艦娘嫌いな提督と提督嫌いな艦娘のお話 (dassy)
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プロローグ・着任前日の鎮守府

『また大破して敵を取り逃がしただと?ふざけるな!お前らにどれだけの資源を使っていると思ってるんだ!』

 

 そうやって殴られた。

 

 

『なんだその態度は?罰則だ。今夜、私の部屋に来なさい。いつものようにしつけてやろう』

 

 そうやって辱しめられた。

 

 

『練度の低い者は要らん。特に駆逐艦なぞ弾除けにでもしろ。大破しようが沈もうが進軍だ』

 

 そうやって数多の仲間が沈んでいった。

 

 

『疲労?お前らは燃料さえあれば動く兵器だろう。つべこべ言ってないで資源を持ってこい!』

 

 そうやって休む暇もなく出撃させられた。

 

 

 前任の司令官たちがこの鎮守府を去った後も悪夢に苦しむ夜が続いた。きっと私以外の艦娘もそうだろう。

 あの人たちはもういない。わかっていても、辛い記憶が私たちを蝕んでいく。

 

 明後日には新しい司令官が来る。本部からその連絡を受けた今朝は1度嘔吐してしまった。

 

「司令官」という存在、「人間」という存在そのものに不信感と不安しかない。心の底から提督の着任を拒んでいた。

 だが、私たちは提督なしでは烏合の衆なのだ。

 

 どうか、優しい提督が来てくれますように。

 私は僅かな希望を抱き、願いながら眠りについた。

 

 

 

 

 翌朝、私たちの下に絶望の報せが届く。私の願いを神様は聞いてくれなかったようだ。

 

 なんと、新しく着任する提督は様々な悪行を暴かれ、ここに左遷されるそうだ。

 普通なら監獄行きであるが、艦隊指揮の腕は本物で、仕方なく激戦地への左遷で済んだというのだ。

 

「資源の横流し、横領、艦娘への暴行と肉体関係の強要。役満だな。まるで前任者たちをハイブリッドしたような男だ」

「…長門さん、他の子の前では言わないで下さいね、それ」

「…そうだな。すまない、大淀」

「いえ…ただ、貴方には弱い所は見せてほしくありませんので」

 

 長門さんは目を細めて悲しそうな表情をした。

 

 最低な言葉だと自覚している。だが、精神的支柱の一角である長門さんが折れてしまえば、この鎮守府は終わりなのだ。

 

 私たちが提督に辛い目に合わされた時、慰めたり庇ったりしてくれたのは長門さんたちだ。

 

 長門さんは数秒間目を瞑った後、決心したかのように口を開いた。

 

「さあ、明日の朝には新しい提督がお見えになる。できる範囲で清掃と歓迎会の準備をしよう」

「そうですね。初日から不機嫌になられても困りますし」

 

 私は無線を取り出した。そして、淡々と事前に割り振ってあった分担を各セクションリーダーに伝えた。どうして提督()()()の為にこんなことをしなければいけないのか、という考えを圧し殺しながら。




続き書くかわかりませんが、とりあえずプロローグだけ投稿しておきます。
前作?知らんなぁ…(すっとぼけ)


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提督の着任

 日本列島の南東にある離島。そこに俺の新しい配属先が決まった。

 

「まるで島流しだな」

 

 俺の独り言が聞こえたのだろう。近くにいた自衛隊員が書類から顔を上げ、不愉快そうに眉間に皺を寄せた。

 わかった、黙ってるよ、という意味を込めて肩を竦めて見せると、彼はまた手元の書類を読む作業に戻った。

 

 この真面目そうな自衛隊員の反応は至極当然だ。なんせ、今の俺は権力を振りかざして艦娘を利用したクソ野郎だ。

 

 そんなことを考えていると、別の自衛隊員が部屋に入ってきた。

 

「黒田少佐、着いたぞ」

「ありがとうございます」

 

 俺はトランクケースを持ち、その自衛隊員に礼を言う。当然ながら返事はない。

 

 ふと、俺の背中に声がかけられた。

 

「司令官さん、長旅お疲れ様なのです」

「別に大して疲れてはない。お前はもう降りる準備はできているな?」

「はい、大丈夫なのです」

「じゃあ行くぞ」

 

 特Ⅲ型駆逐艦の四番艦、(いなづま)である。

 初期艦として前の鎮守府から着いてきたのだ。

 

「これから頑張りましょうね、司令官さん」

 

 電の言葉に何も返さず、俺は通路を進んでいった。

 

 

 

 

「お待ちしておりました。軽巡洋艦、大淀です」

 

 軽巡洋艦の大淀さんが港で出迎えてくれた。

 

「着任した黒田だ」

「秘書艦の電です。よろしくお願いします」

 

 大淀さんの敬礼に、司令官と私も敬礼で応える。

 

「早速ご案内しますね。荷物、お持ちしましょうか?」

「触るな」

 

 司令官は手を伸ばしかけていた大淀さんを拒絶した。

 その瞬間、大淀さんの肩はビクリと跳ね上がる。

 

「も、申し訳…」

「いい。さっさと俺の部屋に案内してくれ」

「は、はい!」

 

 司令官は無表情のまま大淀さんを見つめていた。彼女の額からは冷や汗が吹き出し、体は更に強張っている。

 

 大淀さんはぎこちない動きではあったが、目の前に見える大きな建物へと歩きだした。

 

「司令官さん、大淀さんの怯えようが普通じゃないのです。何か知ってるのです?」

「他の艦娘に聞くなりして自分で調べろ」

「…そうするのです。変なこと聞いてごめんなさい」

 

 司令官さんはつまらなそうに大淀さんの後に続いた。

 

 

 

 

 新しく着任した提督を、彼の私室まで案内した。執務室の奥にその部屋はある。

 

「電を部屋に案内してやれ。俺はここで荷物の整理をしている。何かあれば呼べ」

 

 提督はこちらを見ずにそう言った。

 

 反論する理由も気力もない上に、これ以上提督の部屋の近くに居たくなかった。言われた通りに電さんを駆逐艦寮に案内する。

 

「大淀さん、1つ聞いてもいいですか?」

 

 寮までの道すがら、電さんが私に話し掛けてきた。

 

「なんでしょう?」

「さっきの大淀さん、すごく司令官さんを怖がっていたのはどうしてなのです?」

 

 表情が強張る。電さんもそれを感じ取ったのか、こう続けた。

 

「言いたくないのなら別にいいのですが」

「いえ、大丈夫です。そうですね、電さんには知っておいてもらった方がいいかもしれません」

 

 私はこの鎮守府のことを電さんに話した。

 私たちがどんな仕打ちを受けてきたのか。どれだけの艦娘が沈んでいったのか。その全てを。

 

 最初は冷静だった私だったが、徐々に頭に血が上り、いつの間にか足を止めて泣きながら口を動かしていた。

 

「大淀さん」

 

 唐突に電さんは優しく私の手を握った。

 

「話してくれてありがとうなのです」

 

 その暖かい手に不思議と安心した。

 

「…いえ、取り乱してしまってすいません。お部屋、案内しますね」

「はい。お願いするのです」

 

 

 

 

 電さんが使う寮の部屋の前に着いた。

 

「ここが電さんの部屋です。すいません、相部屋になりますが」

「問題ないのです」

 

 コンコンコン、とドアをノックした。

 

「大淀です。本日着任した電さんを連れてきました」

 

 私がそう言うと、すぐにドアは開かれた。

 

「電!」

「はわわ!びっくりしたのです…」

「暁さん、ドアをそんなに勢いよく開けないでください」

 

 危うく私の顔に叩きつけられる所だった。

 

「ごめんなさい」

「次から気を付けてください」

 

 暁さんはシュンとなって謝ってきた。

 部屋の奥からさらに声が聞こえた。

 

「電が来たのね!待ちわびたわ!」

「これで第六駆逐隊再集結だね」

 

 雷さんと響さんだ。いや、響さんは今ヴェールヌイさんだった。

 

「よろしくお願いしますね」

「そんなに緊張しなくていいのよ。さ、入って」

「電のベットはこっちね。荷物はこの引き出しを使って」

 

 雷さんと暁さんが電さんを引っ張っていくのと入れ替わりに、ヴェールヌイさんが私に歩み寄ってきた。

 

「大淀さん、その、司令官はどんな人だったんだい?」

「…無愛想な人でしたよ」

 

 ヴェールヌイさんの言葉にドキッとした。

 

 提督が様々な悪行に手を染めてきたということは、長門さんをはじめ、一部の艦娘しか知らない。

 みんなを不安にさせない為にも、それは隠しておいた方がいい。

 

「そう…」

「やっぱり不安ですか?」

「まあね」

 

 話していると、私の無線に長門さんから通信が入った。

 歓迎会の準備ができたから全艦娘を食堂へ集まるように指示をしてほしい。そして、長門さんが提督を呼びに行くという内容だった。




のんびり書いてく


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提督と艦娘の初会合

 執務室の扉をノックする。

 

「誰だ?」

「戦艦の長門だ。入室許可を頂きたい」

「入れ」

 

 部屋の中に入ると白い制服に身を包んだ男が1人、机の前に座っていた。

 歳は20代後半といった所だろうか。疲れた表情をしている。

 

「改めて挨拶をしたい。私は戦艦長門。黒田提督、だったか?これからよろしく頼む」

「ああ。で、何の用だ?」

 

 提督は表情をほとんど変えずにそう返してきた。

 

「実は新しい提督が着任するということで歓迎会を…」

「要らん。出ていけ」

 

 一蹴された。私は驚きのあまり、固まってしまった。

 

「何をしている。出ていけと言ったんだ」

「し、しかし…」

「しかし、なんだ?」

 

 提督の表情は変わっていない。それでも私は、何か恐ろしいものを感じ取った。

 

「所属艦娘との顔合わせは必要だろう。それに、私たちも貴方がどんな人間か知りたい」

「俺に関する資料なら既に送られているはずだ。どういう人間かなんて、それを見れば一目瞭然だろう」

「その資料は一部の艦娘にしか読ませていない。大半の艦娘は提督のことを何も知らないんだ」

 

 提督が僅かに目元を歪ませた。不愉快そうに。

 

「その言い方だと、お前はそれを読んでいるように聞こえるが?」

「その通りだ」

「それでよく俺を他の艦娘に会わせようなんて考えたな」

 

 確かに提督の言う通りだが、私たちは艦娘と提督。全く会わずに艦隊運営などできるはずもない。そんなこと、考えなくともわかるはずだ。

 

「百聞は一見に如かずと言うだろう。提督が話の通りの人間であってもそうでなくても、私たちは自分たちの目で貴方という人間を見定めたい」

 

 提督は面倒臭そうに頬を掻きながら私の話を聞いていた。

 そして、数秒の沈黙の後、唐突に口を開いた。

 

「いいだろう。会場はどこだ?」

「食堂だ」

「10分後に全艦娘をそこに集めろ。3分間だけ会ってやる」

 

 既に大淀には艦娘を集めるように連絡してある。

 

「了解した」

 

 私は提督に敬礼をし、執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬鹿馬鹿しい。とても憂鬱だ。

 歓迎会と長門は言っていたが、彼女が洩らした通り、これは俺の品評会だ。

 

 ここの艦娘がどんな扱いを受けていたのかは知っている。最悪な環境だったことは間違いない。

 故に、艦娘たちは俺への不信感を持っているはずだ。

 同情はする。しかし、背後から撃たれるリスクを負ってまで関係を築きたいとはどうしても思えないのが正直な気持ちだ。

 

 暗い気持ちのまま、俺は食堂の扉の前まで来た。

 扉の向こうから話し声や物音がする。

 

「司令官さん」

 

 いつの間にか電が俺の隣にやってきていた。

 

「来てくれてありがとうございます」

「…顔を見せて一言言ったらすぐに戻る」

「みんなにもそう伝えてあるので、大丈夫なのです」

 

 電は長門から話を聞いて、俺がどう動くのかを把握していたようだ。

 俺が提督になったときからの付き合いなだけはある。

 

 時間になったので、俺は目の前の扉を開けた。

 

「全艦、敬礼!」

 

 長門の掛け声で食堂にいた全員が俺に敬礼をした。

 俺と電もそれに応えた。

 

「提督、着任の挨拶を頼む」

「…わかってる」

「全艦注目!提督はお忙しい中、時間を割いてここに来てくださった。着任のご挨拶をしてもらうので、しっかり聞いておくように」

 

 長門はそう言うと、俺の後ろにいた電のさらに後ろまで下がった。

 

 俺はゆっくりと口を開いた。

 

「本日着任した黒田だ。以前は北方鎮守府にいた。俺が来たからには必ず深海棲艦から海を奪還する」

 

 当たり障りのない平凡な挨拶だった。

 しかし、艦娘たちの表情は険しい。露骨に睨んでいる奴もいる。

 俺に対してどんな感情を抱いているのかが一目でわかるようだった。

 

「前任がどのような体制を敷き、どのような指揮を取ってきたかは把握しているつもりだ」

 

 その後に続けた言葉に艦娘たちが緊張したのが感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 提督の言葉にみんなが不安そうな顔をする。

 それを知ってか知らずか、提督は構わずこう続けた。

 

「だが、前任がどうだろうと基本は変わらない。俺の指示には基本的に従ってもらう」

「ちょっと待ってください!」

 

 提督の言葉に私は衝動的に声をあげた。

 

「今の声は誰だ?」

「私です」

 

 列の中から私は進み出た。

 提督が不愉快そうに少し目を細める。

 

「発言を許可した覚えはないぞ、鳳翔」

「っ…!」

「まあいい。なんだ?」

 

 提督の叱責に怯んだものの、後退りを耐えつつ何とか声を出した。

 

「発言の許可、ありがとうございます。今ほど提督は私たちが前任の提督からどのように扱われてきたかご存知でおられるようなことを仰いました」

「ああ」

「それを知って尚、提督は何も変えないと仰るのですか!?」

 

 提督は面倒臭そうに私から視線を外し、タメ息をついた。

 

「何か勘違いをしているようだ。変えないのは俺が命令を出し、お前たちがそれに従うことだ」

「…私たちの待遇は改善されると捉えてもよろしいのでしょうか?」

「しらん。それはお前たち次第だ。少なくとも前任の無能共が指揮を取っていた時よりは結果が出るだろうがな」

 

 私たち次第。判断のしにくい言葉だった。

 空母のまとめ役である私は、この提督が過去にどんなことをしでかしたのかを聞かされている。

 

「…戦果を上げれば私たちに酷いことをしないと、約束してくださいますか?」

「必要以上のことはしない。良いことだろうが悪いことだろうがな」




誰の視点で書こうか考える時、各艦種バランスよく登場させようとするのすごく大変。
全部駆逐艦になっちゃいそう。


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艦娘たちの想い

艦娘がちょっとだけ酷い目に遭います。
嫁艦だったらごめんなさい。


「発言いいかしら?」

 

 私は司令官の許可を待たずに前に出た。司令官の冷たい目線が鳳翔さんから私に移る。

 怖い。自分の肩が震えるのを感じる。

 

「お前は…霞か。発言を許可する。手短に話せ」

「単刀直入に言うわ。私たちは貴方を信用していない」

「で?」

 

 予想外の短い返答だった。

 どうせこの司令官も、私が生意気なことを言えば怒鳴り散らすと思っていた。むしろ、わざと怒らせようとしていた。

 

 虚をつかれたが、私はこう続けた。

 

「こ、言葉でいくら取り繕っても何の意味もないわ」

「その通り。だからお前の今の発言も意味のない行為だったわけだ」

「…はぁ?」

 

 私は思わずそう口走った。明らかに上官に対する態度ではない。

 内心焦ったものの、司令官は、そんなことどうでもいい、と言わんばかりに続けた。

 

「俺が着任したのは今日だ。信用もクソもあるか。前任と違うと言ったのは鳳翔にそう聞かれたからというだけで、俺は今後の体制について語っただけだ」

「酷いことをしないって約束も何の意味もないって言うの!?」

「ああ、ない」

 

 司令官の目がさらに冷たいものになる。

 背中に悪寒が走り、私は思わず1歩足を引いた。背後からいくつか小さな悲鳴が聞こえる。

 

「さ、最低ね。この…クズ!」

 

 言ってやった。ついに言ってやった。

 殴られて、蹴られて、反抗する気力も奪われていた数日前とは違う。

 

「霞!なんてことを…!」

「あいつ何言ってやがるんだ!」

「あんなこと言ったら提督に…」

 

 私の一言にみんながザワついた。

 でも、これでいい。反抗できる所は見せた。ヘイトが私に向いて、今日のことで鳳翔さんや他の子たちが睨まれることもないはずだ。

 

 そんなことを思っていたが、またしても私の予想は外れた。

 

「俺に前任者の影でも見たか、霞」

 

 司令官は口の端をほんの少し上げてそう言った。

 

「…は?それ、どういう…」

「話は終わりだ。俺は執務室に戻る」

「ちょっと…」

「料理はお前たちで食べればいい。俺は要らん。食事係は誰だ?」

「わ、私たちです」

「間宮と伊良湖か。今後も俺の食事は作らなくていい。全て自分で…」

「無視しないで!」

 

 私の叫び声に食堂は静まり返った。

 

「俺に強い態度を取ることで、反抗できなかった以前の自分を必死に否定しようとしている。哀れな奴だ」

「なっ…!」

「お前の気持ちの整理に付き合ってやるほど俺は暇じゃない」

 

 司令官はそう言い残し、食堂から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一時はどうなることかと思ったが、歓迎会(と呼んでいいのかわからない顔合わせ)は無事に終わった。

 部屋に帰る子、料理を食べる子、提督についてコソコソと話す子。みんなが様々な反応を見せている中、私は霞さんの下へ駆けていた。

 

「霞さん!」

「神通さん…」

「どうしてあんなことをしたんですか!?下手をすれば解体されるか、また酷い罰を受ける所だったんですよ!?」

「あ…う…ご、ごめんなさい」

 

 俯く霞さんを私は思わず抱き締めた。相当怖かったのだろう。まだ肩が震えていた。

 

 そんな私たちに1人の艦娘が近付いてきた。

 

「司令官さんは罰なんか与えるつもりはないのです」

 

 秘書艦で前の鎮守府から提督に付いてきた電さんだった。

 

「それは本当ですか?」

「なんでそんなことわかるのよ?」

「ずっと一緒にいましたから。司令官さんが新人の頃からの付き合いなのです」

 

 電さんは困ったように笑う。しかし、その表情に提督への嫌悪は全く感じられない。やんちゃな兄を持つ妹のような顔だ。

 

「あの司令官は信用できないけど、あんたの言葉なら多少は信じるわ」

「ありがとうございます、霞さん」

「電さん、聞いてもいいですか?」

「どうかしたのです?」

 

 結局、ほんの数分しか提督と会えず、彼がどんな人間なのかがわからなかった。だから、思い切って電さんに聞くことにした。

 

「黒田提督はどのような人なんですか?」

 

 電さんの表情が曇った。聞かない方がいい質問だったのかもしれない。

 

「お人好しで正義感の強い人なのです。以前は私たち艦娘のことを1番に考えてくれる素晴らしい司令官でした」

「信じられませんね」

 

 私の言葉に霞さんもコクリと頷く。

 

「その気持ちはすごくわかるのです。今の司令官さんは、効率を重視し、海域を奪還するという使命感だけで艦隊指揮をしているのです」

「効率重視、ですか」

「はい。待遇が改善されるかは私たち次第だと言ったのも、みんなのモチベーションを上げて戦果に繋げるつもりだと思うのです」

「私たちが勝ち、安全な海域が増えれば増えるほど、この離島での暮らしも良くなっていくと」

「はい」

 

 電さんは首を縦に振り、肯定した。

 

 それを見た私はある決心をした。

 必ず戦果を上げる。誰にも文句を言わせない程の戦果を。

 そして、提督に暴力を受けそうになったり夜の相手をさせられそうになっても、「出撃をしない」ということを盾に使えるくらいの戦力になる。

 

「なるほど。それは…訓練に身が入りそうです」

 

 幸い、戦うことは私の唯一と言っていい得意分野だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 歓迎会から数時間後。外はすっかり暗くなっている。

 

 私は執務室に籠っているであろう提督に会いに行く心の準備をしていた。

 

「よし…行きますか」

「何処へ行くつもりですの?」

 

 ドアノブに手をかけた私の背中に声がかけられる。声の主はルームメイトの熊野だ。

 さっきからピクリとも動かなかったから、もう寝たものだと思っていた。

 

 私は振り返らずに熊野に答えた。

 

「提督のとこだよ」

「何のために?」

「…熊野には関係ないじゃん」

 

 体を起こしたのか、布の擦れる音が聞こえた。

 

「鈴谷、行かないでください」

「なんで?」

「貴方がしようとしている事を(わたくし)がわかっていないと?」

「本当にわかってるなら止めたりしないはずだよ」

 

 着任したときから、いや、艦娘として建造された時から私たちは一緒だった。そのおかげか、お互いが何を考えているのかは大体想像できる。

 それ故に、私は振り返って熊野の顔を見れなかった。

 

 私は熊野の次の言葉を待たず、部屋から出ていった。

 

「ごめんね、熊野。鈴谷にはこれしかできないから」

 

 そう呟くと、私は提督の部屋へ向かった。

 当然ではあるが、道中では誰にも会わなかった。

 

 私の目的は、提督が他の艦娘に暴力を振るったり、夜の相手をさせないように仕向けること。代償は私の体だ。

 私の見た目は男の人にはとても魅力的に見えるらしい。それを利用し、提督を私に夢中にさせて、他の子の被害を少しでも減らすのだ。

 きっと熊野はそれに気付いて止めようとしてくれていたのだろう。でも、抱かれるだけでみんなを守れるなら、私はそれで構わない。

 

 そう考えながら歩いている内に、執務室の前まで来た。照明が点いているのを見るに、予想通りまだ提督はいるのだろう。

 ふう、と一息ついてからドアをノックした。

 

「鈴谷だよ。提督、いる?」

 

 中からの返事はない。

 もう1度ノックしようとした時、ドアがゆっくりと開いた。

 

「鈴谷さん、どうかしたのですか?」

「電か、びっくりした。ちょっと提督とお話したくてね。できれば二人きりで」

「…ちょっと待っててください。司令官さんに聞いてみるのです」

 

 電は執務室へ入っていき、数秒後にまた出てきた。

 

「二人きりはダメですが、それでもよければ大丈夫なのです」

「そっかー…ま、いいや」

 

 執務室には嫌な思い出しかないが、それを顔に出さないようにして提督の前に立った。

 

「話とはなんだ?」

「提督さ、鈴谷のこと抱いてみない?」

 

 全く想定外だったのだろう。提督は怪訝な表情を浮かべ、電は目を丸くしている。

 

「なんだと?」

「だから、鈴谷を抱いてって。別に今夜じゃなくてもいいから。鈴谷、色々仕込まれてるからきっと満足できるよ」

「何が狙いだ?」

「別に何も。提督って結構かっこいいしタイプなんだよねー」

 

 自分でも呆れるような嘘だ。

 しかし、その甲斐あってか、提督は椅子から立ち上がり、私の下へと歩み寄ってくる。そして、その手が私の胸の方に伸びていき…

 

 

 胸ぐらを掴まれた。

 

 

「きゃっ」

 

 私の短い悲鳴も気にせず、提督は私を睨んでいた。

 こめかみはピクピクしていて、眉間に皺がより、眉を吊り上げ、歯を食いしばっている。大激怒だ。

 

 男の人がこんなにも怒っている姿を見たことがなかった。

 私はすっかり怯んでしまい、謝罪の言葉も拒絶の言葉も出せなかった。

 

「司令官さん!」

「…っ!」

 

 電の言葉で提督は私を突き飛ばすように解放した。

 

 椅子に座り直した提督は、立ち上がる前と同じ声色で言った。

 

「済まなかった、鈴谷。こういうことはもうするな。次は罰を受けてもらう」

「は、はい。すいませんでした。失礼します」

 

 一刻も早く執務室から逃げたかった私は、慣れない敬語を使い、そそくさと部屋から出ていった。

 

 私の頭の中は恐怖でいっぱいだった。

 今のやりとりもそうだが、今夜のことがきっかけで熊野に、他の艦娘に被害が及ぶことが何より怖かった。

 作戦は失敗だったどころか、逆に現状を悪化させてしまったかもしれない。

 

 私は足早に自分の部屋へと戻るのであった。




嫁艦ロシアンルーレット(ただし扶桑姉様は作者の嫁のため除外)


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艦娘たちの初陣

 新しい提督が着任し、初めての朝を迎えた。

 

『おはようございます。秘書艦の電なのです』

 

 施設内の有線放送のスピーカーから電さんの声が流れてくる。内容は今日の哨戒任務についてだ。

 

『全艦、食堂に集合してください。編成と装備についてはそこで指示をするのです』

 

 私は両隣のベッドで眠そうにしている姉妹に声をかけた。

 

「姉さん、那珂ちゃん、しっかりしてください。提督からの招集です」

「はぁ…わかってるよ」

「那珂ちゃん憂鬱ぅ…」

 

 二人ともテキパキと制服に着替えているが、やはりまだ眠気が引かないようだ。かく言う私も、何度か小さな欠伸をしている。

 原因は明白だ。悪夢による睡眠不足。前任者たちがいなくなっても、私たちは彼らに苦しめられている。

 

 私たちは制服に着替えるとすぐに食堂へ向かった。

 食堂には既に待機している艦娘が何人かいた。

 

「おはようございます、長門さん」

「おはよう、神通」

「…提督はまだいらっしゃっていないようですね」

「司令官さんは来ないのです」

 

 私と長門さんが話しているところに電さんが話しかけてきた。

 

「来ないとはどういうことだ?」

「司令官さんは既に別の仕事をしているのです」

「任務の詳細と作戦は?」

「電からみんなに伝えるのです」

 

 長門さんは呼び出した当人が来ないことに納得していない様子だったが、私はこれでいいと考えていた。

 任せても問題ない仕事は電さんにさせ、自分は他の仕事をする。確かに効率的だ。

 

 私が考え事をしている間に編成が発表された。私の名前も入っている。

 そして、作戦が伝えられたとき、長門さんが疑問を口にした。

 

「西方への哨戒?その方向は既に攻略済みだが。それにここ何週間、深海棲艦は西からは1度も攻めてきていない」

「それは司令官さんも把握してるのです。念のための哨戒と言ってたのです」

 

 警戒するに越したことはないが、深海棲艦がここ最近全く目撃されてない海域に出撃する意味はあるのだろうか。

 西方に出撃する艦隊のみんなも不思議そうな顔をしている。

 

 隣の姉さんが私の肩をツンツンとつついた。

 

「神通はどう思う?提督はちゃんと考えてると思う?駆逐艦だけの編成だけど」

「わかりません。編成を見る限り、みんな練度の高い駆逐艦です。何も考えてないわけではないと思います」

「那珂ちゃん的には巡洋艦1人くらい編成した方がいいと思うなー」

 

 ともあれ、私は私で東方の哨戒任務の旗艦に抜擢されている。戦果を上げるチャンスだ。

 

「伝達は以上なのです。それでは皆さん、各自朝食を取って準備をしてください」

 

 電さんの締めの言葉でみんなが解散する。

 さて、私もしっかりと準備しなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「電の言ってたこと、どう思う?」

 

 鎮守府のある島から西に進んで少しの所、通信機から同じ艦隊に編成されている時雨の声が聞こえた。

 私はその時のことを回想する。

 

 

『霞ちゃん、ちょっといいですか?』

『電?どうしたの?』

『西方への出撃なのですが、もし深海棲艦を見つけたら、必ず鎮守府に連絡を入れてほしいのです』

『どうせいないわよ。ま、いいわ。見つけたら連絡ね』

『ありがとうございます。それと、無理に戦わないでほしいのです』

 

 

 正直、深海棲艦がいるなんて全く考えていない。電のことはともかく、司令官のことは毛ほども信頼していないからだ。

 

「まあ、言われたことは守るわよ。敵なんていないと思うけど」

「霞、油断は禁物ですよ。気を引き締めて任務に当たらないと」

 

 時雨の反対側で航行する朝潮姉さんが私を注意する。だが、それは姉さんの真面目な性格から来た言葉ではない。

 任務で失敗すると厳しい罰則を受けることになる。どんな些細なミスでもだ。

 

 姉さんはあの地獄に怯えている。

 姉さんだけではない。時雨も、私の後ろを航行する夕立も、そして私も、当時を思い出すと背中に嫌な汗をかく。

 

「僕も深海棲艦がこの海域にいるとは思えない。提督にはどんな考えがあるんだろう」

「…どうせ何も考えてないっぽい」

 

 今まで黙っていた夕立が口を開いた。

 

「テキトーに強い駆逐艦を4人編成して、テキトーにそれらしいことを言って、テキトーに出撃させただけっぽい」

「そうかな?僕は何かしら考えがあるんじゃないかと思ってるんだけど」

「私もです」

 

 私は驚き、2人に理由を訊いた。

 

「明確な根拠があるわけじゃないよ。ただ、あの提督は前の人たちとは何か違うってなんとなく感じたんだ」

「南方と東方へ出撃した艦隊の編成は理にかなっていました。この艦隊にもなにかしらの意図があるはずです」

「…なるほどね」

 

 時雨も朝潮姉さんも性格や口調に難はなく、戦果も優秀だ。私や夕立よりは罰を受けた経験が少なかった。もしかしたら、私たちよりバイアスがかかっておらず、そのせいで、この出撃に意図があると感じるのかもしれない。

 

 ふと、昨日の私に罰則がなかったことを思い出した。

 

 ほんの少しの希望が湧いた。湧いてしまった。今までの司令官とは違うという希望だ。裏切られれば余計に傷付くというのに。

 

 私の考え事をかき消すように、通信機から夕立の声が聞こえた。

 

「深海棲艦の反応を確認したっぽい!4時の方向!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 電さんからの連絡で急に招集がかかった。

 同じく招集がかけられた赤城さんと共に、私は執務室へと急いでいた。

 

「私だけでなく赤城さんにも招集がかかるということは、まずいことでも起こっているのでしょうか?」

「相当強い敵が現れたのでしょう。加賀さん、気を引き締めて参りましょう」

「慢心は禁物、ですね」

 

 執務室に着いた。赤城さんがノックをする。数秒も経たずに電さんがドアを開け、私たちを入室を促した。

 このまま引き返したい気持ちを抑えつつ、私は執務室へと足を踏み入れた。

 

「全員揃ったな」

 

 提督は椅子に座ったままこちらを眺めている。

 

 執務室に集まったのは、電さんを除くと6人。私と赤城さん、重巡の那智さんと足柄さん、駆逐艦の暁さんとヴェールヌイさん。

 

「では、集まった6人には西方へ出撃をしてもらう。旗艦は赤城だ」

 

 西方ですって?この強力な編成で?

 私の頭の中が疑問符でいっぱいになる。

 

「先程、西方に出撃している霞さんから通信があったのです。深海棲艦を発見した、と」

 

 電さんの言葉にみんな驚きを隠せない。

 

「今回の出撃の目的は、霞たちの安全な撤退のサポートと深海棲艦の撃滅だ。疑問がある奴は今のうちに訊け。わからないことをわからないままにしておくとアクシデントが起きかねないからな」

「それではいいでしょうか?」

 

 赤城さんが1歩前に進み出た。

 

「敵艦隊の編成について教えていただけませんか?」

「霞たちが発見したのはイ級が1、ロ級が2、ホ級が1の水雷戦隊だ」

 

 一瞬だけ聞き間違いを疑った。しかし、みんなの表情を見る限りそうではないらしい。

 

「その程度の相手ならあの4人で十分撃滅できると思います。なぜ空母や重巡まで出る必要があるのでしょう?」

「それ以上に強大な敵艦隊がいると予測したからだ」

「根拠はありますか?」

「ない。ただ、イ級1体すらいなかった海域に水雷戦隊がいきなり現れたんだ。警戒はするべきだろう」

 

 なんだか新鮮な気分だ。

 今までこういう風に作戦について提督と話し合ったことはない。意見を言おうものなら、黙って言うことを聞け、と殴られていた。

 

「司令官さん、南方出撃艦隊から通信がありました」

「結果は?」

「イ級と数体戦闘したのみで、ほとんど敵艦隊は見つからなかったそうです」

 

 南方の敵がほとんどいないというのは妙だ。東方ほどではないにしても、黄色いオーラを纏う戦艦や空母がウジャウジャいる海域。何が起こっているのだろうか。

 

「聞いての通りだ。南方の深海棲艦が西から侵攻している可能性がある」

「提督はこれを見越して西方へも出撃させたんですか?」

「初日から来るとは思わなかったがな」

 

 今まで西から攻めて来なかったのは、東方と南方を警戒させて西方の守りを薄くさせるため。深海棲艦がそこまで頭を使った戦略を取るとは思わなかった。

 

「疑問は解消されたか?ではすぐに出撃だ」

「了解しました!」

 

 私たち6人は揃って敬礼した。

 

 ほんの少し安心できた。

 少なくとも出撃任務に関しては前任よりかなりマシになるだろう。




筆がノらないの


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提督の作戦

 発見した敵は私たちだけでも簡単に撃沈することができた。

 

「他に敵は…いないっぽい」

「霞、鎮守府への連絡はしましたか?」

「夕立がしてくれたわ」

 

 夕立は鎮守府との通信内容を私たちに話した。

 索敵を厳としながら、ゆっくりと撤退すること。敵を見つけたら撃破、もしくは足止めをすること。

 

「足止めですか…増援の見込みはあるんですか?」

「知らないわよ」

「僕たちがピンチになってからだったりしてね」

「それじゃ間に合わないっぽい」

「…とにかく、命令が下った以上は従うしかないですね」

 

 朝潮姉さんが私を見つめる。やることが決まっていても、指示を出すのは旗艦の私だ。

 

「じゃ鎮守府に戻りましょ。敵艦隊と言っても、どうせさっきみたいな弱い水雷戦隊しかいないわよ」

「霞、油断は禁物だっていつも言って…」

「電探に反応!」

 

 朝潮姉さんの小言が始まりそうなその時、時雨の声が無線機から私の耳へ届いた。

 敵の反応があったという方向を自分の電探で探る。

 

「ちょっと、何よこれ…」

 

 敵艦隊の編成は戦艦ル級、空母ヲ級、重巡リ級が2体、駆逐ロ級が2体。ル級とヲ級は青いオーラを、他の4体は黄色いオーラを纏っていた。

 

 逆立ちしても勝てない相手だった。

 

「冗談じゃないわ!逃げるわよ!」

「霞、待ちなさい!司令官の命令を忘れたんですか!?」

 

 ハッとした。このまま逃げ帰ることができても、命令違反の罰則が待っている。きっと厳しい罰だ。

 私たちが選ぶ道は、戦って死ぬか死ぬより辛い目に遭うかのどちらかだ。

 

「…鎮守府からの通信は?」

「こっちからは今したばっかり。鎮守府からはホ級たちを見つけた時の通信が最後っぽい」

「今から援軍艦隊が出撃しても、僕たちがやられる前に来るとは思えないね」

 

 夕立も時雨も顔を青くしている。この絶望的な状況では仕方ないだろう。

 

 ふと、私の頭に司令官の顔が浮かんだ。その顔は、俺にクズと言った報いだ、と言わんばかりににやけている。

 

「…霞、行きなさい」

「え?」

「私が残ります」

 

 朝潮姉さんが私たちに背を向けて主砲の様子を確認している。

 

 頭が真っ白になった。

 あの司令官は知っていのだ。私を1番苦しませる方法を。

 だから私を旗艦にした。そして、責任感の強い朝潮姉さんを一緒に編成し、戦艦や空母がいるとわかっていながら駆逐艦4人で出撃させた。

 

「嫌よ!私も残るわ!」

「ダメです。駆逐艦が囮や盾になることは今までもやってきたでしょう?」

「だからって、なんで姉さんが…」

「私の番が来た。それだけのことです」

 

 朝潮姉さんは寂しそうに微笑んだ。

 

「霞は生きて。死ぬほど辛いことがあっても、きっといいことはあります」

「そんなこと…」

「時雨さん、夕立さん、お願いします」

 

 朝潮姉さんの言葉で、時雨と夕立は私の両脇を抱えて海の上を走り出した。

 遠ざかっていく姉さんを見ながら、時雨たちを説得しようとした。だけど、できなかった。

 

 時雨と夕立の頬は、海水以外のもので、私と同じくらいに濡れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…これでよかったんです」

 

 離れていく仲間を眺めながら、自分に言い聞かせるように呟いた。

 死にたかったわけではない。だから、こうして口に出さないと、何もかもを恨んでしまいそうだと思ったのだ。

 

 もうすぐル級の射程圏内に入る。私は主砲を構えた。

 燃料が尽きるまで敵の弾を避け、弾薬が尽きるまで砲撃と雷撃を続ける。それが、今の私の役目だ。敵が私の方を向かないと、1人で残った意味がなくなってしまう。

 

「さあ、来なさい深海棲艦!朝潮型1番艦、この朝潮が相手をしてあげます!」

 

 届かないとわかっているが、私は叫んだ。そして、敵へと向かって突撃を開始する。

 

 ル級は不意を突かれたのか、最初の砲撃を大きく外した。ヲ級も慌てて攻撃機を発艦させている。

 どうやら私が逃げ出すと思っていたようだ。

 

「なめられたものですね」

 

 対空射撃でヲ級の攻撃機を撃ち落としていく。ル級の次弾も回避する。

 リ級やロ級の砲撃で海面は大きく揺れているが、激戦を生き残った私にとってはできないことではなかった。

 

 しばらくすると、突然敵の砲撃が止んだ。

 不審に思い、敵の動きを確認する。ヲ級とリ級2体、そして片方のロ級が攻撃を止めて移動していた。

 方向は霞たちが撤退した方向だった。

 

「まずい…!」

 

 回避に意識を割きすぎた。敵は私の攻撃を脅威ではないと判断したのだろう。

 私はヲ級に向かって主砲を向ける。青いオーラのヲ級を倒すことは私にはできない。だが、直撃させれば侵攻は止められるかもしれない。

 

 ほんの一瞬、攻撃に意識を向けた。その隙を突かれたのか、偶然だったのかはわからない。

 私はロ級が放った魚雷に気付かなかった。

 

「きゃあ!?魚雷!?」

 

 運良く直撃は免れたが、足の艤装を損傷してしまった。目に見えて機動力が低下している。

 

「まだ…まだ沈むものか…!」

 

 主砲をこちらに向けているル級に私も主砲と魚雷発射管を向ける。

 足のダメージを考えれば、敵の砲撃は避けられそうもない。それなら、全てを撃ち尽くして少しでも戦艦にダメージを与えてやる。

 

 そして、いくつもの砲撃音が響いた。

 

「ここまでですね…」

 

 私はそう呟き、目を瞑ってル級の放った砲弾が降るのを待った。

 しかし、()()()は来なかった。

 

 目を開けた。そこに広がる光景に、私は何が起こったのかわからなかった。

 明後日の方向を睨むル級。炎上し、沈んでいくロ級。艦載機を次々と繰り出すヲ級。

 

「姉さん!」

「朝潮!」

「大丈夫っぽい!?」

 

 私を呼ぶ声で、やっと何が起こったのかが把握できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここからは私たちの出番ですね」

「ええ。那智さんは霞さんたちとル級の足止めを。足柄さんは暁さんたちとリ級への攻撃を行ってください」

 

 赤城さんがみんなに指示を出す。

 

「私たちでヲ級を仕留めるということですね」

「そういうことです。さあ、一航戦の誇りを見せましょう…全機発艦!」

 

 私と赤城さんの放った艦戦がヲ級の艦載機を次々と撃ち落としていく。青いオーラを纏っているとはいえ、激戦を生き残ってきた私たち2人を相手取るのは厳しいようだ。

 

 偵察機から得た情報をチラリと確認した。

 中破した朝潮さんの確保は成功している。霞さんが彼女を守り、那智さん、夕立さん、時雨さんでル級の相手をしていた。

 足柄さん、暁さん、ヴェールヌイさんも問題なくリ級と砲撃戦を繰り広げている。

 

「制空権確保!このまま敵攻撃機を撃墜しつつ、ヲ級への爆撃を行います!」

 

 赤城さんの声と同時に、私もヲ級への攻撃をさらに強める。

 リ級やロ級が対空射撃をしているが、足柄さんたちを相手にしながらでは、まともにこちらの艦載機を墜とすことはできない。

 

 しばらくすると、ヲ級が逃げるような素振りを見せた。艦載機も尽き、自身も中破していて何もできないからだろう。

 その姿には誇りも何もなかった。

 

「逃がしません…!」

「加賀さんはそのままヲ級への攻撃を続けてください。私はル級への攻撃を開始します」

「了解です」

 

 赤城さんはル級へ攻撃し始めた。

 戦況は圧倒的にこちらの優勢だ。 ヲ級を護衛していたリ級は両方とも中破に追い込まれ、ロ級は既に撃沈している。

 こちらの被害は、朝潮さんが中破しているが、他は軽微な損傷で済んでいる。

 

「不意を突いたいい作戦でしたが、運が悪かったですね。今度からは私たち一航戦を倒せる戦力を用意してきなさい」

 

 私はヲ級に向けてそう呟き、爆撃機から爆弾を投下させた。

 青いオーラのヲ級は炎上しながら海の底へと消えていった。

 

 ヲ級を倒したことで、優勢だった戦況がさらにこちらに傾く。足柄さんの砲撃でリ級が沈み、もう片方も暁さんとヴェールヌイさんの魚雷で轟沈した。

 残るは戦艦ル級のみ。

 

「赤城さん、加賀さん、助太刀感謝します」

 

 中破した朝潮さんが、霞さんと一緒に私たちの所へ来た。

 

「無事で何よりです」

「間に合ってよかったわ」

「はい。ですが、どうしてこのタイミングで?私は絶対に間に合わないと思っていました」

「提督の指示です」

 

 赤城さんが朝潮さんにそう伝えると、彼女は目を丸くした。

 強力な敵艦隊の侵攻を予測したことに対してだろうか。それとも、駆逐艦を助けるために空母まで駆り出したことだろうか。

 何れにせよ、今までの提督たちとは違うのかもしれない、と感じているようだ。私たちと同じように。

 

「ル級撃破確認。損傷被害を確認してから鎮守府に帰投します」

 

 赤城さんの声で我に返る。

 朝潮さんたちの表情から恐怖と不安が抜けていく。

 それを見た私は、それなりに期待しているわ、と提督に向かって心の中で呟くのだった。




だんだん明るくなってきたかな?
まああと2、3回暗い方に落とすけど♥️


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艦娘たちの帰投

「艦隊帰投。戦果のご報告に参りました」

 

 俺の目の前には、総勢10名の艦娘が敬礼をして並んでいた。

 赤城が1歩前に出て、頼んでもいない報告をする。

 

「西方海域にて、ル級1体、ヲ級1体、リ級2体、ホ級1体、ロ級4体、イ級1体を戦闘にて撃沈」

「待て。誰が任務の結果を報告をしろと言った?」

 

 赤城の表情と体が一瞬硬直した。

 

「…任務から帰投した後は戦果報告せよと」

「それは前任の指示か?」

「はい」

「こうやって出撃した艦娘全員を揃えることもか?」

「はい」

 

 開いた口が塞がらない。前任者がアホしかいないことはわかっていたが、よもやここまで無能だったとは。少しは効率を考えてほしい。

 俺は思わずため息をついた。

 

「…どうかなさいましたか?」

 

 俺が怒っていると思ったのか、赤城が恐る恐る質問してきた。

 

「前任のアホさに呆れていた。お前たちがどうこうというわけではない」

「どういうことですか?」

「今回のような緊急性のない報告は口頭でする意味がない。後から文書で提出させるから二度手間になる。そんなことをしている暇があるなら机に向かえ。俺ならそう言うだろうな」

 

 怯えていた赤城の表情が次第に驚愕の色に変わっていく。後ろの艦娘たちもポカンとしていた。

 

「その上に全員揃って報告?今回は朝潮だけだったが、損傷した艦娘が多かったらどうするつもりだったんだ?順番にさっさと入渠して次の任務に備えるべきだろう」

「…確かにそうですね」

 

 艦娘の制服は艤装と同じだ。損傷すれば穴が空いたり、破れたりする。

 艦娘を性欲処理に使っていたようなクズ共だ。肌が露出した姿を眺めようと補給や修理をせずに出撃していた艦隊を呼びつけてもおかしくはない。

 

「お前たちは疑問に思わなかったのか?」

「そこまで考えが及びませんでした」

「なら考える癖を身に付けろ。お前だけではなく、所属艦娘全員だ」

「了解しました。全体に周知致します」

「戦果報告のことについても、全艦娘に必ず伝達しろ。今後は口頭での報告を早急に対処が必要な事に限定し、文書での報告を原則とする」

 

 赤城たちは敬礼で応えた。

 

 いずれは電子メールで全て済むように設備を整えよう。

 

「では解散。各自補給を済ませ、朝潮はすぐに入渠をしろ。それ以外は自由だ。ただし、いつでも出撃できるようにしておけ」

「ちょっと待って」

 

 そう言って前に出てきたのは霞だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 司令官の目の前まで歩み出た。緊張で頭と心臓がおかしくなりそうだ。

 

「なんだ?」

「…どうして私たちを助けたの?」

「…どういう意味なのかわからないな」

 

 司令官が僅かに目を細めた。

 

「そのままの意味よ。赤城さんたちが到着した時間を考えたら、まだ戦艦を見つけていない時に出撃したはず。資源が無駄になるかもしれないのに、なんでそんな命令をしたの?」

「まず赤城たちを出撃させたのは敵を倒すためで、お前らを助けるためではない」

 

 お前らが勝手に助かっただけだ、と司令官は私の目を見つめた。

 

「資源に関しても問題ないと判断した。敵艦隊に侵攻されるより、杞憂で資源を無駄にする方がマシだからな」

 

 司令官は無表情でそう言った。

 出撃前はこの顔がとても怖かった。でも、今はそれほど怖くはない。少なくとも足がすくむほどではなかった。

 

「ふーん、そういうこと」

「気が済んだか?」

「いいえ、まだよ。謝ることが2つある」

 

 緊張が最高潮になる。息が詰まりそうだ。

 

「まずは昨日の歓迎会で司令官のことをクズと言って悪かったわ。ごめんなさい」

「そんなことか」

「そんなこと、で済まされることじゃないわ。司令官はちゃんと考えて最善の手を打とうとしてくれていた。それなのに、私は司令官をクズと決めつけて罵倒したの。最低よ」

 

 恥ずかしい。穴があったら入りたい。

 司令官は司令官としての仕事をしっかりとこなしていた。そんな彼を前任の司令官と同じだと決めつけ、あろうことかクズと罵った。

 羞恥と情けなさで私の顔は熱を帯びていった。

 

「で、2つ目は?」

「…今回の任務のことよ。今回、朝潮姉さんが中破したのは私の判断ミスと実力不足。ごめんなさい。できれば、罰則は私だけにしてほしい」

「霞…!」

 

 小さな悲鳴が背後から聞こえた。朝潮姉さんの声だ。

 自分が中破したせいで私が罰せられるのは、姉さんにとっても辛いことだろう。でも、どうしても庇わずにはいられなかった。そもそも中破したのは私のせいなんだから。

 

 一方、司令官は不愉快そうに私を睨んだ。

 

「お前はこの任務、失敗したと思っているのか?」

「朝潮姉さんの損傷は防げたことよ。夕立や時雨と一緒に敵の狙いを分散させるなりできたはずだから」

「そうか」

 

 その短い言葉と共に司令官の顔からは負の感情が一切読み取れなくなった。私が自分の判断ミスを認めたというのに。

 

「お前がそれを失態だと考えるなら勝手にすればいい。だが、俺はそれが失態だとは思わない。よって、罰則はない」

「…え?」

 

 司令官の言葉を理解するのに数秒を要した。

 そして、理解した途端、体の力が抜けていくように感じた。

 

「…殴られなくてもいいの?」

「殴られたかったのか?」

 

 眉を歪ませてバカにしたように笑う司令官の言葉を、私は首を横に振って必死に否定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今までの提督とは何かが違うという僕の直感は間違いではなかった。

 朝潮が損傷したことに罰則がないどころか、咎める言葉がたったの一言もなかった。

 そして、僕たちが退室する直前に提督が霞に言った言葉。

 

 

『失敗をしたと思うなら、それを次に活かせ。罰を受けて楽になろうなどと考えるな』

 

 

 建造されてから1度たりとも言われたことのない言葉だった。

 

「時雨、ホッとしてる?」

「何が?」

「そんな顔してるっぽい」

 

 夕立にそう指摘されると少し恥ずかしい気分になった。

 

「夕立は違うの?」

「…まだわからないっぽい」

 

 でも、と夕立は続ける。

 

「任務はちゃんとやってくれそうだとは思った」

「そうだね。それだけでもこの鎮守府はいい方向に向かってると思うよ」

「ぬか喜びにならないといいっぽい」

「よお、時雨。夕立」

 

 夕立と話していると、天龍さんが話し掛けてきた。彼女は駆逐艦みんなのことを気に掛けてくれているお姉さんのような艦娘だ。

 

「朝潮が中破したって聞いたけど、提督からは何もされなかったか?」

「大丈夫だよ」

「ならよかった。まあ、さっき暁たちにも聞いたんだけどな」

 

 天龍さんがニヒヒと笑った。

 

「天龍さんはどう思う?提督はいい人だと思う?」

「まだわかんねえな。直接しっかり話したわけじゃねえし。お前らはどうなんだ?」

「前よりは良くなると思ってるよ」

「夕立はまだそんなに…」

 

 そこまで言うと、夕立は黙ってしまった。

 そんな夕立を天龍さんはガシガシと撫でる。

 

「まあまだあいつが着任して2日目なんだ。そんなもんだろ」

「もー、痛いっぽい!」

「悪い悪い、あははは」

 

 よかった。少し雰囲気が暗かった夕立も、いつも通りの表情になった。天龍さんは流石だ。

 

 ただ、今度は僕の心に影が差した。

 出会って2日目の提督に希望を持つことは浅はかな考えで、本当はもっと警戒しなきゃいけないのだろうか。今の夕立のように。

 

 そんなことを考えていると、天龍さんと目が合った。

 

「時雨、そんなに気にすることないと思うぜ?」

「え?何を?」

「夕立の様子を見て、自分が提督に気を許しすぎてるとか思ってるだろ?」

「…どうしてわかったの?」

「顔に書いてあるぜ」

 

 夕立もコクコクと頷いている。

 僕の表情はそんなにわかりやすいのだろうか。自覚はないのだけれど。

 

「朝潮の件で提督への警戒心をある程度解いてる奴は結構いる。時雨だけじゃねえよ」

 

 そう言いながら、天龍さんは今度は僕の頭を撫でてくれた。

 

「提督との距離が縮めば、新しくわかることもあるだろうしな。お前はお前の距離感で接すればいいんだよ」

 

 何かあれば俺が守ってやるよ、と天龍さんは笑った。僕と夕立を安心させるには十分すぎる笑顔だ。




あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


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ある鎮守府のこと

 北海道から少し東に位置する島。そこに北方鎮守府があった。

 太平洋北方はアメリカやロシアとの共同戦線によって深海棲艦はほぼ駆逐されている。そのおかげで、離島であるにも関わらず、資源のみならず日用品や娯楽用品といった物資も事欠かない鎮守府だった。

 

「提督、大本営からの連絡です」

「ありがとう、大淀」

 

 大淀から茶封筒を受け取った茶髪の爽やかな好青年。彼がこの北方鎮守府の提督である白川中佐だ。

 

「それと、また数隻の艦娘から転属願が提出されていました」

「またか。今度はどんな理由だい?」

「黒田少佐に連れていかれた電さんが心配だから、だそうです」

 

 ハハハと白川が笑う。

 

「1周回って最初の理由に戻ったね」

「提督が何度も転属願を却下するからでしょう」

「当然だよ。みんながどこかに行ってしまうなんて、俺には耐えられないよ」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 白川の芝居がかった台詞に、大淀は顔を赤らめながら微笑んだ。

 

「だけど、確かに電のことは少し心配だね。連絡を取ろうにも、俺たちは黒田さんには嫌われているから、まともに取り合ってくれないだろうし」

「そうですね。電さんを取り返す何かいい方法があればいいんですが」

 

 大淀は顎に手を当ててそう言った。

 そんな彼女を眺めながら、白川は渡された茶封筒を開封した。

 

 執務室のドアがノックされた。

 白川の返事の後に入ってきたのは重雷装巡洋艦の大井だった。

 

「失礼します、提督。私たちの転属願、受理して下さいましたか?」

「唐突だね。残念だけど、却下させてもらうよ」

「何故ですか?」

「君にはここに居てほしいからだよ」

 

 白川は大井の顔をジッと見つめてそう言った。その仕草は、彼と視線を合わせていない大淀でさえ顔を赤らめるほどのものだった。

 しかし、大井は動じない。

 

「その白々しい演技を止めたら如何ですか?」

「演技なんてしていないよ。俺は本気で…」

「そうやって他の子を騙したんでしょう?」

 

 白川は微笑みを崩さずに口を閉じた。

 

「大井さん、失礼ですよ」

「…そうですね、失言でした。申し訳ありません」

 

 大淀の一言で冷静になった大井は、そう言って頭を下げた。

 

「大井はそんなに電が心配なのかい?」

「…はい」

「そうか。気持ちはわかるけど、やっぱり大井にはここを離れてほしくないんだ。この鎮守府の夜戦最強戦力だからね」

「…そうですか、了解しました。それでは失礼します」

「もう行くのかい?お茶でも飲んでいけばいいのに」

「いえ、結構です」

 

 白川は苦笑しながら、わかったよ、と頷いた。

 それを見た大井はそそくさと執務室から出ていった。

 

「提督、何もしなくていいのですか?」

「何もって?」

「大井さん、多分何かを隠してますよ」

「ああ。いいんだよ、別に。彼女らにできることは何もないんだから」

 

 ところで、と大淀が小首を傾げる。

 

「大本営からは何と?」

「さっきの封筒の中身のこと?演習任務だよ。近々ハワイまでの海域を奪還する作戦が行われるらしい。そのために練度の向上を進めよ、だってさ」

「演習のお相手は?」

 

 書類の概要を読み上げた白川は、先程までとは違った質の笑みを浮かべた。

 

「相手は黒田さんが飛ばされた鎮守府だ」




キナ臭いことになってきましたね(直球)


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演習任務1

 俺が着任して1ヶ月が過ぎた。

 

「司令官さん、本部からの指令が届いたのです」

 

 電が1枚の書類を机の上に置いた。すぐにそれを手に取る。

 

「演習任務?この鎮守府にそんな余裕があると思っているのか」

「報告書は本部にも送っているのですが…」

 

 毎日どれだけの深海棲艦を相手にしているのか、こちらからの報告を聞いていればわかるはずだ。

 想像力が無いのか、報告を見ていないのか。

 

「はたまた、うちに対する嫌がらせか」

「い、嫌がらせですか?」

「本当に嫌がらせが目的なら俺も相当嫌われたものだ。海域の奪還と防衛より優先していることになるからな」

 

 ハワイへの航路の確保を目的とした作戦の前準備という体ではあるが、この任務を指示した奴の思惑は想像できない。

 

 霞たちが出撃した日以来、西方から深海棲艦が侵攻してきた様子はない。

 また油断させる作戦かもしれない。だが、短い期間では攻めてこないだろうから、しばらくは安全なはずだ。任務実施が不可能というわけではない。

 

「まあいい。上からの指令だ。無視するわけにもいかない」

「司令官さんがそう仰るなら」

 

 まだ時間があるとはいえ、今のうちに演習中の哨戒のローテーションを調整しておかなければならない。こんな余計とも言える仕事、資材や資源といった特別報酬がなければやっていられない。

 それに、ここの艦娘たちは毎日激戦を潜り抜けてきている猛者ばかりだ。演習をしたところで得るものは少ないだろう。

 

 俺の表情を見て察したのか、電が話し掛けてきた。

 

「司令官さん、電に何かできることはないですか?」

「お前はいつも通りの仕事をしろ」

「…了解なのです」

 

 哨戒や護衛任務のローテーションは俺が管理している。手伝ってもらいたい気持ちは少しあるが、これの調整となれば俺がやるしかない。

 電は恐らく俺を労ってくれたのだろう。気持ちはありがたいが、彼女にできることはない。

 

 そんなことを思っていると、執務室のドアがノックされた。

 

「失礼致します」

 

 神通だった。東方海域への哨戒任務の報告書を提出しに来たのだろう。

 俺が着任してから度々東方海域への出撃をさせているが、毎回しっかりと活躍してくれる艦娘だ。最も信頼できる戦力の1人である。

 

「報告書を提出致します」

「ご苦労」

「はい。それでは失礼致します」

 

 ふと神通が駆逐艦の訓練に携わっていることを思い出す。

 そして、ある考えに至った。

 

 得るもののない演習なら、いっそのこと全て駆逐艦だけで行えばよいのではないだろうか。備蓄資材や資源が大きくプラスになるのなら悪いことではない。

 

「神通、聞きたいことがある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 この1ヶ月、誰よりも果敢に戦い、誰よりも多くの敵を倒したつもりだ。東方海域の敵は強かったが、それでも私は勝ち続けた。

 全ては艦隊の仲間を守るためだ。

 

 今までの頑張りが功を奏したのか否か、報告書を提出しに執務室へ行ったときに呼び止められた。

 

「聞きたいこと、ですか?」

「ああ」

 

 艦娘と関わろうとしなかった提督だ。何かを聞かれるというのは不思議な感じがする。

 

「お前の目から見て、東方海域での戦闘で活躍できている駆逐艦を教えてくれ」

「あの激戦海域ですか…」

 

 出撃するだけならば何とかなるとしても、戦闘でまともな戦果をあげられる駆逐艦は数えるほどしかいないだろう。

 

「暁さん、ヴェールヌイさん、時雨さん、夕立さん、霞さん、浜風さん、磯風さん、あとは八駆の4人でしょうか」

「そうか」

「何故そのようなことをお聞きになられたのですか?」

 

 以前は恐る恐るだったが、提督に質問することにも慣れてきた。鎮守府全体で叱責や暴力がないことが普通になりつつある。

 

「演習任務の指令が本部から届いた。それを駆逐艦たちだけでこなそうと考えている。今挙げてもらった駆逐艦の中からその演習に出てもらうつもりだ」

「なるほど。相手には戦艦や空母はいるのですか?」

「恐らくいるだろう。この演習は、新たに海域を奪還する作戦の前準備のようなものだからな」

 

 ということは、他鎮守府の主戦力が相手ということだろうか。それを駆逐艦だけで戦うつもりなのだとしたら、余りにも無謀だ。

 せめて私だけでも演習に参加させてほしい。

 

「戦艦や空母が相手ですか。駆逐艦の子たちだけで演習になるでしょうか?」

「むしろ駆逐艦だけじゃないと相手にならない」

「…え?」

「…お前は他の鎮守府の艦娘を見たことがあるか?」

 

 提督の言葉にハッとする。

 建造された当初はまだどこの鎮守府に配属になるか決まっていなかったから、他の艦娘とどこに行くんだろうと話した記憶はある。ただ、ここに来てからは1度もない。

 

「いえ、ここに配属になってからは1度もありません」

「だろうな、その様子じゃ」

 

 提督がある資料を手に取り、私に表紙を見せた。

 

「俺はお前たちの実力をこの資料の数字でしか把握していないが、それだけでもここの艦娘が異常なことはわかる」

「私たちってそんなに強いんですか?」

「参考までに言っておくが、そこにいる電は俺が前にいた鎮守府では駆逐艦のエースだった艦娘だ」

 

 電さんと目が合うと、彼女は恥ずかしそうに俯いた。それは照れからくるものではない。

 

「お前の目から見て、電の実力はどうだ?」

「…電さんには悪いのですが、性能の低い睦月型の子たちよりも劣っているように見えます」

「うぐ…」

「ご、ごめんなさい…」

 

 電さんは、気にしないでください、と困ったように笑っているが、エースとして活躍していたはずなのに、実力が劣っていると言われるのは辛いことだろう。私なら悔しくて泣いてしまうかもしれない。

 

「ともかく、次の演習は駆逐艦隊で実施する。明日にでも編成を発表するから、駆逐艦全員にこのことを伝達しろ」

「了解しました」

 

 私は敬礼で応え、執務室をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 神通さんから演習のことを聞いた翌日、食堂の前の掲示板に編成の書いた紙が貼ってあった。

 

「直接じゃなく掲示物で知らせるって…どうなってるのよ」

「あらあら、結局私たちは出番なしなのね~」

「他の鎮守府の艦娘に会えるかもと、気分アゲアゲで期待してたんですけどね」

「確かに残念ですが、司令官にも何か考えがあるのでしょう」

 

 姉たちが掲示を眺めながらそう話しているのを横目に、私は自分の名前があるかを確認する。

 そして、見つけた。1番上に書かれている。即ち、旗艦は私だということだ。

 

「霞」

 

 朝潮姉さんが私を呼んだ。

 

「何?」

「今度の演習任務、霞が旗艦ですね」

「そうみたいね」

「霞、頑張ってください」

 

 4人とも私を見つめて微笑んでいる。

 

「あんたがどれだけ成長できてるか、試すにはいい機会ね」

「うふふふふ、しっかり見守っててあげるわ~」

「アゲアゲで参りましょう!」

「みんな…ありがとう」

 

 姉さんたちは私に期待してくれている。そう考えると、不思議とモチベーションが上がってきた。

 

 あの日、司令官から言われたことは尤もだと思った。彼を信用しているわけではないが、あの時の言葉だけは何故か信じられたのだ。

 

「必ずいい結果を残すわ」

 

 同じミスを繰り返さないように頑張ってきた。きっと大丈夫だ。

 

 これから哨戒任務だという姉4人を見送り、私自身も訓練の準備に行こうとしていた時、演習任務の僚艦となる駆逐艦にばったりと会った。

 

「浜風、磯風、ちょうどよかった。演習のことはもう知ってるわよね?」

「ええ、知っているわ」

「霞が旗艦だったな。よろしく頼む」

 

 2人は前の司令官から特に酷い扱いを受けていた駆逐艦だった。今は司令官との関わりもほとんどなく、徐々に本来の雰囲気に戻りつつある。

 

「ところで、霞は演習相手について何か知っていますか?」

「演習相手?他の鎮守府の艦娘じゃないの?」

「それはそうなんだが、掲示には編成しか書かれていないからな。霞なら何か知っているのではないかと思ったんだが」

 

 言われてみればそうだ。編成しか知らされていない。

 あの司令官がそんなミスをするとは思えない。何か思惑があるのだろうか。

 

 そんな考えが顔に出ていたのか、2人の表情に怯えの色が見えた。

 

「なあ、霞。大丈夫なのか?」

「大丈夫って、何が?」

「司令のことだ。私たちは遠くから見たことがあるだけだが、霞は話したこともあるんだろう?」

「ええ、そうね」

「マトモなのか?」

 

 磯風はさらに心配そうな顔をしており、浜風に至っては顔を青くしてしまっている。

 とは言っても、ここで嘘をついてしまうと、もしもの時のショックがさらに大きくなるだろう。私は今の司令官の印象を正直に話すことにした。

 

「性格とか性癖とか、そういうことはよくわからないわ。司令官は艦娘を自分の周りに近付けさせないから」

「隠れて誰かに暴力を振るっていることは?」

「ないと思うわ。それだったら私が真っ先にやられてるだろうし」

 

 2人の表情がいくらか柔らかくなった。

 

「とりあえず、演習でいい成績を残しましょ。優秀な所を見せれば、司令官も私たちを無下には扱えないはずよ」

「それ、神通さんの理論ですよね」

「霞も脳筋になったものだ」

「…アンタには言われたくないわね」




ストーリーは何となくでしか思い描いてないので、希望する展開や場面があれば、是非お聞かせください
お話やおまけ話で入れられるかもしれません


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演習任務2

「…司令官さん、今なんて言ったのですか?」

「演習相手がここに滞在している間、お前を秘書艦の任から外すと言った」

 

 言葉が出ない。息を吐こうとすると、別のものまで吐き出しそうだ。

 それでも私はなんとか口を動かした。

 

「電は…もう要らないのですか?」

「電、落ち着くんだ」

 

 響ちゃんが私の手をギュッと握ってくれた。

 

「司令官は演習相手が滞在している間と言ったんだ。相手が帰った後は、また電が秘書艦に戻る」

「そ、そうなのですか?」

 

 司令官さんは小さく頷き、淡々と話を進める。

 

「電にはこの期間中は哨戒任務に当たってもらう」

「哨戒、ですか。務まるのでしょうか…?」

「僚艦にお前の姉妹3人を編成する。問題ない」

 

 左右に立つ姉たちをチラリと見た。

 暁ちゃんが、任せなさい、と言わんばかりに胸を張っている。

 響ちゃんが微笑みながら私を見つめて頷いている。

 雷ちゃんが満面の笑みを浮かべながら親指を立てている。

 不安な気持ちが溶かされていくようだった。

 

「了解なのです。久しぶりの実戦、頑張るのです」

「そうか」

 

 司令官は無表情のまま続けた。

 

「ここは北方と違って敵が強い。もし不安があるなら天龍と龍田に訓練を見て貰え」

「天龍さんたちですか」

「話はしてある。雷、お前も一緒に行ってやれ」

「わかったわ。さあ、電。行くわよ!」

「ま、まだ行くとは…」

 

 雷ちゃんがグイグイと私の手を引っ張っていく。

 まだ少し迷っているが、司令官と雷ちゃんの気持ちは嬉しかったので、天龍さんたちと訓練をすることにした。

 

 執務室を出た後も雷ちゃんは上機嫌だった。

 元々雷ちゃんは明るい性格だ。その明るさがいつもより増して見えた。

 

「雷ちゃん、今日はご機嫌なのです」

「そう?んー、そうかも」

「何かいいことがあったのです?」

 

 雷ちゃんは歩きながら顔をこちらに向けて笑った。

 

「電が来てから第六駆逐隊みんなで出撃するのは初めてよ?すごくわくわくするの」

 

 言われてみればその通りだ。

 私は秘書艦の仕事をしていることが多く、雷ちゃんは改二になれないせいで暁ちゃんたちとは別々の任務に就くことが多い。

 

「電の言っていた通り、あんな顔だけど司令官は本当に優しい人だったのね。姉妹で編成してくれてるし、電のために天龍さんたちに訓練のことを話してくれてるし」

 

 同じ部屋に住んでいる雷ちゃんたちには、司令官が本当は優しい人だということをずっと伝えていた。少しでも警戒心を解いて貰えるように。

 その願望は徐々に叶いつつあるようだ。

 

「わかってくれて嬉しいのです」

「本当は半信半疑だったけど、今日のことでしっかり理解したわ。懐疑的に司令官を見るのを止めたら、あの人が信用に足る人だってみんなもわかると思うんだけど」

「それはなかなか難しいと思うのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 司令官は雷と電が執務室から出ていくのを黙って見ていた。私たちも退出を命じられていないので、静かに2人を見送る。

 

 2人の気配が完全に消えた頃、暁が痺れを切らしたように口を開いた。

 

「司令官、2人だけ行かせたってことは、暁たちに何か用があるんでしょ?電の訓練を見に行きたいから手短にお願いするわ」

「ああ。お前たちに頼みたいことがある」

「それは任務かい?」

 

 私の問いに司令官は軽く目を伏せた。

 

「正式な任務ではない。俺が個人的に必要だと思っていることだ」

「そうなの?まあいいわ。この暁に任せてよね」

 

 暁が、えっへん、と胸を張る。

 それを見ていた司令官がほんの少しだけ目を見開いた。私はそれを見逃さなかった。

 

「そんなに驚いてどうしたんだい?」

「え?司令官びっくりしてたの?暁も顔見たかったわ!」

「ドヤ顔してるから見逃すんだよ」

「し、してないわよ!」

 

 暁と軽く言い合いをしていると、いつの間にか司令官の表情が元に戻っていた。感情が読めない、いつもの無表情だ。

 

「司令官、それで私たちは何をすればいいんだ?」

「…俺が言えたことではないが、よくも二つ返事で了承したな。お前たちの境遇を考えれば、正式な任務ではない頼み事なんて忌避すべきものだろう」

 

 司令官の言葉を聞いて、私と暁は顔を見合わせた。

 言われてみれば、確かに司令官の言う通りだ。私たちは何の疑いも持たずに司令官の頼み事を受けようとしている。

 

「きっと電のおかげじゃないかしら?」

「電?」

 

 暁は得意気にこう続けた。

 

「電はいつも司令官のことを褒めているわ。頭が良くて優しい司令官だって。私たちはそれをずっと聞いていたから、いつの間にか司令官のことを怖がることも疑うこともなくなったんだと思うわ」

「あ、別に電にそういうことを聞かされたからってだけじゃないよ。補給や修理もしっかりしてくれる所も、艦隊の被害が少なくなるように作戦を練ってくれている所も、私たちはしっかりと見ていたつもりだ」

 

 司令官は、そうか、と呟くと、椅子の背もたれに体を預けた。

 

「それで、司令官の頼み事って何だったんだい?」

「あ、そうよ!早く電の訓練を見に行きたいわ!」

「暁、そんなに急がなくても十分間に合うさ」

 

 チラリと司令官を見てみる。いつもとはほんの少し違った目をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暁とヴェールヌイから提督の頼み事とやらを聞いた。それは演習相手が滞在している間、電をできるだけ部屋の外に出さないようにしてほしいという内容だった。

 

「それを俺に協力しろって?そんな怪しいことに?」

「司令官のことよ。何か考えがあるに違いないわ」

「じゃあ何でそういうことをしなきゃいけないのか理由を聞いたのか?」

「それは…聞いてないけど」

 

 暁が暗い表情で俯く。

 

「おまけに電には内緒にしろって?悪いことしますって言ってるようなもんじゃねーか」

「司令官はそんなことしないわ!」

「私もそう思う」

 

 この2人はなぜこんなにも提督の肩を持つのか不思議で堪らない。いや、暁とヴェールヌイだけではない。雷も提督を信用しているように見える。きっと電がいいように言っているんだろう。

 

「確かに提督が来てから俺たちの環境はいい方向に変わった。だけどよ、それだけで信じ込むのは感心しねーな」

「そうだけど…」

 

 暁は見るからにガッカリした表情をしており、ヴェールヌイは少しムッとしている。

 そんな姿を見せられてしまうと、つい手伝ってやりたくなる。だが、怪しい企てに手を貸してやるのは、やはりナンセンスだ。

 

「…司令官が可哀想」

「何がだよ」

「司令官は寝る間も惜しんで私たちの為に作戦を考えてくれてるわ。補給も修理もしてくれる。それなのにたった1回の頼み事も聞いて貰えないなんてあんまりよ」

 

 暁の言葉に反論はできなかった。

 そして、今の提督の姿にかつての自分が重なった。必死に戦っても報われず、罵倒や暴力が飛んできていた過去の自分だ。

 俺の迷いを察したのか、ヴェールヌイも続けて口を開いた。

 

「私たちが司令官を信じすぎてるんじゃない。みんなが疑いすぎなんだ。この1ヶ月を見れば、司令官がマトモだって気付くはずだ」

「先入観を捨てろって言いたいのか?」

 

 ヴェールヌイは首を横に振った。

 

「私だって先入観はある。司令官の目を怖いと感じる時もあるしね。私が言いたいのは、司令官の評価は司令官がやってきたことを見てするべきだと言うことだよ」

「あいつがここへ来てやったことは信用に値すると?」

 

 今度は暁も一緒に首を縦に振った。とても真剣な目をしている。初めて見る目だ。

 2人の言っていることは理解できる。俺は考えを変えることにした。

 

「わかったよ。お前らがそこまで言うなら提督の頼みを聞いてやる」

「本当に!?ありがとう!」

「ただし、余りにも怪しいと思ったら、俺は降りるからな」

「もちろんわかってるわ!」

「それは私たちも同じだからね」

 

 ホッとしたように笑う2人を見ながら思う。もしあいつがいい提督なら、いつか俺もこんな風に笑えるのだろうか。




遅くなってすいません。
暗い話は筆の進みが遅いんです(不穏)

暗い話に疲れたら、もう1つ投稿してる艦これのお話をどうぞ


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演習任務3

「お待ちしておりました。鎮守府の案内を致します、大淀です」

「北方鎮守府の白川中佐です。よろしく」

 

 船から降りてきたのは、茶髪の青年。爽やかな好青年という言葉がぴったりの男性だ。

 護衛の艦娘たちも次々と上陸してくる。彼女たちが演習に参加する艦娘だろう。

 

「早速だけど、黒田提督の所に案内してくれるかな?挨拶をしておきたいんだ」

「畏まりました」

「それ、私たちも付いていかなきゃダメなの?」

 

 白川提督から視線を外し、声の主を見る。重巡の鈴谷さんだ。あからさまに不満そうな顔をしている。他の艦娘も表情を見るからに彼女と同じ意見のようだ。

 

「会いたくないのはわかるけど、演習相手の提督だ。挨拶をしないわけにはいかないだろう?」

「えー」

「いえ、艦娘の皆さんは来なくてもいいですよ」

 

 私に全員の視線が集まる。

 

「提督から艦娘の皆さんの挨拶は不要と言われています」

「そうか、それはよかった。あの人も少しはこちらの気持ちを汲めるようになったわけだ」

 

 艦娘の何人かの顔から嫌悪感が滲み出ている。

 

「なにせ彼に酷い目に遭わされた子もいるからね」

「…っ」

「その反応…もしかして、君も黒田提督に何かされたのかい?」

「…いえ、何も」

 

 白川提督の言葉に固まったのはほんの一瞬だ。気付かれるとは思わなかった。よく見ている。

 ただ、勘が鋭いわけではないかもしれない。私が固まった理由は提督ではなく、目の前の青年だと気付いていないのだから。

 

 この人が放った言葉は悪意で満ちているのだ。

 白川提督の目は傍若無人だった前の提督たちと同じ目に見えた。

 

「大淀さん」

「えっと、瑞鶴さん?どうかしましたか?」

「もし本当に何かされてるなら、うちの提督さんに言っていいからね。絶対に力になってくれるよ」

 

 瑞鶴さんが私をまっすぐ見つめながら言った。

 

「本当に何もされていませんよ。というか、提督はなるべく艦娘と接しないように過ごされています」

「接しないように…?まあ、何もないならいいけど」

 

 言葉とは裏腹に瑞鶴さんは不機嫌そうな表情をしている。提督に恨みがあるのだろうか。

 

「黒田提督はどのような人だったんですか?」

「能力はあるけどそれ以外は最低よ。愛想良くしてたって裏で何やってるかわかったものじゃないわ」

「瑞鶴、あまり黒田さんを悪く言っちゃダメだ。彼女の提督なんだから」

「でも、アイツは翔鶴姉に乱暴を…!」

 

 瑞鶴さんはギュッと拳を握りしめた。他の艦娘も目を伏せている。相当な怒りを抱え込んでいるように見える。

 

 私はそれを冷静に見ていた。後からそれに気付いて少し驚くほどに。

 良くも悪くも艦娘と関わろうとしない提督が誰かに乱暴する姿を想像できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 妙に明るい。それが彼女たちの第一印象だ。

 提督が以前指揮していた艦娘であり、彼の悪行の被害者。それがどうだ。和気あいあいと笑顔すら浮かべながら施設の見学をしているではないか。

 

「長門、何か気になることでもあるの?」

「…いや、何でもない」

 

 鈴谷に声をかけられた。不思議に思う気持ちが顔に出ていたようだ。

 

 何故そんなに笑っていられるのか。ついそう尋ねそうになったが、思い止まった。

 ここに所属している艦娘のほとんどは提督の過去を知らない。誰が聞いているかわからないこの場でその話題を出すのはリスキーだ。

 せっかく何事もなく過ごせているのに、わざわざトラブルになるであろうことを口に出すのは避けるべきだろう。

 

「ここが食堂だ。滞在期間中の食事はここで摂ってくれ」

「随分と質素ね。黒田提督のせい?」

「質素か…これでもかなり改善されたんだがな」

 

 悪態をついた瑞鶴が目を丸くする。

 北方鎮守府は物資が潤沢にあると聞く。きっと好きなものを食べられる環境なのだろう。

 

「提督の"せい"ではなく、提督の"おかげ"だ」

「…そう」

「北方鎮守府の豪華な食事とはいかないが、精一杯のもてなしをさせて貰うつもりだ」

 

 瑞鶴の言い様に僅かに怒りの感情が芽生えた。

 提督についての情報が嘘かと思える程、彼は私たちが暮らしやすい鎮守府にしてくれた。不信感は拭えないが、恩は感じているのだ。

 

「長門さん、1つ助言させて。黒田提督を信用しないで」

「どういうことだ」

「最初は優しいのよ、あの男は。そうやって油断させて、後で本性を表すの。私もみんなも騙された。私がちゃんとしていれば翔鶴姉はあんな目に遭わなかったのに…」

 

 瑞鶴はそう言って俯いた。表情からは悔しさが滲み出ている。

 鈴谷が瑞鶴の横に並び立った。

 

「翔鶴はね、私と同じくらい黒田提督に乱暴されてたの。夜に呼び出されることも何度もあったよ」

 

 鈴谷は視線を横にズラしながら続ける。

 

「私だけじゃない。榛名、浜風、由良。今ここにいるメンバーの姉妹も被害に遭ってる」

「…そうか、大変だったな」

 

 鈴谷の後ろにいる艦娘たちも私たちの会話を聞いていたようだ。比叡と不知火は険しい顔をしており、五十鈴と陽炎は無表情で私を見つめていた。

 

 一方、私は困惑していた。

 本部から届いた情報も、目の前の鈴谷たちの話を疑うつもりはない。だが、私が見てきた提督の姿とそれは全く一致しない。

 

「その話、頭には入れておこう」

 

 そう返すのが精一杯になるほど、私の思考は混乱していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 演習のことで司令官に聞きたいことがあったので、私は執務室に向かっていた。

 演習相手が北方鎮守府ということ。そして、そこは司令官が前の勤務地だということだけしか知らないからだ。

 

「まったく…駆逐艦だけの艦隊なんだから、せめて戦略の指示くらいもっと早くしてほしいわ」

 

 悪態をつきながら執務室の扉をノックする。

 数秒後、扉が開き、中から大淀さんが顔を覗かせた。

 

「明日の演習のことで聞きたいことがあるの。入ってもいいかしら?」

「今、北方鎮守府の白川提督がお見えになっているんです」

「それはタイミングが悪いわね。出直すわ」

 

 立ち去ろうとした時、部屋の奥から司令官の声が聞こえてきた。

 

「大淀、構わない」

「わかりました。霞さん、どうぞ」

「失礼するわ」

 

 執務室に足を踏み入れると、北方の司令官らしき青年が目に入った。私たちの司令官より少し年下の茶髪の男だ。

 

「何の用だ?」

「演習での作戦行動について聞きたいことがあったんだけど」

 

 チラリと白川司令官の方を見る。

 

「なんだ?」

「聞いてもいいの?相手の司令官がいるけど」

「何の問題もない。それくらいでひっくり返る実力差じゃないからな」

「ハハハ、言ってくれますね。貴方がいなくなった後もしっかり訓練を積んできた子ばかりなんですが」

 

 司令官は白川司令官を一瞥すると、さらにこう続けた。

 

「この演習の主目的は北方鎮守府の艦娘の練度向上で、お前たちは勝ちに拘らなくてもいい。強いて言うなら、雷撃を少なめにして回避行動を多めにとれ」

「回避?」

「攻撃が当てられるようにならなかったら話にならないからな。向こうの艦娘にはこちらの緩い駆逐艦の攻撃に耐えながらその訓練をしてもらう」

 

 まるで教導艦のような立ち回りだ。司令官は北方の艦娘たちをどれだけ下に見ているのだろうか。

 白川司令官にもそれが伝わったようで、苦笑しながら口を開いた。

 

「バカにしすぎですよ、黒田少佐。連れてきたのは北方でもトップの実力を持つ子たちです」

「私の元部下ですから実力は大体把握しています」

「だから訓練を積んできたと…」

「想像できませんね。私の下で司令官補佐をしていた時と同じように、艦娘たちと本土へ遊びに行っているのではありませんか?我々の本分を忘れて」

「外遊の何が悪いんです?彼女らのリフレッシュになるならとやかく言われる筋合いはないでしょう?」

 

 白川司令官の表情から笑みが消えた。見るからに不機嫌そうな顔だ。

 

 彼の次の言葉に、私は耳を疑った。

 

「貴方のように隠れて艦娘を虐待するよりよっぽどマシですよ」

 

 隠れて虐待?司令官が?

 手のひらと背中にジワリと嫌な汗が出てくる。そして、体が強張るのを感じた。

 

 ふと気が付くと、私以外の3人が私を見つめていた。大淀さんは私を心配そうに。司令官は無表情のままで。白川司令官は何かを考えながら。

 

「…司令官、虐待ってどういうこと…?」

「霞は知らないのかい?黒田少佐が北方鎮守府でやった所業を」

「…知らないわ」

「黒田少佐、過去を隠したいのはわかりますが、口止めは如何なものかと思いますよ」

 

 白川司令官は司令官をバカにしたように笑いながら言った。

 そして、私へ向き直って続けた。

 

「彼は過去にいくつもの罪を犯しているんだ。暴力などの虐待。資材や資源の横流し。艦娘の給金の横領。どうしてまだその椅子に座っていられるのか不思議で堪らないよ」

「そ、そんな…」

 

 司令官に視線を移す。相変わらず、無表情のまま私を見ている。平気になってきたあの目をまた怖いと感じるようになった。

 

 嫌な想像をしてしまう。1ヶ月前のあの後、司令官は実は隠れて朝潮姉さんに罰を与えていたのではないか。そんな想像だ。

 

「霞、演習について俺が言ったことを覚えているか?」

 

 唐突に司令官が口を開いた。

 

「…覚えてるわ。大丈夫よ」

「ならいい。俺がどんな人間であれ、お前たちのやることは変わらん。どうしても心配なら朝潮に直接確認してみろ」

「朝潮姉さんに?」

「お前が今どんな想像をしていたか、顔を見れば察しがつく」

 

 司令官はそう言うと、白川司令官に視線を移した。少し睨んでいるように見えた。

 

「白川中佐、艦娘の不安を煽るような言動は慎んで頂きたく思います。精神的に不安定な状態での演習は事故の危険性がありますので」

「それはすいません」

 

 司令官はまた私の方を向き直って言った。

 

「俺についての報告書は大淀が管理している。もし全艦娘に俺の過去を知らせた方がいいと思うならこいつに相談しろ」

「…わかったわ」

「では退室して、明日の演習に備えろ」

「了解」



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演習任務4

大変遅くなりました。


『それでは演習を行います。各艦隊は指定された座標に移動してください』

 

 通信機を介した大淀さんの指示で僕たちは移動を開始する。

 僕は旗艦である霞に声をかけた。

 

「霞、この移動の時間に作戦を教えて。提督は何て言っていたの?」

「司令官からの指示は特にはないわ。雷撃を控えめにして回避に力を入れろとは言われているけど、それもそこまで気にしなくてもいいって口ぶりだったし」

「なんだそれは。司令は勝つ気がないのか?」

「相手には空母も戦艦もいるはずですが…」

 

 霞の言ったことに磯風と浜風が反応する。

 これから駆逐艦だけの艦隊で戦艦や空母を相手取るのだ。無策では手も足も出ないだろう。

 みんなが不思議そうにしている様子を見て、霞は詳しく説明してくれた。

 

「今回の演習は相手艦隊の練度向上が主な目的らしいわ。私たちはその的よ」

「だから回避能力の高い駆逐艦のみの編成なのですね。負けてもいいなら気が楽ではあります」

「だが、まるでサンドバッグではないか」

 

 浜風は安心した表情をしているが、磯風は不機嫌そうな顔をしている。

 

「夕立、お前はどう思う?」

「なんで夕立に聞くの?」

「お前も私と同じく勝ちに拘るタイプだと思ったんだが、違ったか?」

「違うっぽい」

「まあいい。で、どうなんだ?」

「うーん。夕立はどっちでもいいっぽい。時雨は?」

 

 今度は僕に話が回ってきた。

 

「僕も夕立と同じかな。雷撃を控えるよう言われてるから、今回に関してはむしろ負けるように編成したとも思えるしね」

「何だと?そうなのか、霞」

「私がわかるわけないでしょ」

 

 でも、と霞は続ける。

 

「負けるつもりはないと思うわ。司令官、相手の司令官の前で相手の艦娘が弱いって断言してたし、もしかしたら雷撃なしでちょうどいいハンデなのかも」

 

 磯風と浜風は驚いた顔を見せる。砲撃だけで戦艦や空母と渡り合える駆逐艦はほんの一握りだ。2人の反応も当然と言えるだろう。

 そしてその一握りのうちの1人が呆れ顔で口を開いた。

 

「それならちょっと面白いっぽい」

「面白がってるのは夕立だけだよ。後ろを見てみなよ」

 

 夕立が顔だけを後ろへ向ける。視線の先には緊張してまだ一言も声を発していない艦娘がいた。

 僕と夕立の姉、白露である。

 

「緊張しすぎっぽい」

「まったくだ。この磯風がいるのだから安心しろ」

「そ、そんなこと言われても…」

「あら、喋らないと思ったら緊張してたの?」

「白露でもそういうことがあるんですね」

「それどういう意味!?」

 

 白露がみんなから弄られている。先日改二が実装されたばかりなので、主力駆逐艦の中では新米なのだ。

 

「緊張してるって言うなら霞もでしょ!」

「え、私?」

「そうだよ。表情固いし」

 

 霞は自分の頬を触っている。自分でも気付いていなかったらしい。

 そういう僕もわからなかった。みんなの反応を見るに、それに気が付いていたのは白露だけだったようだ。

 

「私はちょっと考え事をしてただけよ」

 

 霞はそう言うと前に向き直った。

 その直後に通信機から大淀さんの声が聞こえた。

 

『指定座標への到達を確認しました。それでは戦闘を開始してください』

 

 

 

 

 

 

 

 

 北方鎮守府の艦隊との演習はうちの勝利で終わった。人伝に聞いたので詳しいことはわからないが、比叡や瑞鶴のいる艦隊を駆逐艦隊で倒したということだけは事実のようだ。

 

 そして、瑞鶴がうちの提督に食って掛かる現場に居合わせてしまった。

 

「何なの、あの編成は?私たちのことバカにしてるの?」

「…何のことだ?」

「惚けないで。駆逐艦だけの編成で演習なんて、私たちのことをなめてるんでしょ」

 

 こちらの艦隊が駆逐艦だけだったのが気に食わなかったようだ。瑞鶴の後ろにいる五十鈴や陽炎、比叡も不満そうな顔をしている。

 

 一緒にいた熊野が私の脇腹を肘で軽くつつく。

 

「相当プライドを傷付けられたようですわね」

「気持ちはわかるよ。駆逐艦6人に負けたんだもん」

「同じ艦種に負けたのならまだ後腐れがなかったとは思いますが、提督は何を考えているのやら」

「まあ提督は悪くないと思うけどね、たぶん」

 

 屈辱的な敗戦には同情するが、提督に文句を言うのは筋違いだ。勝てばよかったのだから。

 提督も同じようなことを言って、さらに瑞鶴たちを怒らせている。

 

「そのなめた編成に負けたのはどこのどいつだ?」

「なんですって!?」

「成長していればギリギリ勝てるような編成をした。それに負けるということは、遊び呆けて訓練をサボっていた証拠だろう」

「随分と失礼なこと言ってくれるわね…!」

「知った風なこと言わないでくれる?」

 

 五十鈴と陽炎も黙っていられなくなったようだ。ヒートアップする前に誰か止めてくれないだろうか。

 そう考えていると、暁とヴェールヌイが歩いてきた。

 

「司令官、どうしたの?」

「なんでもない。お前たちは何をしている?」

「哨戒任務の報告書を提出しに執務室へ行こうとしていた所なんだ」

「電は?」

「私たちの部屋で反省会中よ。さ、司令官も私たちと執務室へ行きましょ。疲れてそうだから少しでも座って休まないとダメよ」

 

 暁が司令官の手を引いて執務室の方角へと歩き出した。

 当然瑞鶴たちはそれを引き留めようとする。

 

「待って。まだ話は終わってないわ」

「瑞鶴さん、気持ちはわかるが先にやるべきことがあるだろう。司令官は口数が少ないからわかりにくいが、演習で見つかった課題をどう改善するか考えるようにと伝えたかったんだと思うよ」

「なによ、ヴェールヌイ。さっきの話聞いてたの?」

「まあ、あれだけ大声だと嫌でも聞こえるよ」

 

 チラリとこちらを見る。ヴェールヌイの視線で瑞鶴は私たちの存在に気付いたようだ。

 何か嫌な予感がする。

 

「浜風だけじゃなく鈴谷もこの鎮守府にもいたのね。大丈夫?黒田提督に何かされてない?」

 

 何を言っているのだろうか。良い悪い関係なくあの提督が自分から艦娘と関わろうとするわけがない。

 しかし、次の瑞鶴の言葉で私は固まってしまった。

 

「うちの鈴谷は黒田提督に乱暴されてたから心配なの」

 

 ヴェールヌイも熊野も言葉が出ないようだ。

 その後も瑞鶴は何かを言っていたようだが、何も頭に入って来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うちの艦娘が悪いことをしたね」

 

 白川提督たちは北方鎮守府に帰るべく、護衛艦に乗り込もうとしている。そんな時に彼は悪びれることなく、にこやかにそう言った。

 

「とんでもありません。元はと言えば、私たちが悪いのですから」

「鳳翔さんは悪くないよ。あいつが全部悪いんだから」

 

 瑞鶴さんが白川提督の後ろから顔を出す。

 

「ありがとうございます、瑞鶴さん。でも本当のことですから」

「そんなこと…」

「私たちが提督のことを最初からみんなに伝えていれば、今のようなことにはなっていませんよ」

 

 瑞鶴さんが口にした提督の過去の話は、瞬く間に鎮守府全体へと広がった。そして、一部の艦娘が説明を求めて提督へと詰め寄っているのだ。

 口止めをしていた大淀さんと長門さんはそちらの対応をしているため、白川提督たちの見送りは私がすることになった。

 

「そろそろ時間だ。瑞鶴、行くよ」

「あ、うん。ちょっと待って」

 

 瑞鶴さんがトコトコと私の下へと小走りでやってきた。表情はあまり明るくはない。

 

「鳳翔さん。浜風と鈴谷だけじゃなくて、翔鶴姉と榛名と由良もここにいるんでしょ?」

「ええ、いますよ」

「…守ってあげてね。黒田提督に乱暴されてた艦娘だから、また狙われるかもしれない」

「はい、しっかりと見ておきます」

 

 私がはっきりとそう言うと、瑞鶴さんは少し安心したようだった。

 

 瑞鶴さんが船へ乗り込んだ。その背中を見ながら思う。

 守ると約束したものの、これからどうすればいいのかがわからない。前任の時も被害を受けている艦娘を庇おうとしたが、さらに激しい罵倒と暴力が返ってきただけだった。

 

「…ああ、いけない。私がこんなではみんなが不安がってしまいますね」

 

 白川提督たちを乗せた護衛艦は、もう遠くに離れている。ここにいる必要はないだろう。

 私は反転して歩き出した。これからのことへの不安を圧し殺しながら。



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鎮守府の未来

「…入室を許可した覚えはないが」

「そうね」

 

 現在、数人の艦娘が提督に会うために執務室に乗り込んでいる。私もそのうちの1人だ。

 

 提督は面倒くさそうに私に言った。

 

「俺はこれから演習任務についての報告書を纏めないといけない。加賀、他の連中を連れて今すぐこの部屋から出ていけ」

「では、例の件について貴方から話してくれると約束してください」

「くだらないな」

 

 提督は手元の紙束を掴み読み始めた。演習艦隊の旗艦だった霞さんからの報告書だろう。

 

「俺のことについて、俺から言うことは何もない。大淀や長門から俺のことが書いてある調査書は貰っているだろう」

「ええ」

「それならなおさらだ。何を聞きたいのかがわからない」

 

 私が何かを言う前に、那智さんと足柄さんが前に出た。

 

「私たちが聞きたいことは1つよ」

「あの西方哨戒任務の後、朝潮や霞に体罰などしていないだろうな?」

 

 あの出撃のことは私も覚えている。2人の心配は尤もなことだと思う。

 艤装を損傷してしまった朝潮さんと旗艦だった霞さん。前の提督なら酷い罰を受けていたことは間違いない。そして、今目の前にいる提督はその前任たちより素行が悪いと調査されているのだ。

 

「答えろ。場合によっては貴様を…」

「どうするつもりなんだ?」

「っ…!」

 

 提督が那智さんを睨み付ける。その瞬間、彼女の体は固まった。

 直接睨まれていない私ですら怖いと思うほどの視線だ。那智さんの感じる恐怖は計り知れない。

 

「こ、言葉の綾よ。本気にしないで、提督。ね?」

「…釘を刺しただけだ。別に本気にしていない」

 

 足柄さんが吃りながらも間に入った。提督にはその気がなかったようだが、効果は抜群のようだ。2人とも冷や汗をかいて口をつぐんでいる。

 

「心配なら直接その2人に確認すればいいだけだろう。わざわざ俺に聞く意味がない。俺が嘘を吐いていたらどうするんだ」

「誰かに言ったら姉妹に危害を加えるとでも脅せばあの2人は誰にも話さないわ」

「貴様はそうやって北方鎮守府でも悪行を隠蔽していたんだろう」

「…ああ、そういうことか」

 

 2人が何とか発した言葉に、提督は額に手をやって呟いた。

 

「罰は与えていない。安心するといい」

「…本当だな?」

「証明しようがないがな」

 

 那智さんの念押しに提督はそう答える。その顔はさっきまでとは違い、感情の見えない表情になっていた。

 

「皆さん、何をしているんですか!?」

 

 突然、大淀さんがそう言いながら部屋に飛び込んできた。私たちが執務室に詰めかけて提督を問い質していることを誰かから聞いたのだろう。

 まもなく長門さんも執務室にやってきた。険しい顔をしている。

 

「これは何の騒ぎだ?」

「提督の素行について聞いていただけです」

「その件は資料をすでに全員に公開したはずだ、加賀」

 

 私を非難するような言葉だが、表情にはそのような感情は見えない。焦っているような雰囲気だ。

 

「このような無礼な行為は提督がどうのこうのの前に私が見過ごせない。全員速やかに退室せよ」

「待てよ、長門。俺たちには提督にどうしても確認しなきゃいけないことがあるんだ」

 

 今まで黙って見ていた天龍さんが口を開いた。

 

「提督、今那智たちが言った朝潮と霞以外にも手は出してねえよな?」

「天龍!」

「長門、俺たちの心配をしてくれるのはありがたいが、これはもっと大事なことだ。わかるだろ?」

 

 天龍さんの言葉にハッとする。

 長門さんは不躾にも提督へ詰めかけた私たちの身を案じてくれていたようだ。自分たちが提督の過去を黙っていたせいで私たちが行動を起こし、そして何か酷い罰を受けるのではないかと。

 

「で、どうなんだ?」

「何もしていない」

「だろうな」

「わかっているなら聞くな」

「俺がわかってても他の艦娘は多分わかってねえからな。俺みたいに提督をずっと監視してるやつもそういねえし」

 

 天龍さんが周りを見渡してそう言った。

 

「2つ目だ。ここ3日ほど電を外に出さないようにしていた理由を教えてくれ」

 

 言われてみれば今日は電さんがいない。いや、昨日も見かけなかった。

 天龍さん曰く、提督の指示でそうしていたということだが、理由は皆目見当もつかない。

 

「トラブルを避けるためだ」

「どういうことだ?」

「これ以上詳しく説明するつもりはない」

 

 天龍さんの目が細まる。そして、何かを言おうとした。

 しかし、それは執務室の扉が勢いよく開く音に遮られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は急いでいた。

 深刻な顔をした響ちゃんが話してくれた内容は、上手くいっていた艦隊運用に影響するかもしれないものだったからだ。

 暁ちゃんと雷ちゃんの動揺した様子を見ても、鎮守府全体が混乱することは目に見えている。

 

 執務室へ到着した。私はノックもせずに扉を勢いよく開けた。

 

「…今日はノックがされない日か」

「あ…ご、ごめんなさい」

 

 司令官さんの言葉に私は頭を下げた。

 しかし、そんなことをしている場合ではない。みんなを落ち着かせて司令官を責めるのを止めさせないと。

 

 私がそう考えて顔を上げた瞬間、私の横を誰かが通りすぎていった。

 

「みんな、司令官を責めるのは止めて!」

 

 みんなの前に出て司令官を庇ったのは暁ちゃんだった。

 

「司令官が私たちに何をしたの?何もしてないでしょ?むしろ、環境をよくしてくれてるわ。それなのに過去のことで私たちが司令官を責めるのは間違ってる!」

 

 その場にいた全員が唖然としていた。私ならまだしも暁ちゃんが司令官さんを庇う理由がわからない。そんな顔をしている。

 

「みんなはもっと冷静になるべきよ!」

「暁」

「ぴぃ!?」

 

 司令官さんが名を呼ぶと、暁ちゃんは変な声を出して固まった。そして、目尻に涙を浮かべながら、壊れたロボットのように振り返る。

 

「…俺が怖いなら出てこなくてもよかったと思うが」

「だ、だって…」

「そもそも、こいつらは俺を責めに来たわけではない。冷静になるのはお前の方だ」

「…へ?」

 

 どういうことだろうか。恐らく私も暁ちゃんと同じような顔になっているだろう。

 

「聞かれたことには答えた。仕事の邪魔だ。電以外は退室しろ」

 

 司令官さんの言葉でみんなは執務室を出ていった。天龍さんは不満そうにしていたが。

 残ったのは私と司令官さんだけだ。私を残したということは、秘書艦に復帰して仕事を手伝えということなのだろう。

 私は机に向かい、書類の整理から始めた。

 

 しばらく作業を続けていると、司令官さんが私に話しかけてきた。

 

「電、哨戒任務ではいい経験はできたか?」

「は、はい。敵の強さも体験できましたし、暁ちゃんたちとの連携も上手くてきるようになったのです」

「いずれはお前も戦場に出る。いつまでも机仕事とはいかない。その時に備えてこれからも励め」

 

 司令官さんから話しかけてくれることは滅多にないので少し戸惑ったが、何とか受け答えすることができた。

 

 せっかく会話が生まれたので気になっていることを聞いてみることにした。

 

「司令官さん、どうして電を秘書艦から外したりしたのですか?それに、帰投後も部屋から電を出さないようにしていましたよね」

「…まあ気付くか」

「…暁ちゃんの様子を見ればなんとなく」

 

 司令官さんはため息をついた。そして、衝撃的なことを口にした。

 

「今回の演習任務の相手は北方鎮守府だった」

「っ!?」

「お前が奴らと会った時にどう行動するか考えていた。で、どう転んでも悪いようにしかならないという結論に至ったわけだ」

 

 ギクリとした。

 するなとキツく言われているので、普段は司令官さんのことを詳しく誰かに話したりはしない。せいぜい司令官さんはいい人なのだと吹聴する程度だ。

 しかし、元同僚の艦娘たちと対面してしまえば、きっとその命令を破ってしまう。()()()()()()()()()だろう。

 

「わかっているとは思うが、ここの艦娘に俺のことは話すな。これ以上の混乱は艦隊指揮に支障が出る可能性がある」

「…了解、なのです」

 

 色々な感情を抑え込み、私はなんとかその言葉を絞り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、済まなかった」

 

 執務室から出た直後、私はその場にいた全員に頭を下げた。

 みんな驚いたようで目を丸くしている。

 

「長門さんが謝ることはないでしょう?」

「加賀の言う通りだ。お前は悪くねえよ」

 

 加賀と天龍がそう言うが、鎮守府全体がここまで動揺している原因は私と大淀だ。

 

「いや、提督のことを何も伝えないと決めたのは私と大淀だ。最初から隠さずに話していれば、みんながまた不安になることもなかっただろう」

「艦隊運用も改善されて精神的にも安定してきた皆さんを、私たちの間違った行動でまた…」

 

 提督が来てから鎮守府は立て直されつつあった。妖精が増えたことで施設や装備がきちんと整備され、艦娘の心と体の調子も本来のものへと近付いている。

 

 しかし、提督の過去が知れ渡った。

 提督への不信感はきっと戦果にも影響を及ぼす。もちろん悪い意味だ。

 

「間違ってなんかいないわ」

 

 下を向く私たちに誰かがそう声をかけた。

 顔を上げると、そこに立っていたのは暁だった。

 

「あの時のみんなは限界だったわ。もし司令官のことを知らせていたら、大変なことになってたと思うの」

「大変なこと?」

「…誰かが自沈していたかもしれないってことよ」

「なっ…!?」

 

 暁は真剣な眼差しでそう言いきった。確信しているのだ。彼女は私が気付かないことでも気付く。いつの間にか頼りになる艦娘になっていたようだ。

 

 重い雰囲気の中、天龍が口を開いた。

 

「まあ、過ぎたことはそれほど重要じゃねえ。大事なのはこれからのことだ」

 

 その言葉に加賀たちも頷く。

 

「心配なのはメンタル面ですね。赤城さんや私はまだ平気ですが、他の子たちはどうでしょう?」

「1番心配なのは駆逐艦だな。俺と龍田で目光らせておくよ」

「巡洋艦はどうだろうな。足柄は心当たりあるか?」

「強いて言えば鈴谷だけど、熊野もいるしきっと大丈夫よ」

 

 どうやらここにいる艦娘は大丈夫そうだ。前向きに今後のことを話し合っている。

 

 しかし、憂慮すべきことはある。

 提督の過去を知ることによって自暴自棄になり、予想外の行動を起こす艦娘もいるかもしれない。そう、例えば、暁が言ったように。

 私はぎゅっと拳を握り、自分に活を入れる。私がしっかりしなければ、この鎮守府はダメになってしまうのだから。




忙しくて更新できませんでした。すいません。
これからもっと忙しくなるのでしばらく更新が止まります。ご了承くださいませ。


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北方鎮守府の艦娘たち

 ノックもなく執務室の扉が勢いよく開いた。普通なら礼節を弁えない行為だが、頭に血が上っている当人にとってはどうでもいいことだ。

 

「白川提督に聞きたいことがありマス!」

「ノックぐらいしてください、金剛さん。提督なら今日はいませんよ。どうしたんですか?」

 

 不機嫌であることを隠そうともしない金剛に大淀はそう声をかける。

 

「どうもこうもないデス。提督の所へ演習に行ったようデスネ?比叡と不知火が話しているのを聞きマシタ」

「…黒田提督のことですか?」

「他に誰がいるんデスカ?」

「今の私たちの提督は白川提督なので、彼のことをそう呼ぶのは止めてください」

「そんなことはどうだっていいデス!どうして提督のいる鎮守府との演習を私に隠していたんデスカ!?」

「私は知りません。提督にも何か考えがあるんだと思いますよ」

「…We're not get anywhere(埒が明かない)

 

 金剛はしかめっ面のまま大淀に詰め寄った。しかし、彼女は動じない。

 

「それで、今日は誰とどこに遊びに行っていて何時に帰ってくるscheduleなんデスカ?」

「高雄さんたちと本土の映画館で映画を観るそうです。なので、帰りは夜になるかと」

「…そうデスカ。それじゃ出直すことにシマス」

 

 金剛はそう呟き、ため息をついた。そして、ドアへと踵を返す。

 大淀は何も言わずにそんな彼女の背中を見つめながら見送った。

 

 提督に会いたい。会って、彼の身に何が起こったのかを知りたい。何故何も言わずに北方鎮守府(ここ)から去ったのかを知りたい。

 そんな金剛の想いは黒田が北方鎮守府を去った日からどんどんと膨れ上がっている。

 

「…またみんなで紅茶が飲みたいネ」

 

 残念ながら、それは叶わない願いだ。金剛はわかっていた。それでも願わずにはいられない。楽しかったあの時間をまた過ごしたい、と。

 

 トボトボと廊下を歩いている金剛は、曲がり角でバッタリとある艦娘に出会った。

 

「元気がなさそうですね、金剛さん。提督絡みで何かあったんですか?」

「大井デスカ。まあそんな所デース」

「北上様もいるよー」

 

 大井と北上。夜戦火力において、北方鎮守府では彼女たちの右に出る者はいない。

 そして、金剛と共に黒田の下への転属願を出し続けている仲間でもある。

 

「そういえば、この前瑞鶴たちが演習した相手を知ってマスカ?」

「いいえ。それがどうかしたんですか?」

「…提督がdemotionされた鎮守府デス」

「…っ!?」

 

 大井の目が見開かれる。全く知らない情報に驚きを隠せない様子だ。彼女ほどではないにしても、北上も目を僅かに細めていた。

 

「この前の演習って言うとさ、編成に比叡がいたよね。何も聞いてなかったの?」

「Nothing」

「ありゃりゃ」

 

 北上の問いに金剛は肩を竦めて答えた。

 比叡が金剛に隠し事をする。つまりそれは、白川が彼女に口止めをしていたということだ。でなければ、比叡が金剛の知りたがっているであろうことを話さないわけがない。

 

「私が提督と会うと都合の悪い、そういうことネ」

「そう考えるのが自然ですね」

「やっぱり提督は…」

「2人の頭にはないと思うけどさ」

 

 金剛の言葉を北上が遮る。

 

「本当に提督が裏で色々やってた可能性もあるんじゃない?」

「…考えていないわけじゃ…」

「いや、考えてない」

 

 北上はそう言い切った。その様子に大井と金剛は思わず黙り込む。

 

「大井っちも金剛も提督の冤罪を信じてるよね。だから、直接会って確かめようとしている。でもね、客観的に見るとそれは危ないことだよ」

 

 2人を守る為に黒田と会わせないように仕向けている。転属願や演習の件はそれで説明されてしまうのだ。

 

「…北上は本当に提督が虐待や横領をしていたと思ってるんデスカ?」

「半々って所かな」

「ならどうして私と一緒に転属願を…?」

「大井っちがそうしたからだよ」

 

 北上は心の中で2人に謝った。

 決して傷付けたかったわけではない。ただ、彼女の目には大井と金剛の様子が危うく映っていた。本当に提督が悪人であったならば、簡単に騙されて利用されてしまうだろう、と。

 

「ま、そんなに落ち込まないでよ。きっと次の作戦では提督に会うチャンスがあるだろうしさ」

 

 北上の言葉に2人はハッとする。

 次の作戦とはハワイへの航路を確保する為の大規模作戦のことだ。強力な敵艦隊の出現が予想されるため、黒田たちの参加は確実とされている。

 

「なるほどネ。提督と同じbattlefieldに派遣されれば…」

「主力の私たちは主戦場に出撃するはずです。きっと会えますよ」

「白川提督の妨害がなければだけどねー」

 

 3人と黒田の再会は近い…かもしれない。




全然更新してないのでヤバいなと思い、急いで書きました。短くてごめんなさい。


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提督と艦娘の作戦会議

 机を囲んでの作戦会議などいつ以来だろうか。

 前の鎮守府での任務は、会議の必要がない程度の哨戒任務と護衛任務がほとんどだった。最後にした本格的な戦術の話し合いは遠い過去のことのようだ。

 

「ハワイ方面海域奪還作戦についての作戦会議を始める。本来ならば俺が1人で考えるつもりだったが、長門から強い要望があったためこの場を設けた。折角の機会だ。意見は遠慮せずに言え」

 

 意見を言えとは言ってみたものの、それほど期待はしていない。作戦会議とは名ばかりの勉強会のようなものだと俺は認識していた。

 

 集められた艦娘は3人。空母の代表として赤城。駆逐艦たちの教導艦である神通。そして、巡洋艦たちのまとめ役の妙高。

 ここに俺と電、長門、大淀を加えた7人が会議参加者だ。

 

「作戦中の鎮守府近海の防衛は大淀と電に任せる。出撃のローテーションは組んでおいたが、何かあればお前たちで対応しろ」

「了解しました」

「作戦に参加する艦娘は18人。主力の連合艦隊と水雷戦隊の遊撃部隊だ。編成は既に決めてある」

 

 机の真ん中に編成の書かれた紙を放った。全員がそれを覗き込むように読んでいる。

 

「長門、赤城。この作戦の成功は戦艦と空母の働きが鍵だ」

「私と赤城、そして陸奥と加賀の4人で敵主力を撃滅すればいいわけか。望むところだ」

「鈴谷さんと熊野さんが編成に入っているのもその為ですね。私たちが少しでも攻撃に集中できるように、と」

「ああ。第1艦隊の編成について意見のある者はいるか?」

 

 俺の問いに1人を除いた全員が首を横に振る。

 

「何かあるのか、妙高」

 

 全員が彼女に注目した。俺を含めた全員分の視線に動じる様子もない。肝が据わっていると感心する。

 

「鈴谷さんと熊野さんは制空権確保の補助のために編成されたとのことでしたが、どちらかを外して軽空母の誰かを入れた方がよいかと」

「より赤城たちを攻撃に集中させろと言いたいわけか」

「はい」

 

 妙高の言い分は理解できる。立案当初は俺もそうしていた。

 何故そうしなかったか。その編成には重大な欠点があるのだ。

 

「お前たちは羅針盤の妖精を知っているな?」

 

 突然の俺からの質問に全員がキョトンとしている。

 

「彼女たちは深海棲艦への道標となる存在だが、1つ厄介な性質を持っている」

「…編成艦種による精度の低下か」

 

 長門が納得したように呟いた。赤城もそれを聞いて俺の言わんとすることを察知したようだ。

 

「つまり空母は2人までしか編成できないということですね」

「ついでに言うと戦艦もだ」

「…なるほど、そういうことなのですね。でしたら私から代替案は出せませんね」

 

 理解はしたが納得はしていない、という顔をしているが、妙高はもう反対意見を言う気はないようだ。

 彼女が心配していることは他にもある。大方予想はついているが、俺にはどうしようもないことだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あの、提督はどのようにして羅針盤の妖精の精度低下が起こらない編成を把握していらっしゃるのでしょうか?」

「私も疑問に思いました。奪還済みの海域ならともかく、まだデータの少ない海域の最適な編成を組むことは難しいのでは?」

 

 神通と大淀がそう質問してきた。

 俺の調査書の存在を知っていた大淀だけでなく、神通からもそう聞かれるとは予想外だった。あれを読んでも臆せず口を聞けるとは。

 

「あらゆる出撃データをかき集めて分析しただけだ。この鎮守府だけでなく、他所のデータも集められるだけ集めてな」

 

 おかげで普段から寝不足なのがさらに悪化した。

 

 俺の答えに電以外は唖然としていた。

 恐らく、前任の提督たちの無能っぷりに開いた口が塞がらないのだろう。過去のデータを見る限りでは、俺がやったこと()()のこともしていないのだから。

 

「さて、何もないようなら話を次に進めるぞ」

 

 その後の会議は議論もなく、淡々と進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦会議は予定より早いペースで進み、あっという間に終わった。

 提督と電が部屋から出ていくと、みんなの顔から緊張が抜ける。

 

「前任よりできるとは思っていたが、比べ物にならないほど優秀な人物のようだ」

「ええ。作戦自体もよく練られていますし、私たちが質問することまで全て予想していたかのように受け答えしていましたね」

 

 私の呟きに妙高が同調した。他のみんなも同じような感想を持っているようだ。

 

 そういえば、妙高に謝ることがあった。

 

「大きな作戦の前だというのに、艦娘たちのメンタルがまた弱っているようだ。すまない、妙高」

「どうして私に謝るんですか?」

「提督の調査書を公表しないことに反対していただろう。それに、結局妙高の言う通りになってしまった」

「…過ぎたことは仕方ないですよ、長門さん」

 

 妙高は困ったように笑った。

 

 提督が着任する前に、艦娘たちに提督のことを話しておくべきだと妙高は言っていた。発覚した時に鎮守府全体が混乱するから、と。

 今思い返せば、それが正解だったと思う。私がしたことはその場凌ぎの短絡的な行動だった。

 

「妙高さんが提督の過去をご存知だったのは初耳でした。しかし、今はそれを悔やんでいる場合ではないでしょう」

「長門さんの言う通り、精神的に弱っている艦娘も編成に組み込まれていると思います。その方たちをどうするか話しませんか?」

 

 赤城と神通の言葉で頭を切り替える。そうだ、鎮守府の現状を把握しているなら、今やるべきは謝罪と後悔ではない。

 私は艦隊編成の資料を食い入るように見つめた。

 

「…提督は私たちの精神面まで考慮しているでしょうか?」

 

 大淀が不安そうな声を出す。それに妙高が応えた。

 

「していないでしょうね。でなければ鈴谷さんを編成したりしませんよ」

「どういうことだ、妙高。鈴谷に何かあったのか?」

「かなり思い詰めた様子だと熊野さんから聞いています。直接被害にあった艦娘の中に自分の名前があったからでしょう」

「そうか…他の艦娘の様子も鈴谷のようになっているのか?榛名は相変わらず部屋から出てこようとしていないが」

 

 私の問いに神通と赤城が首を振った。

 

「浜風さんも調子を崩していて、戦闘訓練や哨戒任務でのミスが目立ちますね。由良さんとは会えてません」

「翔鶴さんは一見問題なさそうですが、どこか自分の命を軽く見ているようで危なっかしい印象です」

 

 タメ息をつきたくなるような状況だ。

 幸い今回の作戦には鈴谷が編成されているだけだが、あの5人以外にも調子を崩している艦娘もいるかもしれない。

 嫌な予感がする。このままで作戦は大丈夫なのだろうか。




お待たせして申し訳ないです。
ぶっちゃけると飽きてきました。
今後の展開は何となく決まってるんですが、ちょっと文字数少なめでもいいですかね…?


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攻略艦隊集合

大変長らくおまたせ致しました。
これからも大変長らくおまたせ致します。


 新たな海域を奪取する為の作戦に、私も召集された。

 この作戦が成功すれば、北米への航路を繋ぐ大きな1歩となるだろう。物流だけでなく観光など人々の往来が活発化するはずだ。

 深海棲艦が出現する以前の、本来の世界の姿に近付く。それがどんなに喜ばしいことか、私にはあまりわからない。それがどんな世界なのかを知らないからだ。

 

 そんなことを考えながら、姉さんたちの後ろから3人の提督たちを眺める。

 

「今回は複数の鎮守府による合同作戦だ。本隊指揮はこの黒田少佐が執る」

 

 無精髭を生やした中年の提督が私たちの提督を艦娘に紹介をする。

 私たち以外の艦娘の私たちの提督を見る目は冷たい。なるほど、みんな知っているということだ。

 

「遊撃部隊の指揮は白川中佐。そして、作戦本部近海の警戒をする艦隊はこの私が指揮する。横須賀鎮守府提督、青山中将だ。よろしく頼む」

 

 中将。大物だ。そんな人物が来ているとは思わなかった。

 

「作戦は明日から行う。本日二○○○より各隊の旗艦と我々で最後の打ち合わせを行う。それ以外は自由にしてくれて構わない。では解散」

 

 決起集会は特に時間もかからずに終わった。

 さて、自由時間らしいけど何もすることがない。姉さんたちと部屋で連携についてでも話そうか。

 

「霞、部屋に戻ってみんなで少し話しましょう」

「了解よ、朝潮姉さん。私も同じこと言おうと思ってたわ」

 

 どうやら同じことを考えていたようだ。

 

「あら~?司令官が絡まれてるわ~」

 

 ふと荒潮姉さんが物珍しげにそう呟いた。顔をそちらに向けてみると、確かに司令官が艦娘に詰め寄られている。

 戦艦金剛。北方鎮守府の艦娘だったと思う。

 

「…なんだか様子が変じゃない?司令官が責められてるって感じがしないわね」

「満潮もそう思いますか」

 

 そういえばそうだ。どちらかと言うと、金剛さんの方が切羽詰まったような表情をしているように見える。

 

「ちょっと様子見てくるわ」

「えぇ…やめた方がいいと思いますよ」

「大丈夫よ、大潮姉さん。それじゃ、みんなは先に部屋に戻ってて」

 

 私はそう言うと司令官たちの下へ歩き出した。

 近付くにつれ、2人の会話が聞こえてくる。

 

「榛名と提督の間に何があったのか教えてほしいデス」

「何度も言っているが、その件について俺から言うことは何もない」

「あのreportに書かれていることはtruthということデスカ?」

 

 司令官は面倒臭そうに金剛さんを見つめている。

 

 沈黙を破り、私は司令官に声をかけた。

 

「司令官、ちょっといいかしら?」

「霞か。何かあったか?」

「ちょっと作戦のことで聞きたいことがあるんだけど、顔貸してくれない?」

「構わない。だが、手短に済ませろ」

「わかってるわ。というわけで、司令官借りていくわね。ごめんなさい、金剛さん」

 

 矢継ぎ早に会話を進め、金剛さんが引き留める暇もなく司令官を連れ出した。

 無論、金剛さんは不満げな顔をしていた。

 

 金剛さんから見えない場所まで移動すると、司令官が私に声をかけてきた。

 

「それで、聞きたいこととはなんだ?」

「あー…それは、その…」

「…なるほど、嘘だったか。余計な気を回さなくともよかったんだが」

「何よ、それ。助けてあげたんだからお礼くらい言いなさいよ」

 

 いつも司令官と艦娘との間で緩衝材になっている電はいない。一瞬とはいえ、その代わりをしたのだから感謝されて然るべきではないだろうか。

 まあ、元々そんな期待はしていないのだが。

 

「…そうだな。助かった」

「…へ?」

「なんだ、その顔は。礼を言えと言ったのはお前だぞ」

「…本当に言うとは思わなかったのよ」

 

 私の言葉に司令官は眉をひそめたが、すぐに納得したように目を逸らした。

 納得するくらいなら日頃の態度をもう少し改善した方がいいわよ、という思いを込めて、私はジト目で司令官を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと考えていることがある。提督のことについてだ。

 横領、暴力、セクハラ。どれも許されない行為だ。それをあの人が()()()()()()()()()()()

 

「こんな所で何をやってますの?」

 

 夜の海をボーッと眺めていた私に、熊野が声をかけてきた。黙って出歩いていたが、どうやら私の居場所はバレバレだったようだ。

 

「別に。ちょっと考え事してたの」

「ここ最近、ずっとそれですわね」

 

 熊野は私の隣に立った。並んで夜の海を見ていると、世界の時間が止まっているような感覚に包まれる。乱暴された日の夜、同じようにして熊野と慰め合ったことを思い出す。

 

「提督のことでしょう?」

「…正解。流石熊野」

「当然ですわ。鈴谷のことは誰よりも知っているつもりですから」

「あはは、なにそれ」

 

 今は慰め合っていたあの時とは違う。月明かりに照らされた海面と雲1つない星空がいつもより綺麗に見えた。

 

 私は自然と口を開いていた。

 

「鈴谷さ、提督が着任した日の夜に1人で提督に会いに行ったじゃん?」

「そうでしたわね。自分を犠牲にする代わりに艦隊の皆さんを守ろうとして。本当に無茶な賭けでしたわ」

「提督が約束を守る保証もないのにね。あの時の鈴谷はどうかしてたよ」

「もうそんな真似はやめてくださいね」

「わかってるって」

 

 苦笑しながら頬をかく私を見て、熊野も釣られて笑う。

 一瞬の沈黙の後、私はまた話し始めた。

 

「あの夜、何もされなかったの。確かに電はいたけど、追い出したりもできたのに」

「やっぱり何もなかったのですね。そうだとは思ってましたけど、提督の過去が発覚してからは少し不安でしたの」

「うん。で、それが本当にわからないんだよね。手を出す絶好の機会だったし、私から誘ったんだから問題になることもなかったはず。それに、結構イケてると思うんだよね、鈴谷」

「自分で言うんですの…?」

 

 男の人になんて会ったことがないから、前任の提督たちの反応からそう判断した。正直、不本意ではある。あのいやらしい目付きは思い出すだけで鳥肌が立つ。

 

「あと、その時の提督の様子もおかしかった」

「おかしい?」

「うん。すごく怒ってた。マジギレだよマジギレ」

「それは確かに変ですわね」

 

 熊野は人差し指を顎にあてて首をかしげた。

 

「こんな所で何をしているんだ?」

 

 突然、私たちの背後から声が聞こえた。

 慌てて振り向くと、そこには意外な人物が立っていた。

 

「あ、青山中将…!?」

「そんなに驚くことか?」

 

 彼は困ったように笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 用意された3人部屋で金剛はベッドに倒れ込んだ。理由は先程行われた集会の後のことだ。

 彼女は念願だった黒田との再会を果たした。そして、彼の変わり様に衝撃を受けたのだ。

 

「提督…本当にどうしちゃったノ…?」

 

 そう呟いた直後、大井と北上が部屋に入ってきた。金剛は体を起こして2人を迎え入れる。

 

「お疲れ、金剛。その様子だと収穫なしって感じだね~」

「Welcome back、北上、大井。そっちは青山中将に話を聞きに行ってたんだヨネ?どうデシタ?」

 

 北上は首をすぼめるジェスチャーをする。つまり金剛と似たり寄ったりということだ。大井の表情も暗い。

 

「自分は何も知らない。報告書が真実であるはずだ。中将はそう仰っていました」

「I see…青山中将が提督をdemotionした張本人ではないということデスネ」

「はい。でも嘘を吐いている可能性もあります」

「Why?」

「勘です。そんな雰囲気を感じた気がしただけですよ」

 

 大井はそう言うと溜め息をついた。

 

 彼女たちは黒田が牢に入らず、今でも艦隊の指揮を執っていることに疑問を持った。

 いくら腕が立つとはいえ、そのような待遇はありえない。冤罪だったが故に、それを知っている階級の高い人物が()()()()()()()()()()()()()()のではないか。そう推測するのも不思議ではない。

 

「青山中将でないとすると、他に誰かいる?私たちの名推理が正しいのなら、提督の能力をめちゃくちゃ高く評価してるか冤罪を疑ってるかのどっちかでしょ」

「私も上の人について詳しいわけではないから、彼以外の候補は思い付きませんね」

Ditto(右に同じ)

 

 黒田は何も語らず、青山は何も知らない。白川は言うまでもないだろう。彼女たちの知りたいことは、さらに彼女たちから遠ざかっている。

 

「…ま、とりあえずこの件は置いておこうよ。明日は忙しくなると思うし、今日は早く休も」

 

 北上はパンと手を鳴らし、そう言った。

 主力艦隊ではないとはいえ、大規模作戦の一端を担っている。まだしばらく黒田のことを考えていたい大井と金剛だったが、そのことが2人の心に重くのしかかった。

 

 3人はその後、口を閉じたまま明日の出撃と就寝の準備を進めるのであった。




アメリカ語とイギリス語の違いがわからないので金剛がアメリカ語の方を使ってたらごめんなさい。

そして読者に襲いかかる突然の鈴熊…!


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作戦開始

 部屋の中の雰囲気は悪かった。原因は私たちの艦隊の指揮をするはずの白川司令官だ。

 

「こんな時に艦隊を待機させるってどういう事なの?」

「出るなら出る、はっきりしてほしいわ。意味わかんない」

 

 霞と満潮が苛立ってそう呟いた。正直に言うと私も同じ気持ちだ。

 

「意図はわかりません。しかし、きっと何か考えがあるのでしょう」

「ふん、どうかしらね。朝潮姉さんの言う通りならいいんだけど」

 

 私の言葉を霞はそう言って流した。

 

 白川司令官は元々私たちの司令官の補佐官で、彼の下で艦隊運用の勉強をしていたと聞いている。きっと何か意味があるのだろう。というか、そうでないと困る。

 私はチラリと他の妹を見る。大潮も荒潮もソワソワと落ち着かない様子だ。

 

「ま、ピリピリしててもしょうがないよ」

 

 私たちの様子に旗艦である川内さんが苦笑混じりにそう言った。

 

「私たちが出撃しないってことはそうする必要がない、つまり想定外が何もないってことだよ。心身共に休めておくのも仕事の内。それはここ最近でみんな理解してるでしょ」

 

 川内さんのいう最近とは司令官が着任してからのことを指している。

 以前は休息もなく補給や修理もままならない状態で出撃を繰り返していた。私たち駆逐艦は特にそうだ。

 司令官はそれを改善した。疲労が溜まりすぎないように哨戒任務のローテーションを組み、揃えられる範囲ではあるが、装備も万全にしてくれた。

 司令官の過去を知らなければ、彼を心から尊敬し信頼していたに違いない。

 

「…っと、そんなこと言ってる間に来たね。整列しようか」

 

 川内さんはそう言うと立ち上がった。

 どうやらこの部屋に近付いてくる気配を察知したようだ。本人曰く、夜戦で生き残る為に必要な技術らしい。そんな無茶な、とは思う。

 

 ドアを開けて白川司令官が部屋に入ってきた。私たちは敬礼で迎え入れた。

 

「おま…たせ。遅れてすまない」

 

 白川司令官は私たちの様子に戸惑った様子だった。彼の後ろに続く艦娘たちも面食らっている。

 瑞鶴さんが慌てた様子で川内さんに問いかけた。

 

「も、もしかして、ずっとそれで待ってたの?」

「まさか。気配を感じたから出迎えただけだよ」

「…気配?」

「うん、気配」

 

 瑞鶴さんを含めた北方鎮守府のみんなが驚いた顔で私たちを見た。規格外の察知能力はこの中では川内さんだけなのでそんな目で見ないでほしい。

 

「さて、今からみんなには出撃をしてもらう。今朝、近海哨戒部隊から敵艦隊の反応があると報告があった。恐らく本隊を強襲する艦隊だ」

「敵編成は?」

「戦艦と空母が主体の水上打撃艦隊だ」

 

 川内さんがふぅん、と北方鎮守府のメンバーを眺める。

 戦艦は金剛さん、空母は瑞鶴さんだ。他は大井さん、北上さん、陽炎さん、不知火さん。

 半分が先日の演習に来ていたメンバーだった。

 

「勝てるの?このメンツで」

「ちょっと川内、それどういう意味?」

「いやいや瑞鶴、この前の演習の結果を知ってたらそう思うでしょ?」

「…っ」

「夜戦なら私たちだけでも勝てるけど、そんなの待ってる時間は無いよね?」

「あ、ああ。俺はこのメンバーで十分勝てると考えているよ」

 

 白川司令官は吃りながらもそう答えた。そしてこう続ける。

 

「では作戦内容を言い渡す。ここにいる艦娘で連合艦隊を組み、敵艦隊を撃滅せよ」

 

 その言葉を聞いた瑞鶴さんたちは部屋から出ていこうとした。

 霞が慌てて声をかける。

 

「え、ちょっと待って」

「何か気になることが?」

 

 白川司令官は不思議そうにそう尋ねる。

 

「ちゃんと作戦を説明してくれないと困るわ」

「作戦?」

 

 私も堪らず口を挟む。

 

「せめて目標座標や敵艦隊との遭遇予測座標、攻撃目標の優先順位、撤退の条件と方法を教えてください」

「…それは瑞鶴に一任する。全員彼女の指示に従ってくれ。現場の判断は現場の者に任せるのが俺のやり方なんだ」

「今朝潮が言ったのは共有すべき必要最低限の情報だと思うよ」

 

 川内さんに睨まれた白川司令官は少し怯む。その様子を見た瑞鶴さんが間に入ってきた。

 

「座標は移動しながら私が説明するわ。攻撃目標は空母が最優先で次点が戦艦。撤退はその時になったら私が判断するから、被害報告は早く正確にお願いね」

「…会敵予測座標は?」

「それはわからないわ。横須賀の艦隊とは交戦せずにそのままどっか行っちゃったらしいから」

 

 川内さんや妹たちは瑞鶴さんの説明でとりあえず納得したようだ。

 しかし、納得と同時に不安感も湧いてくる。

 私たち姉妹と川内さんの考えていることは同じだろう。司令官ならある程度の敵の侵攻ルートを絞れただろうに。

 

 私たちの失望の眼差しに耐えきれなくなったのか、白川司令官はそそくさと部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「電探に反応。全艦、戦闘準備」

 

 旗艦の長門さんがそう告げる。いよいよ敵主力と相対することになるのだ。

 

「提督の読みは相変わらずだね。ほぼ事前の打ち合わせ通りの敵艦隊の位置と編成だ」

「気味が悪いっぽい」

 

 敵は戦艦棲姫と空母棲姫を含む機動部隊。僕たちと似たような編成だ。

 

「まずは制空権を取る。赤城、加賀、頼んだぞ」

「了解しました」

「お任せください」

 

 赤城さんと加賀さんは弓を引く。戦闘機が隊列を組んで飛んでいった。

 

「鈴谷と熊野もいつでも水戦を飛ばせるように準備しておけ」

「「了解」」

「まずは私と陸奥の弾着観測射撃と赤城と加賀の攻撃隊で先手を取る。その後は那智、足柄で砲撃だ。鈴谷と熊野はいつでも動けるようにして待機。神通、白露、時雨、夕立は潜水艦と敵艦載機を警戒しろ」

 

 長門さんの指示が飛んだ。艦隊に緊張感が走る。

 そこに赤城さんの声が通る。

 

「制空優勢。まもなく制空権を確保できます」

「攻撃隊も発艦準備完了しています。上々ね」

「わかった。陸奥、偵察機を飛ばせ。赤城、加賀は艦攻をあるだけ出して攻撃だ。他は指示を継続。この一手で勝負を決めるぞ!」

 

 陸奥さん、赤城さん、加賀さんが揃って了解、と口に出した。本当に頼もしい人たちだ。

 

「なんか私たちの出番なさそうだね」

「白露、油断は禁物だよ」

「でもつまんないっぽい」

「夕立まで…敵も強力なんだからこれで終わるなんてありえない。もっと気を引き締めてくれないかな」

「「はーい」」

 

 夕立はともかく、白露までそんなことを言う。

 僕の言ったセリフは姉である白露が言うべきものだ。戦艦や空母のみんなが頼りになりすぎるせいだろう。

 

 そんなことを考えていると、長門さんたちの砲撃が始まった。体の奥にまで響くその砲撃音は、少しだけ僕の心を興奮させる。

 那智さんと足柄さんの砲撃も続く。

 

「さあ、砲撃戦だ。見ててもらおうか!」

「勝利が私を呼んでいるわ!気合い入れていくわよ!」

 

 2人の砲撃は的確に深海棲艦を捉えていく。

 空母の先制攻撃と戦艦と重巡の砲撃で敵艦隊は既に半壊している。姫級の2体はほぼ損傷せずに残っているが、撃沈も時間の問題だろう。

 

 僕は勝利を確信した。

 ダメ押しの長門さんの指示が聞こえる。

 

「戦艦と空母で姫の相手をする。残りのメンバーで手負いの深海棲艦を仕留めろ。それから神通は…」

「作戦本部より通信です!」

 

 長門さんの指示を遮ったのは、今まさに名前を呼ばれた神通さんだった。

 

「どうした?」

「敵強襲部隊が接近中!他味方部隊は突破されたようです!」

「なんだと!?」

 

 神通さんからの知らせを聞いた長門さんは驚愕の声をあげた。

 それと同時に遠くから砲撃音が聞こえた。

 

 そして、突然目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 空母棲姫も戦艦棲姫も油断ならない相手だ。片手間で相手取ることは不可能なのは誰もが知っている。

 敵の別動隊に後ろから攻撃された形になった私たちは、撤退を余儀なくされた。

 もちろん出来る限りの応戦はした。しかし、強襲してきた敵艦隊にも()()がいたのだ。

 

「…っ。制空権、取られました…!」

 

 赤城さんの悔しそうな声が隣から聞こえる。

 

「まずいな、敵の観測射撃が来るぞ」

「時雨を狙われたら終わりよ。長門、どうするの?」

「くっ…!那智、足柄、済まないが時雨を庇ってくれ!白露と夕立は時雨を連れて全速力で撤退だ!他はその援護!殿はこの長門が就く!」

 

 長門さんの怒号のような指示が飛ぶ。

 私はありったけの艦載機を発艦させた。制空権はもはや取れないが、少しでも敵の航空戦力を削らなければいけない。

 

 ふと、時雨さんの声が聞こえた。さっきまで朦朧としていた意識が少し回復したようだ。

 

「みんな、僕を置いていってくれ」

「何言ってるの!?」

 

 白露さんの声が響く。

 それでも時雨さんは続けた。

 

「敵は大破してる僕を狙うはず。そうすればみんなは比較的安全に撤退できると思う。足手まといは嫌なんだ」

「ダメ!絶対連れて帰るから!」

「少し前までは普通にやっていたこと。僕の番が回ってきただけだよ」

 

 確かに時雨さんを囮にすれば損害も少なく撤退できるだろう。彼女自身の言う通り、いつもやっていた戦法だ。

 つい長門さんを見る。決めあぐねているようで渋い顔している。

 

 時雨さんの提案した通りにしようとする空気が漂い始める。

 しかし、それを意外な艦娘が壊した。

 

「却下だよ、時雨」

「鈴谷さん?」

「ほら、変なこと言ってないで足動かして」

「鈴谷…」

「長門、駆逐艦を囮にするのは提督に言われた作戦?」

 

 鈴谷さんのその言葉に長門さんは首を横に振った。

 

「それじゃ時雨を残して撤退するのはナシでしょ」

「しかし…」

「確かに前は誰かを盾にしたり囮にしたりしてた。でも、それって提督の指示だから仕方なくしてただけじゃん」

 

 全員がハッとする。鈴谷さんの言いたいことがわかってきた。

 

「鈴谷たちは絶対に仲間を見捨てない。ここでそれをしたら、大嫌いな前の提督と同じになっちゃう。だから、どれだけ損害が出ようとも、全員揃って帰るべきだよ」

「しかし、それでは提督が…」

「そうね。あんな過去があるわけだし、何をされるか…」

 

 赤城さんと陸奥さんが心配そうに言う。

 それでも鈴谷の声色は変わらない。

 

「時雨を見捨てて罰則を免れるか、罰則がないことに賭けて全員で帰るか。鈴谷は後者を選ぶべきだと思う」

「少なくとも、着任してから今までの提督を見る限りでは鈴谷と同意見ですわ」

 

 熊野さんもそう続く。

 どちらを選ぶべきか。私は…ダメだ、決められない。どちらも怖いのだ。

 

 しかし、長門さんは覚悟を決めたようだ。

 

「よし…!全員で作戦本部に帰るぞ…!」




鈴谷って他の艦娘のこと呼び捨てだっけ、さん付けだっけ?(今更感)
原作との矛盾、前話との矛盾があれば優しく教えてください。お願いします。

・鈴谷の一人称を修正しました。


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敗走

「艦隊、帰投した」

 

 私は提督の前に立ち、そう告げた。

 周りには誰もいない。陸奥や赤城、神通らは私の心配をしてくれているようで、部屋のすぐ外に待機している。しかし、直接提督と相対しているのは私1人だ。

 

「被害報告を続けろ」

「時雨が敵強襲部隊により大破。撤退中に那智、足柄、鈴谷、熊野、加賀、そしてこの長門が中破に追い込まれ、赤城と陸奥が小破。その他は被害軽微だ」

 

 提督の鋭い視線が私を捉える。背中に嫌な汗をかいてきた。

 

「敵の損害はどれくらいだ?」

「戦艦棲姫、空母棲姫には大したダメージは与えられていない。随伴艦は全部中破以上の損害を与え、半壊状態まで追い込んだ。強襲部隊の方も同じような状態だ」

「撤退しながら相手にそれだけ損害を出させたのか。よくやった」

 

 よくやった?どうしてそんな言葉をかける?

 今回は以前の霞たちの出撃とは違う。勝てるはずの相手に負け、逃げ帰ってきたのだ。

 頭の中を整理できていない私に構わず、提督は続ける。

 

「しかし、敵の態勢が整うまでにできるだけ早く再出撃するべきだな。長門、被害の大きい艦娘から入渠しろ。高速修復材の使用を許可する…おい」

 

 ここで提督は私の様子に気付いたようだ。

 

「どうした?上の空だが」

「い、いや、なんでもない」

「そうは見えないな」

 

 はあ、と提督は溜め息をつく。

 

「今回の負けはお前たちに非はない。したがって、罰則等の心配はしなくていい。姫級に挟み撃ちの形で攻撃されれば、いくらお前たちでも勝つのは難しいだろうからな」

「提督は敵別動隊がいるとわかっていたのか?」

「予測はしていた。敵も強かったとは言え、川内たちが突破されるとは思わなかったがな。あの男の無能さにはほとほと呆れる」

「川内たちの指揮を執っていたのは白川提督だったか」

 

 名前を出すと提督は、そうだ、と頷いた。

 提督の元補佐官と聞いていたが、提督と違ってあまり指揮は上手くないようだ。

 

 というか、提督は私たちのことをそれほど高く評価してくれていたのか。

 落ち込んでいた気分がほんの少し和らいだ気がした。

 

「さて、今から白川中佐の所へ行ってくる。お前はどうする?ついてくるか?」

「私が行っても仕方ないだろう」

「今回のお前たちの負けは奴や奴の艦娘がヘマをしたせいだ。恨み言の1つや2つは許されるぞ」

 

 確かに少し腹が立っているのは事実だ。しかし、艦娘である私が、直属ではないとはいえ提督に向かってそんなこと…してもいいものだろうか?

 

「それに、早く川内たちを引き取りに行きたい。バカが移る前にな」

「フッ、言いたい放題だな」

「…ああ、どうやら俺も相当イライラしているらしい」

 

 提督はそう言うと椅子からゆっくり立ち上がった。そして、ゆっくりと歩きながらこう口を開く。

 

「ドアの前にいる奴らも、来たかったらついてこい」

 

 どうやら赤城たちに気付いていたようだ。

 川内並みの提督の察知能力に私は舌を巻くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 前を歩く提督の背中を眺める。これから白川提督に会いに行くそうだ。

 ついてきてもいいと言われたので、私が同行することにした。川内姉さんや駆逐艦の子たちのことが気になるからだ。

 姉さんたちがいながら敵の強襲部隊に挟み撃ちにされたのは何故なのか。もしかしたら、姉さんたちに不測の事態があったのかもしれない。

 

 しばらく歩いていると、提督はある部屋のドアに立ち止まった。そして、3回ノックをする。

 

「黒田少佐です」

 

 中から、どうぞ、と声がする。

 少し広めの部屋に白川提督と別動隊の全員が揃っていた。姉さんたちは敬礼をしているが、他は立ってすらいない。

 メンバーが欠けていないことに一先ず安心した。

 

「黒田少佐、何か用ですか?」

「川内たちを引き取りに来た」

「まだ作戦は終わっていませんよ。失礼ですが、まだ彼女たちを返すわけにはいきません」

 

 言い分は向こうの方に分があるように思える。一時的とはいえ、姉さんたちは白川提督の指揮下にあり、彼の言う通り作戦はまだ終わっていない。階級も向こうが上だ。

 しかし、提督はお構い無しに口を開く。

 

「敵の足止めもできないような指揮で川内たちを腐らせておくのは勿体ないでしょう?」

「俺の指揮に不満がある、と」

「ええ、その通りです」

 

 白川提督がピクリと頬を引きつらせている。

 

「提督は悪くないわ。そもそも姫級がいるなんて聞いてなかった。私たちの撤退の判断は間違ってなかったわよ」

 

 瑞鶴さんが横から白川提督を擁護する。

 

「…川内、撤退した時の艦隊の損傷はどうだったんだ?」

「私たちは無傷。そっちは不知火が中破になってたよ」

「それだけか?」

「それだけだね」

 

 提督は額に手をやりながら溜め息をついた。

 不知火さんが中破になっただけで撤退?その程度の損傷ならまだ戦えるはずだ。

 姉さんの方を見ると申し訳なさそうに少し顔を伏せている。

 

「瑞鶴、こちらの艦隊の被害は聞いているのか?」

「聞いてないわ」

「そうか、なら教えてやろう。艦隊の半分が中破し、時雨が大破だ。あと1発攻撃されていたら沈んでいた」

 

 部屋の中の空気が張りつめた。

 満潮さんが横から提督に話しかける。

 

「司令官、時雨は大丈夫なの?今はどうしてるの?」

「高速修復材を使うから艤装はすぐ直る。本人も今は休ませてる。安心しろ」

「そう…よかった…」

 

 提督は瑞鶴さんと白川提督に向き直った。

 

「敵強襲部隊には姫級もいたと報告を受けています。確かに白川中佐の率いていた艦隊で奴らに勝つのは難しいでしょう」

「なんだ、わかっているじゃ…」

「しかし、足止めくらいはできたはずです。何のために川内たちを預けたとお思いですか?」

 

 提督は表情をほとんど変えていない。しかし、確かな怒気を感じる。

 

「そちらが役割を果たさなかったせいで私の部下が沈みかけたんですよ」

「こちらだって不知火が…」

「轟沈回避の為の保護システムは大破しても戦闘1回分は機能するように設計してある…我々にとっては常識のはずです」

 

 白川提督が瑞鶴さんを横目で睨んだ。川内姉さんはそれに気付いたようで、呆れたように苦笑している。

 ああ、そういうことか。きっと白川提督は作戦の指揮を旗艦の瑞鶴さんに丸投げしていたのだろう。そして、作戦が失敗したから彼女にその視線を送っているのだ。

 

「今後、中佐の艦隊は何もしなくていいです。自分の鎮守府へ帰ってもいい。とにかく、こちらの足を引っ張ることだけはしないで頂きたい」

「そ、そんな言い方…!」

「…瑞鶴、どうやら俺はお前の力を買い被っていたようだ。ぬるま湯に浸かりすぎて腕も頭も錆び付いている。俺が嫌いならそれでもいい。ただ、俺の言っていることが本当に間違っているかどうか、よく考えることだ」

 

 提督はそう言うと一礼して部屋から出ていった。私も姉さんたちについてくるように声をかけて後に続く。

 部屋を出た所で姉さんが私に話しかけてきた。

 

「提督、すごく怒ってるね。なんか珍しいかも」

「…そういえばそうですね」

 

 姉さんの一言にハッとした。いつも冷静な提督がここまで怒っている姿は見たことがない。

 何故だろうか。普段の任務で私たちがミスをしても責めもしないのに。

 

「神通、大丈夫?深刻な顔してるけど。もしかして提督に何か…」

「いえ、それはないです。ただ…」

「ただ?」

「提督が怒っている理由は時雨さんなのではないかと考えてました」

「まさか」

 

 姉さんは、ないない、と手を振っている。

 私も正直信じられない。しかし、あり得ないということはないだろう。提督はたった今、時雨さんが轟沈寸前だったことを責めるようなことを言っていたのだから。

 ただ、そうだとしたらわからないことがある。話に聞く提督の過去と人柄が違いすぎるのだ。

 

「ま、そんなに難しく考えない方がいいって」

 

 姉さんは笑いながら私の肩を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「作戦内容を伝える」

 

 私たちの前に立った司令官は感情の読めない表情でそう言った。

 

「作戦と言っても、ここからの戦いは付け焼き刃な部分が多い。お前たちの戦闘能力と臨機応変な対応にかかっている」

 

 司令官にしては珍しいことだ。あらゆる状況を想定し、それぞれに対応策を用意しておく。それがいつもの司令官のやり方。

 現場に丸投げする誰かとは大違いだ。

 

「それは私たちが失敗したから?」

「その通りだ」

 

 川内さんの言葉に司令官は短く肯定した。私たちの間に緊張感が走る。姉さんたち4人も顔を伏せた。

 司令官はこちらに怒りをぶつける人間ではないが、まだそれを理解できていない艦娘も多くいる。私もまだ慣れていない。

 

「敵にもかなりの損害を与えてくれた。しかし、戦力のグレードアップを許してしまった形になる」

 

 司令官は私たちの様子には気付かず、そう続けた。いや、気付いていて無視しているのかもしれない。

 

「敵の編成は姫級が4体。そして、護衛の重巡を含めた水雷戦隊といった所だ。それ以上の可能性もないわけではないからさらに強力な艦隊も想定しておけ」

「そうなった場合はどうするんだ?」

「俺がお前たちに無線で直接指示をする」

「…なんだと?」

 

 司令官に受け答えをしていた長門さんは唖然としている。私も同じ気持ちだ。

 いくら高性能な無線機だからと言っても、司令部から戦場まで届くわけがないのだ。

 

「無線機使用可能範囲にまで提督が出てくるということか?」

「そうだ。都合良く拠点にできそうな無人島もあるからな」

 

 司令官は前代未聞の策を話している自覚はあるのだろうか。

 驚愕で言葉が出ない長門さんの代わりに、赤城さんが1歩前に出た。

 

「もし自分の身に何かあったら…そうは考えないのですか?提督が戦場にいると知れば、敵は真っ先に狙いに行くでしょう」

「死ぬと考えていないわけではない。しかし、もし俺が死んだとしても代わりなどいくらでもいる。むしろ、俺に注意を向けた奴らを叩く絶好のチャンスを生むかもしれないな」

 

 僅かに赤城さんの目が見開かれた。

 

「俺の死を気にする暇があるなら作戦の成功を考えろ。そちらの方が俺が生き延びる可能性が高い」

「…了解しました」

「長門もだ。わかったな?」

「ああ、了解だ」

 

 私たちが失敗したばかりに司令官を危険に晒してしまう。そのことが私の心に重くのし掛かった。あの時、無理にでも瑞鶴さんを説得して敵別動隊の足止めをしていれば、司令官はこんな無茶をしなくても済んだのに、と。

 

 …どうして私は司令官の心配をしている?

 

「それでは今から1時間後に出撃をする。各自装備を確認しておけ」

 

 司令官の指示を聞きながら考える。いや、そこまで深く考えずとも理解している。

 私はこの人を司令官として認めてしまっているのだ。だから、失いたくないと思っている。

 司令官が悪人なのは事実だ。しかし、私たちを誰よりも上手く使()()()のもまた事実だ。

 

 そう思うと私の足は自然と前へ動いていた。




なんか日間ランキングの上位に載っていました。
皆さんのおかげです。ありがとうございます。


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ハワイ方面攻略作戦改

 何か狙いがあるのだろうか。それとも言葉通りなのか。

 ボートの操縦をしながら考えていたが、俺は答えを出せずにいた。

 

「何を考えている」

 

 そう呟きながら海の方に目をやる。海上をまるでスキーやスケートのようにして進むのは、駆逐艦の中では特に反抗的な艦娘である霞だ。

 作戦を通達したあの場で、こいつは俺の護衛に名乗り出た。即席とは言え拠点を構えるのに単独での行動は危険すぎると主張して。

 

 どさくさ紛れに俺を殺すつもりなのかとも考えたが、これは早々に選択肢から除外した。

 確かにこのシチュエーションならば俺を殺しても深海棲艦に濡れ衣を着せることはできる。前任の提督たちに対する憎悪から、俺に八つ当たりをしてもおかしくはない。

 しかし、無理がある。無傷の霞が深海棲艦に襲われたと言って、疑わない者が何人いるだろうか。損傷がないことよりも、()()()()()()()()()()()()()()()を霞ほどの艦娘が索敵の段階で発見できないのは、あまり考えられない話だ。長門辺りに突っ込まれるのがオチだろう。

 それに、初対面の時こそ突っ掛かってきたものの、基本的に霞は感情的に行動することはほとんどなく、そこそこ頭の回る艦娘。今俺が考えたことくらいは思い付くはずだ。

 

 ではそのそこそこ回る頭で俺に冤罪をかけるつもりだろうか。いや、これもない。

 二人きりならどうとでも話を作ることはできるが、ここは海上で、霞はフル装備だ。そんな相手に暴力や性的強要をできる奴がいるなら、そいつは艦娘の指揮なんかせずに深海棲艦を直接殴りに行くべきだ。

 

 他の艦娘に聞かせられないような相談があるのだろうか。いや、それを俺にする意味がわからない。信用されていない自覚はある。これもない。

 

 となると、残る選択肢で可能性が1番高いのは、本当に俺を守るためについてきているということ。正直これも本当かどうか疑わしい。

 

「司令官、そろそろ着くわよ」

 

 不意の霞の声掛けに俺は遅れて返事をする。

 

「…ああ。敵影は?」

「ないけど、大丈夫?考え事?」

「問題ない」

 

 霞は何か言いたげだったが、何も言わずに周囲警戒に戻った。

 

 その後、特に問題が起こることもなく島に上陸した。深海棲艦の影響で、海が赤黒く変色しているのが微かに見える。

 設営をしながら霞は俺に話し掛けてきた。

 

「何を考えてたのか、私にはわかるわよ」

「何の話だ」

「さっきの話。司令官、私が護衛に名乗り出たことを不思議に思ってるでしょ」

 

 霞は顔をこちらに向けず、作業をしながら淡々と続ける。

 

「司令官を守ることも艦娘の使命よ。私はもう貴方を司令官として認めてる。だから守る。それだけ」

「認める、か。どういう風の吹き回しだ?」

「白川中佐や前任の司令官の指揮下にいた身としては、司令官の能力の高さはあの人たちと比べ物にならないわ。それに、過去はどうあれ、私たちは前よりずっとマトモな生活ができている」

「あれらと比べられてもな」

 

 霞は振り返り、俺の目を真っ直ぐに見つめる。その目には恐怖や不安といった感情は見受けられない。

 

「あと、司令官は時雨の為に怒ってくれていた。階級が上の白川中佐に対して」

「別に時雨の為というわけではない。優秀な艦娘の無駄死には許容できないというだけだ」

「ふーん。まあそれはどっちでもいいわ。結局、私たちが沈まないように手を尽くしてくれるってことだし。それだけでも司令官は守る価値のある人よ」

 

 成長したのか、元々こういう性格だったのかはわからない。しかし、俺をクズと呼んだ頃の霞とはまるで違う。

 

 まだ完全に信用したわけではない。何か企みがあるのかもしれない。もし霞が俺以上に頭の切れる艦娘ならば、俺はなす術なく策に嵌められるだろう。

 それでも、不思議と気分はよかった。薄れていた生への執着が、微かに戻ってきた気がする。

 

 ただ、霞の知らないことが1つある。

 俺はここで()()()()()なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「艦隊、この長門に続け!」

 

 長門さんの合図で僕たちは次々と抜錨した。

 みんなの表情は真剣そのもので、必ず作戦を完遂させるという決意に満ちている。

 

「みんなやる気だね」

「まあ提督にあそこまでやられちゃ気合いも入るよ。私も今までで1番調子がいいしね」

 

 僕の独り言に隣の白露は笑った。

 

 提督が向かった無人島は、戦闘に巻き込まれる心配はほぼない場所にある。しかし、安全な距離が確保されているわけではない。深海棲艦に所在を感付かれてしまえば、逃げる間もなく砲撃されるのは間違いない。

 

 白露の言う通り、提督のその危険を顧みない行動に奮い立ったであろう艦娘は多い。

 例えば、霞。たった1人、提督の護衛に名乗り出た。以前の彼女ならそんなことはしなかっただろう。命じられれば従うが、提督の為に自分からそんな行動をするのは御免だ、と言うはずだ。

 そして、この僕もそのうちの1人。

 

「2人とも単純っぽい」

「夕立はなんだか冷めてるね」

「そう?私には結構熱くなってるように見えるけど」

「白露は余計なこと言わなくていいっぽい」

「皆さん、緊張しすぎていないのは結構ですが、もうすぐ敵と交戦するはずです。油断はしないようにしましょう」

 

 神通さんが僕たちにそう声をかける。

 いつの間にか、敵がいると予測されている海域の近くまで来ていたようだ。

 

「敵艦隊発見!」

 

 しばらくすると、赤城さんの声が艦隊へと伝えられた。

 

「赤城、敵の編成はわかるか?」

「空母棲姫が2、戦艦棲姫が2、リ級が4、その他駆逐艦が多数。恐らく40以上はいるかと思われます」

「私の偵察機でも確認しました。赤や黄のオーラを纏った深海棲艦は見当たりません」

「足柄、今の情報を霞にも伝えてくれ」

「了解よ」

 

 艦隊の雰囲気が少し重くなった。

 姫級が4体いることは提督が言っていたのであまり驚きはなかったが、随伴艦の数が異常な程多い。もし纏わりつかれれば、長門さんたちでも苦戦は必至だ。

 しかし、この雰囲気の原因は他にある。

 

「確かに敵には態勢を立て直す時間はなかったわ。でも、これじゃまるで…」

「ああ、まるで()()()()()()()()()()()()()ようだ」

 

 陸奥さんと長門さんは苦虫を噛み潰したような顔をしてそう呟いた。他のメンバーも似たような表情だ。

 

 前回の戦闘で深海棲艦側の戦力はかなり削った。その上、私たちが高速修復材を使って戦力補充される前に再出撃。

 敵からしてみれば、寄せ集めの駆逐艦を使った現状で最も有効な戦略なのだろう。僕が非情な深海棲艦の提督なら同じ手を使っていたかもしれない。

 …いや、深海棲艦に提督はいない。奴らは自分たちの判断で味方を盾にする決断を下したんだ。

 

「…嫌なこと思い出したっぽい」

「そうだね」

 

 僕は短い返事で夕立に同意した。

 

 駆逐艦は他の艦種と比べると火力がなく装甲も薄い。そして、低コストなためすぐに補充ができる。

 そう言った理由で大型艦を守る盾としての役割を命じられることが、前の提督の指揮下ではそれなりの頻度であった。

 僕の妹たちもその命令の犠牲になった。春雨、五月雨。優しくて自慢の妹たちだった。

 

「…長門さん、先制攻撃の指示を」

 

 赤城さんの怒気を含んだ、しかし、静かで落ち着いた声が聞こえた。

 

「鎧袖一触よ。あんな寄せ集めの駆逐艦の群れでは、私たちを止めることなどできません。それ(捨て身の盾)()()()()()()にしかできない大役です」

「今度は私たちも瑞雲を出して攻撃に加わりますわ。空母棲姫が2体もいる上に、あの駆逐艦の壁は見てられませんもの」

「戦艦も重巡も2人ずついるし、神通や夕立もいる。砲撃火力は結構あるし、鈴谷たちが航空戦に意識割いても問題ないでしょ」

 

 加賀さん、熊野さん、鈴谷さんは、そう言いながら艦載機の発艦準備をし始めた。

 

「…よし。赤城、加賀、鈴谷、熊野。艦攻と瑞雲で先制攻撃だ。仲間を平気で犠牲にする愚かな深海棲艦に、目に物見せてやれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 深海棲艦には普通ではないのがたまにいる。フラグシップやエリートと呼ばれるオーラを纏った艦だ。もしそれらが群れを成していれば、歴戦の艦娘でも勝つことは難しいだろう。

 しかし、逆を言えば、そうでないのなら群れが相手でもそれほど苦戦しないということだ。今、まさにそれを証明している。

 

「神通、ちょっとバテてきたんじゃない?」

「姉さんこそ、そのペースで夜戦まで体力が持つんですか?」

「言ってくれるね!」

 

 姉さんの煽りに軽口で返す。

 私にも姉さんにも余裕があるように見えるかもしれないが、実際はそうでもない。

 体力や弾薬に関しては問題ない。たった1撃でどれも撃沈できるからだ。しかし、その力量差からロクな反撃ができない上に、大した時間稼ぎにもならないまま沈んでいく敵駆逐艦の姿に、少しずつ精神的な疲労が蓄積している。

 

「リ級の接近を確認!4体とも突貫してきます!」

 

 朝潮さんの声が聞こえる。長門さんは姫級への砲撃をしている為、こちらに指示を出す暇はなさそうだ。となると、各自の判断で行動した方が良さそうだ。

 

「姉さん、第3艦隊でリ級の対処をお願いできますか」

「もちろん」

「駆逐艦の処理は私たちでやります」

「オッケー、任せた」

 

 指示を出すまでもなく、私の僚艦の駆逐艦の3人は深海棲艦を次々と撃沈していた。

 白露さんは基本に忠実に砲撃を当てている。

 時雨さんは抜群のセンスで魚雷を叩き込んでいる。

 夕立さんは…避けてみろと言わんばかりに、超至近距離から攻撃して敵を蹂躙している。なんですか、あれは。

 

 ともあれ、3人は周りの敵駆逐艦を着実に仕留めていき、姉さんたち第3艦隊とリ級軍団の砲撃戦が始まった。

 

「姉さんったら…」

「川内のやつ、リ級を八駆に任せて何もしないつもりなのか」

「まあ提督に燃料と弾薬を温存するように言われてたしね」

 

 那智さんや足柄さんが呆れ顔でそう言う。

 2人の言う通り、リ級の相手をしているのは駆逐艦の4人で、姉さんは周りの邪魔な駆逐艦を()()()沈めている。まるでウォーミングアップだ。

 なるほど、姉さんの考えている事が読めてきた。

 

「姉さんはここにいる誰よりも不測の事態に備えているようですね」

「提督の言っていた敵のさらなる援軍ってやつかしら?」

「ええ。この駆逐艦の群れは私たちの燃料や弾薬、そして体力を消耗させるためだと思っていましたが、もしそれだけが目的ではなく、援軍のための時間稼ぎが目的なら…」

「だとすると不味いな。間違いなく鬼級以上が来るぞ」

「力を温存しつつ早めに敵を殲滅しないとね」

 

 駆逐艦を沈めつつそのようなことを話している間に、朝潮さんたちはリ級を倒したようだ。姉さんが露払いをした甲斐もあって、損害なしの勝利だった。

 

「空母棲姫を1体撃破しました!」

 

 さらにこちらの勢いが増す報せが加賀さんから届いた。

 

「よし、このまま押しきるぞ!」

 

 主力同士の戦いを見る。残りの空母棲姫は赤城さんと加賀さんに艦載機を次々と落とされてる。戦艦棲姫は長門さんと陸奥さんの砲撃がモロに当たったのか満身創痍という状態だ。

 流れは確実にこちらに来ている。勝利ももう目前だ。

 

 しかし、そう簡単にいかないのが現実である。

 

「敵艦隊の後方に深海棲艦の反応あり!数は2体!」

「偵察機で確認しましたわ!敵援軍は戦艦水姫!」

 

 鈴谷さんと熊野さんの報告に、私は冷や汗をかいた。

 援軍にしては頭数が少ないが、それでもなお脅威となる大物の登場である。




毎度誤字修正助かります。
よろしければ感想・評価の方、よろしくお願い致します。


朝潮たちを何故か四駆だと思い込んでました。なんでや。正確には八駆です。すいませんでした。


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焦りは禁物

 戦艦水姫。そいつは圧倒的な火力と耐久性を兼ね備えた戦艦棲姫を更に強化した姫級深海棲艦だ。

 1体で戦況を変える力を持つ強敵が2体。

 

「戦艦水姫か」

「長門、どうするの?」

「…倒すしかない」

 

 陸奥の不安そうな声にそう応える。この状況で倒せるのか、と陸奥の目は訴えていた。

 勝ち目がないわけではない。私や一航戦の2人といった、水姫級を倒したことのある艦娘もいる。

 

「状況を確認する。各隊被害の報告を」

「第2艦隊、損傷は軽微です。燃料弾薬ともに戦闘続行可能です」

「第3艦隊もほとんど被害なし。まだまだ戦えるよ」

「第1艦隊も被害軽微。これならやれそうか」

 

 いや、ここでやらなければならない。少しでも後退すれば、提督の居場所が敵に気付かれかねない。

 

「第1艦隊と那智、足柄で姫級を攻撃。速やかに撃沈した後、戦艦水姫に総攻撃だ。水雷戦隊は引き続き駆逐艦の撃沈を優先。掃討し次第こちらの攻撃に参加しろ」

「「了解!」」

 

 戦艦水姫がまだ射程範囲に入っていないのが救いだ。しかし、それも時間の問題。速やかに姫級を倒さなければ。

 

「主砲一斉射!撃て!」

「弾幕を張りなさいな!撃て!」

「一気に敵を掃射する!しっかり狙え!」

 

 まさに砲弾の雨。避けることはできない。駆逐艦の壁ももうない。

 大ダメージだ。いくら姫級でも、ひとたまりもないだろう。

 

「空母棲姫を無力化しました!」

「戦艦棲姫1体撃破!」

 

 いける。これなら水姫たちが来るまでに勝負を決められる。残すは戦艦棲姫が1体のみ。

 

 しかし、奴は残りの力を振り絞り、全力の抵抗を始めた。今までの攻撃はなんだったのか、と思ってしまうほどの猛攻。もはや狙っているのかすらわからない連続砲撃だ。

 

「ダメだ…!これでは近付けない…!」

「…っ!もうすぐ戦艦水姫の射程に入るわ。長門、指示を」

 

 窮鼠猫を噛む。まさにその状況に見えた。あと1発砲撃を当てられれば戦艦棲姫は倒せるのに、その砲撃を当てられる距離まで近付けない。

 やるしかない。私は覚悟を決めた。

 

「この長門が戦艦棲姫に突撃する。他は戦艦水姫に備えて待機」

「待って、長門。それじゃ貴女が水姫の集中砲火を浴びるわ」

「それでいい。その隙に水姫を倒すんだ。陸奥、私に何かあれば、この作戦の現場指揮は頼むぞ」

 

 陸奥は何か言いたげだったが、何も言わなかった。ただ悔しそうな顔をしただけ。本当に出来た妹だ。

 

 戦艦水姫がいるのは敵の後方だ。戦艦棲姫に近付けば、それだけ水姫たちに近付くことにもなる。必然的に、1番に狙われるのは私だ。

 水姫の砲撃を連続で何発も食らえば、ビッグセブンでも確実に沈む。

 それでも私がやらなければならない。私が艦隊を守るんだ。

 

「よし、突撃だ…!」

 

 前に出ようとした瞬間、通信機から声が聞こえた。私は思わず歩を止める。

 

『全艦撃ち方止め。姫級との距離を保ちつつ敵随伴艦を攻撃しろ』

 

 提督の声だった。

 

「提督、戦況は見えているのか?」

『霞を通して把握している』

「そうか。ならいい。私は水姫が完全に合流する前に戦艦棲姫を倒すべきだと思うのだが」

『既に手負いだろう?お前たちにとっては誤差だ。いてもいなくても大して変わらない』

 

 馬鹿な。姫級だぞ。誤差なわけが…。

 

『落ち着け。焦るな、長門』

 

 提督の言葉が胸に刺さったようだった。焦る?私が?

 

 …いや、そうだな。私は焦っている。

 それを自覚すると同時に、頭の奥にあった熱のようなものが、体から抜けていくのを感じた。

 周りを見渡す。陸奥も赤城も加賀も、表情から少しだけ険しさが抜けている。

 

『わかっていると思うが、水姫相手に無茶をすれば轟沈の危険が高まる。冷静に確実な手を打つんだ。これは勝てる戦いなんだからな』

 

 提督の言葉とほぼ同じタイミングで最後の敵駆逐艦が撃沈された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦艦水姫と私たち、そして提督のいる島は、正三角形に近い位置取りになっている。つまり、今この瞬間に提督が奴らに襲われても、私たちは助けられない。

 それがみんなを不安にさせている。出撃した時とはまるで違う。

 

 私には提督に訊きたいことがある。()()である私は訊かなければいけないことだ。

 それはずっと前からなんとなく頭の中にあり、出撃前に夜の浜辺での青山中将との立ち話ではっきりと自覚したことだ。

 

『提督がしたとされる悪行の全て、もしくはその一部が冤罪なのではないか』

 

 もし冤罪であったのなら、「()()()()()()()()()ことになる。

 自分から、抱いてくれ、と言ったあの夜、提督が激怒したことも納得できる。また俺を嵌めるつもりか、と。

 

「思い詰めた顔をしているな」

 

 不意に声をかけられた。

 声の方向を向くと、長門が心配そうに私を見つめていた。

 

「まあね。この状況だし」

「全員の残りの燃料と弾薬や損傷の確認が済んでいるが、戦艦水姫相手でも十分勝算はある。不安になる必要はないんだぞ」

「…そっちの心配じゃないんだけどなぁ」

 

 長門は僅かに目を見開いた。

 

「まさか提督の心配をしているのか?」

「そんなに意外?」

「ああ。自分じゃなくとも、自分と同じ艦娘が虐待の被害にあっているんだ。鈴谷は提督を警戒して避けていると考えるのが普通だろう」

 

 長門の言う通りだ。立場が逆なら、私も同じことを思う。

 

「長門はさ、提督に違和感覚えたことない?」

「違和感?」

「調査報告書の提督と鈴谷たちが見てきた提督とのギャップ…とか?」

「それは…あるな」

 

 まさか、と、長門は続けて呟く。私が考えていることを察したようだ。

 私は青山中将との会話の内容も話すことにした。

 

「昨日の夜にたまたま青山中将と話す機会があったんだよね。で、その時聞かれたの。提督に()()()()()()()()んじゃないかって」

「何かされた、ではなく、されていない、か。鈴谷と同じく中将も提督の冤罪を疑っているわけだな。しかし、大本営が間違った報告書を出すとは思えない。軍の信用問題に関わる。いい加減な調査はしないだろう」

「艦娘に裏切られて、濡れ衣を着せられたんじゃないかなって思ってる」

「…もし無実ならその可能性が1番高いな」

「そう。それを確かめたいから、提督に何かあったら困るんだよ」

 

 私の考察が正しいとしたら、提督の目には私がどう映っているんだろうか。きっと、憎くて仕方ないはずだ。

 それでも提督はマトモに艦隊を指揮した。艦娘への恨みを抑え込んで。そういう意味でも、提督を死なせないことは重要なミッションだ。

 もし提督が本当にクズだったとしても、それはその時に考えればいい。少なくとも前任の頃よりもよっぽどマシな環境で戦えるのだから。

 

「なるほど。なら、提督の無事も考えて戦わねばならないな」

 

 長門のその言葉の直後、通信が入った。

 

『こちら霞。まもなくそちらに合流する。司令官から作戦を預かってるわ』

 

 霞がこちらに戻ってきているようだ。

 ということは、提督はあの島に1人で残っているということだ。

 少し腹が立ってきた。自分が死ぬかもしれないとは考えないのだろうか。

 

 しばらくすると、報告の通り、霞が艦隊に戻ってきた。

 

「提督の護衛ご苦労だった。早速だが作戦内容を伝えてくれ」

「うん、それが…」

 

 言いにくそうに目を伏している。霞は何を聞いたというのだろう。

 

「司令官が照明弾を撃って、敵がそっちに意識を向けた隙に総攻撃、だそうよ」

 

 自分の耳を疑った。

 夜に照明弾を撃つということはつまり…。

 

「自分を囮に使うというのか。なんて危険な…!」

「私も最初は反対したわよ。でも、これが1番楽に勝てるからって譲らなくて…」

 

 私は愕然とした。

 行動が自殺志願者のそれだ。死ぬ前にちょっと役に立ってから死のうって?

 

「提督を失わずに戦おうと決めたのにこれか。なかなか上手くいかないな」

 

 長門は眉間を軽く押さえた。

 

「鈴谷、霞、みんなを集めよう。作戦会議だ」

「作戦?」

「何するの?」

「提督救出作戦だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 人が1人で扱える装備など、戦場全体で見れば大したものではない。ましてや、それが艦娘と深海棲艦の海戦ならば。

 しかし、それは全く影響がないというわけではない。例えば、今の状況。

 司令官が使う照明弾は、周りを照らすのではなく、救難信号などで使うものだ。故に、使った場所がわかりやすい。真っ暗な無人島から突然そんなものが上がれば、意識を向けざるを得ないだろう。

 

 オレンジ色の光が見えた瞬間、川内さんの叫ぶような指示が無線から飛んだ。

 

「全艦前進!目標は戦艦水姫!さあ、待ちに待った夜戦よ!」

 

 私たちは真っ黒になった海上を駆けた。川内さんの後ろに私が付き、その後ろに姉さんたちが続く。

 長門さんが考えた作戦は上手く行く、大丈夫。そう自分に言い聞かせた。

 私は私のやるべきことをやる。それが司令官を助けることにも繋がるはずだ。

 

「戦艦水姫が移動を開始した!少し速度上げるよ!」

 

 川内さんの声が艦隊に響く。夜偵で敵の動きを観測したようだ。

 こっちに向かってきているのか、それとも、司令官がいる方向なのか。

 私の中で焦りの感情が徐々に膨れ上がった。我慢できずに川内さんに声をかける。

 

「敵はどっちに動いているの?こっちか、司令官の方か」

「提督のいる島だね…いや、片方がこっちに進路変更してきた。おまけに瀕死の戦艦棲姫も」

「では、こちらに向かってきているのは私たちが引き受けます」

 

 神通さんが横からそう告げた。川内さんはそれに頷く。

 

「あっちは神通たちに任せて、私たちは向こうの奴を倒しに行くよ。提督が心配で仕方ない子もいるみたいだしね」

「わ、私は別に…」

「誤魔化さなくていいって。顔見れば焦ってんの丸分かりだよ」

 

 川内さんがニヤニヤとこちらを見てくる。少し顔に熱を帯びた。

 そういう風に見えているのか、私は。

 

「さあ、そろそろ敵の射程に入るよ」

 

 川内さんの一言で艦隊の緊張が高まった。相手は戦艦水姫。たったの一撃が致命傷だ。

 

「あら?おかしいわねえ」

「全くこっちに撃ってこない」

 

 荒潮姉さんと満潮姉さんがそう呟く。

 

「どうやら戦艦水姫は司令官を葬ることに集中しているようですね」

 

 朝潮姉さんの声に息を呑んだ。

 させない。させてはならない。

 私たちの職務は何?人類を守り、海を取り戻すことだ。守るべき人類には、当然司令官も含まれる。

 

「好都合。一気に接近して反撃する間もなく潰してやるわ!」

「まだよ!」

 

 速度を上げようとした私を、川内さんがそう制した。

 

「戦艦水姫は必ず島を砲撃しようとする。照準を合わせ始めた瞬間を狙うよ。それまでは速度を維持しながら近付く」

「それじゃ司令官の身が…」

「死にたくないなら提督は最初からこんな作戦立てない。そして、この状況で犠牲を出さずに完勝できるほど甘い相手じゃないんだよ、あいつは」

 

 川内さんはピシャリとそう言い切った。

 反論はできなかった。

 

「もちろん提督が吹っ飛ばされないように全力を尽くすけどね。あくまで冷静に」

「…わかったわ」

 

 私は焦りすぎていた。

 大きな音と水飛沫でこちらの接近に気付いた戦艦水姫はすぐに反撃してくるだろう。反撃する間もなく、は明らかに不可能。あのまま突撃していれば、司令官の作戦を台無しにすることになっていた。

 

「まあでも、突っ込むタイミングはもう来るよ。電探でも敵の動きわかるでしょ?」

 

 言われた通りに電探で戦艦水姫の位置を探る。

 スピードを少し緩め、一定に保っていた。砲撃の狙いを定めようとしているのだ。

 

「川内さん!」

「うん、今だね」

 

 姉さんたちの雰囲気も引き締まった。

 

「全艦突撃よ!」




明けましておめでとうございます。
大変長らくお待たせ致しました。

続きに関しまして、恐らくまた長く待たせてしまうことになるかと思います。それでも待っていてくれるという方は、どうぞよろしくお願いします。


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夜戦の行方

 人間を襲う。艦娘と戦う。人工物を壊す。それが深海棲艦の本能だ。奴らのほとんどは俺たちと意志疎通もせずにその本能に従う。

 しかし、今相手にしている敵は別物だ。戦艦水姫はその本能を理性で押さえつけて行動できる。

 いや、少し違う。どうすれば効率よくその欲求を満たせるかを考えることができる、と言った方が正しい。

 

 俺のことは真っ先に排除すべき存在だと認識しているはずだ。艦娘を率いて深海棲艦と戦い、人類を守っているのだから。

 

「気付けよ、戦艦水姫」

 

 俺は一言だけそう呟いて発射スイッチを押した。

 真っ暗な空にオレンジ色の光が上がる。

 

 これで、"提督"がここにいるかもしれない、と思わせることができると思う。水姫級ともなれば、それくらいの思考能力はあるはずだ。

 さあ、食い付け。この不自然な光を無視する程バカではあるまい。

 

「提督」

 

 突然聞こえた俺を呼ぶ声に思わず硬直した。

 

「鈴谷…?」

「迎えに来たんだ。早く脱出しよ」

 

 何故ここにいる?俺の合図まで待機しているはずだ。

 

「なんでここにいるのか、わかってない感じだね」

「当たり前だ。俺が伝えた作戦と違う」

「あはは、流石の提督でも私たちの行動を読めなかったってことか」

「…艤装はどうした?」

「外した」

 

 あっけらかんと鈴谷はそう言ってのけた。

 そう、今こいつは砲も機関部も着けずに陸地に立っている。

 

「バカな。設備もなしに海上で?なんて危険な…」

「うん、死ぬかと思った。ていうか、心配してくれるんだ?」

「お前が自分の戦術的価値をわかっていないだけだ。そんな無茶で沈んだりしたら許さんからな。そもそも、なんで艤装を外そうなんて考えたんだ」

 

 俺のその言葉を聞いた鈴谷はゆっくりと近付いてきた。そして、俺の腕をとる。

 

「こうやって無理矢理引っ張っていく為だよ。艤装着けてたら提督の腕がグチャってなるでしょ」

「止めろ。放せ」

「だったら自分で歩けー?」

「…わかった」

 

 グイグイと引っ張られるのは勘弁願いたい。

 

「お前だけで来たのか?」

「まさか。熊野と赤城と加賀もいるよ」

「このタイミングで来るということは、俺の指示を無視して照明弾が上がる前に行動していたようだな」

「提督の作戦、無視する感じになっちゃってごめんね」

 

 鈴谷が心配そうに俺の顔を見る。その目や表情からは俺に対する警戒心や嫌悪感が感じられない。

 わからない。"鈴谷"は被害者の内の1人だぞ。

 

「もしかして怒ってる?」

「…専用設備のない海上で艤装を外したことに比べれば何ともない。予想しなかった俺の落ち度だ」

 

 俺は思わず溜め息をついた。

 

「霞が護衛に就くと言った時もそうだが、何故俺を守ろうとする?」

「艦娘が提督を守るのはおかしい?」

「おかしくはない、普通は。だが、お前たちは事情が違うだろう」

 

 お前たちは虐待と過労に疲弊した艦娘で、俺は悪逆無道のカス野郎だ。

 

「それ、霞にも聞いた?」

「…ああ」

「じゃあ霞と同じ答えってことで」

 

 鈴谷はそう言って歩くスピードを早めた。俺は無言でその背中を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 護衛は赤城たちに任せることにし、鈴谷はそのまま船に乗せた。

 あろうことか、今度は海上で艤装を装備しようとする鈴谷。流石に強く注意した。さっき止めろと言った所だろう。

 

「このまま長門さんのいる所まで行きます」

「ああ、わかった」

 

 赤城の言葉に気の抜けた返事を返す。

 

「流石にお疲れのようですね。命令違反を咎める余裕もない程に」

「なんだ、加賀。責めた方がよかったか?」

「まさか」

 

 加賀はそう言って肩をすくめた。

 以前は少し脅しただけで震え上がっていた癖に。随分と図太くなったものだ。

 

 

 ゆっくりと船を進ませていると、後方から砲撃音が聞こえてきた。

 

「始まったか」

「提督、ここでは巻き込まれる可能性があります。もう少しスピードを上げた方がよろしいかと」

 

 赤城が船の横まで近付き、そう進言してきた。

 

「いや、このまま移動する。奴らはまだ俺が無人島にいると思っている。速度を上げた時の大きな音で居場所を感知されるのは避けたい」

「なるほど。了解しました」

 

 神通や川内の部隊が夜戦で戦艦水姫に突破される可能性は極めて低い。2階から落とした糸が針の穴に通るような確率だろう。

 しかし、奴らの持つ射程は驚異だ。こちらの水雷戦隊を突破せずとも砲弾をこちらに浴びせることが、もしかしたらできるかもしれない。

 抗戦できるのは熊野だけ。それも燃料も弾薬も減っている状態。命中云々は関係なく、位置を把握され狙われること自体避けるべきことだ。

 

「ここからじゃ戦況はわからないね」

「多少の損害はあるだろうが、少なくとも負けはない。誰かが沈むこともな」

「…提督って鈴谷たちの能力全部把握してるわけ?」

「それができなきゃこの立場にはいない」

 

 敵の戦力を把握し、より少ないコストで倒す。資源が有限である限り、それを頭に入れておく必要がある。

 まあ、それができない無能な奴もいるみたいだが。

 

 

 そこからさらに進み、無事に長門と合流を果たした。

 

「無事で何よりだ、提督。それと、独断で作戦を変更して申し訳なかった」

 

 そう言いながら、長門は頭を下げた。陸奥がそれを緊張した面持ちで見つめている。

 

「構わない。第一艦隊には明確な指示はしていなかったからな。危ないことさえしなければ」

 

 鈴谷をチラリと見ると、露骨に顔を逸らした。

 

「戦況は?」

「戦艦棲姫は既に撃沈済み。水姫の方にもかなりダメージを与えたようだ」

「こちらの被害は?」

「那智、足柄が中破して少し後退しているが、他は戦闘続行可能な程度と言ったところだな」

「勝敗は決したな」

 

 手元の無線機のスイッチを入れた。敵にもバレるだろうが、ここは水姫の射程外な上、戦力差もある。問題ない。

 

「こちら司令部。提督の帰還を報告。各戦隊このまま敵艦隊を押し切れ」

『第二艦隊、了解。ご無事でなによりです、提督』

『第三艦隊も了解。さあ、夜戦も終盤。張り切って行くよ!』

 

 神通、川内の声からも余裕さが感じ取れた。

 

「過剰戦力だったか。夜戦に持ち込んだ時点で勝ちはほぼ決まっていたようだ」

「提督が囮にならずとも、な」

 

 長門がこちらをチラリと見ながらそう呟く。その視線には僅かに非難の色が混じっていた。

 俺は何も言わなかった。その意見は間違っていない。損傷は増えるだろうが、誰も沈むことなく勝っていただろう。

 死にたい、消えたい、という考えが俺から冷静さを奪っていた。反省しなければならない。

 

『こちら川内。戦艦水姫を撃沈。周囲に敵影なし』

『こちら神通。同じく敵の轟沈を確認』

 

 しばらくすると、2人から報告の通信が入った。

 

「ご苦労。被害の確認をしつつ長門たちと合流しろ。作戦本部へ帰還するぞ」

 

 実際の期間より長く感じた攻略作戦が幕を閉じた。

 終わってみれば、艦娘は誰も沈むことのない完勝だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰還した俺を待っていたのは青山中将だった。

 

「黒田少佐、話がある」

「…承知しました。長門、艦隊を全員入渠させろ。指示があるまで待機だ」

 

 長門は俺の指示に頷き、艦娘を全員連れていった。何故か鈴谷は不満そうな顔をしていたが。

 

 青山中将は作戦本部としている建物とは別の方向に歩きだした。

 

「作戦、見事だった」

「お褒め頂き光栄です」

「これで汚名も少しは返上できたんじゃないか?」

 

 前を歩く中将の表情は見えない。

 

 正義感が強く艦娘からも慕われ、軍からの信頼も厚いのが青山中将という人だ。"汚名"については相当お怒りのはず。

 しかし、声からはその感情が全く読み取れなかった。

 

「それは青山中将含め、上の方々が判断されることです」

「そうか、なら本来の階級に戻すよう進言しておこう」

「それは…」

「元の階級じゃ不満か?意外と強欲な面もあるようだな」

 

 なんでそうなるんだ。

 

「冗談だ」

 

 俺の気持ちを察したのか、中将はチラリとこちらを振り返りそう言った。

 

「半分だけな」

「どっちですか…」

 

 この人の考えていることはわからない。

 

「半分だけ、というのはだな、俺はとある疑念を持っている。ほぼ確信していることだが」

「…伺いましょう」

「本当は虐待とか()()()()()んだろ?お前はそういう奴じゃない」

「っ!」

 

 動揺した。

 青山中将とはほぼ面識はない。まともに話したのも今が初めてだ。だというのに、俺が"そういう奴"ではないと言う。

 学生時代の俺の評価を見てそう思ったのか?その程度なら、調査書に目を通した時に俺の印象は覆っているはずだ。

 

 そんなことを考えている俺に構わず、青山中将は続ける。

 

「実際にお前の艦隊に会うまでは半信半疑だった。だが、艦隊の練度や雰囲気を見れば、お前が艦娘を雑になど扱っていないとすぐにわかった。それに、直接彼女らにも話を聞けたしな」

「直接…誰にですか?」

「鈴谷と熊野だ。2人とも調査書と実物の差に困惑していたぞ。他の艦娘も同じように感じているとも言っていたな」

 

 ということは、あの2人も俺が無実である可能性があると考えているかもしれない。青山中将ほど上の立場の人間からそんな質問をされれば、そう考えても不自然ではない。

 

「青山中将は私が無実である証拠をお持ちなのですか?」

「いいや、ない」

「では私からお答えすることはありません」

「それ」

 

 今まで俺に背を向けていた青山中将が、こちらに向き直った。

 

「お前は今まで1度も自分の罪を認める発言をしていない」

「…否認もしておりません」

「ああ。だけど、それには理由があるんだろう?」

 

 青山中将の手が俺の左肩に置かれる。

 

「俺は人間観察が得意なんだ。そいつを注意深く観察すれば、どんなことを考えたりしてるのか、何となく予想できる。しかも、これがまた結構当たるんだよ」

「私の考えていることがわかる、と?」

「理由はわからんが罪を否定すると何かマズいことがある。だけど、嘘をつくわけにはいかないから肯定もできない。そんなところか?」

 

 青山中将の顔は真剣だ。その目には力が宿っている。

 俺は口を閉ざした。このまま黙秘してやり過ごすしかない。

 

 そんな俺を見て、青山中将はさらに口を開いた。

 

「ここで黙るのも、まあ別にいい。お前の自由だ。だが、俺も自由にやらせてもらう。お前がやったという艦娘への虐待や汚職の件を再調査する。俺が使える権限やコネを総動員して、な」

「それは…!」

「嫌なら白状するべきだ。事件の真実と、濡れ衣ということになれば何が()()()のかを」

 

 どうやら、逃げ道を全て塞がれたらしい。もう隠し通すことは叶わない。

 俺は目の前の上官に真実を話すことにした。

 

 それにしても、証拠も何もないのに、どうしてこの人はこうも堂々と推測を真実と決めつけて喋れるのだろうか。




感想・評価等よろしくお願いします。


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打ち明けられた真実

 目の前の青年がゆっくりと口を開く。

 

「今から話すことは他言無用でお願いします」

「無論だ」

 

 それが前提でなければ黒田は話さない。直感めいた確信があった。

 尤も、動くべきと判断せざるを得ないようなドデカい話が飛び出てくるようなら話は別だが。

 

 俺の言葉に頷いた黒田はゆっくりと話し始めた。

 

「ご察しの通り、私は無実です。虐待、横領、その他諸々に私は関与しておりません」

「…やはりそうなのか」

 

 何ということだ。

 この黒田の摘発は大本営にとっても衝撃だったことを覚えている。これがきっかけで多くの鎮守府で艦娘の待遇についての調査や是正が行われたことも記憶に新しい。

 だというのに、そもそもの事件がでっち上げられたものだったとは。

 

「それは北方鎮守府全体で仕組まれたことなのか?」

「いいえ、白川と一部の艦娘によるものです。ほとんどの艦娘は奴らに騙されているだけかと。断定はできませんが」

「どの艦娘が加担している?」

「虐待の証言をした鈴谷、榛名、翔鶴、浜風、由良は間違いないでしょうね。あとは事務関係の書類を弄れる大淀、明石、あとは…」

「…あとは?」

「いえ、なんでもありません。とにかく、今名を挙げた者以外は無関係と見ていいと考えます」

 

 黒田は自分の足元に視線を落とし、ボソボソと続けた。

 

「自分が情けないです、簡単に貶められるなんて。今思えば怪しい言動も度々ありました。何故その時に気付かなかったのか…」

「自分を責めるな、黒田。誰も自分が指揮する艦娘に裏切られるなどと考えない」

「…ありがとうございます」

 

 もし自分が同じ目に遭ったら。そう考えると冷や汗をかく。

 信頼する部下たちに嵌められる。まさに青天の霹靂だ。

 

「しかし、よく今まで耐えた。いや、落ち着きすぎだな。何故陰謀だと主張しなかった?」

 

 これが俺の1番聞きたかったことだ。黒田が自身の無実を証明しようとしない理由がわからない。

 

「青山中将は『艦娘』というものをどういうものだと考えていますか?」

「急にどうした?どういうものとは?」

「『艦娘』を兵器と捉えるか人間と捉えるか、ということです」

「彼女らは考えるし喋る。人間に近い存在だろう」

「中将ならそう答えてくれると信じていました」

 

 何が言いたいのかはまだわからないが、関係のある質問だったのだろう。

 

「少し前に艦娘を人として扱わないという思想がありました。人間が徹底的に艦娘を管理し、兵器として()()するという考え方です」

「把握している。賛同はできんが間違ってはいない」

「その思想を拡大解釈して越権行為に走る派閥があることもご存じですか?私の前任のような者たちです」

「…知っている。許しがたいことだ。そいつらのせいで本当の意味で艦娘を兵器として扱う司令官はもはや絶滅危惧種と言っていい。奴らがやっているのは計画的な管理ではなく()()だ」

「はい。私はそれが許せません」

 

 黒田の顔色は悪い。目の下には隈ができている。

 しかし、覇気がないわけではない。むしろ、その表情から並々ならぬ覚悟が窺い知れた。

 

「私の無実が明らかになれば、奴らに口実を与えることになり、艦娘に更なる苦痛を与えることになります。艦娘が司令官に、ひいては、人間に反旗を翻したという前例は作ってはいけないのです」

「それはお前の考えすぎだ。そんな飛躍した発想をする奴なんて…」

「いないと言いきれますか?艦娘に対して酷い扱いをする連中ですよ?いい関係を築いても裏切られるなら、逆に調教によって逆らう気力を奪った方が良い…そう主張するのが目に見えています」

 

 俺は反論ができなかった。

 黒田が信用していた艦娘に騙され、濡れ衣を着せられたという事実を知った奴らが、自分は同じ轍を踏まない、とより酷い虐待や重労働を強いる。確かに十分ありえる話だ。

 

 年齢も階級も下の男が酷く恐ろしく見えた。

 

「…何故そこまでする?いや、何故できるんだ?」

「艦娘が深海棲艦に対する唯一の戦力です。彼女たちの力無くして制海権の奪還はありえない。故に、私たちは彼女たちに敬意を払い、心ない人々の悪意から守らなくてはいけないのです」

 

 次に続く言葉に、俺はしばらく言葉を発することができなかった。

 

「私は命を捨てる覚悟で人と艦娘とこの世界を守ると誓いました。だから、真実を明かさないのです」

 

 本当は死ぬまで秘密にしておくつもりだったんですがね、と黒田は自嘲気味に笑った。

 

 白川に貶められた理由が、不本意ではあるが、わかってしまった。

 奴は嫉妬したのだろう、黒田という人間の大きさに。

 俺が黒田と同じ立場になったら、同じように考えられるだろうか。いや、無理だ。

 

 俺が口を開いたのは、それから1分ほど経った後だった。

 

「…最後の言葉は聞きたくなかった」

「中将が言えと仰ったのですが」

「ああ、後悔している。本当はお前との約束を無視して無実を証明し、本来の居場所に戻してやるつもりだった」

 

 黒田は少し驚くような表情をする。

 

「だが、お前のその覚悟を無駄にすることは、俺にはできない。してはいけないと思った」

「…ありがとうございます」

「今は約束を守ろう。お前がいいと言うまで誰にも言わん」

「今は、ですか?」

「ああ、そうだ。艦娘を酷く扱うバカ共を世界中から排除できたら、約束をなかったことにしてお前の潔白を証明する」

 

 黒田は一瞬ポカンとしたが、すぐ後にニヤリと笑った。

 それに俺も笑みで返した。

 

「世界中ですか。大きく出ましたね」

「こう見えてコネはある。不可能ではない」

「楽しみにしておきましょう。まあ、私のいる鎮守府は激戦海域ですから、その頃には死んでるかもしれませんが」

「死んだ後でも汚名は返上できるさ」

 

 負けてはいられない。俺も世界を守り海を取り戻すために力を尽くそう。

 黒田のように、自らの命や名誉をかけてでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 息を殺して提督と青山中将の会話を聞いていた。

 最初は聞くつもりはなかった。中将の大声が聞こえるまでは。

 

 会話の内容は、まさに私が提督に尋ねようとしていたことだった。

 提督は無実で、濡れ衣を着せられていた。

 鈴谷の睨んだ通りだった。

 

 胸が痛い。痛くて熱い。何故だ?苦しんでいるのか?何に?脳裏に知らない誰かの姿が浮かぶ。誰だ?いや、わかる。これは人間同士の戦争で死んでいった軍人たちの姿だ。国を守るため、家族や恋人を守るため、命を捨てて戦った者たちの姿だ。私たちの魂が、前世で守れなかった者たちの姿だ。

 そして、それが提督の姿と重なって見えた。

 

 2人が去った後、私は隠れていた岩陰からしばらく動けないでいた。




心理描写は難しい。
ちなみに、最後のは長門視点です。分かりにくくてすいません。

感想・評価等お待ちしております。

次話まで時間かかるかもしれません。


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艦娘たちは悩む

「共有しておきたいことがある」

 

 ハワイ近海の作戦が終わり、提督たちが帰ってきた。その翌日に、早速長門さんから呼び出しを受けた。

 私の他に集められたのは、妙高さんと大淀さん。そして、何故か鈴谷さんもいる。彼女がこの場に来るのは初めてではないだろうか。

 

「提督の過去について、新しいことがわかった」

「もしかしなくても、例の件でしょ?」

「ああ、鈴谷の睨んだ通りだったよ。提督と青山中将が話し込んでいたのを偶然聞いてしまってな」

 

 なるほど、鈴谷さんは事情を知っているようだ。

 

「長門、早く話して」

「待て、鈴谷。その前に伝えることがある」

「何?」

「この件は軽々しく広めていい話ではない。できれば、ここにいる者たちだけで留め、皆には知らせない方がいいと考えている」

 

 長門さんの言葉に私たちは怪訝な表情を浮かべた。

 提督の調査報告書についてもこんな議論をしたことは、昨日のことのように覚えている。結果的に、あれは失敗だった。

 また同じことをするのだろうか。また私は取り乱す皆さんを見ることになるのだろうか。

 

「前と同じことになりませんか?」

 

 私と同じ心配をしていたのだろう。妙高さんがそう尋ねた。

 咄嗟に私も同調する。

 

「私も心配です」

「妙高と鳳翔が心配する気持ちもわかる。だが、これは提督自身が口止めをしていることなんだ」

「口止めをしているということは、また悪い話なんでしょう?だったら…」

「いや、悪い話ではない」

 

 私の言葉を長門さんは遮った。

 

「提督は無実だった。調査書にあった罪状は、全てでっち上げられたものだ」

 

 場が静まり返る。それだけの衝撃だった。

 私はなんとか口を開いた。

 

「…どういうことでしょう?大本営の調査が間違っていたということですか?」

「証拠や証言は提督を陥れるために作られたものだったそうだ。取り調べで提督は自分の罪を否認しなかっただろうから、より詳しい調査もされない」

「否認しなかった…?」

「提督の無実が世に知られるのを、提督自身が危惧している」

 

 濡れ衣を着せられたのに、無実の主張もせず大人しく罰を受け入れた。そんなことをするなんて、余程重要な理由があるのだろう。

 しかし、私には全く思い浮かばない。

 

「待ってください」

 

 黙っていた大淀さんが声を上げる。

 

「長門さんはそのことを提督と青山中将の会話から知ったんですよね?」

「そうだ」

「提督が中将に嘘を言った、ということはありませんか?」

 

 なるほど。そう言われてみればその可能性はある。

 しかし、それに鈴谷さんが反論した。

 

「それはないんじゃないかな。提督は青山中将に嘘ついても意味ないってわかってるよ」

「意味がない?」

「うん、ない。今まで黙っていた癖に今さら無実を訴えても覆せないよ」

 

 今度は妙高さんが口を開いた。

 

「長門さんの推測が外れていて、提督は取り調べの時に罪を否認していたということはありませんか?それで、今回の作戦で中将に会えたから…」

「それなら本部の誰かがもっと詳しい調査をしてるよ。それでダメなんだから中将に取り入っても無駄だってわかるはず。それに、罪を認めなかったのなら、反省の色がないとか言われて左遷じゃすまないよ、きっと」

 

 鈴谷さんの反論にさらに反論する言葉を、私は持っていない。意見した大淀さんと妙高さんも同じ様子だった。

 

「本当に、提督は無実の罪を背負わされたということなんですか」

 

 私の呟きに長門さんが静かに頷いた。

 

「この場にいる者には知っておいてほしい。何故提督が自分の無実について口を閉ざしているのか」

 

 長門さんは淡々と語り始めた。その真剣さに私たちは息を呑んで聞き入る。そして、提督の覚悟に愕然とした。

 

「これが私が聞いた話の全てだ」

 

 長門さんの話が終わっても、誰も言葉を発することができなかった。

 

 自らを犠牲にして艦娘を守る。正気を疑うような話だ。もちろん、海を取り戻すという大きな目的のため。しかしそれでも、無実の罪という不名誉を背負ってまで、艦娘(私たち)を心無い者たちから遠ざけようとするなんて、普通はやらないだろう。いや、できない。少なくとも私は無理だ。

 しかし、提督はやった。艦娘という存在そのものに対して不信感を抱いてしまうような仕打ちを、よりによって自分の部下だった艦娘から受け、それでもなお、提督はやってみせた。

 

 私の頬に涙が伝った。

 国のために自らを弾丸とし、敵に突撃して玉砕した若者たち。彼らと提督が重なって見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 真実と提督の覚悟を聞かされた私たちは混乱していた。提督が無実だと推測していた私はまだマシだったが、それでも衝撃的だったことには変わりない。

 しかし、いつまでも固まったままではいられない。私たちはさらに重要なことを決めなければならないから。

 

「長門はこの話を他のみんなに知らせないつもりなの?」

 

 私の問いに長門はゆっくりと頷いた。葛藤していることがその表情から察せられる。

 

「この話が広まれば、それだけ外部に漏れる可能性が高くなる。知る者は少ない方がいい」

「良くない!」

 

 つい声が大きくなる。

 

「提督は私たち(艦娘)を守るために、濡れ衣を着せられたままでいる。それを知ってるのが私たちだけだなんて…可哀想すぎる」

「…提督自身が望んでいることなんだ、鈴谷」

 

 世界の海を取り戻すために自らを犠牲にして艦娘を守る。今までもこれからも、それは誰にも知られることなく、提督は独りで戦うのだ。

 大義のためとはいえ、そこまでできるものなのか。いや、できない。発狂する。あるいは、狂っているからこそそんなことができてしまうのか。

 

「鈴谷は嫌だ。提督がそれを望んでいたとしても、秘密にしたくない」

 

 自分の言っていることが正しくないことはわかっている。それでも私の口は閉じなかった。

 

「提督が何も悪いことをしてないことも、艦娘を守ろうとしていることも、提督の下で戦うみんなは知っておくべき。知って、本当の意味で提督の味方にならなくちゃ」

「鈴谷さんはどうしてそこまで提督のことを…?」

 

 妙高の口からそんな疑問が漏れ出る。

 

「…提督が濡れ衣を着せられたってことはさ、提督を嵌めた艦娘の中に"鈴谷"がいるってことなんだよ」

 

 長門以外がハッとしたような表情をした。

 

「絶対に恨んでるはずなんだ。私に怒りが向いてもおかしくなかった。でも、提督はそれを堪えて、この鎮守府を建て直した」

 

 1度だけ提督の怒りを買ったことがあるが、あれは私が悪かったから仕方ないことだ。わざわざ言う必要はない。

 

「怒りも恨みも自分の中に押し留めて、真実を明かさず独りで戦ってた。私はそんな提督に報いたいし、悪人だなんて思われてるのが我慢できない」

「…なるほど」

「わがままだって言いたいんでしょ、妙高」

「そんなことありませんよ。鈴谷さんと同じ立場なら私も同じことを思っていたでしょうし」

 

 意外だ。妙高もそんな考えをすることがあるのか。

 

「長門さん、私もみんなに知らせることに賛成します」

「妙高もか。何故だ?」

「艦隊の士気を高めるためです。特に駆逐艦ですが、未だに提督に対して恐怖心を抱く艦娘も多い。それを解消する手段になり得るかと」

「外部に漏れるリスクを鑑みても知らせる価値はあると思うのか」

 

 妙高が頷く。

 思わぬ援護射撃、嬉しい誤算だ。

 

「私も鈴谷さんと妙高さんに賛成します。そもそも情報漏洩の可能性はそれほど高くないと思います」

 

 今度は大淀から声が上がった。

 

「高くない?」

「はい。まず当鎮守府は前線に近い離島にあり、本土や他の鎮守府と関わることがかなり少ないです。それに、現状私たちが自由に使える遠距離通信の手段も限定されています。つまり、私たちが何かを伝え広めようとすること自体困難な状態なんです」

「…確かに」

「加えて、提督の想いを知りながらわざわざ真実を明るみにしようとする艦娘がいるとは思えません」

 

 どうやら私が望む結論に至るようだ。妙高が合理的な理由を挙げ、大淀がリスクの低さを示した。

 

「…わかった。そういうことなら皆に知らせることにしよう。鳳翔もいいな?」

「異論ありません」

「よし。では、明朝に出撃予定のない全艦は講堂に集合。集会を行う」

 

 私の気持ちをぶつけた甲斐があった。

 これで提督と私たちの関係が良くなっていくことを、私は心の底から願った。




お待たせしました。


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北方鎮守府にて

 北方鎮守府執務室の扉はその日、けたたましい音と共に大破した。

 

「な、何事ですか!?」

 

 大淀の悲鳴に応えるように執務室へ踏み込んだのは、重雷装巡洋艦の北上。いつもの飄々とした雰囲気はなく、何の感情も読み取れない。

 

「き、北上か。何の用かな?ノックにしてはやり過ぎだと思うんだけど」

 

 いつもと様子の違う北上に気圧されながらも、白川はそう尋ねた。

 

「私の要求は1つ。これに承認のサインを」

「転属願…またか」

「拒否権はない」

 

 その台詞を聞いた白川と大淀は青ざめる。2人は北上が艤装を装備した状態でそこにいることに気付いたのだ。

 

「サインをするか、グチャグチャになるか。どっちかだよ、()()()()

「北上さん、提督になんてことを…」

「…は?」

「ひっ…!」

 

 北上の眉間に皺が寄る。それを見た大淀の口から短く空気が漏れた。

 

「あんたらこそ、提督になんてことしてくれたんだよ…!」

 

 無表情だった顔に殺気の混じった怒りの色が滲み出る。

 そんな北上の様子に、白川は悟った。自分が黒田に濡れ衣を着せたことを知られた。そして、彼女の要求を飲まなければ本当に殺されてしまう、と。

 

「提督の口からはっきり聞いたよ。自分は無実なんだって。まあ盗み聞きしたんだけど、それは今はどうでもいいよね」

「う、嘘を言っていたら、とは考えないんですか?」

「大淀、私が調べもせずにこんなことする奴だと思ってるわけじゃないよね?」

「…証拠がある、なんて言うつもりですか?」

「証拠ってほどじゃないけど、何人か口を滑らせてくれたからね。提督の無実を確信するのはそれで十分」

 

 さて、と北上は大淀に向けていた視線を白川に戻した。

 

「別にあんたらがやったことを公表するつもりはない。提督はそんなこと望んでないみたいだし。だけど、私はここに居たくないし、提督を信じてる大井っちと金剛にもここには居てほしくない」

「…わかった。認めよう」

「懸命な判断だよ。命拾いしたね。それじゃ、大井っちと金剛に転属願が通ったこと話してくる」

 

 北上はそう言い残し、執務室を後にした。残された2人の周りには重苦しい空気が漂っている。

 白川はおもむろに目の前の書類に拳を叩きつけた。

 

「クソッ!なんであいつらはあの男を選ぶんだ!どう考えても俺の方が価値のある男だろうが!」

「お、落ち着いてください」

「顔がいいのも、女にモテるのも、仕事ができるのも、全部俺だ!あいつは顔もパッとしないし、女の扱いもわかってないし、ここに座って報告書を読んでるだけだった!」

 

 大淀はついに口をつぐむ。白川は短気な性格ではあるが、ここまでの激怒を見せることは少なかった。

 

「あれだけ証拠も証言もあるのに、未だ俺に靡かない艦娘が3人もいる?ふざけんな!あのクソ野郎、どこまで俺をイラつかせれば気が済むんだ!」

 

 白川は黒田に対する罵詈雑言をひとしきり吐いた後、落ち着きを取り戻した。

 そして、北上が持ってきた物を見る。彼に選択肢は残されていない。

 こうして、北方鎮守府所属の北上、大井、金剛は黒田の下へと転属されることとなった。




大井っちは沸点低いだけだけど、北上様は沸点高い代わりにガチギレしたらヤバいって雰囲気あるよね。


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提督への信頼

「司令官さん、報告したいことがあるのです」

 

 私の発言に司令官さんは眉間に皺を寄せた。

 

「重要なことか?」

「司令官さんにとってはかなり」

「…わかった。聞こう」

「はい。単刀直入に言うと、司令官さんの冤罪の話が艦娘の間で広まっています」

 

 司令官さんは天を仰ぐように背もたれに身を預ける。

 その反応も当然だ。司令官さんが悪者になることを厭わずに口を閉ざしてきた事実だから。

 

「電、誰かに話したことか?」

 

 私は首を大きく横に振った。そんなことするはずがない。

 

「だろうな。バラす気ならもっと早くにやってるだろうし、簡単にできた」

「もしかして、司令官さんには心当たりがあるのです?」

「ある」

 

 司令官さんの短い返答に少し驚いた。死ぬまで秘密にするはずだったことを誰かに話すなんて予想外だ。

 

「青山中将に問い詰められたから話した。黙秘して下手に動かれるより、何もしないことを条件に喋った方が都合がよかった」

 

 青山中将は若くしてその座にまで登り詰めたエリートで、人望が厚く人柄も高く評価されていると聞いている。

 確かにそんな人になら話しても恐れている事態にはならないだろう。きっと約束は守ってくれる。

 

「その時に誰かに聞かれていたということでしょうか」

「まあそうだろうな」

「盗み聞きだなんて、誰がそんなことを…」

「犯人捜しはいい。俺が警戒を怠ったのが原因だ」

 

 司令官さんが周囲の警戒を怠った?普段ならまずないことだ。

 疲れているのだろうか。いや、疲れているに決まっている。艦娘に囲まれ、まともに眠れない生活がもう数ヵ月続いているのだ。

 その上、中将という立場の人間から隠していることを問い詰められている現場だ。誰かが隠れて話を聞いているということを気にするには気力も体力も足りてなかっただろう。

 

「通信記録を見る限り、誰も外部にはこの話は漏らしていない。俺の知らない回線や連絡手段があるならわからんが、その可能性も低いだろう」

「とりあえず、箝口令を敷くしかないのです」

「ああ」

 

 不意に扉がノックされる。

 

「長門だ。入っても構わないだろうか」

「入れ」

 

 部屋に入ってきた長門さんは少し緊張しているようだった。

 

「何の用だ?」

「報告のようなものだ」

「…そうか、お前か」

 

 睨み付ける司令官さんを、長門さんは真っ直ぐ見つめ返している。

 

「俺の冤罪を広めたのは理由があってのことだろうな?」

「な、長門さんが?」

「ああ、私が皆に打ち明けた。もちろん理由もある」

「聞かせろ。その為に来たんだろ」

 

 司令官さんの言葉に小さく頷き、長門さんは口を開いた。

 

「提督に関しての調査報告書を皆に公開してから、艦娘の中で調子を大きく崩す者が増えた。原因は言わずもがな。作戦のおかげで轟沈などの大きな被害は出ていないが、それも時間の問題だろう」

「長々と説明しなくていい。要するに、そいつらの精神的安定の為にバラしたんだろう?」

「まあそういうことだ」

 

 司令官さんが苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「俺と青山中将の話を聞いていたんだったな?」

「ああ」

「聞いた上で艦隊にこの話を広めたということか。外部に漏れるリスクを犯してまでお前たちのメンタルケアを優先…いや、世界中のクズに虐げられている艦娘より自分たちを優先したんだ、お前は」

 

 司令官さんの声は静かだったが、明らかに怒りの感情が含まれていた。

 

 みんな、司令官さんのように強くはなれないのです。自分を犠牲にしてまで見ず知らずの誰かの身を心配できるほど。

 

 しかし、長門さんは司令官さんの怒りを気にしていない様子だった。

 

「誤解があるようだ。提督が危惧しているようなことはない」

「どういうことだ?」

「私たちには外部との通信手段はない。この話を外に漏らすことはそもそもできないんだ」

「合同作戦はどうする。他の鎮守府の艦娘や司令官との接触は避けられんぞ」

 

 長門さんは発言を止めた。反論できなくなったのだろうか。

 ふと長門さんの顔を見る。

 

 何故かすごく呆れた顔をしていた。

 

「他に話そうなどと考える艦娘はいない」

「何を根拠に…」

「この話を聞いて私たちがどう思うか、提督は考えたことはあるか?」

「…いいや、ない」

 

 司令官さんの覚悟。それを知ってどう思うか。

 感動するに決まっている。尊敬するに決まっている。この人を支えてあげたいと思うに決まっている。

 

 私は確信した。

 この鎮守府の艦娘たちは司令官さんの本当の味方になったのだ。

 

「魂を揺さぶられた」

「…は?」

「魂を揺さぶられたんだ、提督。皆が提督の味方になりたいと心の底から思っている。そう考えられるだけの強い想いと大きい覚悟を抱えているんだ、提督は」

 

 理解できない、という顔をする司令官さんに、長門さんはさらに続ける。

 

「その抱えているものを無駄にすることは、私たちにはできない。だから、真実が白日の下に晒される心配はしなくていいんだ」

 

 少しの間、執務室には沈黙が訪れた。

 

 言いたいことは言った。長門さんはそんな表情をしている。

 対する司令官さんは呆然と長門さんを見つめ返している。

 

「…信用できない。だが、言い分はわかった。今回の件で罰則はない。情報漏洩がないように務めろ。バラした奴の責任だ」

「了解した。少しでも信用して貰えるように努力しよう」

「…用が済んだなら退室しろ」

 

 長門さんの表情から緊張感が完全に消えた。

 

「ああ、そういえば」

 

 長門さんはドアノブに手をかけながらこちらに振り向いた。

 

「私以上に心を動かされたという者も多い。皆からのコミュニケーションも増えると思うが、対応してやってくれ」

「おい、ちょっと待て」

「よろしく頼んだ。ちなみに、そんな彼女らを冷たくあしらっても効果はないだろうと1つ助言をしておく。では失礼する」

 

 司令官さんが止める間もなく、長門さんは出ていってしまった。

 執務室に残されたのは、ポカンとしている私と眉間に皺を寄せて見るからに困っている司令官さんだけだ。

 

「…念のため言うのですが、話しかけるな、なんて決まりは艦隊指揮に支障が出るので命令できませんよ」

「わかっている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 真実が伝えられてから1週間が経とうとしていた。当初は困惑していた艦娘たちも冤罪を事実として呑み込み、落ち着きを取り戻している。

 ほとんどの艦娘はもはや提督を恐れてはいない。何の憂いもないと任務や訓練に没頭する子。提督と良好な関係を築きたいと交流を図る子。そして、私のように提督を誤解していたことに罪悪感を覚える子。

 

「どんな顔で会えばいいのか…」

「全然わからないっぽい…」

「いつも通りでいいと思うよ?ていうか、夕立は何となくわかるけど、加賀もそういうこと考えるんだね」

「貴女は私をどういう目で見ているのかしら」

 

 私の問いを鈴谷さんは笑ってはぐらかす。

 

「で、なんで2人は提督との関係改善を考えてるの?別に顔会わせなくても問題ないでしょ」

「実は相談したいことがあるのよ」

 

 夕立さんもうんうんと頷いている。

 

「翔鶴が危ない戦い方をしてるから、どうにかしてそれを止めさせたいの」

「由良もずっと調子が悪いっぽい」

「なるほど。なんか榛名もヤバいって聞いたし、名前の出てた子がダメになってる感じみたいだね」

「…貴女は平気なの?」

「あー…」

 

 鈴谷さんが視線を外して苦笑いをする。何か困ったことがあるのだろうか。

 

「悩んでることはあるけど、まあ切羽詰まってるわけじゃないし大丈夫だよ」

「それならいいのだけれど」

「そういえば、浜風も平気そうだった。戦果も悪くないっぽい」

「あの子も鈴谷と同じような悩みがあるみたいだけど、浦風とかが上手くフォローしてるんでしょ」

「同じ悩み?」

 

 夕立さんが首を傾げる。

 

「北方鎮守府の鈴谷と浜風、提督の冤罪をでっち上げた張本人なんだよね」

「同じ艦でも別人なんだから鈴谷さんたちが気にすることではないでしょう?」

「提督がここに着任した時、別人だからって信用しようとした艦娘がいた?」

「…いないわね」

 

 確かに、提督を『提督という役職の男性』と見て、前任者と同じだと決めつけたことはある。別人だというのに、だ。

 そう考えると提督は強い人だ。私たちにはもちろん、『自分を嵌めた艦娘』と全く同じ外見をした子たちに対しても、報復的な言動をしなかったのだから。

 

「報いたいんだよ、提督に」

「そう」

「ま、私のことはいいでしょ」

 

 鈴谷さんはそう言ってはにかんだ。それに釣られて私の口角も僅かに持ち上げられた。

 

「まあいいわ。鈴谷さんが提督に想いを寄せていることは置いといて、今後私たちはどうするべきなのかしら」

「置いとくなし。ていうか、別に好きって訳じゃ…」

「誠心誠意お願いするしかないっぽい。でも、聞いてくれるかな…」

「夕立にまでスルーされたんですけど?」

 

 鈴谷さんはほんのりと赤らんだ頬を膨らませた。しかし、怒っている感じではない。

 提督のことが好きというのが図星だったのだろうか。冗談のつもりだったのだけれど。

 

「提督のことだから、頼めば何かしらのアクションは起こしてくれると思うけどね。戦力的にも改善した方がいい問題だし」

「戦力的に、ね。それなら頼みやすいかもしれないわ」

「早速言ってみるっぽい?」

「それじゃあ鈴谷と一緒に来る?」

「鈴谷も提督さんの所に行くつもりだったっぽい?なんで?」

「日課みたいなものだよ」

 

 え、日課?

 まさか毎日提督の下に通っているの?

 

 夕立さんもポカンとしている。

 

「ちなみに、提督の所で何をしているの?」

「別に何も。鈴谷が一方的に喋ってるだけかな」

「怒られないっぽい?」

「鬱陶しがられるけど怒られはしないかな」

 

 鈴谷さんはニコニコとそんなことを言ってのけた。初めて見たと確信するほどの晴れやかな表情だ。

 私は思わず夕立さんと顔を見合わせた。

 

「…鈴谷さん、自分で今どんな顔で喋ってるか自覚しているのかしら」

「それで『好きじゃない』は無理があるっぽい」

「え、鈴谷そんな変な顔してた!?」




書きたいシーンがあるのにそこまでの過程が書けない。あるあるだと思います(言い訳)

次の話も時間かかります。申し訳ない。


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艦娘は娯楽が欲しい

 艦娘には休日はない。あくまで非番であり、緊急出撃できるように備えるか訓練を行うのが普通だ。

 今日も夕立と一緒に川内さんの下へ赴き、夜戦を想定した訓練をするつもりだった。

 

 しかし、何故か僕たちは提督の執務室にいる。

 

「…用件はなんだ?」

 

 提督は呆れたように僕たちに聞いてきた。

 そんな顔で見ないでほしい。僕も知りたいんだから。

 

 提督の問いに、僕たちを連れてきた張本人である暁とヴェールヌイが答える。

 

「目的はいつもと一緒よ。司令官とお話をしに来たの」

「時雨と夕立は来る途中で見かけたから連れてきた」

「帰れ」

 

 提督は短く拒絶したが、暁たちは何ともない顔をしている。

 

「帰らないわ。もうSM()作戦は始まってるのよ」

「SN()だよ、暁。司令官と(S)仲良くなる(N)作戦。それだと別の意味で()()()()()ことになる」

「別の意味?」

「わからないならいいよ」

「…?」

 

 暁とヴェールヌイの漫才染みたやり取りに、提督の表情はついにげんなりしたものになった。

 彼女らの姉妹艦であり秘書艦の電は、それを困ったように笑いながら眺めている。

 

「そんな作戦が決行されるなんて聞いてないのです」

「電は知らないのも無理はないわ。今決めたんだもの」

「やりたい放題なのです…」

 

 電の言う通りである。流石に提督も怒るのではないだろうか。

 

「…もういい、勝手にしろ」

 

 勝手にしていいんだ…。

 

「なんか、提督さんの私たちへの態度が柔らかくなってるっぽい?」

 

 僕と同じように困惑しながら眺めていた夕立が、そう耳打ちしてきた。

 確かにそうだ。用件もなく執務室に入り浸っているなら、すぐに出ていけと言われそうなものなのに。

 

「夕立の感じた通りだと思うよ。提督も僕たちと向き合おうとしてくれてるのかな」

「そういうわけではないっぽい」

 

 ふと見ると、提督は暁たちに一方的に話しかけられていた。まさに仏頂面という顔をしている。

 提督からの返事や相槌はあまりないが、暁と響は楽しそうだ。少し羨ましい。

 

「昨日の遠征任務の時に司令官に似た雲を見かけたのよ。見せてあげたかったわ」

「カメラという写真を撮る機械があるらしいね。司令官、是非支給を検討してほしい」

「響の意見に賛成!」

「却下」

「えー!みんなが撮った写真見たかったのに!」

「それは残念だ。艦隊の士気を上げる為にも効果的だと思ったんだけど」

「そう言えば俺が何でも許可を出すと思っているのか、ヴェールヌイ」

 

 ヴェールヌイはこくりと頷いた。

 

「甘味やお酒は許可してくれたじゃないか」

「飲食物は別だ。お前たちの食事は間宮たちに一任している。あいつらが必要と判断したから許可を出したに過ぎない」

 

 ヴェールヌイは肩を竦め、それ以上は何も言わなかった。とりあえずは諦めたようだ。

 しかし、もう1人は諦めが悪かった。

 

「カメラがダメならスケッチブックでもいいわ」

「しつこいぞ暁。何故そこまで拘る?」

「だって、非番の日には楽しいことしたいじゃない」

 

 暁は何を言ってるんだろう?

 出撃や演習がない日は装備の整備や点検をしたり訓練したりするものだ。そうでなくとも、ジッとして体を休めるべきだろう。

『楽しいこと』が何かはわからないけど、それは本当に必要なことなのだろうか。

 

「暁、出撃のない日は自主訓練するかメンテナンスするか体を休める為の日っぽい。それをサボる為の申請なんて通るわけないよ」

 

 夕立は僕よりも重く受け止めたようだ。暁は別にサボろうとしてるわけじゃないと思うけど。

 

「別にサボろうとしてるわけじゃないわ。夕立の言うことも間違いじゃないけど、今の生活のままじゃ息苦しいでしょ?」

「そんなことないっぽい」

「それは今までが辛い環境だったから平気なだけ。これから先も平気なわけないわ」

 

 暁は提督へと向き直る。その顔は真剣そのものだ。

 

「司令官のおかげでみんなは泣きそうな顔をすることが少なくなったわ。今度は笑った顔を増やしたいの。お願い、司令官」

 

 数秒間、静かな執務室で暁と提督の視線は重なりあった。

 その空気に耐えきれず、僕は思わず口を開いた。

 

「提督、僕からもお願いするよ」

 

 全員の視線が僕へ向く。

 

「戦う以外のことをやってみたいんだ」

 

 僕の言葉をきっかけに、ヴェールヌイと夕立も声をあげる。

 

「司令官、私も暁と時雨に賛同するよ」

「夕立も、戦いとは関係ないことちょっとやってみたいっぽい…!」

 

 提督はそんな僕たちを見ると、何かを考え込むように目を瞑った。

 

「わかった。検討しよう」

「やった!ありがとう、司令官!」

「ただし、お前たちの希望に沿った娯楽を与えられるかはわからない。文句は言うなよ?」

「もちろんよ!」

 

 提督の言葉に暁は飛び上がって喜んだ。彼女ほどではないが、ヴェールヌイも夕立も喜びの感情が表情から滲み出ている。

 かく言う僕も自然と口角が上がる。

 

 そうしていると、突然執務室の扉が開かれた。

 そこにいたのは雷。ちょっと怒っている。

 

「やっぱりここにいたわね、暁。響も。今日は魚雷管の整備をしてから司令官に会う予定だったでしょ」

「順番の前後が代わっただけだよ。些細な問題さ」

「響の言う通りよ」

「いいから!早く戻るわよ!」

 

 嵐のような勢いで執務室に突入してきた雷は、暁と響の手を掴んで、また嵐のように去っていった。

 

「…お前の姉は騒がしい奴ばかりだな」

「あははは…でもおかげで毎日楽しいのです」

「僕たちもそろそろ行こうか。まだ演習やってるかな」

「途中参加させてもらうっぽい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「長門、艦娘から娯楽の充実化が申請されたという話は聞いているな?」

 

 提督に呼び出された私は、執務室に入るなりそう切り出された。

 

「聞いている。皆が無理を言ってすまない」

「いや、いい。いずれは必要だと思っていたものだ」

「そうだったのか。なら良かった」

「問題は他にある」

 

 提督がそう言うと側に控えていた電が紙束を差し出して来る。私はそれを受け取り、内容を確認した。

 そこに書かれていたのは、深海棲艦の拠点場所の予測と奴らの戦力の予測だった。

 

「輸送航路の安全性を確保し、輸送コストとリスクを下げなければならない。今のままでは嗜好品や娯楽用品の要望は間違いなく却下される」

「この資料を見るに、敵の本拠地を叩くつもりか」

「哨戒を増やしても根本的な解決にはならないからな。こちらから攻撃を仕掛け、敵の戦力を大幅に削るか殲滅する」

 

 提督はこれを機に前線を上げたいらしい。成功すればここら一帯は安全になり、物資の供給も潤沢に行われるだろう。私たちの練度でなければこなせなかった護衛任務や哨戒任務も、他の鎮守府に任せることもできるかもしれない。

 私はチラッと手元の海図を見た。

 

「しかし、敵の拠点とおぼしき場所が多いな」

「それはこれから哨戒や偵察の結果で絞っていく」

「作戦まで時間があるということか」

「戦力増強のための時間も要るからな。平行して進めていく」

「そちらを私が取り纏めればいいのか?」

 

 提督はコクリと頷いた。

 

「火力艦の数が心許ない。重巡勢の練度向上と榛名の調整に力を入れる。妙高と比叡に投げればいいが、進捗はお前が報告しろ。駆逐艦も使える奴を増やしたい」

「承知した。駆逐艦は川内型姉妹と天龍型姉妹に任せればいいな。空母や潜水艦には何かあるだろうか」

「特に言うことはない。今まで通りに訓練と任務に励め」

 

 指示を頭に入れる。

 私は提督と艦娘たちのパイプ役に徹すればよさそうだ。指導の方は私より教官に向いている者に任せればいい。

 

「海域の奪還が成功すれば、何かを楽しむ余裕というものを持てるのか。楽しみだ」

「呑気なものだ」

「今は何もやっていないようだが、以前は提督も何か趣味があったのか?」

「何故聞く?」

「参考までに聞いてみただけだ」

 

 半分嘘だ。ただの好奇心である。

 少し距離を取っていたつもりではあるが、私も心の奥底では提督との関係を良くしたいと思っていたのだろうか。

 

「…ごく一般的なものだ」

「司令官さんは映画鑑賞やスポーツ観戦が好きだったのです」

「おい」

 

 横から電がそう口を挟む。

 提督が睨むが電はそれを受け流した。

 

「ふむ、この鎮守府では難しそうだな。映画館もスポーツ施設も本土に行かないとないからな」

「テレビでも映れば解決するのですが、どのみち海域の安全を確保しなければいけないのです。近くに電波の受送信施設を建設できる程度には」

 

 ということは、提督の想定以上に力を入れなければいけない。

 輸送任務と人工物の建設では危険性もかかる防衛コストも違う。無論、後者の方が高いだろう。都度護衛艦隊を出せばいい輸送任務と比べて、常に警備する艦隊が要ると予想されるからだ。

 リスクもコストも低く抑えるには、さらに強くなって深海棲艦を根絶やしにするしかない。

 

「任せてくれ。この近海の深海棲艦を滅ぼし、()()()とやらを設置できるように艦隊の練度を向上させてみせよう」

「俺はそこまで命じていないぞ、長門」

「いや、やらせてくれ。私たちの待遇が改善されるというのに、提督に不便を強いるのはあり得ない。連合艦隊旗艦の名折れだ」

「しかし…」

「心配は無用だ。この長門、必ずやり遂げてみせよう」

 

 私の態度に提督は諦めたようだ。

 

「…無理はするなよ。訓練で疲労を溜めて任務が疎かになれば本末転倒だ」

「もちろんだとも」

 

 ふと見ると電がニコニコしていた。

 ふむ、どうやら上手く誘導されていたらしい。急に話に入ってきたと思ったら、そういうことだったか。

 まあ、だからといって気持ちが冷めることもない。言ったからには結果は出すさ。

 

「随分嬉しそうだな、電」

「へ!?な、何でもないのです!」

 

 ちなみに、電の思惑は提督にもバレていた。




書けねえ(遺言)

書くけど


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新戦力

 私の目の前で司令官は報告書を読んでいた。感情のわからない顔のまま視線だけ動かしている様子をぼんやりと眺める。

 黙々と書類を読み込んでいる姿は少し恐そうにも見えるが、頼もしくも見える。きっと、この感情が司令官という役職に就く人間に対しての正常なものなのだろう。

 

 そんなことを考えていると、ふと司令官が顔を上げた。

 

「霞、机のすぐ前でジロジロ見られていると気が散る。俺の顔に何かついているのか?」

「目と鼻と口」

「ぷふっ」

 

 電の吹き出す声が聞こえ、司令官は眉間に皺を寄せた。

 ふざけた返答なのは間違いないが、呼び出しておいて放置されてるのでそれくらいは許されるはずだ。

 

「そんな顔しないでよ。暇なの」

「ここに来るのが早すぎだ。指示した時間まであと15分ある」

「艤装の整備が思いの外早く終わったから。遅れるより早く来た方がマシでしょ?」

「それはそうだが」

 

 司令官はチラリと部屋の端にあるソファを見た。応接室のものより簡易な来客用のものだ。

 

「座って待てばいいだろ。そこに立って待機する必要はない」

「司令官も電も仕事してるのに座って待ってるなんてできないわよ。それに、別に邪魔してるわけじゃないし」

「結果的に邪魔になってるんだが」

 

 視線を横に移して知らん顔する私に、司令官はより困惑の表情を強くした。

 うん、おもしろい。

 

「ほら、細かいこと言ってないで早くやること済ませなさいよ」

「ああ、もう終わった」

 

 司令官はそう言うと、持っていた報告書を電の方に突き出した。

 電もいつの間にか机の横に立っており、それをすぐに受け取る。

 阿吽の呼吸だ。感心する。

 

「もしかして、急がせちゃったかしら?」

「気にするな」

 

 さて、と司令官は1枚の紙を取り出した。どうやら任務命令書のようだ。

 

「本部から任務が来た。護衛任務だ」

「その旗艦を私にしろってことね」

「ああ」

「内容は?」

「護送船1隻をこの南東鎮守府まで安全に送り届けるという任務だ」

 

 それって普通は向こうの艦娘の仕事ではないのか。その護送船とやらの行き帰りで、私たちは2往復するハメになる。

 

「連中はここら一帯の深海棲艦を恐れている。故に精鋭揃いのウチに任せたいらしい。まあ、報酬と消費する分の資源はたんまり頂くがな」

 

 私の疑問を察したのかはわからないが、司令官が答えを言ってくれた。

 確かに深海棲艦は強いと思うけど、資源や食料品の輸送は出来ているんだからそんなに怯えなくてもいいのに。本部の艦娘はそんなに弱いものなの?

 

「で、その護送船には誰が乗ってるの?」

「新しく配属になる艦娘だ。()()増えることになる」

「新戦力ってわけね。使えるかどうかが問題だけど」

「すぐにここのレベルになるのは不可能だ。まあ長門がなんとかするだろう」

「ふーん」

 

 長門がなんとかするだろう、ね。随分と信頼してるものね。

 そういえば、司令官の冤罪を信じてみんなに伝えたのは長門さんだった。それで司令官が心を開くとは思わないが、関係構築のきっかけにはなったということだろうか。

 

「何か気になることがあるのか?」

「え、なんで?」

「そういう顔をしていた」

 

 顔に出したつもりはなかったんだけど。

 この司令官、意外と人の表情とか見てるのよね。

 

「別に。なんでもないわ」

「…そうか。ならいい。さて、本題だが」

「本題?」

 

 任務の事前打ち合わせではなく?

 

「お前には別の任務を与える」

「私だけを呼び出してそれを言うってことは、秘密の任務ってやつ?」

「まあ、そうだな」

 

 司令官は真剣な表情で続ける。

 

「ここに配属になる4人を調査してほしい」

「どういうこと?」

「その4人は全員()()()()()()()()()()()()()()ここに来る。その意図を知りたい」

「わざわざここに?物好きもいたものね」

「本当にただの物好きならいいんだがな」

 

 つまり、害意があるかどうかを調べてほしいということ。

 何かを企んでここに来るのなら、標的は十中八九司令官だ。司令官は当然警戒されるだろうから難しいが、艦娘の私になら口を滑らせてその企てを聞き出せるかもしれない。

 

 ここであることに気付く。

 

「ねえ、その4人が何かを企んでたとして、私がそっちに乗るとは思わなかったの?」

「…考えたがその可能性は低いと結論を出した」

「何よ、今の間は。考えてなかったんじゃない?」

「そんなことはない。他に聞くことがないならさっさと退室しろ」

 

 司令官はそう言ってまた何かの資料を読み始めた。誤魔化しているようにも見える。

 でも、それは別にどうでもいい。

 少なくとも、裏切ることはないだろうと思われている。味方と認められたのだ。気分がいい。

 司令官は私を信頼しているのね。その台詞を口に出せば目の前のこの男はどんな顔をするのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員補給は終わってるわね」

 

 霞さんの言葉に全員が頷く。

 

「じゃあ私と由良さんは輸送船内で待機。周囲警戒は夕立たちでよろしく。後で交代するわ」

「了解っぽい」

 

 どうやら私は待機のようだ。輸送船へと進む霞さんの後を追った。

 

「由良さんは次の交代まで休憩してていいわよ」

「霞さんはどうしますか?」

「私はやることがあるから」

 

 そう言ってスタスタと歩く霞さんはどこか緊張しているように見える。大事な用事のようだ。

 頼りになる旗艦でも、霞さんは駆逐艦だ。軽巡の私が助けてあげなければ。

 

「もしよかったら私も手伝わせて。ね?」

「え、別にいいけど」

「ありがとう。私は何をすればいい?」

 

 私が尋ねると、霞さんは荷物から数枚の紙を取り出した。

 

「うちに転属になる4人はみんなうちに来ることを希望してるそうなの。で、司令官はその意図を知りたがってる」

「なるほど。それを聞き出せばいいのね」

「そ。まあ話は私がするから、由良さんは相手の様子を見ておいて。気になったところは後で私か司令官に言ってくれればいいから」

「え、提督さんに直接…?」

「嫌だった?」

 

 私は首を横に振った

 嫌なわけではない。むしろ、会って話をしたいと思っている。

 でも、やっぱり緊張する。私は()()なのだ。

 

「さて、それじゃあ顔合わせと行こうかしら」

 

 いつの間にか目的の部屋の前に来ていたようだ。

 霞さんが扉をノックする。中から返事が聞こえてから、私たちはその部屋に足を踏み入れた。

 

 部屋に入った瞬間、4人の内の3人から鋭い視線を向けられた。金剛さん、北上さん、大井さんだ。

 睨まれるようなことした覚えはないのだけど。

 

「南東鎮守府の霞よ。早速で悪いんだけど、ちょっと聞きたいことがあるの。いい?」

「Of course」

 

 金剛さんがそう答える。緊張しているのか警戒しているのか、少し表情が固い。

 

「ここにいるみんなは全員うちへの転属願を出してるわよね。はっきり言って、進んで来るような所じゃない。動機を聞かせてほしい」

「Umm…」

「どうしても言わなきゃダメ?あんまり言いたくないんだけど」

 

 北上さんが困ったように笑いながらそう言う。

 

「ダメよ。言わなきゃ司令官の近くには置いておけない」

「それは()()()()()()()()()()()()()()から?」

「そうよ」

「それが理由ということは、霞さんはあのことを知っているのね」

 

 大井さんの言う『あのこと』とは、十中八九提督さんの冤罪のことだろう。

 霞さんはムッとした表情で言葉を返す。

 

「へえ、認めるんだ。他でもない元北方鎮守府の艦娘が。また司令官に嫌がらせでもするつもり?」

「まあ待ってよ。誤解してるって」

「私たちが提督のことを知ったのはつい先日のことよ」

「それを知って、あそこからescapeするためにここにいるんデス」

 

 そこから十数秒間は無言のにらみ合いが続いた。

 いや、睨んでいるのは霞さんで、金剛さんたちは不安そうに彼女を見つめている。

 

「まあいいわ。とりあえず信じることにする。由良さんをつい睨んじゃう所を見るに、北方鎮守府を見限って司令官の側に付きたがってるのは本当っぽいし」

 

 そうか、あの視線はそういう意味だったのか。

()()は提督さんを貶めたメンバーの1人。だから私の姿を見た時に、無意識に敵意を向けてしまったのだ。

 私に頭を下げる3人を宥めながら、そんなことを考えていた。

 

「さて、次は貴女よ」

「ひゃい!」

 

 みんなの視線が部屋の隅で存在感を消しながら縮こまっていた最後の1人に向けられる。

 

 彼女の名前は鹿島。練習巡洋艦だ。

 ツーサイドアップに纏められたふわふわとした銀髪に、同性でも見惚れてしまう程の美貌とプロポーションを持った艦娘。

 

「鹿島さんが1番ウチに来る理由がわからないわ。練習巡洋艦が必要な程練度の低い艦娘や妖精はいないもの」

「えっと…」

「それに、建造されてからそんなに日が経ってないわよね。戦闘経験を積もうにも敵が強すぎて何もできないと思う。どうして南東鎮守府に…って、え?」

 

 鹿島さんは顔を青くして目尻に涙を浮かべていた。

 

「な、南東鎮守府ってそんなに大変な所なんですか…?」

「…私たちが今から行く鎮守府はforemost lineデス」

「まさかそれを知らずに転属願を…?」

「この子、アホなのかしら…」

 

 金剛さん、北上さん、大井さんが順番に投げ掛けた言葉は、鹿島さんの表情をさらに可哀想なものにした。

 今にも泣き出しそうだ。どうにかフォローしてあげなくちゃ。

 

「霞さんの言う通り、私建造されたばかりなんです。だから全然知らなくて。ど、どうしよう…というか、それならなんで申請通っちゃうの…」

「まあまあ、そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよ。提督さんならきっと上手く運用してくれます」

「時間はかかるだろうけどね。あの司令官なら大した問題じゃないわ」

 

 それより、と霞さんは続ける。

 

「転属の動機を聞きたいんだけど?」

「あ、そうでした。ごめんなさい」

 

 目尻の涙を指で拭い、鹿島さんは語り出した。

 

「南東鎮守府に行きたい理由は、私を艦娘として正しく使ってくれる提督さんがいると聞いたからです。練習巡洋艦は運用方法が特殊らしく、最初にいた鎮守府では1度も出撃しなかったんです」

「戦闘で活躍がしたかったの?それなら他の鎮守府でもいいと思うけど」

「もう1つ理由があるんです。実は前の鎮守府でその…性接待を強要されて」

「っ…!」

 

 場の緊張感が高まった。

 そんなバカなことをしている人間がまだいるのか。

 昔を思い出してしまい悪寒が走る。胸にモヤモヤが溜まっていく感覚と吐き気を覚えた。

 

「皆さんどうかしましたか?」

「いや、何でもないわ。続けて」

「は、はい。まあそういう経緯もあって、艦娘として使ってもらえてエッチなこともされたくないなら南東鎮守府の黒田少佐が適任だと助言を貰いました。それで今に至ります」

 

 鹿島さんのいう条件なら確かに提督さんの下に配属になるのは悪くないのかもしれない。まあ他の鎮守府がどんな感じなのかはわからないのだけど。

 と、そんなことを考えていると、ふと気がついた。今、鹿島さんは誰かに助言を貰ったと言わなかったか。

 

「鹿島さんに助言をした人って誰?」

 

 霞さんも同じ疑問を持ったようで、そう質問する。

 鹿島さんはそれに即答した。

 

「はい。大本営の赤松大将閣下です」

 

 予想外の大物の名前にその場が静まりかえった。




主人公たちがいる所を南東鎮守府ってことにします。
あとポンコツ鹿島概念もっと流行れ。


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