遊戯王 ーknocking・gateー  (光屋尭)
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第1話「光る瞳の少年」








 ――― デュエルモンスターズ ―――

 

 

 

 それは、今や世界中で知らない人はいないカードゲームの名前。

 

 

 

 ――― 決闘者(デュエリスト) ―――

 

 

 

 それは、デュエルモンスターズのカードを駆使し戦う者たちを指す。

 

 

 

 ――― 決闘王(デュエリストキング) ―――

 

 

 

 それは、世界中に数多存在する好敵手(ライバル)を倒し、頂点を極めた決闘者に与えられる栄光の称号。

 この物語は、次世代の決闘王を目指す少年少女が通うプロ決闘者育成機関(デュエルアカデミア)千華柄学園(せんかづかがくえん)に現れた、とある【王】の物語である。

 

 

 

                ☆ ☆ ☆

 

 

 

 彼が新東京都の地を踏んだのは、5月が始まってすぐの肌寒い春風がそよぐ日だった。

平日の朝、都内最大のメインターミナルである神薙駅のホームは、通勤通学の人波で混雑している時間だった。

そこに走り込んできた新幹線から降りてくる乗客の中に、自然と人目を集める2人組がいた。

20代後半のスーツの男と、学生服を着た12歳ほどの少年だった。

 

「おい遊之、覚えてると思うが、絶対に俺から離れるんじゃねえぞ」

 

 スーツ姿の男は、こめかみから頬に掛けて大きな傷跡のある強面の顔と、190はある身長と服の上からでもわかるほどの筋肉質な体格で、後ろに付いてくる少年を気にしながら通勤ラッシュで並ぶ人の壁に割り込んで道を開けていく。

 

「わかってる」

 

 遊之と呼ばれた少年は男の後ろにピッタリとくっつきながら、物珍しそうに、あちこちに視線を向けていた。

 

「それにしても牛尾、これが日本古来の伝統、ツウキンラッシュなんだね。斎が教えてくれた情報よりも想像以上に凄い人の数」

 

「古来でも伝統でもねえよ。箱入り息子に何吹き込んでんだあのお坊ちゃんは」

 

「牛尾」

 

「なんだ?」

 

 遊之は、オーバーサイズのマフラーに口元が隠れる、子どもらしくない表情の変化の乏しい顔で男の、牛尾哲《うしおてつ》の上着を引っ張る。

振り向いた牛尾は、しかし、付き合いの長さから目を見ただけで彼が心躍る心境なのがわかった。

表情や声色の変化が乏しくとも、感情を表現するように初々しい挙動が興奮を隠さず、オレンジ色の瞳を擁する大きな眼が、興味津々とばかりに輝いていたからだ。

 

「不思議なんだけど、どうしてここに居る人たちは皆死んだような目をしているの?」

 

「失礼な事を言うなお前は!?」

 

 遊之よりも大きな声で叫び、口を塞いだ牛尾は、周囲の不審な視線に晒されながらも慣れない愛想笑いをして逃げように移動する。

 牛尾と遊之が一緒に行動しているのを見た人たちは、彼らの関係を不思議に思った。

 年齢的にも親子は難しく、牛尾はれっきとした日本人だが、遊之の見た目は日本人のそれとはかけ離れていたからだった。

 オレンジ色の瞳。

 色素の薄い肌。

 顔立ちは中性的で身体の線も少女のように細いが、かろうじて新調したての学生服でズボンを履いているので、男子と判断できた。

 主に人目を惹くのは、特異な髪だった。

 女性のように柔らかく、お尻に届くほど長い髪は、煌めく水色と金色のコントラストに彩られていた。

 そんな2人組が堂々と騒いでいれば、嫌でも目立つのは当然だった。

 混雑から離れた場所まで来た牛尾は、一息ついでに文句をこぼす。

 

「ったく、大声出させんじゃねえよ」

 

「出したのは牛尾だよ」

 

「お前が余計な事を言わなければな!?」

 

 遊之は怒られた理由が理解できていないらしく、わずかに眉を寄せて首を傾げていた。

 そんな困った顔をされると、牛尾は文句の続きが言えなくなった。

 本人に悪気も無ければ、仕方のない事だったと悟ったからだ。

 親代わりの保護者が海外移住した日本人なのもあって日本語も熟れてはいるが、生まれてからほとんど海外で暮らしていた遊之が来日したのは昨日の今日だ。

 文化、価値観の差に気づけないのは当然、然るべき対応をするのは大人の役目だった。

 

(長い付き合いで慣れちまったのもあるが、色々あって忘れかけてたぜ。こいつを、この日本で守るのが俺の使命だったな)

 

 牛尾は仕事として、任務として、故郷の国に戻ってきていた。

 現在勤めている会社の社長から、遊之の保護者である人物から、直々に命じられた特命任務で、この日本で遊之を学生として、普通の子どもとして、一般人としての暮らしと日常を送って貰うため、そんなありふれているはずの平穏を守るために元警察官だった彼が同伴する事になったのだった。

 理由は見た目の特異性以外にも、遊之が子どもながらに複雑な経歴を持っているからだった。

 生まれた時から、親の顔すら知らず。

 白色の壁に囲まれた無菌室以外の、景色を知らず。

 培養液に満たされた試験管の中で、見知らぬ大人たちに支配されながら、身体に管を繋がれながら生きてきた子どもたちの1人。

 遊之は、これまでの短い人生の大半を、常識とはかけ離れた数奇な経験で埋められてきた。

 そんな境遇と将来を考えた保護者が、期間限定とはいえ、最低3年間は比較的に安全な国の学校に通わせるように環境を整え、手配した先がこの日本だったという話だ。

 

(今思い返しても信じられねえよ、見た目は変わっているが、ただの子どものはずのこいつが実は)

 

 過去を振り返り、複雑な心境を双眸に滲ませた牛尾は短く大きく深呼吸をすると、力まかせに両手で頬を叩き、気合を入れ直す。

思い出すのは、尊敬する、恩人でもある社長の顔だった。

 

(この漢、牛尾哲! 貴方から任せられた役目、キッチリ果たしてみせますぜ!)

 

 牛尾は遊之と目線を合わせるようにしゃがむと、華奢な肩に手を置く。

 

「そうだな、大声を出した俺が悪かった、驚かせちまってすまん」

 

「大丈夫、びっくりしたけど、牛尾が意味もなく怒鳴ったりする人じゃないのはわかってる」

 

 遊之は、声色も表情も大して変えずに続ける。

 

「だからきっと、さっきまでのボクの言動で適切じゃない部分があったんだと思う。ダメなところは直していくからちゃんと教えて欲しい、牛尾の事、信頼してるから」

 

 だが、牛尾には遊之のわずかな感情の機微が読み取れていた。

その子どもらしくないしっかりとした意思を込めた、嘘偽りない言葉と微笑みをぶつけられて、気恥ずかしさから顔を手で覆った。

 

「今更だが、お前、ほんと子どもらしくねえよな」

 

「ごめんなさい。子どもらしく振舞うのはボクにはちょっと難しいみたい」

 

「いや、そういう意味じゃねえんだ。それはお前の立派な個性だ、ただ、日本人にはちょっと刺激が強いのかもしれねえな」

 

「どうして?」

 

「日本人ってのは、お前の故郷(アメリカ)の人たちほど気持ちを正直に伝えられねえんだ、だから包み隠さない言い方をされるのにも慣れてねえって事だ」

 

「そんなに違うんだね、気を付ける」

 

「まあ、お前ならすぐに慣れるだろ。それはそれとしてだ、目的地を前に最後のチェックをするぞ、遊之、お前はこれから日本の高等学校に、千華柄学園(せんかづかがくえん)に入学するのはわかってるな」

 

「わかってる」

 

「よし、そして俺は学園に教師として赴任する、いいな?」

 

「似合ってないけど、わかってる」

 

「ほっとけ!」

 

 牛尾も自分が人にモノを教える柄ではないと思っているが、仕事である以上は勤めなければならない。

 でなければ丸々3年を使って、頑張って教員免許を取得した意味がない。

 

「でだ、ここから先が重要だぞ。この国では、教師と生徒が私的な交流をするのをあまり良しとしない風潮がある」

 

「なるほど」

 

 コクコク、と遊之は素直に相槌を打つ。

 12歳、日本では小学校を卒業したばかりの子どもにしては、物わかりが良かった。

 

「だから、俺とお前が以前から交流があるのは、最低限伏せておく必要がある。学園では一応他人として通すんだ、これからは俺を牛尾先生と呼ぶんだぞ」

 

「わかった、牛尾先生」

 

「良い子だ」

 

 大きく、コクン、と頷く。

 そんな遊之の頭を牛尾は男らしく、髪をくしゃくしゃにするように撫でた。

 

「うし、まあ、事前の口裏合わせはこんなもんだろ」

 

 やる事もやり、牛尾は辺りを見渡す。

 駅構内には、早朝にも関わらず様々な店がすでに開店していた。

 

「登校時刻までまだ時間があるな。長旅でお前も疲れただろ、どこか適当な店で時間でも潰すか」

 

「登下校中は道草や買い食いをしたらいけないって、斎《さい》が言ってた」

 

「つまんねえ事はしっかり教えてるんだな、あいつ」

 

 文句は言うが、牛尾も今日から教師だ。生徒の前で悪い手本を見せる訳にもいかない。

 仕方なく、自販機で飲み物を買うだけに止めておく。

 遊之にはミネラルウォーターをおごり、自分は缶コーヒーを煽った。

 駅構内を何気なく見渡すと、忙しなく行き交うサラリーマンや学生に混じって、元警察官としての勘に引っかかる人物が数人いた。

 

(私服警察、か?)

 

 微細な行動や雰囲気から、元同業者だと察知した。

 新東京都、神薙駅。

 日本首都の公共交通網の中心であるこの駅は、毎日300万もの人が利用する。

すると、人が多くなればなるほど犯罪件数も多くなる。

 特に神薙駅は、すぐ近くに世界有数のプロ決闘者育成機関、デュエルアカデミアである千華柄学園があり、様々な国籍の年頃の学生が多いせいか、犯罪が増幅する傾向にあった。

 グレーの制服を着た高校生ほどの少年少女らが学園の生徒だ。

 遊之が着ているのも千華柄学園の制服で、本来ならば、4月にわずか12歳で海外から飛び級で入学する予定だったが、渡航審査に手間取り、月を跨いだ入学となってしまった。

 学園の生徒である彼らの手の甲には、それぞれ形の異なる刻印がある。

 遊之も例外に漏れず、右手に、旗を思わせる刻印が施されていた。

 

 

 

【精霊巧紋】(エレメトラ)

 

 

 

 精霊巧紋と呼ばれる刻印は、現代の決闘者には欠かせない要素であり、必然として、全員が決闘者である千華柄学園の生徒にとっては、ありふれた身体の特徴となっていた。

 中にはファッションにまで昇華させている生徒もいたりするが、根っこは決闘者である彼ら彼女らにとってその価値は、己の個性、または決闘者としての実力の証でもあった。

 牛尾も決闘者であるため精霊巧紋を所有しているが、どうにもこの最新技術は好きになれなかった。 

空になった缶を縦に潰してゴミ箱に放り込み、時計を確かめる。

 

「ちょうど良い具合の時間だな、遊之、そろそろ行くぞってあれぇええ!?」

 

 心臓が口から飛び出るぐらい驚いた。

 さっきまで隣で水を飲んでいたはずの遊之が、いつの間にかいなくなっていたからだ。

 付近を捜したが影すらなかった。

 

「あいつ、だからあれほど離れるなって言ったじゃねえかよおおお!?」

 

 一大事に咆哮する牛尾は、再び不審な目で見られてしまうのだった。

 

 

 

                             ☆ ☆ ☆

 

 

 

 遊之は誰かを追うように、早足で移動していた。

 追っている背中は、同じ学園の制服を着ている少女だった。

 胸元のリボンの色から、2年生だとわかった。

 普段からスキンケアを欠かしていないだろう若く瑞々しい肌は健康的で、眩しい美しさがあった。

 爪先から手首までも手入れをしているのか、美意識の高さが伺える綺麗な右手の甲には、天使の両翼を象った精霊巧紋が刻まれていた。

 ヤグルマギクの花が刺繍された水色のリボンで縛った銀髪。

 新雪のような白い肌は、異なる血が混ざり生んだ賜物。

 また、横顔から伺える端正な容姿は知的で、育ちの良さを感じさせた。

 遊之が彼女を追いかけたのは、何も優れた容姿に見惚れたからだけではなかった。

 酔ってしまうほどの人波を眺めていたら、偶然にも、目を赤く腫らし、今にも泣きそうなのを我慢しながら歩いている姿を見かけたからだった。

 なぜそんな顔をしていたのかも気になったが、初対面である彼女を見た時に脳裏を過った強い懐かしさの正体を、ちゃんと見て確かめたかったのも理由だった。

 少女は泣くのを堪え、肩から下げた鞄を身を守るようにしっかりと抱きながら、しきりに周りを怯えた様子で気にしていた。

 目が合ってしまった鍔付き帽子を深く被った男を見て、顔面が蒼白となった。

 男から逃げるように、でも、無関係な人には悟られたくないのか、早足でホームを出ようとする。

 階段の前で、渋滞が起こっていた。

 なんとか割り込んで先に行こうとしたが、人の壁をか弱い力でどうにかできるはずもなく、男が追い付き、気味の悪い笑みを浮かべた。

 

「っ!」

 

 少女は無言の悲鳴に喉を引きつらせ、全身を強張らせた。

 男の伸ばした手が彼女の黒いストッキングに包まれた足を、太ももから嫌らしい手つきで触り始めていた。

痴漢だった。

 男は右足を少女の両足の間に忍ばせると、柔肌を堪能する手を徐々に上に這わせ、スカートの中にまで延ばす。

 少女は卑劣な行為に晒されている恥ずかしさから、周りに気づかれるのを恐れてしまった。

 ショーツが露わになるのを阻止するために、たくし上げられるスカートを必死に押さえ、俯いて悔しさと屈辱を噛み殺しながら耐える選択をしてしまう。

 我慢をして声を出さないように口を塞ぐのが精一杯の抵抗のようだった。

 でも限界が近く、大粒の涙を流しながら拳を強く握りしめる。

 立ち止まってしまうほどの混雑の最中、誰も少女の声無き悲鳴に気づいていなかった。

 その時、するりと出てきた手が男の手首を掴む。

 男は最初は何も言わずに引き剥がそうとしたが、しつこく妨害してくる子どもの手に苛立ち、卑劣な行為の目撃者の登場に焦り、ついに声を荒げてしまう。

 

「なんだよお前! しがみついてくるな気持ち悪りぃ!」

 

「その人を、これ以上苦しませないで」

 

 突然の騒ぎに、面倒ごとを避けようと離れたい人、騒ぎの真相を知ろうとする人、状況が理解できない人の三すくみで、騒ぎの中心から上手く離れる事ができず、男と、男に対峙する少年、遊之を中心に人だかりの円が作られる状況になった。

 少女は涙を零しながら、助けてくれたのがまさか小学生ぐらいの少年だというのが信じられない様子だった。

 騒ぎに気付いた駅員や私服警察が駆け付けようとしたが、人の壁に阻まれてしまっていた。

 

「はあ!? なんの話だ」

 

「痴漢してた、もう言い逃れはできない」

 

「分けわかんねえよ、ど」

 

「痴漢は現行犯逮捕、証拠は目撃者がいれば十分だよ。それに、現代の警察の技術なら、細かく調べようとすれば決定的な証拠が出るのはそっちだ」

 

「ガキのくせにこいつ!?」

 

 男はまさか年下の、しかも男か女かもはっきりしないような子どもに、言葉を被せられた挙句正論で抑え込まれ、プライドが傷ついていた。

 逃げ道がなく、追い詰められて開き直ったのか、男は少女に喋りかけた。

 

「な、何言ってんだかおかしな奴だな。(こがらし)からも何とか言ってやってくれよ。俺たち友達だよな? 友達にそんな痴漢なんて酷い事する訳ねえよな? な! 凩!」

 

 凩と呼ばれた少女は、男と目を合わせようとはしなかった。

 違うと言いたい、でも、正直に喋ればどうなるかわからない圧力に、怖気づいているようだった。

 相手が抵抗できないとわかっていて、男は利用しようとする。

 どこまでも身勝手に少女を弄ぼうとする神経に、遊之の怒りに火花が散った。

 これでどうだ? とでも言いたげに勝ち誇った笑みをする卑劣漢が、邪魔者の負けた顔を拝もうと振り向く。

 しかし、表情が一変させられたのは彼の方だった。

 

「なんだよ、その目は!」

 

 男だけでなく、凩も、その場に居た多くの人が遊之の変化に、驚きを隠せなかった。

 オレンジ色の瞳が、瞳そのものが煌々とした光を灯していた。

 光量は次第に増し、最後には光の粒が目尻から溢れ出し、無数のホタルのように空中に漂う。

 

「気持ち悪ぃ、こいつ人間か」

 

「綺麗・・・・・・」

 

 月よりも神々しく、太陽よりも強く輝く瞳に、思わず出た男と凩の感想は異なった。

 その差は、遊之の向ける視線に、敵意に晒されているかどうかだった。

 誰もが釘付けになり、変化の顛末を見届ける。

 遊之が瞬きをすると、光は弾けて涙が散るように消え、瞳は、元のオレンジ色に戻っていた。

 

「どんな関係だろうと悲しませる理由にはならない。二度は言わない、これ以上、その人を傷つけるな」

 

 遊之は静かに怒り、駄弁を突き放す。

 男は、怒りに充てられて後ずさりをしてしまう。

 

「は?」

 

 思わず無意識にしてしまった行動に、男自身が間抜けな声を出す。

 なんでだ?

 どう見ても、相手は年下の子どもだ。

 殴っただけで大けがをしてしまいそうな、ひ弱そうなチビだ。

 脅威になんてなり得ないはずだ。

 なのに、何を恐れ、なぜ後ずさりをしたのか、理解できなかった。

 だが、確かに感じる。

 光を帯びていた瞳に、その奥に潜む別の何かに、全てを見透かされているような不快感を。

 この子どもの怒りに、これ以上関われば痛い目を見る危険を。

 

「もう、容赦はしない」

 

 既に手遅れだった。

 

「お兄さん、変わった靴を履いてるんだね」

 

「なん!?」

 

「カメラが付いてる靴なんて、初めて見たよ?」

 

「どうして、その事を!?」

 

 男は一瞬で絶望に塗り潰される錯覚に支配される。

 誰にもバレないと思っていた。

 巧妙に隠していたはずの犯した罪を記録したカメラが、初対面の、しかもヘンテコな髪色の小学生に暴露された。

 

「そのカメラで、何を映してたの?」

 

「そ、それは! くそぉ!!?」

 

 なぜ隠しカメラがバレたのか、これも理由はわからない。

 逃げようのない証拠を今度こそ摘み出され、男が窮地に対してポケットから取り出したのは、折り畳みナイフだった。

 使う気なんてなかった。

 万が一の脅し道具として持っていただけだったが、社会的抹殺の未来に、凶行という暴走を引き起こす。

 野次馬から、悲鳴とどよめきが起こる。

 誰も犯罪者から遊之をかばおうともせず、彼も、男を睨みつけたまま動こうとしなかった。

 こんな時でさえも、表情一つ、声色一つ、ほんのわずかにしか変わらない。

 

「チクショウ! チクショウチクショウチクショウ! もう何もかもおしまいだ! どいつもこいつも俺の邪魔ばかりしやがって! 俺は悪くない! お前らみたいな邪魔者が俺を」

 

「陥れてない、堕ちたのはお前だ。あと、やめた方がいい」

 

 悟ったような口ぶりで、哀れな男に告げた。

 

「そのナイフは、ボクには当たらない」

 

「うるせえぇ! さっきから俺の言葉に言葉を被せてくるんじゃねえぇぇえええええ!」

 

 男はナイフを振るおうと迫る。

 しかし、ナイフが届かないどころか気付けば視界には青空が映っていた。

 

「はえ?」

 

 空中に投げ出されているとも知らず、空を見上げたまま背中から落下する。

 

「ゲバハァ!?」

 

 背中を強打し、衝撃で気を失った。

 倒れた卑劣漢の代わりに、遊之の前に立ったのは、凩という見目麗しい少女だった。

 

「大丈夫ですか!? 怪我はありませんでしたか?」

 

「大丈夫、わかっていたから」

 

「良かった・・・・・・無関係な貴方まで傷ついたら、私はどう償えばいいかわかりませんでした」

 

 凩は遊之の無事に涙目になって安堵し、胸を撫でおろしていた。

 遊之にナイフが届きそうになった時、鞄を放り投げて走り出していた彼女が寸でのところで凶器を持った手を取り、合気道の技で男を投げ落とした。

 変わり映えのしない平日に突然起こった事件と、犯人を見事に退治した美少女の活躍に野次馬から歓声が沸く。

 

「お姉さんはやっぱり」

 

 遊之は、喧しい歓声に一切耳を貸さず、凩のみを見つめていた。

 初めて彼女を見つけた時に感じた強い懐かしさ、それを確かめたくて少女を追っていた。

 目と目を合わせ、直接声を聞き、ようやく懐かしさの正体の確信に至った。

 哀愁すら覚える感情は、遊之に目の前の少女とは別人の少女の姿を思い出させた。

 

 

 

                      ―――――・・・・・004・・・・・―――――

 

 

 

『ほら、こっちにおいでユウノ。丘の上まで登ったら貴方の大好きな日向ぼっこをしましょう。きっと、風が気持ち良いですよ』

 

意識の濁流の先、砂嵐が晴れた向こうの記憶の映像には、日本とは異なる景色が広がっており、懐かしくも愛おしさを感じさせる人の声が聞こえた。

都会の喧騒とは無縁な自然が広がる、牧歌的な平和を絵に描いたような心安らぐ場所。

記憶の中の少女は、遊之に手を差し伸べ、草原の丘の上へと誘おうとしていた。

 

 

 

                      ―――――・・・・・124・・・・・―――――

 

 

 

 思い出せたのは、ここまでだった。

 記憶の中の少女と凩は、顔と声、雰囲気が似ていた。

 それ以外、背格好も、親しむ文化も、着ている服も、人種も違っていた。

 なのに、異なる少女同士が繋がったのは、その記憶を持つ遊之だけが知っていた。

 

「どうかしました? 怪我をしているのなら、我慢せずに言ってください」

 

 見つめ過ぎたせいか、凩が変な勘繰りをしてくる。

 ようやく、駅員や私服警察が騒ぎの中心にまでやってくる。

 ついでに見慣れた大男もやってきた。

 

「すまん、ちょっと通してくれ! ようやく見つけたぞ遊之!」

 

「牛尾先生、ごめんなさい」

 

「あれだけ離れるなって言ったのに、先に謝ればいいって思ってんじゃねえぞ、まったく!」

 

「日本人は、怒られる前に謝ればだいたい許してくれるって斎が言ってた」

 

「どうやらお前らまとめて、再教育が必要らしいな・・・・・・」

 

「牛尾は先生、ボクは生徒、暴力反対」

 

牛尾が凶悪な笑顔でバキボキと指を鳴らすので、自分だけ予防線を張っておく遊之だった。

 

「うわああああ! やめろ、俺に触るんじゃねえ!」

 

「なんだ?」

 

 突然の大声に牛尾が迷惑気に見ると、痴漢が目を覚まし、駅員や私服警察に取り押さえられていた。

 一部始終を見ていた誰かが説明したのか、卑劣な犯罪の証拠である、隠しカメラの仕込まれた靴も取り上げられていた。

 

「何があった?」

 

「痴漢、この人が襲われてたから」

 

「助けたのか! よくやったな、偉いぞ」

 

 褒められた遊之は、ちょっとだけ誇らしく、嬉しそうに目を細める。

 牛尾と目が合った凩は、礼儀正しく、綺麗なお辞儀をしていた。

 

「失礼ですがお嬢さん、あなたは、千華柄学園の生徒で間違いないですか」

 

「はい、2年生の凩風香《こがらしふうか》です」

 

「こがらし、ふうか」

 

 遊之は忘れないように覚えておこうと思った。

 

「俺は牛尾哲、今日から千華柄学園の新人教師として赴任する予定の者だ。大変だったな、もう大丈夫だ」

 

「先生、だったのですか?」

 

「・・・・・・まあ、見えないと思うがそういう訳だ」

 

 律儀にも教員免許を提示して自己紹介をしたのだが、風香の正直な感想に、牛尾は咳払いをして聞き流す。

 遊之がくすりと笑ったのは見逃してやった。

 

「でだ、実は俺は元警官でもある。こういう事件の対応も慣れてる。今回の件は、学園側には俺が説明しておこう。勿論、ご家族や凩への配慮はするし、相談にも乗ろう、約束する」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 風香に感謝されて、牛尾は分厚い胸板を叩く。

 とても頼もしい漢だ。

 

「こがらしいぃ! 全部お前のせいだ!」

 

 男が負け惜しみのように、吠えた。

 投げ落とされた拍子に帽子が落ちて露わになった素顔は、風香と同じぐらいの高校生だった。

 

「お前と関わってから、俺の人生は狂い始めたんだ! 色目なんか使いやがって! お前みたいな疫病神がグループに入ってこなければ俺は学園を退学にもならなかったのに! プロ決闘者になって、金持ちになって、決闘王にだってなれてたはずなのに!」

 

「何言ってんだ、こいつは?」

 

 

 

「いい加減にしなさい!!!」

 

 

 

 

 風香の一喝がホームに響き渡った。

 落ち着いた印象からは意外性に富んだ大声に、男や牛尾は唖然としてしまう。

 遊之にいたってはびっくりして、身体が跳ねてしまった。

 

「確かに、貴方やグループの皆には私のせいで迷惑を掛けたと思います! だから、どんな嫌がらせを受けたって今まで我慢してきたんです!」

 

 風香は堰を切ったように、顔を真っ赤にし、また大粒の涙を流しながら気持ちを曝け出す。

 遊之は理解する。

 彼女は理性的であろうとする人だ。

 本当の彼女は、感情的で、真っすぐで、ガラス細工のようにとても繊細な人だ。

 それは今しがた思い出した、風香に似た記憶の中の少女も同じだったからだ。

 

「でも、もう我慢できません! こんな小さな子にまで危害を加えようとするなんて、心底見損ないました! あなただって最初は、純粋にデュエルモンスターズを楽しんでいたはずなのに、そんな人じゃなかったじゃないですか!」

 

「っっ!?」

 

 男は何かを想い出した。しかし、すぐに悔しさに下唇を噛んだ。

 

「俺は、俺はただ、誰よりも強くなりたかった・・・・・・それだけなんだ」

 

 諭されたのか、ショックを受けた様子で言い返そうともせず、ただただ項垂れていた。

 大人しくなり、連行される背中を、風香は寂しそうに見つめていた。

 彼と風香との間にどんな事情があるのか、遊之はまだ聞くのを憚られた。

 

「被害者の方ですね? 大変な目に遭いましたね、もう大丈夫ですよ。詳しく話を伺いたいのですが、ご同行お願いできますか?」

 

「一緒に行こう、俺はこの子が通う学園の教師だ」

 

 警察に牛尾が名乗り出て遊之も付いていこうとするが、「お前は登校しろ、初日に遅刻する気か!」と押し返されてしまった。

 

「牛尾、俺から離れるなって言ってた」

 

「それは、ただ人混みで逸れるのを防ぐためだ。お前なら迷子になる心配なんてないし、自力で学園まで行けるだろ」

 

「むぅ」

 

 本来ならば牛尾の役目は遊之のボディーガード兼保護者代理であり、彼には守られるべき相応の理由がある。

 職務を忘れたかと言い返せたが、自分たちの素性を知らない人前で話せる内容ではないし、牛尾が職務放棄するような性格でもないのは知っている。だから、それだけ日本の治安が良く、警察も優秀なのだと判断できた。

 

「さっき、ナイフで襲われたのに」

 

「あんな気狂い、この国じゃそうそう出てこねえよ」

 

 不服でもあり、風香ともう少し一緒に居たかったが、今回は引き下がるしかなかった。

 

「ちょっと待ってくれませんか。あの子に、彼に、お礼を言わせてください」

 

 風香の方から、時間を作ってくれた。

 膝を折り、自分よりも小さな遊之と目線を合わせ、両手を包み持った。

 

「お礼を言いそびれていました。助けてくれてありがとうございます。貴方が助けてくれたから、私も勇気を持つ事ができました」

 

 微笑む風香の両手は震えていた。

 気丈に振舞っているだけで、本当は怖かったに違いなかった。

 

「もう泣かないで」

 

 遊之は風香の目尻に残っていた涙を人差し指で優しくすくった。

 

「あの人は、もう大丈夫だよ。風香先輩の気持ちはちゃんと届いたから立ち直ってくれる」

 

「それは、どういう」

 

 風香は、あまりにも遊之の自信を持った言い方が気休めとは思えず、まるで自分の心を読んだかのような言葉の真意を聞こうとして、やめた。

 今に優先するべき、言うべき言葉があるからだった。

 

「ありがとうございます。あなたは紳士的でもあるんですね、カッコいいですよ。でももう、あんな危険な真似はしないでくださいね」

 

「自重する、それとありがとう」

 

 遊之は、焦らずともこれから風香と共に過ごす時間はたくさんあると確信していた。

 風香も、無意識に、遊之とはこれから縁が繋がっていくと感じていた。

 

「お名前を聞かせてください」

 

「ボクの名前は遊之、天神・オルレア・遊之」

 

「遊之君ですね、覚えました。このお礼は必ずします、連絡先を教えてくれませんか・・・・・・え?」

 

 風香はようやく遊之の服装が同じ学園の校章を付けた制服であるのに気づく。

 

「それは、千華柄学園の制服? それに右手の甲にあるのは精霊巧紋? もしかして、遊之君は」

 

「遅れたけど、新入生として今日から登校する予定」

 

小さな、幼い後輩を目の前に風香は瞬きを繰り返すが、思い当たる節があったようだ。

 

「もしかして、あなたが例の海外から飛び級入学すると噂が立っていた、たった10歳でアメリカのアマチュアリーグでチャンピオンになった天才決闘者なのですか?」

 

(そう来るんだ、斎・・・・・・)

 

 遊之は、自身の経歴の一部が知られていた事に、内心で兄弟の仕業だなと目星を付けた。

 何かしら噂は立つだろうと想定はできていたが、あまりにも正確すぎる情報に悪意を感じ取ったのだった。

 この様子だと、もう学園の全生徒が知っていてもおかしくない。

 

「そう」

 

 だから、素直に答えた。

 

「凄い! 噂は本当だったのですね! でもそうですか、遊之君もこの学園の決闘者になってしまうのですね・・・・・・」

 

 短く肯定すると風香は目を輝かせてくれたが、なぜかすぐに心苦しい、複雑な顔をする。

 

「ダメなの?」

 

「そんなことありません! 歓迎しますよ、遊之君。ようこそ、世界最高峰のプロ決闘者育成機関《デュエルアカデミア》、千華柄学園へ」

 

 作り笑顔に他ならなかったが、触れないでおいた。

 

「最後に聞いても、よろしいですか?」

 

「いいよ」

 

「遊之君は、デュエルモンスターズは好きですか?」

 

「うん、大好き」

 

 数年前まで、遊之の世界は、白衣を着た大人が支配する白色の部屋と試験管の中だけだった。

 そこから助け出してくれた人たちが、最初に教えてくれた遊びがデュエルモンスターズだった。

 あまり表情は変わらなかったが、遊之の言葉に嘘偽りがないと感じ取った風香は嬉しくなった。

 

「私も大好きですよ。だから遊之君はその気持ちを忘れずに、ずっと変わらずにいてくださいね」

 

 どういう意味があったのか、遊之は図り損ねる。

 でも、隠し切れなかったやるせなさを払い除けたくて、名残惜しそうに手を離した風香に伝える。

 

「風香先輩」

 

「なんでしょう?」

 

「今度会ったら、楽しい決闘しようね」

 

「はい!」

 

 一旦は言葉が詰まった、でも、彼女ははっきりと答えを返してくれた。

 別れて独りになった遊之は、駅を出て、学園の校門に辿り着く。

 見上げても全体を捉えられないほど大きい校舎の外壁には、校章と同じ壁画が埋め込まれていた。

 周囲の学生は、遊之の特異な見た目に奇異の関心を向けるが、すぐに興味を失い通り過ぎていく。

 だが、他人の視線など気にせず、遊之の心は踊っていた。

 ここが、プロ決闘者育成機関(デュエルアカデミア)

 ここが、世界最高峰と言われる、世界各国から優秀な決闘者が集まるプロ決闘者への登竜門、千華柄学園。

 ここにいる生徒全員が、デュエルモンスターズに魅入られ、プロ決闘者となるべく、未来の決闘王となるべく研鑽を積みに来たライバルたちだ。

 遊之も、今日からその一員となるべく、自らの足で門を跨いだ。

 

 

 

                                  ☆ ☆ ☆ 

 

 

 

 かつて、玩具として人気を博したデュエルモンスターズは、現在、既存のメジャースポーツと肩を並べる、世界的に注目度の高いメンタリティスポーツとして、ただいなる影響力を持っていた。

 その爆発的な人気から、プロリーグが設立され、選ばれたプロの決闘者たちは、日夜、高い実力で決闘を行い、文字通りの本気の戦い、または、エンターテインメントとして人々を魅了し続けている。

 誰もが、プロ決闘者になるのを、頂点である決闘王になるのを夢見る時代となっていた。

 デュエルモンスターズは、もう、ただのカードゲームではない。

 この物語は、そんな時代、世界中からプロ決闘者に、未来の決闘王になるべく集まった若き決闘者が通うデュエルアカデミア、千華柄学園に現れた・・・・・・とある【王】の物語である。



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第2話「千華柄学園」

 

 

 遊之が初登校したその日、千華柄学園1年F組の教室は朝から騒がしくなっていた。

 

「あれが全米アマチュアチャンプ、噂の天才決闘者か」

 

「マジで12歳だったのかよ、まんま子どもじゃん」

 

「我らもかつてはそうだったのだぞ。あぁ、時の流れというのはなんと美しく、残酷なのだろうか」

 

「飛び級制度とか本当にあったんだ。ていうか男の子の割に髪長くない? 顔も可愛いし、女の子みたい」

 

 ホームルームの時間だった。

 クラスの担当教師が遊之を連れて来て黒板代わりの大型ディスプレイに彼のフルネームを映し出し、紹介したのが始まりだった。

 50人近くの生徒が教壇の前に立っている噂の飛び級天才決闘者に向けて、奇異への好奇心とわずかな緊張感を孕んだ視線を送りながら、思い思いの感想を口にする。

 本人たちは普段通りの声量のつもりでも、これだけの大人数が一斉に喋れば喧しかった。

 全校生徒数が9000人を超すマンモス校である千華柄学園において、1つの教室には60人分の収容スペースが確保されているがそれでも軽い騒音だ。

 対して、遊之は特に煩わしさは感じていなかった。

 耳を澄ませて聞き分けた自分の噂が、だいたい3種類に集約しているのを理解すると興味が薄れており、次に興味を示したのは、これから1年間、同じ教室で過ごす決闘者としての好敵手《ライバル》であり、クラスメイトである級友たちの観察に他ならなかったからだ。

 

「ねえ、噂の天才決闘者く~ん! 質問してもいい~?」

 

 前列にいる女子生徒がわざわざ手をあげてウィンクを送ってきた。

 甘い声に独特の語尾を伸ばす喋り方、手首にはシュシュをつけており、ウェーブのかけられた栗色の前髪には星型の飾りが特徴的なヘアピンが付けられてた。

 丸く大きな眼と紫色の瞳は、遊之への強い好奇心を隠そうとしていなかった。

 

「カガライタマミ」

 

「どうして私のフルネーム・・・・・・ま、いっか~」

 

 加賀頼珠美は、自己紹介もしていないのに名前を呼ばれた事を驚いたようだが、すぐに砕けたような柔和な笑みに変わる。

 語尾を伸ばす喋り方のせいか、相手をしているこっちの気まで緩みそうな、全体的に緩さを感じる女子生徒だった。

 遊之としては、名前と出席番号を言い当てるぐらい、驚かれるほどの推理をしたつもりはなかった。クラスメイト全員の言動から、まだ4月の入学以降に席替えは行われていないと仮定し、出席番号は席順から、名前は聞こえてきた会話から抽出した。

 完全ではないがクラスメイトの約9割の名前と顔は既に把握できていた。

 あまり自分を語らない彼の真価を、クラスメイトが知るのはまだ先の話だ。

 

「君は~」

 

「遊之か、天神(あまがみ)でいい」

 

「そっか、なら遊之くんって呼ぶねぇ~。遊之くんの歳と~、生まれた国は~?」

 

「12歳、アメリカ」

 

 端的に答えると、珠美は楽しそうに両手を合わせた。

 

「本当に小学生だったんだね~! 噂通りだったんだ~! え、じゃあじゃあ、好きな食べ物は~?ガールフレンドとかいるの~? 変わった髪色だけど生まれつきなの~? アメリカの小学校ってどんな感じだったの~?」

 

 立て続けに質問する珠美だったが、隣の席の女子生徒が彼女の袖を引っ張って制した。

 

「ちょっと珠美ちゃん、あんまり続けて質問したらダメだよ。びっくりしちゃうでしょ」

 

「あ、そっか。ごめんね遊之くん、続きはまたあとでね~?」

 

「わかった」

 

 こくん、と了承の頷きをすると、珠美は意外そうな顔をして瞬きをしていたがすぐに胸の前で小さく手を振っていた。

 

「もう、珠美ちゃんはいきなり過ぎるよ。仲良くしたいのはわかるけど」

 

「だって~、一目見て可愛いと思ったら、つい仲良くしたくなっちゃったんだもん」

 

 それから珠美が作った流れから他の生徒からも質問の手が上がるようになり、遊之は全てに同じ調子で答えていった。

 教師が強制的に打ち切るまで、質問攻めは続いた。

 

「なんか、子どもらしくないっていうか、表情がわからない奴だな」

 

 前髪の一房が鶏冠(とさか)のように逆立った男子生徒が、遊之に対する感想を呟く。

 それを拾い聞いた隣の席の、トラ柄のTシャツを着ている男子生徒が応える。

 

「子どもにしちゃしっかりしてるだけじゃねえの? 12歳でアマチュアチャンプだぜ? 普通の肝っ玉じゃねえだろ」

 

「うむ、若年にしてそれだけの偉業を成した少年だ。見た目だけでは測れないモノもあるだろう」

 

「そうとも言えるか」

 

 鶏冠の男子生徒はトラ柄Tシャツの男子生徒の返事に納得しているようで、どこか腑に落ちない部分があるようだった。

 

「でも、どうなんだろ」

 

 トラ柄Tシャツの前の席、切り揃えられた水色の髪の女子生徒が頬杖をしながら会話に参加してくる。

 

「何がだ、水橋?」

 

「私があの子の立場だったら、絶対に緊張で愛想笑いぐらいしかできないと思う。プレッシャーに強い子だったとしても、飛び級で周りは年上ばかりだし、おまけに日本語上手いけど外国人で、ここがアウェーであるのは変わらないじゃない。あの子、実はただ強がっているだけかもよ?」

 

「そうだよな、天才とか言われても12歳だしな」

 

 鶏冠の男子生徒にはトラ柄Tシャツよりも水橋という女子生徒の意見の方がしっくりくるようだった。

 

「なんだ? もうホームルーム終わったのか?」

 

 クラスの騒がしさに、教室の最後尾、右端の席で寝ていた男子生徒が起きた。

 日焼けした黒い肌。

 燃えるような赤い瞳。

 赤いヘアバンドで持ち上げられた黒髪。

 男らしさを思わせる顔立ちだが、寝ぼけて気の抜けた表情で台無しにしていた。

 本人はそんなのは構わないとばかりに、大きな欠伸をして背伸びをする。

 右手の甲には、歯車の精霊巧紋が刻まれていた。

 まだ覚醒しきれていない意識のまま、教室が騒がしい原因である遊之の姿を見た途端に眠気眼が一気に見開かれた。

 

「はっ!? もしかして、あいつが例のあいつか!? なんだよもう来てたのかよ、どうして起こしてくれなかったんだよ真澄(ますみ)!」

 

「起こしてなんて言われなかったからよ」

 

 男子生徒の隣、真澄と呼ばれた女子生徒は、読んでいる文庫本に視線を落としたまま男子生徒に素っ気ない返事をする。

 結び目に牡丹の花の髪飾り付けたハーフアップにした鮮やかな桜色の髪。

 目尻の上がった切れ長の眼。

 ツンとした愛想が控えめな印象を与えるのは、言い方もあるが、顔立ちが整っているせいでもあった。

 

「そこで起こしてくれるのが親切ってもんだろ」

 

「なら、そっとしておくのも優しさね」

 

 ああいえばこう言い返され、男子生徒は心を読んだように真意を察する。

 

「お前、メンドクサイと思ってるだろ」

 

「わかってるじゃない、メンドクサイから起こさなかったのよ」

 

「幼馴染だからって、もうちょっと言い方があるだろ普通・・・・・・」

 

 彼らが互いに無遠慮な物言いをするのは、初対面ではなく幼馴染の間柄だからだ。

 彼女の素っ気なさを理解している男子生徒は、引きずったりはせず遊之に視線を移して品定めをするように眺めて言った。

 

「へー、なんか変わった奴だな。でもあいつ、絶対に強いな」

 

 男子生徒は親指で下唇を触り、好戦的な眼差しをしていた。

 

「そう? アマチュア大会の優勝経験なんて、あの歳で全米規模なのはすごいけどこの学園ではそんなに珍しい経歴じゃないわよ。それに野球とかならまだしも、デュエルモンスターズは日本が世界を牽引しているのだから、外国人が、しかも小学生がどこまで通用するか」

 

 野球における本場がメジャーリーグ、つまりアメリカであるように、デュエルモンスターズにおける本場は日本とされているのが現代の決闘者の常識だ。

 日本がデュエルモンスターズ先進国であるのは、歴代のプロ決闘者の頂点である決闘王の顔ぶれに日本人が多い事。

 また、4年に1度行われる五輪オリンピックのメンタリティスポーツ部門としてデュエルモンスターズが種目としてあるが、国別代表戦とも言える大舞台ですらも、過去、日本国の決闘者がメダルを多く取っている事。

 海外のプロリーグで名を馳せたプロ決闘者が、レベルアップと称してこの島国に集まってくるのも珍しい話ではない事。

 これらの事実が、強い信憑性を持たせていた。

 もはや、デュエルモンスターズはここ日本の国技と言わしめるほどに普及し、認知されていた。

 だが、男子生徒は訂正をするつもりはなかった。

 

「生まれた国の違いなんて関係あるかよ。確かに普通のスポーツは体格の差がモノを言うんだろうが、デュエルモンスターズは興味さえあれば運動音痴だって馬鹿だって強くなれる卓上のスポーツだぜ? 門は広く、頂は果てしなく! それもデュエルモンスターズの魅力だと俺は思うね!」

 

「そうね。で、肝心の強さの根拠は?」

 

「俺の勘だ!」

 

 力強く親指で己を指す男子生徒。

 反して真澄の表情はとても冷めきっていた。

 あきれ果てた半眼をしている。

 真澄はこの男の性格を知っているから、それ以上の理由がないのを早々と理解した。

 

「あー、はいはい。マキのお得意のあれね、はいはい」

 

「幼馴染の冷めたい視線が辛い!」

 

 男子生徒、マキはついに精神的に屈して両手で顔を覆い、プルプルと震えていた。

 

「マキ、真澄?」

 

 遊之はふと聞こえた2人の名前と顔を確認した時、再び、今朝に凩風香と出会った時と同じ懐かしい感覚が湧いてくるのを感じた。

 まだ、名前と声と顔しか知らない彼らを見て、今は忘れてしまった、砂嵐に隠されて思い出せない過去の記憶が刺激されたが、今回は、砂嵐は晴れず何も思い出せなかった。

 何も思い出せなかったのは残念だったが、でも、ほんのわずかな記憶の残滓によって想起させられる感情がやるべき事を、気持ちに赴くままに行動するべきだと言ってくれているような気がした。

遊之は自らの意思で、マキと真澄が座る席の前まで足を進めていた。

 

「おっ、どうした噂の天才決闘者。俺たちに何か用か?」

 

 マキと真澄に向かい合った遊之は、2人に両手を差し出す。

 

「?」

 

 微妙な間が空いた。

 遊之の無言の行動に、真澄は真意を測りかねていた。

 

「もしかして、俺たちと握手しようとしてるのか?」

 

「そういう意味なの?」

 

 真澄に聞かれ、遊之は正解の頷きを返す。

 

「仲良くして欲しい、よろしく」

 

「ふは! やっぱり変わった奴だな!」

 

 初対面なのに、大勢いる他の同級生を素通りしてわざわざ指名をしてくるなんて、何かしらの意図があるか、風変わりな性格でなければできない。

 想像以上の行動に笑ったマキは自ら遊之の手を取る。

 

「でも、なんだか気に入った! 俺は浜巻良平(はままきりょうへい)、仲良くするならマキって呼んでくれ!」

 

「私は丸藤真澄よ、よろしく」

 

 真澄も遊之と手を繋ぎ、握手をする。

 2人と握手を交わせた遊之は、内心だけで他の誰も知りはしない再会に喜んでいた。

 

 

 

                                           ☆ ☆ ☆

 

 

 

 昼休みより少し早い時間にも関わらず、遊之と真澄は一足先に食堂に来ていた。

 

「教室に来る時に通るから見たと思うけど、ここが学園の食堂よ」

 

「うん、見た」

 

 真澄の説明に相槌を打ちながら、改めて食堂を見渡す。

 全ての決闘王を目指す決闘者の登竜門とされるプロ決闘者育成機関(デュエルアカデミア)

 その中でも世界中に点在する同系列校から頭1つ抜けた規模と、数多のプロ決闘者を誕生させてきた実績から世界最高峰と称されるのが千華柄学園だ。

 実績に名声がつき、名声という拍により学園はその声に恥じぬように発展を繰り返した。

 他国からの留学生も積極的に受け入れている千華学園は、多国籍、大人数の生徒たちの要望に応えられるように、あらゆる施設、設備が最新技術を導入しており、特に有意義な学園生活を送るのに必要不可欠な衣食住に関する箇所には力を注いでいる。

 その代表的な例が食堂だ。

 大がかりなダンスパーティーができそうな広さの、背の高いフロアを大胆に利用したスペースには壁に沿って20以上の店舗が軒を連ねている。

 全国に知れ渡っているほどのチェーン店の看板もあれば、国別の料理を提供する店もあり、他にも創作料理やなかなか見られないニッチな料理をメニューに並べている店もある。

 食後も楽しんで貰おうと、飲み物やデザートのみの専門店もあったりする。

 食事を堪能するテーブル群も、落ち着いた雰囲気とゆとりある空間を壊さない程度に装飾がほどこされたエリアが形成されている。

 生徒数に見合う充分な席数が用意されていながら、太陽が通る西側の壁は全面がガラス張りになっており、陽光を入れると同時に緑豊かなガーデンデザインのされた庭が見渡せるようになっていて、天気の良い日には外で飲食ができるようにテラス席もあった。

 

「これが、日本の食堂・・・・・・」

 

「そうよ。最初は驚くわよね、こんな規模の食堂なんてこの学園ぐらいのものだろうし、あ、ちょっと天神君?」

 

 淡々とした口調で心は躍っていた遊之は、真澄との会話を放り出して店に向かって歩き出す。

 まだ付き合いの浅い真澄には、遊之がどれほどこの場所を見て感動を覚えたか計り知れないようだった。

 迷ってしまうほど並んでいる店からお腹の減り具合で考えて選び、遊之は世界的に有名なファーストフード店からハンバーガーセットを、真澄はファミレス風チェーン店でパスタセットを注文する。

 

「会計は先に済ませるの。天神君、生徒手帳は持ってる?」

 

「うん」

 

 ポケットから出した、スマートフォン型の電子生徒手帳を見せる。

 

「そう、それを」

 

 真澄は、自分の生徒手帳を注文窓口の隅に置いてある電子読み取り機に添える。

 子気味良い音が鳴り、生徒手帳の画面に支払い完了の表示が映し出されていた。

 電子マネー機能が付いているようだ。

 

「わかった?」

 

「うん、理解した」

 

「基本的に、学園内での金銭の支払いはこの生徒手帳で行うの。購買とか施設を使ったりする時も変わらないから、生徒手帳は常に持ち歩いていた方が便利よ」

 

 注文の品物ができるまで窓際のテーブルに座って待つ。

 椅子に座った真澄は、早速、途中かけの文庫本を読み進めていた。

 遊之は先にカウンターでもらったコーラーをストローで飲みながら、ガラス越し見える広い庭の一角にある、菜の花やネモフィラ、ナデシコなど、春の花が咲く花壇を眺め、広々とした空間に他に誰もいない食堂の静けさを感じていた。

 遊之たちがここに来たのは、昼休憩と定められている時間の30分以上も前で、つまり今は本来ならば授業中の時間だった。

 千華柄学園では授業で習得するノルマ、教科範囲が毎授業で設定されており、生徒たちは範囲が終わりさえすれば、時間に区切りを持たずに自由時間にしていいと校則によって決められている。

 つまり、早々と授業範囲を終わらせ、ちゃんと理解できたかを試すミニテストも難なくクリアした遊之と真澄がまだ人のいない時間に食堂に来て先に食べていてもおかしくはない。

 

「おまたせしました」

 

 ウェイトレス風の男性が、トレーに乗せた2人分の昼食を持ってきた。

 真澄にはサラダセット、遊之にはハンバーガーセットの乗ったプレートが配膳される。

 

「では、ごゆっくりお楽しみください」

 

「待って」

 

 遊之が戻ろうとするウェイターを止めると、生徒手帳を取り出した。

 

「?」

 

「なにしてるの?」

 

 生徒手帳を出した遊之のアクションが何かを待っているかのようにそこから止まり、ウェイターも真澄も彼が何をしたいのかわからなった。

 

「チップ、どう払えばいい?」

 

「チップ、ですか?」

 

「そういう事か。天神君、日本にはチップの習慣はないの、この学園も同じよ」

 

「そうなんだね、すいません」

 

「いえいえ、お気持ちだけ受け取らせていただきます」

 

 真澄の機転もあり、ウェイターも遊之の外見から彼の勘違いを察したようだった。

 

「ありがとう」

 

「いいのよ、天神君は日本に来たばっかりみたいだし、習慣だもの仕方ないわよ」

 

 真澄に感謝をしてから、念願のハンバーガーに手をつける。

 実は遊之は今日の早朝の便の飛行機で日本にやってきたばかりであり、最寄りの神薙駅に着くまでは新幹線の中でほとんど眠っていたので、朝食を食べ損ねて空腹状態だった。

 小さな手では収まりきらないサイズの、外国人用のビックサイズバーガーに、小さな口でかぶりついて頬張る。

 

「・・・・・・・・」

 

 真澄は、遊之が巨大ハンバーガーを食べている様子を呆けた顔で凝視していた。

 目を丸くしている彼女の視線を最初は気にしなかったが、次第に満腹中枢が刺激されてお腹が満たされてくると視線の存在感が強くなる。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 なぜ真澄はそんなに見つめてくるのか?

 視線に気づかないフリをしながら遊之は考え、ここは日本であるのを思い出す。

 食べかけのハンバーガーを皿に置いて席を立つと、ナイフとフォークを持ってきて、慣れた手つきでハンバーガーを切り分けて食べ始める。

 故郷のアメリカでは楽しむのが食事のマナー。

 日本では相手を不快にさせない行動がマナーだ。

 

「あ、ごめんね、気を使わせちゃって」

 

 遊之の行動を察した真澄は、関心しつつ微笑んだ。

 

「別に、天神君の食べ方が気になったわけじゃないの。すごく食べるんだなって、ちょっと驚いてただけ」

 

「ふつう」

 

「そうね、普通よね。男の子だものね」

 

「真澄は、それだけで良いの?」

 

「そうよ、これが私のふつうだから」

 

 真澄の昼ご飯は、パスタとチキンサラダ、小皿に収まる果物のデザートと、パックの豆乳だけだった。遊之としては物足りなさそうに見えるが、そこは人それぞれだ。

 確か、女子生徒に一番人気の美容メニューと宣伝されていた。

 

「真澄は、美容に気を使ってるんだね」

 

「そう? 特に意識した事はないけど」

 

「だから綺麗なんだって思った、真澄はあの庭に咲いてる花のように綺麗な女性だよ」

 

「・・・・・・、えっと、ありがとう」

 

 真澄の返事はぎこちなかったが、それは頬がほんのり赤くなった照れ隠しのせいだった。

 まさか、今日に出会ったばかりの級友に急に容姿を褒められるなんて思いもしなかったのもあれば、級友だとしても年下の男子に褒められて気が動転している自分に対しての混乱もあった。

 

「これが、文化の違いなのね・・・・・・」

 

「ボクも勉強になる」

 

「そうね、お互いにね」

 

 互いに感じ取っているモノは異なるのだが、真澄は悪い気分はしないと思った。

 それから遊之はハンバーガーを食べ尽くしてポテトをつまみながら、真澄は一旦読書をやめて学園やクラスメイトの事など軽い身の上話を喋っていた。

 そこに、疲れ果てた様子の浜巻良平と、なぜかホームルームで遊之に最初に喋りかけてきた加賀頼珠美も一緒にやってきて、遊之と真澄が居る席の空いている椅子に脱力するように座ってきた。

 全身から力が抜けてテーブルに頭を置いて動かない2人は、粉を吹くようにため息を吐き、精魂が尽き果てているようだった。

 昼食を一緒に食べる約束をしていなかったはずの珠美がなぜここに来たかもわからないが、良平は昼休みを使って真澄と一緒に遊之に学園の案内をする約束をしていたので、できるだけ早く授業を切り上げてきていた。

 どうやら彼らなりにいつも以上に頑張って授業範囲を終わらせたらしく、全力で頭を使った反動がこの有様であるようだった。

 

「マジで疲れた、久しぶりに本気で勉強したぜ」

 

「右に同じく~」

 

 疲弊して項垂れる良平と珠美を、遊之は不思議そうな目で見ていた。

 

「そんなに難しい問題だった?」

 

「1年F組のアンダーツートップなのよ、この2人」

 

「なるほど」

 

「ぐはっ!」

 

「うぐぅ」

 

 納得して頷く遊之の反応は、アンダーツートップの自尊心を容赦なくえぐった。

 

「悪口が聞こえてるぞ、真澄ー」

 

「そうだそうだ~」

 

「事実だもの、他に言い様がないじゃない」

 

「鬼かこいつ」

 

「そうだそうだ~」

 

 容赦ない真澄と、嘆く良平、力ない声で同じ台詞を連呼するだけしかできない珠美。

 なかなかにユニークなクラスメイトだと遊之は思った。

 時間としては授業終了時刻の10分前で、この頃になると授業を早めに終わらせた生徒たちで食堂が賑わってくる。

 遊之は、増えてきた生徒たちを見渡して、全員のリボンとネクタイが同色、同学年であるのを確認してこの校舎は1年生専用の校舎なのだろうと察する。

 超マンモス校である千華柄学園は、島国である日本の学園の中で最大級の敷地面積を有している。

 校舎を含めた学園関連の施設が53棟。その他、学園関係者が利用可能な商業や娯楽施設も合わせると100以上の施設が点在し、更にはヘリポート、広大な学園敷地内のキャンパスを移動する路面電車まで存在する。

 学年毎に校舎が用意されていてもおかしくはない規模だ。

 遊之としては、今朝の痴漢騒ぎで被害に遭っていた凩風香とまた会えるかもと期待したのだがそう簡単ではないようだった。

 身体にも心にも傷を負う卑劣な犯罪だ、そのまま学校を休んでいるとも考えられる。

 なんにしろ、彼女と再会できるのは先になりそうだった。

 

「で、どうして加賀頼さんまでここにいるの?」

 

「居たらダメなの~!?」

 

「駄目とは言ってないんだけど」

 

 真澄の疑問に、大袈裟な反応をした珠美は力を振り絞って立ち上がる。

 握りこぶしを作り、ボリュームのある髪を大袈裟に揺らし、堂々とした大声で言った。

 

「だって、私だって遊之くんと仲良くなりたいから~!!!」

 

「うるさい」

 

「だって、私だって遊之くんと友達になりたいから~!!!」

 

「大声で言う事じゃないし、他の人に迷惑でしょ!」

 

「仲間に入れてよ~!! 仲間外れにしないでよ~!!!」

 

「入れてもないし、外してもないでしょ!?」

 

 言う事を聞かない甘えた声で嘆く珠美に釣られて、真澄の声も大きくなっていく。

 そこを収めたのは、2人の間に手を入れた遊之である。

 

「落ち着いて真澄。珠美、ポテト食べる?」

 

「食べる! うん、美味し~!」

 

 珠美はなぜか差し出した遊之の手を掴みながら満面の笑みでポテトを食べる。

 彼女の右手の甲には、ハート型の精霊巧紋が刻まれていた。

 

「やっぱり遊之くんは可愛いし優しいね~。私の目に狂いはなかったよ~、だから友達になって欲しいな~なんて」

 

「ありがとう、ボクの方こそ珠美に友達になって欲しい」

 

「だよね~、ちょっと強引だよね~・・・・・・って、え? 良いの!?」

 

「珠美さえよければ」

 

「やった~! よろしくね遊之くん~!」

 

 珠美はとても嬉しそうに遊之と握手をしていた。

 

「やっぱり私、この人苦手・・・・・・」

 

「お前が凹んでるとは珍しいな」

 

 一方で珠美の相手に疲れ、手で顔を覆う真澄だった。

 少し休めた良平と珠美も昼ご飯を注文してくる。

 良平はご飯が大盛の、豚の生姜焼きをメインにした定食セット。

 珠美はサーモンのカルパッチョとシーザーサラダだった。

 良平が利用したのは、質より量、日本では定番の定食屋さんの雰囲気を醸し出す店であり、珠美は、ミシュランで星を取った実績を持つ大人がデートや仕事の接待で使うような学生からすれば値の張る異国風のカフェの店だった。

 これだけの種類の店や食事のレパートリーがあると、注文するメニューだけでもその人となりが垣間見える。

 意外に思えたのは、珠美の食べ方がナイフとフォークの扱いに慣れていた事だった。

 小さい頃から練習して染みついたような、仏国式のテーブルマナーに慣れ親しんだ、綺麗で上品な食べ方だった。

 騒がしい、もとい、少し変わった言動をする彼女だが、食事の様子を見るに意外な一面があるのかもしれないと思えた。

 全員が昼食を済ませ、トレーを返却して席に戻ってきた良平が早速本題に入ろうと言った。

 

「んで、遊之に学園の案内をするって話だけどよ」

 

「そうだったの~?」

 

 何も知らない顔で遊之に聞いてきいたのは珠美だった。

 

「そういう約束をしてた」

 

「加賀頼さん、何も知らずに付いてきたの?」

 

「とりあえず浜巻くんに付いていけば、遊之くんにも会えるかなーって思って~。それに、浜巻くんとも丸藤さんとも友達になりたかったし~」

 

「はあ、そう・・・・・・」

 

 呆れた反応をする真澄だが、反して珠美は楽しそうにニコニコと微笑んでいる。

 

「この2人、相性悪くないか?」

 

「真澄が慣れてないだけだと思う」

 

「そうなのか?」

 

 真澄と珠美の間に流れる険悪にならないまでも空気が固まるような雰囲気に耐え切れず耳打ちしてきた良平は、はっきりと言い切る遊之の意見に押されて眉間に皺を寄せていた。

 

「まっ、友達が多いのは悪い事じゃないだろ。仲良くしようぜ加賀頼、マキって呼んでくれ」

 

「じゃあ、マキくんで~。よろしくね~」

 

「ボクもよろしく」

 

「うん、遊之くんもありがと~!」

 

 嬉しいらしく、2人とハイタッチを交わす珠美。

 スキンシップが多いのは彼女なりの親交の証なのかもしれない。

 

「私は別に」

 

「じゃあ、丸藤さんはマスミンって呼ぶね~。よろしく~」

 

「私だけ強制!?」

 

「そんな釣れない言い方しないで女の子同士仲良くしようよ~! 友達一杯いた方が学園生活楽しいよ~!」

 

「あーもう鬱陶しい! 勝手にすればいいでしょもう!」

 

 楽しそうに腕に絡みついてくる珠美に、嫌々ながらも根負けする真澄だった。

 真澄よりも珠美の方が身長は高く、アンバランスな構図ではあった。

 

「珠美は強い人だね」

 

「ポジティブに取れるお前もメンタル強いな、さすが全米アマチュアチャンプだわ。話を戻すけどよ、実際、俺たちもこんなだだっ広い学園を案内できるほどわかってなくないか? せいぜい、校舎と寮を行き来するぐらいだろ」

 

「そんなのはわかってるわよ。だから、今日中は最低限の日常で使う場所だけは教えておいて、他は放課後とかも使ってこれから知っていけばいいんじゃない?」

 

「うん、マスミンの言う通りだと思うよ~? その方がきっと楽しいしね~」

 

「遊之もそれでいいか?」

 

「うん、問題ない」

 

「じゃあじゃあ、もし良かったら今度の土曜日に学園散策しに行かない? 私はね、商業エリアのショッピングモールとか行きたいな~!」

 

 珠美が身を乗り出し、電子生徒手帳の地図アプリを起動させて全員に見える位置に置いた。

 

「ちょっと待って加賀頼さん、話を飛ばし過ぎ。今は天神君の案内を優先させるべきでしょ」

 

「真澄、時間はまだあるよ」

 

「天神君が言うなら」

 

 遮る理由もなくなり真澄は大人しくする。彼女にしても、珠美の提案は悪い話ではないようだった。

 遊之としても乗らない理由はなかった。

 

「反対意見はなさそうだな、なら行こうぜ! 俺はカードショップに行きてえな! 校舎でも購買でカードは買えるけどよ、ショップにはショップにしかねえものがあるしな」

 

「なら、私は本屋」

 

「私は、発案しておいてなんだけどウィンドウショッピングで済ませようかな~」

 

「なんだ、言い出しっぺなのに本当にそれだけでいいのか?」

 

「日曜日に他の友達とも行く約束してるからね~。それに、ああいう場所は見てるだけでも楽しいから~」

 

「そういうもんか?」

 

「男の子にとっては、つまらない時間なのかもね~」

 

 珠美なりに気を使ってくれた選択肢なのかもしれない。

 それぞれに地図アプリで目当ての店舗がどこにあるかを探し始めていた。

 遊之も自分も何か商業エリアに用事はあるだろうかと考えていると、周りが静かになった気がして顔を上げる。

 視線の先では、良平、真澄、珠美が、遊之の方を見て、言葉を待っていてくれていた。

 

「天神君は、行きたいお店とかある?」

 

「遠慮せずに言わないと損だぞ、付いていくだけなんてつまらないだろ」

 

「せっかく友達になるんだから、遊之くんの興味のあるもの教えて欲しいな~」

 

 遊之はその光景に一瞬だけ驚きに感情が占められて思考が止まってしまった。

 でも、彼ら彼女らから感じられる雰囲気に触発されて、驚いてしまった原因を理解し、自然と口元が綻んだ。

 今になって、ようやく自分の置かれている境遇が大きく変化したのを実感した。

 なぜ、親代わりになってくれた保護者が、日本という国の学園に進学するのを勧めてきたのかも理解できたような気がした。

 もうここは、白色の壁に囲まれただけの無菌室でも培養液に満たされた試験管の中でもない。

 周囲にいるのは、遊之を実験体のモルモットのように扱う腹黒い思惑や人情の失せた冷たい損得勘定を持ち、支配する側の愉悦に浸る非人道に走った人間たちではない。

 この場所はプロ決闘者育成機関(デュエルアカデミア)、千華柄学園。

 遊之が無菌室の外の世界で生まれて初めて触れた楽しいという感情を教えてくれたカードゲーム、デュエルモンスターズを愛し、誰よりも強くあろうとプロ決闘者として己を高めようとする人たちが集まる場所であり、周りにいるのは護ってくれる家族や大人たちと生まれた初めて得た同じ志を持つ友達であり好敵手になるクラスメイトたちだ。

 思い出すのは日本へ旅立つ直前、空港まで見送りに来てくれた義父がかけてくれた言葉だった。

 

『遊之、これから君は日本に行き、学園に通う一般人の子どもとして、生徒として生活していく事になる。色々な出会いがあるだろう、良い事も悪い事も経験するだろう、たった3年間の学園生活だが様々な物事を見て、聞いて、感じて来て欲しい。そこで得たモノはきっと君の人生にかけがえのないモノとなるはずだ。そして、できれば友達と呼べる存在を作ってきなさい。あの学園には斎も居るし、君と本気で決闘をしてくれる、良い遊び相手がたくさんいるはずだからね』

 

 そんな、義父の願い事の1つを叶えてくれるかもしれない人たちと会えた気がした。

 きっと、目の前にいるのが本当の友達と呼べるような、そういう人たちなのかもしれないと思えた。

 

「お、笑った」

 

「ほんと」

 

 良平が可笑しな事を言ってきて、真澄も瞼が持ち上がっていた。

 経歴や体質は特殊かもしれないが人間なのだから当たり前だ。

 

「ボクだって笑うよ」

 

「いやいや、今さっきまで表情がほとんど動かなかった奴が言う言葉じゃないだろ。表情筋が固まってるのかと思ってたぞ」

 

「マキ、失礼」

 

「やっと緊張が解れたんじゃない? 噂の的だった訳だし」

 

 真澄も的外れな推測をしていて些か不服だった。

 

「きゃー! やっぱり笑顔も可愛い~!?」

 

 急にテンションと声が跳ねあがったのは珠美だった。

 遊之に輝く目で釘付けになっており、両頬に両手を当て、だらしない笑みを浮かべていた。

 

「見た時から遊之くんの事をずっと可愛いって思ってたんだ~! 女の子のように線の細い中性的な顔立ち! 大きな眼! 色は変わってるけどキューティクルで満ちた男の子とは思えないサラサラの髪の毛!」

 

 珠美は席を立つと興奮に鼻息を荒くしながら、遊之の長い髪を断りもなく勝手にいじっていた。

 

「なんだ? 急にテンション上がりまくりだな。加賀頼って子ども好きなのか?」

 

「あれは違うわ」

 

「じゃあ、なんなんだ?」

 

 何か危惧する真澄に要領を得ない良平だった。

 

「ねえ、遊之くん! 服に興味はない!?」

 

「興味があるほどじゃないけど、欲しいと思う」

 

「なら、私に選ばせて! ちょっと男の子には入りずらい店だと思うけどきっと似合うから~!」

 

「マキ、土曜日は天神君から目を離したら駄目よ! 私が珠美さんを牽制しとくから、マキが服を買うのを付き合いなさい!」

 

「はあ!? なんなんだよ一体」

 

「邪魔をしないでマスミン! メンズ用も責任持って私が選ぶから~!」

 

「メンズ以外に何があるの?」

 

「決闘者なら、決闘で私に勝ってから天神君を好きにしなさい」

 

「いいよ~? なら、次の決闘実技の時間に~」

 

「学年トップの成績の私に勝てるならね」

 

 決闘者とは決闘で揉め事を解決しようとする習性の生き物だ。

 勝手に話が進み、なぜか対立し合う事になった真澄と珠美は決闘をする戦意に満ち満ちた眼差しでにらみ合っていた。

 

「ボクの意思は?」

 

そして、話題の中心にいながら状況の理解に苦しむ遊之だった。

 

「口を挟むのはやめとけ遊之、女同士がいがみ合ってる時に男が割って入っても良い事がないぞ」

 

「そうなの?」

 

「ああ、女って怖いんだぜ」

 

「そうなんだ」

 

 過去に何があったか知る由もないが、少なからず、その時のマキの横顔からはこれまでの苦労が滲み出ているように見えた。

 女性同士の喧嘩に、男性は仲裁に入ってはならない。

 遊之はしっかりと覚えておこうと思った。

 残りの時間を使って、校舎内で知っていて困らない程度の場所を遊之は案内される。

 

「そういえば~、育休で来れなくなった佐久間先生の代わりに今日から私たちの決闘実技担当として新しい先生が来るらしいよ~?」

 

「基本的に先生は見てるだけだし、たまに決闘の相手をしてくれるだけの最低限の実力があれば良いんじゃない?」

 

「言って俺らのクラスで頻繁に世話になってんの真澄だろ? 佐久間先生、聞いてたら悲しむぞ」

 

「それが教師の仕事なんだもの、仕方ないじゃない」

 

「お前なー」

 

 真澄が「当然でしょ?」と悪意なく言い張り、良平も珠美も苦笑するしかなかった。

 昼休み明けの授業は決闘実技で、今の話題はそれが発端だった。

 遊之にとっては佐久間先生なる人に縁はなかったという話で終わるのだが、もしかすると新しく来る先生というのが牛尾なのかもしれないと思った。

 牛尾は決闘者としても知る人ぞ知る実力者で、特にDホイールという決闘システムを搭載したバイクに乗って決闘をする種目、ライディング決闘で負けたのを見た事がない程だ。

 遊之にデュエルモンスターズの基礎を教えたのも彼であり、適任なのではないかと思えた。

 

「あ、私は先に決闘広場(アリーナ)に行ってるね~。他の友達に決闘円盤(デュエルディスク)とか持ってって貰ってるんだ~」

 

 決闘円盤とは決闘者が決闘をする時に使う機械の名称だ。

 片腕に装着し、デッキを半円形の本体に差し込んで起動できる。

 本体に繋がる決闘フィールドを模したアーム部分にカードを配置する事で、カードをスキャンした本体がソリットビジョンという立体映像装置と連動してカードに記されたモンスターや魔法、罠などの効果を立体映像に変換したり、現実の決闘に影響を与える装置で、決闘者が戦うための武器そのものとも言える代物だ。

 

「アリーナ?」

 

 学園内でしか通用しない専門用語も、使われている単語の元々の意味や会話の流れから想像は付くが聞いてみた方が理解が早いに変わりがない。

 説明してくれるのは真澄だ。

 

「千華柄学園ではね、決闘実技の授業は決闘専用の広い教室を使うのそれが決闘広場。そうね、私たちの校舎には第1から第7決闘広場までが隣接してて今日は第3決闘広場を使う予定よ。一般的な体育館ぐらいの広さがあると思うわ」

 

「なるほど。珠美、また後で」

 

「うん! マキくんも遊之くんも後でね~。 マスミンは、約束を忘れないでね~?」

 

「誰に言ってるのか思い知らせてあげるわよ」

 

 真澄の得意げな表情は、慢心は無く、ただ純粋に自信に満ちていた。

 珠美と別れた遊之たちは一旦教室に戻り、ロッカールームに決闘円盤を取りに行くため真澄とも別れる。

 自分のロッカーから決闘円盤を取り出して、腕に装着する。

 

「遊之、デッキは忘れてないか?」

 

「問題ない」

 

 良平に聞かれ、遊之はベルトに装着するタイプのデッキケースを見せる。

 デッキは肌身離さず持っている派だ。

 

「ねえマキ」

 

「なんだ?」

 

「真澄は強いの?」

 

 遊之は気になっていた事を聞いてみる。

 やましい気持ちがある訳ではないが、本人を前に聞くのは失礼かと遊之は考え、良平と2人きりになったタイミングで切り出した。

 食堂やさっきの廊下での会話で、真澄が決闘者としての実力の高さを匂わせる節があったからだ。

 純粋な決闘者としての強者を好む習性が、好奇心を駆り立てていた。

 

「強いぜ」

 

 良平はあっさりと認めた。

 真面目に、他意もなく、真澄の実力を評価していた。

 

「俺はあいつと幼馴染なんだ、んで、今の遊之ぐらいの歳から散々決闘の相手をしてきたから嫌でもわかる。いくら千華柄学園が世界最高峰のプロ決闘者育成機関(デュエルアカデミア)で、世界中から実力者が集ってきてるとしても同学年じゃ真澄に勝てる奴はそうそういねえよ。なんせあいつは現役のプロ決闘者にも勝った実績があるんだからな」

 

「現役のプロにも?」

 

 その話が本当ならば驚異的な実力と才能だった。

 プロ決闘者という現役のアスリートを一般人の少女が打ち負かすというのは、アマチュア決闘者1000人の頂点に立つとはまた別次元のレベルの話だと遊之は理解していた。

 

「俺も学園入学前の武者修行で公式大会を巡りまくって強くなった気がしたんだが、まだまだあいつに届く気がしねえ」

 

「どれぐらい勝ってきたの?」

 

「100回ぐらいは勝ったんじゃねえの? でも途中で気づいたんだよ、いくら勝ち星が多くてもそんな数字と実力は別物で意味なんてないんだって。俺の目標に届くには、俺を負かしてくれるぐらい強い奴らと戦わないといけないんだってな」

 

 決闘円盤を装着する良平の横顔からは、張りつめた感情が伝わってくるようだった。

 

「まっ! つまりだ」

 

 さっきまで真面目な表情をしていた彼は話題を切り替えるように笑みを浮かべ、自分を親指で指さした。

 

「それだけ強い真澄の幼馴染であるこの俺も、そこら辺の奴らより強いって意味だ」

 

 笑ったまま顎を引き、好戦的な眼差しを遊之に向けていた。

 向けたのは視線だけではなく、決闘者特有の殺気も含まれていた。

 遊之は良平が纏う緊張感と力強さが醸し出す雰囲気に肌がヒリつく感覚を覚えた。

 それと同じ感覚を、以前にも味わった事があった。

 制覇したアマチュア大会にも数人ほど、本物の実力を備えた者のみが纏える独特の雰囲気の持ち主がいた。特に強かったのは決勝の対戦相手だったが良平から感じる雰囲気はその時以上の、息が詰まるほどの迫力があった。

 顔から手の指先までだった肌がヒリつく感覚が背中にまで広がり、背筋に静電気が立っているかのような痺れを感じる。

 そして、沸き立ってきた抑えられない衝動から遊之も笑った。

 自分よりも実力が高い、または近い者同士が接敵した時に感じる殺気または闘気と呼ばれる雰囲気。それに刺激されて生まれてくる戦いたいと思ってしまう衝動。

 2人は互いに、目の前の相手が好敵手と成り得る強者であるのを決闘者としての本能から感じ取った瞬間だった。

 

「決闘実技の時間はな、基本的に決闘する相手は自由なんだ。くじ引きで決めてるクラスもあれば、担当教師の気分に任せてるクラスもある、俺たちのF組は予め誰と決闘するかは当人同士で話し合って決めるスタイルをしてる訳だ」

 

「そうなんだ」

 

「でだ、ホームルームで見た時から俺の勘がお前が強いってのを俺に教えてくれてたんだ。遊之、友達になった挨拶がてらに今日は俺と決闘してみないか?」

 

「いいよ」

 

 遊之は即答で返す。

 当たり前だった。まだ見ぬ決闘王の座を目指す強い決闘者を求めて、彼はこの世界中からプロ決闘者の金の卵たちが集まる学園への誘いを受けてやってきたのだから。

 それ以上の言葉はいらない。決闘者たちは、好敵手とは惹かれ合う運命にある。

 遊之の記念すべき学園での最初の対戦相手は浜巻良平になった。

 



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第3話「精霊巧紋」

 

 

 

【精霊巧紋】(エレメトラ)

 

 

 

 それは現代の決闘者には必要不可欠な要素であり、時代が生んだ大いなる可能性。

 DNAのゲノム解析を行い、遺伝子情報に適合した能力を診断して授ける【アトラ技術】の導入により加えられた新しいプレイヤースキルの名前であり、授けられる能力はまさに千差万別、DNAのように誰一人として同じ能力を持つ事はない個性だ。

 突如として導入された次世代の科学技術は、デュエルモンスターズに変革の波を起こし、力を欲した決闘者たちは適応していった。

 そんなある日、こんな噂が立ち始める。

 

「精霊巧紋を授けられた決闘者は、カードの精霊と心を通わせる事ができるようになる」

 

 かつて、伝説の決闘者と呼ばれた初代【決闘王】である武藤遊戯は、カードの精霊と心を通わせ、神がかり的な決闘を行っていたと伝わっている。

 時代は移り変わっても尚、決闘者たちは伝説に届こうと、武藤遊戯のようになろうと、日々を決闘と研鑽に費やす。

 それは、誰もが精霊の存在を信じていた証明でもあった。

 

 

 

                                                                  ☆ ☆ ☆

 

 

 

 決闘実技の授業が始まった。

 1年F組の生徒全員が、各々のデッキを持ちこみ、決闘円盤(デュエルディスク)を腕に装着し、決闘広場(アリーナ)に集まっていた。

 遊之たちF組が使用する第3決闘広場は、バスケットコート4面分はある広さがあり、室内には立体映像装置(ソリットビジョンシステム)を補助する機器の他、大型空調設備、給水用の簡易自販機も備えられている。

 それでも60人近くの生徒全員が一斉に決闘するにはスペースが足りないが、集中して決闘するには快適な環境が整えられていた。

 整列する面々の顔つきや雰囲気からは、午前中までの教室での筆記授業とはまた違う、緊張感と真剣みが伺い知れた。

 決闘実技の授業で行われる決闘の勝敗は、そのまま生徒個人の成績に反映されるからだ。

 世界中から千華柄学園に集められた生徒たちは、10代の若さでプロ決闘者としての素質を認められて入学を果たした、全ての決闘者の頂点である【決闘王】の椅子に座する可能性を秘めた金の卵だ。

 そんな将来を有望視される少年少女の前に立つのは、決闘実技の授業を受け持つ担当教師だった。

 

「えー、もう知ってると思うが、先週から育休に入られた前任の伊久間先生に代わりに本日付でお前らの決闘実技の担当教師を務める事になった牛尾哲だ。ぬるい決闘なんてするなら遠慮なく評価を落としてやるから覚悟しとけよ」

 

 牛尾の口角を上げた強面の形相は、顔の傷と合い余って中々に凶悪そうだった。

 

「なんか、ちょっと怖い先生だね~」

 

 珠美が不安そうな声色で耳打ちをしてきて、遊之はこればかりは仕方ないと牛尾のために弁明しておく。

 

「大丈夫だよ珠美、見た目は怖いけど悪い人じゃない」

 

「そうなの?」

 

「多分」

 

 遊之と牛尾はプライベートでの付き合いが長い間柄だが、世間体を考慮して他人のフリをする約束をしているのでフォローはここまでが限度だった。

 牛尾の本職は教師ではなく、アメリカに本社を置く企業の社長、遊之の義父をサポートする社長秘書兼ボディーガードだ。

 特命として現在は秘書業を離れおり、当面の仕事は日本における遊之の護衛と身辺管理であり、教員免許を取ったのは自然な形で彼の傍に居る口実を作り上げるためだ。

 だが、仮初の仕事であろうとも一切手を抜く気がないのが牛尾哲という漢の本質だ。

 未来のプロ決闘者を相手に生半可な対応はできないと、厳格に生徒と接する選択をしたようだった。

 教員用端末に視線を落とし、表示しているクラスの名簿欄を上から下にスクロールして全員の顔と名前をだいたい覚えると画面を切り替えて個人ごとの成績表を吟味する。

 簡単に自分の受け持つ生徒たちを理解したら、次は何人かの生徒の名簿を『要注意生徒』の項目頁にコピペする。

 

「無駄にする時間がない、早速だがお前らの実力を決闘で見せて貰おう。だが、その前にだ」

 

再 び現実の生徒と向き合った牛尾は、『要注意生徒』として登録された生徒の名を列挙する。

 

「俺はプロ決闘者育成機関の教師として、純粋にお前らの実力を評価するとここに約束する。

 そのために、以下の生徒には予め伝えておく。

 天神・オルレア・遊之。

 丸藤真澄。

 浜巻良平。

 以下の3名は、入学以前にも大した実績を持っているようだが、だからと言ってお前らを贔屓するつもりはない、以上だ」

 

 突然の宣戦布告をしてきたとも取れる発言だったが、いくつかの狙いがあった。

 名指しされた3人には、強さの自負と追われる側である覚悟を自覚させるため。

 成績上、彼らの次点となる生徒たちには改めて彼我の差を認識させ、上位者への対抗意識を持たせるため。

 デュエルモンスターズは、始まりこそトレーディングカードゲームという玩具だが、現在となっては決闘者が強さと存在価値を証明するための道具であり、武器である。

 これから学園の生徒たちが目指す舞台は己の強さのみを頼みとした実力主義の世界、つまりプロリーグの世界だ。

 プロ決闘者として成功した者には、富、名声、名誉、全てが手に入る。それがプロ決闘者というアスリートだ。

 【決闘王】ともなれば、常識では計り知れない輝かしい未来が待っているのかもしれない。

 そんな夢を実現させようと歩む若い芽を育てる側の教師が、生半可な覚悟で務まるはずがないのを牛尾は理解していた。

 

「わかった」

 

「上等っすわ」

 

「わかりました」

 

 遊之、良平、真澄は不満もなく返答する。

 公平に評価されなければ、強くなる意味などありはしないからだ。

 

「よし、ならペアを作って決闘の準備をしろ。余った奴は俺が直に相手をしてやる!」

 

 指を鳴らして気合を入れる牛尾の餌食になるのは誰なのか。

 前もって対戦相手を決めていたペアは、床に白線で縁取られたスペースに従ってスタンディングポジションに立って決闘を始める。

 順番待ちの生徒たちは、各々に気になる決闘を観戦しようと散らばる。

 遊之と良平もスタンディングポジションに入り、デッキを決闘円盤にセットする。

 戦う意志に呼応するように、決闘円盤と立体映像装置が起動する。

 決闘円盤は折りたたまれていたアームが展開され、投影される立体映像によりフローリングの床に光の線が走り、両者の前に決闘フィールドを描く。

 足元に描かれた光線からは、青白い粒子が宙に舞い上がる。

 その残光が半透明の壁となり、外の景色が色を失う。

 まるで、決闘者たちを2人だけの世界への誘うように。

 

「いくぞ遊之。飛び級全米アマチュアチャンプの実力、俺が試させてもらうぜ!」

 

「ボクも、挑戦者として挑むよ」

 

「良いねその心意気、つまらない決闘をしてくれるなよ?」

 

 ギャラリーの中に真澄と珠美が入ってきたのを横目に、持ち主の高ぶる興奮を現わすように、両者の手の甲にあるそれぞれの精霊巧紋の刻印が光を放つ。

 良平は3つの歯車が描かれた精霊巧紋が白色に。

 遊之は旗を模した精霊巧紋が赤色に輝く。

 

「「決闘!」」

 

 掛け声と共に、戦いの火ぶたが切って落とされる。

 

「一応、確認な。ライフは4000、先攻側はドローは無しだ」

 

「問題ない、アメリカのルールも同じだから」

 

「頑張って、2人とも~!」

  

 珠美が手を振ってきて、遊之が振り返すと嬉しそうに笑っていた。

 他のクラスメイトたちも、噂の的になっていた遊之の決闘が気になるようでギャラリーが増えていく。

 堂々とスマートフォンで撮影を始める生徒、遠目から目を見張る生徒、決闘中でも横目で盗み見ようとする生徒もいた。

 この場にいる1年F組の生徒のほとんどが遊之に注目していた。

 全米アマチュア大会の覇者。

 12歳の年齢は関係ない。

 その称号は、アメリカにおいてもっともプロに近い決闘者であるのを意味しているのだから。

 

「先攻はボクが貰うよ」

 

「おう、いいぜ」

 

 遊之はデッキから引いた最初の5枚の手札を見つめるとしばらく目を瞑った。

 イメージしたのは、目の前に並ぶ手札のカード。

 イメージの中のカードたちからは無数の光の線が天に向かって伸び、別のカードへと繋がり、また別のカードから伸びた光の線が別のカードへと繋がっていき、そのつながりが延々と縦と横の十字に広がり、最終的にカードと光の線が作り出した造形は見上げても全容が把握できないほど巨大な逆ピラミッドだった。

 逆ピラミッドの完成と共に、光に包まれた1枚のカードが天から遊之の手元に落ちて来る。

 光による膜がはがれ、顔を出したカードの正体を見た遊之はぽつりと呟いた。

 

「・・・・・・、そうか、今回はお前が来てくれるんだね」

 

「なんか言ったか?」

 

「ううん、ただの独り言」

 

 目を開けた遊之の手には最初の手札の5枚しか握られていない。

 光のカードは、彼のイメージの中にある。

 

「いくよ、手札から〔斬機シグマ〕を召喚」

 

「〔斬機〕デッキ!」

 

「〔斬機〕か良いね! 殴り合うのは好きだぜ!」

 

 決闘円盤から伸びるアーム部のモンスターゾーンに遊之がカードを置くと、本体がカード情報を読み込み、立体映像装置と連携して立体映像として現実にモンスターを出現させる。

 赤と白の鎧を身にまとった機械の剣士が、主である遊之を守る騎士のように剣の切っ先を良平に向けて立つ。

 

「えーと、ニューロン、ニューロン~」

 

 珠美はスマートフォンのアプリを起動させると連動させたカメラで〔斬機シグマ〕を撮影する。すると、画面上にカードの詳細なデータが表示される。

デュエリストニューロン、というアプリ機能だ。

 

「えーと、〔斬機〕とはサイバース族のみで構成されるカテゴリー。見た目はロボットのようであり、その名前には物理学の数学に関連した用語が多く用いられている・・・・・・なんだか、男の子が好きそうな見た目だよね~? 遊之くんもああいうの好きなのかな~? マスミン」

 

 楽しそうに聞いてくる珠美に、真澄は苦笑していた。

 

「わざわざ調べてるの? 〔斬機〕ぐらい知ってるでしょ? もう何年も前だけど今の【決闘王】が世界大会の決勝で使ってたぐらいだし」

 

「名前だけはね~? でも詳しくは知らなかったんだ、私は好きなカードしか興味がないから~」

 

「はあ」

 

世 の中には変わった決闘者がいるんだな。真澄は呆れながらもそう飲み込んでおいた。

 

「今召喚された〔斬機シグマ〕はチューナーモンスターで、〔斬機〕デッキの中核となるモンスターよ。デュエルモンスターズには色々な特殊召喚方法があるけれど、中でも〔斬機〕はシンクロ召喚とエクシーズ召喚を駆使して、瞬間的なパワーで圧倒する攻撃型のデッキなの。先に攻撃権のある後攻を取るべきだったのでしょうけど天神君には何か考えがあるのかしら」

 

「さすがマスミン、物知り~」

 

「はあ・・・・・・」

 

 この程度の知識で拍手されても何も嬉しくなく、気の抜ける声に脱力をしかける真澄はつくづく珠美とは相性が悪いんじゃないかと思った。

 そんなギャラリーの様子なんて知らず、決闘は進んでいく。

 

「更に、手札から〔斬機アディオン〕を自身の効果で特殊召喚。この時、〔斬機シグマ〕の攻撃力を1000ポイントアップさせる代わりに、このターン、〔アディオン〕は攻撃ができず、ボクはサイバースモンスターしか特殊召喚できなくなる」

 

「知ってるぜ。そんなものはデメリットにすらなってないんだろ?」

 

「そう。ボクはレベル4の〔斬機アディオン〕にレベル4のチューナーモンスター〔斬機シグマ〕をチューニング」

 

 遊之が人差し指で指さした頭上に、〔アディオン〕と〔シグマ〕が飛び上がる。

 2体のモンスターの身体が半透明となり、その中にはそれぞれのレベルと同じ数の光の球が浮かんでいる。

 そして、合計にして2つの命、8つの光球が縦一列に繋がり合い、光と柱に包まれて新たなモンスターへと生まれ変わる条件が成立する。

 

「昇華されし魂が炎の剣に力を宿す、新たな命に再誕せよ。シンクロ召喚、レベル8〔斬機マグマ〕!」

 

 シンクロ召喚。

 それは通常のデッキとは異なる、EXデッキから召喚されるモンスターの召喚方法の1つだ。

 チューナーと名の付くモンスターとチューナーではないモンスターを墓地へと送り、合計したレベルと同じシンクロモンスターを特殊召喚する。

 光の柱から出てきたモンスターの鎧は炎のように赤く、背にはマントを翻し、手に持つ剣には轟々と揺らめく炎が燃えていた。

 炎を灯した紅蓮の機械剣士、〔斬機マグマ〕の誕生だった。

 

「攻撃力2500、エースのご登場か」

 

「先攻プレイヤーは攻撃ができない。ボクはリバースカードを2枚伏せてターン終了」

 

「なるほどな。俺のターンだ、ドロー!」

 

 良平は遊之の行動から察する。

 

「そっちがその気なら、俺もエースを見せておかないと失礼だよな。相手フィールドにモンスターが居る場合、手札から〔古代の機械斥候兵〕(アンティーク・ギアスパイ)を特殊召喚する。来い、〔機械斥候兵〕!」

 

 良平のフィールドに床を砕いて地中から現れたのは、古ぼけた外套を纏った人型の機械兵士だった。

 体中の露出した歯車がぎこちない駆動音を鳴らしながら回し、目の役割をする錆びたレンズの無感情な眼差しで遊之を監視しているようだった。

 

 

 

 古代の機械斥候兵 地属性

 

 機械族・効果モンスター

 

 レベル2 ATK500 DEF1000

 

 このカードの①②③の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

 ①相手フィールド上にモンスターが存在する場合、またはこのカードと同名カードがフィールド上に存在する場合、手札か墓地から特殊召喚できる。この効果で特殊召喚されたこのカードはフィールドを離れた時に除外される。

 ②このカードをリリースして発動する。攻撃力が500以下の地属性、機械族モンスターをデッキから2枚まで選択し手札に加える。

 ③このカードが、カードの効果により墓地に送られた場合、デッキからカード名または効果テキストに〔古代の機械〕と明記された魔法、罠カードを1枚手札に加える。この効果により手札に加わったカードをそのターンに使用する事はできない。

 

 

 

「〔古代の機械〕とは珍しいデッキを使うんだな」

 

「牛尾先生」

 

 牛尾も遊之と良平の決闘を観戦しに、真澄と珠美の傍にやってくる。

 

「もう、先生の決闘は終わったんですか?」

 

「まあな、千華柄学園の生徒がどれほどの実力かと大人げなく張り切り過ぎた。全力を出させる前に終わらせちまったのは俺もまだまだ未熟だってとこだな」

 

「そうですか」

 

 言い草からして、大人が子どもを全力で負かしたと捉えられる内容だったが、男子特有の見栄を張るような雰囲気が無く、決闘の勝敗よりも決闘実技の教師として生徒の実力を引き出せず終わらせてしまったのを反省しているようだった。

 牛尾が相手を務めたのはトラ柄Tシャツの男子生徒で、決闘の成績だけ見ればクラスで中の上ぐらいの実力で弱くはないはずだった。

 その彼を、時間的に2ターンも掛けずに倒したのだとすれば、牛尾の決闘者としての実力は相当なものだと真澄は推測した。

 

「ところで聞いた話なんだが、丸藤と浜巻は幼馴染らしいな。あいつはどんな奴なんだ?」

 

「幼馴染というか腐れ縁ですね。性格は単純で、無駄に前向きで、デリカシーがなくて暑苦しい奴ですよ。少しだけ同じ決闘塾に通っていた時期もありました」

 

「ほう、その頃から強かったのか?」

 

「気になりますか?」

 

「教師としては生徒の事は出来るだけ知っておきたいんだ。全米アマチュアチャンプである天神や、現役のプロ決闘者を負かした経験のあるお前の実績と比べれば見劣りするが、小規模であっても公式大会を982回も優勝した経験といくつかのショップから出禁を食らっている大会荒らしなんて経歴の持ち主はそうそういないだろ」

 

「何も考えてない体力馬鹿なだけですよ」

 

 真澄は貶していたが嫌っているニュアンスはなかった。

 

「決闘塾の頃のマキは、筆記の成績が悪い落ちこぼれ扱いですぐにやめてしまいました。当時の塾長が礼儀作法に五月蠅い人で自由人のあいつとは相性が悪かったんだと思います。でも、実際の決闘の勝率で見れば塾生の中でも上位にいましたよ」

 

「本当に相性が悪かったんだな」

 

「塾長は余計にそれが気に入らなかったんだと思います」

 

 塾長と似た立場となった牛尾には、苦笑いしかできなかった。

 

「特に、あいつが親指で下唇を触る癖を出した時が調子に乗ってて厄介だったりするんです」

 

 視線を移すとちょうど良平は下唇を親指で擦るように触っていた。

 

「うん、今日の俺は調子が良いぞ」

 

 手札を見定め、戦術を見出した良平は次なる手を打つ。

 

「更に、手札から魔法カード〔古代の機械招集鐘〕(アンティーク・ギアコーリング)を発動! 俺のフィールド上の〔古代の機械〕モンスターを破壊し、手札から別の〔古代の機械〕モンスターを召喚条件を無視して特殊召喚する! 〔斥候兵〕を破壊し、手札から〔古代の機械巨人〕を特殊召喚!」

 

 どこからともなく鐘の鳴る音が響き聞こえてくる。

 響き渡る音に呼び寄せられるように地震のような振動が足元から伝わってきたかと思えば、床を割って出てきた巨大な機械仕掛けの掌が〔斥候兵〕を握り潰し、本体が地上に姿を現す。

 

「こいつが俺のエース、〔古代の機械巨人〕だ!」

 

「これがあの? こんなに大きいなんて・・・・・・」

 

 地中から現れたのは、〔炎斬機マグマ〕すらも余裕で超える、4メートルはある巨躯をした巨人の機械兵士だった。

〔古代の機械〕デッキは、とあるプロ決闘者育成機関において優秀な教員にのみ使用するのを許された貴重なカードであると聞いていた。

 かつての使用者だった決闘者は生徒たちから慕われる優秀な教師であり、神のカードである三幻神と並ぶ強大な力を秘めたカード、三幻魔の復活を阻止するために命を懸けて戦った勇者の1人だったそうだ。

 

「そんでもって破壊された〔斥候兵〕の効果も発動! こいつが墓地に送られた時、デッキから〔古代の機械融合〕を手札に加える。ただし、このターンにサーチしたカードは使えないんだがな」

 

「エースの召喚から、次手の組み立て、消耗した手札のケアまでするなんて」

 

「どうした遊之、怖気づいたのか?」

 

「ううん、素直に凄いと思った。マキはやっぱり強いんだね」

 

「ありがとう! でも容赦はしないぜ! 俺は〔古代の機械盾持ち〕(アンティーク・ギアシールズ)を守備表示で召喚し、バトルだ! 〔古代の機械巨人〕で〔炎斬機マグマ〕を攻撃、アルティメットパウンド!」

 

〔古代の機械巨人〕ATK3000 VS 〔炎斬機マグマ〕ATK2500

 機械巨人の巨腕が突き出され、〔マグマ〕を砕こうと迫る。

 エースのピンチに遊之は動く。

 

「ボクは」

 

「おっと〔古代の機械巨人〕が攻撃する時、魔法、罠カードは使えないぜ!」

 

「手札から〔斬機アール〕を墓地に送り、モンスター効果を発動。〔マグマ〕への攻撃を1度だけ無効にする!」

 

「モンスター効果で、戦闘を無効にするのか!」

 

 良平が驚いたのも束の間だった。

 

「なら、予定よりも早いが俺の精霊巧紋を先にお披露目するぜ!」

 

 不敵な笑みが意味したのは、攻撃が止まったはずの巨人が行動を再開する予兆だった。

 歯車の精霊巧紋が刻まれた手を掲げる。

 

「俺は俺の精霊巧紋《マキシマム・ギア》を発動! 決闘中に3度まで、相手のターンも含めて1ターンに1度、自分フィールド上のモンスター1体を選択し、そのモンスターへの相手カードの効果を全て無効にし、ターン終了時まで攻撃力を倍にする!」

 

「無効化に加えて、攻撃力6000!?」

 

「つまり、〔古代の機械巨人〕に対する〔斬機アール〕の効果を無効化し、倍の攻撃力にして攻撃を再開するって事だ! 俺の全力の一撃は重いぜ? マキシマムパウンド!」

 

 主からの力を授かり、動き出した〔古代の機械巨人〕は駆動系である歯車を高速回転させ、火花を散らす。

 あまりの回転運動に熱が籠り、全身が高熱に晒されて煙を上げる。

 その状態から繰り出される威力の拳は、炎の剣を振り上げて迎撃した〔マグマ〕を軽々と粉砕し、遊之まで圧し潰した。

 

「遊之くん! 大丈夫!?」

 

「平気よ、だけど、相当な衝撃はあったはず」

 

 真澄の言うとおり、〔古代の機械巨人〕が手をどかすと、倒れ込んでいた遊之はゆっくり立ち上がった。

 立体映像が如何に精工であろうと所詮は映像だ。

 〔マグマ〕が灯す炎も、〔古代の機械巨人〕の無機質な拳も、全てに実体はなく、決闘者の身体に害を及ぼす事はない。

 だが、あまりの現実味を帯びた映像技術は人間の脳そのものに強い錯覚という影響を与えるため、実際に攻撃されたかのような反応を起こさせてしまう事もある。

 

「大丈夫か、遊之」

 

「大丈夫、でもすごく効いた」

 

「そりゃそうだ。俺の精霊巧紋《マキシマム・ギア》は、使用したターンのバトルフェイズ終了時に対象としたモンスターの元々の攻撃力の半分のダメージを受けるデメリットがある。それなりに効いてくれないと使った意味がないね」

 

 遊之 残りライフ500。

 マキ 残りライフ2500。

 

 効果に対してデメリットが軽すぎる。危うく1ターンキルされる威力だった。

 そう思えてしまうほど、強烈な一撃だった。

 でも、それがあり得るのが現代のデュエルモンスターズであり、文句は言えない。

 だが、何も精霊巧紋は良平だけの特権ではない。遊之にだって彼だけの能力が備わっている。

 ピンチには変わりないが、逆転の勝機はそこある。

 

「なんだ、余裕か?」

 

「そうでもないよ」

 

「ポーカーフェイスだからわかんねえよ。本当に変わった奴だな」

 

 良平が喋りかける目的は表情の変わらない遊之の精神状態を探るのもあれば、自分が焦っている内心を悟らせないためでもあった。

 瀕死級のダメージを受けても僅かな焦りも伺わせない遊之のポーカーフェイスが、真っすぐにこちらを見つめる大きなオレンジ色の瞳が、この戦況をひっくり返す逆転の手立てがあると勘ぐらせるからだった

 そんな遊之の顔を見ているとなぜか初代【決闘王】、武藤遊戯の逸話を思い出した。

 武藤遊戯はカードに宿るモンスターの精霊と意思を通わせ、未来を見通したような絶対的な勝利を導く戦い方をする決闘者だったという。

 

「まさか、な」

 

 妄想に苦笑いをする。

 カードの精霊だの未来を見通すだのそんなオカルト染みた話を彼は信じないが、実際にプロ決闘者の中でもトップにランクインする決闘者には、勝利への道筋をイメージしただけで実現させる神がかりな決闘を成す者が存在するという。

 その可能性を、遊之に感じ取ったような気がした。

 

「どっちにしても、やればわかるか」

 

 勝手に沸いた妄想を散らし、決闘に集中する。

〔斬機〕デッキとの戦いは以前にも他の決闘者との決闘で経験しているので、ミスをしなければ脅威にはならないはずだと算段する。

 だから最も警戒するべきは、未知数の能力を持つ、遊之の旗の形をした精霊巧紋の効果だ。

 沈黙をする精霊巧紋ほど強力な効果を秘めている。この界隈では良く知られた言葉だ。

 

「〔マグマ〕が破壊された事で効果が発動、デッキから〔斬機〕と名の付く魔法、罠カードを手札に加える。〔斬機補助線〕を選択して手札に加える」

 

「俺は、リバースカードを1枚伏せてターン終了だ」

 

「ならボクは、マキのエンドフェイズにリバースカードオープン。罠カード〔斬機超階乗〕を発動」

 

「まあ、そう来るよな」

 

「〔斬機超階乗〕の効果により、墓地の斬機モンスター、〔シグマ〕 〔アディオン〕 〔アール〕を効果を無効にしてフィールドに特殊召喚し、この3体でシンクロ召喚を行う! レベル4 〔アディオン〕と〔アール〕に、レベル4 〔シグマ〕をチューニング! 連なる戦士の魂よ、煉獄の終に極まり、新たな命に再誕せよ! シンクロ召喚、レベル12! 燃え猛る剣〔炎斬機ファイナルシグマ〕!」

 

 再び立ち昇る光の柱から出てきた炎の機械剣士は、〔マグマ〕が更なる進化を遂げた姿だった。

 マントは炎のように赤く染まり、はためく様は不死鳥の翼を連想させ、剣の刀身に灯る炎は更に気高く強く燃え上がっていた。

〔斬機〕シリーズの最終兵器、切り札が主のピンチに現れる。

 

「〔ファイナルシグマ〕はEⅩゾーンに召喚させる、そしてボクのターン、ドロー。バトルフェイズ! 〔炎斬機ファイナルシグマ〕で〔古代の機械巨人〕に攻撃、ファイナルソード!」

 

〔ファイナルシグマ〕が、炎を巻く剣で〔機械巨人〕に斬りかかる。

 

「正面からぶつかるつもりか、自殺行為だろ!」

 

「EXゾーンに召喚された〔ファイナルシグマ〕がモンスターと戦闘を行う時、発生した戦闘ダメージは倍になる!」

 

「攻撃力が同じなら意味ないだろ! それに俺にはまだ2回の《マキシマム・ギア》が残ってる! 俺は《マキシマム・ギア》を発動、〔古代の機械巨人〕の攻撃力を倍加する!」

 

 遊之の、マフラーに隠れた口元が笑みを作った。

 

「この瞬間を待ってたよ」

 

「はっ!?」

 

 良平が動揺したのは遊之がプレイングを誘導させたような台詞のせいもあり、本日3度目の笑顔を見せたせいでもあったが、主な原因は彼の大きな瞳が一瞬だけ光を灯したかのように輝いて見えたからでもあった。

 

「ボクはリバースカードオープン。罠カード〔斬機加法〕!」

 

「そのカードは!? そうか、俺のターンでは〔古代の機械巨人〕の効果で封じられて使えなかったのか!」

 

 良平は失念していた。

 遊之の精霊巧紋を意識するあまり、現【決闘王】が使用した〔斬機〕デッキの必殺カードの存在が意識から薄れていた。

 

「〔斬機加法〕はコストとして〔斬機〕カードを手札から1枚捨てなければならない、そして、追加で手札のカードを捨てる度に効果を増やしていく。捨てるのは最後の手札1枚である〔斬機補助線〕、発動できる効果は〔ファイナルシグマ〕の攻撃力の倍加」

 

「そっちも倍加かよ! だが、それでも攻撃力は同じ6000!」

 

「まだだよ。ボクは今さっき手札から墓地に送った〔斬機補助線〕の効果を発動、墓地のこのカードを除外し、〔ファイナルシグマ〕を対象にその攻撃力を1200ポイントアップさせる!」

 

「1200!? まずい!」

 

〔ファイナルシグマ〕が〔古代の機械巨人〕を負かせば、勝る攻撃力1200ポイントの差が〔ファイナルシグマ〕効果により倍のダメージとなって襲い掛かる。

 しまいにはバトルフェイズ終了時、良平は自らの精霊巧紋のデメリットにより自滅するのが確定していた。

 ぶつかり合う機械の拳と炎の剣。

 互角だった衝突に〔ファイナルシグマ〕の炎の剣に遊之が力を与え、決して単騎では叶わなかった戦いを勝利へと導く。

 炎が勢いを増して大焔(たいえん)の渦と化した剣が、〔古代の機械巨人〕の拳を押し返す。

 迫る渦巻く焔の強大さに、自分を守ってくれるはずの巨人の体がひび割れていく様に、良平は決闘者の本能から敗北を――――死を連想する。

 感じないはずの熱波に、鉄が融解していく臭いに、全身に汗をかき、喉が渇いた。

 身体中の水分と生気が一気に奪い去れたような気がした。

 無意識の震えが、眼前に迫る驚異的な威力の情報量が、手札を持つ手の感覚を失わせ、思考すらも鈍化させていく。

 戦わなければならない、このままでは負けてしまうはずなのに、奮い立たせるべき戦意を別の感情が押さえつけて邪魔していた。

 

「すげえ・・・・・・これが、全米アマチュアチャンピオンの決闘!」

 

 鳴りを潜めた戦意の代わりに感嘆の情が出る。

 敗北の間際に理解したのは、たった3ターンというあまりにも速く綺麗な戦いの終幕を成し遂げようとする遊之の実力の高さだった。

 

「そうか、お前から感じた余裕はそういう事だったのか!?」

 

 同時に感じていた違和感の正体に気づく。

 そんな彼らの決闘を見届けながら牛尾は言う。

 

「『一流の決闘者とは常に未来を見据え、己が描く勝利を疑わない者である。故に、彼らの存在は全てにおいて栄光が約束された道はどこにもない事を意味しているのだ』」

 

「え? それってどういう意味ですか~?」

 

「第23代目【決闘王】〟賢王〝ケリー・キングの言葉よ」

 

 質問する珠美に応えるのは真澄だった。

 

「ケリー・キングは【決闘王】となった後、20度もの防衛を果たして【決闘王】として座位していた最長期間記録の保持者として有名よ。先生が言ったのは彼が引退する時に残した名言で、今も昔も変わる事のない決闘者の真実として語り継がれているの」

 

「そうなんだ~、で、どういう意味なんですか先生~?」

 

 質問を繰り返す珠美と、彼女に対してそんな事も知らないのねと首を振る真澄に苦笑しながらも牛尾は繋いだ。

 

「わかりやすく言うとだ、決闘での勝ち負けってのはより未来を予測できた決闘者が勝つって事だ」

 

「未来を予測する?」

 

「見てて気づかなかった? 前のマキのターン、〔古代の機械巨人〕にエースモンスターである〔マグマ〕を倒されて、ライフポイントもギリギリまで削られたにも関わらず天神君に余裕がありそうに見えたのを」

 

「そうだったかな~? なんかまだ戦えるのかな~っとは思ったけど」

 

「遊之の余裕はそれだけじゃなかったって事だ、いずれ加賀頼にもわかる時が来るさ。丸藤と浜巻、あとちらほらそれを悟った奴はいるみたいだがな」

 

 牛尾が見渡す遊之と良平の決闘を観戦していたクラスメイトの中には、あからさまにこれまでと表情が打って変わった者たちがいた。

 良平は最もわかりやすく、何が面白いのか、敗北を前にして笑っていた。

 

「やっぱり俺の勘は当たってたんだな、お前もそっち側(・・・・)の決闘者だったかよ遊之!」

 

 

 

 |【未来予測】()()()()

 

 

 

 それは、決闘者の素質ある者が持つ精霊巧紋とはまた別の能力だ。

 未来予測を備える決闘者は、数ターン先の未来を予測できていると言われている。

 遊之はこの3ターン目を迎えるために、決闘が始まり、最初の手札5枚を見た時から自分が勝利で終わる未来のイメージを定め、思い描いた勝利のターンが実現するように展開を行いながら決闘をしていたという事だ。

 でなければ良平が感じた自信や余裕の正体は、この完璧にライフポイントを削りきるためにデザインされた戦術は納得ができなかった。

 

「なるほどな、流石は全米アマチュアチャンプだ! だがな、格上だからってはいそうですかって負ける程、俺は頭は悪くねえよ!」

 

 手の震えは武者震い。

 湧き上がる感情は感嘆から格上だとわかった好敵手への興奮と戦いたいという欲求に上書きされていた。

 興奮で血走った眼で敵視するのはただ1人、たった12歳の全米アマチュアチャンプだ。

 

「俺は、〔古代の機械盾持ち〕の効果を発動! こいつをリリースしてこのターンに発生する戦闘、カード効果のダメージを0にし、〔古代の機械巨人〕を戦闘破壊から守る! 耐えろ、〔古代の機械巨人〕! お前は俺のエースだろう!」

 

 良平の声が伝わり、巨人は焔に巻かれながらも最後の力を振り絞り、全身の歯車を壊れるまで回転させ、全身全霊の一撃を出し切る。

 双方の攻撃は相殺し合い、この戦闘に勝敗はつかなかった。だが、〔ファイナルシグマ〕の攻撃を凌ぎ切った〔古代の機械巨人〕は満身創痍になっていた。

 両腕は肘の関節部まで溶けて無くなり、限界まで出力を上げた歯車は破壊され、粉々になっていた。

 体は歪に傾き、姿勢制御もまともにできない。

 両足で立っているだけでもやっとの無残な姿だった。

 でも、まだ生きている。

 エースさえ生きていてくれれば、勝利は目前だ。

 

「バトルフェイズ終了時! 俺は戦闘により発生するダメージは無力化したが、カード効果じゃない《マキシマム・ギア》の反動ダメージは受ける」

 

 良平 残りライフ1000。

 

「ボクはこれでターン終了」

 

「俺のターンだな、ドロー」

 

 良平は自ターンの宣言をして勝利に浮かれた笑みを作った。

 切り札の一撃必殺である攻撃も防ぎ切られ、リバースカードも手札も残っていない遊之は大人しく相手にターンを渡すしかない。

 唯一残された逆転の可能性はまだ発動の兆しすらない精霊巧紋だったが、決闘も終盤に入った状況になれば対した能力ではないブラフの可能性だってあった。

 

「久しぶりにヒヤヒヤした決闘だったぜ。やっぱり俺が見込んだ通りお前は強いな、一手間違えていればこのターンはなかったぞ」

 

 良平は心底から正直な賞賛を遊之に送っていた。

 3500もの大ダメージを受けながらも彼が描く勝利のイメージは完璧に近かったからだ。

 良平が前のターンに伏せたリバースカードは、カウンター罠カード〔バックギア〕。

 このカードは、相手モンスターの特殊召喚、またはモンスターを特殊召喚する効果を含むカード効果を無効にし、破壊する。

 もし、遊之が〔ファイナルシグマ〕を召喚するために良平のターンではなく、自分のターンで〔斬機超階乗〕を発動してシンクロ召喚していれば、如何にEXゾーンに居る〔ファイナルシグマ〕が強力な耐性を持っていようと召喚自体を無効にされてしまい無力だった。

 良平としては、もし遊之がどんなモンスターを呼び出そうとこれで詰ませる算段はついたと思っていた。

だが、遊之はそんな僅かな殺気を察知してそれを回避し、良平に精霊巧紋を使わせるようと誘導した上で超火力と精霊巧紋の反動ダメージで瞬殺しようとしていた。

 彼が幸運だったのは、念のために召喚していた〔古代の機械盾持ち〕のおかげだった。

〔盾持ち〕の効果がなければ、遊之の勝利のイメージは完璧に再現されていたはずだった。

 カード1枚、まさに紙一重の差。選択の違いで明暗が分かれていた勝負だった。

 

「だがこの決闘でお前にターンはもう回ってこない、お前の未来予測を俺は超えたぞ! スリル満点の決闘をしてくれた事に感謝して切り札で倒してやるよ! 俺は、手札から魔法カード〔古代の機械融合〕を発動、融合素材にフィールドの〔古代の機械巨人〕を選択、この場合、他の融合素材はデッキから選択できる。フィールドの〔古代の機械巨人〕とデッキの〔古代の機械戦斧兵〕(アンティーク・ギアアックス)で融合召喚!」

 

 良平の背後に空間を割いて現れた穴は、不規則に流動するミルク色に満たされた次元の穴だ。

 そこに〔古代の機械巨人〕と〔古代の機械戦斧兵〕が吸い込まれ、死に体だった巨人が創造の力により復活する。

 融合召喚とは、シンクロ召喚とは別のEXデッキからモンスターを呼び出す召喚方法であり、異なるモンスター同士を掛け合わせることで、新たなる存在を生み出す錬金術のような力だ。

 穴から出てきたのは、失ったはずの腕が巨大な斧と化した〔古代の機械巨人〕だった。

 

「出てこい、俺の切り札! 〔古代の機械戦斧巨人〕(アンティーク・ギアバトルアックス)!」

 

 

 

 古代の機械戦斧巨人 地属性

 

 融合モンスター 機械族・効果

 

 レベル10 ATK3500 DEF3000

 

 〔古代の機械巨人〕+レベル6以上の〔古代の機械〕モンスター1体。

 

 このカードは融合召喚でのみ、特殊召喚できる。

 このカードの③の効果は、1ターンに1度しか使用できない。

 ①このカードが攻撃する時、相手はバトルフェイズ中に魔法、罠カードを発動できない。

 ②このカードと戦闘を行うモンスターを選択し発動できる。そのモンスターの攻撃力または守備力分の数値を、このターンのエンドフェイズまで、このカードの攻撃力に加える。

 ③このカードが破壊された場合、墓地から融合素材に使用された〔古代の機械巨人〕を召喚条件を無視して特殊召喚し、デッキからレベル6以上の〔古代の機械〕モンスターを1枚選び、手札に加える。

 

 

 

〔古代の機械〕シリーズは、中世の暗黒時代に戦争で使用されていた機械兵をモチーフに開発されたと言われている。

〔古代の機械巨人〕よりも高く聳え立つ巨人の、幾百幾千の敵を薙ぎ払い、戦争の最中に浴びた血と錆びと傷を鎧に残したまま古の時代を超えて召喚された姿は、まさに歴戦の猛者に相応しい風格を滲ませていた。

良平の切り札に対し、遊之の存在はあまりにも小さく弱く見えた。

 

「天神君には手札もリバースカードもない、墓地にも使えそうなカードはない。マキの勝ち、か」

 

 真澄は残念な面持ちで決闘の行方が決定づけられたのを悟る。

 期待は自分勝手で脆い願望だ。

 

「あれ~?」

 

「どうしたの、加賀頼さん」

 

 珠美が横でスマートフォンと睨めっこをしながら、眉間に皺を寄せていた。

 

「これ見てマスミン。遊之くんの学園のデータバンクに登録してあるデッキ情報なんだけどEXデッキがおかしいんだよ~。EXデッキって15枚まで入れていいはずなのに、14枚しかないのなんで~?」

 

 千華柄学園の生徒のデッキ情報は、決闘円盤にセットした時点でデータとして学園を管理する高性能AI【マザー】の管轄ネットワークに登録されており、学園の生徒として登録された決闘者のみが専用アプリをダウンロードする事で閲覧する事ができる。

 差し出された画面の情報には15枚の枠があるはずのEXデッキに不自然に枠が1つ空いていた。

 

「別に入れたいカードが無かったとか、理由なんてどうとでも」

 

 そこまで言いかけて、強烈な既視感を真澄は自覚した。

 記憶に埋もれた過去の情報に手掛かりがあるような気がした。

 

「14枚のEXデッキ・・・・・・? なんだろう、何か引っかかる。天神君は12歳、噂が確かならあの子が優勝したって言う大会は2年前」

 

「どうしたのマスミン、怖い顔をして~?」

 

「加賀頼さんはちょっと黙ってて」

 

 考え込む真澄の視界に入ったのは、遊之の右手の甲に刻まれた精霊巧紋だった。 

 旗の形成する枠の線は紅く、6つの球体が大きな六芒星を描いている旗だった。

 

「旗の精霊巧紋? 違う、あれは」

 

 ただの旗というより、戦場で国の威信を背負い戦う兵士たちを鼓舞するために旗手によって振られる御旗、戦旗のようだと思えた。

 

「これがラストバトルだ! 〔古代の機械戦斧巨人〕で〔ファイナルシグマ〕を攻撃!」

 

 良平の命令で進軍してくる〔戦斧巨人〕に、〔ファイナルシグマ〕は大きく跳躍して立ち向かっていく。

 巨斧と炎の剣が、己と主の命を懸けてぶつかり合う。

 超人的な剣戟が交わされた末に、〔戦斧巨人〕の斧によるパワーが、〔ファイナルシグマ〕の極められた剣を叩き折った。

 

「〔古代の機械戦斧巨人〕の効果発動! バトルするモンスターの攻撃力をこのカードの攻撃力に加算する! つまり〔戦斧巨人〕の攻撃力は、〔ファイナルシグマ〕の攻撃力を足した6500まで上昇する!」

 

「精霊巧紋も使わずにか!?」

 

「デカすぎる!」

 

「俺の勝ちだ! デストラクション・スラッシュ!」

 

 観戦していた誰かが勝手な悲鳴を上げる。

〔ファイナルシグマ〕を一刀両断にしようと、勝敗を決しようと巨斧が迫る。

 

「っ!?」

 

 が、良平は背筋に悪寒が走った。

 勝敗が決まる瞬間において、遊之のその時の凛然とした態度は、眼差しは、決闘を諦めた決闘者の目ではなかったからだ。

 むしろ、良平が攻撃してくるこの瞬間を待ち望んでいたような、対戦相手を倒すために全力を尽くす殺意と力強さに染まった、光を灯したオレンジ色の瞳をしていたからだった。

 

「瞳が光ってる!?」

 

 窮地に対してありえないほど鷹揚に、ゆっくりと、遊之は精霊巧紋が刻まれた方の腕を持ち上げる。

 

「ボクはこの瞬間、精霊巧紋《紅の戦旗》を発動」

 

 掲げられた手の甲に輝く紅色の戦旗の精霊巧紋が、〔戦斧巨人〕をも上回る大きく広い戦旗として立体映像化され、〔ファイナルシグマ〕を包み込み、斧の腕をはじき返した。

 

「攻撃が弾かれた!? 《紅の戦旗》、どういう効果だ!」

 

「ボクは、〔ファイナルシグマ〕を使い、新たな扉を開く」

 

「扉?」

 

《紅の戦旗》が消滅すると、〔ファイナルシグマ〕も消えて居なくなっていた。

 代わりに、2枚の石板により形作られた扉があった。

 扉は古代文字が羅列されているような模様が一面に描かれ、中央に六芒星を形作る6つの穴の開けられた石碑のようでもあった。

6つの穴の内1つには、黒い球体が埋まっている。

 

「今、進化の力が高次の力へと生まれ変わる。KNOCKING・GATE! 再誕せよ、〔炎斬機ファイナルシグマ/BR〕《ブルーレイ》!」

 

 石碑の扉が開き、覗く暗黒の先から現れたのは〔ファイナルシグマ〕だったが、変貌ぶりに良平は驚きを隠せなかった。

 

「なんだそいつは、ファイナルシグマに亜種が居るなんて知らないぞ!? それに、どういう事だ!?」

 

 鎧と纏う炎は、赤ではなく蒼の色へ。

 マントは蒼炎が象る4枚の翼へ。

 蒼き不死鳥の機械剣士、彼を中心にして光の球体が周っている。

 光の球を見た決闘者たちは、すぐにそれがエクシーズモンスターのみが持つはずのオーバーレイユニットだとわかった。

 だから、良平の言葉は他の生徒の代弁でもあった。

 

「シンクロモンスターの〔ファイナルシグマ〕に、どうしてオーバーレイユニットが付いてるんだ!?」

 

「違うよマキ、〔BR〕はもうシンクロモンスターの〔ファイナルシグマ〕じゃない。生まれ変わった、もう1人の〔ファイナルシグマ〕なんだよ」

 

「もう1人の、〔ファイナルシグマ〕?」

 

 信じられない現象だった。しかし、遊之の言い分以外に何が正しいのかわからなくなっていた。

 遊之の事をよく理解している牛尾以外、この日、F組の誰もが遊之の実力の片鱗を垣間見た瞬間でもあった。

 



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第4話「紅の戦旗」

 

 

「もう1人の、〔ファイナルシグマ〕?」

 

「そう、それが〔炎斬機ファイナルシグマ/BR〕。ボクの、このデッキの真の切り札だよ」

 

 F組の全員は、遊之の言葉と〔ファイナルシグマ〕の異なる姿を前にしてしばらく立ち尽くしていた。

 何が起こっているのか理解するのに時間が掛かったからだ。

 良平の切り札である〔古代の機械戦斧巨人〕が〔ファイナルシグマ〕を撃破し、遊之の敗北が決定的だと誰もが考えていた。

 それを覆したのが遊之の精霊巧紋、《紅の戦旗》の能力だった。

〔ファイナルシグマ〕以外、他にモンスターも手札もリバースカードも無い状態から新たなモンスターを召喚しただけでも十分に強烈な衝撃だったが、問題はそこではなかった。

 遊之の能力は、世界中から選抜されて学園に入学したはずの実力の高いクラスメイトたちですら見た事も聞いた事もない、現代のデュエルモンスターズの常識ではありえないはずの能力だったからだ。

 全員が共通の思考を連ねた。

 そんな馬鹿な話があるのか、と。

 そんな能力があり得ていいのか、と。

 そんな存在があって良いはずがない、と。

 断片的な情報から出てくるのは、答えのない疑問と常識との矛盾。

 そんなバグが起こったのは、遊之のそれがこれまでのデュエルモンスターズというTCG競技の概念において当たり前とされてきた絶対的な法律をいとも簡単に侵害する能力だったからだ。

 

「まさか、冗談だろ!」

 

 対戦している良平ですらも、目の前の奇跡は信じ難い代物だった。

 

「既存のモンスターを未知のモンスターへと進化させる能力だって言うのかよ!?」

 

「マキ! なにボーっとしてるの! 今は決闘中なのよ!」

 

「!?」

 

 真澄の声に我に返り、最善の行動を瞬時に選択する。

 

「俺はリバースカードをオープン、カウンター罠〔バックギア〕! このカードはモンスターが特殊召喚された時、その召喚を無効にして破壊する! 〔BR〕の召喚を無効とし、破壊だ!」

 

「それは許されない」

 

「なんっ」

 

 立体映像装置(ソリットビジョン)により映像化されていた、良平のフィールドに裏側で伏せられているリバースカードは正常に発動していれば起き上がって顔を見せた後に自らの能力を振るうはずだったが無反応だった。

どころか、〔BR〕が剣の切っ先をリバースカードに向けると翼の蒼炎《そうえん》が刀身を伝って放たれ、〔バックギア〕を燃やし消す。

 

「〔バックギア〕が破壊された!?」

 

「《紅の戦旗》で召喚されたモンスターに魔法、罠カードは通用しない。でも、〔古代の機械戦斧巨人〕の攻撃は〔BR〕の特殊召喚により巻き戻っただけで無効化された訳じゃない。どうするの、マキ?」

 

「くそ、だったらバトル再開だ! 〔機械戦斧巨人〕で〔BR〕を攻撃! 俺の切り札はバトルなら負けねえ!」

 

〔機械戦斧巨人〕は再び斧の腕を振るう。

 

「誘われたな」

 

 牛尾は静かに呟く。

 遊之の光の灯ったオレンジ色の瞳が、視線が、微笑が、小さな決闘者から伝わる余裕が、決闘の勝敗を悟らせる。

 

「そういう事かちくしょう、ここまでの展開もお前の未来予測の範囲内だったってのかよ・・・・・・!」

 

「ボクはオーバーレイユニットを1つ使用し、〔BR〕の力を開放させる。このカードと戦闘を行うモンスターの効果を無効にし、墓地に存在するEXゾーンから召喚された〔斬機〕モンスターの攻撃力の合計を、1ターンのみこのカードの攻撃力に加算する」

 

「じゃあ、マキくんの〔機械戦斧巨人〕の効果は消えて、攻撃力が元に戻るとして・・・・・・遊之くんの墓地には~」

 

「シンクロモンスターの〔マグマ〕と〔ファイナルシグマ〕が居る。攻撃力の総合計は5500!」

 

 珠美がアプリで確認するよりも早く、真澄は暗算する。

 

「〔BR〕の元々の攻撃力は3000。よって攻撃力は8500」

 

「8500だと!?」

 

〔古代の機械戦斧巨人〕 攻撃力3500 VS 〔炎斬機ファイナルシグマ/BR〕 攻撃力8500。

〔BR〕は〔戦斧巨人〕の攻撃を軽々と弾くと、宙に高く舞い上がり、全身に蒼い炎を纏って斬りかかる。

 

「楽しい決闘だったよ、マキ。 〔炎斬機ファイナルシグマ/BR〕の反撃、蒼炎閃軌剣《そうえんせんきけん》」

 

 蒼き炎の斬撃が鋭くも青白い光の線を描き、機械の巨人を縦に真っ二つにする。

 良平 残りライフ0。

 天神・オルレア・遊之 VS 浜巻良平の決闘は、天神・オルレア・遊之の勝利で終わった。

〔機械戦斧巨人〕の体が崩れていくと共に勝敗を告げるブザーが鳴り、立体映像装置が機能を停止する。

 

「ありがとう、〔BR〕」

 

 遊之は姿が半透明になり、姿が消えゆく機械剣士に感謝を伝えた。

〔BR〕は忠誠を誓う騎士のように、胸に手を添え、膝を折って恭しく頭を下げて消えた。

 

「かーっ! 切り札まで出したのに負けちまった!」

 

 髪をかき乱しながら近寄ってきた良平は、遊之に握手を求める。

 

「でも、面白い決闘だったぜ遊之。次は負けねえからな」

 

 負けた悔しさを糧にして再戦を望む瞳は真っすぐで力強く、輝いて見えた。

 遊之はこの瞬間に確信する。浜巻良平とは、今後幾度となく好敵手(ライバル)として戦い、友と呼べる仲間に相応しい人なのだと。

 

「ボクも楽しかった。次も負けない」

 

「言ってくれるな、コイツめ」

 

 生意気にも取れる遊之の発言でも、良平は好意的に捉えた。

 しっかりと大きさの違う手で固い握手をする。

 互いに実力を出し切った、後腐れないそんな決闘の終わりだった。

 

「良い報告書が書けそうで何よりだ・・・・・・」

 

 牛尾は、遊之の笑顔を見届けて安堵の笑みを浮かべて息を吐くと、

 

「他の奴ら手が止まってるぞ! 後が詰まってるんだからさっさと決闘を再開しろ!」

 

 遊之と良平の決闘に魅入って止まっていた他の生徒たちに喝を入れていた。

 

「遊之くん、勝利おめでと~! マキくんもお疲れ様、惜しかったね、でもすごい決闘だったよ~。 見てるこっちまでドキドキして落ち着かなかくて、なんか疲れちゃった~」

 

「なんで加賀頼が疲れてるんだよ。決闘してたのは俺たちだぞ、なあ遊之」

 

 良平に同意を求められて、遊之は頷く。

 

「そっか、そうだよね~」

 

 疲れた顔をしていたと思ったら楽しそうに笑った珠美に、遊之も良平も決闘で高ぶっていた興奮の気が抜かれて、肩の力も抜け、リラックスできた。

 ちょっとした頭の重さを感じたのはそれだけ決闘に集中していたからで、程良い疲労感もあった。

 

「でもありがとう珠美、応援してくれて」

 

「だな。応援してくれる人がいるってのはテンション上がるもんだ」

 

「当たり前だよ~! 2人とも友達だもん、ガッチャ!」

 

「ガッチャ」

 

「ガッチャってなんだ?」

 

 珠美が、『ガッチャ』の掛け声と一緒に揃えて伸ばした人差し指と中指に親指を添えた独特の動きをする。

 遊之は、挨拶を返すように自然と同じ事をしたが良平は理解が出来ていない様だった。

 遊之からして予想外だったのは、珠美が遊之を見てとても嬉しそうに目を輝かせていたかと思えば次の瞬間には肩を落として落胆の色を濃くしていた事だった。

 

「そっか、マキくんは知らなかったか~。私の地元だと普通の挨拶だったんだけどな~・・・・・・」

 

「いや、そんながっかりしなくてもいいだろ、すげえ悪いことした気分になる」

 

 珠美は遊之がガッチャを知っていたのに良平が知らなかったのが悲しかったらしい。

 感情とリアクションが忙しい少女だった。

 

「まあ、地元のマイナールールみたいなものだとはわかってるんだけどね~」

 

「あるよなそういうの。特に千華柄学園《ここ》は色んなトコから生徒が集められてるから、たまに通じないことがあると当たり前だと思ってたのが実はマイナールールだって気づかされる」

 

「でも、遊之くんが知ってたのは嬉しかったよ~! 私たち気が合うね~!」

 

「うん、ボクも嬉しい」

 

 珠美は躊躇なく、遊之の手を両手で包んで持つ。

 柔らかく暖かい、女性の手の感触と好意的な意味合いを含み見つめてくる視線が、彼女の気持ちをより強く伝えてきた。

 

「マキ、ガッチャは決闘をした後にする挨拶みたいなものだよ」

 

「お互いに良い決闘をした時に使ったりするんだよ~」

「へえ、なんか良いなそれ。でも不思議じゃないか? マイナールールだとしたらどうして外国人の遊之が知ってるんだ?」

 

「それなんだよ~! だから私もびっくりしちゃった」

 

「故郷にガッチャをする友達が居た」

 

「だとしたも、凄い偶然ではあるよな」

 

「わかった! きっとそのお友達は十代さんのファンなんだよきっと~!」

 

「十代っていうと、プロ決闘者の遊城十代さんか?」

 

「そう! 私の地元はあの人の出身地なの~」

 

 友達がどういった人物なのか、遊之はこの場で言う必要はないと判断した。

 そこに、真澄が会話に混ざってくる。

 

「天神君、勝利おめでとう」

 

「ありがとう、真澄」

 

 遊之には微笑んでいた真澄だったが、一転して良平を見る目は厳しかった。

 

「マキは計算不足が仇になったわね。この前の反省会で指摘したじゃない、もっと相手の反撃を予測しながら戦術を練るべきだって。だから天神君の第2ターンで〔ファイナルシグマ〕のワンターンキルを仕掛けられる隙を与えるし、不安要素だった精霊巧紋の対応《ケア》も掻い潜られて押し切られたのよ」

 

「うるせーな! そんなの俺が一番わかってるつーの!」

 

 良平は悔しそうに頭を無造作に掻き、不貞腐れていた。

 

「それと加賀頼さんはいつまで天神君の手を握ってるの、目立ってるわよ」

 

「あっ、ごめんね~。迷惑だったよね?」

 

「別に気にしてない」

 

「そっか、ありがと~」

 

 珠美は咄嗟に手を引いて、頬を赤くしながら恥ずかしさを紛らわすように笑顔を作っていた。

 手を握ってきたのはその時の勢いで無意識だったのかもしれない。

 

「ところで天神君、ちょっと聞きたいことがあるのだけど」

 

「何?」

 

 尋ねてきた真澄はどこか緊張しているような気がした。

 表情が強張り、まるで遊之に対して恐れと迷いを混在させた気持ちを持っているようだった。

 

「ねえ天神君、君が優勝したっていう大会ってもしかして2年前の」

 

 そこまで口に出して迷いの色を濃くした。

 

「ごめん、やっぱりいいわ。忘れて」

 

「わかった」

 

 本人から退いたならこちらから問う必要もない。

 

「それじゃあ、マスミン。スペースも空いたみたいだし私たちも決闘しよ~」

 

「そうね、約束は忘れてないわよね?」

 

「もちろんだよ~、勝った方が遊之くんを好きにしていいって約束でしょ~?」

 

「ちょっと変わった気がするけど、そうね」

 

「だいぶ変わったよ?」

 

 昼休み、今度の休日に遊之と珠美が一緒に服を買いに行くかどうかという話の流れでこの決闘の対戦カードが決まったはずなのに、いつの間にか内容が変化していた。

 遊之は遠慮なく主張をするが、真澄も珠美も聞こえていないフリをしていた。

 眼中には対戦相手しか収まっておらず、互いに主張と勝利を譲ろうとしない気迫が立ち昇っていた。

 彼女たちの決闘は、スタンディングポジションに着く前から始まっていた。

 

「そういえばマスミンと決闘するのは2回目になるよね~、お手柔らかにお願いね~?」

 

「何回目だろうと、私は私の決闘をするだけよ」

 

「その前に、ボクの意見も尊重するべきだと思う」

 

「もう諦めろ遊之、今のあいつらにお前の言葉は届かねえよ。決闘者ってのはそういう生き物だろ?」

 

 良平が諭してくるが、いつから決闘者はそんな野蛮な生き物になってしまったのかと遊之は信じられない胸中に至っていた。

 

「それにだ。結果はもう見えてる、この対戦カードは真澄の勝ちだろ」

 

 平然と告げる良平からは冗談や嘘を言っている気配はなく、淡々と決闘の決着を見据えているだけのようだった。

 彼は真澄には同年代で敵がいないと評価していた。

 彼女自身もそれなりの自信を持っていたし、直接、決闘者特有の殺気を向けられた訳ではないが雰囲気だけでも真澄が良平と同等以上の実力の持ち主である可能性は遊之も薄々察してはいた。

 となると、気になるのは珠美の方だった。

 

「マキ、珠美は強いの?」

 

「わからねえ」

 

「わからない?」

 

 歯切れの悪い言い方は似合わないと思った。

 

「まだ把握できてねえんだ。俺たちはお前よりも一か月早くクラスメイトとして皆と接してきたのは確かなんだが、たかが一か月だからまだ決闘もしてない奴もいれば名前すらも覚えてない奴も多いんだ」

 

「なるほど」

 

「とはいっても加賀頼はあんな感じで人当たりは良いだろ? だから、俺も真澄も1回は決闘をした事があるんだが、そこまで強くないって印象だったんだよな」

 

「だった?」

 

「うーん」

 

 遊之の追求に良平は腕を組んで目を瞑り、黙り込んだ。

 はっきりとした結論を出そうと考えていたようで、しばらくすると口を開いた。

 

「これは勘なんだが」

 

 そう前置きして。

 

「正直、戦った手ごたえだとクラスでも中の下ぐらいかなと思った。でも、あいつとの決闘には所々で違和感があったんだ。デッキと決闘の内容からして手を抜いていた訳でもなさそうだった、だけど、予想外の反撃で意表を突かれたりしたかと思えばあっさりと攻撃が通って勝っちまったり、何を考えてるのかがわからない、そんな感じだ」

 

「偶然じゃなくて?」

 

「それはない。他の奴らも同じ感想だったし、観戦していた時も同じ感触があった。なにより真澄が2度目の決闘をしているのが証拠だ。俺と違って頭の良いあいつは合理的だ、強くなるために無駄な決闘はしたがらない。成り行きがあったとしてもたったそれだけの理由で決闘をするような奴じゃない」

 

 真澄は良平同様に珠美に対して感じた違和感の正体を突き止めようとしている、という事だ。

 だが、あっさりと決着がついた。

 

「〔サイバー・ドラゴン〕で攻撃、エヴォリューションバースト!」

 

「きゃー!?」

 

 白銀の装甲に全身を覆われた機械の龍、真澄の操る〔サイバー・ドラゴン〕の口から放射された白色の熱線の直撃を受けて珠美のライフポイントが0になった。

 珠美のフィールドにはリバースカードが1枚伏せてあったが、最後の攻撃に対しては役に立っていなかった。

 勝利を収めたはずの真澄には浮かれた感情は一切なく、決闘が終わった事で透明になって消えていく珠美のリバースカードに対して目を細めていた。

 

「お疲れ様、真澄」

 

「ありがとう、天神君」

 

「どうだったよ?」

 

「釈然としないわ、それだけ」

 

 尋ねられるも、淡々とした感想だった。

 2度目の決闘による2度目の勝利。遊之の目から見ても決闘の内容は終始、真澄が一方的にリードしていた。

 彼女の猛攻を珠美はどうにか凌ぎながら反撃の機会を掴もうとするも、真澄の対応は完璧であり、攻めに焦らず、確実に珠美の防御を切り崩しながら反撃の目を潰し、止めを与えていた。

 大まかな内容と結果だけならば、大体の人は単純な実力差があっただけだと思う決闘だった。

 

「惜しかったね、珠美ちゃん」

 

「ありがとう~、歩南ちゃん。やっぱりマスミンは強いね~、今度こそ行けるかと思ったけど負けちゃった~」

 

「仕方ないよ、相手は学年代表のあの丸藤さんなんだもん。サイバー流の継承者で天才なんだから、私たちとは最初から出来が違うよ」

 

「そうかもね~」

 

 教室では席が隣同士で、親しい友人である女子生徒が珠美を労っていた。

 珠美は友人にいつも通りの調子で返事をしながらも、決闘円盤から最後まで発動せず魔法・罠ゾーンに残っていたリバースカードを回収すると、

 

「でも、ホントに惜しかったな~」

 

 じっと見つめ、嬉しそうにそう呟いていた。

 

「そういえば、結局使ってなかったカードはなんだったの?」

 

「ただのブラフだよ~、せめて攻撃を躊躇してくれないかなって思ったけどブラフに引っかかる人なんてほとんどいないよね~。でも今回の決闘だけは勝ちたかったな、せっかく遊之くんを私好みにコーディネート出来ると思ってたのに~」

 

「もしかして、珍しく凄いやる気があると思ってたのは・・・・・・」

 

「そう、今週の土曜日に遊之くんを好きにしていいっていう権利を賭けてマスミンと決闘したんだよ~! 遊之くんって男の子だけど可愛い服とか似合うと思わない~?」

 

「あぁ、今度は天神君が珠美ちゃんの毒牙に」

 

「何か言った~?」

 

「ううん、何も言ってないよ!?」

 

 珠美たちの会話は耳の良い遊之には全て聞こえており、得体の知れない悪寒が背筋をなぞった。

 

「どうした、遊之」

 

「なんでもない」

 

「ところで天神君、君から見て私と加賀頼さんの決闘はどうだった?」

 

 真澄が決闘の感想を遊之に聞く。

 

「最後まで戦況をコントロールしていた、真澄の実力の高さが良く分かった決闘だった」

 

「それはどうも」

 

 真澄は軽く聞き流すように髪を耳に掛ける。

 純粋な言葉の意味はありがたく受け止めつつも、遊之の次の言葉に期待を覗かせていた。

 手の甲には2枚のカードを「=」(イコール)で繋げたような精霊巧紋が刻まれていた。

 

「真澄はサイバー流の決闘者なの?」

 

「そうよ、私はサイバー流決闘流派『桜嵐』の継承者よ」

 

 デュエルモンスターズが長い歴史の中で無数のカードを生み出していったように、決闘者たちは常に勝利を追い求める内に数多の戦術と流派を作り出していった。

 真澄の属するサイバー流とは〔サイバー・ドラゴン〕のカテゴリーに属すカードを駆使する流派であり、数ある決闘流派の中でも歴史はかなり古く、過去に多くのプロ決闘者を輩出した実績を持つ世界最大最強と目される一大流派でもあった。

 

「『桜嵐』?」

 

 サイバー流は全世界に道場を開いており、門下生も数多だ。

 遊之も故郷で何度か門下の決闘者と対峙した経験はあるが、『桜嵐』という派閥の名は聞いた事がなかった。

 

「その様子だとやっぱり遊之も知らなかったか。俺も『桜嵐』なんて名前を使ってるの真澄しか見た事ねえし」

 

「当たり前じゃない、私を含めて2人しか在籍してない派閥なのだから」

 

 わかりきっている事を言った良平に真澄は呆れていた。

 

「もう1人は師範?」

 

「そう、私の師範が最後の1人なのだけど」

 

 師範の話をしようとした真澄は歯切れが悪くなる。

 躊躇するというよりも、どう説明するべきか迷っている印象だった。

 

「かなり変わった人でね、私が在籍したその日にデッキだけを寄越してどこかに行っちゃったのよ。たまに連絡をしてくるんだけど下らない話しかしないし」

 

 深いため息からは苦労が滲み出ていた。

 

「お茶目な人なんだね」

 

「お前の師範の話は何度聞いても笑っちまいそうになるな」

 

「言っておくけど、師範がちゃんと教育してくれればマキが吐くまで私の練習に付き合う事はなかったのよ?」

 

「だとしても、俺を巻き込んだお前のせいだろ」

 

「どう足搔いても勝ち目なんて無かったのに、休憩しようって言ってもあんたが意地を張って勝つまで続けようとしたからでしょ?」

 

「意地なんか張ってねえし、何回か勝ったし」

 

「カードゲームなのだから運の要素もあるに決まってるでしょ? あんたが勝てたのは偶然、私の手札が悪かった時だけよ」

 

「はあ?」

 

「何? 違うの?」

 

「2人とも仲が良いんだね」

 

「「ただの腐れ縁だ(よ)!」」

 

日本の諺には、喧嘩する程仲が良いという言葉がある。

良好な関係である友達を微笑ましく思う遊之だった。

 

 

 

                                     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 時間は過ぎ、遊之の千華柄学園での初日に残ったのは帰りのHR(ホームルーム)だけとなっていた。

 そのHRも担当教師から連絡事項を聞いて解散となるだけのあっさりした内容で、学業から解放されたクラスメイトたちは仲の良い友達同士で今から何をするかと予定を確認し合ったり、楽しそうに談笑したり、誰とも絡む間もなくそそくさと教室を出てったり、それぞれの放課後を過ごそうとしていた。

 遊之は帰る準備を済ませて真澄と良平の席がある後ろの窓際を見やると、彼らはデュエルモンスターズの話でもしてるのか、周りの状況なんて気にしていない熱の入った様子で話し込んでいた。

 

「・・・・・・そもそも、〔斬機〕デッキとわかった時点でまともな戦闘は避けるべきだったのよ。いくらマキの〔古代の機械〕デッキでも一撃の瞬間火力は敵わないのはわかっていたはずでしょ」

 

「わかってたから〔盾持ち〕とか〔バックギア〕とかで隙を作らないようにしてたし、〔斬機〕の消耗の激しさを利用しようとしたんだよ。現に手札を使い切らせて追い詰めたと思ったんだ、お前だってあのターンは俺が勝ったと思っただろ? でも、悔しいけど遊之はそんな俺の心理も利用したんだ、きっと」

 

「そんなのはわかってるのよ、今話してるのは今回の反省を生かした上で似た状況になった時にどうするかを考えるべきだって言ってるの」

 

「そう言われても精霊巧紋の効果がわからない相手を仮想敵にしろってか? 考えるもへったくれもねえだろ」

 

「だからそれは」

 

「マキ、真澄、帰らないの?」

 

 頃合いだと遊之は声を掛けた。

 はっとした2人はようやく教室に残っているのが自分たちだけだと気づいた。

 

「うお、またやっちまった」

 

「天神君、待っててくれたの? もっと早く声を掛けてくれても良かったのに」

 

「問題ない。真剣に話してて止めるのが勿体なかったから」

 

 クラスメイトや担当教師がHRの間も延々と話し続ける2人に対して特に反応しなかったのは、日常的な光景になっているからだろうと考えられた。

 

「そうか、ありがとな。ちょっと待っててくれよ支度するから」

 

 遊之たちはそれぞれの寮に着いて別れるまで一緒に帰った。

 千華柄学園は全寮制であり、男女別は当然として、個人のプライベートを尊重するために全校生徒が1人1つずつ割り当てられる数の部屋が用意されている。

 希望すれば相部屋にする事もでき、基本的な家具一式も揃っているそうだ。

 遊之に割り当てられた部屋は先に牛尾がチェックを済ませており、天井と床と壁の厚さ、立地条件の他にも、セキュリティの面でも問題はないとの報告を受けていた。

 曰く「俺が住みたいぐらい良い部屋だ」との評価だが、「安全ではあるが色々気を付けろよ」と謎の含み笑いと助言をしていたのが気になった。

 

「さっきよ、今日のお前と俺の決闘を真澄と喋ってたんだけどな」

 

「うん」

 

 切り替えた話題に、真澄は僅かに緊張していた。

 幼馴染の良平ならともかく、友達になったとはいえ日が浅い遊之本人を目の前に彼のしていた決闘を話題にするのは良くないと思っていたからだった。

 

「やっぱり全米アマチュアチャンプの実力は半端ねえなとも思ったし、精霊巧紋の効果もやべえと思った。こればっかりは運なんだろうけどな」

 

 精霊巧紋の能力については、精霊巧紋を決闘者に付与するアトラ技術を開発した【アトラエデン社】の公式発表により能力の内容は完全にランダムだとされている。

 

「素直に凄い奴だって思った。そんなお前とこれから決闘を何回もできるって考えたら楽しいだろうなとも思った。だとしても今回負けた事は悔しいのは変わらねえけど」

 

「うん」

 

「まっ、何が言いたいかって言うとだ。これから頼むは、友達としても、決闘者としてもな」

 

 決闘の後の同じように遊之は良平に握手を求められる。だが、意味は違っていた。

 互いの実力を認めて称え合う握手ではく、友としてありたいと想う証明の握手だった。

 

「勿論、ボクからも言わせて欲しい。これからは友達として、好敵手(ライバル)として一緒に居て欲しい」

 

「好敵手、か・・・・・・」

 

 遊之に快く握手を結ばれ、言葉を噛み締めるように呟いた良平は後頭部を掻いて照れくさそうにしていた。

 

「おう! まっ、次は絶対勝つけどな!」

 

「問題ない、ボクは次も絶対負けないから」

 

「何が問題ないだよ! お前、決闘の事になると結構生意気だよな!?」

 

 良平は遊之に喧嘩腰になってヘッドロックをして懲らしめているように見えたが力加減はしていて、すぐに肩を組んで仲良く談笑しながら歩き始める。

 

「まったく、男子ってホント単純」

 

 見ていた真澄は、男子特有の距離感に呆れながら笑っていた。

 その後、生徒寮が並ぶエリアに入ってきて、良平が先に別れ、真澄と2人で歩く。

 遊之は電子生徒手帳の地図アプリを参考にしながら割り当てられた部屋のある寮を目指してきたが、自分以外に近くを歩いているのが女子ばかりなのが気になった。

 

「天神君、私の寮、ここだから」

 

「わかった、また明日」

 

「うん、またね」

 

 真澄とも別れて、遊之は地図とにらめっこをしながら歩いていく。

 

(そういえば、この先に男子寮なんてあったかしら?)

 

 そんな真澄の心の声は、さすがに耳が良い遊之も聞こえなかった。

 目指していた寮に着くと、よそ見もせず一直線に自室へと向かう。

 部屋番号に間違いがないかを確認し、オートロック式のドアに備え付けられたパネルに電子手帳をかざす事で開錠できた。

 これから3年間を過ごす新しい自室と顔を合わせてすぐに取り掛かったのは、先に配達されていた段ボールに詰め込まれた私物の荷ほどきではなく、椅子の背もたれに制服の上着を掛け、寮の基本家具として机の上に置いてあるデスクトップパソコンの電源を入れ、目から耳までを覆うヘッドセットを被り、ネットの中で行う作業だった。

 カタカタとキーボードを叩く音だけが響く室内には視覚と聴覚と意識を画面へと向ける遊之が居るだけだったが、しばらくするとオートロックされていたはずのドアが勝手に開錠された時の音を鳴らし、何者かが丁寧に靴を脱いで侵入してくる。

 何者かは、無防備な背中を見せる遊之に近づいていき、目も耳も塞がった、こちらの存在に気付く素振りのない彼の頭部に両手を伸ばしていくのだった。

 



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第5話「龍皇斎」

 

 

 

 

 侵入者がパソコンの作業に集中する無防備な遊之に手を伸ばす。

 目も耳も塞いでしまうヘッドセットを使っていたのもあれば、まさかオートロック式の寮のセキュリティを易々と潜り抜けて来る者がいるとは思わない意識の隙もあり、手が届く距離までの接近を許してしまった。

 だが、遊之は残された鋭い五感の内、嗅覚で侵入者の存在を察知し、即座に逆襲を開始した。

 

「え?」

 

 女性らしい高さの声がした。侵入者から見て、遊之の頭の位置が不意に移動し、触れようとした手が空を切ったからだ。

 香水の甘い匂いが強くなり、肌の触覚で手が顔の近くに迫ってきたタイミングに合わせてヘッドセットを脱ぎ捨てながら椅子から滑り降りるように机の下に潜り込み、そのまま椅子を力いっぱい押し出す。

 

「いっだぁ!?」

 

 椅子の車輪が足の指を引き、悶絶させて更に畳みかける。

 

「ちょっと待って、スカートが!」

 

 負傷させた方の片足を持ち上げ、侵入者は一緒にめくれるスカートを押さえるために両手を使ってしまい、狙いどおりバランスを崩してベットに押し倒す事に成功する。

 

「きゃっ!」

 

 顔までは見ていないが相手が異性であるのはわかった。それでも年上であり、純粋な力比べなら幼い遊之は負ける可能性が大きいが、構造的なバランスを奪ってさえしまえば子どもの非力さでも体格差を覆せる。

 

「名前と目的を言え! 返答次第では・・・・・・」

 

 マウントポジションを取って、ようやく彼女の顔を見た。

 この時、遊之の瞳は神々しい光を灯し、目尻から溢れ出た光は粒となって涙のように宙に放たれ、漂い消えていた。

 しかし、すぐに瞳の灯が収まったのは、紛れもなく相手が心を許す知り合いだったからだ。

 

「愛奈?」

 

「いたたっ、痛いしびっくりした。ごめんね遊之、驚かせちゃったみたいで」

 

「ううん、僕もごめん。まさか愛奈だとは思わなかったから」

 

「そっか、ならおあいこね」

 

 遊之が押し倒していたのは、同校3年生の先輩に当たる少女だった。

 着ているのは千華柄学園の校章が刺繍された制服。包まれている体型は服の上からでもわかるメリハリがあり、長い脚にはハイソックスを履いていた。

 金髪、意志の強そうな性格を物語る目、茶色の瞳をした少女は鬼名川愛奈(きながわあいな)

 彼女も学園に来る以前の遊之の素性を知る数少ない人物だった。

 

「久しぶり」

 

「そうね、直接会うのは斎にアメリカに連れられて行った時だから4年前かしら? まあ、しょっちゅう斎が遊之の話をするから私はあまり久しぶりな感じはしないけど」

 

「実は僕も、斎は必ず愛奈の話を出すからあまり離れていた気がしない」

 

「へえ、ちなみにどんな?」

 

「愛奈は今日も美しかった、日に日に綺麗になっていく彼女に早く会わせて自慢してやりたいぐらいだって言っていたよ。昨日も日本に来る前に電話したらそう言ってた」

 

「あの馬鹿、聞かなきゃ良かった」

 

 愛奈はうんざりとしているようで、ちょっと嬉しそうににやついてもいた。

 それだけでなく、彼女の顔に恥ずかしさが見えたのは他の意味もあった。

 

「わかったわ、ありがとう。ところで、そろそろ色々とどいて欲しいのだけど?」

 

「ごめん、わざとじゃない」

 

 非難の目が片手に集中して、遊之は急いで彼女の豊かな胸を鷲掴みにしていた手とマウントポジションを解いて謝罪した。

 

「まったく、こんなの私じゃなかったら裁判沙汰なんだから。でも遊之だから信じて許してあげるわ」

 

「ありがとう、愛奈は女神だね。その慈悲深さに感謝しかないよ」

 

「そのあいつが好きそうな言い方・・・・・・しばらく会ってない内にますます似てきたわね」

 

 愛奈は悩ましそうに頭を抑えていたが「良いわ、私が口を挟む事じゃないし」と話を流した。

 その時、部屋の外から別の少女の慌てた大声が聞こえた。

 

「愛奈様どうかなさいましたか! 悲鳴が聞こえましたけど何があったんですか!?」

 

「あ、忘れてた! あの子待たせてるんだった!」

 

「この声は」

 

 遊之は、口調は違っているものの同質の声の持ち主を知っていた。

 

「入りますよ! 失礼します!」

 

 新たな侵入者、少女もまたマスターキーでも持っているのかオートロックを解除して部屋に上がって来る。

 

「愛奈様!? え?」

 

「やっぱり珠美だ」

 

「ゆ、遊之くん?」

 

 現れたのは可愛らしいフリルがあしらわれた白黒のメイド服を着た、加賀頼珠美だった。

 純白のヘッドドレスと髪留めでボリュームのある髪が纏められ、化粧も変えているせいか教室での姿とは雰囲気も印象もだいぶ変わっていた。

 

「なんで、どうして遊之くんが女子寮に?」

 

「女子寮?」

 

「嘘、まさか斎から何も聞いてなかったの? じゃあ、私が寮長としてあいさつしに来る事も知らなかったって事!?」

 

「初耳」

 

「そういう事か、道理で何か変だなって思ったのよ! もう、なんであいつは完璧超人のくせにこういうところは抜けてるの!」

 

「え? え? どういうこと?」

 

 それぞれが予期せぬ事態に翻弄されている中、珠美の混乱は最高潮に達していた。

 女子寮に本来ならば居るはずのない男子の遊之がいる事。

 時間は夕暮れ時になっており、電気をつけていないせいで部屋がだいぶ薄暗くなっていた事。

 愛奈の衣服が微妙に乱れていた事。

 なによりも刺激が強かったのは、そんな薄暗い部屋のベットの上で男女が初対面とは思えない至近距離で、隣同士で座っている事だった。

 導き出された勘違いが、珠美の顔を羞恥心で真っ赤にしていた。

 

「ご、ごめんなさい! まさか2人がそんな関係だったなんて知らなかったので!」

 

「珠美、誤解だよ」

 

 遊之は勘違いを悟らせようとしたが、珠美の思い込みはそう簡単には止められなかった。

 

「そ、その・・・・・・わかっていらっしゃると思いますが、一応、女子寮は男子禁制ですし、そういう事をするならもっと別の場所が良いと思いますし・・・・・・・・・・・・副会長には会長というパートナーがいるのにそういうのはあまり良くないと思います!」

 

「珠美さん!?」

 

もじもじと落ち着かない様子だった珠美は、伝える事を伝えきると顔を両手で覆い、逃げるように部屋を出ていった。

 

「ど、どうなってるの?」

 

「僕たちがまぐわってると勘違いされた」

 

「まぐわ、る?」

 

 愛奈も事の重大さを理解し、同じく顔を真っ赤にした。

 

「まぐわるって、はあ!? 珠美さん違うわよ、誤解よ! あーもう! あの子思い込み激しいんだから!」

 

珠美を追いかけようとした愛奈は、すぐに遊之の元に引き返してくると頭を平手で軽く叩いた。

 

「いたっ」

 

「遊之も言い方が間違ってるからね! もっと別の言い方があるでしょ!」

 

「意味は間違ってないと思う。珠美の勘違いの内容とも合致しているはず」

 

「そうかもしれないけどそうじゃないのよ! とりあえずまた後で来るからね! ちょっと珠美さん待ちなさーい!」

 

 愛奈も出ていき、遊之だけが静かになった部屋に取り残された。

学園から送られてきた寮の案内メールを読み返し、用意された部屋が間違っていないのを確認して、状況を整理しようと思考を巡らせる。

  どれだけ考えても珠美がなぜメイド服を着ていたのかだけはわからなかったが、大体の事態は飲み込み、冷静になれた。

 今は、愛奈が帰って来るのを待つ以外に選択肢はなさそうだった。

 

 「なんか疲れた」

 

途端に疲労と眠気が押し寄せてきたのは、初来日、痴漢騒動、学園への初登校、異国でできた初めての友達との決闘など、色々な出来事がこの1日に凝縮されていたからだった。

目を擦って眠気を我慢し、愛奈が戻って来るまでに中断していた故郷の義理の両親や他の家族に宛てたメールの作成を済ませようとヘッドセットを被り、またパソコンの画面に意識を集中させた。

 

 

 

                                      ☆ ☆ ☆

 

 

 

「先ほどはとてつもない勘違いの末に逃亡してしまい、大変申し訳ありませんでした!」

 

「気にしないで、珠美は何も悪くない」

 

 深々と土下座をするメイド姿の珠美の顔を遊之は上げさせる。

 

「そうよ珠美さん、一番の元凶はこいつなんだから」

 

「いやー、俺としたことがすっかり寮の説明をすっかり忘れていた。わざわざ言わなくても遊之なら順応するだろうと勝手に思ってたのもあったんだが、まさかこんな事になっていたとは。皆には迷惑を掛けたな、すまなかった」

 

 愛奈は約束どおり珠美の勘違いを訂正させてから遊之の部屋に戻ってきたが、新たに男子生徒が1人増えていた。

 紫色の髪の前髪の一房だけが白く変色しており、右目の瞳の色は赤く、左目は常に閉じている。

 手足の長い高身長に優男的な顔立ちをしており、制服のネクタイは緩められ、胸ポケットには万年筆が刺さっていた。

 龍皇斎(りゅうこうさい)

 彼も愛奈と同じく遊之を良く知る人物であり、家族とも呼べる間柄の少年だった。

 リビングに用意されたローテーブルに、遊之と珠美、斎と愛奈が隣同士になり、双方が向かい合って座る形になっていた。

 斎は正面で見つめ合う遊之に、優しい眼差しと笑みを向けていた。

 遊之も普段からポーカーフェイスを維持している表情が柔らかくなり、口元がわずかに笑みを作っていた。

 2人には親密な関係を物語る雰囲気があった。

 

「とまあ、こんな形の再会になったが俺も直接顔を合わせたのは去年ぶりか、だいぶ身長も髪も伸びたな遊之」

 

「身長は5センチ伸びたよ、髪は切ってない」

 

「おー! その調子で高校生になる頃には俺と同じぐらいに成長してくれよ! なるほど、予想以上の感慨深さだ、実際に家族の成長を感じられるって言うのはこんなに嬉しいものなんだな」

 

「大袈裟だよ、それに僕ももう立場としては高校生だよ」

 

「そうだったな、じゃあ答え合わせは大学生になるまでお預けか!」

 

 慣れ親しんだ会話をする斎と遊之を横目に、珠美は声を抑えて愛奈に聞いた。

 

「あの愛奈様、遊之くんと生徒会長ってどういう関係なんですか?」

 

「あら、聞いてないの? 確か珠美さんと遊之は同じクラスになったのよね?」

 

「はい、早速友達になれました! とても可愛くて私からアタックさせていただきました!」

 

「その可愛いと思ったモノに対する執念のブレなさはとても尊敬するわ」

 

 目を輝かせて断言する珠美に、愛奈は苦笑していた。

 

「それはそれとして遊之と斎はね、兄弟なのよ」

 

「え!? あの生徒会長と遊之くんが兄弟!?」

 

 珠美は驚きもあり、雰囲気も手伝い、この時はまだ深く追求はしなかった。

 何も事情を知らない他人からすれば、彼らは似ても似つかない兄弟だからだ。

 

「おっと、久しぶりの弟との再会を楽しみたい所だがこのままだと夜になってしまうな。やるべき事をやらないといけない」

 

「生徒会長の仕事はやっぱり大変?」

 

「そうだな。こうも大きな学園だと生徒会長ってのもやる事が多くて、俺もこうやってお忍びで来ないと碌に雑談もできやしないぐらいだ」

 

 楽しそうにしている会話に愛奈は遠慮なく割り込む。

 

「違うわよ、謝罪要求ついでに生徒会室で暇そうにしていたから連れてきただけよ」

 

 愛奈の告白に斎の表情が固まった。

 図星の挙動だったが、正面と真横から刺される痛い視線を避けるために優男らしい作り笑顔をする。

 

「・・・・・・たまたまだぞ遊之? ちょっと休憩していたタイミングだったんだ」

 

「わざわざ〔ブラックマジシャンガール〕を立体映像装置(ソリットビジョンシステム)で再生して、いやらしい顔で眺めてたのが休憩だったの?」

 

「いや、だからちゃんと説明しただろ愛奈! あれは企業案件だったんだよ。学園のスポンサー企業から新型決闘円盤(デュエルディスク)の試作品が届いたから隙間時間にその性能を確かめてたんだ!」

 

「だからって、わざわざ〔ガール〕じゃなくても問題ないわよね?」

 

「たまたま手元にあったカードがそれだっただけだ」

 

「色々なモーションを試していたのも?」

 

「当然だろう。細微な箇所まで立体的に、忠実にカードを再現してこその立体映像装置なんだからな」

 

「服の中を覗こうとしていたのもそうだって言いたいの?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 決定的な現場を見られていたらしく、斎は何も言い返せなかった。

 

「不潔、変態」

 

「生徒会長、最低です」

 

「いや待ってくれ! 遊之ならわかってくれるはずだ、お前なら俺を信じてくれるだろ?」

 

「人間として軽蔑する」

 

「だから誤解なんだ! どうして信用してくれないんだ、俺はこの学園の生徒会長なんだぞ!?」

 

「立場は関係ない」

 

「ごもっともです、すいませんでしたー! 俺は不潔で変態で最低な生徒会長ですー! もうしませんので許してくださいー!」

 

 女子からの蔑みの視線に耐え切れず遊之に助けを求めたが拒絶され、逆ギレして嘆いていた。

 これが世界最高峰のプロ決闘者育成機関(デュエルアカデミア)、千華柄学園の生徒会会長。

 千華柄学園全生徒の〟頂点〝に立つ決闘者。龍皇斎という男だった。

 

「さて、雑談はここまでにしておいて本題の話をしよう」

 

「流石、私たちの生徒会長は開き直りが得意なのね」

 

「斎の特技だから」

 

「非を認めるって言ってるだろ!? まったく、反省している人間を苛めてなにが面白いんだ、どうして俺の周りにはこうも我が強い奴しか集まらないんだか・・・・・・」

 

「あなたが好んで選んでいるからでしょ? 生徒会メンバーなんてそのままじゃない」

 

 ため息交じりの愚痴にもすぐに愛奈が反応する。

 それが事実であり、愚痴は零しても好んだ人物に対する斎の愛情の持ち様を現わしていた。

 

「そうだな、あいつらは自慢の仲間だよ。そして愛してもいるさ、勿論、愛奈も遊之もな」

 

「あらそう、ありがとう」

 

 恥ずかしがらず、照れもせず、斎は好意を肯定し、さっきまでの情けない生徒会長の顔とは別人のような無邪気な子どもっぽい笑い方をする。

 素っ気ない言葉とは裏腹に愛奈はまんざらでもない様子で、遊之も彼の本質が垣間見れて微笑ましくなった。

 

「斎の方は、変わってないみたいだね」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「どうしたの、珠美?」

 

「ご、ごめんねガン見しちゃって、遊之くんってこんな風に柔らかく笑うんだって思って! 変な意味はないからね!?」

 

「変な意味?」

 

遊之は横から見惚れているかのように見つめてきた珠美に話しかけたが、慌てて言い訳をする様子が可笑しく思えた。

 

「僕だって笑うよ?」

 

「うん、そうだよね」

 

 その後、生徒会長である斎の個人的な計らいで入学式に出席できなかった遊之のために彼直々に入学に対する感謝と激励の言葉が送られ、寮の説明もしっかりとされた。

 本来なら男子寮に用意されるはずだった遊之の部屋は相部屋を希望していた他生徒が急に個室を望んだために埋められてしまい、加えて、その変更手続きと報告を寮長が怠っていたため把握が遅れてしまった事。

 重なって、他の空いていた男子寮も改装などで使用ができなくなってしまい、様々な要因が絡まった結果、急遽、遊之の部屋は空いていた女子寮に割り当てられてしまった事。

 愛奈は遊之の部屋がある寮の寮長をしておりマスターキーを所持しており、勝手に部屋に入って来れたのはそのせいだった事。

 

「今更だけどごめんね遊之、私も間違っていたわ。親しい間柄だったとしても無断で部屋に立ち入るのはおかしわよね、本当にごめんなさい」

 

「気にしないで、元々プライベートな空間なんて僕には」

 

「遊之」

 

 遊之の言葉を遮ったのは、真剣な面持ちの斎だった。

 

「プライベートは例外なく人間なら誰しもが持つモノだ。個人の大切な時間や空間を身勝手な理由で侵害するのは如何に家族だろうと友達だろうと良しとされていない、現代人において精神的な安定を保つための重要な要素(ファクター)とされているんだ。まだお前の年齢だと曖昧かもしれないが、そういうモノだと認識しておいてくれ」

 

「わかった」

 

 親が子を躾けるような言い方だったが、遊之はあっさりと頷いた。

 

「ありがとう、物分かりが良くて助かるよ。話を戻すが、こうなったのは俺たち生徒会の管理不行き届きが原因だ、改めて謝罪する。迷惑を掛けてすまなかった。まだ時間は掛かるができるだけ早く男子寮への転居の手続きは進めようと思っている、それまでこの部屋を利用して欲しい」

 

「ありがとう、僕は大丈夫だよ。でも、同じ寮の人たちは納得しているの?」

 

 この学園にいる生徒たちは全員が遊之より年上だ、だから、異性というよりも子どもとして見られる目もあるのかもしれない。

 それでも、自身は思春期を迎えた年齢の男子であり、間違いを犯さないとは限らない。

 

「斎、僕は万が一の危惧も望まないよ」

 

 そう遊之は伝えた。

 

「ほんと、しっかりしてるわこの子」

 

 普通の、小、中学生の年齢の男子がここまで周囲の事を考えて行動しているのか? そんな異質さを感じさせた。

 

「同じ寮生には説明をして理解を促した。事情が事情だけに了承はしてくれたよ、とはいえ男女の健全な交流のために節度ある行動と制約は必要になるが、そこは追って寮長である愛奈から説明させよう。質問疑問も彼女に聞くと良い。まあ、それ以前に生徒会でも同様の意見は挙がって、俺が問題ないと踏んで押し通した結果でもあるんだがな」

 

「どうして言い切れたの?」

 

「問題が起これば俺が責任を取る、だが、絶対にそうはならないからだ」

 

「根拠は?」

 

「お前はそういう人間ではないと信じているからだ」

 

「未来は誰にもわからないよ?」

 

「俺にはわかる。知っているはずだ、それだけで十分な理由になる事も」

 

 斎の閉じられていた左目が、僅かな時間だけ見開かれる。

 右の赤い瞳とは異なる青い瞳が遊之を眼中に収め、

 

「・・・・・・そうだね、わかった」

 

 遊之が納得したというよりも引き下がるニュアンスを醸し出すと、斎は満足げに左目を閉じた。

 

「これで話は終わりだ。用事は済んだし、俺たちはお暇させてもらうな」

 

「わざわざ来てくれてありがとう」

 

「当然だろう、俺は千華柄学園の生徒会長だぞ? それに、兄として弟の顔を見たかったのもあるしな。お前という決闘者がこの学園に来てくれるのを待ってたぞ、誘ったあの日からずっとな」

 

「1ヶ月遅れてごめん」

 

「あれは仕方ない事だ、気にするな」

 

 斎が両腕を広げると遊之は躊躇もなく近づき、欧米風の抱擁(ハグ)をした。

 

「お前と一緒ならきっと最高の学園生活を、決闘をできると信じてるぞ」

 

「斎の期待に応えられるように頑張るよ」

 

「大いに期待している」

 

 この日は笑顔で別れる事になった。3人を見送る遊之は最後に珠美に声を掛けた。

 

「珠美、また明日」

 

「うん、また明日ね。遊之くん」

 

 手を振って、振り返して、珠美は扉を閉めた。

 

「あれ? そういえば大事な事を言い忘れてるような~・・・・・・まあ、いっか~」

 

 気が抜けたのか、いつも通りの語尾が伸びる口調に戻っていた。

 先に歩いていく斎と愛奈の後ろを追いかける。

 

「ねえ、斎」

 

「どうした?」

 

 隣を歩く斎の顔を愛奈は見つめ、

 

「なんでもないわよ」

 

 そう、嬉しそうに笑っていた。

 

「なんだよ気になるじゃないか。愛しい君に見つめられるのは悪い気分じゃないが」

 

「別に大した事じゃないの、今日はとても気分が良いんだなって思っただけ」

 

「そうだな、我ながらはしゃいでしまったと思った」

 

「子どもみたいだったわよ」

 

「子どもだろう俺たちはまだ。それに遊之に掛けた言葉も嘘じゃない、きっとこの学園はあいつが来た事でもっと面白い場所になるはずだ。だから、そんな未来が来るとわかれば今からでも心が躍るのは当然の事だ」

 

「かもしれないわね」

 

「愛奈は違うのか?」

 

「どうかしらね、私は皆と価値観がちょっとズレてるみたいだから。銀条君や簪さんなら一緒に喜んでくれるわよきっと」

 

「あいつらはそのとおりだ、俺と似て好奇心旺盛だから絶対に遊之に興味を持つだろうな。牙城もそうだ」

 

「牙城君が? 他人には興味が無さそうだけど?」

 

「あいつは興味の対象が人より狭いだけだ」

 

「そうなのね、知らなかったわ」

 

「勘違いされるのも無理はないだろう、ストイックが過ぎて自分を表現したがらないからな。そこが面白くもあるんだが」

 

 仲間を語る斎は楽しそうでもあり、嬉しそうでもあった。

 

「だが価値観は人それぞれだから感情が異なるは必然だ、でも愛奈も嬉しいだろ? 遊之とまた遊べるんだからな」

 

 愛奈の脳裏には4年前に遊之と初めて出会った時の記憶が張り付いていた。

 まだ今よりも幼く、髪も短かった男の子。

 彼を斎に紹介された時、最初に強く抱いた感情があった。

 

「ええ、そうね」

 

 彼女はその時と同じ感情が湧いているのを一切表に出さずに、笑顔を作っていた。

 

 

 

                                      ☆ ☆ ☆

 

 

 

 次の日。

 学園生活2日目になると、早速、クラスメイトたちの遊之への態度に変化が出てきた。

 

「おはよう、マキ」

 

「おはよう」

 

「おはよう遊之、真澄。一緒に来たのか?」

 

「たまたま途中で会ったのよ」

 

「ほーん、そうか」

 

 良平は興味が薄そうに流していたが、遊之は内心で疑問が浮かんでいた。

 登校中、真澄の部屋がある寮の前を通りかかった時に声を掛けられて一緒に行く流れにはなったが、タイミングが良すぎて待ち構えていたように感じたからだった。

 道のりでした会話を記憶から掘り返して、疑問の手がかりを掴もうとすると寮の話題が中心にあったと思えた。

 もしかすると遊之の部屋がある寮が女子寮にあるのを真澄は知っているのかもしれなかったが、追求もしてこないため、あえて無視する選択をした。

 珠美はまだいないが、朝のホームルームまで時間があるため不自然ではなかった。

 そこに、昨日までは関わらなかったクラスメイトが混ざって来る。

 

「おはよう、マキ、丸藤さん。それと天神」

 

「よう、禽野」

 

「おはよう、禽野君」

 

「おはよう、たしか禽野竜一」

 

「フルネームで覚えてるなんて凄いな、でも改めて自己紹介させてもらうよ。同じクラスの禽野竜一だ、よろしくな。天神って呼んでいいか?」

 

「問題ない、僕からは竜一って呼べばいい?」

 

「好きに呼んでくれていいけど、じゃあそれで」

 

 禽野竜一は鶏冠のような独特の前髪を持つ少年だった。

 年下のクラスメイトとも対等に接する対応から『良い人』だと遊之は直感した。

 

「それで何か用か?」

 

「用って程でもないんだけど、ほら、この学園って1つのクラスに入ってる生徒の数が多いだろ? まだ全然顔も名前も覚えきれてないんだよね。だからできるだけ皆と関わって覚えたいと思ってるんだ、それで今日は天神にって思ったんだよ。昨日のマキとの決闘で興味も沸いたしね」

 

「ありがとう」

 

「いやいや、お礼を言われる程の事じゃないし。俺の方こそフルネームで覚えていてくれてちょっと嬉しかったよ」

 

「鶏冠が気になったから印象に残ってた」

 

「鶏冠? あー髪型ね! なるほどね!」

 

 独特な覚えられ方に苦笑する竜一だった。

 

「なんだよ竜一、早速仲良くなってんのか? ついでに俺たちも紹介してくれよ」

 

 竜一の後ろから3人のクラスメイトが加わる。

 

「どれぐらい仲良くなったかはさておき、紹介するよ天神。こいつは伊藤虎河(いとうとらが)

 

「虎河だ、よろしくなアマチュアチャンプ」

 

「遊之でいい」

 

「おう、昨日の決闘は見てて面白かったぜ! 変わった精霊巧紋(エレメトラ)してるよな、機会があったら俺とも決闘してくれ!」

 

「わかった」

 

 トラ柄のTシャツを着た男子生徒で、目尻の尖った眼と八重歯が特徴的だった。

 

「で、こっちが水橋隻(みずはしせき)

 

「よろしく」

 

「なんて呼べばいい?」

 

「できれば水橋の方がいいかな、その方が気楽だし」

 

「わかった」

 

 前髪を切り揃えた水色の髪の女子生徒だった。

 

「で、後ろのが米津寺誠(よねづでらまこと)だ」

 

「昨日の決闘は俺も拝見させてもらった、同じ決闘者として尊敬に値する素晴らしい内容だった。これも何かの縁、今後ともよろしく頼む」

 

「よねづでら?」

 

「どうかしたか?」

 

 糸目と剃髪した頭、手首に数珠を巻いている仏教徒らしい出で立ちの男子生徒だった。

 遊之は握手をしながら彼の顔を観察し、疑視感の正体を突き止めた。

 

「もしかして、京都南側総代のご子息?」

 

「ほう、俺の実家に赴いた事があるのか?」

 

「総代の朱翁さんにお世話になったから」

 

「そうだったのか。しかし世間とは狭い、既に別の縁で繋がっていたとは。もし父に用事があるなら俺が仲介しよう、我ら朱雀の者は縁ある者への助力は拒まない」

 

「ありがとう、今後ともよろしく」

 

「良き友、良き好敵手である事を望む」

 

 硬い握手を交わしたのは、有益な交友を互いに求めていたからだった。

 

「なんだ? なんの話をしてるんだ?」

 

「天神とは元々顔見知りだったのか?」

 

「いや、初対面だ。天神は実家と接点を持っていたらしく俺は今初めて知った。父は人助けが好きな人でな、顔が広く、こうした遭遇もなくはない話だ」

 

「へー、そうなのか! 人助けが好きなら俺を決闘者としてもっと強くして欲しいぐらいだぜ!」

 

「ふむ、ならば今日の決闘実技、虎河の相手は俺がするとしよう」

 

「いいぜ、デッキは何でやる?」

 

「〔外道ビート〕でお相手しよう」

 

「お前それ俺が苦手なの知ってるだろ! ふざけんなっ!」

 

「むしろ、苦手じゃないデッキが珍しいと思うけど」

 

 虎河の反発に共感してか、遊之と真澄以外のメンバーは苦笑をするかとても嫌そうな顔をしていた。

 

「己が弱点と向き合うのも成長の一歩だ、我らが目指すプロ決闘者への道のりはかくも険しい」

 

「物知り顔で語ってんじゃねえよ、この外道ハゲ!」

 

「誉め言葉として受け取っておこう」

 

「本当に嬉しそうに笑うなっつーの!」

 

「虎河、誠のペースに飲まれてるぞ。いつもそうやって負けてるだろ?」

 

「米津寺君って絶対Sでしょ」

 

「人間とは生まれながらにして業の深い生き物だからな」

 

 新しく知り合えたクラスメイトの人となりがわかり、遊之は落ち着くために良平と真澄の近くに戻る。

 

「楽しい人たちだね」

 

「個性強いよなー」

 

「あんたが言うのそれ?」

 

「そういえば、今日はまだ加賀頼見てないよな? 真澄は何か知ってるか?」

 

「さあ?」

 

 ホームルームが始まる10分前になり、良平は珠美がまだ教室にいないのに気づいた。

 

「遊之は?」

 

「珠美ならもうすぐ来るよ」

 

「来る?」

 

 遊之が教室の出入口に視線を移し、良平と真澄も後を追う。

 彼女が遊之の宣言どおりに来たのはその数秒後だった。

 

「本当に来た」

 

「マジかよ、お前、未来予知でもしたのか?」

 

 良平と真澄の目が驚愕に丸くなっていた。

 

「珠美の足音がしたから。人によって違うからわかりやすい」

 

「そうなのかもしれないけど」

 

「どんな耳をしてたらわかるようになるんだよ」

 

「それよりも様子がおかしい」

 

 やっぱり、昨日に寮で会った時のメイド服姿と学園での制服姿の彼女では印象と雰囲気がかなり異なって思えたが、そんな事よりもここまで全力で走ってきたかのように息を切らしているのが気になっていた。

 呼吸と乱れた髪と制服を整えてから、珠美は無言のまま早歩きで近づいてくる。

 隻が珠美と最も近くなった時、自ら顔を背けていた。

 

「おはよう加賀頼さん、あれ?」

 

 竜一があいさつをしても珠美は反応せず、遊之の正面で止まり、しばらく何も言わずに見つめ続けた。

 全員が普段の朗らかな珠美とはかけ離れた様子に戸惑いを覚えた時、遊之が切り出す。

 

「珠美、おはよう。どうしたの?」

 

「遊之くん、昨日の事、まだ誰にも話してないよね~?」

 

 遊之の肩に手を置いて尋ねる珠美は、笑っているようで目が笑っていなかった。

 

「昨日の事?」

 

「もしかして僕の部屋に」

 

「わあああああああああ~! だからそれ以上は言っちゃだめええええええええ~!!!」

 

「わふ」

 

 珠美は絶叫し、遊之の頭を両腕で抱え込むようにして引き寄せ、自らの胸元に顔を埋めさせていた。

 突然の大声と、いくら友達だとしても異性にするとは思えない抱擁の仕方に1年F組の誰もが釘付けになっていた。

 ただ遊之だけは平静を保っており、知る限り愛奈に次いで珠美の豊かな胸の谷間に挟まれた顔を動かし、どうにか呼吸を確保した。

 

「珠美、落ち着いて」

 

 突拍子もない行動の理由はわからずとも焦りから生まれているのだと察し、落ち着かせるために彼女の背中に手を回して優しく叩く。

 悪しからず教室全体を更に動揺させたのは、遊之の善意の行動と落ち着きようが、恋人同士がする熱い抱擁のように見させてしまう勘違いを誘発させたからだった。

 

「どうしたんだ加賀頼? 急に遊之に抱き着いて」

 

「はっ!?」

 

 勇気ある良平の一言に正気に戻った珠美は、周囲の反応に気づいた。

 自分が何をしでかしたのか、どんな風に思われているのか、理解するには一瞬だけで足りてしまい、わかりやすい程に珠美の顔は耳の先まで真っ赤になっていた。

 それでも遊之を離さないのは、昨日の事を口にして欲しくない強い意志の表れだった。

 

「昨日、遊之の部屋でなんかあったのか?」

 

「馬鹿! 信じられない! あんた、どうしてそんなデリカシーが無い訳!?」

 

「いってえ!? マジで頭叩くんじゃねえよ!」

 

 思いっきり良平の頭を叩いた真澄の顔も、同じぐらいに赤くなっていた。

 

「違うのマスミン、そうじゃなくて~! えーと、あの~・・・・・・」

 

「大丈夫だよ珠美、昨日の事を知られたくないのはわかったから。誰にも言わないから安心して」

 

「うぅう、ごめんなさ~い! ちょっと遊之くんをお借りします~!」

 

 事態の悪化を止めるのに適した返事が見つけられず、涙目にまでなってしまった珠美は遊之の手を引いて教室から出て行ってしまった。

 

「ホームルームまで10分もねえけど大丈夫か?」

 

「よくわからないけど、俺、マキのそういうとこ凄いと思うよ」

 

「つまりどういうとこだ?」

 

 呆然とする教室内で、竜一は良平をとりあえず尊敬していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                     遊戯王 ― knocking・gate ― 第5話「龍皇斎」・終

 

 




2022/12/09 微調整


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第6話「決闘者の強み」

 

「先ほどは私の先走った判断により、誘拐紛いの行動をしてしまい本当に申し訳ありませんでした~!」

 

「誘拐・・・・・・」

 

 あながち間違いでもなく、土下座する加賀頼珠美の姿を見るのは昨日今日で2度目だなと冷静に振り返る遊之だった。

 遊之が千華柄学園に入学して2日目。彼はクラスメイトに誘拐されかけた。

 登校してきた珠美に昨日の事を誰にも喋っていないかと問われたと思えば、顔を真っ赤にした彼女に手を引かれて教室から連れ出される羽目になった。

 暴走した珠美が我に返ったのは朝のホームルームが始まるチャイムを聞いたからで、すぐに教室に戻れれば良かったが、千華柄学園の校舎は1つ1つが大きく広い上に無我夢中で走り回っていたせいで現在地がどこだかわからない場所まで来てしまったらしく、もう授業が始まるまでに戻れないと悟った末に目の前にあった教室に入った。

 

「先ほどは私の先走った判断により、誘拐紛いの行動をしてしまい本当に申し訳ありませんでした~!」

 

「2回も言わなくていいよ? それに僕は気にしてないから大丈夫だよ」

 

 こうして、珠美に土下座される状況に至った。

 誘拐紛いの行動に出た理由は、だいたい予想ができていた。

 昨日の放課後、遊之の寮の部屋に生徒会長であり兄弟の間柄でもある龍皇斎、寮長であり顔なじみの鬼名川愛奈と一緒にメイド服を着た珠美も訪問してきた。

 具体的にはわからないが、その時の事を彼女は他の誰にも喋ってほしくない様だった。

 

「でも~、私のせいで授業に遅れる羽目になっちゃったし、まだ遊之くんは学園に来たばかりなのにきっと先生の心象とか悪くなっちゃうかもって思ったら申し訳なくて~!」

 

 ホームルームの時間は10分、終わればすぐに1限目の授業が始まる。珠美のいうとおり、自分たちの居場所すらわかっていない状態で始業前に戻るのは難しそうに思えた。

 千華柄学園は、世界規模でも最大級の敷地面積を誇る広大な学園だ。

 その中でより多くの生徒を迎え入れるために適した環境を作ろうとした結果、3000人前後の各学年の生徒をそれぞれに纏めて1つの校舎で勉学を完結させる形式になった。

 勉強に必要な設備やスペースも全てが集約された校舎は学園全体の西洋風の雰囲気に合わせてホテルに近い外観をしており、100以上の様々な用途の空間が内臓された巨大な建造物だ。校舎内にエレベーターはあるが、まだ遊之も全容を把握できておらず下手に動けば迷子になりかねなかった。

 珠美はかなり責任を感じているようで、瞳を潤ませた上目遣いで遊之を見つめながら、土下座の姿勢を解こうとしなかった。

 

「珠美」

 

「っ!」

 

 歩み寄って手を伸ばす。

 珠美は叩かれるとでも思ったのか一瞬だけ目を硬く瞑り、身構えているように見えたが、遊之は彼女の手を掬い執る形で床から持ち上げ、ゆっくりと立たせた。

 

「僕は怒ってもないし、そのままだと珠美の制服が汚れてしまう方が気になるよ。気持ちは受け取る、きっと珠美にとっては大事だったからあんなに焦ってたんだと思う、それはわかったよ。だから次は建設的に物事を進めていこう?」

 

 出来る限り優しい声色で諭しながら、負担にならない程度の力で手を握って語り掛ける。

 意外とでも思われたのか、それとも別の感情か、珠美はポーカーフェイスの遊之の心情を探るように目を合わせ続けていたが、安心したようにいつもの笑顔を浮かべた。

 まだ珠美と友達になって浅いが、やっぱり彼女は笑っていてくれた方が安心できると思った。

 

「ありがとう遊之くん。ごめんね~」

 

「気にしてないよ、これからどうしよう」

 

「そうだね~、でも、ここが校舎のどこなのかまったくわからないし、探しながら帰っても良いけど途中で運悪く先生に見つかって怒られるのは嫌だな~・・・・・・」

 

 珠美の考えも一理あると考え、学園から支給されていた電子生徒手帳を操作する。

 

「多目的教室」

 

「え?」

 

「ここは6階の多目的教室だよ」

 

 電子生徒手帳は、所有している人物が学園の生徒である証明書である他に、携帯電話と遜色ない機能と学園生活を円滑に過ごしてもらうための各種アプリがインストールされている。

 その中にはGPS機能付きのマップアプリがあり、汎用的な二次元ナビゲーションマップよりも進化した、学園内ならば現在地がどの建物の何階のどこなのか一目でわかる三次元で表示される優れものだった。

 

「遊之くんすご~い! こんなのよく知ってたね~!」

 

 珠美が目を輝かせて遊之の肩越しに画面をのぞき込んでくる。

 身体は当たっていなくても、両肩に手を置いて寄り添うような距離感はとても近く、首を横に振れば目の前には珠美の顔があるのは見なくてもわかった。

 その距離は異性同士の友達というよりも、同性の友達か彼氏彼女の距離感だったが、珠美に後者の意識がないのはわかっていた。

 元々親しみやすい気性なのもあれば、彼女にとって遊之は男子というよりも年下の子どもという安心感と気安さもあるのが近さの原因なのかもしれなかった。

珠美も顔が整っており、日本人らしい童顔と合い余った愛らしさのある美少女で、異性で彼女を魅力的に見ないタイプはそうはいないだろうとも思えた。

 

「僕が凄い訳じゃない、珠美もマップ機能は知っていたはずだけど表示の切り替えがわかりにくかったんだと思う」

 

「そうなんだけど、私計算とか機械とか苦手でわからないとすぐに諦めちゃうんだ~、だからそういう事を調べたりすぐに理解できる人って凄いと思うの~」

 

「僕も珠美の事を凄いと思う時があるよ」

 

「そうなの~?」

 

「珠美、もしかしたら僕たちはわざわざ教室に戻らなくてもいいのかもしれない」

 

 多目的教室には、気軽に決闘ができるように決闘円盤(デュエルディスク)の派生形である卓上型の立体映像装置(ソリットビジョンシステム)が搭載されたテーブルがある他に、各席に備え付けられたタブレットから一般生徒でも使用できるレベルの学園のネットシステムの操作、情報の閲覧などができるようになっている。

タブレットの電源を入れ、インストールされている複数のアプリから目当てのモノを探す。

様々な電子書籍が読める読書アプリ。が配信している過去のプロ決闘者の決闘映像が閲覧できる配信アプリ。現在に校内で行われている生徒同士の決闘をAIの解説付きで視聴できるアプリなど気になるアプリが多く、まだ1人で来ようと遊之は密かにテンションが上がっていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 興味深いアプリに紛れて、妙なアイコンの『みんなの生徒会長、龍皇斎のお悩み相談室』なる名前のアプリを発見した。

 妙なアイコンをよく観察すると、上等な革製の椅子に座っている斎が決め顔とモデルのようなポーズをしているという奇怪なデザインだった。

 

「いつもの斎だった」

 

 昔から斎はセンスの悪い茶目っ気を出す癖があった。

 

「生徒会長がどうしたの~?」

 

「なんでもない」

 

 センスの悪いアプリの存在自体を意識の隅に追いやると、目当てのアプリである学園の情報を統括する高性能人工知能《AI》『マザー』と直接意見交換ができるアプリを起動させる。

 アイコンをクリックすると、背景が真っ黒な画面が開かれる。

 しばらくすると白色の光球を中心に七色の光の輪が廻っているデザインが表示された。

 

「レベル2ノ生徒ニヨルログインヲ検知シマシタ、ヨリ詳細ナ証明確認ノタメ、電子生徒手帳ヲ端末ニ繋イデクダサイ」

 

 人間よりも劣る流暢さの機械音声、これが『マザー』の声なのは明白で、レベル2の生徒とは恐らくシステムに介入できる権限のレベルを現わしているのだろうと思われた。

 

(もしくは他の意味なのか・・・・・・)

 

 遊之は音声に従って自分の電子生徒手帳とタブレットをケーブルでつなぎ、予め決めていたパスワードを打ち込む。

 

「接続者ガ1年F組、天神・オルレア・遊之トシテノ証明確認ヲ完了シマシタ、要件ヲマイクニムカッテオツタエクダサイ」

 

「『マザー』、訳あって僕たちは教室にいない。今から急いで教室に行っても始業前に間に合うとは思えない、この端末から1年F組で行われる予定の授業に参加は可能か?」

 

「可能デス」

 

「珠美、この教室から僕たちは授業に参加できるよ」

 

「え!? じゃあ遅刻扱いにはならないってこと~?」

 

「そう」

 

「やった~! 本当にそんな事できるんだ~!」

 

 珠美が両手を挙げて喜んでいるのを見ていると、こっちまで嬉しくなる気がした。

 

「でも、遊之くん。どうしてそんな事ができるって知ってたの~?」

 

「千華柄学園の授業カリキュラムはAI『マザー』が管理していて、授業も教師の代わりにAIが教えてくれる。その利点として様々な理由で学園や教室まで来れない状態の生徒が居た場合、ネットを介してのオンライン授業を自由に選択できるって学園のパンフレットに書いてあったのを思い出した。だから、もしかしたらここならできるって思った。珠美も生徒手帳を端末に繋いで、もうすぐ授業が始まるよ」

 

「うん!」

 

 珠美と隣同士に座って、無事に予定されていた授業には参加できた。

 F組に帰った時のクラスメイトの反応は気になる部分ではあったが、大した問題じゃないと開き直った。

 1限目の授業は数学で、開始して3分の2の時間が経った頃に珠美が悩ましい声を漏らした。

 

「なんで~! なんで数学の授業の最後に『詰め決闘』の問題が出てくるの~!?」

 

プロ決闘者育成機関(デュエルアカデミア)だから?」

 

「そ、そうなの、かな~?」

 

 遊之がさらりと出した答えに納得できそうでできない珠美だった。

 詰め決闘とは、予め盤面が決められた決闘シーンから、定められた条件をクリアした回答を導き出すパズルゲーム形式の問題だ。

 双方のデッキ内容、ライフ、手札、フィールド、墓地、除外ゾーン、あらゆる要素と選択肢を把握し、最善の行動《プレイング》を考えなければならないこれは、決闘者において最もポピュラーで実践的な問題形式だ。

 

「珠美は詰め決闘が苦手なの?」

 

「苦手っていうか、興味のないカードが使えないっていうか~」

 

「?」

 

「私ね、可愛いカードが好きなの~」

 

 珠美は、恥ずかしさを紛らわす、そんな笑みをしていた。

 

「ほら、マキくんとか遊之くんが使ってる〔古代の機械〕とか〔斬機〕っていかにも男の子が好きそうなカッコいい感じのカードでしょ~? 私は〔妖精伝姫〕とか〔メルフィー〕とか、あと〔閃刀姫〕とか可愛い動物とか女の子のモンスターが好きなの~。好きになったカードしか興味が沸かなくてずっと同じデッキばっかり使ってたんだけど、そのせいで使った事のないカードとか全然わからなくて~、同じデュエルモンスターズのカードなんだからわかる気はするんだけど、苦手意識が消えなくて・・・・・・」

 

 自分の事を語る珠美は徐々に自信が無くなっているのか、声が小さくなっていた。

 

「運が良かったのもあったんだけど、せっかくプロ決闘者育成機関に入学できたんだから頑張らないといけないなって思ってるんだけど・・・・・・・・・・・・、実はね、私入学してからあまり決闘実技で勝った事がないんだ。皆すごいよね~、興味あるないじゃなくていろんなカードを知ってるし、勝つために強いカードをバンバン使ってるし、だから私みたいな変なタイプって弱いのかな~とか思っちゃったりして」

 

「違うよ」

 

「え?」

 

「僕は珠美の考え方は変じゃないし、それのせいで弱いとは思わない。好きなカードを使うのは何もおかしい事じゃない、強いカードを使っている、知っているだけでは本物の強さにはつながらない。全てのカードを性能の強弱だけで判断したら僕もマキも真澄も今のデッキを使ってないと思う」

 

真剣に意見を伝えようとする遊之に、珠美は真剣に耳を傾けていた。

彼がアメリカのアマチュアチャンプになった実績を持つ決闘者なのもあり、彼自身が感じ、考えて結論に至った、そんな確信めいた重みを感じさせたからだった。

 

「例えば、6代目にして初の女性【決闘王】(デュエリストキング)〟瑠璃色姫〝(ラピスプリンセス)アリエナ・パートニーは、プロ決闘者になって以降、【決闘王】になっても引退する日まで公式戦においてずっと〔ブラック・マジシャン〕デッキを使い続けていたのは有名な話。初代【決闘王】、武藤遊戯の大ファンだから〔ブラック・マジシャン〕デッキを使い続けた」

 

「そんな人がいたんだ~」

 

「そう、しかもそれは彼女だけじゃなくて、調べてみると他の歴代の【決闘王】や現役のプロ決闘者でも公式戦の様な大切な決闘がある時は流行に限らず使い慣れたデッキやカードを使う傾向が高いのがわかった、勝率も悪くない。現代のデュエルモンスターズは、決闘者とデッキの相性がカード本来の性能差を覆すのは珍しい話じゃない」

 

「決闘者とデッキの相性・・・・・・」

 

 珠美の右手の甲には、ハートマークをした精霊巧紋が刻まれている。

 

「でも、色々なカードを知っておいて損はないと思う、だから詰め決闘はできるだけ頑張った方が良い」

 

「だよね~! でも、ありがとう、突然ネガティブな事言ってごめんね~? なんか、もやもやしてたのが無くなった気がするよ~」

 

「問題ない、決闘者なら誰でもぶつかる壁だから」

 

 珠美の表情からは曇った笑顔は消えていて、悩みは解消できた様だった。

 それでも興味のないカードに触れてこなかったのは痛手であり、出題された詰め決闘は悉く(ことごと)自力回答できず遊之が教えた。

 時間を10分残して、2人は1限目の授業範囲を終わらせた。

 

「ねえ遊之くん、髪の毛いじっていい~?」

 

「いいよ」

 

 遊之が時間を有効活用しようと次の古文の授業の予習をしていると、暇を持て余している珠美が髪の毛をいじり始める。遊之は慣れているのか特に抵抗を示さなかった。

 金色と水色のコントラストに彩られた男子にしては長く艶がある細やかな質の髪は、初めに手櫛で整えようとした珠美の指に一切引っ掛らずすり抜ける。

 

「キューティクルやばい・・・・・・ねえ、遊之くんって髪の毛の手入れって何かしてるの~?」

 

「なにも。シャンプーとリンスは使ってるけど」

 

「良い意味でやばいね~」

 

「不思議な言葉の使い方だね」

 

 現役女子高生も脱帽のキューティクルの持ち主だった。

 

「良い匂いもするし、どこのシャンプー使ってるの~?」

 

「シルフィードのオーダーメイド」

 

「それってハリウッド女優が使ってる海外の高級化粧会社のやつだよね~!? しかもオーダーメイドとか羨まし~! 高すぎて手が出せないけど私も人生で一度は使ってみたいな~」

 

「ストック1つあるから使ってみる?」

 

「良いの!? ありがと~! あっ、ポニーにしても良い~?」

 

「問題ない」

 

「ありがと~。うん、やっぱり遊之くんは元が可愛いからどんな髪型も似合うね~」

 

 珠美は終始楽しそうに遊之の髪をいじり、様々な髪型を試していた。

 

「本当に遊之くんって、男の子だよね?」

 

「そう」

 

 持参した髪留めやシュシュを駆使して一通り髪型を試したのか、遊之の髪をサイドテールにした珠美は真顔でそんな事を聞いてきた。

 ここまで性別を疑われるのは初めてだったが、傍から見ても遊之は中性的な顔立ちと幼さもあって服装や化粧の仕方によっては間違えられてしまっても仕方ない容姿をしていた。

 

「ねえ、やっぱり土曜日の買い物の時、私も一緒に服選びしてい~い? 遊之くんに似合いそうなブランドがあるんだけど~」

 

「メンズでなら」

 

「そうだよね~! でも任せて、お姉さんはメンズにも明るいから~」

 

「それなら楽しみにしてる」

 

 珠美の魂胆を予知した遊之は彼女の野望を退ける。

 どういう服を着させようとしていたのかは想像し難いが、メンズでない可能性が高いのは確かだった。

 

「ちっ、マスミンめチクったな~」

 

 そんな小声の愚痴が聞こえたが無視を決め込んだ。

 1限目が終わるチャイムが鳴り、遊之は予習に一区切りを付けて立ち上がる。

 さすがに2限目には教室に戻るべきだと思ったからだ。

 

「おまたせ珠美、教室に戻ろう。珠美?」

 

 返事が無くて振り返ると、珠美は笑顔のまま無言で遊之を見つめていた。

 目の前の少年の挙動を見逃さないように、焼き付けるように、興味津々とばかりに大きな瞳に写し続けていた。

 

「どうしたの?」

 

「遊之くんって本当に不思議な子だよね~?」

 

「何の話?」

 

「見た目が女の子みたいで可愛いのに決闘してる時はちょっとカッコいいなって思ったし、私たちよりも年下なのに年上みたいに落ち着いてて、飛び級してくるぐらい頭も良いし~」

 

 遊之は珠美の脈絡のない会話の流れに戸惑っていた。

 何が言いたいのか表面上はわかっているが最終的に彼女が何を訴えているのか、結末を予想ができなかった。

 珠美はおもむろに遊之の両頬に両手を添えて顔を固定させる。

 そのまま躊躇もなく彼の顔に顔を、唇に唇を重ねようと近づき、触れるかどうかの距離で避け、耳元で囁いた。

 

「ねえ遊之くん、お悩み相談に乗ってくれたお礼に今日の決闘実技、私と決闘しよ?」

 

 その時の口調と雰囲気は、ついさっきまでのクラスメイトとしての彼女とは違う、昨日にメイド服姿で現れた時の珠美のモノになっていた。

 

 

 

                                      ☆ ☆ ☆

 

 

 

「ほー、今日は加賀頼と決闘するのか。意外だな」

 

 良平が関心ありとばかりにそんな事を言ってきた。

 

「どうして?」

 

「いや、お前ぐらいの実力なら真澄に興味が沸くもんだと思ってたからな。俺としては禽野ともやって欲しい気持ちもある、あいつも中々強いぜ?」

 

「僕も決めてはいなかったけど、竜一としたいと思ってた。でも今日は珠美の方から誘われたから」

 

「加賀頼から? 珍しいな、あいつが自分から決闘を誘うのはあんまり見た事ねえけど。どういう流れでそうなったんだ?」

 

「わからない」

 

「はあ?」

 

「ちょっとマキ、あまり駄弁ってると牛尾先生に怒られるわよ」

 

 4限目の決闘実技の時間。

 遊之たち1年F組は第三決闘広場(アリーナ)に集まって、担当教師である牛尾の前で整列をしていた。

 

「今日の決闘実技だが、お前たちに課題を与えたいと思う」

 

「なんで俺だけに言うんだよ、一緒に喋ってる遊之にも言えよ」

 

 牛尾の話を半分聞きながら、良平は斜めから注意してきた真澄に不満を口にしていた。

 

「あんたが喋りかけてるからよ、付き合って貰ってるのがわからないの? 天神君はちゃんとTPOを弁えるに決まってるでしょ」

 

「ちょっと待ってくれ、なんで俺にTPOが無いみたいな話になってんだ?」

 

「あるの? 今まで生きてきた時間のどの辺に?」

 

「あっただろ!? そりゃあ空気読めない時もあっただろうけど、16年も生きてりゃせめて1度はあっただろ!?」

 

 彼の幼馴染である真澄は記憶を遡っていたみたいだが、本気で首を捻っていた。

 

「あれ、本当にあったかしら?」

 

「マジかよ」

 

「いくらマキでもあっても良いと思う」

 

「遊之、お前それは煽ってるのか? 煽ってるんだよな? よーし、今日も俺と決闘しろ! 昨日の白星を黒に塗りつぶしてやるよ!」

 

「おらそこの3人組! 漫才なら放課にやれ!」

 

「「すいません!」」

 

「すいません」

 

 牛尾の激が飛び、周囲からクスクスと笑いが零れた。

 

「お前のせいで怒られたじゃねえか!」

 

「私は巻き込まれた被害者よ!」

 

 遊之は何も言わなかったが、わざわざ大声を出さなくてもいいのにと不満は覚えていた。

 

「聞いてなかった奴らのためにもう1度言うぞ、今日の決闘実技だが俺はお前たちに課題を出す。別に感想文を提出しろとは言わねえ、そんなもん書く暇があるならその集中力を決闘に回せ、課題の事を頭に入れながら戦え。そしてお前らなりの答えを見つけろ。これは俺が決闘者として生きてきた中で、答えを見つけ出した事で確実に成長の糧になった課題だ」

 

 昨日の決闘実技で虎河が犠牲になった事で牛尾の実力が証明されているため、F組の全員は彼の金言を聞き逃さないように集中していた。

 

「課題は『自分の強みを自覚しろ』それだけだ、以上、実技を始めてくれ」

 

「強み?」

 

「自覚ってどういう事?」

 

 この時点で、生徒間で反応が分かれた。

 

「なにざわついてんだ? 言われなくてもわかるだろうよ、もしかして謎々か?」

 

「いや、そのままの意味で正解だと思うよ虎河」

 

「フーン、全員が自覚できてた訳じゃないんだ」

 

「人間は見たい物しか見ない生き物だ、意識しなければ気づけぬ事もある。それを悟らせるための課題だろう、全員とは言わずとも自覚できていない者が多数いると見抜いた牛尾先生の慧眼には恐れ入るな」

 

 竜一を筆頭にした4人組は既に課題をクリアしているようだった。

 

「なるほどね、天神君はわかってる?」

 

「問題ない」

 

「さすがね」

 

 遊之と真澄もクリアしていたが、1人だけ頭を抱える友達がいた。

 

「強みってなんだ? 自覚ってどういう事だ? 漢字の意味を知れって事か? わからねえぞ!? 強みを自覚するってなんなんだ!?」

 

「しまった、アンダーツートップの馬鹿さ加減を見誤っていたわ」

 

「マキ・・・・・・」

 

 頭を抱える良平に頭痛を感じる真澄と若干引く遊之だった。

 でも、良平は無自覚で自身の強みを理解していると直接戦った遊之はわかっていた。あとは彼がそれを自覚してくれるのを祈るしかなかった。

 きっと良平なら、好敵手(ライバル)ならできると、次のステージに昇って来るという期待とそんな未来が必ず来る自信があった。

 

「遊之くん、決闘しよ~」

 

「わかった」

 

「加賀頼さんが今日の天神君の相手なの? 課題の意味はわかってるの?」

 

「うん、大丈夫だよマスミン、心配してくれてありがと~。偶然だけど遊之くんが教えてくれたから~」

 

「そうなの?」

 

「偶然だけど100%じゃない。あとはこの決闘で答え合わせをするだけ」

 

「実はねマスミン、1限目の時に遊之くんにお悩み相談してね、ちょっとだけわかった気がしたんだ~。皆がどうしてそんなに強いのか、私に何が足りなかったのか・・・・・・そのお礼も兼ねて決闘するの~」

 

「そうなのね、頑張って」

 

「うん、行ってきま~す!」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 決闘スペースに歩いていく珠美と遊之を見送りながら、真澄は珠美にはっきりとした違和感があった。

 女同士でしかわからないぐらいの些細な変化。声色、態度、心情の変化、それらを取り繕っていつもどおりを演じているかのような。

 

「お手並み拝見といこうじゃない、加賀頼さん」

 

 珠美が遊之からの助言で何を得たのかはわからなかったが、この決闘はこれまでの彼女の評価が覆るかもしれない、そんな決闘者としての直感が真澄に興味を持たせた。

 

「私ね、学園に来てからずっと焦ってたし、迷ってたんだ~。地元だと強い方だって自信があったんだけど、ここに居る皆は私よりもずっと強いし勉強熱心だし、だから、努力はしてたつもりだけどずっと私のやり方って、決闘者としての在り方ってダメなんじゃないかって迷ってた」

 

 決闘をするためのスタンディングポジションに立ち、決闘円盤(デュエルディスク)にデッキをセットしながら向かい合う遊之に珠美は言う。

 

「でもあの時、遊之くんがそんな私を肯定してくれた。それで迷いが吹っ切れたっていうか、もうやりたいだけ貫いちゃえって思えるようになった、だからこの決闘はそのお礼。久しぶりの全力の私を遊之くんに見て欲しいんだ~」

 

「珠美の悩みが晴れたのなら僕も嬉しい、だから遠慮なく決闘をしよう。僕も全力の珠美が見たい、今、この瞬間は珠美しか見ない」

 

「ありがと~、遊之くんならそう言ってくれるって信じてたよ~」

 

 両者の交戦する意志が伝わり、決闘円盤が起動する。

 共鳴して決闘広場の立体映像装置も展開され、決闘者を決闘の戦場(フィールド)へと誘う。

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

「先攻は私がもらうね~、私は手札から〔閃刀姫レイ〕を通常召喚!」

 

 珠美が召喚したのは、赤黒い刀を持つ金髪碧眼の可愛らしい少女の姿をしたモンスターだった。

〔レイ〕は膝を着いた状態で立体映像装置により映像化され、立ち上がると敵である遊之に

 刀の切っ先を向ける。

 その表情が好戦的に微笑んでいたのは、持ち主である珠美の心情を映しているかのようだった。

 

「今回も珠美さんは〔閃刀姫〕なんだね」

 

「水橋さんも後発組?」

 

「そ。暇のついでに天神ちゃんと珠美さんの決闘を観戦しようかなって」

 

 遊之と珠美の決闘を観戦していた真澄に喋りかけたのは、水色の髪のクラスメイト、水橋隻だった。

 決闘広場は、将来、プロ決闘者となる生徒たちのために現役のプロが使用する世界決闘協会が規定している広さの決闘スペースを設置し、使用させている。

 その関係上、スペース1つの広さは十分に確保されているが決闘広場の容量的に生徒全員が同時に決闘できる訳ではない。

 そのため、いつの間にか先に決闘する組を先発組、順番待ちになる生徒を後発組と呼ぶようになっていた。

 

「ん? 天神ちゃん?」

 

「え? なんか変?」

 

「変じゃないけど。ごめんなさい、気にしないで」

 

 真澄は隻の遊之の呼び方に引っ掛かりがあったが、気のせいだと流した。

 

「でさ、真澄は珠美さんがなんで天神ちゃんに決闘を挑んだか知ってる?」

 

「理由って事? それなら具体的には知らないけど天神君に珠美さんが助言をもらったらしくて、そのお礼とか言ってたわね」

 

「フーン、お礼ね」

 

「それがどうかしたの?」

 

「別に大した意味はないんだけどね」

 

 視線を遊之たちに向けながら話す隻は、素っ気ない言い方にどこか不機嫌な雰囲気を滲ませていた。

 

「さっき真澄と珠美さんの会話を聞いてたんだけど、今回の先生の出した課題の答えがわかってるみたいな事言ってたでしょ? 珠美さんって私たちよりも明らかに弱いし、クラス順位でも中の下だし、正直、課題の答えがわかってると思えないんだよね。その程度の実力しかないのに、クラスで2番手の浜巻君を相手に勝った天神ちゃんによく決闘を挑めたなって思ってたんだけど、仲良しごっこみたいな理由で逆に納得した」

 

「そう思うわよね」

 

 辛口の評価を告げる隻に、真澄は同意を示す。

 プロ決闘者育成機関である千華柄学園に入学した生徒たちは、ごく普通の学生とは異なり、友達やクラスメイトという関係と並列してそれぞれを1人の決闘者として敵対者、好敵手と見なす関係が成立している。

 プロ決闘者の世界は、強さが、決闘での勝利が己の存在価値となる。

逆に負けが続き、弱者の烙印を付けられた者が日の目を見る事もなく引退に追い込まれるのは日常茶飯事な世界でもある。

 その価値観は、プロの世界に夢を見て目指す少年少女が揃うこの学園でも適応されており、決闘実技の勝敗は成績に大きく反映され、強いては夢を勝ち取るための最善の行動もひたすらに勝ち星を上げ続ける事であるという、ある種の常識と認識されていた。

 

「好きなカードだけを使って勝てるほど学園(ここ)は甘くない。珠美さんは圧倒的に決闘者としての才能がないよ、クラス順位1位の真澄もそう思うでしょ?」

 

「そうね、でも」

 

 真澄は、とある人物から過去に言われた言葉を反芻するために口にした。

 

「『決闘者としての強さはそんな単純なモノじゃない』とも私は思うわ」

 

「どういう意味?」

 

「加賀頼さんが本当に課題の答えを理解しているのかは、決闘の結果が示してくれるって意味よ」

 

「フーン、そんな簡単に変わるとは思えないけど」

 

 そんな外野の雑談は、幸いにも決闘に集中する珠美には聞こえておらず、耳が良くて全て聞こえていた遊之は一先ず安心した。

 余計な雑音が雑念を誘発し、彼女の調子が狂ったらせっかくの決闘が台無しだったからだ。

  様子を観察していると、珠美は徐々に集中力が高まりつつあった。

丸く大きい眼は瞼が持ち上がり、より大きく見開かれ、瞳孔がわずかに開いた瞳は戦術を組み立てているのか手札を見るために左右に忙しなく動いていた。

 その時の彼女は、1限目の多目的教室で決闘の約束を取り付けてきた時と同じ眼をしていた。

 

(楽しそうだね、珠美)

 

そう話しかけたい気持ちもあったが、邪魔をしてはいけないと内心だけの言葉に留める。

遊之も、彼女に倣って今ある手札と相手が〔閃刀姫〕使いである情報を加味した上で勝利のための戦術をイメージしていく。

  思考の海に潜り込んだ遊之が知覚するのは、無数のカードが光の線により繋がっていき、ピラミッドを形成していく映像。

戦術ピラミッドの天辺には、辿り着きたい未来、決闘に勝利するための最後の鍵となるためのカードが鎮座しており、望むように手の平を天に掲げるとそのカードが手元に降りてくる。

 

(今回は、うん、君に頼んだ)

 

 思考の海から脱し、目を開けるとイメージの世界で降りてきたカードはまだ手札には存在していなかった。

 だが決闘は止まらない、珠美は最後に手札の右端のカードを見ると動き出す。

 遊之は珠美のその些細な行動を見逃していなかった。

 

「私は〔閃刀姫レイ〕1体をリンクマーカーにセッティングして、〔閃刀姫―カイナ〕をリンク召喚!」

 

 〔レイ〕が刀を胸の前に掲げると、空中に異次元へと繋がっている穴が発生し、そこから複数機の黄金色の機械が飛び出てくると彼女の身体に鎧のように繋がっていく。

 両肩と両腰に2本の巨大な機械の腕を備えた、顔以外の全身に機械の鎧を纏った姿。

 それが〔レイ〕の数多ある戦術形態の1つ、〔カイナ〕の姿だった。

 

「〔カイナ〕?」

 

「まだまだ行くよ遊之くん、楽しんでいこうね~」

 

「もちろん、この決闘を楽しもう。珠美」

 

〔カイナ〕が召喚された事に疑問を持つ遊之だったが、珠美がどんな戦術を披露してくれるのかという期待も抱かずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

                          遊戯王 ―knocking・gate― 第6話「決闘者の強み」・終

 



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