()()()()()()()()()()()()()が、早く決着(ケリ)つけたいんでな。見せてやるよ」

 

 ボゥッ!!

 

「「「!?」」」

 刹那、新戸の全身を爆血の炎が包み込んだ。

 鬼殺しの火に包まれるが、徐々にそれは形になっていく。

(何だ、あの形態は!?)

「し、師範……?」

「そ、その姿は……?」

 それは、栄次郎はおろか、獪岳も玄弥も見たことがない姿の新戸だった。

 

 瞳は赤く染まり、左半身が轟々と爆血の炎を発し、身体から噴き出る煙を羽衣のように纏っている。

 右手に持った仕込み杖は、刀身が赤く染まり、バリバリと雷のようなモノを迸らせている。

 左手には、爆血の炎で作られた六本の枝刃を持つ炎の剣――「七支刀」を手に持っている。

 

 それはまるで、「火を司る神」の顕現を彷彿させた。

 

「全ての鬼を滅却する、血鬼術の頂点――〝ヒノカミ・ルカ〟だ」

 

「……ハッ! 何かと思えば、ただ炎を纏っただけじゃねェか」

 栄次郎は嗤った。

 ハッタリを得意とする新戸のことだ、見掛け倒しで騙し討ちをするつもりだろう。

 そう高を括ってしまった。

「じゃあ、行くぜ」

 新戸は左手に顕現した炎の剣の切っ先を向けた。

 すると、炎の勢いがいきなり高まり、蛇を象りながら栄次郎に襲い掛かったのだ。

「んなっ!?」

 アレに呑まれれば、マズい――直感で判断し、栄次郎は燃え盛る蛇から逃げ惑う。

 しかしそれを許すわけもなく、獪岳が死角から黒い雷を飛ばす。

「くっ!!」

 強力な遠距離攻撃に、反撃に出れない栄次郎。

 花の呼吸や風の呼吸、水の呼吸を駆使してどうにか牽制するが、それ以上の効果はない。その上、畳み掛けるように斬撃を放つ獪岳と玄弥により、無限城の部屋を破壊されていき、身を潜める場所すら奪われていく。

(こうなったら、あの人の技しかねェ……!)

 栄次郎は十分の距離を取ると、ホオオォォ……と呼吸を変えた。

 十二鬼月の頂点の鬼が扱う、血鬼術と全集中の呼吸の太極を披露する。

「〝月の呼吸 伍ノ型 (げっ)(ぱく)(さい)()〟!!」

 予備動作無しで、刀身から竜巻の様な斬撃を出現させる。

 炎の蛇は弾かれてしまうが、その直後に新戸が無数の斬撃を飛ばした。その無数の斬撃も、〝捌ノ型 月龍輪尾(げつりゅうりんび)〟で相殺し、畳み掛けるように放たれた獪岳の斬撃も〝玖ノ型 (くだ)(づき)(れん)(めん)〟で打ち消していく。 

「っ……!」

「ハハッ! やっぱり全開の血鬼術だから長く持たねェか!」

 新戸の顔から余裕が消えたことに、栄次郎は歓喜した。

 全開の血鬼術は、体力を大幅に消耗させる。それはつまり、戦局が栄次郎が有利な方向に傾いているということだ。

 このまますり潰してやる――止めを刺すべく、栄次郎は最後の切り札である〝拾ノ型 穿(せん)(めん)(ざん)()(げつ)〟を放とうとした。

 その時!

 

「グオオオオオオオオオオ!!」

「ぐあぁぁっ!?」

 突如、凄まじい咆哮と共に強烈な音波が栄次郎を襲った。新戸が〝狂圧鳴波〟を放ったのだ。

 距離を置かれていたために意識を奪うことは叶わなかったが、平衡感覚を狂わされた栄次郎は膝を突いた。その隙を、新戸が見逃すはずもなく。

「シメーだ」

 

 ザンッ!

 

 新戸の仕込み杖が、栄次郎の頸を刎ねた。

 ゴトッという鈍い音を立て、畳の上に転がる生首を、新戸は一瞥もしない。

「……は?」

 ゆっくりと納刀する新戸の背中を見つめ、数秒の後に己の置かれた状況を理解する。

 最も憎い敵に、あっさりと頸を刎ねられた。しかもただ刎ねられたのではなく、血鬼術でも呼吸でもない()()()()()()で勝負がついたのだ。

 それと共に、栄次郎は気づいた。さっきまで余裕がない表情だったのに、新戸は平然としているのだ。

「てめェ、まさか……」

()()()()は演技に決まってんだろ。芝居を打つのも戦術の一つだ」

 纏っていた爆血の炎をかき消す新戸に、とてつもない怒りと憎悪が沸き起こる。

「どこまで俺を侮辱するんだ!! てめェさえいなけりゃ、カナエは俺のモノだったってのに!!」

「……」

「あん時も言ったよなァ!? てめェみてェな()()()()()()()()()()()()()()()()の生き場所はこの世にねェって!! なのに何でてめェが勝つんだ!! 何で生き残るんだ!! あの人妻が死んだ時、お前の心は折れると思ってたのに!!!」

 

 ボォン!!

 

「ギャアアアアアアア!!」

 一言も告げるどころか目もくれず、新戸は爆血の炎で栄次郎を焼いた。

 背中を向けたまま、地獄の底から響くような声で発する。

「一つ誤解をしているぞ、お前」

 新戸は振り返ることもせず、言葉を紡いだ。

「カナエは俺に惚れちゃあいないし、俺もアイツに惚れちゃあいない。ただの腐れ縁に過ぎねェよ。色恋沙汰は性に合わねェし、そもそも蝶屋敷は寄生先だ」

「……は?」

 新戸の言葉に、信じられないとでも言わんばかりに目を見開く栄次郎。

 カナエとは仲が良いが、そこに情愛や恋情は一切存在せず、ただ彼女のスネをかじってただけなのだ。

 新戸らしいと言えば新戸らしいが、一方的にカナエに恋情を抱いていた栄次郎にとって、彼に対する嫉妬は的外れもいいところだったのだ。

 

 ――お前さァ、何の為に鬼になったの?

 

 かつて蝶屋敷で言われた新戸の言葉は、ここへ来て自分に帰ってきた。

 鬼になり、人々もかつての仲間も喰い漁り、ここまでこぎつけたのに……新戸はそもそもカナエに気がなかったという真実に、栄次郎は言葉を失った。

 今までの恨みは、何の価値も無いものだった。それを知り、慟哭の叫びを上げようとした時――

 

「俺は一途に想い続けるだけだ。あの人を……瑠火さんを」

 

 新戸は爆血の火力を最大まで上げ、悲鳴を上げることすら許さずに栄次郎を焼き尽くした。

 長い因縁に終止符を打った新戸は、懐から酒瓶を取り出して一口呷った。

「……下らねェ時間を過ごしたな」

「ええ」

「……玄弥、お前のおかげだ。ありがとよ」

「い、いえ……」

 新戸は弟子達の頭を優しく撫で、労いの声をかけるのだった。

 

 ――小守新戸、稲玉獪岳及び不死川玄弥と共に高浪栄次郎を討伐。

 

 

           *

 

 

 栄次郎討伐の報せは、無限城内を飛び回る鎹鴉によって周知される。

「何と……」

「ハッ! やりやがったかァ」

「へェ……派手に幸先がいいじゃねェか」

「……!」

 城内を走る柱達は、新戸が待っ先に敵を撃破したと知り、笑みを浮かべた。

 蝶屋敷を襲った、忌々しい裏切り者が先に死んだことに、胸がすいた。

「このまま殲滅だァ……!」

 柱達の士気が、さらに高まる。

 一方、童磨達はというと。

「ありゃりゃ……本当に哀れだったなぁ」

「……姉さんの心を踏み躙った元隊士を討ち取るとは……さすがですね」

「そうとなれば、俺達も本腰を入れないとね」

 童磨は血鬼術で結晶ノ御子を生み出すと、それらを解き放った。

 他の鬼狩り達を援護するためだ。

「さて……これからどうなることやら」

「おい、クソ親父! 母ちゃん泣かせたら頸斬り落とすからな」

「おお、怖い怖い。でもそれ、余計に琴葉を悲しませないかい?」

「んだとゴラァーーーー!!」

 ムキーッ! と鼻息を荒げる伊之助に、しのぶ達は苦笑する。

 そして、炭治郎達もその報せを知ることになる。

「……そうか」

「うむ! これで少しは余裕ができたな」

「さすが新戸さんだ……!」

 栄次郎討伐を成し遂げた新戸を称える三人。

 彼らと対峙した猗窩座は、動揺も怒りもせず、静かに「やはりな」と口にした。

「やはり? 負けると思ってたのか?」

「どうせあの男の騙し討ちにやられたんだろう。すぐ感情的になるあのガキは、捨て駒程度の価値しかなかった……まあ、そんなことはどうでもいい」

 猗窩座は腰を深く落とし、片腕を前に出して構える。

 上弦の参の血鬼術――〝破壊殺〟だ。

「さあ、始めようか。宴の時間だ」

 拳の道を極めた鬼が、ついに牙を剥いた。




新戸の最終形態〝ヒノカミ・ルカ〟は、ヒロアカの轟君みたいな感じに左半身が燃えていて、ワンピのルフィのギア5みたいに煙を羽衣のように纏った状態です。
ちなみに煙の成分は、新戸が吸ったタバコの煙です。長年蓄積されてますから。(笑)
この状態の新戸の瞳は、瑠火と同じ色になります。


あと、超どうでもいい設定ですが、この話の新戸と栄次郎の最終決戦のイメージソングは、King Gnuさんの『一途』としてます。
新戸の全身が爆血の炎に包まれてからイントロが始まる的な。


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第四十六話 何か宿ってんかね、あの人形。

縁壱零式、普通にぜんまい式で動くんだ……。

今回はある意味ドリームマッチです。

この話では、呪符を用いた会話は《》で表記します。


 栄次郎を撃破した新戸一行は、無限城内で妓夫太郎と堕姫に遭遇した。

「へえ、あいつ死んだのね」

「まあ、その程度の腕っぷしだったってことだなぁぁ」

「少し危なかったがな」

 煙草いる? と新戸は箱を差し出すと、二人は無言で取り出し、火をつけて一服。

 紫煙を燻らせる。

「あの、師範……見せてよかったんですか?」

「ああ、あれか? いいんだ、あれは()()()()()()()()。〝ヒノカミ・ルカ〟の本質を見誤ってもらうためにな……全ての鬼を滅却するとは言ったが、あくまでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()って話だ」

 新戸は不敵に笑う。

 彼の新形態である〝ヒノカミ・ルカ〟は、圧倒的な戦闘力を発揮した。それは栄次郎の視界を介して無惨に知られ、残った上弦達に共有されることでもあるが、それこそが新戸の目論見なのだというのだ。

「〝()()()()()を理解できてりゃあ、意味がわかるはずだぜ?」

「……師範、まさか!!!」

「おっ、勘づいたか。それでこそ一番弟子だ、獪岳」

「……確かに、()()()()()バレちゃマズいですね……」

 一同が首を傾げる中、ある可能性に辿り着いた獪岳は顔を青ざめた。

 もし事実なら、戦闘力の飛躍的向上なんかよりも機密にせねばならない。たとえ拷問されようと、頸を刎ねられようと、それこそ吸収されても口を割ってはならない。

「まあ、それはどうだっていい。梅ちゃん、例の人形は?」

「ええ、あるわよ」

 堕姫は帯を動かし、新戸の仕込み杖で斬ってもらう。

 そこからスルリと、腕が六本ある赤みがかった長髪の絡繰人形が現れた。

「師範、これは……?」

「刀鍛冶の連中を挑発して修理させた縁壱零式だ。二体目はまだ完成してなかったが、これだけでも十分だ」

 刀鍛冶の里が保管する、鬼殺隊士の訓練用の絡繰人形すらも戦場に持ち込んだ新戸。

 早速背中のぜんまいを回すと、カタカタ音と共に日輪刀を構えた。

 異音はないので、しっかり起動できているようだ。

「っ……いつ見ても、寒気が止まらないわ……」

「何つーか、近づいちゃいけねえような気がしてなぁぁ……」

「珠世さんの言う通りなら、数百年前に無惨を無残な姿にした剣豪とそっくりだから、記憶が体に染みついてんだろ」

 鳥肌が止まらない上弦兄妹に対し、新戸はご満悦な表情。

 その時、突如首がカクンッ! と右へ向き、その方向目がけて特攻。襖や障子を斬り倒していった。

「おい、どこ行くんだ人形!!」

「な、何が起こったんだぁぁ!?」

「縁壱を追うぞ! 壁にぶつかって壊れたら洒落になんねェ!」

 慌てて縁壱零式を追う新戸達。

 これを皮切りに、無限城での決戦は混沌を極めることとなる。

 

 

 その頃、無限城の深部で、無惨は珠世を取り込み肉の繭となりながら解毒を進めていた。

 そんな中で見た、新戸の新形態に度肝を抜いていた。

(何だ、あの姿は……!?)

 炎を纏ったその姿は、今までの鬼とは明らかに別格。

 禍々しさの対極である、一種の神々しさすら感じ取れるくらいだ。

(〝ヒノカミ・ルカ〟だと……? 神にでも成ったつもりか、異常者め……!!)

 こうなるくらいなら、初めて会ったあの日に全力で殺すべきだった――今更後悔する無惨だが、もう遅いとしか言えない。

 一方の珠世は、ヒノカミ・ルカとなった新戸の姿を視界共有で視て、言葉を失った。

(あの炎は、禰豆子さんと同じ鬼殺しの火……もしかして……!?)

 偶然にも、獪岳と同じある可能性に辿り着いた珠世は、希望を見出した。

 あの形態なら、本当に誰も死なずに無惨を討てるかもしれない。不可能と思われたことを、可能にしてくれるかもしれない。

(……まだ、死ねないわ……私は、まだ……!!)

 かつて殺してしまった家族への愛と後悔、そして新戸への一縷の望みの為、彼らが来るまで足掻いてやる――珠世は己を叱咤するのだった。

 

 

           *

 

 

「……何度来ても……同じことだ……」

「っ……クソがっ!」

 とある部屋で、実弥達は〝上弦の壱〟黒死牟と激闘を繰り広げていたが、本気を出した黒死牟の圧倒的な戦闘力に追い込まれていた。

 柱四名が死力を尽くしても決定打には至らず、余裕も失っていない現状に、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。

(このままじゃあ全滅しちまう! どうすりゃあいい……!?)

「降伏か……それとも泣き別れか……好きな方を選ぶがいい……」

 三本の枝分かれした刃を持つ大太刀を構え、黒死牟が本気の一撃を繰り出そうとした時だった。

 

 バァン!!

 

 襖を賽の目にぶった斬り、人影が現れた。

 だが、それは人ではなく人形・縁壱零式だった。

「縁壱!?」

 黒死牟は信じられないものでも見たかのように、六つの目を大きく見開いた。

 ――なぜか腕が六本あるが、あの姿は間違いなく……!!

 そう一瞬だけ考えた時には、黒死牟の両腕は斬り落とされていた。

「なっ……!?」

 カタカタ音を鳴らしながら、六本の日輪刀を振るって斬りかかる縁壱零式。

 黒死牟の顔は、嫉妬や困惑、憤怒といった感情が入り乱れた表情となっている。

「え……あれって……」

「何だありゃあ!? 化け物かァ!?」

「一体、何が……!?」

 無一郎と実弥、悲鳴嶼は呆然とし、宇髄も口をあんぐりと開けている。

 そこへ、新戸達が殴り込んで合流した。

「!? 宇髄達か、死んじゃいなかったようだな」

「んなことより新戸、何だありゃあ!?」

「刀鍛冶の里の連中を煽って修理させた、訓練用絡繰人形の縁壱零式だ。見ての通り暴走している」

「「「「暴走!?」」」」

 新戸の説明に、無一郎達は驚愕。

 隊士の訓練用として使われていた絡繰人形が戦力として数えられているどころか、それが暴走して上弦の壱と互角に渡り合っているのだ。俄かに信じがたい。

「ウソだろ、俺達全員でも余裕だったってのに」

「何か……凄く戸惑いが隠せてないんだけど」

「何か宿ってんかね、あの人形。まさかの付喪神か?」

 その時、縁壱零式の動きが鈍くなった。

 ぜんまいを巻く必要があると察し、新戸はすぐさま黒死牟に斬撃を飛ばした。黒死牟は軽くないで相殺すると、意識が逸れた一瞬の隙に回収した。

 新戸は背中のぜんまいを巻くと、着物に呪符を張って退避。黒い柱の後ろに隠れ、先程張った呪符を己の額にも張った。

《兄上……》

 斬りかかる絡繰人形から発した声に、一同がハッとなった。

 ――あの人形、喋るのか!? それとも何か宿ってるのか!?

 呪符を使ってることを知らない柱達と黒死牟は絶句するが、新戸がただ呪符で声を当てているだけという小細工を知っている上弦兄妹と獪岳は今にも吹き出しそうで、玄弥は顔を引き攣らせた。

(こんな感じか……?)

 ゴニョゴニョと、珠世から聞いた感じの声色を意識しながら声を当てる新戸。

《お労しや、兄上……》

「縁壱……!!」

 本当なら全くの別人なのだが、声真似がいい線を行ってるのか、全く黒死牟は気づいていない。

 これはイケると確信した新戸は、極悪人のように笑った。

《お久しゅうございます……()()()()()ため、黄泉より戻ってまいりました……》

「化け物が……!! なぜお前ばかり……!!」

「あいつバカじゃねェの? よく考えればおかしいことに気づくだろ」

 獪岳は思わず声に出してしまった。

 どんだけ余裕ないんだよ、と引き攣った笑みを浮かべてしまう。

《いざ、参る……!》

「縁壱ぃぃぃ!!!」

「……いや、だからおかしいだろっつってんだろ」

 

 

 同時刻。

 猗窩座と戦っていた炭治郎達も、苦戦を強いられていた。

「杏寿郎、義勇、炭治郎……お前達は強い。だが人間である限り、鬼には勝てない。鬼になろう」

 斬り刻まれた肉体を再生させる猗窩座に、義勇は身体を震わせた。

 頸を斬ることはできずとも、消耗はしているはずなのに、限界が全く見えない。

 理不尽じみた再生力は、技量では互角以上でもじわじわと追い込んだ。

「鬼にならないなら、ここで若く強いまま――」

 

 ドォン!

 

 猗窩座が拳を構えた瞬間、襖を蹴破ってくる者が現れた。

 それは、あまりにも想定外の人物だった。

「猗窩座殿ーーー!! 入れ替わりの血戦をしようぜーーー!!」

『!?』

 何と、なぜか鬼殺隊の詰襟を着ている上弦の弐・童磨が殴り込んできた。

 突然の事態に、頭が追い付かないのか唖然とする一同。

「〝(ふゆ)ざれ氷柱(つらら)〟」

 無数の鋭く尖った巨大なつららを生み、炭治郎達に当たらないように落下させる童磨。

 猗窩座はバックステップで退避し、距離を取って睨みつける。

 そのすぐ後に、伊之助達が雪崩れ込んできた。

「おい、糞親父!!! 抜け駆けすんじゃねえ!!!」

「炭治郎、無事!?」

「伊之助!! カナヲ!!」

 同期達が五体満足で駆け付けたことに、炭治郎は顔を明るくした。

 そして、遅れてしのぶも駆け付けた。

「煉獄さんと冨岡さんでしたか」

「胡蝶!!」

「胡蝶、ついに……」 

 戦局が大きく動くことを悟り、杏寿郎と義勇は口角を上げた。

 そう、お待ちかねの童磨の寝返りだ。

「童磨ァ!!! ここへきて謀反かァ!!!」

「ごめんねぇ、猗窩座殿……親友を裏切るのは悲しいが、俺は15年も前から縁を切ってるんだよ……琴葉と伊之助の方が大事なんだ……!!」

(全く悲しんでる匂いがしない……)

 涙を流す童磨だが、悲しんでるどころか若干楽しんでる匂いを感じ取った炭治郎はジト目で見つめるのだった……。

 

 ――〝上弦の弐〟童磨、鬼殺隊氷柱(こおりばしら)として鬼舞辻無惨に反逆。




ちなみに現時点でお館様とあまねさんは別邸に避難し、竈門家と嘴平琴葉、宇髄と煉獄家と共にいます。
護衛は元柱の皆さんと、堕姫の分身と結晶ノ巫女です。

それと童磨が来ている詰襟は、直前に隠の皆さんに縫ってもらって堕姫が帯の中に隠してました。臨時で一日限りの氷柱・嘴平童磨の就任です。


最終決戦は無惨VS.鬼殺隊オールスターを予定しています。


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第四十七話 あんたは追い続け、俺は挑み続けた。

無惨は心の隙を突くのが極めて上手いですけど、新戸は無惨以上に上手いのです。



 黒死牟との戦いは、はっきり言って宇髄達が同情してしまうような展開だった。

 本気を出して拾陸ノ型まで繰り出したのに、完全修復が完了した縁壱零式は()()()躱しきって的確に斬撃を叩き込んだのだ。彼は相手の身体が透けて見えるようになり、先の動きを読むことができる「透き通る世界」という境地に至っているのだが……その目で見えたのは、肉体ではなく複雑な部品まみれの絡繰り仕掛けであり、この時点で攻撃の先読みが不能だった。

 百歩譲って鬼殺隊に、千歩譲って新戸に倒されるならともかく、弟を模した人形に殺されるのは屈辱以外の何物でもない。不敗への執念と憤怒で猛り狂った黒死牟は、ついには全身から刃と斬撃を突き出すという侍も減ったくれもない攻撃をしたが、縁壱零式は新戸達を傷つけることなく斬撃を捌いてみせたのだ。

 本当に人形かよというボヤきが響く中、ついに黒死牟が膝をついた。心が折れたのだ。

「もう、いい……やめてくれ……これ以上……生き恥を晒したくは、ない……」

「精神攻撃の耐性低すぎだろ……」

 新戸はそうボヤいたが、宇髄達もまさか上弦の壱の心が折れるという形で終わるとは思わなかったのか、戸惑いを隠せないでいる。

 しかも黒死牟の心が折れた途端、猛攻を仕掛けていた縁壱零式がピタリと止まった。あの人形はやはり何か宿ってるのだろうか。

「己の強さの為に……人であることも侍であることも捨てたのに……弟を模した人形に身も心も踏みにじられ続けるなど……なぜ、私は追いつけない……? 妻子を切り捨て、子孫にも刃を向け、全て捨てたというのに……」

「……強い誰かを超えたいって気持ちはスゲェわかるよ」

 その言葉に、一同の視線が新戸へと集中する。

「お前にも、いるのか……?」

「煉獄瑠火……それが俺が最後まで勝てなかった人の名だ」

 新戸は黒死牟の前で胡坐を掻くと、煙草を吹かして語りだした。

「人間も鬼も、時が流れるにつれて記憶がいい加減になるのは同じだ。俺だって家族の顔なんざ思い出せねェし、先代の当主や俺を拾った当時の槇寿郎以外の柱の顔もすっかり薄れちまった。――だけど、瑠火さんの顔だけは昨日のように憶えている」

「……私も、そうだ……両親も妻子も思い出せない中、縁壱だけが鮮明だった……」

「お互い、焦がれた相手に最後まで実力で勝つことができなかったな……」

「……小守新戸……お前と私は……何が違う……?」

 黒死牟の問いかけに、新戸は少し考えてから答えた。

 

「あんたは追い続け、俺は挑み続けた。……それが一番の差だと思うぜ」

 

 侍だった鬼にそう答えた新戸は、在りし日の瑠火との日々を想起した。

 

 

           *

 

 

 15年前。ズボラ鬼・小守新戸は、煉獄瑠火との初めての将棋対決で完敗を喫した。

(つえ)ェ……!」

 項垂れた新戸は、それくらいの言葉しか口にできなかった。

 生物として、常人はおろか屈強な鬼狩りの柱にも勝っていたのに、煉獄瑠火という女性の前では手も足も出なかった。人を超越した鬼の挑戦を、彼女は真っ向から受けて立ち、痛快なくらいに叩きのめした。

 悔しい――その想いで一杯になった新戸は、一つの誓いを立てた。

「クッソ……負けっぱなしでいられるかよ……!! いつか絶対……あんたを詰んで白旗上げさせてやるからな……!!」

 ある種、負け惜しみにも聞こえる言葉。

 鬼狩り達なら、誰もが一笑に付すだろう。

 しかし瑠火は、新戸の誓いを嗤うことも否定することもせず、一言優しく告げた。

 

 ――久々に楽しめました。いつでも来てくださいね。

 

 瑠火は穏やかに微笑んだ。

 まさに強者としての余裕と冷静さ……綻ばせた表情は、日輪のように輝いてるように見えた。

 新戸は思わず笑みをこぼした。心底、勝てないと思った。今は勝てない。だが勝ちたい。そう願いながら、新戸は強い瑠火に惹かれ、何度も挑み続けた。そして瑠火は、毎度新戸の挑戦を受け、コテンパンに打ち負かした。

 瑠火がいた頃の煉獄家で過ごした日々は、新戸にとってはかけがえのない宝だ。

 墓まで持っていくつもりで言わずにいたが、煉獄家は新戸にとって第二の家族も同然だった。

 ゆえに瑠火が逝去した時は、酒に溺れて落ちぶれた槇寿郎よりも、涙に沈んだ杏寿郎と千寿郎よりも悲嘆した。彼女の死が病であると承知しながらも。

 

 瑠火さん、なぜ死んだんだ。

 俺はあなたに、「立派になりましたね」と言わせたかったのに。

 

 

           *

 

 

「……私は、お前から逃げていたのか……縁壱」

 黒死牟は、縁壱零式を仰ぎ見た。

 縁壱零式はピクリとも動かず、ただただ見据えている。返事などするはずもないが、どこか訴えかけているように木でできた目を向けている。

「……何か伝えたいことは?」

「ない」

「だったら黒死牟さんよ、()()()()()()にしないか?」

「何、だと……?」

 新戸は黒死牟に一つの提案を持ち掛けた。

「あんたの弟ですら成し遂げられなかったことが、まだ一つ残ってるだろ」

「……貴様……まさか!?」

「縁壱は無惨を殺せてない。俺達は数百年前の最強が成し遂げられなかったことをやるつもりだ」

 新戸の提案は、黒死牟の謀反だった。

 まさかの提案に、宇髄達は言葉を失った。

「ワカメ頭への忠義か、縁壱を超える最後の機会か……好きな方を選べ。後者を選んでくれたら、〝名誉ある死〟を約束する」

「……」

「おい、新戸! 正気か!?」

「どうせ自分から死んでくれるんだ、いいじゃねェか」

 新戸は黒死牟の目を見据えながら、改めて問う。

「どうする? 侍としての名誉か、鬼としての忠義か」

「……随分と……意地の悪いことを……」

「意地も何も、これが事実であり現実だろ。どんなカスでも未来を変える権利はある。……で、答えは?」

 悪魔の囁きをする新戸に、黒死牟は――

 

 

 同時刻。

 童磨の寝返りで窮地に陥った猗窩座は、死に物狂いで戦っていた。

 その激戦はすさまじいを極めたようなものだった。

「畳みかけるぞ!!」

「炭治郎、ついて来い!!」

「はいっ!!」

「っしゃあ!」

 限界を超えて上弦の参に挑む。

 練り上げられた闘気は比べ物にならず、いつもの猗窩座なら満面の笑みで讃えているが、一番嫌っている男が鬼狩りの味方をしたせいでそれどころじゃない。

「琴葉の為にも頑張らないとね。〝蔓蓮華〟」

 童磨は生成した氷の蓮の花から蔓を伸ばし、猗窩座の隙を縫うように這わせた。時には猗窩座が飛ばす拳圧を受けることで鬼殺隊を護り、補助攻撃に徹する。

「くっ……! 〝終式(しゅうしき) (あお)(ぎん)(らん)(ざん)(こう)〟!!!」

 全方向に百発の乱れ打ちを全身全霊で放つ。

 絶大な破壊力を有するそれは、氷の蔓をも粉々に砕き、鬼殺隊に襲い掛かる。

 杏寿郎が、義勇が、伊之助が、攻撃を捌ききれず受けてしまい、失神して倒れていく。カナヲとしのぶは童磨が庇ったが、彼もまた深手を負い再生に徹する他ない。

 唯一躱しきれた炭治郎は、その凄惨さに絶句した。

「死ね、炭治郎」

「がっ!?」

 猗窩座は炭治郎に肉薄し、脇腹に蹴りを見舞う。

 意識が一瞬飛び、炭治郎はそのまま床に大の字で倒れた。追撃する猗窩座は、そのまま鳩尾に向かって拳を振るうが――

「よそ見していていいんですか?」

「っ! 女!?」

 

 ――〝蟲の呼吸 蝶の舞 戯れ〟

 

 しのぶが一瞬の隙を突き、日輪刀による刺突で毒を打ち込んだ。

 その毒は、新戸の血を利用した強力な劇薬。上弦でも随一の再生力を有する猗窩座も、これには堪えた。

「がっ……あああああああ!! 毒、かァ……!?」

「私は頸を斬れない剣士ですから」

 蹲り悶える姿を、しのぶは冷淡に言い放った。

 鬼に対して絶望的な威力を発揮する新戸の血を基に作った毒を受けた影響か、猗窩座は幻覚を見始めた。

 

 ――生まれ変われ、少年。

 

 ――私は狛治さんがいいんです 私と夫婦になってくれますか?

 

 ――誰かが井戸に毒を入れた……!!

 ――○○さんやお前とは直接やり合っても勝てないから あいつら酷い真似を!!

 ――惨たらしい……あんまりだ!! ○○ちゃんまで殺された!!

 

(これは……なんだ……?)

 毒を分解させながらも、頭の中に流れ込むそれに、戸惑いを隠せない。

 一方のしのぶも、分解の早さに思わず舌打ちし、「さすが上弦ですかね……」と感嘆した。

「……猗窩座殿?」

 ふと、童磨が猗窩座の異変に気づいた。

 頭を抱えながら、「女……毒……誰だ……」とボソボソ呟いているのだ。

 今こそ頸を斬る好機――どうにか起き上がった炭治郎は斬りかかるが、すでに体力の限界を迎えており、頸に刃が届くというところで握力が入らなくなり、意図せず殴りつける形となった。

 それが、引き金だった。

「……よくも思い出させたな……あんな過去を」

「!?」

 猗窩座は、炭治郎の頭に優しく手を置いた。

 殺す気満々だった上弦の参の態度とは到底思えない。

 炭治郎だけでなく、しのぶやカナヲ、意識を取り戻して起き上がった義勇達も唖然とした。

 そんな中、童磨がまさかと思って呟いた。

「記憶を、思い出したのかい……!?」

 その言葉に、一同はハッとなる。

 鬼は時々、人間の頃の記憶を取り戻すことがある。炭治郎が藤襲山で遭遇した手鬼や、那田蜘蛛山に根城を構えた下弦の伍・累も、頸を刎ねられてから涙を流すという形で記憶を取り戻している。

「……ありがとう」

 猗窩座は自分の胸に〝破壊殺 滅式〟を打ち込もうとした。

 その時だった。

「待っておくれよ、猗窩座殿」

「……童磨?」

 自決を止めたのは、童磨だった。

 きょとんとした顔で名前を言われ、「何か不自然だなぁ」と暢気に呟きながら、童磨は笑った。

「先程新戸殿から念話が入ってね……黒死牟殿が寝返りを決意したそうだ」

『はあっ!?』

 まさかの展開に、頭が追い付かない。

 十二鬼月最強の鬼――上弦の壱が寝返った。俄かに信じがたい情報だ。

 が、新戸からの念話によって伝えられたということは、新戸が何かしらの手段を講じて味方に引き入れたということだ。

「理由とか事情はともかく、明らかに無惨様への嫌がらせだねぇ」

「……」

「何をどうすればそうなるの……!?」

 義勇は言葉を失い、しのぶは思わず頭を抱えた。

 上弦が次々と陥落するのはいいが、寝返りという形の陥落は望んでない。

「……先日まで練っていた作戦と違う……」

「一番作戦めちゃくちゃにしてんの、あいつじゃねェか?」

 義勇と伊之助の的確過ぎるツッコミに、猗窩座以外はうんうんと首を縦に振るのだった。




本作の縁壱零式には、何かが宿ってるんですかね?(笑)

当初は黒死牟と猗窩座は原作通りに始末するつもりでしたが、鬼の中では黒死牟が一番好きなので、猗窩座と黒死牟は決戦後に生存はしませんが原作とは違う最期にさせます。
更新するたびに色々と芽生えちゃいましたので……。


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第四十八話 俺はお前に恨みなんかない!!

縁壱零式が刀鍛冶の里で破壊された理由は、最終決戦でこういう事態が起こる可能性が高かったからだと思ってます。なぜなら縁壱だから。(笑)

あの世界、無惨の〝呪い〟がありますし、錆兎や真菰の霊も出るので、付喪神もいても何らおかしくないんですよ。


 上弦の壱と参が寝返り、戦局が大きく傾いた無限城での決戦。

 新戸は戦力温存の為に黒死牟、童磨、猗窩座の三人を分散させ、弟子二人と宇髄達と共に城内を歩いていた。

「おい、何をチンタラ歩いてんだァ!! 早くしねェと無惨が復活すんぞォ!!」

「焦ったところでどうなるもんじゃねェよ。頸斬っても死なねェんだし。将たる者はやせ我慢しても動じちゃなんねェのよ」

「っ……」

「童磨には隊士達の援護、寝返ったばっかのお二人さんには掃除を頼んどいたんだ。息抜きも必要だ」

 咥え煙草で回廊を歩く新戸に、実弥は渋々引いた。

 よく言えば余裕かつ冷静、悪く言えば暢気である。

「……師範、あの人形は?」

「炭治郎達に預けた。状態に問題ねェが……あれには何か憑依してんじゃねェかね、やっぱり」

「やめろよ、気持ち(わり)ィこと言うんじゃねェ!」

「何だよ、足のない幽霊がそんなに怖いのか」

 新戸の煽りに、実弥は「怖くねェわボケェ!!!」と激昂しながら襖を斬った。

 表情に出まくりである。

「……さて。とうとう見つけたな」

『!!』

 新戸は視線の先にあるものを見て、笑みを浮かべる。

 壁にへばりつく、肉の繭だ。そこから漏れ出る気配は、鬼殺隊の不俱戴天の仇――鬼舞辻無惨だ。

 宇髄達が殺気立つ中、新戸は一人冷静に念話を飛ばした。

〈あー……猗窩座、今どこ?〉

〈ちょうど炭治郎達と合流した。すでに残った雑魚鬼は全員片付いた。鬼狩りの隊士は一部を除いてかなり負傷してるが〉

〈被害状態はそこまで悪くはないか……そのまま無惨トコまで来てくれ、奇襲を仕掛けろ〉

 新戸は続いて、愈史郎に念話を飛ばした。

〈愈史郎、今どう?〉

〈やっとか、待ちくたびれたぞ! 琵琶女はどうにかできたが、女の柱と蛇を連れた柱が負傷した〉

 その言葉に、新戸は目を見開いた。

 穴埋めの上弦の鬼は少し手強かったようだが、どうにか鳴女を制圧できたようだ。

 新戸は頭を働かせ、指示を飛ばした。

〈その二人に死んだふりさせとけ。こっちで合図送るから、来たら援護するよう伝えてくれ。それまでは――〉

〈わかってる! これも珠世様の為だ!!〉

〈頼むぞ、マジで〉

 愈史郎との通話を終えると、新戸は改めて肉の繭を見やる。

 あの中に、あの頭無惨がいるのだ。

「……随分と趣味の(わり)ィ寝床だな。いくら顔がよくてもありゃあ夜這い誰も来ねェぞ」

「それよりも師範、呼び鈴が見当たらないんですが」

「ホントだ。しょうがねェなァ……じゃあコレだ」

 新戸は呆れながら仕込み杖を構え、剣圧で壁ごと吹き飛ばそうと画策。

 その直後、繭から黒い影が飛び出した。攻撃直前に脱出した鬼の始祖に、新戸は「ホント悪運だけは俺とタメ張れるな」とボヤいた。

『鬼舞辻無惨……!!』

 新戸以外の面々が、得物を構えて身構える。

 それと共に、頭だけとなった珠世を片手に無惨が笑みを浮かべながら顔を向けた。

 

 禍々しい牙を生やした口を無数に備えた四肢。

 返り血を浴びたように赤く変色し、所々血管のような紅い紋様が浮かんだ筋肉質な肉体。

 真っ白に染まった長髪。

 

 その凄まじく邪悪な気配に、獪岳と玄弥は冷や汗を流し、柱達も息を吞む。

 唯一通常運転なのは、神経の図太さとお頭の出来は三千世界で一等賞な新戸だけだ。

「忌々しい顔が並んでるな」

「てめェの葬式の参列者にしちゃ上等だろ?」

 一歩前に出て、煙草を咥えながら口角を上げる。

 それと共に、左手を突き出して掌から瞳に赤い矢印が刻まれた目を開かせ、瞬きさせた。

 矢印は珠世の頭に突き立ち、新戸の手元へポーンと飛んで行って回収された。

「新戸、さん……すみません……」

「心配しなさんな。あとは俺らでどうにかすっから」

「……頼みます、家族の仇を……」

 生首状態の珠世は、そのまま意識を失った。

 それを見た宇髄が、新戸に声をかけた。

「新戸、俺に任せろ。悲鳴嶼さん達がいりゃあ一人ぐらい抜けても大丈夫だろ?」

「まあ、別動隊向かってるし……頼むわ」

 新戸から珠世の頭を託された宇髄は、そのまま離脱。

 柱一人の欠員ではあるが、回復要員は必要だ。

「残念だったな、小守新戸。珠世の投与した薬は私には効かなかった」

「さすがに高望みだったな。ま、これも想定の内さ」

 不敵な態度が崩れない新戸に、若干顔をしかめつつも、無惨は口を紡ぐ。

「それにしてもお前達は本当にしつこい。飽き飽きする。心底うんざりした。口を開けば親の仇、子の仇、兄妹の仇と馬鹿の一つ覚え……お前達は生き残ったのだからそれで十分だろう」

『……は?』

「身内が殺されたから何だと言うのか……自分は幸運だったと思い元の生活を続ければ済むこと。私に殺されることは大災に遭ったのと同じだと思え。どれだけ人を殺そうとも天変地異に復讐しようという者はいないだろう」

 千年以上に及ぶ自らの所業の全てを棚に上げた、無惨の極めて自己中心的かつ醜悪な物言い。

 それを聞き、ある者は絶句し、ある者は殺気を膨らませて怒り、ある者は完全な無表情になる。

 しかし、新戸だけは違った。

「死んだ人間が生き返ることはないのだ。いつまでもそんなことに拘っていないで、日銭を稼いで静かに暮らせば――」

「フヒヒャハハハハハハハハハハ!!」

『!?』

 新戸はただ、ゲラゲラと大爆笑した。

 怒りに満ちておらず、かといって無表情になったわけでもない。ただただ、嘲笑。

 あからさまに見下したような眼差しに、無惨は激昂する。

「何がおかしい!!!」

 その一言で大気が――いや、空間が大きく震えた。

 そのとてつもない威圧感に、獪岳と玄弥は思わず屈しそうになるのを耐えた。

 そんな鬼の始祖に対し、新戸は指を差しながらとんでもない言葉を口にした。

 

()()()()()()()()()()()()!! お前みたいな大便を小便で煮込んだ性格のカスを恨んで一体何になる!? フヒヒャハハハハ!!」

 

『は?』

 その言葉に、信じられないと言わんばかりに目を見開いた。

 新戸は、そもそもの行動理念がお門違いなのだ。

 無惨は新戸が自分を倒そうとする理由がわからず、声を荒げた。

「ならばなぜ、お前は私の邪魔をする!? 異常者共の勝利の裏には、常にお前がいた!! それで恨みがないだと!? 私の言葉を理解できる頭があるなら!!  死んだ人間が生き返ることはないと理解できるなら!! なぜ異常者共と私を滅ぼそうとする!?」

「フヒハハハ!! お前は頭がホンットーに無惨だな!! 名は体を表すってのァ正しくこのことだな!! ()()()()宿()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 そう、それが全てだった。

 新戸が無惨を撃滅しに行くのは、恨みでも使命感でもなく、「自分の〝自堕落な生活〟を脅かすから」である。

 人々の為でも、鬼殺隊の為でもない、自分一人の生活の為。それを脅かす存在である以上は、あらゆる手段を駆使して叩き潰し、平穏を取り戻す。それが新戸が無惨と戦う理由だったのだ。

「師範……あいつが、憎くないんですか」

「俺は今を生きる男と決めてるんだ。俺は()()()()()()()()()()が、こんな体になっちまったから、瑠火さんやお前に会えたとも解釈できる」

「……師範……!!」

「そういうこった。顔洗って出直してこい」

 新戸の顔からは笑みが消えず、無惨は苦虫を嚙み潰したような表情になる。

 

 無惨の最大の失敗は、初めて新戸と会った時に、彼を鬼にしてしまったことだった。

 口封じにと新戸をきっちり殺していれば、度重なる上弦の裏切りという事態は起こらず、鬼殺隊の戦力を増大させることもなかった。

 そして、15年の時を経て無惨にツケが回ってきたのだ。

 

 新戸はそんな無惨があまりにも滑稽で、仕方なかった。

「最初から最後まで、どいつもこいつも笑わせてくれたぜ。産屋敷邸襲撃、ご苦労さんなこった」

「……まさか貴様、私をわざと産屋敷に!?」

「さて、それはどうだろうな~? それより、人の心配するより自分の心配をしな」

 新戸がそう言った瞬間。

 ドゴォ! という音と共に、無惨の背後から刀を振り上げた複数の人影が迫った。

 

 右半分が無地・左半分が亀甲柄の片身替の羽織を着用した剣士。

 炎を思わせる焔色の髪を揺らす、白地に炎の意匠の羽織を羽織った剣士。

 緑と黒の市松模様の花札のような耳飾りをつけた剣士。

 顔を含めた全身に藍色の線状の文様が入った、軽装の武闘家のような鬼。

 そして……腕が六本ある、炭治郎と全く同じ耳飾りをつけた謎の絡繰人形。

 

 四人と一体の奇襲に、無惨は呆気に取られた。

「覚悟しろ無惨!!」

「っ!?」

 日輪刀が無惨に迫るが、すんでのところで避けられてしまう。

 すかさず息を合わせて斬りかかるが、無惨は触手を振るって炭治郎達を攻撃。薙ぎ払おうとするが、猗窩座が盾となったことでかろうじで無傷で済んだ。

 なお、縁壱零式だけはなぜか見事に回避している。

「大丈夫か」

「は、はい……!」

「……すまない」

 猗窩座は身体を大きく抉られたが、すぐさま持ち前の再生力で元に戻る。

 土壇場の上弦寝返りはうまくいったようだと、新戸は安堵したが、無惨はそれどころではなかった。

「なぜ生きている、化け物!?」

 そう、かつて自分を圧倒的な戦闘力で斬り刻んだ男を模した人形が、目の前にいるからだ。

 上弦最強も鬼の始祖も恐れた、生まれながらにして人の理の外側に立っていたであろう男――継国縁壱が数百年の時を経て再会を果たしたのだ。人形なのだが。

《鬼舞辻無惨……》

「ひっ……!」

 額に張られた呪符から発した低い声に、無惨は縮み上がった。

 数百年前の〝死〟が、再び顕現したかのように見えた。

《兄上を鬼にした報い……その身に……》

 カタカタ音を鳴らし、炭治郎の見覚えがある構えをとる。

 無惨はその隙に、まさかの逃亡。脱兎のごとく駆けた。

「猗窩座、追ってくれ! お前の視覚を介して先回りする!」

「わかった!」

 猗窩座は無惨の追跡を始める。

 が、縁壱零式は絡繰人形の常識を超えた爆発的な加速で猗窩座をあっという間に通り越し、無惨にしつこく斬りかかった。

「こっちに来るなーーーーー!!!」

 無惨の断末魔の叫びが木霊し、新戸は思わぬ事態に「そんなにビビる?」と呆れ返った。

「新戸さん、無惨が!」

「大丈夫だ、一番の逃走経路はすでに制圧してる」

 鳴女を制圧した今、無惨は無限城内を逃げ回るしかない。

 ならば、こちらは珠世が投与した薬の効果が出始めるまで体を休め、弱体化が開始したと同時に一斉に袋叩きにすればいい。幸い、彼を倒すには十分すぎる兵力を抱えているため、功を焦って無駄に血を流さない方が利口だ。

 その時、無一郎が新戸に質問した。

「ねえ、さっきの人形の声って新戸さんの?」

「いや、俺ァ言ってねェぞ。あの呪符は剥がし忘れただけだし……」

 新戸の言葉に、一同は凍り付いた。

 縁壱零式が動いたのは新戸がぜんまいを回したからであり、声の方は新戸が愈史郎から拝借した呪符を介した精神攻撃用に張っただけに過ぎない。

 だが先程、縁壱零式は頭に貼った呪符から声を発した。それも新戸曰く「自分の声ではない誰か」の声を。

「じゃあ、あの声誰だ?」

『……………………』

 炭治郎達は顔を真っ青にし、新戸も顔を引き攣らせた。

 そして、新戸は生まれて初めて、煙草を手元からポロリと落としたのだった。




次回、ついに伝説の市街地戦。

原作では戦わなかった禰豆子に加え、元柱のあの人も参戦。浅草のあの人も産屋敷家で待機しているだけなので、出番用意してます。刀鍛冶の皆さんも、新戸の依頼で作った新兵器を投入予定です。
さらに、二次創作ならではの「奇跡の共闘」も!

本作もそろそろクライマックスへ。最後までどうぞよろしくお願いします。
無惨様、よかったですね。葬式の参列者がどんどん増えて。


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第四十九話 お互い年取ったな。

本作もあともう少しで本編が終わりそう……。

そう言えば、憎珀天のCV山寺さんでしたね。
新戸もイメージCV山寺さんですけど、声質はまるっきり違います。


(馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な……!!!)

 脱兎の如く無限城内を逃げ回る無惨は、憤怒と屈辱で視界が真っ赤に染まっていた。

 原因は、あの絡繰人形――縁壱零式だった。

(なぜだ、なぜあの木偶人形から化け物の声がする!?)

 無惨は脳が五つあるが、その全ての脳で考え抜いても理解できないでいた。

 継国縁壱を模した絡繰人形は、本来はあそこまでの機動はできない。柱を差し置いて上弦最強と渡り合うなど、無惨の想定をはるかに超える珍事であり非常事態だ。

 黒死牟と猗窩座の謀反は非常に手痛いが、どこまでも自分本位の無惨にとってはどうでもいいこと。今は縁壱零式から逃げきることが最優先だ。

 なお、新戸本人も縁壱零式の暴走については「多分本人が憑いてるんだろう」と無理矢理答えを出し、それ以上考えるのをやめており、しかもこれが間違いではないのは秘密だ。

(それだけではない! 鳴女はなぜ私を助けない!? 鬼狩りの柱二人を仕留めたはずだろう!?)

 無惨の怒りの矛先は、鳴女に変わる。

 鳴女に何かあったという点では、無惨の考えは正しい。彼女は新戸の命を受けた愈史郎に脳を乗っ取られており、視界どころか無限城の制御も奪われてしまっていたのだ。

 だが、その事実にまだ気づいていない無惨は「使えん奴め……!」と愚痴をこぼした。

 次の瞬間!

 

 ドガァッ!!

 

「ギャーーーーーーッ!!!」

 目の前の襖を細切れにしながら、縁壱零式が真横から迫った。

 気づかぬ内に回り込まれていたのだ。

《散れ!!》

「ふざけるな、化け物め!!」

 腕や足を犠牲にしながらも、どうにか命だけは繋ぎとめる。

 もはや鳴女を助ける余裕はない。無惨は苦渋の決断だと自分に言い聞かせて、自壊の呪いを発動させて鳴女を殺害した。

 それは、紆余曲折あって鬼殺隊に寝返った猗窩座と黒死牟、そして随分前から裏切ってた童磨も感じ取った。

「……これは……!」

「……まさか」

「あー……やっぱこうなっちゃったか」

 猗窩座と黒死牟は天を仰ぎ、童磨は苦笑いを浮かべた。

 直後、無限城は静かに振動を始め、それはやがて地震のように大きな揺れとなった。

「無限城が……崩壊する……!」

『!?』

 黒死牟の言葉に、炭治郎達は驚愕した。

 それはつまり、寝返りが続出したが十二鬼月が全滅したことを意味し、残る敵は無惨一人だということを意味しているのだ。

 だが、それは新戸の目論見を大きく外れる形となってしまった。

「師範!」

「これ、さすがに()()()()んじゃ……!?」

「ちっ……参ったな、夜明けまで二時間半はちょっとマズいぞ……!」

 懐から取り出した懐中時計を見ながら、新戸は顔をしかめた。

 想定よりも早く無限城を捨てたため、得意の〝読み〟に大きなズレが生じてしまったようだ。

「ドカンと宙へ放り出されそうだ、ションベン漏らすなよ!」

 新戸がそう言い放った瞬間、鬼殺隊と無惨、そして寝返った上弦達は一斉に地上へ吐き出された。

 

 

           *

 

 

「ここは……地上!? 市街地か……!?」

 数分程意識を失っていた炭治郎は、目を覚ました。

 鎹鴉達は「夜アケマデ、アト二時間半!!」と叫んでいる。

 無惨は日光以外では死なない。この場に二時間半留めなければならないのだ。

(やれるか……? いや、やるんだ!)

 炭治郎が己を鼓舞して立ち上がった途端、瓦礫が突如吹き飛んだ。

 土煙が上がり、晴れていくと目を疑う光景が広がっていた。

「ちっ、悪運の強い野郎だぜ……!」

《すま、ない……!》

「フハハハハハ! 残念だったな小守新戸! もう化け物は手を貸さんぞ!」

 苦虫を嚙み潰したような表情の新戸に対し、まるで完全勝利したかのように高らかに笑う無惨。

 その先には、17本の触手で蜂の巣にされた縁壱零式が、糸の切れた人形のように垂れ下がっていた。

 だがよく見ると、無惨の額や足、股が日輪刀に貫かれている。結構死に物狂いだったようだ。

「こいつさえいなければ、恐れるものはない!!」

 地面に叩きつけ、巨大化した腕で縁壱零式を粉々に破壊し、刺さっていた日輪刀も砕く。

 だが、こんなこともあろうかと刀鍛冶に写しの作成を依頼していた新戸は、内心では「バカが」と笑っていた。間に合えば無惨の地獄は再開するのである。

「夜明けまで私をこの場に留めるつもりだろうが、無駄な足搔きだ。柱と裏切り者共以外は使い物にならん。当然、貴様の捨て駒にもな……!」

「戦力としちゃ十分だろ。むしろ弱い者イジメになんねェか不安なんだ」

「減らず口を……だが貴様の弟子はどうだ?」

 無惨は瓦礫から這い出て立ち上がる玄弥と獪岳に狙いを定め、触手を放つ。

 触手は二人の鳩尾を貫こうとするが、それは実弥と悲鳴嶼に阻まれてしまう。

「兄貴!!」

「悲鳴嶼、さん……!」

 風柱と岩柱の姿を見て、無惨は舌打ちした。

 受け身がよかったのか、五体満足でこれといった重傷を負っていない。

「怪我はないか……?」

「テメェ、俺の弟に何晒しとんじゃァ!!」

「さねみん、お前こないだまで玄弥のこと「テメェみてェなグズは弟じゃねェ」っつってたじゃん」

「一々掘り返すんじゃねェ!!!」

 おちょくる新戸に激昂する実弥。

 直後、無惨は四方から斬撃を浴びた。

「ごめんなさい!! みんな無事!?」

「無惨め、甘露寺を泣かせた罪は深いぞ……!!」

「ようやくお出ましか、鬼の大将は!!」

 甘露寺、伊黒、天元が降り立ち、無惨は苛立ち気に触手と両腕を振るう。

 が、それは二人の剣士によってあっという間に細切れにされた。

 その太刀筋は、無惨がよく知る人物――もといよく知る鬼のものだった。

「黒死牟!!」

「さすが上弦の壱だね、黒死牟おじさん」

「……私が……おじさん……」

 名誉ある死を選んで寝返った黒死牟と、その子孫にあたる無一郎の、息の合った連撃。

 数百年の時を超えた継国の血筋は、さすがと言えよう。

 無惨は上弦も相手取るとなれば面倒だと判断し、両腕を変化させた肉塊の如き極太の管二本で周囲の建造物をズタズタに引き裂き、さらに9本の管状の細く赤い触手で蹂躙を始める。

(速い! 目で追うのがやっとだ!)

 炭治郎は隙を伺いながら斬り込もうと構えるが、無惨と視線が合った瞬間、衝撃と共に大きく吹き飛ばされた。

「があっ……」

 宙を舞う炭治郎だが、そのまま地面に叩きつけられることはなかった。

 誰かが受け止めてくれたのだ。

「大丈夫か、竈門炭治郎」

「あ、猗窩座……!」

 炭治郎を助けたのは、正気を取り戻した猗窩座だった。

 まさかの人物に、目が点になる炭治郎。

 そのやり取りを無惨が見逃すことはない。

「猗窩座!!」

 失望の念も込めた怨嗟を吐きながら、両腕と触手を振るう無惨。

 その攻撃は、義勇と杏寿郎に阻まれ、さらにそこへ新戸が斬撃を飛ばして斬り刻む。

「小賢しいわ!!」

 無惨は攻撃を速めた。

 触手や腕の一薙ぎが風圧を発生させ、足を踏ん張っても身体が浮きそうになる。触手の先端の槍のような鋭利な骨の刃による高速斬撃は、日輪刀をへし折る勢いだ。

 さらに、血鬼術〝(こっ)(けつ)枳棘(ききょく)〟で有刺鉄線に類似した触手を腕から伸ばし、無差別の広範囲全体攻撃の破壊力を高める。

「下がれ!! てめェらカス共じゃ喰われるだけだ!!」

 獪岳は立ち上がった他の隊士達に叫ぶ。

 この戦場において、無惨と戦えるのは柱かそれに匹敵する猛者や鬼ぐらいだ。その上、無惨は血鬼術すらも吸収できる異能を持ち、下手に血鬼術で攻撃すれば無惨を回復させてしまう可能性もある。

 戦力的には鬼殺隊が優勢だが、状況的には無惨が優勢。夜明けまでまだ二時間以上ある中で、無惨をこの場にどうにか留めねば。

「とりあえず、削るしかねェな!」

 新戸は仕込み杖に積怒雷の雷撃を纏わせ、斬りかかる。

 無惨は容赦なく腕を振るうが、その腕に黒い雷撃が直撃し、ひび割れを起こし始めた。

(あの小僧のか……小癪な)

 ひび割れは無惨の肩にまで迫るが、付け根まで来たところで止まり、やがてひび割れは治った。

「腹の足しにもならんな」

「ちっ……やっぱ吸収すんのかよ!」

 嘲笑する無惨に、獪岳は苛立つ。

 やはり、物理攻撃系の血鬼術は吸収して体力回復に還元してしまうようだが、隙を作るには十分。

 その隙に新戸が深々と仕込み杖の刃を突き刺し、雷撃を直に浴びせる。

「ぐあっ!」

「別に吸収なんか関係ねェよ!」

 不敵に無惨を睨む新戸。

 鬼殺隊は、無惨を夜明けまで留めれば勝利確定だ。無惨が体力の回復に勤しんでも、日光を浴びれば水の泡なのだ。

「……フハッ! 痴れ者め、ここまで懐に入るとは愚の骨頂だぞ!」

「何?」

「この距離であれば、全ての攻撃を浴びせられる!!」

「……俺はあんたに毒盛れるけどね」

 刹那、無惨は背後から刀に突かれた。

 しのぶの毒の剣だ。それも、刀鍛冶の里で猛威を振るった例の毒だ。

「あっ……がああっ!」

「残念でしたね! 鬼を人間に戻す薬以外にも劇物は用意してあるんですよ!」

 しのぶの一突きにより、切っ先から出る毒が無惨を蝕んでいく。

 無惨は鬱陶しいわァ!! と叫びながら二人を吹き飛ばし、しのぶは甘露寺達に受け止められ、新戸は玄弥と獪岳に受け止められる。

「死ぬがいい!!」

「っ! 下がれ!」

 無惨は激しく追撃。

 市街地を破壊し、瓦礫すらも武器にして周囲を吹き飛ばす。

 その際に、炭治郎が無惨の触手を受けて斬られてしまう。

「あっ……うああああああっ!」

「炭治郎!?」

「竈門少年!!」

 炭治郎の異変に気を取られ、義勇と杏寿郎も受けてしまう。

 それを見た無残は、ニヤリと笑った。

「かかったな。私の攻撃には常に大量の血が含まれている」

『!!』

「その三人を鬼にするのも悪くない」

 悪鬼の言葉に、血の気が引く一同。

 無惨の攻撃で最も恐ろしいのは、血液を媒介とした攻撃を受ければ良くて即死、最悪の場合鬼に変えられ支配下に置かれるという理不尽な特性だ。

 これを受ければ、いかに柱とて一溜りもないのだが……。

「ワカメ頭、それで謀ったつもりかよ?」

「……貴様、まさか!」

「珠世さんはスゲェよ。俺の言ったとおりの効能の薬作れるんだから」

 無惨が驚愕している内に、血を注がれた炭治郎達が立ち上がった。

 三人共、これといった異変は見当たらない。

「大丈夫か!?」

「すまない、煉獄……」

「俺はまだ戦えます……!」

「うむ! その意気やよし!!」

 息こそ上がってはいるが、鬼化の兆候は一切見られない。

 それを見た無惨は、射殺す勢いで新戸を睨んで叫んだ。

「おのれ、小守新戸!! 姑息なマネを!!」

「何言ってやがる、卑怯も姑息も戦場では作法だぜ」

 焦りを隠せない無惨に、新戸は極悪人のように笑う。

 そう、かねてより新戸は珠世に「回復薬」の開発を頼んでいた。鬼を人間に戻す薬を開発するついでに、人間にも鬼にも通用する回復薬を作ってほしい――そう頼み込んだことで、珠世は無惨の血を強制的に注がれても鬼化しないように一種の血清を生み出したのだ。

 これは全ての隊士に投与されているので、無惨の目論見はすでに破綻している。

「どこまでも私の邪魔をする……!」

「うおおっ!?」

 無惨は怒りを露わに、新戸へ集中攻撃。どうにか捌くが、防戦一方になる。

 ついでに鬼殺隊への攻撃も忘れず、徹底的なゴリ押しで圧倒していく。

「ぐっ……」

「煉獄さん!」

 その時、杏寿郎が立ち眩みを覚えて片膝をついた。

 無惨の血が、思った以上に注がれていたようだ。

 それを見逃す鬼の始祖ではなく……。

(こやつは竈門炭治郎の心の柱の一つ。ここで折っておくべきか)

 容赦なく集中砲火を浴びせる無惨だが、ここで思わぬ事態が起こった。

「〝炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天〟!」

「〝水の呼吸 壱ノ型 水面斬り〟!」

「何っ!?」

 突如、二人の剣士が杏寿郎への集中砲火を全て相殺した。

 新手の登場に、無惨の苛立ちはさらに高まる。

「小守新戸……!」

()()()()()()()()()()なんざ一言も言ってねェぞ」

 口角を上げる新戸に、無惨の顔にさらに青筋が浮かび上がった。

 そして、問題の二人の剣士の正体はと言うと……。

「無事か、杏寿郎」

「大丈夫か、炭治郎、義勇」

『!?』

 何と、現れたのは先代炎柱・煉獄槇寿郎と元水柱の鱗滝左近次。

 まさかの助太刀に、炭治郎だけでなく他の柱達も驚愕。

 正しく総力戦であった。

「新戸、戦況は?」

「ひとまず全員無事、上弦の壱と参が寝返り、栄次郎と側近の琵琶女はぶっ殺した。あとは総力であのバカをこの場に押し留める」

「またお前は騙したのか」

「将棋は敵の駒を利用するんだよ」

 新戸と槇寿郎は、互いに得物を構えて無惨を見やる。

 ふと、槇寿郎は懐かしそうに口を開いた。

「何年ぶりだ? 貴様に背中を預けるのは」

「フヒヒヒ……お互い年取ったな」

「貴様は取ってないだろう」

「精神的に年取ってるから問題ねェよ」

 死地でも軽口を叩き合う両者。

 無惨はそのやり取りを眺めながら、鼻で笑った。

「老いぼれまで死地へ追いやるか……貴様も冷酷だな」

「どうせ御役御免になるんだ、このまま余生送るぐらいならもう一働きしてもらわねェと」

「ったく、お前は隠居泣かせだな」

「お前はやさぐれただけだろ」

 そう言うと新戸は、刃に己の血を滴らせ、爆血の炎を宿らせる。

 槇寿郎は呼吸を整え、切っ先を無惨に向ける。

「槇寿郎、これ勝ったら純米大吟醸奢れよ」

「それまで生き残れればな」

「言質取ったぞ。約束破ったら瑠火さんの墓前でチクってやるから」

「貴様こそこんなところで死んだら、瑠火に怒られるぞ」

 新戸と槇寿郎は、十数年ぶりの共闘に身を投じたのだった。




というわけで、続いての参加者は元柱のお二人でした!
まあ、最前線に立つのは槇寿郎の方なんですけどね。

黒死牟と無一郎の共闘とか、猗窩座と杏寿郎の共闘とか、結構燃えます。
上弦と柱のタッグは、二次創作だからこそ実現するんでしょうね。ゲームでも不可能ですから。

ちなみに今作のドリームマッチは、まだ一枠あります。
観たくないですか? 鬼の始祖と鬼の王の勝負を……ぐふふ。
あと、縁壱零式がまさかの破壊ですが……刀鍛冶の皆さんが二体目の最終チェックが終わり次第投下する予定なので、無惨様の地獄はまだ続きます。


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第五十話 頼むぜ、伝説。

夏あたりで終わるかも。
新戸、がんばれ。


 無惨と鬼殺隊及び寝返った上弦達の戦いは、苛烈を極めた。

 元柱の緊急参戦により、戦局に変化が訪れたのだ。

「〝炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天〟!」

「〝鬼剣舞 刀剣舞の狂い〟!」

「小癪なっ……!」

 強烈な斬り上げと、追撃してくる「飛ぶ斬撃」に無惨は苛立っていた。

 新戸と共闘する槇寿郎は、十数年ぶりだというのに現役時代と変わらない動きで鬼の始祖に食らいつく。煉獄家当主の意地と、家族を護りたい心が、彼を突き動かしていたのだ。

 それだけではない。まだ柱達と炭治郎達も健在で、裏切った上弦も一人として討ち取られてない。無惨としては大変よろしくない戦況だ。

 だが、生物は窮地に追い込まれると覚醒し、火事場の馬鹿力などで絶体絶命の危機を突破することがある。それは人間だけとは限らない。

「この虫共がァァーーーー!!!」

 無惨は吠えると、右肩から左腰にかけて巨大な口を形成し、そこから強烈な稲妻状の衝撃波を放った。

 今まで見たことのない攻撃に、炭治郎達は吹き飛ばされていく。新戸も剣圧を最大出力で放って受け止めたが、ぶっ続けで血鬼術を行使しているために相殺できず、被弾してしまう。吹き飛ばされずには済んだが、神経を狂わされてしまい立ってるのがやっとだ。

「……んだ、今の……!? 衝撃波か……!?」

 新戸は仕込み杖で身体を支え、どうにか持ち直す。

 幾度となく自分を追い詰めた怨敵の疲弊した姿に、無惨は迷わず触手を構えた。

(ここで奴を仕留めれば、鬼狩り共の連携は崩壊する!!)

 荒唐無稽なれど合理的かつ効果的な戦略で、両勢力を掻き回して王手をかけたズボラ鬼・小守新戸。

 是が非でも鬼殺隊の天才策略家を倒さねば、鬼殺隊士を皆殺しにしても最後の最後で勝利をもぎ取られる。が、ここで討ち取れば残りは寿命が尽きるまで逃げきれれば自動的に無惨が勝つ。今の無惨の作戦は、新戸を倒して即座にトンズラすること……それさえ成就できればいいのだ。

「死ね!!」

 無惨は全ての触手を新戸に向け、八つ裂きにしようとするが……。

「……それで王手のつもりかよ?」

 

 ドォン!

 

「がああぁっ!?」

 刹那、新戸の仕込み杖から雷撃が放出。触手に直撃し、無惨は感電してしまう。

 刀鍛冶の里を襲った半天狗の分裂体・憎珀天を吸収したことで得た血鬼術〝積怒雷〟だ。鬼としての特異性ゆえ、半天狗本人よりも高い威力を誇り、ダメージにあまり期待はできないが無惨を怯ませるには十分だ。

「ぐっ……このっ……!」

「ムンッ!」

「っ!?」

 バッと顔を上げた途端、目の前に新手が現れた。

 それは、無惨も知る顔の鬼――竈門禰豆子だった。

「貴様は……!!」

 一瞬だけ呆けたように目を見開く無惨。

 その隙に禰豆子は無惨の右腕を掴んで一本背負い。爆血の炎でこんがりと焼きつつ、蹴り技で無惨を攻撃する。

「小賢しい……!」

 無惨は衝撃波を放った大口で禰豆子に食らいつこうとするが、その隙に炭治郎と善逸、伊之助の攻撃を食らってしまう。さらに杏寿郎の横薙ぎと猗窩座の手刀、義勇と実弥の連撃も受け、片膝をつく。

「ゴミ共がっ……!」

「おいおい、んなこと言ってる場合じゃねェぞ」

 新戸は悪い笑みで後ろを指差す。

 無惨が振り向いた瞬間、黒死牟が飛ぶ斬撃で触手を斬り落とし、悲鳴嶼が鉄球を脳天に叩きつけ、とどめと言わんばかりに童磨が氷柱を落として無惨を押し潰した。

「おお!! やったか!?」

 伊之助の歓喜の声に、周りも様子を伺う。

 いくら無惨とて、柱と上弦の追撃をここまで受ければ無事では済まないだろう。

 が、無惨のしぶとさは想像をはるかに超えていた。

 

 ドンッ!

 

「ぐあっ!?」

「童磨!」

 無惨は先程の衝撃波で、強引に氷柱を破壊して童磨を吹き飛ばした。

 すると今度は、両腕を振るって童磨の右半身と黒死牟の下肢、猗窩座の左半身を両腕で食い千切った。新戸と禰豆子、獪岳と玄弥を食い千切らなかったのは、爆血の反撃を警戒してのことだろうか。

 元部下の血肉で全快ではなくとも体力を回復したのか、無惨の〝圧〟が増し、一同は怒りを滲ませた。

「無惨……お前っ!」

「それ以前にてめェら()()()()だ!! あのワカメが回復したら元も子もねェんだよ!!」

「…………すまん」

「……返す……言葉も……ない……」

 新戸に叱責され、黒死牟と猗窩座はシュンとなった。

(クソ、俺だって消耗が激しいってのに……! 泥沼化したらこっちが負けちまう!)

 戦局は新戸の想像以上に悪化している。

 夜明けまであと一時間半だが、無惨の攻撃の中には上弦達すら知らないモノも混じっている。柱達を庇ったりしてくれるおかげで渡り合っているが、これ以上の戦闘による負傷は後遺症どころか致命傷になりかねない。

 しかし、それでも命を削って鬼殺隊は応戦している。長い付き合いである産屋敷からの願いも無下にはできず、今は亡き想い人の為にも新戸も命を削らねばならない。かといって、不必要な消耗をしては元も子もない。

「……だったらこれだ」

 新戸はメリメリと生々しい音を立てながら、掌からヤツデの葉の団扇を生み出した。

「師範、それって!」

「おう、上弦の肆のヤツだな」

 刀鍛冶の里の襲撃において、新戸の策略でせっかくの襲撃が失敗した半天狗の能力だ。

 突風を放つその能力は、無惨にも有効だろう。

「よし、禰豆子! これをお前に託す! ただし無惨に奪われんなよ?」

「ムンッ!」

 新戸から団扇を受け取った禰豆子は、物凄い速さで無惨に肉薄する。

 だが、ここで新戸はハッとなって叫んだ。

「ちょ、待て!! 禰豆子そいつは――」

「ムンッ!!」

 禰豆子が思いっきり羽扇を振るった、次の瞬間だった。

 

 ドゴォン!!!

 

『ぎゃあああああああああっ!?』

「ムーッ!?」

突風(それ)()()()()()()()()()()だから、敵味方問わず吹っ飛ばしちまうんだって……ああ、もう手遅れか……」

 たったひと振りで炭治郎達はおろか、無惨も上弦達も吹っ飛んでしまった。

 しかも全力で振るったせいか、市街地の家屋も次々と破損し、地面も抉られている始末。

 事故という言葉では済まされない惨状に、獪岳と玄弥は顔を引き攣らせ、当事者の禰豆子は盛大なやらかしをしたことに涙目となった。

「み、みんなーーーーーっ!!!」

「おいィィ!! 話が(ちげ)ェぞォ!!」

「新戸、貴様何てことをしてくれたんだ!!」

「俺だって驚いてんだよ!! 半天狗(ほんにん)よりも強い一撃を禰豆子がかますなんてよ……!!」

 あまりの惨状に、甘露寺は悲鳴を上げ、実弥と槇寿郎は鬼の形相で胸倉を掴み、新戸は必死に弁解する。

 それに続くように、瓦礫から這い出た一同が顔に青筋を浮かべて叫んだ。

『殺す気かぁ!!!』

「いや、悪かったってマジで!」

「し、死ぬかと思った……!」

「禰豆子ちゃん、ちょっとやりすぎだって……!!」

 炭治郎と善逸を尻目に、非難の声を上げる鬼殺隊と上弦。

 すると、瓦礫を吹き飛ばして無惨が起き上がった。

「き、貴様ァ……!」

「あ、生きてた……」

 無惨は顔中に青筋を浮かべ、新戸に怒りをぶつけた。

「小守新戸……貴様、私一人を討ち取るために街ごと仲間諸共消し飛ばす気か!? 産屋敷め、こんな鬼畜の所業を許すというのか!?」

「鬼の始祖に鬼畜の所業とか言われたくねェんだよ!!」

 怒号を飛ばす無惨にごもっともな切り返しをする獪岳。

 厚顔無恥を極めた発言に、玄弥は思わず「半天狗のジジイと大差ねェな」とボヤいた。

「これ以上私を怒らせるとどうなるか、思い知れ!」

「あんなこと言う奴って大体負けるよな」

「師範、そんなこと言ってる場合じゃないですよ!」

 獪岳が叫んだ瞬間、無惨は再び衝撃波攻撃を放った。

 瓦礫を巻き込んだそれは、炭治郎達に弾幕のように襲い掛かるが、禰豆子が団扇を振るって弾き返す。が、無惨は触手で全て粉砕し、両腕を振るって薙ぎ払っていく。

「がああああっ!」

「ぐっ!」

 咆哮を上げながら暴れる無惨は、執拗に新戸を攻撃する。

 義勇は、新戸を殺すことに目的を変えたと察し、必死に叫んだ。

「新戸! そのまま引き――」

「五月蠅い!」

 無惨は肥大化した腕で義勇を攻撃。

 咄嗟に刀を盾にしたが、衝撃に耐えきれなかったのかへし折れてしまい、そのまま吹き飛ばされた。

「冨岡さん!」

「義勇さん!?」

「斬り刻んでくれる!!」

 無惨はそう叫んだ瞬間、両腕の禍々しい無数の口から三日月型の細かい刃が放たれた。

 容赦なく全方向に放たれるそれに、宇髄や無一郎は左手を斬り落とされ、甘露寺は耳を抉られ、伊黒も肩を裂かれた。

 黒死牟の血肉を喰らったことで、〝月の呼吸〟の特性を独自に生み出したのだ。

「時透君! 宇髄さん!」

「構うな、竈門ォ!」

「往生際の悪い奴らめ……!」

 無惨は今度は、両足の口で吸息を行い、強烈な吸い込みで相手を渦へと引き寄せ抉り取ろうとする。

 それは悲鳴嶼ですら引き寄せられてしまう程で、どうにか堪えるしかない。

(っ……通常の何倍もの体力消耗を強いられる!)

「〝稲魂〟!」

 そこへ獪岳が、吸息を行う足に黒死雷を放った。

 両足はひび割れていき、吸息が緩んだところで脱出に成功する。

(あの小鬼……)

 鬼となった隊士であると同時に、忌々しい小守新戸の右腕。

 実力は取るに足らないが、新戸の弟子なだけあって嫌らしい戦法で翻弄している。

「かき消してくれる!!」

 無惨は衝撃波に加えて三日月型の刃を全方位に拡散。

 上弦達が、柱達が、炭治郎達が餌食となり、倒れていく。

「ハァ……ハァ……残るは貴様だ、小守新戸……!」

「てめェ……やってくれたな……!」

 かなり消耗したのか、息切れを起こす無惨。

 それは新戸も同様で、気力と体力がかなり削られてるのか息が荒い。

(まだ一時間半弱……まだ一手足りない……!)

 炭治郎達が喰われないよう、警戒を強める新戸。

 無惨もまた、新戸の奇策を警戒してか、すぐには動かない。

 双方が睨み合う中、それは突如降り立った。

 

 ドッ!

 

「?」

「……!?」

 新戸の傍に、見慣れた絡繰人形が着地した。

 それは、本来なら破壊されてこの場にいないはずの存在だった。

「縁壱……! そうか、()()()()()()!」

「んなっ……!?」

「新戸さーーん!」

 突如、頭上から声がかかった。

 何事かと思って見上げると、屋根の上にひょっとこの面を被った者達がいるではないか。

 刀鍛冶の里の鍛冶職人達だ。

(あれは……鋼鐵塚(はがねづか)さん!?)

(なぜ、ここに……!?)

 この場にいてはならないはずの鍛冶職人の参上に、驚きを隠せない。

 すると、刀匠の見習いにして縁壱零式の制作者を先祖に持つ少年・()(てつ)が、新戸に大声で叫んだ。

「お待たせして申し訳ありません!! 完成しました!! その名も〝シン・縁壱零式〟です!!!」

「よっしゃ、でかした!」

「何ィ!?」

 あの悪夢の殺戮人形が二体目の降臨という形で戦線復帰することに、無惨は血の気が引いた。

 すると今度は、刀鍛冶の一人・鉄穴森(かなもり)(こう)(ぞう)が酒壺を新戸目がけて投げつけた。

「新戸さん! 里長から頂いた地酒です! お酒で体力回復できると聞いたので、秘蔵の酒蔵から持ってきました!」

「っ! ズルいぞ新戸……!」

「お前はちょっと休んでろ」

 血反吐を吐きながらボヤく槇寿郎に、新戸は呆れながらもガブガブと酒を飲む。

 無惨は新戸の回復を阻止せんと、全ての触手を振るうが、それらは柱達に阻まれてしまう。

「新戸さん、俺達が食い止めますから全部!」

「いや、もう大丈夫。飲み切った」

『早っ!!』

 あっという間に飲み切った新戸に、一同は唖然とした。

 酒壺を叩き割り、懐から呪符を取り出す。

「よし……あと一時間ちょっとだ。頼むぜ、伝説」

 新しくなった縁壱零式の額に、呪符を貼り付ける。

 刹那、無惨の体があっという間に斬り刻まれた。

「なっ……」

《……すまない、私のせいで……》

「いや、気にすんな。全部承知の上だ」

 復活した縁壱零式が、カタカタ音を立てながら刀を構えた。

 ちなみに手にした刀は、一般隊士から拝借したモノである。

《鬼舞辻無惨……終わりにしよう》

「ふざけるな化け物!! 最後に勝つのは私だ、愚かな兄と共に朽ち果てろ!!!」

 憑依された絡繰人形に、逃走を念頭にしつつ無惨は応戦の構えを取る。

 無惨との最終決戦は、ついに終幕へと向かうのだった。




無惨の吸収能力で、体力回復に加えて兄上の斬撃が口から放てるようになりました。
その代わりに、縁壱零式がピッカピカの新品の体で戻ってきました。(笑)

次回は個人的に一番見てみたかったドリームマッチを実現させます。
あともう少しで本編も終了。もうしばらくお付き合いください。


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第五十一話 俺らでどうにかするしかねェ。

最後のドリームマッチの内容が判明します。


 疲弊しきった鬼殺隊の前に現れたシン・縁壱零式。

 その性能は、無惨と一騎打ちで渡り合う程のオーバーテクノロジーだった。

(一体どうなっている……!? まるで生きてた頃の奴とほぼ同じではないか!!)

 無惨は心の中で悪態を吐く。

 シン・縁壱零式は、無惨が破壊した前の代物と違って格段に速く、非常に身軽だ。はっきり言って肉眼で捉えるのは困難なくらいだ。

 無惨の疑問に答えるように、小鉄が得意げに笑った。

「どうだ、鬼舞辻無惨!! シン・縁壱零式は禰豆子さんの箱と同じ霧雲杉を素材としたことで、全体的な軽量化に成功したんですよ!!」

「っ……成程……」

 無惨は小鉄の言葉に目を細め、ほくそ笑んだ。

 軽量化をしたということは、その分耐久性が低い可能性がある。縁壱零式は触手でズタズタにした後で蜂の巣にしたことでようやく動きが止まったが、シン・縁壱零式はそれよりも脆いはず――()()()()()()()無惨は、全ての触手をシン・縁壱零式に向ける。

「小童には感謝せねばな!」

 無惨の触手を、シン・縁壱零式は次々と捌き斬り落とすが、触手の一本が脚の付け根に刺さった。

 そのまま貫通させて叩き潰してやろうとしたが、その時には無惨は十字に斬り裂かれていた。

「何っ!?」

 シン・縁壱零式は、切断された触手が刺さったまま進撃。

 一気に無惨を防戦一方に追い詰めた。

「おお! 見事にひっかかってくれましたぞ!」

「ふふん!! こんなこともあろうかと、あらゆる部品の外側にも内側にも岩漆を塗っておいたんですよ!! 耐久性は低いだなんて一言も言ってませんからね!!」

「すごいよ、小鉄君!!」

「小癪なっ……!!」

 無惨は両腕を振るって小鉄達を殺そうとするが、無一郎と甘露寺、伊黒に阻まれる。

「時透、大丈夫か!?」

「何とかね……! 事前に打った薬、止血作用も入ってたみたい……!」

「私もまだまだやるからね!!」

 肉を抉られ、四肢の一部を失ってなお気概を失わない柱達。

 それに呼応するように、五体満足の面々も無惨への総攻撃を仕掛ける。

「思う存分()っちゃってください!! どんな攻撃も当たらなければ意味ないんですよ!!」

「何か無一郎に似てきたな」

 新戸はボヤきながらも、爆血と斬撃の乱れ撃ちで無惨を攻撃。

 人間を一切傷つけない爆血を利用し、柱達はあえて受けて炎の鎧としたり、日輪刀に宿す芸当まで見せる。

 じわじわと消耗していく無惨は、渾身の一撃を見舞った。

「なめるなァァァァ!!!」

 

 ドォン!!

 

『!?』

 稲妻状の衝撃波に加え、三日月形の斬撃を乱射。

 体力の大幅な消耗を引き換えにしたか、()が凄まじい。

 鬼殺隊も、上弦達も、新戸も斬り刻まれていく。幸い離れていた鍛冶達は左近次と槇寿郎、シン・縁壱零式らに助け出されて避難できたが、現場は凄惨を極めた。

「ハァ……ハァ……」

 無惨は己の体を見やり、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。

 先程から、体の感覚がおかしいのだ。

「……おいおい、ヤケクソかよ。勘弁してくれや、この服結構気に入ってんだぜ?」

 新戸は無惨の攻撃を捌ききれず、左腕を根元から斬り飛ばされてしまったが、自らの血液で胴体と繋ぎとめ、元通りに再生した。

 が、それ以外は死屍累々に近い。上弦達はともかく、柱達は深手を負い、玄弥と獪岳も四肢を失って回復に専念している。善逸と伊之助はどうにか五体満足だが……。

「た、炭治郎……!!」

「ムー……!!」

「あ、あああっ……!!」

 炭治郎はカナヲと禰豆子を庇ったからか、左腕を斬り落とされてしまった。

 呼吸で止血をしているが、新戸としては結構マズい事態であった。

(くっそ、炭治郎のヒノカミ神楽は抜きか……!! 野郎、ホント悪運だけは一丁前か……!!)

 無惨を睨め付ける新戸。

 かく言う無惨も、汗を流しており息も先程以上に荒い。

 消耗しているのはお互い様だが、人間の消耗と鬼の消耗ではあまりにも違い過ぎる。ここで逃げられたら終わりだ。

《小守殿……!!》

「マジか、あんた無傷かよ」

 やはりと言うべきか、シン・縁壱零式は無傷。

 新戸は「冗談だろそりゃ」と顔を引き攣らせた。

《このままでは……》

「わーってるよ! 鬼化した弟子達もあのザマだ、俺らでどうにかするしかねェ」

「……よりにもよって貴様らが残るか……」

 ほとんど蹴散らしたかと思えば、残ったのが忌々しい怨敵二人。

 無惨は歯ぎしりすると、背を向けて走った。

《っ! 逃げるぞ!!》

「大丈夫だ、追わんでいい」

《何だと?》

 逃走を始めた無惨を追おうとするが、新戸がそれを止めた。

 どういうことだと尋ねようとした、その時だった。

 

 ズブリッ

 

「な……!?」

『!?』

 無惨の胴体から、血のように赤黒い鎌の刃が生えた。

 そう、まだあの兄妹が残ってたのだ。

「隙ありよ!!」

 女性の声が響いたかと思えば、無惨の体に帯が巻き付き、そのまま振り上げられて脳天から地面に叩きつけられた。

「ったく、みっともねぇなぁ無惨様ぁぁ……」

「アンタ達もよ、鬼狩り!!」

 満を持して、妓夫太郎と堕姫の兄妹が参戦。

 裏切者の追加に、無惨は血管から血が吹き出そうな勢いで怒りを露わにした。

「お前達もだったな……! こうも私を失望させるとは……!」

「仕方ねェだろ、あらゆる利点が鬼舞辻無惨が上司というだけで帳消しになっちまうんだから」

「貴様黙れ!!!」

 新戸のボヤきに無惨は攻撃しながらツッコミを入れる。

 そんな中、炭治郎は偶然傍にいた黒死牟と義勇に応急処置を施されていた。

「……止血はした。が……適切な処置が、必要だ……これ以上戦うな……」

「うっ……」

 炭治郎は悔しさをにじませながら、必死に打開策を考えた。

 

 左腕の出血は抑えられたが、これ以上の戦闘は失血死につながる。

 すでに禰豆子も、先程の攻撃で負った傷が深いからか休眠状態。同期達も疲弊しきり、新戸の弟子も回復に専念しているせいで身動きが取れそうにない。

 柱達も意識はあるようだが、左腕を失った無一郎と宇髄は勿論、しのぶや甘露寺、伊黒も戦える状態とは言い難い。杏寿郎は目の傷に加えて内臓が傷つき、実弥は指を何本か失い、五体満足の悲鳴嶼と義勇は疲弊しきっている。

 他の上弦達も、無惨を二度と逃走させまいとその場に押し留めるのが精一杯。このまま夜明けまで封じ込めればいいが、できなかった場合は一巻の終わりだ。

 

 炭治郎は考えた末、決断した。

「……黒死牟さん……」

「……どうした……竈門炭治郎」

「頼みがあります……!」

 

 

           *

 

 

 新戸達と無惨の激闘は、壮絶を極めた。

 死力を尽くす無惨は想像をはるかに超え、シン・縁壱零式もついに傷を負い始めた。それでも大したものでないあたり、憑いている縁壱の凄まじさが伺える。

「るおおおおおおっ!!」

 新戸は赫醒刃の赤い斬撃と爆血の炎を全開放し、無惨に食らいつく。

 今までにない鬼気迫る表情で、鬼の始祖を討ち取らんとする。

「がああああっ!!」

 無惨もまた、忌々しい新戸を滅却せんと猛威を振るう。

 策を練る暇を与えないことで、新戸の最大の武器である知略を封じ込めることに成功したが、その分を補うように妓夫太郎が咆哮しながら血の斬撃を見舞い、堕姫が帯で下段攻めを仕掛ける。

「死ね! 小守新戸!」

「ぬおっ!?」

 ドゴンッ! と重い一撃が新戸を襲った。

 新戸はそのまま炭治郎達の傍まで吹き飛ばされてしまう。

「くっそ、死にかけの生物の足掻き方じゃねェぞ……!」

 血反吐を吐きながら起き上がる新戸。

 すると、すぐそばで炭治郎が苦しそうな声を上げた。

「うああっ……!」

「おま、何やってんだ!?」

 新戸は目を大きく見開いた。

 何と黒死牟の血が、炭治郎の傷に注がれているではないか。

「竈門炭治郎は……日の呼吸を使える……妹も妹ならば……」

「……炭治郎、お前まさか!!」

「ぐうっ……ね、()()()()()()()んだ……長男の俺なら……!」

「そんなん、長男力でどうにかなるもんじゃ……ん?」

 炭治郎と黒死牟を引きはがそうとした新戸だったが、無惨の方を見て一瞬固まった。

 そして、確信を得たように口角を上げて叫んだ。

「――よし、続けろ!! お前の賭けに乗ってやるよ、炭治郎!!」

「え……!?」

「無惨の奴も、同じ考えに至ったらしいぜ……!!」

 新戸の視線の先では、無惨が青ざめた顔でこちらに向かってくるではないか。

 それはつまり、炭治郎を()()()()()()()()()()()()()()()()ということに気づいたという意味だ。

「お前ら、作戦変更だ!! 炭治郎を鬼化させてあのワカメにぶつける!!」

『ハァ!?』

 新戸の即席の作戦に、全員が信じられないと言わんばかりに驚愕した。

 隊律違反どころの問題じゃない。隊士を鬼化させて無惨にぶつけるなど、正気ではない。

「時間を稼いでやる!! 悲鳴嶼、義勇!! 炭治郎を護れ!!」

「もはや隊律も意味をなさんか……!!」

「それで倒せるなら、本望だ……!!」

 苦い顔をしながら、悲鳴嶼と義勇は炭治郎を庇う。

 直後、新戸は左半身から爆血の炎を発し、身体から噴き出る煙を羽衣のように纏い始めた。

 栄次郎を討ち取った、新戸の最終形態――〝ヒノカミ・ルカ〟だ。

「仲間を鬼化させるとは……冷酷も恥も極めたな!」

「てめェが言うなっての!」

 新戸は仕込み杖に雷を纏わせ、左手に炎の七支刀を顕現させる。

「それに、まだ切り札は残ってる……!! 夜明けまであと四十五分だ、これで終わりにするぞ、()()()()()!!!」

「っ……いいだろう!! 私を最も追い詰めた男と認めてやる、小守新戸!! 貴様と竈門炭治郎さえ殺せれば、あとは烏合の衆!! 産屋敷も時代のうねりには抗えまい……!! 貴様を殺したらこの場を去って、真の安寧を手に入れてくれる!!!」

 一縷の望みに全てを賭け、新戸は無惨に挑んだ。




ちなみに無惨様は分裂阻害や老化、細胞破壊の薬に薄々勘づいてます。
だからこそ、分裂による逃走をせず、自分の足で逃走を図ったんです。まあ、シン・縁壱零式に手口を見抜かれてるのでできなかったんですけど。

そして次回、ついに音沙汰なかったお館様が動きます。
さらに、炭治郎が鬼化して……!?

お楽しみに。


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第五十二話 お前、鬼化すると犬になんの?

無惨様告別式もクライマックスです。


 炭治郎を鬼化させて無惨と戦わせるという、あまりにも危険な一発勝負(バクチ)に出た新戸。

 なりふり構わず殺しにかかるズボラ鬼に、無惨は戦慄を覚えつつも猛攻を仕掛けるが、新戸と柱達の死力を尽くした防衛を切り崩せないでいた。

「〝岩の呼吸 参ノ型 (がん)()(はだえ)〟!!」

「〝水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦〟!!」

「〝炎の呼吸 肆の型 盛炎のうねり〟!!」

 無惨の執拗な攻撃を、攻防に優れた技で防いでいく。

 珠世が投与した薬のおかげで無惨も消耗しているが、その度に寝返った鬼達の血肉を食い千切ってチマチマと回復するため、ゴリ押しに加えて地味に嫌な戦法で鬼殺隊と上弦達を追い詰めていた。

 それでも、彼ら彼女らは必死に食い下がる。

「〝獣の呼吸 肆ノ牙 (きり)(こま)()き〟!!」

「〝雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・神速〟!!」

「〝花の呼吸 陸ノ型 渦桃〟!!」

 炭治郎の同期達も、命懸けで無惨を妨害。

 愈史郎の呪符による目隠しの効能を利用し、じわじわと削っていく。

「おいィ! 竈門はまだかァ!」

「いい加減にしろ! こっちも限界なんだ! どうしてくれる!」

「やかましい! 加減間違えたらお釈迦なんだっての!」

 苛立ちが募る実弥と伊黒に一喝しながら、新戸は共に炭治郎を爆血の炎で包む。

 無惨に最も近い黒死牟の血を、絶妙な加減で燃やしながら注ぐことで、順応の際の弊害を押さえるという腹積もりだ。

「随分と……注いだ……そろそろ、頃合いのはずだ……」

「さて、イチが出るかバチが出るか……」

 黒死牟は目を細め、差し出した腕を下げる。

 新戸もそれに合わせ、爆血の炎を鎮める。

「……グゥゥ……!」

『!!』

 唸り声と共に、炭治郎は起き上がった。

 赫灼の瞳は、禰豆子と同じように縦長の瞳孔となり、顔の痣も広がっている。

 気配は紛れもなく、鬼のそれ。鬼化は成功したが、問題はここからだ。

「ムゥ……」

「……炭治郎……」

 禰豆子と義勇は恐る恐る様子を伺い、新戸は仕込み杖の刀身に爆血の炎を纏わせる。

 新戸のような例外を除き、鬼化して間もない場合は理性が欠落しており、本能の赴くままに動く。今の炭治郎の眼前には、新戸という劇物さえ除けば血の滴る食い物が揃っている状況。食いつくか否かで、この戦場がさらなる地獄となる。

「ヴヴ……」

「!」

 鬼化した炭治郎は、禰豆子を見るや否や、彼女の頭に手を置いて撫で始めた。

 賭けは成功だ。理性を失わず、炭治郎は鬼となれたのだ。

「炭治郎、大丈夫そうだな」

「ガウッ!」

「お前、鬼化すると犬になんの?」

 人一倍鼻が利くからか知らないが、なぜか受け答えが犬である。

 だが、炭治郎の嗅覚は感情の起伏すら嗅ぎ取れる。四の五の言ったり考えず、理解に努めればいい話だ。

 新戸は傍に置いてあった黒刀を炭治郎に渡し、

「状況はわかってるだろうが、説明は全部端折るぞ……あと一息だ」

「ヴヴヴヴ……!」

「驕るな、小鬼共」

 無惨が無造作に腕を突き出し、力を込める。

 すると、炭治郎の身体から嫌な音が鳴り始め、吐血し出した。

「炭治郎!」

「竈門少年っ!」

「小守新戸、貴様の奸計で黒死牟達の呪いを解いたようだが、炭治郎には有効だ。……そのまま死ぬがいい」

 無惨は得意げに策を封殺したと嘲笑するが、新戸は不敵に笑って言葉を返した。

「おい、ワカメ頭。糠に釘ってことわざ知ってるか?」

「?」

「禰豆子でさえお前の支配を逃れられたんだ、炭治郎にできない訳ねェだろ」

 新戸がそう言い放った途端、炭治郎の吐血はピタリと止んだ。

 無惨の支配が外されたのだ。何という強靭な精神力か。

「そ、そんな馬鹿な……!」

「俄かに、信じがたい……!」

「おいおい、冗談だろぉぉ……」

 無惨はおろか、鬼の長男枠である黒死牟と妓夫太郎も愕然。

 そもそも鬼狩りは通常の人間より鬼化に時間がかかるというのに、炭治郎は十数分で無惨の支配を外せる程に順応していた。言葉がまだ話せないのは、あくまでも時間がそこまで経ってないからであり、人の血肉を口にせず人語を喋り血鬼術を行使できるようになるのも時間の問題だ。それこそ、頸の弱点や日光の克服すらも……。

「そんじゃあ、ここでダメ押しだ。……おい、まだくたばっちゃいねェだろうな!?」

 新戸がそう叫ぶと、どこからか一羽の鎹鴉がシン・縁壱零式の肩に降り立った。

 その頭には、模様が違うが愈史郎が作った呪符が貼られている。

《ゲホ……どうにか、体調が落ち着いたよ……もう少し、早く起きたかったかな……》

『お館様!?』

「産屋敷!? なぜ生きている!?」

 呪符から発された声に、耳を疑った。産屋敷輝哉の声だ。

「お館様……!」

「ご無事であられたか!!」

「よかったぁ……!!」

 死んだと思ってた敬愛する輝哉の生存を知り、安堵したり涙ぐむ柱達。

 彼が無事ということは、あまね達も無事なのだろう。

「でも、一体どうして!? あの時、お屋敷は……!!」

 甘露寺の疑問はもっともだ。

 あの爆発で木っ端微塵に吹っ飛んだ屋敷から、どう生存できたのか。

 その答えを知る者が、ニヤリと笑って答えた。

「おいガキ共、俺は一度も()()()なんて言ってねェぞ? なあ、梅ちゃん」

「ふん!」

「――まさか、帯の中か!?」

 産屋敷家生存の絡繰を知り、敵味方問わず唖然とした。

 無惨討伐の士気を高めるために輝哉達は囮となり、新戸が堕姫の血鬼術を利用して救助し、その事実を秘匿し続けてたのだ。

《新戸殿、何も今まで隠さずともよかったのでは?》

「だって早めに知られたら気ィ緩むかもしんねェじゃん」

 新戸の言葉に、全員がジト目で睨んだ。

 そんなことは絶対にあり得ない、と言えないのが歯痒い。

《新戸……状況はわかってる。炭治郎が鬼になってしまったことも》

「鬼になったっつーか俺がさせたんだけどな」

《……この際は不問にするよ》

 一々新戸に言うのも疲れるのか、輝哉はそれ以上は何も言わないことにした。

 すると新戸が、悪い笑顔で輝哉に言い放った。

「おい、景気づけに一発かましてやれ」

《! ……皆、聞こえるかな》

「やかましい烏だ……!」

 無惨は苛立ちながら鎹鴉を攻撃する。

 が、それは炭治郎によって弾かれてしまった。――隊服を突き破って生えた骨のような触手によって。

「……これマジでヤバいかも」

「ガゥ?」

 炭治郎はきょとんとしてるが、新戸はダラダラと冷や汗を垂らしまくっている。

 ――これで暴走なんかしたら、縁壱でも手に余る化け物になるんじゃないか?

《どうやら、私の声は届きそうだ……私の大事な剣士(こども)達、ここまでよく戦ってくれたね》

「お館様……」

 戦場を支配する、鬼狩りの総大将の声。

 彼らの心に灯った炎に、輝哉は薪をくべた。

 

《私の魂は、いつも傍にある。全てを終わらせよう》

 

 その言葉を聞き、柱達の身体から闘気が溢れた。

 満身創痍のはずなのに、体力が全回復したかのような気迫だ。

「お館様、感謝いたします!!!」

「ああ……!!!」

「うむ!!! その言葉以上に、我々を奮い立たせる言葉はないっ!!!」

「産屋敷っ……!!」

 一気に士気が上がる鬼殺隊に、無惨は苦虫を嚙み潰したような表情で睨んだ。

 その場にいた人間達は、心を燃やして刃を構えるのだった。

 

 

           *

 

 

 鬼狩りと鬼の首魁の最終戦争は、夜明けまで残り僅かなこともあり、極限の修羅場と化した。

 最終形態になった新戸と鬼になった炭治郎、そしてシン・縁壱零式の猛攻で逃げられない無惨が、最後の足掻きでギリギリ渡り合っていたのだ。本当にしぶとい男である。

 とはいえ、無惨の消耗は火を見るよりも明らか。かつての部下達が身を呈して鬼殺隊を庇うことで、鬼狩り達は四肢のどれかを欠損させた者こそいるが命を繋いでいる。無惨も上弦達の血肉を食い千切りながら戦っているが、それもその場しのぎにしかならず、大苦戦を強いられた。

 が、この抵抗は新戸にとって想定外であり、ついにイライラし始めていき……。

「ああ、もう……往生際が(わり)ィ野郎だよ!!」

「ウガアアッ!!」

 

 キキキキキキ……!!!

 

 新戸が纏う爆血の炎がさらに燃え盛り、炭治郎に至っては口の前に光球のようなものを生み出し始めた。

 それを見た宇髄が「何する気だ!?」と二人に叫んだ。

「ここら一帯を更地にして日陰を無くしてやんよ!!」

『ダメだろやめろバカ!!!』

「正気か貴様ァ!?」

 業を煮やした新戸と炭治郎を必死に止める一同。

 無惨ですら冷や汗を掻きまくっており、本気で広範囲を破壊する大技を仕掛けるつもりだったようだ。

 その時、空の方を見た義勇が声高に叫んだ。

「夜明けだ!!」

『!!!』

 そう、夜明けを迎えたのだ。

 日が昇れば、鬼殺隊の勝利は確定する。無限城を失い、孤軍となった無惨には勝機などない。

 だが、腐っても鬼の始祖。全方位に衝撃波を放って全てを吹き飛ばし、逃走を図った。

「ぐあああっ!!」

「ギャッ!」

 日光焼けが始まり、苦悶の声を上げる無惨と炭治郎。

 だが、数秒後に両者の違いはすぐ出た。

「ムンッ!」

 炭治郎は歯を食いしばって息を整えた。

 直後、焼けていた皮膚が元通りになった。日光を克服したのだ。

「ったく、ビックリさせやがって! 獪岳、行くぞ!」

 とどめの追撃を仕掛ける新戸と獪岳は、斬撃や炎撃、雷撃で猛攻。

 それに続き、上弦達も血鬼術を全開に無惨を削っていく。

 しかし、無惨はここへ来て少しでも生き残るための時間を稼ごうと肉体を肥大化。眼の潰れた巨大な赤ん坊の姿となり、地面を叩き割りながら暴れる。

「バカが! てめェで的をデカくしやがった!」

「今だ!」

 無惨を確実に殺すべく、鬼殺隊は総攻撃に出た。

 太陽光の当たらない場所に逃げようとする無惨の首に、悲鳴嶼が日輪刀の鎖を絡め、甘露寺と伊黒、禰豆子と玄弥が一般隊士達と力を合わせて拘束。隠は車での特攻で足止めを行い、善逸達が隠達を救助する。

 続いてしのぶが日輪刀を無惨の心臓に深く突き刺した。日輪刀に仕込んだ毒を全て注ぎ、すぐさま撤退する。

 さらに義勇と実弥、無一郎と宇髄が連携で両腕を斬り飛ばし、上弦達が脳天や胸、鳩尾を重点的に攻撃。上弦を吸収しようとする無惨だが、そこへ新戸が掌に眼を開かせて〝紅潔の矢〟で拘束を強化させた。

「杏寿郎、行くぞ!」

「はい、父上!」

 無惨の拘束が強まり、動きが鈍くなったところで煉獄親子が動いた。

 互いに闘気を解放し、両腕を含めた全身を捻り、そして爆発的な踏み込みで突進した。

「「〝奥義 玖ノ型・煉獄〟!!」」

 

 ドォン!!

 

「グギャアアアーーーーーーー!!!」

 一瞬で多くの面積を根こそぎ抉り斬る大技を一度に二発食らい、無惨は断末魔の叫びをあげた。

 しかし、それでもしぶとく生きている無惨は、隙だらけとなった二人を叩き潰そうと片腕を再生させるが――

「〝狂圧鳴波〟!」

 新戸は凄まじい咆哮で無惨に音波攻撃。

 新戸が精度を高めたのか、それとも鬼狩り達が意地で耐えてるのか、気絶する者もなく無惨のみに攻撃を当てることに成功。まさかの音波攻撃に大きく怯んだ無惨は、さらに動きを鈍くさせた。

「炭治郎!! 縁壱!! 今だ!!!」

 新戸が叫ぶと共に、炭治郎とシン・縁壱零式が跳んだ。

 地中に潜ることすらできない無惨は、その技をモロに食らうこととなった。

(〝ヒノカミ神楽〟……!!)

(〝日の呼吸〟……!!)

 

 ――〝円舞〟!!!

 

 日本一(やさ)しい鬼となった炭治郎と、絡繰人形に憑依して四百年ぶりに顕現した継国縁壱が繰り出す、災厄を焼き払う渾身の一太刀。

 真っ向から受けた無惨は、悲鳴すら上げることなく滅却されるのだった。




この作品もそろそろ終了が近づいてきました。
ちょっと寂しいですね……。


よく鬼化ifとか柱ifとかありますが……もし新戸が鬼舞辻側だったら、鬼殺隊のチカラではなく新戸がやりたい放題(利敵行為も含む)やったせいで鬼が滅ぶと思います。


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最終話 このままハイ解散なんてさせねェよ!

本編終了です……。

お気づきでしょうが、本作では炭治郎達は痣を発現しておりません。
その理由も解明されます。


 それからの話……鬼舞辻無惨を討伐した鬼殺隊は、戦後処理に追われた。

 壮絶な死闘の末、市街地は半壊状態であり、鬼殺隊に関係する全ての人材を使って作業にあたった。

 意外なことに、この戦後処理には刀鍛冶の里の鍛冶達だけでなく、童磨の隠れ蓑だった万世極楽教の信者達まで参加してくれた。

 万世極楽教の信者は250人程で、相当な労働力。大半は女性だったが、男衆も一定数いるため力仕事に積極的に手伝ったことにより、街の復旧は二ヶ月程で完了した。

 ちなみに今回の件は「地下水の長年の浸食によって地盤沈下が起こり、その影響で建物の倒壊が相次いだ」という形で事を収めた。

 

 そして全てが片付いた頃、産屋敷邸にて最後の柱合会議が開かれた。

「……全員揃ったね」

 耀哉は微笑みながら口を開いた。

 無惨の討伐のおかげか、蝕んでいた呪いは完全に解け、快調に向かっている。今では一人で元気に歩き回ることもできる程だ。

「行冥、義勇、杏寿郎、実弥、天元、蜜璃、小芭内、無一郎、しのぶ……今まで本当にありがとう。鬼殺隊は今日で解散する」

「長きに渡り、身命を賭して世の為人の為に戦っていただき、尽くしていただいたこと……産屋敷家一族一同、心より感謝申し上げます」

 耀哉とあまね、そして輝利哉達が頭を下げた。

 柱達は慌てふためきながら、産屋敷家の尽力があったことが第一であり、自分達こそ礼を言う立場だと口を揃える。

 その言葉に耀哉は微笑むと、真の功労者は産屋敷家じゃないと告げた。

「私個人が思うにね、鬼殺隊で最も功績をたてたのは……煉獄家だと思ってる」

「よもや!?」

 その言葉に、誰もが目を見開いた。

 産屋敷家ではなく、煉獄家が無惨討伐の立役者なのだというのだ。

 その最たる理由は――

「煉獄家がなければ、新戸は鬼殺隊に来なかった」

『!!』

 そう、小守新戸という存在を鬼殺隊に引き入れたことが最大の功績なのだ。

「新戸と初めて出会った鬼殺隊士はね、まだ炎柱だった槇寿郎だ。新戸の特異性を見出して、私の父の下に新戸を連れてきたんだよ。禰豆子と違ってあの頃から図々しかったけどね」

『……』

「そして新戸は、瑠火さんと出会った。将棋を介して敗北を教え、何度も挑む新戸に真っ向から向き合い、戦術家としての才能を開花させた。新戸が鬼殺隊にいてくれたのは、間違いなく瑠火さんに出会えたからなんだ。――そうだろう? 新戸」

 耀哉は縁側に顔を向け、将棋ではなく囲碁をしている新戸に話を振った。

 新戸は「俺は自分の生活を護りたかっただけだ」と一言告げるが、一つだけどうにも気になってしまうことが一つ。

「おい新戸、なぜ上弦の壱がそこにいる」

 そう、新戸は()()()()()()()()元上弦の壱・黒死牟と一局やっていたのだ。しかも傍には元上弦の参・猗窩座もいる。

 これにはあまね達も固まった。

「囲碁も結構面白いじゃんか」

「ならば、あとで将棋も一局……」

「いいね。俺は強いから覚悟しとけよ」

「おいィ! 話を聞けェ!」

 怒号を飛ばす実弥に、新戸は「うっせ~な~……」とジト目で反論した。

「別に全部丸く収まったからいいだろうが。無惨は死んだし、誰も死ななかったし、上弦は人間に戻ったし。これ以上何を望むってんだ」

「てめェ、こいつらを生かしたってのか!?」

「あの場で殺すつもりだったけど、炭治郎に懇願されたからな」

 その言葉に、一同は目が点になった。

「竈門少年が?」

「あいつ鬼になった時、何か知らんが上弦共の過去を見ちまったらしい」

 新戸はあの決戦の直後の出来事……黒死牟に血を注がれてる時、炭治郎は上弦達の過去を覗き見たことを語った。

 

 全てを捨ててまで弟を超えようとしたが、結局何も得られなかった黒死牟もとい(つぎ)(くに)(みち)(かつ)

 実父のみならず、恩人と愛する者を同時に喪った猗窩座もとい(はく)()

 周りに誰も助けてくれる人間がいなかった、鬼になる道を選ばざるを得なかった妓夫太郎と堕姫。

 

 童磨は新戸と出会い、妓夫太郎と梅も最終的に味方になったが、やはり許せない敵とはいえ同情してしまい、不憫に思ってしまった。

 ゆえに炭治郎は、無惨を倒した直後、触手を使って黒死牟と猗窩座に自らの血を少し分けたという。

 ――生きて、今まで犯した罪を償ってもらいたい。

 その想いをありのまま炭治郎は伝え、新戸はそれを承諾し、念の為にと珠世から渡されていた鬼を人間に戻す薬を投与したというのだ。

「まあ、戦後処理の労働力としてこき使えそうだし……利害の一致ってヤツだ。もうこいつらは人を喰えないし血鬼術も使えねェ。ただの化け物みたいに強い人間だ」

「炭治郎と禰豆子は?」

「あの二人にも、梅ちゃんと妓夫太郎にも服薬済みだ。童磨も人間に戻る。鬼化能力がある玄弥にも、念の為に投与しといた。俺と獪岳は順番待ちだ」

「……君も、人間に戻ってくれるのか」

 耀哉は驚きに満ちた表情で呟いた。

 その言葉に対し、新戸は「長生きしたってロクなこたァねェからな」と笑い、こう返した。

 

「要は死の淵が早いか遅いかの違いでしかねェんだよ。皆いつかは死ぬが、それが今日か今日じゃないかぐらいは変えられる。無惨の野郎(バカ)も、求めるモンが完璧や永遠じゃなく()()()()()()ぐらいだったら、あんな末路になんなかったろうにな」

 

 ズボラな男の価値観がわかる言葉に、耀哉は思わず唸った。

 現役の実力者の中では最年長と言える彼の言葉は、中々響くものだった。

「それにしても……よく鬼の皆さんと仲良くなれたわ」

「確かに」

「別に連中と敵対しても、〝痣者〟が現れりゃあどうにでもなったさ。もっとも、俺の戦術戦略に大きな弊害が出るから徹底的に避けたが」

「〝痣者〟?」

 聞き慣れない言葉に、首をかしげる。

 巌勝だけは心当たりがあるのか、一対となった目を細めた。

「全集中の呼吸を一定以上極めた奴は、身体に鬼の紋様に似た痣が発現するという記録を読んだことがある。発現すれば上弦とも戦えるぐらい強くなるが、「寿命の前借り」だから産屋敷もびっくりの短命になる。三度の飯より鬼狩りのてめェらのことだから、是が非でも出そうとすると思って発現は回避させた」

「……よもや新戸、そこまで読んでいたのか?」

 杏寿郎の言葉に、全員が息を呑んだ。

 駒が寿命の前借りで早逝するなど、駒の価値をよく知る戦術家である新戸が許すはずがない。チャランポランな立ち振る舞いの裏では、どうすれば犠牲を最小限に無惨達を殲滅できるのかを必死に考えていたのだ。

 黒死牟と猗窩座は、それを知り改めて思い知った。

 

 真っ先に滅ぼすべき相手は、鬼殺隊でも産屋敷でもなく小守新戸という鬼だったことを。

 

「痣者を一人として出さず、あの御方に勝ったというのか……」

「一時的な能力強化で自滅するより、あらゆる手段で見苦しく足掻く方が合理的なだけだ」

 淡々と告げるズボラ鬼に、巌勝は笑みを浮かべた。

 これは小守新戸の()()()()としか言いようがない。

「……まあ、これで終わったんだ。ここまで頑張ったんだ、()()()()付き合ってもらうぜ、耀哉」

「そうだね」

「? 何のことだァ?」

「んなもん、決まってんだろ」

 新戸は目を細め、極悪人のように笑った。

「お前らの結婚式だ、柱共」

『……えええええええええ!?』

 その場にいる全員が絶叫。

 新戸と耀哉はその反応を見て、腹を抱えて笑った。

「ダーッハッハッハッハッハ! このままハイ解散なんてさせねェよ! 無惨ぶっ殺したらやろうって、俺と耀哉が主導して動いてたんだよ!」

「ふふっ……あっははははははははっ! 私だって君達をビックリさせたくてね、新戸の提案に乗ったんだ! あははははっ!」

 大爆笑する新戸に加え、初めて見る興奮気味に笑う耀哉に、一同は驚愕のあまり固まっていた。

 ついには笑いながら握手し始めてるではないか。

「お、お館様があんなに楽しそうに笑ってるの初めて! キュンキュンするわっ!」

「うむ! 付き合いが長いからこそだろう! いい光景だっ!」

「じゃあ、俺は派手に()()()()に回れそうだな!」

 甘露寺と杏寿郎、既婚者の宇髄は肯定的だが、他の者は気が気でなかった。

 というのも、新戸は鬼殺隊内の人間関係を熟知しており、誰と誰がイイ関係かも把握している。

 つまり、この場で個人的な関係が暴露される可能性があるのだ。

「じゃあ耀哉、やるか」

「うん、そうしよう」

 小守新戸と産屋敷耀哉――鬼殺隊を勝利に導いた二人の共同作業の始まりに、一部の柱が魂が抜けたような表情を浮かべたという。

 

 

           *

 

 

 それから二年。

 鬼殺隊解散後、隊士達はそれぞれの道を歩んだ。

 

 炭治郎ら竈門家は、鬼の脅威が去ったことから生家の雲取山に戻り、炭焼き稼業を再開した。最近はカナヲが出入りしており、彼女を温かく出迎えている。

 善逸は育手の桑島慈悟郎と共に桃農家を開業。元鬼殺隊の面々に上質な桃を配っている。最近は禰豆子とお付き合いしており、近々結婚の予定だ。

 伊之助は何と、童磨自身も人間に戻ったためか万世極楽教に母と帰還。童磨は教祖としての使命感からか、慈善事業の拡大に力を注いでいる。しかも極楽教にはかの元上弦の陸の二人も暮らしているそう。

 

 柱達にも動きがあった。

 まず、実弥はカナエと付き合っており、蝶屋敷を人々の為の病院にすると意気込んでいるとのこと。結婚して夫婦となった義勇としのぶの二人も手を貸し、鬼殺隊に貢献した珠世一派も担当医として関わっているという。その際に悲鳴嶼と玄弥に孤児院の経営を誘ったようで、当然その誘いには乗った。

 伊黒と甘露寺は柱時代から二人でいることが多かったため、解散後にすぐ結婚し、食堂を営み始めた。甘露寺は早速妊娠しており、出産を控えているそうだ。

 杏寿郎は鬼舞辻無惨討伐の功績によって煉獄家の当主となり、親族のいない無一郎も引き取り、産屋敷家に収めるための鬼殺隊の戦いの歴史の記録を書き始めているという。鬼側の視点も大事として、鬼から人間に戻った狛治と巌勝にも編纂させている。

 宇髄は嫁の三人と暮らしているが、産屋敷家の分家として迎えられ、行き場のない隊士や日輪刀を打つ必要がなくなった刀鍛冶の支援、産屋敷家の私有地の管理を行っている。

 

 そして肝心の新戸は、弟子の獪岳と共に鬼から人へ戻り、産屋敷家に正式に居座ることになった。

 

「善逸や雷ジジイんトコにゃ戻らねェのか?」

「あの二人の方が馬が合いそうです。俺は師範の傍が一番ですから」

「師匠として冥利に尽きるねェ」

 満月を仰ぎ見ながら、グビグビと盃に注がれた酒を飲む新戸。

 獪岳も桃をしゃくりと齧りながら、お猪口の中の清酒を呷る。

「……師範は、これからどうするつもりですか」

「やりたいようにやる……と言いてェが、この先の流れを考えると、お前らを護らなきゃなんねェようだから、それまで死ぬ気はねェかな」

「この先の、流れ……?」

 獪岳は目を大きく見開いた。

「この先、この国は戦争に巻き込まれる気がすんだ。こちとら無惨(ワカメ)一人で腹一杯だってのに、今度は人間同士の殺し合いで全集中なんざシャレになんねェだろ? だから俺の次の敵は〝時代〟だよ」

「……」

「まあ、人間生きてさえいればそれだけで儲け物よ。それが全てだ」

 酒を飲み干すと、徐に桃に手を伸ばして一口齧る。

 するとそこへ、耀哉が穏やかに笑いながら顔を出した。

「隣、いいかな?」

「おう」

 新戸の隣に腰を下ろすと、徐に猪口が置かれた。

 一緒に飲もう――そういうことだろう。

「……まさか、君と酒を飲める日が来るとはね」

「煙草吸わせる前に、酒の味をきっちり教え込もうと思ってな」

 普段は不敵だったり黒かったりする新戸の笑顔だが、この時だけはいつになく柔和だった。

 耀哉は口角を上げながら新戸の盃に酒を注ぎ、新戸は耀哉の小さな御猪口に酒を注いだ。

 

「「乾杯」」

 

 軽く杯を合わせて一口。

 作法もへったくれもない乾杯であったが、不思議と様になっていた。

「……とてもまろやかだね」

「槇寿郎んトコから拝借した酒だ、旨いに決まってら」

「師範、それって窃盗じゃ……」

「禁酒措置だよ」

 静かな夜で、元鬼殺隊当主と元鬼は夜明けまで飲み語り合ったのだった。

 

 

           *

 

 

 時は流れ、現代。

 震災や戦争を乗り越え、平和な時代が訪れた日本で、間もなく日本最高齢の記録を突破しようとしていた産屋敷輝利哉の下に()()()()()()()()()()が尋ねた。

「久しぶりだな、輝利哉」

 そう言って現れたのは、着物姿の黒髪の青年。

 しかしその声と雰囲気は、紛れもない彼自身だった。

「君は転生しても変わらないね、新戸。……いや、小守新戸()()

 茶菓子を出して歓迎する輝利哉。

 そう、客人の正体は転生した小守新戸。現代では棋士として活動し、将棋に加えて囲碁の棋士として前人未到の「囲碁と将棋のダブル棋聖獲得」を狙う、ニュースやワイドショーで注目される大物となっていた。

「まあ、あの時代切り抜けたようで何よりだわ。どいつもこいつも転生してやがる」

「そうか……彼ら彼女らの子孫も素晴らしいね」

「まあ、ビックリしたこともあったがな」

 茶を啜りながら思い返す。

 新戸は戦争に負けた日本が独立してから、まもなくこの世を去った。

 それから長い年月が経ち、ようやく転生したのだが……周囲がとんでもないことになっていた。

 

 蝶屋敷が、日本医学界を支える一大組織に発展してたり。

 万世極楽教が、政財界にも顔が利く宗教団体になってたり。

 善逸の子孫が作った桃が、内閣総理大臣賞を受賞してたり。

 刀鍛冶の里の子孫達が、日本の工業の土台となったり縁壱零式を完全再現したり。

 

 一抹の不安を覚える事案もあったが、一通り大丈夫そうなのでこの場では黙ることにした。

「獪岳は?」

「シェアハウス中。頭がよけりゃあどうにでもなるって吹っ切れてよ、クイズで飯食ってこうってこないだ言ってたぜ」

 新戸を最期まで師として尊敬し続けた愛弟子も、転生して再会できたようだ。

 どこか嬉しそうに語るあたり、不安な部分があったのだろう。

 ふと、輝利哉はあることを思い出した。

「……新戸」

「ん?」

「瑠火さんには会えたのかな?」

 その一言が、空間を支配した。

 新戸にとっての恩人である彼女も、どこかで転生してるのではないか。

 そう思い、直球で聞いてみたら……。

 

「いやァ、俺さ……今度、転生した瑠火さんと将棋でタイトル争うことになってさ……勝てる気しねェんだよ……」

 

 新戸の切なそうな一言に、輝利哉は涙目で大笑いしたのだった。

 

 

 

 鬼は鬼殺隊のスネをかじる 完




これにて本シリーズの本編は完結となります。
色々描写が足らない部分もあるかと思いますが、そこら辺はご想像にお任せします。

本編終了後、新戸は趣味だった将棋を昇華させ、プロの棋士として快進撃中。鬼殺隊一の戦略家としての頭脳を活用し、囲碁の棋士としても活躍し、前代未聞の最強棋士となってます。
そんな彼に立ちはだかるのが、まさかまさかの瑠火さんの転生体。何の因果か、やっぱり煉獄家に嫁いでます。名前は煉獄瑠璃で、女流棋士最強、イメージCVは同一人物です。(笑)

キメツ学園時空でも、やってることは同じになると思います。


一方、新戸に寝返った鬼達も、色んな道を辿ってます。
黒死牟は新戸と囲碁や将棋で対決しながら余生を過ごし、明らかに強そうなので戦争に動員されます。普通に五体満足で生きて帰ってますが、戦時中は不死身の軍隊長と意気投合したとか……?
猗窩座は煉獄家や極楽教で奉仕したり、自分なりの償いの日々で人生を終わらせてます。彼も戦争に動員されますが、普通に生きて帰ってきます。
童磨は言わずもがな。上弦兄妹は童磨に身を寄せたことや梅毒の件で戦争への動員を見事に回避してます。


鬼も鬼狩りもハッピーエンド。
自分は上弦達にも思い入れがあったので、こういう結末にしました。

本作を最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。


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番外編
番外編その1 世界交差


皆さん、お久しぶりです。
番外編の投稿のお時間です。(笑)

このお話は『我が名、嘴平伊之助が子分・嘴平一子!(https://syosetu.org/novel/258483/)』と『亡霊ヒーローの悪者退治(https://syosetu.org/novel/133036/)』のクロスオーバーです。

要約すると、あまりにも我が強すぎるので新戸ですら手に負えないという内容です。(笑)


「嘴平一子だ。親分がお世話になっていると聞いて駆けつけてきた!」

「えらいのが来たな……」

 その日、新戸は柄にもなく頭を抱えた。

 というのも、鬼殺隊に禰豆子以上に特異な鬼が自らの意思で接触を図ったのだ。

 

 事の経緯は、無限列車の任務後。上弦の参・猗窩座との壮絶な戦いで深手を負い、とどめを刺されそうになった杏寿郎の元に一人の鬼女が颯爽と現れ、棍棒で殴り飛ばしたという。

 鬼女の名前は、嘴平一子。鬼殺隊士・嘴平伊之助の子分を名乗る鬼だった。彼女は突如失踪した主君たる伊之助の安否を確認すべく放浪していたところ、懐かしい気配を感じ取って来たらしい。

 その後、一子は猗窩座との夜明け前デスマッチを開始。棍棒を主軸とした戦法でゴリ押しするも地力の差で負け、それならばと四足獣を彷彿させる凶暴かつテクニカルな肉弾戦に切り替え、噛みつきからの感電攻撃や光線攻撃で圧倒するが、一瞬の隙を突かれて逃がしてしまったとのことだ。

 

 一連の報告を当事者達から聞いた当主の耀哉は、野良の鬼が鬼殺隊士を助け、そもそも伊之助が鬼殺隊士になる前から日光を克服している鬼を従えていたという事実の発覚に混乱しつつも、鬼舞辻無惨打倒の有力な手札になり得ると判断し、産屋敷邸で柱達と共に面会した。その際、一部の柱と緊張状態になり、殺伐としてしまったが、そこで思いついたのが鬼殺隊最凶の生物にして最強の戦術家である新戸の存在。

 上弦の鬼を寝返らせるという過去に類を見ない快挙を成し遂げた新戸ならやれると判断し、純米大吟醸と本格麦焼酎を見返りに対応を要請し、たまたま酒を切らしてた新戸は二つ返事で快諾したのだ。

 

 その結果、冒頭に至るのだ。

 

「お前の強さは伊之助から聞いたが……まさか琴葉さんや童磨も把握してねェ奴が来るとはな」

「親分の母上とも面識が?」

「童磨とは15年以上の付き合いだからな」

 煙草の紫煙を燻らせる新戸に、一子は驚いた。

 一子自身、目の前の鬼の底の知れなさに警戒しているが、その言葉がウソだとは思えなかった。

「……まあ、俺としちゃあ戦力となれば氏素性問わない。強けりゃそれでいい。よろしくな」

「ハァ……もう少し厳しいかと思ったんだが」

「こちとら猫の手どころか鬼の手も借りてェんだ。無惨の戦力と鬼殺隊の戦力は全く釣りに合わないし、そもそも俺は剣を向ける時は勝てると確信した時だけだ。……まあ、すでに鬼の手は借りてるも同然だけど」

 隊士の質の低下と人手不足は、鬼殺隊の死活問題だ。

 戦力不足を補うことに加え、鬼舞辻側の()()()()()()()()()を狙って童磨達を引き抜いたが、呪いを解除しきれてない以上、下手に動かして内通を勘づかれるとマズい。これで一部の上弦が寝返っていることが発覚すれば、無惨の警戒心は最高潮に達し、今度こそシャバに姿を現さなくなる。

 そういう意味では、一子は駒として最高峰の質を持つ、最前線で暴れてもらえる最強の足軽。指揮官や参謀としての才覚に特化した新戸にとって、一子のような使い勝手のいい切り札は天恵と言えた。

「そういう訳で、お前の強さを再確認するため、俺達と任務に出てもらう」

「わかった。敵を叩き潰せばいいんだな」

「平たく言えばな」

 新戸は悪い笑みを浮かべ、一子を戦場に駆り立てた。

 そして、新戸は思い知ることとなる。彼女を制御するのが困難を極めるということを。

 

 

           *

 

 

「ハァ……もう滅茶苦茶だな、あの女……」

「師範、心中お察しします……」

 蝶屋敷の軒下で、盛大に溜め息を吐く新戸。

 彼を尊敬する一番弟子の隊士――稲玉獪岳は、柄にもなく疲れた師範を労った。

 いつになく落胆したその様子は、上司や部下に振り回される中堅のそれ。どんよりとした空気を纏う彼に、隊士達はどよめいた。

「あらあら、珍しいじゃない」

「カナエか」

 元花柱の胡蝶カナエが、今までにないくらい疲れ切った新戸に笑顔で近づいた。

 その後ろには妹である現蟲柱・しのぶがいるが、彼女に至っては吹き出しそうになるのを堪えている。今まで新戸に振り回されてきたので、彼が振り回されるのがあまりにも愉快なようだ。

「一子ちゃんと一緒に任務に行ったと聞いたわ。どうだった?」

「ふざけんなって言いてェよ。あいつ、俺の計画初っ端からぶっ壊すんだわ」

 新戸曰く。

 一子は現役の柱と互角の猛者であり、成長次第では人の世を跋扈する全ての鬼の存亡を脅かす存在になると評価していたが、同時に伊之助以外の命令を聞かない融通の悪さが唯一にして最大の欠点だという。

 血鬼術も含めてあらゆる手段で敵を追い詰める戦略重視の新戸に対し、一子は雷撃を操る血鬼術と頑丈すぎる肉体による徹底的なゴリ押しを得意とする。総合戦闘力と血鬼術の精度で言えば新戸が上だが、純粋な血鬼術の威力は一子の方が上で、しかも攻撃範囲が桁外れに広い。狭い路地裏や街中だったら辺り一帯が更地になりかねない程で、血鬼術の精度があまりにも粗いのもあって巻き添えを食らう確率が異常に高いのだ。

 そして今回の任務では、血鬼術を操る複数の鬼を討伐するというもの。新戸の部隊に加え、知己の間柄である炭治郎達をも引き連れ、作戦を練ることにしたのだが、一子は独断で鬼を捜索して見つけ出し、一方的に蹂躙したのだ。鬼達は死に物狂いで抵抗したが、一子の頑丈な肉体と強烈な雷撃の前には歯が立たず、あっという間に全滅した。

 新戸が疲れたのは、その巻き添えを食ってしまったからだ。禰豆子の爆血は人を燃やさない炎だが、一子の雷撃は人間にも鬼にも通用するため、弟子の玄弥と任務に同行した善逸、炭治郎と禰豆子が感電してしまうという大惨事になった。伊之助が静止してくれたことで止まったが、黒焦げで口から煙を吐く玄弥達にはさすがの新戸も肝を冷やした。

 まあ、そこは腐っても鬼殺隊士。翌日には回復してピンピンしていたが、あの暴れっぷりには新戸もお手上げ状態になった。

「まあ、幸い雷を操る血鬼術だから、落雷のせいという形で色々ともみ消せたが……あれはヤバすぎる。俺でも手に負えねェよ」

「師範でも手に負えないなんて……」

 新戸ですら御しきれない存在。

 それがどういう意味かを理解し、獪岳は言葉を失った。

 立場次第では脅威にも福音にもなる、嘴平一子。彼女を御せる伊之助の凄まじさを痛感した。

「……何であそこまで伊之助にこだわるかは詮索しねェが、万が一伊之助の身に〝もしものこと〟があったら……誰にも止められなくなるぞ。間違いなく」

「……!!」

「まあ、たられば言っても仕方ない。一流の策士は腹を決めて次の一手を仕掛けるまでだ」

 その言葉は、崖っぷちに立たされた己を鼓舞しているようで、哀愁が漂っていた。

 あの小守新戸ですら手に余る、嘴平一子。

 彼女がいかに規格外なのかは、規格外な彼の表情が全てを語っているようだった。

「そう言えば、お館様から任務を預かったわよ~」

「あいつから?」

 カナエが渡した紙を受け取り、内容に目を通す。

 耀哉の依頼は、先日の任務で隊士達が遭遇した「異形の者」の調査だった。

 何でも、鬼との戦闘中に突如として得体の知れない不気味な少年らしき〝ナニか〟が現れ、刃こぼれで刀身がボロボロになった刀で鬼をズタズタにし、腰を抜かした隊士から日輪刀を奪ってとどめを刺したという。その隊士はあまりの恐怖で気絶したが、幸いにも無傷で済んでおり、刀もちゃんと鞘に収まっていたという。

「ただの心霊体験じゃねェか」

「でも、鬼を殺す幽霊なんて聞いたことないわ。何か裏があるはず!!」

「推理小説の主人公じゃねェんだよ俺は」

 新戸はジト目でカナエを見た。

 使えるものは何でも使うが、幽霊を使うなど不可能だ。それこそ陰陽師やイタコの専門分野である。

 それに新戸は妙な胸騒ぎがし始めていた。彼が胸騒ぎする時は、決まって不吉なことが起こっている。この件に触れるのは自分にとってよろしくないのではないかと、長年の経験で勘繰っていたのだ。

(とはいえ、愛弟子にこんな変な任務回すわけにもいかねェし……)

 新戸は渋々、親友からの依頼を承諾し、遂行に向かった。

 その胸騒ぎが現実となることも知らず。

 

 

           *

 

 

 その夜。

 新戸は弟子二人と共に任務にあたったが、収穫はゼロだった。

 そもそも情報があまりにも少なすぎるため、アテが無さすぎるのもあったが、一番は新戸自身が半信半疑だからであった。幽霊を信じる信じない以前に、胸騒ぎが止まらないために深入りしてはならない気がしたのだ。

「師範……本当にいるんですかね?」

「血鬼術の影響とか色々考えられなくもないが……」

 今までの経験上、幽霊が鬼に剣を振るうなどという非現実的なことはなかった。

 血鬼術の影響を受けたせいでそう見えたのかもしれないし、もっと言えば遭遇したという隊士が極限状態で見た幻覚かもしれない。だが、この胸騒ぎは明らかに妙だ。むしろ段々強くなっている。

 新戸は困り果てていると、もう一人の弟子である不死川玄弥が突然引き攣った声を上げた。

「か、肩……!」

「ハァ? 肩ァ? てめェ何言って――」

 震えながら肩を指差す玄弥に、獪岳は怪訝そうに目を向け、凍り付いた。

 彼の肩には、一羽のカラスが留まっていた。しかしそのカラスは、あまりにもおぞましい姿をしていた。

 カラスは肉がほとんどついてない、羽と骨格だけのほぼ骸骨に近い姿だ。とても生きていられる状態ではないのに、首を動かしてこちらを見ている。よく見ると、片足の関節が存在せず、つけ根と足先が切り離れている。

 襲ってくる気配はないが、あまりにも衝撃的な光景に言葉を失うしかない。

「――っ!?」

 ふと、新戸は強い気配を感じ取って振り返った。

 後ろに立っていたのは、亡霊と見違えてもおかしくない、生きているようには見えない少年だった。

 

 あちこちが傷みきった洋装を着こなし、ボロボロになった外套(コート)を羽織った姿。

 深緑の癖毛は風もないのに外套の裾や袖と共に揺らめいていて、まるで水の中にいるかのように漂っている。

 身体は大きな火傷の痕とひび割れでも起こしたような無数の切り傷が刻まれていて、顔も顔は死人のように血の気がない。しかしその目はとても強い意志が宿っており、目付きも鋭い。

 

 こいつは鬼でも人でもない……化け物だ。

 新戸でもそう結論付けるしかない。

「…………じろじろ見るのは無礼だぞ。癒えない傷を見たことが無いのか?」

 地獄の底から響くような声に、三人は竦み上がった。

 すると徐に杖のように突いていた刀を上げ、切っ先を新戸の心臓に突きつけた。

「……あの化け物共と同じ気配がするな」

 少年は怒気を含んだ声を放ち、睨みつけた。

 本来なら抜刀して師を護りたい獪岳と玄弥だったが、生まれて初めて目の当たりにした亡霊の前では何もできなかった。

 人食い鬼とは比べ物にならない不気味さとおぞましさに、新戸も思わず喉仏を上下させた。

「……俺は鬼殺隊の小守新戸だ。お前の言うその化け物共を狩る仕事をしている」

 新戸は真剣な表情で当たり障りのない挨拶をした。

 すると少年はわずかに目を見開き、ゆっくりと切っ先を下ろした。先程まで向けていた殺意が霧散し、空気が軽くなった感覚がした。

「……俺は剣崎刀真。訳あってこの肉体で生き続けている〝正義の味方〟だ」

 低く虚ろな声で自己紹介する少年――剣崎刀真は、警戒を解いた。

 それを良い兆候と判断し、新戸は言葉を紡いだ。

「今は大正の世。その出で立ちから見るに、遥か遠い世界から来たと見受ける」

「大正時代だと……?」

「お前が〝()()()()()()()()は詮索しないが、その姿はあまりに目立つ。俺と共に鬼殺隊本部へ来ないか? 今の当主は融通が利く奴でな、身を隠すにも立ち回るにも最適だ。決して悪い話ではないと思うぞ」

 新戸は剣崎の勧誘を試みる。

 もし本当にどこか知らない世界から来たのなら、この現世のことはからっきしだろう。何より無惨に目をつけられては、新戸の想像を超えるようなとんでもなく面倒な事態になる。

 剣崎は目をすがめて考える様子を見せると、すぐに頷いた。

「あの化け物共は俺が皆殺しにする。お前はそれを手伝え。妙なマネをしたら殺す」

「わかった、約束だ。お前の英断を心から歓げ――」

 歓迎する、と言おうとした瞬間だった。

 突如として剣崎の腕が斬り落とされた。切り口からして、間違いなく刀だ。

 誰の仕業かと目を向けると、そこにいたのは……。

「誰だ」

「何をしているんだ、お前は!!」

 現れたのは、炭治郎だった。その隣には禰豆子もおり、臨戦態勢だ。

 炭治郎は再び刀を振るおうとしたが、突如としてあの骸骨のカラスが襲い掛かった。

 一羽だけじゃない。いつのまにか十羽以上に増えていて、まだ手を上げてない禰豆子にも牙をむいた。

「うわっ!!」

「むむっ!?」

「おい待て!! その二人は俺の味方――」

 ふと、新戸は信じられないと言わんばかりに目を見開いた。

 剣崎の斬り落とされた腕が、サラサラという音を立てながら黒い砂となって彼の肉体へと向かい、再生を始めていたのだ。

 鬼の再生の仕方ではない。何より一滴も血が流れておらず、肉も存在していなかった。それこそ、中身が空洞の人形のようだ。

 剣崎は一度刀を地面にドンッと突き立てた。すると攻撃していた骸骨ガラス共は一斉に攻撃をやめ、剣崎の傍へと向かった。

「……鬼じゃない!?」

「……ああ、俺は亡霊だ」

 想像だにしない事態に、炭治郎は顔を青ざめ、禰豆子は震えあがった。

 鬼でも人でもない存在にあったのだ、無理もない。

「それで、化け物共はどこにいる?」

「……その前にまず本部に来い。情報共有しなければ余計な混乱を生むだけだ」

「……いいだろう、案内しろ。お前達にとっての悪を滅ぼしつくしてやる」

 ゾッとする笑みを浮かべる剣崎に、新戸は顔を強張らせるしかなかった。

 

 後日、剣崎は緊急柱合会議に呼ばれた。

 しかし、おぞましい見た目と不死身の朽ちた肉体を持ち、骸骨のカラスを従える鬼でも人でもない化け物の登場に一同は混乱し、何名かが衝撃的すぎて気絶することとなったのは言うまでもない。




まあ、あくまでもIFルートのパラレルなので、気にしないでください。
クロスオーバー作品となりましたが、設定はほぼ同じです。強いて言えば、剣崎は鬼の血鬼術の影響で飛ばされてきた存在であることくらいが相違点です。

このあと、本編通りの展開となりますが、マジの化け物である剣崎に無惨も上弦も戦慄することになるとか。

あと、番外編はもう二つ用意しています。
一つは、原作軸に飛ばされた新戸。もう一つは瑠火さん生存ルートです。


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番外編その2 煉獄瑠火生存if

番外編二つ目は、かなり短めです。
次回の三つ目で、連載完結扱いにします。


「新戸さん」

「……うっす」

 その日、新戸は正座で説教を受けていた。

 誰の手にも負えない鬼殺隊最凶を御せるのは、この世でただ一人しかいない。

 煉獄家を支える、先代炎柱の正妻たる煉獄瑠火である。

「鬼といえど、あなたは立派な鬼殺隊士。お館様も期待しているのですから、相応の態度で応えねばなりません。親友として気の置けない間柄としてもです。親しき中にも礼儀あり……先人の教えを無下にしてはいけないことは、あなたが一番理解しているはずです」

「……」

「返事は?」

「…………わかりました」

 公開処刑中の新戸に、耀哉は満面の笑みを浮かべている。

 それを見た甘露寺は「お館様、とってもスッキリした笑顔だわ!!」とキュンキュンした。

 やはり新戸の独断行動には手を焼いていたようだ。

「さすがお前の母ちゃんだな……」

「新戸は母上にだけは頭が上がらないからな!」

 感嘆とする宇髄に、杏寿郎は自信満々に胸を張る。

 結果的には鬼殺隊の益で無惨達の損となったが、それでも過程だけで言えばやりたい放題かつメチャクチャで、何度も肝を冷やすことがあった。あまりの破天荒さに、親交のある槇寿郎ですら「あんな奴、誰の手にも負えんわ!!」「質の悪さはおそらく鬼舞辻以上だ!!」と自棄酒になったくらいだ。

 そこで瑠火が重い腰を上げ、新戸に物申したのだ。新戸はどういう訳か母親という存在には少し弱く、あまねや琴葉、葵枝には言い回しも態度も柔らかい。特に瑠火に対しては特別な感情を抱いているのか、決して病んでるわけではないが、彼女の悪口を言おうものなら誰だろうと本気で殺しにくる程に想いが強い。

 つまり、新戸の弱点といえる弱点は、瑠火なのだ。

「あんの野郎、俺が瑠火さんにだけは下手に出るってことわかって……」

「新戸さん、聞いてますか?」

「はい」

 愚痴る新戸に、瑠火はピシャリと容赦なく一刀両断した。

 これ以上逆らうマネすると死ぬ――そう察したのだ。判断が早い。

「これ以上お館様に迷惑をかけるなら、私も相応の罰を下しますので、そのつもりで」

「……はい」

「本当ですからね?」

「わかってるって、ホントに!!」

 新戸は声を荒げると、深い深い溜め息を吐いた。

 一連の流れを見守っていた獪岳は、尊敬する師範に声を掛けた。

「師範、あんなにコケにされてていいんですか……!?」

「やめておけ、お前がどう頑張っても勝てる相手じゃねェ。あの人に挑むなら頸斬られても尻拭かねェからな。俺は百回挑んで百回負けてんだ、お前なら心へし折れるじゃ済まねェぞ」

「俺の母上は上弦の鬼じゃないぞ!?」

 産屋敷邸に杏寿郎の大声が木霊したのだった。

 

 

 その夜、煉獄家にて。

「わっはっはっは! ついに瑠火にお灸を据えられたか」

「っせーな、俺だって別に喧嘩売ったわけじゃねェんだよ」

 煉獄家の食卓にお邪魔した新戸は、槇寿郎と酒を飲み交わしていた。

 一度は心を折れかけた槇寿郎だが、幸いにも新戸が医学に秀でた珠世と会い、治療を受けてもらった瑠火が回復したことで立ち直れた。現在は炎柱の位を息子に譲り、若手の育成をする育手を努めている。

「……で、例の炎柱ノ書はどうなったん? 修復はどこまで進んだ?」

「ぐっ……今、千寿郎と一緒に直しているところだ」

「お前、マジであれフザケんなよな。情報は資産であり武器でもあるんだから」

 新戸の言葉にぐうの音も出ないのか、槇寿郎は無言で酒を呷る。

 槇寿郎は現役時代、日の呼吸について書かれた二十一代目炎柱ノ書を読んでしまい、そこに記された〝耳飾りの剣士〟の実力と才能との圧倒的な差と、そしてその彼ですら無惨を倒し損ねたという事実に、自らの才能の限界とこれまで積み重ねた努力の無為さ、己の無力さを痛感して打ち拉がれ、ビリビリに引き裂いてしまったのだ。これにブチギレたのが他でもない新戸で、情報を重んじる彼にとって槇寿郎の行動は到底許容できるものではなかった。

 一つの書物――それも結構重要な代物――を一時の感情でボロボロにしたことで、劣等感とやり場のない恨み辛みが募った炎柱と、情報の重要性を熟知するズボラ鬼で大喧嘩が勃発。互いに大技や奥義を出して煉獄家の屋敷を半壊させる程に暴れ、止めに入った杏寿郎達が次々と大怪我を負う事態になった。当然これには瑠火と耀哉も激怒し、かなり重い罰を下したのは言うまでもない。

「……それにしても、随分と若い衆が育ったな」

「貴様の見る目もあるだろう」

「てめェよりあるとは自負してるからな」

 酒壺に口をつけ、直接飲んでいく新戸。

 鬼殺隊は今、若い隊士達が急速に力を伸ばしている。特に竈門炭治郎とその同期はすさまじく、新戸も一目置いている。まだ柱には及ばないが、同等になるのも時間の問題だろう。

「若手がドンドンしゃしゃり出てくれた方がいい。いつまでも頭の固い奴が上にのさばってたら、組織が腐っちまう」

「遠回しに喧嘩売ってるぞ貴様」

「俺を失ったら鬼殺隊は相当弱体化するから、大丈夫だって」

 下手に手を出せなくなってるからな、と余裕綽々の新戸に、槇寿郎は溜め息を吐いた。

「まあ、ギャーギャー喚かずとも戦は俺達が勝つ。下準備はしてきたんだ、あとは天命を待つのみ」

「……」

「少なくとも俺は瑠火さんの味方だ。それ以上にもそれ以下にもなる気はねェ」

 満月を仰ぎながら、新戸は笑う。

 鬼がはびこる夜を、終わらせるために。



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