凡人は石世界で推しを推す (燈葱)
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1 凡人、それが私。

ドクスト転生夢が書きたくて数年ぶりに2次創作に戻ってきました。
主人公は頭ポーンの推しを推すタイプ。


 

 

 

 輪廻転生。

 

 日本人ならば一度は聞いたことがあるだろう。宗教に興味がなくてもテレビをつければ一生に一度くらいは耳に入った言葉でもあるかもしれない。むしろ私のようなオタクな人間ならば何度だって聞いて、そしてその言葉の意味を考えたことすらあるだろう。

 

 なぜ私がこんな事を今この時考えているのかといえば、お隣に住んでいるネギ頭の少年が宇宙に今すぐ行く発言をしたからだ。

 輪廻転生とは全く関係ないかもしれないが、ところがどっこい関係大ありなのだ。

 

 私の今の名前は左藤茉莉。

 今、というのは昔の記憶が、死ぬ前の記憶があるからで、まぁ、昔の名前なんぞ覚えてないがその子の発言で以前の記憶が一気に脳へ巡った。

 

『石神千空』という主人公の漫画があり、その世界は謎の石化光線でストーンワールドへと変貌を遂げる。そして目覚めた男、千空の手により原始の時代から現代まで科学の力で時の秒針を進めていく話なのだ。

 私が覚えているだけでアメリカ大陸編までは記憶している。

 それが漫画だからこそ千空さんスゲー!やらカッコいー!やら言えていたが、今この状態でそれが言えるはずがない。

 

「ひぇっ!」

 

 なんて情けない言葉を口に出し、私の思考は暗転し暗闇へ。

 

 まだ幼い私にはこの状態が耐えられなかったのだ。

 

 この先、生きていれば必ずそれは起こる。

 全ての人類が、70億万人全てが石へと変えられる。

 決して逃れられることない未来が、もう数年後まで迫っていたのだから。

 

「おい、茉莉大丈夫か?」

「んー、うん、大丈夫かなぁー」

 

 なんて嘘をつく。

 大丈夫?んなわけない。大丈夫なわけなんてない。故に今まさに隣を歩く幼き千空に顔を合わせられない。

 もしこのまま私が仲良しさんでいたらワンチャン復活液でストーンワールドに目覚めてしまう。たとえ役に立たなくても、お優しい千空だと本当にワンチャンあるかもしれない現実だ。

 ならば私がすべきことは千空から離れる事しかない。

 

 幼い千空はとてつもなく可愛らしく推したい対象だが、私が大事なのは私の命。もしかしたら石化して体が粉々になって復活出来ないかもしれないが、早々に復活して苦労したくない。

 出来ることなら科学がある程度進んだ頃に起こしていただきたい。

 

「──千空、ごめんね」

 

 俯いてそう呟いた言葉は届いていないだろう。

 でももう私は君と仲良しこよしは出来ないのだよ。私のために。

 

 

 

 

 

 

 その日から私の日常は真逆に変わった。

 今までは朝のおはようからそれこそ夜のおやすみまでお隣である千空には嫌ってほど言ってきたが、それをやめた。

 朝は一人で学校へ行き、夕方は一人で帰る。呼び止められることもあったが適当に用事あるといい疎遠にしていく。両親にさえその行動が咎められたが思春期らしい事をこぼしてみれば生暖かい目で私を眺めるだけ。変な方向へ勘違いしてくれたようだ。

 ある程度そんな行動をしていれば千空は私を気にしなくなり、行動を共にする事は無くなってきた。寂しさもあったが自分から蒔いた種だ、文句なんて言ってられない。

 寂しさと引き換えにストーンワールドでの優先復活順位は下がったに違いないのだから。

 

 これで一安心と胸を撫で下ろしたが、次の問題はあっという間にやってきた。

 

 ストーンワールドでの復活順位が下がったとして、私が復活しないとは言い切れない。万が一、それこそ数億分の一、復活してしまったらという不安。その精神的恐怖が毎夜毎夜と夢に現れた。

 ある時は凍死、またある時毒死、獣に食い殺されるパターンや逆に何も食べ物がなくて餓死。さまざまな死に様が夜が来るたび襲いくる。その結果私は寝不足に落ち入り一度病院にまで運び込まれる程だった。

 病院の先生は何らかのストレスからくる睡眠障害だろうと診察し、不安や焦りからなるストレスならばそれをなくしていく方法へと舵を取る。内容は先生にさえ言えなかったがストレスの原因が何なのかわかっていた私は直ぐに行動に移すことにしたのである。

 

 死ぬのが怖い。

 それは誰だって抱える不安だろう。

 私の場合は特定の死の条件が怖いのだと推測できる。ならばと父方の祖父を頼り、田舎にある祖父の家の裏山で原始生活を体験することにしたのだ。

 

 親の心配など気にする事なく何度もトライアンドエラーで竹や木で家を作り、石を砕いてナイフやらも作る。祖父の趣味友達の陶芸仲間から陶芸を一から習い、土だけで作る窯さえを作り上げた。休みの日には山は登り食べられる草やキノコ、生活に使えるであろう技術を覚え、免許こそ取れないが狩猟のための罠や投石さえも数をこなす。私が現代科学に頼らない生活を学ぶのを面白く思った田舎の老人たちは狩猟会を紹介してくれて、そこから獣の捌き方や皮のなめし方、革製品への加工の仕方を調べて私へと教えてくれた。

 

 最初こそどれもこなせなかったが一年二年と年を重ねるにつれ私一人でも生活基盤は作れるまでに成長し、万が一が起きても生きていられると自信を持って言える程にもなった。これで安心したと祖父やお世話になった老人方にお礼を言うとこちらこそ楽しかったとお礼を言われた事を思い出す。

 

 思い出すと言えば年を重ねるにつれ、原作知識が抜けているのに気づいた。

 原作、というか千空の目覚めた時代に関わる事はないと決めつけていたが、万が一司帝国に目覚めさせられた時に備えて覚えている範囲でノートへと書き出す。

 その際は両親に読まれてもわからないように私だけの暗号で文章を構成した。

 例えば千空だったら"senkuu"のK。大樹はデカブツで物。杠は大樹の最愛で物愛などなるべく私にしかわからないように。

 数日かけて思い出したものノートに書き出し、寝る前に一度それを読んでから寝る。それが私の新しいルーティンになったのは言うまでもない。

 

 

 そして月日はながれ、今は高校一年生。

 原始時代への生活へ全振りしていた今の私は馬鹿よりマシレベルだったのだが、何故だか千空が同じ高校に進学しており、残念なことに大樹と杠とも知り合いの知り合い程度の仲になっている。つまりは大して仲良くはないのだが顔見知りになりたくはなかった。

 自分大好き人間にはお優しい人物達が眩しくて眩しくて、そしてどうしようもなく苦しくて、仕方ないのだ。

 万が一、そう万が一。

 私が原作に介入した場合、私は私の為に彼らの命を危険に晒せる。知っていながら見て見ぬふりをする、コハク風に言えば蝙蝠女へとなるしかないのだから。

 

 

 



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2 凡人、唖然とする。

 

 

 

 

 

「聞いてくれ千空! 俺は決めた!今日こそ今から! この5年越しの思いを杠に伝える!」

 

 

 そんな大声が聞こえた昼下がりの午後、ついにこの日が来たかとため息をついた。

 何も知らない状況で有れば推しカップル誕生シーンをこの目に焼き付けに走りだしたのだろうがそうもいかない。

 何せこのあと数分から数十分で全人類、70億人はもれなく石へと変えられるのだ。

 

 

 おおよそ3700年意識を飛ばさなければワンチャン復活できるが、そうでなければ復活させられるまで石のまま。最悪石の体が壊れれば死亡確定で、なおかつ意識があっても復活はできない完璧な詰み。

 そうならない為には石化光線が見えた時点で体を丸めて壊れるのを防ぐしか予防策はない、とおもっている。

 

 一度深くため息をついて窓の外を眺めていると遠くの空が緑色に変わっていくのがわかった。

 

 嗚呼ついにきたかと膝を抱えて丸まり、そのまま時を待つ。

 すると数秒もしないうちに音は消え、体がピクリとも動かなくなった。

 

 人は45分も無響空間にいると幻を見てしまうだか発狂してしまうだかとどこかのネット情報を見たことがあるが、これが3700年も続くのだ、漫画で時を刻み続けた千空の精神状態が知りたい。無響だけでなく暗闇の空間もついてくるのだ。まともな精神状態を保つなんてどれだけ鋼のメンタルをしているのだろうか。もし仮に、私がずっと意識を飛ばさなかったとしてまともに平常心を保っているとは言い難い。

 私がどうなってしまうか知りたいとも思うが、これから嫌でも自身でソレを体験することになるのだから今は考えるのをやめておこう。

 

 

 暗闇の中数分か、それとも数十分の間かはわからないが思い出せるだけ漫画の内容を思い出すことに勤しんだ。読んで書いてを繰り返していたからか、ある程度の記憶は所持したままだったし、こんなキチガイ空間でも推しを思い出すだけでなんとか平穏が保てる。

 何度か意識が落ちそうになったが、その度私の恐怖心が強制的に死の恐怖映像を思い出させてくれるので意識が落ちる事はない。こればかりは己の豆腐メンタルに感謝したい。

 

 

 発狂しそうになる時は推しの笑顔を思い出し、寝落ちは死の恐怖で打ち消す。

 それをどれほど繰り返したかわからないが、私は運良く、否、悪く、意識を飛ばす事は出来なかったのである。

 

 

 

 

 はてさて、石化してからどれくらい時間が経っただろうか、今はもう知る術はない。

 私は推しである千空ではないので秒数を数えての時間の把握対応なんてできやしなかったが、ただある時、不意に背中あたりに風を感じた事だけがわかった。

 風が当たる面積は徐々に増え、1分もしないうちに目の前には青々とした森林が視界に飛び込んでくる。

 地面に近い鼻からは懐かしい土の匂い、皮膚に感じるのは太陽の暖かさ。

 無音の世界にいたからか些細な木々の揺めきがとても大きく聞こえた。

 一息ついてあーと声を出してみれば、確かにそこに音はあるし、ほっぺたをつねれば痛みは感じる。体の欠けはないかと確かめれば、首の後ろにヒビがあるくらいで問題はなさそうだ。

 

 確認を終えたのちに誰が私を復活させたのかと辺りを見渡してみるも人の姿はなく、その代わりに見えたのは恐怖の対象である一つの洞窟。

 

 嗚呼まさか、こんなことになるなんて。

 

 なんて言うのは戯言かもしれないが、危惧していた復活パターンである事は確定だといえる。

 

 洞窟の周りに護衛がいないからまだ司帝国は出来ていない。

 恐る恐る洞窟内へと足を踏み入れれば多くの蝙蝠と、天井から滴るその液体でやはりここはあの洞窟だと推理し、思い違いではないことを確信した。

 しかし問題は石化した人間、つまりは大樹はそこに存在していなく、土器で液体を溜めてる様子もないということ。

 まだ千空が土器を作れていないと仮定して川を降っていくも、一向にツリーハウスは見つからず、代わりに見つけられたのはだだっ広い空間だけ。

 よく見ればそこに生えてる木は千空がツリーハウスに使用していた木にも似ているような気がして、私の残念な頭でも分かるくらいに最も最悪のパターンを引き当ててしまったのだと悟ってしまったのである。

 

「────まさか、千空起きていない?」

 

 考える事がまず石化をとく条件だというのならば、私は悪夢のせいで意識を失わなかったのでクリア。硝酸が必要だというのならば洞窟の前に転がっていた事でクリア。

 千空より早く復活した理由を推測するに彼より吸収した量が早かったからかもしれない。

 

 

 いや待て。吸収量が彼より早いとな?

 

 

「っ──まさか、そんな事、ないよね?」

 

 土の中は染み込み大地に流れ出す硝酸が一定量だとすれば、目の前に転がっていた私は誰よりも早く、多く吸収している。だからここに存在している。でも逆に言えば本来千空まで流れるはずの成分が私の存在のあったせいで、私が吸収してしまったせいで届いていない可能があるわけだ。

 

 ただ私が存在していたというだけで、もしかしたら、すでに物語は崩壊を始めているのかもしれない。そんな事実が突きつけられた気がした。

 

「いや、でも、もしかしたらだし、すぐここまでたどり着くかもしれないしっ。 またまた私の方から早起きしただけかもしれないしっ」

 

 かもしれないという仮定、むしろ願望。切望。

 

 嗚呼、思い出せ、私が知っている残酷な知識を!

 

 

 私の覚えている限り千空はアメリカの科学者とほぼ同時に目覚めたはずだ。同じように意識を保ちなおかつ硝酸のお陰で。

 もし私が千空分の硝酸を吸収していたとしたらその今この瞬間のせいで復活時期がずれ込んでいるかもしれない。かと言ってどこにいるかわからず石化してるかどうかも分からない千空を探し出し、物語のズレを直すために硝酸をかけるわけにはいかないだろう。もし今が物語通りの年月であり私の存在していても変わっていないので有れば、今度は逆に千空が早く目覚めすぎて物語が変わり、コハク達、つまりは百夜の子孫と出会う道筋まで壊す可能性すらある。

 下手に行動するのは大変よろしくはない。

 

 多分きっと、私の存在のせいでバタフライエフィクトなんておきやしない!

 だって私は凡人モブだ、物語をかえる蝶なんてなれやしない。

 そう強く願った。

 

 

 

 いつのまにか浅くなっていた息を整え、私は今考えなくてはいけない事へと思考を切り替える。それは存在している罪悪感や不安から逃げるためでもあるが、私が生きる為に必要な事だ。

 

 

 なんのために小中の休みを全て潰して学んできた?

 こんな事が起きる可能性を見越して行動していたのだろう?

 

 

 ならば生きる為にする事は決まっている。

 家を作り狩りをし衣類を作り、生きられる環境を作る事を最優先すべきなのだ。

 

 大丈夫。

 きっと千空は二、三日後に目覚めてくれる。

 そして仲良くはないけどテメェも起きれたのかとかいって文明を進めてくれるに違いない。

 

 こんなことになるのだったら最初からお隣らしく仲良くしておくんだったと後悔するが後の祭りだ。

 

 せめて目覚めて今日はした時少しは好印象でありたい。

 関わって物語に影響を及ぼしたくはないが、少なからずとも嫌われたくはない。嫌われたら私の精神が詰む。

 みんなの邪魔はしないから、ひっそりと生きていくから存在だけは認めてほしい。そして眺めさせて欲しい。

 

 大丈夫。

 

 私が何かやらかさなければ問題が起きてもそれは原作範囲内で、この世界に問題はないはずなんだ。

 

 たった一人の凡人モブがやらかさなければ、きっと、きっと大丈夫。

 

 

 

 

 

 なんて戯言でしかなかったけれど。

 

 

 私が目覚めたのはアカツメクサが咲く季節。その花が枯れても尚、千空は私の前には現れてはくれなかったのだ。

 

 



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3 凡人、やらかす。

 

 

 

 

 千空が現れなかった春、私は一人で絶望し悲しみに包まれた。

 なんの根拠もなかったけれどすぐ千空と会えると心の片隅では信じていたからだ。

 

 しかし一向に現れることない千空に過度な期待することをやめ、来年こそはとその年一年は生活基盤を作ることに勤しんだ。

 長年積み重ねてきた経験により石器の作成。そこからの雨風の防げるツリーハウス作り。火起こしは弓切り式火起こし器で着火し、石で囲炉裏を作りなるべく火が消えることのないように過ごした。土器が完成するまでは運良く手に入れた竹を食器として使い、お湯は石焼で沸かす。

 もし夢の件がなければ復活して数日で死んでいた気がするほどこの生活は大変だったし、絶望するほど辛い。何が辛いって朝から晩まで生きるために全ての工程を一人でしなければいけないことだ。毎日の働きでもはや体中の筋肉は悲鳴をあげている。

 

 

 それに何より食べるものも色々と辛い。

 最初こそ山菜で過ごしていたが徐々に飽きて肉食へ思考をシフトチェンジするも獲物を獲るために投石器を作ることからの開始。肉が食えるまでに一ヶ月は軽くかかってしまった。それも焼いて食べるしかないが塩もない状態なので食べにくく、文句は言ってられなかったがそれでもそれが続くと精神的に死ねる。

 獲物が獲れることですっぽんぽんに近かった服装を脱却できることはできたが、色々工程はある上失敗も許されない状況でやはり精神的に死ねた。ようやく一着できた頃にはツルピカザルを卒業できると安堵したものだった。

 

 

 衛生面では石鹸こそ作れなかったがサボンソウを発見しことなきを得た。

 石鹸よりかは汚れは落ちないが、これでひとまず生活は保てただろう。千空まで手早くとはいかないが、そこそこ人間らしい生活基盤は作れていたと思う。

 

 

 

 

 目覚めた春から季節は流れ、衣服や装備を揃えた夏は過ぎ、保存食作りに走り回った秋は遠のき、一人震える体を抱えて寒さを凌いだ冬は巡る。

 

 そうしてまた春はやってきた。

 

 けれども残念なことにその年の春も私の推しは現れる事はなかった。

 落胆しながら私はようやく余り始めた皮を使い、インク代わりに動物の血を使って覚えている限りの物語を記していく。

 もちろん記し方は私にわかるように所々暗号化したもので、万が一誰かに見られても判りはしないだろう。まぁ、万が一があるかはわからないが。

 

 起きてしまった以上記憶が薄れるまでにこれを書き終えて、それを元になるべくこの世界に介入することを防ぐための予習をしておかなければなるまい。

 

 なんて踏ん張って考えてみたもののもし来年も千空が現れなかったらという不安で心がざわつく。

 

 千空と大樹が起きた時の誤差は半年だが、私とはすでに一年空いている。もしかして私が早く起きすぎたという非常事態も考えられるし、そうだとして今が何年前かもわからない。

 硝酸を取りすぎて10年以上前とかそれ以上離れているパターンは流石に考えていなかったので、今ここに一人しか存在していないという恐怖が寝ても覚めても襲いくるようになっていた。

 

 もし来年も現れなかったらここじゃない何処かを拠点にしたと仮定して探しに出てもいいかもしれない。

 私が見落とした似たような場所があって、もしかしたらそこで推したちが過ごしていて、私もそこに混ぜてもらえるかもしれないなんて。

 いくらなんでも一人は寂しいし、それぐらいの関わりならきっと影響はないと既にそう考え始めていた。

 

 

 

 

 結局私の意思は弱く、物語を壊したくないと思いながらも自分の身が優先で、可愛いのだ。

 

 だからだろうか、その年の冬を越し三回目の春が終わっても千空は現れてはくれなかった。

 

 

「──詰んだ。 これ絶対詰んだ。 絶望するしかねぇ、むしろ絶望しかなくない?」

 

 

 流石に三年も復活時期がズレれば現状が最悪だと認知しなければならない。最後の悪あがきとして後一年、つまりは来年の春までをリミットとし、それをすぎて千空が現れなかった場合は一人寂しく死ぬ決意をしなければならないだろう。

 頑張って石神村まで旅立とうと思えばいけるかもしれないが、土地勘がなく、それも今の位置すらわからない私が無事にだどりつけるとは思えない。

 ならばせめてこのツリーハウスで死に後世に復活するであろう推しの為に生活基盤を作って残しておくのが得策だと思えた。

 

 

 千空の体力はミジンコと呼ばれるほどでストーンワールドでは生活基盤を作るだけで一日が終わると言っていた。それがもし整っている状況であれば少しは実験に取り掛かるのが早まるだろう。砂糖の作り方はわからないが塩は作って保存して置けるし、100年単位で復活時期がズレなければなんとか持つはずだ。

 

 

 関わってはいけないという感情と、せめて推しのために何かしたいという自己満足な気持ち。

 矛盾している二つの感情だが、私はどちらかを優先になんて今は考えたくはない。

 

 

 この世界には娯楽はない。

 娯楽のない世界で毎日毎日生きるためだけに働けるはずがないのだ。

 何を目的に生きているのかわからなくならないように、私は私自身で娯楽を作るしかない。

 

 いつか、もしかしたら会えないかもしれない私の推しが喜んでくれたらそれでいいじゃない。推しの笑顔を想像するのが何もないこの世界の私の娯楽だ。

 それくらいは許してもらってもいいだろう。

 

 

 そうと決まれば私の行動は早かった。

 いつか作るであろう葡萄酒用に大きな土器を焼く。何度も何度も失敗したが生憎時間はある故に完成する事ができた。

 塩作りに欠かせない土器は割れることを前提に何十個も作り、七日に一度は海へ赴き塩を作る。その際に見つけた貝は持ち帰り、いつか千空が作るであろうであろう石鹸のために粉々にもした。

 これらの行動をしているとやはりというべきか、疲れ果て鬱にも似た症状が出ることもある。元から不安からのストレス性睡眠障害が出ていた私だ、精神的に強いわけがない。

 そんな時は推しを思い出しながら鞣した皮を片手に服を作る。

 もし推しが私の作った服を着てくれるならそれだけで死ねる、と心を奮い立たせるのだ。

 

 その結果私が着ている服は千空が着ていたものに似ているし、似たような服が何着かできた。もし布製品を作れたならば履き心地の良い下着を作りたがったが、そこまでの知識は身につけていない。故に諦めた。

 

 2年と半年を過ぎた頃には私は既に諦めていて、推しとは会えず一人で死ぬのだと覚悟を決めた。

 

 もし推しである千空と出会っていなければここまで生きてこれなかったのかもしれない。むしろあの夢のようにすぐにでも死んでいたのだと思う。

 何故か二度目の生を受け愛すべき推しに会えた、それだけで十分だったじゃないかと全てを受け入れたのだ。

 

 

 大した人生ではなかったがこれはこれで幸せだったと悟りを開き始めた4回目の春、私はいつものように狩りを終え帰路につく。

 今日は大物が取れたぞとウキウキとして我が家まで帰ると、そこには見覚えのある大根頭の推しが、否、神がいた。

 

「石神、千空──?」

 

 きっと現れることのないと決めつけていた私の推し。

 そして私をここまで生かし続けていた私の神。

 

 それが今、目の前にいる。

 

「────これを作ったのは茉莉、テメェか」

 

 やばい、神が話していらっしゃる。そして私を私として、人として左藤茉莉として認識していらっしゃるしゃる。

 嗚呼ここは天国か。

 

 凡そ四年近く人の話していない私からすれば対人は久しぶりで、その相手が推しであり神へと変貌を遂げた千空で、尚且つただのお隣さんである私を覚えていてくれたと知れば頭がバグるのは必然だといえよう。

 故に私は──────。

 

「3700年ぶりだね千空君、漸くお目覚めだね」

 

 あんれぇ?

 今言っちゃいけない情報言わなかったか、私。

 それ、千空しか知り得ない情報だよね?

 

 何言ってんだよ私。馬鹿かよ私。

 

 嗚呼、詰んだ。

 



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4 科学者と少女

千空のターン。ただ一人称ではなく三人称で。


 

 

 

 

 

 その少年、石神千空には3700年振りに会った幼馴染みは少し大人びて見えた。

 

 

 

 石神千空と左藤茉莉は物心ついた頃には隣にいた幼馴染で、千空からしてみれば第二の家族といっても過言ではない存在ともいえた。

 親同士もそれをよしとしていたし、気づけば短い足を必死に動かしてついてくる泣き虫な女の子、それが千空からみた茉莉の印象でもある。

 彼からしたらこれから先も何も変わることはなく、こんな関係がずっと続いていくのだろうと疑うことすらなかった。

 

 しかし日常が変わったのは、本当にひょんな出来事からで、誰も、それこそ神ですら予知する事はできなかったのだ。

 

「宇宙に行く」

 

 躊躇いなどなく言い放った将来の夢。いや、彼からしたら将来ではなく今すぐに叶えたい夢を語ったその日、茉莉は小さな悲鳴をあげて椅子から転げ落ちた。軽く頭を打ち失神した彼女に周りは驚いたが、千空からしてみればそれほど驚くべき事柄ではない。

 左藤茉莉は運動神経は悪くないものの、世間的にはドジっ子と呼ばれる行動を起こす事をよく知っていたからだ。よく千空の後についてまわり、転んで泣く。それが当たり前で転んだ後はケロリとして笑うのが千空の知る茉莉という少女でもあった。

 

 だがそんな彼女を知っていたからこそ、その後の行動が理解できなかったとも言える。

 

「おい、茉莉大丈夫か?」

「んー、うん、大丈夫かなぁー」

 

 何ら変わりない質疑応答。ただそこには微かな違和感を千空は覚えていた。

 いつも通りのケロリとした笑顔に見えるがどこかぎこちない。頭でも打って痛みを感じているのかと思いそっとしておくことをその時は選択したが、それが誤りであったと気付くのは遥か未来の話である。

 

 その日を境に茉莉は千空を避け始め、一ヶ月もすれば親までもが心配して仲を取り持とうと口を出してきたがそれすら失敗に終わり、逆に生暖かい目をする百夜を千空は酷く嫌悪しその原因を生み出した茉莉に怒りさえ抱いた。

 けれどもそれをぶつけようとしても茉莉は千空と目も合わせなければ挨拶も交わさない。

 身勝手に縁を切られたような行動にさらに怒りも溢れ出す。ならばもう知らぬと千空は彼女を同じように無視し始め、自分の探究心にのみ目を向けることとなった。

 

 

 それから一年二年と時が流れるにつれ幼なじみだったという記憶すら薄れ始めた頃、嫌でも彼女の名前を耳にする機会が増えた。

 それは千空が科学に没頭するように茉莉はサバイバル技術に没頭しているということ。それだけならまだ良かったが、それ故に変人扱いされてイジメの対象になっていると風の噂で聞いたのだ。

 一度、ほんの少し気になって彼女の様子を探ってみたがそこにはかつての泣き虫の姿はなく、目の下にクマを作りながらも不敵に笑う見知らぬ少女へと変貌を遂げていた。

 気にする事が無意味だったと、もうあの時の幼馴染みはいないのだと脳の奥底で認識し、左藤茉莉という少女のことを本当の意味で気にすることをやめたのである。

 

 それから二人の関係は幼なじみから顔見知りへと変わり、特に交わることのない生活を互いに送っていた。

 時折思い出したかのように百夜が話題に出すも知らないで通し、いつの間にか隣に住んでいる縁として知り合いになっていた大樹と杠にも聞かれる事があったが無視を決め込む。

 あれ以降のことは何も知らなかったのだから

 知らないというのは嘘ではない。

 

 何の進展のないまま中学を卒業し高校へ上がれば腐れ縁は切れるだろうと千空は考えていたが、何故だか同じ高校へと茉莉は進学していたことを千空は入学式で知る。

 千空が大樹や杠と合わせて高校を選んだせいもあるかもしれないが、茉莉と同じクラスになってしまった時には眉間に皺を寄せてしまったものだ。

 かと言って長年の関係が変わる事はなく、会話もなければ挨拶もない。

 時たま茉莉からの視線を感じることもあったが彼女から話しかけることもなく、大樹と杠が引き合わせようとするものの面倒臭いで逃げ回る。一度会ってしまった方が面倒ごとは減り合理的かと思考するも、やはり長年のわだかまりが邪魔をする。

 特にこのままでいても問題はないのだと今後もこの関係は変わる事はないのだと二人にも自分にも、言い続けていた。

 

 

 

 

 しかしながら運命というのは残酷で、3700年の時を超えて二人は対峙することとなる。

 

「3700年ぶりだね千空君、漸くお目覚めだね」

 

 そう言って笑う彼女の笑顔はどこかぎこちない。けれどそれ以上に気にかかったのは彼女の言った言葉である。

『3700年ぶり』という事は彼女は自分と同じように石化の最中に意識を保ち、時を刻んでいたという事実。この世界中のどこかに自力で石化を解いた人間がいる可能性は考えてはいたが、それが彼女、茉莉である可能性なんて考えてもいなかったのだ。

 

「ククッ、まさか俺より早く目覚めたのがテメェーだとは考えてはいなかったぜ。 で、現状は」

 

「んー、生活基盤はほぼ完成。 今は塩作ったり服作ったり備品増やしてる感じかな。 って事で服持ってくるから待っててよ、流石にそれじゃ怪我しそう」

 

 そう言ってツリーハウスへ向かう茉莉を見て、千空は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

 幼い頃の面影を残しながらも目の前に存在している少女はもはや"少女"と呼べるほど幼くはない。そして何より己を見つめた瞳の奥に得体の知れないモノを感じたのである。

 

 

「私は科学なんてわからないからさ、やりたい事は好きにやっててよ。 生活は何とかできるけど科学に関しては指示がなきゃできない事が多いからそこは理解してね」

 

 衣服を整え無言の時間が終わると、ふと彼女はそう呟いた。

 彼女曰く、生きる事はできるけど発展させる事はできない。自分より三年より早く起きた彼女だけではこの生活が停滞する事があっても進む事はないのだと。

 まるで誰かが起きる事が分かっていたかのように用意されていた一人には多すぎる土器や保存食、石で作った武器に彼女では利用価値のない石灰。それらを自由に使って良いと彼女は笑う。

 

「そりゃありがてぇ。 生活はテメェに任せる。 まずは石化を解くルールを探さねぇとな。 で、茉莉テメェはどこで目覚めた?」

「んー、洞窟の真前」

 

 そういえば意味が分かるだろうと言うように不敵に笑う彼女にやはりそうなのかと千空は考えを巡らせる。

 目の前の少女、茉莉は既に石化を解く手掛かりを持っており、それを現実にさせる人間を、つまりは千空を待っていたに違いない。じゃなければ数千年ぶりの再会に動揺することもなければ当たり前のように接するなんて無理だろう。

 

 この世界で3年過ごしたからか、いや、それよりずっと前、3700年前から泣き虫な彼女は強く(したた)かになっていた。

 どんなことにも屈せぬ精神を持ち、自分ができる最善を出し切り時を待つ女へと変わっていたのだ。

 己と同じように、常に考え行動する、そんな人間へと変わっていたのかと驚きが隠せない。

 

 

 遠い昔に切り捨てた関係が遥かな時を超えてまた繋がり、この文明の壊されたストーンワールドで共に並んで歩ける存在なのだと感じさせずにはいられない。

 

「全く、唆るぜこれは」

 

 そんな小さな呟きは彼女の耳へ入る事はなかった。

 

 しかしながら彼女を高評価する石神千空は何も知らなかった。

 そう、何も。

 彼女は強かでもなければ泣き虫が治っているわけではない。むしろ好きで好きで仕方ない人達を観察してニヤけないように口角に力を入れている。

 

 彼が賢明な男だったからこそ、その全てがただの勘違いであると気付けやしなかったのだ。

 

 

 




千空さんは賢い故に勘違い。


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5  凡人、悶える。

 

 

 

 嗚呼今すぐにでも羽のように軽いこの口を縫ってしまいたい。手芸針なんて生やさしいものではなく、工業用ミシンでガッチリ縫い付けてやりたい。

 

 あまり干渉することは良しとしていないくせに、推しに何か聞かれると素直に答えてしまう口が憎い。目覚めた場所さえすんなりと答えてしまったし、千空は何故私の方が先に起きたのか既に気付いているだろう。

 なるべく挙動不審にならないように口角をあげて微笑みをキープし、これ以上変に思われないように最新の注意を払う。

 だがしかし、この世界は私には危険すぎたのだ。

 

 目の前の推し、つまりは千空が身に纏うのは私が縫った服で、日々の生活用品も食事も私が用意したもの。ただでさえ顔面偏差値が高い推しといるだけで辛いというのに、私がお世話している感があると尚辛い。

 ニヤけそうな顔を保つのが本当に辛い。

 必死に空を仰ぎ心を落ち着かせるも、うっかり名前を呼ばれようものなら筋肉が固まる。

 名前覚えててくれたんですねご馳走様ですと言い出しかねない口をぎゅっと閉じ、私はただ微笑むことだけに専念した。

 

「デカブツを洞窟まで運ぶ。 テメェも手伝え」

「んー、いいよ」

 

 いつの間にか大樹を見つけていた千空の跡を追い、その先の洞窟まで私よりも大きな石像を二人で運ぶ。途中でへばったのはミジンコ体力の千空で、用意しておいた水筒を差し出した。

 

「ハイお水。水分補給はしっかりとね。 塩もなめとく?」

「いらねぇ。 ──動物の胃袋の水筒か、よく作れたな」

「まぁ、伊達にサバイバル経験は積んでいないので」

 

 普通のサバイバルじゃ水筒なんか作らないがな、と心の中で自分へツッコミを入れた。

 石化が解けて3年も有れば元からあった知識と経験を合わせて作り上げる事は可能だ。もちろん何度も失敗した上の成功でもあったが。

 もう一つ用意しておいた水筒で私自身も水分を取り体を休め、千空の息が整ったところで運搬を再開。私の方が体力がある事に不服そうな顔をしていたが、それこそ今日までのサバイバル生活をしていれば贅肉は削ぎ落とされていたし筋肉はつくので体力はあるのだ。そこは理解してもらわなければ困る。

 多分3700年前だとしても実験大好き千空さんより体力はあったと思っているけれども、今となってはそんな事を調べる術はない。

 

「よいしょっと。 これで起きればいいね大樹君」

「俺もテメーもこの洞窟でできた硝酸で石化が解けたにちげぇねえ。 何せ俺より洞窟の真前にいた茉莉、テメーの方が早ぇんだからまず間違いねぇだろう。 あとはこいつが意識失ってなけりゃ完璧だ」

「まぁ、大樹君なら大丈夫だろうね」

 

 この後は狩りにでも行くかと千空へと振り向くと、じっとこちらを見つめる真っ赤な瞳とかち合った。そのキラキラとした瞳に意識を吸い込まれそうになりそうになりながら、私はただあることだけを思っていた。

 

 顔面偏差値高ぇ。

 

 どうあがいてもイケメン。推しがイケメンすぎて辛い。目に焼き付けていたくなるお姿。

 つまりは千空さんマジ最高。

 

 上がりそうになる口角を必死に止め、小さく息を吐く。そして何事もなかったかのように狩りに行ってくるとだけ千空に告げた。

 

「穀物が取れない以上腹に溜まるものを食べなきゃね、栄養は偏るかもだけど腹ペコよりマシだし。 って事で私は行くので千空君は石化を解く実験でもしてなよ」

「嗚呼そうさせてもらうわ、途中に石化したツバメがあったら拾ってきてくれ。実験に使いたい」

「了解、じゃあまた後で」

 

 小さく手を振り感情のままに走り出す。

 そうでもしないとこのどうしようもない衝動を抑えきれそうにない。

 だって推しが、綺麗なお顔をした推しが、私を頼ってくれている。多分千空でなくても3年ぶりにあった人間に何かを頼まれたら凄く嬉しいとも思うが、それが推しであり神である千空様だったらもう居ても立っても居られない。

 一人でいたせいで人肌が恋しい私からすれば、今この状況はまさに天国。話せる人がいる天界。

 せめて大樹が目覚めるその日まで、私は私の欲を優先させていただこう。

 

 

 森を走り獲物の痕跡を探して、自作の投石機を構え息を殺してその時を待つ。毎日狩れる訳でないが小物なら出来るだけ数をとらなければ二人分にはいずれ足りなくなる。キノコや山菜は採れる季節が限られているし、作りおいた塩漬け肉もそこまで量はないし、日持ちもしないだろう。半年後に大樹が起きるとすれば捕れる時にとって、肉の夢を見るという彼のためにも少しでも肉を用意しておいてあげたい。

 

「────っ!」

 

 運が良く今日は鹿が一頭仕留めることができたので痙攣している鹿の頭を拳大の石で殴り、息の根を止める。

 生きるため可哀想など言ってはいられないのが今の環境だ。ならばすぐ楽にしてやるのせめてもの情けだろう。

 私に狩りを教えてくれた方々と私の糧になる鹿のために合掌し、来た道を引き返す。

 司の思惑どおりに進めば私の恩師は殺されるのだろうとそう思いながら、沈む夕焼けを眺めた。

 

 

 

 

 

 三日に一度は大樹に変化があるかを確認する作業が私の仕事に加わること半月、その日はやけに体調が悪かった。

 これは例のやつが始まるなと思い苦笑いをするも、それは避けて通れぬ生理現象とも言える。石化を解く復活液の実験に忙しい千空にその間の仕事を代わってもらうのは忍びないが、黙ってサボるよりはいいだろう。

 その日の作業を終え持ち帰ったツバメをラボにしまうと同時に、そこにいた千空へと声をかけた。

 

「千空君、一週間あまり大樹君の様子見代わってもらってもいい? ちょっと諸事情で遠出するので」

「あ?それはテメーに任せただろ。 ってか顔色悪ぃぞ、怪我でもしたか」

「あー、怪我じゃないから大丈夫。 んで様子見は変わってもらえる?」

「んなこと言ってる場合じゃねぇだろ。 医者も薬もないストーンワールドで無茶するとそれこそ死ぬぞ、休んでろ。 諸事情とやらは俺がやるから言え」

「あー、んー。 病気じゃなくてさ、あーあれだ。 俗に言う生理というやつで、流石に垂れ流しにするので違う場所に行ってようかと?」

 

 とそこまでいえば一週間という諸事情の意味を理解した千空はただでさえ悪い目つきをさらに釣り上げた。

 推しである千空さんに私の生理現象を伝えるのは避けたかったが、こればかりは私の意思で止められないので致し方ない。

 家を汚さないためにそれ用の小屋は用意してあるし毎度のこと故に私は何ちゃないと説明もしたのだが千空はそうではないらしく、深く息を吐く。その様子には若干の苛つきが伺えた。

 

「そう言う問題じゃねぇだろ。 むしろここはテメーが作った家なんだから俺がそっちに行くのが合理的だろうが」

「んー、でも小屋汚れてるし見てほしくはないかなぁ。 それでも合理的にってなら隅っこでまるまってるのをほっといてくれればいいよ、それなら千空君の邪魔にもならないでしょ」

 

 そうとだけいって推しの返答を聞く事はせず、大量に保管していた毛皮を持って部屋の隅へ。この世界に吸収力のあるもんなんてほぼ無いと思うので、毛皮に滴るものを吸っていただくしか無いのだ。ほんと、布の作り方を覚えなかった私が完璧に悪い。

 なんでコレがある事が忘れていたのだろう。全くもってダメ人間すぎて泣きたい。そして精神的に弱るコレ、マジで嫌い、なくなんないかな。

 

 推しになんてもん見せてんだ私は。

 

 

 

 あー痛い。クソ痛い。そして尚且つクソ泣きたい。

 時間が経つにつれて足に伝う嫌な感触とジクジクと痛む下腹部。微かに鼻につく鉄の匂い。そのどれもが私の精神を蝕んでいく。これが家ではなく小屋であったのならまだしも、すぐ近くに推しがいると知っているとこの体の仕組みが酷く憎く思えた。

 弱った私の姿を見せるのももちろん嫌だが、それ以前に男の子に、千空に、推しに、神に、蝙蝠女の血なんて見せていいわけがない。

 

 彼は崇高なる科学の子だぞ。そんな子に転生しましたテヘペロ、なんて言ってる頭のおかしい人間の汚物なんて見せたくない。

 

 苛々としながら痛みに耐え、お腹をさする手に力を込める。ストレスに弱い私の体なんだから、このまま止まってしまえばいいのにと切望した。

 

 痛みに耐えるように深く呼吸をしていると背後から気配を感じ、言わずもがなそれは私の敬愛する千空である事が分かる。

 横になって丸まっている私の前にコトリと音を立てて置かれたのは土器のコップで、ほんの少しの湯気が見えた。

 

「これでも飲んで暖まっとけ。 それと一応聞いとくが、茉莉、テメェはひでぇ方なのか?」

「……んーソダネ」

「そうか、なら次までに鎮痛剤でも用意しといてやる。 とは言っても設備も材料もねぇから漢方になっちまうがな。 とりあえず終わるまでは大人しくしてろ。 無茶はするな、いいな」

「んーソダネ」

 

 千空は単純な返事しか返せない私の頭に軽く触れ、すぐに作業へと戻っていく。

 あまり動きたくはないが推しが持ってきてくれたものだ、是非ともいただきたいとコップに手を伸ばし少しずつ口内へと流し入れる。

 熱すぎないように調整された白湯は飲みやすく、ほんの少しだけ痛みが引いたような気がした。

 

 にしても本当にヤバいなと思う。

 いやマジで、千空さんイケメンすぎんだろ。漢方だけど薬作ってくれるとかマジ神か。

 いや神だった。

 生理痛で弱ってる女の子に優しくするとかモテ男じゃないですか。減点されるべきは女の子じゃなくて私なとこだけだわ。

 

 ほんの少し体があったまってきたからかそれとも推しのお陰かわからないが、目覚めてから初めてその月の痛みだけは柔らかく感じた。

 

 



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6 凡人、蓋をする。

 

 

 

 千空さんはやはりイケメンモテ男だが時と場合を考えて行動した方がよいと素直に思う。

 

 お腹の痛みが落ち着き始めた朝方、ゆっくりと瞼を開けるとそこには麗しいお顔が目の前にあった。

 ぼやけた思考でまつ毛長いなとか顔面偏差値高いなとか相変わらず美しい推しの顔を見つめ、数秒たってこの異常事態に気がつく。

 

 何で目の前に神がいらっしゃる?

 

 ふぇっと変な奇声を上げ飛び起き千空から距離を取る。キリリと痛みが走ったがそれどころではない。大悲惨確定の日にうっかり推しの寝床に忍び込んだとかマジ死ねる。軽蔑した視線向けられた日にゃ精神崩壊して死ねる。

 どうやってバレずにこの状況を切り抜けるべきかない頭を必死に使っていると、ん、となまめかしい息を吐いて千空が寝惚け眼で私へ視線を向けた。

 

「──まだ夜じゃねぇか、寝てろ。 んでさっさとこっちこい、さみぃ」

「んんー? いやなんで同衾? もしかして私が潜り込んだ? それならごめん、一人で寝る」

「あ? 違ぇよ。 テメーがウンウン唸ってたから暖を取るために俺が潜り込んだだけだ。 寒さ対策としては合理的だろう。 ほら寝んぞ」

 

 そう言って寝る体勢を整える推しの言葉がうまく理解できない。

 ウンウン唸るから暖をとる?あれか、湯たんぽ的なやつ。寒いと痛みが増すし無意識で唸っていたのなら納得はいく。

 だがだからといって千空が一緒に寝るとか死ねる。なんだこの天使。いや神か。

 自分も寒いから合理的とかいって然程仲良くない人間をナチュラルに気遣うとか、なんでこの推しには女の影がなかったんだ?

 まぁ、非合理的な恋愛脳なんか千空様にはなかったのだろうけれども、周りの女子がほっといたのも謎だ。研究馬鹿だが将来有望すぎるのに。もし今後恋愛のレの字が出てきた時は全力で応援させていただこう。推しの幸せは私の幸せでも、神の幸せは私の幸せなのだから。

 

 精神的に弱っている私の頭はそんな事を考えて、無意識に推しの隣へ滑り込む。

 内心推しシーツってこんな感じなんだろうなと心の隅っこで思ったが、それが月に二、三日、それこそ大樹が起きるまでくり返されてしまいいつしかそれが当たり前になっていた。

 

 慣れとは怖いものだ。

 

 

 

 怖いといえば私というモブの存在のせいで、既に物語が少し改変されかけているのか恐ろしいところだ。

 本来ならば大樹と司が起きた後に作られるはずだった硝酸カルシウム。これが既に少量だが手元にある。千空に言わせてみればこれで石鹸やら何やらを早めに作りたいと言ってはいるが、なんとかそれを阻止している最中である。

 言い訳としては野生化した大根やじゃがいも、その他野菜を長期的育てるため肥料にするための備蓄、としている。流石に私一人が生産した量はたかが知れてるので、千空自体も大樹が目覚めてからといったん諦めているようにもみえた。しかし隙あれば狙ってくるので何処に隠すべきか模索中。

 

 そしえ怖いといえばもう一つ。

 推しが優しすぎて怖い。

 いやね、推しが優しいのはとても嬉しい事なのだけどいきなり縁切った元幼馴染にまで優しいのはどうしたものか。

 物語から察するに私の神は父親、百夜にとても良い育てかたをされたからかマッドサイエンティストにならずとても良い子に育っている。

 故に基本誰にでも優しいのだ。

 

 やろうと思えば石灰だって実験に使いたいと言って私から奪うことも可能なのだが、家から何から私が作ったのものだからと一応所有権は譲ってくれている。マンパワーがないと言っていた時でさえ、無理矢理手伝わせる事はしなかったのはやはり優しさからなのだろう。

 その優しさを身をもって体験してしまっているせいか、最近は口を紡ぐ事に罪悪感を抱く事が多くなった。

 

 大樹が目覚めなくてもやろうと思えば二人だけでも既に酒は作れる。それこそ芋を見つけるか、蜂蜜さえゲット出来れば山葡萄を待たずにそれこそ今からでも。

 でもそれをしないのはこれ以上の歪みを作らない為で、自分を危険にさらさない為でもある。

 さっさと復活液を作って大樹と杠を起こしたとして、その後私の知らないイレギュラーが発生した場合今後の身の安全が保証できない。

 このままいけば三人が、特に推しの千空が死ぬ思いをするというのに私はなんて薄情な人間なんだろう。

 

 助けたいとか守りたいとか言ったって、結局誰だって自分の命を一番に思うのが当たり前で、千空のように全員助かる、なんて選択は出来やしない。それが出来るのは限られた人間で、私でない。足掻いたところで歴史の修繕力とやらで似たような結果を生むかもしれないのだからやるだけ無駄だ。

 

 ならば私は何もしない。

 否、何もできない。

 例え非道だと非常だと罵られても、何もできやしない凡人なのだ、それを求めるのはお門違いだと胸を張ろう。

 

 

「おい茉莉、塩作りに行くから手伝え」

「んー、了解」

 

 推してある千空の後ろ姿を眺めながらフツフツと溢れ出る恐怖に蓋をする。

 もし全てを知っていたと知られたとき、私は向けられる感情に耐えられるだろうか。

 あの優しい神様に嫌われてしまったら、私は生きていられないかもしれない。

 

 なんて結局は戯言なんだろうけれど、胸の中に渦巻くどす暗い感情を知らぬふりをした。

 

 

「テメェはあのデカブツがいつ起きると予測する」

 

 不意に問われた声に、私の口は勝手に反応して音を放つ。

 

「後二ヶ月もないんじゃない?」

 

 全くもって私のお口は軽いものだ。

 何故そう思うと聞き返す推しになんて答えようと頭を働かすも、ネガティブ思考に入っていた私の頭が直ぐに働く事はなく焦った口がまた勝手にやらかした。

 

「野生の勘」

 

 なんだよ野生の勘って。自分で言って意味がわからない。隠すならもっとマシな嘘をつけ。

 そう思ったのは私だけではなく目の前の千空を呆れた顔をしている。その顔をお綺麗ですねと言いかねない口をぎゅっと結べば、千空は少し眉間に皺を寄せてため息を吐く。馬鹿でごめんなと謝りたいが、なんとなくそんな雰囲気ではなかった。

 

「野生の勘はともかく、私と千空君のように3年もあくことはないとおもうよ、硝酸直かけしてるしね。 まだ石化を解くルールは分かり切ってないけど信じて待とう?」

 

 そう言ってにへらと笑ってみせると、千空も釣られて小さく笑った。

 その笑みはどこか寂しそうで、年相応なものを感じる。キュンとときめく胸の鼓動を落ち着かせ、ギャップの笑顔最高ですご馳走様と心の中でつぶやいた。

 推しの意外な一面を見たから先程まで荒んでいた心は今や花が咲き乱れるほどの春模様。

 推しの笑顔には精神安定剤効果があるみたいだ。

 今度から辛くなったら笑顔拝むことにしよう。

 

 

 そして金木犀が咲き出した頃、ついに物語が動き出す。

 

「千空……お前、ゼロからこれを!」

「まぁ作ったのは俺じゃなくて茉莉だかな。 人間二人いてもまだマンパワーは足りねぇ! 俺が実験する時間を減らしたとしても生活基盤制作だけで一日が終わる」

 

 いつかはこんな日が来るとは思っていた。

 それが今日だとは思っていなかったけど。

 大樹を待っていたと言い切った千空の顔は勇ましく、この瞬間をずっと待っていたと理解できる。

 女の私じゃできる事は限られていたし、千空にしてみれば漸く自分の思い通りに物事を進められる理解者が増えたのだ、嬉しいに違いない。

 ここから全てが始まるのだ、私のお役目はもう終わったという事だろうか。少し、ほんの少し寂しく思うがそうなるように行動してきたのは私なのだから致し方ない。

 

 ここに私がいないのが当たり前なのだから再会と決意は二人だけのほうがいいだろうと、二人に気づかれないように体を逸らしていく。だがそれを阻害したのは綺麗な赤だった。

 

「茉莉! 大樹が着れそうな服はあるか?」

「んー、私や千空君と体型が違うからすこし小さいかもだけど、袖切ればいけるかな。 持ってくるから待ってて」

「おぉ! 茉莉じゃないか! そうか! 茉莉も起きていたのか! 千空とも仲直りしたのだな、よかった!」

「んー、言ってる意味がわかりませんネー」

 

 こちらに駆け寄って肩をバシバシ叩く大樹の言葉の意味が本当にわからないが、取り敢えず肩が取れそうだからやめていただきたい。

 にして起きて直ぐここまでにこやかで大樹の精神力には驚かされるものだ。少なくとも起きて直ぐこんな世界だとパニックになりそうな気がするのだが、笑顔になれるだなんてある意味才能だとも言える。

 

 つまり私が言いたいことは、その笑顔、最高です。

 私じゃなくて杠に向けて二人仲良く夫婦生活してください、だ。

 

 漸く始まってしまった物語に安堵の息を漏らすのと同時に、どうしてここにいるのだろうという不安の汗が流れた。

 

 大樹用の衣類を用意している最中男二人じゃアダムとイブにはなれんと声と、なら私と千空、杠と俺なら問題ないなという驚愕の叫び声が聞こえたが、千空と私、ほぼ同時に『ないな』とそう答えていた。

 

 神と私とか、大樹の思考が全くもって理解できん。

 千空もないと答えていたのが、すごくありがたかった。

 



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7 凡人、センチメンタル。

 

 

 

 

 

 嗚呼、尊死尊死。

 推しと推しカプの傍が仲良くしてたら尊くないわけがない。

 

「トリカブト、誰殺すんだバカ!」

 

 そう言いながらも大樹へ向ける視線は柔らかく、ふざけ合って言い合ってる感じが本当に尊い、ありがとうございます。

 うっかり緩みそうになる口角に力を入れて無表情をキープし、野草の仕分け作業をサクサクと進めていく。

 

 やはりというべきか、千空は大樹が起きてから私へ関わる事は少なくなりつつある。簡単な作業な場合は私を頼ることがあるが基本大樹ベースで、最近は革製品をつくることや狩りだけが私個人の仕事だ。今回のように毒性物質を採取してきてしまう大樹だけでは食事がままならないパターンがあるので私も採取に行くが、基本、千空の助手を務めるのは大樹に決まった。

 

 キノコを木に刺して食事の用意を始める二人を他所に私は立ち上がり、荷物を持って狩りに行く準備をする。毎日獲れるわけではないが、罠を仕掛けたところへの様子を見に行くのだ。

 

「ん? 茉莉はたべないのか?」

「大樹君も肉食べたいでしょ? 取れたら仕留めてくるよ」

「なに! 茉莉は狩りもできるか! じゃあ狩猟は茉莉が担当だな!」

「ん、そういう事。 じゃあまた後で」

 

 そうとだけ言うと投石器と石槍だけ持って二人から離れた。

 狩猟担当などと言ってはみるが、実際のところ私が二人から離れたいだけ。私がいるために起きるイレギュラーを避ける為、これ以上の精神負担を避けるため。

 

 私は千空を推しとして大好きだし、勿論大樹や杠、これから起きるであろう司でさえ好きな分類に入る。それは彼等の生き様が、存在が物語が、全て想像上の産物と知っていたから好ましかったからだ。

 だが実際今私の目の前にいる千空たちはキャラではなく人間で、記憶がなかったら仲良くしたいほど魅力的な人達なのだ。

 己の保身のために、未来を変えないためにと彼等を切り捨てる私が一緒にいるべきではないといつも考えてしまう。

 

「あー、記憶さえなければ楽しくやれたのかなぁ。 なんて戯言か。 記憶がなかったら目覚める事もなかっただろうし、目覚めてたとしてここまで生きてたとは言い難い。 全くもってきつい世界だわ」

 

 せめて、もしくは、どうしたらなんて願望だけが脳内を埋め尽くす。

 どうせ叶えられないと分かっているくせに。

 

 

 センチメンタルに悩みながら狩りを終えツリーハウスへ帰ると、仲良く山葡萄を潰す二人の姿があった。

 その姿を見た瞬間微笑ましくて、少しニヤリとしてしまった気がするがバレてないと思いたい。

 

「葡萄潰してワインでもつくるの?」

「嗚呼、アルコールがあればナイタール液が作れっからな。 で、だ。 土器名人の茉莉先生には作ってもらいたいもんがあんだが、任せていいか?」

「んー、いいよ、やる。 どんなの作るの?」

「蒸留する用の土器」

「あーあれか、一発で成功するかはわからないからね? あと図面書いといて」

 

 確かめんどくさい形してたやつだと記憶している。普通の陶芸教室では絶対習わない感じのやつ、だったはず。

 昔見たであろう漫画のイラストを思い出してみるも、曖昧すぎて怪しい。でもまぁ千空様に頼まれたら全力でやらせていただきますよ、はい。

 私に出来るのは土器製作やらの生活基盤初期に関わる事ですので。それにそれくらいなら関わっても問題ないだろう。

 むしろ三人しかいないのに嫌がったら確実に嫌われて死ねるわ。

 

「完璧なワインじゃないなら3、4週間ってあたりかな? それまでに作っておくー」

 

 羊皮紙もどきに描かれた蒸留器を眺めながら、昔読んだ発酵漫画のことを思い出した。あれちゃんと読み込んどけばこのストーンワールドでも醤油とか作れたかななんて。

 結局は意味のない世迷言だけど、こんな事を考えるか千空の顔がいいと考えることしか娯楽がないのだから仕方がない。

 嗚呼、なんかまたセンチメンタルになってきた。故にお綺麗な神のことでも考えて仕事をしよう。

 千空イコール私の精神安定剤となっていて、自分でも笑える事態だ。本当にどうしたもんだか。

 

 脳内を推しで埋め尽くして作業すること3週間、完成した蒸留器は二つ。一個は予備でどちらかが上手くいけばいいと言う考えだ。

 出来上がったばかりのワインを試飲させてもらうと、舌にざらつく苦味が残る。アルコールにはなっているが、ワインとしては残念なできとも言える。

 

「こっから先はちーと骨が折れんぞ。 『はじめようワインの蒸留!! ブランデーの作り方』だ」

 

 そう言って千空が取り出したのは私が作り上げた蒸留器。ミジンコ体力の千空に運ばれるのは不安だが奪い返す訳にはいかず、そのまま運ばれていく。

 

「なァーに紀元前3000年メソポタミア文明の連中も土器で蒸留してたんだ、やってやれねぇことはねぇ。 唆るぜこれは!!」

 

 ニヤニヤ笑う千空を前に上手くできるか不安だったが、割れることなく進み小さく息を吐く。

 すると千空と大樹がよくやったと褒めてくれた。

 君たちより3歳も年上なのだから子供扱いするなと言いたいところだが、今は有難くその眼差しを浴びておくとしよう。

 

 

 それから季節は回り、ふわりと羽が宙を舞う。

 何百回と繰り返した実験は最終局面を迎え、漸くソレは完成したのだ。

 

「教えてやるよデカブツ。科学では分からないこともあるじゃねぇ、わからねぇことにルールを探す。 そのクッソ地道な努力を科学って呼んでるだけだ……!」

 

 大空に飛んでいくツバメを三人で眺めて、大声で叫ぶ大樹を眺め、そしてへたりと座り込む千空を私は見つめる。

 

「ファンタジーに科学で勝ってやんぞ。 唆るぜこれは……!」

 

 ハイ、美しい横顔ご馳走様です。

 私も貴方様に唆られていますごめんなさい。

 

「大樹、テメーのブドウの手柄だ。 最初に助ける人間くらいテメーが決めろ」

「ありがとう千空! だが茉莉も誰かいるんじゃ──」

「大丈夫、後からだって千空君が助けてくれるから。 だから大樹君先にどうぞ」

 

 そして私に推しカプの需給してください。

 

 釣り上がりそうになる頬を必死に堪え、私は大樹に気を使うそぶりをする。

 そして大樹がならば杠をと言い出しことなきを得た。

 早速杠の元へ向かおうと私まで大樹に手を引かれるがそれを断り、二人で行ってきて欲しい私は言葉を綴る。何故という大樹の問いには杠の復活パーティーをしようと、嘘をついた。

 

 実際に分厚い肉でも焼こうとは思っているが、杠は復活しない。代わりに復活を果たすのは私の推しの死因を作る人間だ。

 それを思うとちょっと胸が苦しくなって泣きたくなるが、避ける術を私は知らない。

 私が一緒に行って獣を倒してしまえばその出来事は無くなるかもしれないが、私程度の人間が倒せるはずもないわけで、もし倒せたとしても今後の物語が全て崩れる可能性しかない。結局私にできることなんてないだろう。

 

「私はここで持ってるから、いってらっしゃい」

 

 そう言ってにっこりと笑っては見たが、私は上手く笑えていただろうか。

 

 こちらに手を振り杠の元へ向かう二人に私も手を振り、見えなくなったところで木下に丸まって固まる。

 

「どんなに頑張ったって、私にできることは限られてる。 むしろもうできることはない。 なんで私はここにいるんだろうね」

 

 私の存在理由はなんですかなんて空に問いかけても、何一つ返ってくることはない。

 

 




主人公のメンタルは豆腐です。


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8 凡人、背ける。

 

 

 

 やはりというべきか帰ってきた三人の中に杠の姿はなく、代わりにあったのは長髪の顔面偏差値の高い男が一人。

 素っ裸の上にライオンの毛皮だけを羽織っているだけなので下に着れる衣類をツリーハウスから投げ渡した。

 

「とりあえず見えちゃまずいものがありますので、服着てください」

 

 一応女もいるんですと注意を促すと素直に頷き渡した服を着だす。が、その場で毛皮脱いだら素っ裸っていうことが分かっていないのだろうか?

 逞しい筋肉を見たいのは山々だが、女として見ちゃいかんものがあるので目を逸らしておくとしよう。

 

「あらためて獅子王司だ! 司で構わないよ」

「この世界じゃあ苗字も意味もねぇわなぁ。アタマがマトモな科学担当千空と、アタマが雑な体力担当大樹。それと生活基盤担当の茉莉先生だ」

「アタマが雑な大樹だ!」

「──生活基盤担当の茉莉デス、ドモ」

「なら俺は武力、狩猟担当だね」

 

 ついに武力担当が出てきたら、本格的に私の存在がいらなく感じてきた。

 だがしかし!千空さんに生活基盤担当と言われたということはまだお世話してていいということだろうか。ならばもう少し頑張ろう、神のために。断じて私のためではない、断じて。

 

 

 

 司が復活してからというもの私が狩りにいくことはめっきりなくなった。二、三度行こうと試みたが、何故だか推しに止められる。

 まぁ確実に仕留められる司がいれば私は不要だろうと理解し、最近は塩作りに没頭させてもらった。保存食問題で塩は大量に必要なわけだし、役割があるならそれをこなす事が私の責務だ。

 

 そして今日は四人で海まで赴き、浜辺で燻製をしている最中である。

 何回言っても司は目の前で素っ裸になるので諦めという名の目の保養とさせていただいた、ごっちゃんです。

 

「俺と千空、茉莉で組めば保存食は心配ないね」

「あぁ、これでやっと文明の一歩目に進めるな」

 

 首をゴキゴキと鳴らしながら千空はそう言い、そして私たちへとクイズを出した。

 科学文明で欲しいもの、これは私が既に持っているものでもある。

 

「スマホか!?」

「いいなスマホ!うん欲しいけどなスマホ!何百万年ワープしてんだデカブツ!」

「鉄……かい?」

「鉄も欲しいがまだ先だ。 で、テメーは俺が欲しいものが分かってんだろ茉莉」

「んー、硝酸カルシウム?」

「炭酸カルシウムだバカ、混ざってんだよ名前」

「サーセン」

 

 千空みたいに全部覚えられるわけじゃないと言い訳したいが、うっかり司の前で硝酸と言ってしまった自分が憎い。

 

「ククク、炭酸カルシウムほど唆るもんもねぇ。4つも!死ぬほど重要な使い道がある」

 

 その1は私がやりたがっていると思わせている、畑に使う石灰に。

 その2はツリーハウスを強化するモルタルに。

 その3は清潔面で重要な石鹸。

 流石にサボンソウでは限りがあるので人数が増えた今なら作ったほうが良いだろう。

 

「病気=ゲームオーバーのこの世界じゃバイ菌浄化するこの小せぇ塊が医者がわりの命の石、Dr.ストーンだ!」

 

 ハイ推しからタイトルコール頂きましたー!アザース。

 

 なんて脳内では思っていたがそれどころじゃない。

 チラリと視線を司に向ければその顔は驚いたように目を見開き、額には脂汗が浮かんでるように見える。重々しい雰囲気に呼吸が上手く出来ず、私はただ二人の会話に耳を傾けた。

 千空を褒める司に、司を疑い始める千空。

 張り詰めた空気を打ち切ったのは4つ目はなんだと問いかける大樹の声で、そこでようやく私は息を吐く。

 どうもこの緊張感には慣れそうにもない。

 

 3つと言わなかったかと訂正する千空にいくらなんでも無茶があると言いたくもなったが、言ったところでどうにもならないのだろう。

 だってすでに司は千空を警戒しているのだから。

 

「マジつら」

 

 なんて呟いた言葉は空気に埋もれて誰にも届かなかった。

 

 

 普通は転生したぜイェーイ!とか二次創作ならあると思う。

 だが実際そんな摩訶不思議体験をしてしまうとそんな余裕はない。私が豆腐メンタルだから余計なのかも知らないが、いらんシーンを見てしまったらまた睡眠障害を再発してしまう気がする。

 だから私は逃げることを選択した。

 

「今日は杠の服の仕上げするから二人で海に行ってきてよ」

 

 そういって過ごす時間を減らす。

 その結果夕方帰ってきた柔かな大樹と正反対に千空と司の雰囲気が悪く、鬱イベントが終わったことを悟った。

 

「茉莉、ちーと話がある」

 

 すれ違う瞬間、千空が私へと声をかけた。

 司に聞こえぬようこちらも小声で返答し、そして話していることがバレないように私は偽装行為を発動。

 その名も茉莉ちゃんお腹痛い作戦である。

 これをすれば千空が私にくっついて寝ることを大樹は認識済みなので、上手い具合に、いや、馬鹿正直に私って生理痛酷いから人の体温奪ってんだぜと司に伝えてくれるだろう。

 

 

 案の定大樹パイセンのおかげで司は私達の行動を見逃した。といっても男である千空とくっつくのはどうかと問われたが、互いに湯たんぽ代わりにしかしてないので問題ないと即答し、尚且つ私が鉄の匂いが漂うかもしれないから入り口近くで寝て欲しいと懇願すると大樹を連れて外で寝てくれる。

 いつもなら背中合わせに寝るのだが今回は作戦会議となるようなので向かい合わせに横なり、小声で話し合った。

 

「司は人殺しだ。はっきりいって俺たちの状況はかなり悪りぃ、それで持って武力でやり合えば勝ち目があるとは思えねぇ。それでテメーに頼みてぇことがある」

「んー、なんとなく予想はつくけどさ、多分大樹と杠を連れて逃げろってことでOK? 納得しないと思うよ」

「まぁな、だが万が一そうなったときはお前がいりゃなんとかなんだろ。 今この世界であのデカブツと同等に頼りになんのはてめーだけなんだ、頼む」

 

 全くもってなんだこの推しは。

 ちょっと眉を下げて頼み込むなんでどこで覚えたんだろうか、マジ天使。

 なぜそこまで信頼されているのかわからないが、けしからんもっとやれ。

 

 悶々とした気持ちを吹き飛ばす推しの威力に負けて頷き、万が一があったら二人を連れて生活基盤を作り直すことだけを約束する。と同時に、無性に自分の小ささが気になって小声で謝罪を入れた。

 

「あ? なんに対してだソレ」

「今までの事、色々だよ。 本当にごめん。そしてこれからのこともごめん」

 

 主に脳内で神レベルに崇拝してごめんなさい。

 そして、何もしようとしなくてごめんなさい。

 

 多分明日、杠を起こすときにその万が一がおきることはない。だから私はそんな約束を受け入れることができた。

 

 だがしかし、明日以降、千空が一度死んだその瞬間にはその約束を果たせないと私は確信している。

 どんなに頑張ったって私では太刀打ちできない強者が司で、弱者が私。

 三人で逃げようとする大樹と杠はある意味強者とも取れるだろうが、弱者である私はきっと、司と一緒にいることも千空と共に生きることも拒む未来が目に見えている。

 推しを、神を、千空を見殺しにした精神が耐えられるとは考えられないし、そんな行為をした私が彼と一緒に生きる未来なんて酷なものだ。

 

 結果私は誰にも知られぬよう、逃げる選択肢しか持ち得ていないのだのである。

 

「──茉莉、テメー何を考えてやがる」

「……生きづらい世界だなって。 なんでこんなことになったんだろうねって」

 

 推しを見てるだけで幸せだったというに、二次創作だけでウハウハだったのに、現物で三次元の推しはマジイケメンでいい男。

 これが夢であれば私が千空を守るんだって無茶でもやれたがソレは無理で、むしろやらかしちゃまずいという感情だけが溢れ出てきて辛い。

 

「千空君は私みたいに世界に縛られないで自由に生きなよ、んじゃおやすみ」

 

 自由に生きてこその私の推し。

 陰ながら応援してるのでひっそり見守らせてくださいなんて、言葉には出せなかった。

 

 

 いや、出したら色々詰むな確実に。

 

 



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9 凡人、支配される。

 

 

 

 翌日、杠を復活させるべく大樹と共に彼女に服を着せている最中に千空は打つべき手を打った。

 

「なんだこりゃ、復活液一名様ぶんにギリ足りねぇじゃねぇか。 司と茉莉と三人で愉快にしりとりでもしながら待っててやっから超高速で行ってこいデカブツ」

 

 すまんと言い洞窟へ向かう大樹を引き止めたのは司で、俺が一番早いからと場所を聞いて司は一人で洞窟へと向かう。姿が見えなくったことを確認し千空へとアイコンタクトを行うと、勢いよく立ち上がった千空は復活液の調合へと取り掛かった。

 

「どういう事だ千空? さっき復活液がギリ足りないとかー」

「んな微妙なサイズのツボ置いとくわけねぇだろが」

「たしかに!ってじゃあなんで司に行かせたんだー?」

「諸刃のエサだ、洞窟の場所をバラしてでも杠復活前に司を排除しておきたかった」

 

 何故と、良いやつじゃないかと叫ぶ大樹の方に手を置き、私は『手に負えないからだと思う』と言い聞かせる。

 

「それにね大樹君、千空君は無意味なことはしない、そうでしょ? だから今は空気を読め」

「……わかった、説明はいらん。 千空お前がそういうならそうなんだろう。 何かあったんだな!俺がいない時に!」

「ああ、獅子王司は善い奴で人殺しだ…!」

 

 善い奴で人殺し。……なんて非道な現実だろうか。

 無差別殺人者とかなら誰も罪悪感なく始末できたかもしれないが、世界のためにと思っている司は偽善者であり独裁者であり簡単に始末することが出来るとは言い難い。

 

 過去の出来事がそうさせているのだろうが、司はもう少し現実を見るべきだ。今のままではきっといつか出る綻びや裏切りを考慮に入れていない、自分一人で成り立つわけもない理想郷を語ってるだけの子供に過ぎないのだから。

 

 私の思考など知らない千空はさっさと復活液を作り上げ、ついにこのときが来たかと感極まる大樹を押し除け杠へ液をふりかけた。すぐには変化は起こらなかったが徐々に石像にヒビが入り、杠は大樹は抱き抱えられるようにその体と意思を復活させる。

 

 3700年ぶりに逢う両片想いの二人。大の男は涙を流し、女は男の腕の中でお礼を言い愛らしい笑みを浮かべる。

 

 おい誰かここに白米どんぶりで持ってこい。推しカプの復活だぞ!キューピット連れてきてラッパを吹き鳴らせ!

 

 状況に不釣り合いな思考を隠すように頬に力を入れ、私はおはようと言い杠へと手を差し伸べた。

 

「司が戻る前に即決めろ! 道は二つしかねぇどっちか選べ! プランA、大樹と杠、茉莉テメーら3人で今すぐ逃げてどこか遠くで生きていく。プランB、全員で戦って司の殺人を止める、文明の武器の力で──!」

「即答だー!俺たちを見損なうな千空!」

「うんうん、全然わかんないけど私も何か手伝う!」

「わかりきった結果だよね千空くん、諦めよ」

「あー、熱意はわかったから少しは説明聞け似たもん夫婦。茉莉テメーは諦めんのがはえーんだよ」

 

 似たもん夫婦だ、と。

 もしや千空、君もこの二人が推しカプか。ならば白米片手に語り明かそう。

 なんて思っては見たものの白米なんてありゃしないし、うっすら見えてしまった司の影に無意識に体が震えた。

 大樹が人を殺しているのならと叫ぶも被せるように司は言葉を放ち、霊長類最強の名に相応しい威圧を放つ。

 

「殺しているっていうのは、うん、捉え方の問題だね。間引いているんだ、新しい世界のために」

 

 一歩一歩こちらに近づく司の手からは砕けた石像の破片がこぼれ落ち、それを見た大樹は目を見開らくと自分が司を止めると言葉をこぼして走り出す。同時に千空も大樹を守るため隠し持っていたクロスボウを射るも霊長類最強の前では役に立たず只の棒へと変わった。そして司は迫るくる大樹へと蹴りをいれ、逆に大樹の動きを止めようと試みた。

 だがしかし、体が人一倍丈夫な大樹にはあまり効果はなかったようである。

 

「俺の蹴りを受けて倒れなかった人間は初めてだ。──うん、それ以前に君は今攻撃ができなかったんじゃなくてする気がなかった、どうしてだ?」

「俺は人を殴らん!だが俺をいくら殴っても蹴っても構わん、そのかわり!石像を壊すのはやめろ司!人を殺すのは悪いことだー!」

 

 これでもかと胸元を広げる大樹に驚きを隠せないのは皆一緒だろう。

 でも私は違う。

 なんだこのバカ。バカ可愛いとか新しいジャンル作ってどうすんだよバカ。

 大樹=馬鹿可愛いで私の頭が追いつかないじゃないか!

 

「……大樹、君の主張を整理すると自分は手を出さず殴られ続ける。よって石像は壊すな、そういうことかい?」

「そういう事だー!!」

「────意味がわからない、なんの取引にもなってない」

 

 うん、そうだよね。なってないよね取引に。

 でもそこが馬鹿可愛い大樹さんなんですよと胸を張って私が主張したい。まぁできないけれど!

 

 うっかり崩壊しそうになる口角に力を込め、私は一度深く息を吐き心と顔を整える。

 司が杠を人質にすると言った瞬間大樹は彼女の元へ駆け寄ったが、司の攻撃が後からきたのかそのまま血を出して倒れ込んだ。

 

「大樹くん……!」

「出血がひでぇ、何日か寝かしておくしかねぇな」

「うん、仲間割れはよそう。 大樹、君は杠を守ってやれ、赤の他人の石像なんかよりも。 俺と自分のやるべき事をやる、邪魔はさせない」

 

 そう言った司に、なんとなく共感した。

 彼の言っていることを私に例えるのならば、私がやるべき事は私が生き残ること、私というモブが存在していながら物語を崩壊させないよう過ごすこと。

 司がどこかの誰かの命を自分の理想のために壊すように、私も誰かの命を見捨ててここに存在して、それを阻害されるのを酷く嫌う。

 多分きっと、私に何かしらの才能があったら力があったのならば司を止められたのかも知らないが、これはいわゆるたらればの話。現実ではない。

 

「司を止める手はもうたった一つだ。人類史上最大の発明品、火薬をつくる!」

 

 火薬を作るため大樹を蹴り起こす千空に、目をぱっちりと開けそれに同意する大樹。

 そのコンビがすごく羨ましくて尊くて、保身ばかり考えている自分に嫌になった。

 

 けれど時は待ってはくれない。

 

 千空と共にツリーハウスや研究室のものを大雑把に壊し、旅立つための演出を作り出す。手塩にかけた陶芸品が壊されていくにつれて表情が死んでいくのが自分でもわかったが、また作ればいいかと心を持ち直した。

 この時のためにすでにまとめて置いた食料とちょっとした実用品、私がどうしても手放すことができない羊皮紙もどきの塊を入れた鞄を肩から下げる。

 一人で三年、千空と大樹と一年過ごしたこの家ともお別れかと小さく笑うと、いつの間にか隣に立っていた千空が私をまっすぐと見ていた。

 

「──司を止めたらまたここに帰ってくんぞ」

「んー、ソウダネ」

 

 帰ってこれないと、知っている。

 止められないことを、知っている。

 

 千空が殺されるのを、知っている。

 

 思わず力の入った拳。ぎりりと歯を食いしばり、思わず俯いた。

 

「……茉莉、いくぞ。 感傷に浸るなんて非合理的なことしてる暇はねぇ」

「言ってくれるねぇ。 でも確かにそうだわ、さっさといこう」

 

 この家を捨てることに迷いがないかと言われればないわけがない。この先に起きることに不安がないのかと言われれば不安しかない。

 

 でも、でも。

 

 推しがいい顔と声で私の背中を叩くんだからいくっきゃないだろう!?

 

 守りたい、この笑顔。

 なんて言いたきゃないが、今はただこのいい顔を見ていたい。後、ゲス顔も!

 くそ、私の全ての行動が推しに支配されている!

 まぁそのおかげで精神が死なずに済んでるんだけどね!

 

 

 



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10 凡人、蔑む。

 

 

 

「80キロってフルマラソン二周か、5時間もあれば着くか?」

「それは体力バカのテメーだけだ」

「確実に人間辞めてるだろ大樹君」

 

 火薬を取りに箱根まで向かう最中そんなこと言った大樹を同じ人間とは思えない。

 ついでに日の出から数を数えている千空にも同じ感情を抱く。

 日の出からって事はつまりその時間寝ててもカウントできてるって事だろう?人間の技とは思えない。

 でもそこに痺れる憧れる。

 やりたいとは思わないけど。

 

「いま鎌倉あたりか? 正確な緯度経度が知りてぇ──!」

「むぅ……目印になる建物とかないのか!」

「鉄筋が腐ってんだぞ、残っちゃいねぇよ」

「鎌倉の目印って言えば──」

 

 杠の言葉を引き金に私たちは一気に走り出す。

 その先に見えていたのは草の生えてない空間で、遥か昔見た懐かしいもの。

 

「ククク、わかったぞ現在地は北緯35度19分、東経139度32分だ!」

 

 左手が崩れ落ちてもなおそこに存在していた巨大な銅製品、修学旅行の定番鎌倉の大仏。

 私を含め四人全員が来たことがあるだろうその場所だ。

 つぅっと涙を流す杠を見た大樹は焦りながらも語りかけ、千空と私はそれをただ見つめる。この四人の中で一番この世界に順応していないのは他でもない彼女で、現実を理解して泣いてもおかしくはない。

 

 崩れ始めた大仏をばらして六分儀に使おうとする千空を止めると大樹と、それを見て青ざめる杠。そしてその三人を少し離れたところで見つめる私。

 こんな構図だと寂しいやつだと思われるかも知らないが、私の本心を知ればそうは言わないだろう。

 

 私の本心、それは単純明快。

 幼馴染三人尊い。えぇまぁ、尊い。

 千空が誰にでも優しいのは頼り頼られるこの二人の存在が大きかったのだろう。

 本当に、あの三人は尊いものだ。

 

「茉莉ちゃん、どうしたの?」

 

 俯き微笑んでいると杠が私の隣はやってくる。考えていたことがバレないようになんでもないよと微笑んで、そろそろ進もうかと話題を逸らした。

 

 本来三人が正しいなんて、誰が言えようか。

 言ったところで信じてはもらえないだろうけれども。

 

 

 鎌倉の大仏を後にした私たちは道中食事をしたり野宿したり、川を渡ったりして箱根を目指す。流石に大きな川は歩いて渡らないので千空と私で筏をつくり、それを大樹が引いて川を降っていく。

 

「杠それ! つま先が石化のままじゃないか!」

「うん、邪魔っちゃ邪魔なんだけど自分のことだしまぁいいかなぁーって」

 

 杠は平気だというがお優しい千空様は平地へ着くとすぐ彼女の足へと復活液を振りかける。すると石化していた部分はすぐにひび割れて砕け落ちた。

 

「なんか痛くなってたのまで引いていく…!」

「おおお! 復活液には疲労回復こうかもあるのかー!?」

「ねぇよそんなもん。 石化が戻る時細けぇ破損は繋がるっつうだけの話だ。俺らもちょい顔割れても生きてんじゃねぇか」

 

 千空と大樹は顔に、杠は左肩、私は首にそれぞれひびがある。

 そっと触れてみればその部分はぼこぼこしていて、少し不思議な感じだ。

 

「疲労回復液に早く浸かりたきゃとっととゴール行くぞ!」

「もしかして箱根のゴールって──」

「温泉だー!」

「テメーはネタバラシすんの早いんだよ!」

 

 サーセンと心の中で謝っておく。

 だがしかしよく思い出してほしい。私ここまで来るまでそんな話してない。三人のわちゃわちゃ見るの忙しくて会話忘れてた。なので温泉の時くらいは会話に混ぜてほしいものだ。

 

 必死に山を登りついた先には運良く湯が沸き上がっていて、体力が有り余ってる大樹が速攻で温泉の仕切りを作り上げた。

 久しぶりのお風呂に期待を込めてザブンと身を沈めるとジンジンするほど熱く、でもそれが心地よい。

 

「効きますなぁー、疲労回復液!」

「風呂、最高。幸せで死ねる」

 

 3700年ぶりまともな風呂だ、体を水で拭くだけのものではなく、全身でつかれる風呂。

 石焼の風呂はやったことかあったが温度調節が出来なくて辛かったななんて事が思い出された。

 

「ククク、テメーら湯治に来たわけじゃねぇんだぞ。日本はおありがてぇことに火山大国でな、温泉地まで来さえすりゃ火薬の原料の硫黄が取り放題のバーゲンセール! ククク、いよいよvs司の究極兵器黒色火薬の誕生だ……!」

 

 そういえば当初の目的は温泉じゃなくて化学兵器であることを忘れかけてた。それだけ温泉の魅力は凄まじいものだったようだ。

 いやしかし、千空様がいった黒色火薬という言葉、どこかで聞いたことがあるな。さてどこで聞いたっけ?

 温泉でぼやけた頭で遠い記憶を思い起こすと、ああこれだという一文が思い出された。

 

「『腹を切れば糞の詰まった肉ぶくろ』だったかな、確か黒色火薬作るのに必要なもの取るのに死体と糞尿を使う話。いや懐かしい」

「──そこからできるのは硝石だ。まさかテメーが知ってるとはな」

「死体集めるの大変だなーって感じで覚えてただけだけどね。 でもまぁそこから作ると二、三年はかかるって話だし千空君はすでに用意してあるんでしょ?」

「あぁ。 って事で茉莉、テメーと俺は先に上がって硫黄採取だ」

 

 初々しい推しカップルに珍しく気を使ったのであろう千空に言われるがまま温泉を出て鞄を装備すると、石器スコップ片手に言われるまま硫黄をとっていく。

 用意した皮袋いっぱいになればまた次の袋を取り、その作業を何度も続ける。時折千空と二人で推しカップルの会話に耳を傾けてみるも、肝心な話はしておらず仲良くため息をついた。

 

「あの二人はなかなかくっつかない、モドカシイ」

「まぁ大樹の事だからどうせすぐに言わねーんだろうよ。で、だ。オメーはよぉくあの二人を見てんだな」

 

 おっとやってしまった。

 気づいた時にはもう遅く、真っ赤なオメメが私へと向かっているではないか。

 大樹と杠、顔見知りなだけでそこまで仲良くなかった私たちを知ってる千空からしたら不思議に思うのも仕方ない。

 さてどうやって誤魔化そうかなと考えて、最も千空が理解できかねそうな事を思いついた。

 

「所謂恋愛脳ってやつの話は女子の大好物でして、いやでも話は回ってくるんだよ。 あの二人なんか学校でも注目の的だった」

「惚れた腫れたの話がそんなに楽しいかねぇ、どうあがいても非合理的な生体反応じゃねぇか」

「まぁそうだけど、世の中にはそんな合理的じゃないものが必要な人もいるんだよ。現に私なんか非合理的な塊だしね」

 

 原作に拘らないと決め込んだならばさっさとここを離れればいい。巻き込まれて死にたくないのなら、一人で生きていればいい。

 でもそれすら出来ない愚か者で、裏切り者だ。

 

「──もし仮に私が合理的な人間になったら、千空君は私を軽蔑するだろうね」

「あ? 軽蔑も何もテメーに何の感情も抱いてねぇよ。 まぁ、使えるマンパワーぐらいに思ってはいるけどな」

「それはありがたいね。 じゃあ私は心置きなく蝶にならず混沌の中で生きられそうだわ」

 

 神に見られぬように俯いて、歯を食いしばって微笑む。

 何の感情も抱いてない、とはそれは良い事だ。

 好きでも嫌いでもない。だからこの中に入れる。

 だから私は推しで彼を、見殺しにできる。

 

 もう、逃げてしまおう。

 

 司がきたら私がいなくても誰も気にしない。

 モブである私がいなくても物語は巡るのだ、これ以上頑張る必要はない。

 石戦争が終わったあたりにでもひょっこり現れて、また零から人間関係を結べばいい。そして日本に残れば問題ない。それで行こう。

 

 それが一番、私に辛くも優しい選択だ。

 

 

 

 

 

 そう一人で心に刻んでいた私は、こちらを見つめるガーネットの瞳には気づくことはなかった。

 

 

 



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11 凡人、苦しむ

 

 

 

 

「さぁ楽しい火薬クッキングの時間だ……!」

 

 そして始まったのが千空クッキング。

 素材はこの温泉で取り放題の硫黄と木炭。そして最後に硝酸カリ。これは奇跡の水から取れたものだ。

 それらをそこそこ適量な分量で混ぜ合わせ、仕上げは叩いて混ぜるだけ。案外簡単に火薬なんてできてしまうのである。

 ただしかし問題というものは起きるもので、大樹が勢いよく石を振り上げ叩きつけると嫌なことが耳にまで届いた。

 危険だと察して火薬もどきから距離を取ると鼓膜を破るような爆音と、熱風と黒煙が吹き上がる。

 

「大成功じゃねぇか火薬クッキング!」

「こんなにすごいんだ火薬って──!!」

「大成功の前に大惨事だよ、下手すりゃあ死んでたよ」

「昔から学生が実験とかでミスして手足ふっとぶレベルの事故もバンバン起きてっからな、その気になりゃ確実に凶器だ」

 

 そんなやりとりをしていれば、嫌でも脳裏に横切るのは司への攻撃方法だろう。

 あからさまに不安そうな顔をしてそれを尋ねた杠に、千空は取引すると答えた。

 

「司は話の通じねぇ殺人鬼じゃあねぇ。 大樹、テメーとバトった時言ってたじゃねぇか『何の取引にもなってない』ってな。 逆に言やあ戦況次第で取引の余地はあるってことだ。 火薬武器さえありゃ優位に立てる」

 

 その言葉に胸を撫で下ろした二人を他所に、千空の顔つきは厳つい。

 優位に立てたとしても、取引が成立するとは考え辛い。最悪の場合は殺す事だって厭わない決意をしたのだろう。

 

 二人と違いその千空の姿を見てしまった私は一人、場違いに相も変わらず真剣な顔最高なんて考えていたのだけれども、それでも心の中にしこりは残った。

 

 

 

「さーぁとっとと消すぞ。万が一司が追ってきてたりしたら100億パーセント見つかるからな」

 

 爆発で未だ燃え続ける炎を温泉をかけて小さくしていく。けれどもあくまで小さくて消してはならない、だってこれは──。

 

「千空君、大樹君、茉莉ちゃん。見てあれ」

 

 杠に言われたまま視線を森へとずらせばそこに煙が、狼煙が上がっていた。

 

 嗚呼、よかった。

 私がいてもここまで何も変わっていない。これで私と言うモブが存在していて、尚且つ3年も千空より早く起きてしまっていても大まかな流れはかわっていないことがわかった。

 私がいたためのズレはない。つまりは私の存在なんてなかったかのように歴史は改竄などさせずに進むはず。全部が全部あるがままに、私と言う存在を無視して構成されているに違いないのだ。

 自分で言ってて悲しくなるが、もとより私はいないはずの存在だ。存在が否定されて悲しいなんて言えるわけがない。むしろそのおかげで物語は改竄されなかったのだ、喜べ私。

 

「唆るぜこれは! このストーンワールドに俺らの他に誰かがいる……!」

「どうする千空! 消すのか!?点けるのか……!?」

「点けるぞ!狼煙を上げろ!!!」

 

 千空の声を発端に残りの火薬を炎に放り込み、小さな爆発を三度させる。火薬が尽きる前に私と杠、大樹は木を集めるために駆け出した。

 王道ヒロインなら杠に大樹からはなれるな、なんて言うんだろうけど私には言えない。

 言えることはただの謝罪だけ。

 この先の結果を知っててなお見捨てるような、いや、見捨ててごめんとただそれだけだ。

 

 もしもの時ようにカモフラージュ用の木を拾い集め、辛うじて彼らが見えるであろう場所に身を隠す。これから起きることはみたくはないけれど、本当に千空が死ぬかどうかを私は見届けなくてはいけないのだ。

 頚神経へ一発ならばなんら改変がなく、多分千空は生き返る。だがもしもそれ以外の攻撃であった場合その時点で物語は終了する。その後は私の知らない世界となり日本復興どころじゃないだろう。

 

 か細い息を吐きバクバクと脈打つ鼓動を感じること数分、司はきちんとやってきた。私の知ってる通り、杠を人質にして。

 何を話しているかは聞こえないが、私は知っている。

 杠が千空を生かすために殺されようとしたことも、それを覆すため千空が復活液について喋ってしまったことも。

 

 バッサリと髪を切られてしまった杠は司の後方へと解放されて、ついに二人は向かい合う形となった。

 

 この先のことはみたくないと、私の脳が心が全身が叫んでいる。

 でも私は逃げ出すことはできない。それは心情的な部分もあるが、身体がガタガタと震えていて動けないことが大きかった。喉はカラカラで、呼吸はヒューヒューと音が鳴る。

 見つめるために見開いた目にだけ力が入る。

 

 そしてその時、千空は、推しは、

 私の神は、死んだ。

 

 狂いなく頚神経を砕かれた千空はまるでスローモーションのように崩れ落ち、それを駆けつけた大樹が受け止める。

 大樹の大声は有難いことに私の元まで届き、現状を把握することができた。

 この後の展開がわかっている以上いち早く私もこの場から離れないといけないのだが、うまく足が動かず体は相変わらず震えている。

 知ってたからと言って辛くないわけがない。

 むしろ知ってたからこそ見殺しにしてしまって、心が壊れそうだ。

 

 荒くなる息を必死に抑え、木を支えにゆっくりと立ち上がる。

 大きな爆発音が聞こえ、三人が逃げた事を理解するとノロノロと後方へと歩き始めた。 

 

 しかしながら神が死んだ今、私には運がなかったのだ。

 ポツポツと降り出した雨の中、彼は現れた。

 

「──君はどうして一人なんだい?」

「んー、どうしてだと思う?」

 

 颯爽と現れた司はそれ以上の進行を許さないように私の前に立ち止まる。特に殺意も戦意も感じられないが私に対して思うところがあるのだろう、その眉間には皺が寄っていた。

 

「あの時後方でこっちをみていたのは茉莉、うん、君だね。 君がどうして行動を起こさなかったのか気になるんだ。 杠が、千空が危険に晒されても君は動く素振りを見せなかった」

「……それのどこに問題があるの? 恐怖で身体がすくんでたら動かないに決まってる」

「そうかもしれない。 でもどうしても気になることがもう一つ。 君は何故杠よりも早く目覚めていたんだい? 千空の事だからまずは友人を起こしたはずだと俺は思ってたのだけど、さっきの行動を見てそうとも思えなくなったんだ。 ……君はどちらかと言えば俺と似ているとすら思えるくらいに、君の存在が不思議でならない」

 

 独裁者と似ているなんて言われたくねぇよ、なんて言えない。がそれと似たようなことは言ってもいいだろう。

 

「私と司君が似ている、ね?私みたいな弱者がどうやって霊長類最強に似てるか知りたいね。 お前は私を買い被りすぎてるんじゃない? それに私は、アイツらの友達なんかじゃない、たまたま復活して、たまたま行動を共にしてただけ。 だからこうして逃げてるんだよ。 見りゃわかんだろうに」

 

 そこまで言えば司の表情はほんの少し緩んだように見えた。

 彼からしたら千空たちを見捨てる人間ならばそこまで脅威に感じないのかもしれないし、自分の理想の国を作り上げてくる存在とも取れるだろう。

 それに何より司は私が無力だと知っている。

 司が復活してからは服を作るか塩をつくるかしかしてないのだから、仮にサバイバル知識があると知ってもそこまで危険視されることはないはずだ。

 

「なら茉莉、君は俺とこないか。 うん、二人でなら分担して生活できるだろう。 俺が君を守るよ」

「だが断る」

 

 何イケメンがイケメンの台詞言ってんだ、顔と声がいいんだから破壊力考えろよマジで。

 それはさておき。

 

「私が司くんと行ってもそっちに利益があって私にはない。私は科学に発展してもらって生きたい派だったんでね。 それに君の壊す認定者には私の恩人が沢山含まれている。 それを自分から壊す選択するとでも? それならいっそここで餓死するからどっかに消えてよ。 あ、それとも私みたいな無力な女ここで殺しとく?」

 

 にへらと笑いかけてみると司は顔をしかめ、目を逸らしたのちにくるりと踵を返した。

 

「茉莉、君と言う人間に俺は脅威を抱いていない。だから殺されることを心配しないでいい。 千空が死んだ今、君が混乱して最善を選べないのを考慮するべきだった。 このストーンワールドじゃあ一人で生きていくのは過酷だろう。 気持ちの整理がついたら戻っておいで。 うん、俺は待ってるよ」

「──そりゃーお優しいことで。 でも私はそっちにいく気もないよ。 私は私のするべき事をするまでだ」

 

 なんて立ち去る司に強がってはみたものの、確かにストーンワールドで一生一人で生きていくのは難しいのだろう。私の場合は生きる技術があるとしても精神面が既にボロボロ、どう足掻いても人肌恋しくなりそうだ。

 だがしかしそんな事は言ってられない。むしろ言ってはいけない。

 推しである神を見殺しにした以上、そんな事言っていい人間じゃないのは分かりきっているじゃないか。

 

 

 さてまた虚しくも寂しいサバイバル生活を始めようかと思考を改めて、私はただ歩く。

 

 結局そんな考えすら戯言なんだけれどと、心の隅で毒を吐き出した。

 

 

 



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12 3+凡人。プラス1

 

 

 

「戻ってこい! 千空──────!」

 

 茉莉がただ一人で司と対峙していた頃、大樹は大声を上げて千空が死の世界から戻ってくるのを待っていた。

 脳の隅では茉莉がそこにいないことも理解していたが、今はそれどころではない。

 千空を起こすことが最善だと理解していたのだ。

 

「カモフラージュになってた雷雨の音がして消えたんだ、もう大声で叫ぶんじゃねぇぞ。 司に聞こえたら一発アウトだ」

 

 降り頻る雨が止んだ時、そう誰かが二人はと忠告する。

 キョロキョロとあたりを警戒した二人はふとそれは誰の声だったかと気づき、振り向きその声の主に歓喜した。

 そこにいた人物は先程司に殺されたはずの千空本人だったからである。

 

「ククク、よーく首に気づきやがったな、ゴミみてぇな小せぇヒントから。 大樹、杠、テメーら二人に100億万点やるよ……!」

 

 驚きながらも千空に抱きつき喜ぶ大樹と涙を流す杠。彼女の涙はすこし違った意味をもっていたが、千空自身がそれを静止する。そして千空が復活を遂げたところで大樹はようやくここにいない彼女を迎えに行くべきだと声を上げた。

 

「千空が帰ってきたのならば茉莉を迎えに行かなくてはな! 司と会っていたらまずい!急ごう!」

「そうだね! もしかしたら司君がきてるのも知らないかもしれないし!」

「いや、そりゃねぇだろうな。 それに司に会ってようが無かろうが、アイツは一人で生きていく選択をするはずだ。 こっちから動く方が面倒になる」

「えぇ! 流石の千空君でもそれはないんじゃ──」

「アイツはこの世界で伊達に3年も生きちゃいねぇよ。 それにちゃっかりアイツは生き残るために必要なもんは肌身離さず持ち歩いてやがったからな。 こうなることもあらかた予測済みだったのかもしんねぇな」

 

 そう言って千空は小さくため息をつく。

 よくよく考えてみれば、茉莉の行動は可笑しいものが多かったように思えた。

 大樹が復活するまでの半年は互いに生きる為の協力はするものの、研究には千空が手伝いを言い出さない限り手を出す事ない。それは大樹が復活してからも変わらず、生活に準ずるものにのみ行動をしめした。復活液を作るにあたってのワイン製作も積極性を感じさせるものはなかったし、むしろ何にワインが必要なのかさえ彼女は問うことすらなかった。

 今思えば彼女は人を復活させることになどどうでも良かったのかもしれない。

 

 決定的だったのは杠の代わりに司が復活した時だろう。

 茉莉はそこにいるのが見知らぬ男であってもそれすら驚かず、淡々と服を投げつけただけ。何故そうなったかのすら問いただす事はなく、それが当たり前のように受け入れたのである。

 その後司が人殺しであったと告げられてもなお動揺は見られず、千空の言葉をただ理解し頷くだけだった。

 

 そんな態度に茉莉という人物像が掴めなくなり、千空は一か八かの賭けをした。

 それは万が一の時には大樹と杠を連れて逃げて欲しいというもの。三年も自分より早く目覚めた彼女に任せれれば、このストーンワールドでも生き残れると千空は確信していた故に彼女を頼ったのだ。そしてその結果茉莉はすこし困ったように眉を細めたのちに分かったと頷き、その言葉に少なからず千空は安堵した。茉莉はただ人に興味がないわけではないのだと、一人で生きていたいわけではないのだと。

 しかしながらその直後、小さな声で同時に謝罪を受ける羽目になる。

 

「──茉莉、テメー何を考えてやがる」

「……生きづらい世界だなって。 なんでこんなことになったんだろうねって」

 

 その言葉の意味すら、彼は知らない。

 

「千空君は私みたいに世界に縛られないで自由に生きなよ」

 

 ただ一つ知っていたのは、そう言った彼女の泣き出しそうな瞳だけ。

 

 石神千空が知っている左藤茉莉という存在はすぐ泣く泣き虫だった。だかそれは時が経つにつれ誰かに屈する事なく自我を持てる人間へとなり、このストーンワールドでは大樹の次に頼れる存在へと変わっていた。

 でも今はその認識を改めなければならないだろう。

 少なくとも目の前で泣き出しそうになっている少女は、自分だけが知る泣き虫な彼女の姿だったのだから。

 

 一体何が彼女を変えてしまったのだろう、なんて科学少年が思うわけもなく、ただ小さなしこりだけが彼の心にのこったのである。

 

 

 石神千空がそう彼女を認識していると同等に、大木大樹、小川杠の二人も左藤茉莉に対しては思うところがある。

 二人からしてみれば茉莉は仲良くしていない千空の幼馴染という立場なのだが、どうもしっくりくる事はなかった。それにはきちんと理由があり、その理由の大半が茉莉が千空を目で追っていたからだといえる。いくら千空がただのお隣さんと言ったところで茉莉の視線は千空を追うし、千空ですら時折みていることがあったほどだ。

 その結果二人は幼い時に喧嘩をして仲直りができていないのだと両名は勘違いし今に至る。何度か仲を取り持とうと行動してはみたもののうまくいった事は一度もなく、今後その結論が覆るのは難しいだろう。

 茉莉はともかく千空が彼女を目で追っていたのは彼曰く『合理的スイッチが切れた』状態で、やはりというべきが急に態度を変えて変わっていく彼女が無意識に気になっていたというだけでもあったのだが、両名が知る術はないのだから。

 

 そんな二人の心情はともかく、千空から出た言葉に頷けないのが心理といったところだろうか。

 いくら千空が茉莉をほっとけと言ったところでほっといてあげられるほど二人は合理的思想は持ち合わせていなかったのである。

 

 

「千空くんはそれでいいの?」

「あ? 良いも悪いもねぇだろう」

「そうじゃないだろう千空! もし司が茉莉にまで手をだしていたらー!」

「そりゃ100億%ないわ。 司が復活してからアイツには狩りもさせてねぇし、やらせてたのは飯炊きくれぇなんだよデカブツ。 体力バカなお前ならともかく、何も出来ねぇ女を殺すほど司は悪いやつか?」

「──流石の司君も茉莉ちゃんを殺す事はないって事?」

「そりゃそうだろう、茉莉一人殺してなんの意味がある? 殺さないとしても無理矢理連れてきゃちったー働くかもしんねぇが司の性格上それはねぇだろうし、茉莉から自分のとこに来んのを待つのが合理的だろうよ。 で、杠。雑な大樹じゃ100億%ムリだ。手芸部ウルトラ器用のテメーにしか頼めねぇ死ぬほどキツいミッションがある。 やれるか」

 

 ひとまず千空は茉莉の存在を己の頭の隅に追いやり、今後の方針を杠へと伝える。

 その話に杠は魂が抜け出しそうな顔と返事をするもの、やると頷いた。

 

「なんだ内緒話か?ズルいぞ俺も混ぜろ!」

「んっとこれから司君のところに戻ろうかなーって」

「ああそうか!司のところか!」

 

 とそこまで言い、大樹は杠の肩を抱いて司の危険性を語る。それと同時に千空は茉莉同様二人が殺されないだろうと、己が死んだと勘違いしている司のもとでスパイとして潜入してほしいと頼んだ。

 ミッション自体は杠が行い、その護衛として大樹を。そして自分は司を倒すべく科学軍を作るために狼煙をあげた者を探し出すと、二手に分かれるのだといいきった。

 

「つまりこの先は俺たちは司帝国でスパイ、千空は科学革命軍、別れ闘うわけだな」

「ククク、そういうこった。 切ないお別れにお涙も溢れまくるぜ。 …………もしそっちに茉莉が行ってたときは、なにも聞かずにいてやってくれ」

「嗚呼、わかった」

 

 どんな理由があったとしても、茉莉が彼ら三人を見捨てた事には間違いはない。それを咎められればいくら無関心を決め込んだ彼女でも傷つくだろうと千空は配慮したつもりであったが、その思いが届くことはなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時の針をすこし進めたある日の夜。

 その男は目の前にいる少女に驚きを隠せなかった。とは言ったものの彼は人を欺くスペシャリストであった故、彼女にその真意が伝わる事はなかったのだが。

 

「──人がいるかもと思ってきてみたけど、ゴイスー逞しい女の子とは思ってなかったなぁ」

「そうですか。 で、なにか用ですかあさぎりゲン?」

 

 ニヤリと笑ったその少女、茉莉は己よりも逞しく見えた。

 火に照らされてオレンジに光る身体には筋肉の筋が浮かび、右手には石で出来たナイフがそっと握られている。顔色が良いとは言えず目の下には隈が出来てはいたが、少なくとも獣が狩れない自分よりは優っている人物であろうと。

 目の前で焼かれている肉の塊に涎が口内に溢れるもそれを飲み込み、ゲンは代わりに言葉を吐き出した。

 

「俺を知ってるって事は君も石化から解けた人間ってわけね。 よかったら食糧わけてくれない? 復活してからお肉なんてたべてなくてー」

「肉を食べてない? 司のところにいるのに? おかしな事を言うねぇ? でもまぁ腹が減ってはなんとやらだし、どうぞ召し上がれ」

 

 呆れたように、でも朗らかにそう言った彼女から渡された肉を片手にゲンは思考を巡らせる。

 彼女があの司が言っていた少女、茉莉であったとしてこの状況はどう言う事であろう。与えられた情報では何もできないか弱い女の子だったはず。だというのにこれは────。

 

「あぁ、私はただの弱者だよ? まぁ、生きるだけの力はある、ね。 だから司のところには行かない」

 

 半月状に口は歪むものの、目の奥底は笑っていない。

 

 この出会いのせいでとのちに彼女は語るも、今はそれを知る人物は誰一人としていない。

 

 

 

 

 

 



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13 凡人、出会ってしまう。

 

 

 

 嗚呼、この後先見ずに話してしまうお口を縫い付けてしまいたい。いくら久しぶりの人間だとしても、流石にメンタリストに話しかけるなんて詰みじゃないか。

 なんて今更いったところでどうしようもない戯言なのだけれども。

 

 もくもくと焼けた肉を食べながらチラリと左方を確認してみれば確かにそこにメンタリストのあさぎりゲンが存在していて、私の都合の良い夢ではないことが理解できる。いっその事夢であればいいのにと隠れて皮膚をつねってみたが痛みはあり、これがどうしようもない現実だと知らしめた。

 

 夢といえばあの日から良くない夢を、強いて言えば目の前で推したちが無様に死にゆく姿や何故どうしてと自分を責める夢ばかりみるせいか、あんまり寝れていない。それのせいで精神状況が大変悪く、よりいっそうお喋りになっているようにも思えるものだ。

 

 一応本心を隠すために通常の1.5倍ほど笑みを増やしてみるが、相手もニコニコ笑うのでキリがない。

 なのでしょうがないと一旦笑うのをやめ、頬の筋肉を緩めてゲンと向き合った。

 

「んで、あさぎりゲンは何しにここへ?」

 

 おっとまたお口が勝手に。

 まぁゲンは有名人だったからわたしが知ってても不備がないと思うが、フルネームで呼ぶのはいかがなものだろうか。だがしかし、あさぎりと呼ぶのもゲンと呼ぶのも馴れ馴れしいし、どう呼ぶべきか悩む。

 さてどうしたものかと一人で勝手に頭を悩ませていると、彼はにっこりと笑って言葉を吐き出した。

 

「俺も石化が解けてから一人でようやく君に会えたんだよー? だから何しにって言われても困るなぁ」

「んな嘘つかなくても……。 司になんか言われてきたんじゃないの? そう言う嘘やめよ、面倒だし」

「えぇ? 嘘じゃないってば」

 

 どう考えても分かる嘘をつかなくても。

 私がそう呟くとゲンはさらに笑みを深めた。

 

 ゲンの嘘は私じゃなくても分かる単純なものだ。

 私が彼らと離れて二ヶ月程度。その間にツリーハウスもどきと安定した食料採取が出来る様になってきた頃合いだ。けれどもこれは衣類がある事とナイフ系の刃物ができていたからだとも言える。

 ゆえに仮にゲンがたった一人で目覚めて生活していたとしたら、それなりに早く目覚めていないと今回の言動とは釣り合わない。

 何せゲンは千空と同じく筋肉極小のもやしっ子だ、サバイバル知識は私や千空よりないと考えて、一人で生活できるわけがないのである。

 それに何より彼がきている服はどう見ても杠製だとしか考えられないほど綺麗な作りをしているし、それだけの皮が取れるほど狩りには困ってないはずなのに肉を久しく食べてないと言われても信じ難い。付け加えて、手足の傷のなさから一人で苦労して生きてきたとはとてもじゃないが思えなかった。

 

 結果、どう足掻いてもゲンは司から復活させられた人間の一人だと推測がつく。

 と、ここまでは簡単にゲンに話してあげるとニコニコと笑っていた顔は急にゲス顔に変わり、私のテンションも上がっていった。

 

「そこまでわかっちゃうんだ、司ちゃんから聞いてた話と全然違うねぇ。 焚き火がみえたからもしかしたらここに千空ちゃんがいるかなと思ってたんだけど、その話からするとここにはいないのかぁ」

「んまぁねぇ、いるわきゃないよ生きてたとしても。 私、千空に嫌われてるし、ないね絶対」

「そこまで断言できるなんて、なにがあったのさ」

「いや別に、嫌われる行動しかしてないから? 嫌われてる自信はあるけど好かれる自信は全くない、むしろマイナス」

「ジーマーで?」

「ジマジマ」

 

 なんか普通に会話してるけど、これもメンタリストの術中にはまってるのかね?

 でもまぁ、会話はいいものだ。今までの暗い気持ちが、すこしは何処かへ流れていった。

 それにゲンがここに居るということは司が千空の死を疑っていると言う事で、わたしが知っている知識と変わりない。

 ゲンが仲間になる条件をラーメンとコーラだと私の記憶ノートが示してあるが、残念なことにそこのところは記憶が抜けているので確かな事はわからない。ただ一つ分かっているのはゲンは千空の味方だという事だけ。

 全くもって中途半端な記憶だと自分を責めたい。

 

 自分の不甲斐なさに一度深く息を吐き出すとゲンはこちらを見てまたにこりと笑った。

 何か考えてるんだろうなと私も笑みを返してみれば、またもや笑顔対戦の始まりだ。

 

 いやね、いいんだけどね。

 私、ゲンもわりと好きだもの。ゲスい顔も人を騙す顔も、生き生きとしてる顔も、全部好きだもの。だからずっと笑っててくれても構わないんだぜ。

 なんて口に出しては言わないが。

 

「ねぇ茉莉ちゃん。 よかったら俺と千空ちゃんのところ行かない?」

「んー、嫌。 会いたくない」

「えぇー? 千空ちゃんのこと嫌いなの? それに茉莉ちゃんいてくれた方が千空ちゃんを探しやすいと思うんだけどなぁ」

「嫌、絶対。 今更会ったところで千空君にも私にも利益ないし、無意味だよ」

「──でもさぁ、茉莉ちゃんは"会いたくない"って事は千空ちゃんが生きてるって信じてるわけだよねぇ?」

 

 ワォ! 知らぬ間に墓穴掘ってたよ。死んだら会えないのが普通じゃないか。

 嗚呼、詰んだ。

 

「……むしろ、千空君が死ぬとかどこぞのファンタジーよ。 あさぎりゲンの方こそ、すでにわりと千空君のこと好きなくせに?」

 

 こうなったら開き直ってやる、と真顔で返答してみれば、ゲンの怪しい笑顔がぴたりと固まった。

 悪いな、ゲン。君のわりと好き発言はノートになくても記憶しているほど良い場面だったのだよ。萌えの本能を甘くみるな。

 

 

 食事を終えた後、私はゲンをツリーハウスの上へと登らせて寝袋を渡す。今は夏頃だと思うがもやしっ子のゲンに地面で寝る野宿は辛いであろうと判断した結果だ。

 そう考えると司はよくゲンを千空の元へ送り出したものだ。どう見たってこの子が一人で夜を明かせるとは私は思えないだけれども、霊長類最強様はそこのところの空気は読めないようである。

 

「茉莉ちゃんの寝袋本当に借りて良いの? ってか俺と一緒にいてもなんとも思わないわけ?」

「自分より身体面で弱い人間に考慮しただけなのでお気になさらず。 それにあさぎりゲン自体は悪い人間じゃないでしょ、疑うだけ無駄無駄」

「何それドイヒー! 馬鹿にされてるのか信用されてるのか分からない反応!」

「馬鹿にはしてない」

 

 むしろ可愛い可愛いって言わないのを我慢してますが何か?

 にっこり笑っておやすみと言い、私は一人空を眺め寝ることにする。うつらうつらと船を漕ぎ始めたとき、不思議と今日は悪夢を見る事はなさそうだと私の中の何かが告げた。

 それは多分、ゲンが来たことによる安心感と人と会話した事による満足感。

 どんなに強がって生きようとしていたにしろ、気づかないようにしていたにしろ、弱者である私にはこの二ヶ月は辛いものだったのだろう。

 

「せん、く──」

 

 消えゆく意識の中、好きでたまらない推しの名前を口にしていたなんて私は知らない。

 それを聞いてた人物がこちらを見ていたのも、私は知らなかった。

 

 

 

 

 翌る日、太陽が上がり切る前に私は目覚めた。

 久しぶりに良く寝たと感じるほどで、背伸びをすると気持ち良い。水筒から水を一口飲み、その後は簡単な朝食の準備をする。

 とは言ったものの、昨日取れた肉の残りなのは確定なのだが。

 

「あさぎりゲン、おはよう。 ご飯お肉だけど食べる?」

「んん……、えっ、もう朝? 茉莉ちゃん、早起きすぎじゃない?」

「日の出と共に行動、これ基本。 その代わり夜は明かりがないから早く寝るんだよ。 電気ができるまではこれが普通だったと君は知らないのかね?」

 

 ちょっと小馬鹿にしたように声をかけるとゲンはドイヒーと業界用語を使って反論してきて、それがすこし心地よく、久々に作り笑顔じゃない顔をした気がする。

 その安心感からかうっかり涙腺が緩みそうになったのを気合で止め、焼けたばかりの肉へ食らいついた。

 

「──ねぇ茉莉ちゃん。 やっぱり俺と千空ちゃん探しに行こうよ。 俺一人じゃ不安だし」

「嘘コケメンタリスト。 でもまぁ、散歩なら付き合ってあげても良いよ」

 

 ハイハイ、絆されましたよ。

 いや、ゲンにって訳じゃないけど、ゲンと離れたらまた一人かって考えたら心臓が痛くなったからだ、と言い切る。

 いかんせん私の精神的苦痛の方がかなりきていたと今更ながら知ったわけだ。

 

 ゲンと出会わなければなんとか一人で冬を越し、生きていけたかもしれない。

 でも人を知ってしまえばそうもいかなくなってしまった。

 3年間一人で過ごし、推しと、千空と出会いその優しさに触れて離れ難くなってしまったように、私はまた一人になるのを恐れてしまっている。一人になりたくないと脳が叫んでいる。

 

「──結局私は何者にもなりきれてない、出来そこないにしかなれないってか」

 

 こんな世界に生まれ生きて、合理的にもなれず自ら運命を変えようともせず、ただ自分の欲のままに、誰かから、誰かの命から目を背け続ける愚か者。

 

「クッソ笑えるわ」

 

 なんて、軽蔑するように自身を笑った。

 

 

 

 

 



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14 凡人、願う。

 

 

 

「とりあえず村に向かうか──」 

 

 とそこまで言ったところでまたしてもおのれの口の軽さを恨んだ。

 ゲンからしたら村の存在を知らないわけで、そこまで言ったら向かう先は一つになるわけで。

 

「やっぱり茉莉ちゃんと出会えてよかったよ。 これで千空ちゃんがいそうな所がわかったね」

「ソダネー」

 

 本当に今のは、確実に、私が悪い。

 けれどもこのままなんの考えもなしに歩き回っていたら、ゲンは日が暮れても千空への手がかりは見つからなかっただろう。

 ならいっそ開き直るのも手だ。

 

「ここから少し先に集落らしきものは見つけてあるよ。 ただ彼らが友好的かは分からないし石化がいつ解けた人間かもわからない。 それなりの覚悟を持っていかないと、危険だよ。 ほら、人間を食べる集落だってあったとかなかったとかあるじゃん?」

「こっわっ! え? なんでそんな事考えられるの茉莉ちゃん!?」

「何でって生きてる以上腹が減るでしょ? 食えるもんは食う、これ摂理なわけで。 集落が出来るほど一気に石化が解けたとしても生活できなきゃそうするしかないし、それが風習になってることも考えないと。 だから私は隠れてるから一人で行ってね?」

「え!? 茉莉ちゃん一緒に行ってくれないの?」

「うん、行かない。 隠れてる。 危険じゃなければ顔出すかもだけど、かもだから期待はしないように」

 

 私が村へ出向かなかった理由をそれとなく作り、苦笑いするゲンと共に村へ向かう。

 メンタリストであるゲンからしてみたら私の戯言なんてあってないようなものだし、気にしない方が良いだろう。

 

 二人並んで仲良く、とは行かないけれどそこそこ会話をしながら川を降り、朝日が頭の上に登り切った頃、漸く村の入り口周辺まで着くことができた。ゲンは肩で呼吸をしていたのでとりあえず水を飲ませておき、私は一人で村の状況の確認をする。

 目が凄くいいわけではないのでそれなりにしか確認できないのだが、ラーメンと書かれた屋台を無事発見することでき、カニバリズムはなさそうだとゲンへ耳打ちをした。

 

「って事でラーメン食べにでも行っておいで、私はここで待ってるから」

「──"待ってて"はくれるのね、ゴイスー嬉しいね、それは」

 

 くそ、また失言した。

 メンタリスト嫌い。好きだけど、嫌い。変に突っ込んでくるとかマジ勘弁して。私のメンタルはもうゼロよ。

 

 フラフラとした足取りで村へ向かうゲンを見送り、姿を隠すように岩の影にしゃがみ込む。待っているわけでないが、念のため千空達とゲンが出会うのを確認してから帰ろうと弱い自分が思考する。

 ちょっとだけ、ちょっとだけなら推しの姿を拝んでもバチは当たらないんじゃないかなんて、甘い考えを抱き私はその場に残った。

 時々バレないようにそっと村の様子を伺い、崇拝してやまないネギ頭を確認すれば思わず口角が反応する。

 よかったという安堵感とそれより大きな罪悪感が私を包み込み、腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。

 

「本当に生きててくれた。 よかった……」

 

 そう口に出してしまうとなお、私のしでかしたことの大きさに嫌気がさしたが今更過去には戻らないのだ、思い出すだけ無意味だろう。

 推しの存在も確認できたことだし、ゲンも無事に石神村の連中と合流することができた。

 ならばそろそろ帰って不貞寝でもしようと思い腰を持ち上げると、良く知った果物が一つ、そこにあるではないか。

 

 そうそれはスイカ。のように見えないがスイカと呼ばれているもの。

 つまりそこにあるのは、私の目の前にいるのは──。

 

「ラーメン、お届けにきたんだよ!」

 

 将来美人さん確定のSSR、スイカ様で在らせられた。

 

「うわぁ、ありがとー」

 

 ついつい出会えた奇跡に頬と声音が緩みそうになったのを必死に止めたので、棒読みになってしまったのは仕方ないと思いたい。

 

「食べた人にはお仕事もあるんだよ!」

「それは先に言わない方がいいんじゃないかなぁー、なんて。 でも、いただきます。 食べ終わったら向かうから帰っててもいいよ?」

「分かったんだよー!」

 

 嗚呼、スイカちゃんまじ天使。

 

 でも何故ラーメンが届いたのだろうか。私のことバラすとしたらゲンしかいないが、バラしたところで彼に利点などないはずなのだけれども。

 考えても仕方ないかと一度ため息を吐き、受けとったラーメンへと箸を伸ばす。見た目はそこそこ悪くはないが、緑色の麺の奇抜さは抜群。スープを一口飲んでみると、こちらは肉と魚の旨みが出ていて美味しい。ごくりと喉を鳴らし麺をズズッと吸い込んでみると食感はネチャネチャで、私の覚えているラーメンには程遠かった。

 

 でも決して不味いわけではない。

 

 私一人で目覚めた年、塩作りに取り掛かるのが遅れて味気ない生活をしていた事を思い出す。何を食べるにも素材の味オンリーで、獣なんて最初は吐き気を我慢して食べたレベルだ。ナイフもない世界じゃあうっかり臓物傷つけて臭くなる、なんて当たり前だったし、慣れるまではそりゃもう食事は地獄でしたよ。

 それに比べればこのラーメンは美味すぎる。

 是非ともシェフを呼べと叫び出したいほどに。

 

 まぁ、今から会いに行くんですがね。ちょうどいい言い訳が出来ましたから。

 

 誰もみていないしこのまま食い逃げしてもいい状況ではあるのだけれども、どうしても、私は千空に会いたい。

 推しの無事を確認したいってよりは、ただ会いたくなってしまっただけだけれども、ともかく会って声が聞きたい。

 もしかしたらなぜ逃げたと罵られるかもしれないが、それでも会いたかった。

 

「ラーメン食べたって事で、お手伝いに行きますよっと」

 

 浮つく心を押さえながら村へ近づき知らぬ顔で手伝おうとしたのだが、どうやらそれはあまり良くないことだったようである。

 

「お前は敵か?」

 

 ゲンと同じく見知らぬ人間が現れれば勿論警戒されるわけで、見事に三つの刃物が私に向かっている。

 こんな状況じゃなければコハクちゃん美人さん、金狼銀狼かっこかわいいってウハウハだったんだけどな。いや、内心ウハウハだけどもね。

 どうみたって焦る場面だというのに緊急事態すぎると表情は固まるんだなと感心しているお馬鹿な私に救いの手を差し伸べてくれたのは、他でもない神であり推しである千空様で、私を敵ではないとそうおっしゃって下さった。

 

「よぉ、久しぶりじゃねぇか茉莉。 バカンスは楽しめたか?」

「いやぁ、そこまでじゃなかったかな? 変なメンタリスト拾うし、刃物は向けられるし、昨日今日が一番のアトラクションみたいだわ」

「そうかよ。 んなことより拉麺食ったら手ェ動かせ、マンパワーがまだ足んねぇんだ」

「りょーかい。 頑張らせていただきまーす」

 

 緩みそうになる頬に力を込め、刃物を避けて必死に腕を動かし炉に空気を送るゲンと交代する。その時ラーメンを頼んだのはお前かと問い詰めれば、旅は道連れでしょとゲンはニコリと笑った。

 

「思ってたよりゴイスーヤバい人間だったわ、千空ちゃん」

「──これだけで? ならあさぎりゲン、今後腰抜かさないように覚悟しときなよ、ジーマーで」

「え、どういうこと?」

「そのうちわかるよ」

 

 あさぎりゲン変顔特集が組まれるほど、ゲンは千空に驚かされっぱなしになることはほぼ確定だろう。このくらいで根を上げてもらっちゃ困るのだ。

 

 

 

 

 筋肉の限界まで炉に空気を送り、ようやく砂鉄は溶けたところで私たちはへたり込む。

 達、というのは炉に空気を送っていた村の住人達を含み、推しと仲良く話しているゲンは含まない。

 ゲンはあの後私と交代することなく見ているだけ、流石に温厚な私でもイラッとするほど潔いやつだった。少しは労って欲しい。

 

 ふぅと一息ついて、そして漸く私は自分が置かれている立場に気がついた。

 千空のみならず見知らぬ部外者が二名増えて、そのうち一人は敵対する側のスパイ。

 だとすれば私に向けられる視線はあまり良いものではなく、コハクからは若干鋭い視線が、その他住民と金狼銀狼からはチクチクとした視線が突き刺さる。

 今更逃げ出したいなんて遅いだろうが、ゴイスー逃げ出したい。

 

「可愛い子たちと楽しく暮らせりゃそれでいい。司が死のうが千空ちゃんが死のうが、知ったこっちゃない、俺は誰を切ってでも勝ち馬に乗る!」

 

 だというのにこのメンタリスト、さらに私の立場を悪くするような嘘っぱちの言葉をはきだした。

 マジで勘弁してください。

 

 それに科学王国の方が可愛い子、多いと思うのだけども。推しである千空は勿論スイカとかコハクとか、筋肉バカのマグマだってそこそこバカ可愛い。親バカみたいな気持ちだが、みんな素直で可愛いこだ。

 

 なのでゲンの言葉を借りるならば、可愛い子の居るここで楽しく暮らして頂きたい。

 

 口に出して伝えることはないが取り巻きのように千空達を眺めて、ただ幸せを願うことぐらいしてもいいだろう。

 

 

 



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15 凡人、食いしばる。

 

 

「千空ちゃんVS司ちゃんでどっち勝たした方がオイシイのかなぁ? 俺はそこしか興味ないからさ、君らも本命はどっちが好みよ?」

 

 千空率いる科学的アイテムで発展はするが労働が過酷の化学王国。対して仕事は楽で男には嬉しいハーレムが作れる司帝国。女にとっては旨みのない条件なので結局は私は千空派になるのだけれども、もとより推し贔屓があるから無意味な選択とも思える。

 ハーレムという言葉に興味を示したゲンからスイカを遠ざけてチラリと視線を送ると、遠い目をしたゲンと今にもゲンに襲いかかりそうなコハクの姿があった。

 

「あさぎりゲンと言ったか? 貴様のように薄っぺらで身勝手な男はやはり殺すか幽閉するべきだ」

「やあ怖! ちょっと茉莉ちゃんも引いた目で見てないで助けてよ!」

「んー無理かな。 うん無理」

「こいつ司んとこに返さなかったらご本人降臨でソッコー詰みだろが!」

 

 対人戦を私がするとか思わないでいただきたい。それに何よりコハクが本気で殺しにかかったら既にゲンは死んでいただろうし、まだ対話の余地があるのだから気にすることもないだろう。

 嘘かほんとか分からないが怯えるゲンに他所に千空は笑い、そして100億%科学王国へ入りたくなる理由があるから安心しろと断言した。

 何だろうと小馬鹿にするゲンに対して落とされた爆弾は、それこそ核の如し威力だったのだろう。

 

「発電所」

 

 ピシリと空気が凍り、流石のゲンも声も若干震えているようにさえ感じられるほどだ。

 

「ジーマーで、イッちゃってんの?? いや、無理ゲーすぎるでしょ!!」

「──だから覚悟しとけって言ったのに。 あれくらい簡単にいうのが千空君だと覚えておきなよあさぎりゲン?」

「いや! 何で茉莉ちゃんはそんな普通の顔してんの? え? 驚く俺がおかしいのかな?」

「うん、おかしい」

 

 いやだって何様推し様千空様だよ。神だよ。3700年とか数えられちゃう人間だよ。脳の作りが違くてもおかしくはないでしょう。

 ため息を吐いてゲンを見ると俺がおかしいのかなと頭を悩ませるメンタリストが目の前にいて、ウケる。

 けど顔に出すことはしない。

 

 さて、製鉄も終わったとこだしさっさと帰るかと踵を返したところで、上空から目が痛くなるほど眩しい光が降り注いだ。それは現代人ならよく知る雷ではあるが、この村ではまだ『空の怒り』と呼ばれているほど馴染みのないもので、皆一斉に家のある方へと駆け出し逃げ出した。

 なので私もバレないように紛れて駆け出す。

 ゲンにさよならは言えなかったが、どうせ春になれば会えるだろうとは思っているし寂しくはない。

 

 それに何より私がここにいても出来ることはないし、言ってみればいてもいなくても一緒なのだ、居ない方が問題は起きることはないだろう。

 推しの元気な姿も見れたことだし、ほんの少しだけだが澱んだ気持ちも晴れた気もする。

 

 だから当分さよならだ。

 

 うっかりこぼれそうになる涙を堪えて駆け出して、何処かに雷の落ちた音だけを聞く。

 第二のツリーハウスに帰った時には既に辺りは暗闇に包まれており、急いで寝袋へと潜り込んだ。

 

 寂しくはない、辛くはない。

 私は大丈夫。

 

 そう呪文のように言葉を繰り返し、また一人の日常へと戻るだけ。

 

 その日から二、三日たった後の夜、南の空からとても美しい光がみえた。

 その光を目撃してしまった私は不意に足の力が抜けてその場に座り込み、たった一粒分の涙だけを流してしまったのである。

 

 

 

 それでも私の日常は続いていく。

 ゲンが現れたせいで投げ捨ててきた感情が私自身の敵になりつつあるが、気にしていたらキリがない。

 感情を殺し、当たり前のルーティンを繰り返し、春が来るのを待つ。それが一番大事なことだ。

 それまで一人でやる、大丈夫と心を決めていたはずなのに、それをあっさりと壊してくれやがったのは前回も私の合理的思想を打ち砕いた男であった。

 

「──み、水……」

 

 人の目の前で倒れ込んだのは怪我だらけの男は間違えようのないその人、あさぎりゲンで、そこで事情を察することができた。記憶ノートには記されていなかったが、たしかゲンが襲われる描写があったと脳内が告げている。

 本当に私の脳は役に立たないのだなと諦めにも似たため息を吐き出し、ゲンを背負って家へと運んだ。

 既に泥だらけになってる肌をぬぐい、ヨモギを練って作った薬もどきを新しく貼り付けて、水筒を口元へと運び水を飲ませる。一度むせたゲンの背中をさすり、落ち着くのを待って声をかけた。

 

「そんなに急いでどこまでいくのっても言っても、いき場所は一つか。 怪我人がウロウロすると獣の良い的になるよ」

「──そう、かもね。 でも行かなくちゃ……」

「そう、なら途中まで送ってくる。 ──ごめんね、あさぎりゲン」

 

 記憶が残っていてもいなくても、私は彼を助ける事はなかっただろう。こうして怪我の手当てをするだけで手一杯なのが悔やまれる。それなりの薬草の知識は覚えておいたが、医者でもない私にできる事は限られているのだ。

 

 痛みで唸るゲンに再度水を飲ませいったん寝るように言いつけて、髪をそっと撫でつける。それでもなお手に力を込めて立ち上がろうとするゲンと頭を抱いて動き止めて語りかける。

 大丈夫大丈夫と言い聞かせ歪な子守唄を歌い私の心音を聞かせれば、ゲンの体からゆっくりと力が抜けていき、数分も経たずに寝息が聞こえ始めた。

 

 その寝顔を眺めながら子守唄とか羞恥プレイしてんじゃないよと自分にツッコミを入れるも、やはり顔が良いゲンが悪いとすべて責任転嫁する。

 実際に悪いのは誰かなんて既に理解のできる範囲を超えていたが、少なくともゲンではないだろう。

 

「おやすみ、ゲン。 良い夢を」

 

 せめて私のような悪夢は見ませんようにと祈りながらもう一度顔のいい男の頭を撫でて、私もゆっくりと瞳を閉じた。

 

 

 

 

 翌日目を覚ますと直ぐにお湯を沸かし、そこに千空からちょろまかしたブドウ糖と塩を混ぜて簡易経口補水液をつくり水筒に入れる。この世界では皮水筒は洗いにくいし、水や酒以外を入れたら使い捨てになりそうだが、長距離を歩くなら水よりもこちらの方がいいだろうし消耗品だと諦めよう。

 その後うなされているゲンの塗り薬を貼り替えて、ついでに革の靴を履かせる。

 裸足でいるポリシーも結構だが、とりあえず今回の移動はこれを履いててもらうとしよう。その方が見てて私の気持ちが楽だし、これ以上怪我をされたくはない。

 

「あさぎりゲン、起きられる? とりあえず水でも飲んで大丈夫だったら行こうか? 無理なら明日に伸ばそう」

「──大丈、夫。 行こう……」

「ん、肩貸すからつかんで。 じゃあ行こうか」

 

 何も荷物のないゲンの代わりに私が必需品を持ち、半身でゲンを支えて森を歩く。有難いことに肉食獣と出会う事はなく、歩みは遅いが確実に司の元へと近づいてはいた。ゲンの怪我の様子を見つつ一日じゃきついと判断し、一度は野宿を決行。私は不眠症気味なところもあるので寝るのをやめ、ゲンだけを寝袋にぶち込んでポンポン叩いて寝かしつけることに徹した。けれどもこのメンタリスト、なかなか寝やがらないのである。

 

「体は休息を求めてるんだから寝なきゃ。 明日は司君のところに着きそうだし、体力温存してうまい具合に騙すんでしょ? って事で寝ろや」

「……ドイヒーだね、茉莉ちゃんは。 そういえば茉莉ちゃんに伝えとかなきゃならない事があったんだけどなぁ。 そんなドイヒーな茉莉ちゃんには教えてあーげない」

「そすか、じゃあ寝ろや」

「え、ちょっとは気にしてよ!」

 

 めんどくさい奴だなと顔に態度を出してみれば、ゲンは困ったようににこりと笑う。

 どうせその笑みも偽りなんだろうけれども、笑うまで体力が戻ってきたのは良い事だとしみじみ思う。

 仕方なしに何を言いたいのか問いただせば、今度は企んだようにニヤリとゲンは笑った。

 

「俺ね、聞いちゃったんだけど。 千空ちゃん、茉莉ちゃんのこと嫌いじゃないってさ」

「──まぁ、好かれてもいないだろうけど、それがドシタノ」

「ちょっとは喜んでよ。 嫌われてるって言ってたから一応聞いといたのにぃ。 ま、それはさておきさ、『マンパワー足んねぇからさっさと戻ってこい』だって。 だからもう、科学王国民になっちゃえば?」

「────うっせぇわ」

 

 おっとうっかり声のトーンが下がってしまった。

 しかしながらそんな事気にしていられない。

 一度深く息を吐いて、ゲンから距離を取る。そしてもう一度息を吐き出し、トイレと嘘ついて森の中へ身を潜めた。

 

 ゲンから私が見つからないように木の後ろに隠れ、再度深く深呼吸をする。

 そして両手で口元を隠し、声を出さずに盛大に笑った。

 

 推し様、神様千空様が私を嫌っていない!そして戻ってこい、だと!

 よくやったぜゲン、100億万点やるよ!

 何だお前も神だったのか!

 

 嬉しさのあまり叫び出したいが、声を出せないからつらい。

 でも幸せだからオッケーです!

 

 うん戻る。神の元へ戻る。今すぐ、は無理だけどゲンを送り出し次第マッハで戻る。推しが呼んでるなら私の感情なんてクソ喰らえ!

 

 必死に嬉しさを隠そうと何十回も深呼吸し顔の筋肉に力を入れ直してゲンのところへ戻ると、ほんの少し青ざめたゲンが私を見て小さく息を吐く。

 もしかして野生動物でも出て不安にさせたのかもしれないと罪悪感を抱いたが、今なら慰めてやってもいいと上から目線で微笑んだ。

 

「あさぎり、ゲン。 寝れないなら子守唄でも歌ってあげようか?」

 

 にっこりと、不安を和らげるような笑みを浮かべてみると、ゲンはにへらと笑ってお願いしようかなと答えた。

 なのでそこで私は子守唄を、団子の歌を歌いながらゲンの頭を撫でる。

 

 意外と可愛いところがあるじゃないかと思ってる事をゲンは知らないだろうが、君の推し度は上がったのだよと心の中で勝手に語りかけた。

 

「ねぇ、茉莉ちゃん。 子守唄?の歌詞が気になりすぎて逆に寝られないのだけれども……」

「んー、そう? ただの幸せを願う家族の歌なんだけどな。 じゃあやめる」

「──いや、止めないでいいよ。 おやすみ、茉莉ちゃん」

「んー。 おやすみゲン君」

 

 なんて馴れ馴れしく読んでみたが嫌がる素振りはなかったし、今度からはこれで行こうと決意した。

 

 フルネームって言いにくかったんだよね、実は。

 

 

 



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16 凡人、引かれる。

 

 

 

 

 

 

 ここまででいいよというゲンから靴を受け取り、木の影から見送った。

 記憶ノートを確認するとゲンとはわりとすぐ合流するようなので、物語の改竄がなければ司を本格的に裏切って科学王国の一員になるのだろう。

 

 戻る前に一応現状を確認しておこうと目を凝らすも、結局司以外の誰かに見つかるのが怖くてよく観察はできなかった。しかしながらぱっと見肉体的に立派な人間が復活しているように思われる。

 優しい世界を作るなんて某お兄様みたいな事を言っておきながら、このままでは結局武力で統べる、不公平政治が出来上がるだけだとは思わないのだろうか。

 武力を持つ人間は人より勝りいつかはきっと亀裂を生むというのに、夢みがちな少年の心しか持ち得ていないのだろう。まぁそこが可愛いところなんだが、それは客観的に見た時の話で実際に身近に起こるとそうは言ってられない。

 

 特に目ぼしいものは見つけられず、誰にもバレないようにそっと後退りし走り出す。

 なるべくここから離れた方がいいと理解していたし、早く戻って推しのお手伝いをしようなんても考えてもいた。全く現金なやつだと呆れられそうだが、私という人間が損得や合理的に動けない人間の代表的な例なのだと感じる。

 それもまた生物としての醍醐味とだと、脳の何処かで言い訳を作り出していた。

 

 

 石神村まではおおよそ二日。

 どんなに早く走ったとして、私の体力ではそれが限界値だろう。途中一度野宿をし、ついでに温泉に浸かって体の疲れと汗を流す。急いだところで推しは逃げはしないし、むしろついた時には奴隷の如くこき使われる未来が目に見えている。それにまだ若干、村に行くのを躊躇っている自分がいたのも確かだ。

 

 もう少しで村へ着く時どうしたものかと頭を悩ませていると、周りを確認する事が疎かになりこちらへ歩いてくる人たちと見事にエンカウントしてしまった。

 

「よぉ、漸くのお帰りか。 ちょうどいい、珪砂取り行くぞ手伝え」

「んー、会ってすぐそれっすか。 まぁいいけどネ」

 

 挨拶もなにもなく、当たり前のようにそう接しられたのならば私もそう対応しなければなるまい。可も不可も無い千空の対応に頬が緩みそうになるのを堪え後に続こうとすると、私に注がれる六つの視線に気がついた。

 それはコハクやクロム、スイカのもので私をまだ疑っているのだと馬鹿でもわかる。

 態々聞かれてもいないのに味方だよ!なんて言えないし、むしろ敵でも無いわけで、対応に困った。

 そのまま静止すること一分弱、呆れたような声音で千空が声をかけるまで気まずい時間は続いたのである。

 

「千空! ゲンが味方なのは分かったが此奴は何なのだ!」

「そうだぞ千空! コイツについては何にも聞いちゃいねぇ」

 

 あ、話されてなかったんですね、私の存在。

 いや、いいんですよ。逃げたの私ですし、悲しくありません。……半分嘘ですが。

 

 私の方からあらかたの事情を話すべきかと口を開くと、それをも止めるかのように千空は少なくとも敵では無いと二人へと断言してくれた。

 その行動に胸が躍りそうだったが、次の言葉で表情がストンと抜け落ちてまったのである。

 

「んで、茉莉。 テメーはこの先敵になんのか?」

 

 ウェーイ!何言ってんだろ私の神は。

 敵になる?私が?推し大好きな私が?

 神を崇め奉ってるこの私が?

 ないにきまってるだろうに。

 

 真剣な眼差しにふざけたことは言えないけれど、ここはきちんとした答えを返さないと真面目にコハクに殺処分される気さえしてくる。とりあえず顔に力を入れて、それとなく言葉を生み出した。

 

「コーラ一本」

「あ?」

「コーラ一本でそれなりの味方になるよ。 薄っぺらいかもだけど」

 

 それしか今の私には思いつきません。

 そして何より、千空先生が作るコーラが飲みたい、それが全てです。

 

「ということは君はこーらというもので敵にはならない、ということか?」

「んー、それは違うかなぁ。 むしろ敵ってどっからどこまでの名称でいってるの?」

「敵は敵ってことだろうが! そんなのもわかんねぇのかよ!」

「うん、わからないね。 私が司君のところに行く事を敵とさすの? じゃあそれが片付いたら何が敵になる? 人類70億人を助けないのが敵? 君たちを助けないのが敵? 一人で逃げ出すのが敵? 誰かを見捨てるのが敵? ねぇ、どれが君たちの敵なのか教えてよ」

 

 もし助けることを拒むことを敵とするならばもはや私は敵だし、逃げ出しちゃダメならやはり敵。今後誰かを見捨てる可能性は大だから、確実に敵になってしまう。

 敵として扱われるのならば、いっその事ことこの話を無かったことにしてくれても構わないのだ。

 さぁ、答えをくれと二人を見つめるとクロムは困ったように焦って目を逸らし、コハクまでも目を細めてうんうん唸っていた。

 

「敵の定義なんてどーでもいいわ、興味もねぇ。 今後敵味方かでお話し合いすんのが面倒だからカテゴリ分けしたかっただけだわ馬鹿共が。 茉莉は味方ならマンパワーが増えて作業が楽になる、それでいーじゃねぇか」

「そ、そうなんだよ! 味方ならそれでいいんだよ! ね、千空!」

「嗚呼、さすがスイカ様だ。よく分かってるじゃねぇか」

 

 喉を鳴らして笑う千空と何故だか飛び跳ねて喜ぶスイカ。その二人を眺めてるだけでお腹いっぱいになりそうだけれども、やはり言葉にしなくちゃ分からないものあるわけで。

 先に歩き出す千空の背中を眺め、そして意を決して私はコハクとクロムの手を取った。

 

「もしかしたら私は君たちの敵と呼ばれる存在にはなるかもしれないけど、一つだけ確かなことは言える。 私は"千空"の敵にはなれないよ、絶対に」

 

 それだけは約束する。

 小声でそう告げて千空に追いつこうと足を動かした。

 

 私は多分、コハク達の敵にはならないと思う。

 でもそれは私だけの考えで、全てを理解していたとバレた時敵とみなされないとは限らないのだ。バレないように細心の注意は払っているつもりだが私は馬鹿正直なところがあると自覚しているし、メンタリストが仲間入りした後は墓穴を掘らない自信がない。

 だからせめて、絶対的に千空の味方であることはアピールしておかなくては。

 

 この世界は私の知るかぎり、彼を中心としたものだと私は勝手に思っている。推しがいなければ成立しない世界だからこそ、私は誰かの命を危険に晒してでも神の判断には従うつもりでもある。その結果誰かに責められるかもしれないが、それはこの先の未来に生きる自分に押し付けよう。

 

 今はただ、問題を後回しにして生きることを私は優先したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロムの案内で山に登り、珪砂をカバンいっぱいに集めることで一日。それをすり潰し、レンズを作るために炉に空気を入れる事を一日。

 三人が四人になったところでそれ程仕事量は変わらなかったが、少なくともミジンコ体力の千空よりは役に立てたと思いたい。

 だがしかし、珪砂を溶かすために炉の温度を上げるための空気を送り続ける夜、推しと推しカプの片割れと私で一夜過ごすわけで、無言が辛い。

 ちったー浮ついた話を聞かせて欲しいのだけど私から会話はふれないし、ほんとに辛い。

 

 無言の状態が辛く俯きながら必死に腕を動かしていると、何やら千空がクロムへ耳打ちをし私はクロムと交換する形で千空の元へ呼び寄せられた。

 

「茉莉、テメーに仕事だ」

 

 そう言って渡されたのは何かの設計図と思われるもの二枚。

 一枚は竹と紐を使ったもので、もう一枚は家のようにも思える。これは何かと問えば研磨器だとあっさり答えてくれた。

 

「杠までとは言わねぇが、少なくともテメーの方が俺より器用だろ。 頼んだ」

「ワォ、まさかそうきたか。 まぁ、設計図あるから頑張ってみるけど……。 で、こっちはラボかな、なんて?」

「嗚呼そうだ。 前作ってあった小屋みてぇのでいい」

「んー、それはちょっと無理かな。 あれ作った時は保存庫にしようとしか考えてなかったわけで、ラボにするとしたら脆くない? それに今度からはそこのクロム君も一緒に実験するとなると、ある程度の大きさも必要だよね。 危険な薬剤も作って使って保存することを考えると誰かの力を借りてそれなりの作った方がいいよ。 ついでにモルタル用の石灰、まだある? 強度つけるために壁に塗りたい」

「あー、もー全部テメーに任せるわ。 石灰も心もとねぇからそれも頼む」

「りょーかい。 ──それで一つ気になってたんだけど、何故クロム君は私をガン見しているのでしょうか?」

「そりゃテメーがいきなりお喋りしだすからだろ」

 

 私がお喋りなのは推しに名前を呼ばれてテンションが上がってるからですが何か問題でも?

 

 首を傾げて意味がわからないと態度で示してみれば、千空は面倒くさそうに小指で耳をかく。そして指についたゴミを吹き飛ばすように息を吹きつけ、そして気にしなくても問題ねぇとだけ私へ言った。

 そう言われてそうですかと答えればいいものを、私は気になってクロムへと視線をむける。すると私を見ていていたクロムの視線と私の視線が交わり、何となく気まずくなった。

 

「……今の今まで話してねぇ奴がいきなり饒舌になりゃ現代人でも引くだろうが」

「あー、なるほど。 引かれてたのか、ならしゃーないな、さーせん。 今後は必要最低限のさらに低限にしかお喋りしないようにするよ」

「あ? 面倒ごと増やすんじゃねぇよ。 そのうち慣れるだろ、ほっとけ」

「……んー、りょーかい」

 

 あれだなあれ。

 オタク特有の得意分野の時にいきなり饒舌に話し出す奴。確かにあれは引かれる行為だわ。

 戸惑っているようにしか見えないクロムに悪かったなと思いながらも私は木の下に身体を丸め、早めに休ませてもらう事にした。

 とは言ってもテンション上がって寝れないので、ただ目を瞑っているだけなのだけれども。

 

 真夜中まで続く作業と会話に耳を澄ませ、私はただニヤけ顔を隠し通していたのである。

 

 

 

 

 

 



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17 凡人、笑う。

 

 

 

 ぐぬぬ、と設計図と睨み合って作った研磨器は三代目。一代目二代目の不備を調整してようやく出来たものを千空へと手渡した。

 

「おありがてぇ、これですぐにでもレンズ加工に取りかかれるわ」

「んー、じゃあ私は次の作業を開始するわ。 また何かあったら呼んで」

 

 バイバイと手を振って、用意されていたカゴを背負って海まで向かう。

 多分村を囲っている湖にも貝はあるだろうが、海の方が確実に量が取れると思うので向かうのだ。断じて視線が怖いから離れたいというわけではない。

 

 一人でテクテクと海へ向かい着いたら砂浜に転がっている貝殻を拾い、飽きてきたら砂地を観察しながら某寄せ集めで掘り出し探す。

 生きている貝は革製のバケツに海水と投げ入れて、食用にも回す予定だ。

 

 流石に肉ばっかだと飽きるしね。

 

 ある程度集まったら村へと向かうのだが、いかんせん行きよりも重さがあるわけでひと苦労だった。ストーンワールドで目覚めてから約4年、その間に筋肉はついた方だと思うがまだまだ弱い分類に入るのだろう。

 つきたくなるため息を我慢し足に力を込めて村へと戻ると、すでにレンズは完成していたようで千空達の姿はなかった。

 

 

 一人ならばちょうどいいと炉から炭を拝借し、砂抜きが終わった貝を一度水で洗って真水とともに土鍋へ入れたら塩を加えてぐつぐつ煮る。醤油なんてないからどうしたって薄味にしかならないが、それでも美味いアサリ汁の完成である。まぁ、アサリかどうかはしれないけれども。

 

「うまー、生き返るわぁ。 やっぱ海鮮はいいよね、貝殻も手に入るし一石二鳥」

「ククク、なら俺たちも手伝ってやろうじゃねぇか」

「え? お帰りはやくない?」

 

 モグモグと頬張っていると推しである千空とその仲間達、つまりはクロムとスイカが私と鍋を見ていた。千空はともかくクロム達からしたら然程珍しい食べ物ではないと思うのだが、食べたいというなら仕方ないと少しづつ分け与えてあげればあっという間に貝殻だけが出来上がる。それを水洗いし拾い集めた貝を砕いていると、いつの間にかトンカチを持ったスイカがお手伝いするんだよーと作業を手伝ってくれたのである。

 

「スイカはね、誰かのお役にたちたいんだよー!」

「んー、すごく役にたってるわー。 助かるー」

 

 なんて、むしろ側にいてくれるだけでテンション上がって効率よくなりますわ。

 あぁ、『なんだよ言葉』可愛いじゃないか。

 

 ニヤニヤしようになるのを必死に堪えているとその日の作業は呆気なく終わってしまった。非常に残念である。

 

 だが翌日は朝から千空に手を貸せと言われたので喜び跳ねて頷いた。

 実際は跳ねてはいないけど、そこそこいい笑顔になっていたに違いない。

 

「ククク、楽しいガラス細工教室のスタートだ!」

「おぅ、ガンッガン作ってこうぜ!」

 

 そう言って千空は黒曜石をあぶって発泡体を生み出して、それを土で作った窯に塗りたくり専用の窯を作る。

 ちなみにこの作業をやらされたのは私とクロム。

 次に竹2本を使って鉄のストローを作るのだけれど必要な竹の採取は勿論私で、いい感じの神の奴隷になっている。

 

 はっきり言って一人での作業は飽きていたから嬉しいです。もっとこき使ってください、お願いします。

 

 なんて口には出さなかったが、正直こころが踊って仕方なかった。

 そしてガラス細工の最終作業、吹き付けだ。

 何度かテレビで見たことのあるこの作業、見てるだけで楽しくて仕方がなかった。

 

 左藤茉莉という人間はこのストーンワールドで生き抜く事を前提に幼少期を過ごしてきた。サバイバル知識を身につけたり陶芸したり獣を狩ったりと、何かに打ち込む事を好き好む人間だとも言える。

 故にこう言った打ち込める作業大好き人間に育ってしまったわけで、他人が面倒とする作業が大好物なのである。

 

 グニャグニャとガラス細工として原型をとどめていない千空とクロムの作品を見てもなお私の創作意欲は消えず、渡された鉄のストローを持ち炉の前へ。

 ガラスを溶かしフゥッと息を吹き、ゆっくりと丸い球を作り上げていく。が、呆気なく形は崩れやはりゴミのような作品にしか出来上がらなかった。

 

「ククク、まぁ最初はこんなもんだ。 ──茉莉、テメーならどんくらいで習得出来る」

「んー、私一人じゃ何ヶ月もかかるだろうね」

「何ヶ月!!あんま悠長にしちゃいらんねぇぜ!」

「ルリ姉の容体も心配だしな」

「ガラス職人じゃねえんだ。 トライ&エラーしかねぇだろう」

「むしろ職人呼んでこいよクロム君。 早く呼んでこいよクロム君。 村に一人ぐらい居んだろクロム君。 さっさと行け!」

 

 うっかり正気を無くして声やや荒げてしまったが、クロムは村の方へ走っていってしまったのでそんな問題はないだろう。

 それよか私がヤバイ。

 やばいやばいゴイスーヤバイ。ガラス作り超楽しいですけど。

 早くできる人呼んで教えを願いたい。

 復活して約4年。娯楽といえば推しを眺めることしかなったが、ようやくここでそれ以外の娯楽が生まれたのだ、嬉しくないわけがないのである。

 別に推しを眺めるのがつまらないわけではないが、最近はお腹が痛くなることが多いのでちょっと目を逸らすのも必要かな、とは思ってはいるが。

 

「茉莉、ものづくりは楽しいか?」

「……楽しい。 作ってる間は嫌なことも忘れられるし思い出すこともないし。 だから千空君、私もガラス作りしてもいい?」

「──元からその予定なんだよ。 テメーならなんとかこなせんだろ、任せた」

「りょーかい!」

 

 推しに任された嬉しさと、娯楽の勃発についに頬の筋肉は崩壊した。がしかし、それを見てしまったのであろう神の目が見開いたので、すぐに真顔に戻しました。

 ニヤけ顔見せてサーセン。

 

 

 そのあとクロムは村から一人のお年寄りを縄で拘束して戻ってきた。

 職人の技を借りたいんだと頼み込むクロムに変態プレーなどと言ってのけたご老人に、何故そんな言語も後世へ残してしまったのだとと創設者にお聞きしたい。

 

 私が状況に見合わない思考をしているうちに淡々と話は進み、いつの間にやら千空とクロムがカセキへとガラス細工の工程を見せつけていた。ただ失敗する過程を見せられるのはカセキにはとても辛いようで、縛られていない足だけがピョンピョンと地面を蹴る。

 そしてモヤモヤとしていたカセキの気持ちは推しの一声で打ち破られた。

 

「ククク、もの作り一筋の男がよ、ガラス細工なんつうヨダレ垂れまくるもん目の前にしておとなしく座ってられるわきゃあねぇよなぁ?? カセキの爺さんよ……!」

「くぅ! 全く見ちゃおれん!まんまとのっちゃうわいもう! ワシに造らせろ……!」

 

 ぶちぶちとロープの切れる音と共に、曝け出されるのは鍛えられた肉体美。

 年を感じさせないその筋肉に思わず息を呑んだ。

 

「おおおおぉぉお!」

「マジか、その筋肉──」

 

 私達と同様にガラス細工なんて初めてなカセキは、それを感じさせない動きで工程を進めていく。

 スイカに指示を出す様も決まっていて、根っからの職人なのだと感じさせた。

 

「ヤベー!すげぇ……。 カセキの爺さんだってガラス見んの初めてだろ?」

「ククク、工作自体の年季が違うからな。 いつの時代にもいるってこった、黙って人生仕事に捧げて生きてきたホンモノのウデのオッサンがな。 それが一番わかってんのがテメーだろ」

「──うん。 あの人、カセキの爺さんは本物だ。 私が知ってる爺さん達とよく似てる。 うん、これで満足のいくラボも作れるわ」

「おお、そりゃおありがてぇ。 で、何やらかしてくれんだ茉莉様はよぉ」

「宮大工でつくりたい」

「あ"? 予想の斜め上いきすぎだろうが!」

 

 作りたいだけで作れるとは言ってないのだけれども、それなりに推しは驚いてくれたようである。

 

「知識だけはあるんだ、継手とか。 ただ作ったことないから上手く説明できるか不明だけど二、三ヶ月時間かければ作れるかもしれない」

「だからそんなに悠長にしてらんねぇって言ってんだろが! 千空、こいつ馬鹿なのか!?」

「──いや、馬鹿ではねぇ、と思いてぇ。 茉莉、宮大工は後で作らせてやっから、今は適度に丈夫なラボだ」

「んー、了解」

 

 まぁ、作れるとは思ってないなかったからそこまで残念ではない。

 

「──どうせそのうち家やら船作るだろうし、その時でいっか」

「あ?」

「なんでもないよ。 さて、カセキ先生に教えでも乞おうかな」

 

 このまま物語が進めば科学王国は司帝国に勝ち、住処も発展するし船まで作るのは確定だ。ならその時にカセキの力を借りてチャレンジすれば良い。

 今のうちにカセキから盗める技術を盗み、船を見送ったらものづくりに精を出すのが良いだろう。

 

 どうせ私は船には乗らないし、乗れない。

 

 なるべく関わりがないところで少しでも楽して暮らせる術を学んでおくのが良いことなのだと、ひっそりと決意した。

 

 

 



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18 凡人、不謹慎。

 

 

 

 流石に一人では作る気がしなかったラボの製作だが、カセキが加わったことにより大いに捗る結果となった。

 無論カセキだけの協力ではなく、コハクやクロム、体力ミジンコの推しまでが手伝ってくれたからなのだが。

 

「──にしても、あのこの筋肉はどうなっているんだ?」

「あぁ、コハクはゴリラだからな。 そっか茉莉は見んのはじめてだったかっ」

 

 クロムがゴリラと発言した途端顔スレスレに材木が飛んできたのだが、気のせいだと思いたかった。

 

「クロム、聞こえているぞ!」

「んー、サーセンコハクちゃん。 でも私は無罪です」

 

 筋肉が気になった程度で死にたくはありません。

 

 黙って仕事をすることが得策だと認識し私はカセキの隣まで下がり、作業を再開する。

 ラボ制作に宮大工は無理だと言われてしまったが、継手のことをカセキに話すと喜んで取り入れてくれたのだ。故に私はその隣で技を盗むためと、助言をする為にカセキに引っ付くことが多い。

 ここはこんな感じか?と聞かれれば頷く程度で、本当にカセキの職人的能力は凄まじいものであった。

 

「茉莉ちゃんは知識豊富なんじゃの、ワシ、こんなの思いつかなかったもん」

「んー、知識があっても使えないから役に立たないんだけどね。 それにそれを作れるカセキのお爺ちゃんは凄いのよマジで。 って事でこれから技術を盗ませてねぇ」

 

 トントンと屋根となる部分を叩きながら会話をし、そばにいることの許可をもらう。

 ラボがある程度出来たら次はガラス細工加工に取り掛かり、私はカセキの隣でずっと眺めていた。

 千空たちもやることがあったようだが、特に私を呼ばなかったし、こうやって学んでいても文句はないのだろう。

 いや、推しの場合は職人二人いりゃ儲けもんだ、むしろ覚えさせとけとも考えていそうだ。

 

「ほい、つぎは茉莉ちゃんがやってみぃ」

「ハイ、頑張ります」

 

 鉄の筒を持ちガラスを溶かして整形していくも、カセキのようには上手く作り上げることは出来ない。二度三度で上手くいくほどガラス細工は簡単ではないのだ。

 ずっと炎を見ていると目がチカチカしてくるし、乾燥してゴロゴロと痛む。千空に頼めばサングラスもどきも作ってくれそうだけれども我儘を言ってる場合ではない。それに火加減がちゃんと見えていないと加工自体失敗しそうだ。

 

「あー、こんな事ならガラス細工にも手ェ出しときゃよかった」

 

 そう言ったところで後の祭りだが、本当にいろんな知識を詰め込んで経験しておくべきだった。

 結局ラボに収める試験官やらビーカーなどのガラス製品はカセキが作り、私が作ったのはそれを収める棚と机の基礎、ただそれだけ。全く役に立てなかったなと小さくため息をついた。

 出来上がったラボに千空たちを呼ぶとクロムは喜び腕を上げ、千空は懐かしそうに室内を眺めていた。

 

「おぅ、なんだどうしたよ千空! ついにラボゲットしたんだぜ、もっと喜べよ!!」

「──あぁ、めでたいめでたい。 こっからが化学の夜明けだ、いよいよ豪華になってきたじゃねぇか! 司ランドよか100億倍楽しいアトラクションがいっぱいの科学王国がよ……!」

 

 そう言い切った推しはとてつもなくカッコいい。

 だがしかし私的には司ランド発言が面白くて仕方なくて、必死に顔をキープすることに必死だった。

 

 あの司が丸い耳つけて「ハァーイ!俺は獅子王司だ、うん。アハハ」と某ネズミキャラの如くアピールしている司ランド。それなら行ってみたいものだ。

 

 

 

 ラボが完成してからは私はひたすらガラス細工に精を出した。

 素材である珪砂にも限りはあるわけで基本自分で作ったガラス細工を割って再利用し、満足いく製品ができた場合にのみカセキへ見せに行く。そこでダメ出しされたら叩き壊してリトライ。

 見事なトライ&エラーの繰り返しだ。

 

「茉莉、だったか? 貴様は女だろう。そこまでする必要があるのか?」

 

 私にそう問いかけていたのはルールの化身、金狼様だ。

 女だから何なんだと思うも、たしかに村の人間からすれば私のような存在は珍しいのかもしれない。コハクはともかく、女の役割は結婚して子供を成すこと。故にこのような作業を進んでするものは居なかったのだろう。

 

「私達が育った時代では女も男も関係なくやりたい事を好きなようにやってたんだよ。 まぁ、やっぱり金狼くんのように女は家、てきな男尊女卑的な考えはあったけど、それでも自由にやれてた」

「だとして、今は貴様の時代とは違うのだろう? なら何故そこまでする」

「そんな分かりきったことを聞かないでよ、生きるために決まってるでしょ。 何もできない人間は誰かに縋って生きるしかないの、そんなの私はお断りだ。 少なくとも今後科学がある程度発展するまで、一人で生きていけるくらいには色々経験しておかないと」

 

 てか、何故部外者の私を金狼が気にするのだろうか?

 ルール的には私はアウト判定をもらってるわけだし、そこまで気にすることはないはずだ。むしろ何故ここにいる?もしかして気にされるということは一目惚れされた?

 いや、それだけはないな。ボヤボヤ病だし、第一そうなる印象は与えていない。

 という事は千空と同じ時代を生きていた人間が気になるという事だろうか。だとすれば千空に対してはすでに好印象だと判断していいのかもしれない。

 

「──私のような女でも金狼くんのように不備があっても、科学は人を平等にする。それは千空君をみてりゃそのうちわかるし、そうなれば女も男も関係ないって分かるよ。 それまでは疑問に思ってればいいんじゃない?」

 

 当たり障りのない言葉だけを伝え、私はまたガラス細工に夢中になった。

 考え事をしたくない時は何かに夢中になることが一番の逃げ道だと私は思っているからである。

 

 だからだろうか、意味深な顔をする千空とコハク、怯える銀狼が帰ってくるまでそこにいないことに気づいていなかった。

 それならより一層金狼がここに来た理由が気になるところだが、余所者である私とカセキが一緒にいる事が気になってきた、というのが正解だろうか。

 作業する人間がほぼいないのに炉からはずっと煙が出てたしカセキのコトを心配してきたのかもしれない。

 

 しかし今更そんなコトを気にしたところでどうしようもないと一度息を深く吐き、真剣な表情をする千空達への元へと足を向けた。

 

「その硫酸っつうの抜きじゃルリの万能薬は作れねぇのかよ?」

「無理だな。 そもそも硫酸源を確保しねぇと今後の科学もどん詰まりだ」

「やはり強行突破で組むしかないな。 姉者を救うためなら命などいくらでも賭ける! 私のスピードならば──」

 

 一人で勝手に硫酸の場所へ行こうとするコハクの歩みを止めたのは千空の左手と私の右手。

 千空は過去の事後死亡例を語り、私はそれに頷く。

 

「自然様がその気になりゃ人間なんぞ瞬殺だってこった。 コハクが超スピードとかそういう次元の問題じゃねぇ」

「それに硫酸が肌についたら火傷じゃ済まない。 それこそ一生の傷をおって、それをみたルリさんは喜ぶとでも?」

「しかしならどうするんだ、千空、茉莉! 私は絶対にルリ姉を……」

「決まってんじゃねぇか。 作るんだよ、ガスマスクを!!」

 

 千空の一声で次の作成物が決定する。と同時に私は千空に必要なものを集めてこいと指示を出された。

 

「──竹、ね。 サイズは背負えるくらいでいいのかな」

「嗚呼、頼む」

「りょーかい」

 

 すぐに製作図を生み出しカセキに伝える千空に背を向け、私は森へと向かう。

 だけどもどうやら一人というわけではなく、後ろにはコハクが控えていた。

 

「……茉莉一人では竹のある場所はわからないだろう? 私も行こう」

「んー、アザース」

 

 にっこりと笑って私はコハクの後ろを歩く。

 その間は無言だ。彼女なりに今の状況が良くない事は分かっているのだろう。とは言っても私からかける言葉なんて一つしかないわけで、でもそれを言うのは気が引ける。

 きっかけがあればなと頭を悩ませていると不意にコハクが立ち止まり、私の方へ振り返った。

 

「千空は、姉者を助けられると思うか?」

 

 そう尋ねるコハクの顔は真剣で、やはり他人である千空にルリの命を預けている事が不安なのだと思う。だって彼女はまだ十六の女の子で、科学なんて存在すら知らなかった子なのだ。いくら千空がこの時代にない知識を持っていたとしても、それが可能だと胸を張って誰かに言える自信なんてないに違いない。

 ならば私に言える言葉はすでに決まっている。

 

「救うよ、千空は。 ルリさんも、石神村の人間も、石化した70億人も、全部救う。 千空が今目覚めたのには意味があると、私はそう信じてる。 君が信じなくても、私は、千空だけを信じてる。 だから大丈夫だよ」

「っ茉莉、君は何故村の名前を──? だが今はどうでもいい、千空が救えると茉莉は信じているのだな。 なら私も、千空を信じよう」

 

 ……うっかり言っちゃいけないことも言ってしまったお口を恨みたい。

 

 だがコハクは少し落ち着いたように見えた。

 信じるのには強い思いや根気がいる。同じ思いの人間が一人でもいれば、少しは気が休まるだろう。

 是非とも今言った言葉の一部は忘れて欲しいものだが、そんなこと言える雰囲気ではないので取り敢えずニコリと笑っておいた。

 

 

 

 

 

 そしてその日の夜になる頃には一つのガスマスクの一部分の製作を終わらせることができた。これも職人カセキ様がいるおかげなのだろう。

 

「おぅ、次は俺のマスク……」

「あ"ーそれはいらねぇ。──クロム、テメーは硫酸採集にはもう行かねぇ、ここに残れ」

 

 その言葉の意味がすぐに分かるのは私に知識があるからだろうか。その言葉は私の心をまた締め付けて、呼吸がし辛くなったことだけは確かな事実だ。

 もし万が一、自分が死んだらルリは救えない。今まで引き継がれてきた知恵も何もかもがそこで途絶えてしまうと彼は思っているのだろう。

 だからこそ千空は万が一に備え、クロムに全てを引き継ぐ気でいたのだ。

 

「千空が死んだ時のために俺はお留守番か」

「ああ、科学の知識を継いでから──」

「継がねぇよ、そういうことならな」

 

 だがしかし、そんな都合の良い話はない。

 クロムからしてみればそんな話を受け入れられるはずがないのだから。

 

「これで友達が死んでもOK!、そんなプランに手ェ貸す気はさらさらねぇってことだよ……! おぅ残念だったな、俺が知識を継がねぇもんだから千空、テメーがくたばったら科学はゲームオーバーだぜ! 100億%!! 生きて戻んなきゃなんねぇんだ! 千空、テメーはよ!!」

 

 

 嗚呼、この熱い決意。とても良いですご馳走様です。これがみたいために今日はまだ寝たふりしてなかったんです。

 

 一人場違いな思いを抱いている馬鹿がいるとは知らず、クロムは千空へと思いをぶつけていく。

 その度に頷きそうになるも私は耐え抜いた。

 

「俺がテメーを護ってやる? じゃねぇんだよ、違うだろセリフがよ──!」

「あ"ぁ、テメーのせいで作んなきゃなんねぇガスマスクがひとつ増えたじゃねぇかクロム。 俺にテメーの命を預けろ」

「おぅよ!! 千空、そっちもな──!!」

 

 

 嗚呼、尊い尊い。

 ヤバス、尊い。ご馳走様です。

 命のやり取り中なのに申し訳ありませんが、ご馳走様です。

 

 ニヤけそうになる顔を隠すように膝に顔を埋め、私はいつも通りに不釣り合いで不謹慎な思いだけを抱いていたのである。

 

 

 



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19 凡人、役立たず。

 

 

 

 

 翌る日、私の体は不調を表していた。

 ああ、そういえばそろそろだった気がすると原因がすぐに思い浮かんだが、私の場合、ストレスでずれ込む事が多いので気にしてはいなかったものだ。

 

「──今日一日、もてばいいなぁ」

 

 なんて独り言を吐き捨て、ガスマスク作りに加わった。

 作業は割と簡単で竹を蒸し焼きにし、それに炭酸カリウムを入れてあとはひたすらすり潰すだけ。あまりに簡単な作業なのだが、今日に限り私には少しつらい作業であったようだ。

 

「……茉莉、大丈夫か、顔色が悪いぞ? ここは私たちがやるから少し休んでいたらどうだ?」

「んー、まだ、平気。 これ終わったらお言葉に甘える」

 

 私を心配するコハクの言葉に小さな声で返し、ゴリゴリとひたすら炭をすり潰す。徐々にお腹や背中の痛みが現れ、体も怠くなってくるのが嫌でも分かる。だがしかし、せめてこれくらいはどうしても手伝いたかったのだ。

 私は硫酸を取りにいけないし、いけたとしても役に立てるとは思えない。これは私みたいなモブが同行できる問題ではない事が分かりきっていたし、助けが必要だとしてもそれは私ではない。

 だからせめて、ガスマスク作りだけは手伝って命の危険を減らしておきたい。これくらいならモブが手を出したところで大幅な改変が起こることはないだろう。

 

 最後に濾過装置にすり潰した炭を入れればガスマスクは完成で、私は完成した事を確認したのちみんなから離れた木の下に身を丸める。

 キリキリと痛み出した腹にイライラすると同時に、私特有のマイナス思考が沸々と湧き出てきて嫌になった。

 自分の思考と不調で苛々としながらその場に横になり、丸くなる。早い段階でこの場から抜け出し排出されるものに備えなきゃならない事は分かったのだが、体がうまく動かない。

 面倒くさい、嫌になる。このまま消えてしまいたいとぎゅっと目を閉じて息を吐いた。

 

 ふと、あれだけ私を照らしていた太陽が隠れてしまったのかのように、目の前が暗くなった。これはなんだと顔に被されたものを手に取ると、お馴染みの毛皮布団ではないか。

 いったい何故ここにと首を傾げると、頭の上から声が落ちてきた。

 

「辛ぇなら体冷やさず丸くなってろ。 それとホラ、これでも飲んどけ」

「んー? んー、ん」

 

 渡されたのは千空先生特性の漢方薬と、お湯。お湯ははちみつが入っているのか、ほんのりと甘い。

 

「無理な時は初めっから無理って言え。 その方が合理的っつーことぐれぇテメーも分かんだろ。 取り敢えず働くんじゃねぇぞ、いいな」

「んー、ごめ。 ありがとー」

「なんかあったらコハクにでも言えよ。 同じ女なんだ、なんとかしてくれっだろ」

「んー、りょかーい」

 

 面倒くさそうにそう言った千空はクロムを引き連れて硫酸を取りへ向かい、残ったコハクは好奇心で瞳を煌めかせながら私の方へと近寄ってきた。

 どうしたと問いかける声に生理痛といえば頭を傾げられ、仕方なしに女特有の月のものだと答えれば納得したように頷く。

 変態プレイという言葉が伝わってるなら生理痛という単語も後世に伝えて欲しかったが、残った子孫がほぼ外国の血を引いているなら仕方ない事かと諦めた。

 

「薬飲んだ、から、気にしなくてオケー」

「そうか? あっちで金狼に稽古をつけているから何かあったら言うんだぞ? にしても、千空にも人に気を使う精神があったとはな」

「センクー、もとより、優しい」

 

 そうとだけ言葉を返し、しばらくの間目を瞑ってコハク達の稽古の音だけを聞いていた。

 

「おかしいよ、千空もクロムもさぁ。 怖いに決まってるじゃんよぅ、死ぬかもなんだよ?? あー、やだなぁ! ホント! ああいうの、ただのムボーなのに勇気あるぶっちゃってさぁ!」

 

 千空達がいなくなってそれほど立たぬうちに、そう悪態つく声が聞こえた。

 むくりと毛皮から顔を出して見てみると、銀狼が寂しそうに膝を抱えて落ち込んでいる。私が声をかけようか迷っているとカセキが銀狼の怯えを庇うように、怖さは弱さではないと呟いた。

 

「むしろ怖がりは長生きの秘訣じゃ! ジジィが言うと説得力ビンビンじゃろ? ワシも怖がりじゃった! 皆だって内心実は──。 怖がりじゃない人間などおらんよ」

 

 カセキが銀狼に向けた言葉だと言うのに、その言葉は私の心にも響く。

 恐れている事、怖がっている事が悪いとではないのだとずっと誰かに言われたがっていた。これが間違いではないのだと、私は誰かに肯定してもらいたかった。

 きっと銀狼の抱く怖さと、私の持つ怖さ。全くもって違う性質だと分かりきってはいたが、確かに私の心もカセキの言葉は軽くしてくれたのである。

 

 未だキリリと痛む腹を撫でわたしはゆっくりと立ち上がり、荒く息を吐き出しながら二人に近づいた。

 

「じゃが大切なもののために、理屈と心で! 恐怖に勝とうとしとる。 よう知らんけど、ワシにはそう見えるのぅ。 ──おっと! うっかり勢い余ってガスマスクもう一個つくっちゃったわい。 とくに使い道もないし、ここに置いとくかの……」

 

 そう言って銀狼の見える場所にカセキはガスマスクを置き、彼に背を向ける。

 全く、わざとらしすぎだろうと口角がめずらしく緩んだ。

 

「──ギンロー」

「……茉莉ちゃん?」

 

 滅多に人に話しかけない私が声をかけた事に驚いたような顔をする銀狼に、私は苦笑いをする。こんな反応される事は予想していたが、全て身から出た錆だ。

 弱さを盾にして何も行動しなかった、私が悪いぞ。今後も動きすぎる事はしないだろうが、今は少し、役に立ちたい気持ちの方が優っている。

 それはきっと、さっきのカセキの言葉のお陰だろう。

 

「私はね、ギンロー。 弱くて、怖いから、何もしないことを、常に、選んでいる。 でも結局、何も出来なくても、怖いんだ。 生きてるようで、死んでる気分。 君は、そうならない方がいい」

「──僕は」

「大丈夫だ、ギンロー。 心さえ強く持てれば、誰だって、君だって大丈夫──っ」

 

 と。ここまで伝えたところでぎゅっと腹の底が縛り付けられたのかのように痛み出す。膝を抱えまた丸まれば、大丈夫と言って銀狼が私の背中を撫で、遠くからこちらを伺っていたコハクが走ってきて私を横抱きにした。

 

「無茶をするなと言っただろう茉莉! 全くもって君というヤツは!」

「ごめー」

「話さなくて良い! とにかく休んでいろ」

 

 更なる迷惑をかけてしまったなとため息を吐きそうになるのをグッと堪え、コハクに運ばれながら銀狼へと視線を向ける。

 彼は私を見ていたが、最終的には何かを決意したかのようにガスマスクを抱えて走り出す。

 なるようにはなると知ってはいたが、やはり目の前で見ない事には安心する事はできない。

 

「──みんな、強いなぁ」

 

 小さく呟いた言葉はコハクには聞こえてしまったようで、チラリと視線を向けられたが問い出される事はなかった。

 

 

 コハクに運ばれてそっと降ろされたのはラボの隣のよく日の当たる場所だった。

 そこにはすでに草や毛皮が敷かれていて、既に寝れる準備が整っている。

 何故こんな準備がされているのだろうとボォっとする頭で考えていると、千空だ、とコハク言った。

 

「茉莉は気づいていなかったのだろうけれど、千空がせっせと作ってから出かけていったんだぞ? 動かすのは辛いだろうから、立てるようになったら此処に寝かせとけとも言っていたな。 捨ててもいいものを使ったから気にするなとも言ってたが、あの時は意味が分からなかったが茉莉が月のものになっていたのなら理解もできる」

「んー、ありがとー」

「礼なら千空に伝えるといい」

 

 分かったと、そう言って新たな寝床に寝転び、体を丸める。本当ならば村ではどうこの滴るものを処理するのだと聞いておきたいが、今はそれどころじゃない。

 後で聞いておこうと頭の隅に考えをメモして、私はまた眠りにつく。

 

 

 それからどれだけ経ったかは分からないが、賑やかな声で私は目を覚ました。

 心なしか腹の痛みは弱っているような気もする。

 頭までかぶっていた毛皮から顔を出し様子を伺うと、すぐそばに水の入ったコップが置かれていた。ちょうど喉も乾いていた事だしコクリと飲んでみると甘く、これも多分お優しい千空先生が用意してくれたのだろうと察する事ができた。

 

 どうせ起きてもまだ作業は手伝えないしとただみんなの事を眺めていれば、またまたこちらを見たのであろう真っ赤な瞳と私の視線が混じり合う。

 数秒もなかった交わりだったが、なんとなくにへらと笑って右手を振る。

 すると私の推しである千空も、呆れたような顔になり、背を向けながら手を振りかえしてくれたではないか。

 

 痛みで壊れた思考になりつつあるが、取り敢えず、千空かっこいいな、推し最高。むしろ神と崇め奉っておくとしよう。

 

 キリキリとまた痛み出した腹を抱えてまた横になるも、千空様の笑顔を見れただけでどうしようもなく幸せな気持ちになれたのであった。

 

 

 



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20 凡人、居残る。

 

 

 

 

 

 手伝いたいのに手伝えない。

 

 そんな気持ちを抱きながら、私はその場に寝転びながら推しの動向を見つめた。

 

 硫酸を無事入手できた千空達は早速万能薬、サルファ剤の精製へと取り掛かる。コハクは目に涙を浮かべながら喜びクロムはそれを呆れながら見ていたが、千空が大体必要なものは揃ったと声を上げれば嬉しそうに三人は笑った。

 

「今日で一気に行くぞ! 怒涛のケミカルクッキングだ、唆るじゃねぇか!」

 

 試験管やフラスコ、それよりややこしいガラスを千空はカセキから受け取る。

 硫酸は煮込みそこに塩を投下、そのガスを奇怪なガラス細工で水滴にしてまずは塩酸をゲット。

 

「ちーとヤベー薬だ! 目にハネたら失明すんぞ!」

 

 今度は湯の花を煮込んで出たガスを冷やし、先程出来上がった塩酸に加えればクロロ硫酸の完成。

 

「超ヤベー薬だ! 皮膚にかけたらデロデロのゾンビになんぞ!!」

 

 そして次に、塩水を電気分解して水酸化ナトリウムを生み出した。

 

「ウルトラヤベー薬だ! ヤクザが死体溶かすのに使うぞ!!」

「ほうなるほどなるほど。失明にゾンビに死体を溶かす薬が──なるほど。 それを、ルリ姉にのます気か??」

「飲まねぇよ! 薬の調合に使うんだよ」

 

 女の子として残念な顔をするコハクを見てしまいうっかり頬が緩んでしまうが、半分顔が隠れているしバレてはいないだろう。

 だがアンモニアを取りに行く、といっても男共から排泄させたものを見たコハクは再度顔を変化させた。それを見てしまいうっかり吹き出して笑ってしまえば、その声に反応したコハクとカチリと目があってしまったのである。

 

「茉莉! 笑い事ではないのだぞ、ルリ姉にこんなもの飲ませられん!」

「……ごめ。 ただ、飲まさないし、調合に使うだけでしょ? 大丈夫大丈夫、センクー、嘘つかない」

「でもっ!」

「私も、漢方のおかげで、やや元気。 千空君のお陰、アザス」

 

 毛皮の中で頭を下げればコハクは困ったようにため息をついた。

 

「全く、君という人間は──」

「大丈夫、信用して待ってればできるから、サルファ剤」

 

 そうとだけ言い残し、私は毛皮の中は潜り込む。

 少し話しただけだというのにまたチクチクとお腹が痛みだしたのだ、ゆっくり休むとしよう。

 うとうとと船を漕ぎ出した頃に御前試合だとか酒だとか聞こえた気がするが、どうせ村には入れないので無視を決め込んだ。

 

 そして真夜中、キリキリとお腹が痛み目を覚ました。そりゃあ朝しか薬を飲んでいないのだ、痛み出してもおかしくはない。

 膝を抱えるように体を丸めると、何故が背中に自分以外の熱を感じる。湯たんぽでも作ってくれたのかなと体の向きを変えれば、そこにあったのは麗しの顔があるではないか。

 

「ひぇっ!」

 

 驚きのあまり声を出してしまえばたまたま眠りの浅かったのであろう千空はゆっくりと瞼を押し上げて、うるせぇと暴言を吐き出しながら私を睨んだ。

 

「さーせん? いや、なんでここに? 私悪くなくない?」

「──そんだけ話せんなら薬はいらねぇか」

「いや、欲しいです、ごめんなさい」

 

 ボリボリと頭をかきながら千空は起きて、ラボの中へ消えていく。そして戻ってきた手にはガラスのコップと、何かが握られていた。

 

「ほれ、飲んどけ」

「んー、有難う?」

 

 手渡されたソレはよく見慣れた漢方薬で、こんな私でも心配してくれたのだろうと彼の底知れぬ優しさを感じることができた。

 その優しさを感じてしまったからだろうか私の右手は無意識に伸び、欠伸をして私へ背を向けた千空へと向かってしまったのである。

 

「あ"?」

「あ、」

 

 ぎゅっと握ってしまったソレは千空の衣類で、真っ赤な目と向かいあってしまい自分の顔の血の気が引いているのが嫌でもわかる。

 

 なんといって誤魔化すべきかとソレを離して考えるも、うまく頭が動かない。

 ただ無言で俯き、結局私ができた行動は黙って寝転んでおやすみと声をかける、だだそれだけで。ソレも恥ずかしさで声が震えてしまっていた。

 

 さっさと何処かに行ってくれと願って膝み抱えて丸まっていると、ぐしゃりと髪を掴まれた。

 いや、掴まれるというより撫でた、のだろうか。

 あまりに乱暴で大雑把で、実験中の千空とは全く違う。でもそこにいるのは千空ただ一人のわけで、彼のその行動に頭がまたついていかなくなる。

 

「────寝る」

 

 その言葉を最後に千空はまた私の背中に背中を合わせ、数分もしないうちにすぅすぅと寝息を立てた。

 その寝息を隣で聞いている私の心臓はバクバクと脈打ち、自分のものとはとてもじゃないが思えない。

 やってしまった気恥ずかしさと背中にある体温に、ぱっちりと覚めてしまった眠気。

 キリリと痛む腹だけがこれが現実なのだと知らしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バクバクと騒ぐ心臓を落ち着かせ、寝れたのは空が薄く色づき始めた頃だと記憶している。

 そして目覚めた頃には太陽は登っており、枕元に置いてあった羊皮紙もどきには御前試合へいくとだけ明記されていた。

 

 どう考えても寝過ごした感がすごい。

 

 せめて応援の一言でも言っておきたかったなと悔しく思うも、どうにもならないので諦めておく。

 一度深呼吸をし用意しておいてくれたのであろう薬を飲みほして、一度川へ向かうことにした。

 今はただ、体についた汗だの何だのを一旦全て洗い流したい。女として、というか人として、体液がついてる状態を良くは思えないのだ。

 

「……ん?」

 

 森の中を歩いていると、どこからか声が聞こえてきた。ここには私一人しか居ないというのに、何故だかその声は聞き覚えがあるような気さえする。

 一体なんなんだとそっちに近寄っていけば、そこには可愛いキャラナンバーワンのスイカが縛り付けられているではないか。

 

「──そいやそんなのあったな。 ……スイカちゃん、今解くから待ってて」

「助かったんだよ!?ありがとうなんだよ茉莉!」

「いいってことよ。 ──さぁ、すぐにお帰り、みんなが待ってる」

「うん!」

 

 スポンっとスイカに体を仕舞い込み、彼女はゴロゴロと転がって村へと向かう。

 私が助けなくてもきっと抜け出せたとは思うし、遅くても早くてもソレ程物語は変わらないだろうと言い訳を自分自身へ向けた。

 

 スイカの姿が見えなくなると私はぐるりと踵を返して本来の目的地である川へと向かった。

 スタスタといつもより少し遅いスピードで森の中を進んでいると、今度は真正面から見知った人物がこちらに向かってきているのが分かる。

 その人物は蝙蝠男と自分を卑下しているが実際は聖母みのある良い男。歩き方はたどたどしくないし、怪我も治ってきているのだろう。

 

「おかえりー、ゲン君」

「アレ、茉莉ちゃん? って事は科学王国に寝返ったわけね」

「寝返るも何も、何者でもなかったけども今も昔も」

 

 気さくに声をかけ近づこうとするゲンから後退り、距離を空ける。

 その行動を気にしたゲンにどうしたのと問われるも、近づきたくはない。決してゲンが嫌いなわけじゃないが、少々見られたくないものが多すぎるというか。

 

 怪訝そうな顔をする彼をじっと見たあと一度息を吐き、私は羞恥心など投げ捨てて素直に言葉を口に出した。

 

「生理きて血みどろなので、生臭いので近寄らない方がいいかも?」

「え!? ってそんな事真顔で言わないでよ! こうなんかさぁ、女の子だよね? 茉莉ちゃん」

「女ではあるが生理的現象を恥じる必要はないと言いますか、まぁ、なるもんはなるから仕方ないよね」

「そうだけど! もう! 大丈夫? なんか俺出来ることある?」

「──出来る事? ならさっさと村に行ってよ」

 

 もう一度ため息を吐き出して村の方を指さした。

 

「ゲン君には悪いけど、多分、メンタリストの力が必要になるから村へ行って。 嫌な事させるようで、ごめん」

「ちょっとゴイスー意味わかんないだけど? 嫌なことって何ぃ? 何させられちゃうの俺」

「いやだって、わざわざ自分を殺そうとした人間に会いに行けって言ってるようなもんだし?」

 

 詳しくは覚えていないが、ゲンを襲ったのは村の人間だったはず。村に行けという事はソイツらにまた会えと言っているようなものだ。私だったら絶対に会いたくなし、顔だって見たくない。

 自分だったら嫌なことをやらせようとしているのだ、いやでも詫びの一つぐらいは出てくる。

 

「────茉莉ちゃんは俺みたいな人間でも心配してくれんのね」

「そりゃするでしょ。 自分を偽るスペシャリストのゲン君でも、ただの人間だもの。 恐怖心はあるに決まってる。 他人に見せないだけで、抱え込んでもおかしくない。 だから、その、ごめん。 私は何も出来ないので、ゲン君に任せるわ」

 

 必要なのはモブではなくメインキャラクター。つまりはあさぎりゲンなわけで、私ではない。

 わざわざその役割を変わろうとも思わないし、どういう場面でゲンが必要だったかも曖昧だ。ただゲンが必要だった事は覚えているが私がソレをやれる自信はないし、そもそも私は介入する気はほぼ無いのだからゲンに全てを押しつけるのが正解なのだ。

 

「……わかったよ、村へ向かえばいいのね。 茉莉ちゃんは一人で大丈夫?」

「大丈夫、慣れてる」

 

 困ったように首をかしげるゲンに私は頷き、バイバイと手を振る。

 するとゲンも手を振ってくれて、なんとも良い気分になった。やはり最近の私は人に飢えているようだ、ヘマをしないように気を引き締めていこう。

 

 パチンと両頬を叩きつけ、本来の目的地である川へと私はようやく足を動かしたのであった。

 

 

 



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21 凡人、飲み干す。

 

 

 体の汚れを綺麗に流し終えついでに血塗れになってしまった衣類を洗い、さっさと帰路に着く。

 冷たい川の水で体を洗ったせいかまた下腹部がズキズキと痛んだが、推しから貰った漢方も効いているようで初日ほどではなかった。

 

 時々休憩を挟みながらラボまでたどり着くとそこにはすでに千空やゲン、コハク等々が集まっていて作業を開始していた。その姿を見るに、やはり私がスイカを助けたところで何にも変わらなかったのだなと、自分のモブさにため息が出た。

 

「茉莉! スイカに聞いたぞ! スイカを助けてくれて有難う!」

「んー、別に大した事はしてないよ、本当に。 で、私は何をすればいい?」

 

 私にお礼を言うコハクとスイカを静止し、千空の指示を待つ。すると千空はラボの隣を指差し、寝てろと言うだけ。

 

「昨日よか酷くないし、手伝えるよ?」

「テメーがいなくても問題ねぇ。 今は寝てろ」

「そっか、わかった」

 

 そもそも手伝えることなんてあんまりないのだと納得し寝床へ潜り込むと、今朝までした生臭さが薄れているように感じた。

 コハクが気を利かせて綺麗にしてくれたのかもしれないとそちらを向くもすでにそこにコハクはいなく、居たのは忙しく動き回るクロム達だけ、

 また後でお礼を言おうと私は寝床に寝転び、私は目を閉じる。

 

 今の私の仕事は大人しく寝て、邪魔にならない事。

 

 なんて、ほんの少し寂しがる心を隠して丸まった。

 

 

 

 

 私が次に目覚めたのは隣のラボからひどい音がした時で、あたりはほんのりと色づく頃。

 これが朝焼けなのか夕焼けなのかはわからないが、またもや寝過ごした感はある。

 私は本当にアレの日は寝てるしか能のない人間のようだ。

 

 一度背伸びをし縮まっていた筋肉を伸ばし立ち上がり、綺麗な服を腰に巻いてラボの中を覗くと千空とクロムがボロボロになってへたり込んでいた。

 

「──大丈夫? なんかする事ある?」

「あ"? あー、じゃあアレみててくれ」

「りょかーい」

 

 目の下に隈ができた千空が指さしたのは何かを煮ている容器。詳しいことを聞いても分からないのでそこには突っ込まず、ただ火が強くなりすぎず弱くもならないように調整して煮ていく。

 千空が隣に座りながらも私達には会話なんてなくて、ただ火が燃える音だけが聞こえていた。

 

 薄暗かった空がら明るくなり始めた頃、外からこちらに向かってくるであろう音が聞こえてきた。

 コハクでもきたのかとそちらに目をやると、そこにいたのは何故か嬉しそうなゲンが一人。

 

「千空ちゃーん、この炭酸ってなんに──」

 

 とそこまで言ってラボの惨状に気付き、ゲンは顔を歪ませた。

 

「爆発でもあった?? またゴイスーだねこりゃ、何をどうしてこうなっちゃったの」

「ククク、あ"ーまぁ、大した事はやっちゃいねぇよ」

 

 嗚呼聞いてしまったか、と思ってももうすでに遅く、止める間も無く千空からは呪文のような言葉の羅列が生まれる。

 

 早口言葉にも似たその説明にも驚いたが、一番驚くべきはその記憶力だろう。普通の人間がそうそう記憶している内容ではないのだから、彼はどれだけ知識を詰め込んでいたのだろうか。

 彼が物語の主となるべき存在だからと言ってしまえばそうなのだろうけれども、それ以上に彼が科学に捧げてきた時間や労力が伺える。

 どれだけの労力を注ぎ込んだかを知れば、彼を天才なんて呼べやしない。

 今私の目の前にいる石神千空という人間をただのキャラクターと見るにはあまりにも重すぎて、知れば知るほど自分の思考回路が嫌になる。

 

「んで、その早口言葉は置いといて。 炭酸は何に使うの?」

「最後に!その炭酸だ」

「そうそう千空ちゃん、これってまさかとは思うけど──」

「あぁ、炭酸と言やぁ……!」

「炭酸と言えば──!」

「水酸化ナトリウムと混ぜて重曹にする!」

「だ、よ、ねー」

「ドンマイ。 ゲン君ドンマイ」

 

 普通だったら重曹だとは思わないよねとゲンの肩を叩き、同じ悲しみを共有する。

 二人でため息を吐き、そしてただウキウキと重曹を生み出す千空を眺めて私は頬を緩めた。だがそこには誤算があって、うっかりそのニヤケ面をゲンに見られてしまったのである。

 

「茉莉ちゃんって、ちゃんと笑えるのね」

「ん? ドユコト?」

「いやね、いつも張り付いた笑顔だなぁて思ってたのよ俺。 そう言うの職業柄分かっちゃうし」

「んー、まぁ、笑う時は笑うよ。 ただこの状況で笑えないだけで」

 

 前世など殆ど覚えていないのに物語は覚えていて、その主人公と仲間たちがいる状況で自由に生きられたらそりゃ気軽に笑えるさ。

 でもそれができるほど、私は自由人間ではない。

 

「いつかきっと、自由になれたらもっとちゃんと笑うよ。 その時まで無事でいればね」

 

 主に私の精神が。

 ニコリと、ゲンのいうところの作り笑いを張り付けて"笑う"。

 今回みたいに笑うならともかく、ニヤけ笑いを見られるのは大変よろしくない。故に私は常に頬に力を入れるのだ。

 

 しかしまぁ、そのうちこの罪悪感に勝てず私が壊れる方が早いかもしれないな、なんて他人事のように感じる事もあるわけで。

 

 心身ともに自由にこの世界を生きれるのかは常に最大の謎である。

 

 

 

 

 さてさて、そんなナイーブな話はさておき。

 今行うべき事はサルファ剤の精製だ。

 私をじっと見つめるゲンはほっておき、みんなが集まると最後のステップに取り掛かった。

 

 先程まで煮詰めていた液体を、重曹で洗う。

 この工程で長い長いサルファ剤の精製の旅はこれにて完了でスルファニルアミド、別名サルファ剤の完成となったのである。

 

 まぁ、私は殆ど手伝っていませんが。

 

「これで、やっと、ルリ姉が……」

 

 歓喜あまって泣き出しそうなコハクの涙を千空が言葉で静止し、出来上がったばかりのサルファ剤を持ち村へと向かう。

 

「残念、俺は村に入れないからルリちゃんが飲む記念シーンは立ち会えないよ」

「同じく、入れないのでこっちで待ってるわ」

「ククク、テメーらは寂しくラボで待ってろ」

 

 バイバイと手を振って、二人並んでラボへと帰るが、先程の会話からゲンがあまり話してくれないので少し気まずくも感じる。

 それ程変なこと言ったとは思わないのだが、メンタリストであるゲンには私の精神が既にズタボロだとバレているのかも知れない。はてさてどうしたものかと頭を悩ませるも、そう簡単に考えが浮かぶわけもなく。

 ただ使えない脳みそを必死に動かしていると、不意にとある事を思い出し、私は駆け出した。

 

「ゲン君、走れ!」

「え!? なに? もうわけわかんないだけど!」

「いいから急げ!」

 

 走ったところでなにも変わらないけど、ただ思い出した記憶だけを頼りに。

 

「さ、まずはゲン君からどうぞ?」

 

 手を引いてラボに入り、そこに用意されていた二本の瓶を見つける。

 もしかして私の分はないかもなんて考えてしまったが、そこにはちゃんと二人分のコーラがそこにあった。

 

「これって──!」

「コーラだねぇ。 さぁ、ぐいっといっちゃってー」

「……どうせなら乾杯しようよ、茉莉ちゃん」

 

 ニコリと笑って一本を私に差し出すゲンからそれを有難く受け取り、乾杯と言ってそれを喉に流し込む。

 シュワシュワとした感覚に、この時代に存在しないはずの味。

 ゲンではないが、うっかり涙が出そうなほどこの世界初のコーラは美味しかった。

 

「──流石、千空さんっすわ」

 

 これ一本作るために蜂蜜探したり柑橘系の実を探したりと大変だっただろうに。

 半分ほど無くなったコーラを眺めていると、先に飲み干してしまったゲンが少し悲しそうに空の瓶を見つめていた。また条件付きで作ってもらえるかもと励ませば、嫌そうに、けれどもどこか嬉しそうにそうだといいんだけどと呟いた。

 余韻に浸るゲンをよそに私もコーラを飲み干し、空になった瓶を一度テーブルへとおく。

 そしてそこでコーラ以外の存在に漸く気づいたのだ。

 

「これって──」

 

 それは試験管二本と殴り書きのメモで、いつのまにか隣に来たゲンと共に内容を確認する。

 

「『解熱鎮痛剤・アセトアニリドだ。 辛くなったら飲んどけ』だって。 これってもしかしなくとも茉莉ちゃんのためかな」

「──なんで」

「なんでって、茉莉ちゃんってその、重い方なんでしょ? 昨日も寝てたしさ。 千空ちゃんも気にしてたんじゃない? 貰っておきなよ」

「でも、これからこれが必要な人が出てくるかも知れないじゃん? なら取っておいたほうが──」

「茉莉ちゃんに必要だと思って千空ちゃんはここに置いといたんでしょ。 だってほら、俺は怪我とかしてないしね? これは茉莉ちゃんの為に千空ちゃんが用意したんだよジーマーで。 だからちゃんと貰っておきなって」

 

 そう言って試験管を握らされて、ゲンは私に向けてにっこりと笑った。

 

「千空ちゃんも優しいとこあるよねぇ」

「……優しすぎるから困るんだよ。 だって私は、何も返せないし」

 

 未来を口にする事もなく手助けする事もなく、ただ優しくされるだけで何もしてあげられる事はない。本当に私という人間はろくな人間ではない。

 

「千空ちゃんは別にお返しとか望んでないでしょ? でもまぁ、労働力は欲してるかも──」

「たしかに。 じゃあ取り敢えず労力で返していくとするよ」

 

 それしか持っていないから、とは言わないがゲンにはいい含んだ言葉の意味がわかってしまったのだろうか。

 メンタリストだし、私みたいな弱者の言う事が分かってしまいそうでほんの少し怖い。

 

 

 二人しかいないラボの中、私は気まずい心をひた隠しにしにっこりと"笑った"。

 

 




ストックが切れましたので次回より週一更新となります。
基本木曜日6時半更新です。

今後ともよろしくお願いします。


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22 凡人、村へ。

 

 

 

 サルファ剤をルリへ投与し始めると初期の段階で効果が出た。

 ルリが助かるのは知ってはいたが、やはり命がかかってるといやでも気が滅入るものだった。

 

 ラボの隣でひっそりと記された記憶を確認するとルリの病の完治とはっきりと明記されていて、今の状況を当て嵌めても物語は変わりなく進んでいくだろう。だがしかし、変わりないのならばその後に目にはいる嫌な文字も、確実に起こりうる未来だという事なのだ。

 

「──月と綿、かぁ。 もう、なんで……」

 

 ぶっちゃけて言えば逃げ出したい。

 死人が出ない事は分かってはいるが、態々戦いに巻き込まれるなんて御免だ。

 

 ルリに投薬をはじめて既に一ヶ月、明日は村の外へ連れ出すとコハクが張り切っていたような気がする。わずかに脳に残っている記憶が正しけれは、その後すぐにでも事は起こってしまうのだろう。

 

「どうしたものかなぁ」

 

 なんて一人で月を眺め呟くと二つの影が私を覆った。

 

「何をどうしたいんだ?」

 

 そうキョトンとした顔で私に問いかけたのはクロムで、出会った頃よりは打ち解けている、と一方的に思っている。

 隣に並ぶ千空は面倒くさそうに耳をかいていたが、視線がこちらから外れる事はなく私の言葉の意味を考えているのだろう。もしかして月と綿という言葉を聞かれてしまったかと一瞬怯んだが、その単語であの二人だと気づかれる事はまずないと思いたい。

 将来的に記憶を振り返られたらバレるかもしれないが、今はまだ、単語の意味なんて考える余裕なんてないはずだ。

 

「んー、今後の方針、的な?」

 

 当たり障りのない言葉を吐きつつ急いで広げていた記憶ノートを丸め、肌身は出さず持っている鞄にしまう。いくら千空でも私の持ち物には踏み入ってこないし、ここに入れてしまえば取り敢えずは安心なのだ。

 そこから奪い取って見られる事はないし、突っ込まれて聞かれることはない。流石の千空様も人の持ち物にそこまではしない。

 

 そう、千空はそんな事しなかったし今まではこれで、取り敢えずは、安心だったのだ。

 ここにさえしまってしまえば。

 

「なぁ、今見てたのってなんなんだ? 茉莉も千空みてぇに科学使いなんか?」

「え、いや、チガウヨ」

 

 文字文化のないクロムからしたら羊皮紙に文字を書く、イコール何かの工程と捉えられていてもおかしくはない。ただおかしくはないが、見せられるものではないし、見せられるわけがない。

 仕舞い込んだそれを気にするクロムから必死に鞄を隠し、キラキラとした瞳から目を逸らす。

 

「これは、その。 日記みたいな記憶を残しておくもので、千空君のようにロードマップではないのだよ、うん」

「日記ってなんだ?」

「あー、そこからか。 えっと日々起こった事を文字として記録しておくこと? だからこれは私の記憶で感情、人様には見せられないわけよ。 それにクロム君は文字読めないでしょ、見てもしゃーないよ!」

「──俺は読めるがな」

「いきなり会話に入ってこないでよ千空君」

 

 クロムだけではなく千空さえも興味津々に私の鞄を見つめるが、見せるわけにはいかず前に抱えて抱きしめた。

 

「これは私にとって命の次くらいには大切なものなの、だから千空君にも見せられない。 それにこれは、私だけの記憶だから!」

 

 そうとだけ言い残し、私はラボから離れるために駆け出した。とはいっても夜中に一人で森の中へ行くのは危険なのは分かりきっているのでラボから見える程度の距離までだ。

 木にもたれかかり呼吸を整え、ラボの方に振り返り二人の様子を探る。有難いことに二人は私を追う事はなく、一分もしないうちに寝床へと帰っていった。

 

「──全く、油断も隙もありゃしない。 いや、私が隙だらけなのが悪いのか」

 

 もう少し気をつけて行動しなくてはいけないと心に刻み、私も少し時間を置いて寝床へ戻った。

 もちろんその晩は鞄を抱えて寝たのである。

 

 

 

 翌る日、私は初めてルリの姿を見ることができた。

 コハクとよく似ていて、格好を同じにすれば双子と言っていいほどだ。ただコハクとは違い、お嬢様、的な優しい雰囲気を醸し出している。

 

「もう何年振りかも忘れました。 村の外に出たのも、走れるのも──!」

 

 

 穏やかに笑いながらまるで海辺で追いかけっこをするような走り方で、ルリは森の中を駆け回る。村長を含めたその場にいた人はみな、コハクのお転婆は姉妹の血筋なんだと納得した瞬間である。

 

 ルリが満足いくまで走り終えると、私達は村へと向かった。それはルリの病が完治したことを知らせるためであるとともに、千空が正式に村の長となる為に必要な事柄だった。

 私がそこに居てもいいものかと考えたが、コハクとスイカに手を引かれるまま私は初めて村へと入る。

 記憶で知っていたような作りの家や村人に、ここは本当に現実なのかとこころが騒ついた。

 

「皆のもの!! 千空、この男こそ、今日から──石神村の新しい長だ……!」

 

 旧長の発言で村人達は声をあげ新しい長の誕生を祝い、そしてその長、千空は目を見開いて驚いている。

 そりゃそうだろう。自分と同じ"石神"の名を持つ村なのだ。驚かない方がおかしい。

 

「そう、千空。 私は悠久の遥か昔から知っていたのです。 貴方の名前は石神千空」

 

 だがしかし、千空はただの高校生ではないのだ。驚くだけでは終わらない。

 

「あ"ー、おかげでやっと話が繋がったわ。 一気に全部、謎が解けた」

 

 頭の切れる彼ならば、その小さな情報だけで残酷な可能性を、過去を、理解してしまえるのだ。

 

「いやすまない。 私には何一つわからないぞ?」

「おぅ、村と名前が偶然一緒とかありえねぇだろ。 てかルリは千空のこと知ってたのかよ?」

「ククク、おおかた巫女の伝承話に出てくんだろ、俺が」

「──はい」

 

 とても強くも優しい、一人の少年の話。

 ルリが語るのは百物語、其之百。

 石神千空。

 

 過去と未来を交差させる、優しくも虚しく、未来を託す儚い物語。

 

 語り出す彼女の声を、私は一人、聞こえないふりをしてその場を後にした。

 

 

 必死に千空に命のバトンを繋いだ百夜の話なんて聞いてしまったら、泣いてしまうじゃないか。

 親子の深い愛を知って泣かない自信がない。それに知っていながら何にもしなかった自分の弱さと比べてしまい、絶対に後悔する自信もある。

 

 なら私は聞かない。何にも聞かない。過去のことも、ここまで生きていた人々の旅路も聞きたくない。

 

 そして前を向く彼らを見ず、一人後ろを向いて生きていく。後悔と懺悔を胸に抱いて生きていくしかない。

 

 誰かに言える話じゃない。語れる物語じゃない。私が選んできた事だ、誰かに一緒に背負って貰うなんてしてはいけない。

 だから私は、言わずに聞かずに、見ずに。虚しく生きて、死ぬ。それが最善なのだ。

 

「──私が、ここにいるのがそもそも間違いかもね」

 

 近くにいて見ていたい、なんて、厚かましい。

 

 深く息を吐き、一度村から出ようと橋を渡っていると正面から蝙蝠男ことゲンがこちらに向かっているのがわかる。

 彼も私を発見するとにっこり笑って手を振って、小走り気味に私に近寄ってきた。

 

「茉莉ちゃーん! よかったー、みんな帰ってこないからここまできたんだけどさ、一人で村に入るの怖くてぇ」

「え、私、いったんラボへ帰るよ?」

「いやいやそう言わずに。 それに千空ちゃんにいい加減話さなきゃなんないことがあってさ、勿論茉莉ちゃんも関係してる事だしね、聞きたいでしょ?」

「んー、大体分かってるから聞きたくないわ」

「分かってるなら、余計にそばにいてよ」

 

 困ったように首をかしげるゲンにドキンと胸が鳴る。

 これはギャルゲーや乙女ゲーに出てくるキャラのテクに違いない。不安を見せれば優しくしてくれる的なやつ。

 こんなやつにかかる主人公甘ぇとか思っていたが、やはり顔のいいやつがやると破壊力ありますわ。

 

「じゃ、ちょっとだけね?」

 

 ちょっとナイーブになってたから、今のゲンの行動は癒しだったわ。

 なんて口に出せはしないが、そのまま私はクルリとターンし村へと戻る。あたりが薄暗くなる頃にはルリ達の話も終わり、皆が宴へと加わった。

 

 宴の最中、ルリと千空がどこかに向かったが私はそれを見ないふりをする。

 あの話は、千空以外聞かない方がいいのだから。

 

「ささ、アンタも酒でも呑みな! 新村長の誕生なんだから!」

「──アザース、いただきまーす」

「ちょっと茉莉ちゃん!? 俺はコーラ専門なんで! って茉莉ちゃんも何飲んでんの!?」

「いやだって、私もう二十歳だもん、呑めるもん」

 

 石化前16歳。

 そこから3700年たって、復活して一人で3年。

 千空が復活して、大樹と司、杠が復活して約1年。

 そしてまた一人になって半年以上経つ。

 誕生日なんていつだかわからないが、もう二十歳は超えているのだ。

 

「大丈夫大丈夫、そんな酔う体質じゃないよ」

 

 にへらと笑って酒を飲み干しまた注いで、それを繰り返したのちに私は意識を失った。

 

 どうやらこの身体は酒に弱いみたいである。

 まえは割と酒豪だったのにと、懐かしい記憶が浮かび上がった。

 

 



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23 懐古談と酒、時々凡人。

いつもの約2倍の文字数です。区切れなかった!


 

 

 茉莉がゲンと仲良く酒を嗜んでいる最中、宴を抜け出すように村を出たルリと千空はひっそりと森の中を歩く。そして語られるのは百物語の其之百の、千空の父親百夜からの最後のメッセージだ。

 語られた事実はあまりにも重く、理解したくもない百夜の死だけがルリの口から淡々と語られる。

 そのメッセージに感情を宿していない訳ではないが、ルリは千空に残された思いを伝えるために心を落ち着かせて語った。

 

 そして最後に、ルリは千空に向かって創始者から残された、最後の物語を千空へと向けたのだ。

 

「──千空、貴方は左藤茉莉という存在をご存知ですか」

「あ"? なんでテメーがあいつを知ってるんだ? ってもこれも理由なんて一つしかねぇか」

「──はい。ですがこれは巫女の伝わる百物語ではなく、千空、貴方に向けた懐古談。歴代の巫女も次代と、彼女に連なる者にしか伝えてはならないとされてきたお話なのです」

「……で、その内容とやらはなんなんだ?」

 

 ルリが村の墓地へ千空を案内すると、そこで語られたのは茉莉の知らない物語であった。

 

 語り部は石神村の巫女、ルリ。

 それを聞くのはたった一人の少年、石神千空。

 静まり返った墓地で、彼女は語られることのなかった物語を紡いだ。

 

 

 《懐古談・左藤茉莉。

 

 その子はどこにでも居る女の子だった。

 好奇心旺盛で、でも泣き虫で。そばにいる男の子の服を掴んで泣きそして笑う、普通の女の子だった。

 そんな彼女がいつから"そう"なったのかは俺にはわからないがお前なら分かるだろう、彼女が変わったその時が。

 

 煌めいた目は濁っていつも暗く怯えていて、以前のような明るい笑顔は見なくなった。生きる事に怯え、けれども必死に生にしがみつこうとしているとさえ思えるほど、彼女は生きるための知識を必死に学び始めた。

 そしてその結果いつしか人を遠ざけ、自分の心さえも隠して作られた笑顔の仮面を被り自身を全てから偽り始めた。

 彼女にその原因を問いかけても何一つ理由を吐かず、ただ張り付いた笑顔を見せるだけ。

 だが一度だけ、あの子の両親が漏らしていた言葉がある。

 いつも寝ながら泣きながら謝るのだと。

 ごめんなさいと、体を震わせて。

 

 何について謝っているのか聞いても答える言葉はなかったが、いやでも分かる。ああなってしまった子はいつか心を壊してしまうのだ、言葉を、気持ちを吐き出さず、自分で自分の首を絞めて感情そのものを殺してしまうのだ。

 きっと彼女も近い将来そうなってしまうだろう。

 

 そうなる前にそこに彼女が、茉莉がいるのならば、千空、お前が茉莉を支えてやれ。寄り添ってやれ。一人を選ぶしかないあの子を引き止めて、偽ることのない茉莉の存在そのものを抱きとめてやれ!

 いくら拒絶されても裏切られても、手を振り払われてもあの泣き虫な少女を救うんだ!

 人類70億人救えんなら女の子一人くらい余裕に救えんだろ?

 

 信じてるぜ、千空。

 お前ならあの子を、茉莉を救えると。

 またあのキラキラした笑顔を取り戻すんだ。

 千空、お前ならできる。見て見ぬふりをしてたテメーなら、出来る。

 いつも隣にいるお前にしか、茉莉は救えねぇ!

 

 頼んだぜ、千空。

 お前が、お前だけが茉莉を救えるんだ》

 

 

 

 物語として聞くにはあまりにも感情的で、一方的な願いのように千空には聞こえた。

 そして全人類を救えという百物語よりも、最後に語られた懐古談の方が難しいようにも思えたのも事実だ。

 

「俺は、少し調べて戻る──」

「……はい、先に村に戻っています」

 

 涙を浮かべて千空から背を向けるルリを見る事なく、彼は自身の親である百夜の墓標を眺めて頭を垂れる。

 

「そうか、とっくに、何千年も前にか。俺が暗闇でまだ数億秒カウントしてたころだな。ククク、懐かしいな。あ"ぁ懐かしい。────百夜、テメーにはアイツが"そう"見えてたのかよ、なんで、俺には……」

 

 満月の下、握られた拳には力が入り千空の瞳からは涙が溢れ出る。理解したくもない事実が二つも重く自身にのしかかり、どうしようもない虚無感だけが千空に寄り添った。

 この先どれほど多くの人の石化を解いたところで文明を進めたとこで、己の父である百夜と言葉を交わすことなどもうない。会えることは、ない。

 

 そして百夜の残した言葉でようやく自分が都合の良い思い違いをしていたことを思い知ったのだ。

 

「──ククク、テメーの科学土産無きゃ詰んでたところだ。数千年越しでありがたくいただいたぜ。クソ程嫌な事実付きでな……!!」

 

 百夜が繋いだ命のバトンと、大人で、教師で、親であった父から託された想い。

 幼き頃、目を背けてしまった事実に千空はようやく向き合うことができた。遅すぎたかも知れないが3700年の時を超え、千空は茉莉に対しての"無視した方が合理的"というスイッチを切る。

 何故どうしてと幼かったゆえに聞かなかった疑問、避けられる悲しみ、目を背けられる苦痛。

 全部見えないことにして、無かったことにして、茉莉への感情全てを過去へと捨て置いてきたが、ここに来てそれをやっと一つづつ、拾い上げることができた。

 

「こんな面倒な事になんなら、もうちーっと感情的になっとくべきだったか」

 

 今更ながら千空は茉莉に対して疑問や怒り、百夜に気付かされた悔しさが心に募る。気付こうとしなかったのは、気づかないふりをしたのは自分だというのに、ただ虚しさが支配した。

 

 生にしがみつくのは何故だ。

 一人を好むのは何故だ。

 俺を避けるのは何故だ。

 強い女にならなきゃならない理由はなんなんだ。

 仮面を被る理由はなんなんだ。

 

 笑わなくなったのは、泣かなくなったその訳は。

 

 聞きたい事は山程ある。

 だが問いただしたところで彼女は答えてくれないだろう。

 ならば、もう一度、初めから。

 幼きあの日からやり直して関係を作り直していくしかないのだろう。

 

「ったく、んなことしてる暇ねぇっつーのに。────っても元はと言えば俺が全部無視して来た結果、か」

 

 遠くに浮かぶ月をもう一度眺め、彼は小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千空が珍しく感傷に浸っている頃、村の住人達は新しい長の誕生に浮き足立っていた。その中にはコハクやクロム、スイカの姿もある。幼いスイカは酒を飲んでいないが、それでも楽しそうに話に花を咲かせている。

 

 クロムがふと視線を外し、コハクはその視線を追えばその先にはゲンと二人並んで座っている茉莉の姿があった。二人が気になるのかとコハクが問えば、クロムは悩ましそうに口を開いたのである。

 

「ゲンのことは何となく分かったんだけどよぉ、茉莉って結局何なんだろうな」

「何がって、何がだ?」

「いやだってよ、敵ではねぇがゲンのようにスパイでもねぇ。味方っぽい行動してねぇだろ?」

「でも! スイカを助けてくれたんだよ!」

「かもしんねぇけど、それだけじゃねぇか」

 

 クロムからしてみれば未だに茉莉は怪しい人物止まりで、出会った当初から印象はあまり変わっていない。千空のように文字を操り何かを考えているのかは分かるのだが、それが読めない以上怪しさしか感じられないのである。

 

「茉莉は千空の手伝いだってしているのではないか。それに私にはもう彼女は敵には見えないし、千空だって茉莉を信用してるだろう? 何が問題なんだ」

「そうそこなんだよ! 何で千空はアイツを信用してるんだ?」

 

 クロムから見た茉莉と千空の関係は、言葉の要らない信頼で成り立っているように見えている。やれと言われれば茉莉はそれを実行し、茉莉はその指示に口出しはしない。疑問が有れば口を開くが、大体の場合は大人しくしたがっている様に見えた。茉莉は千空の指示に間違いはないと確信していて、千空は茉莉がそれをやりこなせると理解して指示を出している。

 

 それなのに、二人の間には何もない。

 

 指示を出す、出させる。

 それしかない。

 

 その関係がクロムには気持ち悪くも思えた。

 

「見てた感じろくな会話だってねぇじゃんか、あの二人。なのに何で信用してんだ? わっかんねぇ」

「まぁ、言われてみれば会話らしい会話がないかもしれないが茉莉は千空を心底信頼していることを私は知っている。それにクロム、千空が茉莉を大切に思ってることぐらいお前にもわかるだろう? じゃなきゃ甲斐甲斐しく世話などしない」

 

 月のものになり寝込む茉莉の為に寝床を用意したり漢方を作ったりと、千空が彼女にしたことをコハクもクロムも知らないはずがない。ただの優しさならばよかったものの、僅かにその目に心配の色が見えていたのも嫌でも理解していた。

 

 だからこそ、余計に。

 二人の関係が理解できない。

 

「二人には二人の関係があるのだ、私達がどうこういう話ではないだろう。あれが千空と茉莉の距離なのだ、そう思えばいい」

「だけどよぉ……なんか納得できねぇ」

「クロムはまだお子ちゃまだからなぁ、仕方ない」

 

 呆れた様にコハクは息を吐き、クロムを茶化す。クロムの疑問は確かなもので、コハクだって同じ思いを抱いていたのだ。

 あの二人の関係を知りたいと思ってはいるものの、それが聞ける空気ではない。

 互いに互いを意識しながら関わろうとしていない、そんな意味のわからない関係などコハクは見たことはなかったのだ。

 いっそのことクロムとルリの様な関係であったら分かりやすいのにと思っていても、それを口に出すことはできない。その関係性が恋仲や好きあってるもの同士のソレとは全くもって別物だと分かりきっていた故に、横から口に出せる問題ではないのだとコハクは理解していたのである。

 

 実際のところ千空が無意識に"泣き虫な幼馴染"を思ってしている行動が大半でたいした意味などなかったし、茉莉は"物語"を知っていたから従っていたにすぎない。

 つまりのところ互いに何の感情なく"当たり前"な事として接していたのだがら、気味の悪い関係ととられてもおかしくはなかったのである。

 

 

 村がどんちゃん騒ぎになる最中、村人もコハクもクロムも、それこそ茉莉やゲンの思考は混ざり合うことなく時は進んでいく。

 そしてその思考が混じり合ったのは険しい顔をした千空が吊り橋を渡り、ゲンへと投げかけた言葉の結果からであった。

 

「あ"ー聞かせてもらおうじゃねぇかメンタリスト。何があった司帝国に」

「来るよ司ちゃん達が……!」

 

 たったそれだけだというのには、緊張が走る。

 千空を一度殺した相手だと知っているコハクを筆頭に、現状を知るメンバーは皆息を呑んだ。

 

「ククク、いよいよ科学王国vs武力帝国、全面戦争か……!」

「あの長髪男の様な尋常ではなく強い男が大勢来るのか!?」

「まぁそうね、ガンガン石化といてるね。でもジーマーでヤバいのは司ちゃんとこないだ起こした氷月ちゃんてのの二人かな。もし今そのどっちかでも来ちゃってたら、ぶっちゃけもう逃げるしかないよ全員で」

 

 ゲンのその言葉に静かに酒を飲んでいた茉莉の身体がピクリと反応する。

 そしてそろりと立ち上がると話し込む千空達へ背を向けて吊り橋の方へと歩き出した。

 皆、茉莉の行動に気づいても止めることはなく彼女は一人居住区へまで進み、そして金狼銀狼が守る橋の手前まで行き着くとカタカタと震える銀狼とすれ違う。

 

「みんなー敵だよぉぉぉおおお!」

 

 その声を聞き、茉莉は俯いたままニヤリと頬を緩めた。

 

「もう攻めて来ちゃったの!? アイツら……ってバイヤーすぎる! 金狼ちゃんと闘ってんの氷月だ! って茉莉ちゃんなんでそこにいんの戻って!?」

 

 ゲンはそこに佇む茉莉の存在に驚き、同時に金狼と闘っている相手を知ると逃げる様に叫んだ。だがそれに彼女は従うことはなく、逆に一歩づつ足を進める。

 

 ギシっと軋み、その先での戦いのせいで大きく橋は揺れた。

 氷月は槍をくりだし金狼の腹をつき、怪我を負った金狼は橋の上から落ちかけたが間一髪、氷月の足を掴み取りことなきを得た。だがしかし、それが良いこととは限らない。

 

「──茉莉、下がれ! そして銀狼、橋を切り落とせ」

 

 それが最善の選択と分かりきった様に金狼は言い放つも、銀狼は切り落とすことができない。

 それは兄を思う弟の感情も入っていたが、なにより茉莉が橋から退かなかったからだといえよう。むしろ彼女はさらに足を進め、氷月の前へと立ちはだかった。

 

「君は──」

「全く、"ちゃんとしてない"ねぇ、なんなのソレ?」

 

 ニヤリと、茉莉は笑う。

 背を向けている千空達には見えなかったがその笑みは人を見下し馬鹿にした笑みそのもので、氷月はその笑みに苛つきをおぼえた。

 

「顔の半分隠してほぼ半裸とか自然舐めてんの? 馬鹿なの? いくら武術が長けてたって医療がないこの世界じゃあ擦り傷ひとつでも死ぬんだよ? 馬鹿なの? なんでニーソなの? 馬鹿なの? もしかして露出狂? 馬鹿なの? ねぇ、なんで"ちゃんとしない"の?」

 

 指を刺し、上から下へ視線を向けて馬鹿にした様にまたニヤリと茉莉は笑う。

 その馬鹿にした笑みに苛ついた氷月は矛先を彼女の顔へと向けたが、笑みは深まるばかりで表情に怯えは見えない。

 

「ねぇ、"ちゃんと"してよ。そこじゃ怪我はしても死なないよ、狙うならココだろ? もしかしてただの脅し? その武術って刺すのには適してないんだっけ? まぁ私が殺されたところで、死んだところで何にも変わんないだろうけどねぇ。君に人殺しという前科がつくだけで、特に変わらなそうだけどね。ねぇ殺すの? 氷月ちゃん、君は"ちゃんと"私を殺せる? 存在そのものがなかったかのように私のこと殺してくれるの? 私を消してくれるの? この世界からいらない私の存在を消してくれるの? 必要とされていない私を、要らない私を、愚かな私を、(いびつ)な私を、歪んだ私を、そこら辺にいる石ころの様なモブの私を、"ちゃんと"なかったように抹消してくれるの? だとしたら唆られるねぇ。よし、殺してみよう、さぁすぐに、今すぐに、直ちに、躊躇(ためら)いも躊躇(ちゅうちょ)もなく一瞬で! 君のその手で左藤茉莉の存在を握りつぶせ!」

 

 

 態々左胸に槍を動かし、茉莉は頬を吊り上げて不敵に笑う。

 その異常な女の姿を目の前にした氷月は一瞬慄いたが槍を持つ手に力を込め、足へ力を入れる。さらに踏み込み槍を思惑通り心臓へ刺しこんでやろうとしたとその時、前方から鼓膜へ響く音が驚いた。

 

「一旦引いて氷月ちゃん達! この村ね、銃が完成しちゃってる……!」

 

 ゲンの一言で氷月の後ろに控えていた人間達は走りだし、茉莉に狙いを定めていた氷月も千空へと視線を向けて茉莉に向けていた槍に込めていた力をぬく。

 

「てことは君が噂の……」

「ククク、テメーらがトロいからとっくに完成したぞ科学王国がよ」

「へぇ、きっと大喜びですよ司くんも」

 

 淡々と千空と氷月が会話をし始めれば茉莉は興味を無くした様に視線を足元へ向け、氷月の足にしがみつく金狼へと手を伸ばした。

 有難い事に金狼一人分ならば茉莉で十分に引き上げることはできたし、服を捲り上げて教え込まれた知識で止血する。

 頭上で進む会話に耳を向ける事はなく鞄から小瓶を取り出すと金狼の口へ中身を放り込み、茉莉はニヤリと笑うとそのまま隣へ倒れ込んだ。その時にはすでに氷月は茉莉の存在を気にしながらも一旦引き返しており、千空達が二人に駆け寄る。

 

「金狼! 茉莉!」

「──茉莉が飲ませたのは解熱鎮痛剤アセトアニリドだな。 あとはオラ! 傷口にサルファ剤でもぶっかけときゃ明日にでも治ってんだろ。 で、テメーは……」

 

 ゲンを含めた帝国民が消え去った後、千空の目に映ったのは傷を負った金狼と眉間に皺を寄せ寝息を立てる茉莉の姿。

 先程までの威勢の面影なく金狼の真横で寝息を立てるその姿に、千空は深くため息を吐いた。

 

「ったく、酒に飲まれてんじゃねぇよテメーは。殺すだの消すだの、物騒な事言ってんじゃねぇよ、テメーが何考えてんだかわかんねぇんだよこっちはよぉ」

 

 寝息を立てる茉莉の髪を撫で、千空は小さく息を吐いた。

 心なしか髪を撫でる手は震えており、動揺が隠しきれていない。

 

 「勝手におっ死ぬんじゃねぇ。そんなことできるほど、テメーは強くねぇんだろ?」

 

 そう小さく千空は呟くが彼女に届くことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故いきなり彼女がでしゃばってしまったか、それは簡単な話だ。

 

 全ては酒が悪い。

 

 酒は飲んでも呑まれるなと言われるが、彼女は呑まれてしまったのだ。

 自我を失い失言し、それに気付くことなく夢の世界へと旅立つ。残された者の気持ちなど、思考などお構いなしに、彼女は一人で暗い夢の中へと引き摺り込まれた。

 

 

 

 

 

 小さな声でごめんなさいと呟いた彼女の声を拾い上げたのは、たった一人の少年だけだった。

 

 



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24 凡人、逃げたい。

 

 

 

 

 

 酒は飲んでも呑まれるなと言われますが、私はどうやら呑まれてしまったらしい。

 

 有難い事に二日酔いや体に不調などはないのだが、昨晩の宴の前半は記憶があるものの後半の出来事はあまり覚えていない。

 辛うじて覚えているのは氷月が来たということだけだ。

 

 やほい!半裸ニーソ見たす!

 腹筋セクシー!

 

 などと考えていた記憶はあるのだが、何をどうしたかは全くもって覚えていない。

 ただ一つわかる事は私が何かをしでかしたという事。

 目覚めてからというもの千空と金狼の目は鋭く光り私を見ているし、コハクやクロムもチラチラと私の様子を伺っていることが嫌でもわかるのだ。

 

 本当に、昨晩の私は何をしでかしてしまったのだろうか。

 

 ぐぬぬと頭を悩ませていても埒が明かず、私はただ表面だけ繕ってにっこりと笑い千空の指示を待つ。こちらが気にした素振りを見せなければ、きっと向こうも私の痴態などスルーしてくれると踏んだからだ。

 だがしかし、どうやら私は千空すらスルーできないほどのことをやらかしてしまったようだ。

 

「茉莉、テメーは今後一切酒飲むな」

「え? いやそれはちょっと。飲みたい気分も出てくると思います?」

「じゃあ呑みたくなったら一杯にしろ、そんで俺の側から離れんな。いいな」

「んー、うん? 分かった」

 

 やけに真剣な顔をしてそういう千空に逆らう事は出来ず、私はただ頷く。

 あの千空さんがそこまでいうことの痴態をしたという事は分かったが、逆に何をしでかしたのか本当に気になるところだ。

 なので私を凝視している金狼に声をかけてみたものの、何故だか鋭い目つきで睨まれる。眼鏡をつけてボヤボヤ病が治っていると言うのに、金狼は睨むだけなのだ。

 

 本当に何をやらかしたのだろうか、私は。

 

 一度深くため息を吐き出し空を仰ぎ、もう一度にっこりとした笑みを作り出す。

 そしてやってしまった事は仕方ないと諦めて、改めて千空の指示を仰いだ。

 

「んで、私は何をすればいいの千空君」

「あ"ー、茉莉はカセキの助手だ。そんで技術を目で盗め、職人は多いに越した事はねぇ」

「りょーかい」

 

 そして取り掛かったのは日本刀の製作である。

 簡単に言えば鉄の塊を温めて折り返し、金槌で叩いてゴミを飛ばす。この作業を10回は繰り返す事で日本刀は出来上がる。しかし今回はその作業を2回に短縮し、計5本の日本刀を作り上げた。

 私の担う作業は鉄の折り返し鍛錬でそこそこ筋肉量があった事と、日本刀たるものが何か分かっていたから故に任されたと言ってもいい。

 そういえば日本刀を付喪神化させたゲームなんてのもやったななんて考えて金槌を振り回していたが、出来上がりに問題はなく、思考回路は品質に比例しないことがただ分かった。

 

 日本刀制作に重要な焼き入れは職人であるカセキに任せ、私はただその工程を眺めた。流石に私も馬鹿ではないので自分でやりたいだなんて言うつもりもなかったが、やはり創作意欲は湧いてくるわけで。

 

「──千空君、ものは相談なのだけど」

「なんだ? サボる相談なら聞けねぇぞ」

「いや、サボる気はないよ。鉄が残ってるようならば自分用の刃物作ってもいい? 解体用ナイフとか採取用のハサミとか、やっぱ石よりちゃんとした刃物使いたい」

「──この件が終わったらな。あと言っておくが、茉莉は戦闘要員じゃねぇんだから氷月の前にはぜってぇ姿出すなよ。ってかラボの中にでも隠れてろ」

「ん? そりゃそうするつもりだけど、何で?」

「何にも覚えてねぇおめでてぇ茉莉先生に教えといてやるがな、氷月って奴にテメーがド派手に喧嘩売ってんだよ。そりゃこっちがどん引くレベルにな」

「……マジッスカ」

 

 昨日の私、本当に何やってんだ!?

 

 喧嘩売るって事はやはり半裸ニーソについてニヤけてたか、やらしい目で見てた可能性大だ。ちゃんとした人間好きな氷月にそんな痴女行為してたら本当に殺されかねないし、千空や金狼に睨まれるのも頷ける。そしてコハク達に引かれるのももっともな理由だろう。

 今まで静かだったやつが痴女だなんてそりゃ距離を置くわ。

 

 千空が酒飲むなというのは私の迷惑行為を塞ぐ為で、そばにいろってのは最悪私を抑えつける為なのだろう。

 酒に酔いたい気分が今後もあるかもしれないが、そこのところはなるべく従おう。酒の魅力を知ってるから絶対とは言い切れないが、なるべく控えると心に誓う。

 

 

 日本刀を作り終えたあくる日、山からは凄まじい風が吹き荒れてその時はやってくる。

 戦いに出た千空を含めた六人の背中をラボから見送り、私はカセキと共に帰りを待つように言い聞かされている。理由としては村に向かってうっかり氷月とかち合うより、ラボにいて隠れていた方が合理的だと千空が判断したからだ。

 私としてはその判断は有り難く思えるものなのだが、これから起こることを考えるとお腹がギュッと締め付けられるように痛くなってくるのだ。

 

「──ごめんね」

 

 そう小さく呟いたところで誰かに気づかれる事なく風に打ち消され、残るのは一人俯く私一人。

 

「さて、茉莉ちゃん。なんか作りたいものあったんじゃないのかの? ワシ、千空に頼まれちまったぞい」

「んー、鋏とか斧とかナイフとか作りたいんだけど手伝ってくれる? カセキのおじいちゃん」

「ほほ! 任せろい!」

 

 事前に書いておいた設計図もどきを鞄から取り出し、使用用途を説明する。斧やナイフでは服は破れなかったが、鋏を説明したところでカセキは興奮して服を破いた。どうやらハサミの発想にカセキは唆られたようである。

 早速作ろうと試みるも鉄を溶かす為のマンパワーがまったくもって足りないわけで、結果すぐに取り掛かることは出来なかった。

 

「残念じゃのう、早くみんな帰ってこんかの?」

「……そのうち帰ってくるよ」

 

 厄介ごとを引きつけれて。

 最後までその言葉を言えなかったが、すぐにでもわかる事だ。

 

 カセキと3700年の科学について談笑していると、村のある方角から煙が多数上がっているのが確認できた。焦って村に向かおうとするカセキを止め、こちらへ逃げてくる子供達を科学倉庫へ誘導する。

 

「千空君! 子供らの事は私に私任せて君らは戦闘に──」

 

 戦闘に集中して、と言い切る前にほむらが周辺に火を放つ。

 水だと叫び消火活動を始める千空達を前にしたスイカは、自分が科学王国を守るのだと自ら囮へなりに森の中へと向かった。

 その姿を見て尚更、私の精神はズタボロになっていく。

 

 村が火事になる事を知っていた。

 それでも何もにしなかった。

 

 このまま何もしなくてもスイカは助かる。それは分かっている。

 

 嗚呼、それでも。

 

「──千空! これ持ってスイカを追って!」

 

 倉庫にあったガスマスクを持ち出し、私は水を吸い上げるコハクと入れ替わる。

 

「コハクちゃんも早くそれもって向かって! こんな事なら私にもできるから! 早くスイカの所に!」

「チッ、テメーもそう考えたか。コハク! ここは茉莉達に任せてスイカを追うぞ!」

「なんだか分からんが了解した! 茉莉、頼んだぞ」

 

 コハクの言葉に頷いて、私は必死に腕を動かし水を吸い上げる。

 有難いことに私の両腕はとうの昔に筋肉質になっていてそこまで苦に感じる事はない。ただ一つ、どうしても苦痛なのは嫌でも罪悪感で締め付けている心だけ。

 その痛みはどう足掻いても消える事はないし、私が死ぬ時まで抱えなきゃならないものなのだろう。

 

 苦しい。

 辛い。

 逃げ出したい。

 

 それでも何処にも行けなくて、逃げられなくて。私はただそこにあるしかない存在なのだ。今更どうこうしたところで、生まれてきてしまった以上思い出してしまった以上もう遅い。

 

「クソゲーすぎんだよ、むしろ無理ゲーかっ」

 

 どうしようも無い怒りを力へと変え、私は消火が完了する時まで必死に腕を動かした。

 

 

 

 

 

 

 ラボ周辺の火事も無事に収まり、スイカを含めた三人も怪我ひとつなく戻ってくる事は出来たが私の心は晴れやしない。

 ゾロゾロと村へ向かい切り落とされた橋をカセキ中心に直したものの、結局は集落は焼けてしまっていた。

 

 「建物などまた造ればよい! 一人の犠牲者も出さずに輩を撃退した、我々石神村の完全勝利だ!」

 

 元村長の言葉で皆大声をあげるが、私は一人、みんなの背中を見ながら口を硬く結ぶ。

 彼等の住居を焼き払ったのはほむらではあるが、私にだって原因があるようにも思えたのだ。

 

 私しか知らないとは言え、"知っていた"のに何もしなかった。する気さえなかった。

 もし私が何かを言っていたならば、こんな未来を変えられたのかも知らない。

 どう足掻いたって変えられないと分かっていながら、私は私の意思を恨んだ。

 

 「つっても今度は司ちゃん直々に大軍でくるよ、どうすんの……」

 「座して待つのか!?」

 「いや、先制攻撃する。楽しい科学の発明品でな。現代戦ではこれを制したやつが勝つ! 人類200万年最強の武器だ」

 

 千空の言うそれは、本来石器時代にあるはずのないもの。司さえ、氷月でさえ、考えのつかないものだ。

 それを、私たちは作ることになる。

 



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25 凡人、モブになる。

 

 

 

「石化復活液の作り方自体はカンタンだ。なのに俺らはその辺の石像一つ直しちゃいねぇ。材料の硝酸がねぇからだ」

 

 硝酸はやろうと思えば排泄物や死体から作り上げることも可能だが、一、二ヶ月でできる品物ではない。なら三年暇してなんなら作っておけばよかったんじゃないって考えも出てくるが、当初私はこんなに千空や石神村に関わるつもりもなかったし、作ったところで素直に渡すこともなかっただろう。それに何よりこの作り方も温泉に行ったときに昔の記憶が思い出された程度で、実際に作ったこともなければ正しい作り方も私は知らない。故に私はやっぱり役立たずだと言えよう。

 

「科学用語が難しくてイマイチ話が見えんな」

「わかりやすく教えてちょ」

「司軍はガッツリ人数の利作ってキッチリ大軍整えてくるっつぅ話だ!」

「向こうの戦士は時間でひたすら増えてくからねぇ、こっちの火薬は増えないのに」

 

 銃は作れないし、火薬がないから爆薬も無理。石化を解くなんてもってのほか。

 どう考えたって普通ならば既に詰んでいる。

 だがしかし、ここにいるのは我らが千空様だ。そう簡単に敗北するわけもない。

 

「ククク、泣いて喜べ! ついに現代技術のご登場だ! 人類200万年最強の武器! それは──」

「核、なわけないしね?」

「違う! 通信技術だ。ケータイを作る、このストーンワールドでな。唆るぜこれは……」

 

 ケータイがなんだか分からないコハク達は頭の上にハテナを浮かべ、ゲンは一人で盛大に顔を歪める。そして私の方をチラリと観るとジーマーで、と確認を取る始末だった。

 

「千空先生だよ? 本気で言ってるに決まってるでしょ」

「なんで茉莉ちゃんはそんなに驚いてないの!?」

「いやだって、千空君だよ? むしろ驚かれてもちょっと──」

「茉莉! ゲン! 私たちにもわかる様に説明してくれ!」

「んー、村のみんなにも説明しなきゃだし、ゲン君ファイト」

「え? 俺なの!?」

 

 勿論言葉の達人ことメンタリストのゲンにその役を担ってもらう。

 何せ私は既に私に見合わないストレスを溜め込んでるせいでかなりお腹が痛いのだ、そんな余裕ない。

 

 村の住人をラボまで集めそこでゲンはケータイとは何か、通信とは何かを簡単に話し、彼等は響めきながら目を丸くさせる。

 そりゃ遠くにいる人間と即座に会話ができるなんて考えたことなんてない事なのだ、驚くのも無理はない。

 カセキとクロムの二人は目を煌かせているので、やはりこの二人は脳の作りが違うのだろう。

 

「それが武器になるのか?」

「なりまくるわ。通信が戦力差をひっくり返す! 例えば内通者がリアルタイムに情報垂れ流しゃ圧勝だ! うまいこと連携キメりゃ司帝国無血開城すら夢じゃねぇ」

「でも、内通者なんて誰が……」

「あ"ーそうだ、とっくにいんだろが。大樹&杠、二人もよ──!」

 

 嗚呼そうだ。

 二人があちら側にいるのだった。

 

 別に二人を忘れていたわけではないが、自分のことで精一杯で何も考えてはいなかった。全くもって私という人間は自己中心的なやつだ。杠を危険に晒していたことすら、忘れかけていたなんて。

 

 二人に会ったらなんで言葉をかければいい?

 逃げてごめん?

 見捨ててごめん?

 役立たずでごめん?

 謝る言葉しか思い浮かばない。

 

「──った」

 

 キリリと、お腹の奥が痛んだ。

 

「……おい茉莉、大丈夫か。テメー顔色が悪りぃぞ──」

 

 そう言って手を伸ばしてきた千空の手を払い除け、私は二、三歩後ろに下がる。大丈夫とにへらと笑うも、何故だか千空の顔は歪むだけ。

 

「大丈夫ってなぁ、そんな顔で言われても説得力ねぇわ。休んでろ」

「いや、大丈夫だから。バリバリ働けるから。私は何をすればいい?」

「だから休んでろっ言ってんだろが、何度も言わすな」

「っわかった。なにも、しない」

 

 私は必要ない。

 必要など、されていない。

 

 そう言われているように感じ、締め付けるようにまた腹の奥底がキリリと痛んだ。

 

「千空! そんな言い方はないだろう! 茉莉、大丈夫か──」

「ッ触んな!」

 

 バチリと手と手が交差した音が響く。

 私は無意識に差し伸べられたコハクの手を強く払い除け、そしてその言葉に反した行動をとってしまったと瞬時に理解する。だが理解したところで遅く、私を見つめる多数の瞳に恐怖した。

 ただ私を心配しただけのコハクの手を振り払い、暴言まで吐いたのだ。そりゃ冷たい視線を向けられて当たり前だろう。全くもって、全てに嫌気がさす。

 

「ごめん、ちょっと頭冷やしてくる」

 

 ここにいたくなくて背を向けて、一人村の外へと逃げ出した。

 逃げ出しても尚腹は痛むし、ついに吐き気までまともこみ上げて、草むらに内容物をぶち撒ける。何度とも何度も吐き出して、最後にはただの液体だけを無様に口から垂らした。

 

「はっ、マジクソやろーじゃんか。なんで必死に生きてんだろ」

 

 こんな思いをしてまで生きている必要があるのだろうか。

 態々辛い選択をしてまで彼等といる意味はあるのだろうか。

 見ていたい、それだけの欲で私が苦しむ理由はなんだ。

 

 全部自分で選んできた事だというのに、それでもこの選択を"選ばされた"と誰かを恨みたくて仕方がない。

 ヨロヨロした足取りで村から離れ、何度目かわからない吐き気に襲われ残っている水分を吐き出す。森を汚してごめんなさいと失笑しながら、それでも行く当てもなく森の中を彷徨った。

 ある程度の距離が出来たところで木の根元に背をつけてゆっくりとしゃがみ込み頭を覆い、このどうしようもない罪悪感を受け入れる。

 石神村にしたことも杠にした事も、どうにか出来たのにしない選択をしたのは自分だった。だというのにどうしようもなく心臓が痛む気がする。

 全てはただの錯覚だというのに、痛む心臓に手を当ててゆっくりと呼吸を繰り返す。でも痛みは治ることはない。

 

「やっぱり、帰ろうかなぁ」

 

 二ヶ月あまり森の中の家には帰っていないが、そこに戻った方が精神的に余裕ができるに違いない。秋が始まる前の今ならばまだ一人で冬を越すための準備に間に合うし、そうすれば春以降まで人と関わることはなくて済むだろう。そこまで一人で過ごせれば、少なくとも今よりマシな精神を保てるはずだ。

 

「よし、帰ろう。それが一番いい選択だ」

「そうか、じゃあ帰んぞ」

「へ? なん、で?」

 

 いざ独り立ちしようと意気込んで言葉を吐き出せばそこにいるはずのない千空がいて、呆れた顔で私を見ているではないか。

 何故、どうしてと口をパクパクとさせていると千空は深くため息をつき、私の真横に腰掛けた。

 

「ご丁寧に目印があったんでな、カンタンにテメーの場所まで来れたわ」

「目印って──まさか、吐瀉物?」

「ご名答だ。で、帰んねぇのか」

 

 推しに廃棄物を見られた羞恥心と、違う場所へと帰ると言い出せない後ろめたさで言葉が上手く操れない。

 さて、どうしたものかと無言で頭を悩ませていると千空はまた深くため息を吐いた。

 どうやら私の存在に随分と呆れているようだ。

 ならいっそのことこのまま存在を無視してくれればいいのにななんて思いさえもあるが、千空は如何やら違う考えにいたったようである。

 

「──一人の方がいいのか?」

「んー、うん。今は、一人がいいかな、なんて」

「そうか、じゃあ心置きなくテメーに頼めるわ」

「え、何を? 無理ゲーじゃないやつでヨロシク?」

「なぁに簡単な事だ。村が燃えちまった以上備蓄品が足りねぇし、冬越えに備える必要もある。そこで茉莉、テメーは当分村全員を養えるほどの塩造りと食い扶持の維持だ」

「あー、塩漬けに必要ってことか。食い扶持ってのはケータイ作りに人数使うから狩りでもしとけってことかな? あと可能なら冬服作りとか?」

「よくわかってんじゃねぇか、流石は茉莉先生だ」

 

 もとより記憶があった為だとは言わないが、いやでも心配になっていた事実を言い当てられたような気もする。

 たしかにその仕事ならば少ない接点で行動できるし、その接する人物も千空に限ることもできるだろう。村全体と関わるのは今は遠慮したいが、それならばなんとか精神崩壊まではいかないかもしれない。

 逃げ出したいと考えていながらもこうやって仕事を与えられてしまうとどうも逃げられない私がいて、甘えと言えばそうなのだろうが、結局のところ私は彼のそばに居たいと願っているのだろう。

 

「……千空君、村の人たちの家作るなら暖炉作れる設計にした方がいいと思うよ。3700年前と違って今の冬はよく雪が降るから」

「あ"ー確かにな、そういう指示は出しておく。なんか必要なものはあるか? 用意しといてやる」

「んー、塩づくりのために拠点を海辺に移すけど基本自分でなんとか出来る。ただ鍋とできた塩を保存する容器と、可能であればトラバサミとボーガンが欲しいデス。獲れた獲物はある程度バラして村にお届けしマス」

 

 ヨロシクお願いしますと頭を下げると、千空は喉を震わせて笑い私の髪をわしゃわしゃと荒らした。

 撫でる、という表現は使えないほどの荒らし方だった。

 

「──一応言っておくが、テメーの帰る場所はもう出来てんだよ、間違っても一人でツッパしんじゃねぇぞ。それに、あ"ー、あれだ。テメーが思ってる以上に、俺はテメーを信頼してんだ、だから茉莉、テメーも少しは俺を頼れ」

「…………考え、とく?」

 

 頼れと言われてすぐに頼れるほど私はできた人間ではないし、何を頼ればいいのかわからない。けれどそんな私を信用してくれていると、初めて千空の口から聞いた気がする。

 現代人が身近に居ないせいで私なんぞにも信頼を寄せなければ千空はやっていけないのであろう。

 ならば私も、ほんの少し。微力ながら力を貸せたらいいななんて思いも湧いてくる。

 

 運命を、物語を変える気なんてさらさらないが、私が出来る最善を、千空のために、推しが笑ってくれる未来のために、ほんの少し、頑張ろう。

 

 たとえそのせいで自分が壊れてしまったとしても、全ては私が背負うべき問題だ。

 恨むなら、こんな世界に生まれたことを恨めばいい。

 

「千空君、ありがとう」

 

 君のおかげで私はただのモブになりきれる。

 推しの手駒Aとして、名のないモブとして、今は精一杯頑張れる。

 

 だから大樹と杠と合流したあとは、サッパリと、私との縁を切ってくれ。

 ただのモブより名のついた"キャラクター"達を頼ってくれ。

 

 それが正しい未来なのだから。そこに私は必要ないのだから。

 

 今だけは、味方少ない今だけは、少なからず君の役に出るよう、モブなりに頑張るよ。

 

 

 

 

 

 




千空パイセンの休んでろ発言から一気に病み、立ち直れなかったオリ主は千空の考えと真逆な考えにたどりつく。
いろんな意味の勘違いが勃発しているようです。


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26 凡人、やるときゃやる。

 

 

 

 それからというもの、私の主の仕事は塩造りとなった。

 塩の作り方は至ってシンプルでただ塩の結晶ができるまで海水を煮詰める、だだこれだけ。とは言ったものの本来ならば海水を二度濾過する工程もあるのだがフィルターになるものなんて私は持ち得てないし、ただ煮詰めて作るだけだ。これが千空の作業であったのならばフィルターなんかも作ってしまうのだろうが、作業を任されたのは私なので諦めていただきたい。

 

 おおよそ2リットルの海水で出来る塩が50グラムだと記憶してはいるが、保存食を作るならばかなり多くの塩が必要だとわかりきってはいる。村の人口は大人が約四十人、それを養うだけの食料を生み出さなければならない。もう少し冬に近づいてきたら狩りを本格的にしていくとして、当分は塩作りが最優先事項だ。

 

 てなわけで、私は朝から晩まで鍋と睨めっこ耐久戦をやっているのである。

 火をつけたままうっかり寝落ちする事もあるが、大体悪夢で目覚めて丁度いいとそのまま海へ寝ている魚を獲りに向かい、その後とれればカンタンに一夜干しをつくる。そして薪拾いをしながら罠を見回り、獣がかかっていたりありがたいことに出くわした場合は即座に仕留める。千空パイセンからいただいたボウガンのおかげで脳天ずぶり出来るので仕留めやすくはなった。血抜きをして川で身を冷やしたあと部位を切り分け村へとお届けし、畑があるのならば内臓を肥料にして使えるようにするのだけど、村ではそこまでしてないので以下略、だ。

 

「さてと、本日分もお届けしますか」

 

 よっこいしょと背中に肉や魚のの入った籠を背負い、千空達の元へと向かう。そこそこぎっしり入ったり籠は重いが、これが贖罪だと思えば耐えられるというものだ。

 少しずつ村へと近づいていくと仄かに甘い香りが鼻腔をくすぐり、思わずすすむ足取りが早くなる。

 この匂いはなんだったけと記憶を思い起こすもなかなか思い浮かばず、その匂いの正体が分かったのは可愛らしい二人のおかげでもあった。

 

「ふわぁぁあああ!!」

「こ、これはなんという! 骨の髄までとろけそうだ……!」

「わたあめ、か──」

 

 まともな菓子のないこのストーンワールドで綿菓子は贅沢品であり趣向品ともいえる。

 砂糖をそのまま食べるならば石神村でもあっただろうが、それをいちいち溶かして食べるなんて発想なんて出来るわけもない。

 

「ちょーどいいところに来たな、茉莉。ほれ、テメーの分だ」

「ん、ありがとう。こっちも食料のお届けね」

 

 物々交換として千空に籠を渡し、そして受け取った綿あめをひと舐めする。

 糖分が足りていない体に染み渡るような甘さで、すーと頭が冴えていくような感覚すら覚えるほどそのわたあめは美味しかった。

 

「わざわざ火事で材料作ってくれちゃったほむらちゃんにも感謝だねぇ」

「ん? 材料は糖、それでわたあめ、ってことはあれも作れるんじゃない?」

 

 ゲンと千空、村の女衆が恋バナかと耳を澄ませる最中、私はカセキの爺さんの元へとコソコソと向かう。そしてそこで半円球の金属のお玉を作成してもらい、ついでにみりんの固まった糖と重曹をラボから拝借。

 私が今からすることを気にするカセキを隣に控え、お玉の中で糖を溶かし煮詰め、重曹を少し加えてぐるりと混ぜる。 

 

「なんと!? 膨らんだぞい!」

「ムフフ、これはカルメ焼っていう砂糖のお菓子デス。ちょっと苦くなるけどかさ増えるし最高でしょ?」

 

 膨らみ固まったカルメ焼をお玉から外し、半分こしてバリバリと食べる。カセキもわたあめと違ったお菓子に嬉しそうで、私も思わず笑みを浮かべた。

 甘いが少し苦くて、歯応えも良い、最高。

 ムフフと笑いもぐもぐと食べていると腰あたりをツンツンと突かれ、振り返るとそこにはスイカ達お子様集団がキラキラとしたお目までこちらを見ているではないか。

 ここで無視するのはよろしくないなと千空に断りを入れて糖分と重曹を貰い、いつの間にか列を成す村人達へと新たに作って配ることになった。もちろんそこにはゲンや千空、ほむらも含んでいるわけで相当な量となってしまったのはいうまでもないだろう。

 

「茉莉もやはり科学使いなのだな!」

「あー、いや、違うよ。──私たち、旧時代の人間は15歳までは義務で知識を学んでいて、これもその知識の一つなだけ。科学使いとは程遠いよ」

 

 にっこりと笑って私を見つめるコハクから目を逸らし、私はいそいそと帰り支度をする。

 あれから何度かコハクは私に声をかけてくれているのだが、どうも気不味くて仕方ないのだ。

 

「そうだとしても、その知識を使いこなせる茉莉は凄いではないか。それに今じゃ茉莉はこの村の台所番とも言えるし、本当に助かっているのだぞ? 茉莉が男であったら嫁に行きたいともルビィが言ってたしな」

「嫁? 何故に?」

「そりゃ茉莉の方が村の男達より狩りが上手いからだろう。安定して上手い肉を食えるなんて早々ないからな」

「──そういうことか」

 

 別に石神村の住人が狩りが下手だというわけではない。むしろマグマあたりはよく狩りをして肉を食べていたらしいし、ただ漁を中心にしていただけで頻繁ではないが食べてはいたのだろう。それにちゃんと血抜きをしてないから美味しくないだけで、そこんとこ忘れなければより上手い肉は食べられるのだよと教え込みたい。だけど、そこまでする予定は組めないし、今後手が余ったら知識を継承していこう。

 

 まぁ、あのマグマがわたしの言うことを聞くとは思えないのだけれども。

 

「──じゃあ私はこれで」

「待て茉莉! いい加減君もこっちに戻ってきてはどうだ? そろそろ寒くなりつつあるし一人では……」

「大丈夫だよ。それにまだ、やるべき事があるから。じゃあ、また」

 

 私を引き止めようとするコハクやスイカの顔を見ないようにして籠を背負い直し、走り出す。

 やはりまだ心臓はキリリと痛むし、どうしようもなく人の目が怖いのだ。ここに住むことなんてできやしない。

 コハクは気にしていないようだが私は嫌でも気にするし、それにちゃんと作り笑いを作れる気もしない。もう少し、いや、少しどころではない時間が弱い私には必要なのだろう。

 

 村から離れたところで立ち止まり、深くため息をついてしゃがみ込む。どうしようもなく痛む気がする左胸に手を当てて、私はもう一度深く息を吐いた。

 

 こんな事で泣き言を言ってはいられない。

 私は今やるべき事を淡々とこなさなければならないのだ。

 

 笑え。笑え。笑え。

 口角をあげて、自分の感情を隠せ。

 誰にも私と言う存在を感づかせるな。

 私は石ころだ。雑草だ。その他のモブだ。

 大丈夫、上手くやれる。

 3700年前からそうやってきたのだ、今更変えることなんて出来やしない。

 私は私の選んだ事をこなすだけ。

 それが物語どおりにするために誰かを傷つける事だとしても、それが、弱い私にできる唯一の事なのだから。

 

「──ッやってらんねーよ、全く。ここは地獄か、クソ喰らえ!」

 

 呆れ返るほど綺麗な青空に暴言を吐き出し、私一人、自分の今ある場所へと帰宅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が帰る家は、家と呼ぶほどではない小さな拠点で海辺のすぐ側に簡易的に立てたものだ。

 私一人生活できるほどの大きさで、寝床も草がひきつめてあるだけ。屋根もあるからそこまで不便ではないし、人肌が凄く恋しくなることあるが、それはまぁ、目の前にいる彼らが和らげているので問題はない。

 

 いや、問題しかないのかも知れないが。

 

「茉莉ちゃーん、今日のご飯何ぃ?」

「久々に味の濃いもの食いてぇ」

「君ら二人はなんでここにご飯食べに来んのよ?」

 

 おかしな事に、二日に一度は千空とゲンは私のもとに夕ご飯を食べに来るのだ。

 人がいくらナイーブになっていようと関係なく二人は現れて、そして味の濃いめな私のご飯を掻っ攫っていく。

 初回はほぼ食い尽くされ新たに夕食を作り足したが、二度三度とこの行動が当たり前となれば事前に多めに作っておくことは出来るし、もし来なくても次の日のご飯に回せば問題ない。

 まぁ今の所、二日にいっぺんの行動は崩れた試しはないのだけれども。

 

「やっぱりさぁ現代っ子には濃い味付けが恋しいわけでね、村のご飯が美味しくないわけじゃないんだよジーマーで!」

「茉莉が作るメシは大体濃いめだからな。で、今日は何だ?」

「んー、猪汁だよ。はいどーぞ」

 

 一息ついてつくりたての猪汁をよそって渡せばゲンは嬉しそうに笑って受け取り、千空は喉を鳴らして早速食べ始めている。どれだけ濃い味に焦がれているのだと思うも、たしかに塩だけの味付けだと飽きもくるのだろう。私は既に四年もたっていて諦めの境地に立っているが、復活一年未満でありコーラ大好きっ子のゲンは特に辛そうだ。

 

「……え! これってこんにゃく!?」

「んー、蒟蒻芋見つけたからね、作ってみた」

「おー、すいとんもあんじゃねぇか!」

「ねこじゃらし粉とどんぐり粉混ぜて作ったすいとんだけどね。まぁ炭水化物は食べたくなるし?」

「ゴイスー豪華じゃんこの鍋! って牛蒡も大根もはいってるし!」

「季節的にとれるからね、野生化してたの入れてみた。出汁出て美味いよね」

 

 そう言いつつ私も猪汁を啜りつつ蝋燭に火を灯せば、何故だかゲンがじっと私をみているではないか。

 流石に驚いた素振りは見せなかったが、何かしらおかしな事を発見したのだと検討がつく。

 はてさて、それはいったい何なのだと思考してみるも思いつくものはない。

 

「……茉莉ちゃんって、実はゴイスーな子なんじゃ──?」

「今更だろ、こいつのサバイバル知識は普通の女のソレじゃねぇんだよ。それにその蝋燭もテメーが作ったやつだろ? 他に作る予定なもんはあんのか?」

「んーそれ程すごい事ではないと思うけど? 覚えている事こなしてるだけだし。他に作る予定なのは──とりあえず魚醤かな。醤油と味噌は当分無理そうだし」

 

 山で採れるものの知識は祖父母に叩き込んでもらったし、蒟蒻の作り方も知り合いのおばさま方に教えてもらったものだ。そしてそれを繰り返し実行し覚えただけに過ぎない。

 蝋燭の作り方も同様に牛脂を買って作って試した事があるだけ。

 誰しもが慣れで覚える計算式と同じで、私じゃなくても覚えている人が復活していれば凄いことなんてない。

 

「魚醤ってそんな簡単に作れるもんなの?」

「塩と魚があって、冷蔵保存できればできるよ。そうすればもう少し食文化が生まれるねぇ。……来年あたりには麦がどうにかなるだろうし魚醤ラーメン作れるかな?」

 

 麦の前になんか嫌な出来事あった気がするから後で記憶ノートで確かめておかなきゃなんないな。

 

「あ"ー麦か。どこかには生えてんだろうがその前にやる事があんだろうが」

「やることって?」

「それは司ちゃん達のことに決まってるでしょ。茉莉ちゃんは不安とか、怖くはないの? 司ちゃんと戦うの」

「え、別に。千空君勝つの分かりきってるし不安にすらならんわ」

 

 ズバリとそう言い切って、二人の目を見開くさまを見て思わずにっこりと笑う。

 これ以上話すといらん事を話すかも知れないし、笑って黙るのか得策だろう。

 気を緩めたところにゲンはいつも唐突に話をぶち込んでくるからつい本音が出てしまうし、そう言う行動は控えていただきたい。じゃないと私の精神がさらに不安定になりそうだ。

 

「ククク、テメーは俺が勝つって"分かりきってん"のか。そりゃおありがてぇ。だがその根拠が知りてぇな?」

 

 まさかの千空さんからのツッコミが入るか。

 はてさて、どう答えたものか。素直に未来を知っています!なんて答えられるわけないし、当たり障りのない言葉の羅列をして欺くしかない。

 

「単純な話だよ。司君は一人だ、だから千空君が勝つのだよ」

「だからその根拠が知りてぇって言ってんだ」

「根拠って言ってもねぇ。いくら司君が武力で治めているとして、それで全員が彼の味方なわけないじゃん。肉体的強さだけでは人はついていかないんだよ、それこそその"強さ"に根拠がないのだから。そこに科学の力を持った人間が現れれば楽したい人間や娯楽が欲しい人間、3700年前が恋しい人間はなびくに決まってる。そしたらそれがまた違った"強さ"になるわけで。──つまり何が言いたいかと言うと、考える事をやめた猿人に、人間が負けるわけないだろう? 司君がやってることはそこら辺の猿と同じお山の大将で、きちんと統治してる人間の千空君が負けるわけがない。以上! 文句は聞かない!」

 

 これ以上の話はしないぞとそっぽを向いてやや冷たくなった汁を啜り、無視を決め込む。これ以上それっぽい言葉を並べるなんて苦行、私はしたくない。

 有難いことにその後2人はその発言についてツッコミを入れてくることはなく、大人しくラボへと帰っていった。

 

 全くもって散々な夕食だったとため息を吐き出し、私は1人夜空を眺めて寝転んだ。

 

「……考える事をやめた猿は、果たして司なのだろうか?」

 

 もし仮に私に知識が無かったとしたら、千空を見捨てて司についていた可能性は大だ。

 だってその方が楽に生きられる。

 科学がない不便さはあるが、がっつり働かされる千空の元にいるよりはと考えそうだ。

 そりゃ誰だって楽していきたいと、そう願うものだからだである。

 

 ただ私の場合は知識があって、結果がこのアリ地獄。

 もがいてももがいても知識という砂に足を取られ、結局はこうも簡単に自尊心に囚われて懺悔するだけの生き地獄に陥る。

 必死に生きることだけを考えていたのに地獄に落ちて、考えるのをやめてもそのまた地獄。

 

 いったいいつまでこの地獄が続くのだろうか。

 

「──結局、それを作り上げてるのは自分だというのに、何にも考えない猿は私なのかな」

 

 必要とされたいと願いながら突き放してほしいとも願い、側にいたいと思いながら彼らを見ていたくないとも思っている。

 

 全くもって、無様な人間なのだ。私という人間は。

 

「……今日もまた寝れそうにないなー。今日の夢はどんな夢かな、どうせ地獄だろうけど」

 

 キラキラと煌めいている夜空を眺めながら、私はゆっくりと瞼を下ろす。

 

 その先にあるのがどうしようもない拒絶という虚像だと、私は嫌というほど知っているというに。

 それでも私は仄暗い夢を見るしかない。

 

 

 



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27 凡人、狩る。

 

 

 

「うっわ、水車じゃん。よく作れたねぇ」

「っ茉莉も知ってんのかよ!」

「いや、現代人で知らない人はいないと思うよ? クロム君には悪いけどね」

 

 川の隣でぐるぐると回る水車を見ながら私は考えを巡らせる。ノートには記載されていなかったが、多分これで電気が蓄電される、はず。

 ふと何やら作業をしている千空に視線を移すと、ちょうどバキリと音を立てて丸太が割れたところだった。きっと何かの部品を作ろうとしているのだろうが、何せ千空は不器用だ。そう簡単に作れるはずもなく。

 

「クッソ、また割れた。設計図から写し直しだ!」

「うっわ。これを手作業で作るとか鬼畜作業だわ、職人に任せよ?」

 

 設計図を見ながらヘロヘロのクロムとカセキを呼べば、二人はキラキラと目を光らせてその設計図を考察する。

 

「円の半分だけつけたギザギザが上下交互に引っかかって、ただの回転が往復の動きにすり変わんのか。よくできすぎだろ、人類の考えたカラクリ。これはヤベー!」

「工作がもうめっちゃワクワクしちゃって腹立たしいのー。ほれ、こまい細工は職人に任せんかい!!」

 

 目の色を変え、生気をまた宿した二人と指示を出し始める千空を前に、私は小さく息を吐く。

 いくら物作りが好きでも私はあそこまでやれる気はしない。

 

 たまたまそばにいたスイカと共に三人のサポートをしつつ完成したそれを見た時、私はやっと欲しいものが作れるとほんの少し心を躍らせた。

 

「火ー、燃やしまくるフーフー装置もついにレベル3だぜ!」

 

 水車を使い炉に空気を送る装置を見た村人は泣いて喜び、互いに泣きながら両手を合わせた。

 

「動力ばんざぁぁぁあい!」

「だから楽するためじゃねぇってつってんだろ!」

「非戦闘員は冬備えに集中できるな!」

「そうだな。って事で茉莉、テメーの出番だ。バンバン狩ってこい」

「えー、私、炉を使って欲しいものあるんだけども」

「カセキに頼んどいてやる。だからちゃんと血抜きからなんやら教えとけ」

 

 面倒だなと思いながらもやはり推しのお願いに勝てることはなく、私は渋々頷いた。

 獣を狩るようにナイフとハンマーを装備し嫌々ながら村人たちの輪に加わる。

 私の姿を見つけたコハクはにっこりと笑ってくれたが、いかせん他の人の視線が気になるところだ。

 

「んーあー、コハクちゃん。一つ聞きたいのだけれども君たちは食肉にする為にどういう処理をしてる?」

「どうって、殺して血抜きして、食べられる部位を分けるくらいか? 毛皮はもちろん取っておくが」

「じゃあすぐ息の根止めちゃうって事でオッケー?」

「うむ、そうだな!」

 

 薄々気づいていたのだがやはり石神村は漁文化だし、そこまで獣の食肉の為の処理は継承されていないのだろう。否、百物語がある訳だし処理が伝わっていないわけではないのか?ただそれが簡略化されてるだけかもしれない。冬に備えるためは血抜きはガッツリしていただきたいし、ほんの少し口を出しても問題はないだろうか。

 

「んー、魚の処理に関しては村の皆さんの方が慣れてるからそこまでいう事ないんだけど、猪はともかく鹿を捕まえたときはすぐに殺さずに気絶させて持って帰ってきてもらってもいいかな?」

「あ"? なんでそんな面倒なことしなきゃなんねぇんだ。余所者が口出すんじゃねぇ」

「マグマ! お前は少し黙ってろ!」

 

 まぁ、そうなるよね。

 千空が気に入らないマグマは勿論私も気に入らないわけで、ギロリと鋭い視線を投げつける。コハクがマグマを止めるも、やはりマグマ以外にも私に視線を向けるものもいるわけでいい気分ではない。

 村のために何かしらやってる千空やゲンなら兎も角、何もしてない、それも女の指示には従いたくはないのだろう。

 

「んー、私が気に入らないならそれでもいいけど冬の間美味しいお肉食べたくない? ちゃんと血抜きするだけでも腐りにくいし生臭くない肉が食べられるんだけど? 処理もそこそこ簡単でまだ生きてる動物逆さまにして、頸動脈切って心臓止まるまで吊るしとくだけ。あとは内臓取って川の水で冷やす。ただそれだけだよ? 私でもできる単純作業なのにできないんだー、そうかー難しいかー。めんどうかー。

 私みたいな女でもできるのにできないんだー、ならしょうがないかー。できないんだもんねー。面倒なんだもんねー? しょうがないね、できないんだもんねー?」

「テメーにできんならできるに決まってるだろ! なめるんじゃねぇ! 俺の方がテメーより多く狩ってきてやるぜ!」

「そっかーガンバッテー」

 

 マグマさん、単純で大変助かります。

 槍やらなんやらを持って森に向かう村人を見送り、私も森の中へ。

 マグマには悪いが既に罠を張ってるところもあるし獣道も見つけているし、負ける気はしないのだけど。

 

「で、なんでコハクちゃん達は私についてくるのかな?」

「ん? 駄目か?」

「いや、駄目じゃないけども」

 

 狩りの手伝いをしてくれるのならば問題ないと伝え、コハクと金銀兄弟と共に罠を張った場所へ向かう。その間の会話なんてなく、やはり気まずさ倍増だ。

 

 ありがたいことに罠には一匹の猪が掛かっていて、鼻息荒く私達をギラついた瞳を向ける。

 猪は猪で自分の命がかかっている事がわかるのだろう。だからといって怯む私は既にいない。

 槍を持ち近づこうとする金狼を止め、代わりに私は一本の木の棒を構えた。それはいつも使っている堅い木の枝で、気絶させるために使うものだ。

 呼吸を整え距離を詰めそして隙を見て猪の眉間にどついて失神させ、そのまま押さえ込んで気管ごと頸動脈を掻っ切った。

 ドクドクと流れ出すモノに気をつけながら後ろ足を縛り、ロープに繋いで逆さまに吊るして心臓が止まるその瞬間まで血を抜く。

 

「血が抜けたら水車付近まで運んで内臓出して肉を冷やそうか? ってなんでそんな顔しての?」

 

 一仕事終えて一息つくと、後ろで控えていた三人は目を見開いて驚いていた。特に銀狼は面白いほどに目が泳いでいて、私と視線が交わらない。

 

「千空から聞いていたが、思っていたより手際がいいモノだな」

「コハク以外にも動ける女がいるとは、驚きだ……」

「むしろなんで茉莉ちゃん平然としてるの!? 猪でも下手したら死ぬのに!?」

「んー? いや、狩りは慣れだよ、慣れ。狙い場所とか仕留め方とか、経験積んどけば女がとか関係ないし、生きるために必要な知識でしょ?」

 

 別におかしい事じゃないよねと首を傾げれば、それはそうなのだがと三人ら頭を悩ませてるようである。

 

「生きるためと言われればそうなのかもしれんが、茉莉が生きてた時代でもそうだったのか?」

「何が?」

「狩りすることが、だ」

 

 金狼が言いたいことはつまり、この行為が当たり前であったのかということだろう。

 そりゃぱっと見何も出来なそうな人間が当たり前のように獣を狩って仕留めていれば、そう思ってもしまってもおかしくはない。それに千空はこの時代の男としたら弱いし、もしそれが当たり前だとしたら尚更疑問に思うのだろう。

 

「殆どの人は狩りなんてしたことないと思うし、生き物を殺すのだって躊躇う時代だよ。まぁあれだ、私が異常なだけ」

「異常? 狩りがか?」

「私たちの時代では、お店でスライスされてたのを買うのが当たり前だからね。魚も切り身になってるのが殆どだし、子供なんかは切り身が泳いでるって思ってた子もいるくらい。それなのにわざわざ野生動物を狩るのは野蛮だっていう人間の方が多かったよ。────私の両親も、多分そうだった」

 

 親から見た私は、きっと気味の悪い子供だっただろう。

 愛情がなかったわけではないがやはり困った顔をよくしていたし、扱いにくいこどもだったと思う。狩猟を始めた頃なんか女の子なのにって止められたし、私のすることを理解してはなかったと思う。

 やめろと強く言わないだけで、いや、言えないだけで。

 きっと嫌だっただろうに。

 

「色々あって私は生きるために学んだ結果がこれで今役に立ってるけど、現代に生きてたら社会不適合者だよ。今もそうだけど」

「不適合って……」

「人ってさ、自分とちがうモノを排除したがるじゃん? つまりソレが私的な。ってそろそろいい感じに血も抜けたので帰りますかー」

 

 にへらと笑ってロープをおろし、木の棒にイノシシの手足を縛って金狼銀狼に運んでもらう。

 微妙に気まずい空気が流れていたが、あまり気にしないでいいのになと小さく息を吐いた。

 

 うっかり昔話をしたせいで仲の良い爺さん達に会いたくなってしまったが、今はまだその術はない。友達といえばお年寄りだった私からしてみれば若者が多いこの村も、司帝国も、どちらにしろ居場所はないのかもしれない。

 

「──茉莉は、異常ではないぞ」

 

 不意にそう口に出したのはコハクだった。

 

「生きたいと思うのは動物の本能だ。だから腹は減るし私たちは狩りをする。何もおかしいことはない。だから茉莉は異常でもないし、不適合者でもない。まぁ、もう少し私達を頼ってくれればいいと思うがな」

「……コハクの言う通りだ。男に劣らず狩りの腕があるのは誇るべきことだ。何も気にすることはない」

「そうだよ! ほらみんな美味しい肉食べられて喜んでるしぃ? 茉莉ちゃんの頑張りは無駄ではないよ! ね!」

「ん? んー、ソダネ」

 

 もしかしなくても、私は慰められているのだろうか?

 

 別に私は私のしてきた事を後悔しているわけではないし悔いているわけでもない。

 両親に理解されない事は悲しかったがちゃんと愛情込めて育ててくれたのはわかっているし、子供だから全て受け入れろとは思ってはいない。両親の代わりに祖父やお爺さん集団が休みの度に面倒見てくれたわけだし、両親が私を避けていたわけでもない。

 むしろ心を病んだ私を心配して、やりたい事をやりたいだけやらせてくれていた。

 危険だから、女の子だから、子供だからと止めやしないで、私の弱い心を守るために行動してくれていた。

 

 だから友達がいなくても、前世を覚えていても、不思議と一人だとは思わなくて済んでいたのだ。

 

 あの時、あの瞬間、このストーンワールドで目覚めるまでは。

 

 

「──さっさと帰って猪捌こうねぇ」

 

 一人虚しく目覚めて、時間の誤差を知り、イレギュラーが存在している故の未来への不安を抱えた三年。

 それが何より私には辛かったんだと今なら思う。

 だからその反動で関わってはいけないと思いながら、こうもみんなと会話をして生活を共にして、不安を和らげようとしている。

 

「そういえば、肉の保存とやらはどうやってするんだ?」

「ん? 塩で漬け込む、以上」

「え、簡単じゃーん!」

「その塩を用意するのが大変だったんだけどね。村中養うだけの塩だよ? 何日徹夜したと思ってるの?」

 

 悪夢見るから徹夜も苦じゃなかったとは言わないが、少しは塩作りの大変さを知ってほしいものだ。

 

「──せっかくだし、ベーコンでも作ろうか?」

「ベーコンとはなんだ? 食べ物か?」

「うん、簡単に言うと塩漬け肉を燻製にしたやつ。日持ちはしないけどその分美味いよー」

「え!? 食べたい! 茉莉ちゃん作ってヨォ!」

 

 食い意地が張ってる銀狼がニコニコと笑い、私も釣られて頬を緩める。

 保存食を作るのは確定しているが、ちょっとした贅沢品を作っても問題はないだろう。何せ私が作った塩だ、文句は言わせない。

 

 

 ほんの少し和んだ雰囲気のなか村へ帰ると、そこには既に鹿を捌き始めているマグマ達がいた。ニヤニヤと私を見て笑うマグマに対して、私はバカにしたように鼻で笑う。

 

「なんでそのまま捌いてるの? ちゃんと話聞いてたよね?」

 

 さっと鹿の首元を斬りつけるが時既に遅く、そこまで大量の血は流れ出てこない。

 仕方ないなとため息をつけば憤ったマグマが私を捕まえようと腕を伸ばすが、その手を三人が拒んだ。

 

「見ろマグマ! 茉莉は一人でこの大きさの猪を仕留めたぞ!」

「それもちゃんと生きたまま血抜きをしていたし見事な手捌きだった! やはり生きたまま血抜きをする方がいいのだろう!」

「もしかして茉莉ちゃんの方が狩りの腕前あるんじゃなぁい?」

 

 私を褒めて庇うような仕草にほんの少し照れ臭がったが、あまりマグマを怒らせないでほしい。

 私が言うのはアレだが、面倒だから怒らせないでほしい。

 

「テメェ、調子にのんじゃねぇぞ!」

「のらんわ。狩りと解体処理は慣れ。今までのやり方をやめろっていってる私の方が悪いのはわかってるけど、それでも少しはそっちも妥協して欲しい。血が残ってるせいで腐るとか笑えないもん。美味しいもの食べて、冬を越そう?」

 

 そして村の食事事情を豊かにしたいのだ。

 じゃないと私のご飯が現代っ子達に奪われる。

 怒りをあらわにするマグマにニコリと笑いかけてみるが、彼はフンッと鼻を鳴らして私に背を抜けた。

 やっぱりまだまだ馴れ合うことは無理なのだろう。

 

「とりあえず、肉を集めて保存食作りに取り掛かろう。今年は冬場でも肉が食えるよ──」

 

 

 このためにだけに私が寝ずに作った、数キロ単位の塩の出番である。そしてついでに美味いベーコンでも作って、マグマ達に血抜きの大切さを学んでもらわなければなるまい。

 分かり合えるとは思っていないが、そろそろ私もこの関係性に妥協しなければならないだろう。

 

 いつまでも逃げてばっかりじゃいられない。

 そろそろ潮時だ。

 

 

 



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28 凡人、擬きと知る。

 

 

 

 きゃっきゃっと聞こえる可愛らしい声に、私の頬は無意識に緩む。

 

 何故だって?

 

 そりゃ美人姉妹がワイン作ってりゃそうなるよ。

 美人姉妹の足踏みワイン、絶対現代なら売れたに違いない。私だって未成年じゃなきゃ買っている。いや、既に現代とか関係ないから買ってもいいのだろうか?むしろすでに未成年ではないし?

 来年あたりのドラゴの発券に期待するとしよう。

 

「──茉莉は何をやってるんだよ?」

「ん? スイカちゃんか、お疲れ様。私は冬服の準備だよ。ほら、私も千空君も、ゲン君も持ってないからチクチクとねー」

 

 猟に出てたり保存食を作ったりするのも大切なのだけれども、こればかりは村人に頼めない。彼らだって焼けてしまった分の冬服を作らなきゃならないだろう。なるべく私ができることは自分でしなければなるまい。

 

 フンフンと鼻歌まじりで毛皮をチクチクとしていると、いつのまにか周りにスイカ達子供が集まっているのがわかる。

 

 その理由はわからず何故群がられるのでしょうかとそう聞けたいけど、まぁ聞けるわけもない。

 だってみんなニコニコそわそわして私の周りを回るんだよ。聞ける訳ないじゃない。

 

 子供達に囲まれる私、と言う状況が数分は続き、それが終了したのはワイン作りを終えた美人姉妹が声をかけてくれたからであった。

 

「みなさんは何をしているのですか?」

「こより作業はいいのかって、そこにいるのは茉莉じゃないか! なんでスイカ達に囲まれているんだ?」

「それ私がお聞きしたいのですよ、コハクチャン」

 

 理由がなく子供に囲まれるなんて、そりゃもう恐怖ですよ。

 そう答えるとルリがスイカ達にどうしたのかと尋ねてくれて、私はようやく囲まれたわけを知ることができた。

 

「だって茉莉がおうた歌ってるから、みんな聞きたいんだよ……」

「歌、ですか?」

「歌って文化はあったんか、この村に」

 

 その文化が伝わっていたことにまず驚くもの、たしかにリリアンの歌声を聞いたときに初めて"歌"という文化に触れ合ったような様子はなかった気もする。と言うことは百物語か、もしくはそれには含まれない形で歌という文化は引き継がれていたのかもしれない。

 とはいえ、ここで私のようなへんちくりんの歌を披露する訳にもいかないだろう。

 

 はて、なんのこと?と首を傾げるも時すでに遅く、コハク達までもが私をキラキラとしたお目目で見つめてくるではないか。

 どうしたものかと一度無言で微笑んで思考してみるも、なかなか良い案は浮かばない。逆に何を歌ってくれるのだとコハクがウキウキとし出す始末だ。全くもって、良いことがない。

 

「──私の歌なんか聞かなくても、ゲン君の方がいい曲知ってると思うけど?」

「茉莉さんの歌を、聞かせてくれないのですか?」

 

 眉を下げて残念そうな顔をするルリと、唇を尖らせる子供達。そんな顔を見せられたら僅かに残った私の良心が痛む。

 小さな村でそんな娯楽もなく生きてきた人間が、見知らぬ文化を気にするのは当たり前だろう。そしてそれを知りたいと願うのも、悪いことじゃない。

 故に私は一つ息を吐き出して、喉を震わせた。

 

 それは現代人なら誰でも知っている曲で、古くから伝わる歌。

 日本人なら誰でも歌えるだろうし、歌ったことがない人間はいないはずだ。

 

「なんて歌ってるか、わからないんだよ」

「うむ、たしかに難しいな。茉莉、それはどう言った歌なのだ?」

「これは国歌といって、国の歌だよ」

「コッカ?」

「そこからかー、コハクちゃん達にわかりやすくいうと村の歌かな。その村に住むみんなの歌」

 

 村という単位しか知らない彼らにとって国という言葉があるのか不明だ。

 司帝国やら科学王国とは言っていてもその意味を本当に理解してる訳ではないのだろう。

 3700年たった今でも、"国"が出来ていないのだ、人口もそこまで増えていない。元を正せばソユーズの乗組員の子孫だ、血縁上の問題があって増えることはなかったのだと思う。

 皮肉な話だが、こうしてコハク達がここに存在していること自体奇跡に近いし、もしかしなくてもこれ以上の時が流れていればその子孫とも出会えなかった可能性すらあったのではないだろうか。

 

 しかしまぁ推測は推測でしかなく、遺伝子学に詳しくはない私の思考などただの戯言だろうけれど。

 

「意味は確か、『あなたがいるこの世界が千年も八千年も、小さな石が大きな石になってそこに苔が生えるほど永遠に、長々と続きます様に』って意味だったような? まぁ、身近な人の幸せが永遠に続きます様にって願う歌だね」

「あんな短い歌なのに、そんな意味があるんですね……」

「日本語ほど訳のわからん言語はないと思うよ。だから多分、村には英語が混じってるんじゃない?」

 

 数字の数え方もややこしいし、文字も漢字にひらがな、カタカナ等々伝えにくいったらありゃしない。

 

「で、他にはどんな歌があるんだ?」

「え、まだ聞く気なの? もういいんじゃない?」

「えー! まだ聞きたいんだよ!」

 

 わーきゃーと騒ぎ出す子供らとそれを止めながらも私も聞きたいですと私へお願いするルリ。コハクは何故かもうすでに座り込んでるし、折角なので冬服を縫いながらにしようと案を出して、一旦皆で裁縫用具を持ち寄った。

 子供ながらにスイカ達はきちんと縫えているし、体力超人のコハクも巫女様だったルリもそれをこなせている。人口が少ない分、やらなきゃならない仕事は多かったのだろう。

 

 チクチクと服を縫いながら童謡を歌ってみればその擬人化的歌詞にコハクは突っ込んでくるし、ポップス系を歌えば意味の分からない単語への質問も飛んでくるわけで中々辛い立場へと追い込まれていく。

 今ならば、現代科学を語って疲れ果てていた千空の気持ちも分からなくはない。

 

「もう疲れた。ので、いったん休憩でーす」

「えぇー!」

 

 ブーイングする子達をよそに立ち上がり、縫い終わった衣類を持って千空達の元へと向かう。後方からまた聞かせてねという声が上がったのだが、知らぬふりをし続けた。

 好奇心とは怖いものだとため息を吐きながら千空の元に行くと丁度よくそこにはゲンもいて、声をかけて二人の作業を中断させる。

 一緒に作業してるクロムとカセキにごめんねと一声かけて、先程縫った冬服をばさりと千空にかけて調整が必要かと問いかけた。

 

「作業の邪魔にならないよう様に袖短めにしたんだけど、平気そう?」

「あ"ー、問題ねぇ。助かるわ」

「いーなー千空ちゃん! 茉莉ちゃん俺のもある?」

「あるよー。ゲン君は隠し道具多いだろうからゆったりめで作って、中にポッケつけてあるからね。あとゲン君は紫っぽいので染めてみましたー」

 

 まぁ、冬服知ってたからそれに近しいの作っただけなんだけどねと一人で苦笑する。

 着心地を聞きながら着丈の確認もし、ついでにゲンには冬に備えた靴も渡しておく。流石に真冬に裸足なんて凍傷になってしまいそうだ。

 

「茉莉ちゃんてなんでもできるんだね、ゴイスーいいお嫁さんになれんじゃない?」

「あ? 馬鹿にしてます?」

 

 ニコニコとした顔でそう言い放ったゲンに私は真顔で言葉を返す。ゲンは褒めたんだよと手を振って私の言葉を否定するも、私には褒め言葉に聞こえるものではなかった。

 

「だってほら、料理できて狩りもできて、そんでもって裁縫もできるんじゃいいお嫁さんになるよね? ね、千空ちゃんにクロムちゃん! そうだよねカセキちゃーん!?」

「ん、まぁ、確かにそうなんじゃねえ? 俺はよくわかんねぇけど」

「茉莉ちゃんは手先も器用じゃからのぅ、いい嫁さんにもお母さんにもなるわい」

「嫁よか助手でいいわ」

 

「ホラ! みんなもこう言ってんのよ!?」

 

 そう言われたところで私の心は何一つ動くことはない。

 むしろ、ポカポカしていたものか一気に冷えていく様な気もした。

 

「──私は、嫁にも母親にも、助手にすらなれないよ。身勝手だしやれる事もちゃんとやろうとしないし、自分本位だし。異邦人だし……」

 

 こんな自分勝手な人擬きを、私は人だと思えない。彼らの様にこの世界に馴染んでいない私が、この先の未来、誰かの横に立つ姿は思い浮かばなかった。

 

「ゲン君達には悪いけど、そういうの私には地雷なんで。今後は発言に気をつけてくださーい」

 

 にっこりと笑って二人が着ていた冬服を剥ぎ取り、念を押す様にもう一度にっこりと笑顔を作る。そして次は自分の冬服作ろうとわざと明るい声をあげて背を向けた。

 

「……テメーの分、先に作ったんじゃねぇのか」

「そりゃ私より仕事をする人のを先に作るに決まってるでしょ? 君らがこの村の要なんだから風邪ひいてもらっちゃ困るし、私サイズは作りなれてんだから後でいいんだよ」

 

 私はすでに4回も冬を越したんだぞ。自作のコートなんてお手の物だ。

 二人の分が作り終えたしとりあえずは一安心かと息を吐き、そしてそう言えばと振り向いて思い出した事を四人へ向ける。多分言葉の意味が分かるのは二人だと思うが、クロムとカセキは銀狼あたりに聞けばいいだろう。

 

「寒くなる前にはベーコンできるよ。日持ちしないから皆んなで食べよう?」

「え!? ベーコン! ジーマーで!?」

「そりゃお有り難てぇ。村の奴らも喜ぶだろうよ」

 

 ベーコンとはなんだと問い立てるクロムを交わし、私は一人その場を離れる。

 ベーコンのほかに大人が喜びそうなおつまみも作ったのだが、それはまた今度伝えることとしよう。

 

 

 

 



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29 凡人、喜ぶ。

更新遅れました。


 

 

 

 

 なんというか、私は本当に推しに弱い。

 何故弱いのかと問われれば、そりゃ顔がいいからだろうと答えられる。が、それだけではない。

 何せ私の推しである千空パイセンは、人間としても素晴らしいからである。

 

「まさか千空から言われるとは思わんかったわ」

 

 海辺で子供が大好きであろう燻製ベーコンと、大人のおつまみ鮭とばを数匹背負い籠へ詰め込んで千空達の元へと向かう。

 前々から出来上がったら披露しようと思っていたこの塩を用いた贅沢品だが、まさか千空に今日を指定されるとは思わなかったのだ。

 

 本格的に冬になり始めたこの島国は今、シトシトと白い結晶が降り始めている。

 私の知るところの日本じゃそれほど雪が降ることはなかったというのに、この時代の冬はそれこそ人が埋まるほどの雪が降りつもってしまう。3700年の月日はやはり途方もない年月だったのだと感情に浸りつつ空を見上げれば、キラキラとした光が瞳に映り込んだ。

 

「綺麗──。ってことは電球できたんだ」

 

 雪が降り始めた冬の夜空、そこには現代人ならよく知るイルミネーションの光がある。科学使い千空がいたからこそまた見れた、科学の光でもあるといえよう。

 

「さて、急ごう。今日は家族みんなで過ごす日だ、千空と百夜さんの子孫、時を超えた家族の日。……ゲンは兎も角、私はお暇しようと思ってたんだけど、多分コレ焼けって言われるよなぁ」

 

 元からぼっちで過ごす気だったのだがこれでは無理そうだとため息をはき、私は重い足を必死に動かした。

 

 

 

 千空の元へつくと、何やらクロムがおかしな動きをしていたのだがそこは気にすることをやめスルーする。そしてイルミネーションを見ている村人の中からジャスパーとターコイズを探しだして声をかけた。もちろん二人を選んだ理由は元村長の幹部だったことを踏まえ、人管理するのに長けていると判断したからだ。

 

「すいませんが、コレとコレを焼いて配りたいんですかいいですかね?」

「ん? 嗚呼、別に構わんが、それは?」

「食べ物です。そしてお二人にも手伝っていただきたいのですが、いいですか?」

「それは構わないが、コハク達ではダメなのか?」

「若い子らはアレから目を離せなそうなので」

 

 イルミネーションを知らない二人も目を離せなそうだが、わちゃわちゃと喜んでいる若い衆より落ち着きのある二人の方が頼もしい。

 二人に必要な火種と鉄板、人数分の皿を用意してもらっているとどこからともなく老人達も集まりだして、私の仕事を手伝い始めた。

 コレが人徳者の力かと感心していると、老婆が一人私の隣に立ちありがとうねと言葉をこぼした。

 

「千空から聞いているわ、いつも食料を届けてくれるのが貴方だったと。今年は冬の食べ物に困らなくて済むわ」

「え、あ、いや。私はただ塩造りしてただけなのでそんなお礼を言われることは……」

「でもみんなが言ってたわよ? こんなに多くの塩を用意してくれるなんてって。 本当にありがとうね」

 

 ニコニコと笑いながら私の手を取る老婆ことあるみに、私は思わず口をつぐむ。

 だって私が塩を大量に作れたのは寝れなかったからで、暇潰しで、食料だって村を駄目にしたという贖罪からでもある。もし仮に村の危険性を千空に話せていたら、老婆の、あるみの不安ももう少し少なくて済んでいただろう。

 

「これも貴方が用意してくれたのでしょう? 楽しみだわ」

「あ、ぅ、ハイ──」

 

 どうしようもない後ろめたさと、何故だが心臓を締め付けられるような痛み。ただ不思議と不愉快感はなく、あるみの笑顔に私の心は癒された。

 

 もしかしたら私はあるみ推しになってしまうかもしれない。

 

 元から同世代よりご年配世代と縁が多かった私だ、なんとなく心が落ち着くのも頷ける。そして何よりこのあるみの裏表のない温かな笑顔が記憶の中の祖父母を思い出させてた。

 

「あ、あの、食べ物とかで何か困ってることとか、ありますか?」

「困ってること? そうね、歳だからか硬いものが食べられなくなってきたことかしら? でもそれは仕方ないことね」

「いえ、仕方ないことではないです。だから、来年あたりには柔らかくて美味しいもの、作ります、必ず」

 

 来年、司に勝って順調に進めば麦が手に入る。そして麦さえあればパンは勿論、私のソウルフードであるうどんも作ることは可能だ。ご年配の方からすれば食べやすい食べ物となるだろう。

 新たに決意を胸に抱いているとあるみは嬉しそうににっこりと笑い、私はまたありがとうと礼を述べたのである。

 

 

 

 私とあるみがこんなやり取りをしているうちに鉄板の準備は終わり、あとは焼くだけの状態になっていた。

 持ってきたベーコンの塊を一口大に切り分け温まった鉄板に放り投げていくと、ジュウと音を立てた後からなんとも言えない香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。無意識に溢れ出た涎に喉を鳴らしたのはどうやら私だけではなく、イルミネーションを見ていた若者たち迄もがベーコンに視線を向けていた。

 

「っと、上手に焼けました! ってことで銀狼君あーん」

「え! いいの! あーん!」

 

 私の隣で涎を垂らしていた銀狼に初めの一切れを差し出すと、彼は嬉しそうにベーコンに齧り付いた。思わず飛びついたせいでベーコンの熱さをダイレクトに感じぴょんぴょん跳ねていたが、ある程度咀嚼すると美味しいと目を煌めかせて次を貰うべくもう一度口を開けて私の前へ。流石に二切れ目をあげることなく、興味を持ったメンバーへと焼けたベーコンを配っていった。

 

「ほー、なかなかのもんになってんじゃねぇか。流石は茉莉先生だわ」

「野生の猪で作ったから若干の獣臭さあるけどね、まぁ上手くいった方なんじゃない?」

 

 千空パイセンにお褒めの言葉をもらって、次は薄く切った鮭とばを温める程度に焼いていく。これは保存食である前に酒のつまみだけ。まず初めの一切れは元村長コクヨウヘ差し出した。

 

「川魚で作った乾物のようなものですが、よく酒にあいます。よかったらどうぞ」

「ふむ、ではいただこう」

 

 私のような怪しいものが作ったというのにコクヨウは躊躇いもなくそれを口に運び、そしてカッと目を見開くとジャスパーに酒だ!と指示を出す。そのあまりの声の大きさにベーコンに集っていたメンバーもこちらに視線を向け、贅沢品その2である鮭とばまでも全員に配るようになったのは言うまでもないだろう。

 

「ベーコン、鮭とば。なんと美味なものだ!」

「このベーコンってやつ腹一杯食いてぇ!」

「──まさかこの時代で食べられると思ってなかったよ、ゴイスーありがとね茉莉ちゃん」

「……贅沢品だから沢山はないけどね、今日はクリスマスだから特別に」

 

 鮭とばは元から保存食として作られたものだからどうにかなるかもしれないが、ベーコンは塩気を抑え気味にしてあるし保存食としては機能しないだろう。流石にガッツリと塩きかせて作るとただの塩漬け肉に早変わりで、ベーコンと呼べる代物にはならないし。

 だから今度作れたとしてもそれは狩りが成功したときだけになるだろう。でもそうなるとただの焼き肉が恋しくなるわけで、ベーコンを作る余裕はないと思う。

 

「茉莉、ちっとこっちこい」

「んー、何ー?」

 

 冬の間どうにかして冬眠中の猪を見つけられないかなと考えていると、難しい顔をした千空に呼ばれた。

 また何かやれと指示させるのかなと思いきや、やる、とずっしりと重い皮の塊を差し出されたのである。

 

「開いてみてみろ」

「んー、…………コレって! もらっていいの!」

「嗚呼、欲しがってただろ。後で必要な分は自分で作れよ」

「うん! ありがとー!」

 

 皮の塊、もとい皮のケースを開いてみるとそこには様々な大きさの刃物が収納してあり、私が欲しがっていた鉄で出来たナイフやハサミが納められていた。

 うっかり緩んでしまった頬を引き締めることなく貰ったばかりのナイフを掲げてみると、キラキラした刃紋がコレまた綺麗で。

 

 それに何より何様推し様千空様が私にくれたこと自体が嬉しくて、本当に、素直に、嬉しくて。

 

「あ"ー、コレで今後も精々働いてくれや」

「勿論、馬車馬の如く働かせていただきます!」

 

 珍しく、作り笑顔でない笑顔で、笑えていた。

 

 

 



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30 凡人、予言する。

 

 

 

 

「茉莉、テメェは今日からクラフトチームな」

「んー、うん?」

 

 いきなり何故そうなったのかと考えると目の前にいる人間が一人足りないと気付いた。

 いないのはクロムで、どうやら私はその代役に選ばれたようである。

 先日のベーコンパーティーがあったから周りの人間の視線は柔らかいものへと変化しているようだし、渋々とその指示に従った。

 

 そして今、私たち3人が作ろうとしているものは電子のギア、真空管である。

 

「真空管ね〜、ついに何だかも分からないもん登場しちゃった! いや、知ってるよ? 名前は知ってるけど実際それがなんなのって言われるとね……」

「現代人なんてそんなもんじゃない? 私だって知らんけど千空君が作るって言ってんなら作れるんでしょ。ってわけで説明よろしく」

 

 私が予備の電球をガラスで作っている最中、千空は真空管を理解しきれていない私達のために作業しながら説明をしてくれた。簡単に言えば電球の世界のギアでケータイの心臓部なのらしいが、それが上手く出来上がらない。

 

「あ"ー、配線の膨張か! ガラスに刺してある金属線がリン燃やした熱でちーっと膨張する。その数ミクロンの太まりでガラスが逝った」

「そんな精密な世界の話なのこれ!? じぁあどうすんのジーマーで……」

「相変わらずワシら一発じゃ上手くいかんの〜」

「あー、だから私がクラフトチームなのか。ガラス、量産すりゃあ良いんだね? 割れる前提で」

「おーそうだ、カセキ以外じゃテメェしか出来ねぇからな。頼んだ」

 

 たしかにガラス細工ができる人間はカセキを抜かせば私くらいだろう。故にトライアンドエラー前提の量産に私が選ばれた訳だ。ビーカーあたりならば作れるようにもなっているし、初めてやった時よりかははるかに腕が上がっていると自信を持って言える。

 こんな事にしか役に立たないが、精一杯頑張らせていただくとしよう。

 

 千空が新たな設計図を、カセキが必要部品を作っていると漸くクロムが探索から帰ってきた。その手には銅が握られており、微笑ましいくらいのつまらないダジャレ擬きを言っていて、私の頬はうっかり緩みそうになってしまう。だがそこはきちんと引き締めて真顔で視線をずらしておいた。

 

「ちょうどいいところに来たな銅」

 

 千空はカセキの作ったばかりの漏斗らしきモノに向かい銅のチューブを作り、それを使って金属線の膨張を防ぐ用に設計を変えて次作へ挑む。

 コレで真空管も完成かと喜ぶカセキの声は虚しく、その場に悲しい光だけが生み出されたのである。

 

「ヤベー、竹の熱線が、ソッコーで燃え尽きた……」

「んー、燃えたね。じゃあ次いこー」

 

 みんなが絶望する中、私はため息を飲み込んで次の電球を渡す。それを受け取って千空は何度もチャレンジを繰り返すも、残念なことに真空管ができることはなかった。

 

「……クッソ。竹のフィラメントじゃ真空管には根本的にもたねぇんだ」

「竹でダメならもっと強い材料がいるのだな?」

「何がいる!? 採ってくんぜ探検隊長が……」

「いや、無ぇんだよこの時代じゃあそんもんは」

 

 千空のその声に、みんなが息を呑み込んだ。

 

 だがしかし、私は知っている。

 名前は忘れてしまったが、ちゃんとそれが存在していることを。ちゃんとそれを見つけ出してくれる人がいる事を。

 

「でもまぁ、この時代だからこそのもんもあんじゃないの?」

「あ"? どういう意味だ」

「いやだって、私たちの時代から3700年も経ってるんだよ? なかったものが出来ててもおかしくないでしょ? 千空君は次の手でも考えてなよ、新発見は私達がするからさ」

 

 別に私は物語を変えるつもりなんてない。だからこの行為に意味なんてないのは分かり切っている。

 きっとスイカが運良くあの石を持ってきてくれて、そして真空管ができるに決まっている。

 それでも私は、推しの、千空の苦しみ顔は見ていたくないと思ったのだ。

 

「ほれほれいったいった。 クロム君、とりあえず溜め込んだ石でも出してみようかー。ついでに面白い石持ってきた人にはべっこう飴あげるって言えば子供らも手伝うでしょ」

「──いつの間にんなもの作ってたんだよテメェは」

「砂糖の破片固めただけの非常食ですが何か? 千空君にもひとつあげるよ、糖分は思考に必要だからね」

 

 ポイと千空の口へべっこう飴を投げ込んで、私は勝手に倉庫を向かう。後ろについてきたスイカにひとつ飴をあげて、二人で仲良く室内を荒らしてもみた。

 私やスイカは石について詳しくはないしどれが良いのかわからないけれども、それでも役に立ちたいと思うスイカの何て可愛げのある事だろうか。将来、私のような澱んだ人間にならないで欲しいと願うことも忘れない。

 

「茉莉ちゃーん、ちょっといい?」

「ん? べっこう飴欲しいの?」

「欲しいけど、そうじゃなくてね」

 

 にこやかに笑うゲンに呼ばれてついていくと、そこには石を拾い漁る村人達がいて、みんなが千空に協力しようとしているのがみてるだけで分かる。そのみんなに飴を配っていると、ゲンは私の方を見て笑って、茉莉ちゃんは挫けないんだねと、そういった。

 

「コハクちゃんもクロムちゃんも、てか俺も、この時代に無いって千空ちゃんの口から言われたらそりゃもう挫けちゃうのに、茉莉ちゃんだけは違うんだね」

「いや、私は挫けないとかそういう問題じゃないけど。ただ単に、そう言う可能性の話をしたまでだよ。運命ってやつは残酷だけど、戦わない奴に神様は微笑まないってどっかの誰かが言ってた」

 

 とにっこり笑ってみればその答えにゲンは唖然とし、それでもまた柔かに笑った。

 

「──じゃあ千空ちゃんは神様にゴイスー微笑まれてるねぇ」

「むしろ爆笑かもね」

 

 それこそ科学文明の途絶えた0から、千空は文明を築き上げるために戦っている。相手は司だけではなくそれこそ自然そのものと、千空は戦っているのだ。

 そんな彼に神が笑いかけないわけがない。

 

「だから大丈夫だよ。朝日と共に希望が見えてくる」

「えー、なにそれぇ、予言?」

「まさか、予言なんかじゃナイヨ。希望ってそんな感じでしょ?」

 

 うっかりと溢してしまった言葉を否定する事なく、私達は言葉を交わす。

 

 そしてゲンはその希望を見つけに行こうかと、新年を迎えたその日の朝方、まだ明かりのない闇の中、村人達を連れて千空をおこしへと向かった。

 

「気分一新、切替大事。そういうの俺の仕事でしょ?」

「……めんどくせぇなメンタリストは」

「新年か〜、でも石化の分体内カレンダーずれちゃってるし、もう自分の年もわかんないね」

「生きてた日数で考えろ」

「えぇ、千空ちゃんは?」

「6268日」

 

 生きてた日数なんて覚えてられるの千空だけだよと思いつつ、私はみんなの後ろをひっそりとついていく。

 何故ならばここにいた方がいいものがみれるからだ。

 

 特に意図せず並んで歩くクロムとルリの二人を見れるなんて眼福眼福。拝み倒したい。

 

 いくら目元をにやにやとさせていても誰にもバレることはないし、最後尾こそ最高な位置どりなのである。

 

 山頂にたどり着くとコクヨウが朝日を指差し、そしてスイカの手には青い光を放つ石が握られている。

 本当にスイカは出来る子だと頬を緩めていると、我らが千空パイセンも思わず口元を歪めているではないか。

 

「初めてみたぜこんなもん……」

「あ"ー、俺もだ! ウルトラレアな鉱石だな。クロム&スイカ、それと茉莉の超絶グッジョブじゃねぇか!! こいつは現代のフィラメントにも使われる原子番号74、タングステン。熱に負けねぇ全宇宙最強の金属だ……!」

 

 嗚呼、推しの笑顔ごちそうさまです。

 そして私にまでもグッジョブありがとうございます、それだけで死ねる。

 

 ぐっと緩みかけた頬を手のひらで押さえていると、いつの間にか隣に来たゲンが私の肩を叩きニヤリと笑った。

 

「本当に朝日と共にやってきたね。茉莉ちゃんって予言者か何かなの〜?」

「──予言者だったら、まだマシなのかもね」

 

 予言者だったら、ただ未来を予測する予言者だったらまだよかったのに。

 

 未来を知っていて、それも私のいない正しい世界を知っていて、未来よりも物語として特定の道筋を知っているだけの人間なんて、なんて気持ちの悪い生き物なのだろう。

 

「予言できるのなら、私の逝く末を知りたいものだよ」

 

 そう言ったところで、誰も答えてくれないことは知っているけれど。

 

 

 

 



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31 凡人、震える。

 

 

 

 

 スイカの活躍によりタングステンが発見され難航していた真空管作りが再開できると喜んでいる村人の中、何故だがウンウンと唸る現代人が一人、目の前で屈んでいる。

 

 はて、こんな場面あったっけとゲンの隣に座ってみると何やら面倒な計算をしている最中だったみたいだ。

 

「なに、それ?」

「あ、茉莉ちゃん。これ? バイヤーな計算してんのよ、マジで面倒くさい。けど、せっかくだから調べとこうかなって」

 

 そう言って地面に書かれた数字は身に覚えのないものだったが、なんとなく察することはできた。

 多分これは──。

 

「一月四日」

「へ? 何が?」

「千空君の誕生日でしょ? 一月四日、石の日」

 

 推しの誕生日は忘れないぞ。

 とニコッと笑ってみるとゲンは驚いた顔をして暗算早くない?と私へ問いかけた。

 

「暗算? あー暗算ね。いや違うけど、まあそれでいいや。誕プレファイトー」

「ちょっと茉莉ちゃん!? 手伝ってくれるよね?」

「まぁ、気分が乗れば?」

 

 クソ。推しの誕生日もうっかり話せないとかマジつらたん。

 でもみんなからの天文台のプレゼントは欠かせないから何も知らないふりでもしておくとしよう。

 私に話しかけてくるゲンを笑いながらスルーしていると、千空とクロムがライトを装備して探索へ出かける準備をし始めたのに気付いた。

 

 もとより作り置いてあったライトは3セットで、千空とクロムが使って残りは1セット。

 最後の一人は誰が行くのかと皆がソワソワしながら千空の指名を待っている様子が伺える。

 

 勿論私は指名されても行く気はないので、万が一があったら刃物作りたいとでもお願いしてみようか。

 まぁ、万が一なんてないとは思うけれども。

 

「発掘隊メンバー最後の一人は────マグマ! クソ硬ぇ灰重石採るにはバカ力がいる。ククク、仲良し探検トリオで潜りに行こうじゃねぇか! 楽しいお宝ダンジョンだ!!」

 

 まさかマグマが呼ばれると思っていなかったコハクは目を丸くしているが、物語が変化がないから問題はない。それにあやしい目つきをしていたマグマにゲンが話しかけていたし、多分大丈夫だろう。

 

 いやしかし、ついさっきまでゲンは誕生日の計算していたけど、私がうっかり話さなきゃ天文台のくだりは怪しかったのではないだろうか。

 そう考えてしまうと、なぜだか急にお腹が痛くなったきた気がする。もしかして、私がいるせいでほんの少しの狂いが今になって出てしまっているのかもしれない。

 

 全くもって私の存在が嫌になる。

 

 ふぅっと一息ついてお腹をさすりながら三人を見送ると、これまたゲスい笑顔をしたゲンが何故か私の肩を掴んだ。

 

「やっといなくなってくれたねぇ〜、石神村から千空ちゃんがさぁ〜。みんな〜ちょーと聞いてよ! 素敵な話があるんだよー!」

「え? ちょっと離してくれまセン?」

「離すと茉莉ちゃん逃げるでしょ? だからダメー!」

 

 無理矢理肩を組まされて、みんなの前で千空への誕生日プレゼントを作りたいとゲンは高らかに発言した。

 

「千空ちゃんの誕生日は三日後! それまでにプレゼントを用意したいんだけど何がいいと思うー?」

「え? 何がって天文台じゃないの?」

「え?」

「え?」

 

 肩を組んだまま互いに顔を見合わせていると、コハク達は天文台とはなんなのだと私に問いかける。

 もしかして、いやもしかしなくても、ゲンは望遠鏡を含めた天文台を作るとはまだ考えていなく、私が勝手に決めつけて発言したかのようにも聞こえたのではないか?

 よく考えてみれば目の前にいるゲンが千空の誕生日を知ったのは今さっきで、そこからすぐ天文台なんてアイデアが出るとは限らない。

 これは本当に、今更、私がいることによるズレが起こってしまったのではないだろうか。

 

 こんな事があっていいのだろうと震える手を握り締め、私は顔を引きしめて天文台とは何かを皆んなに伝える。ここで違う何かになってしまったら、それこそ私がここにいる事が間違っている事の証明になってしまう。例え私の存在が間違いだったとしても、物語だけは変えるわけにはいかないのだ。

 

「とりあえずカセキはガラス二枚でレンズ作って、その他のメンバーで天文台を作ろう。ゲン君は望遠鏡任せていいかな?」

「茉莉ちゃんは何をするの?」

「私は必要になる木とか竹とか採ってくるよ。ホラ、便利なものもらったので」

 

 そういって指さしたのは千空にもらった刃物セット。

 この中には斧やらナイフなんかが数種類用意されているし、状況に応じて使い分けることもできるようになった。

 

「だからゲン君、任せていいかな?」

「──そっちも任せるからよろしくね?」

 

 二人で頷き合って私は雪の積もる森の中へと足を向ける。

 もちろん竹や木を入手しなきゃならないが、それよりも今は一人になりたい。パニックに陥っている頭を、思考を落ち着けたい。

 

 村からだいぶ離れたとこまで足を進めるとその場にしゃがみ込み、ゆっくりと息を吐く。

 よく見れば、寒さではないもののせいで手が震えていた。

 あの時私がああ言わなかったらどうなっていたか考えたくもない。きっとうまい具合に物語通りにいった可能性はあるだろうが、そうでなかった可能性も五分五分。どう考えたって私がいるせいのズレがあるとしか思えなかった。

 

「ゲンが、考えたんだよ? 天文台だって。なのに、なんで……」

 

 不意に目頭が熱くなる。

 それが何なのか分かってはいるが、私なんかが泣いてはいけないはずだ。

 

「私なんかが側にいちゃ、やっぱり駄目なんだ……。所詮異物だもん」

 

 自分勝手に生き残り千空と出会ってしまい、勝手に傷ついた果てに物語を狂わす異物、それが私なのだと、ここまで生きてきて初めて理解した。

 いっその事生き残りたいと願わずに獣に食われて死んでいたならば、石化で意識を飛ばしていたのならば、もっとちゃんと千空から離れた場所で諦めて生活していたのならば、こんな事にはならなかったのかもしれない。

 

 結局たらればの話にしかならないが、そう恨まずにいられない。

 

「いっその事──」

 

 死んでしまおうか?

 

 そんな考えすら脳裏によぎる。

 私が死んだところで本来の正しい物語に戻るだけ。誰も損はしないし、何も変わらない。

 

 ならばいっその事。

 

「──茉莉! 手伝いに来たぞ! 一人で木は運べないだろう?」

「……コハク、ちゃん?」

 

 無意識にカバンの中の刃物を探し出している最中、私に声をかけてくれたのはコハクだった。コハクの後ろには金狼と銀狼もいる。

 

「いくら斧があっても茉莉には運びきれないだろう?」

「ゲンがさぁ、レンズってのはカセキのじぃさんがガラス作ってからじゃないと作れないからとりあえず茉莉ちゃんを手伝えって」

「一人でなんでもやろうとするな、私たちは仲間だろう? さ、千空を驚かせてやろう!」

 

 そう言って伸ばされたのコハクの手。

 重ねてみればひんやりとしているが無機物にはない温かさが感じられる。

 

「──あったかい」

「ん? 茉莉の手は冷たいな。手早く終わらせてあったかいスープでも食べよう」

「あ! 俺、茉莉ちゃんの作ったベーコンスープがいいー!」

「銀狼、我儘を言うんじゃない。あれは嗜好品だと言っていただろう、ルールを守れ」

「えぇー、いいじゃん。人数も少ないんだしぃ」

 

 目の前で私の手を両手で温めるコハクに、くだらない事で言い争いをする金狼銀狼。

 彼らは私からすればただのキャラクターだが、確かにそこにいて生きている。 

 

 そして私も同じように生きている。

 

 彼らと私の違いは何なのかそんな事は分からないが、ただ一つ言えるのは彼らも私も今ここで呼吸をして生きているという事。

 

 死んでしまおうと願ってしまっても、この温かさを振り解くことは私には出来なかった。

 

 居ない方がいいと分かりきっているのに、彼等と生きたいと願う私がそこに居た。

 

 




別名、オリ主ズタボロ回


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32 知る者、知らざる者。

 

 

 

 

「やぁ千空ちゃん、お帰〜」

 

 ついに来るその日、千空は目隠しをされたまま村へと帰ってきた。

 村の誰もが彼の反応を見ようと訪れているというのに、茉莉の姿はそこにはない。それに気づいた者も一人いたが、今はそっとしておくべきだろうと口を閉ざしていた。

 

「あ"ー? なんだこりゃ……」

「は! 助けを求めても無駄だぞ千空! 村のみんなも全員ゲンと茉莉のグルだからな!」

「──ククク、ひょっとしてテメーらも漸く気づきやがったか? 俺の首と科学さえ司に差し出しゃあ村は安泰っつう合理的な裏技によ」

 

 その理解できない千空の言い分に言葉をなくす人間と、そうでない人間。後者であるゲンは何を言ってるかわからないと正直に答えた。

 そしてスイカが千空の目隠しを外すと同時に、カセキとコハクが千空の誕生日が今日だということをつたえる。

 

「みんなからの誕生日プレゼントなんだよ!」

 

 千空の目の前に映し出されたのは少しぼやけた土星で、まさか石の世界で見られると思っていなかったものだ。望遠鏡ならば作ろうと思えば千空なら作れた代物だが、自分一人しか使わない娯楽品として後回しにしていたものの一つでもある。

 

「いやまぁね〜、俺のうろ覚えで筒にレンズ2枚入れてみただけっていうテキトーすぎなアレだけども、村のみんな総出で頑張ってくれちゃったからあとはホラ、千空ちゃんが自力で調整してよ♬」

 

 自分がいないたった三日。

 されどその三日で天文台を作り上げるなんて、科学の事を全く知らなかった石神村の人間達だけではまず無理だっただろう。

 だがそこにゲンと茉莉の現代人二人がいたからこそ作り上げられたのだろうと、千空は考えた。

 

「やるじゃねぇかテメーら、実に実用的だ! vs司軍の物見櫓につかえるな!!」

「お、おぉ、たしかに」

「相変わらず合理的なご感想」

「──ククク、男が自分の誕生日なんつーもんいちいち話すわけもねぇ。なんで今日ってわかった?……あ"ーあれが誘導尋問か。つっても俺の石化期間知らなきゃ逆算できねぇ──」

「覚えてない? 書いてたじゃない石化の解けた日付なら」

 

 奇跡の洞窟のそば、千空が目覚めたその場所に記された『西暦5738年4月1日』のその文字をゲンは初めから知っていたのだ。

 そして暗闇の中誰もが気を失う中、時を数えていた男を、石神千空という男をゲンは出会う前から認識していたともいえる。

 

「思えば俺は最初から、会う前から、わりと好きだったのよ、千空ちゃんが。損得は置いといてさ、そういう事でしょ村の皆も茉莉ちゃんも。──あ、それと俺じゃないよ、千空ちゃんの誕生日割り出したの。むしろ知ってたみたいだね茉莉ちゃんは、千空ちゃんの誕生日」

「……覚えてたのか、茉莉の奴」

 

 ゲンの発言に千空は一瞬目を見開いたが、すぐに表情は元に戻る。だがそれに気付かないゲンでもなく、すかさず今の今まで聞けなかった事を口に出した。

 それはゲンだけではなくコハクやクロム、その他の村人も気にしていたことでもある一人の少女との関係性。

 

「ゴイスー気になってたんだけど、千空ちゃんと茉莉ちゃんって元からの友達かなんかなの? 大樹ちゃん達とは違う感じ?だよね?」

 

 ゲンは司からも茉莉については聞いていたが、千空と親しい関係だとは聞いていなかった。

 むしろ茉莉自身が嫌われていると発言していたこともあり、仲は良くないのだろうと思っていた時期もある。

 

 だがしかし、やはり変なのだ。

 この二人の関係は。

 

 仲が良い悪いなんて簡単な言葉で言い表せられない何かがそこにあるのは察することはできる。だが何処まで触れていい話題なのかは分からないのだ。

 

「あ"ー、俺と茉莉は幼馴染"だった"」

「だった? ちょっと意味わかんないだけど、幼馴染じゃないの?」

「そうだぞ千空! だったと今は違うということか? でもそれはおかしな事ではないか!」

「んな気にする事じゃねぇだろ。 別にちいせぇときから一緒に育っただけだっつうの」

「はぁ!?」

 

 驚愕の声を上げたのは千空以外のここにいるメンバーで、千空はぼりぼりと面倒くさそうに耳を掻いた。

 

「家が隣だったんだよ茉莉とは。それこそ兄妹みてぇに育てられたし、そんなもんだとも思ってた」

「じゃあなんで今はアレなんだ!? どうみたって兄妹とはかけ離れているだろう?」

「んなこと知るか。俺だって石化解けてからしかこんなに関わってねぇし、石化前も8年くらい挨拶すらしてねぇわ。だから幼馴染だったが正しいんだよ」

「あ、ありえん!」

 

 詳しく話せば話すほど、ゲン達の顔は強張っていく。

 ゲン達が知っている二人の関係はよそよそしさは無いもののそこそこの信頼関係は作れていたし、会話をしていた姿を思いかえしても不自然さはない。元からの知り合いであったと言われればそうだったのかと納得できるくらいの雰囲気は醸しだされている。

 だというのに石化前は会話すらなかったなんて、そう簡単に信じられるわけはない。

 

「まぁ、なんかがあって石化前から茉莉が俺を嫌ってたとしても、茉莉の性質上こっちについてんのが合理的なんだろ。ひと段落すりゃあまた前みてぇに戻んじゃねぇか」

「茉莉は千空を嫌ってないんだよっ! だって茉莉が天文台作るっていいだしたんだよ!?」

「そうだぞ千空! 茉莉が千空を嫌ってるなんてない! 茉莉が一番千空を信頼してるんだからな! それは君が一番分かってるはずだろう?」

「いや、わかんねぇわ。アイツの考えてる事さっぱり分からん」

 

 今更になって聞けやしない事が多すぎて、千空にしてみても茉莉という人物は謎のまま。それを聞いたとしても素直に答えるとは思えるわけもなく、ズルズルとした関係を保っているのが現状でもある。

 百夜の遺言があっただけに離れていた距離を詰めておきたいところだが、何をどうすれば合理的かが理解出来ずにもいる。

 人間の感情なんて不合理な化学反応のようなもので、どれが正解か不正解か、人それぞれ全く違うのだ。正しい答えがない故に、その一歩が踏み出せない。

 

 今更ながら大樹の事も馬鹿にできやしないと千空は隠れてため息をついた。

 

「──茉莉ちゃんといえばね千空ちゃん、誕生日にこんな事お願いするのはどうかなと思うんだけど、一つ、頼み事してもいい?」

「あ"? めんどくせぇ事じゃねぇだろうな」

「あー、頼みたいのは茉莉ちゃんの事でコレ作ろうとした時俺茉莉ちゃんの地雷踏んじゃったみたい。で、人嫌い再発させちゃったみたい、な?」

「テメーメンタリストだろ、なんでそんなヘマしやがる!」

「ごめんねぇ! 俺だって何がいけなかったかまだ分かんないんだよ。……茉莉ちゃん、一人で離れたところにいるみたいだからお願いね千空ちゃん」

「──ったく、しょうがねぇな」

 

 そう言って茉莉を探しに行く千空の背中をゲン達は見送り、彼が見えなくなったところで盛大に息をはいた。

 そして各々に二人に対しての考えを口に出して思考していく。

 

「幼馴染ってことはオレやコハクみてぇな感じだろ? ぜってぇ違ぇだろアレは」

「うむ、そんな風にはみえんな。茉莉は千空を信頼しているが遠慮もしているように見える。千空は、なんだ? ほっときすぎだろう茉莉を」

「なんで二人は仲良くないんだよ?」

「仲良くないわけではないんじゃろうが、よく分からんのぅ」

「──でもまぁあれだねぇ、千空ちゃんも"あんな顔"するくらいだし、仲を改善はしたいんだろうね」

 

 嫌っていると言った時、考えが分からないと言った時。

 面倒くさそうに彼女の元へ向かう時、千空の顔は僅かに寂しさを含んでいる表情へと変化した。それはほんの僅かな変化だが、普段から年相応の表情を見せない彼が見せた、子どもらしい顔でもあった。

 千空自身気づいていないが、やはり脳の片隅にあるのは幼い頃の泣き虫な幼馴染の姿なのだ、自身が知らぬ間に心配もしているのだろう。

 

「千空ちゃんも茉莉ちゃんも、拗らせてるんだね色々と」

 

 なんてゲンが呟いていたのを知るのは、その場にいた者たちだけであった。

 

 

 

 一方拗らせているとされている千空は着実に茉莉の隠れる場所へと近づいていた。

 流石に何処に行ったか分からない状況ならともかく、ご丁寧に村人が千空へと茉莉のいる場所の情報を伝えにきてくれている。彼らも彼らでここ数日の彼女の異変を感じ取っていたのだ。

 有難いことに村から数分もしないところで茉莉は膝を抱えて丸まっており、その姿を見て千空は思わずため息を吐いた。そしてそれに反応したのは他でもない茉莉で、ゆっくりと頭を上げると二人の視線が交わる。

 

「……お誕生日、オメデトウ」

「なんつぅ顔してんだテメーは。ちゃんと寝ろ」

「うっさいなぁ」

 

 誕生日を祝われた事よりも気になるのは、三日前にはみられなかった隈が、彼女の目元にできている事だった。

 目の下に濃い隈を作った茉莉はあの時からろくに睡眠が取れず、今日その日まで片手で足りるほどの時間しか寝ていない。もちろん原因は精神的ストレスによるものなのだがそれを知るものはいないし、茉莉にとってストレスによる睡眠障害は昔からの事なので気にしてはいない。

 

 千空は当たり前のように茉莉の隣に腰を下ろすと、ぐしゃりと彼女頭を掻き乱す。

 いくら茉莉が気にしていないとしていても、その打たれ弱い精神を百夜から聞いていた千空には気が気ではなかった。

 

「なんかあったのか」

「──特に、何も」

 

 嘘だと分かりきったその返答に、思わず千空は眉間に皺を寄せる。

 

「ンな顔させて何もねぇわけないだろうが」

「……何にもない」

「吐いちまった方が楽だぞ」

「吐かない」

「何かあったか言え」

「言わないってばっ!」

 

 思わず、彼女がそう叫んだ。

 

 聞いて欲しくないし、言いたくもない。言えるはずがないと呼吸を荒くして歯を食いしばって茉莉は小さな声で千空の問いに争う。千空は千空でその答えを聞くとニヤリと悪事を考えているときの笑みを見せ、もう一度強く彼女の髪を掻き乱した。

 

「テメーからすれば言えねぇほどの何かしらあったんだな? 言わねぇんじゃなくて言えねぇ事があった、そうだな」

「あ、う、ちがっ」

「言えねぇなら無理矢理聞き出しゃしねぇよ。だが一つ、言っておく。どうしても無理になったら気にしねぇで吐き出せ。元からテメーが強かねぇのは知ってんだよ俺は。だから無理になったら言え。いいな?」

「う、嫌、だ」

「嫌じゃねぇ」

「信じ、ないもん」

「あ"?」

「信じて、もらえないもん──」

「ンなの聞かなきゃ分んねぇだろうが」

 

 そう千空がいうと茉莉はくしゃりと顔を歪めて俯き、ただ一言分かるもんと子供のように反抗した。

 その姿はかつて隣にいた泣き虫な幼馴染そのもので、呆れたように、それでも何故か懐かしむように千空の頬は緩んだ。

 泣き出しそうな彼女の隣に座り込み千空は何度も茉莉の頭を優しく叩き、そのうち隣から静かな寝息が聞こえてくると千空は茉莉に肩を貸す。

 横目で寝姿を眺めてみれば、そこにあるのは薄らと睫毛に涙を乗せた茉莉の姿。

 

 

 懐かしい、泣き虫の少女の顔であった。

 

 

 



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33 凡人、器用貧乏。

 

 

 

 

 

 はぁ、もうしゅき。

 

 なんて口に出して言えやしないが、本当になんだこのイケてるメンズは。

 

 うっかり最推しの肩に寄りかかったまま寝てしまい尚且つ悪夢を見なかったせいか、やけに私の思考は冴えている。

 まだ朝日の登る前だから原作軸には問題ないと思うが、ここに千空様がいらっしゃるのは大変まずいのではないだろうか。

 だがしかし、今のこの状態が幸せすぎてキープしていたい。それがダメだと分かっていても、この天国にいたい。

 

 はてさて、どうしたものか。

 

「……茉莉、テメー起きてんな?」

「────ウッス」

「なら戻るぞ」

「ウッス」

 

 千空の声と共に背筋を伸ばし立ち上がる。

 なんでバレてしまったのだろうと思いつつも聞けやしないので黙るしかない。

 長い間座って寝ていたせいか足が痛むが、今は寝る前よりも体が軽く感じることが不思議に感じる。

 二、三日寝ていなかった後の睡眠が心地よかったのもあるのだろうが、なんとなく、悩みがほんの少し軽くなったからかもしれない。

 

 言葉に出して言えやしないがそれでも千空ならなんとかしてくれるかもと思い込みができてしまったせいなのなろう。

 かもかもの例えだが、そうだとしか言えないのである。

 

「ホラ、行くぞ」

「ん、ん?」

 

 そう手を伸ばされて、掴んで、これはどういった状況だと首を傾げる。

 伸ばされたから掴んだ、それが全てだが私に手を伸ばしたのは千空で、掴んだのは私。

 つまりは手を繋いでいるわけで?

 

 なんというか、しゅき。

 

 極度のストレスの後だから語彙力やばい。

 

 当たり前のように繋がれた手の温度を感じつつも頬の筋肉が崩壊しないように無表情を貼り付けて、手の引かれるままに村へと足を向けた。

 

「千空達が帰ってきたんだよー!」

「おースイカ、望遠鏡で太陽みんじゃねぇぞ」

 

 天文台からブンブンと手を振るスイカに手を振りかえし、私たちは千空達がとってきた石を確認していく。

 太陽光に照らされたほとんどの石はキラキラと輝いて美しい。

 

「おぉおぉおお!」

「すごい! 宝石の山みたい……」

「みたいじゃねぇ、宝石の山なんだよ。ククク、超〜絶レア金属が中に入ったお宝だ!」

 

 綺麗な石を眺めているコハク達とは違い、マグマはただの石になんの価値があるのかと呆れているようだ。コクヨウに至っては投石に使うと言い切っていたし、まぁ、科学に馴染みのある者でもそれを加工して使おうなんてそうそう考えつかないだろう。

 

 司軍とやり合うためにはケータイが必要で、ケータイにはこの石の中にあるタングステンが必要で、まずそれを取り出さなければならない。

 千空達の会話を頷きながら聞いているといつのまにか両隣にはルリとスイカがいて、何故だか私の手を握っていた。

 

「お帰りなさい、茉莉」

「天文台、千空喜んでたんだよ!」

 

 二人は私の手を離すことなく、ただ笑ってそう言った。

 なんとなく私は気不味くて何にも言えやしなかったが、ただ笑っておくしかない。

 

 私が辛気臭い笑顔をしている最中にマグマが石を木っ端微塵に砕き、それを千空がかき集めて同時にクロム達へと指示を飛ばす。最低1000℃以上の熱が必要となる加工作業、それを二人へと増させるためだ。

 

「オホー、そんなの炉で焼けば一発じゃないの」

「なんだ意外と簡単じゃねぇか!」

「アホかテメーらは。ガラス容器ごとクッソ熱い1000℃の炉にぶち込んだらどうなる?」

「あ"」

「ガラス容器だけ溶けちゃうね?」

 

 ガラスの中のタングステンだけを熱するための装置、それが必要になるわけで。案の定二人はその事実に気づくと頭を悩ませ始めた。

 私は一旦スイカ達と手を離し、あっちに混ざるからと二人から離れた。二人は手を離してもニコニコと笑っていて、なんとなく変な感じはするが、今は気にしてる場合ではないだろう。

 

「時間ねぇんだ手分けすんぞ。なんやかんやの歯磨き粉作りの方は俺がやる」

「じゃあピンポイント加熱装置は誰が創んだよ?科学使いが他に──」

 

 とそこまで自身で言ってからクロムはピタリと動きを止めた。

 自分でそう言っておきながら、その事実に気づいたのだろう。

 

「クロム、テメーならもう0から創れんだろ。覚えた科学技全部ブチ込め。ククク、それとも千空先生の助けがいるか?」

「おぅ、笑わせんじゃねぇー! そっちこそラボで助けてーって泣きつくんじゃねーぞ!」

「あ"ぁ、ラボは任せろ。加熱チームはテメーに任せる……!」

 

 嗚呼、ほんとに好き。

 うっかりにやけそうになる頬を緩めぬように唇を噛み締めて真顔をキープする。がしかし、やはり好きなものは好きなので若干頬が緩んではいそうだ。

 

 私の事はさておきそんな熱い二人の関係を間近でみていたカセキは自分にもモノ作り仲間の友達が欲しかったと、羨ましいと言葉をこぼす。その言葉を拾ったのはクロムが当たり前のように"三人"も友達がいるじゃないかと言ってのけたのだ。

 

「オホ? 三人? どこに?」

「ここに」

 

 クロムが指さしたのは千空とクロム自身とそして私で、それには私も驚いて目を開かせた。

 

「ワシ、歳50近く離れとるのに?」

「歳? 何か関係あんのかそれよ……?」

「むしろ私は友達よりも弟子な感じでお願いしたいのですが?」

「いや、意見言い合ってんだから友達だろ?」

「ん? そんなもんなの?」

 

 てことは私もクロムにも友達扱いされているのかもしれない。

 

 そんな新事実に驚いたのは私だけではなくカセキも一緒で、嬉し泣きをしながら半裸で早速作業に取り掛かっていた。それを横目で見ていると私はゲンとともに千空に襟元を掴まれてラボまで引きずられ、なんやかんやの歯磨き粉作りのメンバーにされてしまったようだ。

 

「現代人のテメーらはこっち手伝え。村の連中よりまだ化学わかんだろ」

「そうかな〜?」

「指示されたことしかできないよ?」

 

 千空はラボの中にある実験道具を次々と取り出して、私たちにわかる様に簡単な説明をしてくれた。

 水酸化ナトリウムでタングステンを煮て、それを貝、塩酸、アンモニアで結晶にしたら焼いてハチミツと混ぜる。ただそれだけ、とでも言いたそうに言い切ってくれてしまった。

 

「オッケー、もう完璧に分かっちゃったよ千空ちゃん。ハチミツ! 焼いてハチミツ! そこだけは分かっちゃった♫」

「じゃあ私は出すもん出してくればいいのかな? アンモニアでしょ? ちょっとトイレ行ってくるよ。出るかわからないけど」

「……茉莉、それはテメーじゃなくていい。むしろ今はやめろ。……やっぱクロムの方が100億倍マシか──」

「いや〜誰が来てもリームーだと思うよこれはもはや、千空ちゃん以外。茉莉ちゃんも女の子なんだからその発言はやめようね?」

「え、合理的なのに」

 

 アンモニアが小水なのは分かりきった事実なのに二人してそれを止める。やはり男と違って狙って出せないのが問題なのだろうか。ビーカーについてしまったら洗っても躊躇うのかもしれないし、ここはやめておくとしよう。

 

「んで、私もそこまで役に立たないけど何すればいい?」

「俺が出す指示通りにやりゃいい、大抵のことならテメーならこなせんだろ」

「私じゃなくてもいけると思うけど?」

「杠を除けばテメーが一番器用なんだよ、やれって言えば文句もでねぇしちゃんとやるし、使いやすい」

 

 たしかに私は文句なんて言わないと言いかけたところで、ゲンから横槍が入った。

 

「──千空ちゃんその言い方はあんまりなんじゃない?」

「あ"?」

「使いやすいって茉莉ちゃんに失礼だよ。ね、茉莉ちゃん」

「いや全然。もしろモノの様に扱っていただいて感謝するレベルです?」

「え、ジーマーで? 流石に文句とか言ってもいいのよ?」

「いやジーマーで文句なんかないよ、私はやれと言われたこと"だけ"をこなすだけ。それ"だけ"しか出来ないんだから、文句なんかあるわけないでしょ」

 

 何を当たり前のことを言っているのかと首を傾げると、ゲンだけでなく千空さえも眉間に皺を寄せていた。

 

「──あ"ー、確かに言い方が悪かったな。茉莉は大抵の事は人並みにこなせる器用貧乏ってやつだ。できるって分かってっから頼みやすい」

「……千空ちゃんの言い方はアレだけど、茉莉ちゃんはもうちょっと自信持った方がいいんじゃないかな? 茉莉ちゃんはゴイスーできる子だからね?」

「いや、できない子だよ。できる子だったらどんなに良かったことかね」

 

 例えば無限に知識がある子に生まれていたら、医療を学んでいる子だったら、もう少し科学に詳しい子だったらなんて思いもする。

 全て記憶なしの話だが、やはりできる子であれば役に立てたかもしれない。

 しかしそれもまたたらればの話で現実的ではないのである。

 

「私は突き出た何かは持ってない、だからいつまで経っても"こんなん"なんだよ。……さて、さっさと仕事を始めよう?」

 

 なんとくなく気まずい雰囲気の中にこりと笑みを作って、私は千空の腕を小突く。

 今やるべきことを止めてまで私の話を聞く必要も時間もないのだからさっさと行動に移さなければなるまい。

 

 全くもって何故こんな話になってしまったのだろうか頭を悩ませながら、私たち三人はクタクタになりながらタングステン歯磨き粉の製作に勤しんだのである。

 

 

 



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34 凡人、頼む。

 

 

 翌朝になるとなんやかんやでタングステン歯磨き粉は出来上がった。

 千空は目の下に隈をつくり、ゲンもげっそりとしている。私はというと徹夜になんて慣れていたし、先日千空さんの肩を借りて寝ていたのでそこまでの眠気はない。が、疲れていないわけではないのである。

 

 ポキポキと首を鳴らし肩掛けからあるものを取り出し、私はそっとその場を離れた。

 これからタングステンの加熱作業があるのだろうが一旦休憩を入れなきゃやってられないし、私がいなくてもどうとでもなるのだ。今は私がやりたいことをやらせてもらうとしよう。

 

 コソコソと皆のそばから離れお湯を沸かし、手製の急須を準備する。そこに隠し持っていたモノを入れてお湯に注ぐ事数十秒、鼻腔をくすぐるなんとも言えない良い香りが立ち込めた。ラボにあるビーカーを拝借し中身を注げば、麗しの珈琲の出来上がりである。

 

「ウマー」

「相変わらずテメーは色んなもん隠し持ってんだな」

「それってコーヒー!? え、茉莉ちゃんどうやって作ったの!?」

「……なんちゃってのたんぽぽコーヒーだよ、良かったらどうぞ?」

 

 相変わらず私の食い物を奪っていく現代人二人と、それを眺める現住人。

 たんぽぽコーヒーを気にしているコハク達にも分けてあげれば、怪訝な顔をされた。

 

「──なんだコレは」

「コーヒー擬き。だから本物のコーヒーはもっと美味しいよ。コレはコーヒー擬きにヤギの乳を入れたカフェオレで、こっちの方がまろやかで飲みやすいかもね」

 

 コーヒーと名のついているが、味は麦茶やほうじ茶に近い味でもある。しかしまぁ、休憩にはもってこいなお茶なのだ、白湯ばかり飲んでられない。

 たんぽぽコーヒーを嬉しそうに飲んでいるゲンにフィラメントは作れたのかと問えば無事に完成したと返答があり、次の作業に移る前にコーヒーの匂いが漂ってきたとも言われた。今後も飲みたいと要望も聞けたので春先にでも。

 たんぽぽ採取に出かけなくてはならないだろう。

 

「でもたんぽぽでコーヒーなんて作れたんだねぇ、ゴイスー」

「焙煎するより茶漉し作る方が手間だったけどね、そこは銅を拝借してうまい具合に。長夜の暇潰しになったよ」

「──そっか」

 

 何故かしんみりとするゲンにうっかりため息を吐きそうになるもグッと堪える。

 多分ゲンがしんみりするのはここ二、三日の私の行動の所為だと察しているのだ。わざわざそこに突っ込んではいけない。

 千空とゲンがコーヒーを飲み終えた段階で私達はようやくケータイづくりを再開するのだが、やはり問題は山ほどあるわけで。

 

「材料は揃った! こっからが最後の山場だな。ざっくりいうとだ、ケータイの心臓部は真空管、ケータイの骨格はプラスチック、ケータイの血管は金の電線。この3つのボディパーツを揃えりゃ携帯電話本体が完成する……!」

「おぉおおぉお!」

 

 千空からざっくり話を聞く分にはもうすぐだと思えるこの作業。どこからどうみても鬼畜そのものでゲンすらも真顔になってる始末だ。

 プラスチックなんて普通の人間じゃあ、作り方なんて知らない方が当たり前。作れと言われて作れるものではない。

 

「んじゃまず順番に早速真空管から仕上げちゃおうかの!」

「おぅ! 宇宙最強の熱線もゲットしたからな!」

「──その真空管の仕上げにちーとややこしいガラス細工があんだ。カセキのジジィでも作れっかどうか」

「オホー言うじゃない。ワシってばこんなグニャグニャしたのとか鬼むずこいの作ってきたもん。そうそう驚かんよ! ほれ、見してみぃ設計図……」

 

 なんて張り切るカセキに千空が見せた設計図はちょっとややこしいレベルとは言い切れない品物で、鬼むずなんて言葉でも生やさしい。

 目を見開いて驚くカセキをよそに千空は真空管・ヒックマンポンプの説明を始めてしまうし、頭を悩ませるカセキにフォローが必要だろう。

 だがそれは私の役割ではないし、フォローよりも焚きつけるのが上手い人間がいるわけで悩む必要すらないのが今の現実だ。

 

「俺らの時代でもヒックマンポンプだけはスゴ腕の職人が手作りしてたんだよね〜。あっでも職人って言っても時代が違うだならしょうがないよカセキちゃ〜ん♫ リームリーム!」

 

 その言葉が事実だと知らないゲンはカセキを焚き付ける言葉を言っただけとか思ってそうだが、言われた方からしたら喧嘩を売られた様なもの。

 もしこれがカセキじゃなくてもっと他のプライドを持ってた人間が聞いたらイラつきもするだろう。

 だがここにいるのは物作り大好きなカセキの爺さん。

 心配すら必要ない。

 

「オホホ、大丈夫じゃい、いらんよそんなメンタルケア。どうせワシややこいほどワクワクしちゃうし。そのかわりね、ワシもアレがいいなぁ、こないだクロムにやったやつ」

 

 頭にハテナを浮かべる千空とクロムに向かって私が手叩きをし、続いたカセキの『モノ作り仲間として』との言葉で千空はそれを察しニヤリと微笑んだ。

 そして──。

 

「真空管はカセキ、テメーに任せる……!」

「オホー了解!」

 

 嗚呼、なんて熱い展開。

 まさに少年漫画。

 

 手と手が重なった乾いた音がなんとも心地よい。

 ムフフと必死ににやける顔を堪えていればこちらをみていたスイカもモゾモゾしながら千空へと近づき、そして子供チームにもそれが欲しいと強請っている。

 

「あ"ー、電線はスイカ、テメーらに任せる!」

 

 なんとも子供にお優しい千空様。

 たまに悪い顔をしているが、やはり人に頼ってくれる千空さんには千空さんのいいところが多すぎる。本当に最高です有難うございます。

 

 私がにやけながら拝むのを我慢していると千空は私へ近づき、羊皮紙を一つ差し出した。これはいったいなんなんだと紐を解いて確認してみれば、そこには暖炉と思われるものの設計図を記されている。

 もしかしなくてもこれは、私に作れと言う事なのだろうかと視線を向ければ当たり前のように千空はニヤリと笑った。

 

「テメーが前に暖炉を作れる様にしとけって言ったんだろうが。銅のある場所もクロムに聞いて地図に起こしてあっから誰かしら連れて行ってこい」

「ウッス、じゃあコハクちゃんと銀狼くんとマグマさんの力でも借りますわ」

「──なんでそのメンバーにした?」

「え、なんとなく? 力担当はコハクちゃんとマグマさんで、銀狼くんはなんとなく?」

 

 クロムとの捜索メンバーがそれだったからだとは口が裂けても言えない。

 

「取り敢えず乱獲してくるよ。そっちもがんばってね?」

 

 千空とクロムに背を向けて手を振り、私は早速コハク達へと声をかけに向かった。有難いことにコハクと銀狼はすぐ私の話に乗ってくれたのだが、問題が一つ発生してしまった。

 マグマが、私の言う事を聞いてくれないのである。

 

「なんで俺がテメーの指図を受けなきゃなんねぇんだよ!」

「別に指図はしてませんけど、力を貸して欲しいだけですけど?」

 

 喧嘩腰ではないが何故そこまで嫌われているのか謎なので、口調も強くなっていると自分でも分かってはいる。

 だが頭ごなしに否定され、理由すら聴いてくれないといくら温厚な私でもそうなってしまうのだ。

 

「マグマさんが私のことを嫌っているのは承知の上ですが、銅の採取には人手が入ります。特に力のある人が、なので手伝ってください。一応千空くんにも了承をもらってますので!」

「んなこと知るか!」

「茉莉ちゃん!? もういっそ俺たちだけで行こう? ね?」

「マグマが来ないなら私が2人分仕事するぞ?」

「いや、そういうことじゃないんで」

 

 別に私だってマグマを連れて行く理由はない。でもどう考えてもマグマを連れて行った方が効率はいいのだ。

 暖炉を作るにしろ、その他道具を作るにしろ銅は多く採取しておきたい。三人より四人の方が運べる量も増える。だからこそマグマを連れて行った方がいい。

 

「──千空くんは暖炉を作るつもりでいる。そのためには力持ちが必要なの。だから手を貸して!」

「断る!」

「暖炉ができりゃ寒さで死ぬ人間が減るんだよ、理解しろよデカブツ!」

 

 うっかり千空が大樹を呼ぶ言葉を使ってしまったが、必要な言葉を伝えたので問題なしとしよう。

 マグマだけでなく私を見つめる視線が幾らか増えたところで、暖炉とは何かを改めて説明することにした。

 室内を随時暖かくしておけて温かい料理も一緒に作れると、煙突があるから寝る時も寒くないと。

 それがあるだけで、少なくとも凍傷になることも凍死する心配もないと。

 

「千空君が作るもの、本来君らがその知らずに生きて逝くはずだったもの、その一つが暖炉だよ。それに暖炉はそのうち戦車になるし一度で二度美味しいんだよ!」

「……そんなこと知るか。それにセンシャってなんだ!」

「──センシャはセンシャだよ、うん」

 

 首振り自動車、だっけ。そのうち出来るの。まだ早かった発言だったな。

 うっかり記憶が混ざり込んでくるのは本当にやばい。

 

「兎も角、私は千空君が作るものを手伝ってるだけでそれに必要なのがマグマさんの力なわけで、指図はしていない! なんなら土下座でもして頼もうか?」

「ドゲザ?」

「地面に額つけて謝ったり頼み事するやり方。そのくらいしてもいいくらい力を貸して欲しいのだけど?」

 

 いっちょやってみるかと試しに土下座をしてお願いしますとお願いしてみるとコハクは息を呑み、銀狼は私の名前をいきなり叫び出した。

 

「っそこまでのことかよ! 行きゃぁいいんだろぉ!?」

「ん? そすね、きてもらえると助かります?」

 

 石神村に土下座文化があったのか分からないが、土下座でなんとかなったんならいいことだ。

 多分土下座のインパクトでうっかり口が滑った戦車のことも忘れているだろうし助かった。

 

「さて、じゃあ準備していきましょ」

 

 さっと立ち上がり銅の採取の準備に向かった私なのだが、いやに静かな背後がやけに気にかかる。

 かと言って振り返ってどうしたのと聞く必要性は感じられないし、ひとまずほっておくとしよう。

 

 



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35 凡人、考察する。

唐突にifルートを活動報告にあげてます。4/1だから。
以下本文↓



 

 

「んで、テメーの目的はなんなんだ?」

 

 必死に銅を集めている最中、ギロリと私を睨みつけたマグマは徐に口を開いた。

 その言葉の意味を理解しきれない私はただ首を傾げるだけだったが、それすらも気に入らないマグマは激昂する始末だ。

 

「千空はまだ分かる、化学を使って司ってやつを殺っちまおうって考えてるってことはな。じゃあテメーは何のためにここに居る、テメーがそこまで村のために必死になる目的は何だ!」

 

 マグマからしたら成り行きでも石神村の長になった千空がする事は合理的で苛つきはするが不安はない、でも私という存在がなぜ千空に従いマグマ達石神村の住人に指示を出すのか理解できずに気に入らない。というところだろうか?

 私にマグマの考えなんて分かるわけないがこれはこれで面倒な事案ではある。

 

 何ともまぁ面倒くさい。

 

 一度深く息を吐きマグマに視線を向ければ、何故だがコハクも銀狼も真面目な顔をして私を見ているし、検討外れな事は言い辛い雰囲気でもある。

 なら仕方ないと私はもう一度息を吐いて、私の思いを口にした。

 

「私の目的はただ一つ、君たちを生かす事だよ。当たり前でしょ」

「あ"ぁん?」

「それは、どういう意味? ちょっと俺にはわからないだけどぉ!?」

「そのまんまの意味だよ、本当に。だって石神村の人間は全員、おじさんの、百夜さんの血を引いている千空君の親戚だしね」

 

 ただ、それだけ。

 3700年という月日を超えて繋がれた、百夜の置き土産であり希望。それを失うことは、これ以上あってはならない。

 

「宇宙にいたクルーは全部で六人。その子孫が君達石神村の住人で、千空君に託された命。君達が思っている以上にその命は重く尊いものなんだよ? 気づいてる?」

「命は尊いものだが、なぜそこまで茉莉が気にするのだ?」

「科学知識のない現代人でもね、分かるんだよ。君たちの異常さが、そして危険さがね」

 

 たった六人。

 その六人からの血筋。

 どう足掻いても変えられることのない遺伝子。何世代にも渡り繋がれてきた血脈だが、他所から異なる遺伝子を入れられない以上何かしらの障害が出ていないとは限らない。

 

「同じ血脈だけで増えていくとね、何処かしらに綻びが出るんだよ。見た目でわからないものだったり、生まれてきてすぐ分かるものだったり、そんな話、聞いたことない? もしかしたらコハクちゃんがそんなに強いこともそのせいかもしれないし、私たちが生きてた時代じゃ近親婚そのものは禁止されてたんだよ、遺伝子疾患が出やすいから。だからむしろ、ここまで君達が普通に暮らしていることが奇跡だと私は思ってる」

 

 もしかしたら私が知らないだけで近親交配でも疾患が出ない論文でも出てたのかもしれないが、それを知る術は今はないし、確認できるはずもない。

 故に私ができる事は、ただこの状況を維持する事だけだ。

 この繋がれてきた血脈を、絶やす事なく次に繋ぐ、それが私の思いでもある。

 

「私はね、みんなに幸せになってほしいんだ。千空君がいればもう飢える心配も凍え死ぬ心配もないと断言できるから、その手伝いをしたい。私にできる事は限られてるって分かってるけど、そう願うのは悪いことじゃないでしょ? マグマさんが私が嫌いならそれで構わないけど、私はみんなが好きだし、君達のおかげで千空君は前へ進める。だから、役に立ちたい、ただそれだけ。支離滅裂で申し訳ないけど、本当にそれだけだよ、私の目的なんてものはない」

 

 本当はこんな事話したくはなかったが、下手に嘘をついて嫌われるのはごめん蒙りたいのだ。

 それにここには頭の働く人間はいないだろうし、私が話したところで遺伝が云々突っ込む奴はいないだろう。

 じゃなきゃクロムとルリに関係するこんな話をするわけがない。

 遺伝子云々は気になるところだがクロルリの邪魔は誰にもさせない、前科のあるマグマ、君には特に。

 

「茉莉は、私達のことが嫌いではないのだな?」

「むしろここまで良くしてもらって嫌えるわけないでしょ」

「──テメーの行動には裏がねぇとでも?」

「あったらもっと上手く隠してる」

「つまり茉莉ちゃんは俺がすすすすす好きっ!?」

「みんながねー」

 

 全くもって面倒だな。

 

 銅の詰まった籠を背負い私は一度マグマの目をじっと見つめ、そしてにっこりと笑ってみせた。

 いつも通りの作り笑いだったが、無表情よりいくらかマシだろう。

 

「嫌いたきゃ嫌っててもらってもいいよ、問題ないし。ただ、村の為に働くのは利害一致してると思う。それに私なんてクソ雑魚人間君にならすぐ殺せるだろう?」

 

 すんなりと殺されてやる気はないが、逃げる気は満々だが、力関係を見ればマグマの方が遥かに強いのだ、私なんかに警戒しないで頂きたい。

 

「────そりゃ、そうだな。テメーみてぇな雑魚いつでもぶっ殺せる」

「そうそう殺せる殺せるーってことで、この話はおしまい! さっさと帰って暖炉作ろうや、あったかいお家を作ってあげなきゃね」

 

 そう言ってもう一度ニコリと笑いかければマグマは鼻で笑い、私より大きく量の入った籠を軽々と背負いなおした。

 有難いことにその後の雰囲気は朗らかで、嫌な空気ではない。

 籠いっぱいに銅を集めて帰れば、その後は当たり前のように暖炉作りに取り掛かることとなった。

 

 ただ一つ、嬉しい誤算があるとすれば、あれだけ私を邪険にしてたマグマが割と積極的に手伝ってくれるところだろうか。

 ああ見えて彼も石神村大好き人間なのだろう、私をすぐ始末できるという安心があれば村の為に頑張って働いてくれる良い若人である。

 銅を溶かし、千空に助言を貰いながら無事に暖炉を作り上げれば爺さん婆さんからは物凄く感謝されたし、悪い気はしない。

 千空センパイには良くやったとお褒めの言葉を頂けたことだし、本当に頑張ったのだと自画自賛した次第だ。

 

 その後はゲンの手伝いでマンガン電池製作に取り掛かったのだが、残念なことにマンガン電池の歌は歌ってくれはしなかった。

 直で聞いてみたかったのだが、やはりあれはアニメ仕様だったらしい。

 たしかに現実世界で歌い出したらただのヤバい奴だと思い直したが、ゲンの顔を見て大きなため息をついてしまったのはいうまでもないだろう。

 

 

 そんなこんなしていれば一台目のケータイが完成し、電話としての試験が始まろうとしている。

 初めて電話を使うのはクロムとルリで、ゲスい銀狼の考えを必死ににやけないようにして私は聞き届けていた。

 

「向こうでルリちゃんが聞いてるよ。ほらぁ、クロムの本当の想い、言うチャンスなんじゃないのぉ? 今! ココなんじゃないのぉ!?」

 

 緩みそうになる頬を力を込めてぐっと耐え、私は真剣な顔をするクロムを見つめる。

 

「通話スイッチ!」

「オンなんだよ!」

 

 そして紡がれる、クロムの言葉。

 

「ルリ……! 見たかルリ、ヤベーだろ!! 科学はよ……!!!」

 

 この空気の読めない馬鹿可愛い子は誰だ!

 そうクロムだ!

 本当に馬鹿可愛い良い子だよ全く。

 背後で頭を抱える村人とは対象に私は吹き出して笑った。

 この二人が結ばれるまで、死んでも死にきれなそうだ。

 

 抑えきれなくプークスクスと笑っているとクロムは真顔になり私を見つめ、近くにいた銀狼までも意外そうな顔で私を見ていた。

 含み笑いをしながらどうしたのかと尋ねてみれば、初めて見たからと意味のわからない言葉を漏らすだけ。

 

「茉莉ちゃんがそんなの風に笑うの、初めて見たなって思って……」

「そうだっけ? 私はいつもニコニコしてるけど?」

 

 頬が緩まないようににっこりと、時折自分を保つ為に朗らかに笑っている気がする。

 だがその笑顔とこの顔はどうやら違うらしい。

 

「なんかあれだな、そんな風に笑ってるとただの人間なんだなテメーも」

「──クロム君は私をなんだと思ってたの、一体?」

「意味わかんネェ奴」

「ソッカー」

 

 あまりにも当たり前に言われるのでそうとしか答えられない。

 意味がわからない奴と言われればたしかに私はそうなのだろう。

 私だって私がなんなのかわかってないのだ、他人に言われて憤れるほどできた生き物ではないと思う。

 

 言われてみれば、こんなふうに吹き出し笑いをするのはいつぶりだっただろうか。

 石化する前か、それともこの世界を知る前か、思い出せないほど前には笑っていたような気もする。

 生きる為に必死に学んで隠し通して、感情も思考もバレないように笑う事を選んでどれ程経ったのだろう。この生き方を選んだことに後悔はないか、ほんの少し疲れてきているのはたしかだ。

 もっと自由に生きられたらなんて悲劇のヒロインになるつもりはないが、それでも"普通"に生きていられたらなんて思いたくもなる。

 

「──私だって、ただの人間なんだけどね」

 

 幸か不幸か、いらない知識あるだけのただの人間。

 けれど、この世界の住人になりきれてない出来損ない。

 

「私だって笑いもするよ?」

 

 そう言って、私はまた朗らかに笑う。

 先程までの笑顔とは違う、いつも通りの作り上げた笑顔で。

 

「……茉莉ちゃんは、さっきの笑顔の方が可愛いよ?」

 

 なんて銀狼が困った顔で私を褒めてくれるが、それに応えることはまだできない。

 

 いや、この先ずっとできないのかもしれない。

 

「笑えるようになったらちゃんと笑うから」

 

 そうとだけ伝えて、私はまたにっこりと笑うのだ。

 

 




余談ですが、奥歯が痛くて辛いです。そして今更ながらコナンにハマって漫画全巻欲しいです。


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36 凡人、伝言をうたう。

 

 

 

 まるでスピーカーですね、とルリが告げたことにより現代組である千空とゲンはその百物語の意味を考え、そして百夜が眠っているとされている墓地へと駆け出していった。

 

 一方私といえばこれでリリアンの美声が聞けるのかとにやけそうになる頬に力を込めているわけだが、何というか、吹き出し笑いを電話越しに聞いていただろうルリから生暖かい視線を向けられている。

 一体なんだというのだ。

 

「茉莉さん、私は少し貴女を誤解していたかもしれません」

「ぅえ、ドユコト?」

 

 いきなり申し訳なさそうに眉を下げるルリに対して変な声が出る。

 誤解とはどういう事かと聞き返せばルリは俯いて、そして小さな声で言葉をこぼした。

 

「……私ははるか昔から貴女を知っていました。そして私は勝手に貴女を私と同じ弱い人間なのだと思っていたのです。でも実際の貴女はずっと強かな女性で、私のような弱さなんてなかった──」

「──知ってたって、どういう事?」

「千空にはお話ししましたが、懐古談として貴女の話がありました。知っているのは歴代の巫女と、千空だけですが」

「……懐古、談」

 

 そんなもの知らない。

 そんなもの物語になかった。

 嗚呼、やはり、私がいる影響が何処かしらに湧いて出る。

 

 自分でも顔に血の気がなくなっていくのが分かるくらい、私は吐き出したい気分になっていく。

 だがそれでも"間違い"は正すべきだ。

 

「私は、強くないよ。それにルリちゃんは弱くない。村の存続の為に好きでもない男と結婚することも厭わないとか、百物語だって今の今までちゃんと繋げてくれてたじゃん。──ルリちゃんだけじゃなくて、ずっと命を繋いでくれていた石神村の人間は等しく強い。ただ逃げてるだけの私と違って」

 

 百夜がどんな伝え方をしたのかは知らない。

 むしろ知りたくはない。

 でもルリが私が弱いと知っている事はそういう伝え方をされていたのだろう。文句を伝えられないが、心の中で言う分には許してもらいたいものだ。

 

「誇ってよ、ルリちゃんが生きてる今を。繋がれた強い意志を」

 

 もし途中で誰かが挫けてしまったら3700年もの間残っている話ではない。

 現代人が知っている童話や昔話だって、昔からの話がそのまま残っているものは少なかったはず。グリム童話なんてエログロで差し替えられた話が多かったと記憶している。

 書面で残していてもそうなってしまっていたというのに、たった百の、されど百の物語を後世に伝えてくれたなんて健気な話だろう。

 

 そういえばと、ふと嫌ではない記憶が蘇る。

 関わりたくないと目を逸らした私の顔を覗き込む百夜、私を笑わそうと奇抜な格好をする百夜、毎日めげずに声をかけてくる百夜。

 宇宙に行けると決まった日わざわざ電話してきて、千空を頼むと一方的に約束する百夜。

 

 もう、会えないと分かっている、隣に住んでいた、愛しき隣人。

 

「──そっか、もう、遅いのか」

 

 無視してごめんねと謝りたくても、声を聞きたくても、もう全て無駄なのだ。

 私は私の為に人間関係を投げ捨てて、そのせいで心配してくれる人を悩んでくれた人を切り捨てた弱い人間でしかない。

 今更気付いたわけではないけれど取り繕った笑顔の下で、心の奥底で、またも罪悪感が芽生えてしまう。

 全くもって弱い人間で嫌になる。

 

「千空達が帰ってきてみたいですよ。行きましょう?」

「そうだね」

 

 また必死に笑顔を作って、偽って、私は泣きたくなる感情に蓋をする。

 泣いてる場合でも、泣ける立場でも私はないのだから。

 

 小さく息を吐き前を向き、私はルリの後に続いて千空達の輪の中へ入り込む。千空がスピーカーという言葉のもと見つけたのはガラスのレコードで、百夜達クルーが残した遺産だ。

 

「このガラスの瓶の底に音が入ってんのか!!」

「でででも音なんてつかめもしないんだよ??」

「みじんもわからない、どうやって……!」

 

 現代人の私でさえわからないレコードの仕組みを千空は簡単に説明し、そしてそれを聞くための再生装置作りに取り掛かる。有難いことに再生側は楽に作れるようで綿飴機に使用したコハクの盾の歯車と、骨の針が有ればなんとかなるらしい。

 

 さすが千空パイセンと心の中で合掌しておくのは忘れない。

 

 グルグルと銀狼が歯車を回し、少し緊張した顔で千空が針をレコードに通す。

 すると雑音と共に懐かしい声が私たちの鼓膜を震わせた。

 

『これを聞いている何百年後か何千年後のどなたか分かりませんが、私は宇宙飛行士の石神百夜と申します』

 

 そう百夜の声が流れると村のみんなは一斉に声を上げて驚き、この村の創始者である百夜の声にさらに聞き入る。

 

『なーんてな! 堅っ苦しい建前ハイ終わり! 千空、石化復活とげて今このレコード聴いてんのは千空、お前だろ。わかるんだよ俺には』

 

 3700年前からようやく届いたメッセージ。

 3700年経ってようやく再会を果たした二人の親子。

 

 一方はもうこの世にいなく、そしてその遺骨ですら何処にあるか分からない。あったとしても時の流れで既に骨の方すら残っていないだろう。

 だというのにそこには確かに形では表せない深い絆のようなものが感じられた。

 

『千空、もしもお前がまだ村の仲間達の心を掌握出来ずに困っていたらこれを聴かせるといい。音楽の灯の消えた彼らに──』

 

 瞬間流れ始めたのは強く胸打つような歌声。

 力強くも儚げに、言葉の意味が分からなくとも脳を揺さぶるリリアンの歌声が響いた。

 ガラスのレコードのせいで本来の歌声よりも劣化して聞こえるが、ちゃんとした音楽を知らない村人達にはかなり刺激が強かっただろう。

 私もテレビ以外で初めて彼女の歌声を聴いたがやはりこう、クるものがある。

 今更になって一枚でもCDを買って聞いておけばよかったななんて後悔するが時既に遅し、彼女ももうここにはいないのだ。

 

「歌……」

「でもこんなの、綺麗すぎるんだよ」

「天女の声じゃい──!」

「リリアンちゃんは俺らの時代でも歌唱力世界トップの一人だから、そんなのいきなり聞いちゃったらねぇ〜」

 

 多分、歌唱力云々の問題だけではない。

 彼女の歌声には過酷な状況にありながら必死に生きて、それを繋げるという強い思いも込められている。

 そして彼女の思いを受け継いだ者達からすれば、血を引き継いだ者達からすればその歌声は自分たちの原点でもあるのだ。

 チラリとルリに視線を向ければ彼女の目には涙が溜まっていて、私には感じられない何かを感じ取っていてもおかしくはないだろう。

 

「うぉぉおおん! すごいよぅ! 歌がもう、すごくものすごいすごいんだよぅぅ!」

「語彙」

「──千空達の、昔にはこんなすごい音楽が沢山あったのぅ……?」

「あ"ぁ、音楽だけじゃねぇ、ゲームテレビ漫画映画、どいつもこいつも科学の進歩で作れるようになったエンタメどもだ。世界には超絶面白ぇもんが山ほどあった。現物は消えちまったが、全部人類の記憶ん中に残ってる!」

 

 たとえ物が消えてしまっても作者が復活すればまた一から作り直すこともできる。

 既に故人の作品も覚えていてくれる人がいれば蘇らせることができる。

 それこそCDもつくれるようになるかもしれないし、復興を遂げれば遠くない未来テレビなんかも観れるかもしれない。七十億人まるっと復活できれば、失った文化も少しは取り戻せるのだろう。

 

「先がまだ遠いなぁ」

 

 まだ、今は序盤だ。

 まだ司との戦いは終わっていない。

 だというのにそんな未来の事を思い描くなんて私の思考には呆れたものだ。もしかしてその先の未来が私のせいで崩れるかもしれないのに。

 

「司軍のみんなもこのレコード聴いたらいいんだよ……」

「綺麗すぎてビックリズッキューン! で攻撃の手止めてくれちゃったりしないかの〜」

「いや〜、現代人だとリリアンちゃんの歌とか有名すぎてね、今更ビックリズッキューンもないと思うよ? 大体こんな音質じゃあ──」

 

 とそこまで口に出して何かを思いついたかのようにゲンは口を閉ざす。

 その思いつきに私は心の中で大丈夫だよと無意味な励ましを送った。

 もし仮にその策でゲンと千空、クロムが地獄に落ちるならば私は既に地獄の奥底に落ちている。だから君たちは誰も地獄になんておちないよ、と。

 

「あ、歌といえば茉莉も歌えるのではないか?」

「そうなんだよ! 茉莉! 何か違う歌聞かせてなんだよ!」

「──へ? なにも今そんな事言わなくても?」

 

 一人寂しく鬱モードに入りかけていると、いきなりコハクとスイカ、その声に釣られた子供らが私の元へと駆け寄ってくる。

 あの歌声を聴いた後に歌えとか、何その嫌がらせ。

 リリアンと後に一般人の歌とか晒しもんレベルだとこの子らは知らないのだろうか?

 

「あー、うん、私はいいかなぁ? もっかいリリアンの歌聞きなよ?」

 

 そっと後ずさる私の肩を掴んだのはニコニコと笑ったルリで。

 

「私もまた茉莉さんの歌聞きたいです。それに、みんなもそう思っているようですよ?」

 

 そう言ってルリは視線を横にずらし、私も同じようにそちらを向く。すると若干目をキラキラさせている村人がチラホラいるではないか。

 

「いや、でも、私、リリアンのより下手くそだし?」

「でも茉莉の歌は意味がわかるんだよ!」

「確かに! 茉莉の歌は私たちと同じ言葉だもんな! さぁ! 聞かせてくれ!」

「マジデカー」

 

 助けを求めるように千空を見ればニヤリと彼は笑い、ゲンはまだ考えているようで私を観てすらいない。

 もういっそどんぐりころころでも歌ってやろうかと思ったが、このキラキラお目目な人たちに聞かせられる自信はない。それになんでドジョウとどんぐりが話せるの? なんて聞かれたら面倒で死ねる。

 ならばもう彼らが意味を考える歌か歌詞そのものに意味のある歌にしよう。

 

「じゃぁ、そうだね、一曲だけね? 先に言っとくけど、私歌は上手くないよ? リリアンと比較しないでね?」

 

 まさかこんな世界になってこれ程までの晒し者にされるとは私は考えていなかった。

 分かっていたらボイトレにでも通っていたというのに。

 

 後悔しきれない思いを抱いたまま私は喉を震わせた。

 

 

 日本語で尚且つ意味のある歌詞。

 多分千空もゲンもわからないであろうマイナーな歌。

 なぜその歌を選んだかといえば、やはり百夜の事を深く思い出したからだろうか。

 

 冬の日に生まれた子を思う母の歌。産めた事を誇りに思う親の歌。

 ついてない人生だったけどその子と会えたことが最高の幸福だったと、側で成長を見守れないのを無念がる気持ち。

 どんな苦難が訪れても諦めず、勇敢であれと最後まで願って逝く歌。

 

「幸せにおなりなさい」

 

 たった11文字、されど11文字の最愛の子へ紡がれたメッセージ。

 

 

 嗚呼そういえば、私はこの母親が百夜みたいだなと遥か昔に思って聴いていた気がする。母ではなく父から、遠い過去から未来の千空へと向けられた歌のようだと私は思っていたのだ。

 

 だからこの歌がすんなり口から出てきたのかもしれない。

 千空を産んだのが誰であれ、百夜と千空はたった二人だけの家族だった。

 父と子の、その本質は何千年経っても変わりやしなかった。

 

 今もなお愛すべき、愛おしい親子だ。

 

 千空がこの世界を愛してくれるなら、それが百夜が生きていた幸せで、人生の全てになる。

 

 私はただ、そう思うのだ。

 

 

 




茉莉さんが歌ったのは某幻想楽団の曲です。
聞いてみたい方は『11文字・幻想楽団』でお調べくださいませ。
この歌を歌わせたいがための36話でした。


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37 凡人、寝ない。

 

 

 

 

「ねぇねぇ茉莉、なんか歌って欲しいんだよ!」

「そうだな! 何か新しい歌でもおしえてくれ!」

「えー、もう嫌だよ」

 

 レコードを聞いてからというものもう一台のケータイ作りのBGMはリリアンの歌となったのだが、ここにきて私に災難が訪れる事となった。

 それはつまり村人の知らない歌を教えろ、との無言の要求。ここ数日はもはや無言ではなく、子供達もコハクも暇さえあれば言ってくる始末だ。

 千空やゲンに頼みなさいと諭してみても千空はもちろん、ゲンも逃げるので結局私のところに来てしまう。全くもって迷惑な話だ。

 

 毎日の掛け合いとなってしまったやりとりをしていれば千空から声が掛かり、今後私たちが取るべき行動が下される。それは完成したケータイのうち一台を大樹と杠の元へと届けるというものであった。

 

「実行部隊は4人! エンジニアにクロム! 運搬にマグマ! 案内人にゲン! そしてサポートとして茉莉!」

「なぜ、私がサポート?」

「あ"? テメェは雪山登山とかやってんだろ、クロムとマグマはともかくメンタリストのサポートだ」

「ドイヒー! でもまぁこの装備で雪山とか慣れてないからしょうがないかぁ。よろしくね茉莉ちゃん」

 

 私はしょうがなくないのだがな。

 とは言ったものの確かに千空復活までの三年私は一人で冬も越してきたし、石化前も最低限装備で山籠りもこなしている。それを何故か知っている千空ならばゲンに私をつけるのも頷ける。

 多分情報源はうちの両親と百夜だろうが確かめる術はないので黙っておくとしよう。

 

 ケータイを届ける先は元東京の司帝国本拠地で、そこまでほむらにバレぬよう進まなければならない。普通に村を出てしまえばすぐにでも連絡を取られてしまう。

 そのため千空は科学の力を駆使して爆鳴気、音爆弾を作り上げ、それの合図と共に武力vs科学の第一時stone warsの開戦となったのである。

 

「今だいけ! 逆サイド!」

 

 三人とともに私も走り出すが内心村に残りたい気持ちでいっぱいだ。

 ぶっちゃけ村でぬくぬくしていたい。だってヘマすれば弓使いさんに捕まるじゃないか。私、そんなに能力ない一般人よ?逃げられると思わないでほしい。

 なんて考えている私の気持ちなんて知らない三人はさっさと進んでしまうし、ため息しか出てこなかった。

 

「チ! なんでこんなコソコソ出なきゃなんねぇんだよ!」

「いや、見つかったら尾けられちゃうでしょ」

「超〜苦労して作った極秘のケータイ作戦が全部バレて終わりじゃねぇかよ!」

「そして科学王国は壊滅となる」

「ちょっと茉莉ちゃんは変なモノローグいれないで!」

「サーセン、でも言い争いしてないで急ご。せっかくみんなが作ってくれた時間をダメにしたくないし」

 

 言い争いって呼吸乱れて疲れるんだよとにっこりと笑って告げればマグマは眉を顰めながらも黙って進み出し、ゲンもクロムも頷いて足を動かしてくれる。

 ある程度進んだところで私はカバンからとあるものを取り出してそれをそれぞれに配った。

 

「これ、カンジキね。雪の上歩いても沈まなくなる道具。あとそっちの板がプラスチック製ソリ、傾斜面はこれで滑って距離稼ぐよー」

「いつのまに準備してたんだ……?」

「んぁ? ソリは元々スイカちゃん達子供らと遊ぶように千空にお願いして材料分けてもらってて、カンジキは雪がつもり出した頃から作り始めたから持ってきただけだよ?」

「──千空ちゃんが茉莉ちゃんをサポートに入れたわけがゴイスーよくわかったかも」

 

 カンジキの説明をしつつ足に装備してまた行き道を進み、傾斜でソリに跨り滑って下る。ソリはプラスチック製で猪とかに比べれば重くはないので使わない時は私がまとめて背負って歩く。クロムとゲンが私が背負うことに文句をつけてきたが、マグマが私の方が体力も力もあると謎のフォローをしてくれたので助かった。

 そのかわり二人が少しショックを受けていたが、本当のことだし放っておくとしよう。

 

 村からでてそこそこ距離を稼いだところで一度定期点検のためにクロムがケータイを一度組み立てると、ジリリリとけたたましいベルの音が響く。電話に出ようとするクロムをゲンが止め、そして眉を顰めてその真意を口にした。

 

「この段階でかけてくるってことは用件は一個しかないでしょ、見つかっちゃったのよほむらちゃんに。俺らは追われてんの。受話器で話したらケータイ運んでるのがバレちゃうからねぇ〜。俺らの仕事は今はそ知らぬ顔で進むこと……!」

「それに連絡のとりかたは一つじゃないしね」

「え?」

「え? ゲン君モールス信号、出来るよね?」

「できるけど、まさか俺がやるの?」

「それしかないじゃない? 私知らないし?」

 

 普通に生きてる人間がそう簡単にモールス信号使えると思わないでほしい。

 首を傾げて笑ってみればゲンは肩を落としながら了承してくれて、スイッチを片手にまた歩みを進めていく。

 村からだいぶ離れたことだし今日中にほむらに追いつかれることはないだろうと考えてはいるが、どうなるかは分からないので距離を進めておきたい。

 でも挟み撃ち作戦もあったと記憶しているし、そこまで進みすぎるのも良くないのかもしれない。

 全くもって面倒なこの状況に泣きたくもなる。

 

 ソリを使っている分早く進んでいると仮定して、私は日が落ちる前に三人に声をかけて早めに休息を取るように助言した。勿論三人はまだ進めると抗議してきたが、慣れない雪道で無理をするのは良くないと、ストレスから疲れがきてもおかしくないと適当に理由を並べて一日目の進行を止めることに成功したのである。

 

 足を止めたならばまず先にやることは火をつけること。まだ夜は冷えるし、ぶっちゃけ私の足は霜焼けになっているのだ、早く温めたい。

 鞄からガサゴソと鍋を取り出して雪を敷き詰め、そして用意した枯れ木と事前に持ってきておいた麻紐を使って"カツン"と火を起こす。

 

「なんだそれ!?」

「これ? ファイヤーピストンだけど? カセキのおじいちゃんに手伝ってもらって作ったんだ」

「はぁ? んなもん持ってんなら先に言え!」

「言っても火を起こすの私にはかわりなくない? あ、もしかして火打ち石準備してた?」

 

 なんて雑談を交わしながら夜の定期点検をしている三人の横でお湯を沸かし、そして千空印のカップラーメンにお湯を入れる。ついでに魚の干物も焼くことも忘れやしない。

 3分待てばカップラーメンは出来上がりで、干物の焼き上がりを待ちながらついでに食後のタンポポ珈琲を入れて暫しの夕食タイムだ。あっという間に夕食を完食した三人に足りなければ干し肉でも齧るかと問えば皆首を振り、私は珈琲を啜りつつ冷えた体を温めることに徹した。

 

「ほれ、寝るよー」

「は?」

「寝るよ?」

 

 日が暮れるとリュックに敷き詰めて置いた毛皮を取り出して4人寝れるようにならべ、何故か拒否するゲンとクロムを突き飛ばす。マグマは寝れれば問題ないとそっぽを向いているのだが、いかせん二人が私がソコヘ入り込むのを拒否するのだ。

 

「待って、ねぇ待って茉莉ちゃん? ホラ、一応茉莉ちゃんは女の子なんだし少し離れて寝た方がいいんじゃない?」

「そそそそうだぜ? いくらなんでもくっつきすぎだろ?」

「ホー、つまりは私に凍傷になれと?」

 

 よくよく考えてみていただきたい。

 ほむらが村の監視のために一人で冬を越して入るが、今、この世界の日本の冬は3700年前より過酷なものとなっている。

 彼らは知らないだろうが千空と大樹が目覚める前の冬なんて何度凍傷になりかけたことか。クロムもマグマも人数の多さから数で暖を取れたであろうし、ボッチの苦しさなんて知りやしないのだろう。ほむらが一人で冬を越すことが異常であって、雪山に一人だなんてたまったもんじゃない。

 それにクロム、お前は別に純情キャラじゃないだろ気にするな。

 

 ふぅっと息を吐いてにっこりと笑い、今一度二人に私を殺す気かと大袈裟に伝えてみれば渋々ため息を吐きながらも頷き、ゲンとクロムの間に私は入り込む。雪が降ってはいない分体が冷え込むことはないし、むしろ4人も人がいればぬくぬくとしてとても暖かく、冷え切った体が温まっていくのを感じる。

 スゥスゥと両隣から寝息が聞こえてくる頃には頭上にはキラキラと星が輝き始め、吐く息の白さが際立った。

 

 

 

 私は2人が寝たことを確認するとブルリと体を震わせて起き上がり、パチパチと燃えている焚き火に薪をくべる。三人を起こさぬようにお湯を沸かし、入れ立ての珈琲で再度体を温めた。

 

「テメェもさっさと寝ろ。足手まといにはなんなよ」

「……起きてたのか」

 

 不意に私の入れた珈琲を奪い取ったのはまさかのマグマで、私を見下しながら舌打ちする。

 ニッコリと笑ってさっさと寝ろとオブラートに包んで伝えてみればコレまた舌打ちをして、私の首根っこをつかんでポイとゴミを捨てるかのように寝床へと投げ込まれた。

 

「なぜ投げる!」

「寝ろ!」

「だが断る! ……てか寝れないから寝ないだけなので気にしなくてもいいんだけど? マグマさんも寝てなよ気にせずに」

「あ"ぁ、ビビってのか? はっ、コレだから女は」

「いや、何にビビんのよ、それに女とか関係ないよね? 私が寝れないのは最早病気なんで気にせずにっ──て、そんなあからさまに距離取らなくても感染りませんが?」

 

 病気と聞いて思い浮かべたのはルリの肺炎なのだろうなと思いつつ、精神的な病気だからと言葉を続ける。

 寝れない理由を言っておいた方が後々面倒にならないだろう。

 

「死ぬ夢を、永遠に見るんだよ、ずっと。石化してた時も今でも、死ぬ夢をずっと見るんだ。だから寝れない」

「……あ"?」

「殺され続ける夢を永遠に、だから寝ない方がマシなんだわ。──火の番と見張りは私がするから寝てなよ。二、三日くらいなら死にゃしないよ。足手まといにも、ならない」

 

 寝てみるこの"世界"に殺され続ける無様に死に続ける、嫌われ続ける振り払われ続けるばかりの残酷な夢。

 それをみるよりは頭がガンガンと痛んでも体調が悪くなっても、寝ない方がマシなのだ。

 残念だったなマグマ、私は睡魔に負けるほどやわではないのだよ。

 

「──寝ろや」

「え、話聞いてました?」

「寝ろ」

「え、無視ですか? だから寝れないって言ってんでしょが」

「…………テメェ、死ぬぞ」

「ソダネ、死ぬかもね」

 

 ははっと乾いた笑い声を漏らせばバチっと私の頭をマグマが小突く。そして面倒くさそうにもう一度寝ろと不機嫌そうにつぶやいた。そして──。

 

「寝ろ寝ろ寝ろ寝ろ寝ろ寝ろ」

「寝ないけど、コレはうざい」

 

 寝ろ寝ろうるさいマグマに押さえ込まれるような形で横になり、しょうがなしに目を閉じる。

 とは言ったものの結局寝れるはずもなく、夜が明けるまで私はただ星を見ていた。

 

 

 

 

 

 あくる日マグマの隣にいる私を見てゲンが声を上げたのは言うまでもないだろう。




マグマさんは兄貴きしつな感じがする。


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38 凡人、排除したい。

 

 

 

「いやもう、何が起きるかわからないね、全く」

「本当によぉ、マジでビビったわ」

「そんなにビビることなくない?」

 

 マグマに拘束されたまま横たわる私を見たゲンは大声を上げ、その声で目を覚ましたクロムも奇声を上げて最後にうるせぇと悪態ついて目覚めたのはマグマだった。一方叫ばれた私はそこでようやくマグマに解放されたので起き上がり、グッと固まった筋肉を伸ばしたのである。

 

 まだまだやる事が有るというのに朝から元気な奴らだなと微笑みながら冷ややかな視線を三人に向ければ、ぐぅと誰かの腹が鳴る。ギャンギャン騒ぐ三人の横でさっさとお湯を沸かしカップラーメンの準備をし、さっさと食し私たちはまた司帝国本拠地へ足を進めた。

 

 道中何度もゲンとクロムから今朝のアレは何だったのかと問われるも特に伝えることはないので私はただ首を傾げ、マグマは馬鹿が馬鹿をしてたから悪いと何故か全責任を押し付けてくる。ナチュラルにディスられてる気もするが、気にしたら負けだろう。

 

「そんなことより、ちゃんと連絡取れてるの?」

「そんなことよりって、まぁちゃんとモールス信号で現在地を送ってるし問題はないんじゃない? でもさぁ、俺からしたら今朝の出来事の方がゴイスー気になるのよ、ねっ、クロムちゃん」

「そりゃ気になるに決まってるだろ? あのマグマだそ? 茉莉嫌いが半端なかったマグマだぞ? 何があったんだっつーの!?」

「うわぁ、衝撃の事実。私そんなに嫌われたんですかねマグマさん」

「ケッ」

 

 まぁ、好かれてはいないと分かっていたけどそこまで嫌われてたとは思ってなかったわ。

 とは言っても嫌われてようが私がするべき事は変わらないし、むしろ嫌われる様な行動が多いのも理解している。

 故に深く追及することやめておこう。 

 

 

 ある程度進んだところでゲンは私達にだけ見えるようにニヤリと笑い、小声でほむらが私たちを追尾しているようだと教えてくれた。もちろんその情報源は千空であり、ストーンワールドでの情報戦がすでに勝ったとも言えるだろう。

 ゲンは森の中へ入り込むとマグマが背負っていた通信機を揺らし、困ったように眉を下げる。そしてほむらが居るなんて知りません、なんて顔でクロムに頼み事をしたのである。

 

「ダメだ、リームー。電波拾えなくなっちゃった。本体木の上からなんかに立ててみてクロムちゃん」

「おうよ!」

 

 といってもクロムに手渡したのは道中私が必死こいて作った偽物電波塔。こうなる事は分かっていたので事前に道具を準備し、集めた木の枝を抱えてマグマの前を歩いて、バレないように作った工作品だ。

 私が作るとは思っていなかったが一応ゲンに頼まれたものだし、流れを変えたわけではないから別に影響はないだろう。

 

 クロムが偽電波塔を取り付け終えると私たちは一旦身を隠し、そこに現れるであろうほむらを待つ。有難いことに数分もしないうちにほむらは現れて"ちゃんと"確認してくれたようだ。

 マグマと金狼の手で樹が折れて倒れ行く最中、彼女を拘束したのはメスゴリラことコハク。本当にいい働きをしてくれる。あの細い体にどうしてあの筋肉量が収納されているのか千空にそこを科学で判明させていただきたいものだ。

 

「ハ! たしかにいかに素早い敵でも現れる場所とタイミング! 全ての情報を制すれば無傷で確保も可能だな」

「ククク、唆るだろ。これが科学王国の情報通信戦争だ!!」

 

 そんなやりとりをしている二人に、私は一人心の中で想いを吐き出した。

 

 たしかに情報も大事だが、それを実行する人が居なくてはどうにもならないのも戦争なのだ。科学力の千空、行動力のコハク。そしてほむらを騙すことの出来たゲンが居たからできたとも言えるのだ。誰かが欠けていたら違う結末になっていたかもしれない。

 それが本来人が歩むべき"未来"なのだろう。

 

 私のように、知っている人間がいるのはやはり場違いだ。

 その決められた"世界"に介入するなんて馬鹿げてる。

 

「ふぅ。とりあえず進もうか」

「おおおし! いよいよ情報戦最強武器ケータイのご到着だぜ、司帝国によ!」

 

 今更悩んだところで既に私は存在してるしどうにでもならない。

 ならせめてこの先はモブに徹しなくては。

 

 ストーンウォーズに介入しまくって推しに怪我でもさせたらまじで死ねる。

 

 

 

 その後の進行は順調そのものだった。

 監視役のほむらはいないので騒がない程度なら会話もできるし精神的にも余裕があり、そのおかげか司の本拠地についたのはまだ日が明るい時間帯。

 

「着いたぜついに! ラスボス司の本拠地によ!」

「シーよ、そろそろクロムちゃん。司ちゃん軍に耳ゴイスーなのとかいるんだから」

「おぉぅ、悪い! ヤベー、せっかくここまで来て見つかったら……ッ!!」

 

 ガシリと、クロムが掴んだのはとある石像の頭だった。

 否、名前もわからない石化した人類だった。

 額には血で33と書かれていて、少なくとも32人は復活しているのだろうと私にもわかる。

 思っていたよりもペースが早いと冷や汗を流すゲンを横目で見ながら、私はその石像の中に見知った顔がないかだけを確認した。

 しかしまぁ、私の見知った顔=ご老体なので司には殲滅対象になってそうだけれども、万が一に選ばれてたら技術的に嬉しいなとはおもっている。絶対にない、だろうけど。

 

「司軍の連中ガンガン仲間に引き込んでもよ、もっとガンガン戦士作られちゃ意味ねぇな!」

「うんそうだね、ちょーっとズイマーだねコレ……」

「でも奇跡の水を量産できないだろうし、ある程度のペースは決まっているのでは?」

「あ? んなもん今ここで番号付きの石像全部ブッ壊しちまえばいいだろが」

「あー、そういえばそんな人だったねマグマさん、うん、知ってたー」

 

 目を見開く二人に挟まれた私は、ただ柔かに笑って頷く。

 

「それすらめんどくせぇ。腕でも足でも適当にバキバキちぎっときゃ、もう戦力になんねぇよ」

「エ……エグいなマグマテメー」

「自分の敵には容赦ないよねジーマーで」

「いやでもそうだった、そういう奴だった! なんか味方っぽくなったから忘れてたぜ、今朝のこともあったし……」

「俺なんか一回殺されてるしさ、忘れてたね……」

「でもそこまで潔いのはマグマさんの美点だよねぇ。じゃなきゃ生き残れないでしょこんな世界じゃ」

 

 私、キャラ立ちとしてのマグマ嫌いじゃないもの。

 ある意味すごく人間らしくて、とことんやれる強さなんだろうなと思うくらいに、嫌味らしいゲスいところが人間ぽくて好きだなと思う。

 

 私一人云々と頷いていると何故かクロムが私の手を引いてマグマとの距離を開け、ゲンは私の方を一度チラリとみてから石像を壊す事が、今はベストなんだろうなと囁いた。

 その言葉を聞いたマグマは持っていた斧を素早く振り下げ薙ぎ倒そうとするも、それは止めたのは壊すことがベストだと言い切ったゲンだった。

 力の差が歴然としているのに、一度殺されかけたこともあるのにそれを止めるなんて、本当にゲンもすごい人間だと感じる。

 

「いや〜リームーリームー! な〜んにも悪くないからさ、この石像のみんなは。せめてド悪人とかだったらね〜。人間、リアリストぶってもさ、いざ自分がジーマーで手ェくだすってなるとね、弱いね〜実際! 弱い……。だからこそやっぱそれができちゃう司ちゃんはバイヤーすぎんのよ、止めないと──」

「まぁマグマも今、余裕で石像ブッ壊そうとしてたけどな」

「あ? こんな知らねぇ連中どうだっていいじゃねぇか!」

「マグマさんにとってはただの見慣れた人型石像なだけだしね」

「茉莉ちゃん、納得しないでね!? ほんと、味方でよかったジーマーで……」

「いやでも、マグマさんにとっちゃ知らない人間カッコカリで、石像だし、敵味方ないんじゃない?」

 

 漫画でも石神村の誰かがあの石像が動いたんじゃないとかなんとか言ってた覚えがあるし、人と認識してない可能性もなくはない。

 そう思えば本当に今目の前にある石像が人間だし殺人になるのかな、なんて考えることしようとしないだろう。

 

 千空という存在を知っていたとしても、ゲンや私と出会ったからだとしても、実際にあの現象を、石化からの復活を見たわけでも体験したわけでもない人間がはいそうですかなんて信用できるはずもない。

 それもあのマグマだぞ?

 体験しなきゃ、本当の意味で理解出来るとは私は思わない。

 かつての人類が石化したツバメを彫刻と疑ったように、疑うことが当たり前だろう。

 

「茉莉ちゃんって、案外マグマと気が合う感じ……?」

「エグいことしようとしても止めようとしねぇしな」

「ん? だって私じゃなくてゲン君が止めると思って。それにさ、邪魔だから排除する、は基本でしょ?」

 

 だから私は、この世界からできるだけ私の存在を消そうと必死なんですけど。とは言わずにしておこう。

 

 にっこり笑っておけばゴクリとクロムの喉が鳴り、何故かマグマからはよく分かってんじゃねぇかと褒められた。

 

 いやね、ほんとは私モブになりたいだけなのだけれども。

 予定調和を乱す私はさっさとモブ1になって、復興を陰ながら応援するだけにしたいいやマジで。

 

 

 




当初の予定ではクロムが捕まるとこまで行く予定だったのに……。
久々すぎて文章かけないよ


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39 凡人、切望する。

 

 

 

 

 メーデーメーデー。

 誰かたっけて。

 今目の前に超怖たんな氷月たんがいるの。

 たっけて。

 

 

 

 

 にこやかな笑みを浮かべる私と、挑発的に笑うクロム。

 何故こんな状況になってしまったかは単純明快。私も羽京に捕まってしまったからだといえよう。

 

 

 

 

 私は、否、私達はあの時無事にケータイを千空の墓標とされる場所に埋めることに成功した。だがやはり、そこまでしか成功しなかったのだ。

 ケータイを埋めるためにマグマが岩盤を叩き

 割るとその音を聞きつけた羽京に私たちの存在はバレてしまい、そのまま大樹と杠に伝えることなく逃走。朝方まで命がけの追いかけっこをし、茂みへと誘い込まれてしまったのである。

 

 知ってた展開だったが、誘導できる羽京さん、マジぱねぇ。

 

 それはさておき。

 

 弓で狙われる最中、クロムはゲンを逃すために電池を使い火を起こして大声を上げて、音を立てて走り出す。同じくマグマも大声を上げてクロムを追い、私はただそれを見ていた。

 ゲンは眉間に皺を寄せながらも私の手を握って反対方向へ走り出したが、私はその手を振り払った。私の名前を呼んだゲンに背を向けて手を振り、この機会にストーンウォーズが終わるまでお暇させていただこうと走り出したのだが、どうやらこれが間違いだったようだっと今なら思える。

 

 ヒュンと音を立てて、風を切って私の足元に刺さった三本の矢。

 視線を向ければそこにいるであろう羽京と視線があった気がした。

 

 もしここで私が下手な行動をした場合、物語に変動が出る可能性はないのだろうか?

 ゲンの誕生日の計算が遅れたように、天文台の発端が私になってしまったように、私の予期せぬところで何かが変わってしまう可能性はないのだろうか?

 

 羽京と目があった瞬間、低俗な私の脳はそう思考せずにはいられなかった。

 

「あぁ、もう、クソが」

 

 悪態をついたところで何も変わらない。

 もしも、がある以上私には何をすることなんてできやしない。そもそも千空に頼まれたからと言ってここまで来てしまったのが間違いだったのかもしれない。

 故に私はその場に座り込み両手をあげて事がすぎるのを待つことにしたのである。

 

 そして私の次に捕まったのはクロムで、なんで逃げていないんだと私に呆れた顔を向けてきたがスルーさせていただこう。

 私だって逃げたかったが、羽京さんが逃げ出すのもよしとしなかったのだよ。

 私だって本当は逃げたかったんですよ、君たちとも羽京とも。

 

 戦争とかマジ無理なんです、私。

 痛いの嫌い、戦うの嫌い。

 そして何より、関わりたくないのだ本当は。

 いくら君達が千空が、恋しくとも。

 本当は関わってはいけないのだ、寂しくとも。

 

「ごめんね、拘束させてもらうよ、君が茉莉ちゃん、かな?」

「──ん? 何故名前を?」

「あぁ、君を気にしてる奴がいてね。特徴的にそうかなって」

 

 とても嫌な予感がしたが、それを追求する気すら起こらなかった。

 

 クロムと羽京と坂を登っているとこちらを発見しただろうマグマの叫び声が聞こえた気もするが、ここも予定調和なので気にしない。

 ロープでグルグル巻きにされたまま長い坂道を三人で登っていると、羽京は不意に立ち止まり、そのロープをほどき出した。その行動に思考を止めるクロムの隣で私は一度深く呼吸をし、ただことの成り行きを見守る。

 

「あはは、もういいや縄なんか。だって君ら今逃げる気ないし、わざと白旗あげたでしょ? 脳筋くんとあともう一人逃げた人、仲間を助けるためにさ。あのまま煙幕晴れたら俺も脳筋くん撃つしかなかったしね」

 

 笑顔でクロムの行動を褒める羽京に、その言葉を褒め言葉として受け入れにやけるクロム。私はニコニコと笑っていたが、内心穏やかではない。

 

 そしてわたしのお腹がキリリと痛む中、冒頭に戻るわけだ。

 

「テメーがあの……いや、自己紹介はいらねぇ。聞かなくてもわかるぜオーラが違う、会いたかったぜ。よぅ、はじめましてだな司。俺の名はクロム、石神村の科学使いだ……!」

 

 うん、そう言い切るクロムはカッコいい。

 だがしかし、そう、だがしかし。

 何故に氷月さん目を開いて私を睨んでいるのでしょうか。

 他の方々はクロムに釘付けなのに、何故氷月たんは私に釘付け?

 それも悪い意味で。

 誰かたすけて。

 

「──クロム、君はどうして自らを科学者と名乗ったんだい? 千空から現状を聞いていれば消されるリスクを恐れるのが普通だ」

「おうよ司! 科学絶対殺すマンのテメーに俺がガッツリ教えてやりにきたのよ! 科学がどんだけ面白ぇかをな!! いいか良く聞け! まずは──炎色反応!!!」

 

 デデンとバックに効果音が出そうな声量でクロムはそう叫び、私を含めた四人とその護衛達は表情筋の筋肉をぴたりと止めた。そして私たちが止まった事をいいことにペラペラと語りはじめたクロムだった。

 だがその語りも長くは続かず、司の指示の元私たちは引きずられるように滝の前まで運ばれたのである。

 

「さて、まずはクロム、と言いたいところだけれども先に君の意思を確認しておこうか茉莉。うん、茉莉はこちら側にはつく気は無いのかな? 君は科学者じゃないし、聞くところによれば君は技術者らしいじゃないか。今までのことは全て無かったことにして、一からこちらで働かないかい?」

「まず聞くのがそれなの? 来た目的とかじゃないの?」

「それは彼にも聞けるからね」

 

 と司はいい、同時に氷月の手によって滝壺の空上に吊るされたのはクロム。

 クロムにとって私は人質で、逆もまた然り。

 考えることが物騒で嫌になる。

 

「私は、そうだね。クロム君とのお話し合いが終わった後にしてもらってもいいかな。考える時間が欲しい」

 

 なんて嘘だけども。

 私の発言のせいでクロムを危険に晒すことだけはしたくないのだ。

 

 お願いとにこりと笑ってみれば鋭い視線が二つほど私に送られる。そのせいでお腹がまたキリリと痛んだが、私には笑うことしかできないのだ。

 

「──はぁ、科学者のクロムクンがここに来た目的を教えてくれますか? まぁ、口を割らなければこのまま二人して死ぬだけですが」

「なっ! 茉莉は関係ねぇだろ!?」

「彼女は君の意見で意思が変わりそうなので、運命共同体ですよ」

 

 そんなんあんまりだよ、氷月たん。

 私の何が気に入らないの。まぁ、言ってることは合ってるけれど。

 

「クロム、俺は科学文明全てを否定しているわけじゃない。現にここでも炎や道具を使っているし、生活を豊かにできる知恵を持っている技術者である茉莉が欲しい。だが歯止めが必要だ。既得権益者達が全てを牛耳る旧世界が、どれだけ科学武器で汚れ切っていたか君は知らない」

「この際です、我々につきませんかクロムクン?」

「うん────千空の首さえ差し出せば、炎色反応など君が楽しむ程度の科学と村人全員の安全を保障するよ」

 

 何かを得るためには、それ相応の対価を支払わなければならない。それはクロムだって分かりきっている世界のシステムだ。

 千空の命、たったそれだけを差し出せばルリやコハク、カセキといった大切な村の仲間の命は助けてもらえる。

 だけれども、感情とはいつだって不合理なものなのだ。

 

「……おぅ、悪くねぇな死ぬよりは──って言うとでも思ったか? 落とせよとっとと。悪りぃな茉莉、俺と一緒に死んでくれ」

「──しゃあないね」

「そうですか」

 

 その返答でクロムの体は滝ぞこへ向かい落ち、同時に氷月の槍が私に向かう。

 だが司の意思でクロムを救ったのは羽京で、氷月の槍を止めたのは他ではない司だった。

 

 司は一度槍を離すと近場の木をへし折りクロムのいる方角へ投げつけて橋を作り、見下ろす様にクロムに視線を向ける。

 

「これ以上彼を責めても無意味だね、彼は飴でも鞭でも裏切らないよ。──さて、次は君の答えを聞かせてもらおうか、茉莉」

「え、今そこ聞いてくる? まずは来た目的じゃないの?」

「そうですよ司クン、彼女は生かしておいても仕方ないでしょう?」

「君はどんだけ私を殺したいの? 何がそんなに気に入らないの?」

 

 本当に私は氷月さんに何をしたんでしょうか。そんなに恨まれることしました?

 

 はて私が何をしたのだろうと首を傾げていると司は私を氷月から隠す様に背中に隠し、私の問いに答える様な形で羽京に私たちを何処で発見したのだと問いかけた。

 

「例の奇跡の洞窟に二人で偵察に来てたよ。まぁ狙いは硝酸かな」

「いえ? 私はただの案内人ですが、偵察はクロム君一人です」

 

 羽京の嘘に合わせて嘘を吐き、視線をクロムに向ける。

 

「だから見つかるよっていったのに。クロム君くらいだよ、あんな好奇心旺盛なのは」

 

 そこが千空とあっていいのだけれどもね。

 見てて幸せになれて私は好きよ、二人の師弟関係。科学使いのコンビ。

 うん、ごちそうさまです。

 

 のほほんと、現状を忘れて頬の筋肉を緩めているとすぐそばから鋭い視線を感じて背中がゾワリと小さく震えた。

 その視線はもちろん氷月のものともう一つ、司からのものだった。

 

「うん、彼は捕虜として拘束しておこう。それで茉莉、君はどうしたい?」

「……なんで司くんはそんなにも私を引き入れたいのかな? 後ろにいる彼は私の事嫌いみたいですが?」

「それはまぁ、仕方ない事だよ。人の好き嫌いまで俺は奪う権限はない。俺が君を引き入れたいのは今後の生活のためだよ、君があのツリーハウスを作ったのだろう? 狩りもしていたようだし、大樹が君を褒めていたよ。──それに杠も君ならばもっと獣の皮を上手く扱えると言っていた。君は科学を発展させるほどの能力はないけれど、生活を豊かにする知恵を持っている。違うかい?」

「成程、私のことを話したのはあの二人だったか……」

 

 まさか二人が私のことを話すなんて思ってもいなかった。千空について話さなくとも、私が違う場所で生きてる可能性を考えて司に話していたのだろうか。いや、大樹の場合は素直に答えていたのかも知らない。

 全くもって、理解が追いつかない。

 

「君はクロムが落とされた時、なんの行動も起こさなかった。死んでくれと言われて躊躇わなかった。でも君の瞳には死を目前とした覚悟を感じられなかった。うん、茉莉、君は死ぬ気なんてなかった、違うかい?」

 

 私はクロムが助かる事を知っていた。

 だから死んでくれと言われても軽く頷いた。

 氷月の槍が向かってきたのは予想外だが、殺されるとは考えていなかったのである。

 その思考を司に見通されてしまったのは不覚であった。

 

「そうだね、私は死ぬ気はなかったよ。でも死んでもしょうがないとはつくづく思う様になったかな、こんな世界で生活していて。生きていたいなんて、生きていていいなんて私だけの切望だから、多分私は簡単に理由なく死ぬんだと思う」

 

 なんてったってモブですし。

 異物である私は、この世界から弾き出されても文句の言える立場ではない。私がいるだけで、完璧な世界にヒビを入れているようだ。

 

 異物でしかない私だが、モブである私だが。

 それを理解している私だが、それだからこそ万が一の可能性を、起こってほしくない可能性を唯一理解してしまってる。

 

「条件次第で君側についてもいいよ」

 

 茉莉と、クロムが叫ぶ声がした。

 

「その条件は、なんだい?」

「なに、簡単な話だよ。この戦いが終わっても石神千空を殺さないでほしいッ──痛っ!」

 

 条件を言った瞬間、司は私の腕をへし折るような力で掴みそのまま私を組み敷いた。

 なんの感情もない目が私を見下し、思わず涙が出そうになる。

 

「可能性の! 可能性の話をしようよ司君! 別に私は君の理想を壊すために石神千空を生かしたいためじゃない、人を、誰かを生かすために必要な知識を残す選択をとって欲しいだけ! 科学を発展させたくないなら彼の両腕でも両足でも切り落とせばいい、人質をとって言う事を聞かせればいい、必要であれば私を彼の目の前で殺してトラウマの一つでも作ればいい! 私の命なんて好きに使って構わない! だから、人を救える知識を、誰かが助かる可能性を君が奪わないでよ!」

 

 物語を変えるつもりなんてさらさらないんだ。

 

 でももし、万が一、千空がこの戦争に負けてしまったら?

 宝島なんて行かないかもしれないし、アメリカにも行かない。そうしたらいつしか、いつの日か日本は科学武器にまた蹂躙されるだろう。

 司は目覚めている人間が他にいる事を知らない、彼らが科学を用いて行っている事を知らない。

 何十年先かそれとももっと先か、それでも千空が負けた場合必ずその日は訪れる。

 

 武力は科学の前に、敗れ去るのだ。

 

「誰かが怪我をした時、薬があれば治療できれば助かるかもしれない。それなのに君は何もしないまま死なすの? それは殺す事と一緒じゃないの? 君に大切な人ができた時、君はその人を見殺しにできるの? 他の人にもそれを強制させるの? もし私がそうなったら君を憎み恨むよ、大切な人を間接的に殺したのは君だと!」

 

 もし物語がこのまま変わらずに進んでくれるのならば、私の言ったこの言葉の意味を、司が正しく認識してくれる事を願う。

 

「科学は人を不幸にするためにあるんじゃない、幸せにもできるんだよ。いつの時代も、人を不幸にするのは人の意思や悪意だ。本当に科学だけが悪とは限らないでしょ? だから──」

「うん、茉莉の言い分はわかったよ。でも俺には俺の作るべき世界がある。……だから、少し時間をもらえるかい? 俺なりに君の考えにちゃんと答えたいんだ」

 

 私を地面に押し付けていた強い力は緩くなり、司の手によって私は引き起こされた。

 鋭く私を睨んでいた視線とはうってかわり、司の瞳には困惑の色が見えている。

 もしかしてしてはいけない意見を述べてしまったのかもしれないと肝を冷やしたが、私は私なりに万が一に備えたかったのだ。

 

 私は石神千空が好きだ。

 もちろんそれはキャラクターとしてだった。

 

 でも今は一人の人間として彼が好きなのだ。

 生き様も、思考も、誰かのために何かをなすその志も。

 キャラクターとしての推しが、何時しか現実世界の"人間"を思う気持ちへと変わってしまった。

 

 三次元に推しを作るなんてあるわけないと思っていたが、どうやらそれは私の考え違いだったらしい。

 推しは二次元から三次元へ移行しても推しは推し。尊いものに変わりない。

 だからこそ、万が一が起こってしまっても、たとえその結果私が恨まれたとしても、彼には生きていてもらいたいのだ。

 

「とりあえずその時まで考えてよ、どうせ村には帰れなそうだから色々手伝いはするから。万が一君が石神千空を殺したその時は私は何も言わずに此処を去るよ、いいね?」

「嗚呼、それで構わないよ。──うん、君は、俺達が思っていた以上に"強い"人間のようだ」

 

 うん、俺たちって誰よ。強いって何よ。

 もう何も聞きたくないと思いつつもにっこりとだけ笑っておいて、私はひとり溜息を飲み込んだ。

 

 全くもって、なんで生きづらい世界なのだろう。

 

 

 

 



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40 凡人、束の間のモブ。

難産だった。でも絡ませたかったんだ。


 

 

 

 

「君は、自分が置かれている状況がわかっていないのかな?」

「えー、わかっていたとしてもやることは変わらなくない?」

 

 

 呆れた顔で私を見つめる羽京の目の前で、私は淡々と火を起こした。

 

 腰から下げていた刃物セットは司預かりになってしまったが鞄の中身は点検後戻ってきたし、暖を取るためにファイヤーピストンを使用することを躊躇うことはない。

 それに何より私はクロムと別に隔離され、その監視役は羽京なのである。故になんの懸念もなしに行動するのは当たり前だろう。

 

「……にしてもよく、この設備で冬を越せたものだよ。死人とか出てないの?」

「そこはなんとか、杠のお陰かな。彼女がいなければコートなんてなかったようなものだから」

「確かに、裁縫できるあの子の存在は強い。でもそれだけじゃこの先はどうもならないだろうけどねぇ」

 

 私が軟禁されている場所は木で作った小屋で、モルタルで強化されてはない。そのために隙間風も入り室内と外でも似通った気温だといえよう。いくら火をつけたところで暖かいのは近場だけで、一つの家屋に一人では簡単に凍死するレベルだ。

 モルタルの作り方なら大樹か司が知っていたのではないかと羽京に尋ねてみるも、全員が住める家屋を作るだけで精一杯でそこまで手が回らなかったらしい。

 司が復活させているメンバーも武力に偏りがあるようだし、杠のような生活基盤を作れる人間はそういないようである。

 彼が私を仲間にしたい理由はそこにあるようで、戦争後を見据えて生活基盤を底上げしたいのだろう。

 

「あ、そいえば聞いておきたいのだけれども、調味料は塩だけ? 肉や魚だけじゃなくて野菜も食べてる?」

「……主に肉食の方が多いかな」

「ほんとに、武力に偏りすぎだよ、戦う前に死ぬよ? そこんとこ気をつけてって司くんに伝えてもらってもいいですかね?」

 

 必要栄養素取れなくて病気になったら即終了。

 それも医師なしだから延命なんて無理ゲー。

 

 そう考えると司が如何に理想の世界を作り上げようとしているのか浮き彫りになってしまう。

 少なからず千空といい大樹といい杠といい、何かに特化している人間を復活できている今はともかく、早いうちに農業やら漁協やら、畜産に特化した人間も復活させなければいけないとはわかっているのだろうか?

 否、番号が書かれた石像を思い出してもみんな武力派だった。そこまで考えが回っていないのだろう。

 となると、早い段階で食生活を整えるのがベストか。

 

「んー、私は何故か自由が利く軟禁だし、このまま作業に取り掛かろう」

「それは、こっちに寝返るってこと?」

「いや、少なくともここで生活する以上、それなりの基盤を整えるだけだよ。どうせ大樹君と杠ちゃんとは会わせる気はないんだろうし、私も会う気はない。けど、二人が苦労するのは嫌だから」

 

 主に大杠的な意味で。

 敵地にいる以上、安息なんてないだろうし。

 でも二人の性格なら、大丈夫、なのだろうか?

 

「ともかく、羽京さんは敵になりそうもないし手伝っていただいても?」

 

 そうとだけ言って私はにっこりと笑い、彼に手を差し出したのである。

 

 

 

 

 

 

 羽京は私の行動を怪しみながらも、大樹と杠に会わせないようにしながらもこちらの現状を私が把握できるように回って見せ、その都度どんなものが必要かどれほどの時間がいるかと細かく聞いてきた。多分これは私の答えがそのまま司にまで届くと思っていいだろう。何故だか知らないが、司はクロムと違い私を監視付きの軟禁で済ませているし、ある程度の自由が効く。

 ついでに言えば私が名前を知らないモブ達との接触を許していた。

 

 彼らと出会った際には私もすぐにそちら側に行くよと思わず満面の笑みになってしまったが、羽京に怪しまれたためすぐに作り笑いしたのは言うまでもないだろう。

 

 杜撰だった家屋は彼らと共にモルタルを作り補強し、持参した干物とベーコンの賄賂を渡しておいたので私への態度もそこまで警戒心はない。

 中には杠たちから私の話を聞いていたメンバーもいるようで、"仲間"として扱ってくれる人もいた。

 私がチマチマと行動をすると共に食卓には彩りが増え、魚醤を使った料理もたまに出る。そのせいか若干科学王国寄りの人間も出てしまったが、羽京は何も言ってこないので問題ない。

 むしろ羽京は司が全面的に私の意見をとりいれている事に驚いているようで、何故だが微笑ましい顔をされている事があるぐらいだ。

 

「司の話を聞いていたときはまさか君がここまで出来るとは思っていなかったけど、目の前でやられると疑う余地もないね。確かに君の存在は大きい」

「褒めても何も出てきませんが? それに私は出来ることしかやってない。これ以上のことはできやしないし、もし仮に千空君が死んだら全部ぶっ壊してくから安心しなよ」

 

 私はこの世界で出来るために学んできたのだ。出来ない方が恐ろしかった。

 無様に死ぬことがないように、恐ろしい死に方をしない様に、ただ必死にやってきた事をこなしているだけ。

 それ以上のことは、本当に何も出来ないのだ。

 

「……茉莉、君は何故そこまで千空を、彼を生かしたいんだい? もちろん僕だって誰にも死んでほしくはないけど、君と僕とじゃ願うものが違う。人の死を見たくない僕と、"彼"の死を止めたい君。だからこんなにも君は、自分は役に立つって見せつけてるんじゃないの? 司に、千空を、彼を殺されない為に」

「────それはどうかなぁ、貴方にそう見えたら、そうなのかもしれないしそうじゃないかもしれない」

「君にとって彼はとても大切な人なんだね」

「さぁ、どうだろう。大切の意味が分からないね」

「守りたいんじゃないの、千空を」

「守るのは、私じゃないよ」

 

 石神千空が本当に大切だったら、私は彼を見殺しになんてしなかった。

 守りたかったら、全部を話せていたのかもしれない。

 

「──羽京さんは、このあとどうするの?」

「あからさまに話題を変えてきたね。でもまぁいいや、時間はまだたっぷりあるし。この後は……狩りでも行く?」

「そうじゃなくて、裏切る覚悟できたのかって話。司君のこと、裏切れそう?」

 

 人の死を見たくないと、そう言い切った羽京の事だ。もうすでに心は決まっているのだろうけれど。

 首を傾げにこりと笑ってみれば彼は一瞬キョトンとして、そしてため息を吐きながらも笑った。

 

「そうだね、僕も条件次第で協力するよ。あ、でも、他の人達も割と協力してくれるかもね」

「それは、どういう──」

「気づいてないの? 計算かと思ってたんだけどなぁ。茉莉がした事であっちにつけばもう少し"まとも"に生きられると理解してる人もいるって事。みんながみんな、司の武力だけを頼れないって気づいてはいるんだよ」

「……じゃぁ問題ないね。近々反乱があっても優位に動きそうだ」

「という事はあっちからコンタクトがあるんだね」

「さぁ、どうだろう?」

 

 

 敵ではない、だからうっかり話してしまっても問題はない。と思いたい。

 耳がいい羽京のことだ、近場に怪しい人間や盗み聞きしてる人間がいたのならこんな際どい話はしなかっただろうし。

 

 山菜でも取りにいこうかと私は朗らかに笑い、くるべくその日までただモブとして生きることに徹した。

 

 

 だがしかし、束の間のモブ生活も終わりが来るものだ。

 

 

 電話って作れるんだねと若干引いた顔をした羽京が私の前にきたその日、私はにっこりと笑い『千空君だよ? 作れるに決まってるじゃん』とそう告げたのである。

 

 全くもって、彼は千空を軽く見過ぎだ。

 

 

 

 

 

 



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41 君の為にと、願う人。

 

 

 

「ヤベー、ヒマすぎんだろ! こんなほら穴と竹の牢に閉じ込めやがってぇー! それに茉莉だけ特別扱いとかずりぃーぞー!」

 

 不意にスイカの姿を見つけたクロムは、現状だけを速やかに伝えた。

 

 時は既にながれ降り積もっていた雪は溶けている。この牢で凍死しないように管理はされていたクロムだが、ここにいるのは自分だけで茉莉がいない事を伝えなければと思ったのだ。監視の目がなければもっと詳しいことを伝えられたのにと悔しい思いもするも、このほんの少しの情報さえあるとないとでは違うのだと自身に言い聞かせた。

 

 

 クロムと茉莉が捕まったその日、彼女は自分の問いに時間を置かず死ぬ事を選択してくれた事をクロムは思い出す。

 それが当たり前のように、後悔も躊躇いもなく死ねると言ってのけた茉莉の顔は普段と変わりない笑顔で、それが何故か心強く感じてしまったのは事実だ。あんなにも彼女を不審がっていたのに信頼してはいなかったのに、その時はその笑顔が偽りないものだと思えて安心してしまった自分がいた。

 

 そういえば千空の敵にはならないと茉莉は言っていたなと、クロムは海馬の奥底から記憶を引き摺り出した。

 あの時は言っていた意味などわからなかったが、きっとそれはそう言う意味だったのだろう。何があっても、それこそ死を選ぶことでさえも千空の為なら躊躇わないと。

 

「……茉莉は、千空の為なら死ねんだな」

 

 改めて口に出した言葉は誰にも聞かれる事なく、クロムの胸の中へだけ落ちていく。

 

 クロムは茉莉を信用してないし、信用できないとも思っていた。否、今でも少しはそう思っている。

 それは彼女がゲンよりも行動が読めなくて何を考えているか理解できないからで、今もこうして別に扱われている事が何故という疑問が先に来るからだ。

 

 それに何よりクロムは千空と共にありながら寄り添えない彼女に対して、嫉妬と拒絶をしていたのだろう。

 それゆえにクロムは茉莉という人間を好きになれなかった。

 

 だが今は如何だろうか。

 茉莉は千空の為になら死んでもいいと、そして彼を生かすための選択を司に迫っていた。

 自分勝手な行動もするし、胡散臭い笑みばかりしているけど、ちゃんと未来の事を考えてはいた。

 クロムとも千空とも違う、新たな選択肢を入れて。

 そのためなら死んでもいいとさえ、迷いのない瞳で彼女は言い切っていたではないか。

 そんな彼女を嫉妬心だけで嫌いになれるわけがない。拒否できるわけがない。

 

「……俺と違って閉じ込められてねぇなら、多分、茉莉は千空の為になる事をやってるにちげぇねぇ。アイツは、そんな奴だ!」

 

 だなんて一人勝手に勘違いを起こしているクロムだが、あながちそれは間違えではなかったともいえる。

 

 茉莉が思わぬところでしていた事は千空側に、科学王国へと人の意識を向ける事。

 何気なくカップラーメンの話や鎮痛剤を作る件を話してしまっているうちに、もしかしたらと思う人間もいるわけで。

 そういった人間はそっと囁くように噂を広めていくものだ。

 司や他の武人達に知られぬようにひっそりと、力がないものだから尚用心しながら。過去になってしまった未来へと進む人間は誰かと、本当に選ぶ未来は何方なのかと。

 

 茉莉の知らぬところでひっそりと、思考は変わり始めていたのである。

 

 それはクロムを逃した人間にもなにかしらの変化を与えたようだ。

 

 

 

 

 

 

「楽しそうだね。聞かせて欲しいなその電話、僕にも」

 

 そう言い大樹や杠、ニッキーを含めた全員の前に現れたのは幹部の一人ともされている羽京であった。

 普段であれば茉莉の監視役を担っている羽京だが自分がいなくとも彼女の側には誰かがいる状況になりつつある事に加えて、茉莉自身がよく言う耳を働かせろと意味深な言葉が重なってその場に居合わせることとなったのだ。

 

 司や茉莉から千空とはどんな人間か聞き及んでいた羽京だが、流石に電話を作っているとは思っていなかった。そしてその電話から出てくる声が誰かなんて考えてやしなかっただろう。

 

 だがしかし、予測なんてしなくても予想なんてしなくてもわかってしまう。何故ならば彼もまた、千空とは違った才能といえるものを持ち得ていたからだ。

 

 たとえ電話から聞こえてくるその歌が本物だとして、本来の声の揺らぎすら感知してしまうほどに。そこからそれが偽りだと分かってしまうほどに。

 本当の声の持ち主が誰かとわかってしまうほどに、羽京の耳はよく働いてしまっていた。

 

「ねぇ、ゲン。そこに千空とやらはいるのかな。僕は彼と話がしたいんだ」

 

 茉莉が知る"本来の道筋"であれば、羽京はこんな事など言わないのであろう。

 でも彼は出会ってしまったのだ、異質な彼女に。歪な彼女に。

 

「ククク……、俺に話したいことってなんだ? 言っとくが司とやりあうなって願いなら聞けねぇぞ」

「いいや、そんなつもりはないよ。一応伝えておこうと思ってね。僕は、そうだな……君の味方になり得るかもしれない」

「あ"ぁ? 如何いうことだ。──いや、だとしたらテメェだな、クロムに電池を差し入れたのは」

「……アハハ、確かに助けたのは僕だよ。あのままだと千空、君が死んでしまうと思ったし、彼女を救えないと感じてね」

「なんだと?」

 

 声を少し荒げた千空に、ただ羽京は語る。

 自分がこの目で何を見てきたかを。

 

 全人類を救う為、夜な夜な杠が砕かれた石像を組み立てる姿を。そしてその行動を知ってるかのように杠の負担を減らすように、仕事を奪い取る茉莉の姿を、羽京は知っている。

 司達には黙っているから会ってもいいと言っても首を縦に振る事はなく、杠の"仕事"の邪魔をしたくないと漏らした彼女のあの柔らかな笑みを、羽京は知ってしまったのた。

 どうしようもないくらい千空や杠、大樹を信頼している彼女の一面を知ってしまった。

 

「僕は見たんだ、君達のとんでもない極秘ミッションを。砕かれた石像を組み立て直すなんて、それがどんなに狂気じみているか分かるかい? 君たちはこの状況でまだなお世界全人類を救おうとしている。科学の力で! そしてそれを無くさない為に、茉莉が司に、そして氷月に殺意を向けられながらも願ったのは君の安全だ! 万が一があった時のためにと、君を生かすために彼女はここで働いている。誰もが認めるほどに! 君のために! 死ぬ覚悟なんてないくせに、千空、君のためなら彼女は死ねる! なんなんだあの子は?!」

 

 自衛隊に居た羽京だからこそ、他者のために命をかける意味を知っている。そうしなきゃならない時がある事を知っている。

 誰かの為に、世界のために自分の命を捨てなきゃいけない状況がくるかもしれないと。

 

 だが羽京から見て茉莉は違った。

 平凡に普通に生きてきた十代の少女、それが茉莉への第一印象だったのにそれがほんの数十分で崩された。

 徹底的な武力の前で恐れず可能性を諭し、その為ならば死んでもいいと。その結果恨まれてもいい、トラウマを植え付ける為に殺されても構わないと躊躇いもなく彼女は言い切った。

 

 それからの行動もまるで自分の価値を見せつけるかのように、科学を失わせない為に少しづつ予防線を張り巡らせて。

 にこやかに笑って口を開けば千空と名前を出して、人の脳にその存在を刻みつけていく。

 

 どんな経験をしていたらあのように一心に、誰かを信用しきれるのだろうか。誰かの為に命を使おうと考えられたのだろうか。

 そこに至るまで何があったのだろうかと、羽京は茉莉の背中を見ながら考えた。

 何一つ確信などないが、ただ分かるのは茉莉という少女は盲目的なまでに彼を信頼していると言うことだけ。

 まだ人生の殆どを親や大人に守られて来たであろう子供が、そこまでに至る経由とは。命をかけて守りたいもの彼は、どんな存在なのかと興味が湧いた。

 

「千空、僕は条件次第で君たちに協力してもいいと思っている。彼女がそうであるように」

「──探り合いは時間の無駄だ、結論からいえ」

「僕の条件はたった一つ、誰も死なないこと。これは君が勝とうが負けようが関係ない、そういう意味での犠牲者ゼロってこと」

 

 復活者同士の殺し合いは避けたかった。だから石像の破壊は見て見ぬふりをして来た。

 どんなに心が傷んでも、精神に異常をきたしても。

 そしてそれはきっと、彼女も近しい気持ちなのかもしれない。それゆえにこれ以上、そんな選択を茉莉にはさせたくなかった。彼女はまだ、守られるべき存在だ。

 

「君が負けたことで死を選ぶなら、きっと彼女は自分の命をかけて君を守る。何を犠牲にしても、君に恨まれる結果になったとしても彼女は君を死なせない。でもその結果、死ぬのは茉莉かもしれない」

「それはどういう意味だ」

「そのままの意味さ、茉莉は司に宣言しているんだよ。君にいう事を聞かせる為になら、目の前で殺してくれて構わないと。司はどうか分からないけど、氷月は行動に移すだろうね」

 

 受話器の向こうでヒュッと息を呑む声が羽京の耳に届いた。

 嗚呼、彼もまだ自身と同じ様に理解しきれていないのだろう。だから彼女の意思に驚いたのだろう。

 まだ知らぬ千空という少年はきっと彼女のトリガーだ。生きるための、生かすための。だからこそ、生きていてもらわなくては。

 

 

 千空はそしてそれから少し間を置いて、繕ったような高笑いと共に了承の意思を羽京に伝えた。

 

「ククク、問題ねぇ! 誰も死ななきゃいいんだろう? 元から死なせる気なんてねぇんだよこっちはな、まだまだ人手が足んねぇんだっつの。……それにアイツには死んでもらっちゃ困んだよ、あのクソ親父にも頼まれてっからな」

 

 羽京にはその声がどうしようもなく切なく聞こえた。

 どうやら茉莉と千空の間には愛だの恋だのといった甘い関係性はないようだ。だが二人の間にはなにかしらの深い関係性があるのだと、羽京は一人思考する。

 

 

 

 

 

 

「ほらよ、あとはメンタリスト、テメェがやれ」

「え、ちょっと千空ちゃん!? いきなり人任せなの!?」

 

 興味をなくしたかのように千空は受話器をゲンに投げつけて、人目を避けた場所へと移る。

 英語で会話をしていたせいかコハク達が会話の内容を気にしていた素振りを見せていたが、ゲンに聞けと全てを投げ出した。そんな千空の少し変わった様子に誰も後を追ってはいけないと悟り、千空は一人で木の根元へと腰を下ろして頭を抱える。

 千空はどうしようもなく、現状に腹が立っていた。

 

「ふっざけんなよあの馬鹿は。何考えてんだ」

 

『君にいう事を聞かせる為になら、目の前で殺してくれて構わない』

 先ほど聞いた羽京の言葉が何度も脳内でリフレインされていく。

 

 目を合わせたくないくらい嫌いではなかったのか。

 挨拶を無視するくらい嫌いじゃなかったのか。

 名前を呼ばなくなるくらいどうでも良い存在じゃなかったのか。

 

 なのに何故、そんな人間のために殺されるなんていうんだ!

 

 茉莉が捕まったと聞いた時、それでもアイツなら平気だろうとそこまで気に留めなかった。

 スイカがクロムからの情報を持ち帰って来た時、無事だったと安堵はした。

 特別扱いと聞いて、やはり流れのまま生きるのかと納得した。

 

 だというのに、それらの感情全てが一瞬で変わってしまった。

 いつもの様に当たり前に、流されるままに茉莉の生きやすい場所にいると思っていたというのに、裏を返せば全て自分を生かす為?

 そんな行動あってたまるか。

 お前はそんな生き方できないだろう?

 

「──テメェはただの泣き虫でビビリだろうが」

 

 頼むから、これ以上自分を偽らないでくれ。

 これ以上、自分を殺さないでくれ。

 

 

 そう願わずにはいられない。

 

 

 



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42 凡人、逃亡する。

すごい久々です。そして最終話みて解釈の一致をし、茉莉ちゃんの今後が正式に決まったので続きようやく書きました。そして久々すぎて色々迷子です。


 

 

 

 

「茉莉、少しの間一人でここを離れててもらうことは可能かな」

 

 不意にそう言い出したのは見張り役の羽京で、その手には司に没収された刃物セットが抱えられている。

 見張りのくせにちょくちょく離れているし今更何を言うのかと首を傾げて考えてみれば、なんとなくその言葉と行動の意味を私の頭は理解した。

 

 クロムが逃げ出した今、司や氷月にとって私は千空に対しての人質の意味を持つのだが、もし仮にその現場に私がいなければ人質としては役に立つことはない。という事はもうすでに千空達はすぐそこまで来ているという事なのだろう。

 奇跡の洞窟奪還戦に於いて危惧すべきことがあるのならばそれが私の存在。あのお優しい千空センセイの事だ、奪還が完了しても私の命が懸けられてしまっていたら司の言いなりになる可能性もある。いつかは杠を救う為に一度その命を捨てているのだ、二度目があると思っておいても間違いはない。

 

「一人で狩りに行くことは可能だけど、それが許されるの?」

「まぁ、君達の味方はもう十分増えてるからね。みんな口裏を合わせてくれる。──だから君はその間に逃げるんだ。むしろ彼らの元に戻った方がいいのかもしれない」

「いや、それはないよ。私、基本一人で生きてくタイプの人間だから。だから今は戻らない。でも一つだけ言っておくね羽京さん。氷月には気をつけて」

 

 私はこの先羽京が氷月にやられる事を心配しているわけではない。

 だが万が一、私の知る物語と違う結果を辿ってしまったのなら私を逃したであろう羽京がどんな目にあってしまうか容易に想像できてしまうのだ。何せあの氷月だ、司と違い情に流されず人を殺す事を厭わないそんな人間からすれば、裏切り者である羽京もその他大勢も碌な扱いはされないだろう。

 故に私は氷月に気をつけろと口にする。

 

 決して氷月に嫌われてるから嫌がらせで仲違いをさせているわけではない。

 

「……じゃあ少しの間お暇させてもらうとしますよ。美味しいお魚さんでも釣ってくるよ」

「──それは楽しみだな。……気をつけて」

「そっちもね?」

 

 じゃあねと手を振って羽京と別れ、私は一人で森の中を散策する事となった。

 有難いことに私の元に帰ってきた刃物セットのおかげで二、三日だろうか一週間だろうか楽に過ごせるだろう。ただ問題があるとすれば水と食料は一切用意されていないということ。羽京がそこまで頭が回らないとは思わないし、多分それを用意する時間がなかったのだろうと私は推測する。

 となると奪還戦が行われるのはあと数日のうちと考えてもいいのかもしれない。

 

 

 川に沿って歩き、拠点から二、三キロ離れたところで一旦寝床を作り始める。司達が狩りに来るパターンもありそうだが奇跡の洞窟とは石神村から逆方向に歩いてきたし、クロムが逃げ出した今の状況じゃあこちら側にまでは人手を割くことはないだろう。警戒すべきは村側、そちらに警備を置くのがセオリーであまり危険じゃない方角にはそれほど強い奴は来ない。

 それに羽京が口裏を合わせておいてくれると言っていたし、きっと私が逃げた方角を裏切った狩猟メンバーに伝えてもいるだろう。

 推測でしかないが羽京は頭のいい男だ、それくらいしてくれるだろう。

 

 

 

 さてさて、ここからしばらくの間はのんびり思考タイムだ。

 

 私は肩がけから丸めた皮を取り出してこの先何が起こるか確認していく。

 本当は気が滅入りそうでやりたくない作業だがあそこではろくに確認できなかったし、そろそろ曖昧な記憶も出てきたから思い出さなければならない。

 記された事柄を読み解いていけば、千空達が行うであろう行動は見えてくるし何を合図にしてあちらへ戻ればいいのかもわかってくる。

 

「──あ、あー、そういえばあったよね、こんな事。ほんともう嫌だ」

 

 しかしながら未来を知っているという事はことごとく地獄を見るということでもある。

 この先どうあがいても、私は一度司を見殺しにしなければならない。

 千空の時と同じように、私は氷月が行う事を肯定し、そして千空にあんな決断をさせてしまうのだ。

 知っているのに知らないフリをして、見ないフリをして。

 私は氷月が司を殺そうとするのをただただ眺めるしかない。

 千空が司を"殺す"のを承認するしかない。

 冷凍保存だから殺してはいないと言いたいところだが、千空自身が司に殺されろと言っているのだ。保存だから大丈夫、だなんて口が裂けても言えやしない。

 結果司が目覚めることは知っているが、知らないみんなからすれば不安でしかない行為でもある。

 それを私はまた見逃すのだ。

 

「ほっんと、嫌なことばっか──」

 

 一体、私はどうやって生きるのが正解なのか時々分からなくなる。いや、わかっているのに逃げ出したくなくなる。

 何もしない、それが正解だというのに彼らのため何かをしたいと考えてしまうのだ。

 現に今、私は司のためにできることはないのかと頭を働かせてしまいそうだし、出来ることなら杠の負担も減らしてあげたい。いくらなんでも麻酔なしで手術なんて理解できかねる。

 

「あー、細い針、作れるかなぁ。糸は、杠ちゃんがなんとかする? どのみち代わってあげられないし、全部無意味かな」

 

 なんて深々とため息を吐いた。

 

 何ができるかなんて分からない。でも何かしたい。

 結局大して力になれないしなろうとしていないというのに、随分都合のいい事を考えているものだと腕を強く握りしめて自傷する。

 こんな時代で怪我をすると碌な事なんてないのに、何をやっているのやら。

 

「……早く、会いたいな。会う資格なんてないのにね」

 

 私はいつの間にここまで弱ってしまったのだろうか。

 一人で生きていくのが正しいと分かっていたのに、それでもなお皆の笑った顔が見たくなる。

 彼らの姿を見ていると狂ってしまいそうになるほど辛くて苦しいけれど、どこか幸せな気持ちにもなるのも事実。

 千空だけじゃなく、コハクやゲン。石神村のみんながどうしようもなく好きなのだ。

 そう思ってしまうほど、私は関わり過ぎてしまった。

 

 今更一人で生きていけるなんて思ってはいない。

 でも、もしもほんの少しわがままが言えるのであれば。こんな、誰かを見殺しにする人でなしな人間だとバレてしまうその日まで、側で眺め見ることだけは許してほしい。

 

「──なんて、戯言かな」

 

 

 

 

 

 司帝国から逃亡して二日後、私は遠くでなる爆発音を聞いた。

 きっとそれは奪還戦終了を告げる、そんな音。

 

 会いたいと願いながらも、これから起こる事柄に思うように足は進まない。

 

 それでも私は、やっぱり千空のそばにいたいのだ。

 

 この先の未来、いつか君に拒絶されるクズの人間の私だが、今はただ側にいることを赦してほしい。

 

 そんな、愚か者の私はまた君に会いにいく。

 

 

 

 

 



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43 凡人、それは変わらずに。

龍水を見た結果、今なら続き書ける!地獄作れる!ってなったので書きました。


 

 

 私はいつだって逃げてきた。

 記憶が入り込んだ日も、全人類が石化した時も。そして千空が復活して司に殺された時も、石神村が襲われた時も。

 私はいつも逃げてきた。

 

 だから私は、また逃げることを選択する。

 

 もしも私に世界を変えるだけの何かがあったとしたら、こんな気持ちになんてならなかっただろう。

 

 私はまた千空を苦しめる選択をするのだ。

 氷月が司を殺そうとするのを知っていながらそれを止めず、千空が司を殺す選択する道しか選ばせるつもりはない。

 

 心底私は非道な人間なのだ。

 千空が推しだの神だの言っておきながら、私は私のためだけに彼を苦しめるだろう道筋を歩ませるしかないのだ。

 これが世界のためだと、これが正しい行為なのだと自分に言い聞かせ、私は考えることを今日もまたやめた。

 

「──茉莉ちゃん!」

「……お久しぶりだね、杠ちゃん」

 

 約一年ぶりにあった彼女の髪は相変わらず短いままで、その姿を瞳に映すだけで罪悪感に苛まれた。

 あんなにみんなの、千空の役に立ちたくて会いたくて戻ってきたというのに、私の思考はすぐその考えは間違っていたのだと改めさせる。いくらこの先役に立とうと、私がしでかした事が覆ることはないのだと。

 この先一生、この罪悪感から解放されることはないのだと。

 

 それなのに私は、それでも私は、彼らをひどく愛しく思ってしまうのだ。

 

「元気にしてた? 少し前からこっちにいることは知ってたのだけどなかなか会えなくて……。あ、千空君なら向こうの山の方にいてね──」

「あのね、杠ちゃんにあげたいものがあってきたんだ。もしよかったら貰ってくれる?」

 

 杠の話を途中で切って、私は彼女に小さな革の包みを渡した。その中に入っているのは石神村のご老人たちに習って作った針が数本。

 細かな記憶は記録していたが、それ以外でも脳に残っているモノはあるわけで。きっと数日のうちにことは起こり、杠が何を縫わなきゃいけないかは覚えていたのだ。

 だからこそ少しでも役に立つように、私はそれを用意していた。

 もしかしたら使わないかもしれないし、これよりもっと細い針を既に持っている可能性もある。所詮私の自己満足だと理解はているが、それでもささやかな贖罪として受け取ってもらいたかったのだ。

 

「うわぁあ! ありがとう茉莉ちゃん! 針はいくらあっても足りないくらいだから嬉しいよ! 大切に使わせてもらうね!」

「……うん」

「じゃあ行こうか、茉莉ちゃん!」

「へ?」

「行こう! 千空くんたちのところへ!」

 

 渡すべきものを渡してまた何処かに隠れ過ごそうとしてたなのだが、どうやら彼女はそれを許してくれそうにない。

 繋がれた暖かい手を振り払うことなど私にはできなくて、私はそのまま彼女に連れられて千空たちがいるところへと足を運んでしまう。

 それがどこだか正確には分からないが、千空や大樹、その他大勢が土を必死に掘り起こしていてここに何が埋まっているのか私は嫌でも理解できてしまった。

 それが見つかり復活できれば司の心は救われるだろう。

 

 だがその先は?

 そのあと待っているのは?

 

「大樹君! 千空君! 茉莉ちゃん連れてきたよー!」

「おぉ茉莉! 久しぶりだな!」

「来んのが遅ぇんだよ、さっさと作業に取り掛かれ」

 

 にこやかに笑う杠に大樹。

 千空はチラリとこちらを見てすぐにまた発掘作業に戻っていく。近場にいた銀狼やコハクも私の存在を目視すると状況を確認するかのように話かけてくれたが、正直既にこの場から逃げ出したくて仕方がなかった。

 

 知っているから怖い。

 近くにいるから、見たくない。

 

 司の顔を、氷月の姿を。

 

 

 

「茉莉ちゃん、おヒサー? 取り敢えず今の状況の説明してもらった?」

「まぁそこそこ。司くんの妹を探すって話だよね? 了解了解。掘って掘って掘りまくるよ」

「ハイパー話早くて助かるわぁ。──それで、茉莉ちゃんはどこも怪我とかない? 一応人質扱いだったでしょ」

「……人質とは言えなかったと思うけど。割と自由に動き回ってたし、羽京さんから聞いてない?」

「んーまぁ聞いてたけど、一応ね。確認だよ確認。でも本当に、無事でよかったよ」

 

 ゲンにここまで心配される要素はなかったと思うのだけれども、私がいない時に何かあったのだろうか。

 アレか、前に氷月に喧嘩売ったことが原因か?もしくはクロムと共に殺されかけた事が知れ渡っているとか?

 まぁ、考えていても仕方がない事だろう。

 

 私はゲンと共に与えられた仕事をこなし、発掘された石像を運んでいく。最中壊れたものも見つかったが、修復可能なものはまた別に避けておく。今は司の妹優先らしいので、取り敢えず石像パズルは一旦休止しているらしい。

 

 そして司の妹が見つかったのはそれから三日後で、月が見え始めた夕暮れには復元までされ終えてしまっていた。

 杠が司の妹、未来に服を着せると千空は復活液を彼女へかけていく。石像であった彼女の体はピキピキと音を立てて崩れ始め、所々肌の色が見え始めた。

 

「すごぉぉおお! 石像がピシピシわれてどんどんホンモノの人に──」

「そっか、村のみんなは見んの初めてね、コレ」

「こっからだ問題は!」

 

 千空や杠、司が祈り望むのは未来の病気が治る事。

 千空の首を治したように、脳そのものを修復する事。

 

 みんなが彼女を見守る中、私はただ一人その奇跡に目を逸らしていた。

 この先に起こってしまう悲劇を思って。

 

「……ここ、どこ? 私────」

「未来……!」

 

 通常なテンションであれば感動的な再会でよかったねと一人ほくそ笑んでいたかもしれない。何も知らなければよかったねと涙ぐんでいたかもしれない。

 

 でもそれをする権利すら、今の私にはあるとは思えなかった。

 

「未来クン、石片がまだ沢山付いている。美女が台無しです。顔を洗ってくればいいですよ、そちらの川で」

「──ッ」

 

 やけに氷月の声だけがよく聞こえた。

 

 見たくない、聞きたくない。もしここで私が声を上げればどうにかなるのだろうか。

 あんなに私を睨みつけていた氷月の姿は今はなく、彼の目に写っているのはあの兄妹のみで私にすら興味を抱いていない。

 無謀だ無茶だ。私なんかが世界を変えられるわけもなく変える気もなく、背後から轟いた爆音に吐き気を催した、ただそれだけ。

 

 耳を塞いで、聞こえないふりをする。

 瞼もいっそのこと閉じて仕舞えば良かったのかもしれない。

 

「ぁ──」

 

 でもそれはできていなくて、私の弱い心とは裏腹に瞳だけは彼らを追っていて。

 

「待っていたのは私です、ずっとずっとこの瞬間を──」

 

 氷月の槍は司の体を突き抜けて、ゆっくりと川へと落ちていく。

 

「千空……」

 

 辛うじて司の手を掴んだのは千空で、彼もまた氷月により川へと突き落とされた。

 結局私は司を見捨てたのだ。

 千空を見殺しにした時と同じように、村を焼かれたように。知っていながら何もしない選択しかしなかったのだ。

 

 そんな私がそばに居たいと願うのは、間違いでしかない。

 

 私に居場所なんてあるわけない。

 




茉莉ちゃんはどんなに頑張っても地獄を自分で生み出すタイプです。
読み直して鬱主すぎて題名変えた方がいいか迷い中。石世界に転生しましたか、生きた心地がしません。とかがいいのだろうか。


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44 凡人、言い聞かせる。

あまり進んでません。


 

 

 

 

 慌てふためく皆の背中を眺めながら、私はただただ思考を巡らせた。

 

 私はまたしても自分のために彼等を見捨てたわけだが、それが正解だったかなんて分かるわけもなく。兄さんと叫んで泣いている未来の姿を瞳に移してしまえば、後悔すら抱いた。

 これが正しい選択なのだ、これがあるべき世界線だったのだと理解できていても何もしなかったという罪悪感は消えやしない。むしろ正しいであろう選択をするたびに腹の奥底に重たい何かが溜まっていくように、呼吸が苦しくなっていく。

 一体どうすればこんな気持ちにならなくて済むのだろうと考えたところで、生まれてしまったことが、思い出してしまったことが全ての間違いだったのだから今の私がどうこうできる問題ではないのだ。

 

「ッ──コクヨウさん、水の流れを読めば彼等が流れ着く先がわかります?」

「無理ではないが──」

「じゃあそれで。無理のない範囲で追ってくださいお願いします。杠ちゃんは未来ちゃんのこと頼める?」

「ッえ、うん!」

「じゃあよろしく」

 

 別にこの場を仕切りたいわけではない。

 ただ見捨てておきながら何もしないなんて、今の私にはできやしない。

 

 私だけが知っている、この先の未来を。

 私だけが彼等が無事で、そして一方の命が儚くなってしまうことを知っている。

 その後また逢えるのもわかっているが、まだ精神的に幼いであろう少女を暗闇に落としたのは氷月ではなく私だ。

 何もしなかった私だ。

 

 あの時千空を目の前で失った恐怖を私は身をもって体験したくせに、あの子にも同じ絶望を味わわせている。

 なのに何もしないなんて、赦されるわけがない。

 

「クロム君少し聞きたいんだけど、千空君はラボで作ったものは全部こっちに持ってきてた?」

「あ、あぁ。大体は──」

「サルファ剤は」

「……村にいくらか残してきたはずだぜ?」

「なら私は今からそれ取りに行ってくる。四日以内には帰ってくるから、それまで司君安静にさせて清潔なところで寝かしといてね。多分千空君がどうにかしてくれると思うけど、村にあるものありったけ持って帰ってくるって伝えておいて。じゃ」

「ッちょっと待て! 俺も行く!」

「だが断る。もしもの時千空君と一緒に働ける人間は居なきゃダメだから、君はそっちに残って」

「でもよっ──」

「うっせぇ、司の命かかってんだよクソ」

 

 私が言うべきではない言葉だが、口から出てしまうのは致し方ないことだと思う。

 

「サルファ剤は抗生物質だからあるだけありゃいいし、もし仮にこっちで作るってなったら手慣れたメンバーがいた方がいいの。それは誰ってなったら君でしょ? 必要なものがあったらソッコー電話してもらえれば持ってくる。あ、小刀セット置いとくからいざという時はメス代わりにしてね」

「……お前、アイツが助かると思ってんのか──?」

「少なくとも千空君は助けようとするでしょう、どんな手を使っても」

 

 それこそ一度自分の手で殺すことになったとしても、千空は絶対に司を殺さない。分かりきった話だ。

 

「何処に流れ着いてるかもわかんねぇんだぜ⁉︎ それに氷月だって……」

「コクヨウさんたちが見つけてくれるし、氷月君のことだって上手いこといくよ」

「そんなの、わかんねぇだろ⁉︎ なんでそんな簡単に、なんでもねぇみてぇに言うんだよオメェは⁉︎」

「──なんでって、"千空"を信じてるから。それ以外に何かあんの?」

 

 私の"知っている"石神千空は氷月を一旦退けるし、なんならそこそこ良い仲間みたいにするし。それが予定調和ってものなのだ。

 私がいるせいで所々綻びは出ているけれど、ものすごく変わってしまったというのは今のところない。

 だからきっと、私が無理に関わりにいかなければ私の知ってる"世界"になるはずなのだ。

 そう信じるしかない。

 じゃなければ、私が生きていていいわけがないのだから。

 

「誰がなんと言おうと"千空は司の命を守る選択をする"し、君らだってそうであればって思ってるでしょ。私はそれを信じてるだけ、だから私がすべきことをする」

 

 私が知っている世界ではサルファ剤がどうこうとは書いてなかったはず。でもきっとルリだけを救う為ではなく、司を救う選択の一つであったかもしれない。

 あったかもしれない未来を考えるなんて私らしくないが、少しぐらいそれに縋ったっていいじゃないか。

 少しぐらい、自分から役に立とうとしたっていいじゃないか。

 

「じゃ、行ってくるね」

 

 クロムがまた何かを言い出さないうちに私は駆け出し、たった一人で石神村へと向かう。有難いことに刃物セットがなくても遠出できる装備であったし、問題はなかった。

 

 ただ、一人になった瞬間バクバクと心臓が激しく脈を打つ。

 

 これが正しかったのか?

 また何もしない方が良かったのではないか?

 これで何かが変わってしまったら?

 

 それに(オマエ)は逃げだしたかっただけだろう?

 あの少女の泣き声から。

 自分が正しいと決めつけた世界から。

 もしも全てを知られてしまったときの拒絶から。

 

 この現実から目を逸らしたいだけだったのだろう?

 

 

 嗚呼そうだ。

 見たくなかったんだ。

 それは悪いことなのか?

 だってこれが正しいんだ。氷月は司を殺しかけるし、千空は司を死なせなきゃならないし。未来はそれを受け止めるしかないし。

 それを阻止したとして氷月がまた何かを企まない保証はない。

 むしろそのとき今回より状況が悪かったら?

 司じゃなくて、千空が殺されていたら?

 考えれば考えるだけ嫌なモノが浮かんでは消えていく。

 

「────ハハっ、ほんっと無能だな私は」

 

 特に抜き出た才能なんてなくて、自分のためにしか生きられなくて。

 この世界に生まれてきたのが私みたいのじゃなければよかったのにと、そう思わずにいられない。

 

 これは永遠の疑問であり謎になりそうだ。

 

「っ感傷に浸ってる暇あったら足動かせ私、クソ人間はクソらしく惨めに生きてりゃいいんだよ。うん」

 

 独り言は泣かないために呟いて。

 

「大丈夫大丈夫、きっと千空がなんとかする。大丈夫。だって千空様だよ千空。だから大丈夫」

 

 大丈夫の単語は自分に言い聞かせて。

 

「だから、だからっ!」

 

 未来が変わりませんようにと、私はただ何処かにいるであろう神に祈った。

 

 

 

 

 




じごじご地獄だよー。おかしい、本当はもうちょい進むはずだったしここまで鬱らなかったはずなのに?


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45 凡人、唱える。

お久しぶりです。感想ありがとうございます、きちんと読んでおります!
そしてリハビリ投稿!


 

 

 

 

 仮眠などあまり取らずに石神村まで走って約二日。きっと村に帰ってきた私の顔は酷いものだったのだと思う。

 村に来て早々会ったあるみには心配され、その他の住人にも二度見されては珍しく声をかけられた。その度に皆は誰も死んでいないのでしょうと私に問いかけ、私はいつも通りに笑って頷き応える。

 

 確かに戦いで誰も死ななかった。

 死ぬとしたら、それはこの先。

 

 千空が殺す。

 

 私が知っている紙上の世界のように、皆を助けたその手で頭脳で、千空が司を殺す。

 例えそれが彼を助ける為だとしても、その決断を思い返さない日はないだろう。

 

 そう考えれば考えるほど、あの時の自分の行動が正しいものだったのかと悪循環な悩みが途絶えることはない。

 

 そうするしかなかった。それが正しい行動だ。それが正史だと。

 私がいない世界ではそうなる事が当たり前だったのだ、下手に動いた方が世界を壊してしまうかもしれないのだからと。

 

 嗚呼それでも、千空にわざわざその選択をさせる必要があったのか?

 全人類を救いたいと願ってやまない彼に、他の選択を与えられた可能性は?

 

 もしも、もしも、もしも、もしも……。

 

 私に抜きん出た才能があったのならば、知識があったのならば、記憶があったのならば。それらを使って何かを成し遂げられたかもしれない。

 こんな記憶さえなければ自由に動いて生きて、彼の隣で生きられたかもしれない。

 たらればの未来、願望だらけの世界。

 

 わたしは、どうして……。

 

「……無力、なんだろ」

 

 いてもいなくても良い存在。

 元々なかった存在。あるべきではない存在。

 無意味で役に立たない木偶の坊。

 

 何度も何度もそんな考えが頭をよぎり、消そうとしても消えてくれやしない。

 きっとこれは私が生涯抱えていくしかない事柄なのだ。

 誰にも伝えず漏らさずに、馬鹿みたいに自分勝手な罪悪感を抱いて死んでいく。

 実にいいざまだ。

 何もできやしない凡人に、何もしようとしない俗人に相応しい最後だ。そうやって死ぬのが私には相応しい。

 

 だというのに。

 

「茉莉は無力なんかじゃないわ、いつも私たちを助けてくれたじゃない」

「そうだぞ、ワシらにとってお前さんは良き友であり愛すべき家族じゃ」

「あなたのおかげで冬は暖かく、食べるものにも困らなかったわ」

「──それは、千空君が……」

「暖炉を作ろうといったのは茉莉だって千空はいっていたわ。これから、柔らかい食べ物も作ってくるのでしょう?」

「……うん」

「ほら、あなたは無力なんかじゃない。大丈夫、大丈夫よ」

 

 そういって、彼らは私を抱きしめた。

 

 私が相当ひどい顔をしていたのか、それともご老人達の勘の良さか。もしくはその両方か。

 何が大丈夫なのかわからないけれども、その温かさに私は息を深く吐き出した。

 

 

「じゃあ、私は戻るので。また後で、何か美味しいもの作りに来ますね?」

「ゆっくりしていけばいいのに。そんなに急ぎの用なの?」

「──えぇ、まぁ。これが、私ができる事なので」

 

 サルファ剤とありったけの科学用具を鞄に詰め込んで、私に向かって微笑み手を振るあるみ達へ手を振りかえして帰路に着く。

 不思議と帰り道の足取りは軽く思えた。

 戻ったところで私の知る世界は変わっていないだろうし、もしかしたら悪くなっているかもしれない。

 それでも私にはまだやる事ができてしまった。

 過ぎてしまった冬に約束したように、ご老体にも食べやすいものを作らなくてはいけない。

 今、私がここにいる理由はその約束を果たすためとしておこう。

 

 大丈夫、私は大丈夫。

 大丈夫、まだ大丈夫。

 大丈夫、今は大丈夫。

 

 大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、 大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫──。

 

 私はまだ、大丈夫。

 

 思考が壊れたままあの場所から抜け出して、呪いの言葉を唱えながらそこへ戻って。私は一度頬を叩いて笑顔を作る。蝙蝠にもペテン師にもピエロにもなれないが、嘘はつくことはできるのだ。

 

「大丈夫、大丈夫、大丈夫──」

 

 自分に言い聞かせて息を吐いて。私はいつも通りの声色でコハクへと声をかけた。

 

「村からサルファ剤とか持ってきたんだけど、千空くんと司くんは無事かな」

「茉莉!全く心配したぞ!いきなり村に帰るなんて──」

「それは悪かったと思ってるけど、有った方が役に立つかなと思って」

「嗚呼、そうだな。……千空と司のところまで案内しよう」

「うん、お願いするよ」

 

 少し視線を下げたコハクはゆっくりとした足取りで私を彼らの元に案内してくれた。やはりというべきか当たり前というべきか、彼らは私の知っていた通りに怪我をしてそこにいて、思わず安堵の息を漏らす。

 

 これは司が生きていたことを安心したものなどではなく、知り得た未来が変わらなかったことへの安堵だ。

 全くもって、私はヒトデナシなのだろう。

 誰かの生よりも自分の存在意義についてまず考える、クソアマでしかない、

 

「──作り置きのサルファ剤持ってきたけど、必要かな」

「嗚呼、ないよりマシだな。冷凍庫ができるまでは司には無事でいてもらわねぇといけねぇからな」

「冷凍庫……、ねぇ司くん。科学は役に立っただろ?」

「──あぁ、茉莉。君のいった通り、助かる可能性が、見えたよ」

「うん、だからまた、会おうね」

 

 一年と数ヶ月先もしくは二年近くだろうか。

 いつかまた会えると知ってしまっている私は、和かに笑った。

 

 笑うしかなかった。

 

 

 





茉莉ちゃんをペルセウスに乗せるかどうかよっていて、支部の方にアンケを設置しました。が、今のところ地獄ルート(ペルセウスに乗る)が多いので、多分乗せます。更なる地獄へ駆け上れ!


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46 凡人、無心となる。

勢いに任せて連日投稿。多分気分が乗ればあと数話は書けるかもしれない。


 

 

 冷蔵庫は今まで千空が生み出してきた科学の結晶達を分解し、再度組み替えて作られていく。それらの工作をするのはカセキを含めた工作チームだ。

 私もそっちを手伝うのかと思いきや千空に任されたのは石化し破壊された人々の修繕作業で、器用貧乏だからできるだろうと杠の元へと割り振られたのだと思う。

 全くもっておありがたいことです。

 

 今のこんな状況じゃギリギリのところで生きている司を見るのは辛いし、またぐるぐると嫌な思考が止まらなくなるに違いない。

 それ故に工作チームを離れられるのは嬉しかった。

 

 だがしかし、だがしかしだ。

 

「──これは多過ぎでは?」

「多いけど、一人残らずくっつけるのが私達のお仕事なんだよー。頑張ろうね!茉莉ちゃん!」

「うん、まぁ、うん」

 

 周りを見渡せば既に呆れて遠い目をしている人間が一人二人、三人四人etc。どれだけ仕事をしても終わらない作業なんて苦痛でしかない人間もいるわけで、目が死んでいるヤツらは体を動かす方が得意な人種なのだろう。御愁傷様です。

 

 でもこれは私には向いている作業だともいえる。

 単純そうに見えて頭を使う石像パズル。

 嫌なことすら考える暇もなさそうだ。

 

 

 一度大きく伸びをし筋肉を伸ばし、杠からノリを受け取って石像達の前へと座る。当分糊を使う場面はなさそうだが、そこは気持ちの問題だ。

 それからはただただ時間の許すままにパズルにだけに集中して石像を組み立てていく。それだけ。

 そういえば今世でパズルなんてやったことなかったと思い出しやしたが、あったところでこんな他者の命をかけたパズルに見合う経験値も得られなかっただろう。

 

 

 カチカチと石の断面を合わせ、あっていたら糊付けをし間違っていたらその次へ。頭を空っぽにしながらそんな単純作業をひたすら続けていればいつの間にか辺りは暗く、ポツンと置かれた蝋燭だけが手元を照らしている。

 地面には杠が書いたであろう『声をかけたけど反応しなかった、ご飯の準備を手伝ってくる』とそんな内容の言伝が残されていた。

 

「──思いの外、やれるもんだなぁ」

 

 もっとこう、ダメな思考にのまれると思っていたのに。そうはならなかった。

 やはり私には向いていた仕事のようだ。

 

 ぼうっと暗闇に浮かんだ星々を眺める為に寝転び、そしてクゥクゥ鳴くお腹を撫でる。

 体は栄養分を欲しているのに、食欲はいまだにない。

 この時代に目覚めてしまってからは無理にでも食べていたが、どうやらその感覚すら麻痺してしまったらしい。

 

 もとより、私はストレスで食事を疎かにするタイプだったが今の今までは生きるのに必死だったんだよ、これでも。

 それなのにもう全てがどうでも良いと思えるほどに、このまま眠るように逝けたらなんてとも考えてしまう。

 

「あー、だいぶキてるわ」

 

 生きていたいのに死に逃げたい。

 死んじゃいたいのに側にいたい。

 本当はみんなと仲良くしたいのに、関わりたくない。

 

 これじゃあ最強の矛盾じゃないか。

 どちらかを選べないクソ野郎。

 

「あー、あー、あー。……ん?」

 

 スンと、不意に香ったのは何処かで嗅いだことのあるジャンクな薫りで、漂ってきた方角に視線を向ければそこには特徴的な髪型の人がいて。

 

「よぉ、茉莉。メシ、食うぞ」

「──まさかのカップラーメンか。まだ残ってたんだね」

「夜食っつったらラーメンだろ」

「なるほど?」

 

 手渡されたソレは暖かく、白い湯気がそよそよと揺れる。

 香りはなんとも芳しいものなのにお腹も鳴っているというのに、最初の一口がなかなか進まない。

 はてさてどうしたものからチラリと千空を盗み見れば、どういう訳か、千空も千空で空を眺めながら箸が止まっているではないか。

 

「──千空君?」

「……あ"ー、思ってたよりもクるもんだと今更ながら思ってな。でもまぁ、テメェは上手くいくって思ってるみてぇだし、俺もその気だがな」

「ん?」

「コールドスリープ」

「あ、嗚呼それね。うん、まぁうまくいくよ、きっとね」

 

 未来を知っているから、とはいえないけれど。

 

 よくよく考えてみれば千空はまだ十七歳で、子供に分類される年頃だ。行動も思考も大人びた雰囲気があるからつい忘れがちになるが、普通に考えればその年の少年が助けるためとはいえ仲間を手にかけるなんて情緒が乱れないわけがない。

 そりゃ精神的にクるものもある、のかもしれない。

 

 私はどうしようもない気持ちが溢れ出しかけ、それを押し込めるようにズルズルと少し伸びたラーメンを口へ運び咀嚼して無理矢理に全てを飲み込んだ。

 何となくだが千空の顔色は悪そうで、それを見た私がどうしようもない不安を抱いてどうする。

 

 

 つい先ほどまで私の情緒が不安定だったというのに、千空のそんなお顔を目の前にしたらそれどころではない。

 何とかしてその表情を変えなくては。

 

 私は千空には笑っていてほしいのだ。

 どんな時でも、とは自分勝手な願いだが私は彼の自信に溢れた笑顔が大好きで、優しく細められた瞳が大好きでそんな顔をしててほしくて。

 だからその曇った感情を私なんかでも払えたらと願ってしまうほどに、千空に焦がれているのも心情というもので。

 

「──『大丈夫』って不思議な言葉だと思わない?」

 

 思わず思ってもいない言葉が口から飛び出してしまったのである。

 

「あ"?」

「石神村に行った時、私はそりゃぁひどい顔してたみたいでね。あるみさんたちに『大丈夫』って慰められたんだ。そしたらなんか『大丈夫』になった、気がする」

「……どんな顔して行ったんだよテメェは」

「さぁ?どんな顔だろうね、さっぱりわからん。──でもさ、だから私も言っておくよ。『大丈夫』だよ、千空君。大丈夫。ホラ、諦めたらそこで試合終了っていうじゃん。諦めなきゃ『大丈夫』なんだよ、きっとね」

 

 なんてブーメランが私に刺さるが気にしない。

 今気にすべきは千空の顔色と思考。

 私の思想なんてゴミ箱に捨てておけ。

 

「大丈夫だよ、千空君。君にはみんなが居るからね、なるようになるさ」

 

 私以外のみんなが居るからね。支えてくれるからね。

 だから、大丈夫。

 私が余計なことをしなければ、大丈夫なのだから。

 

「──テメェもいるだろ、茉莉」

「へ?」

「テメェもいるから『大丈夫』なんだよ、茉莉。だからさっさと食って寝ろ。目の下のクマひでぇ事になってんぞ。とっとと寝ろ」

「ん?」

「大丈夫だから、テメェもちゃんと寝ろっつってんだよ」

「ウッス?」

 

 何かがおかしい。

 私が千空を元気付けてるはずだったのに、いつの間にか私が元気付けられていた?

 アレ?可笑しくない?

 可笑しくないか、千空パイセンだもの神だもの。

 私みたいなクズの心配をしてくれたのだろうおありがたい。

 

 

 

 

 でもね、千空。

 

 

 私は君が笑っていてくれれば大丈夫なんだよ。

 

 それだけで、充分なんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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47 凡人、求ム。

 

 

 どんなに後悔しようとどんなに苦しもうと時間は流れるもので、あっという間に出来上がってしまった冷凍庫のお陰で司はひと時の眠りにつくこととなった。

 今度は私が兄さんを守るからと涙を流す未来を見て見ぬ振りをして、私は今日も今日とて無心で働く。

 主な仕事は石像の修復であったがどうやらそれも一旦その他大勢に任せて、私は船作りに駆り出されるようなのだ。

 

「茉莉ちゃん、船作りたいっていってたのワシ知っとるもん。千空に頼んじゃった」

「なるほど、私は今日から工作チームってわけね?」

 

 まぁそんなこともあるだろうと思っていたし、別に問題はない。

 

 目の前で行われる制作するべき船のアイデア対決を眺めていれば、さも当たり前のように千空のアイデアに皆が心を躍らせ始め、石神村と復活者達の力を合わせてその帆船を作ることと決まった。

 

 私の仕事はカセキの現場補助。石神村の住人だけでなく現代人にも指示を飛ばせと何ともまぁ責任者の立場に近い役割となったわけなのだが、これがまた面倒くさい。

 

 でっかい船を作るのワーイゴイスーなクラフトじゃん!な村人vsそんなの作れるの?え、ジーマーで、の現代人に二分化しないように努めなければならないのだ。

 

 そりゃ私だって普通に考えたらそんなん作れる?と思うが、発案者は千空さんだぞ?秒で納得したわ。だが他の復活組がそう簡単に納得して作り出すとも考えきれず……。

 

 しかしまぁ、ありがたい事に復活組の中でも先の戦いで見ていたダイナマイトやら冷凍庫、戦車のおかげもあってかなんかできるんじゃね?とも考えてくれる人が多数いて、何となくだがまとまってはいるからほんの僅かなサポートで済みそうだ。

 マジで復活組の理解力高くて助かります。

 

 

 だがしかし、まとまってはいるのだけれども、人によっては若干の温度差は感じるのが現状でもあろうか。

 私も少しは思っていたよ漫画読んでて。よく全員が作ろうと思ったねって。頑張って作ったねって。

 故に、早くお金という文化で作業員のやる気をより一層高めたい次第です。

 

「カセキ!茉莉!俺たち一旦船長を探しに出掛けてくる!ここは頼んだぞ」

「はーい、いってらっしゃーい」

「いってらー」

 

 せっせこせっせこ働いて、私はもうすぐここにくるであろう人物を思い浮かべる。

 確か名前は龍水だったはず。割と凄腕の船長。この世界は何でもかんでも凄腕の人間が多いから、もう早くモブに徹したい。切実に。

 マ、当分無理そうだけど。

 

 今のところ世界に綻びはあまりなさそうだから、順調にいけば船作り完了後に宝島。そしてその後に司復活のアメリカへ。

 船に乗るか乗らないかは自分で決められた筈だし、もし選ばれても拒否することも可能だったはずだ。

 拒否すれば私は日本に残ってようやくのモブルート確定と行くのだろう。

 今までなんやかんやで千空達と接してしまっていたが、ここが正念場だ。

 頑張ってやり切って、少しの寂しさを耐えれば私はまた一人に戻れる。その他大勢に分類される。

 これ以上の罪悪感を抱くこともなく、また誰かを見捨てることもせずに、可もなく不可もない人生をおくれることになるだろう。

 だから今だけは精一杯彼らのために働くとしよう。

 

 

 

 だから、寂しいだなんて気のせいだ。気のせいでしかない。

 

 

 

 ブンブンと頭を振って邪心を払い、私は決意する。

 忙しなく働こう。こんな気持ちなど抱かないように無心にただ今を生きる事だけに集中して、それこそ過剰なほどに働いて。夢を見る暇などないくらいに働こう。

 それが今の私にできる精一杯に違いないのだから。

 

 

 

 

 

「やるな貴様ら、欲しいぜこれは…‼︎」

「オホホ、ワクワクしちゃうでしょ帆船‼︎」

「この船で行けっか?地球の裏側まで」

 

 龍水が作業場に来たのはそれから一日経った頃だった。

 漫画では淡々と進められていたがそりゃ人力で進む船で少し離れた場所に行き、人を発掘してすぐ戻るなんて出来るわけもなく今まさに到着したところである。

 私はこれといって関わる気は無いのでカセキに全てを任せてそっと視界からフェードアウトし、あとは千空の指示をイエスマンの如く聞きこの後来るであろうメイストームに備え始めた。

 コハクやルリ、その他の作業員にも声をかけ雨風を凌げる簡易テントを設備し、嵐が過ぎ去るのをのんびりと待つつもりだった。

 

 そう、だったのだ。

 

「邪魔するぞー」

「ひー、流石に冷えるねぇ」

「はっはー!流石に俺たちも風邪を引くわけには行かないからな。──ん、先客がいたのか。悪いな邪魔をする!」

「あー、ハイ、ドウゾ」

 

 折角会わないようにしたのに、何で連れてくるんですか千空さん。お隣にコハクさんがいたでしょ?そちらに行ってくれません?

 あ、クロムはルリのところに行ったんですね?

 私、クロルリ見たいのでお暇をいただいても?

 

「龍水、コイツ茉莉な。カセキの一番弟子で帆船作りのサブリーダーだ」

「何⁉︎ ……その細腕で船が作れるのか?いや、意外と筋肉はあるようにはみえるな」

「茉莉ちゃんはぱっと見細いけど割と力はあんのよ?それにカセキちゃんを除いたメンバー中じゃ一番物作りに特化してるよね、ね?」

「うーん、趣味の延長線みたいな感じだと思っていただいても?」

 

 にっこりとゲンは笑っていうけれど、私はそんなんじゃ無い。

 確かに物作りは趣味の一環ではあるけれどそれに特化しているわけでは無いし、そっち関係の復活者がいないからそう見えるだけ。

 だから変な事を教え込まないでいただきたい。

 

 和かな笑みを保っているが、私の心臓はバクバクと脈打っていた。

 こんな狭いテントに五知将の内の三人がいるのだ。下手に口を開きたくは無い。千空やゲンと話すとボロが出る率が高いから、何も聞かないで欲しいし話さないで欲しい。

 

 しかしそれは無理な話だったのだけれども。

 無理な話だったのだけれども。

 

「ねぇねぇ茉莉ちゃん。千空ちゃん達が今度何を探そうとしてるか教えてあげよっか?」

「えー、いいや、どうせ石油だから」

 

「へ?」

「は」

「──よくわかってんじゃねぇか」

 

「…………マ、千空君ならそう考えるかなってオモッテ」

 

 

 メーデーメーデー。

 急募。思考が声に出ない方法を求む。

 誰か私のお口を縫い付けて。

 千空パイセン前にしたら私のHPはゼロよ!

 

 タッケテ!

 

 

 



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48 凡人、売る。

 

 

 

 

 

「茉莉ー!船を動かすためにスイカ達と一緒にお金を稼ぐんだよ!」

「はぇ?お金?私が?」

「そうなんだよ! スイカと未来と茉莉で食べ物を売るんだよ!」

「よろしくお願いします!」

 

 キラキラとした目を向けてくる未来とスイカに、私はなぜこうなったと頭を働かせる。

 

 そういえば石油のためにに通貨を生み出し、それに伴っての商売も始まっていたような。だからと言って私が売るものなんて、と考えてみると思い当たるのが一つや二つ、三つ四つ。

 まあ、売るとするならばアレしか無いか。

 そうと決まれば早速行動あるのみ。

 可愛い可愛いスイカと未来ちゃんのためならば、私はさらなる労働を受け入れる所存です。

 

 

 用意するものは砂糖と重曹。あとはお玉と火、ただこれだけ。

 スイカのラーメンや未来のわたあめよか簡単なカルメ焼き様の材料で、作り方は溶かして混ぜて冷やすだけの品だ。

 値段は同じ甘味であるわたあめに合わせて100ドラゴ。別にガッツリ稼ぐ気は無いから、これくらいがちょうどいい。

 

「茉莉ならベーコンや鮭とばも売れるんだよ?」

「あれはみんなの食糧だからね、売らないよ。たまに食べる贅沢品だし」

 

 ベーコンに至っては猪を狩った別の誰かがいてできたわけだし、私一人の力で作ったわけでは無い。むしろあれは村で食べて欲しいから売る気はないのだ。

 

「兄さん助けるためやもん!できることからなんでもお手伝いせんと!」

「女の子のお手伝い仲間ができて嬉しいんだよ!一緒にお役に立つんだよ……!」

 

 世が世がなら私ははわわっと口元を抑えて悶えて苦しんでいただろう。

 こんな健気な子達を見てはわわしない大人がいるぅ?いねぇよな!

 

 私はカルメ焼きを売り捌きながら小さな子達の戯れを盗み見しては頬に力を入れ、チマチマとお金を稼ぐことに勤しんだ。

 この後に船の手伝いと石像パズルの仕事も有るけれどこれはこれ、それはそれ。仕事はいくらでもあるけれど睡眠時間を減らせば問題ない。

 否、元からろくに寝てないのだからモーマンタイというやつだろう。

 

 

 塵も積もれば山となる精神で貯めていったドラゴは数日で大金となり、スイカも未来もニコニコとした顔で喜んでいる。このまま順調に行けば石油を大量に買えると意気込んでいるお二人さんには大変申し訳ないのだが、そううまくいかないのもまた人生ってやつなのだ。

 

「ねぇねぇ茉莉ちゃん知ってる〜?今ね、ドラゴが大ピンチでバイヤーなのよ。この先石油が見つからなかったそのドラゴ、みーんなカミクズになっちゃうわけ」

「ほうほう、ならそれをあの子らにも伝えたら?私は別に紙屑でも構わない人間なので?」

「え〜、流石の俺もスイカちゃん達には言いづらいというかなんというか」

「言いづらいのは私も一緒なんだけどね。まぁ、無駄な努力にならないようにしてみるよ」

 

 流石のゲンも金に振り回される大人達にならまだしも、精神的にも肉体的にもお子様であり、健気にお手伝いをするのだと張り切っていた二人にそんな事を言えるはずもなくこちらに頼ってきたのだろう。ゲンならば上手い具合に説明できるとも思うが、一緒に働いていた私から伝えろという圧力を感じなくもない。

 

 もしかしたら圧なんかかけられていないのだけれど、そう感じるのは私の物事を悪く考える癖が出ているからだろうか?

 しかしまぁそんなことは一旦隅に置いといて、私が今しなきゃいけないのはスイカと未来にドラゴの価値が下がっていると伝える事だ。

 

「手っ取り早く伝えるとね、石油が見つからないと今まで貯めたドラゴはお金として役に立たなくて、海にも出られないってなってるのが今の状態で。そうならない為に私達はまた新たなお手伝いをしなきゃいけなくなりました」

「え、折角集めたのにドラゴ使えないん?」

「他のお手伝いってなんなんだよ?」

「それを今から千空君達のところに聞きに行こうか。大丈夫、なるようになるから」

 

 説明にも説得にもなってないだろうけれど私は悲しそうな顔をした二人の手を引き、千空達の元へと向かった。

 そしてそこにはすでにカセキや杠が待機しており、千空は高らかに空を飛ぶと発言したのである。

 

「ムハハハ、笑わせるぜ!千空いくらテメーでも人間が空を飛べるわけ──」

「いや笑わねーよ。俺らも分かんねーし。こんななんにもねぇとっからどーやって飛ぶのかはよ!」

 

 マグマは大声で人が飛べるわけがないと笑い、陽もまた唖然としながら飛ぶ方法がわからないと頭を悩ませている。

 復活組でさえそうなのだ、そう簡単に空を飛ぼうという発想が出てくるはずはない。

 スイカは鳥みたいに飛べたらすごいんだよと口にし、それを聞いた千空はニヤリと笑っていつも通りのロードマップを広げた。

 

 今までのクラフトの中より道なりが長そうだとがぜんやる気を出すカセキとは裏腹に、広げられたロードマップに記載されている事柄は僅か三つ。

 

 麻糸、布、気球。

 

 それだけだった。

 

「ククク、気球様のお手軽っぷりは半端じゃねぇぞ。飛行キット一式、畳んで車にでもぶち込めっからな」

「空飛ぶってそんな気軽な話だったんだ……」

「まぁ、飛ぶだけならパラグライダーってテもあるけど、それじゃあ地形は見られないから、そうなるねぇ」

「──相変わらず茉莉ちゃんは驚かないのね、うん、茉莉ちゃんだものねそうだよね」

 

 半ば呆れた顔でゲンに見られた気もするが、あの千空様だぞ?なんでも作り出すに決まってるじゃない。この世界と私の神=千空さんが作れると言うのならば作れるし作るんだよ!

 

「しかしまぁ唯一にして最大のハードルは……」

「はい、たっっっっっっっっっくさんの布、でしょ?」

「1ミリも気づかなかったわ!こんなところに偶然にも手芸部と超絶オールラウンダーが二人もいんじゃねぇか‼︎ ──科学チームは搭乗部の設計に籠る。布作りは丸々任せて問題ねぇか?杠手工芸チームによ……!」

「もちろんです‼︎」

「もしかしなくてもオールラウンダーって私のこと言ってる?私は出来ることをするだけなのだけども」

 

 まぁ、いいか。任されたらやるだけだもの。

 

「茉莉に至っては他の作業と掛け持ちになっちまうが、平気か?」

「問題ないよ、やれる事をするだけだから」

 

 ほんの少し眉を下げて頼んでくる千空の顔を心の中で拝みつつ、私は頼られた嬉しさを胸に刻み込む。

 布作りの指揮を取るのは主に杠だし、私はまたもやそのサポートや作業チームの一員として働けばいい。

 

 よくよく思い出してみればオバ様方の会で簡易織機を教えてもらっていた気もする。あの時は布まで自分で作ることはないと思い込んでいたが、今となって考えてみればその考えは甘かったようだ。

 何事も経験と教えてくれたオバ様方が復活した暁には菓子折りを持参してまた教えを乞おう。

 

「えっと、じゃあ私は今後布作りを手伝ってドラゴが紙屑にならないように働くから、スイカちゃん達はこのままドラゴ集めってことでもいいかな?」

「私たちも布作らなくていいの?」

「スイカもお手伝いするんだよ!」

「みんなでお手伝いするのはいいことだけど、ラーメンとわたあめを楽しみにしてる人もいると思うんだ。だから二人の本職はそっち。たまーにこっちにお手伝いに来てよ、ね」

 

 納得しきれないで唸っている二人の頭を軽く撫で、私はお願いと頭を下げた。

 現にラーメンやわたあめは一部の人にとって娯楽となりつつある。だと言うのにそれを取り上げるのはいかがなものだろうか。

 それに何より二人はまだ子供なのだ、子供らしく生きていて欲しい。

 千空や他のメンバーだって進んで子供を働かせたいとは思わないだろう。

 

 

 だから、お手伝いくらいでいい。

 それ以上は大人の領分である。

 

 

 

 



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49 同じようには、見えていない。

 

 

 

「なぁ、千空よぉ?俺が言うのもなんだが流石にアレは働きすぎじゃねぇか?」

「あ"?なんのことだ?」

「だから、茉莉のやつ、働かせすぎじゃねぇ?」

「あ"?」

 

 唐突にそう発言したのは陽であった。

 陽としては別に誰がどれだけ働こうと関係ないのだが、ここ数日間だけでも茉莉の働きぶりは異常に思えたのだ。それ故にこの発言に繋がったわけで。(余談だが茉莉は陽を陽くんと呼ぶ。陽さんだと某派出所の彼を思い出してしまうので)

 

「だってよぉ、朝は飯作ってから帆船作りに取り組んで、その後に布作り。からの狩りに行ったかと思えば調理メンバーに捌き方だの保存方法教えて。挙句に真夜中まで石像パズルってどうなのそこは?」

 

 そのほかにも家の修繕とか色々流石に過剰労働じゃねぇ?と頭を掻いた陽を見つめるのは、千空を含めた数人。

 千空とゲンは陽の話を聞いて頭を抱え、杠はポカンと口を開けたまま固まり。ニッキーと羽京は引いた瞳で千空を見つめて、クロムとカセキはそれがどうしたと首を傾げた。

 

 石神村で茉莉の働きぶりを見てたクロムとカセキからすればそれが茉莉の通常運転であり、その働きぶりを聞いても『今日もすごく働いてるな』としか思わないことであった。が、司の元で動いていた杠達からすれば『なんで一人でそこまでやるの?』と思えてしまうほどの働きぶりだといえる。だからこそ復活組はそんなに働かせてと千空に非難の目を向けていたし、千空とゲンは茉莉がそんな人間であったと思い出して頭を抱えるしかなかったのだ。

 

「千空君、まさか、本当に……?」

「待て手芸部。俺はあいつに布作りと単純作業をしては頼んだが、修繕だの石像パズルだのは今は頼んでねぇ。つまり自発的だ」

「まぁ、茉莉ちゃんの事だからやれるからやってるって感じなんだろうけど。そこまでしてたかぁ〜」

 

 よくよく考えれば分かることであった。

 茉莉という人間はある意味働き者であるということを、そしてそれは時に自身の体に負担をかけるほどに働くと千空達は知っていた。

 知っていたが、それがここでも発揮されるとは思ってやしなかったのだ。

 

 何せ茉莉は人嫌いだ。率先して関わりに行くはずがないと思い込んでしまっていたのである。

 事実彼女は石神村の住人に積極的に関わっていったことはそれほどないし、気づけば集団から離脱して一人で行動をしていたのだから。

 

 だというのに何故今回はそうならなかったのか、それは茉莉しか知らぬことであるが、彼女はいずれモブになるのだからとその他大勢に紛れようとしていたのである。

 石神村の人間は少人数で嫌でも千空達に関わってしまうが、此処ではそうではない。チーム分けされた際に上手い具合に溶け込めばそのままそちら側へフェードアウトできるかもと考えた行動の結果でもあった。

 

「ちなみに、だ。陽の他にアイツが何してたか知ってる奴はいるか?」

「うーん。あ、朝起きると前の日より糸が多く出来てる時があったかも!」

「そういえば狩猟メンバーが罠を教えてもらったって言ってたよ」

「僕もそれは聞いたかも。捌けない人にも教えたり鞣し方伝授してるっぽいよね。お陰で前より肉が無駄にならないって」

「──思ったより、茉莉ちゃんは溶け込んでいるわけねぇ」

 

 それは、思っていた以上に。

 

 千空は知らない。

 司の元にいた大半の復活組は茉莉に対して好印象を抱いていると。

 茉莉は元々科学王国からの人質扱いであったが、それでも彼女は立場など気にすることはなく意見し彼等の生活をほんの少し豊かにした実績があった。そして何より二言目には千空がやってたからと全ての発端は千空であり自分ではないと出来ることに対して誇ることも威張ることもなく、誰でも出来るようになると笑って答えていたのである。

 武力重視で選ばれていたメンバーの中には生活力が乏しいものもおり、どれだけ茉莉の発言に励まされたことだろう。

 

 しかしまぁ当の本人には励ます気なんてなく、同じモブ仲間だから一緒にいると少し気楽だなと、そしてただ『千空は凄いんだぜ!』と推しを布教してただけである。

 

 

 それはさておき、石神村に属していなかった復活組からすれば茉莉は『千空』が教えてくれたからと誰かのために働ける良き隣人とされていたのだ。

 故に千空に言われた通りにただただ働いている茉莉を見てしまうと、そんなに無理して働かなくてもいいのではと思うものが多かった。

 

 そしてその一方で石神村から来たものからすれば茉莉が千空の言う通りに働くのは『当たり前』。だからカセキやクロム、ここにいないコハクやその他メンバーもそこまで深く考えることはない。

 例え働きすぎと思われる行動でも、彼女は一人でひたすら塩を作り続け、森を走り回って狩りを行っていた事すらあるのだ。気にする方がおかしい。休めと言っても休まないのだ、千空に任せろと発言したコハクの意見が正しいとすら思っている。

 

「前々から思ってたんだけどね、千空ちゃん。茉莉ちゃんって凄くこの時代にとけ込んでるよねぇ。現代人っていうより石神村の人間ですって言われても納得できるくらいそっちの知識あるしさ?やっぱり昔からあぁだったの?」

「まぁな、俺が科学に全振りしたみてぇに、アイツはサバイバル知識一択だったからな。そのお陰で今ここにいるし、じゃねぇと一番最初にくたばってんだろアイツは」

「──え?ドユコト?」

「アイツ、俺より三年早く石化解けてんだよ。知識なきゃ一年目で詰んでんだよ」

「……ワーォ」

 

 さも当たり前のように、千空は爆弾を投下した。

 先ほどまでは茉莉が働きすぎだという議題だっというのに、今はそれ以上の話題が上がり興味がそちらに向いてしまう。

 

「──っちょっと待って千空!それ本気で言ってる⁉︎」

「茉莉が千空より早く復活したって、そんなのあり得るのかい⁈」

「いや、ありえねぇだろ⁉︎」

「そうだったからあり得たんだろ。……んなことはどーでもいい。あ"ー茉莉の事だからどーせ睡眠時間削ってやがんな。ちーと釘刺しとくか」

「いやいや千空ちゃん!それも大事だけどサラッと驚愕な事実言ってない⁉︎ え、最初の復活者って茉莉ちゃんなの⁉︎ジーマーで⁉︎」

「──奇跡の洞窟前で目ぇ醒めたっつってたから、俺より早く硝酸取り込んだんだろ。そのお陰で俺はゼロからスタートしなくて済んだし、流石茉莉センセェ様様っつー話だ」

「──それ、ジーマーで事実?」

「そう言ってんだろ」

 

 千空からすれば別に驚くべき問題ではなかった。

 茉莉はそうなるべくしてなったのだ。万が一無人島に放り出されても生きていけるように幼少から知識を脳に叩き込んで学業を疎かにするほどに経験を積んで、その万が一が起こった世界で茉莉は生きてきた。生きてこれた。

 だから別に、驚くことはない。

 

 唖然として言葉をなくしたゲン達によそに、千空は早足で茉莉の元へと向かう。

 時は夕暮れ、陽の話が本当ならば彼女は石像パズルを勤しんでいるはずだ。周りでは作業を終えて帰ってくるものが多いのにそこに彼女の姿はなく、案の定彼女がいたのは砕かれた石像達の前であった。

 側には蝋燭と糊だけを置いて、カチカチと石を合わせて無心に作業している。千空が真裏に立っても気づくことはなく、真っ黒な瞳はただその石だけを見つめていた。

 

「……茉莉」

「っ!──なんだ、千空君か」

 

 肩に手を置き声をかければようやくその瞳が千空の姿を映す。いつも通りの作られた笑みを浮かべて、何の用?と茉莉は首を傾げた。

 

「何の用ってなテメェ、どっかの誰かさんが睡眠時間削って作業してるっつーネタが上がってんだよ。んで、最後に寝たのはいつだ」

「寝てるよ?昨日も寝た」

「何時間だ」

「……正確にはわからないけど、空が明るくなってきてた頃までだから長くて三、四時間カナ。寝ようと思えば3秒で寝られてるから大丈夫だよ」

「それは睡眠っていわねぇ、気絶っつーんだわ。つーことで寝ろ」

「え、まだやることあるし。それに仕事してた方がよく寝られるし」

「寝ろ。パフォーマンスが下がんだろ」

 

 千空は徐に茉莉の横に胡座をかき、彼女の頭を無理矢理その上にのせる。いつぞや、はるか昔に自分が父親にされたように彼女の髪を漉き、トントンと肩を叩く。

 最初こそ戸惑っていた茉莉も直ぐ様黙り、それこそ10秒もしないうちに寝息が聞こえてきた。

 

「マジで気絶じゃねぇか。流石の俺でもそこまで働けっていわねぇんだがな」

 

 思い返せば石化が解けて茉莉と二人で過ごしていた期間でも、目覚めればすでに彼女は起きていて寝るのも自分よりも遅かった。今更気付いたところでどうも出来ないが、きっとその頃から彼女の生活リズムは崩れていたのだろう。

 

 本当に今更ながら、茉莉に意識を向けるのが遅かったのだと千空は悔いた。

 

 

「千空くん、茉莉ちゃん寝た?」

「あー、寝た寝た。悪りぃな杠、当分コイツ休ませるわ」

「うん、わかったよ!その方が茉莉ちゃんの体にもいいだろうしね」

 

 二人の背後からひっそりと現れた杠は千空の膝の上でスヤスヤと眠る茉莉に出来立ての布をかけ、その寝顔をみて安堵の息を吐く。

 

「千空くん、茉莉ちゃん頑張りすぎですな」

「あぁ」

「だから、千空くんがついててあげてね?」

「──マァ、それなりにな」

 

 スッと、千空は彼女の髪を撫でる。

 

 その柔らかな笑みを見たのは杠ただ一人であった。

 

 

 

 




あれ、いつのまにか千空さんがちゃんと茉莉の方を向き始めていた?
自分でも驚きです。


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50 凡人、約束事?

 

 

 

 

 あ、ありのままに今起こったことを話すぜ!

 

 うっかり石像パズルをしていたら千空が現れて、いつのまにか私は寝てしまっていた。

 何を言ってるか分からないと思うが、私も何をされたのかいまだにわからない。

 何で私は推しのお膝の上で寝てたんですか?

 何で私は神に髪を撫でられてるんですか?

 頭がどうにかなりそうなんですが、どうしたいんですか?

 神から薬品の匂いがするんですがそれがまた良いといいますか、これは何のご褒美なのか問い掛けたい。

 

 もしかしてこれは夢か?夢なのか?

 私、何気に頑張ってるもの夢だよね?天国じゃん。楽園じゃん。エデンじゃん!

 

「──おい、テメェ起きてんな?」

「……ウッス」

 

 あ、現実(地獄)でしたか。

 

 むくりと身体を起こし頬を叩く。

 なかなか良い音と立てた頬に感じる痛みでより今が現実(地獄)だと再認識した。

 

「あー、その、ご迷惑をおかけして?」

「まったくな。テメェは過剰労働っつー言葉をしらねぇのか?気絶するまで働くんじゃねぇよ」

「んー、でも体を追い込むくらい働いた方が寝付きがいいといいますか……」

「だからそれが気絶だってつってんだ。これ以上働くならテメェは俺の監視下におく」

「──ゴメンナサイ」

 

 これ以上千空のそばにいろと?

 無理だ脳が死ぬ。思考が死ぬ。いらん事話しちゃう。

 私は千空にこれ以上多くは働きませんと宣言し、監視下からは逃れられることができた。がしかし、それには条件があったのはいうまでもないだろう。

 

 一つ、労働は一日八時間程度まで。周りと合わせた時間のみの仕事をすること。

 二つ、他者への指導も仕事の一つとし、仕事じゃないからと屁理屈を述べないこと。

 三つ、睡眠時間はとること。たとえ寝られなくても横になるように。

 四つ、それらが守れない場合、または守れていないと密告があった場合は千空の管理下に入ること。

 

 なかなか手厳しいお約束である。私なんか監視下においても碌な事ないと思うのですが?

 

 朝ごはんの準備はもちろん仕事だし、狩りや捌き方を教えることも指導に分類されてしまうらしく休息時間を多く取れとも怒られてしまうし全くもってよろしくない。

 一応千空だって八時間以上働いてるのではとツッコミを入れてみたが、俺は寝られてるから問題ないと返されてしまいこれ以上反抗はできやしなかった。

 

「……茉莉、テメェ自分では気付いてねぇかも知れねぇけど、クマ、ひでぇぞ」

「──そんなにかぁ」

 

 目立ってたんなら、気にされても仕方ないか。

 

「とりあえず当分はスイカと未来と行動してもらう。あの二人ができる仕事しかするな、いいな」

「……みんな働いてるのに?」

「子供もマンパワーの一部だ、そこにテメェが混ざったって不思議じゃねぇんだよ。むしろこれを機に子供らに文字でも教えとけ」

「──そーきたかぁ」

 

 誰が教えてたからわからないけど、銀狼が覚えておけばよかった的なこと言ってたようななかったような?

 それくらいならまぁ、介入しても大丈夫だろうか。どうせ誰かが教えるのだ、それが少し早くなるだけだろう。

 

 

 私は千空の提案に頷き、その日からスイカ達とドラゴを集めるのが仕事となった。そして彼女らに文字を教えながら時折杠の仕事を手伝い、何もしない時間が増えてしまっていく。

 何もしないということは考えてしまう時間ができてしまうわけで、私の頭はまたモヤモヤと嫌なことばかりが渦巻いてしまうのだ。自分の存在意義だとか命の使い方だとか、考えなくて良いことまで。

 頭を振って考えを取り払っても、沸々と湧いて出てきてしまう。

 こんなことならばいっそ監視下に置かれてでも仕事をするべきだったのかもしれない。

 

 

「茉莉ー、今日は杠のとこにお手伝いなんだよー!」

「布縫い合わせるんやってー!」

「うーん、わかった。行こうか」

 

 声がかかれば気球に使う布を縫いに行って、杠製の服を着せられたり。

 

「茉莉、今日は僕とニッキーも教師役するよ。僕は算数担当」

「私は音楽担当らしくてね」

「ほほーん、それはお有難い。みんなー、センセイが増えたよー」

 

 子供ら(たまに村の大人が混じっていることもある)に知識を広げていったり。

 毎日がのんびりのほほんとしてて、こんな風に生きてて良いのかなだなんて考えてしまう。

 

 本当はわかってるんだよ考えなきゃ良いだけだって。でもそれができない私はほんと馬鹿な人間だって話で。

 

「茉莉!気球できたんだよ!見にいくんだよ!」

「うん、じゃあ行こうか」

 

 純粋にこの世界を生きていけるのはいつになるのだろう。

 

 小さなスイカの手を繋ぎ、柔らかい未来と手を繋いでみんなが集まる場所へと向かう。

 そこにはすでに大半の人が集まっていて、ゲンの手元からカードを引いている。

 私たちは手招きされるままに側により、順番を待った。

 

「はっはー!当たりのジョーカーは俺のものだ‼︎……???」

 

 横目で当たりを引けなかった龍水を眺めながら私はカードを引き、そしてそのままゲンにそれを返す。

 当たり前のように外れたソレを持っている理由はないし、当たるべき人は他にいるのだから。

 

「あっれ〜引いちゃったよ〜、ジョーカー‼︎ まさかビックリ!俺に当たっちゃうとか困ったなぁ〜」

「あ"ー、何だいらねぇのか?二度と手に入らねぇ超プラチナチケットだぞ。新世界で人類初の飛行者だ!」

「だよねー、だけど気球ってちょっぴり怖いなぁ〜」

「はっはー!なら俺が代わってやっても良いぞ」

 

 予定調和の如く行われたソレはゲンの得意分野で、龍水がドラゴを支払う形でチケットを手に入れた。

 少し羨ましそうにそのやりとりを見ていたスイカと未来に後で乗せて貰えば良いよと声をかけ、私は最後の一人の登場を待つ。

 

「おぅ、俺も引くぜ!その空飛びマシンに乗れるくじ引き!気合い一発で当たり引いてやっからよ……!」

 

 最後の一人はもちろんクロムだ。

 知りたいという気持ちはもう抑えられるわけもなく、聞いていただけの世界をその目に映したい。

 そんな彼だからこそ気球に乗るべきで、世界を知るべきなのだ。

 

 無論、それをゲンは理解している。

 故にジョーカーのカードをクロムに引かせた。

 

「しゃぁぁぁぁあああ‼︎」

 

 

「優しいね、ゲン君は」

「さぁ?何のこと」

 

 

 ニヤリと笑うゲンに笑い返し、私もまた気球が空を飛ぶのを心待ちにしていたのである。

 

 

 

 

 



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51 凡人、ある種の思い出と。

 

 

 

 

 気球に乗ってどこまでもって合唱曲があったっけ、と私は浮遊するソレを見つめながら呟いた。

 

 

 周りはいまだ薄暗く、夜が明けるまでもう少し時間はかかるだろう。頑張って起きていたスイカ達は空ろな瞳で気球を眺めている。

 

「……眠かったら寝てていいんだよ?」

「でも、見たいんだよ。飛ぶところ」

 

 寝起きなため頭をこくこくとさせて必死に眠気と戦うスイカを私が抱き上げ、一緒にきたであろう未来はニッキーが背負う。そして気球が空へ登っていく姿を四人で眺めた。

 石神村の住人も復活組も等しく空を漂い始めた気球の姿に見惚れ、そして驚きの声をあげた。

 

「マジで空、飛びやがった……‼︎」

「もうあんなに小っちゃくなっちゃったんだよ……」

「すごいのぅ、人って欲張りで翼がないなら諦めないんだもの。作っちゃうんだもの」

「人類ってのはそうやって発展してきたからねぇ。ある意味司との戦いも文明の針を進める役にはたったって事だろうね」

「そうなの?」

「まぁ、一概には言えないけどね」

 

 3700年前に滅んでしまった私たちの文明だって戦争ありきで育んできたとどっかの誰かが言ってた気もするし、その結果失ったものもまたあって。

 そして今現在も千空と司が仲違いしなければ電気やダイナマイトだって優先順位が今より後で、存在していなかったかもしれない。戦いがあったからこそ日本刀や戦車も作られて、司を冷凍保存するための冷凍庫も生まれた。

 そう考えるとやっぱり私が臆病者で良かったのだと心底思うのだ。

 もし関わってしまっていたらコハクと出会う未来は潰れルリは死んでいたかもしれないし、石神村の存在を知るのもずっと後だっただろう。そして何よりリリアンのレコードを聴くことも、百夜の声すら聞けたかすら怪しい。

 

 だからやっぱり、私が関わるのは正しくはない行動で、今後もソレを心しておかなくてはならない。

 

「そういえば茉莉、アンタに相談があるんだけど」

「何かな、ニッキーちゃん」

「日本の歌、もしくは童謡何か知らないかい?音楽の授業ならやっぱり日本語のほうがいいだろ?リリアンの曲は大抵歌えるんだけど、そっち方面はちょっと疎いんだよ、私」

「なるほど?あー、私もちょこちょこ頼まれて歌ってたし、そろそろレパートリーがなくなる、とか?」

「──そんな感じでね」

 

 なるほど、私のせいだったか。

 石神村で言われるがまま歌っていた童謡の皺寄せがここに来るとは思っていなかった。でも村人の食いつき方凄まじいんだもの。ゲンや千空は歌ってくれないし、こっちに来るんだもの。私だけのせいじゃないと思いたい。

 

「んー、歌ねぇ?私もそんなに多くの有名どころを覚えていないというか、何というか……」

 

 小学校から最低限の勉強しかしていないし、基本休みは山籠りをしていた故に世間の流行りに疎い。歌えたとしても前回生きていた時に覚えてしまったちょっと癖のある曲ばかりで、正直言ってもうすでにまともな童謡なんて覚えていない。

 犬のおまわりさんもゾウさんも、チューリップもやってしまった。国歌も歌ってしまったし、さてどうしたものか──。

 

「……あ、そういやココって科学王国だったよね?」

「まぁ、そうなるんじゃないの?」

「じゃ、元素記号の歌とかどう?多分、一番だけなら歌える」

「そりゃいい!」

 

 もしかしたら歌える人がいるかもなんてあり得ない期待をしながら、私は明るくなる空を眺めながら音を紡ぐ。

 

 水兵リーベ僕の船、ナナマガリシップスクラークか。

 全部覚えてノーベル賞。

 

 テスト前には効果的な歌だったけれど、今じゃソレを使う機会もそうそうないだろう。

 けれどまぁ科学王国って名乗ってるのならば覚えておいても損はないと思う。というか使うかどうかはわからないが一種の娯楽だし問題ない、と思いたい。

 

「二番もあるんだけどね、音程は覚えてるから千空君に教えてもらえば全部いける、と思う」

「……茉莉、あんたなかなかやるじゃないか!」

「──たまたま覚えてただけだよ」

 

 ソレにこれは私の打算でもあるのだ。

 この曲をきいて知ってる人がいれば、私の覚えている世界とこの世界とはどこかしら繋がりがあるのではと仮定できる。

 私が世間に無頓着だったせいで知らなかっただけで、繋がりがあったのだと思えるしもしかしたらそういったマイナーな話のできるオトモダチができるかもしれない。

 船に乗らないで日本に残るならば、話の合うオトモダチの一人や二人は欲しいものだ切実に。

 

 とならば一旦羞恥心を心の隅っこに押し込んで、私はスイカ達に歌い元素記号を教えていく。同時にカタカナとローマ字に触れる機会もあるし、物覚えの早い人達は早々に歌えるようになるだろう。

 まぁその結果二番の存在を知っているニッキー達に催促され、千空に電話をしなくちゃならなくなるのは盲点だったけれど。

 

『──テメェが連絡寄越すなんて珍しいじゃねぇか。何か問題でもあったのか?』

「問題って問題でもないんだけどね、あー、その、ストロンチウムの後って何だっけ?」

『あ"ー、元素記号の周期表か?』

「うん、まぁ、そんな感じ。メモるから記号と読みから教えてもらってもいいデスカ?」

『……仕事じゃねぇよな?』

「一応、娯楽?」

『なら問題ねぇ』

 

 問題大有りなんだよな、私的には。

 電話越しに元素記号を聞いて書き写しながらなんて事になったと小さくため息を吐いたが、ソレは千空に届くことはなかった。

 

『ランタノイドとアクチノイドも必要だな?』

「あー、うん」

 

 そこらへんの呼び方は知らないけれど、多分ソレも歌詞にありましたね。

 てか、千空パイセンは素で覚えてるんですね、語呂合わせとかしないんですね。ワーオ。

 

『んで、元素記号周期を何に使うつもりなんだ』

「あー、青空教室内で取り扱ってて?」

『あ"?ひらがなの前にか?』

「音で覚えるなら、割といけるんだよコレが」

 

 何せ私が今の状況で一番は歌えるのだから、間違いない。

 

「後日スイカちゃんにでもお披露目してもらうよ、楽しみに待ってなよー」

『おー、待たせていただくわ』

 

 電話を切って書かれたばかりの周期表に目を通し、音程と読みを合わせていく。

 やはり歌いまくった歌は歌詞さえあれば生まれ変わっても歌えるようであるマル。絶対私しか知らない知識が増えてしまった。

 もしかして細菌の名前を千空に教えて貰えばあの歌も思い出せるのでは?と考えたところで首を横に振った。

 

 元素と違って細菌はより目に見えないものだし、それなーに?って聞かれた暁には答えられる気がしない。

 ただでさえクロムって元素だったんだー!どうしてー?を体験してしまっているので、これ以上私の知らない知識に対しての説明を求められたくないのである。

 

「あー、細菌といえばそろそろ酵母作っとこ」

 

 時期的にそろそろ麦が見つかったはずだ。

 酵母は干し葡萄と水さえあればできるし、長期保存は効かないが美味しいパンは作れるはず。

 そして作れたら、村のご老人にプレゼントするんだ。

 作れなかったらうどんでも良い。

 

「あごに優しいごはん、食べさせてあげたいな」

 

 だなんて、私は来るであろう出来事に備えて酵母の準備もはじめたのだ。

 

 

 

 




最近原作沿いと見せかけたオリジナルになりつつある。果たしてそこに需要はあるのだろうか。


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52 凡人、蒸す。

 

 

 

 日本人ってさ、食に対しては変態的な国民種だと思うんだ。

 

 美味しいならばと何故毒がなくなるのかわからないフグの卵巣糠漬けにして食べちゃうくらいに、生食すると激痛で悶える芋を石灰水混ぜて食べられるようにするくらいに食に対しての思いがべらぼうに強い。

 

 千空だって猫じゃらしでラーメン作ってしまうんだもの、美味しいものは食べたくなるものだよね。そのための苦労なら厭わないわって精神がジーマーでヤバい人種が日本人なのだと私は胸を張って言える。

 

「って事でつくって閉まっておいたセイロ、満を持して登場」

 

 帆船作業で出た要らない木材と、竹で作ったすのことセイロ。

 これの作り方を私に仕込んでくれた爺様集には足を向けて寝られる気がしない。

 そして何より、これは仕事ではない。

 私の趣味だ。美味しいものを食べたいと願った、私の趣味の結晶としておけば千空に怒られない、と思いたい。

 

「……待ちに待った主食様の登場に、ついに歴史が動く」

 

 なんて自分でも意味もない事を呟いてしまうくらい、私のテンションはマックスまで上がっていた。

 石化復活から食してきたものに主食はなく、これでようやく美味しい炭水化物の食事にありつけるのだがら、そうなっても致し方ない。あきらめてくれ。

 

 そうして私はニヤける頬に必死に力を入れ、米俵(のようなもの)を背負ったコハクの後をおったのである。

 

 

 

 

 

「今この瞬間から私たちは、自然の恵みを取るだけではなく、知恵と力で自ら食糧を創るのだ……!」

 

 気球で見つけたのであろう小麦はもれなく栽培されていく。

 だかしかし、その前にほんの少しだけソレを分けて欲しい。小麦を前にして我慢できるわけがないのだから。

 

「コハクちゃんコハクちゃん、麦を栽培しようとしてるのは理解しているんだけどね、その前に少し分けてもらってもいい?美味しいものを、食べたくて」

「なんだと……。茉莉、君はこの麦という作物の調理法がわかるのか?」

「なんとなく、だけども。やったことはあるし、猫じゃらしと同じ工程を踏めばより美味しいものがつくれる」

「ならやるしかないな!」

 

 買収、完了です。

 できればこそっと少量だけ作れたらと思っていたけれど、猫じゃらしラーメンの過程を知ってる人物はこの場でコハクただ一人。使える人材を使わない手はない。

 小麦粉料理を作ってフランソワの復活を害するつもりはないし、長期保存のきくシュトーレンの作り方は全くもって覚えていない。

 

 だってこの場にいる予定はなかったし、復活したとしてもそこそこ文明が発達した時期を想定していたのだ。作り方なんて知らなくても問題なんてなく、態々覚えようともしなかった知識の一つでもあったのである。

 

 ならば何故小麦の挽き方から調理法を知っているかといえば、田舎のお婆様方の知恵を詰め込まれたからだ。

 自家製小麦のパンは美味しいのよってよくお裾分けしていただいていたし、やはりどこかで誰かに無駄だといわれてしまう知識でも役に立つ日はくるものだ。石化後だけに限らずに。

 

 私がのんびりと過去を思い出しているうちに小麦はパワーチームによって粉へと変えられており、ニコニコとした杠と大樹が私へソレを渡してくる。

 私は粉を受けとると一度にへらと笑って頭を下げ、作り終わったらもってくるねとその場から逃げ出した。

 別に麦畑を作る作業をサボりたいわけではない。むしろそんな作業したら千空さんから怒られる。

 

 推しに怒られるとか誰得だよ、俺得だ。

 

 とか言ってられる場合じゃない。蔑んだ目で監視されるとか、無理、しんどい。

 だからこそ、仕事と思われる行動は謹んでギリ趣味と言い切れることをする。

 

 決して言い訳ではない。

 

 

 麦を手に入れたのならばセイロと鍋があれば割と簡単に蒸しパンはできるわけで、あと必要なのは毒のない葉っぱ。本日はサルトリイバラの葉を収穫して準備に取り掛かった。

 作り方は簡単で小麦とふくらまし粉はお馴染み重曹さんで、砂糖も混ぜて葉に包んで蒸せばオッケー。なんて簡単なんでしょう。

 

 一人でセワセワ用意しているといつの間にかスイカと未来がいて、チリチラとこちらを気にしてる人たちも多い。

 蒸し始めれば甘い香りもしてくるし、バレないようにやるのなんて無理なのだ。小さめに量を作ってお裾分けするとしよう。

 同じモブとしてよろしく。ただの賄賂です。

 

「ゴイスーいい匂いー!えー、茉莉ちゃん何作ってんの?」

「んー、蒸しパン。秋になればさつまいもとか入れても美味しいよ?」

「ジーマーでバイヤーなんだけど!茉莉ちゃんって唐突に飯テロかますよねぇ」

「でもまぁ、作れるものしか作れないけれどね」

 

 出来上がったばかりの熱々のソレをゲンに手渡すと彼は嬉しそうに笑い食し、そして何やら悪い事を思いついたようにニヤリと頬を歪めた。

 

「茉莉ちゃん、コレ、使ってもいいかなぁ?」

「どうぞー」

 

 一、二個だと思いきやゲンはごそっそと蒸しパンを持ち去り、私はゲンが何を考えてるのかを気にして後を追う。

 彼が向かった先は大樹達が小麦畑を作ろうとしている場所で、やる気の無さそうなメンバーがチラホラと見てとれた。

 

「やーもー、限界じゃねコレ暑すぎて」

「なんだいだらしないね。自分らの食い扶持を作ろうってんじゃないか!」

「そんなマグマちゃん達に茉莉ちゃんからプレゼントだよー!っても数は沢山ないから一番頑張った人だけかもねぇ?」

 

 と言いつつゲンは蒸しパンをパクつき、ソレを見ていた陽からは涎がたれた。

 

「──ゲン、それって」

「茉莉ちゃん特製、麦の蒸しパンだよ?ゴイスー美味しいなぁ。あ、俺が頑張って全部食べるのもアリ?ねぇ、茉莉ちゃん?」

「あー、うん?ありなんでは」

 

 蒸しパンでやる気を出させる、というのはまぁ良い案かもしれない。

 

 けれど、何かが違う。

 

 何が違う?

 知っているような、そんな気がするのに上手く思い出せない。

 

 そういえば最近"記憶"を確認していない。

 もう私には不必要だと思いたくて、読み込んでなかったのが悪かった。

 

「……なにも、変わってなきゃいいんだけど」

 

 こんな急に不安にさせる何かが訪れるのならば、ちゃんとしておけばよかったのに後悔はいつだって後からやってくるものなのだ。

 

 

 

 




オリジナルパート入っても良さそうなので、時々入ります。


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53 印象は移り変わり。

 

 

「うめぇぇええええ!」

「これは、岩のようだ!ザリザリの食感がめっぽう楽しいな‼︎」

「真っ黒だけどけっこういい臭い……」

 

 違う、食べたかったのはこれじゃない。

 麦を手に入れ早速パンを作った千空達はただ、その黒焦げの物質を前にして顔を歪ませた。

 コハク達は美味いというが、これは本来そういった次元の食べ物ではないのだ。

 匂いはまぁ悪くはない。悪くはないが焦げ臭い。

 一口食べてみればソレはパンとは思えない音を立てて、口内を侵食していく。

 

「っう」

「っは」

 

 あまりの不味さに千空と龍水はその場に膝をつき、羽京は冷汗をかきながらその物質Xを手に取った。

 

「現代人は舌が肥えすぎてて、不味すぎて食べられないのが原因で餓死にすることがあるらしい……。自衛隊のサバイバルで習ったよ」

 

 どこかの国の軍では蛇の生き血を呑む演習もあるらしいが、ここは日本。そんな行動はまずしてはいない。

 つまりは羽京でさえ、このパンを食すのは無理難題だったといえる。

 そしてこのパンでは地球の裏側に行けないと考えた船乗りと科学者は同時に叫んだ。

 それはもう当たり前に、そうと願って。

 

「プロのシェフを叩き起こす!」

 

 美味い具合に二人の声は重なり響きゴリゴリと黒焦げパンを食べていたコハクの脳を震わせ、彼女はふと思い出した。

 そういえばアレは美味しかったな、と。

 そして迂闊にも口から出てしまったつぶやき声を拾ったのはこの中で一番耳の良い羽京で、彼は彼女にアレとは何かと問いかけたのである。

 

「あぁ、この前私は大樹達に麦を届けに行っただろう?その時に茉莉がムシパン?とやらを作ってくれてな!それがめっぽう美味しかったのだ!──もちろんこの岩のようなパンとやらも美味いが、アレはこう、フワフワ?でほんのり甘くて温かくて幸せな気持ちにさせられた!」

 

「は?」

「あ"?」

「え?」

 

 上から龍水、千空、羽京のうっかり漏れてしまった心の声である。

 

 千空は声を漏らすと同時にアイツがいたかと頭を抱え、羽京はゴクリと喉を鳴らす。

 龍水に至っては茉莉の存在は知り得ていたが、船大工である彼女が菓子を作れるとは思ってもいなかった。

 

「──何一人で食ってんだよテメェは。そういうのは持ち帰ってこい」

「いや、ゲンが麦畑作りの賞品にしてたからな、私でも一つしか食べられなかったのだぞ?」

「……っあのメンタリスト!」

 

 思い返せば茉莉なら麦から何かを作り出すことは難しい問題ではなかったのだと千空は気付いた。

 どんぐりと猫じゃらしで作ったすいとんに、一般的な家庭で作らないであろうベーコンや鮭とば、こんにゃく等々。最近では魚醤さえ生み出していた女がすぐ近くにいたではないか。

 そんな彼女が麦を挽いたことがないなんてあるわけも無く、それを使った料理が出来ないはずがない。

 何故ここに呼ばなかったと後悔の波が訪れた。

 

「……蒸しパン、食べたかった」

「ちょっと待て千空、つまりはプロのシェフがいなくともどうにかなる、という事か?」

「いや、それは違ぇ。あくまでアイツが作れるのは一部の一般家庭が作るようなものか塩ありきな保存食ってぇところだろ。一応聞いてみるが航海に耐えられるパンが作れるかわからねぇ。だからプロのシェフはいる」

「保存食?──もしかしてベーコンを作ったのって茉莉だったりするのかい?」

「あぁ、そうだ。ちなみで今村で食ってる肉も茉莉が狩って作ったやつな」

「……嘘だろう?」

 

 部類のパン好きである羽京は蒸しパンの存在を知り歓喜したが、それより後の話に耳を疑った。

 司に捕えられていたときに茉莉は狩りをしてはいた。してはいたが保存食を作っていた記憶はないのだ。

 確かにあの時は塩でさえ貴重品でそれほど蓄えはなかったが、作ろうと思えば彼女は作れたのであろうあのベーコンを。

 現代人を虜にした、あのベーコンを!

 

 余談ではあるが、別に茉莉は意地悪で司帝国産のベーコンを作らなかったわけではない。

 保存する場所も調理する場所も、塩さえもろくになかったから作らなかっただけである。故にそこに悪意はなかったと羽京は生涯知り得ることはないだろう。

 

「はっはー!ならばここにその茉莉を呼べば良いではないか!プロのシェフは欲しいが、麦を扱える者を野放しにしとくわけにはいかない、そうだろう?」

「まぁな。茉莉はすぐにでも来させっか、一応やらせてみねぇとわかんねぇしな。そんでもってシェフを復活させる為にはちーと時間がかかんぞ。なんてったって石化復活液の在庫が今ゼロだ。ウンコから作っても何ヶ月か──」

「いや!シェフは今すぐに欲しい!」

「聞けよ、人の話」

「はっはー!心配するな、復活液の一人前やそこらこの俺が見つけ出してやる!」

 

 もうないはずの復活液があると言い切る龍水に千空は呆れた視線を向けるも、その先にあったのは意地の悪い龍水の顔。そして隠し持っているであろう人物に心当たりがあるのだと高らかに宣言した。

 それを聞いた千空もまた、善者は絶対しないであろう笑みを浮かべて電話を手に取ったのである。

 

 

 

 ジリリリリ。

 

 石神村から遠く離れたその場所で、それは鳴る。

 電話を受けたのはゲンであったが、すぐさま龍水の求めていた人物へと引き継がれた。

 その人物は北東西南。司から石化復活者の選定役を任されていた女記者である。

 

『欲しい‼︎その情熱に人は抗えない。世界一欲しがりの俺にだけは分かる。貴様は必ず隠している……!』

 

 もし仮に南だけであったのならば龍水の言葉を受け流してなあなあにすることができたのだろう。が、そこには科学王国一のメンタリストがそばにいる訳で、龍水の思惑通りにことは進んでしまうのだ。

 

「えぇええ!ジーマーで⁉︎そんなものまで作れちゃうの千空ちゃん‼︎」

 

 お得意の嘘をつき、有り得もしない話を生み出して相手を操るのはゲンの得意分野だ。

 その嘘が本当になるのならば、それは嘘にはならず決定された事実のみが残るだけ。千空ならば南が望んだものを作れるだろうという信頼から出た嘘。

 千空をそれを見越してから構いやしないと笑った。

 欲しいは科学の原動力であり、未来への礎なのだ。

 それを否定する必要なんてない。

 

「虎の子一人分しかないからねー!誰を起こすの?どっかの三つ星シェフ?」

『起こすのならばフランソワだ‼︎奴ならすぐに見つかる、石化時も俺と共にいたからな!──あぁ、後もう一つ大事なようがあったな!茉莉を石神村に呼びたい!今すぐにだ!』

「……はい?」

『貴様らだけ良いものを食すとは些か狡いのではないか?だからこそ欲しい!美味いものがな‼︎』

「──あぁ、そういうことね。わかったわ、伝えておく」

 

 ガチャリと切れる通信と、苦笑いを浮かべるゲンと南。二人はフランソワを迎え入れる為にすぐに行動に移し、その最中に茉莉にも事の有り様を伝えた。

 彼女は少し悩むそぶりを見せたがにっこりと笑い、いつも以上に荷物を抱えてひと足先に石神村へと向かったのである。

 

 

 

 

 茉莉が荷物を抱えて移動し約1日半。

 戦争時に戦車でできた道を使って(尚且つ睡眠時間を減らして)、通常よりも早く村に到着した茉莉を出迎えたのは羽京であった。

 彼はお疲れ様と茉莉に挨拶を交わすと荷物の大半を預かり、そのまま千空達が待っているとさらに茉莉を急がせた。

 

 何故羽京が茉莉を出迎えていたか?

 

 ソレは簡単な話で、西園寺羽京は無類のパン好きだからである。そんな人物が"蒸しパン"という魅惑ワードを前にしてじっとしていられるわけがなかったのだ。もちろん羽京はフランソワと呼ばれた人物の作るパンも楽しみであったが、ソレはソレ。これはこれ。

 楽しみでいてもたってもいられなかった故の行動だといえる。

 

「千空、龍水!茉莉が到着したよ!」

「──おぉ、お早ぇ到着だな?ちゃんと寝てんだろうな?」

「……それなりには?で、んなことはおいといてどっち作ればいいの?」

「どっちって、蒸しパン以外もあんのか?」

「一応、パンも作れなくない、けど?」

「ったく、茉莉センセイ様様じゃねぇか!」

 

 キラキラと瞳を光らせる千空を見た茉莉の動きは一瞬止まった気もするが、彼女はにこりと笑った後すぐに調理に取り掛かった。

 

 カバンの中には溢れないようにもってきた自家製酵母もあり、これは彼女が元々フランソワに預けようとも思っていたものだ。

 何せ茉莉はパン作りに関しても素人に近い。

 いくら知り合いのお婆様方に教え込まれたとしても、本職の人間には敵わないと思っている。竈の使い方も生地の作り方も焼き加減も、何回も失敗した経験からなる自己流のパン作り。作った全てが上手くいった試しもなかった。

 

 それでもパンを作れるアドバンテージは高く、この世界では重要視されると彼女は思ってやしなかった。なれた手つきで作業を進めていく茉莉を見た龍水は彼女は大工ではなかったのかと驚き、羽京はその多才さに目を煌めかせた。

 羽京から見た茉莉もまた一般人の常識をゆうに超えた体力お化けの大樹、手芸特攻の杠や科学使い千空の友人なのだと頷くしかない。

 

 その才と呼ばれるもの全てが、茉莉のこれまでの人生と対人関係を投げ捨てて手に入れたものだと、努力の塊だと知っているのは千空ただ一人だけ。

 

「茉莉、君はなんでもできるんだね」

「……死なない程度には、ですケド」

 

 その言葉を理解できたのも、千空ただ一人だけ。

 

 

 

 

 

「うーん、まぁ、こんなもんかな?どうぞ、お上がりよ」

 

 あっという間、というわけでもなくそこそこの時間をかけてできたパンは黒焦げではなく綺麗な小麦色をしていた。

 熱々でもっちりと、少しの甘みのあるお味に羽京はうっかり涙が出そうになる。

 先日黒焦げパンを食べていたコハクとクロムも美味い美味いと叫びながら齧り付き、千空、龍水もまた頭を抱えてその味に浸っていた。

 

「私ができるパンはこんな感じだから、保存効くものはちゃんと作ってもらってね」

「──テメェでも無理か」

「船に乗せる用のオシャレレシピは学んでないもんで。シュトーレン、食べたいけど」

「シュトーレン?」

「……保存のきくヤツのコトデス」

 

 にっこりと茉莉は笑う。

 その笑顔にどこか冷たさを感じるも、その理由を深掘りする気は誰もなかった。

 

「あー、えー。千空君、もう少し小麦もらってもいい?」

「あ"?何に使うんだ、それにもよる」

「あるみさんたちにおうどん作ろうかなと。約束したからね、食べやすいもの作るって。パンだと自分たちで作れないけど、うどんならどうにかなるだろうし」

「調理法を教えんのか!なら持ってっていいぞ、こっちにもできたもん寄越すならな!」

「もちろん持ってくるよー、ありがとう」

 

 なんて事もないような発言をした茉莉は千空から小麦粉を譲り受けると、そのまま村の方へ走っていく。その背中を眺めていた龍水と羽京の視線は自然と千空へと向かった。

 

「千空、茉莉はあと何ができる?」

「さぁな。ただこの世界で一人でも生きていけるのは確かだ」

「とはいっても限度っていうものがあるだろう?彼女はこういった環境でも生きていけるよう教育を受けてきた、とか?」

「全くもってしらねぇ。──まぁ、楽しんでやってたわけじゃねぇよ」

 

 かつて見た彼女の表情を、千空は覚えている。瞳を濁らせて、隈を作ってまで行動してた茉莉の姿を。

 そして知ってしまった。伝えられてしまった。彼女の本質を。

 

 

「──別に、したくてやってたわけじゃねぇ。そうするしかなかっただけだ、アイツは」

 

 理由はどうであれ、そうなのだと百夜は語り継いだ。生にしがみついた結果がコレなのだと。そしてその謎を解き明かすのは千空の役目でもあるのだと、託されている。

 

 千空はまだ暖かいパンを頬張りながら、珍しく、ぼんやりと空を眺めた。

 やらなきゃならないことがまだまだあるはずなのに、茉莉が絡むと中途半端に物事が進む。それは良いことのはずなのに、どうにも気になり思考がそちら側に思考が寄ってしまい手が止まることもある。

 

「ったく、らしくもねぇ」

 

 考えたところで分からないのに、分かち合おうともしてくれないのに。

 それでも思考は廻るのだ。

 

「はっはー!千空、茉莉がどんな人間であったとしても俺には一つだけわかるぞ!茉莉はいい女だ、そうだろ?」

「……龍水、言い方ってものがあるんじゃないの」

「だがしかし、そうなのであろう?こんなにもこの時代に適した存在は早々いない。茉莉はきっとこの先も手助けをしてくれる、違うか⁉︎」

「──違わねェよ」

 

 実験を断られたことがない、嫌がられたこともない。ある程度の望みですら茉莉は叶えようと奔走する。

 

 だからこそそれが、怖くもあるのだ。

 

 茉莉はすでに壊れてかけているのではないかと、思わずにいられない。

 

 

 

 

 

 

「んなこと、ねぇよな?」

 

 




不穏パートは唐突に。
※コソッとネタ募集中です。すごい短編だろうけれど千空との絡みが書きたい、けども思いがない作者に救いの手を。
https://marshmallow-qa.com/10ki2788


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54 凡人、舌鼓を打つ。

シュトーレン回。これがずっと書きたかった!


 

 

 ちゅるりと麺を啜り、ゴクリと出汁のきいたスープを飲み干せば無意識にほっと息が出た。

 やはりというべきか、小麦粉でつくるうどんは美味しい。踏んでコシを作る作業ができなかったから少し残念な仕上がりではあったが、我ながらよくできたのではとにっこりと笑う。

 作っていて心底よかったと今日ほど思ったことのないであろう干しきのこ、小魚の干物。良い出汁になってくれて本当によかった。

 

 そういえば作ったものは千空達に献上しなければならなかったのだと思い出して席を立ち、だし汁の鍋だけを持って彼らの元へと向かう。

 作ったうどんは美味い美味いと村人全てで消費してしまったが、千空ならそれについて怒ることはないだろう。

 

「千空くーん、汁しか残らなかったけどすいとんなら作れる、よ?」

「──貴方様が、茉莉様でいらっしゃいますでしょうか?」

 

 私が旧帝国を出て約二日。そう考えれば復活したフランソワがいてもおかしくはなく、目の前には可憐な縦ロールの執事様がいらっしゃった。

 そしてその手には私が作ったと思われるパンが握られており、よく見ると噛み跡もある。

 つまりは、食されているのだ。

 

「確かに私が茉莉ですが、何か、問題ありましたかね?あー、素人の趣味程度の技術しかないので、ソレが精一杯で……」

「いいえ、とんでもございません。ここの設備で、そして短時間でお作りになられたのならばこちらは素晴らしいパンです。──あちらの産業廃棄物の比ではないほどに」

「それはよかったです?」

 

 フランソワってこの時だけは毒舌だよね、っていつぞやかの私も思ったであろう。

 

「それに、そちらは?」

「あ、これはうどん作った残りのスープみたいなもので。うどんは無くなっちゃったけど、すいとんなら作れるかなと」

「お味見をしてみても?」

「あー、どうぞ」

 

 まさかフランソワに味見されると思って作ってないので、鍋には本当に汁しか入っていない。こんなことになるなら具を入れておけば良かったと後悔したところで後の祭りでしかない。

 スプーンで掬ったソレをフランソワは口へ運び、そして小さく頷く。そして私に向かってにっこりと笑いかけたのである。

 

「あちらをみた時些か不安になりましたが、きちんと調理ができる方がいらっしゃるようで安心いたしました。限られた食材での手腕、お見事です茉莉様」

「アリガトウゴザイマス」

 

 褒められて嬉しいのだけれども、フランソワの背後にいる人達の視線が怖い。

 龍水は『はっはー!フランソワに褒められるとはなかなかではないか!その腕欲しい!』とか言い出すし、マジでやめてくれ。私はフランソワのようなシェフにはなれないからな。一般的な料理しかできないからな。キラキラした目で見ないでくださる?

 そして千空さん、なんでお目目をギラギラさせていらっしゃるの?

 私、今度から調理チームに配属されるのかな?

 お仕事復帰ですか?

 それならそれで大歓迎ですが、お願いだからフランソワの下につけとは言わないでね。

 

 

 私はそっとコハクの横に移動し、勝手にすいとんを作るねと宣言してから行動を開始する。多分これからバター作りとか始まるのだろうけれど、それは私がいなくとも何とかなるだろうし問題はないだろう。

 

 コソコソと動いて出汁をもう一度温めていると二日間ノンストップで歩いてきたであろうゲンがフラフラとこちらに近づき、スンスンと鼻を鳴らす。出汁の匂いって懐かしいよねと問い掛ければ、げっそりとしながらも頷いた。

 

「ほんっと、懐かしい匂い。俺の分もある?茉莉ちゃん」

「あるけど、一つ頼み事ありまして」

「なぁに?この際なんでも言ってよ、ゴイスー美味しいもの作ってくれた茉莉ちゃんにはお礼しなきゃならないしね!」

「……じゃあ、これフランソワさんに渡しといて?」

 

 私がゲンに渡したもの。

 それはドライフルーツのアルコール漬けである。

 

 私はずっとフランソワを待っていたのだ、それこそ復活した時からずっと。

 この原始の時代でどれだけ食べ物に関して苦労したか、語っても語りきれない。動物の血生臭い肉も食ったし、取れない時は食べられる虫だって仕方なく食べた。塩ができただけで歓喜したし、その後は魚醤を作り今は大豆を探して奮闘中なのである。

 ベーコンも鮭とばも保存食だから作っていたと思うか?

 いいや違う、私は美味しいものが食べたい。誰よりも、それこそ千空や龍水に負けないくらい美味しいものが食べたいという欲で溢れているのだ。

 

 よくよく考えてみて欲しい。

 昔からこの時代に生き抜く事を想定して苦労を重ねた人間が、石化前も美味い飯を食っていたと思うか?

 羽京だって言っているだろう、舌が超えている現代人はそれだけで餓死するって。

 だから私は昔から、復活している現代組の中で一番粗食をしてきたのだ。あまりジャンク品やカロリー爆弾な品物を食べないようにしてきたのだ。

 だからいい加減、解禁したっていいじゃない!

 

 そんでもって千空さんにもこの世界で美味しいものをたくさん食べて、笑ってて欲しいんだが⁉︎

 

「……茉莉ちゃんって、実は誰よりもプロのシェフが欲しかったりしてたの?」

「うん、栄養素的にも問題あったし。プロがいれば食べられる物も増えるかもって思って」

「ほーんと、そういうとこあるよね茉莉ちゃんは」

 

 まるで私がそういうよく考えている人間であるのが分かっていたように頷くゲンだが、私はただ美味しい物が食べたいだけです。ごめんなさい。ちょっと話を盛りました。すいません。

 

 アルコール漬けを預けてくるねと嬉しそうに笑うゲンを見送り、そして私は僅かな罪悪感を抱きながらもすいとんを作る作業に徹した。

 だってほらねシュトーレン作りが二、三日早まったところで来年にしか出港しないだろうし、ちょっとくらい関わってもバチは当たらない、と思いたい。

 だってパン作りぐらいだし、大丈夫だよね?そう思わずにいられなかった。

 

 

 

 

 

 その後私とゲン、龍水にフランソワ、そして千空がすいとんを食べ終える頃、ヤギを捕まえに行っていたコハクと羽京、クロムが帰ってきた。

 

「ム!ズルイではないか!私も食べるぞ!」

「あはは、僕も欲しいかも」

「残してあるから大丈夫だよー」

 

 まぁ、龍水とゲンに食べられそうになるのを必死に確保しといたんだけどね。やはり出汁は偉大。

 

 フランソワがヤギの乳を搾り、休んでいるコハクの代わりに私がヤギ乳の入った瓶を振り少し時間はかかったがバターは完成。

 そのあとは事前用意したアルコール漬けを使ってシュトーレンの生地を作っていく。

 まぁ、今回分しかアルコール漬けはないから、明日以降にまた纏まった量を作り始めなければならないだろうけど。

 

 生地を必死にこねていればいつのまにか隣には千空が立っていて、関心したように呟いた。

 

「テメェ、やっぱり手慣れてんな?」

「パン作りはやったことあるし、こねる作業は煉瓦造りでもやったかなぁ。ま、結局足使った方が早いことが分かっただけだったけど」

 

 あの時作った竈もいつ崩壊したんだろう。

 

 そう無意識に言葉を吐き出してみれば、隣にいた千空はぎょっと目を見開いた。

 

「竈、作ったことあったのか?」

「──何事もトライアンドエラーってやつでして」

 

 死にたくない気持ちは人一倍だったものでと、にっこりとだけ笑っておくのは忘れない。

 

 シュトーレン作りはその後も順調に進み、あと焼き上がりを待つだけ。

 私は龍水が掲げる欲しい=正義の執念を小耳に挟みながら、その香ばしい匂いを堪能したのである。

 

 そしてついに、その時はきた。

 待ちに待ったシュトーレンの試食だ。フランソワに薄く切り分けられたそれは甘い香りがし、珍しくクゥとお腹がなった。

 みんなが口にする様子を見て、千空がその美味しさで目を見開かせたの確認してから私もパクリと口にする。

 

「──うま」

 

 3700年ぶりにちゃんと味わえるそのおいしさに、思わず涙が出そうになるのを堪えた。

 綿飴もカルメ焼きも確かに甘味であり美味しいのだけれども、私はずっとこれが食べたかった。砂糖だけの甘さではない、この文明の味が欲しかった。

 やっぱり本職の方が作るものは最高です。

 

 今日まで生きて来られて、よかったと思える美味さです。

 

「茉莉、そういやあれはどうなってんだ?」

「……あれとは?」

 

 何か頼まれていたものあったっけと首を傾げると、千空はニヤリと悪い顔をした。

 

「元素周期表」

「あー、それかぁ」

「んな唆るお勉強方とやらを首を長くして待ってんだがなぁ」

「あ、合いの手が入るので一人じゃ無理で……」

「誰がいる?」

「──少なくともニッキーちゃん」

「よし、呼ぶぞ」

 

 せっかく美味しいシュトーレンで気分は良かったというのに、千空からの爆弾で美味しさ半減です。

 うそです。モグモグ。

 

 明日の自分に全て投げ出そう。

 

 




番外編ができました。
https://syosetu.org/novel/319776/


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55 凡人、決定付ける。

 

 

 もう正直逃げ出したい。

 なんでって?ニッキーは忙しいから来れないと思っていたのに、颯爽と現れたからだよ!カセキと南と一緒にな!

 

 戦車を改造してたであろう車にはカセキがスーツを着て乗っていて、南とニッキーはサングラスを着けている。到着したてのニッキーにあっちの仕事は大丈夫なのかと問えば、千空から呼び出しだと知った大樹が代わってくれたとのこと。

 おのれ大樹、この恨みいつか大杠で支払ってもらおうか!

 

「んじゃ茉莉、歌ってみろ」

「え、いやぁ?」

「その前に私の!私の願いを叶えるのが先でしょ⁉︎」

 

 千空に詰められているとちょうど良く南が間に入ってくれて、一旦ソレは保留となる。

 千空はソレもそうかとカセキにクラフト内容を耳打ちし、やる気は溢れたカセキは出来立てのスーツは破ってしまったのだがそれはお高かったのではなかったのかとほんの僅かばかり心配になった。

 

「ヨホホ、茉莉ちゃんは連れてくぞい」

「おー、そっちは任せた」

「え?急に仕事なの?」

「そろそろテメェも工作してぇ頃だろ?目につく範囲にいりゃ問題ねぇ」

「──ワーイ」

 

 監視付きのお仕事なんですね、千空さん。

 私、そんなに信用ありませんかね?

 

 内心悲しくなりながらもにっこりと笑ってカセキの後を追い、作り始めるのは大量のカメラ。フィルム部分は千空とクロムが作るらしいしので、私は大人しくカメラとなるべく木材を用意していく。

 

「──ホウ素炭素窒素、酸素フッ素ネオン」

「スルッと暗記」

 

 二人で作業する最中、どうやら歌を覚えてしまったらしいカセキが口ずさむ。私もそれに合いの手をいれるも、どうしてカセキまでもが覚えてしまっているのか気になった。

 

「ねぇ、カセキのお爺ちゃん。なんでそれ歌えるの?」

「だってみんな歌ってるんじゃもん」

「みんなとは?」

「みんなじゃよ?どーも頭に残ってのぅ」

 

 オホホもカセキは笑い出すが、私からすると笑い事ではない。

 スイカ達に教える歌をみんなが歌えるってどういう状況なんだよ。教えて偉い人。

 

 悶々とした気持ちの中十数個のカメラ本体を作り終えると、千空達はすでに鏡を完成させていて村の住人に配っている。自分の顔をまじまじと見たのは初めてだろう子供達の姿につい微笑んでいれば、千空達の話し声が聞こえてきた。

 

「鏡?南ちゃんが欲しがっていたのって」

「顔!美容‼︎すぐそれかよ」

「はっはー!無粋だなクロム、貴様は。女は皆美女だ、気にかけて当然だろう?」

「鏡も大事ですけどね、私が欲しいのは商売道具です‼︎」

 

「この鏡はな、フィルムだよ」

 

 どんな理屈で鏡がフィルムになるかを千空が説明している間に私は作り終わったカメラ達を台車に詰め込み、そのままコロコロとカセキと共に千空の元へと運ぶ。

 南の感動シーンを邪魔しないようにカセキに目で合図し、千空から彼女へカメラが手渡されるのを待った。数千年前にカメラを失った南はまたこうしてこの世界で商売道具と巡り逢えたことに感動し涙するも、それをぶっ壊していくのを得意とするのは我らが千空様なのだ。

 

「私、この一台で必ず撮るから!人類がゼロから文明を作ってく新世界の記録を──」

「あ"ぁ、撮れ撮れ。俺らも撮んぞ、気球から」

「まぁ、効率的に考えれば一台よりも沢山だよね」

「多っ‼︎」

 

 千空の後ろから大量のカメラを持って現れると南は涙を引っ込めて驚き、龍水はすぐに何故カメラが沢山いるのかに気付いた。

 流石五知将と呼ばれる未来がある男だ、察しがいい。

 

「空からの探索に、航空写真か……‼︎」

「目視なんざよか100億%話が早ぇ、その為にカメラ作ったんだよ!」

「そこは南ちゃんの為って言っといてよ。いい話した南ちゃんが馬鹿みたいになるじゃない……」

「せめて記念の一枚目だけは私に撮らせてぇー‼︎」

 

 それはまぁ、ごもっともです。

 その後は龍水が世界最初の一枚の権利を買うと言い出し、そのモデルに選ばれたのはもちろん千空だ。

 私は私でこの後の展開を知っている故にニヤけるのを必死に堪えて時が過ぎるのをただ待つ。

 だって見たかったんだもの。推しがノリノリの格好なのに顔が死につつポーズを決めるとこ。

 

 とっても眼福でした。ご馳走様です。

 

「あ"ーもういい、服なんざ気球の邪魔だ。撮りたきゃ勝手に撮れ!」

「せめてポーズとってよ!なんか!」

「それでは世界一有名な科学者のポーズなどはいかがでしょう」

「それ‼︎‼︎」

 

 そしてカシャリと撮られた最初の一枚はきっと後世に残るはず。

 でもいいのか?千空の舌ぺろ写真だぞ?

 複製できないかなとか、九割しか思っていない。

 

 一人ニマニマと歪もうとする頬を必死に押さえ込み、私は千空と龍水を乗せた気球が浮くのを眺めて行ってらっしゃいと手を振る。それを見た千空はニヤリと笑って、私へ向けて何度目かわからない爆弾を落としたのである。

 

「帰ってきたらソッコー聞かせろよ、元素記号!今のうちに練習しとけ」

「──ドイヒー」

 

 私はその言葉にがくりと肩を落とす。

 いい感じに忘れていると思ったのに、そう簡単にはいかないのねと。

 そんな私を慰めてくれたのはニッキーとゲンで、彼女達の手にはとある紙が握られているではないか。

 

 

「歌詞カード、ちゃんと作ってきたからね。千空を驚かしてやろうじゃないか!」

「俺も力を貸すからさ、頑張ろ茉莉ちゃん」

「──ニッキーちゃん、ゲン君。なら二人で歌えるのでは?」

「それはリームー♪」

「解せぬ」

 

 流石にいつまでも嫌々駄々をこねることはできず、結局私はニッキーたちと共に例の歌を歌う準備に取り掛かった。

 と言っても三人で歌い合って音程が合っているか、元素の読み方が合っているかの確認作業なのだが。

 ゲンは途中何かを思いついたようにフランソワの元へ向かい、フランソワもまたどこかへ向かう。

 その行動を謎に思いながらも練習を重ねていると、いつの間にかフランソワがオカリナを吹きながら合唱に混ざっていた。

 

 流石ですね、フランソワ。でも私と変わってくれてもいいんだよ?

 

 こりゃもう腹を括るしかないと練習し、千空達が帰ってきた頃には私の心はズタボロだった。

 だって推しの前で、しかも科学大好きっ子の前でこれ歌って失敗したらどうすればいい。私のHPはゼロになるに違いない。

 

「帰ってきたぞ茉莉!準備はいいな?」

「よくないけど、聞くんでしょ?」

「聞く」

「即答ですか……」

 

 スイカと未来に歌ってもらった方が可愛いと思うのにと呟いていると、フランソワの前奏が始まってしまったのである。

 

 水兵リーベ僕の船、ナナマガリシップスクラークか?

 平和な未来は元素から!

 

 我ながら完璧な合いの手を入れてやりましたよ、えぇ。

 ゲンとニッキーの歌がうますぎて、表情筋が死にそうです。

 これで満足かと千空の顔色を伺えば、推しは目をきらめかせているではないか。

 

「茉莉、テメェやるじゃねぇか!」

「ほほぅ、茉莉は作曲もできるのだな!是非とも欲しいぞその能力!」

「あ、間に合ってます。んで、これは私が作ったわけじゃないんだけど、千空君は知らない?」

「んなの知ってたらこんなに興奮してねぇ!」

「そっかー、うん。そっか……」

 

 つまりはこの曲を知るのは、私一人だけだと。

 

 いやまぁ薄々分かってやしたさ、千空がこの歌を私に歌えって言ってる頃から。もし知ってたらこんな歌か?って確認とかありそうだし、何せ科学の歌だよ。ドラえもん大好きな千空さんが元素アニメを知らないわけないじゃない。

 でも実際に千空はこの歌を知らないわけであのアニメを知らないわけで。私が別世界の人間だって決定づけられたようなものじゃないか。

 

「あー、千空くん。今日はちょっとお暇していい?色々久々で疲れたみたいで」

「──あ"ぁ、一人で問題ねぇか?」

「うん、一人がいい」

 

 最近は調子が良かったんだけど、ちょっと目の前が真っ暗になっただけだよ。

 

 だなんて言えるわけもなく、私はその場から逃げ出した。

 

 




使用した


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56 凡人、宙に浮く。

 

 

 

「茉莉、テメェに任せてぇ仕事がある!」

「ング?」

 

 モグモグと焼きたてパンを頬張っている私に千空は高らかに宣言した。

 ちなみに食べているのは私とフランソワの合作パンで、隣で羽京も頬張っている。

 私達は簡易パン好き同盟を設立しているのである。

 

 それはさておき。

 

「ング、仕事とは?あ、羽京さん達と油田探し?撮った写真の確認?」

「最初はそのつもりだったんだがな、予定変更だ。茉莉、テメェにはパン窯を作ってもらう!」

「パン、窯?」

 

 それは今ここにあるのではと後方に視線を送ると、千空はそれじゃないと即座に否定する。ならば何処にと一瞬考えたが、何処にってそりゃあ彼処しかあるまい。

 

「麦畑の近く、つまりは船を作ってる方に作ればいいってことかな?」

「あ"ぁ、理解が早くておありがてぇ」

 

 麦を育て始めてしばらく経つが、通常収穫まで数ヶ月かかる。そして収穫した麦を挽いてから村まで運んでくるのは無駄な労力だろう。いくら気球と車で運べるといっても大人三人分の重量しか耐えられない気球では一度にそう多くは運べないし、それに何より気球を操縦する人間として挙げられるものはやや性格に難がある。操縦料としてドラゴを巻き上げられる可能性の方が高いだろう。車もまた然り、運転できるメンバーは限られ焼いたパンを持ち帰る手間もある。焼きたてパンが一番美味しいのに、それを食べられない地獄を見るものをいるだろう。羽京とか羽京とか。

 そうなるとあっちで全てを完結した方が手っ取り早い。

 

「──設計図とかは」

「もう用意してある」

「なら問題ないね、期限は麦の収穫まででオッケー?」

「嗚呼任せた」

 

 私と千空はパシンと手を叩きあった。

 はわわ、千空さんとパシンしちゃった。死ねる、頑張ろう。

 

「ちょっと待ってよ千空、それは茉莉だけでやることなの?カセキは──?」

「カセキはこっちでやるクラフトがあんだよ、油田みつけた時に特にな」

「だからといって彼女一人じゃ……」

「問題ねぇ、本人に確認はとってある。やれんな?」

「もちろん、竈は作ったことあるし問題ないよ」

「つーことだ」

 

 この前竈作った、っていったのが決定打だったのだろう。使えるものはなんでも使えの千空さんだもの、経験値がある人を使うのはあたり前の行動だ。

 キョトンとした顔をする羽京やいきなり高笑いをした龍水に向けて首を傾げてみれば、なんでと問いかけられた。

 

「作ったこと、あるの?」

「ありますよ?」

「ハッハー!貴様はそこまで有能か、欲しいぞ!どうだ俺の元に来ないか!」

「あ、間に合ってます。それに私は有能じゃないし、ただやったことがあるからやるだけだよ」

 

 生きていくためにサバイバル知識を身につけて、その延長線で身につけた術。何度も失敗して火傷もして怪我をして、美味い具合に石化でなくなった跡も多い。

 それぐらいやらなきゃ私は使える人間になれなかったのだ。決して有能ではない。

 

「んじゃ早めにあっちに戻るね」

「あ"ぁ、送っていってやる」

「送って……?」

「便利なもんがあんだろ、写真のついでだ」

「ワァー」

 

 急募、気球に乗らない方法求む。

 

 

 

 

 

 

 

「いやいやいや、気球乗るならニッキーちゃんでいいじゃん。ニッキーちゃんも送るんでしょ?収穫にパワーいるし、私は歩きでいいよ」

「何いってんだ、まずはテメェからなだけだ」

「いやいやいや、私で歩きでいいようん。歩きで」

「合理的に乗った方が早ぇだろ!」

「なんだ怖いのか?ならば俺に掴まっているといい!美女を支えるのは大歓迎だ!」

「あ、大丈夫です。お気遣いありがとう」

 

 普通に考えて、普通に。

 わーい気球だぁ、乗る!って言える人間じゃないんです、私。この気球って一度バードストライクしたやつだし、千空センパイと龍水を信用し出ないわけじゃいけど割と怖いでしょ。

 あの時はクロムがいたからなんとかなったけど、次に何かあった時私じゃ何もできない。

 だからこそ怖い。

 

 ムリ、お空怖い。

 

「私は歩きで──」

「そら、」

「へ」

 

 トンと背中を押され、気づくと体は気球のバケット内へ。その後から千空と龍水が乗り込んで、すでに逃げ場はない。

 

「よし行くぞ」

「──ワーイ」

 

 もう、どうにでもなれ。

 

 ビクつく心を出さないようにバケットの縁を握りしめて握り、私はなるべく下を見ないように体を固まらせる。

 下を見ちゃダメだ下を見ちゃ駄目と、シンジくん並に心でぼやいているがそれを悟られるわけにもいかない。

 

「ホラ、テメェもバンバン写真撮れよ」

 

 ポイと渡された物はもちろんカメラなのだが、写真を撮るには両手を使わなければならないわけで。

 

 え、どう考えても終了です。

 ここで両手を離して下を見ろと?ムリです。

 

 とはいったものの推しの役に立てないなんてあってはならない。

 お役に立たなければ、多分気球に乗せてくれたのも好意なのだろうだから。

 

 クロムやコハクは喜んでいたし、千空なりの気遣いに違いない。村の子供達も乗りたがってたからね、私もそれを微笑ましく見ていたしきっとそのせいの勘違いだと思うのだ。私も気球に乗りたがっていると思われても仕方がない。

 

 ごくりと唾を飲み、縁に近づいてしたカメラ越しに下を見る。

 

 

 タッカッ。ココタッカッ!

 

 落ちたら即死、ただし落ちるまで死ねない。

 木から落ちるのと比じゃないワロタ。木からは何度も落ちて運ばれたことがあるが、ここで落ちたら終わる。全てが終わる。命が終わる。

 

「──ッ」

 

 一歩後ろへ下がるとともに下方へ流れる私の体。それを支えてくれたのは千空で、なんだがとてもばつの悪そうな顔をしていた。

 

「あ"ー、悪りぃ。ここまで駄目だと思ってなくてな」

「あ、その」

「写真はいい、そこで座ってろ」

「……うん、ありがとう」

 

 大変申し訳ない。

 本当に申し訳ない。見栄を張らないで高いところ怖いといっていれば、千空にそんな顔させなくて済んだというのに。

 

 元司帝国につくまでの間、私は小さく体育座りをして二人の邪魔にならないように努めた。時々千空がこちらを確認するように視線を向けるとにっこりと笑って、龍水が声をかけてくれた時は大丈夫と返す。

 

 全くもって面倒をかけて申し訳ない。

 

 にしても、相変わらず推しの気遣いが神なのだが?

 

 無理矢理乗せたとか気にしないでいいんです。裏を返せば乗りたそうな私を気にかけてくれたわけですし、勘違いだったけれど。

 

 そういうとこが大好きで仕方がない私は、千空の背中を見ながら微笑んだ。

 

 はぁ、いっぱいしゅき。

 心の中で拝んどこ。千空さんはマジで神。

 

 

 カシャリとカメラの音だけがその場に響き、私は表情筋を緩めていたのである。

 

 

 

 

 




茉莉ちゃんにとって死に近づく行為は地雷。だって散々夢で見てるから。木登りは反復体験で克服したけど、空は飛んだことないもの。


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57 凡人、教える。

 

 

 

 

 

 ペルセウスが出航するまでの約一年、私はフェードアウトするまで何をすべきかよくわかってなかった。

 でも今ならなんとなくわかる気がする。

 つまりは復活組と仲良くしまくって居場所作って、私という凡人を日本居残り組に紛れ込ませればいいのである。

 

 何せいろいろあったが人類復興の一手は築かれた、ならば後は文明を進めていくだけ。さすれば今はちょっとばっかし抜き出てて役に立っている私の狩猟技術等々もいらなくなるわけで、私という存在がその他大勢に紛れるのは容易いこと。なんやかんやで復活してしまい千空達と微妙に仲良くなってしまったが、これ以上は役に立てる気もしない。

 故に私は群衆に紛れるために行動したのだ。

 

 

 まず初めに行ったこと。それは千空パイセンに頼まれた竈を作るために走り回った。そりゃもう材料収集からやらなければならないわけで、皆の邪魔にならないようにかけて回った。

 そうするとなぜか司帝国時代に話したことがある子達が手伝いを買って出てくれて、順調に煉瓦造りがスタート。煉瓦造りが始まれば何を作るのだとさらに気にする人が増え、スピードもアップするではないか。

 私は推しの布教をするつもりで千空がパン窯が欲しいと願っていた事を伝え、麦が収穫された暁には主食となることを約束し皆のやる気を増幅。

 そして何より千空さんはみんなの事考えてるんだと、マジで復興させる気だからみんなで力を合わせて頑張ろうと内心ニマニマしてる心がバレぬよう細心の注意を払いながら笑顔を振り撒くことも忘れない。

 

 みんな、美味しいご飯食べたいものね。私もだよ。

 

 パン窯作りが順調に進みだしマンパワーが増えたところで、私は次に頼まれていた千歯扱きの製作を始める。設計はもちろん千空。

 こちらもパン窯同様に麦が取れたら必要になると千空が言ってたからと皆に印象づけて作っていると、仕事の合間に木材を用意してくれる人や作ってみたいと申し出てくれる人が割といた。私はそんな彼らを快く迎え入れ、楽しいクラフト教室を開催していったのだ。

 

 そしてこれが良かったからか、男女共に技術を教えて欲しいと相談してくる人間が増え出したのである。

 最初こそパン窯作りやその他クラフトにていっぱいだからと断ったのだが狩猟の要であった司がいない今、冬を越すのに不安なものも多く切実な願いだった為、千空に相談をし許可を貰い臨時の青空教室が開かれることとなった。

 

 勿論寝る時間は減らすなと注意は受けましたが。

 千空は私のママンだった?いや、推しだったわ。さすが千空パイセン。そんなところも大好きです。

 

 

 弓は使えなくはないが流石に羽京のような高度な技術はないので縄で作った投石器の作り方と使い方を教え、苦手なひとには魚を取るための籠、(ウケ)の作り方と仕掛け方を。そうしてると次は皮の鞣し方を教えて欲しいと言われて教え、挙げ句の果てには獲物の捌き方を一からレクチャーし始めることとなり、はて、私の当初の仕事はなんだっけ状態に陥ったわけである。

 

 ちなみにパン窯作りはいつの間にか終わっていた。

 みんなのやる気しゅごい。思わず拍手してしまったよ。

 美味しいパン、食べたいものね。私もだよ。

 

 

「ってな感じなのだけど、まぁ、パン窯作りも終わって保存食作りも始めたけど、そっちは?」

『あ"ぁ、こっちも漸く油田の手がかりが手に入ったからな。スイカ様様だ』

「お役に立つねぇ、スイカちゃん」

『ホントにな。で、テメェにはそっちでそのままセンセェをやっててもらいてぇ』

「……ちなみになんの?」

『パン作り、酵母も作れんだろ?』

「んー、了解。作り手は多い方がいいもんね、でも失敗は許してね?」

『何事もトライアンドエラーだ、気にしねぇでやれ』

 

 電話越しに千空の声を聞きニヤニヤしそうな表情筋をひたすら殺し、私は次の指示をもらう。

 本当に指示を出してくれるリーダーが千空さんでおありがたい。言うだけのリーダーなんてお飾りだしストレスが溜まるものだし、士気が上がらない。

 みんなのこと考えてくれる推しは相変わらずの神なのである。

 はー、みんなに布教しよ。

 

「あ、油田見つけたってことは当分イノシシは狩らない方がいいかな」

 

 確か発見したのがスイカと仲良しのイノシシだったはず。

 狩猟チームの腕が底上げされてしまった今、万が一そのイノシシを狩ってしまったらやばい。当分みんなで麦を挽くことに徹しよう。

 

 私は狩猟チームと農耕チームにパン作りを始めると伝令をだし、そのうちに見つかるであろう油田を心待ちにする。

 油田が見つかってガソリンができて、船ができたら私の役目は終わり。

 あとは主メンバーで旅に出て、全人類を救って欲しいものだ。

 

 

 宝島はまだしもアメリカへ行った後は不確かな未来しか私は知らない。本来人間というものは未来を知らないものだが、知ってしまっている私からすれば知らない未来ほど怖いものはないのである。

 私という人間が存在してしまっている以上変化が起こらないと言い切れなく、現に変わってしまったものもある。

 少なくとも影響がある事を認めるしかない。

 ならばその影響をどこまで最小限にするかが問題だ。

 今まではなんとか目を瞑ることはできた。千空の死も司の死も、氷月の裏切りも。

 

 けれどもこの先誰かが傷つくとわかってて目を背けるのは心臓に悪い。本当に、悪い。それこそ私が死にたくなるくらいに。

 

 折角ここまで生きて来れたのに、生かしてもらったのに。自分の存在を消したくなって仕方がなくなるほどに。

 

「────っ」

 

 ガシガシと掻き回してそんな考えをかき消して、指の間に挟まったままの髪を握りしめた。

 

 役立たずなのはわかっていたはずだ。

 ここで今役に立てているのは、長年の経験があるから。ある意味この時のために行動していたのだから、役に立てていなかったらそれこそ笑える状況だ。

 私が役に立てるのは、それでよかったのはペルセウスの出航まで。

 それ以降は役に立てることはまずない。

 何せ私には人より抜き出た能力はないのだ、船に乗ったところでできることはない。

 だから──。

 

「……寂しいな」

 

 そう思うのは間違いなのである。

 

「──髪、伸びたな。きろ」

 

 失恋をして髪を切るというのならば、私はその邪な思いを断ち切るために髪を切ろう。悲しいことも辛いことも、全て私がしてきたことの結果なのだから。

 こんな思いも断ち切って、いい加減前に進まなくては。

 

 私の世界(千空)と離れなくては。

 

 

 解けた髪をただ眺め、私は歯を食いしばった。

 

 

 

 




今月中には、出航したい。


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58 凡人、纏める。

 

 

「アタシは反対だよ」

「で、でもさ。邪魔だし」

「確かに長いのは邪魔かもしれない。でも、私は茉莉の髪、好きだからね」

「茉莉ちゃんの髪って、すっごく綺麗な黒髪ですからな!それこそ──」

 

 夜空みたいに!

 

 目の前には悪意なくにっこりと笑う杠と、少し浮かない表情をしたニッキー。

 私は右手に鋏を持ったまま項垂れた。

 

 思い立ったら吉日と、髪を適当に切ろうとしていたその時通りかかったのは意外と乙女なニッキーだった。何してるんだいと声を荒らげたニッキーに気付いて近づいてきたのは杠で、私の手に握られていた鋏と珍しく結っていなかった髪を見て何をしようとしてたのかを直様理解したようである。

 新人類も旧人類も等しく髪の長い女が多く、復活組で唯一と言っていいほど髪の短い杠は今のところ髪を伸ばそうとしていない。当人はどう考えているか知らないが、今ここにいない司を気にして伸ばさない可能性はある。

 いくら霊長類最強の司とて、女の子の髪を不本意で切り落としてしまった自責の念はあったかもしれない。過ぎた事だと責めるつもりがない杠ならば、伸ばさないという選択肢をとるだろう。

 したがって、伸ばしたい気持ちはあるのかも。前まで伸ばしていたから余計にね。

 

 それはさておき。

 

「どうしても切らなきゃ駄目かな?」

「んー、紐で結ぶとたまに取れちゃうし、何より面倒」

「じゃあアタシがやってあげるよ!茉莉は黒髪だから似合いそうなやつがあるんだ!触ってもいいかい?」

「んー、ドウゾ」

 

 キラキラと輝いた瞳で見つめられてしまえば断れるはずもなく、私は黙ってニッキーに身を任せた。

 そういえば気にした事がなかったが、この世界に黒髪は少ないように思える。ニッキーは勿論金髪だし、羽京も龍水も陽も黒くない。大樹と杠は黒というより茶色だし、ゲンなんてツートンカラーで千空なんて白菜だ。

 クロムや金狼も黒というには明るいし、本気で黒髪の人間が珍しく思える。

 

 あれぇ、ここ日本ですよね?

 

「ほら!できたよ!」

「うん!茉莉ちゃんよく似合うよ!」

「ありがとう」

 

 髪色の話は置いといてどんな風にされたのだろうと鏡で確認すれば、私の髪は一本の棒で器用に纏められていた。所謂簪、と言われるものなのかもしれないがこんな綺麗に纏められるとは驚きである。

 

「本当は可愛いのがあればいいんだけど、今はこれで勘弁しておくれよ」

「いやいや、可愛さなんて求めてないからね。これで十分だよ」

 

 簪で留めてある髪は案外緩む事なく、頭を軽く振っても問題なさそうだ。

 一度解いてニッキーにやり方を聞いて、私は当分これで過ごすことを決めた。紐で縛るより断然楽なのだ、棒切れ一本ありゃいい髪型だしとりあえず切るのは延期しよう。

 

「そういえば千空くん達から連絡があって、石油が無事見つかったらしいよ!ワォ!」

「ってことは今頃カセキのおじいちゃん大活躍してる頃かな?」

「活躍といえば、南がアンタを探してたけど……。いい加減撮らせてやんなよ」

「えームリー」

 

 女同士の会話は話題などすぐ変わるもので、髪の話から写真の話へと移り変わる。

 南は復興の記録を!と張り切って写真を撮りまくっているのだが、そこに私を入れようとするのだ。

 絶対に記録に残りたくない私vs絶対に撮ってやる!な南との戦いは今のところ私の圧勝で一枚たりとも撮られてはいない。

 周りの人たちにも写真嫌いだからとギャン拒否反応をしておいた為、南が来る前に知らせてくれるようにもなった。持つべきものは仲間だよね!

 一度銀狼に騙されて南の前に連れ出されたが、写真を撮ると魂が云々を銀狼に吹き込んで一緒に逃げ出した。

 高性能ではないカメラ故に動いているものはブレてしまうので、私の姿を捉えるのはまず難しいであろう。

 

「一枚くらい、いいんじゃないですかな?」

「よくないっすねぇ」

「なんでそんなに写真が嫌いなんだい?折角カメラができて記念に残るのに……」

「──その記念に残るのが、嫌なんだよ」

 

 私がいないほうが正しい世界。

 私がいるのがおかしい世界。

 そんな世界で記念写真なんて撮れるわけがない。

 私がいた証なんて欲しくないし、むしろ残って欲しくないのである。

 

 今後の自分のためにも張り切ってやった行動を褒められるのはまだ我慢できるが、それが人類復興の為にと記録されるなんてごめん被りたい。

 南は記録だから記念だからとよく叫んでいるが、それならば頑張ってる人だけ写せばいい。

 私にも肖像権があるのでいい加減本当に諦めて欲しいものだ。

 

「アンタがそれでいいならいいけど、アタシはアンタと一緒に写真撮りたいよ」

「私も!みんなで撮れればいいなって!」

「んー、杠ちゃんの結婚式には撮るよ」

 

 なんて冗談を挟んで杠の顔を赤く染めて、私はそれを眺めて笑った。

 ま、実際は眺めるだけで映る気は無いのだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 石油発見の報告を聞いて数日後、千空達は気球に乗ってこちらへと帰ってきた。

 その時の私は現代組にパン作りを教えていて、背後から声をかけられて思わず飛び跳ねてしまったのである。

 

「おぉー、中々みねぇ反応すんじゃねぇか。調子はどうだ茉莉センセェ」

「背後に立たれれば誰だってびっくりすると思うのだけど?」

 

 ズボリと千空の口に出来立てのパンを突っ込んで抗議する。

 そういえば千空がセンセェセンセェ呼ぶせいか、そう呼ぶ人間が出てきたのは誤算であった。スイカ達お子様方に呼ばれるくらいならいいのだけど、同い年くらいの人に呼ばれるのはゾワゾワして変な感じになる。

 

 モグモグとパンを食べる千空の姿にお可愛いこと!とどこぞの天才の決め台詞を心の中で叫び、私は真顔に徹する。

 本当に君は美味しそうにたべるねと、美味しいラーメンの作り方を覚えておくんだったと今更ながら後悔した。

 

「──んで、どこまで進んだ」

「人によりけりだけど、ある程度パンを作れる人はできたかな。ついでに覚えたいって人には私が知ってる知識は伝授した」

「そりゃおありがてぇ。船ができたら人員が分かれるからな、それまでに技術の共有は必須だ」

「まぁね、可能であれば畑作って野菜も栽培したいんだけどねぇ」

「3700年経ってからな、野生化してるやつもあっから専門家がいりゃあ助かんだが……」

「いないっすね」

「だろうな」

 

 何せ司が復活させたメンバーは主に武力に全振りされてますし。

 気長に復興を待つしかない。

 

 一度ため息を吐いてパンに齧り付き、千空に背中を向けて歩き出す。

 言っておかなきゃいけない情報は伝えたし、そろそろ仕事に戻らなくては。

 

「──茉莉、オメェそれ」

「んあ?」

 

 千空は自身の頭と私の頭を指差し、私はその意味を理解する。

 

「切ろうとしたら杠ちゃん達に止められて、ニッキーちゃんが教えてくれた」

「簪ってか、ただの木の枝じゃねぇか」

「ニッキーちゃん達が嘆いてたのでオシャレ道具も作ってあげるといいかもね。ドラゴ集めにつかえるかも」

「──クク、考えとくわ」

「ん、そうしてあげて。んじゃ、私はもう行っても?」

「あ"ぁ、問題ねぇ」

「んじゃ」

 

 ひらりと手を振ってその場を後にし、私はぼんやりと空を眺めて見えもしない月を思う。

 

「──何処にいるんだろうね、君は」

 

 ホワイマンとの接触はもうすぐそこまできていた。

 

 

 



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59 凡人、早口話。

 

 

 

 人間ってさ、いつだって後悔は後からくるもんなんだよ。

 

 あんなこと言わなきゃよかったとか、なんであんなことしたんだとか。

 今まさに私が置かれている状況がそれで、じっと見つめてくる視線に耐えきれなくて目を逸らしたが逃げ出せるならば逃げ出したい。

 まぁ、できないから困ってるんだけど。

 

「茉莉、テメェ──」

「初めてだよ、君がそんなに話すところを見るの」

「前々から思ってたけど、茉莉ちゃんっていきなりスイッチ入るよねぇ♪」

「フゥン、やはり貴様は頭が回るようだな」

「まぁ、たまに何言ってか分かんねぇけどよ」

 

「ハハ、サーセン」

 

 なんで私にお茶汲み頼んだのコハクちゃん。

 そのせいで私の精神ピンチです。

 

 

 

 

 

 

 

 思い返せば千空達がボートに乗って海に出たのがことの始まりであった。

 惚れ薬、もといガソリンを手に入れた千空御一行はその性質を確かめ、その後電波塔を生み出し起動。地上から強力な電波を垂れ流し、羽京の耳を頼りに電波の方角と強度で距離の概算。こんなことができるのは千空だけだよと私はのんびりと構え、にこやかにケータイに話しかけるルリを眺めていた。

 電波塔から流された電波をキャッチしたのはクロムで、私はひっそりと念願のクロルリが見れるかもと僅かに希望を抱いたのだまぁそんな事はあるわけ無く。私の知る未来通りにことは進んだのである。

 

 ルリとクロムの話の途中に雑音ではない膨大な電波の波が押し寄せ、羽京の耳ですらそれがきた方角なんてわかるわけがない。

 それは自然現象でもなければ、態々周波数を合わせてこちらへ言葉を知らせてきたのだ。

 

 ・ーー ・・・・ ー・ーー

 WHY

 

 何故?

 

 何度も何度もモールス信号で繰り返されるその問はまさに狂気そのもの。聞いていたものは皆、その目を見開いて千空たちのやりとりを見守った。

 

「だだだ誰なんだよ⁇その謎のおしゃべりって」

「海の遙か彼方に、生き残りの別グループの方でもいるのでしょうか……」

 

 陸に残っていたメンバーはザワザワと謎の信号について話しながらも木材を運び、彼らが帰ってくる前に会議室を作り上げる。

 その行動の速さに思わず見惚れてしまったが、カセキがいるのだから早くて当然なのだろう。千空達は帰るやいなや、早速それの正体について考察を始め私もその場から去ろうとした。

 

 そう、去ろうとしたのだ。

 

「茉莉、待ってくれ!これを五人に届けてもらいたいのだが」

「へ?私じゃなくてコハクちゃんでもいいのでは?」

「私にはあの五人についていけるほどの知識はない。まぁ、クロムも微妙なところだが……現場に立ち会ってしまったものだしな」

「んー、私もそこまで知識ないけど?」

「それでも私よりはマシであろう?茉莉は案外鋭いところに気がつくからな、お茶でも運びつつ会議に参加してくると良い!」

 

 そう言って私に手渡されたのフランソワが用意したであろうお茶。現代人だから話が合うとは限らないのだよとため息をつきかけ、それでも持たされてしまったのだからと会議室へと足を踏み入れた。

 

 会議室では羽京が過去に起きた出来事をクロムに説明し、龍水がソレに『ホワイマン』と名をつけ話を進めていく。

 果たしてそれは黒幕なのかどうなのか、私にも分からない。

 

 私がチラリと千空の姿を瞳に写すと、いつぞやか分からない記憶が溢れ出た。

 その記憶は私がまだ茉莉()でなかった過去のもので、その記憶を辿ってみればホワイマンについていくつか考察をあったようなのだ。

 

 その一、アインシュタイン説。

 これはその名の通り保存されていたアインシュタインの脳からなんやかんやでクローンを作りそいつが黒幕である、というもの。

 石化装置があるこの世界ならばあり得なくはない。

 

 そのニ、黒千空説。

 千空の声をボカロ化したことにより発生。描写されている前髪も一本であったことから、原作を進めている千空はクローンで前髪一本の千空(本物)がいるのではないかと疑われたもの。

 

 その三、千空の実の父親。

 千空は百夜の親友の息子、という情報から囁かれた説。これだけ科学っ子である千空の父親ならば、より一層科学に通じててもおかしくない。なんらかの目的により千空を百夜に預けて人類まるごと石化させたのでは?と考えられたものである。

 

 私としてはその三はなし寄りのなし。

 だって千空さんの父親は百夜さんなんだもの。異論は認めない。

 血が繋がってなくても心が繋がっていた幸せ親子だぞ。

 今更実父なんぞ出てきても流石に認められない。

 もしそうであったら千空の父親は百夜と叫んでやる。

 

 となるとその一かニが怪しいのかなともう一度千空を見やり、私はハッと気づいて口元に手を当て俯いた。

 

 アインシュタインがいたら千空パイセンのテンション爆上がりなのでは!

 推しが喜ぶ姿、とても見たい。一緒に実験とか始めてたら最高なのでは?

 何故石化したのとか謎は残るがそれはそれで美味しい。

 

 そして、問題はそのニ!

 もし千空が二人いたとすると私のHPはもれなくゼロになる。無論今ここで全人類まるっと救おうとしている千空さんは尊い。すごく頑張り屋さんで努力家で、みんなを頼る千空さんは大好きですが、もう一人の千空が仮にいたとして、その目的も人類を救うためだったら?もうどないしたらいいの?あ、メカセンクーのパターンもあり?

 性格が悪いパターンだったとしても元を正せば推しの派生。嫌いになれる気がしない。

 

 

 悶々と場違いにも程があるどうしようもないことを考えていた私は、こちらを見ている瞳に気付くことはなかった。

 だからこそ不意に声をかけられれば、思わず思ってもいない言葉が出るもので。

 

「んで、云々唸ってる茉莉センセェはどう考えてんだ?」

「へ、そのパターンもありかなと?」

「……パターン?」

「茉莉ちゃんのいうパターンて、どんな?」

 

 違う!

 これは話しちゃいけないやつや!

 

 考えろ、いい訳を。

 話を聞いていませんでした!とならないように、厨二ぽくもならないような言い訳を考えろ。それっぽい話をして、なんとか話を誤魔化さなくては。適当に単語並べておけばなんとかなるかな、なんとかするしかない。

 うん、がんばろ。

 

「えっと、ホワイマンが敵でも味方でも3700年って放置しすぎでしょ?それに黒幕が別にいたとして、果たしてそれは人間なのかなって。石化前でもそんな科学は進んでいなかったわけだし、ぶっちゃけ宇宙人説とかの方がリアルかなぁと」

 

 そんなこと千空さんも言ってた気がするもんね?

 

「人類滅ぼすつもりなら石化した後に石像ズタボロにできたわけじゃん?粉々にすれば制圧完了じゃん?それをしなかったってことは殺すつもりはなかったのかもしれないし、もしかして地球温暖化やらなんやかんで一回滅ぼしとこーってなった可能性もあり寄りのありなのでは。世界終末時計だっけ?後何秒で世界が滅びますよってやつ。それを踏まえれば一回人類が滅びれば環境がマシになるだろうし、環境改善後多少の人間は復活させますよーって計画だったら『何故勝手に復活した?』って意味にも取れる気もするし。てか、電波放つまで復活者がいるのに気づいてなかったってんならずっと人類を観察してるわけじゃないよね?一番使われてた英語のモールス信号使ってるとこから察するに、どこの国で復活したかもわかってないのかも。もしわかってるのなら日本語で伝えるでしょ。誰しもがモールス信号聞き取れるわけじゃないんだから、日本語で話してもらわないと困るわぁ」

 

 ペラペラと思ってもいないことことを組み合わせ、なるべく本当に考えていたことを隠し通せ。

 頑張れ、私。

 

「それにアレだよアレ。WHYしか伝えてこないってことは向こうもどうするべきか考えてる途中なのかも?一人だったら人間復活してるうぜー石化して確実にコロそーとかやりそうだけど、すぐにしてこないってことは考えるひとが多数いてできないかで今すぐに石化できない状況でもあるわけでしょ?

 そうなるとやっぱり石化の黒幕は人間じゃない何かの方が納得できるというかなんというか。まぁ、人類石化とリアルファンタジーを体験してるんだからSFファンタジーがあってもおかしくないかなーって、そんな感じですかね?」

 

 よし言い切った。

 全く違う考察をしていたのは絶対バレていないはず。

 よくやった私の嘘っぱちの思考。オタクなら誰でもやったであろう早口考察。理解される前に言い切れれば、それでオッケー!オールクリア!

 

 にへらと笑ってそんなことを考えてましたよとアピールしてみれば千空は赤いお目目を丸くして、そしてクククと笑い出す。

 

「茉莉、テメェにしては考えてんじゃねぇか」

 

 まぁ、即席ですが。

 

「初めてだよ、君がそんなに話すところを見るの」

 

 オタクの性分なんですよ羽京さん。いきなり語ってごめんあそばせ?

 

「前々から思ってたけど、茉莉ちゃんっていきなりスイッチ入るよねぇ♪」

 

 好きなものとか語りたいじゃないですかー。いや、今回に限りバレないように嘘つきまくっただけですけど?

 バレてないならオッケーです。

 

「フゥン、やはり貴様は頭が回るようだな」

 

 嘘をつくための頭なら回るんだなこれが。

 

「まぁ、たまに何言ってか分かんねぇけどよ」

 

 私にもわからないよ、クロム君。

 

「ハハ、サーセン」

 

 本当に申し訳なく思ってる。

 面倒くさいであろうオタ特有の話し方してごめんなさい。

 だから、そんな見ないでもらっていいですか?胃に穴が開きそうです。

 

「まぁ、茉莉の言い分もなんとなく納得できてしまうのが怖いのだけど、正体不明でどこにいるかもどこからくるかも分からない見えない敵か。最高にキツいね……‼︎」

「それだ‼︎ だったら話は早ぇ、見えねぇ敵を見てやりゃいい。科学の目でな……!そうすりゃSFファンタジーにも科学で勝てんだろ」

「そうだと、いいねぇ」

 

 もう何も言わない語らない。

 これ以上の失態を見られるわけにはいかないのだ。

 私は次のクラフトに取り掛かろうとする千空の背中を眺めて息を深く吐いて後悔した。

 

 あぁ、やっちまった。

 

 アレじゃマジもんのオタクの早口トークじゃん!

 

 

 



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60 凡人、生み出す。

船作りが長いので、巻きパートいれました。


 

 

 

 なんやかんやで終わった五知将会議後、レーダーを作り上げた千空達はそのまま海へ繰り出した。

 私やコハクはそれを見送り、ひとまずその他のやらなければならない仕事に取り掛かろうとする。けれどもそれを止める声が上がった。

 

「コハクちゃん、茉莉ちゃん。ちょっとえぇ?」

「ん、なんだ未来。どうかしたのか?」

「んとなぁ、これって食べられたりせんの?昔見たことある気ぃすんねん」

 

 そういった未来の手には乾いた草、もとい豆。

 そうそれは、長年私が探し求めていたものであった。

 

「み、未来ちゃん⁉︎それどこで見かけたの⁉︎」

 

 思わず声を荒げる私に未来は驚き、そのままそれが沢山あったという場所に案内してくれた。

 灯台下暗しとも言えた場所にあったそれは、私にとってもその他旧人類にも求めてやまないものであるといえるもので。それの群生地を見つけた時には思わずガッツポーズをしてしまった。

 

「未来ちゃん、マジでお手柄!百億点!」

「そーなん!これ、やっぱり豆で合ってるん?」

「あってるあってる!あ、でも、この後のことを考えると──」

 

 誰にも言わないでもらってもいい?

 

 私は彼女にそう頼み込んだ。

 一緒に来ていたコハクはその願いを不思議に思い首を傾げ、私はただ確証はないからだと苦笑いをした。

 

「見た感じツルマメよりは実が大きいけど、大豆より小さい気がするんだよね。品種も交配して変わってる気もするし、それに毒性がない、とも言い切れないからパッチテストもして。そっからじゃないと作れないし、私もこればっかりは確実に作れるとは言い切れないからなぁ」

 

 実際、田舎のおば様方に教わって作った時はただ腐らせてしまったこともあるし確実に出来るという保証はない。

 未来が見つけたことを考えれば、千空はすでに見つけていたけど工程云々を考えて作らなかった可能性もなくはなく、その前にまず一般的に必要な麹菌ないわけで。

 

 うん、期待させるだけさせて失敗した時の反応が怖い。

 

「うまくいったら美味しいものが作れるんだけどね、こればっかりは……。それに忙しい千空君に手伝ってもらうのも悪いし、ホワイマンとかも出てきて手一杯でしょ?」

「──なるほど、茉莉でも難しいものを作ろうとしているのだな。ならばひとまず黙っておくとしよう。それでも良いか、未来?」

「私は全然平気やで!茉莉ちゃん、私にも何かできることある?」

「んー、収穫もそろそろできるっぽいし、お手伝いお願いしていい?」

「任せてや!」

 

 にっこり笑って胸を張る未来の頭を撫でて、私は覚悟を決めた。

 

 この時代に味噌を作ってやる、と。

 

 しかし流石に種麹の作り方は学んでないんだなぁ、これが。

 だが麹菌なしでも作れる味噌はある。お隣の国でよく作られていたテンジャンとかね、長いと半年くらい作るのにかかるけどそこはまぁ割合。

 知ってよかった雑学。

 教えてもらっててよかった味噌玉。

 見つけて復活していただいた暁にはマジで土下座して感謝しよ、オバ様方に。

 

 

 私はそう決意するや否や大量の魚を持ち帰ってきた千空の元へ向かい、以前作ったツリーハウスの使用許可をもらう。何をするんだと探りを入れられたが、ちょっとしたクラフトをと言葉を濁らせた。

 

「まぁ、テメェが無駄なことしねぇってのはわぁってる。彼処作ったのもテメェだし、好きに使ってもかまわねぇよ。だがな茉莉、仕事のしすぎと徹夜は──」

「しないしない。絶対しないとは約束できないけど、無茶はしない、と思う」

「そこは無茶しねぇって言えよ」

 

 できない約束はしない主義なので、とりあえず笑って誤魔化しておく。

 

「最短でも年の暮れか年明けにしか戻らないかもだけど、じゃあ!」

「あ"⁉︎ テメェちょっと待て──」

 

 千空の静止の声を聞かずに私はウキウキと歩き出す。

 そう言えば近場に椿もあったからギリギリ油も入手できるのではと更なる計画を立て、より一層食卓の彩りを豊かにしようと決意した。

 

 それからというもの私は椿の種を集めたり必要になる土器や藁を製作したりと、少しばかり周りとは違う仕事に勤しんだ。

 村の子供達と未来ちゃんはよく私の手伝いをしてくれて、豆の収穫と同時進行で椿油を手に入れることに成功。

 椿油で天ぷらすると美味しいんだよねとザリガニを獲ってからの泥抜き、最終的には天麩羅にしてお仕事を頑張った子供らに提供した。

 その後はそれをフランソワに売りドラゴを稼ぎ、使う気もないお金故にゲンに預けておく。是非ともガソリン代の足しにしてほしい。

 

 そうこうしているうちに豆の収穫も終え、そこから私の頑張りが重要となるわけで。

 子供達をカルメ焼きで買収し手伝ってもらい、多分大豆の親戚にあたる豆の下準備を開始する。

 水を吸わせて厳選して、蒸して潰して。

 丸めて藁で吊るし乾かすこと最短四日、長くて六ヶ月。

 

 何度か様子を伺いにきたコハクには匂いが酷いと言われたが、これはしょうがない事なので諦めてもらうしかない。

 

「それで、そっちは今どんな感じなの?」

「うむ、クロムが鉄鉱石の鉱床を見つけたのは話しただろう?その後トロッコという乗り物ができてな!それがめっぽう楽しい!」

「ほほぅ、トロッコねぇ」

「陸路はアスファルトで固められて移動が楽になったぞ!──だだ、なぁ」

「ん?何か問題でも?」

「帆船作りが、うまくいっていないのだ」

「あ、あー、なるほどね」

 

 確かそんなことがあったような気もしなくはない。

 けど船は完成した記憶があるし、どうにかなったに違いない。

 

「ま、心配しなくても大丈夫でしょ。何せ千空君だけじゃなくて船のプロもいるし」

「そう、なのか?」

「そういうもんだよ。諦めたら試合終了ですよってやつ」

「う、うむ?なんだかよくわからんが、茉莉がそういうのならばそうなのだろうな」

 

 私がいうから大丈夫なのではなく、もとより私がいない世界では作れたのだから作れないわけがない。

 最初こそ手伝いたいと思っていた船制作であったが、へんに手伝い龍水の模型船作りの邪魔になってしまったら困る。私程度の知識が役に立つと思っていたわけではないが、ここは千空と龍水に任せるのが最善なのだ。

 

「──そうそうコハクちゃん、私、そろそろ一回そっちに戻るわ」

「なに?ということは、ソレが完成したということか?むしろそれはこの匂いからして成功しているのか?」

「まぁ、匂いはひとまず置いといて。失敗しちゃったのもあるから量はまだ少ないし加工途中なのもあるけど、一応完成体とはいえるよ。……間に合わなかったのは悔しいけど」

「うん?」

「とりあえず、一旦そっちに帰るってフランソワさんに伝えてもらっても?」

「千空ではなく?」

「そう、千空君ではなくフランソワさんに」

 

 ひとまず出来上がった瓶は二つ。

 本当ならば年明けに間に合わせたかったのだけど一度目のものは失敗して、次に手を加えたものは辛うじて完成。

 若干味が薄い気がするが、まぁ、ツルマメとの配合種だと思えば仕方がないことだろう。

 

「で、何を作ったのだ?」

「あー、所謂調味料。味噌擬きと醤油擬きだよ」

 

 主にお隣の国発祥のやつ。

 本当に知っててよかった雑学。教えててもらって感謝しかない。

 

 

 

 




茉莉ちゃんが作った味噌擬き→テンジャン+味噌玉の合わせ技。そこから醤油擬きも制作可能。

ご家庭でも作ろうと思えば作れるらしいよ!


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61 凡人、祝う。

 

 

 

 鬼のいぬまになんとやらというわけではないけれど、私は千空達がウィンタースポーツを楽しんでいる日を選んでフランソワの元へと訪れた。

 

「フランソワさーん、これ、差し上げるんでお願いを聞いて欲しいんですけど……」

「茉莉様、お久しぶりでございます。それでコレとは……、テンジャン、ですか?」

「正確にいうと違うんですが、まぁ、和製テンジャンですかね?醤油も然り」

「なるほど、これはご苦労なされたでしょう。ささ、こちらへ」

 

 私はフランソワに言われるがままレストランの中へと足を踏み入れる。室内は暖炉があるおかげか暖かく、出されたお茶も冷えた体を温めてくれて本当に彼はおもてなしのプロなんだなと一人感心して頷いた。

 

 体が温まったところで私は当初の目的であるフランソワとの交渉を開始する。無論それは味噌を納品する代わりに、とあるものの制作を一緒にしてほしいという願いを叶えてもらうため。

 そしてそれはもちろん──。

 

「……ラーメン、ですか?」

「そう、ラーメンです。本当は味噌煮込みうどんが食べたいんですが、ここはまぁ、万人受けがいいラーメンで行こうかと。それでフランソワさんには一緒に作ってもらいたくて」

「なるほど、そういったお願いでしたか。それでしたら私の方からもお頼み申し上げます。こちらのテンジャンを、レストラン・フランソワに卸していただけますでしょうか?」

「もちろんです」

 

 にこやかに笑うフランソワの手を取り交渉を成立させ、私達はそのまま調理に取り掛かる。キッチンにあるキノコ類等の野菜も使っても大丈夫らしく、いっそのことラーメンセットにしてしまおうと意見が合致した。

 

「ラーメンに使う猪骨(シシコツ)は豚骨よりもクセがなく、脂もサラサラしていますのでそれに合うように味噌より醤油をベースにいたしましょう」

「なるほど、そこから違いが出るんですね。勉強になります。じゃぁ、私の方はこの小麦と牡丹肉を使って餃子に取り掛かります」

「お願いいたします。キャベツはありませんが、こちらのケールと行者ニンニクをお使いくださいませ。下味も味噌を使ってみるとよろしいかと」

「了解です」

 

 何故ケールを使うか問えば、元々キャベツはケールと同じルーツをもつ野菜らしい。そのほかにもブロッコリーやカリフラワーもそうなのだとか。

 そりゃ3700年も経てば生命力の高い元の種に還るわなぁと納得しつつ、フランソワの持つ知識量にもさらに驚いた。

 本当に、フランソワがプロのシェフで感謝しかない。

 

 私はといえば牡丹肉ををひたすら挽肉にする作業を繰り返し、小麦粉から餃子の皮を作成。こちらも相変わらずオバ様方から入れ知恵されたもので、まさか原始の時代で餃子を作ることになるとは思いもよらなかった。

 しかしまぁ挽肉をつくる作業はパワーチームではない私には苦でしかなく、そのうち科学チームにミンサーを作っていただきたいものである。

 

 復活者と村人全てに行き渡るくらいの量を作るにはそれこそ時間がかかり、朝から調理を始めたというのに辺りはいつのまにか夕暮れに変わっている。匂いを辿ってここに来た者達もいて、ソワソワしながらチラチラとレストラン内を伺う復活組の姿も見受けられた。

 そんな中ひょこっと現れたのは銀狼で、何を作っているのと気安く声をかけてきたのである。

 

「茉莉ちゃん、コレってラーメン?でもなんかいつもと違うよね?」

「んー、これは猪骨ラーメンだからかな。後コレも使ってる」

「ふーん。って、うわっ、何コレ⁉︎」

「醤油と味噌」

「このうん──」

「みなまで言わないの。食べればわかるから」

 

 そりゃ見たことない調味料だもの、排泄物っぽいしね。

 何処かの金塊探しリパさんみたいな反応しちゃうのも致し方ない。

 

 ちょっと引いた顔をしている銀狼の口に熱々の餃子を放り込み、私も味見を食す。

 味噌味の餃子は食べたことはなかったが、なかなかコレも良いお味。

 ケール餃子、こりゃ売れるな。味噌と醤油の価格交渉はゲンに頼み込むとしよう。

 

 時間はかかったが日が沈む前にラーメンスープは完成し、ソワソワしている者の前に姿をみせたフランソワは開店の挨拶を告げる。

 そして同時に彼の口からは本日のオススメメニューが伝えられた。

 

「本日は猪骨ラーメンと餃子のセットメニューがおすすめでございます。数に限りがございますのでご注意くださいませ」

 

 そわりとする住民と、数に限りなんてあるのかと頭を傾げる私。

 そうした方が売れるから宣言したのかもしれないが、いかせん有能執事の考えはわかりゃしない。

 

「俺、ラーメンセット!」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 

 次々と注文が入りはじめ、私もフランソワを手伝い調理場を駆けずり回る。

 お有難いことにラーメンも餃子もバンバン売れてくれるので、作った甲斐があったものだ。

 

 作って作って、ひたすら作って。

 最初こそ味噌や醤油の見た目に不信感を持っていたコハク達も一度食べてみればウマウマとラーメンを啜ってくれて、見てるだけでニヤニヤしてしまいそうになる。

 やっぱり美味しいものは偉大です。

 

 ある程度客を捌き終えるとフランソワは私に休憩をいいわたし、ラーメンと餃子を手渡される。

 わざわざ人混みで混ぜるのは嫌だなと店の裏に逃げ込んで、ひっそりと夕ご飯にありついた。

 ワイワイガヤガヤと表側から聞こえる声に耳を傾けつつ、意識はラーメンに。流石プロのシェフが作っただけあって本当に美味しい。若干醤油にも癖があった気もするのだが、それが感じられないのがプロの技なのだろう。

 

 一人でのんびりとラーメンを啜っていると、カタンと音を立てて隣に誰かが座った。こんなところで食べるなんてフランソワかなと思ったが、店が開いている以上それはない。では誰がわざわざこんな所に来たのだと隣を見やれば、そこにいたのはなんとも微妙な表情をした我が推し。千空パイセンである。

 何故ここにと困惑しながらもチュルンと麺を啜り、一旦視線を外してはてと頭を悩ませた。

 

 何故に隣にすわる?

 表に席なかった?いや、フランソワが席を用意しないとかある?ないよな?

 じゃなんで、わざわざ裏方専用みたいな場所に?

 

 いくら考えたところで千空の考えなどわかるわけもなく、私は隣に座り目を煌めかせてラーメンを食べ始めた千空の姿を盗み見る。

 小声でウマッと囁かれた言葉を拾い上げ、思わずにやけそうになった顔を逸らして天を仰いだ。

 

 作ってよかった、ラーメン。

 美味しくできてよかった、ラーメン。

 ただし作ったのはフランソワだけど。

 

 それでも好物であろうラーメンを食べてる千空の姿を拝めて最高です。ありがとうございます。今後は味噌ラーメンを開発させていただきますね、フランソワが。

 

 脳内でニヤニヤしてしまうのはしょうがないことで、私は必死に表情だけは変えないように顔に力を入れた。

 

「……テメェがつくってたのは、コレか?」

「ん、まぁ、これの素ですかね?味噌擬きと醤油擬き」

「手間、かかっただろ」

「手間を手間と感じていないので問題ないかなぁ」

「──クク、そうかよ」

「そうだよ」

 

 味噌も醤油もソウルフードですからね、日本人にとっては。

 それに何より美味しそうに食べる顔をみれたのならば、それに越したことはない。

 

 私はズズっとスープを最後の一滴まで飲み込み、そして席を立つ。

 この後はまたフランソワのお手伝いが待っているのだ。流石にラーメン作りをお願いした手前、後片付けまで手伝わないと良心が痛む。

 

 あ、そうそう。

 一番大事なことを千空に告げるのを忘れていたと思い出して振り返り、私はにこやかに告げるた。

 

「千空君、誕生日、おめでとう」

 

 一ヶ月ほど遅れてしまったが、まぁそこは勘弁して。

 

 去年はゲン主体で天文台を送ったが、今年はひっそりとラーメンを送らせていただきます。

 べ、別に千空の為に作ったんじゃないんだからね!とか言うわけもなく、九割九分推しに貢ぎたい心情から作りましたが何か?

 それにどうせ、千空の為に作ったなんて誰も思わないだろうし、ただの私の自己満足だ。

 

 

 

 故に私は後方で目を見開き驚いている千空に気付くことはなく、フランソワの元へと戻ったのである。

 

 




元から考えていた誕生日ネタといただいたネタを合わせて書いてみた。ラーメンつくりはさせる気だったんだ。フランソワいりゃできると思って……


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62 それは、拒絶に似た何か。

 

 

 

「ごめんっ、匿って!」

 

 そういってラボに滑り込んできた茉莉は机の下に潜り込み、息をころす。

 一体何から匿えと言っているのかと千空が首を傾げたのと同時にラボに駆け込んできたのは、北東西南であった。

 

「ここに茉莉来てない⁉︎いい加減写真撮らせてほしいのだけどっ⁉︎」

「あ"?あー、残念なことにここには来てねぇわ、他探せぇ」

「もう!本当にどこ行っちゃったのよ‼︎」

 

 些か苛立ちを隠しきれない表情をした南はそのままラボを出ていき、千空は茉莉に視線だけで合図を送る。隠れていた茉莉も南の足音が遠ざかっていくことと、千空の視線からもう安全だと察するとのそりと体を動かし机の下から這い出てきた。

 一体いつからやっているのだろうと皆が思い始めている南と茉莉の追いかけっこはすでに半年は経っており、まだ一度たりとも彼女は南に写真を撮らせてはいない。

 最近では味噌と醤油を復活させたことにより、より一層南の茉莉追跡には力が入っている。

 

「一枚くらい撮らせてやりゃいいじゃねぇか」

「断固拒否。撮られるくらいなら石神村に住む」

「それはそれで悪かねぇけど、"センセェ"がいなくなんのは困るんだがな」

「じゃあ南ちゃんに撮らないよう言ってほしいのだけど?」

「言ったところで止める女じゃねぇだろ?」

「ほんと、それな」

 

 茉莉は深々とため息を吐き、面倒くさいと呟いた。

 茉莉は復活組において、このストーンワールドで生きる術を伝授する先生と呼ばれ親しまれ始めている。狩りの大部分を占めていた司が不在である現状、彼女の知識は大いに役に立ち発揮されていた。それに加えて味噌と醤油といった日本人ならではのソウルフードの作製は偉業にも等しく、彼女を褒め称えるものは少なくはない。南も茉莉の成し遂げた事を後世に伝えようと必死なわけだが当人はそんなこと知ったこっちゃなく、一貫して知ってたから作れただけだと笑って逃げ回っているのである。

 

 実のところ言ってしまえば、一枚だけ。たった一枚だけ茉莉を写した写真は存在してはいる。

 ラボにある棚の、引き出しの奥底にたった一枚だけ。千空と龍水と茉莉が気球に乗った時に隠し取られたものが。

 撮影者は龍水で、『美女の笑顔は残しておかなくてはな!』と撮られてしまったものともいえる。

 しかしながら千空も龍水もそれを南に渡すことはなかった。

 茉莉が写真を嫌っている事を理解しており、そして尚且つ、いつもの作り笑いではない姿で写る茉莉をもの珍しく思い秘密裏に隠してあるのだ。

 それを知るものは当事者二人だけではあるのだが。

 

 

「……オメェ、料理すんの好きだったのか?」

 

 写真のことはさておきと、千空は茉莉に問いかけた。前々から気になっていたのだが、最近の茉莉は食べ物に対しての行動力が凄まじい。

 故に単純にサバイバル術に加えて料理もできるのかと考えたわけだ。

 

「え、そんな好きじゃないけど」

 

 けれど、返ってきた言葉はそれを否定していた。

 

「あ"?じゃあなんでポンポンポンポンあんなに作ってんだ?別にすぐに必要なもんでもねぇだろ。まぁ、此方としちゃあおありがてぇがな」

「それを千空君がいうのかー。でもまぁそれは、アレだよあれ。食も娯楽じゃん。食べたいものがないのって、結構クるし、作れるなら作っておいた方がいいかなって」

 

 そこまで言って、茉莉ははるか過去の記憶を呼び覚ました。

 彼女がまだ茉莉になる前の、名前も覚えていない頃の世界線、彼女の日々はコンビニご飯とカップ麺で食卓が彩られていた。食べたいと思ったものがあっても作る暇もなければ食べにいく時間もなく、結局いつも通りの買い飯で。どうしようもなく辛くなった時にだけ時間と金にものを言わせて美味しいご飯を食べに行ったものだ。

 そんな記憶があるせいか、科学王国で働いている人間には美味しいご飯を提供したくなるもので。魚と肉のローテーションなど言語道断。せめて食事だけでも楽しんでもらいたいとの気持ちもあった。

 

 無論、推しである千空に美味しいご飯を与えたいという貢ぎ精神もあったわけでもあるが。

 

 

 茉莉が遠い目でそんな事を考えている一方で、千空は彼女の言葉で石化が解けた直後を思い出していた。

 茉莉がいた為定期的に肉と魚が食べられていたが、もしも一人だけだったらどうだっただろうか。もしかしたらキノコと山菜だけで暮らしていた可能性も捨てきれない。

 そう考えると茉莉が食に対して異常なほどに頑張りを見せるのも頷けた。

 今でさえ調味料も乏しいというのに、誰もいない三年間の食卓は地獄であったのだろう。それもあってパンに様々なバリエーションを加えたくなるのも、味噌と醤油を作ろうと思ったのも全てが食事を義務としてではなく楽しむためのものにしようとしていたのだと思えてくる。

 そう考えてしまえば、何故か茉莉の行動が健気に思えるものであった。

 

「──茉莉、口開け」

「へ? あー?」

 

 千空の言葉に拒否反応を見せることのない茉莉の口は放り込まれたのは、科学の力を使って生み出したチョコレート。モグモグと咀嚼した茉莉は小さく笑みをこぼし、美味しいと呟いた。

 

「まぁ、テメェの言ってることは理解できなくもねぇな」

「んー、そうでしょ。美味しいは行動力になるからねぇ。──ってなわけで、こちらの赤えんどう分けていただいても?」

「……今度は何つくんだ」

「赤えんどうであんこを、そしてあんぱんを。夏になれば羊羹もいけるかなと」

「テメェのその知識はどこからきてんだよ」

「田舎のおば様方からですかねぇ。若い子に教えるのは楽しいそうですよ?」

 

 珍しくふふっと朗らかに茉莉は笑い、そして言葉を続けた。

 

「石神村は伊豆半島あたりでしょ?そこら辺なら天草とれるはずだし寒天も作れそうかなぁ。寒天って細菌やらの培養にも使ってたってなんかのドラマで見たし、そのうち使えるかもね」

 

 なんて事ないように茉莉は告げる。

 それこそどうでもよさそうに。

 

 茉莉にとってそれがどうでも良い事であったとしても、千空にとってはそうとは限らない。

 ただ食べ物の事を考えているかと思いきや、いきなり異なるものに意識が飛ぶ。

 それが茉莉だと言われればそうなのだが、やはり彼女の考えていることはいまだに読めやしない。

 

「できるだけね、船が完成するまでにやれることはやっておこうと思って……」

「あ"ぁ、そーしてもらえると助かるわ」

「うん、頑張るわ。千空君達が心置きなく此処をたてるように、心配事は少ない方がいいでしょう?」

 

 その言葉に、千空の一瞬思考が止まった。

 

 千空君"達"がと茉莉はいった。

 それはつまり、彼女は日本に残ると言っているようなもので。共に行く気はないと伝えられたようなもので。

 

 そんなこと考えてやしなかったのだ。

 

 千空にとって茉莉が復活組に知識を伝えるのも生活基盤を整えるのも、全て彼女が船に乗るからこそ進めてもらったことだった。

 千空にとって茉莉が日本に残る選択肢など最初から考えてやしなかったし、その可能性があるとも思いやしなかった。

 

 当たり前のように告げられたその言葉に、己の考えと彼女の思考が交わっていないことにその時初めて気づいたのである。

 

 合理的に考えれば茉莉を日本において行くのが正しいのだろう。きっと居残り組を引っ張っていってくれる。確実な仕事を約束してくれる。

 

 だがそれは、自分の側であってもいいはずではないのだろうか。

 

 カセキのように全てのクラフトをこなせるわけではないが、コハクのように戦えるわけでもないが、龍水のように船を操れるわけでもないが、ゲンのように話術が巧みなわけでもないが、茉莉がいればこなせる事は確実に増える。

 

 だから──。

 

「──千空君?どしたの、いきなり黙って。あ、そういやチョコ作ってたんだったよね?長居しすぎたわごめん。匿ってくれてありがとねぇ」

「……クク、問題ねぇよ。精々女記者に捕まらねぇように気ぃつけろ」

「うん、じゃあまたね。あんぱんできたら持ってくるねー」

 

 満足げに笑う茉莉の顔を見てしまえば、もはや何も言えない。

 もとより乗りたくないものは乗せないつもりだったのだ。それに茉莉が含まれただけで、計画に支障はない。

 

 

 そう、支障はないのだから。

 

 千空は意図せず拳を握り込み、ラボを出ていった彼女の背中を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれぇ?千空ちゃん、なんか元気ない?」

「あ"?どう見たってお元気いっぱいだろーが」

「ふーん、そう?あ、コレ!茉莉ちゃんからの差し入れ。赤えんどうで作ったプチあんぱんだって!ゴイスー美味しいんだけどいるぅ?」

「……そこ置いとけ、あとで食うわ」

 

 珍しくぼうっと空を眺める千空を前に、ゲンは首を傾げた。つい先程までチョコレートを作っていた故の休憩だとしても、些か気が抜けすぎてる気もする。

 はてさて、一体何があったものかと考えているゲンをよそに千空は小さな声で尋ねた。

 

「メンタリスト、テメェだったらどうする?」

「えー、何が?」

「……ついてくる気もねぇやつを連行する方法」

「──いくら千空ちゃんでも人攫いは」

「んなわけあるか」

「んー、その人の性格にもよるけどさぁ?まー、千空ちゃんが頼めば茉莉ちゃんはついてくれるんじゃないの?」

「……別に茉莉とは言ってねぇ」

「言ってはないけど、ついてこなさそうなのは茉莉ちゃんかなって」

 

 言わずもがな正解を叩き出すゲンを睨みつけながら、千空はそんなに簡単な事じゃないと言い返す。だがそれにゲンもまた、反論するのである。

 

「千空ちゃんが思ってるよりずっと、茉莉ちゃんは千空ちゃんのことちゃんと見てるよ、ジーマーで。だからちゃーんとお願いしてみなよ」

「──それができたら苦労しねぇんだよ」

 

 一度ため息をついた後、千空はあんぱんに齧りつく。

 そしてまたぼうっと空を眺め、千空は腹を括ったのであった。

 

 

 



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63 凡人、勉強する。

 

 

 このストーンワールドに目覚めて六度目の春。私はこの歳になって必死に勉強をすることとなった。

 

 思い返してみればこの記憶をインプットされてしまった7歳の春から、私はろくに勉強というものをしてきていない。というのも小学校までのお勉強ならばやらなくてもそこそこできていたし、それよりも万が一に備え生き残るための技術を磨くことを優先してきた為である。そのおかげで今日まで生きて来れた訳なのだが、どうやら我が推しは私にもう少し頑張って生きろとおっしゃるらしい。

 

「ローマ字なら14文字覚えりゃいいが、日本人なら46音覚えられんだろ。物覚えのいい茉莉センセェなら余裕でやれんな?」

「千空君は私に何を期待してるのかな?無理だわ」

「覚えときゃいざという時楽になんだよ、頼む。ホワイマンの野郎もいつお喋り始めっかわかんねぇしな。分かるやつは多い方がいい」

「んー、…………やれるだけ、ヤッテミマス」

「ククク、話が早くておありがてぇ。ついでに今までに作ったもんも資料としてまとめてもらえっと助かるわ」

「──私は便利屋か何かかな?」

「テメェくれぇしかまともに読み書きできる技術者がいねぇんだよ。万が一に備え、説明書やら作り方は残しておいた方が合理的だろ」

「ソウダネー」

 

 覚えておけと渡された紙にはローマ字(アルファベットともいう)と日本語をモールス信号で表したものが書かれており、日本語版にはご丁寧に『簡単な覚え方・三重式暗記法』と当て字にも似た読み方までもが明記されている。

 

 現段階でモールス信号を聞き分けられるのは四人。

 千空、羽京、龍水、ゲンはどちらも覚えているというのだから多彩にも程がある。あれレベルの知能を求められても困る訳だが、千空から頼まれれば断れるはずがない。

 

 ついでにと頼まれた仕事もどう考えても"ついで"にやる仕事とは思えないし、どう考えても時間が足りん。

 そのことを指摘すれば帆船作りには本格的に龍水の知識が反映される為、私は関わらなくても良くなった。サブリーダーと名ばかりな役職は、そのまま龍水に引き継がれるそうな。まぁ、ありがたいと言っちゃありがたい。

 

「んー、イトー、ロジョーホコー、ハーモニカ。──口に出しつつ書いて覚えるしかないなぁこれは。モールス信号も歌がありゃいいのに」

 

 それならオタク、早く覚えられる。

 などと考えつつ、信号に使うトンツーを呪文のように唱える。偶々すれ違ったクロムにはついに頭がおかしくなったのかと思われてそうだが、安心して欲しい。元から頭はおかしいので。

 

 早朝は個人勉強でモールス信号を覚えつつ、その後は新設された学校にて技術の伝授。村出身の子供達にも言葉や知識を教えつつお昼を迎え、その後はラボの隅っこで千空たちが作ってきたものの説明書作りに精を出す。

 分からないところは千空に聞けばそれとなく教えてくれるし、カセキの技術を文字に起こすのも一苦労である。

 こんな毎日が辛いかと聞かれれば私は首を横に振るだろうし、むしろやる事があって楽だと思う。

 脳みそを空っぽにして、みんなのお役に立ちたいんだよ!とスイカ並みに頑張る私なのでしたマル。

 

「茉莉、今日の復習すんぞ」

「ぅへ、スパルタすぎる」

「使わねぇと忘れるっつったのは誰だよ」

「私ですかねぇ?」

 

 夜になると千空パイセンのスパルタモールス信号講座が始まり、トンツーでの話タイムだ。

 初めの頃は千空が口笛で、私はカセキ製ホイッスルを使いそれに応えるというお勉強方なのだったのだがこれが何より辛かった。

 なんてたって口笛の吹く千空さんが目の前にいるんだぞ!お可愛い!とテンション上がってしまうじゃないか!

 

 必死に平常心を試みてみるがやはり口笛を吹く推しの姿は尊く、何度脳が尊死したものだろうか。何これご褒美?と何度も自分自身に問いかけただろう。もう回数なんて覚えていない。

 

 しかしながらこの口笛プラスホイッスルの組み合わせは夜にやるものではない事が判明し、次に瞬きでのオハナシアイとなった訳だが……。

 

 千空さんは私を殺したいのかな?

 あんな良い顔をガン見しろって、無理やろ。

 そしてこっちもガン見されんでしょ?無理でしょ。

 ダレカコロチテ。

 うぇ、いいお顔、てぇてぇ。いっぱいしゅき。ヒン、ビジュが神。

 

 必死に真顔になる私に千空が首を傾げた事幾星霜、その度何言ってるか分からなかったんだよと誤魔化しまくった。

 

「こんばんわ、相変わらず二人で勉強かい?」

「羽京さんも混ざる?」

「いや、僕はいいかな」

 

 夜分遅くにごめんねと笑いながら訪れた羽京にこてんと首を傾げながら何しにきたのかと問えば、私にと手渡された一枚の紙切れ。

 そこには『海軍式モールス信号記憶法』と書かれているではないか。

 

「千空に頼まれて書き出してたんだ。少し時間かかっちゃったけど、これも使って覚えてくれると嬉しいな」

「……本格的に覚えさせようとしてません?私の英語能力をご存知でない?クラス最低点をとった私の成績を教えてあげようか?」

「いやいい。んなもん今は関係ねぇかんな。今からやる気出せ」

「まさに横暴」

 

 まぁ、やれと言われればやりますけど。

 ありがたいことに羽京がくれた記憶法もまた当て字のようにトンツー言っていればなんとか覚えられそうでもある。しかしスムーズな会話が出来るようになるまで数ヶ月は見てもらいたいが、この対面お勉強会は数ヶ月もしたくない。

 心臓が脳が持ちそうもないので。

 

「でも意外だなぁ。茉莉は勉強もできるタイプかと思ってたんだけど」

「──生きるのに必要なものは覚えたけれど、必要のないのは切り捨てただけだよ。だからまともな成績だったのは小学校までかなぁ?」

 

 英語とか数式覚えてる暇あったらサバイバル実技一択。対人関係も投げ捨てたし。

 そう答えると、羽京どころか千空までもが口をポカンと開けて私を見ていた。

 

「どしたの?」

「どうしたのって……、なんで、そこまで?」

「んー、私は雑魚だから。そこまでしないと死ぬと思ったから?」

 

 こんな事羽京や千空に言うべきではないのだろうけれど、彼らが宝島に行く前にはっきりとさせておかなくてはならない。

 私は雑魚なのだと、クソ弱なのだと。

 普通に英会話できてる君らと同じようにホワイマンと通信とかできないからね!

 

「んまぁ私の成績はそんな感じでヤバいので、モールス信号で英文解読は無理だからそこは期待しないでもらいたい」

「──あ"ぁ、聞き取ってもらえりゃこっちで訳すから心配すんな」

「それならいいのだけれども」

 

 とってつけたような笑顔で笑い、私は羽京にもらった資料に目を通していく。案の定先は長そうだとうっかりため息をつきそうになってしまった。

 

 その後羽京は私に対して、パンが作れるから雑魚じゃないよ!と謎の慰め言葉を残しラボを去り、へんに気を使わせてしまったと後悔した。別に本当のことだから気にしてないのにね。

 

 羽京が去った後もお勉強会は続き、その後に千空の助言を聞きながら資料の制作。

 千空曰く、十二時を過ぎた頃に解散となった。

 

「んじゃまた明日」

 

 と、手を振り自分の寝床に帰ろうとした私を手のひいて引き留めたのは誰でもない千空で、彼は眉間に皺を寄せて不機嫌そうにこちらを見ている。

 今の一瞬で何かやらかしたかと考えたが、思いつくものもなく。

 

「千空君、どしたの?」

「──そのまま後ろ向いて、ちぃーと大人しくしてろ」

「ん?ウス」

 

 言われがまま千空に背を向けてじっとしていればぱさりと髪が解かれ、そして梳かされたのちにグイッともう一度結われる。

 もしかしてゴミやら虫やらがついてたのか思いつつ、反応が来るまで大人しくしていると千空は歯切れの悪い口調で特別報酬だと呟いた。

 

「まぁアレだ、天文台やら食いもんやらクラフトやらで頑張ってる茉莉センセェにプレゼントだ。精々この先も働いてくれ」

「へ⁉︎ん?おぅ?」

「それに今日は、あ"ー、テメェの誕生日、だろ」

「ん?誕生日?」

「4月12日。世界宇宙飛行の日でもあっからな、意外と覚えてたみてぇだわ」

「ほぉん?そんな日だったのか、誕生日」

 

 はわわ、世界宇宙飛行の日の生まれで良かった!推しに認識されてるなんて嬉しくて死ねる。

 それに何より報酬ってことはいただいていいんですよね?家宝にするっぺ!

 

 ムフフとニヤける顔を両手で隠し、その後無理くり表情を固めて私は千空に向き合いお礼をいう。

 私の方こそ千空に色々貢ぎたいんだが、この世界じゃお金を稼いで石油代にするくらいしかできないしな。今後も報酬に見合った仕事をさせていただきますね。

 

「大事にするよ、ありがとう!」

「ククク、壊したらまた作ってやっから言え。その分仕事は増えるがなぁ」

「うん、わかった。じゃあ、おやすみー」

 

 今度こそまた明日ねと手を振って、内心スキップをしそうになる気持ちを宥めながらテントまで戻る。

 戻った途端結われた髪を解き、推しからもらったそれをただ眺めた。

 

 漆の塗られた簪には緑色の混ざった硝子玉がついていて、何ともまぁ可愛らしい。

 神棚でも作って飾って置きたい気もするが、こればっかりは使わないといけない気もする。

 きっとそのうち千空デパートでも売り出す商品だろうし、あとで似たようなものが買えたら神棚設置しよう。

 

「本当に、人の心を掴むのが上手いねぇ」

 

 

 そんなところも大好きな私なのである。

 

 

 




簪を上げる意味を千空さんは知ってて欲しい。がそう言った意味で使ってはなさそう。まだな。


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64 凡人、選択する。

時間巻き巻きパート。



 

 

 季節というものはあっという間に巡るもので、鋼鉄作りをしていたと思ったらクワゴ取りに山に入り、水着を作って遊水し。

 南のカメラから逃げまくっていると、あっという間に機帆船ペルセウスが完成していた。

 船造りを開始したのが去年の九月だったから、ちょうど一年だ。

 まさか本当に一年でできるとは、と船を眺めていると、後方から南の叫び声が聞こえてくる。

 

「だって!これでお別れなんだよ、残る組と船出組で!この一年がみんなで過ごせる最後の時間だったから、もう二度と会えないんだからせめて写真でって──!なのにっ、茉莉は写真撮らせてくれないし!なんでっ」

 

 そこで私の名前を出した南に若干引きつつも、私はそっと人影に身を隠す。

 これが最後じゃないと、必ず地球の裏から帰ってくると宣言する千空の言葉に同意しながら私は必死にその場を逃げ出した。

 だってこのまま後にいたらどう足掻いたって写真に入り込んじゃうし、そうなったらその写真をどうにかして処分しなければならないではないか。

 

 私がいた証なんて必要ない。

 

 故の逃走なのである。

 

 そっとその場から逃げ出せば、ありがたい事にその事に誰も気付くことはなかった。きっとフランソワがタイマー云々言っていて、そちらに気が取られているのであろう。私はそのまま人の目を避けるようにラボまで辿り着き、書き溜めておいたクラフト集に紐を通す。そうしておけば一冊の本として保管は可能であり、今後は誰でも見られるような場所に設置しておけば良い。

 流石にこの知識を私一人が独占するわけにはいかないし、皆にも覚えてもらわなくては困るもの。是非ともみんなで共有していこう。

 

 そのほかにもモールス信号の覚え方をまとめた本を二冊用意し、これは杠とクロムにプレゼントとする。

 多分そのうち私にされたような無茶振りを千空はするだろうから、その時に是非とも役立ててもらいたいものである。

 

 後は船に乗せるであろうものとそうでないものを小分けにし、私の私物はテントへと運び込む。

 この先ラボを頻繁に使う予定はないが、何かあった時に誰かしらが使うだろう。その時に備え訳の分からんものは置いとくわけにはいかない。

 カセキ達がいなくなる以上私は工作チームに分けられそうだが、フランソワもいなくなるし私はローテーションでレストランで働くようにしようかとも思っている。

 そんなことを考えていると背後から名前を呼ばれた。

 

「茉莉、ちぃーと手伝え」

「んー、りょかーい」

 

 船への運搬作業の手伝いかなと千空の後についていけば、やはりというかラボに辿り着く。

 そしてそのまま言われたものを船へと運び込んでいれば、何処からともなく現れた南に捕まった。

 

「ちょっと!茉莉、貴方またどっか行ってたでしょ⁉︎写真にまた入ってない‼︎」

「あー、うん?私も忙しいので?」

「忙しくてもはいってよ!茉莉の写真だけ一枚もないのよ⁉︎その意味わかってる?」

「わかってるけど、写真嫌いだし。別に一人くらい居なくても問題ないでしょ?」

「そーゆーことじゃないの!千空からも言ってやって!」

「あ"ぁ、言っとく言っとく。だから仕事させろー、出航まで時間ねぇんだ」

「ってことで、またね南ちゃん」

「もう!」

 

 プンスコ怒る南を軽くかわし、そのまま船へと必需品を運び込んでいく。

 知っての通り船にはラボカーが設置されており、千空達科学チームの荷物の大半はここに運ばれた。

 

「茉莉」

「なーにー」

「テメェ、世界冒険チームだかんな」

「…………は?」

 

 何をおっしゃって?

 淡々と荷物整理をしている最中に千空はそんな意味不明な発言を落とし、私は思わず持っていた荷物を落としそうになる。

 必死に抱えなおしつつももう一度なんて言ったのかと尋ねれば、千空は耳を掻きながら私が船出チームに分類されていると言ったのである。

 

「龍水に話つけてあっから、これは決定事項だ。ルリ達にもテメェがまとめた資料見りゃあ大抵のことはできるっつっといた。これでオメェは俺たちとお元気いっぱいに冒険に繰り出せるってわけだ」

「──なん、で?」

「なんでって、もとよりその予定なんだよこっちは。テメェの知識と技術はここ半年で他の復活メンバーに教え込んだし、テメェにも今後必要になるもん脳にぶちこんだだろ」

 

 今後必要となるもの、と言われて思いつのはモールス信号である。

 確かにそれは四月から脳に叩き込んで、ゆっくりでよければどちらの言語も聞き取りも発信もできるようにはなった。ただし英訳はできないけれど。

 

「でも、それなら私は日本に残ってたほうがいいじゃん。地球の裏側からの通信なんて、通話じゃ無理でしょ」

「あ"ぁ、無理だ」

「ならっ」

「通信手段だけで決めてんじゃねぇよ。オメェには今後もクラフトする度に資料をまとめんのを任せるつもりでいる。それにやる気次第でエンジニアもいけんだろ。あ"ーあと、フランソワと一緒に調理場にも入ってもらいてぇな」

「──千空君は、私をなんだと」

「器用貧乏、オールラウンダー。もしくは俺の助手」

「……なんて?」

「助手だ馬鹿。テメェほど使い勝手のいい人間はいねぇんだよ、手放せっか」

 

 ゲロ吐きそう。

 色んな意味で、ゲロ吐きそう。

 千空は何を考えてるか分からない顔で私を見てるし、私はすでにキャパオーバーしている。

 助手ってなんだっけ?助ける手って書きます?

 あ、私がなんでもいうこと聞くからですね?そういう意味ですね、わかります。

 でもここで頷くわけにもいかないんですよ私は。

 

 ハクハクと言葉なんて出ない口を動かしていれば、千空は呆れたような目を私に向ける。

 そして徐に右手を伸ばした。

 

「茉莉。テメェが必要だ、俺についてこい」

「──っ」

 

 ゲロ吐きそう。

 色んな感情が合わさって気持ち悪くて、吐き出しそうだし、泣き出しそう。

 

 面と向かって私を必要としてくれたことが嬉しくて、それでも素直に頷けない自分がいて。

 なんだか求められたことに嬉しくて涙が出かけた。

 でもここで泣いたらもう終わりな気がするし、耐えなければならない。必死に歯を食いしばって、緩む涙腺に力を込めて。

 自分でも分かってしまうほどに震えた声で、私は千空に問いかけた。

 

「役に立つと、思えない、んですが」

「あ"?今まで役にしか立ってねぇだろ」

「……他の人、ゲン君とか、いるじゃん。なんでもできる、人」

「アイツはアイツでやることあんだよ。テメェしかできねぇことがあっから必要だっつってんだ」

 

 私にしかできないことってなんだよ。

 そんなもの、何一つないのに。

 それなのに。

 

「ん」

「……千空君の、人たらし」

 

 その手を取ってしまったのは私自身なのに、理解できそうにない。

 

 誰かに必要とされるのがこんなにも嬉しいことだなんて私は知らなかった。

 当たり前のようにそばにいても良いと、そう思える日が来るなんて思わなかった。

 

 ただ単純について行きたいと願った私がそこにいて、この先の事なんて後回しに考えている自分がいて。

 

 結局のところ私は、この先で地獄を見る事になるかもしれないのにそれすらも踏まえて、千空の側にいる事を選んでしまったのである。

 

 

 

 




Q。千空は何に腹を括ったの?
A。茉莉を巻き込む事に腹を括った。守りたいならそばに居なきゃあかんのです。だから、危険かも知れなくても恨まれても連れて行く決意をしたのです。


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65 凡人、吐き出す。

 

 

 機帆船ペルセウスは無事出航したのだが、すでに私のメンタルはボロボロであった。

 何故って?

 当初の予定になかった行動を私がしてしまったからである。

 いくら千空からのお誘いだとしても、この船に乗るわけにはいかなかったのだ。だってストレスの原因なんだもの。

 出航してしまえばもう海の上で、逃げ場なんてありやしない。

 もうオワタ。

 

 目だけ死んだ状態でなんとなく笑みを浮かべ、私同様に逃げ遅れた銀狼に仲間意識を持つ。

 銀狼は一旦逃げ切れたはずなのに欲を出してしまったのが悪いのだが、同じ穴の狢だろう。必死に泳いで追ってきたように見せかけたが体力馬鹿の大樹に捕まり、今は皆に囲まれて誉められている。

 とりあえず心の中で合掌しておいてやろう。なむさん。

 

「で、まずはどこに向かうのだ?地球の裏まで一気に行くのか?」

「いや、目的地は決まってる。宝島だ‼︎」

 

 そわりと、周りの雰囲気が切り替わる。

 事前に聞いていたであろう龍水に変化はないが、その他大勢からしたら寝耳に水でしかない。

 

「島って……」

「どこのだ??」

「てか何しに……」

 

「全人類を救い出す神アイテムをゲットしに行く‼︎俺の親父どもが不時着した島にな」

 

 宇宙船ソユーズが眠る宝島、そこに私たちは向かう事となるのである。

 千空は全人類を助け出すと高らかに宣言し、それとともに復活液がどれくらい必要になるのかと頭を悩ませるゲン。奇跡の洞窟が氷月に潰されてしまった今、それを用意するのは容易いことではない。

 それに何より、自然にできる硝酸を待っている暇もないのだ。

 

 全人類を復活させるとなるとそれに伴って復活させる者の順番を決めなければならない。司が仕切っていた頃と違い武力重視で選べるわけもなく、何故どうしてとその順に文句を言い出す輩がいないとも言い切れないのだ。

 ゲン曰く人間の脳が覚えていられるメンバーは150人ほどで、人が増えれば増えるほど意思はバラバラになり反乱が起こる可能性だってあるわけで。

 よってちんたら復活液を作っている場合ではない。

 

「だがな、プラチナさえありゃもう復活の人数制限もクソもねぇ」

 

 百夜が作り語りついできた百物語には鉱石の話ももちろんあって、その話は全て『宝箱に眠る』と締めくくられていた。つまりそこにあるプラチナさえ手に入れることができれば、人類丸ごと、石化から救い出せるのである。

 

 そりゃ、百夜さんが残したお宝探しに行くよねぇ。

 はぁ、親子愛、尊すぎん?

 

「おぅ、でもその宝箱ってどこだよ?」

「千空のお父さん達が鉱石類をとっておいてくれたにしても、無人島に何千年も保存できる箱なんて……」

「あ"ー、んなもん決まってんだろ。ガッチガチの防御力!科学の結晶で大気圏突入の高温にすら耐えまくる最強無敵の箱があんじゃねぇか‼︎」

 

「──ソユーズ、かぁ」

 

 お空が青いなと思いながら、ボソリと呟いた言葉は何故かやけに響いた。

 

「あ"?」

「ん?」

「──ククク、大正解百億点やるよ。茉莉の言う通り宇宙船ソユーズが俺たちの探し出す宝箱だ!」

 

 百億点もらえてちょっと嬉しいけど、羽京の視線が怖いんですが?

 とりあえず百夜さんは知り合いだったからそうかなと思ってと、言い訳はしておく。

 違うんだよ、私のお口は時々勝手に動いちゃうの。推理したわけじゃないから、知ってただけだから!

 

 出そうになるため息をグッとおさえ、そしてチラリと視線を横に流す。

 その先にいたのはキーマンとなる『ソユーズ』で、彼はその目に不安を宿していた。

 

 

 

 

 それからしばらく経った頃、彼と対峙する事となった。

 というか、ソユーズが話しかけてきたんだけどね。本当に、何が起こるかわからないものだ。

 

「あ、あの、その」

「うん、どったの」

「その、オレっ──、さっきの話を聞いて話さなくちゃならないことがあって」

「ほほぅ、じゃあ行こうか?」

 

 冷や汗をかいてるソユーズに手を伸ばしてその腕を掴み、私達は千空達の元へと戻る。

 せっかく話し合いから逃げてきたと言うのにこうも逃避できないと、私は何かに呪われてるのではないかと思い始めてしまいそうだ。ま、呪われているとしたら、私が見捨てた石像達にかもしれないが。

 

「ゲン君、この人がなんかさっきの事について話したいんだって」

「えーと、君は……?あれ?誰だっけ?」

「まぁ、それも含めて千空君達とお話し合いしなよ」

 

 そう言ってゲンに任せようとしたのだが、あまりにも彼が体を硬直させるものだから僅かながらに親近感も湧く。

 

 だってソユーズ君、必死に顔に出さないようにビビってんだもん。

 なんとなくだが、心情は察する。

 言いたくないけど、言わなきゃいけない。

 それがどんなに辛いことか。私は言わない選択肢をひたすら選んでいるが、彼はそうはいかないのだろう。言い出すことが怖いに決まってる。

 

 私は推しである千空に感化されたのか珍しく逃げ出すこともなく、千空へと声をかけるゲンに続いて室内へと入る。

 本当はいなくてもいいんだけどね、なんとなく、ソユーズのことを考えると居た堪れなかったのだ。

 

「テメェは、誰だ?マジで名前が出てこねぇ」

「浮かばなくて当然だ。彼に名前はない」

「全員リストを作る時も困ったぞ。ひとまず名無しと書いたがな!」

 

 それはどうかと思うけど、なんて首を傾げながら私は彼らの話に耳を傾ける。

 ソユーズは自ら自身が石神村の人間ではないことを告白し、そして本当の名を告げたのである。

 

「オレの本当の名はソユーズ。あ、案内できるかもしれない、オレの故郷、宝箱ソユーズの在処に……!」

 

 彼の出現で宝島が無人島ではないことが判明し、ついでにそこまで案内してくれるのだからこちら側としては利益にしかならない。が、それと同時に相手がこちらに友好的かどうかまでは分からず、更なる不安を仰ぐ事となる。

 案の定、宝島の住民がホワイマンではないのかとクロムから疑問の声が上がり、コクヨウはソユーズに掴み掛かり声を荒げた。

 

「名無し改めソユーズ!何故こんな重要な情報を黙っていたのだ!貴様が石神村の本当の仲間でないという……」

「そう言われるのが、怖かったからだよ」

 

 会話を遮ったのは私で。

 その言葉はきっと、私が私のために吐き出したモノだった。

 

「拒絶されれば自分の居場所なんてなくなるし、信用してもらえるかすらも分からない。そんな状況になったら、自分を守るだけで精一杯なんだよ人間なんて。だから、ソユーズ君は何にも悪くないでしょ。ね?」

 

 いつも以上に引き攣った笑みを浮かべて、私はただコクヨウを見つめる。

 いらん事を言っちゃったなぁと思いつつ同意を求めればコクヨウは息を飲みこんで、そしてソユーズによく告白してくれたと伝えた。

 その姿に私は自分を重ねるが、私が真実を告げたところでどれほどの人間が赦しをくれるのだろうか。

 

 もしも石化すると分かっていたら、砕けていない石像があっただろう。もしも司や氷月の危険思想が事前に分かっていたのなら、違う選択が取れたかもしれない。

 千空が一度死ぬ事もなければ、司を助けるために殺す必要だってなかったかもしれないのに。

 信じる信じないはさておき、伝えることはできたはずなのに私はそれをしなかったし今後もする気はない。

 だから、赦されるなんて考えることすら烏滸がましい。

 

 いいな、ソユーズは。ちゃんと言葉に出せて。

 いいな、ソユーズは。強い心を持っていて。

 いいな、ソユーズは。信じてもらえて。

 

 私もそうであれたのならば、良かったのに。

 

 羨ましいな。

 

 奥歯を食いしばって、私は笑う。

 私の小汚い感情なんて、見せるわけにはいかないのだ。

 

 私の感情なんて置いてきぼりにして、その後もソユーズと宝島の話は続いていく。龍水の声もソユーズの声も、千空の声さえも私の耳は拾わなくって、私はそっとその場を後にする。

 

 頬の筋肉を固定して早く歩き、そしてトイレに逃げ込み胃に入っていた内容物をその濁った思いと共に吐き出した。

 

 最近は調子良かったはずなのに、やはり船に乗ったのが不味かったのかどうも思考がすぐ落ちる。

 どんどん嫌なことばかり考えてしまって、頭がおかしくなりそうだ。

 とりあえず宝島に着いたら大人しく石化してもらおう。そして全て終わるまで意識をなくしておけばいい。

 

「──あれ?茉莉じゃないか。体調でも悪くなったのかい?」

「んー、船酔いかな?」

 

 そうニッキーに嘘をついて、私はもう一度想いを吐き出した。

 

 

 



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66 凡人、予定外。

 

 

 

 宝島までの旅路は困難を極めた、わけではなく、一部の人間がゲェーゲェー吐き出すくらいの難で済んでいる。

 

「オボェエェエェエ!きぼちわるぃいぃ」

 

 その一部のいい例が銀狼と陽だ。

 私はストレスで二、三度吐いたが別に酔ってはいないので、それなりに仕事をこなせているので問題はない。

 船酔い対策の薬を作っている千空を観察しながらメモをとり、新たなクラフト集作成に勤しんだのである。

 

「すごいね、ストーンワールドに科学の医務室つきだ」

「こ、この船なら嵐が来たって行けるかもしれない」

「嵐?水の民がそんなもの恐れると思う?」

 

 薬を飲んですっきりとした顔をした銀狼は最大にフラグを立て、私はこの後の展開に備えることにした。

 

 生暖かい風とともにやってきた雷雨は海を荒らし、先程までと打って変わって高波が船を襲う。バランスの取れない者にはロープを配り、船と体を繋げるように伝令もした。

 とは言ったものの、この船のどこかにいるであろうスイカは無事なのだろうか?

 ここまで船が揺れるとスイカフォルムでとコロコロと転がってつらいのでは?

 まぁ、そんなこと思ったところで居場所はわからないし、助けてあげる事もできないのだけれども。

 

 ヨタつく人を助けながら歩いていると千空は大慌てに駆けずり回り、今がチャンスだと皆に伝える。

 嵐の中島に近づくことができれば、住民に見つかる可能性は低くなるのだ。これを生かさないことはないと。

 総員はその言葉で持ち場につき、望遠鏡、レーダー、GPSの三つの科学道具を使いその島を見つけ出すことに成功。

 生まれ故郷だと泣くソユーズとは対照的に、百夜が宝を残した島に唆られる千空に思わずキュンとした。

 

 そしてひっそりと『唆るぜこれは!』を聞いていた私は、心の中でもだえたのである。

 だって久々のそそこれだったのだもの!

 悶えないでどうするの!?それ以外に癒やしはないのに!

 尊いはストレスにだって打ち勝つのだ!一時的にな!

 

 

「全員総出でお元気いっぱいなだれこみてぇところだがな!」

「島にいるのがどういう連中かも分からんのだぞ!」

 

 お元気いっぱいに宝島に雪崩れ込もうとする陽と銀狼を金狼は宥め、どんな連中が島に住んでいるのかと頭を悩ませるものが数名。

 そうですね、石化装置なげてくる連中ですね!とはさすがに言えないので、その他大勢のように黙って考えるフリに徹する。

 それにソナーマンの羽京が問題がないと言っているのだがら、この島に科学文明が発達していないことは確かなことなのだ。

 逆に言えばこっちの切り札は科学だけなのだが、科学チートな千空がそこにいてくれるから私はある意味安心しているわけで。

 なるべく今後は石化して関わらないでいようと思いますマル。

 

 私たちを乗せたペルセウスは天候が良くなる前に岩陰に姿を隠すことに成功したのだが、こっからが私の知るところの宝島編のスタートだ。

 もうすでにおなか痛い。

 たっけてドラえもん。といやしない空想ロボットに縋った。

 

 

「はっはー!見事に晴れたな!ギリギリ岩陰に滑り込んだぞ、皆の全力の操船の成果だ!全員に一万ドラゴずつボーナスをくれてやろう……!」

 

 思わぬ臨時報酬にさらなるやる気を見せる乗組員とは反対に、千空は即座に偵察員の派遣を望んだ。

 するとどこからともなくヒョコヒョコとスイカが現れて、それに気づいた龍水に樽を被され捕まっているではないか。

 うっかりそれを目で追っていた私は龍水と視線が混じり合い、とりあえずにっこりと笑って誤魔化しておくことは忘れない。

 

「大人数で突入すれば即戦争だ、違うか!?メンバーは必要最小限で行く!」

「あ"ー、この宝島に来た目的忘れんじゃねぇぞテメーら。お目当ては石化復活液無限生産マシン、プラチナを箱からゲットする!!とっとと見つかりゃそれでよし、できなきゃ島民から場所聞き出すっきゃねぇ」

「フゥン、つまり偵察隊のメンバーは四人!」

 

 そして選ばれたのは、私が知るところの四人であった。

 プラチナが分かる千空に、記憶力パナイソユーズ。交渉担当のゲンと護衛兼視力のコハク。

 彼らは小型ボートで陸へ向かい、残ったメンバーはそれを見送った。

 

 しかしながら船にたった一つの問題が残っている。それはつまり、密航者であるスイカの処遇だ。龍水が樽からスイカを解放すればクロムやカセキはなぜここにと驚き、スイカはお役に立ちたいと懇願する。

 だがしかし、子どもを危険な旅に連れてくる気のなかった龍水はその気持ちをも否定したのである。

 

「許可できん!船において密航者は出港地に強制送還と決まっている!貴様は日本に帰るまでそこで大人しくしていろ!」

 

 あー、龍水さん龍水さん。私も強制送還してもらってよろしいでしょうか?

 無理ですよねそうですよね?なんてってたって千空から許可とってますもんね!私の許可ではなくてな!

 

 なんであのとき手を取ってしまったのだろうと何度目かわからない後悔をしながらスイカの元へ行き、そして一緒に掃除をしようと私は声をかけた。

 

「スイカちゃん、お掃除してお役にたってもらってもいい?」

「そうだぞ!心配するなスイカ!お役に立てることは他にもたくさんあるぞー!」

 

 私に続き大樹がスイカにそう声をかければ、スイカは嬉しそうに笑いモップを取りに走り出す。

 それを眺めながら私は後少しの辛抱だと深く息を吐いた。

 

 皆んなには申し訳ないが、私はその時を今か今かと待っている。もう一度石化する時を、戦いから逃れられるその時を。

 関わらずにこの島を抜け出すには、石化がマストなのだ。

 

 

 そうして、待ちに待ったその瞬間はやってきた。

 

 最初に動いたのは龍水だった。

 見知らぬ人間の視線に気づいた龍水は瞬時にそれを攻撃だと理解する。

 それと同時に羽京もまた上空に投げられたモノに気づくと弓を放ち座標をずらすことに成功。

 龍水は思考を巡られせ、最良の手段をとったのである。

 

「龍、水……?」

 

 それはすなわち、スイカをこの場から逃すこと。

 

 だというのに、いつだって運命の女神とやらは私に不利なことをしやがる。

 

「マグマ!茉莉を海へ放り投げろっ!茉莉、スイカを頼んだぞ──!」

 

 ブンっと体が宙を舞う。

 なんでこんな時だけ素直にいうこと聞くんですかマグマさん?

 龍水との間に何かありまして?

 はっはー!さすがコハクちゃんと同じ民なわけありますね、思った以上に体が飛んできますわー!

 

 なんて思ってる場合ではないんだが!?

 

 ドボンと派手な音を立てて私の体は海へ沈み、うっすらと瞼を開ければ緑の光が少し手前で止まっている。なんてことをしてくれやがった龍水と憤りながらも、今後のことを考えた。

 

 このまま船に戻ることは可能だが、ラボを動かすことに手を貸すことは必須条件となるしうっかり捕まろうものならば何をされるかも不明。下手すりゃ拷問も有り得なくない。

 まだ一発即死ならいいけど、くっコロ展開がないとも限らず。

 

 だって変態じゃん、あのおじさん変態じゃん!

 私なんかに欲情しなくても痛めつけるためならやりかねないよあんな奴!多分痛ぶるの楽しむタイプだもん!同人誌みたいに!エロ同人みたいに!

 

 なんてクソみたいな展開になるとは九割九分思ってはいないが、ともかく捕まるのは避けたい。泳ぎながらポーチを外し、それを頭に乗せる形で浮上する。誤魔化せるかわからないが、人だとわからなければなんとかなるだろう。

 呼吸を整えつつ船を見ればロープをよじ登っている銀狼の姿があり、そこは物語通りだったと安心した。

 万が一ここで銀狼が石化されていたのならば、私はその代役をこなさなければならない運命にあったのかもしれないのだ。

 私というイレギュラーがここにいる以上、そうなる可能性も捨てきれない。

 

「ったく、もうやだ。折角の石化チャンスが……」

 

 3700年前は怖くて仕方がなかったあの閃光は、今となっては私にとっての希望でもあったのだ。

 関わりたくないからそうなってしまえと思うほどに、私は石化されることを願っていたというのに。だというのに、それすら叶わないなんて。

 

 今ここで私がヘマをしてもう一度石化装置を放たれてしまえば、今度こそ銀狼も石化してしまうだろう。

 そうならないためには、私は一旦ここから逃げ延びなければならないのだ。嫌だと思っところで関わりたくないと願ったところで、現状からは逃げられない。

 

 私はそう考え泣きそうになりながらも岸を目指して泳いでいく。

 革の服が水を吸ったせいかそれとも心が痛むせいかわからないが、いつも以上に体は重く泳ぐのが酷くつらかった。

 

 



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67 凡人、不注意。

 

 

 

「ぜぇ、ぜぇ……。もう、ムリ」

 

 私が必死に岸にたどり着いた頃には、すでに体力の限界が訪れていた。

 いくらストーンワールドで一人で生きることができる私であっても、着衣水泳は専門外。それも衣類は革製品ときた。水に濡れてしまえばそりゃもう重くなる。

 ふらつく足を必死に動かし陸に上がるも、このままじっと休んでいては見つかる可能性もあるわけで。早急に移動するのが吉。

 プルプルと震える体に鞭を打ち、岩場に隠れる様に移動していく。

 しかしながら、この行動が悪かったようだ。

 

 衣類が濡れているということは、勿論革靴も濡れているわけで。

 そして尚且つ、排水性がないければ水も溜まる。

 

「──っあ」

 

 ズルっと、石にかけた左足が滑り落ちる。そしてそのまま、私の体も傾き落ちた。

 それでも体制整えようと右足で踏ん張るが、限界を超えていた体がそれに耐えられるわずもなくグルンと視界は揺れてポキンと小枝が折れる音が脳に響く。

 その音が何を示しているかなんて、私は何度も体験していたため知っている。

 後から訪れてくる痛みに体を抱えうずくまり、やってしまったと自分の不運を嘆いた。

 

「っあ──っ」

 

 まさか転倒して骨折るとか、そんな事ある?

 あっていいわけないじゃん。一応スイカのこと頼まれてるのだけれど?

 

 震える喉で深く息を吸い込み、そして吐きだす。

 ありがたいことに小型ボートまでは近いし、そこまで移動できればスイカが来るはずだ。

 彼女に迷惑をかけるわけにはいかないが、このままじっとしているのも問題でしかない。

 痛みに震える体で足を引きづりながら、私はその場に向かったのである。

 

 

 

「茉莉!こんなところにいたんだよ!」

「あー、スイカちゃん。よかった無事で」

 

 ま、私は無事じゃないんだけど。

 スイカと合流するまでおおよそ一時間足らず。その間に木の枝やら蔦で骨は固定し、集められるだけの葉を私は集めていた。

 私をみて首を傾げたスイカにヘマをして怪我をしてしまったと告げればアタフタとし始めて、私はそれを落ち着かせるために近場へ呼んだ。

 

「怪我をしたのは私のミス、スイカちゃんが気にすることはないよ。ってことで動きづらい私の代わりにお仕事を二、三頼んでもいいかな?」

「な、なんなんだよ!スイカはお役に立つんだよっ」

 

 ぐっと手を握りしめるスイカの頭を撫で、私は小型ボートを葉で隠して欲しいとお願いをする。足りない分は取ってきてもらわなければならないが、私一人でやるよりかは早く終わらせることはできるはずだ。

 

 それが終わると、今度は重大なお願いをする。

 

 こうなることは知っていたが、まだ子供であるスイカにこんな事を頼まなければならないのは少々心苦しい。

 

「あのね、これはすごく危険な任務になると思うんだ。でもスイカちゃんにしか出来ないことでもある」

「それは、なんなんだよ?」

「船に、戻って欲しいんだ。千空君達のために」

 

 私の言葉にスイカはポカンと口を開けてピタリと止まり、そして少し不安そうな声を出す。

 私とてこんなことは言いたくないのだが、彼女がいなければ始まらないのだ。

 ここは心を鬼にするしかあるまい。

 

「船のみんなは石にされた。先に陸上に上がったメンバーはその事を知らないし、いずれ知ることになっても助けに来てくれるかわからない。でもね、スイカちゃん。私たちには一つだけ、この状況を打破できる術がある」

「だは、できる術?」

「そう、それは科学の力。どうにか千空くん達ににラボを届けさえすればなんとかなるかもしれない。その為にスイカちゃんには一度船に戻って欲しいんだ」

 

 こんな事を頼んでごめんねと深々と頭を下げて、私はスイカの返答を待った。

 私が知る未来ではスイカは船に戻っている。

 そうなるのが正しい未来なのだが、危険であってもスイカには船に戻ってもらわなくてはならない。だから私はスイカの答えを待つしかない。

 

「──やるんだよ!スイカは、お役に立つんだよ!」

「……うん。ありがとう」

 

 ここに私がいなければ、スイカは自分の意思で船に戻ったのだろう。

 でも今は私がそれを頼み込んだ。

 スイカより大人である私が、子供に危険な行為を押し付けたとも言える。

 

 スイカには夜になって視界が悪くなってから行動しようと思ってもいない事を言い聞かせ、私達は日が暮れるのを待った。

 

「行ってくるんだよ!」

「……うん」

 

 そして彼女は偵察をするようにスイカの皮に身を隠し、プカプカと海の上を進んでいく。

 一方わたしはといえばそれを見送った後、小型ボートの中に身を隠した。

 頭も若干痛いし、ぼぉっとする。骨折してしまったせいで熱が出ている気もするし、濡れた服のまま行動したのも原因でもあろう。

 これは確実に、熱が出ている。

 

「あー、使えない」

 

 骨折していなくて、熱も出てなくても何かしたかと問われればしないと答えただろうが、何も出来ないのはこうもつらい。

 何せわたしは千空に求められて船に乗った。必要だといわれて役に立つと思われて船に乗ってしまった。

 だというのに、宝島に来て早々怪我をするとか笑えない。

 

 役になんか、立てるわけがなかったのだ。

 

「──しんど」

 

 どうせ何もできないのなら、ここに来なければよかったのに。

 どうせ何もできない子なのだから、龍水も私にスイカを頼まなければよかったのに。

 何かができる子は、スイカだけだというのに。

 

「もぅ、嫌だなぁ」

 

 なんて弱音を吐いて、わたしはボートの中で身を屈める。

 相変わらず折ってしまった左足は腫れてて痛むし、体のだるさはまだ抜けない。病気は気からというものだし、私のこの辛さは気持ちの問題なのかもしれないと考えながらゆっくりと瞼を閉じたのである。

 

 

 

 

「ラボだ‼︎‼︎絶対にラボが欲しい!それだけでいい、なんとか……」

 

 次に瞼を開けた時、私の耳に届いた声はコハクのものであった。

 あたりはすでに暗く、コハクの言葉から時間を推測すればあれから一時間は経っているのだろう。

 未だ頭の回転は悪いし、熱が出ているのは間違いない。

 しかしながら軋む体を起こして葉っぱの影から外をのぞいてみれば、そこには二人の姿が見えた。

 

「──ふは、お似合いカップル」

 

 シルエットだけ見れば確実にチューしてるし、そりゃキリサメも勘違いするわ。

 

 お幸せにぃなんて思いながら私はもう一度ボートの中に身を潜め、ことが過ぎるのを待つ。すると数分後にはペルセウスの方からガヤガヤと騒音が聞こえ始め、何かが水に落ちる派手な音が聞こえてきた。

 

 私はその音を聞きながらスイカは無事に任務を遂行したのだと安堵し、もう一度意識を飛ばす事となったのである。

 

 

 



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68 凡人、化ける。

 

 

 

 その声が聞こえてきたのは、朝日が昇って少し経った頃だった。

 

「……ぇ、ねぇ。誰かいないの。えーと、そう!茉莉、だったかしら?」

 

 コハクともスイカとも違う声音の少女は私の名前を呼び、辺りをキョロキョロしながら何かを探している。

 その何かはきっと私なのだろうと、ボートから右手を出してこちらへ彼女を呼んだ。

 

「えっと、あなたが茉莉、ちゃん?」

「──そうなるけど、そちら様は?」

「私はアマリリス、千空達に言われてあなたを助けにきたの。ってことで着替えて!今すぐに!」

「……へ?なんで?」

「その格好じゃ浮くもの!私の貸してあげるから!」

 

 マジですか。

 美人の服を借りるとか、どんな公開処刑だよ。

 アマリリスはどっからどう見ても可愛い系の美人でスタイルがいい。特にお胸は私の倍はあるだろう。

 そんな人の服だよ、私にはストーンだよ。

 だが確かに実際この服で移動するのは目立つだろううし、仕方なしに着替えていく。

 足が動かせない分少々面倒だが、アマリリスに手伝ってもらい数分足らずで着替えは完了した。

 そして支えてもらいながらボートから降り、アマリリスの肩に掴まって移動を開始。道中、侵入者がいるかもと探し回っている奴らと二度すれ違ったが、アマリリスさんが妹が怪我をしてしまってと可憐にかわしてくれた。

 捜索隊は嘘泣きの彼女にあっけなく騙されて私をスルーしてくれたし、本当に演技が上手いのだなと一人納得したのである。

 

 だがしかし私の方が年上なはずだが、まぁ、どちらかといえばアマリリスより幼い顔つきだから致し方ないだろう。こんなところで張り合っても仕方ないので、なけなしの自尊心は砕いてゴミ箱に捨てておくとしよう。

 

 ぴょこぴょこと足を庇いながらアマリリスと向かっていった先には一艘の小舟があり、その中には果物が乗せられている。私はアマリリスに指示されるまま船に乗り、秘密の横穴へと進む。

 なんとなく知ってはいたサファイアの洞窟と呼ばれるその場所は水面が青く輝いていて美しく、こんな時でなければ感動していたかもしれない。

 

「こんな非常時でも、後宮の美少女選抜とやらは実施するのか?」

「やるよ、モズがやらないわけないもん。モズは逆にもう強すぎて、宰相イバラと違って警戒とかなーんにも気にしないタイプだし。興味があるのはカワイイ子だけ。まぁ、それは置いといて、茉莉ちゃん、連れてきたよ」

「……ごめん、ヘマった」

 

 テヘペロ。

 なんでできないけど申し訳なさそうな顔はしておく。

 なんとなくスイカが泣きそうな雰囲気だし、謝った方がいいかなと考えた次第です。

 

「茉莉ちゃん、怪我したって聞いたけど大丈夫?」

「んー、骨折ったくらいかな?」

「くらいじゃないよねぇ⁉︎」

 

 私を支えようとするゲンとコハクの手を取り陸に上がり、そのまま少し大きな岩に座る。

 それとともに千空が現れ、スルスルと固定した枝を外していった。

 

「ったく、なんでこんな事になってんだ」

「あー、マグマに海に放り投げられてからの着衣水泳。体力ゴリゴリに削ったところで岩場から転落して折った。面目ない」

「あ"?まだ骨折だけで済んでマシじゃねぇか。流石の茉莉センセェにも体力の限界があるって知って驚きだわ。──にしても、ド派手な色になってんな。固定し直すぞ」

「オネガイシマス」

 

 バッサリと切られた革靴の中から出てきた私の足首は紫色に染まっていた。つまりは見事な内出血。細胞がゴッソリ炎症中である。

 千空はチャチャっと応急処置を終えると、今度は私の首元に触れて眉間に皺を寄せた。

 

「テメェ、やっぱり熱出てんな?」

「免疫反応ですかねぇ?でもまぁ動けないわけではないよ」

「ったく、現状に問題なけりゃ寝てろっていうところなんだがな。手が無事ならなんとかなんだろ」

「うっす、お役に立ちますー」

 

 本当に、怪我したのが足で助かった。腕だったらマジもんの役立たずじゃないっすか。

 

 千空はアマリリスが持ち込んだ果物を見て、綺麗なコハクを生み出す為に実験を開始した。無論、私はそれを手伝う事となる。

 千空がシャンプーを作っている間にココナッツを割り、コンディショナーを生み出している間に金雲母と絹雲母を砕く。

 そして次々と生み出されていく化粧品を瓶や容器に詰め替えて、一旦は作業終了。

 そこからがまぁ、難題なのだけど。

 

「ハ!これを顔に塗ればカワイイが科学で作れるのだな……⁉︎」

 

 ギラァンと目つきを悪くするコハクに、ゲンの鋭いツッコミが入る。

 そして、化粧をしてると思えない音を立てながらコハクはその作業を終えた。

 

「コハク、テメー」

 

 ドキドキと高鳴る鼓動、キラキラと輝いて見えるその姿。だがそこにあったのは、ある種の化け物といえるだろう顔面。

 普通にしててもカワイイのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。

 

「ピギャァァァアアア」

「これ、コハクちゃん、カワイイ選抜に選ばれない可能性あったりする……?」

「そりゃ潜入候補の弾は多い方がいいがな。他にはもうスイカと茉莉しかいねぇし、どっちも無理すぎる──」

「任して私に!」

 

 コハクの形相に私たちが困惑する最中、アマリリスだけは諦めていない。

 アマリリスはコハクの元の素材を生かしたメイクを行い、顔面凶器からルリ似の美人さんに早変わりした。

 それを見たスイカは喜び、千空はアマリリスの腕に安堵の息を漏らす。しかしながら化粧品を使ってのコハクの変貌を知ってしまったアマリリスの目は怪しく輝き、その光は男性陣に向かったのである。

 

「これ使えばもしかして……。潜入候補は多い方がいいでしょう?一応試さないと」

「あ"??」

「あー……」

 

 これは、たぎって参りました!

 

 顔に出さないように気をつけながら、アマリリスのやることを目で追う。麗しの千空の髪もシャンプーされた上にトリートメントを施され、二つ結びに。シャドウはピンクで、唇もプル艶で、ウエストで締めるタイプのドレスが腰の細さを引き立てている。

 

 もう、なんか最高。

 キャワワ!

 

「無理すぎんだろ百億パーセント!」

「黙ってればギリイケんじゃないの、千空ちゃん♪」

「やっぱり声でバレるか〜」

 

 え、低音の声でさらにキュンとするんですが、私だけでしょうか?

 いやぁ、千空は何着ても良い。かっこいいし可愛いとか誰得だよ。手足にちゃんと筋肉があるのがてぇてぇ。

 

「声だけなら誤魔化せるけどねぇ〜♪」

「⁉︎ヤバ!女子の声……」

「ゲンは華奢な方ではあるが、どうしても女子にしては長身に見えてしまうな」

 

 けどまぁ、刺さる人には刺さると思う。

 そして性癖を歪めそう。

 

「ぜ…全部無理でしょ」

「全部無理」

「ハ!小柄でかつ女声に近い男ならあるいは──」

 

 とそこまでコハクが言うと、皆の視線は銀狼へと向かった。

 

「い、いやだよぉおおぉお!あ、茉莉ちゃん!茉莉ちゃんにもお化粧してみよ、ね?ね?」

「え、私は行かないし──」

「そうね!やるだけやってみましょ!」

「え"」

 

 いや、私骨折れてるんだって。

 ルンルンと化粧品を持って近づいてくるアマリリスから逃げることのできない私は、とりあえず大人しく化粧をされていく。

 ニコニコしてるアマリリスは美人さんだなぁと、現実的逃避して終わるのを待つだけのお人形になったのである。

 

「んー、茉莉ちゃんは顔色を良くしてパーツを大きめに見せるようにラインを入れて──。唇にも色を入れて健康的に。どうかしら!」

 

 デデンと効果音付きで皆の前にそのガンメンを晒せば、銀狼がギランと瞳を輝かせた。

 

「ホラ!茉莉ちゃんでいこう⁉︎」

「確かに、茉莉なら──」

 

「駄目だ、茉莉は選抜には参加させねぇ」

「ま、そうだよねぇ」

 

 案外乗り気な銀狼とコハクを千空とゲンが止め、アマリリスはどうしてもと食い下がる。

 

「──人数が多いに越したことないじゃない?」

「まぁそうだがな、残念なことに茉莉は足の骨が折れてやがんだよ。そんな奴を連れてくのは合理的じゃねぇ。そんな事させんならよく動く手でクラフトさせてた方が断然合理的だっつーの」

「千空君の言うとおりだよ。私が上手く歩けなかったのはアマリリスちゃんも知ってるでしょ?行っても足手纏いになるだけだし、コハクちゃんみたいに戦えないしねぇ。……ってことで、銀狼君。次行ってみよ?」

「え、えぇええ!嫌だよぉおおお!僕男だもんンンンンンンン」

「3700年前には男の娘っていう文化もあってだな。大丈夫、君ならイケる!」

 

 

 グッと親指を立てて応援し、銀狼がコハクに拘束されながらアマリリスの手に掛かるのを私は眺めた。

 あー、すでにお可愛いくなってるなぁなんて思って気を紛らわせてみたが、どうも真横からの視線が気になるわけで。

 

「──えぇっと、何か?」

「……化粧で大分かわんだな、悪くねぇ」

「まぁ、化けるって書くし、私、平たい顔族だし?」

「テルマエロマエか」

「──それは知ってるのかぁ」

 

 まさかのそこはあるんですね、驚きです。

 是非ともそのあるなし作品の基準をお教えいただきたいものですね。

 

 ってか、悪くねぇっていいました?

 つまりは千空パイセンの好みは顔の濃い人って訳か。

 ──うん、確かに周りの人たちみんな顔も性格も濃かったわ!

 

 心のノートにメモっとこ!

 

 

 



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69 凡人、居残る。

 

 

 嫌々暴れる銀狼になんとかメイクを施して、アマリリスとコハクは選抜へと向かった。

 洞窟に残った私たちは千空の発案のもと、とある器具のクラフトを開始したのである。

 

「ミッション成功の鍵はこの科学のイヤリングだ。唆るぜこれは……‼︎」

 

 千空の手に握られているのはアマリリスが持参した二つのイヤリング。それを使って何をするのかと頭を悩ませる暇などなく、私は千空の指示のもと銅線をぐるぐる巻きにしていく。

 

「科学のイヤリングって──」

「つけるとカワイくなるとか、そういうこと?」

「でもカワイイ選手権、もう始まっちゃうんだよ……?」

「だから超特急で巻いてんだろが」

「千空くーん、こっちもいっちょ上がったよー」

 

 出来上がったのはイヤリングの飾り、と見せかけた銅線のコイル。

 耳にかけるフックにはロッシェル塩を貼り付けて、電波受信用に石を取り付けた。

 

「それって、もしかして潜入ミッションの司令用に使う……」

「──インカム、かなぁ?」

「クク、大正解百億点やるよ。仕組みとしちゃ鉱石ラジオっつう奴だ。音はアホほど小せぇがな、インカムならむしろおありがてぇ。……一つは茉莉、テメェのだ」

「へ?」

「オメーはここで待機だ。っても何もわからねぇままだと不安だろ、持ってろ」

「……ありがとう」

 

 こういうところだよね、なんでモテないの?いやモテるだろう?

 はー、私じゃなかったらベタ惚れだぞ?おん?

 

 作りたてのインカムを受け取り耳に取り付け、私はインカムをコハクに渡すために走り出したみんなの背中を眺めた。身動きの取れないわたしは居残り組だし、そのうち必要な工作があるなら連絡がくるだろう。たとえ一方通行でも、状況が分かるだけで大分精神的に楽でもある。

 

 それから数十分はインカムから音が出ることはなくひたすらぼぅっと海を眺めて過ごし、ザザッと機械音が漏れたと思った矢先にゲンの声が私の鼓膜を振るわせた。

 

「ぅっわ、これはこれは──」

 

 割と耳元で話しかけられてる感じに近い。

 ゲンだったから耐えられた、千空だったら耐えられなかった。

 うぐぐっと緩みそうになる頬に力を入れながらゲンの声を聞いていれば、コハクへの指示で思わず私は吹き出して笑ってしまったのである。

 だってその要求が、『カワイイポーズして』だったから。

 

 瞬間脳裏に思い出されるスイカポーズのコハク。ウィンクして、お可愛いコハク。

 みたかった!とても見たかった!無理だとわかっているけれど。

 

 ここに誰もいないことをいいことに私はニヤニヤと笑い、そしてそのまま彼らの会話を盗み聞きする。

 といっても公認されてるから盗み聞きではないけれど。

 

『あ"ー分かってっと思うがな、科学王国はこっから俺ら科学チームとテメェらスパイチームで二手に別れて戦うことになる!』

「ブフォッ」

 

 あかんて。

 駄目だってコレは。

 ゲンだから耐えられたと言うのに不意にインカムから聞こえ出したのは千空の声で、私の耳はもれなく死んだ。

 推しのイケボを間近で聞いたらもう昇天するしかないじゃない。

 両手を顔を押さえて悶えているといつのまにかコハク達への指示出しは終わっていて、不意に呼ばれたのは私の名前。

 

『茉莉、今から戻っからラボから鉄と銅線出しといてくれ。できる範囲でいいから無茶すんなよ』

「ハイィ」

 

 返事なんか聞こえてないと分かっていても、耳元で聞こえてくる声にうっかり返事をしてしまう。

 ヤバい、千空達が戻ってくる前に平常心を取り戻さなくては。このままだとまともに顔が見られない気がする。

 私はいまだに悶えながら棒を使いつつラボに向かい、鉄と銅線を一ヶ所に集めておく。そして言われてもいないのにひたすら銅線をグルグルと鉄に巻きつけた。

 

 無心になれ、私。

 ニヤけるな、私。

 なんつー凶器を渡してくれたんだよ千空さん。私のHPはほぼゼロよ。君の声でな⁉︎

 

 ぐるぐるグルグル。

 ひたすらに銅線を巻き付けること十数分。千空達はこの洞窟に帰ってきた。

 

「おかえりぃ」

「あー、帰った。ってオメェなぁ」

「やることなかったから、つい」

 

 そういって私が差し出したのは二つの部品。

 無心でできる作業知っててよかったよねと思う反面、先回りしてやってしまった感があって否めない。

 千空はそれを使ってゲン達にモーターの仕組みを説明していき、私もそれに耳を傾けつつも、さらに鉄にグルグルと巻きつけて強力な電磁石を生み出すことに集中した。

 

「出たー!科学王国恒例超絶地道ドイヒー作業‼︎」

「でもコレがなきゃ科学王国って感じじゃないけどねぇ」

「もう、それ中毒じゃん!茉莉ちゃんはなんでいつもそうなの?」

「んー、単純作業は嫌いじゃないので」

 

 ニコリと笑って私たちはそのドイヒー作業をひたすら続け、それが出来上がると今度はモーターのテストが行われたのであった。

 

「モーターのテスト用マシン。上手いこと作れてりゃ、強力電池で爆走するはずだ!」

「スイッチ、オン!なんだよ……!」

 

 スイカがにこやかにモーターの電源を入れればそれは動き出し、この原始時代の人間には予測不可能な動きをする物体の完成だ。

 

「ん……ミニ四駆!コレはコレでなんか使えそうじゃない⁇連絡手段とかに……♪」

「爆走してても、コハクちゃんなら目で追えるだろうしね。ぴったりなのでは?」

 

 ニヤリと私とゲンは目を合わせて笑い、そしてそれをネズミの形にさらに加工していく。

 どう見ても顔はゴリラなのだが、戦車の時といい千空はゴリラがお好きなのでしょうか?

 私、気になります。

 

 そうして私はまたみんなを見送って、一人寂しくお留守番タイム。

 やることない時間だから記憶の整理をしておきたいところだが、生憎記憶をメモしていた羊皮紙は船の上。こんな事になるのならば肌身離さず持っていれば良かったものの、まさか石化から逃れられるなんて思っていなかったのだ。

 

 瞼を閉じて、私はかつての記憶を呼び起こす。

 船に乗るつもりがなかったから、ここ数ヶ月はあまり記録を見返してなかった。抜けている部分が多い。

 思い出せ、思い出せ。

 このあと何があった?

 コハクがプラチナを発見して、そして。

 それが届けられて。復活液を作り出して龍水を蘇らせて。それから、それから──。

 

「あ」

 

 銀狼が、死にかける。

 

「あ、あは──」

 

 私はまた、誰かを見殺しにするのか。 

 インカムから千空の声が聞こえてくるのに、脳が言葉を拾わない。

 

 だって、その事実に気づいてしまったから。

 

「なんで、石化させてくれなかったの……?」

 

 こんな思いをするならば、知らないところで全て終わらせて欲しかったのに。

 

 

 相変わらずこの世界は残酷だ。

 そう思ったところで状況は何一つ変わらないのである。

 

 



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70 彼女は笑みを張り付けて。

千空パイセンのターン。


 

 

 

 千空にとって茉莉が無事にそこに存在していたこと、それはある意味幸運でもあった。何故ならば彼女はカセキと同じ技術者であり、クロムと同様に千空のサポートに徹することができる人間であったからだ。故に彼女が石化していないと知ったときは安堵の息を漏らしたものである。

 

 しかしながらようやく合流した茉莉は右足を引きづり歩き、あたかも平気そうに笑う。革靴を引き裂き出てきたその肌の色はどす黒く、折れていると理解しながらも弱音一つすら吐くことはない。

 千空は茉莉の頬がやや赤く染まっていると認識するや否や首元に手を置き、体温を測った。

 

「テメェ、やっぱり熱出てんな?」

「免疫反応ですかねぇ?でもまぁ動けないわけではないよ」

 

 そんなあたり前のことを聞くなというように茉莉は答え、千空は思わず眉を顰めた。

 別に動けるかどうかを確認したかったわけではなかった。ただ単に、熱が出ているのを黙っていた事に憤りを感じていただけで。

 それ何より、千空の知る茉莉であったのならば怪我をした段階で大泣きをする女の子だったのだ。気にしてしまうのも無理はない。

 

「ったく、現状に問題なけりゃ寝てろっていうところなんだがな。手が無事ならなんとかなんだろ」

「うっす、お役に立ちますー」

 

 細い足の曲線も、かつては小さくて柔らかだった足の甲も今はなく、目の前にあるのは程よく筋肉のついた記憶と異なる女の足。

 心配していた幼馴染の面影はいつしか無くなって、今あるのは見知らぬところで成長しきってしまったその姿形だけ。

 

 今更ながら幼き日々を共にした少女はもう過去でしかないのだと、そう気づいたところで何も変わりやしない。

 ただそれでも、千空としては心配していたかったのである。

 

 別に思ってもいないことを言いたかったわけでもない。手伝えればどんな怪我をしててもいいと思っていたわけではない。

 むしろこんな状況でなければ無理をするなと寝かせて様子を見ていたはずだ。

 でも今はそんな簡単な事すらできるかどうか怪しい。

 船に乗ったメンバーが石化してしまった以上、茉莉の器用さは必要不可欠だと千空は認識している。

 故に彼女にそう伝えるしかなかったと自分に言い聞かせた。

 

 案の定茉莉は千空の言いたいことを理解し手早くインカムを作り上げたし、千空不在の時であっても僅かな指示で電磁石を準備した。その結果、彼女の知る未来より早くミニ四駆は完成している。

 たとえ足が使えなくとも、茉莉という人間は充分に役に立っていた存在であったのである。

 

 

 けれども彼女はそれを知らないし認めない。

 この先どんなに茉莉が千空の役に立とうとも、彼女は自分の能力について認めることはないのかもしれない。

 それ故に、単純なところでその精神は崩れてしまうものなのである。

 

「おかえりー」

 

 ミニ四駆を走らせそれを連絡手段とし、直様コハクから返事を預かった千空達が洞窟に戻ればいつものように和かに笑う茉莉がそこにいた。

 

 何ら変わらない、いつもの張り付けた笑顔で彼女はそこにいた。

 

 きっとその表情の変化に気づいたのは千空とゲンの二人だけであっただろう。ソユーズは茉莉と話す機会はペルセウスに乗るまであまりなかっただろうし、スイカに至っては純粋に茉莉の変化に気づくことはない。

 ゲンはメンタリストとして人の表情の変化には気を遣って過ごしてきたから気がつくことができたし、千空に至っては無意識にソレは違うものだと断言できた。

 茉莉はここ一年ほど、作り笑いをあまりしてこなかった。自分が船に乗るとは思っていない彼女は一人のモブとしてのんびりと暮らしていたから、わざわざ作り笑顔を見せるほど自分の考えを隠そうとはしていなかったのだ。

 それ故に久々に見た目が笑っていない笑みが鼻につく。

 

 たった数十分で一体何があったのか。

 そんな顔をさせる何かがあったのかと問おうにも、彼女は千空達と目を合わせることない。

 それになによりコハクからの返信を見ない事には石化装置を奪うことはできないと、茉莉がそうなった理由を気にしながらもやるべき事に意識を向けた。

 

「こ、これは……?暗号⁇」

「バラエティ番組のパズルかよ‼︎」

「いやでもこれしかないんじゃない、ジーマーで。誰も文字知らないからね〜」

 

 コハクから届けられたそれには、四つのイラストが描いてあった。ゲンは推理していこうと提案し、コハクの気持ちに寄り添ってそれらの意味を考えだしていく。

 

「これ超〜分かりやすい⁇」

「超〜分かりづらい」

「で、しょ〜?ってことは分かりやすくできなかった。伝えたい単語の音自体がそもそも村人にとって耳慣れない。つまり科学用語」

 

 そこから推理すると最初の棒つきアイスのようなイラストは科学アイテムのプラスチックに。

 次の血文字の汚れは擦り付けたことから察して『ち』そのものを意味し、氷月のイラストは槍から発想を飛ばして『強い、長い、怖い』。

 ラストはエンジンのように見えるものだが、村人の印象にのっていたものとしては暖炉の方の可能性が高く、『だんろ、あつい、あったかい、ぽかぽか』の単語が割り出せた。

 そこから頭文字の一文字か二文字をとりつつ文章を考えていくと、自ずと答えは見えてくる。

 

 プラチナがあった、と。

 

「ククク、スパイチームが見つけやがったぞ。究極のお宝、プラチナをよ……‼︎」

 

 プラチナさえみつかれば復活液の量産は容易くなり、石化された科学王国総員の復活は約束されたものとなる。けれどプラチナが見つかったとしてそれがどんな状況で残っているかを考えると、思いつく保存方法はただ一つ。

 

「だとしたら、プラチナ保管されてんのはコンクリートの球んなかだろうな」

「コンクリートの、球……?」

「あ"ぁ、もし無事残ってんならな、ブッチ切りでお手軽確実な長期保存方法だ」

 

 それを叩き割りレコードを見つけた時のように中から出てくるだろう。

 とそこまで考え新たな問題が出てくる。

 レコードを見つけた際は力ずくて叩いて石を開けたが、敵陣のど真ん中でそんな事をすればすぐに気付かれる。かといってチマチマやってる時間はない。

 

「あ"ー、サイレントボムみてぇなもんがありゃな……」

「あはは、そうね。そんな都合のいい中二病の暗殺兵器みたいなモノあればねぇ〜」

「ん?」

「ん?」

「いやだから、実際リアルであるぞ、サイレントボム」

「あるのサイレントボム‼︎?んなまんまの名前のモノ⁉︎」

 

 正式名称、静的破壊剤。主に住宅街等で騒音を出さずにコンクリートを壊すモノである。

 

「となりゃ作るっきゃねぇか。──茉莉、手伝えっか?」

「んー、オッケー」

 

 そうして、漸く千空の意識が茉莉へと向かった。彼女はいまの今までおかえり以外の言葉を発することなく、彼らのやりとりをただ聞いていたのだが流石に呼ばれれば返事をするくらいの対応はできたらしい。

 けれど茉莉の視線はいまだ千空に向くことはなく、言われたままに作業はこなしていく。

 

 別にその対応に不備があるわけではない。

 視線が合おうと合わなかろうと、作業効率は変わらない。だというのに、無駄口ひとつ叩かない茉莉に対して千空の不満は募っていった。

 

「茉莉、なんかあったか」

「んー、何も」

 

 さも当たり前のように返された返事に、千空は奥歯を噛み締めた。

 

「じゃなんで、そんな顔してやがる」

「もともとこんな顔ですが」

「そうじゃねぇ」

 

 言いたいことが何一つ伝わらず、相手は聞く耳すら持たず。

 

「──茉莉」

「んー」

「俺を見ろ」

「んー?」

 

 やっと千空へと向けられた黒檀の瞳に、光を感じる事はなかった。

 

「なにか、あったのか?」

「何にもないよ」

 

 にっこりと茉莉は笑い、その後は千空の問いにも笑みでしか返さなくなってしまった。

 一体何があったのか分からないが、ただ一つだけ理解できた事はある。

 

 俺はコイツに信用されてねぇ。

 

 何も語られないほどに、心配すらさせてもらえないほどに。

 千空は茉莉に信頼されていないから話してもらえないのだと、ほんの僅かな痛みをその心に抱いてしまったのである。

 

 

 

 




このままやり気が続けば、八月中には宝島編終わりそう?


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71 凡人、ブラックアウト。

 

 

 うげぇ、気持ち悪い。ついでにいえばお腹いたい。

 どう考えたってストレス過多です。

 

 そんなことを思いながら私はひたすら貝を砕きすり潰す。これらはサイレントボムの材料の一つで、そこそこの量が必要となるのだ。

 怪我したのが足で良かったなと思いながらゴリゴリとすり潰し、千空の声にたまに反応しておく。

 どうやらパイセンは私が気落ちしている事に気づいているようであるが、そこまで踏み込んではこないので大変助かる。下手に何故どうしてと聞かれまくっても、何も言える事はない故に。

 正直言って、いまの私にとってこの空間は地獄でしかない。早々に離脱したいが此処は宝島だし、足が折れている以上好き勝手に動けるわけもなく。

 

 どうしようもなく、ストレスが溜まるこの場に留まるしか選択肢は残っていなかったのである。

 

 もし仮に私の足が無事だったとして、私が選抜に向かう可能性は一握りほどだったと思う。が、選抜に行ったとして万に一つ、あの守備範囲がクソザルなぐるぐる髭野郎が私のような凡人を選んだとして、コハク達のように動けるかと問われればそれは無理だし精々未来を変えない為に大人しくこの身を捧げる程度しかできる気がしない。

 それに何よりコハク達が侵入者とバレた時点で、私が後宮から逃げ出せるとも限らないのだ。つまりは拷問エンド。

 次の人生にご期待ください、となりかねない。

 

 此処にいようとあちら側にいようと、どちらにせよ地獄でしかなかったと思えば気も楽になる。わけもなく、さらなるストレスが私の胃にダイレクトアタックをかましてくれやがるのだ。

 

 キリキリと痛みを訴えてくるお腹をこっそりと撫でながら千空達と夜通し作業を行い、翌る日の朝にはサイレントボムの素は完成した。

 若干血走った目をしている千空を横目で見ながらも、私はそっと息をこぼした。

 

 それから私以外の四人は作りたてのサイレントボムを届けにコハク達の元へ向かった。残された私は足を引きずりながら入り江の端まで移動して、胃酸を吐き出して口を拭う。ストレスが溜まるとすぐ吐き気を催すこの体に苛つきを感じるとともに、このまま胃に穴が開いたら確実に死亡ルートを辿るだろうなと察した。

 

 けれども、前と違ってそれが怖くない自分がいる。

 

 あんなに石化後の世界で無惨に死ぬのが怖かったというのに、今では死んでもしょうがないかと脳が諦めているのだ。

 むしろこのまま消えるように死んでいければ、この苦痛とおさらばできるのではないかと考えてしまう。

 揺れる水面を見つめれば目が死んでいる、隈のできたバカな女が一人こちらを見つめている。

 嗚呼、こんな酷い顔をしていたのかと前のめりの身体はそのまま、ドボンと海へ落ちた。

 ひんやりとして冷たい水は私の体にまとわりついて、このまま意識ごと海に沈んでしまえたらいいのにと思考が歪む。

 

 カポリと口から空気が溢れ、白い砂が雪崩れ込む。ざらざらとした感触は新鮮で苦しさなんて二の次に感じる。

 このまま息が苦しくなって、そのまま海に溶けて逝けたならどんなに素晴らしい事だろう。

 

 しかしながら、人間というものはそんなに簡単じゃないらしい。

 

「っは、は──、ふっ」

 

 どうしようもなく苦しくなって、私は無意識にその身を起こした。

 いくら消えてしまいたいと考えていても、身体は生に執着しているようである。

 

「ふ、ははっ。情けねぇ」

 

 私のどうしようもなく残念な思考に笑えてきて、瞳が滲んだのを海のせいにした。

 

 

 

 それから私はラボの中で着替え、皆が帰るのを大人しく待っていた。

 案外早い時間に帰ってきた千空達は私の服装が朝と違う事に気づくと首を傾げる。

 私はそれに正直に答えたのである。

 

「あー、海に落ちて?」

「は?」

「え、ちょと茉莉ちゃん‼︎怪我してるんだから気をつけてよ〜」

「めんごめんごー」

 

 大丈夫なんだよと心配そうにするスイカをひと撫でして、私は笑顔を作る。

 落ちたというか、入水したのが正しい言葉な気もするが訂正する必要はないだろう。

 

 少しばかり不機嫌そうな千空にも一応謝って、私はコハク達はどうだったのだと状況を確認した。おバカなことをしていなければインカムで把握できていたのだが、うっかり外していたので聞いてはいなかったのである。

 

 別に、千空の声が聞きたくなかったわけではない。

 多分、きっと。

 そう、きっと。

 

「指示は出してきたから、早ければ夜に遅くとも朝には届くだろうよ」

「そっかー」

 

 なかなか、早いな。

 流石コハクちゃんだな。

 コハクちゃん、だものね。

 

 そう思って、ただただ海を眺めた。

 

 

 

 

 

「クッソ、モーターがゴミすぎて軸がブレる」

「ネズミニ四駆には使えたけどねぇ〜」

「作んのはドローンだぞ、墜落するわ。茉莉センセェでもダメならカセキしかいねぇ」

「力不足で申し訳ない。となると、必要なのはプラチナだねぇ」

 

 さてドローンをどう作るかと考えた時、真っ先に思い浮かぶ人物はカセキだ。私のクソ雑魚な腕でダメならば職人に頼るしかないのだが、カセキは悲しくも石化中。

 早急に復活液が必要となるわけである。

 

「ネズミニ四駆でコハクたちスパイチームがなんか届けてきたんだよー‼︎」

 

 とそこに届いたのは宝箱ソユーズから出てきた砂金の山。

 百夜が体力と命を削ってまで、千空へと繋いだ希望そのもの。

 

「ククク、天然の砂金には場所によっちゃアホほどたまにだがな混ざってんだよ、プラチナが──」

「おぉおおお⁉︎」

 

 最初に見つかったプラチナは指先にちょこんとのる程度の小ささで、その次に見つかったものもまた同様な大きさで。

 ただそれが次から次へと見つかっていく。

 

「どんどん、どんどん出てくるんだよ……⁇」

「──こんだけ集めるのに、何十年……」

 

 千空の親だからという理由だけではなく、最後の宇宙飛行士として科学をつなぐ為に。

 その身を粉にして、いずれ目覚める次の飛行士の為に。

 

「ずっと秒数刻んでた千空ちゃんと、何十年も砂集めてくれた千空ちゃんパパ。似てるね」

「ククク、血は繋がっちゃいねぇがな。百夜が言ってたのは『親友の子だった』。細けぇことは知りやしねぇし、興味もねぇよ。関係ねぇんだ、んなことは」

「──うん、関係ないね全然。だって繋がってんじゃないどう考えても。絶対に心折れない、そういうところで」

 

 カヒュ。

 不意に喉が変な音を鳴らした。

 

 千空が何億秒と刻んでる間、私はただ私が死ぬゆく恐怖に怯えていた。

 百夜さんが何十年とプラチナを集めている間、私は私たった一人の未来を案じていた。

 

 同じ人間なはずなのに、同じ世界に生まれたはずなのに。

 こんなにも、こんなにも、こんなにも。

 

 私は、自分本位にしか生きられない。

 彼らとは、何もかもが違いすぎる。

 

 ヒュッと喉がなり、手足がひどく冷えた。

 それなのに汗は出ていて、息が苦しい。

 

 私が何か言ったところで世界が変わったかは分からない。信じる人なんていないかもしれないし、妄想に取り憑かれたと思う人間が大半だろう。

 だって、そんな話なのだ。そんな話にしかならないのだ。

 

 だから言わなかった今までも。

 だから言わない、これからも。

 

 でもその選択で、千空と百夜の生きる時間を引き裂いたのもまた事実。

 千空が私の言葉を信じなかったとしても、何か言えてさえいれば行動を起こしていれば、百夜は冷たい水の中で命を落とさなかったかもしれない。

 子供の妄言だと捉えない優しい百夜おじさんならば、もっと千空との時間を作っていてくれたかもしれない。

 

 たらればのあり得もしない過去だったとしても、そうなる可能性を潰したのは誰でもない私だ。

 こうなることを知っていて、こうなれば大丈夫だと安堵して。

 

 私は今、必死に生きた誰かの命を踏み潰して生きている。

 

 それが私が生きる為に選んだことなのだと、理解してしまった。

 

「───ッ」

 

 ぐわんと頭が重力に引き寄せられて、私の体は倒れ込んだ。

 誰かに名前を呼ばれた気がするが、私の意識はすでにブラックアウト。

 

 

 

 

 

 あゝ、なんて無様なことだろうね。

 

 

 

 




番外編が幸せならば、本編は地獄にしないと……。


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72 凡人、呆れる。

 

 

 人の脳とは実に繊細なもので、相当のストレスがかかった場合はその記憶ごと抹消してしまうことがあるそうな。

 所謂解離性健忘と呼ばれるそれは、どうしようもない辛い体験を忘れて心を守ってくれる防衛本能。そしてどうやら私の場合は選択的健忘と言われる部分的な記憶の欠如があったらしい。

 

 でもさ、こんな時にそんな事思い出さなくてもいいじゃない。

 

 なんでさ今更思い出すんだよ、割れた石像(母親の顔)なんて。

 

 思い出したくなかったわ、そんなこと。

 クソみたいなことが続くと一周回ってある意味冷静になってくるようで、私はそれに気づいても取り乱すことはなかった。

 

 

「んっあ。……どれくらい、寝てた?」

「半日程度だ。で、体調は平気なんか?」

「──まぁ、ねぇ」

 

 思い出したくないものを思い出しちゃったけれど。多分コレは百夜から勝手に脳が連想ゲームした結果だと思う。

 もういない百夜さん。もう会えない親。砕けてしまって、風化したお母さん。そうなってしまったのは何のせい?と最悪の負の連想ゲームの完成。

 少なくとも守ろうとしなかった私のせいでもあって、子供の戯言だとしてもお母さんは信じてくれただろうにそんな事すら考えになかったのは私なのだ。

 アレを見つけてしまった時、私の脳は都合よく記憶を抹消したのだろうけれど。

 

 しかし最悪の連想ゲームの結果ここにきてようやく、私の脳みそは身内の命の上に立って生きていることを認めたのだと思う。

 だから思い出した、というわけで。

 思い出してしまったというわけで。

 

 うっかり泣きそうになるのを堪え、私は笑顔を作り千空に指示を願った。

 こんな時は体を動かすのが吉。何も考えずにできる単純作業が好ましい。

 

「……本当は休んでろっていいてぇところなんだがな。テメェ働いてた方がいいっつーんだろ。龍水、組み立てっぞ」

「──ワー、バラバラダァ」

 

 今、この心情にキッツイ作業がやってきた。けれどもやらなければ進まない。

 役に立てない私は、何でもこなさなければならないのだ。弱音なんか吐いてる暇はない。

 

「ちなみにコレで全部で?」

「今ゲンとソユーズが残りを運んでる。スイカはほれ、あそこだ」

「おー、なるほど」

 

 スイカはラボの中で何かを必死に作っていた。多分それは龍水の帽子であったり服であったり。

 私は健気なスイカを眺めながら移動し、龍水を組み立てる千空の隣に座る。そしてなぜか震えている手で石像を掴み取り、見慣れてしまったパズルに意識を向けた。

 嫌なことを思い出してしまったせいかぎゅっと心臓を掴まれたような痛みを感じたが、多分それは気のせいだ。

 気のせいということにしなければ、まともに石像と向き合えなくなるに決まっている。

 大丈夫と心の中で唱えておこう。

 

 カチャカチャと石同士を正しく組み合わせ、ゲンとソユーズが持ち帰ってきたモノも更に繋ぎ合わせていく。最終的には五人で組み立て、コレで完成とスイカが服を着せ帽子を被せた。

 

 プラチナを手に入れたことで量産できるようになった復活液の記念すべき一本目は、そのまま龍水に注がれる。そして石像は光を放ち、表面の石が砕けることなく素肌が現れていく。

 

「あれ、何コレ⁉︎いつものピシシシィじゃないの⁉︎」

「あ"ぁ、数千年たった石像はな、風化した表面だけ細胞が戻れねぇで剥がれ落ちんだ」

 

 石化して数日ならば、今回目の前で見ているこの反応こそが正しい石化解除の反応というわけなのである。

 龍水はそのまま順調に石化が解除され、数秒後にはパチリと瞬きをして高らかに声を張り上げた。

 

「はっはー‼︎感謝するぞ貴様ら。おかげで俺は!人類初の二回目復活者というトロフィーを手に入れたぞ!」

「龍水ー!」

 

 龍水に助けられたスイカは嬉しそうに跳ね上がり、私は龍水と目が合うと頭を下げる。

 心にも思っていないが、逃がしてもらったというのにヘマって怪我をしてしまったこととスイカを守れなかったことを謝罪した。

 

「面目ない」

「いや、あの状況で海に投げ込まれたんだ。怪我をしてしまっても致し方ないだろう。こちらこそレディにする扱いではなかったな」

「んー、怪我したのはそこじゃないんだけどなぁ。まぁ、投げられたのは驚いたけど」

 

 別に龍水は悪くなかったと握手をして仲直り?を果たし、私たちは次の行動を開始する。

 それは精密機器であるドローン制作だ。そのために必要なのが職人カセキであり、一同は一旦海へ繰り出した。

 勿論私はここでお留守番で、復活液の番をしながら彼らのお昼の準備を開始。

 

 案外思い出したくないこと思い出しても普通にできるんだなと思ったが、コレはきっと脳が未だに現実逃避している故の行動なのだろう。そのうちちゃんと理解したら、本気で泣き喚きそうで今から怖い。このままポンコツな脳であってほしいものだ。

 

 出来上がった硝酸にアルコールを混ぜつつ同時に貝を煮て、それからぼぅっとみんなが帰ってくるのを待って。

 みんなが帰ってきたらスイカにさきにご飯をあげたら、私も酸素ボンベ作りに精を出す。

 はんだ付けならやったことあると千空に伝えれば、手袋を渡されてラボカーの配管から千空と共にボンベ二本を同時に作っていく。

 

「まさかと思うが、それをボンベにするのか⁉︎空気圧に耐えるのか……?」

「あ"ー、試したことあんだよ。意外といけんだこれが。フリンジ留めて隙間にビッチリはんだ付けしとくだけでも100気圧くらいまでならギリ耐える」

「良くわかんないけど、そっか。千空ちゃんロケットエンジンとか工作してたんだもんね……。ってか、何でそれに茉莉ちゃんがついてけるのかも不思議だけど」

「んー、千空君ができるっていうならできるだろうし。はんだ付けはまぁ、やったことあったから」

 

 今世でやった記憶はないけど、あると認識しているし前の人生で何かしらやってたのだろう。詳しいことは気にしたら負けだと思うので気にしない。

 

 それからまたラボカーを解体し部品を集め、空気入れを作り出したら今度はひたすらシュコシュコと空気を入れていく。

 最初のうちは私とスイカで行い、徐々に男性陣に入れ替わる。そして十気圧程度からソユーズ一人でやるのも限界になりつつあり、五十気圧で男四人の全体重をかけるようになった。

 空気を溜めることは熱を溜めるということになるのでスイカはひたすボンベに水をかけ、私はその間に竹を加工したり足ヒレを作ったりと割と忙しなくはたらいた。

 

 そして私達は約十時間かけて二本の酸素ボンベを作り上げたのである。

 

 




アンケートのご協力、ありがとうございます!
本日夜には締めて、コネコネして書いていきます。


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73 凡人、組み立てる。

アンケの結果が出て、よしこう書こう!と決めた話が書きたくて致し方ないので、原作まきながら進めていきますー!
来週には宝島編おわるかな?
ちなみにお盆は更新しませんのであしがらず。


 

 

 酸素ボンベが完成してしまえば、あとはカセキやその他メンバーを海から引き摺り出すのが当面の作業となる。

 が、当たり前だが私は参加できないので代わりにひたすら復活液の制作がお仕事となった。

 

 最初こそ硝酸ができる過程を見守っていたわけだが、暇ならばアルコールと混ぜて作っておけとのパイセンからの指示が飛ぶ。

 復活液のレシピは硝酸30のアルコール70。ラボに設置されている設備を使い、計算間違いさえしなければ私だって作れてしまう品物なのである。

 

 ただ少し不安があって、アルコールの量が少なく感じた。多分石化された乗組員全員分はありそうだが、その後の石化分には足りなそうなのだ。

 今後の展開を考えれば早い段階で船からアルコールを奪い返すか、村からお酒を入手するかして蒸留しておきたい。

 でもその不安を伝える術はない。

 何たってこの後島全体が石化しますよーなんて言えるわけがないのだから。

 

「ま、なんとかなる、のかなぁ?」

 

 船さえ取り返せばそれなりに持ってきてたアルコールが使えるものね?

 少々人より体力が乏しい千空に運ばせるのは苦になるだろうが、そこはクロムと頑張ってくださいマル。

 

 そんなこんなで一人のんびりと復活液を作り上げていると、洞窟の入り口からオールを漕ぐ音が聞こえてきた。船の上には新たに復活した大樹がいて、とてつもなく爽やかな笑顔でこちらに手を振っている。大声をあげて私の名前を呼ぼうとしたが千空に止められていて、その光景を見ただけで私の胸は幸せな気持ちでいっぱいになった。

 

 はぁ、マジで幼馴染尊い。もっとやれ。

 

 例えようもなく、そんな気持ちにしかならん。

 

「おーし、これで!ドローン作りに神腕職人カセキ様の復活だ。パシャっとかけちまえ茉莉」

「おーけー」

「ちょ、ちょーっと待った千空ちゃん‼︎茉莉ちゃん‼︎君たち情緒とかないね全く⁉︎ってそういう話じゃなくて、いやそれもあるけれど‼︎カセキちゃんのこの背中のとこ、ビミョーにかけてない?」

 

 ささっと化石を組み立て復活液をかけようとすると、ゲンから静止の声が上がった。

 確かに言われてみればパーツが一部ないが、それがなくとも命に問題はなさそうだ。ただその形だけが問題で、どっからどうみてもその形はどこぞのDr.スラ◯プちゃんが棒で刺しているそれなので。

 

「かかかかわいそすぎるんだよ……⁉︎」

「気にしねぇよ誰も。このストーンワールドでよ」

「いや、気にはするでしょ」

「確かにこれは流石に。大樹くんを待とうか」

 

 背中にウンチマークはキツイとなり、大樹が石像を持って帰ってくるのを待つこと数分。彼は大量の荷物を抱えて海から帰ってきたのである。

 

「うぉぉおおお集めてきたぞ‼︎みんなの石片を──‼︎」

「さっきの海底からか⁉︎」

「どうやって‼︎⁉︎ もう酸素ボンベもないのに……」

「そりゃもう、体力担当の大樹君だもの。潜ってだよ」

「そうだぞ!素潜りだ!」

 

 みんなが場所を見つけておいてくれたから数分ばかり息を止めていれば何とかなると大樹は言い、私と千空はその言葉に頷いた。

 一般人なら無理だと思うが大樹だもの、どうにかなってしまうのだ。

 大樹にカセキの石片を見つけてほしいと頼めば嫌な顔一つしないで頷き、全部とってくるとまた海へ向かって走り出す。

 そしてほんの200〜300往復潜ればいいだけだからと、いとも簡単に言ってのけたのだ。

 

「せ、せめて途中まで船使いなよう」

「確かに‼︎」

「すっごい爽やかに言ったんだよ、ほんの200〜300って……」

「ヒィ〜‼︎まだ大樹っつう奴の非常識わかりきってねぇテメェらのドン引きが面白すぎるわ‼︎」

「それなぁ」

 

 大樹イコール体力担当。

 それを一番わかっているのは勿論千空だが、私もそれなりに知ってはいるので驚きやしない。

 それにこんなことで驚いていたら、ゲンや龍水だって化け物レベルにできることがあるじゃないかと私は訴えたいものである。

 

 その後大樹は順調に乗組員達の石片を集めていき、最初に復活を果たしたのは例の穴を塞いだカセキである。

 石化が解けたカセキは体調がとても良いと飛び跳ねて喜び、千空からもらったドローンの作業書をみて腰回りに巻いてあったワカメを切り飛ばす。そしてボロボロになってしまったラボカーを前にして一旦泣き崩れてから、それを直すためにその腕を振るった。

 ラボカーの修理が終わるや否やはじまるのがドローン作りで、そっちは千空とカセキの二人で取り掛かることなる。

 

「茉莉、今回テメェは石像パズル班だ。杠を復活させるまでテメェが要だ、平気か?」

「ン、問題ないよ。慣れてるし」

 

 千空から専用の糊を受け取りそのまま地べたに腰を下ろし、私はスイカと共にパズルを開始。たまにクラフトを気にしているスイカに声をかけて、その都度そちらの様子を見てきてもらう。

 やはり子供は興味のあることをやらせてあげた方がいい気がするし、こんな状況で無ければスイカだってドローン作りに加わりたかったのだろう。

 大人の都合で行動に制限をつけすぎるのはあまり良くない。

 

 だがな、龍水。

 君はもう少し頑張れないかね。

 

「あんまりパズルは得意ではない?」

「ボトルシップは得意だが、石像を組み立てたことはないからな」

「そっかぁ。ま、見知った顔が多いしやり辛くはあるかもね」

 

 石像だと思っていればいいが、視線を変えれば仲間が文字通りバラバラになっているのだ。気分の良いものではないだろう。

 フランソワを組み立てる龍水の顔はほんの僅かだが不安そうで、本当に復活できるのかと心配でもありそうだ。

 

「そういえば、龍水君もバラバラでここまで運んできてくっつけたんだよ?」

「何?」

「体、問題ないでしょ?」

「──フッ、そうだな」

 

 不安を取り除くように龍水をバラバラだったけど平気だろ?と言ってあげれば満足そうに笑い、そして先ほどとは違う表情をして石像を組み立てていく。そしてふと、龍水はもう一度私の方に視線を向けた。

 

「──茉莉、貴様は大丈夫か?」

「何が?」

「手が震えているぞ、さっきからずっとな」

「……問題ないよ」

「ついでに言わせてもらうが、顔を引き攣っている。相当無理をしてるようにしか見えん。違うか?」

「──たとえそうだとしても、この状況で休んでる暇はないでしょ。今はただ、やれることやってりゃいいの。それだけだよ」

「……そうか」

「お気遣いありがとう」

 

 やはりというべきか、どうも科学王国民は察しが良すぎる。

 ちゃんと笑っていたと思っていたのに引き攣っていたとは。

 あ、だから千空は私に『任せる』ではなく『平気か』と聞いたのか。

 本当に、優しすぎて困ってしまう。そういうとこ、本当に好きだわぁ。

 

 なんて、必死にいろんなことを考えて思考を埋めて。

 私はひたすらパズルを組み立てる。

 

 風化してなければ大丈夫なのだと言い聞かせて、みんなとまた会えると信じて。

 

 私は仮眠を挟みながら夜を越し、朝方までひたすら石像を組み立て続けたのだ。

 

 

 

 




平均3000文字を目指してますが、キリがいいのが大体3000手前。
読み足りないくらいだと感じている方がいたら申し訳ないです。

そしてアンケートの結果、泣かすことにしました。ご投票ありがとうございました!


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74 凡人、サ行を唱える。

 

 

 

 私は翌る日も必死に石像パズルに精を出す。そしてとある石像をキチンと元に戻した後に大量の布を隣に用意し、くるくるっとワカメを巻いていく。

 準備が整うと少し遠くにいた大樹を呼んで、復活液を渡して頷いて見せた。

 

「やっぱり大樹くんでないと」

「──うむ!じゃあいくぞ!」

 

 パシャリと復活液を頭からかけていけばたちまちその石像、杠の石化は解けていき、抱きつこうとした大樹はぴたりと動きを止めて握手を求めた。

 

「親しき中にも礼儀ありだからなー‼︎」

「ホバーハンドの中学生かよテメェは」

「ちゃんと目を逸らしてるところも大樹くんぽいけどねぇ」

 

 久々の大杠の供給に内心ハスハスしながらも杠へ針と糸を渡し、復活したてで悪いが服を繕ってもらうこととなる。

 私が作るよりもずっと早く綺麗にできた衣類を纏った杠は、その後も復活メンバーの衣類を量産していってくれる。やはりというべきか杠がいるお陰で服を奪い取られた人たちのワカメ復活率は下がり、その中にはソナーマン羽京の姿もあった。スイカの手によって作られた紙の帽子もなかなか素敵だが、流石に服まで紙では作れない。

 それ故に、事前に布を杠の元へ集めておいたのである。

 

「ヤベー‼︎石化初体験だぜ!こんな感じだったんだな!」

 

 一際嬉しそうに復活したのはクロムで、彼の周りにはハートが飛んでいるように私の目には見えた。その反応に是非ルリと共にいる時にもハートを撒き散らして欲しいと願ってしまうが、千空と同じで恋愛脳がバグってそうなクロムだもの。そう上手くはいかないのだろう。

 

 クロムと羽京の復活を喜ぶ私たちであったが状況は淡々と変わっていき、復活者が集まるその洞窟に訪問者が訪れた。

 

 それは後宮にいるはずであったアマリリスで、その口からはコハクと銀狼に何があったかが語られることとなったのである。

 

 

 後宮に侵入したスパイチームの中で最初に声がかかったのは銀狼であった。

 銀狼は嫌がってはいたが千空から預かった兵器を使い、色んな意味でギリギリのところで秘密を暴くことに成功。またほぼ同時刻にコハクとモズの乱闘が始まり、モズの戦闘能力の高さをコハクとアマリリスはその身を持って理解させられた。

 

 この状況をどうにかしようと考えたところで非戦闘員のアマリリス一人で出来ることなどなく、そのままイバラに襲われて怪我をし落ちていく銀狼とそれを追うコハクの姿を見送ることしかできなかった。

 

 アマリリスはその後すぐさま戦士達の目を盗んで二人の元へ行くことはできたが、コハクから頼まれたことは傷の手当てでもなければ仲間を呼ぶ事でもなく、銀狼が文字通り命がけで暴き出した真実を千空達へと伝える事。

 銀狼を抱えて木を駆け上るコハクを目で追って、今度はイバラを騙すために目を伏せて。

 

 石化された二人が作ってくれた僅かな隙をついて、この洞窟までその事実を伝えにきたのだと。

 

「銀狼は頭首様の石像とソユーズが似ていると言っていたみたい……」

「じゃあソユーズって、頭首様の一族の人とかだったんだよ……⁇」

「似てるというのも銀狼の見立てだがな」

「あ"ー、んなこた今とやかく想像しててもしゃあねぇ。それよか知りてぇのは敵の戦力&内情だ!」

 

 私達にできることといえば、アマリリスの持ってきた情報から頭脳戦で勝機を掴み取るしかないのだ。

 ありがたい事に五知将と呼ばれた五人がそこにいて、わかっている情報もある。

 例えば連続して石化武器を使わないことからソレは一つだけしかないと推測できる。またそれを投げられるのもキリサメただ一人。

 

「すごく大事なことを確認したいな、アマリリス。キリサメが投げた石化武器はコハクちゃんたちの上から炸裂した、だよね?」

「?そうだけど……」

「──そっか、キリサメちゃん。わざわざ頭首様を避けて投げたってことは……」

「あ"〜、これもアホほど重要な情報のピースだ。キリサメは頭首が石像だと知らねぇ……!」

 

 そうそれな。

 キリサメは知らないから従ってるだけなんだよなと考えたところで、私の脳はとある場面を思い起こした。

 

「んーそうなんだけどさ、良くわかったね。なんで?」

「あ」

 

 そういえば、こんな場面ありましたよね。

 思い出すのがいつも遅いな、私の脳みそは。使い物になんねぇじゃんよ!

 

「…モ、ズ……‼︎」

 

 海を背にしていたアマリリスと、その横に座っていた私の背後から現れたのは長身の男、モズ。

 羽京の耳でもこの至近距離まで気付かれないように近づけるあたり、手練れと言っていいほどの実力者なのだろう。

 皆を庇おうとした大樹はあっさりとモズの槍捌きで後方へ飛ばされ、たまたま掴みやすそうな位置にいた私はグイッと肘で首を抑えられて動きを封じられる。

 

 足の怪我の代償が人質とか、ほんとうに笑えないのだが?

 もっといえば、若干体浮いてて苦しいし心臓があり得ないほど恐怖で脈を打っているので早急に離していただきたい。

 

「──っ、ケホ」

 

「茉莉っ──」

「大樹くん……っ‼︎」

 

 吹き飛ばされた大樹はそれでもなおモズと皆の間に立ち塞がり、私はなす術無く捕えられたまま。モズは大樹の耐久力を褒めたが、そんなモノ無意味だと、ここからどうするつもりなのと言い放った。

 そして私ただ己の無力さと、結局は足手纏いにしかなってないのだと認識せざるを得なくなっているのである。

 

「ゴメンなさいっ、私がきっと尾けられちゃったから……」

 

 アマリリスは素で泣き出すし、私はそれを見てさらに顔の筋肉が強張っていくのを感じる。本来ならば人質なんていなかったはずなのだ。だというのに私が存在していて、そのせいで不利な状況になる事もないとは言いきれなくて。

 考えて、怯えるのをやめて、どうにかして。この状況を打破しなければならない。

 私がいたせいで誰かが傷つく未来だけは避けなくてはならない。

 

 考えろ考えろ、脳を働かせろ。

 

 コソコソとクロムと話すゲンに視線を向けたり、こちりを睨んでいる千空をみたりするが良い案は浮かばないし、助けを求めるのも違う。

 この状況で助けて欲しそうにすれば、こちら側に不利な条件を出されるかもしれない。

 とりあえず、ニコッと笑っておこう。

 

 大丈夫、大丈夫。私は平気、平気。

 

 今まで生きてきてもっとやばいことなんて山ほどあったじゃないか。木から落ちて救急車で運ばれたり、自分で作った干し肉に当たって腹下したり。三年間肉食動物もいる森でサバイバル生活とか。本気で死にかけたことはギリギリないけれど、それ相応の恐怖は体験している。

 モズだって人質をとってはいるが、まだ殺そうとしてる訳でもないのだ。

 

 だから大丈夫、大丈夫。

 

 あ、でも流石に苦しいのは辛いので首は緩めていただきたいです。

 

「──くる、しい。ゆるめッ」

 

 ポンポンとモズの腕を叩き不安を表せば、案の定まだ殺す気はないだろうモズは腕の力をゆるめてくれた。

 よく出来る人質ならばその隙を見て逃げ出すのだろうが私に出来るはずもなく、息を整えてことの成り行きに合わせるしかない。

 自信なんか、ないけれど。

 

「ね〜ぇ、ちょーとだけ!ちょびっとだけ待ってよモズちゃん♪悪い話じゃないのよコレ‼︎俺たち科学王国とモズちゃんで手ぇ組んじゃうって唆らない……?」

 

 目の前で始まったゲンの交渉術と科学(ドローン)の組み合わせでまずは驚かせ、それを使っての石化武器を奪い取ることが可能と見せかける。そしてさっとモズの懐まで潜り込み、似たような目的があるのだと思い込ませた。

 

「モズちゃんとオレら妖術使いが組んじゃえば、この島の支配権だって後宮だってぜ〜んぶゲットできちゃう♪そう思わな〜い?ね、茉莉ちゃんも思うよねぇ?」

「そうだねぇ、できちゃうカモー」

 

 これでいいですかね、メンタリスト。

 私に交渉術を求めないでください。

 

「だってホラゴイスーに強いじゃない?モズちゃんってば。イバラちゃんとかその辺の兵士が強さ100としたら、モズちゃんなんてもう150くらいあったりとするんじゃないの……⁉︎」

「え、スゴーイ!頼りにナルー」

「……んーもう少し、差あるかもね」

「え〜、そんなに最強なんだったらその気にならばイバラちゃんなんかすぐ倒せちゃったり……」

 

 出来る訳ではないんだよなぁ。

 

「君らを皆殺しにするか、イバラを殺すか。んー、どっちかな。まぁ、殺すなら殺すで話聞かせても問題ないのか」

 

 モズ曰く、頭首を石化させた黒幕はもちろんイバラ。でももう年だしそろそろくたばっていただいて、自分の園を作りたいと。

 

 何だろな。

 あんなに優秀な人たちの遺伝子から出来ているというのに、イバラとかモズとかのちょいちょい欲に従順な人が生まれるもんなんだね。

 いや、知りたいの欲で宇宙に行った人らの子孫だもん。そりゃあ欲深いか。

 

「ククク、じゃあ何でとっととイバラをブチ殺さねぇんだ」

「あの石化光線さえなきゃとっくにやってる。石化武器預かってるキリサメちゃんは結構強いからね」

 

 つまりはジャンケンのような関係性。

 イバラにモズは勝つけど、モズは石化させられるキリサメには勝てない。キリサメはイバラが頭首様の為に石化させてると思ってるのでイバラには逆らわない。つまりは勝てない。

 頭はいいんですね、イバラさん。

 

「つまりモズ、テメェは石化光線が邪魔。俺らは石化光線が欲しい。100億%一致してんじゃねぇか利害はよ」

「そーなの!俺らが欲しいのは石化武器♪取引って対等にすべきでしょ?モズちゃんは島牛耳って後宮ゲットすればいいじゃない♪」

 

 モズが後宮を手に入れる為に妖術は提供するけど、石化武器だけは絶対に欲しいとゲンは強調しながらモズにいいより、私も腕の中でウンウンと頷いておく。

 ソロソロ抜け出してもバレないかなとは思ったがへんに行動してややこしくなっても困るし、私はもう少しだけこの場で我慢する事に決めた。

 

「対等?んー、いらないよね条件なんて。武力で優位なのは俺なんだから、君らは俺のために妖術で働く。石化武器も俺に渡す」

「サスガー!絶対的強者の権限ってやつですネ。ステキー」

「……君、なかなか分かってるね。名前なんていうの?」

「茉莉デス。ハジメマシテ、戦闘センスマシマシのお兄さん。挨拶のついでに苦しいのでもうちょい緩めていただいても?」

「……ま、いいよ」

「アリガトウゴザイマス」

 

 じとっと私を上から下まで眺めたモズは、人質として役割はもう終わりだと呆気ないくらい簡単に解放してくれた。

 ゲンの話術のおかげで殺すかどうかではなく、手を組むか組まないかの話になったからこの程度で済んだと安堵の息を漏らし、ぴょこぴょこと移動して大樹の後ろに隠れて座り込んだ。

 頑張って平気そうに取り繕ってはいるが心臓は破裂しそうなほど早く脈打っているし、ぶっちゃけ恐ろしくはあったのだ。

 何せあの氷月たんと一時的だが対等に戦う相手だぞ?

 私なんて瞬コロっすよ。

 

 あとはゲンと千空に話し合いを任せておけば間違いないと、私は杠の手を借りてさらに後方に移動する。そして右耳につけてあったインカムを千空に渡して欲しいと頼んだ。

 

「手を組むなら連絡手段必要でしょ。一から作るよりは使ってもらって?」

「うん、渡しておくね」

 

 私に気を遣ってか杠は無理やり取り繕った笑みを見せ、千空の元へと戻っていく。

 それと同時に今度は羽京が私の隣に現れて、相変わらず肝が据わってるねと、多分褒めて?くれたのである。

 

「怪我をした状態で人質になってるのに、笑って、それも相手を褒めてやり過ごすとか普通できないよ?よく頑張ったね」

「──出来る女はサ行で転がすものだっておば様から教わったし」

「おばさま?サ行……?」

「サスガー、シラナカッター、スゴーイ、センスアルー、ソウナンダー」

「──合コンかな?」

「さぁ?……ま、私がうっかりブチ殺されたら同盟もクソもなかっただろうし、なけなしのプライドも捨ててたわけですよ。全く」

 

 困ったものです。

 そう言って無理やり震えている両腕を押さえ込んだ。

 モズに拘束されている時は震えなかったというのに、今更震えるとはなんたる不覚。

 

「──茉莉、本当に頑張ったんだね」

「頑張らなきゃ、ダメでしょ」

 

 頑張ることしか、取り柄なんてない凡人ですもの。みんなが不利にならないように頑張りますとも。

 

 それだけはちゃんとしておかないと、本当にここにいるのが辛くなっちゃうじゃないか。

 

 

 



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75 凡人、法は犯さず。

 

 

 

 モズが一応仲間になったという事は、あと数日のうちに全ての決着はつくのだろう。

 杠印のフードマントは完成しているし、今夜にでもモズは侵入者のフリをした闇討ちを決行する。

 私が覚えている限りじゃこの後割とすぐに島諸共石化装置が発動されてしまう訳だし、身動きの取れない、否、ここに待機命令が出ている私もニ度目の石化を迎える事となるはず。

 まだそうとは断言は出来ないが、もしもの時用にと新たなインカムが千空パイセンから預けられてしまった以上、私は確実に非戦闘員で決定。どう足掻いても石化は決定事項です。

 

 そりゃあ走って逃げることのできない私なんかが対決の場に行ったところで役たたずにしかならないのだ。ここは大人しく復活液を量産してるのが一番役に立つのだろう。

 

「っても、あと7、8本が限度かなぁ」

「──何がだ?」

「復活液。ラボカーにあるアルコールがそろそろつきそうなんだよ」

 

 量産といってももうすでに手元にあるアルコールは少なくなっている。配分をミスって3、4本分のアルコールを無駄にしてしまった事もあり、あと十本も復活液を作れない。

 千空にそれについて謝れば、別に失敗はつきものだからと責められることはなかった。

 むしろ責めることよりも良くやってると褒められてしまい、なんだかむず痒くもなる。

 

「イバラのやつをどうにか出来れば、あとはジャンジャン復活液使うからな。作れる人間が増えるに越したこたぁねぇ」

「別に、千空君が作れるんだから良くない?」

「俺が他のモンに手ぇだしてる時は茉莉、オメェが担当すんだよ。その為のトライ&エラーだろ」

「マジでかー」

「大マジだ。それに、何かしてた方が楽なんだろ」

「ん、んー、ソウダネ」

「……吐き出したくなったら、言いに来い。聞いてやる」

「んー」

 

 やっぱり、バレてら。

 流石千空さんですね、既に私の頭がぽんぽこぴーなのを熟知していらっしゃるのですね?

 

 千空の言うとおり、何かしらしてないと嫌なことを思い出してしまって大変よろしくない。泣きそう、にはならないが洞窟の隅に固められて置いてある乗組員の石像が視界に入るだけで、嫌な映像を思い出してしまうのだ。

 大丈夫だと自分に言い聞かせたところでたかが知れてるし、目に映るものは動いている人だけにしておきたい。

 態度を変えた気はなかったが、前々から私の異常行動を見てきた千空だもの。どこかしらにバレてしまう行動があったのだろう。

 それさえ分かれば知られないようにできるのに、私にはそれが分かっていない。

 どこから察してるのと聞いたところで教えてもくれないだろうし、とりあえず目を合わせないようにはしておくとしよう。

 

 

 翌る日を迎えれば、今度はモズ対策用に悪魔の発明品の作成に取り掛かる。

 カセキが淡々と生み出していく部品と、プラチナのおかげで量産される硝酸を使って作られた火薬。

 その二つが合わさることでできてしまうのが──。

 

「老若男女関係ねぇ。人類、つまりホモサピエンスを地球最強生物として君臨させた神と悪魔の発明品」

 

 銃、である。

 

 武器の使い方を決めるのはいつだって人間だ。ダイナマイトだって元々兵器として生み出されたわけではないのだから、使う人によってソレは救いにも破滅にもなってしまうものなのだ。

 使わないに越したことはないが、使わないといけない場面もある。故に取り扱いが一際面倒な代物。

 だからこそ、不殺を心がける羽京は声を荒げた。

 

「こんな状況で綺麗事はやめろって言われるだろうけど、やっぱり僕は出来れば誰も殺したくはないんだ!だからギリギリまで──」

「綺麗ごと?はっはー、それは違うぞ羽京!不殺は綺麗ごとでも倫理でもない。身内を殺されたものの遺恨は永久に消えん!敵すら手に入れる!そのために殺さない‼︎それこそが合理的なのだ……‼︎」

 

 さも当たり前にそんなことがいえてしまうのは、欲しい=正義を掲げている龍水だからこそだろう。

 無論、千空も殺すつもりで作ったわけではない。

 足にでもあたれば後で石化させて治してしまえばいいだけだと言い切りゲン達をドン引きさせているし、大樹も元からそうだぞと疑問にも思ってやいない。

 私がそういうとこあるよねと頷いていれば、スッと向けられた赤い瞳と視線が合わさってしまった。

 

「で、だ。一応念のために聞いとくが、流石にテメェも撃ち方は教わってねぇよな?」

「……じぃちゃん達は教える気満々だったけど、免許は二十歳からだったしねぇ。流石に法は犯せなかったよ?」

「え、なんの話してんだ?二人して」

「こいつの爺様、猟師だかんな。もしかしたら撃てっかと思ったんだが……」

「いくらなんでも未成年に銃を教える人はいませんでしたー。ま、そのほかは色々教わったけどね」

 

 合法か分からないけど狩りの仕方だとか、R指定つきそうな熊の捌き方とか解体の仕方だとかエトセトラ。本当に今、役に立っている知識達は全てそこからである。

 

「フゥン、貴様の知識の源はそこからだったのか。だが、そうなると誰が使う?拳銃は未経験者には至難だぞ?扱える人間など日本に──」

「あ」

 

 皆の声と視線が、一つになった。

 

「ククク、現職のお巡りが拳銃持つってんなら羽京テメェも文句ねぇだろが‼︎」

 

 そうして復活したのは警察官の陽だ。

 陽は出来たてほやほやの銃を嬉しそうに預かり、そしてアマリリスのお色気攻撃に撃沈。かっこいいと顔を赤らめた美女に縋られてしまえば、得意げになるしかあるまい。

 

「ウェェエエイ!俺に任しときゃ問題ねぇーしょ!」

 

 と自慢げに弾を放つこと三発。

 狙ったガラス瓶は割れることはなかったが、頭上からはポトリと毒蛇が落ちた。まさかコイツを狙ってと驚くクロムに、やるじゃねえかと陽を褒める千空。

 

 だがしかし、私と陽は胸の中に秘めたる言葉があったのだ。

 

 普通にビン狙って打ったはずなんだけどね、と。

 

 不安だ。知っているけど、すごく不安だ。

 頼むから私が知っている未来になりますようにと、心の中で私は祈るしかない。

 

「んじゃ次だ。勝つためには四つの装備がいる‼︎それを全部完成さして作戦決行といこうじゃねぇか……‼︎」

 

 まず初めに必要なのは囮のフード。敵の前に出るメンバーを五人として、フードも五人分作成。これは勿論杠が。

 それと同時に陽の銃練習のための騒音をアマリリスが手引きし、いざという時のモズの足止め手段に備える。

 石化装置は投げられたものをドローンで絡め取らなければならない為、そのために必要なパワーチームとして金狼、ニッキー、マグマの三人を復活させた。

 その際に金狼には銀狼はやるべき事をやったと、コハクの機転でギリギリ生きているのだとも伝えられた。

 

「おぉおぉおおし!早速綱引きの特訓だ!パワーチームで……!」

 

 最後は無理矢理石化装置を奪い取るため、力ずくの綱引きをしなければならない。そのために必要なのはただの縄ではなく、軽くて切れない最強のロープが必要となるわけで、それを作るのが科学チームの仕事だった。

 私もその時ばかりは恒例のドイヒー作業に加わり、コマを使ってのロープを作り上げていった。

 

 最終的に必要なドローンもカセキ達の手で無事に出来上がり、操縦者として龍水が選ばれることとなる。幼少期、プロゲーマーとしてトレーニングを受けていた龍水はあっという間に操縦を覚え、皆を驚愕させた。

 

 

 おおよそ一日かけて最終決戦に必要な装備を手にした私たちは、翌る日の早朝、全ての決行を待つだけとなったのである。

 

 

 




余談、番外編のR指定のものは支部にのみ置いてあります。
読みたい方はそちらでお願いします。ハーメルンだと別シリーズを作るようになるので、こちらでの公開予定はありません。


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76 凡人、溢れる。

次の更新は盆明けからです。


 

 

 

 

「分かってると思うが、お前はお留守番だ。いいな?」

「私は幼稚園児か何かかな?分かっているけれど」

 

 黒フードを被って決戦に向かう千空達を私は見送り、ひとりぼっちでその時まで待機する。

 右耳は真新しいインカムをつけているが、そこからは何も聞こえない。

 もしこれが使用される時は良くも悪くも全てに決着がついた時だそうな。

 

「──なに、してよ」

 

 もうすでに作れる分の復活液は作ってしまったし、硝酸を作ること以外することがない。

 スイカもアマリリスも杠も、普段戦闘員じゃないメンバーも今回は駆り出されているというのに、私は怪我のせいでそれにすら関わることはできやしない。

 いや、関わりたくなかったのだからこれでよかったのだと思いたいところだが、何もできない虚しさの方が勝つ。

 もしも怪我をしていなければ連れていってもらえたかなと考えてしまうあたり、脳がいかれ始めているようだ。

 

 

 

 ひょこひょこと杖を使って移動して、洞窟の隅にまとめられている石像を一体一体確認していく。彼らを見るのは怖くもあるが、何せ一年ばかり共に本土で過ごしてきた仲間でもあるのだ。

 一緒に窯を作った奴、狩りに行った奴、革の加工を教えた者に、パン作りにハマっていた子。色々と教え体験してきた人間がこうも簡単に石化させられ、生きているのか死んでいるのか分からない状態でそこに在った。

 

 脳が働いて思考できている状態ならば生きていると言えるのだろうが、すでに意識がないものは果たして生きていると言えるのだろうか?

 

 その両手をもがれ足を砕かれ、海に捨てられてもなお人間だと言えるのだろうか。

 

 見知った人間だからこそ人だと言い切りたいが、言い切ってしまえば自分が見て見ぬ振りをしてきたその理不尽な残酷さから目を背けることはもう無理になる気がした。

 

 本土にいた時も破損された石像は沢山あった。でも私はそれを当たり前の結果だと流してきた。

 世界中が丸っと石化したのだから仕方がないのだと、復活できない"石像"もいるのだとそう決めつけて。

 

 だというのに今更思い出してしまったあの石像は、砕かれてもなお"人"なのだと脳は判定してしまっている。

 直らないのに、治せないのに。

 それは人としての確実な死だと、認識してしまっている。

 今まで私が見て見ぬ振りをしてきた石像のその全てが、生きていた人間でしかないのだと。

 そしてそれらを命と認めず、諦めて捨て置いてきたのは私なのだと。

 

 たった一人で未来に立ち向かっていたとして、どれだけの人間が救えただろうか?

 むしろ私が精神病患者として病院にぶち込まれていた未来があったかもしれない。

 

 石化を逃れて未来を繋ぐために命を育み続けた六人と、その祖先達と。人類七十億人救うために、いまだに苦悩の道をいく科学少年と。

 

 逃げ続けていた私とじゃ、何もかもが違いすぎた。

 

「──くる、しいなぁ」

 

 私が知る未来は後わずかしかない。

 きっとその先を知らない私は、前を進む彼らに取り残されることとなる。

 知らないからこそ前を向ける千空達と、知らないが故に足を止めてしまうだろう私。

 

 折角ついてこいと言われたのについてきていいと言われたのに、私はきっと役たたずに成り果てる。今の今までは知ってる知識を使ってうまく立ち回ってきたけれど、それすらできなくなってしまうから。

 

 私は私の利用価値を見出さなければ、側にいられない。

 

「──っく、ふっ」

 

 膝を抱えるようにしゃがみ込んで、私は溢れ出ようとする涙を必死に抑えた。

 こんな自分勝手な理由で泣いてなんかいられないし、今まさに外ではみんなが戦っているのだ。そんな暇あっていいはずがない。

 下唇を噛み締めて両腕に爪を立てて、ただひたすらに感情を殺す。

 

 もう慣れたものだろう、泣かないようにするなんて。

 

 遠くで聞こえた発砲音と、それからしばらく経ってから聞こえた大樹の声に私は安堵しながら独りぼっちでことの行末を見守る。

 何にもできやしない虚しさと悔しさで気を緩めると溢れ出そうなナニカがあったが、今まだお呼びで無いのだから引っ込んでいろと唱えた。

 

 それから一時間も経たぬうちに私の知る未来同様に島そのものが緑色の光に包まれていき、私の意識は暗転。

 

 一度目の石化は、目様めた時の死が怖かった。

 二度目の石化は、何も出来ずにそこに在るのが怖かった。

 

 暗い暗い意識の果ての中、私は眠りにつく事など出来ずにただこのクソみたいな思考に取り憑かれるだけ。

 このまま意識を保ったまま頭を割られたのならば、私はその時点で思考を失うのか。それともそれに気づかずに永遠と悩み続けるのか。もしもの未来になってしまっていたのだとしたら、私たちが日の目を見ることはもう無いだろう。そのときはまた、3700年たてば起きられるなどどうでも良いことばかり考えてしまう。

 

 千空のことだからもしもの事なんてありゃしないのに、そう思いたいのに、マイナスに振られてしまった脳は思いたくも無い世界ばかりを見せてくれる。

 

 もう嫌だなと思ったところで意識を飛ばすことは出来なくて、永遠と、長い時間。本当はそこまで長く無いだろうけれど、時間感覚のない暗闇の中で悠久の時を過ごした気にもなっていく。

 

 どうせならこのまま意識を飛ばして、もう二度と目覚めない石像になってしまっても悪くは無い。

 役立たずとして生きるよりも、これにて終演おさらばと消え行くのもまた一興。

 

 

 となってしまえばいいものを、そうは問屋が卸さないようであった。

 

 一度目は背中から徐々に石化から解放されていったが、二度目は抱え込んだ頭のてっぺんから生ぬるい風を感じていく。

 

「──またせたな、茉莉。いい子で待ってられたかよ」

 

 その声に嗚呼全てがうまくいったのだと安堵しながら千空に向き合うために顔をあげてみれば、何かが頬を流れ落ちていく感覚と、目の前にいる彼の目が見開かれていることに気付いた。

 はてこれはどうしたことかと思いきやどうやら鼻もぐずぐずで、上手く、声が出なかった。

 

「……オメェ、なんで、泣いてんだよ」

「っないて、ない」

「どうみたって泣いてんだろが」

「ちがっ」

「テメェの情緒どうなってやがんだ、全くよ」

 

 泣いてないこれはただの汁だと千空にも自分にも言い聞かせ、どうにも止まりそうもないソレを両手で覆い隠す。

 石化してたせいで我慢が効かなかったとか、笑い事にもならないじゃないか。

 これが生きて石化が解けた安堵の意味の涙なのか、この先に不安を表した涙なのか、はたまた千空の顔を見て安心した涙なのかは分からない。

 ただ、今泣くのは違うのだけは分かった。

 

「茉莉」

「違う、から」

「何も言ってねぇんだが。まぁいいわ、オメェはいっぺん泣いとけ」

「ちがう、から!」

「違わねぇだろっ、そうやっていつも胡散くせぇ顔しやがって!心配するこっちの身にも少しはなってみろ!」

「──っふ、心配、しないもんっ」

「してんだわクソほどな!オメェは怖ぇことも嫌なことも分からねぇことも、全部泣き喚いてどうこうする人間なんだよ、いい加減認めやがれ!それにプロラクチンやらACTH、コルチゾールっつったストレス物質が放出されて情緒が落ち着くんだ、テメェに必要なのはまず我慢しねぇで泣く事ってわけだ。だからさっさと、合理的に泣きゃいいんだよオメェはよ!」

「わけ、わかんないぃっ」

 

 怒った表情の千空にそのまま抱きしめられて肩に顔を埋められても、それでも私は耐えようと唇を噛んだ。

 だがそれも見越されたのか一度顔を離され千空の両手で固定され、目と目が向かいあってしまう。

 

「茉莉、オメェは十分頑張ってる。だから少しは休んでくれ。頼むから、泣いてくれ」

「──っ、だって、泣いたらもう、とまらないっ」

「なら泣き止むまで側にいてやる。それに、テメェを泣き止ませんのは俺の役割だったろ昔から。だから泣きゃいいんだよ」

「ふっ、んぅ、──っ」

 

 ぎゅっと包み込むように抱きしめられて仕舞えばもうどうにも出来なくて、どうしようもない思いが迫り上がってくる。

 怖いも苦しいも辛いも、溜め込んでいたもの全部を曝け出すように私は声を荒らげた。

 

 ああそうだ、ずっと叫びたかった。泣きたかった。

 あの日からずっと、泣いたらダメだと決めつけて堪えてきて。大丈夫と言い聞かせて、まだやれると決めつけて。

 とうの昔に限界なんて来ていたはずなのに。

 

「せん、くーっ」

「ん」

「──ごめん、なさ、」

「謝るこたぁねぇだろ、俺は気にしねぇしな」

「ん、ごめ、ありがと」

 

 ズビズビと鼻を啜って、ひたすら泣いて。

 私の背中を優しく撫でる千空に全てを預けて、ただただ甘えた。

 

 涙が自然に止まるまで、私は数千年ぶりに涙を流し続けたのだ。

 

 

 




アンケートの結果を踏まえ、どうにもならない感情をぶっ壊してやりました。涙っていきなり出るもの。そういうものだもの。


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77 凡人、限界オタ。

茉莉ちゃんが、色々ドーン。


 

 

 どうしよう。本当にどうしよう。

 

 ズビズビと鼻はなり続けるし、未だに止まることない涙のせいでお腹も痙攣している。そのせいか呼吸も怪しくうまく話せる自信はない。

 だが問題はそこではないのだ。

 話す話さないはひとまず置いておいて、離れられないのが問題なのである。

 

 愛しの千空さんが背中を撫でてくれているから離れられないとかではなく、彼の右肩らへんが私の涙と鼻水でぐちょぐちょになっているのが大問題なのだ。

 これでは物理的に離れられない。離れたら大惨事になるに決まっているのだから。

 

「ふーっ」

「落ち着け落ち着け。まだ泣いてたって問題ねぇよ」

「そで、なく。ひぅっ、服、汚れっ」

「あ"ー、気にすんな」

 

 神かよ。

 さわさわと右手で頭を撫でてくる千空に全力で甘える体制になっていることに気づいてはいるが、体と涙の制御がつかないんだもの。あとで土下座して許してもらおう。

 ヒグヒグとその後も子供のように泣き続け、もうどうにでもなれと顔を離し腕でゴシゴシと色んなものを拭う。それを見た千空は楽しそうに鼻で笑い、なんだかいたたまれない気持ちになった。

 

「ククク、ひっでぇツラしてんなぁ。ほれ、見してみろ」

「──やめ、ひぐっ」

「っクク。ホントに、ようやく泣きやがって」

 

 千空はするりと自分の腕についている布を外すとそれを使って私の顔を拭い、捨てられた子犬を見るようななんとも言えない表情で私を見やる。

 どうやら彼の目に映っている私はバブちゃんらしい。

 今の今まで頑張って泣かないようにしていたというのに、こんなところで涙腺がバグってバレてしまうなんて遺憾である。

 

 だけれど少しはそれでも良かったと思えている自分もいるのは確かでもある。

 

 千空の言っていた通り、泣いた後の方が心なしかスッキリとした気持ちになっているのだ。チラリと見知った石像達を見てもぼっちで眺めていた時より苦しい気持ちにはならないし、全体的に気分も体調も良い気がする。

 泣く事って意外と大切な役割があったのねと納得しつつ、歪んだ瞳でジトッと千空を観察して見ると左肩らへんに紅いシミを発見。私は思わず目を見開いて、わずかに残っていたアルコールでその傷を消毒することにした。

 ズビズビと衛生面的には大変よろしくない奴が手当てする事を了承してもらい、アルコールで傷口を拭き綺麗な布で巻きつける。石化してまえば治るのだろうが、そんな事している余裕はないのでこれで様子を見るしかないだろう。

 そういえば折れて腫れていた足も動かせるようになっているし、こちらは石化の効果で治ったようである。

 

「そいや、ほかのひと、は?」

「手元に残ってたのはオメェの分だけだったかんな、これから作んだよ復活液を」

「──クロム、とかにしてけばっ、よかったのに?ひぅっ」

「作り慣れてんのは茉莉しかいねぇだろ?それに、テメェとなら復活順番気にしなくても問題ねぇだろ?期待してんぞ」

「ん。わぁーた」

 

 食料問題とか体力とか、その他諸々問題だね?今まで働けなかった分、頑張らせていただきます。

 

 私が泣き止むまで復活液作りを待つという千空にいつになるか分からないと説明し、スンスン鼻を鳴らしながらラボカー(千空はこれに乗ってきたらしい)に乗り込んで二人でペルセウスへ向かう。その間千空は当たり前のように私の頭を撫で続けるし、その安堵感からか不意に涙が出ると抱え込まれるし、アレ?私はバブちゃんだった?と何度も意識を飛ばしかけたのは言うまでもないだろう。

 

 いや、泣き止まない私が悪いんだけどね。止まらない涙が悪いんだけどね。そんなママみのある顔で見られるとまた涙が溢れるんでおやめになって?

 私のHPはすでにマイナスよ。

 

「あたま、なでるな」

「威勢がいいこって。テメェが泣き止んだらやめてやんよ」

「ひぐっ、いじめだ」

「ククク、いじめではねぇなぁ」

 

 おいやめろ、頭を撫でるな。私がキュン死にするだろ。

 逃げるわけにもいかず片手を千空の右手で拘束されながらボロボロになったペルセウスの中を探索し、無事であったアルコールの大瓶を幾つか回収。ついでに悪くなっていない食料もカバンに詰めておく。

 ある程度必要なものをラボカーに積み込んだら今度は島に戻り、クロムやゲン達の石像を一箇所に集めてからの硝酸作りを開始だ。

 とはいったものの龍水のみバラバラになっており、それは千空が組み立ててくれるそうな。ありがたや。

 

「んで、次は誰、ひぐ、起こす?」

「あ"ー、テメェが泣き止み次第クロムとカセキ、パワーチームだな。その後に現住人起こして恩売っぞ」

「なきやみ、しだい?」

「そのぐっちゃぐちゃの顔見られてもいいならソッコー復活させっけど、どうする」

「──なきやむ」

 

 流石に、こんなひでぇ顔他の人に見せられん。本当ならば千空にも見せたくなかったが、そこはもう諦めた。

 いい加減涙よ枯れはてろ。

 

 すびっと鼻を啜りつつ若干減ってきた涙を拭い私は硝酸を作り出していくのだが、泣いてスッキリした頭が当然の如く変に働いてしまう。

 硝酸に使うアンモニアってつまりは尿で、これから復活する奴らは私と千空の排泄物をかけられてしまうのだがそこんところはどう思うのだろうか。

 ただの過程に必要だった産物と飽きられるのか、それとも知らないと通すのかなかなかの見ものであろう。十中八九千空はンなこと気にするんじゃねぇと言いそうだから口には出さないが、この人数復活させるとなると大量の尿も必要ですよね?二人分じゃ無理があるのでは?

 採取しやすい男から復活させていこう。

 

 そんなことを考えつつようやく止まってきた涙を拭い、私は食事の用意にも走り出す。

 足が治っている故に自由に動き回れるので、集落から食べ物を拝借したり飲み水を頂いたりと大忙しだ。

 食べ物を盗むことに対しての罪悪感はないし、どうせ島民全員復活させる頃には腐っているものもあるだろう。お有難く使わせてもらうのが一番効率がいいに決まっている。

 

 その後はカチカチと龍水を組み立てている千空に声をかけて食事を済ませ、そのあとは互いの仕事に戻る。会話などあってないようなもので、案外その空気も心地よいものであった。

 集中して作業を進めていけばいつの間にか日は落ちて、辺りは薄暗くなり月の光があたりを照らす。そういや洞窟からほとんど出なかったし、空を眺めるのも久しぶりなものだ。

 流石に外に寝るのはとラボカー内へ寝る準備を運び込んでいると、ジジッと右耳につけてあるインカムが音を発し私は思わず飛び跳ねて驚いてしまったのである。

 

「──ッ!」

「んあ"?なんかあったのか?」

「あー、えーうーん。……あのさ、日本から連絡きたりとか、した?」

「あ"ぁ、一回な。──なんでんな事今聞くんだ」

「んー、なんといっていいのか分からないんだけど。コレ、渡しとくから着けててよ。その方が手っ取り早い」

 

 私が千空に手渡したのは勿論インカム。

 そして私が聞いてしまったのはルリの声ではなく、石化を狙うホワイマンであろうその声だったのだ。

 ボカロ並みに調教されている千空の声が耳元から聞こえたらそりゃあ驚きますって。むしろ発狂しなかったことを褒めていただきたい。そして願わくば、そのままインカムは私にください。センクウポイドとか誰得だよ私得だよ。

 

「──私より、千空くんが聞いてた方がなんだかわかると思うし」

 

 本当は、返して欲しいけど。

 定期的に声聞けるとかご褒美なので。

 

「……意味分かんねぇが、つけときゃいいんだな?」

「うん、そーして」

「わぁったよ」

 

 そういって右耳に装飾品をつける千空のお美しいこと。顔がよきよきの良きですよ。

 

 涙が止まったからかはっきり見えてしまう推しのビジュにニマニマしないようにギュッと表情を固めていると、それを見た千空さんは不機嫌そうにため息をついた。そして、私のその顔がうざいとはっきりと言い切ったのである。

 

「テメェが何を思ってその顔を作んのか知らねぇが、見てて気分のいいもんじゃねぇんだわ。隠すんならメンタリスト並みにやれ」

「そういわれましてもゲン君並みとか無理でしょ。それに千空君だって変な顔してる奴の相手はしたくないでしょ?」

「それとこれとは話が別だ。……あとその気持ち悪りぃその呼び方やめろ。背中がゾワゾワする」

「──へ?」

「昔みてぇに呼びやがれ。呼ばねぇならこっちも"茉莉ちゃん"って気色悪りぃ呼び方してやんよ」

「ふぁっ!?」

 

 なんでそうなる⁇

 先ほどまでインカムの話をしていただけなのでは?

 何故そうなったのだと首を傾げてみれば千空は喉を震わせて笑い、幼馴染だろとそう私に告げたのだ。

 

「おさ、な、なじみ?」

「何理解できねぇ言葉聞いたみてぇになってんだよ馬鹿。誰がなんて言おうとテメェは俺の幼馴染だろうが、この泣き虫が。……あ"ー違ったわ、泣き虫"茉莉ちゃん"?」

「うぐっ」

 

 破壊力がぱない。

 それはちょっとやめた方がいいのではと必死にその呼び方をやめるように説得しようと試みたものの、千空は焦る私を見て逆に面白くなったのか辞めることはなく何度もそう呼び続けた。最終的には私が折れることとなったのだが、今更千空を呼び捨てになんて恐れ多い。

 心の中でならなんとでも呼べるが、口に出して名前を呼ぶなんて羞恥心で死ねる。

 だって今の今まで君付けだったんだよ?簡単に呼べるわけないでしょう?

 というか、今日の千空は色々とおかしい気がする。イバラブチ倒して石化装置手に入れてテンション上がってるのかもしれないが、だからといって私を揶揄うのは違うと思うのだが?

 絶対に、違う。

 

「──っそんなことより、今日早く寝て明日に備えた方がいいんではないかな⁉︎ ほら、千空君だって疲れてるデショ、ネヨ!」

「千空な、"茉莉ちゃん"」

「ヒッ──、あーホラ見てみてお月様が綺麗ですよ?満月!お綺麗ですね⁉︎」

「──んなもん3700年前からお綺麗だわ。それに灯りがねぇぶん小せぇ星も綺麗に見えんだろ。な、"茉莉ちゃん"」

「──なんで、もうっ」

 

 そんなに私をいじめて楽しいのかと思っていればせっかく止まった涙が意味も分からなくポロポロと出てくるし、千空は悪い顔で笑い出すしどうしたらいいのか本当に分からなくなってくる。

 クソゥ、一体なんの涙なんだよコレは。

 

 一度バグってしまった涙腺は当たり前のように私の心が揺れ動くと涙が出てくる仕様になってしまったみたいで、この先はもっと気を引き締めていかないと変なところで泣きそうだ。

 

 クククと笑う千空は相変わらずに涙を拭い、そうして名前を呼べと私に命令を下す。

 従いたくはなかったが、従う気もなかったが推しにお願いされてしまえば拒否できない私もいるわけで。

 

 私は小声で彼の名を呼んだ。

 

「──せん、くう」

「ん、それでいい」

 

 くそぅ、推しがイケメンすぎて辛すぎる。

 うぐっと喉を鳴らして千空から目を逸らし、私はそこで漸くその涙の意味を理解した。

 

 コレはただの嬉し泣きに違いない。

 

 私はずっと、千空と幼馴染でいたかったのだ。

 そんな関係にならないと捨ててきたはずなのに、本当はずっと仲良くしていたかった。記憶が戻ってくる前の幼き"茉莉"からすれば、それは当然の願いでそれが漸く叶ったのだから、そりゃ無意識に嬉し泣きするわけだ。コンチクショウ。

 

「明日は朝から順次起こしてくぞ」

「──そうしょう」

 

 これ以上二人きりだと心臓も持たなければ涙腺ももたない。

 この時間はなんとなく心地よくあったが、情緒が乱れた私にはなんとも耐え難い空間であることも確かなのだ。はやく、はやく心を落ち着かせたい。

 

 だというのに──。

 

「テメェ、どういう感情なんだよその顔は」

「センクウには一生わからないと思うよ」

 

 左手で顎を捕まれ、右手の親指で涙を拭われれば誰だってグシャっと顔が歪むもののです。

 

 推しからのファンサが多すぎればこんな顔になるんだよ、限界オタはな。

 

 そんな事言ったところで科学推しの君にはわからないだろうけどね。

 

 

 




Q、何故千空はいきなりテンション爆上がりなの?
A、幼馴染が昔ながらの泣き虫に戻ったので。

Q、茉莉ちゃんのストレスはどこに行ったの?
A、涙と千空のお陰で、"一旦"身を潜めました。

Q、その言葉に意味はあったの?
A、…………さぁ、どうでしょう。


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78 凡人、量産する。

 

 

 あんだけ泣いたお陰か、その日私は珍しく熟睡することができた。夢を見たかどうかもわからないレベルの熟睡なんていつぶりだっただろう。

 それにちまちま目覚めることなく長時間寝るなんてここ数ヶ月なかった気もする。認めたくはないが、やはり泣くことは人にとって必要な事だったらしい。特に私のような弱い人間にとっては尚更だ。

 

 だがしかし、これはコレそれはそれ。そう簡単に泣いてはやらぬ。今回泣いてしまった分涙腺が緩んでいる気もするし、なるべくギュッと結んで今後も泣かないように努めていかなくては。

 

「──あ"」

「ん?なんかあった?」

「あ"ぁ、テメェの言ってたことが今わかったわ」

 

 私がギャン泣きした翌る日の朝食中、千空はインカムを取り外しながら眉を細めた。その様子から察するに、定期連絡的なやつが飛んできたのだろう。

 

「茉莉、テメェはコレをどう考える?」

「あー、よく出来てるなと思ったよ。わざわざセンクウの声に似せてくるって事は声のサンプルはひとつしかないのかなとか思えるし、今まではソレがないから対話できなかったともとれるしねぇ」

「……テメェにはコレが俺の声を似せたもんだって思えたんだな?──ビビんだろ普通、知ってるやつの声でんな事言われたら気色悪りぃ」

「まービビリましたが?でもまぁ、アレだよアレ。ボカロっぽいじゃん。変な機械音っての?人ではないのはなんとなくわかるでしょ」

 

 どんなに神調教であったとしても、ボカロって独特なもんがあるもの。気づく人は気づくもんだよ。羽京だって気づいてたわけだし、現代のバーチャル歌姫を知ってる人間が聞けばなんとなく分かりそうなものだ。

 それに何より私が推しの声を間違えるとでも?間違えませんよ。むしろホワイマンさんはそのセンクウポイドでなんか歌ってくんねぇかなぁ。無駄に電波に流してくれ。

 

 まぁ、それはともかく。

 

「──それ、私が預かっておいていい?定期的に電波飛んでくる可能性があるなら聞いておくよ。その方が規則性とかわかって合理的でしょ?」

「まぁそうだが、平気か?」

「問題ないよ、別に始終声が聞こえるわけじゃないんだし合成音だとわかってるわけだし」

「じゃあ任せるわ」

 

 すちゃっと千空によって右耳にインカムは設置され、私はホワイマンの監視員?になったわけである。

 コレで合法的に推しの声聞き放題だぜ!とテンションが若干上がっているが、それがバレると碌な事はないだろうし真顔をキープしておく。変に顔を作ると千空パイセンにはすぐにバレるのだもの、真顔が一番なのだ。

 

 

 その後私達は当初の予定通りにクロムやカセキを起こしに向かった。

 ぱしゃっと復活液をかければクロムはガッツポーズをしながらイバラに千空が勝ったことを喜びハイタッチを交わし、私はその隙にカセキに復活液をかける。約一日ぶりにあったカセキにもご苦労さまと声をかけて、そのまま次の人へと向かった。

 感動的な再会は全部千空に任せておけば問題ないと金狼とマグマ、ゲンを起こして千空の元へと向かわせて、私はそのまま復活作業を続行していく。石像を集めておいたためわりかし簡単に進んだが、ある程度進んだところで復活液がなくなり一旦作業は終了。

 その時点でのメンバーは私と千空を含めた十名。ニッキーと私、多分フランソワもアンモニア採取からは外されるとして、これだけいれば順調に復活液作りも進むだろう。

 

「茉莉!アンタ、足治ったんだね!」

「石化のおかげでね。だから働けなかった分働くからよろしくねぇ」

「ご無事で何よりです。それでは私たちは何を──」

「私とフランソワさんは当分みんなの食事係かなぁ。ニッキーちゃんはパワーチームとして船の修理に回ってもらうかもしれないけど平気そう?」

「任しときな!」

 

 ドンと胸を張るニッキーを頼もしく思いながら千空の元へ戻れば、そっちもそっちで話が終わったようである。

 

 私たちは二手に分かれその後の仕事をこなしていく。勿論私はフランソワと共に皆の食事面のサポートに周り海に潜って魚を捕ったり貝を採ったり、誰もいない村に潜入して悪くなりそうな食べ物を率先して集めていく。

 一度どうせ腐らすなら食べた方が合理的でしょと笑ってみれば、ゲンが若干引き攣った顔をした。解せぬ。

 

「にしても、茉莉ちゃんはもう復活液のエキスパートだねぇ」

「ま、任されてるからね。って事でアンモニア頂戴」

「……茉莉ちゃん、俺的にはもう少し恥じらいが欲しいかなぁなんて」

「恥じらっても誰も復活しないんだなコレが」

 

 さっさとよこして下さる?とゲン達にアンモニアを催促して恥ずかしそうにしているゲンからまとめられたブツを受け取り、そのまま硝酸作りを続行。

 フランソワと一緒に食事を作ってはいるが、杠やスイカを復活させたあたりから私の仕事はほぼほぼ復活液作りに時間が当てられるようになったのだ。流石に島人全員復活させるのだから復活液は大量に必要になるわけで、船の修繕と共に同時進行しなければどうやって時間が足りない。そのため復活液作りが仕事となったのである。

 しかしながら復活液はまだまだ足りないので、当分睡眠時間減らすかと頭を悩ませているとゲンが私をじっと見つめていた。

 

「なーんか茉莉ちゃん、顔色良くなったね?何かあった?」

「んーまぁ、色々とあったよ」

「もう大丈夫そう?」

「それなりに。働けなかった分、働くからね」

「……無理しないでね?」

 

 何がどうなったとは言わないが、メンタリストであるゲンには石化前の私の不調がバレていたのだろう。それが石化復活後なくなれば気になりもして、でも直接どうしたって聞くわけでもなく。

 そういうとこがみんなに好かれるんだろうなと思わずにいられない。

 私は千空推しではあるが、まぁ、ゲン推しでもあるというか所謂箱推しで。

 そういうところいっぱいしゅき。

 

 そんなこんなでみんなの無事を確認しつつ、改めてみんなが好きだなと思いつつも数週間かけて乗組員全員を起こし船の復旧作業を進めていった。

 そうしてようやくペルセウス号の勝利の凱旋航海までありついたのである。

 

「千空ー!海の底に沈んでいた彼女はどうするんだー⁉︎」

「あ"ー、一旦引き上げておけー」

 

 大樹によって引き上げられたのはイバラの被害者であるキリサメだ。

 彼女の衣類はなぜ透けないのだろうかと疑問点はあるが、今はそこに突っ込んでいる場合ではない。

 私は千空にお好きにどうぞと復活液を一本差し出した。

 

「テメェからしたら知らねぇ奴だが、使って問題ねぇのか?」

「乗組員はほぼ復活したし、残りは後宮に行った二人だけなんだよ。だからこっからは島人にわりきってかないとね」

 

 とそこまでいえば私の言いたい事を理解した千空は喉を鳴らして笑い、石化したキリサメの元へ向かった。

 本当に、察しの良いリーダーでお有難い。

 

「敵だろ?どうするよ復活させるかさせな──」

「んじゃブチ殺しとくぞ」

「人殺しに迷いがなさすぎない⁉︎──ってこっちはこっちで迷いゼロ‼︎」

 

 キリサメを復活させるかどうか迷っているクロムとぶち壊そうとするマグマ。それを止めたゲンを他所に千空は復活液をかけていき、彼女に対して後宮の石像をどこに捨てたかを問うた。

 勿論それは怪我をして石化させられた銀狼とコハクのことである。

 キリサメの答えを聞くや否や私達は二人が待つ場所へと足を運び、怪我をしていた銀狼に新しい服を着せて石化解除に挑んだ。

 

「一か八かの賭けだったのに変わりはないのだ!」

「この銀狼の傷、本当に治るのか?」

「ククク、復活液の修復力なめんじゃねぇぞ。そこに完全復活した茉莉がいんだから問題ねぇだろ」

「石化解除と共に足の骨くっついてたよー」

 

 先に石化が解かれこうするしかなかったのだとコハクは言い、金狼は銀狼の怪我が本当に治るのか心配している。

 しかしながらそんな心配は無用だ。何せちょびっとだけ石化が残っていた千空は生き返った経験があるし、見ての通り私の足は自由に動いている。千空が自分で行った実験を知らないとしても、目の前に怪我が治った私がいるのだから心配はいらないと私は二人に声をかけた。

 

 ぱしゃっと復活液をかければあっという間に銀狼は復活を果たし、お腹にあった傷も綺麗に治っている。安心して泣きそうな金狼から私はそっと目を逸らし、コハクに抱きつこうとする銀狼を呆れた顔で眺めた。

 

「ありがとぉぉおおお!コハクちゃぁぁぁぁいん」

 

 ドゴっと綺麗なゲンコツが決まり、銀狼の頭にはタンコブの山が出来上がる。

 石化しようがしなかろうが銀狼はいつも通りだったと安心して、私達は互いに視線を合わせた。

 

 そして──。

 

「あぁぁあああ!ずるいぃぃい!千空だけなんでェェエエ⁉︎」

 

 千空とコハクの抱擁、まじで尊い。ご馳走様です。

 キリサメが二人から恥ずかしそうに視線を外し、アマリリスは二人はそういった意味でのハグではないと意味深げにつぶやいた。

 いやね、それでも尊いからいいと思うのよ私は。

 

 てぇてぇ。まじてぇてぇ。

 

 ニヤニヤとしそうな顔を必死に耐えながら微笑みに変えているとうっかり千空と視線が合わさり、そのままコハクに何かを耳打ちしてニヤリと笑われた。

 

「茉莉ー!」

「はぎゃっ」

 

 そうしていきなりコハクは私に抱きつき、頬ずりをしたのである。

 

「足が治ったようで何よりだ!もう痛みはないか?」

「問題ないよ。って事で離れてクダサイ」

「千空が茉莉も頑張ったのだから抱きしめてやれと頼んできてな。全く、自分でやればいいものを」

「多分、そういうのじゃないと思うヨ」

 

 クソゥ、あの顔は楽しんでやがる。

 やっぱり真顔じゃないとニヤけ面は隠せなくなりつつあるのか。最近の推しが察しが良すぎて困る。このオタ心だけは隠し通さなければ。

 

「ま、そんなことよりコハクちゃんが無事で良かったよ。お帰りなさい」

「あぁ、ただいま茉莉」

 

 ニコッとコハクが笑えばスイカとニッキーまでもが加わり、それを羨ましそうに銀狼が見ていたのはいうまでもないだろう。

 

 だがしかし、それを微笑ましそうに見ないでくれますかねぇ⁉︎

 そういうとこだぞ千空!私はもうバブじゃないからな!

 

 



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79 凡人、告白する。

 

 

 

 ペルセウスの修復がほぼほぼ終わったその日の夜、乗組員が船の上で楽しそうに歌い踊ってる最中何故か私を含めた主要メンバーは通信室へと集まっていた。

 

「来たァア!来たぜ電波!」

「直っちゃったわーい!通信装置!」

 

 破壊されていた通信装置を直し終えると千空はそのまま本土へと連絡をとり、私達が石化中にきた通信の理由を問いかける。

 

「あ"ー、聞こえてっかルリ?楽しい思いで話は後だ。用件あんだろ言え。まぁ、なんとなく察してはいるがな」

『千空、あなたが不思議な通信を──』

 

 ルリと会話を始めるや否やそれを阻むかのような雑音が入り、私と千空以外は皆不安そうに顔を歪めた。

 その正体を知っているものはもちろん私だけで、私がほぼ毎日聞いているもの。

 そして、千空もすでに理解できてしまっているものでもあった。

 

「通信が遮断された⁉︎別の強力な電波で……」

「別のって!俺ら以外人間いないはずなんだから、それってもう……!」

「ホワイマン、さんからなんですよねぇこれが」

 

 ボソリと呟いたはずの私の声が、やけにその場に響いた。

 

『12800000m 1second』

 

 それは石化を発動させる魔法の呪文。

 地球全体を覆える数値。

 

「ダメ‼︎ 石化装置を──」

「あ"ー、わかってる。死んでもスピーカーに近づけやしねぇよ。しかしまぁ"いつも"と違う時間に電波飛ばしてくんじゃねぇか」

「まぁ、こっちが通信してきたからそこに被せてきたって感じじゃないかな。盗み聞きし放題なのかねぇ?」

「違ぇねぇな」

 

 周りがホワイマンの意図を考える中、千空と私は淡々と会話を続けていく。

 もうどうにでもなれと千空の思考に私の意見を乗せていけばぎょっとした顔でゲンは見てくるし、羽京も龍水も何故それを知っているのかと問い出したそうな顔をしているではないか。

 故に私は右耳に付けてあるインカムをトントンと触り、その意味を教えたのである。

 

「復活してからずっと聞いてんだよね、この声」

「ちなみに12800000mは地球の直径な」

「んでもってセンクウそっくりの声で真似してくるんだよ、ウケるよね?」

 

 ハハっと笑って見せるとコハク達はさらに驚き、何故今の今まで教えてくれなかったのだと声を荒らげた。

 千空は一人一人に知らせたところで時間がかかるだけだし面倒だから通信のくる時間に合わせて全員に聞かせちまえばよかったと答え、私はそれに同意しつつ今回のコレは予定外でもあったとも伝える。

 

「ルリからの通信はこの事じゃねぇ可能性もあったから繋げたが、上手い具合にアチラさんが盗み聞きしてくれたおかげで無駄な労力がさけたしお有難てぇこったろ」

「でもまぁ、みんなを混乱させるつもりはなかったんだよ本当に。ホワイマンさんがついつい予定外に出てきちゃっただけで、私達も想定外だったからね?」

 

 本当に驚かせるつもりはなかったんだよと謝ればなら仕方ないとコハクは納得したが、それは一部の反応でしかない。

 羽京に至ってはじぃっと私のインカムを睨んでいるし、龍水はホワイマンが敵意を持ってやっているとするならば更にボロが出るのではとさらに思考する。

 

「……もし平気だったら、僕にもそのインカムを貸してくれないだろうか。茉莉は千空の真似をしていると言っていたけれど、一応僕の耳でも確認したい」

「んー、どうぞ。あ、でも確認し終わったら返してもらってもいいかな?」

「それは、どうしてだい?」

「規則性があるから、いい時計がわりなので」

「っはは!茉莉らしい考えだね。──普通なら、怖がるでしょ」

「もうなれたので?」

 

 本音を言えば千空から貰ったものだから手元に置いておきたいし、センクウポイドの声もまぁ気に入ってる。故に手放しにくいのである。

 

 私は羽京にインカムを渡すとそろそろお暇してもいいものかと千空に許可をもらい、そのまま誰もいないであろう寝台部屋まで向かった。

 殆どの乗組員は甲板で騒いでいるし主要メンバーは通信室にいるわけで、一人なれる時間があるとしたら今しかない。

 足早に寝台まで向かい私のベッドの底をガサゴソと漁れば誰にも手をつけられていないであろう記録の束が残っており、周りに誰もいないことを確認してそれを開く。

 宝島編は怪我をしてほぼ関わりがなかったから変な改変はされてないと思うが、一応記憶がまばらだし確かめておいた方が良いだろう。

 

 左から右へと文字を追いながら記憶を照らし合わせてみると、今の段階でそれほどまでの相違点はないが通信の件は若干違う。これはまぁ、あの時知らんぷりしていたらそれはそれで勘の良い人には何故言わなかったと攻められそうだから致し方ないと諦めておこう。

 ホワイマンの場所まではインカムでわからなかったわけだし、そこらへんで帳尻を合わせていけば問題ないだろう。

 

「って、やけにプラスに考えられてるなぁ。やっぱり泣いたから?」

 

 泣く前だったらここが違う!と狼狽えてそうだが、なんとなく今はしょうがない事だったと諦めがついている。何せ千空が一番初めに私を起こしたことから違っていたのだから、私にはどうしようもないだろう。

 

「んー、となると問題は……」

 

 私が知る未来が、後わずかであるということ。

 宝島から本土へと戻れば司は復活するし、そのあとはアメリカへ向かうこととなる。そうなると千空の師であるゼノと軍人さんにも会うわけで。

 

 つまりは、千空が撃たれるわけで。

 

 なんやかんやでアメリカ居残り組と軍人から逃げる組に別れた記憶はある。

 だがしかし記録として残っているものにも私の記憶にも、あまり詳しく書かれてはいないのだ。

 何せ私は娯楽として読んでいただけで記憶しようと思ってこの世界の出来事を読んではいなかった。読み返しの少ない出来事に関しては記憶しておくのが難しかったのだろう。

 故にわたしが知り得る未来で重要となる出来事は『千空が撃たれる』ということだけ。

 それ以外はワニバーガーしか覚えていない。

 

「むー、これは、ヤバい」

 

 覚えていないということは、知らないということは。

 私という存在がこの世界に関与してしまう可能性があるということだ。

 

 今更ながら本土に残りたいなぁっと千空に伝えたところで許可してくれる気もしないし、なんなら復活液も作れるようになってしまった故にアメリカを復興するぞと助手として連行される気もする。

 つまりは逃げ場は用意されていないのでは?

 

「あー、どう足掻いても、ヤバイ」

「何がヤベェんだ?」

「っ!──いつからそこに?」

「あ"ー、今さっきだ。で、何がヤベェんだ」

 

 いつの間にかそこにいた千空に驚きながらもゴソゴソとベッドにソレを隠し、私はこちらに向けられた視線に愛想笑いを向ける。

 

「色々と、考えることがあっただけで。なんでもないよ」

「──はぁ、なんでもねぇならそれでいいが、一人で抱え込むじゃねぇぞ。無理だったら言え」

「あざざす。んで、センクウはなぜここに?」

「どうせ飯食ってねぇだろ、行くぞ。後テメェに頼みたいこともあっからその相談だ」

「なるほどー?」

 

 私に向けられた左手を無意識に掴み取り、そのまま甲板までの廊下を進んでいく。

 なんとなく千空はあの"記録"を気にしてもいるようだが、無理に聞く気はないようだ。なので私も知らないふりして隠し通しさせてもらう。

 

「んで、頼みたいこととは?」

「島の全員を起こすまでここにいるわけにもいかねぇからな、アマリリスか誰かしらに復活液の作り方を教えておきてぇ」

「あー、そゆことね。ってことはソユーズ君がいいんじゃない?一応後継者なんでしょ?」

「そこは本人の意思次第だな」

「そだね」

 

 宝島の正式な後継者はソユーズで、彼がここを統べることとなるはず。とならば残っているプラチナを加工して装置をもう一台作れば島での復活液の量産も可能で、順次復活させていけば──。

 

「あ、」

「あ"?」

 

 ぎゅっと繋いだ手を握りしめて、それに気づいてしまった。

 ソユーズの父親もまた、復活できないのだと。私の母と同じく頭が割れて、もう戻ることがないのだと。

 

「ありゃー?」

「ったく、涙腺が元通りになったもんだな泣き虫」

「面目ない」

 

 うっかり私とソユーズの状況を重ねてしまえばバグってしまった涙腺からはポロポロと涙が溢れ出て、一旦手を離した千空は当たり前のようにそれを拭う。ただ前のように号泣するわけではなく、1.2分で涙は止まったので問題はない。

 何を考えた結果泣いたんだと千空に問われたが、そこは素直に人に戻れない石像もいるんだろうなと思ってと答えておく。その答えは間違いではないし、私だけではなくいずれ誰しもが通る道なのだ。

 別におかしい事はない。おかしい事など、ない。

 

「──センクウ」

「あ"?なんだ」

「……おかぁさん、もう戻れないんだ」

「は?」

「もう、戻らないんだ」

「──そうか」

「うん」

 

 いきなりの意味不明なカミングアウトだったというのに千空は動じる事なく私の頭を撫でた。

 私はと言えば口に出して事実を認めた事で、漸く折り合いがついたようなそんな気がする。母だけではなく、今後はそういった石像と沢山出会うことになるだろう。

 その度に後悔してももう遅く、私はもう進むことしかできないのだがら。

 

「……今なら誰もいねぇしな、肩貸してやんぞ」

「んー、じゃあ少しだけお借りしマス」

 

 ぎゅうっと手を握りしめながら千空の肩に頭を埋めて目を閉じる。瞼を閉じると嫌でも思い出してしまうあの日の風景。

 

「……もう会えないのは、寂しいね」

「そうだな」

「一人でも、救えるといいね」

「あ"ぁ」

 

 そんなことを言いながらも私は、君をまた見捨てるのだろうか。会えなくなるかもしれない寂しさと苦しさに、耐えられるだろうか。

 

 私にはもう、どうするべきかわからなかった。

 

 



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80 凡人、欲もある。

 

 

 まぁ分かってはいたものの、ソユーズさん。あなた記憶力チートすぎではありませんかね?

 

「えっと?覚えたって本当に?」

「?覚えたよ、本当に」

「……アマリリスちゃんは?」

「一回で覚えられるわけないでしょ⁉︎」

 

 ふんすと顔を背けるアマリリスに私は安堵の息を漏らし、やはり記憶力チートは一人だけだったと天を仰いだ。

 

 千空に頼まれてソユーズとアマリリスに復活液作りを教えることとなった私であるが、蓋を開けてみればソユーズの独壇場でアマリリスが出てくる幕はない。だって彼、一回見せただけであのややこしい工程覚えちゃったんだもん。今までの私の苦労を返して?いや、無理だろうけど。

 

 ソユーズがこれを覚えたという事は本土帰還組は島全体の復活を待たず出航できるのだが、その前にコレ用の器具も作らなくてはなるまい。

 ありがたい事に百夜が残してくれたプラチナはまだあったような気もするし、千空に交渉してもう一台作ってもらわなくてはならないだろう。

 

 作業を覚えたという事で私たちは一旦お勉強会を中断しソユーズとアマリリスは大樹の元へ、私は千空達の元へと戻る。帰って早々オハナシアイをしている千空に硝酸量産機をもう一台作ってもらえるかと打診すると、少し驚きながらも了承してくれた。

 

「っても、作るにしちゃあ早すぎねぇか?」

「いやね、ソユーズさんの物覚えがパなかったんだよ。一回で覚えられる脳みそ、私も欲しかったなぁ」

 

 そうすれば幼少期はもっと楽に過ごせたと思うのに、なんて夢のような世界を思い描く。

 どんなに足掻いたところで私は凡人なので、そんなの無理な話だと分かり切ってはいるが夢ぐらい見たっていいじゃない。

 

「んで、そっちはどうなりまして?」

「あ"ぁ、ソナーマンの耳でもこれが合成音声だっつーお墨付きをもらったところだ。てことでオメェに返すから引き続き頼むわ」

「ウッス」

 

 当たり前のように千空の手によって右耳にインカムをセットされ、そのまま私とカセキはラボへ直行し量産機のクラフトを開始した。といっても面倒なのはプラチナの加工くらいであとはラボにある備品を使えばなんとかなるものである。ビーカーやらなんやらを取り付けて、あっという間に装置の完成。本当にカセキのお爺ちゃまの腕も素晴らしい。私も将来はこんな風になれたらいいななんて思ってしまうほどに、カセキには憧れを抱いているのである。

 

「オッホー!これでバンバン復活できちゃうんじゃないの!」

「復活できちゃうんですよね、コレが」

 

 にっこりと互いに笑いあっていると別行動していたクロムと千空がラボに訪れ、対司軍用に使っていたショックキャノンを用いてパラボラアンテナを制作する。そして船に取り付ける為にペルセウスに戻ったのだが、多分コレでホワイマンとの距離を測るんだろうなとなんとなくの展開を察知した。

 

『12800000m 1second』

 

 船のスピーカーから出てくる音声にワクテカしつつ、ソナーが揺れるのをその目で確認。どんな原理で距離を測っているのか私にはさっぱりわからないが、千空が分かるっていうなら分かるモンなのだからと安心して任せているわけだ。

 

「計測の基線長が短すぎて差が見えねぇ」

「相手は地上や大気圏ってレベルの距離じゃないね」

「ん、サッパリだけどどゆこと?敵さんめっっつちゃ遠いってこと⁇」

「とりあえず地球にはいないって事だよ、カセキのおじいちゃん」

「そうなの!?じゃあメチャクチャ遠いじゃないの⁉︎」

 

「ククク、ところが地球の自転で俺らが動いて数千キロの基線長を確保すりゃなんとか見える」

「つまり無限の彼方とかでもない──」

「めっちゃ近いってこと?」

「どっちだよ⁉︎」

「場所によりけりってことなのでは?」

 

 キレッキレのクロムのツッコミにむふふとしかけながらも夜になるまで逆探知を続けていれば、ホワイマンの発信源は千空たちの手によってあっという間に判明してしまったのである。

 楽しい楽しい逆探知で判明したのは数十万キロ上空からその声は降り注いでおり、地球の自転と共に近づいたり離れたりもしているという事。

 すなわち。

 

「ホワイマンは月面にいる」

「つ、き……⁉︎」

「月の動きとリンクして動いている。まぁ、間違いないね……」

 

 冷や汗をかいている羽京の後ろで千空はモグモグとご飯を食べており、私からするとそのお可愛らしい顔に意識がいってしまうのだが他のみんなはそうではないようなのだ。

 そんなことがあり得るのかと声を荒げる金狼に、手足も出ないと宣言するコハク。龍水はだからといって放置すれば滅ぼされるだけと正論でつく。

 ご飯を食べ終えた千空はコトリと静かに皿を置き、そしてその神妙な面持ちをした彼に気づいたゲンは目を泳がせ始めた。

 

「待って待って待って!いやもうそれ悪い予感する。たぶ〜んぜったい当たるやつよコレ。この原始のストーンワールドで──」

「俺らは月に行く‼︎‼︎」

 

 ま、そうなりますよね!

 知ってたけど、そうなるかぁって思いますよねマジで。はわわ、めっちゃ楽しみにしてるお顔良き。

 

「もぉ〜う何作るとか言い出しても驚かないつもりだったのに、ストーンワールドにガチで月ね……」

「おおお月様なんてどうやってなんだよ……⁉︎」

「ククク、科学王国毎度おなじみじゃねぇか。地道に一歩一歩だ」

「おなじみじゃあないよ、これまでとまるで違うじゃないか!無謀さの次元がさ‼︎」

「無謀でもないでしょ、別に」

「茉莉ちゃん……?」

 

 フランソワのご飯うまーとそっぽを向いていた私の声を拾ったのは、ゲンであった。

 

「茉莉ちゃんは相変わらず驚かないねぇ」

「ん?いやだって、驚くことじゃないし?」

「普通驚くだろう?茉莉は本当に月に行けると思ってるのかい?」

「え、だって行くんでしょ月に?そうでしょセンクウ」

「あ"ぁ、行く」

「ほらー、行くっていってんじゃん」

「そういう問題じゃないでしょ茉莉ちゃん⁉︎」

 

 じゃあ何が問題だというのだと私は首を傾げた。

 ゲンとニッキー曰く、今までの比じゃないほど無謀な挑戦だとか自分達だけでどうにかなるとは思えないだとか。ま、そんなことだ。

 確かに何も知らない私だったらそっち側の意見だっただろうが、私はどうしようもないくらい石神千空を信頼してしまっているし、信用しかしてないのだ。

 

「でもさ、そんなこと言ったら人類石化だってどうにもならなかった問題なのでは?今は復活液出来たから特に問題はないけど、それ以外だってこんな世界でサルファ剤作ったり機帆船作ったり、出来ないと思ってきたものを山ほど作ってきたのでは?」

「そりゃ、そうだけども」

「どれもかしこも地道にやってきたものだもの、規模がデカくなるだけだよ。一度人類が滅んだとしても一度は成功したクラフトだしセンクウならやってのけるでしょ」

 

 何せ我らの千空パイセンだぞ?やってのけるに決まっている。

 それだけは推し云々を差し置いても理解し、私は信じてる。

 

「だから無謀でも何でもないよ、這いずってでもやり遂げる。ただそれだけ。それにこのまま何もしないでいる訳にはいかないって分かってるのでは?」

「はっ、確かに茉莉の言うとおりだ!敵が月にいると分かった今、再び殺られる日を天命と待つほど私たちは無欲でもあるまい……⁉︎」

「はっはー!俺たちは新世界で空の星までも欲しがろうと言うわけだ‼︎」

「……ヤベェ!科学マジでヤベェー……⁉︎」

 

 コハクが同意してくれた事によりプラス思考に支配されている龍水やクロム、大樹はロケット作りに乗り気になっている。それと共にその様子に呆れながらもゲン達も顔を見合わせてそれもそうだったと納得してくれたようであった。

 

「世界中から素材かき集めんぞ‼︎ 新世界月旅行プロジェクトスタートだ‼︎」

 

 嬉しそうにそう宣言する千空の笑顔、思わず頬が弛む。

 本当に科学が好きなんだなと再確認しつつ、あの時の少年の夢が叶う日が必ずくるのだろうと私は夜空に目を向けた。

 

 あの三日月に、いつしか千空が行く。

 

 もしかしたら、私が知らない危険な旅路になるかもしれない。ならばその時が来るまで出来るだけ千空の役にたってみせよう。

 知っている未来はもうすぐ終わるのだから、そしたら自分で考えてこの世界で生きていくしか無いのだから。

 

 その時まで、役に立つ人間として隣に居れる努力はしてみよう。

 

 

 それくらい望んでも、バチは当たるまい。

 

 

 

 

 



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81 凡人、スッキリ。

 

 

 宝島で手に入れたもの。

 それは勿論百夜が千空に残したプラチナでもあるが、それと同時に新たな仲間も手に入れたのである。

 それはここに頭首として残るソユーズを筆頭にアマリリスといった宝島メンバーであったり、数百年前に石化された松風。キリサメといまだ石化中のモズももれなく付いてくる。ついでにいって仕舞えば私は見ていないけれど氷月もちゃんと仲間になったぽいし、それなりに大変だったが良い旅だったと言えるのではないだろうか。

 

 本土へ向かう船の上で泣きながら手を振る乗組員を眺めつつ私も笑って手を振り、こうして数週間過ごした宝島を後にしたのだ。

 

「さぁ〜て、宝島でプラチナゲットした今となっちゃ復活液ジャブジャブ作れんだ。人もモノも世界中からかき集めて──」

「欲しい‼︎ 造るぞ科学王国で月面ツアー行き豪華客船!美しい宇宙の船をな……!」

 

 いつも通りの調子で龍水は高らかに発言し、それに続くようにさまざまな声が上がる。

 クラフトチームからはどんな大きさのどんな船を作るのかと、乗るメンバーは誰になるのかと。

 まぁ月に行く時点で最強の科学使いと言われてしまえば千空さんになると思うのだが、一応アメリカにもう一人いるんだよなと私は思ってみたり。

 最後まで知らないから故に、誰が行くのかはわからないが。でも月に行くのはきっと、既に決定事項であるのだろう。

 

「実働部隊として、動ける人員が欲しい。月で戦闘は考えたくないシナリオだけど、ホワイマンがどんな存在か分からないんだ」

「ムハハハ!とにかく一番強ぇ奴ってことだな!わかりやすいじゃねぇか、どう決める?また御前試合か⁉︎」

「んなもん楽しい天下一武闘会開くまでもねぇ。最強ならとっくにいんだろが」

「眠りの森の美女的な人がいるねぇ」

 

 見た目だけなら!美女で通ると思うんだよね!司は!

 

「あぁそうだったな!俺たちには──!」

「ククク、俺ら科学王国は宝島でこのDr.stoneをゲットした‼︎コールドスリープから叩き起こすぞ!霊長類最強の高校生、獅子王司をな……!」

 

 今更だが、霊長類最強の高校生とかパワーワードすぎではと思ってしまう。どんだけ武力チートなんだよツカサン。高校生なのに霊長類最強。設定盛ってないのが本当に凄い。

 

 ノホホンとそんなことを考えていれば周りはワイワイと騒ぎ出して、既にお祭り騒ぎである。まぁそんなこと出来るのかと不安になられるより全然いいけれど。

 本土に帰るまでの数時間はそれといってやることはなく、というかこの陽気なテンションを下げないために仕事をさせなかったようでもあり、私たちはルリ達に迎えられるようにそこへ帰ってきた。

 

 遠くで手を振る南達に手を振れば、一部の人間からヒビが消えていた為に驚く様子が見てとれた。陸地に戻るや否やクロムは石化装置を片手にDr.stoneセットを手に入れてきたぜと報告し、それと同時にやるべき事があるのだと伝える。これで兄が起きるのだと安堵の涙を流している未来をスイカが慰め、その場所へと足を向けた。

 けれどもコールドスリープは石化とは違いただ凍らせただけの状態で、そこからちゃんと石化からの復活となるとは今はわかっていない。その為ぶっつけ本番のチャレンジとなるわけで、ついでに言えば他に問題はあるわけで──。

 

「イバラに刺されたケガ。千空、合理的な貴様なら真っ先にDr.stoneで治すはずだ違うか?だが額のヒビ痕が消えていない。つまり使っていない!使わずに司のためにとっておいた。何故だ?考えうる理由は──」

「あ"ぁ、石化装置の電池切れだ」

 

 いくら石化装置が凄い科学のクラフト品であったとしてもエネルギーなしで動くとは考えにくい。最先端技術だかなんやかんやで太陽光発電なんかしていたら話は別だが、千空的にはそれは無し。イバラ戦にて指定範囲がブレたことにより電池切れの線が明白だったのだろう。

 

「……不安になるのは分かるけど、やらないよりマシだよ未来ちゃん」

「──うんっ」

「行ってらっしゃい」

 

 先程のやりとりを見ていた未来の頭を撫でて慰め、私は滝のそばで皆の帰りを待つことにする。

 私みたいな感受性が違う方面でぶち壊れてる人間が側にいたら、復活した直後にうっかり兄妹尊いとその場でニヤニヤしないとも言い切れないのだ。疑わしくは罰せよ、というわけでないけれど頬の筋肉が緩みそうだから下には降りない。

 

「──司さんっ」

「って南ちゃんももう半泣きじゃん。ほらほら落ち着いてー」

「んぐっ、なんでアンタはそんなに落ち着いてんのよ‼︎」

「えー、だって復活するもん司くん」

「その根拠は⁉︎」

「根拠ってなきゃダメなの?復活して欲しいからそう願ってるだけだけど、それはダメ?」

「ダメじゃ、ないけどっ!」

 

 まだ分からないじゃない!

 そういって一緒にそこに残っていた南の涙腺は崩壊した。

 未来は分かるけど、南が泣くのも分かってしまって尊いのだがどうしろと?

 

 だって司のこと大好きだもんね南。龍南か司南か悩んだけど、どっちなんだろうね南。私の情緒をぶち壊しにきたんだね南。なんで公式に明記されてないのか、むしろ明記できなかったのか分からないが南ちゃんは好きな方と幸せになってください。

 

 ぐずぐずと泣く南をニッキーとルリと一緒に慰め、下の方で歓喜の声が上がったところでグイグイっと押してそちらに向かわせておいた。

 ただのファンだから家族とのやり取りを邪魔しちゃいけないと南は遠慮するが、司にとって南はもう家族に近いんじゃないかなと思うんだ。

 だって復活メンバーの選定を任されていたのは南で、その南を頼って復活させたのも司なのでしょう?愛だの恋だのはおいといて、そこに何かしらの感情があってもおかしくはないのでは?

 

「って思うのだけど、ニッキーちゃん的にはどう思う?」

「……茉莉はそっち系の話に興味ないと思ってたけれど、案外いける口なのかい?」

「んー、いけるというかなんというか。長年杠ちゃん達見てきたからそういうのに甘い?というか。お幸せにねとは思う」

 

 チラリとルリとクロムに視線を向けるとニッキーはその意図に気付いたようで私達はぎゅっと握手を交わした。

 けれども当人達には伝わらないんだな、コレが。

 

「にしてアンタ、随分スッキリしたんじゃないのかい?」

「……何が?」

「宝島じゃあアタシでも分かるくらいひどい顔してたからね、ほんと良かったよ」

「そう、かな?」

「そうさ。ま、アタシもそこんとこ知りたいから南や杠、その他女子達でも誘って女子会でもしとこうか!」

「あー、女子を愛でる会ならば参加するよ。残念ながら生まれてこの方恋バナとはご縁がないので」

 

 ごめんねと謝ればニッキーは聞いてるだけでも楽しいもんさと私の肩を叩き、誰を誘うかと悩み出す。

 司が復活してすぐだというのに、そんな風に別の楽しいことに振り切れるニッキーは本当に素晴らしいと思うよ、流石アニッキー様。

 

 どうしようかと二人で頭を悩ませていれば滝下から復活したばかりの司達が登ってきて、当たり障りなくおかえりとだけ声をかけておく。それ以上の言葉は未来達に言われただろうし、私が多く語る必要はないだろう。

 

 そうして司は復活したばかりだというのに松風と手合わせを始めるために開けた場所へと移動し、そこでコールドスリープ前と変わらない強さを見せつけたのだ。

 

「松風──、彼も十二分な実力者だよ。俺はおめおめと科学王国の戦士として仲間に加わるわけにはいかない。違う理想の世界のために石像達を傷つけたその事実は消えな──」

「あ"ー、いいからそういうの。しちめんどうくせぇことは後でハゲるほど考えりゃいいじゃねぇか。放っときゃ人類ブチ殺されんだぞ」

「そうなると困るので司くんには拒否権はないに等しいんだよね、ごめんね。一緒に働こ」

 

 マンパワーが必要不可欠な科学王国だというのに、それを犯罪云々で使わないなどないわけで。

 復活した以上戦士として働く以外の選択肢はもはやないと思ってもらいたい。じゃなきゃアメリカ行ったら即ゲームオーバーなんだよ、こっちは。

 

 ニコニコしながらことの成り行きを見守っていれば今度はスイカが石化装置の電池切れについて話し始め、千空のヒビは消えないのかと悲しそうな声を漏らす。

 とそこにゲンが俺も戦化粧をするよと頬にヒビを描き足した。

 

「みんなの戦化粧が消えるのはみんなで石化の元凶に勝った。その瞬間──」

「うぉぉぉおお、俺もかくぞー!」

 

 乗り気な大樹が全く違ったヒビを顔に描き、それを直しながら杠が左肩にヒビを描く。龍やフランソワは描き足して、ソレは司の前まで回される。

 

「司ちゃんもど〜お、ホラ♪ それとも僕のキレイなお肌に落書きなんてヤダヤダってタイプ〜⁇」

 

 あからさまに断りづらい雰囲気を醸し出しつつ、司も仲間なのだと言い聞かせるようにソレを施して。全く持ってメンタリスト様様な働きぶりだ。

 司はゲンにお礼を言いつつ二本のヒビを描き、そこで司が"仲間"になったのだと大樹は大声を上げた。コレでホワイマンかどんなやつでも勝てる気がするといってのけるメンバーがいるあたり、やはり千空と違った意味での主柱なのだろう。

 

 仲間が増えてよかったねと喜ぶみんなの姿を眺めていればいつの間にか中心にいたはずの千空が背後にいて、襟元をグイッと下げられたかと思えば冷たい何かが首に伝う。

 一体何をされたのだと千空を見やれば首を指しながら、ヒビ、描いといてやったぞと真顔でそう言ったのだ。

 

「そこじゃ自分で描けねぇだろ」

「んー、確かに描けない以前にどんな形かも知らなかったかも?ありがとう?」

「──消えたら描き直してやっからいえ」

「残念ながら見えないんですよねぇ」

「んじゃ勝手に描くわ」

「一言言ってからでオネシャス」

 

 流石にビビるので。とは言わなかったがなんとなく意味は通じたのではないだろうか。最近、よく心を読まれてる気がするので。

 

 ヒビを描き足されてしまった私はついに科学王国の一員になってしまったのだと思いつつも、なんとなくソレを嬉しく思ってしまうものであり。

 

 確かにニッキーの言う通り、色々とスッキリしてるわと納得するしかない。

 

 

 

 



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82 違和感と捉えたそれは。

 

 

 

 それはちょっとした違和感であった。

 

 なんとなく、そうなんとなく千空と茉莉の距離が近いとゲンは感じとったのである。宝島から本土に帰ってきてからというもの、基本あの二人は一緒に行動しているなと思ったのが始まりでもあった。

 船を修理するにせよ必要設備に手をかけるにせよ、当たり前のように二人は共にいる。その異変に気づいたのはゲンだけではなく、鈍感と名高いクロムまでもが何があったのかと疑問にも思うもので。何も知らずに復活を果たした司からしてみれば何が起こっているのかすら理解できずにいた。

 

「うん、あの二人はあそこまで仲が良かったのだろうか?」

「いやぁ、あそこまでは仲良くなかったよ?あ、そう言えば司ちゃん。あの二人が幼馴染だって知ってたっけ?」

「──?」

「あー、そりゃあ知らないよねぇ。だよねぇ」

 

 なら尚更、今の状況が不思議でならないだろう。

 

 不思議といえば茉莉が千空の呼び方を変えたことも気になるところでもある。

 

 宝島で石化する前は『千空君』であったのに対し、いまは若干違和感はあるが『センクウ』と呼び捨てにしている。恋バナの好きな女性陣たちの間ではそれはそれは良い話題になっていると南は興奮しながら語っており、その真実をゲンに聞きにくるものも多数いた。

 幾ら何でも全てを知り尽くしているわけではないと皆を宥めるものの、ゲン自身も気になりはした。

 

「あ、千空ちゃ──」

 

 フランソワの手伝いをし終えふらついている最中、視界の隅に千空の姿が映った。一度声をかけようとしたもののそばにはやはり茉莉がいて、彼女の顔は珍しく顰められている。

 

 最近は割とおおらかだったのにねぇ。

 

 何があったのだろうと少し離れた場所で二人を観察していれば、小さくため息をついた千空は茉莉に何かを告げて手を伸ばす。そして彼女もまた少し悩んだそぶりを見せながらも不安気にその手をとったのである。

 

「へ?」

 

 幾ら何でも手を繋ぐことある?

 本当に何が起こったの?

 

 脳内にクエスチョンマークを飛ばしながら視線だけは二人を追い、ゲン以外にもその現場を見ていたものたちで顔を見合わせる。

 

「これは、ジーマーで?」

 

 まさかあの科学少年がと、二人の間に何が起きたか何も知らない者たちは各々想像を巡らせた。

 

 

 別に二人が幼馴染として成り立つ関係になったというのならば問題はない。

 ただそう考えるにも不安要素もあるわけで。

 やけにテンションの高い茉莉もいれば、今までないくらい無の表情を浮かべる彼女もいて。大抵その隣には千空がいて。

 幼馴染というよりは千空の一方通行な気もしなくはない。

 

「って感じなんだけどどう思う?杠ちゃん」

「うーん、私的には千空君と茉莉ちゃんが仲良しなのはいいことなんだけどね。でもやっぱり、茉莉ちゃんが少しおかしいなって思うこともあって」

「そう、それもあるんだよねぇ」

「……きっと、千空君が一番それをわかってるんじゃないんですかな?」

 

 立体ロードマップをカセキと作成していた杠は一度手を止めて、ゲンに向かいあう。

 彼女から見た茉莉もまた、ほんのわずかな違和感を感じずにはいられなかったのだ。

 凄く仲が良いわけではなかったが中学からの二人を杠は見ていたし知っている。だからこそ、ある意味陽気とも取れる茉莉に違和感を抱いた。

 明るいことは何も悪いことではないというのに、その笑顔の下に何かを隠しているようで。

 誰も踏み込ませないようにしているようにも見えなくはない。

 

「今は変に突っ込まない方がいいよね、きっと」

「多分、千空君が何か知ってるんだろうしね。もう少し様子見ですな」

 

 そんな会話をしたのは昨日の夕方。

 気になりはするが無理矢理聞き出すことはやめようと決めたはずなのに、やらかす人間は決まっているものなのだ。

 

 

 

 

 

「凝りすぎだろテメェら……」

「模型作りもちょっとハマってきた!」

 

 天井に吊るされた地球儀にはそれぞれの街が設置されていて、これから向かう目的地が可視化されていた。

 コーンの街や超合金の街、科学の街にゴムの街。その見易さからどこで何を入手すればいいのか分かりやすくなっている。

 世界中から素材を集めるために石像を復活させまくり世界各地に新しい街を造ると千空は宣言し、その壮大すぎる発言に一定のメンバーは目を丸くして驚く。通常時であれば『千空君ならやりかねないよ』と同意する茉莉がいそうな者だが、彼女は今ここにいない。

 ある意味重大な話し合いになぜ彼女がいないのかとゲンは首を傾げたが口に出すことはなかった。

 

 そう、ゲンは口をださなかった。

 

「アレ?千空ぅ、茉莉ちゃんがいないけどどうしたのぉ?最近ずっと一緒にいるのにぃ」

「っちょ、銀狼ちゃん!?」

 

 ニヤニヤと下品な笑みを浮かべる銀狼を必死にゲンは止めるが、周りにも同様な疑問を持っていた者がいたためざわめきは止まらない。なんてったってあのコハクでさえも目を煌めかせて千空の答えを待っているほどなのだ。

 

「あ"ー、アイツはいま蓑虫になってる。気にすんな」

「蓑虫とはどういうことだ?何があったのだ!」

 

 ハキハキとコハクが話し出せば、ルリやスイカまでもがキラキラとした目をして話の続きを待った。

 

「ま、いつまでも黙っとくわけにもいかねぇし、復活組には関わりつえぇし伝えとくわ」

「ちょっと待っ、千空ちゃんっ!?」

 

 今この状況で、"そんなこと"言わなくていいのにとゲンは叫びたくなった。

 その想像が全くもって異なっていることに気づかずに、そして聞かなければよかったと後悔するなんて思わずに──。

 

「茉莉の肉親の石像が見つかった」

「……へ?」

「詳しくいえば母親だな。その石像が見つかった」

 

 千空の口から出た言葉は皆が思っていたものとは違い、そして淡々とした口調であった。

 

「えぇっと、つまりは茉莉の母親が見つかったってことか?それは良いことじゃないか!だがどうしてそれが蓑虫になるのだ?」

「もしかして復活させてほしいって頼まれた感じかな?復活液も量産できるし出来なくはないけど、そう簡単に復活させるわけには──」

「……そうだったら、マシだったんだかな」

 

 もし彼女が身内を復活させたとなれば、この先我先にと知り合いを探し出す者もいないとは限らない。組織の限界人数も一気に超えてくるであろうし、秩序が完成するまではそう簡単に人数を増やすことはできないだろう。

 それに何よりまだこの日本とて食料問題が改善されていないのだ。身内だからといって下手に復活させていけば食糧難が出てきても可笑しくない。

 とそこまで考えれば千空が茉莉の願いを断ったと考えるのが妥当ともいえる。

 

 だがその全ては、間違いでしかなかったが。

 

「この前現状を確認してきたが、見つかったのは頭部のみ。破損もひでぇし風化も進んでっから復活の見込みはねぇ」

「──は、なに、え?」

「どう足掻いても、蘇らせんのは不可能だ」

 

 その言葉の意味が、一呼吸遅れて皆に理解されていく。

 

「えっと、つまり……」

「アイツはもう諦めた。諦めるしかなかった。その意味は考えりゃわかんだろ」

 

 淡々と感情に起伏などつけずに千空はそう語った。

 

「少なくとも今後アイツと同じ状況になる奴がいねぇとは限らねぇからな、一応頭の隅にでも置いておけ。そん時はしゃあねぇから仕事はしなくても構わねぇし、踏ん切りつくまでは待ってやる。……茉莉でさえ飲み込むのに四年以上かかってんだ。そう簡単に振り払える問題じゃあねぇだろ」

「……四年って、そんな前から茉莉ちゃんは、それを抱えて?」

「正確には四年間記憶に蓋をしてたがな、解離性健忘って奴だ。人間様の脳は過度なストレスに耐えらんねぇから忘れることで平穏を保つっつうわけだ。──アイツの場合、折角都合よく忘れていやがったのに顔見知りの石像パズルしちまったもんだから思い出しちまったんだろ、残念なことにな」

 

 顔見知り石像パズルと聞かされてしまえば、それがいつだったか理解できる。

 宝島で乗組員のほとんどが石化され、何処かしら折られた。それを組み立てたのは誰でもない茉莉で。

 

 その違和感の正体が、判明されていく。

 

 恋だのなんだのとそんな甘いものなんてなく、そこにあったのはただの苦悩と苦痛。

 どんな思いで彼女は震えながら石像を組み立てていたのだろうと龍水は考えてはみたが、同じ状況になってみないとそれがわかることはないだろう。

 

「あぁ見えてアイツは単純だかんな、無理やりテンション上げまくって自分にハッパかけてやがるが、崩れる時は一瞬だ」

「──だから、千空ちゃんはそばについてるわけ?」

「まぁ、アイツの母親とは知り合いだったからな。昔話程度なら付き合えんだろ」

「そう、だね。うん、そうだよ」

 

 もしも自分の肉親が見つかったら、それがもう直らなかったらなんて、誰しも見て見ぬ振りをしてきた現実だった。中には司に親を壊されたものもいたが、風化していなければ問題はなかった。故に分かり合えることはなく。

 

 もし仮に茉莉の気持ちがわかる者がいるとしたのならば、それは父親を破壊されたソユーズくらいだろう。

 そこに在るのに、そこには居ない。そんな世界を体験したその二人だけ。

 この先増えるかもしれないが、今はまだその域まで達しては居なかった。

 

「っつーことで茉莉は当分不安定になってっからな、あんま気にすんな。そんでもってその可能性があることも頭に入れておけよ。その方がダメージが少なくて合理的だ。──まあ、そうなんねぇのが一番なんだがな」

「……千空君」

「こればっかりは今のところの科学でなんとかできる問題じゃねぇ。どうにかするにせよ、まず復興させて文明進めてくっきゃねぇんだ。てなわけで世界旅行と決め込むぞ!」

 

 あえて千空は楽しそうな声を上げたがそれについてくるものはそれほど居なく、大抵の者はそんなこと知りたくもなかったと後悔した。

 下手に聞かなければ現実を見なくてもよかったのに、二人の変化の裏にある事実を知らなくて済んだのに、もうすでに全てを知ってしまったのだから。

 

 ゲンや羽京、龍水といった茉莉と親しいものの脳には彼女の歪な笑顔が映し出され、それと同時に虚無を抱いた表情がチラつく。

 

 あの時あの場所で、彼女はどんな気持ちでいたのだろうか。

 思い出さなければ幸せだったと悔やんだのだろうか。

 

 それを知る術はなく、ただただ己の身に降りかかるかもしれない可能性に人知れず恐怖するしかなかったのだ。

 

 



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83 凡人、海へ。

 

 

 ちらっと誰かと目を合わせれば逸らされて、ニコッと笑いかければ避けられて。

 一体何が起こっているのだと感じた積み込み作業、アイツらに話したわと告白された船の中。

 私はだからかぁと納得して頷いた。

 

「──勝手に話して悪かったとは思ってる。だがこれから先、誰がオメェと同じ状況になるとは限らねぇからな。伝えとくのが最善だと判断した」

「んー、そっか。センクウがそういうならそうなんでしょ。別に気にしてないよ」

「……ちったぁ気にしろよ」

「んなの無駄なことでしょ?気にしようがしまいが、変わらないことなんだからさ。今後は身内がいないなんてマイノリティじゃなくなるだろうし、早めの決断は大事ダイジ」

 

 たとえ生きていようと死んでいようとも、そのどちらか分からなくても。私みたいな人間は珍しくなくなる。

 現に千空だってこの現象で親を亡くした人間の一人な訳だし、この時点で復活組の中に身内を亡くした人間は二人もいるのだ。誰もが追求してこなかった現実の視野を少しばかり広げたに過ぎやしない。

 けれどもきっと、これはこの先どんなに復興が進んだとしても解決できない問題にもなるだろう。

 

 父の職場があった場所らへんは地殻変動で崖になっていたし、3700年前には日本にはなかったはずのナイアガラの滝のようなものも出来上がってしまっている。それを踏まえれば五体満足で残っている人間の方がもしかしたら少ないのかもしれない。

 復興が進めばどこかしら欠如している石像でも復活させたいと願う人もいるだろうし、早い段階から先を見据えるのは必要なことだ。

 今までは千空について行って復興しようと思っていた人間も、それが意味するものが少なからず見えたはず。いや、私のように見ようとしていなかったものを、見なくてはならなくなるのだから。

 

 どんなに世界が時の針を進めたとて、止まったままの人間もいるということに。

 それが親しい人だと理解したとき、直様それを肯定できる人間がいるというのならばあってみたいものである。

 

 あ、ソユーズは除き。あれはもう頭首としてそうするしかなかったともいえるので。

 

「そういえば行き先はアメリカだっけ?」

「あ"ぁ、コーンさえ手に入れられりゃあジャブジャブアルコールつくれっからな。ついでに食糧にもなっから人類復活も前より見えてくる」

「となると、海路を決めないとねぇ。龍水君に相談だー」

「ま、そうなるわな」

 

 にへらと笑って私は視線を下に向けて歩き出した。

 

 大丈夫、もう手は震えていない。

 もう、大丈夫。大丈夫。

 

 

 

 

 

 

「ッおっうぇ」

 

 現代を生きてきた人間で、龍水以上に荒波に耐えられる人間がいるのだろうかと私はしみじみ思う。だって私、荒れた海とか初めてですが。むしろ船旅なんて宝島に行くのが初めてでしたが。

 つまり何が言いたいかというと、私の体は荒波に耐えられない作りのようなのだ。

 操舵室で舵を取っている龍水やその他諸々の作業を頑張ってくれているみんなには悪いが、私はひたすら胃の中身を吐き出すことに勤しんだ。

 そういえば南極に高校生が行くアニメもゲェゲェ吐く描写があった気がするが、あれは大袈裟ではなく正しいものだったと今更ながら理解する。

 確かにこれは吐く。どう足掻いても吐くしかない。

 

「ウッゲェ──、みな、みちゃんも、吐いたら、楽なのに」

「アンタみたいにっ、吐けないわよっ!ップ」

 

 桶に顔を突っ込んだ状態の私と、必死に耐える南。

 こんなとこに気を使うなんて女の子は大変だなぁと哀れみの視線を向けていたのがバレたのか、アンタも少しは恥じらいなさい!と怒られた。解せぬ。

 それから私たちが仲良く桶を抱えて嵐が過ぎるのを待つこと二時間弱、ようやく天候も体調も落ち着いたところでのそのそと南が動き出した。

 

「──治ったことだし、操舵室に向かうわよ茉莉」

「え、南ちゃん一人で行けばいいのでは?」

「見て分からないの?足が震えてるから一緒に来て!」

「あー、なるぅ」

 

 あんなに揺れてましたものね、生まれたての子鹿みたいですね私たちの足。

 カクカクとする膝を抑えながら二人で支え合って船内を歩き、ようやく辿り着いた操舵室では龍水と千空が揉めている。70や40との声が聞こえるし、海路の相談、なのだろう。

 

 掴み合いの喧嘩になり始めた時に大樹が来たお陰で殴り合いにはならなかったが、もし暴力可の喧嘩であったら負けるのは千空だと思うのだがそこまで考えていなかったのだろうか?

 

 もしかしてどうにかなると思っていた?細身なのに?

 まぁ、男の子だからそういう面もあるよねとほっこりさせて頂こう。ご馳走様です。

 

「……アメリカまでの船のルートの話だね?」

「ククク、さすが潜水艦乗り様だ話が早ぇ」

「俺たちのスタートは東京!」

「ゴールは……」

「アメリカだな?」

「──そうここだ、サンフランシスコまで最短ルートはどう走る?」

 

 テーブルの上に広げられ世界地図を見ながら大樹は真っ直ぐ進むといい、龍水は大樹の答えに満足気に笑いながらその等角航路を選択すべきだと意見する。

 けれども千空の意見は異なり、飛行機などで使われていた大圏航路で40日でアメリカに向かうと言い切った。

 

「70日、等角航路で行く!!大圏航路は現在地に応じて舵の切り方が変わり続ける。難易度マックスのルートだぞ、水夫の負担がケタ違いだ!」

「40日、大圏航路で行く!!こちとら科学の船だ、ショボくてもGPS大先生があんだよ!本土のルリ達と連携とってきゃ百億パーセントたどれんじゃねぇか」

 

「うっわ白熱」

「ちょっと茉莉、アンタ止められないのコレ?」

「無茶言わないでよ。頭いい人の会話なんて聞いてるようで聞いてないよ私」

 

 なんてったって今世はまともに学校行ってませんので。

 そう言いつつ相変わらず真剣な顔のビジュが良いと千空の顔を見ていると、バチリと目があった。

 こうなると嫌な予感しかいないものです。

 

「茉莉、テメェならどっちを選ぶ」

「んー、40日かなぁ」

「何故だ!」

「海が荒れたら脱水になりかけるので。主に口から水分放出しまくってね、辛い。──それに何より一年は無駄にできないでしょう?」

 

 たった一年と思うこと勿れ。この文明が去って行った世界の一年は長すぎるのだ。

 

「日本ならともかく、アメリカで一年だよ?70日で着いたとして住居作って食料集めて加工して。やれることがあるならまだしも、知らない場所で何もできない一年は普通の人には苦痛なのでは?」

 

 人数が多いから住居を作るのも多分問題ない。狩りをすれば食べ物には困らないが、日本にはいないワニがいるからそこには注意しないとならないだろう。娯楽もろくにない状況で(まぁ作れるかもしれないが)、知らない場所で過ごすのはストレスにもなる。コレは私の体験談。理解できない世界でのボッチの三年間は辛かったんだよ本当に。

 

 それに、私しか知らないがあちらにも科学者がいるのだ。それも硝酸たっぷり抱えた科学者が。

 もし仮に70日になってしまったら、負け戦になる気しかしない。

 

「なので私はセンクウに賛成」

「ならば私も千空を支持するぞ!到着は1日でも早い方が良いからな!」

「コハクちゃんはでしょうねぇ、いつでもソッコーマンだから……。にしても相変わらず茉莉ちゃんは千空ちゃん贔屓じゃない?」

「?だって合理的だもの」

「ソウダヨネェ、茉莉ちゃんはソウダッタ」

 

 私たちがそんなやりとりをしていれば龍水は少し考え込んで、船員の食料配給を倍にすることでマイナス十日の60日で手を打とうとする。が、それに頷かないのが我らがリーダー様なのだ。

 

 

「40日だ、そこがタイムリミットだ」

「ならば闘るしかないな!」

 

 この時代にまさかの決闘が起こるとは思っていなかったメンバーは驚いて、私は一人真顔で二人を見つめる。

 

 闘うと言ってもポーカーですよ。

 そう、ポーカーです。

 

 スーツ着て。

 

 

 滾ってまいりました!

 是非とも南には写真を撮っておいてもらわなくてはっ!

 

 そして左藤家の家宝にしてみせる!

 

 

 

 



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84 凡人、ピクつく。

しばらく船内話を入れ込んでからアメリカ編にいけたらなと思っております。


 

 

 

 ふぇえ、振り込めない詐欺なんて聞いてないヨォ!

 

 

 グッと顔に力を込めて無表情を決め込み、一度鼻下を指で拭って血が出てないかを確認する。

 ありがたいことに鼻血は出ていないから、私の脳内反応は誰にもバレていないはずだ。とはいえ、目の前にいらっしゃるお方に私の心臓はドックンバッタンバッタンでこのまま死ぬんじゃないか!ってレベルで脈を打ってるのだが?

 考えてみてほしい。

 千空のスーツ姿だぞ?

 赤茶色のスーツに黄色いスカーフとベスト。もう鼻血以外ヨダレしかでない。

 お布施、お布施しなくては。

 え、そんな場所はない?知らんがな。

 

「へ?」

「コレって……」

「ポーカーで、決闘……!?」

 

 なんで服まで凝ってるんだと千空はいうが、是非とも凝っていていただきたい。それで生きられる命もあるんです。

 龍水は集まっていたギャラリーにこの勝負が公式なものだと見せつけるためにそうしたのだと、そしてその勝者の意見に従い、その勝者は自分なのだと言い切った。何故ならば龍水が選んだパートナーはあのゲンなのだ。指先の動き一つで人を欺けるインチキマジシャンを仲間にしてしまえば勝利は確定したと言える。

 

 だがしかし、そうだがしかし。

 千空のパートナーはコハク。その動体視力を持ってすればゲンの技も見破れるだろう。

 にしてもコハクちゃん。その格好はけしからん、もっとやれ。

 

 脳内フィーバーの私なんて存じ上げていない四人は席につき、ギャラリーはどっちが勝つかの賭けをはじめだす。流石にゲンを味方につけた龍水が勝つのではと、そちら側に賭ける者が多い気もしなくもない。私は服の中をゴソゴソと漁り、全く使っていなかった財布を取り出した。そして──。

 

「ハイ、陽くん」

「ん、おぅ茉莉も賭けんか!どっちに!!」

「センクウペアに資産全賭けで」

 

 ポーンと飛んで行ったのはいろんなものがパンパンに詰まった私の財布。だって今の今まで使うことなかったんだもの、今使わなくていつ使うの?

 醤油や味噌やらの権利書を龍水が作ったもんだから資産は膨れ上がってしまったし、いらないといっても増えていくドラゴ。使うならイマデショ。

 

「は!?ちょっと茉莉、資産全部はやりすぎじゃないかい!?」

「ウェェエエイ、なんかヤバそうな書類も入ってんだけどっ」

「アンタは中身を確認しないっ!」

 

 違う意味でザワザワしだすギャラリー達に、んなもん賭けるなと呆れ出す千空。龍水に至っては少しムッとした表情で何故だと疑問を口にした。

 

「茉莉、何故俺ではなく千空に賭ける」

「ドイヒーじゃない茉莉ちゃん、流石に俺でも簡単に負ける気ないんだけどなぁ」

「え。だってセンクウだし、コハクちゃんもついてるし」

「……!私のことも信用してくれているのだな!」

「それ以外に何があると……?」

 

 むしろ最強タッグやんお二人。お布施しよ。ATMにならなくてなんになるの。

 首を傾げながらそんな言葉をオブラートを何重にも重ねまくった口調で言ってみればお馴染みのクククという笑い声は漏れてくるし、ゲンはまたそれかとわざとらしくため息を吐く。龍水は未だ納得していないようであるが、私が言ってる意味分かりませーんとアホ面をしていれば諦めたらしくディーラーである羽京の方に目を向けた。

 

 そうして始まったのが龍水&ゲンvs千空&コハクのポーカー勝負である。

 実況の南はボイスレコーダーを使って録音もしているが、可能であれば写真に収めてほしい。私が言い値で買い取るから是非ともスーツ姿を納めてほしいのだが、多分無理なのであろう。

 クソゥ、私が写真係をやれればよかったものを興奮で手が震えちゃうからか。推しのスーツ姿に萌えないオタはいないだろうクソゥ。

 

 四人の勝負を見守るギャラリーもドンドン賭け金を増やし始め、南は自分たちの命に関わるのに楽しんでると若干否定的。その背後に控える司に至っては虚無っているではないか。

 普通にしててもイケメンなのに、虚無っててもイケメンって美形って恐ろしい。

 まぁ、千空パイセンも負けてないんだけどね!

 

 ドキドキと高鳴る胸を抑えつつ、私は未だに無表情のまま勝負を見守る。

 だって気を緩めたらニンマリしちゃうし、それはいかん。周りも何故か私の方をチラリと見ると真剣な眼差しで四人を見出すし、きっと彼らもスーツとドレスいいなって思ってるに違いない。

 みんなで着てくれてもいいんだよ?眼福になるだけだから。

 

 ポーカーはやはりというべきかゲンが小細工を仕込み始めるも動体視力の鬼であるコハクに見破られ、ついでに言えば千空の思考にも塞がれてしまう。しかしその細工の一つの虫に気を取られてしまえば今度はカードをすり替えてしまうし、マジシャンとしてもゲンは一流なのだと理解せずにいられない。

 

 カードをすり替えられたと怒りを露わにするコハクと、その全てが誘導であったと気づく千空。

 龍水は勝ちが確定したかの如く全てのチップをかけ、千空がその勝負を降りることを願った。しかしまぁ、そう上手くことは運ばないものなのだ。

 

「んじゃ俺も!全部賭け!!!」

 

「んぐっ──」

 

 そのわっるい顔、すごくしゅきぃ。

 なんなん、本当になんなん。もう心臓も口から出そうだし、表情が崩壊しそうなのだが?もー無理、ほんと無理。勝負を見守るとかそんな事言ってる場合じゃない。

 ざわめくメンバーなんて知った事かとそおっと部屋を抜け出して、私は一人甲板へ向かう。ずっと力の入れっぱなしだった頬を緩めれば、あっけないほどに口元が歪んでいるのが自分でもわかるほどだった。

 

「あれはヤバいアレはやばい」

 

 どうやら私は、千空の悪い顔に免疫はないようなのだ。

 

「心臓、いたい」

 

 だって最近まで人をバブちゃん扱いする顔を見ていたんだよ?ギャップが激しすぎる。あんな顔見たらゲロ吐くしかないじゃない。もう無理ほんと無理。

 フラフラとした足取りで甲板まで辿り着けばそこにはまだカジノは存在しておらず、近々千空と龍水がつくことになるんだろうなと考えがついた。

 

 

 そして案の定、次の日の夜には欲しがり屋の龍水の指示のもとカジノは爆誕しフランソワはシェフからバーテンダーに早替わり。

 ついでに言ってしまえば千空が勝負に勝ったことにより、私の懐はかなーりあついものになってしまったのである。

 お布施するつもりが増えてしまったのはなぁぜ?

 その利益はそのまま千空に石油代として流しておけばいいか。

 

「70日を40日に、航路を30日も圧縮するのならば船員環境の強化と取引になる!食料増加でマイナス10日。娯楽設備でさらにマイナス10日!!最後にもう一声、マイナス10日の何かがほしい!!」

 

 そう宣言されてしまえば、最後に残っているものは飲み物。つまりは酒。

 復活組の中の未成年達はポカーンとしているが、成人組と村出身者には喉から手が出るほどほしいものである。

 

「スイカはお酒とか飲めないんだよ……」

「アルコールに限りませんよ。むしろソフトドリンクやカクテル中心です」

 

 ゲスト全員分のオリジナルカクテルを作ると張り切っているフランソワはそのためにガムシロップが欲しいと千空達科学チームに願い、何故か私も引きずられるようにラボに向かう。

 そしてそこで麦からガムシロップのクラフトが開始されたのである。

 

「小麦をモミモミ洗って、水に溜まったこいつが澱粉だ。そこに隠し味、リュー酸を少々」

「出た、おなじみリュー酸。って飲み物に硫酸!!?飲めなくなるでしょそれ!?」

 

 そのまんま飲んだら溶けるらしいが、煮込めば問題ないようである。

 千空のモミモミにも悶えたが、相変わらずゲンの冴えているノリツッコミに頬が緩みだした。

 

「とそこに毒重石を投入!」

「さらに毒!?」

「いや、名前がやべーだけだろ!考えろよ、ガチの毒入れるわけねぇじゃねぇか」

「いや、ガチの毒」

「なんで!!??」

「う・る・せぇなさっきから」

 

「──ッブハ、ヒィッ、プフ」

「あ"?」

 

 もう無理限界ですとばかりに私の腹筋と頬は崩壊し、その場にしゃがみ込んでヒィヒィと笑い出してしまった。

 笑う場面じゃないのに、なんかこう、愉快で。

 

「茉莉ちゃん、何笑ってるの!?」

「その、ひぅ、みんなのツッコミが、ひっ、愉快で」

「そういう問題じゃねぇだろ!?毒だぞ毒!」

「そう、なんだけどっ!だって、息、ピッタリとか、ふふ、仲良しジャン」

「あ"ー、テメェはそこで笑ってろ」

「うっす、ヒヒっ」

 

 どう考えても笑いすぎて役に立たないであろう私の頭を千空はグシャっと撫でて、そのままpH確認を行い無害なシロップだと認定。

 ペロリとクロムが出来立てのそれを舐めてみれば甘ぇ!と叫んだ。

 そしてその叫び声に、またしても私の腹筋は崩壊したのである。

 

「っ──!!」

「茉莉、テメェやけに今日は笑い上戸じゃねぇか」

「ちょっと、ねっ」

 

 昨日耐えていた分、今日は耐えられなかったらしい。

 昨日は大勢いたから耐えられた。でも今日はラボカーにいるメンバーだけだし、それになにより千空がいるせいで私の精神は乱れまくっているのである。

 うっかり泣き出すこともあれば笑い出すこともあるなんて、どんな情緒の壊れ方してんだよ私。

 

「私、は、後で行く、ので、みんなは先にっ」

「えー、茉莉ちゃん一人で大丈夫なの?ワシ残ろうか?」

「大丈、夫。あとからいく、ので!」

「──茉莉ちゃんがそうやって笑うのあんまり見ないし、なんか得した気分かも♪」

「あ、あざす?」

「確かに吹き出し笑いなんてそうそうしねぇもんな」

「っんなこたぁいいから行くぞ。茉莉、テメェは落ち着いてから戻ってこいよ。その調子で来られたらワラワラ寄ってくんぞ」

「りょか、!」

 

 顔をあげて指で涙を拭って。

 四人の顔を見るとまた吹き出しそうになったがそこは抑え込み、ピクピクとする口元を両手で隠して私は見送った。

 

 全くもって科学チームは尊いし、威勢のいいツッコミを入れてくれるゲンは素晴らしい。

 このままずっとこんなやりとりを見られたなと思いつつ、私は誰もいなくなったその場所でひとしきり笑ったのである。

 

 

 

 



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85 凡人、破る。

 

 

 

 

「こちら、シャーリーテンプルブラックでございます。ほんの少しのコーラの風味で遊び心を加えた、何事にも『用心深い』茉莉様をイメージさせていただきました」

「わー、ありがとうございます。──うま」

 

 ジンジャーエールかと思いきやコーラの風味、添えられたレモンの酸味もまたいいお味です。

 

 にしても用心深い、か。

 ただ知っている事があるから注意してるだけなんだけど、誰にもわからないものね。そう思われても仕方ないのかもしれない。

 

 ちまちまとカクテルを飲みつつお酒も飲みたいななんて考えながら、私は辺りをぐるっと見渡した。コハクやスイカ、司までも楽しそうだし本当にうちのリーダー達は人の上に立つ才能があるようだ。

 福利厚生もさることながら娯楽施設もあって、やや現代には劣るがこの石世界では充分に楽しんで生きられる。

 

 にしても。

 

「……酒が飲みたい」

「飲ませねぇからな」

「っふぁ!」

「飲むなよ?」

「──ハイ」

 

 いつの間に隣にいたんですが、千空さん。

 そして私はそんなに酒癖悪いですか、千空さん。

 私もビールが飲みたいです。近々できるビールが飲みたいです。

 

 駄目かなぁっとチラチラと懇願するように視線を向けていれば盛大にため息を吐かれ、あの時何をしたかしらねぇだろと責められた。

 確かに氷月に何をしたか全然覚えていないけど、もうそれは過去と割り切ってくれないだろうか。多分量を飲まなければ大丈夫だと私は信じたい。

 

「ちょっとも、駄目?」

「ダメだ」

「ダメかぁ。なめるのは?」

「だからダメだって言ってんだろ」

「──成人してるよ?」

「そういう問題じゃねぇ」

「ダメかぁ。ひとくち?」

「──そんなに飲みてぇってことは、茉莉テメェ、飲んだことあんな?」

「……センクウもワイン飲んでたので責められないと思うのですが?」

「人の揚げ足とんじゃねぇ」

「すいません」

 

 説得を試みたが駄目らしい。

 しょんぼりと首を垂れていれば、代わりにこれをやると手渡された千空のイメージカクテル。生憎混ぜられていて三層にはなっていなかったが、これはこれで美味しそう。

 代わりに私のシャーリーテンプルを差し出し飲み比べをしてみれば、ティーラテの方が甘くて優しいお味。お優しい千空にはピッタリなカクテルです、フランソワバンザイ。

 

「あ、ここまで出来るのならばエナドリでも作ってもらったら?好きでしょ、エナドリ。味だけでも真似できるんじゃないかな、フランソワさんなら」

「確かにな、頼んでみっか」

「私も飲みたいし、お願いしてみよ」

 

 翼を授ける効能がなくとも、似せたものならできなくもないだろう。

 コクコクと容赦なくラテを飲んでいると、そういえばこれは千空のだったと気づき返そうとするが時すでに遅く、千空の手にあったドリンクもすでに空になっている。つまりのところ二人して気にせず飲んでしまったようである。

 ヘマったな。

 

「──明日にでも、氷月を起こす」

「んー、戦力はあったに越したことないしね」

「まぁな、司が必要っつーならそうなんだろ。テメェは知らねぇだろうが宝島でも手ぇ借りてっからな」

「……そっかぁ」

 

 月明かりに照らされた千空の顔は何処か強張っていて、そりゃそうだよなと一人で納得する。

 いくら司が必要だと言ったところで氷月は人を殺せるタイプの人間でしかない。何より司は氷月のせいで一度死んだとも言えるし、千空だってそれなりの恐怖を味わったはずだ。

 怖くないわけがない。

 下に落とした視線の先にある千空の拳には力が入っていて、いくらそれが必要不可欠な決定した事柄であったとしても抑えきれない感情もあるわけで。

 私が恐怖に押しつぶされそうでも泣かなかったように、千空はこの世界を復興させる為に恐怖を抑え込むのが合理的と考えたのだろう。

 

「──センクウ」

「あ"?」

 

 たぶん、千空が欲しい言葉を私は言えない。

 だからどうでも良いことを私は告げるしかないのだ。

 

「氷月くんって名前だと思う?それとも苗字?」

「……名前だろ」

「冬生まれなのかな?」

 

 なんてどうでもいい事を言えば千空は呆れたような顔をして笑った。

 絶対におバカな子だと思いましたね?私もそう思います。

 でも私は今更ながら気づいてしまったのです。だからそんな事しか考え付かなかったのです。

 

 私、間接◯ッスしてません!?

 推しと!?

 全力で土下座して謝りたいし、ご褒美すぎて死ねる。

 そんなことで喜ぶ変態でごめんなさい。

 

 内心ハワハワと焦っていれば千空は面白い顔してんぞと私の頬を掴み、その痛みにハッとし無表情を作る。さもなんでもありませんよというように無を張り付けて、そしてまた千空に怒られるのだ。

 全くもって、察しの良いパイセンには困ったものです。

 

 

 

 

 そんな事をして過ごして迎えた翌る日、朝から龍水は片手にジョッキを掲げて生き返るぞと叫んだ。

 そりゃあ成人組からしたらビールは命の水だもの、羨ましい。

 じとぉっと成人組を眺めながら私は炭酸を煽り、皆の話に耳を傾ける。陽は私と同じように酔うとふわふわするタイプらしく昔話を始め、銀狼は私的に成人前だけど容赦なく酒を飲んで松風に絡んでいるし。

 松風も銀狼がほろ酔いながら"僕"について語って欲しいと願えばそんなことすらかなえてしまう。本人にしてみれば語りたくないこともあるだろうに、全くもって忠誠心が高いものである。

 

 松風はある程度頭首様について語るとフランソワに出されたカクテルを躊躇いなく飲み、バタンと倒れた。どうやらアルコールに弱いらしくその後は酔った勢いで司に武稽古を頼み込んでいる。私と違った悪酔いタイプにうっかり頬が緩んでしまったが致し方ないだろう。

 

 にしても飲むものがあるのに飲めないは辛いなと海を眺めていれば、顔の真横に並々にビールが注がれたジョッキが現れた。

 いったい誰がこんな嫌がらせをとジョッキの持つ手を辿れば、そこには若干機嫌の良さそうなマグマがいた。

 

「ほら、飲むだろテメェも」

「……飲みたいけど、センクウに怒られるし」

「はっ、そんなのバレなきゃ問題ねぇだろうが!」

「──ソレもそっかぁ!いただきます」

 

 流石マグマの兄貴だぜとジョッキを受け取り、アルコールの誘惑に負けてビールで喉を潤した。

 久々に飲むお酒は美味く、石神村の酒ともまた違いそれがいい。

 

「うっまぁぁあ!」

「……飲んだな?」

「ん?飲みましたが?」

「──ガハハっ!ヨシ、飲んだんだから余興でもやれ!お前ならできんだろ!!」

「ふぁっ!?」

「辛気臭ぇ話なんか聞いてても仕方ねぇ!」

「ソユコト!?」

 

 そりゃあマグマが優しさだけでビールを持ってくるわけないよねと頷き、さらにアルコールを流し込む。

 

 マグマに引きずられながらどんちゃん騒ぎしているメンバーの中に放り込まれればそこには悪酔いした陽やその他復活組メンバーも陽気に笑っていてほんのりと顔が赤く染まっていた。

 私は既にポヤポヤしてきた頭をフル稼働させながら、復活組がいるならラブドっ◯ゅんも知ってる人がいるのではと張り切ってみせたのである。

 

「しょーがないなぁ、へへ、げんだいにはやったうたでもうたってあげるよー」

 

 茉莉ちゃん、全然酔ってないから大丈夫。

 そう意気込んで、歌った。

 

 そして千空にはがいじめにされて怒られた。

 

 解せぬ。

 

 あ、マグマもニッキーに怒られた。

 

 どんまい。

 

 

 

 



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86 凡人、無駄話。

 

 

 

『私は約束を破りお酒を飲みました』

『私は茉莉に酒を飲ませました』

 

 うっかり酒を飲んでしまった昼下がり、無邪気にはしゃいだ結果ニッキーと千空に激怒されてしまった私とマグマは仲良くそう書かれたプラカードをつけられその日一日を過ごすこととなった。

 

 最初こそ酒の勢いでケラケラ笑っていた私であったが、徐々にアルコールが抜けてくるとその無様さに恥ずかしくなり徹底して無表情を貫く。

 マグマの兄貴は早々にソレを破壊し逃げていたが、ニッキーに敵うはずもなく頭に三段のたんこぶをつくっていた。お可愛い。

 お前の勇姿は忘れない、と心の中で唱えて目を背けたが別にニッキーが怖かったわけではない。何より怖かったのはびっくりするほど真顔で私たちを叱ったパイセン故に。

 

 いやしかし、今回はちゃんと記憶は残っていたのだがらビール一杯はセーフなのでは?と呟いたところ、千空の米神がピクっと反応したので黙った私の判断は正しかったと思うのだ。

 あれ、反抗していたらもうちょっと悲惨な文字を書かれた気もしなくはない。

 多分きっとそう。

 

 故に私はもう勝手にお酒は飲まないと誓おう、と思う。

 否、飲むとしても千空の許可を取ろうと何度も誓ったのである。

 まぁ、守れるかはわからないけれども。

 

「にしても、茉莉がお酒に弱いなんて意外だったわ。むしろ飲むのって感じよねぇ?」

「んー、まぁ、二十歳はすぎてるし」

「ハタチ過ぎてるって貴方、杠たちと同い年って話じゃ……。そういえば三年も早く目覚めてたって聞いてたけどほんとだったの!?どんな生命力してんのよ」

 

 若干引いた瞳をむけてくる南に中学時代のいじめっ子を思い出すも、そう思われても仕方がないかと考えがすり替わる。

 確かに私もよく一人で生きて来れたなと思うものだ。

 多分運が良かったに違いない。じゃなきゃアルコールのなかったあの時期、ろくな消毒ができない状態で深めな怪我を負っていたら一発アウトだっただろうに。本当に酷い怪我をしなくて良かった。傷口が膿んで死ぬ、なんて恐ろしいっちゃありゃしない。

 

 

「まぁ、普通の生命力だよ?死なない程度に狩りして食って、寝れるだけの屋根付きの家つくって服仕立てて。大怪我しなかったから生きてこれた感じだし、大した事じゃないよ」

「またそうやって何でもないように言うんだから!貴方のやってるそれ、誰でもできる事じゃないんだから少しは誇りなさい!過小評価は周りの評価も下げるんだからね!」

「んー?」

「わかった?!」

「あー、ウン」

 

 とりあえず南の言葉に頷いておくが、私はそうは思わない。だって石神村の住人だってまだ小さなスイカでもこなせる事がいくつもあるのだ。

 要は慣れていればできる事。それを誇る理由などない。

 けれどそう言ったところでプンスコ怒っている南には理解されないだろうし、私は反論するのをやめたのである。

 

「──そういえば、何だけど」

「……なぁに?」

「司さんに聞いたの、氷月を起こすって。武道に通じてる氷月は必要だからって……」

「ふぅん?」

「──何で興味なさそうなのよ茉莉は!少しはこう、考えるものがあるでしょう!?茉莉は、茉莉は氷月と仲悪かったじゃない。怖く、ないの?」

「んー、怖くないわけではないけど、別に怖がる必要もないかななんて」

「何でよ!」

「だってほら、氷月さんも司君も、やってる事は変わらないし?」

「──は?」

「選別のために司君を殺そうとした氷月さんと、弱き者のためにセンクウを殺そうとした司君、何が違うの?」

 

 ま、実際両方とも一回殺されたようなものだし。あえて言うのならば千空だって司を殺す覚悟もしていた。

 

「氷月さんを怖がるなら対等に司君も怖がらなきゃならないし、そんなの面倒だもの」

 

 怖がり出したらキリがないし。

 確かに司と氷月だったら後者の方がヤバい人間であるのは認めよう。自分の手で殺したわけではなくとも、復活者三名の命を意図的に奪ってもいる。そこを踏まえれば復活組の中で一番危険なのは氷月で間違いない。

 

 でもそれを言ってしまえば石像だからと石を砕きまくった司はどうなる?

 あれは意識的に行っていた殺人行為と捉えてもおかしくはないし、石像だから人間じゃないよ、なんて今の私にはいえやしない。

 

 考えれば考えるほど、誰がどれだけ悪いやつで危険なのかなんてわからなくなってしまう。

 だからこそ、考えないのが正解なのだと私は思うのだ。

 

「南ちゃん的には司君を殺そうとした氷月さんが悪いやつって思えちゃうのは仕方がないけど、科学王国民からしたらどっちもどっちだよ?」

「──っ!茉莉のばか!知らないっ」

「あー、ハイハイ」

 

 キッと私を睨みつけて走り去る南はきっとこんな言葉を言って欲しかったわけではないのだろうが、私が伝えることができるのはそんなものでしかないのだ。諦めて欲しい。

 

「──言うべきじゃなかったかなぁ。でも、そうとしか思えないし」

「それもそうねぇ、辛くてもその考えもあるって知ってた方が南ちゃんのためじゃない?」

「……いつからそこにいらっしゃって?」

「割と前からかな?」

「そっかぁ」

 

 南が消えて代わりに現れたのはゲンだった。

 にっこり笑っているが、相変わらず胡散臭い。

 

「ま、南ちゃんの不安もわかるけどねぇ。俺も千空ちゃん達に言われた時ジーマーでって叫んじゃったし」

「そっかぁ」

「茉莉ちゃん、相変わらず動じないね?」

「まぁ、昨日聞いてたし」

「にしても冷静すぎじゃない?もう少し動揺したっていいのよ?」

「んー、酒飲んだから一周まわって落ち着いてきた、とか?」

「──お酒ね、お酒はやめとこうねジーマーで」

「すまん」

 

 千空ちゃん、すごい怒ってたでしょ。と笑うゲンの目は心配そうな色をしているし、本当になんかいろいろとすいません。

 

 ゲンはこのあと南のように動揺しているメンバーのケアに行くらしいが、その前に一応私の所にも寄ってくれたみたいだ。何せ私、氷月さんに嫌われていたもので、マジに殺意向けられていたわけで。

 そりゃまぁ、司と千空とは少し異なった意味でビビってもしょうがないと思われていたのだろう。だがしかし、私にはそんな感情を抱く暇なんてないのである。

 

「──センクウと司君が必要だと言うならそうなんでしょ?その決定に逆らう気なんてないし、気にするだけ無駄だよ」

「うーん、みんながみんな、それで納得はしないと思うんだけどねぇ」

「……納得するしないじゃなくて、そうするしかないんだよ。この先、何があるかわからないんだから」

 

 例えば千空のように自力復活者がいるとか、文明がかなり進んでいるとか、人を殺すことを本当の意味で躊躇わない人間がいるとか。

 最悪の状況なんてそこら辺に散らばっているのだ。

 何も知らなければ今より酷いことは起こらないと思えたかもしれないが、世界はいつだって残酷で思いがけない悲劇だって起こしてくる。最悪なんてすぐそに転がっているのだから、拾い上げるのも簡単な話である。

 

「──覚悟は、必要なんだよ」

 

 それになによりこの先、私が知らない未来への恐怖に立ち向かう覚悟だって必要なのだ。

 覚悟しておかなければ、その時立っていられる自信なんて私にはないのだから。

 

「──茉莉ちゃんは、」

「んー」

「茉莉ちゃんは、たまに全て見通したようなことを言うね」

「──臆病だから、ね」

「それでもね、千空ちゃんを信じて前だけ見てるの、俺はゴイスーだと思うのよ」

「…………果たして私は、センクウを信じてるのかな」

「──え」

「なんて嘘だけど」

「っちょっとやめてよ茉莉ちゃん!真面目な顔して嘘つかないでくれるぅ?ちょっと信じちゃったじゃない」

「メンゴメンゴ。んじゃ、こんなとこで暇売ってないで、メンタルケアして来なよ?特に南ちゃん」

「あー、俺に押し付ける気でしょ?」

「それがお仕事なのでは?」

「もう、本当に人使い荒いんだから!でもまぁ、やるしかないんだけどね!」

 

 じゃあねと手を振って立ち去るゲンを見送り、私は深々と息を吐き出す。

 腹の奥底から感じる不快な違和感を懐かしく思ってしまうあたり、私の精神は相当イカれているのだろう。

 

 私は誰よりも千空ならば困難なことがあっても、仲間と共に良い方向に進むのだと信じている。立ち止まらず、思考を巡らせ未来を掴み取るのだと信じている。

 

 しかしその一方で石神千空ならば世界を救えるのだと縋っているに違いない。

 今の現状を変えるのも、未来を作り出すのも彼なのだと決めつけて必死に彼に縋っていきている。

 

 果たして本心がどちらなのか、私にだってわからないし知りたくもない。

 

 私はまだ、千空を信じて生きていたい。

 全てを投げ捨てて縋るだけになってしまったら、未来なんて恐ろしくて考えられないと思うから。

 

 

「────相変わらず、私の思考はクソ」

 

 そういって鼻で笑って、私はただ拳に力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──茉莉ちゃんのアレ、嘘じゃなかったよなぁ」

「ん?茉莉が何よ?」

「何でもないよ♩」

 

 

 

 

 

 



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87 凡人、氷と瓜。

 

 

 

 昨日の夜、氷月とその取り巻き二人は無事復活を果たし武力チームは過去最高の戦力を手に入れたわけなのだが、どうやら彼らと私は合わないらしい。

 

 ちょろっとすれ違うだけで氷月たんの眉間に皺が寄るし、何故かモズには物分かりのいいアホな子と認識されてる。唯一ほむらだけが私をそこそこ対等に扱ってくれてるような気はするが、まぁ、仲良くする気はないと態度に出されている。

 百歩譲ってモズにアホな子認定されてるのは認めよう。『さしすせそ』を使い自ら人質解放に動いたし、その時のノリじゃあアホな子と思われていても致し方がない。

 でもさ、氷月たん。私と貴方、ろくに話していないのにどうしてそこまで嫌われるのでしょうか?いい加減にその他大勢の一員にしておくれ。

 そのせいでほむらちゃんにも好かれていないのは確かなんですよね。

 

「はぁ……」

「人の顔を見てため息とは、キミは本当にいい度胸してますね」

「だって目があっただけで邪険にするじゃないですか、氷月さん。私だって気が滅入るもんですよ?」

「そんな繊細な人じゃないでしょう」

「なるほど、氷月さんは私がすこぶる鈍感に見えると。繊細ですが?」

「繊細な人が私と平然と話したりしないでしょうに……」

 

 馬鹿なんですかと言いたげに薄目で私を見下してくる氷月に若干ビビリながらも、平然としてるしかないのではと告げる。

 いくら彼が千空や司を殺そうとしたとしても、私の事も嫌いで消えればいいと思っていたとしても、アメリカに向かうのに必要と願われた正規のメンバーだ。

 恐怖など、捨て置いた方が得策なのである。

 

「氷月さんを怖がる人はそりゃいると思うよ?ならその人らに私は恐怖心を預けるわ。今はそんなこと言ってる場合じゃないし、法の整備が整ったら裁かれればいい話だし、それまでは同胞でいた方が合理的でしょうに」

 

 そうでしょうと投げ掛ければ、氷月は私をじぃっと睨んだ後深々と息を吐く。そのあからさまな態度に若干傷つきながらも、次に彼が吐いた言葉にわずかながら自尊心が回復した。

 

「──本当に、そういうところは"ちゃんとしてる"んですね。まったく、ただの使えない人間だったら切り捨てられたんですが……」

「──ちゃんとしてる?私が?」

「認めたくはないですが、認めるしかないでしょう?少なくともキミは、状況を察して切り替えられる人間です。千空クンたちのように」

「それは買い被りすぎでは?」

「だったらよかったんですけどねぇ」

 

 イラついた口調と本当は認めたくはないのだと態度で表して、氷月は私を横目にすれ違い去っていく。

 少なくとも今の言葉で好かれてはいないが認められている、ということがわかった。これで一安心だと思い込みたいが、今後何らかの行動一つでちゃんとしてないと判断された場合どうなるのでしょうか。

 それはそれで怖い。

 まぁ相当酷い行動をしないかぎりうっかり槍で刺されることはないだろうと安易に考え、私は仕事に戻るのであった。

 

 

 

 約四十日の船旅はまだ始まったばかりだが、何らかの不安はでるものだと私は考えている。

 千空と龍水が話し合って食事事情と娯楽は当初の予定よりも良くなったが、私のような人間にはそれ以上に求めてしまうものがあり、夜中にも近い時間甲板の隅っこで月を眺めていた。

 別に船旅が辛いわけではない。ただ一人の時間が取れないことに少々気が滅入るもので。テントなんて張れない今、人間が纏まった場所で睡眠をとることが若干のストレスになっていたのである。

 故に毛布片手に甲板で寝ること二日、今のところまだ誰にもバレていない。

 月を眺めながら鼻歌を歌っていれば、真夜中だというのに見知った西瓜がコロコロと転がってきて私の目の前で止まる。そこからにゅっと手足を出して現れたのは、みんなのアイドルスイカであった。

 

「茉莉も寝れないんだよー?」

「ってことはスイカちゃんも?なんか、珍しいね」

 

 どんなとこでもぐっすり寝そうなスイカでも寝れない日があるのかと考えつつ被っていた毛布をめくり、トントンと隣を床を叩いて彼女を呼ぶ。そしてそこに座ったスイカに毛布を巻いて、どうしたのと尋ねた。

 

「怖い夢でも見た?」

「見てないんだよ!でも、寝れないんだよ……」

「それはどうして?理由はわかる?」

 

 私のように悪夢を見るから寝たくないとか、そのせいで睡眠障害を起こしているとかだったら早めに千空に相談した方が良いだろう。

 そう思いスイカに問いかけると、私の考えとは裏腹にスイカはにっこりと笑って見せた。

 

「これから知らない場所へ行くんだと思ったら、楽しみで仕方がないんだよ!」

「あぁー、そっちかぁ」

 

 遠足の前日に寝れなくなるやつ。

 つまりはそういうことね?

 宝島の時と違い、スイカも今回はちゃんとした乗組員だ。そのため仕事を割り振られ体力だって毎日ギリギリだろうに、それでも寝れないほどまだ見ぬ世界に憧れている。その目で見たいと思っているのだろう。

 そりゃあ寝れなくなるねとニコッと笑って同意し背中を撫でれば、スイカは嬉しそうに頷いた。

 

「アメリカってどんなところで、石神村とはなにがちがうんだよ?」

「んー、まず言語が違う、かな?」

「げんご?」

「そ、言葉が違う。私たちが話してるのは日本語で、アメリカは英語。つまりは何言ってるかわからない!」

「じゃああっちの石像を起こしたら、話せないってことなんだよ?どうやってお喋りすればいいか、スイカはわからないんだよ!」

「んまぁ、それはこっちの復活組にもいえることだからなぁ。センクウやゲン君、龍水君なんかはペラペラだろうけど。──私も無理だから安心していいよ?」

「安心できないんだよっ⁉︎」

「でもなるようにしかならないからねぇ。それに言葉も違ければ信念や思考回路も違うし、本当にいろんなこと違うから。だから、色々頑張んないとね」

 

 千空のように世界を救いたいと考えない科学者がいるあたり、アメリカ組の方が現実的な思考を持っているのは確かだ。

 普通に考えればこんな世界で目覚めて、生きるのに精一杯なのに他者を助けようなんて考えやしない。何より銃社会で生きてきた彼からすれば、人を撃ち殺すことも想定の範囲内でもある。ペルセウスに乗っているメンバーの大半は十代で、命を奪うことについての覚悟すら違うのだ。

 この先どう転がろうと、いやでもその違いを見せつけられるだろう。

 

「……茉莉?」

「んあ?ごめんごめん、ボォっとしてただけだよ、眠いのかもねぇ。──だからスイカちゃんも寝ようか?」

「うーん、寝れるかわからないんだよ」

「……じゃあ子守唄を歌ってあげる?」

「──うん!」

 

 別に歌を歌うのは嫌いじゃない。

 上手いかどうか聞かれたら可もなく不可もない歌唱力だと思うけれど、たまに奏でるメロディーを知っている人がいれば安心するし。まぁ、その反面いないと辛くもあるんだけど。

 

 すぅっと息をすって、今日もまた私の知る歌を歌う。

 どごぞの超時空シンデレラガールが歌った、愛の歌。暖かな海と、宇宙。優しい緑の子。

 アナタ、アナタと呼びかける求愛の歌。

 

「……寝た?」

 

 ゆっくりと歌い終わればいつのまにかスピスピとスイカは夢の世界へと旅立っていて、私は彼女を抱き抱えて寝台へと向かう。

 流石に甲板で寝かせていたら風邪を引いてしまうかもしれないし、それは避けなければならないだろう。

 そおっと足を動かしていればまだ寝ていなかった悪い大人と出会い、見つめあってにっこりと笑った。

 

「ちゃんと体を休めないと倒れるぞ。スイカはオレが預かろう」

「それは助かるよ龍水君。そしてその言葉はそっくりそのままキミに返すー」

 

 女の細腕よりは龍水の腕のほうが寝やすかろうとスイカを任せ、私は踵を返す。

 

「茉莉、貴様も早く寝るんだぞ」

「んー!」

 

 わかった、とは言ってないからセーフ。

 なんて屁理屈を捏ねて、私は今日もまた甲板で夜を過ごす。

 早めに寝床探さないと、パイセンにもバレる気がするしなんとかしよう。

 

 

 

 



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88 凡人、空を見る。

いつもよりちょっと短いかも?


 

 

 ジリリリっと音が鳴り、日本からできる限り正確な時刻が知らされる。

 まぁ、あれを作ってるのをみた時マジかぁって思ったよね。日時計とか砂時計とか、普通の人間は作り方知らんて。

 流石パイセン、そこに痺れる憧れるぅ!ってひたすら真顔で思っていましたマル。

 

「でも何時かがわかるとなんで船の場所がわかるのか、スイカにはわからないんだよ……??」

「だいじょうぶ、現代人の大人でもイマイチわかってないから」

「大人だからなんでもわかるわけでもないんだよ、また一つ賢くなったねスイカちゃん」

 

 大人組も時間だけで何故?どうしてと目を回している様子を伺い、そしてカセキ達のやりとりに耳を傾けた。

 カセキは真上に太陽が来ているとこを調べ、龍水はそれを聞くと地球儀をクルクル回し船から見える太陽の調べタテの位置を。東京との時差でヨコ位置を把握し、そうやって人力GPSで現在の位置を探し当てそれを頼りに海を進めばアメリカに着くというわけなのである。が、本当によくわからない仕組みとしか私は思えなかった。

 

「すごいんだよ科学の旅……」

「ヤベー、俺もガンバんねぇと!科学使いとしてよ!」

「お日様さえ見えてれば全部わかっちゃうんだよー!」

「あ"ー、このまま晴天が続きゃアメリカ行きも順風満帆だ……!!」

 

 そう意気込んだ千空をみて、そしてまだ晴れた空を眺め私はニコリと笑う。

 千空はかなり運が悪い。いや、人脈的にはハイパーいいんだけどね、物事を進めるにあたって悪いというかなんというか。

 つまり何が言いたいかというと──。

 

「──うわぁー、引くレベルで曇ってきたねぇ」

 

 真っ黒な雲が空を覆い始め、ポツポツと雫が降ってくるではありませんか。

 

「千空ちゃんが言った途端ゴイス〜……。あれね、千空ちゃんてば生まれた時知識・根性・努力家に100、運にゼロ。スキル振りしちゃった人ね」

「オホォ〜、これじゃ全然みえないのよ太陽なんか」

「こんだけ厚い雲が覆ってればねぇ……」

 

 とりあえず室内へと避難し、窓越しに空を眺める。このままでは時間はロスするし海で遭難の危機にも陥ると話していると、スイカが空を見ながら小声でヴァイキングの話をする。

 私は百物語を聞いたことはないが、そんなことまで入れ込んで話を考えた百夜には一生頭が上がらないだろう。

 本当に、石神親子は着目点がすごいものである。

 

 ヴァイキングと聞いて操舵室を飛び出したのはクロムで、スイカはその後に続く。何か思いついたのかなとゲンはいい、千空はニヤリと笑った。

 パイセン、本当に弟子が好きなんですね。わかります。

 

 残ったメンバーはとりあえず一旦雨が上がるのを待つことになり、他愛もない話をすることとなったのである。

 

「その言えば茉莉ちゃん、千空のこと呼び捨てにするようになったのね?」

「ん、まぁーねぇ……」

 

 カセキが首を傾げながらそんな事を言葉にすると、ぴたりとゲンと龍水の動きが止まる。そして千空は小指で耳をかきながら気持ち悪りぃんだよと言い切った。なんとなくその言い草がひどく聞こえるのは私だけでしょうか?

 

「昔は呼び捨てだったんだ、今更ガキみてぇによばれるとサブイボが出る」

「……そこまで言わなくても」

「あ"?俺もちゃん付けて呼ぶか、茉莉ちゃん」

「ヤメテクダサイ」

 

 ゾワリ、背中に何かが走った。アレから何度かこのやり取りはしたものだが、やはりちゃん付けされると変な感じがする。心臓に悪い。

 うげぇっと顔を歪めていればいきなり龍水は笑い出し、その勢いで他のメンバーも呼び捨てでいいのではと言い出すし。全くもっていい迷惑だと思うのだが?

 

「俺のことも龍水と呼べ!」

「いや、呼ばんて」

「何故だ!」

「なんでって、んー、呼ぶ必要性はないのでは?」

「なら俺も茉莉ちゃんと呼ぶぞ?」

「──うん、どうぞ?」

 

 一瞬そう呼ばれる事を考えて、違和感がないことに驚く。多分これはアレだ。千空には昔からそう呼ばれていたから、無意識に拒絶反応が出るのだろう。故に龍水にそう呼ばれたところでなんの変化も感じない。

 

「フゥン、千空だけか。──幼馴染とは面白いものだな」

「そう、かもね?」

「いや!違くないっ!?茉莉ちゃん俺は?」

「ゲン君」

「ダメかぁ」

「ワシはワシは!」

「カセキのおじいちゃんはカセキのおじいちゃん」

 

 尊敬してる人を呼び捨てとか無理です。

 高校生みたいなノリでそんな会話を続けていればいつしか雨は止み、分厚い雲だけが残っている。外に出て空を見上げてみてもそれは変わらず、太陽なんて見えやしない。

 さてどうしたものかと思っていれば、ニッコリ笑ったクロム達が何かを持って帰ってきたところであった。

 

「千空!これを見ろっ!」

「んあ"?──方解石か!!」

 

 自撮り棒のようなものに付けられた石を外し、千空は嬉しそうに顔を綻ばす。方解石と呼ばれたそれはクロムが日本から持参したもので、コハクが加工したものでもある。

 それをマークを掘った小さな箱に入れ込んで曇り空を見上げると、二つ並んだ光が見えた。

 

「天然のプリズムだ。光を分解して二つに見せる」

「それが揃うと太陽の光の向きってこと……?」

「あ"ー、ザックリ言やそうだ」

 

 かつての海賊、ヴァイキングが使っていたであろう太陽の石。それはいま、4000年の時を超えてここにある。

 人が生み出し繋いできた科学が、またしても繋がっていく。

 

 に、してもだ。

 

 チラリと横に視線を逸らせばクロムを優しげに見つめる千空がいて、私の心臓はキュンとしてしまった。

 美しい師弟愛。ごちそうさまですありがとう!アレですね!お前も立派な科学使いになりやがってってやつですね、わかります!

 

 思わずにやけそうになる頬に力を込めて視線をずらし、わいわいと喜んでいるスイカ達の輪に入る。そこで笑う分には誤魔化せるし、なんてったってスイカが可愛いから微笑んでいても問題はないだろう。

 

「茉莉もクロムに貸してもらうといいんだよ!」

「ほらよ!」

「あんがとう」

 

 手渡された方解石を頭上に掲げ二つ並ぶマークの光加減を合わせていく。

 するととある場所で綺麗に、同じように光り輝いた。

 

「──ねぇねぇ、クロムくん」

「なんだ?」

「なんでこのマークにしたの?」

 

 箱にくり抜かれたマークの形はロケット。

 別に丸でも三角でも四角でもいいのに、そこに映し出されていたのはロケットである。

 その理由を問えばクロムらはきょとんと首を傾げて、科学と言ったらコレだろ。と言葉を放った。

 

「……そうだね」

 

 科学王国という名称がつけられた時、杠と大樹はロケットに見える柄のついた布地をプレゼントした。

 千空といえばロケット、という発想だったに違いない。

 しかしながら今はロケット=科学とクロムは認識している。もしかしてこの形がロケットと認識はしていないかもしれないけれど、ここであの幼馴染二人と弟子が繋がるのかと思わず笑ってしまった。

 

「ふふっ」

「──なんだよ」

「なんでも、ないよ」

 

 ただ、君らの関係が愛おしく思っただけ。

 

 本当に、良いものを見せていただきました!

 満腹です!

 

 そう思いながら、私はもう一度わらった。

 

 




かきたい場面の構想がようやくできたので、船旅はまきでいきます。


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89 凡人、夢の世界。

 

 

 おのれ石化装置、今日ほどオマエを恨んだことはない。

 

 私はキリキリと痛む腹を抱え、人一人が余裕で入り込める箱の中で倒れ込んでいた。ちなみにではあるが、この箱はラボカーの隣にあった雑貨入れである。それを整理整頓し、私の隠れ家として利用させていただいている。しまってあった鉛筆もどきや紙の束、カーボン等々今のところすぐに使用用途がないものを許可を取り少々いただいたが、それはひとまず置いておくとしよう。

 

「ん、ぐぅ……」

「黙って寝てろ。鎮痛剤は飲んだんか?」

「のん、だぁ」

 

 ペルセウス製作前から不定期となっていたソレは今の今まで、一年近くくることはなかった。理由は過度なストレスだと私だって理解している。だがそれでも良いと思っていたのだ。いくら布製品や海綿が増えたとて、こんな世界ではない方が良い。故に来なくなったことを若干喜んでいたというのに、石化し身体が健康になった途端コレだ。

 今まで止まってた分、かなり痛い。私、遅れるとよりひどいタイプなので。

 

「っ──」

 

 薬がまだ効かずぎゅうっと内臓が締め付けられる痛みに耐えながら寝転がり、私は目を閉じてそれが過ぎ去るのを待つ。

 船は嵐を迎えガタゴトと大きく揺れ船員達は走り回って働いているというのに、なんていう様だろうか。うっかり滲んできた涙を拭って毛布を頭から被り丸まって、早く終われと願いながら私は目を閉じたのである。

 

 

 次に目を開けた時、船の揺れは若干落ち着いていた。代わりにラボカーからは千空にスイカ、クロムとコハクの声が聞こえてくる。どうやら何かをクラフトしているようで、ああでもないこうでもないと話しあっているようでもあった。

 箱からそっと顔を出してみれば、その作業がわずかに見えて電球を使うものを作っているのだとは推測できた。だがしかし、それ以上のものはわからない。

 私は少し楽になった体を起こして立ち上がり、一旦そのままトイレへと向かう。前よりだいぶ楽になったとはいえ、まだまだ不快感は拭えないものである。

 

 動かしにくい体をのそのそと動かしお布団に戻ろうとすればちょうどクラフトが終わったであろう千空達が何かを始めるところで、ちょいちょいと手招きで呼ばれる。毛布だけ掴んで側に行くとそのまま床に座らせられ、黙って見てろと千空は室内の電気を消した。

 

「じゃあつけるぞ」

「おぉ!楽しみだ!」

「わくわくなんだよ!」

 

 いったい何が始まるのだとぼぅっとしていると、カチっという音と共にキラキラとした光が天井に広がった。

 

「──プラネタ、リウム?」

「簡単なやつだがな。流石に光学式は今は作れねぇが、いい暇つぶしになんだろ」

 

 綺麗だと喜ぶスイカに、本物には敵わないけどなと笑うクロム。コハクは見たことがある星空だと指を刺している。

 どうやらそれは千空が作ったもの故に、ちゃんと星座が埋め込まれているようなのだ。

 

「……見覚えあっか?」

「ん、んー?……あ、カシオペア?」

「覚えてんじゃねぇか」

 

 ガシガシと私の頭を撫でる千空はそのまま隣に座り、今の時期に見れるであろう星座を入れこんだのだと満足気に呟いた。

 

「船の名前の由来になったペルセウスはアレで、その隣がアンドロメダだな。細けぇのは省略した」

「アンドロメダ……?鯨に食われそうになったやつ」

「──そう、それな」

 

 なんで聞き覚えがあるのだろう首を傾げて考えてみると、そういえば昔、千空と百夜とよくプラネタリウムにいっていたものだと思い出した。

 あの時は純粋な気持ちでお出かけを楽しんでいたが、案外記憶として残っているものらしい。

 

「千空、茉莉!何やら面白そうな話をしているな!」

「スイカもアンドロメダ?とかクジラ?について知りたいんだよ!」

 

 私たちの何気ない会話を聞いていたコハク達は神話でもあるその話を気にして、千空は仕方ねぇなとゆっくりとした口調で語り始めた。

 宇宙が好きな千空だから星座の成り立ちも覚えてるのだろうなと思いつつその語りに耳を傾けていれば、あれだけ寝たというのに睡魔が襲ってくる。

 心地よい低音の千空の声に心底安心し、私は瞼を閉じて船を漕ぐ。かくんと頭から傾くとそのままあたり前のように膝にたおされ、ぽんぽんと背中を叩かれた。

 そんなことされてしまうともう睡魔から逃げる術などなくて、私はまたしても夢の世界へ落ちる。

 けれども悪夢は見ることはなくて、その時は見た夢は覚えていないけれど、ずっと、ずっと。幸せなものだと思えるものだった。

 

 

 スピスピと意識を飛ばして、また目覚めた時にはみんなの声が聞こえなくなっていた。そこから察するにみんな寝に行ったのだろうと一人納得し、私はまたしてもトイレに向かうために立ち上がる。

 そういえば箱の中に移動しているし、コハクあたりが移動させてくれたのだろう。

 薬もようやく効いてきたのか痛みもだいぶ引いたが、やはりいつもの倍は痛む。歩くだけでじわじわとお腹に変な感覚がはしるし、あのままなくなってくれればよかったのにと思わずにいられない。

 

 壁伝にラボカーの元へと戻れば、うっすらと中に光がついていた。もしかして電気の消し忘れかなと思い入ってみれば、そこには黒い紙に向かっている千空がいるではないか。

 もしかして私が気づかなかっただけで、さっきもいたのではなかろうか?

 

「──寝ないと、効率悪くなるんじゃないの?」

「……コレ終わったら寝る。テメェは体調平気なんか?」

「よくは、ないかも?」

 

 ちょこんと隣に座って何を作っているのか見てみれば、紙に針で穴を開けている。もしかしてコレもプラネタリウムの部品の一つなのではと問い掛ければ千空は頷いて、嵐の夜の暇つぶしに使うとも悪い顔をして笑った。

 

「星座がわかりゃあ方角も分かっからな、覚えといて損はねぇ」

「……シリウス、ズレてるのに?」

「それは修正して教えれば問題ねぇ」

「なるほど?」

 

 そんなことできるのはパイセンだけだよと言わないが、多分スイカやクロムなんかは覚えちゃうんだろう。好奇心旺盛なのはとてもいいことなのだ。

 

 その後もプチプチと穴を開ける千空の様子を眺めて、私は小さく欠伸をした。

 相変わらずこの日は寝ても寝ても足りなくなるものだ。お腹も痛ければまた眠いなんて本当にクソ。

 パシパシと瞬きをしていれば千空はチラリとこちらに視線を流し、寝床である箱を指さして寝ろという。まぁ寝ることしかできないわけで、私は大人しくそれに従うわけなのだが──。

 

「センクウは?」

「あ"?」

「センクウは寝ないの?もう夜中でしょ?」

 

 私は千空のように時を計ることは出来ないが、少なくとももう皆が寝ている時間だとは理解できている。

 ならば千空だって寝なきゃいけないだろう。

 

「キリのいいとこまでやったら寝る」

「──そっかぁ」

 

 本人がそういうのならば私はもう何もいうまいと箱の中に横になり、そして目を閉じた。

 しかし、微妙にキリキリと痛む腹が睡眠を妨害してくるではないか。

 はて、先ほどはどうやって寝たんだろうと思い出してみれば千空の子守唄ならぬ子守話があったからで、そのお陰で痛みよりも眠気が勝ったのかもしれない。

 

「……センクウ、校長先生みたいなくだらない話してくれない?眠くなるやつ」

「人を睡眠導入剤にすんじゃねぇよ」

「面目ない。でもここは一つ──」

 

 そうお願いすると千空はなんやら魔法の呪文のような科学の話をはじめ、私はそれを聞きながら夢の世界へと旅立つ準備をしていく。

 別に科学話が分からないから眠くなるのではない。ただ単純に千空の声だから眠くなってしまうのだが、それ伝えることはない。

 

「む、ふぅ」

 

 フワフワと頭はしだして、自然と瞼が落ちてくる。

 おやすみなんて言わないけれど、私はそうして夢の世界へと意識を飛ばしたのであった。

 

 全くもって、千空の声は良い声だ。

 

 

 

 

 



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90 凡人、辿り着く。

 

 

 

 何度目かの嵐を越えて、ペルセウスは進んでいく。

 

 道中誰も見たことがないだろう氷山を見かけたことにより旧人類は目を光らせ、新人類側は目を見開いて驚いた。ついでに鯨の大群に出会わせたが、やはりすごいと喜んだのは旧人類でスイカ達はアレはなんなのだと忙しなく声をあげている。

 

「見た感じマッコウクジラかなぁ?歯がギザギザでしょ、あれは肉食なやつだった気がする」

「ス、スイカ達食べられちゃうんだよ!?」

「ん、んーそれはないかな。うっかり船に当たったら終わりだけど、ま、大丈夫でしょ」

「全然安心できなぃヨォ!」

 

 松風にしがみついて不安そうな顔をする銀狼に、でもと私は言葉を続けた。

 

「クジラは哺乳類だから、実質肉」

「っ肉!?魚じゃないの!?」

「魚類じゃなくて、どっちかといえばヤギと一緒な生態系だよ。つまりは肉。でも捕まえようとはしない方がいいかもね。あのデカさじゃ捕まえる前にペルセウスが沈む」

 

 一瞬肉というパワーワードで一部の戦闘お馬鹿さん達(褒め言葉である)は目を煌めかせたが、冷静に考えてみてほしい。船の何倍もあるクジラを襲うとか自殺行為でしかない。ありがたいことに羽京と司、あと氷月も無茶をしようとする戦闘民を止めてくれたのでことなきを得たが、私は余計なことを言うなと若干千空に怒られた。

 解せぬ。

 

 日本を出てからすでに一月はゆうに超えていて、陸が発見されるのもそろそろ時間の問題だろう。そう思うと嫌でも体に力は入ってしまうし、このまま着かなければいいななんて思ってしまう。

 正しい未来に行き着くと言うのならば、あと数日でアメリカについてしまうだろう。

 だがそこにあるのは明るい未来だけではなく、血に濡れる恐怖の世界。この先起こることを知っている私でさえ怖いのだ、予備知識なくそれに立ち会ってしまった少年少女のトラウマにならなければいいななんて他人本意に考えて。結局私はソレを他人事だとしか思ってないのだと知る。

 こんなに仲良くなっておいて、幼馴染と言ってもらって、側にいさせてもらっていて。

 それでも私は無情にも、彼を、千空を見捨てる選択をするのだろう。

 

「っうぇ──」

 

 不意に込み上げてきたそれを海へと吐き捨て、私は口を拭って情けなく頭を抱えた。

 辛いと思うなんて烏滸がましいとはわかっている。私なんかが抱えていていい感情なんかじゃない。

 

 わかっている。わかっているから。

 

「……茉莉、酔ったのか?千空に薬でももらってくるか?」

「んー、大丈夫。ちょっと吐いたらスッキリしたから」

 

 私なんかを気にしてくれるコハクに笑顔を見せ、いつも通りにギュウっと感情を押し込んで私は笑う。大丈夫だと言い聞かせて、大丈夫なのだと思いこんで。

 

「心配ありがとう、コハクちゃん」

 

 いつも通り笑って誤魔化した。

 

 

 

 

 そしてその三日後、ほむらが霧の向こうに大陸を発見することとなる。

 

「ついに着いたんだよ!アメリカ大陸──‼︎‼︎」

「長かったぁぁあ、久々すぎの陸ぅ──‼︎」

「肉ぅ──‼︎」

 

 やはりと云うべきか航海中に食べられた肉はちょびっとで、特にバトルチームはタンパク質を欲している。まぁ、それ以外のメンバーも似たような食事に飽きつつあった事だし、陸が見えたことは精神的にも良い結果をもたらしただろう。

 大樹は上陸すれば動物が狩れるが初めての海外旅行故に分からないと言い切り、その発言に南は呆れている。千空は大樹のプラス思考に笑みをこぼしたが、みてと、ほむらが発した言葉で目を細めた。

 

「……そりゃね、みんなわかってはいたのよ。でもねこの新世界じゃ海外はお初なわけだし?世界がどうなってるかなんて分からないし?ひょっとすると偽物リリアンの話こそがジーマーで、日本がまだだってだけで世界はもうとっくに復興──。いやむしろ最初から石化光線に勝ってたりとか!?心のどっかでもしかしたら!もしかしたら─!ってね……」

 

 目の前にある世界だけが全てではなく、見えないからこそ縋ってもこれた空想の世界。

 たらればの世界に誰もが心を寄せ、願望を抱く。

 まぁその気持ちは誰よりもわかる気はするもので、石化がない世界だったのならばなんて考えた事は何百何千回も私にもあるわけで。

 結局世界は私の知る正史を辿っているのだがら、所詮それは願望の域を出ることはなかったのだけど。

 

 岬に飛び出た石像を見つけてしまえば、その中には当たり前のように砕けたモノたちもあって。もしも彼らに意識が残っていた場合、このまま一生目覚めることがない地獄が待っているのだと誰がいえようか。

 体を戻す事もできず、意識を飛ばせないなんてなんたる地獄。

 そうなっていないようにと、私は祈るしかない。

 

「……ホントに、全部無くなっちゃったんだね。人の作ったもの全部」

「内心どっかでワンチャン助けてもらえるかも……とか思ってたな」

 

「違う!そうじゃないぞみんな!コーンさえゲットして育てれば、科学の力でもう世界中の石像全部復活できるんだからなー!」

「その前にアルコール作りの労働があるけど、ウィスキーの材料だったはずだから美味しいお酒飲めるねぇ。人類復活後にはどんちゃん祭りじゃん」

「──茉莉、テメェは飲むなよぜってぇにな!……でもまぁ、俺ら全人類78億人助けに行くのは間違いねぇがな」

 

 ニカっと笑う千空に笑い返し、その他の不安そうな顔をするメンバー達の肩を叩いていく。

 人類救うって言っても想像なんて出来ないだろうし、当面の目標は美味しいお酒を飲む事だねと言い聞かせとけば問題ないだろう。人を救うってのはこう、時と場合により辛い選択をさせかねないしね。

 逃げ道は必要だと思うんですよ、私は。

 

 ペルセウスはそのままサクラメント川へ向かい、そこから資源補充チームとコーン探索チームに分かれることとなる。

 私はもちろん資源補充チームかと思いきやコーン探索チームに名前を挙げられてしまい、思わず不満の声が漏れた。

 

「まぁテメェは資源補充チームでも問題はねぇけどな、そーすっと必然的にテメェは働きすぎんのが目にみえてんだよ」

「茉莉ちゃん!いっぱい働いちゃうと思うから千空くんといた方がいいと思うんだよね!私も!」

「──いや、そうでも、ないと思うけど?」

「──アンタがそう思ってるだけで、張り切って働くタイプだろうに」

 

 呆れた顔で私を見るニッキーにわけを聞いてみれば、探索チームに戦闘員が振り分けられた今資源補充チームには戦える人間が、云うならば狩りをできる人間が減るわけで。

 つまりはその分私が張り切って肉を取ってくると森へ入るのが目に見えていると。

 その結果猛獣に襲われて怪我をしました、なんてことがあり得そうだとか。

 

「流石の私も訳のわからん森にいかないよ、そんなに。何がいるかわからないし、クロスボウと罠は持ってくけど」

「いく気満々じゃないかい!肉は最悪探索チームが帰ってきてからでもいいんだよ!?」

「でも、タンパク質食べたくない?」

 

 そう問えば周りからたべたーいと小声で反応が返ってくるわけで、ニッキーがギロリと睨んだ後私は千空たち探索チーム側へと連行されることとなった訳である。

 

「死なない程度にしか狩りしないよ?」

「何がいっかわかんねぇとこで狩りしようとすな」

「──熊さえでなきゃなんとか……」

「それ以上のもんがいる可能性を考えろ馬鹿」

「対応がひどい」

 

 私だって無理はしないのになと考えてみても、まぁ狩りでやらかした経験はなくはないので無茶はしてると認めよう。うっかり病院送りになった事もあるし、医者がいない現状怪我するのはやばいもんね。今回は私が引いておくのが無難だろう。

 にしても。

 

「──医者、かぁ」

「あ"?」

「んー、そろそろ医者もいてほしいなと思って。余裕できたらお医者さん探すのも悪くないよね、万が一のために」

「まぁ、居りゃな」

「──うん」

 

 ま、そのうち会うんだけどね。医者見習いに。

 その時になれば医者の必要が千空にも皆にも分かるだろう。この先何があるかわからなくなっている以上、ルーナには千空に惚れてもらわないと困るな。 

 

 なんて考えていた私の手は震えていたのである。

 

 

 



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91 凡人、唾を吐く。

 

 

 小型ボートとラボカーはサクラメント川を登り、私達コーン探索チームはコーン帯と呼ばれていた地域を探していく。3700年前にあったものがいまだに残っているかは謎だと云う千空の顔を目でおいつつ、私はひっそりとため息をついた。

 

「要はこの川のぼりゃあコーンあんじゃね?ってことだろ、とっとと行こうぜ!」

「クロムちゃん、なんとかなるなるの場慣れ感ゴイス〜。流石探索リーダー……」

「伊達に素材王と名乗っていないもん、致し方がないのでは?」

「……茉莉ちゃんも場慣れしてると思うけどねぇ」

 

 そんな事ないよと一回笑っておいて、内心場慣れというよりは諦めの境地だけどと毒を吐く。なんとかなる、ではなく、なんとかなってくれないと困るのだ。私の知る未来でいてくれなきゃ、本当に困ってしまうのだから。

 

 なるべく表情を変えぬままコーンの枯れてしまう時期を心配している羽京の話にも耳を傾けて、ラボカーの窓から川を眺める。

 ぶっちゃけさ、何にも知りません平気ですって顔保ってるけど怖いもんは怖い。普通に考えてこの後大型のワニが出てきたような気がするな、なんて考えつつ平常心を保っていられる私を誰か褒めてくれ。

 そんなことを考えていれば千空は猛獣に襲われなきゃ平気だと発言し、つまりはその運の悪さから逆のことが起こってしまうわけで──。

 

「……また、千空ちゃんが言った側から。でも俺わかっちゃったジーマーで!運が悪いとかじゃないの、運なんてないもんそんなもの!科学屋の千空ちゃんは最悪のケースまで毎回考え口に出してるだけ──」

「ワー、巨大ワニイパイダー」

 

 ドンっとラボカーに強い衝撃を与えたワニの集団と、ボートごと宙をまい久々の肉に目を見光らせる戦闘員。

 

「うん、感謝するよ。自然の輪廻に」

「これは、ゴイス〜……」

「最強オールスター……!!」

「ワー、一網打尽ダァー」

 

 大型ワニは容赦なく叩きのめされ一匹は食糧として確保し、逃げる個体は見逃して。

 狩ってしまった個体をラボカーで岸まで運び、私は刃物セットから大きめのナイフを取り出す。ま、食べるとなれば解体するしかないですよねとにっこりと笑い血抜きをし、いつもとなんら変わりなく捌いていく。流石にワニの皮は丈夫で、皮を剥ぐ作業は輪切りにしてからの方が楽だった。

 

「──あの、なにか?」

「……うん、君があまりにも淡々と作業をするからつい見入ってしまったよ。俺も手伝おうか?」

「あー、じゃぁお願いします?」

 

 じぃっとこちらを見つめてきた司にワニを切り分け使いやすいであろう中華包丁を渡し、そのあとは捌いた肉をフランソワに渡しておく。

 そうしておけばワニ肉はチタタプと挽肉にされて、あっという間にワニバーガーの出来上がりである。

 やったね、これで肉が食べられるよコハクちゃん。

 

「俺が後はやっておくから、茉莉、君は先に食べてくるといい」

「そう?……じゃあお言葉に甘えて」

 

 後の処理は司に任せフランソワからワニバーガーを受け取り、パクりとかぶりつく。

 パンが美味しいのは当たり前だが、濃厚なタレの効いたお肉で涎の分泌がやばい。

 モグモグと咀嚼し飲み込もうとしたところで、私は自分の体の異変に気がついた。

 

 どんなに頑張っても、飲み込む事ができないのである。

 

「──?」

 

 モグモグと口を動かし、んっと喉を動かそうにも動かずにドロドロとなったそれが口内に残ってしまう。さてどうしたものかと必死に考えながら何度か挑戦して、ようやく一口目が飲み込めたところですでに皆は一つ目を食べ終えていた。

 

「──茉莉様、お口に合いませんでしたか?」

「ん、美味しいよ?ただお腹が減ってないのと昔食べたワニ肉は美味しくなかったと気づいちゃって、カルチャーショックを受けてる」

「え"、茉莉ちゃん、ワニ食べたことあるの?」

「特殊なスーパーで売ってたからね、ワニとカエルと、後カンガルーかな?」

「意外とチャレンジャーだね、茉莉って」

 

 若干引いた目で見てくる羽京とゲンに、ジビエ肉だと思えば変じゃないと反抗しておく。別に変なものを食べたわけでもないし、私だって芋虫とかは本当に飢餓状態じゃないと無理なので。

 

 話がハンバーガーから逸れたはいいが、この手に持っているものをどうしようかと私は頭を悩ませた。流石に一口食べてもういっぱいと残すのは忍びないし、はたまた食いかけを誰かに頼むのも悪いと考えて。

 作ってくれたフランソワに悪いが、味云々は関係なく意地で食そうと口を開いた。

 

「──無理して食うなら寄越せ」

「……?」

「ソレ、食えねぇんだろ?」

 

 さも当たり前かのように私の持つワニバーガーを指さしたの千空で、食べさしだが問題ないかと問えば今更だろうと返されてしまう。確かによくよく考えれば同じものを飲み食いした事は多々あるし、パイセンは気にしないタイプかと頭を下げて残りをお願いした。

 

「んで、手に持ってるのはコーンで?」

「あ"ぁ、ワニの胃の中に入ってたやつな。これで問題なくコーンシティーは作れる」

「それはよかったねぇ」

 

 ハンバーガーをパクつく千空に眺めて、そして視線をずらすと喜んでいるクロムや大樹がいて。この状況を素直に喜べないのはやはり私だけなのだろう。

 

「シャァアア!見つけたぜ生命のコーン!」

「あ"ー、アメリカ大陸ご自慢のチートウモロコシ、イエローデント大先生だ」

「チートウモロコシ……」

「ククク、まぁ味は酷ぇがな。アルコール搾り取る効率だけは死ぬほど高ぇ」

「え"、不味いのソレ。みんなに美味しいお酒作ろって言っちゃったのに」

「後で謝っときゃいいだろ、どっちみち飲む分は作る気ねぇし大量のエタノールがいんだ。んな暇ねぇわ」

「あ、そっすね」

 

 千空がそういうならばそうなのだろうと頷いて、私はバーボンが作れるよと喜ばせてしまったことを謝ろうと心に誓った。ぬか喜びさせて申し訳ない。

 

 食事を済ませたら先に進むぞと千空は言い放ち、それから一時間もしないうちに私たちはコーンが生息しているであろう場所へ向かうこととなった。量がどれだけ確保できるかわからないと千空はいうが、大樹はならば育てて増やしまくればいいと自信ありげで。龍水は結局時間との闘いになると言いながらも、その顔つきは凛々しいままで。

 上流からコーンの粒が次々と流れてくれば、私たちの想像していたコーン畑よりも大きいものがそこにあるのだろうと察することはできたのである。

 

「んな川にご都合良〜くドンブラコしてくるもんか、コーンて?」

 

 千空のその読みが当たっているなんて、今の状況じゃ誰もわかっちゃいない。

 私以外の誰も、わかるはずもなく。

 

「おっつ〜、こちら探索チーム。川にコーン発見しちゃったよ〜♪」

 

 日が暮れてペルセウス本船と連絡を取るゲンの声を聞きながら、私はキリキリと痛むお腹と口元を押さえた。

 この時にはすでに、唾液すら飲み込めなくなっていたのだがどうすることもできなかった。

 

 

 



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92 凡人、お手の物。

少し書いてない時間があったので、リハビリも兼ねた一話。
早くゼノ先生出したいっ


 

 

 ストーンワールドの夜はいつだって暗い。たとえ電気ができたとて、明るくなるのは電球がある部分だけで、森はいつだって暗闇に包まれている。

 私はその暗闇を怖いと思うことをとうの昔に克服したはずなのに、ここにきてから無性にゾワゾワとした恐怖が纏わりついている。どうにかしなきゃ行けないのに、どうにもそれを退ける術を持ち得ていないのだ。

 

「なに千空ちゃん、着くなりライトに……、白い布?」

 

 千空は岸につくなりラボカーから様々な道具を取り出して、灯りで虫を呼び寄せていく。

 

「走光性ある虫の何が集まるかで付近にあるもんが読める。俺の読みが正しけりゃ──」

 

 ブンブンと虫取り網を振り回して捕まえたのは何匹もの蛾であった。それはヨーロッパアワノメイガといい、コーンが主食の蛾でありすぐ近くに大量のコーンがあることを示している。光に集まってくる蛾は何十匹にもなり、私でなくともその異常性は理解することはできる。無論、それに気付いたのは千空でこの短時間でこの数が集まるのならばコーンの大規模農園があってもおかしくないと考えてしまうもので……。

 

「なんだ千空、深刻な顔をして。こんなに大勢復活させるんだから、コーンが大量ならば最高にいい知らせじゃないか──!」

 

 そりゃあ人類復活を掲げている以上、コーンが大量にあることは喜ぶべきことなのだ。

 何も悪いことを考えなければ、それはただの吉報となる。しかしそうとはならないのが現実でもある。

 司をはじめとした戦闘員は何処からともなく発せられる殺気に気付き身を構え、それに伴い私はひと足先にラボカー内へ避難する。

 無情とも思えるその行為だが、他の人は助かることは"知っている"。だがそこにいるはずのない私が死なない保証なんてないのだ。我が身を一番に考えて何が悪い。

 

 ギリっと奥歯を噛み締めてラボカーの端に座り込み、ただ外のやりとりに耳を傾ける。司と氷月の話し声を聞き、そして──。

 

「総員ボートへ!伏せるんだ……‼︎‼︎」

 

 司の大声と連続して放たれた弾の音。

 間一髪で難を逃れたメンバーがラボカーに乗り込み、怯えながら身を潜めた。

 

「マシンガンだ……‼︎」

「いぃいい!なんなのそれぇええ!!?」

 

 いまだに放たれる銃弾は止まることなく装甲に打ち付けられ、それがうち破かれる前に龍水が舵をとり銃弾と装甲の間に水の防壁を生み出す。一瞬の隙をつき逃げ出すことに成功した私たちであるが、新たにできてしまった問題が思ってもいないほど重いものでしかない。

 

「全員大した怪我はないか!」

「なんで……誰がマシンガンなんか!やっぱしアメリカは無事だったってこと!?」

「人間ひとりといねーんじゃねーのかよ」

「それはないな、この惨状のままの説明がつかん」

「ありうるとすれば、千空と茉莉と同じ、自力復活者」

 

 右京の言葉に、チラリと私に視線が向く。

 だがしかし、私に何か求められても何も答えられるものはない。

 

「ならコーン栽培もそいつか!」

「だとすりゃ死ぬほどおありがてぇがな。──ククク、最悪、ダークサイドの科学使いとガチ対決か。負けらんねぇなァ、そんだけは……‼︎」

 

 千空の言葉に、私はグッと唇を噛み締める。

 いつもだったら大丈夫だよと軽々しく言えたものだが、私はもうその先を知らない。千空がどうやってゼノに勝ったかなんて知らないし勝てたかもしらないのだ。

 ただ一つ言えるのは、何があっても千空は無事であろうということだけ。その過程でどんなことが起きるのかはもう知らないし、私には信じることしかもうできないということ。

 

 ふぅ、と小さく息を吐き心臓を落ち着かせることに集中する。この中で誰よりも動揺していないのはきっと私なはずだ、だから落ち着かなければ。いつも通りに笑って、心配ないような顔をして。いつも通りの私をやりきらなければ。

 今此処で、無能を晒すわけにはいかない。

 

「──センクウ、夜は寝ずの番する感じ?」

「まぁ、そうなるな。いつどこでやってくっかわかんねぇし、警戒しとくべきだろ」

「ん、じゃあそれなりにラボカー動かしときゃこっちはオケ?」

「……あ"?まさかと思うがテメェが寝ずの番するきか?」

「一日二日ぐらい寝ないのはデフォだし、慣れてる人がした方がいいでしょ?それに次があるとしたら戦闘員は寝かせておきたい、命綱だしね。あ、運転の心配なら問題ないよ?じぃちゃんの敷地内で農耕車運転してたからモーマンタイ」

 

 任せておけとグーサインを送るも呆れたような顔をされ、ゲンと羽京にはそれはダメだとギャン拒否される。かと言ってラボカーを運転できるメンバーは決まっているし、ボート操縦にも人数は取られる。今回のような場面で操縦できる龍水は休めたいし、やはり寝ずの番は私が適任だろう。

 

「私はいざという時状況を判断できないよ。だから頭を使う人間も休んでおいた方がいい。私だけじゃ不安ならば私プラス一人でいいんでない?ラボカーは」

「オメェなぁ……」

「逆に聞くけどねセンクウ、この状況で、私が、寝れると思う?」

「──そっちか」

「そうそっち」

 

 ビビリを舐めんなよ。銃乱射された後で寝れるような精神だったらとうの昔に睡眠障害になんかなってないんだよ。

 私の言いたいことが理解できたのであろう千空は盛大にため息をついた後、私以外の数人は代わり代わりに寝ながら見張りをこなすと決定つけた。もちろん不満の声は上がったが、私が寝れないと理解している千空は頷くことはない。

 

「茉莉ちゃんも寝てた方がいいんじゃないの?」

「寝れんなら寝かしてるわ。こいつは寝ないんじゃねぇ、寝れねぇだけだ?」

「……寝れないって」

「睡眠障害持ちなんだよ茉莉は」

「かれこれ十年は。あ、プラス3700年ね。ちょっとした精神のブレで寝れなくなるの、ゲン君は知ってると思ったのだけど?」

「あー……」

「え、何それ。僕知らないんだけど。ショートスリーパーとかじゃなくて?」

「寝れないだけだけど?」

 

 石神村勢は割と知ってるよねと銀狼に問い掛ければすごい勢いで頷かれ、知らなかったであろうメンバーには唖然とした顔を向けられた。

 なんだよ、寝れなくて悪いかよ。

 鋼の精神はもちいてないんだよ私は。

 

「ボートの運転もまぁ、できなくはないけどそれはやったことある人に任せるとして。ラボカーは主に私でいいね。戦力と睡眠は大事だからねれる人は寝とこ」

 

 はい、この話終わり。

 と手を叩いて話を強制終了させて早速龍水と運転を変わる。千空はラボカー上部から頭を出し、ボートに乗っているメンバーにも代わり代わりに寝るようにと指示を出した。

 

 ってか、氷月たんボートの運転できたのね。ワォ!

 

「もし何からあったら誰かしら起こすし、なるべく寝ておきなよー」

 

 なんて、私はニコッと笑っておくことも忘れない。

 

 本当は、笑う余裕なんてないんだけどね。作り笑いなんてもうお手の物である。

 

 

 



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