メインヒロイン面した謎の美少女ごっこがしたい! (麦ティー)
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まずは美少女に変身

 

 

 

 

 この世界には魔法というものが存在していて、それに加えて俺の友人には主人公みたいな男がいる。

 

 都心部中心に位置する魔法学園(高等学校)に通い、今年で在学二年目を迎える彼とは一年の時から同じクラスで、何かと気が合うこともあってか親友とまではいかないが少なくとも学園内では一番に仲が良い。

 つまり彼と物理的に一番近い距離で過ごしていた生徒というのが俺であり、そんな存在だからこそ誰よりも彼が”主人公らしい”ことをしてきた事を知っている。

 

 まずは彼の名前から。

 姓はファイアで名はレッカ、その名に恥じることなく炎系魔法使いのなかでも最上位の実力を持っている。

 一応学園内では実力を隠しているが、俺や彼と親しい一部の人間などはその限りではない。

 そんなレッカ・ファイアくんだが──ぶっちゃけ死ぬほど強い。

 気に食わないくらい強いし確実に学内の優秀な生徒や教師程度では相手にならないだろう。

 そういった最強無敵な部分も主人公感が強いのだが、かのレッカさんはそれだけに留まらない。

 

 なんと彼は弱冠十七歳にして六人もの美少女を侍らせて若きハーレム王として君臨しているのだ。

 六人って多すぎると思う。戦隊ヒーローかよ。

 アレで誰にも手を出してないとか絶対嘘だろ放課後より取り見取り食い放題だろって様々な男子生徒たちから嫉妬の眼差しを向けられているレッカだが、実際のところはマジで手を出してない。

 一番親しい友人の俺が言うのだから間違いない。

 あの年中発情期みたいなヒロインたちから仕掛けてくる事こそあるもののレッカ本人は鋼の精神力でなんとかエロゲ主人公ではなくラノベ主人公に留まっている。えらい。不能だと思われることもあるけどアレは臆病で童貞なだけです。

 

 で、だ。

 俺はいわゆる彼から見た”友人キャラ”ってやつのポジションに収まっているワケなのだが、ぶっちゃけ最近はあまりレッカと話せていない。

 もちろんヒロインたちとのイベントも盛りだくさんなのだろうが、なによりレッカは秘密裏に暗躍しているわる~い魔法使い集団と日夜戦って街やひいてはこの国の平和を守ってくれているのだ。

 つまり多忙。クッソ忙しい。

 なので俺は最近放置され気味……という感じで。

 

 暇なんです。

 一年の頃から続いているレッカの物語に(一応)巻き込まれてるせいで派手な出来事に慣れてしまって、この一人で過ごす何でもない時間が退屈すぎてしょうがない。

 友人キャラと言っても親友ではない──つまり主要キャラではなくサブキャラの枠を出ないせいで本格的な戦闘や物語の中心には入り込めないのが現状なのだ。

 

 ……ハブられるのってイヤじゃん。

 不謹慎だってことは百も承知だけど、せっかく特別な人間たちと関われたのに外野からの応援だけじゃ人生もったいないだろ。

 最悪俺本人は物語に介入できなくても、レッカが主役を務めているストーリーをもっと間近で見て興奮したい。

 もっと刺激が欲しい。

 俺もなんか楽しいことしたい。

 大変そうだけどどこか楽しそうなレッカを見てるうちに傍観だけじゃ足りなくなっちゃった。

 つまりレッカのせいだ。俺は悪くない。

 ……とまではいかないけど、邪魔にはならない程度には主要キャラになりたい。

 

 そういうわけで、まだ初夏ですらないこの暖かい時期に俺は行動を開始することにした。

 どんな登場をするか、どこのポジションが空いているのか、ここ一週間考え続けた。

 そして見つけたのだ。

 まだ入れそうな場所を。

 演じられそうな役割を。

 頑張れば俺程度でもなんとかやれそうな──いや、自分が()()()()()()モノを。

 レッカは強い。

 実力で上を行くことは叶わないし、彼の周囲にいるハーレムヒロインたちにすら太刀打ちはできない。

 つまり敵になるのは論外だし、味方としても足手まといになるワケだ。

 それならどうするのか?

 

 

 ──敵にも味方にもならなければいい。

 

 

 

 

 

 

「力を貸してくれ、父さん」

 

 自分の部屋の勉強机の上、そこに鎮座するティッシュ箱サイズの無骨な鉄の箱の中から、俺はひとつのロケットペンダントを取り出した。

 このペンダントにはかつて俺の父親が完成させた研究成果の試作品としての効力が隠されている。

 気が狂ったように研究に明け暮れてたら母さんにキレられて今は家族サービス第一みたいになってる我が父上の残した研究者時代の最後の魔法。

 

「これでまずは──美少女になる!」

 

 ペンダントを開き、隠されていた非常に小さなボタンを押した瞬間、俺の全身が眩く発光。

 その数秒後、光が収まってから部屋の鏡に目を向けると──

 

「……成功だっ! やった!」

 

 思わずガッツポーズ。

 平均的な男子生徒の体型だった俺は姿かたちが変貌し、見目麗しいが低い身長や童顔も相まってどこか幼い印象も受ける黒髪ロングの美少女へと進化していた。

 レッカのハーレムヒロインたちはみんな髪色が特徴的だし、逆に黒くて地味な方が目立ちやすいし丁度いい。これでいい。

 ペンダントによる性転換魔法の効力は最大一時間でその時間内であればいつでも変身解除は可能だ。

 使用後のインターバルも一時間だし使い勝手はかなりいい方だ。

 研究者というかマッドサイエンティストに片足を突っ込んでた父さんには感謝しなければ。

 

「くっくっく、これで作戦を実行に移せる」

 

 喉を鳴らしてニマニマしながら、クローゼットから事前に準備していた衣服を取り出す。

 手にしたのはフード付きのブレザー型の学生服に似た衣服だ。

 白を基準とした上着とスカートには黒い線が入っていて、内側に着るシャツも黒いワイシャツ。

 ともかく全てが特注品で、この制服っぽい謎の衣装はこの世でコレ一つしか存在しない。

 つまり制服っぽいのに在籍している学園や所属組織を一切特定できない”謎の服”であり、これより”謎の美少女”を演じる俺にとってはうってつけのコスチュームというわけだ。

 

「楽しみだぜ奴の反応がよォ……!」

 

 そう、俺はこれより『ハーレム入りせず他のヒロインたちとは一線を画す立場にありそうな謎の美少女』を演じるのだ。

 絶対楽しい。

 今からもうニヤニヤが止まらないが、演じるときはミステリアス感を出すために基本的には無表情なキャラでいくから気合入れてポーカーフェイスしないと。

 

「あいつらはいま工場跡地でちょっと強い敵とやりあってる。その戦いが終わって全員が一息ついていつものように帰ろうとするその瞬間に、レッカにだけ見えるように登場する! そんでもって何も言わずに立ち去る! 完璧な謎の美少女とのファーストコンタクトだろ!」

 

 ささっと特別衣装に袖を通して気合を入れ直し、鼻息を荒くしながら家を飛び出る。

 行くぞー!!!

 



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クソデカ感情

視点が変わります



 

 

 

「これで終わりだ──ッ!」

 

 一閃。

 烈火を纏った聖剣は力強く振り下ろされ、邪悪な獣を一刀両断した。

 

『ゥ、グッ、バカナぁァァッ!!』

 

 断末魔を挙げながら花火のように派手に散っていく化け物。

 これまで多くの罪なき人々を喰らってきた恐怖の悪魔は爆炎を上げて四散し遂にその罪深き生涯に幕を閉じたのだった。

 悪の組織によって生み出された、魔法を操るモンスターこと魔物──その中でもトップクラスの実力を誇る獣であった彼だったが、()()()全員の力を合わせれば勝てない程ではなかった。

 

「……ふぅ」

 

 無事に倒しきれたことにホッと一息つきながら剣を腰の鞘に戻すと、僕と一緒に戦ってくれたいつものメンバーも各々力を抜いて休み始めた。

 そのまま床に寝転がったり建物にもたれ掛かったり二人で寄り添って座り込んだりなど、休み方まで彼女らは特徴的だ。

 そんな仲間たちを一瞥しつつ、僕はとある人に連絡を入れるためスマホを取り出してメッセージアプリを開くのだった。

 

 

 僕の名はレッカ。

 

 はるか昔に魔王から世界を救ったとされている勇者──その血筋を引くファイア一族の末裔だ。

 勇者の血統は様々な枝分かれを経て世界中に広がっていて、その中でも僕の姓であるファイアは特に勇者一族の中では下の下であり、勇者の末裔であるという事実を隠していることもあってか一般人にその事実は知られていない。

 そのため今までは普通の人間として生活していたのだが──

 

「やったね、レッカくん」

「いつも一緒に戦ってくれてるコオリたちのおかげだよ、ありがとう」

「……べ、別に改まってお礼を言われるようなことじゃないけど……」

 

 この僕の隣で何故か顔を赤くしながら座っている水色髪の少女こと『コオリ・アイス』との出会いが僕の運命を大きく変えた。

 入学式の日に初登校中の生徒を攫おうとした魔物と出くわしたのだが、その時の僕はまだ炎の力に覚醒していない状態で。

 無謀にも生身で立ち向かって新品の制服をボロボロにしていたところを、その魔物を追ってきていたコオリに助けてもらったのが全ての始まりだった。

 そして入学後にボランティア活動中心の部活動こと『市民のヒーロー部』に入ったときに、偶然にも彼女とほぼ同時に入部届を提出したことから交流──もとい”戦い”が始まったのだ。

 

 この市民のヒーロー部のボランティア活動というのは表向きの活動内容で、その実態は様々な街の人間たちと交流することで悪の組織の情報収集を図り、政府公認の極秘組織と連携して奴らを見つけ出し殲滅するための特殊チームだ。

 そのため入部条件は一般生徒にとってはかなり厳しいものだったのだが、そうとは知らずに頑張って条件をクリアしてしまった僕はその戦いに巻き込まれていくことになったのだった。

 この話は他言無用……なんだけど、戦いに巻き込まれて事情を知ってしまった僕の友人こと『アポロ・キィ』ことポッキーは「特殊チームなのに条件ガバガバすぎない?」とか言ってた。

 

 ともかく、僕は現在市民のヒーロー部としてこの街を悪の手から守護しているというわけだ。

 

「レッカ様~♡ 見ていただけましたかワタクシの勇姿を!」

「うわっ。ちょ、ちょっとヒカリ……」

 

 突然後ろから抱きついてきた金髪少女の名はヒカリ・グリントと言って、二番目にヒーロー部へ入部してきたチームメンバーだ。

 なんでもこの国の中でも有数の大企業のご令嬢だそうで、これまで超一流の教育を施されてきたらしく光魔法の実力は学園内でもトップクラス。

 いままでは色々な人たちに敬われ羨望の眼差しの中を歩いていたらしい。

 しかしそれゆえに孤独。

 特別扱いしかされないことを寂しく思っていた彼女は、内情を無視して全ての部員を平等に扱うこのヒーロー部で活動していくうちにようやく心を開いてくれたのだ。

 まぁ僕に対しては少し無防備すぎる気もするけど、部員のみんなとも仲も良好だし大丈夫だろう。

 とても頼りになる同級生だ。

 

「あー! ちょっと待ちなさいよ!」

「く、くっ付きすぎですよぅ……」

「あら、風の姉妹さん何かご用ですか? レッカ様に張り付きたいのでしたら是非ともご一緒に──」

「できればヒカリも離れてくれるとたすかるんだけど」

「嫌ですわ!」

「レッカが離れろって言ってんだから離れなさいよ! こんのぉ~!」

「うぅ、ビクともしない……」

 

 いま僕からヒカリを引き剥がそうとしている緑髪の二人の少女、名はカゼコとフウナで二人とも姓はウィンドという。

 昔から強力な風魔法で有名なウィンド家の双子の姉妹で、気の強いカゼコが姉で臆病な性格の方が妹のフウナだ。

 彼女らは三年前に悪の組織に拉致され、その後は僕たちと出会うまでずっと洗脳されたまま悪の組織の幹部として組織と戦っていた。

 そんな彼女らウィンド姉妹を助けるきっかけになったのが──

 

「はぁ……まったく、戦いの後だというのに騒がしい部員たちだ」

「あはは、ライ先輩もレッカくんの輪に入りたそうにチラチラ見てるのバレバレですよ?」

「なっ!? こ、こらアイス! 余計なことは言わなくていいのだ!」

 

 コオリに言われて照れているあの紫髪の長身の少女の名はライ・エレクトロ。

 僕たちの一つ上の先輩で、紫電の魔法を操りこれまで一人で一年間この部を支え続けてきた偉大な先輩だ。

 彼女が最初にウィンド姉妹の抹殺という組織の意向に逆らい、僕たち部員を率いて独断でカゼコたちの解放に動いたのだ。

 物理的に姉妹の洗脳を解いて悪の組織の支部から二人を助け出したのは僕だがあくまでそれは結果論。

 ライ先輩の判断やリーダーシップがなければフウナたちの救出は叶わなかっただろう。

 ちなみに彼女は生徒会長でありながらこの部も兼任しているスーパーハイスペックウーマンだ。

 

「にひひ、モテモテっすねぇセンパイ?」

「オトナシも見てないで助けてよ……」

「なんスかそれ、ウチも抱きつけってことスか!? しょうがないなぁセンパイはぁ~♡」

「ちょ、ちがっ!」

 

 彼女たちを引き剥がしてくれという願いを曲解して受け取ってしまったこのマフラーを巻いた少女の名はオトナシ・ノイズといって、少し珍しい音魔法を使うチームメンバーだ。

 僕の一つ下の後輩で、彼女が中学三年生の頃の秋に出会った仲間……もとい忍者だ。

 実は最初から裏で僕たちをサポートしてくれていた影の立役者だったらしく、ウィンド姉妹を助ける際も組織の目を撹乱してくれていたとのことだった。

 しかし責任の追及やら何やらがあって組織を追い出され、今はほぼ孤立無援状態となって自警団と化したこの市民のヒーロー部に流れ着いたというワケだ。

 その入部することになった流れにも一応ひと悶着あったのだが、今ではこの通りメンバー全員仲良しの素晴らしいチームに出来上がっている。

 

 ただ、まぁ、少々彼女たちは直接的なスキンシップが激しいというか、なぜかこのように皆でくっ付いて一つになってしまう事もしばしば。

 いつの間にかライ先輩とコオリもくっ付いているし。

 なんの儀式だろうこれ。

 

「えへへぇ、レッカくん♪」

「あらまコオリさんまで」

「何で増えんのよぉ!?」

「ふえぇ……ライ先輩まで……」

「う、うむ! チーム一丸、これぞ一致団結だな!」

「照れ隠しが下手すぎるッスよ。あともうちょいスペース譲ってください」

 

 まさに四面楚歌。

 どこにどう動いても身体中に柔らかい感触が伝わってくる。

 僕だって一介の男子高校生なんだし、もう少し適切な距離感で接してくれないと勘違いしてしまいそうだ。

 その勘違いで痛い目を見るのはごめんなので、やっぱり離れてほしい。

 さもないと大変なことになる。

 親友のポッキーからも『我慢できなくなったらヤれ』と言われてるし、もしヘタレ認定されているのが理由でこうやってからかいをされているのなら近いうちに大胆な行動を取ってこの子たちを驚かせてやろうかな。

 

「と、とにかく敵は倒したしみんな帰ろう。もう夜だしお腹もペコペコだよ」

「っ! それならワタクシが今夜のお夕飯を担当いたしますわ!」

「そうはさせないんだから! 行くわよフウナ!」

「う、うん!」

「ちょっ、三人とも待ってよ~!」

「こらアイス! 走ると転ぶぞ!」

「センパイ方がワチャワチャしてる間にいち早くセンパイのご自宅に帰還してやるっス……!」

 

 執事を呼びつけて車を走らせるお嬢様、魔法の風に乗って飛んでいく姉妹、地道に走っていく少女たちや屋根の上を跳んで闇夜に消えていく忍者など、こうしてみるとウチのメンバーは中々に個性的だ。

 

 

 そんな愉快な仲間たちが走り去っていきようやく一人になれた。

 話しかけられたり抱きつかれたりでスマホのメッセージを入力できていなかったので、街灯の下を歩きながらスマホを取り出す。

 

「……メッセージじゃなくて電話でもいいかな」

 

 強敵を撃破したことを自慢しようかなとか、今夜のウチでの食事にでも誘おうかなとか、いろいろ思案しながら画面に表示したのは『ポッキー』の文字。

 なんだか甘いお菓子のようなあだ名。

 アポロ・キィ──1年の頃からずっと一緒に居る男友達だ。

 彼はどう思っているか知らないけど、僕としては親友だと思っている。

 そんな御大層な間柄だと言えるほど長く過ごしたわけじゃない、たった一年間一緒に居ただけのクラスメイト。

 でも僕は付き合った時間の長さなんて関係ないと思ってる。

 

 落ちこぼれとして勇者の血を引く他の一族から侮蔑されたり、幼い頃から致命的に魔法の扱いが苦手だったり、それが理由で優秀な兄と比べられて実力主義の両親から半ば見放されていたり……いろいろあって幼い頃から人付き合いが苦手だった。

 端的に言って他人が嫌いだった。

 誰も優しくしてくれなかったから。

 誰もかれもが僕を落ちこぼれだと、愚図だの出来損ないだのと揶揄して嘲り笑っていたから。

 拗らせて、暗い性格になって、誰とも一定以上の距離を取るようになった。

 でもそんな自分が嫌だった。

 だから自分自身を変えるために、この数多くの人々が暮らす中心都市へ、魔法学園へやってきた。

 しかし簡単には変われなかった。

 コオリとも最初は気が合わなかったし、炎の力を覚醒させるまでは魔法もダメダメで、何よりこれまでの経験上人付き合いが苦手すぎてまったく周囲に溶け込むことができなかった。

 

 そんな時に出会ったのが──アポロだった。

 

 劇的な出会いなんかではない。

 体育の授業でのペア作りに失敗して、余り組として一緒になったのがファーストコンタクトだ。

 お互いギクシャクしながら会話をした。

 アポロも魔法がへたっぴで、クラスの中での魔法力ランキングはワースト1と2を僕たちが独占していた。

 魔法道具の提出課題では効果時間がめちゃめちゃ短い透明マントとかくだらないものを二人で必死に作ったり、一年の体育祭では二人三脚を組んですっ転んで二人して足を捻挫したり、放課後はこの広すぎる中央都市を冒険したり。

 

 そんなことをしているうちに仲を深めた。

 僕に初めての友達ができた。

 暗く重苦しいだけだった僕の人生に光が差し込んだ。

 彼は僕にとっての太陽に等しき存在になったのだ。

 いつの間にかあだ名で呼ぶようになり、僕は彼をポッキーと、彼は僕をれっちゃんと呼び合う仲になって、僕はその幸福を噛み締めた。

 

 だから、戦っている。

 平和を守るために。

 ポッキーを、僕にとっての平和の象徴を、彼が笑顔でいられるような世界を守る。

 最近はチームメンバーが増えたり敵が強くなったりと多忙になってしまってあまり話せていないけど、僕の本来あるべき高校生活とは彼との交流があってこそ成り立つモノなんだ。

 

 ……その、だから、流石に暫くは敵も来ないだろうしポッキー誘ってもいいよね。

 ぶっちゃけ女子と男子で多対一だと辛いものがあるから、彼がいてくれると非常に助かる。

 あとは久しぶりに遊びたいだけだ。

 明日は休みだし年中暇を持て余してるポッキーのことだから予定も空いていることだろう。

 今日は泊まってもらいたい。

 ついでに彼の宿泊を理由にしてチームメンバーたちのお泊り会を阻止できれば万々歳だ。

 彼女たちに囲まれていることで発生する性欲との戦いにも一時休戦を申し込みたいと思っていたところだし、そろそろマリカーでポッキーにリベンジもしたい。

 

「てことで、電話っと」

 

 ポチポチと画面をタップしてスマホを耳に当てる。

 するとワンコールで電話がつながった。

 応答が早くて助かる。

 

「もしもし、ポッキー?」

 

 そしていつものように声を掛ける──

 

 

 

 

 

「──もしもし」

 

 

 

 

 

 瞬間、電話口から──いや。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

「……えっ」

 

 振り返る。

 僕はポッキーに電話を掛けたはずだった。

 親友の”男子生徒”に声を掛けたはずだった。

 しかし電話口から聞こえてきたのはどう聞いても少女の声だった。

 応答とほぼ同時に同じセリフ、同じ声音が──凍えるように冷たい音色の返事が後ろから聞こえてきたのだ。

 

「きみは、誰だ?」

 

 振り返って数メートル先にいたのは、見知らぬ黒髪の少女。

 チームメンバーの誰よりも、最年少のオトナシよりも幼く見える彼女は、青白い月の光の下で()()()()()()()()耳に当てていた。

 返事はない。

 こちらの目を射抜くような真っ直ぐな瞳で、何を考えているのかわからない無表情で僕を見つめている。

 

「どうして、ポッキーのスマホを」

「……」

「答えろッ!」

 

 背筋に悪寒が走る。

 胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 早まる心臓の鼓動は僕に警告している。

 ”この少女は危険だ”──と。

 

 敵意なら向けられたことがある。

 僕をライバル視するかつてのコオリに。

 殺意だって向けられたことはある。

 悪の組織に洗脳されたウィンド姉妹に。 

 だが、この少女が放つプレッシャーはそのどれでもない。

 

 まったく見覚えのない制服。

 何故か所持している親友のデバイス。

 なにより意志の読めないその不思議な赤色の瞳が僕の焦燥感を駆り立てる。

 

「……レッカ・ファイア」

「ッ!?」

 

 彼女は僕の名を知っていた。

 言い慣れた様にそれを発言した。

 

 

 

 

 仲間たちと別れ、親友へ気まぐれの電話を掛けたその夜──僕はただひとり謎の少女と邂逅を果たしたのだった。

 

 

 

 




ポ:(やっべポケットにスマホ入れっぱなしだった……)


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ミステリアスムーブをしてみる

 

 

 俺は考えた。

 

 沢山のエロシーンがあるヒロインと、性的なイベントが唯一存在しないヒロインの場合、どちらの方が特別感のあるキャラなのか、と。

 

 俺は思った。

 

 ──いや圧倒的に後者じゃね? と。

 

 そういうワケで俺はハーレムメンバーとは一線を画す特別なヒロインとして振る舞うため、露骨に主人公くんを誘惑することはしない、という事に決めた。

 彼女たちは主人公のレッカに対して、これでもかと言うほど積極的だ。

 年中発情期と揶揄されるだけあって、事あるごとに彼の手を握ったり抱きついたり、あまつさえラッキースケベな展開に持っていく。

 おそらく彼女らは、レッカに突然おっぱいを揉まれても、困惑するどころかそのまま本番まで一直線に全力疾走していくだろう。

 それ程までにレッカというハーレム主人公に対してデカい好意を抱いているのだ。子孫を残すという生存本能が強すぎる。

 

 なので。

 逆に俺はレッカに対して積極的な肉体的接触はあまりしない事にした。

 彼女らが胸を押し当てて誘惑するのなら、俺は彼と一定以上の距離を保ち続けよう。

 基本的には無抵抗で無気力な無表情キャラという形で通していくため、万が一レッカが情欲を抱いて触ってきた場合は抵抗しないが、俺から肉体的なスキンシップを取りにはいかないという事だ。

 

 無抵抗な少女のフリをして、少年の性欲我慢レースを間近で楽しんでやるぜ。フッヘッヘ。

 

 

 

 

 月明かりが差す運命の夜──ミステリアスな美少女に扮してすんごい露骨に意味深なセリフを言い残し、レッカと邂逅を果たしたその翌日。

 緊急措置として彼にスマホをぶん投げそのまま逃走した俺だったが、次の日も何食わぬ顔で男の姿に戻って普通に登校していたのであった。

 

 美少女状態で俺のスマホを持っていた理由付けとしては、昨晩レッカに女の姿のまま”落ちていたスマホを拾っただけ”と伝えた。

 そして後日『えっ、俺のスマホ拾ってくれた人がいたのか!? うわマジで助かったわ! 今度お礼言わねぇとな~』といった感じで誤魔化したため、なんとか辻褄を合わせることには成功。うっかりミスは事なきを得たのだった。

 

 ゆえに今の俺はスマホを落としただけのうっかりさんであり、変わらず本筋には関わっていない友人キャラだ。主人公くんが出会った謎の美少女とはどうあっても結び付かないはず。

 ヒロインと主人公の出会うきっかけが友人キャラだった、という話はそう珍しいもんでもないだろうし、ただスマホを落としただけなのだから怪しまれる要素もない。秘密はまだまだ安全だ。ひゃっほい。

 

 で、当の主人公さんですが──

 

 

「…………コク、か」

 

 

 窓の外を眺めてたそがれてます。

 机に肘をついたままボーっとしてる彼はさながら恋に悩める純情少年。

 突然現れて友人のスマホを届けてくれたのは、やや幼さを残しつつも淑やかな雰囲気を纏った謎の美少女。

 しかも何故か自分の名前を知っているときた。こりゃもう心中モヤモヤに霧がかかってしょうがないでしょうな。

 フヒヒ……あー、めっちゃ楽しい。

 

「おーい、れっちゃん?」

「……あぁ。ポッキー」

 

 こういう時一番に声を掛けるのが友人キャラの務めっすよ。ハーレムメンバーの少女たちは、いつもとは違う雰囲気のレッカに戸惑っているだろうし、俺が事情を聴いてやらんと誰も情報を共有できないからな。任せとけ! さっきから聞き耳を立ててる女の子諸君!

 

「なんかあったん。窓を眺めながら呟くとか、典型的なラノベの主人公みたいなムーブしてたぞ」

「ホント? はっず……」

 

 普段から主人公みたいな振る舞いしてるくせに何を今更、とか野暮なことは言わねぇ。親友だからな。

 

「コク──つってたけど」

「えっと……昨日会った女の子の名前なんだけどさ」

「それ俺のスマホを届けてくれた親切な人?」

「うん。なんか不思議な感じの子だったんだけど……連絡先も聞きそびれちゃって。いつの間にか姿を消しちゃってたし」

「へぇ~」

 

 すっとぼけ継続。まさかその少女の正体が、この隣にいる俺様だとは思うまい。

 ちなみに『コク』という女状態での偽名の名づけ理由は、単に髪の毛が黒いからだ。

 クロ、だとありきたりだから、少し捻って漆黒の”コク”にしてみた。

 変な名前の方が印象を抱きやすいと思って名乗ったのだが、存外うまくいったらしい。やったぁ。

 

「……ははーん。れっちゃんはその女の子、気になってるワケか」

『──ッ!!?』

 

 ガタガタっ。

 聞き耳を立てながら席に座っていた女子や、教室の出入り口からこっそり覗いていた数人が、あからさまに驚いて音を立てた。愉快なハーレムですね。

 

「別にそういうんじゃ…………ぁ。いや、これは……気になってる、か」

「その状態が”気になってる”じゃなきゃ何なんだよ」

「ハハっ、確かに」

 

 気楽に笑うレッカとは対照的に、眼力だけで人を殺せそうな視線を背中に感じます。こりゃもっと聞きださないと後で問い詰められそうだ。

 ていうかニヤニヤが止まらんのだけど。ポーカーフェイスをしないと怪しまれちゃうのは分かってるけど、黒幕ってポジションのせいで心が躍りっぱなしだ。

 

 だってさ、全員俺の掌の上なんだぜ。こんなに楽しいことがあるかよ。美少女になれてよかった……。

 

「なぁれっちゃん? その女の子ってどんな見た目してたの? かわいい?」

「品定めするような言い方するのはアレだけど……少し年下っぽくて、黒い髪の綺麗な子だったよ。あと、黒いシャツにフード付きの白い上着の制服着てて、調べたけどどこの学校なのかは全然わかんなかったな」

「えっ、制服まで調べたん? おまえその子のこと気になりすぎだろ。これが恋か」

『ッ!! っ゛!!?』

 

 後ろのハーレム集団少しだけお静かに願います。他の生徒がビビってるから。

 

「そりゃそうでしょ。だって僕の名前を知ってたんだよ? 敵と戦うときだって名前は隠してるのに……」

「謎は深まるばかりだな。そのミステリアスなヒロっ……少女がいったい何者なのか気になるぜ」

 

 チラッと後方を見てみると、ノートパソコンだったりスマホだったりで、少女たちが血眼になって各自情報を調べまくっている。普通にビビるくらい超必死だ。

 ふふ、まぁ無駄だけどな。俺の制服は極秘に作った世界に一つだけの特注品だし、そもそも戸籍はおろか所属する組織や本当の名前さえ存在しないのだ。せいぜい焦るがいいさ乙女たちよ。

 

「うぅ、あの情報だけじゃ何も出てこない……!」

「しっかりしてくださいまし、コオリさん。まずは街で本人を探すところからですわ」

「……うん、そうだね。ありがとヒカリちゃん。一緒にコクって子の正体を暴こう」

「レッカさんの身の安全の為にも全力を尽くしますわ。忍者のオトナシさんにもこの事を話して、放課後は──」

 

 おい見てくれ、この特別なヒロインにしか織りなせないハチャメチャなイベントを。

 

 主人公の関心をいとも簡単に掴み取り、既存のヒロインたち全員を翻弄することで、異質な存在感を漂わせている。すごいだろ! へへ~!

 

 いままで蚊帳の外だったからな、これからはもっと引っ掻き回してやるぜ!

 

 

 

 

 はい、というわけで放課後。

 

 用意したのは、レッカと一緒に作った数秒間しか使えない透明マントを、親父に頼んで改良してもらったハイパー透明マント。

 三十分も使用可能なコレを使ってこっそり家から駅の近くまで来た俺は、誰もいないトイレの中でさっそく美少女にTS変身した。

 コレでどこにも痕跡は残していないし、どこからともなく姿を現す謎の美少女の完成ってわけだ。帰る際にも便利な一品です。

 

 それでは本日の目的──モヤモヤしたまま買い物をしている最中の主人公の前に、散歩中のようにフラッと現れて街の中へ消えていく、昨晩出会った謎の美少女作戦──開始だ。

 

 事前の会話でレッカが日用品の買い物をすることは把握済みなため、今回はさりげな~く行きつけのスーパーの付近を通りがかればいい。

 特徴的な格好をしている今の俺を見かけたら、彼は必ず引き留めに来るはずだ。

 焦りは禁物だが、時間経過で関心が薄まるのもいけない……という事で、レッカの言動次第で家までは付いて行ってもいい。

 流石にあの奥手がそこまでするとは思えないが、もし自分の名前を知っている俺を警戒して話を聞き出そうとしてくるなら、俺も相応の反応を示してやることにしよう。一気に距離を縮めるのも、まぁ楽しそうではあるからな。

 

 俺は自分自身の欲望に身を任せて行動させてもらうぜ。……ふおぉ、ワクワクしてきたァ。

 

「……おっ。れっちゃん買い物が終わったみたいだな」

 

 物陰からこっそりとスーパーを見ていると、出入り口から大きいレジ袋を片手に持っている、赤いメッシュの入った黒髪の少年が歩いて出てきた。

 レッカはここから少し先のボロアパートで一人暮らしをしているのだが、よく自炊をするせいなのか一度に買う食材の量が多い。持ってあげようかな。

 

「……って、いかんいかん」

 

 しっかり切り替えろ、俺。

 今はコクという謎の黒髪無表情ロリっ娘美少女なのだ。

 顔はポーカーフェイス。

 声音はなるべく棒読みになるよう平坦に。

 俺の理想の無表情ヒロインをそのまま演じるんだ。

 

「……」

「っ! ぁ、あの子は……」

 

 フラッと参上しつつ、俺は気がつかないフリ。あくまで眼中にないですよアピールを欠かさず。

 

「…………ぅ」

 

 おやおや。こんな都合よくまた会うことが出来て動揺しているようだな少年。

 

「……」

 

 ふふふ……。

 

「……っ」

 

 あ、あれ? 止めてくれないの?

 何で下向いたまま固まってるんだ。

 えっ、あの、このままだと俺どっか行っちゃうんですけど! ねぇってば! ちょっとマジで!

 

 

「…………ッ! ま、待ってく──」

「お待ちなさいですわッ!!」

 

 

 やっとこさで俺を呼び止めようとしたレッカの声を、甲高い声がかき消した。

 ……って、うわっ、わっ、なんかいつの間にか俺の後ろに、金髪お嬢様と青髪少女が立っとる。ヒカリとコオリだ。

 

「見つけましたわよ! あなたがコク、という方でお間違いありませんね!」

「いきなりの初対面で悪いんだけど、ちょっと話を聞いてもいいかな……コクさん」

 

 まずい、前後を主人公とヒロインで囲まれた。コレが四面楚歌ってやつか。

 

「ちょっ、ちょっと二人とも! 何を急に……!」

「大丈夫だから。レッカくんは下がってて」

「えぇ。ワタクシたちは、その方をお茶にお誘いしているだけなのです」

 

 こんな物騒な顔したお誘いがあってたまるかよ。このまま付いていったらシバかれそうだわ。お茶をシバくんじゃなくて物理的に。こわい。

 

 

 ──いや、だが。

 

 舐めるなよ少女たち。

 こちとら生半可な気持ちでお前さんらにちょっかいを出してるワケじゃあねェんだぜ。

 TS変身して黒髪無表情っ娘になった俺は、文字通り中身まで『変身』してるんだ。

 ちょっとやそっとの緊急事態じゃ動じないし、素性を明かさない謎のヒロインムーブは何があっても崩さない。冷や汗も気のせいだ。

 

 そう、俺は複数のヒロインを抱えている主人公に対して、唯一違ったベクトルで関わることで、他のヒロインたちとは一線を画す立場にある事を、この身をもって証明する最後の登場人物。

 攻略可能なのかさえ不確定な、ゲームだったらエロシーンのサンプルCGはおろか立ち絵すらも公式サイトで見つからないような、謎に満ちたハーレム入りしないスペシャルでプレミアムな特別枠。

 

 

 ()()()()()()なのだから──

 

 

「──わかった」

 

 

 底冷えするような、抑揚の無い声音。

 それと同時に振り返った少女と、真正面から視線がぶつかり合って怯んだのか、自分から戦場に誘い込んだはずの少女二人は、喉を鳴らして一歩後ずさった。

 

「……ぁっ。わ、わかった、というのは?」

 

 冷たい返事一つで精神的な優劣が逆転してしまった金髪の令嬢は、動揺を押し殺して強気な声を上げた。その隣にいる水色髪の少女は、目の前にいる得体のしれない何かに雰囲気だけで圧倒され、自ら口を噤んでいる。

 

「お茶」

 

 まるで機械のように。

 悄然として立ち竦む少女二人を、不気味な瞳の中に映して。

 

「お茶の誘い、受ける」

 

 一歩、前に出る。

 彼女らは動かない。

 

「……っ!」

 

 否、()()()()

 まるで蛇に睨まれた蛙の如く、自分よりも頭一つ小さい少女に対して、二人は戦慄を覚えている。

 それが伝わってしまうほどに、すべてが表情に出てしまっているのだ。

 

 

「──まっ、待ってくれ!」

 

 更にもう一歩近づこうとした、その時だった。

 少年が庇うように少女二人の前に出た。

 それを受けて立ち止まる。

 彼に近づく必要はないのだ。

 親切にもお茶に誘ってくれた人物は、少年の後ろにいる二人だから。

 

「……あなたも、お茶に誘われたの?」

「悪いけどそのお茶会、今日は中止にしてくれないかな」

 

 明らかに彼は少女たちを庇っている。

 眼前に立つ少女を危険視したのかもしれない。

 少年にとって後ろにいる二人は、これまで苦楽を共にしてきた大切な仲間であり、守るべき対象だ。

 だから、庇った。

 野菜が入った買い物袋を持っている、その左手にほんの少しだけ力を込め、敵意を放った。

 

「本当に、悪いけど」

「……そう」

 

 彼の心情を理解し、一歩下がる。

 人形の様に表情は変わらない。

 ただ、上目遣いで見つめていた彼らへの視線は外し、目を伏せた。

 

 

 

 ──…………っぷぁぁぁぁ!!!

 

 あー! 緊張したし失敗した!! 

 いやコレ間違いなくミステイクですわ。 ヒロインを怖がらせるどころか、レッカに警戒までされちゃった。どうみてもミスってる。マジで三人とも変な雰囲気にしてごめんなさい。

 

 今日はもうダメだ、帰ろう。無表情ヒロインムーブがあまりにも下手すぎた。

 

 なんかこの場に留まったらバトルになりそうな予感がするし、過剰防衛で攻撃されてもおかしくない。逃げなきゃ。

 戦闘能力なんてミジンコ以下だから、バトったら確実に墓場へゴールインだ。

 

「お茶しないなら、もう行く」

「……うん、急に引き留めてごめん」

 

 ヒカリとコオリの前に立ちふさがるレッカを見てよく分かった。

 これが好感度の差ってやつなんだろう。選択肢をミスったのもあるけど。

 

 まぁ昨日会ったばかりなんだし、好感度ばっかりはどうしようもない。

 今回の正解ルートは、コオリとヒカリを無視してそのまま去っていくことだったんだ。

 

 では、すたこらサッサとその場を離れ──てはいけない。待って。やっとかないといけない事あったわ。

 今後の交流を円滑に進めるために、俺は味方ですよアピールをしないとな。あまりにも警戒されすぎたら敵認定されてしまう。

 ただ、露骨すぎると逆に怪しまれるだろうから、ここはグッと堪えてさりげな~く言葉にしよう。

 

 立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

 彼らはまだ少しだけ緊張している様だったから、たとえ無表情キャラでもパッと見で判別できるように『なんかスゴい申し訳なさそうな顔』って感じの雰囲気で。

 

「……怖がらせて、ごめんなさい」

 

 殊勝な態度で言えば多少は理解してくれるだろう、と信じてそれだけ言い残し、俺はなるべく早歩きでその場を去っていったのだった。

 

 今回の失敗で一つ、あまりミステリアス過ぎても良くない、という教訓を得た。普通に怖がらせちゃったのは申し訳ないし、今度からは眼力に気をつけよう。

 

 願わくばさっきの態度で『怖い雰囲気で仲間を脅したヤツ』から転じて『こっちが勝手に怖がったことで傷つけてしまった少女』という認識で、俺を覚えてくれますように。どうかお願いします。

 

 

 

 

 わたしはライ・エレクトロ。

 市民のヒーロー部の部長兼、学園の生徒会長だ。

 

 今日は生徒会の仕事があったのだが、予想以上に作業が長引いてしまったせいで少し帰りが遅くなってしまった。

 そのため一度帰宅してから弟と一緒に買い物に出たのだが、空は既に真っ暗で。

 

 そして目を離した隙に──弟が迷子になってしまったのだった。

 

 分かっている。コレは確実にわたしの責任だ。

 市民のヒーロー部としての活動に加え、生徒会長としての仕事も重なり、多少疲れてしまっていたせいなのか、注意力が散漫になってしまっていたようだ。

 これでは部長としても失格。後輩のレッカやコオリたちに顔向けできない。

 

 しかしメンツを気にしている場合ではないだろう。こんな夜遅い時間に迷子になってしまったら、弟がどうなるか分からない。

 一刻も早く見つけ出さなければ。

 今ごろ怖がって泣いているに違いない──

 

 

「ぃ、いないいない~……ブェァっ」

「きゃははっ!」

 

 

 ……と思っていたのだが、どうやらこの街にはとても親切な人がいたらしい。

 

 見たことのない学校の制服を着た黒髪の少女が、こっちまで笑ってしまいそうな程の顔芸で、小学生の弟を宥めてくれていた。

 名前を聞いてみたところ、彼女は『コク』というらしい。珍しい名前だ。ニックネームというか、あだ名なのだろうか。

 

 ともかく何度も礼を言い、何もしないのは心苦しいと思ったため、お詫びとして買い物で買った牛乳を押し付けてしまった。少し値が張る牛乳だったが、恩人が喜んでくれるなら安いものだ。むしろそれで納得してくれただけありがたい。

 

 そういえばコオリたちが噂していた人物の名も、確かコクだったか。あぁやって親切な人助けをしてくれる良い人なら、多少なりとも噂になるのは納得できる。わたしも見習うべきだな。

 

「……じゃあ、私はここで」

 

 コクさんがバス停で別れを告げた。基本的には無表情な人だが、弟を笑わせたあの顔芸は目を見張るものがあった。芸人志望とかなら是非とも応援させてほしいところである。

 

「……あの、ライ会長」

「ん?」

「お願いがあります」

「あ、うん。何でも言ってくれ」

 

 弟を見つけてくれた恩人の頼みだ。出来る限り答えたい。

 

「コオリさんと、ヒカリさんに、申し訳なかった──と伝えていただけませんか」

「あの二人に?」

「……今日、お話をしたんですけど、怖がらせてしまったみたいで」

 

 まさか。コクさんが人を怖がらせるなんてあり得ない。というかあの二人がビビるのも想像できない。

 ……あっ、そうか。

 あの後輩たちが恐怖するくらい、とてつもない変顔を披露したのか。

 顔面でお笑いだけじゃなくホラーまでこなせるとは、芸風の幅が広いなぁ……すごい人だ。

 

「了解したよ、あの二人にはそう伝えておく。……あぁ、そうだ、きみの連絡先を──」

「ごめんなさい。バスが来てしまいました」

「そ、そうか」

 

 バスに乗り込む直前に弟の頭を撫で、彼女はこちらに優しく笑いかけてくれた。

 他の人が見れば無表情に感じるかもしれないが、彼女と話した今のわたしにならその顔の変化に気づくことができる。

 だから、わたしも弟と一緒に、彼女に笑顔で手を振った。

 

「な、コクさん」

「呼び捨てで構いません」

「じゃあ、コク。……また、会えるかな?」

「はい。きっと、またすぐに」

 

 その言葉と共にドアが閉じ、バスは出発した。

 

 不思議な雰囲気の少女だった。

 彼女の自信なさげな態度から見るに、平時は人形の様に変わらないあの表情のせいで誤解されてしまうのだろう。迷子の男の子を宥め続けてくれるくらいには優しい人だという事が、彼女の周囲の人にも伝わってくれたらいいのだが。

 

 うむ、良き友人を得ることができた。学年はわたしよりも下のようだったが、歳など些細なものだ。ぜひともまた会いたい。

 

 ……そういえば、名乗りこそしたが、わたしが生徒会長ということは伝えていただろうか? もしかして自分、少しだけ有名人だったりして。……そんなワケないか。

 

 

 それから後日のこと。

 

 今回のコクとの出来事を部員のみんなに聞かせてみたのだが、なぜかコオリとヒカリ、あとレッカの三人が顔を真っ青にしていた。何だったんだろう?

 

 



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改めてお話をしましょう

観覧評価感想モチベがブチ上がります 




 

 

 

 偶然出くわしたライ会長の弟くんに変顔を披露した日から、早くも一週間が経過した。

 

 そしてその間、俺は一度もTS変身しなかった。

 謎の美少女ムーブをするにあたって、反省点やこれからの方針を踏まえた結果、特訓をする時間が必要だと考えたからだ。ここ最近の放課後は、ずっと家に籠ってセリフや表情、うまく立ち去る為の魔法の練習などをしていた。

 

 それから、姿を現さなかったもう一つの理由としては、単純にレッカたちからの関心を引くという目的があった。

 頻繁に会える状況を作ってしまうと普通の人間だと思われてしまうし、滅多に接触できない人物として振る舞った方が、不思議キャラとしての格も高い位置で保たれるはずだ。

 押してダメなら引いてみろ、ということわざがある。

 俺もそれに倣う形で、会えない事により湧き上がる焦燥感を、レッカたちの中で駆り立てさせようって考えたわけだ。

 奇跡的にライ会長には『弟を宥めてくれた親切な人』という印象を与えることができたため、なんとかそれがレッカやコオリたちに伝わってくれれば、もう少し事を円滑に進めることが出来るようになる。

 

 コレが成功していれば『自分たちが敵意を向けることで追い払ったあの人物は、本当はただお茶会の誘いに乗ってくれただけで、見ず知らずの迷子を助けてくれる程度には優しい少女だった』という認識を彼らに与えることが可能だ。

 

 そう──これこそ名付けて『罪悪感で関心を引こう作戦』である!

 

 ホント迷子になってくれてありがとう弟くん。キミを助けたのはこういうわる~いヤツだったんだぜ。今度アイスおごってあげよう。

 

 自分の名前を知っている見ず知らずの相手なんて、どう考えても警戒するのが普通なのだが、お人好しなレッカの事だからきっと今頃は汗水たらしながら女の俺を探しているに違いない。

 コクに敵意を向けたことを謝罪したい、とそう考えているはずだ。

 本当ならレッカが謝る理由なんて一つもないんだけどな。なんたって全部俺が悪いんだから。

 ごめんよ少年。黒幕やるの楽しすぎてやめられねェんだ……最低な友人を許してくれ……。

 

 と、こんな感じで作戦の立案自体は完璧だ。あとは行動するだけ。

 最近のヒーロー部の様子を見るに、俺の思惑がだいたい当たっているというのも分かった。それが勘違いだったら死ぬけど、ビビってたって何も進まねぇし、動くなら今だ。

 

 

 

 

 はい、来ました。今は少女の姿で、いるのはどっかの建物の屋上です。

 さらに言うとそこにある給水タンクの上に立ってます。

 あと休日でお昼時です。

 

 こうして足元が危うい場所に平然と居座ることで、普通の人間とは違う不思議な雰囲気を、分かりやすく相手に伝えることができる。変なヤツのいる場所といったらやっぱ屋上っしょ。

 

 で、先ほどまですぐ先の路地裏で、怪物とレッカが戦っていたのだが、俺はここから魔法の矢による長距離射撃で彼を援護していた。

 別にそこまで威力のあるモノではないが、バケモンの気を引いて攻撃の隙を作る程度の事ならできていたはずだ。クソ雑魚な俺にもできる援護としては最適解ですね。

 もちろんただ助けるだけではなく、彼に俺の位置をわざと分からせる為の行為でもあった。

 

 屋上での会話イベントだぜ。

 さぁ来るがいい少年。

 

「っ!」

 

 ガチャン、と屋上の扉が開かれた。

 下を向けばそこには汗だくのレッカがいる。相当急いで駆けてきたようだ。

 

「あっ。……コク」

 

 キョロキョロと周りを見渡してから、首を上に向けることでようやく給水タンクの上にいる俺を見つけたレッカ。

 こっちも無表情を決め込みながら彼を見下ろし、ようやく二人の視線が重なった。

 レッカはホッとしたように表情をやわらげ、改めて声を掛けてくる。

 

「よかった、また会えて」

「……そう」

 

 あくまで一定の声音で。ここで「会えて嬉しい」的なニュアンスの会話をすると、チョロイン認定されてハーレム入りを果たすことになる。

 

「キミをずっと探してたんだ。……ぁ、ゴメン。それより先にお礼を言わなきゃだよね。さっきはありがとう、おかげで助かったよ」

「どう、いたしまして」

 

 一週間前はレッカからの好感度が低かったように、今のコク(おれ)も彼に対しては、さして興味が無いフリをしよう。

 

「……この前は、本当にゴメンッ!」

 

 申し訳なさそうな声音で叫び、頭を下げるレッカ。

 その姿を見て何かゾクゾクしてきた。変なのに目覚めそうだ。あんまり謝らせないようにしよう。

 

「別にいい」

「……でも、キミを誘ったのは僕たちだ。なのにいきなり拒否して、あまつさえ敵意を向けた……許されることじゃない」

 

 予想以上に認識が重いぜ! しかしその責任感、誉れ高い。

 

「だから、お詫びをさせてほしい。コオリとヒカリの二人も、悪気があってあぁ言ったわけじゃないんだ」

「……お茶に誘うことは、わるいことなの?」

「へっ?」

 

 ここで大事なすっとぼけタイム。

 

 レッカが敵意を向けてきたことはともかくとして、あの女子二人の言動に対しては、特に何も感じていなかったとアピールをしておく。その方が印象も良くなるだろう。

 相手の感情に疎いと解釈してくれてもいいし、単純にお茶を一緒にしたかったピュアっ娘と思ってくれても構わない。

 

「あなたが、あの時あの二人とお茶をしたかった事は、分かってる。邪魔をして、ごめんなさい」

「ッ!? いっ、いやそういうわけじゃ!」

「誘ってもらったの、初めてだったから、舞い上がってしまって。貴方が許してくれるなら、またお茶を」

「いいぃ行こう行こう、ぜひ。いやほんと、コクは何も悪くないから……えと、別にあの時も二人を独占したかったわけではなくて……」

 

 コオリとヒカリに対しては、別に悪感情は抱いていない。むしろお茶に誘ってくれて嬉しかった──みたいな感じでとぼけておく。

 あの二人を嫌いになったわけじゃない、って答えを伝えた方が、レッカも気負わずに済むでしょ。

 

 

「……んっ」

 

 

 突然、強い風が吹いた。

 

「ッ!!」

 

 ビックリするレッカくん。

 風のイタズラで、スカートが捲れてしまいましたね。

 ただでさえスカートの丈が短いから、下から見上げる形になってるレッカからすれば、パンツが見えそうで見えないくらいの危ない領域だったのに。

 いや~、ついに見えちゃいましたわ、スカートの中。

 

「……」

「ぁ、あっ、あの……っ」

 

 おぉ、おぉ。顔がリンゴみたいに真っ赤じゃないすか。顔そらしちゃってまぁかわいい。

 見えたんだろ? エロゲのヒロインしか付けないような、黒い紐パンがさぁ。

 てかお前、普段からあのヒロインたちといろいろラッキースケベしてるくせに、なんでそんな初心な反応ができんだよ。思春期すぎるだろ。

 

「みてないよナニもみえなかったから! ホント!」

「……見たかったなら、また見る?」

 

 風は止んでしまったので、今度は自分でスカートの端をつまんでみる。

 

「わあぁッ!? ちょちょちょっまって!! 見ない遠慮します! 大丈夫ですから!!」

「そう」

「はい!!!」

 

 レッカくんが後ろを向いて顔まで覆ってしまったので、ぱさりと手からスカートを離した。ここで無理やり見せたらただの痴女だからな。ハーレムメンバーでも多分やらないだろう。

 

 基本的にはどんな事も拒否せず、言われたことには従っちゃう受け身系ヒロインというのが俺のスタンスだ。

 無防備かつ従順な相手だからこそ、真面目な主人公の理性が試される的なアレね。

 ハーレムヒロインたちがどいつもこいつも積極的なタイプであるがゆえに、それが日常茶飯事な主人公くんは逆にこういうタイプに弱いと踏んで、人形系ヒロインのフリを選んだわけだ。

 

 その在り方を守るためなら、見せろって言われたらパンツくらい見せるのだが、百パーセントあいつはそういうの言わないんだよな。紳士というか奥手というか。

 もし言うとしたらそれはエロゲみたいに専用ルートへ入った後だ。エロゲの主人公って性的なシーンになった途端、急に中身が変態になりがちだからな。あいつら普段は真面目なくせに、エロになると平気で青姦したりリード付きの首輪つけたりしてくるから怖ぇんだわ。俺ちゃんの親友はそうでないことを祈るぜ。

 

「ほっ」

「うわっ」

 

 給水タンクから飛び降り、風の魔法を上手く使ってレッカの前に着地する。こういう行動も普通じゃないアピールの一環として必要だ。練習してたおかげでうまくいった。

 

「だ、だいじょうぶ? 高いところから飛ぶなんて、危ないよ……」

「慣れてるから、大丈夫」

 

 本当はドッキドキだったけどな!

 

「……ぁ」

 

 ぐぅ~、と俺のお腹が鳴った。

 そういえばお昼まだ食べてなかったわ。

 

「……えっと、実は僕もお腹減ってて。ご飯、一緒に食べる?」

「うん」

 

 咄嗟に言い訳をして気を遣ってくれるレッカさん。モテる理由がここにあった。

 

 でも、どうしたもんかな。

 変身の残り時間は三十分ちょっと。いまから店に行って飯を食うにはちょっとばかり心もとない。

 けど……この流れで解散、ってのも少し勿体ないよな。

 できれば一緒にメシを食うことで、もう少し好感度を稼ぎたいところだ。

 一度変身を解いてから再変身までのインターバルを考えると、昼食は一時間ちょっとあとの方が好ましい。

 

 あ、そうだ。

 

「あなたのお家、どこ?」

「えっ。ど、どうして……」

「一度解散して、これから材料を買って、私がご飯を作りにいく。それでは、ダメ?」

 

 かわいらしく首をかしげてみる。

 突飛な提案なため、拒否られる可能性もあるけど、どうか。

 

「それは……」

 

 結構悩んでるな。

 ここはもう一押し。

 今から行う二人きりの食事会が、どれくらい重要なイベントなのかを分からせてやろう。

 

()()()()、外じゃできないと思ったから」

「──っ!」

 

 おっ、いい反応ですね。

 適当にそれっぽい事を言っても、マジで重要なことみたいに聞こえるのが、謎のヒロインの良いところなのだ。

 

「レッカの名前を知ってる、理由……とか」

「……そう、だね。確かに外じゃできない」

 

 するとレッカはポケットの中から学生手帳を取り出し、メモ部分に住所を書いてちぎり、俺に手渡してきた。

 

「コク。この前、ライ先輩から色々と聞いたんだけど、あれは本当にキミなんだな?」

「その先輩に聞いてみればいい。私が言っても、説得力なんてないから」

「……いや、いいよ。今はキミを信じて渡す」

 

 さすが主人公。普通だったら住所なんて渡さないだろうが、こういう決断をできるところが主役たる所以なんだろうな。

 まぁ住所渡されなくても家は知ってんだけどな。聞いとかないと余計怪しまれるから聞いたけど。

 

 彼から住所の紙を受け取って、俺は一足先に屋上の出口へと向かっていった。

 そしてゆっくりと振り返り、一言。

 

「レッカ」

「……なにかな」

「私が味方かどうかの判断は、あなたに任せる。でも、ひとつだけ」

 

 屋上に暖かな風が吹き、頬を撫で黒い髪を揺らした。

 

「あなたたちを()()()()()つもりは──微塵もないから」

 

 レッカの返事は待たず、それだけ言い残して俺は屋上を去っていった。

 

 

 ……ふっへっへ! 今のかなり謎のヒロインポイント高かったでしょ!

 

 



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メインヒロイン面する

 

 

 

「父さん。ペンダントを改良してくれ」

 

 早朝。

 母さんの弁当を作っている途中の、猫さん柄エプロンを着た父親に対して、俺は朝一番に突飛な頼みごとをしていた。

 俺の父親は現在専業主夫で、朝は毎回こうして母親の弁当を作ってから、俺と母の三人で朝餉を囲むことが日課になっている。今は弁当の完成待ちの時間だ。

 極端に朝に弱い母が起きてくる前の、この二人きりの時間を使うことでしか、こんな頼み事はできない。

 

 父さんはフライパンでウィンナーを焼きながら、一瞬クイっと眼鏡をあげ、その鋭い眼光をこちらに向けた。

 

「何があった、アポロ。聞かせてみなさい」

「うん。実は──」

 

 

 回想タイムへゴー。

 

 実はレッカの家で昼食を作ることになったあの日から、既に一日が経過している。

 昨日、俺はこの上なく完璧な謎のヒロインムーブをかませる事が出来たとホクホク顔で彼の家に向かったのだが、そこでまたしても失敗をしてしまったのだ。

 

『……なにしてるの?』

『料理してるの』

 

 コオリさんがいきなり突撃隣の昼ご飯してきちゃった。ポーカーフェイスは保ったけど、内心はもう冷や汗かきまくりでしたわ。

 なんとレッカは緊張のあまり、俺と出会ったことを誰にも報告していなかったらしい。

 ゆえにコオリがいつもの感覚で彼の自宅に押し掛け、偶然にも料理中だったこの俺と出くわしてしまったわけだ。

 しかし、問題はそこではない。コオリが乱入してくる程度なら、作る料理を増やせばいいだけだったから。

 

 俺がやってしまった失敗とは──時間の管理だ。

 

 改めて考えると、女に変身できる時間が一時間というのは、あまりにも短すぎる。

 ヒロインごっこを始める前までは「一時間もあれば十分っしょ(笑)」とか考えていた俺を殴りたい。

 変身を解いたあとの再変身までのインターバルも一時間必要という部分を加味すると、このタイムリミットはかなり辛いところがある。

 レッカとコオリの二人と応対しながら料理をしつつ食事をするに加えて大事な話をする──というのは、普通にめちゃめちゃ無理ゲーだった。

 

 途中、新しい怪物が近所に現れたことで、話をうやむやにしてそのまま消えることができたから助かったものの、あのままだったら女子制服を着た俺があの二人の目の前に出現するところだった。危ない。

 ちなみに怪物の能力で強めの地震が発生して、俺の作った料理はほとんど床に落ちてダメになってしまった。

 けど、作った本人の俺よりショックを受けて、怪物にガチギレしてたコオリを見るに、あの子も根っこは優しい子だという事も知ることができたのは、素直に良い収穫だったな。

 

 

 で、時間は現在に戻る。

 

「つまり少女フォームの変身持続時間を、もっと増やしたい……ということだな?」

「できるかな、父さん」

「ふーむ……」

 

 ささっと料理を弁当箱に詰め、朝食をテーブルに並べながら思案する父。

 

「……アポロ」

「なに?」

「お前は何のために少女になる。イタズラかい」

 

 優しい声音だが、はぐらかせるような雰囲気じゃない。これは俺の真意を問うているのだ。

 俺がやっていることを、父さんには全て話している。

 当たり前だ。研究者時代に制作した最高傑作の内のひとつを使わせてもらっているのだから、隠し事などできるわけがない。

 

 ──俺の行動がイタズラなのかどうか。

 

 答えはとっくに出ているさ。

 

「いいや。これは()()()()()だ」

「……っ!」

 

 父さんの目が見開かれた。

 俺もまた眦を決し、まっすぐに言葉をぶつけていく。

 

「研究者の頃に言ってたよな。それが世の役に立つかどうかではなく、真に追い求めると決めたものを最後まで研究し尽くすのが、研究者なんだって」

「あぁ、そうだ。その研究の最終地点が、見た目はおろか性別すらも完全に変質させることが可能な、アポロが持っているそのペンダントだ」

 

 父さんが追い求めた『変身』という魔法の到達点。

 少女の姿へのメタモルフォーゼという、普通だと世の中の役には立たなさそうな、もはや性癖でしかないソレを心血注いで『魔法』へと昇華させた、研究人生の結晶。

 

 それが──このペンダントなのだ。

 

「俺の研究テーマは”世界の変化”だよ。父さんが創造したコレを使うことで──いや」

 

 取り繕うことはない。俺たちは親子なのだから。

 

「ハーレム系バトル物語が、俺というイレギュラーが混ざる事でどんな化学反応を起こすのか……その果てに何があるのか──それを知りたいんだ」

 

 キッチリと言い切る。

 俺の中にある本気を、寸分違わぬ純度でそのまま伝えるために、まっすぐ瞳を見つめて告げた。

 

「……フッ」

 

 父さんは、小さく笑った。

 

「……さすがは私の息子だ」

「父さん……」

 

 椅子に座り、麦茶とコップを用意した伝説の研究者は、それを注いで俺に渡してくれた。

 乾杯の挨拶ということか。

 

「研究者というのは気狂いだ。己が性癖のために全てを費やす。……だが、それは誰よりも自由に生きているという事でもある」

 

 経験者は語る。

 その果てに彼はとある女性と出会い、命を次の世代へ繋げ、燃え尽きてしまった。

 ……燃え尽きなければ、きっと今頃は墓の中だった。

 

「縦横無尽に世界を駆けなさい、アポロ。全てを知りそれでもなお、お前を()()()()()()()()と出会う、その日まで」

「と、父さん……!」

「おいバカ旦那。息子に妙なこと吹き込んでんじゃねぇぞ」

「わっ」

 

 母さんが起きてきた。どうやら先ほど起床して、顔を洗ってスッキリしたらしい。いつもの鋭い目つきで父さんを睨みつけている。

 そのまま旦那の隣に座った母は、麦茶を飲んだあと一息ついて。

 

「アポロ。……本気なの?」

「っ!」

 

 この旦那にして、この女房あり。

 こういうのもなんだがこの二人、正直言ってチョロい方の人種だ。

 

「もちろん。これは誰に言われたわけでもく、俺自身が決めた事なんだ。このままだと永遠に続きそうな親友の戦いの物語を、俺が責任を持って最終章に移行させる。……これ以上あいつを戦わせないために」

 

 すごく重要そうに言うと、父と母はお互いに顔を向け、少し逡巡した後に深く頷いた。

 

「……さすがはアタシたちの息子ね」

「そうだろう。いずれ世界を救う器だ」

 

 この人たち、もしかしてかなり単純なのかな。

 いやまぁ、俺もウソついてるわけではないけども。

 

 ”楽しいからやめられない”って部分を言ってないだけで。

 

「分かったわ。それならこの家の地下にある研究室を譲ります。好きに使いなさい」

「父さんからは研究者時代の資料をプレゼントしよう。ペンダントの改良は資料を参考に自分でやるといい。研究というのは地道な一歩からだからな」

「二人とも……ありがとうっ!」

 

 というわけで俺は貴重なアイテム&すげぇ便利な施設をゲットしたのであった。

 

 ふっふっふ。……あぁ、いや、別に両親を騙してるワケじゃないから。

 俺が言ったことは、紛れもなく全部本心だ。停滞している物語を俺が動かすことで、レッカを闘いの日々から卒業させようって意思に、ウソはない。

 ただ一番肝心な部分である「楽しい」って事を伝えてないだけだ。情報を小出しにしてるだけ。

 

 ──くっ、胸が痛い。まさか俺は良心の呵責に苦しんでいるのか。なぜだ……これが黒幕の宿命とでもいうのか……。

 俺が心臓を押さえて苦しんでいると、不意に父さんが口を開いた。

 

「あ、そうだアポロ。ちなみに言うと母さんは海外赴任で明後日から居ないからな。父さんも付いていくことになったから、何年かは一人で頑張ってくれ」

 

 この父親、急にヤバイこと言ってる。頭おかしいのか。

 

「だいじょうぶ卒業式には出るから。ねっ母さん」

「えぇ、あなた」

「そういう問題じゃなくね?」

 

 

 そんなこんなでマッドサイエンティスト両親が唐突にも不在になり、この家はしばらく俺一人のアジトになることが決定した。ラブコメの主人公かな?

 

 ……だがコレで、どこでも心置きなくロリっ娘の練習が出来るようになったわけでもあるな。ひゃっほい。最高だ。

 さっそくれっちゃん呼んで夜通しゲームでもしようかな、なんて思いつつ朝食を済ませ、俺は家を出て学園へ向かうのであった。

 

 

 

 

 で、現在は一週間後。

 

 フリーダムになった俺は、自由と引き換えに一人暮らしの大変さに苦しみながらも、着々と謎のヒロインパワーを高めていた。

 両親から受け取った施設と資料を駆使した結果、俺は少女フォームへの変身タイムを、なんと三時間まで伸ばすことに成功したのだ。凄いでしょ、俺天才でしょ。

 さらに変身後のクールタイムも三十分までに短縮させ、俺は心置きなく少女姿で外に出ることができるようになってしまった。もはや怖いものなど何もない。

 

 ていうか、単純に美少女の姿で出歩くのが、最近かなり楽しい。

 多少は幼げな雰囲気があるものの、一見すると凄く可愛い女の子なのだ。道行く人々の視線を引きつけちゃうのクセになるわね。

 

 だからといって隠しヒロインムーブを怠っているワケではない。

 基本的にあの制服っぽい服以外は着ないし、正体がバレるような迂闊な行動も控えている。

 レッカたちとも距離を取ることで『結局大事な話が聞けず、お昼も一緒に食べられなかった少女』という、なんとも掴みどころのない不思議っ娘としての雰囲気を獲得できた。コレは良い調子だ。

 

 

 だが、流石にそろそろ距離を縮める時期だ。

 

 ずっと何も分からない立ち位置じゃ、向こうも不安になるだけだろう。

 隠しとはいえ”ヒロイン”としての仕事を果たさなければ、ただ周囲を振り回すだけの追加キャラになってしまう。

 

 というわけでここからは()の出番だ。

 コクと関係のある者として振る舞い、俺ことアポロ・キィも本編に参加させてもらおう。

 主人公の友人の関係者という事で、コクが味方側のキャラであることをアピールしつつ『アポロに聞いた』という理由付けで俺しか知らないレッカのあれこれを利用する。

 そして他のヒロインメンバーたちとは一線を画す存在だと主張するのだ。絶対たのしい。

 

 

「んっ。……あれ、怪人か……?」

 

 いろいろと作戦を考えながら、女の子状態で街中を闊歩していると、少し先の交差点であるものを見つけた。

 怪人だ。悪の組織が生み出した改造人間が、交差点で暴れている。

 特殊部隊や警察はおろか、あのレッカたちもまだ到着していないため、怪人はやりたい放題だ。

 仕方ない、俺が直接レッカに連絡しよう。

 

「って、なんで圏外なんだ」

 

 スマホはネットどころか通話機能すら使えない。

 ただの不調かと思ったが、周囲の人々も携帯が使えないことに対して狼狽している様子から察するに、あの怪人の仕業なのだろう。

 たぶん能力か何かで、ここら辺の電子機器を全てダウンさせている。

 それが理由で通報やら何やらが出来ず、助けを呼ぶことができていないのだ。

 

 つまり──孤立無援。

 

「……えぇ。いや待って、マジで」

 

 これ、もしかして俺が戦わないといけない感じ?

 

 ある程度の魔法なら誰でも使えるはずだけど、戦闘経験があるヤツなんて市民にはほとんどいないだろうし、ここは戦うことのできる人間が時間を稼ぐべきだ。

 それは分かってる……いや分かってるけど、ホントに俺がやんの? マジで他に誰もいない?

 

「うわ。うわうわ、あの怪人、子供襲おうとしてるじゃん。何で俺の前だとガキばっかピンチになんだよ」

 

 その光景を目にした途端に走り出した。もはや逡巡している暇など無かった。

 

 別に俺はヒーローじゃないし、自分の命を最優先に考えている普通の人間だ。英雄ならレッカがやってくれるから、俺は自分の事だけ考えてればいい。そういうスタンスが許される立場にあった。だってただの友人キャラなのだから。

 でも、さすがに幼いガキをここで見捨てたら人間として終わる。一応ヒロインとして関わってしまった以上、出くわした戦場から逃げるという選択肢は抹消されてしまったのだ。

 

 ──とか何とか、いろいろ理屈を捏ねる前に、足が勝手に動き出したのが本音だ。こういうのを馬鹿って呼ぶんだろうか。

 

「ばっかおまっ、やめとけッ!」

 

 風の魔法で加速し、横から怪人に蹴りを入れた。

 しかしほんのちょっとよろめいただけ。自分が非力すぎて嫌になっちゃいますね。

 

「……っ! おい、アレお前のお母さんか!?」

 

 遠くで周囲の人に止められながら、こっちに来ようとしている女性がいる。

 それを指さして少年に問うと、彼は涙ながらにコクコクと頷いた。

 

「緊急措置だからな、恨むなよ!」

「わっ、わぁっ!?」

 

 風の魔法を使用。

 そのまま少し強めの突風で少年を母親のところまで運んだ。

 よし、なんとか上手くいった。俺のさりげないパンチラとか高い場所からの着地の為に、風の魔法をたくさん練習しといて正解だったな。

 

「っ゛」

 

 はい、怪人に思いっきりブン殴られて、吹っ飛ばされました。

 近くの車に叩きつけられて、ベシャっと地面に叩きつけられたみたいです。

 もう痛みとかないよね。逆に痛すぎて。衝撃しか伝わってこねぇわ。これ内臓とか潰れてない?

 

『──』

 

 怪人が喋ってるけど、たぶんお前を殺すとかそういうセリフだと思う。ただ街中で暴れることしか能がない単純な怪人だから、高尚な思想とかはないでしょ、たぶん。

 いやぁ、困ったな。

 死ぬでしょこれ。

 急に悪い奴が出てきてピンチになるとか、もはやシリアス通り越してギャグだよ。うわ、この街って治安悪すぎ……?

 

「…………ぁー……」

 

 喋れんわ。

 こんなん交通事故に遭ったの一緒だろ。

 まさか少女姿のままボコられるとは。あの怪人もしかしてリョナ好きか? 相容れない存在だよお前は。

 

 

 

「うぅっ……」

 

 何とか立ち上がれた。

 

「……ぁれ」

 

 不意に腕時計を見てみる。

 さっき殴られてから──いつの間にか三十分が経過していた。

 どうやら少しの間、気を失っていたようだ。

 

「怪人……いないし……って、レッカか」

 

 遠くで爆発が起きた。そっちに目を向けると、レッカたちヒーロー部が爆炎をバックに決めポーズしてる。

 たぶんアレは怪人を倒した後だ。あぁいう悪役って死ぬとき爆発しがちなんだよな。なにが引火して爆散してるんだろう、不思議だ。

 

 てか今のうちに逃げとくか。事後処理とか面倒くさそうだし。

 

「──コクっ!!」

 

 うわ、後ろからレッカに声かけられた。

 早く男に戻って病院に行きたいから、話ならしないぞ。こちとら頭から血ぃ出てるし全身打撲してんだわ。

 後ろを振り向いてみると──彼だけじゃなく、ヒーロー部の少女たち五人も揃っていた。

 

 

 ……まって。

 いやいやいや待ってくれ。落ち着け俺。

 ちょっとこれ良いな。めちゃめちゃ良い。いま楽しくなっちゃってるわ。

 少し考えてみたら、この状況すげぇ良くね?

 

 

「……レッカ」

「すまない、きみはあの子供を助けて……僕たちの到着が遅かったばっかりに……!」

 

 今、コクという少女と、主役チームであるヒーロー部の全員が、真正面から対峙している。

 

「いま手当てを──」

「来ないで」

 

 こっちは一人。

 あっちは六人という状態で。

 

「……え?」

「助けは、いらない」

「な、なに言って……」

 

 数メートル離れた状態で会話していて、俺はボロボロな状態にもかかわらず、ヒーロー部は全員で戦ったせいかほぼ怪我は無い。

 

 

 軽傷で戦いを済ませ、頼れる仲間たちに囲まれてる、周囲に恵まれた少年。

 

 瀕死の重傷を負った、見て分かる通り仲間など一人もいない、孤独な少女。

 

 

 明らかに二人が対比されてる、今この瞬間の絵面──美しくね……?

 

「あなたには、やるべき事が、たくさん残っている」

 

 額から流れ出た血液が地面に落ち、僅かに脳がフラついたが、気合で耐える。

 他の少女たちは主人公の隣にいて、もはや攻略対象というよりは仲間。パーティメンバーだ。

 そして唯一、このコクという少女だけが、彼女らとは全く別の場所に立っている。

 レッカの隣ではなく、ただひとり、彼の前に立っている。

 

「私のことは、構わないでいい」

 

 もうこんなの俺がメインヒロインでしょ。

 だって女の子たち、誰も反駁してこないし。

 それに加えてこの場において、レッカに対して恋愛感情を抱いていないのは、このコクだけだ。

 あの主人公に攻略されていない存在は──傷ついた漆黒の少女だけなのだ。

 

「あなた達は市民のヒーロー部だと、そう聞いている。怪我をして泣いている人や、崩れた建物の中で、助けを待っている市民がいる。市民のヒーローを名乗るならば、やるべき事は分かっているはず」

「そ、それは……」

 

 口ごもるレッカ。ぶっちゃけ反論などいくらでも出来そうな暴論だが、怪我人の言う事だから頭ごなしに否定はできないのだろう。ふふふ、怪我してよかった。

 まぁ救助待ちの人がいるのは事実だし、さっさとそっち行きなさいよってのも本音な。俺は勝手に病院行ってるんで。

 

「……さよなら」

「コク! まっ──」

 

 風魔法を使って空中に浮遊し、そのまま遠くへ離れていく。

 フハハハー! どうだレッカ! 攻略できなくてもどかしいだろ! ヒロインってのは本来簡単には手に入らないモンなんだぜ! すぃーゆーまた明日!

 

 

 

 

 それっぽい別れをした、二十分後。

 

 体力が無さ過ぎて墜落した俺は、路地裏で座り込んで休んでいた──のだが。

 いつの間にか追いついていたライ会長によって、俺は救急箱で応急処置をされていた。この人追跡が上手すぎてこわい……。

 

「どうして、私を」

「ふふっ、愚問だね。キミだってわたし達が守るべき市民の一人じゃないか」

 

 すっごい年上オーラで諭されてしまった。

 かなり痛い思いをした後に優しくされたせいか、思わず癒されちゃう。

 

「部員のみんなには黙っておくから安心したまえ」

「……ありがとう」

 

 めっちゃ気ぃ使ってくれるじゃん。この人は何というか、盲目的にレッカに惚れているわけではなさそうな雰囲気を感じる。

 親友くんは恋人を選ぶなら、ぜひともこの人を選んでください。

 

「これくらいなんて事ないさ。……コク。自己犠牲は素晴らしいが、もう少し自分を大切にね」

「……うん」

 

 頭を撫でられちゃいました。

 まずい、童貞だから優しくされただけで好きになっちゃいそうだ。急にレッカが羨ましくなってきた。ゆるせねぇよハーレム野郎……。

 

「私、もう行く」

「そうか。……あ、前に聞きそびれた連絡先、教えてくれるかい」

「ツイッターのアカウントでいい?」

「そういうSNSやってたんだね……」

 

 スマホが一台しかないからさぁ! カバー付け替えたりとか別のアカウントを作ることぐらいでしか、連絡先の差別化ができないんですよねぇ! 不思議っ子のイメージこわれる。

 

「用事がある時は、ダイレクトメッセージで、よろしく」

「浮世離れした印象あったけど、概ね現代っ子で安心したよ、わたしは」

 

 そんなこんなで俺より何枚か上手な先輩と連絡先を交換しつつ、俺は家に帰ったあと男に戻り、病院へ赴いたのであった。そこでレッカと会ってかなり怪我を心配されたのは、また別の話。

 

 

 

 

「ねぇポッキー。コクって……もしかして二重人格なのかな」

「……???」

 

 あと、男口調で子供を助けたところを見られてたらしく、なんか余計な設定がひとつ増えてた。

 

 



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あくじの代償

 

 どうも、TSして友人をからかっている悪いヤツです。

 

 私事で恐縮ですが、先日病院へ行ったところ、右手首がバリバリに骨折していることが判明いたしました。遂に天罰が下ってしまった。

 大いなる力には大いなる責任が伴う、という言葉もあるように、出しゃばって子供を庇った結果、手首の骨にヒビが入ったのも、全てはヒロインごっこをしようとした俺自身の責任だ。

 普段から皆を引っ搔き回していることを深く反省しつつ、少しの間はこの罰を受け入れて大人しくしよう。

 

「……不便だな」

 

 とあるバス停のベンチに座りながら、ため息交じりに呟いた。

 現在は登校中。

 いつもであれば、どんな作戦を決行しようか思案しているところなのだが、今日は見ての通りそんな余裕もなくて。

 右手に固定サポーターを装着したままの生活は、現在親が家にいない俺からすると、想像を絶するほどに厳しいものであった。コレで一人暮らしはマジでやばい。

 あれからたった二日しか経っていないというのに、洗濯物も洗い物も溜まりっぱなしだ。片手じゃなんもできん。

 

「ぁ、バス来た」

 

 迎えが来たので立ち上がる。

 鞄を持ち上げて乗車し、入り口で定期を使おうとして──落としてしまった。あわわ。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 俺の後に乗ろうとしている人に迷惑がかかってしまう事を恐れ、謝りながら定期を拾おうとすると、既に乗車していた誰かがそれを取って、ついでにそのまま読み込ませて鞄まで拾ってくれた。

 

「すみません、助かりました」

「いいえ。こちらにどうぞ」

 

 更にはほぼ満員だというのに席まで譲ってくれた。あまりにも優しすぎる。おそらく前世はマザー・テレサだろう。

 ……って。

 

「グリント……さん?」

「おはようございます、キィさん」

 

 朝っぱらから女神みたいな慈愛ムーブをかまして来た人物の正体は、少し前にコク(おれ)をお茶会に誘ってくれた、ハーレムメンバーの内の一人。

 

 ヒカリ・グリントであった。

 もっとわかりやすく言うと、金髪縦ロールのお嬢様だ。

 

 みんなはこの子の事を基本的にヒカリという名前の方で呼ぶのだが、俺個人としては彼女とそこまで親しくないため、あまり聞き慣れない苗字の方で呼んでいるのだ。

 それは彼女も同じようで、俺をアポロではなく苗字のキィで覚えている。というか俺を知るきっかけになったレッカは、俺のことをポッキーとしか呼ばないから、もしかしたらヒカリは俺のファーストネームを知らない可能性すらある。

 

「怪人に遭遇してお怪我をされたと、レッカ様から聞きました。災難でしたわね」

「命があるだけマシだって。毎回危険な戦いに巻き込まれているグリントさんのほうが、よっぽど大変でしょ」

「ふふっ……お優しいのですね、キィさんは。でも心配は無用ですわよ? あれはワタクシが好きでやっている事ですから」

 

 聖母を思わせるような彼女の温かい微笑みを前にして、思春期の男子でしかない俺は少しだけ顔が熱くなり、目をそらしてしまう。

 俺と彼女は、いわゆる友達の友達でしかないのだ。

 そんな俺を迷うことなく助けてくれるなんて、さすがは市民のヒーロー部。ある意味で見境がない。

 

「あの、カバン自分で持つから大丈夫だよ」

「いえいえ、教室まで持ちますよ。同じクラスなんですし、そもそも怪我人なんですからもっと頼ってくださいな」

「えっ。いや、えと……ぅ、うん。ありがとう」

「どういたしまして」

 

 レッカのヒロインたちは、このようにみんな基本的には善性の塊であるため、困っていれば手を差し伸べてくれるいい子たちだ。

 こんなん一般の男子生徒は優しさで勘違いして当たり前だし、露骨に彼女たちから好かれているレッカが嫉妬の視線を向けられるのは、当然と言えば当然だ。ハーレムを持つ代償ってやつだな。ほんとお疲れ様です。

 

「……あら。到着したみたいですね。行きましょうか」

「ちょ、あの。定期くらいは自分でやるから!」

 

 ヒカリのコレはもはや介護の域だ。

 まぁ元を辿れば、メンバーの中でも最もお人好しであるレッカの影響なんだろうけど。道案内や横断歩道で老人の手伝いをするとかいう、お前もう逆に仕込んでんじゃねぇのかってくらいベタな理由で遅刻するの、この世でアイツだけだからな。

 

「そういえばキィさんはレッカ様を頼られないのですか? お友達なのでしょ」

「家の方向が全然違うし、いつも大変そうなアイツに頼るのは……こう、気が引けるっていうかさ」

「……でしたら治るまでの間、ワタクシが諸々をお手伝いいたしますわ!」

 

 何でそうなるんだよ。お前もしかして俺のことが好きなのか?

 

「……グリントさん、俺に何か聞きたいことでもあんの?」

「ギクッ!」

 

 擬音を口に出して驚くお嬢さま、とてもあざとい。しかしかわいい。

 

「……そ、その、キィさんはコクさんのお知り合いだと耳にしまして」

「知り合いっていうと、確かにそうではあるけど……」

 

 これはレッカにも話したことだが、俺とコクが知り合い──という設定を少し前にバラしておいた。

 しかし最初から面識があったことにすると、俺がコクを知らなかった事実で矛盾が生じてしまうため、新しく()()()()()()()()という設定で通した。

 

 それなりに名前と顔が知られてしまっているヒーロー部に代わって、悪の組織や能力者テロ集団などの情報を秘密裏に集める諜報員、という新しい設定を、まず俺が担当して。

 コクはその集めた情報を俺から受け取り、対価として彼女しか知らない情報を俺に共有させる──つまり一時的な協力者という関係性をでっち上げて、それをレッカに伝えたわけだ。

 

 まず俺自身が危険な諜報員になる事を、レッカが猛反対してきたことが少し意外だった。

 それに関しては……なんか、こう、あいつがマジで怒ってたので、本当に申し訳ないとは思ってる。もう少し設定を捻っておくべきだったかもしれない。ごめんね。

 

 しかしもうコクとは契約を結んでしまっている、という事情でなんとか納得してもらい、レッカがコクの事を知るチャンスだと説得した結果なんとか俺とコクの関係を作り上げることができたワケだ。

 

 だが、俺とコクはネットを通じて情報を共有しているだけであり、直接会ったことは一度しかなく本当にただの一時的な協力者でしかないことは、しっかりとレッカに伝えておいた。関係が深すぎるとコクが俺のヒロインになってしまうから、気をつけないといけないのだ。俺自身はあくまで友人キャラを保つ。

 『なにやら事情を抱えているようだけど、あの少女を何とかできるのはお前しかいない』という趣旨の言葉をレッカに言ってやったことで、コクの相手はあくまでレッカだと強調することができた。それによってアイツもしっかりそう認識してくれたはずだ。

 

 ……なので、ただの協力者でしかない俺は、設定上コクの居場所など知る由もないのだが──

 

「あのっ、ワタクシ本当にコクさんに謝罪したいのです! そして改めて彼女とお茶をして、親睦を深めたい!」

 

 とのことで、このヒカリの提案に少々困らされている。

 正直に言うと意外だった。

 あんなどこぞの馬の骨とも分からない、ヒロイン面した無口っ娘の事なんて嫌いになっていると思っていた。

 恋敵とか、むしろ妬ましいライバル的な認識だと考えていたのだが……この様子を見るに、それこそ俺の勘違いだったようだ。

 

 俺は穿った見方をしていたせいで歪んだ認識になっていたらしい。ヒーロー部の少女たちはみんな普通にいい子だった。何かゴメンね。

 

「あぁー……うん、わかった。一応会える機会がないか、今日のうちに聞いておくよ」

「本当ですか! ありがとうございます、キィさん!」

「いいってことよ」

 

 でもテンション上がったからって、そんな簡単に男子の手を握るのはやめてくださいね。勘違いを誘発させちゃうからね。

 あぁ、ヒカリの明るさに負けて、ありもしない約束をしてしまった。コレはまずい。こういう風に場の雰囲気に流されちゃうのが僕の悪いクセ。

 

 どうしたもんか。

 別に変身しても都合よく怪我が治るわけじゃないし、会ったとしても俺と同じ箇所にギプスを装着していたら、流石に怪しまれそうなんだよな。

 ……変身するとき外すか? サポーター……。だいじょぶかなぁ……。

 

「──あっ。おーいポッキー!」

「あら。校門付近にいらっしゃるの、レッカ様ではなくて?」

「うぇ? ……おぉ、確かにれっちゃんだな。待っててくれたのか」

 

 バス停近くの横断歩道の先。

 担当の教員が生徒たちに挨拶をしている校門の横で、レッカがこちらに手を振っている。

 家事の手伝いなんかしなくていい、とか迎えもいらない、など色々とあらかじめ伝えておいたのだが、結局あぁして俺の事を心配して待ってくれていたらしい。

 骨折は諜報員としての仕事で負った怪我ではなく、あくまで戦闘に巻き込まれただけ──って言ったんだけどな。もう諜報員なんかやめろってメッセージばっか通知に来てたわ。

 

 ……心配しすぎだろ、あほ。

 

「おはよ。ぁ、ヒカリがポッキーの荷物を持っててくれたんだね。代わるよ」

「ごきげんよう、レッカ様。これはワタクシが任された任務ですから、お構いなく」

「あははっ、ヒカリは真面目だね。でもほら、遠慮なんてしないでいいから」

「オホホ、受け持った使命は必ずやり遂げるのがグリント家のポリシーですので」

「何で俺のカバン取り合ってんの……?」

 

 怪我人に対する優しさとかで競ってたりするのかなコイツら。

 てか校門前でそういうことされるの、普通に恥ずかしいからやめて欲しいのだが。

 

「俺さきに行くから……」

「まってよポッキー、片手じゃ履き替えるの大変だろ」

「ワタクシがスリッパをご用意いたしますわ」

「いや僕がやるから」

「何かおっしゃいましたか?」

 

 お前らそこらへんで終わりにしとけよ。

 手首の骨折如きでこのレベルの介護はちょっとやり過ぎだからな。

 なんなら俺ちょっと情けなくなってきてるからな。ホントに。

 

 ……まぁ、でもこれくらい心配されるんだったら、あの時無茶して子供を助けた甲斐も、少しはあったかもしれない。少しばかり鬱陶しいレベルだけど。

 

「スリッパはヒカリに任せるよ。その間僕がカバンを持つね」

「持ったままできますので心配には及びませんわ。鞄から手を離されてもよろしくてよ。……むむっ」

「だいじょうぶだから、ヒカリ」

「レッカ様こそ。──あぁっ! カバンからノートが散乱してしまいましたわ!」

「ごめんポッキー!」

「いやもういいからカバン返せよお前らさァ!!」

 

 親切というか、もはやお節介でしかないので俺は限界を迎えてしまった。

 

 

 

 

 そしてその放課後、自宅にて。

 

「あっ」

「……えっ。……こ、コク?」

 

 家に帰って部屋着に着替えたあと、試しにサポーターを外して鏡の前で少女姿に変身してみたのだが、制服以外の少女姿のかわいさに舌を巻いていたそのとき、インターホンが鳴って。

 

 俺はうっかりそのままの姿で家のドアを開けてしまい──弁当を買ってきてくれたレッカと鉢合わせてしまったのだ。

 

 そう。

 謎に満ちたあの少女が、なぜか友人キャラのブカブカな服を着て、友人の家から出てきてしまったわけだ。

 レッカは口を開いたままポカーンと立ち尽くしてしまった。当然の反応だ。

 

「な、何で、コクが……あれっ、ポッキーは……?」

「…………」

 

 沈黙。

 自分自身の詰めの甘さに辟易したが、俺はこの一瞬でリカバリー方法を模索し、応急処置レベルの対応を決行しなければならない。

 一拍置いて──口を開いた。

 

「とりあえず、上がれば」

「ぁ、はい。…………えっ?」

 

 まったく取り乱す様子を見せず、自然な感じでレッカを家に上げる。

 そして彼に背を向けてリビングへ向かう中、俺は心臓バックバクで滝のように汗を流しながら、なんて言い訳をすればいいのかを懊悩するのであった。

 

 どうすんだよこれぇ……。

 

 



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おともだち

 

 

 僕は今、頭を抱えている。

 

 友人の自宅へ赴いたら、何故か本人ではなく最近接点を持ち始めた謎の少女が、彼の衣服を身に纏って現れたのだ。何を言っているか分からないと思うが、僕もこの状況が全くもって理解できていない。

 アポロが右手を骨折したというので、料理も大変そうだと思って弁当を買って、どうせなら少し遊んでから帰ろうかな──なんて考えていた数分前の自分は実に呑気だった。

 

「とりあえず、上がれば」

「ぁ、はい。…………えっ?」

 

 お互いが固まったまま気まずい雰囲気が続くかと思いきや、まるで意に介していない様子の少女は、そのまま僕を家の中に上げてくれた。……いやここアポロの家なんだけどな。

 二階建ての一軒家であるアポロ宅だが、彼から聞いていた通り両親の姿はない。海外赴任という話は本当だったようだ。

 それはいい。問題はそこじゃない。

 

「どうぞ」

「……ど、どうも」

 

 リビングのソファに腰かけると、コクがお茶の入ったコップをテーブルの上に置いてくれた。

 しかしそれに手を伸ばすことはなく、僕は彼女が何かしでかさないか不安になり、ずっと目で追ってしまっている。

 コクは自分の分のお茶も用意すると、テーブルを挟んだ正面の座椅子にちょこんと座った。慣れているような仕草に見えるけど、彼女はどれくらいこの家の事を知っているのだろうか。

 ……いやいや、それよりも先に聞かなきゃいけないことがあるだろ。

 

「あの、アポロはどこに」

「今はいない」

 

 居ないって、もしかしてあの状態で出かけたのか……? 買い物なら手伝うし、なんなら放課後に行けばそのまま付き添ったのに。片手で大丈夫かな。

 

「きみはどうしてこの家に? ……もしかして、アポロと同棲してたり……」

「出ていけというのなら、すぐにでも出ていく」

「追い出すなんてまさか。……その、ごめん」

 

 つい邪推してしまった。余計な考えは捨てて、正確な現在の状況を聞き出さないと。

 

「余裕が無いときは、このアジトを使用していいと、協力者からは聞いている」

「アジトって……ていうか、もしかして合鍵を持たされてるのか」

「カギ、ってこれ?」

 

 少女がズボンのポケットから、ジャラっと音を立てて鍵を取り出した。

 驚くべきことに、それは合鍵ではなくアポロが普段使いしているカギそのものであった。

 

「あのバカ……まさか鍵かけずに家を出たのか……」

「少し違う。入れ替わりだったから、鍵とアジトの防衛を、私が任されている」

「い、入れ替わり?」

 

 そうなるとアポロの状況判断能力が早すぎることになる。

 出かける直前にコクがこの家にやってきて、そのまま彼女に留守を任せて外出したということだ。大丈夫かあいつ。

 ……分からない。そういう判断ができる程、この子を信用しているってことなのか。

 

「いつも着ている服は、洗濯とクリーニングに出している。他の衣服がないので、協力者の部屋着らしきものを拝借した」

「……それなら、せめて上着を着てくれないか」

「なぜ?」

「逆に何で気づかないの……」

 

 この家に来た時から指摘しようとしていたのだが、服の首元がゆるいせいでコクの肩が見えているのだ。

 というか肩はおろか、危うく胸元まで見えそうになってしまっている。どうしてよりにもよって、アポロが使い倒しているヨレヨレのTシャツを選んだんだ。

 それにズボンだってあれゴムが伸びきってるやつだし、ずり落ちたらヤバイ。流石にもう少し自分に合ったものを選んでほしい。

 

「コク、そこの椅子にかかってるパーカーを使ってくれ」

「必要なこと?」

「早くして」

「はい」

 

 なんとか見ないようにはしているものの、この状況が続くと目のやり場に困ってまともに応対ができない。コクが聞き分けの良いタイプでよかった。

 改めてパーカーを羽織ったコクと正面から対峙する。

 前々から質問したかった事が山積みなのだ。このままでは帰れない。

 

「……まず、君が何者なのかを教えてくれ」

「面接みたい」

「……ごめん、かなり険しい顔になってたね」

 

 確かに威圧するような雰囲気を出してしまっていたかもしれない。これは良くないな。

 僕はお茶を一口飲み、一度咳払いをしてから彼女に向き直った。

 彼女は既に僕を知っているようだが、改めて考えるとこっちから自己紹介をしたことはなかった。礼儀として、まずは自分からだろう。

 

「僕の名前はレッカ・ファイア。魔法学園の二年生で、市民のヒーロー部に所属している。普段は普通の学生として生活しているけど、必要とあらば悪とも戦う魔法使いだ。……って、こんな感じで教えてくれると助かるかな」

 

 手本を見せてから発言権をコクに渡すと、彼女は数秒ほど下を向いて逡巡したのち、顔を上げて僕を見つめた。

 

「コードネーム:漆黒。とある科学者の研究によって誕生した。所属組織は無い。活動目的は──」

 

 一拍置いて、再び口を開いた。

 

「あなたの戦いを終わらせること」

「ぼ、僕の……?」

 

 一回で理解することが出来ず、無意味に復唱してしまった。

 漆黒と名乗った彼女の目的とは、僕──つまりレッカ・ファイアの戦いを終わらせること……らしい。

 いやだめだ、全然分かんない。どういう意味だ。

 

「……僕を倒す、ってことか?」

「敵対するつもりはない。ただ、レッカがもう戦わなくてもいいようにする……という目的のために動いている」

「それは誰の指示だ」

「誰でもない。私の意思」

 

 コクはいつもの調子で、しかし確実にきっぱりと言い切った。

 それを見ただけでこの言葉は間違いなく彼女自身のモノであり、そこに嘘は無いと本能で理解できてしまった。

 

 ……頭が痛くなってきた。

 どうして彼女は、僕を戦わせたくないんだ。 自分の記憶を辿ってみても、真夜中に邂逅したあの日以前に、この少女と関わりを持った出来事など存在しない。

 何のために自分を戦わせたくないのかが、まるで見当がつかない。

 

 僕が戦いをやめて喜ぶのは、現在敵対しているあの悪の組織や、犯罪に手を染める悪い魔法使いたちだけだろう。

 むしろ彼らの仲間だと言ってくれた方が納得できるというものだ。

 それなのに敵対するつもりはない、ときた。もう思考をやめたくなってくる。

 

「なんでキミは僕を知っているんだ? 悪いけど僕自身はキミの事なんて一つも知らないし、何の覚えも無い」

「…………」

「現状きみに何を言われたところで、僕はヒーロー部としての戦いをやめるつもりはないよ」

「…………私は、知っている」

 

 まるで人形の様な、美しくもあり無機質でもある、不動の表情が僅かに揺らいだ。

 

「ずっと前から、あなたを知っている」

 

 僕はすぐに気がついた。

 ほんの少し、僅かにだが──彼女の声が震えていることに。

 

「物語の主人公のように、誠実で、優しくて、強い事を知っている。だからこそ、強いからこそ、あなたは人一倍傷を負って、それを我慢出来てしまうのだと、私は知っている」

 

 どうしてそんなことを、とか。

 余計なお世話だ、とか。

 反駁したい気持ちは確かにあるのに、僕は口を挟めずにいた。

 相手は得体のしれない存在なのに。まるで自分の事を理解しているような、普通だったら癪に障るような言葉を口にされているというのに。

 静かな彼女の内に、僅かな燻りを見た。

 

 いや。

 これは──怒り、だろうか。

 

「自分の命を顧みない姿勢は、素晴らしいと思う。自己犠牲の精神が、ヒーローの本質だということも、理解している」

 

 でも、と。

 

「あなたに傷ついて欲しくないと願う人も、いる。自らの命も勘定に入れて欲しいと、戦い続けることだけが人の為になるわけではないと、そう考える人も……確かに、いる。多くの人間を救ってきたあなたは、覚えてないかもしれないけれど」

「……そんな、人が……?」

 

 呆気にとられてしまった。周囲には、僕の戦いを応援してくれる人たちしかいないのだから。

 

 僕が戦うのは当たり前のことだ。かつて世界を救った勇者の血統を受け継ぎ、ヒーロー部として戦えない人々に代わって悪を討つのが、僕の存在理由なのだといっても過言ではない。

 確かに入学したばかりの頃は自分の事ばかり考えていたが、この学園で出会った少女たちと様々な世界を目にして、僕にしかできないことをやっと理解することができたんだ。

 

「……でも僕は戦うよ。きっと人々の為に戦うことが、僕が勇者の血を受け継いで生まれた意味なんだ」

「…………はぁ。勇者とか、ヒーローとか、そういうの関係ない」

「こ、コク? ちょ、ちょっと……」

 

 珍しくため息を吐いたと思ったら、彼女は立ち上がりテーブルを跨いで、僕の目の前に移動した。

 何事かと思った次の瞬間──僕はほっぺをつねられた。

 

「いはは(たた)っ! な、なひ(なに)っ!?」

「レッカ・ファイアは十六歳の男子高校生。昔ながらのご大層な肩書きを並べて勇ましく戦う勇者じゃなくて、魔法学園に通う普通の少年。……違うの?」

「うぅ、いてて……。ぃ、いや、違わないとは思うけどさ……」

 

 頬から手を離したコクは、また元のポジションに戻って座り込んでいる。いったい何だったんだ今のは。

 

「使命に突き動かされて、命を投げ出してまで戦うとか、そういうの古い」

「ふ、古い……?」

 

 これもしかして、僕は説教を受けてるのか?

 自分よりも頭一つ小さい女の子に……。

 

「もしレッカが悪との戦いで死んだとして、悲しむ人はいると思う?」

「そりゃ、いるにはいるんじゃないかな……いや、でも」

「はい、ザコ」

 

 ざ、雑魚!?

 

「そこで開き直るのがもうダメ。古すぎ。縄文時代。自分が死んだとしても、じゃなくて残された側のことをもっと考えて行動するのが、現代(いま)風のトレンド」

「と、トレンドって……」

 

 もしかしたら僕はひどい勘違いをしていたのかもしれない。

 コクは浮世離れした謎の少女というより、現代の知識が豊富なイマドキの女の子だという可能性が浮上してきた。

 まさか、これまでに助けてきた大勢の人々のなかに、この子もいたのか……?

 

「私じゃなくて、あなたの友達の事を、もっと考えて」

「なにを言うんだ。自分の友達のことなんて、僕が一番ちゃんと考えてるに決まってるじゃないか。どんなことがあっても僕が守る」

「ナチュラルに”守る”とか言っちゃう、そういう上から目線、キモい」

「き、きもい……」

 

 彼女、意外と毒舌……?

 すごい物静かで自主性が希薄な子だと思ってたんだけど、それこそ勘違いだったのかもしれない。

 

 彼女の中には真っすぐな芯がある。それを肌で感じ取れた。

 

「友達っていうのは、対等なもの。何でもかんでも遠ざけて、過剰に守られるだけの方の気持ち、考えてみた事あるの」

「……だ、だって、友達には傷ついて欲しくないし……」

「相手もそう思ってるかもしれないのに、それは無視するんだ。何も相談しないで『おまえは関係ない』の一点張りで、協力の提案だって拒否して、戦闘の翌日には傷だらけで登校して、何を聞いても『心配しないでいい』としか言わない。お前いつか死ぬぞ」

 

 あ、あれ、コクの語気が荒い。

 

「……レッカの言うその友達って、本当に友達? あなたにとって都合のいい”日常の象徴”にしてるだけなんじゃないの」

「なっ! 知ったようなこと言うなよ! あいつは……アポロは強くないんだ! 弱いしポンコツなの! 戦場に連れて行ったら死ぬに決まってるだろ!」

「んだとテメェッ!!」

「えぇっ!?」

 

 なぜか本人でもないのにキレられた。

 すごい理不尽なはずなのにめちゃめちゃ怖かった。

 

「……って、きっとその友達も怒ると思う。だいたい、その友達の強さとかまともに知らないでしょ。あなた女の子たちとの修行はしたのに、友達との特訓とかは付き合ってあげたの?」

「い、いや、危ないからやめようって言って、魔法の特訓はさせなかった……」

「チッ、過保護がよ」

「……キャラ変わってない?」

 

 この子本当に二重人格だったりする? 普段の印象と全く違うんだけど……。

 

「一緒に特訓したら強くなれるかもしれない。レッカが思うほど弱い人間じゃないかもしれないでしょ。それを脆弱だと決めつけて、自分から遠ざけといて『守らないといけない友達』って、勝手すぎると思わないの」

「……何でそんな事をキミに言われないといけないんだ」

「私、その友達のこと知ってるから。彼の気持ちを代弁しています」

 

 まさか協力者であるアポロと僕の関係を知っているのか?

 謎に満ちた彼女なら知っていてもおかしくは無いだろうが、まさかここまで言われてしまうとは思わなかった。

 

 

 ……でも。

 

 確かにアポロの気持ち、考えた事なかったな。

 守るのが正しいとかそう思ってたわけじゃなくて、ただそうするべきだと思って、ずっとそうしてきた。

 思考停止もいいところだ。

 

 僕だって最初は弱かった。アポロと二人で、クラス内の魔法の成績は、下から数えた方が早かったくらいだ。

 強くなれたのは、入学式の日に出会ったコオリと一緒に、ヒーロー部で鍛えたからだ。そのおかげで炎の力に覚醒して、今の能力を手に入れることができた。

 

 自惚れではなく、アポロは僕の力になりたいと考えてくれた。ずっと前から態度で分かっていたのに、それを拒絶して彼の戦う力を得る機会を奪っていたんだ。

 最初は弱いだけで、現在の自分のように強くなれるかもしれないのに。

 

 

 ──いや、そう考えると、大概だ。

 よく僕の事をバカにするけれど、アポロだって大概お人好しじゃないか。

 いつもいつも僕の事を心配して、どうにかしようとして。力の差は歴然なのに。……普通なら、戦いなんて自分に関係ないって、守られることに慣れてしまうはずなのに。

 

 ……心配しすぎでしょ、あほ。

 

「ごめんコク、ちょっと行ってくる」

「どちらへ」

「アポロのとこ。たぶんいつものスーパーだろうから」

「右手を心配して、助けに行くの?」

「いいや、見ず知らずの女の子に自宅の留守を任せた、あのバカを叱りにいく」

「そう。いってらっしゃい」

 

 言うが早いか、僕は玄関で靴を履いてさっさと家を出ていった。

 

 コクの事は、今はいい。

 本気で怒ってくれたあの態度から、少なくとも敵ではないことは判断できたから。

 詳しい話ははぐらかされてしまったけど、アポロの家にいるなら事情を聞く機会はいくらでもあるんだ。

 

 今はまず、親友に一言謝りたい。

 そして右手が完治したら、とことん頼ってやろう。僕の手伝いをすることがどれほど大変なことなのかを思い知らせてやる。

 

 守るだけの存在じゃない。

 打ち明けて、相談して──本当の友達になりたい。

 ただそれだけの気持ちを抱えて、僕は夕焼けが照らす住宅街を駆け抜けるのであった。

 

 




ポ:(変身解いて着替えたら、偶然を装って合流しよ……)


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もっと謎の美少女ごっこがしたい!!

 

 

 

 アポロの自宅を走り出て、近所を走り回ってようやく本人を見つけて。

 

 今までの事を謝り、これからの事を話し、荷物を代わりに持って一緒に帰路に就いた。

 僅かに存在していた彼との間の蟠りは、これで全て無くなったように思える。僕はようやく、彼と友人になる事が出来たのだ。

 それもこれも、僕のこれまでの行いを指摘してくれた、あの少女のおかげだ。

 

 帰ったらお礼を言うつもりだった。

 アポロの家をアジトと呼んでいたし、きっとこれからは今までと違って、定期的に会うことができる関係になれたと思った。

 彼女と僕は信頼のおける仲間になれたのだと──そう思い込んでいた。

 

 

【さよなら】

 

 

 そう書かれた手紙が、たった一枚だけ。

 家の中にはいない。

 僕は一瞬固まり、我に返った途端に家を飛び出した。

 時計の針は左下を向いており、オレンジ色に染まっていた明るい空は、気づけば漆黒に包まれていた。

 

 胃が痛む。

 呼吸が荒い。

 心臓の鼓動が早まってくる。

 胸の中がこれまでに無い程ざわついた。

 

「どうして──」

 

 静寂が支配する空の下で、零れる様に呟いた。

 彼女が何を思ったのか。

 何処へ行ってしまったのか。

 本当に分からなかった。

 

 コクは僕の友人の事でさえ気にかけてくれる、人並み以上に思いやりのある──普通の少女だ。

 少なくとも、彼女と言葉を交わしたあの時は、そう考えていた。

 僕のために怒ってくれた。

 友人のことに気づかせてくれた。

 彼女は恩人であり、まず一番に感謝を伝えるべき相手だった。

 

 だというのに、たった一言も、何も、言えないまま。

 

「…………っ!」

 

 忽然と行方を晦ましてしまった少女の、僕を送り出してくれたあの微笑みが脳裏によぎり、再び走り出した。

 ──黎明だ。

 空を覆っていた漆黒が、燦然と輝く太陽に、塗りつぶされていく。

 

 もう、夜が明けていた。

 

 

 

 

 

 

 レッカに対して緊急措置でなんとか誤魔化したあの日から、ちょうど今日で二ヵ月が経過した。とても長かった。もう夏が近い。

 

 この二ヵ月間、俺は新しくヒーロー部として入部した後、怪我を治してからずっと()()()()()皆のサポートをしていた。

 部活で鍛えた事で俺は、いわゆる探知能力というやつに覚醒したのだ。忍者であるオトナシの助けもあって、ここ最近は怪しいヤツを事前に見つけておくことで、事件を未然に防ぐことに成功している。

 そして何より、探知能力による俺の情報提供で警察が動き、ヒーロー部の出番を極端に減らすことが出来ていた。

 一学生であるにもかかわらず、警察から強い信頼を寄せられているのは、ひとえにヒーロー部のおかげだろう。それほどまでにヒーロー部は多くの人々を救ってきた。

 

 つまり、レッカの戦う機会も順調に減ってきている。

 当初の目的であった『レッカを戦わせない』という目的は、努力によって概ね完了したワケだ。

 だから普通の男子高校生として、日々を送っている。

 テストや課題に苦しみ、些細なことで楽しみを共有し、放課後や休日にはバカ騒ぎして、また学校に通って。

 そんな平凡で普通の日常を手に入れた。

 他人の為に傷つきやがるお人好しのアイツを戦わせないという、ずっと抱えていた俺の願いは叶えられたのだ。

 

 だが、重要なことが一つ。

 

 俺は俺自身の行動を振り返った結果、つまりレッカに対してキャラブレブレの説教を行ったあの時、かなり大変なことに気がついてしまい、あの日以来ずっと少女姿には変身せず、大人しくしていたのだ。

 その重要な事とは、いったい何なのか。

 答えはとっくに出ている。

 

 

 ──謎の美少女感、薄れてね?

 

 

 いや、マジで。

 あのリカバリー説教は、あの場を切り抜けるために必要な事だったけど、アレのせいでコクが普通に仲のいい女キャラとして、あまつさえ仲間として定着してしまいそうな流れは、非常に危ういと感じた。

 

 違ぇんだよ。そうじゃないんだ。

 謎の美少女ってのは、そんな簡単に仲間になって、容易く好感度が上がる存在じゃないだろ。 

 もしあの流れのまま正体が俺であることを隠したまま、上手いことコクとして彼らと接していたら、間違いなく『後半に加入しただけのハーレムの一員』になってしまっていたハズだ。

 ただ登場時ちょっと意味深だっただけで、その後は普通にヒロインたち取り巻きと一緒に居るだなんて、そんなの特別でも何でもないじゃないか。

 

 おい俺。今一度、しっかり思い出してみろよ。

 

 お前は良いヤツなのか?

 コレは友達との青春を取り戻すために、必要だからやった事ですって、そう開き直るつもりか?

 ふざけるなよ、そんな事をしていい人間じゃねぇだろ。友達想いの正義の味方なんかじゃないだろうが。

 

 俺はそもそも『楽しむため』に変身して、友人をからかった悪いヤツだ。

 そうだ、俺は自分の欲望に正直な、れっきとした”悪”なんだ。

 その悪事の果てに生み出した存在である漆黒の少女を、用済みになったからポイだと?

 

 どこまで中途半端なんだ。お前はいつもそうだ。いつも肝心なところで失敗する。いろんなところに手を付けるが、一つだってやり遂げられない。誰もお前を愛さない。

 かぁ~っ! 見んねコク! 卑しか男ばい! 

 

 誰に対しても現状ウソつきでしかない俺が、唯一誠意を果たせる存在は、この俺自身が生み出した『漆黒』という少女をおいて他にはいない。

 彼女をこのまま捨て去るってのは論外だ。

 なにより謎の美少女感が無くなってしまうのは、とても悔しい。

 

 正しいかどうかじゃない。

 俺のプライドが許さないのだ。

 悪人なら悪人らしく、最後まで我を貫き通した方がカッコいいでしょ。

 最低で最悪だろうと関係ない。親父が言ったような、止めてくれる人が現れるまで、縦横無尽に世界を駆けるんだ。俺の本当の力を見せてやる。

 

 ──っしゃあ! いくぜェッ!!

 

 魔法、TS変身(チェンジ)!!! 

 

 

……

 

…………

 

 

 はい、というわけで仮病を使って、まずは学校を休みました。

 レッカには『今日は休む』とだけメッセージを送った。アイツのことだから仮病ってことには気づいてるんだろうな。

 

 話を戻して。

 今回、俺は謎のヒロインとしてのストーリーを一気に進めていく作戦を思いついた。

 このままフラッと現れてまた居なくなってでは、進展も無いしレッカもそれに慣れてしまうだろう。

 さよなら、という手紙だけを残して二ヵ月も姿を消し、彼がコクの安否を気にしまくっている今がチャンスだ。マジでタイミング的には今しかない。

 

 今日は大雨が降っている。

 主人公に対してヒロインが『決別』を告げるには、これ以上ない良シチュエーションだ。

 そう、俺は本日レッカに対して、コクの重要な事実を暴露する。

 そして彼に対して本当の別れを告げ、ついに攻略できなかったヒロインとして、彼の関心を一気に引きつける作戦を決行するわけだ。絶対驚くぜあいつ。

 

 まずは透明マントを使って学内に侵入し、現在の状況を見てみる。

 

 時刻は昼休み。

 ヒーロー部もひと固まりではなく各々別に動いていていた。

 ライ会長は生徒会メンバーと一緒に生徒会室。コオリとヒカリは食堂で友達と談笑している。

 レッカは他のヒロイン……ウィンド姉妹の二人と一緒に、購買へ向かっているようだ。

 

「そういえばレッカ。いつも一緒にいるアイツはどうしたのよ」

「ポッキーはけびょっ……か、風邪で休みだよ」

「レッカさん? そこまで言ったら訂正する意味ないと思いますよ?」

 

 姉のカゼコと、妹のフウナに囲まれて、いつも通りのイチャイチャだ。ふざけやがって。

 ちなみに俺の風魔法は、あの二人のすっげー強い風魔法を参考にして練習してたのだが、結局ウィンド姉妹本人たちとは、コクの姿ではあまり接したことなかったな。やっぱハーレム六人は多いよ。

 唯一の下級生であるオトナシは見当たらなかったけど、まぁたぶん友達の教室とかで飯食ってんだろ。簡単に姿を見せないところが、いかにも忍者っぽいが、アイツを探して昼休みが終わっては元も子もない。

 そもそもずっと透明マントを着ているから、誰にもバレていないはずだ。

 

「……なーんか、ずっと見られてる気がするのよね。気のせいかしら」

 

 っ!?

 

「後ろには誰もいないよ、お姉ちゃん。だってほら、あたしたち購買の列の一番後ろだし」

「うっ。そ、そうね……出遅れたせいで、目的のものが買えるか不安だわ……」

 

 妹ちゃんナイスカバー。助かったぜ。

 ったく、勘が鋭いお姉ちゃんの方には気を付けないとな。

 

「カゼコとフウナにファンがいるって噂は聞いたことあるよ」

「えっ、わたしたちに?」

「ヒーロー部はそこそこ有名だしね。それに二人ともかわいいから、ファンがいても不思議じゃないっていうか」

「かっ、かわっ!?」

「あぅ……」

 

 わっっっかりやすいレッカの天然ムーブで赤面するカゼコと、困るフウナ。

 さすが主人公、自分のヒロインを照れさせることなんざ造作もねぇってか。やりますね。

 

「急に変なこと言うんじゃないわよバカっ!」

「いてっ! ご、ごめん」

「お、お姉ちゃん、叩いたらダメだよ……」

 

 強気な姉に、内気な妹か。

 より取り見取りで羨ましいよ、レッカくん。それでも理性的で、性欲に流されず好青年のままでいられるキミに敬意を表するぜ。

 

 

 っと、少し雨が強くなってきたな。

 

 マントが多少雨具としての役割を果たしているとはいえ、割と激しめの雨粒に打たれ続けて、少し体が冷えてきた。傘は一応折りたたみのを持ってきたけど、荷物になるという理由で学校の出口付近に隠してきたため、今は手元にない。

 風邪ひく前に、そろそろ作戦開始といきますか。謎の美少女モードに切り替えだ。

 

「……」

 

 透明マントを脱いで畳み、ポケットに入れる。

 途端に、ざぁっと頭に雨粒が降り注いだ。まるでシャワーでも浴びているような気分だ。

 制服の胸ポケットから家の鍵を取り出し、わざとコンクリートの下に落とした。

 

「っ!」

 

 落下による僅かな金属音に、レッカだけがピクリと反応した。よしよし、計画通り。

 普通なら雨音でかき消されるような弱々しい音だが、レッカなら気づくだろうという確信はあった。

 ここ最近はことあるごとに色々な音や人影に反応してしまうほど、コクを探していたのだ。こういう時でも気づいてくれるって信じてたぜ。

 

 購買からギリギリ見える範囲の物陰からあちらを覗いていると、キョロキョロと周囲を見渡しているレッカと、ついに視線がぶつかった。

 

「コク……っ!?」

「──」

 

 焦らず、ゆっくりと校舎の陰へ姿を消し、鍵を落としたままその場を離れて、誰もいない校舎裏に向かって歩いていく。

 走る足音が後ろに聞こえる。ちゃんと追ってきてくれているみたいだ。

 彼に声を掛けられる前に、校舎裏の開けた場所まで移動し、いかにも待ってましたと言わんばかりに背を向けて待機する。

 

「はぁっ、はぁっ、コク!」

「……」

 

 きたきた。

 無言のまま振り返る。

 レッカは相当急いで追いかけてきたのか、傘を持っているにもかかわらず、制服の肩が濡れていた。

 

「っ、はぁ……ず、ずっと探してたんだ、きみを。これ、アポロの家の鍵。持ってたってことは、今日はあいつの家にいたのか?」

 

 肩で呼吸をしているレッカは、息を整えつつ顔を上げた。

 彼の表情は安堵だ。

 コクを見つけることが出来て、どうやら主人公くんはホッとしているらしい。

 

 いいね、ゾクゾクしてきた。これからその表情を崩してやるから、覚悟しろよな。

 

「今日まで何してたんだよ。何かやるんだったら、相談してくれればいいのに。僕たち仲間じゃないか」

「…………仲間、じゃない」

「えっ?」

 

 レッカは眉を顰める。口元は笑っているが、何を言っているのか分からないといった表情だ。

 

「な……なに言ってるんだ? キミは、敵対するつもりはないって、そう言ってたじゃないか。それに僕の戦いを終わらせるって──」

「そう」

 

 少しだけ声を大きくして、彼の言葉を遮る。

 

「レッカの戦いを終わらせると、そう言った。そしてその通り、戦いは終わった」

 

 実際のところ、ヒーロー部としての戦いはほとんど終わっている。

 悪の組織だか何だかはやっつけてないが、それの相手は現在政府や警察が当たっていて、それが本来あるべき形だ。アレらを大人に任せることができた以上、彼の戦いはほぼ終わったと言っても過言ではない。

 

「おかげで未来は変わった」

「未来……?」

 

 ここからは、説教したあの日から長いこと考え続けてきた、コクの設定を披露する時間だ。

 

「私には断片的な未来が見える。眠っている途中、予知夢としてこれから起こる出来事を」

「……そんな、能力を」

「以前見えたのは、レッカと私が一緒に戦う夢。……敵の攻撃から私を庇って、あなたが死んでしまう未来」

「っ!?」

 

 どどん! 衝撃の展開。まぁそんな夢は見てないんですけどね。

 主人公補正バリバリのレッカが死ぬわけない。

 

「だから私は、あなたが戦う事をやめれば、あなたは死なないと考えた。私のせいで誰かが死ぬのは、見過ごせないから」

「……けど、きみは未来が変わったと言った。その予知夢から何が変わったんだ」

 

 ──だが、仲間入りをしていない、謎のヒロインなら果たしてどうかな。

 

 

「私が、あなたに殺される未来」

 

 

 その言葉の後、俺と彼の間に静寂が流れる。

 レッカは動揺のあまり声が出ず、手に握っていた傘が傾いた。

 

「……どう、いう」

「そのままの意味。断片的にその瞬間しか見れなかったから、経緯は知らない。でもこのままあなたの近くに居たら、私はいずれあなたに殺される」

「ばっ、馬鹿なこと言うなよ! そんなことするわけないだろ!? だいたい理由がないじゃないか!」

「知らない。ただ、私が見た未来は、私自身が必要以上に変えようとしない限り、絶対に変わらない」

 

 もちろんレッカが俺に手を出す理由なんざコレっぽっちも存在しない。だからこそ、めちゃめちゃに焦るのだ。焦らせてごめんな。楽しくて……。

 

「僕は……ボクはきみのことを、大切な友人だと思ってる。アポロとの蟠りを無くしてくれた恩人に、手をかけるワケがない」

「友人になった覚えはない。あなたの事も大切だとは思っていない」

「っ……」

 

 悔しいだろ。今まで出会った仲間の少女たちは、例外なく全員攻略してきたもんな。この学園に来て主人公になってから、ここまで女の子に拒絶されたのは初めてに違いない。

 でもレッカに嫌いって直接言うのは、やっぱ心が痛いな。

 ……うぅ、気をしっかり持て。妥協するなよアポロ・キィ。

 お前は人を弄んで遊ぶ悪役なんだ。コクという存在に敬意を払うなら、しっかりと悪の意思を保て。

 

「アポロ・キィの事を持ち出してあなたを焚きつけたのも、未来で私が人殺しにならないため。庇ったあなたが死ぬことで、周囲の人間から私の責任だと揶揄されるのを、避けるため。何もかも自分の為にやっていた。何一つ、あなたのために行動した事などない」

 

 場面によってはツンデレにも聞こえるセリフだが、今この状況なら無情な現実を突き付けるシリアスなセリフになってくれる。お前の為じゃない、っていうセリフ、意外と汎用性があるな。

 ……ていうか濡れすぎて寒くなってきた。

 

「私は殺されたくない。だからここを去る。私がいなくなればレッカは清廉潔白な英雄のままでいられる。止める理由なんてないはず」

「でも!」

 

 雨脚が強まる。

 彼が差している傘の雨粒を跳ね返す音が大きくなった。

 魚でも跳ねているのかと錯覚するほどに、びしゃびしゃ、ばしゃばしゃ、水を通さない布を雨が叩き続ける。

 

「あなたといた日々は、常に心が休まらなかった」

「……ッ」

 

 レッカは何かを言おうとしたが、混乱していて言葉が出ず、押し黙ってしまった。

 では、そろそろこの場を離れるとするか。

 最後にヒロインっぽいことを口にして。

 

「でも、屋上で話したあのとき。……お昼ご飯に誘ってくれたのは、少しだけ嬉しかった」

「っ! ……こ、コク……ぼくは」

「さよなら」

「あっ。まっ──」

 

 

「待つんだ、コク!!」

 

 

 うえぇっ。なんだなんだ。レッカじゃない別の声だ。

 風の魔法で飛んでいこうと思った矢先に、第三者に呼び止められてしまった。

 思わず固まった。

 

「……?」

 

 レッカの後ろの方からだ。

 目を向けると、そこには傘も差していない、息も絶え絶えの状態な、ずぶ濡れのライ会長が立っていた。

 

「……ライ、会長」

「っ! ふふ、わたしの名前を憶えててくれたんだな、コク。うれしいよ」

「先輩! どうしてここに……」

「レッカ、きみは知らないな。……その子の、正体を」

 

 エエエエェェッェェッ!!!!?

 ばばっば、ばばっ!!

 いいいつの間にバレたぁ!? そんなボロ出してた?!

 や、やっぱり仮病で休んだのは浅はかだったのかッ!!

 

「……二ヵ月と少し前のことだ。悪の組織の研究所から、とある実験体が組織を裏切った研究者によって、外へ連れ出されたという情報が入った」

 

 …………んっ?

 

「実験体の能力はまだ開発段階だが、完成すれば最強の……それこそ、世界そのものを破滅させられるようなモノらしい。それを危惧した研究者が()()を連れ出したんだ」

 

 ちょ、ちょっと待って。

 なんか急にまったく知らない話をされてるんだけど、なに?

 

「名前までは情報には載っていなかったが……」

「せ、先輩、まさか……」

「……コク。その実験体が、キミなんだな?」

 

 

 ……………………そ、そうゆうことに、しとこっかな~。

 

 

「好きに考えてくれて、かまわない」

「ちょ、待てよコク!」

 

 その答えに反応したのは、意外にもレッカ。

 だがこれ以上の応対は、頭がパンクするから無しだぜ……!

 風魔法を使い、俺は宙に浮いた。

 

「ライ会長」

「……なにかな」

「結局お茶ができなくて、ごめんなさいと、ヒカリに伝えておいてもらえますか」

「っ。……あぁ、わかった」

「ちょっと先輩!?」

 

 どんな考えがあるのかは分からないが、ライ会長は俺を止めようとはしない。

 その様子に困惑したレッカがこちらに手を伸ばす頃には、彼が届かないくらい高く飛んでいた。

 

「レッカ。改めて──さよなら」

「待てって! コクっ!!」

 

 ヒロインに追いすがる主人公くんを振り切って、なんとか俺はその場を離れることができたのだった。

 はてさて、これからコクをどう動かそうかな。

 

 

 

 

 ──その、数分後。

 

「…………」

「…………」

 

 俺の家の前には、びしょ濡れのまま体育座りしている、見知らぬ白髪の少女がいた。

 男に戻っている俺に見下ろされている、その髪がとても長い少女は、茫々とした黄金色の瞳でこちらを見つめている。

 

 

 ……いや、分かっている。

 さっきの会長の発言からして、確かにフラグは立っていた。

 不意に現れてもおかしい話ではない。このスピード感はギャグでしかないが。

 

 しかし、俺は決して主人公ではない。なりたくもない。

 別にヒロインとかいらんし、そもそも無表情系の謎の美少女はこの俺だ。同じ属性の被っている輩が現れてしまったら、キャラがパンクを起こして大変なことになる。

 

 

 ゆえにこういう時は、警察に通報だ。

 似たようなヒロインなどいらない。こいつは主人公であるレッカにも任せず、国を守るお巡りさんの元で安全に保護してもらおう。当たり前だよな?

 

「……んっ」

「あ? な、なに……スマホ?」

 

 無口な金眼白髪少女が、懐からスマホの様な何かを取り出して手渡してきた。なんか妙に近未来的なデザインだ。

 

「何だってんだよ……」

 

 とりあえずそのハイテクスマホ(仮)をタップして起動すると──

 

 

『あぁ! 無事に帰ったなアポロ! よかった、繋がったよ母さん!!』

 

 

 …………二ヵ月前に海外赴任で飛んだはずの両親が、画面に映りました。

 それに加えて二人とも白衣姿という、とても懐かしい恰好をしている。

 

「……あの、えと。……その、な、なに? これ……」

『詳細は追って説明する! 今はそのスマホを渡した少女を、自宅の中に匿うんだ!』

「え、嫌なんだけど。警察に通報するね?」

『だっ、ダメだ! 警察の上層部に一人だけ組織のスパイが紛れ込んでいる! 証拠をつかんでヤツを引きずり下ろすまで警察には頼れないんだ!』

「うるせえバーカッ!!」

『エェッ!?』

 

 うっせぇ。うっせぇ死ぬほどうっせぇわ。

 

『あ、アポロにおこられた……どうしてぇ……』

『しっかりしてあなた。あれが普通の反応よ』

 

 ほんとっ、もう……マジで──あのさァ!?

 いいよいいよ? 百歩譲って俺に海外赴任って嘘をついて、怪しげな研究所からいかにも隠しヒロインっぽいロリっ娘を助け出したのは、別に悪い事じゃないよ。すごーいウチの両親って裏で世界を守ってたんだ~って感心するだけだったからさ。賛美すらする。

 

 でも俺がヒロインとしてその設定をかすめ取った数分後に、本物をよりにもよって俺に任せるのマジで何なんだよ。レッカにしとけや。アイツならこのロリも攻略してハーレムにするし、なんならそのまま世界も救っちゃうからさ。

 

 あ、そうじゃん。今からコイツのことレッカに任せよう。

 

 もうコクの設定が矛盾するとか知らん。悪の組織から狙われてるような、典型的なロリっ娘ヒロインなんか匿えるか。やらねぇよ。おれ主人公じゃなくてヒロインがやりたかったんだよもうホントこいつが現れたせいで美少女ごっこも終わりだよクソぁ!!

 

『電話代わってあなた。……もしもし、アポロ』

「あぁ母さん。この子は頼れる俺の親友に任せるから、心配しないで」

『ごめんなさい。情報が拡散されてしまうから、それは無理だわ。尾行されてる可能性もあるから、あなたも早くその子を連れて、安全な地下室へ避難して。地下から安全な場所まで抜ける道は用意されてるから』

 

 あれ、もしかして母さんも無茶ぶりするタイプ?

 

『それから外に出るときは、ペンダントを使って女の子になっていた方がいい。私たちの資料からアポロの顔もバレてしまっている』

「なにしてくれてんの?」

『貴方が女の子に変身する機械を熟知してくれていて助かったわ。……きっと近いうちに悪の組織とは決着が付く。そうなればまた家族三人、平和に暮らすことができるわ。お願い、がんばって』

 

 シリアスそうな声音で言われても困りま~す。何で俺が……泣きそう……。

 

『母さん! 追手が来た!』

『くっ、追いつかれたか……ごめんなさいアポロ、もう切るから! 私もお父さんもあなたを愛してるわ! それじゃね!』

「おいおいおーい!」

 

 いやもうほんとバカ。何がバカって展開のスピードがバカ。

 だって十分くらい前に『……さよなら』って、ヒロイン面して主人公に別れを告げたばっかりなんだぞ。何で別の意味で物語の中心にされてんだよ。黒幕から被害者に変わっちゃったよチクショウ。

 

「……へっぷし!」

 

 うーん、かわいいくしゃみだね♡ それレッカの前でやれば守ってくれるよ。俺がやりたかったくしゃみだよクソ。

 

「……ごめんなさい」

「あぁもう分かったよ、ウチ入ろう。かわいそうなムーブしないでくれ頼むから」

「むーぶ……?」

 

 ロリっ娘を持ち上げて帰宅する。そして俺の心は泣いていた。

 

 

 ……あああああああぁぁぁ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!! 

 

 レッカが主人公でぇ! コクがヒロインじゃなかったんですかァ!? ヤんなっちゃうわね、ホント。

 

 



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ロリと忍者とTSっ娘

 

 

 どうも、性格が悪い元黒幕の小悪党です。真実を知ったレッカにぶっ飛ばされるより、顔も知らない悪の手先に惨殺される可能性の方が高くなってしまった今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。コレが因果応報ってやつか。

 

 それはさておき、帰宅して早々に困ったことがある。

 

「…………」

「……何で突っ立ってんだ。風呂沸いてるぞ」

 

 ワケあって匿うことになった謎の白髪少女が、脱衣所でボーっとしたまま動かないのだ。

 とりあえずタオルで軽く髪と体を拭いてから、風呂に入るよう指示を出して、彼女の着替えを持ってきたらこの有様だった。

 

「一人で入浴したこと、ない」

「じゃあ今まで風呂どうしてたんだよ」

「チエにやってもらっていた」

「母さんか……」

 

 そりゃまぁ子供の入浴は保護者が手伝って然るべきだけど……ちょっと待てよ。

 この場合の保護者って、もしかして俺ってことになるのか?

 

「おまえ、いま何歳?」

「十一歳」

「反応に困る歳だな」

 

 頭を抱えたくなった。十一ってことは小学五年生くらいになる。それくらいの年齢ってもう一人で風呂に入る時期なんじゃないのか。

 世間一般で言うロリっ娘の枠に入るのは間違いないが、温泉に行く時でも、父親に付いていって男風呂に入るような歳ではない。

 小5って普通は恥じらいを持って、異性を意識し始める時期だと思うんだけどな。

 

「……いや、これまでの生活事情を考慮しなかった俺が悪いな。とりあえず服は洗濯機に入れて、先に風呂場いってて」

「わかった」

 

 白髪少女が身に着けている衣服は、おそらくは母さんが買い与えたものだ。

 こんなオシャレな長袖のシャツとスカートを、悪の組織の研究所で着れるわけがない。

 二ヵ月ほどあのマッドサイエンティスト両親と逃亡生活を続けていたのだろうが、洒落た服を買う余裕があったという事は、意外と普通寄りの生活水準だったのかもしれない。

 

「……」

「どした。固まって」

「服、自分で脱いだことない」

「……ウチの両親ちょっと甘やかしすぎじゃね……」

 

 いや分からんけど。もしかしたらクッソ壮絶な過去があって、この歳で着替えできないレベルで甘やかされても、まだまだ足りないくらい不幸な人生だった可能性もある。

 でも一人で一般的な生活ができないのは、コイツ自身も困るはずだ。一応今の保護者は俺だし、他の人間に文句ばっか言ってないで、普通レベルの日常生活は俺が教えてやらないとだな。

 

「見ててやるから、俺の言うとおりにやってみな」

「お手本を」

「……わるい、よく考えたらスカートの脱ぎ方とか知らないわ。スマホ持ってくるから、ちょっと待っとれ」

 

 家の前で拾った名前も知らない少女を目の前で脱がせて全裸にさせるの、はたから見れば言い逃れできないレベルで犯罪チックだな。怖くなってきた。

 絵面的な問題とか、俺の気持ち的な意味でも風呂の世話は女に変身した状態でやってやりたいが、今は変身解除後のインターバル時間だから無理だ。

 この様子だとどうせ一回じゃ風呂も覚えられなさそうだし、手間かけずにこのままやろう。

 

「キィ、質問がある」

「両親と違って俺は苗字呼びなんだな……で、何?」

「キィはどうして体操着を着直したの」

「俺も脱ぐ必要はないだろ」

「入浴の際に服を着てはいけないと、チエが言っていた」

「何事にも例外はあるんだって覚えときな。お姫さま」

「れいがい……」

 

 コイツを洗うのに俺がわざわざ全裸になる意味は無いと思う。確かに俺もずぶ濡れにはなったが、後で入れば済む話だ。

 

「……っ」

「おいおいおい俺のズボンに手をかけるなよ、急にとち狂ったなこのロリっ娘」

「良くないことは正せと、ユウキが」

「その親父の言葉は俺も聞いたことある。問題は何が良くないことなのかって話だ」

「服が濡れてしまうのは、悲しいことだとチエが言っていた。悲しいのは、良くないこと。このままだと、キィの服が濡れてしまう。なので」

「なので、じゃねぇんだわ。母さんが言ってた濡れて悲しい服ってのは、お前が着てたオシャレな服のことだろ。俺の体操着は濡れていいの」

「むむっ」

「お願いだから納得してください」

 

 もしかしてこの女の子、かなり面倒くさいタイプなのかしら。

 だが見た目や境遇に反して、言われたことだけに従って動くんじゃなく、割と自分の意思をしっかり持って行動してる部分はキライじゃないわ。頭を撫でてあげよう。

 

「へっぷし」

「あぁもう風邪ひくからほれ、入った入った」

「わがった」

 

 お鼻もチーンってしてあげた方がいいなコレ。てか寒いなら寒いって言ってくれ。

 とりあえず片手でシャワーを使い、バスチェアに座った少女に浴びせつつ、俺はポケットからスマホを取り出した。

 

「……シャワー、あたたかい」

「よかったな」

「キィ。質問がある」

「なんぞ」

「どうしてお風呂場に、スマートフォンを持ち込んでいるの」

 

 温度高めのシャワーを頭からかぶりながら、こっちを振り返る少女。わっ、お湯かかった……。

 

「撮影? じどうぽるの?」

「逆に何でそっちの知識はあるんだよ……。そんなんじゃなくて、長い髪の洗い方とかケア方法を調べてんの」

 

 俺の美少女モードは変身するたびに完璧で清潔な状態になるため、しっかりと女状態で髪や肌を気にしたことはなかった。

 そんな偽物でただの贋作でしかない俺と違って、この少女は正真正銘モノホンの美少女なので、これからの事も考えるとこういったケアは必須になるはずだ。

 

「コレもいずれ自分でやって覚えるんだからな。ほら、ちゃんと前向いて」

「はい」

 

 これからどれ程の期間この少女を世話する事になるのか、そういった多少の不安を胸中にしまい込みつつ。

 少女の持つ白皙で艶めかしい肌をなるべく視界に入れないようにしながら、俺は彼女を文字通り洗濯したのであった。

 

 

 

 

 風呂と簡単な食事を終え、これからの逃亡生活に必要な物をかき集めた俺は、ひとまず白い少女を連れて地下へ避難した。

 

 机の引き出しから見つけたマニュアルのおかげで、ここから外へ出る道は事前に把握できている。

 しかし大雨に濡れて疲弊した彼女をこのまま連れ歩くワケにもいかないため、今日のところはこのまま地下で寝泊まりすることにした。

 上の階から地下へ降りる道は封鎖したものの、いつ追手が自宅を襲撃するかは分からない。明日の昼までにはここを出発しよう。

 というわけで、これからは長時間の間少女モードで外を歩かなければいけない。

 

「ハァ……どうすりゃいいんだ」

 

 ゆえに俺は変身時間をもっと長くするため、ペンダントの改造に着手していた。

 だが、当然ながら一朝一夕で出来るモンじゃない。

 最悪の場合は三時間の変身をうまいこと工夫しなければいけないことになるが……それ、かなり厳しいんだよなぁ。

 

「キィ。そこの回路、こっち」

「えっ?」

 

 机にパーツや工具を広げてペンダントを弄っていると、横からロリっ娘の手が伸びてきた。

 

「ここをこうしてこうやって」

「待て待て怪我するからやめとけって」

「できた」

「ウソだろ……」

 

 ものの数分でペンダントを弄り終わった彼女がそれを手渡してきた。

 まさか、と思いながらパソコンにそれを繋いで、変身可能時間をシミュレートしてみる。

 ……いやいや。そんなまさかね。

 

【女性フォーム持続時間:32時間】

 

 あらまぁ。

 

【インターバル:5分】

 

 俺や父さんの研究って何だったんだろう。

 

「なんてこった……問題が解決してしまった……」

「役に、たてた?」

 

 首をかしげながらこちらの様子を伺う白髪少女。

 なんてことない無表情だが、心なしか不安そうな雰囲気を感じ取れる。

 

 なるほど──と。

 俺はこの子が悪の組織に利用されていた理由を悟った。

 それと同時に、目の間にいるこの生き物が急激にかわいく思えてきて、思わず彼女を抱擁してしまった。

 

 ぎゅう~っ、と。

 

「お前~ッ!! てんっっっさいだなお前は~!!! 良い子だ!! めっちゃめちゃ役に立った! ありがとう!! これからは一生俺が守ってやるからな!!」

「ぅわっ」

「よぉ~しヨシヨシよし、いい子だなお前は。かわいいな。天才でかわいくてほっぺもプニプニとか、非の打ちどころが無いじゃねぇか。名実ともにお前が最強だ。よしよし、ぷにぷに」

「む、むぅ……」

 

 褒められ慣れていないのか、はたまた俺が人を褒め慣れていないのか、ともかく白髪少女は珍しく目を細めてなされるがままだ。撫でられてジッとするその姿は猫を彷彿とさせる。

 

「役に立てて、よかった」

「じゃあそんな優秀な子にはご褒美をあげよう。冷蔵庫にあるカスタードプリンを進呈します」

「いいの」

「おかわりもいいぞ!」

「……!」

「遠慮するな……たくさん食え……」

「あわわ」

 

 パタパタと足音を立てながら、隣の部屋の冷蔵庫へ急ぐ少女。

 現金な奴だと思われても構いやしない。

 両親に託された以上もともと守るつもりではあったが、さっきの事で俺自身にも彼女を守りきる理由が出来た。

 

 まぁ、友人をからかって遊んでいるような、クソみてぇな性格をしている俺が言えた義理ではないが。

 少なくともあんな小さくて純粋な少女を、天才という理由だけで人体実験をしているような研究所に閉じ込め、あまつさえ化け物染みた能力とかいうアタッチメントまで付与させようとしていた変態ロリコン集団に、あの子は任せられない。

 

「もぐもぐ」

 

 ベッドに座ってプリンを頬張る少女。既に一個目は完食している。食い意地が張っているところも、年相応で可愛らしいと思えた。アレが本来あの歳の、子供のあるべき姿だろう。

 

「……そういや遅くなったけど、一応自己紹介させてくれ」

「もぐ」

「俺はアポロ・キィ。母さんたちみたいに名前で呼んでくれていいからな」

「ごくん。……わかった、キィ」

「いや、だから名前……まぁいいか。で、きみの名前は?」

 

 少女が食べ終わったプリンの器を受け取り、ゴミ箱に投げ入れながら聞くと、彼女は俺の背に向かって答えた。

 

「コードネーム:純白。チエとユウキには、そのまま純白と呼ばれていた」

 

 予想通りというか、やっぱり単純な名前を与えられていたらしい。

 ていうか純白って俺の漆黒と対になってんな。こうなると俺がコイツをパクッてたってことになるのか。

 

「……で、本当の名前は?」

「えっ」

 

 彼女は研究室で誕生したのか、それとも何処かから攫われてきたのか。

 どうしてもその部分が気になっている。

 

「悪い、それより先に聞くべきだったな。何歳の頃からあの研究所にいた?」

「……九歳」

 

 今は十一だから、研究所にいた期間は二年。となると確実に誘拐されてきた子だ。俺の使命はこの子を親元へ帰らせる、というものになるわけだな。

 

「パパとママはどこら辺に住んでるんだ?」

「親は、いない。顔も知らない。ずっと児童養護施設にいた」

「……ごめんな」

「いい。聞かれるのは、慣れた」

 

 俺の使命がたった今打ち砕かれたわけだが、まだ聞いていないことがある。

 

「きみの名前は?」

「……純白」

「そうじゃない。あんな馬鹿どもに付けられた記号じゃなくて、きみの本当の名前を知りたいんだ」

「…………」

 

 彼女は下を向いたまま口を噤んでしまう。

 この光景を目にすれば、無理に聞くべきことじゃないと、普通の人ならそう言うだろう。

 だが、俺は違う。悪い意味で普通の人間ではない。

 いきなり赤の他人のズボンを脱がせようとするような、ある意味スゴイこの子の強さを信じている。

 これからの逃亡生活に何より必要なのは距離感だ。

 名前で呼び合うことは、その距離感を縮める第一歩だと思っている。レッカとだってそうだった。

 

 ベッドに腰かけている彼女の隣に座った。小さい声でも聴きとれるように。

 

「…………いつき」

「うん」

「イツキ……イツキ、フジミヤ」

「いい名前じゃないか」

「…………私は、藤宮、衣月……」

 

 昔を思い出したのか、二年間も本当の名前を呼ばれなかったからなのか、彼女の心情を読み取ることはできないが、イツキは──衣月は無表情のまま涙をこぼして泣いてしまった。

 

「よく頑張ったな、衣月。もう大丈夫だ」

「……うん」

 

 そんな弱々しく震える少女の肩をそっと抱いた。

 彼女がこの二年間で受けてきた仕打ちは察するに余りある。気休めの言葉より、今はそのまま受け止めてやる事が必要だと感じた。

 

「キィ……紀依(きい)……」

「おっと。……ん、よしよし」

 

 我慢できなくなったのか、衣月が名前を呼びながら正面から抱き着いてきた。それを受け止めつつ、とある事を考える。

 

 ここら辺の地域では、苗字は名前の後ろに来る。

 例で言うとアポロ・キィ。アポロが名でキィが姓だ。

 魔法が極端に発展した区域──特に世界から見ても屈指の魔法学園である、俺の在籍校が存在するこの大都市部などでは、魔法発祥の地に倣ってそのように名乗ることが世の通例となっている。

 

「藤宮衣月、か」

 

 しかしそうでない場所──特に魔法に乏しい辺鄙な田舎や貧困地域などでは、苗字が前に来るのが普通だ。タロウ・ヤマダは、山田太郎になる。

 元々は俺もそういった場所の出身だ。魔法学園に進学する二年ほど前に、この都市部へ越して来た。

 

 母は紀依千恵、父さんは紀依勇樹で、俺は紀依太陽(アポロ)と呼ばれていた。太陽って書いてアポロって呼ぶのは、俗にいうキラキラネームってやつだったのかもしれない。両親は太陽神のように眩く、とかなんとか色々言っていたが、自分の名前の由来には別にそこまで興味もない。

 

 話が逸れた。

 つまるところ、衣月もそういった地域の出身ということだ。同郷の友というわけでもないが、彼女の気持ちは理解できる。

 そんな遠方の地から攫われてきて、訳も分からないまま別の名前を与えられて、いざそこから逃げ出してみれば、自分とは縁遠い魔法の溢れる世界だったわけだ。急に泣き出してしまうほど、精神的に張り詰めていた理由にも合点がいく。

 

「ったく、ひでぇ話しだな」

「……紀依は、わたしを守ってくれる、の?」

「当たり前だろ。ていうかあんなクソ馬鹿ロリコン悪の組織(サークル)集団なんか、俺がぶっ潰してやるよ」

「……シリアスな雰囲気になると、紀依はカッコつける。覚えた」

「てめっ、真面目に言ってんだぞコラ!」

 

 コイツやっぱりメンタル面では強いのかもしれない。泣き止むがの早すぎるだろ。

 ていうか俺の事を紀依って呼ぶの、もしかしてアポロって名前が横文字っぽいからか? 元々住んでた場所的にも紀依のほうが呼びやすい的なアレか。

 

「でも苗字だと距離感じるだろ。特別にポッキーって呼んでいいぞ」

「……お菓子? へんなの」

「あ、やっぱそう思うよな。ポッキーって変なあだ名だよな」

 

 俺はアイツのことれっちゃんってありきりたりなニックネームで呼んでるのに、何で俺はポッキーになったんだろう。レッカのネーミングセンスは独特だ。

 まぁもう慣れたからいいけどね。割と好きだし。

 

 さておき、今日はもう寝ることにしよう。

 明日からはもっと忙しくなる。この状況からは逃げたくても逃げられないのに、変な奴ら(ハンター)から逃げ続ける逃走中生活だ。大変だぞマジで。

 

 

 

 

『──というわけでアポロ! 公共交通機関を一切使わずに、オキナワにある秘密基地まで、なんとかたどり着いてくれ!』

 

 朝いちばんにアホみたいな電話をよこしてきたのは、TSペンダントを作った張本人である父親だ。

 今は地下通路を歩いていて、こういった場所でも連絡できるハイテクスマホに感心していたところだったのだが、そういった感情は今の一言で全て消え去ってしまった。ウチの両親は無茶ぶりすんのが趣味なのか?

 

「オキナワ。……沖縄って言った?」

『そうだ!』

「公共交通機関を一切使わずに?」

『あぁ!』

「……ここ、東京のド真ん中なんだけど」

 

 めちゃめちゃ首都圏の中心なんですけど。

 魔法が発展しすぎて名前と苗字が反対になったハイパー大都会トーキョーなんだよ。

 四国でも九州でもなく、正真正銘ここは関東なんだわ。なのにこっから飛行機はおろかバスや新幹線すら使わずに、この国の最南端まで行けとか正気か? 親父のことブン殴りたくなってきたな。

 

「わかった。迎えが来てくれるんだな」

『来ないぞ! 二人でなんとか頑張ってくれ!』

「あきらめていいか」

『エェッ!? か、母さん! なにかアポロのやる気が出る言葉を頼むよ!』

『ごめんなさい、フォローできない』

 

 いや確かにフォローできない無茶ぶりだけどアンタは頑張れよ。このままだと息子は挫折します。

 

『……その子を守れるのは貴方しかいないわ』

「そっすね。がんばりまーす」

『あ、ちょっ、あぽ』

 

 もう電話は切ってやった。どうせありきりたりな励ましの言葉しか飛んでこないことは目に見えていた。そろそろ出口だし時間の無駄だ。

 

「よしいくぜ──TS変身!」

「ぴかー。しゅう~、どんっ」

「変身完了っ!」

「ぱちぱち」

 

 口でサウンドを足してくれていた衣月の頭に、パーカーのフードを被せてやった。こいつの目立つ白髪は隠しとかないとな。

 

「いいか衣月。外では俺のことをお姉ちゃんって呼ぶんだぞ」

「わかった、お姉ちゃん」

「んふっ」

 

 言われた瞬間、なんかゾクゾクしてきちゃった。お姉ちゃんって呼ばれるの、すげぇ変な気分だ……!

 

「紀依。キモい」

「ちくちく言葉はやめるんだ」

 

 普通に傷つくので。

 

 そんなこんなで、文字通り”旅”をする準備を終えた俺たちは、さっそく地下通路から繋がる扉を開けて、外に出ていった。

 俺たちが出た先は、おそらくは学園からは離れた位置にある郊外の、人気が無い路地裏だ。

 前日と違って今日は晴天。

 雲一つない青空が広がっている。

 旅立つにはこれ以上ないほどの良シチュエーションだ。

 

 ……あぁ、そう言えば。

 

「レッカに連絡するの、忘れてたな」

「れっか?」

「俺の友達。誰よりも頼れるすげー男」

 

 昨日はコクとして別れを告げた後、アポロとしてすら一度も彼と連絡を取り合っていなかった。

 かなり早い段階で地下室へ避難したため、俺のスマホはそれからずっと圏外だったし、うちに来てインターホンを鳴らされた場合でも気づくことが出来なかった。

 

 どれくらいの期間かは分からないが、しばらくは会えなくなるんだ。そこまで仲が深くないヒーロー部の面々はともかく、レッカにはその事を連絡しておきたい。

 電話するんだから男にも戻っておいた方がいいか。一旦地下通路に戻ろう。インターバルも五分だけだしすぐに済む。

 

「変身解除っと」

「……地下に戻ってから解除した方が、よかったんじゃないの」

「あ、やべっ、急いで戻るぞ」

「ポンコツ……」

 

 大変なことに気がつき、焦って衣月をグイグイ押しながら、扉の先に戻ろうとして──

 

 

 

「ちょ、ちょっと! あのっ!!」

 

 

 

 その時だった。

 俺の背後から──聞き覚えのある、少女の声が聞こえた。

 恐る恐る後ろを振り返ると、そこにいたのは。

 

「……き、キィ先輩? なにやってんスか……?」

 

 いかにも忍者っぽい恰好をした、長いマフラーが特徴的な女の子。

 

「…………オトナシ、ノイズ……」

 

 先日美少女になって学園へ足を運んだ時に、気配を消していたせいなのか、唯一その姿を見つけることが出来なかった少女。

 レッカを想い慕うヒーロー部のメンバーの中の唯一の下級生にして、現代を生きるニンジャ少女。

 

 オトナシ・ノイズであった。

 

 よりにもよって、ヒーロー部の中で最も活動範囲が広域な存在(ニンジャ)に、俺が変身解除するところを見られてしまったワケだ。

 

「い、いまっ、女の子から、先輩の姿に……? たしか、コクって子でしたよね? え、どういう……」

「オトナシ!」

「ひゃいっ!?」

 

 ……こういう初歩的な失敗をするのが、俺の悪い癖だというのは、十二分に理解できた。本当に改めるべき悪癖だ。

 しかし、ここで後悔に駆られて何もできないのはもっとマズい。

 さっそく正念場だ。

 俺のアドリブ力が今この場で試される時が来てしまったようだな。

 

 まず、こういう場において必要なのは──シリアスっぽい雰囲気だ。

 

「緊急事態につき、単刀直入に聞かせてもらう。お前、学校サボってここで何をしてる」

「え、えっと、キィ先輩を探してたんです。昨日の深夜、キィ先輩の家が何者かに破壊されて……んでその何者かと、ウチらが戦闘をしまして。それで、やっつけた後に倒壊した自宅を見ても誰もいなかったから、ウチら部員に先輩を探すよう、レッカ先輩が……」

 

 マジで? 昨日俺たちが寝てた時、その真上でバトってたの? 全然気づかずスヤスヤでワロタ。

 ……いやいや、冗談じゃねぇぞ。地下室ってそんなに音や衝撃を遮断する機能備わってたのかよ。そんな事になってたんなら、もっと早く逃げたのに。

 

「あの、何はともあれ見つかって良かったっス。とりあえずレッカ先輩に連絡しますね」

「いやダメだ」

「えっ」

 

 なんとか頑張ってポーカーフェイスを保ちながら、頭ん中を必死にこねくり回して、彼女に必死の説得を試みる。

 いま、確実に人生で最大と言えるほど、緊迫感のあるシリアス顔をしてると思う。がんばれ俺。

 

「お前が見た通り、漆黒の正体は俺だ。俺があの少女に変身していた」

「ど、ドン引きっす……」

 

 だよね……。

 

「どう思われようが構わない。全てはこの少女を守る為だったんだ」

「……その子は」

「ライ会長から聞いてないか?」

 

 賭けだっ!! お願いです会長!! みんなに情報共有していてください!!!

 

「も、もしかして、部長が言ってた”逃げ出した実験体”って……!」

 

 っしゃあ!!!

 

「レッカたちヒーロー部は、良くも悪くも人の目に付きやすい。情報の拡散が致命的なこの状況だと、頼れるのは隠密行動に優れた忍者であるお前しかいないんだ、ノイズ。……いや、オトナシ」

「……っ!!」

 

 スゴイ。あの子、驚きつつもシリアス感のある真面目な顔になった。割と話を聞いてくれる子で助かったわ。

 

「秘密を知ったのがお前で良かった。頼む、全てを秘密にしたまま、俺と一緒に来てくれ」

「っ……それは、レッカ先輩を裏切ることになります」

 

 うぐっ。あいつに惚れ込んでるヒロイン相手に、この提案は厳しいか……?

 正直『秘密は黙ってる』と言われても信用できない以上、この場でオトナシを返したくない。人を疑いすぎるのは良くないが、レッカの事を好いているのなら、あいつに対してだけは口が軽くなる可能性が大いにある。壁ドンされながら自白強要でもされたら、十中八九ゲロってしまうはずだ。

 

 頼むぞ後輩。おねがい──!

 

 

「……でも、その子がまた悪の組織に捕まったら、世界が大変なことになっちゃうんスよね」

 

 

 ──おっ?

 こ、これは確変演出か……?

 

「市民を守るのがヒーロー部の使命。……世界そのものが終わっちゃったら、話にならないです」

「オトナシ……」

「わかってますよ。忍者が秘匿情報をペラペラと喋るわけじゃないでしょ」

「オトナシぃ……!」

「どこまで手伝えばいいのか、ちゃんと教えてくださいね。……先輩」

「オぉトナシャアァ……ッ!!」

「さっきからうるさいっスよ……」

 

 おめでとう! こうはいのニンジャが なかまになった!

 

 

 

 

 それから約十分後。

 オトナシが捨てたデバイスのGPSを追って、彼女を除いたヒーロー部の全員が街外れの、建設途中の大橋まで駆け付けた。

 なるべく急いでその場を離れたのだが、どうやら彼らの追跡能力を侮っていたようだ。

 

「──コクっ! 待て!!」

 

 建設中の大きな橋は二つに分かたれていて、それを繋ぐ中央の道が存在しない。

 まるで谷底のように、途中で断絶されているのだ。

 

「……レッカ」

「お前……いい加減にしろ!」

 

 橋の向こうから親友の声がする。息が上がっていて、汗だくだ。相当急いでこの場に駆け付けたのだろう。

 他の少女たちも焦燥の──いや、苛立ちや敵対とも取れる表情で、こちらを見つめている。なんならこのまま殺されてしまいそうな眼力だ。

 

 こちらはパッと見で、コクに変身した俺一人。

 衣月は透明マントを使った状態で隣にいて、オトナシも忍者らしく橋の真下に張り付いて待機している。

 何かあったときは彼女にサポートしてもらう手筈だ。

 

「おまえ何を隠してる!? どうして急にあんな事を……アポロがいなくなった事と、何か関係があるのか!?」

「……ごめんなさい」

「そうじゃない、答えになってない……!」

 

 これまでに無いほどレッカは怒っていて、尚且つ焦っていた。

 偶然衣月の事が重なったとはいえ、こうなってしまったのはほとんど俺のせいだからか、大きな罪悪感が胸中で燻る。

 

「レッカくん、話しても無駄だよ! 私が捕まえるからっ!」

 

 横から出てきたコオリが、俺を捕まえるつもりで、氷の魔法を放ってきた。

 氷で生成された巨大な人間の右手がこちらへ向かって、猛スピードで迫ってくる。

 

「ハッ──」

 

 しかし、その氷の手が俺を捕まえる直前で、橋の下からオトナシが飛び出てくる。

 彼女の駆使する音魔法とクナイを合わせた技によって、コオリの魔法で作られた巨大な右手は、粉々に砕け散ってしまった。

 

「オトナシっ!?」

 

 スタっと俺の隣に着地するオトナシ。

 相殺した魔法の衝撃が強すぎたせいか、透明マントが吹き飛ばされ、隣にいた衣月も露わになってしまう。

 ヒーロー部全員の前に、即席で作った三人の美少女チームが姿を現す事となった。

 

「どっ、どうしてオトナシが……? それに、その少女は──」

「申し訳ありません、レッカ先輩。今は事情を話せないッス」

「なに、言って……」

 

 狼狽えて一歩後ずさるレッカ。

 魔法を砕かれたコオリ、隣のヒカリやウィンド姉妹たち四人も同様に困惑したものの、中央にいるライ会長だけは、真剣な表情のままこちらを見据えていた。

 ぶっちゃけあの人にはどこまで知られているのか分からない。勘違いをしているのかもしれないし、わざと知らないフリをしている可能性もある。さすが生徒会長兼ヒーロー部の部長といった所か、どこまでも読めない人だ。

 

 だが、そんな事には構わず、主人公さんは俺たちに向かって問いかける。

 

「コク……この際、きみの正体は問わない」

「……」

「けどこれだけは答えてくれ。……アポロは──オレの親友はどこだ!? 知ってるんだろ!!」

 

 一人称が崩れるほどの迫真の叫びだ。正直ひるんでしまった。

 ……よく考えたら、レッカ視点から見たこの状況、ちょっと俺が隠しヒロインっぽく見えてるんじゃね──と考えた思考は吐き捨てる。流石にここまで追い詰められた状態だと、美少女ごっこに思考を割いている場合ではない。外での少女姿を強要されてる以上、もはやごっこじゃなくなり始めてるし。

 

 すべてを打ち明けて楽になりたいが、衣月のことを投げ出すわけにはいかない。

 だから俺はまだ嘘を隠し通すのだ。

 アイツがちゃんと俺を止めてくれる、その日まで。

 

「──私が生きている限り、アポロ・キィは死なない」

「…………は?」

「抽象的な意味じゃない。……いずれ、話すときが来る」

 

 それだけ言い残して俺が指で合図を鳴らすと、ウチの忍者が煙幕玉を下に投げつけた。

 灰色の煙が一気に充満し、その隙に俺は風魔法を使い、二人を浮かせる。

 

「二人とも、行くよ」

「うん。……音無(おとなし)

「大丈夫っすよ衣月ちゃん、しっかり掴まっててください」

 

 音無が衣月を抱えたところで、三人で一斉に空へ飛び上がり、大橋から離れていく。

 かなり目立つし魔力も大幅に消費してしまう撤退方法だが、あの場所から移動するためには、この手段しか残されていなかった。

 

 よし、これでひと安心──

 

 

「コクぁぁァッ!! 待てェェェッ!!!」

 

 

 ってなんか来てるゥーッ!!?

 

「ちょちょちょッ! レッカあいつ、飛べるようになってたのかよ!?」

「ヤバそう」

「あはははっ! さすがレッカ先輩ッス!!」

 

 笑ってる場合じゃねぇよ冗談抜きでやべぇ。

 主人公の底力マジで計り知れない。

 俺がアイツの前で何回も空へ消えていったせいなのか、その退散方法を学習したレッカが、両手から炎を大量に放出しながら飛行する方法を編み出して、煙幕を突き抜けて追いかけてきやがった。何だよあれアイアンマンかよ。

 

「散々振り回しやがって! 洗いざらい吐かせてやる!!」

「それ主人公の言うセリフじゃねぇッ!! わっ、うわわうわうわっ、くるなぁァァ!!」

 

 

 あまりにも予想外なお空での鬼ごっこが開始されてしまい、前途多難であろう道のりを嫌でも思い知らされる、最悪な旅路の一日目が早速スタートしたのであった。

 

 




朽木_様からポッキーとコクのイメージイラストを頂きました ありがとうございます

【挿絵表示】


悪そうな顔とか虚ろな目がとてもすき


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初心を忘れず

 鬼の形相で追いかけてきたレッカを、なんとか振り切ってから二日後。

 

 俺たちはとある片田舎の空き家で休憩をしていた。

 追いかけられたあの時は、何故かライ会長が電撃魔法で横やりを入れてきたおかげで助かったのだが、やはり彼女の真意は読めない。

 とりあえず俺たちはこの田舎の町で、改めて長旅をする準備を済ませることにした。

 

 ……あ、周囲の偵察に行ってた音無が帰ってきたな。

 

「ただいまッス。ひとまず敵影はありませんでし──」

 

 ここで衣月がやりたがっていた『イタズラ』を発動だ。

 

「「せーの、いらっしゃ~い♡」」

 

 玄関から入ってきた音無の両端から、女の俺と衣月が同時に、耳元へ向かって甘い声で囁いた。

 

「…………心臓が止まるかと思いました」

「いま音無、おどろいた。……紀依、イタズラは成功?」

「おうバッチリだ。イタズラを覚えたことで、更に世の中への見識が高まったな、衣月」

「うれしい」

 

 やった~、と抑揚の無い棒読みで喜びながら、両手を挙げてポテポテと部屋の中を歩き回る衣月。

 移動の際に邪魔になるかと思って結っておいた、白髪のポニーテールが上下に跳ねている。まるで無表情な顔の代わりに、感情の起伏を表現しているかのようだ。

 

「……ちょっと。先輩」

「な、何ですか」

 

 後ろから袖を引かれた。心なしか声音が低い。

 音無さん、もしかして怒ってらっしゃる……?

 

「衣月ちゃんに変なもの覚えさせんの、もしかして趣味なんすか?」

「そ、そうじゃなくてだな……衣月のやつ、これまでイタズラした事なかったらしいから……あっ、ほら、ちょっとした茶目っ気だよ。なっ、ゆるして♡」

「うわぁ……」

「何だよ」

「引くッス」

 

 もはや俺の正体を知っている後輩に対しては、少女モードで媚びても無意味だという事が判明してしまった。かなしい。

 ほぼ巻き込む形で半強制的に連れてきたわけだし、音無から見た俺への好感度、もしかしたらマイナスの方に振り切っている可能性もあるな。仲良くしたいところだ。

 

「それで先輩、これからどうするんですか。まだ神奈川っスよ」

「あー、今日と明日はこの田舎でのんびり準備するよ。衣月の体力も考えて、遅すぎず、急ぎ過ぎない程度で旅しようぜ」

「呑気だなぁ……」

 

 張り詰めてたってしょうがないからな。俺や音無はともかく、衣月はまだ幼い。小5とはいえ研究所で拘束されていた分、精神の成長も遅れているんだ。

 多少は衣月が楽しいと思えるような旅にしてやりたいと考えている。あいつが笑ってくれれば俺としてもメンタル的な意味で助かるしな。

 

「じゃあ俺昼と夜の分の飯、買ってくるわ。携帯食と移動手段の確保は明日で」

「移動手段って……車ですか?」

「それしかないだろ。運転した事ねぇけど、がんばる」

 

 少ししかない胸を張って答える。免許は持ってないが、俺には両親に託されたハイテクなスマホがあるんだ。運転方法なんてググればちょちょいのちょいだぜ。後輩にカッコいい所みせてやる。

 

「そういう事ならウチが運転しますよ」

「えっ」

「ジェット機とかあまりにも特殊なヤツじゃなければ、大抵の乗り物は扱えるッス。車程度ならお手の物って感じで」

「なにそれ……」

 

 後輩にカッコいいとこ見せられなかった。泣いた。

 

「え、なに、ハワイで親父に習ったとか?」

「ウチ、忍者なので。ふふん」

 

 ニンジャすげぇ……。

 まるでドヤ顔が気にならないくらい感心した。

 

「俺もなろうかな、ニンジャ。にんにん」

「あれ、もしかして馬鹿にしてます?」

「いやぁ流石だぜ。マフラーが異様にデカいだけの事はあるよな」

「マフラーの大きさは関係ないでしょ!」

 

 そこまで寒い季節でもないのに、マフラーを常備しているヘンテコな後輩に留守を任せ、俺は隠れ家を後にした。

 行ってきます。にんにん。

 

 

 

 

 で、こういった田舎に住む人々の生活を支えている、この地域で一つしかないスーパーに訪れたところ。

 

「……コク?」

「こんにちは」

「えっ。……こ、こんにちは」

 

 

 あ! やせいのレッカが あらわれた!

 

 

「──まさか、こんなに早く会うとはね……」

「ホントだね」

 

 とりあえず話は後に回して、お互いに買い物を済ませてから数分後。

 食材の入ったレジ袋をプラプラさせながら、俺はレッカと二人で、見るからに廃れた商店街を歩いていた。

 マジでド田舎な場所だけど空気がウマい。

 めっちゃ大都会の中心にある学園にいた頃とは大違いだ。心なしか気持ちが安らぐし、なんならレッカも無表情だけど目は穏やかだ。

 

 まるでいつもの休日に二人で散歩をするように、車通りが全くない道路の端を歩く。

 

「コク、この前はすまなかった。少し気が動転していたんだ」

「あれが当たり前。こちらこそ、何も言わずに去ってしまって、ごめんなさい」

 

 お互いに自分の非を認めて、歩きながら謝罪をする。

 たぶんレッカに非はないと思うけど。マジで色々とごめんな。

 

「レッカはどうしてこんなところに。学園は」

「部員が一人、謎の美少女に連れていかれたんだよ? 授業なんか受けてる場合じゃないでしょ」

 

 その節は本当にお騒がせいたしました。あの後輩ちゃんすっごく頼りになります。

 

「でも、理由はもう一つあるんだ」

 

 なんだろ。

 

「悪の組織から放たれた刺客が君たちを追っている。狙いがコクなのか、あの白い少女なのかは分からないけど……」

「もしかして、私たちを守るために?」

「勘違いしないでくれ。きみたちに同行してるオトナシを守るためだ」

 

 わぁ~! ツンデレっぽいセリフだぁ~~!!

 しかし確かにツンデレっぽいセリフなんだが、状況を鑑みるとガチの可能性もあるんだよな。コクに対しての好感度ってどうなってんだろうか。

 

「僕らはオトナシを奪還して、君たち二人も保護するつもりだよ。……できれば協力して欲しいところだけど」

「無理。あなた達と一緒に居て目立ってしまうと、ヒーロー部だけでは対処できないほどの、組織が手を回した大勢の人間から一気に狙われることになる。加えて警察の上層部には組織のスパイもいるから、最悪の場合は警察全体も相手取ることになって、ヒーロー部全員がお尋ね者になる可能性も捨てきれない」

「……スパイに、情報操作の可能性……大変な事態になってるな」

 

 隠すべき秘密はそのままにするが、共有した方がいい事実はどんどん教えていくつもりだ。

 この旅時においては、レッカたちヒーロー部は壁であっても敵ではない。共通の敵である組織の情報は互いに知っておいた方がいいだろう。

 

「……部長に言われてようやく気付いたよ。きみは、ヒーロー部を争いから遠ざけるために、あぁ言って僕の前から姿を消したんだな」

「…………」

 

 な、何の話です……? ライ会長どんな説明したん。

 一旦そういう事にしといた方がいい感じなのかな。

 

「いや、あの白い少女の為か。……それにしたって不器用すぎないか? 事前に言ってくれたら、何だって協力するのに」

「違うし。未来、見えてるし。レッカのことなんか嫌いだし、勘違いしないで。わぁ、殺される」

「おいおい……」

 

 割と勘が鋭いタイプなのか、ガバガバな嘘は割と早い段階でバレるらしい。未来が見える云々は、この様子を見るに半分くらい信じてなさそうだ。あえてバラしたりはしないけど。

 

「レッカ、あそこのベンチで、少し休もう」

「うん」

 

 俺は自販機でジュースを二本買い、ベンチに座っているレッカに向かって、片方を投げた。

 

「ほれ」

「んっ」

 

 やはりというか、しっかりキャッチするレッカ。いつも通りだな。

 

「……コク。買ったジュースを投げて渡すの、ポッキーの真似か?」

「えっ」

 

 やっべ、すげー普通にアポロムーブしてたわ。

 別にこれくらいなら大丈夫だろ。俺とコクは知り合いの設定だし。

 

「そ、そう」

「ハァ。きみの様子を見るに、あいつも元気そうだな。どうせ連絡は取り合ってるんだろ」

「……レッカ、なんか落ち着いてるね」

 

 数日前の激昂してたアレから想像できない程に冷静だ。

 もしかしたら俺に謎の美少女ムーブで引っ掻き回されすぎて、いろいろと慣れてしまったのかもしれない。

 

「一歩離れた位置から」

「……?」

「冷静に俯瞰して物事を見ろって意味。そうしろって部長に説教されたんだ。……僕もまだまだ未熟だったよ」

 

 どうやらここ最近の出来事やライ会長とのイベントも相まって、普通の巻き込まれ型ラノベ主人公から、一皮むけて成長したらしい。

 

「それじゃあ俯瞰しているレッカは、これから何をすればいいか、見通せているの?」

「ただ闇雲に逃げているようには見えないし、恐らくキミたちには目的地がある。だから護衛というわけではないけど、そこにたどり着くまでは、キミたちを付け狙う敵は僕たちが相手取るよ」

 

 おいおいおい一皮むけて成長どころじゃねぇぞ。めちゃめちゃ有能キャラになってんじゃん。お前だれだよ。俺の知ってるレッカは、米を炊くときに水の分量を間違えておかゆを作っちゃうようなヤツなんだぞ。あのポンコツを返せ。

 

「……その代わりと言ってはなんだけど、ポッキーを返してくれ」

「返せ、と言われましても」

「居場所や連絡先を教えてくれるだけでもいい。親友に会いたいんだ」

「…………」

 

 し、親友だなんて照れるぜ、ばかやろーめ。目の前にいるわあほ。

 正面切って親友って言われたせいか、ちょっと顔が熱くなってきた。やめろよ、俺がチョロいみたいじゃん。ぶっ飛ばすぞおまえ。

 どうしようこれ、コナンくんみたいに正体を隠しながら電話で知り合いに生存報告をする流れか?

 

「……彼は今、安全な場所にいる。けれど、連絡を取り合うことで場所が割れてしまうと、逃げ場がない」

「でもコクは連絡しているんだろ?」

「頻繁に話しているわけではない。彼とは心が通じ合っているから、お互いにやるべき事は常に理解している」

「心……」

 

 心が通じ合っているというより、二人で一人だからな。てか一人だわ。理解してて当然と言える。

 

「……き、聞いていいかな?」

「なに」

「その、二人って……つ、付き合ってんの?」

「ブフッ」

 

 思わずジュースを吹き出してしまった。

 何だその質問中学生かよ。面白過ぎるわ。

 

「げほっ、ごほ! ……っぅ゛ぁ……はぁ、もしそうだったら?」

「やっぱり何でもない……」

「レッカ、かわいいね」

「何だよ急に!?」

 

 突然有能なキャラになったかと思ったが、年相応な部分があっさり出てきて安心した。やっぱ変わってないわコイツ。

 

「物理的に不可能だから、安心して」

「なにその言い訳……ていうか、別に二人が付き合ってようが僕には関係ないし」

「じゃあどうして聞いたの?」

「うっ」

 

 やばいマジでニヤつく。その弄りやすい反応やめてくれ。楽しくなっちゃうから。

 ハーレムはおろかヒロインすら居ない俺が、お前の先を越すことは絶対にないから安心しろよ。

 

「……ポッキーの連絡先は教えてくれないんだな?」

「私からも連絡はしていない。あっちが大丈夫だと判断した時に限り、非通知で繋がってくる。だからレッカの方にも、近いうちに連絡が来ると思う」

「そうか……それなら、いいけど」

 

 こんな俺の事を心配してくれるレッカに感謝しつつ、飲み終わったジュース缶をゴミ箱に投げ入れた。そろそろ帰ろうかね。

 あと、明日にでも男の状態でレッカに電話してやるか。生存報告的な意味も含めて。

 

「そうだコク。これ、ジュース代」

「いい。さっきのはあなたへのお詫びだから」

「お詫びって……」

「すべてが終わったら全部話して、贖罪として何でも言うことを聞く。だからそれまでは、もう少し──秘密にさせて」

 

 そう言って僅かに微笑む。

 デフォルトが無表情なコクとしては珍しい微笑を見せたせいか、レッカは目を見開いて驚いた。

 久しぶりに美少女ごっこをした気がする。……何かもう少しやりたい気分があるな。

 

「……コク。きみは──」

 

 言いかけた瞬間、レッカのスマホが着信した。

 それに応答した彼は、真面目な表情に切り替わる。

 

「……はい、了解です。すぐに向かいます」

「どうしたの」

「部長から。この町の入り口付近にあるコンビニで、怪人が現れたらしい。しかも子供を人質に取ってるって」

「……なら、私も行く」

「へっ?」

 

 俺の提案にレッカは素っ頓狂な声を上げた。

 ここらへんで一度共同戦線を張って、コクの好感度を上げておきたい気持ちがある。

 わざわざ謎の美少女に変身して、この物語に割り込んできた者として、そこには譲れない信念があった。

 

「私が死角から魔法の矢で、怪人を攻撃する。それで隙が出来た瞬間、レッカが子供を救出して」

「大丈夫なのか?」

「顔はフードで隠す。それにここで子供を見捨てたら、オトナシに顔向けできなくなる」

 

 後輩に顔向けできないってのは本当だ。協力してもらってる以上、アイツができない分のヒーロー活動はなるべく代わりに俺がやる。

 

「……ちゃんとオトナシの事、考えててくれたんだな。嬉しいよ」

「うん。でもレッカのヒロインなのに、いつの間にか奪っちゃってゴメンね?」

「言っていい事と悪いことってのがあるんだぞ」

「寝取りだぁ~、ざまぁみろハーレム男~」

「ケンカ売ってるんだな……?」

 

 レッカのハーレム事情を逆手にとって弄り倒すとかいう、まるで男の姿だったときの様なダル絡みをしつつ。

 早急に現場へ駆けつけ、見事なコンビプレーで子供を救出し、ついでに怪人もやっつけたのであった。俺たち二人が手を組めば、勝てない敵などいないのだ。

 

 

 

 

 帰宅。

 

「「せーの、いらっしゃ~い♡」」

 

 そして玄関に入った瞬間、後輩による反撃を受けた。

 

 

「……心臓止まった」

「ウチの気持ちわかりました?」

「ごめんなさいでした」

 

 心の底から謝罪しつつ、心臓がバクバクしたまま買い物袋を床において、ようやく気がついたことがあった。

 音無が制服の上からエプロンを着けている。

 元々ブレザーを着ない身軽なスタイルも相まって、なんだか異様に似合っていた。

 

「先輩があまりにも遅いんで、ありあわせでお昼作っちゃいました。衣月ちゃんはもう食べ始めてるッスよ」

「おう、わり。作ってもらっちゃって」

「昼食くらい別に。ともかく無事で何よりッス。レッカ先輩を手伝うのもほどほどにお願いしますね」

「うす」

 

 レッカとの寄り道に加えて、怪人との戦闘もあったワケだから、帰る時間が大幅に遅れるのも当然であった。

 くっ、後輩に飯を作らせてしまうとは、先輩としてあるまじき不覚。こうなったら意地でも明日のお弁当のおにぎりは俺が作るぞ。

 

(あるじ)のサポートをするのも忍者の役目ッスからね~」

 

 俺の分のナポリタンを皿に盛りながら、何でもないように呟く音無。

 待て待て。

 その言い方だと俺がお前の主様ということになるが? 何か興奮してきたな。

 

「特別にご主人さまって呼んでくれてもいいぜ」

「は? いやです」

「ニンジャだからもっと和風な方がいいのか……あっ、お館様だ!」

「そういう問題じゃありませんから」

 

 エプロンを外した音無も衣月の隣に腰を下ろし、三人で食卓を囲んだ。

 ボロボロの空き家で、小さなテーブルに三人分の料理を乗せて食事をするの、いかにも逃亡生活中って感じで逆にちょっと楽しいな。

 

「いただきます」

「もぐ。きい、おふぁえいなはい」

「こーら衣月ちゃん、口にモノを含んだまま喋らないの」

「んぐ」

 

 衣月の口の端に付いてるケチャップを、甲斐甲斐しく拭き取る音無のその姿は、なんだか姉妹みたいだ。

 なにより二人とも美少女ということもあって、いま視界が幸せなことになってる。眼福眼福。

 いやぁ戦闘の後は目の保養に限りますわ。

 

「先輩。ニヤついた顔、キモいっすよ」

「え、そんな顔してた?」

「ミステリアスな女の子がしていい顔じゃありませんでした。鼻の穴が広がってたし」

 

 うわ、気をつけよ……。

 でも音無ちゃんも、チクチク言葉はいたいいたいだから、やめようね。普通に傷つくからね俺。

 

「……ナポリタンうまっ。え、音無もしかして料理めちゃめちゃ上手いヒト?」

「なんでそんな意外そうな顔なんスか。普通できますよコレくらい」

「普通の基準が高すぎるだろ……やばコイツ……」

 

 ちくしょう、料理上手でマウント取るつもりだったのに、先輩の威厳を見せよう作戦が台無しだ。

 このニンジャ何でも出来るじゃねぇか。俺の立場が無いぞ。

 

「紀依、よわい」

「あー悪口だ! 音無のせいで衣月が悪い子になっちゃったじゃん! 責任取れ!!」

「ウチのせいじゃないでしょ! ウチに会う前から衣月ちゃんにポンコツって言われてたの忘れたんすか!」

 

 こいつ、あんな些細な会話まで聞こえてやがったのか……。どんだけ耳が良いんだ。すごいぞ。

 レッカのハーレムメンバー、この音無だったり主人公に説教するライ会長がいたりとか、有能な人材が多すぎるだろ。普通にズルい。

 

「この野郎……だいたい何だよこのナポリタン! おいしいぞ!!」

「マズくて悪かっ──え? ちょ、あのっ、紛らわしいキレ方するのやめてもらえます?」

「紀依、うるさい」

「すいませんでした……」

 

 衣月にガチトーンで怒られたので、そろそろ静かにしよう。こわかった……。

 

「ちなみに話は変わるんだが、音無はレッカにご主人さま呼びするように言われたら、やんの?」

「先輩? あんまり茶化すと裏切りますよ……?」

「申し訳ありませんでした」

 

 今のは本気と書いてマジと読む類の脅しだった。てか今日だけで俺、何回くらい謝罪したんだろう。

 俺の言葉がどんどん安くなっていくぜ。

 

 

「──んっ」

 

 

 気を取り直してナポリタンを頬張っていると、音無が俺を見て何かに気がついたような顔をした。

 オイ待て、口の端に付いたケチャップくらい自分で拭くぞ。付いてないと思うけど。

 

「すいません先輩、ちょっと動かないでもらえますか」

「えっ、なに?」

「いいッスから、そのまま」

 

 わざわざ俺の隣に来て、ジリジリと距離を縮めてくる音無。本当に何事ですか、怖いんですけど。

 ま、まさか音無はレッカのヒロインのフリをしていて、実は百合派だった可能性が……? しかしどうして食事中に発情を!

 

「ジッとしててください」

「やっ、やめてぇ……」

 

 今の俺は女姿だ。このままだとグッチョグチョに犯される──!

 

「……取れた」

「なにが……?」

 

 凄い近くまで迫ってきて女の子特有の良い匂いで俺が倒れそうになった瞬間、彼女が俺の肩から何かをつまみ取った。

 指の間で持っているそれに注目してみると、なにやら怪しげな機械だという事は分かったが、その正体にはてんで見当がつかない。

 

「何それ」

「これ、探偵が使うような小型のGPSですね。……()()()()()()()、誰かにバレました」

「ウソでしょ」

 

 いつのまにィ!?

 

「レッカ先輩が部長の指示でやったか、もしくはスーパーで何者かに付けられたか……何にせよ、もう居られないッスね、ここ」

 

 マジかよ。もう少しここでのんびり休憩するつもりだったのに。車だってまだ調達してないんだぞ。

 

「紀依、音無。準備、できた」

「早すぎない?」

 

 気が付けばデカいリュックを背負った衣月が、玄関で靴を履いて待機している。

 ここを離れるの個人的にはアイツが一番ゴネると思ったんだが。

 えぇい、どいつもこいつも強かな女だな。俺も隠しヒロインとして、負けてられねぇぞ。

 

「俺の探知能力にはまだ引っかかってない! コレ食ったら出発すんぞ! ガツガツ」

「この場で一番食い意地が張ってるのは先輩だってこと、自覚してくださいね」

「ウ゛ッ! げほっ!」

 

 むせた。水ください。

 

「ゆっくりでいいッスから。ちゃんと噛んで食べてください」

「紀依、まるで子供……」

 

 ママみのある後輩に水を渡され、食うのが早すぎるロリっ娘に哀れむような視線で見つめられながら、俺はいつまでも給食が食べ終わらない小学生のような肩身が狭い気持ちで、昼食を胃に叩き込むのであった。

 はい、ごちそうさまでした。

 

 




なななんと朽木_様に本作のイラストをもう一枚頂いてしまいました 一日一万回感謝の正拳突きをさせて頂きます

今回はクソデカマフラー後輩ニンジャことオトナシさんです


【挿絵表示】


黒手袋の解釈一致度合いが凄くて笑顔になっちゃった


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ポッキー・本能の覚醒


朽木_さんより白いロリっ娘ことイツキちゃんを描いて頂けましたのでご紹介です ありがとうございます

【挿絵表示】


ポニテと口みたいな栗がチャームポイントです 無垢にぴょこぴょこ飛んでそうなイメージがとても解釈一致ですね もしや脳が覗かれている可能性が微レ存……?



 

 

 

 

 田舎町を出発した翌日のこと。

 

 端的に結果だけを言うと、私たちは県境の森の中で、俗に言う組織の手先という連中に見つかった。

 

 キィ先輩も探知能力を使って慎重に進んでいたのだが、ヘリコプターを使った空からの監視と襲撃には対応できず、木々を隠れ蓑にしながら行動することを余儀なくされている。

 

 先輩が変身しているコクの姿は相手方にはバレていないはずだったものの、何やらその姿を知っている存在が居たらしく、その人物の報告によって包囲されてしまったという流れだ。

 

 森全体には巨大なバリアを張られており、中から出ることも外から入る事も叶わない。

 敵の援軍こそ来ないものの、逆に言えば味方の増援にも期待はできないという事だ。

 

 庇護対象である衣月と手を繋ぎながら、先行して進んでいるコク姿の先輩の後ろを、離れた位置から付いていく。

 

「紀依、だいじょうぶかな」

「ずいぶん先に進んじゃってますね、先輩……」

 

 俺が探知しながら進んで安全を確保する──と言って聞かない先輩は、かなり神経を研ぎ澄ませながら、私たちのかなり先を進んでいる。

 

 まさか変身した自分の姿を知っている人間がいるとは思っておらず、動揺してしまっている、というのは見て分かった。

 だからこそ必要以上に警戒して、私たちを守ろうとしているのだ。

 

 ……コレくらいの包囲なら、私の潜伏スキルと先輩の探知能力で、バリアを張っている大本を叩くことも可能なのだが。

 自分のせいでピンチになってしまったと思い込んでいる先輩は、必要以上に私たちを守ろうとしてしまっている。

 

 より慎重に行動しているワケだから、何も悪いことではないのだが、やはり気を張り詰めすぎているその姿を見ていると心配だ。

 

「こりゃ、絶対に怪我なんて出来な──」

 

 緊張しすぎて逆に足元がおろそかになってしまったのだろう。

 怪我なんてできないな、と言いかけたその瞬間、私は絡まったツタに足を引っかけて──転んでしまった。

 

「いだっ!」

「あわわっ」

 

 私が転倒したことで、手を繋いでいた衣月も釣られて、地面と頭をごっつんこ。

 

「ひてて……ご、ごめんね衣月ちゃん」

「だいじょうぶ。……あ、音無、血が出てる」

「えっ。……うわ、手元に石があったのか。手袋も破けて、手のひらに傷が……」

 

 転んだ先に小石があったらしい。衝撃を和らげるために地面へ手を突けたのだが、運悪く小石で手のひらを少しだけえぐってしまった。

 

 大して痛みはないものの、常備している黒い手袋が破けてしまい、無駄に出血もしてしまっている。見た目だけで判断したら惨事だ。友達に保健室へ連れて行ってもらう程度の。

 

「わっ、衣月ちゃんもおでこに傷が……。ごめん、すぐに手当てするね」

「痛くないよ?」

「ちょっと血が出ちゃってるから。とりあえずハンカチで──」

 

 私も衣月も、冷静に観察すれば転んでケガをしたのだと、すぐに判明する程度の軽傷だ。いや、かすり傷といっても差し支えない。

 だから持っているハンカチやティッシュで軽く拭いて、水で流したら絆創膏を張って終わり。

 

 ……の、はずだった。

 

 

「──ッ!? 音無! 衣月っ!?」

 

 

 私たちが立ち止まって座り込んでいることに気がついた少女先輩がこちらへ駆け寄ってくる。

 

「二人ともだいじょっ……」

「あはは、ごめんッス先輩。ちょっとドジっちゃって」

「紀依。心配、無用」

「…………」

 

 私たちの前まで戻ってきた先輩は、なぜか絶句したように口が半開きだ。

 忍者なのに転んでケガをした私に対して、ちょっと失望しているのかもしれない。情けない限りだ、ほんとに申し訳ない。

 

「…………俺の、探知能力は……ゴミだ」

「っ? 先輩?」

 

 何やら小声でボソッと呟いたようだったが、リュックから救急セットを取り出そうとしていたせいで、うまく聞き取れなかった。

 先輩は膝を折って私と視線を合わせ、肩を掴んで頭を下げた。何だ何だ。

 

「すまない音無」

「えっ……いや、先輩が謝るようなことでは」

「……俺は、どこか浮かれていたんだ。この非日常を楽しんでいたのかもしれない。衣月の運命を背負って、お前を仲間にして、レッカの様に戦いの中に身を置く特別な自分に酔っていた。まるで主人公にでもなったのかと錯覚していた」

「あ、あのー……先輩?」

 

 全然話を聞かなくなってるんだけど。何だこの状況。

 先輩が自分の胸を押さえて、苦しそうな表情をしている。てか悔し涙みたいなのも出てるし。

 

「その驕りが……お前と衣月に傷を負わせた……っ! 俺は自分が許せない! ()()()()()()()()()()()()を、俺は最後まで感知できなかった! 神経を張り詰めていたはずなのに、心の根底には気の緩みがあったんだ! すまない、本当にすまない……っ!」

「い、いや、先輩。このケガは別に」

「お前たち二人はこの木陰で隠れてろ! ヤツらは一人残らず──俺がぶっ潰す!!」

「おーい、先輩ってば」

 

 何やら盛大な思い違いをしてしまった先輩は、制止を振り切って私たちの元から走り去っていく。

 

「そんなに見つけてぇんだったら、こっちから姿を現してやる!」

 

 先輩は走りながらペンダントを操作し、本来なら衣月と同レベルで見つかってはいけないはずの男の姿に戻ってしまった。

 もしかしなくても、あの姿で敵を引き付けることで、私たちから追手を遠ざけるつもりなんだ。

 既に遠くまで行ってしまった先輩。

 追いかけようにも、今この場を離れたら、逆に先輩が私たちを見失うことになってしまう。もはや何もできなくなってしまった。

 

「っ? 音無、顔が赤い。どうしたの」

「……も、もう、ほんと、マジで死ぬほど恥ずかしいッス……」

 

 これ、後で何て言えばいいんだろうか。それを想像しただけで顔が熱くなってくる。

 

 転んで勘違いさせた挙句、終わったあとに「すいません転んだだけッスw」って言わないとダメなのか。恥ずかしすぎる。死にたい。

 

 

 

 

 

 

「クソッ! どうすればいいんだ!」

「れ、レッカくん、落ち着いて……」

 

 僕たちヒーロー部は無力だ。そう思い知らされてしまった。

 

 今もただ森の前で立ち往生し、この場所に展開された巨大なバリアを叩いて悔しがっている。

 慟哭を挙げている暇があったら、すぐにでも彼女らを助けに行きたい──しかし、それは叶わない。

 いよいよ本腰を入れてきた悪の組織が持つ”本物”の強さの前に、戦う力を持っただけの子供である僕らは、まるで為す術がなかった。

 

 あの田舎町を出た翌日のこと。

 僕らの情報網ですら引っかかるレベルで、組織が派手に動きを見せてきたのだ。

 恐らくはコク達のチームが向かった先であろう県境の森林へ、数台のヘリコプターや大勢の怪人を投入した。

 

 そしてヒーロー部が到着する頃には、既に強力なバリアフィールドが展開されており、彼女たちの応援に向かう事は出来なくなっていて──もはや手詰まり状態であった。

 

 

「……っ?」

 

 仲間の少女たちも悔し気にバリアの向こう側を見つめる中、ふと僕のポケットが震える。

 

「着信……非通知だ」

 

 スマホの画面に表示されたのは非通知の三文字のみ。

 こんな時に正体を明かさず電話をかけてくる存在に、心当たりなど──いや。

 まさか、と思い応答ボタンをタップする。

 

 瞬間。

 僕の耳に男の声が流れてきた。

 

『もしもし。やぁレッカさん、久しぶりだな』

 

 その声は誰よりも待ち望んでいたモノだった。

 電話が掛かってくる度に期待をして、()()()ではないと分かったらまた落胆をして……その繰り返しだった。

 

「……ポッキー?」

『大正解。繋がったようで何よりだぜ、れっちゃん』

「お、おまえ……っ!」

 

 そんな彼が、よりにもよって今。

 意外と元気な声音で、生存報告をしてきやがったのだ。ハッキリいって最悪のタイミングだ。

 森の中にいるオトナシたちへの心配な感情と、親友が無事に生きていたことへの安堵で、僕の頭の中はグチャグチャになってしまった。

 

「いま何処に!? ずっと心配してたん──」

『目の前にいる』

「は?」

 

 思わずバッと顔を上げて正面を見たが、そこには誰もいない。

 バリアが張られた、進行不可領域である森林がそこにあるのみだ。

 

「……まさか森の中に?」

『ご名答。いやさ、カッコつけて飛び出したはいいんだが、やっぱ俺一人じゃダメだったみたいで。出来ればあと一人、派手に動き回れて火力もある人材が欲しい』

「……ハァ。相変わらず回りくどい言い方が好きなんだな」

『へへっ』

 

 彼がハッキリと生きていたことが知れた喜びが少しだけ落ちついてきて、アポロのいつものような態度にホッとした。色々と抱えている状況であることは察しが付くものの、心配するほど精神的に参っているワケではないようで良かった。

 

 この際、事情は後で聞くことにしよう。

 どのみちこの場で懊悩している時間など残されてはいない。

 

『……来れるか、レッカ?』

「そんな事言われたら、ノーだなんて言えるわけないだろ。ちょっとそこで待ってて。──部長っ!」

「あぁ、全部聞こえてたし見てたさ。我々を差し置いて、ニッコリ笑いながら電話してる様子をね。……つまり全力でバリアをどうにかして、何とかキミひとりでもあの森の向こう側に送る事が出来れば、この事態の収束を図れるワケだな?」

 

 さすが部長、余計なことは詮索せず、今やるべき事だけを明確にしてくれた。

 彼女の要約した言葉のおかげで、他のメンバーたちも状況を理解できた。非常にいい流れが出来ている。

 

 ここからは僕たちのターンだ。

 ヒーロー部の本気を、子供には子供なりの意地と正義がある事を、悪事に手を染めた大人たちに思い知らせてやる。

 

「わたしたちの魔法を一点に集中させ、最大出力でぶつけ続ければ、僅かだがバリアに穴を空けられるはずだ。一時的なものになるだろうが……それで十分だな?」

「えぇ。僕がヒーロー部全員の分まで活躍してきますよ」

「ふふっ……そんな軽口が叩けるようなら、心配はなさそうだな。──部員一同、いくぞ!」

 

 

……

 

…………

 

 

「れっちゃん!」

「っ! ポッキー……!」

 

 なんとか無事に森の中へ侵入したあと、アポロ自ら探知能力を使って僕の元へやってきてくれた。

 

 その姿を見るのはたった数日ぶりだったが、僕は会った途端に少しだけ涙ぐんでしまった。

 一週間すら経ってはいないが、痕跡もなく一切連絡が付かない状態だったのだ。心配の度合いから考えれば、安堵から涙が出そうになっても不思議ではない。

 

 ともかく無事でよかった。擦り傷や打撲がそこそこあって、衣服も若干破れているが、本人はいたって元気そうだ。

 

「……れっちゃん。いや、レッカ。俺を殴ってくれ」

「再会して早々に出てくる言葉ではなくない?」

 

 どんだけマイペースなんだよ、この親友は。

 さっそく出鼻を挫かれた気分だ。

 

「俺はオトナシに怪我を負わせてしまった。先輩として……仲間として、絶対に守らなきゃダメな存在だったのに……先輩失格だ!」

「……やっぱり、コクたちの近くで活動してたんだな」

 

 薄々勘づいてはいた。あの黒髪の少女の発言からして、少し離れた場所から彼女たちを見守りつつ、旅に同行していたに違いない。

 

「たのむレッカ、歯が抜け落ちてマヌケ面になるくらい、思い切り力を込めて殴ってくれ。俺は……とんだ勘違い野郎だったんだ」

「……ふざけるな馬鹿っ!」

 

 いつになく弱々しい態度を見せる彼の胸ぐらをつかみ、吠える。いつも場の雰囲気を茶化すのがアポロなら、彼が展開しているシリアスな空間を破壊するのが、親友である僕の務めだ。

 

「仮に僕が君を殴ったとして、それを知ったオトナシがどんな気持ちになると思ってるんだ!?」

「……っ!」

 

 アポロは驚いた様子だったが、僕が怒るのは当然のことだ。

 今までロクに連絡をよこさず、自分がピンチになった途端に僕を頼った……そこはいい。僕だって何度もアポロを無視して、戦いの中に身を投じた経験がたくさんあるから。

 僕が怒っているのは、勝手にオトナシを連れて行っておいて、僕に対して甘えようとしている部分だ。

 

「殴られて許された気になろうだなんて甘えるな! 罰だったら僕じゃなくオトナシから受けろ!」

「れ、レッカ……」

 

 ここまで声を荒らげて彼を叱ったことはあっただろうか。

 いや、なかったと思う。いつだって負い目を感じていたのは僕の方だったから。しかし今は状況が違うんだ。

 

 僕にはヒーロー部のみんなという、道を正してくれる人たちがいた。

 中でもライ先輩は生徒会長として、上級生として、なにより部長というリーダーとして道を切り拓き、牽引してくれていた。

 

「オトナシだって……ただの高校生じゃない。キミを信じ付いていくと判断して、仲間である僕らにですら必死に秘密を隠して戦うことを選んだ、立派なヒーロー部の一員なんだ。許すか許さないか……それは分からないけど、きちんと話せばきっと、アポロが納得するような答えを出してくれるはずだ」

 

 しかしアポロがいるチームは、どう見ても間違いなく彼自身が先頭にいる。

 オトナシも、白髪の少女も、あのコクでさえもアポロの後ろを付いていく仲間であり、この親友には頼れるリーダーが存在しないのだ。

 

 だからこそ。

 いまアポロを叱咤できる人間は、この僕しかいない。

 どんなグループにも属さなかった彼に真正面から言葉をぶつけられるのは、常に一番近くにいたこのレッカ・ファイアしかいないんだ。

 

 立ち上がれ、親友。

 今の僕なら分かるんだ。君は弱くなんかない。

 オトナシだって話せば分かってくれるハズだ。この旅に同行すると決めたのは、他でもない彼女自身なのだから。

 

「……俺は、どうすればいい」

「僕と一緒に戦うんだ」

 

 そもそも彼女に怪我を負わせたのは、組織が放った怪人たちだ。どのみち奴らを倒さない限り、僕らがこの森から脱出することはできない。

 

「君と僕が手を組んで勝てなかった敵が、これまで一人でもいたか?」

「……あぁ、確かにそうだな。俺とお前で負けたことは一度もなかった。……そもそもあんまり戦ってないけど」

 

 そりゃそうだ。アポロがヒーロー部に入ったのはたった二ヵ月前だし。でも入学してからこの一年間で培ってきた、僕ら二人のチームワークは何物にも勝るはずだ。

 

「だったらここで経験値を増やしておこう。……きっと、これからは二人で戦う機会が、もっと増えるんだろうしさ」

「おう、任せとけ。後輩に傷を負わせやがった無法者に、きちんとお礼をしてやらないとな」

 

 手を差し伸べ、項垂れていた彼を立ち上がらせる。ようやく僕らは、本当の意味で再会できたのかもしれない。

 

「俺が森林の上空を飛んで注目を引きつけながら、探知スキルで敵の位置を割り出してお前に伝える。援護が必要になったら言え。魔法の矢で隙を作ってやる」

「大幅に魔力を消耗するし、なによりヘイトを一手に引き受けるのは危険だが、大丈夫か?」

「ははっ、心配するくらいならサクっと敵をやっつけてくれよ。増援が無い以上、どのみち短期決戦なんだ。……いくぞ、れっちゃん」

「あぁ、ポッキー!」

 

 こつん、と拳を突き合わせて、頷き合ったあと互いにその場を離れた。

 

 ──こんな状況だ。不謹慎な感情だという事は当然理解している。

 しかしそれでも、僕はアポロと共に戦うことに対して、僅かながら高揚を覚えていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 オレたちは、いったい何と戦っているんだ?

 

 おかしい。次々と味方が倒されていく。

 死角からの斬撃や炎の銃弾、魔法の矢による攪乱が来たかと思えば、いつの間にかまた一人怪人が倒されている。

 

 こんな筈じゃなかったんだ。カスほども戦闘能力が無い白髪の小娘と、高校生のガキひとりを捕まえるだけの、楽で簡単な任務だったはずだ。

 それが何故、こんな全滅寸前にまで追い詰められている? オレたちは奴らに傷一つ負わせていないんだぞ。

 

「ッ!!」

 

 後ろからの気配を感じ、オレの全力をもって剣で弾いた。

 今のが直撃していれば間違いなく倒されていたことだろう。

 

「防がれた……っ!?」

 

 驚きつつも、オレと同じく剣を構えた状態で眼前に現れたのは、赤みがかった茶髪の高校生。

 資料で見たことのある顔だ。

 確かレッカ・ファイアというガキだったか。先ほどまでオレたち怪人を葬っていたのはコイツで間違いない。

 

「お前を含めてあと数人程度だ、諦めろ」

「が、ガキどもが……」

 

 いや、確実にもう一人いるのだが。

 ヤツは『正義に目覚めた』とかいう理由で組織を裏切り、十数年前に正義のヒーローたちに力を貸して、一度組織を壊滅寸前にまで追い詰めた科学者の息子だ。

 

「っ! さっきの衝撃で通信が切れて……」

「もう上空にいるお友達とは、コレで連絡ができねぇな?」

「問題ない。貴様程度の相手なら、僕一人で十分だ」

 

 紀依勇樹──忌まわしき元組織の科学者。

 実験体であるあの純白をキーとして、世界を創り変える能力を発動させるシステムの完成には、あの男の頭脳が必要とされている。

 ゆえに協力させるための人質として、その息子である太陽(アポロ)を捕まえなければならないのだ。

 

「くくっ。おめでたい奴だな、レッカ・ファイア」

「……何を笑っている」

 

 そうだ。オレはあのガキを捕まえて、一気に昇進して偉くなってやるんだ。その為にもここで終わるワケにはいかない。

 仲間が来るまでの時間稼ぎとして、俺が知りうる情報を使い倒してやる。きっとコイツも気になる話のはずだ。

 

「坊主。いまお前を援護しているあのアポロとかいうガキの姓、なんだか知ってるか?」

「……? キィだ。それがどうした、くだらない時間稼ぎなど──」

「オイ待て待て。早まるなよ、コレはお前も知っておかなきゃならねぇ話なんだぜ」

 

 おっ。警戒は解いてねぇが、動きは止まったな。

 ようやく話を聞く気になりやがったか。

 

「いいか。紀依太陽のオヤジ──紀依勇樹はもともと悪の組織側の科学者だ」

「……だとしても、そんな事アポロには関係ない」

 

「いや大いにあるね。……実はとある一人の少女を封印しているペンダントってのがあってな。そんな何の罪もないガキを閉じ込めた魔法アイテムを作ったのがそいつのオヤジで、アポロ本人もそれを使っているんだ」

「……なにを、言っている?」

 

 ファイアは怪訝な表情で眉をひそめる。

 

 

「まだ分からねぇのか。だったら教えてやる。

 実験体である純白を庇ってる、あの黒髪の少女の正体は──アポロだ」

「ッ!?」

 

 

 剣を持つ手が僅かに震えた。よしよし、いい調子だ。

 

 オレは紀依が悪の研究者として働いていた頃から組織にいる古株だ。

 数十年もあそこに居れば、偶然目に入った”自分しか知らない秘密”ってのも自然と増えていく。

 そうだ。

 組織の誰も知らない紀依の秘密を、オレだけは知っている。

 いつか周囲を出し抜けるように、誰にも共有してこなかった秘密が。

 

 だからオレはあの見覚えのある黒い少女を見つけた時、好機だと思った。

 今持っている地位と権力の全てを使って、自分の息が掛かった連中だけを引き連れてこの森に訪れ、奴を捕まえる作戦を決行したわけだ。

 

 黒髪の少女の正体が、紀依の息子だとすぐに分かったから。

 

「正確には黒髪の少女に()()()()()()()のが、てめぇの親友だってことだよ」

「……お前が何を言っているのか、理解できない……」

 

 動揺こそしているが、攻撃の隙は見当たらない。

 まったく末恐ろしいガキだ。

 

「だったらもう少し説明してやる。やつのオヤジである紀依博士は、組織の研究所を逃げ出す前夜、自分の研究室で『こいつは封印したままにする』と言っていた。この耳で聞いたからな、間違いねぇ」

 

 だいぶ昔の事ではあるが、あの少女に関する情報は、とても鮮明に記憶している。

 

「何度か博士の研究室を覗いたとき、たまにだがあの少女がいた。そしてその少女の姿から、博士の姿に戻るところもな」

「へ、変身魔法……とでも、言うつもりか?」

 

 甘いな。そんなモンじゃねぇ。

 

「姿形だけを変えているワケじゃないぜ? 博士はあの姿の時、まるで人が変わったように無口で大人しくなってたんだ。

 基本的にはフレンドリーだし、わりと常にテンションが高い博士の性格を考えると……あり得ないほどに変質していやがった」

 

 ファイアの額に汗が流れる。よほど衝撃的な内容だったせいなのか、いつの間にか呼吸も荒くなっていた。

 

「最初は演技で美少女ごっこでもしてる変態なんじゃねぇのかって思ったが、それは違ぇ。博士は助手のチエという女をいつも侍らせていたからな。

 気づいた時には腹にガキをこさえてやがったし、あんなノンケ野郎がそんな真似できるワケがない」

 

 だから、俺はこう考えたのだ。

 

「博士が使っていたペンダントの中には……モルモットとして捕まえたであろう、あの黒髪の少女が閉じ込められてんだろうな。本人が封印しておくって言ってたんだから間違いない。

 そんな彼女が現実世界に出てくるためには、ペンダントをつけた人間の体を依り代にして、その本人の意思で変身(交代)しなけりゃならねぇんだ。

 そうすることで黒髪の少女はようやく自分で動くことができるようになるが……くくっ、笑えるぜ。オレは一度もあの少女と博士が、同じ空間にいるところを見たことが無いぞ。

 きっとあの少女は──二度とペンダントの中から出られない」

「…………」

 

 長々とオレの話を聞いたファイアは、ついに手の震えを押さえることが出来ず、握っていた剣を地面に落としてしまった。

 詳しい関係は知らないが、きっとコイツはアポロだけではなく、黒髪の少女に対しても何らかの感情を抱いていたんだろう。

 だからこそ、ここまで心が揺れ動き狼狽している。様子を見れば丸わかりだ。

 

「テメェのお友達はな……オヤジからそんな最低最悪なアイテムを譲渡されちまったんだよ! 

 ケヘヘっ、一体どっちなんだろうな? 不憫に思ったあいつが少女に体を明け渡してんのか……はたまたモルモットの女が、アポロを誑かして体を奪ってんのか! 

 どちらにせよあの二人が同時に存在する事はできねぇってワケだ! ギャハハハッ!!」

「……はっ、はぁっ、ハァッ」

 

 おらっ今だ、ぶっ殺してや──

 

「ああ゛ァ゛ぁッ!!!」

 

 

 …………あれ?

 

 オレのお腹に、剣が刺さってる。

 いつのまに。

 剣はさっき、手放していたはずなのに。

 

「ばっ、馬鹿な、こんなところでぇ──」

 

 

 ──組織の改造人間、怪人は一定のダメージを受けると、情報漏洩を防ぐために自動で爆死する装置が埋め込まれている。

 

「ぐわああああぁぁぁッ!!!」

 

 少年の剣の一撃をトリガーに、怪人はしめやかに爆発四散した。

 

 

 

 

 

 

「──ということで、私と音無は本当にただ、転んでケガをしただけ」

「えぇ……」

「ごめんなさいごめんなさいほんっっとうにドジでごめんなさい、先輩は何も悪くないですマジで申し訳ない……ッ!」

 

 レッカとの通信が途絶してからだいたい三十分後。

 俺は一旦女の姿に戻った状態で木陰に腰を下ろし、衣月と音無による応急処置の手当てを受けていた。

 

 探知の能力で敵の残存兵力は常に確認していたため、もう敵がいないことは分かっている。

 通信が切れたあとにレッカが単独で倒したであろう敵と、先ほど魔力が切れた俺を襲撃して半殺しにしかけるも、助けに来た音無の音魔法で倒されたヤツで最後だった。

 ひとまずは安全が確保されてよかった。正直これ以上は絶対に戦えないレベルで魔力も肉体もボロッボロだ。

 

「あー、その、気にしなくていいからな、音無。もとはと言えば俺の早とちりが原因なんだし」

「こ、こんなに怪我をするまで無茶して貰っちゃったんスよ!? 気にしないなんて無理です……! ごめんなさい、先輩……」

「だから大丈夫だって。この通り無事に生きてる」

 

 転んだという真実を知ったところで、正直そこまで後悔とか恥ずかしさなんてものはなかった。……いやウソ。やっぱり少しだけ恥ずかしくなった。

 でも飛び出していったおかげでレッカと協力できて、結果的にはこの場を切り抜けることができたんだ。結果オーライってやつだろう。

 

「先輩、何でも言ってください。ほんと何でもします」

「そういうの軽々しく口にするんじゃないよ」

「いやもうマジっす。先輩はここで遠慮しちゃダメっすからね」

「……じゃあ、この先の町で寝泊まりできるとこ確保してきてくれ。風呂と夕食も用意しといてくれると助かるな」

「お任せあれ! 行ってくるッス!」

「場所決まったら公衆電話とかで連絡しろよー」

 

 言うが早いか、音無はすぐさまその場を駆けだして森の出口へ進んでいった。夕陽に向かっていくその姿はまさに青春だ。

 ……ていうか衣月も連れてけよ。

 

「今は紀依を一人にする方が、危険」

「そりゃそうかもしれんが」

 

 予想以上に戦闘が長時間だったこともあり、もう日が落ち始めている。

 辺りはオレンジ色の陽の光に照らされていた。

 完全に暗くなる前にこの森を抜けよう。

 

「んっ、電話か」

 

 着信したのは──父さんだ。謎にビデオ通話。

 

「もしもし」

『おぉアポロ! よかった、無事に切り抜けることが出来たんだな!』

「えっ? ……この状況の事、誰から聞いたの」

『誰って……さっきオトナシという少女から連絡が来たぞ。確か仲間だっただろ』

 

 あいつ行動の何もかもが早すぎるだろ。

 ニンジャとかもうそういう次元じゃない気がする。逆に転んでケガするとか、人間らしい部分が見えてホッとしたわ。

 

『ふむ。それにしてもやはり女の子への変装はバッチリだな。なぜ純白の位置が敵に割れたのかは分からないが……見た目の性能に関しては、私が使用していた時から一切劣化していないようで安心したぞ』

 

 その言い方もしかしなくても、父さんもコレを使って美少女になったことがあるってことだよな。

 確かに自分の研究なんだから性能の実験をするのは当然だし、俺が初めてペンダントを使ったあの日以前にも、変身後の少女姿を見せてもらったことはあったけども。

 

「父さんはこの姿になって何をしてたんだ? いつも通り過ごしてたの?」

『いや、見た目の完全な変化が楽しすぎて、変身するときはダウナー美少女として振る舞っていた』

 

 うわぁ……俺やっぱ、確実にこの男の血を引いてるわ……。

 

『顔や目の造形から体躯に髪の長さまで、全て自分が計算し尽くした最強の美少女をこの世に顕現させて、あまつさえ自分がそれになれたんだぞ? そりゃあ興奮するし、ごっこ遊びもしたくなるだろう』

「理解できるのが悔しい」

 

 多分研究してたのが俺でも、人目を盗んで父さんと同じことをしていたと思う。

 

「母さんに止められなかったのか?」

『はは、もちろん止められたさ。それも一度や二度の話じゃない。母さんはとても意志が固い人だったから、何百回も僕の奇行をやめさせようとしていた』

 

 懐かしむように言いながら、ちらりと後ろを見る父さん。そこには布団に包まって寝ている母さんの姿があった。追手から逃げ続けているせいで、睡眠不足だったのかもしれない。

 ボロアパートの一室で潜伏生活をしている親と電話をする息子なんて、おそらくこの世で俺一人だ。

 

『それでようやく折れた私は、そのペンダントを箱にしまって母さんと一緒に組織を逃げ出したんだ。

 私たちの子供が箱の中身を知ってもなお、自主的に開けようとするその日まで、こいつは封印したままにする──と母さんに約束してね』

「……そっか。父さんはやめたんだな、美少女ごっこ」

『やめてなきゃアポロが生まれてないよ』

 

 恐ろしい話だ。俺は母さんにもっと感謝しなければいけなかったらしい。

 

『まぁ、欲望だけだった私と違って、アポロは友達を救うために変身しているから、変身を解く機会が明確になっててよかった。組織を倒すことが出来れば、またアポロの姿で外に出れるよ』

「……そ、そうだな。全部終わったら……うん、戻るよ男に」

『苦労をかけてすまないな。では、また連絡する』

 

 俺の返事を待たずに通話が切れた。相変わらずマイペースな父親だ。

 

 そっか。あの頑固な母さんに何度も何度も止められて、それでようやく父さんは美少女として振る舞うことを辞めたのか。必死の思いで道を正そうとしてくれる人が居たから。

 俺もいずれそうなるのかもしれない。

 

 ……もっとも、俺の場合はこの場で今すぐに、道を正さないといけないようだが。

 

 

「──紀依、誰か来る」

 

 

 魔力が枯渇してもはや探知を使えない俺は、衣月に言われてようやくこちらに近づいてくる気配に気がつくことができた。

 走る足音。

 

 遠慮も慎重さもない一定の歩調から察するに、この気配の正体はレッカだ。そもそも敵は一人も残っていない。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

「……レッカ」

 

 俺たちの後ろから現れた親友くん。肩で息をしているレッカの表情は、まるで信じられないものを見るような、何か言いたげな顔だった。

 

 彼から見れば、コクは数十分前のアポロと同じくらいの負傷をしている。

 手当てで包帯やら湿布やらは張ってあるものの、戦っていなかったコクがこれほどまでに負傷しているのは明らかに不自然だった。

 なにせ間違いなく、この森の中にいた全ての敵は、アポロである俺とレッカが相手取っていたのだから。

 

「コク……」

「…………衣月、先に行ってて」

「……うん」

 

 流石に、潮時か。

 

 ここまでは何回もラッキーが重なって、運よくバレなかっただけだ。

 ライ会長に説教される前の状態のレッカが少し鈍かったのも、秘密を隠し通せていた要因の一つだったんだろう。

 だが、彼はもう成長している。

 察しの良い主人公になったレッカの前に、俺が組み立てた計画性皆無な美少女ごっこ計画は、あまりにも無力極まる。

 

「……アポロ、なのか」

 

 もう、観念しよう。

 逆にいい機会だったのかもしれない。今日だけでも、レッカがどれほど俺のことを想ってくれていたのかが理解できた。これ以上俺のくだらないワガママに付き合わせるのは、あまりにも酷だ。

 どのみちバレてるし。

 ここで白状してしまった方が、色々と罪も軽くなるかもしれない。

 

「……レッカ、ごめ──」

「どっちなんだ!!」

「ひっ……」

  

 うぅ、やっぱりめっちゃ怒ってらっしゃる。

 今のどっちなんだ、ってのはどういう意味なんだろ。

 俺の意思なのか、それとも巻き込まれただけなのか、ってことかな。この際ハッキリ言っちゃうおうか。

 

 

「きみはアポロと……どんな契約を結んだんだ……!」

 

 

「…………?」

 

 え?

 

「たのむ今すぐ答えてくれ。きみの今の状態はアポロの意思なのか、それともきみ自身がアポロを利用しているのか」

「ちょ、ちょっと何を言ってるのか分からな」

「しらばっくれるな!!」

「ひぃっ」

 

 えぇマジでなに怖い怖い。

 俺の知らないところで何かが起きてんだけど。

 レッカの中で不思議な現象が発生しているんだけど。何なんだよコレ。

 

「僕は……きみのことが好きだ。あの時は拒絶されたが今でもその気持ちは変わらない。一緒に戦ったとき、一緒にジュースを飲んだ時、アポロと同じような安心感を覚えた。本当に……本当にきみを、大切な友人だと思ってる!」

 

 そ、そうなんだ。今でも大切な友人って認識なんだ。田舎でのコミュニケーション、意味あったんだね。……でも『きみが好きだ』って言い方は誤解を招くからやめた方がいいと思った(小学生並の感想)

 

「だけど! 僕は……オレはアポロも大切なんだ! 今日みたいにまた話がしたいと思ってしまっている! また学園に通って、馬鹿な事をして、一緒に過ごしたいと改めて考えてしまった!」

「レッカ……? 落ち着いて?」

「落ち着けるかッ! ……くっ」

 

 思わず俺から目をそらすレッカ。見るからに彼の葛藤は本物だ。俺の正体に気がついて、演技をして茶化しているワケじゃないという事は明らかだった。

 だが本当に分からない。

 レッカは何をどう解釈したんだ。発言から彼の認識を推測する事が出来ない。

 

「……お人好しなアイツのことだ。きっと自分から体を差し出したんだろ」

 

 ちょっと一人で盛り上がりすぎじゃない? 目の前にいるのに俺、話から置いてかれてるんだけど。

 えぇい我慢ならん。こっちは怪人にボコされて、若干意識が朦朧としてるんだ。推測で話を進められても困るぞ。

 

「待って。レッカは、どこまで把握しているの?」

「……アポロの親父さんの過去を知る怪人と出会った。そこで聞いたんだ。……きみは実験でペンダントに封印された少女で、他人の体を依り代にすることでしか、肉体を取り戻すことができないのだと」

「…………なる、ほど」

 

 ぜんっぜん俺の知らない設定だ。レッカはそっちの情報を信じたことで、いまこの場にいる『コク』に対して言葉をかけているらしい。

 

 コクの正体が俺──ということではなく。

 なにやらシリアスそうな設定の少女が、俺の肉体を使って活動している、という解釈で間違いなさそうだ。 

 

 ……なんそれ。

 え、どういう流れ?

 もしかして、研究者時代の美少女ごっこをしてた父さんを見て、拡大解釈しちゃった敵がいたってことか? 

 それでその本人がレッカに秘密を話して、この有様と。

 いやコントじゃねぇんだぞ。あり得なくないかそれ。もう宝くじの一等が五連続で出るくらいの、奇跡の思い違いが発生しちゃってるよオイ。

 

「……どうしてもと言うならオレの体を使ってくれ。アポロはもう……自由になっていいはずだ」

 

 めっちゃ深刻な顔してるじゃん。なんなら泣きそうになってるよ。 

 

「…………はぁ」

 

 この際しょうがない。

 俺から真実を伝えることにしよう。

 いったいどれほど叱られるのか、もしくは絶交されるのか、はたまた怒りでぶっ殺されるのか。

 それは分からないが、こんな姿の友人を見ていると心が痛む。

 これ以上からかうのはやめよう。俺の美少女ごっこはここで終わりだ。

 

 

「レッ────」

 

 

 口に出そうとしたその瞬間、眩暈がした。

 

「ぁ」

 

 思わず膝をつく。ほんの少しだが、身体の制御が利かなかった。

 額に手を当ててみれば、指がべっとりと紅く染まっている。

 音無に包帯を巻いてもらっていたはずなのだが、怪人に殴られた額の傷が開いてしまったらしい。

 

「コクッ!」

「…………」

 

 レッカがこちらに駆け寄ろうとしたが、俺が咄嗟に手を前に出したことで、彼は驚いて静止した。

 近づくな、という意思は伝わったようだ。

 

 

 何だろう。

 これはなんだろうか。

 

「……れっちゃん」

「っ! ぽ、ポッキーなのか……?」

 

 怪人に殺されかけたからか?

 頭をブン殴られておかしくなってしまったのか?

 分からない。

 自分の思考が理解できない。

 ただ、これだけは本能で感じ取ることができた。

 

 

 俺は今、これ以上ないほどに──高揚している。

 

 

「私、は」

 

 間違いなく、この状況を嬉々として喜んでいる。

 自分の嘘で、他人の勘違いで、友人の心が痛みを負ってしまったというのに。 

 まるで嘘のように()()()()()()()()()()()信じられず、僅かながら口角が釣り上がってしまう。

 

「は、ハハ。痛い。いたいな。奇麗な顔なのに、ホントもったいない。傷がついて、血も出てきちゃった」

「ぽ……ポッキー……?」

 

 どうしてだよ。もうバレていいだろ。

 こんだけ状況証拠が残っていて、何でこんな設定の齟齬が発生するんだ。本当に信じられねぇよ。

 言え。

 さっさと口にしろ。

 全部嘘でしたって言葉に出せ。

 

 そうしたい、俺は心から秘密を打ち明けたい、間違いなくそう思っている。

 レッカに全部話して、あいつを安心させたい。

 お前が救おうとしている少女なんか、初めから存在しないのだと教えてやりたい。

 男の姿を見せて、これからはずっと一緒だと──

 

 

 ──あぁ、ダメだ。お前は誰だ?

 

 

 俺の中に()()()()()

 これまでずっと押さえつけてきた感情の源が溢れ出している。

 良心と友情を侵食し、木っ端微塵に喰い荒らしていく。

 

 俺の中に潜む俺が。

 陰に隠れていたその姿が露になってしまう。

 

 震える。

 (からだ)が。

 赤く染まった指先が。

 心が、心臓が。

 脳が震える。

 

 まだ続けられる。

 この場でウソを口にすれば、漆黒という少女が存在し続けられる。

 良心を捨てて親友を騙せば俺はまだ物語の中心にいられる。

 

 裏切れ。

 裏切れ。

 裏切れ。

 裏切れ。

 

「うっ……うぅっぁ……!」

「アポロ!?」

 

 ふざけるな。どこまで親友をコケにすれば気が済むんだ。彼を想うなら、そんな下らない事など今すぐにやめろ。

 

 それは奇麗事だ。

 俺は何回も彼を騙し、裏切ってきた。

 いまさら親友ぶってレッカの元に戻ることなど、許されるわけがない。

 

 いや、それでも──

 

 

 あぁ、あぁ、いろいろな思考が頭をよぎった。

 きっとそれらはすべて本当の感情だ。

 しかし折り合いをつけるための時間稼ぎでしかないことも、また事実だった。

 

 

 最後に俺の頭に残ったのは、たった一つだけだ。

 

「……レッカ」

 

 俺はコクという存在を諦められない。

 

「悪いけど」

 

 本当の自分が、俺の中の本能がそう叫んでいる。

 

 卑劣で、最低で、人の心を弄ぶ、所詮は黒幕でも何でもない、弱い小悪党でしかないクズな自分を何度戒めても、俺を俺たらしめる揺るぎない信念が間違った方向へ歩を進ませる。

 

 レッカの反応を楽しみたいんじゃない。

 もはやコレを続けることが楽しいのか辛いのかも分からない。

 ただ、俺は自分を誤魔化せない。

 

「アポロを返すことはできない」

「──ッ!」

 

 

 レッカがすべての真実を知って俺を断罪するその日まで、俺は絶対に隠しヒロインごっこを──やめない!

 

 

「……どうしても、なのか……」

「そう。約束だから」

 

 思わせぶりな言葉を言って、コクという少女の存在を確立させるんだ。

 

「大切な友人だと言ってくれて、嬉しかった。私もレッカのこと、本当は嫌いじゃない」

「コク……」

 

 俺はもはや人間を辞めている。道徳を捨て去り、友情を踏みにじってしまった。

 

 俺たち二人の状況は、両親の時とは比べ物にならないほど、進んではいけないルートに舵を切ってしまっている。

 父さんには常に母さんという理解者がそばにいた。全ての事情を知っていて、尚且ついつも止めようとしてくれるストッパーが。

 

 だが、俺にはそんなもの存在しない。

 俺の中に秘めた感情を理解している者は、この世のどこにも、誰一人としていやしない。

 母のおかげで正義に目覚めた父とは違い、俺は親友を前にして悪に堕ちてしまった。

 誰にも内情を打ち明けることはなく遂にここまで来てしまったのだ。

 

 自分の中に眠っていた猛獣は──もはや俺の意思では止められない。

 美少女ごっこをやめられない。

 こうなったらバレるその日まで全力で隠しヒロインをやってやると、信念に深く刻み込まれてしまった。

 

「でも、アポロは渡せない。私たちは離れられない」

 

 やっぱり俺は主人公なんかじゃなかった。

 衣月という守るべきヒロインと、音無という頼れるバディと共に過ごしても何も変わらなかった。

 

 主人公になれるかもしれない状況に身を置いてもなお、少女の救済を建前にこれまでの嘘を正当化させるような事はできなかったんだ。

 偽りの継続を望み、その先にある全ての罪の断罪を求めた。

 

「言い訳はしない」

 

 あぁ、言い訳はしない。俺は悪人だ。だから偽善者ぶっていまさらヒーローに戻ろうとだなんて考えない。

 世界なら救ってやる。

 組織の目を掻い潜り、責任をもって衣月を沖縄まで送り届けよう。

 

 

 だが、美少女ごっこはやめない。

 俺はレッカのヴィランであり続ける。

 

「私にはアポロが必要。……だから、レッカには返さない」

「おまえ……っ!」

 

 攻略してくれ。

 

「どうしても親友を取り返したいのなら」

 

 頼む、レッカ。

 お願いだ、親友。

 

 

「アポロを選ぶのなら、私を殺して」

 

 

 厄介な設定を抱えた、このめちゃくちゃに攻略手順が面倒くさいヒロインと化した俺を止められるのは、ただ一人。

 お前しかいない。

 

 どうか──俺を止めてくれ。

 

 

 



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私は先輩の

 

 

 

 たくさんの敵が襲ってきた森での一幕が過ぎ、少し時間が経った後に先輩は合流してくれた。

 

 何やらあの人は笑顔になっていて、まるでずっと抱えていた悩みが吹っ飛んだかのような、晴れ晴れとした表情だった。

 あの森にはヒーロー部の皆さんも足を踏み入れていたと聞く。もしかしたら先輩は、あの時私たちがいない場所で、レッカ先輩との蟠りを解消する事が出来たのかもしれない。

 秘密を話したのかどうかは分からないけれど、あの二人がまた友人同士に戻ってくれたのなら、それ以上に嬉しいことはない。私も気が楽になるというものだ。

 

 あれから数日が経過して。

 敵と遭遇しないために迂回などを繰り返している影響で、まだ中部地方をうろついている状態だが、旅はいたって良好だ。

 

 確実に前には進んでいるし、私たちの仲も深まりつつある。

 衣月ちゃんは相変わらず不思議な立ち振る舞いだが、確実に私たちには気を許していて、機械方面では非常に頼りになる。

 キィ先輩は以前にも増して、何だか一皮むけたようだった。

 改めてヒーロー部に入部したあの時の、ライ先輩たちの頼もしさを思い出したくらいだ。

 三人という少数規模ではあるものの、私たちは間違いなく、ヒーロー部に負けず劣らずの『チーム』として成長しつつあった。私はそれが素直に嬉しい。

 

 

「……衣月ちゃん、すっかり夢の中ッスね」

「スヤスヤでワロタ」

「あれ、先輩もしかして壊れちゃいました?」

 

 とあるボロアパートの一室。

 現在時刻は既に深夜を回っており、衣月は布団を敷いた奥の部屋で眠っている。

 私はリュックの荷物整理。

 先輩は珍しく男の姿で、ペンダントのメンテナンスをしていた。

 

「いやぁ、ホントに衣月はえらい子だよ。どんな場所でも寝てくれるのは正直いってクソありがたい」

「枕が変わるだけで眠れない子もいますからね。衣月ちゃんは山小屋みたいなとこでも平気ですし、サバイバル適正の高さで言えば先輩より凄いっすよ。鍛えれば忍者にだってなれるかも」

「忍者キャラが渋滞しちゃうからダメ」

「それは誰目線なんすか……」

 

 呆れながらペットボトルの水を渡すと、先輩は待ってましたと言わんばかりに、すごい勢いで水を飲み干してしまった。喉が渇いてたのなら言ってくれればいいのに。

 なんだか最近、先輩の気持ちを察して私が先回りして行動していることが多いような気がする。バディってこういうものなのかもしれない。

 

「でも、音無だって十分凄ぇよ。年頃の女の子がこんな危なっかしくて敵だらけの旅を、文句言わずに付いてこれてるんだから」

「それを言うなら先輩もでしょ。少なくとも一年間戦ってたヒーロー部の皆さんと違って、先輩は二ヵ月一緒に居ただけでほぼ一般人じゃないですか。十七歳の高校生ができるような生活じゃないっすよコレ」

「無敵なので」

「……男の子ってホント、変な意地ばっか張りますよね。馬鹿なんだから」

 

 ……そんなおバカと一緒に居て、笑ってしまっているのはどこの誰なんだか。

 レッカ先輩とだって、こんな近い状態で自然に接したことはない。

 ヒーロー部にいた頃と違って二人きりの状況が多いせいもあるんだろうけど、随分と先輩の言動にも慣らされてしまった。

 少なくともこの人は私にとって、ヒーロー部のメンバーとはまた別の、特別な存在になりつつある。それを日々実感している。

 ……私ってチョロいのかな?

 

「なぁ、音無」

「はい?」

 

 作業をやめた先輩が、座ったままこっちに体を向けた。

 いつもの脱力した雰囲気だ。おおかた明日進むルートの相談だろう。

 こうやってすぐに思いつく辺り、やはり先輩との生活に、慣れ過ぎてしまっているかもしれない。ヒーロー部のときと違って、基本的にいつもピンチなせいだろうか。飲み込みが早くなる。

 

 

「そろそろヒーロー部に戻ってもいいんじゃないか?」

 

 

 ──しかしその発言だけは予測できなかった。

 

「…………な、なに言ってんすか~もう。あはは」

 

 思わず動揺してしまう。

 先輩があんまりにも何でもないように言ってきたから。

 忍者がこんな事じゃいけない。切り返さないと。

 

「やだなぁ、まったく。先輩が一人で旅を続けられるわけないでしょ? ウチがいないとダメなんスから」

「そうかもしれんが。でも森でレッカと会ったときに分かったんだよ。ヒーロー部のメンバーは、お前が思っている以上にお前のことを心配してるって」

「っ……」

 

 どうしよう。ヤバいかもしれない。

 これはどう見ても、先輩が私を説得しにかかっている。

 いつも通りな普通の表情をしているけれど、その瞳にはどこか本気の意思が宿っているように感じられた。

 

「そ、それを言うなら先輩だってそうじゃないスか。レッカ先輩にはめっちゃ心配されてますし。なんか仲直りはしたみたいッスけど──」

「いや? 俺は仲直りをしたんじゃなくて、レッカを裏切ったんだ」

「…………えっ」

 

 何気ない先輩の言葉。

 私は思わず言葉を失った。

 なんて返せばいいのかすぐに出てこない。

 どうしよう、焦っている。

 

 先輩はあのレッカさんと凄く仲がいい友人だ。

 はたから見ても親友同士だという事はなんとなく察しが付く。

 ヒーロー部ゆえに複雑な事情を抱えているレッカ先輩の方から、彼に何かを秘密にすることはあっても、先輩からレッカさんを裏切る事はないと思っていた。

 

 むしろ誤解されたくないと、すぐにでも真実を話したい相手だと考えていた。

 それは私の勘違いだったのだろうか。

 

「もう俺は戻れないんだよ。ただ隠し事をするんじゃなくて、明確にレッカを──友情を裏切っちまった」

 

 何かを諦めてしまったような、乾いた笑いと共にそう呟く先輩。

 

「今やっていることは、確かに正義の行いかもしれない。悪い奴らに追われている少女を守り抜けば、ひいては世界を救うことになる。それを言い訳にすればこれまでの嘘だって『仕方のない事だった』と正当化できるんだろう」

 

 そんな、笑っているのに悲しい顔を、私は知っている。

 ずっと前から見覚えのある……一番見たくない表情だった。

 

「でも違うんだ。背負ってる事情なんか関係ない。俺は明確に許されない、超えちゃならない一線を越えたんだ。衣月のことを含めても、両親のことや環境のせいじゃなくて、どうしたって……裏切った俺が悪いんだよ」

「……せん、ぱい」

 

 私がいつも、鏡の前に立つたびに見る顔。

 先祖代々続く家系で忍者(スパイ)として教育され、数えきれないほどの人たちを裏切ってきた、この私自身がしてきた表情だ。

 

 諦めたように──力なく笑う顔。

 

「音無。お前にはそうなってほしくない。取り返しのつかない事なんかホントはやるべきじゃないんだ。俺は……お前だけには、普通の日常ってやつを無くさないで欲しいと思ってる」

 

 それでも私を気遣って、無理に笑顔を作っている。

 彼のそんな姿は見ていられないほどに痛々しい。私は先輩を直視できない。

 なぜ突然こんなことを言い出したのだろうか、先輩は。

 

 

 いや、分かっている。

 

 私だって鈍感じゃない。むしろ物事に対しては機敏に反応するタイプの役割で、ここまでヒーロー部で活躍してきたんだ。

 先輩はレッカさんを裏切ったと言っていた。

 

 それはつまり、これから先は彼と敵対しながら旅を続けるということだ。

 レッカさんの敵はつまるところヒーロー部の敵。

 そんな裏切者の敵と行動を共にしていれば、私自身もそちらに取り込まれたと認識され、オトナシ・ノイズはヒーロー部の一員ではなく敵の一人としてカウントされることになってしまうだろう。

 

「な。頼むよ、音無」

 

 先輩はそれを危惧したんだ。

 だから私をヒーロー部の仲間のままでいさせるために、こんな下手な説得までしている。

 これ以上は巻き込めないという、先輩なりの誠意なんだろう。

 旅を始めた時と今とでは明らかに状況が違う。ただ秘密を隠していたあの時より、レッカさんを裏切った現在の方が圧倒的に立場が悪い。

 

 先輩がしているのは自己犠牲だ。

 私の為の自己犠牲。

 他人の為の自己犠牲。

 レッカさんがいつもやるような──私の嫌いな”自己犠牲”。

 

「っ……」

「……音無? あの、なんで俺の手なんか握って……」

 

 思わず彼の手を掴んだ。

 座ったまま俯いて、正面にいる彼の片手を、私の両手で捕まえた。

 

「ウチは……」

 

 今ここで先輩を離したら駄目な気がした。

 彼が遠くへ消えてしまう予感がした。

 このまま彼に流されてしまったら──先輩は自ら一人になってしまう気がしたから。

 

「私は……先輩の、こと……」

 

 咄嗟の判断というより、反射的な反応だった。

 彼に向けてどんな言葉を送ればいいのか、未だに見当がついていない。

 どうしよう、どうしよう。

 

「……音無。今から俺が言う事は、含みのある言い回しなんかじゃない」

「えっ?」

「ただありのまま、言葉の意味だけを受け取ってくれ」

 

 先輩の表情は変わらない。小さく微笑んだままの、私を気遣うような優しい顔だ。

 やめて欲しい。

 そんな顔を見せないでほしい。

 私が先輩にとっての重荷になっていると思い知らされてしまう。

 

「お前は──俺を裏切ってくれて、いい」

 

 そんな、初めて聞く言葉に、私の心が揺さぶられた。 

 先輩の手を握る力が弱まってしまう。

 彼からは握り返してくれないから、私が手を離したら。

 このままだと、私たちは。

 

「恨んだりなんかしないさ……絶対にな。ここまで一緒に、無償で衣月を守り続けてくれた音無には、どんなに感謝してもし足りないくらいだ」

「…………」

「ヒーロー部に戻っていいんだ、音無。あそこはいつでもお前のことを受け入れてくれる。……ここまで付き合ってくれて、本当にありが」

 

 

 私たちは──!

 

 

「せっ、先輩ッ!」

「っ!?」

 

 正面から先輩を抱きしめた。

 背中に手を回して力強く抱擁した。

 離さない。

 一人にはさせない。

 絶対にこのまま別れたりなんかしない。

 

「…………っ、っぅ」

「……おと、なし?」

 

 ダメだ、泣いちゃだめだ。

 私は弱い女の子じゃない。

 守られるだけのヒロインなんかじゃないんだ。

 私は先輩の、たった一人の、対等な仲間なんだから。

 

「せんぱい、はっ……バカ、です」

「……」

 

 落ち着け、深呼吸だ。

 先輩は待ってくれている。少し困ってる様子だけど、すぐに引き剝がすでもなく私の言葉を待っている。

 だから大丈夫。

 ちゃんと言葉で伝えよう。

 察してもらうんじゃなくて、しっかりと自分の意思をそのまま、純度百パーセントで届けるんだ。

 

「かっ、勝手すぎますよ。散々ここまで利用しといて、用が済んだらポイですか」

「い、いや俺は……」

 

 違う。分かっている。先輩がそんな事を考えていないのは百も承知だ。

 ……あぁ、なんかうまく出てこない。

 こんなに本気で、誰かに意思を伝えようとした事なんて、今までにあったかな。

 

「先輩は何でも、一人で背負い込もうとしてますけど……自惚れないでください。人を裏切る辛さなら……誰よりも、理解できるつもりです」

 

 そう、私は数多の人々を裏切ってきた。

 たくさんの隠し事を、秘密を抱えてここまで()()()()()

 

「レッカ先輩を裏切ったんでしょ? ……奇遇ですね。私も裏切った事ありますよ。あの人だけじゃなく、ヒーロー部を。……何度も、何度も」

「お前……」

 

 私は忍者だ。

 仕えるべき主を転々とし、その度に元の主は容赦なく切り捨てる──そういう教えの元で、忍者一族の最後の生き残りとして育てられてきた。

 情報操作や潜入といった諜報活動のたびに、何十回も何百回も人を欺いて、生き汚くこの世にへばりついている()()こそが、この私の正体だ。

 

「先輩なんか目じゃないくらい、いろんな人たちを裏切ってきました。他でもない……私自身の意思で」

 

 誰の味方にでもなって、誰の敵にでもなる。

 それが我が一族の忍者としての在り方だった。その教えは私の心の奥深くに根付いてしまっている。裏切る事がクセになっていると言ってもいい、本当に最低な女だ。

 

 ヒーロー部は元々は政府公認の特殊チームであり、正体を隠した状態でなら、何度も敵対して秘密裏に戦ったことがある。

 政府に引き抜かれて彼らのサポートに回り、命令違反でヒーロー部が組織から追放されたあとは、自警団の如く『市民のヒーロー』として活躍するようになった彼らの仲間になった。

 今まで敵だった、傷つけてきた秘密をひた隠しにして、都合よくチームに加入したのだ。

 

 そして──彼のハーレムに入った。

 

 ヒーロー部に加入したのは私が最後だったが、その時既に他の少女たちは、あのレッカ・ファイアという少年に好意を抱いていた。

 チーム内のほとんどが、だ。

 交際の申し込みこそしてはいないものの、誰もかれもがレッカさんへの態度を隠していなかった。

 みんながそれぞれ、彼にいろんな形で救われてきたとのことだった。だから好きになった、と。

 

 ……だから、私もそうした。

 

 レッカさんを好きになった。()()()()()()()()()

 チームの結束力の源が彼であるなら、そうするのが最適解だと思ったから。

 恋敵で、ライバルで、だからこそレッカさんを好きな気持ちは皆同じ。

 彼の為なら頑張れるという共通の強さを手にすることで、私はヒーロー部での居場所を獲得したのだ。

 

 

「全てがウソで塗り固められた、卑劣で最悪な女なんですよ、私は」

 

 私に人並みの”普通の日常”なんてものは、ハナから存在しない。

 いつも秘密を隠すことに心を擦り減らしていて、他の少女たちと同様にレッカさんに媚びるたびに、自分は何をしているのだろう、と頭の中が葛藤と混乱で埋め尽くされていた。

 

 確かに楽しい事もあった。でもそれ以上に負い目を感じていた。

 秘密を話したとしても、優しいヒーロー部の先輩たちなら許してくれるだろう。……私は許されたくなかった。

 きっと自分が許されたことを、一生許せなくなるから。

 

「……だから、裏切り者で最低最悪な先輩の味方になってあげられるのは、同じくサイテーで悪~い後輩の私しかいないんですよ。分かりました?」

「……で、でも、なぁ……」

 

 この先輩を一人にしちゃいけない。

 今でもレッカさんに対して大変な事をしているのだろうが、一人になったらもう歯止めが利かなくなってしまう。

 

「こーんなにかわいくて献身的な後輩を捨てるなんて、先輩ってばホモなんですか? 私ってもしかして、レッカさんと先輩にとってのおじゃま虫?」

「ばっ!? ち、ちげーよ何言ってんだ!」

 

 だから私が先輩の理性を保つ、最後の砦になる。

 私では止められないんだろうけど、彼が壊れないように、支えることはできると思うから。

 

「ていうか捨てるだなんて言ってないだろ、人聞きの悪い」

「似たような意味でしたよ。……そんなの、だめです」

「ちょっ……ぉ音無? あの、いろいろ当たって……」

 

 どうだ、あなたが拾ったのはこういうヤツだと、理解できたか。

 殊勝な態度で受け身になってやったりなんかしない。私は対等に、先輩の隣で歩いてみせる。

 

「私を連れ出したのは先輩ですよ?」

 

 絶対に離さない。

 

 

「責任……とってくださいね」

 

 

 先輩と衣月を守る。

 ようやく見つけた私の居場所を守る。

 

 この二人には──私自身には。

 

 もう絶対にウソはつかない。

 

 

 

 

 

 

 さすがにこれ以上俺の美少女ごっこに付き合わせるのは悪いと思ったので、それとな~くヒーロー部へ戻れるよう音無を説得したつもりだったのだが。

 

 いつの間にか、その後輩に抱きしめられてました。

 あと『責任とれ』とかいう、そこはかとなくえっちな香りが漂うセリフも言われちゃって、もう頭ん中どったんバッタン大騒ぎです。

 なにこれ……。

 

「あの、音無。……その、当たってるって」

「鈍いですね、当ててるんですよ」

「ウソでしょ」

 

 何だこの小悪魔!?(驚愕)

 ふえぇ……こんな子に育てた覚えはないよぅ。

 

「ほ、本当にいいのか? ここまで来たら……もう戻れないぞ?」

「いいんですってば。私の居場所は、先輩と衣月ちゃんのいるところですから」

 

 今すれ違いが発生したわ。俺はちょっと良からぬ事がおっ始まると考えてたんだが、後輩はシリアスに居場所の話をしていらした。思春期の脳みそで本当にごめんなさい。

 

「と、とりあえず離れない? 隣の部屋で衣月も寝てるし……」

「……せんぱい、から」

「えっ?」

 

 なんつった? 全然聞こえなかった。

 いや難聴キャラとかじゃなくて、こんな密着してても聞こえない声量ってよっぽど小さいぞ。俺は悪くねぇ。

 

「……~っ! で、ですからっ、先輩から抱き返してくれたら、離れてあげてもいいです」

「密着したら離れらんねぇだろ……」

「そういう屁理屈っぽいのいいですから!」

 

 まっとうな反論では……?

 

「私への誠意があるなら……ぎゅってしてください」

「音無……」

 

 ぎゅっ、て言い方がかわいいと思った(小並感)

 てかマジでこれどういう状況なんだよ。

 音無の好感度が上がるイベントなんてやった覚えないぞ。バグが発生している。

 

「…………ひとりに、ならないでください」

「……あぁもう、分かったよ」

 

 信じがたいがどうやらこの状況は、音無の中ではシリアスな雰囲気になっているらしい。こっちは生まれて初めて女子に抱擁されて、絶賛心臓バクバク中なんだが。

 ここはもう腹を括って……そうだな。

 ヒロインにモテモテなあの方を参考にさせて頂いて、レッカがやりそうな対応で乗り切っていこう。

 

「ありがとな、音無」

「……抱き返すのはともかく、頭を撫でていいとは言ってませんよ」

 

 あれぇ? おかしいぞ……!? レッカみてぇな主人公ムーブが正解なのではないのか!?

 ……あ、離した。

 一応何とか離れてもらえてよかった。助かった。

 

「まぁいいです。今日はこんなところで勘弁してあげます」

「できれば明日以降も遠慮させてくれ」

 

 俺の心臓が持たないため。

 

「……嬉しくなかったッスか? ウチとのぎゅー」

「うれしかったです正直興奮しました」

「キモ……」

 

 あっ!? てめっ、このメスガキ……ッ!

 今のは嘘だが。先輩は後輩に抱き着かれても、別に興奮などしないが。

 

「どうでもいいっすけど、夜遅いですし……寝ましょっか」

「まて、それはどういう意味だ」

「先輩ちょっと変態すぎません? 今の言葉を就寝以外の意味で捉えないでしょ、ふつう」

「思わせぶりな発言をするお前の方が悪いと思うのは俺だけか?」

 

 あーだこーだ言いつつも、なぜか俺の手を引いて衣月が眠っている布団まで移動する音無。

 オイ、そんな簡単に男子の手を握るんじゃねぇ。好きになるぞ。

 

「衣月ちゃんを挟んで、三人で川の字になって寝ましょう」

「なかよし兄妹じゃないんだぞ」

「もう衣月ちゃんの家族みたいなモンでしょ」

「……お前が嫁で、衣月が娘か……なるほどな……」

「何でですか。それこそ普通に兄妹でしょ」

 

 布団にイン。本当に衣月を挟んだ状態で、三人で寝ることになってしまった。

 

「ていうか音無さん? もう手は放してくれていいですよ」

「ダメっす。コレは『早朝、俺は眠っているオトナシの前から姿を消した』──とかカッコつけた逃げ方をさせない為ッスから」

「信用なさすぎない?」

 

 ぶっちゃけた話、いざとなったらそういう逃げ方で別れようとしていたのだが、お見通しだったようだ。流石は忍者、読心術も心得ているらしい。

 

「負けたよ、音無」

「ふふっ。先輩はまだまだ甘いッスね」

「じゃあもう寝よう。おやすみニンジャ、にんにん」

「定期的に忍者をネタにして煽るのやめた方がいいッスよ。ちゃんと怒りますからね、ウチ」

 

 こわい。

 

「……ほら衣月ちゃんも先輩を逃がさないよう、しっかり服を掴んどいて」

「分かった。わたしたち三人は死ぬまで一緒」

「ちょっ、いつから起きてたんだお前!? 離せェ!!」

 

 

 衣月も音無も、俺が思っていたよりも強かな女の子で。

 気づいた頃には、シリアスな嘘から始まったこのチームも、いつの間にか愉快な仲間の集まりになってしまっていたようだった。

 それはそれとして、この状態は寝苦しい。

 

 

 



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負けイベント

今回のあらすじ:道中、すっごい強い敵が現れた。みんなを眠らせて夢の世界へ誘ってしまったようだ。



 

 

 

 気が付けば、瞼の裏がオレンジ色に染まっていた。

 眩しい。

 自分を起こそうとしてくる光が鬱陶しくて、次第に眠気が霧散していく。

 薄く目を開けてみると、窓から朱色の西日が差しこんでいた。

 

 場所は校舎の端にある空き教室。

 市民のヒーロー部が使用している部室。

 

 もう放課後で、夕方だった。

 

「れっちゃーん? ……うぉ、やっぱここに居たか」

 

 ガラガラ、と音を立てて部屋に人が入ってきた。

 机に突っ伏して眠っていた僕は上体を起こし、寝ぼけ眼をこすりながら真横を向く。

 そこには見慣れた──なんだか呆れた表情をしている親友の姿があった。

 

「ぽっきー……?」

「お前なぁ。部室で昼寝するくらいだったら、居残りしないで早く帰った方がいいだろ」

 

 肩をすくめて「やれやれ」と首を横に振るアポロ。

 まるで海外映画の様なリアクションだ。

 

「部室にはもう誰もいねぇぞ、れっちゃん。今日は部活もなさそうだし帰ろうぜ」

「あぁ……うん、そうだね。帰ろっか、ポッキー」

 

 思いのほか早く意識が覚醒した僕は、机の横にかけてあったカバンを手に持って、彼の元へ駆け寄っていった。

 

 

 夢を見ていた気がする。

 内容……覚えてないや。何だったっけ。

 

「おい、れっちゃん」

「えっ?」

 

 後ろからアポロに手を引っ張られて、思わず立ち止まった。

 目の前を見てみると──赤信号だった。

 

「何だよボーっとして。危ないから気をつけろって」

「ごめん……」

「らしくないな。何かあったん?」

「……少し、長い夢を見ていた気がするんだ。内容は覚えてないんだけどさ」

「夢? ふーん」

 

 適当な相槌を打つアポロ。心底興味がなさそうだ。

 寝ぼけて事故りそうになった僕に呆れているのかもしれない。

 まぁ、どうせ夢だ。大した内容ではなかったんだろう。

 覚えてないってことはそれだけどうでもいい事だった証拠だ。印象的な夢だったら少しくらいは記憶してると思うし。

 

「なぁなぁ。れっちゃん」

 

 車通りの多い街中を闊歩していると、ふと隣にいるアポロが声を掛けてきた。

 

「なに?」

「いやさ、今日は部室で一人だったろ。いつもお前を囲んでるヒロインの皆はどうしたのかな~って」

「ヒロインて……そういう言い方、よくないと思うよ」

「なーに言ってんだ、この主人公モドキめ。戦いが終わった後には抱き着いてきたり、事あるごとに理由付けてお前ん家に来たりとか、弁当作ってきてお前の前で他のメンバーと味勝負したりすんのが、普通の友人関係だと思うか? お前だって本当はあの子らが自分のこと好きなのは分かってんだろ」

「それは……うぅん」

 

 ついつい答えが出ずに唸ってしまう。心当たりが無いと言えば噓になるから。

 確かに彼女らに多少なりとも好かれている自覚はある。

 それに気づかないなんて普通に考えてあり得ないだろう。鈍感とかそういうレベルの問題じゃない。それでは見て見ぬフリをしてるだけだ。

 

 ……こうしてアポロに直接言われなければ、そんな振る舞いをしていた可能性もありそうけど。

 

「で、でも、確実に僕の事が好きなわけじゃない女の子もいるよ。ほら、フウナとか」

「フウナ……えーと、確か風魔法が得意なウィンド姉妹の、妹のほうだったか。あの大人しい子だよな」

 

 さすが自称情報通。僕が交友関係を持っている人間のことはほとんど把握済みだな。

 

「何でフウナ?」

「あの子は姉であるカゼコの後を付いていってるだけなんだ。だからカゼコが僕に抱き着けばそれに続くし、逆の場合は一切干渉してこない。彼女らは双子だけど、いつも姉のカゼコの方がフウナを引っ張ってるってわけ」

 

 自惚れではなく冷静な分析だ。優柔不断であるがゆえにヒーロー部の少女たちに答えられないのは本当に申し訳ないが、それはそれとして彼女たちの特徴はしっかり把握している。

 

「でもれっちゃんはあの二人を、悪の組織に洗脳されてた状態から救ったんだろ。助けてくれたれっちゃんに惚れてても不思議じゃないと思うんだが」

「救ってないよ」

「え? ……ど、どゆこと?」

「フウナは洗脳されてなかったんだ。彼女には元から強力な催眠耐性があったみたいでね。……つまり、たとえカゼコ本人が操られた状態であっても、彼女はお姉さんの指示に従って行動する。幼い頃から自分にべったりで、自己肯定感や自我が薄い──ってのもカゼコから聞いたことがあるよ」

「はぇ~、難儀なモンだなぁ」

 

 

 こんな感じで夕方の道すがら、アポロが知らない情報をツラツラと並べていく。異様に口が軽いのは、それだけアポロに気を許しているからなのだろうか。

 

 こうして彼に何かを教えるのは珍しい事だ。

 いつもは重大な秘密を僕が黙ったままにするか、意外な情報をアポロから聞くかの二択程度しかなかったから。

 今では彼との距離感に変化が起きて、前までは出来なかった色々な話もできるようになった。喜ばしい事だ。

 一人で抱え込まず、二人で悩むことができる。

 

「……あれ?」

 

 何が──誰がきっかけでこうなったんだっけ。

 

「なんだっけ……」

「れっちゃん?」

 

 僕一人じゃ秘密を話す気にはならなかっただろう。そもそも彼に隠そうとしたのは僕自身なのだから。

 他の誰かに後押しをされたんじゃなかったのか。

 僕はその誰かに勇気を貰ったからこそ、アポロに全てを打ち明けた……そんな気がしてならない。

 どうしてだろう。

 頭の片隅にある靄が晴れない。

 

 とても大切な誰かを忘れているような──

 

 

『私を殺して』

 

 

 ──だれ、だったっけ。

 

 

 

 

 あたしコオリ・アイス! 

 今日は待ちに待ったレッカくんとのデートの日っ!

 

「あっ! レッカくーん!」

 

 噴水広場の前に彼の姿を認めた。手を振りながら近づくと、レッカ君もこちらに反応してくれた。

 

「ごめんね、待った?」

「さっき来たところ……って、コオリ。これ毎回やるの?」

「えへへ。レッカくんと恋人になれたのが嬉しすぎて……」

「まったく……ま、そういうところも可愛いんだけどね」

 

 あたしの頭を撫でるレッカくん。もうそれだけで幸せの絶頂を迎えそうだ。

 いつからだったかは覚えてないけど、レッカくんはヒーロー部の中からあたしを選んでくれた。

 一番初めにヒーロー部へ入ったあたしを──レッカくんと過ごした時間が一番長いあたしを。

 本当に、本当に嬉しい。

 

 これ以上はもう何もいらない。

 

「じゃあ行こうか、コオリ。美味しいスイーツ屋さんを知ってるんだ」

「うん! いこいこっ!」

 

 レッカくんさえいれば、それでいい。

 あたしの一番大切な存在が彼であるように、レッカくんにとっても一番大切な人はあたしのはずだ。

 だからあたしたち二人だけで完結している。

 他にはもう何も必要ない。

 彼が笑顔でいてくれたら、それで──

 

 

『おーす、れっちゃん』

 

 

 ……誰か、いたっけ。

 レッカくんの大切な人──あたし以外に誰かいたかな?

 

 

 

 

 グリント家の令嬢の朝は早い。

 わたくしヒカリ・グリントに、優雅に過ごす朝など存在しないのだ。

 

「ふっ、ふっ」

「いいペースだよヒカリ。この調子で行こう」

「は、はいっ、レッカ様!」

 

 今日は早朝からランニング。

 体力づくりの一環で始めたのだが、バテやすいわたくしを見かねたのか、日替わりでヒーロー部の面々がコーチをしてくれることになった。

 今回は待ちに待ったレッカ様の当番だ。

 良いところ見せますわよ~。

 

「流石ヒカリだね。先月よりもスピードが上がってるし、あまり息も切れてない。これなら戦闘中に一休みする必要もなくなりそうだ」

「ありがとっ、ございますっ……! ふぅっ、ふぅ」

 

 褒められて少し顔が熱くなった。

 こんな風に二人きりで過ごす時間は、これまであまりなかったから、本当に貴重な機会だ。この辺りでレッカ様からの好感度を一気に上げておきたい。

 

「あ、そうだ。放課後に時間があるなら、僕とトレーニングでもしようか」

「えぇっ!? ぜっ、ぜひとも──」

 

 この上ない最高のお誘いだ。頷かない理由はなかった。

 

「……あれ」

「ヒカリ? どうしたの」

「い、いえっ、何も……」

 

 しかし、なぜか足が止まってしまった。

 放課後の予定は何もなかったはずだ。せっかくレッカ様と二人きりでトレーニングできるのだから、即答すればよかったのに。

 

 どうして。

 何を悩んでいるのだろう──

 

 

『わかった。お茶の誘い、受ける』

 

 

 ──もっと前に、誰かと約束をしていた気がする。

 先約がいた気がする。

 とある人にお願いをして、もう一度お茶にお誘いしたいと、そう決めた時があったような気がしてならない。

 以前はわたくしが約束を無下にしてしまったから、もう一度お話をしようと思って。

 

 あぁ、思い出せない。

 これはきっと思い出さなければならない記憶だ。

 しっかりして、私。

 早く、早く。

 いますぐに思い出して。

 

 贖罪しなければならない──お話がしたかった”あの少女”の名を。

 

 

 

 

 私の名前はカゼコ・ウィンド! 妹のフウナと恋人のレッカと一緒にテーマパークに訪れたわ!

 

「お姉ちゃ~ん♡」

「カゼコ~♡」

「まったくもうアンタたちったら。本当に私がいないとダメね!」

 

 しょうがない子ね、二人とも。

 よーし、こうなったらとことん私が導いてあげるんだからっ! ついてきなさいッ!!

 

 

 

 

 

  

 ──視界が暗い。意識は保っているが、肉体が一ミリも動いてくれない。

 生徒会長だの、ヒーロー部の部長だの、ご大層な肩書を貰っておいてこのザマか。本当に情けない限りだ。

 うつ伏せで倒れた状態のまま、全身の力を振り絞ってなんとか瞼を開けた。

 そこには見慣れた部員たちの姿がある。

 

(私の見える範囲だが、少なくともレッカを含むヒーロー部の四人は眠っている……いや、眠らされたのか。強力な肉体拘束の魔法に、精神操作系の催眠術の二枚重ねをしてくる敵とは、恐れ入った)

 

 コクを捕縛するために悪の組織が放った切り札。

 究極人型ロボット、その名もサイボーグ。予想をはるかに上回る強さだ。

 

(このままでは全員拘束されて組織の本部へ連行されてしまう。動け、動け。ほんの少しだけでいい。誰か一人でも、この場から逃がすことが出来れば希望はある。動け、わたしの体──!)

 

 今こそ年長者の意地というものを見せるときだ、わたし。

 

 

 

 

 ……違う。

 

「おーい、どした音無」

「紀依、やばい。音無がずっとボーっとしている」

 

 この光景は、全部ウソだ。

 

 大きな家。

 奇麗に掃除された部屋。

 エプロンを着けて家事に勤しむ先輩。

 まるで普通の女の子のように、ソファでゲームをしながらくつろぐ衣月。

 

 こんなありふれた家族の様な姿の。

 その何もかもが──幻影だ。

 

「ごめんなさい、先輩。これは違うんです」

「えっ? お、音無……?」

 

 確かに彼らとの日常を望んだ。

 いつかすべてが終わって、こんな風に三人で幸せに生きていけたらいいなと、そんな願望を抱いた。

 でも、今じゃない。

 ちゃんと覚えている。

 私は何も忘れてなどいない。

 

「行かなきゃ」

「ちょっ、おい音無!」

「どうしたの、急に。わたしたちは、三人一緒じゃないと……」

 

「……ゴメンね、衣月ちゃん」

 

 すべてを放り投げて幸せな夢の世界に逃げるだなんて、今まで私が裏切ってきた数多の人々が許さない。

 衣月が許さない。

 あの先輩が許さない。

 なにより私自身が許せない。

 もう自分に嘘はつかないんだって、そう決めたんだから。

 

 起きろ、私。

 記憶が確かなら、先輩と衣月ちゃんは眠らされていない。早く助けに行かないとダメなんだよ。

 起きろ、はやく、今すぐに。

 

 目を覚ませ──!

 

 

 

 

 

 

 どうも。日に日にレッカと話すのが怖くなってきている弱虫こと、アポロです。

 

 現在はコクの姿になっていて、背中には衣月がいるこの状況を端的に言い表すと『ピンチ』以外の何物でもないわけですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。俺は死にそうです。

 

 もう少し正確に説明すると、俺たちは全滅しかけている。

 俺のチームとヒーロー部のメンバーを合わせた中で、俺と衣月以外の全員が眠らされてしまっている状況だ。もうマジでやばすぎておしっこ漏らしそう。

 

 沖縄までの道のりもあと少し、というところまで旅は順調に進んでいたのだが、その途中でスッゲェ強い敵が突然現れやがったのだ。

 なにやら悪の組織が本腰を入れて俺と衣月を捕える算段を組んだとのことで、奴らの切り札であるサイボーグとかいうロボット戦士が組織から解き放たれ、彼が俺たちを襲撃した。

 ライ会長の指示で応援に来たヒーロー部も、不思議な魔法でやられてこのザマだ。彼らが弱いんじゃなくて、この目の前にいるロボット野郎の催眠術が強すぎる。

 

「紀依……」

「平気だ衣月。まだまだピンチなんかじゃない」

 

 威勢を張る気力程度なら残っているが、ぶっちゃけ正面から戦っても勝てる気はしない。

 なぜかヤツの催眠魔法は、衣月と俺には効かなかったのだが、それを差し置いても戦闘能力に差があり過ぎるッピ。

 

 もう主人公みたいに覚醒して無双するしかないか。秘められた謎の力に目覚めちゃうか。

 

「排除、拘束、排除、拘束」

 

 明らかにあのロボットは会話が通じないため、説得も脅しもハッタリも無意味だ。

 純粋な戦闘能力だけがモノを言う少年バトル漫画みたいな展開になっちゃった。いよいよ隠された最強パワーでも覚醒させないと殺されそうだ。そんなの無さそうだけど。

 うおぉっ、なんか急に疼きだせ俺の右手。魔眼に目覚めるとかでもいいぞ!

 

「排除」

「えぇい、こうなったらヤケクソじゃい!」

 

 右手を前に構えた。この状況で使えるのは風魔法くらいしかないが、やれる事はやらないと。何もしないでぶっコロコロされるよりはマシだ。

 

「風まほ──」

 

 しかし、俺が魔法を使おうとしたその瞬間。

 

「──グッ? ハっ、排除、排除」

「えっ……く、クナイが飛んできて、ロボットの頭に刺さった……まさか!」

 

 後ろを振り向いてみると、そこにはうつ伏せの状態で険しい表情をしている、音無とライ会長の姿があった。

 なんとあの二人は自力で催眠術を乗り切って覚醒したらしい。強すぎる。主人公かな?

 

「はぁっ、はぁ……部長、ありがと、ございますっ……」

「ハ、はは。きみのクナイを電撃に乗せて飛ばすくらい、この状態でも出来るさ……」

 

 俺の味方になっても、音無とライ会長の絆は途切れてないってことかよ。羨ましくなるくらいカッコいいぜ、二人とも。

 

「せっ……こ、コクちゃん! 私たちのことはいいですから、ここは一旦引いてください!」

「いや、でも……」

「オトナシもわたし達もすぐに殺されることはない! 部長命令だ! いけっ!!」

 

 今すぐここで彼女らを助けられない歯がゆさはあれど、ここで意地を張ったら全滅だという事も理解していたため、俺は迫真の顔で叫んだライ会長に従って自分の足元に風魔法を使用した。

 

 ──すると、音無は真横の方向に首を向けて、再び叫んだ。

 

 

「フウナさん! フウナ先輩ッ!」

 

 

 その声が届いたであろう人物は、うつ伏せのまま()()()()をしている。

 ……あっ。でもピクッて反応したな。

 絶対に起きてるわ、アレ。

 それに気づいたライ会長が、めちゃくちゃデカい声で彼女に向かって叫んだ。

 

「起きているんだろフウナ! きみには催眠の耐性があったはずだ!」

「……ぐ、ぐぅ、ぐぅ。すやすや……っ」

「きみの姉を助ける為にはキミ自身の力が必要なんだ! コクと共に行ってくれ!」

 

 ライ会長の悲痛な叫びにも反応なし、と。

 あれは意地でも狸寝入りを決め込む体勢だな。あのフウナとかいう妹の方、よっぽどお姉ちゃんと離れたくないらしい。

 

「すぅ、すぅ……ぁ、あたしはいつでも、お姉ちゃんと一緒……むにゃむにゃ」

「アイツめ……」

 

 しょうがない。どうしてあの少女に催眠術が効かなかったのかは知らないが、ハッキリと意識があるんなら無理矢理にでも協力してもらおう。

 音無もライ会長も術にあらがってこそいるものの、基本的に怪人の技はその怪人本体を倒さなければ解除することはできない。

 本当ならあの二人のどちらかを連れていきたいところだが、あの様子じゃ戦闘は無理だ。戦えるのはそもそも術が効いてない俺とあの長い緑髪の少女だけということになる。

 

 ついでに俺の風魔法で浮遊させられるのも俺を含めて3人が限界だ。会長と音無に託された以上、意地でもあのシスコン女を連れて行く。

 

「紀依、わたしに任せて。……ほいっ」

 

 昨日の夕食を釣る時に使ってからそのまま背中に背負っていた釣竿を衣月が手に取り、竿部分をフウナの方にポイっと投げる。

 

「引っかかった。紀依、もう少し飛んで」

「了解」

「……えっ。うぇっ! ええぇっ!?」

 

 鮮やかな一本釣りでございます。お見事。

 

「何これェ! わぁー! お姉ちゃ〜ん!!」

「ちょっ、暴れんなコイツ……!」

「揺れる揺れる」

 

 なんとか持ち上げられたので、風魔法を使ってアシスト。

 見事にフウナを手元まで引き寄せることに成功した。サンキュー衣月。

 よし、落ち着いてきたしちゃんと美少女コクモードになるぞ。

 

「は、離してください! あたしはお姉ちゃんと一緒にいるんです! 離してー!!!」

「今こそ姉離れのとき。放っておいたらあなたのお姉さんは眠ったまま。それでもいいの?」

「でも離れたくないんですぅ! お姉ちゃんとあたしは一心同体、いつだって──ハグッ」

 

 わっ! 気絶した!?

 なんで……。

 

「うるさいから、わたしがスタンガンを使って眠らせた」

「衣月おまえ、意外と容赦ないのな……」

 

 釣竿だったりスタンガンだったりと、秘密道具がいっぱいな衣月えもんと厄介なシスコン女を引き連れて、死に物狂いになりながらその場を離脱していく俺たち。

 

 待ってろよ音無、みんな。

 絶対助けにいくからからな!

 

 

「……ハッ! お姉ちゃ──オゴッ♡ ………。」

「この人、うるさい」

「あと何回これやるんだろうな……」

 





またまた朽木_さんに頂いてしまいました 号泣してます 
今回はオトナシちゃんの好感度が高めな時に発生するイベントのCGっぽい仕上がりとなっております

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恋するレズ女/逆転の切り札

 

 

 

 いつだってお姉ちゃんと一緒だった。

 

 他人からの評価を当てにするのなら、お父さんもお母さんも『良くない人』ではあったけれど、あたしにはお姉ちゃんがいてくれたから、それだけでよかった。

 

 いつもどこかへ遊びに行ってしまうお母さんの代わりにご飯を作ってくれたし、お酒に酔ったお父さんがあたしに痛いことをしてくると、お姉ちゃんはお父さんのお股を蹴り飛ばしてすぐに助けてくれた。

 

 勉強が苦手だからか決して優秀ではないけれど、それを補って余りある程に、幼い頃から賢い人だった。

 両親以外の頼れる大人を見つけて、得意な風魔法でお小遣いを稼いだり、人柄の良さで色々な人に好かれたり──とにかく『生きる』ことが上手で。

 

 あたしはそんなすごいお姉ちゃんの後ろにずっと引っ付いてきた。私についてきなさい、ってお姉ちゃんが言ってくれたから、そうするべきなんだって思った。

 

 いつだってお姉ちゃんが何とかしてくれる。

 だからあたしは邪魔にならないよう、お姉ちゃんのサポートをするんだ。

 それだけやっていればいい。

 お姉ちゃんが生かしてくれた命なのだから、死ぬ時だってお姉ちゃんと一緒だ。

 洗脳されたりとか、眠らされちゃったときとか、お姉ちゃんがダメになったならきっとあたしもダメなんだ。

 

 彼女に生かされた命として、彼女と共に生き、彼女と共に散る。

 それがカゼコお姉ちゃんの妹として生まれてきた、このあたし自身の守るべき矜持なんだ。

 

 

 ……そう、思っていたんだけど。

 

 

「うぅ~、おねぇ゛ぢゃ~ん……!」

「よしよし、ゴメンね。ほら、スタンガンはもうポイってしたから、怖くないよ」

「ビリビリぃ~……!」

「もうビリビリしないから、だいじょうぶ。……そうだ、はいコレ。紀依から貰ったアメ、あげる」

 

 白髪の幼い少女から貰ったアメ玉を口内で転がすと、悲しみを打ち消す甘味が口いっぱいに広がっていく。

 おいしい。何これ、うま。

 

「ぁ、ありっ、ありがとうございます。……えと、純白……さん?」

「藤宮衣月。名前でいい」

「は、はい……衣月さん」

 

 ──自分よりも明らかに年齢が低い子に宥められてしまっている。なんと情けない事だろうか。

 

 実はサイボーグという強そうな敵が現れて、お姉ちゃんが負けてしまったのであたしも諦めて死んだフリをしていたのだが、なんやかんやあってこの子とあっちにいる黒い少女──コクに連れてこられてしまったのだ。お姉ちゃんからあたしを引き剝がすなんてもはや誘拐に等しい。

 

 でもしょうがないじゃないか。

 学校以外でお姉ちゃんと離れた事なんてほとんどないんだから、怖くなってしまうのは道理だ。あたしは悪くない。

 ……いや、冷静に考えたらあたしが悪くないワケないのだが、それでも望まぬ状況にされてしまったのは事実だ。怯える程度のことは許してほしい。

 

「さて、フウナ・ウィンド」

「ひゃいっ!」

 

 なにやら離れた場所でスマホを操作していたらしいコクが、振り向いて声を掛けてきた。突然のことだったので思わず声が上ずってしまった。

 

「オトナシとの通信によると、ヒーロー部のみんなはここから少し離れた場所にある、悪の組織の支部に連れていかれたらしい」

「は、はぁ……」

 

 不思議な雰囲気の少女だ。

 衣月に比べれば表情は柔らかい方だが、それでもクールなのは変わらない。

 こんな状況でも落ち着いていられるその様子から精神力の強さが垣間見えた。

 

「助けるためにはあなたの力が必要。協力して」

「……い、いやです」

「どうして?」

 

 だってこの人に関しては悪い噂しか聞いていないから。

 

「お、お姉ちゃんからは……ヒーロー部の秩序を乱す悪い子って、聞いてます」

「わるい子……でも、私のことは二の次でしょ。あなたのお姉さんを助けるためだよ」

「あたしはその、えっと、お姉ちゃんの指示に従うっていうか……お姉ちゃんに言われたこと以外は、するつもりが無いと言いますか……」

 

 依存しているのは当の昔に理解している。自立しろと他人に急かされたことだってある。

 でもあたしは()()()()()()だから、お姉ちゃんを差し置いて勝手に行動したりはしない。

 救出しろだなんて言われてないし、お姉ちゃんがここで終わるのなら私も後を追う。

 そもそもお姉ちゃんが『悪い子』と言っているような相手の指示など従いたくないのだ。

 

「というか、どうせ……レッカさんが何とかしますから」

「今はそのレッカも追い詰められてるの、知ってるでしょ。レッカはあなたの好きな人なのに、助けようとは思わないの?」

「えっ……別に好きな人ってワケじゃないし……」

 

 お姉ちゃんが彼を好きってだけの話だ。あたしが彼と距離を縮めようとするのも、最終的にお姉ちゃんが有利になるためである。

 以前は『姉妹丼だなんて……レッカが変態になっちゃうわ! キャ~!』とか言ってたけど、よく意味が分からないし、あの時のお姉ちゃんは何だか喜んでいたように見えたから、私の行動はきっと間違っていない。

 

「……レッカに救ってもらったのではないの? それが理由で恋をしていたのだとばかり……」

「あ、あの人が救ったのはお姉ちゃんだけですから。別にあたしは洗脳されてなかったし、そもそもレッカさんが恋愛対象になるなんてあり得ないし……」

「あり得ないんだ」

 

 当然。あたしは女の子が好きなのだ。お姉ちゃんには黙ってるけど。

 

 レッカさんに関しては感謝や尊敬こそすれ、恋慕の感情を向けることなどあり得ない。あの人に魅力が無いのではなく、自分の嗜好の問題だ。

 

 小学校の頃に好きになった子は別の中学に行ってしまって、中学に至っては好きな人ができる前に悪の組織に拉致されてそのまま三年が経過したから、恋愛なんて一ミリも経験がないけど。

 しかしあたしの恋愛対象は女の子だ。それだけは分かっている。性格以外での数少ないお姉ちゃんと自分の明確な違いだから、より一層意識してると言ってもいい。

 

 ゆえにレッカさんを好きになる事はない。

 まさかお姉ちゃんが恋してる人を本気で好きになったりなんかしないし、そこに男の人に惚れることは無いという自分自身の線引きも相まって、彼に恋焦がれるなど二百パーセントあり得ないのだ。

 

「な、なのでお姉ちゃんの指示が無い限り、あたしは何もしません。第一あなたの言う事になんて従いませんから」

「…………そう。わかった」

「えっ」

 

 突っぱねるように言った自覚はあるのだが、まさかそこまで興味がなさそうにすんなりと受け入れられるとは思っていなくて、面食らってしまった。

 

 ……お、怒らせちゃったのかな……?

 

「夜も遅いし、今日のところはここで野営する。捕まった皆もまだ牢に閉じ込められてるだけみたいだから、具体的な解決法は明日考えよう」

「は、はい。……ぁっ、いえっ! あたしには関係ありませんけど!」

「コレは指示じゃなくて提案なんだけど、きっと夜は冷えるから焚火に使う枝は拾ってきた方がいいと思う。どうかな」

「それは……まぁ、はい、そうですね……」

 

 自分だって焚火に当たるのだから、そこを人任せにするのは流石にマズい。

 てかこれは指示に従ったわけじゃなくて、提案を吞んだだけだから。うん。

 

 

……

 

…………

 

 

「アダッ!!」

 

 燃やすための枝を集めている最中、少々ぬかるんだ地面に足を取られ、そのまますっ転んでしまった。

 

「いたた……うぅ、膝擦りむいたぁ」

「……ヒーロー部って、転んでケガをする伝統でもあるの?」

「あっ、コクさん……」

 

 膝を抱えて涙目になっているあたしの所に、よく分からないことを呟きながら駆け付けるコク。

 その手にはリュックの中から取り出したと思われる、小さな救急セットが握られていた。

 

「まったく。手当てするから、動かないで」

「わ、悪いですよ……」

「少しくらい頼ってくれてもいいでしょうに。今日だけは一緒に夜を過ごす仲間なんだから」

 

 少し呆れた様子でぼやきつつ、彼女はあたしの傍に座り込んだ。

 

 

「……えっ?」

 

 

 その艶やかな黒髪が似合う凛々しい外見からは想像できない──蹲踞の体勢で。

 

 彼女が着ている制服っぽい服装の下はスカートなのだが、もはやミニスカートと言っても過言ではないほど丈が短いソレでは、中のパンツが見えそうになってしまうではないか。

 

わ、わっ、わぁ……っ!」

「……? 膝が汚れてるから、水でちょっと洗うね。染みると思うけど我慢して」

「アヒッ!?♡」

 

 見え隠れする下着に目を奪われた矢先に、ペットボトルのミネラルウォーターを膝にかけられ、思わず変な声をあげてしまった。

 染みた痛みというより、意識外からの攻撃に驚いた感じだ。

 やばい、パンツ見えそうだったから油断してた。無意識に見ようとしちゃってたけど、バレたかな……?

 

「ご、ごめん。そんなに痛むとは思わなくて……」

「ぃいいえ! いえいえっ! ごめんなさいッ!」

「何で謝るの……?」

 

 気づいてないのか!? こっ、ここ、これって指摘してあげた方がいいのかしら!?

 

「濡れた膝を拭く。さすがにもう痛くはしないから、だいじょうぶ」

「…………ぁっ」

 

 気を遣ってもっと丁寧に手当てをしようと考えたのか、コクは更に私の方へ接近してきた。

 密着する一歩手前だ。

 端的に言って近い。

 

「……ほっ……おっ」

 

 黒髪が揺れる。

 瞬間、甘い香りが鼻腔を通り抜けた。すると、何だか下腹部が微妙に疼いた。

 

「絆創膏を張るね」

「ぁはいっ。……あ、あの」

「なに?」

「その……少し、丁寧にお願いできますか」

「えっ」

 

 自分でも何を言っているのかわからない。

 もう少しだけ彼女の髪の匂いを嗅ぎたかったせいなのか、咄嗟に出た一言だった。

 丁寧にやるというのは、ゆっくりと作業するという事。

 ゆっくりやれば……それだけ時間もかかる。

 時間がかかれば……匂いが、嗅げる。

 

 やばい何だろう、あたしってもしかして変態なのかな。

 

「わかった。さっきは痛くして、ごめんね」

「だっだ、大丈夫です…………っ、んひ」

「……鼻息が異様に荒いけど、本当に大丈夫? 体調が悪いの?」

「はいっ、はい、はい。あっ、いいえ。体調は良好です、ご心配なく」

「そう……」

 

 いけない。自分では気づかなかったけど、鼻息が荒くなっていたのか。もう少し意識して気をつけないと。

 ていうか変なにやつき顔になってないよね? ポーカーフェイス、冷静な顔をしないと。

 

「……フウナ」

「な、何でしょうか」

「その……無理やり連れだして、ごめんね。お姉さんのことは必ず助けるから、安心して」

 

 ──儚い微笑みを見せる、漆黒の少女。

 燦然と星々が煌めく、あの夜空に浮かぶ月明かりと相まって、まるで妖精と見紛うほどに彼女が神秘的に……美しく見えた。

 

「ほら、肩を貸すから。一緒にキャンプ場所まで戻ろう」

「は、はひ……」

 

 なんなの、この子めっちゃ優しいじゃん。

 

「あ、そうだ。フウナは、ご飯はたくさん食べる人?」

「えと、それなりに……育ち盛りなので……」

「それなら私の缶詰めも分けてあげるね。無理やり連れてきちゃったお詫びだから、遠慮せずに食べて」

 

 妙に優しいし距離が近いし、もしかしてあたしが好きなのか? 

 コイツもしやあたしの事が好きなのか?

 わかんないわかんない。大事な思春期は悪の組織で過ごしたから、女の子との距離感わかんない。

 

 そういえばレッカさんのお友達のキィ君が入部した後、なんやかんやあって彼が持っていた漫画を借りたことがあったけど、そこでは同じ学年の男の子を優しさで勘違いさせる善意百パーセントの女の子が登場していた。

 これもアレか。

 善意からくる勘違いなのか?

 

「……あの、コクさん。集めた小枝、転んだ場所にそのまま置いてきちゃいましたけど……」

「フウナは気にしないでいい。私が後であなたの分も、まとめて拾ってくるから」

 

 いや違うわ。コレ善意じゃなくてあたしに対して優しいわ。あたしの事少しだけ特別な目線で見てるわ。

 確実に中学生の男子みたいな勘違いじゃない。彼女は街の中で初めて会ったあの時から、レッカさんと話しているように見えて、実はあたしを見ていたんだ。そんな気がする。

 だからこんなに優しいし、気も遣ってくれる。実はあたしの事が気になっていたのだ。だって優しいし。

 

「…………」

「……? なに、私の顔になにか付いてる?」

 

 待って、気づいた。

 コクさんめっちゃ可愛くね? いやかわいい。小学校での初恋なんか吹き飛ぶくらいかわいい。なにより多分あたしのこと好きかもだし、それも相まって超かわいい。

 えぇ……好き……。

 

「衣月、ただいま」

「おかえりなさい、きっ……コク」

 

 あたしを切り株に座らせたあと、抱き着いてきた衣月の頭を撫でるコク。

 

「一人にしてごめんね、衣月」

「いい。別に、怖くなかった」

「そっか、衣月はえらいね。はい、ほっぺむにむに」

「んんぅ……」

 

 年下をあやすママみまで会得してるってのか。どこにも隙が無いじゃないか。何だあの完璧な美少女は。

 

「フウナ。私は衣月と一緒にさっきの枝を拾ってくるから、火の管理をお願いできるかな」

「まっかせてください!!!」

「う、うん。ありがとう」

 

 頼られてしまったからには成し遂げないと。もうカッコ悪いところは見せられないと、あたしの本能が強く叫んでいる。

 

 

 お姉ちゃん、ご報告があります。

 あたしは本当の恋というものを知ってしまったかもしれません。

 アナタがいなければ何もできなかった自分ですが、もしかしたら何かが変わった可能性があります。

 きっかけというのは本当に些細なものなのですね。

 

 

「……んぁ、いつきぃ? ねむれねぇ、なら……こっちこい……」

「ア°ッ」

 

 深夜。

 ふと目を覚ましたら、寝ぼけているのか異様に口調がワイルドになったコクさんに、衣月さんと勘違いされて手招きされたので、コレはフリでもう絶対この人あたしのこと好きだろワイルドな口調もギャップ萌えです好きって思いながら同じブランケットを被って眠りました。めちゃくちゃドキドキして眠れなかったです。

 

 

 

 

 翌日。

 

 寝ぼけてフウナと一緒に寝てしまった俺は自分を戒め、衣月をフウナに任せて一人で組織の支部へ赴こうとしたのだが、意外にもそれはフウナ本人によって止められた。

 予想していなかった。こういっては何だが、彼女の意思はもっと希薄な物だと思っていたから。

 どうやら昨晩の『めっちゃ相手を尊重して優しくすれば少しは心開いてくれるんじゃね作戦』は少なからず成功していたようだ。

 

 で、現在はというと、ヒーロー部さまから直々に風魔法の上手なコントロール法を伝授してもらっていた。

 少しでも能力を向上させた状態で殴り込みをかけた方がいい、とのことだったから、俺はかなり真面目に修行に取り組んでいる。

 

「こ、コクさん、もう少し指先の力を抜いて」

「うん」

「腕の位置はそうじゃなくて、あとちょっと上です。あたしが調節しますね。……手、柔らかいですね」

「えと、ありがとう……?」

 

 ……つーかセクハラされてるだけのような気もするんだが。

 今は後ろから腕の位置を調節してもらっているのだが、余計に手のひらをぷにぷにしてきたり、無駄に後ろから腰を密着させてきたりと、明らかに俺を触りに来ている。

 

 気づかないとでも思っているんだろうか。中学生でももう少し節度があると思うんだけど。

 

「……フウナ。どうして私の髪の匂いを嗅いでいるの」

「わひゃっ!? かっかか、嗅いでなんかいませんよ! 近すぎましたね、ごめんなさい!!」

 

 無知っ娘を装って釘を刺すと、案外簡単に手を引いた。

 なんというか怪しげな感情をひた隠しにしているというより、単に性欲が暴走しているだけな気がしてきた。

 

 多分コイツは女の子が好きなんだろう。昨日だって散々俺の太ももとかをねっとりした視線でチラチラ見てたし、例えるなら女子を性的に意識し始めた男子中学生みたいなモンだ。

 別に何が好きだろうと文句なんかあるわけないが、時と場合ってものは意識して欲しいところだ。今はどう考えてもコクをセクハラしている場合ではないだろう。

 

「あのあぁのっ、本当にごめんなさい……! そんなつもりじゃなくて……すみませんっ、ごめんなさい!」

 

 思ったよりも殊勝な態度だ。本当にただ一瞬性欲に負けていただけで、実はそこまで悪い子ではなかったりするのだろうか。

 中学校時代の三年間を悪の組織で過ごしたことは、既にレッカから聞いていた。彼女の精神の成長は三年分止まっていたと考えてもいいのだ。

 俺もそこを加味したうえで、このフウナ・ウィンドという少女とコミュニケーションを取らなければいけないはずだ。

 

「大丈夫。別に気にしてないから」

「そ、そうですか……?」

「うん。それより私は、フウナが一緒に戦う気になってくれたことが、嬉しい」

「ぁっ、えと、あたしは……」

 

 ここはもう少し都合よく振る舞ってあげた方が吉だろう。

 まさかコクに対して本気で恋をしているとは思えないが、性欲を向ける対象になっている以上、こちらが提供できる対価というものが存在することになる。

 

 こうやって言うとマジで悪役のセリフに聞こえてくるが、彼女にはもうちょっと俺の為に”協力”して頂こう。

 音無やヒーロー部のメンバー、なによりレッカを助けるためだ。手段を選んでいる場合じゃない。

 

 くっくっく、覚悟しろよお嬢さん。俺の体を触ったからには、同じく労働(からだ)で払ってもらうからな。

 お前はセクハラする女の子を間違えたんだぜ──!

 

「私、フウナのこと……結構好きだよ」

「ッ!!!?」

 

 ……こんなに分かりやすく動揺することある? ちょっと心配になってきちゃったわね。

 い、いや、ここは心を鬼にする時だ。

 今こそ漫画で読んだ『童貞を勘違いさせる女の子ムーブ』でコイツを上手く乗せないといけないのだから。

 レッカにやってた美少女ムーブとは系統が少し異なるけど……がんばるぞ!

 

「一緒に戦う事が出来れば、私たちもっと仲良くなれると思うんだけど……どうかな」

「どどっど、どうって! あの、はいっ! 戦いましょう! 一緒に! 頑張ります!!」

「ありがとう、嬉しい」

 

 そしてここで使うのは、コクとしては珍しい照れ顔だ!

 

「えへへ。やっぱりフウナは優しいね」

「……そ、そうですかね? まっ、まぁ、人として当然のことですよ」

 

 隠してるつもりだろうけど死ぬほどニヤついた顔だからな。チョロすぎないかこの子。

 

「それでも嬉しい。一緒にがんばろ、フウナ」

「えぇっ、はい! ぜひ! 一緒にお姉ちゃんたちを救出しましょう!」

 

 

 というわけで(一時的に)風使いの妹ちゃんが仲間になったのであった。

 

 理由や経緯はどうあれ、彼女はお姉ちゃんの指示ではなく、自分で考えて行動が出来るようになったワケだ。それに関しては素直に喜ばしい事だと信じよう。

 

「よーしがんばるぞぉ……! い、衣月さん! あたしの背中に飛び乗ってください!」

「はい。……わ、すごい、浮いてる」

「ご指示を!」 

「進め、我が足」

「御意ッ!」

 

 目を離した隙に衣月とも仲良くなってた。衣月がフウナの背中に立って空を飛び回っていて、まるで筋斗雲に乗る孫悟空みたいになっとる。かわいいなアイツら。

 精神年齢で言えばそこまで離れてないから、もしかしたら相性もいいのかもしれない。楽しそうで何よりです。

 

 よし、俺も行くか。

 学友たちを助けるために、悪の組織の支部へ突撃隣の晩ごはんだ。

 

「コク、自分で空を飛べるの、ズルい」

「あとでフウナに風魔法を教えてもらいな」

「いいの?」

「えへへ、いくらでも伝授しますよ衣月さん。あたしは風魔法だけが取り柄ですから」

「……やっぱり、風菜(ふうな)の背中に乗るのも、悪くないかも」

 

 お、ようやっと名前で呼んだ。やっぱり懐いちゃったみたいだな。

 相性良いってのもあながち間違いじゃなかったかも。

 

「……もっ、もしかして衣月さんもあたしの事が好きなのか?

 

 マジで節操ねぇなコイツ……。

 

 

 



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忍法・ヒロイン奪いの術

 

 

 

 なんやかんやあって、俺たちはサイボーグの撃破に成功した。

 

 もう少し詳しく説明すると、ヤツは門番のように支部の入り口の前に立ち塞がっていたのだが、衣月が投擲したクナイを俺と風菜の風魔法で超加速させた結果、サイボーグの頭部を粉々に打ち砕いて勝利した──という流れだ。衣月はあらかじめ音無からクナイを一本持たされていたらしい。

 

 しかし勝利の喜びも束の間。

 どうやらサイボーグは量産されていたらしく、この組織支部のいたるところに配置されていることが分かってしまった。

 割と苦労して倒した敵だっただけに、そいつが量産型の内の一体だということが判明したときの落胆も大きかった。

 

 だが風菜と衣月の励ましによって再起し、とりあえず先に仲間の開放をしようということで、風菜に衣月を任せて二手に分かれ、俺は怪しげな地下のほうへと降りて行った。

 そこで見つけたのは──

 

 

「…………コク」

 

 

 大きな廊下で、燃え盛る炎の剣をその手に握ったレッカが、脱力したように立ち尽くしている。

 その周囲には木っ端微塵に破壊され尽くした、あのサイボーグの残骸が散乱している。

 燃えた痕跡や廊下中に漂うコゲ臭い匂いから察するに、これはすべてレッカが片付けたものなのだろう。

 

 ……えっ、なにこれ。

 覚醒イベントか何か?

 

「レッカ、これは」

「見ての通りさ。皆を処刑させないために、すべて僕が倒した。どうやら在庫はまだまだ残ってるみたいだけどね」

 

 いやいやもうこの際、サイボーグの残存兵力だとかはどうでもいい。

 あの、れっちゃんが異様にクールな男になっちゃってる方が不思議でならないんですけど。

 てか起きてるし。あの催眠状態から自力で覚醒したのか。

 

「きみのおかげだよ、コク」

「私……?」

「僕はアポロとの日常という夢に囚われていたんだ。とても心地良くて……平和な日々だった」

 

 催眠状態のときはみんな夢を見せられてたらしい。ありがちな夢の世界ってやつだな。

 でも、何でよりにもよって俺との起伏のない日常が夢なんだろう。

 そこはヒーロー部の女の子たちとアレコレする最高のハーレム桃源郷じゃないのか?

 まったく夢がない奴だな、どんだけ俺のこと好きなんだよ。照れるからやめれ。

 

「でも、きみの存在が僕に違和感を与えてくれた。親友を奪ったキミがいたからこそ、僕は()()で目を覚ますことができたというワケだ」

 

 あれ、今ちょっと不穏なワードが聞こえた気がするんだけど、気のせいかな。

 

「夢なんかで満足したりはしないよ。僕は僕のあるべき日常を取り戻すつもりだ」

「レッカ……」

 

 やばい、怖くて一歩下がっちゃった。

 しかしそれを縮めるように一歩俺に近づくレッカ。持ってる武器の剣先が床を削って、嫌な金属音を立てた。

 

「コク」

「……ッ!」

 

 全身から殺意が溢れ出てるんですけど。

 これもしかしなくてもこの場で殺されちゃうヤツか?

 

「アポロの事も、キミのこともまとめて救う。……親友曰く僕は『主人公』ってヤツらしいからね。僕の大切な人は誰一人死なせはしない」

 

 あっ、言葉通り主人公っぽいセリフだ。

 よかった~。

 

「だから今ここで、そのペンダントを回収する」

 

 よくなかった~。

 

「渡せ、コク」

「む、むり……」

「ダメだ、渡してアポロを解放しろ。君の体の媒体が必要なら僕を使え。必ずきみをペンダントの牢獄から救いだしてみせる」

 

 目が据わってる。もうマジのマジだ。

 夢での体験がトリガーになってしまったのか、もはやあの優柔不断で迷いながら歩くレッカはどこにもいない。

 

 そこで俺はようやく理解したのだ。

 今のコイツには以前なかったものがある。

 

「拒否をするようなら力づくでそれを回収させてもらうよ」

 

 たとえそれが相手を傷つけるような選択であったとしても、今のレッカには()()()()()()()()()──

 

「コク……そこを動くなッ!」

 

 ──そんな『スゴ()』があるッ!!

 

「にっ、逃げるが勝ち……ッ!」

「なにッ!」

 

 足に風魔法を使用して加速し、レッカの股下を通り抜けて彼の背後へ。

 

 俺にはメインヒロイン面した謎の美少女ごっこを最後までやりきるという『覚悟』がある。その意思を貫き通す為にも、誰一人助けていないこんな中途半端な状態で捕まるワケにはいかないのだ。

 ついでに膝カックンもして転ばせといてやる。

 

「ほい」

「あぅっ!」

 

 ひゃっひゃっひゃ! かわいい悲鳴じゃあねぇかッ! 

 めっちゃ怖いから俺はこのまま音無を見つけて逃げさせてもらうぜェーッ!

 

 

 

 

 鬼のれっちゃんから死に物狂いで逃走して、数分。

 音無とライ先輩を除いたヒーロー部のみんなが投獄されている牢屋を見つけた俺は、管制室から持ってきた鍵を使って彼女らを救出した。

 残るは我が相棒こと後輩ニンジャと、精神力がカンストしてるあの生徒会長だけである。

 

 ……なのだが。

 

「で、レッカくんはどこにいるの? アナタまさかレッカくんを囮に使ったわけじゃないよね?」

「……」

「あんたフウナのこと連れて行ったらしいわね!? 何処にいるのか答えなさい! あと一日だけ妹のお世話してくれてありがとう!」

「…………」

「ちょ、ちょっとお二人とも! そんな質問攻めをされたら、コクさんが困ってしまいますよ!」

 

 四人で廊下を走りながら、横にいるコオリとカゼコにめ~ちゃめちゃ因縁をつけられてる。そろそろ鼓膜が破れそうだ。

 なぜかヒカリが味方というか、仲介をしてくれているおかげでギリギリ『残りの仲間を見つける』という方向性で場の雰囲気は纏まってくれているのだが、もし彼女が一緒じゃなければ、きっと今頃ポコポコにされていたに違いない。

 

 金髪お嬢様が彼女らと同じ牢屋にいてくれて、本当に心底助かった。

 ありがとうございます……時間が出来たら一緒にお茶しましょうね……。

 

「んっ」

 

 戦闘訓練場、という標識が張られた大広間のような場所に出た。

 広さで言えば学校の体育館程度の面積だ。

 この支部の中央に当たる場所なのか、周囲にある出入口の数がかなり多く、ほぼどこからでもこの訓練場にたどり着ける仕組みになっているらしい。

 

 つまり──迷ったらとりあえずこの訓練場に行きつくというワケだ。

 

「あっ、みなさんあちらっ、ライ部長ではなくて?」

 

 ヒカリが指さした場所には、電撃を纏った鉄パイプでサイボーグを数体倒したように見える、少々息切れした様子のライ会長が立っていた。

 やはり会長も施設内を歩き回って、結果的にここへ流れ着いてしまったようだ。

 

 ……それにしても、会長といいレッカといい、一度負けた相手には普通に勝ってしまうあたり、戦闘能力の成長スピードが早すぎないだろうか。俺なんか風魔法がちょっとうまく使えるようになっただけなのに。

 

「フウナとオトナシはいないみたいね。館内放送でレッカが脱獄したのは知ってたけど、まさか部長まで牢屋をぶっ壊してたなんて、マジで驚きだわ……」

「流石ライ部長だねっ!」

「わたくしたちの部長は無敵ですわ~!」

 

 会長の最強っぷりを見せつけられて、思わず語彙力が低くなるメンバー三人。

 それだけライ会長の姿が鮮烈に見えているのだろう。やっぱすげぇ人だわ。

 ていうかこの三人とも、こうして見るとレッカよりライ会長に対してのほうが好感度高そう。理想的な上司なんだろうなきっと。

 

「はぁっ、はぁ……むっ」

 

 俺のチームにも率先して前に立ってくれるリーダー欲しいな~、とか思いながら彼女らを眺めていると、会長が気づいてくれた。

 他の部員を差し置いて、いの一番に俺との視線が合わさっちゃったので、会長はもしかすると俺のことが好きなのかもしれない。

 

「よかった、みんな無事だったか。……おや、コクもいたんだね」

 

 全然俺のことなんか気づいてなかったから、さっきのは自意識過剰だったようだ。恥ずかし。

 もう俺から話しかけちゃおう。

 

「ライ会長も、無事でなにより」

「ふふ、ありがとう。……なるほど、その様子を見るにきみが彼女らを牢から出してくれたんだね。部長として礼を言わせてもらうよ」

「どういたしまして」

 

 ライ会長も俺たちの方へ合流し、早くも五人揃うことが出来た。ちょうど戦隊ヒーローみたいな数だ。

 肝心の赤色であるレッカが見つからないけど、アイツどこ行ったんだろう。

 てっきり俺の後ろから追いかけてくると思っていたけど──

 

 

「コク! 見つけたぞッ!」

 

 と、そこまで考えたところで、正面の出入り口からレッカが入場してきた。なんか衣月を肩車した状態で。

 てか後ろに残りのメンバーだった音無と風菜もおるな。合流できたようで何よりだ。

 

「あら、レッカ様ですわ。オトナシちゃん達もいますわね」

「フウナー! お姉ちゃんよー! 怪我とかないー!?」

「よかった……これでヒーロー部は全員集合ですね、部長」

「あぁ、そうだな。……しかし、妙だ。組織の支部という割には、敵の人員が少なすぎるような気もする……」

 

 会長のフラグっぽい独り言はさておき、俺が手を振ると、肩車でレッカの上に乗ってる衣月が手を振り返してくれた。あいつら親子みたいだな。

 

「……みんな、コクと一緒にいたんだな」

「えぇ、彼女がわたくし達を助けてくれたのですわ。レッカ様はオトナシさんを?」

「まぁ、ね。ほとんどフウナのおかげだけど」

「エッヘン!」

「さすがフウナ! お姉ちゃん鼻が高いわ!」

「あれ……? ふ、フウナちゃんもしかして、独り立ち出来るようになったの?」

「ふっふっふ、驚きましたかコオリ先輩。もう以前までのお姉ちゃんにべったりなフウナ先輩ではないんスよ!」

「えぇ~ッ!? すごい成長じゃん!」

 

 ……もしかして、ヒーロー部同士の会話って、あんまり知能指数が高くない感じなんです……?

 思ったよりもほんわかした空気が流れてて安心した。これが部活メンバーの雰囲気ってヤツか。

 

 あぁ、いや、これが当たり前なんだよな。

 実際の所、因縁がバッチバチなのは俺とレッカだけだもんな。

 

「……コク」

「レッカ……」

 

 なんだかレッカと俺の所属チームが正反対になったような状態で、俺たち以外のみんなが離れた状態で会話をしている。

 いつも主人公と一緒だったメンバーは俺の周りに。

 女に変身して逃げ出したわる~い友人キャラの仲間は、彼の方に。

 

 まるでメンバーの交換会でもやるような雰囲気だ。見事に逆のパーティになってしまっている。

 

「みんなを助けてくれた事には礼を言うが、きみ自身のことに関しては別の話だ」

「こっちもそう。音無を解放してくれたことは感謝してるけど、衣月に肩車してもいい許可を出した覚えはない」

 

 バチバチと視線がぶつかり合う。けど周囲の雰囲気が悪くなる様子はない。この子たち肝が据わりすぎてない?

 

「コオリ、こっちに来るんだ」

「あ、うん」

「衣月、おいで」

「わかった」

 

 レッカの上から飛び降りた衣月がポテポテと小走りでこっちに向かってくる。

 それとすれ違うようにして、コオリがレッカの元へ行った。

 まずは一人だな。

 

「他のみんなも戻ってきてくれ」

「えっ、ズルい」

 

 一気にメンバーをゴッソリ持ってかれてしまった。これが主人公力の違いか……。

 俺の元に残ったのは衣月だけだ。構図的には『ヒーロー部 vs 白黒姉妹』みたいになってるけど、こんなん勝ち目がない。

 けど、諦めないからな。

 俺はまだ美少女ごっこをやめるつもりはない。雰囲気なんかにゃ負けねぇぞ。

 

「コク、僕たちは一年間街や国を守ってきたヒーロー部だ。警察に組織のスパイがいたとしても、僕たちなら君を守れる。その少女だって例外じゃないんだ。二人も来てくれ」

「……どうするの、紀依」

 

 ふっふ、愚問だな。この程度じゃ狼狽えたりしないぜ。

 

「行かない。レッカ、あなたは私のペンダントを奪おうとした。だから絶対に仲間にはならない」

「……アポロを解放するためだ。自由に行動がしたいなら、僕の体を使ってくれればいいじゃないか。これ以上僕の親友を巻き込むな」

「これはアポロの意思で、ペンダントは私と彼を繋ぐ絆。あなたにこれを渡す理由は無い。……コレを奪うということは、アポロの覚悟を踏みにじる事でもあることに、気づいているの?」

「だとしても、だ。彼の気持ちは尊重してやりたいが、キミと一緒に死なれたらたまったもんじゃない」

 

 どうしても拒否するなら実力行使も辞さない──といった雰囲気を感じる。

 

 いいじゃないか、面白くなってきやがった。

 ようやくレッカも本気モードになったという事で、こっちも隠しヒロインムーブに熱が入るってもんだ。

 

 意地でも衣月は俺が送り届ける。ヒーロー部の力を借りた場合のリスクとリターンを考えても、それが美少女ムーブしつつ安全に衣月を旅させる最善の選択だ。なにより両親との約束がある。

 ここで仲間になったらハーレム入りだから、絶対に仲間にもならない。絶対に、だ。

 

「あなたには従わない。前にも言ったでしょ、アポロを取り返したいのなら、私を殺せって」

「……っ」

「友人を自分の手元に戻すための選択肢は、このペンダントを破壊する事だけ。誰もかれもがあなたの輪の中に入るわけじゃない。私はヒーロー部にはならない」

 

 まだ攻略なんかさせないぜ、親友。

 漆黒は攻略難易度も攻略手順も一番面倒くさいヒロインなんだ。根気を見せてもらわないと困る。

 それに俺がここで仲間になったら、決死の想いでヒーロー部を裏切った後輩の意思を無駄にすることになるからな。

 もうレッカと一緒に戦えば万事解決、だなんて単純な話じゃないんだ。

 

「だったら力づくで──ぁっ。……お、オトナシ?」

「ごめんなさい、レッカ先輩」

 

 レッカが実力行使に出ようとしたその時、音無が前に出た。

 彼女はそのままスタスタと前へ進んでいき、ついに俺の隣に来てから彼の方へ振り向いた。

 

「私は……こっちに付きます」

「な、なにを言ってるんだ、オトナシ。コクの正体が判明したいま、状況は変わった。すぐにでも保護して、アポロの安全を確保するべきじゃないか」

「レッカ先輩がいなくても、あの人は大丈夫です」

「……ッ! バカな事を言ってないで戻ってくるんだ!」

 

 音無は不動を貫く。衣月の手を握り、真っ向からレッカと対峙する。

 

「戻りません! 先輩も衣月ちゃんも──私が守ります!」

「オトナシ……」

「あの、あたしもあっちに行きますね……」

「ちょ、フウナ!?」

 

 ついでに百合女もこっちに来やがった。

 なんでやねん。

 

「レッカさん、今までありがとうございました。……えへへっ♡」

 

 おい引っ付くなバカ。

 何これ、共闘はしたけど仲間に誘った覚えはないんだが。

 てかなんでそんなホイホイ主人公を裏切れるの? 裏切りのバーゲンセールかよ。

 悪いこと言わないからお前は戻れって……。

 

「な、何だ、そのフウナの態度は。明らかにキミに惚れているぞ。一緒に過ごしたのはたった一夜のはずだろ」

「そのはずなんだけどね……」

「まっ、ま……まさかえっちな事をしたのか!?」

「あの主人公スゴイこと言い出した」

 

 するわけねーだろ!!!!

 何だよアイツ、クールになったかと思ったら全然そんな事なかったぞ!?

 

「きみは魔性の女だ……ッ!」

「あなたも女の子を侍らせてるけどね」

「黙れ! 実際に手を出したきみの方が罪深いぞ! もしやオトナシにも──あギャッ!?」

 

 突然レッカの額にクナイがぶっ刺さった。

 もしやと思って隣を見てみると、顔を赤くした状態で、若干怒った表情の音無さんがいらっしゃった。こわい。

 

「男子って本当、ばか……ていうか先輩、変な設定増えてませんか」

「ウッ……で、でも、レッカのあれはやりすぎじゃない?」

「うるさいです。言っておきますけど、あれセクハラですからね」

「ぉ、オトナシ……? いたい……」

「今のは確実にレッカくんが悪いと思うよ?」

 

 コオリさんの冷たい一言がグサリと刺さったのか、落ち込む親友。なんだか哀れに見えてきた。

 同じ男として庇ってやりたいところだが、今は敵対してるから無理だ。ごめんよれっちゃん……。

 

「こらフウナ! お姉ちゃんのとこに戻ってきなさい!」

「あっ、あたしは恋を知りましたッ!!!」

「えっ……。そ、それだと、無理強いはできないわね……」

 

 あの姉妹いろいろ感覚がおかしくない? これ俺が変なの?

 

「それなら三日に一度は電話をすること! いいわね!?」

「わかった! ありがとうお姉ちゃん!!」

「いいのよ……わたしは妹の恋路を邪魔するほど、野暮な女じゃないわ……」

 

 野暮な女であってほしかった。

 

「コク、きみはやっぱりオトナシとフウナを……!」

「忍法・ヒロイン奪いの術でござる。にんにん」

「キサマぁ゛ッ!!!」

 

 俺すらも思考放棄をしてレッカを煽り始める始末だ。

 もう、今すぐこの場から逃げ出したい。

 

 

 ──と、そう思った矢先のことだった。

 

 

 

『施設爆破までのカウントダウンが三分を切りました。館内に残された職員並びに戦闘員は、早急に地下室の脱出用ポッドまでお急ぎください』

 

 

 

 そんな館内放送が、辺り一帯に響き渡った。

 

 ……そういえばだけど、ライ会長が何かフラグっぽいことを言ってた気がする。

 

「……なるほど、やはりな」

「ど、どういうことですの、ライ部長?」

「この組織の支部の中にいた敵が、サイボーグしかいなかった理由だよ。ここ自体を爆発させて、わたし達を一斉に亡き者にしようとしていた──という事さ」

 

 ドヤ顔でいう事だろうか。

 てか悪の組織めっちゃバカなことするじゃん。何で捕まえたいはずの俺と衣月がいるのに、建物ごと爆破させようとしてたの? もしかして俺たちが戦ってる間に、外で何かあった?

 ……冷静にこの状況、めちゃめちゃヤバくないか。

 

「敵だ味方だ、という話は一旦保留だ。まずは部員一同、地下に向かって……」

 

 スゥっ、と息を思い切り吸って、一言。

 

 

「──走れぇぇぇぇッ!!!!」

 

 

 そんな部長の叫びによって、バラバラだったこの場の全員の気持ちが、一瞬にして同じになったのだった。

 

 



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氷が溶ける温かさ

(R15タグ)いる……?


 

 

 結論から先に言うと、地下室の脱出用ポッドは、いわゆるワープ装置というものだった。

 

 車の運転席一つ分くらいの座席が内側に付いた、丸い鉄の塊が脱出用ポッドだ。なんかドラゴンボールで見たことありそうなフォルムしてたな。

 で、俺たちはその脱出ポッドがある地下室へ向かう道を、何度も何度もサイボーグたちに阻まれた。

 レッカに先頭を切り拓いてもらったり、音無に衣月を託したりなど道中諸々あって、結果的に最後尾を走ることになったのは俺だった。

 

 ライ会長の『今は自分の身の安全だけを考えろ』という一喝によって、皆は心苦しい思いをしながらも、脱出用ポッドに到着した人から順に次々とポッドを起動して脱出していった。

 一番最初にポッドに着いたヒカリの情報によって、ポッドにはワープ先を任意の場所に指定できる機能があると知ったため、会長の指示でワープ先はみんな『沖縄』に統一することにした。

 

 つまり上手くいっていれば、本来の目的地である沖縄にヒーロー部全員揃って集結する事が出来る、というわけだ。

 会長がどうして沖縄を選んだのかは分からないが、死に物狂いだったので質問なんて出来なかった。

 音無から聞き出したか、俺たちの会話をどこかで盗み聞いていたのか……ともかく目的地に行けるなら何でもよくて。

 

 ついに脱出用ポッドの部屋に着いた俺の目の前には、たった一つしかない脱出用ポッドと、それに乗り込もうとしているコオリ・アイスの姿だった。

 どう見ても一人乗りでしかなかったが、死にたくない一心で俺は突撃。

 コオリの胸に飛び込んだ瞬間にポッドの扉が閉まり、館内放送で爆破までのカウントダウンが残り三秒を切っていたため、ワープ先の設定などしている場合ではなかった。

 

 簡単に言うと、俺とコオリはワープ先が()()()()の状態で、命からがら悪の組織の支部から脱出したのであった。

 

 

 ──そして、現在。

 

 

「……さむい」

 

 俺たちは見知らぬ場所にいた。

 

 具体的に説明すると、猛吹雪が吹き荒れている、動植物が全く存在しない極寒の山岳地帯にワープしていた。

 パッと見た限りでは、ヒマラヤ山脈を彷彿とさせるような場所だ。もしかしたら日本ですらなく、南極大陸にでも飛ばされてしまったのかもしれない。そう思えるほどに異質で非日常的な寒冷地帯だった。

 雪と氷と岩壁しか存在しない、確実に生物が生存できないような冷気の牢獄。

 まるで冷凍庫の中に入ってしまったんじゃないかと錯覚してしまうほど、絶望的で今にも凍え死んでしまいそうな場所だった。

 

 そんな何処かも分からない所で、防寒具はおろか厚手の上着すら持っていない俺とコオリは、唯一冷気を遮断できて尚且つここを脱出するただ一つの希望であるワープポッドの中で、身を寄せ合って寒さを耐え忍んでいた。

 

 ポッドのワープにはエネルギーの再充填が必要であり、中にあった非常用のバッテリーを詰めた結果、ポッドそのものの再起動も必要だという事が画面に表示された。

 ワープ機能を再起動させるために必要な時間は、約十二時間。

 

 

 つまり、外に出たら三分で絶命してしまいそうな、この極寒の地獄で半日を過ごす、ということだ。

 死刑宣告にも近いその状況に絶望しかけながらも、俺とコオリは一縷の望みをかけて、一人用の狭いポッドの中で互いを励まし合うのだった。

 

 

「……キィ君。私のワガママを聞いてくれて……コクちゃんと交代してくれて、ありがとう」

「ぉ、おう」

 

 エロ漫画を熟読している人間から見たら、まるで対面座位でもしている様な体勢。

 男に戻った俺の膝上に、コオリが正面から座っている。

 

「……本当に良かったのか? こうしてくっ付いて温め合うなら、女であるコクの方が……」

「いいの。私、あの子が苦手だから」

 

 時間制限のこともあったのだが、何よりコオリからの希望で俺はコクからアポロの体に戻っていた。

 体の大きさによる面積の圧迫や、性別を鑑みてもコクのままの方がいい気がしたのだが──まぁ、こんな状況だ。

 余計な争いを生み出しては元も子も無い。今はコオリの望むことをしてやった方が、お互いに精神的にも安定するだろう。

 コオリがあらかじめレッカから、俺とコクが肉体を共有していることを聞いていてくれて助かった。

 

「キィ君……あの、シャツのボタン、外してくれる?」

「ま、まだくっ付くのか?」

「ゴメンね……本当に、寒くて」

「……わ、分かった」

 

 俺はシャツの前のボタンを外して胸元を晒した。

 同様にコオリもワイシャツの前を開け、割とシンプルなブラを付けた豊満な胸部を晒し、俺の上半身と密着させる。

 

「非常用の、アルミのブランケット……あってよかったね」

「マジでそれ。これが無かったら死んでたかもしれないわ」

 

 肉体を密着させ合って温め合うとしても、わざわざ服を全て脱ぐ必要はない。一部の密着部分を温め合いつつ、体の外側の部分は非常用のアルミブランケットで覆い、冷気から守るのが得策だ。

 例に倣い、互いに露出させた胸を密着させ合ったあと、銀色の防寒用の布で俺とコオリの首から下を包んだ。

 

「ふ、ぅ……ね、キィ君」

「どした」

「もう少しだけ、強く抱きしめてくれないかな。……さむ、くて」

「……悪い、まだ遠慮してたかもしれない。こんな状況なのに」

「えへへ、だいじょうぶ。私もまだ少し、恥ずかしいから……」

 

 ポッドの中はとても寒い。

 外界の地獄のような冷気を多少遮断してくれているとはいえ、それでも完璧ではないのだ。

 暖房も無ければ火もつけられないこの状況では、こうして寄り添うことで何とか体温を奪われないようにするしかない。

 

 だから羞恥心も、目の前の少女が恋してるあの親友への義理立ても全て捨て去って、なんとか互いを生存させるためになりふり構わず抱き合っているというわけだ。そうしなければ冗談抜きで死んでしまうから。

 

「……れ、っか……くん……」

「…………」

 

 いや、でもなぁ。

 

 どうしてよりにもよって、一番好感度が低いというか、コクのことを明らかに嫌ってそうなコオリとなんだろう。

 俺はともかく彼女に申し訳ない。

 寒いから体をくっつけて温め合うシチュ自体は、なんかこうエロゲっぽさがあるんだが、あまりにも相手がミスマッチだ。

 

 合理的に行動してくれる音無や非常時に強いライ会長、ましてや俺を慕ってくれている衣月ですらなく、多分レッカのことが一番好きな女の子とコレって。

 俺は心苦しいし、彼女の気持ちを考えてもやっぱり最悪の組み合わせだろう。

 

「……ねぇ、キィ君」

 

 なんでしょうか。

 

「わたし……きみがコクちゃんと同じ体で、本当によかったと思ってるの」

 

 それは、どうしてだろう。

 

「この状況であの子と過ごしたら……たぶん私、コクちゃんのこと、嫌いになれなくなっちゃうから」

 

 少し熱気で蒸れてきたが、身体を離したら一気に体温が下がってしまう。

 だからコオリは更に俺を強く抱擁し、耳元で言葉を続ける。

 

「コクちゃんが……根は良い子だってことは、知ってるから」

「……どうかな。本当は悪いヤツかもしれない」

「そういう部分があったとしても……あの怪人が街で暴れた日に、死にそうな目に遭ったにもかかわらず、なりふり構わずに子供を助けたのは……紛れもない事実だから。私は、それを見たから……」

 

 アレ見てたのかよ。助けが来るまでもう少しだったのか。

 てかあれは体が勝手に動いたというか……ヒーロー部じゃなくても、子供が殺されそうになってたら助けるだろう。

 あんなん誰だって助けたいと思うはずだ。俺の場合はたまたま体が動いてくれただけの話だし……いやまぁ言わないけども。

 

 ともかくあの一件の影響で、コクは根が良い子って認識をされているらしい。

 

「ほら、つり橋効果ってあるでしょ。この状況でコクちゃんに優しくされたら、普段のイメージとのギャップで、私あの子を好きになっちゃうかも」

「それはチョロすぎないか……」

「ふふっ、そうかも」

 

 会話の内容はさておき、ようやくコオリが笑ってくれた。

 極限状態だから疲れるようなことはできないけど、なるべく笑顔でいられるような精神状態の方が好ましい。やっぱり会話は全ての基本だ。

 

「……私ね、キィ君のこと、全然知らないんだ。レッカくんと仲良しなのは知ってるけど、少し前に入部してからも、あんまりお話してなかったから」

「奇遇だな。俺もアイスのこと何も知らないよ。いつもレッカから少し話を聞くだけだったから」

「じゃあ、改めて自己紹介しよ? ……もしかしたら、ここで死んじゃうかもしれないし。最期に一緒の時間を過ごす人のこと、ちゃんと知りたい」

 

 縁起でもないことを言いやがる。

 俺のことは教えてやるが、絶対死なせないからな。寝ないでちゃんと話を聞いててもらうぞ、あほ。

 

 

「……ふぅん、アポロって太陽って書くんだ」

「特殊な当て字だぞ。普通は絶対違うからな」

「紀依太陽……そっか、未発展地域の出身なんだね。実は私もそうなの」

「意外だな。どういう文字で書くんだ?」

「えっと、コオリは水を凍らせた氷と、織物のおりで氷織。アイスは──」

 

 

 大して仲を深めてなかったからこそ、弾む話もあったのだろう。

 

 極限状態で、二人きりで、半裸で抱き合って。

 何か間違いが起きそうな準備は万全だったが、間違いが起きない程度の仲だったおかげで、俺たちはいたって健全で平和にその時間を過ごしていった。

 

「……紀依君? 顔赤いけど、だいじょ──あっ。…………あの、ぇ、えっと……」

「ゴメン。本当に申し訳ない。何というか体が勝手に反応しただけなんだ。すぐに収まるから気にしないでくれ」

「その……ご、ごめんね……?」

「違うマジで本当に気にしないでごめんなさい許して……!」

 

 ()()()()()は終わった後に、急激に体温を奪ってしまう。こんな場所で体が冷えたら、それこそ一瞬であの世へ瞬間移動だ。

 だから雪山で遭難したシチュエーションなどで、温め合っているうちに気分が昂ってそのままヤッてしまう成人向け作品のアレは、つまるところ自殺行為(ファンタジー)なのだ。

 

 そもそも間違いが起きることはないという大前提を必死に頭の中に思い浮かべ、危機に陥った際の生存本能に急かされた邪な感情を、俺は必死に押し殺した。

 

 

「……それじゃ、今度は私が話す番だね」

 

 彼女のターンに入ったようだ。

 正直言ってかなりの寒さに頭がやられていて、先ほどからボーっとするような時間が伸びている気がする。

 本当に助かるのか、分からない。

 あと何時間ここに居ればいいのか、あと何時間、自分が耐えられるのか。

 

 なんとか生き残るという意志を強く持ちながら、俺は彼女の言葉に耳を傾けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 幼い頃、人を殺したことがある。

 

 抽象的な意味ではない。

 私は実際に魔法で人間を凍らせて、粉々に砕いたことがあるのだ。

 

 私の叔父はとある国のエージェントだった。スパイだとか、殺し屋だとか、他の呼び方も多かった気がする。

 六歳の頃に交通事故で両親を亡くし、私はその叔父に引き取られることになった。

 

 叔父以外の親族は、私を毛嫌いしていたから。私は感覚が分からず魔法を常時発動し続けてしまうダメな子で、冷気を撒き散らすその姿から雪女と呼ばれていたのだ。嫌われるには十分すぎる理由だった。

 

 そんな私を引き取った叔父の仕事はいくつも存在していたが、私が見た中で一番多かったのは、機密情報を知っている重要な人物を拷問する光景だった。

 良い人でも悪い人でもなかった叔父は、ただ自分が知っている生き方を、私に教えようとしていただけだったのだろう。

 優しい両親のもとで育った私は、幼いながらに叔父のような生き方はしたくないと考えていた。

 

 

 とても大きな銀行の、偉い人だっただろうか。

 叔父が拷問の最中に席を外し、誰かと電話を始めた。

 

『──ころしてくれ』

 

 その時、拷問されていたその人が、同じ部屋にいた私にそう言った。

 

 だから私は彼を殺した。

 体全体を氷漬けにして、粉砕して殺した。

 泣いていたから、痛そうだったから、本当に心の底から殺してほしいと願っていたから、殺した。

 引き取られてから一年後のことだ。

 七歳のころ、初めて人の命を奪った。

 

 電話の内容から察するに、きっとまだ聞き出さなければいけない情報があったのだろう。

 けど、叔父は私を叱らなかった。

 ただ「すまない」と泣いて謝りながら、私を抱きしめ続けた。

 

 叔父は常に心を痛めながらも仕事を全うする普通の人だった。

 私は怯えも躊躇も涙もなく、子供ながらに人を殺めることのできる異常な人間だった。

 その日から、叔父は仕事をよく休むようになり、私は彼と普通の生活を過ごし始めることになった。

 

 

 少し時が流れて、私が中学に進学した頃。

 育ての親だった叔父が死んだ。頭の中に残っていた銃弾が原因だったらしい。

 数多の人の命を奪ってきた叔父に相応しい、因果応報な最期だった。

 

 ──じゃあ、私は?

 

 叔父が遺した莫大な財産と人脈のおかげで、生きることには困らなかったが、幼い頃に犯した殺人の罪悪感は心の奥底で燻り続けていた。

 

 だから人を救うことでその罪を清算しようと考えたのだ。

 あと叔父が望んでいたように、普通の女の子として生きていこうとも決めた。

 

 二つを両立するために、学園へ訪れヒーロー部に入部した。

 贖罪の為にいろんな人を助けよう。

 普通の女の子みたいに恋もしてみよう。

 

 

 そう思って、頑張って、それはほとんど達成された。

 

 レッカ・ファイアという少年はとても眩しくて、恋をするに相応しい人物だった。だから優しく明るい彼に、心から惹かれた。

 

 でも、きっとそれは間違いだったのだろう。

 彼に好意を抱く他の少女たちに比べて、私の手は汚れ過ぎていた。

 ヒカリは私のような過去もなく清廉潔白で、その名の通り光の如く明るく天真爛漫な良い子だ。

 カゼコは洗脳されていただけで本人に非はなく、そもそも彼女の本質は善性そのものだった。

 他のみんなもきっとそうだ。

 私よりも価値のある人間だ。

 誰よりも価値のない人間である私が、あの温かい炎を与えてくれる少年に、選ばれていいワケがなかったのだ。

 

 ……そして、この状況が私への罰だ。

 

 人を殺しておいて、のうのうと生き延びて普通を望んだ私への。

 傲慢にも一緒に居ることを望んだあの想い人の親友を巻き込んで、人を凍らせてきた私が凍死する。なんという皮肉だろうか。

 

 この上なく、私に相応しい最期だ。

 

 

「……なぁ、氷織(こおり)

 

 

 ふと、彼が口を開けた。

 どこまで話したのか、どこまで聞いてもらっていたのか、何も分からない。

 ただ、今この瞬間はハッキリと会話をしていた。

 

「どうしたの?」

「魔法、もう使わなくていいぞ。お前の体が持たなくなる」

「……あはは。何のことだか、わかんないな」

 

 お見通しだったらしい。彼の声は真剣そのものだった。

 

「ポッドの周囲の冷気を操って、吹雪から守ってくれてたんだろ。でもそれをやり続けると、魔力不足でお前が倒れる。あとは俺が風魔法で何とかするから、もうやめていい」

「……ダメだよ。紀依君のこと、死なせられない」

 

 私を犠牲にしてでも、せめてこの人のことだけは助けたかった。

 それがレッカくんにできる唯一の恩返しだから。

 

 なによりこんな状況でも、私を励ましてくれたこの人を、死なせたくなかった。

 

「おい、このバカ」

「ぃだっ!」

 

 デコピンされた。なんで。

 

「……紀依、くん?」

「お前の事情は分かったが、死に急いでいい理由にはならない。俺は認めないからな」

「……そんなの」

「うっせぇ。なるかならないかじゃなくて、俺が絶対に認めないって言ってんだ。俺は死なないし、俺の親友を好いてくれてる女の子も死なせるつもりはない」

 

 ──キャンプの焚火の様に、ほんのりと温かさを感じる、優しい炎のようなレッカくんとは違う。

 今目の前にいるこの少年は、まるで太陽のように暑苦しくて、こっちの事情なんか考えずに眩く照らしてくる。

 

 迷惑だ。やめて欲しかった。レッカくんなら気を遣って、私にやらせてくれるのに。

 

「レッカのことが分かってねぇな。お前が思っている以上に、レッカは氷織のことが好きだぞ」

「……うそだよ」

「ウソじゃない。一年間一緒に戦ったんだろ? 恋愛感情かどうかは知らんが確実に言えることは、レッカにとってお前は大切な存在ってことだ。俺にはわかる」

 

 だって、そんなのあまりにも私にとって、都合が良すぎるじゃないか。

 

「それだけ氷織も頑張ってきたってことなんだよ。んで、そんな大切な存在であるお前が死んだら、レッカはどうなると思う? 多分泣くだけじゃすまないぞ。退部して不登校になって行方不明になっちゃう」

「……大変だね、それは」

「だろ。だから俺たちは片方を生き残らせるんじゃなくて、両方生存する責任があるんだ。泣き虫れっちゃんを泣かせるワケにはいかんからな」

「……アポロ君、励ますの上手なのか下手なのか、わかんないね」

「そこは普通に褒めてくれよ。……ってか名前呼びになってるし」

 

 レッカくんは名前呼びに気づくの遅かったのに、彼はすぐに反応してしまった。 

 こういう鈍感じゃない所も、なにもかもがレッカくんとは違う。

 

 ……そんな違いを感じ取ったからこそ、レッカくんにすら話していない事まで、喋ってしまったのかもしれない。

 彼を特別な目で見てしまっている。

 レッカくんとはまた違う信頼だ。これが『友達』というものなのだろうか。

 

 わかんない。

 

 こんなに私のことを知ってくれた人は、初めてだったから。

 

「……おっ、魔法やめたな。じゃあ次は俺の番だ」

「アポロ君も無茶しちゃダメだよ? 一緒に生き残るんだから」

 

 少しだけ腕の力を強めた。

 汗ばんだブラジャーが彼の胸元に押し付けられて、妙にしっとりしている。

 互いに体温が少しずつ上がっているのかもしれない。

 

「こんな状況を誰かに見られたら、大変だね」

「……レッカに殺されそうだな」

 

 苦笑いする黒髪の少年。

 そんな彼の心臓の鼓動が、胸から直接伝わってくる。アポロ君もまた、私と同じようにドキドキしてるんだ。

 

「頑張ろうな、レッカの為にも」

「うん、そうだね。……レッカくんの為に」

 

 レッカくんにまた会う為に。

 そう自分に言い聞かせて、私は感じたことのない不思議な感情に困惑しながら、ただ彼の胸元で寒さを耐え忍ぶ。

 

 これ、もしかしたらレッカくんに悪いかもしれない。

 アポロ君に感じているこの感情は、たぶんすご~い友情だ。たぶん。生死の境目を共にしているわけだし、友情が深まってもおかしくない。

 だからアポロ君の親友ポジションを私がもらってしまうかもしれない。そうなったらごめんねレッカくん。

 

「あと数時間の辛抱だ、氷織」

「うん、大丈夫。……アポロくんと一緒なら」

 

 きっと問題ない。

 心強い友達と、一緒なら。

 

 

 

 

 

 

 気がついた時──俺たちのいる場所はあの地獄ではなかった。

 

 照りつける太陽、美しい海。

 氷織がもしかしたら俺に惚れたんじゃないか、なんて中学生みたいな妄想を排除しながらあの寒い所を耐え忍んで、遂に俺たちは沖縄に到着したのだ──。

 

「うわ。紀依が女の子を抱いてる。ヤバイ」

 

 もうこの程度じゃ狼狽えねぇぞ。死にかけたからな。

 

「寝取り? R18?」

「残念ながら何も起きなかった、健全な寄り道だったよ」

「そう。紀依たち以外のみんなは、もうこの沖縄にいる」

 

 衣月のそんな言葉に安心しつつ、俺はそこで一つ思い出したことがあった。

 

 

 沖縄で待っているのは俺の両親だ。

 そしてこの沖縄にはレッカたちヒーロー部がいる。

 

 

 ……レッカが親父にペンダントの秘密を聞いたら、終わりじゃね? と。

 

 

 そう考えて焦りこそしたのだが、未だに寝たまま引っ付いて離れない氷織に悪戦苦闘し、俺は一歩も動けないのであった。

 

 



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漆黒ルートにご案内/もしもエロゲだったなら

 

 

「コオ゛リざ゛ぁァ゛~゛んッ!!!」

「わっ。ひ、ヒカリ……」

 

 俺と氷織が沖縄に到着してから少し経って。

 

 衣月の知らせによって、一足先にこの場所へ到着していたヒーロー部の面々が、揃って俺たちがいる砂浜まで駆け付けてきた。

 

 俺は一応コクに変身しているのだが、レッカは氷織を気遣ってか、こちらを一瞥してすぐに彼女の方へ寄っていった。俺に聞きたいことなんて山ほどあるだろうに、ここでサラッと我慢できる辺りやっぱ出来る男は違うらしい。

 

 ヒカリやカゼコが泣きながら氷織に引っ付いて離れない光景を後目に、一足先に砂浜を出ようとすると、向こうから誰かが走ってきた。

 

 あのデカいマフラーは間違いない、音無だ。

 俺の目の前で止まって、息を切らしている。

 

「はぁっ、はぁっ……」

「お、音無? だいじょうぶか……?」

 

 見て分かるほどに汗だくだ。相当急いで駆けつけてきたのだろう。

 一時はどうなるかと思ったけど、無事に会えてよかった。俺の人生のなかで一番ホッとしてる瞬間だ。

 

「……せん、ぱい」

 

 顔を上げた音無は、何とも言えない微妙な表情をしていた。

 驚きと困惑が半分……といった所だろうか。

 俺も何かを口にすることが出来ずにしどろもどろになっていると、汗だくの音無は軽く微笑んで、俺の隣にいる衣月の方へ顔を向けた。

 

「……衣月ちゃん、もう我慢しなくていいんだよ。私は大丈夫だから」

 

 どゆこと。

 

「……うん。…………ぅんっ」

「うおっ。い、衣月?」

 

 明らかに涙ぐんだような、上ずった声音の衣月が、横から俺に抱き着いてきた。

 俺のお腹に顔をうずめているその状態でも分かるくらいに……あー、うん。泣いてるな、これ。

 

 

 冷静に考えてみると、支部の建物内にいたほぼ全員がこの沖縄に到着した中で、唯一俺と氷織だけがここにワープできていなかった。

 建物が爆発寸前だったことも鑑みると、俺と氷織は時間に間に合わず、爆発で二人とも死んでしまったのではないか──という仮説が立てられても不思議ではない。

 

 というか、普通は死んだと思われるはずだ。

 レッカや最初の衣月の対応が常軌を逸していただけで、この状況ならめちゃめちゃに泣きながら氷織に抱き着いていったヒカリの反応が普通だろう。

 

 衣月は砂浜で俺を見つけてから、ずっと我慢をしていたんだ。

 それはきっと、俺の隣に氷織がいたから。

 俺と音無以外に弱さは見せない──そんな衣月なりの線引きがあったことに、俺はようやく気付くことができたのだった。

 

「ごめんな、衣月」

「うるさい」

 

 頭を撫でてやっても衣月の体の震えは治まらない。マジで信じられないくらい心配させてしまっていたようだ。反省点が次々と浮かび上がってくるわね。

 こういうのに最初から気づけないあたり、レッカと違って俺の鈍感さはとことん悪い方向にしか効果が発揮されないんだなぁ、とつくづく実感させられる。

 

 それに心配させていたのは、衣月だけではないようで。

 

「……もう゛~ッ! やっぱ無理……っ!」

「おっ……となし……」

 

 結局二人とも俺に引っ付いてしまった。

 衣月を気遣って最初は堪えていた音無も、ついに我慢の限界が訪れてしまったらしい。

 自惚れなんかじゃない。この二人からどれほど大切に思われているかは、俺自身が一番よく分かっている。……というか、いま理解した。

 

 なんとかうまい事を言って二人を安心させてやりたいところ──なのだが何も思いつかない。

 俺のボキャブラリーは貧弱だ。

 

「べ、別にっ……何も言わなくて、いいですから。……生きててくれた、だけで……」

「勝手に心を読まないでもらえると助かるんだが」

「うっさいです。……あぁ、もう、ほんと──よかった」

 

 ガチで死にかけたあとに、仲間からのガチシリアスモードでのお出迎えで、こころがくるしい。

 うぅ、何かもっと緩い感じで再会すると思ってたよ俺は。

 

「……紀依」

「どした」

「ヒーローは、レッカがいる。だから……別にカッコいい事とかは、しなくていいから……えと」

「衣月……?」

「勝手にいなくならないでください、って事ですよ。鈍いですね先輩は」

「ご、ごめん」

 

 いかん、もうレッカのこと鈍感とか難聴とか言ってバカにするの、確実にできなくなってきたぞ。

 

 支部を脱出するあの状況では仕方のなかったことだが、これを見るとそうも言ってられない。

 これからはあまり主人公みたいな無茶はしないようにしよう、と心に誓った。衣月が言った通り、ヒーローの役割にはレッカが就いてくれているんだ。

 

 

 ──よし、とりあえず仲間との再会は果たしたな。

 

 まずは親父に会いにいって、いろいろと聞き出さないと。

 

 

 

 

「……つまり?」

「レッカ君には何も話していない、ということだよ」

 

 ヒーロー部のみんなが仮住まいにしてるらしい、沖縄のどこかにある大きなホテル──の地下にある研究所の、一室にて。

 俺は久方ぶりに会った父親の言葉を聞いて、安堵するとともに肩の力が抜け落ちた。具体的に言うと、男の姿に戻った状態でソファにぐで~っと寝っ転がった。マジで安心した……。

 

「彼には怒り交じりにいろいろと質問をされたが、アポロから聞いてくれ、とだけ答えておいた。真実を告げるのはお前の役目……なんだろう?」

「うん、そう。それがアイツに隠し事をしてきた俺の責任だからな」

 

 お父さんファインプレーですよホント。まだ美少女ごっこは続行可能だ! えへへ~!

 

 

 では、ここまでの顛末を軽くまとめよう。

 

 まず俺たちとヒーロー部のメンバーは、あの支部の爆発で全員死亡扱いになっていたらしい。

 表向きは死傷者ゼロの爆発事故だが、悪の組織側からすると支部に残っていた様々な情報や、面倒なことを知りすぎているヒーロー部をまとめて排除できたと思い込んでいる、とのことだ。

 

 それから組織は俺の両親を追いかけることはやめて、既存の科学者メンバーだけでヤベー装置の完成に着手することに決めた。あちらも切羽詰まっていて、時間もないため逃げ足の早い両親を捕まえることに人員を割いている場合ではなくなったのだ。

 

 そして肝心の衣月──組織が言うところの『純白』だが、彼女のクローンを作る事でヤベー装置の起動キーを作ろうという方針に決まった、と聞いた。

 衣月ほど完成度の高い実験体を作ることにはまだ成功していないらしいが、それでも今や脅威になりつつあるヒーロー部に守られている衣月を捕獲するより、クローン生成の方がコスパがいいという結論に行きついたのだとか。

 

 実力だけで言えばヒーロー部はかなり強い。

 だから悪の組織は正攻法で戦うことをやめ、いち早くスーパーウルトラ激やば装置を完成させ、一瞬で全ての人間を支配下に置いて、世界を掌握しようと考えたわけだ。

 

 

 けど、父さん曰くまだ焦る段階ではないらしい。

 

「しばらくは悪の組織も停滞が続くだろう。長期休暇というわけでもないが、この機会にアポロ達もこの沖縄で十分な休息を取るといい」

「……死亡扱いってことは、もう監視の目がないんだな?」

「そうだ。研究所があるこの周辺なら、アポロの姿に戻って出歩いても問題はない」

 

 つまるところ、日常回のターンが来た、ということだ。

 ここまでは派手な逃走劇だったり、バトって殴ってじゃんけんポンみたいな殺伐とした日々が続いていたから、ちょうどいいタイミングだ。この機会にゆっくり羽を伸ばそう。

 

 

 ──と、考えるのは二流のヒロインだ。

 

 この俺は一味違う。

 平和な日常を過ごせる時間が出来たからこそ、さっそく影が薄くならないように、一気にレッカに対してメインヒロインムーブをしていかなければならないのだ。

 

「……アポロ」

「なに?」

「……その、なんだ、えっと……楽しいか?」

 

 一瞬ドキッとした。俺の内心を見透かされたような気がして。

 しかし俺は氷織と共に極寒の雪山を生き延びた男だ。

 この程度じゃ決して怯んだりしない。俺だって精神的に成長してるんだぞってとこを、父さんに見せてやるぜ。

 

「あまり気乗りはしないな。親友を騙し続けるのは……やっぱクるものがある」

「アポロ……」

「でも、まだダメなんだ。今じゃないんだよ父さん。いろいろ理由はあるけど……すべてを明らかにするにはまだ早い」

 

 すご~く重い事情を抱えてそうな雰囲気を出したことが功を奏したのか、父さんは思惑通りシリアス顔になってくれた。このまま続けよう。

 絶対に『楽しい』だなんて口にしたりはしない。

 美少女ごっこで得られる気持ちは俺だけのものなんだ。

 

「アイツは俺を止めてくれる器だ。でも俺たちは親友同士だから、ここで俺がすべてを明かして歩み寄ってしまったら、レッカは俺を止めてくれなくなるかもしれない。黙認してしまうかもしれない。……俺を止めてくれる人が、いなくなってしまうかもしれない」

 

 自分でも八割くらい何を言っているのか分からないが、この場で父さんを納得させることが出来ればそれでいい。父さんにはレッカに何を聞かれても、最後まで黙っていてもらう必要があるんだ。

 

「だから、このペンダントの事は俺に任せて欲しい。……誤解だけど、父さんを悪者にして……ごめん」

「……フッ。なに、気にすることはない。元を辿れば父さんはれっきとしたワルモノだ。なんせ悪の組織に属していたんだからね。そんな私を連れ出してくれた母さんが、アポロにとってのレッカ君なら──」

 

 父さんは、研究者がやりがちな怪しい笑みを浮かべて。

 

「たくさん迷惑をかけてしまいなさい。始めてしまった物語は、中途半端に終わらせてはいけない。それでも、たとえ何があろうとも止めようとしてくれる人物こそが、お前の物語を終わらせてくれるヒーローなんだ」

「……そうだな。俺の研究の最終目標は、そんな『ヒーロー』に出会うことなのかもしれない」

 

 

 色々言ってるけど、父さんと母さんの時とは全然ちがう。

 

 母さんは悪の組織から父さんを抜け出させようとしていたけど、そもそも母さんは最初からペンダントで女の子に()()できることを知っていた。

 

 つまり父さんの美少女ごっこは、文字通りごっこ。

 研究成果は人類史に刻まれる大偉業だが、彼の美少女ごっこ自体は、ソレを『美少女ごっこ』だと認識している女性の前でしか行っていなかった──もはやただのコスプレに近い行為だ。

 謎のダウナー少女として振る舞ったことこそあれど、本気でこの世界を股にかけた隠しヒロインのロールプレイングはしていないのだ。

 

 だが、俺は違う。

 

 ダウナー少女に変身したアポロ・キィではなく、本人とは別の『漆黒』というキャラクターを、この世界に認識させている。

 謎の美少女ごっこではなく、もはや謎の美少女なのだ。

 コクという少女が存在している。

 レッカが『コクという人格など元から無い』と知るその日が来ない限り、俺の研究が終わる事は無いというわけだ。

 

「父さん。このペンダントを生み出してくれて、ありがとう」

 

 分かるか、父さん。

 俺はアンタを超えた。美少女ごっこしかできなかったツールを、本物の美少女がいると認識させるアイテムへと進化させたんだ。

 時代は先へと進んだんだよ、先輩。

 

「けど──ここからは俺の物語だ。これの使い道も、これの秘密も真実も、すべて俺だけが行使する」

 

 これは俺が受け継ぐ。

 俺の未来を切り拓く道具として存分に活用させてもらう。

 

「その代償はいくらだって払うよ。衣月にはいつか『普通の日常』を与える。世界だって救ってやる。それでも……誰かが俺を止めるまで、俺は絶対に止まらない」

「アポロ……! あぁ、我が息子よ……ッ!」

 

 父に頭を撫でられたのは、小学生以来だ。

 こんな歳になっても、撫でられるって嬉しい事なんだな。

 

「誰よりも自由であれ! 私はお前の旅路を祝福するぞッ!」

「サンキュー親父! じゃあ早速行ってくるぜ!!」

「いってらっしゃいッ!!!」

 

 父の熱い激励を背に、俺は研究室を飛び出していった。

 

 

 父さんの説得はこれで完了だ。もう何があっても彼の口から真実が口外されることは無いだろう。とりあえず一安心だ。

 

 では、美少女ごっこをステージ2へ移行させることにしよう。

 

 待ってろよ、レッカ。

 今日で隠しヒロイン──漆黒ルートに突入したことを、エロゲ風味を混ぜ込みつつ存分に思い知らせてやるぜ。

 

 決行時間は夜。

 場所は人気のない砂浜海岸。

 そしてコクの新たな衣装差分として、この常夏サンバな海の国に相応しい、真っ白なワンピースをお披露目だ──!

 

 

 

 

 

 

 この沖縄に到着してからは、驚くくらいに平穏な時間が続いている。

 

 僕たちよりも遅れてコクとコオリがやって来たときは、爆発寸前だった気持ちを何とか堪えるのに必死だったけど、時間が経過するにつれて冷静になる事が出来た。

 アポロの父親からは何も聞き出せなかったが、どうもあの人は怪人から聞いたような極悪非道の科学者だとは思えず、いまは味方で居てくれることに納得をして、一旦話を終わらせた。

 

 秘密を話さなかったのは、きっとコクとしっかり話し合って欲しかったからなんだろう。

 自分の子供と深い繋がりがある少女の事だ。僕を混乱させてしまっては元も子もない。

 あの人は焦った状態の僕が冷静になれるよう、わざと話をはぐらかしてくれたんだ。

 おかげで今は落ち着いている。

 

 組織の支部にいたあの時は──覚悟が決まっていたんじゃない。

 ただ親友を取り返すことに必死で、周りが見えなくなっていただけだったんだ。あんなんじゃ文字通り話にならない。

 

 会話は全ての基本だ。僕は彼女と会話をしなければならない。

 アポロの事も、彼女自身の事も、話すことで知ろう。

 本当は最初からこうするべきだったんだ。

 

 

 夕食を食べ終え、すっかり空が暗くなった頃、コクから呼び出しを受けた。

 彼女から誘ってくれるなら好都合だと思い、僕は指定された場所まで急いだ。

 

 ──そこにいたのは、月明かりが差す砂浜の海岸で、静謐に佇む一人の少女。

 

 白いワンピースを着た、裸足のコクだった。

 

「……コク」

「来てくれてありがとう、レッカ」

 

 こちらへ振り返り、丁寧に腰を折ってお辞儀をした。本当に変わった子だと思う。

 改めて礼を言われるようなことじゃない……そう言いながら、僕は彼女の方へ歩み寄っていった。

 

「今日はいつもの服じゃないんだな」

「ホテルのお土産屋さんで、買った」

 

 くるっと一回転して見せるコク。

 衣服全体を僕に見せたかったらしい。

 

「どう?」

「似合ってるよ。きみの奇麗な黒髪と良く合ってる」

「ありがとう。うれしい」

 

 人形のような無表情だが、微かに笑っているような気がした。

 実際、似合っているのは事実だ。僕から見てもかわいいと思う。フウナ辺りにでも見せたら、破壊力が凄そうだ。

 

 本題に入ろう。

 僕が気づいたことを、彼女に伝えるんだ。

 

「コク。きみは……アポロの為に戦ってくれていたんだね」

 

 返事はない。

 青白い月を背にして、静かに僕の言葉に耳を傾けてくれている。

 

「アポロの母親と話をしたんだ。その時に大事な資料も見せてもらった。そこでアポロの顔と名前が、悪の組織に割れていた事を知ったよ。……追われていたのはきみじゃなくて、あいつの方だったんだな」

 

 ずっと勘違いをしていた。

 コクは組織から逃げた実験体で、アポロがそれを匿っていたのだと、そう思っていた。

 けど、真実はその正反対。

 元組織の構成員だった科学者の息子である彼を、コクは自らの肉体と交代させることで庇っていたんだ。

 

「今にして思えば、オトナシが協力しようとした事にも合点がいくよ。なんせキミはアポロを庇いながら、組織から逃げ出した本当の実験体である藤宮衣月もまとめて守っていたんだから」

「……買いかぶり過ぎ、だよ」

「謙虚は美徳かもしれないけど、コクはもっと誇っていい」

 

 僕なんか目じゃないくらいに、どこまでも自己犠牲な精神を持った少女だ。

 まるでヒーローじゃないか。

 どんな理由があるのかは分からないけど、ペンダントの中に閉じ込められていて、他人を媒体にしないと自由に喋る事すらできないというのに。

 

 ただ目の前の人間を救おうとする。

 怪人に襲われていたあの子供と同じように、アポロも、衣月も。

 その小さな体躯と、触れたら折れてしまいそうな細腕で。

 

「アポロも緊急時には姿を変えることで、君を守っていたんだね。あのオトナシが怪我をした森の時のように、危険な戦闘はあいつが担当していたんだ。君たちは文字通り……一心同体だった。コクが言っていた『心が繋がっている』って言葉の意味が、ようやく理解できた気がするよ」

 

 ずっと二人で戦っていたんだ。僕が言った『親友を巻き込むな』という言葉は、あまりにも見当違いだった。

 コクが反論しなかったのは、僕に余計な疑いを持たせないためだったんだろう。こうして理解した今なら、彼女が黙々と旅を続けていたワケがよく分かる。

 

「ありがとう、コク。今まで僕の親友を守ってくれて」

「どういたしまして」

「そして、これまでの非礼を謝罪させてほしい。……本当にすまなかった」

「うん、許す」

「……相変わらずというか。フットワークが軽いよな、きみは」

 

 これでもかというほど、円滑に会話が進んでいく。まるで以前までのすれ違いが嘘のようだ。

 本来彼女とのコミュニケーションは、これくらい簡単に進められるものだったのかもしれない。

 

「コクはこれからどうするんだ? アポロを監視する目は無くなったけど、悪の組織もまた壊滅したわけじゃないし……」

「もう少しだけアポロと一緒にいる。衣月が安心して、普通の女の子としての暮らしができるようにする為に、私は悪の組織を打倒しなければいけない」

「そうか……うん、もう止めないよ。アポロもきっと、最後までコクに付き合うつもりなんだろ?」

 

 この二人の間には、僕では計り知れないような信頼関係があるに違いない。

 

「たぶん、そう……?」

「何で疑問形なんだ」

 

 急に不安にさせてくるの、心臓に悪いからやめてほしい。

 

「肉体を共有しているといっても、心の中にアポロがいるわけじゃない。会話はできないし、ある程度相手の考えてることが伝わってくるだけ」

「……君たちはどうやって意気投合したんだ」

「書き置きなどで意思の疎通はしたけど、実際にアポロと会話をしたことはない。私がまともに話したことのある男の子は──レッカくらい」

 

 なんだか予想と少し違ってきた。

 確かに大体の事実は合っている。しかし、アポロも聞いているつもりでコクと話していたのだが、どうやらそういうわけではないようだ。

 

「私が外にいるとき、アポロはペンダントの中で眠っている。逆もまた然り。アポロの体が私に変身しているのではなく、文字通りそのまま『交代』している、といった感じです」 

「……えっと」

「つまりレッカがあの屋上で見たのは、親友のアポロではなく、私のパンツ。レッカは男の子の下着を見て赤面したわけではないから、安心して」

 

 そういう問題だろうか。というかむしろ同性のポッキーではなく、異性であるコクのパンツを見てしまったことの方が問題なんじゃ……?

 

「レッカ、むつかしい顔をしている」

「そりゃまぁ情報量が多いからね……」

「またパンツを見れば、元気になる?」

「いや見ないからなッ!? ちょっ、やめろスカートの裾を持ち上げるんじゃない!」

 

 パンツは見なかったが、なんやかんやあって、僕はようやく彼女と和解することができたらしい。

 早とちりした僕と、流石にいろいろ隠しすぎていたコクの両方に非があるということで、喧嘩両成敗でこの話は終わりだ。こうなるまで本当に長かったな。

 

「それじゃ、コク」

 

 帰らないとみんな心配するし、そろそろ戻ろう──と口にしようとした、その時だった。

 

 

「排除」

 

 

 コクの背後の海から、ここにはいないはずの『サイボーグ』が姿を現し、彼女を後ろから羽交い絞めにした。

 

「わっ」

「コクッ!」

 

 おそらくは支部が爆発する直前に、ワープ前の誰かの脱出用ポッドに張り付いていたんだろう。いつの間にかその場から離れ、この海で僕たちヒーロー部の誰かが来るのをずっと待っていたのだ。

 

「自爆、自爆、排除」

「レッカ、レッカ。こいつヤバいこと言ってる」

「いっ、今すぐ助ける──!」

 

 

……

 

…………

 

 

 数分後。

 

 上空に浮かび上がってコクもろとも自爆しようとしたサイボーグを追いかけ、なんとか彼女を取り返したのだが、その瞬間にサイボーグが大爆発して。

 僕とコクはそのまま海の中へドボンし、無傷かつ命も助かったものの、完全にびしょ濡れの状態になってしまったのが、いま現在の状況だ。

 

 割と浅い所に落ちたので、溺れる事こそ無かった──けど。

 

「…………服、透けてる」

「見てない見てない! 見てないから!」

 

 コクを正面から抱きかかえた状態で海岸まで移動し、彼女を下したときに気が付いてしまった。

 海水でびっしょりと濡れてしまった純白のワンピースが、肌に張り付いて透けている。

 どうやら生地が薄いタイプのワンピースだったようで、ダメ押しにもう一本といった感じで、コクはパンツ以外の下着を身に着けていなかった。

 

 膝から下が海に浸かっている状態で、僕は彼女の正面に立っている。

 見てないなんて連呼していても、その無防備で艶めかしい姿が目に映るのは避けようのない事実だった。

 

「レッカ。どうして、顔を背けているの?」

「はっ、ぇっ……ど、どうしてって……!」

 

 たったいま『透けてる』って自分で言ったじゃないか。

 それ以外の理由がどこにあるというんだ。

 

「前々から気になっていたけど、レッカは女の子の体を目にすると、過敏に反応してそっぽを向く。どうして?」

「み、見ちゃダメだからに決まってるでしょ……君だって見られたくはないはずだろ……?」

「別に、いいけど」

 

 本当に何を言っているんだこの少女は。

 ついつい彼女が今どんな表情をしているのか気になって、チラリとコクのほうへ視線を向けてしまう。

 そこにいたのは、相も変わらず仏頂面で、あられもない姿をしている黒髪の少女だ。

 

「レッカはヒーロー部の少女たちから好かれている事、自分でも自覚しているはず」

「……そ、それとこれとは関係ないんじゃ」

「ううん。関係ある」

「──っ!?」

 

 コクが此方へにじり寄ってきて、顔を隠していた僕の腕を無理やり引っ張っておろしてしまった。

 つい驚いて目を開けたままにしてしまう。

 眼前にいる少女はあまりにも華奢な体躯で、本来は体型を隠してくれるワンピースが肌に張り付いているせいで、より一層彼女の身体が引締まって見えた。

 

「ちゃんと、見て」

「……こ、コク……っ」

 

 手を掴まれているせいで顔を隠せない。だから彼女の肢体をまじまじと見つめてしまう──なんて言い訳が脳内を歩き回っている。瞼を閉じればそれで済む話だろうに。

 僕は目をつぶることが出来なかった。

 コクの白皙な肌に、目を奪われてしまっている。

 

「ヒーロー部の娘たちは、みんな本気。その状況を良しとしているのに、身体を見たら純情ぶって目を離すなんて、ズルいことだと思う」

 

 果たしてそうだろうか。

 反論の余地などいくらでもありそうだが、僕はコクのきめ細やかな濡れた髪を見て息を呑む事しかできない。

 

「もしこういう状況であの娘たちから目を逸らしたら、傷つけてしまう可能性もある。いろいろな女の子に好かれている以上、あなた自身も知っておくべき事があると思う」

「そ、それは違くないか……?」

「あっちが勝手に好いているだけだから、自分には関係ない? あんなにアピールされておいて、フることも受け入れる事もなく一年以上なあなあで過ごしてきたけど、勝手に好かれているだけだから自分は悪くない?」

「ぅ…………」

 

 彼女の鋭い言葉がグサグサと心臓に突き刺さっていく。アポロと情報を共有している以上、どこまでもこの少女にはお見通しだったらしい。

 確かに思い返してみれば、確実に僕にも非はある。

 部活内の雰囲気を優先したせいで、メンバーの彼女たちにはまるで誠意を見せてこなかった。

 

 ふと、ポッキーに『お前いつまで共通ルート続けるつもりなんだ?』と叱られたことを思い出した。

 答えを出さないまま、彼女たちに囲まれて過ごす日常を、心のどこかで楽しんでいたのかもしれない。

 

「……レッカ、童貞でしょ」

 

 どどど童貞ちゃうわ、とポッキーなら茶化すのだろう。

 けど、僕はこの状況に鼻白むことしかできなかった。

 

「慣れたほうがいい。せっかくハーレムを築いたのに、童貞丸出しでヒロインたちに失望されてほしくはないと、アポロも言っていた」

 

 余計なお世話だよあのバカ。

 

「……その、慣れるって……?」

「まずは──目を逸らさないこと」

 

 そう言いながら、コクは自分のスカートをつまみ、水滴を垂らしながら裾を持ち上げていく。

 徐々にそれが上がっていき、ワンピースに覆われていた彼女の下半身が、遂に露になってしまった。

 

「……っ」

 

 思わず喉が鳴る。

 

「濡れた下着、見るのは初めて?」

「……たくし上げられたスカートの中を見るのが、そもそも初めて……かな」

「そう。初めてなら、しっかり見て、慣らさないと」

 

 海水を含んで重くなってしまった白い生地のパンツが、目に焼きつけられていく。

 上目遣いでスカートをたくし上げているコクの頬は、意外にもほんのりと赤みを帯びていた。

 冷静で鷹揚とした雰囲気に見えて、実は彼女も僕と同じような恥ずかしさを感じているのかもしれない。

 

「……これは特訓」

 

 それでも真っすぐに此方の眼を見つめ、耳の奥へ流れるような透き通った声音で、彼女は続ける。

 

「レッカの友人として、練習台になろうと思う」

「だ、ダメだろ、そんな」

 

 とっさに口から出た()()が、本気の言葉じゃないことは、否が応でも自覚できてしまった。

 この状況に期待をしてることは丸わかりだ。

 そのように僕の気持ちを揺さぶってしまうほど、彼女には小柄な体躯とは不釣り合いな妖艶さがあった。

 

 聞き心地の良い声に、油断を誘う甘い言葉に──脳が溶かされてしまいそうになっている。

 

「……組織との決着がついても、私は普通には生きられない。アポロはあなたの元に戻って、私は二度とレッカと話すことができなくなる」

 

 彼女を救い出す方法は、まだ見つけていない。

 そんなことはないんだと、否定することが出来なかった。

 

「これ以上、誰かの身体を奪う気にはなれない。私に残されている時間は、あと少しだけ」

「コク……」

「だからレッカ。……私、思い出がほしい」

 

 目の前にいる漆黒の少女が放ったその言葉の意味を、僕はとうに理解していた。

 察してしまえたからこそ──強く拒絶できなかった。

 

「一番仲良くなれた男の子との思い出があれば、あの薄暗い牢獄の中でも、希望を抱いて眠り続けることができると思う。友達のために、特訓に付き合って……それで、えと……」

 

 いつの間にか、スカートを持つ手が下がっていた。

 コク自身も、どんな言葉を僕にぶつければいいのか、分かっていないんだろう。

 

「レッカに覚えておいてほしい。コクっていう、変な女の子がいたってことを」

「……もう、何があっても忘れるわけないだろ。きみはいつだって僕の予想を上回ってきた凄い女の子なんだから」

「で、でも、ここですれば……もっと忘れられない記憶になる、かも……」

 

 互いに自分が何を言っているのか、ハッキリとは理解していない。

 きっとこの後に起こる事は二人とも察していて、それでもまだ心の準備ができていないから、回りくどく様々な言葉で時間を稼いでいるんだ。

 

 しかし、それも終わりの時が来たようで。

 

 

「……ごめん、レッカ。もう何も思いつかない」

 

 

 分かってる。

 コクの言いたいことは、ちゃんと伝わってるから。

 

「ここで、したい。一度でいいからしてみたい。私が私であった証が欲しい。……レッカ」

 

 もう一歩。

 僕に一歩、寄り添って。

 彼女は僕にしがみ付いて、上目遣いで懇願してきた。

 

「わたしを……使って」

 

 その願いに対して、僕の答えは──

 

 

 

「レッカ様ーッ! コクさぁーんッ! どちらにいらっしゃいますのぉー!? 何かすごい爆発音が聞こえて……あっ、お二人とも!」

 

 

 

 ──……答えは、出せなかった。

 

 

 

 

 っっっっぶねぇぇぇ!!!

 ハーッ! マジで助かった! ヒカリが来てくれて命拾いした!!

 

 いやぁ、思いのほか距離を縮めることができたな。重畳重畳。よくできました。

 

 サイボーグが爆発した後くらいから、慌ただしい様子で俺とレッカを探すヒカリの姿が遠めに見えていたので、きっと彼女によってこのイベントが中断されるだろうと踏んで行動していたのだが、予想通りうまくいって良かった。

 

 あのままだったら同情(興奮)したレッカと、危うくくんずほぐれつな大運動会をするところだったからな、マジでギリギリだった。

 

 夜の海でアレをするなんて、もうどうあがいてもエロゲ的な展開だったよな。レッカも流されそうになって、あと一歩でエロCGを回収しちゃう寸前だった。ほんとにスリリング。

 

 けど悲しいかな、これはエロゲじゃあないんだ。

 成人向けな物語だったらルート確定の青姦だったけど、そうはならないよう最初から調整していた。残念だったな童貞くん。

 

「さ、サイボーグがまだ残ってたんですの!? お二人ともご無事で本当によかった……」

「はは。心配かけてごめんね、ヒカリ」

 

 まあアイツ興奮はしてたけど勃起はしてなかったから、まだちょっと刺激が足りなかった気もするな。

 暫くしたらリベンジ案件かもしれない。

 

「……コク」

 

 小さい声でレッカが耳打ちしてきた。

 急にやられるとゾクッてなるからやめてほしい。

 

「今日のことは二人だけの秘密にしよう」

「うん」

「それと……少しだけ、時間をくれないか」

 

 まぁヒカリがいなくなったら即再開ずっこんばっこんってワケにもいかないよな。

 

「わかった。……待ってる」

「……う、うん」

 

 赤くなって、かわいいやつだな。分かりやすいわ本当に。

 

 

 とにかく、これでメインヒロインムーブは完璧だろう。俺のルートに入ったのは疑いようがないので大丈夫だ。

 ……たぶん。急に氷織とかカゼコが覚醒でもしない限りは。……えっ、大丈夫だよな……?

 

 これで好感度を稼いだ後はどうするかあんまり考えてなかったけど、近いうちに悪の組織との闘いも再開して忙しくなるだろうから、間違ってもこの沖縄で過ごす短い休暇期間の間に、親友と一線を越えてしまうことはあり得ないはずだ。

 

 まだまだ美少女ごっこは続けるけど、親友とのエロいことは回避して。

 

 いろんなとこに気を配りつつ、なるべく健全なまま全クリするぞー!

 

 

 



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ムラムラする

 

 

 

 ──めっちゃオナニーがしたい。

 

 

「どーしよ……」

 

 夕方過ぎ。

 自室として割り当てられたホテルの部屋のベッドの上で、俺はゴロゴロしながら一人悶々としていた。

 

「……ぐぬぬ」

 

 体勢を変えてベッドに座り、両手を組んで唸る。

 それほど悩ましく、また早急に答えを出さねばならないほど追い詰められている。

 

 ──そうだ。

 何を隠そう俺は今、信じられないぐらいムラムラしているのだ。

 

 

 この沖縄に到着してから、もう数日が経過している。

 親父とお袋が完璧な隠れ蓑を用意してくれたおかげで、家の前で衣月を拾ってから続いていた、慌ただしい逃走劇は既に終わっているのが現状だ。

 

 つまり平和なのだ、ここは。

 今までは生死の境目を行ったり来たりするほど忙しく、気持ちの余裕もあまりなかったせいで、まず自慰行為そのものを封印していた。目の前のことだけに必死だったから当然と言えば当然だ。

 しかし、こうして普段の日常に近い状況──精神にゆとりが生まれる状況になると、おのずと暇な時間が生まれる。

 

 暇になると、当然だがこれまでに自分が何をやって来たのか、冷静に振り返る機会が増えるだろう。

 その結果が、これだ。正直に言わせてもらうと衣月を拾って風呂に入れた時から、ずっとムラムラはしていた。

 流石に彼女に欲情したわけではないが、常に自分の傍に誰かがいることで、絶対にオナニーができない状況が生まれたのは事実だ。

 

 普段していたことが急に出来なくなる。いつ出来るようになるのか分からず、夜中こっそり抜くこともできない。

 おまけに衣月はいつも俺に引っ付いてちっぱいを押し付けてきやがるし。

 音無と正面から抱き合ったり手を繋いだまま眠ったり、フウナにはセクハラと同時に柔らかい身体を押し付けられ。

 しまいには脱出用ポッドという狭い空間の中で、よく見りゃスタイル抜群でムチムチしてる氷織と、エロ漫画のロッカーに閉じ込められるシチュみたいに、互いに密着して体を温めあった。

 

 ……いや女子との肉体的接触が多すぎる。こんなんばっか体験しておいてムラムラしない男子高校生は人間じゃないだろ……。

 

 俺は人間なので、今までの体験がフラッシュバックした事に加えて、長いこと射精を我慢していた日数も相まって、もう涙が出る程にムラムラしているのだ。俺よく頑張ったよ。ここまで我慢できてえらい。

 強制的に性欲を押さえつけると、ここまで気持ちが昂ってしまうもんなんだなぁ。

 

「俺は主人公じゃない……なので許される……」

 

 ブツブツと呟きながら部屋の中を徘徊している。

 詳しい状況は分からないがきっとレッカも同じ状況だろう。しかしアイツには一年間女の子たちと過ごした時間と、それまで貞操を保ち続けた強い精神力がある。

 きっと、おそらく、ハーレム系の主人公はオナニーしない。だかられっちゃんは悶々としつつも、性欲を我慢できるから、自慰をしなくても自我を保てるのだ。

 

 だが、俺は違う。

 

 先日そのレッカに性的に迫ったことで、そういえば俺自身もずっと射精してねぇな……と自覚をしてしまった。だから無理なんだ。女の子になったり色々としてきたが、中身は思春期真っ只中な少年だからよ……。

 

「そうだ。第一、あいつらが気安く触ってくるのが悪いんだ。確かに絆を深めた仲間ではあるけど、俺たちは家族でも兄妹でもない。触られたり抱き着かれたりしたら、興奮して当たり前じゃねぇか」

 

 改めて声に出して自覚することで、距離感のバグった優しいクラスの女子みたいに勘違いを誘発させようとしてくる、あの少女たちに非があるという真実を導き出した。俺はわるくない。

 

 

「よ、よーし……」

 

 ティッシュ箱とスマホを手に取り、ベッドの上に横たわったあと掛け布団で体を隠した。

 ここまで様々なことを思考してきたわけだが、つまるところ溜まった性欲を発散したいだけなのだ。

 

「さっき窓から外を覗いたけど、なんかヒーロー部は全員で出かけたみたいだからな。安心して俺一人だけの時間を過ごせる……」

 

 時刻は夜の八時前。自慰をするならもっと深夜の時間帯の方が好ましいんだろうが我慢できん。俺はもう抜くぞ。

 エロゲの主人公でもなければハーレムの中心でもないんだから、俺には抜く権利がある。男の子として当たり前の権利だ。

 

 いいか、これは応急処置だ。

 性欲を発散させることで、邪な感情を排除するためにやるんだ。なんせウチの味方はレッカ以外みんな女の子だからな。良からぬことは最初から考えないようにしなきゃならない。

 

 今この精神状態であのヒロインたちと対面したら、まず間違いなく胸か太ももに目線がいってしまうだろう。それは不快な思いをさせてしまう──だから抜く必要があったんですね。

 

「このスマホでもログインできんのかな……ぉ、いけた」

 

 俺が持っているスマホは本来俺のモノではなく、衣月経由で親から受け取った特殊なデバイスだ。

 ネット機能があるなら使えると踏んで起動したのだが、どうやら上手くいったようだ。

 

「……へ、へへっ」

 

 ベッドに横たわりながら、つい笑いが出てしまう。まだ何もしてないのに。

 こうやって男の姿でまったりするの、いつぶりなんだろう。嬉しくて笑っちゃったくらいだから、俺は相当長い期間、女の子として生きてたみたいだな。

 俺は男だ。男の子にしかできないことをやるぞ!

 

「…………」

 

 無言のままズボンを下ろした。スマホをポチポチして、お気に入りのお供を迎えにいく。

 うおぉ、宴の始まりだ──

 

 

 

「先輩いますかー? 急ぎなんで、入りますよー」

 

 

 

 ──ッ゛!!?

 

 な、なっ、何事だ!?

 

「あぁ、いたいた。……って先輩、もう寝ようとしてたんですか」

「お、おう。あの、えっと、アレだ。ペンダントのメンテナンスしてたから、そう、目が疲れちゃって。仮眠をだな」

「それはそれは。ご苦労さまっす」

 

 おい、来るな。なんでこっち来るんだよお前は。

 ちょ待て! ベッドに座るな! よりにもよって何で今なんだ!?

 

「呼びに来たんですよ、先輩のこと。この周辺でおすすめの美味しいお店を予約できたらしいので」

「ほ、他のヤツから呼びに行ってあげれば?」

「レッカさんたちはもう行っちゃいましたって。先輩が最後」

 

 さっきヒーロー部がみんなで出かけてたの、そういう事だったんだ。そういえばもうディナーの時間ですね。

 

 でも。

 でもね音無。

 俺はいまズボンを履いてないんだ。

 それどころか情緒がバグって息子が覚醒している。お前が座ってるところのすぐそばにヤバいブツがあるんだぜ。気をつけてください。

 

「……頑張るのは結構ですけど、たまには息抜きも必要じゃないですか。みんなでご飯食べましょうよ」

 

 横になっている俺の頭を優しく撫でる音無。

 

 クソが……。俺はたったいま自分に必要なイキ抜きをしようとしてたんだよ……! みんなでじゃなくて一人でのお時間だったの!

 

「……わかった。すぐに準備するから、先にエントランスで待っててくれ」

「先輩のご両親からお金は預かってますから、お財布はいりませんよ? さっ、一緒に」

「まてまてまて」

 

 何でこんなグイグイ来るんだ。頭を撫でてきたことと言い、コイツもしや俺のことが好きなのか?

 ちょっ、布団を剝がそうとするな。やめろ。

 

「はいはい、お目覚めの時間で──」

 

 らめぇっ。

 

 

「…………す……?」

 

 

 布団を剥がし、ついに固まってしまった音無。

 奇跡的にも脱いだズボンが大事な箇所の上に乗ってくれて、肝心の本体こそ直接見えてはいないものの。

 

 そこに()()()が設営されているのは、誰がどう見ても明らかであった。

 

「……ふぇっ……」

「まて、俺は悪くない。お前も悪くないんだ、音無。これは本当に、どうしようもなかった事故なんだ」

 

 苦しい言い訳は余計に場の雰囲気を悪くする。

 そう分かっていても、言わずにはいられなかった。

 だって音無が絶句してるから。

 

「………………ぇ、っと……その……」

 

 みるみるうちに顔が真っ赤になっていった音無は、動揺で体を動かすことができないのか。

 まじまじと俺のズボン越しのお城を見つめたままで。

 

「……はぅ……っ」

 

 怯んだ声を漏らし、目をつむって俺の下半身にそのまま掛け布団をそっと戻すのであった。

 ──死にたい。

 

 



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むっつり忍者

 

 

 

 おそらく人生で一番情けないであろう姿を、後輩に目撃されてから数分後。

 

「……」

「……」

 

 俺たちは二人ともベッドの上で、正座になって向かい合っていた。

 今の俺の心境を表すとすれば、さながらイタズラがバレて教師に叱られる直前の生徒みたいな心持だ。あとちなみにズボンは履きました。

 

「……何なんすかね、これ」

「アヒんッ♡♡ 急に突っつくな!!」

「あ、ごっ、ごめんなさい」

 

 まだ覚醒したままである俺の息子の先端を、ズボンと掛け布団の上から指でタッチしてきやがった。

 いろんな布で防御されているとはいえ、突然急所を指で突くなんて信じられん。恐ろしい娘だ。

 

「でも、まだ勃ってる先輩もおかしくないです?」

「……否定はできない」

 

 そうなのだ。

 めちゃくちゃに恥ずかしい場面を見られて、本来なら一瞬で萎えて縮こまるはずなのに、俺の珍宝は暴れん坊将軍のままなのだ。一体どうなってる。

 もしかしたら女の子に変身しすぎて、肉体そのものがバグっているのかもしれない。こんな事になるならペンダント使うのやめようかな。

 

 

 ……終わった。俺の物語はここでお終いのようだ。

 

 よりにもよって数少ない仲間である音無に、男なら確実に見られてはいけない瞬間を目撃されてしまったんだ。もうどう取り繕っても俺の評価はマイナスだろう。

 今までだってそこまで頼りがいのある先輩としては見られていなかったんだろうが、今この瞬間をもって彼女は俺に心底失望したので、もはや人間としてすら認識されなくなったに違いない。

 

 すまない父さん。遥か高みを目指すアポロ・キィの夢は、こんなにも呆気なく潰えてしまったよ。

 

「くぅ……」

「先輩、そんな赤くならないでも……思春期の男の子ならよくある事ですよ。……たぶん」

「むり……」

 

 顔から火が出るとかそういう次元の話じゃない。このままだと感情が爆発して闇落ちする。世界を滅ぼしちゃう。

 

「ほんと、穴があったら入りたい……」

「えっ? ……え?」

「ちょっ、待て! 変な意味じゃない! お前だって分かってるだろ!?」

 

 ただのことわざを深読みされる状況、端的に言って地獄だ。

 

「……いや、マジですまなかった。見られた時は事故だって言ったけど、これは確実に俺が悪い。変なもん見せてごめん」

 

 頭を下げて謝罪。元の体勢が正座なので、そのまま奇麗な土下座となった。

 本当に死にたい。こんなん母親にバレるのより精神的にキツい。

 

「……私は別に構いませんけど、他の人が入ってきてたら……先輩どうするつもりだったんですか」

「ゃ、それは……ほら、ヒーロー部がホテルを出ていくのは見えてたから。……その、大丈夫かと思って」

「カギ、普通閉めませんか? ここ先輩の家じゃないんですよ?」

「何とでも言ってくれ。俺は世界で一番ダサい男なんだ」

 

 あの時の俺はどうかしていたんだ。

 そうだよ、何で部屋の鍵をかけなかったんだ。下半身に忠実すぎるだろうがよ。アポロくんガバも大概にして……。

 

「……まぁ、その、私も……はい、本当にすみませんでした」

 

 音無も小さく頭を下げてきた。何事かよ。

 

「いえ、勝手に部屋の中に入りましたし……強引に布団を剝いだりもしたので、申し訳ないです」

「分かればいいんだよ、分かれば」

「調子良すぎません?」

 

 こうでもして気持ちを誤魔化さないとやってられない。俺はいまここで自爆してもいい心構えが出来上がってるんだぞ。

 

「……相変わらずおっきいままだし」

「掛け布団で見えねぇだろ」

「表情や体の動きで分かりますよ。忍者なので」

 

 絶対ウソだ。お前の忍者の認識どうなってんだよ。流石に万能すぎるぞ。

 

「基本的には何でもできるって、前にも言ったでしょ」

「……ロールキャベツは?」

「作れます」

「ブルドーザーの運転とかは?」

「ぜんぜん余裕ですね」

「房中術は?」

「だからできっ──いま、なんて言いました?」

 

 房中術。

 あれだよ、アレ。昔の人がやってたあのエロい事して相手を油断させる技的なヤツ。

 

「できんの? 房中術も」

「…………」

 

 おや。赤面して黙っちゃったぞ。

 

「忍者って何でもできるらしいからなぁ。そういう相手を陥落させる初歩的な技術なんて、当たり前のように心得てるんだろうな~」

「……で、できますよ? えぇ、出来ますとも。あまり忍者を舐めないで頂きたい」

「えっ。……じ、実戦経験あんの?」

「うぇっ!」

 

 彼女の返事に対して思わず怯んでしまった。煽ったのは事実だが、ここでは『出来ませんけどそれ今関係あります?』みたいな感じの正論で、俺のことボコボコにしてくると思ってたから。

 マジかよ、出来るんだ房中術。

 忍者ってそういうのヤるのが当たり前だったんだな。これからはもっと音無に優しくしよう。

 

「ば、バカっ! した事なんてあるわけないでしょ!? 知識ですよ知識ッ!」

「ふむ。音無後輩はむっつり忍者だった、と」

「わたし先輩のことキライになりそうです」

 

 恨めしい顔になる音無。どうやら煽りすぎてしまったらしい。

 この場の恥ずかしい雰囲気を誤魔化すために、何かをやろうとした結果だったのだが、裏目に出てしまったようだ。

 

「ごめん音無。その、俺……」

「うるさいです。大体むっつりとか言ってますけど、先輩だって度を超えた変態じゃないですか。人のこと言えないでしょ」

「なっ」

 

 度を超えた変態だと……? アンタいつからそんなに口が悪くなったんだい……!

 

「この前の夜だって、女の子に変身した状態でレッカさんに迫ってましたし」

「──────」

 

 心臓が止まった。

 

「ぉ、おま、ぉっ、え、おまえ、おぉ……?」

「言語能力を失ってる……」

 

 まさかアレ見てたのか!? 俺とレッカの怪しい情事の現場を!

 バカな、そんな気配はしなかったはずだ。

 あの場にいたのは俺たち二人と、その遠くから向かってきていたヒカリだけだ。

 何度も周囲は確認してたし、間違っても音無に見られてたなんてことはあり得ない。ハッタリに決まっている。

 

「あのですね、自分の気配を消すのは忍者の初歩的な技術ですよ。それが出来なかったら忍者になんてなってるワケないじゃないですか」

 

 ニンジャ、すごい……。

 

「今までありがとう。さよならだ」

「窓から飛び降りようとするのはやめてくださいね」

「はなせッ! 俺はもうこの世では生きていけないッ!!」

 

 くそっ、押さえつけられてベッドに戻された。

 単純な力だけなら俺の方が上なのに、対人戦の技術に差がありすぎる。

 後輩の女子に拘束されるなんて情けない限りだ、もう舌を嚙み千切るしかない。

 

「落ち着いて。どうどう」

「うるさい慰めるな。もう煮るなり焼くなり好きにしろ」

「別に先輩を辱めるつもりなんてありませんから……」

 

 また頭を撫でてきやがった。こいつ俺のことを完全に下の存在だと思っていやがる。事実その通りだから何も言えねぇ。

 頼むからもう優しくしないでくれ。憐れむくらいなら殺しておくれ。俺みたいな人を弄ぶようなクズは、ここら辺で地中に埋められて地獄行きになるくらいの罰を受けるべきなんだ。

 

「……先輩は」

 

 悲しみに暮れながらベッドの上で座る俺の隣に、音無がゆっくり座った。

 間違いなく説教タイムだ。

 

「先輩は……そんなに溜まってたんですか」

「は?」

「で、ですから。女の子になってレッカさんに迫る程、精神的に追い詰められてたのか、って話です」

 

 そういう認識になっちゃう? いやまぁ、追い詰められてるのは事実だけども。

 

 ……よく考えてみたら、普通の人間じゃやらないような事ばっかやってるな、俺。

 そういう意味では、レッカがバトルラブコメをしていたあのとても退屈な時期に、俺は()によって精神を破壊されたといっても過言ではないのかもしれない。

 

 最初の動機はレッカをビックリさせたいだとか、ちょっと物語に混ざりたいだとか、そんな単純なものだったのに。

 いつの間にか俺は引き返せない場所まで来てしまっていた。

 両親が悪の組織の一員だったことや、研究所から逃げ出してきた衣月のこともあるが、結局俺から面倒事に顔を突っ込んだことに違いはない。俺がペンダントを使っていなければ、きっと両親も衣月を俺ではなくレッカに任せていたことだろう。

 

「……えっと」

 

 まずい。音無の一言で冷静になってしまいそうだ。俺なにやってんだろうって少し考えちゃった。

 ダメだぞ、ここでやめたら俺自身を否定することになる。

 止めてくれる資格を持つレッカによって物理的にストップさせられるまで、俺は美少女ごっこはやめないんだ。

 

 ……やめない、よな?

 

「性欲でレッカさんを困らせるのは、本意じゃないでしょ」

「それは、その……」

 

 咎めるのではなく俺の良心に訴えかけてくる音無。こうかは ばつぐんだ!

 

「まぁ、不用意に寝室へ誘ったり、衣月ちゃんと一緒に先輩とくっ付いて寝てた私も悪いですよね。先輩だって年頃の男の子ですし」

 

 音無が悪いってことはないと思う。それで興奮する俺の方が圧倒的に非があるんじゃなかろうか。

 

「……そんなに溜まってるなら、抜いてあげましょうか?」

「ッ!!?」

 

 思わず反応してしまった。こいつは急に何を言い出しやがるんだ。

 

 おい、おかしいだろこれは。なんでレッカじゃなくて、俺がエロゲの主人公みたいな展開になってるんだ。逆だろ普通。

 ……落ち着け。

 これは罠だ。

 こんな都合よくエロゲみたいな美味しい展開など起こるはずがない。だって現状俺が悪いことをしただけなんだぞ。えっちな雰囲気になる理由がまるで存在しない。

 

「だっ、だ、だめだぞぉ?↑ そんな、不用意な発言はするもんじゃあないって……」

「……プッ。ふふ」

 

 何笑ってんだ……!

 

「もう、冗談っすよ。あー、おもしろ」

「テメェな……」

「この状況ならこう言えば先輩が喜ぶかな~、ってセリフを言ってみただけです。予想通り、口では繕いつつも期待した眼差しになりましたね? ぷぷっ、単純な人」

 

 口に手を当ててあざ笑う音無。

 この後輩許せねぇ。そんなに純情な少年をからかって楽しいのか。あぁ楽しいだろうよ。男の子をからかうの楽しいよね……分かるよ俺もやったから……。本当にごめんなレッカ。

 ちくしょう、俺には音無を怒る資格が無いぞ。タイプ相性が最悪だ、有効な技がひとつもねぇ。

 

「先輩。もしかしなくてもコクちゃんに変身するの、ちょっと楽しくなってるでしょ」

「違うなそれはお前の単なる勘違いだ」

「すごい早口」

 

 ふぇぇ……僕の語彙力じゃもう誤魔化せないよぅ……。

 

「別に責めたりはしませんよ。先輩がロクでもない人だってのは前から知ってますし」

 

 むしろ怒ってくれた方が嬉しいまであるのだが、そうは問屋が卸さないようだ。

 ここまで知ってもなお失望してすぐに見放さないなんて、どうかしてる。音無に関しては好感度が高いのか低いのかすら見当がつかない。

 

「仕方なく始めたことでも、後から楽しくなってきちゃうこと……ありますもんね」

「えっ」

「忍者の活動をしてて『楽しいな』って感じたことは、全くもって一度もなかった──と言えば嘘になりますし、私も経験ありますよ。衣月ちゃんを守るためとはいえ、先輩は女の子に変身する時間が長すぎました。ちょっとくらい楽しくなっちゃっても不思議じゃありませんよね」

「音無……」

 

 ここまでの話を聞いた限り、音無からの認識は事実とは少しズレているみたいだ。

 本当は衣月を守るために始めたんじゃなくて、TSを始めてから衣月と出会ったんだけどな。

 

 そこはいい。

 とにかく()()()()()()()()()TS変身を始めたわけではないって認識をされてるなら、なんとか致命傷は免れている。

 救いようのない変態男ではなく、ちょっと誘惑に負けてしまっただけの変態男ってことだ。……おっと大して変わらない気がしてきたぞ。

 

「もうこの際レッカさんに全部明かしませんか? 余計な設定を増やしたことは、私も一緒に謝ってあげますから」

 

 こいつは聖母の生まれ変わりなのだろうか。

 こんなにどうしようもない男を庇うばかりか、自分は悪くないのに一緒に謝るだなんて、あまりにも精神が高潔すぎる。自分では裏切ったと言っているが、やはり彼女の根底にはヒーロー部で培った慈しみや優しさの矜持があるのかもしれない。

 

 ……だが。

 

「それは……でき、ない」

「……どうしてですか」

「音無には明かしていない真実がある。……俺はそれを守るために、レッカに対して秘密を隠し通さなきゃならないんだ」

 

 俺の中にあるのは矜持や誇りといった立派なもんではない。

 性癖──抗えない()()に突き動かされているに過ぎない。

 しかし、それでも俺は美少女ごっこを続ける。続けなければならないのだ。

 コレこそが俺を俺たらしめる証そのものだから。

 

 自らの意思でこの戦いを降りてしまったら、俺はアポロ・キィではなく、中途半端に人助けをしながら周囲を引っ掻き回した──ただの友人(サブ)キャラになってしまう。

 それは嫌だ。ガキみたいな思考だと思われたって構わない。

 俺はここで『やめない』という判断ができてしまうような、どうしようもない馬鹿なのだ。

 

 そんな馬鹿でクズな男ですらなくなってしまったら、俺は──

 

「先輩」

「……おと、なし」

 

 いつの間にか、俺の左手が握られている。

 ふと首を横に向けた。

 そこには『仕方ないな』と言われなくても伝わるような、微笑を浮かべた音無の姿があった。

 

「その真実ってやつ、先輩にとってはよっぽど大事なものなんですか」

「……あぁ、そうだ」

「なら無理強いはしないですよ。……多分、それは先輩を形作るものなんですよね」

 

 俺の意思は無事に伝わってくれたようだ。

 

()()止めません。私にその資格はありませんから」

 

 そう静かに告げた音無は、より一層俺の手を強く握りしめる。

 

「でも、状況が悪化するのは目に見えてます。先輩が私を認めてくれたら、そのときは何をしてでも先輩を止めますから、そのつもりでいてくださいね」

「……あぁ、分かった。ありがとう音無」

 

 ようやく気付いたことがある。

 俺はこれまで、自分が思っている以上に様々な人たちと交流を重ねてきた。

 その中にはとても近い距離で、絆を深めた人間もいる。

 

 もしかしたら、俺を止めてくれる存在とは、レッカだけを差すものではないのかもしれない。

 

 

「……ところで先輩」

「どうした」

「おちんちんは小さくなりましたか?」

「うぉぉっと本当に話題が変わったな」

 

 

 

 

 

「……逢引(あいびき)?」

 

 俺たち二人がいつまで経ってもフロントへ降りてこない事に痺れを切らした衣月が、俺の部屋に突撃してきて最初に放った言葉が、それだった。

 

「違うぞ」

「でも、手を繋いでいる」

「衣月とだってよく手を繋ぐだろ。それと一緒だ」

「それはおかしい。紀依の股間が膨らんでいる。私と手を繋ぐときは、そうはならない」

「…………」

 

 遂に反論できなかった。

 後輩のやわらかプニプニな手に自分の手を握られ、あまつさえ肩が触れ合う距離で『おちんちん』なんて言われてしまったせいで、俺のロケットは天を衝くが如く屹立してしまったのだ。あと音無ちゃん良い匂いするんだわ。

 

「おい待て衣月、どうして逃げようとする」

「エロシーンを邪魔する輩は絞首刑に処すと、いんたーねっとで見た。断罪されてくる」

「ちょっ、ダメダメダメっ!! 衣月ちゃんまって!?」

 

 弾かれたようにベッドから飛び出し、そのまま衣月を正面から抱きしめて拘束する音無。見事な早業だ。

 

「あのっ、これは本当に何でもないから! 一人にしてゴメンね!」

「責めているわけではない。……こうして捕まえたということは、私も参加をするの?」

「参加っ!?」

 

 お前はその変な知識をいつどこで吸収してるんだ……。

 

「乱交。……ちがう。確か三人なら……さんぴぃ?」

「おいおいおい」

「先輩っすか。衣月ちゃんの純真無垢な精神を汚したのはアンタなんスか。やっぱりこの場で縁を切ったほうが良さそうっすね……」

「待ってくれ誤解だ」

 

 もしかして衣月にデバイスをたまに貸してたのがよくなかったのか。

 確かにフィルタリングは設定されてなかったけど、怪しいサイトは検索しないように言ってたはずだ。何かがおかしい。

 

「ついったーというツール、とても便利。単語の学習にとても役立つ」

 

 よりにもよって光と闇が交差する特殊な環境に、ネット慣れしていないにもかかわらずいきなり突っ込んでしまったらしい。こんなのもう実質事故じゃねぇか。おとなしく猫の動画でも見とけばよかったものを……!

 

「この状況は……じぇーけぇと、小学生ろりの、さんぴぃハーレム?」

「オマエ意味全部わかってて言ってんだろ!?」

「お願い衣月ちゃん今言葉にした単語全部忘れてぇ……っ!!」

 

 

 ……ということもあり、子供であるがゆえに何でも吸収してしまう衣月に四苦八苦しつつ。

 そんな彼女のおかげで逆に落ち着いた俺の性欲も沈静化され、俺たち三人はかなり出遅れてからホテルを出発したのであった。

 

 



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好感度チェックの偵察

視点が変わります


 

 

 

 ──正義のヒーローとして戦い始めたあの時は、こんな光景を目にするなんて思いもしなかっただろう。

 

 

「と、とっても美味しいですわ。このお料理のお名前は……?」

「確かついったーでは……これ、ソーキそば」

「あら、ありがとうございます。衣月さんは物知り博士さんですね」

「ねぇねぇヒカリ、聞いてくれたらアタシも答えられたよ。アタシも郷土料理詳しいよ」

「あの、コオリ先輩? 自分より幼い子と張り合うのやめません?」

 

 たくさんの仲間と食卓を囲み笑い合う、この平和としか言いようのない姿こそが、かつて孤独だった僕が幼き頃に抱いた夢だった。

 

「はい、コクさん、あ~ん♡」

「ぁ、あーん……」

「ばっちりよフウナ! その調子で自分がいないとダメになっちゃうくらい堕落させてしまいなさい!」

「えへへ……! 頑張るねお姉ちゃんっ!」

「ふむ。部長としてコレは止めるべきか否か、判断が難しい所だな」

「早く止めてください会長、もう食べられなムグゥッ」

 

 本当に心の底から、ここまで戦い続けてきて良かったと思える。

 おかげで大切な仲間たちと巡り合い、こうして同じ時を共に過ごすことができるのだから。

 

 

 僕の家系は才能重視の実力主義だった。

 

 かつて世界を救った勇者の末裔なのだから、当然といえば当然だ。

 勇者の血を引く他の一族に比べて、ファイアの姓を継ぐ者は代々魔法に乏しく、周囲から見下されている。

 そして両親はいつもそんな状況に腹を立てていた。二人はとてもプライドの強い人だったから。

 

 故に、僕よりも遥かに優秀だった兄が優遇され、ダメな弟の僕が両親から見放されるのは当然の摂理だった。

 二人の血を色濃く継いでいる兄はとても高慢で、そんなプライドの塊のような彼を反面教師にしていたからこそ、僕はファイアの姓でありながら、一族の誇りを持たない『ただの少年』になれたのかもしれない。そういった意味では、両親や兄には感謝している。

 

 ただの少年になれたのは幸運だった。

 誇り高く生きることはできないけれど、両親や兄のように多方面から常に敵意を向けられる事もないから。

 何よりダメダメだったおかげで、僕はあの親友と出会うことができたのだ。

 優秀ではないからこそ巡り合える運命というのもあるのだろう。

 

 兄は大成し、僕は仲間を得た。

 それぞれの正解を見つけたこともあり、兄に対しての劣等感は当の昔に消え去った。アポロと一緒に居たことで、無理をしてまで優秀になろうだなんて、そんな考えはしなくていいのだと知れたんだ。

 

 本当にありがとう、親友。

 

 

「おーい、れっちゃん」

「っ!」

 

 一旦食事の席から離れ、店の外で風に当たってたところで、後ろから声を掛けられた。

 振り向いたその先には──久方ぶりに再会した親友の姿があった。

 

「ポッキー。……ぁ、あれ? コクは……」

「あー、えと、交代した。せっかくの機会だしってことで、コクが気を利かせてくれたんだ。……ほれっ」

 

 ジュースの入ったコップを手渡してくれた。

 僕が言い淀んでいるうちに彼は隣に座り込み、自分のコップを差し出してくる。

 

「店ん中は姦しいからさ。お互い最近は女子とばっかり過ごしてるし、たまには男二人で話そうぜ」

「ははっ、確かにそうだね。……うん、じゃあ、乾杯」

「かんぱ~い」

 

 コップを合わせて音を鳴らし、クイっと飲料を口に含んだ。

 悪の組織との本格的な抗争が始まってから、こうして二人でゆったりする時間は、確かになかったな。

 そもそも彼がもう一人の少女と入れ替わっていたせいもあるけど。

 

「オトナシや衣月ちゃんとはどう? 上手くやれてる?」

「いきなり母親みたいな質問」

 

 アポロは苦笑いになってしまったが、やはり気になるところだ。

 コクがあの二人と仲が良いのは知っているが、依り代である本人は果たしてどうなのか。そもそも会話をする機会はあったのだろうか。

 

「ふっふっふ……そりゃあもうバッチリよ。信じられないだろうが、アイツら俺のこと大好きだぜ」

「でた、いつもの勘違い」

「んだとコラ」

「学園じゃ女子と目が合っただけで『マズいぞ、俺の運命が始まった!』とか言ってたじゃん。ほんと頭の中は幸せ者だよね、ポッキー」

「テメェ!!」

 

 軽口を叩いたらアポロにヘッドロックされてしまった。ちなみに全然痛くない。

 

「生意気な口ききやがって……」

「いたいよぉ、はなしてぇ」

「大体お前はどうなんだよ。いい加減共通ルートは終わったんだろうな?」

「それは……まぁ」

「おっ。どれ、話してみなさいよ」

 

 パッと首を離したと思ったら、軽くつまめる料理が乗った小皿を二人の間に置くアポロ。どうやら本格的にここで時間を潰すつもりらしい。

 

「えっとね……まず、コオリに実質告白された」

「ブッ!!」

「わっ、汚ねっ!」

 

 めっちゃ盛大に噴き出すじゃんコイツ。もっと心構えしっかりしてると思ったのに。

 

「う゛ぅ……ぃ、いつだ。いつどこで、どんな風に言われたんだ」

「コクとコオリが沖縄に来た日の夜だよ。夜中にコクと話し終わって、部屋に戻ったらコオリがいたんだ。それで『この戦いが終わったら伝えたいことがある』って」

「……死亡フラグみたいな告白だな」

「それは僕も思った……」

 

 絶対に死なせるハズなどないが。

 それにしたってあの発言はもう実質告白みたいなものだろう。この戦いが終わって学園に戻った暁には、彼女からの告白イベントがあるに違いない。

 

 ……イベントって言い方をするあたり、僕もだいぶアポロに毒されてるな。

 

「ふんっ、なんだよ、じゃあ氷織ルートで決定かよ。おめでとさん」

「何で半ギレ」

「うるせぇよお前、アレだぞアレ。そのままだと事故が起こるぞ。ちゃんとヒカリとカゼコの事はフッたんだろうな」

「いや二人にも似たようなこと言われて……」

「クソぁッ!! このハーレム主人公がッ!!」

 

 激しく悪態をついたアポロは小皿に乗っていたピーナッツや枝豆を食い尽くしてしまった。ハーレム主人公に食わせる飯はねぇ、とのことで。

 

「どーすんの! おまえもしかしてヤンデレでも誘発させるつもりなのか! アイツら三人一緒だなんて──」

 

 途端に言葉が詰まるアポロ。

 何かに気がついたようだ。

 

「……一緒でも仲良くやりそうだな」

「この前三人で話してるとこ見かけたよ。問題は一夫一妻制の法律だけ、とか言ってた気がする」

「公認ハーレムかよ。死ね」

「ド直球な悪口が来たな」

 

 ゆるせねぇ~~、とか言いながら頭をかきむしってる親友の隣で、僕は飲み物を舐めるように少し飲む。

 

 これからどうなるのか分からない。

 自分がどういう判断をするのか見当もつかない。

 彼女たちは言うまでもなく魅力的な存在で、大切な仲間であり少なからず意識してる異性でもある。

 ここでアポロから露骨な後押しでもされたなら、きっと迷わず彼女らを受け入れてしまうことだろう。

 

 でも、そうはなっていない。

 彼が知っているのかは不確かだが、誰よりも直接的に僕を求めてきたあの少女の事がある。

 

「ハァ……れっちゃんがこうなら、もうコクなんて眼中に無さそうだな……」

「……どうかな。たぶん、今の僕が一番気にしている女の子(ヒロイン)は──あの子かもしれない」

「うぇっ!? そ、そうなの……」

 

 さっきからオーバーリアクションが過ぎるだろ。

 それとも本気で一喜一憂するほど僕の恋路に肩入れしてるのか。

 

「えっえっ、ちなみに何で。お前ロリコンだったのか」

「めちゃくちゃな解釈するのやめてくれる?」

 

 確かにコクはヒーロー部のメンバーと比べたら小柄だし、こう言ってはなんだが胸もあまりない。

 だがそういう問題ではないのだ。身体的特徴を気にするターンはとっくに終了している。

 

「……僕も分かんないよ。自分の感情をしっかり理解してるワケじゃない」

「おっ、主人公特有の独白タイムだ」

「キミから聞いたんだから真面目に聞けよ。殴るぞ」

「ごめんなさい」

 

 『(´;ω;`)』みたいな顔しやがって。うざいなこの男。

 

 

 もちろん、コオリたちとは深い絆がある。

 

 一年間も一緒に悪と戦ってきたのだから当然だ。学園内の他の人は知らないような、彼女たちのクセや秘密だって僕は知っている。逆もまた然りだ。

 素直に言えば好意を抱いている。

 僕は彼女たちを信頼しているし、好きかどうかと聞かれたら好きだと即答するだろう。

 

 ──だが、あの漆黒の少女に対して抱いた感情は、彼女たちへ向けるそれとは異なっている。

 

 同情だと言われてしまえばそれまでかもしれない。

 人を依り代にしなければ自由に生きられない彼女に、かわいそうだとか不憫だとか、そういう感情を向けていないと言えば嘘になる。

 

「……でも、なんか違うんだよ」

 

 初めて会ったあの夜はただただ不思議な謎の少女だと思っただけだった。

 

 しかし屋上でしっかりと話したあの日から、僕はどこか彼女に──惹かれていたのかもしれない。

 突風が吹いてもスカートを押さえなかったり、サイズの合わないアポロの服を着たりなど、どこか抜けているところがあって。

 真摯に親友との付き合い方を叱咤してくれた。

 子供を助けて怪我をしたのに、僕たちの前から姿を消したりだとか、強がりな部分もあった。

 たまにポッキーみたいに煽ってきたり、子供っぽい発想をしたり、年相応なかわいらしい振る舞いもしていて──

 

 なにより親友を守ってくれていた。

 

 その身を挺してアポロを守り、僕に敵対されようともその意思を曲げることはなく、いつだって力強く立ち上がっていた。

 でも僕との繋がりを求めるような、儚さを感じる一面もあって。

 

 その事実に、その姿に、僕は──

 

 

「もういい。もういいぞれっちゃん」

「だから、もしかしたら僕は」

「やめとけ! もういいからぁ!」

 

 何だよ、いいところまで話したのに。むしろここから先を聞きたいんだと思ってたぞ、僕は。

 てか何で赤くなってんだよ。こんな話で恥ずかしくなるほど初心じゃないだろ君は。

 ……いや、でもちょっとニヤついてるな。

 友達の恋バナ聞くのそんなに楽しいかい、ポッキー。

 

「十分だぜ。俺はその話を聞いて満足だ」

「あっそ。……言いふらさないでね」

「んな口軽くねーから安心しろって。俺とお前だけの秘密だぜ。誓いとして握手をしよう」

「う、うん」

 

 何で握手……?

 

「じゃあ先に戻ってるから。またコクに変わってるかもしれないけど、アイツとも仲良くしてやってくれ」

「言われるまでもないよ」

 

 そういって店の中へと消えていくアポロ。

 もしかしたら彼は、一番近くにいた相棒のような存在であるコクの恋路を、密かに応援していたのかもしれない。だから喜んでいたんだ。

 

「……さて、僕も戻るか」

 

 すっくと立ちあがり、彼が置いていった皿を持ってお店の中へ戻っていく。

 ふと振り返ると雲一つない空が広がっていた。

 

 あぁ、今日は月が奇麗な夜だ。

 

 




感想をいくつか頂きましたので、R18版に需要があるようでしたらIFルートとして50000分の1くらいの確率で執筆します


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隠しヒロイン

 

 

 【速報】オレの親友、ロリコンだった。

 

 というわけでヒロイン三人の告白イベントがあったにもかかわらず、俺はメインヒロインの座をキープすることに成功したのであった。

 正直あそこまでされたら勝てる要素が無いと、話を聞いていた時はそう思っていたのだが、どうやらレッカがロリ体型好きの変態だったおかげでどうにかなったらしい。ばんざい。

 

 あとそれから、俺たちは遂に沖縄を出発することになった。

 

 悪の組織がもうすぐ激ヤバ装置を完成させるとのことで、それが発動されてしまったら世界中の人々が一瞬で洗脳されてしまうという、意外とめちゃくちゃに追い詰められている状況になっていたようだ。

 しかしこちらもただ手をこまねいていただけではない。

 組織の本部に殴り込みをかけるための潜水艦を用意し、ヒーロー部のみんなもしっかり能力を修行していた。戦う準備はバッチリだ。

 

 以前両親から聞いた警察に潜り込んでいる組織のスパイの正体も判明したのだが、ヤツを告発させるに至る程の証拠を掴むことは、終ぞ叶わなかった。

 スパイの正体は警視庁の警視監。

 上から数えた方が早いくらいのお偉いさんということもあり、証拠隠蔽はお手の物だったようだ。

 

 つまり、俺たちは未だ警察の手を借りることはできず、ここまできたヒーロー部のメンバーと俺の両親だけという、世界を救うにはいささか心許ない人数で巨悪に挑まなければならない──ということだ。普通にこわくて怖気づきそう。

 

 でもここでやらなきゃバッドエンドだし、なるべく全力でがんばるぞ。

 

 

「じゃ、私たちはこれで」

「また夕食の時にでも話そう、コク」

 

 俺の部屋に来ていた音無とレッカが、それだけ言い残して退室していった。かれこれ三十分くらいお話をしていたかもしれない。

 

 現在は潜水艦に搭乗しており、俺がいるのはその中にある一室だ。

 悪の組織の本部まではまだまだ遠く、少しの間はここで過ごすことになっている。

 

「……どうなるんだろうなぁ」

 

 ペンダントを操作し、コクの姿から戻ってから、ベッドに転がって呟いた。部屋の鍵は閉めてあるから、急な来客が来ても対応できるので問題ない。

 

 ……で、先ほどの音無とレッカとの会話なのだが、どう考えても最終好感度チェックのイベントだった。

 一番仲の良い仲間が部屋に来る流れになっていたんだろうけど、まさか二人も来てしまうとは。

 最初にレッカが来たときは、最終決戦前ってことで思い出作りに一発ヤられるんじゃないかとヒヤヒヤしていたのだが、程なくして音無も訪れたことで部屋の雰囲気は健全に保たれた。音無によるこの上ないファインプレーだ。褒めて遣わす。

 

 会話の内容は『戦いが終わったら』とか『今回の作戦は』など、当たり障りのないものだった。

 レッカも音無もいつも通りの態度だったし、特別何も起きなかったこともあって、良くも悪くも今後の展開が予測できなくなってきている。

 果たしてレッカに攻略されてしまうのか。

 それとも音無に美少女ごっこを止められてしまうのか。

 ましてや悪の組織なんて本当に倒せるのか──不安は拭えない。

 

 だが俺は俺なりに頑張るつもりだ。

 謎の美少女に変身できるこのペンダントを手に取ったあの日から始まった俺の物語が、どんな結末を迎えるのか。それだけはしっかりとこの目で見届けるつもりでいる。

 ちょっと怖いけど、やはり少しだけ楽しみだ。

 

「……ん?」

 

 コンコン、と部屋のドアがノックされた。

 

「──紀依、わたし」

「おう、今開ける」

 

 声の主は衣月だった。相手が彼女ならわざわざコクに変身する必要もあるまい。

 扉を開けると、そこには俺よりも頭一つ分くらい背が低い、白髪の少女が立っていた。

 その見慣れた姿に安堵しつつ部屋の中に招くと、程なくして衣月が正面から抱き着いてきた。なんだなんだ。

 

「どした衣月。急にくっついてきて」

「風菜やカゼコと遊んで汗をかいた。紀依、一緒にお風呂に入ろう」

「えぇ……」

 

 何でよりにもよって俺なんだ。そこは音無とかライ会長でいいでしょうに。

 出会った初日は衣月を風呂に入れたが、それでも二人で同じお湯に入ったことはない。血は繋がってないし兄妹でもないし、ましてや男女なのだから当たり前だ。

 

「紀依はイヤ?」

「逆に聞くけどお前はどうなんだよ。小5くらいなら、男に体を見られるのは恥ずかしいモンなんじゃないの」

「知らない」

 

 いや知らないてアンタ。

 確かにこれまで悪の組織に幽閉されていたわけだから、普通の小学生と同じ感性を得るのは難しかっただろうけども。

 それこそツイッターとか使ってたわけだし、この旅で身も心も文字通り成長してきたはずだ。

 なのに俺とお風呂か。

 普段は音無と一緒に入ってんのに、男の俺か。

 もしかして衣月には羞恥心ってものが無いのだろうか。

 

 ……ま、まぁ? 俺だってロリコンではないから?

 衣月の裸体を見ようが何とも思わないし、お前がいいなら別に構わないけどな。

 

「あれ、でもここってシャワー室しかなくね?」

「私の部屋には普通の浴槽がある。お湯も溜めてあるから、無問題」

「そっすか」

 

 無問題って、これまた変な言い回しを覚えたなこいつ。実際の歳に比べて、知識が偏ってるような気がする。

 マジでこの戦いが終わったら一般教育科目から順に、しっかり教え込んでいこう。

 

 

 

 

「……狭くない?」

「別に平気」

 

 十数分後。

 とりあえず簡単に身体を洗った後、そこそこ温かいお湯を張った湯舟に浸かると、衣月がそのまま膝上に乗っかってきた。

 二人で入っていることもあって、風呂の湯は溢れて零れてしまう。少し勿体ない。

 

「なぁ、衣月」

「どうしたの」

「その……なんで男のままじゃないとダメなんだ?」

 

 俺はコクに変身していない。衣月からの希望だったのだが、普通に考えたら女同士の方がいいと思う。なんでわざわざこっちで……。

 

「だって、そっちが本当の紀依だから」

「そりゃそうだが」

「どっちでもいいけど、こっちの紀依の方が、私は好き」

「うれしい~」

 

 お湯に髪を漬けないよう、タオルで頭を覆ってやった。

 奇麗な白髪なのだからもっと大事にしてほしい所だ。

 

「紀依」

「んっ?」

「もっとくっ付いて」

「今の時点でこの上なく密着してるだろ」

 

 クソ狭い浴槽で少女を膝上に乗せながら湯に入るなんて、相手が衣月だろうと、はたから見れば犯罪でしかない危険な行為だ。

 そのリスクを承知で一緒に浸かっているのだから、もっとくっ付けだなんて無茶なお願いは勘弁してほしい。

 

「だめ。後ろから抱きしめて」

「そんなに寒いか……?」

 

 もう十分温まってるはずなんだけどな。この子もしかして冷え性なのかしら。

 一応今回は彼女の希望を叶えるためにやっている事ということもあって断れず、俺は後ろから彼女の腹部辺りに手を回し、苦しくならない程度に抱き寄せた。

 サラサラで触り心地の良い少女の背中が、俺の胸板に密着される。

 相手が衣月じゃなかったらエロシーンに突入してそうな状況だ。

 

「んっ……」

「これでいいな」

「……うん」

 

 衣月はそっと俺の腕に手を重ねてくる。……なんだろう、もしかしてシリアスなターンだったりするのかな。

 もう、この際ハッキリと聞いてしまおうか。

 

「なにか話したいことでもあったのか」

「……あった。ある。今から話す」

「どうぞ」

「承った」

 

 独特な空気感での会話が続く。

 少し動けばお湯の揺蕩う音が耳に入ってくる。

 それほどまでに浴室は静まり返っていた。

 

「私、未来が見える」

「……えっ。俺のパクリ?」

「紀依のハッタリとは違って、私のは本当」

 

 普通に考えたら衝撃の告白なのかもしれないが、ここまで非日常に巻き込まれると、いろいろと慣れてくるらしい。

 多少驚きはしたが、動揺するほどではなかった。

 そんな俺の様子を知ってか知らずか、衣月は淡々と話を続けていく。

 

「能力というよりは、呪い。ごく稀に、一瞬だけ仮定の未来を見ることができる。紀依のペンダントを改良できたのも、その”改良される”という仮定の未来をあの場で見たから」

 

 どうやら彼女は特別機械に強かったわけではなく、先の事象を知る事で物事を解決させる力が元から備わっていたらしい。

 呪いというほどだから、きっとこれまで見てきたのは良い未来ばかりではなかったのだろうが。

 

「組織にいた頃は、いつも眠るときに未来を見ていた」

「……どんな未来だった?」

「世界が、救われる未来」

 

 お湯を手ですくって遊びながら、彼女は俺の膝上でその未来を語る。

 

「研究所から連れ出されて、私はレッカに保護される。いろいろあって悪の組織と戦うけど、ヒーロー部は勝利を収める」

 

 これまでの過去とは違う未来だ。

 やはりというか、最後のヒロインに相応しい衣月はレッカに守られ、最初から俺という存在は必要なかったらしい。

 

「私はレッカを好きになって、レッカも私を一番大切にしてくれる」

 

 れっちゃんマジでロリコンだったんだ。まぁそういう性的嗜好もあるよね。

 

「……でも、最後にヒーロー部の誰かが死ぬ」

「流れ変わったな」

「私とレッカは死なない。世界も無事に救われる。けど、仲間の内の誰かが必ず死ぬ」

 

 想像以上に重い未来を見ていた衣月。

 思わず茶化そうとしてしまったが、そういう雰囲気ではないと理解して、そっと彼女の頭に手を乗せた。

 

「何百回と見てきた。一番回数が多いのは音無で、その次は氷織。二人とも、私の見た未来では『自分は死んでもいい』って考えてた。だからいつも、最後には犠牲になる」

「……そうか」

 

 音無の場合は裏切者という罪悪感から。

 氷織に至っては、幼い頃に人の命を奪った負い目から、そういう感情を抱いてしまったのだろう。

 これだけを聞くと非常にこの先心配になるが──

 

「でも、僅かにだけど、死ななかった未来も見た」

「マジで?」

「まじで」

 

 希望が見えてきたと思ったら、衣月が体ごと振り返って、俺と対面した。

 浴槽の中で静かに見つめ合いながら、俺は少女の話に耳を傾ける。

 

「その未来を見たのはつい数日前。……そこにはいつも、紀依がいた」

「俺……?」

「おれ」

 

 何で俺?

 

「よく分からない。確実に言えることは、仲間が誰も死なない未来を見始めたのは──あなたと出会ってからが、初めてだった」

 

 自分が特異点になった可能性があると言われても、いまいちピンと来なかった。

 欲望に負けて物語に参戦した俺が、どうしてよりにもよって運命を変える歯車になってしまったのか、まるで想像がつかない。

 

「紀依と出会って未来は変わった。でもここ最近はまったく未来を見ていない。いつも研究所で受けていた注射を、長い間受けていない影響かもしれない。……私はもう、未来を見ることができない」

「……それでいいだろ。先の事なんかわかんないのが普通の人間なんだから」

「嫌。見たい。どうしても、いま見たい」

 

 珍しくワガママを言ってきた衣月は、そのまま正面から俺の頭を抱擁してきた。ちっぱいで前が見えねぇ。

 

「心配しないでも大丈夫だって。現状の最強メンバーで挑んでるんだし、死なない未来まで見たんだからそれこそ無問題だろ」

「そうじゃない。私の見た未来で、紀依だけが生死の結果が分からなかった」

 

 ……あれ、もしかして死亡フラグ立ってるのって、俺なのか。

 

「未来に紀依がいたのは間違いない。でも生きてるのか死んでるのか、判断が付かなかった。もし誰も死ななくなった代わりに紀依が死ぬのなら、そんなの意味が無い」

 

 めっちゃ強く抱きしめてくる衣月。痛い痛い。どんだけ俺のこと心配なんだお前は。

 

「やだ。……死なないで、紀依」

「死ぬわけないだろ、このアホ」

「いたっ」

 

 流石に苦しいのでポコッと頭を軽く叩き、彼女を少し体から離した。

 まったく、俺が死ぬ前提で話を進めるんじゃないよ。

 

「いいか。そういうフラグっぽい発言が俺のことを殺すんだよ。するならもっと素直に応援してくれ」

「……がんばれ、がんばれ……とか?」

「おぉ、いいなそれ。滾ってきたわ」

「児童ぽるの? ろりこん?」

 

 わかんねぇ。俺もしかしたらロリコンかもしれねぇわ。衣月のこと大好きだからな。

 

 まぁ、とりあえず余計なフラグ発言さえされなきゃ、俺は死なないってことだ。

 なんたって衣月曰く『運命を変えた男』だからな。これはもうレッカと並ぶ重要な人物と言っても過言ではないだろ。

 

 うおぉ、これこそメインヒロイン。

 実際に超重要な役割を担ってしまったぜ、ひゃっほい。

 

「俺に任せとけって、衣月。誰も死なない超絶ハッピーエンドを見せてやるからな」

「それ、フラグっぽい」

「お前が茶化してくれたならもう大丈夫だ」

「……やっぱり不安。ねぇ紀依、レッカにしようとしたように、私とも思い出を残す?」

 

 お前もあの夜の浜辺でのイベント見てたのかよ。もう両親とか会長が知ってても驚かねぇぞ俺は。

 

「今のうちに種を仕込んでおけば、バッドエンドでもいつか紀依の子孫が仇を討つ」

「ハッピーエンドにするって言ったでしょ。てか間違ってもお前に種は仕込まねぇよバカ。どんだけ下ネタ好きなんだ」

「おっきくしましょうか」

「小さいままでお願いします」

 

 ……本当に困った少女だ。

 

 



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コクちゃん二転三転

 

 

 

 間違いなく、作戦は順調だった。

 

 海上にある悪の組織の本部へ奇襲をかけ、その最深部にある全世界洗脳装置は確かに破壊した。

 道中あの警察に潜り込んでいたスパイである警視監の男が立ちはだかったものの、ヒーロー部の力を合わせれば勝てない相手ではなかったため、苦戦しつつも俺達はヤツを退けて前へ進んで。

 その結果辿り着いた結末は()()()()であった。

 

 結論から先に言おう。

 俺と風菜とライ会長を除いた他の全人類は、悪の組織に洗脳されてしまった。

 

 

 

 

 まず、ヒーロー部の活躍で悪の組織の親玉──つまりラスボスは撃破した。

 

 いかにも悪そうな顔をしたオッサンで、めちゃめちゃゴツくてデカい怪人に変貌したものの、皆の力を合わせれば普通に負けない程度の相手であった。

 確かに強くはあったものの、よりにもよってアレが組織のボスだったのは意外だった。あっさり決着が付いて思わず拍子抜けしたほどだ。

 

 そんなラスボスが後生大事に庇うような装置とあれば、破壊しない理由など一つもない。

 というわけでヤツの背後にあったバカでかい洗脳装置を、俺たちは全員の力を合わせて木っ端微塵に粉砕した──のだが。

 

 そのとき、まだ生き残っていた警視監の男が、こう叫んだのだ。

 

『ざ、残念だったな! 実は全世界洗脳装置は予備としてもう一つ作ってあったのだ! 密かに魔法学園の地下に設置してあった予備装置はつい先ほど完成し、その効果が発動された! 間もなく世界は組織のモノとなるのだァ! やったー!!』

 

 めちゃめちゃ説明口調で、気が動転してたのか予備装置の隠し場所までご丁寧に教えてくれた警視監の男は、そのまま『ボスの理想は私が継ぐぞ!』と言い残して本部から姿を消した。強さや口ぶりから察するに、ヤツは組織の中でも上から数えた方が早い方の幹部だったのだろう。

 つまりラスボスは倒したもののそれで終わりではなく、今度は裏ボスが出現しやがったのだ。RPGあるあるですね。

 

 そしてその裏ボス曰く、この世界はまもなく組織のモノになるとのことで──

 

「どうして逃げるんだい、コク。さぁ……一緒に組織の仲間になろう」

「ひぇぇっ……!」

 

 こんな感じで、完全に洗脳されたレッカに追い回されてる現在に繋がるわけだ。

 

 現在いる場所は未だに悪の組織の本部の中であり、俺はコクの姿で細長い通路を疾走しながら、完全に闇堕ちしてしまった親友と鬼ごっこをするハメになっている。

 ちなみに洗脳されていない他の二人も、俺と同様悪の手に堕ちた仲間に追いかけられているため、この海上に浮かぶ基地から脱出するための手段を見つけて合流しない限り、俺たちに未来はない。

 しかし、自分以外にあと二人仲間がいるという事実は、間違いなく今の俺の心の支えになっていた。

 

 

 風菜とライ会長が洗脳されていない理由については、とても簡単だ。

 

 まず風菜に関しては言わずもがな、あの生まれ持っての最強な催眠耐性体質。

 そしてライ会長が闇堕ちパワーを受け付けなかったのは、他ならぬ俺が理由だ。

 

 俺が身に着けているこのペンダントには、どうやら精神干渉に関する魔法の一切を、完全に防御する機能が備わっていたらしい。

 父親にも聞いていなかった事なので確証はなかったものの、記憶を掘り返してみれば思い当たる点は確かにあった。

 

 初めてサイボーグに襲撃され、ヒーロー部の全員がヤツの催眠によって、精神世界へダイブさせられてしまったあの夜。

 耐性のあった風菜以外にあの場で意識を保っていられた人間は、俺とすぐそばにいた衣月だけだった。

 会長も音無も覚醒はしたものの、一旦は眠らされてしまったわけで、風菜を除けば最初からそもそも催眠が効かなかったのは俺と衣月だけだったのだ。

 

 衣月に催眠の影響が出なかったのは、彼女に催眠の耐性があったわけではなく、きっと俺のすぐ傍に隠れていたからだ。今回、衣月が他のみんなと同様に洗脳されてしまった状況からも、その事実はハッキリしている。

 逆に前回の彼女と同じように、俺のすぐ隣にいたことで、なんとか洗脳から免れた人物もいた。

 

 それがライ会長だ。

 

 どうやらペンダントには俺だけでなく、身に着けている人物のすぐ近くにいる存在も、精神汚染から守る効果が隠されていたらしい。

 

 

「逃げないでくれコク! きっと君にもすぐに組織の素晴らしさが理解できるはずだ! ハハハッ!」

 

 で、れっちゃんは俺とは離れた位置にいたせいで、この有様というわけだ。守ってやれなくてすまんな、親友。

 

「観念しろっ!」

「わぎゃっ……!」

 

 火炎球が足元に飛んできて転倒。痛い。

 尻餅をついた俺の前に立ったレッカは、何かを思いついたように自分の両手をポンと叩いた。

 

「あっ、そうだ。コクのついでにポッキーも勧誘しよう。ねぇコク、きみに僕の身体を貸すからアイツを説得してくれよ」

「えぇ……」

「ありがとう!」

 

 いや了承の返事ではないんだが。

 

「それじゃあペンダントを預かるね……」

「ちょ、やめっ!」

「ほいっと」

「あぁん」

 

 抵抗むなしくレッカにペンダントを強奪された俺は、強制的に変身解除させられ男の姿に。

 そんな俺を見下ろしながら、レッカは遂にペンダントを自分の首にかけてしまった。

 

「やぁポッキー。これからは僕が依り代になる事で、いつでもコクと会話できるようになるよ。よかったね」

「ぁ、あの、れっちゃん。頼むから、そのペンダント返して……?」

「ダメ」

「うぅ……」

 

 相も変わらず洗脳された状態のレッカを見るに、ペンダントの効力はあくまで精神攻撃を防ぐのみで、洗脳された人間を元に戻すような機能は備わっていないらしい。

 

「さぁ、僕の体を使ってくれ──コクっ!」

 

 レッカは高らかに叫び、ペンダントの中のボタンを押し込んだ。

 

 ぴかー。

 しゅう~っ。

 ドン。

 

 変身が完了し、親友は普通の男の子から、黒髪ちっぱい低身長ロリへと姿を変えてしまったのだった。

 やはりというべきか、たとえ元の変身者が誰であっても、ペンダントを使用した際に変身する姿はまったく同じらしい。

 

「……あ、あれ?」

 

 洗脳されているにもかかわらず、未だに自分の意識がある事に違和感を覚えるレッカ。

 

 それもそのはずだ。なぜならあのペンダントには『コク』などという名前の少女の人格なんて、初めから搭載されていないのだから。

 

「姿は変わった──な、なのにどうしてコクと意識が切り替わらない?」

「……えっと」

「あ、アポロ! これはどういうことだ! 人格の交代どころか、ペンダントからは生命力の反応すら感じないぞ! コクはどこだッ!?」

 

 迫真の形相で俺に迫りくるレッカことコク。

 

 これはマズい。

 状況がヤバい。

 まるで言い訳が思いつかない。

 ついに来たのか詰みのターン。

 暴かれちまうぜオレの秘密が。

 

 ……気が動転して、思わず下手くそなラップまで出てきちゃった。まったく韻を踏めてないし。

 本当にどうしよう。よぅよぅ。

 

「──ええい、ここは一時撤退だ! さらば親友っ!」

「まっ、待てアポロぉ!」

 

 俺はすぐさま立ち上がり、レッカに背を向けて駆け出した。それはもう人生最大と言えるほどの全力疾走で。

 はたから見れば黒髪のロリっ娘から本気で逃げてる男子高校生の図になるため、俯瞰して自分の状況を考えると非常に情けない事この上ない。

 

 しかし、どのみち今の普通じゃないレッカを、この場でまともに相手する必要はないのだ。

 

 ペンダントを取り戻したいのは山々だが、そもそも戦闘じゃ勝ち目は無いし、状況を鑑みるにここは逃走して態勢を立て直すべきだろう。うおぉ逃げるぞー。

 

 

 

 

 

 

 ──どうして、こんな事に。

 

『悪の組織に入りましょう、部長!』

 

 いや、分かってはいた。

 強大な敵を相手取るという事は、その分失敗したときに返ってくる危険の度合いも大きいということだ。

 

『どうして逃げるんですか? みんな仲間ですよ』

 

 それを承知の上で戦っていたはずだった。みんなも、私も。

 しかしやはり、こういった土壇場で動揺しているあたり、自分は精神の弱い人間なのだと思い知らされてしまう。

 

『部長、一緒に来てください』

『逆らうのなら実力行使も厭いませんよ?』

『組織に入れば怖いものなんてもうありません! さあ! さあ!』

 

 洗脳されていると頭では理解しているのに、部員である彼女らに攻撃された事実が、ひどくショックだった。

 数分前までは共に戦っていた仲間たちが──それどころか全世界の人間から敵として認識されてしまった現状に、私は絶望した。

 

 怖気づき、足が竦んだ。

 

 

「……ぅっ、うぅ……っ」

 

 組織の本部、そのどこかにある無人の部屋で、私は瞼に涙を滲ませて俯いていた。

 目の前で起きている現実から目を逸らすように床に蹲り、しゃくり上げて泣き散らしている。

 

「ぶ、部長? ……えと、あのっ、大丈夫ですよきっと。アタシたちだけじゃなくて、まだコクさんやキィ君もいますから」

「……ふう、な」

 

 私の傍に寄り添ってくれているのは、特殊体質ゆえに洗脳を免れたフウナだ。

 以前までは姉がいないとまともに活動できなかった彼女だったが、今ではこの通り、こんな切迫した状況でも折れずに前を向けるほど成長している。

 

「ごめっ……フウナ……っ」

 

 すまない、と謝るつもりだった。

 しかしいつも使っているような、あの厳格さを出すための硬い口調では喋れないほど、私の心には余裕が無かった。

 今の自分は誰がどう見ても、ヒーロー部の部長や学園の立派な生徒会長でも何でもなく、打たれ弱いただの未熟な女子高生だ。

 

「あわわ。……ぁ、安心してください! この建物から逃げられるまで、部長のことはしっかりアタシがお守りしますから!」

 

 ぎゅう、と私を抱擁するフウナ。彼女なりの気遣いなのだろう。

 だがそんな彼女の優しさが、余計に私を惨めな気持ちにさせる。

 

 頼ってしまっているという罪悪感が、どうしようもなく胸を締め付けた。

 

 

 

 ヒーロー部に所属する面々は、誰もかれもが()()だ。

 

 レッカは勇者の血統を受け継いでおり、ヒカリは国を支える財閥の令嬢で、どちらも自分の宿命を理解し、誇り高き精神で自らを突き動かしている。

 

 コオリやオトナシは、常人では心が壊れてしまうほどの凄惨な過去を逆に糧として、それを誰にも譲らない強さへと昇華させた。

 

 ウィンド姉妹は言わずもがな、決して恵まれていたとは思えない境遇で育ち悪の組織に利用されてもなお、互いを思いやり支え合う深い愛情と絆がある。

 

 三者三葉、十人十色の過去と立場だ。

 だが彼ら彼女らには『強い』という共通点があった。

 普通とは違う境遇にいたからこそ、そこで培ってきた強靭な精神力が彼らの強さを引き立たせているのだ。

 

 

 ……なら、私は?

 

 こんなに部員の過去を()()()()()()ほど、彼らから強い信頼を向けられた、この私は?

 

 

「っ! やばい見つかった! 部長、手をっ!」

 

 フウナに手を引かれ、部屋を出て廊下を駆ける。

 ふと、走りながら振り返ってみる。

 後ろから私たちを追いかけてきているのは、見慣れた部員たちだった。

 

 

 ──あの子たちに比べて、私はあまりにも平凡過ぎた。

 

 中学生の頃、ヒーロー部に所属していた先輩に助けられて、正義の味方に憧れた。

 だからヒーロー部に入った。

 ただ、それだけ。

 

 

「あっ、キィ君! ってうえぇぇ!? コクさんに追いかけられてる!?」

「風菜! レッカにペンダント奪われちゃった!」

「ハァ!? 何やってんですかもう!」

 

 

 特別な境遇など無い。

 優しい両親に育てられ、周囲に混ざって普通に成長し、進学した。

 恵まれた環境にいたおかげで、豊富な知識を得ることができたから、ただそれを参考に見栄を張って強がっていただけなんだ。

 

 

「ぁ、あれ? ちょっと風菜、ライ会長どうしちゃったんだ?」

「今はそっとしてあげてください! ていうかアタシが囮になるんで、キィ君は部長を連れて先に脱出手段を見つけて! 多分どこかに小型のボートとかありますから!」

「おっ、おう! 了解!」

 

 

 中身は幼い子供のまま。

 ヒーロー部の中で一番精神力が貧弱なのは、間違いなく自分だ。

 

 

……

 

…………

 

 

「待ってくれ、アポロ君」

 

 海上にあるこの本部から脱出するための、小型ボートと出口は見つけた。

 そこで私は、一人にするのは危険という事で私の手を引こうとした彼に声を掛け、足を止めた。

 

「か、会長?」

「フウナに知らせに行くんだろう。私のことはここに置いて行ってくれていい」

「なっ、何言ってんですか、会長を一人に出来るワケないでしょ。一緒に──」

 

「離してくれッ!」

 

 アポロの手を振りほどき、私は数歩後ずさった。

 もう自分が足手まといになっている事など、とっくに理解しているのだ。

 これ以上後輩たちに迷惑はかけられない。

 

「……私を連れて歩くより、フウナと二人で行動した方がいい。使い物にならなくなった私を同行させる意味など、ないよ」

「会長……」

 

 だって無理じゃないか。

 世界中の人たちが敵に回ったんだぞ。

 ヒーロー部の皆にだって裏切られたいま、たった三人で勝てるわけがない。

 

 平凡過ぎる私の心はもう折れている。

 これまでやってこられたのは、常に仲間の部員たちがいたからだ。

 敵だってこんなに大きくはなかった。間違っても世界そのものと戦うことなんて無かった。

 

 こんな状況、諦めたくなるのが普通だろう。

 

「……や、ダメです」

 

 挫折したくなるような状況なのだ。

 それなのにどうして、きみはそんなにも強い意志を持てるんだ。

 

「会長の──ライ先輩の気持ちは分かりますよ。今はこんなですけど、俺も最近まではただの一般市民でしたからね。戦いたくない気持ちは誰よりも理解できます」

「それなら……」

「だから先輩は戦わなくていい」

「……えっ?」

 

 予想していた言葉と違った。

 私はてっきり、諦めるなだとか、一緒に戦おうだとか、こちらを奮い立たせるような説得の言葉を向けられると思っていた。

 しかし、後輩は不敵に笑いながら、私に『戦わなくてもいい』と言い切ってしまった。

 

「そんな状態で戦ったら、いよいよ先輩の心が壊れちゃいます。だから戦う必要はありません」

「……じゃ、じゃあどうして……私の手を、握っているんだ」

 

 いつの間にか、振りほどいた手が再び繋がれている。

 彼の男らしいゴツゴツとしたその手に握られ、私はそれを離せないでいた。

 

「先輩を見捨てるかどうかは別の話ってことです。心配しないでも、この世界はきっちり俺と風菜が救いますから安心してください。なにせ学園の地下にある洗脳装置をぶっ壊すだけなんですから、全然余裕っすよ」

「なに、言って……わっ、ちょっと!」

 

 アポロは私を連れて施設内へと戻っていく。

 まるで泣きじゃくる子供をあやす大人のような余裕を見せながら、戸惑いを隠せない私を連れていく彼の背中は、不思議と大きく見えた。

 

 ……私の方が身長高いのに。

 

「むしろ先輩は今まで頑張りすぎてたくらいなんですから。こっからは俺たち部員が活躍する番です」

「ま、まってアポロ君っ……!」

「待ちません! いやほんとマジで大丈夫ですから、任せといてください!」

 

 私の方が先輩なのに。

 そんなにグイグイ引っ張って、これではどっちが部長なのか分かったもんじゃない。

 

 

 

 ──あぁ、もう。

 

 何やってんだ私は。

 

 気を遣わせるばかりか、後輩にここまで空元気をさせて。

 それでも生徒会長か? ヒーロー部の部長だって胸を張って言えるのか、お前は。

 

 知っているよ、アポロ。同じ部活のメンバーとして活動した期間はたった二ヵ月だったが、以前からレッカとつるんでいたきみの特徴はよく把握している。

 今のコレは空元気どころの騒ぎじゃないくらい、本心からなる行動ではないね。

 

 きみはレッカのような直感的で底抜けに明るいタイプの人間ではない。

 目の前で起きている事象を、まるで物語を観察するかのように俯瞰して、散々思い悩んでから答えを出す人間だ。レッカが入部してからも、一年以上ヒーロー部に入る気配を見せずに、戦いの現場を覗きに来ていたのが、その確たる証拠だ。

 

 

 ……つまりアポロは、とても無理をして明るく振る舞っている、ということ。

 レッカが敵になったことで、彼は必死にその穴を埋めようと努力しているんだ。

 

 そんな健気な後輩を前にして、私はどうだ。

 平凡な生い立ちだから精神も弱い?

 世界中の人々が襲ってくるのだから勝ち目などない?

 

 何を言っているんだ。

 先ほどアポロが言った通り、魔法学園の地下に存在するとされている最後の洗脳装置を破壊すれば、確かに勝機はあるんだ。

 勝ち目の無い無謀な戦いなんかじゃない。

 諦めるにはまだ早い。

 

 いい加減にしろ、絶望している暇なんてないぞバカ。

 生徒会長として、部長として、みんなを纏め上げるリーダーとしての務めを果たせ。

 

 それが平凡なりにここまでやってきた私に出来る、最大限のヒーロー活動なのだ。

 

 

 

 

「レッカぁッ!! 目を覚ますんだあぁぁぁッ!!」

「あばばばばば」

 

 小型のボートを発見してから、数十分後。

 

 風菜と合流した俺たちは、洗脳されたヒーロー部に道を阻まれたのだが、なんか急に勇ましい覚醒を遂げたライ先輩が無双しているのが、現在の状況だ。

 どうやらすっかり先輩は()()に戻ったようで、レッカの顔面を鷲掴みにしながら電撃魔法で洗脳を解こうとしている。凄まじいまでの肉体言語のゴリ押しに感動すら覚えてしまった。

 

 ちなみにレッカは未だにコクの姿なのだが、会長はあいつの言動からコクではなくレッカ本人だと認識してボコボコにしている。

 もしかしたら、既に会長にはペンダントの秘密がバレてしまっているのかもしれない。

 

「せぃやッ!」

 

 会長がレッカからペンダントを奪い取った。

 その瞬間、彼の姿が黒髪のロリから少年へと戻った。小さな女の子をボコる絵面は終わったようだ。

 

「ぐっ……ライ部長! どうして組織に逆らうのですかっ!」

「君たちを洗脳の呪縛から解放するためだ! アポロ君、受け取れっ!」

「あ、はっ、はい!」

 

 投げ渡されたペンダントを何とかキャッチ。

 

「……うわぁ、会長の電気とレッカの炎で壊れてそうだな……」

 

 手に持ったペンダントがバチバチと怪しい音を立てている。精神攻撃の魔法は防げても、物理的な魔法には一切耐性が無いのだから、あれだけ乱雑に奪い合えば故障するのも無理はないが。

 

「変身できるかな? ──おっ、いけた」

 

 一応変身は出来た。

 しかしこの場はアポロの姿の方が都合がいい。機能は確認できたし一旦戻ろう。

 

「……あれ、戻れない」

 

 ポチポチ。

 

「なんで……」

 

 何度ペンダントを押しても元の姿に戻れない。

 どうして変身は出来たのに解除はできないんだ。ヤバいぞこれ。

 

「ハァァアアッ!!」

「のわあああ!! ──はぅっ……」

 

 ライ会長の迫真の電撃によって気絶したのか、レッカは地面に伏してしまった。

 さっきから戦闘のテンポが早すぎない……?

 

 すると彼を担いだ会長が、そのままレッカを小型のボートにぶん投げた。めっちゃ手荒だ。

 

「コク! おそらくレッカの洗脳は解けた! 彼を連れて行きたまえ!」

 

 そう言い放った会長は俺に背を向けたまま、ヒカリや氷織といった残りのヒーロー部の相手をし始めた。

 あの電撃魔法で本当に洗脳が解けたのかは怪しい所だが、いまの会長には謎の説得力があった。たぶんあの人が解けたって言うなら解けてるんだろう。

 

 それより、小型のボートで逃げる準備はできた。

 運転席には風菜がいるため、あとはライ会長が搭乗すれば逃げられる。

 

「会長も早く──」

「私のことはいい! 今はヒーロー部だけだが、もうすぐ敵の増援も来る! 敵は私が食い止めるから、かまわず行けッ!!」

「か、会長……」

 

 あまりにも漢気に溢れすぎている。惚れそう。

 

「部長の頑張りを無駄にはできません! 行きますよコクさん!」

「う、うん」

 

 会長の影響なのか、以前より逞しくなった風菜に後押しされて、施設内から俺たちはボートで脱出した。

 ライ会長、ご武運を。

 

 

 で、すぐさま海の上に出たものの、ここでまたひとつ問題が。

 

「待ちなさいフウナあぁぁアァァッ!!!!」

「お姉ちゃん!?」

 

 会長の隙をついたのか、洗脳された状態のカゼコが空を飛んでこちらへ向かってきていた。めちゃくちゃ早い。

 

「……コクさん! 運転変わって!」

 

 言われるがままボートの操縦を変わる。

 すると風菜が俺をそっと後ろから抱きしめてきた。

 

「大丈夫です、必ずまた会えます……」

「ふ、風菜……」

「そこまでよフウナぁぁぁァァ!!」

「お姉ちゃんは行かせないっ!!」

 

 

 

 ……と、こんな感じで非常に早すぎるテンポで事が進んでいき、洗脳から逃れたはずの仲間は二人とも俺を逃すための礎となって。

 

「むにゃむにゃ……ポッキーぃ……」

「……マジかよぉ」

 

 悪の組織を打倒するため、世界を救うために最後に残された世界の希望は、気絶したままのレッカくんと、一時的に男に戻れなくなった哀れなTSっ娘である俺だけなのであった。

 

 



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帰ってきた美少女

 

 

 

 そもそもペンダントを外せば元に戻れるやん! 盲点だったわ外しとこ。

 

「…………なんで戻れないんですかね」

 

 そう思ってた時期が俺にもありました。ていうかそう考えるのが普通なんだが。

 で、外してみた結果がこれだ。鏡を見れば、そこには黒髪の美少女が佇んでいる。

 ──どうしてこうなった。

 

 

 組織本部のある海から逃走した翌日。

 

 本土に到着した俺たちはボートを捨て、一旦廃墟のビルに身を隠すことになった。

 組織に属さない反逆者として既に世界中に顔が割れているため、以前以上に外を出歩くのが厳しい状況になっている。これでは必要最低限の買い物すらままならない。

 

 どうしたものかと頭を抱えながら、廃ビルの冷たい床で寝転がっていると、気が付けば朝になっていた。

 運よく追手が来ていないことに安堵し、ようやく一息つく俺たち。

 今後の作戦を練りつつ、俺自身のこともどうするか考えなければならない状況で──課題は山積みだ。

 

「修理できそうではあるんだがな……」

 

 ペンダントを外して観察してみたが、再起不能なレベルで破損しているというわけではなさそうだった。

 少し時間はかかるだろうが、メンテナンスをすれば何とかなりそうだ。

 問題は、そのメンテナンスに必要な道具が一つも手元にない、という点なのだが。

 

「にしても、れっちゃんはどこ行ったんだろう」

 

 朝起きると、レッカは『周囲の偵察をしてくる』とだけ告げて、俺と一言も会話することなくこの階から姿を消してしまった。

 昨晩このビルまで一緒に行動していた時は、動揺していたものの協力的ではあったから、少なくとも洗脳自体は解けている……と、信じたい。こればかりはライ会長の魔法の腕次第なので、俺にはどうしようもない領域だ。

 

「……おっ、ドライバー発見」

 

 廃ビルの中には投棄された段ボール箱やガラクタがあちこちに散乱している。

 多少汚れてはいるものの、漁ってみればドライバーや釘程度の工具なら見つけることができた。

 本当ならもっと精密なアイテムが必要になるのだが、ワガママは言っていられない。これを使って、修理とまではいかないが、故障している箇所を調べる程度のことはしておこう。

 

「元に戻れないバグは一旦置いといて……ペンダントを外しても変身したままってことは、効果範囲がイカレちゃってる可能性があるな」

 

 最悪の場合はレッカも女の子になってしまう可能性がある。それはそれで……いやないな。

 

 ──噂をすればなんとやら。タイミングよくレッカが戻って来た。

 何個か缶詰を抱えているその様子から、食料を探していたことが伺える。そういえば朝食はおろか昨日の晩飯すら何も食ってなかったな。

 

「おかえり、レッカ」

 

 昨晩からは一応コクとして振る舞っている。

 ペンダントを彼が使ってもコクの精神に切り替わらなかった理由は、レッカがまだ何も聞いてきてこないため、何も答えていない。

 設定はいくつか考えているのだが、なんかしっくりこない。どういう言い訳しようかな。

 

「ただいま。これ、缶詰見つけてきたんだ。消費期限はギリギリだけど、ちゃんと密封された状態だったから、食べるのは大丈夫だと思うよ」

「わかった。ありがとう」

「……ねぇ、ポッキー」

「どした?」

「やっぱりポッキーなんだね……」

「──ぁっ」

 

 やっべ!!? ハメられた!!!

 

 

 

 

 

 

 ……洗脳されていた時のことは、よく覚えている。

 

 まるで他の誰かが自分の体に入って、勝手に動かしているかのような──とても気持ち悪い感覚だった。

 記憶を残すような洗脳を、あの悪の組織が施すとは思えないし、この状態はライ部長の電撃魔法が影響した奇跡的な状態なのかもしれない。

 だが記憶が残ったことで、自分が犯してしまった大罪も、消えることなく脳内に残留している。

 

 洗脳された自分が、コクからペンダントを無理やり奪い取った。

 あの状態であっても自分は、彼女はアポロではなく僕の体を使えばいいとばかり考えていたのだ。僕は悪に操られていようが、悪い意味で考えが変わらないらしい。

 

 そして奪い取ったペンダントを使用したはいいが、彼女の意識と僕が切り替わる……なんてことはなかった。

 

 

「……アポロ」

 

 項垂れる。

 膝から崩れ落ちると言ってもいい。

 僕は彼の前で膝をつき、手をつき、額を冷たい床に叩きつけた。

 

「すまない。ごめんなさい。本当に……本当に、僕は許されないことをしてしまった」

「わっ、ちょっ! やめろよ土下座なんて!?」

 

 この状況で僕ができる最大がこれだ。恥も外聞もなく、みっともない形で謝罪することしかできない。

 そこまでしても許されないことは分かってはいるが、それでも彼女の相棒であったアポロの前で話すためには、この体勢でないとそれこそ話にならなかった。

 

「コクがペンダントを渡そうとしない理由がやっと分かったんだ。……彼女は、きみの肉体にしか適合できない」

 

 あの少女はどんな説得をしても、まるで譲る気配が無かった。

 それほどまでにアポロから離れなかった理由は、そもそもアポロ以外では正常に『交代』することができなかったからだ。

 

「僕や他の人間がペンダントを使ったところで、コクの肉体を奪い取って変身することしかできないんだ。ペンダントに封印されているという、あまりにも不安定な状態で存在している彼女は、依り代がアポロでなければ──ぅぐっ」

 

 目頭が熱くなってきた。

 土下座をして、真摯に贖罪をしなければならないのに、僕は勝手に泣こうとしている。

 悔しさと不甲斐なさと、情けない気持ちで今にも死んでしまいたい気持ちだった。

 

「その体でっ……きみが今コクじゃないという事は……僕が、彼女を……」

「れ、レッカ。落ち着けって」

「すまない、すまない……う゛ぅっ」

 

 アポロとコクはとても繊細な状態だったのだ。

 ペンダントに魂を繋がれている彼女が、よりにもよってアポロと肉体を交代している時に、無理やりペンダントを剝ぎ取られでもしたら。

 

 当然、バグるに決まっている。

 

 外した瞬間に彼女はアポロに戻った。だが交代することなくペンダントを外されたあの時に、まさか都合よくそのままコクがペンダントの中に戻れるはずがなかったんだ。

 僕があのアイテムを手に取ったとき、既にコクの気配は無かった。

 

 あのペンダントに残されていたのは、彼女の肉体データのみ。

 あまりにも不安定な状態で、奇跡的に自我を保持できていたコクが、その魂の置き所であるペンダントを壊されてしまったら、一体どうなるのか。

 

 

 ……彼女の自我はもう、霧散してしまったのかもしれない。

 

 

「──う゛ぅゥっああああぁぁぁァァ゛ッ゛!!!!」

 

 その事実を頭で理解した瞬間、理性の歯止めが利かなくなり、悲鳴をあげてしまった。

 

「僕が! ぼくがァ! 彼女を殺したのは僕なんだぁッ!!」

 

 大切に思っていた存在を、油断して洗脳された挙句、ヘラヘラと笑いながら殺した。

 彼女の秘密から目を逸らして、自分の行動が善い行いだと思い込んで。

 あの『アポロと心が通じ合っている』という言葉の意味は、比喩でも何でもなく、コクと彼は文字通り一心同体だという意味だった。

 依り代を変えようしなかったのではない。

 どうあっても()()()()()()()()んだ。

 

「きみのっ、友人でいる資格なんて、無い……っ! きみが誰よりも守りたかった存在を、僕は……!」

 

 物理的にも精神的にも彼と深い絆があった相棒を、この手で消した。

 世界の命運だなんて頭の中には残っていない。

 僕の世界はもう終わっているのだ。

 

 大切な親友に深い傷を負わせ、自分を求めてくれた少女を殺し、この後に何が残るというのか。

 世界を救おうが誰を救おうが関係ない。

 勇者の末裔が聞いて呆れるほどに、どうしようもない人間の屑になってしまったのが今の僕なんだ。

 

 もう、何もしたくない。誰も傷つけたくない。

 この世から消え去ってしまいたい──

 

 

「……れっちゃん、聞いてくれ」

 

 

 少女の透き通るような声が、鼓膜に響いた。

 ふと顔をあげると、そこには見慣れた()()の姿があった。

 しかし目の前にいるこの黒髪の少女は、ニックネームを告げたことからもわかる通りアポロだ。

 

「えと、その……全部、ウソなんだよ」

 

 少女の姿をしていても尚、僕を気遣い小さく笑うその表情から、男の彼の顔が浮かぶほどに──どうしようもなく、彼女はアポロだった。

 

「コクなんて最初からいないんだ。アレは俺が演技してただけで、ペンダントには女の子の魂なんて入ってない」

 

 あぁ、あぁ。

 僕は本当にどうしようもない奴だ。

 必死に事情を打ち明けようとする……いや、取り繕うとするその様子は、見ていられないほどに痛ましい。

 まるで鋭利な刃物の様に、僕の心を切り裂いていく。

 

「ヒーロー活動で忙しくなったお前に構われなくなって、暇になった俺がレッカをからかおうとして、無駄に美少女ごっこをしてただけなんだよ」

 

 肩に手を置き、僕の土下座をやめさせようとしてくる。

 親友の土下座は見たくないと、そう言っているのだ。

 お人好しだとか、もうそんな次元の話じゃない。

 

「コクなんていない。……えっと、れっちゃんが殺した女の子なんて、存在しないって話な。全部俺が悪いんだよ。れっちゃんは何も悪くない、本当にごめん。……その、だからさ。泣いて土下座するなんて、もうやめ──」

 

 たまらず、彼女を抱きしめた。

 僕の情けない姿こそが、彼の心をどこまでも追い詰めてしまうと、理解したから。

 

「わっ、わっ。──えっ。…………えぇっ!? ちょっ れっちゃん!? なにしてんのっ!?」

「ごめんアポロ……ほんとうに……本当に、ごめん……っ゛」

 

 

 大切な人を失って、一番傷ついているのはアポロ本人のはずなのに。

 そんな下手くそな嘘で、殺した本人である僕を励まそうとして。

 きみの前世は聖人か何かなのか。

 

 

「う、ウソなの! さっき言ったことが全部真実なんだってば! 気遣いとかじゃねーから!」

「もういい、もう大丈夫だよアポロ……! 僕にこんな事を言う資格がないのは……分かっているが、僕の為に傷つくのはもうやめてくれ! 彼女の存在を否定することは、誰よりもきみが一番辛いはずだ……!」

「話を聞けよっ!?」

 

 ついに、僕はアポロに言ってはならないことを()()()()()()()()

 コクを嘘にすることを。

 そんな少女など最初から存在しないだなんて、あまりにもアポロ本人にとって残酷すぎるウソを。

 

「もう、僕を庇おうとだなんて考えなくいいから……君だけは、彼女の事を忘れようとしないでくれ! 頼むっ!」

「ね、ねぇってば……違うんだってぇ……」

 

 抱擁を解いて正面から顔を見ると、アポロは涙目になっていた。

 そうだ。

 彼はずっと、ここまで耐え続けてきていたんだ。

 涙を呑んで、悲しみを溜め込んで、ずっと表に出さないように気を張っていたのだ。

 そんな気持ちを察せないで、何が友人だ。気を遣われて、優しくされるだけが友達か? 違うだろうが。

 

 いまここでアポロに我慢をさせてしまったら、友人の為に大切な人を嘘だったと思わせてしまったら、僕はいよいよ人間ですらなくなってしまう。

 アポロの為に出来ることを。

 この手で消してしまった彼女に報いるためにも、コクの代わりに僕が彼を守るんだ。

 

「今度こそ──きみだけは、絶対に死なせない」

「……あぁ、もういいよ、そういうことで。……うぅっ」

 

 約束だ。

 必ず、僕が!

 

 

 

 

 

 

 はい、ネタばらしが意味をなさなくなりました。おまけに男に戻れません。これが因果応報ってやつか。

 

 流石に親友が号泣しながら土下座までしてきたら、美少女ごっこ欲と良心がせめぎ合うのは当然だった。

 今回は友情が勝ったので遂に真実を公開した──のだが、この始末。

 どうやら俺は大切なヒロインを失った可哀想な友人キャラ(女)にクラスチェンジしてしまったらしい。

 

「……よくない」

 

 あれから半日以上が経過し、そろそろ夜になる頃。

 レッカが毛布やら水やらを探すために、廃ビル内の各階層を改めて見回っている中、俺は屋上で一人佇んで唸っていた。

 

 いかん、これはいかんぞ。

 このままだと『大切な人を失った悲しみを共に乗り越え、その人の分まで幸せな未来を築こうとする、女になった友人キャラとそれを支える主人公』になってしまう。それはダメだ。

 

 俺が思う美少女ごっことは、なにも美少女のガワを着て親友にメス堕ちさせられる事を言っているわけではない。全然ちがう。

 せっかくここまで頑張って『コク』という少女を作り上げたのに、あんな些細なことで死亡だなんて雑過ぎだ。ていうか勿体ない。

 

「それにあいつ、俺の言うこと全否定しやがったしな……」

 

 良心の呵責に苛まれた結果、意地を曲げてまで必死に真実を告げたのに、レッカくんは信じてくれなかったのだ。

 もうここまで来たら何を言っても無駄だろう。嘘が真実になって、元あった事実が虚構にされてしまった。何回同じことを言っても、今日みたいにあしらわれるに違いない。

 

 だったらこの状況を逆手にとって、より深みのある美少女ごっこを再開してやる。

 もう普通だったらバレるレベルの無茶をしても、アイツは信じちゃう状態だからな。大胆に行くぜ。

 

 世界の洗脳を解くまでにレッカが気づくのか。

 はたまたそのあと洗脳が解かれた音無によって物理的に阻止されるのか。

 それとも誰も止めてくれないのか──どのみちやらねばならない。

 

 それが俺の性癖(サガ)だから。

 

 うおぉ、もしかしたら終わらないかもしれないエンドレス美少女ごっこの開幕じゃあっ! もうレッカが泣いて土下座したってやめないからな!

 

 

「あ、ポッキー。ここにいたんだね」

 

 屋上にレッカがやってきた。

 その手には、朝と昼に食べ終わった缶詰の空き缶が握られている。

 よく見れば空き缶には透明な液体が注がれていた。

 

「近くの公園に水道があったから、軽く洗って水を汲んできたんだ。水分足りないだろうし、これ飲んで」

「……レッカ」

 

 星々が煌めく夜空の下。

 銀色の光を放つ月明かりに照らされた屋上で、俺は長い黒髪を靡かせながら、彼のいる後ろへ振り返った。

 

 なるべく『無表情』で。

 

「──っ」

 

 そんな()()()()()()の俺を前にしたレッカは、言葉を失った。 

 ついでに手に持っていた空き缶も落としてしまった。良いリアクションですね。

 

「……ぽ、ポッキー、何かあった?」

「…………」

 

 無言で佇む。

 静謐な雰囲気で会話を拒否するのは、コクちゃんの常套手段なのだ。

 

「ポッキー……だよね」

「レッカは、どう思うの」

「えっ」

 

 都合のいい時だけ口を開く。これも美少女にしか許されない会話術だ。美少女最高。

 

 そう、この雰囲気から分かるとおり、今の俺はアポロではなくコクだ。

 俺がやろうとしているのは──ペンダントを介さない二重人格である。

 

「私が、アポロに見えているの」

「……だって、ポッキーは今、コクの姿をしている。……悪ふざけはよせよ、親友」

「信じられないのなら、信じなくていい。私も自分を信じられないから」

「……っ!」

 

 確信を得たかのようにハッとするレッカ。

 そうだ、こういう時は無理に自己主張するべきではない。

 押してダメなら引いてみろということわざがある通り、ここで自らを否定することが、逆にレッカから見てコクの存在の確立に対して作用するのだ。

 

「アポロがふざけているだけかもしれない。……うん、きっとそう。これは私じゃない」

「……ま、まって」

「ペンダントは壊れてしまった。だから、私が存在する理由など何も」

「待ってくれ! コクッ!!」

 

 食いついた! 大物だ!!

 

「き、きみは……今、どうなっているんだ? きみはコクだ、間違いない……し、しかし」

 

 ふっふっふ、分かんねぇだろ。俺もわかんない。

 とりあえず適当に設定を仄めかしとけば大丈夫か。

 

「私にも分からない。洗脳されたレッカにペンダントを奪われてから、気が付けばここにいた。でも、アポロの考えていることが……今は、わかる」

「……まさか」

 

 何かに感づいたレッカ。

 なんだろう、聞かせて欲しい。そのお話から設定を膨らませていきたいと思ってるので。

 

「魂の置き場所が……ペンダントからアポロ本人に、変わっている……?」

「そうなの」

「そ、そうかもしれないってだけで」

「なら、そういうことでいい」

「いいのか……」

 

 一番大事なのはコクって少女が戻ってくるという部分だからな。むつかしい理屈は後付けでつじつま合わせすればいい。

 魂は今の俺の体にあって、アポロ本人の肉体データだけはペンダントに移ってて~とかそんな感じで。

 

「またレッカと会えた。それだけで、うれしい」

「……っ!」

 

 あえて露骨な笑顔はしないまま、いつも通りのコクの様に、無表情なまま声音だけを少し明るくさせた。

 こうすればきっとレッカは『無表情ながらも、僕の目には彼女が笑っているように見えた──』的なモノローグを頭の中で展開させて、納得することだろう。

 

「──コクっ!」

「わっ」

 

 我慢できなくなったのか、レッカが正面から抱きしめてきた。

 抱き着いてきやがるのはこれが二回目だ。流石にもう動揺はしないぜ。

 

「コク……コクぅ……っ!」

「心配かけて、ごめんね」

 

 それにしても、まさかレッカがここまでコクを欲していたとは。

 まったく罪な女だぜ、コクちゃんってやつはよォーッ!

 

「ごめんっ、僕は君を消してしまうところだった! なんて、謝ったらいいか……っ!」

「……ぁ、あのー、れっちゃん」

「えっ!?」

 

 呼び方をレッカかられっちゃんに変えただけでこの反応。あまりにも早すぎて。

 

「わるい、今は俺だ」

「こ、コクは……!?」

 

 今まで読んでいたエロ漫画は……? みたいな狼狽した顔で迫るレッカ。焦らないでもまた会えるから心配すんなって。

 

「あー、多分なんだが、今の不安定な状態だとコクはあまり表に出られないかもしれない。理屈じゃなくて感覚だから、うまく説明はできねぇんだけども……とりあえず危なそうだから今は引っ込めた」

「そ、そうなんだ」

「長く続いても一時間持つかどうか、ってところかもな」

「……そっか、なるほど」

 

 目に見えて落ち込むレッカ。本当に分かりやすいなお前。

 

 しかし、彼を落胆させてまでこうしたのにはしっかりとした理由がある。

 あまりにもこのピュアッピュアな親友にとって都合が良すぎると、必要以上に依存されてしまう可能性があると危惧したのだ。

 

 俺とコクはマジの一心同体になったわけだが、美少女ごっこを続ける都合上、これまでの様に近すぎず遠すぎずの距離感でいる必要がある。

 なんせ世界の全てが敵に回っているのだ。

 

 正直言ってこんなめちゃめちゃに不安な状態で、親友に超至近距離でときめくような事ばっかされたら、余裕でメス堕ちする自信がある。

 こいつ腐ってもハーレム主人公だからな。氷織やヒカリ、カゼコを堕とした手腕は間違いなく本物だ。同じ状況に陥らないよう、もっと警戒しなくてはならない。

 

「でも、ポッキーとコクはやっぱり別人だから……その、変わってるときの目印とか、ないかな」

「それならペンダントをかけてるときが俺で、コクに変わったらペンダントを外してポケットにしまわせるよ」

「分かった。付けてる時がポッキーで、外してる時がコクだね。了解」

 

 とりあえずはこんなもんで良いだろう。十分に二重人格設定はレッカの中に浸透したはずだ。あとは時間をかけて、アポロとコクの違いを意識して出していけばいい。

 

「よし、れっちゃん。とりま世界を救おう。全てが敵の状態じゃあペンダントの修理もままならないぜ」

「……そうだね、まずは世界中にかけた悪の組織の洗脳を解いてからだ。それに──」

「ヒーロー部のみんなも助ける、だろ?」

「ははっ、ポッキーにはお見通しか。……よーし、気合入れて頑張ろう!」

「お~!」

 

 世界は大変なことになっているというのに、落ち込むどころか逆に気合を入れてしまう。

 こんなことが出来るのは、やっぱり俺たち二人が一緒に居るからなのかもしれない。

 

 早く面倒ごとを解決して音無や衣月に会いたいなぁ──なんて考えつつ。

 

 新たな設定を背負うことになった俺は、夜めちゃくちゃ寒かったにもかかわらず毛布に使える布が一枚しかなかったため、レッカと隣同士くっついて一枚の布に包まりながら、廃ビルで夜を明かしたのであった。

 

 



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二重人格はつらいよ

 

 

 

 設定増加から数日が経過し、一つ気がついたことがある。

 

 ……二重人格を演じるの、めっちゃしんどくね?

 

「ようやく帰ってきた。この部室に」

 

 魔法学園の校舎の隅っこには、市民のヒーロー部と記された表札が立てかけられた教室が存在する。

 その部屋の前で感慨深く呟くレッカを一瞥しつつ、俺はため息をつくかのように肩を落とした。

 

 

 状況を説明しよう。

 

 まず、俺たちがいる場所は、ヒーロー部の部室がある事からもわかる通り、愛しの母校である魔法学園だ。

 おい待ておかしい、全人類を洗脳させた装置はこの学園の地下にあるのだから、そう簡単に入れるわけないだろう──と、普通ならそう考えるだろう。

 

 ここでひとつ、大事なことを思い出してみる。

 そもそも『学園の地下に洗脳装置がある』と口にした人物は誰だっただろうか。

 

 アイツだ。

 悪の組織の構成員のくせに、警察にスパイとして潜り込んでいた、あの警視監の男だ。

 奴が悪の組織の本部から逃げ出す際にそう言っていた。

 

 つい数時間前まで、あの男が放った言葉を俺たちは鵜吞みにしていたワケだが、冷静に考えたらそんなものがアテになるはずがなかったのだ。

 組織の本部から脱出したあの時は、俺たちも焦っていたせいで、落ち着いて考えることができていなかった。大誤算である。

 

「やっぱり誰もいないね。……みんな洗脳されてるわけだから、当たり前だけど」

 

 そう言いながら懐かしむように部室内を見て回るレッカ。

 俺たちがドキドキしながら学園まで来たとき、校舎はもぬけの殻だった。

 当然だ。こんな場所に洗脳装置なんて大層なもんは隠していないのだから。

 

 俺たちを待ち伏せしている可能性も考えてはいたのだが、刺客はおろか追手すらいない。

 もしかしたら何かヤバい事が起きているのかもしれない──と思いつつも、洗脳装置の足取りを掴めない俺たちは、こうして学園の中で右往左往することしかできないのであった。

 

「……ポッキー?」

「っ! な、なに、れっちゃん」

「よかった、やっぱりポッキーだ。ペンダントを首にかけてないから、てっきりコクに変わってたのかと思ったよ」

 

 ハッとして首元を触ると、いつもの硬い感触が無かった。

 

「わり、ポケットにしまったままだったわ」

「大事な見分け方なんだからしっかりしてよね」

「はーい……」

 

 と、こんな感じのうっかりが、ここ最近何回も連発してしまっているのだ。

 

 

 ここでようやく話を戻そう。

 

 二重人格を演じるのは、俺の予想以上にめちゃめちゃハードなやり方だった。

 ペンダントの付け忘れ取り忘れから始まり、コクの時に男口調が出てしまったり、たまに自分が今どっちを演じているのか分からなくなったりなど、考えることやミスのリカバリーの事で頭の中が爆発しそうになっている。

 

 もう限界だから『コク』とかいうマジの別人格を生み出した方が楽なんじゃないのか、なんて思い始めてもいる。俺はもう疲れたよパトラッシュ。

 二重人格という案はいささか早計な判断だったかもしれない。頑張れば何でもできるという思い込みは非常に危険だ。

 

 そういう事情も含めて、この敵が襲ってこないタイミングで部室に戻ってこられたのは僥倖だった。

 

「ポッキー、何探してんの?」

「俺の工具箱。本格的な道具は入ってないけど、ペンダントのメンテナンスをする程度ならアレで……お、あったあった」

 

 見つけた箱の中には精密機械を弄る時に使う器具の数々が。

 これは数ヵ月前に俺がヒーロー部に入ってから、もしもの時の為に部室に置いておいた、応急処置をするための救急箱みたいなものだ。

 

 これを使って早急にペンダントを修理する。どうしても直さなければならない。

 以前は姿かたちを完全に変身させることでメリハリがついていたのだが、今のコクの姿のままという中途半端な状態じゃ色々と厳しい。

 

「……どう?」

「完全に直ったわけじゃないが、破損部分は修理できた。……理論上はボタンを押せば交代できるはずなんだけど」

 

 メンテナンスを始めて数十分後。

 ポチっと押しても変化なし。

 

「やっぱライ会長の電撃とレッカの炎でどこかしらバグってんな……」

「ご、ごめん」

「謝んなくていいって。操られてたんだからしょうがないだろ」

 

 これ以上は自宅にある設備を使用しないと直せそうにないが、そもそも俺の家は爆破されたので戻れない。もうこのまま使うしかないようだ。

 ……冷静に考えると、愛しの我が家が既にぶっ壊されてるの、普通に悲しくなってくるな。悪の組織ゆるせねぇよ……。

 

 両親までもが洗脳されている以上、無事に残っている地下室も期待できそうにない。ペンダントに関しては万事休すといった所か。

 

「ワンチャンもう一回同じ手順でぶっ壊せば直ったりしねぇかな」

「落ち着いてポッキー」

 

 ペンダントをぶん投げそうになった手をれっちゃんに止められた。くぅ。

 涼しい顔をしているが内心俺は焦りまくりだ。

 

 もしかしたら一生女の子のまま生きていくんじゃないか、という不安が脳裏によぎった。冗談じゃない。童貞のまま男を失ってたまるか。意地でも俺は元に戻るぞ。

 

「割と真面目な考えなんだが、何かしらの衝撃が加えられればペンダントは戻ると思うんだよ。……その衝撃でぶっ壊れたら元も子もないから、どうしようもないんだが」

「しばらくは保留だね。……大丈夫、きっと戻れるよ」

 

 レッカに肩を叩かれた。彼の優しさに涙が出そうだ。

 

「ポッキー。洗脳装置の所在地はこれから探すとして、まずはこの部室内を物色しよう。何か使えるアイテムがあるかもしれない」

「がってん」

 

 親友の指示で部屋の中をうろつき始めた。

 入部してから二ヵ月程度は入り浸った部屋だが、その一年前から使われていたここには俺の知らないモノも多い。

 

 氷織にヒカリ、風菜といった個性豊かなメンバーが使っていた部室なのだから、何かしらのレアアイテムはあると思うのだが──

 

「……これは、音無の……?」

 

 見つけたのは和風な木箱。

 紐を外して中を確認してみると、そこには彼女が使っていた忍者道具が、奇麗に一式敷き詰められていた。

 

「予備の忍者道具、ここに隠してあったのか」

 

 それらを拾い上げて一つ一つ確認していく。

 どの道具も取り扱いが難しそうで、慣れてない俺では活用できなさそうだ。

 

「クナイくらいなら使えるかな。これは持っていくとして──」

 

 道具箱の中のクナイを持って立ち上がったとき、ふと視界の端に何かが映った。

 横を向いてみると、机の上には小さな写真立てが置いてあった。

 

「ヒーロー部の……集合写真?」

 

 その写真を手に取って見てみる。

 レッカを中央に添えた、いかにも集合写真って感じの一枚だ。

 暖かそうな恰好からして冬に撮ったものなのだろう。部活動紹介の際にでも使うものだったのかもしれない。

 

 写真に俺はいない。

 アポロ・キィという異物が混入される前の、紛れもなくレッカが主役だった頃のヒーロー部の姿。

 写真撮影の際にカゼコが変顔をしたせいなのか──みんな笑っている。

 

 集合写真特有の引きつった笑みではなく、屈託のない笑顔だ。

 

「あぁ、それか」

 

 横からレッカの声。

 俺が見ている写真が何なのか気づいたらしい。

 

「確か……校門前の雪かきをやってた時だったかな。ちょっと雪合戦とかもやったりしてて、急に写真を撮るって言われて、焦って集合して撮ったやつなんだ。みんな少し楽しくなっててさ、そこで写真を撮るってのにカゼコが変顔をしたもんだから……ふふっ」

 

 思い出し笑いだろうか。

 その思い出は俺にはない。

 俺がいなかった頃の、ヒーロー部の幸せな青春の思い出だ。

 

「なんだよ」

 

 悲しい、陰惨な過去を俺に告げたあの少女たちも、笑っている。

 あそこは自分の居るべき所じゃないとか、ずっと罪悪感があっただとか、いろいろと神妙に語ってたくせに。

 

「……楽しそうじゃないか」

 

 彼らヒーロー部の楽しそうな姿を見て、俺も少しだけ肩の力が抜けた。

 氷織も、風菜も、音無も──ヒーロー部の一員だ。

 この笑顔を見ればわかる。

 確かに思うところもあったのだろうが、彼女らにとっては間違いなく、ヒーロー部は大切な居場所だったのだ。

 

「何が裏切者なんだか……ったく」

 

 俺が関わってきたあの少女たちみんな、ヒーロー部に絆される途中で俺に出会ってしまっただけなんだ。

 アポロ・キィと関わらなくたって、きっと彼女らの心はいずれ救われていただろう。

 それほどまでに居心地の良い場所だった。

 傷を負った少年少女たちに明るい青春を与える拠り所だった。

 

 自分という異物は異物でしかなかったことを改めて理解しつつも、親友がいた場所は決して危険な戦いに巻き込むだけの戦場ではなかったことを知って、心から安堵した。

 市民のヒーロー部は、誰かのために頑張れる人が集まっただけの、ただのボランティア部活動だったんだ。

 

 

「……ふぅ」

 

 感傷に浸って何分経過しただろうか。

 俺が全てを壊したとか、俺がいなければだとか、頭の中にはいろいろと浮かんだ。

 所詮はただの友人キャラに過ぎなかった俺が出しゃばったことで、狂ってしまった未来がいまここなんだろう。

 

「まぁ、気にしないけどな」

 

 過ぎたことを悔やんでもしょうがない。

 女の子になってレッカをからかい、ヒロインレースを横入りしたのは最高に気持ちよかった。あの時の感情に嘘はない。俺は自分の行いを後悔してなどいない。

 

 ……とりあえず、全部が終わって平和な日常に戻ったら、ヒーロー部からは退部しようかな。

 

 

「──あっ、見つけたッ!」

 

 

 バターン、といきなり部室のドアが開かれた。

 

「わっ! ……って、フウナ?」

 

 驚いたレッカの前に姿を現したのは、風姉妹の妹さんこと風菜ちゃんだった。

 俺たちを庇って、洗脳されたカゼコに立ち向かったはずだったのだが、どうやら無事だったらしい。

 

「よ、よく無事だったね、フウナ」

「お姉ちゃんが見逃してくれたんです。洗脳されててもアタシたちの愛は不変ですから」

 

 もしかしたらあの姉妹が最強なのかもしれない。愛ってすげぇわ。

 

「それより洗脳装置の所在地が判明しました! 二人とも行きましょう!」

 

 

 ──というわけで、物語は遂に最終局面に移行したらしい。

 

 風菜が突き止めた場所へ向かうべく、俺は一度美少女コクちゃんムーブで彼女を褒めたたえつつ、音無のクナイをその手に握って学園を後にしたのであった。

 

 

 

「えへっ、えへっ、えへっ。あの、コクさん。もう一回撫でて……」

「いま俺だけどいいの?」

「コクさんを返して!!!!!!!!!!」

 

 

 ……もしかすると、俺はこの子が苦手かもしれない。

 

 

 



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たぶん、ハッピーエンド


もうちょっと続きます



 

 

 

 

 実を言うと、現在の世界はほぼ元通りとなっている。

 

 もうラスボスはしっかり倒してゲームクリアをした、という意味だ。

 全人類にかけられた洗脳は解かれ、悪の組織の親玉もくたばり、世界は平和になった。

 衣月と約束した通りの、ヒーロー部が誰も死なない真ルートのハッピーエンド。誰もが望んでいた未来である。

 何もかもが丸く収まった、完全無欠の大団円だ。

 

 

 ──俺、アポロ・キィが陥った今の状況を除けば。

 

 

 では、ここまでの流れをまとめてみよう。

 

 まず悪の組織が企んでいた真の目的は、魔王の復活とのことだった。

 

 かつて世界を混沌に陥れ、レッカのご先祖さまである『勇者』に倒された伝説の怪物である魔王を再臨させるためには、大勢の人間による復活の祈りが必要になる。

 というわけで悪の組織は全世界の人々を洗脳し、魔王復活の礎としてみんなに祈りを捧げていたのだ。

 

 ほぼ全ての人間が祈っていたおかげで、俺たちが学園にいたときも誰も襲ってこなかったんだろう。

 祈りは継続中らしく、風菜が突き止めた洗脳装置の所在地を遠くから見ても、明らかに警備は最低限だった。

 

 たった三人だけしかいない俺たちを甘く見ているのか、それとも魔王の復活にはそれほどまでに人員を割かねばならないほど余裕がないのか。

 どちらであろうとチャンスに変わりはない。

 

 空が暗雲に包まれ雷が轟き、明らかにヤベー奴が復活しそうな雰囲気満々だ。早く止めないとマジに世界が終わるかもしれない。

 

 

 で、俺たちは洗脳装置が隠された場所である、国会議事堂に突入した。

 

 流石に洗脳装置を破壊されるのはまずいと考えたのか、議事堂で待機していた警視監の男の命令で、組織の手下や洗脳された人々が俺たちの道を阻んだ。

 しかし窮地を乗り越えてきた風菜は一段と強くなっており、雑魚は任せろと言わんばかりの勢いで俺とレッカを先に行かせ、彼女は数千人を一人で相手取ることに。

 

 そうして先に進んだ俺たちを待ち構えていたのは、正真正銘のラスボスこと警視監の男。

 ついに最終決戦が始まったというわけだ。

 

 彼は魔王の力の一部を裏ワザで引っこ抜いたらしく、この世界が精霊やドラゴンで溢れていたファンタジーな世界だった頃の大昔の強大な力を手に入れた。

 

 そんで、めっちゃ強かった。まぁ勝てないんじゃね? って普通に諦めそうになる程度には、史上最強の敵と化していた。

 ほんっとうにヤバかった。俺なんか心折れて泣きそうになってたくらいだ。二重人格で悩んでたのがバカみたいに思えてくるほどの恐怖だった。

 

 

 しかし、そこはやはり主人公。

 

 コクモードに切り替えて俺がそれっぽい言葉で応援すると、我が愛しの親友であるレッカくんは覚醒。

 彼が使っていた炎の剣が、かつて世界を救った勇者の剣に大変身した。さすが勇者さまのご子息といったところか、主人公補正がバリバリだった。レッカくん最強~!

 

 その伝説の剣によって警視監の男が持っていた魔王の力を消し飛ばし、ヤツが怯んだその隙に全世界洗脳装置を破壊。

 世界中の洗脳が解かれ、全人類は元通りとなった。

 

 

 だが、やはりそれだけでは終わらず。

 

 祈りが中断されたことによって、復活の最中だった魔王が不完全な姿でこの世に降臨した。

 一言で言えば怪獣だ。

 いかにもラストバトルで倒される感じの、自我が存在しない巨大なモンスターとなって魔王は現れた。

 

 アイツを倒せばハッピーエンドだ、というわけで、遂にヒーロー部の全員が集結。

 しっかり音無と風菜も再加入して、最終回らしくみんなで名乗りを上げた。

 

『燃える烈火の魔法使い、ファイア!』

『凍てつく氷の魔法使い、アイス!』

『迸る雷撃の魔法使い──』

 

 こんな感じで。見てるこっちが恥ずかしくなってきそうだったが、あまりにも迫真だったせいか、名乗りを見終わった後は謎の高揚感があった。

 ちなみに最後は『市民のヒーロー部、ただいま推参!』だった。めっちゃ息ピッタリ。

 勇者の謎パワーで全員妙なパワーアップもしてたし、完全に戦隊ヒーローのそれだったな。カッコよかったかは別にして、俺も混ざりたかったなぁ、とは思っちゃった。

 そんなヒーローらしく配色もバッチリな彼らがデカブツと戦っていた──その、すぐ傍で。

 

 

 俺は、俺だけの最終決戦をしていた。

 

 

『……私を殺しに来たか』

 

 生き残っていた警視監の男──真のラスボスとの決戦だ。

 

 まぁ決戦ていうほどの激しい戦いではない。

 お互いに満身創痍で、ド派手なラストバトルをしているヒーローたちを横目に眺めながらの、生き汚い人間二人による泥仕合だ。

 

『私が生きてさえいれば、悪の組織は何度でも再建できる。洗脳装置のデータも私の手元だ。あの魔王モドキがヒーロー部に倒されたとて、計画には何の支障もない』

 

 悪の組織というのは案外脆いもので、ここまでの計画は既に逝っている組織のボスとこの警視監の男の二人が中心になって、必死こいて進めていたらしい。他の連中は組織に属していただけの無能だ、と。

 

 こいつが生きている限り組織は不滅だが、逆に言えばボスの理想を継ごうとしたコイツが消えれば、悪の組織は息絶えることでもある。

 

 だから、この場で葬らなければならなかった。

 正義のヒーロー然としたレッカ達にこんな事はやらせられんし、こういう汚い事が出来るのはこれまでアホな事をしながら物語に居続けたこの俺だけだ。

 

『後悔する事になるぞ? 世界中を洗脳し、私は自分の悪事の証拠を完全に消し去った。今の私は清廉潔白の国民を守る人望高き警視監だ。しかもこの状況は私が用意した監視カメラに写っている。私を殺せばその瞬間、殺害の映像が世に出回りお前は大罪人と化すんだ。仮に逃げられたとしても、組織の数少ない残党がお前の命を狙い続けるだろう──』

 

 警視監の男はペチャクチャしゃべり続けていたが、ぶっちゃけ話の半分もまともに聞いていなかった。所詮は悪人の脅しなのだから、真に受ける必要はないと判断したのだ。

 

 問答無用、ということで戦闘開始。

 警視監の男は強かったが、俺は彼の脳に埋め込まれている爆弾に、強い衝撃を与えて起爆できればそれで勝ちだ。

 悪の組織の連中は例外なく頭の中に爆弾が仕込まれているため、それが俺にとっての唯一の勝ち筋だった。

 

 つまり、脳天に一撃ぶち込んでやればいい。

 そのための技術を、俺は既に持っている。

 

『そっ、そんな馬鹿な、あの裏切り者の息子如きにっ、この私が……ッ!?』

 

 部室で手に入れた音無のクナイを、得意の風魔法に乗せて射出した。

 攻撃を額に直撃させる為にはそれなりのコントロール技術が必要とされるが、そこは全くもって問題ない。

 

 腕をもっと上にあげて、指先の力を抜く──だったよな、風菜。

 

『アポロ……アポロ・キィ──!!』

 

 で、大爆発。完全なる俺の勝利だ。

 

 自分を支えてくれた後輩二人の力をもって、俺はようやっと世界を救えたのであった。

 ほんとにあの警視監の男、散り際までしっかり悪役染みてたな。ある意味尊敬するわ。

 

 

 そんで現在。

 

 ヒーロー部は不完全な魔王モドキのでっかい怪獣を撃破して、間違いなく悪の組織の野望は打ち砕かれた。

 とても遠い回り道だったが、やっぱ最後は奇跡の大勝利で終わるのがヒーローらしい。

 

 

 みんながビルの屋上で勝利の喜びを分かち合っている。

 俺は薄暗い路地裏で座り込み、怪我をした腕に包帯を巻いている。

 

 レッカは大勢の仲間たちに囲まれ、戦っていた姿を全国中継されていた事も相まって、名実ともに人類を救った英雄となって。

 俺はたった一人孤独に、尚且つ人殺しの汚名を背負った犯罪者として、逃走を続けながら生きていくことになる。

 

 これが正義のために戦ってきた主人公と、自分の感情の赴くままに行動したよく分からんキャラの決定的な違いなんだろうな。捕まらない内に早くこの場を去らなきゃ。

 

 

「──紀依」

 

 透き通るような声が聞こえた。

 静謐な空気が漂う路地裏にやってきたのは、これまであらゆる人間を欺いてきた俺が、ただの一度もウソをつかなかった唯一の存在。

 純白の少女、藤宮衣月だ。

 

「……おいで、衣月」

「っ……!」

 

 立ち上がり、駆けてきた彼女を正面から受け止めた。俺も少女の姿だからか、男の頃のように大きく抱きしめてやることはできない。

 

 ……うん、そうだな。

 彼女にだけは、ちゃんと別れを告げておこう。

 

「見たか、アレ」

「うん、見た。見えてる。ヒーロー部の人たちは、誰も死んでない」

「だから言ったろ? ハッピーエンドにするってさ」

「……確かに、未来は変わった」

 

 小さな声で言いながら、彼女は顔をあげて俺と視線を交わした。

 衣月が見た、あのヒーロー部が不幸になる未来はちゃんと回避した。人間その気になれば、運命なんざ簡単に変えられるのだ。やったね。

 

「でも、紀依は救われてない。紀依一人だけが……不幸になってる」

 

 衣月は目を伏せてしまう。落ち込んだ声音からも分かる通り、彼女は俺を想って悲しんでくれているんだろう。

 人間性最悪で性癖がカスみたいなこんな俺でも、こうして寄り添って温もりを与えてくれる存在がいる。

 

 もう──その事実だけで十分だった。

 

「救いなんて必要ないって。悲劇のヒロインじゃあるまいし」

「でも……」

「まぁ、強いて言うなら衣月が俺の救いだな。衣月がまた普通の日常を送ってくれるのなら、俺にとってそれ以上の救いはないよ」

「……ほんと、お人好し」

 

 自分を不幸だとは思っていない。

 身から出た錆という言葉があるように、俺がこれから一生追われ続ける状況に陥ったのは、他でもない俺自身の責任だ。こうなって当然な行いをしてきたわけだし、なんなら五体満足で生きている今の状況は、むしろ幸運だと呼べるだろう。

 

 救いは要らない。

 もう俺は救われているから。

 誰よりも助けたいと思った少女を、無事に平和な世界へ導くことが出来たんだから、どっからどう見てもこの上ないハッピーエンドだ。

 

「……紀依。好き、だいすき。世界で一番、あなたが好き」

「うん、俺もだ」

 

 これからはもう一緒に居られないことを悟ったのか、彼女は唐突に愛を囁きだした。

 照れるからやめて欲しい気持ちもあったが、もしこれが今生の別れになるのなら、俺も恥ずかしがってないで答えやるべきだ。

 

「……ひとつ、約束して」

「なんなりと」

 

 まるで主人公とヒロインのような関係だが、アポロ・キィは……紀依太陽はどう足掻いても主人公になり得るような立派なモンではないし、藤宮衣月という少女もヒロインと呼ぶにはあまりに幼すぎる。

 

「紀依がちゃんと帰ってこられるように、わたし頑張る。本当に一番わるい人をやっつけたのは、紀依なんだって、みんなに分かってもらう。だから……」

 

 血は当然繋がっていない。

 兄妹でなければ家族ですらなく、ましてや恋人だなんて大それた関係でもありはしない。

 

 それでも、俺と彼女の間には──確かな絆があった。

 

「……だから。待ってる、から」

 

 だからこそ、彼女が言いたいことも理解できた。

 たとえそれが不可能に近い事であっても、この少女との約束であれば必ず守ろうと、そう思えた。

 絶対に嘘をつかないと誓った唯一の存在が望むことなら、無理難題であろうと俺は頑張れるのだ。

 

「あぁ、必ず帰る。約束だ」

 

 どうやら俺は既に、自分勝手に死ぬことは許されない立場になっていたらしい。

 

 

「……帰ってきたら、わたしと結婚する?」

「いやそれは約束できねぇな……」

 

 

 

 

 

 

「……レッカ、音無。……みんな、さよなら」

「ポッキー!?」

 

 というわけで衣月との別れの挨拶も終わり、さっそくヒーロー部に対して今世紀最大のヒロインムーブをかましていく。

 

 

 衣月と話してから、これから先のことを少し考えてみた。

 

 そうして決まった行動指針は、とりあえず警察に捕まらないよう逃走を続けながら、自分自身を囮にして悪の組織の残り少ない残党を掃討していく──みたいな感じ。

 組織の奴らが俺の命を狙っているという事実を逆手にとって、残りの構成員をみんなやっつけてしまおうってワケだ。そもそもボスをぶっ倒したのは俺だし、責任もってしっかり壊滅させよう。

 

 その旅の途中でペンダントを修理……もとい改造していければいいかな。

 物理的な攻撃や強力な魔法をくらっても大丈夫な感じにしつつ、元の俺の姿に戻れるようにしたい。

 コクの顔が犯罪者として割れているのなら、アポロに戻ればまた普通に暮らせるかもしれないので、まずは男に戻る事が第一目標だ。

 

 ついでに親父を超えるべく、コクでもアポロでもない第三のフォーム変身を開発したい気持ちもある。

 ともかくしばらくは忙しない日々が続きそうだ。

 

 

「もうここには居られない。だから、これでお別れ」

 

 彼らヒーロー部が立っているビルの正面に位置する建物の屋上に立ち、俺は風に吹かれながら静かにそう告げた。

 まるでレッカにパンツを見せながら、謎の美少女ムーブ全開で出会ったあの時のように。

 

「ま、待ってくれ! 君はコクなのか!? それともアポロなのか!? どうして急に、さよならなんて──」

 

 レッカのヒロインを引き止めようとする表情が、見ててめちゃくちゃ気持ちいい。癖になりそう。

 これは最後の美少女ごっこが捗りますわ。ふへへ。

 

 ……い、いや、別に自暴自棄になったとかじゃねぇし。

 

 正直これからはめちゃくちゃ不安だけど、探知能力があるから組織の刺客とかはなんとかなる。

 

 れっちゃんも英雄になって、音無は円満にヒーロー部に戻れた。

 だってのに俺が残ったら、また彼女を迷わせたりだとか、組織の刺客による襲撃に巻き込んでしまう。それはダメでしょ。

 

 俺がこの場を去るだけで大団円を迎えられるなら、喜んで去ってやろうじゃねえか。別にさびしくなんかないぞ。なんたって男の子だからな。

 

「音無。衣月のこと……よろしく」

「せ、先輩……」

「本当に消えるつもりか!? ポッキー!」

「……ごめん」

 

 あえてアポロなのかコクなのか分からないどっちつかずの中性的な口調で語り、レッカを困惑させてゆく。れっちゃん、どっちか分からなくて俺のことポッキーと呼ぶしかないみたい。

 

 ふはは、お前は遂にコクを攻略することはできなかったのだ。残念だったな、好感度不足だぜハーレム主人公くん。

 

「アポロとコクの事は忘れて、どうかみんな──幸せに」

 

 未攻略ヒロインがいつまでもうろついているわけにもいくまい。そろそろ退散だ。

 風魔法を使って宙に浮き、今度は誰も追いかけてこないよう、怪我をしない程度の突風を彼らに放った。

 

「ぐっ!」

 

 別に永遠にアデューするわけじゃないし、俺が新しい姿になるか元に戻るかしたら、またこの街には帰ってくるんだ。心配せんでもまた会えるよ。

 それが何ヵ月後か、何年後になるかは知らないが。

 組織の刺客に殺されたらその限りではないけど、なんとか死なないように頑張ろう。

 

 謎の美少女ごっこも恐らくこれが最後になるだろうが、終ぞ誰かに止められる事は無かったな。

 

 まさかヒロインとして攻略されることもなく、ましてや物語のようなシチュに巻き込まれたのにヒロインと出会って結ばれるなんて事もなく、警察に追われる犯罪者兼悪に命を狙われる賞金首みたいな存在になるとは思わなかった。これが美少女ごっこをしてきた代償かぁ……。

 

 まぁいいや。

 やれる事は大体やっただろ。自分が陥った状況は散々だが、概ね満足のいく研究結果だった。

 

 紀依(アポロ)太陽(・キィ)は美少女ごっこがめちゃくちゃ上手い。

 Q.E.D.証明完了。

 

 それではさらば──っ!

 

「さよなら~」

 

「ま、待ってくれポッキー……っ! ポッキぃーッ゛!!」

 

 



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