仮面ライダーツルギ・ANOTHER RIDERS (黒井福)
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仮面ライダーウィドゥ編
エピソード ウィドゥ・1:解き放たれる飢餓


どうも、黒井です。

今回はいつもと違い、三次創作の投稿になります。前書きにも書いてある通り、本作は大ちゃんネオさんが執筆されている「仮面ライダーツルギ」のスピンオフ作品です。
今回の主人公は大ちゃんネオさんの仮面ライダーツルギに私が応募した、オリジナルライダーを主人公とした物語です。本編では決して描かれる事のないライダーの物語を、どうぞお楽しみください。


「はぁっ!? はぁっ!? はぁっ!?」

 

 日も傾き、夜の帳が下りてきた街中を奇妙な人物が走っていた。仮面と鎧を身に着けた人物――声から察するに少女――だ。現代日本の感覚で言えば明らかに異常な姿をしたその人物ではあるが、周囲をよくよく見てみればその光景における異常が鎧の人物だけではない事が分かるだろう。

 

 全てが鏡写し。看板や標識の文字も、信号機の色の並びも全てが鏡に映したように正反対。

 それもその筈、ここは鏡の中の世界…………ミラーワールドなのだ。そこに生命の気配はなく、街中だと言うのに人の気配のない中をその鎧の人物――仮面ライダー――は必死に駆けている。

 

 よく見ると負傷しているのか、片腕を押さえ時折後ろを振り返りながら何処かへ向けて走っている。何かから逃げているかのようだ。

 

「はぁ!? はぁっ!? あと少し……あと少しで――――!?」

 

 鼠の様な紋章が刻まれたバックルを身に着けた仮面ライダーが向かう先には、打ち捨てられた鏡が置かれている。所々割れて薄汚れてはいるが、まだ鏡としての役割は健在で周囲の景色を映していた。

 

 仮面ライダーがあと少しで鏡に辿り着こうとしている。

 

 その時であった。

 

「キャプチャーベント」

「あっ!?」

 

 突然何処からか粘着性の糸が飛んできて、仮面ライダーをその場に立ったまま拘束してしまった。必死に藻掻く仮面ライダーだが、糸は藻掻けば藻掻くほど絡み付き自由を奪っていく。

 

 糸に絡め捕られた仮面ライダー。その仮面ライダーに、近付く者が居た。

 

「つっかまえた!」

「ひっ!?」

 

 現れたのはまたも仮面ライダー。その様子は黒いベールを被った姿から未亡人かシスターを彷彿とさせた。

 

「いきなり逃げるなんて、シャイなのね! さっきはあんなにアタシの事を愛してくれたじゃない?」

「こ、来ないで!? お願い、見逃して!?」

 

 両手を広げながら近付いてくる未亡人の様なライダーに、鼠のライダーは必死に命乞いをする。だが黒いライダーは止まらない。彼女はゆっくりと近付くと、鋭い爪の手甲を着けた両手で鼠のライダーの両頬を包み、キスをするのではと言うほどに顔を近付けた。

 

 目前に迫った黒いライダーの顔に、鼠ライダーの口から歯が小刻みにぶつかるカチカチと言う音が聞こえてくる。

 

「大丈夫よ、安心して! アタシ……“私達”は、どんな愛でも受け入れるし、受けた愛はしっかりお返しするから…………ね?」

 

 途中でガラリと声色を変える黒いライダーは、鼠ライダーの頬にを包んでいた両手を離すと大きく両腕を広げた。

 

 その様子は、愛する者を全力でハグしようとしている様でもあり…………蜘蛛が獲物に襲い掛かろうとしている様でもあった。

 

「さぁ、貴女も…………アタシ達が愛してあげる!!」

「いやぁぁぁぁぁぁっ?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数分と経たず、鼠ライダーが近付いていた鏡から黒いライダーが姿を現した。黒いライダーが鏡から出ると、鎧とアンダースーツが鏡が割れるように消え制服姿の少女が残った。セミロングの髪で左目が前髪で隠れた、美人に数えられる容姿の少女だ。

 

 その少女――氷梨 麗美(ひょうり れみ)は、どこか熱に浮かされたように頬を上気させながら口を開いた。

 

「あぁ…………素敵」

 

 つい先程1人の人間の命を奪ったとは思えないほどの恍惚とした表情を浮かべる麗美。だがその顔は直ぐに愁いを帯びたものへと変化した。

 

「でも、あの人もお父さんたちみたいに居なくなっちゃった。私達を心行くまで愛してくれる人、なかなか見つからないね、“瑠美”?」

 

 そう呟くと、麗美は前髪に手を掛け右目の前にずらした。今度は右目が隠れ、左目が晒される。

 

「……大丈夫だよ“麗美”! きっと何処かにあたし達の事を思いっきり愛してくれる人が居る筈だから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 麗美の両親は、彼女が生まれて直ぐの頃はまだまともだった。普通に彼女を愛し、普通の赤ん坊と同じように育てていた。

 だが彼女の父親の会社が不況で倒産し、無職になってから彼女の運命は狂い始めた。

 

 なかなか職に就けず、アルバイトで生計を立てるも生活は苦しく、父親は次第に酒に溺れる様になっていく。酔った父親は妻と麗美に暴力を振るう様になった。

 そんな状況になった時、信じられない事に母親が父親の味方をし始めたのだ。母親は自分に暴力が及ばないようにする為に、自身もバイトで金を稼ぎつつ夫と共に麗美を虐待する事で攻撃対象から逃れようとしたのである。

 

 物心ついた頃には既に麗美は両親からの虐待を受け、毎日両親からの暴力に怯える毎日を送っていた。世間の目を気にしてか、両親は彼女の顔を傷付ける事だけは絶対にしなかったが、服に隠れて見えない所には幼いながら大小様々な傷や痣が刻まれていた。

 

 それらを両親の手で隠されながら通った小学校時代。傷の存在がバレて面倒を起こしたら、両親からキツイ罰を受ける事を理解していた麗美は周囲の全てに怯えながら過ごしていた。

 

 そんな彼女の目に映る、自分以外の少年少女の家族の様子。学校帰りに寄り道した公園で目にする同年代の子供達が、両親と幸せそうに笑う姿が彼女には堪らなく羨ましかった。

 

 何故自分の両親は自分にあんな風に笑いかけてくれないのだろう? 何故自分はあんな風に笑えないのだろう?

 

『違うよ』

 

 父も母も、自分の事は愛していないのだろうか?

 

『愛してくれてるよ』

 

 自分はあんな風に遊んでもらった事が無い。衣食住以外で、彼女が両親から与えられるのは暴力のみだった。

 

『でもお父さんとお母さんの事は好き』

 

 自分はこんなに2人の事を愛してるのに。

 

『愛してくれてるから、じゃない?』

 

 虚ろな目で公園にいる他の家族を麗美が眺めていると、不意に1人の子供が母親に頬を叩かれた。子供は泣き出すが、母親は子供に厳しくも優しい声で語り掛ける。

 

「どうしてこんな危ない事をしたの! 怪我したらどうするの!?」

 

 その子供は、ジャングルジムの上でふざけてバランスを崩し、あわや落ちそうになっていたのだ。母親は、そんな子供にそれがどれだけ危険で一歩間違えたら大怪我では済まなかったかもしれないと言う事を分からせる為に、敢えて手を上げたのだ。

 

 それもまた一つの愛の形。我が子を愛するが故に、自らの手を痛めてでも危険を説いたのである。

 

 この光景を見た瞬間、麗美の中の疑問が氷解した。両親の暴力の意味を見つけ、彼女の心は歓喜と愛しさに包まれた。

 

「そうか、そうだったんだね、お父さんお母さん――――!!」

 

『ね? 言った通りだったでしょ?』

 

「私の事、愛してくれてたんだ!」

 

『暴力が、お父さんたちなりの愛情なんだよ』

 

 麗美の目は先程までの虚ろなものではなくなっていた。目は潤んでらんらんと輝き、頬は熱に浮かされたように紅潮していた。

 今までずっと愛されていないと思っていたのが、実は愛されていたと知って感情が振り切れたのだ。

 

 勿論それは彼女の勘違い。彼女の両親には娘に対する愛など微塵も存在しなかったが、只管に愛を求める彼女は暴力の中に愛情を見出すことで自らの心を守ったのだ。

 

「ところで…………貴女は誰?」

 

 麗美は先程から頭の中で聞こえるようになった声に問い掛けた。自分の周りには誰も居ない筈なのに、声だけは聞こえてくる。暴力が愛情だと分かったことが嬉しくて流していたが、落ち着いて考えると疑問を抱かずにはいられない。

 

『アタシは、瑠美。麗美の中に居るの』

「私の中に? 何時から?」

『さぁ? 気が付いたら麗美の中に居たの』

「そっか~」

 

 麗美は自分の中にいつの間にか生まれていた、瑠美と言う人格に対して特に警戒する事は無かった。分かるのだ。瑠美は無条件で自分の味方をしてくれる存在だと。

 

 それに、今の麗美にはそれ以上に重要な事があった。

 

「ねぇ瑠美? お父さんとお母さんに今までの愛を返そうと思うんだけど、どうかな?」

『うん、良いと思うよ!』

「でも私、力も弱いからお父さんとお母さんみたいに出来るかな?」

『そう言う事ならアタシに任せて。麗美、アタシと交代して』

「交代? こう?」

 

 不意に麗美の体から力が抜け、ガクンとその場で項垂れる。項垂れた拍子に前髪が垂れ、彼女の右目が隠れた。

 

 彼女が項垂れていたのは数秒にも満たない時間。だが次の顔を上げた時、そこに居たのは麗美ではなかった。

 

「さ、行こうか、麗美? お父さんたちを愛しに行こう!」

『うん! 行こう、瑠美!』

 

 その日の夜、住宅街にある小さな一軒家で惨劇が起こった。被害者はその家に住んでいた一組の夫婦。夫婦は寝ている間に手足を縛られ、動けない所を家の中にあるあらゆる物で徹底的に痛めつけられた末に息絶えていた。

 

 その惨劇を作り上げた加害者は、その2人の一人娘。両親の叫びで異常を察した近所の住民が呼んだ警察が家の中に入ると、そこでは全身ズタボロになった夫婦とそんな2人に恍惚の笑みを浮かべて頬擦りする麗美の姿を見たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから時が流れ、麗美は今や高校生。聖山高校の二年生である。

 

 あの事件は、地域住民の証言から麗美が日頃虐待にあっていた事と発見当時の彼女が心神喪失と判断された事、何より彼女が子供と言って差し支えない年齢だった事もあって公になる事は無かった。

 

 麗美は精神病院に入院させられるも、数週間程で退院しその後は孤児院に入れられた。

 

 今度の孤児院には彼女に暴力を振るう者は居ない。ある意味では幸運な事に、麗美は普通の孤児院に入れられたのだ。

 

 だが彼女にとってはある意味で不幸であった。ここには彼女を(暴力)してくれる人が居ない。両親がやってくれたように、彼女に愛をくれる者が居なかったのである。

 

 自身にとっての愛の無い生活に嫌気がさした麗美は、高校進学と同時に孤児院を出てバイトをしながら安アパートで1人生活していた。

 いや、正確には1人ではなかった。

 

「うん……うん……そっかぁ、フフフッ」

 

 麗美は通学路を歩きながら、1人虚空に向かって相槌を打ち時折クスクスと笑みを浮かべた。まるで存在しない何者かと会話しているかのような様子と体を左右にフラフラと揺らす姿に、同じ通学路を利用する生徒達は気味悪がって彼女から距離を取っている。

 

 今の麗美は、幼少期とはかけ離れた美人に育った。顔立ちは整い、左目を隠すセミロングの黒髪はまるで絹糸の様。特に目を引くのはその胸元で、制服の上からでも分かるほど大きさを主張していた。その見事な双丘に、男子の中には目を奪われるものも少なくない。

 しかしそんな彼らも、麗美に近付く事はしなかった。

 

 登校し授業が始まってからも麗美は相変わらずで、授業中こそ大人しいが休み時間は自分の中に居る瑠美とのみ会話し他の誰とも話さない。誰も近付いてこないと言うのが正しいか。

 

 誰も自分に話し掛けてこない事を特に気にする事も無く一日の授業を終え、下校の為下駄箱に向かって廊下を歩いていた麗美。

 そんな彼女に、曲がり角も向こうから現れた同校の少年がぶつかってきた。

 

「わぷっ!? おわぁっ!?」

「ん?」

 

 恐らく後輩だろうその少年は、麗美と出合い頭に彼女の胸にぶつかりその弾力で弾かれるようにその場に尻餅をついた。手にはキャンパスノートを持っている。恐らくは新聞部だろう。

 

 少年は尻餅をついた尻を摩りながら立ち上がると、麗美が自分の事を見ているのに気付き慌てて頭を下げた。

 

「あっ!? ご、ごめんなさい!? ちょっと、取材の為に急いでいたもので……」

 

 やはり新聞部だったらしい。少年は申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 麗美はそんな少年に顔を近付け、すぐ間近でまじまじと彼を眺めた。

 突然鼻息が掛かりそうなほど顔を近付けられた挙句、いろいろな角度から観察するように見つめられ少年は身動きが取れなくなる。麗美の美貌に見とれていたと言うのもあるかもしれない。

 

「あ、あの……?」

 

 どれほどそうしていたか、困り果てて少年が声を掛けると顔を近付けてきた時と同様に突然顔を離すとまるで少年など存在していなかったかのように彼の横を通り過ぎていく。

 

 少年は訳が分からず麗美の後姿を見ていたが、急ぎの用事を思い出すと彼もその場を離れていった。

 

 1人廊下を歩く麗美は、徐に前髪を左目の前から右目の前にずらした。

 

「麗美、あの子どう思う?」

『どうって? 別に何とも。瑠美は?』

「アタシも。あの子もアタシ達の事愛してくれなさそうだし」

 

 今表に出ているのは、瑠美の方である。彼女は右目が出ている時は麗美、左目が出ている時は瑠美としての人格が出てくるのだ。

 

 そのまま瑠美として歩き、校門を出て帰路につく瑠美。

 

 彼女の表情は浮かないものであった。

 

「はぁ……アタシを愛してくれる人、何処に居るんだろう?」

『この間も当てが外れたしね』

 

 麗美はこれまでに、自分を心行くまで愛してくれる者を探そうと人知れず行動してきた。夜の街を出歩き、悪漢たちの中に自身の身を投げ入れた事も一度や二度ではない。

 

 だがいずれにおいても、彼女の心が満たされる事は無かった。街中に蔓延る程度の連中では、彼女からの“お返し”に耐え切れないのだ。大抵は彼女を放って逃げ出す。

 

 結局、日常でも多少日常からズレた程度の非日常でも、彼女が満たされる事は無かったのである。

 

 その時、何気なくカーブミラーを見るとおかしな光景を目にした。

 

 鏡の中から1人のセーラー服姿の少女がこちらを見て手を振っている。自分のすぐ隣で、だ。

 しかし少女が居る筈の方を見ても、そこには誰も居ない。もう一度カーブミラーを見ると、そこにはやはり少女が居る。

 

 これは一体どういう事だ? 疑問に思って首を左に傾けると、その拍子に前髪が揺れ動き左目が隠れ麗美が表に出る。麗美は鏡の中に居る少女に問い掛けた。

 

「貴女は、誰?」

「おっと、こちらから声を掛ける前に声を掛けてくれたとは! どうもこんばんは。私はアリス、貴女の願いを叶える為にやってきたキューピットの様なものとお思い下さい!」

 

 麗美はもう一度自分の隣を見るが、そこにはやはり誰も居ない。視線をカーブミラーに戻すと、アリスと名乗った少女が話し掛けてくる。

 

「貴女、満たされぬ願いを抱えているようですね。そんな貴女にこちらをプレゼント! このカードデッキがあればどんな願いも自由に叶えられますよ!」

 

 そう言ってアリスが麗美に向けて黒い箱の様な物を放り投げてくる。両手で受け取った麗美は、それが中に数枚のカードが入った物である事を知る。

 

「何、これ?」

「それは貴女の願いを叶えてくれる魔法のランプみたいなものです! 使い方はとっても簡単。それで変身して仮面ライダーになって、モンスターと契約したら他のライダーと戦って勝ち続けてください。見事勝ち残れば、貴女の願いが叶いますよ!」

 

 カードデッキからカードを出し、中身を確認する麗美。その中には確かに契約と言う意味の『CONTRACT』と言うカードがある。またそれとは別に、『LOVE』と書かれたカードもあった。

 

 それらカードの事は勿論気になるが、麗美はそれ以上に気になった事があった。

 

「戦う?」

「そうです! 貴女以外にも仮面ライダーは何人も居ます。その人達との戦いに勝ち残る事が出来れば――――」

 

 アリスがライダーバトルの事をあれこれと話していくが、麗美にとって重大なのはそこではなかった。

 

 戦うという事は、気兼ねなく相手を痛めつけまた痛めつけてもらえるという事。つまり、自由に愛し愛される事が出来るという事だ。

 

 それは彼女にとって何よりも甘美な言葉であった。

 

「どう使えばいいの?」

「お? 早速ですか? 良いですねぇ、やる気十分で! 使い方は簡単です! カードデッキを鏡に向けて、腰に巻かれたベルトのバックルにカードデッキを装填する。たったこれだけ。ね? 簡単でしょ?」

 

 可愛くウィンクするアリスを無視して、麗美は言われた通りカードデッキを鏡に向けた。すると鏡の中の麗美の腰に銀色のベルトが巻かれ、それが鏡から出て鏡の外の麗美の腰にも巻かれた。これが自分の願いを叶えてくれる物だと思うと、自然と口角がつり上がり笑みが浮かぶ。

 麗美は薄く笑みを浮かべながらカードデッキをベルトのバックル部分に装填した。すると鏡の中の麗美の体に鎧姿の騎士の様な姿が重なり、彼女を仮面ライダーに変身させた。

 

 鏡の中の自分が変身したのを見て、視線を下に向けると目に映る自分の体も変身しているのが分かった。

 

 だがこれでは不十分なのだろう。アリスの話によると、モンスターと契約しなくてはならないらしい。さてそのモンスターとやらは一体何処に居るのか。

 

「あ、気を付けてくださいね」

「え?」

 

 何に? と聞くよりも前に、麗美は自身の身に起こった異変に気付いた。何時の間にか、首に糸を束ねたような何かが巻かれていて、それは真っ直ぐ鏡の中に消えていた。

 

 これは何だと糸を手繰り寄せる麗美は、次の瞬間物凄い力で鏡の中に引きずり込まれた。

 

 まるで鏡で出来たトンネルの中を移動しているかのような光景を眺める麗美に、アリスが何処からか声を掛ける。

 

「言い忘れてましたけど、その姿では鏡の世界――ミラーワールドでは長く持ちません。ですから向こうに着いたら早急にモンスターと契約する事をお勧めしますよ」

 

 アリスの言葉が終わると同時にミラーワールドに放り出される麗美。周囲を見ればそこは確かに鏡の世界と言うに相応しく、文字から何から全てが反転した世界が広がっていた。

 

 だがそれに感心している暇はない。ミラーワールドに引きずり込まれた彼女の前には、その下手人だろう大きなクロゴケグモの様なモンスターが居たのだ。

 

 自身に向けて殺意を向けてくるクロゴケグモの様なミラーモンスター・ブラックスキュラ。向けられる殺意に、麗美はしかし恐怖に震える事無く寧ろ嬉々としてカードデッキからCONTRACTのカードを取り出しブラックスキュラに向けた。

 

 契約が進む中、麗美は期待に胸を膨らませていた。これからこの鏡の世界で、自分はどれだけの人間と愛を育めるだろうか? 相手は男だろうか、それとも女だろうか? いやどちらでも良い。大事なのは愛し愛される事。そこに性別の違いは存在しない。

 

 今まで愛されなかった分、これからは思う存分に愛されよう。

 

 今まで愛せなかった分、これからは存分に愛そう。

 

「『あぁ……はぁ――!!』」

 

 契約が完了した時、麗美と瑠美は同時に恍惚の溜め息を吐いた。仮面に隠れて見えないが、きっとその下の顔は今まで彼女が見せた事が無い程紅潮しているだろう。それこそ、男を床に誘う淫靡な娼婦の様に。

 

 契約が完了した事で、ブランク体だった彼女のライダーの姿にも変化が起こった。頭、肩、腰はそれぞれ黒いボロボロの布で出来たベール、ケープ、前開きのスカートが巻かれ、右肩にはブラックスキュラを模した召喚機ブラックバイザーが取り付けられている。

 今ここに、新たなライダー・仮面ライダーウィドゥが誕生した。

 

「は~い! おめでとうございます! 契約完了です! あ、一つ言い忘れてましたけど仮面ライダーになっても鏡の中に居られるのは最大9分55秒ですのでお気をつけて。それでは良きライダーライフを!」

 

 その言葉を最後にアリスの気配は消えていった。だが麗美にとってそんな事はどうでも良かった。

 

 重要なのは、自分が理想郷とも呼べる場所に立てたと言う事実なのだから。

 それをこの後彼女は強く実感する事になる。

 

「ハッ!」

 

 出し抜けに背後から斬りかかられた。背中に走る痛みに、表情を歓喜に歪めながら振り返るとそこにはカードデッキにカミキリムシの様な紋章が刻まれた仮面ライダーがいた。右手には先程ウィドゥを攻撃するのに使ったのだろう、カミキリムシの頭を模したカタールが握られている。

 

「見た所、まだ仮面ライダーになり立てみたいね? ちょうど良い、早々に潰させてもらうわよ!」

「あはっ!」

 

 カミキリムシのライダーに変身した少女は右手のカタールで何度も麗美に攻撃してきた。麗美はそれを、避ける事無く全て受け止める。

 

「うぐっ!? ぎっ?!……ハハハッ」

 

 次々と放たれる攻撃に、ウィドゥの装甲が見る見るうちにボロボロになっていく。だがウィドゥは倒れない。それどころか、攻撃を受ければ受けるだけ積極的に近づいてくるではないか。

 その異様な光景に、カミキリムシのライダーは次第に勢いを殺されていく。

 

「な、何なの貴女――――!?」

「…………くふ」

 

 恐怖を滲ませながら放たれた問い掛けに、ウィドゥは小さく噴き出すと次の瞬間堪え切れないと言わんばかりに蕩けたような笑い声を上げた。

 

「あはぁっ! 瑠美、これ最高だよ! この人最高! ねぇそう思わない?」

「え? な、何を言って……」

「ホントホント! この人アタシ達の事大好きみたい! こんなに愛されたの、お父さんたち以来だよ!」

 

 狂ったように笑い声を上げる麗美と瑠美。感情が高ぶり過ぎているのか、互いに主導権を譲り合って交互に表に出ては言葉を紡ぎ、笑い続ける。

 

 その異様な光景に、カミキリムシのライダーは心を恐怖に支配された。そして今になって、自分が手を出してはいけない輩に関わってしまった事を知る。

 

「アヒャヒャヒャヒャッ!! ここまでされたらさぁ、アタシ達も愛を返してあげないと失礼だよね!」

「そうそう! ここまで愛してくれたんだもん、私達も思いっきり愛してあげないと!」

「ッ!? させるかッ!!」

「ファイナルベント」

 

 ウィドゥが反撃してくると悟り、その前に決着をつけるとカミキリムシのライダーは切り札となるカードを切った。

 

 姿を現す、カミキリムシの様なミラーモンスター。そいつは真っ直ぐウィドゥに近付くと、頭の触覚でウィドゥの体を持ち上げライダーの方に向けて放り投げた。

 飛んでくるウィドゥを、カタールを手に待ち構えるライダー。カタールはカミキリムシの牙の様に開いている。あれでウィドゥの体を両断するつもりだ。

 

 しかし――――――

 

「キャプチャーベント」

「ッ!? なッ!?」

 

 突然自身に覆い被さった網。それは粘着質で、ライダーの動きをその場に縫い留めた。結果、ファイナルベントは不発に終わり、それどころかウィドゥを自身の近くに引き寄せるだけであった。

 

「お待たせ! さっきまで愛されてばかりでゴメンね! 今度はアタシがあんたの事を愛してあげるからさ!」

「ストライクベント」

「ま、待って!?」

 

 相手のライダーからの制止の声を、ウィドゥは無視して攻撃を仕掛ける。両手の手甲・ブラッククローの鋭い指先による攻撃が、相手のライダーの装甲を削り取る。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」

「アヒャヒャヒャヒャッ!! お父さんたちもそうだった! あたしが愛してあげたら、お父さんたちもそんな風に声を上げてた! あ~、懐かしい!」

「止めて!? お願い止めて!? 痛い痛い痛いぃぃぃっ!?」

「うんそうでしょ、痛いでしょ! それだけアタシがあんたの事を愛してるって証よ!!」

「いぎぃぃぃぃっ?!?!」

 

 ウィドゥが相手ライダーの装甲の無い所にブラッククローを突き立てると、相手は引き攣ったような悲鳴を上げる。単純なダメージによる痛みだけではなく、流し込まれる毒の痛みで二重の苦痛を感じているのだ。

 

 あっという間に虫の息になる相手ライダー。気付けばキャプチャーベントの効果が切れたのか、相手を拘束していた糸は消えている。

 

「ひ、ひぃっ!?」

「アドベント」

 

 今が好機と、相手ライダーはアドベントで自身の契約モンスターを呼び出しウィドゥの相手をさせた。ウィドゥがモンスターに掛かり切りになっている間に、何とかこの場から逃げ出さなくては。

 

「ん、フフフッ!!」

 

 モンスターを囮に逃げ出そうとする相手に対し、ウィドゥは右肩のバイザーからカードキャッチャーを伸ばすと一枚のカードをデッキから引き抜き装填した。

 

「ファイナルベント」

 

 ウィドゥが使用した切り札のカード。契約モンスター・ブラックスキュラが姿を現すと糸の弾を発射、相手ライダーとその契約モンスターを纏めて拘束してしまった。

 

「あぁっ!?」

 

 自身の契約モンスター共々再び拘束された相手ライダーに、ウィドゥが全速力で近付く。

 その姿は正しく、巣に掛かって藻掻く獲物に襲い掛かる蜘蛛そのものであった。

 

「く、来るなッ!? 来ないでッ!? いやぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

「あはぁっ!!」

「ぐふっ?! あがぁっ!?」

 

 必死の命乞いも空しく、ウィドゥの両手のブラッククローがモンスター・ライダーと立て続けに相手の腹を貫いた。強烈な猛毒を流され、モンスターもライダーもその場で力尽き体がボロボロと崩れていく。

 モンスターとライダーが息絶えると、そこから光の玉が浮かび上がる。ブラックスキュラはそれに取り付き、敗者の命を貪った。

 

 極上の餌に歓喜の声を上げるブラックスキュラ。

 その横では、ウィドゥが同じく歓喜に打ち震えていた。

 

「麗美……これ最高! こんなに愛して愛されたの久しぶり!」

『うん! これならきっと見つかるよ、私達を心行くまで愛してくれる人が!!』

 

 たった今、1人の少女の命を奪ったとは思えない恍惚とした様子を見せるウィドゥ。

 

 彼女はこれからもライダーバトルに身を置くだろう。その満たされぬ欲望を満たす為に。

 

 その心が満たされるのは、恐らく彼女自身の身が朽ちる時だけだろう。




今回この様な三次創作を執筆するのは初めてですので、なかなかに緊張しました。特に仮面ライダーツルギの設定や世界観、あちらのキャラクターを崩さない様にと神経を使いましたね。
この作品が大ちゃんネオさんだけでなく、仮面ライダーツルギをお気に入り登録している他の読者さん達にも満足していただけるか期待半分不安半分と言った心境です。

麗美・留美を主役としたストーリーはあと1~2話ほど執筆予定です。その後はもう一人の応募したキャラで数話執筆しますので、よろしくお願いします。


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エピソード ウィドゥ・2:止め処無い飢餓

どうも、黒井です。

今回はウィドゥのストーリー第二話!前回よりも更に麗美/瑠美のキャラの掘り下げを行います。
前回以上に狂気に満ちた麗美/瑠美を描けたと思います。


 麗美がライダーとしての力を手に入れてから、早くも数週間が経過していた。

 その間、彼女は実に充実した日々を送っていた。

 

 時折挑戦してくる仮面ライダー達。勿論その全てを倒す事は叶わず、あれから新たに倒すことが出来たのは1人だけで、他は大体逃げられている。

 それと言うのも、本来ウィドゥは攻撃力・防御力共に低いライダーであった。それ故に、相手の攻撃は強烈に彼女に響き動きを鈍らせ、彼女の攻撃は相手を仕留めきるには僅かに及ばない事が多々あったのだ。

 

 だがそれを差し引いても、今の状況は麗美にとって最高の日々であった。今までに無い位の愛の応酬。見ず知らずだった相手と育む愛情は、彼女の乾いた心に潤いを齎し目に映る世界を輝かせていた。

 

 ここ最近はあまりの上機嫌に、鼻歌を歌う事も少なくない。

 

「~♪~~♪~♪」

 

 今も、先日の激しい戦闘で受けた愛情(痛み)を思い出し、教室の中だと言うのに人目を憚らず鼻歌を歌い始めた。ここ最近生き生きしてきた彼女に、しかし同級生達は不気味な何かを感じ近付くような真似はしない。

 

「昨日も素敵だったね」

『アタシはちょっと物足りなかったけどね。もっと長く激しく愛し合いたかった』

「シャイな人だったから仕方ないよ」

『あ~ぁ、偶にはもっとイケイケな人と愛し合いたいなぁ』

「きっと居るよ」

 

 徐に瑠美と話し始める麗美に、同級生たちは更に彼女から距離を取る。これが授業中だったら、隣の席の者などは動く事も出来ず居心地の悪い思いをせずにはいられなかっただろう。尤もその場合、教師も黙っていないが。

 

 だがそれを差し引いても、周囲の者にとっては困ったものだった。彼女は何の前触れも無く誰かと話しているような独り言を始める。それが不気味で不気味で仕方がない。

 実際には自分の中のもう1人の人格である瑠美と話しているのだが、彼女がその事を全く公言しないので他人がその事を察するのは無理と言うものであった。それが更に彼女を悪目立ちさせているのだが。

 

 そして、悪目立ちすると攻撃の的にされるのが人間社会と言うもの。特に精神的に未発達な少年少女の内はそれが顕著であった。

 

「ちょっとあんた」

 

 取り巻きを連れていきなり教室に入るなり、麗美に近付き声を掛ける女子生徒。周囲の生徒達は何と無謀な事をと言う驚愕が半分、何と勇気があるのかと言う称賛が半分の視線でその様子を見ていた。

 

「そう言えばこの間のアレ、覚えてる?」

「ねぇ、ちょっと? 聞いてる?」

「そうそう、それ。アレは良かったよねぇ。また会えるといいなぁ」

「~~~~!? ちょっと!」

 

 声を掛けられた麗美だったが、彼女は瑠美との会話に夢中で女子生徒の存在に気付いてもいない。その事に業を煮やしたその生徒は、麗美の肩を掴んで自分の方を振り向かせた。

 

 そこで麗美は漸くその女子生徒の存在に気付いたのか、キョトンとした顔を相手に向ける。

 

「ん?…………何?」

「何? じゃないわよ。さっきから呼んでるのに、無視してんじゃないわよ!」

「あぁ、ゴメンね? お話してて気付かなかった」

「話? 誰とよ、あんた1人じゃない?」

 

 女子生徒がそう言って訝しげな顔をすると、麗美は意味深な笑みを浮かべてクスクス笑うと席を立ち教室の外へ向かう。教室から出る直前、女子生徒に視線を向けると何処かへと向かってしまう。

 何となくだが、ついて来いと言われている様な気がして女子生徒は麗美の後をついて行った。

 

 麗美が向かったのは階段の踊り場だった。近くには大きな鏡があり、麗美はその鏡に片手をついて鏡の中の自分と見つめ合っている。

 だが女子生徒が近くに来ると、麗美はゆらりとそちらに顔を向けた。

 まるでズルリと言う擬音が聞こえてきそうな様子に、女子生徒達は悪寒を感じながら強気な姿勢を崩さず詰め寄った。

 

「あんた、最近調子乗ってるんじゃない?」

「顔良くて胸もデカいからって、いい気になってんじゃないわよ!」

「あとしょっちゅうブツブツ独り言言ってるみたいだけど、何あんた? 自分は見える人とか言う痛い妄想でもしてる訳?」

 

 この女子生徒達は前々から麗美の事が気に入らなかった。いつも1人でフワフワフラフラ、どこを見ているかも分からない目をしている上にブツブツ独り言を呟き、それでいて男子の視線は矢鱈集めるのだ。

 彼女達の目には、麗美は顔立ちとミステリアスな雰囲気、そして体付きで男子の注目を集めようとしている女に見えて仕方なかったのである。所謂ぶりっ子の類と同類に見えていた。

 

 それだけでも気に入らないのに、ここ最近は目に見えて機嫌を良さそうにして更に目立ちつつある。彼女達はそれがとても気に入らなかった。

 ここらで一発脅しをかけて、化けの皮を剥がして大人しくさせてやろうと考えていた。

 

 大抵こういう輩は、ここの様な人気の無い所で囲んで威圧してやれば直ぐに身の程を弁える。今回も直ぐに本性を現して、大人しくなるだろう。

 

 そう、思っていたのだが――――

 

「うふ、ふふふふふふ……」

「ッ!? な、何がおかしいのよ?」

 

 麗美は突然笑い出すと、彼女達から視線を外し再び鏡の自分と見つめ合い始めた。その様にナルシストかと言う思いも抱いたが、そんな感想は直ぐにどこかに吹っ飛んだ。

 

 こつんと額を鏡に付けた麗美は、そのまま女子生徒達など無視して鏡の自分に向けて話し掛け始めたのである。

 

「ねぇ、瑠美……この人達はどうかな? うん、うん……うふふふ」

「ね、ねぇ。こいつヤバくない?」

 

 鏡に向かってブツブツ話し、クスクスと笑う麗美の様子に女子生徒達は異常を通り越して危険を感じ始めた。

 周囲からの畏怖の視線を気にも留めず、麗美は瑠美との会話に没頭する。

 

「そんな事言っちゃ駄目だよ。きっとこの人も1人じゃ恥ずかしいんだって。お友達連れてきてさ」

「ね、ねぇ? あんたさっきから何ブツブツ言ってるのよ? 誰と話してるって言うの?」

 

 最初に麗美に声を掛けた女子生徒が、恐る恐る声を掛ける。もう最初の勢いは完全に消えていた。人数で威圧してペースを握るつもりが、麗美1人にペースを握られていた。

 そんな麗美は、彼女からの質問にヌルリとそちらを見やる。目が合って、女子生徒は意識せず唾を飲み込んだ。取り巻きに至っては完全に腰が引けている。

 

「うふ……」

 

 麗美は女子生徒を見ながら指を鏡に向ける。当然彼女が指差した先には、指を差し返している鏡映しとなった彼女の姿があるだけ。

 女子生徒が麗美と鏡を交互に見ると、麗美は鏡にへばりつき頬擦りし始めた。今度は両手も鏡に付けて、体全体を鏡に押し付けている。お陰で豊満な胸が潰され、なかなかに扇情的な姿になっているがその事を気にする余裕のある者はこの場に居なかった。

 

「や、ヤバいって!? もう行こう!?」

 

 取り巻きの1人が耐え切れなくなり、声を掛けながらその場を逃げ出した。それを合図に、堰を切った様に全員がその場から逃げ出した。

 残ったのは鏡にへばりついた麗美1人。

 

「行っちゃったね、瑠美」

『思った通りだったね、麗美』

 

 麗美は鏡に映った自分……否、瑠美に向けて語り掛ける。

 

 麗美は鏡に向かっている時が好きだった。普通であれば鏡に映るのは左右反転した自分の姿。しかし、麗美の場合鏡に映るのは右目が隠れた自分の姿……即ち瑠美の姿だ。つまり、この時だけは麗美と瑠美が互いに対面して話す事が出来るのである。主導権を交代した場合は瑠美が麗美と対面する。

 

「やっぱり普通の人じゃ、あんなもんだよね」

『口先だけだよね』

「またライダーの人が来てくれないかな?」

『こっちから捜しに行っちゃう?』

 

 文字通り、鏡映しの自分とああでもないこうでもないと話し合う麗美と瑠美。彼女は再び、愛情に飢え始めていたのだ。

 そう、暴力と痛みと言う名の愛情に。

 

 しかし次の瞬間、彼女の耳に耳鳴りのような音が響いた。それを聞いた瞬間、それまで退屈そうにしていた麗美と瑠美の顔に花が咲いたかのような笑みが浮かぶ。

 

「ッ! 瑠美、どっちかな? モンスター? それとも仮面ライダー?」

『分からないけど、どっちでもいいよ。早く行こう!』

 

 麗美は目の前の鑑にカードデッキを翳した。鏡の中の麗美からオーバーラップして腰に装着されるベルト。

 

「ん……はぁ。へん、しん」

 

 腰にベルトが巻かれると、カードデッキにキスをしそのままデッキを左頬に当てる。そして掛け声の後にデッキをベルトのバックル部分に装填すると、麗美の姿が一瞬で変化した。

 

 黒いアンダースーツに鈍色の装甲。頭には黒くボロボロのベールを被っており、肩には同じくボロボロの布で出来たケープが、腰にもボロボロの前開きスカートが巻かれている。

 

 それは騎士と言うよりは未亡人と言う言葉がしっくりくる姿の戦士。仮面ライダーウィドゥがそこに現れた。

 

 ウィドゥはそのまま倒れ込むように鏡の中に入ると、ライドシューターに乗ってミラーワールドへと移動した。

 

 ミラーワールドに入ってすぐ、彼女は目的の存在を見つけた。近くの民家の住民でも狙っているのか、鮫型のミラーモンスター・アビスハンマーが一件の家に近付いていた。

 それが野良のモンスターである事を一目で見抜いた瑠美(途中で交代した)は、落胆した様子を隠せない。

 

「な~んだ、野良か。食欲しか頭にないモンスターじゃ、期待できそうにないわね」

『ね~。さっさと終わらせて帰ろう』

 

 物陰から飛び出し、アビスハンマーに近付くウィドゥ。近付く彼女に気付いたアビスハンマーは、民家に近付くのを止めウィドゥに向けて胸部の二門の砲で砲撃してきた。

 その砲撃は、寸分違わずウィドゥの胸に直撃する。

 

「ッ!?」

 

 接近している所を正面から砲撃され、もんどりうって倒れるウィドゥにアビスハンマーの更なる砲撃が襲い掛かる。立ち上がった端から砲撃を喰らい、彼女の装甲が見る見る内に傷付いていく。

 遂には倒れて動かなくなるウィドゥに、アビスハンマーは勝利を確信したのか砲撃を止め彼女に近付いていった。彼女を捕食しようと言うのだ。

 

 仮面ライダーと言えど、中身は人間。滅多に起こる事ではないが、ライダーがモンスターに敗北すれば待っているのは単純な死ではなくモンスターによる生きたままの捕食である。生きながらに食われる苦しみは、想像を絶するに違いない。

 

 そうこうしている内に、アビスハンマーがウィドゥに近付いた。彼女を捕食すべく、アビスハンマーは手を伸ばす。胸部の連装砲が邪魔なので、体を傾け砲口を彼女から逸らした。

 

 その瞬間、ウィドゥが手を伸ばしアビスハンマーを引き倒した。困惑した様子を見せるアビスハンマーに、ウィドゥは顔を近付ける。

 

「アヒャヒャッ! 掴まえた!!」

 

 アビスハンマーの砲撃は確かに強力だった。だが固定砲台で、しかも体の大部分を占めていると言うのが大きな弱点だ。特に手が届くレベルになると、固定砲台と言うのが災いして満足に動く事が出来なくなる。

 

 ここからはウィドゥのターン。ウィドゥは砲撃が出来なくなったアビスハンマーを今までの礼と言わんばかりに徹底的に叩きのめした。

 

「あんた、野良のモンスターにしてはなかなか良い攻撃してくれたじゃない! もしかしてアタシの事好きなの? でもゴメンね、アタシ達別にケモナーでも何でもないの!!」

 

 先程までとは打って変わって、殴り、蹴り、叩き付けるなどしながらウィドゥは右肩の蜘蛛型のバイザーの尻からカードキャッチャーを伸ばし、一枚のカードを挿して手を離した。カードキャッチャーからは糸が伸びており、彼女が手を離すと糸が巻き取られカードがバイザーに装填される。

 

「ストライクベント」

 

 電子音声が響き、ウィドゥの両手に指先が鋭い手甲・ブラッククローが装着される。彼女はそれでアビスハンマーを滅多切りにした。

 このブラッククロー、ただ指先が鋭いと言うだけではなく毒がある。これで攻撃された相手は、毒を喰らい徐々に体力を消耗させるのだ。

 

 ウィドゥの攻撃を喰らう毎に、ダメージと毒で動きを鈍らせるアビスハンマー。先程まで狩る側だったモンスターは、最早狩られる側どころか弄ばれる側だった。猫が捕らえた獲物を甚振り、弱らせるも同然の光景が繰り広げられていた。

 

 しかしそれにも終わりがやってくる。アビスハンマーが仰向けに倒れ、動かなくなった。

 

「ん~? もうお終い? つまんないの」

「アドベント」

 

 反撃すらしてこなくなった相手に、ウィドゥは最早興味はない。

 興味が無いから、後は任せた。アドベントにより呼び出された彼女の契約モンスター・ブラックスキュラが、牙をギチギチと言わせながら動かないアビスハンマーに近付く。

 

 ウィドゥは、アビスハンマーの末路を見る事も無く踵を返しミラーワールドから出ていった。彼女がミラーワールドから出ていく直前、アビスハンマーはブラックスキュラにより貪り食われるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミラーワールドから出た瑠美は、主導権を麗美に譲り自分は引っ込んだ。麗美は、戦いの影響で体に残った痛みにほんのり頬を赤く染める。

 

「野良相手だったけど、悪くなかったね。瑠美」

『そうだね、麗美。もしかしたらあのモンスター、アタシ達に懐いてたのかも』

「ペットにするのも悪くなかったかな?」

『ブラックスキュラがヤキモチ妬いちゃうよ』

「それもそっか」

 

 話し合いながら、麗美はその場を移動する。既に休み時間は終わり、授業が再開されていた。

 が、麗美は気にした様子も無く教室に戻ると自分の席に座った。教師が何か言ってきたが、適当に返事をして済ませる。教師の方も彼女の態度にいろいろと諦めたのか、それ以上何かを言う事も無く授業を再開した。

 

 説教から解放された(本人は説教をされた事自体気付いていない)麗美は、授業内容を右から左に聞き流しながら、この愛情への飢えをどう凌ぐかについて考えを巡らせていた。

 

――どうすればもっと愛して愛されるかな?――

 

 もっと愛したいし愛されたい。その為には他の仮面ライダーと出会わなければ話にならなかった。

 街を徘徊していれば時折モンスターに遭遇するが、野良のモンスターが相手では愛は望めない。戦うのならば相手は人間でなければ。

 

 とは言え、捜して見つかるほど簡単な話でもなかった。当然ながら多くのライダーは己がライダーである事を極力周りには悟られないようにしている。もし他人にライダーである事がバレ、それが敵の耳に入ってしまえば一方的に奇襲されかねない。

 

 授業が終わり、帰路につく麗美。その顔は何処か愁いを帯びている。

 

「はぁ……どこかにライダー、居ないかな?」

 

 帰り道で、麗美は鏡がある度にそれを覗き込みライダーの姿を探した。この際、ストレス発散が出来るモンスターでも良い。彼女はとにかく飢えていた。

 

――モンスターを暴れさせれば、ライダーの方から来てくれないかな?――

 

 そんな危ない事を考え始めた時、彼女に声を掛ける者が居た。

 

「お悩みですか?」

 

 声を掛けてきたのはアリスだった。相変わらず鏡の中から麗美の事を見ている。

 彼女の姿を見つけた瞬間、麗美は前髪で右目を隠した。

 

「あ、アリスじゃん。何か用?」

「いえねぇ、見た所ライダーバトルに飢えている様子でしたので、ここらで一つ私の方で一戦設けてあげようかと」

 

 戦う相手……即ち愛し合う相手を用意してもらえると聞き、瑠美/麗美の目の色が変わった。

 

『お見合いだね?』

「アヒャ! 良いじゃない良いじゃない! 早速連れて行ってよ!」

 

 一気にテンションが上がった瑠美に、アリスは鏡の中を移動しながら手招きした。瑠美はアリスを見失わないよう、そこら中にある鏡面を覗き込みアリスの姿を道標に移動する。

 

 どれだけ移動しただろうか。周囲を見渡して車の窓ガラスの中にアリスの姿を見つけた時、彼女は今度は瑠美を手招きせず意味深な笑みを浮かべながら瑠美の事を見ていた。どうやら目的の場所に到着したらしい。

 

 道中で交代し、表に出た麗美がアリスに問い掛ける。

 

「ここに居るの?」

「はい。あちらに」

 

 そう言ってアリスが指差した先に居るのは、麗美と同年代位の1人の少女だ。眼鏡を掛け、髪をお下げにしている如何にもガリ勉女子と言った見た目だ。

 

 彼女がアリスの言う、麗美と戦ってくれそうな相手のようだ。

 

「どうでしょうどうでしょう? 私の見立てだとお2人はなかなかにお似合いかと――――」

 

 次の瞬間、麗美がまるで窓ガラスに引き寄せられたかのようにべたりと張り付いた。突然の行動とアップになった麗美の顔に、アリスも小さく跳ねる。

 

「わぉっ!」

「あ、はぁぁぁぁ…………」

 

 アリスが見ている前で、麗美は怪しい笑みを浮かべながら窓ガラスに頬擦りをした。その視線はアリスの背後に向いている。

 

「おやおやぁ?」

 

 背後に気配を感じ、アリスが振り向くとそこには麗美と契約しているブラックスキュラが居た。麗美はブラックスキュラを熱の籠った視線で見つめ、次いで目的の少女を見やる。

 それだけで主人の指示を理解したブラックスキュラは、ミラーワールドの中を駆け目的の少女に糸を巻き付けた。

 

「なっ!?」

 

 糸が巻き付けられる直前、耳鳴りでモンスターの気配を感じたらしい少女は表情を強張らせたが、警戒するよりも先にブラックスキュラの行動の方が早くてミラーワールドに引き摺りこまれてしまった。

 

 仮面ライダーらしき少女がミラーワールドに引き摺りこまれたのを見て、麗美は笑みを深めると瑠美と交代しカードデッキを取り出した。

 

「ン~、チュッ! フフ、変身」

 

 カードデッキにキスを落とし、左頬に当ててからの変身。ウィドゥへと変身した彼女はミラーワールドに入ると、一目散に引き摺りこんだ少女の元へと向かった。

 

「いたた……え!?」

 

 目的の少女は直ぐに見つかった。少女は、ウィドゥの姿を見るとこの状況の下手人が彼女であると直ぐに気付き、恐怖に顔を引き攣らせる。

 

「な、何!? 一体何ですか!?」

「アヒャッ! いきなりでびっくりしちゃった? でも急がないと消えちゃうよ?」

「あ!? へ、変身!?」

 

 少女は自分の体が消えかけているのに気づくと、大慌てで仮面ライダーに変身した。背中のマントと、バックルに描かれた紋章から契約しているモンスターは蛾か蝶の様だ。

 

「アヒャヒャッ! さぁ、アタシが思う存分愛してあげる!」

「ストライクベント」

「何を言ってるんですか!? 言ってる事とやってることが滅茶苦茶ですよ!?」

「ソードベント」

 

 ウィドゥは相手が変身したのを見て、ブラッククローを装着。対する相手も、レイピアの様な武器を装備して彼女に対峙した。

 両者武器を構え、相手の出方を窺う…………様なことはなく、ウィドゥが一直線に突っ込んだ。

 

「んな!?」

 

 開戦早々にまさかいきなり突っ込んでくるとは思っていなかった相手ライダーは一瞬虚を突かれた。

 相手のライダーはここまでの挙動からも見て分かるレベルで戦いに慣れていないらしく、接近するウィドゥに対し迎撃も回避もしない。

 

 そのまま接近を許し、結果ウィドゥからの初撃を受けてしまった。

 

「いぎっ!?」

 

 ブラッククローの鋭い指先による攻撃を諸に喰らい、走る鋭い痛みに相手のライダーが悲鳴を上げる。だがウィドゥは止まらない。怯んで動かなくなった相手ライダーに、ウィドゥの更なる攻撃が続く。

 

「いや!? あぐっ?! 痛い、あぁぁぁぁっ?!」

「ねぇどう? アタシの愛、感じてくれてる? アヒャヒャヒャッ!」

 

 反撃してこない、否する余裕のない相手を、ウィドゥが執拗に攻撃する。ブラッククローによるものだけでなく、時には肘鉄に膝蹴りが叩き込まれ堪らず相手のライダーはその場に蹲った。

 動かなくなった相手を、ウィドゥが思いっきり蹴り上げる。

 

「うあっ!?」

「ん~?」

 

 蹴り上げられて、相手のライダーは為す術なくひっくり返り仰向けに倒れた。

 しかし圧倒的優勢であるにも拘らず、ウィドゥの様子は優れない。自分だけが一方的に攻撃している……愛を与えてばかりな事に不満を抱いている様子だ。

 

「ねぇ、アンタの愛は?」

「あ……愛?」

 

 ウィドゥの言葉に困惑する相手ライダー。対するウィドゥは、一向に反撃してくる様子の無い相手のライダーに焦れたのか少し声に苛立ちを交えながら再度問い掛けた。

 

「そうよ! さっきからアタシばっかり愛してばかりで、アンタからの愛が全然届いてないんだけど!? 愛するのは良いけどアタシ達は愛されたいのよ!?」

「な、何、何なの? 何を言ってるの!?」

 

 明らかに異常な雰囲気を醸し出すウィドゥに相手ライダーは完全に委縮してしまっている。

 

 相手ライダーに詰め寄るウィドゥだったが、突然動きを止めるとガクンと項垂れた。まるで電池かネジが切れたかのようなその様子に、相手ライダーは訳が分からないが今が好機かと少しずつ距離を取ろうとする。

 

 だが――――――

 

「瑠美、私分かっちゃった。この子きっと物足りないんだよ」

 

 徐に表に出てきた麗美が、我が意を得たりとばかりに言葉を紡ぐ。

 

「え? な、何の話?」

「つまり、私を愛するには私からの愛がまだまだ足りないって……そう言ってるんだよ。ね?」

「ッ!? ち、ちが……私、そんな事一言も――――!?」

 

 もうここまで来ると、このライダーもウィドゥにとっての愛が暴力と同義語である事に気付いていた。つまりウィドゥは、自分が痛めつけられる為にこのライダーを更に痛めつけようとしているのである。

 その事に気付き、仮面の奥で顔を真っ青にする蛾のライダー。慌ててウィドゥの言葉を否定しようとしたが、再び表に出てきた瑠美には通じない。

 

「あ~、そっかそっか! さっすが麗美、相手の事をよく分かってるぅ! そう言う事なら、もっとも~っと愛してあげないとね!」

「ひっ!? いやッ!? いやだぁぁぁぁぁっ!?」

「キャプチャーベント」

 

 仰向けに倒れながらも這って逃げようとする蛾のライダーを、ウィドゥの蜘蛛の糸が絡めとり磔にする。ウィドゥはそのライダーの上に馬乗りになると、ブラッククローで滅多切りにした。

 

「あぐっ!? い、が?! やめ?! やべでぇぇぇ?!」

「まだ!? ねぇまだ足りないの!? アタシ以上に愛されるのが好きなのね、この欲張りさん!!」

 

 装甲を引っぺがすのではないかと言う程の攻撃の嵐に、徐々に蛾のライダーの抵抗が薄くなっていく。

 

「う、あ…………ぁ……」

 

 そして遂に、相手のライダーは悲鳴すら上げる事無く指一本も動かせなくなってしまった。

 そこで漸く落ち着きを取り戻したウィドゥは、もう相手が反撃する事も無い程のボロ雑巾になってしまった事に仮面の奥で口を尖らせる。

 

「む~、麗美!? こいつアタシ達を愛する前に1人で勝手に満足しちゃった!?」

『酷いんだぁ~。良い事を独り占めしちゃうなんて』

「こいつどうする?」

 

 自分達を差し置いて勝手に満足した(そう思ってるのは麗美と瑠美だけ)相手のライダーを、どうしてやろうかと考えるウィドゥ。

 

 そこへ何と野良のモンスターがやって来た。ウィドゥが契約しているブラックスキュラと同系だが、大きさが段違いの蜘蛛型モンスター・ディスパイダーだ。

 

 ディスパイダーはウィドゥに対し威嚇をしているのか、両前脚を大きく広げている。が、ウィドゥはそいつの意識が自分よりも倒れている相手のライダーに向いている事に気付いていた。恐らくは漁夫の利で弱ったライダーを捕食しようとしているのだろう。

 

 それを見て、内面に引っ込んでいる麗美に妙案が浮かんだ。幸せを独り占めしてしまったのなら、他の奴に分け与えさせればいい。

 

『瑠美、そいつこの子食べたいみたい。あげちゃおうか』

「アヒャ! それ妙案かも。アタシからの愛情を独り占めして何も返してくれないんだもんね。なら今度は自分が誰かを満足させてあげなくちゃ!」

 

 ウィドゥが黙って距離を取ると、それに合わせてディスパイダーが倒れているライダーに近付いていく。倒れているライダーは、少し体力が回復して意識がハッキリしてきたのか近付いてくるディスパイダーに気付き助けを求めた。

 

「あ……あぁ!? た、助けて!? いや、お願い!?」

 

 自分に向けて手を伸ばしてくるライダーに対し、ウィドゥは何もしない。ただ黙って見ているだけだ。

 その彼女の隣には、折角追い詰めた獲物を横取りされるのが納得いかないのかブラックスキュラが居る。大きさの違う同系のモンスターに対し、こちらも両前脚を上げて威嚇のポーズをとった。

 ウィドゥはディスパイダーを威嚇する己の相棒を抱きしめて宥めた。

 

「ダメダメ。あの子はあのモンスターに上げるって決めたんだから。後で別の奴を食べさせてあげるから今はガマンしなさい!」

 

 まるで幼い子供を叱る様な言葉だったが、それが伝わったのかブラックスキュラは大人しくなる。

 

 その間にもディスパイダーは倒れたライダーに近付き、遂に口元の触肢がライダーを捕らえた。

 

「あぁ、嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ!? こんな、こんな死に方!? だからこんな力いらなかったのに!? 何で!? 何でこんな事に!?」

 

 どうやらこのライダー、戦いを拒否していたらしい。察するに、アリスは前々からライダーでありながら戦おうとしないこの少女を始末しようとして麗美を嗾けたのだろう。もしかするとこれ以前に脅していたのかもしれない。

 

 だがウィドゥにとってそれは最早どうでも良い事であった。もうウィドゥは彼女に対して毛ほどの興味も抱いていない。精々が自分達の気持ちを踏み躙った(一方的)このライダーに罰が下る瞬間を眺めて、留飲を下げようと言う程度の意識である。

 

 ディスパイダーが大きく口を開け、満足に動かない体で儚い抵抗をするライダーを頭から丸呑みにしようとした。

 

 その時である。

 

「ファイナルベント」

「うん?」

 

「ハッ!!」

 

 突然突風が吹いたかと思うと、真横から1人のライダーが風の勢いに乗って飛んできて手にした太刀でディスパイダーを一刀両断してしまった。

 

 ここでまさかのライダーの乱入である。しかもそのライダー、どうやらディスパイダーに食われそうになっていたライダーを助けるつもりだったのか、倒れたライダーに敵意を向けている様子がない。

 今正に頭から食われそうになっていたライダーは、生き残った実感が湧かないのか呆然としながら自分を助けてくれたライダーを見ている。

 

「えと、あの……ありがとう……」

 

 新たに乱入したライダーは、蛾のライダーに全く見向きもしない。まるで他人を拒絶するかのような雰囲気を放つそのライダーに、蛾のライダーは小さくお礼を口にするとウィドゥから逃げるべくその場を離れて行く。

 

 ウィドゥは離れて行くライダーを完全に無視した。今彼女の興味は、新たに現れたライダーに向いていたのだ。

 

 見た目は何処か侍や鎧武者を思わせる。鳥の頭の様な頭部に、剣道の胴当ての様な胸部アーマー、左腕の籠手型のバイザーらしきもの。両脚は袴のような布で覆われている。

 

 そのライダーは、ウィドゥに対して太刀の切先を向け構えている。こちらはどうやらあのライダーとは違いやる気十分の様だ。

 

 こいつは愛してくれる。そう思い、ウィドゥは仮面の奥で笑みを浮かべた。

 

「アヒャ! いいわねぇ、今度はしっかり愛してもらえそう! ねぇアンタ! アンタはアタシの事を愛してくれる?」

「敵に対する情は持ち合わせていません」

 

 ここで初めて言葉を発するライダー。抜き身の刃の様な鋭い視線に射貫かれ、ウィドゥは思わず身震いする。

 

「ん~!! 今度は期待できそ『あ、瑠美ストップ』って、何よ麗美! これからが良いところじゃないの!」

 

 待ち望んだ瞬間がやって来たと歓喜する瑠美だったが、麗美からの制止に不満の声を上げる。瑠美の気持ちは十分理解できる麗美であったが、流石に無視する訳にはいかない事態になったのだ。

 時間切れである。

 

『残念だけど今日はここまでみたい。帰ろ』

「え~!? もう……ちぇっ。バイバーイ」

「クリアーベント」

 

 流石に消滅したくはないのか、瑠美は大人しく引き下がりクリアーベントで姿を消してその場から離れた。

 侍ライダーは姿を消したウィドゥに暫し警戒していたが、完全にウィドゥの気配が消え本当に撤退したのが分かると構えを解きその場を立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……もうヤダ。仮面ライダーなんて――――!?」

 

 一方、侍ライダーの乱入により窮地に一生を得た少女は、ミラーワールドから出るなりその場に蹲り咽び泣いた。

 彼女が仮面ライダーになったのは、本当に気の迷いによるものだった。成績が思う様に伸びず思い悩んでいた時、声を掛けてきたアリスの口車に乗せられ仮面ライダーとなってしまったのだ。

 が、元々争い事を好む性格では無かった少女はライダーバトルが出来ず、つい先日に至ってはアリスから直々にライダーバトルへの参加を脅迫されたりしていた。

 

 それでも戦いを拒絶した結果がこれだ。本当ならカードデッキも捨ててしまいたいが、それをすると自分が契約したモンスターに食われてしまうので捨てたくても捨てられない。

 どう足掻いても戦いから逃れられぬ運命に、少女は絶望に涙を流していた。

 

「見~付けた」

「え!? だ、誰?」

 

 突然誰かが声を掛けてきた。声のした方を見ると、そこには胡乱な目で少女を見つめる麗美の姿があった。少女は初対面である麗美が馴れ馴れしく話しかけてくることに違和感を覚えた。

 だがその違和感は次の瞬間恐怖に変わる。

 

「アヒャヒャ! 思ってたよりも早くに見つかったわね、麗美!」

「ッ!?!? そ、その笑い方は――――!?」

 

 特徴的な笑い方と、何より自分を見つめるドロリとした視線に、少女は目の前の麗美/瑠美こそが仮面ライダーウィドゥである事に気付いた。

 

 逃げようと立ち上がる少女だったが、それよりも早くに瑠美が近付き少女の両手を掴んで押さえつけた。

 

「つ・か・ま・え・た♪」

「い、嫌ッ!? 止めて放して!?」

 

 少女は暴れるが、瑠美の力は信じられないほど強く全く振り解くことが出来ない。

 

 瑠美は麗美に交代すると、己の右頬で少女の左頬に頬擦りした。ただの頬擦りの筈なのに、得体の知れない悪寒を感じ少女の全身が粟立つ。

 

「うふふ……まだ貴女の幸せを別の誰かにお裾分けしてるのを見てないから、だ~め」

「だから幸せとか愛って何の事よ!? あなたの趣味を私に押し付けないでよ!?」

 

 少女は未だ痛む体に鞭打って、全力で麗美を引き剥がそうとした。すると先程までビクともしなかった麗美の拘束がアッサリ解けた。と言うより、麗美の方が自分から離れたと言った方が正しい。

 

 一体何故? そう疑問に思う少女の耳に、特有の耳鳴りが響く。馬鹿に近い。一体何処から?

 

「――――ハッ!? あ、あぁ――――!?」

 

 気付いてしまった。この音は自分の背後から聞こえている。背を預けている背後から、だ。

 

 少女が麗美に押さえ付けられたのは、自分が今し方出てきた鏡の前だったのだ。そして今その鏡の向こう側には、少女からは見えないが何かモンスターが居る。

 

 少女の体は携帯のマナーモードもかくやと言うくらい震え、奥歯がカチカチと音を立てる。鏡から虫の脚の様な何かが複数本出てくる。脚は少女を囲むように出てきて、折れ曲がり彼女をミラーワールドに引き摺りこもうとしていた。もうどうあっても逃げられない。

 

 ブラックスキュラによってミラーワールドに引き摺りこまれ貪り食われる直前、鏡の向こうに見えた麗美は薄い笑みを浮かべながら少女に向かってゆっくりと手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、私達も帰ろうか」

『賛成! アタシお腹空いた』

「今日はお夕飯何にしようか?」

『アタシあれ食べたい。クリームコロッケ』

「じゃあ、帰りにスーパーで材料買わないとね」

 

 日も大分沈んできた人気の無い街の中を、己の中の人格と会話しながら麗美が帰路につく。夕闇に照らされた紅い街中に、麗美が瑠美と話す楽しげな声が響いて消えていくのだった。




という訳で第2話でした。

如何でしたでしょうか?今回は麗美が周りからどう見られているか。そして彼女が周りにどう対応しているかを描いてみたつもりです。
色々な人にヤバいヤバい言われているので、徹底的にヤバく話が通じないキャラとして描いてみました。

それと終盤で登場した侍ライダーは、私が応募したもう1人の仮面ライダーです。ウィドゥ編が終わったらそちらも描く予定ですので、どうかお楽しみに!


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エピソード ウィドゥ・3:貪り合う飢餓

どうも、黒井です。

今回はスピンオフのウィドゥ編第3話。いよいよ本編とリンクします。

尚今回、殊更に残酷なシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。


 麗美が侍ライダーと出会ってから、一体どれだけの時が流れただろう。

 ここ最近、麗美と瑠美は不満が溜まっていた。先日の一件以降、満足にライダーバトルが出来ていないのだ。

 

「最近は静かだね。少し前は熱烈に愛しに来てくれた人もいたのに」

『みんな随分と控えめになっちゃったわよねぇ。アタシ達は何時でもウェルカムなのに』

 

 そう言いながら、麗美は放課後の廊下を練り歩いている。目的は一つ、ライダーを見つける為だ。

 アリスの話では仮面ライダーとして選ばれるのは麗美の様な女子高生が主だと言う。確かに今まで出会った仮面ライダーは、皆ほぼ同年代だろう女子のみで成人女性は勿論男の姿など皆無であった。

 

 と言う事は、だ。この聖山高校には自分以外にまだまだ仮面ライダーが居るのではないか? そう考え、麗美は自分を愛してくれるライダーを求めて校舎内を彷徨っていた。

 

 しかし現状、結果は芳しくなく仮面ライダーの気配は勿論、モンスターの気配すら感じない。高まるフラストレーションに、麗美と瑠美が同時に溜め息を吐いた。

 

 その時、廊下の先に見知った人影を見た。

 

「ん? ねぇ瑠美? あれってアリスじゃない?」

『え? あっ! ホントだ、あれアリスじゃん!』

 

 廊下の先に居たのは間違いなくアリスであった。服装が何時ものセーラー服ではなく、麗美と同じく聖山高校の制服であると言う違いはあったが、顔立ちは間違いなくアリスそのものだ。

 まさか現実世界でアリスの姿を見れるとは思ってもみなかった麗美は、一瞬驚いたものの直ぐに彼女と接触を図った。

 

「久しぶり。ここで会えるなんて思ってなかったよ?」

「えっ!? な、何です? どちら様ですか?」

 

 麗美に声を掛けられたアリスは、まるで初対面かの様に動揺を露にする。その様子に麗美は違和感を感じつつも、そんなものは些細な事と本題を切り出した。

 

「ねぇ、それよりさぁ、また良い相手居ない? この間の子は相性悪かった上に、最近良い出会いがなくて」

「あの、だから何の事ですか?」

 

 麗美の漠然とした問い掛けに、アリス?は困惑した様子を隠せずにいた。全くライダーバトルに関して言及してこない彼女の様子に、麗美の中で違和感が大きくなる。

 

「ん~~?」

 

 麗美は胡乱な目でアリス?を見つめると、彼女の周りをぐるぐると回り始めた。頭の天辺から爪先まで、隈なく彼女を観察し、更には鼻を近付けて匂いまで嗅ぐ。

 

「あ、あの……?」

 

 奇行とも言える麗美の行動にアリス?が動けずにいると、麗美は彼女の正面で立ち止まり鼻先が触れ合うのではと言うほど顔を近付ける。流石にそこまでされてジッとしていることは出来なかったのか、顔を近付けてくる麗美の両肩を手で押し返した。

 

「ま、待ってください。あの、誰かと勘違いしてませんか?」

 

 そう言ってアリス?が麗美からそれとなく距離を取った。

 対する麗美はと言うと、顔を近付けようとした体勢のままアリス?を見つめていたが、徐に踵を返すとそのままフラフラと体を左右に揺らしながら廊下の奥へと消えていった。

 

 取り残される形になったアリス?は暫く麗美の後姿を見送っていたが、彼女が見えなくなると不安そうに何度か彼女が消えていった先を見つつその場を立ち去った。

 

 アリス?と分かれた麗美は、階段の踊り場で大きな鏡にへばりついていた。鏡の中から、瑠美が彼女を見つめ返している。

 

「瑠美、どうしようか?」

「このまま探そう。向こうから来てくれないなら、こっちから会いに行かないと」

「会えるといいね?」

「きっと会えるよ」

 

 2人は互いにクスクスと笑い合うと、鏡の向こうから見つめ返してくる半身にキスを落とした。世界でただ1人、無条件に自分を愛してくれる己自身に――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日の間、麗美は校舎内が大分暗くなるまで学校中を探し歩いた。だが結局収穫はゼロ。部活動の為に残っていた生徒も次々と下校していき、気付けば校舎内には生徒の気配が無くなっていた。

 屋上で誰も居ない校庭を眺め、地平線の下へと沈みゆく夕日を見る。

 

「…………帰ろっか」

『そうだね』

 

 落胆を抱え、麗美は屋上から立ち去った。誰も居ない暗い廊下を歩き、美術室の前に差し掛かる。

 

「…………ぐすっ、うぅ……」

「……?」

 

 その時、麗美の耳に誰かのすすり泣く声が響いた。見ると美術室の扉が少し開いている。不思議に思って少し開いている扉から美術室の中を覗き込むと、そこには1人の女子生徒が美術室の一角で蹲って涙を流しているらしいことが分かった。

 

 これが普通の生徒であれば悲鳴を上げて逃げ出し、翌日には学校の七不思議入り間違いなしだっただろう。

 しかしそこは常人とはロジックが異なる麗美。この光景に悲鳴を上げるどころか音も無く美術室に入ると、背後からそっと近づき声を掛けた。

 

「どうしたの?」

「ひゃっ!? な、何ですか貴女は!? もうとっくに下校時間を過ぎてますよ!?」

「それはお互い様。こんな時間に何してるの?」

 

 慌てる女子生徒に対し、麗美はマイペースに返す。問い掛けられた女子生徒は、涙を拭いながら言葉を返した。

 

「す、少し用事があっただけです!」

「美術室で1人で泣く事が用事なの?」

「余計なお世話です!? 私はもう帰りますから、貴女ももう帰ってください!」

 

 女子生徒はそう告げると足早に麗美の隣を通り過ぎ美術室から出ていこうとする。

 

「ねぇ……もしもの話だけどさ……」

「はい?」

 

 美術室から出る直前、麗美が女子生徒に声を掛ける。まさかここで声を掛けられるとは思っていなかったのか、それとも生真面目な性格なのか女子生徒は足を止めてしまった。

 

「もしも、どんな願いでも叶えられる力を手に入れたら…………貴女はどうする?」

「ッ!?!? な、何の話ですか――――?」

 

 突拍子も無くそんな事を問い掛けられ、言葉を失う女子生徒。何も答える事が出来ない女子生徒に、麗美はゆらりと近付き耳元に口を近付けた。

 

「私なら……喜んで自分の願いを叶える為にその力を使うけどね」

 

 そう言って麗美は女子生徒の耳をぺろりと舐める。耳から伝わる悍ましい感触に、女子生徒が飛び退き麗美から距離を取る。

 

 既に周囲は暗くなっている為、互いの顔は見えていない。が、麗美には女子生徒が警戒した目を向けているのが分かった。

 女子生徒からの視線に麗美は怪しい笑みを浮かべると、首を右に傾けて右目を前髪で隠した。

 

「ねぇ、アンタはどうする?」

 

 瑠美がそう問い掛けると、女子生徒は俯き肩を震わせ何も言わずその場を立ち去った。瑠美を乱暴に押し退けるようにして立ち去る女子生徒を、瑠美は愉快そうに見つめてから自分も改めて美術室を出て帰路につくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その翌日、瑠美は先日の女子生徒を探していた。何故かと問われれば、彼女の勘が囁いたとしか言いようがない。具体的に理由がある訳ではないが、強いて言うならば“気配”を感じたからと言えばいいだろうか。

 

 とは言え、名前も知らない上に顔も碌に見えなかった相手である。当ても無く探して見つかる訳も無い。気付けば日も大分暮れ、校舎内に誰も居なくなってしまっていた。

 先日の事も考えて美術室にも向かったが、この日は誰も居なかった。

 

「名前聞いとけば良かった」

『居ないものは仕方が無いよ。今日はもう帰ろ』

「ん~」

 

 とても残念そうに項垂れて校門から出る瑠美を麗美が宥めた。麗美も彼女に会えなかった事は残念だが、ここら辺の切り替えの早さは麗美の方が上だった。

 

 校門から出た彼女は、暗くなりつつある空の下を自宅の安アパートに向かって歩いていく。

 

 その道中、瑠美は聖山市中央の繁華街『屋戸岐町』を通った。もう少し早い時間であれば同じく下校した聖山高校の生徒達が気楽に騒いでいるのだろうが、ここまで遅い時間になると高校生の姿は殆ど見られない。もし居たとしてもそれは真面目な生徒ではなく、俗に言う不良と呼ばれる連中であろう。

 

 瑠美がここを通るのは、別にここに用事がある訳ではなくここを通るのが一番の近道であるからだった。普通の女子高生であればこんな繁華街を、日が暮れる頃に出歩くなんて身の危険を感じて御免被るだろうが瑠美の場合は話が別だ。

 

 持ち前の豊かな胸が、夜になりいろいろと箍が緩んだ男の視線を集めている事に気付きつつ瑠美は日の暮れた繁華街を進む。

 そうして歩いていると、ある裏路地の前を通りかかる。

 

「ッ!!」

 

 瞬間、麗美は何かに弾かれるように路地裏に目を向けた。街灯の明かりも碌に届かない暗い裏路地の先は満足に見通す事も出来ない。

 

 では何が彼女を引き付けたのかと言うと、一言で言えば匂いだ。この裏路地の奥で血の匂いがする。

 

「アヒャァッ!」

 

 ニチャリと笑みを浮かべ、意気揚々と裏路地へと入る瑠美。

 

 果たして、そこには4人の男がボコボコにされた状態で裏路地に転がっていた。既に騒動が終わった後なのだろう、男達をボコボコにした下手人の姿は見当たらない。

 

「い、つつつっ!? くっそぉ……」

「あの女共、次会ったらただじゃおかねぇ――――!?」

 

 ボコボコにされたダメージから回復したのか、男達が起き上がり始める。

 

 瑠美は男達が起き上がったのを見ると、笑みを深め麗美と交代する。

 

「うふふ……どうしたの?」

「ん? うをっ!?」

 

 麗美が男達に声を掛けると、男達は彼女の姿を見て過剰に驚く。言葉の端々から察するに、彼らをこんな風にしたのは女性…………それも恐らくは麗美と同年代、もしかすると制服も同じ少女かもしれない。

 

 だが男達は直ぐに気を取り直すと、麗美を下卑た笑みを浮かべて取り囲んだ。

 

「へっへっへっ! お嬢ちゃん、こんな所で何してやがんだ?」

「おいコイツ、さっきの奴と同じ制服着てるぜ!」

「ちょうど良い。俺ら丁度むしゃくしゃしてんだ! いっちょヤらせてくれよ!」

「見ろよコイツ、さっきの2人よりもスゲェ良い体してんぞ! こいつは楽しめそうだ!」

 

 4人で麗美を囲み壁に追い込む男達。並の少女であれば恐怖に顔を歪め、涙を浮かべて体を震わせるだろう。場合によっては半狂乱になって逃げ出そうとし、悲鳴を上げる者も居るに違いない。

 

 だが麗美は普通ではない。こんな状況だと言うのに、麗美は依然として笑みを浮かべている。男達はそれが、彼女が自分達を誘っているように見えていた。

 事実、彼女は男達を誘っていた。麗美は熱に浮かされたような笑みを浮かべ、全てを受け入れるとでも言うかの様に両手を広げた。

 

 それを見て男達は一斉に麗美に飛び掛かった。その様子は正に、オオカミの群れが羊に襲い掛かるかのようだ。

 

 尤も――――――

 

「ぎっ!? ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」

「…………アヒャッ!」

 

―――――彼らが手を出したのは、羊どころか腹を空かせたトラが可愛く見える程の猛獣であった。しかも見た目は猫に見えると言うおまけつき。

 

 麗美に飛び掛かった男の1人が片目から血を流している。男達が飛び掛かる直前、瑠美が表に出て男の1人の片目に親指を突っ込んだのだ。

 

「アヒャヒャッ! 痛い? ねぇ痛いでしょ? 大変な目に遭ったアンタ達にアタシが愛をプレゼントしたんだけどどうかな?」

「ふ、ふざけんなこのアマ!?」

 

 片目を潰されたのと別の男が瑠美の顔面を殴る。防御も回避もしない瑠美はこれを諸に受け、殴られた衝撃で背中を壁に叩き付けられた。

 

「うぐっ!? いひ、アヒャ!」

「こ、コイツ!? さっきの2人と言い、何なんだ最近の女は!?」

「抵抗できないように徹底的にボコしちまえ!?」

 

 男達は一斉に瑠美に殴る蹴るの暴行を加え始めた。四方から飛んでくる拳が顔や腹に突き刺さり、口の端が切れて血が流れるが瑠美は笑みを絶やさない。寧ろ殴られたら殴られただけ、蹴られたら蹴られただけ笑顔が輝きだした。

 

「アヒャヒャ! イイ! イイよぉ、アンタ達! 感じるよアンタ達の素敵な愛!」

 

 ライダーバトルで感じる痛み()に比べると温いが、生の肉体で感じる暴力はそれはそれで味があった。

 

『瑠美、私にも代わって?』

「あ、ゴメンね麗美!」

 

 途中で麗美に交代したところで、男達の暴行が止んだ。先程ボコボコにされて体力を消耗していたからか、男達は肩で息をし汗を流している。

 

「はぁ、はぁ、これだけボコせばもう抵抗できないだろ?」

「どうするコイツ? ここでヤッちまうか?」

「いや、ここまで手古摺らせてくれたんだ。普通にヤるんじゃつまらねぇ。どこかに連れ込んで――――」

 

 男達が麗美をどうするか考え、意識を彼女から逸らした。

 

 その瞬間、彼女は男の1人に飛びついた。

 

「なっ!? こいつまだ――――!?」

「うふふ……ねぇ、もうお終いなの? なら今度はこっちの番だね」

 

 抱き着いた事で男の胸板には麗美の巨乳が押し付けられ柔らかい感触を感じるが、そんなもの直ぐに気にならなくなった。

 

 何故なら麗美が男の耳を容赦なく噛み千切ったのだ。

 

「ひぎゃぁぁぁぁぁぁっ?!」

「こ、コイツ何して――――!?」

 

 悲鳴を上げた男に他の3人の男達の思考が停止する。その隙を麗美は見逃さず、スカートのポケットに手を突っ込んで鍵を取り出すとそれを指で挟むように拳で包んで、鍵が指の間から突き出た拳を別の男の頬に叩き込んだ。容赦ない拳から突き出た鍵が、男の頬を突き破る。

 

「はごぉっ?!」

「え、ろぉ……ぺっ」

 

 頬を鍵で突き破られた男が頬を押さえて蹲る。麗美は蹲る男を頬を紅潮させた顔で見下ろしながら、口の中に残っていた噛み千切った耳を吐き出した。

 人間にあるまじきその姿に、唯一無傷の男が恐れ戦きその場を逃げ出した。

 

「ひ、ひぃぃぃっ!?」

 

 麗美は逃げる男の後姿を見つめ、暫しどうするか考える。あの男はまだ愛せていない。これでは不公平だ。

 

「あの人も愛してあげないとね」

『行こう行こう!』

 

 片目を潰した男、片耳を噛み千切った男、片頬に穴を開けた男を放って、麗美は逃げた男を追い掛けた。男が逃げていったのは繁華街の大通りとは逆に人気の少ない公園の方。そのおかげで男の返り血などで汚れた麗美も目立つ事は無かった。

 

 鼻歌を歌いながら男の後を追う麗美だったが、火事場の馬鹿力だろうか。男は尋常ではない速度で逃げ切り麗美の追跡から逃れてしまった。

 

 物の見事に逃げられ、麗美は物憂げな顔をする。

 

「……逃げちゃった」

『男のクセに恥ずかしがり屋さんなのね』

「戻って残りの3人を存分に愛してあげようか…………ん?」

 

 元居た場所に戻って残りの3人を存分に愛してやろうかと考えた麗美だが、彼女の耳に訊きなれた耳鳴りのような音が響いた。ミラーモンスターか、それとも仮面ライダーかは知らないが、とにかく久しぶりの戦いだ。嫌でもテンションが上がると言うものだ。

 

 周りを見渡し、近くに公衆トイレを見つけた麗美は洗面台の鏡にカードデッキを向ける。

 

「うふふ、私を愛してくれる人は居るのかな? へん、しん」

 

 ウィドゥに変身した麗美は、鏡に飛び込んでライドシューターで音が聞こえた方に向かう。

 現場と思しき場所に向かうにつれてウィドゥのテンションが上がった。そこでは既に戦闘が行われているのか、何かがぶつかり合う音や銃声のような音が聞こえてくる。

 

 きっとそこでは楽しい楽しいパーティーが開かれている筈だ。ウィドゥはそんな期待を胸にライドシューターを走らせ、交差点を右折した。

 

 その時、別方向からもう一台のライドシューターが現れた。乗っているのは先日見逃さざるを得なかった、あの侍ライダーである。

 

「ッ!! また会えた!」

「ッ!? 貴女はッ!?」

 

 互いに以前であった事のある相手である事に気付くと、ライドシューターから降りて対峙した。

 

「うふふ……久しぶり。私の事、覚えてくれてた?」

「えぇ……以前、仮面ライダーをモンスターに食べさせようとしていましたね」

 

 覚えてくれていたことにウィドゥが身震いする。あの時は惜しくも時間が来てしまった為戦う事が出来なかったが、今度は違う。思う存分戦う事が出来る。

 

「今度は時間もたっぷりある事だし…………心行くまで愛し合お! アヒャ!」

「ストライクベント」

「ッ!」

「ソードベント」

 

 ブラッククローを装着したウィドゥが侍ライダーに飛び掛かる。侍ライダーはそれを召喚した太刀で受け止めた。

 

「あぁん! アタシの愛を受け取ってくれないなんてイケずねぇ! 遠慮せずに受けとって、それで思いっきりアタシ達を愛してよ!」

 

 ウィドゥはそのままインファイトで次々と攻撃を繰り出す。引っ掻き、突き出し、手刀を振り下ろす。

 だが侍ライダーはそれを全て達で防いでしまった。ブラッククローの攻撃特性は攻撃と同時に相手に注入する毒にあるので、この行動は非常に正しい。一発二発ならともかく、立て続けに何発も喰らったら毒が回って動きを鈍らされる。どんな奴が相手でもそうだろうが、彼女の場合は特に一発も喰らわないに越した事は無い。

 

 どれほどそうしていただろうか? 侍ライダーはウィドゥの攻撃を全て太刀一本で防ぎきった。ウィドゥが技巧には優れていないと言うのもあるだろうが、それ以上に侍ライダーの技量が優れていた。

 恐らくは剣道でもやっているのだろう、構えが堂に入っている。

 

 だが足りない技量を、ウィドゥは勢いで補っていた。侍ライダーはウィドゥの攻撃を防げてはいるが反撃に回れていない。

 

 このままでは埒が明かないと考えたのか、侍ライダーが新たなカードを使用した。

 

「ガードベント」

 

 侍ライダーの両肩に肩当の様な盾が装着される。あまり大きくは無く、防げる範囲は狭そうだ。

 

 あんなものでどうするのかと疑問に思いつつ、ウィドゥは再度攻撃を開始した。左のブラッククローで斬り付け、太刀で弾かれたところに右のブラッククローで貫手を放つ。

 

 侍ライダーはそれを待っていた。彼女は左肩の盾をウィドゥの貫手に当てると、なんとそれを盾の上を滑らせることで攻撃を逸らしてしまったのだ。

 

「ッ!!」

「シッ!」

 

 攻撃が逸らされ、ウィドゥの胴体ががら空きになった。それを見逃さず、侍ライダーは太刀を振りぬき無防備なウィドゥの胴体を一閃した。

 

「あがっ!?」

「フッ!」

 

 さらに返す刃で背中を斬り付ける侍ライダー。強烈な斬撃がウィドゥに襲い掛かるが、それは彼女を喜ばせるだけだった。

 

「アヒャヒャ! イイわねぇ! 今のはなかなか良かったわよ!!」

「ッ!? くっ!」

 

 攻撃を受けたとは思えない反応を返すウィドゥに侍ライダーは嫌悪を抱いたのか僅かに動きが鈍る。

 その瞬間、今度はウィドゥが相手の懐に潜り込んだ。しまったと思った時にはもう遅い。

 

「アヒャ!」

「ぐぅっ?! あっ!?」

 

 容赦ないウィドゥの引っ掻き攻撃。毒を伴ったそれをまともに喰らってしまい、毒が回り侍ライダーの動きが鈍くなる。

 

 今までのライダーであればその後はウィドゥの独壇場だったが、このライダーは違った。驚異的な精神力で痛みを堪えると、先程と殆ど変わらぬ攻撃を繰り出した。

 

「うぐっ!? ア、ヒャヒャ!」

 

 二度三度と太刀で斬り付けられるウィドゥ。だがウィドゥはそんな中で一瞬の隙をつき自身の体で太刀を受け止めると、そのまま太刀を抱きしめ動かないようにしてしまった。

 

「あっ!?」

「アンタはアタシの事を思いっきり愛してくれるのね! 嬉しいわ! 今度はアタシ達の愛も受け取って!!」

 

 太刀を抱きしめたまま、ウィドゥは渾身の貫手を侍ライダーに叩き込んだ。マズいと太刀を手放そうとした侍ライダーだったが、その判断は僅かに遅く距離を取るよりも早くにウィドゥの毒の貫手が彼女を襲った。

 

「あぁぁっ!?」

 

 これは流石に効いたのか、侍ライダーは悲鳴を上げながら倒れる。更に彼女にとっては悪い事に、毒が足に回って来たのか上手く立つ事が出来ずにいる。

 

 立てない侍ライダーにウィドゥが近付いていく。彼女を思いっきり愛する為だ。

 

「あ……はぁぁぁ、ん~! この感覚久しぶり! でもまだ足りないなぁ……ねぇ? アンタをもっと愛したらさぁ……私達の事、もっともっと愛してくれる?」

 

 そう言って侍ライダーに飛び掛かるウィドゥ。文字通り飛び上がって侍ライダーに両手のブラッククローを振り下ろそうとする。

 

「くっ!」

「ソードベント」

「あ――――」

 

 その瞬間、侍ライダーがもう一枚あったソードベントを使用した。ウィドゥが飛び掛かるよりも前に侍ライダーの手元に二本目の太刀が召喚される。

 そして彼女はその太刀をウィドゥに向け突き出す。それ以外に何もする必要はない。飛べないウィドゥはそれだけで自分から太刀に向けて突っ込み、自分から刺突を喰らう形になった。

 

「あがぁっ?!」

 

 侍ライダーの突きがウィドゥの薄い胸部アーマーを捉え、彼女を大きく吹き飛ばす。見るとウィドゥの胸部アーマーには大きな切り傷がついている。ギリギリで胸を貫かれる事は免れたようだが、これは彼女にとっても大きなダメージとなったのか立ち上がる事が出来ない。

 

 対して侍ライダーは体力に余裕が出来たのか立ち上がった。まだ少しよろめいているが、それでも状況は確実に逆転していた。

 

「あぁ、あはぁ……うふふふ……痛い、痛いね。愛を感じるよ瑠美」

「アタシも感じてるよ麗美! 久しぶりだね!」

 

 絶体絶命の状況だと言うのに、喜びを露にするウィドゥに侍ライダーは思わず目を背ける。

 だが直ぐに気を取り直すと、トドメを刺そうと言うのか太刀を手にウィドゥに近付いていく。ウィドゥは更なる愛が得られると、両手を広げて侍ライダーを迎え入れた。

 

「さぁ、もっともぉっと私達を愛して」

「痛みが欲しいの! 愛が欲しいの! みんなにアタシ達を愛してほしいの!!」

「貴女は私達を愛してくれるんでしょ?」

「さぁ、キて!」

 

 男を床に誘う娼婦のように侍ライダーを招くウィドゥ。侍ライダーは明らかに異常な精神のウィドゥに対し、嫌悪を抱きながらもトドメを刺そうと近付き太刀を思いっきり振り上げ――――

 

「…………?」

「う、く!? はっ――はっ――!?」

 

 ウィドゥを切り裂く直前で刃が止まった。一体どうしたのかとウィドゥが見る前で、侍ライダーは何かを躊躇するように太刀を突き立てる直前で動きを止めている。

 

 待てども待てども一向に与えられない(痛み)に、ウィドゥは思わず首を傾げる。

 

「どうしたの?」

「アタシ達を愛してくれるんじゃないの?」

 

 問い掛けながらウィドゥは侍ライダーに近付いた。こちらも時間を掛けて体力が回復したのだ。

 

 近付いてくるウィドゥに侍ライダーが太刀を振るうが、それは先程までと違って全く力の乗っていない一撃だった。まるでやる気の感じられない攻撃に、ウィドゥの雰囲気が変わる。

 

「何それ?」

「これじゃ全然感じない」

「もっと愛してよ?」

「アタシを、アタシ達を愛してよ!?」

 

 ウィドゥは侍ライダーに掴み掛ると、彼女を押し倒し両手でその細い首を絞めつけた。

 

「あが、かっ――――!?」

「ほら、痛いでしょ? 苦しいでしょ?」

「アタシ達はこんなにアンタの事を愛してるのよ!?」

「私達が愛してるんだから、貴女も私達の事を愛してよ」

「うぐ、あ……くぁっ?!」

 

 如何にウィドゥのパワーが他のライダーに比べて低いとは言え、首を絞めつけられては堪らない。侍ライダーは両手でウィドゥの手を外そうとし両足をバタバタと暴れさせるが、ウィドゥによる絞首は緩まなかった。

 

 次第に酸素が足りなくなってきたのか、抵抗が弱くなっていく。ウィドゥは怒りと落胆にこのまま彼女を絞め殺そうと更に手に力を込めるが――――

 

「アドベント」

「ッ!?」

 

 いつの間にか侍ライダーがアドベントを使用し、契約している隼の様なモンスターを召喚しその突風でウィドゥを吹き飛ばした。

 

 ウィドゥが吹き飛ばされた先には鏡があり、彼女はそのままミラーワールドから追い出された。

 

「あぅっ!?」

 

 現実世界に戻されると同時に、変身が解ける。麗美が元の姿に戻ると、急いで自分が追い出された鏡に近付くがその向こうには侍ライダーの姿は見当たらない。今の一瞬で自分もミラーワールドから逃げてしまったようだ。

 

 鏡映しになった自分の姿を……瑠美の姿を麗美は見つめ続けた。

 その麗美の目からは、一筋の涙が零れ落ちる。

 

「ねぇ、瑠美……」

『うん、麗美……』

「愛して…………私を愛して」

『愛してあげるよ。だから麗美……アタシを愛して』

「いいよ……瑠美」

 

 麗美は涙を流しながら右手を口に近付けると…………手の甲に思いっきり噛み付いた。一切の容赦ない噛み付きが右手の甲の肉を抉り、血が流れ落ちる。

 同時に前髪が右目を隠し、主導権が瑠美に移った。瑠美は自分に主導権が移ると、右手の甲から口を離し、代わりに今度は左腕に噛み付く。

 

 己の身を己で食う。それは極限まで飢餓が達した時、人体が自らの肉体をエネルギーに変えるオートファジー(自食作用)の様であった。

 

「痛いよ、瑠美」

「痛いよ、麗美」

「愛してるよ、瑠美」

「愛してるよ、麗美」

 

自分で自分の体を傷付け、その痛みで互いへの愛を伝える麗美と瑠美。体を噛み、顔を引っ掻き、口を、体を、自分の血で汚しながらも、その顔には次第に笑みが浮かんでいった。

 

「あぁ、好き! 大好きだよ瑠美!!」

「アタシも麗美が大好き!!」

「もっと愛して! 私を愛して!」

「愛してるよ! だから麗美もアタシを愛するのを止めないで!」

「止めないよ! 瑠美!」

「あぁ、麗美! アタシ嬉しい!」

 

「「うふ! アヒャ! うふヒャアふヒャふふアヒャふヒャ!!」」

 

 誰も居ない夜の街中に、1人の狂った愛を持つ少女の歪な笑い声が響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日程、麗美は学校を休んでいた。

 あの戦いで彼女が感じたフラストレーションは相当だったようで、あの後いくらか落ち着いて自宅へ戻った彼女はそれからも自らの体を傷付け続け、互いに愛し続けたのである。家になら包丁も鋏も、愛を伝える為の道具が何でもあった。

 

 数日の間自分達を愛し続け、漸く落ち着いた麗美は久しぶりに家から出た。一応制服を着てはいるが、学校へ行こうと言う気にはなれない。ある程度落ち着いたとは言え、彼女の欲求は全く満たされてはいないのだ。

 

 こんな昼間から制服を着た女子高生が出歩いているとなれば、警察に見つかれば大目玉だろうが彼女には関係ない。今彼女が抱えている飢えは、その程度の常識で押さえられるほど生易しくは無いのだ。

 

 とは言え特に当てがある訳ではなく、仮面ライダーかせめてモンスターを見つけようと街中をフラフラと彷徨っていた彼女は気付けば聖山駅裏の公園に入っていた。

 平日で時間が時間なので、公園内には誰も居ない…………いや――――

 

 ベンチに少女が1人座っていた。ボサボサの金髪で、体付きは麗美と比べると憐れに思える程貧相な少女だ。

 見た目は貧相だが、しかし少女は麗美の興味を引いた。今までにない位感じるのだ。自分を愛してくれる者の匂いを。

 

『麗美、気付いてる?』

「うん」

『匂うよね?』

「うん」

『今度は期待できるかな?』

「そうだね」

『あぁ、楽しみ!』

「ふふ」

『今度は思う存分愛してくれるよね!』

 

 麗美は少女の前に辿り着くと、ぐるりと少女に笑みを向けた。

 

「うん……そうだね、瑠美。この人はなんだか愛してくれそうな気がする……」

 

 少女を見る麗美だったが、その目が見ているのは少女と言うより少女が持っているカードデッキだった。麗美には分かっていた。少女が仮面ライダーで、カードデッキを隠し持っている事が。

 それは理屈ではない。前述した通り、匂いとも言える感覚で察知していたのだ。

 

 少女の雰囲気と、察知したカードデッキの気配。一見貧相に見える少女から感じる気配は、麗美を期待させるに十分だった。

 

「ねえ、あなたは私のこと……ううん。私達のこと、愛してくれる?」

 

 カードデッキを見せつけながらそう訊ねると、少女は嫌悪を滲ませた顔で拒絶の言葉を口にする。

 

「……意味わかんない。アタシ、そういう趣味ないから。他を当たりな」

 

 少女はカードデッキに特に興味もなさそうな風を装う。が、麗美にそんな演技は通じない。

 

 少女の演技があまりにもおかしくて、麗美は思わず笑いを堪えずにはいられず俯いてしまう。その際に前髪が揺れ動き右目が隠れ、瑠美が表に出てくる。

 

「アヒャ、アヒャヒャ! ねえ! 麗美! この娘しらばっくれてる! ツンデレってやつかな! ツンツンしてるけどちゃんとアタシのこと愛してくれるんでしょ! アヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

 

 物静かな麗美とは正反対な、狂気すら感じさせる笑い声を上げる瑠美に少女は理解が及ばないのか呆気に取られている。

 

 少女が何も言わずに――若しくは言えずに――いると、瑠美が俯き左目を前髪で隠し麗美に主導権を譲る。

 

「そうだよ瑠美。間違いないよ。この人は私達を愛してくれるよ。ふふふ……。だって、感じたでしょ? 久しぶりに。たっぷり私達のこと愛してくれて、愛を返せそうだって」

「そうだね麗美! いっぱい! いっぱい! 愛してもらおう! アヒャヒャ!!」

 

 先日の不完全燃焼の反動か、麗美と瑠美は次々と主導権を譲り合い表に出てくる。

 

「ねえ、早く愛して? 久しぶりにこんなに愛してくれそうな人を見つけて私もうどうにかなりそうなの」

 

 今度はきっとここぞと言うところで寸止めする様な事はしない。きっと心行くまで愛してくれる。

 

「アタシももう我慢出来ないの! ちょうだい! 愛をちょうだい!」

 

 だから愛そう。存分に愛そう。愛して愛して、愛してもらおう。きっと素晴らしい時間が待っている筈だ。

 

 期待に夢を膨らませる前で、少女は逃げる素振りを見せた。麗美/瑠美の危険性を察知したのだろう。

 

 だがその判断は些か遅かった。麗美は少女の姿を見た瞬間、既に網を張っていた。

 そう、ミラーワールドのブラックスキュラに指示を出していたのである。

 

「ダメ、逃がさない」

「ッ!? くそっ!?」

 

 麗美が目配せすると、それを合図にブラックスキュラがオフィスビルから糸を伸ばして少女を絡め捕りミラーワールドに引き摺り込んだ。

 

 それを麗美/瑠美は妖艶な笑みを浮かべながら見つめていた。少女が引き摺り込まれたオフィスビルの窓を熱の籠った目で見つめ、熱い吐息を吐く。

 

 さぁ、今度こそ存分に愛そう。

 

 今度こそ存分に愛されよう。

 

 (アタシ)達が欲しいのはそれだけ。愛し、愛される為に戦う。その為になら、命なんて微塵も惜しくはない。

 

 さぁ行こう。(アタシ)の愛しい人。




という訳で第3話でした。

一応今回でウィドゥ編は終了となります。いや~、今回はちょっと難産でした。何度最初から書き直したことか。

今回描いたのは本編に登場するまでに何があったのか、です。途中登場したチンピラは?-4で瀬那ちゃんと遊ちゃんにボコられた4人組です。戦闘シーンは?-5の裏側ですね。乱戦には参加できなくても、その裏側で戦っていたと言う感じにしました。

それと今回多分一番ショッキングだろうシーンの自傷行動。麗美/瑠美だったら互いへの愛情表現で絶対やるだろうなって思ってたら今回やる事になりました(;^ω^)
本編初登場時がかなり溜まってた感じだったので、その直前までに飢えに飢えてた感じですね。

これにてウィドゥ編は終了し次回からはもう一人の応募ライダー・ファスト編になります。
ただ場合によっては、気が向いた時に本編の裏側を描くことがあるかもしれませんが。

次回の更新もお楽しみに!それでは。


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仮面ライダーファスト編
エピソード ファスト・1:葛藤の始まり


どうも、黒井です。

今回よりもう1人の応募キャラ、川内 未希こと仮面ライダーファスト編が始まります。

前回までのウィドゥ編と打って変わったテイストのストーリーとなります。


 聖山高校にある道場。校舎からは少し離れた位置にあるそこで、1人の道着を着たポニーテールの少女が一心不乱に竹刀を振るっていた。

 もうすでに日は大分傾き、照明を点けていない道場内は夕焼けで濃い影と赤く染まったところがはっきりと分かれている。

 

 そんな中で、夕日に照らされた少女は汗が流れ落ちるのも構わず素振りを続けていた。

 

 もしここに少女以外の誰かが居たら、彼女の様子に違和感を覚えた事だろう。少女の放つその気迫は、まるで殺し合いに臨む剣士の様。間違っても、高校生が身に纏っていい雰囲気ではない。

 

 どれほどそうしていたか、少女は徐に素振りを止め竹刀を下ろすと、息を整えながら近くに置いてあったタオルで汗を拭った。顔中汗まみれで首筋から道着の胸元に汗が流れ落ちているが、疲労以上に彼女の顔には苦悩が浮かんでいた。

 

「ダメだ、こんなんじゃ。これじゃあ、先輩を助けるなんて……」

 

 弱音らしきものを口にする少女は、その思いを振り払うかのように頭を振るとタオルと一緒に置いてあったスポーツドリンクの入ったペットボトルを口にする。素振りで汗を流し火照った体に、清涼感と水分が染み渡り一時だが爽快な気分になる。

 

 その時、少女の耳に耳鳴りのような音が聞こえてきた。

 

「ッ!?」

 

 少女はその音を聞くと、弾かれたように近くの窓ガラスを見ると自分の荷物の中から紺色の平べったい小箱の様な物――カードデッキを取り出しそちらへ向かう。

 

 日が大分沈み、向こう側が暗くなった窓ガラスに僅かな光を反射して少女――川内(かわち) 未希(みき)の姿が浮かび上がる。

 

 未希が鏡面となった窓ガラスに向け両手で持ったカードデッキを向けると、鏡の中の未希の腰に銀色のベルトが巻かれ、更に反転するようにして実像の方の彼女の腰に巻かれた。

 腰にベルトが巻かれると、未希はカードデッキを右手に持ち両腕を肩幅より少し広い程度に広げる。それはまるで刀を鞘から抜いたような動き。

 更に続いて右手はベルトのバックルの左横、左手は指を伸ばして右肩の前に素早く移動させるとある言霊を口にした。

 

「変身!」

 

 掛け声と共にカードデッキをベルトのバックル部分に装填すると、彼女の姿を変化させる。

 

 次の瞬間そこに立っていたのは、鎧武者か侍を彷彿とさせる戦士だった。全体的に紺色を基調とし、頭は隼か何かの鳥の頭の様。胴体は鎧武者の様な胴当てで覆われ、左腕には鷹匠が身に着ける様な籠手の様な物がある。

 腰には前垂れがあり、両足は袴の様な布で覆われている。

 

 そこに居たのは仮面ライダーファスト。未希が変身し、彼女が願いを叶える為の力の具現化した存在がそこに居た。

 

 未希が変身したファストは窓ガラスに飛び込む。ガラスは割れることなく、彼女は鏡で出来たトンネルの中を変わった形のバイクの様な乗り物・ライドシューターに乗って移動する。

 

 その道中で、彼女はこれまでの自分を振り返っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女、未希がその出会いをしたのは本当に偶然だった。

 

 未希はそもそも、剣道場の娘として生まれた。物心ついた時には竹刀を握り、父や祖父から剣道の手解きを受けてきていた。子供の頃から厳しく育てられてきた影響からか、気真面目で控えめ、且つストイックな性格に育った。

 

 そんな彼女が聖山高校に入学して少し経ち、勉学と剣道部の部活動に精を出していた頃、友人に半ば無理やり「たまには屋上で」と昼食に誘われた。教室か食堂以外で昼食を摂るなど、行儀が悪いと思わずにはいられなかったがさりとて友人を蔑ろにする訳にもいかなかったので彼女は渋々と言った様子で友人と共に弁当を手に屋上へと向かった。

 弁当を食べ終え、食後のお喋りを何だかんだで楽しみそろそろ教室に戻ろうと屋上から出て美術室の前を通り掛かった未希は、そこで扉の隙間から見えた美術室の中で1人の男子生徒が昼休みであるにも拘らず一枚の絵を描いているのを目にした。

 

 最初、昼休みを返上してまで絵を描くなんて、余程絵を描くのが好きなのかとあまり気にしていなかった彼女だがその際に目に入った描き途中の絵に強く引き込まれた。

 魂が籠っているとでも言えばいいのか。絵は美術室の窓から見える景色を描いたものなのだが、ただの絵である筈なのに感じる熱が尋常ではなかった。

 描き途中でこれなのだから、完成したら一体どうなるのか? 彼女がそんな期待に胸を膨らませるのはそう難しい事ではなかった。

 

 その時は友人が肩を揺すった事で我に返った未希。彼女はそれから昼休みなどに僅かな時間を見つけては、美術室に赴き少しだけ開けられたドアの隙間(どうも換気の為に何時も開けてあるらしい)から男子生徒が絵を描く様子を見守っていた。

 

 そしてその絵の完成品を見る事になる。完成した絵はコンクールに出され見事優勝。後日その絵は優勝作品と言う事で校舎の一画に飾られる事になった。

 

「ぅわ…………ぁぁ――――!」

 

 見た瞬間、未希は一瞬でその絵の虜になった。正確にはその絵に込められた魂の、だ。

 独特な色使い。有名なピカソか何かみたいに見方によってはドギツイ色使いとは違う、それでも普通に写真で撮るのとも違う、絵画だからこそできる表現。描いた者がその光景をどのように捉え、それを寸分違わず絵として表現出来た証拠だ。

 未希は正直芸術に関してはあんまり詳しくはないが、それでもこの絵が見る者の魂を震わせるほどの素晴らしい出来である事は理解出来た。

 

「この絵、気に入ってくれた?」

「え、あ!」

 

 息をするのも忘れるくらいその絵に見惚れていると、突然横から声を掛けられる。

 弾かれるように声の方を見ると、そこには――後ろ姿しか見た事はないが――毎度美術室でこの絵を描いていた、男子生徒がそこに居た。

 

 突然男子生徒に声を掛けられ、異性に慣れていない未希は何と答えたらいいか分からずとりあえず頭を下げた。

 そんな彼女に柔らかな笑みを向けながら、男子生徒は驚く事を口にした。

 

「君、よく昼休みとかに僕がこの絵を描いてるのを見てたよね? もしかして完成を楽しみにしてくれてた?」

 

 まさか気付かれていたとは思ってもみず、未希は顔を真っ赤にして固まってしまった。恐らくは、窓ガラスか何かに彼女の姿が反射して映り込んでいたのだろう。

 己の迂闊さに恥ずかしくなり、同時に覗き見などと言う真似をして彼の集中を乱してしまっただろうことを思い申し訳なくなった。

 

「えと、その……はい」

「そっか。ありがと」

 

 何とか絞り出した言葉に、男子生徒からは屈託のない笑みと感謝を返され、いよいよ未希の頭は一杯一杯になった。ただでさえ男子と話すのは得意ではないのだ。この上自分が虜になった絵とその作者に挟まれたりしたら、緊張と興奮で言葉なんて出てこない。

 

「あ、その……し、失礼します!?」

 

 未希は強引に会話を切ると、男子生徒からの返答も聞かずその場を立ち去った。

 後になってから冷静に考えれば、少し失礼だったかもしれない。せめてもう少し感想の一つでも言っておいた方が良かったに決まっている。

 

 だが収穫はあった。あんな状況でも、絵の紹介文に書かれていた彼の名前だけはしっかり覚えることが出来たのだから。

 

 あの絵を描いた男子生徒の名前は、三枝(さえぐさ) 正樹(まさき)

 これが未希と彼との最初の出会いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからと言うもの、未希は毎日の様に朝早くから道場に向かうと、素振りを始めとした鍛錬に勤しんだ。

 只管に竹刀を振るい、型を繰り返し、自身を高める事に全神経を集中した。そうしないと自分が腑抜けてしまいそうだったのだ。

 

 もう何日も経つのに、未だにあの絵と彼の笑顔が忘れられない。気付けば足はあの絵が飾られている場所に向かってしまいそうになる。

 

 未希はその行動の根幹にあるのが恋心である事に気付いていたが、男子生徒と話すなど出来なかったし何より色恋に現を抜かしている場合ではない。高校に進学してから初の剣道の大会が控えている。今は精進しなくては。

 雑念を振り払うべく未希は毎日自分を追い込んでいたのだが、その気分が晴れる事は一向に無かった。

 

 これは自分が未熟な証と、未希は更に自身を律する為に朝は早くから、放課後は遅くまで道場に残り竹刀を振るい続けていた。

 そんな日々を送ってどれほど経っただろう。

 

 ある日、いつもの様に放課後他の生徒が居なくなった後も時間の許す限り1人鍛錬に勤しんでいた未希。流石にそろそろ帰らないとマズいかと、鍛錬を切り上げ帰ろうかとした時――――

 

「お疲れ様」

「ひゃっ!?」

 

 突然頬によく冷えたスポーツドリンクの入ったペットボトルを当てられ、冷たさと人が居るとは思っていなかったことに驚き思わずその場で飛び上がった。

 だが彼女が本当に驚いたのはその直後、ペットボトルを頬に当てた相手が誰かを確認した時だった。

 

「え!? さ、三枝、先輩――――!?」

 

 そこに居たのは未希の意中の人こと、三枝 正樹その人だったのだ。彼はペットボトルを手に、初めて顔を合わせた時と同じ柔らかな笑みを未希に向けていた。

 

「い、いつの間にここに――――?」

「ゴメンね。実はちょっと前から来てはいたんだ。余りにも真剣だったから、声を掛けられなくて」

 

 未希は全く気付かなかった己を恥じた。正樹の方はちょくちょく覗いていた未希に気付いていたのに、彼女の方は彼が見ている事に――それも覗き見るとかではなく道場に入って堂々と――気付けなかったのだ。情けないにも程がある。

 

 恥ずかしさと情けなさ、何より意中であり異性でもある正樹を前にして、未希は何も言う事が出来ずにいた。黙り込む彼女を見て、正樹はペットボトルを渡しながら口を開いた。

 

「実はね…………悪いとは思ってたんだけど、前々から来てはいたんだよね」

「えっ?」

「いやほら、この間は絵の感想とかもらえなかったから、何か一言欲しいなって思って。それで何とか君を探して、話を聞こうと思ってたんだけど……」

 

 そこまで言って、今度は正樹が黙り込む。夕日に照らされて分かり辛いが、その顔は赤く色付いていた。

 

「その……見惚れちゃってさ。君の真剣な姿に。一心不乱に雑念を払って竹刀を振るってる君の姿が、純粋に綺麗だと思ったらなかなか声を掛けられなくてね」

「え、あ……え……」

 

 未希はこれ以上ない位顔を真っ赤にした。雑念を払おうとひたむきに竹刀を振るっていたあの姿を、純粋に綺麗だなどと言われるとは思ってもみなかったのだ。同時に頑張る姿を世辞やおべっかでもなく褒められて、堪らなく嬉しくなる。

 

 顔を赤くして俯く未希を見て、正樹は咳払いを一つすると意を決したかのように言葉を紡いだ。

 

「それで、その…………んん! 川内 未希さん!」

「は、はい!!」

「僕と……付き合ってください!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、未希は心臓が止まったような錯覚に陥った。誰がどう聞いてもこれは愛の告白。恋人として付き合ってほしいと言う宣言を、意中の相手からしてもらえたのだ。

 

「僕の絵に惹かれてくれた感性、ひたむきに頑張るストイックさに僕は惹かれた。竹刀を振るってる時の姿もきれいだと思った。僕は真剣に君を好きになったんだ。だから――――」

「ま、待ってください!?」

 

 矢継ぎ早に告げられる言葉に、堪らず未希は制止の声を上げた。あれ以上自分を持ち上げられては、恥ずかしさのあまり頭がパンクしてしまう。

 

 一方の正樹はと言うと、言葉を遮られた事に未希が気分を害したかと勘違いして申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「ゴメン。流石にいきなり過ぎたね。とにかく僕の気持ちは伝えたから…………もし答えが決まったら、その時は教えて欲しい。それじゃ……」

 

 落ち着きを取り戻し、道場から立ち去ろうとする正樹。

 

 去り行く彼の後ろ姿に、未希は束の間逡巡した。が、直ぐに答えは出た。

 

――ここで答えを言わなかったら、きっと先延ばしにして答えるなんてできない!――

 

 思えば大会を理由に、色恋に現を抜かしている暇はないと正樹と接点を持とうとしなかったのも一種の逃避だ。満足に告白も出来ず、出来たとしても断られるのが怖いから剣道に逃げていたにすぎない。

 

 そんなのは、二重の意味で嫌だった。意を決して告白してくれた正樹の勇気を自分の臆病な心で踏み躙るのも、子供の頃から共にあった剣道を逃避の理由にするのも。

 

 気付けば未希は、道場から出ようとする正樹に後ろから抱き着いていた。

 

「待ってください!!」

「ッ!?」

 

 突然抱き着いたことで正樹が少しよろけるが、未希は構わず彼に自分の気持ちを伝えた。

 

「その……私、芸術とか全然分からないんで、先輩のお話について行けるか、分かりません。それに、子供の頃から剣道をやっている関係で、腕っぷしは強い方ですから、女としては可愛げがないかもしれません。それでも…………」

 

 思わず最後の一言を告げる事を躊躇する未希。向こうからの告白に答えるだけなのだから恐れる事は何もないと、頭では分かっているのだがそれでも口に出すのは恥ずかしい。こうして後ろから抱き着いて彼に真っ赤になった顔を見られないようにしておかなければ、満足に言葉を返す事も出来なかっただろう。

 

「それでも……こんな私で良ければ…………よろしく、お願いします」

 

 最後の方は尻すぼみになって殆ど声が出ていなかった気がするが、それでも何とか答えは返せた。

 

 答えを返すと、少し心に余裕が出来て抱き着くのを止めることが出来た。正樹の背中からそっと離れ、そこで漸く汗まみれの体で彼に抱き着いてしまった事に気付き申し訳なくなる。

 

「あっ!? ご、ごめんなさい!? 私ったら、汗だくのまま先輩に――――」

 

 いきなりやらかしてしまった事に顔を青くする未希だったが、正樹は振り返ると最初に出会った時と同じ柔らかな笑みを浮かべながら彼女の手を取った。

 

「……ありがとう。こちらこそ、よろしく」

「あ…………は、はい――――!」

 

 こうして未希と正樹は正式に付き合う事となった。

 

 ただし、未希の希望でこの事に関しては周りに出来るだけ知られないようにする事となる。流石に友人達に恋人が出来たと知られ、その事で揶揄われでもしたら恥ずかしくて死んでしまう。

 正樹も彼女の性格はそれなりに理解したのか、彼女の希望に応える事を約束してくれた。

 

 それからと言うもの、未希はこれまでの人生の絶頂にあった。

 正樹は未希に合わせて、朝は早くから放課後は遅くまで学校に残り、登下校を彼女と共にすることが出来るようにしていた。日中校舎内では普通の先輩後輩としてしか接することが出来ない2人にとって、他人の邪魔が入らないこの登下校は貴重な2人だけの時間となった。

 

 勿論デートもした。あまり学友達が向かうようなところだと露見する危険があったので、そう言ったのとは外れた所が多かったがそれでもそれは2人は十分に楽しめた。

 

 それだけではない。彼と付き合う様になってから、未希は剣道の腕をメキメキと上達させた。付き合う前は色恋にかまけて鍛錬を怠り腕が鈍るのではと危惧もしていたが、実際に付き合い始めると彼に相応しい女性になろうと言う想いが強くなり今まで以上に鍛錬に身が入った。彼に少しでもいいところを見せようと気合を入れて鍛錬に臨んだ結果、高校最初の剣道の大会で見事優勝を勝ち取ることが出来るまでになっていた。

 その試合は当然正樹も観戦しており、彼の密かな応援も手伝ってかその大会で未希は破竹の勢いで勝ち進み優勝を果たしたのだ。

 

 この頃の未希にとって、世界はとても光り輝いたものとなっていた。

 そんな時、未希が二年に進学したある日、彼女は正樹からある願いを受けた。

 

「未希、その……絵のモデルをやってもらえないかな?」

 

 それはある日の放課後、未希が放課後の鍛錬を終え正樹と共に下校する間際の事だ。

 突然正樹からその様な願いを受けて、未希は少し困惑した。

 

「モデルって……私がですか!?」

「うん、そう。あ、言っておくけど、大会の為とかじゃないよ? 僕が個人的に、君をモデルに絵を描きたいんだ」

「それは……何故?」

 

 突然モデルになってほしいと言われたら、流石の未希でも動揺せずにはいられない。当然の質問をする彼女に、彼は少しはにかみながら答えた。

 

「僕なりの、愛の形……かな? 僕が今持てる全力で未希を描いて、僕の愛を表現したいんだ。…………だめ、かな?」

 

 頬を赤く染めながら正樹は訊ねるが、未希にそれに答える余裕は無かった。ここまでドストレートに愛だなんだと言われて冷静でいられるほど、彼女は恋愛慣れしていない。嬉しいやら恥ずかしいやらで、よく熟れた真夏のトマト並みに顔真っ赤だ。

 

 だがここで答えないのは不誠実に当たる。未希は嬉しさと恥ずかしさで熱暴走を起こしそうになっている頭を根性で冷やし、言語機能を確保すると正樹からの提案に笑顔で答えた。

 

「わ、私で良ければ……ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!」

 

 未希が絵のモデルを快諾し、その週の週末には早速彼女をモデルとした肖像画の制作が始まった。

 

 制作は未希の家の空き部屋で行われる事となった。何でも昔、住み込みで鍛錬に明け暮れる門下生の為に用意されていた部屋が今は幾つか余っているらしいのだ。学友たちにバレないように絵を描くにはちょうどいい。

 

 静かな部屋の中で、向かい合う形で椅子に座る未希と正樹。正樹は真剣な表情でキャンバスに向かい、鉛筆で下書きをし、絵の具を塗っていく。

 未希は彼が描きやすいようにと、呼吸も抑えて可能な限り動かないようにしていた。動かないようにするあまり、肩に余分な力が入る位だ。

 

 そんな彼女に対し、正樹は何度も柔らかな笑みを向けた。彼女の緊張を解す為だ。絵と彼女を見比べる為彼は何度もキャンバスから顔を出し、その度に2人は目が合い正樹は未希に微笑みかけた。

 それを繰り返されていくと、未希の方も段々と肩の力が抜け、次第に彼がキャンバスから顔を覗かせた時に微笑みを返す事が出来るようになった。

 

 それなりに大きいキャンバスに描くという事で、完成までにはそこそこの時間を要した。毎週末に正樹は未希の家を訪れ、未希は彼を家に上げる日を毎週楽しみにしていた。

 

「未希ってさ、最近矢鱈綺麗になったよね?」

 

 未希が友人からこんな事を言われたのは、その最中の事である。

 正樹による未希の肖像画制作が始まってから幾日か経ったある日、何時もの様に友人とお昼を共にしていた時言われたのだ。

 

 突然こんな事を言われ、未希は思わずキョトンとした顔になった。

 

「何ですか、藪から棒に?」

「いやそのまんまだよ。ちょっと前から気にはなっていたけど、ここの所前にも増して綺麗になったって思うよ?」

「あ! それ私も思った! 未希ちゃん最近すっごく綺麗になったよね?」

 

 2人の友人から立て続けに綺麗になったと言われ、未希は照れ臭くなり頬を赤く染めながら咳払いを一つした。

 

「んん! 別に、私も女の嗜みとして少しはお洒落に気を遣うようになっただけです。別段おかしな事は無いでしょう」

「いやいや、それだけじゃないと見たね」

「もしかして未希ちゃん……恋しちゃってるとか?」

「甘い。アタシはその一歩先、既に付き合ってる男が居ると見た」

「うっそ!? 未希ちゃんそれホント!? 誰? 誰と付き合ってるの!?」

 

 女子の好きなコイバナとなり、友人2人が未希に詰め寄る。

 

 この時は未希も大分焦った。まさかこんな思わぬところから正樹との関係が明らかになるかもしれなかったのだから。

 

 そんなことがありながらも、正樹による未希の肖像画は完成まであと僅かと言うところまで来た。残すは上半身の左下、胸と腕の一部を塗り終えれば完成だ。

 

 完成直前の自分の肖像画を前にして、未希は色々な思いが溢れそうになった。恋焦がれた正樹と付き合う事になり、彼に恋心を抱くきっかけとなった彼の絵のモデルに自分がなっている。それを思うと未希は、心が温かい気持ちで一杯になるのを感じた。

 この時未希は間違いなく人生の絶頂に居ただろう。

 

 だが…………彼女の幸せな時間は唐突に終わりを告げた。

 

 何時もの通り、正樹を玄関まで見送り彼の姿が見えなくなるまで手を振った未希。

 彼の姿が見えなくなり、例の部屋に置かれている自分の肖像画を思い浮かべ、それが完成した時の事に想いを馳せた。

 

――あれが完成したら……絶対、先輩に伝えよう!――

 

 このままただの恋人で終わりたくはない。彼と人生を共にしたい。肖像画が完成したら彼に自分の想いを正直に告げる事を、未希は密かに決意していた。

 彼がそこまで考えてくれるかは分からない。自分達にはまだ早い決断かもしれない。だが彼女は本気だった。正樹となら人生を共にできる。そう信じていた。

 

 決意を新たに、見えなくなった正樹の姿を想いながら玄関の門を閉じようとする未希。

 

 その彼女の耳に、車のブレーキ音と何かがぶつかる派手な音が立て続けに聞こえてきた。正樹が帰っていった方角からだ。

 

 瞬間、未希は盛大に嫌な予感を感じた。

 

「先輩――――!?」

 

 未希は正樹が帰っていった方に向け走り出す。自分の嫌な予感が気の所為である事を信じて。

 

 だが現実は残酷だった。彼女が走っていった先には、変な所で停車した車とその傍に倒れている正樹の姿があったのだ。

 

「先輩ッ!?」

 

 未希は脇目も振らず正樹に駆け寄り、彼に呼びかけながらその体に触れた。彼の周りには血が広がっており、未希からの呼び掛けに応じない。

 

「先輩ッ!? 先輩しっかりしてくださいッ!? 先輩ッ!?」

 

 未希が必死に正樹に声を掛ける。頭の何処かが冷静だったのか、無理矢理揺さぶると言う真似はしなかったがそれでも彼女の頭はパニックを起こし救急車を呼ぶと言う発想が浮かばなかった。

 

 しかし現場の近くに居た誰かが呼んでくれたのだろう。数分程で救急車が到着し、彼女は正樹と共に近くの病院へと向かった。

 

 そのまま行われる緊急手術。結果、彼は何とか一命はとりとめた。

 

 だが――――――

 

「結論から言います。恐らく彼は二度と目覚める事は無いでしょう」

 

 医者が言うには、致命傷こそ避けたが脳に損傷を受けており目覚める可能性は限りなく低いと言うのだ。

 手術の最中に駆け付けた正樹の両親と共に診断結果を聞き、未希は目の前が真っ暗になるのを感じた。

 

 それから先の事は、彼女は覚えていない。ただ気が付いたら家に帰り、完成間近の肖像画が置かれた部屋で1人涙を流していた。

 

「先輩……こんな…………う、うぅ!?…………あぁっ!?」

 

 もう二度と彼の笑顔が見れない。この絵が完成する事も絶対にない。そう思うと、涙が溢れて止まらなかった。少し前まで感じていた温かさなど何処にもない。

 今の彼女の心を占めているのは、指先の感覚が無くなりそうなほどに冷たい悲しみだけであった。

 

 どれほど涙を流していただろう。もう涙も枯れ、ただただ心を悲しみが覆うだけとなった。

 

「もしも~し!」

 

 不意に、聞きなれない少女の声が聞こえたような気がした。だが生きる気力を失い放心状態となった未希は全く意にも介さない。

 

「ちょっとそこのお姉さん! 無視しないでくださいよ! 良い話があるんですって!」

 

 また聞こえた。それもハッキリとだ。流石にここまでハッキリ聞こえてくると、気にならない訳も無く声がした方を泣き腫らして充血した目で見た。

 

 声のした方にあったのはごく普通の窓ガラス。明かりを点けていない部屋において、僅かな街灯の光を取り込むその窓は妙な輝きを放っていた。

 

 その窓ガラスの中に、少女が居た。正確には窓ガラスに反射した室内に少女が居るのだ。

 

「え――――?」

 

 未希は窓を開けて外を見て、再び閉めてガラスに少女の姿を確認すると今度は室内に目を向けた。どちらにも少女の姿どころか自分以外の人間の姿は欠片も見当たらない。

 

 悲しみのあまり未希は自分の頭がおかしくなったのかと錯覚した。こんなにも身が引き裂かれそうな悲しみなのだ。頭がおかしくなっても仕方が無いと思った。

 

「いえいえ、お姉さんは何処もおかしくなってはいませんよ。落ち着いて、私の話を聞いてはもらえませんか?」

 

 ガラスの中に映る少女はそう話し掛けてきた。流石にここまで来ると未希もこれを幻覚や幻聴で済ませる事が出来なくなった。意識がハッキリとしてきて、目の前の異常事態に驚愕せざるを得なくなる。

 

「え、あ……え? い、一体…………」

「まぁまぁまぁ、落ち着いて! コホン! 改めまして自己紹介を。私の名はアリス! 悲しみに打ちひしがれる貴女に救いの手を差し伸べに来た天使の様なものですよ!」

 

 天真爛漫を絵に描いた様な雰囲気でウィンクしながら告げる少女、アリス。彼女の姿に未希は友人の1人を思い浮かべた。

 

「……救い?」

「はい、そうです! 今、貴女はとても強い願いを持っていますね? 恋人を助けたいという願いです。違いますか?」

「な、何でそれを――――!?」

「私は何でもお見通しなのです! そして! 私には貴女の願いを叶える手段を与える事が出来ます!」

 

 アリスの言葉に、未希は一筋の希望の光を見出した。絶望に染まった未希の心に、正樹を助ける事が出来ると言う言葉はこれ以上ない甘美な響きを持っていたのだ。

 

 未希が強く興味を持ったのを見て、アリスは紺色のカードデッキを取り出した。

 

「これを使えば、貴女の恋人を助ける事が出来るかもしれません」

「それは?」

「このカードデッキこそ、貴女の願いを叶えてくれる魔法のアイテム! これを手に取り、見事他のライダーとの戦いに勝ち残る事が出来れば貴女は晴れて恋人との甘い生活を取り戻す事が出来るのです!」

 

 正樹との日常を再び取り戻せる。その言葉に未希は一瞬手を伸ばしそうになったが、彼女の心の中にある冷静な部分が無視する訳にはいかない言葉を聞き逃さなかった。

 

「戦い? 勝ち残る? どう言う事ですか?」

「簡単な話です。貴女以外にも願いを持った人、仮面ライダーが居るのです。願いを叶える事が出来るのは、彼女達との戦いに勝ち残れた1人だけと言う話です」

 

 それを聞いて未希は伸ばしかけた手を引っ込めた。アリスの話を信じるなら、早い話が他人を蹴落として正樹を助けるという事だ。

 彼がそれを望むとは到底思えない。

 

「で、できませんそんな事!? 幾ら先輩を助ける為とは言え、他の誰かを犠牲にするなんて……」

「じゃあ、このまま恋人が目覚めない寒くて乾いた人生を送りますか? 私は別に構いませんが、貴女はそれに耐えられるんですか?」

「ッ!?!?」

 

 アリスの言葉に、未希は想像力を掻き立てられた。

 

 もしこのままアリスの提案を蹴って、正樹が目覚めない人生を送たらどうなるか。

 目覚めぬ彼を待ち続け、ともすれば明日には彼が息を引き取っているかもしれないと言う恐怖。完成する事の無い肖像画を毎日眺める日々。希望の見えない未来を思い浮かべ、未希の心が急激に冷えた。体は震え、目尻に再び涙が浮かび上がる。

 

 不安と絶望に恐怖し振るえる未希に、アリスが優しく話し掛けた。

 

「大丈夫ですよ。きっと貴女の恋人も、貴女と再び笑い合える日を望んでいます。それに、知られなければ結局は一緒じゃないですか」

 

 「違いますか?」と首を傾げるアリス。

 それは正しく、甘美な響きを持った悪魔の囁きだった。未希の体は、その甘い囁きに吸い寄せられるようにカードデッキに手を伸ばした。頭の中の冷静な部分が駄目だと叫んでいるが、未希の体は止まらない。

 

 そして未希は、遂にカードデッキを手に取ってしまった。アリスの顔が、先程とは違う悪意を孕んだ笑みに歪む。

 

「おめでとうございます! これで貴女も晴れて願いを叶える権利を得ました! さ、早速変身してください。ミラーワールドに入り、貴女と契約するモンスターの元へとご案内します!」

 

 未希はゆっくりと頷くと、アリスに教えられたとおりにカードデッキをガラスに翳してベルトを装着し、カードデッキを装填してブランク体のライダーに変身。

 そのままアリスに手を引かれ、ミラーワールドへと入っていってしまった。

 

 それは新たなライダーの誕生の瞬間であると同時に、1人の少女の葛藤と苦悩の始まりでもあった。




と言う訳でファスト編の1話となります。

麗美/瑠美が頭狂ったキャラなのに対し、未希は徹底して願いと良心の板挟みにあうキャラとなっています。

今回は名無しのモブとして登場した未希の友人2人ですが、次回には名前が明らかとなりますのでお待ちください。

次回の更新もお楽しみに!それでは。


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エピソード ファスト・2:葛藤に悩む

どうも、黒井です。

今回はファスト編第2話。主に未希の苦悩と彼女の交友関係が目玉のお話になります。前回チラリと登場した、未希の友人の名前などが判明します。


 アリスに連れられてミラーワールドへ入った未希。

 気付けばアリスの姿はなく、代わりに彼女を出迎えたのは顔に大きく鋭い牙を持った蜘蛛が人型になったようなモンスター・ミスパイダーだった。

 

「さぁ! 早くモンスターと契約して、仮面ライダーとして本格デビューと行きましょう!」

 

 何処からかアリスの声が聞こえてくる。姿は見えなくとも未希の事は見ているようだ。

 ここに来るまでの道中で基本的な事は一通り教わっている。どうすれば契約できるのかも。そして契約しなければ、仮面ライダーは本来の力を発揮できず野良のモンスターにさえ負けてしまうのだと言う事も承知している。

 

 だが――――

 

【SWORD VENT】

「えっ?」

 

 未希は何の意匠も施されていないシンプルな左腕のバイザーにソードベントをベントインし、太刀を召喚してミスパイダーに向け構えた。その行動にアリスも困惑の声を上げる。

 

「ちょっとちょっと、未希さん? 貴女一体何してるんですか?」

 

 訳が分からないとアリスが訊ねると、未希はミスパイダーを見据えながら答えた。

 

「……蜘蛛は嫌いです」

「えぇ……」

 

 命の危機が間近に迫っていると言うのに、好き嫌いで契約するモンスターを選ぶのかとアリスが呆れた声を上げる。

 

 しかしこれは半分建前である。確かに未希は蜘蛛が嫌いだが、それとは別に所謂素の状態でどこまでやれるのかを測っておきたかったのだ。

 

「行きます!」

 

 太刀を正眼に構え、すり足で近付く未希。ミスパイダーは、粗末な剣を構える未希を見て両手の爪で切り裂こうと突撃してくる。

 未希はそれを迎え撃とうとし――――――

 

 次の瞬間、上空から猛スピードで何かが飛来した。飛来したそれは高速でミスパイダーに体当たりしすぐさま急上昇。体当たりされたミスパイダーは大きく吹き飛ばされ、壁に激突してそのまま爆散した。

 

「ッ!? 今のは――――?」

 

 何が起きたのかと周囲を警戒する未希。その彼女の前で、倒されたミスパイダーの魂が空へと昇っていく。

 

 それを上空で捕食する飛翔体。未希が目を凝らすと、それは巨大な隼のようなモンスターであった。一般的な隼は片腕に軽々と乗せられる程度の大きさだが、そのモンスターは人間が片腕に乗せるどころか、人間1人程度なら軽々乗せられそうなほどの大きさだ。

 

 人型の蜘蛛と言うモンスターにも驚かされたが、他人を乗せられそうなほど大きい隼にも未希は驚かされた。

 

 その隼が、上空から未希の事を見た。その目は明らかに獲物を狙う目だ。奴は次のターゲットを彼女に定めた。

 

 一気に上空から迫り、両足の鉤爪で未希を切り裂こうと迫る隼――マッハファルコ。

 

 未希は迫るそいつに向けて、カードデッキから取り出したカード【CONTRACT】を翳した。

 

 マッハファルコの鉤爪が未希を切り裂く寸前、彼女とモンスターが光に包まれる。

 そして光が収まった時、そこには灰色で何処か頼りない見た目のブランク体のライダーの姿はなく、隼の頭部を模した仮面と鎧武者の様な鎧を身に纏った紺色のライダー……仮面ライダーファストの姿がそこにあった。

 

「これで――――!」

 

 力を手にし、決意を新たにする未希。

 

 次の瞬間、彼女は背筋に悪寒が走るのを感じ咄嗟にその場から飛び退いた。直後に彼女が居た場所に振り下ろされる、大きく鋭い脚。

 

「また蜘蛛!?」

 

 しかもそいつは先程の奴と違い、純粋に蜘蛛を化け物にしたような大きさの奴だった。人間など丸呑みに出来そうなほどの大きさの蜘蛛・ディスパイダーは牙を鳴らしながらファストに迫る。

 

 これが先程までのブランク体だったら手も足も出なかっただろう。だが今は違う。

 

【SWORD VENT】

 

 未希は先程と同じくソードベントを使用した。今度召喚されてきたのは飾り気のない太刀ではなく、マッハファルコの翼を模した鋭い刃の太刀だった。見ただけで分かる切れ味に、ファストは頼もしさを感じる。

 

 そのファストに向けディスパイダーは足を振り下ろす。コンクリートを抉るほどの一撃だ、直撃すればただでは済まない。

 

 だがファストはその一撃を、手にした太刀・マッハセイバーで難無く切り払うとお返しとばかりにディスパイダーの脚の関節部に向けて太刀を一閃させる。すると彼女の一撃は鋭い切れ味でディスパイダーの脚の一部を切断してみせた。

 

 まさかの反撃に驚くディスパイダー。ファストはその隙にもう片方の前脚を同じように関節部で切断し、更にディスパイダーの右側に回り込んで片側の脚を片っ端から切断していった。

 

 右側の脚を次々と切断され、ディスパイダーはバランスを崩し倒れ込む。

 動けなくなったディスパイダーに対し、ファストは後ろに跳んで距離を離すとマッハセイバーを地面に突き立て左腕の籠手の手首の部分を上にスライドさせる。現れたカード挿入口に新たに引いたカードを装填し、上にスライドさせた籠手の手首を元に戻した。

 

【FINAL VENT】

「フッ!」

 

 ファイナルベントをベントインし、マッハセイバーを胴薙ぎの体勢で構えて突撃するファスト。その後ろにマッハファルコが舞い降りると、翼で突風を巻き起こしてファストをディスパイダーに向けて吹き飛ばした。

 吹き飛ばされたファストはそのまま風に乗ってディスパイダーに猛スピードで突撃しあっという間に接近した。

 

 そしてディスパイダーとのすれ違いざまに、その体を手にした太刀で切り裂いた。

 

「ハァッ!!」

 

 ファストが太刀を一閃しディスパイダーの横を通過し地面に降り立つ。ディスパイダーは一刀両断され、ファストが過ぎ去った二秒後に横一文字に線が入り崩れ落ちると同時に爆散した。

 ディスパイダーの爆発後から魂が浮かび上がると、マッハファルコはそれを取り込み捕食した。

 

 こうして彼女は初めての仮面ライダーへの変身、そしてモンスターとの戦いを経験する事が出来た。まだ野良のモンスターしか相手にしていないが、それでも戦い方、力の使い方は理解できた。まだ不慣れと言うか、仮面ライダーとしての力に引っ張られている感は否めないがそれでも感覚としてはまずまずと言ったところだった。

 今後実戦を繰り返し経験していけば、仮面ライダーとしての力を文字通り手足の様に扱う事が出来るだろう。

 

 だと言うのに、彼女の纏う雰囲気に明るい色は見られなかった。彼女はただ、今し方一つの命を奪った自らの手を黙って見降ろすだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日経ち、未希は仮面ライダーの力を完璧に物にしていた。野良のモンスターを相手に何度も変身して戦い、生身の時との感覚の違い、所持しているカードの把握、契約モンスターであるマッハファルコとの連携など、来るべき他の仮面ライダーとの戦いに向けて備えていた。

 幸か不幸か、この数日の間に未希は他の仮面ライダーと遭遇する事は無かった。お陰でこうして備える事が出来ていたのだが、こうまで他のライダーと遭遇しないでいると逆に不安になってくる。

 

 気付けば戦いが終わっているのではないか? 若しくは実は既に自分は他のライダーに存在が知られており、隙を晒すのを待っているのではないか?

 

 そう思うと居ても立ってもいられず、神経を無駄に尖らせてしまう。教室でも絶えずピリピリとした雰囲気を纏っており、ただ席についているだけなのにもかかわらず近寄り難い状態だった。

 

 そんな彼女は現在、教室を出てトイレに居た。別に用を足したくなった訳ではない。神経を張り過ぎて熱くなった頭を冷やす為に顔を洗おうと思ったのだ。

 尤も、単純に教室が今の彼女には異様に居辛くなったと言うのも理由の一つではあるが。

 

 誰も居ないトイレの洗面台で、乱暴に顔に水を掛けて顔を洗う。一頻り顔を洗い、顔を上げ濡れた自分の顔を見る。

 

…………酷い顔だ。未希は自分でそう思ってしまった。こんな顔を正樹に見せる事など出来ない。

 

「……はぁ」

 

 未だ目覚めぬ正樹、そして来る戦いの事を考え、思わず未希の口から重い溜め息が零れる。

 

「暗~い顔してんねぇ、未希?」

「そんな顔、未希ちゃんには似合わないよ~! ほら、スマイルスマイル!」

 

 突然鏡の中の自分の左右の方から見知った顔が姿を現し、未希は驚き後ろを振り返った。

 

「た、大河さん!? 那美ちゃん!?」

 

 顔を出した2人の友人の内、制服を着崩しセミロングの黒髪をツーサイドアップにした方の少女は月夜野(つきよの) 大河(たいが)。もう片方のウェーブの掛かった茶髪の少女は真中(まなか) 那美(なみ)

 2人とも、未希が聖山高校に入学してから少しして出来た、一年生の頃からの友人である。

 

「ど、どうしてここに?」

「どうしてって、そんなの未希を心配してに決まってんじゃん」

「そうそう! ついこの間まで未希ちゃんすっごく可愛かったのに、最近変だよ? 何かあった?」

 

 正樹が事故で入院したと言う話は、学校にも届いている。だが少し噂話になる程度で、そこまで周知している訳ではない。更に言えば未希と正樹の関係については知っている者など皆無の筈だ。勿論、仮面ライダーの事など知る由もない。命懸けの戦いで勝ち残れば正樹を助けられるなど、誰かに言える訳がなかった。

 だからこの2人からしてみれば、未希が突然変貌したようにしか見えないのも納得である。心配するにも当然だ。

 

 尤もこの2人なら、様々な事情を知った上で心配してくるだろうと言う漠然とした確信もあったが。

 

「いえ……何でも」

「そうは見えないけど?」

 

 言いながら大河は自分のハンカチでまだ濡れている未希の顔を拭いてやる。

 

「ちょ、大河さん!? 自分で拭けますから!?」

「ん、そいつはゴメンね」

 

 突然のタイガの行動に未希が僅かな抵抗を見せると、大河はさっと彼女から離れた。何だか子供扱いされている様な気がして気恥ずかしくなったが、今この瞬間は先程まで感じていた憂いを忘れる事が出来た。

 

 少しだが元気になった未希に、那美は嬉しそうな顔をした。

 

「あ! 未希ちゃん少しだけど元気になった!」

「え? あ……」

 

 那美に言われて未希はハッとした顔になる。先程大河が口で教えずに未希の顔を拭いたのは、彼女を少しでも元気付けようとしての事なのだ。

 

 親友2人に元気付けられねばならない程自分が精神的に参っていたことに気付き、同時に彼女達に気を遣わせるほどに弱い自分を情けなく感じた。

 

――こんな事で2人に心配をかけてしまうなんて――

 

「……ごめんなさい」

 

 未希は情けなさと申し訳なさから2人の顔を見る事が出来なくなり、堪らず足早にその場を立ち去った。

 

 まるで自分達を拒絶しているかのような未希に、今度は2人も声を掛ける事が出来ずトイレから出ていく彼女を黙って見送る。

 未希が出ていったトイレの入り口を見ながら、那美は不安そうな顔を大河に向けた。

 

「未希ちゃん、本当にどうしちゃったんだろ? 那美ちゃん何だか嫌な予感がする」

「……大丈夫だよ。信じよう。あいつはそんなに弱い子じゃない」

 

 大河はそう言って不安そうにしている那美の頭を撫でた。彼女の目は揺ぎ無く、その言葉が本心である事を伺わせる。

 

 友人からの信頼を受けていた未希は、結局その日放課後まで誰かと口を利くことなく1人で過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方、誰も居なくなった道場で未希は何時もの如く鍛錬に励んでいた。昼間に痛感した己の弱さを鍛え直す為に、竹刀に重りを付けるなどして何時も以上に自分を追い込んだ。

 

 その彼女の耳に、特有の耳鳴りのような音が響いた。ミラーワールドでモンスターかライダーが活発に活動している時の音だ。

 

 未希は音を聞いた瞬間鍛錬を止め、適当に汗を拭うと近くのガラスにカードデッキを翳して変身した。

 

「変身!」

 

 仮面ライダーファストに変身すると、彼女はミラーワールドに飛び込んだ。鏡映しとなった道場に出て校庭に向かうと、その音の主は直ぐに見つかった。

 校庭の上空を、一体のモンスターが飛翔している。赤トンボが人型になったようなモンスターだ。背に生えた四枚の羽根で空を飛んでいる。

 

【SHOOT VENT】

 

 相手が空を飛んでいると見て、ファストは左腕に装着するボウガン・マッハアローを召喚する。飛び道具はあまり好かない彼女だが、戦いともなればそうも言っていられないとちょくちょく練習していた。

 

 そのボウガンを構え、モンスターに狙いを定めて弦を引く。風が集まり矢となって放たれ、狙い通りモンスターに直撃した。

 

「よし!」

 

 風の矢が当たった事に拳を握るファストだったが、モンスターは直ぐに体勢を立て直すと明確にファストを敵と定め空中から襲い掛かった。

 

「くっ!?」

 

 空中から急降下して襲い掛かってくるモンスターにボウガンの矢を放つファスト。だがモンスターはそれを回避し、ファストに接近すると鋭い爪で攻撃してきた。

 モンスターの攻撃をギリギリで回避すると、その勢いのまま上空に逃れたモンスターに追撃の矢を放つ。しかしこの攻撃も回避されてしまった。

 

「やはり飛び道具では……ならば!」

【SWORD VENT】

 

 当たらぬマッハアローによる攻撃では埒が明かないと考え、ファストは扱い慣れた太刀であるマッハセイバーを召喚。

 更に――――――

 

【ADVENT】

 

 立て続けに二枚のカードを使用し、ファストは武器と契約モンスターを召喚した。召喚されたマッハファルコが、早速モンスターに襲い掛かり上空から叩き落す。

 その落ちてきたモンスターを、ファストが空かさず攻撃した。

 

「ハッ!」

 

 迷いのない太刀筋がモンスターを切り裂く。勿論モンスターも反撃するが、地上での接近戦はファストの方が圧倒的に上だ。ここ数日モンスター相手に実戦を繰り返したことで、彼女の剣道はより実戦的なものへと昇華しスポーツの範疇に納まる動きではなくなっていた。

 

 圧倒的強さでモンスターを相手に優位に立つファストを前に、不利を悟ったのかモンスターは羽根を広げて逃走を図った。逃がすものかとファストは叩き落そうとするが、飛翔したモンスターが本気で逃げに徹しているからか攻撃は回避され物の見事に逃げられてしまった。マッハファルコに叩き落させようとするよりも奴が逃げる方が早かった。

 

「逃がしません。マッハファルコ!」

 

 叩き落すのには失敗したが、出来る事はまだある。ファストはまだ召喚されたままのマッハファルコを呼ぶと、飛んできたマッハファルコの上に飛び乗った。マッハファルコは大きめのマンタ程度の大きさがある為、彼女1人を乗せて飛ぶくらい訳ないのである。

 

 マッハファルコをサーフボードの様に乗ってモンスターを追い掛けるファスト。これがマッハファルコ単体であれば数秒と時間は掛からなかったであろうが、固定されていない主を乗せて全力で飛べば振り落としてしまうと分かっているマッハファルコは速度を落としてモンスターを追跡した。

 全力に比べると大分遅いが、それでも飛行速度は相手のモンスターを上回っている。両者は徐々に距離を近付け、遂にファストがモンスターに追いついた。

 

 自らの攻撃圏内にモンスターが入った。その瞬間ファストは右足の踵でマッハファルコの背中を叩く。それを合図に、マッハファルコは急激に速度を上げモンスターを追い抜いた。

 同時にファストは居合切りの要領でマッハセイバーを振り抜き、追い越し様にモンスターを切り裂いた。横一文字に切り裂かれたモンスターは、空中で真っ二つになり爆散。魂のエネルギーを空中に浮かび上がらせる。

 

 マッハファルコはそれを吸収し、勝鬨の様な声を上げた。

 ファストもモンスターを苦も無く倒せたことに小さく息を吐き、胸を撫で下ろす。

 

 この戦闘で他のライダーが誘い出されやしないかと期待半分不安半分で周囲を見渡すが、他のライダーは影も形も見られない。その事に今度は安堵と不満が綯い交ぜになった溜め息を吐いた。

 

「はぁ…………ん? なっ!?」

 

 だが何気なく下を見た時、彼女の目にとんでもないものが飛び込んできた。

 

 眼下に2人の仮面ライダーだろう者が居た。1人は未亡人か何かの様な、顔をボロボロの布で隠したライダー。もう片方は背中に蝶の羽の様なマントを身に付けたライダーだ。

 その内の片方、マントを付けたライダーは今正にディスパイダーに食われそうになっていた。黒いライダーはディスパイダーより小さい蜘蛛型のモンスターに抱き着き、相手のライダーがディスパイダーに食われそうになっているのをジッと見ている。薄らと命乞いが聞こえるが、黒いライダーは助けるつもりは無い様だ。

 

 あの黒いライダーは明らかに相手のライダーがディスパイダーに食われるのを見学している。

 

 それを見た瞬間、ファストは考えるよりも先に体が動いていた。

 

「マッハファルコ、下に!!」

 

 ファストの指示にマッハファルコは彼女を乗せたまま急降下した。そして一気に地面に近付いたファストは、そのディスパイダーを何とかすべく切り札を切った。

 

【FINAL VENT】

 

 ファイナルベント『瞬翔斬』を発動し、マッハファルコの背から飛び降りたファストをマッハファルコが羽搏き一つで吹き飛ばす。急降下と羽搏きで普段の倍の速度で吹き飛ぶファストは、一瞬で近付いたディスパイダーを一太刀で一刀両断。本日二体目のモンスター討伐を成し遂げた。

 

 だがファストは安心せず、そのまま黒いライダーにマッハセイバーを向けた。ライダーをモンスターに食わせるなど、どう考えても普通の感性ではない。

 

「えと、あの……ありがとう……」

 

 ディスパイダーに食われそうになっていたライダーの少女が感謝してくるが、ファストはそれを無視した。目の前の黒いライダーに隙を見せる訳にはいかなかったし、何より自分が仮面ライダーとして間違った事をした事に悔いていたからだ。

 

――仮面ライダー同士は戦うものなのに……私は何をッ!?――

 

 彼女が内心で悔いている間に、食われかけていたライダーは逃げ出しこの場には黒いライダー――仮面ライダーウィドゥとファストだけになった。

 

「アヒャ! いいわねぇ、今度はしっかり愛してもらえそう! ねぇアンタ! アンタはアタシの事を愛してくれる?」

 

 ウィドゥは心底嬉しそうに声を上げた。敵を前にし、そして今し方人間をモンスターに食わせようとしておいて愛等と何を言っているのかと、ファストは仮面の奥で顔を顰めた。

 

「敵に対する情は持ち合わせていません」

 

 相手の言葉に対し、拒絶の言葉を口にするファスト。初めての対ライダー戦と言う事で緊張しているのもあるだろう。その口調は酷く冷たいものだった。

 

 だがウィドゥの反応はファストの斜め上をいった。

 

「ん~!! 今度は期待できそ……って、何よ麗美! これからが良いところじゃないの!」

 

 敵意を持って睨み付けたのにもかかわらず嬉しそうにするウィドゥの反応もそうだが、まるで彼女以外に誰かが居るかの様な事を口にするウィドゥにファストはマッハセイバーを構えながらも困惑を隠せない。

 

 と、よくよく見るとウィドゥの体から粒子が立ち上っている。時間が切れて消滅する前兆だ。

 

「え~!? もう……ちぇっ。バイバーイ」

【CLEAR VENT】

 

 再び誰かと話したかの様な物言いをした後、カードの効果で姿を消すウィドゥ。

 

「ッ!? 消えた!?」

 

 まさか姿を消し隠れながら攻撃してくるのかと警戒するファストだったが、直前にウィドゥが消滅しかけていたのを思い出し本当に撤退の為に姿を消したと確信。

 それと同時に彼女自身も時間が切れたのか体が粒子化してきたので、これ以上はまずいとファストもミラーワールドから撤退するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数日、未希は心に鬱屈としたものを抱えていた。

 

 思い出すのは、数日前の2人のライダー。生きている動けないライダーをモンスターに食わせると言う非道を行うウィドゥと、必死に命乞いをするもう1人のライダー。

 あれを思い出す度に思うのだ。自分にあれと同じ事が出来るだろうか?

 

 非道ではあるが、仮面ライダーとしてはきっとあれは正しい行動なのだろう。ライダーバトルに勝ち残る為には、時に非情で非道な手にも手を出す。我武者羅に願いを叶える為ならば、それくらいの事をやるのは普通なのだ。

 

 頭では分かっているのだが、どうしても考えてしまう。

 ライダーバトルに勝ち残れば、正樹を目覚めさせる事が出来る。そうすれば再びあの夢のような時間を取り戻す事が出来る。だがその為に、あのような事をしてまで勝ち残って良いのだろうか?

 

 この数日間、未希は何度か他のライダーを目撃する機会があった。野良のモンスターを討伐しに向かった先で、同じ目的でやって来たライダーだ。

 だが未希は彼女らと対峙する事はしなかった。他のライダーが来る前にモンスターを倒し、見つかる前にその場を立ち去っていたのである。時には見つかりそうになったので急いで隠れたりもした。

 

 何故か? それはどうしても他のライダーと戦う踏ん切りがつかなかったからだ。彼女らの気配を感じ取る度に、未希は彼女らと戦うべきと思いはするのだが心に反して体は逃げに走ってしまうのである。

 

 未希は盛大に自身を責めた。こんな体たらくで正樹を助けるなど夢のまた夢だ。

 

――そんな事、分かってる!? でも……――

 

 それでもライダーを前にして、そして先日のライダー達の事を思い出して考えるのだ。幾ら正樹の為とは言え、非道に手を染めて本当に良いのだろうかと。

 正樹が描いてくれた肖像画の未希は、慈愛に溢れた優しい笑みを浮かべている。だが一度その手を血に染めて、もう一度同じ顔が出来るかと考えたら――――――

 

 迷いを断ち切ろうと道場で日が暮れるまで鍛錬していた未希だったが、気付けば美術室に来ていた。何故と思う前に、美術室に来たことで正樹を始めて見た時の事を思い出してしまう。

 

 後姿しか見ていないが、それでも彼と彼が描く絵に惹かれたあの時。その後彼の描いた絵が優勝し、飾られた完成した絵の前で初めて彼と出会った。そしてその後、彼からの告白を受けて付き合う事になったのだ。

 

「…………ぐすっ、うぅ……」

 

 正樹との今までを思い出し、未希の目に涙が浮かぶ。あの光り輝く時間に比べて、今は暗く澱み希望が全く見えない。彼との時間を取り戻せる唯一の希望であるライダーバトルも、一線を越えてしまったら後戻り出来ない。

 

 その事を思うと、未希の心に更なる絶望が広がり涙を流さずにはいられなかった。全てを忘れて塞ぎ込んでしまいそうになる。

 

 薄暗い美術室で1人涙を流す未希。

 

「どうしたの?」

「ひゃっ!?」

 

 その時不意に背後から誰かが声を掛けてきた。まさか人がこの時間に美術室に来るとは思っても見なかったので、未希は口から心臓が飛び出す程驚かされた。

 

「な、何ですか貴女は!? もうとっくに下校時間を過ぎてますよ!?」

「それはお互い様。こんな時間に何してるの?」

 

 思わずこんな時間に美術室に居る女子生徒を非難する未希だったが、全く同じ事が未希自身にも言える為即座に返されてしまった。これには彼女も返す言葉を失ってしまったが、直ぐに気を取り直して涙を拭いながら言い返した。

 

「す、少し用事があっただけです!」

「美術室で1人で泣く事が用事なの?」

「余計なお世話です!? 私はもう帰りますから、貴女ももう帰ってください!」

 

 この相手には何を言っても返される。これ以上この女子生徒と言い合っても仕方が無いと、未希は美術室から出ていこうとした。

 

 そんな未希の背に、女子生徒が声を掛ける。

 

「ねぇ……もしもの話だけどさ……」

「はい?」

 

 まさかこの期に及んで声を掛けてくるとは思っておらず、未希は足を止めてしまった。

 

「もしも、どんな願いでも叶えられる力を手に入れたら…………貴女はどうする?」

「ッ!?!? な、何の話ですか――――?」

 

 女子生徒の言葉に未希は胃が縮んだような気がした。どんな願いでも叶えられる力、それは今正に未希が手にしている、仮面ライダーの力に合致するからだ。

 

 まさか、この女子生徒も仮面ライダーなのか?

 未希がそんな疑問を抱いていると、女子生徒はゆらりと近付き耳元で囁くように呟いた。

 

「私なら……喜んで自分の願いを叶える為にその力を使うけどね」

 

 その言葉の直後に耳に感じる悍ましい感触。耳を舐められたのだ。

 思わず息を呑みその場から飛び退く未希。暗くて分からないが、未希はその女子生徒が言葉に出来ない怪しい笑みを浮かべているのが何となく分かった。

 

「ねぇ、アンタはどうする?」

 

 女子生徒の声色に何か違和感を感じながら、未希は言い知れない苛立ちを感じ肩を震わせ、女子生徒を乱暴に押し退けるようにして美術室を後にした。

 

 未希はとにかく苛立っていた。こんなにイライラしたのは人生で初だ。

 

 あの女子生徒は言った。自分なら喜んで力を使うと。それに比べて自分は、心の何処かで仮面ライダーの力を忌避している。この力で正樹を助けようとしているのに、だ。

 

 心の一部はこの力を存分に振るって正樹を救えと言う。だが別の一部は、この力を捨てろと言う。

 相反する二つの考えが未希の心を苛み、怒りと情けなさが込み上げてきた。

 

 気付けば未希は帰路につきながら涙を流していた。

 

「く…………うぅ――――!?」

 

 泣きながら家に帰った未希は、自分の部屋ではなく正樹の絵が置いてある部屋へと向かった。そして未希は正樹の完成直前の絵の前で崩れ落ちた。

 

「先輩……先輩!? 私は……私は一体どうすればいいんですか――――!?」

 

 この場に居ない正樹に問い掛けるが、当然答えは返ってこない。静かな部屋の中で、未希は1人泣き続けた。

 

「ぐす……うぅ、あぁ――――!? 誰か…………誰か、教えて。先輩……大河さん……那美ちゃん…………誰か助けて……」

 

 誰にも打ち明けられない悩みと苦しみを抱え、未希は孤独に涙を流すのだった。




と言う訳でファスト編第2話でした。

未希は無事ライダーになりましたが、殺し合いに心の奥で納得していないのでめちゃめちゃ精神的に不安定になってます。でもそれを相談できる相手が居ない事の辛さよ。

それと今回登名前が判明した未希の友人2人。もうちょっと詳しく紹介しますと……

・月夜野 大河
 聖山高校入学後に未希と友人になった少女。制服を着崩してる上に夜型で夜更かしをするからか日中はよく眠そうにしているが、心の芯が強く非常に友人思い。一見すると正反対な2人だが、相性は意外なほど悪くない。

・真中 那美
 大河と同じく聖山高校入学後に未希と友人になった。当初未希は彼女の事を大河と同様さん付けで呼んでいたが、那美からの強い要望でちゃん付けで呼ぶことに。音楽部に所属しており歌唱力はかなりのもの。将来の夢はアイドル。

因みに未希と大河、那美には3人揃ってある元ネタとなったキャラが居ます。ヒントは三姉妹。

次回もウィドゥ編とリンクした話になります。あの戦いの時、未希は何を思っていたのか?

次回の更新もお楽しみに!それでは。


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エピソード ファスト・3:葛藤が溢れる

どうも、黒井です。

今回はファスト編第3話。ウィドゥ編の3話とリンクした話です。


 翌日、何とか精神的に持ち直した未希はいつも通り朝早くから登校していたが、その日は一日覇気も無く過ごしていた。

 

 あれからずっと考えていたのだ。自分は何をしたいのか?

 

 正樹の事は絶対に諦めたくない。例え悪魔に魂を売ってでも、彼の事を助けたいと思う気持ちに嘘はない。

 

 ではその為に他の無関係な誰かを犠牲にするのか? そんな事をして正樹の前に堂々と顔を出せるのか?

 

 だが何もしなければ正樹は何時まで経っても目を覚まさない。医者の話では自然と目覚める可能性は限りなく低く、このまま一生目覚めない可能性の方が高いとの事だ。

 

 ならば行動に移すしかない。例えその手を血で染める事になろうとも、願いを叶える為に戦うべきだ。

 

 しかし正樹自身がそれを望むだろうか?

 

 こんな感じで、ぐるぐると同じところを回ってしまうのだ。考えが纏まらず、昨夜はロクに眠ることも出来なかった。

 

 見かねた大河が、放課後部活に向かおうとする未希を無理矢理保健室に引っ張った。

 

「未希、ちょっとこっち来な」

「え? あの、大河さん!?」

「那美! 剣道部の方に未希は今日部活休むって伝えといて!」

「りょうか~い!」

「あの、ちょっと!?」

 

 勝手にどんどん進む話に、困惑して流される未希に構わず大河は彼女を保健室に引っ張っていった。

 保健室まであと少しと言うところで、冷静さを取り戻した未希は自分を引っ張る大河の手を振り払う。

 

「何なんですか、大河さん!? 今日ちょっとおかしいですよ!?」

「おかしいのは、未希の方でしょ?」

 

 未希にしては珍しく声を荒げて抗議するが、大河は涼しい顔で未希の抗議を受け止め反論した。

 

「今日一日見てたけど、幾ら何でも元気無さ過ぎるよ。これで心配するななんて無理な話だって、言われれば流石に分かるでしょ?」

 

 大河の言葉に言い返そうとする未希だったが、頭の中の冷静な部分が逆の立場だった場合の事を考え何も言い返せなくなってしまう。自分が少し前と同じコンディションかと聞かれたら、そうだとはとても答えられない自覚が少なからずあるからだ。

 

「那美だって、ここ最近未希の様子がおかしい事には気付いてる。もし何か困ってることがあるならアタシら幾らでも相談に乗るよ。アタシら2人とも、あんたの事が好きなんだからさ」

「大河……さん」

「それとも、何か言えない事情でもあるの? 例えば誰かに脅されてるとか?」

 

 本当はこの時、大河は未希に「自分達は信用できないか?」と訊ねるつもりだった。だがそれは、友情に乗っかった脅迫に近い言葉だ。口にすれば逆に未希を追い詰める。

 それは嫌だったので、何か言えない理由があると見当をつけ訊ねてみた。すると未希の反応は顕著だった。

 

「えと、その…………ごめんなさい!?」

 

 未希は言い淀むと逃げる様にその場を立ち去って行った。

 去っていく未希の後姿を見て、大河は眉間に手を当て深く溜め息を吐いた。この問題がなかなかに深刻なものである事を察したからだ。

 

――こいつは一筋縄じゃいかなそうだ――

 

「大河ちゃ~ん! 言ってきたよ~……って、あれ? 未希ちゃんは?」

「ん? あ~、マジで体調悪いからもう帰るって」

「そっか~、元気になるといいね」

「そうだね。ホントに……」

 

 大河は適当に相槌を打ちながら、未希が去っていった方を見て溜め息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、逃げ出す様にあの場を離れた未希は、もう部活に顔を出す気にもなれずそのままの勢いで下校していた。

 しかしだからと言ってまっすぐ帰る気にもなれず、当てもなく街中をブラブラと歩いていた。彼女らしからぬ行動である。

 

 未希があの場を逃げ出したのは、単純に答えに窮して他にやりようがなかったからと言うだけではない。あのままだと本当に全てを打ち明けてしまいそうだったのだ。大河にはそれをさせるだけの包容力がある。

 

 だがそれは絶対に許容できなかった。こんな事に、掛け替えのない友である大河と那美を巻き込む訳にはいかない。

 

 目的も無く歩き続ける内に、周囲は大分暗くなってきた。そろそろ帰らないとマズいかもしれないと思い、未希は小さく溜め息を吐きながら帰路へと着こうとした。

 

「は~い、こんばんわ~! ご機嫌如何ですか?」

 

 そんな彼女に、神出鬼没のアリスが声を掛ける。出鼻を挫かれるように声を掛けられ、未希は鏡の中に居るアリスを睨んだ。

 

「……何の用ですか一体?」

「いやですねぇ、そんな怖い顔で見つめないでくださいよ! 今日は私主催で楽しいパーティーを企画したんですから!」

「パーティー?」

 

 何でもアリスが言うには、最近ライダーが増えてきたのでここらで一つ、大勢のライダーを一堂に会して一斉にライダーバトルを行おうと言う事らしい。既に何人かには声を掛けており、既に現場に向かった者も居るとの事だ。

 

「未希さんは未だにまともなライダーバトルをしていない様子ですので、ここいらで一つライダー同士の戦いを実際に経験してはいかがですか?」

 

 それはある意味で、未希にとって渡りに船な話だった。未希は今まで何だかんだでまともなライダー同士の戦いを避けてきた。しかし本気で願いを叶える為なら、こんな事ではいけないだろう。実際に他のライダーと戦い、ライダー同士の戦いがどんなものなのかを経験しなければ。

 

 だがその一方で、はやりどうしても足踏みしてしまう自分が居る事に未希は気付いていた。

 

 そんな彼女の葛藤を見抜いてか、アリスが彼女の心を抉るかのような言葉を口にした。

 

「それともぉ~、今回も何だかんだで逃げますか? 最愛の恋人を捨てて?」

「なっ!?」

 

 アリスは今まで未希が意図的にライダー同士の戦いを避けてきたことを知っているのだ。その事実に未希は胃袋を鷲掴みされたような感覚を覚えた。

 

「知ってますよ? 今まで他のライダーと戦う機会があったのに、その全てから逃げてきた事。敢えて聞きますけど……本当に願い叶える気あるんですかぁ?」

 

 それは問い掛けている様で、まるで脅しをかけているかのような威圧感だった。一つ返答を誤れば、即座にアリスが隠していた牙を剥いてくるのではと思わせるほどの圧を感じた。目の前に居るのが本当に見た目通りの少女なのかと言う疑問を抱かずにはいられなかった。

 

「あ、あります!? 先輩を諦めるなんて事、する訳ありません!?」

 

 気付けば未希はそう口走っていた。それは決して嘘偽りのない言葉である。正樹の事をこのまま見捨てるなんて事出来ないししたくない。助ける為に何でもすると、未希は心に誓った事を思い出した。

 

 その返答に満足したのか、アリスから威圧感が霧散していった。重圧から解放されて、未希は気付けば荒く呼吸していた。

 

「ならいいんです! それでは私は他の参加者を招待しに行かなければならないので、これで失礼しますね! 未希さんが来るの、楽しみにしてますから!」

 

 それだけ言うとアリスは何処かへと立ち去って行った。アリスの気配が無くなったのを見て、未希は胸に手を当て何度も大きく呼吸を繰り返した。

 

 暫くそうして、呼吸が落ち着いてくると今度は別の不安が首を擡げてきた。ライダーバトルに対する不安だ。今宵、未希は遂に本格的に他のライダーとの殺し合いに臨む。果たして自分は、他のライダーを殺して願いを叶える為に勝利を得ることが出来るだろうか?

 

 未希は不安を抱えながら、ライダーバトルが開始されるのを待つ為家へと向かいその時を待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから暫く経ち、正樹との思い出の部屋で心を落ち着ける為正座して瞑想しているとミラーワールドから耳鳴りのような音が響いた。恐らくこれがライダーバトル開始の合図だろう。

 

「始まった。先輩……私、行ってきます。どうか私に力を…………変身!」

 

 未希は覚悟を決めファストに変身すると、ミラーワールド内をライドシューターで進んだ。唯一の懸念はアリスがライダーバトルが行われる場所を何も言わなかった事だが、ミラーワールド内でも特有の耳鳴りが止まず特定の方向から聞こえるので、そこがライダーバトルが行われている場所である事が分かった。

 

 ファストが誰も居ないミラーワールドの街中をライドシューターで爆走する。対向車や歩行者がいないので、道路のど真ん中を全速力だ。

 

 と、その時である。もう少しで目的地に辿り着こうかと言う時、交差点に差し掛かった瞬間別のライドシューターが彼女から見て交差点の右から右折してきた。

 考えてみればアリスが他にもライダーを誘っているのだから、道中で遭遇する事は十分予想できたことだ。だからファストも直ぐに平静を取り戻し、同時に気合を入れることが出来た。これからが本当の戦いなのだ。

 

 だがそのライドシューターに乗っているライダーを見て、ファストは再び驚かされた。そのライドシューターに乗っていたのは、先日見たあの黒いライダー――ウィドゥだったのだ。

 こんな所でしかも、この相手に再会するとは思ってもみなかったので、ファストは流石に度肝を抜かされた。

 

「ッ!! また会えた!」

「ッ!? 貴女はッ!?」

 

 どうやら向こうも覚えていたらしい。喜色の混ざった声を上げるウィドゥに、ファストは驚きを隠せずにその場にライドシューターを停車させた。それにワンテンポ遅れてウィドゥもライドシューターを停めて降りた。

 

「うふふ……久しぶり。私の事、覚えてくれてた?」

「えぇ……以前、仮面ライダーをモンスターに食べさせようとしていましたね」

 

 今思い出してもあの光景は常軌を逸していた。動けない相手がモンスターに食べられるのを黙って見ているなど、何時の時代の処刑だと思いたくなるような光景だった。もうこれだけでこの相手が、まともな精神をしていない事が分かると言うものだ。

 

 ファストが嫌悪を滲ませてウィドゥを睨んでいると、ウィドゥはいやに熱の籠ったと息を吐きながら戦意を昂らせていった。

 

「今度は時間もたっぷりある事だし…………心行くまで愛し合お! アヒャ!」

【STRIKE VENT】

「ッ!」

【SWORD VENT】

 

 突然声色と雰囲気を変えて指先が鋭い爪になっている手甲・ブラッククローを装着し襲い掛かってくるウィドゥ。まるで別人になったかのようなウィドゥに一瞬気を取られたファストだったが、直ぐに彼女もマッハセイバーを召喚して迎え撃った。

 振り下ろされたブラッククローの一撃をマッハセイバーで受け止め、束の間手甲と太刀で鍔迫り合いのような状態となる。

 

「あぁん! アタシの愛を受け取ってくれないなんてイケずねぇ! 遠慮せずに受けとって、それで思いっきりアタシ達を愛してよ!」

 

 ウィドゥの言葉にファストは精神的嫌悪感を感じずにはいられなかった。この相手とは何をどうやっても分かり合えない、そんな気がするのだ。

 

 半歩下がって鍔迫り合いから解放されたウィドゥは、そのままインファイトでファストを攻め立てる。リーチは短いながらも取り回しには優れた武器を巧みに扱って、引っ掻き、突き、手刀で攻撃してきた。その動きは明らかに粗削りながら、本能的にその武器の最善の扱い方を理解しているのか実に効果的な動きをしている。

 

 しかし技量自体にはファストの方に一日の長があった。ウィドゥの素早いインファイトでの連続攻撃に、ファストは全て対応してみせ防ぎきってしまった。

 防いでみて分かったが、ウィドゥはパワー自体はそこまで大した事が無い。現にファストは防御を弾かれる事無く全て防げている。もしウィドゥのパワーがもっとあれば、どこかでマッハセイバーを弾かれ防御を崩されていただろう。

 

 だがファストはウィドゥの攻撃に何か違和感を感じていた。何と言えばいいのかは分からないのだが、とにかく一撃でも貰うのはマズいと心の何処かが叫んでいるのだ。故にファストは、下手に攻勢に回らず堅実に防御に徹して相手が隙を晒すのを待っていた。

 

 待っていたのだが、しかしこのウィドゥなかなか攻撃の手を緩めない。技量はファストの方に分があるのだが、勢いでは完全に向こうに出遅れてしまっていた。反撃に回る機会がなかなか訪れない。

 

――これじゃ埒が明かない。なら!――

 

【GUARD VENT】

 

 ファストはガードベントを使用し、両肩に装着するやや小型の肩当の様な盾・マッハシールドを装着した。

 この盾、場所が肩な上に大きさの所為で普通に相手の攻撃を防ぐにはやや使い辛い面があるのだが、これは普通に相手の攻撃を正面から受け止める為にあるものではない。

 緩やかな曲線を描いたこの盾は、半身を逸らせて相手に突撃する際相手からの攻撃を受け流して逸らす事を可能としていたのだ。謂わば受け止める為の盾ではなく、受け流す為の盾なのである。

 

 その効果は顕著であり、これを装着して突撃したファストをウィドゥが迎撃しようとすると、盾の曲面でブラッククローによる攻撃が逸らされ胴体に大きな隙が出来た。

 

「シッ!」

 

 隙だらけとなった胴をファストが切り裂く。

 

 そのまま勢いでウィドゥの背後に回ったファストは、今度はガラ空きの背中にマッハセイバーを叩き付けた。胴に続いて背中を切られ、常人ならばこれで大きく勢いを削がれる筈だ。

 

 しかし――――――

 

「アヒャヒャ! イイわねぇ! 今のはなかなか良かったわよ!!」

「ッ!?」

 

 ウィドゥの反応はまさかの歓喜である。攻撃されて喜ぶと言うのは、ファストにとっても初めての事でありその異質さは常軌を逸していた。

 

「くっ!」

 

 故に、嫌悪のあまり動きが鈍ってしまった。

 

 それが大きな隙となる。常人であれば気付けないような隙かもしれないが、ウィドゥは動物的勘の良さでその隙に気付き懐に入り込んできた。

 しまったと思った時にはもう遅かった。

 

「アヒャ!」

「ぐぅっ?! あっ!?」

 

 鋭い一撃がファストに襲い掛かる。ただの引っ掻き攻撃だったが、攻撃を喰らった瞬間痛みと痺れが全身に広がり体が思うように動かない。毒を喰らったのだ。

 これがただの少女がライダーになったのであれば、ここから先はウィドゥに嬲り殺される未来が待っていた事だろう。

 

 しかしファストは武芸を身に付ける為心身共に鍛え続けた事が幸いした。驚異的な精神力で痛みと痺れを堪え、先程までと寸分違わぬ動きで戦闘を続行した。

 

「うぐっ!? ア、ヒャヒャ!」

 

 毒を喰らって尚まともに反撃してくる相手との戦闘は初めてなのか、ウィドゥは二度三度と反撃を受ける。

 

 だが次の瞬間彼女は信じられない行動を取った。一瞬の隙を見て自身の体で太刀を受け止めると、そのまま刃を抱きしめ動かないようにしてしまったのだ。

 

「あっ!?」

「アンタはアタシの事を思いっきり愛してくれるのね! 嬉しいわ! 今度はアタシ達の愛も受け取って!!」

 

 ファストは何とか太刀をウィドゥから引き剥がそうとするが、それよりも先にウィドゥの渾身の貫手がファストに突き刺さる。相手が貫手を放とうとした瞬間咄嗟に太刀を手放すファストだったが、一歩遅く手を離した瞬間再びウィドゥの毒を含んだ手甲による一撃を喰らってしまった。

 

「あぁぁっ!?」

 

 貫手を喰らった瞬間、先程以上の毒が注ぎ込まれ全身に強い痛みと痺れが広がる。毒は足にも回り、満足に立つ事も出来ない。

 

 痛みと痺れに苦しみながら何とか立ち上がろうとするファスト。そんな彼女にウィドゥがねっとりした動きで近付いてきた。

 

「あ……はぁぁぁ、ん~! この感覚久しぶり! でもまだ足りないなぁ……ねぇ? アンタをもっと愛したらさぁ……私達の事、もっともっと愛してくれる?」

 

 近付きながらまたも突然声色を変えたウィドゥ。別人になったかのような彼女に違和感を感じていると、彼女は両手を振り上げながら飛び掛かった。

 その様は獲物に飛び掛かる捕食者のそれであった。このままでは動けないのを良い事に徹底的に切り刻まれ、毒を盛られてしまう。

 

 しかし、それはある意味で最大の好機であった。ウィドゥはファストを攻撃する事に全ての意識を向けており、防御に関しては微塵も考えてはいない。

 

 その隙を逃すまいと、ファストは気合で体を動かしカードを一枚引き抜くとマッハバイザーにベントインした。

 

「くっ!」

【SWORD VENT】

「あ――――」

 

 使用したのはソードベント。ファストはこのカードを2枚持っていたのだ。先程手放してしまった奴の代わりに、新しくマッハセイバーを召喚しこちらに向けて飛び掛かってくるウィドゥに切っ先を向ける。

 

 何もする必要は無い。相手は防ぐ事など考えず飛び掛かってきたのだから、向けるだけで勝手に切り裂かれてくれる。

 

「あがぁっ?!」

 

 狙いは見事に的中し、ファストの持つ太刀の切っ先はウィドゥの申し訳程度の胸部アーマーを大きく切り裂いた。ウィドゥは反動で吹き飛ばされ、倒れた上にダメージで立ち上がることが出来ずにいる。

 

 攻守が逆転した。ファストの体を蝕んでいた毒は長時間残るものではなかったのか、痛みや痺れは残るが動けない程ではない程度に回復してきた。ファストはよろめきながらも立ち上がり、ゆっくりとウィドゥに近付く。

 

「あぁ、あはぁ……うふふふ……痛い、痛いね。愛を感じるよ瑠美」

「アタシも感じてるよ麗美! 久しぶりだね!」

 

 突然ウィドゥが誰かと……と言うより自分と話し始めた。自分に向けて麗美、瑠美と話し掛けそれに答えている。まるで1人で複数の人間を演じる落語の様だ。しかもその内容は、凡そこの場に相応しくない。彼女は明らかに喜んでいる。こんな危機的状況にあると言うのに、ファストに立ち上がれないほどのダメージを受けて歓喜しているのだ。

 

 あまりの気持ち悪さに、ファストは思わず彼女から目を背けてしまう。

 

「すぅ……はぁ……」

 

 だが軽く深呼吸をして心を落ち着けると、ウィドゥに止めを刺すべく近付いていった。これは好機なのだ。ここでライダーを1人倒せば、正樹回復への一歩となる。

 

 マッハセイバーを握り締め近付くファスト。ウィドゥはそれを両手を広げて迎え入れた。

 

「さぁ、もっともぉっと私達を愛して」

「痛みが欲しいの! 愛が欲しいの! みんなにアタシ達を愛してほしいの!!」

「貴女は私達を愛してくれるんでしょ?」

「さぁ、キて!」

 

 いっそ淫靡さすら感じさせるウィドゥの言葉に、ファストは嫌悪を感じずにはいられない。もうこんな奴放ってしまいたかったが、それをグッと堪えマッハセイバーを振り上げウィドゥの首を切り落とそうとした。

 

――これで!!――

 

 瞬間、彼女の脳裏に家にある完成間近の絵と正樹の姿が浮かんだ。正樹は絵を見ていたが、不意に顔をファスト――未希の方に向けると柔らかな笑みを浮かべる。

 

「ッ!?!?」

 

 気付けば、彼女は首を切り裂く寸前で太刀を止めていた。あと少し止めるのが遅ければ間違いなくウィドゥの首を断っていただろう。その瞬間、ファストの手は血で染まっていた筈だ。

 その光景を想像した瞬間、全身から嫌な汗が吹き出し吐き気にも似た不快感が込み上げてきた。

 

「う、く!? はっ――はっ――!?」

 

 あと一歩と言うところでウィドゥを倒せると言うのに、ファストは自分のやろうとしていた事が急に恐ろしくなった。他者の死と言う今まで漠然としていたものが目前に迫り、明確に意識できるようになって躊躇してしまったのだ。

 

 そうこうしていると、ウィドゥが立ち上がった。ファストが躊躇している間に、彼女の方も体力が回復してしまったのだ。

 

「どうしたの?」

「アタシ達を愛してくれるんじゃないの?」

「ヒッ――――!?」

 

 不穏な雰囲気を纏いながら近付いてくるウィドゥに、小さく悲鳴を上げながらファストは咄嗟にマッハセイバーを振るうがそれは普段の彼女を知る者からすれば信じられない程太刀筋が乱れた一撃だった。ウィドゥはそんな攻撃ものともせず近付いてくる。

 

「何それ?」

「これじゃ全然感じない」

「もっと愛してよ?」

「アタシを、アタシ達を愛してよ!?」

 

 ウィドゥがファストに掴み掛り、押し倒すと両手で彼女の細い首を締め付け始めた。押し倒された拍子に、マッハセイバーが彼女の手から零れ落ちる。

 

「あが、かっ――――!?」

 

 まさかの絞首に加え、先程感じた恐怖の影響でファストの頭はパニックを起こす。首を絞めつけるウィドゥの手を引き剥がそうとするが、ウィドゥの手はファストの首をがっちり掴んでいるのでなかなか離れない。

 

「ほら、痛いでしょ? 苦しいでしょ?」

「アタシ達はこんなにアンタの事を愛してるのよ!?」

「私達が愛してるんだから、貴女も私達の事を愛してよ」

「うぐ、あ……くぁっ?!」

 

 ウィドゥは元々スペック上他のライダーに比べパワーも防御力も低い。だがこの場合そのパワーの低さが残酷だった。ゆっくりと真綿で締め付ける様に首を絞められ、酸欠とパニックでファストは年頃の少女の様に足をジタバタと暴れさせる。

 

 そんな状況で、生存本能が彼女の体を突き動かした。己の首を絞めつけるウィドゥの手を離し、カードデッキから1枚のカードを引くと朦朧としてきた意識の中で何とかカードをベントインする。

 

【ADVENT】

 

 ファストによって召喚されたマッハファルコは、主の願いを即座に理解し行動を起こす。2人にある程度まで近づくと、その強靭な翼で突風を巻き起こし2人をその場から吹き飛ばしたのだ。

 

 これは流石に予想外だったのか、ウィドゥはファストの首から手を離し吹き飛ばされるとそのまま吹き飛ばされた先にあった鏡でミラーワールドから追い出された。

 同時に吹き飛ばされたファストも同様で、彼女はウィドゥとは別方向に吹き飛びそこにあった窓ガラスから現実世界へと戻る。

 

「うぐっ!?」

 

 現実世界に戻ると同時に変身が解けるファスト。彼女は周囲を見渡し、ウィドゥと思しき少女が居ない事を確認すると大きく息を吐いて心を落ち着けた。

 

 だが落ち着いてしまった事で、冷静に先程の事を思い返してしまった。ウィドゥとの戦い、そして彼女に止めを刺し命を奪おうとしてしまった事。その時に感じた恐怖やらなんやらを、改めて思い出してしまったのだ。

 

「うぶっ!?」

 

 思い出すと今度は強烈な吐き気が込み上げてきた。自分がやろうとした事、その時に一瞬でも抱いた殺意。正樹の前に立つのに、これ以上相応しくない行為も感情もない。あんな清らかな男の前に、血みどろの人間が立つ資格があろうか。

 

「うえ、げぇっ――――!?」

 

 それを思うともう抑えが利かなくなった。未希はその場で嘔吐し、吐瀉物が地面を汚す。

 

「未希っ!?」

 

 未希がその場で吐いていると、唐突に誰かが話し掛けてきた。目尻に涙を浮かべながらそちらを見ると、そこにはなんと私服姿の大河が居た。

 

「あ、あぁ……あ――――!?」

 

 彼女の姿を見た瞬間、未希は覚束ない足取りで逃げようとするが大河はそれを許さなかった。

 

「待て、逃げんな!? いきなりどうしたの!? 何があった!?」

「嫌ッ!? 放してッ!? 見ないでこんな私をッ!?」

「あぁん、もう!? 未希ッ!?」

 

 もう何が何だか分からなくなってパニックを起こす未希を、大河は強引に抱きしめ捕まえる。大河の腕の中で尚も暴れる未希だったが、自分の服が未希の口周りで汚れることも厭わず彼女の頭を胸元に押し付け撫でてくる大河に、段々と抵抗を弱める。

 

「大丈夫……大丈夫だから。あたしはあんたを傷付けない。だから落ち着きなって、ね?」

 

 大河は未希を落ち着かせると、とりあえず近くのベンチに連れて行った。そこで横並びに座り、大河は未希に事情を聴いた。

 

「それで? 一体全体どうしたのさ? あんなに取り乱すなんて、未希らしくないよ?」

 

 問い掛けられるが、未希に答えることは出来なかった。信じてもらえるとは思っていなかったし、迂闊に話して巻き込む事もしたくはなかった。

 

 だんまりを決め込む未希に、大河は小さく溜め息を吐くととっておきのジョーカーを切った。

 

「……三枝先輩に関係する事?」

「えっ!?」

 

 何故そこで正樹の名前が出てきたのかが分からず、未希は驚きのあまり顔を上げてしまった。それは如実に大河の言葉が当たっている事を意味し、それに気付いた未希は言葉を失ってしまう。

 

「やっぱり、か」

「な、何で? 私、誰にも言わなかったし、先輩だって……」

「そりゃ、未希が三枝先輩の絵を描いてる姿に見惚れてたの知ってるもん。加えて未希がおかしくなってきたのは先輩が事故に遭ったって話を聞いてからだし、何か関係があるかもって思うのは普通でしょ?」

 

 見事な観察力、洞察力、推理力である。普段不真面目なようでいて、こういう時信じられないような能力を発揮するのが大河と言う少女であると言う事を未希はまざまざと実感させられた。

 

 未希はある種の敗北感に打ちのめされ、大きく頭を垂れた。

 

 項垂れる未希を見て、大河は彼女の頭を胸元に抱き寄せ今度は優しく問い掛ける。

 

「何があったのか、話してみなって。1人で何もかも抱え込んで苦しむ未希の姿を見てる方があたしは辛いよ。あたしだけじゃない、那美だってそうさ。だから、話してみな。そうすれば少しは楽になる事もあるかもだよ?」

「大河……さん」

 

 もう未希は限界だった。正樹が目覚めぬ悲しみに耐える事も、ライダーバトルに参加して他のライダーを殺めねばならぬ事に対する恐怖と嫌悪に耐える事も。

 そして何より、こんなにも自分に真摯に接してくれる友人に秘密を守り続ける事も未希には耐えきれなかった。

 

「実は――――――」

 

 未希はぽつりぽつりと話し始めた。

 

 正樹と付き合っていた事。その正樹が交通事故に遭い2度と目覚めぬ体になってしまった事。彼を再び目覚めさせると言う願いを叶える為に、仮面ライダーとなって他のライダーと戦い勝ち残るバトルロワイヤルに参加してしまった事。そしてつい先程、他のライダーを殺せる機会を得たにも拘らずそれが出来なかった事。

 

 最後の部分を話す頃には、未希の目から涙が零れ落ちていた。

 

「私、出来ません!? 先輩を助ける為とは言え、他の人を犠牲にするなんてやり方、私には出来ないんです!?」

「うん……そうだね。未希には似合わないよ」

「でも!? だけど、先輩を助ける為には他に方法が無いんです!? 医者は言ってました、先輩はもう目覚めないだろうと。私は先輩を助けたい!? でも……だけど――――!?」

「もういい、もういいよ。辛かったね、未希。我慢せず、ここで全部吐き出しちゃいな。受け止めてあげるからさ」

 

 気付けば未希は大河に縋り付き、大粒の涙を流して大声で泣いていた。大河の言う通り、今まで抱えていたもの全てを吐き出すかのように。

 

「大河さん……うぅ!? あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 未希は泣いた。とにかく泣いた。これまでにも1人で泣いていたが、誰かに受け止めてもらうのはそれとは違う。奇妙な安心感に、未希は止め処なく涙を流して声を上げて泣いた。

 

 暫く泣き続け、漸く落ち着いた未希は大河の胸元から離れた。大河の胸元は、最初の方の未希の口周りの吐瀉物やら涙やらでビショビショのドロドロになっていた。落ち着いた未希はそれを見て、非常に申し訳ない気持ちになった。

 

「ご、御免なさい大河さん!? 私の所為で服を汚しちゃって……あ! 私、ちゃんと洗って返しますから!」

「いいって、これ位。それよりそろそろ帰った方がいいよ。未希のお家の人が心配するからさ」

「で、でも……」

「いいからいいから」

 

 大河はそう言って朗らかに笑い、未希を帰らせた。未希は何度も申し訳なさそうに頭を下げながらその場を去っていったが、その顔は先程までに比べると大分マシなものになっていた。涙と一緒にいろいろな感情を吐き出してスッキリしたのだろう。

 

 未希の姿が見えなくなるまで、大河はその場で彼女に手を振り続けた。そして彼女の姿が見えなくなると、大河は急に真顔になり隠していた“それ”を取り出した。

 

「未希に殺し合いなんて似合わないよ……あたしに任せな」

 

 その手の中にあったのは、ファストのカードデッキ。先程未希が泣いている隙に、抜き取って隠していたのだ。

 

「これ以上、未希に辛い思いはさせないから」

 

 強い決意を胸に、大河はカードデッキを鏡に向ける。使い方は先程未希が話していた。戦い方も分かる。問題は彼女でも使えるかだが、腰にVバックルが巻かれたのを見てそれが杞憂であると知った。

 

「さて、やってみるか……変身!」

 

 大河がファストに変身し、ミラーワールドへと入っていった。

 

 未希がその事に気付く事は無く、何も言わず夜に外出したことを母親に叱られていたのだった。




と言う訳でファスト編3話でした。

もう未希は一杯一杯です。根が良い子なので、ライダーバトルには根本的に向いてない性格なんです。それでも強い願いがあるから、参加せずにはいられないと言うジレンマ。

そんな中で遂にカミングアウト。それを聞いて大河が未希に無断でファストに変身。ここは最初已むを得ぬ理由により未希が大河の前で変身すると言うシーンで考えていたのですが、気付けばこんな感じに。

次回でファスト編も最後となります。未希に代わってファストに変身した大河がどうなり、それに気付いた未希がどうするのか?

次回の更新もお楽しみに!それでは。


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エピソード ファスト・4:葛藤が促した決意

どうも、黒井です!

今回はファスト編4話、最終話です。

葛藤の末に未希が何を決断するのか?


 大河にライダーの事をカミングアウトしてから一夜明けて、未希はここ最近では珍しくスッキリとした朝を迎えていた。

 やはり悩みを誰かに打ち明け、涙と共に全て吐き出したことで精神的に楽になったのだろう。重圧からある程度解放されて、心に余裕が出来たのだ。

 

 その変化は未希の家族も気付くところとなっていた。

 

「あら、未希? あなた今日は随分と気分が良さそうね?」

「えっ!? そ、そう?」

「えぇ。少なくとも昨日の朝に比べたらずっと良い顔をしてるわよ。何かあった?」

 

 母親に問い掛けられて、未希は素直に答えるかどうしようか迷った。友である大河に打ち明けたのに、肉親に何も打ち明けないのは何か違うのではないか? そう思うのだ。

 

 しかし、よくよく考えて未希は家族には秘密にすることを決めた。大河は黙って慰めるだけだったが、家族はきっと未希が危険に関わるのを何が何でも止めようとするだろう。親なのだからそれは当然だ。

 

 だが、ライダーバトルによる正樹の救済を未だ心の中で諦めきれていない未希に、それを止められることは苦痛でしかない。未来の見えない常識的な手段より、非常識な荒事に希望を見出しているのだ。

 

 尤も、今の未希には他のライダーと戦う覚悟が決まっていない為、ライダーバトルに固執する意味は無いのだが。

 

「うん……ちょっと、ね。友達に悩み聞いてもらってスッキリしただけ」

 

 結局、未希は家族には全てを話さずライダーの事はぼかして何があったかだけを話した。別に嘘は言っていない。大河に全てを打ち明けてスッキリしたのは事実なのだから。

 母を始めとした家族はその未希の言葉に、嘘が無い事でそれ以上の追及をする事はしなかった。事実、嘘は無いのだから。

 

 それから未希は何時もの早朝鍛錬の為に早めに家を出た。人通りの少ない通学路を、未希は1人歩きながら考え事をする。

 

――結局大河さんには全てを話してしまったけど……どうしよう――

 

 改めて考えてみても、昨日の自分は情けなかった。ウィドゥにトドメを刺す事が出来なかったばかりか、大河の前で大泣きした上に秘密にしようと思っていたライダーバトルの事を話してしまった。これから先、大河には未希がライダーバトルに参加している事に関しても心配させてしまう事になる。

 

 今までも心配をかけていたが、これからは更に心配をかける事になるのだ。その事が未希には心苦しく、しかしそれでいて全てを話せる彼女の存在は未希にとって非常にありがたい存在であった。

 正樹と言う最愛の存在が頼れない今、未希にとって心の支えとなっているのは大河となっていた。

 

 朝早くに校門を潜り、道場に入る。そして道着に着替え、いつもの様に素振りを始めた。

 

 情けないと感じたのは先日の戦闘で、心が乱れて太刀筋が乱れた事もそうだ。心の機微で太刀筋が乱れるなど、心身ともに未熟な証拠。体に動きが染みついていれば、多少心が乱れても戦えた筈だ。

 もっと、もっともっと己を鍛えて動きを体に染みつけなければ。

 

 そうしなければ正樹を助けられないばかりか、大河に更に心配をかけてしまうし那美にさえ危険が及ぶかもしれない。

 

――強く……強くならなければ……――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝の鍛錬を終え、道場に備え付けられたシャワールームで汗を流して教室に向かう。

 

「あっ! 未希ちゃん、おっはよ~!」

「那美ちゃん、おはようございます」

 

 途中、登校してきた那美と合流し互いに朝の挨拶を交わす。その際那美は、昨日までに比べて幾分か余裕を取り戻した未希の様子に安堵の笑みを浮かべる。

 

「未希ちゃん、今日はなんだか機嫌良いね! 何かあった?」

 

 朝に母から掛けられたのと同じ問いに、未希は苦笑せずにはいられなかった。

 

「えぇ、まぁ。ちょっと大河さんに悩みを聞いてもらっただけです」

「え~!? 何で大河ちゃんだけ!? ズルい! 何々、どんな悩みだったの?」

「それは……内緒です」

「む~!? いいもん! 後で大河ちゃんに聞くから」

 

 頬を膨らませてそっぽを向く那美の姿に、未希は笑みを堪えることが出来なかった。束の間だろうが、何時もの日常が戻ってきた。ここ最近ライダーバトルの事で頭が一杯になっていたからか、こんな他愛のない会話が堪らなく心地良かった。

 

 一頻り笑いながら那美と共に教室に向かっていると、前方に大河の姿を見つけた。彼女の後姿に那美が喜色を浮かべて駆け寄った。

 

「あっ! 大河ちゃんだ、おっはよ~!」

「大河さん……?」

 

 大河に駆け寄る那美だったが、未希は大河の様子に何処か違和感を受けた。何かがおかしい。何と言うか、こう……足取りが覚束ないと言うか、とにかく何か違和感があるのだ。

 

 それが何なのかに気付く前に、那美が大河に近付き彼女の背中を軽く叩いた。それは本当に軽い、痛みも感じないタッチ程度のものであった。

 

 しかし――――――

 

「いづっ?!」

 

 那美の手が触れた途端、大河は体をびくりと震わせ小さく悲鳴を上げた。予想外の反応に那美だけでなく未希も驚いてしまう。

 

「わっ!? な、何? 大河ちゃんどうしたの?」

「い、つつ……え? あ、や……何でもない何でもない」

「いえ、何でもない事は無いでしょう? 一体どうしたんですか? どこか怪我でも?」

 

 那美と未希に詰め寄られ、大河は目を泳がせながら答えた。

 

「えっと、そう! 実は今朝家で転んじゃってさ。変な転び方した所為でちょっと体の節々痛むんだよね」

「あちゃ~、朝からツイてないね」

「いや、ホントにさ。でもそれだけの事だから、うん。大した事はないから心配しないで」

 

 那美は素直に大河の言う事を信じたが、未希は依然大河の様子に違和感を覚えていた。彼女は何かを隠している気がする。

 

「大河さん、本当にそれだけですか?」

「な~にさぁ、未希は疑り深いなぁ。本当にそれだけだって」

「そう……ですか」

「そうそう。さ、早く教室入ろう? そろそろチャイム鳴るしさ」

 

 大河はそう言って足早に教室に入っていき、那美もその後に続いた。未希はまだどこか納得できない顔をしていたが、大河の言う通り始業のチャイムが鳴るまで時間が無かったので急いで教室に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休み時間、大河は1人教室を抜け出すと場所の関係で利用者が殆ど居ないトイレの中で洗面台を前に脂汗を流していた。

 

「うっ!? い、つつつ…………」

 

 今、大河は洗面台の前で上の制服を脱いでいる。本来であればそこには健康的な柔肌が見える筈なのだが、今そこに見えるのは包帯や絆創膏だらけの痛々しい姿だった。

 

「はぁ、はぁ……くそ、あいつ……思いっきりやってくれたな」

 

 昨夜、未希から無断で拝借したカードデッキで変身しミラーワールドに入った大河は、アリスが企てた一斉ライダーバトルに遅れてやって来たライダーと遭遇していた。

 彼女はその場でそのライダーと戦ったのだが、結果は御覧の通り。初めての命懸けの戦いをした割には善戦した方だったが、一瞬の隙を突かれてやられてしまった。

 

 出会った相手がライダーバトルに手慣れていて、モンスターとの連携により翻弄されたと言うのもあるが。

 

 痛む体に鞭打って血が滲む包帯を取り換える大河。流石にこんな傷を保健室で晒す訳にはいかない。

 そんな彼女の視界に、鏡の中に居るマッハファルコの姿が映った。マッハファルコは無言で大河の事を見つめている。

 

「何よ? 無様だとでも言いたいの? それとも早く未希に返せって言いたいの?」

 

 何となくだが、大河はマッハファルコの視線が両方の意味を持っているような気がしていた。心身共に鍛えている未希であれば、こんな醜態は晒さなかっただろう。それを分かっているマッハファルコなら今の大河の有様を笑うだろうし、早く未希に返してほしいと思ってもおかしくはない。

 

 だが、まだ駄目だ。こいつにはまだ付き合ってもらわなくてはならないと、大河はマッハファルコの視線を無視した。

 

「これ以上未希に無理させる訳にはいかないんだっつの。あの子が苦しむくらいなら、これ位――――!!」

 

 大河は決意を胸に、悲鳴を上げる体に鞭打って血の滲んだ包帯を新しいものに換えるのだった。

 

 一方未希は、少ない休み時間を那美との交流に費やしていた。

 

「見て見て! これ今度の新作衣装! 今度の文化祭でこれ着て歌って踊るんだ!」

「これ、那美ちゃん1人で作ったんですか?」

「そう! 未来のアイドルを目指す者として、格好にも拘らなくちゃ!」

 

 那美は携帯のカメラで写した自作の衣装を未希に見せている。如何にもアイドルが着ていそうなフリルの付いた衣装、これを自作するとなると大変だろう。少なくとも未希には出来ない。

 しかし見た所出来は悪くはなさそうだ。これに那美の歌唱力とキレのある振り付け(これも彼女が自分で考えている)が加われば、盛り上がること間違いなしだろう。

 

「今日もこの後文化祭に向けて練習するんだ。本番じゃサイッコーの歌と踊り見せるから、大河ちゃんと一緒に見に来てね!」

「はい、楽しみにしてますね」

 

 まだ先の話だが、未希は文化祭が楽しみになった。正樹の事やライダーバトルの事など、懸念は多いが他愛ない会話に花を咲かせ未来に楽しみを見出すこの瞬間を未希は久しぶりに楽しんでいた。

 それもこれも、大河が未希の心に溜まっていた鬱屈とした思いを受け止めてくれたからだ。彼女には頭が上がらない。

 

――そう言えば大河さん、今どちらに?――

 

 気付けば姿を消していた大河に未希が少し心配になっていると、那美がニコニコと笑みを浮かべながら未希の顔を見ていた。その視線に未希が首を傾げる。

 

「あの、那美ちゃん? 私の顔に何か?」

「ん~ん。未希ちゃんが元気になってくれて本当に良かったなぁって」

 

 先程までとは違う、朗らかな笑み。アイドルを目指す天真爛漫な少女とは違う、友を想う1人の少女としての顔を見せる那美がそこに居た。

 

「未希ちゃんも大河ちゃんも、2人とも那美ちゃんの大事なお友達だもん。元気でいてほしいって思うよ」

「あ、その……ご心配をおかけしました」

 

 そして多分、今後も何かしら心配をかける事になるだろう。その言葉をグッと堪え、未希は那美に頭を下げた。それは自分がライダーバトルに参加している限り避けられない事だ。

 

「いいのいいの! 心配と迷惑を掛け合うのもお友達の醍醐味だって、お婆ちゃんが言ってたもん! これくらいどうってことないよ」

「那美ちゃん……」

「……だから、約束して」

 

 那美の言葉に未希が軽く感銘を受けていると、徐に那美が優しい眼差しで見つめながら未希の手を握ってきた。

 

「また何か悩みが出来たら、遠慮なく相談して。那美ちゃんでなくても、大河ちゃんでもいいから。その代わり、遠くに行っちゃう様な事はしないで。ね?」

 

 その眼差しの奥に、未希は確かな不安を感じ取った。ここ最近の不安定さは、那美に思っていた以上の心配を掛けてしまったらしい。よく見ると那美の様子は縋る、或いは懇願している様な感じだった。友を想い、友と離れたくないと言う想いが溢れている。

 

 しかし、未希にはその想いに応えられる自信が無かった。ライダーバトルと言う命を懸けたバトルロワイヤルに参加している以上、命の危険は絶えず傍にある。怪我で済めばいいが、最悪命を落とす危険だってあった。

 その事を考えると未希には、那美の気持ちに応えることが出来なかった。

 

 未希は堪らず答えに窮した。答えない未希に、段々と那美の顔に不安の色が浮かびだす。それを見て未希が何か答えねばと考えだした時――――――

 

「何してんの、2人とも?」

「あっ!?」

「ひゃっ!?」

 

 出し抜けに大河が横から顔を突っ込んできた。その登場の仕方に、2人は吃驚して体を仰け反らせる。

 まるで幽霊でも見たかのような反応をする2人に、大河は2人を交互にジト目で睨んだ。

 

「ちょっと? 2人揃ってそんな反応することないじゃん。流石に傷付くよ?」

「ご、ごめんなさい……ちょっとビックリしたもので」

「でも大河ちゃんの登場の仕方にも問題ある気が……」

 

 素直に謝る未希に対し、那美は大河にも問題ありと指摘した。それを黙って聞いている大河ではなく、素早く那美の背後を取ると彼女の両頬に手を伸ばし思いっきり引っ張った。

 

「何だとぉ? そんなこと言うのはこの口か! この口か!」

「いふぁいいふぁいっ!? ふぁおはひゃめへぇっ!?」

「ぷっ! うふふ、あはははっ!」

 

 両頬を引っ張られ抵抗する那美と、逃がすまいとする大河。じゃれる2人の様子が可笑しくて、未希は思わず笑い声を上げた。久し振りの心からの笑いは、乾いた体に水が染み込むような心地よさを彼女に与えてくれた。

 

 笑いながら未希は、例え一時のものであろうとこの平穏が今後も訪れてくれる事を願うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、未希は日課の遅くまで残る鍛錬を1人熟しながら、小さな違和感を抱いていた。

 

――今日は、ミラーワールドがやけに静かなような?――

 

 ここ最近は、例えライダーが現れなくてもミラーモンスターが活動するので一日一回は変身する必要がある事が多かった。

 だが今日は朝から一度も耳鳴りを聞いていない。捉え方によっては平和で良い事なのだが、未希は小さな違和感を拭えないでいた。

 

 結局彼女は違和感の正体に辿り着くことなく、鍛錬を終え着替えて道場を後にする未希。

 

「ッ!?!?」

 

 だが道場を出た瞬間、背筋に氷柱を突っ込まれたような悪寒が走り彼女はその場を飛び退いた。その直後、先程まで彼女が居た場所に太い銛の様な槍が突き刺さった。石突の部分には鎖が付いており、その鎖の先は鏡の中に続いている。

 

「ッ!? 仮面ライダー!?」

「ちっ、外した。腰抜けって聞いてたけど勘だけは鋭いね」

 

 舌打ちする敵ライダーに対し、未希は戦慄していた。何故ここまで近付かれるのに自分は気付けなかったのか。普通この距離でライダーが活動していれば、少しは耳鳴りがしても良い筈なのに。

 いや、それよりも今あのライダーは何か可笑しなことを口にした。未希はその言葉の意味が気になり、変身するのも忘れて問い掛けた。

 

「聞いてた?」

「アリスから聞いたよ。アンタ、ライダーのくせして他のライダーを倒せない腰抜けなんだろ?」

「なっ!?」

 

 まさかの返答に未希は言葉を失った。つまりこのライダーは、アリスから嗾けられて未希を始末しにきたライダーと言う事だ。

 

 先日未希がライダーバトルを避けている事に対して、脅すようなことを言ってきたアリスだったがまさか刺客を差し向けてくるとは思ってもみなかった。

 とは言えこのまま黙ってやられる訳にはいかない。アリスに自分がまだライダーバトルから降りた訳ではない事を伝える為にも、ここで戦ってみせなければ。

 

「くっ!…………あ、れ?」

 

 そう思いカードデッキを出そうとするのだが、どこを探してもカードデッキが見当たらない。体のあちこちを触り、荷物をひっくり返してもカードデッキは影も形も見当たらなかった。

 

 カードデッキ紛失。その事実に、未希の顔から血の気が引いた。

 

「嘘!? まさか落とした? どこで!?」

 

 今日は一度も手を付けていないので、可能性があるとすれば昨夜だ。大河にライダーの事を打ち明けたあの場所で、もしかしたら落としたかもしれない。

 

 それは非常にマズい事だ。何故ならカードデッキを手放すと言う事は契約破棄と同等の意味を持つ。そして契約を勝手に破棄すれば、待っているのはモンスターからの捕食である。

 

 全く予想もしていなかった事態に未希が顔面蒼白になっていると、襲撃してきたライダーが焦れたのか攻撃を再開してきた。

 

「変身もしないだなんて、本当に腰抜けだね。いいよ、戦えないならここで死にな!!」

 

 鎖を引っ張って銛を手元に引き寄せると、そのライダー――よく見るとカードデッキにはイカの様な紋章がある――は再び銛を投擲した。カードデッキを失った事に気を取られていた未希は、その銛を回避することが出来ない。

 

 目前に迫った死に、未希は思わず目を瞑る。

 

 しかし、銛が未希を貫く直前、何者かが間に割って入り迫る銛を剣で弾いた。何時まで経っても訪れない痛みと銛を弾いた際の金属音で、未希が恐る恐る目を開けるとそこには信じられない光景が広がっていた。

 

「ッ!? ファスト?」

 

 そこに居たのは仮面ライダーファスト。本来未希が変身する筈のライダーが、マッハセイバーで銛を弾いていたのだ。

 

「だ、誰ですか!?」

 

 未希は堪らず問い掛けた。一体何処でそれを手に入れ、何故自分を守ったのか? ファストの正体を知らぬ未希は当然疑問を抱く。

 その問い掛けに対し、ファストはと言うと――――――

 

「……フフッ」

「あ――――」

 

 小さく笑うと、ミラーワールドに入り銛を持ったライダーと戦い始めた。

 

 その戦い方は剣道を主軸に据えて戦う未希とは対照的に、一言で言ってしまえば喧嘩殺法。型もへったくれも無い、素人感丸出しの戦い方であった。ただ運動神経自体は悪くないのか、無様に剣に振り回されると言う醜態は晒していない。

 

 だがその戦い方以上に、未希はファストの上げた笑い声が気になった。つい最近も、どこかで聞いたことのある声。それに何より、自分に向けたあの視線。

 仮面で顔は見えなかったが、未希にはその正体が朧気ながら理解できてしまった。

 

「まさか……大河さん?」

 

 未希の視線の先で、大河の変身したファストは襲撃してきたライダーと激しく戦っていた。

 

「またお前に会えるとはね!」

「そりゃこっちのセリフ! 未希を狙うとは、良い度胸してんじゃない。昨日のリベンジも含めてタダじゃおかないから!!」

 

 このライダーこそ、先日大河が初めて戦った仮面ライダーであり、命からがら逃げる羽目になった原因でもあった。

 

 太刀と銛が激しくぶつかり合う。戦況はどちらかと言うと相手のライダーの方が押している。ファストは振り回される銛を太刀で防ぐが、基本的なパワーは向こうに分があるのか防御の体勢を崩されることが度々あった。

 

「そらっ!」

「ぐぅっ?!」

 

 体勢が崩されたところに、刺突がファストに襲い掛かる。薙ぎ払いや振り下ろしの様な線の攻撃ならともかく、点での攻撃を見極め防ぐ実力は彼女にはない。銛の先端は狙い違わずファストの鎧を傷付け、大河は痛みに声を上げる。

 

「今度は逃がさない。確実に仕留めてやるから覚悟しな!」

「どうかな!?」

 

 しかしファストもやられてばかりではない。先日の一件で彼女も学び、ライダーとしての戦い方を理解したのだ。

 

 即ち、モンスターの効率的な運用である。

 

【ADVENT】

 

 素早くマッハファルコを召喚したファストは、突風を起こさせ相手のライダーの動きを阻害した。敵は突風に吹き飛ばされまいと、銛を地面に突き立て踏ん張っている。

 今、敵は両手と武器を使えない。この瞬間を彼女は待っていたのだ。

 

「デヤァァァァッ!!」

「なっ!?」

 

 風に吹き飛ばされない様に踏ん張る敵ライダーに、ファストが風上から迫る。マッハファルコが起こす風をブースト代わりに、速度を上乗せされた一撃を放つ。それはさながら、ファストのファイナルベント『瞬翔斬』のインスタント版であった。

 

 風に乗って自身に迫るファストを見て、敵ライダーは踏ん張り続けるのは愚策と判断。銛から手を放しそのまま風に吹き飛ばされた。その直後ファストがマッハセイバーを振るった為、彼女の攻撃は空振りで終わってしまうが代わりに強風で吹き飛ばされ壁に叩き付けられる敵ライダー。

 

「がはっ?!」

「くそ、逃がしたッ!?」

 

 敵に一撃入れることが出来ず歯噛みするファスト。対する敵ライダーは、一時的にとはしてやられた事で怒りのままにファストを睨んだ。

 

「チッ!? やってくれんじゃないのさ!」

【SWORD VENT】

「流石に一筋縄じゃいかないな。それでもッ!!」

【GUARD VENT】

 

 今度は大型の両手剣を召喚し迫る敵ライダーに対し、ファストはマッハシールドを装着して迎え撃った。

 

 ミラーワールドで繰り広げられる2人の仮面ライダーによる戦いを、未希は鏡面にへばり付く様にして見ていた。

 

「大河さん……どうして――――!?」

 

 未希は何故大河が自分の代わりに仮面ライダーとなって戦うのか分からなかった。これは飽く迄未希の問題であって、大河には関係ない筈。

 よもやライダーバトルを聞いて、願いに目が眩んだ訳でもあるまいと言う確信はある。大河はそんな浅はかで安い女ではない。だがそうなると、彼女がファストに変身して戦う理由が分からなかった。

 

 ただ今一つ言えることは、大河が命懸けで戦っていると言う事のみである。

 

「大河さん……負けないで!」

 

 未希の激励が聞こえたからか、ファストの攻め手が増した。両肩に装着する小型の盾と言う、普通に生活していたら馴染みのない形状の防具に順応し始め敵ライダーの攻撃を凌ぎ始める。

 敵ライダーは焦りを浮かべずにはいられなかった。この戦いの中でファストが明らかに先日よりも強くなりつつある。

 

 天賦の才でもあるのか、それとも単純に呑み込みの良さがあるのかは定かではないが、とにかく大河の変身するファストは確実に強くなっていた。気付けば攻守が逆転して、今はファストが攻め敵ライダーが守りに回っている。

 

 傍から見ている未希も、このままなら大河が勝てるのではないかと思わずにはいられなかった。

 

 しかし、大河と敵ライダーには決定的に異なる部分が二つあった。一つはライダーとしての戦いの絶対の経験。そしてもう一つは、戦いに対する心構えである。

 

【ADVENT】

 

 一瞬の隙を突き、敵ライダーがファストから距離を取り契約しているモンスターを召喚した。人間の姿をしたイカのようなモンスターで、背中から生えた6本の触手にはそれぞれ銛や剣などの武器が持たれている。

 

 そのモンスターはファストではなく、あろう事かミラーワールドの外の未希に襲い掛かろうとした。それを見てファストの意識がそちらに逸れる。

 

「ッ!? 未希逃げて!!」

「ばぁか!」

 

 思わず敵ライダーに視線を向けてしまったファスト。相手はそれを待っていた。

 意識が別の方に向いているファストを、敵ライダーは容赦なく切り裂いた。

 

「あぁっ?!」

「大河さん!?」

「フン、甘っちょろいねぇ。来い!」

 

 敵ライダーはモンスターを呼び寄せると、斬られて体勢を崩したファストの手足を触手で拘束させた。大の字で空中に磔にされるファストを、相手は舐めるような視線で見る。

 ファストは必死に体をよじって抵抗するが、無駄な努力であった。

 

「く、そ!? この卑怯者――――!?」

「勝てばいいのよ……何をしようがね!」

 

 そこからは完全に敵ライダーの独壇場であった。拘束され抵抗できない、防御すらできないファストを手に持った剣で滅多切りにしていく。

 周囲にファスト――大河の上げる悲痛な叫び声が響き渡った。

 

「あう!? ぐあっ?! あぁぁっ!?」

「大河さん!? 止めて!? お願い、もう止めてぇ!?」

 

 未希の必死の懇願も空しく、敵ライダーはファストがボロボロになってもまだ攻撃を止めなかった。前面がボロボロになると、モンスターに地面に叩き付けさせて今度はがら空きになった背中を踏みつけながら滅多切りにすると言う徹底ぶり。

 

 遂には大河は声も上げられない程になってしまった。

 

「うぅ…………あ、ぁ……」

 

 両手を拘束されて吊り下げられても、ロクに声も上げなくなったファストを敵ライダーは満足そうに眺める。

 

「ん~ん~、良い眺めだ。アタシをコケにした奴の惨めな姿を見るのは気分がいい」

「は……はっ、悪趣味……」

 

 なけなしの力を振り絞って相手を挑発するファストを、敵ライダーは鼻で笑った。

 

「その悪趣味な女に、お前は今から殺されるんだよ」

 

 そう言ってそいつはトドメの一撃となるファイナルベントをカードデッキから引いた。

 

 未希はその光景を見て、ガラスを叩きながら声を上げる。

 

「お願い止めて!? 止めてぇっ!? ファストは本当は私なの!? だからお願い、大河さんは見逃して!? 代わりに私を殺していいから!?」

 

 未希の心は後悔で一杯だった。何故先日、自分は大河に全てを話してしまったのか。話さなければ、大河がこんな行動に出る事も無かった筈だ。

 いや、そもそも、この事態を招いたのは自分の弱さに原因がある。全てを割り切り、正樹の為にと敵の命を奪う事に躊躇しなければこんな事にはならなかった。

 

 覚悟を決めきれず、友に甘え、その結果がこれだ。未希は今どうしようもなく自分自身の弱さと甘さが憎かった。

 

 だがそんな彼女の思いなど敵ライダーは知った事ではない。どちらが本物かなど関係なく、ライダーを倒せればそれでいいのだから。

 

「それじゃ、これで終わりっと……」

「止めてぇぇぇぇぇッ!?!?」

 

 ライダーが杖の様な形状の召喚機にファイナルベントのカードを装填しようとした。

 

 その時である。

 

【ADVENT】

 

 何処からか聞こえてきた音声。それと共に彼女達の元に巨大な蛾の様なモンスターが飛翔し、口から吐いた糸でファストを吊り下げているモンスターを地面に拘束してしまった。

 

「なっ!? 誰だ!?」

【SWORD VENT】

「ハッ!」

 

 突然の乱入者に驚く敵ライダー。乱入してきた新たなライダーは、答えることなく召喚したレイピア型の剣で攻撃し敵ライダーをファストから遠ざけた。

 

 自分を拘束していたモンスターが逆に地面に拘束された事で、解放され地面に倒れるファスト。新たに乱入してきたライダーは、口笛を吹いて合図を出しライダーの相手をモンスターにやらせると自分は倒れたファストを未希の所まで連れて行った。

 

「早くこの子と逃げなさい」

 

 そのライダーはそれだけ言うと、再び敵ライダーとの戦闘を再開した。戦闘が再開されると同時に大河は元の姿に戻る。その姿は見るも無残なほどにボロボロで、未希は両目から涙を零しながら声を掛けた。

 

「大河さん!? 大河さんしっかりしてください!?」

「う、うぅ……」

 

 未希の声に反応して、大河の瞼が震え薄く開かれる。まだ彼女が生きている事に未希は僅かな安堵を見せると、戦闘に巻き込まれる事がないようにと彼女の両脇を引き摺ってその場を離れた。

 

 そして安全と思われる所まで移動したところで大河を寝かせると、彼女に何故こんな事をしたのかと訊ねた。

 

「大河さん……何故こんな事を? 何で大河さんが、私の代わりに?」

「そんなの、決まってんじゃん……未希に、こん、な……うぅ……危ない事、やらせる、訳にはいかない、し……」

「そんな…………そんなの!?」

 

 未希は言葉を返せなかった。大河は未希の事を思い、彼女の代わりに戦って正樹を救おうとしたのだ。自分の為ではなく、未希の為に命を懸けたのだ。そしてこの通り、大怪我をした。

 

 自分の所為で大切な友が傷付き倒れた現実に、未希は手足の先の感覚がなくなるような感覚に陥った。

 

「そんなのおかしいですよ!? 何で私の為にそこまでッ!?」

「友達が、さ……苦しむ姿を放っておくなんて、出来る訳ないじゃん? とは言え…………流石に、漫画やアニメ、みたいにはいかなかったけど、ね…………」

「大河、さん?」

 

 徐々に力が抜けていく大河の様子に、未希は嫌な予感を感じた。

 

 そして――――――

 

「ごめん…………未希」

 

 その言葉を最後に彼女の瞼は閉じられ、何の反応も示さなくなった。その姿に未希の顔からは血の気が引いた。

 

「大河さん? 大河さん!? いや!? しっかりしてください!?」

 

 今度は必死の呼び掛けにも反応しない。呻き声一つ上げず、瞼は硬く閉じられていた。

 

「大河さん!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未希の悲痛な叫びを、校内に残っていた教師が偶然聞き付け救急車が呼ばれた。

 

 大河は呼ばれた救急車によって病院に搬送されると治療を施され、幸いな事に一命は取り留めた。

 ただ全身のダメージが酷く、回復して目を覚ますには少し時間が掛かるだろうとの事だ。

 

 運び込まれた病院の一室で、死んだように眠る大河の姿を未希は虚ろな目で見つめていた。

 

――私の所為だ……私の……――

 

 大河がこんな無茶をしたのは、元はと言えば自分の弱さの所為だ。他のライダーを殺せない程心が弱く、正樹を助けると言う決意が弱かったから、大河は未希の代わりにライダーバトルに参加してこんな目に遭ったのだ。

 

 それを思うと未希はもう大河は勿論、那美にすら合わせる顔が無かった。

 

「未希ちゃん!? 大河ちゃん大丈夫!?」

 

 と、そこに、どこで話を聞きつけたのか那美が飛び込んできた。息を切らせている辺り、相当急いできたのだろう。汗で前髪が額に張り付いている。

 

 那美は病室に入るなり、ベッドの上で眠る大河に近付いた。

 

「大河ちゃん!? ねぇ未希ちゃん、大河ちゃんは!?」

「落ち着いて那美ちゃん。大河さんなら大丈夫。暫くは眠ったままですけど、いずれ目を覚まします」

「ほ、ホント? あ~、良かったぁ」

 

 未希の言葉に那美はホッと胸を撫で下ろす。一先ず命に別状はないと分かり、安堵したようだ。

 

「大河ちゃん、早く元気になるといいね。文化祭じゃ飛びっきりの……って、未希ちゃん?」

 

 最大の不安が無くなったからか、何時もの調子を取り戻した那美。そんな彼女の脇を通り過ぎて、未希は病室を出ようとした。

 

 突然何も言わず去ろうとする未希を、那美は思わず呼び止める。彼女の様子に違和感を感じたのだ。

 

「未希ちゃん、どうしたの? ねぇ未希ちゃん?」

 

 呼び掛けても何の反応も返さない未希に、那美が近付いて腕に触ろうとする。

 

 次の瞬間、未希は近付いてきた那美を突き飛ばした。

 

「きゃっ!? み、未希ちゃん――――?」

「…………駄目ですよ、那美ちゃん。私に近付いちゃ……」

 

 思いもよらない行動に呆然としている那美に、未希が声を震わせながら話し掛けた。まるで泣いているような声だが、その目からは涙は零れていなかった。

 

「私の近くに居る人は、皆酷い目に遭うんです。先輩も……大河さんも……だから、那美ちゃんも私に近付いちゃいけません」

「何、言ってるの? そんなの、未希ちゃんの所為って訳じゃ――――」

「いいえ、私の所為です。全て、私の所為なんです。大河さんがこんな怪我をしたのも…………だから、那美ちゃんとはもう友達じゃいられません。那美ちゃん迄こんな目に遭ったら、私はもう…………」

 

 未希は、孤独の道を選んだ。自分と関わりのある人は皆不幸になる。そうすれば、自分の所為で不幸になる人は誰も出ない。彼女はそう考え、那美とは縁を切る事にした。

 勿論那美の方は納得できなかった。彼女には大河の怪我と未希の因果関係が全く分からないのだから。

 

「そんなのおかしいよ!? 未希ちゃん何も悪い事してないじゃん!? 大河ちゃんだって、未希ちゃんが悪いなんて言わないよ!?」

 

 那美はそう言って未希に掴み掛るが、今度は先程よりも強い力で突き飛ばされた。余りの力の強さに、那美はその場で尻餅をつく。

 

「うあっ!?」

「ごめんなさい…………もう私には話し掛けないで。私ももう、貴女には近付きませんから」

 

 そう言って未希は踵を返し病室を出る。

 那美はその背に必死に手を伸ばした。

 

「待って! 未希ちゃん、待って!?」

「……さようなら、“真中さん”」

 

 その言葉を最後に、未希は病室を出ていった。伸ばした那美の手は届かず、目の前で扉がピシャリと閉められる。

 

 残された那美は閉じられた扉と何も掴めなかった手を見つめ、その場に蹲ると大粒の涙を流した。

 

「嫌だ……こんなの、嫌だよぉ――――!?」

 

 どうしてこんな事になってしまったのか。友の1人は眠り続けて何も言わず、もう1人の友は自分を拒絶して去っていった。

 

 平和な日常が音を立てて崩れていくのを感じ、那美は1人絶望に涙を流していた。

 

「うぅ、うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 大河の眠る病室に、那美の鳴き声が響く。

 

 僅かに漏れ聞こえる泣き声を背に、未希は病院の廊下をひたすらに歩いていた。

 

『僕なりの、愛の形……かな? 僕が今持てる全力で未希を描いて、僕の愛を表現したいんだ。…………だめ、かな?』

 

『那美だって、ここ最近未希の様子がおかしい事には気付いてる。もし何か困ってることがあるならアタシら幾らでも相談に乗るよ。アタシら2人とも、あんたの事が好きなんだからさ』

 

『未希ちゃんも大河ちゃんも、2人とも那美ちゃんの大事なお友達だもん。元気でいてほしいって思うよ』

 

 正樹と、大河と、那美との思い出が次々と脳裏を過っていく。今この時から、未希はそれら全てと距離を取る事を決めた。それが何よりも、彼らの為になるからだ。少なくとも未希はそう考えていた。

 

――これで良いんだ……これで――

 

 これこそが最善の道と自身に言い聞かせる未希。

 その目からは、一筋の涙が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未希は決意した。何が何でもライダーバトルに勝ち、正樹を目覚めさせてみせると。

 

 そして願いを叶えた暁には、いつか目覚めた大河と那美に謝罪し、平和な日常を取り戻してみせると固く心に誓った。

 

 その為になら、鬼にも修羅にもなろう。そんな決意を胸に、未希はライダーバトルに臨んだ。

 

 今、未希が変身したファストの前には仮面ライダーが居る。決意を新たにして最初の相手だ。

 

「仮面ライダーですね…………私と戦っていただきます」

【SWORD VENT】

 

 ファストはマッハセイバーを召喚し、目の前のライダーに斬りかかった。

 

 その瞬間彼女の脳裏を、正樹、大河、那美の顔が過るのだが、彼女はそれを振り払った。戦う上で、そんなものは邪魔でしかない。もう甘えないと誓ったのだから。

 

 願いを胸に抱き仮面ライダーと戦うファスト。しかし彼女の脳裏には、何時までも大切な3人の顔がチラつくのだった。




と言う訳でファスト編最終話でした。

今回、未希以上に那美がえらいドボドボになった気がする。戦いの事を何も知らない彼女からすると、未希が豹変して自分から離れたようにしか見えないかもですね。
因みに未希、覚悟を決めたように見えますが最後の描写の通り実際は未練も迷いも続いてます。気付かないフリをしてるだけです。
つまり何かあればまた精神的に崩れる可能性ありです。

大河はどうしようか悩みましたが、最終的に意識不明で入院していてもらいました。何と言うか、殺すには少し惜しい気がしたので。本編で活用されるかは分かりませんがね。

それと大河の窮地を救いにやって来たのは、私が応募した三人目のライダーになります。現状彼女が採用されたのか不明ですが、もし採用されて本編に登場することがあれば彼女のスピンオフも描く予定です。

さて、次回ですが…………私と同じくツルギのスピンオフを描かれているマフ30さんが生みの親である喜多村 遊ちゃん( https://syosetu.org/novel/241588/ )とウチの子、麗美/瑠美とのコラボレーションストーリー(マフ30さんと大ちゃんネオさん承諾済み)となります。
もう今からでも血みどろの気配がプンプンです(;'∀')

次回の更新もお楽しみに!それでは。


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コラボストーリー・レイダー編
クロスストーリー・1:あり得なかった出会い


どうも、黒井です。

今回は三次創作の上にコラボストーリーと言うある意味ごった煮なお話。マフ30さんの三次創作「仮面ライダーツルギ・スピンオフ/ドキュメント・レイダー( https://syosetu.org/novel/241588/ )」とのコラボになります。

互いに戦う為に戦う2人の少女のお話を、どうかお楽しみに!


 日本国内の地方都市、聖山市。

 ここでは平和に人々が生活している裏で、幾人もの少女達により己の願いを叶る為のバトルロワイヤル、ライダーバトルが行われていた。

 

 ある者は自分の願いの為、ある者は人を守る為にライダーとなり日夜戦いを繰り広げていた。

 

 だがその戦いは、多くの者が知る事は無いが何度も修正が加えられていた。ゲームマスターである美少女・アリスにとって望まない展開になった時、彼女は『タイムベント』によって時間を巻き戻してきたのだ。

 

 その結果、小さな相違点を持つパラレルワールドと呼べる世界がいくつも発生した。

 

 例えば、出会う筈の人物同士が出会わなかったり、存在しない人物がライダーバトルに参加したりなど相違点は様々である。

 

 その中には当然、現在進行している正史とも呼べる時間軸では出会う事のない者達が出会う世界線も存在した。

 

 これから語るのはアリスの身勝手によりなかった事にされた、物語の一つ。

 恐らく正史では出会う事がないだろう2人の少女の物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うだるような暑い夏のある日、聖山市の街中を1人の少女が徘徊していた。手入れの施されていないぼさぼさの長い銀髪に、男なら振り向くだろう顔とスタイルの磨けば輝くだろう美少女だ。

 

 この少女の名前は喜多村(きたむら) (ゆう)。一応この街に存在する聖山高校に通う女子高生である。尤も授業には殆ど出席していない、所謂不良少女のレッテルを貼られた身ではあるが。

 今の時間は日の傾きから分かるが大体昼近く。こんな時間に制服姿の女子高生が街中を出歩いているなど、警察に知られれば即刻補導ものであるが、今は夏休みなので制服姿で出歩く事自体に問題はない。

 

 ただし彼女の場合、前述した不良少女である点ともう一つの問題点から警察には目を付けられているので、例え夏休みであっても彼らの目に留まる事は彼女としては避けたいところではあった。

 

 さて、そんな彼女が態々制服姿で街中を出歩いているのは何故か?

 

 それはズバリ、喧嘩の為である。

 遊の嗜好を一言で表すならば、バトルジャンキーが最適であろうか。彼女は常に闘争を求めており、日夜血沸き肉躍る戦いを求めていた。

 制服姿なのは、不埒な事を考える輩を誘き寄せる餌としての意味があった。

 

 この日も彼女は、自身を満足させる闘争を求めて街を彷徨っていたのだが、成果は芳しくない。既に数か所ほど、穴場とも言える場所を巡りはしたのだが、この暑さの所為で悪漢達も鳴りを潜めているのか全く遭遇する事が無かった。

 

「うぁ~ち~……流石に今日は釣れないかなぁ。今日は“鏡の中”も静かだし、諦めてアイスでも買って帰ろうかなぁ~」

 

 一部可笑しなことを呟きながらその場を離れようとする遊。

 

 その彼女の目に、数人の男達によって裏路地に引き摺りこまれる1人の少女の姿が映った。何処かフワフワとした印象を受ける、遊に負けず劣らずやたらと胸の大きな少女である。

 

「ッ!! にはは、見~付けた!」

 

 予定と少し違ったが、何にせよ喧嘩が出来るなら何でもいい。いや寧ろ、喧嘩をする理由が出来た。

 あの男達は恐らくあの少女を辱める気だろう。遊から見ても見事な双丘を持つ美少女だ。獣欲を抑えもしない男達からすれば、極上の獲物に違いない。

 

 悪漢達の欲の捌け口にされそうな少女を助ける為に、悪漢の群れに喧嘩を吹っ掛ける。我ながら名案だと大きく頷くと、連中の後に続いて裏路地に入っていく。

 

 全く臆することなく裏路地を進む遊だが、次第に違和感を感じ始めた。妙に静かすぎる。

 自分の事を棚に上げるが、普通あの年代の少女が悪漢に囲まれたとなると悲鳴の一つを上げてもおかしくはない筈である。それどころか、裏路地に入ってからここまで所々に物が散乱していたにも拘らず、少女が抵抗した様子が全く見当たらないではないか。

 

 これは一体どうしたことか?

 首を傾げながら裏路地を進んでいくと、徐に開けた所に出た。ビルの並び方の関係で出来た、空き地的なスペースに出たらしい。周囲には建材の余りなのか、鉄パイプなどが無造作に置かれている。

 

 目的の集団はその奥の方に居た。内訳は男が5人に件の少女が1人。その少女はと言うと、突き飛ばされでもしたのか壁を背にして地面に座り込んでいる。その周りを男達が囲んでいた。

 

 傍から見れば絶体絶命のピンチ。しかしそんな状況にありながらも、少女には焦りや恐怖を感じている様子がない。寧ろ何かを期待しているかのようだ。

 もしや、そう言う嗜好の変態的性癖を持っているのか? とも考えるが、第三者視点から見れば1人の少女を男が数人掛かりで襲おうとしている様にしか見えない。となれば、乱入する事に問題はない筈だ。

 

「そりゃぁぁぁぁぁっ!」

「あ――――」

「え? ぐはぁっ?!」

 

 先手必勝と、遊は男たちの意識が少女に向いている隙に背後から飛び掛かり、一番近くに居た男に背中から飛び蹴りを喰らわせた。全く意識していなかった攻撃を喰らい、男は物凄い勢いで壁に頭から激突し一撃で意識を刈り取られる。

 

「な、何だテメェ!?」

「ムフー! 丁度いい喧嘩の理由作ってくれてありがとう! 次は君だ!」

 

 遊は最初に蹴り飛ばした男に続き、傍に居た男の顔面に拳を叩き付ける。まだ遊の乱入による驚愕から立ち直れていない男は、粗削りながら腰の入った拳を諸に喰らい鼻血を噴き出しながらひっくり返った。

 

 ここで漸く男達は遊を敵と判断し、一斉に殴りかかった。

 

「このアマッ!?」

 

 1人が横から殴りかかり、もう1人が近くに落ちていた鉄パイプを振り下ろす。

 遊の視界に映っていたのは殴りかかってきた男の方。鉄パイプを振り下ろしてきた男は気配がするだけで何をしているのかまでは見えていなかった。

 

 しかし遊は動物的直観で視界外の男が鉄パイプを振り下ろしてきたことを敏感に察知し、殴りかかってきた男の腕を取るとそいつを盾にして鉄パイプを防いだ。

 

「よいしょっと!」

「うおっ!? がっ?!」

「なぁっ!?」

 

 意図せず仲間を殴ってしまった事に、鉄パイプを握る男は動きを止めてしまう。盾にした男を捨てると、遊はそいつに飛び掛かった。

 

「さぁ次は君の番!」

「舐めるな!?」

 

 鉄パイプを持って棒立ちする男に飛び掛かる遊だったが、ここで最後の1人が横からタックルを喰らわせて遊の動きをキャンセルさせた。体勢が崩れ、遊の動きが止まる。

 

「おわっ!?」

「オラァッ!」

「う゛っ!?」

 

 遊の動きが止まったのを好機と捉え、タックルした男はそのまま彼女に殴りかかった。腕力に任せた力任せの拳が、遊の頬と腹に突き刺さる。

 そこに更に、気を取り直した鉄パイプを持った男の振り下ろした鉄パイプが遊の背中を強かに打った。勢いに押されて遊はそのまま地面に這いつくばる。

 

 この時点で男達は勝ったと思った。多少腕に覚えはあるみたいだが、所詮は少女。これ位痛めつければもう動けないだろうとすっかり油断していた。

 

 だが次の瞬間、遊は全身をバネにして飛び起きると鉄パイプを持った男に一気に近付き、油断している男の顎をアッパーカットで殴り上げた。

 

「油断大敵!!」

「ぐぎ?!」

 

 顎をかち上げられて仰け反る男。そのまま仰向けに倒れる男だったが、遊はその男に馬乗りになるとそいつの顔面を徹底的にボコボコにした。

 

「いやぁ、武器に頼ったとは言え良い一撃だったじゃないか! 今のは久々に効いたよ!」

「あがっ?! や、やめっ!? おぐっ?!」

 

 まるで恨みを晴らすかの如く鉄パイプを持っていた男をタコ殴りにする遊だが、そいつに対する怒りは微塵も抱いていない。ただ単純に、殴りたいから殴っているだけである。

 

 1人無事な男は、仲間が全員やられ1人がタコ殴りにされている様に恐怖を抱き、踵を返して逃げ出した。

 

「や、やってられるか!?」

 

 幸いな事に遊は、自分を強かに殴った鉄パイプの男に夢中になっている。逃げるなら今の内だった。

 

 そう思い、遊に背を向け連れ込んだ少女の前を通って逃げようとする最後の男。だが次の瞬間、彼は何かに躓いて派手に転んでしまった。

 

「うぉわっ!? い、つつつ……何だ?」

「ん? あっ!? 君もしかして逃げようとした!?」

「ヒッ!?」

 

 派手に男が転んだことで、遊は男が逃げ出そうとしていた事に気付くとそれまでタコ殴りにしていた男の上から退き、転んで倒れた男に歩み寄った。それまでタコ殴りにされていた男は、顔が原形を留めていなかった。

 

「ち、チクショウめぇぇぇぇっ!?」

 

 もう逃げられない事を本能的に悟ったのか、男は半ば自棄になって遊に突撃する。自分に向かって半狂乱で殴りかかってくる男に、遊は嬉しそうに笑みを浮かべるとそいつとノーガードの殴り合いを始めた。

 

 一組の男女が全力で殴り合いをする様を、連れ込まれた少女はジッと見つめんている。心なしかその視線は、どこか熱を帯びている様に見えた。

 

「ぐ……ち、くしょう――!?」

 

 その時、最初に遊に蹴り飛ばされた男が意識を取り戻した。男は遊が仲間の男と殴り合いをしているのを見て、隙だらけと思ったのかナイフを取り出し駆け寄っていった。

 

「死ねオラァ!!」

「ん? げっ!?」

「逃がすか!?」

 

 最初の男が意識を取り戻し、更にはナイフを手に突っ込んでくるのを見てマズいと思ったのか回避しようとする遊。しかし殴り合いをしていた男は、遊を逃がすまいと後ろから羽交い絞めにした。

 普通に考えて、このままナイフで遊を刺すことが成功して彼女が命を落とした場合、男達はただでは済まないのだがそんな事は彼らの頭にはなかった。

 遊が大暴れし過ぎた所為で、殺す気で掛からなければ自分達の身が危ないと半ば強迫観念に駆られたのだ。

 

 そのままナイフが遊に迫る。遊は咄嗟に自分を羽交い絞めにしている男に肘鉄を食らわせ拘束から逃れようとした。

 

 だが遊の肘が背後の男に突き刺さると同時、遊とナイフの間にそれまで座り込んでいた少女が割り込んできた。少女はナイフに向かって手を伸ばし、結果ナイフの刃は少女の白く華奢な掌を易々と貫通した。

 

「あっ!?」

 

 これには流石の遊もちょっと焦った。遊はバトルジャンキーであり倫理観や価値観が常人とは大分ズレているが、それでも男達に襲われそうになっていた少女が自分の身代わりとなって傷付くのを見たら罪悪感の一つも抱く位には人間性を残していた。

 

 しかし――――――

 

「――――――――――うふ」

「うん?」

 

 遊からは少女の背中しか見えないが、確かに聞こえた。少女が笑った声を、遊は間違いなく聞いたのだ。

 

 この瞬間少女がどんな表情をしていたかは、ナイフを持った男がしっかりと見ていた。いや、見てしまったと言った方がいいだろうか。

 

 少女は自分の手がナイフで刺されたのを見ると、口を三日月の様に歪めて笑ったのだ。その目は己の血で塗れたナイフの刃を、とても愛おしそうな目で見ている。

 

――何だ、この女!?――

 

 遊も大概だったが、この少女も明らかに異常だった。何処の世界に自分の手をナイフで刺し貫かれて、笑うことが出来る少女が居ると言うのか。

 

 見ただけでバトルジャンキーと言うのが丸分かりな腕っぷしの強い遊に比べて、この少女は何を考えているのか分からずとても不気味だった。

 

 不意に、少女が視線だけを動かして男の事を見る。熱を帯びた、しかしそれでいて暗く淀んだ目と視線が合った。

 全身の毛がゾワリと逆立つのを感じた。直感的にだが、男にはこの少女が同じ人間とは思えなかった。

 

「とりゃぁぁぁっ!」

「ぐふっ?!」

 

 男が少女から目が離せずにいると、その隙に羽交い絞めにしていた男を叩きのめした遊が続いてその男も殴り飛ばした。殴られた男は今度こそ完全に意識を刈り取られ、殴り飛ばされた拍子に少女の手からナイフが引き抜かれた。

 

 一方悪漢を全て倒した遊は、自分が顔に痣を作っているのも棚に上げて少女の手を心配した。

 

「あちゃぁ、無茶したねぇ。大丈夫?」

「? 何が?」

「いやいや、何がって……これ」

「これ……?」

 

 遊が少女の、ナイフが抜けて血が流れ落ちる手を指差す。対する少女は、一体何が問題なのか分かっていないのか首を傾げている。

 

 その様子にこの少女は痛覚が無いのかと疑問を抱く遊だったが、このまま放っておくのも後味が悪かったので最低限の手当てでもと自分のハンカチを取り出し包帯代わりに少女の手に巻いた。ただハンカチを巻いただけなので、直ぐ血が滲みハンカチが赤く染まる。

 

「う~ん……まぁ、ないよりマシか。ゴメンね、君に怪我させるつもりは無かったんだけど」

「ん~ん、大丈夫」

 

 少女は本当に何でもないかのように振舞っているが、自分の楽しみに結果的にとは言え堅気の者を巻き込んでしまった事に遊は納得がいっていなかった。何より、この少女には危ない所を助けてもらった恩がある。

 

「よし! ここで会ったのも何かの縁だし、怪我させた詫びと助けてくれた恩を兼ねてアイスを奢ってあげよう! わたしも丁度暑くて食べたかったしね!」

 

 さぁ行こうと、遊が少女を手招きして裏路地を後にしようとする。

 その遊の背に、少女が声を掛けた。

 

「麗美」

「へ?」

「私の名前。氷梨 麗美」

「あ、あ~……氷梨 麗美ね。わたしは喜多村 遊だよ」

 

 徐に告げられた名前に、遊は自身も驚くほどあっさりと名乗り返した。その事に些細な違和感を感じつつ、暑さとアイスへの渇望で違和感は流され遊はその場を後にした。

 

 残された麗美は先に歩いていった遊の背を熱っぽい目で見つめ、自分の手に巻かれた彼女のハンカチのまだ血の滲んでいない部分に鼻を近付けると思いっきりそこの匂いを嗅いだ。

 

「すぅ…………、はぁ……」

 

 ハンカチに残った遊の匂いと自分の血の混じった匂い。それら二つが混じった匂いにどこか満足そうな顔をする麗美。

 

「お~い! どしたの~?」

 

 一向についてこない麗美に、遊が呼びかけてくる。麗美は彼女の声に、笑みを浮かべながらついて行った。

 

 2人が向かったのは、出会った裏路地から少し歩いたところにある公園。そこではこの季節に合わせてか、アイスの移動販売が行われている。何種類かあるアイスから好きな奴を選んでコーンに乗せる奴だ。

 

 途中水道で適当に血を落とした2人は、横に並んで何を買うか選んだ。

 

「ん~? ここはやっぱりバニラかな?」

 

 遊は早々に何にするかを選んだ。選んだのはオーソドックスなバニラアイス。クリーム色の丸いアイスがコーンに乗せられる。

 

 一方の麗美はと言うと、どれにするか悩んでいるのか顎に手を当てて目を何度も往復させていた。よく見ると、何かブツブツと呟いている。

 遊は彼女の独り言がきになり、アイスを舐めながらそれとなく近付き耳を聳てた。

 

 すると――――――

 

「瑠美――どれに――――私――え~?――」

 

――瑠美?――

 

 麗美が口にした瑠美と言う人名らしきものに、遊が首を傾げる。と言うか、麗美は一体誰と話しているのか? 見た所彼女の視線は相変わらず目の前に並ぶアイスに釘付けで、他に誰かいるようには見えない。

 

 暫く遊が観察していると、徐に麗美ががっくりと肩を落としチョコのアイスを注文した。

 

 コーンに乗った茶色いアイスを、麗美は一口舐める。その様子はあまり乗り気ではなさそうで、一舐めする毎に小さく溜め息を吐いていた。

 

「どうしたのさ? 折角人の奢りでアイスが食べれるってんだから、もっと嬉しそうにしたらどうだい?」

「私はイチゴが食べたかったの」

「え? じゃあ何でチョコ?」

「瑠美とジャンケンで負けちゃったから」

「瑠美? さっきもチラッと聞こえたけど、誰それ? 何処に居るのさ?」

 

 改めて周囲を見渡しても誰も居ないし、そもそもアイスを食べているのは麗美だ。一体彼女が何を言っているのか、訳が分からず遊は怪訝な顔をする。

 

 すると麗美は、遊と目を合わせると自分を指差して口を開いた。

 

「さっきから目の前に居るよ」

「へ?」

「居るよ。今も貴女を……遊を見てる」

 

 夏の炎天下の中、セミの鳴き声をBGMに見つめ合う2人の少女。気付けば2人の手の中のアイスが溶けてしまっていたが、2人は互いに相手から目を逸らさずにいた。

 

 どれ程そうしていただろうか。気付けば周囲から音が無くなるような感覚に遊が捉われ始めた。

 不意に2人の間を熱気と湿気が籠った纏わり付く様な風が吹き抜け、麗美の左目を隠していた前髪が右目に掛かりそうになる。

 

 その時、耳に覚えのある耳鳴りの様な音が響いた。

 

「ッ!?」

 

 弾かれるように音のした方を遊が見ると、麗美は立ち上がり何処かへと歩き始めた。

 

 突然の彼女の行動に、遊がそちらに意識を向ける。遊の視線を背中に感じてか、麗美は肩越しに背後を振り返った。

 

「アイス……ありがと。またね…………うふ」

 

 返答を待たず、笑みを浮かべたまま立ち去る麗美の後姿を遊は少しの間見ていたが、まだ耳鳴りの様な音が響いているのに気付くと急いでその場を走り去っていく。

 

 遊が走り去るのを気配で感じ取っていた麗美は、まだ手の中にあるすっかり溶けたアイスを一舐めした。

 

「…………ねぇ、瑠美? あの子どう思う?」

 

 誰も居ない虚空に話し掛ける麗美。それに対し、答えたのは彼女自身。気付けば右目が前髪で隠れた彼女が、その問いに答えていた。

 

「アヒャ!……それ聞く? 態々ブラックスキュラを嗾けて呼び寄せたくせに」

「うふふ……」

「アヒャヒャ!」

 

 自分で自分に話し掛けながら、彼女は近くのトイレの中に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、麗美と別れた遊は、人気の無い場所に辿り着くとポケットから鏡の破片を取り出し宙に放り、落下する鏡の破片にカードデッキを翳しVバックルを出現させる。

 

「変身!」

 

 ガンスピンの様にカードデッキを手の中で回し、こめかみに押し付けて合言葉を口にする。そしてカードデッキをVバックルに装填すると、遊の姿は黒いアンダースーツに分厚く武骨なメタリックグリーンの装甲を身に纏う仮面の騎士に変化した。

 

 これこそが仮面ライダーレイダー。遊が鏡の世界ミラーワールドで行われる、命と願いをベットしたバトルロイヤル・ライダーバトルに参加する為の鎧である。

 

「さて、行くよ!」

 

 レイダーは意気揚々と鏡の破片に飛び込みミラーワールドへと入った。

 

 それと時を同じくして――――――

 

「ん……はぁ、変身」

 

 トイレの洗面所で、麗美が遊と同じように仮面ライダーに変身していた。カードデッキにキスを落とし、左頬に当て熱に浮かされたように言霊を口にする。

 麗美が変身したのは、レイダーと同じく黒いアンダースーツの仮面ライダー。ただし重厚な鎧を持つレイダーと違い、こちらの鎧は申し訳程度。代わりに頭と肩、腰にボロボロの黒い布を身に付けている。

 

 その姿はまるで未亡人か何かの様。これが彼女の変身するライダー、仮面ライダーウィドゥであった。

 

 麗美がウィドゥに変身しミラーワールドに飛び込んだ頃、レイダーは一足早くミラーワールドに入り耳鳴り音の発生源であるモンスターかライダーを探していた。

 

「モンスター、ライダー、どっこかな~♪ 隠れてないで出ておいで~♪」

 

 久々の命を懸けた闘争の予感に上機嫌のレイダー。先程麗美に対して抱いていた疑問やら何やらは既に忘却の彼方となっていた。

 

 鼻歌混じりにミラーワールドを歩くレイダーだったが、高架下に入るなり突然歌うのを止めるとレイダーは背後斜め上に向けて拳を振り上げた。

 するとそれに合わせたかのように一体のミラーモンスターがレイダーに飛び掛かり、まるで拳に吸い寄せられたかのように殴り飛ばされた。

 

 レイダーに殴り飛ばされたのはアビスラッシャーと言うモンスター。ミラーワールドに生息する鮫型モンスターだ。

 

 見た所野良のモンスターであるらしく、周囲に契約しているライダーは見当たらない。

 

「野良のモンスターか。ちょっと物足りないけど……うん! 問題なしだね! さ、わたしと存分に喧嘩しよう!」

【STRIKE VENT】

 

 レイダーは自身が契約しているモンスター・ガッツフォルテの両腕を模した巨大なガントレット『ガッツナックル』を装着しアビスラッシャーに殴り掛かった。アビスラッシャーは両手にサメの歯を繋ぎ合わせた鋸の様な剣を構えてレイダーを迎え撃とうとするのだが――――――

 

 突如アビスラッシャーが苦しんだかと思うと宙に引っ張り上げられた。こんな能力もあるのかとレイダーが歩みを止め上を見上げると、今の考えが間違いであったことに気付く。

 

「おぉっと?」

 

 レイダーが上を見上げた先では、何度か相手をした事のあるディスパイダーを小さくしたような蜘蛛型のモンスターが口から吐く糸でアビスラッシャーを縛り首の様に吊り上げていた。

 

「おやおや、漁夫の利狙いかい? モンスターにしては姑息だね。ま、お陰でこいつを殴り易くなったし、お代わりも来てくれてこっちとしては嬉しいけど……」

 

 サンドバッグ状態になったアビスラッシャーを殴り倒し、次に上に居る蜘蛛型モンスター・ブラックスキュラと戦おうと考えるレイダーだったが、その思惑は早々に崩れ去る。

 

 突然アビスラッシャーが体をビクリと振るわせたかと思うと、その腹部から鋭い爪の付いた手甲が飛び出した。

 

「ッ!?」

 

 手が引き抜かれると同時にアビスラッシャーは幕が上がるかのように引き上げられ、その場に新たなライダーが姿を現した。黒い衣装を身に纏った未亡人の様なライダー、ウィドゥだ。

 

「アヒャ! 見~付けた!」

 

 レイダーの前に姿を現したウィドゥは心底嬉しそうな声を上げる。それに呼応するかのように、レイダーも心が昂るのを感じた。本能的に察したのだ。目の前に居るライダーは自分と同類の相手であると。

 

「にっはっはっ! 君は少しは楽しませてくれそうだね! 正直、野良のモンスターだけじゃ物足りないと思ってたところだよ!」

「アヒャヒャ! ゴメンね、獲物横取りしちゃって! でも先に横取りしようとしたのはこいつの方だし、そこは勘弁してね?」

 

 ウィドゥが指差した先では、ブラックスキュラがアビスラッシャーを貪り食っている所であった。そのウィドゥの言葉で、レイダーが最初に感じた耳鳴りはアビスラッシャーのものではなくブラックスキュラのものである事に気付いた。

 

「良いって良いって! さぁ、やろう!」

 

 構えるレイダーとウィドゥ。睨み合う両者の上で、アビスラッシャーを食べ終えたブラックスキュラが勝鬨の様に声を上げた。

 

「キィィィッ!」

 

「「ッ!!」」

 

 ブラックスキュラの雄叫びを合図に、同時に駆け出す2人のライダー。放たれた拳と爪が交錯し、先手を取ったのはレイダーの拳だった。

 

「あぐっ?!」

 

 申し訳程度の装甲しかないウィドゥの胸に突き刺さるレイダーの拳。走る痛みに動きを止めるウィドゥに、レイダーの更なる追撃が襲い掛かる。

 

「そらそらそら! まだまだ行くよぉっ!!」

 

 見ただけで防御が弱そうなウィドゥの体に容赦なくレイダーの拳が叩き込まれる。まるで歪なダンスを踊るようにウィドゥの体は不規則に揺れ動き、見る見る内にボロボロになっていった。

 

 一向に反撃してこず防御もしないウィドゥに内心で違和感を抱き始めるレイダー。望んで相手をしに来たのだからもう少し血沸き肉躍る戦いが出来るかと期待していたのに、こんなワンサイドゲームでは拍子抜けだ。

 

――期待外れだったかな?――

 

 心の中で密かに肩を落とすレイダーだったが、拳を振るう速度は緩めない。もう何発目になるか分からない拳がウィドゥに振り下ろされた。

 

 その拳を、ウィドゥが片手で受け止めた。

 

「お?」

 

 かなりボコボコにした筈なのに、まだ元気があるのかと首を傾げる。

 

「ヒャ……アヒャ……」

 

 首を傾げるレイダーの前で、ウィドゥの口から小さな笑い声が漏れ肩が小さく震え始めた。震えと漏れ出る笑い声は徐々に大きくなり、次の瞬間堰を切ったかのように彼女は感情を爆発させた。

 

「アヒャヒャヒャヒャヒャッ!! あぁ、イイ!! 最高!! こんなに愛されたの久しぶり!!」

 

 己の拳を掴みながら大笑いするウィドゥを見て、レイダーは先程のウィドゥに対する評価が間違いであった事を理解した。

 仮面の下で遊は口角が上がるのを抑えきれなかった。今ので確信した。このウィドゥは今まで出会ってきた仮面ライダーとは根本的に違う。

 

「ねぇ、もっと! もっともっともっと! もっと一杯愛して!! アタシも全力で愛してあげるから!!」

 

 言うが早いかウィドゥは下から掬い上げるように拳を掴んでいるのとは反対の手の爪でレイダーの装甲に傷を付けた。重厚なレイダーの装甲相手に、ウィドゥのパワーでは力不足もいい所だったがそんな事は関係ない。

 

「にはは! いいよ! この時間を存分に楽しもうじゃないか!!」

 

 そこからは傍から見たら目を覆いたくなるような戦いが繰り広げられた。

 

 正しくノーガードの殴り合い。互いに至近距離で相手に攻撃し続ける。防御など一切考えず、否、防御するのも勿体無いと言わんばかりに互いに拳と爪を叩き付け合っていた。

 

「うぎっ!? あがっ?!……アヒャ!」

 

 全く同じように互いを攻撃し続けるレイダーとウィドゥだったが、一見すると勝敗は明らかだった。重厚な装甲で覆われたレイダーに対して、ウィドゥの鎧は在って無いようなレベル。殴り合いでどちらに軍配が上がるかは火を見るよりも明らかだろう。

 

 にも拘らず、レイダーはウィドゥがそんな簡単な相手ではない事を理解していた。

 

「アヒャヒャ! キて! もっとキて!」

 

 ボロボロになっていると言うのに、男を床に誘うかのように求めてくる。それだけではない。時間が経てば経つほど、ウィドゥの動きが激しくなってきたのだ。まるで自分への攻撃を、痛みを、そのまま糧にしているかのようにウィドゥの攻撃の激しさが増した。

 

 今までレイダーが戦ってきたライダーは、例え最初に威勢が良くても自分のダメージが嵩む等して不利になると逃げ出そうとしたり命乞いをする奴が多かった。

 

 しかしウィドゥは違う。どれだけダメージが嵩もうが不利になろうが、今この瞬間を心の底から楽しんでいる。求めているのだ。命乞いどころか、逃げると言う発想すらない。

 レイダーはそれが嬉しくて楽しかった。単純に嗜好を理解されるのとは違う。嗜好を共感できる楽しさがここにあったのだ。

 

 この時間を心行くまで楽しもうとするレイダーだったが、同時に惜しくも思う。しぶとく喰らい付いてきてくれるのはありがたいが、それでもウィドゥのパワーの低さはどうしようもない。どれだけ装甲を傷付けられようが、レイダーには大きなダメージとはなり得ないのだ。レイダーが10のダメージを受ける前に、ウィドゥは100も200もダメージを受けるだろう。

 どうせなら互いに削り合うような、そんな戦いがしたかった。相手の全力の威力を肌で感じたい。決してマゾと言う訳ではないが、ワンサイドゲームよりも一進一退の手に汗握る戦いをレイダーは望んでいた。

 

 そんな事を考えていたからか、僅かな隙を突かれて右腕のアンダースーツをウィドゥの爪が掠った。装甲で受けるよりは大きな痛みがレイダーを襲うが、その程度で怯む彼女ではない。

 

 だが――――――

 

「ん?」

 

 攻撃を受けた右腕に違和感を感じた。攻撃されたのとは違う痛みと痺れが広がった。

 それがウィドゥの攻撃によるものである事を直ぐに理解した。ウィドゥの付けている手甲・ブラッククローの爪は攻撃と同時に相手に毒を注入する効果があるのだ。

 

 それを理解したと同時に、全身が一気に痺れと痛みを訴えだした。これまで装甲で受けてきた攻撃に付与されていた毒がレイダーに届いたのだ。

 

 瞬く間に全身を苛む痺れと痛みにレイダーの動きが鈍くなる。その瞬間、拮抗は崩れた。

 

「アヒャ!」

 

 ウィドゥはレイダーの動きが鈍くなったのを見ると、彼女に飛びついて押し倒し馬乗りになるとそれまでのお返しと言わんばかりにレイダーを両手の爪で切り裂いた。

 

「アヒャ! アヒャヒャ! 届いたのね、アタシの愛が! あなたはアタシ達の愛を受け取ってくれるのね!!」

「いぎっ?! ぐ、あ!? に、にはは! いいね! こう言うのだよ! わたしが求めてたのは!」

 

 お互いに楽しくて楽しくて仕方がない。命を削り合うが如く攻撃の応酬を続ける2人は、しかし仮面が無ければ互いに相手の満面の笑みを見ていただろう。

 

 レイダーの装甲を掻き毟って中身を引きずり出そうとしているかの如く爪で引っ掻きまくるウィドゥに、レイダーは毒の痛みと痺れを感じながらも仮面の奥で笑いながら反撃した。蓄積したダメージの影響かそれとも毒の所為か、口の中に血の味を感じるがそれも今の彼女には極上の甘味に等しい。

 

 一方押し倒された状態からでも脇腹に叩き込まれる重い拳に、しかしウィドゥは歓喜の笑い声を上げた。痛みが強ければ強い程、彼女にとっては熱烈な愛情表現となる。特に今正にウィドゥの毒とダメージで倒れたレイダーが、それでも尚自分に対して反撃して受ける痛みは彼女にとって愛する人とのロストヴァージンに等しい痛みであった。

 

 2人にとってこれ以上無い程の至福の時。しかしどんな時間にも、終わりはやってくる。特にこのミラーワールドでは、仮面ライダーであっても10分もいられないのだ。

 

 突然体が粒子化し始め、2人は同時に相手への攻撃を止めた。時間切れだ。

 

「え? 時間切れ?」

「あ~ぁ、もう終わりか……あ」

 

 楽しい時間が終わってしまった事に落胆する2人だったが、レイダーはすぐに焦りの声を上げた。

 

 残り時間が僅かだと言うのに、体が満足に動けないのだ。原因はウィドゥの攻撃に付与されていた毒である。消滅が近付いたことに気付き頭が冷えた瞬間、毒の効果で痺れが足に回り動きたくても動けなくなってしまったのだ。

 

 このままではミラーワールドから出られず、粒子となって消滅してしまう。

 

「あ~、ヤッバイ。どうしよう……」

「うんしょっ、と」

「え?」

 

 どうしようと悩むレイダーだったが、ここでウィドゥが思わぬ行動に出た。ブラッククローを外してレイダーの両脇を掴むと、一番近くにある鏡面に向かって引っ張っていったのだ。当然その間レイダーだけでなくウィドゥの体も粒子化しつつあり、このままでは2人揃って消滅してしまう。

 

「ちょ、君何してんの?」

「え? だってあのままじゃ動けなくて消えちゃうでしょ?」

「うん、そうだね。でもわたしが聞きたいのはそこじゃなくてね?」

 

 曲がりなりにも互いに敵同士だったのに、何故助けるようなことをするのかとレイダーは聞きたかったのだ。だがウィドゥはそんなレイダーの疑問など知った事かと言わんばかりに、鏡面に彼女を引っ張っていく。

 

 そしてあと少しで2人揃って完全に消滅してしまいそうなほど粒子化が進んだ直後、2人は鏡面に到着しギリギリでミラーワールドから脱出できた。

 

 ミラーワールドから出た瞬間2人の変身は解け、ボロボロとなった本来の姿で相対する。

 

 遊はウィドゥだった相手の正体に、思わず目を見開く。

 

「え!? 君だったの?」

 

 ウィドゥの正体が麗美であったことに遊は驚いた。何しろ先程出会った時とは雰囲気がまるで違う。

 これまで戦った中にも、変身の前後で性格が豹変する者は何人か居た。しかし彼女の場合はそれらとは何かが根本的に違っていた。

 

 それを表すかのように、麗美……と交代して表に出ているもう1人の人格である、前髪で右目を隠した瑠美が答えた。

 

「そうだよ~、さっきはアイスありがとうね! 美味しかったよ!」

「えと、麗美だよね? 君「違うよ」……え?」

 

「アタシは瑠美。氷梨 瑠美だよ。アヒャ!」

 

 遊に向け満面の笑みを見せる瑠美。口の端から血を流しながら向けられた笑みに、遊は目をパチクリとさせながら問い掛けた。

 

「えっと、君が瑠美だとすると……麗美は?」

「麗美も居るよ、遊の目の前にね」

 

 そう言うと瑠美は手で前髪をズラし左目を隠した。すると彼女の雰囲気がガラリと変わった。

 

「……さっきぶり。素敵な時間だったね、遊」

 

 爛々とした瑠美の笑顔とは対照的な、掴みどころのないフワフワとした笑みを浮かべる麗美に遊は最初困惑を隠せなかった。だが次第に冷静さを取り戻し、遊は一つの結論に辿り着いた。

 

「君、二重人格ってやつ?」

「ん~? あぁ、世間一般じゃそう言うね。…………アタシと麗美の関係を二重人格って言うなら、確かにその通りよ!」

 

 大人しい性格の麗美と、爛漫な性格の瑠美。あまりにも違い過ぎる性格だったので、戦っている最中は同一人物だと気付かなかった。

 だが同時にどこか納得もしていた。先程麗美と出会った時、遊はとても自然に麗美からの自己紹介に名乗り返していた。それは、麗美の事を心の奥底で自分と同類であると気付いていたからである。

 

 そこで遊は、麗美――いや先程戦っていた時は瑠美か――が、時間切れの危険を顧みず遊をミラーワールドから一緒に引っ張り出した事を思い出した。

 

「そう言えば、さぁ。何でさっきは……わたしの事を助けたんだい? ライダーは敵同士、あそこで私を放っておけば……ライバルが1人減るって言うのにさ?」

 

 毒と疲労で段々と朦朧としてきた意識の中で訊ねはしたが、遊には何となく答えが分かっていた。多分自分が逆の立場なら、あんな所であんな終わり方で決着がつく事を認める事は無い。

 

「ん~……うふ」

 

 瑠美は麗美と主人格を交代すると、まだ起き上がれない遊に馬乗りになると上から彼女に覆い被さるように顔を近付けた。互いに立派なものを持っている為、胸が押し潰されて傍から見るととても扇情的な有様だったが、遊は麗美の胸の感触よりも妖艶さを感じさせる彼女の笑みの方に意識を奪われていた。

 

「だって……まだまだ物足りなかったんだもの」

 

 近くで言葉を発されたことで、遊の顔に熱い吐息を吐き掛けられる。ただの吐息の筈なのに、遊は頭がくらくらするのを感じた。それはただ毒と疲労の影響で意識が朦朧としてきただけなのだが、遊には麗美の吐息が媚薬の様な効果を持っているように思えた。

 

「私はもっと貴女に愛されたいし、貴女をもっと愛したい」

「あんなにアタシ達を愛してくれたのは父さん達以来……ううん、それ以上よ」

「それがあんな形で終わるなんてつまらなすぎるから、一緒に外に出たの」

「遊もあんな形で終わらせたくないでしょ? あんなに楽しそうだったもんね」

 

 ダメージと疲労、毒の影響でもう遊の意識は限界だった。だがそれでも、麗美と瑠美の言葉だけはしっかりと頭に入ってきていた。

 

「だから…………ね? 次に会った時は、もっともぉっと愛し合おう」

「次はもっと素敵な時間にしよう。アタシ達、楽しみにしてるから」

 

 焦点の合わない目をした遊にそう告げると、麗美は遊の口元の血に舌を這わせ丹念に舐めとった。そして最後に彼女の顔に残った涎を自分のハンカチで拭き取り、ハンカチを彼女の胸元に置くと立ち上がり彼女から離れた。

 

「それじゃ、ね。次に会える時を、楽しみにしてるから」

「次もたくさん愛し合おうね!」

 

 遊に別れを告げてその場を離れる麗美。その場に取り残された遊は、意識が途切れる直前に心の中で彼女の言葉に答えた。

 

――わたしも今日は楽しかったよ! 次に会った時も元気にヤろうぜ!!――

 

 そうして遊は意識を手放した。炎天下の中、しかし意識を失った彼女の表情はこれ以上無い程に満ち足りたものになっていた。




と言う訳でコラボストーリー第1話でした。

本編で麗美/瑠美が美玲先輩に論破されて精神的にズタボロにされたので、こちらでは逆に同族とも言える遊ちゃんと出会ってテンションMAXな麗美/瑠美を描こうと思います。

今回は謂わば出会い編と言った感じ。次回からは麗美/瑠美と遊ちゃんがもっと親しく?キャッキャウフフする(ある意味で)ハートフルな話になる予定です。

今回のコラボは全部で3話予定していますので、どうかお付き合いの程よろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに!それでは。


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クロスストーリー・2:出会いは変化を齎す

どうも、黒井です!

今回はドキュメント・レイダーの2話目、今年最後の更新になります。

皆さん良いお年を!


 ウィドゥ=麗美/瑠美との戦いのダメージから回復し目覚めた遊は、心地の良い疲労感を抱えながら帰宅した。

 

 思い返してもあれは本当に夢のような時間だった。戦う事を目的とした戦い。命を互いに削り合うが如く、制限時間ギリギリまで戦う事を止めない戦いは今までにない興奮を齎した。思い出すだけで頬がニヤケる。

 

「氷梨 麗美に瑠美かぁ……次はいつ会えるかなぁ?」

 

 生憎と、麗美は私服姿だったので、所属高校が何処なのかまでは分からなかった。ただ、そんなに遠くの高校の生徒を態々アリスがライダーにスカウトするとも思えなかったので聖山高校か、近場の高校だろうことは容易に想像がついた。

 

 そこまで考えて、遊は氷梨と言う名前に違和感を覚えた。どこかで聞いたことがあるような気がするのだ。

 

「ん~? 何だったっけなぁ? そんなに昔じゃなかったような気が…………あ!」

 

 思い出した。以前遊が仮面ライダーになってから初めてのライダー同士の戦いとなる、仮面ライダードラクルとの戦いの最中。孤児院の少年・葵の姉を探す際に、手掛りを知っていそうな人物の一人として友人の佳奈が挙げた人物の中に居た筈だ。正直佳奈からも望み薄だろうという事で軽く流されていたし、遊もその時は興味を持っていなかったので今の今まで忘れていた。

 寧ろよく今思い出したものである。

 

「にはは! 世界は案外狭いもんだねぇ」

 

 そうと決まれば、明日にでも佳奈の家に突撃して麗美に関して根掘り葉掘り聞きだそう。もしかすると、麗美の住んでいる家などに関しても知っているかもしれない。

 

 そんな事を考えながら自宅の扉の前に着くと、鍵が開いているのに気付いた。

 これが普通の女子であれば、警戒して警察を呼ぶところだがこれも遊にとってはよくある事だったので慌てる事は無い。

 

 玄関に脱ぎ捨てられている女物の靴。それを見て遊の顔に笑みが浮かんだ。渡りに船とはこの事だ。

 

「たっだいま~!」

「おっす、おじゃま~」

 

 案の定、リビングには親友の日吉 佳奈が我が家の様に寛いでいた。

 これが普段であれば文句の一つも言うところではあるが、今回は特別だ。

 

「あれ? 今日は随分と機嫌良さそうだな? 何か良い事でもあったか?」

「ムフー! まぁね! それより今日はどうしたの?」

 

 佳奈が遊の家にやってくるのは、まぁ色々理由はある。困るのは彼氏とのラブホ代わりにされる事だが、遊を彼氏への料理の味見役にする目的の場合も結構あった。

 今回は後者だった。

 

「今日はこれだ、肉じゃが。彼氏が食べたいって言うから久々に作った。味見しろ」

「おぉ~! 今日は良い日だ! 出会いにも味覚にも恵まれてるよ!」

「出会い? まさかとは思うけど男か?」

「ムフフ~、それは内緒!」

 

 意味深な言い方で済ませ、汗と服の下の血を流す為に風呂場に向かう遊。彼女の背を見送る佳奈は、疑いの目を向けていた。

 

 脱衣所に入りぱっぱと服を脱ぎ捨てる遊は、ポケットの中に入れていた麗美のハンカチを取り出した。あの時、麗美が遊の口の周りの血を舌で舐めとった時、もう遊は意識を失う寸前だったので何をされたのか覚えていない。だから何故麗美がハンカチを置いていったのか、遊には見当もつかなかった。

 

 が、遊はこれを勝手に決闘の申し込みを意味する手袋と同じものとして捉えていた。これを見るだけで、あの戦いの興奮が蘇り次に相対する時への楽しみが募る。

 

「にはは……楽しみだなぁ」

 

 雑に放り込んだ制服や肌着に対して、そのハンカチはとても大事そうにネットの中に入れた。

 

 そして風呂で汗と血を流しさっぱりした遊は、佳奈の作る夕飯に舌鼓を打ちながら一番聞きたかったことを訊ねた。

 

「は? 氷梨の事?」

「そうそう。ちょっとその子のこと知りたくてさ。何か知ってる事あれば教えてほしいな~って」

「どういう事だよ? 知ってるっちゃ知ってるけど、あいつ遊と違って別に喧嘩屋でも何でもないぞ?」

 

 疑問符を浮かべる佳奈に、遊は「いいからいいから」と話を促した。

 全く読めない遊と麗美の繋がりに、佳奈は首を傾げながら話し始めた。

 

「言っとくけど、あたしもそこまでアイツに詳しい訳じゃないからな?」

「大丈夫大丈夫。本当にちょっと気になるだけだから」

「それが訳分からないんだけどなぁ……まぁ、いいけど」

 

 端的に纏めると、麗美は変人と言うのが佳奈の見解だった。

 

「とにかく本当に変な奴だよ。いっつもどこ見てんのか分からない目をして、かと思えばブツブツ誰かと話してるみたいに独り言を言ったりと不気味でさぁ。見た目は悪くないんだろうけど、そんな奴だから近付く奴なんて誰も居ないよ」

「ふむふむ……他には?」

「他にはって?」

「ほら、いきなり別人になったみたいになったりはしてないのかなって」

「何だそりゃ? 誰の事言ってるんだ?」

「いや、思い当たる事がないなら良いんだけどさ」

 

 佳奈の話から、普段表に出ているのは麗美としての人格だけで瑠美としての人格は引っ込んでいるのだと気付く。しかし戦いの時だけ表に出ると言う訳では無いようなので、単純に必要な時以外は出てこないのだろう。

 

 こうなるとやはり住んでいる場所も気になる。折角お誘いを受けたのだし、こちらから出向くのが道理だろう。

 

 遊は躊躇せず佳奈に麗美の現住所を訊ねた。

 

「今の住所とかは分かるかな?」

「はぁ? 住所まで聞くとか、お前本当に氷梨と何があった?」

「実は今日会ってね。まぁ細かい事は省くけど、とにかくまた会う約束をしたのさ。でもわたしはあの子の事全然知らないから、何か知ってそうな佳奈に聞いたという訳だよ!」

 

 もう取り繕うのも面倒になったので、重要な部分を隠しつつ麗美に興味を抱いた理由を話す。豊かな胸を張りながらの言葉に、佳奈は逆鱗を刺激され額に青筋を浮かべた。

 

「お前も物好きだねぇ。直接会ったなら、あいつが話の通じない変人だなんてすぐに分かるだろうが」

「いやいやぁ、それが案外そうでもないんだなぁ~、これが」

「そうかいそうかい。まぁ流石に住所まではあたしも知らないよ。この間の孤児院の出身みたいだし、住所が気になるならそこに聞いてみれば」

 

 そこまで言って、佳奈ははたと思いだした。

 

 麗美について回る黒い噂についてだ。

 

「あぁ、孤児院で今思い出した。噂だけど氷梨の奴、自分の親をガキの頃に殺したらしい。それで孤児院に放り込まれたんだと」

「ッ!? ほぉ、そりゃまた何で?」

「知らねえよ。噂だから本当かどうかも分かんねえし。気になるなら本人に直接聞いたらどうだ? どうせ会うんだろ?」

「にははは、もっちろん!」

「まぁ、お前の交友関係にそこまで口出しする気はねえよ。精々頑張りな」

 

 そう言って佳奈は帰っていった。遊はそれを見送ると、食器を片付け布団を敷き潜り込んだ。

 が、何時もなら布団に入れば直ぐに眠気がやってくるのにこの日はなかなか寝付けない。

 

 理由は分かり切っている。興奮が再燃してきたのだ。早ければ明日には麗美との再戦が叶う。そう思うと興奮してなかなか寝付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、麗美も自宅の安アパートの一室で遊との再戦に胸を躍らせていた。

 

「喜多村、遊……うふふ……次はいつ会えるかな?」

 

 そう呟く麗美の手には包丁が握られている。これだけ見れば夕飯の支度の様に思えるが、少し視線を下げれば異常に気付くだろう。

 

 彼女が手にした包丁の刃の先にあるのは、彼女自身の腕。麗美は自分の腕を包丁で切り刻んでいるのだ。

 

 傍から見れば異常としかとれない自傷行為。彼女がこんな事をしているのは、昼間の遊との戦いが原因だった。

 

 あそこまで全力で麗美からの愛を受け入れ、そして愛に応えてくれた相手は初めてであった。彼女の両親ですら、瑠美からの愛のお返しを前にしては命乞いをしてきたと言うのに。

 

 遊との一時は、嘗て無い程の刺激を麗美と瑠美に齎してくれた。

 

「ん!……うふ、楽しみだね」

 

 麗美が腕に包丁を突き刺しながら、頬を紅潮させて瑠美に語り掛ける。それに対して、表に出てきた瑠美は太腿を突き刺しながら答えた。

 

「んん! アヒャ! 次はもっと愛してあげないとね!」

 

 昼間の戦いの興奮が冷めない麗美と瑠美は、夜が更けるまで自分で自分を愛し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、遊は早速孤児院で麗美の事を訊ね、彼女の現住所を聞き出す事に成功していた。訊ねた時、孤児院の職員には訝しげな顔をされたが特に問題はない。

 

 そうして意気揚々と遊は麗美の現住所である安アパートを訪れた。大家に訊ねて麗美の部屋を聞き出し、意気揚々と二階にある麗美の部屋に向かう。

 

「ムフー! ここに居るんだね。会いたかったよ!」

 

 遊は遠慮することなくインターホンを押す。しかし返答はない。

 

 遊は少し慎重にドアノブに手を掛けて、そっとドアノブを回して扉を引いてみた。扉は何の抵抗も無く開き、遊を室内に招き入れた。

 

 鍵が掛かっていなかったことに首を傾げながら扉の中に入った遊は、目の前に広がる光景に唖然となった。

 

 玄関の先にあるリビングの床は血の池の様になっており、その中心では麗美が血塗れで倒れている。

 

「ちょちょちょ!?」

 

 その光景に最初遊は麗美が強盗にでも襲われたのかと思った。先日の出会いから麗美が傷付けられることを受け入れる性質である事を理解した遊は、強盗からの暴行を受け入れてこんな有様になったのかと思った。

 

 が、彼女の手に包丁が握られているのと強盗が入った割には綺麗な室内を見てその考えを改めた。

 

「もしかして……自分で自分を傷付けた?」

 

 そう。この有様は麗美が自分でやったものなのだ。遊との出会いがあまりにも刺激的すぎたあまり、麗美と瑠美は互いを愛する自傷行為に熱が入り過ぎてしまい、床が血の海になるほどのめり込んでしまったのだ。

 結果血を流し過ぎた麗美は意識を失ってしまい、こうして遊に発見されたと言う訳である。

 

 カードデッキを持っていれば体の欠損などでなければ傷は元通りに回復する。が、それも一瞬ではない。傷の度合いによっては時間が掛かる。遊が仮面ライダードラクルと最初に戦って受けた傷が癒えるのにも、少し時間が掛かった。

 一晩中自分を傷付けていれば、それが癒えるのにも時間が掛かって当然だ。

 

 とりあえず遊は麗美の傷の状態等を確認し、それが既に癒え始めている事を確認すると溜め息を一つ吐き洗面所からタオルを持ってきて彼女の体と床を拭き始めた。流石にこの状態のまま叩き起こすのは気が引けたのだ。

 

 体と床を拭き終え、ついでに血だらけの麗美の服も脱がせて一応傷口に包帯も巻いてやる。放っておいても塞がるだろうが、少しでも治療した方が回復も早いだろうと言う判断だ。下着だけの麗美の体に包帯を巻き布団を引っ張り出して寝かせ、一息ついて勝手に冷蔵庫を物色する。丁度そこには冷えた麦茶が入っていたので、遠慮なくコップに注ぎ一気に飲み干す。

 

「んぐ、んぐ……プハァ!」

 

 喉を潤し、麗美がまだ起きないのを見て今度は冷凍庫の中を物色した。あまり物が多い冷蔵庫ではなかったが、冷凍庫の中にはイチゴとチョコのカップアイスが入っていた。遊は遠慮なく手を突っ込むと、さも当然の権利の様にイチゴのアイスを取り出し蓋を開けて食べ始めた。

 

「んう……?」

 

 遊が半分ほどアイスを食べ終えた所で、麗美が目を覚ました。遊は我が家の様に座って寛ぎながらアイスを食べている為、麗美が目を覚ましたことに気付いていない。

 

 麗美は音も無く遊の背後から近付き、下着に包帯と言う恰好のまま彼女に後ろから抱き着いた。

 

「お早う、遊。来てくれたんだね、嬉しいよ」

「んぐっ!? お、起きたのなら一言声を掛けてくれよ。ビックリするじゃないか!」

「うふ、ゴメンね」

 

 謝りながら、麗美は遊の手からアイスとスプーンを受け取り続きを食べ始めた。物凄く自然に間接キスをしているのだが、麗美も遊も全く気にしていない。

 

「全く、流石にびっくりしたよ。来たら床血だらけの血塗れでぶっ倒れていたんだからさ。一体何してたんだい?」

「昨日の遊との戦いが忘れられなくてね。……麗美と愛し合ってたら気分乗り過ぎちゃったのよ!」

 

 アイスを食べながら人格を入れ替えた瑠美に、遊は特に驚く事はなかった。何となくだが、遊にも麗美と瑠美の人となりが理解できたのだ。

 自分で自分を傷付ける事にすら快楽を覚えるマゾヒスト。それがこの二重人格の少女だ。

 

「え~っと、右目が隠れてるって事は瑠美の方だね?」

「アヒャ! 正解! それで、遊は何しに来たの?」

 

 食べながら瑠美が訊ねると、遊はカードデッキを取り出しながら立ち上がった。

 

「そんなの決まってるじゃないか! 昨日の続き! もう大丈夫だろ?」

 

 遊が手当てをしている時点で、麗美の体の傷は殆ど塞がっていた。そして今見る限り、これと言って不調があるようには思えなかった。

 

 何より、仮に自分が逆の立場だったとしたら例え傷が癒え切っていなくても戦いを拒否すると言う選択などしない。

 

 案の定瑠美は、遊からの誘いに満面の笑みで答えた。

 

「アヒャヒャ! 勿論! アタシも麗美も楽しみにしてたんだから!」

 

 瑠美は食べ終えたアイスのカップとスプーンをテーブルに置くと、そのままの恰好でカードデッキを取り出した。

 

「にはは! 寝起きだって言うのに元気だねぇ。元気のいい子は好きだよ、わたし!」

「アタシ達も遊の事大好き! 今日も存分に愛し合おう!」

「にはは!」

「アヒャヒャ!」

 

「「変身!」」

 

 変身した瑠美と遊は、この日も制限時間ギリギリまで戦った。先日の戦いで瑠美の攻撃に毒が付与されている事は知っていた遊は、今度は的確に防御した。それでも瑠美の執念に近い攻撃で腕一本を毒に冒され痛みと痺れを感じながらもこの日は押し倒される事なく戦い抜いた。

 結果、この日の戦いで動けなくなったのは瑠美の方で、自力でミラーワールドから出れなくなった彼女を今度は遊が現実世界に引っ張り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからと言うもの、2人は暇を見つけては戦っていた。連絡先を交換した2人は時に示し合わせ、時に偶然出会った時にそのまま戦った。

 

 そんな日々を過ごす内に、麗美の方に大きな変化が起こった。より効率に相手にダメージを与える戦いをするようになっていったのだ。

 

 ウィドゥとレイダーを比べた時、最大の違いはスペックの差である。ウィドゥはレイダーだけでなく多くのライダーに比べて攻防共に貧弱な性能であった。並大抵の感性のライダーが相手であれば異常性で相手を畏怖させ、ペースを自分のものに巻き込んで圧倒する事も出来たが既に麗美/瑠美の感性を受け入れウィドゥの性能を理解している遊には通用しない。

 戦いの中でウィドゥの力の貧弱さにレイダーが慣れてきたのを実感した麗美は、弱い力で強固な防御力を持つ相手に効率的にダメージを与える方法を編み出し始めたのである。

 

 具体的には、相手の攻撃や防御の隙間を縫ってブラッククローの一撃を叩き込む。若しくは同じ場所に何度も攻撃してダメージを蓄積させると言った方法だ。

 例え力が弱くとも、意図して防御の弱い所を狙ったり同じ場所に何度も攻撃を叩き込めばそれは決して馬鹿にできないダメージとなる。

 

 その戦いの技術は、レイダーだけでなく他のライダーとの戦いでも遺憾なく発揮された。

 

「ひ、ひぃっ!? こいつ、何でこんな貧弱な見た目で!?」

 

 今、1人のライダーがウィドゥ相手に劣勢に立たされていた。スペックは全てにおいてウィドゥを上回り、普通にやり合えばウィドゥの攻撃など物ともしない。

 少し前までであれば調子に乗ってウィドゥを攻撃し続け、テンションを上げたウィドゥに精神的に圧倒され毒を喰らうなどするのが相手の敗北パターンであった。

 

 しかしこの戦いは終始ウィドゥが相手を圧倒していた。最初こそウィドゥの攻撃力が大した事ないと知って侮っていたが、効率的にダメージを与えられ毒を喰らわされてからはもう完全にウィドゥの独壇場となっていた。ウィドゥの受けたダメージなど微々たるものであった。

 

「ねぇ、もっとアタシのこと愛してよ。あなたの愛全然届かないんだけど?」

「何訳の分からない事言ってるのよ、この化け物!?」

【ADVENT】

 

 全くダメージを気にせず、力自体は弱い筈なのに的確にダメージを与えてくるウィドゥに、堪らず相手のライダーはモンスターを召喚した。召喚されたモンスターはウィドゥに襲い掛かるが、レイダーとの戦いで結果的に鍛えられたウィドゥはそれにも完璧に対応してみせた。

 

「うふ、逃げないでね」

【CAPTURE VENT】

 

 相手のライダーをキャプチャーベントで拘束し、現れたモンスターの相手をする。一瞬の隙を突いてモンスターを押し倒し、馬乗りになるとブラッククローでこれでもかと切り裂き続ける。モンスターは毒とダメージであっという間に動けなくなっていく。

 

 ウィドゥは動かなくなったモンスターを相手ライダーの近くに放り投げた。相手ライダーはまだ動く事が出来ない。

 

 動く事が出来ない相手ライダーに、ウィドゥがトドメの一撃を放った。

 

「アヒャヒャ! あなたもアタシ達が全力で愛してあげる!」

【FINAL VENT】

「ま、待って!?」

 

 放たれた『ポイズンストライク』を前に命乞いをする相手のライダーだったが、そんなものを聞く訳がない。モンスター共々ブラックスキュラの糸で拘束された相手ライダーの腹を、ウィドゥがブラッククローで刺し貫く。

 

「あがぁっ?!」

 

 腹を突かれると同時に猛毒を流し込まれ、相手の体がボロボロと崩れていく。

 ライダーの後にモンスターも同じ末路を辿り、揃ってブラックスキュラの餌となった。極上の餌を味わい、ブラックスキュラが歓喜の声を上げる。

 

 しかしウィドゥの心は優れなかった。有り体に言って物足りなかったのだ。

 

「遊の方が良いなぁ……このライダー全然私の事愛してくれなかった」

 

 レイダーとの戦いに比べて、先程のライダーとの戦いは物足りないなどと言うレベルではなかった。ここ最近の遊との戦いが刺激的すぎて、もうただのライダーが相手では満足できなくなってしまったのである。

 

 麗美はミラーワールドから出ると、迷わず遊に連絡を入れた。

 

 遊から教えられた連絡先に電話を掛ける麗美。しかし、待てども待てども遊は全く電話に出る事は無かった。

 

「…………あれ?」

 

 普段であれば、麗美からの連絡であれば遊は直ぐに出てくれる。遊の方も麗美からの連絡の目的が戦いの申し込みであると分かっているからだ。

 

 それが出てくれないとなると、今は出られる状態ではないという事。最も考えられる理由としては、今正に他のライダーと戦闘中くらいのものだろう。

 

 先約があるなら仕方がない。今日は諦めてもう帰る事にした。

 

「……はぁ」

 

 望んだ愛が得られなかったことに、麗美が思わず溜め息を吐く。すると瑠美が心の中から語り掛けてきた。

 

『もうすっかり遊の虜になっちゃったわね、麗美?』

「ん? 虜?」

『だってそうでしょ? もうアタシ達、遊からの愛じゃなけりゃ満足できなくなっちゃったんだもの。完全に遊の虜よ』

 

 言われて麗美は、瑠美の言葉に納得していた。

 

 気付けば頭の何処かで遊の事を考えていた。他のライダーとの戦いの時も、絶えずレイダーと比較して落胆を隠せない事も少なくなかった。

 

 今の麗美と瑠美にとって、求めるものはただのライダーバトルではなくレイダーとの戦い=遊からの愛であった。

 

 だが今はその遊と話す事が出来ない。麗美はその事に落胆を隠せないでいた。

 

 そんな彼女に、瑠美が囁く。

 

『いっそのことさ、遊のお家にお邪魔しちゃわない?』

「お邪魔?」

『受け身でいるだけじゃ、愛は得られないわ。たまにはこっちから動かなくちゃ』

 

 瑠美の言葉に麗美は暫し考える素振りを見せたが、直ぐに満面の笑みを浮かべた。

 

 そして――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、遊はとっぷり日が暮れてから帰宅した。

 

 今日は珍しく日中にチンピラとの喧嘩で盛り上がり、気付けばすっかり日が暮れてしまっていた。

 時間もいいし、腹も減ったので遊は途中コンビニで適当に弁当を買って帰宅した。

 

 鍵を開け、扉を開けて家に入る。そしてリビングに入り電気をつけ――――

 

「…………はい?」

 

 目の前に広がる光景に目が点になった。何故ならリビングの真ん中で、麗美が丸くなって眠っているからだ。

 

 瑠美の提案で遊の家にやって来た麗美は、鍵が掛かっていたのでウィドゥに変身してミラーワールドを通って遊の家に侵入していた。それは以前、遊が仮面ライダードラクルこと綾芥子 撫子の家に侵入したのと同じ方法だった。ミラーワールドの物であれば幾ら壊そうが、現実世界に影響はない。閉じられた扉も、ミラーワールドでなら容赦なく壊せるのだ。

 

 以前自分がやったのと同じことをやられて、遊は思わず笑わずにはいられなかった。

 

「全く、考える事まで同じとはね。お~い、起きたまえ~。ここはわたしの家だよ~?」

 

 一頻り笑った遊は、とりあえず麗美を起こす事にした。コンビニで買ってきた弁当をテーブルの上に置き、麗美の肩を揺すって起こしにかかる。

 

「ん……んん……?」

 

 何度か揺すられ声を掛けられ、麗美は目を覚ました。随分とぐっすり眠っていたようで起きてすぐは寝ぼけ眼でぼんやりと遊の顔を見ていたが、次第に意識が覚醒したのかその顔に笑みが浮かび上がる。

 

「あ、遊……おかえり~」

「うん、ただいま。で? わたしの家で何してるのかな君は?」

「また遊に愛してほしくて。でも電話しても出てくれなかったから、遊の家にお邪魔して帰ってくるの待ってたの」

 

 言われて携帯を確認すると、なるほど確かに着信履歴がある。どうやら喧嘩の真っ最中だったので着信に気付かなかったらしい。

 遊が着信履歴を確認している間に、完全に目を覚ました麗美は瑠美と交代して遊にライダーバトルをせがんできた。

 

「それよりねぇねぇ! 早く変身して! アタシ今日他のライダーと戦ったんだけど全然面白くなかったのよ!」

 

 まるで欲しい物を強請る子供の様な行動に、遊は空腹も忘れて立ち上がる。

 

「良いとも! 君達との喧嘩なら大歓迎さ!」

「アヒャ! そうこなくっちゃ!」

 

 2人は横並びで洗面所の鏡の前に立ち、カードデッキを構えた。

 

「「変身!!」」

 

 瑠美はウィドゥに、遊はレイダーに変身し、ミラーワールドへと入る。

 

 ミラーワールドの遊の家から外に出た2人は、カードを使用する時間も惜しいと言わんばかりに戦い始めた。

 

「いっくよぉ、フン!」

 

 レイダーの素の鉄拳がウィドゥの顔面に突き刺さる。脳を揺らされながらも、ウィドゥはレイダーに反撃の一撃を放つ。

 

「あぐっ!? アヒャ! これこれ、やっぱりこれよね!」

 

 ウィドゥが反撃にアッパーカットを放つ。装甲の厚いレイダーでも、顎をかち上げられる攻撃は効くのかたたらを踏む。

 

「ぐぅっ!? い、いいね! 瑠美最近強くなってきたよね! わたしも嬉しいよ!」

「アヒャヒャ! もっともっと遊の事を愛したいからね! どうすればもっと遊にアタシ達の愛が届くか、色々と研究したのよ!」

「にはははは! そこまで愛されると感無量だね! それじゃあわたしももっと麗美と瑠美の事を愛してあげようじゃないか!!」

【STRIKE VENT】

「アヒャヒャヒャヒャ!」

【STRIKE VENT】

 

 気分が乗りに乗った2人は、互いに武器を召喚し更に激しく戦った。

 

 嵐の様なレイダーの攻撃を受けながら、ウィドゥはレイダーのアンダースーツ部をメインに狙って反撃する。その反撃をレイダーは防御するが、防御するとウィドゥはそこを重点的に狙い始めた。連続で叩き込まれるブラッククローの爪が毒とダメージを蓄積させていく。

 

 ウィドゥとの戦いで特に求められるのは毒の蓄積度の把握だった。如何にレイダーの装甲が強固であっても、一定量の毒が蓄積すると毒による痛みと痺れが体を苛む。回避しない限り毒の蓄積は避けられないので、基本回避をしないレイダーは如何に毒の蓄積を分散させるかが課題となっていた。

 

 そんな時レイダーの激しい右フックがウィドゥに突き刺さり、ボディに放たれた拳がウィドゥの体を浮かび上がらせる。

 

「ぐぶっ?! げ……アヒャヒャ!」

 

 己の腹に突き刺さった拳。喉奥から込み上げる吐き気に仮面の奥で笑みを浮かべたウィドゥは、ボディに叩き込まれた腕に片腕でしがみ付くと自由な方のブラッククローをアンダースーツ部分に突き刺した。右腕に忽ち毒が流し込まれ、痛みと痺れがレイダーから右腕の自由を奪う。

 

「ぐぅ、あ!?……やるじゃないか! やっぱり喧嘩はこうでないとね!」

 

 右腕を事実上奪われたレイダーだが、まだ左腕は健在だ。片腕があれば、彼女には十分だった。

 ウィドゥがしがみ付いているのをいい事に、脇腹に何発もボディブローを叩き込む。これには彼女も堪らず手を離した。

 

「うげ、うぷ!? く、あぁ……イイ! やっぱりアタシ達、遊がイイ! 大好き!」

 

 歓喜の声を上げながら、ウィドゥは素早く連続でレイダーの胸部アーマーに爪を叩き込んだ。一発一発の威力は低いが、連続で叩き込まれた事であっという間に毒とダメージが蓄積しレイダーを苦しめる。

 

「うぐぐぐぐ!? だりゃぁぁぁっ!!」

 

 ウィドゥからの連続攻撃を受けながらも、レイダーは左の拳を叩き付けた。渾身の一撃を喰らい、ウィドゥが動きを止める。

 

 そこで更に追撃をする。動きを止めたウィドゥの肩を掴むと、黒いベールで覆われた頭にヘッドバッドを叩き込んだのだ。それも一発だけでなく、合計で三発も。ただでさえ防御が弱いウィドゥが、レイダーのパワーで三発も頭突きを喰らえば脳は盛大にシェイクされ否応なしに脳震盪を引き起こす。

 

「あ、う…………」

 

 ウィドゥはその場で力なく倒れた。流石に脳を直接揺らされては堪ったものではないのか、起き上がる気配がない。

 

 それでもレイダーは信じていた。ウィドゥはこの程度で戦いを止めるような奴ではない。必ずすぐにでも立ち上がってくれると。

 

「ほらどうしたんだい? 戦いはまだまだこれからじゃないか。わたしからの愛が欲しいんだろう? ならのんびり寝て無いで早く起き上がりたまえよ!」

 

 レイダーが挑発するようなことをウィドゥに告げる。

 

 それに答えたのは、ウィドゥではなかった。

 

【SWORD VENT】

「え? あがっ?!」

 

 突然の背後からの攻撃。何事かと背後を振り返れば、そこにはカードデッキにイカの様な紋章を付けたライダーが鎖の付いた銛を片手に佇んでいた。

 その姿に、レイダーは見覚えがあった。あのライダーとは面識がある。

 

「やぁ君か。仮面ライダーラハブ。前に一度戦った事があったよね」

「まさか覚えてるとはね」

 

 このライダーの名はラハブ。イカ型モンスターのヘキサクラーケンと契約したライダーである。

 その戦い方は一言で言えば姑息であり、不意打ちやモンスターとの挟撃、戦った直後の疲弊した相手を狙うなど勝つ為に手段は択ばない。時には相手のライダーが大事にしている人なんかを人質にして相手の動きを封じるなども平然と行う奴だ。

 

 そんな卑怯卑劣を平然と行うラハブと、レイダーは以前に戦った事があった。純粋に戦いのセンスも優れていたのか、その時はなかなかにいい勝負が出来たのだが途中でラハブは不利を悟ったのか撤退しており勝負はついていない。

 

 そのラハブが再び目の前に出てきてくれた。レイダーはその事を純粋に喜んだが、客観的に見てこの状況はレイダーに不利だった。

 

 今のレイダーはウィドゥとの戦いで大きく疲弊している。右腕は使い物にならないし、全身に毒が回っており思うように動かない。それでも根性で戦うことは出来るが、ラハブは彼女の楽しみに悠長に付き合うつもりは無かった。

 

「その状態で、どこまでやれるかね」

【ADVENT】

 

 ラハブはヘキサクラーケンを召喚し、モンスターとの挟撃でレイダーに攻撃を仕掛けた。レイダーは片腕だけで対抗するが、本人が思っている以上にダメージが大きく二対一と言う事もあって翻弄された。

 

「うわっ!? く、ぐっ?!」

「ほらほら、こっちこっち!」

 

 レイダーの意識が自分に向けばヘキサクラーケンに、ヘキサクラーケンに意識が向けば自分がレイダーに攻撃する。万全の状態であれば余裕で対抗できただろうが、片腕が使えない事も相まってレイダーはあっと言う間に追い詰められた。ラハブはこれを狙っていたのだ。

 

 そして遂に、動きが鈍ったところを両手足ヘキサクラーケンの触手で絡め捕られ磔にされた。

 

「これでお前も終わりだね」

「にはは、そう思うかい?」

「負け惜しみか? まぁいい。これで1人……いや、2人脱落だね」

 

 レイダーを仕留めた後は、まだ伸びているウィドゥも始末するつもりのラハブは手にした銛でレイダーの首を一突きにしようと構える。狙いを定め、首に銛を突き立てようとした。

 

 その時である。

 

「……ねぇ」

「ッ!? ぐ、あ――――!?」

 

 背後から掛けられた声に、ラハブが後ろを振り返ると同時に腹部に熱い痛みを感じた。

 ラハブの背後に居たのはウィドゥ。いつの間にか起き上がり、磔にされたレイダーを前に油断しているラハブを背後から奇襲したのだ。

 

 まさかもう起きてくるとは思っていなかったラハブは、完全に虚を突かれていた。

 

「な、何で!? さっき完全に伸びてたのに!?」

「うん、瑠美はまだ起きてないよ。だけど私はまだ動けるから」

 

 これはある意味で二重人格者の強みだろう。片方の人格が意識を失っても、もう片方の人格が代わりに行動に移すことが出来る。

 ただ脳への物理的衝撃による体へのダメージ自体はどうしようもなかったのか、動けるようになるまで少し時間が掛かってしまったのだ。

 

【ADVENT】

 

 ウィドゥの復活にラハブが驚いている隙に、ウィドゥはブラックスキュラを召喚しヘキサクラーケンに襲い掛からせレイダーを解放させた。

 

 束縛から抜け出せたレイダーは、右腕はまだ動かないながらも闘志に満ちた目をラハブに向ける。

 

「ふぅ、直ぐ起きてくれると信じてたよ麗美! さってと……」

「うっ!?」

 

 ラハブは一気に形勢が不利になった。今度は自分が二対一な上に相棒のヘキサクラーケンは頼れない。

 

 ここは逃げるが勝ちと、逃走用のカードを躊躇いなく引いた。

 

【CLEAR VENT】

 

 姿を消すクリアーベントを使用して、音も無くその場を離れようとするラハブ。

 

 だがそうは問屋が卸さなかった。己にとっての最愛の存在とも言えるレイダーを横取りされそうになって、黙って見逃すウィドゥではない。

 

【SEARCH VENT】

 

 ウィドゥが使ったのはサーチベント。索敵用のカードであり、効果範囲内であれば姿を消していても居場所が手に取るように分かるカードだった。

 

 果たしてラハブの居場所は直ぐに見つかった。

 

「逃がさない」

「がっ!?」

 

 ラハブは音も無く2人の元を離れようとしていたが、ウィドゥはそんな彼女に一撃叩き込んだ。猛毒を伴う一撃を喰らい、透明になっていたラハブの姿が鮮明に浮かび上がる。

 

 そこに今度はレイダーが、左腕で出せる渾身の一撃を叩き込んだ。

 

「そぅれ!」

「がはっ!?」

「うふ!」

「ぎぃっ?!」

 

 レイダーの一撃で体勢が崩れた所に、今度はウィドゥの貫手が襲い掛かる。胸部アーマーに向けて放たれた一撃は、装甲を大きく傷付け毒で中の人間を浸食した。

 

 満身創痍なラハブに止めを刺そうと、左手でカードを引き抜くレイダー。だが片手ではベントインに少し苦労する。

 どうしようかと迷っていると、徐にウィドゥが横からレイダーのカードを受け取り自分のバイザーにベントインした。

 

「うふ、貸して。私がやってあげる」

「ホントに? 助かるよ!」

「うふふ」

【FINAL VENT】

「それとこれも」

【FINAL VENT】

 

 ウィドゥはレイダーと自分の、計二枚のファイナルベントを使用する。するとヘキサクラーケンの相手をしていたブラックスキュラが、ラハブに向けて糸の球を発射し彼女の動きを封じた。

 レイダーが左手で地面を強く叩き大きくジャンプし反転すると、彼女の相棒のガッツフォルテがその両足を掴んで大回転しラハブに向かって発射した。

 それと同時にウィドゥもラハブに向けて突撃する。

 

「ウォオオオオォォォォォッ!!」

「うふ!」

「よ、よせ!? 来るなぁッ!?」

 

 ラハブの命乞いも空しく、レイダーの拳とウィドゥの貫手がラハブを完全に消滅させた。

 

 ラハブから解き放たれたエネルギーは、先程ライダーとモンスターのエネルギーを食らったと言う事でガッツフォルテに譲られる事になる。

 

「ウホォオオオオオオ!!」

 

 ガッツフォルテが勝利の雄叫びを上げる。するとそれを合図にしたかのように、ウィドゥとレイダーの体が粒子化し始めた。

 

「あぁ、時間切れになっちゃった」

「仕方がない。今日はここまでにしようか」

 

 残念そうにするウィドゥを宥めながらミラーワールドから出るレイダー。

 現実世界に戻り、何故かついてきた麗美と共に自宅のリビングに戻ると改めて空腹を訴え始めた腹を満足させる為にコンビニ弁当を食べようとする。

 

 しかしここで問題が発生した。右腕が未だに痺れていて満足に箸が持てないのだ。

 一晩眠れば毒も抜けて普段通りに生活できるだろうが、どの道今は何も食べれない。

 

 いやもういっその事、左手で手掴みで食べようかなどと考えていると、徐に麗美がコンビニ弁当の蓋を開け箸で具を掴むと、遊の口元に持っていった。

 

「私が食べさせてあげるね」

「お、そうかい? 悪いねぇ」

「気にしないで。はい、あーん」

「あーん」

 

 その後も麗美は右腕が使えない遊を手助けし、最終的にはそのまま彼女の家で一晩明かすことになった。

 

 一つしかない布団に一緒に入って眠る際、麗美は遊に抱き着いて眠りについた。その時の彼女の顔は、とても安らかで幸せそうなものとなっていた。




と言う訳でコラボ第2話でした。

遊ちゃんと出会い、麗美/瑠美は彼女と喧嘩友達となりました。それこそこの後ライダーバトルしようぜ! みたいなノリで普通にライダーバトルおっ始めます。
その所為か、このストーリーでは麗美が戦い方を覚えてエグイ位強化されております。少しでも遊ちゃんに満足してもらおうと戦い方を研究して、それまでのゾンビ戦法から普通に弱攻撃を蓄積させて相手に大ダメージを与える戦い方にシフトしております。

お陰でもうまともな相手では手に負えないくらいになっております。対抗できるのは遊ちゃん位でしょう。

今回2人の戦いに割って入ったラハブは、ファスト編で大河ファストをボコボコにしたライダーです。良い感じのヒールキャラだったので、前回大河をボコした鬱憤を晴らす意味でも今回の扱いと相成りました。

次回でこのコラボストーリーもラストになります。一見良い方向に変化しているように見える麗美/瑠美ですが…………

次回の更新もお楽しみに!それでは。


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クロスストーリー・3:出会いから生まれる歪み

どうも、あけましておめでとうございます!黒井です。

新年最初の投稿になります。

今回はドキュメント・レイダーとのコラボの第3話です。
本当はこの第3話が最終話になる予定だったのですが、膨れに膨れて文字数が2万字近くになってしまったので、二話分割で投稿します。


 麗美と共に一夜を明かした遊は、窓から差し込む朝日に照らされ目を覚ました。

 

「んん……?」

 

 目覚めて遊が最初に感じたのは奇妙な温かさだ。布団の温かさとは違う温もり。人肌の温かさだ。何かが自分の左半身に抱き着いている。

 

 重い瞼を開いて自分の左側を見ると、そこには安らかな顔ですやすやと眠る麗美の顔があった。いや、前髪が右目に掛かっているから今は瑠美か。

 

「ふぁ~ぁ……瑠美、起きてくれ。そんな抱き着かれていたらわたしが起きれないよ」

「ん~ん……ん」

 

 自由に動く右腕で瑠美の肩を揺するが、瑠美は起きる気配を見せない。眉間に皺を寄せ、起きる事を拒むように呻き声を上げながら更に強く遊の体に抱き着いた。ならばと遊は、瑠美の前髪をズラして麗美の方を呼び出した。

 

「麗美、起きてくれたまえ。朝だよ朝、新しい朝。希望の朝だ」

「ん~……ふぁ~」

 

 こちらは直ぐに起きてくれた。どうやら瑠美より麗美の方が寝起きは良いらしい。寝ぼけ眼を擦りながらもしっかりと遊の顔を見て笑みを浮かべる。

 

「あ、遊。おはよう」

「はいおはよう。早速だが早く起きてくれ。瑠美の方は寝起きが悪くてなかなか起きてくれなかったんだ」

「瑠美は朝が弱いからね」

 

 麗美は遊から離れ、掛け布団をどかしながら起き上がり伸びをする。寝間着が無かったので下着姿で眠ったおかげで、同年代に比べて遥かに豊かに実った双丘が強調される。

 その隣で遊も体を伸ばす。こちらは寝間着をちゃんと着てはいたが、胸に寝間着が引っ張られ麗美に負けず劣らず扇情的だった。

 

 遊の右腕が問題なく動いているのを見て、麗美はその腕を取って頬擦りする。

 

「右腕、動くようになって良かったね」

「にはは、動かなくなったのは君の所為だけどね」

「怒ってる?」

「いやいや。怒ってないから安心したまえ。それよりお腹空いてるだろ? 朝ごはん一緒に食べていくと良い」

「それじゃ、お布団片付けとくね」

 

 昨夜遊に代わって布団を出したのと逆の要領で布団を麗美が片付け、その間に遊が朝食にホットケーキを焼き始める。

 

 ほのぼのして見えるがこの2人、互いに殺し合いをする仲である事を忘れてはならない。ライダーバトルと言う、ルール無用の殺し合い。

 その真っ最中ですぐそこに敵がいると言うのに、遊は暢気にホットケーキの元を混ぜている。

 

 と、布団を片付け終えた麗美が遊の後ろから音も無く近付いた。麗美は無防備な遊の首に手を伸ばし――――――

 

「何作ってるの~?」

 

 普通に後ろから抱き着き、肩越しに遊の手元を覗き見た。その様子は仲の良い友人同士にしか見えず、とても何度も殺し合いをした間柄には見えない。

 

「ホットケーキさ。今日は2人分だからたくさん作るよ。ところで麗美は何枚が良い?」

「ん~、三枚で十分」

 

 麗美の答えに少食だね~と遊が返す。因みに一般的なホットケーキミックスは一人前100g=二枚分である。麗美の希望は普通より少し多い程度だ。

 以前に炊飯器で作ったホットケーキを1人で全て食べつくすつもりだった、遊の方が食べ過ぎなのである。

 

 程なくして麗美と遊、2人の朝食が出来た。麗美と遊のホットケーキの数は倍くらいの違いがある。

 

「麗美はホイップクリームとメイプルシロップ、どっちがいい?」

「ちょっと待ってね。瑠美、どっちが良い?…………うん、うん……ん~……うん。半分ずつが良い」

 

 薄々予想してはいた。最初に出会った時、麗美と瑠美はアイスの味で揉めていた。どうも同じ体だが味の好みは微妙に違うらしい。

 

 遊は自分の分にたっぷりとメイプルシロップをかけ、残りとホイップクリームを麗美に渡した。ホットケーキを半分に分けると、一方にホイップクリームをかけた。

 

「「いただきます」」

 

 バターの香りを含んだ甘い匂いを放つホットケーキを切り分け口に運ぶ麗美と遊。麗美はどこか上品に運ぶのに対して、遊は豪快に切り分けて口に放り込む。

 

「美味しいね。ちょっと意外だったかも」

「それはわたしが料理出来ないと思ってたのかい?」

「だって昨日はコンビニ弁当だったし」

「こう見えても少しは料理出来るんだよ。そういう麗美はどうなんだい?」

「私はね…………麗美は料理上手だよ。毎日自炊してるし」

 

 他愛ない話をしながら平和に朝食を堪能する2人。

 

 その時瑠美が、遊の頬に付いているメイプルシロップに気付いた。食べている最中に付いたものだろう。遊はそれに気付いた様子がない。

 瑠美は何も言わずにスッと指で遊の頬に付いたシロップを掬い取った。そこで漸く遊も己の頬にシロップが付いていた事に気付く。

 

「おっと、悪いね」

 

 遊の感謝に、瑠美は笑みを浮かべながら掬い取ったシロップを舐めた。

 

 その後も和気藹々としながら朝食を済ませた。そして遊が食器を片付けようとすると――――――

 

「あ、片付けはアタシがやっとくわ」

「いやいや、それは流石に悪いって」

「いいのいいの。一宿一飯の恩義ってやつで」

「そうかい? それならまぁお願いしようかな」

 

 遊は瑠美の言葉に甘え、彼女が食器を台所に片付けている間にリビングで寛いでいた。瑠美は2人分の食器をシンクに入れ洗い始める。

 

 それを終わらせ、瑠美のまま遊の隣に戻ってきた。戻ってきた瑠美に、遊は早速カードデッキを取り出した。

 

「さて! 腹も膨れた事だし、腹ごなしにいっちょやるかい?」

 

 食後の運動に誘う的なノリで殺し合いを提案する遊に、瑠美は満面の笑みで頷いた。

 

「奇遇ね! アタシも同じ事言おうと思ってたところよ! アヒャ!」

「にはは!」

 

「「変身!!」」

 

 朝も早くから瑠美と遊は仮面ライダーに変身し、ミラーワールドに入っていった。ウィドゥとレイダーは、先程の和気藹々とした雰囲気も何処へ行ったのかと言うくらい全力で殺し合いに臨んだ。

 

「アヒャヒャヒャ!」

 

 ウィドゥがブラッククローをレイダーの全身に満遍なく叩き込んだ。先日とは違い、今度は毒を全身に隈なく蓄積させタイミングをみて一斉に全身を毒で侵すつもりの様だ。

 その作戦に気付き、レイダーはそれを正面から打ち破るべく攻め手を強めた。潔いとも言えるレイダーの行動に、ウィドゥは歓喜の声を上げた。

 

「思った通りね! 遊ならそう来ると思ってたわ!」

「にはははは! これが一番楽しいからね! 君もそうだろう!」

「そうねそうね! 麗美もとっても喜んでるわ!」

 

 爪と拳がぶつかり合い、すり抜け合って相手に突き刺さる。徐々に互いに蓄積するダメージと毒。前までは釣り合いが取れていなかったそれも、今ではほぼ等倍だ。ブラッククローの持つ毒の威力が上がっているので、前よりも早く毒がレイダーの全身に回る。

 

 毒の効果で、僅かにレイダーの動きが鈍った。その瞬間を見極めたウィドゥの一撃が、鋭くレイダーの体を切り裂いた。

 

「うぉっ!?」

 

 明らかに以前よりも増している攻撃力に、しかしレイダーは仮面の奥で歓喜の笑みを浮かべた。

 

「にはははは! 良いね良いねぇ! 良い一撃だ! なら、これはどうかな!」

 

 レイダーは一瞬の隙を突いてウィドゥに至近距離からガッツナックルでロケットパンチを喰らわせた。この近距離ではどう頑張っても避けること叶わず、ウィドゥは大きく吹き飛ばされた。

 

「あが、はぁっ?!」

「まだまだぁっ!!」

 

 レイダーの隠し技で吹き飛ばされたウィドゥに、更なる追撃が襲い掛かる。ロケットパンチで発射したガッツナックルの回収も時間がもったいないとばかりに、素の拳でウィドゥを直接殴りつける。

 上から下から左右から、ウィドゥの顔をレイダーの拳が殴った。

 

「うがっ!? ぐ、ぎ……アヒャヒャヒャ!」

 

 しこたまに脳を揺すられたが、その痛みはウィドゥにとってこれ以上無い程甘美な痛みだった。レイダーに殴られながら、ウィドゥはレイダーの肩を掴み頭に頭突きを喰らわせた。先日の意趣返しだ。

 

「ふん!」

「あいだ?!」

 

 まさかの頭突きにレイダーの動きが止まった。

 

 するとウィドゥは、今までにやってこなかった攻撃をレイダーに仕掛けた。素早くレイダーの背後に回ると、後ろから組み付いて更に脇腹にブラッククローを突き刺したのだ。

 

「うぐぅっ?!」

 

 脇腹に毒を流し込まれたのを合図に、全身に蓄積した毒が一斉に牙を剥いた。全身が痺れ、力が抜ける。崩れ落ちるレイダーを、後ろからウィドゥが抱きしめた。

 

「アヒャヒャ! つっかまえた!」

 

 後ろからレイダーに抱き着いたウィドゥは、動けないレイダーの腕や足のアンダースーツ部に何度もブラッククローを突き刺した。

 

「いぎっ!? あ、づ!?」

「うふふふふ…………あ~……遊……」

 

 ウィドゥはレイダーの上げる苦悶の声に、熱の籠った声を上げながらレイダーの血がこびり付いたブラッククローの爪を愛おしそうに眺めた。そして何を思ったのか、その血を自分の頬に塗り付けた。

 

「ん……遊の匂い…………うふふふ」

 

 仮面越しにも分かる妖艶な笑みを浮かべ、ウィドゥはレイダーをこれでもかと言うくらい抱きしめた。抱きしめると言うが、一切の容赦の無いその抱き着きはレイダーを絞め殺そうとしているかのようであった。もしウィドゥにレイダー並みのパワーがあったら、本当にそのまま絞め殺していただろう。

 

 しかしその時、レイダーの腕が僅かに動いた。ウィドゥがレイダーとの戦いで成長したように、レイダーもウィドゥとの戦いで徐々にだが毒に対して耐性を持ち始めたのだ。

 

 少しだが動くようになった腕で、肘を叩き込みウィドゥを引き剥がす。脇腹に諸に肘を叩き込まれたウィドゥは、思わずレイダーを解放しその場で脇を押さえて蹲った。

 

「うぐっ!? げほ、げほ……」

「いつつつ……あ、時間だ」

 

 ウィドゥを引き剥がし少し余裕を取り戻したレイダーがふと自分の体を見ると、徐々にだが体が粒子化してきていた。そろそろ時間切れだ。

 

 今日も楽しい時間が終わってしまった事に、レイダーが名残惜しそうにしながら立ち上がりウィドゥに手を差し出す。差し出された手をウィドゥはそっと握り返して立ち上がり、レイダーと共にミラーワールドから出た。

 

 2人が戻ったのは遊の部屋。自分の部屋に戻るなり、遊は残っていた毒の影響もあってかその場で大の字に横になった。

 

「はぁ~~……今日も楽しかった」

「うふふふふふ……」

 

 満足そうに横たわる遊の姿に、麗美は頬を赤く染めて笑みを浮かべながらその場を立ち去ろうとした。

 

「あ、帰るの?」

「ん? うん。朝ご飯、ごちそうさま。また今度ね」

「まったね~」

 

 寝ながら手を振る遊に、麗美は手を振り返してその場を立ち去った。麗美が去って行ったのを見て、遊は満足そうに溜め息を吐きながら疲労に身を委ね眠りに落ちていった。

 

 一方の麗美はと言うと、何やら足早に自宅の安アパートに戻ると扉の鍵を閉め窓のカーテンも閉めた。まるでこれから行う事を誰にも見られないようにしているかのようである。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 自宅に戻った麗美の呼吸は何処か荒い。それは戦いの疲労からくるものではなかった。心が昂り興奮して出る呼吸のそれだ。

 

 と、麗美が徐に自分の豊かな双丘の間に手を突っ込んだ。そして胸の谷間から一つのフォークを取り出した。

 

「すぅ…………はぁ……遊……」

 

 それは先程朝食の時に遊が使っていたフォークだ。朝食の後、食器を洗う時にそれだけ失敬していたのである。

 

 麗美はフォークの匂いを一頻り嗅ぐと、それを逆手に持ち自分の腕に思いっきり突き刺した。

 

「んん! あぁ、遊!……遊!」

 

 突き刺したフォークを、麗美は肉を抉るように動かした。傷口から血が流れ出て床に垂れるが、そんなことお構いなしだ。

 

 今の麗美にとって重要なのは、遊が使っていたフォークが自分の腕を傷付け血を流しているという事。その一点のみであった。

 

「瑠美、感じる? 遊が私を愛してくれてるよ!」

「アヒャヒャ! 感じる、感じる! さっきも今も、遊の愛を感じるわ!」

「遊! 遊! 私、遊が好き! 瑠美と同じくらい大好き!」

「アタシもよ! アタシも麗美と同じくらい遊が好き!」

 

 戦いの余韻が冷めぬ内に、麗美と瑠美は遊が使っていた食器で存分に自分の体を傷付けた。

 

 どれだけそうしていたか、気付けばフォークは折れ曲がり、麗美の体は血だらけとなっていた。失血で意識を失う程ではないが、麗美は血だらけの体を床に横たえていた。

 

「はぁ……はぁ……遊」

 

 血だらけながら、その頬は血の気を失うどころか寧ろ熱に浮かされた時の様に紅潮していた。目は潤み、吐く吐息は燃えるように熱い。

 

「ねぇ、瑠美……この気持ち、何だろうね?」

『多分これが恋って奴だよ』

「そうか……私、遊に恋してるんだ」

『誰かを愛しいって思う気持ちが恋なら、これは正しく恋よ』

「誰かを恋して愛するのって素敵だね」

『そうね』

 

 麗美は初めての恋をするという感覚に、世界が広がる様な感覚を味わっていた。今までにない高揚感に、麗美と瑠美は酔いしれていた。

 

 それと同時に、麗美の心にある一つの欲が新たに芽生えた。

 

「ねぇ、瑠美…………私、遊にずっと見てもらいたい」

『アタシもよ。麗美』

「どうすればいいかな?」

 

 新しく麗美の中に芽生えた欲は、独占欲。愛する人を自分一人のものにしたいと言う、ある意味誰もが抱く当たり前の欲である。

 

『遊に何時でもアタシだけを愛してもらいたいよね』

「うんうん。でもどうしたら良いんだろう?」

 

 2人してどうすればいいか考える。普通の人間であれば大いに思い悩む事でも、彼女の場合は直ぐ身近に相談相手が居るも同然なので答えを出す事が出来る。

 ただしそれは、結局同じ人間が鏡に向かって相談している様なものだ。結局根っこが同じなので行きつく結論は一つしかない。

 

 それが例え常人では辿り着かない滅茶苦茶な結論であろうと、彼女の場合は自己完結で辿り着いてしまう。

 

『あ、そうだ! 他のライダーとか、遊が興味を持つ奴を全部無くしちゃえばいいんじゃない?』

「あ、そっか! 他のライダーとかが居なくなっちゃえば、遊も私だけを見てくれるよね!」

『そうそう! 邪魔な奴がい無くなれば、遊はアタシだけを愛してくれる!』

「遊が……私だけを…………うふ、うふふ! うふふふふふふふふふふ!」

 

 麗美が淀んだ目で虚空を見ながら壊れたように笑い続ける。その視線の先には、彼女にとってのバラ色の未来――彼女以外にとっては血みどろの地獄――が見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、遊はレイダーに変身して野良のモンスターと戦っていた。

 

「だぁあああありゃあぁぁぁぁっ!」

 

 野良モンスターであるミスパイダーをガッツナックルを装着したレイダーが殴り飛ばす。堅い拳がミスパイダーの甲殻を砕く。

 

 一方的にボロボロにされ、ミスパイダーは満身創痍だ。

 レイダーはモンスターにトドメを刺すべく、必殺の一撃を放つ。

 

【FINAL VENT】

 

 ガッツバイザーにファイナルベントを装填すると、彼女の相棒であるガッツフォルテが姿を現す。レイダーは右手で地面を強く叩いて跳躍し、反転した彼女をガッツフォルテが掴んで振り回しミスパイダーに向かって発射した。

 

「『ウォオオオオオオオオッ!!』」

 

 彗星の如くミスパイダーに突撃し、拳が大きな風穴を開ける。一瞬の間を開けてミスパイダーが爆発し、解放されたエネルギーをガッツフォルテが喰らう。

 

『ウホォオオオオオオッ!』

 

 ご馳走を平らげ勝鬨の声を上げるガッツフォルテ。

 だがその主人であるレイダーの胸中には違和感が燻っていた。

 

――最近静かだな?――

 

 ここ最近、仮面ライダーと戦った覚えが無かった。探しても見つからず、こうしてミラーワールドで騒いでも全くライダーが出てこない。気配すら感じさせないのだ。

 最後に戦った仮面ライダーは、麗美のウィドゥだった。

 

「何か……う~ん?」

 

 違和感を感じつつ、その正体に気付けず首を傾げながらも体が粒子化する前に現実世界に戻る。

 

 その時、現実世界に戻って変身を解いた遊の耳にまたしても耳鳴りが響く。

 

「ッ! 次はライダーだと良いなぁ!」

 

 今し方モンスターと戦ったばかりだと言うのに、再びレイダーに変身しミラーワールド内をライドシューターで移動する。

 

 耳鳴りの発生源は程なくして見つかった。現場は海沿いにある倉庫街。

 そこに数人のライダーが集まり、既に戦いが始まっていた。

 

「おぉ! 皆やってるやってる! よぉっし、わたしも久しぶりに!」

 

 レイダーもライダー達の戦いの輪に加わろうとした時、彼女の目の前にウィドゥが姿を現した。空間から溶け出るように姿を現したところから見るに、クリアーベントで姿を消していたようだ。

 

 最早好敵手とも言えるウィドゥの登場。しかしレイダーは違和感を覚えた。何かがおかしい。

 

「麗美?」

「今はアタシよ! そ・れ・よ・り! やっぱり来ちゃったのね?」

「そりゃそうさ! 最近仮面ライダーと戦えてないんだ。久々に楽しまないとね!」

「じゃあアタシが楽しませてあげる!」

 

 他のライダーに続いて戦い始めるレイダーとウィドゥ。だがその戦いはどこかおかしかった。

 ウィドゥは相変わらずダメージ上等な戦い方をしているのだが、意識が時々レイダーから離れている。何かを気にしているかのようだ。

 

「瑠美? 何か今日おかしいよ?」

「え? そう?」

「うん。何時もの君らしくない」

 

 レイダーの知るウィドゥは、戦いで与え与えられる痛み以外を全く意に介さない。何時だって、目の前に居るレイダーにのみ意識を集中させていた筈だ。

 

 その指摘を受け、ウィドゥは歓喜に身を震わせた。

 

「あぁ! 素敵! 遊はアタシ達の事なんだって分かってくれるのね! ねぇ麗美!」

「うん! 私やっぱり遊が大好き!」

 

 自分で自分の体を抱きしめるウィドゥの姿に、レイダーは違和感が大きくなっていくのを感じる。

 

 と、ライダー達の体が粒子化し始めた。この一斉ライダーバトルの中で何人かは他のライダーにやられて脱落したのか、先程よりもライダーの数は減っていた。

 

 その瞬間、ウィドゥがレイダーに背を向けて他のライダー達に向けて駆け出した。あまりにも予想外過ぎるウィドゥの行動にレイダーが唖然としていると、ウィドゥは1枚のカードを切った。

 

【FINAL VENT】

 

「な、何!?」

「体が、動かない!?」

 

 ウィドゥ特有の契約モンスター・ブラックスキュラの糸が多くのライダー達の動きを拘束する。体が粒子化しつつある中で動きを拘束され、レイダーとウィドゥ以外のライダー達が焦りの声を上げる。

 

 だが彼女達に降りかかる不幸はこれだけではない。ポイズンストライクを発動したウィドゥが次々と彼女達の体を貫いたのだ。

 

「うふふ! アヒャヒャ!」

「ひっ!?」

「まっ?!」

「やだぁぁぁっ?!」

 

 レイダーの視線の先で行われる殺戮劇。次々とライダーがウィドゥのブラッククローで刺し貫かれ倒されていく。連続とは言え一人一人順番に倒されていくので、後の方に残されたライダーは涙声で命乞いをしていた。

 

「待ってお願い!? 降参するから助けて!!」

「だ~め♪」

 

 当然、ウィドゥが命乞いなんて聞く訳がない。残っていたライダーを一人残らず殺し尽くし、後に残されたウィドゥは両手を血で赤黒く染めながら笑い声を上げていた。

 

「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! アーッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!」

「瑠美…………」

 

 血の海の真ん中で笑い続けるウィドゥを、レイダーは何とも言えぬ顔で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、消滅を回避する為にミラーワールドから出たレイダー。変身を解いた遊は、何時になく難しい顔をしていた。

 

「瑠美……一体どうしたんだろう?」

 

 今日の彼女は明らかに異常だ。レイダーを放置して他のライダーの始末に全力を挙げるなど、彼女らしくない。

 

 生憎とこの場に瑠美は居ない。彼女はレイダーとは別の鏡面から出てしまった。姿を見せる様子が無い所から見るに、向こうは遊と話すつもりは無いようだった。

 

 何だか分からないが、嫌な感じだ。胸がざわつくのを感じる。瑠美――或いは麗美とは、何が何でも話をしなければならない気がする。

 

 そう思って遊が彼女の家に向かったが、彼女は一晩経っても家には帰ってこなかった。

 一体何処に居るのかと疑問に思っていた遊だが、ここで彼女は先の一斉ライダーバトルでのウィドゥの行動からある結論に辿り着いた。

 

「まさか麗美、ライダー狩りしてる?」

 

 その考えに至れば、ここ最近遊が他の仮面ライダーと戦えていない理由も説明がつく。戦えるライダーの数そのものが減っていれば、なるほどライダーとの戦いそのものが出来ないのも当然だ。

 

 問題は、何故麗美がそんな事をしているかである。彼女は戦果とかそう言うのに拘るタイプではなかった。遊と同じく、戦いそのものが目的でライダーバトルに参加していた筈だ。

 

 一体彼女にどんな心変わりがあったのか、遊には見当もつかなかった。

 

 それから数日程、遊はとにかく麗美を探していた。このまま彼女を放置しておくと、遊が戦えるライダーが居なくなってしまう。

 

 しかし彼女が行きそうな所を虱潰しに捜したが、一向に見つからない。一体何処に居ると言うのか?

 

 行き詰って遊が悩んでいると、彼女の目の前にアリスが姿を現した。

 

「はいは~い! お久しぶりですね、遊ちゃん!」

「お、アリスか! ちょうどいい所に来たね。実はちょっと聞きたい事があるんだけど」

 

 ゲームマスターのアリスであれば、麗美の現在地も知っているかもしれない。そう思ってアリスに問い掛けようとしたが、遊の質問をアリス自身が制した。

 

「おっと! まずは私の話が先ですよ。今日は遊ちゃんに折り入って話が合って来たんですから」

「わたしに? アリスが?」

「はい! と言っても、これはきっと遊ちゃんにも関係のある話だと思いますよ!」

 

 遊はピンときた。アリスは麗美に関して何か情報を持ってきたようだ。

 

「実は最近、麗美ちゃんが好き放題し過ぎてて困ってるんですよ。別にルールがある訳ではないんですが、勝手に集団ライダーバトルをセッティングしたりされるとこちらとしても色々と調整したりする必要があってですねぇ」

「ちょっと待って。この間のライダーバトルって麗美が仕組んだの?」

「そうですよ~。ライダーバトルに熱心なのは結構ですが、こんなに短期間にライダーの数を減らされると新しい参加者を探すのも一苦労なんですよ~」

 

 アリスは鏡の中で困った困ったと腕を組んでウンウン頷く。一方の遊は、アリスの勿体ぶる様な言い方に言い知れぬ不安を感じていた。

 

「それで? わたしに何をしてほしいんだい?」

「難しい事を頼むつもりはありません! 遊ちゃんにはいつも通り、ライダーバトルをしてほしいだけです。ただし今回は、私の方でお相手を指定させてもらいますがね」

「その相手って……聞くまでも無く麗美の事だよね?」

 

 先手を取って麗美の名前を出すと、アリスは何処からか取り出したクラッカーを鳴らして遊の言葉を肯定した。

 

「正解でーす! 遊ちゃんにはこの後、麗美ちゃんこと仮面ライダーウィドゥと戦ってもらいまーす! 所謂緊急クエストと言う奴ですね! 見事達成できた暁には、美少女アリスちゃんからの祝福と言う名誉が与えられちゃいますよ!」

「ん~、そんなものよりもわたしはスイーツの方が嬉しいかな~。それで、相手を指定したという事は麗美の居場所は教えてもらえると思っても良いんだよね?」

「遊ちゃんつれないですねぇ。まぁいいですけど。麗美ちゃんなら今学校です。遊ちゃん、夏休みとっくの昔に終わってるのに気付かなかったんですか?」

 

 遊はすっかり忘れていた。世間では既に夏休みは終わり、高校は二学期が始まっている。学業は基本サボり気味の遊はその事を失念していたのだ。

 

 そしてこの後、遊は学業を疎かにしていた事を後悔する事になる。

 

「早く行った方が良いですよ。何しろ今の麗美ちゃん…………割と本気で見境なくなってますから」

「え?」

「麗美ちゃん、仮面ライダーだけじゃなく遊ちゃんに近い人も狙い始めたみたいです。この言葉の意味……分かりますよね?」

 

 そのアリスの言葉に、流石の遊も胃袋が縮むのを感じた。自分がこんな感情を抱けることに驚きつつ、遊は一目散に聖山高校へと向かって駆け出した。

 

 あの学校で、遊に近しい人物など1人しかいないからだ。

 

「佳奈――――!?」




と言う訳でコラボ第3話でした。最終話前編でもありますね。

麗美が狂いました。いや、元々狂ってましたけど遊ちゃんとの出会いでそれが更に歪みました。ツルギ本編では自分の愛を否定されて宗教に走りましたが、こちらでは心から愛したい相手と出会ってしまったが為に独占欲に走りました。

この続きである最終話後編は直ぐに投稿します。


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クロスストーリー・4:そして出会いは消える

どうも、黒井です。

今回は二話連続投降になります。第3話をまだ読んでいらっしゃらない方はそちらからお願いします。


 時間は少し遡り、新学期が始まった聖山高校。

 

 そこに通う女子生徒の1人、日吉 佳奈は相変わらず学校に顔を出さない親友に溜め息を吐きつつ昼休みを迎えた。

 手作り弁当を机の上に取り出し、遊以外の学友と共に昼食をとろうとした時だった。

 

「ねぇ……」

「ん?」

 

 不意に声を掛けられ、そちらを見ると麗美のドアップになった顔と目が合った。

 普段全く話さない相手が声を掛けてきたどころか、超至近距離で凝視してきた事に佳奈は心臓が止まるほど驚いた。

 

「うぉわっ!? お、お前氷梨か? 何の用だよ!!」

 

 突然の事に驚かされ、咄嗟に文句を口にする佳奈。だが麗美は彼女の文句など全く意に介さずそのまま彼女を凝視し、更には匂いまで嗅ぎだした。

 凝視するだけでなく匂いまで嗅いできた事に佳奈は畏怖よりも先に怒りを感じた。何故碌に関わりも無い奴に、注目されるどころか匂いまで嗅がれなければならないと言うのか。いや、例え知り合いであったとしてもいきなり匂いなんて嗅がれたくはない。

 

「な、何だよ一体!? あたしが臭いとでも言いてえのか!?」

 

 激昂して立ち上がる佳奈を、周りの学友は止めようとした。怒りを覚えた彼女は気付いていないようだが、学友達はいち早く気付いていた。

 麗美の纏う空気がヤバい事に…………。

 

 今にも麗美の胸倉を掴まんばかりの勢いの佳奈だったが、彼女よりも先に麗美の方が動いた。

 

「ちょっと……来て」

「は? 何であたしがお前に呼び出されなきゃならないんだよ? 訳分かんねえ」

 

 呼ばれる理由が分からず拒否する佳奈だったが、彼女が拒絶の言葉を口にすると麗美が彼女の腕を思いっきり掴んだ。こんな細腕のどこにそんな力があるのかと言うくらい強く掴まれ、佳奈は痛みに顔を顰めてその手を振り払おうとした。

 

「いっつ!? 何すんだ、離せ――――!?」

 

 だが佳奈は麗美の手を振り払う事が出来なかった。痛みに一瞬怒りを忘れて麗美の目を見て、佳奈も漸く今の麗美が危険な雰囲気を纏っている事に気付いたのだ。

 

 思わず言葉を詰まらせた佳奈に、麗美は息が掛かるほど顔を近付けた。

 

「ついて来て……くれるよね?」

 

 訊ねてはいるが、ノーとは言わせない雰囲気に佳奈は無言で頷いた。佳奈の返答に麗美は目を細めて笑い、彼女の腕から手を離して彼女と共に教室から出ていく。佳奈が逃げないようになのか、彼女を先に行かせると言う徹底ぶりだ。

 

 教室から出ていく2人を、他の生徒達は不安そうに見ている。気にはなるが、注目し過ぎて気を引きたくないと言った心境だろう。

 

 佳奈を先に教室から出し、自分も教室から出る。

 

 その際麗美……と交代した瑠美は、一度教室の中を見渡し――――――

 

「…………アヒャ」

 

 教室内から彼女を見ている生徒達に笑みを見せ、改めて教室から出ていった。最後に見せた彼女の笑みに、生徒達は全員委縮し暫く動く事が出来ずにいた。

 

 瑠美によって連れ出された佳奈は、そのまま人気の無い校舎裏に連れていかれた。時間が時間の為、他の生徒の姿は全くない。

 

「……で? 態々こんな所に呼び出して、一体何の用だよ?」

 

 ここまで来る道中で落ち着きを取り戻した佳奈は、瑠美を出来る限り刺激しないように注意しながら呼び出した理由を問い掛けた。繰り返すが佳奈には麗美に呼ばれる理由が全く思い当たらない。

 

 だが麗美の方にはあった。途中で再び交代して表に出た麗美は、近くの窓ガラスに手を突きながら佳奈に逆に問い掛けた。

 

「何で貴女から、遊の匂いがするの?」

「は? 遊の匂い?」

 

 いきなり何を言い出すのかと困惑する佳奈だったが、麗美は構わず問い詰めた。

 

「貴女からは遊の匂いがするの。ねぇ教えて。貴女と遊はどんな関係なの?」

 

 つい先日、佳奈は遊の家に遊びに行っていた。何時もの如く勝手に遊の家に上がり、手料理を振舞って適当に駄弁って帰っただけだ。それ以上の事などしていない。

 

 だが麗美にとって、自分以外の人間が遊の匂いを体に付けている事はこの上なく気に入らない事だった。

 

「どんな関係って……ただの友達だよ。それ以上の関係じゃない」

「友達……それって何時から?」

「何時からって、そんなの聞いて「答えて」……中学生の時からだよ」

 

 有無を言わせぬ麗美の物言いに、佳奈は必要以上に反論せず答えた。

 

 佳奈の答えを聞き、麗美は押し黙った。何も言わなくなった彼女に、佳奈は恐る恐る話し掛ける。

 

「そ、そう言えばこの間、遊の奴も氷梨の事聞いてきたけど、お前らの関係は何なんだよ?」

 

 もしこの事態を生み出したのが遊に原因があるのなら、後で文句の一つでも言ってやるつもりだった。それ位しないと割に合わない。

 

 一方で麗美にとって、佳奈の答えはただ事ではなかった。中学生の頃からの付き合い。それはつまり、佳奈は自分以上に遊と親しい……即ち遊にとって大事な存在であると言う事に他ならない。

 

 それが意味するのはつまり、麗美にとって佳奈はこの上ない邪魔者であるという事でもあった。

 

「……私ね、遊の事大好きなの」

「は?」

「遊は今まで私があった人の誰よりも私の事を愛してくれた。だから私も遊の事をとっても愛したの。それが凄く心地良いの」

 

 突然のカミングアウトに、佳奈の思考が停止する。言葉だけを聴けば同性愛者の発言である。親友にそっちの気があったのかと、佳奈はこの場に居ない親友を問い詰めたくて仕方なかった。

 

 だが直ぐにそれどころではなくなった。

 

「でもさ、遊はアタシ以外にも優しくするのよ。皆遊の事が好きみたいで、遊も満更でも無いみたい。アタシはこんなに遊の事が好きなのに、遊はアタシだけを見てくれない!?」

 

 突然瑠美に切り替わり、雰囲気の変化に佳奈は目を白黒させる。

 

「遊にはアタシだけを見て欲しいの! アタシ達は遊の全部が欲しいの!! でもその為には邪魔な奴が沢山居るのよ。ここまで言えば、アタシ達が言いたい事…………分かるわよね?」

 

 歪な笑みを浮かべて近付いてくる瑠美に、佳奈は後退りした。佳奈が後ろに下がる度に、瑠美は距離を詰める。

 瑠美が距離を詰める度に後ろに下がる佳奈だったが、唐突にそれが出来なくなる。気付けば校舎の壁にまで追いやられていたのだ。佳奈の後ろには校舎の壁と窓がある。

 

 瑠美は佳奈の背後の窓ガラスに両手を付いた。左右を瑠美の手で遮られ、佳奈は逃げ場を失う。その佳奈に瑠美は顔を近付け、彼女に付いた僅かな遊の匂いを嗅いだ。

 

 佳奈は瑠美の行動に、蛇を前にした蛙の気持ちを理解した。

 

「すぅ…………はぁ、アンタからは凄く遊の匂いがする。アンタが居ると遊がアンタの事を見ちゃう。そんなの嫌。遊にはアタシだけを見て欲しい。だから…………」

 

 瑠美が佳奈の背後の窓ガラスに目をやる。そこには、獲物を前に主人の許可を待つブラックスキュラが待機していた、

 

 今か今かと待つブラックスキュラに、瑠美が笑みを浮かべて頷く。主人からの許可が出て、ブラックスキュラは喜んで窓ガラスを背にした佳奈に襲い掛かる。

 

「佳奈ぁぁぁッ!!」

「あぐっ!?」

 

 ブラックスキュラが佳奈を捕らえる直前、遊が瑠美を殴り飛ばし佳奈を窓ガラスから引き剥がした。ブラックスキュラはギリギリのところで佳奈を取り逃がし、怒りの声を上げながらガラスから半身を出し佳奈を捕らえようとする。

 

「ば、化け物!?」

「相棒!!」

 

 尚も佳奈に襲い掛かろうとするブラックスキュラを、遊に呼び出されたガッツフォルテが抑え込む。ブラックスキュラ同様にガラスから体を半分出し、佳奈に襲い掛かろうとしたブラックスキュラをミラーワールドに引き摺り込んだ。

 

 一先ず佳奈に迫っていた脅威が去った事に、遊は安堵の溜め息を吐く。その遊に、混乱した佳奈が詰め寄った。

 

「お、おい遊!? ありゃ一体何だ!? 氷梨とお前はどういう関係なんだ!?」

「悪いけど、今それに答えてる暇はなさそうだよ」

 

 佳奈の疑問は尤もだが、瑠美が一発殴られた程度では止まらない性質である事は遊がよく分かっている。ここに居られては、佳奈の身に危険が降りかかってしまう。

 

「佳奈は早く逃げて。瑠美はわたしが何とかするから」

「瑠美? あいつ麗美だろ? お前一体何を知って「いいから早く行ってくれ!」!?……分かったよ。ただし、後で全部説明してもらうからな!!」

 

 遊が何時になく見せる本気の姿に、佳奈はこれがただ事ではないと理解しその場を離れる事にした。分からない事はまだまだ沢山あるが、この場は遊に従うべきであると心で理解した。

 

 校舎裏から逃げる佳奈を瑠美が追いかけようとするが、その前に遊が立ち塞がる。己の邪魔をする遊の姿に、瑠美は邪魔された不満と来てくれた喜びが混じり合った笑みを浮かべた。

 

「来ちゃったのね、遊?」

「あぁ。流石に佳奈はやらせないよ。佳奈はわたしの大事な友達だ」

「大事…………」

 

 遊が口にした「大事な友達」と言う言葉に、瑠美の顔から笑みが消えた。ただならぬ瑠美の雰囲気は、遊に様々な疑問を抱かせるのに十分過ぎた。

 

「瑠美。一体どうしたって言うんだい? 何だって佳奈を狙ったりした?」

「だって……あの子が居ると、遊がアタシだけを見てくれないんだもの。遊にはアタシと麗美だけを見て欲しいの」

 

 瑠美は麗美と交代した。左目を隠した彼女は、今までにみせた事の無いような悲しみと不安に溢れた顔をしていた。

 

「私、遊がこの世の誰よりも好きなの。お父さんもお母さんも、私と瑠美が愛したら居なくなっちゃった。私はこんなにあの2人の事を愛してたのに、あの2人は私達の愛に答えてくれなかった!? お父さんとお母さんだけじゃない!? それから一度は私達の事を愛してくれた人も、私達が愛したら皆離れて行っちゃった!? 誰も私達の愛には応えてくれないの!?」

 

 麗美は頭を掻き毟り、額を窓ガラスに何度も叩き付けながら叫んだ。

 その様子に遊は、以前佳奈から聞いた麗美に関する黒い噂が事実であったことを理解した。

 

「でも遊は違った! 遊は私達の愛に応えてくれた! 私達に愛されて、私達を本気で愛してくれた! 凄く凄く嬉しかった!!」

「だからアタシ達は遊の全部が欲しいの!! 遊以外何もいらないし誰もいらない! ううん、アタシ達には遊しか居ないの!?」

「だから私達から遊を持っていっちゃうものは全部無くすの! 仮面ライダーもモンスターも、遊のお友達も全部全部全部!!」

 

 狂ったように笑いながら麗美と瑠美は交互に表に出て遊に己の胸中を打ち明ける。いや、実際に彼女は狂っていた。愛に飢え、愛に狂っているのだ。

 

 そして理解した。麗美はこのまま放置してはならない。彼女を放置したら、佳奈だけでなく自分に親しい誰もが彼女の犠牲になってしまう。

 

 そんな事は絶対させない。

 

「……いやはや、わたしにまだこんな人間臭い一面が残っていたとはねぇ。仮面ライダーになってすっかり化け物になったかと思ってたけど、案外そうでもなかったみたいだ」

「ところで遊…………いい加減そこ退いてくれない? 遊を私から横取りする、あの子を早く消しちゃいたいんだ」

「退くと思うのかい?」

「ん~……思えない」

「なら、どうする?」

 

 挑発するように遊が告げると、麗美はカードデッキを取り出した。

 

「遊にも邪魔はさせないよ。私は遊を私だけのものにするの」

「やってみたまえ! 言っておくけど、私はそんなに安い女じゃないよ!」

 

「「変身!!」」

 

 麗美と遊は、ウィドゥとレイダーに変身しミラーワールドへと入る。そこでは既に佳奈を襲おうとするブラックスキュラとガッツフォルテが激しく戦っており、一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

 そう、一進一退である。ライダーのスペックを見れば分かる事だが、ブラックスキュラはモンスターとしてはどちらかと言うと弱い部類だ。同系統でありながら大型のディスパイダーとは比べるべくも無く、素早さと他のスパイダー系モンスターにはない毒の糸以外は全てにおいて負けていた。

 だが最近は、麗美が精力的にライダー狩りをしていたのでブラックスキュラも強化されていた。連日極上の餌を摂取して、本来であれば格上である筈のガッツフォルテと互角に戦えるまでになっていたのだ。

 

 二体のモンスターが激しく戦うのをバックにして、ウィドゥとレイダーも戦い始めた。

 

「どりゃぁぁぁっ!」

 

 レイダーの拳をウィドゥは正面から受け止める。鈍い痛みがウィドゥのボディに響くが、彼女はそれを喜んで受け入れ歓喜の声を上げながら反撃を繰り出した。

 

「うふふふふふ! こんな時でも遊は私だけを愛してくれるんだね! だから遊が好きなんだよ、私!」

「にははは、我ながら困った性分だよ。佳奈の為と思っていながらもこの戦いを楽しんでしまう。でも今回は絶対に負けられない戦いだ。悪いけどどんな手でも使わせてもらうよ!」

【NASTY VENT】

 

 今までウィドゥとの戦いでは使ってこなかった、相手の行動を妨害するカードをレイダーは切った。レイダーがカードを使用すると、ブラックスキュラと戦っていたガッツフォルテが激しいドラミングでブラックスキュラとウィドゥの動きを纏めて止めに掛かった。

 

「うぐぁっ!? く!?」

 

 今まで味わった事の無い聴覚への苦痛。それにウィドゥは一瞬両耳を手で押さえるが、直ぐにその口からは喜びの笑みが零れた。

 

「う、うふふふふふ! 遊ったらこんな事も出来たんだね! もっと早くからやってくれれば良かったのに!」

「うん、分かってはいたけど君相手には焼け石に水だったみたいだね」

 

 これが純粋に相手の動きを停止させる、それこそウィドゥ自身が使うキャプチャーベントの様なものであれば効果はあっただろう。しかしこのナスティベントは、苦痛により相手の動きを妨害するカードだ。苦痛を快楽に変換してしまうウィドゥ相手には逆効果であった。

 

 先程よりも更にキレのある動きでレイダーに攻撃を仕掛けるウィドゥ。両手のブラッククローの毒が、徐々にレイダーの体を蝕み始める。

 

「ぐぐ――――!?」

「どう、遊? 私の愛届いてる? 遊に喜んでもらおうと思って私すっごく頑張ったの! こんなにこんなに遊の事を愛してるの!」

 

 拳と爪の応酬をしながら、ウィドゥは仮面の奥で笑みと共にレイダーに語り掛ける。何とか爪による毒を捌いているレイダーだったが、ウィドゥは巧みに攻撃を当て着実に毒をレイダーの体に蓄積させていった。

 

 少しずつだが毒によりレイダーの動きが鈍くなっていく。

 

「ほら、私達の愛がどんどん遊を満たしてるよ! 遊の愛が私達の奥に染み込んでくるよ! どう、遊? 楽しい?」

 

 こんなのが、楽しい訳ない。常人であればそう答えるに決まっている。痛くて苦しくて、友人の危機が迫っている中で楽しいなんて感情湧いてくる筈がない。

 

 しかし、この場に普通の人間は存在しなかった。

 

「にははははは! そうだね! 楽しいよ! 負ければ佳奈が危なくて、絶対負ける訳にはいかないって分かってるのに、それでも君とのこの一時を私は楽しんでいるよ!」

 

 答えながらレイダーはガッツナックルを装着した拳をウィドゥにぶち込んだ。一発だけでなく、何発も。それはウィドゥのブラッククローの爪を弾き、相手の攻撃をねじ伏せて自分の攻撃を喰らわせる。

 

「ぐふっ!? あぐっ!? う……アヒャヒャヒャヒャ!! 麗美ぃ、独り占めなんてズルいよぉ! アタシも遊の愛を直に感じたいわ!」

 

 ここでウィドゥの中身が麗美から瑠美に交代する。瑠美のウィドゥはレイダーに接近すると、抱き着くようにして攻撃を仕掛けた。左右から包むように飛んでくる爪が、レイダーの装甲を削っていく。

 

 どちらも一歩も退かない攻防は続き、戦いの中で気付けば2人は校舎から大きく移動していた。2人の戦い方は一見すると殆ど移動の無い戦いのように思えるが、レイダーのパワーで殴られたウィドゥが大きく吹き飛ばされるなどして移動していたのだ。

 

 気付けば2人は、学校近くの河原まで移動していた。川の水を跳ね飛ばしながら、2人は変わらず拳と爪で相手の体を削り合う。

 

 何時までも続くかに思えた攻防戦。しかしここはミラーワールド。滞在できる時間には限りがある。

 自分達の体が粒子化し始め、レイダーをウィドゥは共に顔に焦りを浮かべた。

 

 このままでは、また勝負がつかないまま終わってしまう。今まではそれで良かったが、今回だけは絶対に決着を付けなければ。

 

 ウィドゥはレイダーを行動不能にしなければ佳奈を始めとした者達の始末が出来ず――――

 

 レイダーはウィドゥを行動不能にしなければ佳奈達親しい者の命が危ない――――

 

 何とかしなければと思った時、2人は同時に同じ結論に辿り着いた。

 

「「……出ればいいんじゃん」」

 

 何もミラーワールドで決着をつける必要は何処にもない。これ以上ミラーワールドに居られないのなら、現実世界で戦えば良いだけの話なのだ。考えてみれば簡単だった。

 

 2人は同時に相手の体を掴むと、そのまま川の水面に飛び込んだ。水面が鏡面となり、現実世界への出口となる。

 

 ミラーワールドから出ると同時に、2人の変身は解かれ元の姿に戻る。しかし2人はそのまま戦い続けた。全く強化されていない、人間としての力だけで放たれた拳が互いの顔に突き刺さる。

 

「うふふふふ! アヒャヒャヒャヒャ!」

「にははははは! にっはっはっはっはっは!」

 

 2人は互いに何度も相手に拳を叩き付けた。何も巻いていないので拳は傷付き、自分の物か相手の物か分からない血で真っ赤に染まる。

 

 それでも、2人は戦いを止める事は無かった。

 

 遊の拳が麗美の頬を殴り抜く。

 

「ぐぶっ!? う、うふ、アヒャ!」

 

 麗美、若しくは瑠美がお返しに遊の腹にねじ込むように拳を突き刺す。今の彼女が麗美と瑠美どちらなのかは分からない。何故なら普段は左右どちらか隠れている筈の目が、今はどちらも露になっているからだ。

 いや、今の彼女はもうどちらでもあり、どちらでもないのだろう。何よりも、今の彼女にとって自分がどちらかなどどうでも良い事であった。

 

 遊が自分だけを見て、自分だけを愛してくれている。それは麗美が何よりも望んだものであった。

 

「うげっ!? ぐ、え……にはは!」

 

 口から血の混じった吐瀉物を吐き出しながら、遊は殴るのを止めなかった。こんな喧嘩、今まで経験した事も無い。互いに血みどろになりながらも止まる事のない戦い。こんな戦いが出来るのは互いに譲れないものを持つ者同士しかできないと思っていた。

 その戦いを今正に自分達はしている。戦いに何よりも悦楽を見出す彼女にとって、これ以上に最高の状況は存在しなかった。

 

 2人とも今の状況を最高に楽しんでいる。

 だからだろう。どちらも全身血だらけで、傷の無い部分が無い状態だったがそれでも互いに笑顔を浮かべていた。

 

 そんな時、遊の拳が殊更に強く麗美の腹に突き刺さった。それは麗美の内臓を傷付け、口から赤黒い血の塊を吐き出させる。

 

「ぐぷ、えげ?!」

 

 どの内臓が傷付いたのかは分からないが、今の一撃は麗美にとって致命的だった。急激に足から力が抜け、体が崩れ落ちそうになる。

 

 それを支える為か、麗美は最後の力を振り絞って遊の体にしがみつくと、戦いの中で上着が脱げた彼女の剥き出しの肩に思いっきり噛み付いた。

 

「がぶっ!?」

「いづっ?!」

 

 まさか噛み付きが来るとは思っていなかったので、これには遊も驚かされた。

 

 だがそれも長くは続かない。噛み付きながらも体からは力が抜け、ずるずると崩れ落ちていく。遊はそれに合わせてしゃがみ、その途中で麗美の噛み付きを外した。

 

「はぁ……はぁ……」

「ぁ…………ぁ……」

 

 戦いは決した。麗美の命は残り僅かだろう。最後の遊の一撃がトドメとなった。

 

 徐々に心臓の鼓動が弱くなっていく。そんな中で、それでも麗美は遊に手を伸ばすことを止めない。

 

「遊……遊…………おね、がい…………わた、し……わ、たし……」

 

 もう彼女が何を伝えようとしているのか、遊には分からない。だが、遊には彼女に伝えたいことがあった。

 

 弱々しく伸ばされた麗美の手を遊は掴み、引き寄せると彼女の体を抱きしめた。

 

「…………ありがとう、麗美。瑠美」

 

「わたしにここまで付き合ってくれたのは、後にも先にもきっと君達だけだ」

 

「君達と過ごしたこの夏は、わたしにとってとても掛け替えのないものだったよ」

 

「一生の宝物だ。だから、ありがとう」

 

「大好きだよ」

 

 何だかんだで、麗美と瑠美と過ごしたこの夏の日々は遊にとって最高に輝いた日々であった。遊の嗜好に同調してくれる者など、彼女以外に居ないだろう。

 そんな相手との別れは、柄にもなく辛い。多分この先、麗美の様な者と出会う事は一生ないだろうと容易に想像ついた。

 

 だから、遊は万感の思いを込めて麗美に感謝と好意を口にした。それが彼女へのせめてもの手向けになると理解しているからだ。

 

「あ…………あぁ――――!」

 

 遊に抱きしめられ、感謝と好意を聞かされた麗美は苦しそうに喘ぎながらも目から歓喜の涙を流した。

 自身に向けられる混じり気の無い愛…………今ここに、彼女の願いは叶ったのである。

 

 歓喜の涙を流しながら、麗美は遊にその身を委ねて目を閉じた。その顔は、これまでの彼女の人生の中で最も安らかなものであった。

 

 もう彼女の目が開かれる事は永遠に無い。それを理解した遊は、麗美の頭をそっと撫でた。髪に隠れて今彼女がどんな顔をしているのかは、誰にも分からない。

 

 その後、遊がライダーバトルに最後まで勝ち残ったのか、それとも途中で脱落したのかは分からない。何故ならこの世界線はこの後、アリスにとっての不都合が起こりタイムベントで時間を巻き戻されなかったことにされたからだ。

 

 だが少なくとも確実に言える事は、この世界において氷梨 麗美は確かに救われた。苦痛と暴力にしか愛情を見出せない彼女は、本当の意味で誰かを愛し愛される事を知る事が出来たのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、いくつかある御剣 燐と彼を取り巻く仮面ライダーの戦いの中で起こった、語られる事の無かった一幕である。

 

 果たしてこれは悲劇だったのか、それともこれで良かったのか。

 

 何より麗美と遊が正史と呼べる現在進んでいる物語の中で出会うことがあるのか? それは誰にも分からない。

 

 もしかすると出会うかもしれないし、このまま出会うことなく終わるかもしれない。

 

 ただ一つ言えることは、彼女達の物語はまだ終わっていないという事である。

 

 2人の少女がどんな結末を迎えるのか。

 

 それは御剣 燐を中心に紡がれる物語が教えてくれるだろう。




と言う訳でコラボ第4話、最終話後編になります。

このラストのバトルがコラボ執筆当初から描きたかったシーンでした。生身での笑いながらの殴り合い。ちょっぴりアルティメットクウガVSダグバを意識してますが、あちらは笑ってたのはダグバだけだったのに対してこちらはどちらも血みどろの笑顔です。

ラストの方でも描いてますが、麗美にとってはこれが最良の終わり方です。麗美はもう引き返す事が出来ないところまで狂ってしまっているので、普通のやり方ではどう足掻いても更生不可能です。何しろ何を説こうとも、麗美と瑠美で相談して自己完結してしまうので。
ただもし少しでもまともになれる余地があるとしたら、瑠美が生まれてすぐの頃に何とかする他ないでしょう。

これにて私が描くツルギのスピンオフは最後になります。ただこれで完全に終わりではなく、今後もミラクル時空や本編で描かれなかったシーンを気まぐれで書いたり、新たに応募したキャラが採用されたらそのキャラのスピンオフを書くことがあるかもしれません。その時はまたよろしくお願いします。

最後にスピンオフの許可をくださった大ちゃんネオさん、並びにコラボさせていただいたマフ30さん、ありがとうございました!


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