トップアイドル兼ジムリーダー兼限界オタクのリリィ推してまいります! (水代)
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イがいとお茶目なあの子の話

ホントは10話全部書いてから一気に投げるつもりだったんですが、休みの間に全部書くの無理でこれ十話目書きあがるのまだかかるなって思ったんで投稿します。


 イエッサン(オスのすがた)

 頭の ツノで 相手の 気持ちを 感じとる。 オスは 従者の ように 主のそばで 世話を焼く。

 ツノで 近くの 生き物の 気持ちを 感じとる。 ポジティブな 感情が 力の 源。

 

 

 うちの子は可愛い。

 

 

 うちの子はとても可愛い!

 

 

 まずなんと言ってもあのしゅっとした線の細いスマートなフォルム。そして凛々しい眼差し。私の傍で常に私のことを守ってくれている思いやりと頼もしさ。触れた時の柔らかくも少し硬い毛の触感はずっと触っていても飽きが来ない、むしろずっと触っていたい、永遠にもふり続けていたいくらいだ。私がそうしてスキンシップをすれば少し恥ずかしそうに照れてしまうそんなところが普段のクールさとのギャップで可愛すぎてホント溜まらない。黒い部分の毛は硬さがありながらもしなやかで触れていると手のひらがくすぐったくなるし、白い部分の毛はそれとは対称的にふわふわと綿毛のように柔らかく触っていると至上の触感が手のひらを伝ってくる。特に首元の毛は最高の一言に尽きるのだが、首元を触られるのはくすぐったいらしく、そんなところもまた可愛いのだ。彼女とは違い一緒に寝ようとすると嫌がるのだが、私が寂しそうにすると困ったような表情をして、私がお願いすると諦めたような表情でやれやれと言った様子で一緒に寝てくれる。そうして私が眠るまでとんとん、とまるで子供をあやすように私の手を握って指先を叩いてくる。何とも面倒見が良くて、けれど本人はそんな面倒見の良さを指摘すると恥ずかしそうにしてしまって、ぷい、と顔を背けてしまうのだが顔が赤くなってしまっているのがありありと分かってすごくすごく可愛い。私が起きている時はいつだって私の傍に控えて何かと世話を焼いてくれるし、それに対してありがとうって言ったら当然ですって言わんばかりにドヤ顔するのも可愛い。というかすごい可愛い。

 

 そうやってずっとずっと昔から私を支えてくれたそんな片割れの彼を私は愛している。

 

 そしてそれ以上に可愛く思っている!

 

 ていうか可愛い!

 

 とても可愛い!

 

 可愛すぎて寧ろもう尊い!

 

 

 * * *

 

 

 イエッサン(メスのすがた)

 高い 知能を もつ ポケモン。 仲間同士で ツノを 寄せあい 情報 交換を する。

 感謝の 気持ちを 集めるため 人や ポケモンに よくつくす。 メスは 子守りを 得意とするよ。

 

 

 うちの子は可愛い。

 

 

 うちの子はとても可愛い!

 

 

 まず何と言ってもあの丸みを帯びたフォルム。そして優し気な眼差し。私の些細な心の揺れすら敏感に感じ取ってきゅっと手を取ってくれた瞬間の暖かさ。抱きしめた時のふわふわとした毛皮の柔らかさはもうずっと触っていても飽きないし、私がそうしてスキンシップをすれば嬉しそうに抱きしめ返してくれるのとかもう本当に可愛すぎて溜まらない。黒い部分の毛はもふもふしておりとても暖かく触り心地抜群なのだが、白い部分の毛はさらさらとしており少し短く手の中で透いて流れていくような触感が少しくすぐったくなる。夜寝る時だって一緒のベッドで抱きしめて眠ればその夜は至福の眠りが約束されるし、朝目が覚めた瞬間から目の前のうちの子が優し気な笑みを見せてくれるだけで幸せに浸れる。しかも夜寝ている間に私の寝相が悪ければこっそり『サイコキネシス』で元の位置に戻してくれるし、その際に私が起きたりしないように細心の注意を払ってくれる心遣い。ご飯を食べている時にいつの間にかそっと私の手元にお茶を置いてくれたり、お風呂に入っていればそっと着換えを置いて行ってくれる。仕事で疲れている時だってお疲れ様と言わんばかりの満面の笑みを見れば疲れなんて吹き飛んでいってしまうし、辛い時があった時は寄り添って一緒に悲しんでくれる。

 

 そうやってずっとずっと昔から私を支えてくれたそんな片割れの彼女を私は愛している。

 

 そしてそれ以上に可愛く思っている!

 

 ていうか可愛い!

 

 とても可愛い!

 

 可愛すぎて寧ろもう尊い!

 

 

 * * *

 

 

 子供の頃、スクールで自分の将来について考えさせられたことがある。

 まあどこのスクールでだって良くあるやつである。

 クラスの男子の大半がポケモントレーナーと答えた。

 このガラル地方において現在ポケモントレーナーは花形の職、多くの人の憧れと言える。

 何事においてもエンターテイメント性を求められるガラルでは、ポケモンバトルにも『華』を求められるのだが、近年導入されたばかりの『ダイマックス』なる過去からあったポケモンの巨大化現象を意図的に引き起こす『ダイマックスバンド』の開発によってポケモンバトルはとてつもない巨大ポケモン同士が激しくぶつかり合うまさに手に汗握る白熱した激闘となった。

 

 とは言え、だ。

 

 ポケモンバトルとはポケモン同士の戦い。

 つまり傷つけ合いである。

 残念ながら私は私の可愛いポケモンたちをそんなところへ連れて行く気などさらさら無かったし、私の可愛いポケモンたちに傷一つ付くようなことがあれば絶叫してしまうだろうこと請け合いだった。

 

 とは言えポケモンバトルを否定するつもりは無い。

 

 テレビで見ていれば分かる。

 

 ポケモントレーナーとはポケモンの痛みを自らの痛みと同じく考えられる人間たちであり、それでありながら傷つけあうことを覚悟している人間たちだ。

 少なくとも目の前で騒ぐクラスの男子たちのようなただカッコいいから、ただ憧れたから、だけでやっていけるような職ではない。

 私は相手を傷つける覚悟も無ければ、私自身も、私のポケモンも傷つけられる覚悟は無い。

 だから私はポケモントレーナーには憧れない。

 

 では将来一体何をやりたいのか。

 

 考えてみた時、それは酷くシンプルであり、けれどとても難しいことだった。

 

 私のポケモンたちは可愛い。

 

 私のポケモンたちはとても可愛い。

 

 寧ろもう世界で一番可愛いんじゃないかと思ってるくらいだ。

 

 というかもう、とかきっと、とかそんな言葉すら必要無く世界で一番可愛いのだ。

 

 そんな世界一可愛い私のポケモンたちを世界に知らしめることは『おや』である私の義務ではないだろうか? 否、義務である(反語)。

 

 だから私のやること、やりたいことは決まっているのだ。

 

 私の目標、私の将来、私の未来、それは。

 

 世界一可愛い私のポケモンたちを世界一輝ける場所に連れて行くこと。

 

 だがそこで私はいつも首を傾げる。

 

 ―――世界一輝ける場所とは一体どこなのだろう。

 

 例えば先ほど否定はしたがポケモントレーナーとしての道。

 その先に続いているのは地方チャンピオンへの道だ。

 地方のトレーナーたち全員の頂点たるチャンピオン。

 確かにそれはポケモンの輝ける場所と言えるかもしれない。

 

 だが、だ。

 

 チャンピオンと言えど、所詮は『地方』チャンピオンなのだ。

 

 この世界にはいくつもの地方があって、地方の数だけ『地方』チャンピオンはいる。

 

 果たしてその中の一人になれたとして私はそれを『世界一輝ける場所』として認められるだろうか。

 世間はそれを『世界一輝ける場所』として認めてくれるだろうか?

 

 否だ。

 

 否、否、否。

 

 ならば『世界一強い』トレーナーになればどうだろう。

 

 チャンピオンの中のチャンピオン。真のチャンピオン。世界最強。

 

 確かにそれは数多くの人たちに見てもらえる輝ける場所だろうし、何だったら歴史にだって名を残せるかもしれない。

 

 だがそれでは『不足』なのだ。

 

 この世界はポケモンバトルだけで成り立っているのではない。

 この世界における人の社会は『ポケモン』の存在で成り立っていてもポケモンバトルに興味の無い人間だって多くいるのだ。

 

 だから世界一強いトレーナーになったところで『多く』の人を魅せることはできても、『全て』の人を魅せることは不可能だ。

 

 その選択肢は妥協だ。

 

 世界で一番輝ける場所に立つとは即ち、誰もが振り返って視線を集めるような、そんな光景を生み出すこと。

 

 だから例え世界一強いトレーナーを目指し、なれたとしてそれでもまだ足りない。

 そもそもポケモンバトルという選択肢を拒否した以上、他の道を探すべきだ。もし再びポケモンバトルという選択肢が浮かびあがる時は、それはこれから決める道に手詰まりを感じた時だけだろう。

 

 とは言えだ。

 

 誰もが……そう、手始めにこの『ガラル全ての人』の視線を集めることができるものとは一体何だろう。

 

 物事には順序というものがある。

 

 いきなり世界全ての人に私の可愛いポケモンたちを認知してもらおうとしても難しいことはまだ子供の私だって分かっているのだ。

 まずはこのガラルの人々に私のポケモンたちの可愛さを知ってもらう。

 

 そう……ガラルの人々に。

 キーワードは『ガラル』だ。

 このガラルという地方の特色を考えれば選択肢というのはおのずと絞られてくる。

 

 ガラルと言えばエンターテイメントだ。

 

 今人々を熱狂させているポケモンバトルに熱狂する人々を見れば分かる。

 迫力があって、魅力があって、熱がある。

 ガラルというのは元々そういう物を求めている地方なのだ。

 そして私が知らしめたいものを考えれば……。

 

 その瞬間、私の脳裏に閃いた一つの言葉。

 

 それを閃いた瞬間、雷が落ちたような衝撃を受けた。

 

 これだ。

 

 これしかない。

 

 最早そう思えてならない。

 

 否、否、否。

 

 最早それこそが絶対の答えだと確信していた。

 

 

 そう。

 

 

 

「先生、私……アイドルになります!」

 

 

 確信と共に席を蹴っ飛ばすような勢いで立ち上がり、そう叫んでいた。

 

 先生がぽかんとした顔で硬直し、かけていたメガネがずれて落ちた。

 

 

 * * *

 

 

 自慢では無いが私は可愛い。

 

 容姿という面では十人が十人振り向くだろう自信があるし、自負がある。

 勿論それとて私の可愛い最愛のポケモンたちと比べれば劣る程度の物としても、その可愛い可愛い私のポケモンたちの隣に私が並ぶことで私の可愛い可愛い可愛いポケモンたちを貶めることのないようあの子たちと出会ってから自分を磨くことを欠かしたことは一度とて無い。

 

 人という括りの中で見るならば私の容姿を売りとすることは十分に可能だろう、と判断。

 

 だが私が売りたいのは私ごとき程度の低い存在じゃないのだ。

 最かわでベリーベリーキュートでもう同じ空気を吸うだけで幸福の余り浄化されそうになれる可愛いという概念を具現化したような私のポケモンたちにこそ輝く世界に立って欲しいであって、私はそのオマケというか『おや』として同伴したいだけなのだ。だが世界一可愛い究極キュートな私のポケモンたちの中に私のような異物が混ざることを忌避するファン心理のようなものもあって……。

 

 傍にいたい、一緒にいたい、共にありたい。そう思う『おや』としての気持ちと。

 ただ尊さに浸っていたい、その尊さを穢すようなことをしたくない、可愛いという言葉を超越したその中に私ごときが割って入って良いわけがない。そう思うファン心理がせめぎ合ったりするのだ。

 

 とは言えアイドルをするのに私抜きというのも難しいだろうというのも分っている。

 ポケモン単体で売る方法も無くはないが、可愛い可愛い私のポケモンたちは私の家族であって、私は『おや』であり私の家族をペット扱いする気もなければ身売りさせる気も無いからだ。

 私の超絶可愛いポケモンたちならば単独で人気を勝ち取ることも可能だろうが、私の最愛の家族が世界一可愛いことは確定しているので、私の目の届かぬところでよからぬことを考える人間が居ないとも限らない。

 

 そういう意味では私に注目を集めれば私の家族は安全なのかもしれないが、それはそれで本末転倒でしかないだろうというジレンマ。

 

 なのでその間の意見として私と私の最愛のポケモンでグループを組むというところに落ち着いた。

 

 …………。

 

 ……うへへ。

 

 ……あっ、しまった。慣れないアイドル衣装に気恥ずかしそうにする彼も、可愛い衣装に嬉しそうにする彼女も可愛すぎて思わず愛が噴き出した。

 

 こほん、それはさておき。

 

 私たちは当然のように売れた。

 まあ私の可愛いポケモンたちが人気にならないはずも無い。

 

 うちの子たちは可愛いからね!

 

 

 うちの子可愛いからね!!!

 

 

 ガラルにおいてアイドルという職業はこれまでやや下火だった。

 というかダイマックスを取り入れたポケモンバトルの熱狂に、それ以外のエンターテイメント全般が下火だったのだ。

 アイドル業界も閑古鳥が鳴く……と言うわけではないのだが、仕事の大半がポケモンバトルの試合前のちょっとした公演だったり、ポケモンバトルの実況だったり、なんというかポケモンバトルのおまけみたいな要素にされつつあった。

 

 何せ現在のガラルにおける就学前の子供を対象としたなりたい職業を人気順に並べると男女共に一位がポケモントレーナーであるというのだから、末期感が酷い。

 因みに女子の二位はアナウンサー。理由は有名ポケモントレーナーと結婚できる可能性が比較的高いから。そして三位にトレーナースタッフ(ポケモンリーグのスタッフや各ジムのスタッフ)と来て、四位でようやくアイドルが入る。

 ほんの数年前まで人気一位と二位を行き来していたはずのアイドルという花形職業は今やポケモントレーナーという大きな大きな火に完全に呑まれてしまっていた。

 

 そんな中で私と私の可愛いポケモンたちは低迷中のアイドル業界を突き抜け一気にトップアイドルへと躍り出るとそのままの勢いでガンガンアピールを続け、少しずつ、少しずつアイドルという職業の地位を高めていった。

 

 今のガラルはポケモンバトル一色だ。

 

 故に仕事もポケモンバトルに関連したものが多い。

 その中でも私と私の可愛いポケモンたちは懸命になってアピールし続けた。

 その結果として私がアイドルデビューして五年。

 

 私が十六歳になった時。

 

 

 

 私はガラルにおいてチャンピオンダンデと人気を二分する存在となっていた。

 

 




尚、ミズシロのガバプロットによりジムリーダー就任まで話が進まなかった時はタイトルから何故か一単語消えます(


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こエが可愛いんですよおこえが

 ガラルで一番の有名人は?

 

 と聞かれると恐らく誰もが『ローズ社長』と答えるだろう。

 『マクロコスモス』社長ローズは坑道採掘を仕事とする小企業から一代でガラルの全土に事業を広げるガラル地方最大の大企業へと成長させ、同時にガラル地方を飛躍的に発展させたガラル地方を代表する偉人である。

 同時にガラル地方ポケモンリーグ委員長も務めており、現在のチャンピオンを推薦したのも彼ならば、現在のガラルにおけるポケモンバトル人気の秘訣たるダイマックスバンドをマグノリア博士と共同で開発したのも彼である。

 まあ実際にはローズ社長本人が白衣着て研究したわけでなく、社長としてマクロコスモス社で研究を推し進めただけであってローズ社長が開発したというのも変な話ではあるのだが。

 

 とは言えこのガラルで企業と言えばマクロコスモス社であり、マクロコスモス社と言えばローズ社長だからマクロコスモス社の功績がイコールでそのままローズ社長の功績であると、そんなイメージが定着してしまっているのだが。

 

 実際問題ガラルにおいて他に企業が無いわけではないのだが、マクロコスモス社とそれ以外の格差というのは圧倒的かつ絶対的なものがあり、実質このガラルという地方を差配しているのはマクロコスモス社……引いてはローズ社長であるとすら言って過言ではない。

 

 マクロコスモスは大本は採掘事業を専門とする会社だったが、今や多くの企業を傘下として巨大複合グループを形成している。

 そのためあらゆる分野においてその事業の手は伸びており、軽く名を挙げるだけでも『テレビマクロ』『マクロコスモス・レールウェイズ』『マクロコスモス・エアラインズ』『マクロコスモス・エネルギー』『マクロコスモス・テクノロジー』『マクロコスモス・ネットワーク』『マクロコスモス・コンストラクション』『マクロコスモス・ライフ』『マクロコスモス・バンク』『マクロコスモス生命』などガラルの街中を歩いていれば誰もが一度は目にするような名前があちらこちらにあり、その存在感は決して無視することなどできない怪物(モンスター)企業(カンパニー)である。

 

 因みに私が所属するアイドル事務所も『テレビマクロ』の系列であり、私もまたある意味でマクロコスモスの社員と言える……のかもしれない。

 

 『テレビマクロ』はマクロコスモスの放映部門の会社だ。

 

 そこにいるのはガラル中から集められた選りすぐりのスタッフたちであり、同時に番組作成にかけることのできる資金というのも他の企業とは桁が違う。

 だからこそ多くのヒット番組を生み出している『テレビマクロ』は、同時に大本のマクロコスモス……というかローズ社長の意向もあって『ポケモンバトル』に関連する番組が多い。

 ローズ社長のポケモンリーグ委員長という立場のお陰でどこよりも選りすぐった情報を、どこよりも早く発信できるのだから、ポケモンバトルに湧く現在のガラルにおいて『テレビマクロ』はお茶の間において不動の地位を築いていると言っても良い。

 

 そしてそんな『テレビマクロ』のゴールデンタイムに一週間で四本ほどレギュラー番組を持っている*1のが私となる。

 多いのか少ないのか分かりづらいかもしれないが、私の次に多い人で週三本、そこから飛んで週一本が団子状に続く。分かりやすく言えばこのガラルで最もレギュラー番組を持っている芸能人ということだ。

 

 

 * * *

 

 

 今までのガラルのテレビ事情は基本的に『ポケモンバトル』が強すぎた。

 

 五年ほど前、まだ私がアイドルデビューしたばかりの年のチャンピオンカップ決勝『キバナVSダンデ』のライブ放送など視聴率83.8%である。

 実際にスタジアムに来ていた人間もいることを考えればその人気というものは飛び抜けたものがある。

 僅か一時間にも満たない間の生放送だったが、合間のCM枠はいつものゴールデンタイムの十倍以上の値が飛び交ったというのだから恐ろしいものである。

 ポケモンバトル関連の番組を作るだけで視聴率が上がるとなると他の放映社だってそれを作るのは当たり前で、そんな事情もあって去年までのガラルにおけるテレビ事情というのは『ポケモンバトル』が大半を占めていた。

 

 どのチャンネルを見てもポケモンバトルばかり。

 

 偶にニュース報道なども混ざるくらいで、アイドル向けのバラエティ番組の枠などほとんど無くて。

 

 だから最初はバトルの試合実況から始めた。

 

 マクロコスモス……というよりローズ委員長のコネを使ってプロトレーナーを解説に呼び、ポケモンバトルの(ライブ)中継を解説してもらうという番組だ。

 解説のプロは1人で良いとしても、その横に華を添えれば番組としての体裁が整う。その華として呼ばれたのが私の最初の仕事だった。

 

 そんな私の初仕事から五年近い年月が経過して。

 

「La~♪ LaLaLa♪」

 

 なんて小刻みな拍子を刻みながらマイクの前で歌ったのは今月末発売の通算十枚目となるシングルCDに収録される曲である。

 十枚目と称した通り、私の……正確には私たちの歌はこれで十曲目となるが、すでに過去に発売したCDは通算五百万枚を超え、街頭TVにおいてもCMが宣伝され、店先にポスターと視聴MVが流れている。現在のガラルの街中で私の声を聴かない日は無いと言っていいレベルである。

 

 デビューから五年、私たちが積み上げてきた物が花開いたと言って良い。

 

 今ガラルで最も売れているアイドルとなった私と私の可愛いポケモンたち、自他共に認めるトップアイドルと言って良いだろう。

 トップクラスのアイドルでも無く、正真正銘のアイドルたちの頂点。

 それも他を突き放しての圧倒的頂点だ。

 

 その人気はあの無敵のチャンピオンダンデに比肩し得るものとされており、実際昨年におけるチャンピオンカップ決勝と同じ時間にやっていた私の番組の視聴率にそれほど大きな差が無かったことからも証明されていると言っても良い。

 かつて職業アンケートにおいて、ポケモントレーナーに後塵を拝していたアイドルという輝ける舞台は再び女の子の夢となった。

 その火付け役となった私の知名度はかつてと比べることもできないほどに跳ね上がったし、その私の傍にいつでもいる私の可愛い可愛いポケモンたちの人気が出ないはずもなく。

 

 私の可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いポケモンたちはついにガラルの大半の人間に認知され、愛されることとなったのだ。

 

 

 ―――だが、だ。

 

 

 足りない、足りないのだ。

 全然足りない、全く足りない、これっぽっちだってこの程度で満足なんてできるはずがない。

 

 あのガラルのヒーロー、無敵のチャンピオンダンデに比する?

 

 確かにチャンピオンダンデは凄まじい人気を誇る。

 

 このガラルの有名人を人に聞けば大抵は『ローズ社長』と答えるだろう。

 だがこのガラルの人気者を人に聞けば大抵が『チャンピオンダンデ』と答えるだろうほどにその人気ぶりは凄まじい。

 私はたった五年でダンデがこのガラルで築き上げてきた一強状態を崩し、その人気を二分したのだから人に言わせれば十分過ぎる結果と言えるかもしれない。

 

 ……否だ。

 

 人気を二分する?

 

 何を言っているのだ。

 

 私の可愛い可愛いポケモンたちがあのヒゲと同列だと??

 

 舐めるな、ふざけるな、馬鹿にするな!

 

 ダンデは確かに凄い。

 無敵のチャンピオンとしてガラルのヒーローとして、ガラルにおいて大きな人気を誇っている。

 

 だが、だ!

 

 うちの子は世界一可愛い!

 

 ガラルという一地方における人気を誇る程度で……しかも人気を半々に分けている現状程度で満足できるはずがない。

 

 もっと、もっとだ!

 

 もっと高みへ!

 

 あるはずだ。

 

 もっともっともっと輝ける場所が。

 

 

 世界一の輝きが!

 

 

 * * *

 

 

 かつて私はポケモンバトルの道の先で得られる人気は完全ではないと言った。

 

 確かにそうだ、例えばガラルチャンピオンダンデは凄まじい人気を誇るが、ガラル全土、全ての人がダンデを支持しているわけではない。まあだからと言って反しているわけでも無く。

 ガラルに住んでいながらダンデに興味が無い、そんな人間は確かにいるのだ。ポケモンバトルという戦いの舞台に興味が持てない人間というのはどんな地方にだって一定数存在するのだ。

 

 私のファンの中にだってそんな人間はいくらかいる。

 

 それにダンデと私を天秤にかけて、私を選ぶファンも多くいる。

 

 つまりダンデという無敵のチャンピオンの人気も完全ではない。

 

 それを知っていたから私はポケモンバトルの道を選ぶことをしなかった。

 完全ではない人気を得るために私の家族を傷つけることなど耐えられなかったからだ。

 

 だがこうしてトップアイドルしてガラルの頂点に立ってみて分かったこともある。

 

 ダンデと私を天秤にかけて、私を選ぶファンがいるように、私とダンデを天秤にかけてダンデを選ぶファンもいる。

 ポケモンバトルに興味が持てず、ダンデというチャンピオンに興味を抱かないように、アイドルに興味が持てず、私と私の家族にも興味を抱かない。

 

 そんな層が確かにいたのだ。

 

 その事実に気づいた時、蒼褪めた。

 

 だってそうだろう、私がこのまま私の可愛い家族たちとどれだけアイドルとして大成しようと絶対に私の可愛いポケモンたちを認めない人間が存在してしまうのだ。

 

 許される話ではない。

 

 私の可愛い可愛いポケモンたちの可愛さは世界を超えるのだ。

 

 全ての人間を釘付けに、愛されなければ納得できるはずも無い。

 

 世界で一番輝ける場所は今のままでは手に入らない。

 

 その事実に頭を悩ませた。

 

 このままアイドルを続けて良いのか、そんな疑問すら浮かび上がりマネージャー含め関係者をおおいに慌てさせてしまうくらいに。

 

 悩んで、悩んで、けれど答えが出なくて。

 

 苦しんだ。呻いた。藻掻いて。

 

 そして。

 

 一緒に頑張ろう、まるでそう言わんばかりにぐっと拳を握って私を励ましてくれたのは私の最愛の家族たちだった。

 

 その瞬間、私は決意した。

 

 この子たちのため、やれることは全てやるのだと。

 

 

 

 …………。

 

 …………………………。

 

 ………………………………………………。

 

 

 

「はぁ?! トレーナーになるぅぅぅぅ!?」

「うん、もう決めたから」

 

 両の頬に手を当て絶叫するマネージャーに一つ頷くと机の上に一枚の紙を叩きつける。

 

「私の可愛い可愛い可愛い家族をもっともっともーっと輝かせるためにこれは必要不可欠と判断した。けれどアイドルとしての私たちも捨てる気はない。人気トレーナーと人気アイドル、この二つを両立させてこそもっと上を目指せると思った」

 

 叩きつけたのは企画書だ。

 アイドルからの突然のトレーナーへの転向なんてここまで私を育ててくれた『テレビマクロ』だって簡単に受け入れられるはずも無いし、そもそも私たちのファンを裏切るような真似は絶対にできない。

 私の可愛い家族が万民に愛されるためにも、私の可愛い可愛い子たちを愛してくれているファンを捨てるようなことは絶対にしたくないのだ。

 

 だがだ。

 

 受け入れられないなら、受け入れられるように舞台を作ってやれば良いのだ。

 

 私はアイドルだ。

 

 ならばテレビの番組企画としてやりたいことをやってしまえば良いのだ。

 売れない三流アイドルがやるならともかく、私たちがやるなら話題性は絶対にあると自負しているし、何よりテレビ映えだってする。

 

「アイドルのジムチャレンジ、私は行けると思ってる」

「う、ううーん、確かに売れるとは思うけど……勝てるの?」

 

 不安そうにこちらを見つめるマネージャー。まあ無理はない、何せ私は今まで一度だってポケモンバトルというのをやってこなかった。私の家族が傷つく可能性を許容できず、徹底的に避け続けてきたのだ。

 

 そんな私が果たして難関とされるこのガラル地方のジムチャレンジに挑戦し、勝てるのだろうか?

 

 確かに実際バトルしてみてひたすらボコボコに負けるだけでは全く面白くないだろう。

 何より私もだが私の可愛いポケモンたちだってすでに私とユニットで人気アイドルの一員として認識されているのだ。

 そんなポケモンたちが一方的にやられ、傷つくような番組では炎上確定である。

 

 だがだ。

 

「愚問ね」

 

 少しばかり品は無いかもしれないが、はん、と鼻を鳴らして不敵に笑う。

 

「私が私の可愛い可愛い可愛い家族を傷つけることを許容するはずないでしょ」

 

 そう、だから。

 

「勝てば良いのよ、それも完膚なきまでに」

 

 そのための努力なら何だってしてやる。

 

 

 私の可愛い可愛い家族のためならば、私にできないことなんてあるはずないのだから。

 

 

*1
メインキャストとして毎回番組に出る



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これッて結構危ないですよね?

 それは十六年生きてきて、初めてとなるポケモンバトルだった。

 

 アイドルがジムチャレンジに参加、という企画は無事マネージャーを通して無事にテレビマクロに許可された。

 ただし一つだけ条件……というか前提がある。

 

 ジムチャレンジとは誰でも参加できるような類の物では無い、ということだ。

 

 ジムチャレンジに参加するためにはポケモンリーグ関係者からの推薦状が必要となる。

 テレビマクロの場合、母体企業であるマクロコスモス社の社長であるローズ社長がそのままリーグ委員長でもあるのでコネという意味ではばっちりである。

 

 ただ同時にローズ『委員長』が自社のテレビのためだけに勝手に推薦状を出しては職権乱用だ。

 だからこそローズ社長から推薦状を出しても良いが、それだけの『見込み』があることを示してほしいと言われ、ローズ社長立ち合いの元でポケモンバトルをする運びとなった。

 

 相手はポケモンリーグ所属のスタッフであり、それなりの実力者であることから、例え勝てずとも『見込み』を見せることができれば推薦状を出すという約束の元に戦い、そして。

 

 ―――勝った。

 

 あのいつも悠々と笑みを浮かべているローズ社長が驚きの余りぽかん、と呆けた表情を浮かべてしまうくらいにはそれは誰しもの予想の外の出来事だったのだろう。

 実際にバトルをしていて思ったのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 

 一々指を差して、声を発していてはポケモンの行動は常に縛られる。

 

 トレーナーの示す方向を確認する手間、声が聞こえるようにトレーナーの元へと戻る手間、再び相手へ向かって間を詰める手間。

 考えれば考えるほどに手間がかかっているのに、どうしてわざわざ?

 それは傍からバトルを見ている分には分からない答えなのだろう。テレビ越しに、或いは実況の席から見ていても分らないことなのだろう。

 ()()()()()()()()()()()私では分からないことなのだろうと思っていたのだが。

 

 こうして実際にポケモンバトルをしてみればその疑問は余計に深まる。

 

 あっちに、こっちに、今だ、いつだと思っていれば私の大切な家族はそれを察して動いてくれるし、私もまた私の大事な家族がどう動きたいかを理解している。

 

 トレーナーの役割はポケモンの目だ。

 

 ポケモンよりも外側から広い視点でポケモンの視界を補うための存在。

 故に私の役割は見ることだ。見て、考えて、それをポケモンに伝えるための存在。

 実際に動くのはポケモンで、だからこそいち早くそれを伝えてやれることは明確な利となる。

 

 相手の指示より早く動けば、相手のポケモンは動けないのだから。

 

 相手の出鼻をくじく『ねこだまし』のようなやり方だが読み間違えれば即座に相手の技が『カウンター』となって返って来るようなリスキーな戦法ではある。

 だが失敗さえしなければそれは一度たりとて相手の攻撃を受けること無く、完全に封殺することすらできるまさに私の理想をする完璧な戦いだった。

 

 こうして私は相手に一度の攻撃すら許さず、ただの一度の技も受けることも無く、初めてのバトルで完全試合を達成し、ローズ委員長に推薦状をもらうことができた。

 

「いやあ、これは今年のジムチャレンジが楽しみになってきたよ、ははは」

 

 鷹揚な笑みを見せながら私を見るローズ社長の視線に一瞬背筋が震えたような気がした。

 

 

 * * *

 

 

 この世界において十歳というのは一つの区切りとなる年齢である。

 

 小学校の卒業が十歳であり、この基礎学習の終了をもって社会的に『一人前』とされる法律があるのだ。

 ただし実際には一部の血気に流行った子共が十歳になると街を飛び出し、一人前のトレーナーとなるべく地方を旅するだけで大半の子供たちは中学校へ進学したり、家の手伝いをしたりしながら就職に備えている。

 六年、七年前に現在のガラルスター、チャンピオンダンデが十歳でトレーナーデビューをして、そのままローズ委員長推薦でジムチャレンジへと挑み、ストレートでチャンピオンカップで優勝を遂げてチャンピオンになった経緯からトレーナー志望の子供たちが無謀な旅に出ようとする風潮が一時期あったのだが、現在では大分それも収まっている。

 尚その時無謀にも旅に出た子供の七割がジムチャレンジに失敗し、挫折、現在ではトレーナー以外の道を目指しているし、四割が今でもトレーナーを続けている。

 さらには残り三割の内の二割以上がワイルドエリアというガラル地方の自然環境が保全された特区地区において危険な目にあって心身に重傷を負い、強制的にトレーナーを引退させられた子供たちである。

 

 ワイルドエリアは多くの人がポケモンがありのまま暮らしている場所、程度の認識なのかもしれないが実際には少し奥へ足を踏み入れるだけで途端に高レベルのポケモン*1と出くわすような魔境である。

 このワイルドエリアで挫折したトレーナーも多く、正直一般人ならば踏み入れて五分で逃げ出すような危険地帯だ。

 

 しかしながらこのワイルドエリア、ジムチャレンジの際には避けては通れない場所であるのだ。

 

 まあ正確には避けても良いのだが、このワイルドエリアを避けて通ったトレーナーで大成したトレーナーは居ないと言われるが故にみんな一度は通る。

 

 しかも歩いてだ。

 

 自転車もアリと言えばアリなのだが、ワイルドエリアに対応した自転車はかなりの高級品なので誰しもが購入できるわけではない。

 因みに私の場合はアイドルとしての稼ぎがあるので買おうと思えば余裕で買えるが番組的には歩きながらのほうが撮れ高が増えそうなので自転車は無しだ。

 

 それはさておき、ジムチャレンジというのは一日二日で終わる程度の話ではない。

 現状のガラルにおいて最も熱狂されるイベントであり、期間中はガラル中がお祭り状態になるこのイベントが短期間で終わるのは運営側としても余りにも勿体ない。

 さらにチャレンジャーの側としても全てのポケモンジムを巡り、ガラル全土を順番に歩き回るようなこのイベントはそれなりの時間が必要となる。

 

 三ヵ月、それがエンジンシティでチャレンジの開催が宣言されてからチャレンジャーが全てのジムを制覇しシュートシティへたどり着くまでに許された時間である。

 これは余裕があるようで、ガラル全土を旅するには中々に厳しい日程であり、期間中はジムへの再挑戦は何度でも可能とは言っても現実には同じジムに二度も三度も失敗しているようでは全ジムの突破は厳しいとしか言いようが無い。

 

 当然ながらチャレンジャーは期間中ジムチャレンジに付きっ切りになるし、私ならその間他のアイドルの仕事なんてできるはずも無いし、ついでに言えば学校にだって行けなくなる。

 ジムチャレンジの開催はまだ先の話だが、この手の話は事前にしっかりと調整しておかなければ後で面倒事になる。アイドルとしての仕事のほうはまあ仕事を持ってくるテレビマクロが許可してくれているので調整は容易としても学校のほうは届け出を出さないと三ヵ月も授業に出ないと留年になる。幸いガラル地方の学校はその辺の事情を考慮して、ジムチャレンジに参加する時だけは『公休』で出席扱いにしてくれる。代わりに後から三ヵ月の埋め合わせとして山のような課題が出てくるが。

 

 そうして諸々の手続きを終わらせれば後はエンジンシティにて開催されるジムチャレンジの開会式を待つのみである。

 

 とは言え私にただ悠長に待つだけの時間なんて無い。

 

 当然だろう、今までアイドルとして多少ポケモンバトルにも関わってきたが、けれどトレーナーとしてバトルをしたのが先が初めてだったくらいの素人なのだ。先のバトルだって相手のトレーナーが加減していてくれたからこそ封殺して勝利できたが、本気で来られたならば私の可愛い可愛いポケモンたちが傷ついていただろうことは分かりきっている。

 

 知らない知識はまだまだあって、経験だって全く足りない。

 

 だからこそ、それらを補うために一番手っ取り早い方法を使うことにした。

 

 ポケモンジムへの入門である。

 

 

 * * *

 

 

 ガラル地方において、ポケモンジムと呼ばれる物は主に二つある。

 その中で一般的な人たちがイメージするのは『メジャージム』だろう。

 ターフジムから始まりシュートジムまで続く8つのジムは『メジャージム』と呼ばれ、ジムチャレンジでチャレンジャーが巡ることになるジム施設である。

 これらのジム施設の大半は『ダイマックス』が可能となるパワースポットの上に建てられており、大迫力のダイマックスバトルを行うことが可能になっている。

 

 ただこの『メジャージム』を使えるのは『メジャーリーグ』に入っているジムリーダーだけであり、しかも実力順である程度担当ジムが毎年入れ替わるというルールがあって、入れ替わるたびに引っ越しを余儀なくされる。

 そしてジムチャレンジの内容やジムの模様替えなどこそ担当となるジムリーダーの自由な裁量で任せられるが、究極的には全ての『メジャージム』はポケモンリーグ所有の施設であり、ジムリーダーはあくまで『派遣』されただけであってポケモンリーグからの通達次第でいつでも別の場所に左遷される可能性はあるのだ。

 

 それとは別に『マイナージム』というものがある。

 こっちもポケモンリーグ所有の施設であることには間違いないのだが、こちらの場合全18タイプそれぞれのジムがあって、それぞれのタイプごとにジムの場所が『固定』である。

 

 ジムリーダーの『メジャーリーグ』『マイナーリーグ』を見ていれば分かるが、『メジャーリーグ』に入ったジムリーダーは『メジャージム』を担当するとして、では『マイナーリーグ』に落ちたジムはいつもどこにいるのだろうか、と言われるとこれが答えである。

 

 要するにジムチャレンジに使われる『メジャージム』とは別に、本来の意味でのポケモンジムとしての『マイナージム』が存在するのだ。

 

 ただ他地方との違いとしてガラルのポケモンジムはそのまま『メジャーリーグ』を賭けて争うための枠として扱われるため気軽にポケモンジムを増やすことはできない。

 公認とか非公認とか以前に『ポケモンジム』を名乗ること自体がガラルではポケモンリーグの認可が無ければできないのだ。

 

 そんな『マイナージム』の中で私が選んだのは『ノーマルタイプジム』である。

 

 理由としては簡単で私の可愛い可愛いポケモンたちであるところのイエッサンは『エスパー』『ノーマル』タイプだが『エスパータイプジム』というのはサイキッカーの集団であって、私のような一般人(アイドル)では敷居が高い。

 

 となると必然的に『ノーマルタイプジム』一択となってしまうのだ。

 

 『ノーマル』タイプは全てのタイプに有利が取れない唯一のタイプだが、逆に『かくとう』タイプ以外に有利を取られないというタイプでもある。

 これが意外と癖が無く使いやすいのだ。有利タイプで挑む時ほどでもないにしても、どんな相手でもそれなりにやれるというのは案外初心者には使いやすかったりする。

 特にまだろくな技を覚えてない弱いポケモンでは弱点をつけるか否かで大きくダメージが変わってきてしまうこともあり、それを補うための術も足りないことが多い。

 

 故にこのガラルの中でも『ノーマルタイプジム』というのは存外所属のジムトレーナーの数は多かったりする。

 

 さらに言えば不利が少ない分、有利もほぼ無いのでタイプ相性で優劣が付きづらく、その分トレーナーとポケモンの地力が要求されるタイプでもある。だからこそ歴代の『ノーマルタイプジム』のジムリーダーたちはかなりの実力だ。

 

 最も、派手さが無い、地味、抜群取れない、などの理由から人気自体はそこまで高くない。

 

 実力はあるのに『メジャーリーグ』に行けない理由もその辺りにある。

 

 ガラルにおけるポケモンバトルとは『スポーツ』であり『エンターテイメント』だ。

 

 観客が要求するのは熱狂できるバトルであり、ポケモンバトルで金を得るプロトレーナーであり彼らに要求されるのもまた熱狂できるバトルである。

 

 故にチャンピオンもジムリーダーもある程度戦い方に制限がつけられる。

 

 他地方ならば玄人を唸らせる小技も、ガラルにおいては地味で狡い技であり、正々堂々相手の技を正面から受け止め、跳ね返すような力強いバトルが必要になるのだ。

 

 そういう意味で相手の弱点を突いて大きなダメージを出し辛い『ノーマル』タイプはタイプですでに不利を背負っていると言っても良い。

 ジムトレーナーの数自体は多くとも、みんなある程度まで実力を高めるとジムを出て別のジムのジムトレーナーになったり、独立してトレーナーとしてジムチャレンジに参加を目指したりと、入門者も多いが出奔する者も多いジムなのだ。

 

 だが、だからこそジムトレーナーとして残った者たちのバトルの腕前は確かなものであり。

 

 それこそが、私が今一番求めているものだった。

 

 

 

*1
キテルグマとかキテルグマとかあとはキテルグマなど



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これがサいのうというやつですか

 

 ―――天才とは1%の閃きと99%の努力である。

 

 なんて言った偉人が過去にいたらしいが、スミレに言わせればそれは全くの間違いだ。

 世に言う天才、とは主に二つのケースが当てはまる。

 

 一つは初期値の高さ。

 

 誰かに教えられる前にすでに一定以上の実力がある、それを指して他人は『天才だ』なんて言ったりする。

 ただしスミレからすればこれは……これだけでは天才とは呼べないと思う。

 どれだけの素人であろうと何もせずに生きてきたわけではない、生きているだけで一定の経験は積めるのだから、そこで得た経験が偶然応用が利いた、とそれだけのことなのだろう。

 極端な話を言えばマラソンが趣味な人がスポーツを始めた時に素人にしては動ける、これを天才と呼ぶだろうか。

 それは単純に日常生活の中でそれを為せるだけの下地があった、それだけの話であり、それを知らない周りからすればまだ何も仕込んでいないはずなのに予想以上に動けるその人を『天才だ』なんて言ったりするのだ。

 

 じゃあ天才とは一体何なのか。

 

 スミレなりの解釈を言うならばそれは成長性の高さと上限である。

 

 同じ一を聴いて周りが一を知る中で二を知ることができる人間は間違いなく『才能』がある。

 同じだけの努力をしていても人の倍の速度で成長できるのだからそれは間違いなく『才能』だろう。

 だが同じく一を聴いて十を知ることができればどうだろう?

 同じだけの努力で周りの十倍の速度で成長できるような人間がいれば。

 

 それはまさしく『天才』としか言う他無いだろう。

 

 だが、だ。

 

 例えば人より成長が遅い十を聴いて一を知ることができる人間がいるとする。

 この人は果たして才能が無いのだろうか?

 この一つだけの事実を見れば確かに才能が無いかもしれない。

 だがこの人は周りが十の努力で十の結果を出し、けれどもうこれ以上の成長の限界が見えている中で、百の努力を得て十の結果を出し、けれどまだ成長できるとするなら。

 

 果たして本当にこの人は才能が無いのだろうか?

 

 先に一を聴いて十知ることのできる人間は『天才』と称したが。

 けれど十を知ってそこで限界を迎えたとしたらどうだろう?

 何事にも僅かな努力で十全の結果を得ることができる、だがどれだけ努力してもそれ以上にはなれない。

 そんな人は『天才』なのだろうか?

 

 十を聴いて一を知る人は千を聴いて尚まだその底が見えないほどに成長を続けていたとすれば。

 例え人より十分の一の速度の成長だとしても、その結果は人の十倍を超えることができる。

 そんな人間はまさに『天才』と言えるのではないだろうか?

 

 同じ天才という言葉で括ってみても、この二つの例は随分と違いがある。

 

 だが例えその二つが違う物だとしても、確かに人はその二つを『才能』と呼ぶのだ。

 

 そういう意味でスミレは自分のことを『天才』だと思っていた。

 

 思って……いた。

 

 すでに過去形だ。

 

 

 * * *

 

 

 弱冠15歳にしてガラル地方『ノーマルタイプジム』のジムリーダーに就任した少女を天才と呼ばずして何と呼ぼうか。

 確かな才覚と血の滲むような努力で先代からその座を受け継いだスミレだったがそれから数年、その実力とは裏腹に不本意な地位に甘んじ続けていた。

 鋭い読みと多彩なテクニック、手数を増やす交代戦術を持ってガラルでも有数のトレーナーとして確かな実力を持つスミレだったが、けれど未だに『メジャーリーグ』への昇格を果たしたことは無い。

 

 他所の地方ならともかくガラルにおいて『鋭い読み』も『多彩なテクニック』も『交代戦術』も観客からの受けが悪い。

 相手の手を読み切り完璧に対処してしまう読みと交代戦術も、同じトレーナーから見れば思わず唸るような技巧の数々も素人同然の観客には何をしているのか理解もされない。

 

 『ノーマルタイプ』というのはポケモンバトルにおけるタイプ相性において不利相性が少ない反面、絶対に有利が取れないというやや不遇なタイプだ。

 初心者が使う分には癖が無く使いやすいのだが逆に言えば尖った物が少ないので、それをプロのコートにまで持ち込もうとすると途端にトレーナー側の技量が要求される。

 要するに普通にぶつかると力負けしてしまうので、それを補うためにトレーナーが努力しなければならないのだ。

 

 だがエンターテイメント性を重視するガラルのポケモンバトルにおいてトレーナー側の努力とは観客に伝わりづらく、派手派手しさに欠ける。

 

 つまり『地味』なのだ。

 

 純粋なポケモンバトルの勝敗だけを競うならガラルでも十指に入るだろう実力もポケモンバトルという『競技』の上では派手さの無い地味な戦い方と見られる。そして客の呼べないトレーナーはプロ失格だ。

 だからこそスミレがジムに就任して数年。毎年のようにマイナーリーグにおいて強さを見せつけているにも関わらず、スミレがメジャーに昇格することは無かった。

 

 それでもスミレは諦めなかった。

 

 何度も何度も戦術を改良し、テクニックを磨き、観客映えするような試合運びを心がけた。

 そのお陰か、今年何度か地元で行われたポケモンバトルの大会においてスミレの試合における観客の反応も良かったのではないかと思う。

 この調子で今年こそメジャー昇格を、そう思った矢先の出来事だ。

 

 

 ―――今このガラルで一、二を争うほどに人気のアイドルがやってきたのは。

 

 

 * * *

 

 

 リリィという少女は今ガラルで最も人気のアイドルだろう。

 

 『ガラルの白百合』という呼び名が指す通り、髪色も肌も、服装だって真っ白、ただ瞳だけ魔性のような(アメジスト)色をした少女は五年前にデビューしてからガラルにおけるアイドル需要の低迷に反するかのようにスターの道を駆け上がりあっという間にガラルの絶対的スターダンデと並ぶ人気を得たスーパースター。

 スミレもまた自分の容姿に自信が無いわけではないが、それとて目の前の少女を前にすれば霞むほどのものでしかないと言えるほどに少女は現実離れした幻想的な容姿だった。

 

 ジムの扉が開き、少女が入ってきた瞬間、スミレは妖精がやってきたのかと錯覚した。

 同じジム内にいた十数人のトレーナーの誰もが一瞬視線を向けて、動かなくなる。

 そこにいたのはリリィであるのだと認識して、その場にいた全員の思考が止まっていた。

 

 正直言ってスミレは今目の前に()()リリィがいるという事実に現実感が持てなかった。

 

 少なくともこんなしがないマイナージムにやってくるような人物では無かったし、テレビの取材か何かあるならジムリーダーであるスミレに連絡が来るはずだったから。

 そうしてジムの受付で『入門』を希望する旨を告げるリリィに再始動しかけていたはずの思考がまた止まった。

 

 入門する?

 

 ()()リリィが?

 

 まるで別の世界の出来事であるかのようにすら錯覚するほどに、現実感の無い出来事の連続に止まった思考が動き出したのはそのさらに少し先の話だった。

 

 ―――なる、ほど?

 

 リリィと言えばガラルを代表するトップアイドルであり、ガラルで一、二を争う人気者だ。

 だがその活動は基本的に芸能方面であり、トレーナー業とは番組以上の付き合いがあるとは聞いたことが無いのでピンと来なかったが、事情を説明されてようやく納得する。

 

 それにしてもアイドルがジムチャレンジに参加とは。

 

 なるほど、確かにそれは面白そうかもしれない。少なくとも一人の視聴者……そしてファンとしてのスミレはそう言っている。

 けれど同時に僅かな怒りが腹の底に潜んでいたこともまた事実で。

 

 だからだろうか。

 

 実力を見たい、だなんて言ったのは。

 

 さすがにジムリーダーのスミレとでは勝負にすらならないため最近ジムに入ってきて稽古をつけてもらっているジムトレーナーを呼び出し勝負させる。

 少なくともあと一月もしない内にジムチャレンジが始まるというのにこの程度のトレーナーに勝てないようならば論外としか言いようが無い。

 だが最近来たばかりと言えどこのジムですでに何度も稽古をつけてもらっているトレーナーなのだ。

 まだ一度しかバトルしたことの無いような、トレーナーとしての勉強すらしていなかったアイドルに負けるはずも無い。

 

 トレーナーとして言わせてもらうならばジムチャレンジとは参加すること自体が栄誉となるほどの才能豊かなトレーナーたちが集められ競い合うための物なのだ。そこに遊び半分でアイドルが入って来られることに言いたいことが無いわけも無かった。

 

 だからこれはスミレの私怨が混じった戦いだ。

 

 勝てないと思っている相手をわざとぶつけるような真似をした自分を醜いと感じながらもけれどスミレは今更この組み合わせを変えるつもりも無かった。

 この程度勝てないようでジムチャレンジなんてできるわけないのも事実だからだ。

 勝てなくても入門自体は受け入れるが、それでもジムチャレンジに参加するなどと大言を吐くならば勝ってみせろ。

 

 そんなスミレの複雑な心境とは裏腹に。

 

 勝負はあっさりとついた。

 

「私の勝ち」

 

 告げる少女(リリィ)の言葉が全てを表していて。

 

 この日。

 

 スミレは()()()()()を知った。

 

 

 * * *

 

 

 一月かけて私は自分のバトルスタイルを作り上げていった。

 

 一言でいえば先手必殺……だろうか?

 

 『ノーマルタイプジム』のジムリーダースミレさんは私の長所を指して『指示を必要としないこと』だと言った。

 相手が動き出すよりも早く動き、相手の出鼻を潰して怯んだ相手にトドメの一撃を繰り出す。

 理想と言えば理想の戦い方だろう。何せ相手に何もさせずに一方的に勝てるのだ。

 

 だがこのやり方には一つ大きな問題がある。

 

 この戦い方は私の可愛いポケモンたちが私の意思を一切の会話も合図も無く汲んでくれるからこそ成り立つやり方なのだ。

 そうポケモンバトルは本来6体ずつで行うものだ。

 

 私は私の可愛い可愛いポケモンたちを輝かせるために新しい道としてトレーナーを選んだが、けれどトレーナーとしてやっていくならば私の大切な家族たちだけでなく、最低後四体は仲間を増やす必要がある。

 

 これに関してはかなり悩んだ。

 

 単純なパーティとしての戦力に悩んだのもそうだし、それ以上に私が私の可愛い可愛いポケモンたちを輝かせるための舞台で他のポケモンたちを混ぜて良いのだろうかという疑問に行き当たってしまったからだ。

 仲間を増やすことは果たして私の目的と反することは無いだろうか。

 そんな私の疑問に答えられる人がいるはずもなく、頭を抱えていると。

 

 イエ~♪

 

 悩む私の隣に立って、そっと擦り寄ってきたのは私の大切な家族だった。

 視線を向ければ彼らもまた私を見つめて笑みを浮かべる。

 

「そっか……何のために、だ」

 

 思い出すのは大切な家族との思い出。

 私は私の最愛の家族が世界で一番素敵な子たちであると証明した。

 だがそんな素敵な子が二人だけしかいてはならないというルールは無いのだ。

 そうと決まれば早く仲間の候補に目星を付けねばならない。

 

 もう六体捕まえているだけの時間は無い。

 

 ジムチャレンジの開催は目前まで迫っているのだから。

 

 

 * * *

 

 

 自分では絶対にできないことを当たり前のような顔をしてやるリリィ。

 それを見て『才能』とはこういうことを言うのだと理解した、否、理解させられたと言っても良い。

 勿論単純な強さで言うならば、ポケモンバトルの勝敗で言うならば今のリリィに負けるはずがない。

 積み上げてきた経験が違う、鍛え上げてきた年月が違う、何から何までスミレが今のリリィに負ける要素は無い。

 

 だが所詮それだって『今は』だ。

 

 あとどれくらい時間がかかるのかは分からない、けれどリリィはいつか自分を追い抜いてその先へ、さらに先へと進むだろう。その未来はそう遠くないかもしれない。

 

 ―――その時は。

 

「いやいや、さすがにそれは気が早すぎるよね……まずは今年」

 

 ジムリーダーとしてジムに入門したリリィにポケモンバトルの手ほどきをしたスミレだったが、同時にガラル最高のエンターテイナーとしてのリリィに観客を沸かせるためのコツなどを聴いてバトル中に活かせないか練習中だ。

 

 一見するとバトルの実力とは関係の無いくだらないことのように見えるかもしれないが、そのくだらないことが出来なくて人気が出ず、メジャー昇格を逃し続けてきたスミレからすればこれから先に絶対に苦労するだろうジムトレーナーやジムリーダーの先輩、後輩たちのために少しでも『今のガラル』にあったバトルのやり方というものを残しておきたかった。

 それは将来、スミレがジムリーダーを後輩に譲った時必ず役に立つと思うから。

 

「来年のメジャー昇格のために……」

 

 それがこの『ノーマルタイプジム』を先代より受け継いだスミレの役目なのだから。

 

 



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モノトーンカラーが好きなんです

追記:チャレンジャーの人数50人くらいにまで増やしました。原作でネズさんを突破できたのが10人に満たない、とかいう記述があったのでカブさんが最初の関門みたいな立ち位置でそこで振るい落とされるやつも多いとかいうのと合わせるとそのくらいはいるだろうという予想。


 基本的に私は白と黒の二色を好んで身に着けている。

 私自身、髪が真っ白なせいもあるがそれ以上に私の可愛いポケモンたちとお揃いだからだ。

 私の可愛い可愛いポケモンたちも自分たちとお揃いであることを喜んでくれるのだが、その時の喜びかたがまた彼と彼女で違っていて、彼女はとても素直にニコニコ嬉しそうな笑みを浮かべて喜んでくれるし時々抱き着いてくれる……これがまた柔らかくて良い匂いがしてとても幸せで、ってそうじゃなくて、とにかく彼女の愛情表現はとてもストレートなのだ。だが彼のほうは照れ屋なのか特に反応を見せない……ように見せかけて実はちらちらとこちらを見てはこっそり嬉しそうにしているのを私は知っててその反応がまた普段のクールな彼とのギャップがあって可愛くて可愛くて可愛くて……とにかく可愛いのだ!

 

 まあそれはおいておいて。

 

 私は私自身の身だしなみにはいつだって気を付けている。

 それは私がアイドルだから、とか全く関係無く私の可愛いポケモンたちの隣を歩くにあたって、私自身がだらしない姿やみっともない姿を見せて『あんなみっともないやつがあのポケモンたちのトレーナーなんだ』なんて他人に思われて私の可愛いポケモンたちの評価を落としたりすることなど絶対に許されないからだ。正直そんなことになったら私は死にたくなる。

 

 そしてそれ以上に私の可愛い可愛い可愛いポケモンたちが私以上に私の身だしなみに気を付けてくれるから。

 

 だからつい家の中ではだらしない姿をしてしまう、そうしたら私の大好きな家族が私の世話を焼こうとするから。そんな彼らのことが大好きで、そんな彼らがしてくれることが嬉しくて、そんな彼らについ甘えてしまうのだ。

 

 髪を梳く。

 白く艶めいた髪は生まれついてのものではあるが、ガラルにおいて珍しい色らしい。

 色の薄いブロンドやアッシュブロンドはそれなりにいるものの純粋な白というのはいっそ病的だ。

 けれど私からすればそれは生まれついてのもので、別に好きでも嫌いでも無い、これが私なのだという認識ではあったが、私の家族は私のこの髪の色を気に入ってくれている。だから今の私はこの色が好きだ。

 一時期腰まで届くくらいまで伸ばしていたのだが、それが鬱陶しくてショートヘアになるまで切ろうとしたら事務所に大反対されたし、私の可愛いポケモンたちに泣かれかけたのでセミロングくらいで妥協し、それでもまだ長いので黒い大きなリボンで括ってポニーテールにする。

 それから長い前髪を持ちあげるように黒いリボン付きのカチューシャをつけて、最後に鏡の前で服装に変なところは無いかをチェック。

 この時に私の家族も一緒にやってきて三人……というか一人と二匹でじっと鏡とのにらめっこ。

 

 特に問題無し、と両脇の彼らを見やり彼らからもオッケーが出ると良しと一つ頷き。

 

「いこっか」

 

 そんな私の言葉に彼らも頷く。

 

 いよいよ今日からジムチャレンジの開催だ。

 

 

 * * *

 

 

 Q.いよいよジムチャレンジ開催ですが今の心境は?

 A.ドキドキですね、不安でいっぱいで……けど楽しみなのもあります。

 

 Q.ずばり自信のほどは?

 A.私は他の人たちほどの下地が無いですから、でも推薦状をもらえた以上はチャンスはあると思っています。

 

 Q.ずばり目標のほどは?

 A.私のポケモンの可愛さをガラルの全ての人に知って欲しいですね!

 

 Q.え、えっとそうではなく、ジムチャレンジの目標と言いますか……。

 A.ポケモンバトルに関しては本気で門外漢だったので何とも、けどまあシュートシティにたどり着くくらいまではやってみせたいところですね。

 

 Q.バッジは全て集めきって見せる、という自信ですね。これから三ヵ月頑張ってください。

 A.ありがとうございます、ファンの皆さんのためにも精一杯頑張ります。

 

 

 エンジンシティの中央、エンジンジムスタジアムにてガラル地方ジムチャレンジの開会式が行われる。

 同時にこの日からガラル全土でジムチャレンジ期間に入るということだ。

 この時期の熱狂はガラル全土を巻き込むせいか、地元選手がジムに挑戦する時は仕事を休んで見にいっても良い、なんて規則が本気で存在するのがこのガラルという土地だ。

 

 その他にもこの期間中、ジムチャレンジャーは様々なサービスを提供されることになる。

 例えばホテル等の宿泊施設を無料で借りることができたり、飲食店などで料金の割引が発生したり、アーマーガアタクシーの優先的な無料利用権などだ。

 とてつも無い優遇ぶりだが、ガラルという地の事情を鑑みるとこれでも()()()得をしてたりするのだ。

 というのもジムチャレンジャーは言うならばスターの卵だ。

 かつてのダンデの登場の時のようにいつ何時新たなガラルスターが誕生するともしれない中でジムチャレンジャーたちは確かにその候補となり得るのだ。

 故にジムチャレンジャーがガラル全土を巡ることはそのジムチャレンジャーたちの『ファン』もまたそれに追随することになる。

 自分の推しのチャレンジャーが新たなガラルスターとして花開く瞬間を見逃すまいと多くの人たちがそれぞれ自分の推しのチャレンジャーの追っかけとなってガラル中を巡るのだから当然その時利用するのが上で言ったようなホテル等の『宿泊施設』、飲食店などの『食事処』、そして移動のための『アーマーガアタクシー』になる。

 ジムチャレンジャー一人優遇したところでそのジムチャレンジャーのファンがその数倍、十数倍、数十倍となって利潤を上げてくれるのだから言うなればそれはジムチャレンジャーの『知名度』への対価のようなものなのだ*1

 

 まあそれはさておき。

 

 毎年のことながら、ジムチャレンジ開催日のエンジンシティは多くの人で賑わう。

 今年はどんなチャレンジャーがやってくるのか一目見ようと押し掛けるポケモンバトルのファンもいれば、開会式に集うジムリーダーたちを、或いはチャンピオンを見ようとやってくるファンもいる。

 そんなごった返した街中をテレビカメラ引き連れて歩いているのだから非常に目立って仕方ない。

 

 自慢ではなく、純然たる事実として私はこのガラルで一番人気の高いアイドルだから。

 

 カメラを引き連れていることに視線を集め、そして私を見て二度驚く大衆の中をスタジアム向けて歩いていく。

 中には私の行き先を見て何かの仕事だろうか、と考える人もいたようだがまさかこれから私がジムチャレンジに参加するとは思ってもいないようだった。まあ確かにこれまでそう言った様子を一度だって見せなかったのだから……そもそも今年になって急に思いついたことなのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 そうして目立ちながら歩いているといつの間にか私たちの後ろをとんでも無い数の人々がついてきて通行の邪魔になっていたのでテレビクルーの人たちが解散を働きかけていた。

 街中を歩いていると良くあることだ、有名税とでも言うべきか。

 けれど邪険にすることは無い。彼ら、或いは彼女たちは私を……何より私の可愛いポケモンたちを慕って集まって来てくれる人たちなのだから。

 だからなるべくならファンの声には応えたいとは思っている。

 

 だがジムチャレンジの開会式の時間というものがあるので余り長く時間は取れない。

 ジムチャレンジへの参加申込自体は昨日の時点で終わっているので余裕が無いわけではないが、さすがにこの数を一人一人相手にしていられるほどの時間があるわけでも無く、仕方なく手を振って愛想を撒きながらその場を立ち去る。

 ファンとて撮影中に強引に入って来るようなことも無いのでそれで満足して去っていく人もいれば、まだついてくる人もいる。まあ確かに数こそ多いが、他のジムチャレンジャーにも多かれ少なかれそういう人たちがいるのも事実なのでそこまで問題にはならないだろうと思う。

 

 エンジンスタジアムに近づくに連れて大衆の数は多くなっていく。

 

 その中に私が引き連れてきた多くの人たちが混ざっても目立たないくらいに多くの人がこのジムチャレンジというガラルの一大興行に惹かれてやってきている。

 私はアイドルという輝きでもってガラルのポケモンバトル一色の環境を塗り替えてきた。

 今ではアイドルという『華』は決してポケモンバトルにも劣らないものになっているがこの光景を見ればそれでもポケモンバトルという『華』がいかに多くの人に愛されているのかを思い知らされる。

 

 やはり必要だ。

 

 私が私の願いを叶えるために……一度は外したポケモンバトルという選択肢は最早必須であると実感した。

 後は私がこのポケモンバトルという『ステージ』でどれだけ輝けるか、私の可愛いポケモンたちを輝かせてあげられるか。

 

 ここから試されるのは私と私の最愛のポケモンたちの力。

 

「望むところ」

 

 ぽつりと呟く一言はけれど雑踏の賑わいに消えていく。

 

 見上げたそこに広がるのは巨大なスタジアムだった。

 

 

 * * *

 

 

 ジムチャレンジの受付を済ませると受付がどうやら私を知っていたのか酷く驚いた顔をされたが、受付自体は無事に終了する。

 そこでユニフォームを渡され隣の選手控室奥の更衣室でそれに着替える。

 さすがに選手控室の中はジムチャレンジャーのみが入れる場所なのでテレビカメラは入れない。

 とは言え開会式も近いので控室に残っているチャレンジャーも少ないのだが。

 そうして着替えて受付のほうに戻るとテレビカメラが周囲の映像を取っていた。

 

 偶にジムチャレンジャーを勝手に映すのはどうなのだろう、と言う声があるがとんでも無い見当違いな意見であると言える。

 

 ガラルにおいてプロトレーナーとはエンターテイナーである。

 派手派手しいバトルで人を惹きつけるキバナジムリーダーや、ダイマックスこそ無いにも関わらず圧倒的実力とライブパフォーマンスで人を惹きつけるネズジムリーダーなどが一番分かりやすい例だろう。

 そしてチャンピオンとはガラル最強にして最高のパフォーマーでもある。

 

 無敵のチャンピオンダンデは単純な実力が最強であることを除いても純粋なパフォーマー、エンターテイナーとしても一流だ。

 チャンピオンダンデの象徴とも言えるリザードンとそれになぞらえたリザードンポーズなどその最たる物と言える。トレーナー志望の子供たちがこぞって真似をするリザードンポーズはまさにダンデの人気の証である。

 ダンデと言えばこれだ! という特徴があるからこそ観客はダンデにそれを期待する。そしてダンデはそれに応え、その上で勝利を積み重ね続ける、だからこそダンデは無敵のチャンピオンで最高のエンターテイナーなのだ。

 

 ガラルにおいてチャンピオンとは純粋な実力とは別にエンターテイメントを求められる。

 

 勿論ジムリーダーと違って実力だけでもチャンピオンになることは可能だ。だがそれだけでは人気が出ない。人気の出ないチャンピオンにスポンサーは付かないし、スポンサーが付かないトレーナーはそれだけ不利を強いられる。

 

 余り一般的なイメージではないが、トレーナーというのは金食い虫な職種なのだ。

 

 そもそもポケモンの飼育費だけでかなりの値がする。

 小さいポケモンを一匹二匹くらいならともかく、バトル専門とするパワフルでダイナミックなポケモンを六体、ないしそれ以上の数を育てようとすると食費だって馬鹿にできないし、バトルのための特訓をするための金も必要になる。

 場所自体はワイルドエリアでも良い特訓になるだろうが、トレーナー自身の危険性も高いし、何よりそこで得られる経験は野生のポケモンとの戦いと偏った物になる。

 

 ジムリーダーはこの辺ジムの運営費から補助されるので良いとしてもそのジムリーダーだってメジャーリーグ所属のジムはともかくマイナーリーグ所属のジムでは大きな差がある。

 何よりバトルで使用する『持ち物』などは一般人の年収が吹き飛ぶレベルの大金だ。

 スポンサーの居ないトレーナーというのはそういうバトルに必要な環境や道具を得るためにバトルとは関係の無いところで資金繰りを強いられることになる。当然その分特訓の時間は減るし質の良い訓練をする環境も無くなる。

 

 野生のポケモンを相手にするポケモンレンジャーなどならともかく、鍛え上げたポケモン同士がぶつかるプロの世界において資金とはそれだけで一つの力になり得るのだ。

 

 だからこそガラルのトレーナー……それもプロ志望のトレーナーはエンターテイナーであることを求められている、否、最早義務づけられているとすら言っても良い。

 試合に多くの人を集め、スポンサー企業にとって利潤をもたらせるトレーナーになることはプロとして必須だ。であるからしてジムチャレンジャーというのはプロの卵であり、基本的にテレビなどに放映される立場にある。

 少なくともジムチャレンジャーというのは言わばセミプロ的立場なのだからテレビに映りたくないなどいう人間は少なくともこのガラルにおいてプロトレーナーには絶対になれないのだ。

 

 周囲を見渡せば私と同じようにユニフォームに身を包んだ選手が50人弱。

 

 毎年の平均チャレンジャー数が44、5と言われるので今年は割と豊作の年だろうと言える。

 

 つまりここにいる50人足らずの彼ら、彼女らが私のライバルということになる。

 

 そうしてライバルたちを見まわしている間にリーグスタッフから集合の声があり。

 

 

 ―――開会式が、始まる。

 

 

*1
当然ながら勝ち上がるほどに知名度が上がるため後半のジムのある街ほどこの条件は有利に見えるが前半のジムのある街ほど多くのチャレンジャーを迎えることができ、まだ知名度の出る前から自分たちだけの推しを探すファンも多いので意外とバランス良く成り立っていたりする。




因みに大よそのイメージ的に剣盾本編より三年くらい前の予定なんで、サイトウちゃんとかオニオン君とかいやお前らその年代だと絶対トレーナーデビューしたてだろってくらいの子は出てきません。

サイトウちゃん多分14前後くらいだと思ってるけど、オニオン君って何歳なんだろうね?

黎明の翼だったかでサイトウちゃん学生服来てたんだよね、だから中学生くらいなんだろうなって思うんだがオニオン君とか小さすぎて小学生にしか見えない(


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相思相愛なカんけいですので

 

 

 開会式はつつがなく……いや、私がジムチャレンジ参加ということに気づいた観客が混乱の坩堝に叩き込まれたことを除けば問題らしい問題も無く終わった。

 そうしていよいよジムチャレンジがスタートするわけだが、ガラルにおけるジムチャレンジの順番というのは実のところ固定されている。

 他の地方ならばどこからでも好きな順番でジムを巡り、リーグ公認ジムでジムバッジを最低8個手に入れればそれでリーグ挑戦できるらしいがガラルでは最初から最後までジムの順番が固定されており、順番通りにジム巡りをする必要がある。

 そのため自分の手持ちのポケモンと苦手なタイプ相性のジムで詰まったとしても後回しにするということができない。

 

「はーい、というわけで最初のジム、ターフタウンのターフスタジアムを目指します」

 

 スマホロトムを使ってナビアプリを起動するとスマホの画面にガラル地方周辺の地図が表示される。

 エンジンシティからターフタウンまでへの道は『3番道路』を歩いて進み『ガラル鉱山』を抜けた先だ。

 多分この映像中にも後で編集で視聴者にも分かりやすいよう地図が表示されるのだろうことを前提で話していく。

 このジムチャレンジというのは実に三ヵ月もの長期間に渡るのでさすがに生放送は無理だし、後日放送なら編集でより面白い番組を作るのは当然のことだ。

 まあだからこそ逆に放送が後日な分、多少トチってしまっても編集でどうにでもなるという安心感もある。さすがに自社のアイドルのイメージダウンになるようなことはテレビマクロだってやらないだろうし。

 

 タウンマップで見ると『3番道路』はとても短く見える、だが実際に歩いてみればその広さが分かるだろう。

 何せ道の途中でテントを張っているトレーナーやキャンパーもいるくらいだ。

 分かりやすく言うならばエンジンシティからガラル鉱山入口まで徒歩で丸一日以上かかる距離がある。

 正確に言えば真っすぐ何事も無く進めれば一日足らずでつくのだろうが、街の外は野生のポケモンの領域である。

 全てが全て、人を襲うわけでは無いし、人懐っこいのも多いが人を警戒し、人に敵意を向けてくるポケモンだっているのも事実だ。

 

 実際に歩いてみればジムチャレンジ直後だからか、数人先ほどスタジアムで見かけたトレーナーもいた。

 それ以外にもあちらこちらにポケモントレーナーらしき人がいて、これならバトルするにはこと欠かないだろう。

 実際ガラルにおけるトレーナー人口というのはとても多いのだ。プロトレーナーでなくても趣味や副業でポケモンバトルをやっているという人も多い。

 それはやはりプロトレーナーの試合に影響されて、というのが多いのだろうことを考えればポケモンバトルにおける人気というものが決して無視しえない証左ではあった。

 

 とは言えこうして実際に野良試合が盛んに行われている場所にやってきているのだ。

 私はバトルをして経験を積み上げる必要があるだろうし、何よりポケモンバトルは番組的に撮れ高が高い。

 だが気を付けなければいけないのは相手が一般のトレーナーの場合だ。ジムチャレンジャーならばカメラが回っていても気にしないだろうが、一般トレーナーが相手の場合、バトルの前に撮影の許可をもらう必要がある。

 

 ―――まあ大概あっさり許諾されるのだが。

 

 これでもガラルのトップアイドルである。

 知名度だけで言えばチャンピオンダンデに比するものがあるし、ファンも多い。

 多少恥ずかしながらもあっさりと撮影許可をもらい、バトル開始。

 だがまあ所詮相手は趣味でトレーナーやってるような相手である。一か月程度とは言えポケモンジムに通っていた私とではその差は大きい。

 だが私にとってバトルとはその勝敗云々よりも重要なのは、いかに私の可愛いポケモンたちを輝かせるかということで。

 単純に激しい技のぶつかりあい、とかでも絵的には映えるのだが、それより相手を圧倒して何もさせないほうがより私の可愛いポケモンの凄さを見せることができる。

 

 故に私が目指すのはそういう勝利だ。

 

 演出、という面を考えると私に求められるのは泥臭い戦いでは無いだろう。

 相手を苦も無く余裕綽々な態度で倒してしまう。

 多分方向性としてはそんなところだ。

 と言ってもそれは中々に難しいのだが。

 

 当然ながら相手トレーナーだって私に負けたく無いため必死になって戦うだろう。

 そんな相手を上から抑えつけて勝つには圧倒的な力の差というものが必要になる。

 今の私にはまだ無いものだ。

 そう……まだ。

 

 

 * * *

 

 

「どうすべきかな」

 

 今現在カメラは回っていない。

 正確には先ほど今日の撮影が終わり、カメラマンたちは一端エンジンシティへ戻り録画データをテレビマクロの本社へと送ってホテルに泊まるのだろう。

 さすがに彼らも一緒にテント暮らしをしろ、とは言わない。彼らも彼らでこんな遅くまで撮影の仕事をして、まだその後報告だの雑務だのと仕事があるのだ、寧ろ初日だからかついでにキャンプ中の撮影もしてしまおうと予定よりやや撮影終了時刻が伸びてしまったくらいだ。

 

 アイドルとスタッフならば単純な価値はアイドルのほうが高くなる。

 

 それはテレビ局からすればアイドルとは商品であり、スタッフとは商品をより良い製品に加工する人間だからだ。根本的に商品が無ければ商売にならないのは当然だ。商品も無い店のレジなど使う予定も無いのだから。

 とは言えじゃあアイドルはスタッフを自分勝手に振り回して良いのか、と言われると否である。

 

 スタッフが居なければアイドル単体で何ができるのか、という話であり、究極的に言えば私こと『リリィ』というガラルのトップアイドルは私本人、私の可愛いポケモンたち、私の所属する事務所のマネージャー、そしてテレビマクロのスタッフたち、それら全ての人間の合作であり、重要度の差こそあれ不要な存在は無いのだ。故にアイドルも、マネージャーも、スタッフもどれを欠いても『リリィ』という製品は成り立たない。

 私一人なら別にそんなものどうでも良いのだが、私というアイドルが成り立たなければ連鎖的に私の可愛いポケモンたちもまたアイドルとして成り立たなくなる。そんなことが許せるはずも無い。

 

 まあそれはさておいて。

 

 こうしてカメラから離れて考えてみるとどうしても思うことがある。

 今の私に足りない物……単純な実力もあるだろうが、それはこれから身に着けて行けば良い。

 まだ三ヵ月あるのだ、ジムチャレンジ用に『加減された』ジムリーダー相手ならばいくらでも勝ち目はあるだろうし、ジムバッジを全て集めるのは私からすれば『予定調和』に過ぎない。

 それすら難しいチャレンジャーが毎年いくらでもいるということは知ってはいるが、それを差し引いても行けるという自信はある。

 

 だがその先に大きな問題がある。

 

 この先トレーナーとしてやっていくにあたって絶対に必要な物が一つだけあるのだが、今の私にはそれが欠けていた。

 

 必要なものは分かりきっているのだが、それをどうやって手に入れれば良いのか皆目見当もつかない。

 さすがのローズ社長もこればっかりはくださいと言ってくれるものでも無いだろうし、ならそれ以外の手段で入手……となるとこれが中々難しい。

 けれどガラルでプロトレーナーとしてポケモンバトルで人気を得ようとするならば、これがあると無いとでその難易度は大きく変わるだろう。

 アイドル人気も加味すれば不可能ではないとは思うが……それでもやはりあったほうが圧倒的に簡単だし、やはりこれが無ければ得られない人気というのもあると思う。

 

「本当に……どうしよう、ダイマックスバンド」

 

 呟いてみるが宛ても無く。

 嘆息一つ、そんな私に大丈夫? と言わんばかりに寄り添ってくれる私の可愛い家族たち。

 大丈夫だよ、とその頬に触れれば柔らかい感触と共に、頬に当てた私の手に嬉しそうに頬ずりしてくれる彼女。

 可愛すぎる、とキュン死しそうになりながら思わずがばりと飛びついて私も彼女へ頬ずりする。

 

「(あ、柔らかい、ていうかいいにほい、ていうかホントに柔らかいんだけど、何この柔らかさ癖になる、もうなんか触ってるだけで幸せだし、てしてし叩いてくるの優しすぎて逆に幸せだし、ぷんすか怒ってる顔も可愛すぎて幸せだし、ぷりぷり怒ってる声も可愛すぎかよ、もう幸せ過ぎてやばい、ていうか私のポケモン可愛すぎてやばい、ホントもう可愛すぎて生きるのが辛い)……えへ……えへへ、えへへへへ……もう死んでもいいかも」

 

 そんな私の呟きに目を丸くして、すぐにダメだよ! と言わんばかりに手をぶんぶんと振る彼女がまた愛らしく、頬がにやけるのが抑えられない。

 そんな私たちを見て嘆息する彼は諦観者めいていて、だから関係無いとばかりに離れている彼も巻き込んで三人……一人と二匹で寝転がる。

 

「ま、何とかなるよね」

 

 きっと大丈夫、と自らに言い聞かせる。

 何より、私の可愛いポケモンたちのためならば、私は何だってできる。

 だからきっと大丈夫なのだ。

 

 

 * * *

 

 

 それから『3番道路』を抜けて『ガラル鉱山』へ。

 鉱山の中はすでにかなり開発されており、あちこちに坑道が敷かれ、鉱山中をトロッコが走っている。

 坑道内の簡易地図があるくらいにきっちり開発されてしまっているのでさして迷うことも無く進むことができた。

 一番時間がかかったのが『ガラル鉱山』を通るついで、番組の一環として鉱山を開発する会社の従業員に話を聴いたりすることだった。

 まあこれに関しては『親会社』に対する媚びのようなものだ。

 今でこそガラル全土にその手を伸ばすマクロコスモス社だが、その大本となるのはローズ社長が若い頃に立ち上げた小さな鉱山開発の小会社であることはそれなりに知られた話だ。

 そしてその鉱山開発は今となってはマクロコスモス社の一つの系列となってしまったが、それでおテレビマクロからすればある意味『親の親』のようなものである。

 

 その辺の事情も加味しながらまあ上手く番組に使ってくれれば良いな、と思いつつインタビューなども済ませついでとばかりに坑道の従業員とポケモンバトルなどもしたりしながら鉱山を抜ければ一面の畑が見えてくる。

 山の斜面に広く展開する畑は中央にある大通りを軸に左右に分かれており、中央の通りを抜けて山を下りていくとターフタウンが見えてくる。

 

 ターフスタジアムを担当するジムリーダーは『ヤロー』だ。

 

 『くさ』タイプの使い手であり、このターフタウンに大きく根を張った人物でもある。

 まあとは言え所詮は最初のジムである。

 ここに来るまで何度となくポケモンバトルをして実戦にもこなれてきたこともあって、加減に加減された状態で負けるはずもなくあっさりとジムを突破し、一つ目のジムバッジを獲得する。

 

 ここまで約一週間。

 

 道中に五日ほどかかったことを考えればかなり良いペースと言える。

 とは言えまだ序盤も序盤。

 ノーマルジムで特訓中に一体増やしたとは言えまだ手持ち三体で全ジム制覇できるほど甘い世界ではないことは知っているので油断できるようなペースでも無かった。

 

 それともう一つ。

 

 一週間の旅をしてきた、ということは逆に言えばジムチャレンジの開始から一週間ということであり。

 

 このアイドルジムチャレンジ番組がいよいよ放映開始となる日でもある。

 

 とは言えこれに関しては面白くなるようにテレビマクロのスタッフたちが頑張って作ってくれている番組であり、私にできるのは普段の撮影中になるべく撮れ高が増えるような言動を意識することくらいだ。

 普通に考えると少し難しいかもしれないが、トップアイドルとして色々経験してきた私ならばそう難しい話でも無かった。

 

 番組のことは気になる……気になるが、今はジムチャレンジである。

 

 次に目指すべきは『バウタウン』の『バウスタジアム』。

 ジムリーダーは『ルリナ』。『みずタイプ』のエキスパート。

 

 因みに私の知人でもある。

 

 というのもルリナは副業でモデルをやっている。

 これがまたティーンに人気の花形モデルであり、トップアイドルの私とも同じマクロコスモス系列の会社で働いているという共通点もあって現場で何度か出会うこともあって、それなりに仲良くやっている。

 当然私がジムチャレンジに参加するということも知っているし、言った時は酷く驚かれた。

 私よりも一つ、二つほど年上になるが、それでもまだ二十に届かないかなり若いジムリーダー。だがメジャーリーグ所属のジムリーダーというだけあってその実力はかなりのものだった。

 とは言えやはりジムチャレンジ中は使用ポケモンなどにも制限が入るため勝ち目は十分にあるだろうと思っている。

 

 それに何より、相手の人柄を良く知っているというのは大きい。

 

 そういう相手に付け入るのは得意だったりするのだ。

 

 性格悪いかな? なんて問うてみても、私の家族は首を傾げるばかりだった。

 

 




4番目とか6番目の問題があるので次回一気にジム飛ばします(悲報:ルリナ戦カット

①ダンデとソニアは幼馴染で同じ年にジムチャレンジしてた。
②ソニアとルリナは親友で、二人が出会ったのはジムチャレンジの時。
③ダンデは10歳の時にジムチャレンジしてそのままチャンピオンになって10年無敗。

Q.ダンデ=ソニア=ルリナは同い年?

という設定の解釈の元、だいたい原作時点で20~21歳くらいとしてます。
で、現在が原作3年くらい前なのでだいたいみんな17、8くらいですね。
因みにリリィちゃんは16歳です。


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まさかそんなワけないでしょう

 バウスタジアム、エンジンスタジアム、ラテラルスタジアム、アラベスクスタジアム、キルクススタジアムと順調に攻略を重ねていく。

 道中で仲間も増やし、スミレさん仕込みの育成を熟しながらジムチャレンジの開始からすでに二カ月弱。

 たどり着いたのは七番目の街、スパイクタウン。

 

 それはこのガラルにおいて最も異色の街だ。

 

 最も閉鎖的で開放的で、閉塞していて、閑散としている。

 

 キルクスタウンのすぐ南に位置する街で、北から流れ込んでくる寒気から街を守るために街全体がアーケード化しており、一番大きな入口も基本的に常時シャッターが下りていて人が通る時にだけ開かれる。

 地理的な影響かよく空に雨雲が渦巻くし、偶に降り注ぐ雪の重みに耐えるよう作られた分厚い天蓋のせいで街全体が常に暗く、ネオンサインの明りがあちらこちらで瞬くようなパンクな街だった。

 

 これで人通りも多ければまだマシなのだろうが、すぐ傍にはガラルでも有数の大都市であるナックルシティがあり、常に人はそちらに流れこちらにはやってこないため年々過疎化が進む田舎街だし、かつてはアーケード化された街の随所に商店が並んでいたが人が少ないということは需要も少なく、今ではどの店もシャッターが下りてしまっていて小さな店がいくつか細々と続いているだけだ。

 

 だが何よりも異色なのはこの街には『スタジアム』が存在しないことだ。

 

 否、ただスタジアムが存在しないだけならば良くあることだ。ジムチャレンジの目的地として設定されていない街ならばほとんどの場合、スタジアムが無いのだから。

 ただジムチャレンジの目的地として設定されていながらスタジアムが無い街などこのスパイクタウン以外に存在しない。

 スタジアムが無い、つまりそれはパワースポットが無いということであり、この街ではダイマックスができないということでもある。

 

 開催、運営側のポケモンリーグとしては悩ましい話だろう。

 

 だがそれを押し通しているのがこの街のジムリーダーだ。

 

 スパイクタウンのジムリーダー『ネズ』さん。

 

 数年前にジムリーダーに就任してから僅か一年でメジャー昇格を果たし、このスパイクタウンをホームタウンとしてジムチャレンジの目的地の一つに組み込んだ男だ。

 ジムチャレンジにおけるジムの攻略順とはだいたいそのままジムリーダーの実力に直結する*1ため、言うなればガラルで二番目に強いジムリーダーということになる。

 

 しかもネズさんというジムリーダーには一つ有名な逸話がある。

 

 『ダイマックスが嫌い』

 

 彼はそう公言してはばからない。

 故に彼のホームタウン、スパイクタウンでのジムチャレンジではダイマックスが使用できない。

 しかもそれは彼自身があえてそういう仕様にしているのであり、実際過去にローズ委員長からもダイマックスのできるスタジアムを作るのでホームを移さないか、という提案もあったがそれを蹴ったという。

 事実ネズさんはダイマックスのできる他のスタジアムでバトルをする時も絶対にダイマックスをしない。すれば勝てるかもしれないのに、それでもしない。

 

 ダイマックスは強大な力だ。

 

 ただポケモンが大きくなるだけではない、ポケモン自身のタフさも上がるし、何よりダイマックス状態においてのみ使えるダイ技は絶大な威力を誇る。

 とは言え溢れんばかりのパワーはポケモン自身にも負担をかけるため短時間しか使えない、という点を考慮してもそれはトレーナーにとって切り札になり得るほどの強い力である。

 それを使わない、使えるのに使わない、という彼のポリシーはただそれだけで自らに不利を強いるものでありながら、それでも彼はこのガラルで二番目に強いジムリーダーの地位を守っているのだ。

 

 ジムチャレンジのために実力に下駄を履いているとは言え、この難関を突破できずにジムチャレンジに折れるトレーナーは毎年多い。

 

 これまでのジムリーダーたちだって強敵だったが、残りのジムリーダーはそれに輪をかけた強敵たちだ。

 

 スタジアム代わりの街の中央にあるコートへと向かって歩きながらも、ぶるりと体を震わせる。

 最もそれは強敵との激戦を予感したからではなく。

 

 

 ―――彼に会うことに緊張していたから。

 

 

 * * *

 

 

「やぁ、久しぶりだね」

「オヒサシブリデスネズサン」

 

 とても穏やかな挨拶だった。

 それを告げる本人は満面の笑みだった。

 ただし額に怒りマークを幻視した。

 

「ごめんなさい」

 

 素直に謝った。最早それ以外できないというべきか。

 頭を下げて、許しを請う私にネズさんはふっと笑う。

 

 もしかして許してくれたりとか―――。

 

「まさかそんなわけないでしょう」

「デスヨネー」

「絶対許しません」

 

 そんな風に一刀両断された。

 

 さて今更な話だが、私ことリリィはガラル生まれのガラル育ちだ。

 そこは普通に事務所のプロフィールでも公開しているが、じゃあガラルのどこで生まれ、どこで育ったのかと言われると。

 

 ここ、スパイクタウンである。

 

 生まれた時から色素が薄く肌が弱かった私は日に光を浴びるとすぐに肌が焼け、目が痛むような虚弱体質だった。この体質自体は成長すると共に多少気を付ける程度で良いくらいまで改善はされたのだが、幼い頃は本当に死活問題だったのだ。

 両親はそんな私のために日がな天蓋に覆われ日光が弱いこの街へと引っ越した。

 幼少の頃からこの街を駆け巡って良く遊んだし、狭い街故に生粋のこの街育ちのネズさんやその妹とも当然ながら交友があった。

 と言ってもネズさんは私より何歳か年上だったし、私も六歳の頃から半日はお隣ナックルシティのスクールに通っていたためそうしょっちゅう遊ぶような関係でも無かったが。

 

 とは言え()()()()()()()()()私と私の大切なポケモン二匹だけが残された後、私がこの街を出るまで何かと幼い私の世話を焼いてくれたのはネズさんであり、アイドルになると決めた十歳のあの日、ネズさんに何も言わずに街を飛び出してそれ以来帰っていないのだから怒るのは当然かもしれないが。

 そもそもアイドルという芸能の分野に飛び出そうと思いついたのも、子供時分からシンガーソングライターを目指していたネズさんの影響もあったからかもしれないが。

 

 最後に会ってから六年越しの再会となるが、飛び出してからアイドル稼業に必死で一度も連絡を取っていなかったこともあって割と緊張していた。

 

「いや、ホントごめんなさい」

「ダメです、いきなり街を飛び出して六年一度も連絡も寄越しやがらない上に、のこのこジムチャレンジでやってくるとは良い度胸してやがりますね」

 

 当然オコだった。まあ当然だろう、当然のごとくオコだ。

 

「し、仕事が忙しくて(震え声)」

「電話一本くらいできるでしょう」

 

 ジロリと見つめられるとどうしても小さくなってしまう。

 こっちが悪いと分かっているからどうにも強く出れない。

 と、ふと視線をずらすと一人の少女がコートの外側からこちらを見ていることに気づいて。

 

 ぷいっ

 

 顔を逸らされた。

 

「オコなの?」

「オコですね、妹も、おれも」

「ユルシテ……ユルシテ……」

「そうですね、では」

 

 ふっと、笑みを浮かべたネズさんが手元のスタンドマイクを握り。

 

「戦って勝ってみなチャレンジャー! このスパイクタウンジムリーダー! ネズにな!」

 

 人格が変わったかのように態度を豹変させた。

 

 

 * * *

 

 

 ネズさんは『あく』タイプの天才などと呼ばれるようにジムリーダーとして専門にするのは『あく』タイプになる。

 これがまた厄介なタイプであり私の可愛い家族たるイエッサンのタイプ『エスパー』タイプに対して絶対的な有利を誇っている。何せ『あく』タイプは『エスパー』タイプの技を無効化してしまうのだ。その癖『あく』タイプの技は『エスパー』タイプに対して抜群相性となってしまうため、最早『あく』タイプというのは『エスパー』タイプの天敵と呼んでも過言ではないかもしれない。

 

 私の手持ちのポケモンは六体だが、その内の二体がイエッサンで固定なので『あく』タイプに対する不利は否めないが、まあ相手はジムチャレンジ用に手加減されたポケモンたちだ。

 

 負けるわけがない、とまでは言わないがそうそう負けない、くらいなら言える。

 それを使うのがネズさんでなければ、だが。

 

 冗談で『天才』などと他称されているわけでは無いのだ。

 冗談抜きで『天才』なのだこの人は。

 

 相手はジムチャレンジ用に加減されたポケモンたち。

 けれど私のポケモンたちだってまだジムリーダーたちのように『洗練』された強さは無い。

 当たり前だが、私がトレーナーになってまだ三ヵ月ほどしか経っていないのだから。

 相手は十歳の頃からトレーナーとして活躍してきた天才。

 

 それでも、たった一つだけ()()を上げるならば。

 

 私がネズさんを良く知っているということか。

 

 ネズさんのバトルはまるで音楽ライブのようで、パフォーマンスをしながらのバトルは熱狂的で。

 でもエキサイトしたようなその言動の裏側でネズさんは常に冷静に、いっそ冷徹なほどにこちらをじっくりと見ている。

 バトルの躍動感に、熱狂に当てられて少しでも思考が狂えば『あく』どいくらい的確にその隙を突いてこちらを崩してくる。

 

 何よりこのコートだ。

 

 薄暗い街の中、光るネオンサイン。

 距離感の狂うコートはダイマックスを使わないことを前提としているため想像以上に狭く、そして周囲を取り囲む地元の応援たち。

 スタジアムもまた多数の観客が熱狂し、声を挙げるが何よりも『距離感』が違う。

 より一体化した熱狂が脳を犯してくるようなひりつく感覚。

 その熱狂に身を委ねながらもけれど冷静に、冷徹に指示を繰り出すネズさん。

 

 ここまで戦ってきたどのジムリーダーとのバトルとも違う、スパイクタウンらしい異端で、異質で、けれど何よりも本質的な本来の意味でのポケモンバトルだった。

 

 私は幼少の頃よりそんなネズさんを見てきた。

 まだトレーナーになる前から、どんな人なのか、どんなことを好むのか、どんなことを厭うのか。

 見て、見て、見て、見続けて。

 

 だからこそ最後の戦い、最後の一瞬に私は気づけたのだ。

 

 6対4で始めたポケモンバトルはすでに残り1対1で。

 

 マイクパフォーマンスから出される『フェイク』の指示。

 

 言葉に含まれた嘘に気づいて咄嗟に叫んだ私の声に、私のポケモンは応えて。

 

 1対0

 

 気づけば私の勝ちだった。

 

 

 * * *

 

 

 バトル後の余韻というのはアイドルの仕事でライブコンサートで一曲歌った後の爽快感に似たものがあるのだが、今度ばかりはその爽快感よりも、気まずさのほうが勝っていた。

 ネズさんがゆっくりとボールの中へ最後の一体を戻すのに合わせて私もまたこちらの最後の一体をボールに収める。

 

「ふう」

 

 ネズさんがそうして息を吐くだけでびくり、となる私がいて、次の言葉がいつ飛び出してくるか心臓がばくばく跳ねている。

 両手でマイクを握りしめ、目を閉じ、余韻を感じているかのようなネズさんだったが、やがて顔を上げ。

 

「リリィくん」

「は、はい」

 

 じとーっとこちらを見つめる一対の瞳に冷や汗が出そうになり。

 

「まあ許そう」

「ふぁ?!」

 

 続いて出てきた言葉に驚きの余り変な声が出てしまうが、ゆっくりとこちらにやってくるネズさんの姿にそんな些細なことは意識にすら残らなかった。

 

「これを」

 

 そう呟いてポケットから差し出したのは。

 

「え、これって」

 

 硬いプレートのような何かが内側に入った腕に巻くバンドだった。

 私は知っている、否、私だけでなくトレーナーどころかその辺の一般人だって、これが何なのか知っている。テレビなどで良く見る……そうポケモンバトルの試合中継などで、ジムリーダーたちが腕につけたこれを。

 

「ダイマックスバンド。前にローズ委員長がうちのジムにってくれたんだけど、おれは使いませんから、キミにあげましょう」

「良いの? マリィちゃんには」

「後でもう一個くらいローズ社長からせしめてくるので、それにマリィよりもキミのほうがすぐに必要でしょう」

 

 渡されたダイマックスバンドをじっと見つめ……それからネズさんへと視線を向ければ、ネズさんが一つ頷く。

 

「えっと……ありがとう」

 

 腕に嵌めたバンドを見やりながら、どこか不思議な心中でそっと触れる。

 

「それにしてもテレビで活躍していると思ったら、随分と突然だったね。まあキミもキミの大切な家族も元気にしているようで安心しましたよ」

「そ、その節はご迷惑を(震え声)」

「良いよ。次が最後のジムだろ、頑張りなさい。キバナ君は強敵だよ」

 

 それだけ告げてネズさんが去って……行こうとしてふと足を止める。

 

「それと、ジムチャレンジが終わって、チャンピオンカップも終わったら、また顔を見せにきなさい、キミの育ったこの街に」

「……うん」

 

 告げて、今度こそ足を止める事無く去っていくその後ろ姿が見えなくなるまで、見つめていた。

 

 

*1
ジムリーダーの性格なども考慮して順番が前後したりもするので実力が全てというわけではない




故郷に帰って素になっちゃうリリィちゃん回。
アイドルでもオタクでも無ければ将来的にリリィちゃんもマリィのジムチャレンジの時にエール団に混ざってたかもしれない。そのくらいにはリリィちゃんもネズさんたちが好きだし、スパイクタウンも好きだがぶっちゃけ田舎だよなあ、という正直な感想もある。


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まあ偶にはこうイうこともあります

 実際のところ、ジムリーダー最強と呼ばれるキバナではあるがカブが新人の『登竜門』と呼ばれるように、ネズさんが難関とされるようにいわゆる『ふるい落とし』としての機能はそれほどしていない。

 別にそれはキバナの実力がどうとかいう問題ではない。現実にはキバナはこのガラルにおいて二番目に強いトレーナーと言って差し支えない。ネズさんがプライドを捨ててダイマックスを使うようになれば或いは……と言ったところではあるが現実にはジムリーダー最強と誰もが認めるように、チャンピオンを除けば今のガラルで最も強いトレーナーであることは間違い無いのだ。

 

 ただキバナのジムチャレンジにおいて試されるのは『トレーナー自身の力』である。

 

 天候変化とダブルバトルという常とは勝手の違うバトルの中でトレーナー自身の咄嗟の判断力や対応力、勝負強さを試されるのがジムチャレンジ8番目……つまり最後のジムで行われるチャレンジの内容であり。

 

 そもそもそんなもの、持っていないやつがネズさんを突破できるはずも無いのだ。

 

 余程運が良ければ或いはと言ったところだが、実力でネズさんを突破したチャレンジャーならば大概キバナも突破できる。

 故にジムチャレンジの最後で躓くチャレンジャーというのは実はそれほど多くない、ここまで来て躓くようなやつはもっと前に躓いているからだ。まあそれでも数人はここで躓くのだが。

 

 当然ながら私も今更この程度で躓くような失態は無かった。

 

 というかイエッサンという私の最愛のパートナーたちは意外とダブルバトル向きなポケモンなのだ。

 シングルよりもやりやすい、というのが正直なところであり、タイプ相性の問題もあってか、ネズさんのジムより苦戦せずに突破できた。

 

 と言っても、キバナのエース、キョダイマックスジュラルドンだけはとてつも無い強さではあった。

 

 ジムリーダーは毎年同じポケモンを使わないといけないという縛りはない、無いが大概主力となるポケモンは固定される傾向にある。

 特に単純なサイズだけでなく外観まで変わるキョダイマックスポケモンというのは見た目にも派手であり、独自のダイ技……キョダイマックス技というのを使えるようになるためオリジナリティも高い。

 分かりやすく印象に残りやすいためジムリーダーなどは好んでこのキョダイマックス個体を最後の一匹として使う傾向にある。

 

 故にキバナの最後の一匹がジュラルドン、しかもキョダイマックス個体であるというのはほぼほぼ分かりきっていたし、そのための対策もしていたにも関わらずだからどうしたと言わんばかりの力押しで押し切られそうになったのはさすがにガラル最強と言ったところか。

 

 とは言えどう足掻いてもジムチャレンジ用の加減された個体なのだ。

 チャレンジャーが絶対に勝てないような仕様にはされていないので隙を突いて撃破、2対0での危うい勝利ではあった。

 

 そうして八番目のジムを突破すれば後はシュートシティへと向かうだけである。

 

 ここまででだいたい二カ月と一週間。実に危なげない終了となった。

 一度くらい攻略失敗したほうがエンターテイメント的にも美味しいかとも思ったが、勝てるなら勝って良い、それはそれで美味しいとテレビマクロからも了承を取れているのでまあこれで良いのだろう。

 尚、スパイクタウンのやり取り等も思い切り撮影されていたらしいが、さすがに個人的過ぎるという配慮もあって使っていいところで止めて欲しいところ、どこまで情報公開するかなど私のほうにも確認が来た。

 

 言っても別にスパイクタウンはガラルの中ではやや異質さはあるが、別に治安の悪い無法都市だったり、不良のたまり場だったりするわけでも無いただの田舎街の一つと言っただけの話なのでネズさん*1にも確認を取って思い切って公開している。

 反響はあっても別に悪い物では無いようなので、少しくらいはスパイクタウンに訪れる人も増えるかもしれない。まあ言ってもジムチャレンジ以外に見るべきものも無い町なので一時くらい人が増えてもまた緩やかに減っていくだろうが。

 

 とまあそれはさておき、シュートシティへはナックルシティから『10番道路』の雪山を越えていくとたどり着ける、のだが。

 

 ぶっちゃけた話、別に歩いていく必要も無いのだ。

 

 アーマーガアタクシーを使って飛んで行っても良かったりする。

 まあ番組的に面白くも無いので、歩きで行くのだが、さすがに雪山歩くだけの道中が絵的に面白いはずも無いので一日かけて雪山を進む撮影だけしたらナックルシティへ戻ってそのままタクシーでシュートシティへ。

 シュートシティで全てのジムバッジを見せ、セミファイナルトーナメントへの受付を済ませる。

 セミファイナルトーナメントは全てのジムバッジを集めたジムチャレンジャーのみが参加できるトーナメントだ。

 ここで優勝すれば次のファイナルトーナメントへと進むことができる。

 

 とは言えセミファイナルトーナメントの開始は約二週間後。

 

 それまでにやるべきことは多かった。

 

 

 * * *

 

 

 ―――マジかよ、なんて思わず口から出そうになるくらいに目をまん丸にして驚いた。

 

 始まったセミファイナルトーナメントは即日終了する。

 参加者50人弱だったスタートから減りに減ってたった6人である。

 3人と3人で分けてそれぞれ1人をシードとしても5試合で終了だ。

 通常のトーナメントならともかく、セミファイナルトーナメントにおいて優勝以外に意味は無いため3位決定戦も無く、3試合を制した私がファイナルトーナメントへと駒を進める。

 

 ファイナルトーナメントはジムリーダー8名の内、今年最も成績の悪かった1人を抜いた7名とセミファイナルトーナメントを勝ち抜いたジムチャレンジャー1名を加えた8名によるトーナメントである。

 

 そして配られた対戦表。

 一回戦の私の相手、そこに書かれていたのは―――。

 

 

 

「よう」

 

 バトルコートの向こう側。

 そこに立つ男が不敵に笑みを浮かべた。

 

「……よろしく」

「ああ」

 

 短いやり取り、いつもの不敵な笑みではあったが、いつもより口数が少ないのは。

 ―――目の前の男、キバナがすでに戦闘モードに入っているということの何よりの証左なのだろう。

 

 よりも選って、である。

 と言っても対戦相手は7人しか居ないのだから当たる確率はそれなりにあったのかもしれないが。

 つい三週間ほど前、ジムチャレンジで戦ったばかりの男との再戦。

 だが分かっている、ジムチャレンジはあくまでチャレンジャーが『勝てる』ことを前提としたジムリーダー側の配慮があった挑戦なのだ。

 だがこのファイナルトーナメントは1人のトレーナーとしてこのガラルで二番目に強い男として全力で勝ちに来るだろう。

 

 間違いなくチャンピオンを除けば今大会最大の強敵。

 

 だが、だからと言って怖気づいていても仕方ない。

 何よりも、そんな私は()()()()()()

 私はいつだって私の最愛のポケモンたちに相応しい私で居たいのだ。

 

 だから、だから、だから。

 

 ぐっと、ボールを握りしめて。

 

「勝たせてもらうわ」

「ハッ! 言ってやがれ、勝つのはオレさまだ!」

 

 

 投げた。

 

 

 * * *

 

 

 キバナというトレーナーの始動は必ず天候操作だ。

 特性で天候を変化できるポケモンを使ってくる。

 とは言え変化させる天候に拘りというものはそれほどないらしく『晴れ』『雨』『砂嵐』と多様な天候へと変化させてくる。

 『霰』だけは無いのはドラゴン使いだからなのかとも思ったがジムトレーナーの中には『霰』使いもいたので単純にキバナの使うポケモンの中に居ないだけなのだろう。

 

 とは言えこの天候こそがキバナの最大の強みであり、同時に私が付け入るべき『隙』となる。

 

「コータス!」

「カビゴン!」

 

 キバナの先手はコータス。

 特性『ひでり』によって空が晴れ渡り『ひざしがつよく』なる。

 こちらが出したのはカビゴン。

 その巨体でバトルコートを揺らしながら大きく欠伸する。

 『のんき』なやつだ、と思いながらも初手の指示。

 

「カビゴン、大きいの行くよ!」

 

 別に声に出さなくても伝わる、そういう風に訓練したのだから一々指差したり声に出したり、というのは必要無いのだが声に出して周りに分かりやすく指示を伝えるというのは観客受けするのだ。

 当たり前だが指さし一つで指示できるとしてトレーナーがお互いに無言で指差しだけで全部済ませるなんて地味な絵面はテレビ的にも観客的にも余りにも酷過ぎる。

 故に()()()()()()()に分かりやすく声に出すようにしている。

 

「コータス、あくびだ!」

 

 ポケモンには『すばやさ』というのがあるが、これは純粋な移動速度の速さを指す。

 当たり前だが『相手を直接攻撃する技』などが遠く離れたところから当たるはずも無いので、相手に近づいて当てなければならない。

 とは言えそれだと遠くから攻撃できる技が優勢のようにも見える。

 だがそういう技は技で『溜め込み』というものが必要になる。

 

 例えば『じしん』を指示するならカビゴンの巨体を浮き上がらせ思い切り地面に叩きつける必要がある。

 叩きつけられた時に発生する巨大な衝撃はカビゴンが大きく浮かび上がるほどに高くなるのだから、それなり以上の高さが必要になる。

 となるとその分しっかりと力を貯め込んで大きなジャンプをする必要がある。

 しかも遠距離から放てる技だって射程が無制限と言うわけではないのだ。

 当たり前だが『じしん』なら距離が遠のくほど威力が減衰する以上、最大威力を叩き込める場所まで移動する必要がある。

 つまり『すばやさ』とは自分の使う技が一番良い位置から放てるようにどれだけ素早くポジショニングできるか、そのための移動速度と考えて良い。

 

 カビゴンはその巨体故に非常に鈍足だが、コータスはそれに輪をかけて遅い。

 

 そしてコータスは『あくび』が当たる距離まで近づく必要はあるが、こちらは。

 

 ひょい、とカビゴンの膨大な体力の一部を消費した『みがわり』がカビゴンの手前に置かれる。

 直後にコータスの『あくび』が放たれるが、『みがわり』が眠るはずも無いのでカビゴンに届かないまま技が失敗する。

 

「ちっ」

 

 キバナが舌打ち一つ、即座に次を指示して。

 

 『あくび』を当てるために近づいてきたコータスへとカビゴンが大きく跳ね上がり『じしん』の衝撃で攻撃する。

 『じめん』技は『ほのお』タイプのコータスへは抜群となり大きなダメージを与えるが、持ち前の『ぼうぎょ』力の高さで耐えてお返しと『ボディプレス』を繰り出す。

 自らの体を使って攻撃する『ボディプレス』は『ぼうぎょ』力が高いほど威力が上がる技だ。高い『ぼうぎょ』力を持つコータスには最適な技かもしれない。

 同時に『ノーマル』タイプのカビゴンに『かくとう』タイプの『ボディプレス』は抜群となる。

 

 だがその技はカビゴンの前に置かれた『みがわり』が犠牲となって防がれる。

 

「コータス、根性見せやがれ!」

 

 三手目。こちらの『じしん』をもう一度耐えれるかどうか、と言ったコータスにキバナが激励しながら『ボディプレス』の指示を出して。

 

 ()()()()()()()()()()

 

「なに?!」

 

 コータスが飛びあがり『ボディプレス』でカビゴンを襲い。

 

 ―――その体に『レッドカード』が叩きつけられる。

 

「しまっ!」

 

 弾け飛ぶようにコータスがキバナの元へと戻って来ると同時に飛び出すようにして一体、キバナの持つボールからポケモンが飛び出して。

 

「ばかぢから!!」

 

 飛び出した()()()()()()にカビゴンの全力の一撃が突き刺さり、突然の事態に咄嗟に動くことのできなかったジュラルドンの『急所』をカビゴンの『ばかぢから』が捉える。

 ダイマックス状態ならば持ち前のタフネスで耐えられたかもしれないその一撃はけれど『レッドカード』によって強制的に飛び出してきた瞬間の一撃には余りにも無意味な過程であり。

 

 ジュラルドンが崩れ落ちる。

 

 ガラル最強のジムリーダーキバナのエースポケモンにして、キバナを象徴する最強のポケモンが崩れ落ちる。

 私で言えば私の可愛い可愛いイエッサンたちが初手でやられるような展開である。

 

 いきなり奥の手が消えた状態で冷静な勝負が続くはずもなく。

 

 最後の一体となったダイマックスフライゴンをイエッサンの張った『トリックルーム』状態で繰り出したジジーロンが『りゅうせいぐん』で仕留めて2対0で私は初戦を勝ち抜いた。

 

 

*1
基本的に街には町長というのがいるものだが、ジムチャレンジの目的地に設定されている街の場合ジムリーダーのほうが権限が大きいことが多い。




リリィちゃんの戦略

大前提としてポケモンの力比べをするような真っ当なぶつかり合いをしたらドラゴン使いに勝てるわけがない。
となるとキバナの裏を掻いて有利(リード)を取る必要がある。

→ジュラルドンがラスト固定ならすなあらしの使えるギガイアスはジュラルドンが近い残り3体以降だろう。
→てことはまずは『ひでり』コータスが初手で順当。
→残りのポケモン候補を考えると初手カビゴンからレッドカードで吹っ飛ばしてからの『じしん』か『ばかぢから』が刺さりそう。
→コータスよりカビゴンのほうが速い、てことは『みがわり』をすることで変化技は防げる。素直に殴ってくるにしても一回くらいならカビゴンなら耐えれる。
→みがわり+コータスからの攻撃一回でかなり体力は削れるけど、残りのポケモンに『フィラのみ』あたり持たせて相手がヌメルゴンの時にキョダイマックスして『キョダイサイセイ』で回復すれば持たせれるな。
後はレッドカードの運任せでどこまでリード取れるか。

→『じしん』撃った場合→フライゴンに透かせられる危険性はあるがヌメルゴン、バクガメス、ギガイアス、ジュラルドンあたりどれに刺さっても美味しい。
→『ばかぢから』撃った場合→バクガメスには効果が薄いけどヌメルゴン、フライゴン、ギガイアス、ジュラルドンあたりのどれに当たっても美味しい。

で『ばかぢから』撃ったらまさかの急所入った、という状況。

因みに計算したら努力値振ってないジュラルドンに62.1%~73.4%、急所込みで5割くらいでジュラルドン瀕死です。
もしこれで死ななくてもジュラルドンHP残り3割ちょっとでキョダイマックスされてもどうにもでもできる、というかイエッサンがサイコメイカ―からのワイドフォースでHP9割消し飛ぶ特防紙なので敵のパーティ内最強エースがもう詰みかけという美味しい状況だった。

因みにわざとレッドカード発動させるために一発受けるというのは現実ならできるだろ、って解釈。
別に技をターンとか無いし、技を出しちゃいけない理由も無い。

因みに本編中に行ってたキバナさんの隙、というのは『天候操作のために一匹、ないし二匹必ず始動役が入ってる』ことですね。
ダブルバトルなら始動役+天候の恩恵受けれるポケモンが同時に出せるから隙が少ないんだけど、キバナさんって「晴れ」「雨」「砂嵐」全部使うからシングルバトルだと『晴れ』の時に出せるポケモン、『雨』の時に出せるポケモン、『砂嵐』の時に出せるポケモンが固定化される。
天候で相手の次のポケモンが多少予想できるってこと。
さらに天候に合わないポケモン出した場合、天候変化できる特性を持った始動役かもしくは技で一手番使って天候を変えないといけなくなる。
ドラゴンタイプって純粋に力押しできるだけのパワー持ったやつが多いのに、ドラゴン抜いてまでわざわざ天候を主体にするあたりがシングルだと隙だよね、って話。
まあメタい話すればそれやると前作の『リュウキ』だったかみたいに600族ドラゴン並べまくったくそ怠いやつがストーリー中強制戦闘とかいうことになるからハンデみたいなもんなんだろうけど。


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それは運命のであイでした

 

 

 私の両親は携帯獣(ポケモン)学の研究者だった。

 若い頃にはあのマグノリア博士の研究所で働いていたこともあったらしいが、そこから独立して二人で研究者としての道を歩み始めた。

 当時からすでに恋人だった二人は独立を期に結婚を果たし、やがて私が生まれた。

 だが生まれたばかりの私の体は欠陥だらけであり、両親共にスパイクタウンへ引っ越すことに。

 それから数年の間、母は私を育てるために研究を休み、その間父だけが働いていた。

 

 ポケモンの研究と言われると研究所で白衣を着て……というのを想像するかもしれないが、うちの両親の場合フィールドワークが多く、父もまたガラル中を飛び回っては月に一度帰って来るか来ないかと言った生活だった。

 

 故に私の記憶の中の父親の姿というのはどこかぼんやりとしていた。

 

 ただ覚えているのはまさ二歳だったか三歳の頃、家に帰ってきた父が私に渡した()()()()()()()

 

 一体それが何なのか分からず興味を示す私に父はこう言った。

 

 ―――それはリリィへのプレゼントだ。キミの弟か妹がそこに居るんだ。だから大切にしてあげてね。

 

 それはルミナスメイズの森で父がフィールドワーク中に見つけた放置された卵だった。

 果たしてその卵がどうしてそこに放置されていたのかは父にも分からない。

 親に捨てられたのか、それとも親が()()()()()()()()()()のか。

 ただ父はその卵を拾い、そして私に与えた。

 

 その体質のせいでろくに太陽の下で遊べなかった娘へ、友達を与えたかったのかもしれない。

 

 或いはたった一人、育児を任せてしまっている妻に、娘の遊び相手を用意して負担を軽くしてやれると思ったのかもしれない。

 

 今となっては分からないのだ。

 

 だって。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

 正直言ってキバナは強かった。

 何だかんだ言っても、ガラル最強ジムリーダーの名は伊達ではない。

 まさかの展開、序盤で最強のエースを失いながら、それでも2-0である。

 だがそれ故にキバナに勝った意味は大きい。

 そして何よりもラッキーだったのは。

 ネズさんがアラベスクスタジアムのジムリーダーポプラさんと当たって負けたことだ。

 

 ジムリーダーというのは当然ながら専門とするタイプというものがある。

 キバナが『ドラゴン』タイプを専門とするように、ネズさんが『あく』タイプを専門とするように。

 だがそのタイプしか使ってはならない、と言うわけではない。

 それを言うとキバナなどパーティの三割は専門タイプ以外のポケモンで占められている。

 だが当然ながら専門タイプ以外のほうが多い、なんてことはあり得ない。それをすると専門タイプのジムリーダーと言えなくなってしまう。

 別に絶対にやってはいけないというルールがあるわけではないがそれでもそれはジムリーダーとしての尊厳の話であり、同時に暗黙の了解と言える。

 

 で、ある以上は純粋なトレーナーとしての実力とは別に『タイプ相性』の問題というのはどうしても出てくる。

 

 例えばガラル最強のジムリーダーであるキバナだが、『こおり』タイプを専門とするジムリーダーメロンさんには何年も負け続けている。それ以外の相手に勝ち続けているからこそ最強であり続けているが、それでもタイプ相性の差というのはどうしても大きい。

 

 ネズさんの専門タイプ『あく』は、ポプラさんの専門タイプ『フェアリー』とはかなり相性が悪い。

 相手からの攻撃は全て『抜群』になってしまうのに、相手への攻撃は全て『半減』になってしまうのだ。

 そして何よりもネズさんのトレーナーとしての強みが高齢であり何十年とトレーナーとしての経験を積み重ねてきたポプラさん相手だと発揮しきれないというのもある。

 

 それでも勝利することもあるあたりがさすがネズさんと言ったところだが、どうやら今回は上手くはいかなかったらしく、ポプラさんが勝ち上がっていた。

 

 私が最も負ける確率が高いと踏んでいたのはキバナとネズさんの二人だけであり、その二人がすでに一回戦で落ちたとなれば残るジムリーダーとの戦いは比較的勝算の高いものであり。

 

 準決勝でこちらの弱点をつける『かくとう』タイプのジムリーダーをポプラさんが降し、そのポプラさんを決勝戦で破って……そして私はついにたどり着く。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 決勝、ではなく、最終戦。

 

 それはファイナルトーナメントを制覇したたった一人だけが挑戦できるガラル地方における最強を決めるための戦い。

 

 そう、立ち向かうはガラル最強のトレーナー。

 

 

 チャンピオン、ダンデである。

 

 

 * * *

 

 

 ―――フィールドワーク中に父が死んだ。

 

 報せを受けた母は泣いた。泣いて、泣いて、泣いて……そして折れた。

 優しい母だった。穏やかで、どこか気品があって、とても繊細で……何よりも父を愛していた。

 

 だから折れた。

 

 ぽっきりと、支えを失くしたようにあっさりと崩れて。

 夜、不意に胸騒ぎがして目を覚ました私が見たのは。

 

 ―――ゆらゆらと首に括られた縄で宙吊りになって揺れる母の姿だった。

 

 

 * * *

 

 

「やあ、リリィ君……だったかな。久しぶりだね」

「はい、ご無沙汰しております、チャンピオン」

 

 フィールドに立つ男、チャンピオンダンデと挨拶を交わす。

 当然ながら顔見知りである、だって何度もテレビで取材したこともあるし、バトルの実況にもマスコット枠で呼ばれたし、何だったらフィールドまで行って花束を渡したこともある。

 お互い分野こそ違えどこのガラル地方における有名人同士、プライベートでの関わりは皆無ではあっても仕事上での付き合いはそれなりにあったりする。

 

 とは言え、こういう形での(ポケモントレーナーとしての)付き合いは一切なかったのだが。

 

「何だか不思議だね、いつもテレビで見るキミが俺の目の前に……それもあのキバナすらをも倒して立っているというのは」

 

 キバナジムリーダーはチャンピオンダンデをライバル視しているのは周知の事実であり、同時にチャンピオンダンデもまたキバナジムリーダーをライバル視しているのも良く知られていた。

 それでも戦績だけ見ればとてもではないが『ライバル』なんて言えるような物では無いのだが。

 

「私は私のために、私の望みのためにここにいるのだから。その前に立ちふさがるならば誰であろうと容赦はしないわ、例えガラル最強のジムリーダーだろうと」

 

 そんな私に言葉にチャンピオンが苦笑した。

 

「はは……それは、オレでもかい?」

「当然」

 

 シンプル、かつ端的なその四文字にふっと、ダンデが笑みを浮かべ。

 

「ならばお見せしよう、チャンピオンタイムを!」

「このガラルで最も輝ける舞台で、私の望みの踏み台となりなさい、チャンピオン!」

 

 互いに手にしていたボールを投げた。

 

 

 * * *

 

 

 チャンピオンダンデはこのガラルで最強のポケモントレーナーである。

 ガラル地方チャンピオンである、ということはそういう意味であり。

 同時にこのガラルで最も不自由なトレーナーでもある。

 

 観客の目は常にチャンピオンを見ている。

 

 チャンピオンがチャンピオンであるが由縁を見ている。

 それを見るために観客はそこに居て、だからこそチャンピオンはチャンピオンであり続ける必要がある。

 

「ギルガルド!」

 

 多少の入れ替えはあっても、初手はギルガルド、そんなこと分かりきっていた。

 そしてこのギルガルドこそが最も厄介な相手であることも。

 

 『ゴースト』『はがね』タイプ。

 『ノーマル』『かくとう』タイプを無効化し、『エスパー』タイプを半減する。

 その上で納刀(シールドフォルム)時には鉄壁のような耐久力を誇り、抜刀(ブレードフォルム)時には最強クラスの火力を持つ。

 

 冗談抜きで私の天敵のようなポケモンである。

 

 もしこれが相手の手持ちの中にいていつ出てくるか分からない、という状況ならばギルガルド一体のためにかなり苦戦させられることは間違いない、が。

 

 その相手がチャンピオンダンデならばほぼ確実に先手で来る。

 

 チャンピオンの一番手は毎年そうだから、観客がそう望んでいるから。

 

 フルバトルにおけるダンデの初手でのギルガルド採用率は九割を超える。

 チャンピオンだからこそ、簡単にはパーティを組み替えられない。観客の期待する通りの『いつもの姿』であり続ける必要がある。

 

 だからこそ、そこに隙がある。

 

「行って……メタモン」

 

 『かわりもの』なメタモンがフィールドに飛び出すと同時に『へんしん』してそのままギルガルドへと変貌する。

 

 やられた、そんなダンデの苦々しい表情が見えた。

 

 

 * * *

 

 

 両親を失った私は独りになった。

 独りになって……全てどうでも良くなった。

 裏切られた気分だった。

 

 否、気分ではなく、裏切られたのだ。

 

 母は自ら選んだのだ。

 たった一人残された幼い娘よりも、先に逝ってしまった夫を選んだのだ。

 私にとって父は滅多に会わない人で、だからこそいつでも傍にいてくれた母こそが全てだった。

 その母に裏切られて、だからこそもうどうすれば良いのか分からなくなって、何もかもどうでも良くなった。

 

 ああ、そうだ。

 

 その日だ。

 

 そう、ちょうどその日だった。

 

 母が死んで、途方に暮れた私の耳に聞こえた軋むような音。

 

 不意に視線を向ければそれは開け放されたままの私の部屋から聞こえてきて。

 

 引き寄せられるように、そちらへと足を向けた私が見たのは。

 

 

 ―――卵から生まれた()()のポケモンだった。

 

 

『イェ?』

 

 不思議そうに私を見つめ。

 

 『イェ♪』

 

 嬉しそうに笑った。

 

 ああ、それはまさしく。

 

 ―――運命の出会いだった。

 

 

 * * *

 

 

 私ことリリィのトレーナーとしての最大の強みを言うならば、それは『技の出が早い』ということだ。

 ほとんど声も動作も必要としない指示は私の大切な家族たちの力に寄る物が大きいのだが、基本的に私の思考をダイレクトに伝えることができるため相手よりも数秒早く意図通りに動くことができる。

 これがどういうことなのかと言えば、大抵の場合相手よりも先に動いて攻撃を放てるということだ。

 

 『でんこうせっか』や『ふいうち』『かげうち』など同時に指示しても相手より先に攻撃できる『溜め』の短い技があるが、先に指示を出して動けるというのはそんな風に全ての技を相手より少しだけ先に放てるという大きなメリットがある。

 

 ギルガルドをメタモンが変身して倒すと、ギルガルドに変身したメタモンを次に繰り出されたドラパルトが『ふいうち』で倒し返す。

 ドラパルトはとにかく素早い動きをするポケモンであり、その上『ふいうち』のような素早く放てる技を持っているが、私のイエッサン(♀)の特性『サイコメイカー』によってフィールドを『サイコフィールド』へと塗り替えることによって相手の『ふいうち』をけん制すると共に、先出しの指示によって放った『ワイドフォース』がドラパルトを打ち果たす。

 『ワイドフォース』はスミレさんの紹介で向かったヨロイ島にある道場で教えてもらった技だが、『サイコフィールド』の時威力が大きく跳ね上がるという私のイエッサンのためにあるかのような実に強力な技であり、遠距離から放てることからも実に使い勝手の良い私のイエッサンの切り札でもある。

 

 だが次に出てきたバリコオルは登場早々に『ひかりのかべ』を張ってそのまま『バトンタッチ』していく。相当に訓練された動きであり、こちらが一撃見舞う間に相手は二度技を繰り出してそのままそそくさとチャンピオンの下へと戻って行った。

 イエッサンの『ワイドフォース』は『ひかりのかべ』に阻まれ、バリコオル相手には大したダメージを与えることはできていないだろう、そもそもタイプ相性が悪い。

 

 そうしてバリコオルと入れ替わるように出てきたのはオノノクスであり、出てくると同時に荒れ狂い、怒りのままに『げきりん』を放つ。

 当然『ワイドフォース』で迎え撃つが『ひかりのかべ』に阻まれてしまい、致命傷にならないままにイエッサンが『げきりん』で吹き飛ばされ『ひんし』になる。

 

 オノノクスは極めて闘争心、狂暴性の高いポケモンであり、その攻撃力は最強クラスになる。

 そんなオノノクスがドラゴンタイプ最強の技である『げきりん』を放てばその威力は想像を絶する。

 だが同時に一度放てばトレーナーの指示を全く受けないほどに暴れ回るため簡単には撃てない技なのだが。

 

 ―――私の手持ちが『ノーマル』タイプで染められていることにチャンピオンも気づいているということだろう。

 

 私の残り四体の中に『フェアリー』タイプが居れば一手か、二手番、丸々無駄にしてしまうリスキーな選択を簡単に切ってきたということはそれは無いとバレていると見て良い。

 所詮私のトレーナーとしての完成度は『ノーマルジム』で仕込まれたもの……つまり『ノーマル』タイプのポケモンに対するものばかりだ、それ以外のタイプが全く使えないということは無いが、素人の域を出ない。

 

 中々にピンチな状況である。

 

 で、あるが故に。

 

 私も早々に手札を切ることを決めた。

 

 




明日か明後日で最終話投稿します。


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終わりよければ全てヨしです

 正直な話。

 

 『勝つこと』だけを考えれば8割くらいは勝てる、というのが私の予想だった。

 簡単な話、全力でダンデのポケモンを残り2体まで減らして『ステルスロック』を撒いて『がんじょう』なポケモンにレッドカードでも持たせて『ほえる』や『ふきとばし』でも使わせればそれだけでダンデの無敵のエースは倒れるのだから。

 

 だが『勝つこと』だけを考えたバトルというのは絶対にできない、というのも分っていた。

 

 勝つために取れる手を取る、それは他の地方ならば何が悪いのだ、と言われるのだろう話だが、ことこのガラル地方においてはそれは明確に『悪い』のだ。

 

 客の盛り上がらない試合に意味は無いし。

 

 客の呼べないトレーナーに価値は無い。

 

 エンターテイナーでなければガラルのトレーナーではない。

 

 ならば私の目的とは極論『勝つ』ことではない。

 

 

 ―-―この一戦で私の最高の仲間たちを観客たちの脳裏に刻みつけることなのだ。

 

 

 * * *

 

 

 オノノクスの暴威などトレーナーなら誰だって知っている。

 

 『ドラゴン』タイプの技を無効化してしまう『フェアリー』タイプという天敵の存在から下火になってしまった経緯もあるが、『フェアリー』タイプの発見以前まだ『ドラゴン』が最強だった時代において、その猛威はトレーナーたちの明確な脅威となって振るわれていた。

 

 故にその光景は誰しもに衝撃を与え、誰しもが注目した。

 

 オノノクスの『げきりん』に弾かれて尚、なんら痛打にすらならないと言わんばかりに表情一つ変えないその姿を。

 

 赤い胴体と青い手足とクチバシ、そしてどことなく愛嬌のある目。

 

 『ノーマルタイプジム』のジムリーダースミレ曰く。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 その名を。

 

「ポリゴン2……『れいとうビーム』」

 

 放たれた凍てつく光が『ドラゴン』の弱点となってオノノクスを沈めた。

 

 

 『しんかのきせき』という道具がある。

 それを持たせると『進化前』のポケモンの耐久力が大幅に上昇するのだが、ポリゴン2は元々それなりの耐久力があり、さらにポリゴンZへの進化ができるため『しんかのきせき』の条件も満たせる。

 結果的に『かくとう』タイプの技以外なら大概の攻撃に耐えることのできる頑丈さを獲得した。

 この組み合わせを教えてくれたのはスミレさんであり、こんな組み合わせをよく思いついたものだった。さすが『ノーマルタイプジム』のジムリーダーと言ったところか。

 

 しかも『じこさいせい』を覚えるため、余程強烈な攻撃以外は全て受けきって回復する継戦能力もある。

 

 スミレさんの切り札だったらしいが、攻撃を受けて回復、受けて回復、合間にちまちまと攻撃、と絵面が非常に地味なため残念ながら観客受けが悪いと最近は使っていないらしい。

 とは言えその脅威の耐久力はなんら変わるわけではなく、今回のジムチャレンジに際してポリゴンをもらい、テレビの外で実はこっそりと育てていたのだ。

 

 故に実は今回のチャンピオン戦がデビュー戦となる。

 

 そのインパクトは上々と言ったところか。

 

 これで4対3。

 

 バリコオルへのダメージとポリゴン2のダメージを考えればややこちらが有利。

 とは言え、まだフィールド上に『ひかりのかべ』が残っており、ポリゴン2やイエッサン、ジジーロンの戦力が半減していることを考えると互角……否、やや不利だろうか。

 さらに言うなら結構な時間が経過しているはずなのに『ひかりのかべ』がまだ消える様子が無い、となると『ひかりのねんど』*1あたりでも持たせていたのだろうか。

 

 ならば次にチャンピオンが繰り出すのは……。

 

 

 * * *

 

 

 ポリゴン2とはこんなに耐久力のあるポケモンだったのか。

 

 そんなことを考えてチャンピオンダンデは笑みを浮かべる。

 チャレンジャーのポケモンは全て見ていたつもりだったのだが、まさかここに来てジムチャレンジ中に一度も使っていなかったポケモンを出してくるなどと誰が予想できようか。

 お陰で突破力ならパーティの中でも随一だったはずのオノノクスを倒されてしまった。

 

 状況は3対4。

 

 数だけ見ればこちらの不利。

 とは言え『ひかりのかべ』はまだもう少し持続するだろうから、チャレンジャーのポケモンたちには刺さるだろう。

 勿論、残りのポケモンたちがダンデの予想通りならば、だが。

 とは言えポリゴン2には驚かされたが、残念ながらそれ以上の物はないだろう。

 

 惜しい、実に惜しい話だ。

 

 もし彼女……リリィが十歳の時から今に至るまでトレーナーとしての経験を積み、ポケモンを育て上げていればダンデはこのバトル確実に負けていただろう。

 だが現実にリリィがポケモントレーナーを目指し始めたのは今年からだと言うし、ポケモンを育て始めたのはジムチャレンジが始まるか否かと言ったところ。

 

 時間だ。

 

 純粋なる積み上げた時間の差がここに現れている。

 

 チャンピオンというのは色々なしがらみに縛られている。

 背中に背負うマントに描かれたスポンサーのロゴの数だけ制約がつけられている。

 ダンデを応援する観客の声の数だけ戦い方が縛られている。

 

 チャンピオンダンデに無様は許されない。

 

 チャンピオンダンデに敗北は許されない。

 

 誰よりも真正面から戦い。

 

 誰よりも真正面からぶつかり合い。

 

 そして誰にも負けず、圧倒し続ける。

 

 そんなチャンピオンであることを強いられている。

 

 そこに不自由を感じたことが無いとは決して言えない。

 だがそれでもダンデは勝ち続けてきた。

 圧倒的に、絶対的に、確定的に勝利し、誰が最も強いのかを示し続けてきた。

 

 それこそがチャンピオンの役目だったから。

 

 それこそがチャンピオンダンデだったから。

 

 それこそがダンデの背負った『チャンピオン』だけの役割だと思ったから。

 けれどどうやらそれが違っていたようだと今になって気づいた。

 彼女もまた同じなのだと気づいた。

 

 ガラルにおけるトップアイドルリリィ。

 

 このガラルにおいて最も人気の高い、誰からも愛される少女。

 

 彼女には才能がある。

 

 ポケモントレーナーとして確かな才能がある。

 

 恐らく彼女は『手段』を選ばなければダンデに勝利し得る『可能性』を持つ。

 ダンデだって自らの『チャンピオン』という肩書こそが自身の最大の強みであり、同時に弱点であることを理解している。

 

 ダンデは天才だった。トレーナーとして天性の資質を持っていた。

 

 だからこそ余計に理解してしまうのだ、最善と最良の違いを。

 バトル中何度も何度も『最良の選択肢』が思い浮かぶ。

 それはチャンピオンという立場を度外視すれば、トレーナーとしてただ『勝利』だけを追い求めた時に最も可能性の高い選択肢だ。

 この選択肢をひたすらに選択し続けることができるならばダンデはこの先永劫負けることなど無いと思えるほどに。

 だがそれはチャンピオンの選択ではない。チャンピオンの『最良』ではない。

 ダンデが持つチャンピオンという肩書は『最良』を『最良』として認めない。

 故にダンデは常に『最善』を求める。

 与えられた選択肢の中で最も善い物を選ぶ。

 

 例えそのせいで『敗北』の可能性が僅かながらに浮かぶものだとしても、だ。

 

 リリィも同じだ。

 

 『最良』を選ぶことを許されていない。

 『ガラル最高のアイドル』という肩書が彼女に『最善』を強いている。

 リリィはそれを理解している。ダンデと同じように、勝てる芽を自ら潰しながら、負ける芽を自ら増やしながら。

 

 それでも彼女はこの場に立っている。

 

 トレーナーになってまだ半年にもならない少女が、このガラルの最強を決める舞台に立っている。

 

 そのことにダンデはただただ尊敬の念を禁じ得ない。

 

 そして同時に同情も禁じ得ない。

 

 彼女のトレーナーとしての資質を考えればダンデにだって勝利する可能性は十分にある。

 だがそれは『最良』を選ぶことができればだ。

 少なくとも『最善』だけを選び続けた時、そこにあるのはトレーナーとして積み重ねてきた『時間の厚みの差』だ。

 

 だがだからと言って手は抜かない。

 

 それは侮辱でしかない。

 全力を……最善を尽くす彼女への侮辱でしかない。

 ポケモンバトルという最高の舞台への侮辱でしかない。

 

 だから、だから、だから。

 

「お見せしよう」

 

 例え負けても戦い続けて欲しい。

 一人のトレーナーとして、もう一度ここまで這い上がって来て欲しい。

 

「真のチャンピオンタイム!」

 

 ()()はもう……このチャンピオンダンデのライバルなのだから。

 

 

 * * *

 

 

 分かっていた結果ではあった。

 手段を選んだ時点で分かっていた結果ではあった。

 

「リザードン! キョダイマックス!」

 

 残りのポケモン……一体。

 

「カビゴン! キョダイマックス!」

 

 キョダイマックス個体同士のぶつかり合い。

 だが結果は分かっている。

 

「キョダイゴクエン!」

「キョダイサイセイ!」

 

 結果は分かりきっている。

 相性だけならば勝てなくはない……だが、ガラル最強のトレーナーの無敵のエースとジムチャレンジ中にゲットした新米エースとでは練度が違い過ぎる。

 何よりもバリコオルが残していった『リフレクター』が決定的だった。

 カビゴンには物理技しかない……故に全ての技のダメージが軽減されてしまうこの状況で万に一つもカビゴンに勝ち目は無いと言って過言ではない。

 

 この状況にハメられてしまった時点ですでに負けも同然なのだ。

 

 ダイマックスには時間制限がある。

 

 回数にして……およそ三度ほどだろうか。

 三度のぶつかり合いで決着がつかなければダイマックスが解除される。

 ダイマックスが解除されて……通常のバトルが始まる。

 

 だがそんな決着は誰も望んでいない。

 

 観客の誰一人としてそんな決着は望んでいない。

 

 ダイマックスという大迫力のぶつかり合い、それを制したほうが勝つ。

 

 そういう分かりやすい決着を望んでいるのだ。

 

 だからこそ、これは敗北だ。

 

 どう足掻いても敗北だ。

 

 このままキョダイサイセイを続ければカビゴンの耐久力ならばダイマックスの解除まで持っていけるだろうが……その後は普通にリザードンとカビゴンが殴り合って、カビゴンが負ける。

 

 そんな決着を誰が望むだろか。

 

 そんなつまらない決着を誰が望むのだろうか。

 

 だから私が指示すれば良い。

 

 キョダイサイセイ以外の技を指示すれば……それで決着が付く。

 

 だから諦めて目を伏せれば、それで終わりだ。

 

 それで。

 

「…………」

 

 それで―――。

 

「…………」

 

 それで―――。

 

「カビゴン!」

 

 二度目の激突……キョダイサイセイで得たきのみの回復量よりもキョダイゴクエンのダメージのほうが上回っている以上、キョダイサイセイ以外の技を撃てば間違いなくカビゴンが倒れる。

 だがキョダイサイセイを撃ってダイマックスを解除しても地味な殴りあいの末にカビゴンの負けだろう。

 

 だからここは潔く。

 

 

 ―――なんて思えるならばこの舞台に立っていないのだ。

 

 

 「ダイロック!」

 

 

 巨大な岩盤がカビゴンの目の前に聳え立つ。

 

 

「リザードン!」

 

 カビゴンが岩盤を蹴り飛ばした瞬間。

 

 

「キョダイゴクエン!」

 

 

 燃え盛る炎がカビゴンへと放たれる。

 それでお終い、カビゴンは間違いなく耐えられない。

 それが分かる、分かるから目を……伏せない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 『いわ』タイプの技はリザードンへ大きな弱点となって大ダメージと与えるだろう。

 だが『リフレクター』に威力を弱められたその一撃はリザードンへの致命傷とはなり得ない。

 

 たった一つの可能性を除いて。

 

 視線の先、ゆっくりと倒れていく岩盤が。

 

 

 ―――リザードンの急所を貫いた。

 

 

 

 * * *

 

 

 …………。

 

 …………………………。

 

 ……………………………………………………。

 

 

『そうですね、結果は結果として受け止めていきたいと思っています。勝てなかった、それが全てです。けれどこれで全て終わったわけでもありませんし、来年もまた挑戦できれば良いと思っています。ファンの皆様に応援頂いたこと本当に感謝していますし、これからも皆様のために頑張りたいと思っています』

 

 

 …………。

 

 …………………………。

 

 ………………………………………………。

 

 

『はい、実はジムチャレンジ前にお世話になりました『ノーマルタイプジム』のジムリーダーからジムチャレンジ期間中に打診を受けまして。はい、アイドルとしての仕事との両立は大変だと分かってはいますがけれどやりがいはあると思い、思い切って受けることにしました。はい、これからはチャレンジャーでは無くジムリーダーとして改めて挑戦していきたいと思っています』

 

 

 …………。

 

 …………………………。

 

 ……………………………………………………。

 

 

 ぷつん、とテレビの電源を落とすと真っ暗な画面に反射して私の姿が映し出される。

 

「んー」

「イエ?」

「んーん、なんでも無いわ、ソフィー」

 

 少しばかり力尽きていた。

 ジムチャレンジ期間中に全力過ぎて疲れていたのもある。

 だからこうして私の可愛い可愛いポケモンを抱きしめてゴロゴロとしてしまう。

 もふもふとした毛皮とぽかぽかとした体温が心地よくて、眠くなってくる。

 

「イエー!」

「あら、アルフィー。紅茶持ってきてくれたの? ありがとう」

 

 ソファーに寝転んでゴロゴロしているともう一体の家族がティーカップを運んできてくれる。

 温かい紅茶を飲んで少しばかり目が冴えてくると、ふと部屋の端に置かれたカレンダーが目に留まる。

 

「そう言えば明日だったわね」

 

 あのチャンピオンカップからすでに半年以上が経つ。

 その間にあったことを思い出すと色々あり過ぎて目が回りそうになるが。

 

「まだまだね」

 

 言うべきことはそれだけだ。

 ポケモンバトルというジャンルに関わり、私の可愛いポケモンたちの認知度は急速に高まった。

 私ことリリィというアイドルの名はガラルを飛び越えて少しずつ知られていっている。

 同時にリリィというトレーナーのこともガラル中に認知され、ガラル外でも僅かながら知られていっている。

 そんな私が最も大事にしているポケモンたちのことも並行して世界中に認知度は高まっている。

 

 だがまだまだだ。

 

 まだ足りない。

 

 ガラル地方はこの先さらに飛躍するだろう。

 そしてその名を世界に知らしめるだろう。

 その時、ガラルのトップアイドルにしてガラルのトレーナーリリィの名もそのリリィが最も愛するポケモンの名も世界に知らしめることのできるように。

 

「まずはチャンピオンダンデ……そこが最初ね」

 

 半年前のチャンピオンカップでは勝てなかった。

 ほとんど『ひんし』寸前まで追い込まれたリザードンだったが、ギリギリの瀬戸際で持ちこたえられた。

 余裕も何も無い、本当に根性だけで辛うじて持ちこたえただけ、あと一撃軽く押しただけで倒れるような有様ではあってもそれでもカビゴンは『ひんし』でリザードンは立っていた。

 

 引き分け同然と言われても負けは負けだ。

 

 故に次は勝つ。

 

 幸いにしてそのための足掛かりは手に入れた。

 

 実はジムチャレンジを終了し、チャンピオンカップが始まるまでの間にスミレさんから『ジムリーダー』をやらないかという打診を受けていたのだ。

 アイドル業と並行して可能な物なのだろうかと思ったが、少しばかり仕事を減らせば十分に可能という結論に至ったので三ヵ月ほど前に『ノーマルタイプジム』のジムリーダーに就任。

 

 そして明日『エンジンシティ』の『エンジンスタジアム』で行われる全18タイプジムリーダーの総当たり戦の結果如何によっては来年以降メジャージムに昇格しチャンピオンカップトーナメントへの出場枠を獲得できる。

 

 故に明日のバトル、負けるわけにはいかない。

 

「明日、頑張りましょうね」

「イエー!」

「イエ~♪」

 

 ふんす、と意気込みを表すアルフィーはクール可愛い*2

 ふんわりと笑みを浮かべるソフィーはキュート可愛い*3

 

 やっぱり私の可愛いポケモンたちは世界一可愛いわ、なんて思いながらもう一度ソファーに横になって目を閉じる。

 

 

 世界一輝ける舞台への道のりはまだまだ遠く。

 

 私の立っているのはまだまだ入口で。

 

 そこから続くのは途方も無い道のり。

 

 それでも私は諦める気は無いし。

 

 それでも私は歩き続ける。

 

 私の世界一可愛いポケモンたちと共に。

 

 そして同時に私は推し続けるのだ。

 

 私のポケモンは世界一可愛いと!

 

 故に。

 

 

 トップアイドル兼ジムリーダー兼限界オタクのリリィ、これからも全力で推してまいります!

 

 

 

 

*1
持たせたポケモンが使用する『リフレクター』や『ひかりのかべ』のターン持続数が伸びる道具

*2
クールカッコいいと可愛いと合わさってやば可愛い。

*3
可愛いと可愛いと合わさって二倍可愛い




今さらながらこの小説は実機並のシステムマチックとアニポケ並のファジーさを兼ね合わせて作っています。
なので「いやこれこうだろ」とか言われても知らん! としか言い様が無いので無粋なツッコミは止めてね。

…………そういうの細かくやり出すと十話じゃ足りないんだよ。






ちょっとだけ設定集


アルフィー:イエッサン♂
ソフィー:イエッサン♀
リリィ:ドルオタ♀

まさかの最終話目にしてイエッサンズのNN判明。


リリィの手持ち

イエッサン♂
イエッサン♀
メタモン
ジジーロン♂
ポリゴン2
キテルグマ♀
カビゴン(6V)♀

将来的にここに

ケンタロス
ハピナス
ミミロップ
ベロベルト
ポリゴンZ

等が追加されます。


あとリリィちゃんの背番号:183(イエッサン)


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私の大切な家族たちがどれほどまでに可愛いかを世界中の人間に教えてやろうと思ったけどどれほど手を尽くしても語り切れないのでやはり私の可愛い可愛い家族は世界一可愛いなとしたり顔で頷いてみる話

何故サブタイに100字制限とかついてるの???(最初200字オーバーしてた人


 うちの子は可愛い。いやそんなことは当然とばかりにみんな知っているはず、知っているよね?もしかしたら知らない人がいるかもしれない、ということはつまりまだまだ私たちの認知度が足りていないということ。私の目指すところが私の可愛い家族たちを世界一の輝ける場所に立たせることだというのならばつまりこれはまだ私の努力が足りないという証左であると言える。だがすでにアイドルとしてはガラルでもトップでありポケモントレーナーとしてもノーマルタイプジムのジムリーダーというガラル有数の実力者として知られ、そんな私の最愛のポケモンたちを知らないなどという人間がまさかこのガラルにいるなどというはずが無いとは思うのだが、けれどそれは所詮はこのガラルという一つの地方でだけの話であり、カントージョウトなどよりは広大な面積を誇るガラル地方ではあってもけれど結局それは数多くある地方の中の一つ、というだけに過ぎず、ダイマックスという一つの大きなトピックを持ってしてその知名度は徐々に広まりつつあるとは言えその世界から見れば一地方でしかないガラルで有名になったからと言ってまだまだ慢心できるような話ではない、というか慢心どころか私の目指す場所を考えればまだこれは世界へ躍進するためのスタート地点としか言えないのではないだろうか。だって私の家族、私の最愛のポケモンたちは世界で一番可愛いと私は確信しているし、私は絶対視しているし、私が認めているのだから私の可愛いポケモンたちがたかが一つの地方で有名になったからと言ってまだまだ、としか言いようがないことは絶対的に明らかな事実ではある。勿論だからと言ってガラル地方で私を、というか私の可愛い可愛い可愛いとても可愛いポケモンたちを好きだと言ってくれるファンの皆を下に置いているわけではないのだが、それでもまだ足りないと思ってしまうのが最愛の家族であるこの子たちを思う私の親心とでもいうべきもので、つまり何が言いたいのかというとどこまで行っても私の願いに終わりはなく、つまり私の可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い素晴らしく可愛らしいポケモンたちは世界で一番可愛い……あれ?

 

 

 ―――まあいいや。

 

 

 これから語るのはたった一日限りの『夢』である。

 

 私の愛らしく、愛おしく、そして何よりも優しい家族たちが私にくれた『夢』だ。

 

 だから本当はその思い出は私の中だけに仕舞っておきたいのだけれども

 

 それでも私が何よりも大切なのは私の家族だから。

 

 だから、あの子たちの優しさと愛らしさを皆に知ってもらうために。

 

 少しだけ、語らせていただきたい。

 

 あの『夢』の時間のことを。

 

 

 * * *

 

 

 自慢になるが、私ことリリィは寝起きが良い。

 

 だいたい就寝から7時間きっちりで目が覚めて、眠気を引きずらずにすぐに意識がはっきりとする。

 簡単に言えば寝ぼける、という経験をしたことが無い。

 だが毎朝目が覚めてもすぐにはベッドから出ない。普通の人はここで二度寝を始めるらしいが、私が始めるのは『寝たフリ』だ。

 

 一度起きると意識がしゃんとするのでもう眠気は無いのだが、毎朝これが習慣になってしまっている。

 

 ゆさゆさ

 

 掛布団からはみ出た肩に触れた手に揺さぶられる。

 

「―――」

 

 声が聞こえる。多分起きて、とかそんな感じのことを言っているのだと思う。

「ん……まだあと五分だけ」

 別に本気でそう言っているわけではないのだが。

 

「…………」

 

 仕方ないなあ、とでも言いたげな嘆息。

 となると、この感じは多分『彼』だろう。

 『彼女』ならばもっとにこにこと笑っているはずだ……目を閉じているので分からないが。

 

「―――」

 

 ゆさゆさ

 

 再び揺さぶられる。

 ダメだぞ、起きないと。とでも言いたげな声。

 

「起きろ、主。いくら休日だからと言って自堕落はダメだぞ」

 

 ほら、まるでそんなことを言っているかのような声が聞こえて……。

 

「アイツがすでに朝食を用意まで済ませているんだ、早く起きて支度をしろ」

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 …………………………………………え?

 

「えっ!?」

 

 がば、と思わず上半身を勢いよく起こす。

 同時にこちらを見下ろす()()の姿を見やり。

 

「……え、いや……ちょっと待って」

 

 黒い髪は几帳面な性格を反映するかのように綺麗に切り揃え、整えてあって、その両側にまるでツインテールを逆さにしたかのような……角のような少し変色した灰色がかった髪が逆立っている。

 襟元を立てた真っ白なシャツの上からまるで燕尾服のような黒の上着を着ており、下に目を向ければパリッと糊の効いた皺一つ無いズボンに同色の靴。

 呆れたような、困ったようなその顔は端整で、男性アイドルと言われても何の違和感も無い。

 

 見覚えのないはずの、けれどどこか既視感のあるその姿。

 知らないはずなのに、けれど自然と口が動く。

 

 誰? とそう声が出るより先に。

 

「アルフィー?」

 

 疑問形ながら、最愛の家族の片割れの名前が飛び出したことに自分自身に驚愕する。

 だがそんな私の驚きに最愛の家族の名を問われた少年は何故そんなことを今更聞くのか、と言わんばかりに首を傾げ。

 

「主、熱でもあるのか?」

 

 差し出した手のひらが私の額に触れる。

 体調は何の問題も無いのだから熱があるわけも無く、不可思議とばかりに首を捻る少年だったが、同時に私はそんな彼が自身の最愛の家族の片割れなのだと理解する。

 まだ頭は混乱しているが、心が……十年以上共に過ごしてきた家族であると認めていた。

 

 例え姿形が変わったとしても、私が私の最愛の家族を見失うはずがないだろ、と心が叫んでいて。

 

 だからこそ、すっとその事実が胸の中に入ってきた。

 自身の最愛の家族が『人間』のように変じてしまっているという事実を。

 それは余りにも大きすぎる変化で。

 

 だから。

 

 だから私は。

 

 

「これはこれで全然ありね……寧ろ私の中での解釈と完全に一致です、本当にありがとうございます」

 

 

 取り合えず朝一から最愛の家族の片割れが尊すぎたので拝むことにした。

 

 

 * * *

 

 

「リリィちゃん、おはよう。ご飯できてるよ」

 

 一目見た瞬間に思考が全て消し飛んだ。

 ただ一歩、目の前でほほ笑む彼女へ寄って。

 それからその両手を掴む。

 そっと胸の前に掴んだ両手を持ち上げて。

 

「結婚してください」

 

 何も考えずに飛びだしたのはそんな言葉だった。

 

 いやだって仕方なくないだろうか?

 

 自身の最愛の家族の片割れが人と同じ姿になっている、ということはもう片方も同じように、と考えたのがつい先ほどのこと。

 そしてだとするならばどんな姿なのだろうと考えた時にいくつか頭の中に浮かび上がった姿。

 そしていくつもの姿が浮かんでは消えていく中で、理想のような姿が描かれて。

 

 そんな夢想を軽々と超えた圧倒的現実が目の前にあったのだ。

 

 否最早現実ではないのだろう。

 きっとここは天国だ。だって天使がそこにいるのだから。

 

 アルフィーと同じ黒っぽい髪に、灰色がかって色の変わったツインテール。

 いつも楽しそうにニコニコと笑みを浮かべていたその表情は自身の知る彼女そのままであり、けれど同時に美しいと言うよりは可愛らしいと表現すべきその容姿がさらにその笑みを引き立たせていた。

 そしてアルフィーがどこか執事を連想させるような服装だったのに対して彼女はまさに『メイド』だった。愛らしいフリルのついた白と黒のエプロンドレスを改造したようなその姿はまさに天使としか形容できない。

 

 完璧だった。

 

 二人ともかっこかわい過ぎてもう尊みが深すぎる。

 

 しかも二人ともその顔立ちが良く似ているし、服装に一貫性があるので並んでいると非常に絵になる。

 我が家のリビングが芸術のワンシーンへと一瞬で変貌してしまうほどに尊い姿に、思わず拝みたくなってくる。

 

 何だろう本当にここは現実なのだろうか。

 

 私はいつの間にか天国へ迷い込んだじゃないだろうか?

 

 だとするならやっぱりこの二人は天使なのだろう。

 

 この二人に囲まれながら朝食を食べる?

 

 いくら払えばそんなこの世の物とは思えない至上の贅沢が許されるのだろうか。

 

 考えて、考えて、考えて。

 

「二人を取り囲む空気になりたい」

 

 胸がきゅんきゅんし過ぎて苦しいので、もう一度拝んだ。

 

 

 * * *

 

 

 ところで本当に今更だが、なんで二人は人間と同じ姿になっているのだろうか。

 いや、全然良いのだけれど、寧ろそれが良いのだけれども。

 アルフィーはかっこ可愛いし、ソフィーは可愛いに可愛いが重なってもう無敵だし、強いて言うならきゅんきゅんと高鳴りっぱなしの私の心臓が持たない可能性が高いという事実だけれども、この尊さに浸ったままキュン死できるならそれはもう寧ろご褒美なんじゃないかと思わなくも無いわけで、だとするならやっぱりそれは問題でもなんでもないのではないかとも思う。

 

 朝食を終えて一息吐く。

 

 アイドルとしての仕事のある日ならばもうとっくにマクロテレビへ急いで向かわなければならない時間だが、ジムリーダー就任に際して仕事量の調整をしたお陰か週に一回くらいはこうして休日を楽しむ余裕もできた。

 とは言え時間ばかりあってもやることが無ければ持て余してしまうのが休日というもの。

 

 周りに聞いてみたが、テレビ関係者の人たちはいつも忙しいので偶の休日は家でゴロゴロしているのが最高だと言っていたが、私が家でゴロゴロすると私の家族たちがダラしないと言わんばかりに可愛いおててでテシテシとしてくるので……それはそれで身悶えしてしまうくらいに愛らしい姿なのだが、怒らせてしまうのも本位ではないし、何より世界一可愛い私の家族たちの『おや』として情けない姿は見せられないのでだらけるという案は却下である。

 

 じゃあ他に誰か、とジム関係の人たち……つまりトレーナーに聞いてみれば休みの日はポケモンたちと特訓したり、野良バトルしたりとかしているらしい。

 だが折角トレーナーとしての日が休みなのに私の可愛い家族を突き合わせるなど申し訳ない。それに私の手持ちのポケモンも私が休みの日は庭で遊んだり日向ぼっこしたりと自由にのびのび過ごしているのであの子たちの邪魔をするのも気が引ける。

 

 少し考えてみたがどうにも出かける気にならない。

 

「そうね、偶には良いでしょう」

 

 呟き、キッチンの戸棚の上段から取り出すのはガラルでも有名な老舗の紅茶店の茶葉だ。

 少し前にアイドル業で取材に行った時に包んでもらったのだが、中々ゆっくりとくつろげる時間が無くて戸棚に仕舞われたままになっていたのだ。

 

 後はそう……お茶請けに何かお菓子でも作ろうかしら。

 

 時間はたっぷりあるのだ。

 一時期時間に追われるような生活をしていたことがあった身としては、そういう時間の使い方も『贅沢』ではないだろうか。

 なんて考えていると食卓の上に置きっぱなしにしていたスマホロトムが鳴る。

 

 ―――また急ぎの仕事でも入ったかしら。

 

 なんてテレビ関係の仕事をしていると時々あった事態に想像しながらスマホを取れば。

 

「あら、マリィちゃんからね」

 

 昔馴染みの少女からのポケLine連絡。内容は今日はネズさんもマリィちゃんも時間があるので良かったら家に来ないか、とのこと。

 

「ああ、それならネズさんとマリィちゃんにも少し持って行きましょうか」

 

 チャンピオンカップが終わってから一度挨拶に行って以降、時々時間を作っては顔を出すようにはしているが、私もネズさんも忙しい身、中々ゆっくりと話をする機会も無い。

 しかも私と二人の空き時間が重なるなんて滅多にあることではないのだから、この機会を逃せば次は果たしていつになるやら。

 

「ふふ……なら少し凝った物でも作りましょうか」

 

 昼過ぎに伺う、との返信をマリィちゃんへと返すとキッチンにかけてあるエプロンを身に着けて製菓のための器具を取り出していく。

 

「あれ、リリィちゃん……何か作るの? 手伝うよ」

 

 ―――え?

 

「ふふ……リリィちゃんと一緒に料理するの、久しぶりな気がする。何だか嬉しいな」

 

 ―――え、え、え??

 

「あれ? リリィちゃん、手が止まってるよ? どうしたの?」

 

 ―――え、え、え、え、え???

 

 

 * * *

 

 

「それ以上は(尊さで)私が死ぬわ!」

 

 かかっていた掛布団を跳ね飛ばす勢いで体を起こす。

 同時にそこがいつもに自分の部屋のベッドの上であることに気づき。

 

「イェ?」

「イェ~」

 

 そこに見慣れたいつもの私の家族の姿を認める。

 

「あれ……? 二人ともなんで私の部屋に……」

 

 頭がふらつく。

 どうにも思考がぼんやりとして纏まらない。

 こんな感覚初めてなのだが、もしかしてこれが『寝ぼける』ということなのだろうか。

 

「イェー?」

 

 大丈夫? と言わんばかりにソフィーがそっと私の背中を擦ってくれる。

 まだぼんやりとした頭だったが、しばらくそうしていると徐々に明瞭になっていく。

 

 そうして。

 

「あ」

 

 唐突に思い出す。

 

 先ほどまで見ていた『夢』の話と。

 

 

 ―――なんとなく言ってることは分かるんだけどね。ちゃんとアナタたちと話してみたいって、そう思う時もあるのよ。

 

 

 昨日の夜にふと呟いた自分の言葉を。

 

「もしかして……さっきまでの夢って」

「イェ……」

「イェ?」

 

 視線を上げればすっと目を逸らすアルフィーと、なあに? と言わんばかりに笑みを浮かべるソフィー。

 そんな二人の態度に『ああ、やっぱり』と納得してしまった。

 

 だから。

 

「ありがとう、二人とも」

 

 そんな私の言葉に。

 

「イェー♪」

「イェ~♪」

 

 二人が笑みを浮かべた。

 

 




今年のエイプリルフールネタということで。
ツイッターで『ドルオタリリィ×擬人化』と『つづきからはじめる×モブキャラだって意地がある×ドルオタリリィクロス』のどっちが良い? って気紛れにアンケート取ったらドルオタ擬人化だったので書いてみた。


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