小さな体に大きな病みを! (コロリエル)
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プロローグ─狂人誕生─
──弾け、指が動く限り。
頭の中で強く強く思う。指先の感覚はとっくに消え失せ、それでもなお正しい弦をはじこうと気力で動かす。
暗い部屋の中には、ギターの旋律以外に僕の荒い呼吸音と、ぽた、ぽた、と何かが滴る音が響いていた。
──汗か、血か、涙か、もしくは全てか。
少なくとも水滴一滴毎に、自分の精神が狂気に満たされていく感覚を覚える。
両手には至る所に絆創膏が貼られ、それでもなお抑えきれないほどの血液が染み出していた。当然ギターも血で汚れ始めていたが、今の僕にそれを気にする余裕はもうどこにもなかった。
──止めるな。ようやく、ようやく見つけた『手段』なのだから。
今自分がなんの曲を弾いているのか、本当に曲を弾いているのか、そもそも音が鳴っているのか、最早それすら分からない。
完璧な戦慄なのか、不協和音にすら満たない雑音なのかすら。
でも。それでも。
僕は、手を止めない。止められない。
──見返せ、奴らを。叩き落とせ、絶望へ。見下していた奴が、遥か高みにいる絶望へ。
──恥を、屈辱を、後悔を、嫉妬を。
──奴らが僕にしてきた全てをし返せ。
──弾け。
────ひけ。
────────ヒケ。
ヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケ。
──ひ、け。
ふと、なにかに見られる感覚。
僕以外に誰も居ないはずの部屋なのに、僕の顔を見る視線を感じた。
冷たい冷たい、アイツらのような。
僕を、見下す、あいつらのような。
「──っ!! 誰だ!」
ギターから手を離し、目を見開いてその方向を見る。
僕だった。
姿見に写った、僕だった。
そいつは、笑顔で。
笑っていて。
楽しそうで。
トテモシアワセソウニ、マルデボクデハナイカノヨウニ、ボクヲアザワラッテイタ。
「──笑うな! 笑うな笑うな笑うな笑うなっ!!」
持っていたギターを振りかぶり、思い切り姿見を叩き割る。
ガシャアアン、と盛大な音を立てて、姿見は粉々に砕け、破片が部屋に散らばる。幾つかは壁に突き刺さっているようだ。
どうやら、その破片のいくつかが身体に刺さっているらしい。
ぼたぼたぼたぼた。
先程よりはっきりした水音。
しかしどうだ。思い切りギターを叩きつけたはずのソイツは、未だに僕を嘲笑しているではないか。
僕の方が、何故か傷が多かった。
「なんでっ! お前らは傷付かないっ! こっちはこんなにボロボロなのに! 要領よくっ! 器用に生きやがってっ! 何にもできない僕を笑いやがってっ! ちびで不器用な僕を笑いやがってっ! 僕の努力を嘲笑いやがって!! 」
ガシャンガシャンガシャンガシャン。
何度も何度も振り上げる。何度も何度も叩きつける。
しかし、部屋に飛び散る血は僕のものだけ。
「僕がお前らに何をしたっ!? 迷惑掛けたのかっ!? 話し掛けたのかっ!? 勝手に近付いて勝手に馬鹿にしてっ!!」
あいつらの血は、一滴も無い。
「なんでっ……! なんで…………っ!!」
ちが流れてるのは、僕のだけ。
きず付いてるのも、ぼくだけ。
た お れ そ う な の も 、 ぼ く だ け 。
「なんでっ…………ぼくがっ…………こんなめにっ…………っ!」
あれ
なにも、みえない。
──────────────────
この後、仕事から帰ってきた両親が部屋の中で血塗れで倒れている僕を発見。すぐさま救急車で搬送。
命には別状無かったが、代わりに心に大きな傷ができてしまった。
その傷は癒えることなく、確実に僕を操り続けていた。
その傷に操られるまま、僕はギターを弾き続け、生かされ続けてきた。
そして、五年の月日が流れた──!
ご閲覧ありがとうございます。
狂うって、楽しいですよね。
感想、評価等して頂けると幸いです。
それでは、また次回。
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自己紹介って、失敗する方がレア
自分語りで申し訳ないとも思うが、それでも話さなければならないと言うのが語り手の悲しさだ。そうしなければ物語は進めることが出来ないし、よしんば進められたとしても、その作品は非常に見づらいだろうし、個人的にも読みたくない。
人と人とが会ったら、初めましてこんにちは。目と目を合わせて自己紹介。これは普通の事だろう。僕もそれに習って、自己紹介から始めさせてもらおう。
僕の名前は加賀 翔。つい数年前に共学となった羽丘学園に入学したばかりの高校一年生だ。
特徴としては、背がかなり低い、という事だろう。高校一年生になるのに身長が百五十一センチしかない。かなり気にしている所で、毎日牛乳は欠かしていない。
こう見えても、高校生男子五人で結成されたバンド『Knockers』のギタリスト。メンバー内で唯一スタジオミュージシャンとしても活動しているのはちょっとした自慢だ。
そのお陰で金銭面でも特に苦労しておらず、防音設備の整ったマンションで一人暮らしをしている。理由としては、地元にいるよりこちらに居た方がよりギタリストとして成長できるからと、その他諸々。別に家族との仲が悪いと言う訳ではなく、寧ろ良好。
それ以外は特筆すべきことも無い。勉強は普通に大嫌いだし、浮いた話のひとつもない。
「この前、友達に『今をときめいてんな』って言われたんですよね」
「男子高校生でときめくってのは無理ありませんかね……?」
「そうですか? まぁ僕も無理あると思いますけど」
日が短くなっているからか、四時半なのにあたりは少し暗くなりつつある通学路。歩道の建物側を歩く眼鏡をかけた彼女は大和麻弥。
僕と同じ事務所に所属するスタジオミュージシャン兼、大人気アイドルバンド『Pastel✽Palettes』のドラム担当。彼女の方が『今をときめいている』のだろう、世間的に言ってみれば。
事務所に所属する歴も、学年も一つ上。なので先輩後輩の関係。今は目的地が同じなので、二人でそこへ向かっている所だ。
もっとも、普段も彼女を事務所へ送り届けたりしているので、今日が特別という訳でもない。言ってしまえば、毎朝一緒に登下校するような仲だ。
こう聞くと『お前ら付き合ってんのかよー』と言う人も居るかもしれないが、よく考えて欲しい。相手はアイドル。こっちはスタジオミュージシャン。釣り合わない。というか付き合えるわけもない。
確かに麻耶さんはちょっと、いやかなり可愛い。演奏機材を語る時に饒舌になり、語り終えた後に相手に引かれてしまったかも……と落ち込む姿に褒めた時に慌てて否定する姿。照れた時に「フへへ……」とはにかむ姿など、初めて見た時の衝撃たるや。惚れてしまっていてもなんら不思議ではない。
しかし、それとこれとは別問題。僕が、付き合ったら、ダメなのだ。
僕が、僕なんかが。誰かを好きになってはダメなのだ。
そんな気持ちがあるので、彼女との関係は先輩後輩、友人、バンド仲間、仕事仲間。
その程度に抑えようと努力している。
「麻弥さん最近ときめいたことは?」
「そうですね……シンセサイザーで波形弄ってた時ですかね!」
「……僕はそんなにレベル高くないです」
……やっぱり、麻弥さんは少し変わってる。
僕もそれなりに変わっているから、お互い様だろう。
僕より背の高い彼女が慌てふためいている様子を見て、少しだけ笑ってみせる。
─CiRCLE─
ゆっくりのんびり歩いても、歩く限り目的地には必ずたどり着ける。
ライブハウスCiRCLE。この地域を活動拠点にしているバンド達がよく利用しているライブハウスだ。
腕のいいスタッフが何人か在籍していて、高校生への支援も厚い。
僕達Knockersやパスパレもよく愛用している。今日は僕らも麻弥さん達もCiRCLEで練習しようと言う話になっていたので、二人で揃ってやって着たという訳だ。
「……なんだあれ」
「……やな予感しますねー」
しかし、今は本当に近付きたくない。遠巻きに見ていても本当に嫌だ。
目的地なのだから早く行けばいいのに、何故遠巻きに見ているのか、と疑問に思うかもしれないが、逆に聞きたい。
「だぁかぁらぁ! 夢を起こすのは俺らには無理なんだっての!」
「何とかして起こしなさい、私は彼に聞くことがあるの」
「無茶言うな!」
自分のバンドメンバーが、他のバンドのボーカルと子供のような口論していたら、誰だってうんざりもする。
口論しているのは、僕らのバンド『Knockers』のベースボーカルの榊 陽。花咲川学園の一年生にして、メンバー一の苦労人。
リーダーに引っ掻き回され、僕に精神を削られ、眠り王子に手を焼き、ヘタレのケツをシバく。
バンドのツッコミ役としての心労が耐えない、そんな男だ。
その口論相手は、実力派ガールズバンド『Roselia』のボーカル、湊友希那。
一人一人が高い演奏スキルを要するRoseliaのリーダー。そのカリスマでメンバーやファンを惹き付ける……が、バンド仲間の間では『実はポンコツなのでは?』と言う噂が耐えない。
この前も、電柱の裏に落ちていた紙袋を猫だと思いこんで、ずっと話しかけている所を見かけた。
これで周りには猫好きを隠せていると思っているのだからお笑いだ。いや、湊さんにとっては笑えないか。
「……すぅ……すぅ……」
そして、その口論の原因。うるさいにもかかわらず、足元で思い切り寝転がって爆睡している男子高校生。
彼は『花咲川の眠り王子』こと暁 夢。基本ずっと寝ていると思っていい。
夢が起きている時など、演奏している時かご飯を食べている時くらいしか無い。
しかし、その演奏技術は凄まじく、ほぼ全ての楽器を高いレベルで演奏できる。
湊さんが話を聞きたいのも頷ける。
「ほら、暁さん起きて。もう夕方よ。寝るには早いわ」
「……すぅ……すぅ……」
「……リサ、そこのカフェテリアでコーヒー買ってきて。飲ませるわ」
「友希那!? 」
オロオロしていたRoseliaのメンバーである今井リサさん。湊さんの無茶振りに思わずたじろぐ。
ブラックコーヒー程度で目が覚めるのなら、とっくに僕らが起こしている。
いつ起きるか、誰にも分からない。
とんでもない男がメンバーなものだ。
「麻弥さん。僕はこれどうするのが正解ですかね。他人のフリできるのならしたいんですけど」
「そうっすね……猫で引き連れてくれば湊さんはどっか行くんじゃないですかね!」
「……止めに行くかぁ」
今井さんだけに苦労をかけさせるのは、あまりにも可哀想すぎる。本来であれば幼馴染を止めるくらい造作も無いだろうが、あそこまでヒートアップしてしまうと少々しんどい。
事ある事に口論している二人。そのストッパーは、大抵僕かバンドのリーダーなのだ。リーダーが居ないので、僕がやるしかない。
ため息を一つ吐き、スタスタと二人の元へと近付き──口論している二人の頭に手刀を落とす。
湊さんには載せるだけのような、陽には思いっきり振りかぶって。
トンッ。ゴンッ。
明らかに威力の違う音が、二人の頭から響く。陽の頭に落とした手刀が痛い。
「二人とも? ここじゃ邪魔になるから、せめて中でやろ。月島さんにならどんなに迷惑かけても大丈夫だから」
「まりなさんにも迷惑かけちゃダメっすよ!?」
「……それもそうね。行くわよリサ」
「あ、うん、そうだね……」
「おいコラ翔! お前俺にだけ本気でやったろ!」
「……すぅ……すぅ……」
二人のことを可哀想な人を見る目で見つめ、麻弥さんと二人でCiRCLEの中へと入っていく。その後に着いてくるように、湊さんと今井さんもやって来る。
最終的に取り残されたのは、思い切り頭に手刀を食らって悶えている陽と、これだけの大騒ぎをしても一切目を覚ます様子がない夢の二人だけだった。
ご閲覧ありがとうございます。友人に脅されたから書いている、と言いましたが、内容としては「麻耶ちゃんの二次創作書け」と言ったものでした。麻耶ちゃん好きだからwelcome welcome。
感想、評価等して頂けると幸いです。
それでは、また次回。
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なんか違うって、週に一回は確実に言っている
「……そのねぼすけはまだ寝てんのな」
「起こせないもん」
機材の確認中。未だにぐーすか寝ている夢を見下すのは、キーボード、またはDJ担当灘 龍樹。
メンバー唯一の中学生にして、我らがKnockersのリーダー。
中学生がリーダー? と疑問に思う方も多いかもしれない。事実これまでに出会ってきたガールズバンド並びに関係者方には大変驚かれた。
理由は単純。一番しっかり者かつ、一番皆を見れて、さらに作詞作曲ができるから。
逆に言えば、中学生がリーダーをしなければならないほど他のメンツが不甲斐ない、とも言えなくない。
「演奏始めたら起きるっしょー!」
「起きた試しがあるか?」
「……二回に一回くらい」
能天気にドラムをバンバン叩いているのは、長浜 遥。見た目は金髪長身イケメンの陽キャ。なのに下ネタ一つで行動不能になるピュア男。更にはどヘタレかつ、奥手でビビりすぎて彼女が居た試しすらないファッション陽キャ。
という訳で、現在僕達Knockersは、CiRCLEのスタジオを借りて練習をしようと集まっていた。
メインボーカル、陽。
ギター、僕。
ドラム、遥。
キーボードorDJ、龍樹。
そして、夢。
以上の五人で、『Knockers』だ。
……さて、夢の担当は? と疑問に思った人間が居るかもしれない。
夢はメンバー内で唯一、担当楽器が日によって変わる男だ。
日毎に弾くことが出来る楽器がころころ変わり、ある日はベース、ある日はギター、またある日はキーボード、酷い時にはバイオリン、最悪なのはハーモニカやオカリナ等々。
どんな楽器でも並大抵の人間以上の精度で演奏することが出来る。その変わりに毎日十八時間の睡眠と、出来る楽器が日毎に変わる。
それが、良くも悪くもバンドの中心人物、夢という男だ。
「……ん……ギター」
「あ、起きた」
「ギターなー……翔、リードギターやってくれ。俺ベースやるわ……ベースボーカル苦手なんだけどなぁ」
ようやく目覚めた夢。未だに眠いのかこくりこくりと船を漕いでいるが、やりたい楽器だけは伝えてくれた。
そして、今日は考えられる中ではかなり良い部類の選択だったことに、陽以外が安堵する。
毎日楽器が変わるので、当然ながら僕を除く全員の担当楽器を調整する必要がある。
例えば、これは一番最良のパターンなのだが、夢がベースをやりたいと言ったら、陽がギターを持ってギタボ。それぞれが元の担当楽器をする事が出来るので、一番レベルの高い演奏ができる。
今日の場合は、ベースが居なくなるので陽がベースを弾く。もしドラムがやりたいと言ったら陽がベースで遥がリズムギター……と言った感じで、一応全員が担当楽器プラス何かの楽器を弾ける。
「まーまー、陽のベースは夢程じゃないけど安定感あるから」
「だね。夢のベースには勝てないけど」
「いいから弾け」
「お前らまじで殺すぞ!?」
上から、遥、僕、龍樹、陽だ。
とりあえず困ったら陽か遥を弄っておけばいい。これはKnockersの昔からのノリだ。
僕は、目立つ場所でギターが弾ければ正直何でもいいが……だからと言って無闇にメンバーの仲が悪くなるような事をする必要も無い。
合わせておけば、特に困ることは無いだろう。
「……ベース、やろっか?」
そんな中、陽の顔色を伺っていた夢が、心配そうな顔をしながら手にしたベースをように手渡そうとする。
童顔だが同級生の僕や、物理的に年下なのに立場で負けている龍樹とは違い、同級生なのに幼さが色濃く出ている夢に気を使われる。
「……いや! ベース弾くの楽しいぜ! 今日もバンドのリズム隊を引っ張ってやっぜー!」
こうなるに決まっている。
ベースをボンボン弾く。スラップまで織り交ぜて、楽しいぜ! と全力でアピールする。
本当に苦労人だ。彼のことを癒してくれる存在が現れることが強く望まれる。
「んじゃ、やるか……つっても、今日やんのは一曲だけだけどな」
「あー、『世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』?」
某スリーピースバンドの名曲、『世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』。正直僕らのバンドの色とは少し違う曲だとは思っているが、別に嫌いな曲では無いので練習しておいた。
周りのメンバーも疑問に思っているらしく、皆が答えを求めるように龍樹を見る。
「ほら、この曲めっちゃいいじゃん。告白の時とかに。なぁ? ヘタレ」
ビクッ、と肩を震わせるドラムが一人。
あぁ……と全員が納得し、同時に全員の気合いが入る。
弄りの対象が変わったのを、その場の全員が理解した。
「い、いやー? まだ高校生だしさ? 収入も不安定だし彼女のことを養ってあげられるとは思わないしそもそも沙綾みたいに可愛くて面倒見が良くて頑張り屋で健気で親孝行な良い女の子がドラム弾くぐらいしか脳のない俺なんか絶対好きになるわけも無いし好きだったと仮に仮定したとしても俺なんかが沙綾のことを幸せにしてあげられるわけもないと言うか」
「ヘタレ」
「ヘタレ……」
「……ヘタレ……」
「どヘタレ」
言い忘れていた。遥、絶賛片思い中。なんなら、両片思い中。
幼稚園からの幼馴染みで高校一緒で再開した時に抱き着いてきたような女の子が好きじゃない訳ないにもかかわらず、このヘタレ遥は未だに告白すらできていない。
遥にさっさと告白させよう計画はずっと続けているものの、成功していない。
「さてと、んじゃヘタレはほっといてやるか。 ほれヘタレ、リズム取れ」
「うるせぇ……俺はヘタレだけど、ドラムは叩けんだよ! 準備は出来てんだろうなテメェら!!」
遥の悲鳴にも似た怒号に、僕らはニヤリと笑ってそれぞれの楽器で答える。
それを確認した遥もニヤリと笑い、スティックを振るい始める。
「行くぞ……世界は! それを!愛と呼ぶんだぜえええええええええええええっ!!」
────
────────
────
「……うーん?」
引き終わった僕達は、お互いに顔を見合わせて、首を傾げる。
弾いていた感覚としては、所々ミスタッチはあったものの、特段致命的になるようなものでは無い、むしろ一発目としては上出来であると思う。
しかし、それだけでは説明できない『なんか違う』感。
それを感じたのはどうやら僕だけでは無いらしく、全員が首を傾げていた。
「……なんだろう、この演奏聞いても、告白OKしたくない」
陽の言葉に、皆が賛同する。
これまでもなんか違う、と感じることはあったが、それは演奏ミスであったりタイミングの合って無さだったりと、技術的な面が強かった。
──そんな話ではない。
まず間違いなく完璧に弾き切った僕と夢ですら疑問に思っているのだから、これはそんな単純な話では無いのだろう。
「うーん……もしかして、このメンバーで恋してるのが一人だけだから、とか?」
「気持ちが乗ってない的な?」
ありえない話では無い。
曲の理解、と言うのは何もコード進行やテンポ、メロディといった技術的なものだけではない。
どんな意図を持ってこの曲を書き上げたか、どんな感情を持って奏でるべき音なのか。
それらの理解が、本来であれば必要。
「だが……夢や翔にそれが当てはまるか? そんなモノをウヤムヤにするのがこいつらだぞ?」
「……分かんない」
「少なくとも、演奏は完璧だったよ」
「そうですね! 演奏のレベルは高かったです!」
困惑する夢と、理解が出来ていない僕と、相変わらず褒めてくれる麻弥さん。
……麻弥さん?
「おわっ!? 麻弥さん、いつの間に!?」
「フへへ……皆さんちょっと遅れるそうなので、覗いちゃいました!」
「私達も居るわよ」
気が付くと、入り口に立っていた麻弥さんと湊さんと今井さん。
どうやら演奏中ずっとそこに居たらしい。集中しすぎて気付かなかった。
「すいません気付かなくて……それで、お三人はどう思いましたか?」
目を見開いていた龍樹だったが、すぐに取り繕って彼女たちに演奏の感想を聞く。
彼女たちは一様に腕を組んだり、ぽりぽりと頬をかいたりしていた。
まず口を開いたのは、湊さんだった。
「そうね……まず、演奏のレベルは相変わらず高かった。これは間違いないわよ」
「そうだねー。誰かが尖ってるとか、リズム隊が走っているとかいう事もなさそうだったかな? リズムキープ上手いよねー」
湊さんと今井さんの言葉に、ひとまず安堵。どうやら僕たちの気付いていない致命的なミスというのも無いようだった。
「だけど、そうね……厳しい言い方になるけど、響かなかったわ」
「ちょっと、友希那!」
歯に衣着せぬ物言いをする湊さんを抑えようとする今井さん。
しかし、今井さんのことを龍樹が手で制する。
『この程度問題ない』──相変わらず中学三年生とは思えない精神力だ。
「ただ、どうして響かないのかは、私にも分からないわ……ごめんなさい、力になれなくて」
「いえ、貴重な意見、ありがとうございました。次に聞かせる時はもっと良いものにしてみせますので、ご期待下さい」
「ええ、あなた達の演奏は毎回楽しみにしているわ。それじゃ、失礼するわね」
言いたいことは言い切ったのか、湊さんは踵を返してスタジオから出ていく。その後を、ごめんねー! と言いながら出ていく今井さん。
残っていたのは、最初に声を掛けてきた麻弥さんだけだ。
「……あ、気にすることないです! ジブンは、翔さん立ちの音、好きですよ!」
──そう言える彼女が、少しだけ、妬ましい。
湊さんに厳しく言われて落ち込んでいると思ったのか、僕らな事を思って喋ってくれている彼女に、あろう事か僕はそんなことを思ってしまう。
「……ありがとうございます。麻弥さんも練習頑張って下さいね」
「フへへ……了解ッス!」
彼女の笑顔は、やはり眩しかった。
ご閲覧ありがとうございます。今回の作品を書くにあたって、「大和麻耶」という存在についてものすんごく調べました。
なんでこんなに可愛いんですかねこの娘(堕ちた)。
感想、評価等して頂けると幸いです。
それでは、また次回。
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野菜スティックって、オシャレに言ってるだけだよね
暗い夜道を女の子だけで歩かせるのは、流石にナンセンスなことぐらい僕でも理解出来る。
仕事場も同じ、学校も同じ、家もどちらかと言うと近い僕と麻弥さんが一緒に登下校したりするようになるのはある意味必然……なのだろう。
正直、バンドメンバーたちが送って行くよとガールズバンドの皆を家まで送って帰っているから合わせているだけだ。
「麻弥さん、こっちを」
「え、あ、すいません……」
しれっと車道側を歩こうとしていた麻弥さんを建物側に移動させ、車道側を歩く。
これを背が高い遥辺りがやれば絵になるのだろうが、如何せん身長が低い。
麻弥さんの方が背が高いとなると、やはり格好がつかない。
十センチくらい差がある。地味に刺さる。
『これから背が伸びるだろ!』と父さんに言われて買った少し大きめの制服は、未だにジャストサイズになってくれないままだ。
「しかし……Knockersの皆さんでも上手くいかない時はあるんですね」
「当然ですよ。ミスだってしますし、トラブルだって起こします。まぁ、今回のはちょっと初めての経験ですけど」
曲を演奏して、五人が五人『なんか違う』と感じるのは前代未聞だ。
誰か一人だけなら気のせい、ということも有り得る。二人三人なら、しっかり話し合える。
五人全員だと、もうどうすればいいか分からない。
結局、『世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』はライブではやらない、だけど練習は時々しよう、という話に落ち着いた。
龍樹はもう一度アレンジし直す、と張り切っていたし、恐らく大丈夫だろう。
「しかし、そちらは大変ですよね……主に日菜さんが」
「あ、あはは……正直慣れてきているジブンが嫌です」
はぁ、とため息を一つ。
こちらの苦労人ポジが陽だとしたら、パスパレの苦労人ポジは麻弥さんだろう。
陽に関しては心配していないが、麻弥さんの心労は考えるだけでも、自分では味わいたくない。
ぶっ飛んだメンバーが多いパスパレのツッコミ役。
同じ部活の瀬田さんの言語解析。
スタジオミュージシャンとしての仕事。
CiRCLEメンバーの中でもわりとツッコミ寄りの立ち位置。
本当に、本当に大変だろう。
「仕方ない……そんな頑張っている麻弥さんに、生意気な後輩がコンビニで何かを奢りましょう」
「へ? そ、そんな……悪いッスよ……」
「まぁまぁ。給料入ったんで」
「ジブンもですよ……」
そう言えば同じ職場だった。給料日同じだった。
やはり格好がつかないなぁ、と苦笑するが、お構い無しに麻弥さんの手を引いてコンビニに入る。
いつも立ち寄っているコンビニなので、店員さん達とも顔見知りだ。
「スキューバダイビングー……およ、しょーくんと麻弥先輩だ〜」
「あれ、青葉さん。今日シフトなんだね」
「こ、こんばんはッス!」
適当にも程がある挨拶をした白髪の彼女は、同じ学校に通う同級生の青葉モカ。
幼馴染み達五人で結成されたガールズバンド『Afterglow』のギタリスト。
のんびりマイペースながら、意外と芯がしっかりしている女の子だ。
ちなみにこのコンビニには、夕方に会った今井さんも働いている。
「しょーくん、どうして麻弥先輩の腕を掴んでるのー?」
「いやぁ、頑張ってる麻弥さんに無理やりご褒美を」
「おお〜、それじゃあ、頑張ってるモカちゃんには〜?」
「……………………パン一個」
「わーい」
他にお客さんも居ないので、青葉は気軽にレジから出てペットボトル飲料のコーナーへと向かう。
麻弥さんにもあれくらい……とは言わなくとも、少しばかり他人の優しさに甘えてもいいと思う。
結局、生きているのは他人ではなく自分なのだから。
「という訳で、麻耶さんも何かどうぞ。ジュースでも雑誌でもお弁当でもお酒でもタバコで」
「後半二つは買えないッスよ!」
手をぶんぶんと振る麻弥さん。可愛い。
こんな可愛い人と一緒に居てもいいのか。と言うか、現役女子高生アイドルだぞ相手。
ふと冷静になり、改めて現在の自分の立場が特殊なのだと気付く。
「はぁ……分かりました。ここは素直に奢られます」
そう言いながら麻弥さんは、レジのそばの棚にある缶コーヒーを一本取ろうとする。
……が、僕はその手を掴む。
「はい、遠慮しない。さっき野菜スティックに目が行きましたよねー?」
「う、うぅ……流石にあんまり高いものを買ってもらうのも……」
「遠慮しちゃダメですよ麻弥先輩〜」
「そう言う青葉さんはちょっとは遠慮して? 何しれっと一番高いパン持ってきてるの」
青葉さんの手には『白金の食パン』というものが握られていた。二枚入りで三百二十四円。
僕には正直食パンの味の違いなんて分からない。分からないので、その食パンになんの魅力も感じない……どころか、それを買う人が居るのかと疑問にすら思っている。
居たね。目の前のパン狂い。
「この前でたばかりの商品でね〜。買ってみたいと思ってたんだ〜」
「他人のお金で食べるパンは……美味しいんだろうなぁ……」
「あの……じゃあ私は缶コーヒーでいいので……」
「青葉さん、会計お願い」
「はいはい〜」
青葉さんに手に取った野菜スティックを渡し、そのまま会計。千円札を出し、そそくさと会計を終える。レシートも忘れずに。
「はい、麻弥さんこれ」
買った野菜スティックを麻弥さんに手渡す。
右手に持った缶コーヒーと、左手に持った野菜スティックを交互に見て、オロオロとしている。
暫くしてやっと観念したのか、缶コーヒーを元の場所に戻す。しかし、その口角が上がっていたのは見逃さない。
「あの……ありがとうございます!」
「いえいえ、普段お世話になってますし」
「しょーくんありがとね〜」
「はいはい」
麻弥さんに笑顔を見せ、青葉さんを軽くあしらう。
仕方ないと割り切ったが、想定の倍お金払った上に、自分のものはなにも買えていない。
このやるせなさは凄い。
……が、照れたように笑う麻弥さんと満足そうな青葉の顔を見ると、文句を言えるはずもない。
男は黙って、文句を飲み込もう。
「それじゃ、青葉さんはバイト頑張ってね」
「はーい。ばいばーい」
「お、お疲れ様ッス!」
これ以上居ては店にも迷惑だ。青葉に別れを告げて、コンビニから出ていく。
立ち食いするのも迷惑なので、近くの公園で麻弥さんが食べてもらおうか。
「あの……本当にありがとうございます! またお礼します!」
「大袈裟ですよ……野菜スティック一個ですよ?」
買ってもらった野菜スティックの入れ物を大事そうに両手で持ち、フへへ、といつものように笑顔を浮かべる麻弥さん。
彼女の顔を基本的に見上げる体勢、というのが実に惜しい。
出来れば見下ろした格好で彼女の表情を拝みたいものだった。
「いえ! たとえどんなものでも頂き物に違いありません! いつか必ずお礼させていただきます!」
やはり、本当にいい人だ。
……本当に、絵に描いたように。
こんないい人に、もっと早く出会えていれば。
どうしても、そんな事が脳裏を過ってしまう。
しかし、今となってはもう後の祭り。自分のことをどうすればいいのか分からない。
だから、僕は彼女から目を離せない。
僕みたいには、させたくないから。
「……矛盾してるよなぁ」
「へ!? なんか変なこと言いましたか!?」
「ああ、麻弥さんじゃないですよ。麻弥さんはそのままで居てください」
自分が酷く歪な存在だと笑いながら、どこまでも純粋な彼女を見上げる。
キョトンとした彼女の顔を見て、もう一度笑った。
ご閲覧ありがとうございます。コンビニに置いてる高い食パン、一回食べてみたいですよね。お金無いから買えませんけど。
感想、評価等して頂けると幸いです。
それでは、また次回。
追記
二桁お気に入りありがとうございました。
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コーヒーって、飲んだ後口臭気になるよね
さて、僕は一応高校生として生活を送っている訳だが、高校一年生にして早くも一人暮らしをしている。
金銭的には稼ぎがあるので問題無いが、やはり家事を自分でしなければならないというのがかなりキツイ。
食事はカップ麺やスーパーの惣菜を買って食べているので問題は無い。
掃除洗濯。この辺が本当に辛い。
優先度としては無視できないほど高く、なのにめんどくさい。
何とかやってはいるだけ褒めて欲しい。もっとも、褒めてくれる人は居ないが。
「……ねむ……」
そんな僕の一日は、五時半から始まる。
前日は十一時半には寝ているので、きっちり六時間睡眠だ。
以前陽から『そんだけしか寝てないから背が低いんじゃね?』と言われた。次の日、陽は珍しく学校を休んだらしい。何があったのだろうか。
「……ギター」
まだ瞼も開いていない状態で、ベッドに腰かけて、脇に置いてあるスタンドのギターを手に取る。
寝起きに一曲。『小さな恋のうた』。
バンドの登竜門のような曲と言っても過言では無く、僕が一番最初に完璧に弾けるようになった曲だ。
毎朝寝起きにこれを弾く。それで一日を始めるのが習慣となっている。
「……よし」
弾き切った僕は、そのまま次のライブのセトリを三曲、それを三週。
気がついた時には既に六時半。ギターを起き、学校へ行く準備を始める。
トースターに食パンを二枚入れ、その間に電気ケトルでお湯を沸かす。
パンが焼き上がるのとお湯が湧くのを待っている間に、顔を洗って歯磨き。生まれてこの方虫歯になったことがないのが自慢だ。
洗面所からキッチンへ帰ると、トーストのいい匂いが部屋に広がっていた。
トーストを皿に起き、マーガリンを塗る。身体に良くないという噂を小耳に挟んだが、特段期にせず塗る。
マグカップを二つ。一つはインスタントのコーヒーと角砂糖を一つ、一つはコーンポタージュの素を入れ、お湯を注ぐ。
「いただきます」
きちんと手を合わせ、サクサクと簡単に作った朝食を食べて行く。
いつもと同じ朝食をいつもと同じくらいの時間を掛けて食べる。机の上に置いてあるiPadで、様々なアーティストのライブ映像を流す。
「……相変わらずおかしなスラップだなが」
某お喋りクソメガネさんのライブ映像。今やアニソン会に欠かせない存在となっている彼の代表曲の入り部分を何度も見る。
スラップはそこまで得意では無いので、しっかり参考……に、できるかは分からないが。
「……あ、着替えなきゃ」
そこで着替えていないことに気付き、慌てて寝室に戻って制服を身に付ける。
灰色を基調としたブレザー。個人的には気に入っているデザインだ。
そんなこんなで、あっという間に七時半。洗面所に一度戻り、マウスウオッシュで口をすすぐ。
これから女の子と会うのに、口臭がしたら宜しくないだろう、世間的には。
そんなこんなを考えていると、玄関からチャイムの高い音。
今日ももうそんな時間。すかすかの通学カバンとパンパンのギターケースを持ち、玄関の扉を開ける。
「フへへ……おはようございます! 翔さん!」
「おはようございます、麻弥さん」
いつも通り、眼鏡の奥に幸せそうな笑顔を浮かべる麻弥さん。その笑顔を直視しないようにする。少し僕の方が目線が高いところに立っているので、彼女の顔が目の前にある。
心臓に悪い。
「ほんと毎朝迎えに来てもらってすいません。ほっといたら多分僕学校に行きませんし……」
「全然大丈夫ッスよ! ジブンも学校に行きたくないことありますし!」
「じゃあ、今日は二人でサボってセッションしませんか?」
「学校行くッスよ!」
隙あらば学校をサボろうとする僕を、見かねた麻弥さんが毎朝家まで迎えに来てくれるようになったのは、六月頃の話だ。
高校中退スタジオミュージシャンと高卒スタジオミュージシャンどちらがいいですか? と言われたら高卒と答えるしかない。
そうしたら麻弥さんが、「それじゃあ毎日迎えに行くッス!」と張り切り出して、それに甘えて今に至る。学校も同じだし、特段困ることは無い。
ただ、毎朝マンションまで迎えに来てもらうのが本当に申し訳ない。次からはせめて一階まで降りておこうか。
「分かりました分かりました……」
相槌を打ちつつ、部屋から出て鍵を閉める。しっかりかけたことを確認し、ポケットに仕舞う。そのまま二人でエレベーターを使い下まで降りる。
そのまま雑談しながら学校まで通学路をテクテク歩く。
「あ! 昨日は野菜スティック本当にありがとうございました!」
「まだ言うんですか!?」
昨日の野菜スティックを未だに恩に思っている彼女に思わず引く。以前から思っていたが、この人他人との関わりに対してのウェイトが重すぎないだろうか?
もう少し自分を重視してもいい気もする。今度龍樹にそんな企画をたててもらおうか。
「そう言えば、昨日の演奏の反省はどうでした?」
「三時間弾いたり聴いたりしましたけどまっっっったく分かりませんでした。暫くあの曲聞きません」
素晴らしい楽曲であることに変わりはない。しかし、練習しすぎて嫌いになることもよくある。
ぶっちゃけ、今あの曲は聞きたくない。聞いた途端指が勝手にコードを抑えてしまう。思ってもない愛と平和叫んでしまう。
「へぇー、翔さんでもそこまでやって分からないこともあるんですね」
「いやぁ……スタジオミュージシャンの名が泣いてますよ」
これでもギターでご飯を食べている身。流石に不甲斐なくなってくる。
ミスタッチが無い分、余計に謎は深まるばかりだ。
何かバンド的な、チーム的な問題なのではないかと仮説は立てているものの、如何せん判断材料が少なくて分からない。
何か別の曲で同じ現象が起きて初めて進展があると言えるだろう。
故に放置。
「そんな事無いッスよ! 翔さんのギターは本当にすごいっす! 令和のブライアン・メイッスよ!」
「言い過ぎです流石にそれは畏れ多いです」
あの伝説のバンドのギタリストの名前を語るなど言語道断だろう。普通に憧れのギタリストの一人だ。
憧れすぎて五百円玉で弾いてみたこともあるが、難しすぎて五百円玉を投げたら、部屋の中で無くしてしまった。
自分が普段から指弾きな為ピッグが少し違和感なのだ。五百円玉など扱えるわけも無い。返せ僕の五百円。未だに出てこないんだぞ。
「……お、あれは」
「……めんどくせぇ!!」
思わず大声を出してしまう光景。本当に逃げたい。遠回りしてでも話したくない。
そう言いきれる光景が目の前に広がっていた。本当に勘弁して欲しい。
「陽くん陽くん!夢くんっねチューしたら起きるって本当!?」
「ホントなワケねぇだろこのタコ! 誰の入れ知恵だ!」
「ひまりちゃん!」
「あのボケピンクのでかい方がぁ!!」
往来のど真ん中。花咲川の制服を着た男子生徒が、同じ制服を着た男子生徒をおぶって、その前に羽丘の制服を着た緑髪の女の子がひっじょーにキラキラした……いや、るんっるんっした目でおぶられている男子を見ていた。
もうお分かりだろう。Knockersボーカルの陽と、オールラウンドの夢、そしてパスパレギターの氷川日菜先輩だ。
また陽の胃が壊れてしまう。
「じゃ、麻弥さん行きますか。僕らはあの人たちとは他人です。赤の他人です」
「いやいや! 止めなきゃダメだめッスよ!」
「麻弥さん……甘えさせちゃダメです。社会の厳しさをあの人たちに教えないと……毎回毎回止めてくれる人なんて居ないって教えないと」
「ほっといたらずっとやってますよあの三人!」
「行きますかぁ」
麻弥さんのセリフが、この場で一番の正論になってしまっているあたり終わっている。まともなバンド仲間が一体何人いるのだろうか。
……過半数がおかしい気がする。三十人くらいいて半分おかしいって大丈夫なのだろうか。
さて、現実逃避もこれくらいにしておこう。
「おーい日菜さーん。学校に付いてきてくれたら今日るんってくるギター教えますよー」
「ホントっ!? 行く行く!」
一声呼び掛けると、まるで従順な犬のように猛スピードでやってくる。僕と麻弥さんには、彼女に犬耳としっぽが付いて見える。
「もう、日菜さん! 二人の迷惑になるんですからあんまり困らせちゃダメッスよ?」
「えー? でもこんな時間に起きてる夢くんってるんっと来ない?」
「そんな夢は夢じゃないですよ」
「それもそっか!」
こんな感じで、麻弥さんと、時には日菜さん、時にはAfterglowの面々、時には湊さんと今井さん。
そのメンバーで毎朝学校へと向かうのが毎朝の光景となっていた。
「……クソっ……なんで俺はこいつを背負って学校行かなならんのだ……! 今度のスタジオ練の時アイツコロス……!」
「……すぅ……すぅ……」
「起きろゴルァア!!」
預かり知らぬところで、陽からの好感度がみるみる減っていっていた。
ご閲覧ありがとうございます。そろそろ何かしら事件を起こしたいと思う自分と、まだ日常回続けたいよって思ってる自分が大喧嘩してます。皆、もう少し可愛い麻耶ちゃん見たいよね?
感想、評価等して頂けると頑張れます。
それでは、また次回。
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ギターって、楽しいと思ったことがない
授業の存在する意味が理解できない人というのは数多くいると思う。
日本の歴史を知ってどうするんだ、だとか、関数の式を求めてどうするんだ、だとか。
全くもってその通り。運動方程式知っていても、ギターは上手くならない。弦の振動についてのあれこれは、知っていてもそんでは無いかもしれない。いや、使わないけど。
なので、健全な思考を持っている僕は授業は半分サボって半分寝ている。課題はきちんと出します、丸写しで。
なので、周りからは『ギター狂い』だの『羨ましい』だの散々な言われようをしている。
「酷い話だよね、美竹さん。僕にはギターしかないみたいな言い方さ」
「……実際それしかないでしょ」
実に天気のいい午後一番の授業中。折角なので屋上に来てみると、やはり居た先客の赤メッシュ。
ガールズバンド『Afterglow』のギタボ、美竹蘭。僕と同じように授業中によくサボっては校内の色んなところにいる女の子。
家は著名な華道家らしいが、その一人娘である彼女はご覧の通りの不良少女。しかも寡黙。
そのせいでよく勘違いされがちだが、彼女も悪い人ではない……のだろう、多分。
今日の彼女は作詞の時間だったらしく、膝の上には何やら単語が書かれたノートが開かれており、女の子が使うには少々無骨なデザインのシャーペンを握っていた。
「まぁ、そうだけどさ……よっと」
彼女から離れた位置に立ち、持ってきたギターケースから一番の相棒である青色のギターを持つ。ストラップを肩にかけて、何時でも万事OK状態。
「ほいこれ、ミニアンプとヘッドホン」
「……何する気?」
「演奏聞いてもらおうと」
「……何?」
「『世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』」
確かに聞きたく無くなるほど聞いたし弾いた。しかし、聞かせた人間は三人だけ。
自分で分からないのなら、他人に聞いてもらえばいい。個人的に美竹さんは、人一倍繊細な人だと思う。
だからこそ、感じ取れるものがあるのではないか。
そんな打算を込めて、この屋上へと出向いた。
「……はぁ、別にいいけど……翔はあたしに何してくれるの?」
「Fコードの簡単な押さえ方」
「……押さえれるけど」
「苦手でしょ?」
「……そうだけど」
釈然としない、と言う美竹さんの頭にがぽっとヘッドホンを装着。そのままチューニングをする。
「……え、音聞こえないでしょ?」
「んー? でも合ってるでしょ?」
「合ってるけど……どうやってるの?」
「感」
恐らく、誰に言っても信じて貰えない特技だが、この青色のギターに限って、僕は音を聞かなくてもチューニングが合わせられる。
何となくの感覚でやってみても、綺麗にきちんとチューニングできる。本当に謎だ。こんなものより、背の高さとか運動神経とか、そっちの方が欲しかった。
……なんて、ギタリストに失礼か。
「それじゃあ、行くよ。歌は……気が乗ったら歌って」
「……聴くだけにする」
「それじゃあ、失礼して……」
足でリズムを取る、指で奏でる、正しい音を。
自分の持てる技術を遺憾無く発揮する。普段は様々な人に届けられる音。それを、たった一人の女の子へ。
完膚なきまでに叩きつける。
自分の音とか、個性とかをかき消し、それでもなお伝わる『僕らしさ』。
それこそが、僕がスタジオミュージシャンになれた理由にして、他のギタリストにできない芸当。
「……正確すぎて引くね。どれだけギターやったらここまでできるの?」
「想像できないくらい」
僕はミスタッチが少ない、という次元ではない。
ミスが無い。
楽譜とTAB譜と元の音源。この三つと、二日ほどの時間。それさえあれば、その曲を完璧に弾き切る事が出来る。
完璧。ミス無し、ブレ無し、テンポミス無し、乱れ無し。
それこそ、死に物狂いでギターを弾いてきた結果身に付けた技術。
僕が唯一、キチンと努力に努力を重ねた上で手に入れることの出来た技術。
それがこの、ギタリストとしての確立した技術だ。
「……そうだね……やっぱり、前から思ってたけど、翔のギターは凄い。同じギタリストとしては、圧倒される。その技術に」
これだけは、僕が周りに自信を持って言える技術。
絶対の自信。自分の技術がどんなものなのか、自分で深く深く理解している。
だからこそ、分かる。
「でも、正し過ぎて響かない」
「……だよね」
自分の技術の、圧倒的な欠陥を。
「なんだろ……上手すぎて、感心しちゃうのが先に来る感じ……かな。一流のオーケストラ聞いてる感覚」
「……バンドじゃ不似合い、だね」
バンドなんて、本来であれば自分達の生き様や憤り、感情や劣等感、綺麗なものから汚いものまでの『自分達らしさ』。
いかに『自分達らしさ』を観客に押し付けるか。それを受け入れてもらうか。それを好きになってもらうか。
バンドマン達が目指すものは、そうでなければダメなのだ。
しかし、だからこそ僕の演奏ではダメなのだ。
観客の心をぶん殴るのが夢や陽。
夢や陽を引き立てるのが遥や龍樹。
そして、音楽を完成させるのが僕。
一番観客を引き込まなければならないはずのギタリストが、一番それとは遠い役回りをしている。
それが僕ら、Knockersの一番の弱点だ。
「でも、今までは何とか誤魔化せたんだ。陽と遥が下手だったから」
「……はっきり言い過ぎ。仮にもバンドメンバーの事なんだからさ」
「事実だからなぁ」
だが、それで良かった。基本のリズム隊である遥がドラマーとして未熟だったし、陽の歌も響きはするがカラオケレベルだったから。
それがどうだ、レベルの高いガールズバンドの面々と触れ合ったことにより、みるみるうちに実力を伸ばして行った。
気が付けば、陽と遥も高校生レベルを逸脱し、龍樹は様々な楽曲を作れるようになり、夢は手が付けられない技術と表現力を手に入れた。
「……ホント、上手くなったんだよ、あの二人。僕が足踏みしてる間に」
皆が皆、自分の音で表現できるようになった。
だが、そこに何も表現出来ない僕が混ざる。何も成長していない僕が混ざる。
皆は同じものを伝えようとする。だけど、一人何も伝えようとしないし、できない。そのせいで音が合わなくなる。だからこそ、響かない。響かせることができない。
それが、良くも悪くもバンドの華であるギタリストが、だ。大問題なのだろう。
「……気持ちを込めて歌うって、どういう事なの?」
「……気持ちを込めて歌うってこと。ただの『あー』って声でも、響かせて、震わせて、がなって、叫んで。そうやって伝える」
「……どうやって、この無機物に感情を乗せればいいの?」
技術なら、どうにかできるとはっきり言える。手法で、技法で表現できるなら、いくらでもどうとでもできる。
だけど、そうでないなら?
……僕がワンステップ上ののギタリストになれるかどうか、怪しくなってしまうのだろう。
「……ギターを無機物呼ばわり、ね……語るに落ちてると思うよ?」
「……? だってそうじゃん」
「そうじゃんって……ギターが好きなんでしょ?」
「え?」
「……え?」
屋上に現れた僕を見た美竹さんは、若干不機嫌そうだった。
曲の感想を話していた美竹さんは、一人のバンドマンとして真摯な表情を見せていた。
僕がギターを無機物呼ばわりした時は、明らかに怒っていた。
しかし、今の美竹さんは、驚いたように目を見開いてこっちを見ていた。首にかけたヘッドホンから、アンプにシールドが繋がっている。
だけど、僕と美竹さんの感情は繋がってはいないようで。
「好きなわけないじゃん。ギターなんて」
疑いようのない事実を言っているだけ。
僕にとってはそれ以上でもそれ以下でもないのに、美竹さんの動揺が空気を揺らす。
……信じたくない、といった表情、でいいのだろうか。
何を信じたくないのかは分からない。が、僕が先程から喋っている言葉に、嘘偽りは一切存在しない。
「だって、楽譜通りに弾いてメロディを弾いて、スラップやアルペジオで盛り上げる、だけじゃん。面白くも何ともないよ?」
「……弾けなかった、曲が弾けるようになって嬉しかった、とかは?」
「うーん……最初の頃はあったかなぁ……今はもうほとんど無いね」
「ライブが成功した高揚感は!? バンドメンバーと一つになる感覚は!? 盛り上がっているお客さんを見る喜びは!? なんでもいい、『楽しかった』って言えることは!?」
「……うーん」
悩む、悩む、悩む。
ギターに初めて触れてから早六年。長い間ギターを弾いてきたが、そんな記憶があったかどうかを思い起こす。
そもそも、なぜギターに手を出したか。
なぜギターなのか。
なぜ楽しくもないギターを何年も、それこそスタジオミュージシャンになれるほど続けたのか。
「……あ、あった」
「何っ!?」
「目標に近付けてる達成感」
目標。
僕がギターを弾く全ての理由。
「有名になりたい」
「……有名、に?」
「格を上げたい、著名になりたい、立場を上げたい」
そのための、手段。
僕にとってのギターは、その程度でしかない。
「アイツらを、見返すために」
それ以外、存在しない。
ギターなんて、楽しく、無い。
ご閲覧ありがとうございます。好きなものを嫌いになれるほど努力できる人は居ますが、好きでもないものを努力できる人間って何人居るんですかね。
感想、評価等して頂けると頑張れます。
それでは、また次回。
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好きって、そう言えるあなたは本当に凄い
「……やっちゃったなぁ」
一人寝転がって空を見上げる。白い雲は羨ましいほど自由に大きさや形を変え、これまた羨ましいほど自由に晴れ渡る大空を駆けていく。
あんな雲みたいに、自由に生きたい人生だったなぁ……と、まだ十五、六年しか生きていない身分で言うのは、些か傲慢だろうか?
……傲慢なのだろう。寿命で死ぬと仮定しても、後六十年近くは生きるのだから。
まぁ、僕の人生が不自由だと言うのは、間違いない事実なのだが。
せめて不自由でもいいから、もう少しだけ拘束を緩めてくれでもいいでは無いかと、空の雲を睨む。
雲にとっては、全くもっていい迷惑だ。
「……後で美竹さんには謝んないとなぁ」
僕の言葉を聞いた美竹さんの怒り具合は、それはそれは凄まじかった。
ギターなんて、と二度と言うな。
ギターを無機物、と吐き捨てるな。
ギターが好きじゃないと、二度と言うな。
そんな奴が、心を動かす演奏なんか出来るわけない。
聞いていてあまりいい気分になる内容のものでは無かった。しかし、そのどれもが実に的を得ているから、反論のしようがない。
今回の件は、間違いなく僕が悪いのだから。
結局怒った美竹さんは、着けていたヘッドホンを地面に置き、屋上から立ち去ってしまった。本来であれば追いかけるべきなのだろうか?
僕はしない。僕に弁明の余地は無いからだ。
本心なのだ。ギターが好きでは無いというのは。
そんなものでは無いのだ。僕の活動源は。
汚くて汚くて、お見せできるものでは無い。
「……今更、それ以外でギターなんか弾けないっての」
やる気を無くした僕は、ギターやアンプを丁寧にケースにしまい、そのまま愚痴る。
元々ギターを始めたきっかけだって、ピアノをやってみてダメだったからという以外の何物でもない。
ギター以外でも良いのだ、有名になれれば。
「……次からは言わないようにしないとなぁ」
「何をッスか?」
突如として聞こえてきた声に驚き、慌てて飛び起きると、そこにはいたずらっぽく笑う麻弥さん。
本当に心臓に悪い。二重の意味で。
「いやぁ……美竹さんを怒らせるようなこと言っちゃいまして……また後で謝らないと」
「そうでしたか……って事は、二人してここでサボってたんですね?」
しまった、口が滑った。
麻弥さんは学校に行きたがらない俺の事を気にかけてくれている。そのため、授業をサボる事にもあまりいい顔をしない。
そのため、サボる時はこっそり誰にもバレないように屋上や体育館裏に行ったりするのだが……やはり悪い事はどこかでバレてしまう運命にある。
「もう……ちゃんと授業受けなきゃダメですよ?」
何がきついって、俺がサボる度に悲しそうな顔で微笑む麻弥さんを見ることだ。
他人なんだからほっといてくれよ、と思わないでもない。が……普段からお世話になっている人でもあり、こうも心配してくれている麻弥さんとなると心が痛む。
そのため、最近はあまり授業をサボっていなかったのだが……今日だけは許してもらおう。
「……まだ気にしてたんッスね」
「……ですね」
気に食わない。
たかが数ある楽曲の中の一曲の癖に、こうも僕を苦しめる。素晴らしい曲だが、だからこそ上手くいかないもどかしさが募る。
素晴らしい曲を、一流のギタリストであるはずの僕が弾いて、どうしようもないほどの駄作になる。
否定だ。これまでの僕の半生の。
所詮はその程度だと、舞い上がるなと釘を刺される。
思考がどんどん暗くなる。元々落ちる所まで落ちていた思考回路が、更に深く深く。
「音楽って、難しいッスよね……やっててもわかんなくなりますもん。どうしたら正解なのかって」
「……麻弥さんですらそうなら、僕に分かるはずがないですね」
麻弥さんは凄い。ただの機械オタクでは無く、それぞれの楽器や機材に対する知識や見聞が段違いで深い。
知り合いの中では、龍樹やもう一人の中学生作曲家……いや、飛び級作曲家といい勝負ではないか?
そんな彼女ですら、分からなくなるのだ。
僕なんかが、僕程度が理解出来るわけもない。
「自分を卑下しちゃダメですよ! だってまだ高校生ですし!」
「まだ……ですか。十五年も生きたのに?」
「十五年しか生きてないッス!」
先程自分でも考えたことを、麻弥さんは実にポジティブに捉えていた。いや、捉えようとしているだけなのか。
どちらにせよ、彼女の言葉には何度か助けられている。流石アイドル。偶像の癖に、夢を与えるなんてバカバカしいとすら思っていたが、どうやらその認識を改めなければならないようだ。
──いや、偽物だからこそ、夢なんてものを見せられるのか?
失礼なことを考えつつ、もう一度ゴロンと寝転がる。このままもう一寝入りしてしまおうか。
「……先は長いなぁ」
なんて言いながら、ゆっくりと目を閉じる。こんないい天気のお昼すぎ。眠たくなるのも仕方ない。
ああ、段々と自分が雲になっていくような感覚、いっそこのまま本当に雲になってしまえば……。
「寝ちゃダメです! 次の授業はちゃんと受けて下さいっ!」
「えー……はぁ、分かりましたよっと」
しゃがみこんで僕を揺する麻弥さん。僕が雲だったら触れなかったのに、残念。
大人しく教室に帰ることにした僕は、立ち上がって制服に付いたホコリをパンパンと払う。その後ギターケースを背負う。
……無機物。
やはり肩に掛かる重量からは、特段何も感じない。
魂も、感情も、心も、何も。
感じられるのなら、是非とも教えて貰いたい。僕にとってのギターが、変わるかもしれないから。
「……ねえ、麻弥さん。ひとつ聞いて良いですか」
「? いいですよ」
キョトンと目を丸め、首を傾げる麻弥さん。
やはり、彼女は自分なんて大したこと……とよく言っているが、相当可愛らしい人だ。
自分を卑下しちゃダメ、なんて僕に言っておきながら、自分は自分のことを下げまくり。ブーメランも良いとこだろう。
まぁ、それでこそ『大和麻弥』なのだが。
「麻弥さんは……ドラム、楽しいですか?」
分かりきったことを聞くな、と、頭の中の僕が笑う。
それでも確認したいんだ、と、頭の中な僕が言う。
あれだけ笑顔でドラムを叩いているところを見ているのに? と、頭の中の僕が呆れる。
もしかしたら、彼女は僕と同じかもしれないだろう? と、頭の中の僕は縋る。
そんな事、有り得るはずないのに。
「? 楽しいッスよ!」
「翔さんも、楽しいですよね?」
その言葉が、一番聞きたくなかったかもしれない。
楽しいんだろう、ということは理解していた。
だからこそ、聞き返してきた質問に、激しく絶望する。
僕も、楽しいですよね。
まるで。
まるで、楽しいのが当たり前のような口調ではないか。
好きだから、楽しいから、やりたいから。
そうであるのが正しいと。そうでないのが異常だと。
彼女の口から、聞いてしまった。
常識を、正しさを、異常性を。
僕が、おかしいのだということを。
「……勿論、楽しいですよ」
嘘を吐いた。
嘘を言うことにそれなりには抵抗があるし、ましてや麻弥さんに対して嘘を言ったことがなかった僕が、初めて麻弥さんに対して付いた嘘。
だって、そうだろう?
「そうっすよね……やっぱり、演奏してる瞬間って、最高ですもんね!」
こんなにも、こんなにも楽しそうに、嬉しそうに話す彼女を見て。
言える訳ない。知られる訳には行かない。
「そうですよね……変な事聞いてすいません。じゃ、教室戻りますね」
「はい! それじゃあまた放課後に!」
「はい、また放課後」
僕がおかしいと、知られる訳には行かない。
なんて。
なんて僕は、情けないのか。
一人になった階段を一歩一歩降りる。気持ちも、どんどん沈んでいくようだった。
「……どうしようも、無いよね」
こんな僕が、今更ギターを楽しいと、好きだと思えるのだろうか?
答えは、とてもじゃないけど出せそうになかった。
ご閲覧ありがとうございます。無理に頑張らなくて良いと周りが思っても、当人はそんな事思えないのもまた事実。
感想、評価、お気に入り登録等して頂けると、より頑張れます。
それでは、また次回。
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休憩って、気にしてないと時間を忘れるよね
こういう話を日常回と言うのでしょうか?よく分かりません。
「どうもこんにちは! まん丸お山に彩りを!Pastel*Palettesボーカルの丸山彩です! 今日は、私達の事務所に所属する、高校生スタジオミュージシャンコンビを紹介したいと思います!」
「……丸山さん、急に来たと思ったら何してるんですか」
事務所のレコーディングスタジオ内。今日は麻弥さんと二人揃ってPastel*Palettesの次の楽曲の仮歌の収録をしていた。
無事に一通り終わった休憩中。事務所にレッスンに来ていた、Pastel*Palettesリーダーの丸山さんが突撃してきた。
手には、彼女がエゴサーチのために使っていると言っても過言ではないスマートフォンが握られ、カメラをこちらに向けている。録画しているのだろうか。
まぁ、恐らくSNS用のものだろう。彼女のファンを増やすために、時々協力はしている。
ただ、その度に変なことを口走ってとちってしまったものをそのまま投稿するのだけは勘弁して欲しいものだ。
「今日はね! 普段の日常生活からずっと一緒に居る二人のオフショットを皆さんにお届けします!」
「ずっと一緒って……そんな事ある訳ないじゃないですか」
「そうッスよ! そんな家族でも無いのに」
二人して顔を見合せ、頷き合う。地べたに座った僕が、ドラム用の椅子に座った麻弥さんを見上げる形だ。もっとも、どんな時でも基本的に彼女の事は見上げているのだが。
そんな悲しいことを考えていると、丸山さんはいやいやいやいや……と手を振る。
「毎朝一緒に登校して、事務所やライブハウスまで一緒に来て、一緒に仕事もしてるんだよ! 休みの日もこうして一緒に事務所に居るし、ずっと一緒だよ!」
拳を握り締めながら力説されても困る。
やけに力の入っている丸山さんを見て思わず困惑。また丸山とちった、とか言われないか心配である。
それがないしっかり者の丸山さんは見たくないけれども。
「それでは、皆さんもよくご存知のドラマー! Pastel*Palettesのドラム大和麻弥ちゃんです!」
「え? えっと、こんにちわッス! 上から読んでも下から読んでも『やまとまや』、大和麻弥です!」
「おー、流石現役アイドル」
いきなり話を振られたが、詰まりながらもいつもの自己紹介を言える当たり流石だ。『ッス!』はやっぱりなかなか抜けてないけど。
しかし、この流れだと僕にも流れ弾が来るよね?
「そしてもう一人! 私達の一個下の努力家ギタリスト! 日菜ちゃんのお師匠さん!」
「どうも、小さな身体のギタリスト、加賀翔です。皆さんが聞いて下さっているPastel*Palettesの楽曲の仮歌やったりしてます」
もっと言えば、初ライブのギター演奏は僕でした、なんて言ったら怒られるだろう。これを知っているのは麻弥さんと事務所の一部の人だけだ。
折角波に乗ってきている彼女らの勢いを僕がへし折る訳には行かないだろう。
「翔くんはボーイズバンド『Knockers』のギターでもあるんだよ! そっちの曲も聞いてね!」
「あ、宣伝ありがとうございます」
「……なんの動画なんですか? これ」
このままではほぼ僕の紹介動画になってしまう。というか、アイドルの居る事務所に居る男ってだけで燃やされそう。
オマケに麻弥さんと基本一緒に居るという誤解を招く発言。あれこれ僕ヤバくね?
今更ながら自分に降りかかりそうな災厄に気付き、内心冷や汗を流し始める。
燃えたくないし、ファンに刺されたくもない。まだやりたいことが一杯ある。いや、そんなに無いかも?
「これは翔くんのお披露目だよ! 翔くんも事務所所属の仲間なのに全く知られてないんだもん!」
「いやいや……お披露目ってほど隠されても無いですし」
今度は僕が丸山さんへ向けて手を振る。事務所がそこまで力を入れて広報していないだけで、メディアへの露出は無い訳では無い。
むしろ、同じ事務所の丸山さんに、ファンの皆に知られていないと思われているのが地味に悲しい。
僕の知名度は、まだまだ低いのだろうか。
「兎に角! 翔君のことを知ってもらうの!」
「駄々っ子ッスね……」
もはや僕も麻弥さんも呆れ顔。謎の行動力があり、頑固なところがあるのが彼女だ。
その度に白鷺さんに怒られているのに未だに学ばないのだろうか? と、口には出さない。
ぶっちゃけ、遊ばしてた方が被害者面できて怒られずに済む。
「それじゃあ……趣味は?」
「ギター」
「特技は?」
「ギター」
「好きな物は?」
「……ギター」
「最近ハマってることは?」
「……ギター」
「ちょっと! 真面目に答えてよ!」
「Guitar」
「発音良い!?」
一部嘘を交えつつ、丸山さんの反応を楽しむ。ただギターと言うだけで、こうもいい反応とツッコミをしてくれると、会話していて実に楽しい。
しかし、これでは僕がただのギター狂いという事しか分からない。いや事実なんだけどさ。
何かしら僕のことを知ってもらう必要はあるだろう。
「あー、ハイハイ……じゃ、何すればいいですか?」
「……何してもらおう?」
「知ってますか? 僕でも怒るんですよ?」
「待って待って! 考えるから!」
キョトンとした顔を見せる彼女に対して、流石に苛立ちが出てくる。僕だって貴重な休憩時間。こんな茶番に付き合っているのだから、その辺はしっかりしておいて欲しかった。
無理だよね。丸山さんだもん。
「……そうだ! 何か弾いてよ!」
「えぇ……無茶振りすぎません……?」
確かに、ギターはすぐ手の届く所にある。弾こうと思えばすぐ弾ける。
しかし、丸山さんのSNS用なのだから、弾くにしても選曲を考えなければならない。
それこそ、知名度あって、事務所的にも大丈夫なの。
「……あー、じゃあ、あれやります。『そばかす』」
「おー! 私たちがカバーしたことのある曲!」
事務所的にも問題ない。知名度も大丈夫。何より、弟子との腕比べにもなる。
そう考えると気合いが入るという物で、僕は勢いよく立ち上がり、スタンドに置いてあったギターを手に取る。
……そうだ、折角ボーカルとドラムが居るのだ。
「折角だし、合わせますか。麻弥さん、行けますよね?」
「モチのロンッス!」
眩しい眩しい笑顔を見せてくれながら、腕はえげつない十六ビートを刻んでいた。最早それ、腕だけ別の生き物でしょ。
ベースは居ないし、キーボードも居ないが、その辺は問題ない。伊達にスタジオミュージシャン名乗ってない。
「え? え? え? 私が歌うの?」
「当たり前でしょ? それともなんですか? 音痴の僕やドラムの麻弥さんに歌わせると?」
「それは……あ、でも! スマホは誰が」
「はいはーい! 私が撮ってるよ!」
そう言って勢いよくスタジオに飛び込んで来たのは、パスパレのギタリスト、氷川日菜さん。
僕の唯一の正式なギターの弟子にして、学校の先輩。そのあまりの自由人ぶりと天才ぶりから、人との衝突もしばしば。
悪い人では無いのだ。善悪の判別が少しばかり苦手なだけで。
「はい、もう逃げませんよね?」
「うぅ……わかったよ……一番だけでいいよね?」
「それを聞くのはこっちなんですけどね……」
「いいッスか? それじゃあ……ワン、ツー、スリー、フォー!」
麻弥さんの合図とともに、僕は六本の弦を操り始める。
──
──────
──
「……やっぱりベース無いと音が足りないですね」
弾き終えての第一声はそれだった。
低音帯を支えてくれるベースの存在が無いせいで、どうにも音圧の足らなさが際立ってしまう。
まぁ、宣伝にはなっただろうし、こんなものだろう。
「……凄い! ギターが二本あるみたい!」
「ねぇねぇ! 他にも何かやろうよ!」
しかし、目の前の二人はこんな僕の演奏を聞いて、いたく感動してくれたらしい。
目を爛々と輝かせ、僕の側までずいっと顔を寄せてくる。美少女二人に迫られているので、若干ドギマギしてしまったのは内緒だ。
「もう、お二人共……翔さんが……こまっ、て…………」
麻弥さんがそんな二人を咎めようとしたが、何かに気付いたらしく、スタジオの入口の方に目線を向ける。
僕も麻弥さんに習って二人の肩越しに入口に目線を向けると……僕も同じように固まってしまう。
「……? 二人ともどうしたの?」
「……後ろ」
「「?」」
僕と麻弥さんの様子がおかしいことにようやく気付いたのか、丸山さんと日菜さんは僕の指さす入口側へと目線を向ける。
「あやちゃーん? ひなちゃーん? 休憩時間は終わってるわよー?」
──鬼がいた。
「し、白鷺さん……これは、その」
「いいのよ加賀君。君と麻弥ちゃんが悪くないのはよぉおく知ってるわよ……じゃ、二人とも」
綺麗な綺麗な……それこそ、丸山さんと日菜さんが固まってしまう程の綺麗な笑顔を浮かべた、パスパレのベース、白鷺千聖さんは、その額に青筋を浮かべて、言い放った。
「しっかり休憩できたわよね? それじゃあこれから休憩無しでも良いわよね?
逃 が さ な い わ よ ?」
──その時に二人が上げた悲鳴は、表の歩道にまで聞こえたとか何とか。
ご閲覧ありがとうございます。気が付いたら休憩時間って溶けて消えてますよね。おかしいですよねほんと。
感想、評価等して頂けるとハッスルします。
それでは、また次回。
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砂糖って、過剰に食べると気持ち悪くなるよね
今回から数話、翔の仲間達のお話です。トップバッターは、どヘタレドラマーの彼です。
「……あ、買い物行かなきゃ」
なんの予定もない日曜日。僕にとっては、日曜日だろうがなんだろうがギターを弾く日に変わりない。
そんなわけで、朝からギターを弾き続けていたのだが……スマホのアラームが十時を告げる。
アラームを掛けてないとずっとギターを弾き続けてしまい、気が付いたら夕方だった、なんてことが過去に何度もあった。集中してしまうとどうも注意力が散漫になる。
そんなわけで、アラームの音で現実に帰ってきた僕は、家の冷蔵庫の中身が寂しいことになってきていたことを思い出す。
一人暮らしとなると、自分の食事も自分でどうにかしなければならない。特段料理が得意ではなく、忙しい身分の僕としてはスーパーの惣菜や学校の購買等で済ませるというのも一つの手。
しかし、稼いでいるとはいえ節約するに越したことはない。ギターの練習に支障の出ない範囲で自炊をしている。
「えーっと……牛乳に食パンに、あとタンパク質チックな何かに、野菜もいるよなぁ……調味料は大丈夫、米も大丈夫……あ、服の洗剤無かったな」
必要なものをスマホのメモ帳アプリに記録しておく。
記憶力にはそこまで自信が無いので、買い物の途中で何を買うか忘れてしまっては困るのだ。
……ふむ、肉とパンは知り合いのところで買うとして、他のものをスーパーで買ってからにしようか。
そんなことを考えながら、ちゃんと中身の入っている財布と部屋の鍵を持つ。買い物袋は、レジ袋をゴミ袋代わりに使っているので、持っていかない派だ。
「……行ってきます」
誰も居ない部屋の電気がきちんと消えていることを確認し、返事があるはずもないのにそう呟いた。
……楽器の声が聞こえる人には、ギターが行ってきますって言ってるように聞こえるのだろうか?
そんな馬鹿なことを考え、あるはずがないと扉を閉めた。
─商店街─
今どき商店街と聞くと、寂れたシャッター街になってしまっているという印象を持っている人は少なくない。
事実、僕もこの街に来たばかりの時はそう思っていたし、ここの商店街もそうだと思っていた。
しかし、蓋を開けてみればこの商店街は、近くに大型ショッピングモールがあるにも関わらず、その活気を勢いを失っていない。
人の暖かさに触れたくなったそこのあなた。是非とも来てみてほしい。泣きそうになるから。
「んじゃ……山吹さんとこ行くか」
目的はパン屋と精肉店。バンド仲間の家族が経営している店なので、売り上げに貢献しよう。僕っていい人? ……いや、いい人は自分で自分を『いい人』、なんて言わないか。
てくてく歩く。両手には、日用品や食材が入ったレジ袋。重い。非力なのだ、僕は。
しばらく歩くと、やっと見えてきた目的のパン屋。
「こんにちわー」
「……イラッシャイマセー」
普段、この『山吹ベーカリー』に入店した時に聞こえて来る声は、店長の奥さんの声か、その娘さんの声の二択。
にもかかわらず、聞こえて来たのは実に不愉快そうな野郎の声。しかも、よく聞き覚えのある声。
「……何やってんの遥」
「……沙綾に捕まった」
山吹ベーカリーの跡継ぎ(予定)の、我らがKnockersのドラマーである遥が、若干様になっているエプロン姿で突っ立っていた。
家庭的なヤンキー、って感じの見た目だ。見た目が厳ついだけで、中身はその辺の小学生の方が肝が据わっているけど。
「やっと山吹ベーカリーの跡継ぎになることを決めたんだね……おにーさん嬉しいよ」
「三十センチ位背の低い兄なんか居た覚えはねぇ。さっさと買うもん買って帰れ」
「コラっ、お客さんにその口の利き方はダメだよー?」
めっ、と小さい子に教えるような口調で、後ろからコツンと遥の頭を小突く少女。
彼女が、山吹沙綾さん。山吹ベーカリーの看板娘で、Poppin’Partyドラム。
幼馴染みに片思いを続けて早十年の一途な子だ。
……ちなみに、片思い歴は一年ほど。後は察して欲しい。
「あーはいはい、分かりましたよ沙綾先輩」
「むっ、本当に先輩って思ってる?」
先輩、などと言いながら頭を撫でてくる後輩など居ないだろう。事実、山吹さんは顰め顔を作ろうとして、湿り気のある目で遥を見つめようとしていた。
……していた。そう、していた。した、ではなく、していた。
まっっっっっっっったくできてなかった。
思いっ切りにやけてるし。
顔赤いし。照れてるし、嬉しそうだし。ポニーテールも、仔犬のしっぽのように揺れていた。
……対する遥君。
「………………」
固まっていた。山吹さんの比ではないくらい、耳まで真っ赤に染った顔。
何故撫でてる側が照れる。照れるなら、何故撫でた。
どこからどこまで突っ込めばいいのか。
「……あ、あのー、遥? そんなに照れられると、こっちも恥ずかしいかなー……なんて……」
「……っ、悪ぃ……子供の時以来だったから……嫌だったか?」
「ううん、全然……ふふっ……小さい時は、よく頭撫でてくれたよね」
山吹さんは顔を背けてしまった遥の顔を覗き込むように見上げる。どこか楽しそうで、ポニーテールも楽しそうに跳ねる。
「まぁ……その、あれだ。頑張ってるお前への、ご褒美だよ」
「……そっか」
「……そうだよ」
ぶっきらぼうに答える。本来遥はそこまで適当な男では無い。
羞恥が、プライドが、色んな小さなものが集まって、大きな大きな壁になって遥を邪魔している。
その壁さえ取っ払えれば、楽になるのに。
「……ねぇ、小さい時みたいに、ギュッてしてくれないの?」
事実、その壁を登ろうと、壊そうと健気に頑張っている少女が一人。むしろ、その壁は彼女の前にしかそびえ立って居ないのだが。
「っ! バカお前……もっといろいろ考えて……」
遥の壁を高くしているのは、何も彼が情けないからでは無い。本当に、本当に山吹さんのことが大切なのだ。
ビビって手を出せないというのはまた違うが。
「考えてるよ」
「え」
だから、毎回歩み寄ろうとするのは、決まって山吹さん。
勇気を出すのも、心の声を届けようとするのも山吹さん。
怖いはずなのに。それこそ、何度も裏切られているのに。
「私、きちんと考えて言ってるよ。ずっと、ずっと」
「さ、沙綾……」
「ねぇ? 私はキミにギュッとして貰っても良いかなー、って、思ってるんだよ?」
寂しそうに揺れるひと房。近いからこそ、その寂しさは計り知れない。
埋めることが出来るのは、目の前にいる一人だけ。
「沙綾……その、お、俺は……」
「……なんてね! もうっ、遥ったら茹でダコみたい! アハハハハハハハハッ!」
「沙綾……テメェ……!」
お互いに顔を真っ赤にしながら、それでも尚楽しそうに笑い、怒り、触れ合っていた。
……そう、僕らのが散々遥のことを『どヘタレ』だの『ヘタレ王子』だの罵倒しているのも、明らかにお互いに想い合っているにも関わらず、山吹さんから積極的に迫っているにも関わらず、なんなら告白に近いことすらされても居るのに。今だって、かなり踏み込んでいるのに。
この男、ヘタレるのである。
それこそ、月明かりに照らされながら、二人並んで歩く帰り道。月を見上げながら呟いた山吹さんの『月が綺麗ですね』に対し、『あ、月隠れたぞ! ノーカン! ノーカン!』なんて返す大バカだ。
あの時ばかりは、それこそ普段寝ている夢ですら起きてブチ切れていた。積み上げてきた好感度がかなり下がった。
取り敢えず、山吹さんの努力が実を結ぶことを切に願うとして。
「二人とも……買い物、良いかな?」
目の前で散々見せ付けてきたラブラブカップル(予定)に対し、それはそれは『不機嫌です!』という顔をしてみせる。
──付き合ってすらないのに、周りにピンクの空間広げんなボケ。
思わず毒を吐きそうになるが、気配だけで何とか抑えた。逆に言えば、気配は盛れたと思う。
その方が、恐らく自然なのだろう?
「ご、ごめん! 」
「み、見んじゃねぇ!」
「そう言うならやらないでよ……」
──変な所は似てるのになぁ。
そんな事を考えながら、トレーとトングを手に取った。
……余談だが、無性に腹が立った僕は、次の練習の時に遥の目の前で『サウダージ』を四人で聞かせた。『沙綾は誰よりも可愛いわ! お前らふざけんな!』とブチ切れられた。
本人に言ってやれよ、と誰もが思った。
ご閲覧ありがとうございます。地味に狂ってる回でした。気付いてくれたら、嬉しいです。
感想、評価、お気に入り等して頂けると、跳ねます。
それでは、また次回。
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妬ましいって、幾らでも5時できるよね
「たーくん!頭撫でて!」
「はいよ」
ジャジャジャジャーン。
「ふあぁ……これは正しく……我を快楽へと堕とす魔性の手……ふへへ……」
「それでいいや、もっと溶けろ溶けろー」
ジャジャジャジャーン。
「えへへ……たーくん、大好きだよ!」
「おう、俺も大好きだぜ?」
ジャジャジャジャン、ジャジャジャジャン、ジャジャジャジャン、ジャジャジャ、ジャジャジャ、ジャジャジャ。
「たーくん……」
「……あこ……」
ジャーン! ジャーン、ジャジャンジャンジャンジャン。
「うっせぇ! 結婚行進曲弾くな!」
「うるさいのはそっちだよ。人の家でイチャイチャして……」
「しょー兄、やっぱりギター上手だね!」
「うん、あこちゃん、ありがとう。ありがとうなんだけどね? 」
目の前で見せつけてくれる中学生カップル二人に、お灸を据えるという意味で、大音量の結婚行進曲をかき鳴らす。今回はいつもの青いエレキではなく、アコースティックギターだ。
あこちゃんはいい。良くも悪くも純粋無垢。ただひたすらにかっこいいに憧れる少し中二病の女の子。この子の笑顔を見てしまうと、ついつい許してしまおうかと考えてしまう自分が居る。
ただし龍樹。君はダメだ。
君は自分のした行動によって何が起こるのか、それをきちんと理解出来る人間だ。なのにどうだ。君たち、僕が居なかったら確実にちゅーしてたよね? と言うか、なんで二人がベットに座って、僕が地べたに座ってるのさ。
だから、弾いた。後悔は、しないのが正しいのだろう。
「で? カバーアレンジのギターをちょっと弾いてくれって話でしょ? 今回はどこのバンドの?」
「あぁ、Afterglowに『butter-fly』。ぶっちゃけ泣きながら作った」
そう言って雑に紙の束を僕に投げつける。パサり、と床に落ちたそれを眺めると、それはそれは事細かに注釈が書かれたスコア。
この程度書かないと、僕では青葉さんと美竹さんのツインギターに、表現で惨敗してしまう。
それを理解した上での、龍樹の『大きなお世話』だった。
「あいあい……今更だけどさ、何個も何個もアレンジして大変じゃないの?」
「つってもなー。アレンジするのって作曲の良い練習にもなるし、そこまで苦じゃないからな」
「たーくんやっぱり凄い……あこは作曲の仕方とか全然だもん……」
この龍樹……我らが『Knockers』のリーダーは、知り合いのガールズバンド五組のカバー楽曲のアレンジを行い、提供している。
正直、中学生レベルの技術ではないが……龍樹ならできる。
間違いなく現時点でプロレレベルの作曲スキルを持ち合わせ、頭脳的にも僕たちの誰よりも良い。高校のテストで負けたのは流石に堪えた。
「で、だ……多分その通りに弾けばお前ならモカさんと蘭さんのことを再現はできる」
「……ま、技術的にはね」
立ち上がってアコギをスタンドに置き、いつものエレキを手に取る。
最近、こうして僕のギターの『何か』を知りたいのか、びっしりと文字が書き込まれた様々なスコアを渡してくる。
恐らく、もう既に龍樹は確証を得ているのだろう。だから、これは既に確認の段階。
僕のおかしさを、『改めて』理解しようとしている。
「んじゃ、練習しとくよ……一週間ちょうだい」
「あいよ。んじゃ、今日は帰るな」
「えっ?」
スコアを眺めながらギターのチューニングをする。
僕が練習モードに入ったことを確認した龍樹は、あこちゃんを引き連れて帰ろうとするが……その本人が固まってしまったのでそうは行かなくなった。
意外そうな、驚いたような表情。コロコロ表情が変化する彼女は見ていて飽きない。
「しょー兄って、もっとすぐできるようになると……」
ぴくり、と頬が引き攣る感覚。
ぴしり、と龍樹が固まる雰囲気。
こてん、とあこちゃんが首を傾げる音。
三者三様。感情が一致している人は誰一人として居なかった。
「あこちゃん……僕だって人間だからね。練習しなきゃできないよ。日菜さんだって練習するでしょ?」
「うん……でも、しょー兄凄いから……」
「凄いものには、凄い理由があるんだよ」
泣きたくなる事実だ。こんな純粋な子の理想を裏切っている自分の不甲斐なさに。
だけど、僕はどれだけ練習しても、どれだけ上達しても、どれだけ時間を掛けても。
才能のあるやつや、天才には勝てない。
陽、夢、戸山さん、花園さん、美竹さん、青葉さん、紗夜さん、日菜さん、瀬田さん。
誰にも、僕は本来勝てない。彼女らが持ち上げているだけ。幻想を見ているだけ。師と仰いでいるだけ。褒めてくれるだけ。
ただ、他の全てを投げ捨てたから。
勝てているように見えるだけだ。
それ以外は、何も無いから。
「……お前のギターは凄い。それは事実だ」
「凄いだけだよ。中身が無い」
「……こう見えても、その中身を何とか魅せようとしてるんだけどなぁ……俺じゃ力不足だった。本当にごめん」
「……君のせいじゃない」
唯一、僕という人間を理解し掛けている彼は頭を下げる。
もし、悪い人は誰か? と聞かれたら、それは間違いなく僕で。
彼が、彼こそが本当に凄い人。仮初の凄さしかない僕と違って。いや、僕は仮初ですら凄くない。
才能も、カリスマも、人情も、体型も、精神も。
きちんと備わっている、彼等の方が凄い。
僕なんて、できそこないなんだから、さっさと投げ捨てればいいのに。
僕より何倍も何倍もできる彼等彼女等、僕を大切にしテくれる先輩達に触レ合う度ニ、そんナ、クロい黒ィ感情が、kaRaだの仲をウメ尽くしてYぅく。
「……俺は、お前のギターの音が欲しい。お前のギターが良い……それだけ努力したお前が、報われない……そんな事があっていいはずがない」
SAW良い切るカレは、ドコマデモいい人。
ボグドは血がって。
いい日と。
すごい火と。
根魂。
Neたmaしい。
ね、玉、しい。
──妬ましい。
妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい羨ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい悔しい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい。
「とうっ!」
ぽかり、と頭を叩かれる。世界が綺麗に見える。
目の前には、好ましい男と、その恋人が一人。
……龍樹は、困ったような笑顔を、あこちゃんは、少し怯えたような表情をしていた。
「ったく……急に真っ暗になるな……ストレスでも溜まってたか?」
「……まぁ、最近上手くいってないからね」
嫌な汗に全身が塗れている。
嫌な気分に世界が塗れている。
優しい人に、僕は触れている。
──もう少し、周りに目を向けてみようか。
そんなできっこないことを考え、鼻で笑う。
「……大丈夫だ。お前なら。俺が嘘言ったことないだろ?」
「……僕は嘘だらけだけどね」
背中を向ける。かき鳴らす。自分の無機物を。
ただの手段としてしか見てくれない、酷い男のものになってしまった、悲しい青色を。
僕は弾く。
弾く。
それしか、出来ないから。
歪んだ視界の中じゃ、出来損ないの僕が、まともにギターを弾けるわけもなかった。
いつの間にか、龍樹とあこちゃんは、居なくなっていた。
──ごめんなさい、スコアの端に書かれた丸文字が、僕をもう一度堕とした。
ご閲覧ありがとうございます。ちなみに、この話の誤字は全部わざとです。豊国しないで下さい。
感想、評価、お気に入り登録等して頂けると、夢に出ます。
それでは、また次回。
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海って、深くなるほど暗くなるよね
あと誰か、活動報告と推薦の正しいやり方教えて下さい(涙目)。
例えば、の話をしよう。
例えば、大好きだけど、将来設計が困難な技術と、好きじゃないけど、招来食うに困らない技術。
その二つを持っていたとしたら、どちらを選ぶか、という問題がある。
はっきり言って、この問題には正解がない。
好きな事をやり続け、貧乏ながらも楽しく生きる道、お金を稼いで、日々の生活を充実させていく道。その中でも様々な転換点があり、好きな事が嫌いになるかもしれないし、どうでもいい技術が、ある日突然好きになるかもしれない。
だから、皆悩む。どちらを選ぶか。
当たり前だ。人生の洗濯、生き方の選択なのだから。
では、問おう。
そんな選択肢すら用意されない人間は……どうすればいいだろうか?
体型は平均以下、容姿も平均くらい、物覚えの良さは平均以下、不器用、感受性に欠け、コミュニケーションも得意ではない。
運動神経は劣悪、性格は歪み、勉学は下の上。
何も出来ないよ、僕は、僕は、僕は。
居心地は最悪。良いわけがない。右を見ても左を見ても絶望。笑えるよね? いや、笑わないでくれ。余計惨めだから。
でも、ギターはまだマトモだった。まだ弾けた。一日で『きらきら星』を弾けた。
その時の両親の、笑顔が焼き付いた。写真見たいに。いい思い出すぎて、脳内では額縁に入れて飾っているほど。時々見直して、また惨め。
これしかないよ。これしかないよ。これしかないよ。
心の中で謝罪の言葉を一番送った相手は、間違いなく両親。出来損ないでごめん。不器用でごめん。おかしくなってごめん。
僕がスタジオミュージシャンとして契約を勝ち取ったと知った時、初めて両親に感謝を伝えた。出来損ないの僕を育ててくれてありがとうと。
初めて、両親の前で出来損ないと、口にした。
──あれが、初めてだった。父さんに殴られたのは。
『出来損ないな訳あるか! 負けずに! 腐らずに! 誰にどんなに言われても必死にやってきたお前が! 自慢の息子に決まってるだろ!』
──その時だった。僕が一人暮らしを決意したのは。
嬉しかった。それでも愛をくれようとする父さん。
嬉しかった。不器用に産んでごめんと抱き締めてくれた母さん。
情けなかった。これだけ想われても、変わりそうにない自分の考えに。
怯えた。このままでは、また両親を傷付けてしまう自分に。
少しだけ変わったのは、このギターは離さない、という事だけ。
なんにも無い、から、ギターしか無い、へ。
出来損ないから、ギター狂いへ。
胸を張る訳でもないけど、それでも自信にしようと。
そうして事務所から近い高校……羽丘学園への進学と、一人暮らしを決めた。入試はしんどかったけど、何とかなった。思えば、あの時が一番勉強を頑張った時だった。
人生で三番目に嬉しかった瞬間だ。羽丘に合格したのは。
二番は、スタジオミュージシャンになった時だ。
一番は、それを知ったアイツらの顔を見た時。
「……ま、今度は壁にぶち当たって折れかけてるんだけどね……」
一人、暗い、吐き捨てる、黒い塊。
ごぽりとこぼれて、床に広がる。ただでさえ黒い部屋が、黒い海になる。あこちゃんが見たらカッコイイと言うだろうか? いや……景色はカッコイイかもしれないが、僕は最高にかっこ悪い。もっとも、僕がカッコイイ試しは一度もないが。
海に沈んでしまえば、どれだけ声を出そうが、どれだけ六弦を踊らせても、伝わるのは振動くらい。
それでも僕は、黒い塊を吐き出し続ける。意味不明な音の羅列を並べて叩く。
結局、何も無いからギターがあるに変わっただけ。
僕の中身は、一ミリも変わっていない。惨めさに悩まされ、どうしようもないと理解し、それに甘えようとせず、醜くもがこうとする道化。
中途半端でいいのに、無駄に上を目指そうとした報いだろうか? それとも、出来損ないがギターをできるようになった報い?
「……あー、あー、あー、あー」
指は回っている。思考も回っている。なんなら、地球も回っているし、世界も回っている。僕が世界に乗るのがド下手くそなだけで。まるで、今窓の外に輝いている星のようだ。いや、僕は塵か。
適応できず、それでも適合しようともがいている。
結局、それすらできているが怪しいが。整合性が取れているか不明だが。
果たして、何人が僕を見ているのか、それすら分からない。
不意に、チャイムがなる。
海の中の筈なのに、やけにハッキリ聞こえる高い電子音。
おかしいな、まだ夜なのに。暗いのに。
首を捻りながら、立ち上がって玄関へ向かう。動かそうと思っても動かせない、僕から生えているしっぽが、力なく廊下を伝う。
鍵を開け、重たい扉を開く。
「おはようございます! って!? 翔さんどうしたんですか!?」
水が、こぼれた。
扉を開けたから当たり前なのだが、部屋の中を満たしていた黒い水は外に流れ出す。彼女に触れそうになっても、何故か彼女を避けていくように流れていく。
──あれ、眩しい。
夜な筈なのに、外には燦々と輝く、憎い憎い太陽と、儚く輝く、優しい優しい彼女。思わず顔を顰める。
「あれ……麻弥さん? こんな時間にどうしたんですか?」
自分の声が、耳に届く。どうやら、海の中から出てきてしまったようだ。
麻弥さんはびしょ濡れな僕を見て、それはそれは目を見開いていた。眼鏡なんて、少しズレ落ちていた。
「こんな時間って……いつもの時間ッスよ!? どれだけギター弾いてたんですか!?」
──目が覚める。
自分の姿を見てみると、昨日の昼過ぎの私服から一切変わっておらず、水滴一つすら付いていない。
しっぽだと思っていたものは、肩から下げられたギターに繋がったままのシールド、先を見てみると、アンプすら繋がっていなかった。
「あー……多分、昨日の昼から」
「何やってるんですか! 身体壊しますよ!」
「……ごめんなさい……ちょっと、気合い入っちゃって…………ははは、すみません……」
途端に、視界がぼやける。先程まで感じてすらいなかった吐き気や眠気が身体中を蹂躙していく。
頭が痛い、心臓が痛い、肺が痛い、肩が痛い、指が痛い。
最後に、心が痛い。
「ちょっ!? 翔さん!? 翔さん──!」
──いや、最後に痛いのは、耳だった。
────────────
「で? 十五時間ギター弾き続けて、朝麻弥さんと会って気を失って……なにしてんの」
「いやぁ……つい」
「ついじゃないッスよ! 心配したんですからね!」
結局、気を失った僕はそのまま麻弥さんが呼んだ救急車によって救急搬送。日頃の睡眠不足が祟ったようで、一日入院する事になった。
流石に目の前で倒れられては、麻弥さんも学校どころでは無かったらしく、救急車に乗り込んで一緒に病院に来て、ずっと隣にいてくれたらしい。本当に、本当に迷惑を掛けた。
「ったく……何があったか知らないけどよ……技術に慢心しないのはいいことだけど、考えすぎんなっての。『TEAM』に『I』は無いんだからさ。お前の問題は俺らの問題だ」
夕方頃に目を覚ました時、病室には麻弥さんと、呆れ顔の陽。そして、病院だろうがお構い無しに爆睡している夢。
どうやら、後から遥と龍樹に、日菜さんも来るらしい。本当に心配を掛けた。
「しっかし、朝麻弥さんから電話が掛かった時は焦ったよなぁ。滅茶苦茶泣きながら『翔さんが死んじゃうッス!』って……」
「ちょ!? 陽さん言わないで下さいよ!」
顔を真っ赤にして陽の口を抑えようとする麻弥さんに、思わず笑みがこぼれる。
──心配してくれて嬉しい、なんて、歪んでるよなぁ。
不味い感情が芽生え始めていることに、多少の焦りを覚えていた。
「……麻弥さん、本当にありがとうございます。一人でこんな事になってたら、大変でした」
「あ、いえ、そんな……ジブンは当然のことをしたまでッスよ!」
「ふーん? 毎朝部屋の前まで迎えに行くのが『当然のこと』?」
「陽さん!!」
──いつか、見捨てた方がいいよ、二人とも。
明るさに満たされた病室の中で、僕の感情はあまりにも汚すぎた。
ご閲覧ありがとうございます。深く染み付いてしまった癖は、中々治らないものです。高校生ともなろうと、まぁ、無理でしょうね、普通なら。
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それでは、また次回。
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幕間─他人はきちんと見ている─
「……何も分からないんですよね」
ずっと、ずっとうなされながら眠っている翔さんの顔を眺めながら、ジブンの口から出た言葉はなんとも弱気なものだった。
少なくとも、ジブンは翔さんの事を本当に何も知らない。
仕事先でも学校でも彼の先輩。なのに、彼は自分の事をジブンには本当に話してくれない。
「どうして翔さんがここまでギターに傾倒しているのか……最早おかしいレベルですよね?」
「……そうですね。狂ってますよ、翔は」
誰よりも早く駆け付けてきてくれた、彼と同じバンドメンバーの陽さんと夢さん。いつも寝ている夢さんが無表情で走ってきた時は本当に驚いた。今はやっぱり寝ているが。
それだけ、心配だったのだろう。ジブンと同じで。
翔さんには、その気持ちが届いているのかどうか怪しいラインだが。
「……翔って、色々と凄いんですよ」
「……ギター以外も、ですか?」
「お、今のポイント高いですよ」
やっぱりよく見てる、と陽さんは笑った。
悲しい話だが、私は彼と一緒に居る時間こそ長いが、彼の趣味、特技、好きな物、それら全てに当てはまる唯一のものはギターである、と思っている。
勉強も好きではないと話していたし、運動も得意ではないとも。
「……茶化さないでください。一応、真面目なんですよ?」
「すいません、ちょっと嬉しくて……そうです。コイツはギターしかないです」
陽さんは恥ずかしそうにはにかみながら、翔さんのおでこをつんつんと突く。
ギターしかない。
彼がよく口にしている言葉だ。同じようにその言葉を口にしているRoseliaのギタリストとは違い、自虐のように笑いながら。
「……紗夜先輩とは違って、コイツには本当にギターしかないんですよ……コイツの『他のことの出来なさ』は凄いですよ?」
指を一本立て、思い出すように天井を見ながら続ける。
「まず、七の段の掛け算が怪しい」
「……へ」
「歌詞が覚えられなくて、基本ライブでアイツは歌わない……し、そもそも音程が取れなさ過ぎて歌えない」
「いや、え」
「そもそも、コードが怪しい……普段は龍樹や俺が弦の番号を楽譜に書いてる」
「……ちょっと、待って下さい」
病室で大声を出してしまいそうになる、が、何とか小声で抑える。
陽さんの苦笑いが、今はとても恨めしい。なんで、彼はここまで知っているのだろうか? シブンは、何も知らない事実だった。
羽丘に合格出来るような人が、七の段の掛け算が怪しい?
ギタリストなのに、コードが怪しい?
そんなの……致命的ではないか。
「殆どなんにもできないですよ、ソイツ。片付けも料理も、俺らが手順書書いて渡さなきゃマジでできないですし、俺らがなにも手を出さなかったら、本当に家か事務所でギターばっか引いてますよ」
言葉が出ない。何もできない、とは聞いていたが、日常生活に支障が出るレベルでとは思わなかった。
ずっと寝ている夢さんと、同じレベル支障が出ている。
能力という意味では、間違いなくバンド仲間の誰よりも下。
「……だから、麻弥さんがそいつの家に毎朝行ってるのは、本当に有難いんですよ。ほっといたらソイツ、寝ずに食べずにギター弾きますからね」
三大欲求の上にギターがあるしなぁ、と笑う。ジブンは笑えなかった。
そんな危ない橋を、ジブンが支えていた事実に震える。行かなかったら、この人は死んでいたのではないか?
本当に、目を離してはダメだ。知ってしまった今、目を離すことは、彼を殺す事と同義だ。
「……何が、あったんですか、翔さんに」
「分かんないっすね。何も話さないから」
「……どうしましょう?」
「ほっとけばいいですよ。自分の事を考えるなら」
「……お互い、そういう訳には行かないッスよね?」
「ねぇ?」
この危険すぎる男の子を、ジブン達はもう見捨てることはできない。
学校の可愛い後輩、同年代の仕事仲間、それだけでは無くなってしまった。
ジブン達が、彼の命を握っている。
そこまで言うのは、些か過言だろうか? いや……今の彼の様子を見る限り、それは過言とは思えない。
「……翔」
ジブンでも陽さんでもない、男の人の声。ここにいるもう一人。まさか起きているとは思わなかった。
振り返ると、床に投げ捨てられていたはずの夢さんが立ち上がっており、ジブンや陽さんではなく、相変わらず寝ている翔さんを見つめていた。
相変わらず、その表情は何も感情を示していなかった。
「道具」
「……は?」
夢さんの言葉に、全ての意識が向く。もっと意味の分からない同級生二人の言葉が理解できるのだ。この程度、理解できないわけが無い。
「手足にすら満たない。命を掛けられるわけない。でも、燃やせる。だから、震えない」
「……!?」
理解出来てしまった。したくなかった。そんなこと、あっていいはずがないのに。
「……夢、お前一体何言ってるんだ?」
「……翔は、おかしい」
「いや、お前が言うなよ……」
違う。夢さんは普通だ。普通の感性と、普通の常識を持てている。ただ、語彙力と活動時間が無いだけで。
翔さんは、どうだ?
彼は、ギタリストとして、いや、もっと広い範囲……ミュージシャンとして、絶対必要な素質すら、持ち合わせていないのではないか?
恐ろしい話だが、幾らか思い当たる節がある。
以前いきなり、屋上で『ドラムは楽しい?』と聞いてきた。
何を当然なことを、とその時は思った。しかし、彼にとってそれが当然でなかったら?
更に、その時にギターケースを思いっきり地面に置いていた。仕方なく置くことはあるが、『普通のギタリスト』なら、壁に立てかけて、少しでも傷つかないようにするだろう。
「……夢、さん……ジブンは、どう、すれば……」
舐めていた。彼の深さを。
見くびっていた。彼の中での常識を。
恐れてしまった。彼の狂気を。
まともなジブンに、彼と触れ合う資格はあるのだろうか?
「……染めて」
夢さんと、初めて目線を合わせた。
全てを見透かされてしまった気がした。
「翔を、麻弥さんに、染めて」
「……?」
「危ない、けど、このままじゃ翔、死ぬ」
「っ!」
「夢!? お前ホントに今日どうした!?」
ここまで饒舌に喋る夢さんは、初めて見た。
夢さんは、ずっと寝ているし口数も少ないことから、クレバー系と思われているが、本来は情に厚い熱血漢だ。
だからこそ、夢さんは必死に伝えようとしている。
翔さんが、大切だから。
「麻弥さんなら、大丈夫」
「そんな……ジブンは、翔さんと先輩ってだけですよ」
「違う、麻弥さんは、翔」
ここに来て、夢さんの言葉の意味が分からなくなってしまった。
ジブンが、翔さん?
一心同体を意味しているのだろうか。しかし、ジブンに翔さんの気持ちは分からない。
もどかしい。全て理解できたら、どれだけ深く触れ合えるのか。
「同じ……だから……だ、い、じょう……ぶ……」
「……夢?」
「……すぅ……すぅ……」
「夢ェ!?」
それだけ言い残して、夢さんは立ったまま、オマケに目を開いたまま眠りについていた。
思わず椅子からずり落ちてしまう。こんな、こんなタイミングで寝てしまうのは、締まらなさすぎる。
「夢! 頼むから俺にも分かるように解説してくれ! さっきから話に全く着いてけてねぇんだよ!」
「ちょっと! 五月蝿いですよ!」
「あっ、はい、ごめんなさい……」
看護師さんに怒られた陽さんは、なんというか、可哀想だった。
──夢さんのセリフが、翔さんが目覚めるまで頭の中を埋めつくしていた。
ご閲覧ありがとうございます。女の子の思考回路を理解したいです。そうしたらもっとはべらせて……おっと、誰か来たようだ。
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それでは、また次回。
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自己犠牲って、やりすぎると引かれるよね
「デートしましょう!」
「……は?」
思わず困惑。
いつも通りの帰り道。段々暖かくなってきましたねと話題を振ってみたら、帰ってきたセリフがそれだ。
いきなりこの人は何言ってんだ、と思っても仕方ないだろう。
「だって、男女が知り合ってから半年も経つのに、デートのひとつもしないっておかしいでしょう!」
「いや……普通しないんじゃ」
彼女との付き合いは、実はもう半年位。中学三年生の時にスタジオミュージシャンになった時に知り合った。
それから、良き先輩とダメ後輩としてよく一緒に仕事をしたりしてきた訳だが……休日に二人で遊びに行く、と言った事は確かにしていない。
そんな関係でもないだろう。僕ら二人は。ってか、なっちゃダメでしょ。
「でも、ほっといたら翔さん死にますよね?」
「いやぁ……流石に死にませんよ」
「言い切れます?」
「…………」
断言出来るわけない。
一週間前に、実際にぶっ倒れた僕が何を言っても説得力の欠片も無い。
最近、あの件を引き合いに出して何かと引っ付いてこられる。絶対それまでより一緒にいる時間長くなってる。
流石に昼休みまで一緒は、他の男子生徒に刺されそう。
「という訳で、次の土曜日デートしましょう!」
「なにが、『という訳』なんですか」
ゴリ押し。
両手を胸の前でグッと握り締めて、力説されても困る。
何より、土曜日はバンド練習がある。流石に今更休むなど言えない。
「あ、バンド練習は日曜日にするって龍樹さんから許可取ってます!」
「何やってくれてるんですか麻弥さん」
ゴリ押しがすぎる。少しずつ外堀埋められてる。圧がすごい。
と言うか、龍樹は何許可出してるのさ。普通ノーって言うでしょ。なんで僕の予定君が決めてるのさ。いや今までも君に決めてもらってるようなものだったけどさ。
落ち着け、何とかして断れ。一アイドルが何処の馬の骨とも知らない男とデートなど、させる訳には行かない。
これ以上パスパレに悪影響を出す訳には行かない。
「……そんなに、ジブンとのデートいやッスか?」
「………」
卑怯だ。この人、卑怯すぎる。
現役アイドルがしょんぼりとした表情で寂しそうな声色を出してきたら、本当にダメだと思う。
犯罪でしょこれ。僕が断ったら逆に男に刺されるし、女にも刺される。
最低男とか言われちゃうやつ。流石にそんなこと言われたくない。
「……はぁ……分かりましたよ。行きましょう行きましょう」
「……!」
本当に卑怯だ。そんな笑顔見せられたら、もう文句の一言も出てこない。
流石現役偶像。男のツボを抑えている。
「フへへ……良かった……」
本当に汚れててごめんなさい。
裏も表もない、安心した笑顔。そんなもの見せられると、自分の汚さ黒さが浮き彫りになって嫌になる。
こんな感じで素直になりたかった。もう手遅れなのだが。
「……で? どこに行くとか決めてるんですか?」
「……えっと……江戸川楽器店とかどうっすか?」
「麻弥さん、僕でもそれは悪手って分かりますよ……?」
男女二人、高校生。
で、楽器店巡りは不味いだろう。如何に僕らがバンドマンだからって、片方機材オタクだからって。
もう少しいい場所がある筈だ。知らないけど。
「うーん……でも他にいいデートスポットなんて……あるんですかね?」
「そもそも、デートってなんですかね?」
今をときめく高校生二人。デートってなんだ? と言う初歩の初歩から分からない。
今まで恋人が居た訳でもない僕。可愛いのに恋人居なかった麻弥さん。
詰んでるよね、これ。
「……どうしますよこれ」
「……誰かに聞きます?」
二人して立ち止まり、腕を組んで考える。
デートについて聞くと言っても、僕らの周りでカップルは一組、龍樹あこちゃんのみ。
中学生に『デートについて教えて』なんて、言えるはずもない……し、言いたくもない。
デートに詳しい人が居れば万事解決だが……そんな人いるのだろうか?
「……あ、居た」
「……ジブンも、心当たりが」
「上原さん」
「リサさん!」
「「あー……」」
二人して別々の人物の名前を挙げる。どちらも納得。
上原さんは、Afterglowのベーシストにしてリーダー。恋愛やらなんやらに憧れている女子高生らしい女の子。
リサさんにしろ上原さんにしろ、まず間違いなく詳しいと言い切れる。
若干……若干不安要素もあるが、恐らく二人に聞いたら大丈夫だろう。
「それじゃ、僕は上原さんに聞いてみますね……流石に、女の子にデートプラン任せる訳にも行かないんですよね?」
「いや、そこを聞かれても……それに、ジブンが誘ったんで、ジブンがプラン立てるッスよ!」
「……誘っておいてノープランだったのは、誰ですかねー?」
「うぐっ……」
今度はこっちの番。ぐうの音も出ない正論を思い切り叩きつける。
あまり正論パンチを使いたくはないが、それでも言いたくなるほどのツッコミどころ。
麻弥さんは普段こそしっかり者だが、意外と抜けている所がある。
そこも可愛さに変わるあたり、用紙の良さと言うのは偉大だ。いや、これは流石に僕の思考回路が最低か。
「はぁ……まぁ、あんまりこーゆー事考えたことないですけど、何とかしてみます」
「すいません……」
しょぼんと肩を落とした麻弥さんの目線と、背を伸ばした僕の目線が同じ位になる。
相手が落ち込んだり、低いところに来ないと同じ目線にすら立てない。なんとも情けないが、背が低いと仕方ない。
仕方ないのが腹立つ。肉体的な問題は、自分の努力でどうしようもない点が。
「……うぅ……先輩らしいとこ見せたかったのに……」
「何言ってるんですか。麻弥さんは立派な先輩じゃないですか」
これは本心。半年前から何かと気にかけてくれたし、受験勉強についても仕事の合間に見てくれた。こっちに引っ越ししてからも、街の案内や校内の案内など、何かと世話してくれた。
尊敬してるし、信頼している。
本当に頭が上がらない。恩返ししたいとは思っているが、何か出来ることはあるのだろうか。
「……いい先輩なら、もっと頼って欲しいッスけどね……」
「? 何か言いました?」
「い、いえ! 何も言ってないッスよ!」
本当は聞こえていた。しかし、彼女の心は見ないふり。聞こえては行けないものだったし、見てはいけないものだった。
口から出てきてしまうほど、その気持ちは大きいのだろう。
だけど、見ないふり。
「? まぁ良いですけど……これ良いんですかね、現役アイドルとデートって……」
先程からずっと気にしていたことを口にする。
文〇砲なんて食らった日には、僕の人生が終わる気がする。ついでにパスパレも終わる気がする。事務所も終わるだろうなぁ。
「大丈夫ッス! パスパレって恋愛OKッスから!」
「いや待て待て待て」
文〇砲の危険は無くなったから問題無い! と言わんばかりの笑顔&ドヤ顔。確かに心配無いかもしれない(あっても言い訳ができる)けど、ファンに殺されるよね僕。
自分のせいで死ぬなら兎も角、他責で死にたくない。
「大丈夫ッス! ジブン好きな人居るって公言しましたから! 翔さんと一緒に歩いてても問題無いッス!」
「いやバカですか!?」
声を荒らげたのはいつ以来だろうか。思わず彼女の方向を向き、彼女の両肩に手を置く。
麻弥さんも僕に負けじと声を張る。もはや収集が付きそうにない。
「いやだって! 翔さんの事心配ですし! 見てないとすぐ死んでそうですし!」
「だからと言ってそこまでする必要ありますか!?」
「人の命が掛かってるんですよ!? そこまでしますよ!」
「なんで僕が死ぬ前提なんですか!」
「死ぬからですよ!」
「意味分かりませんよ!」
──この口喧嘩は、たまたま通りかかった陽によって仲裁されるまで続いた。
ご閲覧ありがとうございます。道の真ん中で大声出してるカップルって、ぶち転がしたくなりますよね。麻弥ちゃんならまぁ、はい、許しますけれども。最近病みしか書いてなかったから、なんか新鮮。
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それでは、また次回。
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女子高生って、こうもカップルに幻想抱いてるものなの?
「デート!? デートって言った?」
「うん。言った」
「キャー!」
翌日の昼休み。僕は隣のクラスへと足を運び、上原さんに事の顛末を話していた。
やけに高いテンションの彼女は、ずずいっと座っていた席から身を乗り出して僕に詰め寄る。
どうどう、と彼女を抑えて席に座らせる。周りからの目線が痛い。
普段からアイドルグループと一緒に居ることが多いからか、ただでさえ男子からの殺気が痛い。これ以上変な噂立てられたくない。
「落ち着いて上原さん……デートって言っても、別に彼女相手とかじゃ無いからね?」
「え? 麻弥先輩と付き合ってるんじゃないの!?」
「上原さん……男女が一緒に居る=付き合ってるとでも思ってるの?」
流石に男子中学生のような短絡思考とは思えないが、それでも上原さんならなぁ……と、少しだけ失礼なことを考えてみる。
脳内ピンク、とまでは言わないが、少々お花畑が広がっている感は否めない。
「だってー。ほんとにずっと一緒に居るんだもん! そう思うって!」
「ひまり……落ち着け」
昂りが隠せていない上原さんを、あこちゃんのお姉さんでAfterglowのドラマーである宇田川巴さんが上原さんを叱る。
だってー……と口を尖らせる上原さん。苦笑するしかなかった。
相談する人を間違えたなぁ……と、早くも後悔。せめて落ち着いて。
「でも、翔がデートって珍しいな! 休みの日に遊ぶ事なんてほとんど無いだろ?」
「無いね。基本ギター弾いてるし」
「流石ギター狂……」
休みの日は朝から晩まで、下手すれば翌日まで寝ずにギターを弾き続けている。そうでもしないと曲を覚えられない。
物覚えが悪いので、中々曲を覚えられないことが辛いところだ。オマケに覚えなければならない曲も多いので余計辛い。
Knockersの楽曲に、事務所から依頼された曲、更には各バンドへのカバーアレンジ用の仮歌。
しんどい。
「ホントは行くの悩んだんだけどさぁ……あんな顔されたら断れないよ……流石現役アイドル」
「逆に現役アイドルに誘われても悩む辺り翔君だよね……ギターと麻弥先輩どっちが大事?」
「……ノーコメントで」
流石に正直に答える訳には行かない質問に、思わず口を閉ざす。
どちらかを大事と言っても、大惨事になるに違いない。
人でなしか、アイドルを誑かした不届き者か。
どちらも危ない。非常に危ない。
「えー……まぁいいや。それで?」
「ああ、それでさ……デートについて教えて欲しいんだ」
「えっ」
「は?」
「えっ?」
思っていた反応とは違う二人の反応。また僕は何か盛大な勘違いをしてしまったのだろうか。
自己評価に関しては異常に低くしているはずだと自負しているのだが、これでも尚高かったのだろうか。けっして褒められた話ではないが。
上原さんは明らかに困惑しきった表情で、おずおずと言った感じで口を開く。
「……えっと、麻弥さんと今までしたこと無かったの?」
「いや……ある訳ないじゃん」
「……翔……お前顔良いんだからさ……もっとそれ活かせば……」
「必要感じないし……そもそも顔なんて良くないよ」
麻弥さんとデートなんて考えたことすら無かった。と言うか、女の子とそういった関係になると言うことすら考えた事ない。
今更、僕がギター以外にうつつを抜かす訳にも行かない。
それに、僕は顔は良くない……し、背も低いから女子から見向きもされない。
「うわぁ……翔君……いつか刺されるよ?」
「今更だよ……いつその辺の男子高校生に刺されるかと……」
「違う、そうじゃない」
ヤケに既視感の湧く否定の言葉を投げかけられる。
違う、と言われても現状周りからの目線に混ざる殺気が増えている。本来なら男士の友達に聞くべき話題かもしれない……が、男士の友達がほぼ居ないので無理。
それに、女の子の気持ちは女の子が一番わかる筈だ。この選択に間違いは無いはずだ。
「はぁ……それで? デートについて聞きたいの?」
「あぁ、うん。お恥ずかしながらデートについての知識は何も無いので……デートプランからご教授頂ければと……」
「腰低っ」
「そりゃあ、この背だし」
自分の頭に手を置き、横に振る。悲しきかな、大抵の男子は当然として、女子よりも低いのが現実。
当然腰の位置も物理的に低い。と言うか、腰の位置を低くしていて困ることは特にない。
それはともかく、穏便に済ませないと、ギター以外だと確実に負ける。
「よーしっ! このひまりちゃんにまっかせなさい! どんな女の子もきゅうきゅんしちゃうデートプランを作っちゃうよ!」
「させなくていいっす」
やけに高いテンションの上原さん。僕はもう既に嫌な予感がしてならないのだが、なるようになるさ、と祈るしか無かった。
─一方その頃─
「……という訳なんですよ!」
「うんうん……麻弥、もう少し自分を大切にしなよ……」
お昼休み。ジブンは意気揚々と相談しようとリサさんに話しかけたのだが、事の顛末を話すなり笑顔を引き攣らせていた。
リサさんの笑顔が引き攣っているところは、初めて見たかもしれない。
「でも……自分を大切にしない翔さんに追いつこうと思ったら、ジブンも色々と犠牲にしないと!」
「うんうん……麻弥、変な毒され方しない。翔に感化されたらダメ」
それはそうだ。間違いない。
翔さんのように命を削るような生活を送っていたら、本当にいつか死んでしまう。そんなことは流石にジブンにはできない。
だけど、彼の事を理解しないと、彼には届かない。
「でも、やるしか無いんです! 翔さんをこのままにしている訳には行かないッス!」
「……ねぇ、一つだけ聞いてもいいかな?」
普段、リサさんの表情は笑顔。彼女自身の優しさは、普段から滲み出ている。
そんな彼女が、今、ジブンのことを真正面から睨み付けてきている。
思わず、思考回路が冷える。
「なんで、そこまでしようとするの?」
「それは……ジブンじゃないと、翔さんを救えないって、夢さんに……」
「その程度で?」
空気も冷える。肝も冷え、心も冷える。
陽だまり、とまで言われている彼女から、これだけの雰囲気が醸し出されているという事実を、受け入れられる気がしなかった。
「なんで人から言われた程度で、そこまでできるの?」
何故だろう。
彼女の言葉で、ジブンは自分の行動のおかしさを、漸く客観的に見ることができた気がする。
それこそ、ジブンの行動がアイドルとしてふさわしくない事。
毎朝彼の家に上がって、彼の事を見届けている事。一緒に登下校して、家に帰るまで基本的に共に歩く事。
ただの『先輩と後輩』の域を、逸脱していた。
何故? 何故ジブンはそこまでしようと思う?
何故? 何故彼の事をジブンしか助けられないと、信じ込んでいた?
何故? 何故彼の事を、ジブンは助けたいと強く願う?
分からない、分からない、分からない。
彼と出会ってから、今までの半年間を思い浮かべても、そこまでする理論に基づいた理由が見当たらない。
探せ、探せ、探せ──。
「……もうっ、そんな顔しないの」
「あうっ」
こつん、と人差し指でおでこを突かれ、深く潜っていた意識が表まで戻ってくる。
目の前に座っているリサさんの笑顔は、いつも通りの優しい笑み。元通りになった彼女の様子に、ホッと胸を撫で下ろす。
やはり、彼女はこの笑顔を浮かべていてくれた方がいい。
「まぁ、分かってないみたいだけど……そんなに翔について深く考えられるからこそ、夢は麻弥にしか救えないって言ったのかもね」
「リサさん……」
ごめんね、怖がらせて。
そう優しく言われてしまっては、ジブンには彼女を咎めることも、文句を言うこともできない。
人の事をよく見ている彼女だからこそ、出来ることなのだろう。
全く、敵わない。
「でも! あんまり無茶しちゃダメだぞー? それで麻弥自身が酷い目に合ったりしたら意味が無いんだから。翔をどうやって助けるのか知らないけど、自分を危ない目に合わせてまで救って欲しくは無いはずだよ?」
「ハイ……肝に銘じておくッス……」
正論で諭されてしまえば、例え同級生と言えども頷くしかない。
あんまり周りに心配をかける訳に行かないのは事実。これからは勢いだけでなく、周りにきちんと相談してから行動した方が良いだろう。
「まっ、何かあったらアタシに相談してよ。可能な限り力になるからさ」
「……ありがとうございます」
良い友達が、居るのだから。
「で、デートで楽器店巡りってどうッスかね?」
「……麻弥はもうちょっと流行りの雑誌とか読もう」
呆れられた。楽しいのに、何故。
ご閲覧ありがとうございます。書きながら『リサ姉ってこんなんだっけ……?』ってなりました。リサ姉ファンごめんなさい。
感想、評価、お気に入り登録等して頂けると、コサックダンスします。
それでは、また次回。
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服って、布の癖に僕らを魅了してなんかずるいよね
ねぇ?
……いや、おかしいだろ。
いつも通りの、土曜朝八時五十分。本来であれば、午前中に行われるKnockersの音合わせをして、そのまま事務所に行くなら事務所へ、何も無いなら家に帰った引き続き練習と、そんな一日を過ごすはずだった。
しかし、今日は麻弥さんとのデートの日。流石にジャンジャカかき鳴らす訳にも行かないので、ルーティーン分だけ弾いてギターは置いた。
そこまではまだいい。そこまでは。問題はこの先。
突然の質問で申し訳ないが、本来デートと言えば、どこか一箇所に待ち合わせして……と言うのがお決まりである。
あまり恋愛やラブコメ作品を見ない僕で分かる、デートの開始のスタンダード。当然僕もそうするだろうと、金曜日の夜に、遥に選んで貰った服を用意していた(サイズが小さすぎていいデザインが少なかったのは内緒)。
そんな時だ。麻弥さんから電話が掛かってきたのは。
『こんばんわッス! 明日のデートは朝九時にそちらのお宅に迎えに行きますので、それまでのんびりお待ち下さい! それじゃあ、失礼します!』
これだけまくし立てて、そのまま一方的に電話を切られた。
一人でスマホを眺めながら呆然としていた僕は、傍から見たらなんとも間抜けな顔をしていたのだろう。
駅前くらいだったら一人でも行けるし、商店街だったとしても一人で行ける。どこぞの超方向音痴少女でも無いのだから、普通であれば二、三ヶ月も住めば街の地図は頭に入る。
……まぁ、僕は普段からよく出向く場所以外はの道は怪しいし、地図を読むのも苦手だが。
手持ち無沙汰になった僕は、数少ない所持品であるスマホを取り出す。今日のデートプランを書いたメモ帳を写し、最終確認。
上原さんとひたすらに詰めた……という程でもない、上原さんいわく「ありきたり」なデートプラン。
ショッピングモールに行き、ウィンドウショッピング。昼食を取って後は自由。
プランとすら言えないのでは? と思ってしまう。この方が僕としてもやりやすいが。
「はぁ……不安だ……」
山ほどある不安。最早多すぎてどれから解決すればいいのか分からない。
麻弥さんをきちんとリードできるのか、だとか、ボロ出さないか、だとか。
ギターなら大丈夫。それ以外は多分やらかす。
自分の技術や能力に関する自信だけは、一丁前だった。
そんな時に鳴り響く、何十回目かのチャイム音。
平日は毎日、休日もたまに鳴る朝の音。これを聞くと、あぁ、今は朝なのだと実感出来る。
その程度としか思えない当たり、色々と終わっている。
「はいはーい……」
少しだけ上擦った声。いつも通りに返事したはずなのにな、と首を捻る。
ショルダーバッグを持ち、長財布をその中に入れ、スマホと部屋の鍵をポケットに入れる。
そのまま玄関に向かい、深呼吸を一つしてから扉を開ける。
「フへへ……おはようございます! 翔さん!」
言葉を失う、とはこういう事を言うのだろう。
普段事務所へ向かう時のようなラフな格好かと思っていた。しかし、今回の彼女が如何に今日のために気合を入れてきたか、舐めていた。
単刀直入に言うと、本当に可愛かった。
暖かくなって来た春先に似合う若草色のカーディガンを羽織り、その下には淡い水色のワンピース。肩から下げられたポーチがいいアクセント。
掛けているメガネはいつも通りだが、いつもと違って髪に可愛らしい星のヘアピン。
不覚にも、見蕩れてしまった。普段から可愛い可愛いと思ってはいたが、きちんと着飾ればここまで他人を魅了することが出来るのか。
また、麻弥さんの僕の差を見せ付けられた気分だ。
「……翔さん?」
「っ、あぁ、ごめんなさい……おはようございます、麻弥さん。すっごく可愛いです」
挨拶、後にベタ褒め。
上原さんから、『麻弥先輩の格好は必ず初手に褒めること! 何を忘れてもそれだけは忘れちゃダメ!』と口酸っぱく言われていたこともあるが、そうでなくとも僕は褒めちぎっていただろう。
ときめいた。こんな感情初めてだ。
「っ!? も、もう翔さん……お世辞が上手ッスね!」
「いや、本当に可愛いですよ」
「そ、そんな訳ないじゃ無いッスか!」
「可愛いんですってば。信じて下さいよ」
「いや、翔さんの事は信じられないッス」
「僕だって怒るんですからね?」
顔を赤くしながら否定していたが、最後だけスっと真顔になり、僕の事は信じられないと一蹴する麻弥さん。流石にイラッとした。
信用される訳が無いとは思っていたが、即答されるとは思っていなかった。
もう少し誠実に生きようか……と、今までの行いを反省。
「冗談ですよ! 翔さんは可愛い後輩です!」
「そうですか。麻弥さんは可愛い先輩ですよ?」
フへへ、と悪戯っぽく笑う彼女にむっとした僕は、彼女の言葉をそっくりそのまま返す。こうなったら、麻弥さんが認めてくれるまで続けてやろう。
大体、彼女は自分に自信が無さすぎるのだ。何故自分がアイドルやっていけているのか、何故ファンがきちんと居るのか。その辺をきちんと理解して欲しい。
可愛いんだってば、麻弥さんは。
「あぁ、もう! 掘り返さないでください! 分かりましたから……フへへ」
褒められれば嬉しい癖に、それを受け入れるまで時間が必要な人。どこぞのちびっこ革命家程とは言わないが、せめてもう少し自分の事を認めてやれよとも思う。
まぁ、彼女の笑顔を見てしまえば半分どうでも良くなるのだが。
「それじゃあ、行きますか……取り敢えずショッピングモールにでも行きますか?」
「良いッスね! ジブン達の身の丈に合ってます!」
「まぁ、僕見た目小学生ですからねぇ……姉弟で遊びに来たと見られるって意味じゃ身の丈に合ってますね……」
「そんな意味じゃ無いですよ!?」
何故か、彼女の一言をかなりマイナスに取ってしまった。
しかし、頭の中の上原さんが、『デートは二人でやるもの! 相手のことを楽しませると同時に、自分もしっかりと楽しむこと!』と語りかけて来る。
それを聞き、僕は自分を奮い立たせる。そうだ、落ち込んでいる暇はない。
「分かってますよ……それじゃ、楽しみましょう」
「……はい!」
かくして、これから何度も行う事になる、僕と麻弥さんのデート。
その記念すべき第一回が、今まさに始まったのであった。
「……あれ、デートプランのメモ消えてる」
「翔さん!?」
──
『こちらCチーム! ターゲットの出発を確認!』
「了解。そのまま尾行を続けて」
『了解!』
『なんで俺が沙綾と……』
『ふーん? ……嫌だった?』
『ばっ! んなわけねぇだろ……』
惚気が始まった遥と沙綾さんからの通話を切り、スマホをポケットの中に仕舞う。周りに居る数名に目配りし、全員の気が引き締まったのを感じ取る。
「ターゲットが出発した。全員、準備は良いか?」
「たーくんカッコいい!」
愛しの彼女の褒め言葉に頬が緩みそうになるが、ダラしない顔を見せる訳には行かないので、気を引きしめる。
これから俺達がすることは、決して褒められたことではない。しかし、翔の事を考えた場合、絶対に決行しなければならない。
例え、誰かが命を落とす結果となったとしても──!
「これより……『翔及び麻弥先輩のデートを尾行して、二人を弄り倒せるネタを採取しちゃおう作戦』を決行する! 普段は弄りにくくて堪らない翔の意外な一面を激写せよ!」
「「「了解!」」」
二人のデートと同時に、多数のバンド仲間を巻き込んだ、それはそれはアホな作戦が決行されていたことを、ターゲットの二人は知る由もなかった。
ご閲覧ありがとうございます。女の子の服なんて分かんないよ。二時間位調べまくってました。なんか、疲れた。
感想、評価、お気に入り登録等して頂けると、一生ニコニコします。
それでは、また次回。
追記
新作開始しました。よろしければ是非
『反骨の赤メッシュがでろっでろに甘えてくるんだけど』
https://syosetu.org/novel/243488/1.html
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