青色の下で…First season (オレっち)
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第零章 はじまりのはじまり
第1話 進路


始まりは中学野球。
彼にとって高校野球への始まりはこの時だった。
二人の親友との約束。

「甲子園で会おう」

三人で交わしたその約束を果たすべく、彼は敢えて茨の道へと進んで行く。

澄み渡った青色の下で・・・


10月、そろそろ綺麗な紅葉が見える時期になるころ。

とある中学の教室で少年が机に突っ伏しながら唸っていた。

 

「あ~、暇」

 

と呟くこの短髪で顔は見た感じでは童顔ともいえる顔立ちの少年がブツブツと呟いていると彼の目の前に同じく短髪で調った顔立ちの少年が歩み寄りため息をつきながら話しかける。

 

「トシ、さっきからそればっかじゃん」

 

トシと呼ばれた机に突っ伏している少年。

彼の名前は横山俊哉(よこやまとしや)。そしてその彼に話かけた少年は村神秀二(むらかみしゅうじ)という名である。

二人は野球部でつい二か月ほど前に現役を引退した選手たちである。

しかも引退するときの肩書はすごいもので「リトルシニア選手権大会優勝」の肩書を持っての引退であった。

俊哉は最後の打者の打球を捕った選手であり、秀二はチームのエースである。

 

二人は少し他愛もない、あの授業の内容はどうだとかあの店に新しい物が入っただとか何気ない話をしていると、秀二はとある話題を口にした。「トシはさぁ、進路とかどうすんの?」

 

そんな村神の言葉に俊哉は少し考えるとギィッと椅子の背もたれに寄りかかりながら。

 

「ん~、やっぱ明倭かなぁ。家か近いしそれに有難いことにお誘いの声ももらってるしねぇ。シュウは?」

 

「俺?俺は、神奈川の陵應に行こうと思ってる。」

 

その学校の名前を聞いた俊哉は驚いた。

神奈川陵應といえばここ6年間連続で甲子園へ出場している名門校である。

もちろん部内での競争は凄まじい物であることは安易に想像できるが、俊哉は秀二が十分やっていけるという確信を持っていた。

すると二人の元へ背が高く体格が良い少し濃い顔立ちの生徒が近づいてくると俊哉が手をヒラヒラとさせながら話す。

 

「お、君は我野球部の4番打者でこの全国大会で5本のホームランを放った優勝の原動力となった神坂龍司(かみさかりゅうじ)君じゃないか」

 

「・・・なんだその説明気味のセリフは」

 

と苦笑いをしながら返答をする神坂龍司(以降より神坂)は俊哉を見た後に秀二を見るとすぐさま口を開いた。

 

「俺も陵應へ行くつもりだ。そこでだトシ、お前も陵應へ行かないか?俺らと一緒に甲子園を目指さないか?」

 

「うおぉ・・・」

 

思わず口に出した情けないセリフ。

ここまでも真剣な目で神坂から甲子園、ましてや自分らと一緒に目指そうと言ってくるとは思いもしなかったのだ。

この秀二と神坂の二人は中学でも超がつくほどの有名選手で今年のリトルシニア選手権大会優勝へと導いた原動力の選手として、強豪校や名門校など引く手あまたである。

そんな彼らに対し俊哉はお世辞にも有名とは言えない選手であり、県内では明倭高校の他にも何校か声を頂いてはいるが、県外からは正直な所声などはかかっていない。

 

「陵應なら設備は勿論や環境は勿論だけど、俺らによってもより上に行けると思うんだ。トシもそうするべきだと思うんだ。お前も俺も。トシは自分を結構下に見てるけど、俺は違うと思う。」

 

まっすぐな目で言われる。

歯の浮くような恥ずかしいそのセリフを聞いた俊哉は内心とても嬉しかった。

秀二が俺と一緒に行こうと言ってくれることに感謝の気持ちさえ出てくるのだが、俊哉自身がこの選択が本当に正しいのかが分からなかった。

 

「うん、少し考えさせて・・・少し」

 

そう言葉身近に答え、その場はここで終了。

放課後となり俊哉は帰路につきながらポツリと呟いた。

 

「甲子園・・・か。」



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第2話:思い

俊哉に陵應への入学を催促したとある日の夜。

自宅の部屋にて座布団へ座りながら某野球ゲームをしている少年の姿があった。

 

彼の名前は村神秀二。

前話で俊哉を陵應へ誘った人物である。

 

 

「考えさせてかぁ・・・」

 

とコントローラーを手放しポツリと呟く秀二。

秀二はリトルシニア選手権大会優勝投手であり、その影響が強く県内外の強豪校からの誘いが絶えず来る。

今日も家に戻ると県内の強豪校のスカウトらしき男性が来ており挨拶と話をしていた所である。

 

しかしこの時点で秀二はすでに陵應への入学を決めておりキッパリと断りを入れていた。

ここまで彼が陵應に拘る理由とするのは、徹底された管理や設備等の学校環境は勿論であるが、監督の手腕も一つの要因である。

 

神奈川陵應学園(かながわりょうおうがくえん)という正式名称であるこの陵應はここまで5年連続で甲子園へ出場を決め、春夏での計算だと5年間で夏5回春4回の計9回の出場を誇る常連校である。

その5年連続甲子園出場へ導いたのが現在の監督である。

日本全国から多くの有望選手が入って来るこの高校は実はスカウトをほとんど行っていない。

というのも、野球部関係者が見に行くのではなく監督自身が全国を回ってただ試合を見るだけなのである。

 

特に注目されている選手に声をかけるのではなく、ただスタンドでメモを取りながら観戦をしていくというスタイルを通し、秀二も実際に球場で何度か目にしていたが最初はただの野球好きなだけかと思っていた。

その後に甲子園のテレビ中継を観て驚いたのは恐らく秀二だけでなないであろう。

 

恐らくその単純な事が選手たちに大きな印象へと残り自然と陵應への目が行き、実際に行ってみたりネットで調べたりとしていくうちに入学への意思が強くなってきているのだと秀二本人は思っている。

現に秀二もネットで調べ、現地まで行き学校を見てきた口だ。

 

立地条件の良さ、整備されたグラウンドや設備。

そして何より野球部の選手たちがノビノビとなる中で遥に高いレベルでの練習を目にした秀二の心は完全に陵應へと向かっていた。

偶然か否かは分からないが、神坂もまた同じように陵應への入学を決めており二人の話はすぐに折り合う。

 

そして残るはという事で今回俊哉に話をしたのである。

 

(トシのあの一瞬にして雰囲気を変えるあの力。それにトシと一緒にまだまだ野球をやりたい)

 

と考えながら座り込む秀二。

きっと俊哉なら一緒に甲子園を目指してくれる。

そう期待に胸を膨らませる秀二であったが、その数日後の出来事が俊哉と秀二の運命を変える出来事になるとは思いもしなかった。



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第3話 思い

秀二からの誘いから数日がたったころ。

俊哉はやはり悩んでいた。

確かに陵應へ行けば甲子園にもっとも近く、自分自身の力の向上にもなる。だが彼自身は静岡から出ることに多少なりとも抵抗というものがあった。

自分の生まれたこの土地で甲子園を目指したいという気持ちが彼の中ではかなり強い物として残っていたのである。

 

(うん やっぱり明倭にしよう。あそこなら部員もほとんど県内の選手だし…それに、俺じゃあ陵應でレギュラーなんて…まぁ明倭でもそれは同じだけど)

 

と一人ノリツッコミをしヘラッと笑う俊哉。

そんな彼の背後からドンと軽く背中を押され、驚いた俊哉が振り向くとそこには赤みがかかった髪の毛でサイドに短いツインテールが特徴の可愛い女の子がおり、パッと明るい笑顔を見せながら話しかける。

 

 

「あれ?トシちゃんすっごい悩んでる感じだけど大丈夫?」

 

「おぉうマキか。あ、ううんちょっとね…」

 

と少し元気なさげに答える俊哉。

この女の子の名前は宮原マキ(みやはらまき)、俊哉とは幼稚園からの付き合いで幼馴染の間柄である。

そんな俊哉に宮原マキ(以降よりマキ)は首を傾げていると、すぐ後ろからもう一人の女性が来る。

 

「またくだらない事なんでしょ」

 

とため息をつきながら話す女性。

ロングの髪の毛でスタイルはスレンダーなモデル体型で、顔だちも美人というその女性の名前は神宮寺明日香(じんぐうじあすか)。俊哉とは小学生からの友人である。

 

「くだらなくは無いよ明日香。進路さね」

 

と机に突っ伏しながら話す俊哉。

そんな彼を見ながら明日香とマキは互いに顔を見合わせながら肩をすくめる。

 

「あれ?明倭って言ってなかったっけ?」

 

「うん でも、シュウに陵應に行かないかって誘われた」

 

その言葉にマキと明日香は驚いた。

彼女たちでも分かる高校の名前を聞き二人は行けばいいじゃないと言ったが俊哉が少し渋っている事に気が付くとそれ以上は言わなかった。

その場の会話が終わり放課後となると帰宅へ向かう生徒たちが教室からゾロゾロと出ていく中、カバンを持った俊哉の元へ先ほどの赤髪の少女、マキが歩み寄ってきた。

 

「一緒に帰ろー」

 

「うん、いいよ」

 

 二つ返事で共に帰路へとつく俊哉とマキ。

 あのお店のケーキがおいしいとか他愛もない話をする中、マキは先ほどの話の話題を振る。

 

「さっきの進路の事だけどさ」

「お、おう」

 

 突然の派内にまた情けのない返事を返す俊哉。

 多少キョどる俊哉にマキはパッと明るい笑顔を見せながら話し出した。

 

「私は、いいと思うよ 陵應に行くの そりゃ地元で甲子園を目指してほしいっていう思いはあるし、遠く離れるのも・・・ でもね、秀二君はトシちゃんを必要としてくれてるじゃん 一緒に野球をやろうって言ってくれてる人たちと野球やった方がいいよ それも方が楽しいもんね」

 ニッと本当に明るい笑顔を見せるマキ。

 俊哉はいつも彼女の無垢な笑顔に安心感をもらっていた。

 その彼女の言葉を聞き、俊哉は確実な決意を抱いていた。

 

 陵應に行こうかな、、、と。

 

マキと家の前で別れ俊哉は自宅の中へと入り部屋へと向かうとボスンとベッドにカバンを放り投げる。

 

「秀二に連絡するかな」

 

 

 そう呟きながら携帯をのぞき込む俊哉であったが、突然の着信に驚いた。

 画面のあて先は名前が無く携帯番号のみ。

 今流行りのオレオレ詐欺か?と疑いながらもその番号からの着信を取る。

 

「もしもし、、、うんそうだけど?え?何で知ってんの?はぁ、うんうん。えっとじゃあ、、、今度の日曜日でいい?うん明後日 分かった じゃあ」

 

 

 しばらく話をしてピッと電話を切る俊哉の表情は少し困惑にも似た表情であった。

 結局俊哉はそのまま秀二へ連絡するのを忘れ、謎の人物との待ち合わせの日へと進んだのであった。



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第4話:ただの強豪校の選手

日曜日の静岡駅近くにある全国に展開されているカフェに俊哉が入ってきた。

 

「えっと、カフェモカ一つ」

 

 飲み物を頼み、飲み物のカップを乗せたお盆を持ちながら誰かを探す。

 

 

「おーい、こっちこっち」

 

 奥の方から声が聞こえると俊哉はすぐに声のした方向へと向かう。

 そこにいたのは二人の少年。

 一人は少し長めの髪にジェルを塗り固めた見た感じチャラい感じの少年と、坊主頭で眼鏡をかけジト目が特徴の少年が座っていた。

 

 

「やぁやぁようこそー」

「ようこそじゃあ無いよ竹下」

 

 チャラい感じの少年の言葉に返事をする俊哉。

 このチャラい感じの少年の名は竹下隆彦(たけしたたかひこ)、そして眼鏡の少年は山本寛史(やまもとひろし)

 二人とも中学時代は俊哉と対戦相手として立ちはだかった選手である。

 

 三人でテーブルを囲む俊哉、竹下隆彦(以降より竹下)、山本寛史(以降より山本)。

 少し沈黙が続こうというときに、竹下が切り出してきた。

 

「まぁ、俊哉を呼んだのは一つ 高校の事だ」

 

 やっぱその話か、と予想が当たった俊哉。

 俊哉の記憶では竹下も山本も県内の強豪校から誘いを受けているはずであり、おそらくはそこへの勧誘であろうか。

 

「あぁ悪いけどもう高校は…」

聖陵学院(せいりょうがくいん)に行かねぇか?」

「はい?」

 

 聞いたこともない高校の名前にどう反応していいか分からない俊哉。

 竹下はそんなことはお構いなしに話をつづけた。

 

「万年初戦敗退の常連で県外は勿論だが県内でも完全の無名校、しかも今年は人数が足りないって話だ。そこでだよ俊哉、俺らと一緒にそこ行かねえか?無名校から強豪校へ喧嘩売ってやろうぜ。」

 

「うおぉ、、、」

 

 またしても情けない言葉を発する俊哉。

 確かに話は魅力的ではある、しかし俊哉にとってデメリットの方が圧倒的に大きすぎるその話に乗ることはできない。

 

「悪いけど俺、もう高校決めてるんだ」

「どこ?」

「神奈川陵應」

 

 間髪入れずに淡々と会話をした俊哉と竹下。

 しばしの沈黙が広がる中、竹下はズッとカップの半分ほどに減るまで飲み物を飲み込むと俊哉の目をジッと見ながら話を始める。

 

「俺も、静岡なら明倭や桐旺やほかの高校に誘われてんだ 確かにそこに行けば割と簡単に甲子園へと行けるかもしれん んでもよ、それじゃあなんか物足りねぇんだ。ただの甲子園に出た強豪の選手ってだけだと思うんだ だったら俺は、誰に笑われようとも馬鹿にされようとも無謀な夢に挑戦してみたいんだ 俊哉、お前はただの強豪校の選手でいいか?」

 

その竹下の話に俊哉は言葉を詰まらせた。

竹下の考え方は一理あるし、俊哉自身が今この話を聞いてものすごい興味が出てきている。

しかし、彼にはそこまでの事を言う自信が無かった。

 

「俺は…」

 

 言葉小さめに話し出そうとする俊哉、しかし携帯の着信音で俊哉の言葉がかき消された。

 着信があったのは竹下の携帯。

 

「あ、わりぃ 少し空けるわ」

 

 言い立ち上がり携帯で会話を始める竹下。

 その様子を俊哉がボッと見ていると竹下の隣にいた山本が口を開いた。

 

「悪いな突然こんな話を切り出して。アイツな、これでも真剣でこの前も…ん?どうした?」

 

 話をしていると俊哉の視線に気が付いたのか言葉をかける山本。

 俊哉はカタカタと震えながら言葉を漏らす。

 

「しゃ、しゃべった」

「おい!」

「しゃべれないかと思ってた」

「おい!!」

 

 この世の物を見たとは思えない表情で話す俊哉にツッコミを入れる山本。

 その後も「まさか喋るとは…」や「日本語上手ですね」という俊哉の言葉にツッコミを入 れていく山本だったが、ため息をつきながらぼやく。

 

「クソ。初対面の竹下と同じこと言いやがる」

 

 頭を抱える山本だったが、すぐに頭を上げると再び話し出す。

 俊哉はというと未だに驚いていたのであった。



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第5話:馬鹿げた夢

竹下が席を外してる間の俊哉と山本のショートコントが行われ、山本は冷静を取り戻し再び話し出す。

 

「俺も竹下に誘われてな、最初は俊哉と同じ反応を見せたよ でもな、アイツにはやると言ったことは絶対にやるという信念があった 正直竹下のやることは常識外れで無謀で誰に言っても笑われる事だ でも話をしていくうちに、少し楽しみになる自分がいたんだ そんで決め手は・・・俊哉、お前だよ」

 

「は?俺!?」

 

まさかの自分の名前い驚く俊哉。

「そんなんあるわけないじゃん。俺より村神とか神坂じゃない?」と必死の言い訳に山本はフウッとため息をつくと話を切り出す。

 

「いや、俊哉は自分が思ってるより凄い力を持つ人間だと思うよ?現に他にも何人かを誘ったときに俊哉の名前を出したら少し考えるって言ってくれたし」

 

「い、いやいやいやいや それはない」

 

と手を横にブンブン振りながら話す俊哉。

気が動転しているのか目をキョロキョロとさせ、手汗いっぱいになった手でカップを持ち気持ちを落ち着かせるように飲み物をグイッと飲み干す。

 

「俺にはそんな力はないよ」

「そうか?俺にはその力があると思うけど?俊哉がいると何かが違うんだよ 俺も上手く説明できないけど、何かが違う なんていうか・・・気持ちが落ち着くっていうか、何か大丈夫って気持ちになる」

 

思わず顔を赤くする俊哉。

そんな面と向かって言われたことのないセリフを言われて嬉しくない人はおそらくいない。

しかもこれがこんな眼鏡男子ではなく女性だったらなおさらだ。

そこで俊哉はハッとした。あの時に秀二が誘ってきた意味を今なんとなくではあるが理解が出来たのだ。

 

(なら、なおさら秀二と行った方が・・・)

 

と考える俊哉。

そんな彼を見ながら山本はまた話を切り出す。

「そこでさっきの竹下の話だけど、ただの強豪校の選手でいいのかって話になるんだけどさ、強豪を蹴ってあえて弱小校へ入り他の強豪校を蹴散らしていく。そんな無謀な夢、俺らで叶えてみないか?俺は俊哉とならできると踏んでるんだが?」

 

 そう言い放つ山本に俊哉の心が少し揺れた。

 そんな時に、ちょうど竹下が席に戻ってくると二人を交互に見ながらいう。

 

「悪い悪い、彼女からの電話でさ ん?どこまで話した?」

 

「竹下はここまでの馴れ初めと覚悟 そんで今俺がもう一度誘った」

 

「なるほど、てことでどうだ俊哉 このアホな夢、俺らで叶えてやろうぜ 俊哉がいるんなら出来る!」

 

 最後のセリフに俊哉の心の何かがパンと音を立てて割れた。

 俊哉の中では今までほぼ10割で陵應だった、しかし彼らの真剣な目で話されたこのバカみたいな夢物語に、俊哉は乗っかってみたいと思ってしまったのだ。

 

(我ながら本当に単純だと思うよ・・・でも、確かに・・・これは面白そうだ)

 

 そう考えながら下を向く俊哉。

 少し時間を置き、その顔を上げると真っ直ぐとした目でひとこと言い放った。

 

「その馬鹿げた夢、乗った!」

 

 その言葉に迷いはなかった。

 いくらでもバカにされても構わない、でもこの二人、いや高校生活で共に歩んでいくことになろう仲間となら、最高の高校野球が出来そうだ。

 でもやるからにはとことんやり切るという思いだ。

 

 この話はここで終わりカフェを後にする俊哉。

 帰り道、俊哉は秀二と神坂にどう言おうかを考えていた。

 

「ん~、なんて言おうか・・でもやると決めたんだ とことんやってやんよ」

 

 独り言をつぶやき、俊哉は駆け足で家へと戻ったのであった。



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第6話:羨ましい

竹下、山本との話し合いから翌日に俊哉は早速秀二と神坂の二人に話をした。

勿論だが二人とも驚いていた。

 

「・・・え?マジで?陵應はまだしも、明倭じゃなくて・・・聖陵?」

 

2人も聞いたことのない学校の名前を言われコクリと強く頷く俊哉。

そんな彼の決断に秀二は信じられずにいた。

 

 

「トシ・・・それでいいの?トシにとってデメリットの大きい決断だと思うよ?それでも・・・本当にいいのか?」

 

 

「シュウ、俺はねあの二人の話を聞いて本当に馬鹿なことだけど、その馬鹿なことを俺も一緒にやってみたいと思ったんだ その馬鹿げた夢を追って、叶える そして、最高の舞台で、シュウから勝ちをもぎ取るんだ」

 

ギンとしたその眼差しで秀二を見つめながら話す俊哉。

そんな俊哉に秀二はフウッと一息つくとガタッと座っていた椅子から立ち上がり、俊哉から背を向けながら

 

「俺は止めないよ?これ以上は、神坂もそうだろ?」

 

「ん?あぁ、むしろ俺はトシが羨ましいな。俺だったらそんな事すら思いつきさえをしなかった だから俺はトシを応援するよ。まぁもし対戦したら負けはしないけどな」

 

 

と笑顔を見せながら話をする神坂に俊哉は嬉しかった。

まさか神坂から羨ましいなどという言葉が聞けるとは思わなかったからだ。

まだ心の整理がついていない秀二であるが、神坂の言葉を聞いたからか少し落ち着きを取り戻したかフウッと小さくため息をつくと、俊哉を真っ直ぐ見ながら話す。

 

「うん トシの決意は分かった まだ少しモヤモヤはあるけどね」

 

「悪いな せっかくの誘いを無駄にして」

 

「ううん。来年からは・・・ライバルだ」

 

秀二の言葉にコクリと頷く俊哉。

3年間という短いようで長い期間を共にしてきた3人は今後も同じチームに行き、甲子園を目指していくという未来を思い描いていたに違いない。

しかし、一人の青年が下したその決断に今まで思い描いていた未来が一瞬にして変わった。

 

 一人は途方もない夢を目指し、二人は己自身の更なるレベルアップと甲子園と言う舞台へ上り詰める。

 同じ目標を目指す中での道のりはまったく違うこの3人の未来はまた新しいものになったのだ。

 

 

 こうして何事もなく秀二と神坂に報告をした俊哉。

 内心は殴られるんじゃないかと言う心配こそあったのだが、無事に済んだことに一安心の俊哉は次にマキと明日香に話をする。

 

「え?聖陵?!」

「あらぁ・・・」

 

 何やら驚きの表情を浮かべるマキ・明日香の2人にキョトンとする俊哉。

 すると明日香が口を開く。

 

「あたしらも聖陵だよ?」

「マジで?」

「マジで」

 

 なんと偶然にもマキや明日香と同じ学校を選んでいた俊哉。

 この学校は、野球部こそ弱小であるが実はソフトボールは全国にも行けるほどの強豪校である。

 マキと明日香も中学時代はソフトボールをしており実力は強豪校でもスタメンを張れるほどで、マキは俊敏さと柔軟さを兼ね備えた内野手で明日香は投げては速球を投じ打っては豪快な打撃を売りにした選手である。

 

「わぁ じゃあトシちゃんとまた同じ高校だぁ」

 

 嬉しさを前面に出しながら喜ぶマキに明日香もどこか嬉しそうな表情を浮かべる。

 俊哉はというと未だにキョトンとしており、仲のいい仲間と一緒に高校生活ができるという喜びが湧き上がるのは家に帰ってからであったのはまた別の話である。

 

 そして年が明け、中学の生活もあと卒業式を迎えるのみとなったのであった。



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第7話:思いこみ

俊哉からの衝撃の発表から数日が過ぎた頃。

 あの時は納得はしたのであったが、やはり秀二の胸中にはモヤモヤがあった。

 

 自部屋でボールを手に持ちながら「う~ん」と唸る秀二。

 そんな彼の元に一本の電話が届いた。

 

「神坂」

 

 電話の主は神坂。

 秀二が電話に出るとその内容は少し外で会おうという内容であり、秀二はすぐに家を出て待ち合わせをした喫茶店へと向かうと、先に神坂が席に座っていた。

 

「おうシュウ」

 

 手招きをしながら話をする神坂に秀二はコーヒーを買い向かいの席へと座る。

 少し沈黙が続く中、神坂が先に口を開いた。

 

 

「あん時のトシの話、凄かったな」

 

「凄かった?」

 

「あぁ、俺らは中学の3年間しか付き合いはなかったけど、初めてじゃないか?トシが自分の意志を貫いたの」

 

 その神坂の言葉に秀二は考えてしまった。

 横山俊哉は確かに全国優勝チームのレギュラーと言う肩書を持っている。

 しかし、彼には自己主張が余りにも弱かった。

 人と争おうという気持ちが薄く、外野手のレギュラーこそ取れたものの外野3枠の中ではチーム内評価は一番下で打順も八番と下位打線を打ち通算打率は3割ぴったしという数字である。

 

 また練習でも主張をいう事がなく一歩引いての態度を取っていた為、彼が最後の最後にレギュラーを取った時も周りのライバルは疑問に思ったほどだ。

 だが彼の力をキチンと見ていたのは秀二と神坂は勿論のこと、監督も彼を認めていた。

 

 ここまで細かいところまで見てくれる監督でなかったら恐らく俊哉はずっと控えのままであったであろう。

 

 だからこそではないが、秀二は自然と俊哉はずっと俺たちに付いてきてくれると思いこんでしまっていた。

 そんな中での俊哉のこの決断に秀二自身がかなり揺らいでいた。

 

「…まだ納得いかない感じだな」

 

「そういう神坂は、冷静だな」

神坂の言葉に返してくる秀二。

 神坂は少し黙るとふうっと一息漏らすと秀二を見ながら話を切り出した。

 

「俺は俊哉のようには出来ないからな。敢えてヤツは茨の道へと自分から進んでいった事に俺らは出来たか?もしかしたら出来たかもしれないが、恐らく俺は考えすらしなかっただろうな。トシの発する一言一言が、ひとつひとつの行動が、俺にはいつも良い方向に響いていたんだ。俺も高校はてっきり共に来るとは思っていたがね」

 

 笑顔で話す神坂の表情は、秀二とは対照的に楽しみという期待に満ちていた。

 神坂の心の中では決心していた、俊哉という男が今度はライバルとして向かってくること、そして好敵手になりうることを感じていたのかもしれなかった。

 

「良い仲間に巡り合えて、良い指導者に巡り合えれば、トシはさらに強力なライバルになるな」

 

 ニッと笑顔を見せながら話す神坂。

 その彼の言葉に秀二は、心の奥底にはまだモヤモヤする物が残りつつも決心した。

 俊哉を迎え撃つ事を。

 

 

「確かにな、どうなるかは周りの環境次第って事だな」

 

「まぁ俺らもだけどな。上から見てると俺等も落ちかねん」

 

「勿論俺等も上目指して頑張る!よし!納得した!うん!」

 

 ガタッと椅子から飛ぶように立ち上がり飲み物の乗ったトレーを片付ける秀二。

 そんな彼を見ながら神坂も笑みを浮かべながら立ち上がり店を後にした。

 

 店先で別れ帰路へとつく秀二。

 一人ポツポツと歩く中、秀二は走馬灯のように中学3年間の思い出が頭の中を過ぎっていく。

 あと数ヶ月で俊哉はもういなくなる。

 そう考えるとどこか寂しさを感じる秀二。

 

(いかん、卒業式で泣きそう…)

 

 

 肌寒い夜空を見上げながら考える秀二であった。



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第8話:卒業

年が明け、それから約三か月の月日が過ぎ卒業式間近となった。

そこまでの間では秀二と神坂は問題なく神奈川陵應学園への入学が決まり、体が鈍らないように毎日トレーニングを続けていく中、俊哉はというと受験勉強をギリギリまでしていた。

実はこの聖陵学院は進学校のため余り勉強の得意でない俊哉は猛勉強をしての合格へとこぎ付けたのである。

またマキ、明日香の二人もお世辞にも勉強が得意とは言えず体育推薦のような物も学校自体が行っていなかったため彼女ら二人も猛勉強をしたのである。

 

そのため、三人は受験ギリギリまで勉強漬けだったため練習はおろかボールにも余り触れていない状態であったためストレスは溜まりに溜まっていただろう。

受験後の三人の表情は全てが終わったような実に明るい顔であったという。

 

 

こうしてどうにか高校も希望通り決まり迎えた卒業式。

涙を浮かべるものや、4月から始まる高校生活に明るい希望を描く者。

様々な思いが漂う中、俊哉、秀二、神坂は確実に四月から始まる高校生活の楽しみで胸いっぱいになっていた。

 

校長の長い祝辞やお祝いの言葉など約一時間以上にもわたる卒業式は終わり、各自教室へと戻り担任の先生からの最後の言葉を聞いて晴れて卒業となった。

 

「また会おうな」

「高校でも一緒だね」

 

など卒業式の余韻を浸るように中学生活最後の会話を楽しむ学生たち。

卒業アルバムの最後の白紙部分に寄せ書きをするなど俊哉らも一緒に楽しんでいた。

 

そして一人、また一人と教室を後にする中、俊哉、秀二、神坂の三人も一緒に教室を出て卒業アルバムと卒業証書を手に正門を後にし歩いていた。

しばらく歩き、ちょうど三人が自宅へ行くために俊哉は右方面へ、秀二と神坂は左方面へと別れるT字路があり軽く挨拶をし、そのまま別れていこうとした時、秀二が言葉を発した。

 

「トシ」

 

突然の飛び止めに俊哉が秀二の方を見ると、秀二はグイッと卒業証書の入った筒を向け言い放った。

 

「あと一ヶ月で俺らは違う高校に進んで敵同士になる 俺と神坂は陵應、トシは聖陵に進んで同じ道へと向かっていく。グラウンドで会ったら・・・俺は容赦なくトシらのチームを叩き潰すつもりだから 覚悟しとけよ」

 

「うぉぉ…叩き潰されるのか…」

 

せっかくキメた秀二のセリフに何とも情けない言葉を発する俊哉。

そんな秀二に対し俊哉はポリポリと頭をかき、少し目を閉じるとスッと目を開きながら話す。

 

「うん 俺も同じ気持ち 秀二と神坂のチームを叩き潰すよ それまで待ってて」

 

そう言い返す俊哉に隣でニッと笑みを浮かべる神坂。

秀二もまた、ニッと笑みを浮かべると卒業証書の入った筒をポンポンと自分の肩を叩きながら背を向け歩きだした。

 

「・・・待ってる」

 

一言ポツリと呟き俊哉に背を向け歩いていく秀二。

そんな彼に何かを感じたのか神坂が横に並ぶように歩き出し、チラッと秀二の顔を見ると一瞬驚いたような表情を浮かべるも、すぐにフッと笑みを浮かべ秀二に向かって話しかけた。

 

「寂しいって言えばいいものを お前もあいつも」

 

「今更言えるかよ…」

 

神坂の言葉に返す秀二の眼には零れんばかりのいっぱいの涙を浮かべており彼は必死に頬をつたわらない様に我慢をしていた。

そして俊哉もまた、二人が背を向け先を歩いているのを良い事に眼にいっぱいの涙を浮かべ、グイッと制服の袖でその涙を拭うのであった。

 

 

(三年間ありがとう秀二に神坂 この三年間俺は二人の後ろをただ着いていくだけだった この二人と一緒なら楽に甲子園行けるかもとも思った でも俺はそれじゃあいけない 自分の足で力で二人に追いつくって決めた だからいつか二人のいる場所に、俺は這い上がってくる それまで待っててくれ)

 

歩いていく秀二と神坂の背中を見つける俊哉もまた、くるっと背を向け彼らの歩いて行った逆の方向へと歩みだしたのであった。

まさに今後の歩んでいくであろう道のように。

 

いよいよ始まる高校野球の世界。

ここに横山俊哉、村神秀二、神坂龍司の三人がまだ見ぬ扉へ向けて歩き出す。

 

第零章 はじまりのはじまり 完



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第壱章 新たな出会い
第1話 坂道


春、静岡聖陵学院(しずおかせいりょうがくい)学校へと入学をした横山俊哉(よこやまとしや)

彼の高校野球がここに始まる・・・

 

桜が咲き乱れる4月。

静岡市北部の方にある小高い丘の上に広い敷地の学校が建っていた。

 

学校の名前は静岡聖陵(せいりょう)学院高等学校

約60年前に開かれ、静岡でも有数の進学校としても有名である。

また部活動には力は入れてはいるが主だった功績を上げる部活動は多くない。

敷地は広く、グラウンドは大と小の二つを保有しており体育館が二つ、また剣道や弓道等武道系を行う建物がある。

校舎も広く作られており1年・2年・3年が学年ごとに区切られ、簡単に言えば校舎を半分に区切り前半分は1年生で後ろ半分は2年生。

そして三年生はその奥にある別の建物となっている。

 

そんな学校の校門の前から伸びる一本の大きい坂道があり、新しく新調された制服を身にまといながら上がっていく生徒たちが歩いており、その群衆の中に横山俊哉(よこやまとしや)もいた。

 

「あるじゃん・・・道」

 

俊哉が左の方を向くと、正面の坂道よりも断然緩やかで歩きやすそうな道があった事に俊哉もため息が出た。

そんな朝からお出来事が起こる中で、俊哉達は正門をくぐり同じ新入生が群がる所への向かうと下駄箱が沢山並んでいるスペースの壁に新入生のクラス表が張り出されていた。

 

 

「み、見えない・・・」

 

沢山の生徒が群がる後ろの方で爪先立ちをしながらのぞき込む俊哉。

ギリギリ見えるか見えないかの攻防をしている中、ようやく先に群がっていた生徒らが各教室へと向かい出し人が少なくなると爪先立ちなしでクラスを確認できるようになった。

 

 

「俺は・・・あった えっと・・・C組か」

 

1年C組と書かれた紙に自分の名前があるのを見つける俊哉。

次に他の生徒の名前を軽く確認するとマキと明日香の名前も見つけ知り合いがいることに安堵の表情を浮かべる俊哉。

 

「あいつ等は・・・ なんだぁ違うクラスか」

 

呟く俊哉。

アイツらとは中学三年生の時にひょんな所で出会い、この高校へ入学するきっかけを作ってくれた竹下隆彦(たけしたたかひこ)山本寛史(やまもとひろし)である。

彼らとはどうやら違うクラスらしく、顔を合わせるのは早くても放課後か部活初めの日だろう。

 

不安だらけの高校生活。

だが俊哉は期待に満ち溢れていた。

 

この後、彼がどんな出会いをし仲間を見つけていくのか。

俊哉の高校生活は今始まりを迎えたのである。



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第2話 グラウンド

長くて眠くなりそうな聖陵の入学式が終わり各教室へと向かうと担任の教師が学校の説明や今後の流れなどを説明を始めた。

校舎の構造や医務室や職員室の説明、また自転車通学が出来ることや遠方から入学した生徒の為の寮があること等の説明がされていく。

そこで部活動の説明が入り、基本的に部活動は入部するしないは自由であるため強制はしないという事が言い伝えられ部活動入部届けが配られると教師からの説明が終わり、本日はここで解散となる。

沢山のプリント等の配布物をカバンに押し込み帰路へと着く生徒ら。

 

俊哉も手さげカバンを持ち、席を立ちあがると教室に二人の男子生徒が入ってきた。

 

 

「お、いたいた」

 

俊哉に向けて話しながら入ってきたのは竹下と山本。

二人はB組の教室であったため隣からすぐ来たようだ。

 

「ちょっと付き合えよ。グラウンド見に行こう」

 

そう切り出した竹下に俊哉は断る理由もなく三人でグランドへと向かう。

野球部が使っているグラウンドは第二グランドで校舎出てすぐにある第一グラウンドの脇から出て車一台ほどが通れる道路を挟んで向かいの方にある。

グラウンドの大きさは第一グラウンドよりも小さく正方形に区切られたモノであり決して広くは無いものの野球の試合をする分には十分ではある。

ここでは野球部やソフトボール部が使用しており、他の部活が第一グラウンドで試合をする際のストレッチやアップ等の準備をする場所にも使われている。

 

俊哉ら三人がそのグラウンドの前に立ちながら見ていると、三人の場所から少し離れた所に一人の生徒が同じようにグラウンドを見つめていた。

 

「・・・まさか」

 

そう呟きその生徒の方へ駆け出す俊哉。

“いやそんなまさか・・・”という思いを考えながら俊哉はその生徒の方へと小走りで寄っていく。

するとその生徒も気配に気づいたのか振り向く。

その生徒は整った顔、いわゆるイケメンといえる顔立ちをしていた。

170センチほどの身長でスラッとした体系のその生徒は振り向くと駆け寄る俊哉の顔を見るとその生徒も驚いた様に俊哉を見る。

 

「藤枝シニアの、望月だよね?」

 

「そういうお前は、静岡シニアの横山か?!」

 

ほぼ同時に声をかける俊哉とその望月と呼ばれた生徒。

後からついてきた竹下と山本も望月と呼ばれた生徒を見るなり俊哉と同じように驚きながら話す。

 

 

「うお!?なんでいんだよ」

 

望月秀樹(もちづきひでき)か、コイツは驚いたな」

 

竹下と山本が順番に話すと望月も二人の顔を見て驚きを隠せずにはいられなかった。

 

「竹下に・・・えっと・・・誰だっけ?」

 

「おい!山本だよ!山本寛史!」

 

「あ・・・スマン知らん」

 

「おい!」

 

竹下、俊哉に対してと同様に同じツッコミを入れる山本。

すると隣にいた俊哉が山本を見ながら呟く。

 

「あ、そういや山本って名前だっけ?」

 

「おい俊哉!おい!?」

 

茶番を行う中、俊哉は望月秀樹と呼ばれた生徒を見ながら少し興奮気味に話す。

 

 

「ってか、なんで望月がいんの?俺てっきり明倭に行くかと思ってた」

 

「俺こそ横山は明倭かと・・・」

 

互いに驚きを隠せずに話す俊哉と望月秀樹(以降より秀樹)

しかし、俊哉は嬉しかった。

この望月秀樹という生徒は中学時代地区予選で何度も対戦のしたことがある投手である。

彼には俊哉らのチームも結構苦しめられており好敵手である。

 

「理由はよくわからないけど、でも望月がいてくれれば百人力だよ」

 

「いや、俺もまさか横山と一緒に野球するとは思わなかったぜ・・・よろしく頼む」

 

 

ガッチリと握手を交わす俊哉と秀樹。

そしていよいよ来週には部活動が本格的に始まり、他のまだ見ぬ野球部の仲間と共に駆け出していく。

 

 

 

 

時を同じくして、駅へ向かうバスの中。

ガタンガタンと揺れるバスの席ではガッチリとした体格で身長の高い恐らくスポーツをやっているであろう聖陵の生徒が毎週月曜販売の週刊マンガ雑誌をパラパラと読んでいた。

 

「はぁ、これで何週目だよ・・・早く来週にならんかね」

 

パタンと雑誌を閉じため息をつきながら呟く生徒。

雑誌をカバンにしまおうとすると中から部活動入部届が出てくると、その生徒は入部届の紙を見ながら再び呟いた。

 

「部活か・・・めんどくせぇな」



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第3話 至福の時間

 俊哉達1年生が入学し数日たつと新入生は各々の部活へと入部届を出していた。

 サッカーやバスケ、はたまた武道系や文化系など多くの部活動がある中で生徒ひとりひとりが自分の入りたい部活動へと入部届を持っていく中、俊哉も入部届に“野球部”と書き担任へと提出をした。

 

 そんな活気づく中での昼休み。

 屋上の建物の壁に座り寄りかかりながら週刊マンガを読む少し眺めの髪の毛でツンツン頭の長身の男子生徒がいた。

 その生徒の隣には紙パックのコーヒーとパンが置いてあり、おそらく昼食を取りながら週刊マンガを読んでいるのであろう、集中しているのか黙々と読んでいる。

 

 すると彼の前にぬっと人影が現れる。

 その人影はボブカットで少し目がキリッとしているボーイッシュな感じが特徴の女子生徒が両手を腰に当てながら立っていた。

 

「ちょっと入学早々いきなり漫画ぁ?」

 

 話をする女子生徒だがその男子生徒は集中しているのか聞いていない。

 何度か声をかける女子生徒であるが、聞く耳を持たない男子生徒を見てハァっと一つ溜め息を着くと勢いよく読んでいた漫画をバッと取り上げた。

 

「あ!このアマ!」

 

 威圧感たっぷりの口調で怒りをあらわにする男子生徒。

 

「アンタが話聞かないのが悪いのよ」

 

「うっせぇ。俺は自分の時間を邪魔されるが一番嫌いなんだ それを返せ」

 

「そんなモンいつでも読めるでしょ!」

 

「今が良いんだよ」

 

 しばらく取り合いをするがさすが男性と言うのか、男子生徒が力づくで奪い取る。

 その彼の態度にフウッとため息をつくと話を再び切り出す。

 

「A組でアンタだけなんだけど、入部届出してないの」

 

「あぁ?だってねぇんだもん」

 

「何がよ」

 

「バンド部」

 

「はぁ・・・アンタ好きねバンド」

 

「俺のソウルだからな」

 

 自慢げに話す男子生徒に女子生徒はため息をつきながら彼の前に立ちながら少し黙るも再び口を開く。

 

「アンタ、野球してなかったっけ?野球部あるよ?ここ アンタもそれなりに有名じゃなかったけ?」

 

「野球はやらん。高校まで来て真面目にやってられっか 今の時代はバンドだよ 泥だらけの青春は今の俺には必要ない」

 

 そう言い放ち再び漫画に目を落とす男性生徒。

 女子生徒はそんな男子生徒を見るとまた漫画を取り上げた。

 

「あ!!この!」

 

「これは没収。学校には漫画はいりません」

 

 そう言いながら週刊マンガを持って歩き出す女子生徒。

 立ち上がり追いかけようとする男子生徒であるが、めんどくさくなったのかドカッと座り直し置いてあった紙パックのコーヒーを一気に飲み干す。

 

「まったく・・・おいだったら金払え230円」

 

「いやよ」

 

「この・・・!」

 

「ホント、アンタ中学ん時から変わらないわね」

 

「あぁ?なんで中学の俺を知ってんだ?なんだ?俺のファンか?」

 

「アホ 同じ中学なだけよ。でなかったらアンタなんか知りたくもないわ」

 

 ベッと舌を出しアカンベをする女子生徒はそのまま校舎の中へと入っていってしまった。

 

 

「あぁクソアマが・・・俺の至福の時間を邪魔しやがって・・・」

 

 紙パックのコーヒーを潰す男子生徒。

 青空が広がる空を見上げながらしばらくボッと眺めていた男子生徒だったが、午後の授業が開始される五分前のチャイムが鳴ると少し慌てながら昼食のパンを口に押し込み校舎へと戻っていく。

 

 

(ったく、最悪だぜ。アイツにぜってぇ返してもらう あの・・・ん?名前なんだっけ?まぁいいや同じクラスっぽいし放課後にするか)

 

 

 そんな事を考えながら廊下を歩く男子生徒であった。

 この男子生徒、彼の名は庄山明輝弘《しょうやまあきひろ》。

 

 彼もまた、この物語の高校3年間を過ごす生徒の一人である。



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第4話 考え方

庄山明輝弘(以降より明輝弘)は翌日学校の昼休みに同じように屋上で昼食を取っていた。

 しかし今回は少し違っており未だ白紙の入部届を眺めていたのだ。

 

(音楽系ながら吹奏楽だが、俺のやりたいこととはかけ離れてるから無し。かといって文化部は正直かったるいし、運動部も本気でやってるような所は面倒臭せぇ。)

 

 そう考えながら入部届と睨めっこをする明輝弘は早めに昼食を取るとすぐに学校の中へと戻っていき自分の教室へと行くと昼食を取っている生徒に話しかける。

 

「あのよぉ、ちょっと聞きたいんだけど」

 

「おう庄山 どしたん?」

 

 どうやら知り合いなのかフランクに話をする二人。

 そこで明輝弘は野球部の事について聞いてきた。

 

「ここの野球部ってどうなん?」

 

「あぁ野球部?お前そういや野球やってたね」

 

「まぁ齧る程度だけどな」

 

「まぁ、ここの野球部は人数足らなくて他の部から助っ人頼んでる位のレベルだよ まぁいわゆる愛好会みたいな感じかな 幽霊部員も多いみたいだし 本気で野球するならココは無理かもだぜ?」

 

「ほぉ・・・」

 

 話を聞く明輝弘。

 彼の中ではこの時点で野球部に入部届を出す事が決定していた。

 

 愛好会レベルなら取り敢えず練習に出ておいて、その間に近場でバンドグループを探して参加でき次第、幽霊部員になれば良いというのが彼の考え方である。

 

(この学校部活動に入るのは強制だからな まぁバンドのメンバーが決まったら適当に幽霊部員になるか)

 

 と考えながら入部届に野球部と書き先日、屋上で言い合いをしていた女子生徒に入部届の紙を渡した。

 

「お、やっぱり野球部入るんだ」

 

「まぁな 活躍した俺に惚れんなよ?」

 

「それはない」

 

「コイツ・・・」

 

 明輝弘の言葉に即答で返す女子生徒。

 そんな女子生徒に苦虫を潰したような顔を見せる明輝弘であったが、とりあえず提出物が無事に終えたので一安心である。

 

「でも明輝弘 なんか今年は結構野球部入るみたいよ?他のクラスの友達がそんな事を言ってたわ。」

 

「あっそ まぁこんなトコに入る輩なんてそう大した事ねぇって・・・あ」

 

「ん?何よ?」

 

 話しながら何かに気付いた明輝弘にはてなマークを頭上に出しながら聞き返す女子生徒。

 

「いや・・・(そうだ、入部早々いきなりレギュラーにでもなったらどうするか、俺だと即レギュラーだろうし、そうなると面倒くせぇな まぁ適当に理由つけて流すか)」

 

 自信たっぷりとも取れる悩み事を考える明輝弘。

 しかし、自分で勝手に解決し入部届を提出した女子生徒に笑顔を見せながら話す。

 

「じゃあそれ頼むわ可南子」

 

「だぁれが可南子だ!!私の名前は片山真琴(かたやままこと)よ!!」

 

「あぁ、惜しかったな」

 

「惜しくもないわ!このウニ頭のアホ!」

 

「うっさいわ とりあえず頼むぜー」

 

 言い合いをし明輝弘は手をヒラヒラとさせながら自分の席へと戻り、名前を間違えられた片山真琴はベーッと舌を出しアカンベをする。

 

(さて、入部届も出したし あとは家に帰ってバンドメンバー募集してるとことかネットで探してみるか 俺の最高の高校生活の始まりだな)

 

 意気揚々としながら椅子に座る明輝弘。

 彼にとってある意味ではあるが、最高の高校生活が始まりを告げた瞬間であった。



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第5話 嘘でも・・・

聖陵学院の生徒たちが入部届を提出し賑わっている頃、職員室ではその提出された入部届を各部活動の担任へと渡されていた。

 

 そんな中、職員室に身長は170センチ後半で良くも悪くも至って普通とも言える顔立ちの青年教師が入ってきた。

 

「おぉ春瀬先生 入部届来てますよ」

 

 隣の席に座っている教師に声をかけられる青年教師。

 彼の名前は春瀬京壹(はるせきょういち)25歳。

 ここ聖陵の現国の教師であり、野球部の監督も務めている。

 

 彼の机の上には入部届の紙が置かれており、普通なら喜ぶところであるが春瀬の反応は少し違った。

 

(まぁ初めはいつもこんな感じなんだよなぁ。入部はするけどいつの間にか幽霊部員になったり、他の文化部に移ったり。俺が就任した頃は人数いて試合も出来たけど次第に減っていって現在では来てくれてるのは二人。はぁ、どうせ今回も同じだろうよ)

 

 そう考えながらペラペラと入部届を捲りながら確認をする春瀬。

 何枚か捲った所で彼の手が止まった。

 

「あれ?この名前って…」

 

 入部届に書かれていた名前を見ながら呟くと、すぐに机のパソコンで何かを調べ始める。

 そしてとあるホームページにたどり着くと何回か画面と入部届を見ながら確認し、次に他の教師に話をしに行き何か紙を見せてもらい確認する。

 

 

「・・・やっぱり てか、なんでいるんだよ、こんな学校に」

 

 そう言いながら次の紙を捲るとさらに驚いた。

 

「おいおいウソだろ あ、コイツも、コイツも名前知ってる…」

 

 全ての紙を確認し春瀬は椅子に座りながら驚いた表情を見せながらも自然と笑みが零れていた。

 

「いやいや これは何かのドッキリじゃないか?いや履歴書も間違いなかったし あるいは同姓同名…これは次の練習日に確認してみるか 誰かが悪戯でやったって事もあるしな」

 

 何やら自分で解決をした春瀬。

 そして春瀬は入部届の中から二枚の紙を上に広げながら呟く。

 

 

「この二人 本物だったらこれは事件だぞ あぁしかし信じてはダメだ…」

 

 半信半疑の春瀬だが、もはやニヤケが止まらなかった。

 ここ最近の野球部は実質二人しか活動しておらず、グラウンドでは女子ソフトボールと合同で使わしてもらっているのが現状である。

 また他の部活からも半分厄介者の扱いを軽く受けており、廃部すべきとの声も上がっている状態である。

 

 春瀬としても結果を目に見える形で残したいところでのこの入部届が届いたら、嘘でも信じてみたいのは当然ではある。

 

 

「あぁもうこの際嘘でもいいわ 俺に夢を見せてくれよー ちゃんと来てくれよぉ、横山俊哉と望月秀樹」

 

 二枚の入部届を見ながら呟く春瀬であった。

 

 そしてその夜、俊哉はと言うと初練習に備えて荷物を詰め込んでいた。

 中学の時に使っていたユニフォームとグラブにスパイクを野球用の鞄へと入れている。

 

「明日から部活動が始まるのか シュウの方はすでに始まってるみたいだし、俺もうかうかしてられないな フフッ 明日から楽しみだな あと、他の仲間は誰が来るのだろうか 竹下は“大丈夫だ 問題ない”とドヤ顔で言ってたけど…なんか心配だ」

 

 

 独り言をボヤキながら荷物を確認する俊哉。

 荷物が詰め終わると、そのまま布団の上へとボフンと寝転がり天井を眺めながらニッと笑顔を見せながら呟く。

 

 

「さぁ、明日から高校野球の始まりだ 待ってろよーシュウ、そして甲子園!!」

 

 



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第6話 部活動

入部届けが提出され数日が経ち、いよいよ部活動初日となった。

 

授業が終わり俊哉は荷物を持つとまずは着替えに各部活動ごとに設置された部室へと向かう。

 

部室にはすでに何人かの生徒が来ており着替えをしていた。

 

「こんちわー」

 

ガチャッとドアを開けながら挨拶をする俊哉に最初に反応したのは竹下。

着替え途中だったのかパンツ一枚とアンダーシャツのみという姿のまま寄って来る竹下。

 

「お、来たかトシー」

 

「よう」

 

竹下に続いて後ろで着替えていた山本が挨拶をすると俊哉も挨拶を返す。

すると、身長は約165センチ程で髪の毛は少し眺めのキツネ目が特徴の生徒が俊哉に歩み寄りながら手を差し出すと話を切り出す。

 

「やぁ君が横山君?よろしく」

 

「あぁよろしく、えぇっと…」

 

「あぁ、僕の名前は青木博信《あおきひろのぶ》。よろしく」

 

「こちらこそ」

 

笑顔で握手をする俊哉と青木博信、他にも何人かいたが自己紹介をする間もなく着替えを終えるとグラウンドへと向かう。

グラウンドへと向かう途中、女子用の部室から出てきたマキと明日香と鉢合わせになった。

 

「あ、トシちゃん」

 

「おぉマキ」

 

俊哉と同じくユニフォーム姿のマキと明日香と挨拶をかわすと竹下がマキに話しかけてくる。

 

「お、めっちゃ可愛いじゃん。ねぇ名前は?どこらへんに住んでるの?」

 

ずいずいと問い出す竹下に戸惑うマキ。

すると呆れた明日香がグローブで竹下の頭をボスッと叩く。

 

「邪魔よ。」

 

「いってぇ。あ、こっちも美人!」

 

「邪魔!」

 

もう一度ボスンとグラブで頭を叩くとマキの手を引きながらズカズカと先へと行ってしまったのだ。

叩かれた頭を擦りながら二人の背中を眺める竹下。

 

「イテテテ。二人は誰かと付き合ってんのかな?」

 

「知らん」

 

半分呆れ顔をしながら山本が歩いていき、俊哉も苦笑いを見せながら後を着いていく。

竹下も叩かれた頭を擦りながらも最後についていくのである。

グラウンドに着くと奥の方では女子ソフトボールの選手たちが集まっておりグラウンド整備をしていた。

また野球部の方もすでに何人かの選手が来てはいるが何をしていいのか分からず立っているのみである。

 

「竹下、グラセン(グラウンド整備)」

 

「おぉ、だな」

 

俊哉の言葉に竹下はそこにいた選手らに声を掛け始めトンボを手にグラウンド整備を行う。

初めての部活で名前もほとんど知らない初めての選手に対して、発言をするのは多少の勇気が必要ではあるが、竹下は気にしないのか鈍感なのか躊躇せず話しかけていきグラウンド整備へと選手らを誘導する。

 

慣れた手つきの者もいれば初めて触ったのかぎこちない者がいる中でのグラウンド整備。

そしてある程度が終わるころになるとグラウンドに二人の選手が入ってきた。

 

「ちわっす!」

 

「こんちわっす!」

 

「ちわっす!」

 

帽子を取りグラウンドへと来た選手に挨拶をする竹下と山本と俊哉に後からたどたどしく挨拶を続ける選手ら。

その挨拶に入ってきた二人の選手はビクッとなりながらガチガチに緊張した動きで帽子を取りペコリと会釈をする。

 

「し、新入生だ。ホントに来てたんだ」

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ…10人くらいはいるぞ」

 

互いにそう呟きながら驚愕の表情をする2人の選手。

するとその二人の元へ竹下が駆け寄ると話しかける。

 

「あの、先輩の方ですか?」

 

「え?!あ、あぁ。俺は早川、んでこっちは桑野」

 

ビクッとしながらも自分らの名前を言う選手。

名前を言ったのは早川悠斗《はやかわゆうと》と言い、坊主頭で少し太めの眉毛とたれ目が特徴の選手であり、もう一人の選手が桑野慶太《くわのけいた》、釣り目の強面が特徴の選手である。

二人は2年生で、この部活唯一の部員である。

 

「えっと、他の方は?」

 

「あ、あぁ。残念だけど俺ら二人だけなんだ。ホントは俺らの代では7人ほどいたんだが、みんな次第に部活変えたりしてね。今は二人だけ。試合は他の部員を借りてきてたんだけどこの前、監督の元に“怪我したら困るからもう貸せない”って言われてね。実質廃部状態だったんだけど…」

 

と言いながら竹下の後ろにいる選手ら見る早川悠斗(以降より早川)は現時点では信じられなかった。

たぶん次第に減っていくであろう、そしてまたいつもの通りだという思いがあった。

 

「ホントに、ちゃんとした部員なの?」

 

思わずポロリと本音が出てしまいハッとなり、竹下を見る早川。

その竹下はというと早川をしばし見つめるもニッと笑みを浮かべると。

 

「勿論すよ。俺が集めてきた連中がいますから」

 

ハッキリとした口調で話す竹下。

その言葉に不思議と、早川は信じてしまいかけるもすぐに疑いの心は拭い切れていなかった為、竹下の言葉を半信半疑で捉えることに決めた。

 

(いまいち信じられてなさそうだな。でもまぁ、いずれ分かってもらえるっしょ)

 

早川の心の内を感じた竹下は、まずはこの先輩二人の心を繋げていこうと感じた。

初練習が始まった聖陵野球部はどこまで突き進めるのか。



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第7話 キツイ冗談

俊哉らが部活に参加しワイワイやっているところに、一人の生徒が遅れてのっそりとグラウンドに姿を現した。

少しボサボサの髪を生やした生徒の名は明輝弘。

 

(面倒くせぇけど、最初は真面目に出といてやるか。つっても俺以外に新入部員なんて何人…結構いるじゃん)

 

グラウンドへと目をやる明輝弘は俊哉らの姿があるのを確認した。

意外とワイワイと人数がいる事に驚きを隠せない明輝弘であったが、今更帰るわけにもいかずグラウンドの中へと入ってくる。

 

「ちっす」

 

小声で呟きながら入ってくる明輝弘に誰も気がついてはおらず、彼はそのままやり過ごそうと思っていた矢先、その考えは潰される。

 

「あれ?アイツって」

 

竹下が明輝弘の存在に気付いたのか走りだす。

明輝弘も走ってコッチに向かう竹下にギョッとしながら身構える。

 

「お前、清水三中の庄山だろ!?」

 

「ん?あぁそうだが?」

 

「なんでここに来たんだよ!?あ、てか何で電話に出ねえんだよ?」

 

「あぁ?知らねえ番号の奴の電話に出るかよ」

 

やり取りを見せる竹下と明輝弘。

その二人に俊哉も近づき、パッと笑顔を見せながら話しかける。

 

「おぉ、庄山だ。」

 

「え?いやそうだけど…誰だ?」

 

「は?トシの事知らないの?」

 

「あぁ?知るかよ」

 

「マジかよ」

 

「俺は興味の沸かねぇヤツの名前は憶えん。特に野球ではな。」

 

俊哉を上から下までサッと見下ろすと、ため息をつきながら俊哉を見ながら話す。

 

「それに、俺はホームラン打者以外に興味は持たん(このトシとやらも見た感じ強くなさそうだな。華奢だし、大した選手では無いな)」

 

自分の見解を心の中で表す明輝弘だが、面倒くさいことになるので口には出さなかった。

明輝弘本人としては、グラウンドにいるメンバーを見ても正直大した事の無い選手の集まりであると感じており、これはすぐにでも幽霊部員になれるなと思っていた。

 

(まぁ練習試合しても俺くらいか活躍できるのは。こりゃ時間の問題だな、少し出ておいてそれからネットで探していくか)

 

今後のプランを考える明輝弘の後ろから、この野球部監督である春瀬がやってきた。

 

「うお!?マジでいんじゃん!」

 

春瀬は驚きを隠せずといった表情の中にも嬉しさを見せておりキョロキョロとグラウンドにいる新入部員の顔を一人ずつ確認する。

 

(うん、うん。本物だ…あ!)

 

その中の一人である俊哉の顔を確認すると春瀬は小走りで彼の元へと向かう。

 

「いやぁ、マジで来てくれるとはなぁ」

 

ズンズンと向かってくる春瀬。

俊哉の前にいた明輝弘は、自分の事かと思いすぐに対応できるようにセリフを頭の中で考える。

 

(あれ誰だ?多分監督か?しかも俺の所に来てるし、まぁ俺も名前が売れてるのは知ってたし…最初の印象位は良くしといてやるか…ん?)

 

対応をするべく身構えようとした明輝弘であるが、春瀬は彼をスルーする。

春瀬は後ろにいた俊哉の元へと歩み寄っていた。

 

「横山。良く来てくれた!」

 

「ふぇ?あ、あぁいえどうも…」

 

驚きと緊張を見せながら春瀬の力強い握手を受ける俊哉。

その光景に周囲が驚いているが、一番驚いていたのは明輝弘であった。

 

(なんだと?あんな大した事なさそうなヤツに歩み寄って行った?何かと間違えてんじゃないか?)

 

そう思いを巡らせる明輝弘。

すると明輝弘はコホンと咳を一つすると色々俊哉に話す春瀬に話しかけた。

 

「あの監督さんですか?」

 

「ん?おぉ、確か…あぁそうだ、庄山だったな。お前も来てくれて嬉しいよ」

 

ブンブンと俊哉と握手をした手を振りながら明輝弘の名前を呼び歓迎をする春瀬であるが、明らか俊哉の時より名前の出る間が空いていることが分かる。

明輝弘本人としても、どこか納得のいかない様子であったがまぁどうせすぐにでも幽霊部員になるさと思っていた。

 

「おう、どうだ庄山。このメンバーは俺がかき集めてきたんだぜ。まぁ何人かは違うけど。これならいいとこ、いや甲子園も行けるんじゃねぇか?」

 

「はは。そうかもな(キツイ冗談だな。明らか俺が引っ張るチームになるぞコレ。あの横山トシとやらも、監督は何を期待してるかは知らないが。まぁ俺には関係の無い話だな)」

 

竹下の話に愛想笑いをしながら受け答える明輝弘。

こうして、初日の部活が終わったのであった。



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第8話:野球部メンバー

聖陵学院野球部の入部者は全員で11名。

俊哉、隆彦、山本、望月、明輝弘、青木の他に一年生は他に5名いる。

 

坊主頭でやや褐色肌が特徴の長尾雅信《ながおまさのぶ》。

短髪ながらツンツン頭で低い身長ながらも良い体格が特徴の鈴木康廣《すずきやすひろ》。

身長は明輝弘とほとんど変わらずだが少々線の細い色白の優男風の内田浩輔《うちだこうすけ》。

身長は俊哉らとほとんど変わらず160センチ後半で髪の毛は少し眺めで少し暗めな表情の池田聡太《いけだそうた》。

そして最後は身長は160センチ後半で体格が良く、太めの眉毛が特徴の堀義隆《ほりよしたか》の5人がその他の新入部員である。

 

因みにこのメンバーの中で、隆彦が誘って連れてきた選手は長尾雅信、堀義隆、池田聡太と山本、俊哉の5人とまさかの人数不足になりそうという状況であった。

 

望月等がいたから良いものの、彼らがいなかったら人数が足らずと言う状態になっていた恐れがあったが、隆彦曰く「まぁ揃ったから良いじゃん。結果オーライ」との事である。

 

因みに他のメンバーはと言うと、鈴木康廣は県外の神奈川から来た生徒で野球経験は中学ではやっていたがチーム自体も弱小チームで本人もまともに練習してなかったという事である。

そしてもう一人の内田浩輔はと言うと、野球経験は無い素人で体育でソフトボールくらいしかやった事が無いのである。

 

この新入生11名と二年生の早川悠斗と桑野慶介の二人を含めた13人が今年の野球部メンバーである。

そして監督は春瀬京壹。

彼は正直今年もこれからも期待はしていなかった。

 

ここ数年でも入部はろくになく入部しても9人に満たないなど部活としての活動をしていない状況である。

しかし今年は俊哉や望月をはじめ有望な一年生が入部し、春瀬監督自身としてもようやく軌道に乗ったという形ではあるものの嬉しい限りである。

 

そんな中でいまいち乗り気になれない選手がいた。

 

(はぁ、まさかこんなに人がいるとは…)

 

ため息をつきながらキャッチボールをするのは明輝弘。

彼は元々野球部には幽霊部員になるつもりで入部したのだが、10人超えの新入部員が入っただけでなくやる気があるという事に悩んでいた。

 

(何やる気を出してるんだ。こんなチームじゃあ勝つのは無理だ。俺がやる気を出せば行けるかも分からんが、なんせ俺は高校野球を本気でやるつもりは無い。今だけ真面目に出て来週くらいから休みだせば…)

 

そう考えながらキャッチボールをする明輝弘。

この後は流し気味に練習をこなし終了後はグラウンド整備をし部室で着替えをする。

着替えをしている部室では竹下らが談笑をしていた。

 

「いやぁ一年だけで10人はすげぇよな。しかもトシの他にヒデも来てくれて、あと明輝弘」

 

「ん?俺か?」

 

「当たり前だろ?明輝弘は俺が誘おうとしてたヤツだしよ。てかなんで電話に出ねぇよ」

 

「俺は番号知らない奴の着信は出ない主義なんだ悪いな」

 

「そうなんだ。まぁでもこれで来年…いや今年にも行けるんじゃね?甲子園!なぁ明輝弘」

 

「あ、あぁそうだな」

 

内心は“無理だろ”と考えながら受け答えをする明輝弘。

こういうお気楽な人間は嫌いではないが、ここまで来るとウザったいほどである。

 

「あとトシもだぜ?俺の一番の功績さ」

 

「何俺が育てたみたいに言ってんのさ」

 

「まぁまぁ。でもトシが来てくれて嬉しいぜ~」

 

俊哉と肩を組む竹下に俊哉は笑いながら言う。

 

「まぁやる気なきゃついては来ないよ」

 

笑いながら話す俊哉。

そんな俊哉を見ながら明輝弘はとある疑問が頭をよぎっていた。

 

(俊哉、俊哉って、そんなに凄いのか?いつも見てても凄いとは思えない。ホームランを打てる体格にも見えないし雰囲気も何も感じない。)

 

そう思いながらもすぐに自分自身には興味がないとばかりにすぐに着替えて部室から出ていく。

1人歩く明輝弘、するとその先にすでに部室を出ていた望月が自販機の前でジュースを飲んでおり、明輝弘は彼なら話易いかな?と感じたのか近づき話しかけた。

 

「おう、確か望月だっけ?」

 

「あぁ、庄山だっけ?」

 

「明輝弘で良いよ」

 

「じゃあ俺も秀樹とかヒデでいいぜ?」

 

互いに初めて話すのか軽く自己紹介をする二人。

少し間を開ける二人であったが、明輝弘の方から話を始めた。

 

「あのさ、部活始まってしばらく経つけどよ。正直どうよこの野球部。俺は竹下が言うように勝ち続けるとかは無理だと思うぜ?」



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第9話:気になってきただろ?

「あのさ、部活始まってしばらく経つけどよ。正直どうよこの野球部。俺は竹下が言うように勝ち続けるとかは無理だと思うぜ?」

 

そう話す明輝弘に望月は少し黙っているが飲んだジュースをゴミ箱の中へ入れると明輝弘の顔をまっすぐ見ながら話す。

 

「俺は行けると思うぜ?」

 

「それマジで言ってんの?」

 

そう会話を交わす2人の空間には、どこか張りつめた空気が流れていた。

明輝弘の言葉に返す望月に明輝弘はさらに食って掛かる。

 

「まぁなぁ。今のメンバーが俺を含めて現状以上の力を付ければ不可能ではないと思うよ?」

 

「そうか、秀樹なら話分かると思ったんだがなぁ。」

 

「まぁ今の力じゃあ無理なのは確かだよ?」

 

「そうか。それに俺は、俊哉だっけ?アイツの凄さが分からない。それにぶっちゃけ凄いとは思わないぜ?」

 

明輝弘の言葉に一瞬だが望月の表情が変わった。

その表情は怒るに近い表情をしており彼の眼は鋭く明輝弘を睨むように感じた。

 

「そう思うか?」

 

「あぁ。アイツにホームランが打てるとは到底思えないし。雰囲気的に見ても凄さを感じられないんだが。秀樹もそう思うだろ?」

 

「そうか。あぁ、明輝弘。お前抜いてるだろ?」

 

「は?」

 

「いや、明らか練習してるという感じがしない。」

 

望月に明輝弘は正直驚いた。

彼はきちんと見ていたのである。

この視力の広さに明輝弘は驚きを隠せなかった。

 

「さすがだな。結構中学じゃあ有名だったんだろ?そんな視野の広さがあるんなら」

 

「いや、これに最初に気付いたのはトシだよ。」

 

「は?」

 

「明輝弘。お前はトシを下に見てるようだけど…痛い目に合うぜ?」

 

望月の言葉には異様な重みを感じた。

恐らく望月は俊哉に対して大きな信頼感に似たようなモノを抱いており、俊哉に対してほとんど疑念を持ってはいなかった。

 

「へぇ、そうか。」

 

「あと知ってるか?10人の新入生中、5人がトシが入学すると聞いてやってきたんだってよ。」

 

「マジで?秀樹も?」

 

「いや、残念ながら俺は招集をかけてた竹下がほぼ諦めてたらしく声が掛かんなかった。んだけど、今こうしてここにいるのは偶然じゃあ無いかも。たぶん声を掛けられたら今この状況だったかもな。」

 

笑いながら話す望月に明輝弘は少し困惑していた。

自分では分からないことが他の選手らに分かる。

その事に困惑をする反面、分からなかった事に対して自分に腹が立っていた。

 

(何故あの俊哉に肩入れをするのかが分からないが、そんな事よりその事実を知らなかったことが腹が立つ。本当に奴はそこまでの人間か?)

 

1人脳内で考え出す明輝弘。

そんな明輝弘の表情を見ながら望月はフッと笑みを浮かべながら話し出す。

 

「気になって来ただろ?トシが。」

 

「あ、んん…まぁ否定はしない。もし秀樹や竹下たちが言うように俊哉に対して何か肩入れする力があるというなら、是非とも見てみたいものだ。」

 

「ははっ。そのうち分かるよ。試合とかになれば分かるかな。つっても、俺も実際の所は良く実感できてねえんだけどね」

 

そう言いながら飲み干した缶をゴミ箱に入れ歩き出す望月。

望月は星が広がる夜空を見上げながら何かを思い、再び明輝弘を見る。

 

「もし試合とかでも分からなかったら、止めるなり幽霊部員なりになれば良いさ。」

 

「まぁ元々そのつもりではあったがな。」

 

「やっぱりな」

 

笑みを浮かべ帰路に着こうとする望月を明輝弘は何か思い出したように背を向け歩き出す望月を止め話し出す。

 

「そういや、秀樹はなんでここに来たんだ?誘われてなかったんだろ?」

 

と質問をぶつける明輝弘に対し、望月は頬をポリポリと軽く掻きながら間を開けると再び背を向け歩きながら一言話した。

 

「そのうち話すよ。じゃあな」

 

「お、おい。まぁいいや」

 

一瞬引き留めようとするも諦める明輝弘。

そして明輝弘も空き缶をゴミ箱へと捨てると地面に置いてあった鞄を持ち歩き出したのである。

 

(全く来週にでも来なくなりだそうと思ったが、秀樹の話を聞いて正直なところ気になってきたじゃねぇか。まぁ良い。俺の眼は確かと言う自負があるし、そんなに長居はしなくて済みそうだ)

 

明輝弘もまた、帰路へと着くのであった。



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第10話:練習試合

明輝弘と望月の会話から翌日のとある練習の日。

練習が終わると春瀬監督は選手らを集めた。

 

「今度の日曜日に練習試合を行うことになった」

 

その一言に選手らは驚き喜んだ。

待ちに待った試合に選手らは隣の者と顔を見合わせながらザワザワと話を始める。

 

「ほれ静かに。相手は沼津北高等学校《ぬまづきたこうとうがっこう》で俺らが沼津まで行くからな」

 

「んだよ向こうが来いよ」

 

「バカ言うな。ここでは試合できる大きさのグラウンドは一つしかない。それにその日は他の部活が使う予定だからな。試合を組んでもらうだけ有難い話だろ」

 

ぼやく明輝弘に言葉を返す春瀬監督。

続いて春瀬監督は詳しい試合時間と集合場所を伝え解散となった。

 

部室では先ほどの試合の話で盛り上がっており、まずは対戦校がどんなレベルかで討論になっていた。

 

「なぁ山本、沼津北ってどうなん?」

 

「いや俺が知るかよ」

 

「え?そうなん?見るからに何でも知ってそうな顔だったからつい。眼鏡クイッとかやりそうだし」

 

「おい」

 

コントを繰り広げる竹下と山本。

すると隣で先に着替えを終えていた青木がスマフォでチームのデータを調べており画面を見ながら話を始める。

 

「えっと、去年の夏は3回戦敗退で秋も…同じく3回戦。チームの特徴としては打撃が良いみたいね」

 

「なんか微妙、まぁ仕方ねえか。」

 

青木の話につぶやく竹下。

すると竹下は俊哉のほうを向くと話しかけてきた。

 

「トシ。この試合で俺らがどの位かが分かるな」

 

「第一段階としてはね。まずは試合が楽しみだね」

 

笑顔を見せながら話す俊哉。

そんなワイワイと騒がしい部室から明輝弘が鞄を持ち帰ろうとドアノブに手を差し出そうとした時、俊哉が明輝弘に向かって話し出した。

 

「明輝弘はどう思う?今度の練習試合。」

 

「ん?勝つのは当たり前だろ?俺がいるしな。」

 

「おぉ自信たっぷりだね。」

 

「当たり前だろ。自信がなきゃ言わん。」

 

振り返りながら話す明輝弘にニコッと笑みを浮かべる俊哉。

竹下ら周りの選手は明輝弘の自信に満ちた言葉に少し動揺したのか静まり返るが、すぐに山本が口を開く。

 

「そんなら期待してもいいのか?」

 

「あぁ。遥か遠くまでかっ飛ばしてやるよ。」

 

「まぁ、そのくらいやってもらわなきゃ困るがな。今度相手投手の情報探してみるわ」

 

「いらねえよ、そんなん。誰であろうと俺はストレートを叩く。それだけだからな。じゃあな。」

 

そう言いながら部室から出ていく。

そんな明輝弘が出ていった後の部室は少し静かになったが内田が口を開く。

 

「庄山君って、なんか一匹狼な感じだね」

 

「まぁ言われてみればそうかもなぁ。群れるの好きでは無さそう。」

 

内田の言葉に青木が返答し今度は明輝弘の話に移り変わると、あーだこーだと様々な話が沸き起こってくる。

だがこの話題はすぐに熱が冷め、選手らはゾロゾロと部室を後に後にしたのであった。

そんな中、先に部室を出た明輝弘はというと帰りのバスに乗りながら今度の試合の事を考えていた。

 

(試合か。俺は四番固定としても、他のメンツがどうなるかだな。少なくとも俺の前には出塁してもらわなきゃ…って何考えてんだ俺。これじゃあ野球してんのが楽しくて試合も楽しみみたいになってる。だけど、前に秀樹が話してたこと。俺はこの目で確かめるまでは止めん。俺のプライドが許さん。)

 

考えにふけこみながら揺れるバスの座席に座り帰路へと着く。



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第11話 あれは序の口

初回に4失点を喫し静まり返るグラウンドに一人の選手の声が響き渡る。

その声の主は俊哉。

 

「大丈夫です!!自分たちが守ります!」

 

声を飛ばす俊哉にうつむいていた桑野がフッと顔を上げた。

そして続く6番打者に対して桑野の投じた一球目は今までよりも遥かにいい球が放られ竹下の構えたミットに収まる。

 

「ストライク!!」

 

ストライクのコールが鳴り竹下がボールを返すと俊哉がすかさず声を掛ける。

 

「ナイスボールです!この調子で行きましょう!」

 

その俊哉の言葉に桑野は不思議な気持ちになった。

掛けられる言葉はいつもと変わらない、どこの野球部でもかけているであろう言葉。

しかし、俊哉の言葉は少し違っていた。

 

(力が抜けて…腕が今までより振れる!)

 

二球目、三球目と投じるとすべて竹下の構えたミットへと放られ打者は驚いたのか手が出ず見逃しの三振。

続く打者は平凡なショートへのフライとなり早川が難なく捌いてツーアウト。

 

しかし次の8番打者は、キィィンという金属音が響くと打球は右中間への強い当たりとなり更なる1失点を覚悟した。

 

だが、そこには俊哉が走り込んでおり腕を思いっきり伸ばしながらのランニングキャッチを成功させたのだ。

 

俊哉のプレーに“おぉっ”とざわめきが聞こえる中、秀樹や堀とハイタッチを交わし最後は桑野とハイタッチを交わしながらベンチへと戻ってきた。

 

「俊哉ありがとう」

 

「いえ まだ大丈夫ですよ 勝てます」

 

桑野のお礼の言葉に応える俊哉。

その彼の言葉に桑野はビビッと電流が流れた。

 

「お、おう!よっしゃ早川出ろよ!」

 

「おう!」

 

打席へ向かう早川に激を飛ばす桑野。

このまま怒涛の反撃!!という訳にもいかず1番の早川がセカンドゴロ、続く山本もセカンドへのゴロとあっけなくツーアウトとなり、打席には俊哉が立つ。

右打席でバットを構える俊哉。

その彼を見ながらピッチャーはフッと口元をニヤつかせた。

 

(この俺様がこんな底辺校に打たれるかよ。これでも俺、中学じゃあ県大会ベスト8だったんだぜ!悪いが同じ一年同士だが、お前らとは実力に雲泥の差が…!?)

 

全てを言い終わる前に投じられたボールが投手の顔面の横を通り過ぎていく。

俊哉の放った打球はセンターへのきれいなヒット。

ツーアウト一塁とランナーを置き打席には4番の明輝弘が入る。

「…あのピッチャー大した事ないのか?」

 

「は?」

 

「いや、あんな綺麗なヒット簡単に打つからよ」

 

「アホか。アイツ中学では県内ベスト8の投手だぞ?お前頭沸いてんの?」

 

明輝弘とキャッチャーとのやり取りをしながら、明輝弘は打席でゆっくりとバットを構える。

明らかに動揺を見せている相手投手を見ながら明輝弘はハァっとため息をつく。

 

「んでも、打ったヤツ。日本一らしいぞ?」

 

「は?んなわけねぇだろ?馬鹿か?」

 

「俺もそう思う、いや思ってた…が」

 

そう話しながら投じられたボールに対しスイングをする。

その振りぬかれたバットにボールがめり込むと打球はまるでピンポン玉の様に弾かれるとライトの遥か後方へと飛んで行った。

 

「バカはテメェらだ。馬鹿が」

 

そう呟きバットを放りゆっくりと走り出す明輝弘。

ダイヤモンドをゆっくりと回りホームを踏むと俊哉が待っており手を差し出しながら言う。

 

「ナイバッチ。久しぶりに見たよあんな打球」

 

「いんや。あれ位は序の口。もっと見たことない打球見せてやるよ」

 

パチンとハイタッチを交わす2人。

そして明輝弘の心には少しだがある感情が出てきていた。

 

(俊哉と野球することが、おもしろい)

 

そんな感情が出てきていた自分がなんだか恥ずかしく感じる明輝弘。

試合は初回から4-2と大荒れの展開を見せた。

その後は2回、3回、4回と聖陵の先発桑野が粘りを見せるピッチングで無失点に抑えるものの聖陵打線が中々打てず点差を縮められない。

そんな中で迎えた5回に再び桑野が掴まってしまう。

 

先頭に四球で歩かせてしまうと続く打者にはピッチャーの股下を抜けるヒットで一二塁にされると3人目の打者には四球を与えてしまい無死満塁。

そして打席に立った打者に・・・

 

カキィン…

 

快音を響かせてしまいライト線に落ちるヒットを放たれる。

一人二人と走者が還りついには三人目の走者もホームを踏まれるタイムリーツーベースヒットで7-2と点差を広げられてしまった。

茫然と立ち尽くす桑野に竹下が立ち上がりマウンドへ駆け寄る。

 

「ドンマイっす」

 

「あ、うん」

 

意気消沈といった受け答えをする桑野。

そんな彼を見ながら横目にベンチの方を見るとベンチ横のブルペンでは長尾が投げ込みをしている。

(長尾が肩出来るまで少しかかるか…このまま引っ張るしかないか)

 

そう考えた竹下は桑野の胸元をポンとミットで軽く押すとニッと笑みを浮かべながら話し出す。

 

「バックがいますから安心してください。この回の桑野さんは力みすぎです。先頭に四球を出してからストライクストライクと意識がモロ出だったので、逆に行かなくなってましたからもう四球出しても良いやくらいの気持ちで行ってみましょう。」

 

そう話す竹下に桑野はハッとどこか我に返ったようになり、その表情は先ほどと比べてはるかに良くなっていた。

桑野の表情を確認した竹下はそのままホームへと戻りマスクを被りなおす。

 

(少しは気持ちが楽になったみたいだ。さて、あとはバックの頑張り次第だ。)

 

サインを出す竹下に桑野はコクリと頷き投じた初球はインコースに決まるストレートでストライクを取るとテンポが良くなったのかなんとすべてストレートを投じコースにドンピシャに決まるストライクで見逃し三振に打ち取る。

そして続く打者に対しては変化球から入りツーストライクと追い込んでの外へのストレートを投じる。

だが、そのストレートを読んでいたのか打者のスイングしたバットにボールがめり込むと低い弾道で桑野の右を抜けていく。

 

(ヤベッ!)

 

ヒヤリと一瞬感じた竹下であるが、彼の目線の先に見えた光景にヒヤリとした感覚は無くなった。

低い弾道で一直線に二遊間を抜けようかという打球に山本がダイビングキャッチを見せたのだ。

腕を伸ばしたグラブの先にボールが納まると山本は逃がさんとばかりにグラブでしっかりと掴みながら滑り込み、立ち上がるとグラブと中に見事に納まっておりアウト。

すかさず山本の目線はセカンドベースへと向けるとランナーは抜けたの思ったのか飛び出しており二塁ベースから半分ほど離れていた。

 

「早川さん…間に合わない…なら」

 

早川へトスをしようとするが早川もベースに付けていなかったため、山本は二三歩駆けると再びダイビングをしボールの納まったグラブで叩きつけるように二塁ベースにタッチ。

 

「アウト!」

 

審判の判定を待たずとも余裕のタイミングでのアウト。

山本のファインプレーでダブルプレーをして見せたのだ。

 

「ナイスプレー!!」

 

野手から山本に言葉を浴びせると山本は気恥ずかしそうにベンチへと戻る。

そして試合は中盤から終盤へと向かう。



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第12話 様々な思い

山本のファインプレーが飛び出し良い感じのまま迎えた終盤戦。

しかし、打撃陣が続かない。

俊哉がヒットで出るも明輝弘はホームランを強く意識してなのか変化球に対して強引に振りに行き空振りの三振。

前の打席でも同じような変化球を空振り三振を喫しており二打席連続三振。

 

「クソが、変化球投げやがって、男はストレートだろ」

 

誰にも聞こえない音量で呟きながらベンチへ帰る明輝弘。

周りには冷静に見せようとしているものの、バッティンググローブを強めにベンチへ叩きつけるなど多少なりとも形に出ていた。

だが、打撃の状況は芳しくないのは確かであり俊哉が塁に出ても後続が返せないという状況が出ていたのである。

春瀬監督はベンチに座りながら色々と考えていた。

 

(確かに横山、庄山をはじめ一年生は驚くほど能力が高い。だが、このままでは・・・)

 

悩む春瀬監督。

そんな悩み事を余所に試合展開は意外と早く進んだ。

6回、7回、8回と聖陵打線が全く機能しなくなり、また同じように相手打線も桑野からバトンされた左腕の長尾のいい感じに散らばるストレートに的が絞れず凡打の山を築く。

そして試合は早くも9回裏の聖陵の攻撃を迎えたのである。

聖陵の打線は2番の山本から。

山本はこの試合2犠打とヒットは無しである。

一球目、二球目と見てワンストライクワンボールのカウントとなった三球目の高めへのストレートに山本は振りに行きカキィンと響かせた打球はフラフラと上がりセカンドとライトと間にポトンと落ちるヒットとなった。

 

「ナイスラッキー!えっと…村田!」

 

「山本だよ!!掠りもしてねぇぞ!」

 

ベンチからの竹下の言葉に鋭いツッコミを入れる山本。

何はともあれ無死でランナーが出て次の打者は今日3安打の俊哉。

するとその俊哉に対して相手バッテリーの取った作戦はなんと敬遠。

 

この光景を見て怒りが沸き出たのは次打者の明輝弘である。

 

「ほう、俺なら余裕かそうか…」

 

呟きながら打席へとゆっくりと入る明輝弘。

大きく構える明輝弘に対し相手投手の投じた球はカーブ。

このカーブに明輝弘は今日一番のフルスイングを見せると風を切るようなスイングに一瞬だが投手が怯んだ。

その投手が投じた二球目は真ん中に入ってくる棒球。

明輝弘は逃さずその棒球を叩きに行くと打球は低い弾道を描きながら一二塁間を抜けていくヒット。

 

「なんでだよ…」

 

気持ちはホームランであった明輝弘にとっては納得のいかない打撃で、打ち直せるものなら打ち直したいが時すでに遅しである。

そしてその打球に完全に怯んでいた相手投手の投じた初球を5番の望月が逃さなかった。

 

望月の放たれた打球はライナーで右中間を真っ二つに抜ける打球となり山本、俊哉を還す2点タイムリーツーベースを放ったのだ。

この望月は試合初ヒットであるものの、今までの打席ではすべて外野へのライナーを放っておりヒット性の打球であった。

3度目の正直ならず4度目の正直となった望月の打球を見て春瀬監督は彼の才能に惚れ惚れしていた。

 

(バッティングも良い…荒っぽささえなければ上位も打てる、良いセンスだ)

 

望月の才能に感動すら覚える春瀬監督。

監督的にもこのまま逆転と行きたかったところであるが、そうは上手くはいかず6番堀、7番長尾、8番池田とあえなく凡退してしまいゲームセット。

結果7-4の敗北で試合を終えてしまったのである。

 

挨拶とグラウンド整備を終え帰路へと着く電車の中、各々がこの試合で何を得て何を見つけたのかを思い返しながら乗っていたであろう。

また春瀬監督もこの試合でこのチームに必要なものが見つけれたのであろうか?

 

そんな様々な思いを抱きつつ、聖陵野球部の今年初試合を終えた。

次の日の授業後には野球部はいつもの様に練習を始める。

 

(明輝弘は来るだろうか…)

 

キャッチボールをしながら明輝弘を待つ秀樹。

また俊哉も来ることを待っており部室棟の方を見ながら待っていると、一人背の高い青年がゆっくりとした足つきでやってきた。

 

「来たか」

 

と安堵の表情を見せる秀樹。

彼の目線の先にはユニフォーム姿の明輝弘が立っていた。

何事も無いかのように入ってきた明輝弘に対し最初に会話をしたのは秀樹。

 

「おう遅いんじゃないか?」

 

「うるせ、トイレだ」

 

言い訳にも似た言葉を発する明輝弘に対し秀樹はクククッと笑う。

続いて俊哉が来ると彼も笑顔を見せながら話す。

 

「大?小?」

 

「だからうるせっての!」

 

からかうように話す俊哉に言い返す明輝弘。

そしてそのまま練習が自然と始まりあっという間に練習が終了。

空も暗くなり片付けを終えた部員たちが部室で着替えをしたりして帰路へと着く中、明輝弘は秀樹を呼び止めた。

 

「おい望月」

 

「ん?」

 

呼び止めに応じ立ち止まる秀樹。

明輝弘は少し黙ると口を開き話を始める。

 

「俺が来たことに何も反応はないんだな?」

 

「あ~、ぶっちゃけ嬉しいよ?勿論俊哉も他の連中も同じだと思う でも、多分皆の心には必ず来るという思いがあったからなぁ だから普段通り接し普段通り練習を行った」

 

そう話を続ける秀樹に明輝弘はどこか復雑な思いのほかに、安堵というような思いがあった。

恐らく明輝弘の中ではドラマの様なワッと皆が集まるようなシーンを連想していたであろう。だが現実は普段通りと変わらない光景が広がった。

また、明輝弘本人の性格上ドラマの様な光景は好きでは無く、ワッと来られても痒い思いしかしなかったであろう。

むしろ、普段通りの光景で良かったのかもしれないと思っていた。

 

「まぁこうして来たけど、俺はまだ正直疑心暗鬼だ このチームでやっていこうかどうかも、俊哉の事もな」

 

「中々頑固だね」

 

「まぁな。。。でも、このチームには俺のようなスラッガーが必要だろ?」

 

半分自慢げに話す明輝弘に秀樹は多少の間を置くもコクリと頷きながら話し出す。

 

「うん。確かに明輝弘の長打力は必要不可欠だ。その面では残ってくれたことに非常に感謝してるよ。」

 

素直な感想を述べた秀樹に対し明輝弘は少し痒い思いを秘めながらも秀樹からその言葉を聞けたのは嬉しかった。

 

「そんなら、高校1のスラッガー目指してくれよな?」

 

「何言ってるんだ もうすぐそこさ 来年にはなってるかもな」

 

「おぉ強気だねぇ んでもまぁ…ぶっちゃけキツいかもなぁ」

 

空を見上げ苦笑いを浮かべながら話す秀樹に明輝弘はすぐに反応を示した。

明輝弘自身、自分の長打力に置いては同学年では並ぶことはあっても抜きん出る奴はいないだろうと自負をしていた。

だが、すぐに秀樹の出てきた言葉に不満というよりは対抗心が出てきたのだ。

 

「ん?誰だ?」

 

「知ってると思うけど、神坂だよ」

 

「…知らん」

 

「え?中学の時にも新聞やTVにも出てたけど?」

 

「テレビは全く観ていないし、スポーツ新聞も読んでない。ていうか俺の中学ん時のチームが全国出てないのもあるが、選手の名前とか知らん。」

 

キッパリと言う明輝弘に秀樹は“よくさっきの台詞が言えたなぁ”と思いながら苦笑いを浮かべる。

 

「ほら、俊哉の同じチームの4番だ」

 

「ほう。楽しみだな。高校で潰れないと良いがな」

 

やや上から目線の発言をする明輝弘に秀樹は感心した。

知ってても知らなくても恐らく明輝弘は同じ言葉を言うであろう、そう感じると同時にこの屈託のなさと怖いもの知らずの性格は上手くいけばドンドンとレベルが上がっていくし、チームとしても柱としては十分であると秀樹は感じていた。

 

「まぁ、よろしく頼むよ明輝弘」

 

「あぁ。こちらこそ」

 

軽く握手を交わし二人も帰路へと着くのであった。



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第13話 屈託のない笑顔

4月も下旬へと入りもう間もなくゴールデンウィークが始まろうかという時期へと入ってきた。

俊哉の教室でも連休中にどこへ遊びに行こうかなど友人同士で話をして和気あいあいとした雰囲気でおり、俊哉も野球部以外の友人と笑いながら話をしている。

 

 

「トシ連休中はどうすんの?」

 

「連休中は特に予定はないけど、最後の二日間は野球部の練習が入ってるかな」

 

「あぁー、やっぱ運動部は活動入ってるんだね 野球部も強くないのに頑張りますな」

 

「あはは 強くないからこそだよ」

 

 

と笑みを交えながら話す俊哉らクラスメイトの男子生徒達。

すると俊哉の眼にふと一人の女子生徒が映った。

その女子生徒はボブカットの髪型で前髪は顔が少し隠れるように長めにしている。

そんな女子生徒がポツンと一人で窓際にある椅子に座り大きめの雑誌を黙々と読んでいたのだ。

 

少しその女子生徒を眺める俊哉。

するとその様子に気づいた男子生徒の一人が俊哉に話しかけた。

 

「あぁアイツ?姫野だろ?」

 

「え?あぁ…知ってるの?」

 

「あぁ、同中(同じ中学)だし。そん時から暗~い感じでよ。前髪で顔隠す感じでさ、クラスじゃ全然仲良いヤツいなかった感じだぜ?他のクラスにはいたみたいだけど」

 

と話す男子生徒に耳を傾けながらも俊哉はその女子生徒を眺める。

 

「まぁ近寄りがたい感じはあったぜ?暗くて」

 

「そうなんだ・・・」

 

その会話はそので終わってしまい次の会話へと移行したのではあったが、俊哉は少し気になってはいた。

そして次の日も同じように昼休みには机に座っては大きめの雑誌に眼をやる姿が見られており、俊哉も時たまその光景が目に映っていた。

 

そして翌日の昼休みの時、生徒らがワイワイと教室で話をしながら談笑をしている中、俊哉がついにその女子生徒の元へと歩み寄っていく。

女子生徒は雑誌に夢中なのか俊哉に気づいておらず俊哉は目の前まで行くとフッと雑誌の背表紙の方へ顔を近づけた時点で、女子生徒が俊哉の存在に気が付いた。

 

「・・・へ?」

 

突然の生徒、しかも男子生徒の顔が近くにあった事に気づいた女子生徒は突然の出来事に動揺が広がり顔もボッと赤くなる。

すると俊哉がパッと笑顔になると、女子生徒に弾んだ声で話しかけたのだ。

 

「やっぱり!これホ〇ージャパンでしょ!ガンプラ好きなの?」

 

「ふぇ?!あ?…えぇ?」

 

突然の質問にもうどうしたら良いのか分からずパニック状態になる女子生徒。

俊哉も彼女の様子に気づいたのか焦りながら話し出す。

 

「あ!ゴ、ゴメンいきなり話しかけちゃって!いや前にそれ読んでるの見ててさ、多分そうかな?って思ってさ」

 

と笑顔で話しかける俊哉に女子生徒は顔を赤くしながらも、俊哉が危険ではないと感じたのか少し落ち着いてきたようである。

 

「あ、そう…なんです…か」

 

声を小さくしながら少し俯き加減で話す女子生徒。

すると俊哉が笑顔で切り返す。

 

「俺もガンプラ大好きなんだ!今度それ見せてよ」

 

「ふぇ!?あの…いい…です…よ?」

 

「有難う えっと…俺、横山俊哉っていうんだ、あ~…君は?」

 

「あ、あの… 私は…姫野…司…で、す」

 

やはり声を小さくしながら話す女子生徒に俊哉は屈託のない笑顔を見せながら「よろしくね」と話し返し、そのまま自分の席へと戻るのであった。

 

「…」

 

突然の出来事に呆気にとられながらも席に着く俊哉を眺める姫野司(ひめのつかさ)

この出来事により、しばらく彼女の頭には俊哉の笑顔が強く残っていたのであった。

 

翌日の聖陵学院の図書館。

広いスペースに沢山の本が並べられており、本を読んでいるものや机で自習や宿題など各々が図書館で過ごす中、とある机に三人の女子生徒が座っていた。

 

一人は先日に俊哉が話しかけた姫野司。

そして向かいには眼鏡をかけており中肉中背といった感じの体系でロングの髪の女子生徒。

その女子生徒の隣には同じようにロングの髪でスレンダー体系、背が二人より低めのジト目が特徴の女子生徒が座っていた。

 

三人は本を読んでおり静かに過ごしていたが、司の一言で空気が一変した。

 

「あの実は、この前…男の人に声かけられて…」

 

「は?」

 

司の言葉にいち早く反応したのは眼鏡をかけた女子生徒。

隣のジト目の女子生徒も驚いたような表情を見せながらも言葉は発していない。

 

「え?何?学校で?」

 

「う、うん…クラスで」

 

顔を赤らめながら話す司に眼鏡をかけた女子生徒は少し怒りながら言う。

 

「だれだぁ!私の司をナンパする奴はー!」

 

「いや、パルのでは無いのでは?」

 

眼鏡を掛けた女子生徒の言葉にすぐにツッコミを入れたジト目の女子生徒。

静かだった図書館のこの机だけ五月蠅くなり、眼鏡をかけたパルと呼ばれた女子生徒が興奮気味に話をつづけた。

 

「てか、いったい誰よ!?どこのどいつよ!?」

 

「ふぇ!?あ、えっと確か…横山、俊…哉君」

 

と俊哉の名前を言った瞬間、一間の沈黙が漂ったがパルと呼ばれた女子生徒が話を始めた。

 

「あー、俊哉君かぁ」

 

「あぁ、彼ですか」

 

「え?二人とも知ってるの?!」

 

司には予想外だったのか、二人の反応に驚く。

するとジト目の女子生徒が本をパタンと閉じながら話し出す。

 

「知ってるも何も、彼とは普通に話をしてるですよ?」

 

「そういえば、ゆえっちガンダムの話してるよね」

 

とジト目の女子生徒を“ゆえっち”と呼んだパルと呼ばれる女子生徒。

彼女らの会話にポカンとするのは司である。

 

「え?そんなに仲良いの?」

 

「仲がいいというか…趣味友?」

 

「中々面白いですよ彼」

 

とパル、ゆえっちと立て続けに話す二人に司はやはりポカンとしたまま。

だが、少し安心していた。

この二人がよく言うのだから俊哉は大丈夫な人なんだろう。

 

そう感じ、司は表情が和らいだのだ。

 

「しかしまぁ、つかさも遂にナンパされるようになったかぁ」

 

笑いながら話すのはパル

そんな彼女の言葉につかさはアタフタと焦りながら動揺しながら話す。

 

「い、いいややや、そそそんなナンパなんて…!!」

 

「あぁ、まぁ…彼はナンパ目的では無いのでは?」

 

慌てる司に対しフォローを入れる ゆえっち。

パルは腕を組みながら“うーん”と少し考えると何か感じたのか人差し指をピンと上に向けながら司に話しかける。

 

「そん時さぁ。司、何読んでた?」

 

「え?えぇっと…ホ〇ージャパン」

 

「「やっぱり」」

 

二人声をそろえて言うと、司は頭の上に?マークを沢山浮かべながら頭をかしげるのである。

 

「あぁ、この子も気づいてないわ…ってか俊哉君も俊哉君か…」

 

「ホ〇ージャパンにつられて…ですか」

 

二人はため息を漏らす。

対照的に司は未だによく分かってない様子で二人の顔を不思議そうに見ていると、パルが苦笑いを見せながら話を始めた。

 

「まぁ、司。あんたは俊哉君をどう思うよ?」

 

「え?私?」

 

「そ。嫌?」

 

「あ…、ううん。嫌では無かったかな…初めて男の人に声かけられて最初はドキッとしたけど…でも、なんだか少し安心というかなんというか…嫌じゃなかった、かな?」

 

頬を少し赤らめながら話す司にパルはウンウンと頷きながら聞くと、ジッと見ながら話を始める。

 

 

「そんならさ、今度遊びに誘ってみなよ」

 

「ふぇ?!そ、そそそそんなの無理だよー!!声かけるなんてー!」

 

やや大きめの声に周りにいた生徒から視線が集まると、司はハッとなり顔を真っ赤にしながら、どうしていいのか分からないままそのまま早歩きで図書室から出て行ってしまったのだ。

 

「あー…行っちゃった」

 

「パルのせいですよ?」

 

「あはは、ゴメンゴメン…」

 

謝るパル。

そして図書室を飛び出した司は、途中で我に返るも戻るに戻れないまま、自宅へと戻るのであった。



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第14話 ゴールデンウイーク

学校での生活も早一ヶ月が経とうとしていた。

ゴールデンウィークが迫る中、教室の中では友人同士で遊びに行こうという計画をたてる者や家族で旅行に行く予定であることを話す者など様々だ。

 

運動部は練習試合や活動日が入るなど連休中の動きも活発になる中、野球部の監督である春瀬は職員室でスケジュール表を見ながら悩んでいた。

 

 

(ゴールデンウィークは約1週間。全部活動日にするのは流石になぁ…かといって正直あいつ等には夏までにもっとやってもらわなければだし…。そしたら土日に練習試合を…いやいや無理だ。この時期で受けてくれるとこなんて、しかも家みたいな弱小が…。あぁ~…悩む)

 

 

1人職員室で頭を抱える春瀬監督。

そんな監督の様子などお構いなしといった所か、教室では野球部の面々が数人で集まり話をしていた。

 

 

「なぁ、ゴールデンウィークどうする?」

 

「遊ぼうぜ 遠出しよう」

 

と本人らは練習をする気は微塵も無いように盛り上がるのは、竹下、青木、山本等である。

 

「そういやウッチ―はどこか行くって言ってたよね?」

 

竹下が背がやや高めで少し太い眉と垂れ目が特徴の生徒に話しかける。

彼の名前は内田浩輔。

野球部のメンバーの一人で、高校から初めて野球をやりたいと入部してきたのである。

温厚で優しい雰囲気を醸し出した生徒で部員やクラスメイトからは“ウッチ―”と愛称で呼ばれている。

 

「僕はライブに行くんだ」

 

「ライブ?」

 

「そう!AIS!」

 

彼の口から出てきたのは全国的に有名なアイドルグループの名前。

この内田浩輔は学校きってのアイドルオタクである。

野球部のメンバーも初めて会ったときは本を読んでそうな大人しい感じの生徒という印象を持っていたが、携帯の着信音がアイドルグループAISのメロディが流れ疑惑が生じ、その疑惑が確信へと変わったのが彼に見せてもらった直筆サイン入りの写真ファイルの束であった。

 

「あー!!もう楽しみでたまらん!!」

 

超絶笑顔で話す内田に若干引き気味の竹下ら。

すると、山本がポツリと一言

 

 

「あ、でもさ 連休中は練習とかあるんじゃない?」

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

一瞬で空気が凍りつき内田の目から輝きが消えた。

竹下も何か予定があったのか表情が曇る。

 

「え?いや無いでしょ」

 

「え?むしろあると思うが…」

 

「え?」

 

「え?でなくて…」

 

端的に言葉を交わす山本と竹下。

するとどこからか現れた明輝弘が山本の後ろに立ちながら愕然とした表情で話しかけた。

 

 

「なん…だと?連休中に練習とか…普通にありえん」

 

「い、いやいやいやいや むしろ運動部なら普通だと思うが!?むしろなんで無いと思ったの?!」

 

「いやいや連休は休むためのもんだろ!?」

 

「間違っては無いけど、それは違うぞ竹下!?」

 

「適当言ってんじゃねぇぞクズ本」

 

「クズ本!?」

 

明輝弘からの辛辣なセリフにガガン!とショックを受ける山本。

そんなやり取りの隣では真っ白になった内田が椅子にもたれており、青木が手首に指をやると驚愕の表情を見せながら震える声で言葉を放つ

 

「し、死んでる」

 

「ウッチ―!?そんなにショックだったの!?ウッチ―!!」

 

 

教室でワイワイやっている頃、職員室では春瀬監督が決まったのか独り言をつぶやきながらスケジュール表に○をいくつか書き込んだ。

 

 

「よし。最後の3日間のだけ練習であとは自由にしてやるかぁ~。夏休みに入れば練習も増やしていくしな。最初の3日間か最後かで悩んだけど」

 

日程が決まり春瀬監督は安堵の表情を見せながら職員室から出ていくのであった。

その日の練習後にゴールデンウィーク中の練習日程が発表された。

最後の3日間を練習に当て、他は休日。

 

その発表に内田は歓喜の笑みを見せ、竹下はドンヨリと暗い表情を見せるなど、明暗分かれる練習日程となる。

部室で着替える先週らの口からは早くも連休中の予定や遊びに行く予定を立てる等の声が聞こえる中、内田はガッツポーズをとりながら嬉しそうに話す。

 

「練習に被って無かったーー!!よっしゃー!!」

 

歓喜の声を上げる内田の隣では、暗い表情を見せながらスマフォ片手に何か打ち込む竹下の姿がある。

 

「残念だったね」

 

「おぉ神よ…」

 

涙目になりながらスマフォを打つ竹下に同情を見せる山本。

また別の場所では秀樹と明輝弘が鞄にユニフォームを詰めながら話をしていた。

 

「明輝弘はどうすんの?」

 

「あぁ、俺はどこかブラブラするさ。あとは家でギターの練習だな」

 

「へー、ギターやってんだ」

 

「まぁな」

 

感心しながら話す秀樹と少し得意げに話す明輝弘。

そんな二人に鈴木康弘が連休中に皆で遊んで交流を深めようぜという提案があり、秀樹は参加を表明したものの明輝弘は“用事があるからパス”と言い断りを入れる。

また鈴木は他の選手らにも声を掛けていくも、すでに予定が入っていたりと断る者が多く人数を集められず泣く泣く中止となったのは別の話である。

 

着替えが終わり部室から出ていき帰宅の途へ着く選手たち。

俊哉も入部以来仲良くなった青木とアニメの話をしながら部室を出て正門へと向かう中、二人の女子生徒に声を掛けられる。

 

「おーい トシちゃんー」

 

「あ、マキに明日香ー」

 

正門付近で立っていた女子生徒に声を掛けられ返事をする俊哉。

その女子生徒は宮原マキと神宮寺明日香の二人。

四人はそのまま共に歩き出す。

 

「このGWは練習とかどうするの?」

 

GWの話題に触れてくるマキに対し俊哉は最後の3日間が練習であることを伝えるとマキと明日香は互いに笑みをこぼすとマキが楽しそうに話を続ける。

 

「私たちも最後の3日間だけ練習なんだ~、よかったらGW初日遊ばない?青木君もどう?」

 

「あー、ゴメン俺はその日はイベントで無理だわー」

 

「俺は大丈夫だよ」

 

残念そうに断りを入れる青木にOKを出す俊哉。

四人はしばらく歩き駐輪場まで向かうと帰路が違う青木とはここで別れることになる。

俊哉、マキ、明日香の三人となり自転車を押しながら歩いているとマキが俊哉を見ながら話を進める。

 

「じゃあ、どこ行こうか」

 

「んー…市内とか?」

 

「それでいいんじゃない?」

 

尋ねるマキ、答える俊哉、同調する明日香の順に会話をする。

その後はどこに行くかとか何を買うかなど色々と話をしながら自転車を押していく三人。

普段なら自転車で20分程で着くのだが、歩きながらなので約50分程掛かりながらも自宅へと到着。

 

「んじゃあ、そんな感じで」

 

「うん よろしくね」

 

手を振りながら別れる俊哉に対しマキと明日香は同じように手を振り家へと戻っていく。

二人を中に入るまで見送る俊哉も自転車を玄関わきへと置き、家へと戻っていくのであった。



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第15話 静岡

いよいよ高校生活始まってから初の長期休日がやってきた。

家族連れで旅行に出かけるもの、仲間同士で旅行へ出かけるもの、恋人同士で旅行へ出かけるもの等様々であるが、俊哉は大きな通りにある水のオブジェの所にいた。

おしゃれには疎いのであろう、ジーンズにTシャツの恰好。

それに対しマキと明日香はそれなりにお洒落をしてきたようで華やかには見える程である。

 

「トシちゃん、それ家にいる服装じゃんー」

 

「えー俺、よく分からないし」

 

「マキはうるさいのよーその辺」

 

「逆に明日香は無関心すぎるよ~、今日Tシャツとズボンで行こうとしてたんだもん」

 

明日香の言葉にむくれながら話すマキ。

どうやら明日香の服装もマキが決めたんだろう、制服とは少し感覚が違うのか、恥ずかしそうにスカートを穿いていた。

 

「じゃあ、最初はトシちゃんの服選びかな」

 

「えー」

 

「明日香もね」

 

「えー」

 

不服そうな表情を浮かべる俊哉と明日香をよそにマキはグイグイと二人を引っ張るように歩き出した。

デパートの中へと入り服を見ていく三人。

明日香を着せ替え人形のように合わせていくマキに対し明日香は照れくさそうにしながらも楽しく感じているようだ。

 

俊哉もまた同じように合わせられマキ、明日香と二人で話をしながら決めていくのを横目に若干疲れた表情を見せるが、彼女らには関係のない事である。

 

学生のお小遣い事情から多くは買えない為、1、2着ほど購入する俊哉。

次からはそれ着る様にと言われる俊哉は苦笑いしか出来なかった。

洋服選びが終わり3人は休憩がてらに喫茶店へ入る。

 

テーブルへと着きアイスコーヒーを一飲みすると俊哉は大きく息を吐きながら背中を伸ばす。

 

「んー、結構歩いたねー」

 

「いや、そんな歩いてないでしょ…」

 

すかさず反論をする明日香に笑うマキ。

するとマキは俊哉に野球部の話を聞いてくる。

 

「そういえば、野球部はどう?」

 

「始まって一ヶ月弱だけど楽しいよ?先輩の早川さんとか桑野さんも良い人だし 監督もすっげー良い人」

 

満足げに話す俊哉。

入学前は悩んでいたのがウソのように充実感あふれる日々を過ごしているようだ。

ゴールデンウイーク前半が休みで後半は練習である事、ゴールデンウイークが終われば夏に向けて早くも動いていくなどほとんどが野球部の話で持ちきりになる。

またマキ、明日香の二人は女子ソフトボール部に所属しているとあって野球部とほとんど変わらない日程で進むことや、練習場は基本共同など色々な話が出てくる。

 

「でもトシちゃん ホントに良かったの?」

 

「何が?」

 

「秀二君と一緒の高校に行かなくて」

 

秀二が選んだ陵應学園への進学の話を振る。

俊哉自身が悩んでいるのでは?と心配になったマキから出た言葉である。

 

そんな彼女の言葉に俊哉はフッと笑みを浮かべると

 

「後悔はしてないよ?これは俺が自分で考えて、自分の意志で決めた道だから もしダメだったとしても、やっぱりか…なんて思わないよ?」

 

そう話す俊哉にマキは安心したのか笑みを浮かべると飲み物をグイッと飲み干し立ち上がる。

 

「よし!!じゃあカラオケ行こうカラオケ!!」

 

元気に話立ち上がるマキに明日香と俊哉も続いて立ち上がる。

マキは先に飲み物を返しに席を外すと明日香が俊哉に隣で話を始めた。

 

 

「あの子ね。結構悩んでたみたい。アンタがここにきて後悔してるんじゃないか。本当は違う道を選びたいんじゃないかってね。あの子なりに考えてたみたい」

 

「なるほど…、明日香は考えてた?同じ事」

 

「んー…何にも。だってアンタ、今まで自分の直観とか決めた事とか、外したこと無いじゃん 多分今回も同じよ」

 

笑いながら飲み物を返しに歩き出す明日香に対し、俊哉もまた歩き出す時の表情はどことなく安心したという様な優しい顔であった。

 

 

「ほら行くよトシちゃん!」

 

「はいよー」

 

マキと明日香の後を追うように店を出る俊哉。

こうして、ゴールデンウイーク初日は終わっていくのであった。



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第16話 休日練習

あっという間にゴールデンウイーク前半が終了。

後半は野球部の練習に充てられた。

朝は8時30分にグラウンド集合となっており普段の通学と変わらない時間帯での登校である。

俊哉の住んでいる場所は学校から静岡市街方面へ自転車で約30分から40分ほどの場所であり朝6時半ごろには起きて身支度や朝食を取らなければならない。

俊哉自身朝は弱い方でほぼ毎朝母親に叩き起こされている。

 

この日も母親に起こされ寝ぼけながら朝食を取る。

部屋へと戻り荷物を持って自転車に乗りグラウンドへと向かうのである。

 

 

グラウンドではすでに他の部活動が始まっており休みとは思えないほどの賑わいを見せている。

野球部の部室にはすでに何人かの部員が来ており俊哉は部室に入ると彼らに挨拶をする。

 

「おはよー」

 

「おー おはよー」

 

最初に挨拶を返したのは背は高くはないがガッチリとした体格。

そして太めの眉毛が特徴の堀義隆である。

 

「ゴールデンウィークどうだった?」

 

「遊びに行ってきたよ 堀君は?」

 

「まぁボチボチかなぁ」

 

緩い感じに話をする堀に対し俊哉も緩い感じで話をする。

着替えてグラウンドへと向かうと既に何人かの部員が練習を始めていた。

俊哉も準備運動とキャッチボールを行い本格的に練習を始める。

金属バットの音が響くグラウンド、汗を流しながらグラウンドを翔る選手達を春瀬監督はパイプ椅子に座りながら見つめる。

 

(ゴールデンウィークの残りは練習に当てるとして、ボチボチ練習試合も組まなければ…だが、今の俺らを相手してくれてるトコがあるかどうかがだ…)

 

春瀬監督が頭を悩ませている中でも選手たちは練習に励む。

あっという間に午前中の練習が終わり昼食をとる選手たち。

俊哉が弁当を食べていると、竹下がサンドイッチを食べながら話しかける。

 

 

「トシはこの休み何してた?」

 

「んー、特に大きいことはやってないけど、明日香とマキと三人で遊んだくらいかなぁ」

 

「え?!いやいや、女子二人と遊んだの?!」

 

「そうだけど?」

 

「誘えよ!!誘うだろそこは~!!」

 

「んー…」

 

女子二人と遊んでいた事に誘うようにツッコミを入れる竹下に対し、俊哉は少し悩んだのちに一言

 

「…思わないかな」

 

「そうか、思わないかー・・・・じゃねぇよ!!え?!そこなんでドライなの?!」

 

ツッコミを入れる竹下に対し俊哉は首を傾げる。

そんなやり取りを見せながら昼の時間を楽しむ選手らを傍らに、春瀬監督はまだ悩んでいた。

 

(うーん…やっぱアイツに聞いてみるかな…)

 

考えた末、一つの答えを出した春瀬監督。

1つの悩みが消えたのか、昼休みが終わると春瀬監督は椅子から立ち上がりノックバットを手に選手たちにタップリとノックをしたのであった。

 

ゴールデンウィークでの初日練習が終わった夜、春瀬は1人暮らしをしているマンションの部屋にいた。

シャワーを浴びたのかバスタオルで髪を拭きながらスマフォを片手に部屋の中をウロウロと歩いて回る。

 

「・・・よし」

 

何かを決心したのか電話を掛ける。

プルルルと響く呼び出し音、しばらくすると呼び出し音が切れ男性の声が聞こえた。

 

『もしもし?』

 

「おぉ、夏野か?」

 

電話の相手を夏野と呼ぶ春瀬。

最初は他愛のない会話をするも、春瀬は本題に移ることとなった。

 

「ちょっとお前に提案というか、お願いがあるんだが」

 

『なんだ珍しいな。京壹が願い事なんて』

 

ハハハと笑いながら対応する夏野と呼ばれた男性。

春瀬も笑うが、すぐに真剣な表情へと移し話を続ける。

 

「いやな、夏前に練習試合を願いたいと思ってな 夏野のトコにお願いしたいんだ」

 

そう話す春瀬。

電話先はシンと静かになり暫く静寂が続く中、電話先から声が聞こえてきた。

 

『申し訳ないが、夏までの練習試合は無理だな 予定が入ってる』

 

「だよなぁ」

 

苦笑いしながら話す春瀬に夏野と呼ばれる男性は続けて話を始める。

 

『それに、もし日程的に空いていたとしても申し訳ないが、練習試合は組めないぞ?いくら春瀬の頼みでもな こんな言い方はしたくはないが…レベルの差があり過ぎる それに、ウチとしてもメリットがなさすぎるし、下手すりゃソッチの選手達がショックを受けかねないぞ?』

 

「うん、それは分かってる ここらでアイツらには少し勉強をさせたいと思ってるんだ このチームと同等や以下のレベルの高校と組んではいるが、このままの状態で行くと夏…いやその後に問題が残ると思うんだ だからここ等で強豪校、特に甲子園常連校と試合を組めればと思ってな… まぁ、驕りだな…俺の」

 

そう話す春瀬はマンションのベランダからネオンで輝く静岡の街を見下ろしていた。

静岡の毎年初戦負けのチーム、このレッテルが試合などを上手く組めないことにヤキモキしていた。

特に1年生に力のある選手たちが揃っているからこそ、色々な経験をさせたいと思っていたのだが、やはり現実は厳しい様だ。

 

『まぁ気に病むなよ京壹 そうだな、夏の大会が終わったらもう一度連絡をくれよ それなら組めるかもしれない』

 

「おぅ、そうか?ありがとう」

 

『今度じいさ…監督に聞いてみるよ。俺自身も京壹のトコにいる選手の何人か気になってるのがいるしな』

 

「OK。また連絡するわ」

 

『あぁ 夏大(夏の大会)頑張れよ?あっという間に来るぞ?』

 

「わかってるよ… ソッチは行けそうか?」

 

『さぁね、こればかりはやってみなきゃだしな でもとんでもねぇ1年が二人入ったからな…わからんぞ?』

 

「そう言えばそうだったな 俊哉からたまに情報は聞いてる 大切に育てろよ?」

 

『ハハハ、努力するよ じゃあな』

 

そう言い残しプツリと電話を切る。

ツーツーと電話の切る音が鳴り続く中、春瀬監督は静岡の街をボッと眺めながら大きなため息をつく。

 

「メリットはない…か ムカツク事言いやがって…あいつはその辺ストレートに言うからなぁ なんか悔しくなってきた」

 

そう呟き春瀬はそのまま部屋へと入っていくのであった。



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第17話 連絡先交換

ゴールデンウィーク期間の練習が終わり学校が始まった。

いつもの様に学校へと通い放課後にいつもの様に練習をする毎日を過ごしていく俊哉達。

あっという間にひと月が過ぎていき6月に入ると、世間では梅雨入りがニュースになっている中、静岡は晴れが続き空梅雨の状態が続いていた。

 

そんな中の図書室ではとある会議が3人の女子生徒で行われていた。

 

 

「第一回ー なんで俊哉君に話さないのよ会議ー」

 

「なんですソレ…」

 

パチパチと拍手をしながら話すのは、パルこと小山田ハルナ(おやまだはるな)と、その隣でジト目でツッコミを入れるのは ゆみっちこと南瀬由美(みなみせゆみ)

そして向かいには、つかさこと姫野つかさが俯きながら座っていた。

 

「でもなんで会議です?」

 

「そりゃ勿論!私の可愛い可愛い 司の為だもの!!」

 

「いやパルのではないと…」

 

力強く言うハルナと引きながらもツッコミを入れる由美。

その間でも 司は下を俯いたままである。

 

 

「てか、司!なんであれからひと月なのに未だに俊哉君に声かけないのよ!?」

 

「だ、だだだだってー 俊哉君すぐに外に行っちゃうし、それに男の人達が近くにいて…話しかけれない~」

 

「放課後に捕まえなさいよ!?」

 

「む、むむむ無理だよ~、それに…迷惑じゃないかと思っちゃって…」

 

弱弱しく話す司に対し、あれやこれやと話すハルナ。

そんな光景を見てか、由美はハルナの話をさえぎるように司に話しかける。

 

 

「司は、どうしたいですか?」

 

「え?どうって…?」

 

「司自身の考えです。あの時、男性が苦手な貴女から俊哉さんの名前が出た時、私は…嬉しかったですよ?よほど気になるのかな?とも思いましたし」

 

そう話す由美に、司はグッと唇を閉じ黙っている。

そして落ち着いたのか、ハルナも司に対して言葉を投げかける。

 

「まぁ、アンタがどう選択しても、私たちは応援するよ?」

 

「パル、ユミ…うん 分かった…今度話してみる」

 

そう話す司に二人は顔を見合わせ微笑む。

そして翌日の昼休み、司は俊哉が座る場所を見つめていた。

 

この日は運がいいのか1人で机にいる俊哉に対し、チャンスが来る形となった。

司の後ろではハルナと由美が隠れながら応援をする。

 

(今がチャンスよ!?)

(頑張るです)

 

心の叫びを見せる二人に、司は二人を見ながらコクリと頷く。

一歩が重く感じる。

バクバクと心臓が鳴る中、司はついに重く感じた一歩を踏み出した。

 

「あ、あの!!」

 

声を裏返らせながら言葉を掛ける司。

その声に俊哉はすぐに気づき、司の方を振り向く。

 

「あれ?えっと…姫野さんだっけ?どうしたの?」

 

「あ、あの…その…」

 

言葉が出ずにオドオドとする司に首を傾げる俊哉。

すると教室の入り口から竹下と山本が俊哉を呼ぶ声が聞こえてくると俊哉は返事をして行こうとする。

 

「あ、呼ばれた…えっと、何だっけ?」

 

「あ、あの…」

 

真っすぐ見つめる俊哉の顔を見ながら自分の顔を真っ赤に染める司。

それを見つめるハルナと由美。

時間はわずかしかない、司は何時もなら諦めている所をグッと堪え口を開く。

 

「あ、あの…連絡先交換しませんか!?」

 

ついに言えた言葉。

その言葉を聞いてハルナと由美はグッと小さくガッツポーズをとる。

俊哉はというと、少しポカンとしているもすぐに笑顔になりスマフォを手に取りながら話す。

 

「勿論いいよー ラインで良い?」

 

「ひゃ、ひゃい!!」

 

思わず声を裏返す 司はギクシャクしながら自分もスマフォを取り出し連絡先の交換を無事済ませることができた。

“ありがと”と言い席を立つ俊哉。

司は、しばらくその場で固まっているも、ハルナと由美が近づき二人の顔をが確認するとその場にヘタリと座り込んでしまったのであった。

 

「はぁぁぁぁー」

 

「いやぁ良くやった!!感動した!!」

 

サムアップして喜ぶハルナに、由美は司の肩に手をポンと置きながら笑みを浮かべながら話す。

 

「流石ですね」

 

「き、緊張した…」

 

涙目で話す司に、二人は笑顔を見せながら、司の頭を撫でるのであった。

 

そして時を同じくして廊下。

 

 

(拝啓、お父様お母様 そして皆々様…私、横山俊哉は…女の子からラインを交換してもらうよう言われました!!)

 

廊下を早歩きで進む俊哉の脳内に流れているこの言葉。

出来事はつい先ほどの出来事である。

彼はいつもの様に昼休みに竹下、山本のいつものメンバーと一緒にキャッチボールに出かけるはずだったのだが、今までと全く違う出来事が彼の身に起きたのである。

 

(あれ?あれ?!あの子って姫野司さんだよね!?同じ中学でも無かったし、それに!それに!今まで話したことあったっけ?!)

 

と頭の中がグルグルと同じ言葉が走り抜けていく状態のまま昼休み、午後の授業と時間ばかりが経過していく。

そしてついに俊哉は1つの答えにたどり着いた。

 

(あ…!!あの時のホ○ージャパン!!)

 

その記憶が蘇ったのは帰りのHRの時間であった。

思わず立ち上がりそうになる俊哉だが、我に返ったおかげでグッと堪える。

 

(でもでも!あの時はほんの数回しか会話してないし…わからん…わからん!)

 

と混乱状態のまま部活へと向かい部室で着替えをしている時も、グルグルと彼の頭の中には今までの記憶と共に今日の出来事が回っていた。

そんな状態のまま練習をする俊哉だが、集中できるわけなくミスを何回かしてしまいペナルティのランニングをさせられる事となる始末である。

 

「おい、おいトシ…おーい」

 

竹下の問いかけに答えられない俊哉に、竹下は首を傾げながらも次に呼ぶときには背中を軽くパンチしたのである。

これには流石に気づいた俊哉は痛そうに背中を摩りながら竹下の方を向く。

 

「え?何?」

 

「いや、何じゃ無くて…もう練習終わり」

 

そう言われ俊哉が周りを見ると片づけをしていた。

どうやら俊哉は無意識に行動をしていたようで今の状況を呑み込むのに多少の時間がかかった。

 

「あれ?もう終わり?」

 

「はぁ?お前何言ってんの?てか、今日どうした?」

 

俊哉が心配になったのか、問いかけてくる竹下。

俊哉は言うべきかと考えたが、自分も把握できていない事なので聞くのを止め「大丈夫」とひと言言いながら片づけへと向かう。

 

「なんだぁアイツ」

 

「ありゃあ…女だな」

 

と竹下の横に来て話すのは明輝弘。

竹下はどういう意味なのかを明輝弘に聞くと、明輝弘は顎に手をやりながら話す。

 

「俺も気になってトシを見てたんだ。あの呆けた表情、手中力の散漫…あれは女絡みだよ」

 

「トシに女?まさかぁ」

 

「いや、ああいうタイプはこういう状況に慣れてないから、あんな感じになるもんだよ」

 

そう言い部室へと帰って行ってしまう明輝弘に竹下は半信半疑のまま後を追うように部室へと戻る。

俊哉も片づけを終えて部室へと戻り、黙々と着替えをしてそのままフラフラと部室を後にする。

帰り道、俊哉はスマフォを開きラインのフレンド画面をジッと見つめる。

今日登録した姫野つかさの名前は間違いなくあり、俊哉は夢かと思っていたが現実であることを実感していた。

 

(夢じゃあないな でもあの子、前髪で隠れてたけど…可愛い顔してたよな…)

 

あの時の司の表情を思い出し、真っ赤な顔をしながら話す彼女の顔を思い浮かべると俊哉もまた少し顔を赤らめながらトボトボと自宅へと帰るのであった。

 

(どうしよ…何か書いた方が…いいよね?)

 

そう思いながらも、俊哉は結局何も出来ずに今日を終えるのである。

また丁度同じ頃の別の場所でも何か書いたらいいかどうかが分からず1人部屋で悶える司の姿があったのは別の話である。



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第18話 遊びの約束

6月…空梅雨化と思いきや、本格的に梅雨の季節がやってきた。

しとしとと降る雨にジメジメとする教室。

この時期は外で部活動は出来ないため、各運動部は階段等の屋内を使い基礎練習をする以外方法がない。

野球部もまた、他の運動部に交じりながら階段を駆け足で上がったり下りたりと基礎練習を続けている。

また屋外の屋根のある所を見つけ素振りをしたりと出来ることを黙々と行う。

 

だが、ボールを使えなくグラウンドで思いっきり体を動かすことができないのはやはり彼らにとっては苦痛であろう。

一日でもいいから晴れてくれと願うばかりである。

 

「トシちゃんお疲れー」

 

「おう、お疲れー」

 

そう言いながら来たのはマキ。

マキの所属する女子ソフトボール部も野球部と同じように階段で基礎練習をしている。

汗を額から流しながら俊哉の近くに座るマキはニヒヒと笑みを浮かべながら俊哉の顔を見る。

 

「何?顔に何かついてる?」

 

「ううん。すごい汗だなぁと思ってー」

 

「何それ」

 

と俊哉も笑いながらマキと話していると、明日香が汗をタオルで拭いながらやってくる。

 

「このジメジメ最悪…」

 

文句を言いながらやってくる明日香に対し俊哉は笑いながら対応していると、堀が丁度終わってやって来ると明日香を見るや否や凄いスピードで近づきながら話し出した。

 

 

「そのライン最高だよね!!汗で引っ付く服からクッキリと映し出されるその身体のライン!!上からの凹凸具合なんかもう最高!なので服の上からでも良いので触らせ…ウボァ!?」

 

全てを言い切る前に明日香の右ストレートが堀の脇腹を貫く。

軽く吹っ飛ぶ堀に俊哉とマキは爆笑である。

因みにこの堀義隆は、一言で表すと変態であり、特に明日香に関してはヤバい位の執着心を持っている。

彼曰く明日香のスタイルは理想であり、最高のプロポーションの持ち主であるそうだ。

 

「ひ、ひどいじゃないか…」

 

「何べんも同じことを…次は殺す!!」

 

カンカンに起こりながら練習を再開する明日香。

堀はムクリと起き上がるとパンパンと服の汚れを払い自分も何事もなかったように練習を再開するのであった。

 

「さて、俺も再開するか」

 

俊哉も立ち上がり練習を再開する。

マキも俊哉についていくように立ち上がり練習を始めていく。

 

ジメジメとした室内練習が終わり、俊哉達は汗を拭いながら部室へと戻っていく。

その帰り道で、青木が俊哉に話しかけてきた。

 

「トシ、今週の日曜日は暇かい?」

 

「え?暇だよ?」

 

「おぉマジで?そんじゃあ遊びに行こうぜ?」

 

「おぉ、いいよー。どこに行くん?」

 

「東京」

 

「え?」

 

「東京、秋葉原」

 

「秋葉原?!」

 

唐突な青木の言葉に戸惑うも、最後の秋葉原の一言で俊哉の目に輝きが出る。

秋葉原は俊哉にとって行きたくても中々行けない場所である。

なんとここで青木から誘いが出てくるとは思ってもいなかったのである。

 

 

「でもお金が…お小遣い前借りで行くしか・・・・」

 

呟く俊哉。

学生にとってのお小遣いは死活問題と言っても過言ではない。

だが、せっかくの誘いに俊哉は断ることが出来なかった。

 

 

「あ、因みに二人?」

 

「いんや、あと3人ほどいる」

 

「誰?」

 

「えぇっと…早乙女と南瀬、そんで姫野かな」

 

青木から出てきた3人の名前。

その3人は俊哉も顔見知りであったが、司の名前を聞いてあの時の事を思い出した。

 

「お、おう」

 

「ん?どうした?」

 

「いや大丈夫!楽しみにしてるよ!」

 

そう言いそくささと帰る俊哉。

まだ強く残っているあの時の記憶を思い返しながら、彼は部室へと戻っていくのであった。

 

青木と俊哉が秋葉原へ行く話してしている数時間前。

帰り道でもハルナ、由美、つかさの3人でも同じ話をしていた。

 

「ふぇ!?俊哉君?!」

 

「そうよ?」

 

「連絡先交換をしたんですよね?ならもう大丈夫では?」

 

驚く司に対し話す由美だが、彼女の反応を見てハルナは詰め寄る。

 

「まさか、まだ俊哉君と連絡取り合ってないの?」

 

「あ、うん…」

 

「このおバカ!!てか俊哉君も俊哉君よ!!」

 

司と同時に俊哉に対しても怒るハルナ。

ハルナはハァっとため息をつくと、司を見ながら何かを決心したのか話を切り出す。

 

「つかさ、アンタは次の秋葉原で俊哉君と行動しなさい」

 

「えぇ?!皆で遊ぼうよー」

 

「勿論よ、でも途中から二人で遊ぶの!!いい!?」

 

威圧しながら詰め寄るハルナに司はただ頷く事しかできなかった。

その夜から日曜日まで、緊張で寝れなかったのは言うまでもない。

また俊哉もどうして良いのか分からずに落ち着かなかったのである。

 

そんな事をしているうちに時間はあっという間に過ぎていき日曜日となった。

天の悪戯か天候はジメジメが嘘のような快晴となっていた。

朝七時ごろの静岡駅では、青木と俊哉が先に来ており3人を待っている。

 

「お待たせー」

 

言いながら来たのはハルナ。

その後ろには由美と、由美の手に引っ張られながら司がやってきた。

 

「お-う」

 

青木は手を振りながら応え、隣では俊哉が笑顔を見せるもどこか緊張していた。

マキと明日香と遊ぶとは少し違う感覚が俊哉にあった。

その原因となるのが、由美の後ろで恥ずかしそうに隠れている司の存在である。

 

「あの!」

 

俊哉は意を決して司に声をかけると、彼女はビクッとしながらもオズオズと由美の後ろから出てくる。

彼女の服装はシャツにスカートと地味目というか決して御洒落では無い服装をしており前髪も顔を隠すように長い。

 

「連絡先、交換したのに全然連絡できなくてゴメンね」

 

「い、いえ、私も…全然できな…くて…すいません」

 

「こちらこそだよ 今日は…楽しもうね」

 

「あ…はい」

 

笑顔を見せながら話す俊哉を、司は思わずジッと顔を見てしまう。

屈託のない笑顔をみた彼女は、どこかスッと心が軽く感じたであろう。

そして自然と笑顔を作りながら話す。

 

「私も、楽しみにしてました その…よろしくお願いします」

 

「あ…うん」

 

ペコリとお辞儀をしながら話す、司に対し照れながら頷く俊哉。

その光景を見て、ハルナと由美は目を合わせサムアップを互いにしてみせるのである。

こうして東京へ向けて電車に乗り込む5人。

普通電車で移動となり、何回か乗り換えを得て約3時間ほどで東京へと着く行程の中、俊哉と司は多少慣れてきたのかぎこちないながらも会話をしていた。

二人で話したり5人で話したりと電車に揺られながらも、この時間を充実したであろう。

 

そして10時ごろ、ついに目的地秋葉原へと着く。

改札から出て駅から出ると目の前にはゲームセンターや大型商業ビルが飛び込んできた。

道ではメイド姿の女の子がビラを配ったりしており賑わいを見せている。

 

「きたぞアキバー!!」

 

叫ぶ青木。

俊哉も始めてきた秋葉原に驚きと同時に感動を隠せずに目を輝かせていた。

 

「んじゃあ!行きますか!」

 

そう言い歩き出す青木に、ついていく他の面々。

日帰りの秋葉原巡りが始まった。



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第19話 笑顔

秋葉原へとやって来た俊哉、青木、ハルナ、由美、つかさの5人。

5人はまず目の前のゲームセンターへと入りクレーンゲームを楽しむ。

 

よくありがちな、いくらやっても景品が取れなく100円玉を大量投入していく青木に対し、由美はプロかと思うほどのテクニックで500円以内で見事ぬいぐるみをゲット。

俊哉も何度か挑戦するも取れず諦めるのだが、青木は諦めきれないようですでに2000円は消費していたのはまた別の話だ。

 

ゲームセンターを後にしやって来たのは同人ショップ。

階段を上がっていくと同人誌がズラリと並べられており、俊哉は初めての光景を目にして感動していた。

 

「初めてきたよー」

 

静岡にも同じショップはあるのだが、今一歩が踏み出せないままでおり今回が初体験である。

並べられた同人誌を手に取り眺める俊哉。

好きなジャンルなのか、色々手に取りながら物色をしていく。

 

「俊哉君、初めてなんだ」

 

「そうなんだよー。気にはなっていたんだけどね」

 

ハルナの問いに苦笑いを見せながら話す俊哉に、つかさは隣でほほ笑みながら自分も手に取りながら見る。

 

「じゃあ、その辺は司の方が先輩だね」

 

「え?そうなの?」

 

隣にいる司を見ながら話す俊哉に、司は驚きながらも顔を赤らめながら頷く。

俊哉は感動したのか笑顔で話す。

 

「すごいね 今度また静岡の行こうよ」

 

「ふぇ?!あ、はい!!」

 

突然の誘いに驚きながらも勢いで承諾する司に、ハルナはここでもグッとサムアップ。

司は顔を赤くしながら、物色に没頭する。

結局俊哉は持ち金の関係上、ほとんど買えなかったが青木は山ほどの同人誌を持ちレジへと向かう。

一体幾ら使ったのだろうと思う俊哉であったが、深くは聞くまいとそっと胸にその思いを閉じ込める。

同人ショップを後にした5人。

すると、ハルナがわざとらしく話を始めた。

 

「あ、じゃあ私とユミっちと青木はちょっと用事があるから別行動ね 俊哉君と司でどこか遊んできなよ 集合場所決めてさ」

 

そう話すハルナに対し由美は頷き、青木は何のことか分からずハルナに聞こうとするも黙らされて連れていかれる。

いきなりの事に戸惑う俊哉とつかさは、二人だけになってしまった。

 

「あー…じゃあ、どこか行く?」

 

「は、はい」

 

照れ臭そうに話す俊哉とぎこちない返事をする司。

二人は、しばらく電気街を歩いて回りPCショップやアニメショップを見て回る。

すると二人は次第に会話が長く続くようになり笑顔も増えてきた。

キャッキャウフフと仲つつまじく二人で秋葉原を楽しんでいく中、二人のテンションが一気に上がる場所があった。

 

「す、すごい…」

 

そこは電気街口とは反対に位置する超大型デパートの上層階にあるプラモデルコーナー。

見たことのない程のプラモデルが並んでおり俊哉と司はテンションが一気に上がる。

 

「すごいね!!」

 

「はい!!ここ来てみたかったんですよ!」

 

興奮冷め止まぬ状態の二人はプラモデルを手に取りながら話が盛り上がる。

 

「司ちゃんは、どういうのが好きなの?」

 

「私はですね、こういう量産機とかが好きで、よく作ってます」

 

箱を手に取りながら話すつかさの顔を見て笑顔を見せる俊哉。

そして、パッと目に入った箱に手を伸ばすと、丁度二人の手が重なり触れ合う形となった。

 

「あ…、あぁゴメン取っていいよ?」

 

「あ、いえ…俊哉さんこそ」

 

触れ合った手をすぐに離し照れ臭そうに譲り合う二人。

その光景が互いに可笑しく感じたのか、二人は互いに笑いあうのである。

楽しい時間は過ぎていき、俊哉と司は他の3人と合流し帰路へと着く事になる。

帰りの電車の中では、朝の時が嘘のように二人が仲良く話をしている光景が目に飛び込んできた。

 

(大成功ね!)

 

俊哉と司の姿を見て満足そうにするハルナ。

そして終始分からないままでいるのは青木である。

 

「え?何?どう言う事?」

 

「まぁ今度教えるわ」

 

ハルナは青木の言葉をスルーしながらも、俊哉と司の姿をまるで親の様に見つめては感動するのであった。

 

「あの俊哉さん」

 

「ん?」

 

「その…野球頑張ってください。応援してます」

 

「あ、ありがとう」

 

ふと出てきた司の言葉に、俊哉は嬉しそうに笑顔を見せながらお礼を言い、司もまた俊哉の笑顔を見て安心したように笑顔を見せるのであった。



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第20話 背番号

6月も終わりに近づき、いよいよ夏本番が近づいてきた。

梅雨空だった天気も次第に良い日が続き蒸し暑い季節となる。

野球部も久しぶりにグラウンドで練習を再開し、元気よく白球を追いかけていく。

7月に入ればすぐに夏の地区予選大会が幕を開くのだが、春瀬監督はここでも悩んでいた。

 

「あー…オーダーどうするか…」

 

グラウンドの隅でため息をつきながらぼやく春瀬監督。

残り二週間ほどで予選が開幕だがまだオーダーが決まって無いようだ。

練習試合はほんの1試合しか出来ずの夏突入とあって春瀬監督的にもデータが無さすぎるのである。

 

(クリンナップはほぼ固定は出来るんだが、問題は下位打線の繋がり…ミートが上手い竹下を一番に置くのがベストだが、そうすると下位打線に厚みが出ないのと捕手と先頭打者と重荷にならないか…ううん…悩む)

 

頭の中でいくつものオーダー表を作っては決してを繰り返しており練習に集中できていないようだ。

また選手たちも予選が近いとあって練習に力が入る。

1年生と2年生を合わせて13人の選手で構成されている野球部、ベンチ入りメンバーの規定は予選は20人の枠が設けられており全員がベンチには入れるがスタメンで出れるのは9人。

つまりは4人がベンチと言う事である。

 

(ベンチメンバーは、申し訳ないが内田はベンチしかない アイツは熱心に練習を取り組んでいるが、野球を始めたのが高校からだからな 他の連中と比べるとどうしても現時点では差が出てしまう。そして問題は投手だ 2年の桑野の他に1年には望月、長尾、鈴木の3人が投手 エース番号を誰に渡すか…)

 

またも悩む春瀬監督である。

 

そして数日後、春瀬監督は練習後に選手たちを集めた。

どうやら雰囲気を感じ取ったのか選手たちはどこか落ち着かない様子である。

 

「では予選を戦うメンバーの発表をする 背番号と名前を呼ぶから前に出てもらいに来い」

 

と束になる背番号を持ちながら話す春瀬監督に選手たちは固唾を飲み発表を待つ。

 

「まず背番号1、望月」

 

「はい!」

 

背番号1番は望月が受け取る。

望月は堂々とした表情で背番号を受け取るとジッと背番号1が書かれた布を見つめる。

 

「次、背番号2は竹下」

 

「はい!!」

 

背番号2を受け取ったのは竹下。

現状聖陵には捕手が竹下しかいないため選ばれるのは間違いないだろ。

次々と背番号を発表していく春瀬監督。

 

背番号3は長打力が魅力の明輝弘、背番号4は鉄壁の守備が光る山本、背番号5は投手であるが肩の強さと守備力を評価され2年の桑野が選ばれる。

背番号6は桑野と同級生のキャプテン早川、背番号7は俊足が光る青木、背番号8に万能選手の俊哉、背番号9に強肩強打の堀が選ばれた。

最後にベンチメンバーとして背番号10に左腕投手の長尾、背番号11に速球が売りの鈴木、背番号12に池田、そして最後の背番号13に内田が選ばれた。

 

「以上の13人でこの予選を戦っていく おそらく楽な道のりではないが…一つでも多く勝っていこう」

 

『はい!!』

 

最後に春瀬監督の言葉で絞めて終了。

選手たちは部室に帰ると背番号をマジマジと見ながら嬉しそうにする。

 

「いのかなぁ、背番号もらって」

 

背番号13を見ながら不安そうに話すのは内田。

高校から始めた野球だが、背番号をもらえるとは思っていなかったようで背番号を見ながら話す内田に、俊哉が話しかける。

 

「大丈夫。監督はウッチーを期待して背番号をあげたんだよ だから、ベンチでも堂々としてなよ 代打来るかもよ?」

 

「そ、そうかな?」

 

「きっと来るよ」

 

「うん、ありがとう」

 

俊哉の言葉に笑顔でお礼を言う内田に俊哉も笑顔を見せるのである。

着替えを終え部室から出る俊哉達。

すると丁度練習を終えたマキと明日香がおり俊哉は嬉しそうに背番号を二人に見せる。

 

「おー背番号8だ」

「中学の時と同じね」

 

嬉しそうに話すマキと表情を変えないがどこか嬉しそうに話す明日香。

俊哉も二人の言葉に嬉しそうに笑顔を見せながら帰路へと着く。

背番号を受け取った日の夜。

俊哉は部屋でスマフォを弄っていた。

試合用ユニフォームに縫い付けられた背番号を写真で取りラインで送っていたのだ。

送り先は司。

するとすぐに司から返信が来ると、文面には“おめでとうございます♪頑張ってください”

と書かれており、俊哉は嬉しそうに返信をするのである。

 

「背番号8…シュウ達も背番号もらったって言ってたし あと10日間・・・・やるぞー!!」

 

部屋の中で大きな声を出し気合を1人で入れる俊哉であった。

場所を変えて静岡市内の某マンションの一室。

 

ここには背番号3を付けたユニフォームを見る明輝弘の姿があった。

 

(背番号3…最初はホントやるつもりは無かったのに、まさか夏の予選を迎えるとはな。まぁ、恐らく4番は俺だろうから、塁にランナーで出てようと出てまいと俺はホームランを打つだけだ 静岡一の…いやそんなチッポケなモンじゃねぇ、日本一の四番になってやるよ)

 

マンションのベランダに出て夜の街を見つめながら心に誓うのであった

各々がそれぞれの思いを込めながらいよいよ迎える夏の予選大会。

静岡県約120校の頂点を決める戦いが始まる。

 

背番号配布から数日後に、主将の早川と春瀬監督の二人が予選大会の抽選会へと出向いていった。

約120校ある静岡県予選を勝ち抜くための運命のクジである。

 

そして放課後の練習の頃に早川と春瀬監督が戻って来た。

二人に群がる選手たち。

春瀬監督は選手たちを落ち着かせると、部室へと行きクジの結果を聞かせる。

 

「初戦は大会2日目の第二試合で対戦相手は島田第一高校 場所は島田球場だ」

 

日程を発表し、今大会のトーナメント表を見せ部室の壁へ貼り付ける。

選手たちはトーナメント表を食い入るように見て他の高校の場所などを確認する。

 

「うげ、明倭と同じブロックじゃん」

 

指で指しながら話すのは竹下。

明倭と言えば俊哉が最初入学しようかと悩んでいた高校だ。

県内では№1の評価がある強豪校でここ5年連続夏の甲子園へ出場している。

 

「まぁ余裕じゃね?」

 

そう話すのは明輝弘。

強がりなのかは分からないが、彼の表情からは自信に満ち溢れていた。

 

「よく言えるねぇ」

 

と若干引きながら話す竹下に、明輝弘はケロッとした表情で話す。

 

「なんでだ?明倭だか明治だかどんな実力かは知らないが、俺がホームランを打って勝つ それで十分だろう?」

 

言い切る明輝弘に竹下は鳥肌が立った。

自信をもって言い切るその強心臓もそうだが、これが四番なのかと感じたのだ。

ただ、明倭がどういう高校なのかが分からなかったのは別としてだが、チームとしては心強い存在ではある。

 

「トシ」

 

「何?」

 

「甲子園まで進むぞ」

 

「…だね」

 

明輝弘の言葉にひと間置き笑みを浮かべて頷く俊哉。

そして望月もトーナメント表を見ながら何かを思うのであった。

 

(監督から背番号1を貰ったんだ。情けない真似は出来ないし、したくない。待ってろよ…)

 

各々の思いを胸に、聖陵野球部は夏の予選大会へと向かっていく。

 

第壱章 新たな出会い  完



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第弐章 初めての夏から・・・
第1話 夏開幕


いよいよ横山俊哉たちの初となる夏大会が始まる。
1年がメインのチームがこの夏をどこまで進むことができるのか・・・

彼らの初めての戦いが始まる。


七月になった。

梅雨も明け夏本番となる。

 

聖陵野球部もいよいよ夏本番。

草薙球場では開会式に参加するべく県内約120校の高校球児たちが集まっていた。

その球児たちの中にいる俊哉ら聖陵のメンバーはどこか緊張の面持ちをしており、深呼吸したりと気を落ち着かせる事に集中している。

 

時間となり役員の男性が選手たちを整列させる。

ブラスバンドの音楽と共に選手たちは入場行進を始めると、次々と選手らが休場へと入場していく。

そして聖陵の名前が呼ばれると俊哉たちは行進を始める。

前日に練習はしたものの、手と足が一緒に出る者や他と揃えて歩かない者など、若干悲惨な光景であったであろう。

そんな光景を見てスタンドの春瀬監督は恥ずかしそうに手で顔を覆っていた。

 

選手全員が整列を終えると、県野球連盟の偉い人が話を始める。

ジリジリと日差しが照るこの状況では酷というものであるが、彼らはどうにか我慢をして聞いていた。

 

選手宣誓も終え開会式が無事に終わり選手たちは退場をし、いよいよ開幕戦の準備が始まる。

緊張が解けたのかグデッとする聖陵野球部の選手たち。

 

「あー疲れたー」

 

「俺次から開会式は欠席するわ」

 

「いやいやダメだろう!!」

 

欠席宣言をする明輝弘に対しツッコミを入れる山本。

そんな感じでワイワイしてると、一人の選手が近づいてくる。

 

「俊哉君、だよね?」

 

俊哉に話しかけてくる選手は爽やかイケメンと言える顔立ちでスラッとした高身長の選手だった。

 

「あ…土屋君?」

 

「やっぱ覚えててくれたんだ 久しぶり」

 

と土屋と呼ぶ俊哉に彼は嬉しそうに握手を求めると俊哉はそれに応じガッチリと握手をする。

俊哉が目を落とすとユニフォームの胸の部分には、英語で“MEIWA”の文字が書かれていた。

 

「あ、明倭…」

 

「うん 明倭だよ 本当なら俊哉君と一緒だったかもしれないけど」

 

そう話す土屋と呼ばれた選手。

俊哉と少し話をしていると明輝弘が近づいてきて話しかけてくる。

 

「アンタが明倭の選手か。首洗って待ってろよ。お前から俺はホームランを打つ男だ」

 

「えぇっと…」

 

「…明輝弘、庄山明輝弘だ」

 

「あぁ、よろしく 僕は土屋明彦(つちやあきひこ)、背番号は10だけどね」

 

明輝弘の挑発めいた言葉に対しサラリと流すように話す土屋。

明輝弘は流されたのが気になるのか少し語気を強めながら言う。

 

「絶対ホームランを打ってやるからな 待っとけよ」

 

「そうか 僕らも途中で転ばないように頑張るよ じゃあね俊哉君 今度はグラウンドで会おう」

 

そう言い手を振りながら明倭の選手たちの中へと入っていく土屋。

俊哉は笑顔を見せているも、明輝弘はどこか不服そうであった。

 

「俺の話を流しやがった…絶対打ってやる」

 

「まぁまぁ まずは初戦だよ明輝弘」

 

「だな まぁ余裕だろうがな」

 

「いいね その余裕さ」

 

「自信もっていかなきゃ舐められるぞ?」

 

「一理ある」

 

明輝弘の言葉にニッと笑いながら答えピョンと跳ねるように立ち上がる俊哉。

俊哉は明倭の選手らを見つめるも、すぐに目を反らし他の選手たちと一緒に移動を始めるのであった。

 

いよいよ始まった夏の予選大会。

静岡県でも各球場で試合が開始されており次々と二回戦へ駒を進める中での大会二日目の島田球場の第二試合目、聖陵野球部の出番が来た。

薄いグレーの上下ユニフォームに胸には漢字で“聖陵”の文字が入ったユニフォームを身に着ける13名の選手たち。

 

相手高校は島田第二高校。

実力的には初戦負けか二回戦までと決して強くはないが、聖陵には負けるわけは無いだろうと感じているのか、選手たちはヘラヘラとしていた。

 

「いやーラッキーだなぁ」

 

「もう初戦突破は決まったようなもんだしな くじ運様様だな」

 

笑いながらベンチで話をする選手たちに、監督は怒りながら黙らせる。

だが、監督自身も正直な所負ける要素が見当たらなかったのである。

 

(向こうさんは13人 どうにか人数を揃えたという所か 可哀想だがコールドで早く終わらせるか)

 

そう考えながら次の試合の事を考える島田第二の監督。

そして試合時間が近づいてくると、聖陵の選手たちは円陣を作り監督の話を聞く。

 

「おそらく相手は鷹をくくってきているのは間違いない だから、初回で攻勢してしまおう 目に物見せてやれ」

 

『はい!!』

 

大きな声で返事をしいよいよ試合開始。

両者がベンチ前に整列すると審判の合図によりグラウンドへ飛び出し整列。

両者挨拶をして最初に島田第二が守備へと着く。

聖陵は先攻で先に攻撃をする。

 

この試合のオーダーは

1:青木博行・左

2:山本寛史・二

3:横山俊哉・中

4:庄山明輝弘・一

5:早川悠斗・遊

6:堀義隆・右

7:桑野慶介・三

8:竹下隆彦・捕

9:望月秀樹・投

 

というオーダーである。

練習試合では竹下を先頭に置いていたが、捕手という役割から春瀬監督は下位へ置いたのだ。

代わりにチーム1の俊足を持つ青木を一番に置き掻き回すというコンセプトで行こうと考えている。

島田第二の選手たちが守備に着くと試合が開始。

サイレンが鳴り響く中、投手が一球目を投じる。

 

「ストライク!!」

 

初球はインコースへのストライク。

青木は見ていき様子見をする。

しかし、テンポ良く投げる相手投手のタイミングに合わせてしまい青木はボテボテのセカンドゴロに終わる。

続く二番の山本も5球を粘るが、ドン詰まりのセカンドゴロであっという間にツーアウトとなり、打席には俊哉が入る。

 

「あ、やっぱりアイツ横山だ」

 

そう言うのは島田第二の選手。

その言葉に監督が気になったのか選手に聞き返すと選手は答える。

 

「静岡シニアの横山俊哉ですよ。ほら中学ん時全国優勝をした時のメンバー」

 

「横山…俊哉…だと?」

 

「アイツ噂だと明倭に入るって聞いて以降何も音沙汰無かったけど、こんなとこにいたんだ」

 

「待て、ということは…」

 

監督が話しかけたその時。

キィンという金属音が鳴り響き、グラウンドの方を見ると俊哉の振りぬいた打球が綺麗に三遊間を抜けていった。

 

チームとして公式戦初ヒットを放った俊哉にベンチは盛り上がる。

そして打席には四番の明輝弘が入る。

 

「お膳立てサンキューな俊哉」

 

そう言い打席でバットを構える明輝弘。

相手投手はヒットを打たれた一塁上の俊哉を見ながらも一息つき投球へと移る。

 

(ヒットはマグレだ 次は打ち取る!)

 

投手の投じたボールはインコースへのストレート。

しかし、コントロールがずれたのかキャッチャーの構えたミットより少し真ん中よりに入って来たボールを、明輝弘は逃さなかった。

 

「甘い」

 

キィィィンと響く快音。

バットから弾かれた白球はピンポン玉の様に飛んでいくとライナー性の軌道を描きながらライトスタンドへと突き刺さった。

 

「しょぼいストレート投げてんじゃねぇぞ 俺を誰だと思ってんだ」

 

そう呟きバットを放る明輝弘は打球の方向を見ながら走り出す。

シンとする球場の中淡々とダイヤモンドを回る明輝弘。

俊哉、明輝弘と二人が帰り2点を先取したのである。



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第2話 初戦白星

迎えた予選の初戦。

明輝弘の強烈な先制弾で2点を先取した。

島田第二の監督を始め選手らは唖然としている中、俊哉と明輝弘はダイヤモンドを回りベンチへと戻る。

 

「ナイバッチ」

 

「当たり前だ」

 

俊哉のハイタッチに応える明輝弘。

呆然とする島田第二の監督はハッと我に返ると慌てたように選手に指示を出す。

 

「交通事故のようなもんだ 慌てる必要はないぞ!!」

 

激を飛ばす監督。

だが、マウンドの投手はまさかの一発に動揺を隠せない。

続く打者は五番の早川に対してはコントロールが乱れてしまい四球で歩かせてしまう。

打席には六番の堀。

 

その堀は初球の低めに投じられた力の無いストレートを見逃さず打ち返すと打球は三遊間を抜けていきこれで二死一二塁となる。

この状況に混乱してしまっている島田第二の投手は七番の桑野に対しても四球を出し歩かせてしまう。

続く八番の竹下に対しては8球を粘られ四球を与えてしまいなんと押し出しで追加点を得、これでスコアは3-0。

これで二死満塁となり打席には九番の望月が入る。

投球より先に打席へ立つこととなった望月は左打席へ入るとバットを構える。

 

(打撃は苦手ではないけど…投げる前から走るのはなぁ)

 

そう考えながら打席に立つ望月。

そんな事考えながらの一球目に投じられたインコース低めへのカーブ。

望月は本能的に反応しスイングしたバットに綺麗に当たると弾き返された打球はライナーで一塁線を破っていく。

 

「あ、打っちゃった」

 

思わず呟きながら走る望月。

打球は転々とライト線を転がっていき1人、2人とランナーがホームへ戻り望月は二塁でストップ。

二点タイムリーを放ったのである。

 

「ナイバッチー!!」

 

ベンチから声が飛び交うと望月は照れ臭そうにグッと右腕を小さく挙げる。

これには春瀬監督は感心する。

 

「そういえば望月はシニアでもクリンナップを打つ打力を持ってたしな。上位を打たせても面白いか…」

 

呟く春瀬監督。

なんとこれで初回に打者一巡をしてしまいスコアは5-0。

先頭に帰り青木はセンターフライに倒れチェンジとなってしまうも初回に5得点を得る形となったのだ。

 

「5点…」

 

と信じられないといった表情でベンチへと戻る島田第二の選手達。

そんな彼らに監督はパンパンと手をた叩きながら声を張り上げる。

 

「取られたら取り返せばいい!!相手は一年の集団だ!10点は取ってやれ!」

 

激励を飛ばす監督。

しかし、マウンドに上がった望月は先ほど二塁まで走り体が暖まったのか投球が冴えていた。

 

130キロ前後の速球ながらも安定したコントロールと切れ味抜群の変化球を武器に島田第二の打者陣を打ち取っていく。

打撃陣も明輝弘の二打席連続のホームラン!!…とはいかなかったもののタイムリーを放つなどし2回も追加点。

 

試合は進んでいき5回をまでに10-0と島田第二を圧倒した形となった。

コールドの条件を満たしマウンドには最後も望月が上がり打者三人で斬り試合終了。

 

5回を10-0のコールドで初戦を白星で飾ったのだ。

コールドでの圧倒的な勝ちに喜ぶのを忘れてしまっているのは2年生の早川と桑野の二人。

二人は入学してから初戦敗退のみを経験していたので初の初戦突破となる。

 

「夢じゃあ…ないよね」

 

「あ、あぁ…」

 

と現実なのかが分からない状況の早川と桑野。

そんな二人に俊哉らは囲むように喜び合うのだ。

 

公式戦初戦をコールドで白星を飾った聖陵野球部。

彼らの夏は衝撃的な幕開けをしたのであった。



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第3話 かっこいい!!

聖陵学院歴史的初勝利から一夜明けた学校では、どこからか早速噂になっていた。

と言っても一部の間だけであり、学校全体としてはまだまだ浸透されていないのが現状である。

俊哉らも自分たちの口からは勝ったとは言いふらしてはおらず教室では至って普通の生活を送っている。

そんな中の昼休みのとある教室。

 

「そう言えばさ 野球部勝ったんだって」

 

そう話すのは少し変わった感じのお団子頭の髪型をしており、目はパッチリとした女子生徒が真琴に話しかけていた。

 

「あー、そんな事言ってたかなぁ」

 

お弁当を食べながら話す真琴。

その二人の会話に丁度向かいに座っていたロングヘアーで少しおでこが見える髪型をした女子生徒が紙パックのジュースを飲みながら話しかける。

 

「野球部?試合なんてしてたの?」

 

「いや、大会があるって話ししたじゃん私」

 

「いやぁ興味ないから聞いてなかった」

 

笑いながら話すロングヘアーの女子生徒。

真琴はため息をつきながらも野球部の話をしていると、彼女はふと思い立ったように提案を持ち掛けた。

 

「そうだ。今度観に行ってみようか」

 

「私は賛成ー」

 

「えー、いつ?」

 

「次の日曜日」

 

「えー、興味ないからパス」

 

賛同するお団子頭の女子生徒に対し乗り気でないロングヘアーの女子生徒。

 

「まぁまぁ、美咲 うち等チア部ももしかしたら応援に行くかもしれないしさ 偵察よ偵察。ね、絵梨もいいでしょ?」

 

「いいよー」

 

美咲と呼ばれたロングヘアーの女子生徒と、絵梨と呼ばれたのはお団子頭の女子生徒。

賛同する絵梨に対してどうも乗り気ではない美咲は渋っている様子を見せるが、真琴と絵梨が乗り気の為か美咲は渋々承諾するのであった。

 

数日後の二試合目が行われる日。

場所は草薙球場へ移しての試合で、対戦する相手は伊豆学園高等学校。

レベル的には決して強くはない高校である。

 

試合開始と同時に、真琴、絵梨、美咲の3人が球場へ到着。

応援席のある内野スタンドへ入ると人は疎らというより、ガラガラであった。

 

「余裕で座れるじゃんー」

 

急いできたのか汗を流しながらボヤくのは美咲。

美咲の言葉に真琴が「あんたが寝坊するからでしょ?」と怒りながらも3人はベンチの真上の席へと座る。

 

「まだ聖陵の攻撃始まってない」

 

後攻であったため攻撃には間に合った3人。

1回表は終わっており聖陵の選手達がベンチへと戻っている所であった。

 

「あ、ホントに明輝弘4番じゃん」

 

とスコアボードのオーダー表を見ながら話す真琴に対し、美咲は飲み物を飲みながら聞き返す。

 

「四番って凄いの?」

 

「凄いと言うか…信頼されてる感じ?チームで1番打つ打者ってとこかな?」

 

「んー…わかんない」

 

真琴の説明に難しい顔をしながら首をひねる美咲。

美咲自身は全くと言っていいほど興味が湧いていないようで早く帰りたいと思っているばかりであった。

聖陵の攻撃が始まり、オーダーは初戦と代わらず。

一番青木が三振、二番山本が内野ゴロに打ち取られてしまいツーアウトとしたところで打席に俊哉が入る。

 

「あ、トシ君だ」

 

少し嬉しそうに話すのは絵梨。

絵梨は俊哉と同じクラスでたまに話したりしているらしく面識がある。

 

その俊哉は三球目を叩くと三遊間を抜けていくヒットとなる。

そして打席には四番の明輝弘が入る。

 

「結構背デカいね」

 

そんな事を話す美咲。

そんな会話の直後であった。

カァァンと言う金属音が球場に鳴り響くと、明輝弘の振りぬかれたバットから白球がピンポン玉の様に弾かれると、大きな弧を描きながらライトスタンドの芝生へと叩き込んだ。

 

悠々とダイヤモンドを回る明輝弘。

その光景を見た真琴は感心したような表情を見せ、絵梨はパチパチと小さく手を叩きながら喜ぶ。

そして美咲は暫く黙っていたが

 

「…くない?」

 

「え?」

 

「か…こ・・くない?」

 

「え?何?」

 

「か、かっこよくない!?何アレ!ピンポン玉みたいに飛んでった!!あの人…凄くカッコいいよね!?」

 

「え…えぇ!?」

 

 

大はしゃぎをしながら興奮する美咲に対し、普段こんな姿を見たことがないのか若干引き気味の真琴と絵梨。

そんな大騒ぎをしているスタンドを他所に、聖陵学院はこの後も追加点を取っていき8対0で勝利をおさめたのである。

 

2回戦を終えた翌日。

昼休みの為、屋上で休んでいた明輝弘の元へ真琴と美咲と絵梨がやって来る。

 

「は?紹介?」

 

と突然の言葉にポカンとしながら聞き返す明輝弘。

その問いに真琴は頷きながら、後ろに隠れる美咲を無理やり前に出し紹介した。

 

「いやぁ、昨日の試合でアンタの打撃観てね。正直なんでアンタを…とは思うけどね」

 

「それは失礼じゃないか?」

 

「どーだか」

 

と明輝弘の言葉に鼻で笑いながら応える真琴。

そのやり取りを見ていた美咲は二人に向かって聞いてくる。

 

「ねぇ、真琴って…明輝弘君と付き合ってんの?」

 

「はぁ!?んな訳ない!ありえないわよ!私とコイツが?」

 

と笑い飛ばしながら話す真琴。

それに同調するように頷くのは明輝弘である。

 

「確かに それは無いな こんなガサツ人間」

 

「はぁ?それはコッチのセリフよ この堅物男」

 

「な…堅物だと?」

 

「そうじゃない 昔から変にプライド高いしね」

 

「この女…」

 

殴りそうになるがどうにか抑える明輝弘。

真琴はベッと赤い舌を出しながらアカンベをする。

 

「あぁ話し逸れた。この子なんだけど、氷川美咲(ひかわみさき)って言うの。良かったら仲良くしてやってよ」

 

「あー…まぁ、俺も暇ではないが…取り敢えず良いとするか」

 

どこか面倒くさいという表情をするが、ケンカをするが真琴とは古い付き合いがある為無下には出来ないと感じた明輝弘は紹介を受けることにした。

真琴は美咲をグイッと前に押し出すと、あとは二人でと言い真琴と絵梨が離れていく。

 

明輝弘と美咲の二人きりになる屋上。

いつもなら昼寝をしていたはずの明輝弘であるが、目の前に女の子がいるとあって少し雰囲気が違う。

 

「…で?昨日の試合来てくれたんだ?」

 

「え?あ、うん!昨日、真琴に無理やりね。正直あんまり興味は無かったっていうか」

 

恥ずかしそうに話す美咲。

明輝弘は彼女の言葉に耳を傾けるも、興味は無かったという言葉に“ミーハーで取り敢えず連絡先でも交換しとくか的な女かな?”と思っており正直早く終わってほしいとも感じていた。

 

 

「でも、昨日の明輝弘君のホームラン観て一気に変わったの!!なんていうか…上手く話せないけど、こう感情がブワッて中から込み上げてきたっていうか…凄い感動した」

 

目を輝かせながら話す彼女の表情に、先ほどの感情が消えていた。

本当にこの子は昨日の試合を見て感じて、明輝弘に伝えたんだなと。

 

「やっぱり、ホームランって良いよね!!」

 

「ほう。目の付け所が良いね。素晴らしい」

 

彼女の言葉に明輝弘は笑みを浮かべて褒め称えた。

自分のホームランを見て良いと言ってくれる女性に悪い女はいないと感じ、明輝弘自身も自分の長打力には絶対の自信を持っているが故の言葉である。

 

「次の試合も応援に行くから!!頑張ってね!」

 

「あぁ。俺が試合を決めてやるよ」

 

美咲の言葉に自信を持って答える明輝弘。

彼の言葉に美咲自身もとてつもない感動を覚えてたのは別の話である。

 

 

(やっぱり、明輝弘君カッコいい!!次の試合はチアとして行くぞ!!)

 

そう心に誓いながら、美咲は明輝弘と別れるのであった。

しっかりと連絡先を交換して…



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第4話 諦めない

三回戦目を数日後に控えた聖陵野球部。

この日は視聴覚室を借りミーティングえお行い、次の対戦相手の情報をお浚いする事となっていた。

 

何故こんな事を入念に行いかというと、三回戦目に当たる高校が問題であるからだ。

 

「次に当たるのは…明倭高校だ」

 

次の対戦相手は静岡明倭高校《しずおかめいわこうこう》。

開会式の時に挨拶を交わした土屋のいるチームである。

明倭の試合風景が流れるスクリーンを背に春瀬監督が話をする。

 

「まず、このチームの特徴はなんと言っても鉄壁の守備力だ。ここまでの失策はゼロ。しかも投手力も豊富で1試合平均1失点未満で抑えてる。だが、打撃力に関しては課題が残るらしく今大会はシードの為、ウチと当たるのが初戦だが春の大会では毎試合1~3得点で勝っているチームだ。だがこの守備力あっての勝ちの積み重ねだ。」

 

データを参考に説明をする春瀬監督。

すると後ろに座っていた明輝弘が腕を組みながら話す。

 

「守備のチームだか知らないが、要は俺がホームラン打てばいいんだろ?ホームランは捕れないしな。俺が打って勝つ。それ以外に無いだろ」

 

自信満々に話す明輝弘に対し、春瀬監督はフウッとため息をつきながら話す。

 

「それが出来れば苦労はしないんだがな…。庄山は出来るか?」

 

「出来るから言ってるんです。俺の前にランナー溜めてくれれば絶対に返すんで」

 

キッパリと話す明輝弘。

春瀬監督は彼の一言一言には自信があり、不可能と言う言葉が自分には無いということを感じていた。

彼の言葉は四番としては必要であり、チームも士気が上がるであろう事は間違いない。

 

(その自信が結果に出ればいいが…次の明倭戦で俺たちの位置がハッキリと分かるハズだ。勝てれば儲けも儲け。奇跡に近いが、正直良い展開を見せてくれれば良いかな…)

 

スクリーンの映像を見ながら考える春瀬監督は、ふと目線をやると最前列で鋭い眼差しで見つめる俊哉がいた。

 

(横山はどう考えているんだろう)

 

そうふと感じた春瀬監督。

彼は選手たちに心境を聞いてみようと決め数人をピックアップし質問をぶつけた。

 

「早川、望月。それに…横山。お前たちはどう考えている?」

 

その問いかけの言葉に三人は少し考えながら口を開く。

 

「自分は…正直分かりません。明倭と当たること自体が初めてなので…でも、全力でぶつかるだけです」

 

「そうか。望月は?」

 

「俺は…難しいと思います。自信が無いわけではないのですが…今の現状では恐らく勝てません」

 

そう言う秀樹に早川と春瀬は彼の顔を見た。

エースナンバーを付けた彼の口から出てきた言葉に驚きと言うよりも、どこか納得してしまっているのだ。

となると最後は俊哉であり、俊哉を三人が見ると俊哉は口を開く。

 

「たぶん勝てない可能性が高いと思います。というよりほぼ100%負けます。」

 

「ほぼ100%?」

 

「はい。でも可能性は捨ててはイケないと思います。明輝弘も言ってましたが、打つべき人が打って勝つ。その理想的な戦いが出来れば或いは…」

 

そう言葉を口にする俊哉に春瀬監督は、彼の言葉の重さを感じていた。

これが中学の時に優勝を経験した人物の雰囲気というかオーラの様なモノが感じ取れたのである。

俊哉自身は始める前から諦めるという事は考えていなかったのである。

ほんの数%の確率でもどうにかしてやろうと言う気持ちが見えた。

 

(横山は諦めてはいないのか…なら、監督の俺が諦めてはいかんか…)

 

そう考える春瀬監督。

視聴覚室を出る選手たちを見送り、彼は後数日後に迫った明倭戦に向けて戦略を練ることにしたのであった。

そして数日が経ち明倭戦当日となった。

場所は草薙球場。

静岡駅から私鉄で10分ほどの場所にあり、県内では最大の球場である。

勿論決勝戦はこの球場で行う為、球児たちはこの場所を目指して夏を戦っている。

 

決勝ではないが、俊哉達はこの草薙球場で去年の夏と今年の春に甲子園へ出ているチームと相対する事となった。

 

またスタンドでは変化が見られていた。

聖陵側に応援する生徒が増えていたのだ。

初戦、2回戦と勝利した事で噂は広まり、“じゃあちょっと行ってみる?”という流れになったのである。

 

「今日は前より多いねー」

 

スタンドを見渡しながら言うのはマキ。

隣には明日香がおり明日香はタオルを頭に被りながら手を団扇代わりにパタパタと振る。

 

「今日アッつい…」

 

「今日は30度超えるみたいね」

 

マキも熱そうに苦笑いをしながら明日香の隣に座る。

するとその二人の元へ3人の女子生徒が近づいてくる。

 

「おー、明日香ー」

 

「あら、ハルじゃん」

 

手を振る明日香の先にはハルナ、由美、司がいた。

ハルナは団扇を仰ぎ、由美はダルそうにジュースを飲み、司も暑さに参っているのか少し表情が冴えない。

 

「隣良い?」

 

「いいよー」

 

明日香の隣に座っていいか聞くハルナに了承する明日香。

ハルナ、由美、司の順で席へと座る。

 

「珍しいじゃん。ハルが来るなんて」

 

「まぁねぇ。ね、由美に司」

 

「私は行きたくはなかったのですが…ハルが無理やり…」

 

「あはは…」

 

文句を垂れる由美に対し苦笑いをする司。

すると、マキが司の方を見ると話しかけてくる。

 

「えっと、姫野司ちゃんだっけ?」

 

「え?あ、はい」

 

「私、宮原マキ。トシちゃんから聞いてるよ。よろしくね。」

 

「あ、はい。よろしく…お願いします」

 

照れ臭そうに話す司。

だが彼女の心に少し言葉が残っていた。

 

(俊哉さんの…お友達なのかな?でもトシちゃんって言ってたし…)

 

そんな感情が出てくる司。

その表情の変化に気づいたのは隣にいた由美。

由美は小声で司に話しかける。

 

「司、マキさんは俊哉君と幼馴染です」

 

「幼馴染…なんだ」

 

「はい。ですので、司の心配しているような間柄ではないかと」

 

「ふぇ?!」

 

「顔に出てるですよ?」

 

「え?!あ…」

 

由美の言葉に顔を真っ赤にしながら俯いてしまい、由美はクスリと笑うのである。

そんな彼女らの少し後ろでは、真琴、美咲、絵梨がいた。

 

「もー。チアはダメってー」

 

「まぁ仕方ないよ。練習もできてないし」

 

どうやらチアでの応援は許可されなかったらしくムッと膨れる美咲を宥める真琴。

そして絵梨はその二人の隣でペットボトルの飲み物を飲みながら明倭側のスタンドを眺めて、話し出す。

 

「向こうは凄い人だねー」

 

「まぁ、向こうは強豪校だしね。ブラスバンドやチア、応援団も駆けつけて本気だよね」

 

応援団も万全に整えてあるのが伺える明倭側のスタンド

どの試合でも妥協はしないという学校側の方針があるため生徒らが出れる場合は吹奏楽やチア、応援団などの生徒らは駆り出される。

また生徒らも、半数以上の生徒が休場へ駆けつけており野球部の期待が高いのが伺える。

 

それに比べて聖陵は見に来ている生徒や保護者がチラホラと寂しい状況である。

またこの状況は、選手たちにも感じていた。

 

「向こうは凄いね…」

 

「まぁ方針はどんな相手でも妥協はしないが明倭の方針だしな。もちろん応援も本気だよな」

 

そう話すのは内田と竹下。

内田は初めて見たようで圧倒されているが竹下は分かっていたのか幾分かは余裕がある。

 

「なに、大丈夫だ。俺が打って勝てばいいんだ。そんで相手を黙らせよう」

 

「ホント明輝弘は…まぁ、ここまで来たらそうするしか無いか」

 

半分あきれながらも自らも吹っ切れる竹下。

そして明輝弘は俊哉を見ると

 

「俊哉。今日は勝つぞ。俺のバットで決めてやるからな」

 

「…あぁ、期待してる」

 

明輝弘の言葉に一間置いて話す俊哉。

先日のミーティングで俊哉の言葉が明輝弘にとって不服であることは間違いないのは明白だ。

彼自身もバットの絶対の自信を持ってこの大会を挑んでおり、ここまで順調すぎる成績を収めている為、この試合も自分で決めてやろうという気持ちが伝わってくる。

俊哉も正直な話、諦めているつもりは毛頭ないし、おそらく他の選手らも同じであろう。

 

だが、明倭という大きな壁に対してどう挑めばいいかが分からなかった。

明輝弘のように純粋に真っすぐにぶつかれる自信が無かった。

 

(でも、ここまで来たら…やるしかないよな)

 

そう心に誓いながら立ち上がる俊哉。

両者が整列し、県予選大会3回戦の火ぶたが切って落とされたのである。



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第5話 欲しかった人材

試合開始前のノックの時間。

聖陵の選手らがノックを受けている様子をベンチからジッと見つめる人物がいた。

その人物は日焼けした色黒の肌にスキンヘッド、そしてサングラスと端から見れば野球をしているようには見えない男性、明倭野球部の監督である古屋《ふるや》監督が見つめていた。

 

(今年の聖陵の一年生、いい人材が集まっている。というより何かあったんじゃないかと思うくらいの人材だ)

 

「監督、いい人材が集まってるなとか思ってません?」

 

「え?いや、まぁ…よく分かったな」

 

「監督の顔見ればわかりますよ?」

 

監督に話しかけたのは眼鏡を掛けた女子マネージャー。

鋭い指摘に古屋監督は苦笑いを見せる。

 

「でも、確かにそう思いますよね。今年一番欲しかった野手の子が向こうにいるんですもの。」

 

「あぁ、横山俊哉。アイツにはずっとアプローチしてたんだけどなぁ」

 

「彼、とても欲しがってましたものね」

 

「身体能力、バランスはもちろんの事だが、何よりウチの一番のポイントである守備力だな。アイツには外野手を束ねる選手になって欲しかったんだがなぁ。まぁ課題はあるが、欲しかった選手ではある」

 

「あとは、望月君や山本君ってところでしょうか?」

 

「望月は土屋と一緒に切磋琢磨させれば投手陣は万全になるし、山本の守備とバントには光るものがあるからな…。あとは竹下も来ては欲しかった選手だな。それは1つの高校に集まるとは…厄介な相手だよ」

 

「負けそうですか?」

 

二人で話しながらグラウンドを眺める古屋監督と女子マネージャー。

最後のマネージャーの言葉に、ポリポリと帽子を取り頭を搔きながら古屋監督はキリッと表情を変えながら

 

「まぁ、だとしてもウチが負ける要素は見当たらないんだけどね」

 

 

いよいよ試合が始まる。

両者が整列をし挨拶を終えると、まずは明倭の選手たちがグラウンドへと散らばる。

 

聖陵の打順は

1:青木・左

2:山本・二

3:俊哉・中

4:明輝弘・一

5:早川・遊

6:堀・右

7:桑野・三

8:竹下・捕

9:望月・投

 

1,2回戦と変わらないオーダーで挑む。

相手投手が投球練習をしているのをジッと観察する青木、山本、俊哉の三人。

 

「山本、相手のデータなんだっけ?」

 

「130キロ弱のストレートとカーブ、スライダー、フォーク、チェンジアップの四球種の変化球。んで何よりコントロールが抜群」

 

「っていっても、これ今年の選抜のデータだけどね…データ不足だよ。テレビの解説とかの話から割り出したもんだし。」

 

三人で話をしていると、投球練習が終わり審判から打席へ入るように促される。

 

「まぁ、頼んだよ青木」

 

「おう。」

 

ベンチからの言葉短く返事をし、打席へと入る青木。

審判からのコールがされいざ試合開始となった。

サイレンが鳴り響く中、投じた初球は外へ決まる変化球で青木はこれを見逃しストライク。

続く二球目はボールとなり並行カウント。

そして三球目の少し甘く入ったストレートを青木は叩きつけた。

 

叩きつけるようなバッティングをしボールは高くバウンドをしながら内野グラウンドを転がる。

これに意表を突かれたのか三塁手が慌てて捕りに行くも間に合わないと判断し青木は内野安打を記録した。

 

「うぉ、はやっ…」

 

思わず口にする三塁手。

投手にスマンと一瞥しボールを返すと、続く打席には二番の山本が入る。

山本は打席に入るとすぐにバントの構えを見せる。

 

(定石ってか)

 

投手の投じたボールを見事バントを決め1死二塁とし、打席には俊哉が入る。

 

(こいつが俊哉か。監督が欲しがってた人材…でもなんでこんなトコに入ったかは知らないが)

 

打席に入る俊哉を見ながら考える捕手。

パパッとサインを出すと投手はコクリと頷き一球目を投じた。

投じられたのは外へのカーブ。

しかし、俊哉は待ってましたと言わんばかりにタメて見事カーブにタイミングを合わせて振ってきた。

カァァンと言う打球が鳴り響くと、打球は鋭いライナーで一二塁間へと飛んでいき二塁手がグラブを差し出すも抜けていく。

 

その間にランナーの青木は加速していき三塁を蹴り一気にホームへと帰り生還を果たした。

 

なんと、この試合の初得点は聖陵が奪ったのであった。

俊哉のヒットにより青木が生還し1点がスコアボードに掲示されると、明倭スタンドはざわつき、また同じく聖陵スタンドもざわついていた。

 

「すごい…」

 

そうポツリとつぶやくのは司。

彼女の顔はどこか嬉しそうな表情をしており由美はそんな彼女を横目で見ながらクスリと笑う。

 

「さすがね~。トシは、ここで打つなんて」

 

明日香の言葉に対しハルナが「なんで?」と聞くと明日香はパタパタと団扇を扇ぎながら話す。

 

「中学んときね。トシは打率こそはソコソコの成績だったんだけど、得点圏打率になると打率がグンと跳ねあがるのよ。それにアイツが打つとね、チームの雰囲気が良くなるのよね」

 

明日香の話に感心をする生徒たち。

改めて司は俊哉のいる一塁上へと目をやり“すごいんだなぁ”と感心するのである。

 

試合は続き打席には四番の明輝弘。

左打席へとゆっくり入る明輝弘にスタンドでは興奮気味の女子生徒、美咲がいた。

 

「見てほら明輝弘君!!」

 

「うん見えてる見えてる。揺らさなくていいからぁ」

 

真琴の肩を掴み揺らす美咲。

グラウンドでは明倭のキャッチャーが打席に立つ明輝弘を見上げる。

 

(雰囲気はある…実際前の試合でもホームラン1本打ってるし、長打力という面では持っているんだろうが…)

 

サインが出され投じた一球目はインコースへのストレート。

明輝弘はこれを振っていきバットに当たるも一塁へのファールとなる。

二球目。三球目と同じストレートを投じ明輝弘はこれを全てファールにする。

 

(全部ファールにした。そしたら…)

 

サインを出し投じた四球目は緩いカーブ。

明輝弘はバットを振りに行くもタイミングを合わせられず引っかけてしまう。

 

「クソッ」

 

打球は一二塁間へのゴロ。

二塁手が捕球し素早くセカンドで待つショートへと投げアウト。

受け取ったショートは流れるような動きで一塁へ送球しアウトとなり、ゲッツーが成立されチェンジとなった。

 

「クソ、カーブなんか投げやがって…」

 

ヘルメットを取りながらボヤく明輝弘。

俊哉が近づき「ドンマイ」と声をかけると明輝弘は「次は打つ」とだけ答えてグラウンドへと向かう。

だが明倭にとっても意外な結果が待っていた。

スコアボードに掲示された1の文字にざわつくスタンド。

 

それとは対照的に聖陵の選手たちはイキイキとしながらグラウンドへと散る。

マウンドに上がるのは望月。

ここまで望月はすべての試合に先発し好投を見せている。

 

そして望月はここでも好投を見せる。

打撃はあまり良いとは言えない明倭打線だが、他の高校に比べれば上位には着くレベルではあるが、望月はその明倭打線を三者凡退に打ち取ったのである。

内容もセカンドゴロ、ショートゴロ、セカンドゴロと打ち取らせるピッチングのお手本と言うべき内容。

望月とグラブタッチを交わしながらベンチへと戻っていく聖陵ナイン。

 

「うーん…望月はやっぱり良いな」

 

秀樹が見せるマウンドでのピッチングに古屋監督も唸るしかない様子。

 

「でもまぁ…大丈夫だろう。ウチならな」

 

笑みを浮かべる古屋監督。

その後も試合は進んでいき2回にも聖陵が攻撃を仕掛ける。

初回失点が響いたのか先頭の早川に四球を出してしまうが続く堀は空振りの三振を取りアウト1つ。

7番の桑野は犠打で三塁まで進めるも二死となり打席には8番の竹下。

 

だがその竹下への初球は真ん中付近へと放られ竹下はこれを見逃さなかった。

キィィンと快音が響き打球は一二塁間を抜けていくヒットとなり三塁ランナーを帰す。

 

「っしゃ!」

 

一塁上でガッツポーズを見せる竹下にベンチから拍手が飛ぶ

なんと2イニング連続の得点となり2点目が聖陵に入った。

 

これには古屋監督も少し表情が曇るとベンチにいる背番号10番の選手に声をかける。

 

「土屋、準備しとけ」

 

「…はい」



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第6話 土屋明彦

2回に竹下のタイムリーで2点目を入れた。

湧き上がる聖陵ベンチ、すると明倭ベンチから背番号10を付けた土屋が出てくるとブルペンへと向かう。

 

「土屋だ…」

 

口々に土屋の名前を出す聖陵ベンチの選手。

またマウンドにいる明倭のエースも土屋がブルペンに入る姿を見てより気合が入る。

 

(こんな情けないピッチングでマウンドを降りるかよ!)

 

逆にマウンドに立つ投手は燃えた。

その思いが乗ったのか、9番の秀樹を空振り三振に打ち取りマウンドを降りると土屋が出迎える。

 

「ナイスピッチです」

「土屋。お前の出番はまだだぞ」

「…了解です」

 

投手の言葉に笑みを浮かべながら答える土屋。

しかし打線は振るわず2回裏は三者凡退でチェンジとなってしまう。

 

その後の両者の攻撃はどちらも得点は無い。

3回表の聖陵の攻撃は青木、山本が倒れツーアウトから俊哉がこの日2本目のヒットをレフト前へ運びランナーが出るも4番の明輝弘は変化球を降らされ三振となりチェンジ。

その裏の明倭の攻撃はヒットでランナーを出すもセカンド山本への併殺打でチェンジとなる。

 

4回表の聖陵の攻撃は5番早川から始まる打順だが三者凡退で終わり、明倭の攻撃に移ると先頭打者をヒットで出してしまい犠打と進塁打でランナーを三塁に置くピンチとなる。

しかし、秀樹は四番打者に対して強気のピッチングを見せ空振り三振に打ち取りチェンジとしたのだ。

 

そして迎えた5回表。

明倭の投手がまたしても調子を崩してしまう。

8番竹下から始まる打順だが先頭の竹下を四球で歩かせてしまうと、続く9番の秀樹も四球で歩かせる。

無死一二塁とチャンスを作り打席には青木が立つが青木は敢え無く三振に倒れ、続く山本も内に行くもライトへのフライでツーアウトとしてしまい打席には俊哉。

 

ここまで2安打の俊哉に対し、もう打たせたくはない明倭バッテリー。

しかし、俊哉はツーボールとなった三球目を弾き返すと一二塁間を抜けるヒットを打ち、二塁ランナーの竹下は一気にスピードを上げホームへと帰って来た。

 

「よっしゃ!!」

 

ホームを踏んだ竹下が叫ぶと同時に聖陵スタンドでもワッと歓声が上がる。

3本目のヒットがタイムリーとなった俊哉。

一塁に立つ俊哉を見ていた司は、目を輝かせていた。

 

(カッコいいなぁ…素敵だなぁ)

 

ジッと俊哉を見つめる司に隣にいた由美は気付くと笑みを浮かべながら彼女の耳元で囁く。

 

「もうずっと見ていますよ?」

「ふぇ!?」

 

顔を赤くしながら反応する司。

その様子を見ていたマキは司の顔を見るも何も言わずに黙っていた。

 

遂に3点目が入った聖陵。

すると明倭ベンチから古屋監督が出てくると審判に交代を告げる。

 

「ピッチャー交代。土屋」

 

監督の言葉の後に、ベンチから土屋がマウンドへと向かう。

内野陣が集まる中に土屋が向かうと、先ほどまで投げていた投手が黙ってボールを土屋に渡す。

 

「悪い。あとは頼むわ」

 

「はい。了解です」

 

短く言葉を交わす二人。

ボールを受け取った土屋は捕手と打ち合わせを簡単にしグラウンドへと散らばる。

二死一二塁として打席には4番の明輝弘。

 

(俺と同じ1年か…、まぁどんな実力か知らないが。同じ一年同士正々堂々とストレート勝負しようぜ)

 

そう考えながら打席でバットを構える明輝弘。

その土屋の投じた初球はアウトコース低めへ落とすフォークボールであった。

 

「な、にぃ!?」

 

スイングするも空振りをする明輝弘は土屋を見る。

明輝弘本人は初球ストレートと頭にあったのだろうが土屋はフォークボールを投じた。

続く二球目も変化球を投じ明輝弘は空振りをする。

 

(クソ!ストレートを投げろよ。ストレートを!!)

 

二球続けての変化球に多少苛立ちを見せる明輝弘。

対する土屋は涼しい顔をしながらボールを受け取っている。

 

(最後はストレートだろ。男はストレート勝負だろ!)

 

バットを構える明輝弘に対し、土屋の投じたボールは

 

「なん…だと!?」

 

投じたのは初球と同じアウトコースへ落とすフォークボール。

明輝弘は初球と同じスイングをしてボールに当たらず空振り三振を喫してしまった。

 

「クソが…」

 

小さな声で怒りを溢す明輝弘。

彼はまだ怒りが抑えられないのか、ファーストミットを持ってきてくれた内田から乱暴に受け取りそのまま一塁へと向かう。

 

(なんで変化球ばかりなんだ…これが勝負って言えるのかよ!ガッカリだぜ土屋)

 

ベンチへ戻る土屋を睨むように見る明輝弘。

その頃、明倭ベンチでは捕手と古屋監督が話をしていた。

 

「3点目は意外だったな…」

 

「すいません。横山はこの試合要注意ですね。奴さえどうにか出来れば次は怖くないですし」

 

「あぁ、弱点をわざわざ本人が見せてくれるとはな」

 

「えぇ。あの4番の弱点は変化球ですね。掠りもしませんでした。」

 

「まぁ向こうさんは納得してない表情だったが。」

 

「でしょうね。ストレートに強いみたいでしたし…でも甘いですよ。」

 

打者の分析をしながら話す捕手と古屋監督。

 

その裏の明倭学園の攻撃でついに動きが出る。

5番からの打順となり、望月と竹下のバッテリーは警戒をしたものの甘く入ったボールを叩かれライトオーバーのツーベースヒットを打たれてしまった。

 

(甘く入ってしまった…)

 

竹下が座りながら考えており、秀樹もおそらく同じ気持ちだろう。

竹下を見ると右手を顔の前に置き“わりぃ”というジェスチャーを見せる。

 

続く6番打者にはツーストライクと追い込むも進塁打を打たれてランナーを三塁へと進めてしまう。

一死三塁となり打席には7番打者。

 

キィィィン…

 

打球音が響く。

初球を打ちに行くと打球は高くセンターの俊哉へ打ち上げられる。

高く上がったが定位置より少し深めの打球で俊哉はすぐに捕球位置へと向かい捕球をするとランナーはスタート。

俊哉の返球も虚しく判定はセーフとなった。

 

「まずは1点…」

 

ぽつりと呟く古屋監督。

これで3-1と2点差に縮める明倭だが、8番打者がピッチャーフライに打ち取られチェンジとなった。

 

「さぁ取り返せるぞ!!」

 

鼓舞する明倭の選手たちにベンチ内は一気に沸き上がり士気が上がる。

その影響なのか、6回表の聖陵の攻撃を土屋は打たせて取るピッチングを披露し三者凡退でこの回を終えた。

 

「ナイピッチ!!」

「ナイス!!」

 

ベンチに戻りながら声を掛け合う選手たち。

聖陵の選手らは逆に声が出ないまま守備へと向かう中、秀樹はマウンド上で大きく深呼吸をして息を整える。

 

(6回か…意外と体力の消耗が激しい気がする…)

 

深呼吸をしながら考える秀樹。

明倭相手とあってか、緊張をしながら投げている事が自分自身分かってきていた。

 

6回裏の攻撃は9番の土屋から。

右打席へ入りバットを構える土屋に対しての初球はボール。

続く二球目もボールとなり秀樹に少しの異変が見え始める。

 

(コントロールできない…)

 

コントロール出来ない自分の投球に焦りを見せる秀樹。

続く三球目はその焦りなのか、真ん中に甘く入ってしまう。

 

キィィン…

 

打球音が響くと土屋のはじき返した打球は秀樹の股下を抜けていくセンター前ヒットとなる。

ここで秀樹に動揺が出たのか、続く先頭の1番打者にライト前に運ばれこの日初めての連打を許してしまう。

続く2番打者に送りバントを決められると秀樹と竹下のバッテリーはスクイズを警戒し、厳しいコースを攻め続ける。

 

「ボール!!フォア!」

 

しかし秀樹の制球が上手くいかず3番打者を四球で歩かせてしまい打席には4番が入る。

一球目、二球目とボールとなった後の三球目のストレート。

これを打者は見逃さない。

 

カキィィン…

 

会心の当たりだった。

打球は低い弾道で飛んでいくと右中間を真っ二つに破るヒットとなりランナー二人を帰す同点タイムリーとなってしまった。

「よっしゃ!」「ナイバッチ!」と喜び合う明倭ベンチ。

マウンド上の秀樹は呆然としており立ち尽くしており竹下が慌ててマウンドへと向かう。

 

「おいヒデ大丈夫か?」

 

「あ、あぁ…」

 

返事を帰す秀樹に竹下はベンチを見ると春瀬監督が指示を出し長尾と鈴木をブルペンへ向かわせていた。

そのまま試合は再開されるも5番打者に対して秀樹は四球で歩かせてしまう。

しかも明らかなボール球とあって完全に切れている事が伺える。

 

「ピッチャー交代!!」

 

ベンチから交代の指示が出る。

春瀬監督が審判に交代を告げ動きが出た。

マウンドにいた秀樹はベンチへと下がりサードにいた桑野がマウンドへ上がる。

そして空いたサードには池田が入る形となった。

 

ベンチへと戻る秀樹はそのままベンチへ崩れる様に座り顔を下げた状態で俯く。

 

「望月君アイシング」

 

内田が秀樹に話しかけるも黙ったままの状態が続く。

どうしたら良いのか分からない内田に春瀬監督は声をかける。

 

「望月、アイシングしとけ。」

 

「…はい」

 

小さく答えて立ち上がる秀樹。

ベンチ裏でアイシングをする秀樹と、その手伝いをする内田。

 

「…内田」

 

「ん?何?」

 

「ちょっと一人にさせてくれ」

 

「…分かった」

 

何かを察したのか内田はベンチへと戻る。

内田が去ったベンチ裏からは、小さくすすり泣く声が響く。

 

「ちくしょう…ちくしょう…不甲斐ないピッチングしやがって…」

 

何度も何度も自分で自分を責めながら…。



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第7話:猛攻

同点へと追いつかれ秀樹から桑野へと交代。

しかし桑野は明倭の勢いを止められない

 

キィィィン…

 

続く6番打者にレフトへとタイムリーヒットを許してしまう。

勝ち越しに大いに沸き上がる明倭ベンチ。

その後は何とか守り切りはしたものの、聖陵は6回にして逆転を許してしまったのだ。

 

 

「すまない…」

「ドンマイっす桑野先輩!!」

「そうですよまだ1点差です!」

 

謝る桑野に声をかけていく選手たち。

7回表の攻撃。

1点差を追いかけたい聖陵だが、土屋を打ち崩せない。

8番の竹下はサードゴロ、9番の池田は三振、そして1番の青木も三振と三者凡退に終わってしまった。

 

少しずつであるが聖陵ベンチの雰囲気が変わる。

その流れからか、7回の裏の明倭の攻撃。

9番の土屋をセカンドゴロに打ち取りアウトにするが先頭に帰り1番打者に対してはカーブを狙い打ちされセンターオーバーの二塁打。

 

一死二塁とし2番打者はここでも送りバントを決め二死三塁とする。

次は今日無安打の3番打者とあって竹下と桑野に少しの油断があったのだろう。

初球に投じた甘く入ったストレートを打ち返されるとライト前へ落ちるヒットとなり二塁ランナーが一気に帰り1点を追加した。

 

「ナイバッチー!!」

 

と明倭ベンチが盛り上がる。

聖陵ベンチ陣は静まり返り、またスタンドにいる生徒らも黙ってしまっていた。

 

「うーん…」

 

唸る明日香。

 

「相手は甲子園常連校の明倭 得点圏に二死になってでも進めて得点を入れていく 強いわね…」

 

と冷静に話す明日香に対しマキは少し不満そうな表情。

 

「でも、勝ってたよ?」

 

「最初はね でも後半からジワジワときて逆転。ヒデ君が調子落とさなければ分からなかったけど…」

 

と話す明日香とマキ。

その二人の話を聞いていた司達であったが、本人たちは応援する事しかできない。

 

二死一塁として4番の所だが古屋監督が動いた。

 

「代打、川口」

 

そう言われて出てきたのは短髪の髪の毛でタラコ唇が特徴の選手である。

彼を見て竹下の表情が変わる。

 

(川口だ。今年の明倭ベンチで3人入っている一年生の一人。)

 

竹下はマウンドへと向かい桑野に話しかける。

 

「桑野さん 川口は速球に強い打者です 甘いとこに行ったら確実に持ってかれます ですので際どいコースで最悪四球でも良い位のピッチングで行きましょう」

 

「あぁ…」

 

そう答える桑野だが、どこか浮足立っているのは竹下でも分かっていた。

だがこれ位しか声を掛けれない。

試合が再開し初球は変化球を投げるもボールとなり二球目の変化球もボール。

ツーボールとなり迎えた三球目。

 

(ヤバい!真ん中に…)

 

出したサインは外へのストレート。

しかし桑野の投じたボールは真ん中付近へ入ってきてしまうコントロールミス。

川口は待ってましたと言わんばかりにフルスイングをした。

 

カキィィン…

 

響く打球音。

振りぬいたバットをポンと地面へと落とす川口に打球の行方を追う竹下と桑野。

打球を追っていたレフトの青木はすぐに追うのを止めスタンドの方へと向くと、打球はそのままレフトスタンドへと飛び込んでいく。

 

「おっしゃああ!!」

 

と雄たけびを上げながらダイヤモンドを回る川口。

聖陵の選手らはただ茫然と白球が弾むレフトスタンドを見つめるだけ。

 

これで2点が入り7点目。

その後の次打者をセンターフライに打ち取り、この回を終えたが手痛い失点3を喫してしまう。

スコアボードに欠かれる7の文字に選手たちは黙ってしまう。

 

そして8回表の聖陵の攻撃は2番の山本。

山本は初球を打ちに行ってしまいサードフライで一死を与えてしまう。

 

一死となり打席には俊哉。

ベンチの選手は自然と俊哉への期待感で一杯になる。

アイツなら打ってくれる、アイツなら何かやってくれる。

そう期待感を俊哉に持ちながら打席を見つめる。



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第8話:これだけは言っておくぞ竹下

(ヒットでまずは出る)

 

俊哉も自分が出てやると言い聞かせておりバットを強く握る。

 

(俊哉君 今日…いや野球人生で初の対戦になったね)

 

と土屋もまた俊哉との勝負を楽しむ。

対峙する俊哉と土屋。

球場中がこの勝負を見届ける。

 

ギィィン…

 

初球の変化球を俊哉がカットするとスタンドからどよめきが起こった。

なんの事もないが初球から打ってきたことへのどよめきだろう。

続く二球目のストレートを見逃しストライクの判定を取られ追い込まれる俊哉。

その後の三球目、四球目とボールになり並行カウントとなる。

 

(じゃあ次は…)

 

ギィィン…

 

高めへのストレートを投じた土屋だが俊哉はファールにする。

静まり返るスタンド。

そして勝負の五球目。

 

(ストレート…違う!?)

 

土屋の投じたのは速いフォークボール。

ストレートと感じ振りに行った俊哉のバットは鋭く落ちるフォークボールに当てられず空を切った。

 

「ストライク!!バッターアウト!!」

 

結果は空振り三振。

ワッと沸き上がる中、土屋は1人冷静にボールを受け取り、三振に倒れた俊哉は下唇を噛みしめ悔しそうにベンチへと戻る。

 

(沸き上がるのは早いぜ。まだ俺がいる事を忘れるな)

 

スタンドが沸く中打席へと入るのは明輝弘。

土屋との対戦は今日2度目で最初の打席では空振りの三振をしている。

 

同じ結果にはしたくない明輝弘だが、土屋の投じる変化球に手が出ずあっという間に追い込まれる。

 

(クソが…変化球ばかり投げやがって…根性ないのか?)

 

苛立つ明輝弘。

マウンドの土屋は冷静に立ちキャッチャーのサインを確認し頷く。

 

(どうせ次も変化球なんだろ?なら簡単だ。変化球待ちをしてれば打て…!!??)

 

と変化球を読んでいた明輝弘だが、土屋の投じたのは高めへのストレート。

慌てて振りに行く明輝弘だが、バットは空を切ってしまい空振り三振となってしまった。

 

(ストレート…この野郎。この俺を馬鹿にしやがって…)

 

土屋を睨みつける明輝弘だが土屋は気にも留めようとせずただただ冷静な面持ちでマウンドを降りていく。

 

「ナイピッチ土屋」

 

「いえ、でもあそこでストレートは驚きました」

 

「あの打者そろそろ変化球に意識してくるころかと思ってな 予想通りだよ」

 

笑いながら話すキャッチャーに土屋も頬が緩む。

 

7-3と明倭リードのまま8回裏を迎える。

8回裏の明倭の攻撃は6番からで、聖陵は投手を桑野から長尾へと交代。

 

長尾は速球こそ秀樹以上のスピードを出す左腕である。

しかし彼には弱点があった。

 

「ボール!!フォア!」

 

彼にはコントロールがない。

先頭を歩かせてしまうと次の7番には死球を与えてしまい無死一二塁のピンチを作ってしまう。

8番打者に対してはフルカウントから速球を打たせファーストへのフライに打ち取り一死。

続く9番の土屋は長尾の投じる荒れ球を上手くバントし二死ながら二三塁と進める。

打順は先頭に帰り1番の所だが、古屋監督はここで代打を告げる。

 

「代打、山下」

 

そう言いベンチから出てきたのは身長180センチ位はある選手。

竹下はその選手を見る。

 

(山下だ。1年生3人の最後の1人…)

 

警戒心を強める竹下。

山下が打席へ入ると竹下に話しかける。

 

「おう久しぶり」

 

「おう中学以来だな」

 

話す竹下と山下。

彼らは中学同じクラブにおり互いに切磋琢磨した仲である。

 

「よくも俺の誘い断りやがったな」

 

「それを言うなら、よくも俊哉を誑かしたなと言い返すわ。アイツは明倭にいるべきだったヤツだ」

 

言い返す山下にフッと笑う竹下。

試合が開始され、長尾の投じた一球目はインコースに決まるストライク。

 

「入ったか…ムラがあるなぁ」

 

呟きながらバットを構えなおす山下。

二球目、三球目はボールとなりこれでカウント2-1。

長尾の投じた四球目は高めへのボールで山下はこれをカットする。

 

「これだけは言っとくぞ竹下」

 

「なんだよ?」

 

「俺らが…明倭がいる限り、お前らは甲子園には出れない」



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第9話:悔しい・・・

そう言いきり山下はスイングをする。

長尾の投じたのはカーブ。

そのボールを山下は引っ張らず流し打つと打球はライト線に落ちるヒットとなった。

ライトファールゾーンへ転がる打球を追いかける堀。

堀が追いつきボールを帰すころには打った山下は三塁へ到達し、ランナー2人はホームへと帰るタイムリースリーベースとなった。

 

「9点目…」

 

そう呟くのはスタンドのマキ。

聖陵の応援もただ黙るしかない。

 

「これは…圧倒的というかなんというか…」

 

「ここまで差が開くとは…」

 

と苦笑いを見せる明日香にハルナ。

司もただグラウンドを見つめるのみで何も言えない。

むしろ、この時俊哉はどんな気持ちなんだろうと考えていた。

 

8回裏はこの2点で抑えて終了。

いよいよ9回となる。

9回表の聖陵の攻撃は5番の早川から。

 

マウンドには変わらず土屋が上がり聖陵打線を迎え撃つ。

その早川に対して土屋は徹底して低めに集め最後はストレートを詰まらせピッチャーゴロで一死を取る。

打席には6番の堀が入りフルカウントまで粘るも最後は落ちるボールに手を出してしまい空振り三振。

これで二死となった所で、春瀬監督は代打を告げる。

 

「内田、行くぞ」

 

「は、はい…」

と力のない返事をするのは内田。

代打を告げ打席へと向かう内田だが、明らかに緊張しており若干足が震えていた。

 

「あれ?内田君?」

 

そうグラウンドを見ながら言うのはハルナ。

明日香は打席に向かう内田を見て言う。

 

「すっごいガチガチじゃん…」

 

「内田君確か初心者だよね…」

 

そんな話をするスタンド。

春瀬監督は内田に期待ではなく、この空気を直に感じさせるのが狙いだった。

ベンチから見る風景と実際に試合に出て味わう風景とは全然違うからだ。

 

(この経験は内田にとって今後良いものになるハズだ…)

 

内田を送り出す春瀬監督は打席を見つめる。

打席へと立つ内田はバットを構えるも緊張からか固まっていた。

 

(すごい緊張だな…)

 

キャッチャーも見てわかるほどの緊張が見える内田に対し初球はストレート。

これを内田は見逃しストライク。

 

(次は振らなきゃ…)

 

二球目のストレートを振りに行くもバットはボールの上を振ってしまう。

これでツーストライクとなり追い込まれ、最後の土屋の投じたストレートを内田はフルスイングするも、バットは空を切った。

「ストライク!バッターアウト!」とコールがされワッと球場が沸き上がった。

 

キャッチャーとハイタッチをしながらマウンドから降りていく土屋。

 

他の選手も互いにハイタッチやグラブタッチを交わしながら集まっていき整列をする。

また聖陵の選手らも黙ったままであるが整列をし互いに礼をする。

 

ウゥゥゥ~とサイレンが響き試合終了の合図が流れると聖陵の選手らはベンチへと戻り荷物を纏め始める。

誰も何も言わないままベンチを後にし、球場の外で春瀬監督を囲むように並ぶ。

 

「うん。今日の試合は負けるべくして負けたなお前ら。」

 

と話す春瀬監督。

誰も何も言わない。

 

「だが、この負けは次に繋がる負けになる。多くの課題がこの夏で出たと思う。これを乗り切れるか同どうかは、お前ら次第だ。」

 

話す春瀬監督に黙ったまま頷く選手ら。

解散となり選手らは帰路へと着いた。

 

俊哉が自分の部屋に入ると、そこにはマキと明日香がいた。

 

「あ、トシちゃん」

 

「おう、マキ・・・」

 

と元気のない返事をする俊哉にマキも寂しそうにすると明日香は

 

「負けたわね。久しぶりに」

 

「あぁ~…中学2年以来かな…公式戦で負けるの…」

 

と苦笑いを見せながら答える俊哉。

すると、マキは俊哉の目の前に立つと俊哉の頭をポンポンと撫でながら言う。

 

「泣いても良いんだよ?ね♪」

 

言いながらそのまま頭を抱えるように抱き寄せるマキ。

 

俊哉は最初こそ驚いていたが、次第に涙が込み上げてくると一筋の涙が頬を伝いながら流れると次から次へと零れてくる。

 

「悔しい…すっげぇ悔しい…」

 

「うん…うん…」

 

と涙を流しながら話す俊哉を何度も相槌をしながら優しく抱き寄せるマキ。

明日香はその二人をただ見守るだけである。

俊哉にとっての初めての夏がここで終わったのである。

 

 

マキたちが帰ったあと、俊哉は入浴を済ませ部屋にいた。

タオルで頭を拭きながらスマフォを見ると一件の通知が来ており俊哉は通知を開くと、表情が和らぐ。

 

「司ちゃん…」

 

司からのメッセージ。

内容は“今日は残念でした。でも今回初めて試合を見せていただき俊哉さんのヒットが見れて良かったです。辛いと思いますが、また次の大会へ向けて頑張ってください。あと俊哉さん、カッコよかったです”と書かれており俊哉は思わずニヤつくと、“ありがとう。秋に向けて頑張るよ”と打ち返信する。

メッセージを打ち終えベッドに横たわる俊哉。

 

「あ~…実力不足だ…クソ!」

 

と1人呟き今日の反省を自分なりにする。

俊哉にとっての高校生活初めての夏大会の最後は納得のいかない内容では無かった。

負けるべくして負けたと感じていた。

彼と同じことを考えている選手がどの位いるかは分からないが、俊哉自身としては皆が同じ意見であることを願うばかりだ。

 

(課題か…俺の課題は…)

 

自分の課題を見つける作業をする俊哉。

だがそこはいまいち出てこず諦めた。

 

(さてこれから夏休み…たぶん練習とかが多くなるし、この時期が結構キツいんだけどね…中学の時散々やったなぁ…やだなぁ~)

 

と考えながら俊哉は夜を過ごしたのであった。

 

 

聖陵学院夏予選大会。

3回戦敗退。



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第10話:夏休み

夏の予選の敗戦から数日が経った。

3回戦での敗退であったが、あの明倭を序盤ではあるが3点を奪った事への嬉しさと言うか誇らしさを感じた一同ではあるが、春瀬監督自身はどこか不安そうな表情である。

 

(確かに序盤で3点は取ったが…元々は相手先発の調子が悪かったというのもあるし、でもここは素直に喜ぶべきなのかな…)

 

と考える春瀬監督である。

9-3で敗戦という形となった夏の予選大会。

春瀬監督はこの結果をどのように捉えるべきかを悩んでいた。

明倭相手から3点取れたと喜ぶべきなのかもしれないが、逆に今回露出した投手陣の不安定さ。

先発の秀樹は序盤は良かったものの中盤にかけて疲労から来た調子の崩れてきた所で捉まり5回を3失点。

後続の桑野、長尾共に安定さを欠き6失点という結果に終わったのである。

 

(望月が現在では一番安定している投手だが、アイツ1人に投げさせる訳にはいかない…となると桑野や長尾、そして鈴木の3人にも投手としてレベルアップをさせなければ…)

 

と頭を悩ます春瀬監督。

だが悩ませるのは投手だけではない。

 

打撃陣も大会1回戦、2回戦と調子よく進めていった。

だが3回戦にぶつかった明倭に対しては序盤こそ俊哉の3安打を含む5安打を放ち3点を取ったが、土屋に代わってから無安打。

強豪相手には手も足も出ない結果だ。

 

(やはり明倭からの3得点はマグレか…特に庄山が酷すぎたな、二併殺打に三振が三つ…ストレートしか打てない弱点が出てしまった)

 

と四番に座る明輝弘の弱点が露呈され、そこを徹底的に攻めた明倭の投手陣を褒めるしかない。

課題山積みの聖陵野球部。

だが春瀬監督は彼らには期待が持てると信じ、夏休みの練習を計画する。

 

学校の方も予選が終わってすぐに終業式で夏休みに入る。

学生らは夏休みを満喫するべく遊びの計画等を考えている所であるが、野球部は練習を取り入れる事にした。

 

終業式後にミーティングを開く野球部。

空いてる教室にて選手らが集まると春瀬監督は早速夏休みの練習プランを発表した。

 

日程の書かれたプリントを見て驚く選手達。

7月はほぼ毎日練習。

だが8月は他の部活との兼ね合いがある為か、一日練習の他に午前練習や午後練習もあり選手らが予想していたスケジュールパンパンでは無かった。

 

「まぁ夏場に無理させて倒れられても困るから長時間は入れないでおいた。あと8月に多くて3回は練習試合をしようと思う。相手は決まったら連絡をするからな。あとメニューはまた後日伝える。」

 

説明をしていく春瀬監督。

ミーティングが終わりこの日の練習は終了、解散となる。

教室から出ていく選手たち。

すると竹下が俊哉を呼び止める。

 

「トシ、ちょっと良いか?」

 

「ん?何?」

 

と竹下の元へと近づく俊哉。

竹下は俊哉を真剣な眼差しで見ながら話す。

 

「明倭戦、お前はどう見た?」

 

ストレートに聞いてくる竹下に俊哉は少し黙るも口を開いた。

 

「最初の3点は取れなかったと見て良いかな あまりにも実力差があり過ぎた 俺も、皆も ヒデはどう?」

 

「俺もトシと同じ意見 完全に実力不足、俺自身も結局途中でガス欠でダメだったし、あとは打線だな 土屋相手に無安打だったのが痛い」

 

そう話す俊哉と秀樹。

その話を黙って聞いていた竹下や残っていた選手たち。

今回に関しては誰も文句を言えるものがいなかったのは自分が一番分かっているだろ。

 

明輝弘もこれには何も言えずにただ黙って聞くしかない。

 

(俊哉が3安打で俺は無安打、しかも三振が三つ…こんなん認めねぇ)

 

明輝弘はそのまま立ち上がりカバンを持って教室から出ようとすると竹下が「帰るのか?」と呼び止めると明輝弘は立ち止まり振り返らずに言う。

 

「あぁ、帰るぜ 俺は自分の成績に納得いかないからな グダグダ話してる暇あったら素振りをする」

 

そう言い残し教室から出ていく明輝弘。

 

「まぁ仕方ないよ 明輝弘、明倭戦で3三振に併殺打だろ?そりゃあ納得いかないよな」

 

と話す竹下に秀樹は付け加える様に話す。

 

「特に、トシの3安打に対してもなぁ」

 

「え?俺?」

 

「アイツ、すっごい対抗心燃やしてたんだぜ?トシに」

 

「俺に?どうしてよ?」

 

「さぁ、アイツのプライドだろうよ…」

 

と話す秀樹に首を傾げる俊哉。

話が終わった流れなのか次第に選手たちは立ち上がり教室から出ていく。

すると再び竹下が俊哉を呼び止めた。

 

「あ!大事なこと忘れてた!夏休みの開いた日、どっか遊びに行こうぜ!」

 

「えぇ、そっちが大事なの?」

 

「勿論よー、プール行こうぜプール!ヒデも良いよな?」

 

「まぁ空いてたら良いけど」

 

「じゃあまた連絡するわ!!じゃあな!」

 

そう言いながらウキウキで教室から出ていく竹下に俊哉と秀樹は顔を見合わせヤレヤレと言った行動をとりながら彼らも教室から出ていくのであった。

 

その夜、俊哉の部屋。

俊哉はベッドに寝転がりながらスマフォを見ていた。

メッセージアプリでやり取りをしており、相手は司である。

 

―――メッセージアプリでのやりとり―――

 

俊哉:こんばんは♪

司:こんばんはです

俊哉:明日から夏休みだね~

司:そうですね♪

俊哉:夏休みは予定とかあるの?

司:いえ、特には・・・パルや由美と遊ぶ位で、あと8月に

俊哉:8月に?

司:いえ!?なんでもないです!

俊哉:??

司:気にしないでください

俊哉:了解~

司:俊哉さんは練習ですか?

俊哉:まぁね~、休みはあるはあるけどね

司:頑張って下さいね♪

俊哉:ありがとう♪頑張るよ

司:その、今度遊びに行きませんか?

俊哉:うん♪良いよ~♪

司:本当ですか?!

俊哉:もちろん♪じゃあ8月の第一週の日曜日とかどう?

司:はい。大丈夫です

俊哉:じゃあ予定入れとくから宜しくね♪

司:はい!こちらこそです

 

・・・―――――

 

やり取りをした二人。

その後、二人とも嬉しさ半面恥ずかしさ半面で悶えたのは言うまでもない

 

(うわぁ~!!約束しちゃった!!)

 

ベッドにゴロゴロと転がりながら悶える司。

司は仰向けになり冷静に考えると自分から誘った事への自分の勇気に物凄い恥ずかしさを感じた。

 

(よく私言えたなぁ…)

 

ハァっとため息を漏らす司だが、すぐにテンションはあがり8月の日曜日が楽しみでたまらなくなった。

 

いよいよ俊哉達の高校生活初めての夏休みが始まる。



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第11話 夏休みの練習

聖陵学院の夏休み。

生徒らは友人や恋人、または家族らと旅行に行ったり遊びに行ったりと楽しい時間を過ごしているだろう。

だが聖陵野球部の夏休みは練習から始まった。

 

終業式翌日の朝から野球部の生徒らはグラウンドへと来ては練習を行われた。

準備運動から始まりキャッチボール、トスバッティングからノックへと移り昼食を挟んで午後からはフリーバッティングと丸一日をかけて汗を流す。

 

「ブハァ!!」

 

水道の水を飲み思わず声に出す竹下。

時間は夕方に差し掛かる頃の16時頃で他の選手達も初日だからなのか飛ばし気味で行った為、疲れている。

夕方にもかかわらずまだジリジリと暑い日差しが彼らを襲う。

 

「よし!最後はランニングして終了だ!」

 

竹下は元気を出しながらグラウンドへと向かうと他の選手達もゾロゾロと歩いて行きダウンのランニングを行う。

約一時間ダウンをしグラウンド整備、片付けをし全てが終わったのは18時だ。

 

初日からボロボロの状態で部室へと戻る選手達。

部室に入り着替えをしていると、竹下がボヤき出す。

 

「そういやさ、ウチってマネージャーいなくね?!」

 

竹下の言葉に全員が黙ってしまった。

実は聖陵野球部にはマネージャーがいない。

 

「トシ誰かいない?!」

「いや、いないし」

「何で!?こんな男臭い部活動だよ!?女の子の空気が欲しいだろ常に!応援されたいだろ常に?!!」

 

心の叫びをそのまま口に出す竹下。

だが他の選手らも同じ意見なのかウンウンと互いに頷く。

 

「確かに、分かる」

 

同調するのは明輝弘。

彼も実際、女子マネージャーのいない部活はないとのスタンスを取っており一日でも早く女子マネージャーは入ってくるのを待っていたのだが、結局夏まで入ることはなく不満げにしていた。

 

「女子マネのいない部活に未来はない」

「それだよ明輝弘?!!」

 

明輝弘の言葉に竹下は頭を撫でながら喜ぶ。

結局最後まで女子マネ待望論を叫んでいた竹下だが、俊哉は心の中で“なぜ自分で探さないのか?”と感じたが面倒臭くなるので黙っていた。

 

解散となり家へと戻った俊哉。

ベッドの上で寝転がりながらスマフォを弄っていると1通のLINEが届く。

 

「あ、シュウだ」

 

送り主は秀二。

俊哉は開くと優勝旗を前に秀二と神坂がピースサインで映る写メが送られて来た。

その写メを見た俊哉は思わず?を緩める。

ニュースでは陵應が優勝した事を知っていたが、秀二からこうして写メが送られて来たことに嬉しさを感じた。

「おめでとう・・・っと、送信!」

 

とお祝いのメッセージを打ち送信を押す俊哉。

俊哉はスマフォをベッドの上に放り出し真っ直ぐ天井を見上げると、秀二が甲子園へ行った事をまるで自分の事のように喜んでいた。

 

「凄いなぁシュウは・・・俺も、甲子園に行きたい」

 

そう呟く俊哉。

俊哉は居ても立っても居られないのか、立ち上がるとバットを持ち素振りを始めるのである。

 

「あと行けるチャンスは秋大会と来年の夏、秋、そして再来年の夏の4回・・・今以上に頑張らないと・・・ダメだぞ!」

 

そう独り言を言いながら素振りをする俊哉。

暫く振っていたのか俊哉の額からは汗が流れて行く。

タオルで拭いながら窓を開けベランダへと出ると、空いっぱいに広がる星空を眺めながら呟いた。

 

「でもまぁ・・・夏休みは楽しみたいなぁ?」

 

気の抜けた事を呟くのであった。

夏休み、野球部は練習がある。

だが全てを練習に割いているわけではなく、休みもある。

俊哉もまた夏休みを堪能する事ができるのである。

 

「楽しみだなぁ・・・夏休み」

 

ニヘラと笑みを溢しながら独り言を言う俊哉。

そんな俊哉は八月に入ってすぐに司とのデート(?)がある。

 

楽しい夏休みが始まった。



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第12話 必要と思ってな

七月中はほぼ毎日を練習で終わる事となった聖陵野球部の選手達。

練習の最終日の練習後に春瀬監督は選手らを集めて話をする。

 

「とりあえず今日で練習はひとまず終わり。次は八月の第二週に少し練習をして、お盆明け位に練習試合を入れようと思う。これが八月の予定だ」

 

練習スケジュールの書かれたプリントを渡す春瀬監督。

選手らがプリントを確認し、そのままの流れで解散となった。

 

グラウンド整備と片付けが終わり部室で着替えをする選手達。

すると竹下が俊哉に話しかけて来た。

 

「トシ。来週の日曜日暇か?」

「ん?・・・ゴメン予定入ってる」

「え?!?」

 

残念そうに言う竹下。

 

「お?どこか行くのか?」

 

山本が俊哉に聞いてくると俊哉はすぐに答える。

 

「あ?、司ちゃんと遊びに行くんだよ」

「へぇ?姫野とか・・・え?」

『え?!!??』

 

何気なく聞き流そうとした山本。

だが俊哉の話に違和感を感じ山本だけでなく竹下と青木ら数人の選手らが声を合わせて驚いた。

 

「うわビックリした!」

「は!?え!?誰とだって?!」

「え?司ちゃんだけど?」

「司・・・え?誰?」

 

誰か分からないのか首を傾げる竹下。

すると明輝弘が後ろから話だす。

 

「姫野の事か?」

 

「そうそう」

 

明輝弘は知っていた。

それもそのはず、俊哉と明輝弘は同じクラスである。

それと同時に司とも同じクラスで名前だけは知っていたのだが、司は見た目暗い雰囲気を醸し出していた為、明輝弘は声をかける事はしなかった。

 

「ほう・・・何処に行くんだ?」

「沼津港だよ。水族館に行くんだ」

 

明輝弘の質問に答える俊哉。

すると竹下がワナワナと体を震わせながら俊哉の両肩を掴みグワングワンと揺らしながら言う。

 

「なんだそりゃ?!!羨ましすぎるだろうが!!デートとか!!」

「えぇ?デートじゃあないよ?遊びに行くんだよ?」

「は!?水族館に行くなんてデート以外にないだろうが!」

「え?でも遊びに」

「それをデートって言うの!!」

 

肩を揺らしながらツッコミを入れる竹下。

山本が引き剥がすまで竹下は俊哉を揺らしつづけており、俊哉は目が回っていた。

 

「なんだよお前!!いつから女の子と・・・パパはそんな子に育てた覚えはありません!」

「いやお前の子じゃないし」

「うっさいぞ眼鏡野郎!」

「眼鏡野郎!?」

 

山本の言葉にキレる竹下。

荒れに荒れる竹下から逃げるように俊哉はさっさと着替えて部室から出る。

 

ハァッとため息を吐きながら歩き出そうとすると俊哉を止める声がする。

振り向くと、そこには明輝弘がいた。

 

「どした?」

「いや、まぁちょっとな」

「?」

「まぁそう言う事の先輩から助言だ。コレを持っとけ」

 

そう言いながら俊哉にあるものを手渡す。

俊哉は手の中に握らされた物を確認すると顔を真っ赤にしながら、それを地面に叩きつけた。

 

「なんっだよコレ!!」

「はっはっはっ。必要と思ってな」

「まままま、まだ早い!!」

「いや、意外と早いかもな。まぁ武運を祈ってるぜ?」

 

そう言いながら先に歩いて行く明輝弘。

俊哉は再びハァッとため息を吐きながらも、先ほど地面に叩きつけた物を拾い上げ自分も帰路へと着くのであった。

 

そして数日後、俊哉は司とのデート(?)の日を迎える。



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第13話 沼津

八月に入った。

甲子園では全国高校野球選手権大会が開催され熱戦が繰り広げられている。

そんな中の朝の静岡駅では、俊哉が改札前にスマフォで時間を確認しながら待っていた。

 

「お待たせしました?」

「あ、おーい」

 

待っていた俊哉の所へ急ぎ足で駆け寄ってくるのは司だ。

スカートで半袖のTシャツを着て来た司。

地味目で決してお洒落とは言い難いが、彼女にとって精一杯なのであろう。

それは俊哉も同じで半ズボンにTシャツに野球帽である。

 

「じゃあ行こうか」

「は、はい」

 

前髪で隠れた司の顔だが恥ずかしそうにしているのが分かった。

俊哉も司の表情を見て急に恥ずかしくなったのか言葉少なになりながら電車へと乗る。

 

静岡駅から電車で走らせ約1時間。

二人は東部の港町である沼津へと降り立つ。

駅から市営バスを乗り南へ真っ直ぐ降りる事20分。

 

「到着ー」

「わぁー」

 

バスから降りると目の前には沼津港が広がる。

ここ数年で盛り上がりを見せている沼津港、二人は深海水族館へと足を運んだ。

日本でも珍しい深海魚を中心に展示されている水族館で普段見ない様な深海魚が数多く展示されている。

二人は水槽を見ながら楽しそうに話をする。

冷凍保存されたシーラカンスの前で写真を撮ったり、お土産店でぬいぐるみを手に取ったりと時間をたっぷりと使い楽しむ。

水族館を後にし隣接されたカフェにて小休止をする二人。

飲み物を買い店内の椅子へと座り一呼吸入れる。

 

「楽しかったね」

「そうですね」

 

互いに笑顔で話しながら飲み物を口にする。

すると司が俊哉の顔をまじまじと見ながら話しかける。

 

「その、夏の大会惜しかったですね」

「うん、本当にね・・・力不足かな」

「でも私、感動しました」

「え?」

「だって、あんなスピードのあるスポーツで活躍する俊哉さんを見てたら。凄いんだなぁって思って。今まで見た事無かったから・・・とても感動しました。」

「あ、ありがとう」

 

顔を赤らめながらお礼を言う俊哉。

ここまで感動してくれたのかと嬉しい反面、面と向かって言われた事で恥ずかしさも出て来たのだ。

また司も自分の言葉に恥ずかしくなったのか顔を赤らめながら下を向いてしまう。

 

「ご、ごめんなさい。偉そうな事言っちゃって」

「ううん。全然!むしろ凄い嬉しい。ありがとね?」

 

満遍の笑みを浮かべながら話す俊哉に司も笑顔が溢れる。

小休憩が終わり二人は沼津港を後にし次は駅前にある仲見世通り商店街へと向かう。

 

本屋に行き雑誌や漫画を見たり、沼津で有名なパンを買い歩き食いをしたりしながら商店街を歩いていく。

そして最後はアニメショップへと足を運び買い物をする。

 

楽しい時間はあっという間に過ぎて行き夕方となり帰る時間となってしまう。

沼津駅のホームで電車を待つ二人。

並んで立ちながら話をしており終始笑顔でいる。

 

電車が来て乗り込み、二人は空いている席へと並んで座り暫くすると電車のドアが閉まりゆっくりと走りだす。

タタンタタンと揺られながら座る俊哉。

すると俊哉の右肩に何かストンと重みが感じられた。

 

「あ・・・」

 

チラリと横目で見ると寝てしまった司の頭が俊哉の右肩に寄りかかっていた。

スゥスゥと寝てしまっている司。

俊哉はこの状況に驚くも、動いて起こしてはマズイと感じそのままジッとすることにした。

 

静岡駅に着くまでの時間、俊哉は司に肩枕をされながら過ごすのであった。

俊哉はこれはこれで良いかなと思いながら、今日一日の思い出を噛み締めているのであった。



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第14話 試行錯誤

八月に入り聖陵野球部の練習が始まると同時に予定された練習試合もこなすことになる。

組まれた練習試合の試合数は全部で4試合。

うち2試合はダブルヘッダーとなっており、この夏レベルアップを図る。

 

最初の練習試合前日の練習日。

夕方になり練習が終わると春瀬監督は翌日のオーダーを伝える。

 

「明日の浜松城北高校戦のオーダーを言うぞ。1番センター横山、2番セカンド山本、3番ピッチャー望月、4番ファースト庄山、5番ライト堀、6番ショート早川、7番キャッチャー竹下、8番サード池田、9番レフト青木。明日はこれで挑むぞ」

『はい!!』

 

春瀬監督からのオーダー発表に返事をする選手たち。

夏の予選の時と違う打順で挑むことになり春瀬監督も試していきたいのであろう。

そして翌日。

聖陵グラウンドへ浜松城北を招いての試合となる。

この浜松城北は今夏の予選大会では聖陵と同じ3回戦敗退となったが、かつては県ベスト4まで進んだこともある実力校だ。

 

聖陵学院は後攻となり守備へと着きいざ試合開始。

マウンド上の望月は初回から安定感のあるピッチングを披露し三者凡退。

素晴らしい立ち上がりを見せる一方、打撃陣は1番に入った俊哉は三球目を叩くとピッチャーの股下を抜けていくヒットを放つ。

続く2番の山本はすぐさま送りバントを決め一死二塁のチャンスを作ると、今日3番に入った望月に回る。

 

「ヒデ、俺に繋げよ」

「はいよ?」

 

ネクストの明輝弘に言われ緩い感じで答える望月。

左打席に入りバットを構える望月は慎重に一球目二球目と見ていきいずれもボールの判定。

三球目はファールにし四球目は見逃しストライク。

これで平行カウントになる。

 

(打つのは得意じゃねぇけどよ・・・監督が3番にトシじゃなく俺を選んでくれたんだ。期待に応えなきゃな!)

 

望月の振り抜いたバットにボールが弾き返される。

引っ張った打球はライトの頭を越える当たりとなりランナーの俊哉がホームイン、打った望月は三塁まで行くタイムリースリーベースとなる。

 

『ナイバッチ?!!』

 

聖陵ベンチから掛け声が飛ぶと望月は嬉しそうに右腕を上げて応える。

1点を入れ、尚も一死二塁として打席には明輝弘。

だが、明輝弘は徹底的な変化球攻めで空振りの三振を喫してしまう。

 

「くそっ・・・」

 

悔しそうにベンチへと戻る明輝弘はバットをガンと強めに落とすとドカッとベンチに座り憮然とする。

三回戦の明倭戦ではヒット1本も出ず3三振と本人としては納得のいかない成績だ。

 

その後も試合は進んで行くが、明輝弘は全ての打席で三振をしてしまう。

どの打席も変化球攻めでの三振とあって明輝弘自身イラついているのか、最後の打席で三振をした後にバットで地面を叩いて悔しがる。

 

そんな明輝弘とは真逆を行くように俊哉と望月はこの試合絶好調だ。

全ての打席で俊哉は出塁すると望月が俊哉をホームへ返すという、この試合の二人は出来過ぎなくらいである。

春瀬監督も俊哉と望月の活躍に目を見張る。

 

(一番俊哉と三番望月が上手く機能してる・・・この打順もありか?)

 

ベンチで采配をしながら色々と考える春瀬監督。

夏休みが終われば秋大会が始まるとあって、監督としてもこの練習試合で様々なパターンを作っておきたい所であり試行錯誤している。

 

この日の試合は5?2で勝利。

望月は7回を投げ7奪三振無失点の投球内容、そして打撃では4打数3安打4打点と打撃でも結果を残す。

また俊哉は3打数3安打1四球で全打席出塁をし全ての出塁で得点している。

好調な二人がいる一方で4番の明輝弘は4打数0安打3三振と結果が出せないでおり、本人も自覚しているのか苛立ちを見せながら帰って行く。

 

(試合に勝ったが・・・結局機能したのは横山と望月の二人。竹下や早川にもヒットが出たが得点に絡めず・・・そして特に、庄山が無安打で3三振か・・・完全に弱点が露呈したな)

 

勝ったものの物足りない結果だったのか頭を抱える春瀬監督。

中でも明輝弘の打撃不調である。

変化球に手が出ず三振の山を築く事になってしまい、春瀬監督としては変化球打ちを教えたい所だが明輝弘本人も頑固なのか“男はストレートでなんぼでしょう”と言い張り聞く耳持たず。

 

(アイツももう少し柔軟に考えてくれればなぁ・・・いつの時も四番打者はこんなんばかりだな・・・。いや、俺の時の四番は柔軟すぎたな・・・)

 

帰りの車の運転をしながら考える春瀬監督。

家へと帰り荷物を置き自分の部屋へと行くとスコアブックを見ながら次の試合に向けて再び考え始める。

 

(次はダブルヘッダー。ウチを含めて3校での練習試合・・・今回はウチより強い所もきてるからな、アイツラにはいい経験になる。)

 

秋に向けて・・・

その思いから春瀬監督はチーム力をアップすべく、試行錯誤して行くのである。



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第15話 ダブルヘッダー

夏休みの練習試合初戦から数日後、聖陵野球部は場所を移動し安倍川沿いの学校へと来ていた。

ここでは聖陵を含め3校の学校が集まり互いに試合をする事になっている。

 

3校の監督同士が集まり挨拶を交わす。

 

「本日はよろしくお願いします」

「いやいや此方こそです」

「よろしくお願いしますわ」

 

3人の監督が挨拶を交わし談笑する。

その中でも春瀬監督は一番若く結構気を使っているようだ。

 

「でも聖陵さん ここで力をつけましたね」

「え?」

「そうですな 静岡シニアの横山。それに望月、そして富士の庄山でしょう?他にも地元じゃあそれなりに名の通った選手もおるようですしな」

「いえいえ、まだまだ彼奴らは現実を知らない無鉄砲でして」

「でも二年後が楽しみですよ」

「本当ですわ 悔しいですがね ハハハハハ!」

 

恰幅のいい監督が笑い飛ばしながら話し春瀬監督も一緒に笑う。

しばらく話をしている三人だが、試合時間が近くなって来た為自分たちのチームの所へと戻って行く。

 

「はぁ…疲れる」

 

ボヤきながら帰ってくる春瀬監督。

選手たちを集め初戦のオーダーを発表する。

 

「今日のオーダーは、1番センター横山、2番セカンド山本、3番レフト望月、4番ファースト庄山、5番ライト堀、6番ショート早川、7番サード桑野、8番ピッチャー長尾、9番キャッチャー竹下 これで行くぞ」

 

『はい!!』

 

前回と変わったことと言えばサードに桑野、ピッチャーに長尾、レフトに望月、そして竹下を9番に置いたことである。

春瀬監督としては下位打線から上位にチャンスないしランナーを置いて回したいと考え出塁率の良い竹下を9番に置いた打線である。

 

そして対する相手は沼津南高校。

この夏予選大会でベスト8まで行った高校で、かつては甲子園にも出場している古豪である。

そして監督は先ほど笑っていた恰幅のいい男性である。

 

「さぁお前ら 今までの聖陵と思ったら足元掬われるぞ 油断はするなよ?」

『はい!!』

「よしいい返事だ!頑張ってこい!!』

 

笑い飛ばしながら選手たちを送り出す監督。

試合開始となり両校の選手が整列をすると、俊哉の前に立った見た目柄の悪そうな感じの選手が話しかけてくる。

 

「おう俊哉 久しぶりだな」

「おぉ、山梨」

 

その選手の名は山梨尚徒(やまなしなおと)俊哉と同じ一年生で中学時代は地区予選大会で何度か当たった相手だ。

 

「お前、明倭じゃねぇの?」

「色々あってね」

「ふぅん ま、いいけど」

 

頭をポリポリ掻きながら話す山梨尚徒(以降より山梨)。

挨拶を終えると沼津南の選手らがグラウンドへと散り守備へと着く。

先ほどの山梨はというとマウンドへと上がる。

 

「トシ、彼奴のデータ分かる?」

「えぇっと確か、ストレートとスライダー、カーブだけだよ?」

 

俊哉と山本の一二番コンビが話しながらマウンドで投球練習をする山梨を見る。

投球練習が終わり試合開始。

打席には俊哉が入る。

 

(先頭でいきなり俊哉か・・・さて、どう料理してやるか)

 

振りかぶり投じた山梨の初球はインコースを抉ぐるようなストレート。

俊哉はこれを避けながら見送りボール。

 

(相変わらずの喧嘩投法だなぁ・・・インコース当たるか当たらないかの直球で勝負)

 

避けた俊哉は思わず笑みをこぼす。

それに気づいた山梨もニヤリと笑みを浮かべる。

 

「分かっててやったのか・・・」

 

打席へと入りながら呟く俊哉。

次の二球目もインコースへの直球で俊哉はこれを振りに行くとファールになる。

「打ちにきやがった・・・おもしれぇ」

 

笑みを浮かべ三球目を投じる山梨。

投じられたのはアウトコースへの変化球。

俊哉は踏み込んでこお球をはじき返すと打球は山梨の右を抜けていきセンター前へのヒットとなる。

 

「うぉ 打たれたぁ!」

 

一塁を回り止まる俊哉を見ながら悔しがる山梨。

俊哉のヒットで始まった聖陵の攻撃。

続く山本はバントの構えを取り、これをキッチリ決めて行く。

 

一死二塁として打席には三番の望月。

前の試合ではこのパタンーンを何度も作れば全て得点してきた。

だが・・・

ギィィィン・・・

 

「あぁ?!」

 

初球から打って行く望月だが、高く打ち上げてしまいショートフライに終わってしまう。

二死二塁となり打席には四番の明輝弘。

 

「コイツはストレート勝負しそうだな。さぁ来いよ。お前のストレート」

 

小さく呟きながら打席へと入りバットを構える明輝弘。

山梨はサインにコクリと頷くとセットポジションからの一球目。

 

「な、にぃ!?」

 

明輝弘に対しての初球はカーブ。

ストレートを待っていた明輝弘は完全にタイミングを外されたスイングで空振りをしてしまう。

キッと山梨を睨む明輝弘。

 

(おー怖!弱点分かってんのによ・・・直球だけで勝負なんかするかよ!)

 

二球目、三球目と全て変化球を投じ明輝弘はスイングするも空振りをし三振を喫してしまう。

悔しそうにベンチへと戻る明輝弘。

 

「あー、ストレートで勝負しろよ・・・」

 

聞こえるか聞こえないか分からない程度に呟く明輝弘。

他の選手は聞こえていたかは分からないが、明輝弘が苛立っていることは分かっている。

 

聖陵の攻撃は俊哉のヒットのみの無得点となり沼津南の攻撃へと移る。

聖陵のマウンドには左腕の長尾が上がる。

この長尾の課題はコントロール。

その課題のコントロールは今日も荒れていた。

 

「ボール!フォア!」

「フォアボール!」

 

一二番に対して四球を与えてしまい無死一二塁。

ピンチを作ってしまい力が入った長尾の入れに行ってしまった球を沼津南の打者は見逃さない。

 

カキィィィン・・・

 

「マジか・・・」

 

三番打者の振り抜いた打球はライト線へのヒット。

二塁ランナーと一塁ランナーも帰り2失点。

初回から失点をしてしまう。

その後も安定せず四球でランナーを出しては打たれるといった展開が目立ち、4回を終えて5対0と大量リードを許してしまう。

 

「悪い・・・」

「ドンマイドンマイ!」

 

ベンチに帰り謝る長尾い檄を入れて行く選手たち。

だが、ベンチの雰囲気は明らかに悪くなっていた。

しかも打撃陣は冷え込んでしまい俊哉の2安打のみとなってしまい、前の試合で機能してた俊哉と望月の並びが今日は機能してなかった。

 

(甘かった・・・俺のミス・・・いや、それを言ったら此奴らを信用してない事になる・・・)

 

春瀬監督自身もこの打順の並びに期待をしていた。

打線は水物とは言うが、ここまで機能しないとは・・・と思っていた。

そして投手陣の乱調。

長尾は決して悪いピッチャーではないが、安定感にムラが激しいタイプの選手だ。

だが、望月一人に投げさせるわけにはいかない。

 

長尾を初めとした鈴木や桑野などの投手陣全体のレベルアップが必要なのだ。

春瀬監督は、この厳しい現状をマジマジと見せつけられたのであった。



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第16話 足枷になるぞ?

ダブルヘッダー初戦は聖陵学院と沼津南高校。

6回を終わり7対0とリードを広げられた聖陵は7回の攻撃へと移る。

先頭は今日2安打の俊哉から。

 

マウンドには未だ山梨が上がっている。

 

(俊哉には2安打許してる メンドくせえなぁもう!)

 

山梨の投じた初球。

インコースへの変化球だが俊哉はこれを腕をたたみ弾き返すとレフト前へのヒット。

これで俊哉は3安打だ。

 

「また打たれた なんだよアイツ」

 

一塁にいる俊哉を見ながら思わず苦笑いする山梨。

続く二番の山本はこの回もバントの構えをしコツンとバントをきめ一死二塁とする。

そして打席には今日無安打の望月。

前の試合とは打って変わっての成績である。

 

(望月は投球は安定感あるんだが 打撃はムラがあるのか)

 

春瀬監督はベンチで望月を見ながら納得している。

その望月はフルカウントまで粘るも最後の変化球を打ち上げてしまいフライアウトとする。

これで二死となり打席には今日無安打の明輝弘が入る。

 

(さて、庄山は今日全部三振。サインは……)

 

捕手からのサインを確認する山梨は少し驚いた表情を見せるもスグにコクリと頷き初球を投じる。

 

「ストライク!!」

 

山梨の投じたのは、ずっと明輝弘が欲しがってたストレート。

明輝弘はこれを見逃してしまいストライクを取られる。

 

「なん、だと?!」

 

驚く明輝弘に山梨はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

その顔に明輝弘も笑みを浮かべる。

 

(やっとか 男だなお前は)

 

その二球目。

山梨の投じたのはストレート。

明輝弘は待ってましたと言わんばかりにフルスイングをする。

 

カキィィィン・・・

 

弾き返された打球は高く舞い上がるとライトの守る場所から遥か遠くへと飛んでいき見えなくなった。

バットを放りゆっくりと走りだす明輝弘。

この打球に山梨は苦笑いをする。

 

(ヤッベェな ストレートに対してはここまで打てるのか それなら尚更変化球攻めが増えるな)

 

そう考えながらダイヤモンドを回る明輝弘を見る山梨。

明輝弘は山梨からの視線に気づいたのか、山梨を見るとフッと笑みを浮かべてベンチへと戻って行く。

 

「笑うなよ庄山。ぶっちゃけ、お前は怖くないぞ?」

 

そう呟く山梨。

明輝弘には聞こえていなかったのだろう、明輝弘は選手らとハイタッチを交わす。

 

「ナイバッチ」

「あれが俺の実力だよ」

「ははは……」

 

明輝弘の言葉に苦笑いをするのは俊哉。

彼には分かっていた。

沼津南ベンチがあえて明輝弘に対してストレート勝負をしていた事を。

 

そして試合は進みゲームセットとなった。

結果は9対2で敗北。

 

その後も点を入れらてしまい9失点、また得点は明輝弘のホームランのみの2得点で抑えられてしまったのである。

 

挨拶を終え両校の選手らでグラウンド整備を行う。

俊哉がトンボで土を慣らしていると、山梨が近づいき話しかけてきた。

 

「おう俊哉 やっぱお前には打たれたわ」

「また打ってやったわ」

「言うようになったじゃねぇかよ」

 

俊哉の肩を軽く小突き笑い合う俊哉と山梨。

しかしスグに山梨は表情を変えると真剣に俊哉に話す。

 

「お前んちのチームは結構実力あると思うぜ?」

「上から目線は置いといて、ありがとう」

「こっちは真面目だ だけど、庄山はどうにかした方がいいぞ?」

「明輝弘?」

「あぁ、アイツのあの変化球が全く打てない打撃 あれどうにかしないと、お前にとって足枷になるぞ?」

「・・・」

「俊哉だけじゃねぇな チームの足を引っ張るわ これじゃあ」

「なんだ、優しいね 心配してくれるなんてさ」

「ウルセェ。ただ、お前らが強くなってくれなきゃツマンネぇんだよ!分かったな!」

 

俊哉の言葉に恥ずかしそうにしながら別れる山梨。

笑っていた俊哉だが、彼もスグに表情を戻しトンボをかける明輝弘をジッと見つめるのであった。

ダブルヘッダー初戦は敗北で終えた。



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第17話 潰れますよ?

ダブルヘッダー初戦は沼津南に敗北。

聖陵は次の試合をグラウンド脇で見学をしながら昼食を取り、午後2時過ぎに2試合目を行うことになった。

 

2試合目のオーダーは

1:竹下・捕

2:山本・二

3:俊哉・中

4:明輝弘・一

5:早川・遊

6:望月・三

7:堀・右

8:桑野・投

9:青木・左

と初戦とはまた違うオーダーで挑む。

 

二戦目の対戦相手は静岡北高校。

この夏は聖陵と同じ3回戦敗退だったが昨年はベスト8に残るなど力のあるチームである。

試合が開始されると、先発の桑野は安定感のあるピッチングを見せた。

 

初回二回と三人で打ち取ると、三回には三者三振で打ち取るなど今日の桑野は絶好調である。

そして打撃陣も初戦とは打って変わって好調だ。

 

初回に竹下のヒットで繋がると二番の山本は定石の送りバントで一死二塁のチャンスを作ると三番の俊哉が七球粘り八球目を叩くとセンター前へ抜けて行くヒット。

この当たりで竹下がホームへ帰り先制点を奪うと、二回には堀が・・・

 

カキィィィン・・・

 

「あ・・・」

 

打った堀自身が一番驚いていただろう。

堀は初球を振り抜くとはじき返した打球はレフトへ高く舞い上がるとそのままホームランゾーンに落ちるホームランとなったのだ。

 

「やったぁー」

 

まだ驚きながらダイヤモンドを回る堀。

当たったら飛ぶと言う長打力を見せる形となった堀の打棒。

その後もコンスタントに得点を重ねていき八回までに8得点を入れる等、打線が爆発した。

 

投手陣も桑野から鈴木に継投し最後は望月がマウンドへと上がりシャットアウト。

結果は8対0と完封勝利したのである。

試合が終わり選手たちはハイタッチを交わしながら整列をする。

この日初勝利となったことで選手たちにも笑顔が出る。

だが、一人だけ表情が曇っていた。

 

「・・・」

 

明輝弘である。

彼はこの試合も変化球攻めを喰らい全打席で三振。

最後の打席では悔しがりながらバットを地面に叩きつけるなどしていた。

 

その明輝弘は試合が終わり着替えている所でもイライラを爆発させており憤りを口にしていた。

 

「クソが、変化球ばかり投げやがって それでも男かよ」

「まぁストレートに強い奴に直球勝負はしないわな」

「そこだよ。こう言う勝負は真っ向勝負じゃねぇのか?俺は納得いかん」

「真っ向勝負ね」

「そうだ、ストレート勝負できねぇ奴は男じゃねぇよ」

「あぁ?」

 

竹下が明輝弘に話しかけるも明輝弘の言葉に言葉が出てこないのか黙ってしまう。

また他の選手たちも何も言わずにおり、明輝弘がただただ文句を言うと言う状況が続いていたのである。

 

場所を変えてバックネット裏では監督同士で話をしている。

 

「今日はありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ」

「ははは!こちらこそですわ」

 

お礼を言い合う監督たち。

すると沼津南の監督が春瀬監督に話しかけた。

 

「いやぁ、聖陵さんは今後が楽しみですな」

「いえ、まだまだです」

「そう謙遜しなさんな。横山と望月の二人は中学の時の実力通りの力を発揮してますな。あと竹下や山本に堀などの個性のある選手がおりますしな」

「そう言っていただいて嬉しい限りです」

「だが一つ気になるのがありますわな」

「気になることろですか?」

「えぇ 四番の庄山ですわな」

 

沼津南の監督から出た明輝弘の名前に春瀬監督は“やっぱり”と言う顔をする。

 

「彼は、気をつけていかないと 潰れますよ?」

「潰れる……」

「故障とかではなくて、成長の方ですわな。ウチとの試合で最後の打席でホームランを打ったが、それまでの打席で全て三振。完全に変化球が打てないのが見てわかった形ですな」

「はい、その通りです。私も悩んでまして……」

 

春瀬監督は申し訳ないように話す。

すると沼津南の監督は顎に手を当てながら話出す。

 

「ああ言うタイプは自分のプライドがある選手だと思います おそらく中々言うことは聞くかは分かりませんが、理解させるしかないですな 監督から言っても良いし、あるいは彼より実力のある選手から言われるのが良いかと思いますな まぁでもまだ一年生 これからですよ選手も監督もね」

 

笑い飛ばしながら春瀬監督の肩を強くポンポンと叩きながら話す沼津南の監督。

監督同士も解散となり、それぞれ帰路へと着くのであるが、帰り道の中で春瀬監督は今後に不安を抱えながら帰るのであった。

 

ダブルヘッダー1勝1敗。

だが聖陵にとって幾つもの課題が残す形となったのであった。



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第18話 まさかのまさか

夏休みも八月中旬が過ぎ、あと僅かとなってきた頃、俊哉宅の部屋ではマキと明日香の三人でテレビを観ていた。

 観ていたのは勿論甲子園大会の中継で、この日秀二と神坂のいる陵應学園が三回戦に挑む日である。

 秀二の試合が始まる前から野球中継を見ている3人は冷たいジュースやお菓子などを食べながら「このプレーはこう」や「あの守備は良かった」とか互いに話しながら盛り上がっている。

 

 そして秀二ら陵應学園の試合となり俊哉らは戦況を画面越しに見つめる。

 秀二の好ピッチングで序盤から優位に立つ陵應学園は3回に神坂が甲子園で自身1本目のホームランを放つと俊哉らは手を叩いて喜んだ。

 

「凄いすごーい!!」

「すご……」

 

 神坂のホームランに大はしゃぎのマキと打球に言葉を失う明日香。

 俊哉は目を輝かせながらダイヤモンドを回る神坂を見つめる。

 自分もこの舞台に早く行きたい、そう考えが更に強く出ていた。

 

「さぁシュウ君!!リュウ君(神坂の事)のホームランを守りきるんだ?!!」

 

 テレビの前でそう言いながら手を叩くマキ。

 この回も秀二は難なく抑えるんだろう、そう思いながら見ていた。

 

 『おっと?陵應の村神君にアクシデントか?』

 『本当ですね?』

 『脹脛でしょうか?押さえてますね』

 『ハリでしょうかねぇ』

 

 テレビ中継の実況アナウンサーや解説から溢れる言葉に先ほどまで笑顔だった3人の表情が曇り出す。

 一球目を投じた所でマウンドの秀二が地面に片膝を着いてうずくまったのだ。

 球場もザワつき出しマウンドにはキャッチャーや内野手らが集まる。

 暫くしてファーストの神坂の肩を借りマウンドから降りていく場面が中継される。

 

「え?怪我?」

「わかんない 脹脛押さえてたね」

 

 動揺するマキに明日香が答える。

 俊哉はただ黙ってテレビ画面を見つめるだけである。

 試合は再開されリリーフに二年生の氏家が上がる。

 暫くするとアナウンス席に情報が届いたのかアナウンサーが話を始める。

 

『どうやら水分不足による脹脛の張りの様ですね』

『今日は今年一番の暑さですからねー、緊張感もあるのかもしれないですが水分補給は常にしとかないといけませんね』

 

 アナウンサーと解説者の話にひとまず安堵の表情を浮かべる3人。

 だが次はこの試合に集中をする。

 1点リードのままリリーフを受けた氏家は3回こそバックの守りもあり無失点に抑えたが、4回になると制球が乱れて連続フォアボールでピンチを作ってしまうと入れに行ってしまったボールを叩かれセンターオーバーの逆転タイムリーを許してしまう。

 そして5回、6回にも失点を許してしまいリードを広げられてしまう苦しい展開の中、7回の打席に入った神坂が二打席連続のホームランを放つ。

 

「よし!!」

「リュウ君ー!!」

 

 勢いを取り戻そうと言う執念から飛び出した神坂のホームラン。

 そして四番の栗原からもホームランが飛び出し4対3と1点差まで縮める。

 

 しかし・・・

 

『あっと押し出しのフォアボールです』

 

 8回に押し出しの四球で5対3と点差を広げてしまう。

 そして9回。

 陵應の攻撃は二死ながら二三塁とチャンスを作る。

 打席には代打松村が打席へと立つ。

 

『さぁ追い込みました ピッチャー、投げた!』

 

 ピッチャーの投じたボールを松村はフルスイングをする。

 テレビから聞いていても分かる“ギィィン”という鈍い金属音が響くと打球はショートへの当たりになり、ショートの選手が捕球すると一塁へ送球。

 飛び込むようにヘッドスライディングを試みるも、審判の右腕は横ではなく縦に掲げられた。

 

『アウト!!』

 

 その瞬間、ワッと球場から歓声が沸き起こる。

 マウンドに選手らが集まりグラブタッチを交わす中で、一塁へヘッドスライディングをした松村は蹲ったまま起き上がれない。

 ベンチでも他の選手たちが涙を流しているのが映し出され、陵應学園の大会が終わった事が告げられた。

 

「ふぇぇぇん・・・」

「え?なんでマキが泣いてんの?」

「だってぇ、シュウ君が悔しいだろうなと思って?」

「まぁ、気持ちは分かる」

 

 泣いているマキにギョッとしながらも理解を示し泣いているマキの頭を撫でながら慰める明日香、そして俊哉はただ黙ったままテレビを見ているだけだった。

 

 そしてその夜。

 俊哉は自分の部屋でスマフォを眺めていた。

 

「なんて書こうか・・・」

 

 秀二に対してどう話をしていいかが分からなかった。

 不本意な形での交代で敗北となればおそらく精神的にも辛いであろう。

 そんな親友に俊哉はなんて言おうかが分からなかったのだ。

 

「まぁ、普通でいいかな・・・」

 

 呟きながらスマフォで文字を打ち始める。

 “今日は不本意な形で降板して残念だったな。でも水分補給は基本だぞ?気をつけろよ?”と打つ俊哉は少しキツイかな?と考えながらも思い切って送信ボタンを押す。

 そして暫くすると返信が返ってくる。

 

「なになに・・・“うるさいわ!俺だって緊張してたんだ、まさかこんなことになるとは考えてなかったよ!”なんだよ逆ギレかよ」

 

 秀二からの返信にボヤく俊哉だが少し安心する。

 そして連続の返信が来て確認すると俊哉の表情がほころんだ。

 

「“でも、ありがとう。気をつける”か・・・」

 

 笑顔になる俊哉。

 そのままスマフォを閉じるのであった。

 俊哉は地区予選三回戦敗退、秀二は甲子園大会三回戦敗退。

 こうして、二人の最初の夏が終わったのであった。

 

 そして、俊哉たち聖陵学院野球部は次なるステージへと向かう。

 

 第弐章 完



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第参章 超えるべき壁
第1話 変な声


 楽しかった夏休みが終わった。

 聖陵学院も学校が再開され生徒たちは楽しかった夏を惜しみつつ登校して来た。

 始業式を終え教室で担任が来るまで待機している俊哉たち。

 

「おい!今日から転校生が来るんだってさ!」

 

 どこにもよくありがちな転校生などが来る情報をいち早くキャッチして伝えに来る生徒。

 すると教室にいた生徒たちは一気に転校生の話題に持ちきりになる。

 

「どんな子かな?」

「イケメンかな?」

「可愛い女の子かな!?」

 

 等とこれからやって来る転校生のハードルがグングンと上がっていくような会話をしていく生徒たち。

 勿論その輪の中には俊哉もおり同じクラスの青木と話をしていた。

 するとガラリと扉が開き担任の教師が入って来る。

 教師を見た生徒らは慌てて自分の教室へと戻り座る。

 

「はい、今日から転校生がこのクラスに来ます!」

『おぉー』

 

 噂通り転校生が来る事が担任から伝えられると生徒たちから歓声の声が上がる。

 「さぁ入って来て」と担任が言うと廊下から一人の女性が入って来た。

 

「わ……」

 

 頬杖をつきながら見ていた俊哉が思わず言う。

 入って来た女性は聖陵の制服を身につけ髪は肩らへんまで伸びたロングに色は明るい茶色。

 そして何より上から下まで見ても惚れ惚れするほどの容姿端麗の美人であった。

 

「じゃあ自己紹介」

「はい!皆さん初めまして。藍野菫(あいのすみれ)|と言います よろしくねー」

 

 パチンとウインクをしながら言う藍野菫(以降より菫)に、男性陣は心を持ってかれたであろう。

 また女子も彼女の美人さに何も言えないどころか惚れ惚れするほどである。

 

(スッゲェ美人さん・・・)

 

 ぽけっとしながら菫を見ている俊哉。

 すると菫は俊哉の方を見て目が合うとニコッと微笑みかける。

 ドキッとする俊哉は笑顔を返すも彼女の見せた笑顔に顔を赤らめていた。

 

 休み時間に入ると早速菫の周りに女子生徒たちが囲み和気藹々と話をしていた。

 

「アメリカから来たの?ハーフ?」

「いいえ、日本人よ?パパの仕事でアメリカに少しいたの その前は日本を転々としててね」

「そうなんだ?」

 

 早速クラスの人気者になった菫。

 彼女の柔らかい笑顔がそうさせているのだろうか、近寄りがたい雰囲気など微塵も感じさせず、むしろ菫自身から色んな生徒に話しかけており社交性の高さを伺わせる。

 男子からも声をかけられており菫は笑顔で話をしている。

 

「コミュ力半端ねぇな」

 

「明るい感じでいいよね?」

 

 俊哉と青木が席で話しながら菫の方を見ている。

 すると菫が俊哉の方を見ながら何か周りの生徒らに話しかけると、生徒も何か話をする。

 そして菫が立ち上がると、俊哉の方へと近寄って来た。

 

「え?こっち来た」

「マジ!?」

 

 近寄って来る菫に動揺を隠せない俊哉と青木。

 そして俊哉の前に菫が立つと

 

「横山、俊哉君?」

「は、はい。そう ですが?」

 

 ドギマギしながら答える俊哉。

 すると菫の表情が一気に柔らかい笑顔に変わると、そのまま俊哉に抱きついた。

 

「やっと会えた!」

「ピャ??!!」

 

 突然の抱きつきに変な声を出す俊哉。

 菫の胸がムニュリと俊哉の胸へと押し付けられ俊哉の心臓が爆発寸前だ。

 また隣にいた青木は思わずガタリと立ち上がり一言

 

「何それ!スッゲェ羨ましい!!」

 

 正直に心の言葉を発する青木の隣で嬉しそうに俊哉に抱きつく菫。

 菫が俊哉から離れると嬉しそうな笑顔で話しかける。

 

「覚えてる?!私よ?藍野菫!」

「えっと……」

「あ、小学生の時に少しだけしかいなかったから印象薄いかな?ほら、5年生の時に少しだけいて直ぐ転校しちゃったけどね」

「あ あぁ!!スミちゃん!?」

「良かった覚えてたんだ 嬉しい!!」

 

俊哉の記憶の奥底から出て来た懐かしい思い出。

 思い出した事に対し菫は再び俊哉に抱きつく。

 

「ぴゃ、ぴゃー!!」

「スッゲェ羨ましい!!」

 

 また変な声を出す俊哉に心の声ダダ漏れの青木。

 騒つく教室だが、冷静になったのか落ち着いた俊哉が菫に話を切り出した。

 

「え?なんで聖陵に?」

「環境もそうだけど、勿論俊哉君がいるからよ?」

「あ、え、あ、ありがとう?」

 

 ストレートの言葉に照れながらお礼を言う俊哉。

 

「でもよく俺がここにいるって分かったね?」

「あぁ私のママと俊哉君のお母様は未だに仲が良くて連絡取り合ってるからね。それで調べたの?」

「そ、そうなんだ」

 

 菫の話に懐かしくも、ドキドキしながら聞く俊哉はチラリと別の方を見た。

 その彼の目線の先には、絶望の淵に立たされたような顔をしていた司がいた。

 

(あ どうしよう)

 

 俊哉もまた、絶望の淵に立たされた気分だった。



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第2話 私、応援するわ!!

 二学期が始まった日。

 姫野司はいきなり絶望の淵に立たされていた。

 

 その理由はと言うと、転校生であった。

 転校して来た彼女は藍野菫、容姿端麗の美人である。

 また海外にもいた時があり、司自身叶う相手ではないと思っていた。

 

 そんな彼女は、なんと俊哉に目の前で抱きついたのだ。

 

(い、いきなり抱きついた!)

 

 しかもどうやら初対面では無く昔馴染みである事が分かる。

 

(そう言う仲なのかな!?)

 

「え、でもよく分かったね。俺がここにいるって」

「私のママと俊哉君のお母様が仲良いからね」

 

(互いの親同士承認の仲なの?!)

 

 会話のたびに心の中でツッコミを入れると同時にショックを受けていた。

 そして2回目のハグに司の心が折られる。

 抱きつかれた俊哉が司の方を見るも司は目の前が真っ白になっていたのか気づいていない。

 だが、司は俊哉では無く菫と目が合った。

 

「あ・・・」

 

 菫と目が合い呟く司。

 すると菫は司にニコリと微笑むが、司は思わず目を逸らしてしまったのだ。

 思わずの行動に罪悪感を抱くが、今更見ることもできずにそのまま時間が過ぎて行き昼休み。

 

「・・・て、事があって・・・」

 図書室で俯きながら話す司。

 聞いていたハルナと由美は互いに顔を見合わせる。

 

「こりゃデカいライバルが来たわね」

「ムゥ・・・」

「二人とも?・・・」

 

 涙声になりながら話す司。

 ハルナと由美は少し考えると司の肩をポンと叩きながら。

 

「大丈夫。次があるよ」

「出会いは俊哉さんだけではないですよ」

「ちょ、ひどいよ?!!」

 

 まさかの対応にガンとショックを受ける司。

 

「冗談よ冗談。でもなぁ・・・」

「相手が良過ぎるですね。しかも抱きついたとなると」

 

 そう言いながら“うぅん”と唸る二人にションボリする司。

 するとそんな3人の元へ誰かがやって来た。

 

「あの?」

 

「は・・・い!?」

 

 3人の元へとやって来たのは菫だった。

 ギョッとする3人に菫はニコッと微笑みながら、司を見て話し出す。

 

「あの、姫野司さんよね?」

「は、はい!」

 

 声が裏返りながら返事をする司。

 時間がゆっくりと流れるような空気の中、菫が口を開く。

 

「司さん。あなた」

「は、はい・・・」

「俊哉君の事・・・好き?」

「!!???」

 

 ストレートな質問に驚き固まる司。

 菫は彼女の反応を見て察したのか、話を続ける。

 

「そうなのね・・・じゃあ・・・」

(お?ライバル宣言か?)

(俊哉さん争奪宣言ですね)

 

 ハルナと由美がそれぞれ考えている中、司の心臓はバクバクと打っていた。

 ライバル宣言などされたら叶うわけがない、そう思っていたのだ。

 

「私・・・」

「ひゃ、ひゃい」

 

 すでに泣き出しそうな司。

 すると、菫は司の手を取りギュッと握るとパッと笑顔で話し出した。

 

「私!応援するわ!!」

「はい!御免なさい!・・・・え?」

 

 ポカンとする司を始めハルナと由美。

 菫は司の表情を見て首を傾げながら話す。

 

「あれ?違った?」

「いえ、あの・・・え?応援?」

「えぇ。勿論よ?」

「あの・・・菫さんは俊哉さんが好きなのでは?」

 

 由美が会話に入ってくる。

 すると菫はキョトンとしながら話す。

 

「えぇ好きよ?でもね、私はlikeの方なの。Loveではないのよ?それに?」

 

 菫がそう言うと、司の長い前髪を手で?き上げる。

 

「やっぱり、可愛い?」

「ふぇ!?」

「勿体ないわよ可愛い顔してるのに」

「可愛い!!??」

「あら自覚ないのね?」

 

 クスクスと笑いながら話す菫に顔を真っ赤にしながらワタワタとする司。

 菫は司の前髪から手を離すと再び手をギュッと握りながら話を始める。

 

「私、司さんの事気に入ったわ?俊哉君が気になってる子何ですもの?」

「ふぇ!?ふぇぇ!?」

「私、凄い応援するわ!」

 

「え・・・えぇ?!」

 

満遍の笑顔から出て来た菫の言葉に、司は終始動揺していたのであった。



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第3話 

 菫が転校してきてから数日が経った。

 前話で色々あり、すっかり仲良くなったのは司と菫である。

 

「はぁい司?」

「あ、スミちゃん」

 

 教室に来るや司に手を振りながら歩み寄り仲良く話す二人に他の生徒たちだけでなく、ちょうど教室に入ってきた俊哉も驚いていた。

 

「え?いつの間に?」

「んふふ?ちょっとね?」

 

 ニコッと笑いながら司の腰に手を回す菫に恥ずかしそうにする司。

 二人にキョトンとする俊哉。

 

「まぁ仲が良くて何よりで・・・あ、そうだスミちゃん」

「なぁに?トシ君?」

「ちょっと相談がぁ・・・まぁ俺は乗り気じゃないけど・・・」

 

 どこか申し訳なさそうに話す俊哉に首を傾げる菫と司。

 言おうか言うまいかモジモジとしていると、廊下から竹下と山本が入って来る。

 

「早く言えよトシ!」

「言えよ!」

「え?、なんか悪いよ?」

 

 文句を言いながら入って来る竹下と山本に俊哉はどこか乗り気じゃなさそうに話す。

 すると我慢できなくなった竹下が菫に話を始める。

 

「菫ちゃんさ!実はうちの野球部、マネージャーいないんだよね!?だからさ、もし良かったらマネージャーしてくれるとか?できないかな?」

「ん?」

「ほらスミちゃん困ってる。別に無理して受けなくても良いからね?」

「トシは黙っとれ」

 

 俊哉の口を塞ぎズルズルと引きずりながら離す山本。

 

「ん?・・・良いわよ?」

「ん?!!??」

「えぇ!?本当にぃ!?」

「ちょ、ちょっ!!良いの?!」

 

 菫の返答に喜ぶ竹下と驚く俊哉は山本の手を剥がし詰め寄る。

 

「えぇ勿論?私、昔から野球に興味あったしね?それに、トシ君と同じ事して見たかったしね?」

 ウインクしながら話す菫に、俊哉も困りながらも笑顔になる。

 そして一番喜んでいたのは竹下であった。

 

「よっしゃ?!!女子マネキタ?!!」

 

 確かに野球部には女子マネがいない。

 中でも竹下が一番拘っており、俊哉と顔見知りという事で前日に俊哉にお願いをして今に至るというわけである。

 

「本当にいいの?」

「勿論?頑張るわ?」

「まぁ、スミちゃんが良いなら良いけど・・・」

 

 笑顔で答える菫に俊哉も受け入れる事にした。

 

「まぁ、よろしくねスミちゃん」

「こちらこそ?はい、よろしくのハグ?」

「ふぇ!?私ですか!?」

 

 俊哉ではなく菫の隣で聞いていた司にハグする菫。

 一瞬だが、来るかと構えていた俊哉は少し恥ずかしくなっていた。

 

(違った・・・なんか恥ずかしい)

 

「何構えてるんだ?俊哉」

「いや・・・何でもない」

 

「はぁ・・・」

 

 こうして新たな仲間が野球部に入る事になった。

 念願の女子マネージャーの入部は一気に他の部員に広がり歓喜に沸いたとか・・・

 

 学校が終わり帰宅の途につく生徒たち。

 野球部も今日の練習は休みとなっており俊哉たちは久しぶりに早く帰ることができる。

 

「司ちゃん帰ろうか」

「あ、はい!」

「私も一緒に帰る??」

 

 司と菫と3人で帰路へとつくため、下駄箱へと向かいながら話をする。

 

「へ??司はガンプラが好きなのね?」

「そうです?昔から作ってて」

「良いわね?趣味って大事よね?」

 

 談笑しながら歩いていく3人、下駄箱で靴を履き替え校舎から出ていき正門から帰っていく中で俊哉は菫と司に話しかけた。

 

「そう言えば、いつの間に仲良くなったの?二人とも」

 

 その俊哉の言葉に二人は互いに顔を回せるとニコッと笑みを見せる。

 

「ん?、内緒?ね、司?」

「あはは、そうですね?」

 

「ん??」

 

 二人の反応に首を傾げる俊哉。

 彼の反応に二人はクスクスと笑いながら互いに顔を見合わせる。

 

「変なの?」

 

 そう呟きながら歩く俊哉。

 

「でも何か、スミちゃんに久しぶりに会えて嬉しいよね」

「トシ君、私もよ?それにお陰で司とも知り合えたしね??」

「あはは・・・」

 

 3人で笑いながら帰路へとつき、菫は駅近くのマンションへ引っ越してきたため駅に到着したらお別れ。

 

「じゃあね??」

『じゃあね??』

 

 元気に手を振りながら歩いていく菫を同じように手を振り見送る俊哉と司。

 菫の姿が見えなくなり二人きりになる俊哉と司。

 急に二人になり、どこかモジモジする。

 

「あのさ」

「は、はい!」

 

 俊哉の問いかけに声を裏返りながら返事をする司。

 

「あ、すみません」

「あはは、大丈夫大丈夫。あのさ、ありがとね。スミちゃんと仲良くしてくれて」

「い、いえ。とても気さくで良い方ですね。スミちゃん」

「俺も初めて知った」

「初めて?」

「うん。俺小学生の時に少しだけ一緒にいたのは知ってるよね?」

 

 俊哉の問いかけにコクリと頷く司。

 

「転校してきた時はさ。ほとんど喋らなくて凄い静かな子だったんだよね。だから俺が声をかけたのが最初でさ。最初笑わないでいたんだけど、少しずつ話すようになって笑顔になってきたんだよね」

「そう、だったんですか」

「うん。やっと慣れてきた頃にご両親の仕事の関係でそのまま引っ越し。それがまさか、聖陵で再会するとはね」

 

 笑いながら話す俊哉が司を見ると、彼女の目にはいっぱいの涙を溜めておりギョッとする。

 

「え!?え!?」

「そんな話があったんですね・・・」

 

「あ・・・あれ?司ちゃんって、涙もろいのね」

「えへへ。すみません、だから菫さん俊哉さんと再会した時に見せた笑顔だったのかと思ったらつい・・・」

 

 涙を目に溜める司に俊哉は最初は驚いたが、どこか好感を感じていた。

 他の人の為に泣いてくれるのか・・・本当にこの子は優しい心を持ってるんだな。

 そう俊哉は感じていたのである。

 

「ほら、ハンカチ」

「あ、すみません」

 

 俊哉からハンカチを受け取り涙を拭く司。

 ハンカチを返すと、司と俊哉は目が合い、互いに笑ってしまう。

 

「さぁ帰ろうか?」

「そうですね。では、また明日」

「うん。また明日」

 

 そう言い合い、二人は逆方向へ歩いて別れる。

 帰り道を歩く司は、ニコニコと笑いながら帰っていた。

 

(なんか、俊哉さんの優しさを改めて知ったな。スミちゃんも良い人で、それに・・・応援してくれるって・・・)

 

 司の恋路を応援してくれる。

 その菫の言葉に司は改めて考えると、顔を赤くしながら歩くのであった。



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