Re:ゼロから始める鬼狩りの異世界生活 (タロ芋)
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1 まさか異世界転移というやつか

ふと、書きたくなったので。


 怯むな! 恐れるな!! 進め! 前へ! 次へ! 先へ!!! 

 

 視界全てを覆うほどの無数の結晶の槍。

 

「ハァァァア……」

 

 炎の呼吸───肆ノ型 盛炎のうねり!! 

 

 自身を中心に、渦巻く炎のように前方広範囲を薙ぎ払う剣戟が障壁となり、無数の槍を切り払う。

 

「クハ、クハハハ! 無駄ぞ鬼狩りィ!!」

 

「だま、れ!!」

 

 倒すべき敵の声へを無視し、1歩ずつ確実に足を進める。

 ここでやつを倒さねば、それだけ数多くの無辜の人々の命が奪われてしまう。

 

 燃やせ! 血を! 精神を!! 

 呼吸を止めるな! 深く、強く、限界を超えろ!! 

 

「しぶといのう、しぶといのう。人間が鬼であり十二鬼月であり、上弦の儂にかなうものか!」

 

「そんなことを知ったことか!」

 

 そんなものなど関係ない。人を殺め、喰らい、悲しみを広げる化け物を前に逃げるなど!!! 

 

「クヒャヒャヒャハャ!!」

 

 

 血気術──金剛発破

 

 

「シイアアアア……」

 

 地面が蠢き、四方から龍を模した金剛石のような結晶が自分に向けて殺到する。

 呼吸を変え、型を切り替える。

 

 風の呼吸参ノ型 晴嵐風樹(せいらんふうじゅ)! 

 

 自身の周囲を竜巻のように激しく連続で斬り付け、鬼の攻撃を防ぐ。だが、その攻撃の激しさは防ぎきれず、土塊が頬を、足をかすり血がふきでる。

 

「脆い、なんと脆い! あぁ、実に憐れよ! 貴様ら人は土とは違いなんと脆いのか!!」

 

「人は確かに脆い。だが! だからこそ人は技を積み、経験を重ね次へと歩む!! 例え倒れても誰かがそれを継承し、次へと紡ぎ、そして巨大な木へと育てるのだ!!!」

 

「戯言をォ!」

 

 

 血気術──金剛御柱

 

 

 鬼が手を掲げ、地面へと叩きつける。

 地面が揺れ、地中から結晶の杭が突き破り、牙のように食らいつく。

 

「ガァァアッ!!」

 

 空へと吹き飛ばされ、鮮血が宙を舞う。

 

「死ねぇ、鬼狩りィ!!!」

 

 血気術──金剛夜叉明王・百剣

 

 死ぬ? ここで、俺は負けるのか……? 

 

「否! 否!! 否ッッ!!! ……俺、は…………!!」

 

 勝つ!!! 

 

 桜の花弁が舞い散る。

 無数とも言える斬撃が吹き荒れた。

 

 瞬間、体を貫くはずだった結晶の刃が全て粉砕され、キラキラと月明かりを反射し幻想的な風景を創り出す。

 

「な、に……!? 有り得ぬ! 我の攻撃を! その死に体ともいえる状態で防ぐだと!?」

 

「ォォオォオオオ!!!!!」

 

 右頬から首筋にかけて桜の花びらのような痣を浮き上がらせ、青年は荒々しく呼吸する。

 地を踏み締め、深く身を沈め、命を燃やし、目の前に立つ鬼へと突き進む! 

 カチリ、と己の胸の内で全てがハマる。未完成であった、最後の技を見出しそれと呼応するように、握られた刀の刀身が黒く、赫く、全てを断ち切るほどの熱を放ち始める。

 

「桜の呼吸───陸ノ型」

 

「認めぬ、認めぬぞ! 私が! 上弦であるこの儂がァア!!!!」

 

「散華!!!!」

 

 月夜の下、ふたつの影が交差した。

 そして、片方は背中から夥しい血を垂れ流し、左腕が断ち切られ宙を舞う。

 

「ゴフッ……」

 

 もう片方は頸を断ち切られ、ボロボロと身体の端が崩れ、頭だけになっというのに、ソレは叫ぶ。

 

「アアアアァァァア!!! 有り得ぬ! 儂が! 上弦の陸である儂がここで朽ちるなど!!?」

 

 桜の花弁をあしらった羽織りを纏い、背中に『滅』の字を背負った青年は血を吐き出し、髪色とおなじ薄紅色の刀を杖代わりして呼吸を整えようとした。

 

「ガフッ、ゲホッ!! ぐっ、俺……は、死ね、ない。かなら、ず…………かえ、る……て!!」

 

 だが、血は止まらず手からは力が抜けていく。

 視点も定まらず、もはや死に体ともいえる状態で青年は進もうとする。

 

「ちく、しょ……う…………」

 

 悪態をつき、青年は地面へと倒れふす。

 瞳の光が失せ始め、意識も消えていく。

 

 だから、彼は気が付かなかった。体を包み込む無数の黒い手に。吐き気を催すほどの腐った果実のような甘い臭いに……

 

「か、え……で…………」

 

 大切な存在の名を紡ぎ、手を掲げるがその手には空を切るのみで、黒い手が全身を包むと今度こそ、その意識を手放すのだった。

 

 ───某日未明、鬼殺隊隊員『桜柱』”歌風(うたかぜ) 華代(はなよ)”は任務中に十二鬼月、上弦の陸と遭遇。

 これと戦闘を始める。単独で上弦の陸を討伐したこと彼の鎹鴉の報告から確認された。だが、その周辺には日輪刀はおろか亡骸や隊服の破片も見つけることは出来ず、唯一発見出来たのが周囲の戦闘による余波と、鬼の血鬼術に形成された結晶に致死量とも言える血痕のみであり、鬼殺隊上層部は彼を生死不明から死亡と断定。捜索を打ち切ったことをここに記す。

 

 

 〇

 

 

「…………ここ、は?」

 

 華代の視界に移るのはどこかの街並み。

 

 空は青く澄み渡り、道を歩く人々は見たことの無い人? ばかり。

 

 頭に獣の耳が生えていたり、普通の人間とは違い耳は先端が尖り、全身が毛むくじゃらだったり、普通の人間も見える。

 

 外国の衣装には縁はないが、華代は任務で時折見かけることはあるため恐らくはそれに類するものなのだろうが、前世含めての記憶の限り頭に獣の耳を生やした人種は見たことは無かった。

 

 とりあえず、彼は自分の体の内側に意識を向ける。

 

「(体調は万全、むしろ絶好調と言える……)」

 

「(私は確か……担当区に現れた鬼を討伐し、その後に十二鬼月…………それも上弦の陸と遭遇。これと戦った)」

 

「(記憶の限り、私は奴の頸を断ち切り、消滅したことを確認した。だが、やつの攻撃で同様に致命傷をおっていた筈だ。それだと言うのに……)」

 

 華代は自分の左腕に視線を向ける。

 肩口から切られた筈の腕はきちんとくっついており、跡も見られない。

 

「原因はあの臭いと気配か……?」

 

 意識を手放す寸前、微かに感じ取った甘ったるい腐臭と遭遇した上弦の鬼以上におぞましく悼ましい気配を思い出し、華代はその背筋を少しだけ震わせた。

 

「それにしても…………まさか異世界転移というやつか」

 

 トカゲを巨大化した生き物に引かれた荷車が目の前をとおりすぎていくのを見送り、華代はため息をこぼし呟くのだった。

 

 

 

 歌風(うたかぜ) 華代(華代)は転生者である。

 前世というものの記憶を保持し、幕末の時代にとある武家の家に生まれ落ちた。

 

 記憶を失い、ただの人として生きれたら良かったのだが残念ながらきちんと自分が過去で医学生をしていたことを把握し、そして恐れ多くも鬼を斬り、人を護る鬼殺隊において『桜柱』の称号を拝命させてもらっていた。

 

 そして、物心つく頃には華代は絶望した。別に『鬼滅の刃』の世界ではなく時代が時代のため、なにをしてもあちこちには死亡フラグが満載であったのだ。

 

 だからだろうか、華代は死ぬ気で剣術を学び、とにかく生きることに足掻いて、足掻いて、足掻きまくる。

 

 そんな華代が鬼殺隊に入るきっかけとなったのが、己の剣の師匠である隻腕の祖父が契機だった。

 この祖父、齢が70近くで片腕だけだと言うのに出鱈目なほど強かったのだ。既に師範代であった父すら超えていたというのに、華代は手も足も出ず頭のおかしい強さであった。

 後で知ることになるが、その強さの秘訣はやはり『全集中の呼吸』である。

 

 そんなこんなで、今世の華代は剣の才に恵まれ祖父に見出されることになり、剣術に並行して幼い体に呼吸法を叩き込まれた。

 なのだが、いくら剣才があるからといって拷問まがいの鍛錬と『全集中の呼吸』の基礎を叩き込まれ、華代は割とガチで死ぬかと思った。というか何度も死にかけた。

 

 時が経ち、華代は15になると元服を済ましたや否や祖父ち拉致られ、首根っこを捕まれ鬼殺隊に入るべく最終選別に叩き込まれてしまった。

 その時、周囲では黒船来航や攘夷などで騒いでいたのだが、未来を知っていた華代はノリについていけず、冷めた目で見つめていたため、周囲とは馴染めずにいたので、別に鬼殺隊に入ることには異論はなかった。

 

 だが、なんの説明もなく『鬼』や『日輪刀』、『呼吸』について一切説明もなく。祖父からは『この翠の刀で鬼の頸を切れば死ぬ』これだけである。控えめに言ってふざけんなという話だ。説明不足にも限度がある。

 

 密かに仕込まれた呼吸法が『全集中の呼吸』で、翠の刀は祖父の日輪刀、日輪刀で頸を切って死ぬのは今でこそ鬼だとわかるが、その時の華代からしたら『何言ってんだこいつ、ボケてんの?』であった。

 

 呼吸も『めちゃくちゃキツイけど凄く動ける呼吸法』と言う認識で『そりゃ、誰しも首斬れば死ぬわ』とか、『綺麗な刀だな』くらいしか思っていなかった。

 

 そんなことをしつつ、迎えた最終選別はそれは酷いものであった。

 初めて見る鬼に、華代はとても驚かされた。

 手足を切っても直ぐに再生し、達磨にしてもすぐに元に戻って襲いかかってくる化け物たち。これで元が人間だと言うのも悪い冗談だろう。

 

 鬼に追いかけ回されている中で、華代はようやく『あ、これ鬼滅の世界だ』ということに気がつき、この時になってようやく全てが繋がった。

 教わった『全集中の呼吸』と技を使い、鬼へと反撃を開始する。

 

 その後はどうにか最終選別を生き残ったが、喜びよりも深い絶望があった。騒乱の時代よりも過酷な鬼狩りの世界へと叩き込まれたのだ。それも当然だ。

 

 晴れて鬼殺隊員になったが、行動原理は変わらず死なないため少しでも生き残るために鍛錬を積み、前世の医学の知識を鬼殺隊に広めた。

 その間にも並行して、既に常中は知っていたために基礎となる他の呼吸を学んだ。

 

 理由は簡単。祖父からは仕込まれた呼吸は『風の呼吸』だ。だが、支給された日輪刀の色が翠ではなく、『炎の呼吸』の適性を表す赤に近い薄紅色だった。

「クソが! あの爺、適正あってねぇだろッッ!!!」

 その場で思わず叫び、華代は合わない呼吸を使い死ぬ確率を高めるくらいなら、無理を言って休みの合間を縫って『炎の呼吸』を学ぶことにした。

 

 日輪刀が示すとおり、適正の高い呼吸法は華代自信が驚くほどに学習する速度が早く、その時に自分の剣才に感謝したほどだった。

 

 およそ、3年ほどの月日をかけて『炎』と『風』の呼吸の派生として『桜の呼吸』を編み出し、階級をひとつずつ上げていき、ある日の任務において十二鬼月の下弦の鬼を討ち取り、『柱』になるための条件を満たし晴れて華代は『桜柱』となったのだ。

 

 その過程で大切な伴侶もできた。”楓”という名の、鬼殺隊の一般隊員の女性で柱としても任務で危機に陥っていたところを華代が助け、それから出来た縁で継子として育て互いに惹かれていき婚姻を結ぶ。

 

 その時は同僚の柱達や当主が総出で祝い、とても幸せな気持ちであった。

 

 子宝にも恵まれ、華代は2児の父となり長男の五歳の誕生日の時に運悪く”堕姫”・”妓夫太郎”の前任であろう上弦の陸と遭遇し、殺し合う。

 

 あの鬼は人の死角から死角へと移り、防ぐことを許さない物量攻撃を行うことに長け戦闘は辛いものがあった。だが、華代の特異体質により勝つには勝てたが、それも数々の偶然と幸運によりどうかもぎ取ることは出来た。

 

「死にたくない」を第1にして生きてきた華代だが、『柱』となり死なせたくない友や部下、家族ができた。

 あの場面で自分の命を惜しんでは、妻と子供に顔向けが出来ず、それ以上に鬼殺の剣士として引く訳にはいかないと思っていた。

 故に、相打ちであったが奴の頸を斬ることが出来た。

 

「だが、これはさすがにないだろう。本当にどこなのだここは?」

 

 陽の光がささない、じめっとした路地裏にて鬼滅の刃の定番『走馬灯』宜しく今世を振り返ってみたが答えは出ることない。

 唯一わかることは、先程の人外たちの姿が日常の風景として溶け込んでいる様が異世界ということを確信させていた。




異世界コソコソ噂話
主人公は15で入隊、3年の月日でオリジナルの呼吸を生み出し、任務で下弦の月を討伐した功績で『桜柱』を拝命したのち、20で継子と結婚。子宝に恵まれ2児のパパ。5歳と3歳の娘が二人いる。
前世では医学生だったために、その知識を活用して鬼殺隊に再現可能な医療技術全てを書き記した。ペニシリンだったり輸血法であったり。

ちなみに、メインで使うの呼吸は『炎』と『風』『桜』だが、残りの基礎となる呼吸も実戦レベルとまではいかないが使える模様。

髪色は薄紅色。割とのばしており、縁壱さんのように結っている。
何故こうなったかは幼い頃、花見をしていて眠くなって寝ていたら桜の花びらに埋もれて気がつけばこんな色になっていた。
日輪刀も髪色と同様の薄紅色。特にギミックなどは仕込まれていない普通の日輪刀。一応、予備として脇差サイズの日輪刀ももっている。

CVイメージは浪川大輔さん。

長女の5歳の誕生日のとき、運悪く任務で上弦の陸の鬼と遭遇し相打ちで命を落としたら、嫉妬の魔女さんにロックオンされてリゼロ世界に放り込まれたという不幸な境遇。
多分魔女さん的には「コイツがいればスバルきゅん強くしてくれるかも(てきとう)」的なノリ。哀れなり。
一応、痣持ちだけど嫉妬の魔女さんがあーだこーだして寿命的な問題は解決してる。透き通る世界を会得するかは後の展開しだい。

古風な口調だけど、感情が昂ったりしたら乱暴な口調になる。
性格は温厚。そして愛妻家で親バカ。多分パックと気が合う。
好物は桜餅。
苦手なものは苦いものと辛いもの。

つねに懐には応急処置をするための道具を常備しており、ある程度の怪我なら治療可能。

意外と手先は器用で、家事などは得意。


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2 これでも歳は25なのだがな……

 まだ幼い子供と妻を未亡人にしてしまったことが心残りと言えるが、彼女はとても芯が強い女性だ。自分が居なくてもきちんと育ててくれるだろう。それに、自分に何かあった時は同僚の柱に任せている。いつも面をつけているが、気心のしれた友人で、安心できる。

 

 それに、彼が纏めた医学書などはきっと御館様が役に立ててくれるだろう。

 

「よし、まずは宿を取れる場所を見つけるとしよう」

 

 幸いにも日本語は通じる。それに、古今東西身振り手振りで何とかなるものだ。

 

 腰を上げ、埃を払い華代は気持ちを切り替えて路地裏を出る。

 

「ふむ、見れば見るほど目新しいものばかりだ。おぉ、トカゲが荷馬車を引いているな……」

 

 人混みの間を縫うようにスルスルと歩き、街並みを観察する。

 周囲の人々の服装から見たら、華代の鬼殺隊の隊服に羽織という格好はだいぶ浮いているというのにそれに気がつく者はいない。柱として気配を消して行動するのはお手の物だ。

 

 全身鎧の人物が子連れの主婦に道案内を行い人間の子供と犬の顔をした子供が追いかけっこをし、先程見た同種の大きなトカゲが荷車を引き、それらがひっきりなしに往来している。

 

 人と人外が共存する世界、それらがとても眩く、そしてその光景が尊いものに見えた。

 

 そうして歩いてあると、人を掻き分けて誰かがやってくる。

 いや、人々がその人物を避けるように道を開けているのだ。

 

「ん?」

 

「ごめんなさい、ちょっとそこ通るわね!」

 

 やがて、人混みの中から出てきたのは白い少女だった。

 銀髪の髪に、白い衣装。ただの人とは違い少しだけ耳の先端が尖り、紫水晶のような美しく、力強い意志を秘めた瞳をこちらに向け走ってくる。

 

 だが、彼女はこちらを一瞥せずそのまま走り去っていく。

 

(なんだったのだ? ……なにか探しているようではあったが。それに、周りの視線は彼女に対しての『恐れ』と『嫌悪』に『侮蔑』?)

 

 すぐに見えなくなった少女の背を見つめ、華代は立ち止まると民衆の彼女に対する奇異の視線に僅かに顔を顰める。

 

「嫌な感じだ……」

 

 その空気から逃げるように足を早め、街中を歩き続けていると、広場らしき場所で女の子が泣いているのを見つけ、その女の子へと近寄る。

 

「ぐすっ……、ママァ……」

 

「どうしたのだ小さなお嬢さん。はぐれてしまったのか?」

 

 声をかけると、女の子は肩を震わせ華代に涙で濡れた瞳を向けると、声を震わせながら頷く。

 

「うん……、ママとお買い物してたら、どっか行っちゃったの……」

 

「なんと、それは大変だ。お嬢さんが良ければ私がそなたの母君を探すのを手伝おう」

 

「ほんとう?」

 

「ああ、無論だ。こう見えて私は人助けには自信があるのだよ」

 

 胸を叩くと、女の子は顔を輝かせる。

 

「ありがとうおじさん!」

 

「うぐっ、これでも歳は25なのだがな……」

 

 少しだけ幼子の何気ない言葉に傷つきながらも、その手を取り華代は迷子の親探しをすることになった。

 

「それでねー、ここは『ルグニカ』っていう名前の王国なんだよ」

 

「ふむ……、ここはルグニカ王国というのか。なら次は『日本』という国はわかるかお嬢さん?」

 

「『にほん』? んー、私わかんない。おじさんはそこから来たの?」

 

「ああ。極東になる小さな島国だ」

 

「へんなのー。ルグニカ王国は東のはしっこにある国なんだよ?」

 

「む、そうなのか?」

 

 女の子の母親を探すために街中を歩いて数刻ほど経ち、歩くのに疲れた女の子に肩車をながら探している。

 その過程で女の子とも仲が良くなり、彼女から色々とこの世界に関することを聞いてみた。

 

 今いるこの国の名前は『ルグニカ王国』といい、東の端にある国らしい。

 基本的には出入口となる王都正門に人々が日用品を買い揃える商い通り、象徴とも言える王城に治安の悪い貧民街。

 そして、使用貨幣についてはやはり円や銭ではなかった。

 更に、この国は王がいるらしいのだがつい最近に流行病で王族が全て死んでしまったという。

 

 そして、海というものはなく、大陸の端の先には『大瀑布』という巨大な滝があり、そこから先は誰も見た事がないという話だ。

 

「あ、ママだ!」

 

 ふと、女の子が声を上げる。華代は彼女の指を向けた方向を見ると、人混みの中で誰かを探している雰囲気を出していた女性がおり、彼女が女の子の母親だと理解した。

 

「ほら、行くといい」

 

「うん! ありがとおじさん! ばいばい!」

 

「はっはっは、さらばだ。今度は母親とははぐれないようにするのだぞ?」

 

 手を振り、母親の元に駆けて行きその胸へと抱きつく。

 母親は驚いた様子で子を抱きしめ、女の子がこちらに向けて指先を向け、華代に気がついたのか母親は彼に向けてしきりに頭を下げ片手を上げることで、それに応じる。

 

 

 

「結局、今夜は野宿となるか……」

 

 日が沈み始め、街中にあかりがポツポツと灯る景色を見つめ、華代は呟く。

 

「シャク……、うーむ普通に林檎だ」

 

 日が出ているうちにとある店から拝借していた林檎──この世界ではリンガというらしい──を齧りつつ、とりあえずは夜風が防げそうな手頃な場所をみつけようと、路地裏を歩いていた。

 

「おーおー、ここを通りたかったら有り金全部置いてきなぁ」

 

「む?」

 

 ふと、そんな声が聞こえたかと思うと華代の目の前を塞ぐように3人の男が立ち塞がる。

 如何にもと言った見た目に、思わず華代は立ち止まり何が感慨深そうに目を細める。

 

「ふむ……、こういうのをあれと言うのだろう。テンプレというのだ」

 

「あぁ? なにいってんだテメェ。イカれてんのか?」

 

「ハッ、なんでもいいだろ。昼のアイツらのせいでイライラしてんだ。死にたくなかったら大人しく腰に指してるもんをわたしゃいいんだよ」

 

「ふむ、これが欲しいのかお前たちは?」

 

 華代は腰に指していた日輪刀をチンピラ3人組に見せると、下卑た笑みを浮かべ一人が口を開く。

 

「話がはえーな。あぁ、そうだ。見るからに高く売れそうだからなぁ」

 

「ほぉ……。ならばくれてやろう」

 

「ヘッ、そりゃ渡すわけねぇよな。なら力づくで……って、は? 今なんて言った……」

 

「くれてやると言ったのだ。なんだ、いらないのか?」

 

 華代はそう言って日輪刀をしまおうとすると、1人が慌てたように声を上げる。

 

「い、いや! いる。というか欲しい!!」

 

「なんだ、欲しいのではないか。ほら来るといい」

 

「お、おう……」

 

 鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情をしつつ、ひょろ長い男が華代へと近寄り、手に持っていた日輪刀を受け取ろうとすると……

 

「さすがにこうも無警戒だと拍子抜けだぞ?」

 

「あ────」

 

 何言ってんだ? という間もなく、ひょろ長い男ことラチンスの意識が刈り取られ、冷たい石畳の地べたへと倒れ込む。

 

「なっ!? テメェなにしやがった!」

 

 小柄な男ことカンバリーが吠え身構え、華代は僅かに微笑み種明かしをした。

 

「何簡単な事だ。顎を撃ち抜いて脳を揺らしてやったのだ」

 

 この程度のこと造作もないとばかりに華代は言い切り、踏み込む動作も見せずにカンバリーの傍を通り過ぎ、その首元に手刀を当てる。

 

「2人目」

 

「か、カンバリー!? くそっ、仇は取ってやる!!」

 

「む、別に殺めてはいないのだがな」

 

 大柄な男ガストンが吠え、冷静に華代はツッコミつつも大仰なパンチを避け、その体を足場に上空へと飛び上がると、その頭部に向けて踵をたたきつけた。

 

「ぶげぇ!?」

 

「ふぅ、3人目と……」

 

 難なくチンピラをあしらい、華代は息を吐く。

 

「さて、なにか金銭を持ってるといいのだがな」

 

 鬼殺隊の柱がそんなことしていいって? 生きるためだし、正当防衛。それに力量をわからずに絡むのはいけないと言う授業を実演してやったのだ。これはその授業料ということだ。

 

 3人の懐から少ない硬貨を回収し、華代は伸びてる3人を背負うと裏路地から表の通りへと出る。

 

 その中で無傷で、しかもチンピラ3人を背負ってる華代の姿を見て通行人たちはギョッと目を見開く。そんな中で適当な人に華代は声をかける。

 

「すまない、そこの方。詰所はどこだろうか? このチンピラたちを引き渡したいのだが……」

 

「あぁ、それならあっちに……。よく無事だったなあんた…………」

 

「ハハハ、この程度鬼に比べたら楽なものだ」

 

「お、鬼?」

 

「おっと、こっちの話だ。では、ごきげんよう」

 

「ご、ごきげんよう……」

 

 通行人と会話を切り上げ、華代は教えてもらった場所に歩いて向かい、すぐに目的の警備兵の詰所へと場所へとたどり着く。

 

「すまない、チンピラを捕まえたのだが引き取って貰えないだろうか?」

 

「む、了解したって……1人でそいつらを抱えてきたのか!?」

 

「ああ、そうだが。何か問題があるのか?」

 

「い、いや……ゴホン。では手続きがあるので奥の部屋に来てくれるだろうか?」

 

「ああ承知した」

 

 鎧を着た騎士と一悶着あったが、奥の部屋へと案内され彼に水を1杯用意して話を聞き始めた。

 

「半刻前ほどに路地裏に入ったら唐突にあの3人が襲ってきて、堪らず反撃をしたのだ」

 

「なんと……、それは大変でしたね。あの連中には被害にあった民間人も多くて困っていたのですよ」

 

「なんと、それはよかった」

 

「ええ、市民に変わり感謝します。ところで、この街には何用で?」

 

「うーむ、その事なのだが少し困ったことがあってだな」

 

「どうしたのですか?」

 

「実は私はといる魔物と戦っていてな。そいつを倒したと思ったらここにいたのだ」

 

「……それは、災難でしたな」

 

「ああ。お陰で私のいた場所の帰る道が分からず困り果てていたのだ」

 

「良ければどこにいたか名を教えて頂けますか?」

 

「日本という場所だ」

 

「”ニホン”ですか……」

 

 騎士は反芻するが、やはりというか思い当たる節がないようだ。地図を広げ、ここでもない。あーでもないと言い、華代もその地図を覗き込む。

 

 王国周辺を記されたその地図は、華代の頭の中にあるどこの大陸にも当てはまらず落胆する。

 

「申し訳ない。ニホンという名前の地名はないようです……」

 

「いや、分かっていたことだ。しかし困った。生憎にも私は土地勘もなければここの通貨も所持していないので、宿も取れないのだ」

 

「確かに、それはまずいですね……。わかりました。詰所の休憩室を使えないか掛け合ってみます」

 

「なんと、そこまでしてくれるのだろうか?」

 

「ハハハ、困った方に手を差し伸べるのが騎士としての務めですから。それに、あの3人を捕まえてくれた方には恩を返したいのですよ」

 

「おお、それは有難い」

 

 ということで、思いがけず雨風を過ごせる場所を確保出来た。

 その騎士に案内され、広くはないが十分に寝泊りのできる部屋を貸してもらい夕食や湯浴みも提供してもらい、異世界に来たばかりだが、幸運に感謝した。

 

「ふぅ……、今日は疲れたな」

 

 ランプに照らされた部屋、ベッドに腰をかけ簡素な寝巻き姿となった華代は天井を見つめ僅かに息を吐く。

 

「まさか鬼滅の刃の世界に転生したと思ったら今度は異世界ときた……」

 

 壁へと立てかけていた自分の日輪刀へと視線を向け、ソレを手に取ると静かに刃を抜く。

 

 薄紅色の刀身は反射し、華代の顔を映し出す。

 

「待っていてくれ楓、茜、葵。私は必ずお前たちの元へ帰るぞ」

 

 日本にいる妻と子供たちへと思いを馳せ、華代は今日は寝ようと思うと───

 

 ザワリ

 

 背筋を伝う悪寒、そして鬼と戦い意識を失う寸前に嗅いだ匂いと共に目の前の世界が一瞬で灰色から黒へと色褪せる。

 

「なっ───!?」

 

 突然の出来事に身構える暇もなく、世界は、時は自分の意思に反して巻き戻り始めた。

 

 人々は前を向いたまま後ろへと向かい、空は夜から夕焼け、夕焼けから朝へと太陽が動く。

 鳥は空から地面へ飛翔し、馬車は元来た道へと逆走する。

 

 人々が何気なく過ごした平凡な日常が巻き戻っていく。

 

(なにが、何が起きているのだ!?)

 

 ありえない光景。ありえない出来事に何も出来ず、華代はそこで時間の逆行を見せつけられ続ける。

 

 不思議なことに、この光景の中で嫌なほど華代の意識はハッキリと明確になっていた。

 

 血液が心臓へと戻り、汗が流れるのではなく登っていき肌へと吸収させる。

 噛み砕き、飲み込んだ飲食物がせり上がり噛み砕かれた状態から固形へと変わっていく。

 取り入れ、排出したものが真逆の手順をおって全て吸収される様は筆舌に尽くし難いものだった。

 

 更には常人よりも鍛えられた五感に伝えられる全てが逆行するという感覚は彼にとって途轍もない不快感となって、脳へと伝わり彼の意識にだけ鮮烈に焼き付けていく。

 刹那にも満たない時間だが、それは華代にとっても永遠とも言えるような拷問であった。そして、その出来事はようやく終わりを迎える。

 

 カチリ……、と時計の針が時を刻むような音が聞こえてきそうな感覚と共に、人々は物は世界は色褪せた世界から彩りを戻し、動き始める。

 

 

 

 

 日が照りだし、気がつけば華代は最初にいた通りで佇んでいた。しかし、先の体験による不快感に堪らず膝をつき、息を荒く吐き出す。

 

「お、おい大丈夫かあんた?」

 

「日に当たりすぎたのかしら?」

 

「ッ、平気……だっ。すこし、目眩がしただけだ。気遣いは不要だ」

 

 声をかけてきた通行人に答え、華代はグッと胃からせり上がる不快感を飲み下し、日陰へと移る。

 

「クソッ……、何が起きやがったッ」

 

 口調が荒くなり、華代は悪態を着く。

 ありえない事象、常識では測れない異常事態。数々の異能を使う鬼と戦ってきた華代でも、時間を逆行するというデタラメな事態には対処の仕方も分からなかった。

 

 だが、一つだけわかるのはこの事態に対して華代一人だけが、この困難に立ち向かわなければならないということを。

 

 重々しく顔を上げ、その瞳に映る人々は何も知らず、日常を歩む。

 

 無意識に彼が握りしめたその手には、何も無く、ただ空虚だけがある。

 




異世界こそこそ噂話
・呼吸について
主人公の使う桜の呼吸は実は未完成で、全部で六つの型があるのだけれど6つめの『散華』は土壇場で完成したもの。

この呼吸の特性は炎の呼吸の威力と風の呼吸の広範囲のふたつを融合させており、どの型からも『炎』と『風』から繋げられる。

・特異体質について
主人公の特異体質は簡単に言えば『千里眼』
視野が360度で、死角がないため上弦の陸の鬼の攻撃に対応できた。



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3 あの糞ガキ……ひっぱたいてやる

ついに彼女が登場。


 混乱と不快感による動揺を深く、長く呼吸し抑え込む。

 それが和らぐと同時に、華代は立ち上がり歩き出す。

 

(クソッ、なにがどうなっている。鬼の血鬼術のひとつか? いや、そしたらこんなデタラメな力を鬼舞辻無惨がほおっておくわけがない……)

 

 だが、なぜ自分だけが世界が逆行する感覚を残される? 

 なぜ、そんな無駄なことを自分にさせる? 

 そもそも、無駄に丁寧な仕事をしなくてもいいだろう! 

 

(とりあえずはこの元凶を見つけ出し、問い詰めてやる。そして、こんなことを出来るのだ。元いた場所に帰る手段を知っているはず。切り捨てるのはその後だ)

 

 理不尽に対する怒りから、その整った顔を歪め、怒気を放つ様は異様で道行く人々は美貌に見惚れながらも直ぐにその気配に怯え、慌てて目線を逸らして道を開ける。

 

 しかし、彼のそんな雰囲気に気が付かず後ろから人混みを掻き分けて走る、例外な存在がひとりいた。

 

「す、すまねぇ! ちょっと邪魔────べごぉ!!?」

 

「あ? ……気のせいか」

 

 ほぼ反射的に拳を後ろへと振り、なにかがそれに当たり勢いよく吹っ飛ぶ。

 華代は僅かに足を止めるが、何やらチラッとどこかで見たような服装の目つきの悪い男が、見えたが人混みに紛れたそれには気のせいかと判断し直ぐに意識の遥か彼方へと放り投げ、足を進め始めた。

 

 そして、彼が歩き去っていったすぐ後に少しの間だけノックアウトされた哀れな存在ことナツキスバルは目を覚ます。

 

「ハッ!? な、何が起きた!? ここはどこ、俺は誰!? って、アホなことしてる場合じゃねぇ!」

 

 すぐに立ち上がり、痛む頬をさすりつつ盗品倉へ走る。

 スバルは何が起きたのか記憶しておらず、それが幸か不幸かは定かではない。

 

 

 〇

 

 

 華代は確固たる足取りで詰所へと向かい、道中で同じように迷子をみつけ、ものの数分で母親へと送り届け、詰所にて同じように地図を確認した。

 その中で、自分の感じた逆行する時の気配と詰所のある方角から何処から逆行が始まったのかということを大雑把に当たりをつけ、直ぐに場を後にする。

 

「この裏路地を抜ければすぐに貧民街にたどりつくか」

 

 人通りの少ない細い道を進み、曲がり角を曲がる。

 すると、目の前にいつかのチンピラ三人衆を発見した。

 

「む……」

 

 異世界でチンピラと言っても、鬼殺隊の本懐は忘れず華代は彼らに駆け寄ると脈を確認する。

 

 規則正しく脈を刻み、息もしているため死んではないようだ。しかし、完全に伸びておりしばらくの間は目を覚まさなそうと華代は診察した。

 

「誰がこいつらを……? まぁ、手間が省けたな」

 

 でも、貰えるものは貰っておこう。華代は前回と同じように3人から幾ばくかの硬貨を抜き取り、懐へと収める。

 少しだけ寄り道をしてしまったが、立ち上がり彼らを跨いで先へ進もうとした時、黄色いなにかが後ろから凄まじい速度で接近するのが見えた。

 

「フッ!」

 

 後ろを見ず、日輪刀を抜き放ち薄紅色の軌跡が伸び建物の壁に大きな切り傷を作りだす。

 

「うわ、うおぁぁぁぁあ!!?」

 

 可憐さとは程遠い野太い少女の悲鳴。

 己の命が刈り取られる一撃を全身全霊で空中で身をひねり、何とかその一撃をかわすとゴロゴロと路地を転がり立ち上がる。空には避けきれなかったのか、少女の髪の毛が数本ひらひらと舞っているのが見えた。

 

「な、ななな、何すんだよ兄ちゃん!!? し、死ぬかと思った…………!!!」

 

「む、人か……。すまない、人とは思えない凄まじい速さで来ていたため、てっきり私の命を狙っているのかと思ったのだ」

 

「ただ急いでるだけっつうの! いきなり攻撃してくる奴がいるか!」

 

 冷や汗を流し、敵意をむき出しにして吠える少女に眉をひそめながら刀を鞘に収めると悪びれる様子もなく華代はそれに返す。

 

「たくっ、本当ならこんなことをした落とし前をつけてやるはずだけど、あたしは急いでるんだからな! 邪魔すんなよ!」

 

「ハハ、それは怖い」

 

「全然そうは思ってなさそうな声だな! さっきみたいなことを咄嗟にできるんだからアンタ滅茶苦茶強いだろ!? 

 というか、コイツらもあんたがやったんだろ?」

 

「ん? 別に私はコイツらには何もしていないぞ」

 

 少女が伸びていたチンピラ三人衆に指をさして言うが、華代の先程のやったことを見れば些か信ぴょうにかけてしまう。実際、少女は勘違いをしたままだ。

 そんな会話をしていると、新たな足音が聞こえてくる。

 

「げっ、追いつかれた……」

 

「む、どうしたのだいったい」

 

 華代の後ろを見て少女はその顔を思い切り顰め、華代は同じように自分の背後の気配へと視線を向ける。

 

「見つけたわよ!」

 

 そこに居たのは、1回目ですれ違った白い少女だった。

 変わらず、強い意志を内包した瞳は今は華代と少女と、伸びてる3人組に向けられており、そのことから何やら重大な勘違いをされていると華代は感じ取った。

 

「人のものを盗んだに飽き足らず、善良な人達を襲うなんて! 

 返した後に謝ってくれたら許してあげようと思っていたけど、もう許さないんだから。

 さぁ、私の大切なものを返してちょうだい! さもないと、すごーく、すごーく酷い目に合わせちゃうんだから!」

 

「ちょっと待ってくれ、私はただよ通りすがりだ。彼らとはなんの関係もないのだ。よく分からないが、何かあるというのなら2人で……ふた…………いないだと!?」

 

 先程までいた少女は忽然とその姿を消しており、直ぐに華代はどこにいるか探すと、既に彼女は路地上の家の屋根に飛び乗ってこちらを見下ろしており、その顔には憎たらしいくらいの清々しい笑みを浮かべこちらを見ると……

 

「じゃっ、あとは頼んだぜ用心棒の兄ちゃん(・・・・・・・・)!!」

 

 それも特大の爆弾を投下し、そのまま姿をくらました。

 

「あの糞ガキ……ひっぱたいてやる」

 

 青筋を浮かべ直ぐに追いかけようとするが、目の前に突然氷の壁が現れ、通り道を塞がれてしまう。

 

「逃がさないんだから。あの子の仲間なのでしょうあなた!」

 

「な訳あるか。私はなすりつけられただけだ」

 

「なら、あの惨状はどうやったの?」

 

「知らん。私が来た時にはああなっていた。お嬢さん、悪いことは言わないからあの子供を追いかけないと逃げてしまうぞ?」

 

「それもそうだけど、悪い事をした人を逃がすわけないはいかないんだから!」

 

「そうか……。お嬢さん、本当にやめる訳には行かないのか?」

 

「くどいわよ!」

 

「はぁ……、こういうのは気が進まないのだがなぁ」

 

 頭をかき、華代は己の不運を僅かに呪う。

 だが、仕方ないとばかりに息を吐き出した瞬間、その姿が掻き消える。

 

「済まないが、少々手荒にいかせてもらうぞ」

 

「! リアッ!!」

 

 いつの間にか少女の背後に立ち、その首筋へと手刀を当てようとしたら、彼女の髪から小さな猫が現れる。

 その猫の手から氷の塊が形成され、華代の顔目掛けて射出された。

 

「チッ」

 

 だが、難無くその攻撃をかわし、跳躍すると再び少女と対峙する形となった。

 

「何者だ?」

 

「うん、自己紹介をしてないから知らないで当然だね。僕の名前は”パック”。この子の親さ。それと、僕の可愛い娘に手を出そうとするなんて見過ごせないなー」

 

 ふよふよと少女の隣に浮遊する猫のような生物から感じ取られる気配から、アレがとてつもなく巨大な存在だと言うのを感じ取り、華代は僅かに顔を顰め刀の柄へと手を添える。

 

「なぁ、証明する手段は俺にはないが、アイツらは俺がやった訳でもないし、あのクソガキの仲間でもない。付け加えて言うのなら俺は今かなり急いでいるんだ。

 ここは大人しく、何も無かったことにして素通りする。悪い話ではないだろう?私も、君も無駄な時間を取られない。実にいい提案だと思うが」

 

 なすりつけられたことに対する憤りとあと少しで元凶へと辿り着けれるというのに、邪魔をされたイラつきからか、口調が荒くなりながらも華代は冷静にそう投げかける。

 

「確かに、リアのためを考えたらあの盗人を追いかけた方がいいと思う。だけどね、僕の娘に手を出した罪人には裁きが必要なんだよね」

 

 平行線か、瞬時に悟り華代は極力傷をつけないことを心がけ日輪刀を抜き放つ。

 薄紅色の刀身が露出し、その美しさに白い少女は僅かに目を奪われるが、すぐに頭を振り気持ちを切替える。

 

「リア、彼結構強いから油断しちゃだめだよ。多分、隙を見せたらヤラれるから」

 

「うん、私がんばるんだから」

 

「まったく、今日は厄日だ!」

 

 恨み言を紡ぎながら、呼吸を使わず華代は勢いよく地面を踏み込む。弾丸のように真っ直ぐ直進し、刃ではなく峰を向け切りかかる。

 

 その速さに少女は僅かに驚くが、咄嗟に後ろへと飛び華代と自分の間に氷の盾を作り出す。

 

「フッ!」

 

 短く呼吸し、峰から刃へと向きを変えて氷を切り捨てる。

 なんの抵抗もなく分厚い氷は切り裂け、その間から殺意溢れる氷柱が飛んできた。

 

「シッ……!」

 

 体を沈みこませると、頭上を氷柱が通り過ぎていき手の中で刀の向きを変え切り上げる。

 

「危ないなぁ」

 

 壁から串刺しにするかの如く、氷の棘が飛び出しすかさず攻撃の手を中断させ跳躍する。

 建物の壁を足場に、上空から地上へ袈裟斬りを放つ。

 

「やぁ!」

 

 少女が手を振るい、氷の剣が刃とぶつかり勢いが僅かに弱まる。

 

「フッ!」

 

 斬撃が氷の剣を粉砕し、細かく刻まれた氷雪がキラキラと光を反射し気温を下げ、息が白くなる。

 しかし、全集中の呼吸の恩恵でこの程度の寒さには動きは鈍ることはなく、更に動きのキレは良くなっていく。

 

「なーに、別に悪いことしようってわけじゃないんだよ? 

 暴れるとちょっと、痛いことになるけどね」

 

「その割には、随分とシャレにならない攻撃ばかりだ!」

 

「大丈夫よ。わたし、細かい傷なら治せるんだから。

 あ、でもパックやり過ぎないでよ? 治せなくなっちゃうから」

 

「大丈夫に見えるのが何とひとつ見えないのだがなぁ」

 

 どこかズレた会話をするひとりと1匹に緊張感が削がれつつも、握る力を弱めずに次々と氷を切り捨てる。

 そこから短い時間に剣戟と氷がぶつかり合うが、終わらせるために呼吸法を使用することにした。

 

「シィィィイ……」

 

 独特な呼吸音が漏れ、パックという猫はそれから何かが来ることを察する。

 

「風の呼吸……」

 

 

 壱ノ型 塵旋風・削ぎ

 

 

 凄まじい勢いで螺旋状に地面を抉り、突進する斬撃が放たれた。

 もちろん、だいぶ加減されたもので当たってもせいぜい全身が打撲する程度のものだ。

 

「うーん、見た目は派手だけど殺気がないのは喜ぶべきかな? ……リア」

 

「うん」

 

 地面から氷の牙が突き出し、いつか見た鬼の攻撃と似たようなソレは華代の剣技とぶつかり幾つもの氷が粉砕され、狭い路地に季節外れのダイヤンドダストを形成される。

 

 大した傷もなく、消耗もしていないが埒が明かない思い華代は『桜の呼吸』を使おうとも思ったが、少女の背後に見えた惨状を見てやる気が失せ、構えを解く。

 

「とうとう降参する気になったのかしら?」

 

「だから私は何もしてないし捕まる気もない。それに、腐っても私は一般人からものを盗るようなことをする気は無い。

 こほん、それよりもそろそろ止めといかないか?」

 

「……確かに貴方はさっきから私を傷つけるようには見えなかったわ。

 だけど、止めるのは貴方を拘束してからなんだから」

 

「やはり平行線か……。なぁ、お嬢さん後ろを見てはどうだ?」

 

「後ろ? フフン、そんな手には乗らないわ! わるーい人はそうやって騙して酷いことをするってこの前読んだ本に書いてあったんだから!」

 

「あー、リア? 彼の言うとおり後ろを見た方がいいと僕は思うなー」

 

「パックも何言ってるの? ついさっき、あの人に隙を見せたらダメだって言ってたのに後ろを見ちゃったらすごーく、すごーく大変な事に……大変……? タイヘン!」

 

 不思議生物パックに促され、白い少女は振り返る。

 その視界には戦闘の余波に巻き込まれ、傷だらけの氷漬け寸前でズタボロの気絶中の3人組だった。

 慌てて3人組の元に駆け寄っていく少女をみつめ、華代は立ち去ろうとも考えたが、チンピラとはいえ彼らも守る人には変わりなく、日輪刀を鞘に収めて診察を行うのであった。




異世界こそこそ噂話

短い距離なら華代はフェルトよりも早く行動することが可能。


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4 もはや貴様を捨て置けぬ

「…………ふむ、軽い凍傷と切り傷だな。この程度ならすぐに治るだろう」

 

「そ、そうなの? 良かった……」

 

「まったく。誰かが話を大人しく聞いてくれればこのような事にはならなかったのだがな」

 

「いやー、ごめんねハナヨ〜。リアが勘違いしちゃって〜」

 

「まったく、親ならこの間違いを正して欲しいものだ」

 

「あはは〜、耳が痛いよ〜」

 

「うっ、ごめんなさい」

 

 余波でズタボロになった3人を華代が診察し、エミリアが治療する。気絶から目を覚ました3人から話を聞き、誤解をようやくとくことが出来た。

 

 3人組曰く、見たことの無い格好の目つきの悪い黒い髪の男に気絶させられたのことだ。

 自分たちがいかに善良で無害な存在かを強調し、そしてその男がいかに悪いかを身振り手振りで純粋な少女、エミリアに話し彼女は真摯にその話を聞いて、男に向けね怒りを露わにしていた。のだが、残る華代と謎の生物パックはこのチンピラたちが正反対のことを言ってるかを理解していた。というか華代自身、こいつらの被害にあった。

 

 ということで至って紳士的に──パックは氷柱を突きつけ、華代は切っ先を向けた──聞きただすと、チンピラたちは顔を真っ青にして「す、すいませんしたー!!」と叫んで走り去って言ってしまう。

 

 尚、その嘘に見抜けなかったエミリアはショックを受け見事に方を落としていた。

 

(それにしても、変な格好に黒い髪か……。もしかしてアイツか?)

 

 裏路地に入る前にちらっと見たけ1人の人物を思い出し、意外と武闘派ということに驚いていると、パックが浮遊しながら華代に近づいてきた。

 

「それにしてもハナヨってば加護もない普通の人間なのに強いね〜。どこでそんな剣術を学んだの?」

 

「ん、私の故郷の技術だ。鍛錬を積めば誰もが岩くらい容易く切り捨てることが可能だ」

 

「へぇ、それは凄いね〜。さっきの独特な呼吸もそれに関係してるの?」

 

「そこについては黙秘させてもらおう。それよりも、私はまだ許した訳では無いぞ?」

 

「……ごめんなさい」

 

 肩を竦め、それとなく探りを入れてくるパックの問答をかわしつつ、華代は先程から同じことを言うエミリアをなんとも言えない目で見る。

 

「はぁ、エミリアといったか? 頼むからそんな顔で私見るな……」

 

「……ごめんなさい」

 

「パック……、君の娘をどうにかしてやれ。さっきから同じことばかり言っていて会話にならないのだが?」

 

「あはは、リアは絶賛罪悪感の真っ最中だね。

 君が言ったみたいに人の話を聞かずに悪い人認定したのがだいぶ効いちゃってるみたい」

 

 話を聞けば、どうやらこの謎生物は人の心をある程度理解することが可能のようだ。つまりは最初から気がついていて、あえて何も言ってなかったのだ。

 その話を聞いた瞬間、思わずコイツ叩き切ってやろうか? と思ったが「だって、リアに教える前に君ってば攻撃してきただろう? ならまずはおしおきが必要だと思ったんだよね。それに、君ってば無傷だからノーカウントってやつさ」と悪びれることも無く釈明し、青筋を浮かべつつも平常心を保って華代は刀を握る手を下ろすのだった。

 

 そして、顔を真っ青にしてこちらの顔色を伺う少女を見て、怒るに怒れず溜飲を飲み干す。

 

「はぁ、エミリア。私はもう怒っていないし謝罪は必要ない。君の性格はとても善良で心の優しいというのは分かるが、少々決めつけがすぎる。確かに、今回はそうなってしまうも分かる。だが、何事もまずは先入観に囚われず、相手の話を聞いてきちんと理解してからやるんだ。わかったな? 君はまだ若い。子供とも言えるだろう。私も二児の子を持つ親だからな。

 子供はその失敗は次に生かし、そして糧とするんだ。いいな?」

 

「うぅ、ごめんなさいハナヨ……」

 

「だから謝罪はいらないと……はぁ、もういい。私は用事があるから先に行く。もう会うこともないだろうがな」

 

「あ、待ってハナヨ! その、私が手伝えることがあるならなんでも……」

 

「ない。…………ちょっとまて、そんな捨てられた子犬のような目で見るんじゃあない。私が悪者みたいではないか」

 

 エミリアの提案を即切り捨てると、この世の終わりとばかりに絶望した表情を浮かべ、華代はいたたまれない気持ちになる。

 

「ンンッ、とにかく。私に構ってる暇は無いのだろう? たしかあの少女に盗まれたものがどうとか言っていたようだが」

 

「あ、忘れてた!! 早くあの子を捕まえなきゃ!」

 

 華代言われ、慌て始めた彼女を見て本当に忘れていたことが分かり、額に手を当てて頭痛がする頭を抑える。

 

「うぅー、お詫びができないなんて申し訳ないわ……

 そうだ! もし何かあったらここに来て。力になれるはずだから!」

 

 そう言って彼女に何か書かれたメモ用紙を渡される。だが、この国の文字の知らない華代は聞き返す。すると、どうやら紙面には「メイザース領 エミリア」と書かれているらしい。

 

「ふーむ……。一応、もらっておこう」

 

「うん、じゃあハナヨさようなら」

 

「ばいばーい」

 

「ああ。出来れば今度はもっとマシな出会いを期待するよ」

 

 ということで、彼女たちと別れて貧民街へと向かおうとしたのだが……

 

「……君たちはなぜ着いてくるのだ?」

 

「僕達も用があるのが貧民街なんだよねぇ」

 

「だって、あの子が逃げていった方向がこっちなんだもの」

 

 てなことがあり、別れるのはまだ先になるのだった。

 

 

 〇

 

 

「ハナヨってここだとあまり見ない格好してるけど、どこから来たの?」

 

「ん、日本という所だ。島国だが四季があり、風情ある素晴らしいところだ。あと私の妻と子供がいる。これが一番だ」

 

「そういえば君ってさっき二人の子供の父親って言ってたね〜」

 

「ああ。とても可愛い娘たちだ。もちろん、妻も愛らしい女性だ自慢の家族でもある」

 

「惚気てるねぇ。でも気持ちはわかるよ僕のリアもとっても可愛いからね」

 

「そこについては同意しよう。君の娘はとても可愛らしく、心の優しい子だ」

 

「パ、パック! ハナヨ!」

 

 パックと共に自分の家族を自慢をし、本人を前にして聞いていたエミリアは顔を赤くして声を上げる。

 二人と1匹はそんな会話をしつつ、裏路地を進む。どうやら、彼女たちも進む先は本当に同じらしく最初は無言で歩いていたが、さすがに居心地が悪そうに何度も華代と会話をしようと口を開いたり閉じたりしていたエミリアを見て、思わず口を開いてしまったのだ。

 

 なのだが、土地勘のない華代はともかくエミリアも貧民街までの道を知らなかったのは予想外で何度も道を引き返したり行ったり来たりを繰り返してしまう。

 

 刻一刻と逆行する時間へと近づいていき、それに釣られて華代の足も早くなる。

 既に日差しは傾き、空も夕暮色へと変わっていく。

 焦燥感が次第に強くなっていき、残り時間が数少ないことをヒシヒシと感じながら足取りを進めていくと、とある建物をみつけ足を止める。

 

「あれか……?」

 

「ん、あの子のマナが感じられるね。見た感じ盗品蔵かな」

 

「ハナヨも同じ場所を目指していたのね」

 

「なぜ君が嬉しそうなのかはよく分からないがね」

 

 それは外観は寂れているが、周囲の建物とはちがってしっかりとした造りになっている酒場だった。

 だが、今は光は点っておらず酒場として機能しているかは不明だ。

 

 あの建物の中からは、あのおぞましい気配が感じ取られ、生き物の気配は1つしか分からない。

 心の中で警戒心を強め、刀の柄へ手を添えて近づいていく。

 

 その間に、おぞましい気配とは別に嗅ぎなれた臭い(・・・・・・・)に気が付くと、華代は鬼殺の剣士としての顔を見せる。

 

「あ、待ってハナ、ヨ……?」

 

 鬼殺の剣士は酒場へと歩み寄り、エミリアがそれに声をかけようとした。が、道中での雰囲気とは大きく変わった1人の戦士としての空気に気圧され、それに追随することは出来なかった。

 

「…………」

 

 扉の前に立ち、静かに扉を開ける。立て付けが悪く、ギィ……と音を伴いながら、地獄の釜の蓋があくかのごとく薄暗い内部を外気へと晒す。

 それと比例し、おぞましい気配と甘ったるい匂いに血の匂いが混ざり会い、嗅覚が麻痺しそうになるほど不快な臭いが鼻腔を刺激した。

 

 しかし、それ以上に目の前の光景で理解していたとはいえ言葉を失う。

 

「ッ……」

 

 3つの人影が力なく倒れ、それぞれからとめどなく赤い液体を流し、酒場の床を赤く濡らす。

 そして、死角からはヌラリと血に濡れた凶刃が現れ、無防備なその首筋へと振り下ろされ────

 

「!!」

 

 ───る、事はなく寸前に抜き放たれた日輪刀がその刃を弾き飛ばし、その下手人へと蹴りを放つ。

 酒場の壁をぶち破り、常人ならば内蔵が破裂し即死しかねないほどの強さで攻撃されたというのに、その黒い人影は華代とエミリアの間に転がりながらも獣のように4本の手足で着地する。

 

「あらあら、とても力強い挨拶ね。フフ……、それと精霊もいるなんて素敵だわ」

 

 女だった。黒い露出度の高いドレスに身を包み、同色の外套を纏う妖艶な女性。

 何も無い時であったのならば、ただの美しい女性程度としか思わないが、今はその手には血に濡れた不釣り合いな大きさのククリナイフが握られ、先程の不意打ちに口から血を垂らしているが対して気にしておらず、あまつさえ舌なめずりをして恍惚な声を漏らすさまには嫌悪感を覚える。

 

「ねぇ、彼女って君の知り合い?」

 

「そんなわけが無いだろう。こんな知り合いがいてたまるか。それと、初対面だが既に私は彼女のことが嫌いだ」

 

 自分の開けた大穴から出てきた華代にパックからそんな軽口が飛んでくるが、不快感を隠そうともしない声で答えた。

 

「あら、なら今から知り合いね。あなたのその力や精霊使いも魅力的。フフッ、素敵な出会いに感謝するわ」

 

 そう言うと、女は自然体でエミリアへと接近し、その細い首筋にナイフを振るうが、

 

「はい、ダメー!」

 

 パックが氷の盾を作り出し、甲高い音を響かせ防ぐとお返しとばかりに氷柱を射出。

 女を貫こうとしていた三本の氷柱だが、それを難なく女は後ろへと跳ね、軽やかにかわす。

 

「つれないわ。そこの彼と同じように挨拶をしただけなのに」

 

「はぁ、そういう挨拶は狂人同士にしてくれるかな。リア、君が襲われてるんだからしっかりしないと」

 

「あ、う、うん。ごめんなさいパック。でもハナヨ、どうしてこんなことに?」

 

 混乱の真っ只中にいたエミリアはパックからの言葉──その発言では、華代も狂人の枠組みに入る──に動揺しながらも、戦闘態勢へと入り両手を女に向ける。

 エミリアからの問に華代は刀を構え、対応できるよう警戒を緩めず返答した。

 

「私たちと同じようにあの酒場に用があり、そしてあの惨劇を生み出した。違うか?」

 

 華代の推察を聞くと、エミリアはハッとした顔となり大穴の空いた酒場に視線を向けた後に女に向ける。

 女は肩を竦め、苦笑すると答え合わせをするかのような気軽さで述べた。

 

「別に強奪しようとはいかなかったのよ? 私はただの依頼主。けど、あの子はそれを出来ずに、あまつさえ不備があったのよ?」

 

「その程度であんな子供を殺すというのか貴様は?」

 

「ふふっ、交渉というのはとてもシビアなものなの。

 私は本職は違うのだけれど、あの子は欲張りで別の取引相手を用意して釣り上げちゃったの」

 

「それって、もしかしてあの女の子のこと……?」

 

「あら、知ってるのね。ええ、天使様に合わせたあげたわ」

 

「ッ!!」

 

 あっけらかんに言う女の言葉に、エミリアは言葉を失い肩をふるわせる。

 そのことで、あの少女含め関係者全てが既にこの世を去っているのを察し、義憤に燃える瞳が女を射抜く。

 

「たとえ人だとしても、もはや貴様を捨て置けぬ。今ここで斬り捨てる」

 

 目の前の存在を人ではなく、鬼と同様の異形と見定め華代はその切っ先を向けた。

 

「フフフ、素敵よ。なんて素敵な視線なのかしら。昂ってしまうわ!」

 

 そして、女が外套をはためかせ華代へと斬りかかり戦闘が始まろうとした所で───

 

 

 世界が

 

 空が

 

 時間が

 

 歩 み ヲ、

 

 と め た

 

 

「なっ、まだ夜では────!」

 

 最後まで言い切る間もなく、一瞬で世界を甘い匂いが包み込み華代の意識だけを残して巻き戻していく。

 

 もう一度、己の歩みが全てゼロへと返される様を見せつけられるのはひたすらに神経を逆撫でし華代は抵抗するすべもなく見つめるだけしかできない。

 

 2度目となっていても、なれることの無い拷問は続く。

 エミリアとの出会い、チンピラたちを治療したこと、会話をしたことや少女と、目つきの悪い男との邂逅も全てが無に返す。

 

 

 永遠にも等しい拷問は最終的に、華代だけを残し全てがゼロへと戻り、同じ位置で少しの間立ち竦むことになった。

 

 

 〇

 

 

 日陰に座り、道行く人々を見送りながら出来事を反芻する。

 気分を紛らわすため、その手には近くの果物屋から拝借したリンゴがあり、それを齧りながら思考をめぐらす。

 

 逆行する時間は夜のはずだった。だが、2回目は夕暮れ時に変わった。理由はなんだ? 

 1回目と違うことをしたからか? 

 

 原因は恐らくはあの酒場だ。

 そして、自分かもしくは別のことが引き金となって逆行が始まる。

 

 しかし、だとしたら途端に規則性がなくなり予測もくそもあったものでは無い。

 

 逆行の原因となる存在が同じことをしたければ、それだけで難易度は跳ね上がる。だが、変わらないことは一つある。

 それは『黄色い髪色の少女がエミリアからとあるものを盗む』『エミリアがそれを追い掛ける』『そして、盗品蔵にたどり着く』という流れだ。

 

 着くならばそこしかない。ならば、善は急げとばかりにリンゴを食べ終え、立ち上がると華代は心は痛むが迷子の女の子を無視し貧民街に向けて足を動かす。

 その時、

 

 

「ま、待ってくれサテラ───!!」

 

 憔悴し、動揺し、後悔の混じった声が往来から響く。

 それにより、場が一瞬で静まり返り静寂が場を支配した。

 

(なんだ?)

 

 視線を向けると、その騒ぎの中心には酷く懐かしく感じる服装の目つきの悪い黒髪の少年と、言葉を交わし短いが友好を結んだ白い少女、エミリアが立っているという光景が目に映るのだった。

 




異世界こそこそ噂話
華代が戦った上弦の鬼は堕姫・妓夫太郎の前任。
能力は死角から死角へと瞬間移動し、物量とオールレンジ攻撃で反撃も許さず攻め落とすゴリ押しなタイプ。
攻撃に使うのは大気中や地中にある物質を結晶化させたもの。これは金剛石によく似ており、硬さも目を見張るものがある。

厄介な敵であったが、華代の「千里眼」と上弦に成り立てだったことによる油断と慢心を付け込まれ、彼と相打ちにもっていかれて頸を跳ねられることになる。

見た目は僧侶の服をまとった若い女で、涙のような化粧をしている。
コイツの結晶で作られた像は無惨が気に入っており、コイツが華代に倒されたと聞いた時は下弦の鬼に八つ当たりまがいのパワハラをかました後に、堕姫・妓夫太郎が上弦の陸に繰り上がった。哀れ下弦の鬼たち。


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5 ちと、ツラァ貸せ

「待ってくれ。───サテラ!」

 

 シン……と、沈黙が場を支配し黒い髪の少年は少女の元へと歩み寄ると、その細い肩へと手を乗せた。

 

「無視、しないでくれ。いなくなったのは本当に俺が悪かった。でも、俺もわけがわからなかったんだ。あのあとも盗品蔵まで探しにいったし、それでも会えなくて……」

 

 その少年は早口で言い訳の言葉ばかりを述べ、自己弁護を続ける。

 だが、振り返ったエミリアの表情は驚きから段々と憤怒のへと変わっていくのに気が付かない。いや、気付こうとしない。

 

「ごめん、自分のことばっかだ。……でも、無事でよかった」

 

 少年はそう言い終え、顔を上げる。

 そして、少年はようやく気がつく。彼女が自分見る目を。その瞳に宿った感情に。

 

「あなた……」

 

 少年の手を払い、震わせた唇からは敵意に満ちた声が放たれる。

 

「どういうつもり──? 人を"嫉妬の魔女"の名前で呼んでどういうつもりなの!?」

 

 頬を紅潮させ、問い詰めるエミリア。少年はその言葉を予測していないのか戸惑いの表情をうかべる。

 

 周囲にいる人々の喧騒も静まり、ただ両者の間だけの会話が嫌に響き、その場を支配していた。

 

「もう一回、聞くわ。──どうして私を、『嫉妬の魔女』の名で呼ぶの?」

 

「いや、だって。そう呼べって……」

 

「誰に言われたのか知らないけど、タチの悪い趣向すぎる。乗る方も乗る方よ。──禁忌の象徴、『嫉妬の魔女』。口にするのも憚られる、そんな名前を呼び名に選ぶなんて」

 

 嫌悪感を露わにして、エミリアの声に少年は困惑しかできず何も言うことが出来ない。

 項垂れる少年を前に、エリミアは時間の無駄だと悟ると身を翻してその場を後にしようとする。

 

 そして、どこからともなく風が吹くと、見知った頭髪の少女が彼女の懐から小さなナニかを取り出し、走り去っていく。

 その姿を見て、少年は叫ぶ。

 

「フェルト!?」

 

 一瞬とも言える時間、少女は疾風となって路地裏へと消えていき、エミリアは慌てたようにローブの中をまさぐり盗まれたことに気がつくと原因となった少年を睨む。

 

「やられたっ。このための足止め……あなたもグル!?」

 

「な、違っ!? 誤解だ! 俺は…………!」

 

 エミリアは少年の言葉を最後まで聞かず、すぐにフェルトのことを追いかけるために走り出した。

 その場には少年だけが取り残され、呆然と立ち尽くす少年は何かを叫ぶとそのま後を追うように駆ける。

 

「……なんだったのだ?」

 

 一連の流れを見つめていた華代は首を傾げながら呟く。

 いくつか分かったことは、一方的だったが少年はエミリアのことを知っていた。そして、『嫉妬の魔女』という単語。これは周囲の反応かわかる通り彼女に対して特大の地雷らしい。

 

 その魔女とやらの名で呼ばれた彼女は、短い付き合いとはいえ会話していた時からは想像もできないほどの激昂ぶりには華代も驚きを隠せず、同時に困惑した。

 

「……なぜ、少年は彼女をそのように呼んだのだ? 見たところ、それが忌み名だとは知らなかったように見えるが」

 

 むしろ、彼はそれが真名だとそう思っていた節がある。

 なぜ、どうして? 疑問は増えるばかりだ。

 

「だが……、彼がこの逆行の鍵になるのかもしれないな」

 

 重い腰を上げ、華代は彼らが入っていった路地へと向かう。

 しかし、入り組んだ路地は迷路のようで少年のことを見つけることが出来ず、華代は自分が行動するのが遅かったことを察して舌を打つ。

 

「クソッ、どこに行ったあの少年は?」

 

 額に滲んだ汗を拭い、気配を探るがあるのは感じ取れない。

 

「はぁ、どうせ原因はあの場所だ。ならば、予めそこに行けばいい」

 

 今の時刻は昼ほど、あまり宛にはならないが最終目的地はあの酒場だと言うのはわかっている。

 あの黒髪の少年がどう影響しているかはまだ分からないが、まだ夕暮れには時間がある。

 

「しかし、あの少年はどう関係があるのだ?」

 

 姿を思い出すが、彼からはそこまでの邪気などな感じられなかった。むしろ常になにかに脅えているかのような感じだ。

 

 それに、気になるのはあの女。やつは言った「新しい取引相手を連れてきた」と。先の流れを見たら、あの少年が2回目になにか関わっているという予測をすることが出来る。

 そして、結果的にあの殺人鬼に殺された。

 

「しかし、これはあくまでも私の予測だ。真実はこの目で見なければ意味が無い」

 

 幸いにも先のある場所はわかっている。壁を蹴り上がり建物の屋根に着地すると華代は屋根伝いに貧民街へと目標を定め、空を駆ける。

 

「到着……と」

 

 2度目となる酒場の前に立ち、華代はゆっくりと外観を見る。

 あの時のようなおぞましい気配と血の匂いは感じられない。

 どうやら、まだ中の住人は無事のようでほっと胸を撫で下ろす。

 

 だが、安心はできないため華代は少しだけ警戒しながら扉の前に立ち2回ほどノックし、反応を確かめる。

 

「……大ネズミに」

 

(そう来たか……)

 

 まさかの不調和である。予想していなかった事に華代は額へと手を当て、返ってきた言葉に顔を顰めた。

 

 そう言えばここって盗品蔵だったのを思い出し、確かに符丁が使わるのも納得だ。大ネズミ、大ネズミか……

 

 考えていると、訝しんだ扉の向こうにいる人物はなにやら大きなものを握る音が聞こえ、荒ごとになりそうなことを予見する。

 

 紳士的(物理)なお話になりそうだ、と華代は日輪刀の柄に手を添えて勢いよく扉を蹴り飛ばす────

 

 直前に3度目となる逆行へと対面し、実行に移すことが出来なかった。

 

 

 〇

 

 

「…………クソッタレが」

 

 3度目となる巻き戻った世界。頭痛と吐き気を抑えながら華代はどす黒い感情を込めて悪態を着く。

 

(どういう事だ、起点はあの盗品蔵であったはずだ。なのに、今度は匂いが盗品蔵から別の場所へと移っていた)

 

 その場から動くことなく、華代は顎に手を添えて思考する。

 微動だにせず、何かを考える様子の姿は絵になっており人々は彼を避けるように歩く。

 

(逆行の時間がだんだんと早まって言っている。私が前回と違うことをしたからか? いや、何かをずらす様なことはしていないはず)

 

 高速で思考し、仮説を立てる。

 その中で、これらの大筋を変える存在が1人いたということに気がついた。

 

(あの黒髪のガキか)

 

 無意識にコツコツと踵が石畳を鳴らし、華代はいつかの目つきの悪いガキの顔をう浮かべるやいなや歩き出す。

 

 向かう先は、あの少年とエミリアの2人が邂逅した通りだ。もしかしたら何かを手がかりがあるかもしれない。

 

 そして、

 

「ちゃーんちゃーちゃちゃっちゃっちゃっちゃ!」

 

 と、記憶の彼方に前世で聞いたラジオ体操の間抜けな歌声が聞こえてきた。

 そこには青果店の隣の露店で体を動かす、ジャージ姿の特徴的な黒い髪型の目つきの悪いアイツがいた。

 

「見ぃつけた……」

 

 自然と呟き、華代の口角が吊り上がる。(それを見た通行人は悲鳴をあげていた)

 

「男にはやらなきゃならねぇときがある。──そうだろ、オッサン」

 

「そのことで自分の首を絞めかねない事実にも目を向けたらどうかね、少年」

 

 へ? という呆気に取られた声を上げ、少年が声の聞こえた方向へ視線を向ける。

 そこにいたのは、腰から刀を提げ、学生服のような制服に桜の柄をあしらった羽織を纏う中性的な顔立ちの剣士がそこにいた。

 

「やぁ、こんにちわ。早速で悪いが────ちと、ツラァ貸せ」

 

 にこやかに笑うが、その目は笑っておらずスバルはなすがままに首根っこを捕まれ裏路地へと引きずり込まれるのであった。

 

 

 

「フンッ」

 

「ブゲッ!?」

 

 人の目が無くなるや否や、放り投げられ放物線を描いて少年は汚い地面に転がり、汚い悲鳴をあげる。

 

「いっつつ、何すんだよアンタ────うぉおお!?」

 

 堪らず少年は華代へと掴みかかろうとするが、突きつけられた日輪刀の切っ先を見て踏みとどまった。

 

「簡潔に問う。貴様は何者だ?」

 

「なんだよ、これ。どっかの聖杯戦争みたいなシチュエーションはよぉ・・・・。な、何者って……名前はナツキ・スバル。右も左もわからない上に天衣無縫の無一文! としか言えないんですがねぇ」

 

「巫山戯ているのかお前?」

 

 華代の問に、黒髪の少年スバルは言うが空気の読めない発言にイラッときた華代は青筋を浮かべる。

 だが、このままでは話は進まないと思い刀を下ろした。

 とりあえずは目下の命の危機が去ったのか、スバルは胸を撫で下ろす。

 

「さて……、質問するが少年。君は盗品蔵に用があるのだな?」

 

「ッ、どうしてそれを!? アンタ───」

 

「質問を質問で返すな。いいか、貴様は私の問いかけには黙って答えろ。わかったな? 

 コホン、話は戻すがなぜ君は盗品蔵に用がある?」

 

 濃密な殺気を叩きつけられ、スバルは顔を青くし口を閉じてしまう。そのため、華代は自分の中にあった答えを口に出す。

 

「あの金髪の少女が盗んだものが目当てなのか?」

 

「あ、あぁ……!!」

 

「そうか……」

 

 自分の中の推測が正しかったことが分かり、幾ばくが殺気がやわらぐ。

 あの殺人鬼の言っていた新しい交渉人は、どうやらこの目の前の少年らしい。

 

「それで、なぜ君はそこまで盗品を欲しがるのだ?」

 

「違う! おれはただ、……ただ、あの子に」

 

「あの子? なんだ、その盗品を別の誰かに贈るのか」

 

「そんなんじゃねぇ! ただ、俺は盗まれた者を本人に返したいだけだ!!」

 

 その叫びに、しばしの間目を瞬かせ、華代は口をとざす。

 

「返す、だと?」

 

「ああ」

 

「何のために?」

 

「り、理由なんてねぇよ」

 

「そんな訳があるものか。彼女に恩を売って金品をせびるつもりではないのか? 彼女はどうやらかなりの身分らしいからな」

 

「違ぇよ。ただ、あの子を……。あの子に…………。理由なんてねぇ。人助けに理由が必要か!?」

 

「…………いや、ないな」

 

 スバルのやけくそ気味のセリフに毒気を抜かれ、華代はその純粋な気持ちにどこか感慨深く思い、自然な笑みが浮かぶ。

 

「……それしても、あんたが言う通りあの子が位の高い身分ってことは俺ってばすげぇ失礼なことしてたってことがよぉぉぉ…………!」

 

 くねくねと見悶え、なにやらキモくブツブツ言いながら自己嫌悪に陥るスバル。

 

「さて、少年。ここで分かったことがある」

 

「お、おう。さっきまで俺の事を殺そうとしていたとは思えないくらい爽やかな顔してるなアンタ……」

 

「茶化すな。それと私は歌風 華代という名前がある。ンンッ、スバル。君は世界のぎゃ────」

 

「おっ、見ろよ」

 

「金づるハッケーン。弱そうなガキとヒョロい奴じゃねぇか」

 

「ハッ、んじゃ出すもん出すんだな」

 

 華代の話の腰を折る3つの声が響く。

 1回目にて華代によって衛兵に突き出され、2回目でスバルに気絶させられたいつかのチンピラ3人組だった。

 いままさに、核心をつこうとしていた華代の表情は能面のような無表情が張り付いている。

 だが、握られた刀の柄からはミシミシという音が聞こえてきたスバルは小さく悲鳴を漏らして、何度目か分からない顔を青くする。




異世界こそこそ話
華代は常に何があってもいいように、各種薬品や補助道具などを隠し持っている。
火をつければ爆発するものや凄まじい光を放つものや少しでも摂取すれば、大事に至る毒物などなど。


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6 人は顔ではなく内面を見ろ

「さて、話を戻すことにしようかスバル」

 

「ア、ハイ。あのー、ハナヨさん……? あいつら死んでませんよね?」

 

「少なくとも当分は目を覚まさんな。むしろそうしてくれないと困る」

 

「デスヨネー」

 

 手のホコリを払い、幾分かスッキリした顔色の華代。

 その背後では全身を滅多打ちにされ、白目を向いて立ったまま気絶しているチンピラ3人組がいた。

 

 哀れにも、この3人は度重なる逆行によるストレスにより爆発寸前となっていた華代の逆鱗に触れた罪で、立ったまま気絶するほど殴られ続けたのである。

 

 その時ばかりはスバルもチビりそうになった。というか少しだけ下着が湿った。

 

「(やべぇよこの人、何がやばいって最初にトンを殴った時に踏み込んだのは見えたけど、早すぎて移動した瞬間見えなかったし、あの巨体を5mくらい上空にぶっ飛ばしてたぞ!?)」

 

 その細い体のどこからそんな力が出るのか、スバルは戦々恐々としつつ頼もしさも感じているのだった。

 

「それにしてもコイツらをどうしたものか……。転がしていくのもいいが、似たような連中に追い剥ぎされると些か後味が悪い」

 

「自分でやってそれ言う!? ……いえ、なんでもないです! だからその目が笑ってない笑みを向けないでくださいませう!」

 

「ならイチイチ茶化すんじゃあない。はぁ、表に寝かしておけば、誰かが衛兵に突き出すだろう」

 

 ため息を吐き出し、伸びてる3人組を表のとおりに放り投げようと近寄ると。

 

「なにやら騒がしく思ってきてみれば……、こればどいうことかな?」

 

 凛とした声が聞こえた。そちらに顔を向ければ、圧倒的な存在感を放つ存在がいた。

 

 目を惹くのは、燃え上がる炎のように赤い頭髪。

 

 その下には真っ直ぐで、勇猛以外の譬えようがないほどに輝く青い双眸がある。異常なまでに整った顔立ちもその凛々しさを後押しし、それらを一瞥しただけで彼が一角の人物であると存在が知らしめていた。

 

 すらりと細い長身を、仕立てのいい黒い服に包み、その腰にシンプルな装飾──ただし、尋常でない威圧感を放つ騎士剣を下げている。

 

 そして、今はその瞳には困惑の色が滲んでいた。

 

「誰だ、貴殿は?」

 

 華代が尋ねると、その赤髪の青年は名乗るのが遅れたね、と言うと胸に手を添える。

 

「僕は"ラインハルト"。初めまして、見慣れぬ方々」

 

 青年、ラインハルトは爽やかな笑みと共にそう名乗った。

 

 

 〇

 

 

 

 とりあえずは華代はラインハルトにかいつまんで事情を説明する。

 

「───なるほど。確かに襲われて抵抗したのは構わないが、自衛もいき過ぎれば罰になる。

 彼らからしたら命を取られないだけで儲けものだが、次からは衛兵などを読んで欲しいね」

 

「反省はしている。だが、後悔はしていない」

 

「ちょ! すんません、ほんとにすんません! 今度は止めさせるんでほんとすんません!」

 

「スバル、いくらお前自分の頭が下げるくらいの価値がくそほど安くても、そんなペコペコやるんじゃない。男なら上を向け」

 

「誰のせいだと思ってんだコノヤロウ!」

 

「ハハハ、とりあえずはあの3人は僕が詰所に連れていくよ。ところで、スバルとハナヨは珍しい服装に名前だね。2人はどこから来たんだい? 」

 

「どこからかって言われると答えづらいんだよな。東の小国って設定はダメ出し食らったから……」

 

「日本だ」

 

「ちょぉい! なんでそんなあっさり言うのかね!? ここは隠れ里的な感じでさ」

 

「別に出身地を遠回しに言う必要ないだろう。極東の小さな島国だラインハルト殿」

 

 そんな漫才な会話を繰り広げつつ、彼を見ると意外にも顕著な反応を返す。

 

「ルグニカより東……まさか、大瀑布の向こうって冗談かい?」

 

「大瀑布?」

 

「この大陸の四方を囲む巨大な滝だ。詳しいことは私も知らん」

 

 と言っても詳しくは知らないが、華代は初めて聞くと言った感じのスバルにそっと耳打ちする。

 

「うーむ、そう考えると異世界でも同じ場所でばっかひきこもってんのか、もはや天性のもんだぞこれは……持ってるな、俺」

 

「それはなんとも救いようがないな」

 

「息を吐くように罵倒しないでくれませんかねぇ!? なまじ声がいいから俺が女だったらゾクゾクしてたわ」

 

「ハハハ、妻や子からも私の声は好評だ」

 

「オマケに子持ち!? イケメンで子持ちとか人生勝ち組かよ……」

 

 スバルは隣に立つ存在がいかにリア充かを感じ、勝手に精神的ダメージを喰らって膝を着く。控えめに言って反応がいちいち大きいからやめてくれ、と華代は1人思った。

 

「誤魔化してるってわけでもなさそうだけど、そこはいいか。とにかく、王都の人間じゃないのは確かみたいだけど、何か理由があってきたんだろう? 今のルグニカは平時よりややこしい状態にある。幸い、僕は今日は非番でね。僕でよければ手伝うけど……」

 

「いや、必要ない」

 

「なっ、おいハナヨ……」

 

 ラインハルトからの提案を断り、スバルが抗議の声を上げた。

 少しの間、その蒼い双眸と紅い双眸が見つめ合い「そうか」とラインハルトは落胆することなく、答える。

 

「──確かに、1人であの3人を相手にできるのなら僕が注力する必要は無いかもね。

 でも、僕は王国の民でなくても無辜の人々を守る騎士だ。何かあったら、僕は必ず駆けつけて見せよう」

 

「すまないなラインハルト殿。貴殿に幸あらんことを」

 

 ラインハルトは3人を縛ると、そのまま引きずっていき華代はそんな彼を見送る。

 

「なぁ、別にラインハルトに手伝ってもらっても良かったんじゃないか? 

 アイツがどれだけ強いかは分からないが、この先だってアイツが……」

 

「確かに彼がいれば楽に済むだろう。それだけの力を彼は持っている。お前が心配する相手のこともだ。だが、お前と私が向かう場所では彼のような法の元に生きる者がこれからやることを見過ごすと思うか?」

 

「……それは、そうだけどよ。悪い案じゃないと思うぜ? 

 アイツは俺と違ってアンタみたいなイケメンだし。性格もいいしイケメンだし。これから何か縁を使っておいたほうが御の字だと思うぜ。あとイケメンだし」

 

「どれだけ顔にこだわるのだお前は……。あとひとつ言っておくぞ、人は顔ではなく内面を見ろ。私からの助言だ」

 

「そういうアドバイスするのはだいたい顔が良い奴なんだよなぁ」

 

「そこはまぁ、うむ……」

 

 華代からしたら彼と共に行くのは構わなかった。なぜなら雰囲気からでも分かったが、彼は自分以上の力をその身に秘めているのがヒシヒシと伝わってきたからだ。

 だが、これからやることに彼のような不確定要素はできる限り排除したかった。それに、あの殺人鬼は幾ばくが剣を交えたが、自分でも対処可能だと良そうしている。

 

「はぁ、安心しろスバル。私はこう見えても所属していた組織ではかなり腕の立つ方だからな。私の目の届く範囲ならばお前を守りきってみせるさ。なに、子供を守るのも大人の務めだ」

 

「おう、じゃあお言葉に甘えるぜ。先に言っておくが戦力外通告ウケるくらい俺は弱いからな。頼りにしてるぞハナヨ先生」

 

「……自分で言っていて悲しくならないのかそれ?」

 

「……何も言わないでくれ」

 

 そんな軽口を言いつつ、2人は昼の太陽に照らされた盗品蔵の前に着くのだった。




異世界こそこそ噂話
華代がスバルくんにたいしてこんな対応なのは、スバルくんも大概失礼な対応をしてるからだ!
多分、アホなことや空気読めない発言を無くせばだいぶ優しく相手してくれる。


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7 日本男児なら日ノ本の言葉を喋れ。喋れなければ腹切って死ね

ルーキー日刊にて25位。やったぜ


 長かった。何度も繰り返し、その度に筆舌に尽くし難い屈辱を味わった。

 それがようやく、開放されると思うと自然と力が籠る。

 

 固く閉ざされ、人気のない盗品蔵を前に立ち感慨深く華代はその外観を見つめた。

 

 目標の夕方よりも早い時間にたどり着き、華代とスバルの2人は一息つく。

 

「この時間ならまだフェルトはここには来ていないはずだぜ」

 

「フェルト? あぁ、あの金髪の手癖の悪い少女のことか」

 

「知っているのか雷電!?」

 

「なんだいきなり大声を出して……」

 

「いや、ちょっと言うべきかなって。まぁ、あんたの言う通り手癖の悪いガキンチョさ。というか、素で言ってたけどもしかしてハナヨって……」

 

「フン、もしかしなくてもお前と同類だ」

 

「やっぱりかぁ。さっきおもっくそ日本って言ってたもんな。だけど、なんでそんな格好してんだ? コスプレか? おまけに妙に口調が古めかしいけどよ。キャラ作りにしちゃ自然だし」

 

「こすぷれ? 何を言っている。これはれっきときた由緒正しい鬼殺隊の隊服だ戯け」

 

「鬼殺隊?」

 

「読んで字のごとく。人を喰う鬼を殺す組織だ」

 

「おぉ、平成の現代日本にまさかそんな漫画やアニメみたいな組織があったとはな……」

 

「平成? 戯け、今の日本は文久三年であろう」

 

「は? いやいや、平成だって何言ってんだよ」

 

「え?」「ん?」

 

 そこで2人は話が食い違っていることに気がつき、互いに指を指し言う。

 

「ひょっとして華代さんってば過去の日本から来ちゃった感じ? お侍様?」

 

「お前は未来からか? あと私は侍ではない。剣士だ戯け」

 

「「…………」」

 

 まさかの事態である。華代自信、一応は前世の記憶を保持しているがほぼ忘れているようなもので、スバルの格好も「あー、なんかどっかで見たなぁ」程度のものしかない。

 

「まさか異世界に来たと思ったら幕末の人と一緒って予測できるかよぉ……。というかさっきから何回戯けって言われてんの?」

 

「おい、そんなことより未来では鬼は居なくなっているのか!? 詳しく話を聞かせろ!」

 

「ちょ! 掴む力つっよ!? いだ、いだだだだだた! んな話聞いたことねぇよ! 少なくともネット上じゃ都市伝説でも人喰い鬼なんて昔の日本の神話でしか聞いた事ねぇって!! これでいいか!?」

 

「っ……あ、ああ。すまない…………。そうか、鬼は居ないか……そうか。そうかっ…………! 

 彼らは鬼舞辻を無事倒してくれたのかッッ!!」

 

 いくら物語の世界だったとしても、結末を知っていたとしても、あくまでもそれは物語としてのものだ。

 現実として自分が過ごし、未来のことを知っていても不安だった。だが、スバルの言葉を聞き、華代はようやく1つの重りが取れたように、泣きそうになりながらも笑みを浮かべる。

 

 そんな彼に投げかける言葉が見つからず、スバルはただいつもの調子に戻るまで、何も言わず待つのであった。

 

「くっ、コイツのまえであんな無様なさまを見せるとは……。穴があったら入りたい!」

 

「あれおかしくない。なんでナチュラルに俺ってば罵倒されてるの? 酷くない? 泣くよ?」

 

「喧しいわ穀潰し。はぁ、それで交渉はお前がするとのことだが、私は彼女が盗まれた品を知らないが出来るというのか? 

 それに、金は持っているのか? いや、持ってるわけないか無一文と言っていたしな」

 

「よくご存知で。確かに俺は天下御免の一文無し! ……ちょ、待てよ! 刀を抜こうとするなって! 代案はあるから! ステイ! ステイプリーズ!」

 

「日本男児なら日ノ本の言葉を喋れ。喋れなければ腹切って死ね」

 

「アンタは何処の島津人だよ!」

 

「失敬な。私は薩摩出身だ」

 

「近いじゃねぇか! って、話を戻すけどコレが代案だ」

 

 柄へと手を伸ばした華代を宥めながら、スバルは懐からとある物品を取り出す。

 華代はそれを見て、確か……ガラ、ガラ…………、ガラケーだ。と思い出した。

 

「そんなもの取り出してどうするのだ?」

 

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました。これこそ"ミーティア"。時を切り取る道具だ!」

 

「"みーてぃあ"?」

 

 始めて聞く横文字に、首を傾げて呟く。

 とりあえずは気を取り直し、懐かしい品を見ながら華代はスバルへと尋ねた。

 

「それで、そのみーてぃあとやらが代案となるのか?」

 

「おうとも! この世界では絶対にお目にかかれないレア物だ。

 それじゃよく見ておけよNATUKIフラッシュ8連射!!」

 

「ムッ……」

 

 突然の光、眩さに堪らず目を細める。

 

「さぁさぁ、こちらをご覧あれ! ────いってぇ!? 

 いきなりやって悪かったって! ていうかデコピンの威力じゃねぇんだけど!?」

 

 いきなり何しやがる、という思いを込めてスバルの額を指で弾き汚い悲鳴を轟かせながら、ガラケーの液晶を華代へと見せた。

 

「写真か……」

 

「ご明察ぅ。……そういや、文久三年ってその頃にゃカメラが伝わってきてたな。

 ということで、これは小型の写真機だ。俺の時代だとこれが出回ってるんだよな。

 んでもって、この世界にはこういうものが出回ってない……はず」

 

「そこは断言しないのか。ふむ、ほぉ。これがあれば妻や子供たちのことを綺麗に記録できるな……」

 

 それから何回か空や植物の写真を撮った後、気を取り直して話を再開させる。

 

「んで、これなら欲しがるやつは大金を出すって寸法さ。どうだ?」

 

「確かに、価値はありそうだな。しかし、本当にソレはお前が返そうとしているものと釣り合うのか?」

 

「おう。コイツは聖金貨で二十枚以上の価値があるってお墨付きだからな」

 

「この世界の貨幣制度がよく分からんのだがなぁ。まぁ、それならいい」

 

 それから話を聞くと、どうやら二週目にて彼はこのガラケーを使って盗品蔵でこれと徽章の交換を持ちかけたらしい。

 だが、それはあの殺人鬼の機嫌を損ねる結果となり、結果として殺される羽目になったようだ。

 

「しかし、それだと前回の二の前ではないか?」

 

「それは、ほらエルザが来る前にフェルトと交渉して手早く回収して万事OKって感じだ」

 

「エルザ……。あぁ、あの殺人鬼か。

 それにしても、結局そうなったとしてもお前やフェルトはどの道殺されるぞ?」

 

「───へ?」

 

「スバル、考えてもみろ。あの女の狂気を。

 あの狂人が依頼した品物を手に入れられず、はいそうですかといって引き下がると思うか?」

 

「あ────」

 

 何度も死に戻り、視野の狭くなったスバルはひとつの目標しか見えていなかった。

 華代からみても、アイツは殺人を楽しんでやるシリアルキラーだ。見せしめにフェルトが殺され、関係者でもあるスバルとエミリアを1人ずつ殺していくのを想像するのも難くない。

 

「だが、それはお前一人だった場合だ」

 

「ッ!」

 

 顔を上げたスバルに向け、薄く笑い華代は己の半身を見せる。

 

「例え異世界だとしても、私は無辜の人々を鬼から守る鬼殺隊の剣士だ。私の目が黒いうちは守ってやるさ」

 

「っ〜……! すまねぇ、恩に着る!」

 

「涙を流すのは今ではない。この最悪な運命を打ち破ってから好きなだけ泣くといい。

 さぁ、早く交渉を終わらせるぞ」

 

「おう!」

 

 気合いの籠った声を上げ、スバルは確かな足取りで盗品蔵へと進むのであった。

 

 

 〇

 

 

(そういえば符丁を知らなかったな)

 

 この盗品蔵に入るのには符丁が必要だと思い出したが、スバルはその答えを知っており、盗品蔵の主へ巫山戯ながら答える。

 そのふざけた答えに怒りながら出てくるのは、浅黒い肌の筋骨隆々な老人だ。

 

「あんま頭に血ぃ上らせてると血管切れるぜ。現代医学でもかなり危険」

 

「ならばご老体をわざわざ怒らせる真似をするな戯け」

 

 最初はこれから交渉があると言って取り繕うとしなかったが、スバルがお近付きの印といって持っていたビニール袋からコンポタ味の菓子を手渡し、中でフェルトを待つことにした。

 

「無理言って済まないなご老体。このバカがアホな事をやって」

 

「フェルトの客だと言うのなら一応ワシの関係者とも言えるからのう。おい小僧! ワシに渡した菓子ならば勝手に食うでないわ!」

 

「おいおいおい、客に茶菓子のひとつもないんだったらみんなで分け合えばいい。知らない? 一人はみんなのために。みんなひとりのためにってなOK?」

 

「戯けェ。明日の食い扶持にも困るようなこの貧民街ではそんな博愛主義溢れる言葉なんぞで食料を手放すわけがなかろう。言葉でおマンマは食えんのじゃぞ!」

 

 そんな異世界の世知辛い会話を交えつつ、各々は盗品蔵のカウンター席に座り、華代はいざ言う時のために店内を物色し、老人ことロム爺はスバルの渡した菓子をバリボリと食べ、スバルもそれを2、3枚ほど摘み自分の家のように酒を木箱から見つけてソレを飲む。

 華代も勧められたが、何が入ってるか分からないため遠慮しておくことにした。

 

「おい、スバル。お前はまだ未成年だろ」

 

「いやいや、ここ異世界だぜ? なら郷に入っては郷に従えってやつだって。それにアンタの時代だと15で成人だって」

 

「ああ言えばこう言いおって……」

 

「苦労してるなお主も。ほれ、これをやろう」

 

 同情的なロム爺の視線を受け止めながら、華代はロム爺から出された豆をつまみ、口に運ぶや否や顔を顰めてその皿を横へと退かす。

 そのことは予想していたのか、ロム爺はそれには特に言うこともなかった。

 

 それからはロム爺とスバルが酒を飲み、華代はロム爺にバレないようにあちこちに小細工を仕掛けていく。

 そして、ダラダラと時間が過ぎていき目的の人物がやってくる。

 コンコン、とノックの音が響く。

 

「来たか」

 

 ロム爺が自分たちにやったみたいに符丁の確認をしに行き、スバルは緊張から顔を強ばらせ華代は至って自然体で体を出口に向けるとそこにはいつか見た少女がいた。

 

「……なぁ、ロム爺。ほとんど客が来ないはずのここに2人くらい見たことない奴らがいんだけど気のせいか?」

 

「お前さんの客らしいぞフェルト。どうやら、お前さんが今日盗んだものが欲しいとの事じゃ」

 

「あ? どうしてその事を知ってんだ…………

 まぁ、金が貰えるって言うなら何だっていいけどさ」

 

 フェルトはそう言うと、勝手知ったる様子でスバルの横に座るとロム爺から渡された冷えたミルクを人のみし、味に対して愚痴をこぼす。スバルも、もういっぱい酒を飲もうとしたが、華代に引っぱたかれて辞めさせられていた。

 

「それで、アンタらはアタシの盗んだものにいくら金出してくれるんだ? 

 言っとくが、これ盗るのにもだいぶ骨が折れたし先約もいる。

 生半可な額じゃあ、取引にゃ応じないぜ〜」

 

「いてて、ンンッ。金はねぇが俺にはこれがある。価値にしておよそ聖金額20枚ほどの値打ちもんだ。

 どうだ、悪い提案じゃあないだろ?」

 

 スバルはそう言い、取り出したガラケーをフェルトへと見せる。彼女は訝しげな視線をロム爺へと向ける。

 

「ホントかロム爺?」

 

「うーむ、この阿呆を調子には乗らしたくはないが事実じゃ。

 このミーティアは時を切り取る魔法器じゃ。最低でも15はくだらん代物じゃ。欲しがるものならばそれ以上の金を出すじゃろな」

 

「へぇ……。アタシにはそういうのはよくわかんないけど、ロム爺がいうなら確かなんだろーな。そこの兄ちゃんの持ってる剣も高そうに見えるけど」

 

 フェルトは華代がカウンターへと立てかけていた日輪刀を見て、目を輝かせる。

 

「ん、まぁ私専用に鍛えられたモノだからな。そこいらの刀剣よりも業物ではあるが、売る気は無いぞ? 

 それよりも、フェルト。お前は盗んだものはきちんと持っているのか?」

 

「ったりめーだろ? 

 ほら、これが目的のブツだ」

 

 フェルトはその手に紋様が入っており中心には宝石が埋め込まれている、小さな徽章がのっていた。

 確かに、高そうなものではあるがコレがエミリアがあそこまで必死になって取り返そうとするには、些か信じにくい。

 それに……

 

(あのおぞましい気配はこれからはしないな)

 

 逆行するときに感じ取った悼ましく、おぞましい気配はせず、あの現象の引き金がこれではないと分かる。

 だが、となるとどうやってあれが引き起こるというのか。何が引き金となって発動するのか。

 これが関係ないとなれば、やはりスバルが関係しているのか? 

 そんな思考をしている華代を横目に、話は進んでいく。

 

「そんで、ロム爺。これはどんくらいの値打ちがつくんだ?」

 

「うむ、見たことの無い徽章じゃがこれも相応の価値はあるじゃろう。

 だが」

 

「俺のコレよりは低いだろ?」

 

「ないとは言いきれぬが……、その通りじゃな」

 

「そうか! よしっ、よしっ! なら早速コレと交換を───」

 

「おっと待った兄ちゃん。なんでそんなにことを急ぐんだ?」

 

 フェルトは待ったをかけた。

 

「な、なんだよ。別に急いでるわけねぇし? ていうか、顔! 顔ちけぇって!」

 

 眉を寄せるスバルにフェルトは顔を近づけ、誤魔化そうとスバルは早口で言う。

 

「なんだよ、女の子に近づかれて照れてんのか?」

 

 フェルトの問いかけに言葉を詰ませながらも、スバルは引きつった顔で答えた。

 

「いやお前、何日か風呂とか入ってねぇだろ。目に沁みる刺激臭がする」

 

 顎を真下からブン殴られる。

 のけ反って、舌を噛んだ激痛にスバルは涙目で呻く。

 音により、思考の海から引きずり出された華代は何事かとロム爺に問い、事情を聞いて呆れてしまう。

 

「女相手に容赦ねーな!?」

 

「お前もちょっとした軽口に容赦ねぇな!? 早くも流血沙汰だよ!」

 

「すまないご老体、台所を貸してもらえるだろうか?」

 

「ナンジャ藪から棒に。あそこじゃ」

 

「そうか。感謝する」

 

 スバルとフェルトの漫才を横目に、華代はロム爺に言われた場所に向かい席を立つ。

 スバルはそんな彼の行動には気づかず、フェルトに詰め寄られ彼女に主導権を取られていってしまう。

 

「んで、この徽章は、なんだ? 実はこいつには、この見た目以上の価値があるんだ。だから欲しがるんだろ? それはつまり、魔法器以上の金になる価値ってことだ」

 

 困ったことになった、スバルは赤い瞳に嗜虐的な光を湛えたフェルトを説得しようとするがコミュ障の自分にはいい言葉が思い浮かばず、助けを求めて華代を探すが座っていた席には居らず、空気を読んで沈黙していたロム爺だけが見えるだけだ。

 

「待て、フェルト。お前、その考えはマジに危ないぞ。話の流れ的に何を言い出すのかだいたい予想がつくのがゲーム脳でアレだけど……それはマジにやめとけ!」

 

 目の前の少女が守銭奴だというのこれまでの経験で理解している。このまま、彼女が釣り上げようとすると待っているのは文字通りDEAD ENDだ。

 

 互いに譲れず、時間がさらに過ぎていく。

 そして、ロム爺のグラスに注がれていた酒が飲み干される頃合に新たに扉を叩く音が響き、スバルが肩を跳ねさせた。

 

「ん、噂をすればってやつだ。アタシの依頼人だろうな。時間にはまだ早いけど」

 

 フェルトはそう言い残し、出口に向かいそのドアノブへと手をかける。

 盗品蔵、ノック、フェルトの客──それらが符合し、スバルの中に導き出される答えはひとつ。

 

「やめろ! 殺され────でァ!!?」

 

「おっと、すまない。手が滑った」

 

 悲痛な声でスバルが叫ぶ寸前、いつの間にか戻っていた華代が彼の頭に向けて、鞘に収まった状態の刀で叩いたことで痛みに悶絶してスバルはそれが出来なかった。

 屈んで悶えるスバルに近寄った華代は耳打ちする。

 

(な、何されるのでしょうか!? というか、どこいっていたんだよ!)

 

(腹を満たせるものを作っていたのだ。まったく、黙って聞いていたがなんだあのお粗末なやり取りは。それ以上不利になりたくなければ黙っていろ)

 

(でもよ! あのままじゃフェルトがエルザに!)

 

(私がいるだろう。それに、外にいるのはあの狂人ではないぞ)

 

(それってどういう───)

 

「───とうとう見つけたわよ。観念しなさい」

 

 華代の言葉に、スバルが言い終えるまでに凛とした声が盗品蔵へと木霊した。

 

「え?」

 

「げっ……」

 

 まさに私怒ってます、といった様子の眉をよせる白い少女エミリアがそこには立っていた。

 そして、そんな彼女を横目に華代は自分の作った豆と肉の炒め物を口に運び、その出来に頬を綻ばせるのであった。




異世界こそこそ噂話
華代の特技は声真似。割と再現度は高く、その顔も相まって女装などをしたらほぼ別人というのは彼の奥さんのお墨付きらしい


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8 貴様も知っていたのなら言っておかぬか戯けェ!!

感想、評価、あざますなのだわ


「よかった、いてくれて。……今度は逃がさないから」

 

 踏み込んで来たエミリアと、後ずさるフェルト。

 ここからはその表情は見えないが、苦虫をまとめてかみ潰したかのような苦々しい表情に歪めていることは想像にかたくない。

 

「ホントに、しつっこい女だな、アンタ」

 

「盗人猛々しいとはこのことね。神妙にすれば、痛い思いはしなくて済むわ」

 

 エミリアの声の温度はひどく冷たく、背後には複数の氷柱が浮いておりその先端はフェルト、ロム爺、スバル、華代に向いていた。

 

 部屋の気温が急速に下がりだし、スバルはカタカタと身体を震わせ吐き出す息は白くなっている。

 

「うむ……、ご馳走様でした」

 

「なぁ、こんなピリピリした場面でマイペースすぎねぇ? ていうか俺の分くらい残してくれても良かったじゃん……」

 

 そんな空気の中で寒さにより、二の腕を擦りながらスバルは席に座って料理に舌鼓をうっていた華代に弱々しく突っ込む。

 

「食える時に食っておくことは大事だぞ?」

 

「だからって時と場合をだな……。いや、俺が言えるギリじゃねぇけどさ。だぁー、というかアレか? 彼女は俺がいなかったらこんだけ早くたどり着けたってことかよ…………」

 

「やったなスバル。お前の役立たずぶりが証明された訳だ」

 

「クソッ、何も言えねぇ自分が情けねぇ」

 

 時空を超えてスバル自身の役立たずぶりが証明されてしまい、追い討ち度ばかりに華代の言葉がクリティカルとなってガクリと肩をおとすが、そんな彼を置き去りに自体は進行していく。

 

「私からの要求はひとつ。──徽章を返して。あれは大切なものなの」

 

 エミリアは自分の要求を告げ、応じなければその氷柱がどうなるかは想像にかたくない。

 万事休すとばかりにフェルトはロム爺へと視線を向けるが、

 

「クソッ、ロム爺……」

 

 カウンターにたっていたロム爺はいつの間にか、その手に棍棒が握られているが、どうにも頼りない。

 その視線はエミリアに向けられ、華代は彼から怯えの感情を感じ取る。

 

「動けん。厄介事を厄介な相手ごと持ち込んでくれたもんじゃな、フェルト。

 それと、嬢ちゃん。アンタ────エルフじゃな?」

 

 ロム爺の問いにエミリアはしばし瞑目、それから小さく吐息して、

 

「正しくは違う。──私がエルフなのは、半分だけだから」

 

 その答えに強く反応を示すのは、フェルトとロム爺の2人のみ。スバルと華代はそれが何を示すのか分からず、首を僅かに傾げるしかできない。

 

「ハーフエルフ……それも、銀髪!? まさか……」

 

「他人の空似よ! ……私だって、迷惑してる」

 

 そこで、華代は前回の世界でスバルがエミリアに向けて嫉妬の魔女の名で呼んだことで引き起こした騒ぎを思い出す。

 

「(…………なるほど、銀髪のハーフエルフが嫉妬の魔女と言うやつと強く関係しているわけか)」

 

 とりあえず、立てかけていた日輪刀を回収しようと手を伸ばすが、その寸前で目と鼻の先ともいえる地点に氷柱が出現した。ついでにスバルにもだ。

 

「ッ……」

 

「いぃ──!?」

 

「え、パック?」

 

 銀髪の髪のなかからひょっこりと現れた灰色の毛玉生物パックがその小さな手を掲げていた。

 エミリアの反応を見る限り、どうやらアレの独断らしい。

 

「ほら、そこ。余計なことをしないでね。痛いのが刺さっちゃうから

 リア、警戒すべきはあの薄紅色の子だよ。見たところ人間だけど、気配が普通じゃない」

 

「そうなの?」

 

「うん。それに、なんていうかマナも変わっている……。混ざってるっていえばいいかな?」

 

 そういえばこんなのいたな、厄介な存在を思い出し華代は抵抗の意志を見せず僅かに両手を掲げる。

 

「(それにしても、コイツ今なんと言った? "混ざっている"とはどういうことだ……)」

 

 一同の視線が突き刺さり、ため息を吐いて口を開く。

 

「生憎、私は君の盗まれた品物とは関係ない」

 

「そ、そうそう……。ついでに言えば俺も盗みにゃ関係ない。

 おいフェルト、命あっての物種だろ? ここは大人しく徽章を返しちまえよ。そんでもって、君も早くこっから出ていく。もう盗られたりしないようにな?」

 

「なんで親身になってくれてるのかわからなくて釈然としないんだけど」

 

「納得いかねーのはアタシも一緒だよ。兄ちゃんたちどっちの味方だ!? というか黒髪の兄ちゃんの方は滅茶苦茶徽章欲しがってただろ!」

 

「私はただの付き添いというか、巻き込まれただけだから何も言わん」

 

「ちょぉい! ここで見捨てますかねぇ!? ゲフン、まぁ、俺の目的はなんていうか、彼女に徽章が返ってきたら達成ていうかなぁ」

 

「……? どういうこと? あなたたち、仲間なんじゃないの?」

 

「あれだよリア。小悪党一味によくあるピンチの時の仲間割れ。見苦しいよねぇ」

 

 中々に場面が混沌とする中、華代とスバルは黒い影がエミリアの背後へと忍び寄るのが見えた。

 残像が見えるほどの速さで華代はフォークを掴むと、それを勢いよく投擲し、スバルはパックに呼びかける。

 

「──パック、防げ!!」

 

 ──快音からの金属音。

 

 息を呑んで少女が振り返るのと、夕日に輝く銀刃が振り下ろされるのは同時。

 

 しかし声に気づいたパックがいち早く展開した氷の盾がその一撃を阻み、同時に華代が投げたフォークがその刃を弾き飛ばし、続けてナイフがはなたれる。

 

 侵入者はその反撃を事も無げに踊るように躱すと、驚く一行と離れた場所に着地した。

 

「ふぅ、間一髪だったね、ナイフフォローだよ。そこの君もありがとね」

 

「助かったのはこっちだ。あんがとよ」

 

「別に礼には及ばんさ」

 

 グッとパックとスバルの2人は親指を立て、華代は肩をすくめる。

 そして、まんまと奇襲を防がれた形になった襲撃者は、

 

「──精霊、精霊ね。ふふふ、素敵。精霊はまだ、殺したことがなかったから」

 

 ククリナイフを顔の前に持ち上げて、切れた頬から流れる血を舐め恍惚の笑みを浮かべるのは嫌なことに見慣れた殺人鬼──エルザだった。

 その唐突な出現に警戒するスバルと華代、エミリアの3人。しかし、彼女に対してアクションを起こしたのはその3人でもなかった。

 

「おい、どーいうことだよ!」

 

 叫び、前に踏み出して怒声を張り上げるのはフェルトだ。

 彼女はエルザに指を突きつけて、自分の持つ徽章を懐から取り出すと、

 

「徽章を買い取るのがアンタの仕事だったはずだ。ここを血の海にしようってんなら、話が違うじゃねーか!」

 

「盗んだ徽章を、買い取るのがお仕事。持ち主まで持ってこられては商談なんてとてもとても。だから予定を変更することにしたのよ」

 

 怒りに顔を赤くしていたフェルトが、その殺意に濡れた瞳に見つめられて思わず下がる。そんなフェルトの恐怖を、エルザは愛おしげに見下し、大人が子供を諭すように言う。

 

「この場にいる、関係者は皆殺し。徽章はその上で回収することにするわ」

 

 そう述べ、場に緊張が走る。だが、それを破るのは武器を持たないスバルの叫びだ。

 

「てめぇ、ふざけんなよ──!!」

 

「こんな小さいガキ、いじめて楽しんでんじゃねぇよ! 腸大好きのサディスティック女が!! そもそも出現が唐突すぎんだよ、外でタイミング待ってたのか!? ホラー映画のジェ〇ソンとかマ〇コーにいちゃんかっての! 

 うまくいくかもとかぬか喜びさせやがって、超恐いんだよマジ会いたくねぇんだよ! いくら同類が見つかって、そいつがすっげぇ頼もしくたって、俺がどんだけ痛くて泣きそうな思いしたと思ってやがんだ! 刃物でブッスリやられるたんびに小金貰ってたら今頃俺は億万長者だ! それは言い過ぎた!」

 

 色んな感情の込められた無様な叫び。聞くに絶えないソレは全員の注意を引き、あのエルザもその顔には驚きの色が見えた。

 そして、華代はそんな彼の意図を読み取り独特の呼吸音を上げる。

 

「ということで、時間稼ぎ終了! ───やっちまえお前ら!!」

 

「いきなりの出来事で驚いたけどやっぱり? 唐突すぎて気が狂ったのかと思ったよ。でも利用させてもらおうかな」

 

「まったく、奇行はほどほどにしておけ。見苦しいぞ?」

 

 パックはそう言い、いつの間にかエルザを包囲していた氷柱が彼女へと殺到する。

 逃げ場のないそれは容赦なくエルザへと降り注ぎ、しばしの間破砕音が鳴り響く。

 

「やりおったか!?」

 

「おいそれフラグ!!」

 

 お約束とばかりに、ロム爺の叫びとそれに突っ込むスバルの叫び。

 白煙を切り裂き、現れたのは外套が無くなり衣装が顕となったエルザだ。その手に握りたナイフが光を反射し、エミリアへと飛びかかるが。

 

 桜の呼吸 弐ノ型

 

「───"華刻(はなどき)"」

 

 上空に現れた華代がその手には髪と同色の美しい刀が握られ、空中で体をひねると計3回の水平方向への真空の刃を伴う回転斬りを放つ。

 

「ッ!!」

 

 エルザが咄嗟にナイフを間に滑り込ませるが、耳をつんざくほどの凄まじい金属音が轟き、床へと叩き落とされる。その威力は凄まじく、床板をぶち抜き周囲に煙が充満した。

 

「ワオ、なかなかやるね」

 

「チッ、あの一撃で終わらせようと思ったのだがな。間一髪防がれた」

 

 刀を振り、手応えが思ったよりも浅かったことに華代は下を打ちながらパックへとそう返す。

 

「貴方たちが何をしたいのかはまだわからないけど、今は共闘ってことでいいの?」

 

「あぁ。今はあの殺人鬼を切り捨てることが最大の目的だ。それに、ふりかかる火の粉は払うものだろう? 

 それに、怪物退治は私の領分だ」

 

「うんうん、とても頼りになる前衛に後衛。哀れにも相手はやられちゃう感じかな。

 それじゃ、サクッと終わらせて用事も済ませちゃおっか」

 

『柱』という鬼殺隊の最強の称号をもつ剣士と精霊術師エミリアとの前衛、後衛と理想的な即席のコンビがここに結成した。

 

 エミリアを狙おうとすれば即座に華代の斬撃とパックの氷が。

 かと言って彼を狙おうにもエミリアの氷が飛んでくるという極悪なコンビにさしものエルザと冷たい汗がでる。

 しかし、それとは裏腹に彼女の下腹部には熱が灯った。

 

「フフ、フフフフ……。いいわ、とても滾ってきたわ

 まさかここまで楽しめるなんて思いもしなかった。

 是非とも貴方たちの腸を私に見せてちょうだい!!」

 

 華代の一撃によひ、ヒビの入ったナイフから新品のナイフを取り出したエルザは狂笑をあげ、強敵へと立ち向かう。

 

 

 〇

 

 

「うへぇ、おっかねぇな……」

 

 氷が飛び、斬撃が机や床を切り裂き、破砕音が鳴り響く。

 凄まじい戦闘を目の前で繰り広げられ、スバルはカウンターから頭を出して、冷や汗を流しながらそんな感想を漏らす。

 

 空中に氷の塊が出現した、それを足場に空中を華代が縦横無尽に駆け周りすれ違いざまにエルザへとを腕力だけで風を起こし、無数の剣戟を叩き込む。

 華代の攻撃をどうにか受け流し、エルザは偽サテラへと肉薄するが多重展開された氷の盾がナイフの一撃を防ぎ、一撃を防がれたエルザは即座にバク転で後ろへと回避。

 それを追うように地面に突き刺さるのはパックによる氷柱で、背後からは先程とは違った呼吸の音を響かせる華代が炎のような闘気を漲らせ、上から下へと弧を描くように刀を振る。

 

「3人がそれぞれをカバーしあってやがる……

 ほんとに出会ったばかりなのか? 

 うわ! 氷の槍が飛んでエルザの奴がかわしたと思ったら華代がものすんごい速さで斬りかかったのか!? おお! 斬撃を飛ばしたァ! すっげぇ、流石にあれは死んだか!? うっそだろ! 自分の腕を犠牲にして防ぎやがった!!?」

 

「うぅむ、精霊術師だけでも厄介だと言うのにアヤツ……、本当に人間か? 明らかに人間の動きを超えておるぞ」

 

「あの兄ちゃんアタシの加護並の速さで動いてるけど本当に加護を貰ってないんだよな、目つきの悪い兄ちゃん。

 だとしたらデタラメすぎるぞ?」

 

「いや、ハナヨはふつうの人間のはずだ。なんか"鬼"とかいうヤツらと戦うためとかなんかで鍛錬してたらしいが……。〇牙天衝みたいに斬撃飛ばすのを見たんじゃ、言い切る自信がねぇ。というかロム爺なにしてんだ?」

 

「機を見て、アヤツらの助太刀をな。まだ向こうの方が話がわかりそうじゃ」

 

「待て待て待て待て待て待て待て! やめとけーって! 絶対、足引っ張るだけだから! 右腕と首を切られてやられんのがオチだ、ジッとしてよう!」

 

「具体的な負け予想するでないわ! なんでか本当に切られた気がしてくるんじゃ!」

 

 実際2度切られてるところ見てるし、そんなセリフを飲み込みつつ目の前の戦いを見守っていると。

 

「ガッ────!!」

 

「うぉ!?」

 

「わひゃあ!」

 

「なんと!?」

 

 エルザに吹き飛ばされ、カウンターの裏側に華代が落っこちてきた。

 3人が予想外の出来事に悲鳴を漏らし、スバルが駆け寄る。

 

「おい無事かハナヨ!?」

 

「ツツツ、あのイカレポンチめ。針を通すような正確さで私を投げ飛ばしやがった……」

 

 額から血を流した以外は目立った怪我はなく、悪態をつく様子の華代をみてスバルは安心する。

 

「それで、大丈夫なのかハナヨ?」

 

「ん? ああ、まだ時間はかかりそうだ。それと、あまり顔を出すなよ。死ぬぞ」

 

「は? どういうことだよ兄ちゃん!?」

 

「説明をしろ若造!」

 

 フェルトとロム爺が吠えるが、聞く耳を持たない華代はカウンターを蹴ってエルザの元へと突撃を敢行。

 そのすぐ後に飛んできた氷柱がスバルの頭のすぐ上の辺りに突き刺さり、華代が行ったことの意味を理解した3人は大人しく縮こまっていることにするのであった。

 

 いままで様々な鬼と戦い、打ち倒してきてはいたが目の前の存在は鬼と同じように自分の体を犠牲にしながらも、時に障害物を利用、最小限の動きに普通では考えないような逃げ道で攻撃を交わすという純粋な技術を用いての戦い。

 

 彼女の体術や、華代絡みても目を見張るナイフ捌きを見ればかなり優秀な暗殺者なのは理解出来る。

 そんな彼女が何の勝算もなしにこの不利な戦いに挑むのか? 

 そしてここまで致命傷になるものではないものの、彼女は傷を負い続けている。このままではジリ貧だと彼女ほどの手練なら分かっているはずだ。そう……

 

「(まるで、強敵を前に朝まで耐え忍ぶ鬼殺隊の剣士のように……)」

 

 訝しげな目になりながらも、刀を振る手はとめず型を連続して放つ中でとある声を華代の耳が捉えた。

 

「あ、マズイ。ちょっと眠くなってきた。むしろ、今ちょっと寝ながら戦ってた」

 

「ちょっとパック! しっかりやってよっ」

 

「……はっ! 寝てない! 寝てないよ! ボク、全然寝てないよ!」

 

「何をやっているお前らは!? 無駄口ならこれが終わってからにしろ!! というか、戦いながら寝るなんて言う無駄に器用だな!」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「ごめーん、ふわぁ、ねむい〜」

 

 思わず叫び、隙にならない程度にエミリアとパックに視線を向けると、毛むくじゃらの生物がうつらうつらとしてる姿に、焦った様子のエミリアが見えた。

 

「ふわぁ……、ごめんリア。僕もう無理……」

 

「ゲェ!? もう夜か! なぁパック、頼むから残業とか出来ねぇ! 残業代は俺がだすから!!」

 

「君が何を言ってるか良く、わかんないけど……ふあわぁ。

 頑張ったけど、これが限界だねぇ……」

 

「ありがとね、パック。あとは私とハナヨがどうにかするから今は休んで」

 

「君になにかあれば、ボクは盟約に従う。──いざとなったら、オドを絞り出してでもボクを呼び出すんだよ? 

 それと、そこの君ももし僕の娘になにかあったら覚悟しておくんだよー」

 

「は───?」

 

 慌てて視線むけなおすと、全身を淡く光らせた後に虚空へと消えたパックをみて唖然とする。

 

「す、すまない……、パックはどこに行ったのだ?」

 

「え、えっと……今はこの胸のペンダントの中で……マナを蓄積してるの

 大体夜になったらマナ切れになって、朝までこの中で眠るのよ。……言ってなかったかしら?」

 

「初耳だ馬鹿者!? スバル! 貴様も知っていたのなら言っておかぬか戯けェ!!」

 

「ご、ごめんなさい!! てっきり知ってるのかと思って……」

 

「すまねぇ華代! あまりにエルザに対して一方的だったから忘れてたわ!!」

 

 初耳すぎる出来事に堪らず叫び、2人の謝罪の声が響き予想外の出来事からか呼吸が乱れかける。

 しかし、それを隙として出さないのはさすがという一方で、エルザがこれを待っていたということに気がつく。

 

「残念、精霊のお腹を開くのを楽しみにしていたのだけれど……

 でも今は精霊術士の子と綺麗な剣士さんで我慢しましょうか」

 

 黒いドレスを血でどす黒く染め、体にはいくつもの傷が作られているが、その顔には苦痛は一切なく恍惚といった笑みが浮かんでいた。

 その余りのイカレっぷりに嫌悪感を隠す様子もなく、華代は険しい視線を向ける。

 

「貴殿、パックが居なくても戦えそうか?」

 

「う、うん。すこしだけ火力は下がるけど、まだやれるわ。

 大技を使うとなると、マナを節約しなくちゃいけないけど……」

 

「ならばいい。はぁ……、ここからは少し本気を出すか。スバル!」

 

「な、なんだ!?」

 

「邪魔な連中をさっさと退けろ。死ぬぞ?」

 

 口調が荒々しいものへと変わり、目つきも鋭くなった華代の声を聞きスバルはコクコクと頷く。

 

「よし、お前らハナヨダイセンセーのお言葉がかかったから早く逃げるぞー。スタコラサッサだ!」

 

「お、おい! ケツまくって逃げろってのか!?」

 

「黙って従うんじゃフェルト。悔しいがワシらには今すぐここから離れることが最前じゃ」

 

 命令に従い、スバルが2人を連れて裏口から出ていこうとする。しかし、それを止めようとエルザがナイフを投げるが、

 

「やらせないんだから」

 

 寸前でエミリアが作り出した氷の盾がそれを防ぎ、子気味いい音を立ててナイフが床へと落ちる。

 

「あら、別にあれで殺そうだなんてしていないわ。

 足を停めさせて、お腹を開くだけだから」

 

「それを含めてやらせないって言ってるの! 

 それで、ハナヨ。どうするの?」

 

「なに、ちょっとした俺の必殺技をぶちかましてやるんだよ」

 

「ハナヨ……、痣が────?」

 

 両手をしっかりとエルザに向け、華代に視線を向けると彼の右頬から首筋にかけて、花びらのような痣が浮き上がっていた。

 

「───何を見せてくれるのかしら?」

 

 跳ねるエルザの問いかけに、華代は応じる。

 

「俺の使う『桜の呼吸』には5つの型がある。だが、今からお前に見せるのは6つめの最後の技だ。喜べ、その試金石にしてやるよ」

 

 キンッ……、そんな音が微かに聞こえた。

 

 華代の身体からは濃密な闘気が放たれ、エミリアはその背に見たことも無い華が舞い散るのを幻視した。

 

 ゆっくりと構え、エルザは目の前の剣士から迸る圧に口角を釣りあげる。

 

「『腸狩り』エルザ・グランヒルテ」

 

「鬼殺隊『桜柱』歌風 華代」

 

 エルザの名乗りに、華代は静かに応じる。

 そして、

 

「ッ────!!」

 

「桜の呼吸 陸ノ型」

 

 華代の体が掻き消え、次の瞬間にはエルザの背後に回っていた。

 

 キンッ……、なにかが弾かれる音が響く。

 華代は静かに、技の名を紡いだ。

 

 

 ────"散華"

 

 

 瞬間、エルザを中心に斬撃の嵐が顕現する。

 

 床や柱、天井が乱雑に刻まれ、真空の刃同士が弾きあい、それが更に斬撃となって範囲を拡大し米粒よりも細かく物質を切り刻む。

 

 そして、盗品蔵の大半を残骸へと変え終え、月光を背に華代は呟いた。

 

「ようやく、完成したな」

 

 刀を鞘へと納める横顔はどこか嬉しそうにも見える。

 

 

 〇

 

 

「なにが『怪物退治は私の領分だ』だよ! お前の方がよっぽど化け物だぞ!? 

 見てみろよ、見るも無惨な状態になった自分の店を見てロム爺が凄い顔になってらぁ」

 

 事が済み、月明かりが照らす開放感溢れる改築の完了した盗品蔵を前にしてスバルたちが戻ってきた。

 ロム爺は背をフェルトに撫でられて戻ってきたことから、相当のショックがあったように見える。

 

「死ぬよりは断然マシだ。生きていれば何度もやり直せるさ。それに、あんなので化け物呼ばわりされてたまるか。私よりも強い剣士はゴロゴロいるぞ」

 

 華代はスバルに告げ、懐から取り出した筒状の何かを盗品蔵へ投げつけた。

 

「スバル、耳を塞いでおけ」

 

「え────?」

 

 閃光、からの爆発。からのさらに続けての大爆発。

 あまりの衝撃にスバルはその場でひっくりかえりフェルトやロム爺も何事かと華代を見た。

 

「殺るならば徹底的にだ。それと、事前にあの中にはあちこちに爆薬をしかけていたからな」

 

「やりすぎだ馬鹿野郎!!」

 

 目の前で燃え盛る炎を見つめ、淡々と告げる華代。 そして、フェルトとロム爺の絶叫が貧民街へと響き渡る。

 

「やりすぎだろ兄ちゃん!? みろよロム爺の店を! 残骸通り越して更地にする気か!!?」

 

「わ、ワシの店がァァァァ!!? ───アフン……」

 

「ろ、ロム爺ぃぃぃい!!? あまりの出来事に気絶しちゃったぞ!? おい起きろロム爺! しっかりしろよ! 傷口は浅い! ……とは言えないけど、目標が少し遠くなっただけだ! ロム爺、ロム爺ぃぃぃいい!!!」

 

 騒がしい声をバックに、エミリアはどこか疲れた様子の剣士とスバル向けてその紫紺の瞳を向ける。

 

「えっと、その終わったの?」

 

「ああ、ホントの意味でどうにかな」

 

「さすがにアレで生き残っていたら困る」

 

 肩を竦め、2人は息を漏らす。

 スバルは銀の髪を揺らし、瞳に不安げな色を浮かべたエミリアをしげしげと見つめた。

 

「じろじろと、どうしたの? すごーく失礼だと思うけど」

 

「手足はもちろん、首もちゃんとついてるよな」

 

「……当たり前でしょ? 恐いこと言わないでくれる?」

 

 スバルの感想は彼女には意味がわからなかったのだろう。

 じと目でこちらを睨んでくる彼女にスバルは親指を立てて歯を光らせ、

 

「そうだな、当たり前だよな。もちろん、俺の手足もついてるし、背中にナイフが生えてもいなけりゃ、腹にでかい風穴が開いてたりもしないぜ! あ、でもたんこぶはできてるわ」

 

「生えてたり開いてたりした時期があるみたいな言い方するわね」

 

「そっとしておいてやれ。多分頭の病気だ」

 

「酷くね!?」

 

 そんな会話をしつつも、エミリアがこちらに視線を向けていたフェルトに気が付き、スバルは慌てた様子で取り繕う。

 

「タンマタンマ! アイツは生きるためにこんなことをしてたんだし、結果的には全員生き残ったんだから氷の彫像の刑に処すのは勘弁してやってくれ!」

 

「もう、そんな事しないわよ! でも、徽章は返してもらうわ」

 

「まぁ、残党ではあるな」

 

「言われなくても返すっつうの。はぁ……、ついてねぇや。完璧赤字だ」

 

「それについてはあんな依頼人を選んだ自業自得としか言えねぇな」

 

「うっせー!」

 

 フェリトはやけくそ気味に叫び、大きなため息を吐き出して項垂れる。

 

 そんな彼女にスバルはなにやらゴソゴソと懐を漁ったかと思うと、の肩を叩き無理やり手にナニかを置くのだった。

 

「そんなお前には俺からのプレゼントだ。売っぱらって生活の足しにしろよフェルト」

 

「兄ちゃん、これって!」

 

「ハハ、別にこんなのあってもここじゃ役に立たねぇし、色々といい勉強になったからな。これはその授業料ってやつだ」

 

 それはスバルのガラケーであった。フェルトは驚いたようにスバルを見上げるが、彼は照れくさそうに鼻を擦るだけで、呆れたように一同は笑う。

 

「……なんつうか、兄ちゃん損してるな」

 

「それは私も思う。損しているわ」

 

「まったくもって損しているな」

 

「まさかの3人揃って言います!? 別に俺は渡したいから渡したんですー!」

 

 顔を周知で赤く染めるスバルに対して、3人は笑う。

 腰抜け、空気読めない、無能という評価をしていた華代であったが、幾らか上方修正し最初よりも彼に対して好印象を抱いていた。

 大円団とまさに言える状況であるが、喉に小骨が引っかかるような違和感が華代にはあった。

 

(エルザは倒し、死ぬはずだったもの達は全員生き残った。だが、根本的な問題の解決には至っていない……)

 

 逆行現象の原因は未だ解明していない。

 時刻は既に夕方を超え、空には星々が瞬いている。ならば、結局何が原因だ? 思考に没入しそうになった瞬間、華代の背筋に悪寒が走る。そして直ぐに、その正体が判明した。

 

 瓦礫が弾け飛び、そのなかからは全身に裂傷と炭化した傷跡をつくり、所々には白いナニカが見えているエルザが飛び出した。

 

 動けるとは思えないようなダメージを受けていながら、その手にはひしゃげたナイフが握られ、瞳には凄絶な狂気が秘められており、その視線はエミリアに注がれていた。

 

「なっ───!?」

 

 もはや鬼と変わらない生命力に華代は絶句する。

 だが、直ぐに妨害しようとするが、動揺から僅かに動き出すのが遅れ、エルザが漸く気配に気が付き、振り返ろうとしていたエミリアへとその凶刃が──

 

「狙いは腹狙いは腹狙いは腹ぁぁぁぁぁぁぁっ!! だーらっしゃあ!!!」

 

「スバル!?」

 

 届く前に、彼女を押し倒したスバルがいつの間にか保持していた棍棒を引き上げ、腹を守るための盾とする。

 

 ──衝撃音からのナニカが吹き飛ぶ音

 

 グルグルと宙を舞い、吹き飛んでいき瓦礫へと激突。慌ててエミリアが駆け寄っていく。

 

「チッ、この子はまた邪魔を───」

 

 ぶっ飛んで行ったスバルを見て、エルザは舌を鳴らしエミリアをみるが華代がその視線を遮るように間に立つ。

 

「やらせると思うか?」

 

 深紅の瞳がエルザを居抜き、エルザは戦闘続行を不可能と判断。

 ひしゃげたナイフを華代目掛けて投擲するが、難なくそれを弾き飛ばし、彼には当たることは無かった。

 

「いずれ、この場にいる全員の腹を切り開いてあげる。それまではせいぜい、腸を可愛がっておいて」

 

「ふん、貴様こそ今度こそ私に頸を落とされないようにしておくのだな」

 

 だが、廃材を足場に跳躍するのには充分過ぎるほど時間を稼ぎ、エルザはそう言い残し闇夜へと消えていく。

 軽やかに飛んでいく背を見送り、華代は追うのを無駄と判断すると、スバルの元へと駆け寄った。

 

「ちょっと大丈夫!? 無茶しすぎよっ」

 

「お、ぉぉお……ら、楽勝楽勝。あそこってば無茶する場面だべ? 動けんの俺しかいねぇし、あいつがとっさに狙う場所もこっそり当てがあったし」

 

「だからといって良くやるわ馬鹿者!」

 

 華代は直ぐに服を捲りあげ、腹の様子を確認。

 幸い、切れてはいないが大きな打撲痕と内出血により変色した肌を見てスバルは気持ち悪そうに呻く。

 

「今度こそ、完璧にいなくなった……よな?」

 

「ああ。気配は完全に消えている。だが、先の出来事は完全に私の不手際が招いたことだ……済まない。どう詫びたらいいか」

 

「い、いやいやいや! 別にいーって! お前に助けられてあまつさえこの子の命も救ってくれたんだから、顔上げてくれよ!!」

 

「そう、か……」

 

 土下座しかねない勢いの華代を慌ててスバルが宥め、痛みに顔を顰めながらもよっこらせと立ち上がる。

 その顔はなにか覚悟を決めたようで、スバルは立ち上がり自分を見下ろすエミリアを見つめた。

 

 立ち上った彼女を前に、スバルは瞠目しエミリアが何かを言う前にその指を天高く指す。

 

 驚く周りの視線を完全に意識から除外して、スバルは高らかに声を上げる。

 

「俺の名前はナツキ・スバル! 色々と言いたいことも聞きたいことも山ほどあるのはわかっちゃいるが、それらはとりあえずうっちゃってまず聞こう!」

 

「な、なによ……」

 

「俺ってば、今まさに君を凶刃から守り抜いた命の恩人! ここまでオーケー!?」

 

 

「おーけー?」

 

「よろしいですかの意。ってなわけで、オーケー!?」

 

 なにやら気色の悪い動きをするスバルにエミリアは僅かにひきつった顔で「お、おーけー」と言う。

 そんな彼女の態度にウンウンと頷くと、畳み掛けるよう続けるのだった。

 

「命の恩人、レスキュー俺。そしてそれに助けられたヒロインお前、そんなら相応の礼があってもいいんじゃないか? ないか!?」

 

「……わかってるわよ。私にできることなら、って条件付きだけど」

 

「なぁらぁ、俺の願いはオンリーワン、ただ一個だけだ」

 

 指を一本だけ立てて突きつけ、くどいくらいにそれを強調。

 そのあとに指をわきわきと動かすアクションを付け加えて少女の不安を誘い、喉を鳴らして悲愴な顔で頷く彼女にスバルは好色な笑みを向ける。

 

 華代はそれを見てたしなめようとしたが、彼からは邪気を感じ取れず無言で見守ることにした。

 

「そう、俺の願いは──」

 

「うん」

 

 歯を光らせて、指を鳴らして、親指を立てて決め顔を作り、

 

 

 

 

 

「君の名前を教えてほしい」

 

 

 

 

「(そういえばこいつに彼女の名前を教えていなかったな……)」

 

 なんとも言えない目でスバルを見つめ、華代はそんなことを思う。

 

 呆気にとられたような顔で、少女の紫紺の瞳が見開かれた。

 しばしの無言が周囲を支配し、決め顔を維持するスバルは静寂の中でかすかに震える。

 

 羞恥による感情を押え、スバルは彼女からのアクションを待つ。

 

「ふふっ」

 

 そして、沈黙していた空気に少女の笑い声が微かに響き、華代は肩を竦めて口を閉ざすことにした。

 

「───エミリア」

 

「…………え?」

 

 笑い声に続いて伝えられた単語に、スバルは小さな吐息だけを漏らす。

 彼女はそんなスバルの反応に姿勢を正し、唇に指を当てながら悪戯っぽく笑い、

 

「私の名前はエミリア。ただのエミリアよ。ありがとう、スバル」

 

「…………っ〜!!! まったく、ほんっっっっつとに割に合わねぇ!! けど─────」

 

 くっそ可愛い!! 

 

 記憶にその笑顔を焼き付け、スバルは笑いエミリアの出された手を握るのだった。

 

 

 

 

「まったく、肝が冷えたわ。よく無事だったなスバル」

 

 少年と少女の空気を邪魔しては悪いと、口を閉ざしていた華代は文句を言いつつスバルが攻撃を防ぐのに使った棍棒を見つめる。

 

「ああ。そいつがなかったら危うく俺の上半身と下半身は真っ二つだ」

 

「そうだな。これが無ければ────」

 

 華代はスバルの言葉を同意しつつ、その棍棒を拾い上げると…………

 

「なぬ……」

 

 その手の中で、棍棒は滑らかな切断面をさらして鈍い音を立てて落ちた。

 ど真ん中で二つに切り落とされ、その役目を完全に終えているのは容易く理解出来る。

 

 ゆっくりと、華代がスバルの方を切なげな目で見た。

 

 スバルもその視線に従って、嫌な予感を感じつつもジャージの裾をまくる。胴体は先ほどと同じ、真紫の打撲で超変色状態だが、そこに変化が生まれた。

 

 ───横一文字に赤い線がはしる

 

「あ、やばい、この後予測できたわ」

 

「……南無」

 

 瞬間、鮮血が傷口からほとばしり華代は静かに合掌。

 

「───ちょ、スバル!?」

 

 慌ててぶっ倒れたスバルにエミリアが駆け寄り、その両手に光の波動を出現させると、治療を始める。

 

「ッ、ダメ! 私じゃこの傷の深さは!」

 

 だが、すぐにエミリアの悲鳴が轟き華代もスバルの元へ駆け寄り羽織が血に濡れるのも構わず傷口を確認した。

 幸いにも内蔵には傷はない。だが、スバルは既に気を失っており血も体力に流れていることから顔色も蒼白だ。

 

 華代は舌をうち、直ぐにエミリアへと指示を出そうとした瞬間───

 

 あのおぞましく、甘い気配がスバルの体から立ち込める。

 

「ッ!!」

 

 思考を鈍らせる香りが充満するが、周囲の面々はそれには気がついた様子はない。

 その臭いは刻一刻と強くなり、比例してスバルが弱っていく。その事からようやく、華代は理解した。理解してしまう。

 

「(スバル、お前がこの現象の原因か……)」

 

 エミリアに指示を出しながらも、その瞳は冷たい色へと変わっていく。

 鬼を見る目とかわらないソレにはエミリアは気が付かず、スバルの傷を癒していく。

 

 

 目的のために、何度も世界をやり直す少年ナツキ・スバル。

 世界の逆行に巻き込まれた無辜の人々を守る鬼殺の剣士歌風 華代。

 

 

 本来、交わるはずのない2人が複雑に絡み合い、紡ぐ物語が今《ゼロ》から始まるのだった。

 




異世界こそこそ噂話
『不味い豆と肉の炒め物』
まず、盗品蔵にある不味い豆と何の肉か分からない肉を用意します。
そして、携帯品にある各種調味料で味を整え、それらと和えて簡単に炒めればはい完成。
濃いめの味付けはご飯に合うぞ!味は華代の奥さんが、保証します


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9 死なば諸共の腐れ縁と言ったところだ

感想お待ちしてるのだわさ。

追記、感想にて説明不足だと言われたので加筆修正しました。確かに、説明不足だったなウン。申し訳ねぇ!


「そう。そうだ、落ち着いてそこの部分から癒すんだ。治療するものが焦ってはならないぞ」

 

「う、うん……こう?」

 

「よし、そのまま維持するんだ」

 

 治癒の波動で傷口を癒すエミリアに華代は冷静に指示を出していく。

 エミリアはそれに従い、スバルの傷口は癒えていき顔色も幾ばくがマシになってきた。だが、流れ出た血のせいでまだ青白いように見える。

 そして、峠をどうにか越したスバルの腹の傷を華代が自前の道具で縫合し、緊迫した空気は霧散した。

 

「ふぅ…………、ありがとうハナヨ。貴方がいなかったら危なかったわ」

 

「…………礼はいい。コイツがいなかったら君がこうなっていたのだからな」

 

 治療が終わり、エミリアが一息ついて華代へと礼を言うがその顔には喜びの色はなくどこか冷たく、さっさと離れてしまった。

 その様子にエミリアは困惑する。先程まであった柔らかな雰囲気はなく、どこか抜き身の刃のような触れれば切れてしまいそうなヒリヒリとした雰囲気を纏っている。

 

 エミリアは彼が自分がいながら守りきれなかったことを後悔しているのかと思ったが、どこか違うようにも見えた。

 だが、募る気持ちは抑えられずエミリアは彼へと声をかけようとしたが、背後の気配にそれを断念し振り返ざるおえなかった。

 

「───何か、あったようだ」

 

 そこには王国では有名な赤髪の騎士が立っていた。

 彼は未だに燃え盛る盗品蔵を見つめ、それから視線を外すと当事者たちへ視線を向ける。

 

「貴方は……」

 

「ゲッ……マジか」

 

「剣聖、じゃと?」

 

 三者三様の反応を向けられながらも、ラインハルトは何も答えず真っ先に歩み寄ったのは華代だった。

 

 なぜ、彼がハナヨに? エミリアは疑問に思うが、口を出さずラインハルトは微動だにしない彼へと声をかけた。

 

「爆発音を聞いて駆けつけたけれど、スバルは無事かい?」

 

「ああ」

 

「済まない、これだけの大事になっていたとは気がつけず君たちが巻き込まれていたなんて。

 完全に僕の不徳だ」

 

「協力を断ったのは私だ。貴殿ほどの男が易々と頭を下げるな、そこまで安いものでは無いだろう」

 

 どこか突き放すような物言いに、ラインハルトは何も言わず後悔の滲ませた顔を浮かべて引き下がり、エミリアの元へ近づき、膝を着く。

 

「此度は自分の至らなさにより、エミリア様に多大な心労をおかけいたしました。この失態に対する罰はいかようにもお受けいたします」

 

「それについては私からは何も言いません。この出来事は私の心の甘さが招いたものです。私自身を罰するならまだしも、貴方を罰する権利など私にはありません」

 

「…………寛大な処置に恐悦至極でございます。

 では、エミリア様。せめて、何があったかだけでもご説明をしてくださらないでしょうか?」

 

 ラインハルトの願いに、エミリアは頷き事の顛末を短く簡潔に行うのだった。

 

 フェルトに徽章を盗まれ、盗品蔵へと赴きスバルたちと出会ったこと。

 そこで、徽章を狙うエルザに襲われたこと。

 華代と共闘し、エルザを撃退したこと。

 不意打ちで狙われたところを間一髪、スバルが身を呈して助けてくれたこと。

 

「……そう、ですか。『腸狩り』とスバルが」

 

「ええ、見ず知らずの2人が私のことを助けてくれたのよ。

 それだ、貴方はどこで2人と出会ったの?」

 

「ええ、実は───」

 

 ラインハルトはエミリアに裏路地で追い剥ぎを華代が撃退し終えた所で出会ったことを話す。

 

「騎士として恥ずかしい話です。守るべき人々がいながら2度も遅れてやって来てしまったのですから」

 

「そうなの……。2人はその時既に盗品蔵に向かっていたのね」

 

 どうして徽章を盗まれたことを知っていたのか、なぜ見ず知らずの自分を助けたのか、そもそも2人はどのような関係なのか。考えれば考えるほどキリがない。

 だが、こうして自分は彼らに助けられた事実には変わりがない。

 とても大きな恩ができたとエミリアは思い、必ずこの大恩を返さねばと両手をムンと握り決意を新たにする。

 

「エミリア様、この恩人をどうか私の家で介抱させてはくれないでしょうか? せめて、これくらいのことは」

 

「いいえ、それには及びません。

 大恩ある彼はメイザース領にて手厚く保護させてもらいます。

 返しきれない恩だけれど、せめてこれくらいをしなくちゃ名折れですもの」

 

 エミリアはそう言い、もちろんあなたも、と華代へと視線を向けると少しの間だけ逡巡した後、スバルを見て肩を竦め小さく「行こう」と言った。

 

「……畏まりました。では、彼女たちは?」

 

 ラインハルトは僅かに残念そうな顔を浮かべ、フェルトとロム爺へと視線を向けると、エミリアはそれには及ばないと言い、フェルトへ歩み寄る。

 

「そのお爺さんは、貴方の家族?」

 

 その言葉に、覚悟を決めていたフェルトは僅かにたじろぐ。

 だが、フェルトは持ち直し頬をかきながらロム爺の頭をペシペシと叩きながら口を開く。

 

「そ、そーみたいなもんだ。ロム爺はアタシにとって、たったひとりの……うん、じーちゃんみてーなもんだな」

 

「そう。私の家族もひとりだけ。肝心なときに眠りこけてるし、起きてるときには絶対にそんなことは言えないけど」

 

「アタシだって、起きてるロム爺にこんなこと言えねーよ」

 

 心なしか、老人への打撃の威力がぺしぺしからびしびしへと上がっている。無意識なのだろう。速度も加速、白い禿頭が赤くなり始めている。

 

 それから彼女はエミリアを見上げ、その赤い双眸に弱々しい光を灯し、

 

「もっと、すげーきつくくるかと思ってた」

 

「そう、ね。さっきまでのままなら、そうだったかもしれないけど。毒気抜かれちゃったのかもね。だから少しだけど、あの子の顔に免じてあげる」

 

 エミリアはそう言うと、今も寝ているスバルを指さしフェルトは小さく謝罪する。

 

「命を助けてもらったんだ。恩知らずな真似はできねー。盗ったもんは返す」

 

 視線を路地へと向け、彼女はエミリアに許可を求める。

 

「戻ってきたとき、アンタらがやられてねーとも限らねーかんな。……別の場所に隠してきたんだけど、取りにいっても平気か?」

 

「用心深いこと。……嫌いじゃないけど。ここで待ってるわ」

 

「……いーのかよ? 口から出まかせで逃げ出すかもしんないぜ?」

 

「逃げてもいいけど、アレが追いかけてくるわよ?」

 

「「…………」」

 

 エミリアに指名され、騎士と剣士が姿勢を正す。

 金髪の少女は筆舌に尽くし難い顔を浮かべ、すぐ戻ってくることを伝えて走り出した。

 そして、徽章を手に持って戻ってきたフェルトが二三言交わしたかとおもうと、ラインハルトがフェルトの手にのっていた徽章を見つめ、その手を掴む。

 

「なっ!? なにすんだよ! いっっつ……はな、せよ!」

 

 弱々しく抵抗するが、ラインハルトの力は弱まらずその瞳には様々な感情が色めいていた。

 

「ラインハルト! その子たちは罪には問わないで欲しいってスバルに言われてるの! 

 それに、私は徽章が返ってくれば何も言う気は無いのよ?」

 

 動揺する2人を前にしても、ラインハルトは変わらずフェルトの手を掴み続け、その視線もその徽章に注がれている。

 その様子からはいままでの様子とはかけ離れ、華代も声をかけることはせず静観の構えをとり、ロム爺からは一触即発の空気を出していた。

 

「……君の名前は」

 

「ふぇ、フェルト……だ」

 

「家名は? 年齢はいくつだい?」

 

「こ、孤児だぜ? 家名なんて大層なもんは持っちゃいねーよ。年は……たぶん、十五ぐらいって話だ。誕生日がわかんねーから。っつか、放せよ!」

 

 話している間にいくらか調子を取り戻し、乱暴な口調で少女は暴れる。が、巧みな力加減で少女を抑制し、ラインハルトはエミリアを見つめると、

 

「エミリア様、先ほどのお約束は守れなくなりました。──彼女の身柄は自分が預からせていただきます」

 

「……理由を聞いても? 徽章盗難での罰というなら」

 

「それも決して小さくない罪ですが……。エミリア様、彼女は『候補者』である可能性が高いのです」

 

「ッ!?」

 

『候補者』という単語にエミリアが反応し、フェルトは訳が分からないと言った様子で暴れ回る。

 

「ふざ、けんな!」

 

「すまないが、君はアストレア家で保護させてもらおう」

 

「わけわかわねーこと言ってんじゃ、ねぇ! アタシは絶対に、お前の家なんか───ふにゃあ……」

 

 口汚く応戦しようとしたフェルトの首筋にラインハルトが手を添えると、途端に意識を失いラインハルトはもたれかかった彼女を丁重に受け止め抱き抱える。

 それに怒るのは当然のようにロム爺だ。

 

「すまないが、ご老体。眠っていてもらおう」

 

「ありがとう華代、助かったよ」

 

「フン、これくらい安い御用だ。だが、理由くらいは尋ねてもいいだろうか?」

 

 しかし、ラインハルトに飛びかかる寸前に華代がロム爺を(物理的に)フェルトと同じ運命を辿らせ、地べたへとその巨体が倒れ込む。

 ラインハルトは華代へと頭を下げ、フェルトから回収した徽章をエミリアへと手渡した。

 

「本当、なの?」

 

「ええ、この徽章が指し示したならば確実に。それと、エミリア様。彼に事情を説明をしても?」

 

「……さして知られても困るものではありません。

 それに、ここまで来て蚊帳の外とはいかないもの」

 

「承知しました」

 

 ラインハルトはフェルトを抱えたまま、華代に向き直り口を開く。

 

「ハナヨ、路地裏で僕が言っとことを覚えているね?」

 

「ああ。確か、王都が騒がしいと……」

 

「その通りだ。実はこの国は今は収めるべく王が不在なんだよ」

 

「その割には、市民たちに混乱している様子はないが……」

 

「ああ。国の運営自体は賢人会が引き継ぎ、つつがなく行われている。だが、いつまでもトップが居ないのもダメだろう? 

 だからこそ、新たな王を選出するため王国に伝わる預言板の竜歴石に従い、竜殊の輝きに選ばれた5人の巫女を王候補として、『王選』を開始したんだ」

 

「……それが、フェルトとなんの関係があるのだ?」

 

「実は、王選の候補者は完全には集まっていないの。王選を始めるには5人の候補者が必要だから……。けど、今はその候補者は4人しかいない」

 

 エミリアが言い、華代は察した。つまり、ラインハルトは見つけたというのだその最後の候補者を。

 

「だから、フェルトを連れていこうと言うのか……。

 本人の意思に関係なく強引に連れていくのは貴殿の流儀に反するのではないか?」

 

「……確かに、君の言う通りだ。だが、僕は祖国に身を捧げた騎士の1人でもある。その国の為ならば、いかなる罵倒も受け止めるさ。

 君こそ意外だね、てっきり僕を止めるのかと思ったけれど」

 

「あくまで私の使命は無辜の人々が闇雲に命を奪われるのを防ぐことだ。それ以降のことは干渉しかねる」

 

「そうかい……。だけど、今回は助かったよ華代。君と剣を交えるのは遠慮したかったからね。僕は君とは良き友人でありたい」

 

「私もだよラインハルト殿」

 

 彼は強い眼差しでエミリアへ「申し訳ありませんが、私は失礼します。すぐに迎えのものと竜車を向かわせますので」と言い残すと、フェルトを抱きその場を去っていってしまった。

 そして、場には意思のないスバルとロム爺、唖然とするエミリアに険しい顔のままの華代だけが残される。

 

「(ど、どうしよう……)」

 

 エミリアは思った。気まずい、と……

 直立し、剣の柄頭へと手を添えた状態で何かを考えている華代に声をかけようにも、その雰囲気からはとても声をかけにくい。でと、こんな空間で居られるほどエミリアの神経は太くない。

 でも、ここでしり込みをしていては自分の目的を果たすことは出来ないと、覚悟を決め口を開こうとしたら。

 

「……君は、随分と大変な目にあっているのだな」

 

 華代が先に口を開き、出鼻をくじかれた形になったエミリアは少しだけ傷ついたが、めげることなく真摯に答えることにした。

 

「確かに、そうかもしれない。けれど、後悔はしていないもの」

 

「そうか……。子供だというのに強い子だな君な」

 

 とりあえず、立ち話もなんだ。華代はエミリアにそう言うと、手短な瓦礫に座りエミリアも近くに座る。

 

「でも、最初はすごく、すごーく不安だったの。この徽章に選ばれた時はね」

 

「なるほど、な。少し貸してもらえるだろうか?」

 

「構わないわよ」

 

「感謝する」

 

 エミリアから徽章を手渡され、マジマジと見る。

 彼女の手で光っていたそれは華代が手に取ると途端に光が消え、少しの間ソレを観察した華代は満足したのかエミリアへと返却した。

 

「エミリア、君もわかっているだろうが今回のようなことがこれから起こるかもしれない。部外者の私が言うのもなんだが、頑張れよ」

 

「ありがとう、ハナヨ。うん、私すごーく頑張るわ!」

 

 どうやら、スバルはとてつもない人物と縁を結んだようだ。

 華代はゆっくりと空を見上げ、空高く浮かぶ月を見つめる。うっすらと白く光り、幻想的なそれは今は妖しく美しい光を放っており、華代は結っていた髪をおろし、1人思う。

 

「(どうやら、私はとてつもないことに巻き込まれたようだな)」

 

 その後、タイミングを見計らったかのように大きなトカゲが引っ張る馬車が到着するのだった。

 

 

 

「あの、ところでハナヨってスバルとはどんな関係なの?」

 

「あ、それは僕も気になってたなー。明らかにスバルの実力と言い君の実力も組むにはちょっと歪すぎるよね」

 

 ふと、竜車がメイザース領とやらに向かっている最中にエミリアがそんなことを聞いてきた。

 いつの間にかパックもおり、スバルが別の竜車で搬送されおり、彼がいないからか話題に困っていたエミリアは華代を見つめ、彼は少しだけ考えて律儀に答える。

 

「師弟関係?」

 

「嘘だね」

 

「なんで疑問形なの? すごく、すごーく気になる」

 

 まぁ、明らかにアイツは剣の才能ないしな。華代はそう思いつつ、続けた。

 

「強いて言うならば、死なば諸共の腐れ縁と言ったところだ」

 

「どういうこと?」

 

「はぁ、私だって聞きたいさ。まったく、どうしてこうなった……」

 

 酷く疲れた声色の華代。よく分かっていないエミリア。

 そんな彼らとは裏腹に、竜車はメイザース領へと入っていき、窓からは大きな屋敷が見えるのであった。




異世界こそこそ噂話
散華とはいわば斬撃のブラックホールだ。
すれ違いざまに対象を中心に真空の刃を閉じ込めた斬撃の核を作り出し、その中の刃同士が互いに弾き会い範囲を拡大し、空気を吸い込み更に大きく成長させる。
逃げられない斬撃の牢獄へとその対象を閉じこめ、切り刻む。
そして、これが納まった後にはその場には塵しか残らず、”桜の華が散った”かのような光景から『散華』と名をつけられた。
『桜の呼吸』の最後の技にして、最強の技。
もし、鬼舞辻無惨にかませば生き恥ポップコーンをさせないままぶち殺すことが出来たかもしれない。


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10 おう……

短め


 ──愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる

 

 ──守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って守って

 

 ──愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる

 

 ──強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く

 

 ──愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる

 

 ──あの人をあの人をあの人をあの人をあの人をあの人をあの人をあの人をあの人をあの人をあの人をあの人をあの人をあの人をあの人をあの人をあの人をあの人をあの人をあの人をあの人をあの人をあの人をあの人をあの人を

 

 ──愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる

 

 ──助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて

 

 ──だから、力を、分けて、あげる

 

 

 

 瞼が開き、見知らぬ天井が目に映り華代な瞬かせ小さく呟いた。

 

「甘い、匂い…………」

 

 

 

 ルグニカ王国を抜け、草原を越え森を抜ける。

 2日ほど竜車の中で過ごし、一同はようやく目的の場所にたどり着く。

 

 華代も『桜屋敷』というそれなりの大きさなの屋敷に住んでいたが、目の前の西洋屋敷はそれ以上の大きさだ。

 色とりどりの花々に、庭の中央には大きな噴水のある池に、動物をかたどった生垣が並び華代はほう……、と感嘆の息を漏らし、竜車の窓から見える景色に目を奪われる。

 

 隊服から用意されていた燕尾服に服装を変えていた華代は、その景色に目を向けながら、道中で華代の作ったパックの木彫り人形に目を輝かせていたエミリアへと尋ねた。

 

「ここがそうか?」

 

「ほぁあ……、ハッ! コホン。ええ、その通りよ。ここがメイザース領の別荘よ。長旅お疲れ様、ハナヨ」

 

「この程度何ともないさ。私のいた場所では任務によっては西へ東へ奔走したものだ……。それにしてもこれで別荘か……ふーむ、凄まじいな。御館様と同じくらいの財力か?」

 

「御館様さま?」

 

「私の仕えていた主だよ」

 

 遠い目をして呟き、鬼殺隊で鬼を倒すために東西南北あちらこちらへ赴いたことを華代は思い出す。

 エミリアはそんな華代の様子を気になるが、同時に速度がおとされ屋敷の玄関の前に到着した。

 

 扉が外にいた兵士に開かれ、日輪刀と予備の刀を腰から下げて降り立つ。降り立った先には2人のメイドが立っており、彼女たちは1寸たがわない姿勢で出迎えていた。

 

「(双子か……)」

 

 淡い青と赤の髪色の姿かたちがそっくりな様子から華代は予測する。

 

「「お帰りなさいませ、エミリア様」」

 

「ただいまラム、レム。連絡は届いてるはずだから、早速スバルを運んでくれるかしら?」

 

「畏まりましたエミリア様。レム」

 

「畏まりました姉様」

 

 レムと呼ばれた青い少女がスバルの寝かされた竜車へと向かい、中から俗に言うお姫様抱っこで軽々と運び出され屋敷の中へと運ばれていく様をなんとも言えない目で見送る。

 まさかあのような小さな少女に運ばれたことをアイツが知ったらどうなるんだろうな、と思っていると、どうやら会話を終えたらしいエミリアに服の裾をひっぱられた。

 

「えっとね、ハナヨ。ロズワールが貴方に会いたいって。あ、ロズワールっていうのは私の後ろ盾で、王国で1番の宮廷魔術師なの。すごく、すごーく変な人だけどえっと、そのね……」

 

「あー、うむ。わかった。とりあえず信用の出来ない奴だとわかった」

 

「ち、ちがうのよ! 違わなくないけど……、ちがうの!!」

 

 ワタワタとエミリアは訂正しようとするが、むしろ逆効果な彼女に華代はなんとも言えず、微妙な目しか出来なかった。

 

「それでは、ロズワール様の元へご案内してもらいますお客様。エミリア様もご一緒にとのことです」

 

 2人は桃色の髪のメイド「ラム」に先導され、広い屋敷の中を進んでいく。

 外観に恥じない内装で、赤い絨毯が敷かれ長い廊下をあるく中、ふとエミリアへ尋ねる。

 

「ところでエミリア、スバルはどうだ? 一応、私が診た限りでは大丈夫ではあった。しかし、治療した場が場だ。消毒もなしに縫ったから感染症の心配があってな……」

 

「うん、容態は安定して顔色もいいけど2日間も寝たきりだものね。

 もし、まだ起きないようなら王都から腕のいいお医者様を呼ぶことにするわ」

 

「そうか」

 

 無理もない。どんなに取り繕うがスバルはただの一般人。それが何度も死にかけ、文字通り命を落とし死に戻りをして繰り返した。

 例え時間でいえば一日だけだとしても、その内容はあまりにも濃密で常人には耐えられまい。

 

 今はその疲れから眠ってはいるが、後から『死』という感覚が精神を摩耗させ壊れてしまう可能性もある。

 それほど、『死』というものは恐ろしいものだ。

 

 専門外だが、あとでカウンセリングくらいはしてやろう、華代はそう思い長い通路を歩き続けていくつかの部屋を通り過ぎ、ようやく通路の突き当たりにあるほかよりも大きな扉の前で立ち止まる。

 

 ラムがその扉をノックし、すぐに中から間延びした声で「ど〜うぞぉ」という男の声が聞こえてきた。

 その声を聞いて、僅かに眉根を寄せて華代は中にいるのが胡散臭い奴だと確信した。

 

「(さて、鬼が出るか蛇が出るか……)」

 

 覚悟を決め、華代は部屋の中へと入る。

 

「あはぁ、よぉ〜うこそご客人。

 遠路はるばる、我が領地にいらして頂き感激で〜すねぇ」

 

「おう……」

 

 鬼でもなく、蛇でもなくなんとも珍妙なやつだった。

 いくら歴戦の猛者にも数えられる華代でも、これら予想外としか言えない。むしろ、予想できるかコノヤローである。

 奇抜な化粧にこれまた奇抜な格好。頭からつま先のてっぺんまでひたすらに奇妙という言葉が似合いそうな長身痩躯の長髪の男。

自分よりも身長は高く、少しだけ見上げる形だ。

 

 鬼殺隊の『柱』もなかなかにイロモノ集団だったが、目の前の存在はそれ以上だ。

 華代は言葉につまり、エミリアに目を向けて「え、こいつ?」的な思念を送る。あ、おい目をそらすな。

 

 オマケの少女はこちらに目を合わせようともせず、男は両手を広げてこちらに歓迎の意思を伝える。

 

「此度はエミリア様を救って下さり感謝感激雨あられでございまぁーす。

 ロズワール・L・メイザース、ハナヨ殿及びスバル殿の尽力に最大限、報いたく存じまぁすよ〜」

 

 恭しく腰を折り曲げ、こちらへと頭を下げる変人もといロズワール。

 それだけで伝わる充分な教育され、洗練された動作。

 だというのに、格好からくる怪しさに華代は宙を見つめ頭を抱えたくなった。

 

「(…………帰りたい。そんでもって楓に膝枕されたい)」

 

 今はとにかく愛する妻と娘たちの顔が見たくなる華代である。




異世界こそこそ噂話
華代の作った木彫りのパックソ人形以外にもエミリアに兎だったりといくつか作ってあげたぞ!
エミリアは大喜びしたとの話。


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11 女子のまえで漏らすとか言うでないわ戯けェ

お気に入り200件突破&UA1万突破。やったねたえちゃん読者が増えるよ!!


「あはぁ、とりあえず。お茶でもいかがか〜なぁ?」

 

「あー、うむ貰おう。済まないなメイザース卿、このような格好で」

 

「いーえ、いーえ〜。聞いたところによるとお召し物が汚れていたと耳に挟みましたのでぇね。あとできち〜んと綺麗にしてお返しいたしま〜すよぉ」

 

「そこまでして頂いてなんと感謝すれば良いか……」

 

「エミリア様をお救いして下さった恩人にはこの程度、お易い御用というものだ〜ねぇ」

 

 ということで大きな机を挟み、対面するようにロズワールが座りその後ろには案内をしてくれた少女が控え、中間の位置にエミリアが座る。

 机の上には既に淹ればかりだと分かる紅茶が置いてあった。

 

「(毒は……、ないよな?)」

 

 そんな華代の心配を感じ取ったのか、ロズワールが1番に紅茶を口へと運び、笑みを浮かべる。

 どうやら、『客人に対してそんなことはしない』と言いたいらしい。華代は肩をすくめ、紅茶を飲む。

 

「……これは、実に美味い。茶葉の香りが損なわれず、ほのかな甘みが広がっていく上品な味わいだ。これを淹れた方はとても素晴らしい腕をお持ちのようだ」

 

「そうでしょう? ラムの淹れる紅茶はとても美味しいのよ。よく私も淹れてもらってるの」

 

「申し訳ありませんエミリア様、この紅茶を用意したのは妹のレムです。お客様も妹の腕をお褒めいただき光栄です。妹に変わって礼を」

 

「ああ。どうか妹君に伝えてくれると嬉しいよ。

 是非、機会があればもう一度飲みたい、とね」

 

 エミリアが気まずそうにしている横で、華代はラムを見るとついさっきまで無表情を繕っていたが、先程の言葉を聞いてよほど嬉しいのか、どこか誇らしげだ。

 

「んふー、お気に召してよかったぁね。ではぁ、ティータイムはこのへんにしようか〜なぁ」

 

 ニコニコと笑い、ロズワールは鋭い眼光をこちらに向けて続ける。

 

「手紙で顛末を知っておりまぁすが、細かいとぉころまでは知らなくてねぇ。出来ればお教えくださるかぁな?」

 

「それなら私がやるわロズワール。ハナヨもいい?」

 

「任せる」

 

 エミリアに委ね、説明を行う。所々を華代が付け加えたりし、その間はロズワールは言葉を挟まず、聞き続ける。

 そして、話が終わり間を開けてからロズワールが言葉を紡いだ。

 

「なぁるほどね〜。此度の御二方の力添え、我ら陣営には無視できないとても大きな恩と言えましょう。

 ですが……、無礼を承知で尋ねたいが、よろしぃかなぁ?」

 

「構わんさそれくらい」

 

「ではではぁ、いーったい、どのような目的でこの国にいらしたのでぇーすかね? 

 聞けば、御二方はとてもこの国の世情には疎いごよーす。

 差し支えなければ、お教え願えるかぁな?」

 

 当然の内容だ。王選でゴタゴタしている最中、その候補者を救ったのは何処の馬の骨ともしれない浮浪者2人。

 素性もわからず、何を目的にしているかも。

 彼が何を思っているかも理解出来ている。自分たちがどこかの候補者の差し金ではないかと。

 これらはとても大きな借りとなる。そして、妨害とも。もしかしたら自作自演かもしれない。

 

 この質問を予測していた華代は特に何か取り繕うとはせず、素直に吐くことにした。というか、別にやましいことは無いし。

 

「スバルの目的は存じ上げない。だが、私の目的は1つだ」

 

「ほぉーう?」

 

「私の故郷へ帰る。ただ、それだけだ」

 

「ふーむぅ……、故郷へ帰るねぇ」

 

「ああ。私は故郷でとある組織に所属していた。その組織は人を喰い殺し、餌とする…………、ここで言う魔獣のような存在を狩るための政府非公認の組織だ」

 

「ほぉう、魔獣のような存在ですか」

 

「ああ。それと、私はとあるその存在と戦っていた。

 ソイツはとても強力な力を持ち、壮絶な戦いだった。

 私はソイツを相打ち同然で討ち取ったが、致命傷を負い本来ならそこで果てていただろう」

 

 だが、意識を失う寸前、感じ取ったのだ。あのおぞましい黒い気配を。あの甘ったるい匂いを。無数の手を……

 

「そして、気がつけばこの国にいたという訳だ」

 

「ふーむぅ、つまりは……」

 

「”偶然”スバルと出会い、”偶然”貴殿たちを助けることになった……。という訳だな。

 ハハハ、なんとも運命とはよく分からないものだ」

 

 肩をすくめ、ロズワールを見ると先程の話に興味を引くことがあったのか顎に手を添え、何かを考えているようだ。

 

「あはぁ、その魔獣はどんな存在なのでぇすか?」

 

「それを聞いてどうするのだ?」

 

「いーえいーえ、ただの好奇心ですよぉ。

 私、そういうのには知的好奇心を刺激される性格でしてねぇ」

 

「……そうか。まぁ、別に話して困る内容ではないな。その魔獣は便宜上『鬼』と、組織では呼んでいた」

 

 

 鬼

 主食・人間。人間を殺して喰べる。

 いつどこから現れたのかは不明。

 身体能力が高く、傷などとたちどころに治る。

 切り落とされた肉もつながり、手足も新たにはやすことも可能。

 体の形を変えたり、異能を持つ鬼もいる。太陽の光か特別な刀で頸を切り落とさない限り、殺せない。

 

 

 

「と、まぁこんな所だ」

 

「ハナヨって私と思っている以上にすごく、すごーく危ないところから来たのね」

 

「ん、いつ死んでもおかしくない生活ではあったな」

 

 長々と喋り、かわいた口を紅茶で潤し一息ついてチラリとロズワールへと視線を向けた。

 その表情は何を考えているかはわからず、試しにラムを見るとその表情はどこか強ばっているみたいにも見える。

 

「済まないお嬢さん。君を怖がらせてしまったみたいだな」

 

「いえ……。もし、お客様はこの大陸でも、その『鬼』を見たらどうするのですか?」

 

 ラムはその瞳に何かを秘めた目で見つめ、それに華代は逸らすとなく見つめ、返答した。

 

「さて、な。人を喰う存在ならば切り捨てる。だが、私の知っている鬼でなければ……、言葉を交わしたいとは思うよ」

 

「そう、ですか」

 

 華代の言葉に何故そのような質問をしたか首を傾げるが、ロズワールがパンッと手を合わせた音に意識を引っ張られ、そちらに意識を向けた。

 

「ふむ、お話は大体わかりまぁした。たしかぁに、生きていればそのような巡り合わせもあるでしょうねぇ。

 それにしてもお客人の話は実に、実ぅに興味深い」

 

「ほう。信じるというのか? こう言ってはなんだが、普通の人なら狂人の戯言とも切り捨てるとは思うがね」

 

「あはぁ、確かにそうでしょうねぇ。でぇすが、私は見ての通りでございましょう?」

 

「……」

 

 そこは、まぁ、うん。否定しようにもできず、思わず無言になってしまう。沈黙を肯定と受け取ったロズワールは特に言うわけでもなく、ただ笑みを深めるだけだ。

 

「ではぁ、お客人の望みは故郷へ帰るための手段か手がかりの情報でぇすかね?」

 

「それにつけ加えて、原因となった"手"についても欲しいところだ。といっても、これだけでは些か釣り合わないとは思わないか?」

 

「ほ〜ぅ?」

 

 空になったカップをソーサラーに置き、華代はその整った顔にどこか含みを持たせた笑みを浮かべ要望を伝えようと口を開く瞬間、部屋に響いたノックの音に邪魔をされた。

 

「申し訳ありませんロズワール様、レムです。

 お話中のところ火急の用事を伝えたいと思い、無礼を失礼します」

 

「いーやぁ。構わないさレム」

 

 主人の許可がおり、淡い青のメイドのレムが部屋に入り恭しく一礼すると、レムはロズワールに近づくと耳元で何かを囁く。

 

 それを聞き、ロズワールは笑みをふかめ席から立ち上がると華代とエミリアに話す。

 

「おふた方、どぉーやらもう1人のお客人が目を覚ましたようだぁ〜よ」

 

「! 本当!」

 

「ほう、それは良かった」

 

 2人はその知らせに笑みを浮かべるが、ロズワールの次の言葉を聞きテンションが急降下する。

 

「たぁだ、お客人は目覚めて元気が有り余っていたのか……

 レムが部屋から離れている間に抜け出して、外で倒れていたみたいだぁね」

 

「それって本当!?」

 

「おう……」

 

 何してんだあの戯け、と華代は額に手を当てて思う。

 そして、一同はバカのいる部屋に向かうため席を立つのだった。

 

 

 

 

 

「何病人が駆け回って挙句にはぶっ倒れるのだ? ん? もちろん、私が納得できる理由があるんだよなぁ?」

 

「い、いえ、あのですねハナヨ様? ワタクシ不詳ナツキ・スバル、確かに病み上がりで歩き回っていましたが、このようなことになったのはそれはもう山よりも高く、海よりも深い事情がですね?」

 

「ハッ、大方この屋敷の住人に対してお前がウザ絡みして気絶させられたとかそんなところだろ?」

 

「おお! さすがハナヨ大センセー。分かってるぅ!! 俺みたいな無知無能と違って冴え渡っててス・テ・キ♪ 

 ってほんとすんません! 茶化してすんません! だからその腰からぶら下げた物騒なものに手を添えないでぇ!!?」

 

「スバルもきっと悪気があってやった訳じゃないのよ! ちゃらんぽらんなことを言ってるけど、多分ハナヨを落ち着かせようとやったんだと私思うの! だからその危ないものを抜くのを辞めましょう? ネ?」

 

「…………チッ!」

 

 青筋を浮かべ、今すぐに斬りかかりかねない剣幕の華代をエミリアが必死になだめ、盛大に舌を打ち華代は半分くらいまで出かかっていた日輪刀を鞘へと戻した。

 それを見て、2人は胸を撫で下ろす。

 

 とりあえずスバルは正座から足を崩し、華代は豪華な客室に予め備えられていた椅子へと腰かけ、スバルから事情説明をしてもらう。

 その内容は簡単にまとめたらこんな所であった。

 

 目を覚まし、館の中を歩いていると何度も同じ廊下をループし、そのループを突破したと思ったら書庫のような場所にたどり着き、混乱したスバルは偶然にも遭遇した"ベアトリス"という少女に無礼を働き、なにかの手段で気絶させられたというものらしい。

 

 控えめに言ってアホか。である。誰だってあんな調子で絡まれたらぶん殴られても文句は言えない。というかもしかしたら華代も1発きついのカマしていた。

 コイツは何かと自分を下げて相手を持ち上げるという道化のような喋り方をするのが染み付いており、オマケにそれは相手のことを考えずにズカズカとやって来るもんだから手に負えない。

 端的いえば空気読めない。

 

 そして、ベアトリスという人物についてレムに尋ねると、この屋敷のもう一人の住人で出会おうと思ってもなかなか出会えるものでは無い、との談。その幸運で気絶させられるとは悪運もここまで来ると、同情できるが内容が内容なのでその気も起きない。

 

「あのドリルロリ、ベアトリスって名前なのかッ! 

 くそ、人のこといきなり気絶させやがって危うく漏らしたらどうするすつもりだったんだ!?」

 

女子(おなご)のまえで漏らすとか言うでないわ戯けェ」

 

「そうよ、スバル! そういう下品なことはデリカシーがないっていうのよ。メッ!」

 

「エミリア様、このお客様は獣のような欲望をお持ちです。起きて直後に頭の中でその欲望に汚されました。レムが」

 

「エミリア様、このお客様は穢らわしい獣欲をお持ちですわ。起きて直後に頭の中でその恥辱の限りを尽くされましたわ。姉様が」

 

「俺のキャパシティを舐めるなよ。二人まとめて妄想の餌食だぜ、姉様方」

 

 コイツぶれねぇな、そんな感想でラムとレムの2人と追いかけっこをし始めた馬鹿を見つめ、肩をすくめる。

 

 とりあえずハナヨは傷口が開かれたら堪んないので、傷口に響かない程度にスバルの頭をどつき、座らせた。

 

「いやぁ、にしても何とか生き残ったんだよな俺……。つっても、キズモノにされちまったけどな」

 

 腹の縫い傷をさすり、スバルは感慨深く呟く。

 だが、まだその不安がぬぐえないのか何処か不安げにも華代には見えた。

 

「ええ。スバルのお陰ですごくすごーく私助かったわ。本当にありがとう」

 

「どういたしましてエミリアたん! まぁ、でもほとんどハナヨのお陰だけどな」

 

「……たん? 前から聞きたかったけど、なんなのかしたらそれは。でも、もちろんハナヨにもお礼を言いたいわ」

 

「ん、まぁ成り行きで仕方なくだ。スバルが居なかったらこうして顔を合わせてはいなかったのだからな。

 それならば、お前の力とも言えるさ」

 

「おお、ハナヨが俺を褒めた! これはもしかしてハーレムまでの1歩ってやつかぁ!?

 これはいよいよ俺がオリ主説濃厚ヤツ〜!」

 

 イラッときた。

 

「エミリア、コイツに助けられてはいるが人付き合いはよく考えろ。私自身も変な連中が知り合いにはいるが、コイツはアレだ」

 

「そ、そう……。アレなのね……」

 

「アレね」「アレですね」

 

「アレってなんなんですかねぇ皆さん!?」

 

 そりゃあアレだよ。

 

 華代の煽りにハイテンションのまま反応したその様子にエミリアが口元に手を当ててに笑い、スバルも釣られて笑う。

 死んで、死んでを繰り返しそれが3度も死を重ねて得られた報酬としては安いかもしれない。だが、死線をくぐり抜けた華代はこの空気はを手に入れる為の難しく貴重だと知っていた。だからこそ、この空気を噛み締めて欲しいと華代は優しい笑みで願う。

 

「お話中のところ、お客様のキチガry……変人ぶりに伝え忘れていました」

 

「おいおい、その言い方だとハナヨも変人ってカテゴリーにはいるんじゃねぇの? ちょっと女子ー、ハナヨくん泣いてんジャーン! 謝ってよ! 

 というかさっきキチガイって言いそうになってたの見逃してねぇからな!?」

 

「ハナヨ様は別ですから」

 

「こんな短い間にこの対応の差はオカシクね!?」

 

「はぁ、お客様のお話は後で気が向いたら聞いてあげるわ。

 それよりも、昼食の準備が出来ていますのでハナヨ様、エミリア様。よろしければ昼食は如何でしょうか?」

 

 そういえば朝に来てから腹に入れたのが紅茶だけだったのを思い出す。たしかに、そろそろ腹の虫が機嫌を悪くする頃ともいえ、華代は口を開く。

 

「ふむ、確かにその提案は魅力的だ。だが、少しスバルと話をしたいことがあってな」

 

「へ、俺と?」

 

「ああ。お前と2人きりでな」

 

「おおう、凄いいい笑顔なのに背筋がゾクゾクする。でも俺、ノンケだしなぁ。いやー、困るなー。同性にもモテちゃうって俺って罪な男〜」

 

「姉様姉様、お客様が一段と気持ち悪いです。きっと、あの頭の中で恥辱の限りを尽くされているのです。姉様が」

 

「レムレム、お客様が一段と気色悪いわ。きっと、あの頭の中で欲望のはけ口にされているのだわ。レムが」

 

「ちょ、スバル。いきなり何を言い出してるの? 少し、気持ち悪いわよ?」

 

「ハハハ、言葉足らずですまない。ほら、コイツはついさっきまで倒れていただろう? それで傷口に響いてしまってるかもしれないから、一応それの診察だ。

 それに、こうして異性がいる前で腹を見せるのもアレだろう?」

 

「……それもそうね。ラム、レム行きましょう。

 スバルもまだ怪我は治ってるとは言えないから、動き回っちゃメッ! だからね?」

 

「「かしこまりましたエミリア様」」

 

「おう、またなエミリアたん、姉様方!」

 

 華代の言葉に納得し、3人は客室から出ていく。

 それを見送り、華代はその瞳に鬼を狩る時と同じような光を称え、客室の扉を固く閉ざした。




異世界こそこそ噂話
華代の着ていた燕尾服は予めラインハルトが彼のために手配したもので、値段は後で華代が聞いたら目ん玉飛び出るほどだったとか。


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12 ───お前は何が目的だ?

えー、更新するの1週間に1回になりますね。
待っててネ!


「……ふむ、この調子なら直ぐに糸は溶けて消えそうだな。傷跡は残るが、名誉の勲章と思えばいい」

 

「あー、やっぱし残っちまうか。でも、名誉の勲章ってなんかカッコイイな!」

 

「ハッ、それくらい軽口を叩けるならいいだろう。さて……」

 

「わっぷ!?」

 

 スバルがベッドに腰かけ、イソイソと捲りあげた寝巻きを戻し、華代は診察を終えた所でその体を押してベッドに倒す。

 

「あ、あのハナヨさん? ワタクシ、女の子に押し倒されたいとは思ったことはあっても、殿方に押し倒されるような趣味がある訳じゃあ……」

 

「馬鹿言え、私だって好きでやってる訳じゃない。むしろ私は楓しか押し倒したくないわ」

 

 何が悲しくて野郎を押し倒さねばならんのだ、華代はスバルの軽口に反応していては進まないと思い、さっさと本題に入ることにした。

 

「さて、スバル。お前はどこから来た?」

 

「どこって……、日本からだよ。お前も知ってるだろ?」

 

「ああ、そうだ。私も同じ日本からだ」

 

 ここは4度目の時、盗品蔵のまえでやった会話の繰り返しだ。

 さらに続け、華代はひとつずつ口に出していく。

 

「お前と私はこの世界に来てそれほど時間も経っていない」

 

「知人も、友人も、コネも、通貨や何一つない。

 だが、何故かこの世界の言語を喋ることができるが読めはしない。ちがわないな?」

 

 華代の質問し、スバルが力強く頷く。

 

「だが、同じ日本でも時間軸が違う。お前は私より先の時代。私はお前より過去の時代」

 

「まさか、異世界転移に加えて過去人と遭遇とは俺も予想外だ」

 

「茶化すな。コホン、とにかく私は転移するまではとある『鬼』と戦い、辛くも相打ちには持っていった」

 

「相打ち……? の割にはきちんと足付いてるけどよ。

 あ、そうそう俺はコンビニ……つう店出買い物して外に出た、気がついたらあの広場にいたんだよ。

 夜だったのが真昼間になってたんだから驚いたぜ! 

 にしても、幕末の時代にそんな怪異が日本にいたなんてワクワクすんなぁ! 後でその話聞かせてくんね?」

 

「あんなのにワクワクもくそもあるか。いつ死ぬかもわからん地獄だぞ? 

 ンンッ、とりあえずはどちらもほぼ同じ時刻にこの世界に放り込まれたというわけだ。では、次にいくぞ」

 

「おう。同郷のよしみだし、命の恩人のハナヨには色々と助けられたからな。

 なんでも聞いてくれよ」

 

「そうか。なら、嘘偽りなく答えてくれるな?」

 

「おう!」

 

 それは良かった、そんな華代の声が聞こえ質問に答えようとスバルは体を起こそうとしたが、気がつけば肺から空気を全て押し出されるほどの強さで膝が載せられ、ベッドに縫い付けられた。

 

 漏れ出た空気がゴヒュ、と喉から詰まった音を立て突然の出来事と痛みに目を丸くしてスバルは押し倒したく華代を見た。

 

 少し動けが鼻先が触れ合う程の距離、深紅の瞳と目線が合う。だが、その瞳には優しはなくどこまでも鋭く、冷たい底冷えするほどの眼だった。

 

 

「───お前は何が目的だ?」

 

 両腕を左手で拘束し、空いた手には髪色と同色の刀を抜き放ち、その刃を首筋へと皮膚を切るか切らないか絶妙な力加減で押し付けられ、反射した光がスバルの顔を照らす。

 

 突然の出来事と、刀という刃物の光に何かの悪い冗談かと思うが、そんな気配は微塵もなく、何か間違えれば即首を跳ねられる。そんな雰囲気を感じた。

 スバルは困惑と恐怖に引きつった喉を無理やり動かし、震わせながらも口を開く。

 

「な、なんの目的もねぇよ。

 ただ、気がついたらこの世界に放り込まれて、ただ、宛もなく────」

 

「おいおいおい、さっき言ったよなお前は? 

 嘘偽りなく答えるってなぁ。いいか、ナツキ・スバル。お前はあんな力を使い、俺をあんな目(・・・・)に合わせておいて、それを知らないって言うつもりか? あ?」

 

「あ、あんな力? あんな目ってど、どういう……」

 

「お前はこの世界に来て、計3回もあの力を使っているんだ。

 1回目は夜に。2回目は夕方に。3度目は昼だ。

 たしかにアレはまさに理不尽とも言える力だ。鬼舞辻の野郎が知れば狂喜乱舞するようなデタラメの力だ。

 だがなぁ、何故俺を巻き込む? 何故、俺をこの世界へと放り込んだ? 

 貴様の目的は一体なんだ? 何を企んでいる?」

 

「お、落ち着けよハナヨ! お前、何言ってるんだよ!」

 

 華代が畳み掛ける声にスバルにはどれも訳が分からず、叫ぶしかできない。

 

「わ、分かった! 言う! 何がなんだがわかんねぇけど、隠し事はしねぇよ!!」

 

 刃の冷たい感触に恐怖しながら必死に懇願する。

 スバルのその叫びを聞き、数瞬した後に華代は膝をどかすと刀を収めてスバルの上から降りる。

 息を整え、スバルは恐怖を噛み殺しながら語り出した。

 

「ゲホッ、……とに、かく俺はなんの前触れもなく唐突にこの世界に転移した。

 そこになんの説明もないし、本当に唐突に、だ……」

 

「なら、お前の持っているその異能の力はなんだ?」

 

「それは俺だって聞きてぇよ。本当にこの世界に飛ばされて、死んで初めて気がついたんだ。

 最初は……、俺のいた時代に流行っていた物語とかの異世界転移だと思ってたよ。

 内容は異世界に飛ばされて超常的な存在にデタラメなチート能力とかを貰って飛ばされた先で無双してハーレムだとか自分の国を築くんだけどさ……」

 

「そうか。お前は意図せずして俺を巻き込んだ……そう言いたいんだな」

 

「だから、俺は別に巻き込むつもりだなんて……

 ───あの時、盗品蔵での会話でもしかしてって思ったけど、お前は俺と同じ力を持ってるんじゃないのか?」

 

「ハンッ、俺がただのチンピラ風情に遅れをとると思うか?」

 

 スバルはこう勘違いしていた。目の前の剣士が自分と同じく『死に戻りする能力を持っている』と。

 だが、事実は『自分の死に戻りに巻き込まれた』が正しい。

 華代はスバルの話を聞き、今度は自分のことを話す。

 

「俺のは。端的に言えば時間の巻戻りだ。そう、コマをひとつずつ巻き戻していくアレだ。

 そうさ、別に巻きもどるくらい構わねぇよ。なんていったって、もう一度同じことをすりゃあいいんだしな。

 だけどよ、それ以上に俺がイラついてんのはむざむざ目の前で自分のやったことが巻きもどるさまを何も出来ず見せられる事なんだよ。

 わかるか? 流れた汗が肌に吸収される感覚を、食った、出したものが戻っていく不快感を? 

 答えはどこまでいっても気持ち悪いだッ! 1度味わえば理解するだろうさ。二度と味わいたくもないってな」

 

 その端正な顔立ちを嫌悪と憤怒に歪め、殺意の込められた視線に射抜かれたスバルはその眼差しに怯えることしか出来ない。

 

「もう一度聞くぞ。ナツキ・スバル。お前は何が目的だ? 何のためにエミリアを助け、過程でなぜ3度も死んだ? あの黒い手はなんだ? 

 記憶になくても、知らなくてもお前にはそれに関係することがあるはずだ。いいか、些細なことでも思い出せ。今、すぐにだ」

 

「だから……、俺は何も知らねぇしわかんねぇよ! 

 俺はただ、エミリアに受けた恩を返したくって必死にがむしゃらに動いてただけだ!! それで俺は"死に戻り"を────」

 

 ──瞬間、 世 界 が、止、ま る

 

 

 世界の色が褪せ、世界に二人の意識だけを残し全ての時間が停止した。

 華代は見た。スバルの背後の空間が歪み、その中から甘ったるい腐臭とおぞましい気配と共に黒い手が現れるのが。

 

「………………ッ!!」

 

 声を貼り出そうとしても、何も出来ずその手が時間を掛けてスバルの内部へと入り込む。

 不思議と、その感覚はスバルだけではなく華代にもわかった。

 自分が最愛の妻にやるように、その手は心臓を愛おしげに撫で────掴む。

 

 力の込められた指が離れ、今度はその標的を華代へとむける。だが、その手にはスバルにやったような感情はなく、ひたすらにこちらの心臓を握り潰さんという意思がありありと感じ取ることが出来る。

 手は華代へと伸びていき、そして────

 

「ガッ……ハァッ!? アッ、グゥウッ!!」

 

 ───世界は歩みだし、スバルは自分の心臓を握られた感覚に悶え、激しく咳き込む。

 尋常ではない感覚に華代は僅かに顔色を悪くしながらも、酷い有様のスバルへと駆け寄る。

 

「おい、無事かスバル……?」

 

「ゲホッ……ゴホッ! す……くなく、とも…………、腹ァかっさばかれるのと、ハートキャッチどちらがいいって、聞かれたら甲乙付け難いくらいクソッタレで二度と味わいたくない気分だ……!!」

 

「それだけ悪態付けるってことは平気ということだ。いいか、ゆっくりと深呼吸しろ。とにかく、今は落ち着かせろ」

 

 喘ぐスバルの背中をさすり、とりあえずは落ち着かせるようにする華代。

 言われたとおり、深呼吸を繰り返したお陰で顔色は少しずつマシになっていくとスバルは強ばった声色で口を開く。

 

「あれが……ハナヨのいってた黒い手ってやつか?」

 

「ああ。……その言い方だとお前は初見ということか?」

 

「少なくとも、俺の短い人生の中であんな禍々しいものを見た記憶なんてこれっぽっちもねぇ……。

 なんであいつは俺の心臓をハートキャッチしたんだ?」

 

「さて、な。だが、予測できることはある。

 お前は心臓を掴まれる直前になんて言おうとした?」

 

「えーと、確か死にも───アダァ!? ちょっと奥さん、怪我人に暴力はダメって知らないのかしら!? 

 あんまり強い力で頭ぶったたかれると、残念なワタクシの頭がさらに残念なことになりますってよ!」

 

「戯けェ! もう1回心臓をアレに掴まれたいのか貴様はァ!?」

 

 こいつ色んな意味で頭が残念すぎるぞ。

 危うく、あの黒いのををもう一度出現させそうになった馬鹿の頭をすんでのところでぶっ叩き、華代は苛立ち混じりに説明をした。

 

「いいか、よく聞け。恐らくだアレは”警告”だ。

 私を除く、他の誰にもあの力のことを話させないためのな」

 

「おいおい……、アレで警告なのかよ」

 

「はぁ、全くもって理解が及ばないが、いくつか言えることはある。

 まずひとつ、お前を呼んだ存在は何かをさせるためにその力を与えた。

 ふたつ、その力は私以外の他人には話すことを許さない。こんなところだ」

 

 指を2本立て、華代の言ったことにスバルはうげぇと顔を顰める。

 

「そして、こんなことをした奴は死にかけの私を体のいい駒としてこの世界へ送り込んだ。

 ハッ、舐められたものだ。必ず私がその首を叩ききってやるわ」

 

「俺としちゃ、その元凶をとっちめてくれるなら万々歳だ……」

 

 青筋を浮かべ、凄みのある笑みを浮かべる華代を見てその矛先が自分に向いていないことに心底ほっとするスバルであった。

 

 

 

「さて、スバル。もうお前に問い詰めるのはやめとしよう。何がダメなのかわからないからな。

 だが、一つだけ私に教えてくれ。お前はこの世界で何を目的とするんだ? 

 おいおい、怯えるな。もうお前が関係なく、ただ巻き込まれたってだけなのは理解している。だからだ。お前はこの世界でどんな目的で生きていくんだ?」

 

「俺の目的、か……」

 

「まだ決まってないのなら、私が先に言おう。

 私は元いた場所に帰ることだ。そう、幕末の時代にな。

 あそこには私の大切な妻と子供たちがいる。あそこには私を必要とする存在がいるからこそ、私はこの世界でのうのうと過ごすという選択肢はない」

 

「…………」

 

 華代の目的は至極当然だ。自分の知らない異世界に放り出され、自分の故郷へ帰る。

 だが、スバルがその目的を肯定するかは、否だ。

 

 また、自分の部屋にこもり、無意味に時間を浪費し生産性のない暮らしへと戻るのか? 

 やり直せるなら最初から全てをやり直したい。だが、やり直すと言っても自分には何が出来る? 

 こうして、死に戻りの力を手に入れても自分には何ができた? 

 ほとんどが目の前の剣士のおかげではないか。与えられただけで、自分のものは何一つない。

 そもそも、挫折した自分に何が出来る? 

 自分の中で問答が続き、悪い方へと変わっていく。

 薄っぺらい、簡単に壊れるほど脆い虚勢で蓋をしていた不安や恐怖が溢れ出し、視界がグルグルと回る。

 

「おい、スバル?」

 

 怖い、嫌だ。もう一度あんなふうに戻るなんて……

 

「聞いてるのか? …………チッ」

 

 バチン! 

 

「イッテェ!?」

 

 突然の痛みに目を見開き、顔を上げると憮然とした顔の華代が自分を見下ろしていた。どうやら、自分の額にデコピンをしたようで、スバルがドン底のような濁ったところから意識が戻ったことを確認した華代は息を吐いて口を開く。

 

「はぁ、スバル。酷い顔をしてるお前に助言をしてやる。

 目的が決まらないなら、お前自身がやりたいこと。できる、出来ないじゃない。お前が本当にやりたいことを取り敢えずは目先の目的にするんだ。わかったな?」

 

「俺の、やりたいこと……」

 

「あぁ。最後までやって、お前が心からやってよかったって思えることだ。

 ……私が元いた場所に戻るには、お前のことを手伝わなければならない。だから、ひっじょうに遺憾だがお前を助けてやる」

 

 取り繕ってはいるが、親身になってくれている華代の姿にスバルは自分の親の姿を重ねる。

 かすかに笑い、スバルは言う。

 

「わかった……。ヤレるかどうかわかんねぇけど、やってみるよ俺」

 

「あぁ。お前はまだ若いんだ。いつでも挑戦してみろ」

 

「そういうハナヨも20代だろ? ふと思ったけど、ちょくちょくジジくさいこと言うよな……」

 

「ん、あぁ伊達に生きてないからな。他よりは中身が老けてるのさ」

 

 言葉を濁すが、実際は前世含めて精神年齢が50超えてる立派な中年な華代であった。

 

「さえ、では話も終わった事だしさっさと昼食を食べに行くとするか」

 

「おっ、いいな。2日間も飲まず食わずで寝てたからすっげぇ腹減ってんだよ。

 タダ飯にありつけるなら遠慮せずにお代わりしちまうか」

 

「発言がとことん穀潰しだなお前……」

 

「ヘッ! 伊達に親のスネかじってニー活してたスバルさんを舐めないでくれましてよ!」

 

「胸を張って言うことか戯けェ。

 うーむ、茜と葵がこんな風になるのは勘弁願いたいぞ。あと近づくな。なんか臭うぞお前」

 

「いきたり貴方様は何言い出してるのかしら!? 

 思春期男子にその言葉はすっごい突き刺さるんですけど!」

 

 そそくさと距離をとる華代にスバルが突っ込み、その内容に怪訝な顔をした。

 

「お前、気が付かないのか? その匂いに……」

 

「いや、まったく。特に汗くさくもねぇけど」

 

「……こんなにも臭うのにか?」

 

「どんな匂いなんだよ……」

 

「なんというか、果実が腐ったかのような気持ちの悪い甘ったるい匂いだ。それがあの黒い手が出てきた時から出てきてる」

 

「……あー、うん。なんか理解出来たわ」

 

「控えめに言って臭い。そんな匂いがお前の全身からするぞ」

 

 鼻をつまみ、パタパタと片手を扇ぎ華代が顔を顰めながら言うとスバルは叫ぶ。

 

「ファ〇ク! 他人に話したらデメリットがハートキャッチに加えて悪臭付きってどんな罰ゲームだよッッ!!!」

 

「すまん、ちょっと厠いきたい。オエッ……」

 

「そういう反応すごく傷つくんだぞ!? あー、昼飯食う前にシャワー浴びたい! 誰かお風呂連れてってぇ!?」




異世界こそこそ噂話
華代が髪を結うのに使っている紐は奥さんの手作りのプレゼント。藤の花の匂いが付けられてるぞ!


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13 食客として迎えて欲しい

 レムに先導され、食堂へと道を進むスバルと華代の2人。

 

「いやー、2日間飲まず食わずだったから腹が減ってるけど、いきなりガッツリとは流石に無理だよな?」

 

「お客様の体調に合わせた消化に良いものも用意していますので、心配は無用です」

 

「オッ、マジか。サンキューレム! 可愛い上に有能とか最強かよ。恐れ入ったぜ」

 

「恐縮ですお客様」

 

 スバルのそんな戯言をレムが流し、尚も戯言をしゃべり続けるスバルを華代が引き寄せ耳打ちする。

 

「(スバル、この後に私たちはこの地の領主と会うことになる)」

 

「(お、早速貴族と謁見ルートってやつか! 

 ひょっとして、この力を見込まれて懐刀として仕えるとか?)」

 

「(あんかくそ重い制約があって、力のことを知ってるやつがいるものかよ。

 コホン、とにかくその領主はエミリアのことを助けた礼としてなんでも願いを叶えてくれるはずだ)」

 

「(そ、マ? ということは……お父さん、お嬢さんを僕にください! って流れだよな。よし任せろ)」

 

「(んなわけあるか戯け。言っても速攻却下されるかパックのやつに氷漬けにされるわ。

 とにかく、提案だが。貴様はその場で此処で働かせてもらうように言うんだ。今の我々には何よりも拠点と権力者の後ろ盾が必要だからな。分かったか?)」

 

「(それもそうだな……

 さっすがハナヨセンセー。まじ勉強になるわ)」

 

「(むしろ何故そこまで考えが回らないのだ……)」

 

「こちらが食堂になります。皆さんがお集まりになるまで、少々お待ちください」

 

 そんな会話をしていると、目的の場所にたどり着きレムに声をかけられた2人は彼女に礼を述べる。

 

「おぉ、サンキュレム」

 

「案内感謝する」

 

 レムが扉を開き、部屋の全容を見せる。

 広い室内には長いテーブルが置かれ、シミひとつないテーブルクロスが敷いており料理はまだ用意されてはいない。

 その中には華代が知らない特徴的な髪型の少女が1人、席に座っており彼女がベアオリスという人物だろうか? 

 

 2人は中へと足を踏み込んでいき、2人の背を見つめるレムの目線はとても冷たいものであった。

 

 

 

 〇

 

 

「チッ、そのまま寝てればよかったのよ」

 

 巻き毛の少女が食堂へと入ってきたスバルに向けていきなりそんなことを言ってきた。

 スバルはそんな発言に顔を顰め、

 

「いきなり会って早々、何言い出しやがるこのロリ」

 

「なにかしらその単語。聞いたことないのに、不快な感覚だけはするのよ」

 

「攻略対象外に幼いって意味だ。俺、年下属性あんまりないし」

 

「……ベティーにここまで無礼な口を叩けるのも、かえって可哀想なのね」

 

「すまないお嬢さん、後でこいつには言っておく。

 君が──ベアトリスで合っているか?」

 

「その通りなのよ。フン、このしょうもないやつの連れって聞いてたから、どんなやつかと思ったらきちんと礼節は弁えてる所は評価してやるのよ」

 

「ハハハ、私はあくまでも客という立場だからな。ここの住人に対してはきちんと立場を考えるものさ」

 

 鼻を鳴らし、ベアトリスが椅子へとけてため息をつく。そのまま卓上にあるグラスを持つと、琥珀色の液体をすっと喉に通した。

 

 形状的にワイングラスに近い食器に、華代は中身が酒であると予測し、同じように予測していたスバルの疑惑の視線を受けて、少女は意味ありげに笑うとグラスをスバルの方へと向ける。

 

「なぁに、ひょっとして飲みたいのかしら」

 

「え、でも、間接キスになっちゃうし。ちょっとイベント進行早いかなって」

 

「腹いせにからかおうとしたら、この初心な感じはなんなのかしら! こっちの方が恥ずかしいのよ!」

 

「……ほんっとお前はブレないな。はぁ、あと私の目が黒いうちはお前に酒は飲ませないぞ」

 

「つまりは視線の届かないところなら飲んでもよろしいことですな!」

 

「戯け、そもそも20歳でもない餓鬼が酒を嗜むんじゃあない」

 

 今現在、食堂の中には3人しか居ないからかやりたい放題のスバルに華代はため息をこぼす。

 テーブルの上には食器が既に用意されており、その中のどれかが2人の席なのだろう。華代は下座のどれかに座ろうとしたが、当然のごとくスバルは。

 

「ここはあえて、上座のひとつに座ってみる」

 

「戯け、間違っておるわ」

 

「もの凄い選択肢なのよ。わかりきってるけど、間違いなのよ?」

 

「へっへっへ、ここが普段からエミリアたんが座ってる席だろ。今、俺の尻とあの子のお尻が間接シットダウンしてると思うとほのかな興奮が……」

 

「高度な変態かしら! 気色悪いというか胸糞悪いのよ! まったく、そこのやつを見習うのよ……」

 

 予想通り、敢えての選択肢を選び華代はその上座の席にスバルが座り、突っ込むベアトリスとの漫才を見て華代は「好きな子の自転車のサドルをパクるアレ」と似たようなもんだと思いつつ、下座の適当な席に座る。

 

 そして、ベオトリスのツッコミ属性を見抜いたスバルは彼女の反応を見るのを楽しくなってきたのか、益々変態行動を重ねていくのであった。

 

 そんなことで時間が流れていき、

 

「失礼いたしますわ、お客様。食事の配膳をいたします」

 

「失礼するわ、お客様。食器とお茶の配膳を済ませるわ」

 

 扉が開かれ、ラムとレムが台車を押して入ってくる。

 2人はテーブルを挟んで二つに分かれ、それぞれが分担して料理と食器類をテキパキと配膳していく。食卓が彩られ空きっ腹を刺激する匂いにスバルと華代の2人は頬をほころばせる。

 

「おほー、いいねいいね。いかにも貴族的な食卓だ。……これで異世界チックなゲテモノばっか並んだらどうしようかと思ってたぜ」

 

「だが、そういうのもあっても意外と一興とも言えよう。私的には寧ろ歓迎したがな」

 

 割と虫食など平気な華代の言葉にスバルはまじかよ、思いつつもスバルは口を開く。

 

「ホント、虫だけはマジで無理。あいつらなんで存在すんの? わっけわっかんねぇよ、あの形と生き様。あいつらの存在意義って、幼児時代に殺しまくって命の大切さを学ばせるとかぐらいしかなくね?」

 

「弱者を虐げれば、己が弱者となったときに強者に同じように虐げられる。それを学ぶことに意義があるのよ。静かにするかしら、弱者」

 

「虫は確かに見てて気持ちのいいものでは無いが、中には益虫といえる奴らも存在する。

 それに、奴らのうちの種類どれかが絶滅してしまえば、環境はすぐ滅んでしまうさ。どの命にも無駄はないさ。……鬼舞辻の野郎は生きててはならない汚物だがな」

 

「お、おう。なんかハナノさんってば最後らへんの声のトーンすげぇ怖いな」

 

「ハハハ、ちょっと生きているだけで存在の許せない漬物石……ぬか床……肥溜め、おが屑……いや、■■■■以下のやつのことを思い出してな。

 本当にやつだけは許さん。私の手で殺してやりたかったが、それすら叶わずここに来てしまったからなぁ」

 

 華代が段々と目のハイライトが消えていく様はなかなか恐怖を感じるスバル。しかし、空腹とベアトリスの言葉からくるイライラには勝てずフォークとナイフをガチャガチャ鳴らして騒ぎ出す。

 

「はらへったー。メーシー!」

 

「雅さに欠けるのよ。もっと優雅に典雅に待てないのかしら」

 

「酒飲んでる幼女に言われたくねぇよ! ほら、メーシ! メーシ!」

 

「喧しい! これをやるから黙ってろ戯けが」

 

 華代は懐から小さな袋に入れられたナニかをスバルに投げつける。難なく受け取ったスバルは袋の封を解くと、中からソレを取り出した。

 橙黄色の干からびた手頃な大きさのナニか。ほのかに懐かしさを感じる甘い匂いがしたスバルは素直に尋ねる。

 

「お、サンキュー。何これ?」

 

「干し柿だ。小腹を満たすくらいは出来よう。本来なら私の糖分摂取に使うものだがな」

 

「へっへっへ、遠慮なく貰うわ」

 

 スバルは手に持った干し柿を口に放り込み、モキュモキュと頬張る。乾燥させたことによる濃い甘さが口いっぱいに広がり、なかなかに美味だった。

 

 その様子にベアトリスと華代と二人は疲れたように肩をすくめると、

 

「あはぁ、元気なもんだねぇ。いーぃことだよ、いーぃこと」

 

「私としては少しは落ち着きを持って欲しいのだがね」

 

 嬉しそうな顔をした変人……ロズワールが顔を出してきた。

 

 干し柿を頬張るスバルを見た後に、ロズワールはベアトリスに気がつくと、眉を上げる。

 

「おややぁ、ベアトリスがいるなんて珍しい。久々に私と食卓を囲む気ぃになってくれたのかなん?」

 

「頭が幸せなのはそこの奴だけで十分なのよ。ベティーはにーちゃと食事しに顔を出しただけかしら」

 

 ロズワールの言葉にそう返すと、ベアトリスは彼の背後にいたエミリアに視線を向ける。いや、詳しく見ればその銀の髪の内側にいる存在に向けているようだ。

 

「にーちゃ!」

 

 先程までの仏頂面からは一点、見た目相応の笑顔を浮かべてスカートを揺らして駆け寄る。

 

 そして、エミリアの髪の毛の中から顔を出したパックは表情を緩めて彼女の掌へと舞い降りた。

 ベアトリスがパックを抱きしめ、くるくると回ってはしゃぐ様は微笑ましく見える。

 

「びっくりしたでしょ? ベアトリスがパックにべったりで」

 

「なんとも、まぁ……うーむ」

 

「猫の前で猫かぶってるとこ狙いすぎじゃねあのロリ? びっくりしたわ」

 

「ごめん、ちょっと何言ってるのかわかんない」

 

 エミリアがスパッと切り捨てた後、スバルのこと気がつくと首を傾げる。

 

「そこって……」

 

「ああ! そう、椅子も冷たいと心まで冷え込んじゃう、みたいなことってよくあるじゃん? そんな隙間風吹き込む心を癒す、君の毛布になりたいキャンペーンを実施中。なわけで、俺が自ら席を温めておいたよ! 別に間接シットダウン狙いとかじゃないよ!」

 

「ごめん、なに言ってるのかわかんないし……そこ、ロズワールの席よ? 

 あと、ハナヨが座ってるのが私の席ね」

 

「クフッ……」

 

 エミリアからの言葉に膝から崩れ落ちるスバル。そしてそれを見て吹き出す華代。

 そんな彼を見て歯を食いしばり、恨めしそうにスバルは睨みつけた。

 

「だが、俺は転んでもタダでは起きない男。かくなる上は……そう、かくなる上は明日に賭ける!! ということで────」

 

「別に私の席はやらなくていいから。ちょっとヤだから」

 

「神は死んだ──!」

 

「ハハハ、すまないエミリア。直ぐにどこう」

 

「ううん、別に構わないわ。隣に座るわね」

 

 ついには地面を涙ながらに叩き出すスバル。

 

 そんなバカを横目に、ハナヨの隣にエミリアが座りスバルのそんな肩をふいに優しく誰かが叩いた。掌から伝わる温もりに、スバルは安堵と安らぎを与えられて顔を上げる。そこに輝く希望が──、

 

「君の温もり、しぃっかり堪能させてもらうよ」

 

「ペッ!」

 

 躊躇なく唾を吐くスバル。

 

「俺の尻余熱が穢されるくらいならこうしてくれるわ!」

 

「おややぁ、即断即決で意表を突く、すばらしい。でも、ホイ」

 

 ロズワールが指を鳴らすと、椅子にかけられた唾があとかたもなく消滅する。

 

「おお!」

 

「ほう……」

 

 明らかに普通ではない出来事にスバルと華代は声を上げ、スバルが唾のあった場所をなぞる。

 

「蒸発した?」

 

「……ごく小規模に高熱を発生させたのか」

 

 2人の推理にロズワールが口笛を吹き、感嘆するように口を開いた。

 

「あはぁ、よくわかったねぇ。今のは極々小規模の火のマナに干渉して、その部分だけ瞬間温度を上昇させたんだよ」

 

「なんだその離れ業っぽいのを簡単そうに言いやがって……ひょっとして、タダ者の変態さんじゃなかとですか?」

 

「よく分からないが、かなりの技量を感じられるな」

 

「そんなでも、ルグニカ王国の筆頭宮廷魔術師よ」

 

 そう言えば、コイツと会う前にエミリアに言われ事を思い出すハナヨ。スバルは彼女の言葉を上手く呑み込めず反芻しながら、変人を見る。

 

 と、まぁそんなことがありつつも自己紹介を簡単に挟み、一同は昼食へと手をつけ始めるのであった。

 

 その中で、エミリアやロズワールとの会話が弾み、その内容はやはりと言うべきかあの出来事になるのである。

 

「はー、エミリアたんってば王様候補なのか」

 

「ハナヨにはもう説明していたけど、ごめんなさいスバル黙ってて」

 

「いやいや、べつにいいって! 

 ぶっちゃけていえば、関係ない俺らが勝手に関係ないことに首突っ込んだだけだからな。

 にしても、まさか国民を引っ張てく王様をこんな小さなもんで決めるなんて驚きだな……」

 

「だな。血筋ではなく、このようなものは驚きだ」

 

「まぁーねぇ。なんていったって、それに選ばれるって言うことは龍に選ばれると同義。

 この『親竜王国ルグニカ』にもとぉーっても大きな意味を持つのさぁ」

 

 ロズワールの声に、スバルはふむふむと得た情報を統合し呟く。

 

「つまりはアレか。エミリアたんって王様候補のの証を無くしたってことか……」

 

「無くしたなんて人聞きが悪い! ちょっと、手癖の悪い子に盗られただけだもの!」

 

「いや、それだと意味はあんまり変わらないのではないか?」

 

「うぐぅ……」

 

 これには流石のスバルも擁護できず、顔を赤くして俯くエミリア。

 どれだけ盗むのが悪かろうと、民草を統べる王の候補が盗む隙を与えたどころか、その証を一時とはいえ盗まれたという不祥事は言い逃れのできない事実だ。

 

「(だが、それでも解せないところはある。

 その盗むことを何故、素人の子供にやらせた? 

 ほかの陣営の妨害だとしても、やるならその道のプロを雇ってやらせるはず。事実、私もそういう立場ならやる。

 だが……、エミリアの容姿はそんなことをするよりもよっぽど爆弾になる。件の『嫉妬の魔女』とやらとそっくりなエミリアのことを噂として流せばそれだけで────

 

「ねぇ、ハナヨ! スバルってば私のことをいじめるの!」

 

「ん、おぉ……。スバル、あまり虐めやるなよ」

 

「そうだよー、僕の娘に意地悪はダメだからね〜」

 

「やだ、この王様候補超可愛い……。って、笑顔でナイフとか手を向けないでくれませんかねぇ!? 

 冗談だとしても、ハナヨがエルザのナイフをナイフやらフォークで弾いたの忘れてねぇからな!」

 

 思考に没入していた華代だが、エミリアに肩を揺さぶられ中断し、頼られた華代は手に持っていた銀のナイフの切っ先をスバルへと向ける。

 なんでか、エミリアに頼られるようになり首を傾げる。

 思い当たる節があるとすれば、あの木彫り人形を作ってあげたくらいだが、些かそれだけだとイマイチこれほど懐かれるかはよく分からない。

 

「……というかさ、それだけのスキャンダルをあ未然に防いだ俺らって結構すごいことなんじゃねーの?」

 

「そーだねぇ。加えて、エミリア様のお命も救ったとなれば、その功績は計り知れないものだろぉーね。

 これだけの恩、願いもお望みのままだろーさ」

 

「お、お望みのまま───!!」

 

「エミリア、そんな縋るような目で見られても私にはどうしようも出来ん。

 アイツが文字通り体を張ったのだからな」

 

「姉様姉様、お客様の視線が例えようのないくらい気持ち悪いです」

 

「レムレム、バルスの視線が筆舌に尽くし難いくらい気色悪いわ」

 

 流石の華代もスバルの欲まみれの目に大丈夫か? と思うが、視線が華代と合いその心配は杞憂に終わる。

 アイコンタクトからの互いに小さく頷く。

 

「君は私になぁにを望むのかな? 現状、私はそれを断れない。君がどんな金銀財宝を望んでも。あるいはもっと別の、酒池肉林的な展開を望んだとしてもだ。徽章の紛失、その事実を隠ぺいするためなら何でもしよう」

 

「よしきた! じゃあ言わせてもらうぜ」

 

「この機会だ、私もついでに言わせてもらおう」

 

 

 

「俺の願いは───」

 

「私の願いは───」

 

 

 

「ここで働かせてくれ!」

 

「食客として迎えて欲しい」

 

 

 

「……あっれぇ?」

 

 唖然としてスバルはそばに居た薄紅色のやつを見る。だが、そいつは素知らぬ振りをしてレムにお代わりを頼むであった。




異世界こそこそ噂話
華代は常に糖分が摂取できるようドライフルーツであったり保存の効く菓子を常備している。
どれも美味しく、鬼殺隊で彼と任務を共にする時はソレらの菓子を貰うのを楽しみしていた隊員もいた。


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14 きも……見るに堪えない顔が更に見るに堪えないぞ

話が!進まねぇ!!

消音さん誤字脱字あざます。


「話が違うだろうがー!」

 

 そんな捨て台詞を華代は華麗に聞き流す。

 あれだけ盛大に言い切った手前、それを撤回する訳にも行かずスバルはメイド二人に屋敷案内もとい、職場紹介のために連行されていった。

 

 何故、こうしたかは簡単で監視の目をバラけさせるためだ。この館の住人は自分たちを除けば4人と1匹だけだ。

 どこかに引きこもってるベアトリスは論外。エミリアは王になるため勉学に励み、ロズワールは一応は領主のため公務をしなければならず、残りのメイドふたりは怪しさ全開のスバルの教育とをしなければならず、必然的に華代は自由に動けるようになる。

 

「(といっても、あくまでもそれは異能的な方法(…………)を用いない場合での仮定だ。ひとつでも間違えばとたんに瓦解する杜撰すぎる計画には違いない。

 それに、怪しまれてはいるが口封じにすぐ殺されてしまうことは無いだろう。

 でも、まぁあれだけ可愛らしい少女たちに囲まれるのだからスバルも男冥利に尽きるだろう)」

 

「ここをこうすればいいのかしら……?」

 

「ん、ああ、そうだ。ゆっくりと自分の手を切らないようにやるんだ」

 

「ありがとうハナヨ。それにしても、スバルってば欲がないのね。すごく、すごーく意外だったわ。あの時も名前だけを聞くだけでだったし……それに加えてここで働きたい! だなんてびっくらこいちゃった」

 

「きょうび、びっくらこいたとは聞かぬなぁ……。

 といっても、奴は文無し家なし、コネなしのないないずくしであるから。当然、拠点のひとつは欲しくなるものだ。

 それに、親密になりたい存在がいるからこそ、一緒に生活を共にしたいのであろうな」

 

「そうなの? でも、女の子と一緒の職場がいいだなんて不純よ。それに、ラムとレムのどっちが好みなのかしら?」

 

「おう……」

 

 割と好意を前面に押し出していたのだが、当の本人には全く伝わっておらず華代は少しだけスバルに同情した。

 

 現在、華代はエミリアに木彫り人形の作り方を教えている。

 最初は屋敷の案内をするために、レムがロズワールから指名されたのだが、エミリアが立候補した為に、屋敷の中を彼女に連れられ案内をしてもらった。

 なのだが、ある程度の案内を終えると彼女はモジモジしながら華代に「あ、あの! ハナヨが良かったらなんだけど、あの人形の作り方を私にも教えて欲しいの!」と言ってきたのだ。特に断る理由もない華代は快く承諾し、彼女にちょっとした工作教室を開くのであった。

 

 ちなみに、保護者のパックは昼食を終えて直ぐにベアトリスに拉致されて今はいない。

 

「お、思ったよりも難しいのね……。

 華代が竜車の中でやってた時は簡単そうに見えたのに」

 

「ハハ、確かに君から見たらその通りかもしれないな。

 隣の芝生は青いというやつだ。そいつが簡単にやっているように見えても、その根っこではそいつの経験と努力の積み重ねから来る集大成とも言えよう。

 そして、私から見たら君の使う魔法は簡単そうに見える。だが、君自身からしたら。ほれ、見方を変えてみればどうだ?」

 

「確かに、うん。そうよね……。ありがとうハナヨ、ストーンと胸に落ちたわ。世の中には本だけじゃ分からないことばかりね」

 

「ハハハ、存分に見て学べよ若人(わこうど)。本だけが世界ではないからな」

 

 暖かい目でエミリア眺め、華代は微笑む。

 その後は他愛のない会話をくりひろげた。ロズワールが王国の貴族の中では亜人趣味の変人で通っていること、この屋敷にはラムとレムの2人で管理していること。先々月まで、もう1人のメイドがいたこと。

 ベアトリスが精霊だということも。

 

 

「えっと、その、ね。他にもあるんだけど……」

 

 ふと、エミリアが彫刻刀を握っていた手を止め、恥ずかしげに声を上げる。

 

「うむ?」

 

「あの時、ハナヨはスバルとの関係を『死なば諸共の腐れ縁』って言ってたわね。

 スバルと話してる時のハナヨの口調、みんなと話してる時よりもずっと気軽で、アレが素のハナヨとかなり近いって分かったわ。

『腐れ縁』って言葉の意味はあの時は分からなくって、後で本で調べたの。そしたら、あんまり良くない意味だっていうのは分かったの。だけど、ハナヨとスバルの2人の様子を見た後だと、すごく、すごーく羨ましかったの」

 

 エミリアのその容姿は、この世界ではとても疎ましいものだと分かる。それだけで世間の目は冷たく、彼女がどんな生活をしてきたかも。

 華代とスバルの関係性が、彼女が今まで物語の中で夢見てきた友達像とそっくりで、それがとても羨ましい。

 

「その、いつもやってるみたいなお爺ちゃんみたいな喋り方もいいけど、スバルとやってる時みたいな少し砕けた口調で私に話しかけて欲しいの。それだと、距離が近い感じがするから……」

 

「つまりは、君は私と『友達』とやらになりたいのか?」

 

「う、うん……」

 

 華代に言われ、エミリアは僅かに頬を朱に染める。

 その様子がなんともいじらしく、思わず華代は小さく吹き出した。

 

「うぅ……、笑わなくたっていいじゃない」

 

「ハハハ、いや済まない。そうか、クフッ……。友達か…………そうか」

 

 こうもストレートに言われるとは思わず、聞いた華代も僅かにむず痒くなる言葉に幾ばくが考える仕草をする。

 自分のした事に恥ずかしくなってきたのか、エミリアは俯くが気になるのか、何度もこちらをチラチラと見てきた。それだけで、何を求めているかは一目瞭然だ。

 

「フッ……、年は離れてはいるが宜しく頼むよエミリア。

 これでいいか?」

 

「ッ! ……うん!」

 

 輝かんばかりの笑みを浮かべるエミリア。その後は彼女のために華代は色んな木彫り人形を作ったり、エミリアの作った『ナニカ』の人形を見て華代が軽く言葉を詰まるという出来事はあったが、終始彼女はとても楽しそうではあったという。

 そして、その中で出来た人形はエミリアのとても大切な宝物として数えられた。

 

 

 〇

 

 

「ふぅ……、あ〜〜……♪」

 

「すっげぇ気持ちよさそうな顔してんなお前……。俺は生傷にお湯が染みるぜ……」

 

「後で軟膏をくれてやろう。それにしても……やはり風呂は良きものよ……」

 

 いつものピシッとした顔とは打って変わり、すっかり緩みきった表情の華代。それを見て普段とのギャップにマジかと思う。

 

 現在、2人はこの屋敷にある浴場を貸し切り状態で浴槽に浸かっていた。

 この浴場を見た時、年甲斐もなく華代ははしゃいだ。それはもう鼻歌をするぐらいだ。

 そして、スバルは服越しには見えなかったがその鍛えこまれた肉体を見てびびった。それはもう、度肝を抜かれた。筋肉もだが、その全身にある大小様々な古傷にだ。

 

「にしてもよぉ……、ハナヨは随分といいご身分だったようだなぁぁぁぁあ」

 

 不機嫌な声色のスバル。それな華代は気だるげに答える。

 

「落ち着けスバル。きも……見るに堪えない顔が更に見るに堪えないぞ」

 

「おいこら、言葉変えても意味はあんまり変わってねぇぞコノヤロウ」

 

「気のせいだ気の所為。それで、スバル。お前も今日の出来事なんでもいい、私に教えろ」

 

「うぃーっす」

 

 華代に言われ、スバルは今日一日の出来事を言い始めた。

 ラムが自分のことを「バルス」と呼ぶこと。

 レムが常に冷たい目で見てくること。

 芋の皮をむくのは包丁を動かすのじゃなくて、野菜の方を動かす。

 ラムの得意料理はふかし芋。

 分担はラムが掃除洗濯だが、レムだけでも全部ができる

 ラムはフラットだが、レムは見張るものを持っている。

 この屋敷の廊下はループする。

 文字はイ文字とロ文字というものがある。

 エミリアの服装がすげぇ、ぶっ刺さる。

 夜中に微精霊と話し合っているところが凄く可愛い。

 今こうしてみんなが入ったあとの風呂はすげぇいい匂いがしてる。

 

「ふーむ……、いくつか変な言葉もあったが聞かなかったことにしてやる。

 それにしても…………、なるほどな『廊下がループする』か」

 

「おう。俺が目ェ覚めた時に廊下を歩いてたら同じ絵が何度も見たんだよな。まぁ、そのあとトリックを見破ったらそこにベア子がいたんだよ」

 

「そして、彼女を怒らせて気絶させられたという訳だな」

 

「今思いましたらむかっ腹がたってきたな。うし、今度見つけたらあのドリル引っ張ってやる」

 

「自分の立場を悪くするようなことをするな戯け。確か、それは『扉渡り』だったか?」

 

「おう、ラムがそう言ってたな。冴えてる俺はどれも1発で見つけてやったがな!」

 

「ふーむ……、なるほどな」

 

 あんまり期待はしていなかったが、割と有用な能力を自慢げに言うスバル。

 華代は顎に手を添え、なにかに使えないかを模索するが特に思いつかず、すぐに数日ぶりの風呂を堪能することにした。

 

 

 

「そう言えばスバル。これをやろう」

 

 風呂をあがり、さっぱりした華代は懐から手のひらサイズのナニカをスバルへ投げ渡す。

 危うげにそれを掴んだスバルは首を傾げてそれを問うた。

 

「なんだこのブッサイクな……猫? 豚?」

 

「エミリアの手作りの木彫りの人形だ。喜べ、お前のために作ったものらしいぞ?」

 

「マジか、さすがエミリアたん愛してる!! 家宝にするぜ!」

 

「現金なヤツめ」

 

 そんなスバルの様子を見て、華代は肩を竦めた。

 




異世界こそこそ噂話
・エミリアの作った人形
お世辞にも上手とは言えないが、一生懸命作った様子がみてとれるパックを模した人形だが、少々見た目が禍々しいことになってる。


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15 お近付きの印というやつだ

仕事が忙しくって死んでたわ・・・・。


 屋敷に来て2日目。

 

「本当にわかるのかお前は?」

 

「モチのロンだぜ!」

 

 屋敷の赤い絨毯のしかれた長い廊下を2人で歩き、自信ありげに言うスバルに怪訝な視線を向ける華代。

 

「まぁ、見つけられるのならいいさ。禁書庫とやらをな」

 

 華代はベアトリスのいる禁書庫を探していた。

 最初は1人で屋敷を探してみたが、当然見つかる訳もなく仕方なく「百発百中」と自分から言っていたスバルを頼り、"扉渡り"を突破してもらうことにした。

 

 理由は、その禁書庫とやらに日本へ帰るためと手段、もしくはその手がかりが記された本があるかもしれないといったところだ。

 

「うーし……、禁書庫は〜っと────ここだ!」

 

 ビシッ! とスバルは指を変哲のない厠の扉へと向ける。

 

「本当か?」

 

「あらぁ、信用ないのならお開きあそばせハナヨさま☆」

 

 相も変わらずうざい返しに軽くイラっとしながらも、華代はその扉を開くと────

 

 

 

 ○

 

 

 見渡す限り、本しかない空間。その中心にベアトリスはいた。

 彼女は人間ではない。精霊という、人より上位の存在。

 

 そして、数百年前に『お母様』との契約でこの『禁書庫』の管理を任された。

 

「いずれ来る『その人』が現れるまで、書庫で待っていること」

 

 それが契約の内容。

 しかし、『その人』を待てども待てども現れなかった。

 屋敷にやってきた人物を見て、この人が待ち人だろうか? という淡い期待も直ぐに裏切られた。

 

 何百年もこの書庫で待ち続け、貯蔵された本を読み続けた。読み終えた本をもう一度読み直し、それを繰り返し続ける。

 

 考えるな。考えちゃダメだ。考えてはいけない。

 

 大切な黒い本をを見つめ、ベアトリスは自分に言い聞かせる。

 

 だけど、あと2人のどちらかが待ち人なのだろうか? 

 

 ベアトリスの頭の中に、2人の人物が浮かぶ。

 何度も自分の扉渡りを破り、人を苛立たせるコミュニケーションをとるスバル。

 

 まだ、若いと言うのにどこか老齢した雰囲気を漂わせ、得体の知れない中性的な男のハナヨ。

 

 でも違かったら? 

 

 期待するな。期待しちゃいけない。ダメだ。どうせ意味が無い。

 

 音ひとつない、空間の中心でベアトリスは耐え続ける。

 

 だけど、ふと思ってしまう。

 

『もし、待ち人がこのまま来なかったら?』

 

「────ッ……」

 

 体の震えが止まらない。怖い、嫌だ。死ぬことも許されないなんて。

 作業を中断したベアトリスは自分を守るように、本を抱き歯を食いしばる。

 

 誰も見る人がいないというのに、泣き出さないのはせめてもの意地か。

 

 どれだけ、そうしていたかは分からない。そんな彼女に異音が聞こえた。

 

「えー、ハナヨ様。こちらがベアk……ベアトリス様のお部屋でごぜーます」

 

「おぉ、本当に厠から繋がったぞ……。流石だなスバル」

 

「そんな、褒めるなよ。照れるぜ……」

 

 現れたの件の2人。

 執事服に身を包んだスバルに、燕尾服の上から見たことの無い植物の刺繍を施された羽織を着たハナヨ。

 

 ベアトリスは慌てて目元の涙を拭い、姿勢を改めるのだった。

 

 

 ○

 

 

「……雇われの分際がベティの部屋にズケズケと入ってくるなんていい度胸なのよ」

 

「いいえベアトリス様、ワタクシめはただ御手洗の掃除をしようと思ったら、たまたま、そうたまたまベアk……ベアトリス様めのお部屋に繋がってしまったのです。

 つまりは俺は無実。うっかりトイレに繋げてたベア子が悪い。ドューユーアンダスターン?」

 

「さっきガッツリとベティの部屋って言ってたのを聞いたのかしら! 

 というか、段々と敬語も怪しくなってるしなにがたまたま、なのよ。白々しいかしら!?」

 

「やだー、ベアトリス様ってば女の子なのにたまたまだなんてヒ・ワ・イ♡」

 

「こ、このっ……! ああいえばこういうなんて生意気なのよ!!」

 

 青筋をうかべ、吠えるベアトリス。

 話がこじれると思った華代は空気を変えるために、手を叩く。

 

 2人の視線がこちらに向き、とくに動じることなく華代は口を開いた。

 

「すまない、ベアトリス嬢。君の読書の邪魔をしたことは謝罪する。

 だが、実は私は君に用があってきたのだ。あとスバル、お前はもう行っていいぞ?」

 

「おいおい、案内させておいて終わったらポイッすか? ちと横暴すぎませんかねー!?」

 

「わかったわかった。というか、お前別の仕事がまだ残っているだろ? 

 早く終わらせないとラムとレムにドヤされるぞ」

 

「誰のせいだよ!」

 

「後でエミリアに好みのタイプを聞いてやるぞ?」

 

「それではワタクシめはここで失礼致します。

 ハナヨ様、なにか欲しいものはございますか?」

 

「そうだな、紅茶と適当な菓子を頼む」

 

「承知致しました。では、ベアトリス様とごゆるりと会談をお楽しみくださいませ〜」

 

 あまりの変わり身の速さを見せるスバル。ほぼ直角に腰をまげ、恭しく礼をするとその姿勢のまま音もなく部屋を後にしていく。

 その様子を華代とベアトリスはなんとも言えない顔で見送る。

 

 そして、禁書庫に小さた精霊と剣士だけが残された

 

「はぁ、……とっととお前も出て行くのよ」

 

「ハハ、先程私は君に用があったと言ったのでな。済まないが、その提案には乗ることは出来ないな」

 

 ゆっくりとベアトリスの元へと近づいていき、華代は懐からとあるものを取り出す。

 

 ベアトリスは何かと思い、身構え程なくして華代は懐から取り出したものを彼女の机に置いた。

 布のかけられた拳大の大きさのナニか。ベアトリスは首を傾げ口を開く。

 

「なんなかしら……、これ」

 

「お近付きの印というやつだ」

 

「……はぁ?」

 

 華代はそう言うと、布を取って中のものを見せ、ベアトリスは途端に目を輝かせる。

 

「にーちゃの人形なのだわ!」

 

 そこには寸分たがわぬ、木彫りのパック人形があった。

 思わず飛びつきそうになる寸前、ベアトリスは踏みとどまる。つまり、目の前のこいつはコレが欲しかったら自分の要求を飲めといっている。

 

 ベアトリスは視線を華代と人形、交互に向けぐぬぬと唸る。

 

「なに、私は難しいことを言っている訳では無い。

 ここの本を好きな時、好きなように見せ、私に君の知識を提供して欲しいだけなのだよ。

 そうしてくれれば、君の好きで好きでたまらないパックの人形をあげよう。いわば、取引だよ。

 というか、ぶっちゃけで言うと君は時間をもてあましているだろう?」

 

「なっ、誰が時間を持て余してるなんて! ベティはとっても忙しいのよ! 

 いまも、こうして書庫の整理だって────」

 

「ふむ、なら聞くがこの紙に書かれた落書きはなんだ? 

 おお、パックか? ハハハ可愛らしい絵じゃないか」

 

「なっ!?」

 

 いつの間にか、華代の手には机に置いていた紙があり、それには文字の他にパックの落書きが書かれていた。

 顔を真っ赤にしたベアトリスはそれを素早く引ったくり、ぐしょぐしゃに丸めた後に魔法で消滅させてしまう。

 

「さて、ベアトリス。こうして証拠が出揃っているんだ。なぁに、人とは時間の流れが違う君からしたら、ほんの少しの時間を私の相手をしてくれるだけでいい。

 きみは時間を潰せる。私は情報を得ることが出来る。君にとっても悪い話ではないと思うが?」

 

「ふ、ふん! お前はロズワールのやつの客であって、ベティの客じゃないのかしら。

 なら、そんな義理も道理ないのよ!」

 

 フン、とそっぽを向いてしまったベアトリス。

 

「そう……か。邪魔をして悪かったな」

 

 あっさりとで引く華代。そしてベアトリスは気がつく、パックの人形がないことに。華代が人形を仕舞おうとしていることに。

 

 ベアトリスは焦った。それはもう、とんでもなく。

 このままではなあのベアトリスの大好きなパックと瓜二つの人形が手に入れられなくなってしまう。だが、目の前の人間の要求を、先程突っぱねておいて、都合よく呑むのも精霊としてのプライドが邪魔をする。

 

 数分、いや数秒。だが、ベアトリスの体内時間ではとてつもないほどの時間を使い、そして、結論を出す。

 

「…………気が変わったのよ。フン、あの無礼なやつと違ってお前はきちんと礼節をわきまえてるかしら。

 その人形を供物として、そう。供物として受け取ってやるのだわ」

 

 至って平静。そう、至ってクールにベアトリスは言う。

 あと一歩で禁書庫の扉を開こうとしていた華代は立ち止まり、ニヤリと笑う。

 

「けど、私からひとつお前に行っておくことがあるのかしら」

 

「聞こう」

 

「あの『魔女臭いあいつ』をつれてくるんじゃないのよ」

 

「構わんよ。君から私が知りたいことを教えてもら、え……ば。

 今、なんと言った? 『魔女臭い』とは、あの甘ったるい匂いのことか?」

 

「お前も気がついてたのかしら? 

 あの男、ベティとあった後から更に魔女の残り香が強くなったのよ。忌々しい臭いかしら。

 何をしたら、魔女に目をつけられるなんて厄介事でしかないのよ」

 

「───その話を詳しく」

 

 鋭くなった視線に射抜かれ、ベアトリスは僅かにたじろぐ。

 その纏った雰囲気に気圧された彼女は渋々口を開いた。

 

「……そうは言われても、私だってよく知らないのかしら。

 ほとんど、常識程度のことしか教えられないのよ?」

 

「その常識程度のことすら、私は知らないでな」

 

「まったく、どこの辺境から来たのかしら」

 

 そうは言いながらも、きっちりと記された本を持ってくるあたり律儀なものだと華代は思う。

 本を渡された華代は表紙を見ると、どうやら絵本らしくおどろおどろしい絵が書かれていた。ページをめくっていき、ふむふむと華代は仕切りに頷き、最後まで開き終えそっと閉じると口を開いた。

 

「ベアトリス嬢」

 

「……なにかしら?」

 

「字が読めない……」

 

「は!?」

 

 残念だが、日本語、英語、オランダ語ならわかるが異世界の言語まではノーマークだった華代は素直にゲロった。ベアトリスはそんな彼を見て「まじかコイツ?」という目で見てくるが、面倒見のいい彼女は端折りながらだが、絵本の内容をつむぎ始める。

 

 

 かつて、この大陸には7人の魔女がいた。

『傲慢』『憤怒』『強欲』『色欲』『怠惰』『暴食』そして『嫉妬』を司る魔女たち。

 

 その中で、『嫉妬』がほかの魔女たちを喰らい糧とし、世界を敵に回した銀髪のハーフエルフの魔女『サテラ』

 

 神龍、賢者、剣聖の三者の力を持ってしても滅せず、その魔女は今も大瀑布に封じられている事を。

 

 

「ふぅーむ……、魔女サテラか。確かに、とてつもない爪痕を世界に残したの理解出来た。だが、似たような容姿を持つエミリアがあそこまで迫害される理由が見当たらぬぞ? 

 こういってはなんだが、何百年も時が経てば人は忘れていくようなものだが……」

 

「たしかに。お前の言う通りなのだわ。だけれど、世界はそう甘くいかないのよ」

 

 間を開け、ベアトリスは言う。

 

「『魔女教徒』……、嫉妬の魔女を崇拝し、世界を牙を剥く狂人たちの集まりなのだわ。

 奴らは魔女が封印されている間も、時折現れては甚大な被害を広げていく。だから、未だにその恐怖を人間は忘れることが出来ないのかしら」

 

 その話を聞き、華代は割の食っているエミリアに同情的な念を禁じ得ない。

 

「……次はスバルのことだ。君も、あの臭いを把握しているのか?」

 

「否定はしないし、その通りと言わせてもらうのだわ」

 

「なぜ、あの異臭を気づくことが出来る者がいたり、いなかったりするのだ?」

 

「そこまでは私も知らないのかしら。それに、なぜあんな臭いを漂わせてるかなんてベティには知らないし知ろうとも思わないのよ」

 

「なら次だ。君は……、君の言う魔女と魔女教徒とやらに出会ったことはあるのか?」

 

「……どうして、そういえるのかしら?」

 

 華代の問いかけにベアトリスは聞く。華代は腕を組み、自分の思い浮かんだ推理を述べた。

 

「そうだな。簡単な事だ。私は君に教えられるまで『魔女の残り香』などという単語は知らなかった。だが、君はどんな臭いか、名前かを知っていた。

 つまり、君はそれを魔女の残り香と断定出来るものを過去に嗅いだことがあるということでは無いか?」

 

「─────」

 

 華代の推理を聞き終えたベアトリス。あくまでも、これは華代の勝手な妄想だ。だが、これを裏付けることを彼女は言っていた。

 事実、彼女の目の色は変わり雰囲気も僅かに鋭くなった。

 

「……答える義理はないのかしら」

 

 その回答を聞き、華代は小さく笑う。

 ベアトリスと目には拒絶の色があり、華代は肩を竦めた。

 

「含みのある言い方だな。だが、詳しくは詮索しないさ。それだけ聞ければ十分だ。

 よし、ではそろそろ昼食の時間だ。最後にいいだろうか?」

 

「別に構わないのだわ。さっさと言うのかしら」

 

「この地域の言語を学べる簡単な本を貸してほしい」

 

 返事はなく、ベアトリスは片手を動かすと近くの本棚からひとりでに一冊の本が飛んでくると華代はそれを掴む。

 

「感謝する。では、また今度午後に来よう」

 

「フン、もしここに来たくなったら道を繋げておいてやるのかしら。でも、あの無礼者は連れてくるななのだわ」

 

 それに片手を上げて応え、華代は今度こそ禁書庫を後にする。

 

 

「…………ふん」

 

 男の背中を見送り、ベアトリスは机に置かれた人形を一瞥する。

 今思えば、あんな奴の願いを聞く必要はなかった。

 

 なのだが、午後にあいつはまた来ると言ったことを思い出し、ベアトリスは片隅に置かれていた椅子を浮遊させて持ってきた。

 

 そう、これは椅子がないと文句を言われる面倒を避けるための計算高い行動だ。ベアトリスは理由をつけながらも、久しく訪れてなかった存在に心が沸き立つのを感じていた。

 

 あわよくば、アイツに自分のリクエストで別の人形を作らせてやろうとも思いながら。




異世界こそこそ噂話
華代は見た目は幼子のベアトリスを見て、子供好きな彼は頭を撫でたい衝動にかられていたが必死にこらえているぞ。


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