異世界に召喚されしはイレギュラーが率いる異界の艦隊 (日本武尊)
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プロローグ
第一話 その名は『超弩級空母』と『不沈戦艦』


日本国召喚の二次創作に触発されて書いてみた。
作者はアズレンをプレイしたことがないので、どちらかといえば日本国召喚×アズールレーンのキャラクターとのクロスオーバーした架空戦記な作品になるかもしれません。

そんな作品ですが、よろしくお願いします。


 

 

 

 

 異なる歴史を歩んだ地球。70%以上が水で覆われている水の惑星に住む人類は、互いに争い、その数を減らしては増え、滅びては誕生し、その度に文明を発展させて、繁栄を築いていった。

 

 

 しかしとある存在が現れたことで、全ての状況は一変した。

 

 

 ――――『セイレーン』――――

 

 

 突如現れた異形の存在は、人類に戦いを仕掛けてきた。

 

 

 人類は築き上げてきた技術力を惜しまずに投入し、セイレーンに対抗した。しかし圧倒的な力を持つセイレーンの前に、人類はあまりにも無力だった。

 

 

 圧倒的な力を持つセイレーンを前に、人類は過去のいざこざを水に流し、一丸となってセイレーンと戦う軍事連合―――『アズールレーン』を創設し、セイレーンと戦った。

 

 

 そんな中、彼らが偶然発見した『メンタルキューブ』と言う存在から、セイレーンに対抗する力を手に入れる。

 

 

 その名を『KAN-SEN』と呼ぶ。

 

 正式名称『Kinetic Artifactual Navy - Self-regulative En-lore Node』 略して『KAN-SEN』である。

 日本語で『動力学的人工海上作戦機構・自律行動型伝承接続端子』と言う。

 

 KAN-SENとは様々な年齢や外観を持つ女性の姿をした艦船であり、セイレーンに対抗できる唯一の戦力であり、人類最後の希望であった。

 

 

 セイレーンとの戦いは多大な犠牲が発生し、一時期人類は滅びの危機に瀕していた。

 

 

 しかし人類のあらゆる英知を結集させたアズールレーンの活躍により、人類の滅亡は避けられ、セイレーンの攻勢を食い止めることが出来た。

 

 

 だが、ここまでやっても、あくまでも食い止めた(・・・・・)程度でしかなく、セイレーンの完全撃退に至らずにいた。

 

 

 セイレーンとの膠着状態が続いた事により、各陣営間でセイレーンと戦う理念の違いが浮き彫りになってきた。

 

 

『あくまでも人類の力を以ってして、セイレーンを撃退する』か『毒をもって毒を制し、セイレーンの力を得てセイレーンを撃退する』と、二つの理念に分かれた。

 

 

 この理念の食い違いがアズールレーン内で分裂を起こし、一部の陣営が脱退して『レッドアクシズ』を名乗り、アズールレーンと対立する事になり、やがて両陣営による戦争が繰り広げられた。

 

 共通の敵が居ながら、理念の違いで内輪揉めという、何とも言えない結果になった。

 

 

 そんな中、とある場所にて世界に前例の無い出来事が発生した。

 

 

 ある日突然現れたKAN-SENは未確認の生物達と共にその島を拠点として活動を始めた。

 

 

 普通ならこの程度で騒がれることは無いが、そのKAN-SENがイレギュラーであったからだ

 

 

 先にも紹介したが、KAN-SENは様々な年齢に様々な外観を持つ女性の姿をした艦船だ。KAN-SENが誕生して以来、例外は確認されていなかった。

 

 

 しかしそのKAN-SENは……世界に前例の無い男性の姿をしたKAN-SENであるからだ。

 

 その上、既存のKAN-SENを凌駕する力を有しており、更に彼らの姉妹(きょうだい)艦達と、他の男性型KAN-SEN達が集まってきた。

 

 更にKAN-SENを率いる指揮官と言う存在がいないにも関わらず、統率された動きを見せ、セイレーンやアズールレーンの攻撃を何度も退けてきた。

 

 

 世界から注目されないはずがない。

 

 

 そして世界で初めて確認された二隻の男性型KAN-SENを、圧倒的な力を有した彼らをアズールレーン陣営はこう呼んだ。

 

 

 

 『魔王』と『モンスター』……

 

 

 

 そしてまたの名を―――

 

 

 

 『超弩級空母』と『不沈戦艦』と……

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 地球の南方に、とある諸島がある。その諸島は『トラック諸島』と呼ぶ。

 

 

 トラック諸島はかつてアズールレーンの一大拠点であったが、セイレーンとの戦いで基地が破壊され、その後放棄された。その放棄されたトラック諸島に、彼らが拠点を構えたのだ。

 

 

 トラック諸島は別の世界のかの大戦で『トラック泊地』と呼ばれていた時の姿を彷彿とさせる軍事施設が各島々に存在しており、実質的に諸島そのものが軍事基地化されている。

 

 国が威信を掛けて整備したわけでもなく、尚且つ支援をしたわけでもないのに、彼らだけでここまで発展させている。

 

 諸島の周辺の空域には、不規則の航路で、尚且つ不定期に航空機が哨戒に当たっている。これにより哨戒の隙を突かれて奇襲されるのを防いでいる。

 

 

 その泊地の湾内に、多くの艦船が錨を下ろして停泊している。その多くがKAN-SENのもので、それ以外は輸送船や工作船等の補助艦船である。

 

 その中には、嫌でも目立つ巨大な艦船が停泊している。

 

 

 

「……」

 

 多くの艦船が停泊している湾内を、港の埠頭で腕を組んだ一人の男性が眺めている。

 

 血の様な赤い瞳を持ち、中性的な顔つきに腰まで伸びた黒い髪をストレートにしており、一見すれば女性のようにも見えなくも無い。漆黒の第二種軍装を身に纏っており、頭に被っている同色の制帽には金色に輝く菊花紋章が付けられている。

 

「よぉ、大和」

 

 と、後ろから声を掛けられて『大和』と呼ばれた男性は声がした方に振り向くと、一人の男性が立っていた。

 

 短く切り揃えた黒髪に顔中に傷跡が残る整った顔つきをして、軍艦色の第二種軍装を身に纏っているが、頭に龍の角を彷彿とさせる刺々しい角が二本後ろに向かって真っ直ぐに生えており、その頭には大和と同じ菊花紋章が付けられた制帽が乗せられている。

 その上、尻付近に龍の尻尾を彷彿とさせる鱗に覆われた尻尾が地面に付きそうなほどの長さで生えている。

 

「紀伊か。どうした?」

 

「戦友が黄昏ていたから、声を掛けただけさ」

 

「そうかい」

 

 『大和』が苦笑いを浮かべていると 『紀伊』は彼の隣に立って湾内を見つめる。

 

 

 『紀伊』はともかく、一見すれば『大和』はただの人間の男性の様に見えるが、彼らこそが世界に類を見ない男性型KAN-SENであり、このトラック諸島を拠点とする艦隊を率いているのは、この二人である。

 

 そして彼らは他のKAN-SENと異なり、常軌を逸した力を秘めている。

 

 

「そういや、天城がお前を探していたぞ。またサボりか?」

 

「一通り仕事が終わったから休憩だ。天城は分かっていて聞いているんだよ。そういうお前もサボりか? 榛名達と訓練をしていただろ」

 

「俺はあいつらの補給を待っているだけだ。向こうは榛名とビスマルクが見てくれているから、心配無い」

 

「そうか」

 

 二人は軽く会話を交わすと、前を見る。

 

 湾内に投錨して停泊している艦船らは静かに佇んでおり、カモメが艦船の甲板や艦橋、電探に止まって翼を休めている。その艦船のあちこちに二頭身の小さな小人が各々の配備場所で掃除をしている。

 

 常日頃戦いに明け暮れている彼らに訪れた、平穏な一時である。

 

 

「なぁ、大和」

 

「なんだ?」

 

 『紀伊』が前を向いたまま『大和』に声を掛けると、彼もまた前を向いたまま答える。

 

「俺達がこの世界に生を得て、どのくらい経ったか?」

 

「そうだな……大体5年ぐらいだったかな?」

 

「もうそんなに経つのか……ホント時間が経つのは早いな」

 

「あぁ」

 

 『大和』から聞いた時間を聞いて『紀伊』は意外そうに呟くと、『大和』は相槌を打ち、両者は空を見つめる。

 

「色々と、あったな」

 

「そうだな。ホント、色々とあったな」

 

 互いに今まで起きた事を思い出しながら、呟く。

 

 

 世界に類を見ない男性型KAN-SENである彼らだが、この二人にはある秘密があった。

 

 二人は元となった軍艦の記憶を有しているが、その基本となる魂はこの世界と異なる別世界に暮らす人間のものである。

 

 二人は気付いた時には今の姿となっており、当時はまだ人間だった頃の記憶があったが、今となっては人間だった頃に記憶は殆ど残っていない。実質『大和』と『紀伊』としてのKAN-SENそのものとなっている。

 なぜか趣味であった軍事関係やアニメ、漫画といったオタク知識は忘れていないが。

 

 

「ここにいらっしゃいましたか、総旗艦様」

 

「紀伊 ここに居たか」

 

 と、後ろから年齢の違う二人分女性の声がして二人が振り向くと、一人の女性が和傘を挿して立ち、一人の幼女と傍に控える少女が立っていた。

 

 女性は腰の位置まで伸びた少し薄い茶色の髪をして、綺麗に着込んだ和服の上に羽織を纏った和風美人だが、頭には狐の耳が生えており、羽織に隠れて見えずらいが、ふさふさした九本ある尻尾があるなど、人間らしからぬ特徴がある。

 

 もう一人の幼女は腰まで伸びた艶のある黒髪に狐を思わせる獣耳を持ち、巫女服の意匠があるワンピースドレスを身に纏っている。幼い見た目ではあるが、そこから発せられる雰囲気は威厳の満ちている。

 

 その幼女に控える少女は銀髪に碧眼をして、セーラー服と巫女服を足して割ったような服装を身に纏っている。先が黒い獣耳を持ち、尻付近には銀色の毛に覆われた尻尾が生えている。腰にはいくつもの剣が鞘に収められて提げられている。

 

 女性の名前は『天城』 かの天城型巡洋戦艦の一番艦、そのKAN-SENである。

 

 そして幼女の名前は『長門』 あの長門型戦艦の一番艦、そのKAN-SENである。

 

 その長門に控える少女の名は『江風』 白露型駆逐艦の九番艦、そのKAN-SENである。

 

 

「天城……」

 

 『大和』は女性こと『天城』を見て声を漏らす。

 

「随分と探しましたわ。もう休憩の時間が終わられますのに」

 

「迎えに来なくても、電話すれば良かったのに」

 

「直接総旗艦様を迎えに行きたい気分でしたので。それに、たまには外に出て日の光を浴びないと身体に悪いので」

 

「そうか」

 

 『大和』は頭の後ろを掻いて苦笑いを浮かべる。

 

「そういう長門も珍しいな。基本部屋に居るっていうのに」

 

「余を常に引き篭もっているような風に言うでない。紀伊が見ていないだけで、余は一日散歩に出ているのだぞ」

 

 『紀伊』がそう言うと、『長門』はムッと不満げに腕を組み、愚痴を漏らす。

 

「そうかい。っで、何か用があるのか?」

 

「うむ。散歩途中で榛名と会ってな。お主を探していたぞ」

 

「あぁ、もう補給が終わっていたのか。電話で伝えればいいのに」

 

 『長門』がそう伝えると、『紀伊』は『大和』を見る。

 

「じゃぁな」と言い残して彼はその場を離れる。

 

 

「ところで、天城、お主身体は大丈夫なのか?」

 

 『長門』は『天城』を見る。普通に聞いているようにも見えるが、その声には僅かに心配の色がある。

 

「ご心配には及びませんわ、長門様。今日は身体の調子が宜しいので」

 

「そうか」

 

 『長門』は安堵の表情を浮かべると、視線が『大和』に向けられる。

 

「総旗艦。分かっておるな?」

 

「あぁ。分かっているさ、長門。言われなくてもな」

 

「ふっ。聞くまでも無かったか」

 

 口角を上げると「ではな」と一言声を掛けて『長門』は踵を返して二人と別れる。傍に控える『江風』も頭を下げて『長門』の後に続く。

 

「では、私達も行きましょう、総旗艦様」

 

「あぁ」

 

 『大和』は頷いて『天城』と共に仕事場にしている建物へと向かう。

 

 

 

 

 しかし、彼らは知る由も無かった。

 

 

 

 

 これから起こる天変地異を……

 

 

 

 これから繰り広げられる物語を……

 

 

 

 




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第二話 接触

 その世界には多くの国が存在し、国ごとによって技術力の発展具合が異なっている。

 

 

 その為、その世界では国力と技術力の高さ次第で『第一文明圏』『第二文明圏』『第三文明圏』と国ごとにランク付けされている。

 

 

 その三大文明圏から遠く外れた大東洋と呼ばれるこの海域には、一つの大陸がある。

 

 大陸は地球におけるオーストラリア大陸の半分ほどの大きさで、大陸と呼ぶには小さく、島と呼ぶには大き過ぎる。

 

『ロデニウス』と呼ばれるこの大陸には、3つの国家が存在する。

 

 

 ・肥沃な土地を有し、広大な穀倉地帯を持つ農業立国……『クワ・トイネ公国』

 

 ・砂漠地帯が広がり、作物の育たない貧しい土地を持つ国……『クイラ王国』

 

 ・人間のみの国であって、エルフ、ドワーフ、獣人などの亜人を迫害し続け、ロデニウス統一を目論む国……『ロウリア王国』

 

 

 クイラ王国とクワ・トイネ公国は両国共に住民の三分の一はエルフ、ドワーフ、獣人などの亜人が占めている。その為、亜人の殲滅を国是としているロウリア王国とは、政策的にどうやっても友好を保てなかった。

 

 クイラ王国とクワ・トイネ公国は、互いに助け合い、互いに補い合うことで、ロウリア王国に対抗してきた。

 

 しかしここ最近ロウリア王国の活動が活発とあって、両国は警戒を強いられていた。

 

 いつ戦争が起きてもおかしくない不穏な空気が、ロデニウス大陸に漂っていた。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 中央歴1637年 11月24日 

 

 

 

 その日は快晴な空が広がっていた。

 

 

 クワ・トイネ公国 第6飛竜隊所属の竜騎士であるマールパティマは、相棒の飛竜と共に公国北東方向の警戒任務に就いていた。

 

「……」

 

 公国北東方向には、国はおろか何もない。東に行っても、海が広がるばかりで何も無いが、現在クワ・トイネ公国とロウリア王国とは緊張状態が続いているので、何が起こるか分からない。最悪こういった何も無い領域からの奇襲が想定される。哨戒は常に厳重だ。

 故に、彼は目を皿にして周囲を見渡す。

 

「にしても、今日はやけに冷え込むな」

 

 寒さに身体を震わせながら、彼は呟く。

 

 まだ冬前なのだが、今日は昨日と比べて一層冷え込んでいた。そのせいでいつもよりワイバーンの動きが鈍い。

 

「こりゃ、急いだ方が良さそうだ」

 

 ワイバーンは寒さに弱い変温動物に該当する生物だ。このまま更に冷え込むとなると、ワイバーンが飛べなくなる恐れがある。そうなれば墜落は確実だ。

 

 そろそろ哨戒ルートの変針位置に差し掛かり、彼は相棒の針路を変えようと手綱を引こうとした。

 

 

「―――――!?」

 

 

 その瞬間、彼は何かを見つけた。

 

「なんだ、あれは?」

 

 自分以外にいるはずの無い空に、何かが見える。

 

「友軍……?」

 

 彼は思わず声を漏らす。

 

 ロウリア王国からここまで、ワイバーンでは航続距離が絶対的に不足しているので、味方のワイバーン以外に考えられない。しかし自分以外にこの空域を偵察する飛竜と竜騎士は居ないはず。

 

 粒のように見えた飛行物体は、どんどん近づいて来て、次第に大きくなってその全容が見えてきた。それと同時に聞いたことの無い音がしてくる。

 

 それが近づくにつれ、彼はそれが味方のワイバーンでは無いことを確信する。

 

「羽ばたいていない、だと?」

 

 その姿を見て思わず彼は声を漏らす。

 

 ワイバーンを含む飛行生物であれば、翼を羽ばたいて飛んでいるはずだ。

 

 

 しかしそれは羽ばたいていない……

 

 

 彼はすぐに通信用魔法具を用いて司令部に報告する。

 

「こちら第6飛竜隊所属マールパティマ。我、未確認騎を確認。これより要撃し、確認を行う。現在地―――」

 

 通信を終えて、再び未確認騎を睨みつける。

 

 幸い高度差は殆ど無い。彼は一度すれ違ってから、距離を詰めるつもりだった。

 

「大きいな……」

 

 彼と相棒のワイバーンは、未確認騎が目の前まで来て、その姿を確認する。

 

 その物体は、彼の認識によればとてつもなく大きかった。翼は羽ばたいておらず、緑色に腹だけ白い色合いをして、翼に付いた何がが4つ『ブーン』と甲高い音共に高速回転している。

 そして胴と翼に黒い円と白縁のマークが描かれている。

 

 

 それが航空機と言う、それも『連山』と呼ばれる爆撃機だとは、彼が知る良しも無いが。

 

 

 彼は愛騎を羽ばたかせて反転する。その直後連山が通り過ぎて、風圧が重く圧し掛かり、吹き飛ばされそうになるも、何とか耐える。

 

 そのまま一気に距離を詰める……つもりだったが、飛行物体には全く追いつけない。

 

「くっ!! なんなんだ、あいつは!!」

 

 どんどん距離を離されていく状況に、彼は驚愕の一言を発するしかなかった。

 

「っ!? なんだ!?」

 

 するとその未確認騎の尻尾の部分、それもその中に、何か小さな生き物が動いているのが見えた。

 

「あれは一体……!」

 

 マールパティマは一瞬呆けるが、ハッとして通信用魔法具を手にする。

 

「司令部!! 司令部!! 我、未確認騎を確認しようとするも、速度が違いすぎる! 全く追いつけない! 未確認騎はマイハーク方向へ進行。繰り返す。マイハーク方向へ進行した!」

 

 竜騎士マールパティマが通信を送っている間に、連山から引き離されていき、もはや追尾は不可能であった。

 

 

 まさか自分が居る上空よりも更に高い所にも、もう一機居るとは、彼は予想もしなかった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 クワ・トイネ公国 第6飛竜隊 基地

 

 

 マールパティマからの報告を受けた司令部では、蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。

 

「未確認騎だと!?」

 

「はい。速度は我がほうを遥かに凌駕し、しかも羽ばたかない騎であると、竜騎士マールパティマより報告がありました」

 

 通信司令は基地の通信士カルミアに問うと、彼は司令にマールパティマからの報告を伝える。

 

 ワイバーンでも追いつけない速度の未確認騎がよりにもよって、クワ・トイネ公国の経済の中枢である経済都市マイハークに向かって飛んで来ると言う。

 

 もし未確認騎によってマイハークに攻撃を受けたら、軍の威信に関わる。

 

 未確認騎は報告からの速度からして、恐らく既に本土領空へ侵入している筈。

 

 第6飛竜隊基地全区画に、通信魔法で指令が流れる。

 

「第6飛竜隊は全騎発進セヨ! 未確認騎がマイハークへ接近中。領空へ侵入したと思われる。発見次第撃墜セヨ! 繰り返す発見次第撃墜セヨ!」

 

 指令を聞き、待機していた竜騎士達が一斉に待機所から出て、自身の相棒の飛竜へと駆け寄る。

 

 滑走路から次々と、第6飛竜の竜騎士、ワイバーンが舞い上がる。

 

 その数12騎、全力出撃である。

 

 彼らは透き通るような青い空に向かい、舞い上がっていった。

 

 

 

 第6飛竜隊は、運良く未確認騎の正面に正対した。報告に寄れば、相手は超高速飛行が可能な物のようだ。

 

 点ほどの大きさの未確認騎は、みるみるうちに大きくなる。

 

「なんと面妖な……」

 

「一体何だ!? あれは!!」

 

「化け物か?」

 

 未確認騎を目撃した隊員達は、各々の感想を呟く。

 

「速いな……」

 

 飛竜隊の隊長が呟く間にも、未確認騎との距離が縮まる。

 

 その速さ、相対速度を考慮しても相当に速い。

 

 相手は報告通り、高速飛行が可能なようである。

 

 飛竜隊 隊長は魔信で、各隊員に的確に指示を行う。

 

『導力火炎弾の一斉射撃を行う。相手は我がほうの速度を遥かに凌駕しているという情報がある。すれ違う一瞬しかチャンスはない。各人、日頃の訓練の成果を見せよ』

 

 隊長は魔信を切り「……一体何なんだ? あれは……」と呟く。

 

 

 飛竜隊12騎が横一線に並び、口を開ける。

 

 導力火炎弾の一斉射撃。これが当たれば、落ちない飛竜はいない。

 

 飛竜の口の中に徐々に火球が形成されていく。

 

 タイミングを窺っていると、未確認騎が上昇を始めた。既にワイバーンの最大高度4000mを飛んでいた彼らにとって、それは想定外の事態であった。

 

 未確認騎は凄まじい上昇能力でぐんぐん高度が上がっていく。

 

 第6飛竜隊は、未確認騎をその射程に捉える事無く、引き離された。

 

「我、未確認騎を発見。攻撃態勢に入るも、未確認騎は上昇し、超高々度を保ったままマイハーク方向へ進行した。繰り返す――――」

 

 隊長は報告しながら、上昇する未確認騎を忌々しく睨みつける。

 

 

 

 

 

 

「あれは……」

 

 連山の機内で、二頭身の人間みたいな生き物と巨大なヒヨコが防護機銃や操縦席に着いている中、機体後部にある防護機銃席の窓より、一人の男性が竜に跨る鎧を纏った人間を見て思わず声を漏らす。

 

 艶のある黒髪を腰までストレートにして伸ばしている中性的な顔つきの男性で、眼鏡を掛けて漆黒の第二種軍装を身に纏っており、頭には菊花紋章が付けられた制帽を被っている。

 

「兄上と紀伊さんの言う通り、異なる世界なのか?」

 

 先ほどの異質な存在を目の当たりにして、男性は息を呑む。

 

 彼は後部防護機銃から通信機の前に来ると、首に掛けているヘッドセットを耳に当てて通信機のスイッチを入れる。

 

「オオワシ1からHQへ。偵察中未確認機と接触。されど速度と高度を上げて振り切りました。このまま偵察を続行します」

 

『HQ了解。もし危険と感じたら、迷わず撤退しろ』

 

「オオワシ了解」

 

 男性は通信を切ってヘッドセットを外す。

 

「兎に角、写真には収めないと」

 

 男性は次に連山に備え付けられたカメラを使い、地上の様子を撮影する。

 

 

 

 

 マイハーク防衛騎士団 団長イーネは、第6飛竜隊からの報告を受け、上空を見上げた。

 

 一般的に飛竜から地上への攻撃方法は、口から吐く火炎弾である。矢をばらまいたり、岩を落とす方法も過去には検討されたが、空を飛ぶ生き物は重たい物を運ぶ事が出来ない。

 

 単騎で来るなら、攻撃されても大した被害は出ない。おそらく敵の目的は偵察と推測される。

 

(しかし、一体何なのだろうか?)

 

 飛竜でも追いつけない正体不明の物。飛竜の上昇限度を超えて飛行していく恐るべき物。それがまもなく経済都市マイハーク上空に現れる。

 

 団長イーネは、様々な疑問を抱いて空を睨んでいた。

 

 

 遠くの方から音が聞こえ始めた。ブーンといった聞き慣れない音。

 

 しばらくして、それはマイハーク上空に現れた。

 

 未確認騎は高度を落とし、上空を旋回した。

 

 大きく奇妙異な物体。大きくて緑に腹は白い機体、羽ばたかない翼。怪奇な音、翼と胴体に黒い丸が描かれている。

 

 明らかな領空侵犯。しかし飛竜は遙か遠くからこちらへ向かっている最中。

 

 攻撃手段はあることにはあるが、今回は接近が速過ぎて何も準備が出来ていない。

 

 事実上現時点では対抗手段が無い。

 

 イーネは矢を放つべきか考えたが、どの道矢を放っても当たる以前に届かないだろうし、何より流れ矢によって民間人に被害が及ぶ可能性がある。

 

 未確認騎はマイハーク上空を何度も旋回し、やがて満足したのか北東方向へ飛び去った。

 

「攻撃が目的では無かったのか……」

 

 未確認騎が飛び去った方向を見ながらイーネが声を漏らす。

 

 

 

 後に行われたインタビューで、彼女は当時のことをこう答えた。

 

 

『あの時、あの瞬間が、全ての始まりだった』と……

 

 

 




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第三話 接触後

第一話の冒頭が某氏の作品と似ているとの指摘を受けましたので、冒頭は丸々カットしました
そんなつもりは無かったけど、改めて見比べると結構似てた……


 

 

 時系列はロデニウス大陸に未確認騎が現れて一日下る……

 

 

 

 中央歴1637年 11月25日 トラック諸島

 

 

『……』

 

 窓にカーテンが掛かって薄暗い会議室。そこに『大和』に『紀伊』を含む、多くのKAN-SEN達とその他諸々が集まり、プロジェクターからスクリーンに投影されている映像を見ていた。

 

 プロジェクターから投影されている映像は、先日トラック諸島の夏島にある飛行場より飛び立った連山二機、その内低空を飛行した連山が撮影した映像である。

 

 映像には金色に広がる麦畑や古い町並み、連山に向かってくるワイバーンとそれに跨る鎧を纏った人間が映し出されている。

 

 最後には高高度から撮影した写真と、海面ギリギリから撮影したであろう港や付近の街並みを写した写真が数枚ほど流れる。

 

 

「先日諸島の周辺海域を哨戒していた連山二機が発見した大陸で『蒼龍』が乗った機と高高度を飛行していた機より撮影したものと、特戦のUボートが水中から撮影したものだ。これらを見る限り、文明を築いた国家らしき集落が確認されている」

 

 カーテンが開けられて日の光が会議室に差し込んで室内を明るくし、『大和』は手にしているタブレット型端末の画面に表示されている資料を見ながらKAN-SEN達に説明する。

 

「これは、竜?」

 

「でも、人間が乗っているわね」

 

「街の規模からすると、それなりに発展しているのだな」

 

「だが、とても古い装備が目立つな」

 

「これは帆船か? なんて古典的な」

 

 各々のKAN-SENがタブレット型端末に転送された資料を見て呟く。

 

「それで、どうするのだ、総旗艦に指揮艦?」

 

 その中で、白い髪に狐の耳が生えて、九本の尻尾を持つKAN-SEN『加賀』が問い掛ける。

 

 本来ならKAN-SEN『赤城』か『天城』がこの場に出るのだが、二人は現在諸事情で出席できないので、彼女が代わりに出席している。

 

「こちらとしては、この国と接触したいと考えている」

 

「このままジッとしていても、入ってくる情報は高が知れているからな」

 

 『大和』と『紀伊』は『加賀』の質問に答える。

 

「しかし、大丈夫なのでしょうか、兄様?」

 

 と、不安げな表情を浮かべて一人の男性が『大和』に声を掛ける。

 

「知らなかったとは言えど、この国の領空を侵犯しているから……どうなるか」

 

「……」

 

 男性は接触時に起こるであろう懸念を口にして、『大和』は何も言わない。

 

 赤い瞳に中性的な顔つきをして『大和』と同じ腰まで伸びた黒髪を一本結びにしている髪形をした青年だ。その格好は大和と同じ漆黒の第二種軍装を身に纏い、机には菊花紋章を持つ制帽を置いている。

 その容姿は大和と非常に似通っており、髪型に違いがなければパッと見で判別するのは難しいだろう。

 

 彼の名は『武蔵』 『大和』の弟である姉妹(きょうだい)艦の男性型KAN-SENだ。

 

「そこはちゃんと謝罪するつもりだ。知らなかったとは言えど、非はこちらにあるのだからな」

 

「……」

 

「申し訳ございません、兄上。自分が不用意に近付き過ぎたばかりに、このような事態を招いてしまって」

 

 と、連山に乗り込んでいた男性が『大和』に頭を下げて謝罪をする。

 

 彼の名前は『蒼龍』 『大和』と『武蔵』の弟である姉妹(きょうだい)艦の男性型KAN-SENだ。

 

「気にするな、蒼龍。元はと言えば、このような事態を想定しなった俺に非がある。お前ばかりを責められん」

 

「兄上……」

 

 

「しかし接近すれば、攻撃を受ける可能性があります。ただでさえ向こうは領空侵犯で緊張状態にあると思われますので」

 

 と、一人の男性が意見を述べる。

 

 短く切り揃えた髪から西洋の龍の角を彷彿とさせる角が二本後ろに向かって生えており、尻付近から龍の尻尾が生えている。その容姿と特徴は何処と無く紀伊に似た容姿をしているが、顔の半分近くを覆う火傷の痕が目立っている。

 

 彼の名は『尾張』 『紀伊』の弟である姉妹(きょうだい)艦の男性型KAN-SENだ。

 

「まぁ、その可能性は考えられる。意図的では無いにしろ、挑発的な行動を取ってしまっているのだからな」

 

「……」

 

 『尾張』は兄である『紀伊』の言葉を聞き、思わず息を呑む。

 

「だが、それでもこの国と接触し、ひいては交易を結んで食料と資源を確保しなければ、俺達は滅びを待つだけだ」

 

『……』

 

 『大和』の言葉に誰もが深刻な表情を浮かべる。

 

 

 

 突如としてトラック諸島は眩い光に包まれて、異世界に転移した。原因は分からないが、気付いた時には既に異世界にいたのだ。そう結論付けるのに至ったのは、周囲の環境の変化であった。

 人間だった頃の知識で『大和』と『紀伊』は、周辺環境の変化ですぐに異世界に転移したと結論を下し、警戒態勢を取ると共に情報収集の為に周囲の哨戒を行わせた。

 

 KAN-SENは兵器ゆえに必要な資源が無ければ、いずれその命が尽きる事になる。それに加えてKAN-SENは兵器であると同時に生きているし、KAN-SEN以外にも極少数の人間と、生き物が住んでいる。一応食糧の自給自足は出来るが、トラック諸島の全てを賄えるほどの量は無い。

 故に、彼らにとって食料と資源確保は最優先事項だった。

 

 そんな時、哨戒中の連山が、文明を築いた国と思われる集落を発見したのだ。

 

 

 

「それじゃ、大陸へ派遣するKAN-SENを発表する」

 

 『大和』はタブレットを持って編成表を出す。

 

「大陸へ派遣するKAN-SENは……武蔵に頼もうと思う」

 

「えっ? 僕ですか?」

 

 まさかの指名に『武蔵』は驚きを隠せなかった。

 

「接触にはなるべく敵意が無い事を相手に伝えないといけない。ガチガチに武装した戦艦や巡洋艦では警戒心を抱かれかねないからな」

 

「それは……」

 

「武蔵でもその巨体で警戒心を抱かれるんじゃないか、ヤマト?」

 

 と、『武蔵』に対しての『大和』の説明に、一人のKAN-SENが意見を挟む。

 

 腰まで伸びた金髪に碧眼をした容姿に、金色の装飾が施された黒い軍服を身に纏い、同色の制帽を被っている。赤い裏地を持つ黒いマントを羽織っており、いかにも軍人な雰囲気を醸し出している。

 

 彼女はビスマルク級戦艦の一番艦『ビスマルク』 そのKAN-SENである。

 

「まぁ、俺と『武蔵』 それに『蒼龍』の艦体じゃ、かえって警戒されるかもしれないな」

 

「なら、他の空母に任せても良いのではないのか?」

 

「それもありだが、もしもの場合を想定して彼を選んだんだ」

 

「もしもの場合、か。具体的には?」

 

 彼女は分かっていたが、あえて『大和』に問い掛けた。

 

「あまりあって欲しくないが、攻撃を受けた場合だ。通常の空母ではちょっとした攻撃が致命的になりかねないからな」

 

 『大和』の脳裏には人間だった事のミリオタ知識にあるミッドウェー沖海戦や、マリアナ沖海戦での戦闘が過ぎる。しかし前者は明確に覚えているが、後者に至っては『  』がぼやけてて思い出せないが。

 

「だが、俺や『武蔵』 『蒼龍』の艦体なら、ある程度の攻撃に耐えられる装甲を有している。だから『武蔵』を選んだ」

 

「……」

 

 『ビスマルク』は納得したのか、それ以上は聞かなかった。

 

「本当なら俺が行きたい所だったが、生憎今俺の艦体は改装中だからな」

 

「……」

 

 表情を暗くする『大和』に、『武蔵』は何も言えなかった。

 

 『蒼龍』もまた、表情を暗くして右手を握り締める。

 

「だが、万が一の事もある。『武蔵』の後方に五航戦と『紀伊』が率いる艦隊を待機させる。いざという時は頼む」

 

「あぁ。任せておけ『大和』」

 

 『紀伊』は『大和』に頷いて肯定する。

 

「他のKAN-SENは?」

 

「もちろん艦隊はいつでも出撃出来る様に諸島湾内に待機。指揮は『ビスマルク』に任せる」

 

「Ja.」

 

 『大和』の指示を聞き、『ビスマルク』は返事をしつつ頷く。

 

「基地航空隊はどうしますか?」

 

「基地航空隊も出撃準備をして待機だ」

 

「分かりました」

 

 『大和』の指示を聞いて『蒼龍』は頷く。

 

「我が陸戦隊の出撃も考えられるか?」

 

 彼が蒼龍に基地航空隊への出撃待機命令を出すと、一人のKAN-SENが口を開く。

 

 腰まで伸びた黒い髪を一本結びにして、頭からは水牛のような角が生えている。金の装飾が施された黒い軍服にスカートを身に纏い、その上から白い着物を羽織っており、右腕にはZ旗を模した腕章を付けている。

 

 彼女は敷島型戦艦の四番艦『三笠』 そのKAN-SENである。

 

「無いに越した事はありませんが、敵が攻めてくる可能性は捨てきれないので、陸戦隊も戦闘準備を整えていてください」

 

「了解した」

 

 『大和』の指示を聞いて『三笠』は頷く。

 

「それと交渉役として、俺が『武蔵』に乗船して行く」

 

「ヤマト自らが?」 

 

 と、驚いたようにKAN-SEN『エンタープライズ』が『大和』に声を掛ける。

 

「こういった交渉に、代表が行かないわけにはいかないからな」

 

「それはそうだが……」

 

「『赤城』のやつが聞いたら、研究室を抜けてお前に付いて行こうとするだろうな」

 

 困惑する『エンタープライズ』に続いて、『紀伊』が冗談交じりに苦笑いを浮かべる。

 

「『赤城』には前日に説明して納得してもらっている。その心配は無い(その代わり色々と要求されたけど)」

 

 『紀伊』に説明しつつ、『大和』は前日の出来事を思い出す。

 

「まぁ、さすがに俺だけだと交渉に不安があるから『天城』に一緒に来てもらう」

 

「大丈夫なのか? 『天城』さんを同行させて」

 

 と、『加賀』が少し不安げな表情を浮かべる。

 

「本当なら彼女にはジッとして欲しいが、聞かないんだよなぁ……」

 

「はぁ……」とため息を付きながら頭を掻く。

 

「『天城』さんらしいですね」

 

「まぁな」

 

 納得したように『加賀』がそう言うと、『大和』は咳払いをして気を取り直す。

 

「一応俺達の護衛に『土佐』と『出雲』が同行するようにしている」

 

「あの二人が一緒なら、心配は無いか」

 

 『紀伊』は納得したように頷く。

 

「ともかく、これは重要な接触だ。接触後の交渉の成否で俺達の今後が左右される。各員は気を引き締めるように」

 

 『大和』がそう言うと、KAN-SEN達は立ち上がって敬礼をする。

 

 

 

 




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第四話 会談に向けての接触

 

 

 時は下ること二日後

 

 

 

 中央歴1637年 11月27日 クワ・トイネ公国 経済都市マイハーク

 

 

 

 三日前にクワ・トイネ公国の領空侵犯した未確認騎によって、クワ・トイネ公国はいつも以上に緊張に包まれており、そんな中でクワ・トイネ公国海軍の艦隊はマイハーク港で出港準備をしていた。

 

 飛来した未確認騎は偵察が目的だったのか、しばらくマイハーク上空で旋回していたが、クワ・トイネ公国のワイバーン部隊が攻撃の為に接近すると、未確認騎は速度と高度を上げてワイバーンの追撃を振り切り、空の彼方へと飛んでいった。

 

 これ以降、クワ・トイネ公国軍は警戒し、軍船は出港準備をしている以外の動かせる物は全て哨戒に就かせて、ワイバーン部隊も警戒網をいつもの三倍以上に拡大して警戒に当たっている。

 

 

 マイハークにある防衛司令室には、各方向からの哨戒状況が報告されるも、今の所異常は無く、何も発見されていない。

 

「……」

 

 公国軍のノウカ司令はこの未確認騎に、不安を抱いていた。

 

 ロウリア王国はもちろん、第三文明圏の列強国『パーパルディア皇国』ですら報告にあった物を持っていない。そもそも何処の所属なのかも分からないとあって、軍の緊張感を倍増させていた。

 ただ唯一分かる事とすれば、未確認騎の胴と翼に黒い円に白い縁を持つマークが描かれていただけだ。

 

 当然こんな紋章をした国は、少なくともこのロデニウス大陸には存在しない。そもそも紋章なのかも怪しい。

 

 緊迫した状況が続くばかりだった。そのせいでたった三日しか経っていないが、多くの者はストレスで寝不足により目の下に隈を作り、一部の者はやせ細っているようにも見える。

 

「ノウカ司令は何だと思いますか? 例の所属不明騎の正体を」

 

 緊張した面持ちの若手幹部がノウカ司令に問い掛ける。

 

「うむ……俺は直接見ていないから何とも言えないな。ただ、竜騎士一人見ただけなら与太話で済むが、第6飛竜隊全員が目撃していて、更にマイハークの住人や騎士団からの目撃情報もある。少なくとも未確認騎が存在していることは間違いない」

 

 ノウカは自分の考えを整理するように、持論を続ける。

 

「未確認騎が飛来した東には国が存在しないし、北東方向には群島と集落があったはずだが、報告にあった騎はとても持てまい。可能性があるのはロウリア王国と、北の第三文明圏列強国パーパルディア皇国だが、これまでに記録した二国の兵装に、当てはまりそうな特徴が見られない」

 

 彼は一旦中断すると、テーブルに置いているコップを手にして水を一口飲んで喉を潤し、持論を再開する。

 

「未確認騎が二国の新鋭騎という可能性も捨てきれないが、根本的に形状が違うのだ。俺の勘では、どちらの所属でもないと考えている」

 

「そうですか……」

 

 経験の浅い若手幹部が、不安を隠せず肩を落とす。

 

 

 その不安を煽る様に、通信員が鋭く声を上げた。

 

「司令!! 司令!!」

 

 司令と若手幹部の表情が緊張に染まり、通信員へ同時に目を向ける。

 

「軍船ピーマから報告! 『未確認の大型船を発見。現在地、マイハーク港から北へ65km。これより臨検を行う為、同船に向かう』との事です!」

 

「大型船だと……?」

 

 通信員からの報告を聞き、更に司令部の緊張が高まる。

 

 ただでさえ未確認騎の出現でマイハークは混乱して、軍は緊迫してピリピリとした状態だというのに、そこへ未確認の大型船の発見の報だ。ノウカの胃に締め付けられるような痛みが走る。

 

 しかしこの大型船が件の関係者である可能性は高いので、過激な行動は厳禁だ。ロウリア王国と緊張状態にある中で、新しく敵を作るわけにはいかない。

 

 ノウカは軍船ピーマの船長ミドリへ適切な行動を行うように指示を出した。

 

 

 後にノウカは自伝書にこう記していた。

 

 

『あの時の判断がロデニウス大陸の全てを決めた。判断次第で私は「歴史上最良の判断を下した司令」か、「歴史上最低の判断を下した司令」と言われていたかもしれない。私の場合は前者であった』と

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 一方その頃、大型船の臨検に挑んでいる軍船ピーマでは……

 

 

 

「……一ついいか?」

 

「何でしょう?」

 

「私は、夢を見ているのか?」

 

「いえ。これは紛れも無く、現実です」

 

 軍船ピーマの船長ミドリは、顔を真っ青にしながら副船長に問い掛けるも、彼もまた顔色を悪くしながら答える。

 

 それはピーマの船員達も同じであり、驚愕の表情に染まった顔で見上げている。

 

 なぜなら、軍船ピーマの前方には、彼らの常識を遥かに超える巨大な船舶が停泊していた。

 

 全体的に暗い鼠色をした船舶で、端から端を見ても見渡せないほどの巨大さで、彼らはそれが船ではなく、島ではないかと思い始めていた。

 それが『航空母艦』と呼ばれる軍艦であるとは彼らが知る良しも無いが。

 

「しかしこれは……まさか鉄で来ているのか?」

 

「まさか。鉄を浮かせるなんて無理だと言うのに、それでこの大きさの船を浮かせるなんて」

 

 ミドリの言葉に副船長は反論するが、目の前に現実がある以上、これ以上否定のしようがない。

 

 

 島と錯覚しそうなぐらいに巨大な船体を持つその空母の名は、大和型航空母艦の二番艦『武蔵』である。

 

 300mを超える巨体に多くの艦載機を搭載出来る格納庫を持ち、まるで現代の空母を彷彿とさせるアングルドデッキを持つ飛行甲板に四基の油圧式カタパルトを備え、その甲板は500kg級の爆弾の直撃にも耐える装甲が施され、その表面を速乾性のある黒色の特殊なセメントでコーティングが施されている。

 

 

 ちなみにその空母の後方に艦隊が待機しているが、相手に警戒を抱かせないように空母単艦で来ている。まぁその大きさで逆に警戒心を煽っていなくもないが……

 

 

 しばらくしてミドリと護衛の船員は臨検の為に、軍船ピーマをゆっくりと武蔵へと接近させて、横付けする。

 

「見れば見るほど、なんて大きさだ」

 

 ミドリは顔を上げられるだけ上げて武蔵を見上げる。 

 

 すると武蔵の脱出挺を下ろす為のクレーンが作動して、ワイヤーに吊るされた脱出挺が軍船ピーマの傍に下ろされる。本来ならタラップを使って艦内に案内するものだが、機密上艦内に入れる訳にいかず、直接甲板に上がってもらう為にこの方法を取っている。

 

「ここから乗り降りするのか」

 

 ミドリは周囲を見渡すと、臨検の為に何名か船員を連れて行く事を言って、数名の船員と共に脱出挺に乗り込む。

 

 しばらくして一番上まで脱出挺を引き上げて、彼らは甲板に降り立つ。

 

『……』

 

 そして彼らの顔は二度目の驚愕に染まって、呆然とする。

 

 とても船の上に居るとは思えないぐらいに足元は安定して、一度に複数の騎馬戦の試合が出来そうなぐらい広大な甲板が広がっている。

 

 甲板上には見た事の無い物(航空機)が多く置かれて、ミドリは違う世界に迷い込んだのではないかと言う錯覚に見舞われている。当然後ろに立つ護衛の船員もまた同じ感覚に見舞われている。

 

 と同時に、その物の整備を行っている謎の生き物に困惑するばかりだった。

 

 その生物を簡単に説明するなら、二頭身な見た目の人間であり、ドワーフより背が低い。可愛らしい見た目をした、不思議な生物だ。

 

 

 すると艦橋根元にある扉が開かれ、そこから五人の男女が出て来て、ミドリ達の元へとやって来る。

 

「ようこそ。自分はこの空母の艦長『武蔵』と申します」

 

 五人の内、一人の男性こと『武蔵』が姿勢を正して敬礼をする。

 

(若いな。一瞬女かと思ったが、男だったのか。それに二人は血縁がありそうだな)

 

 ミドリは『武蔵』と隣に居る男性を見比べて、その中性的な顔つきに髪の長さから一瞬女かと思ったが、格好や身体つきから男と分かり、そっくりな顔つきから二人は兄弟であると判断する。

 

(女の方は獣人のようだが、三人の内二人は剣士か)

 

 ミドリは三人の女性を見て、女性の頭に生えている獣の耳や角に気付く。その内二人の腰に剣が提げられているのを見て、三人の護衛であると判断する。

 ちなみにミドリを含む船員達は二人の剣士の内、片方の女性こと『出雲』のある意味異様な格好に戸惑いを覚えていた。

 

「私はクワ・トイネ公国第2艦隊所属、軍船ピーマの船長、ミドリです。ここは我がクワ・トイネ公国の近海であり、このまま進むと我が国の領海に入ります。貴船の国籍と、航行目的を教えていただきたい」

 

 ミドリは気持ちを切り替えて自己紹介と相手の国籍と航行目的を聞くと、五人は目を見開く。

 

「我々の言葉が分かるのですか?」

 

「? そうだが?」

 

 中央に居る男性の意図の読めない質問にミドリは首を傾げる。

 

「失礼しました。言葉が通じていないものばかりかと思っていまして」

 

「そうですか……」

 

 ますます意図の読めない状況になり、ミドリは首を傾げるばかりであった。

 

「申し遅れました。自分は代表としてこの艦に乗艦しています『大和』と申します」

 

「秘書艦の『天城』と申します」

 

 と、男性こと『大和』と女性こと『天城』がそれぞれ敬礼をする。『武蔵』の隣に立つ女性こと『土佐』と『出雲』も頭を下げる。

 

「代表、ですか?」

 

「えぇ。自分達は貴国、クワ・トイネ公国政府と会談を申し入れたいのです。ひいては貴国と交流を結びたいと考えております」

 

「つまり、貴君は一国の使者、というわけですか」

 

「一国ほどではありませんが、そういう事です」

 

 『大和』はミドリの発言に一部訂正しつつ、肯定する。

 

 

 その後『大和』は航行目的をミドリに告げ、自分達の置かれた状況を説明する。

 

 あまりにも荒唐無稽な内容にミドリは信じられなかったが、現物がある以上報告しないわけには行かず、第二艦隊の司令を通じて政府へと伝えた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

『武蔵より入電。「我、クワ・トイネ公国と呼ばれる国の海軍と接触に成功。政府の反応待ちの為、現在待機中」です』

 

「そうか。何とか穏便に接触出来たか」

 

 露天防空指揮所で状況の推移を見守っていた『紀伊』は通信員より報告を聞いて安堵の息を吐く。

 

(まぁ、ここからなんだがな)

 

 『紀伊』は内心呟くと、艦内電話の受話器を戻し、腕を組み目を細める。

 

 何とか国の関係者と接触出来ても、その後の会談がうまくいかなければ意味が無い。下手すると話し合いが頓挫して、最悪戦争に発展しかねない。

 

 そうならない事を祈るばかりだが……

 

 彼は傍で不安な表情を浮かべる小人を安心させるように優しく頭を撫でる。

 

『「武蔵」……大丈夫かな……』

 

 と、『紀伊』より後方にいる空母KAN-SEN『瑞鶴』の不安な声が無線に流れる。

 

「心配するな。あいつの防御力なら戦艦にでも遭わない限り、問題は無い」

 

『それは……そうなんだけど』

 

 『紀伊』の言葉を聞いても、『瑞鶴』の不安は消えない。

 

(まぁ、大切な者が一人危険な所へと赴けば、不安になるもの無理はないか)

 

 彼は彼女の気持ちを理解して、内心呟く。

 

「それに、万が一の事を考えて、『大和』はお前達に艦載機の発艦準備をするように指示を出したんだろう」

 

 『紀伊』は後方に待機している二隻の空母の飛行甲板に、発艦準備を整えている艦載機の姿を捉える。

 

『……』

 

『大丈夫よ 「瑞鶴」』

 

 と、無線に『瑞鶴』以外の女性の声が割り込む。

 

『いざとなったら、指揮艦様が先走ってその力を振るって突っ込んでくださるわ』

 

「おい 『翔鶴』」

 

『冗談ですわ』

 

 『紀伊』が無線に割り込むと、『翔鶴』と呼ばれた女性はタイミングよく謝罪する。

 

『しかし、指揮艦様もいざとなれば単艦でも突っ込むお積もりですよね?』

 

「……」

 

 『翔鶴』からの指摘に『紀伊』は何も言わなかった。

 

(まぁ、確かにそのつもりだったが)

 

 『紀伊』はため息を付いて、自分の艦体を見る。

 

 

 周りに居るKAN-SENの艦体と比べると、非常に巨大な艦体をしている『紀伊』 近くに居る戦艦ですら軽巡はおろか下手すると駆逐艦にしか見えない。その姿はかの有名な大和型戦艦の姿に酷似している。だが、その大きさは大和型を優に超えている。

 

 何せ全長だけでも328mはあり、全幅は45.2m。基準排水量ですら9万tを超える。この時点で現代の原子力航空母艦を超えているが、最大の特徴はかの大和型戦艦の持つ世界最大の『46cm』砲を超える『50.8cm』砲を有している事であろう。

 その51cm―――以後四捨五入した数値で表記します―――の45口径を三基九門有する。搭載している副砲も大和型より大きく重巡並の20.3cmの55口径を二基六門有する。そして主砲の次に特徴的なのが対空迎撃兵装で、高角砲と機銃をハリネズミの如く配置し、噴進砲を四基持つ、世界最大の艦載砲を持ちながら、航空機に対する対空戦闘も考慮した設計となっている。

 

 世界最大の艦載砲を有している所に目が行きがちだが、防御も力を入れられており、自身の主砲に耐えうる装甲はもちろん、特に魚雷防御に力が入れられており、大和型戦艦以上の迷宮とも言われた複雑に分けられている防水区画に加え、スポンジ層とゴム層を設けることで魚雷直撃時の衝撃を分散させる。そのお陰で普通の戦艦なら致命傷になりかねない魚雷を何十本と受けても戦闘続行可能と言う、驚異的な防御力を持つ。

 まさに不沈戦艦と呼ぶに相応しい防御力である。

 

 だからこそ、紀伊型戦艦が単艦でも大抵はどうにかなるのだ。

 

 そんな紀伊型戦艦が二隻も存在しているのだから、恐ろしい限りである。その二番艦『尾張』は紀伊の後方に控えている。

 

 

「とにかく、警戒は緩めるな! いざという時は俺達が動く事になるんだからな!」

 

『了解!』

 

 『紀伊』は気持ちを切り替えて他のKAN-SEN達に指示を出す。

 

(頼んだぞ 『大和』)

 

 気を引き締めつつ、彼は戦友に望みを託す。

 

 




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第五話 報告

 

 

 クワ・トイネ公国 第2海軍司令室

 

 

「ノウカ司令!! 軍船ピーマから一報が入りました!!」

 

 軍船ピーマからの未確認の大型船発見の報からしばらくして、軍船ピーマから続報が入る。

 

「読め!!」

 

「『大型船の臨検を行ったところ、同船に敵対意思無し。なお、同船には船の派遣元、トラック諸島の艦隊司令部の代表が乗り込んでおり、我が国と交易締結を視野に入れた会談を希望している。船の大きさは、長さ目測320m、幅目測77mほどあり、帆またはオールのようなものは確認できていない』」

 

「な、何だその大きさは!? まるで宮殿ではないか!?」

 

 内容を聞いたノウカは驚き、思わず声を上げる。大型船と聞いていたが、その規模は予想を遥かに上回っていた。

 

「『先日の未確認騎の件については、トラック諸島の哨戒騎が哨戒飛行中、我が国に侵入したとのこと。同事案については……諸島ごとこの世界に飛ばされてきたと、代表は申し立てている』……だそうです」

 

「諸島ごと転移してきただと!? なんと荒唐無稽な、そんな事を上に報告しなければならんのか!!」

 

 さすがに黙って聞いていられず、ノウカは叫んだ。言葉が通じたらしいのは幸いだったが、これならまだ言葉が通じぬ相手の方がマシであった。

 

「300m以上もの鉄の船が動いている、というのも荒唐無稽ですが、こちらは彼らが目で確かめられた事実ですので……報告しないのはあまりにもまずいかと愚考します。また、続きに『代表が我が国に正式に謝罪したいと申し入れあり。まずは公国の外務担当への取次ぎを要請している』とのことです」

 

 通信員はノウカより幾分冷静に答え、その上で仕事を全うした。

 

「ぬ、ぬぅっ……!! とんでもないことになったな……」

 

 ノウカは頭を抱えて静かに唸る。

 

 こんな荒唐無稽な事を報告すれば自分の正気を上層部に疑われかねない。こんな緊迫した状況でふざけた報告をしたと、下手すると更迭もありうる。

 

 しかし内容が内容とあって、報告しないわけにもいかない。もし報告不備が判明し、それによって不祥事が発生すれば、物理的に首が飛びかねない。

 

「……ハッ、そうだ!」

 

「どうされましたか?」

 

「確か今、未確認騎について政治部会が開催されているはずだ。早急に報告を入れよう」

 

「了解」

 

 ノウカは報告する義務を全うすることを選び、通信員は臨検の状況をクワ・トイネ公国 公都に魔力通信で送信した。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 クワ・トイネ公国 政治部会

 

 

「……」

 

 国の代表が集まるこの会議で、首相のカナタは悩んでいた。

 

 三日前の事、クワ・トイネ公国の防衛、軍務を司る軍務郷から、正体不明の飛行物体がマイハークに空から侵入し、都市を偵察するように旋回して去っていったとの報告が上がる。

 

 ワイバーンの数倍の大きさでありながらも、ワイバーンが全く追い付けないほどの高速を出して、マイハークに侵入してきたという。

 

 国籍は全く不明。機体に黒い円に縁の白い丸が描かれてあったとのことだが、そんなデザインの国旗を制定した国など、この世界には存在しない。

 

「皆の者。この報告について、どう思う? どう解釈する?」

 

 カナタは発言すると、情報分析部長が手を挙げ、発言する。

 

「当部分析担当班によれば、同物体は西方の第二文明圏の大国『ムー』が開発している、飛行機械に酷似しているとのことです。しかし、ムーの飛行機械は、最新の物でも最高速力が時速350kmらしく。今回の飛行物体は、明らかに500kmを超えています。ただ……」

 

「ただ……なんだ?」

 

「はい、ムーの遙か西、文明圏から外れた西の果てに新興国家が出現し、圧倒的武力にて付近の国家に侵略戦争を行い、猛威を振るっているという報告があります。彼らは第二文明圏の大陸国家群連合に対して、宣戦を布告したと、昨日諜報部から情報が入っています。彼らの武器については、全く不明です」

 

 会場に僅かな笑いが巻き起こる。文明圏から外れた新興国家が、三大文明圏五列強国の内、二列強国が存在する第二文明圏の全てを敵に回して宣戦布告したというのは、無謀にも程がある。そう遠くない内にその新興国家は列強に返り討ちにされて滅ぶだろう、と言うのがこの場に居る者達が抱いた感想だ。

 

「しかし、新興国家はムーから遙か西。ムーまでの距離でさえ、我が国から2万km以上離れています。いくら圧倒的武力を持つとは言え、今回の物体が彼らの物であることは考えにくいのです」

 

 会議は振り出しに戻る。結局分からない事に変わりは無い。

 

 ただでさえ、ロウリア王国との緊張状態が続き、準有事体制のこの状況で、未確認だと正体不明など、不確定要素が多過ぎる情報は首脳部を悩ませた。

 

 敵意が無いのであれば接触してくれば良いだけの話。しかし、わざわざ領空侵犯といった敵対行為を執られたが為に、警戒せざるを得ない。

 

『……』

 

 会議室は再び沈黙によって包まれる。

 

 

 

「失礼します!!」

 

 場の空気が膠着したその時、政治部会に外交部の若手幹部が、扉を蹴破るような勢いで開けて、息を切らして飛び込んでくる。

 

「何事か!! 今は会議中であるぞ!!」

 

 外務卿が声を張り上げると、「も、申し訳ありません!」と若手幹部は謝罪する。

 

「構わん。その様子ではよほど重要な事なのだろう。用件を言いたまえ」

 

「ハッ! 報告します!!」

 

 外務卿を制しつつカナタが発言を許可して若手幹部が報告を始める。要約すると、以下の通りだ。

 

 

 ・本日朝、クワ・トイネ公国の北側海上に、長さ300m以上もある超巨大船が現れた。

 

 ・海軍が臨検を行ったところ、彼らは敵対の意思は無い旨を伝えてきた。

 

 ・捜査の結果、複数事項が判明した。なお、発言は同船に乗艦していた『大和』と名乗る代表からの申し立てである。

 

 

 ・我々はこの世界とは異なる世界から突如基地がある諸島ごと転移してきた。

 

 ・元の世界との全てが断絶された為、哨戒騎にて付近の捜索を行っていた。その際に我が国の航空機が領空を侵犯してしまい、その件について謝罪を行いたい。

 

 ・クワ・トイネ公国と会談を行いたい。ひいては国交を結びたい

 

 

 あまりに突拍子も無い話し過ぎて、政治部会の誰もが信じられない思いでいた。

 

「領空侵犯しておきながら、謝罪だと? 常識が無いにも程がある!」

 

 外務卿のリンスイが声を荒げる。

 

「それに異世界から諸島ごと転移しただと? 冗談も大概にしろ!」

 

「そんなやつら追い払ってしまえ!」

 

 リンスイに続いて過激な意見が次々に飛び出す。

 

 まぁ当然の事である。諸島ごと異世界から転移など、神話に登場する事はあっても、現実にはありえない。ふざけていると思われても仕方無い。

 

「静かに!!」

 

 と、カナタが大声を上げて机を強く叩いて大きな音を立てると、会議室は一瞬で静かになる。

 

「皆の意見も分かる。私も信じられない気持ちでいっぱいだが、ここは彼らに会ってみようじゃないか」

 

「で、ですが首相!?」

 

「それに、その者達は領空侵犯に対して謝罪を行いたいと申し出ている。転移云々や会談についてはさておき、それ以外は筋が通っているじゃないか」

 

『……』

 

 カナタがそう言うと、誰も反論を口にしなかった。

 

「そもそも、攻撃するつもりなら、未確認騎が現れた時に行っているはずだ。そして我が軍の臨検にも応じていないだろう」

 

「それは、確かに……」

 

 そう言われて、誰もが冷静になって納得する。

 

「それに、もし彼らと会談を行い、条約を結ぶ事が出来れば、彼らの技術を輸入出来るかもしれない。会ってみる価値は十分にあると思う」

 

「……首相がそう仰るのなら、異論はありません」

 

 リンスイは渋々とカナタの提案を受け入れる。

 

「彼らの代表をここに招きたまえ。会談を受け入れると」

 

「分かりました」

 

 カナタの指示を受けて若手幹部はすぐに会議室を出る。

 

 

 

 その後トラック諸島の代表こと『大和』とカナタ首相による会談が行われ、最初に『大和』により領空侵犯に対する謝罪を行い、その後様々な情報交換を行った。

 

 しかし互いに相手を知らな過ぎるとあって、その上言葉は通じても、文字が読めないというアクシデントも相まって、会談は思うように進まなかった。

 

 そこで『大和』はクワ・トイネ公国に自分達の事を知ってもらう為に、トラック諸島へのクワ・トイネ公国より視察団の派遣を提案した。カナタも『大和』達の技術に興味があったので、前向きに検討すると伝えた。

 

 その後はトントン拍子に話し合いが進み、その日の夜に政治部会で緊急会議が行われ、外務局より視察団がトラック諸島へと派遣される事が決定した。

 

 

 




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第六話 視察団の出発

 

 

 

 クワ・トイネ公国首相カナタとトラック諸島代表『大和』の会談から二日後。

 

 

 

 中央歴1637年 11月29日 クワ・トイネ公国 マイハーク

 

 

 

 マイハークの港では、トラック諸島を視察する為に外務局や軍務局より派遣された視察団が集まっていた。

 

 彼らはトラック諸島に帰還する『武蔵』達に同乗する形で彼らの技術を視察する為に向かう。その視察団の報告次第で条約や、果ては同盟等の決め事を細かく決める予定である。

 

 こういうのは最初に決めるべきなのだが、色々とゴタゴタとしていたというのもあり、何よりクワ・トイネ公国からして彼らが同盟を結ぶのに足りるかという確認もあった。

 

 まぁワイバーンが追いつけない速度で飛ぶ巨大な未確認騎や300mオーバーの鉄の船を建造出来る技術がある以上、技術力はあるというのは分かる。しかし転移したのが諸島であって、国ではない。

 

 その為、本当にトラック諸島と国交に近い条約を結んで、こちらに利があるかを確認する為に、視察団を送るのだ。

 

 本来なら視察団の編成から予定を組むのに一週間近く掛かるものだが、クワ・トイネ公国はわずか二日で成し遂げた。

 

 これだけの超短期間で視察団を編成しただけでも、クワ・トイネ公国の本気具合が分かる。

 

 

 

 各々が様々な感情や考えを秘めている中、それは見えた。

 

 

『……』

 

 外務局より派遣されたヤゴウを含む使節団は、目の前に広がる光景に口をあんぐりとあけて呆然と立ち尽くしていた。

 

 なぜなら港から離れた沖に、彼らの常識を上回る巨大な船舶が停泊していた。

 

 最初にクワ・トイネ公国海軍と接触を果たした空母『武蔵』と、その後使節団護衛の為に『紀伊』が率いる艦隊から『武蔵』と合流した三隻の重巡洋艦と四隻の駆逐艦の計八隻が停泊している。

 護衛に派遣されたのは重巡『摩耶』と重巡『伊吹』、 防空巡洋艦『鞍馬』、防空駆逐艦『冬月』と防空駆逐艦『名月』、駆逐艦『宵月』と駆逐艦『新月』である。どれも対空戦闘能力が高い艦であり、『宵月』と『新月』が対潜警戒に就いている。

 

 一応彼らも未確認船が停泊しているのは知っていて、何人かは遠目から見ていたが、こうしてじっくりと見たのは初めてであった。

 

 『武蔵』が巨大なのは分かるが、その傍に停泊している一番小さい船であっても、自分達のどの軍船よりも大きかった。

 

 その上全ての船が木造なんかじゃなく、鉄で出来ていると聞かされた時、誰もが信じられないで居た。

 

 ちなみにこれらの艦隊が港外の沖の方に停泊しているかと言うと、当然ながら港の湾内の深度が浅く、港の入り口が狭いとあって入港できないのだ。一応駆逐艦までなら港に入れなくは無いが、万が一を考えて沖の方に停泊している。

 

「なんて大きさだ……」

 

 使節団の一員として軍務局より派遣されたハンキ将軍が誰もが思っているであろう事を口にする。

 

(もし彼らが最初から侵略する気で居たなら、我々は勝てない……!)

 

 そして同時にハンキは全てを悟る。恐らくこの場に居る八隻だけでも、海軍が総力を挙げても勝てない、と。

 

 そう考えると、穏便な対応をする様に指示を出したノウカ司令の判断は、まさに英断とも言える。

 

 

 すると『伊吹』と『鞍馬』より内火艇が下ろされ、こちらに向かってくる

 

「あんな小さな船でも、あの速さなのか」

 

 軍務局より派遣された職員の一人が内火艇のその速さに思わず呟いていると、二隻の内火艇が港の埠頭に横付けされ、一人の少年と一人の少女が二頭身の生物と共に下りて来る。

 

「使節団の皆様、お待たせしました。自分が『武蔵』へご案内を任されました、『鞍馬』と申します」

 

「同じく『武蔵』への案内を任された『伊吹』と申します」

 

 姿勢を正して敬礼する少年少女に、使節団の面々は驚きを隠せなかった。

 

(こんな子供が軍に居るのか。それだけ人手不足なのか?)

 

 ハンキは『鞍馬』と『伊吹』を見て、内心そう呟く。

 

 クワ・トイネ公国では成人にならないと軍に徴兵される事が無いので、こんな子供が軍に居る事に誰もが困惑していた。

 

 『鞍馬』という少年はまだ大人になりかけぐらいの年齢の少年といった外観で、青い髪を短く切り揃え、青い瞳を持ち、その頭からは短く生えた数本の竜の角に、尻付近に鱗に覆われ鰭の付いた尻尾が生えている。

 服装は水兵らしい紺色に白いスカーフのセーラー服に同色の長ズボンを穿き、菊花紋章が付けられた水兵帽を被っており、腰には鞘に収められている刀が提げられている。

 

 まぁ、確かに彼らからすれば、『鞍馬』は亜人の子供にしか見えない。

 

 だが、当然ではあるが、『鞍馬』は人間ではない。ましても亜人の少年でもない。

 

 彼は『伊吹型防空巡洋艦』の二番艦であり、彼もまたトラック諸島に居る数少ない男性型KAN-SENの一人である。

 

 伊吹型防空巡洋艦とは、最上型重巡洋艦の改良型である鈴谷型重巡洋艦の設計を元に建造された重巡洋艦だが、最大の特徴は対空戦闘に特化させた武装配置であろう。

 

 主砲は一基撤去して噴進砲を搭載し、雷装も思い切って撤去して高角砲と機銃を増設し、電探も新鋭の物が搭載されている。これにより対空戦闘能力が他の重巡と比べて抜きん出ている。

 

 伊吹型防空巡洋艦は紀伊型戦艦の弱点を補う為に『冬月型防空駆逐艦』と共に建造された経緯がある。

 

 

 『伊吹』という少女の方は身体のラインが割りとハッキリと出ている、白を基調としたボディコンっぽい服に白い振袖みたいなジャケットを羽織っている。『鞍馬』と同色の青いストレートのロングヘアーをして、瞳の色が『鞍馬』と違って右が青、左が赤のオッドアイをしている。頭には『鞍馬』と似た短い角が生えている。『鞍馬』と違い尻尾は生えていないが。

 腰には鞘に納められた刀が提げられている。

 

 『伊吹』は鞍馬とは違う伊吹型重巡洋艦の一番艦であり、KAN-SENの中では『架空存在』と呼ばれる特殊なKAN-SENである。

 

 『鞍馬』とは姉妹艦では無いが、実の姉弟に見える似通った容姿に、非常にややこしい事情も相まって、二人は本当の姉弟のように互いを慕っている。

 

 ちなみに彼女のスタイルが良くそのラインがハッキリと出ている多少露出の多い服装とあって、視察団の面々は『伊吹』に対して視線が左右に動いている。

 

 

「それでは、内火艇にお乗りください。結構揺れますので、お気をつけてください」

 

 『伊吹』と『鞍馬』は使節団を内火艇に案内して、一人ずつ乗せていく。

 

 

 

「『伊吹』さんと『鞍馬』さんが視察団を乗せてそちらに向かいました」

 

 使節団を乗せた内火艇が『武蔵』へと向かうのを、双眼鏡を覗いて確認した一人の少年が『大和』へ無線で連絡する。

 

『分かった。引き続き『冬月』達は対空対潜警戒を厳にせよ』

 

「了解!」

 

『分かった、「大和」』

 

『はい』

 

『分かりました』

 

『了解であります』

 

 『大和』より指示を出されて『鞍馬』と『伊吹』以外のKAN-SEN達が返事をする。

 

「……」

 

 双眼鏡より目を離した少年は安堵したように息を吐き、壁に背中当ててもたれかかる。

 

 まだ幼い年齢の少年で、赤い瞳に短く切り揃えた灰色の髪をして、狼の耳のような獣耳が頭に生えており、尻辺りに灰色のフサフサした毛で覆われた尻尾が生えている。

 灰色に白いスカーフをしたセーラー服に灰色の半ズボンを身に纏い、頭に生えている耳の間に載せるように錨が描かれた略帽を被っている。そして腰には鞘に収められている短めの刀が提げられている。

 

『冬月型防空駆逐艦』その一番艦の『冬月』それが彼の名前であり、数少ない男性型KAN-SENである。

 

 

 冬月型防空駆逐艦とは、秋月型駆逐艦の武装を一部変更した駆逐艦だ。主砲を一基撤去して、その撤去箇所に噴進砲を搭載し、雷装も思い切って撤去されて機銃を増設しているなど、対空戦闘に特化させた駆逐艦である。

 対空戦闘能力は高くなったが、その代わり火力が著しく低下してしまっているのが、偶に瑕だろう。

 先にも説明したが、本型も伊吹型防空巡洋艦同様に紀伊型戦艦の弱点を補う目的で建造されている。

 

 ちなみに彼には弟の男性型KAN-SENが居り、艦隊に居る『名月』も彼の弟である。

 

 

『「冬月」。「大和」は対空対潜警戒を厳にせよと言ったぞ。気を緩めるな』

 

「は、はい!」

 

 と、少し苛立ったような喋り方でKAN-SEN『摩耶』が『冬月』に警告すると、彼は慌てて背筋を伸ばす。

 

『僕達が防空の要なんだ。お前がそれでは敵機の侵入を許す事になるんだぞ』

 

「ご、ごめんなさい、『摩耶』さん!」

 

『以後は気をつけろ』

 

 『摩耶』は呆れるように愚痴る。

 

「……」

 

『だ、大丈夫だよ、「冬月」君』

 

『そうね、「冬月」』

 

 と、気を落としている『冬月』に、『新月』と『宵月』が無線越しに声を掛ける。

 

『誰にだって、気を抜いてしまう時はあるから、ね?』

 

『みすをしたのなら、それを取り戻せばいい。私達があなたを補助するから』

 

「『新月』、『宵月』……」

 

 『冬月』は二人から励まされて、落ち込んでいた気持ちを振り払い、気を引き締める。

 

『そうだぜ、兄ちゃん』

 

 と、今度は弟の『名月』から無線越しに声を掛けられる。

 

『油断できないのは確かだけど、あの時みたいだと思えば嫌でも気を使うだろ?』

 

「あの時みたいに、ねぇ……」

 

 『名月』の言葉に『冬月』は思わず声を漏らす。

 

 彼の脳裏に浮かぶのは、空を覆い尽くさんばかりの多くの航空機が群がって攻撃を行い、『紀伊』と『尾張』の弱点を敵機から守り、戦いの中で次々と仲間たちが沈んでいく、まさに地獄とも言える、戦いの日々であった。

 

 

 

 少しして視察団は『武蔵』へと乗艦し終えて、飛行甲板に上がる。

 

「おぉ……」

 

「これは……なんという広大さ」

 

 『武蔵』のあまりにも広い飛行甲板に、視察団の面々は誰もがその広大さに驚き、各々を口にする。

 

「ミドリ船長の報告は誇張されていなかったのだな」

 

 ハンキがそう呟いていると、『武蔵』が彼らの元へやって来て、艦内へと案内された。

 

 軍機に当たる部分を除いて艦内を案内した後、『武蔵』達は『紀伊』達との合流を目指して出発した。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ちなみにその航行中を記したヤゴウの手記にはこう書かれていた。

 

 

 中央歴1637年 11月28日 出発前の自室にて

『軍船でトラック諸島へと出発すると聞かされた時は苦痛な船旅になるんだろうなと思っていた。船旅と言うのは船は波に揺らされ、食事も決して良いとは言い難い。その上軍船は居住性が良く無いというのはよく言われていたから、この船旅は最悪なものになりそうだ』

 

 

 中央歴1637年 11月29日 ムサシ乗艦後にて

『しかし、いざ彼らの軍船に乗船してみた所、とても船の上に居るとは思えないぐらいに安定しており、気を抜けば地上に居ると錯覚しそうだった。それに加えて寝床もハンモックではなく、ふかふかのベッドだ。本当に気を抜けば値の張る宿に泊まっているような感覚に陥りそうだった。その上食事も一流の料理人が作ったようなおいしさであり、今までの船旅が何だったんだと思えてくる。

 

 ちなみに軍船での船旅を嫌々と愚痴っていたハンキ殿であったが、いざ船旅が始まると、快適な船内にうまい料理を堪能して、とても快適そうに過ごしていた

 

 それと艦内にいる小さな生物は可愛らしい見た目だが、なんだか不思議な存在感を放つ生物だった』

 

 

 中央歴1637年 11月30日 艦隊合流に際して

『道中彼らの味方の艦隊と合流したが、その旗艦がこのムサシと呼ばれる軍船並に大きいとあって、私は頭痛が起きそうだった。ただでさえ他の軍船の大きさに驚いているのに、その旗艦の大きさに思考が停止しそうだった。

 

 その上、彼らの正体を聞かされて、頭の中が真っ白になった。

 

 彼らはKAN-SENと呼ばれる人の形をした艦船であり、今自分達が乗艦している軍船も、武蔵と呼ばれる艦長と名乗った男性のもう一つの姿であると言われた。

 

 とても信じられなかった。いや、実際信じなかった。あまりにも現実から離れた内容で、自分も含めて、視察団のメンバーは信じなかった。

 

 しかしその後ヤマト殿は証拠として共に航行している軍船でデモンストレーションを行い、我々が見ている中、ムサシの隣を航行しているズイカクと呼ばれる軍船が突然光り輝くと、船体がキューブ状に分解されていって、最後には一人の女性が中から姿を現して、海の上を滑るように走っていた。その他にもクラマ、イブキ、フユヅキと呼ばれる三隻の軍船も同じように船体がキューブ状に分解されていって、中から二人の少年少女が姿を現し、同じように海の上を滑るようにして走っていた。よく見ればイブキとクラマより現れた少年少女は我々視察団をムサシへと送り届けた少年少女であった。

 軍船が分解されて現れたKAN-SENは共通して艤装と呼ばれる鎧を身に纏っているようだ。しかしどうやって水の上に浮かんで走っているのだ?

 そんな非現実的な光景を目の当たりにして、ようやく自分を含めた視察団のメンバーは彼らKAN-SENの事を信じるしかなかった。

 

 これから向かうトラック諸島がどんな所なのか、今更になって不安になってきた』

 

 

 




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第七話 未確認生物『妖精』

 

 

 

 

 中央歴1637年 12月01日 トラック諸島

 

 

 マイハークを発って二日後、視察団を乗せた艦隊はトラック諸島へと到着する。

 

 

 

「ようこそ、我がトラック諸島へ」

 

 視察団の前に立つ『大和』は複数の面々と共に彼らを出迎える。主に『大和』と『紀伊』、『大和』の補佐に『加賀』、二人の護衛にKAN-SEN『高雄』と『土佐』である。

 

 本来なら『大和』の補佐に『天城』が同伴する予定だったが、今日の彼女は体調が良くなかったので、大事を取って休養してもらい、代わりに『加賀』が彼を補佐する事になった。

 ちなみに『大和』の補佐なのだが、他のKAN-SENが彼の補佐に立候補したが、『大和』はその全てを断って『加賀』にさせた。

 

 理由? 彼曰く『後が怖いから』とのことである……

 

「改めまして。自分がトラック諸島を拠点とする艦隊の総旗艦、『大和』と申します」

 

「自分は艦隊の指揮艦をしている『紀伊』と申します」

 

 『大和』と『紀伊』はそれぞれ視察団に自己紹介をする。『加賀』と『高雄』、『土佐』も続いて頭を下げる。

 

「改めまして。視察団の一員として外務局より派遣されました、ヤゴウです」

 

 視察団の代表としてヤゴウは改めて自己紹介をして、『紀伊』を見る。

 

(キイ殿は……まさか噂に聞く竜人か?)

 

 『紀伊』の頭に生えている竜の角と尻尾を見て、ヤゴウは噂程度に聞く竜人を思い出す。

 

 しかし噂程度なので、竜の特徴を持っているというだけで、どのような姿をしているのかまでは知らない。

 

(気になるが、それは後で聞こう……)

 

 内心呟きながら『大和』に傍に控える『加賀』を見る。

 

(この女性も獣人のようだが、尻尾が九本もある獣人なんて聞いた事が無いぞ)

 

 頭に耳、尻辺りから尻尾生えているので獣人であるのは確かだが、その尻尾が九本もあって、内心驚いていた。

 

 しかし色々と気にはなるものも、頭を切り替えて後ろに控える『高雄』と『土佐』の二人に目をやる。

 

(剣を持っているという事は、二人の護衛か)

 

 ヤゴウは『高雄』と『土佐』が帯刀している日本刀―――重桜刀と呼ぶべきか―――を見る。

 

(見た目は可憐な女子にしか見えないが、この二人もKAN-SENなのか?)

 

 『高雄』と『土佐』の二人もKAN-SENなのかヤゴウは疑問に思う。艤装を展開していないKAN-SENは普通の人間と比べても見分けるのは難しい。

 まぁ重桜のKAN-SENは殆ど動物の耳や尻尾を持っている者が多いので、人間と比べるという点では見分けやすいが。

 

(この二人、相当な剣の使い手だ)

 

 しかしヤゴウと違い、軍務局より派遣された職員は剣の使い手とあって、『高雄』と『土佐』の二人から発せられる気配から相当な剣の使い手であると察した。

 

「それで、総旗艦に、指揮艦とは?」

 

 ヤゴウは色々と疑問があったが、その多くを棚上げにして、一つだけ疑問を問い掛ける。

 

「総旗艦とは、簡単に言えばこのトラック諸島に配属されている艦隊全ての旗艦権限を有しています。つまり軍で言う最高司令官です」

 

「指揮艦は軍で言う前線で指揮をする司令官と思ってもらえれば。総旗艦に次ぐ権限を有しています」

 

 二人の説明に視察団は納得したように頷く。

 

 KAN-SENは人の姿をした艦船であるので、呼称もそれに準じたものなのか、と彼らは納得したようである。

 

 尤もこの呼称を使っているのは彼らだけである。というより彼ら以外で使うことはまず無い。

 

「これから我々の技術の一端をお見せします。ご質問等がありましたら、機密に触れない程度でお答えします」

 

 と、『大和』と『紀伊』は後ろに控えているトラックに視察団を案内して二輌目に乗らせて先頭車輌に『加賀』と『高雄』 『土佐』と共に乗り込むと、運転席に居る二頭身の生物に声を掛けて、出発させた。

 

 その後トラックでしばらく移動して、次に物資輸送の為に作られた島と島を繋ぐ地下トンネルを走る鉄道に乗り込み、見た目だけが『EF13形電気関車』に酷似した電気機関車が牽引する列車で隣の秋島まで移動する。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 トラック諸島 秋島

 

 

『……』

 

 視察団は目の前で繰り広げられている光景に、口を開けて呆然と立ち尽くしていた。

 

 彼らの目の前では、巨大な物体が轟音と共に砲撃を行い、狙いを定めていた砂山に命中する。

 

「あれは『戦車』と呼ばれる兵器でして、このトラック諸島の陸上防衛を担っている陸戦隊の主力装備です」

 

 大和はトラック諸島の陸上防衛を担う陸戦隊の主力戦車『74式戦車』と『61式戦車』を視察団に見せつつ説明する。

 

 74式戦車は油圧式サスペンションを使って地形に合わせて車体を浮かせて砲撃を行い、61式戦車は砲塔を旋回しつつ走り、急停車した後に砲撃を行う。

 

「な、何という大きさだ!」

 

「それにあの速さ! あれだけの大きさで馬より早いのか!?」

 

「それにあの大きな音と出す武器は一体何なのだ!?」

 

 視察団の面々は各々の感想を声に上げる。

 

 剣や槍、弓矢で戦う者達からすれば、戦車は驚愕な代物であった。

 

「こ、ここではあれらの戦車とやらを作っているのか?」

 

「えぇ。陸戦隊の装備は全てこのトラック諸島にある工場で生産され、運用されています」

 

 紀伊がハンキの質問に答えると、誰もが真っ青になる。 

 

 

 しばらくして演習を終えた74式戦車と61式戦車は最初の位置に戻って停車し、代わりに陸戦隊の歩兵が整列する。その歩兵から離れた場所に木板が数枚立てられている。

 

 しかしこの歩兵があまりにも異彩を放っている。

 

 陸戦隊の歩兵は迷彩服に迷彩柄のカバーを付けたヘルメットを身に纏っているが、身に纏っているのはあの二頭身の生物であり、視察団の面々が見下ろす程の背丈しかなく、キリッとした面構えでも可愛らしさは健在である。よく見ると戦車から同じ二頭身の生物と、巨大なヒヨコが出てきている。

 

 ツッコミどころしかない、あまりにも兵士に見えない見た目に、視察団の面々は唖然としている。

 

「では、これより歩兵の個人装備について説明します」

 

 『大和』が目配りすると、見た目は凛とした雰囲気を出しているスタイル抜群な女性ことKAN-SEN『アークロイヤル』が手にしている小銃を視察団に見せるように前に出す。

 

「こちらは陸戦隊の主力小銃として採用されている『64式小銃』と呼ばれる自動小銃です。まぁあなた方の武器で例えるなら弓矢に該当する物です」

 

 『アークロイヤル』の説明を聞いても、64式小銃を見せ付けられた視察団は思わず首を傾げる。まぁ彼らは銃の事を知らないので、現物を見せ付けられても分からないのは当然である。弓矢と例えられても、形自体が全く違うので、ピンと来ないのか首を傾げたままだ。

 

 

 この64式小銃は陸戦隊で採用されているアサルトライフルで、7.62×51mmの弾を使用する。かつて過去の重桜で採用され実際に使われていた代物らしく、セイレーンとの戦いで武器兵器技術が衰退した事で過去の物となっていたが、ある者達がどこからか実物を仕入れてきてこの実物を分解、解析をして大幅に設計を手直して作られたのが、この64式小銃となる。

 

 元となった小銃と比べると大分手を加えられており、一部使用している金属の変更を行い、ある程度の箇所の設計を行って扱い易くし、部品点数を少なくし尚且つユニット化して整備し易くし、更にオリジナルより射撃精度を向上させた小銃に生まれ変わっている。ただ、銃身が長く重い上に、構造上銃床に折り畳み機構を付けられないのが欠点である。

 

 ちなみに『大和』と『紀伊』がそのある者達にこれをどこで手に入れたのかと聞くと「山に埋まっていたのを掘り出してきた」と言っていた。これを聞いた二人は「マ○ンテンサ○クルから掘り出したのかよ」と突っ込んだそうな。

 似たような経緯として61式戦車もその者達によって見つけられた物だが、彼らが言うには『重桜にある池の底の泥の中に埋まっていたのを見つけた』であるという。これを聞いた二人は色々と混乱して頭を抱えたそうな。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

「今から64式小銃射撃を見せてみます。射撃用意!!」

 

 『紀伊』の指示と二頭身の歩兵達が64式小銃にマガジンを差し込み、槓桿を引いて手放し、薬室に初弾を装填する。

 

「構え! 撃てっ!!」

 

 64式小銃を構えた歩兵は『紀伊』の号令と共に、射撃を開始する。

 

 大きな銃声に視察団は誰もが驚くが、その間にも数回単射による射撃が行われ、的にしていた木板を貫く。

 

 目に見えない速さで飛び、精確無比に的を撃ち抜く銃の威力に、誰もが驚きを隠せなかった。

 

(相変わらずあの体格でよく普通に撃てるよな)

 

 『大和』は短い手足に胴長な体格の二頭身な生物を見ながら内心呟く。

 

「あ、あの、『大和』殿」

 

「何でしょうか?」

 

 銃声が鳴り響く中、ヤゴウは『大和』の耳の傍で声を掛ける。

 

「あの兵士達は一体何なのですか?」

 

 ヤゴウは尤もらしい事を質問してきた。

 

「彼らは『妖精』と呼ばれる者達です」

 

「妖精?」

 

 ヤゴウは64式小銃を構えて射撃する二頭身の兵士達を見て、怪訝な表情を浮かべる。

 

 彼の中にある妖精のイメージから、可愛らしい事を除けば、あまりにもかけ離れた姿であったからだ。

 

「マイハークで『鞍馬』に内火艇で乗せてもらった際や『武蔵』の艦内でも、二頭身の生き物がいましたよね」

 

「え? あ、はい。確かに居ましたが、それが?」

 

「それも妖精です。見た目はあんなこじんまりとしていますが、あぁ見えても身体能力はKAN-SEN並みで、頭も良いですからね」

 

「は、はぁ……」

 

 『大和』の説明を聞いても、ヤゴウは信じられなかった。どう見てもそうには見えない。

 

(いや、KAN-SENの件があるから、本当なんだろうな)

 

 しかし非常識な光景を目の当たりにしていたとあって、妖精の件を簡単に受け入れるのだった。

 

 

 ちなみにこの妖精なのだが、元々『大和』と『紀伊』の艦内に居たもので、その後なぜか数を増やしていって、現在ではトラック諸島のどこでもその姿を見るようになるぐらいに、大量発生している。そして今でも無尽蔵に増えているそうな。

 そのお陰でトラック諸島の軍事基地化の為に維持整備出来て、尚且つ陸の防衛を担う陸戦隊を編成できたのだが……

 

 そして妖精は共通して身体能力が非常に高く、更に技術力が恐ろしく高い。彼女達の助け無しに今の様にトラック諸島を軍事基地化し、それ以前にKAN-SENのみで艦隊を運用し、維持するのは不可能だっただろう。

 

 妖精達の多くは喋る事が出来ず身振り手振りで自分の意思を伝える者が多いが、中には喋る事が出来る個体も存在しており、その個体は通信員として活躍している。

 

 当初は『大和』と『紀伊』の艤装のみに妖精が宿っていたが、現在では他のKAN-SENの艤装にも妖精達が宿り、そのお陰でKAN-SEN達は以前よりも艤装の操作の伝達速度の円滑性が向上しており、いざ損傷しても妖精達がその場で応急修理を行うことが出来る。

 軍艦形態であれば妖精達が艦体の各部に配置され、KAN-SENの指示で操作を行う。その伝達速度は自分の感覚でやるぐらいに速い。このお陰でKAN-SENは軍艦形態では周囲の警戒と指示に集中出来るようになったのだ。

 その上、もしKAN-SENの本体が意識を失って艦体の操作が出来なくなっても、妖精達の手で最低限の動きは出来るとのこと。

 

 

 それから十発ほど射撃を行い、妖精達はマガジンを抜いて薬室に実包が残っていないかを確認してから、その場を離れる。

 

 次にほぼ原型の無い『62式機関銃』と傑作機関銃『ブローニングM2重機関銃』等の機関銃による射撃を行い、視察団の度肝を抜いた。

 

 その他にも迫撃砲に自走砲等、様々な物を視察団に見せ付けた。

 

 

「以上を持って、陸戦隊の装備の紹介を終えます」

 

 基本的に運用されている武器兵器の紹介を終えて 『大和』は頭を下げる。

 

 全てでは無かったが、その多くの武器兵器を見せられて、視察団の誰もが口をあんぐりと開けて呆然と立ち尽くしていた。

 中には顔を真っ青にしている者も居た。

 

(た、たかが諸島と思っていたが、これほどとは……!?)

 

 ハンキは戦慄していた。諸島ゆえに造船技術以外は大した事無いのだろうと思っていただけに、この衝撃は大きかった。

 

 

 鉄で覆われて強力な兵器を積み、地上を馬よりも速く走る戦車。

 

 目に見えない速度で弾を放ち、連射も可能な銃。

 

 遠くの敵を攻撃することが可能な榴弾砲。

 

 それに加えて鉄で出来た巨大な軍船とワイバーンを上回る飛行機械の存在。

 

 どれも見た事が無い、強力な武器や兵器を使用している。

 

 そして何よりKAN-SENの存在。

 

 もしこれらを用いられて、戦争を仕掛けられていたら……そう考えただけで身体の震えが止まらなかった。

 

 そして心の底から彼らが穏健な性格であったのに感謝した。

 

 

 ちなみになぜ彼らの陸戦隊の装備がこれだけ豊かなのか。まぁ規模的には陸軍ともいえるが、環境下も相まってその性質的には海兵隊に近い。

 

 セイレーンとの戦いの中で、海と空の戦力を有していながら陸上戦力を持っていないとは思えない。そう考えた『大和』と『紀伊』は必要性が薄くても、陸上戦力の強化を進めていた。

 

 それなりに基礎技術があった上、妖精の技術力もあったので、そこからの発展の速さは目を見張るものがあった。それに、セイレーンとの戦争で失われた『過去の遺物』と呼ばれる代物を妖精達がどこからか見つけては、それを解析して技術を抽出し、その発展の手助けをしている。

 

 現在陸戦隊が運用している武器兵器は別世界の地球で言う1980年代ぐらいの日本の陸上自衛隊で使われている物が多い。

 が、先述した64式小銃を含め、その多くが妖精達の手によってかなり手が加えられているので、設計は元より少なくとも性能や扱いやすさは良くなっている、らしい。

 

 

(これは、ちょっと刺激が強すぎたか?)

 

 顔を真っ青にしている使節団の面々を見て、『大和』は小さく呟き苦笑いを浮かべる。

 

(まぁ、剣や槍で戦うようなぐらいの技術力しかない国に、銃や大砲を撃ち合うような技術力を見せたらこうなるだろ、閣下)

 

(そりゃそうか)

 

 呆れた様子の『アークロイヤル』は小さく『大和』にツッコミ、彼は苦笑いを浮かべて肩を竦める。

 

 『大和』は咳払いをして、視察団を見る。

 

「それでは、次を案内しますので、付いて来てください」

 

 『大和』は視察団の様子を見て少し気まずそうにしながら、彼らを連れて次の場所へと向かう。

 

 

 




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第八話 戦う運命

 

 

 

 それから視察団はトラック諸島に敷かれた鉄道の紹介や、飛行場にて各航空機の説明を―――最初に飛来した連山も含めて―――受け、次に諸島の各島にある工場にて製造中の武器兵器を見学した。

 

 一部ドックを除いた造船所も見学し、視察団は彼らの造船技術の高さを改めて実感するのだった。

 

 

 次にトラック諸島の湾内で、KAN-SEN同士による演習を見学した。

 

 主に海上と空中での演習が行われ、海上では『ビスマルク』を筆頭にした赤組対『ネルソン』を筆頭にした青組による艦隊決戦や水雷戦。

 空中では『武蔵』『翔鶴』『瑞鶴』の赤組対『エンタープライズ』『エセックス』『イントレピッド』の青組による空母機動部隊対決が行われた。

 

 海上では戦艦同士による砲撃戦や巡洋艦、駆逐艦による水雷戦が繰り広げられた。

 

 空中では赤組の『疾風』と『烈風』、青組の『F8F ベアキャット』が激戦を繰り広げ、赤組の『流星』や青組の『A-1 スカイパイレーツ』がそれぞれ機動部隊に襲い掛かった。

 

 そんな激しいKAN-SEN同士の演習に、視察団の面々は呆然としていたそうな。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 一通り見学し終えて 『大和』と『紀伊』 視察団の面々は食堂にて昼食を取っていた。

 

「それで、一通り見学しましたが、どうでしたか?」

 

「い、いやぁ、もう凄いとしか言えないです」

 

「ハハハ……全くですな」

 

 食堂でカレーライスを食べているヤゴウ達は苦笑いを浮かべながらそう言うしかなかった。ありとあらゆる面で、自分達とは次元が違っていたのだから。

 

「どれも見た事が無い物ばかりで、異世界に来た気分です」

 

「実際自分達は異世界から来ましたからね」

 

 ヤゴウの言葉に『大和』は苦笑いを浮かべる。

 

(これは、是が非でもトラック諸島と同盟を組まなければ。その為には政府を説得しなければな)

 

 是非ともトラック諸島と同盟を組みたいハンキは、どう軍務局を説得するか考えていた。自国の軍の強化はそうだが、不可侵条約等を結びたいと考えている。

 彼らから攻め入る可能性は低いが、万が一の事があるとクワ・トイネ公国はそうだが、ロウリア王国も確実に負けるのは目に見えている。だからこそ保険に不可侵条約を結んでおきたいのだ。

 

「それにしても、このカレーライスは本当においしいですね」

 

「艦隊自慢の一品ですからね」

 

 カレーライスを食した感想をヤゴウが述べると、『大和』は誇らしげに言う。

 

 

 このトラック諸島では曜日感覚が狂わないように毎週金曜日にカレーライスが出るようになっている。

 

 最初こそカレーライスを見た視察団の面々は、見た事無い料理に戸惑い気味だったが、鼻腔をくすぐるスパイスな香りに刺激され、意を決してヤゴウが食べてみた。

 そしてその美味さに思わず声を上げて、視察団の面々はそれに続いてカレーライスを口にして、今では視察団全員がカレーライスの虜であった。

 

 ちなみに毎週金曜日に出るカレーは毎回異なっており、今日のカレーは視察団が来るとあって予定を変更して一番人気のカツカレーである。逆に一番の不人気は野菜を使った緑色のルーのグリーンカレーである。味は悪くないのだが、見た目で敬遠されているという。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

「それにしても―――」

 

 と、ヤゴウは周囲を見渡す。

 

 昼食時とあって、食堂には二頭身の妖精の他にKAN-SEN達の姿もある。

 

「このトラック諸島には、女性が多いのですね」

 

 ヤゴウは思わず声を漏らす。

 

 これまでの視察で二頭身の妖精以外に見たのはKAN-SENで、外観年齢の違いはあったが、全員女性であった。

 その為、てっきりヤゴウは戦争で多くの男が失われて女しか残っていないのだろうと予想していた。

 

「まぁ、KAN-SENは女性しか居ませんからね」

 

「えっ?」

 

 ヤゴウは思わず『大和』と『紀伊』を見る。

 

「で、ですが、『大和』殿と『紀伊』殿は」

 

「自分と『紀伊』、それにこのトラック諸島に居る男性型KAN-SENは特殊な一例ですから」

 

「そうなのですか?」

 

「えぇ。前の世界ではこのトラック諸島にしか、自分や『紀伊』の様な男性型のKAN-SENは居ないんです」

 

「……」

 

 ヤゴウは改めて周りを見渡す。

 

「でも、そんな貴重の存在でしたら、他が放って置かないと思うのですが」

 

「えぇ。ヤゴウ殿の予想通り、自分達を狙う輩は居ました。その規模は一国が狙うほど」

 

「い、一国が、ですか……?」

 

「えぇ。クワ・トイネ公国はおろか、ロウリア王国も優に超えるであろう大国でした。そしてその大国の軍と戦うこともありました」

 

「……」

 

 『大和』の言葉を聞いて、ヤゴウや他の視察団の面々は言葉を失う。

 

 トラック諸島とほぼ同じぐらいの技術力を持って、あのロウリア王国を上回る大国に狙われ、戦ったというのだ。こんな信じられない内容を信じろと言うのが無理な話だ。

 尤も、トラック諸島の技術力が異常なのだが。

 

「自分達は自らの身を守る為に戦いました。異質な敵と、時には人間を相手に、KAN-SENを相手に」

 

「ど、同族同士で、ですか?」

 

「えぇ。むしろ自分達が居た世界ではよくありました」

 

「……」

 

 『大和』は元の世界で起きた事を視察団に聞かせるように話した。

 

 

 

 突如『セイレーン』と呼ばれる強大な力を持つ勢力が出現し、人類に対して攻撃を開始した。

 

 人類はセイレーンに対抗する為にこれまでのいざこざを水に流し『アズールレーン』と呼ばれる組織を立ち上げて団結し、セイレーンと戦う。

 

 人類とセイレーンとの戦い。その最中にセイレーンに対抗出来る存在……『KAN-SEN』の誕生。

 

 そして人類は多くの犠牲を払いながらも、セイレーンの攻勢を退けた。

 

 しかし完全撃退に至らず、アズールレーン内でセイレーンと戦う理念が分かれる。

 

 そしてアズールレーンからいくつもの国が離脱して『レッドアクシズ』を立ち上げて、アズールレーンと対立する。

 

 

 そんな中、『大和』と『紀伊』の二隻の男性型KAN-SENが初めて確認された。

 

 その希少性によって彼らは狙われ、それによって彼らがアズールレーンと全面戦争を行ったことを。

 

 そして、その全面戦争に多くの犠牲を伴いながらも勝利した事を。

 

 

 

『……』

 

 『大和』の話を聞き、ヤゴウ達は息を呑み、そして理解した。

 

 

 敵に回したら、一番いけない、と……

 

 

 彼らは平穏を求めており、自ら戦いを起こすことは無い。

 

 だが、もしその平穏を破るような事をすれば、敵に対して一切容赦しない。それこそ、敵を殲滅しそうな勢いでだ。

 

(これは、彼らとは今後慎重に付き合っていかないと。間違った判断をしてしまえば、彼らは容赦しないだろうな)

 

 まぁ、その心配は結果的に杞憂に終わるのだが、この時彼らが知る良しなど無い。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その後視察団は居住区の視察を行い、機密に触れない場所の視察を終えた視察団は重桜風の旅館に泊まり、その日の疲れを癒した。

 

 

 その後帰還した視察団は見た物を嘘偽り無く、正確に政府に伝えた。

 

 

 その後同盟締結に向けた会議を行い、満場一致でトラック諸島との同盟締結に賛成となった。

 

 

 そしてクワ・トイネ公国とトラック諸島との間に、同盟が締結されて、トラック諸島に対して食料を輸出して土地を提供する事を引き換えに、クワ・トイネ公国はトラック諸島より軍事、技術支援を受ける事になった。

 同じくしてクワ・トイネ公国を通じてクイラ王国とも同盟を結び、トラック諸島に対して地下資源と土地を提供することとなった。

 

 

 その後トラック諸島は『トラック泊地』として、両国とは独立した軍事組織として再スタートした。これはあくまでも協力体制であって、両国の指揮下に入るわけではない、という彼らの意思の表れである。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 時系列は下ること同盟締結から二日後の夜。

 

 

「……とりあえず、何とかなったな」

 

「あぁ」

 

 トラック泊地の春島にある食堂にて、『大和』が安堵の息を吐いてそう言うと、『紀伊』が相槌を打つ。

 

「これでこの世界で生きていく当てを確保できたが……」

 

「……」

 

「『大和』。これからどうなると思う?」

 

「さぁな。全く想像がつかん」

 

 『大和』はそう言うと、グラスに注がれた重桜産の酒を飲む。

 

「セイレーンはおろか、アズールレーンも、レッドアクシズも居ない世界だ。俺達KAN-SENに出来る事は限られる」

 

「……」

 

「まぁ、俺達が望んだ平穏は確かに訪れた。それはそれで良いんだ」

 

「平穏、か」

 

 『紀伊』は呟くと、瓶に入った酒をグラスに注ぐ。

 

「その平穏が、いつまで続くんだろうな」

 

「……」

 

 何か心当たりがあるのか、『大和』は息を呑む。

 

「ロウリア王国は……恐らく遠くない内にクワ・トイネ公国とクイラ王国に戦争を仕掛けるはずだ」

 

「……やはりそう思うか」

 

 『紀伊』が口にした予測を聞いて、『大和』はため息を付く。

 

「まぁ、あの国の国策を考えれば、戦争はいつか起きるだろうな」

 

「……」

 

 『大和』はクワ・トイネ公国のカナタ首相との会談の中で、ロウリア王国について聞いた事を思い出す。

 

 ロウリア王国は人間至高主義を掲げ、亜人撲滅を目指しているとクワ・トイネ公国のカナタ首相から聞かされて、亜人のように様々な獣の特徴を持つ重桜のKAN-SENが居る『大和』達はロウリア王国へ接触を避けていた。接触すればどうなるか、目に見えているからだ。

 

「話し合いで解決出来るのなら、楽で良いんだがな」

 

「あぁいう連中と話し合いで解決なんか出来るとは思えんがな」

 

「そりゃそうか」

 

 『紀伊』の言葉に『大和』は深くため息を付く。

 

 話し合いで解決するという方法がどれだけ難しく、どれだけ実現が困難かは、二人は『カンレキ』でよく知っている。

 

「この世界でも、俺達は戦う運命にあるらしいな」

 

「みたいだな」

 

 『大和』はそう呟き、『紀伊』は相槌を打ってグイッとグラスに注がれた酒を飲む。

 

「戦争が起きない事に越した事は無いが、あの国に対して警戒しておかないといけないな」

 

「あぁ」

 

 二人はしんみりとした雰囲気を醸し出して、酒を飲む。

 

 

 

 その後『大和』は一足先に食堂を後にして、『紀伊』だけが残った。

 

「……」

 

 彼はグラスに注がれた酒を見つめ、ため息を付く。

 

「俺達は戦う運命にある、か」

 

 『大和』の放った言葉を呟き、『紀伊』は席を立ち、ケースより酒の入った瓶を取り出して元の席に着き、蓋を開ける。

 

「……」

 

 

「『紀伊』か」

 

 と、彼の耳に女性の声がして、その声がした方向を見ると、『ビスマルク』が立っていた。

 

「よぉ、『ビスマルク』。どうした?」

 

「あぁ。少し飲みに来ただけだ。そういうお前は? 見た所大分飲んでいるようだが」

 

「ちょっと前まで『大和』と話していたからな」

 

「ヤマトと?」

 

「そうだ」

 

「そうか……」

 

 『ビスマルク』は短く声を漏らすと、食堂の奥へと向かいグラスを一つ手にして、『紀伊』の隣の席に座る。

 

「ん? どうした?」

 

「今日はそれでいい」

 

 彼女は『紀伊』の前にある重桜産の酒が入った瓶を指差す。

 

「重桜の酒はあまり好きじゃないだろ?」

 

「まぁ、あの独特の風味はあまり慣れないが、別に嫌いというわけではない」

 

「そうか」

 

 『紀伊』は酒が入った瓶を手にして『ビスマルク』が持つグラスに酒を注ぎ、自身のグラスにも酒を注いでから手にし、お互いグラスを軽く当て合う。

 『ビスマルク』はグラスに口をつけて酒を一口飲むと、微妙そうな表情を浮かべる。

 

「……やはり、この独特な風味には慣れんな」

 

「いつかお前にもその風味の良さが分かるさ」

 

 そう言って彼はグラスに入っている酒を一口飲む。

 

「それで、ヤマトとは何を話していたのだ?」

 

「あぁ。今後のことについてだ」

 

 『紀伊』は『大和』と話した内容を『ビスマルク』に伝える。

 

 

「ロウリア王国と戦争、か」

 

「まだ確定的になったわけじゃないが、あの国の性格に加え、連中が掲げている国策を考えると、可能性としては高い」

 

 彼女にそう言ってから、『紀伊』はグラスに注がれた酒を飲み干す。

 

「戦争をする口実としては、ロウリアが掲げている亜人を撲滅し、ロデニウス大陸を統一するってところか」

 

「自らの野望の為に戦争を起こすのか」

 

 『ビスマルク』はスゥ、と目を細める。

 

「何時の時代も戦争っていうのは理不尽な理由で起こされるんだ。国家の野望の為に、己の欲望を満たす為に、たった一人の人間の為に、盟友を助けると言う大義名分の為に、異なる宗教が関わった為に、しょうもない理由の為に、その理由は様々だ」

 

「……」

 

「今の所、クワ・トイネ公国とクイラ王国から要請があれば、トラック泊地は戦力の派遣を行う予定だ」

 

「そうか……」

 

 彼女は声を漏らして、酒を口にする。

 

「異なる世界に飛ばされても、私達は争いから逃れられないのだな」

 

「……」

 

「だが、それが兵器としての運命なら、受け入れるしかないだろう」

 

「運命、か」

 

 『紀伊』は声を漏らし、瓶を手に自分のグラスに酒を注ぎ、『ビスマルク』のグラスにも酒を注ぐ。

 

「『大和』も、同じ事を言っていたな」

 

「……」

 

 悲しげな雰囲気を醸し出す『紀伊』の姿に『ビスマルク』は何も言えず、グラスに注がれた酒を飲む。

 

 

 

 その後二人はしばらく酒を飲み交わしつつ、しばらく今後の事について話した。

 

 

 

 




今回でプロローグ編が終了。次回から新章突入です

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第一章 ロウリア戦役編
第九話 国の変化


ガガギゴ様より評価3を頂きました。
評価していただきありがとうございます!

今回から新章突入です


 

 

 

 中央歴1639年 3月22日 クワ・トイネ公国 公都『クワ・トイネ』

 

 

 

 クワ・トイネ公国とトラック諸島が同盟を組んで一年の月日が流れた。

 

 

 

 トラック泊地から齎されたインフラ技術により、街の近代化は着々と進んでいた。

 

 街にはインフラが充実しており、どこの家庭には水道、ガス、電気が通っており、住人の生活環境が大きく変わっている。

 道は整地されて歩道にはブロックが敷き詰められ、道路にはアスファルトが敷かれており、その上を建設資材や農作物を載せたトラックが走っている。

 

 鉄道の普及も進んでおり、国内のほぼ全てに行き来できるレベルで狭軌規格の線路が敷かれており、各地に人員や物資が運ばれている。

 

 鉄道車輌もトラック泊地で製造された蒸気機関車とディーゼル機関車が輸入されて運用されている。電気機関車の輸入も考えられたが、変電所と架線の設置が必要になる上、扱いが難しいので輸入は先送りにした。ディーゼル機関車も今は試験運用として少数が輸入されているだけである。

 

 

 街の中に敷かれた線路を『DD51形ディーゼル機関車』が客車を牽引する列車が走っていた。

 

 

「それにしても、たった一年でこれほどの発展を遂げるとは」

 

「えぇ。それも国ではない所と国交を結んだとなれば、尚更です」

 

 興奮気味のカナタは客車の車窓から急速な発展を遂げる街並みを見ながら秘書に声を掛けて、秘書もそれに同意する。

 

 

 クワ・トイネ公国がトラック諸島改め『トラック泊地』との実質的に国交に近い軍事同盟を結んで一年近くが経過した。

 

 この一年はクワ・トイネ公国にとって劇的な変化のあった一年であった。 

 

 国交を結んだトラック泊地は、そのままクワ・トイネ公国の隣国クイラ王国とも国交と軍事同盟を結んだ。

 

 トラック泊地は多くの食料と資源の輸入を求めて来て、大地の神に祝福されたクワ・トイネ公国は多くの食料を輸出し、向こうで栽培している独自の作物を育てる為に土地を貸し出し、クイラ王国は資源を輸出した。

 

 クイラ王国は元々作物の育たない不毛の土地であったが、クイラ王国中に湧き出る黒く燃える水の存在を聞いた『大和』は血相を変え、すぐにクイラ王国との国交を結ぶべくクワ・トイネ公国に仲介して貰うように頼み込み、クイラ王国と国交を結んだ。

 その後の調査で黒く燃える水こと石油以外に石炭や武器兵器の製造に欠かせない鉱石や電子機器の製造に必要なレアメタルが発見されている。この結果に妖精達は「ヒャッハー!! 新鮮な素材だぜぇ!!」と言わんばかりに狂喜乱舞していたそうな。

 

 これらの輸出に対して、トラック泊地は多くの技術の輸出を行った。主にインフラ技術だが、その多くは武器兵器であった。

 

 

「これほどのインフラ技術を輸出してもらっているだけでもありがたいが、何より彼らが使用している武器兵器を輸出してもらえたのは、感謝しかないな」

 

「正確には彼らにとって古くなった代物ですがね」

 

「それでも、我々からすればどれも凄まじいものだ」

 

 カナタは列車が走る線路の隣の線路で『D52形蒸気機関車』が牽く貨物列車が走っていくのを見ながら、一年前にトラック泊地へ視察に向かった視察団からの報告書を思い出す。

 

 クワ・トイネ公国とクイラ王国は食料や資源の輸出と引き換えに、トラック泊地より陸戦隊で一部を除き使わなくなった旧式の武器兵器を輸入して、軍に配備している。その性能に軍は驚きを隠せなかったが、同時に歓喜に満ちていたとの事。

 それらの武器兵器の訓練は、トラック泊地から派遣された指導官が行っている。

 

 最近ではトラック泊地で建造された船舶が海軍に配備されつつあった。

 

「今思えば、彼らが平和的で何よりでしたね」

 

「あぁ。もしあれだけの技術力と力を持ってして覇を唱えていたら、ゾっとしないよ」

 

 カナタは身体を震わせる。

 

 視察団からの報告でKAN-SENの事や陸戦隊の装備を聞かされた時は、顔を真っ青にして、震え上がったそうな。

 

 そしてしばらくして行われた陸海での火力演習でKAN-SENの力を目の当たりにしたことで、カナタ達は身体の心から震え上がったそうである。

 

「しかし、今でも信じられないものだ。KAN-SENというのは」

 

「えぇ。あのような可憐な女性少女達が、我々の常識を超えた兵器とは」

 

「その上、あれほどの力を有しているとは。彼らが居た世界はどれだけ戦乱の世界だったのだろうか」

 

 予想できない修羅の世界に、彼は思わずため息を付く。

 

 

「……それで、ロウリア王国の動向はどうなっている?」

 

 カナタは気持ちを切り替えて、秘書に問い掛ける。

 

「諜報部とトラック泊地の諜報員によれば、工業都市ビーズルの工場と各地にある町工場での大量の武器の製造、港の造船所では軍船の建造、各所でワイバーンの調達と、大規模な軍拡が行われているようです。不確定情報ですが、外来船が港にひっきりなしに出入りしては、荷物を港に降ろしているようです」

 

 秘書はタブレット端末を手にして、報告書のデータを開いて内容をカナタ首相に伝える。

 

「軍拡……。ロウリアとの衝突は避けられそうに無い、か」

 

「抑止力として外交のカードとして使うか、正面切って戦争をするのかはまだ分かりませんが、ここまであからさまに軍拡をしている以上、後者の可能性が非常に高いです」

 

「うーむ。しかし外来船か」

 

「どこの国の船かは分かっていませんが、少なくともロウリア王国を支援しているのは間違いないかと」

 

「……」

 

 カナタは腕を組み、静かに唸る。

 

「……これだけの支援が出来る国は、限られるな」

 

「えぇ。シオス王国はあくまでもロウリア王国の貿易相手。そうなるとロウリア王国を支援しているのは―――」

 

「……パーパルディア皇国か」

 

「恐らくは……」

 

 秘書が肯定すると、カナタは沈黙する。

 

 パーパルディア皇国はロデニウス大陸から北に位置するフィルアデス大陸の大半を有する、第三文明圏の列強国として君臨する大国である。

 

 かの国が支援しているのなら、ロウリア王国の大規模な軍拡も納得がいく。

 

「ロウリアめ。悪魔に魂を売ってでも我々を潰したいか」

 

「愚かなものですね。大陸統一と比べると、明らかに釣り合っているとは思えません」

 

「あぁ。全くだな」

 

 カナタは肯定して頷くと、頭を切り替えて別のことを考える。

 

「仮に戦争になったら、ギムと周辺の村が狙われるな」

 

「恐らくは」

 

 車窓から発展した街並みを眺めながら呟くと、秘書が答える。

 

「疎開命令を出すことも検討しなければならないかもしれんな」

 

「その方が宜しいかと。何かが起きてからでは遅いので」

 

「それもそうだな。次の会議で疎開について決めよう」

 

「分かりました。そのように調整します」

 

 秘書はタブレット端末を操作してメモ帳アプリを開いて先ほどの内容をメモし、その間にカナタは椅子の背もたれにもたれかかる。

 

「今の我々ならロウリア王国に負ける事は無い、が……」

 

「数では向こうの方が圧倒的に上です。武器の性能が良くても、物量を前には無力です。それに実力を発揮できるかどうか」

 

「……」

 

 秘書に痛い所を突かれて、カナタは黙り込む。

 

 国土の広さ故に、人口の数はロウリア王国の方が圧倒的に上であった。当然軍の戦力も向こうの方が上だ。

 

 例え銃や大砲、戦車といった強力な武器兵器を手に入れたとしても、数が少なければ意味が無い。

 

 それに武器兵器を輸入して訓練を行っているとは言えど、導入から今日に至るまでまだ一年に満たない。所々で練度不足が目立っているそうだ。

 

 強力な武器や兵器であっても、使いこなせなければ真価は発揮しない。

 

「トラック泊地の『大和』殿は、要請があれば援軍を出すことは可能と言っています」

 

「……彼らも動いてくれるか」

 

 カナタはそう呟くと、安心したように肩が降りる。

 

(本来であれば、自分達の国は自分達で守らなければならない。だが、プライドに縋っている場合ではない。これは国の存亡に関わるのだから)

 

 内心そう呟き、カナタは決心する。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 場面は変わり、クイラ王国。

 

 

 作物が育たない不毛な大地が広がり、食糧を常にクワ・トイネ公国から輸入しなければならず、仕事に就けれない者や失業者が多く、国民一人一人が貧しい生活を強いられていた貧困な国であったが、トラック泊地より齎されたインフラ技術を投入して生活水準が向上し、大きく様変わりしている。

 

 地下資源の豊富さ、ダダ余りしている土地の存在もあり、この国は今では大きく変化している。

 

 

 クイラ王国の各地には石油が湧き出る場所が多く存在しており、そこには石油の精製所が建ち、そこで様々な種類の燃料が製油されてはクワ・トイネ公国、クイラ王国、トラック泊地へと運ばれる。

 

 鉱物が取れる山では採掘場が設けられて、日々建築材や武器兵器の製造に必要な鉱物を掘り出し、その後国内にある製鉄所にて様々な鉄材に加工され、これも各所へと運ばれる。

 

 クイラ王国は貧困な国であったが、それなりに人数が多く、手先が器用な職人が多かったので、加工業でクワ・トイネ公国と新たに商売をしているそうで、財政が少しずつ潤っている。

 そして採掘業によって仕事が無かった国民に仕事が与えられた事で失業者の数は激減し、その上給料も今までの仕事よりも高かったとあり、インフラ導入に伴い、国民一人一人の生活は豊かになりつつあった。

 

 これらの事業もあって、国内で鉄道の必要性が高く、鉄道ではクワ・トイネ公国よりクイラ王国の方が発達している。

 

 頻繁にクイラ王国内を鉄道が走っては、クワ・トイネ公国の国境線や港へと物資が運ばれる。

 

 クイラ王国は石炭と石油が自国で産出されるとあって、クワ・トイネ公国と違いディーゼル機関車より蒸気機関車が多く運用されており、中身が魔改造されたD52形蒸気機関車や中身が魔改造されたC62形蒸気機関車が多く運用されている。

 まぁ実際は複雑な構造のディーゼル機関車より蒸気機関車の方が扱いやすいからという理由がある。電気機関車は言わずもがなである。

 

 

 更にダダ余りした土地を使い、クワ・トイネ公国陸軍とクイラ王国陸軍が共有で使う演習場や飛行場等の軍事施設が多く作られている。

 

 演習場は小銃の射撃場はもちろんのこと、戦車や榴弾砲、迫撃砲といった兵器運用を行える演習場が多数作られている。

 

 飛行場も間隔を開けて各所に作られており、ワイバーンに変わる新たな戦力として航空機が導入され始めており、特にワイバーンが居ないクイラ王国は積極的に航空機を導入しており、現在必死になってパイロット育成に取り組んでいる。

 クワ・トイネ公国でも航空機は採用されて導入されつつあるが、ワイバーンを既に運用しているとあって、すぐに転換出来るはずもなく、現時点では竜騎士候補生を対象にパイロットを募っており、導入数は少数に留まっている。

 

 将来的にもクワ・トイネ公国も航空機を全面的に運用する予定であるが、航空機への更新後のワイバーンの再利用について様々な意見が出ているとのこと。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 そんな中、クイラ王国にある小銃の射撃場では……

 

 

「用意! 撃て!!」

 

 クワ・トイネ公国陸軍とクイラ王国陸軍の兵士達が一斉に小銃を構え、指導官の女性の合図と共に射撃を始める。

 

 引金を引く度に弾が連続して発射され、銃声と共に発生する反動を抑えようと兵士達は必死であった。その隣では排出されて飛ぶ空薬莢を必死に虫取り網で拾う兵士の相方の姿があった。

 

 放たれた弾は的に命中するも、その場所はバラバラ。真ん中付近に命中する者も居れば、的ギリギリか的にしている紙ギリギリ、そもそも命中しないという者も居た。

 

 十回発砲があると、銃本体下部に差し込まれているマガジン内の弾が切れてボルトが一番後ろまで下がって停止する。

 

「弾倉交換! 急げ!」

 

 指導官の指示と共に兵士達は小銃の下部に取り付けられた20発入るマガジンを外し、空のマガジンポーチに空のマガジンを入れて、別のマガジンポーチよりマガジンを取り出し、小銃に差し込んでコッキングハンドルを引いてボルトを前進させる。

 

 そして指導官の合図と共に再び射撃を始める。

 

 

 クワ・トイネ公国陸軍とクイラ王国陸軍の兵士達が訓練で用いている小銃は『四式自動小銃』と呼ばれるセミオート式小銃である。

 

 四式自動小銃とはトラック泊地の陸戦隊で過去に採用されたセミオート式小銃であり、64式小銃が採用されてからは第一線を退いたが、一部仕様を変更してクワ・トイネ公国とクイラ王国へと再生産され、輸出されている。

 

 主な変更点は使用弾薬で、九九式実包と呼ばれる7.7×58mm弾から64式小銃と同じ7.62×51mm弾に変更され、弾薬変更に伴い銃身を変更し、内部機構も調整等を施して適応させている。使用弾薬を変更した事で、マガジンも本来の10発入りから64式小銃と同様の20発入りマガジンが使用可能となった。

 これにより、いざという時はトラック泊地の陸戦隊と弾薬とマガジンを共有化出来る。

 

 この他にも『九九式短小銃』も輸入されて、これも九九式実包と呼ばれる7.7×58mm弾から64式小銃と同じ7.62×51mm弾に変更されており、銃身と内部機構が変更されている。こちらは狙撃銃として射撃技能が高い者が使用している。

 

 

 ちなみにこの四式自動小銃だが、開発時にこんな話がある。

 

 四式自動小銃の開発の際、動作機構や装弾方法が話し合われ、その際装弾方法でいくつか候補が上がった。

 

 従来の小銃みたくクリップを使って五発ずつの装弾か、マガジンを交換する方法か、エンブロック・クリップ装弾方式が挙がった。

 

 クリップを使っての装弾は時間が掛かると却下され、手堅くマガジンを交換する方法が採用されようとしたが、エンブロック・クリップ装弾方式も候補に残った。

 

 しかしそんな中、一人の妖精がこんな事を言ったそうな。

 

『マガジンを交換するという堅実な作りが出来るのに、わざわざ弾切れを知らせて兵士を危険に曝しかねないエンブロック・クリップを使う物好きな輩が居るのか?』と……

 

 その後堅実かつ素早く簡単にと、マガジンを交換する構造を採用したのである。

 

 

 閑話休題(話を戻そう)

 

 

「射撃終わり!!」

 

 交代しながら射撃訓練が続き、指定の弾数を撃ち終えて指導員が終了を告げる。

 

「訓練終了! 用具は指定の場所へ収容! 薬莢数え始め!」

 

 指導員の指示を聞き、兵士達はすぐに四式自動小銃よりマガジンを抜き取り、コッキングハンドルを二、三回引いて薬室に弾が残っていないのを確認して、銃本体をガンラックカートに戻す。

 

 その傍で虫取り網の中にある空薬莢を兵士が数えて、訓練開始時の弾数と薬莢を確認する。兵士は弾薬係に数を報告するが、その弾薬係も薬莢を数えて確認する。ちなみにその弾薬係はトラック泊地より派遣された喋る事が出来る妖精達である。

 もし数が合わなければ連帯責任で総出で地獄の薬莢探しが開始される。もちろん見つかるまで捜索は終わらない。

 

 なので、薬莢取り係の兵士は他の兵士からの重圧が凄く、もし薬莢を回収し損ねて紛失すれば、恨みを買うことは間違い無し。

 

 

「はぁ……」

 

 そんな中、一人の兵士がため息を付く。彼はクワ・トイネ公国陸軍の兵士で、最近訓練に入ったばかりだ。

 

「どうしたんだ?」

 

 と、同僚の兵士が新入りの兵士に声を掛ける。

 

「いや、俺今日も的に当たらなかったなぁって」

 

「はぁ……」とため息を付き、自分が狙った的を見る。

 

 その的には穴はおろか、かすり傷すらなかった。

 

「また当たらなかったのか? もう二日連続だぞ」

 

「あぁ。また隊長にどやされる」

 

「はぁ……」とこの後あるであろう事に、再度ため息を付いて落ち込む。

 

「俺、向いてないのかな……」

 

 気持ちが更に落ち込み、彼はうな垂れる。

 

 

「どうした?」

 

 と、新入りの兵士に指導官の女性が声を掛ける。

 

「きょ、教官!」

 

 兵士は振り返ると、指導官の女性に敬礼する。

 

 その女性は黒いショートヘアーに片目が隠れるような髪型をして、瞳の色はブルーグレーをしている。青いロングコートの下に胸元が開けたドレス風の軍服を身に纏い、タイトスカートにストッキングを支えているガーターベルトとそこから見える絶対領域、開けた胸元から覗く谷間が艶かしく、その格好は兵士達からは大変人気である。

 

「い、いえ! 何でもありません!」

 

「何でもないなら、そう何度もため息を付くとは思えんが?」

 

「っ!」

 

 指導官の女性ことKAN-SEN『アークロイヤル』はそう指摘すると兵士は反応する。

 

「……あぁ、お前はあそこの的を狙っていた兵士か」

 

「……っ!」

 

 『アークロイヤル』が思い出したように呟くと、兵士は更に反応する。

 

「そう身構えるな。弾が一発も当たらないで怒鳴るようなことはしない」

 

「で、でも、二日連続で一発も当たらないなんて―――」

 

「最初は当たらなくて当然だ。これは射撃に関係なく何でも最初はそんなものだ」

 

 『アークロイヤル』は兵士の言葉を遮り、話し始める。

 

「最初から何でも出来るやつは小説の中の主人公ぐらいだ。現実ではまずいないさ」

 

 彼女は妖精に目配せをしながら兵士に冗談を交えて語り掛ける。

 

「何にせよ、最初は下手で当たり前だ。何事も技術というのは経験を積んで身に付けるものだからな」

 

「それは……」

 

「だが、お前の銃の構え方はあまり良くないな。小銃の反動を制御出来ていないし、体勢が整っていないまま連続して射撃を行っている。その上撃っている度に銃声に驚いて目を閉じているようでは、的に当たるわけがない」

 

「……」

 

 心当たりがあり過ぎたのか、兵士は表情を暗くして落ち込む。

 

「だが―――」

 

 と、『アークロイヤル』は妖精が持ってきた四式自動小銃を受け取り、マガジンを差し込んでコッキングハンドルを引く。

 

「ちゃんと銃を構えて、反動を制御できれば―――」

 

 彼女は銃を素早く構え、引金を引く。

 

 強い反動が彼女に掛かったはずなのに、銃口は大きくぶれること無く、銃弾は的の中央を貫く。

 

「ま、真ん中……」

 

 兵士が思わず声を漏らすと、直後『アークロイヤル』が短い間隔で引金を引き、連続して銃声と共に弾が放たれる。

 

 連続して射撃をしているにもかかわらず、『アークロイヤル』は銃口を的から大きくずらす事無く狙いを定めている。

 

 次々と的の中央付近に穴が開いていき、訓練である為に半分の10発しか入っていないマガジンを撃ち終え、ボルトストップが掛かる。

 

 『アークロイヤル』に狙われた的は真ん中とその付近に風穴を空けており、しかも均等に穴が空いているとあって、それだけでも彼女の技量の高さが窺える。

 

「練習を積んでいけば、射撃はここまで極められる」

 

 彼女は空になったマガジンを外し、コッキングハンドルを二、三回引いて薬室に弾が入っていないのを確認して、妖精に銃とマガジンを返す。ちなみに薬莢は他の妖精が虫取り網で回収済みである。

 

「……」

 

「まぁ、これはあくまでも極端な例だ。目標で良いが、別にこれを今すぐやれとは言わん」

 

 唖然となっている兵士に『アークロイヤル』はフォローを入れる。

 

 いつの間にか遠巻きに他の兵士達が見ていた。そしてアークロイヤルの射撃の腕前に唖然としている。

 

「銃の構え方と反動の制御の基本を覚えていれば、弾は当たる。後は経験を積んで腕を磨くしかない」

 

 彼女は兵士に教えると、右肩に右手を置き、射撃場を後にする。

 

 そんな厳しくも優しく、射撃の技量も相まって、男女問わずアークロイヤルに対して尊敬の眼差しを向ける。

 

 

 

 さて、ここで疑問に思うのが、なぜ兵士の訓練を洋上で戦うはずのKAN-SENが指導しているのか、ということだろう。

 

 これはトラック泊地に暮らすKAN-SEN達の特殊性が大きく関わっている。

 

 トラック泊地のKAN-SENの中には自身のKAN-SENとしての役割の他に、様々な事をする者が多い。これは他の基地では見られない彼ら独自の体制だ。

 

 例えば『三笠』は陸戦隊の司令官として陸上で指示を出し、一部のKAN-SEN達も自身の出撃が無ければ戦車隊や砲兵隊、更には航空隊の指揮を執っている。

 

 なので、それぞれ独自の技術や知識を持つKAN-SEN達は両国の軍へと教導の為派遣され、武器兵器の運用を教導している。

 

 『アークロイヤル』は艤装の関係上か、銃を用いた射撃が非常にうまく、教えもうまい。

 

 そんな彼女のスキルを『大和』は買って、『アークロイヤル』にはクワ・トイネ公国陸軍とクイラ王国陸軍の兵士達の射撃訓練の教官をしてもらっている。

 その他にも空母としての知識と技術も生かし、両国のパイロット育成の教官も『加賀』と共に行っている。

 

 その為、彼女は両国の陸軍兵士とパイロットからの人気が高い。ゆえに美人な彼女を襲おうとした輩が居たが、KAN-SENの彼女に敵う筈もなく、あえなく返り討ちにした。それ以降『アークロイヤル』を襲おうと考える者は居なくなったそうな。

 

 ここまで来れば『アークロイヤル』の有能さが窺える。いや実際に有能である。

 

 

 

 

 が、この派遣に関しての真相は、彼女のイメージを根底から崩してしまうものであった。

 

 何せ『アークロイヤル』は色々とやらかしたことが発覚し、『大和』に説教を喰らった後に罪滅ぼしを兼ねて教導隊の一員として送り込まれている。

 

 で、何をやらかしたかと言うと……『駆逐艦の盗撮』である。つまり『アークロイヤル』は、まぁ所謂ロリコンである。しかもその対象は『冬月』や『名月』達も含まれているようで、最近ではショタコン疑惑が浮上している。

 

 その盗撮が発覚して、彼女は罪滅ぼしを兼ねて教導隊の一員として派遣された、というわけである。

 

 

 一応彼女の名誉の為に言っておくが、『アークロイヤル』が好きなのはあくまでも『駆逐艦』であり、小さい子であれば誰でも好きと言うわけではない。実際彼女は演習場の近所の町に暮らす子供達から懐かれているが、いつものクールな雰囲気で接しており、決して小さい子供に対して○○(発情)してはいない。

 が、後々の出来事で本当に駆逐艦だからなのか、という疑惑が浮上するのだが、そこは置いておいて……。

 

 

 まぁ兎にも角にも、『アークロイヤル』は駆逐艦が絡まなければめっちゃ有能なのは確かである by『大和』

 

 

 




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第十話 平和を望むのならば戦いに備えよ

 

 

 

 

 トラック諸島 トラック泊地

 

 

 トラック諸島はいくつもの島々が集まった諸島であり、その中心部に大きな湾内を持ち、その規模たるや空母が全速航行しながら艦上機を発艦させられるほどの広さがある。

 

 島の各地は妖精達によって整備されており、様々な物を製造する工場や整備場といった設備に、物資や人員を各島へと運ぶ為の鉄道、飛行場に軍港、演習場といった軍事施設、様々な研究や開発を行う施設、KAN-SEN達の精神面を癒す娯楽施設など、何でもござれな状態だ。

 

 それに加え、島の規模を拡大する為にいくつかの島には埋め立て工事が行われており、拡張された土地に必要な施設を妖精達が作っている。主に艦船を建造、修理を行うドックである。

 その土木材を妖精達は何処で調達してきたのかは分からないが。

 

 国が威信を掛けて整備したわけではなく、それどころかセイレーンの攻撃を受けて、長らく放置され廃墟と化した無人島を、どこの国や組織からの援助無しにここまで発展できたのだから、妖精達の技術力の高さが伺える。

 でなければKAN-SEN達を管理運用を行い、尚且つ陸戦隊を編成して維持することなど出来るはずも無いだが。

 

 

 閑話休題(それはともかく)……

 

 

 このトラック諸島には多くのKAN-SEN達の他に妖精達に加え、極少数ではあるが人間や最近棲み始めた『とある飛行生物』が暮らしている。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「次のクワ・トイネ公国軍とクイラ王国軍へ納入分の小銃と機関銃、榴弾砲の生産は終了。随時輸送船へ積み込まれているか」

 

「到着は二日後を予定しています」

 

 トラック諸島のいくつもある島の内、春島と呼ばれる島にある建物の執務室で『大和』は『天城』と共に執務を行っている。

 

「次の発注分の小銃、機関銃は既に生産を終えて発送待ち。榴弾砲は次の輸送船が到着する頃に生産が完了するとの事です」

 

「そうか。しかし……」

 

 『大和』は書類に記載されているクワ・トイネ公国軍とクイラ王国軍からの発注分を見て、苦虫を噛んだように顔を顰める。

 

「分かってはいたが、こんなに発注が来るとはな」

 

「仕方ありません。軍全体に行き渡らせるので、こうなるのは当然かと」

 

「そりゃそうか」

 

 そう呟きながら彼は頭の後ろを掻く。

 

「でも、製造部門の妖精達は意気揚々としていましたよ。暇じゃなくなったと仰って」

 

「……工場フル稼働にして間に合っていないのに?」

 

 『天城』の口から明かされた事実に『大和』は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 トラック泊地がクワ・トイネ公国とクイラ王国の両国に対して輸出しているのは、過去に陸戦隊で用いられていた『九九式短小銃』と『四式自動小銃』『九九式軽機関銃』に加え『ブローニングM2重機関銃』といった銃火器と、榴弾砲のみ現在陸戦隊の砲兵隊が運用している物が輸出されている。

 車輌も多くの物が輸出されており、その中には戦車も含まれている。

 

 現在トラック諸島にある工場をフル稼働してこれらの旧式武器兵器を再生産して輸出している。

 

 しかし一度生産を終えた物を再生産するのは決して楽なものではなく、その上工場の数だって多くないとあって、量産数は多くない。

 

 それはともかくとして、これらの武器兵器の輸出の対価として、クワ・トイネ公国は食料を輸出してと土地を提供し、クイラ王国は石油を含む地下資源を採掘する為に多くの土地を提供している。

 

 

「まぁともかく、注文が続く限りは生産は続けるように製造部門に言っておいてくれ。もちろん、陸戦隊の装備も合わせてな」

 

「分かりました」

 

 『大和』は書類を纏めながら『天城』に指示を出す。

 

「ですが、今後のことを考えますと、工場の増設を行う必要があるかと」

 

「増設か……」

 

 『大和』は腕を組み、静かに唸る。

 

「さすがにこの島で増設するのは……無理だよな」

 

「これ以上の増設となりますと、更なる埋め立て工事が必要になると、妖精さん達は言っていました」

 

「そうなると相当先の話になるか」

 

 彼は椅子を回して窓の方を向き、空を見つめる。

 

「……一応クイラ王国から土地を借りて工場を建てる計画はあるが、今はまだ無理だな」

 

「製造した銃火器の流出を恐れてですか?」

 

「あぁ」

 

 『大和』は『天城』の疑問を肯定する。

 

「銃の管理は出来ても、人間の管理は難しいからな」

 

「……」

 

「だからまだ工場の進出は出来ない。少なくとも、今はな」

 

「そうですか」

 

 『天城』は納得したように頷く。

 

 

 彼が海外へ工場の進出を躊躇うのは、製造した武器兵器が他国へ横流しにされる事を恐れてである。

 

 クワ・トイネ公国やクイラ王国の中には当然隣国のロウリア王国からの密偵が潜んでいるだろうし、その密偵による裏工作で銃火器がロウリア王国へと横流しにされる可能性が高い。

 

 その事を考慮し、『大和』は輸出した銃火器類の厳重な管理を両国に要請して、万が一を考えてトラック泊地よりその管理を担当する者が出向している。

 

 そんな厳重な管理が功を奏していて、今の所銃の紛失は確認されていない。といっても、最近管理者に賄賂を渡して銃を持ち出そうとした輩が出て拘束されたばかりだが。ちなみに拘束されたのはロウリア王国の密偵より賄賂を渡された兵士であった。

 もちろんそのロウリア王国の密偵も憲兵隊によって拘束されており、その後密偵を尋問して他の密偵の居場所を特定して拘束している。

 

 

 えっ? どうやって尋問したかって? 北連方式で手っ取り早く……

 

 

 しかし現在トラック泊地にある工場では生産が間に合っていないのが現状であり、生産量を安定させる為にも工場を増設する必要があるが、今のトラック諸島にはその土地的余裕が無い。

 だから土地がだだ余りしているクイラ王国に生産工場を増設しようと考えていたが、先述した通り密偵による裏工作で武器兵器の横流しによる流出が起こる可能性が高い。

 

 しかしロデニウス大陸の技術レベル的に銃火器を解析してコピー生産するのは不可能であるのは確かであり、流出した所で然したる問題は無い。仮に戦闘に駆り出されたとしても、補給の出来ない銃火器は時間が経てばただの鉄の塊と化すだけである。

 

 だが、そのまま第三国へと流出してしまうのは別問題になるので、そうならないように厳しく管理している。

 

 まぁ、その事もあってしばらく工場の増設は見送るしかない。

 

 

「今日の書類はこれで終わりだったな」

 

「はい」

 

「この後の予定は?」

 

「いいえ。ありませんわ」

 

「そうか」

 

 『天城』がタブレット端末を手にして予定表を開き、予定を確認して無い事を伝え、『大和』は書類を棚に仕舞うと、席を立って背伸びをする。

 

「それじゃ、『赤城』の所に行くか」

 

「はい。『赤城』もお喜びになります」

 

 『大和』は制帽を被りながらそう提案して『天城』はタブレット端末を充電器の台座に戻しながら微笑みを浮かべ、二人は執務室を出る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 建物を出た二人は歩いて『赤城』が居る研究所へと向かう。

 

「今日は良い天気だな」

 

「はい」

 

 『大和』は快晴な空を見上げながら呟くと、和傘を挿している『天城』が相槌を打つ。

 

「そういえば『赤城』のやつ。そろそろストレスが爆発しそうな気がするな」

 

「そうかもしれませんわね」

 

 と、二人は歩きながらいきなり物騒な事を話していた。

 

「まぁ『赤城』はたまたま重なったから良いが、『加賀』は改装中ずっと待機しているから、大分溜まっているだろうな」

 

「そうですね。この間『加賀』さんは私や『土佐』さんに愚痴っていましたわ」

 

「だろうな」

 

 容易にその姿を想像出来てか、『大和』は苦笑いを浮かべる。

 

「『赤城』も今は何ともありませんけど、枷が外れればいつもの日常ですわ」

 

「……」

 

 『天城』の言葉でいつもの日常が思い出されてか、『大和』はため息を付く。

 

「大丈夫ですわ、総旗艦様。いざという時は、私が『赤城』を止めますので」

 

 と、右手を握り拳にしながら彼女が笑顔で頼もしい事を言ってくれるも、『大和』は安心出来なかった。

 

 

 『赤城』と『加賀』でさえ恐れるその拳がこちらに向けられると言うのを、彼は知っているからだ。

 

 

 すると風が吹き、二人の長髪を靡かせる。

 

「……やっぱり髪が長いと邪魔だな」

 

 『大和』は風に靡く自身の髪を鬱陶しそうに押さえる。

 

「そんな事を言わずに。総旗艦様は髪が長い方がお似合いですわ」

 

「そうは言っても。髪が長いと大変なんだよなぁ」

 

「ですから、私や『赤城』、『加賀』さんに、メイドの皆様が総旗艦様の髪の手入れをしていますので」

 

「……」

 

 ニコニコと笑みを浮かべる『天城』に、『大和』は顔を顰める。

 

 空母である彼は戦闘時激しく動く事はあまり無く、他の事に集中しているからさほど髪の長さを気にする事は無いのだが、日常生活だと常に髪の長さが気になり、それに困る事が多々ある。

 

 それなら髪を纏めるか切るのだろうが、彼の髪質が特殊な為纏められず、切るのも『天城』を筆頭に多くのKAN-SENが反対している。その上髪の手入れはその反対派が責任を持って行っているので、彼は強行する事も出来ず、渋々髪を長いままにしている。

 

 ちなみに一度だけ反対派の意見を無視して髪を無断で切った事があったが、その時『天城』は今まで見たことの無い表情を浮かべて、『大和』は命の危険を感じてすぐに元に戻したそうな。

 

 

 

 温暖な気候の中、二人が歩いていると、遠くから轟音がして二人の耳に届き、顔を見上げる。

 

 小さい雲がちらほらとある青い空には、訓練の為に飛行場より飛び立った戦闘機6機編隊が轟音と共に飛行していた。

 

「俺の航空隊も、ようやく機種変換が終わりそうだな」

 

「そのようですわね」

 

 二人は6機編隊の戦闘機を見つめる。その戦闘機には『大和』の艦載機である事を示す部隊章が尾翼に描かれ、胴には『第一航空戦隊』の所属を表す赤帯が描かれている。

 

「そういえば、倉庫に眠っているあの機体はどうなされますか?」

 

「まだ航空機の扱いに慣れていない両国に渡しても、手に余るだけだ。それに試験機を渡すわけにもいかん。今はまだいい」

 

「そうですか」

 

 二人はトラック泊地の倉庫に眠る試験運用を行った機体の事を思い出しながら、歩く。

 

 

 

 しばらく歩くと、二人の居る場所から遠く離れた海上にて、KAN-SEN達が人型形態で演習を行っており、二人は立ち止まる。

 

「相変わらず『摩耶』は飛ばしているな」

 

 『大和』は目を細めて演習の様子を観る。

 

 『エンタープライズ』率いる空母機動部隊より飛び立った艦載機の猛攻を避けつつ、『摩耶』は正確な対空射撃を行い、向かってくる艦載機を撃ち落していく。

 その近くでは『鞍馬』と『冬月』を含めたKAN-SEN達も対空戦闘を行って艦載機の攻撃を掻い潜って迎撃する。

 

 見た所、『摩耶』達の被害は軽微のようだ。

 

「『摩耶』さんの対空戦闘はKAN-SENの中でも上位に入りますが、やはり何時見ても凄まじいですね」

 

「あぁ。だからこそ、空母にはとても頼もしい存在だよ」

 

 『大和』は艦載機の攻撃を掻い潜る『摩耶』を観ながら呟く。

 

「……」

 

 ふと、彼の脳裏にあの時の戦いが過ぎる。

 

 

 戦争を終わらせる為の一手として、多くの若者と仲間、更に弟達を生贄に捧げた、あの戦いが……

 

 

「……」

 

 『大和』は無意識の内に右手を握り締める。

 

 二人はしばらく演習を眺めた後、再び歩き出す。

 

 

 

「総旗艦様」

 

「何だ?」

 

「お一つ、お聞かせ願いませんでしょうか?」

 

 『赤城』が居る研究所までまだ中間までの道中で、『天城』が『大和』に問い掛ける。

 

「今回のクワ・トイネ公国とクイラ王国への武器兵器の輸出についてですが」

 

「……」

 

「総旗艦様の判断を蔑ろにするつもりはありませんが、疑問を抱かないと言えば嘘になります。なぜ旧式とはいえど、武器兵器の輸出の判断を下されたのでしょうか?」

 

「……」

 

「確かにこのトラック諸島、もといトラック泊地には国と国交するに必要な対価が余りありません。武器兵器の輸出の判断を下したのも致し方がないかと」

 

「……あぁ」

 

 『大和』は一間置いて短く返事をする。

 

 トラック泊地には農業や漁業で国と取引できる物や量が無く、特徴ある資源も無い。彼らが国との貿易で出せるのは独自に生産できる武器兵器だけである。

 

「ですが―――」

 

 と、『天城』はスゥ、と目を細めて、まるで試すかのように見つめる。

 

「これらの武器兵器が争いの火種になると、想像出来たのでは?」

 

「……」

 

 『天城』の意見に、『大和』は何も言わなかった。

 

「ロデニウス大陸にある国々の技術力は我々からすればとても古い。そこに旧式とは言えど、銃火器や大砲、戦車、航空機を輸出すれば、それを使って両国が他国へと侵攻するとも考えられます」

 

「……」

 

「それを考えますと、安易に輸出の判断を下すべきでは無かったのでは?」

 

「……」

 

 『天城』の意見に、『大和』は前を見る。

 

「まぁ、そう簡単に下すような判断じゃなかっただろうな」

 

「……」

 

「無闇に武器兵器をばら撒けば、それが争いに繋がる。強大な力を得た人間は、その力を振るいたくなる」

 

「……」

 

「そのくらい、分かっているさ」

 

 『大和』の脳裏には、人間だった頃にミリオタとして知った紛争の事が過ぎる。

 

 無闇に武器をばら撒き、安易に手に入れれば、それを使って争いを起こす者達が居るのだから。

 

 そして力というのは人の心を酔わせて、野望を抱かせる。その欲望を満たす為に、戦争を起こす者も居る。

 

 『大和』はその事を知っているから、何の考えも無しに武器兵器の輸出を認めたわけではない。

 

「ロウリア王国の国策が無ければ、両国へ武器兵器の輸出の判断を下したりなんかしないさ」

 

「……」

 

「というか、最初から分かっていて聞いているんだろ」

 

「はて、何のことでしょう」

 

 と、『天城』はさっきまでの雰囲気は何処へやら、わざとらしく惚けた様子を見せる。

 

 彼女は時折『大和』を試すようにこういった質問をしてくる。と言っても、『天城』自身『大和』の事は誰よりも知っていると自負しているので、彼の答えは聞く前から分かっている。

 

「まぁ、両国に武器兵器の輸出の判断は、対ロウリア王国に備えてだ」

 

「カナタ首相も仰っていましたわね。ロウリア王国は長きに渡って亜人を迫害し続けていると。ここ最近は国境沿いで挑発行動が日に日に増えているとか」

 

「亜人に対して排斥的な思想を持っているロウリア王国は、恐らく両国に戦争を仕掛ける可能性がある。実際ロウリアに潜入している『五人』の報告では、ロウリア王国は大規模な軍拡を行っている。それに加えて国境線付近に部隊が集結している情報も入っている」

 

 『大和』はロウリア王国に潜入して諜報活動を行っているKAN-SEN達からの報告を思い出す。

 

「ロウリア王国は国土が広く、軍事力もクワ・トイネ公国軍、クイラ王国軍を合わせても上回っている。同じ技術力同士では、負けは見えている」

 

「その為に、クワ・トイネ公国とクイラ王国には力を付けてもらう一環で輸出の判断を下した、と」

 

「そういう事だ。それと、両国には援軍要請があれば戦力を送るとな」

 

 『大和』が相槌を打つと、再び空を見上げる。

 

「平和を本当に求めるのなら、いつか来る戦いに備えなければならない。武力の無い完全平和は幻想に過ぎない」

 

「……」

 

「もし俺達が見て見ぬフリをして、ロウリア王国が両国を滅ぼして大陸を統一すれば、俺達は生命線を失うことになる」

 

「……」

 

「ロウリア王国の事だから、俺達が国交を結びたいと交渉しても、門前払いか、こちらに耐え難い要求をするだろう。そうなれば、俺達は生きる為にも侵略的行動を取らざるを得ない」

 

「……」

 

「俺達の力はあくまでも身を守る為、平和を求める為にある。決して侵略の為ではない」

 

 『大和』の言葉を、『天城』は黙って聞く。

 

「って、兵器である俺達が言っても、矛盾しているし、説得力が無いよな」

 

「ハハハ……」と『大和』は苦笑いを浮かべて声を漏らす。

 

「戦う為に生まれた俺達が平和を謳う、か。滑稽だな」

 

 自虐気味に彼は呟き、表情に影が差す。

 

「いいえ。そのお考えはとても素晴らしいものかと」

 

 と、『天城』は立ち止まると、『大和』も立ち止まって彼女の方を見る。

 

「確かに戦う力を持つ私達KAN-SENが平和を謳うなど、矛盾した発言です。言ってしまえば、私達の存在が平和から遠ざけ、争いを招いているという見方もあります」

 

「……」

 

「ですが―――」

 

 と、『天城』は薬指に指輪が嵌められた左手を『大和』の頬に添える。

 

「口先だけで平和を謳い、足を引っ張るような輩と比べれば、平和を齎す為に行動する総旗艦様は、とても素晴らしいかと」

 

「……『天城』」

 

「あの時も、総旗艦様は私達の為に、行動を起こしてくださいました」

 

「だが、その結果アズールレーンを敵に回してしまった。そのせいで……俺は……」

 

 『大和』は右手を握り締める。

 

「総旗艦様が行動を起こさなければ、今頃トラック泊地はアズールレーンの手中に収められ、私達はバラバラに散っていたでしょう。それに、総旗艦様と指揮艦様達はアズールレーンに属する各国に連れ去られ、実験台にされていたでしょう」

 

「……」

 

 『天城』の言葉に『大和』は何も言わない。

 

 

 旧世界において、男性型KAN-SENの存在は彼らが唯一無二の存在である。その上『大和』と『紀伊』、そしてその姉妹(きょうだい)艦のKAN-SENの力は他のKAN-SENを凌駕している。

 

 片や装甲空母でありながら艦載機の搭載数が正規空母並みにあり、尚且つ空母とは思えない耐久性を持つ空母。

 

 片や艦載砲としては最大の51cm砲を持ち、どの戦艦よりも強く、航空機の攻撃に対して比類なき強さを持つ戦艦。

 

 そんな貴重で強大な彼らを世界がただ見ているはずがない。

 

 レッドアクシズ側は穏便に接触したが、アズールレーン側は強気で接触し、ある時に彼らの逆鱗に触れてしまい、戦争状態に突入した。

 

 それにより、アズールレーンは彼らの捕獲を目的にした戦争を仕掛けてきたのだ。

 

 もし彼らが世界各国に連れて行かれたとしたら、そこに待ち受けるのは地獄だっただろう。

 

 しかし同時に、世界は男性型KAN-SENに新たなる可能性を期待していたと思われる。

 

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 

「今となってはたらればの話ですが、私は総旗艦様の判断は間違っていないと思っています。『赤城』も、同じ事を言うでしょう」

 

「あいつの場合は他に考えず俺の意見に同意しそうな事を言いそうなんだがな……」

 

 彼は思わず苦笑いを浮かべる。『天城』も思うところがあってか、釣られて苦笑いを浮かべる。

 

「ですから、総旗艦様は自信を持ってください。長たる者がそんな弱気では、総旗艦様に続く者達が不安になります」

 

「……」

 

 『大和』は頬に添えられている『天城』の手に自身の手を添える。

 

「ホント、お前には敵わないな」

 

「フフ……」

 

 『天城』は微笑みを浮かべる。

 

「では、改めまして『赤城』の元へ参りましょう。さっきから視線が気になりますし」

 

「だな」

 

 『大和』と『天城』は思わず苦笑いを浮かべる。

 

 さっきから研究所から強い視線を感じ取っていた。まぁ誰のものかなんて、言わなくても分かる。

 

 二人は気を取り直して、『赤城』が居る建物へと向かう。

 

 




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第十一話 異なる世界線の『カンレキ』

スカイキッド様より評価1を頂きました。
評価していただきありがとうございます!

魔改造って、どこまでが魔改造の限界なんだろうか……


 

 

 とある日のトラック諸島。

 

 

 

 トラック諸島の沖合い。

 

 

 波が小さい穏やかな海をとある一隻の艦船が航行していた。

 

 島と勘違いしそうなぐらい巨大な船体を持ち、500kg級の爆弾の直撃に耐えうる装甲が施されて、艦載機を加速させて発艦させるカタパルトが埋め込まれ、斜めに突き出た特徴的なアングルドデッキの飛行甲板を持ち、外側にエレベーターを持つその姿は、まるで現代の空母を彷彿とさせる。

 

 このトラック諸島に暮らすKAN-SEN達の長である大和型航空母艦の一番艦……『大和』である。

 

 全力で航行しているのか、艦首が掻き分ける波の高さがそれを物語っている。

 

 

「……」

 

 35ノットを出す自身の半身である艦体の防空指揮所に立つ『大和』は、その身に風を受けながら空を見上げている。

 

(この心地良さ……やはり俺も軍艦だって事を実感させられるな)

 

 諸事情で久しく海に出ていなかった彼は、その風を受けながら内心呟き、口角を僅かに上げる。

 

「どうかにゃ、総旗艦?」

 

 と、彼の隣に立つ緑の髪に猫耳の幼女ことKAN-SEN『明石』が問い掛ける。

 

「さすがとしか言いようが無い。ここまで仕上がっているとは」

 

「まだ完全じゃないけどにゃ。この後ドック入りして最終調整するって妖精さんが言っていたにゃ」

 

「ふむ」

 

 『明石』よりこの後の予定を聞き、彼は声を漏らして自身の半身を見つめる。

 

 この世界に転移する前から『大和』の艦体は試験的な意味合いのある大規模な近代化改装が施されており、現在転移後初めての試験航行を行っている。

 

 『大和』に施された改装内容は以下の通り―――

 

 

・電探や通信設備等の電子機器を新鋭の物に交換。指揮索敵能力を向上

 

・新型機へと機種変換する為、甲板外側にあるエレベーターを拡大化

 

・飛行甲板の艦首側とアングルドデッキ側に設置されている油圧式カタパルトを新型の蒸気式カタパルトに換装。重量ある大型の機に対応。

 

・一部武装を撤去。代わりに新型両用砲と機関砲を搭載。対空迎撃能力を向上

 

・新型機関へと換装。航続距離の延長と出力の向上。

 

・格納庫の改良。艦載機の機種変換で搭載する新型機の運用に適応化

 

・後に搭載予定の兵装に適応する為の改装。

 

 

 等々がある。

 

 

 パッと見は改装前と大きな変化は見られないが、艦載機を甲板に上げるエレベーターが拡大して、電探が以前よりも更に現代的な物に変更されており、電波を発しているレーダーアンテナが一定の速度で回転している。

 煙突も以前と比べて小型化されており、薄っすらと煙を出している。以前と比べて武装の数は大幅に減っているが、その代わり搭載した新型の両用砲と機関砲は対空迎撃能力が高く、少数でも確実に航空機を撃ち落せる。

 

 特にこの新型両用砲は『大和』曰く『ラングレーの置き土産』と呼ばれる代物を解析し、妖精達の手によって独自に開発した物である。

 ちなみに『ラングレー』と言っても、軽空母の方では無いので、あしからず。

 

 

 

「『赤城』と『加賀』の艦体はどうだ?」

 

「二人の方は総旗艦より一年遅れて作業が完了する予定だにゃ」

 

「そうか」

 

 『大和』は声を漏らすと、ドックににある『赤城』と『加賀』の艦体を思い出す。

 

 

 トラック泊地に住む妖精達の技術力の高さはこのトラック泊地を発展させるのみならず、KAN-SEN達の性能を向上させるほどのものであった。

 妖精達は独自の技術を用いてKAN-SENに大規模な改装を施す事で大幅な性能向上を目指した。

 

 主に機関や武装、電子機器の換装といった小規模の改装が行われており、電子機器類の換装は多くのKAN-SENに施されている。

 『赤城』と『加賀』の場合は妖精達の技術が詰め込まれた新しい艤装に交換するという、大胆なものである。二人の出撃が無いのは、この新しい艦体に適応させる為の調整を受けているからである。

 

 これは人類側でも一部のKAN-SENに施されたものを、妖精達が解析してそれを基に開発したものである。

 

 しかしこれらの改装は、下手するとKAN-SENとして再起不能になりかねない危険性を孕んでいる。何せKAN-SENの力の多くを占める艤装に大きく手を加えるのだから。この事もあって、人類はKAN-SENの改造には慎重になっていた。下手に弄って戦力を減らすことになったら、元も子も無い。

 だが、ここの妖精によって改装を受けたKAN-SENは、現時点では一部を除いて異常を起こしたKAN-SENは報告されていない。

 

 

(今の所二人に異常は見られないが、何が起こるか分からん以上、気は緩められない)

 

 『赤城』と『加賀』に施している改装は初めての試みとあって、この作業は慎重であった。

 

 『大和』は何事もなく改装が終わる事を祈るばかりであった。

 

「『蒼龍』の艤装の建造はどのくらい進んでいる?」

 

「大体7割ぐらいだにゃ。完成は『赤城』と『加賀』の二人の新しい艦体の建造が終わると同じぐらいになるにゃ」

 

「そうか」

 

 『大和』は『明石』から聞きたいことを聴き、頷く。

 

 旧世界にて『蒼龍』はアズールレーンとの戦いで艤装を失っており、現在妖精達の手により彼の新しい艤装がドックにて建造中である。

 

 『蒼龍』が航空隊の指揮を執っているのは、この為である。

 

 

「いやぁ、相変わらず凄いねぇこれは」

 

 すると『大和』と『明石』の近くで一人の少女が背伸びをするようにして防空指揮所より景色を眺めている。

 

 少し病的ともいえる色白の肌をした少女で、金色の瞳に背中まで伸びた銀髪を根元で束ねたポニーテールにしており、紺色の作業服に作業帽を被っている。一見すれば作業員の様に見えるが、人間はおろかKAN-SENとは違う雰囲気を持っている。

 

「何時見てもあの妖精は凄まじい技術力と吸収力だ。ちょっと教えただけでここまで出来るなんて」

 

 少女は半ば興奮気味で『大和』の飛行甲板で各々の作業に没頭している妖精達を見て声を漏らす。

 

「君達が本当に羨ましいよ。あんな優秀なUMA(妖精)を従えているなんて」

 

「そうかい」

 

 『大和』は素っ気無く答えるが、少女を警戒しているようにも見える。

 

「それにしても、最初は異世界に転移したとあってどうなるかと思ったけど、むしろ転移前より事は進んでいるね」

 

「……この世界にはアズールレーンもレッドアクシズもいないんだ。周りの目を気にしなくて済む」

 

 『大和』は一瞬少女に疑わしい視線を向けるも、すぐに前を見る。

 

「まぁ確かに。そのお陰で私は楽しみが増えて嬉しいよ。君達の更なる進化をこれほど早く、間近で見られるのだから」

 

「……」

 

「そう警戒しなくても、君達に不利になる様な事はしないさ。むしろ君達に有益な事ばかりをしているじゃないか」

 

「有益な事、か」

 

 大和は自身の艦体を見てボソッと呟くと、新たに換装された蒸気式カタパルトによって新鋭の艦載機が発艦し、その直後にアングルドデッキ側に別の艦載機が高速で進入して着艦フックをアレスティングワイヤーに引っ掛けて急停止する。

 

「私達は出会い方が悪かったけど、これからは良き友人として、付き合っていきたいんだよ」

 

「良き友人、ねぇ……」

 

 とても友好的な少女であったが 『大和』はそれでも警戒を緩めることは無かった。

 

 

 少女の大本(・・)は、そういう存在なのだから。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって『大和』達が居る海域から離れた沖合い

 

 

「……」

 

 とある戦艦の防空指揮所で、『紀伊』は双眼鏡を覗いて沖の方で演習を行っているKAN-SEN達を見ていた。

 

「『紀伊』!」

 

「ん?」

 

 後ろから声を掛けられた『紀伊』は双眼鏡を下ろして後ろを振り返ると、防空指揮所へ一人の女性が出てきた。

 

 栗色の髪をツインテールに纏めており、頭には白い角が生えている女性で、巫女服風の黒い服を身に纏っている。

 

 彼女の名前は『榛名』 金剛型戦艦の三番艦のKAN-SENである。ちなみに二人が居る戦艦は、この『榛名』の軍艦形態である。

 

「どう? みんなの様子は?」

 

「どうもこうも、相変わらずだ」

 

 『紀伊』は再び双眼鏡を覗き込み、演習を見る。

 

 『エンタープライズ』を筆頭にした空母より飛び立った艦載機が海上を走るKAN-SEN達に襲い掛かっていたが、KAN-SEN達は対空射撃を行って攻撃機と急降下爆撃機にペイント弾を命中させて撃墜判定を出させる。

 

 特に撃墜数が多いのは『摩耶』であった。

 

 艦載機の攻撃を避け、高角砲、機銃を用いて次々と攻撃機と急降下爆撃機を落としていく。

 

「うわぁ。相変わらず『摩耶』凄いねぇ。みるみる内に撃ち落していってるよ」

 

「あいつ自身の腕前もあるが、何よりそれを助長させているのは『摩耶』に施された改装だ」

 

 防空指揮所に備え付けられている双眼鏡を覗いている『榛名』が思わず声を漏らし 『紀伊』は双眼鏡を下ろしてそう言う。

 

「『摩耶』は率先して技術を取り入れたからな。あいつがこれまで集めた運用データのお陰で、他のKAN-SEN達の改装に役立っているのだから」

 

「そのお陰で『摩耶』の対空戦闘能力は飛び抜けているんだよね?」

 

「そうだ。まさにあいつは艦隊の空を守る守護神だ」

 

 『紀伊』は僅かに口角を上げる。

 

 妖精達のKAN-SENへの改造は、彼女達の技術力の高さがあったとしても、ノウハウが何一つ無い状態ではどうしようもない。当然何もしないで分かったわけではない。

 何事にも試験を行うものである。

 

 その試験を『摩耶』が率先して受けたのだ。

 

 しかし当然ながら、独自の改装をKAN-SENに適応させるのは容易ではなかった。例えるなら古いパソコンに最新のパソコンのソフトとデータを取り入れるようなものである。

 当初は調整がうまく行かず『摩耶』は試験の度に激しい頭痛と流血を起こしていた。一時期はKAN-SENとして再起不能になりかけそうになるぐらいであった。

 

 何度も調整しつつ改装技術を取り入れる事で、彼女は何とか技術を取り入れ、それらの運用データは後のKAN-SEN達の改装作業に役立てられた。

 

「でも、結構無理をしているよね 『摩耶』

 

「あぁ」

 

 『榛名』は『摩耶』の様子を見てそう呟くと 『紀伊』もその様子に相槌を打つ。

 

 艦載機の猛攻を避け続け、攻撃を捌き続けている『摩耶』だが、呼吸が乱れて顔中から汗が浮かんでおり、動きも最初と比べると鈍い。よく見ると左眼が充血して入るようにも見える。

 

 『摩耶』に新たに技術を取り入れる事が出来たとは言えど、これまでの調整による身体の負担が大きく、その上更なる技術を取り入れている最中であった。

 なので、現在も彼女に掛かる負担はかなり大きいのだ。

 

 すると『摩耶』は回避の為に旋回しようとすると、突然バランスを崩し、海面に倒れ込む。その隙を逃さまいと直後に『エンタープライズ』所属の急降下爆撃機が急降下し、搭載している爆弾を投下して『摩耶』に直撃させ、赤いペイントが彼女にぶちまけられる。

 

 辛うじて大破判定は出なかったので『摩耶』はすぐに立ち上がって戦列に復帰しようとするが、フラフラと足元がおぼつかない。

 

「演習中止! 演習中止!」

 

 『紀伊』は『摩耶』の状態を見かねて、無線で演習を中止させる。『摩耶』達に攻撃していた攻撃機と急降下爆撃機が一斉に攻撃を中止して、主の元へと戻っていく。

 

「『摩耶』。少しは休め。始まってからぶっ続けじゃないか」

 

『ま、まだ僕は、やれる! 止めないでくれ!!』

 

 赤いペイントに染まった『摩耶』は強がって見せるが、完全に息が上がっているし、分かりづらいが脚が震えている。誰が見ても大丈夫に見えないし、まともな状態じゃない。

 

「そんな姿でよく言えるな。万全な状態じゃ無い中で鍛錬を積んでも、技術は身に付かんぞ」

 

『っ……!』

 

「休む事も鍛錬だ。それにこれはお願いじゃない。命令だ」

 

『……分かった』

 

 『摩耶』は渋々とだが、他のKAN-SEN達に混じって『榛名』の方へと戻ってくる。

 

「やれやれ。『摩耶』のヤツには困ったもんだ」

 

 『紀伊』は腕を組んでため息を付く。

 

(……まぁ、彼女の事情を考えれば分からなくもないか)

 

 内心呟きつつ『摩耶』が抱えるある事情を思い出す。

 

「でも『摩耶』の気持ち、分からないでもないかな」

 

 と、『榛名』はどことなく悲しそうな表情を浮かべる。

 

「『摩耶』って、総旗艦の『カンレキ』にある『大戦』の『カンレキ』を持っているんだよね」

 

「言動からすれば、恐らくな」

 

「……」

 

「『榛名』……」

 

 急に黙り込む『榛名』の気持ちを察してか、『紀伊』は彼女の頭に手を置いて優しく撫でる。

 

 

 KAN-SENにはそれぞれ『カンレキ』と呼ばれる記憶と経験が存在する。KAN-SENは旧世界とは異なる世界で起きた『大戦』と呼ばれる戦いの『カンレキ』を持っており、それぞれがその時の事を覚えている。

 

 だが、このトラック泊地にはその『大戦』と異なる世界線で起きた『大戦』での『カンレキ』を有するKAN-SENが多く所属している。

 

 その世界線というのが……『大和』と『紀伊』がそれぞれ経験した『カンレキ』にある『大戦』である。

 

 『摩耶』は『大和』の『カンレキ』にある『大戦』の『カンレキ』を持っている。当時艦長の判断ミスによって敵機の迎撃が間に合わず、魚雷によって沈んだ事で、『大和』や仲間達を守れなかった事を悔やみ、今度こそ空を守れるようにと、努力を続けている。

 それ故に、彼女は無理をしている部分が多い。

 

 ちなみにこの『摩耶』もそうだが、一部のKAN-SENの『カンレキ』は、とてもややこしい事情が絡んでいるのだが、それは後ほど語られるだろう。

 

 そして『紀伊』の傍に居る『榛名』もまた、『紀伊』の『カンレキ』にある『大戦』の『カンレキ』を持っている。彼女はあの大戦末期で途中連合軍による攻撃で沈没寸前になるも、艦長の機転で近くの浜辺へ擱座させ、そのまま戦線復帰できずに終戦を迎えた。

 

 

「あの時、私はみんなの役に立てず『紀伊』に全てを押し付けてしまった。その上他のみんなにも苦労を掛けてしまった」

 

「……」

 

「もっと、もっと私に力があったら、あの時うまくやっていれば、私は……」

 

 表情が沈んでいき、彼女は今にも泣きそうな表情を浮かべている。

 

「……」

 

 すると『紀伊』はため息を付きながら、『榛名』の頭に乗せている手を乱暴に動かす。

 

「ちょっ、『紀伊』!? 何するの!?」

 

 『榛名』は驚いて思わず『紀伊』の手を払い除けて彼を見る。

 

「『榛名』。過去の事を嘆いたって、変える事は出来ない。たられば話をしたって、同じことだ」

 

「でも……」

 

「あの時は、どうする事も出来なかった。むしろ、お前は良くやってくれた。お前や『長門』に『尾張』。それに『向こう』の『大和』が居なかったら、俺はあの時沈んでいたかもしれない」

 

「……」

 

 

「それに、だ」

 

「……?」

 

「同じ過ちを繰り返さない為にも、俺達は頑張っているんじゃないか」

 

「……『紀伊』」

 

 しかし、それでも『榛名』の表情は暗い。

 

「そう気を落とすな。お前は十分に役立っているし、これからもお前の新しい力を頼りにしている」

 

 『紀伊』はそう言うと、『榛名』の艦体を見る。

 

 

 その姿は、本来の彼女の姿を知って居る者なら目を疑うようなものであろう。

 

 榛名もとい金剛型戦艦は45口径35.6cm連装砲を四基八門搭載しているが、『榛名』はその主砲を全て撤去し、代わりに九八式十糎高角砲こと通称『長十センチ連装高角砲』を元に改良した『長十センチ四連装高角砲』を搭載するという衝撃的な改装を施しているのだ。

 しかも主砲の配置レイアウトもかなり弄っており、長十センチ四連装高角砲を前部に二基、後部に二基に加えて水上機を射出するカタパルトと設置位置を撤去して、新たに砲台枠を一基設けて計五基を搭載するという、異様な姿へと変貌している。

 

 主砲を小口径にし、尚且つ砲門を増やしている時点で驚きだが、彼女は副砲も全て撤去し、代わりに連装砲架型の長十センチ連装高角砲を二十四基を紀伊型戦艦みたいに中央部両舷に十二基ずつ所狭しに並べて配置した。これにより長十センチ高角砲は全部で四十四門という、アトランタ級軽巡洋艦もびっくりな高角砲ガン積みな姿へ変貌している。

 この長十センチ高角砲の装填装置と揚弾装置も改良が加えられており、砲弾の装填速度が向上し、更に改良された揚弾装置によって絶えず砲弾が上げられるので、途切れる事無く射撃が可能となっている。

 更に『零式機銃』と『九九式四〇ミリ連装機関砲』をこれでもかといわんばかりに配置されていると、明らかに対空戦闘に特化した姿となっている。

 

 これだけの対空火器を搭載すれば、当然普通ならトップヘビーになりかねないが、主砲を撤去した分に加え内部も弄っているので、意外とバランスは保たれている。

 

 

 ちなみに零式機銃とは『MG151/20』と呼ばれる航空機銃を国産化した物を改良して艦艇の防空機銃へ転用した代物である。それと九九式四〇ミリ連装機関砲はあの『ボフォース 40ミリ機関砲』を国産化した代物である。

 

 

 その上電探は対空用の新鋭の物に加え、高射装置も新鋭にして数も多く搭載されている為、射撃精度も恐ろしく高くなっている。濃密な弾幕が張れる上に精確な射撃を可能にしていると、航空機からすれば悪夢の様な光景だ。

 

 これだけ高角砲や機銃をガン積みしているにも関わらず、その重量は改装前と大差が無く、速力も落ちていないので高速且つ防空戦闘に優れた戦艦となっている。

 

 ちなみにこの改装は『大和』の『カンレキ』の『大戦』にて、伊勢型戦艦二番艦『日向』が砲塔爆発事故を起こしたことで、改修ついでに実際に施された改装を基にしている。

 

 しかし当然ながら戦艦として火力は最低クラスへと落ちており、射程も短いとあって、戦艦が相手では一方的に撃たれてしまう。しかし射程に入りさえすれば、榴弾の雨を敵艦に降り注がせる事になる。

 

 戦艦としての火力は失われることになったが、それでも顧みずに彼女がこの改装を受け入れたのは、いや、彼女自身がこの改装を求めたのは、航空機から『紀伊』を守る為である。

 

 自身の高速性能と防空性能で『紀伊』や仲間達を守る為に、『榛名』は戦艦としての矜持を捨てて、艦隊の空を守る防空戦艦として生まれ変わった。

 

 

「お前のお陰で、艦隊の空は守られている。もちろん俺の上空もな」

 

「……『紀伊』」

 

「だから、これからもよろしく頼む」

 

「……うん」

 

 『榛名』は頷くと、『紀伊』に寄り添う。

 

(まぁ、過去を嘆いているのは、俺も同じなんだがな)

 

 『紀伊』は内心呟きつつ、再び『榛名』の頭に手を置いて優しく撫でながら、空を見上げる。

 

 これほどの力がありながらも、戦いに勝つことが出来ずに誰も守れなかった。むしろ自分を守る為に戦い、死んでいった者達がいて、彼は後悔している。

 

(今度こそ、守らないとな)

 

 空を見上げるその目には、揺るぎない決意が篭っていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、戦乱の時は、刻々と近づいていた……

 

 

 




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第十二話 ロウリアの野望

戦乱の時は近づく……


 

 

 

 中央歴1639年 3月25日 ロウリア王国 首都ジンハーク ハーク城

 

 

 ハーク城にある会議室―――というより謁見室に見える―――に、多くの人影が集まっていた。

 

 

 

「陛下。全ての準備が整いました」

 

 跪くロウリア王国軍の総司令官『パタジン』は、玉座に座る現ロウリア王国 国王『ハーク・ロウリア34世』にそう告げる。

 

「皆の者。これまでの準備期間、ある者は厳しい訓練に耐え、ある者は財源確保に寝る間を惜しんで奔走し、またある者は命をかけて敵国の情報を掴んできた。皆大儀であった。亜人―――ロデニウス大陸に蔓延る害獣共を駆逐することは、先々代からの大願である。その大いなる遺志を次ぐ為、諸君らは必死で取り組んでくれた。まずは諸君らの働きに礼を言う」

 

 王は……ハーク・ロウリア34世はゆっくりと深々と頭を下げる。

 

「おぉ……」

 

「なんと恐れ多い」

 

 頭を下げた王の姿に皆は恐縮し、そして感動する。

 

「パタジンよ。二つの国を同時に敵に回して、勝てるのか? これまでの戦略でも、一度に二国を相手にするのだけは、避けるようにしていたはずだが?」

 

 威厳ある壮年の姿をしたハーク・ロウリア34世は、パタジンに問い掛ける。

 

「はっ、確かにこれまではそうでした。しかし、一国は農民しかいない国、もう一国は作物が育たない不毛の地に住まう貧しい者達。その上どちらも人種に劣る亜人が多い国。負ける事は万が一にもございませぬ」

 

「うむ、そうか」

 

 パタジンの答えを聞いてハーク・ロウリア34世は頷く。

 

(これでようやく、先々代からの悲願が達成される……!)

 

 長い時を経て、亜人撲滅とロデニウス大陸統一という悲願が叶えられるとあって、表情こそ少し笑みがこぼれているぐらいだが、内心歓喜に染まっている。

 

 するとそんなハーク・ロウリア34世の気持ちをよそに、後ろに居た黒いローブを着た男性が近づいてくる。

 

「クックックッ、国王様。大陸を統一した暁には、あの約束をお忘れなく」

 

 気味の悪い声でそう告げると、王は振り返って吠える。

 

「言われずとも、分かっておるわ!!」

 

 歓喜にあった所へ水を差されて機嫌を悪くするロウリア34世は正面を向きつつも、黒いローブの男に聞こえないように小さく舌打ちをする。

 

(文明圏外の蛮地だと思って馬鹿にしおって。大陸を統一したら、更に力を付けてフィルアデス大陸にも攻め込んでやるわ)

 

 内心毒づきながらも、気持ちを切り替えてパタジンを見る。

 

「パタジンよ、作戦を説明せよ」

 

「はっ! 説明致します。今回の作戦用総兵力は80万人、本作戦では、クワ・トイネ公国に差し向ける兵力は、40万、残り40万は本土防衛用兵力となります。

 クワ・トイネについては、国境から近い人口10万人の都市、ギムを強襲制圧します。防衛線らしき物は構築されていないようですので、2,3日もあれば制圧出来るでしょう」

 

 説明をするパタジンであったが、若干興奮気味なのか少し喋る速度が早い。

 

「なお、兵站については、あの国はどこもかしこも畑であり、家畜でさえ旨い飯を食べております。ですので必要最小限の量を持ち込み、後は現地調達いたします」

 

 現地調達と聞こえは良いが、ようは略奪である。

 

「ギムを制圧後、クワ・トイネの要塞都市エジェイを制圧します。あそこは要塞化されていますが、我が軍のワイバーン部隊の物量を以ってすれば、およそ三週間で落とせるかと。その後更に進軍し、250kmの位置にあるクワ・トイネの首都を物量をもって一気に制圧します。彼らは我が国のような、町ごと壁で覆うといった城壁を持ちません。せいぜい町の中に建てられた城程度です。籠城されたとしても、包囲するだけで干上がります。奴らの航空兵力は、我が方のワイバーンで数的にも十分対応可能です」

 

 彼は一旦止めて周囲を一瞥してから、説明を再開する。

 

「それと平行して海からは、艦船4500隻の大艦隊にて、北方向を迂回。マイハーク北岸に上陸し、経済都市マイハークを制圧します。なお、食料を完全に輸入に頼っているクイラ王国は、クワ・トイネからの輸出を止めるだけで干上がりますが、クイラ王国にも揚陸軍を載せた500隻の艦隊を差し向けて制圧します」

 

 パタジンは一旦止めて呼吸を整えて、説明を続ける。

 

「次に、クワ・トイネの兵力ですが、多く見積もっても5万人程度しか兵力がなく、即応兵力は1万にも満たないと考えられます。密偵によれば見慣れぬ武器を使っていると言う情報もありますが、今回準備してきた我が方の兵力を一気にぶつければ、どのような策を講じようとも、圧倒的物量の前では意味を成しません。我々の6年間の準備が実を結ぶことでしょう。

 現場に当たっては、陸軍の総指揮はパンドール将軍を、海軍の総指揮はシャークン将軍が取ります。

 説明は以上です」

 

「そうか……ふっふっふ、はっはっはっはあーっはっはっは!!」

 

 パタジンの説明を聞き、ロウリア34世は気を良くして大きな声で笑う。

 

「今宵は我が人生で一番良い日だ!! 余は、クワ・トイネ、クイラに対する戦争を許可する!!」

 

 うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!!!!

 

 ロウリア34世の宣言を受け、会議室は喧噪に包まれた。

 

 

 

 まさか自分達以外に傍聴している者が居るとも知らずに。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

(これは一大事でござる)

 

(で、ありますな)

 

 会議室の天井の隙間より、その会議を見ている二つの視線があった。

 

 天井裏に潜む二人は顔を見合わせて頷き合うと、天井の隙間を埋めて、すぐにこの場を離れる。

 

 

 素早く且つ静かにハーク城を脱出した二人ことKAN-SEN『暁』とKAN-SEN『十六夜月』は、艤装を展開してその身体能力を発揮し、建物の屋根と屋根を跳んで伝い、ジンハークの人気の無い場所に向かう。

 

 『暁』は黒い髪をポニーテールにした幼い少女の容姿をして、濃紺と白の少し露出の多い忍者装束を身に纏い、赤黒のマフラーを巻いている。右目には鬼を彷彿とさせる白い面を着けている。

 右手には『長十センチ連装高角砲』を持ち、腰に装着された艤装の左側から四連装の魚雷発射管に長十センチ連装高角砲を持つユニットを伸ばし、左の二の腕に探照灯を付けている。

 

 一方『十六夜月』は全身を黒い忍者装束に包まれており、イメージにある忍者そのものであったが、その顔は黒い狐の面を付けて素顔を隠している。しかし背丈といい、声質から、外見年齢は暁と大差ないのだろう。

 背中に艤装を背負い、左側に『長十センチ連装高角砲』を二基搭載したユニットを持ち、右側には噴進砲と長十センチ連装高角砲を持つユニットを持つ、噴進砲以外は他の秋月型に準じた艤装を持つ。

 

 ちなみに『十六夜月』は『冬月』の弟であり、『名月』の兄でもある、男性型KAN-SENである。

 

 

 『暁』と『十六夜月』は人気の無い場所へ着くと、そこには既に待っている者が居た。

 

「どうでしたか、『暁』殿、『十六夜月』殿」

 

 二人に問い掛けるのは前向きに生えた二本の角が特徴的で、暁のようなニンジャ装束を身に纏い―――本人はクノイチと自称しているが―――赤黒のマフラーをしている少女ことKAN-SEN『黒潮』である。

 

 三人はトラック泊地に所属するKAN-SENだが、情報収集、破壊工作、特殊任務を遂行する忍び部隊だ。彼女達はロウリア王国に潜入して、情報を収集している。

 

「ロウリア王国がクワ・トイネ公国とクイラ王国へ攻め入るのは確定的。ロウリア王国の国王本人の口から戦争容認の発言がありました」

 

「そうですか」

 

 『十六夜月』の報告を聞き、『黒潮』は頷く。

 

 すると別方向から二人の人影が音も無くやって来る。

 

「『霧島』殿、『黄昏月』殿。そちらはどうでしたか?」

 

「軍が一斉に動き出している。海の方はまだ時間が掛かるだろうけど、陸は事前に用意していたようだ。もう多くが出発している」

 

「……」コクッ

 

 『霧島』と呼ばれる女性は『黒潮』の質問に答え、隣に立つ『黄昏月』と呼ばれる少年は頷く。

 

 栗色の髪を肩に掛かるぐらいに伸ばし、黒い角が生えている。右目には傷が入っているように見えるが、よく見るとただ線を描いているだけである。

 口元をマスクで覆い、忍者装束を身に纏ったクノイチを彷彿とさせる格好をしている。

 腰には艦首を縦に割った形状の艤装を自身を挟む形で前に出し、その上に45口径35cm連装砲を四基八門搭載している。

 

 金剛型戦艦四番艦『霧島』 彼女もまたKAN-SENであり、他の三人が駆逐艦であるが、彼女は巡洋戦艦である為、四人の中では一際目立つ。

 

 ちなみに『霧島』は三人と違って根っからの忍びではなく、ただコスプレをしたなんちゃって忍者なのだが、その姿勢が根っこからの忍者気質の『十六夜月』と彼女の隣に立つ『黄昏月』の怒りを買い、『暁』と『黒潮』と共に『霧島』に忍びとしてのイロハを徹底的に叩き込んで、忍びとしての訓練を施したそうだ。

 そのお陰もあって、今では『霧島』も立派な忍び部隊の一員となっており、身に纏っている忍者装束も以前より暗い色に変わっている。

 

『霧島』の隣に立つ少年は『十六夜月』同様黒い忍者装束を身に纏い、顔を覆うように『十六夜月』とは模様が異なる黒い狐の面を付けている。

 首には黒いマフラーを巻き、後ろの方に流している。腰には手裏剣を収めているホルダーをいくつも持ち、腰の後ろには鞘に収められた短刀が納められている。そして『十六夜月』と同様の艤装を持っている。

 

 彼の名前は『黄昏月』。『冬月』と『名月』、『十六夜月』と姉妹(きょうだい)艦のKAN-SENであり、冬月兄弟の末っ子である。

 

 

「分かりました。『十六夜月』殿。主様に連絡を」

 

「ハッ」

 

 『黒潮』の指示を聞き、『十六夜月』は物陰に隠している携帯式連絡機を取り出すと、電鍵をリズムよく叩いてモールス信号を送る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 トラック諸島 トラック泊地

 

 

「総旗艦。ロウリア王国に潜入中の『十六夜月』より入電です」

 

 と、執務室にKAN-SEN『Z23』が電文を持って入室する。

 

 執務室には『大和』の他に『天城』、『紀伊』、『ビスマルク』の姿があり、一斉に『Z23』を見る。

 

「内容は?」

 

「『ロウリア、クワ・トイネ、クイラへの侵攻確定的』です」

 

「……そうか」

 

 『ビスマルク』が問い掛けて彼女が報告すると、『大和』は深くため息を付く。

 

「ご苦労だった。直ちにクワ・トイネ公国及びクイラ王国に連絡を。その後は引き続き向こうからの連絡を待て」

 

「Jawohl.」

 

 『大和』の指示を聞いた『Z23』は敬礼をして、執務室を後にする。

 

「必ずロウリアが攻めてくるとは思っていたが、まさかこんなに早く来るとは」

 

 『紀伊』は苦虫を噛んだ様な表情を浮かべる。

 

「まぁ、不幸中の幸いとして国境線付近の町と村々の疎開がほぼ終えているという事か」

 

 『大和』は安堵に近い感情を抱いて息を吐く。

 

 クワ・トイネ公国のカナタ首相はトラック泊地より齎された情報から、二週間前から国境線に近い町や村々に疎開命令を下し、民間人を避難させていた。

 疎開した民間人はエジェイを含めた都市に避難しているので、国境線付近の町と村々は完全にもぬけの殻になっている。少なくともロウリア王国が電撃的侵攻を行ったとしても、国境線付近での民間人の被害は無いと言ってもいい。

 

 ギムにはまだ防衛を担っている西方騎士団が残り、ロウリア王国の動きを見張りつつ『置き土産』の設置をしている。

 

「ロウリアの連中。どう来ると思う?」

 

「そうだな」

 

「……」

 

「……」

 

 『大和』と『紀伊』、『天城』、『ビスマルク』の四人はロデニウス大陸の地図を見る。

 

「まず陸は橋頭堡を確保する為にギムを落としに掛かるだろう。その後エジェイに侵攻して制圧。そして公都を叩くといった所か」

 

 『ビスマルク』は地図に書かれているギムに指差して、そこからエジェイへと指先を動かし、最後に公都へ指を止める。

 

「海はマイハークを目指すって所か」

 

「マイハークを制圧すれば、クワ・トイネ公国は海軍と制海権を失い、クイラ王国も実質的に制海権を失います」

 

「そのクイラ王国にも戦力を送って、確実に仕留めるつもりか」

 

「物量を持ってしての電撃侵攻か」

 

「ごり押しにも程があるぞ」

 

「それだけ物量に自信があるという事です」

 

 四人はそれぞれの意見を口にする。

 

「にしても、今まで挑発しかしていないような連中が、なぜ今になって攻める気になったんだ?」

 

「侵攻するのに不安が無い所まで戦力が揃ったのだろう。でなければ行動を起こすことは無い」

 

「まぁそうなんだろうが……解せんな」

 

 『ビスマルク』の予想を聞いて『紀伊』は腕を組み、何か引っ掛かったような言い方をする。

 

「……」

 

 と、『天城』は地図を見ながら顎に手を当てて思案している。

 

「何か引っ掛かるのか、『天城』?」

 

「はい。総旗艦様」

 

 『天城』の様子に気付き『大和』が声を掛けると、彼女は地図を見ながら意見を述べる。

 

「これだけの狭い大陸で、それほどの戦力を揃えられるでしょうか」

 

「大陸の半分近くを牛耳っている国だぞ? 時間は掛かるだろうが、揃えられるんじゃないのか?」

 

「それならば、もっと早い段階で侵攻を行えたでしょう。それも我々がこの世界に転移するずっと前にも。なぜ今日まで、攻め入る決心をしなかったのでしょうか」

 

「……」

 

 そりゃそうか、というような感じで『紀伊』は地図を見る。

 

「『ビスマルク』さん。確か特戦の報告によれば、ロウリア王国の港に外来船が何度も出入りしていましたよね?」

 

「あぁ。ロウリア王国の北と東の港に多くの外来船が出入りしては、多くの物資を運び込んでいた様だ」

 

 『天城』の問いに『ビスマルク』は最近自身の下に入った報告を彼女に伝える。

 

「ロウリア単独で戦力を揃えた訳ではなく、第三国がロウリアに対して軍事援助を行っているって事か?」

 

「確証はありませんが、可能性としてはあるかと」

 

「ふむ」

 

 『天城』の意見を聞いて、『大和』は腕を組む。

 

(もしかしたら、その第三国が今回の戦争に介入する可能性もあるということか)

 

 内心そう呟くも、彼はそれ以上深く考えないようにした。

 

 今それを考えたところで、答えは出ないのだ。

 

(どちらにしても、今は目の前の問題を解決するのが先決か)

 

 

「まぁ、今回の一件に第三国が関わっている云々はとりあえず今は棚上げにしてだ」

 

 『大和』は頭を切り替えて、三人を見る。

 

「ロウリア王国との戦争は避けては通れなくなった。近い内にクワ・トイネより援軍要請があるだろう。『紀伊』、『ビスマルク』」

 

「おう」

 

「あぁ」

 

「艦隊の編成を頼む。選抜は二人に任せる」

 

「分かった」

 

「『天城』は陸戦隊関係者及びKAN-SEN達を大講堂に集合させてくれ」

 

「分かりました」

 

 『紀伊』と『ビスマルク』は執務室を出て、『天城』は机に置かれている電話の受話器を手にして、放送を掛けて島中に居るKAN-SEN達に集合を掛ける。

 

(異世界に来て、初の戦闘か……)

 

 『大和』は椅子の背もたれにもたれかかり、目を細めて息を吐く。

 

(やはり兵器としての宿命……。争い事からは切っても切れない、という事なのか)

 

 『大和』は一瞬気が沈みそうになるも、気持ちを切り替える。

 

(まぁ、戦争が起こるのは分かっていた事だ。だからこそ、備えてきたんだ)

 

 決意を表すように、彼は制帽を被り直して席を立ち上がり、『天城』と共に執務室を後にする。

 

 

 




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第十三話 騎士団の置き土産

 

 

 

 

 中央歴1639年 4月1日 都市ギム

 

 

 

「もうそろそろ、か」

 

 空を見上げる西方騎士団 団長モイジは声を漏らす。

 

(ロウリア王国軍が行動を起こしたと報告を受けて一週間近く。恐らくやつらはもうすぐ近くまで来ているだろうな)

 

 内心呟きつつ、モイジは周りを見渡す。

 

 周りでは兵士達が置き土産や罠の設置作業を行い、最終確認を行っている。もちろん罠と置き土産が作動しないように、慎重にだ。

 

 司令部にある重要書類も全て処分し、魔力通信機も破壊し、トラック泊地より仕入れて配置した無線機は既に持ち出している。貯蔵庫にあった食料も可能な限り持って行き、残った物は畑にある作物諸共ガソリンをかけて焼却処分している。

 そして井戸も埋め立てているので、再利用するには掘り起こさないといけない。毒や糞を投げ込んで使用不能にする手段もあったが、井戸を浄化されてしまえば意味が無い。だから埋めることにした。

 

 復興時がとても面倒な事になるが、トラック泊地の工兵隊が復興を全面協力する事になっている。

 

 

「モイジ団長!」

 

 と、それぞれ四式自動小銃と一〇〇式機関短銃を背負う兵士が二人モイジの元にやって来る。

 

「全ての置き土産、設置完了しました」

 

「町への罠の設置も完了しました。これで大きく時間を稼げます」

 

「よしっ!」

 

 兵士達の報告を受けて、モイジは頷く。

 

「モイジ団長! 偵察部隊から報告! ロウリア王国軍が国境を越えてギムに侵攻しています!」

 

「来たか」

 

 ロウリア王国軍接近の報を聞き、モイジは兵を集める。

 

「ロウリア王国はすぐそこまで来ている! これより撤収! エジェイに向かう!」

 

『ハッ!!』

 

 モイジは兵士達を率いてギム郊外へと向かう。

 

 

 

「急げ! 敵はすぐそこまで来ているんだぞ!!」

 

 ギムの郊外では、トラック泊地より輸入した『73式大型トラック』風のトラックがエンジンを始動させて待機しており、荷台に次々と兵士達が乗り込み、全員乗り込んだトラックから出発する。

 

 当初西方騎士団は殿を勤める為にギムに残り、ロウリア王国軍を迎撃するつもりでいたが、本国からの撤退命令が来た為、ギリギリまで残って破壊工作と置き土産の設置を続けて、撤退している。

 

「……」

 

 モイジは四式自動小銃にマガジンを挿し込みながらギムの町を見つめる。

 

「しかし、町を守らずに見捨てる事になるとは」

 

 モイジが乗り込んだトラックの荷台で、近くに居た兵士が悔しそうに声を漏らす。

 

「生きていれば何度でもやり直せる。気を落とすな」

 

 モイジはその兵士に声を掛けて励ます。しかし一番悔しいのはモイジ自身だろう。ギムを守る騎士団の団長ゆえに、何もせずに逃げるのは誰よりも悔しいはずだ。

 

「後方に居る部隊と合流して、体勢を立て直す。ギムでの無念は後で晴らせば良い」

 

 モイジが兵士達を励ましていると、最後の一人がトラックの荷台に乗り込む。

 

「モイジ団長! 全員乗り込みました!」

 

「よし! 出せ!!」

 

 モイジが運転手に合図を出して、トラックが出発する。

 

『……』

 

 モイジ達は遠くなっていくギムを悔しそうに拳を握り締めながら、自らの視界から消えるまで見続けた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ロウリア王国東方国境付近

 

 

「いよいよ亜人共の町か。ヒヒヒ……」

 

 野営陣地にて、パンドールより先遣隊の副将を任されたアデムは一人気味の悪い笑みを浮かべる。

 

 アデムが率いる先遣隊は、それだけで三万という大軍であり、この事からも王国が多大な期待を掛けている事が分かる。

 

 アデムは根っからの亜人撲滅派であり、今回の戦闘を心から待ちわびていた。戦争であればどのような残虐な事をしても、咎められる事はない。それが亜人なら尚更である。

 

 クワ・トイネ公国の外務局からは『軍を国境より退去させて欲しい』と再三に渡って魔力通信が送られているが、彼はその全てを無視するように通信兵に命じている。

 

 アデムは獰猛な笑みを浮かべて、伝令兵を呼んでこう命令を下した。

 

「全部隊に伝えよ。ギムで獲た戦利品は好きにしても良いとな」

 

 するとアデムはニィ、と歯を見せるほどの笑みを浮かべる。

 

「町の連中は全て残虐な方法で殺せ。女を犯しても構わないが、使い終わればその場で殺せ。一人たりとも生かして町から出さないように……」

 

「はっ!」 

 

「いや、待てよ! イイ事を思いついた」

 

 伝令兵が踵を返そうとした瞬間、アデムが呼び止めて、もう可笑しくてたまらない、といった表情を浮かべて、伝令兵に追加の命令を下す。

 

「100人ほど捕らえて、目の前で町の連中を残虐な方法で皆殺しにしろ。そして生かして解放しろ。恐怖を連中に広めるのだ。

 クックックッ……アッハッハッハッハッ!!!」

 

 狂った笑いを上げるアデムから逃げ出すように、伝令兵は彼から背を向けて部隊に命令を伝える。

 

 

 まぁ、この喜びが怒りへと変わるのも、時間の問題であったが。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「そういえば、モイジ団長」

 

「なんだ?」

 

 猛スピードで走っているトラックの荷台にて、兵士の一人がモイジに問い掛ける。

 

「一週間前から仕掛けていた罠ですが、どこであんな方法を思いついたのですか?」

 

「あぁあれか。実を言うと俺自身が考えたものじゃないんだ」

 

「……つまり?」

 

「トラック泊地の陸戦隊に教育を受けに出向した際……そ、そこの資料室で様々な戦術が書かれた本を見つけたんだ」

 

 と、モイジは一瞬死んだような魚の目をしたが、気を取り直して続ける。その一瞬で兵士達は悟った。

 

 

 二ヶ月前にトラック泊地で行われた短期集中訓練(地獄の幕開け)を思い出して。

 

 

「そ、それで、その本に様々な戦術があったのですか?」

 

 兵士は気を取り直して、モイジに問い掛ける。

 

「彼らが元居た世界で用いられた、様々な戦術が書かれていた。その中にはかなり残酷な方法もあったが」

 

「その中から、今回使えそうなやつを使ったのですか?」

 

「あぁ。どれも足止めには十分な威力があるし、うまく行けばやつらの戦力を削る事ができる」

 

「それは分かるのですが……」

 

 と、兵士達は凄く嫌そうな表情を浮かべる。それを見たモイジも彼らの気持ちが分かって苦笑いを浮かべる。

 

「しかし、これで連中の我々に対する反感意識は更に高まりますね」

 

「構わんさ。どっちにしたって変わらないのだから」

 

 一人の兵士が冗談半分でそう言うと、モイジを含めた兵士達は思わず苦笑いを浮かべる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 そしてしばらくして、ギムでは……

 

 

 

「一体これはどういう事だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 

 アデムの怒声がギムの町に響き渡る。

 

「なぜ亜人共が一人も居ないんだぁぁぁ!!!」

 

 額に血管が浮かび、眼を血走らせながら彼は地団駄を踏む。

 

 

 あの後意気揚々と進軍を命じたアデムであり、先行して竜騎士部隊が攻撃に向かったが、ギムの町に到達しても迎撃が全く無かった。

 報告を受けて不審に思いながらも、アデムは地上部隊に指示を出し、ギムへの進攻を開始した。

 

 しかしギムの町を目前とした所で、突然兵士達の進軍が遅くなった。

 

 原因は地面にあちこちに大きな落とし穴が仕掛けられており、そこに落ちた兵士達が穴の中に立てられた先の尖った棒に串刺しにされた。浅い落とし穴には短い先の尖った棒が突き立てられ、兵士の手足に突き刺さる。

 どの棒には糞尿が塗られており、更に落とし穴の底には水で溶かした糞と尿の汚物が肥溜め状態で溜まっており、兵士の手足に糞尿付きの棒が突き刺さり、刺さらなくても棒が掠って更に肥溜めが傷口に糞尿が掛かってしまう被害を受ける。放って置けば破傷風になってしまう為、すぐさま兵士は救助されて水筒に入った水で傷口を洗い流す。だが当然落とし穴に落ちた兵士は糞尿まみれであるので、他の兵士から嫌悪されていた。

 

 大量の落とし穴に多くの兵士達が負傷し、死亡する者が出て更に糞尿まみれになり、士気が低下してしまったが、物量を持ってしてロウリア王国軍は前進し、道中クワ・トイネ公国が仕掛けて来ないことに不審に思ったが、落とし穴に苦しめられた怒りがそれを上回ったが為に前進し続け、遂にギムに到着して兵士達は町に突入した。

 

 しかし町に突入しても、そこには亜人は愚か、犬一匹すら見当たらない、もぬけの殻となっていた。

 

 そして今に至るというわけである。

 

 

「おのれぇぇぇ!!! 薄汚い亜人共がぁぁぁぁ!! この私をコケにした挙句、私の顔に泥を塗りやがってぇぇぇぇ!!」

 

 益々怒りが増していくアデムに、更に油に火を注ぐ報告が次々と入った。

 

 何処を探しても亜人が居ないのはそうだが、建物内を捜索している最中に突然何かが大きな音と共に破裂して兵士が数名重傷を負った。しかもあちこちで同じ現象が起きているとあって、次々と重傷者が発生していた。

 

 

 モイジ達西方騎士団は無人になった建物に罠として手榴弾を設置していた。作動方法は様々で、扉を開ければ細いピアノ線に繋がれた手榴弾の安全レバーが外れるか、建物の中に入って侵入しようとした時、足元に伸びているピアノ線に足が引っ掛かって安全レバーが外れる等、様々な仕掛け方で置き土産を残して行ったのだ。

 更に地雷が町のあちこちに仕掛けられており、地雷を踏んだ兵士は両脚を吹き飛ばされ、その周囲に居た兵士も爆発によって飛び散った破片により負傷する。

 

 

 その上食料庫も焼失しており、畑も同じように焼き払われていたので食料は一切残されていない。食料は全てここで確保すると言う算段であったので、ロウリア王国軍は食料を必要最低限の量しか持ち込んでいない。

 

 井戸も完全に埋め立てられていたので水の確保も不可能。その上先ほどの落とし穴の糞尿付き槍で傷を負った兵士達の傷を洗い流す為に水を使ってしまった為、持ち込んだ水は半分以上失っていた。

 当然ここで水を確保する算段であった為、水はそれほど多く持ち込んでいなかった。

 おまけに言うと、汚物塗れになった兵士は当然洗い流せないので、そのままで過ごさないといけないかなりきつい状態になった。

 

 しかも地味な嫌がらせに地面に敷いていた石畳は全て剥がされ、地面があちこち凸凹に掘り返していたとあって、非常に歩きにくいし、馬車も走らせる事が出来ない状況だった。しかもその中に地雷を埋めておくという徹底ぷり。そのせいであちこちで地雷を踏んで負傷する者が多発した。

 

 

 つまりこのギムの町で水と食料を補給する算段は潰え、その上大量の死傷者を出してしまい、ロウリア王国軍の計画は大きく狂ってしまった。

 

 それと戦略的にどうでもいいことだが、肥溜めの落とし穴に落ちた兵士は水が無いので、非常に臭い状態で過ごさないといけなくなったという。

 

 

 アデムは怒号を吐き散らし、辺りにある物や兵士に八つ当たりをするなど、もはや怒りのメーターが振り切れているのだろうといえる暴れっぷりを見せている。

 

 まぁ散々見下している亜人に出鼻を挫かれ、彼の考えや楽しみもその亜人に台無しにされたのだから、彼の怒りはとてつもなく大きいものになったであろう。

 

「薄汚い下劣な亜人共めぇぇぇぇ!! 許さん、許さんぞぉぉぉぉ!!!」

 

 怒号を撒き散らしながらも、近くに居た兵士を呼び止める。

 

「本隊のパンドール将軍に現状を報告!! それとすぐに工兵部隊の派遣と増援、物資輸送を要請しろ!!」

 

 そう命令すると伝令兵の尻を蹴り上げてさっさと向かわせた。

 

 

 ロウリア王国陸軍は奇襲を行うはずが、逆に罠に掛かり、その上計画が頓挫して、完全に出鼻を挫かれてしまったのだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 中央歴1639年 4月11日 クワ・トイネ公国 政治部会

 

 

「どうやらモイジ団長はロウリア王国に一泡吹かせたようだな」

 

 カナタの言葉に政治部会に失笑が出る。

 

 ギム周辺は敵に支配されてしまったが、西方騎士団がギリギリまで残って仕掛けた置き土産によって出鼻を挫かれたのが効いているのか、進撃は予想より遅かった。

 

「しかし、トラック泊地からロウリア王国の動きに関する情報がなければ、ギムと周辺の村々の疎開が遅れていたでしょう」

 

「あぁ。彼らには感謝しなければな」

 

 リンスイが安堵に近い息を吐くと、カナタも同調する。

 

 もし避難が遅れていれば、ギムや周辺の村々に住む住人達が犠牲になっていたかもしれなかったからである。

 

「しかし、陸はともかく、海の方も問題だ。先ほど諜報員の情報では、ロウリア王国の港から4000隻以上の軍船が出港したという情報が入った」

 

 カナタの発言で、会議室がざわつく。

 

 明らかに自分達の海軍の軍船数を遥かに上回る数であったからだ。

 

「ロウリアは完全にこちらを滅ぼしに来ていますな」

 

 リンスイは息を呑む。

 

「軍務卿。海軍の戦力はどうなっている?」

 

「はっ! トラック泊地より技術供与を受けて戦力は強化されていますが……数はおろか、水夫……あっいえ、水兵の練度不足が目立ちます」

 

 申し訳なさそうに軍務卿は真実を告げる。

 

 陸軍や空軍と違い、海軍は規模が規模とあって一朝一夕ですぐに近代化が出来ない。その上少し前まであった技術制限の影響もあって、他と違って発展の進み具合は悪い。

 

 まぁそれでも配備している戦力はどれも以前と比べ物にならないが、いかんせ数が我圧倒的に不足している。

 

『……』

 

 出席している多くの者に不安の色が浮かんでくる。

 

「それについてだが、海の方は彼らが動いてくれるそうだ」

 

 と、出席している卿達の視線がカナタに集中する。

 

「先ほどトラック泊地の『大和』殿より連絡があった。我々の援軍要請を受けて、海軍及び陸戦隊を派遣するそうだ」

 

 『おぉ!』と政治部会の出席者が思わず声を上げる。

 

「それでだ、軍務卿。彼らの作戦行動を円滑に進める為に、全軍にトラック泊地の部隊に全面協力するように伝えろ!」

 

「ハッ!」

 

 軍務卿はすぐさま会議室を急いで出る。

 

「……これで、我が国は救われる」

 

 カナタは誰にも聞こえないぐらい、小さな声で呟く。

 

 

 




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第十四話 艦隊到着

へカート2様より評価6を頂きました。
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 中央歴1639年 4月16日 マイハーク港

 

 

 マイハーク港はトラック泊地より派遣された工作艦や妖精によって近代化と拡張が行われ、更に大型船舶が入港可能なように新しい港が出来ており、港の景観は一部を残してガラリと変わっている。

 

 

 

「……」

 

 港にある海軍司令部の最上階にある一室にて、窓から港を見つめるパンカーレは深刻な表情を浮かべている。

 

 視線の先には、港の埠頭で出港準備を行っている船がいくつもあった。

 

 しかしその姿は以前までの帆船やガレー船ではない。

 

 それらは例えるなら『魚雷艇』規模の船であるが、搭載している武装はブローニングM2重機関銃を単装か、連装にして搭載している個体もあれば、『零式機銃』を連装にして搭載されている個体もあるし、『九九式四〇ミリ連装機関砲』を搭載している個体もあると、バリエーション豊かである。

 しかし魚雷艇そのものではないので、魚雷は搭載していない。

 

 トラック諸島にある造船ドックでクワ・トイネ公国海軍向けに建造された『乙型哨戒挺』である。

 

 クワ・トイネ公国海軍は近代化に先駆けて既存の帆船やガレー船を魔改造して機械動力船や銃火器の運用を学び、その後この乙型哨戒挺を輸入し、運用している。

 

 哨戒挺とあって、外洋航行性は低く航続距離は短いので、沿岸防衛を主眼にしているものの、これまでの軍船と比べると比較にならない戦力となっている。

 

 しかしその中に、哨戒挺を上回る軍艦が八隻ほど港に停泊している。

 

 それは最近になってトラック泊地で建造され、クワ・トイネ公国海軍に導入された『マツ級駆逐艦』と『ウネビ級軽巡洋艦』と『ヤクモ級重巡洋艦』である。

 

 マツ級駆逐艦は『松型駆逐艦』の設計を基に建造された駆逐艦で、クワ・トイネ公国海軍向けにトラック泊地で建造された。

 

 基本設計は松型駆逐艦と同じだが、主砲は『長十センチ連装高角砲』を二基四門を搭載し、『零式機銃』を八基八門、『九九式四十ミリ四連装機関砲』を一基四門を搭載している。

 

 本来であれば魚雷発射管や爆雷投射装置があるのだが、まだ兵器の扱いに慣れていないクワ・トイネ公国海軍の水兵では危険であると判断されて、まだ搭載されていない。

 しかしクワ・トイネ公国海軍の水兵達の練度が問題無いと判断されれば、搭載される予定だ。

 

 マツ級駆逐艦は今日までに『マツ』『タケ』『ウメ』『モモ』『クワ』の五隻が竣工して、クワ・トイネ公国海軍へと引き渡されてトラック泊地から派遣された教官の指導の下、訓練を行っていた。

 

 

 ウネビ級軽巡洋艦は『阿賀野型軽巡洋艦』の設計を基に、構造の簡略化を行い、安全性を重視しつつ量産性と整備性を高めた巡洋艦で、15.2cm連装砲を三基六門、長10cm単装高角砲を四基四門、零式機銃を八基八門、九九式四十ミリ連装機関砲を三基六門を搭載している。

 このウネビ級巡洋艦も本来なら魚雷発射管を搭載しているのだが、マツ級駆逐艦同様の理由で現在搭載されていない。

 現在『ウネビ』『イズミ』の二隻がクワ・トイネ公国海軍に引き渡され、訓練を行っている。

 

 ちなみにウネビ級軽巡洋艦の名前を聞いた『大和』と『紀伊』は『何だか行方不明になりそう』と呟いていたそうな。

 

 

 ヤクモ級重巡洋艦は『妙高型重巡洋艦』の設計を元にウネビ級軽巡洋艦同様に一部設計を変更した重巡洋艦で、武装は50口径20cm連装砲を五基十門を搭載し、長10cm連装高角砲を四基八門、零式機銃を十基十門、九九式四〇ミリ連装機関砲を四基八門搭載している。

 このヤクモ級重巡洋艦もマツ級駆逐艦とウネビ級軽巡洋艦同様魚雷発射管を搭載される予定だったが、同様の理由で今は搭載されていない。

 現在『ヤクモ』の一隻がクワ・トイネ公国海軍に引き渡され、艦隊旗艦として訓練を行っている。

 

 

(艦隊が強化されて、ロウリア王国にも勝てると思っていたが、数が足りなさ過ぎる)

 

 ロウリア王国が出した海軍の戦力は、4000隻以上の軍船。その数を聞いてパンカーレは絶句した。

 

(国力の差が、ここまであったとは……)

 

 ロウリアが大国である事は周知の事実であったが、彼は改めてロウリア王国との国力の差を認識した。

 

 例え以前と比べ物にならないぐらいに戦力が強化されたといっても、以前よりも数は少なくなっているとあって、圧倒的物量の前には無力だ。

 最近ようやく配備された巡洋艦と駆逐艦があっても、たった八隻では数に呑まれるのが目に見えている。

 

 

「そういえば、今日トラック泊地から援軍の艦隊が来るんだったな」

 

 ふと、パンカーレはトラック泊地より援軍となる艦隊が派遣される事を思い出す。

 

 既に一週間前からトラック泊地よりやって来た輸送船団が日を跨いでマイハークを訪れて、その積荷を港に下ろして行った。

 

 中身は何でも彼らの陸上部隊の装備であり、彼らが港に設置した巨大クレーンに吊られた代物に、港に居た水兵が驚いていた。

 まぁ自分もその一人ではあるのだが。

 

 その他にも帆船並の大きさを持つ小船が浜辺に乗り上げると、そこから鉄の化け物こと戦車や装甲車、自動車を揚陸していた。

 

 その揚陸作業を二頭身の生物と巨大なヒヨコが行っていたのは、彼らには衝撃的な光景であった。

 

「……」

 

 パンカーレは目を瞑り、トラック泊地を訪れてKAN-SEN達の演習を見学し、その戦いぶりを目の当たりにした光景を思い出した。

 自分の常識を上回る、衝撃的な光景であった。

 

 

 巨大な軍艦が火を吹いて砲撃を行い、標的の周りに巨大な水柱が上がる光景。

 

 ワイバーンとは異なる、航空機と呼ばれる飛行機械が空を舞い、激戦を繰り広げる光景。

 

 KAN-SENと呼ばれる可憐な女子(おなご)達が海の上を走り、砲撃を行い、小さな航空機を飛ばし、近距離戦闘を行う。

 

 

 その光景は未だに鮮明に思い出せる。

 

 だからこそ、トラック泊地より援軍が来ると知った時、彼の中に安心感が込み上げてきた。

 

(軍以外の、それも自国の以外の組織に国防を任せなければならないのは、軍人として失格なのだろうな)

 

 以前までの自分なら、軍人としてのプライドで援軍を断って自分達だけで戦おうとしていただろう。

 

 だが、彼らの事を知り、ロウリア王国が戦争を仕掛けてきて、海から4000隻以上の軍船がマイハークを目指していると聞かされると、軍人としてのプライドなどどうでもよくなった。

 

 プライドを嘆いた所で、そんなものは戦いの前では何の役にも立たないのだから。

 

 

 コンコン……

 

 

「入りたまえ」

 

 思考の海に浸っていると、ノックの音がしてパンカーレが振り向きながら入室を許可する。

 

 「失礼します」と一言と共に扉が開かれ、最近採用された新制服に身を包む一人の男性が入室する。

 ちなみに制服のモデルはなぜか鉄血の海軍の制服らしい。

 

「ブルーアイ、出頭しました」

 

「来たか、ブルーアイよ」

 

 ブルーアイと名乗った男性は姿勢を正して敬礼をすると、パンカーレは彼に敬礼を返す。

 

「いよいよ明日だな」

 

「はい。観戦武官としての任務。必ず遂行して見せます」

 

「うむ」

 

 ブルーアイの言葉を聴き、パンカーレは頷く。

 

 

 先日トラック泊地より観戦武官に関する連絡があり、クワ・トイネ公国政府はこれを了承し、海軍上層部へ伝えた。

 

 パンカーレは観戦武官として副官のブルーアイを指名し、彼の派遣を決めた。

 

 

「すまないな。せっかく譲渡された軍艦の艦長になったというのに」

 

「いえ、構いません。この任務はとても重要であると理解していますので」

 

「そうか」

 

 すまなそうに表情を暗くするパンカーレに、ブルーアイは言葉を掛ける。彼はウネビ級軽巡洋艦の二番艦『イズミ』の艦長として就任しているからだ。

 

「今回の戦闘は我が海軍の発展へ繋がる。頼んだぞ」

 

「はっ!」

 

 ブルーアイは再度敬礼をする。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 中央歴1639年 4月17日 マイハーク港

 

 

『……』

 

 マイハーク港では、その場に居た誰もが呆然と立ち尽くしていた。

 

「相変わらず、とんでもない大きさだな」

 

「は、はぁ」

 

 パンカーレは苦笑いを浮かべ、ブルーアイは戸惑いを隠せなかった。

 

 

 なぜなら、港の外には自分達の常識を超える大きさの軍艦が何隻も停泊していた。その上以前やってきたよりも、数と種類が多い。

 

 今では彼らの軍艦に匹敵する軍艦を有しているが、それでも港は大騒ぎであった。

 

 

「それに中央に居る船は、最初に我が国にやって来た超巨大船だな。たしか空母とやらだったか?」

 

 パンカーレは艦隊の中に一際目立つ軍艦こと空母『武蔵』を見て、その時の事を思い出す。

 

「あれが、そうなのですか」

 

「君は初めて見るかね?」

 

「えぇ。他の軍艦は見た事ありますが、空母を見るのは初めてです」

 

「そうか。まぁここに来るのは駆逐艦や巡洋艦ぐらいだったからな」

 

 そんな会話を交わしていると、空母より何かが飛んできた。

 

 その乗り物の上部には、細長い板のような物が高速で回転し、前部にも小さいが同じ細長い物が回転して低速でありながらもこちらに向かって飛行している。

 

 それは『カ号観測機』と呼ばれるオートジャイロである。

 

「どうやら迎えが来たようだな」

 

 パンカーレはブルーアイに向き合うと、敬礼をする。

 

「頼んだぞ」

 

「はい。観戦武官としての任。果たして参ります」

 

 ブルーアイも姿勢を正して敬礼をする。

 

 

 

 その後ブルーアイは港の埠頭に器用に着陸したカ号観測機に乗り込み、『武蔵』へと向かった。

 

「凄い……」

 

 カ号観測機は艦隊に接近し、後部座席に座るブルーアイは目の前に広がる光景に思わず声を漏らす。

 

 多くの艦艇が停泊し、その中にはクワ・トイネ公国海軍がまだ有していない戦艦や空母も含まれており、ブルーアイの目はそれらに向けられている。

 

 だが中でも一際目立つのが、艦隊の中央に停泊している『武蔵』であり、近くに停泊している『翔鶴』と『瑞鶴』が軽空母に見えるほどだ。

 

 

 今回トラック泊地より派遣された艦隊の内約は以下の通りである。

 

 

 派遣第一艦隊

 

 空母:『武蔵』(旗艦) 総旗艦『大和』乗艦

    『翔鶴』

    『瑞鶴』

 

 防空戦艦:『榛名』

 

 重巡:『鞍馬』

    『摩耶』

 

 駆逐艦:『冬月』

     『春月』

     『北風』

     『宵月』

 

 

 この他にも『紀伊』率いる第二艦隊が遅れて合流予定である。

 

 ちなみに『紀伊』が率いる第二艦隊の内約は以下の通りである。

 

 

 派遣第二艦隊

 

 戦艦:『扶桑』(旗艦) 指揮艦『紀伊』乗艦

    『山城』

    『伊勢』

    『日向』

 

 重巡:『プリンツ・オイゲン』

 

 軽巡:『クリーブランド』

    『ベルファスト』

    『ニューカッスル』

 

 駆逐艦:『フォックスハウンド』

     『Z23』

     『雷』

     『電』

 

 

 こうして見れば分かるが、第一艦隊はともかく、第二艦隊のKAN-SENの国籍はバラバラである。

 

 理由としては、そもそも国に支援されて運営しているじゃないので、KAN-SENの加入は流れてきた者が多く、常に同じ国のKAN-SENが仲間に加わるわけではないのだ。

 その上、旧世界ではKAN-SENの建造に必要となるメンタルキューブをなぜか中々手に入らなかったので、建造で仲間に加わったKAN-SENは僅かである。

 

 その為、トラック泊地に居るKAN-SENの数は少数精鋭といえるほどの少なさではないが、正規軍と比べて決して多くないし、その上非常にバランスの悪い艦隊であるのがトラック泊地の最大の悩みである。

 

 それに、敵の技術レベル的に考えると戦力が過剰の様に思えるが、『大和』曰く『足りなくなるよりかはマシ』とのこと。

 

 まぁこのように多くの戦力を投入出来るのも、クイラ王国から多くの資源を得られるからであって、それが無ければ半分ほどの戦力しか送れなかっただろう。

 

 

 閑休話題(それはともかく)

 

 

 これらに加えてクイラ王国への派遣艦隊も後日到着する予定とのこと……

 

 

 

「ようこそ『武蔵』へ。自分が艦隊の司令官、『大和』です」

 

「自分は本艦の艦長を務める『武蔵』と申します」

 

 カ号観測機が『武蔵』に着艦し、ブルーアイは妖精に艦橋へと案内されると、そこには二人の男性こと『大和』と『武蔵』がブルーアイに対して自己紹介しつつ、敬礼をする。 

 

「クワ・トイネ海軍より観戦武官として派遣された、ブルーアイと申します」

 

 それに続いてブルーアイは敬礼をして観戦武官として派遣された事を告げる。

 

(人のことは言えないけど、二人とも若いな。それに一瞬女性に見えたけど、よく見ると男性だな)

 

 ブルーアイは内心呟きつつ、中性的な容姿の『大和』と『武蔵』を見る。

 

 まぁ彼はエルフなので実年齢は外見を大きく上回るが、エルフ基準なら彼はまだ若い方である。

 

「早速ですが、敵艦隊に関する情報を」

 

 『大和』は海図を広げている机へとブルーアイを案内する。

 

「敵艦隊はここから西方270kmの位置に居ます。船足は5ノット程度と遅いですが、確実にこちらに向かってきています。

 我々は遅れてくる艦隊と合流後、明朝0300時を以って出港します。その後索敵を行い、敵艦隊を発見後、空母艦載機による攻撃を行います」

 

 ブルーアイは『大和』の説明を聞きながら驚いていた。

 

(どうやってロウリア王国の動きを掴んだんだ? こんな広大な海で……)

 

 ブルーアイの常識的に、出港時ならまだ分かるが、敵艦隊は海に出て数日は経っている。少なくともどの辺りに居るかを予想するのは困難である。

 

 まぁ潜水艦で敵艦隊の位置を掴んだとは、彼が知る由もないのだが。

 

「何かご質問がございますか?」

 

「……あっはい。そうですね」

 

 ブルーアイは一瞬呆けてしまったが、『大和』が声を掛けた事ですぐに気を取り直し、幾つか質問をした。

 

 

 

 

 




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第十五話 艦隊集結

正憲様より評価9を頂きました。
評価していただきありがとうございます!!

今回意味深な部分がありますが、お気になさらないように……


 

 

 

 中央歴1639年 4月17日 マイハーク港

 

 

 

 空はオレンジ色に染まり、太陽が地平線に沈んでいく中、港では未だにクワ・トイネ公国海軍の水兵達が作業をして、戦闘に向けて準備をしている。

 その中でもクワ・トイネ公国海軍に導入されたヤクモ級重巡洋艦とウネビ級軽巡洋艦、マツ級駆逐艦も出港準備に入っている。

 

 港外で投錨している派遣艦隊は、艦艇より電灯がついて辺りを明るくしていた。

 

 

「……」

 

 自身の艦体の飛行甲板に立つ『武蔵』は、少し不安な表情を浮かべて海を見つめている。

 

(これから行われる戦いは、セイレーンやKAN-SENじゃない……人間が相手)

 

 潮風をその身に受け、一本結びにしている長髪を靡かせながら、『武蔵』は一抹の不安を抱き、目を細める。

 

 トラック泊地のKAN-SEN達はその特殊な出で立ちから、多くの敵と戦ってきた。セイレーンやKAN-SENはもちろん、時には人間とも戦った。

 

 人間が相手なのは今回が初めてと言うわけではないが、そう何度も戦いたい相手では無い。

 

「……」

 

 彼はため息を付く。

 

 

「むーさし」

 

 と、後ろから声を掛けられて『武蔵』が振り返ると、一人の女性が立っていた。

 

 茶髪の長い髪をポニーテールにして、紅のワンピースの上に振袖の先が黒い白の着物を羽織った服装をしており、腰には鞘に収めた刀を提げている。

 

 彼女の名前は『瑞鶴』 翔鶴型航空母艦の二番艦。そのKAN-SENである。

 

「『瑞鶴』。準備は終わったの?」

 

「うん。みんな気合が入っているわ」

 

 『武蔵』がそう問い掛けると、『瑞鶴』はそう答えつつ、彼の傍へと近付く。

 

「そういう『武蔵』の方は?」

 

「久しぶりの出撃とあって、全員意気軒昂だよ」

 

「あはは。まぁ、そうだよねぇ」

 

 容易に想像できたのか、彼女は苦笑いを浮かべる。

 

「『翔鶴』の方は?」

 

「『翔鶴』姉も同じだって。気合が入り過ぎて暑苦しいって」

 

「そ、そうなんだ」

 

 似たような報告ばかりで、『武蔵』は苦笑いを浮かべる。

 

 彼らの所の妖精は意外と血気盛んのようである。というより重桜の空母の搭乗員達はどこも似たようなものである。

 

 と言っても、こんな会話があるのは彼らだけなのだが。

 

 

 

「……」

 

「『瑞鶴』?」

 

 『武蔵』は急に静かになった『瑞鶴』が見ている方向を向く。

 

「綺麗よね」

 

「……うん。そうだね」

 

 『瑞鶴』が沈黙して一点を見ている理由を察して、『武蔵』は頷く。

 

 夕日に照らされたマイハークの町並みは幻想的な雰囲気を醸し出しており、とても発展して豊かである事を示している。

 

「こんな状況じゃなかったら、この光景をゆったりとした気持ちで見れたんだろうなぁ……」

 

 と、彼女は前へと出した左手の薬指にしている指輪を見ながら、ボソッと呟く。

 

「……あの子達に、この光景を見せたかったなぁ……」

 

「『瑞鶴』……」

 

 寂しそうな表情を浮かべる彼女の呟きに、『武蔵』は何も言えなかった。

 

 

「あっ! そうだ!」

 

 と、『瑞鶴』は思いついたように声を上げて、『武蔵』の手を取る。

 

「ねぇ、『武蔵』 ロウリア王国との戦いが終わったら、あの子達と『翔鶴』姉と一緒に観光しに行こうよ!」

 

「えっ? 観光?」

 

「うん! ただ連れて行くだけなら、良いんじゃない?」

 

「うーん……」

 

 『武蔵』は困ったように眉を顰める。

 

 彼がなぜ困っているかというと、『瑞鶴』の言う『あの子達』を外に連れ出すことであった。

 

 とても重要な存在とあって、例えアズールレーンやレッドアクシズ、セイレーンがいないこの世界であっても、その存在を晒して果たしていいのか……

 

 

「あら、『瑞鶴』。何だか楽しそうね」

 

 と、知った声がして二人は声がした方を見ると、一人の女性が微笑みを浮かべて立っていた。

 

 雪の様に白い銀髪を腰の位置まで伸ばしており、瑞鶴が羽織っている着物の様に、振袖の先が黒い白い着物を身に纏っている。『瑞鶴』と同じ腰に鞘に収まった刀を提げている。

 

 翔鶴型航空母艦の一番艦『翔鶴』。そのKAN-SENであり、瑞鶴の姉である。

 

「『翔鶴』」「『翔鶴』姉」

 

 二人が女性こと『翔鶴』を呼ぶと、彼女は二人の元に歩み寄る。

 

「楽しそうに話していたけど、何を話していたの?」

 

「うん。実はね――」

 

 『瑞鶴』は楽しそうに、『翔鶴』にさっき『武蔵』と話していた事を話す。

 

 

「あら。それは良いわね」

 

 話を聞いて翔鶴は両手を合わせて笑みを浮かべる。

 

「きっとあの子達も喜ぶわ」

 

「でしょ?」

 

 『瑞鶴』も笑みを浮かべる。

 

「ねぇ、『武蔵』。良いでしょ?」

 

「うーん。そうだね……」

 

 『武蔵』は『翔鶴』と『瑞鶴』を交互に見て、笑みを浮かべる。

 

「まぁ、終わったら、一緒に出かけてもいいかな」

 

「うん!」

 

「はい」

 

「でも、僕の一存じゃ決められないかな。外に連れて行くにしても、兄様の許可が要るし」

 

「あぁ、やっぱりそうだよねぇ……」

 

「……」

 

 『瑞鶴』は苦笑いを浮かべて、『翔鶴』はどこか気に入らないようにムッとした表情を浮かべる。

 

 

「よぉ、『武蔵』」

 

 と、噂をすれば何とやら。三人の元に『大和』がやって来る。

 

「兄様」

 

 『武蔵』が気付くと、鶴姉妹も『大和』を見る。

 

「お義兄様」

 

「お義兄さん!」

 

「おう、『翔鶴』に『瑞鶴』」

 

 『大和』は二人を見ると、笑みを浮かべて『武蔵』を見る。

 

「楽しそうな雰囲気だな、『武蔵』」

 

「っ!」

 

 兄にそう言われて『武蔵』は顔を赤くする。

 

「遠くから話は聞いてたが、良いじゃないか」

 

 『大和』はマイハークの街並みを見る。

 

「戦いが終われば、楽しんで来い。思い出作りも大切だからな」

 

「やったぁっ!」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとう、兄様」

 

 総旗艦の『大和』が許可を出したことで、三人は喜ぶ。

 

「良いってことよ」

 

 そんな三人の様子に、『大和』は微笑みを浮かべる。

 

 

「総旗艦! 『紀伊』指揮艦より電文です!!」

 

 すると電文を持った『武蔵』の通信兵の妖精が『大和』の元へとやって来る。

 

 『大和』は妖精より電文の紙を受け取り、内容を読む。

 

「『こちら「紀伊」。第二艦隊は間も無くマイハークに到着。遅れたのは申し訳ない』か」

 

 『大和』は安堵に近い息を吐く。

 

 第二艦隊が遅れた原因は道中一隻のKAN-SENが機関不調を起こして、速度を落とさざるを得なかった。

 今は良くなって速度も戻っているが、それによって到着が予定より遅れてしまったのである。

 

 『大和』は『武蔵』達と別れて反対側へと歩いていく。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって派遣第二艦隊 旗艦『扶桑』

 

 

 

「何とか間に合ったな」

 

「はい」

 

 特徴的な形状を持つ『扶桑』の艦橋にて、『紀伊』が安堵の息を吐く。それに相槌を打つように隣に立つKAN-SEN『扶桑』が笑みを浮かべる。

 

 周りには『山城』、『伊勢』、『日向』が続き、その周囲を重巡、軽巡、駆逐艦が囲いながら進んでいた。

 

『うぅ、ごめんなさい、将軍様ぁ。私のせいで』

 

 無線で今にも泣きそうなKAN-SEN『山城』の声が『紀伊』の耳に届く。

 

「気にするな。機関不調なんて誰にだってあるんだ。お前にだけに起こることじゃない」

 

『でも、将軍様ぁ……』

 

 今にも泣きそうな『山城』に、『紀伊』は困ったような表情を浮かべる。

 

 艦隊が遅れる原因となった機関不調を起こしたKAN-SENとは、『山城』の事であった。

 

 KAN-SENのメンテナンスは定期的に行っているが、どういう事か『扶桑』と『山城』はどこかしらの不調が発生してしまう。

 

 『扶桑』と『山城』には独自の改装が施されたことで速度が向上している分不調が起き易いものも、最近は『扶桑』の方は落ち着いているが、なぜか『山城』だけどこかしら不調が発生してしまう。

 

 ちなみにこの現象に『紀伊』と『大和』は扶桑型姉妹の不幸っぷりに、別次元の彼女達の事を思い出したとかなんとか。

 

(引き摺りすぎだろう。まぁ、真面目な性格だから仕方ないんだが)

 

 内心呟きつつ、落ち込んだ『山城』をどうしようか考えていると……

 

「『山城』。あまり指揮艦様を困らせてはいけませんよ」

 

『「扶桑」姉様……』

 

 と、『紀伊』が悩んでいると、『扶桑』が優しく『山城』に声を掛ける。

 

「指揮艦様の言う通り、不意の事故である以上、仕方ないところがあります」

 

『……』

 

「それに、指揮艦様は気にするなと言っています。これ以上指揮艦様を困らせるのですか?」

 

『そ、そんな事は!』

 

「でしたら、気持ちを切り替えなさい」

 

『は、はい!』

 

 姉にぴしゃりと言われて、『山城』は声を上げる。

 

(さすがだな)

 

 『紀伊』はさすが姉だと尊敬する。

 

 

『到着したか、「紀伊」』

 

 と、『大和』より無線連絡が入る。

 

「待たせたな」

 

『到着早々で悪いが、作戦を説明する。艦隊は投錨後、全KAN-SENは「武蔵」の戦闘情報管制室に集合してくれ』

 

「分かった。全員に伝える」

 

 『紀伊』は一旦無線を切ると、すぐに全ての艦にチャンネルを繋げて『大和』の言葉を伝える。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「おっ、『大和』達が来たんだな」

 

 その頃、マイハーク港の埠頭で、一人の男性が港に集結した派遣艦隊を眺めながら声を漏らす。

 

 丸眼鏡に短足、寸胴という見た目の男性で、少しボロボロで汚れが目立つ重桜の軍服を身に纏っている。

 

 彼の名前は『大山敏郎』。トラック泊地に住む数少ない人間である。

 

 話せば長くなるような事情があって、彼はトラック泊地に住んでいる。出身地は重桜で、技術者として職に就いていたので、トラック泊地でも技術者として活動している。

 

 重桜では随一の技術者であった彼は妖精達との交流で更に技術と知識を身に付け、KAN-SENの艤装の改良に携わっている。他にも武器兵器開発にも関わっている。

 

 彼はトラック泊地から派遣されて、クワ・トイネ公国とクイラ王国の技術者に教育を行っている。今日はヤクモ級重巡洋艦とウネビ級軽巡洋艦とマツ級駆逐艦の扱いについての教育を行っていた。

 

「やっぱりこうして見ると大きいな」

 

 敏郎は停泊している『武蔵』を見つめて、声を漏らす。

 

「『紀伊』は他の軍艦に便乗しているのか。作戦開始前には一目見たかったんだがな」

 

 派遣艦隊に組まれている戦艦を見ていき、紀伊型戦艦の姿が無いと彼は少し残念そうにする。

 

 どうやら彼は空母よりも戦艦が好きなようである。

 

 

「ここに居たのね、トチロー」

 

 と、後ろから声を掛けられて彼は振り向くと、一人の女性が立っていた。

 

 腰まで伸びたワインレッドの髪にスカイブルーの瞳をしており、耳がまるでエルフのように尖っている。胸元が開けた赤い制服に黒いマントを纏い、腰には黒いサーベルが鞘に収められて提げられている。

 

 彼女は『デューク・オブ・ヨーク』 キング・ジョージ五世級戦艦のKAN-SENである。

 

「デューイ」

 

 敏郎は彼女を愛称で呼ぶと、『デューク・オブ・ヨーク』は彼の隣に来て、停泊している派遣艦隊を見つめる。

 

「総旗艦達が来たのね」

 

「あぁ。KAN-SEN達が『武蔵』に移動しているから、恐らく作戦会議をするんだろう」

 

「そう……」

 

 『武蔵』へとKAN-SEN達が内火艇で移動する姿を見ながら会話を交わし、敏郎が彼女を見る。

 

「デューイは行かなくていいのか?」

 

「私はここを任せると指揮艦から指示が出されている。参加する必要は無いわ」

 

「そうか。で、俺に何か用があるのか?」

 

「えぇ。そなたに艤装の調整をお願いしたいの。総旗艦達が来たのなら、そろそろ準備が必要になるわ」

 

「確かに……分かった、すぐに行く」

 

 敏郎は頷き、『デューク・オブ・ヨーク』と共に彼女の艦体が停泊している埠頭へと向かう。

 

 

 

 




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第十六話 作戦会議

 

 

 

 

 空母武蔵 戦闘情報管制室

 

 

 大和型航空母艦には今で言うCICのような場所が装甲戦闘艦橋の下に設けられている。優秀な通信設備を持つここで、戦闘情報を整理し、戦局を見極めつつ、各艦へ的確な指示を出す。

 現在では一部の電子機器を更新しており、当時よりデジタルな内装に変わっている。

 

 そんな戦闘情報管制室に、『大和』達が集まっていた。

 

 

「……」

 

 『大和』は近くでワゴンの上で紅茶を淹れているKAN-SEN『ベルファスト』と『ニューカッスル』を横目に、部屋を見渡す。

 

「全員集まったな」

 

 『大和』は今回派遣が決まったKAN-SEN達を見回して、欠員がいないのを確認する。

 

「現在の状況を確認する」

 

 『大和』は手にしているタブレット端末を操作し、ディスプレイが埋め込まれたテーブルに海図を表示させ、その上から別データを重ねる。

 

「特戦のUボートによる索敵で、敵艦隊はここから西方260kmの位置に居ることが判明している。船足は5ノット程度と遅いが、確実にこちらに向かってきている」

 

 ディスプレイに表示された海図に敵艦隊が居る海域に赤い点を表示させ、矢印が出てマイハークまで繋げる。

 

「『黒潮』達の情報では、敵艦隊の数は4000隻以上だそうだ」

 

 『紀伊』は自身の尻尾の先で頭の後ろを掻きながら手にしているタブレット端末を操作し、赤い点の上に数字を表示させる。その数字を見たKAN-SEN達は驚きこそしなかったが、一部は「ふーん」と声を漏らす。

 

「数だけは凄いな」

 

「そうね。数だけ(・・)は、ね」

 

 と、ブロンドのロングヘアーをサイドテールにして、白いクロークを纏う少女ことKAN-SEN『クリーブランド』が呟くと、相槌を打つように隣に立つ銀髪少女ことKAN-SEN『プリンツ・オイゲン』が皮肉めいて呟く。

 

「敵の戦力は帆船やガレー船で、武装は水夫の放つ弓矢と船に搭載されているバリスタ程度だ。それと敵艦に乗り込んで白兵戦を行う水兵ぐらいだ。あとは後方にワイバーンを飛ばすための基地があるから、航空戦力も充実している」

 

 『大和』はタブレット端末を操作し、ディスプレイに敵戦力の帆船とガレー船、ワイバーンに跨る竜騎士が写った写真を表示させる。

 

「帆船ねぇ。この程度の武装で攻めて来る敵が、何だか哀れに見えてくるわね」

 

 帆船を見た『プリンツ・オイゲン』はため息を付く。

 

「ワイバーンの性能は……零戦改どころか九六式にも満たないのね」

 

「というより、複葉機にすら満たないよ」

 

 ディスプレイに表示されたワイバーンのスペックを見て、『翔鶴』は哀れめいた様子で声を漏らすと、『武蔵』が補足ついでにため息をつく。

 

「こうして敵の戦力を見ると、こんなに技術の差があるんですね」

 

 『冬月』はその事実を確認して、声を漏らす。

 

「総旗艦。相手の戦力を考えますと、これだけの戦力を出すのは過剰なのでは?」

 

 『Z23』は『大和』に意見を述べる。

 

 技術的な面を考えれば、射撃武器が弓矢かバリスタ程度しかない帆船や白兵戦を仕掛ける水兵を乗せたガレー船、空飛ぶトカゲことワイバーン相手に戦艦5隻、空母3隻どころか、巡洋艦数隻ですら投入するのはあまりにも過剰である。

 数は必要になるが、駆逐艦だけでも十分対処可能だ。

 

「まぁ、確かに相手の戦力を考えれば、過剰だな。だが、向こうには魔法という不確定要素がある以上、決して侮れん」

 

「……」

 

「でもお義兄……じゃなかった。総旗艦。相手が帆船程度なら、航空機の攻撃だけでも十分じゃ」

 

 と、『瑞鶴』が『大和』に問い掛けると、一部の戦艦のKAN-SENが彼女の言葉にムッとする。

 

「普通ならな。だが、魔法で物質の強度を上げる事が可能かもしれん。そうなれば、航空機の機銃程度では沈められん。かといって爆弾や魚雷で沈めようとすると、相手の数が多い。とても現実的じゃない」

 

「あっ、そっか。そういう可能性もあるんだよね」

 

「そういうことだ」と『大和』は呟く。

 

 彼が過剰なまでに戦力を連れてきたのは、万が一を想定しているからである。

 

 とは言うものも、実質的にロウリア王国側の艦隊と直接戦闘を行うのは『紀伊』率いる第二艦隊であり、第一艦隊は空母による航空攻撃で、『榛名』や『摩耶』達は空母の護衛を行うので、直接戦闘に参加はしない。

 

「それに、いくらこちらに技術的優位があったとしても、4000隻以上の船を相手にする以上手を抜くわけにはいかん。蟻でも大群であれば象を殺せるからな」

 

 『大和』は例え話をしつつ、タブレット端末を操作して表示しているディスプレイのデータを変える。

 

「俺達は明朝0300時にマイハークを出港。敵艦隊の位置を掴んだ後、五航戦は第一次攻撃隊を発艦。敵艦隊を攻撃する」

 

 ディスプレイに一通りの作戦の流れを表示させる。

 

「第一次攻撃隊の編成だが、今回ばかりは特殊だ。三人はもう一度確認しておくように」

 

 『大和』はタブレット端末を操作して編成表を『武蔵』、『翔鶴』、『瑞鶴』が手にしているタブレット端末へと送信する。すぐに三人のタブレット端末に編成表が届き、タブレット端末を開いて編成表を確認する。

 

「当然向こうも攻撃を受ければ航空支援としてワイバーンの出撃要請を出すだろう。ワイバーンの迎撃は『武蔵』の戦闘機隊が当たってくれ」

 

「了解しました」

 

「それと、敵騎はあえて全てを撃ち落さず、少数だけ残しておいてくれ。残りは第二艦隊が片付ける」

 

 『紀伊』は尻尾にタブレット端末を乗せると、『ニューカッスル』より紅茶が淹れられてソーサーに載せられたティーカップを受け取りながら、『武蔵』に要望を出す。

 

「航空戦力ではなく、水上戦力でワイバーンを撃ち落す。それで敵の戦意を削ぐ」

 

「うまくいくでしょうか?」

 

 『ニューカッスル』より紅茶が淹れられてソーサーに載せられたティーカップを受け取りながら、『鞍馬』は少しばかり不安な表情を浮かべて、『紀伊』に問い掛ける。

 

「そこは向こう次第だろうな。向こうにだって軍人としての意地はあるんだ」

 

 彼はそう答えて、ティーカップを手にして紅茶を飲む。

 

「だが、可能であれば流血は少ない方が良い。ワイバーンを超える存在による攻撃に加え、ワイバーン以外のもので一方的にワイバーンが落とされる。戦意を削がれて降伏するのか、不利を悟って撤退してくれるのなら、御の字だ」

 

 『大和』はタブレット端末をディスプレイに置き、『ベルファスト』よりソーサーごと紅茶が淹れられたティーカップを受け取り、ティーカップを手にして香りを楽しみつつ、紅茶を飲む。

 

 最強の空の戦力とされるワイバーンが、ワイバーン以外のものでいとも簡単に撃ち落されたのなら、敵の戦意は大きく削がれるだろうと考えてであった。

 

「艦隊の防空は対空戦闘が得意なKAN-SENで構成しているが、今回は作戦の要として『扶桑』、『山城』、『伊勢』、『日向』にある。頼んだぞ」

 

「はい。総旗艦様」

 

「空の守りは任せてください、殿様!」

 

 『扶桑』と『山城』は頷いて肯定する。

 

「あの時みたいに『大和』達の空は守ってやるさ」

 

「あぁ。任せておけ。あの時と違って兄……じゃなかった。姉さんと同じ装備だが、必ず守ってみせる」

 

 『伊勢』と『日向』も頷いて肯定する。

 

「……あぁ。任せたぞ」

 

 しかし『伊勢』と『日向』がそれぞれ肯定した瞬間、『大和』の表情に一瞬陰りが差すも、彼は気持ちを切り替えて返事をする。

 

「ねぇねぇ、指揮艦。もし敵が降伏せずに向かってきたら、どうするの?」

 

 と、オレンジ色のショートヘアーに鈴が付いたチョーカーを付けている少女ことKAN-SEN『フォックスハウンド』が『ニューカッスル』より紅茶が淹れられてソーサーに載せられたティーカップを受け取りながら、『紀伊』に質問する。

 

「退く判断を下す機会は二回あった。それを無視してでも進むのなら、殲滅するだけだ」

 

「本当に向こうが哀れになるわね」

 

 敵がどうなるかを察して、紅茶が淹れられたティーカップを持つ『プリンツ・オイゲン』はため息を付く。

 

「ロウリア王国側の艦隊が降伏せず攻撃を続行するのなら、作戦は第二段階に移行する」

 

 『大和』はティーカップをソーサーに置き、ディスプレイに置いたタブレット端末を操作して表示している画面を切り替える。

 

「五航戦は第二次攻撃隊を出す。編成と搭載兵器はさっきの編成表にも載っている」

 

「確認はしました。ですが―――」

 

「本当に、こんな攻撃をするの?」

 

 と、『翔鶴』と『瑞鶴』は『大和』に戸惑いながらも問い掛ける。

 

「敵に対して効果的な攻撃を行い、確実に数を減らす。相手の構成を考えた末の攻撃だ」

 

「それは……」

 

 『武蔵』は何か言いたげであったが、口を閉じる。

 

「同時に第二艦隊は敵艦隊に対して攻撃を行う。敵が降伏するまで攻撃は続けろ」

 

『……』

 

 彼の容赦の無さにKAN-SEN達の多くは息を呑む。

 

「この作戦で今後の戦局が左右される。各員気を引き締めてかかれ」

 

『了解!』

 

 『大和』の言葉を聞き、KAN-SEN達は一斉に敬礼をする。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 作戦会議後、解散したKAN-SEN達は各々の場所へと戻って行く。『大和』は空母武蔵の艦内にある長官室に居た。

 

「……」

 

 椅子に座り、改めて敵の戦力と進攻具合をタブレット端末の画面に表示させて確認している。

 

「……はぁ」

 

 彼はため息を付いて、机にタブレット端末を置き、両手を組んで上へと上げて身体を伸ばし、左右に動いて筋肉を解す。

 

(海戦は別に問題無いとして、陸もそこまで問題があるわけじゃないが……)

 

 『大和』は頭の中で今後の戦局の動きを予想する。

 

(問題はギムでの一件を終えた後か)

 

 腕を組み、天井を見上げる。

 

 この海戦に勝利して、次に地上で行われるであろうエジェイに勝利して、ギムでの一件を終えたとしても、この戦争は終わらないだろう。

 

(こちらの技術的優位は揺るがないが、物量は向こうの方が上だ。長期戦はこちらに不利)

 

 伊達にこのロデニウス大陸の半分を牛耳っている国ではない。それなりの物量はある。それに魔法という不確定要素がある以上、長引かせるのは得策ではない。

 とは言え、向こうに混乱を起こさせる為にもあえて時間を掛けて一手を投じなければならないが。

 

(やはり、一気に王都へ攻め入るしかないか)

 

 戦争を長引かせない為にも、短期決戦に挑むしかない。

 

 まぁ、以前よりロウリア王国を仮想敵国とした作戦計画を考えていたので、そう難しく考えるような事ではない。

 

 近い内にクワ・トイネ公国とクイラ王国との会談で、この作戦計画を話し合う予定だ。

 

 

 コンコン……

 

 

「誰だ?」

 

 扉からノック音がして『大和』は声を掛ける。

 

『俺だ。入っていいか?』

 

「『紀伊』か。あぁ良いぞ」

 

 『大和』が入室を許可すると、扉が開かれて『紀伊』が入ってくる。

 

「どうした、『紀伊』?」

 

「いやなに、『扶桑』の所に戻る前にちょっと友人と話をな」

 

「そうかい」

 

 『紀伊』は近くにある椅子を引き寄せて腰掛ける。

 

「しっかし、これだけの大きさだが、中はそこまで複雑じゃないな」

 

「空母と戦艦とじゃ求められる構造が違うんだ。お前の所の迷宮と比べられるもんじゃないだろ」

 

「そりゃそうだ」

 

 『紀伊』は苦笑いを浮かべ、『大和』はため息を付く。

 

「そういやさっき、『武蔵』を見たぞ」

 

「『武蔵』を?」

 

「あぁ。相変わらず嫁達と一緒だったぞ」

 

「ふーん」

 

「といっても、嫁達の方が『武蔵』に寄っているって感じだったがな。『武蔵』のやつ戸惑っていたしな」

 

「そうか」

 

 容易にその光景が想像できてか、『大和』は苦笑いを浮かべる。

 

「それにしても、あの二人は変わったな」

 

「どっちかというと、『瑞鶴』の方が変わったと言えるがな。前まであんなに積極的じゃなかったはずなのに」

 

「確かに。一体どういった心変わりがあったのやら」

 

「さぁな」

 

 『紀伊』はそう呟くと、『大和』は相槌を打つ。

 

「まぁ、それはともかくとして」

 

 そう呟いてから咳払いをして、『紀伊』は気持ちを切り替える。

 

「『大和』。お前はこの戦争……どこで落とし所を付けようと思っている?」

 

「そうだな。とりあえず奪われたギムを奪還して、そこでロウリアと講和を持ち込む、っていうのが一番望ましいが……」

 

「進撃した軍を自分達の領土にまで押し返された程度で、連中が交渉の席に着くと思うか?」

 

「いや、無いな」

 

 『紀伊』が問い掛けると、『大和』は何の迷いもなく即答する。

 

「そんな程度で講和の席に着くのなら、世界はもっと平和さ。この世界に限らずにな」

 

「そりゃそうだ」

 

 『紀伊』はため息を付く。

 

 戦争を終わらせる為に、講和を求めるのがどれだけ大変で難しいかを、二人はよく知っている。

 

 互いに多くの犠牲を払い、戦争を終わらせた経験があるのだから。

 

「となると、逆侵攻は確実。敵の戦意が喪失するまで戦うか、最悪敵を殲滅して戦争を終わらせる、ってところか」

 

「可能なら前者が望ましいな。出来れば後者に至って欲しくない」

 

 『大和』は苦虫を噛んだように顔を顰める。

 

「そうなると、やっぱりロウリア王国を仮想敵国として立てた計画通りに進めるしかないか」

 

「そうだな。今のところ考えられる最善の策だ」

 

「だな」

 

 『紀伊』は頷くと、首を動かして骨を鳴らす。

 

「まぁ、話は変わるが……」

 

 と、『紀伊』は真面目な表情を浮かべて、『大和』を見る。

 

「あの様子じゃ、まだ引き摺っているみたいだな」

 

「……気付いたいたのか」

 

「そりゃ、お前とは長い付き合いだ。戦友の変化は何となく分かるのさ」

 

「……」

 

「まぁ、俺も人のことは言えないんだがな」

 

 彼がそう言うと、『大和』は黙り込み、『紀伊』は尻尾で頭を掻きながらため息を付く。

 

「割り切れとは言わないが、ある程度踏ん切りは付けておけよ。じゃないと、いつか参っちまうぜ」

 

 『紀伊』はそう言うとイスから立ち上がり、扉を空けて部屋を出る。

 

「……」

 

 『紀伊』が部屋から出た後、『大和』は深くため息を付き、椅子にもたれかかって天井を見上げる。

 

 

 




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第十七話 ロデニウス沖海戦 壱

ドンパチの始まりであります


 

 

 

 中央歴1639年 4月18日 ロデニウス沖 

 

 

 

「いい景色だ。美しい……」

 

 朝日が空と海を照らす中、海を埋め尽くさんばかりの数の帆船が東に向かって波を掻き分けて進む。ロウリア王国海軍の艦隊、4000隻以上の、正確には4500隻の大艦隊である。

 

 その艦隊の中心部を航行する旗艦に乗艦している艦隊司令官・海将シャークンは艦隊を眺めながら呟いた。

 

 海を覆い尽す大量の帆船が一隻一隻隊列を崩さず、海面に反射した光を受ける白い帆を輝かせながら風いっぱいに進む姿は、美しいとしか言えない。

 

 その一隻一隻に多くの水夫や、揚陸軍を乗せて、艦隊はクワ・トイネ公国の経済都市マイハークを目指す。そして500隻の艦隊がロウリア王国の南の港から出発し、クイラ王国を目指している。

 

 6年もの間、ロウリア王国は第三文明圏の列強国『パーパルディア皇国』から屈辱的な条件を呑みつつ、多くの軍事援助を受けて、ようやく完成した大艦隊。これだけの艦隊を防ぐ手立ては、ロデニウス大陸には存在しない。

 もしかすると、その軍事援助を行ったパーパルディア皇国でさえ制圧出来そうな気がする。

 

(いや……パーパルディア皇国には『砲艦』と呼ばれる、船そのものを破壊する兵器を積んだ軍船があるらしいな)

 

 そんな艦隊を眺めていて彼は一瞬野心を覗かせたが、シャークンは理性で野心を打ち消した。

 

 いくら以前よりも遥かに強化されたとは言えど、第三文明圏の列強国に挑むのは、あまりにもリスクが高い。

 

 そうやって皇国に挑んで逆に滅ぼされた国は数知れない

 

 シャークンは野心を振り払うように艦隊を眺めて、艦隊の進行方向である東を見る。

 

 

 

 まさか上空で自分達の動きを見ている者が居るとも知らずに。

 

 

 

 特異な形状をしている『三式艦上高速偵察機』に乗る操縦手と偵察員の妖精達は海面を覆い尽くして進むロウリア王国海軍の艦隊を眺めていた。

 

 偵察員の妖精は艦隊発見の報の電文を平文で母艦へと送る。

 

 その後しばらく三式艦上高速偵察機は艦隊から見つからないように、雲に隠れながら艦隊の動きを見張る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 明朝にマイハークを出港した派遣艦隊は第二艦隊を前衛にして、西に向かって進んでいた。

 

 後方に居る第一艦隊の『武蔵』は『翔鶴』、『瑞鶴』を引き連れ、周囲を『榛名』『摩耶』『鞍馬』『冬月』『春月』『北風』『宵月』達が囲い、上空を警戒しながら航行している。

 空母三隻の甲板では、外側にあるエレベーターを使って甲板に上げられた艦載機の発進準備が行われている。

 

 

「……」

 

 空母『武蔵』の防空指揮所に出ている『大和』と『武蔵』は双眼鏡を首に提げて、上空を見上げていた。

 

「索敵機が飛び立ってそろそろ一時間が経過します」

 

「……そうか」

 

 『武蔵』が懐中時計を手にして時間を告げると、『大和』はボソッと呟き、西を見つめる。

 

(もうそろそろ、か)

 

 『大和』はこれまでの経験から予想し、上着の左袖をずらして手首にしている腕時計を出し、現在の時刻を確認する。

 

 

 すると防空指揮所に備えられた艦内電話が鳴り、防空指揮所に居る妖精がすぐさま受話器を取り耳に当てる。

 

「索敵機より入電!『我、敵艦隊を発見。距離、西方に200km、速力5ノットで航行中!』以上です!」

 

「こっちでも確認したよ、兄様」

 

「見つけたか」

 

 妖精が通信員の妖精より索敵機からの報告を『大和』に伝え、『武蔵』も索敵機からの視界で見た光景を伝える。

 

 報告を聞いた彼は頷き、『武蔵』を見る。

 

「作戦第一段階開始! 航空隊、発艦始め! 『翔鶴』、『瑞鶴』にも打電!」

 

「はっ! 航空隊、発艦始め!」

 

 『武蔵』は敬礼をすると、すぐに艦載機の発艦命令を出し、同時に『翔鶴』、『瑞鶴』へと連絡する。

 

 

 『武蔵』、『翔鶴』、『瑞鶴』の甲板では、暖機運転を行っていた艦載機が対空機銃座要員の妖精達に帽触れで見送られながら次々と甲板に埋め込まれた油圧式カタパルトを使い、発艦していく。

 

 『武蔵』からは『疾風(しっぷう)』40機と『流星改』50機、『翔鶴』、『瑞鶴』からは『烈風』が60機ずつの計210機が飛び立つ。

 

 

 ちなみにこの疾風と呼ばれる機体、艦載機としては異様な姿をしている。

 

 レシプロの艦載機としては大型の部類に入るが、何よりの特徴は機体の前後に発動機とプロペラを持っていることであろう。

 

 この機体の姿は別世界の、鉄血に該当するナチスドイツと呼ばれる国で開発された『Do 335』と呼ばれる戦闘機に瓜二つの姿をしている。まぁ実際の所この疾風は、そのDo 335の設計を基に陸上機として採用されていた機体を艦載機として設計を引き直して開発された艦上戦闘機である。

 

 その性能は艦上戦闘機としては上位に入る代物で、二基の発動機によって高い出力を誇る。火力も『MG151/20』を国産化した零式機銃を四基搭載しているとあって、航空機としては破格の威力を有する。

 

 艦上戦闘機としての性能は良かった。しかし色々と扱いの難しい代物であったのだが、何より機体サイズと構造が問題で、運用できる空母は限られてしまい、問題なく運用出来るのは実質的に大和型航空母艦のみであった。それ以外の空母ではカタパルトは必須として、場合によっては補助ロケットを使って無理矢理飛ばすしかない。

 

 ちなみに疾風(しっぷう)の陸上機仕様は疾風(はやて)と呼ぶ。非常にややこしい名称であるが、まぁ海軍と陸軍の当時の関係が関わっていたりする。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 『武蔵』の艦首側とアングルドデッキ側の飛行甲板に埋め込まれた油圧式カタパルト四基全てを使い、次々と疾風が飛び立つ。発艦した疾風はその出力に物を言わせて一気に高度を上げていく。

 

 その後に爆装した流星改が艦首側とアングルドデッキ側のカタパルトを用いて次々と発艦する。

 

 『翔鶴』、『瑞鶴』から発艦する烈風も飛行甲板に埋め込まれた油圧式カタパルトを用いて次々と発艦する。発艦する烈風は全て両翼下に対地、対艦攻撃を目的にした『一〇〇式ロケット弾改』を四発ずつ計八発の提げており、戦爆として出撃している。

 

「第一次攻撃隊、発艦完了。続いて第二次攻撃隊の発艦準備に取り掛かれ!」

 

 『武蔵』はすぐに第二次攻撃隊の出撃準備を命令する。

 

 三隻の空母にはそれぞれ艦攻、艦爆仕様の流星改が搭載されており、それぞれの空母で第二次攻撃隊として編成され、発艦準備が行われている。

 

 しかし本来であれば戦闘機の他に艦爆、艦攻と共に組んで発進するのが常識だ。

 

 しかし第一次攻撃隊は戦闘機が殆どで、『武蔵』から少数の艦爆流星が出撃しているだけである。

 まぁ、この特異的な編成の理由は後に分かる。

 

「全艦、上空警戒を厳にせよ。異常が見つかればすぐに報告しろ」

 

 『大和』はすぐに他のKAN-SEN達に対空戦闘を行えるように指示を出して伝える。

 

 

「これは……」

 

 防空指揮所に案内されて、事態が動く様子を後ろから見ていたブルーアイは呆然と立ち尽くしていた。

 

 クワ・トイネ公国空軍で最近運用が始まった航空機が次々と『武蔵』や、隣を航行している『翔鶴』、『瑞鶴』の甲板から飛び立っていく光景に、ブルーアイは圧倒される。

 

「これが航空母艦。航空機と呼ばれる飛行機械を海上で運用する軍艦です」

 

「空母……航空機……」

 

「運用次第では海戦の戦局を大きく変えます」

 

「……」

 

 『大和』の説明を聞いて、ブルーアイは目を見開いて驚くも、すぐさま『大和』より渡されたカメラを手にして艦載機の発艦光景を撮影する。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 場面は変わり、ロウリア王国海軍艦隊

 

 

 艦隊は順調に東に向かって海を突き進んでいる。

 

「……」

 

 険しい表情を浮かべているシャークンは、腕を組んで空を見上げていた。

 

(何だろうな。このざわついた感覚は)

 

 長年の経験ゆえか、戦の前にある不安な予感が彼の胸の中で渦巻いていた。

 

(敵が来る……のか?)

 

 シャークンは不安は残るが、気を引き締める。

 

 相手はこちらの半分の戦力も無いクワ・トイネだが、国を守る為に決死の勢いで攻撃してくるだろう。油断は出来ない。

 

 

 

「ん?」

 

 ふと、空の向こうに黒い点が一瞬見えて、彼は目を細める。

 

「なん……っ」

 

 しかし直後に風が吹いて目が乾き、一瞬目蓋を閉じて擦り、目蓋を開けて再び前を見る。

 

 見間違いと思っていた黒い点が複数あり、しかもさっきよりも大きくなっている。

 

「っ! まさか!?」

 

 東から何かが空を飛んで向かってきている。敵が居る方向から味方のワイバーンが飛んでくるはずが無い。

 

「敵襲! 敵襲だ! 空から来るぞ!!」

 

 シャークンが叫ぶと、水夫達は一斉に戦闘配置に付く。

 

「通信兵!! 至急司令部にワイバーン部隊の上空援護を要請しろ!! 急げ!!」

 

「はっ!」

 

 通信兵はすぐさま司令部へと連絡を入れている中、シャークンは空を見上げて、目を見開く。

 

 まだ黒い点であったはずなのに、さっきよりもずっと近くにまで接近していた。それによって点ではなく、ある程度形が分かるぐらいにまでである。

 

 それはワイバーンの姿からはかけ離れており、羽ばたいておらず、何やら「ブーン」という聞き慣れない音と共に接近していた。

 

 

 それは『翔鶴』、『瑞鶴』より発艦した戦爆烈風120機と『武蔵』艦載機の流星改50機である。

 

 

「あれは一体……!」

 

 シャークンが驚いている間に、周りでは水夫達が弓矢やバリスタの準備をして身構える。

 

 だが、ワイバーン相手にそれらの攻撃が無駄に終わる事を誰もが知っている。

 

 ワイバーンには、ワイバーンしか対抗出来ないのだから。

 

 しかしだからと言って何もしないわけにはいかない。当たらなくても牽制になるし、運が良ければ矢が刺さって落とせるかもしれない。

 そんなラッキーパンチが出るのを願いつつ、彼らは待ち構える。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 その頃、艦隊から上空援護を要請されたワイバーン本陣では、ワイバーンが次々と飛び立っていた。

 

「400騎のワイバーンが飛び立つのは、壮大だな」

 

 次々と飛び立つワイバーンを眺めるワイバーン運用部隊の司令官は思わず声を漏らす。

 

 これだけのワイバーンが出撃するのだ。我が軍の勝利は確実となる。司令官はそう思い抱く。

 

「……」

 

 ただ、オペレーターの一部はその後ろ姿を睨むように見ていた。

 

(400騎全てのワイバーンを投入するなんて。これで何かあったらどんな事になるか)

 

 司令官の後ろではオペレーターが内心で愚痴っていた。

 

 確かにワイバーンの強さは良く知っている。これだけの数を投入するなら勝利は確実だろう。

 

 しかし、だからこそこのワイバーン400騎に何かあったら、今後の作戦に支障をきたす可能性が高い。

 

 オペレーターの男性はそのことを危惧するものも、口出しできる立場に無いので、彼は黙ったまま自分の仕事に没頭する。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 そして艦隊に敵のワイバーンこと烈風隊が展開しつつ艦隊に向かって降下する。

 

「来るっ!!」

 

 シャークンは敵が攻撃態勢に入ったと身構えると、烈風各機は両翼に提げている一〇〇式ロケット弾改を間隔を空けて発射する。

 

 発射されたロケット弾は勢いよく艦隊へと突っ込み、帆船に直撃か海面に衝突して爆発を起こし、帆船を粉々に吹き飛ばす。

 

「なっ!?」

 

 爆発して粉々になる帆船を目の当たりにして、シャークンは目を見開く。

 

 ワイバーンの導力火炎弾なんか、比べ物にならない爆発だった。

 

 しかも爆発時に火矢に使う油に引火して、火を纏った破片が周囲に飛び散り、周りに居た帆船の帆やロープに火が移ってしまう二次被害が生じた。

 

 ロケット弾は何発も放たれたので、艦隊のあちこちで爆発が起き、外れたロケット弾が海面で爆発し、水柱を上げる。

 

 ロケット弾が命中した帆船やガレー船が水夫諸共粉々に吹き飛ぶ。その爆発で炎を纏った破片が周辺に広がり、その混乱で操舵ミスが生じて船同士で衝突する等、二次被害が発生して艦隊は大混乱に陥る。

 

「な、何という破壊力だ……」

 

 艦隊のあちこちで火が上がっている光景に、シャークンは呆然とした。

 

「っ! 矢だ! 矢を放て!当てる必要は無い! 牽制してやつらに攻撃の機会を与えるな!!」

 

 しかしすぐに気持ちを切り替え、シャークンは水夫達に指示を出す。

 

 艦隊のあちこちで水夫達が弓矢やバリスタを上空を旋回する烈風に向けて矢を放つも、600km/h以上の速度で飛ぶ烈風に当たるはずもないし、何より射程距離が足りていなかった。それどころか流れ矢が他の艦に直撃して、二次被害が続出する。

 

 ロケット弾を放った烈風各機は大きく迂回して機首を艦隊に向け、再び突っ込む。

 

(また来るか!)

 

 シャークンは身構えるが、烈風の機首と両翼がチカチカと細かく輝く。

 

 直後に連続して破裂音が耳に届くと、それと同時に帆船の甲板が抉られ、木片が宙を舞って飛び散る。その近くには身体が真っ二つに千切れたり、四肢のどれかが吹き飛んでいる水夫が血を流して倒れる。

 中には血と肉片、骨が混じった物が辺り一面に広がっていた。

 

 120機もの烈風はロケット弾を撃ち終えた後、零式機銃四門による艦隊への機銃掃射へと移ったのだ。

 

「う、腕が、俺の腕がぁぁぁぁぁっ!?」

 

「……」ゴフッ

 

「いでぇ、いでぇよぉ!?」

 

「足がっ!? 俺の足はどこに行ったんだぁっ!?」

 

 周囲では機銃掃射と二次被害を受けた水夫達がもがき苦しむ。

 

「何!? あのワイバーンはさっきと違う導力火炎弾が撃てるのか!?」

 

 シャークンは驚きのあまり声を上げると、銃弾が着弾した箇所を見る。

 

 零式機銃より放たれた20mmの『HE(M)(薄殻榴弾)』が甲板に着弾して、そこに大きな穴を開けていた。

 

 運が良ければ甲板に大穴が開く程度で済んでいるが、中には船内で炸裂したHE(M)(薄殻榴弾)によって火災が発生し、運が悪ければ甲板を貫通して船底に着弾して炸裂し、そこに大きな穴が開いて沈み出す船が出てくる。

 

「畜生! ワイバーンはまだかよ!」

 

 近くに居た水夫が悲痛な叫びを上げる。その直後烈風の機銃掃射により放たれたHE(M)(薄殻榴弾)が水夫に直撃し、文字通り木っ端微塵となって血と肉片が飛び散る。

 

 

 

 烈風隊とは別方向より艦隊上空に進入した流星改隊は一気に急降下体勢を取る。

 

 急降下を行った流星改各機は爆弾倉の扉を開き、まだ高い高度で両翼に下げている爆弾と共に爆弾を投下する。

 

 一機につき四発の爆弾が投下され、帆船やガレー船へ落下していくと、突然爆弾が炸裂して中から燃焼している弾子が大量に撒き散らされる。

 

 

 流星改が投下したのは『三号爆弾』と呼ばれるクラスター爆弾の一種である。

 

 これは親爆弾の中に多くの弾子こと子爆弾を内臓した爆弾であり、時間設定された時限信管が作動し、親爆弾が内部にある炸薬によって爆発し、中から燃焼した弾子を飛散させる。

 

 燃焼している弾子は対象に命中後、焼夷効果を発揮する。

 

 更にこの弾子は円錐状の形状をしているので、場合によっては対象に命中後深く突き刺さり、対象に大きな被害を齎す。

 

 流星改は両翼に一発ずつ、爆弾倉に二発の三号爆弾を積んで出撃した。

 

 

 ばら撒かれた焼夷弾は帆船やガレー船に降り注ぎ、多くの焼夷弾が帆船に命中して燃えやすい木材やロープに、または帆に火が燃え移り、船上では水夫達が必死に火を消そうと奮闘する。

 

 ガレー船では焼夷弾が命中して火が燃え移り、焼夷弾の直撃を受けて命を落とす者が居れば、焼夷弾の火が服に燃え移り、火を消そうと彼らはとっさに海へと飛び込む。

 だがそれによってガレー船は焼夷弾の火により燃え上がってしまい、操者を失い勝手に走るガレー船が近くに居るガレー船に衝突して火が燃え移った。

 

 流星改各機が投下した三号爆弾により、艦隊のあちこちで火の手が上がり、艦隊の混乱はより一層強まる。

 

 

 しかし、彼らの悪夢は、始まりに過ぎないのだ。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

『総旗艦様。第一攻撃隊より入電。攻撃成功。機銃による攻撃を続行中です』

 

「よし」

 

 無線で『翔鶴』より報告を聞いた『大和』は頷く。

 

「機銃でも効果を上げているみたいだね。何隻か沈みかけているよ。特に流星改が投下した三号爆弾は効果大だね」

 

「そうか。想定よりも向こうの防御は低いみたいだな」

 

 『武蔵』は索敵機からの視界で見た光景を『大和』に伝える。

 

「敵がこのまま素直に退いてくれれば、無駄な犠牲が出る事は無いが……」

 

 最後は小さく呟きながら、『大和』は腕を組む。

 

 

「索敵機より入電!『敵飛行編隊が接近中! 数は300以上!』です」

 

 と、艦内電話が鳴って受話器を取った妖精が、通信員の妖精より索敵機からの報告を『大和』に伝える。

 

 空母のKAN-SENは索敵機からの視界を共有できるといっても、視界は一定の方向に限定されるので、こういう時に索敵機に搭乗している妖精が周囲の索敵を行うのである。

 

「まぁ、そう思い通りにはいかない、か」

 

 『大和』は肩を竦める。

 

(ワイバーンの存在が向こうの士気を保っているのだろう。まぁ、この世界じゃワイバーンは空の最強戦力なのだから、希望を抱くだろうしな)

 

 内心呟くと、腕時計ではなく、上着のポケットに右手を突っ込んで懐中時計を取り出し、時刻を確認する。

 

(だが、その士気を崩させてもらう)

 

 『大和』は懐中時計をポケットに戻し、指示を出す。

 

「第二艦隊はこのまま前進。『榛名』は艦隊を離れて第二艦隊に同行せよ。『武蔵』の艦載機は艦爆を攻撃させた後に後退。艦戦は予定通り敵騎の迎撃を。『翔鶴』、『瑞鶴』は第一次攻撃隊を可能な限り攻撃を続けさせ、攻撃後は後退させて補給を受けさせろ」

 

「ハッ!」

 

『了解しました』

 

『了解!』

 

 すぐに無線で『翔鶴』、『瑞鶴』へと指示を出し、第二次攻撃隊の出撃準備をさせた。

 

 

(全く状況が読めない……)

 

 後ろで『大和』達のやり取りを見ていたブルーアイは全く理解出来なかった。

 

(ロウリア王国の艦隊に被害を与えたみたいだが、本当なんだろうか?)

 

 会話の内容からロウリア王国海軍の艦隊に被害を与えたみたいだが、果たして本当なのだろうか?

 

 彼らを疑うわけではないが、あまりにも遠過ぎて、戦場の状況が分からない。

 

 彼の中に疑念が生まれる。

 

「ブルーアイ殿」

 

「は、はい」

 

 と、『大和』が振り返りながらブルーアイに声を掛ける。

 

「宜しければ、もっと近い所で戦闘をご覧になりますか?」

 

「……はい?」

 

 まるでブルーアイの疑念に答えるかのような『大和』の突然の提案に、ブルーアイは思わず首を傾げる。

 

 

 




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第十八話 ロデニウス沖海戦 弐

 

 

 

 

 

(な、なぜこんな文明圏外の場所に飛行機械があるんだ!?)

 

 とある帆船に乗り込むヴァルハルという男は恐怖に震えていた。

 

 ロウリア王国に対して軍事支援を行ったパーパルディア皇国の国家戦略局の所属である彼は、観戦武官としてこの戦闘を見る為、艦隊に同行していた。

 

 文明圏外の蛮族とは言えど、これだけの戦力だ。大きく戦力が劣るクワ・トイネ公国という国相手なら、彼もまたロウリア王国の勝利で終わるだろうと思っていた。

 

 

 だが、戦闘が始まると、その考えは綺麗サッパリに吹き飛んだ。

 

 

 彼の視線の先ではワイバーンと違う、飛行機械と呼ばれる物が空を飛び回っている。時折艦隊へ降下して来ては、炸裂音と共に何かが帆船やガレー船にダメージを負わせ、水夫達を殺傷する。

 

(いや、『ムー』の『マリン』でもあんな速度は出ない。ましても形だって全く違う!)

 

 彼の脳裏にはムーに関する報告書で見たことがある『マリン』と呼ばれる飛行機械が過ぎるが、今空を飛び回っている飛行機械はそのマリンとはまるで違った。

 

(何だ……一体、何なんだ!?)

 

 彼は言い知れない恐怖に駆られ、ただただ飛行機械が自分が乗る帆船を狙わないで欲しいと祈るばかりだった。

 

 しかし彼の祈りなんか知らないと言わんばかりに、彼の乗る帆船に烈風が機首を向けて降下し、両翼と機首の機関砲を放つ。

 

 機関砲から放たれたHE(M)(薄殻榴弾)がマストに命中して着弾点から粉砕され、帆を張っていたマストが倒れる。

 

「ひぃぃぃ!?」

 

 情け無い声を上げて腰を抜かすヴァルハルの目の前には、HE(M)(薄殻榴弾)が着弾して出来た大きな穴と、肉片や骨が混じって真っ赤に染まった甲板であった。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「これは……」

 

 艦隊からの援護要請を受けて飛来したワイバーン部隊の隊長アグラメウスは、海上の状況を見てその惨状に目を疑った。

 

 海を覆い尽くし、一切の乱れの無い陣形で進んでいた艦隊を見送った時、クワ・トイネの艦隊を蹂躙し、マイハークを火の海にするだろうと、確信していた。

 

 

 だが、それがどうだ?

 

 

 艦隊のあちこちから煙が上がり、帆船は蜘蛛の子を散らすように必死になって逃げていた。

 

 その帆船に対して何かが猛スピードで急降下していた。その何かこと烈風は機銃の弾が持つ限り艦隊への機銃掃射を続けていたが、弾が切れた機が出てきて、その機から母艦へと後退している。

 流星改もまた爆弾を投下した後は両翼の機関砲と防護機銃による機銃掃射を行い、弾切れになった機から次々と帰還していた。

 

「あれか!」

 

 竜騎士団長のアグラメウスは、艦隊を攻撃している張本人を見つける。

 

「全騎! 敵ワイバーンを狙え! 艦隊を守るぞ!」

 

 アグラメウスが魔信に向かって命令を下し、ワイバーン隊は突撃しようとした。

 

「っ!」

 

 だが、その直前に彼は何かを察して、上を見上げる。

 

 見上げてしまった事で太陽の光が彼の視界を遮り、思わず目を細めて手で光を遮ろうとした。

 

 だが、その瞬間太陽を背に何かが急降下してきた。

 

「て、敵―――」

 

 アグラメウスはそれに気付いて声を上げようとした。

 

 だが、その直後に彼らは牙を剥いた。

 

 

 太陽を背にワイバーン部隊の直上から急降下した『武蔵』所属の疾風は一斉に零式機銃四門を放つ。

 

 20mmのHE(M)(薄殻榴弾)がワイバーン部隊に襲い掛かり、竜騎士諸共ワイバーンを粉砕し、その傍を高速で通り過ぎる。

 

「な、なんだぁ!?」

 

 あまりにも一瞬の出来事にワイバーン部隊は混乱する。

 

 その間にも続けて疾風が旋回して戻って来て、再びワイバーン部隊に機関砲を放ちながら向かっていく。

 

『何なんだこいつらは!?』

 

『また来るぞ!』

 

『ダメだ、速過ぎる!?』

 

『来るな、来るなっ!?』

 

 魔力通信機から次々と竜騎士達の悲痛な叫びが発せられる。

 

「くそっ!?」

 

 アグラメウスは悪態を付きながらもワイバーンを操って疾風隊の攻撃を何とかかわし、反撃しようとした。

 

 しかし疾風はワイバーンと比べ物にならない高速で飛行している上、今までに無い状況にワイバーンが怯えて暴れている事で、姿を捉える事が出来なかった。その上大きな破裂音がした瞬間には味方のワイバーンが落とされている。

 

 なので、彼らはただひたすら逃げる事しか出来ない。

 

(こんな、こんな馬鹿なことが!?)

 

 空の王者であり、最強の航空戦力であるワイバーンが手も足も出せない。ワイバーンではない、圧倒的な火力、速さを持つ謎の存在。

 

 それらの要素が、彼らの闘志を、彼らの精神を、そして彼らの誇りを削っていく。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 しばらくして疾風隊は、多くのワイバーンを撃ち落して、ロウリア王国海軍の艦隊に機銃掃射し終えた烈風隊と流星改隊と共に元来た針路へと飛んでいく。

 

 400騎は居たワイバーンは、疾風40機によって150騎も撃ち落されて、250騎にまで減っていた。しかも残った250騎も誰もが無傷ではなく、かなり消耗している。むしろワイバーンが怯えるあまり逃亡しないだけまだマシな状況だ。

 

 艦隊も何十隻もの軍船が被害を被っており、中には沈みかけている船も居る。

 

「まさか、こんな事が……」

 

 辛うじて生き残ったアグラメウスは、ボロボロになったワイバーン部隊を見て思わず声を漏らす。

 

(ありえない。相手はクワ・トイネだぞ。祖国の半分にも満たない亜人と獣姦主義者共の農民の国だぞ。そんなやつらが、あんな物を……!)

 

 アグラメウスは悔しさのあまり、歯軋りを立てて歯噛みする。

 

「た、隊長!? あ、あれを!」

 

 と、部下の一人が慌てた様子で指差し、アグラメウスはその方向を見る。

 

「あれは……」

 

 遠く、そこに艦隊に向かう小さな粒が見える。それが敵艦隊であるとすぐに理解する。

 

(ワイバーンの数を大きく減ったから、艦隊がノコノコと出てきたというのか)

 

 そう考えると、思わずギリッと歯軋りを立てる。

 

 明らかに舐められている。そう思うと怒りが沸き立つ。

 

 確かにワイバーンの数は半分近く減らされたが、ワイバーンとしての戦闘力はまだ残っている。

 

 それにさっきのワイバーンもどきは空に居ない。今ならやつらの空の守りは手薄だ。

 

「その慢心が命取りだ! 全騎! 敵艦隊に向かうぞ! やつらが戻ってくる前に、敵艦隊を叩く!」

 

『了解!』

 

 アグラメウスの命令で残ったワイバーン部隊は敵艦隊へと向かって飛ぶ。

 

 先ほどの物体と違い、船からの攻撃ではワイバーンを撃ち落とすのは至難の業だ。傷付いているとは言えど、まだワイバーンは戦闘能力を残しているので、軍船を撃沈出来る。彼はそう考えていた。

 

 しかし彼は頭に血が上って冷静さを欠いていた。そして彼の部下もまた冷静さを欠かしていたせいで、誰も気づけないでいた。

 

 敵艦の大きさの違和感に気付けないほどに……

 

 

 

 直後、敵艦が火を吹く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 『紀伊』率いる第二艦隊の戦艦部隊は『榛名』を迎え入れて、ロウリア王国海軍艦隊へ向かって進んでいた。

 

『電探に感あり。数は250。本艦隊に接近中!』

 

 電探室より電探員の妖精から敵機編隊接近の報が、艦橋のスピーカーから発せられる。

 

「来ましたね」

 

「あぁ。五航戦にボコボコにされても、案外闘志は衰えないものだな」

 

「まぁそれでも容赦しないがな」と『紀伊』はそう呟くと、『扶桑』と見て頷き合う。

 

「全艦対空戦闘用意!」

 

 『扶桑』が命令を下すと、自身の艦体を操作する妖精達が慌ただしく動き出す。

 

「各艦は『SA2』を以ってして敵騎編隊を迎撃! トカゲを一匹も通すな!」

 

 『紀伊』がそう命じると、『扶桑』は針路を右へと向けさせつつ、主砲を全て左90°に旋回させる。

 

 同じように『扶桑』に続く『山城』、『伊勢』、『日向』も主砲を左90°旋回させる。

 

『射撃用電探及び索敵用電探連動!! 諸元入力良し!!』

 

『目標への高角測定完了! 電探射撃用意!!』

 

『二式対空破片調整弾、甲種強装薬装填良し!!』

 

 各所から次々と準備完了の報告が入る。

 

『こちら「山城」! 砲撃準備完了です、将軍様!』

 

『こちら「伊勢」。いつでも撃てる!』

 

『こちら「日向」。砲撃準備完了』

 

 そして『山城』、『伊勢』、『日向』より準備完了の報告が入る。

 

「一斉射で一番砲から二番砲の順で撃つ」

 

 『紀伊』は『扶桑』を見て、彼女が頷く。

 

「主砲、撃ち方始め!!」

 

 『扶桑』が号令を下すと、『扶桑』の一番から六番砲塔の一番砲が轟音と共に火を吹く。同時に『山城』『伊勢』『日向』も一番から六番砲塔の一番砲が轟音と共に火を吹く。

 遅れて数秒後に二番砲も砲撃を行う。

 

 

 

 

「何だ?」

 

 敵艦隊に接近していたアグラメウス率いるワイバーン部隊は、敵艦隊から突然火が吹いて驚いていた。

 

「一体何を―――」

 

 数秒経っても何も起きず、彼は声を漏らしたが、最後まで言う事は出来なかった。

 

 直後、四隻の戦艦の主砲より放たれた二十四発の砲弾が彼らの前まで来ると、内蔵されている近接電波信管がワイバーンを捉えて作動し、弾殻が弾けて中から無数のベアリング弾が勢いよくばら撒かれ、複数の竜騎士諸共ワイバーンが文字通り粉々に粉砕されてしまう。

 アグラメウスもまた、その無数のベアリング弾により、相棒のワイバーン諸共血飛沫となって粉砕され、何があったのかを理解する事無く、その命を散らした。

 

 

 四隻の戦艦から放れた砲弾の名称は『二式対空破片調整弾』 通称『SA2』と呼ばれる、航空機を撃ち落す為の対空迎撃弾である。

 

 砲弾内部には無数のベアリング弾が内蔵されており、信管が作動してベアリング弾が勢いよく放たれる仕組みとなっている。簡単に言えば機械化された巨大な散弾である。

 信管は通称『G3』と呼ばれる『三式近接電波信管』であり、電波が目標を捉えると、信管が作動する仕組みとなっている。これにより、これまで砲弾が敵機へ接近する時間を予想して時間を設定していた時限信管よりも、より正確に目標付近で信管が作動するようになり、敵機の撃墜数は飛躍的に向上した。

 

 特に『扶桑』、『山城』、『伊勢』、『日向』の四隻は新鋭の電探と射撃装置の搭載と、主砲の半自動装填装置、油圧装置の改良、副砲の撤去、高角砲、機銃の増設等、様々な改装が施されて、対空戦闘能力を強化されている。

 彼女達の改装によって得られたデータは、紀伊型戦艦を含める戦艦のKAN-SEN達の対空戦闘能力の飛躍的向上が齎される事になった。

 

 元々『大和』の『カンレキ』にある『大戦』の『伊勢』に施された改造であるが、その後『日向』にも同じ改造を施し、伊勢型より旧式の『扶桑』、『山城』にも変更点は多々あったが同じ改造が施されたのである。

 

 

 最初の砲撃から数秒後に二番砲より放たれた二式対空破片調整弾が、残ったワイバーン部隊の近くで破裂してベアリング弾を放ち、ワイバーンをベアリング弾が竜騎士諸共粉砕するのだった。

 

 突然の攻撃によって隊長を含めた多くのワイバーンが撃ち落され、残りのワイバーン隊は動揺を隠せなかったが、それでも各騎は敵艦へと向かっていく。

 

 しかし半自動装填装置と砲身の上下角を調整する油圧機構が改良されている『扶桑』、『山城』、『伊勢』、『日向』の四隻は素早く次弾を装填し、すぐさま射撃諸元の修正を行ってワイバーンに狙いを定め、轟音と共に一番砲より火が吹く。

 

 放たれた二式対空破片調整弾がワイバーンの近くまで飛翔すると、近接電波信管から放たれる電波がワイバーンを捉え、弾殻が弾けてベアリング弾が勢いよく放たれ、ワイバーンを竜騎士諸共粉砕する。

 

 多くの数を減らされながらも彼らは果敢に攻めていき、艦隊へ接近する。

 

 しかし勇敢にも接近した彼らに待ち構えていたのは、鉄の暴雨であった。

 

 『扶桑』、『山城』、『伊勢』、『日向』の前方に出ていた『榛名』から、無数の砲弾が放たれて彼らに襲い掛かった。

 

 防空戦艦として生まれ変わった『榛名』は長10cm高角砲をワイバーンに向け、計32門の長10cm高角砲から一斉に火が吹く。

 

 電探射撃による正確な諸元を基に狙いを付けられて放たれた砲弾は、近接電波信管によってワイバーンの近くで作動し、砲弾が爆発して爆風と破片がワイバーンを竜騎士諸共粉砕する。

 

 32門から毎分20発という発射速度によって連続して放たれる砲弾の雨は、次々とワイバーンを撃ち落していき、それに加えて『扶桑』ら四隻の戦艦からの主砲と長10cm高角砲も加わり、ワイバーンは物凄い勢いでその数を減らしていく。

 

 もし彼らが高度を下げて超低空から艦隊に接近すれば、近接電波信管が海面に反射して誤作動を起こし、その間に弾幕の合間を掻い潜り、艦隊に接近出来てかもしれない。

 しかしそんな事を彼らが知る由も無いし、何よりそんな事を考える余裕なんて彼らには無い。

 

 

 そして400騎ものワイバーンは、150騎を疾風に撃ち落され、残りの250騎も艦隊に一発の導力火炎弾を放つことも、ましてや艦隊に接近することすら出来ず、戦艦四隻による長距離迎撃と防空戦艦の鉄の暴雨によって全滅した。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「我々は、一体何と戦っているのだ……?」

 

『……』

 

 絶望に染まった顔で呆然と立ち尽くすシャークンは、誰に向けたわけではなく、そう問い掛ける。しかしその問いに答えられる者は、誰も居ない。

 

 上空援護として要請したワイバーン部隊が到着した時は、誰もが勝利を確信して歓声を上げた。

 

 だが、直後にワイバーン部隊は敵のワイバーンと異なる謎の物体によってその殆どを失い、残りも敵艦隊の攻撃によって全滅してしまった。ワイバーンによる攻撃ではなく、敵艦からの攻撃でだ。

 

 空の王者と呼ばれたワイバーンが、虫を叩き落すように、簡単に落とされてしまった。

 

 残されたのは手負いの艦隊。まだ数はあるが、無傷な船は少ない上に負傷者は多数。ワイバーンが全滅したことで水夫達の士気はガタ落ち。

 

 その上、ワイバーンを撃ち落した敵艦隊が、こちらへと向かってきている。たった五隻ではあったが、軍船はどれも島と勘違いしそうな大きさをしている。

 

(どうする? ここは一旦退いて態勢を立て直すか? いや、追撃されてワイバーンを撃ち落した武器を使われてしまえば、逃げ切れない)

 

 シャークンは策を講じるも、敵のワイバーンもどきが健在な以上、どうやっても逃げられるビジョンが見出せない。

 

 降伏する事も考えたが、ワイバーンを撃ち落した巨大な武器がこちらを向こうとしていたので、彼は半ば混乱しながらも指示を出す。

 

「突撃だ!! 艦隊前進!! あれだけの大きさだ! 懐に入れば勝機はある!!」

 

 シャークンの命令を受けて、艦隊はヤケクソのように前進を再開し、敵艦隊へと向かっていく。  

 

 あれだけの大きさならば、そう何発も連続で撃てないだろうし、懐に入れば俯角の関係であの武器は使えず、こちらは相手の船に乗り込んで白兵戦に持ち込めるし、ワイバーンもどきも誤射を恐れて攻撃できないだろう。相手はたったの数隻。それにこちらは数は減らされているとは言えど、相手の千倍近くはまだ残っている。

 

 だからこそ、シャークンと水夫達は一途の希望に賭けて、突撃したのだ。

 

 

 半ば諦めの境地に達しているとも言えるが……

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

『敵艦隊、前進を再開! 第二艦隊に向かっていきます!』

 

 ロウリア王国海軍艦隊の上空で動きを監視していた三式艦上高速偵察機より報告が入り、無線で通信員の妖精がスピーカーを通して『大和』に報告する。

 

「……ワイバーンをワイバーン以外で一方的に落とせば、不利を悟って退くと思ったが……さすがに甘過ぎたか」

 

 報告を聞いた『大和』は思わず舌打ちをして声を漏らす。彼としては可能な限り多くの流血は避けたかった。

 

 

 だが、退く判断を下すタイミングは二回もあった。それでも進むのなら……容赦はしない

 

 

「兄様……」

 

「……是非も無し、か」

 

 『大和』はそう呟くと、制帽を被り直して口を開く。

 

「作戦を第二段階へ移行する。第二艦隊の戦艦部隊は三式弾による砲撃を開始。各空母は第二次攻撃隊を発艦! 敵艦隊を殲滅する!」

 

 

 

「指揮艦様。総旗艦様より入電です」

 

「内容は?」

 

「作戦を第二段階へと移行。戦艦部隊は三式弾による砲撃を開始せよ、です」

 

「そうか」

 

 『扶桑』より『大和』の指示を聞いて、『紀伊』は息を吐く。

 

「『山城』、『伊勢』、『日向』に伝えろ。作戦の仕上げだ」

 

「はい」

 

 『扶桑』は『山城』、『伊勢』、『日向』に『大和』の指示を伝えて、すぐに攻撃準備に入る。

 

「『クリーブランド』。現在どの位置に居る?」

 

『もうそろそろ艦隊の背面に回れる。新人達も付いて来ているよ』

 

「撤退しようとする船を見つければ攻撃しろ。だが、降伏の意思を見せている船には攻撃するな。降伏者を受け入れろ」

 

『了解! 任せとけ!』

 

「……」

 

 『グリーブランド』の返事を聞き、『紀伊』は腕を組む。

 

 撤退しようとする船を見逃さないのは、後々海賊となって活動させない為である。母港に戻るならいいが、戻らず海賊となって海を放浪するのなら、全て沈める。

 

 

 

 そして彼らの容赦の無い戦いが、始まろうとしていた……

 

 




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第十九話 ロデニウス沖海戦 参

 

 

 

 その後の戦闘は、もはや戦闘とは呼べない、一方的な蹂躙となった。

 

 

 『扶桑』、『山城』、『伊勢』、『日向』の四隻は向かってくるロウリア王国海軍艦隊に主砲を向け、三式弾を放った。

 

 一度の砲撃で放たれた三式弾計28発は時限信管により艦隊直上で炸裂し、一発に内蔵されている25mm×90mmの焼夷弾子1000個前後が雨の如く艦隊に降り注ぐ。

 

 雨の様に降り注いだ焼夷弾子は帆船に直撃すると、火を撒き散らしながら貫通し、船内でも火が撒かれた。

 

 ただでさえ木や布、火矢に使う油が入った壷など、燃えやすい物が多い帆船やガレー船に火の雨がばら撒かれた。どの様な結果になるのは、一目瞭然だった。

 

 

 一瞬にして炎が艦隊に燃え広がり、艦隊の動きが止まる。

 

 水夫達は慌てて帆やロープについた火を消そうとするが、続けて四隻の戦艦の主砲から三式弾が放たれ、上空で何度も焼夷弾子が降り注がれて、火の勢いは益々強くなっていく。中には焼夷弾子が直撃して絶命したり、火が燃え移って火達磨になる水夫もいた。

 

 運良く焼夷弾子から逃れた帆船は火から遠ざかろうとしたが、次の一手は既に打たれていた。

 

 『武蔵』、『翔鶴』、『瑞鶴』より発艦した艦攻、艦爆の流星改を中核とし、一〇〇式ロケット弾改を両翼に提げた戦爆として出撃した疾風と烈風の第二次攻撃隊が艦隊の左右より迫る。

 

 第二次攻撃隊は艦隊を離れようとする帆船とガレー船へと攻撃を開始した。

 

 今回流星改各機には25番や50番といった爆弾の他に、第一攻撃隊の流星改同様に三号爆弾を搭載している。

 

 艦爆隊の流星改はそれぞれの目標へと急降下を行い、爆弾倉と両翼下に提げた三号爆弾を投下する。

 

 投下された三号爆弾は目標直上にて炸裂して弾子をばら撒き、帆船に降り注ぐ。燃焼する弾子の直撃を受けて、帆船は一気に燃え上がる。

 

 艦攻隊の流星改は動きが鈍った艦隊上空にて爆弾倉の扉を開いて水平爆撃にて三号爆弾を投下し、投下後に親爆弾が炸裂して弾子が艦隊に降り注ぎ、炎を撒き散らす。

 

 そして止めと言わんばかりに、烈風及び疾風各機が一〇〇式ロケット弾改を放ち、ロケット弾の直撃を受けた帆船は粉々に吹き飛び、直後に機銃掃射を行う。

 

 三式弾や三号爆弾による被害を免れて、何とか後方へと逃げようとした帆船も、第二艦隊より分離して後方に回り込んだ『クリーブランド』達が砲撃を行い、帆船を沈めて行く。

 

 その中にはクワ・トイネ公国海軍のヤクモ級重巡洋艦とウネビ級計巡洋艦とマツ級駆逐艦の計七隻も加わっており、敵艦隊に向けて砲撃を行っていた。命中率はそれほど高くなく、本職からすればまだまだであるが、初めの頃ならこんなものである。

 

 ともかく、逃げようにも帆を焼かれて推進力を奪われた上に炎に包まれ、その上断続的に四隻の戦艦から三式弾による艦砲射撃と投下される三号爆弾、更に機銃掃射による攻撃を受け続けているロウリア王国海軍の艦隊には、最早どうする事もできない。

 

 

 まさに、地獄絵図であった。

 

 

「……」

 

 炎が上がって燃える船の上で、シャークンは諦めの境地に達して、炎に包まれる艦隊を見渡す。

 

(数の優位で、どうにか出来るものじゃなかった……。最初から勝負は決まっていたのか)

 

 シャークンはその場で立ち崩れて床に両膝を着き、遠くに見える艦隊を見る。

 

 『扶桑』、『山城』、『伊勢』、『日向』の四隻の戦艦は途切れる事無く砲撃を続け、上空ではワイバーンのような物が飛び交い、艦隊に攻撃を仕掛ける。後方では敵艦が続け様に攻撃を続けている。

 

(お前達は、一体どこから来たのだ……) 

 

 あまりにも常軌を逸した力の差に、シャークンは一人確信を得ていた。 

 

 

 あれはクワ・トイネでは無い、別の存在だと……

 

 

「っ!?」

 

 直後、『山城』より放たれた三式弾がなぜか上空で時限信管が作動せずにシャークンが座乗している帆船の近くに着弾し、水柱を上げて船体が大きく揺れる。

 

 しかしシャークンは船体が揺れた衝撃で吹き飛ばされ、海へと落ちる。

 

 直後海面に着水した衝撃で信管が作動した三式弾は海中で爆発し、帆船は爆発に巻き込まれて船体を抉られながら転覆する。

 

 シャークンはすぐに近くを漂っていた木材にしがみ付き、沈み行く帆船と、炎に包まれる艦隊を見る。

 

「あぁ……神よ……」

 

 その絶望的な光景に、彼は嘆くしかなかった。

 

 

 そしてそれが、艦隊の運命を決した。

 

 

 旗艦を失った事で指揮系統が崩壊し、生き残った帆船やガレー船の行動は異なった。

 

 馬鹿正直にシャークンの突撃命令を遂行しようとする船長は前進を命令したり、船員達が前進命令を下す船長を殺害してまで逃げようとしたり、経験豊富な船長の冷静な判断で逃げの一手を打つ船など、行動は様々であった。

 

 しかし、それでも滅びの運命に変わりは無かった。

 

 逃げようとする船は攻撃機の標的にされて、爆撃や機銃掃射を受けて、海の藻屑と化した。

 

 

「これは……」

 

 上空を飛行する偵察型の疾風こと三式艦上高速偵察機に乗り込むブルーアイは、目下の光景に思わず声を漏らす。

 

 ブルーアイは『大和』の提案により、戦闘の光景を近くで見る為に三式艦上高速偵察機の偵察員席に乗り込み、『武蔵』より飛び立った。

 

 その後敵艦隊の外縁部の上空を低高度で飛行していた。

 

 彼は炎が上がり、もはやまともな行動が出来ない艦隊が戦艦四隻と後方に回り込んだ数隻の軍艦、クワ・トイネ公国海軍所属の軍艦、航空機に蹂躙される阿鼻叫喚な光景に、息を呑む。

 

「一方的だ……」

 

 その容赦の無い光景に、もはやその一言しか言えなかった。

 

「これが、彼らの力か……」

 

 ブルーアイは冷や汗を掻きつつも、『大和』より渡されたカメラを使い、報告の為の資料としてその光景を撮影した。

 

 

 ちなみに、この戦闘による報告で、クワ・トイネ公国海軍は航空機による攻撃の有用性を認め、戦艦よりも多くの空母の建造を目指したそうな。しかし同時に戦艦の長距離砲撃の魅力もあり、クワ・トイネ公国海軍内に航空機主義者と大艦巨砲主義者に分かれることとなるのだった。

 

 

 

 それからしばらく四隻の戦艦と巡洋艦、駆逐艦による砲撃と艦載機による爆撃が続けられ、4500隻のもロウリア王国海軍の艦隊は壊滅し、一部生き残った帆船は降伏し、ほんの僅かは運良く海域を離脱して母港への帰路に着けた。

 その後『雷』や『電』を中心に漂流者の救助作業が行われた。

 

 救助された者は三桁ほどの人数しか居らず、それ以外は焼死体や肉片となって海に浮かんでいた。その上救助された者も無傷ではなく、特に火傷を負った者が多かった。そしてその中に、シャークンも含まれていた。

 

 

 ちなみに救助作業の際に、ロウリア王国海軍の艦隊にパーパルディア皇国から観戦武官として派遣されたヴァルハルという男が救助された。

 彼は乗船していた帆船が他の帆船と衝突した衝撃で海に放り出された事で難を逃れたそうな。

 

 

 ともあれ、ロデニウス沖で発生した海戦は、ロウリア王国海軍艦隊の壊滅と言う圧倒的な結果を残し、同時にKAN-SENの力を知らしめた戦闘となった。

 

 

 

「終わりましたね、兄様」

 

「あぁ」

 

 空母『武蔵』の防空指揮所にて『武蔵』が『大和』に声を掛けると、彼はアングルドデッキに順に帰還する『武蔵』の艦載機を見ながら短く返す。

 

「少なくとも、これでロウリア王国は海から攻める力を失っただろう」

 

「だと良いんですけど……」

 

「仮に多くの戦力が残っていたとしても、今回の一件で防衛の為に戦力を回すはずだ。向こうとてそのくらい理解しているはずだ」

 

 不安を口にする『武蔵』に、『大和』は持論を彼に説く。

 

「まぁ、そのまま引き篭もってくれるのなら、こちらとしては好都合だがな」

 

「……?」

 

 『大和』の意味深な発言に、『武蔵』は首を傾げる。

 

「ともかく、各艦は周囲を警戒しつつ、漂流者を救助。可能な限り漂流者を救助した後、マイハークへ帰還する」

 

 『大和』は各KAN-SENに指示を出し、海上に浮かぶ漂流者を救助した後、マイハークへと帰還する。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 

 

 ロウリア王国 ワイバーン本陣

 

 

 敵ワイバーン部隊接近の報を受けて、艦隊を守る為に飛び立った400騎のワイバーンであったが、その後多くの悲鳴と共に通信が途絶して3時間が経過した。

 

『……』

 

 司令部に重苦しい空気と沈黙が流れる。

 

 いくら待てど、全く帰ってこない竜騎士達。司令部は焦燥に包まれていた。

 

「……なぜ、帰って来ないのだ」

 

 司令官は誰に向けたわけではなく声を漏らすが、誰も答えなかった。いや、答えられなかったというのが正しいだろう。

 

(ま、まさか……全滅したのか!?)

 

 彼は内心で戦慄し、絶望を覚える。

 

 

 ロデニウス大陸の歴史において、ワイバーンは最強の生物である。しかし同時にこの大陸では貴重な種でもあり、数が中々揃えられない。

 

 ロウリア王国の600騎のワイバーンというのは、ロデニウス大陸の統一と言う前提に、パーパルディア皇国からの援助を得て、屈辱的な条件を飲み6年の歳月を経て、ようやくこの数に達した。

 

 圧倒的な戦力であり、確実にロデニウス大陸を統一出来るはずであった。

 

 そして、敵ワイバーンの出現の報を受け、飛び立っていった精鋭の400騎は歴史に残る圧倒的な大戦果を挙げて帰ってくるはずだった。

 

 

 だが、結果はどうだった?

 

 

 本陣に居た全てのワイバーンを投入して、一騎たりとも帰ってこない……

 

 

 考えたくない。考えたくないが、出撃した400騎が全滅した可能性が高い。

 

 しかし普通に考えて、仮に敵が大艦隊であったとしても、最強の生物であるワイバーン400騎を全滅出来るとは考えられない。

 

 何が起きた? 敵は一体何をしたのだ?

 

 こんな非常識な状況を、ロウリア王になんと報告すればいいのか、解らない……

 

 司令官はただただどうすればいいか、思考を巡らせるのだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、クイラ王国沖

 

 

 

「……」

 

 停止している自身の艦体の甲板に立つ『ビスマルク』は腕を組み、前方の光景を眺めていた。

 

 彼女の視界には、火災を起こして転覆しかけている帆船や転覆しているガレー船の姿がある。

 

 

 ロウリア王国南部の港より出港した艦隊は、クイラ王国を目指して航行していた。

 

 その艦隊を哨戒中の『伊13』が発見し、クイラ王国から援軍要請を受けてトラック泊地から派遣された艦隊へ伝えられた。

 

 派遣艦隊を率いる『ビスマルク』はロウリア王国の艦隊に対して『伊13』に魚雷による攻撃を行わせ、雷撃を受けて艦隊は混乱し、動きが乱れた。

 

 そこへ『ビスマルク』と『ティルピッツ』による砲撃が叩き込まれ、更に艦隊側面を『吾妻』『高雄』『妙高』の三隻が迫り、艦隊に対して砲撃を叩き込む。

 

 これにより、ロウリア王国側の艦隊司令は不利を悟り、撤退を決意。部下の反対を押し切って生き残った艦隊を母港へ帰還させた。

 

 『ビスマルク』は撤退する艦隊の追撃を行わず、その様子を静観した。

 

 

(ヤマトに紀伊達の方を含めれば、これで敵は海から攻める気を起こすことは無い、か)

 

 彼女は小さく見える撤退中のロウリア王国側の艦隊を見つめつつ内心呟く。

 

「しかし、何と他愛も無い。鎧袖一触とはこのことか」

 

 沈み行くロウリア王国の帆船を見ながら、『ビスマルク』は声を漏らす。

 

 明らかな技術の差もあって、勝負は最初から見えていた。しかし、だからといって手を抜いていい理由にはならないが

 

「……」

 

 彼女は浅く息を吐き、左を見る。

 

 『ビスマルク』の後方には『ティルピッツ』が居り、艦体の甲板上に『ティルピッツ』と艦隊に同行している『尾張』の姿があった。

 

(今回の戦闘は、果たしてあの者(・・・)に対してどれほど価値のあるものか)

 

 彼女は内心呟き、『ティルピッツ』の艦橋に居る者を見る。

 

 

 

 その後『ビスマルク』達はしばらく海域に留まって敵の動向を監視し、問題が無いと判断した後に艦隊を率いてクイラ王国の港へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 




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第二十話 海戦後の影響

 

 

 

 中央歴1639年 4月25日 クワ・トイネ公国

 

 

 

「――――以上が、報告となります」

 

 

 会議室で行われた政治部会で、トラック泊地の艦隊へ観戦武官として派遣されたブルーアイは参考人として召喚され、見た物を全てありのまま報告した。

 テーブルには自身のカメラで撮影して現像した写真や、『大和』達が協力して撮影した写真が並べられている。

 

 

 空母『武蔵』より油圧式カタパルトで発艦する疾風や流星改を写した写真。

 

 戦艦『扶桑』の主砲が火を吹く瞬間を捉えた写真。

 

 隊列を組んで砲撃を行う軽巡『クリーブランド』に『プリンツ・オイゲン』といった艦隊を捉えた写真。

 

 その後方に付いて来て砲撃を行うヤクモ級重巡洋艦とウネビ級軽巡洋艦、マツ級駆逐艦を写した写真。

 

 火を上げるロウリア王国海軍の帆船を写した写真。

 

 炎に包まれるロウリア王国海軍艦隊を上空から写した写真。

 

 

「うーむ。彼らの力はこの目で見て理解していたが、予想以上だな」

 

 カナタ首相はブルーアイの報告を聞き、写真を見てそう呟くと、息を呑む。

 

「4000隻以上の軍船が攻めて来たと聞いた時は、さすがの彼らでも苦戦は免れないだろうと思ったが、苦戦どころか一方的だったな」

 

「やはり彼らと軍事同盟を組んだのは正解だった」

 

「彼らが味方で良かった……」

 

 会議室に居る各々が呟く。中には彼らと初めて接触した当初過激な発言をした者は顔を真っ青にしていた。

 

「まぁ兎に角、これで海からの侵攻を防げた。その上ロウリア王国海軍はその戦力を多く失ったのだ。これ以上海からの侵攻を考える事は無いだろう」

 

「そうですな。しかし、まだこれは始まりに過ぎませぬ」 

 

「うむ」

 

 軍務卿の言葉にカナタは頷く。

 

 4000隻以上の軍船を撃破して海からのロウリア王国の侵攻を阻止したが、あくまでも一つの戦が終わっただけに過ぎない。

 

「陸の方はどうなっている?」

 

「はっ。現在ロウリア王国陸軍はギムを中心に戦力と物資を集結させており、一部部隊がエジェイへと侵攻を開始しました。しかし西方騎士団による破壊工作と置き土産が功を奏して、進撃速度はかなり遅いようです」

 

「そうか」

 

「やはり置き土産に物資が欠乏していたのが効いているようですね」

 

「うむ」

 

 秘書の言葉にカナタは頷く。

 

 元々ギムで水と食糧を確保する算段だった為、必要最低限の量しか持ち込んでいなかったロウリア王国陸軍はすぐに本国に水と食糧の輸送を要請する。

 しかしこんな早期に水と食糧の輸送が行われると想定していなかったとあって、その準備に手間が掛かり、その上輸送に時間を有した。

 

 しかも、輸送部隊が道中何者かに襲われて立ち往生し、補給が予定より大幅に遅れた上に補給物資も半分近くを失っていた。

 

 その為、ギムでは素行の悪い兵士が水と食糧を奪い合う事態に発展しており、怪我人が多く発生していた。特に水の奪い合いが多かったそうな。

 

「トラック泊地より派遣された部隊はどうなっている?」

 

「現在ダイタル平原に設営した基地にて部隊を配置しているようです。エジェイでも防衛線を構築し、エジェイの防衛隊と共同で迎撃準備を整えていると」

 

「そうか。海であれだけの力を示した彼らだ。陸でもその力を発揮してくれるだろう」

 

 カナタはそう口にして息を吐く。

 

「それに、エジェイの防衛隊はこの日の為に戦力を集めておりますので、防衛自体は何とかなるでしょう」

 

 秘書の言葉に、会議室に安心感が漂っていた。

 

 ロウリア王国との戦争に備えて、エジェイでは日夜猛訓練が行われていたので、少なくとも海軍よりかは銃火器の扱いに慣れているとも言える。

 

 

「首相。先日『大和』殿が提案した作戦ですが」

 

 と、軍務卿が挙手し、口を開く。

 

「首相は、どう考えていますか?」

 

「……」

 

 カナタ首相は腕を組み、静かに唸る。

 

「うまくいけば、ギムに集結している敵部隊を一掃できるが……」

 

「しかしこれではギムの被害は甚大になります……」

 

 軍務卿を含む軍関係者が苦虫を噛んだような表情を取る。

 

「それに、我々はまだ彼らの技術に未熟とは言えど、難しいと言わざるを得ません」

 

 軍関係者の一人がそう言うと、誰もが腕を組み、静かに唸る。

 

 『大和』はある作戦を彼らに提案していた。だがその内容はかなり難関なものであったが、成功すれば侵攻したロウリア王国軍を一掃出来る。

 しかしその為にギムへの被害は甚大なものになるという。

 

「ギムには我が国の者はいないし、何よりギムは再開発を計画していた。多額の費用と人員が必要になると半ば計画は凍結されていたが」

 

 カナタ首相はギムの再開発計画のことを口にしながら、政治部会に参加している面々を見る。

 

 ギムは公都より大分離れているので、ギムの再開発は中々進まないでいた。それに加えてロウリア王国と国境が近いとあって、情報漏洩を恐れて中々開発が進まなかったのもある。

 

 その上、ギムは古い建築物が多く、町の構造上開発しにくいとあって、再開発計画に掛かる費用と人材はとても無視できないものであった為、計画を凍結し、インフラのみを施して敢えて古風な建築物を残す方向で進めていた。

 しかしそこへロウリア王国の侵攻であった。

 

「この際、彼らの提案に乗ると?」

 

「うむ。敵に奪われた以上、奪還しても復興に時間と労力は掛かる。この作戦を承認すれば、ギムの市街地は実質的に壊滅するが、むしろ再開発は逆にしやすくなる」

 

「それはそうですが……」

 

「まぁこの件については、この後ある彼らを交えての会議で決めようではないか」

 

 カナタ首相がそう言うと、ひとまず会議は一旦の終わりを見せた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 同時刻 マイハーク港外

 

 

 マイハーク沖でロウリア王国海軍の艦隊を殲滅させた派遣艦隊は、救助したロウリア王国の捕虜をクワ・トイネ公国に引き渡す為に、トラック泊地に帰る前に燃料の補給を兼ねてマイハークに立ち寄っていた。

 

 

 港外に投錨して停泊している航空母艦 『武蔵』。戦闘情報管制室にて『大和』と『紀伊』の他に一部KAN-SEN達が集まっていた。

 

「身も蓋も無いが、予想通りの結果だな」

 

 『紀伊』が『ニューカッスル』より紅茶が淹れられたティーカップを載せたソーサーを受け取りながらそう言うと、KAN-SEN達が苦笑いを浮かべる。

 

「そりゃ技術力が天と地の差で違うんだ。当然の結果だろ?」

 

 と、頭の後ろを掻きながら『クリーブランド』が『紀伊』にそう言う。

 

「不確定要素だった魔法も全く確認されず。ワイバーンの力量も情報どおり。『Z23』の言う通りこの戦力で来たのは過剰だったな」

 

 改めて戦闘結果を確認して、『大和』はため息を付く。

 

 しかし戦争と言うのは、戦力は相手より過剰である方がちょうど良い。それが不確定要素のある戦闘なら尚更だ。

 

「これだと、私達と入れ替わる形で来る『ビスマルク』達も戦力としては過剰になるな」

 

「まぁ、防衛戦力が多い事に困る事は無い。彼女達にはこのまま来てもらう」

 

 『クリープランド』の言葉に答えつつ、『大和』は全員を見回す。

 

「ともかく、これで敵は海軍の主力を失った。少なくとも、海から再び攻めて来ることは無いだろう」

 

 『大和』はこの場に居るKAN-SEN達を見回しながら呟くと、左手に持つソーサーに載せているティーカップを手にして紅茶を飲む。

 

 まだ自国の防衛を行うだけの戦力は残っているだろうが、4000隻もの戦力を失った以上、これ以上海から侵攻する事は考えないだろう。

 

「陸の方はエジェイにて『三笠』司令が率いる陸戦隊と『シャルンホルスト』と『グナイゼナウ』率いる戦車部隊、エジェイの防衛隊も展開している。既に公国から借りているダイタル平原に『グローセ』率いる砲兵部隊、設営した飛行場にはトラック泊地から航空隊が到着して、後で『蒼龍』が率いる爆撃隊もやってくる」

 

「陸の方は大丈夫そうだな」

 

「あぁ」

 

 『大和』は『紀伊』に相槌を打ってから、ディスプレイに表示された地図を見る。

 

「それで、今後どう動くか、だな」

 

「うむ……どうするか」

 

 『大和』は『ベルファスト』に空になったティーカップをソーサーごと返しながら、地図を見ながら呟く。

 

「戦争が長引くと、ロウリア王国全土から戦力が集結するだろうな。そうなると、面倒な事になるぞ」

 

「分かっている」

 

 『紀伊』はロウリア王国の南方から北方を指差しながらそう伝えると、『大和』は顎に手を当てる。

 

「ロウリア王国の性格を考えると、最後の一兵になるまで戦い続けるだろうな」

 

「あぁ。恐らくな」

 

「……」

 

 『大和』が『紀伊』の言葉を肯定すると、『武蔵』は息を呑む。

 

「技術的優位はこちらにあると言っても、戦力が少ないこちらは長引けば長引くほど不利だ」

 

「……」

 

「戦争を早期終結させる為には……やはり中枢を破壊するのが手っ取り早いか」

 

「結構大胆な事を言うんだな、総旗艦」

 

 『大和』の言葉に『クリーブランド』は思わず苦笑いを浮かべる。

 

「けど、そんな事をすれば、戦後のロウリア王国との関係は悪くなるわよ。それどころか、復興の障害になるわ」

 

 『大和』の大胆な案に『プリンツ・オイゲン』は苦言を呈する。

 

「分かっている。実際に中枢を破壊するわけじゃない。要は敵のトップをどうにかすればいい話だ」

 

「敵のトップ……まさかロウリア王国を国王を暗殺しようなんて考えては……」

 

「さすがにそこまで考えていない。『プリンツ・オイゲン』の言う通り、そんな事をすれば戦後の関係悪化は免れない」

 

 『武蔵』の疑問に『大和』は否定しつつ答える。

 

「ならどうするんだ? まさか国王を拉致ろうなんて考えているんじゃ」

 

「……」

 

「マジかよ」

 

 『大和』は沈黙するが、それは肯定の意である事に他無い。『紀伊』は呆れたように声を漏らすが、さほど驚いたような様子は無い。彼は既に聞いているからだ。

 

「まぁ、この辺の云々はこの後あるクワ・トイネ公国との会議で話し合ってくれ」

 

「分かった。任せておけ」

 

「あれ? 総旗艦が出席するんじゃないのか?」

 

 首を傾げた『クリーブランド』が『大和』に問い掛ける。

 

「『紀伊』が代わりに出席して、俺はこの後トラックに戻る。改装と調整が終わった俺の艤装を取りに行く」

 

「兄様の艤装が」

 

「ということは、総旗艦様が自ら出撃なされるのですか?」

 

「あぁ」

 

 『扶桑』が問い掛けると、『大和』は頷く。

 

「『蒼龍』の艤装はまだ完成していないし、『赤城』と『加賀』、『イントレピッド』『バンカーヒル』『シャングリラ』は改装中で動けない。『アークロイヤル』と『グラーフ・ツェッペリン』は作戦に向けて待機中。五航戦は次の作戦に向けて補給と編成変更の為に戻らないといけないからな。『エンタープライズ』と『エセックス』に同行できる空母は俺だけだ」

 

 『大和』の説明に『扶桑』を含むKAN-SENの面々は納得したように頷く。

 

 トラック泊地に所属するKAN-SENは、前の世界での環境下も相まってそれほど数がいない。その上その艦隊を構成する艦船の比率は戦艦、空母が多めと、かなりバランスが悪い。

 

 戦力不足と艦種のバランスの改善しようにも、KAN-SENの建造に必要なメンタルキューブが不足しているので、KAN-SENの増員は難しい現状にある。

 

 そもそもな事を言ってしまうと、この世界でもKAN-SENが建造できるのかどうかも試していないので分からないのだが。

 

「なら、あの二人(・・・・)も投入するのか?」

 

「いや、あの二人はまだ投入しない。なるべくこちらの手の内を晒したくない」

 

「そうか。まぁ、あの二人を投入する場面でもない、か」

 

 『紀伊』は呟きつつ、納得するのであった。

 

「『紀伊』。お前はクワ・トイネ公国と会議を終えた後、話した時刻にて例の作戦に当たってくれ」

 

「分かった。任せておけ」

 

「例の作戦?」

 

 『大和』が『紀伊』にそう伝えて彼がうなずくと、『クリープランド』が首を傾げる。

 

「あぁ。みんなまだ言ってなかったな」

 

 彼はそう言うと、タブレット端末を操作してディスプレイにデータを表示させる。

 

「クワ・トイネ公国に提案しているが、『紀伊』には単艦であることをしてもらう。エジェイの防衛が終わった頃にな」

 

 ディスプレイに表示されたデータを見て、参加しているKAN-SEN達が驚いたような表情を浮かべる。

 

「これは……」

 

「この大陸の地形が変わりそうね」

 

 『扶桑』は声を漏らし、『プリンツ・オイゲン』は呆れた様子で呟く。

 

 

 

 その後ある程度を話し合い、『紀伊』と数人のKAN-SENを残して艦隊は『大和』と共にトラック泊地への帰路に付く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 中央歴1639年 4月16日 ロウリア王国 王都ジンハーク ジンハーク城

 

 

「……」

 

『……』

 

 その場の空気は呼吸が出来ないとも思えるぐらいに張り詰めていた。

 

 怒っているとも、困惑しているとも、驚愕しているとも見て取れる、微妙な表情を浮かべるロウリア34世は冷や汗を掻いているパタジンに問い掛ける。

 

「パタジンよ。その報告は、間違いないのだな?」

 

「じ、事実でございます。艦隊指揮官のシャークンより敵艦隊から攻撃を受けていると言う魔力通信を最後に通信が途絶え、出撃した400騎のワイバーン隊が全騎未帰還となった以上、そう判断せざるを得ません」

 

 パタジンは震える声で報告すると、ロウリア34世は椅子に座る。

 

「何ということだ。まさかこのような事になろうとは」

 

 震えるロウリア34世は片手を頭に当てると、キッ! とパタジンを睨む。

 

「なぜこのような事態になったのだ!! 一体何が起きたというのだ!!」

 

「お、落ち着いてください、陛下! シャークンより送られた報告があまりにも荒唐無稽な内容の為、現在原因調査と、報告の信憑性を確認しているところです」

 

 怒りに身を任せて怒鳴る王に対して、パタジンは息を呑みつつ答える。

 

 まぁどう考えても、4500隻の軍船に400騎のワイバーンという必ず勝てる戦力を送り出したのだ。当然誰もが勝てると確信していただけに、この完全敗北は寝耳に水だった。

 

 それに加え、要領を得ない報告が彼らにより一層不安と怒りを煽った。

 

 

『敵のワイバーンみたいな物に導力火炎弾みたいな攻撃を受けた』とか

 

『我が軍のワイバーン隊が敵のワイバーンみたいな物に翻弄されて多くが撃ち落された』とか

 

『巨大な鉄の軍船が出現した』とか

 

『巨大軍船の何かしらの攻撃でワイバーン隊が全滅した』とか

 

『火の雨が降り注いだ』

 

 等々、挙げていけばキリが無い。

 

 

 普通であれば正気を疑うと思われてもおかしくない。

 

 しかし、ワイバーンが全滅して艦隊が壊滅した以上、敵が何かしらの強力な魔法を用いたと推測するしかなかった。それに、巨大な鉄製の軍船など、想像が出来ないでいた。

 なので、パタジンは王に『調査中』と報告した。荒唐無稽な事を報告して、自身の首を物理的にも、比喩的にも刎ねられたくないないのだから。

 

「……いずれにせよ、被害は事実だ。今後このようなことがあっては困るぞ」

 

 落ち着きを取り戻したロウリア34世はため息を付き、パタジンに厳命する。

 

「ははっ!!海戦の敗因が判明するまで、海軍による積極的進出は控えます。ただ、陸上部隊は数がものを言います。亜人の姑息な罠で被害こそ被りましたが、ギムは既に陥落済みでございます。以降の作戦は万全を期しておりますゆえ、陸上部隊だけでも公国を陥落させることは容易にございましょう。陛下におかれましては戦勝報告を多いにご期待くだされ」

 

「パタジンよ。此度の戦はそなたにかかっている。期待を裏切るようなことがないように頼むぞ」

 

「ははっ! ありがたき幸せ!!」

 

 パタジンは深々と頭を下げる。

 

「……」

 

 ロウリア34世は椅子の背もたれにもたれかかり、深く息を吐く。

 

 

 

 その日の夜。王は眠れない一夜を過ごすことになったとか……

 

 




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第二十一話 エジェイ防衛線 壱

戦いの舞台は海から陸へ……


 

 

 中央歴1639年 5月27日 ロウリア王国 東方征伐軍先遣隊 司令部

 

 

 

 先の海戦での大敗北は、前線の部隊の士気低下を招く懸念がある為、軍中枢の決議により最前線の兵に対してその情報は遮蔽された。一部の高級幹部を除いて、誰にも知られないように情報統制された。

 本来であれば急な戦略変更は前線に居る将校に疑問を持たれるものだが、ギムで想定外の損害を受けたとあって、戦略変更に疑問に持つ者は少なかった。

 

 

 ギムに仕掛けられた置き土産や、現地で確保する算段だった食糧と水の不足に悩まされながらも、東方征伐軍先遣隊は体制を整えて、東部諸侯団はエジェイ攻略へと動いた。

 

 

 そしてエジェイから4km先にて野営陣地を敷いて、その時を待っていた。

 

 

 

 

「導師ワッシューナよ、連中の行動、どう思う?」

 

「私には、何とも。やつらの意図が分かりません」

 

 野営陣地から近い所にある高い丘より、ジューンフィルア伯爵は魔道士ワッシューナに問い掛けるも、彼は答えられなかった。

 

 彼らから遠く二人の視線の先では、クワ・トイネ公国の要塞都市エジェイの城壁が見えている。

 

 要塞都市エジェイはクワ・トイネ公国が来るべきロウリア王国との戦争に備えて作り出した都市である。町そのものが要塞であり、城であり、基地なのだ。

 

 二人の視界にはエジェイの城壁が映っている。それだけなら二人共疑問に思うことは無いのだが、問題は城壁の前である。

 

 挑発行動を兼ねた偵察隊の騎馬兵によれば、クワ・トイネ公国軍の兵士の中に、明らかにクワ・トイネ公国とは異なる兵士が目撃されて、城壁前で大きな穴を掘っていた。

 中にはドワーフみたいな生物と、巨大なヒヨコが作業をしていたという報告もある。

 

「もしかすると、ギムで多くの死傷者を出した罠を仕掛けているのでは?」

 

「確かに穴を掘っているが、わざわざ我々に見えるように掘っては罠の意味が無いではないか」

 

「……それもそうですね」

 

 二人はギムに仕掛けられて多くの死傷者を出した落とし穴の事を思い出すも、敵に仕掛けている所を見られてしまったら、罠の意味が無い。

 

「それに、あの穴を掘っていた物は、一体何なのだ?」

 

 特に二人が不安を覚えていたのは、穴を掘るのに大きな物が使われていたことにあった。

 

 見た事が無い物で、人が操っているようにも見えた。

 

「しかし、未だに負傷者が多いと言うのに、この進軍。些か早急では無いか、あの男は」

 

 ジューンフィルアは呆れたようにため息を付いて声を漏らす。

 

 ギムに仕掛けられていた罠の影響で兵士の士気は下がり、その多くが負傷して、中には破傷風で苦しむ兵士が居る。その上食糧と水不足に悩まされているとあって、とても万全な状態ではなかった。

 しかも素行の悪い兵士による暴力沙汰が多発しているので、兵士達の空気は険悪。とてもじゃないが士気はお世辞に良いとは言えない。

 

 にも関わらず、彼らに下された指令は以下の通りであった。

 

 

『東部諸侯団は城塞都市エジェイの西側4km先まで進軍し、陣を構え、エジェイに威力偵察を実施せよ。本隊合流後、エジェイ攻略作戦を開始する』

 

 

 指令主は主将名だが、問い合わせは最近すこぶる不機嫌な状態が続いている副将アデムである。

 

「アデム殿はギムの一件もありますでしょうし、汚名返上に躍起になっているのでは?」

 

「あの男の場合、それだけではないだろう……」

 

 根っこからの亜人撲滅派の男が、果たして汚名返上だけで動いているのだろうか。明らかに個人的な感情で動いている節がある。

 

「まぁいい。指令が出された以上、やるしかあるまい」

 

「はい。本隊と合流次第、進撃しましょう」

 

「うむ」

 

 ジューンフィルアは頷き、二人は丘を降りて野営陣地へと戻っていく。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 城塞都市エジェイ

 

 

 ロウリア王国との戦争に備えて作られた都市は、地形も相まって強固な要塞となっている。

 

 それに加えて、トラック泊地からの軍事援助もあり、その様相を変えていた。

 

 城壁にはブローニングM2重機関銃や対空銃座として零式機銃が多く配備されており、少数であるが、ボフォース 40mm機関砲が配備されている。

 今は地上と上空から見えないように偽装されているが、エジェイより離れた場所に榴弾砲が配置されている。

 

 その火力は以前とは比べ物にならないものになっている。

 

 その上少数ではあるが、装甲車と戦車が切り札として配備されている。

 

 これだけでもエジェイを防衛出来そうだが、数は決して多くない上、まだ全員が銃火器や兵器の扱いに慣れているわけではないので、ロウリア王国軍の物量の前では不安しかない。

 

 だからこそ、援軍としてトラック泊地より陸戦隊が派遣され、部隊を展開していた。

 

 

 

「ノウ将軍。ロウリア王国軍の動きは未だに無いのですね?」

 

「えぇ。どうやら連中は戦力を揃えてここに攻め込むようですな」

 

 エジェイの司令部でトラック泊地陸戦隊を指揮する『三笠』が西部方面師団司令官、ノウ将軍に問い掛けると、彼は『三笠』の質問を肯定しつつ、ロウリア王国軍の動きを予想する。

 

「ならば、予定通り明日攻撃を開始します。一応確認しておきますが、ロウリア王国軍の野営地付近にあなた方の兵は残っていないでしょうか?」

 

「偵察隊は既に下がらせております。なので、敵しか居りません」

 

「分かりました」

 

 『三笠』は頷くと、通信兵の妖精を呼び出して各部隊に攻撃準備の指示を伝える。

 

「……」

 

 そんな『三笠』の姿をノウは静かに見守っている。しかしその視線は何処と無く気に入らないような感情が孕んでいる。

 

 

 彼は正直な所トラック泊地の事を快く思っていない。領空を侵犯し、その後砲艦外交をしてきて条約を結んだのが気に入らないし、あまりにも荒唐無稽な話が多いのが原因であった。彼は別に男尊女卑な思想では無いが、何より彼が気に入らないのは、女子供が多く居る事であった。まぁ彼自身KAN-SENの力を目にしていないので、そう考えるのも無理は無い。

 

 しかし、現場からの叩き上げで今の地位に居るノウは、『三笠』と会った時に感じたのは、幾多の戦場を潜り抜けてきた猛者の風格であった。それだけは認めている。

 

 KAN-SENの事は気に入らないが、彼らの武器兵器の威力は理解しているので、今は『三笠』の指揮がどんなものか見物するのであった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 中央歴1639年 5月28日 ロウリア王国東部諸侯団 野営地

 

 

 

 翌日、ロウリア王国軍東部諸侯団は本隊と合流し、進撃準備を整えた。

 

「……」

 

 号令を掛ければいつでも進撃が出来る状態の兵士達を高い丘から見渡すジューンフィルアは、胸中に不安を抱いていた。

 

(なぜだろう。朝から胸騒ぎが収まらん)

 

 その不安からか、まだ暑いといえる季節ではないにも関わらず、朝から汗が止まらない。

 

 ただ体調が悪いかと思ったが、身体に倦怠感は無い。ただ汗が出ているだけだ。

 

(気のせい、だと良いんだが)

 

 不安から息を呑むも、頭を切り替えてエジェイを見る。

 

 エジェイに動きは無いが、しかし何度も挑発行動を取って来ているので、向こうの我慢も限界の頃だろう。これから何かしらの動きを見せるかもしれない。

 

 今が攻め時だ。

 

 ジューンフィルアは進軍を命じようとした。

 

 

 だが、彼らは一歩遅かった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 時は遡る事少し前。

 

 

 ダイタル平原

 

 

「……」

 

 平原に設営された基地の東側に展開した砲兵隊の近くで、足元にまで届きそうなまでに伸びた黒い髪に、頭には二本の赤い角が生えた女性ことKAN-SEN『フリードリヒ・デア・グローセ』が目を瞑り、静かに佇んでいる。

 

 トラック泊地のKAN-SENの中には、出撃が無い時は陸戦隊の指揮を取る事がある。『三笠』が陸戦隊の指揮を取るように、戦車隊は『シャルンホルスト』と『グナイゼナウ』がそれぞれ指揮を取り、『グローセ』が砲兵隊の指揮を取っている。尤も、彼女の場合は特殊なやり方ではあるが。

 

 砲兵隊がトラック泊地より持ってきたのは『75式自走榴弾砲』と『75式自走多連装ロケット弾発射機』『FH 155mm榴弾砲』である。

 

 各兵器は所定の位置に配置され、上空から位置を特定されづらいように偽装ネットが上に張られている。

 

 後方の基地にある飛行場では、トラック泊地の飛行場より飛んできた陸上戦闘機仕様の疾風(はやて)と『天雷』が暖気運転を行ってエンジンを温めている。

 

 ちなみに天雷とは、疾風を二機横に繋げた様な外観をしている四発の重戦闘機である。これは通常の双発機と違い双子機であり、パイロットが二名それぞれの胴体に搭乗する。これによりパイロットが交代しながら機体の操縦を行うことで長期稼動が可能となる。

 

 武装は疾風二機分とあって、零式機銃を八門搭載し、陸用爆弾の他にロケット弾を搭載出来るように改造されている。

 

 しかし元々ある目的で開発された機体とあって、使い勝手はあまり良くないが、航続距離の長さから、爆撃機の護衛機として重宝されている。

 

 

「グローセさん! 三笠司令より攻撃開始命令です!」

 

 すると通信兵の妖精が『グローセ』に近付き、彼女に『三笠』からの指令を伝える。

 

 目蓋を閉じていた彼女は頷いてゆっくりと開ける。

 

「全部隊に通達。攻撃開始」

 

 彼女は静かにそう告げると、通信兵の妖精は展開している砲兵隊へと連絡を入れる。

 

「……」

 

 『グローセ』は西を見て、身に纏っている漆黒のドレスの腰に提げている指揮棒を手にする。

 

「さぁ、奏でましょう。戦場の女神達による、あなた達への鎮魂歌(レクイエム)を」

 

 右手に持つ指揮棒を高らかに掲げると、砲兵達がいつでも発射出来るように身構える。

 

「そして、聞き入りなさい。憎悪、恐怖、絶望を」

 

 そして彼女が指揮棒を勢いよく下ろすと同時に、75式自走榴弾砲とFH 155mm榴弾砲が轟音と共に火を吹き、75式自走多連装ロケット弾発射機より順にロケットが放たれる。

 

 遅れて別の陣地に展開している砲兵隊も砲撃を開始する。

 

 『グローセ』はまるで演奏を指揮する指揮者のように指揮棒を振るう。それに沿うように榴弾砲が吠え、ロケット弾が飛翔する。

 

 それはまるで、大砲と言う名の楽器で、彼女が奏者を指揮して、戦場と言う名の音楽を奏でているようである。

 

 そして『グローセ』の指揮に沿うように砲撃を行う砲兵隊の妖精達も、特殊な訓練を受けているとあって、彼女の指揮を読み取って砲撃を行っている。

 

 

 放たれた砲弾は弧を描いて飛翔し、違ったタイミングで砲撃した砲兵隊の放った砲弾は、全て同時にロウリア王国軍へと降り注いだ。

 

 

 

「なっ!?」

 

 突如として隊列の真ん中が大きく爆発し、土煙が上がる。

 

 僅かに遅れて轟音が平野部に響き渡る。

 

「な、何だ!? 何が起きたんだ!?」

 

 ジューンフィルアが叫ぶも、答えられる者は居ない。

 

 猛烈な爆発は次々と起こり、兵士達の隊列が乱れ始める。爆発はその場にあった土と、そこに居た人間だった物を空へと舞い上げる。それが何度もあちこちで起きる。

 

 正体不明の攻撃に、全軍が恐慌状態に陥り、兵士達は四方八方に逃げ戸惑う。

 

 続けて先ほどより小さな爆発があちこちに次々と発生し、近くに居た人間が粉々に吹き飛び、四肢や内蔵を辺り一面にぶちまける。

 

 大きい爆発と小さな多くの爆発が戦場に吹き荒れ、一瞬の内に大量の人間が地に伏した。

 

「ば、馬鹿な!? こんな、こんな事がぁっ!?!?」

 

 ジューンフィルアは、現実離れした光景を前に、呆然と立ち尽くす。

 

 

 

「初弾命中! 砲兵隊! 効力射に移行!」

 

 エジェイ防衛隊の通信兵の報告を聞き、城壁の上で軍刀を床に付けて柄頭に両手を置いて戦局を見守る『三笠』は静かに頷く。

 

「……」

 

 その隣では、ノウが望遠鏡を覗き込み、その光景に息を呑む。

 

 敵陣地であちこちで次々と大小様々な爆発が起こり、敵兵が土と共に宙を舞い、バラバラになる。

 

 華やかな戦いや、騎士道精神がある戦いではなく、効率的に敵兵が処刑されていく現実離れした光景に、ノウはただただ打ちひしがれる。

 

 彼らの兵器の威力は訓練で知っていたが、実戦でその威力を目の当たりにすると、改めて威力の凄さを理解せざるを得ない。

 

 そして初弾で命中させた彼らの実力を目の当たりにする。

 

(これが、トラック泊地の力、なのか……)

 

 ノウは自分達とトラック泊地の実力の差を、深く心に刻む。

 

「ノウ将軍。エジェイの砲兵隊に砲撃指示を。一気に畳み掛けます」

 

「あ、あぁ。分かった」

 

 ノウ将軍は頷き、エジェイ所属の通信兵に砲兵隊へ砲撃指示を出す。

 

 直後、エジェイ周辺にある砲撃陣地よりFH 155mm榴弾砲が一斉に敵陣地へと火を吹く。

 数秒後、敵陣地に土煙が上がる。

 

 砲撃精度はトラック泊地の砲兵隊と比べて良くなかったが、それでも敵に対する効果はあり、むしろばらけている敵兵に対して有効的であった。

 

 このまま砲撃を続ければ敵部隊の全滅も時間の問題だろう。

 

 

「『三笠』司令! 敵騎馬隊が接近中!」

 

「……」

 

 と、通信兵より報告が入り、『三笠』が目を細める先には、砲撃に臆する事無くこちらに向かってくる騎馬隊の姿が確認される。

 

「来たか。『シャルンホルスト』、及び『グナイゼナウ』に連絡。戦車隊は敵騎馬隊に対して攻撃を開始せよ」

 

「ハッ!」

 

 通信兵が返信へと走る中、『三笠』はノウに向き直る。

 

「ノウ将軍。万が一に備えて、城壁の部隊に攻撃準備を」

 

「分かった。いつでも撃てるようしておく」

 

 『三笠』より要請され、ノウはすぐに伝令で城壁に待機している部隊に命令を出す。

 

 

 




大和原作の大型四発機の名称は元から無いので、本作オリジナルになっています。

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第二十二話 エジェイ防衛線 弐

 

 

「来たな」

 

 エジェイの城壁前に掘られて上から偽装ネットを被せて偽装している戦車壕の中で、双眼鏡を覗き込んでいる一人の女性が接近している騎馬隊を確認する。

 

 淡い紫の髪を伸ばし、南半球の一部が露出した特徴ある服装に、片目を眼帯で覆っている隻眼の女性ことKAN-SEN『シャルンホルスト』は通信が入り、耳に手を当てる。

 

『「三笠」司令より「シャルンホルスト」及び「グナイゼナウ」へ。接近中の騎馬隊に対して攻撃を開始せよ!』

 

「Jawohl.」『Jawohl.』

 

 二人はそれぞれ返事をして、『シャルンホルスト』は次に喉に手を当てる。

 

「各車、エンジン始動!」

 

 彼女は指示を出しながら自身の乗る74式戦車に登り、エンジン始動と共に乗り込んでハッチを閉める。

 

 すぐに74式戦車を覆っている偽装ネットが妖精達によって取り払われる。

 

「車体を上げろ。砲手、砲撃用意!」

 

 彼女の指示を受けた74式戦車の乗員である妖精と巨大なヒヨコこと『饅頭』達はそれぞれの仕事をこなす。

 

 74式戦車の車体が油圧式サスペンションによってゆっくりと持ち上げられ、砲塔だけが塹壕より出る。

 

「目標、敵騎兵団! 弾種榴弾!」

 

 『シャルンホルスト』の指示を受け装填手の妖精が榴弾を戦車砲の薬室へと装填し、砲手が接近している騎馬隊へ狙いを定める。

 

「まだだ。まだ引き付けろ」

 

 彼女はすぐに射撃指示を出さず、敵を引き付けつつその時を待つ。

 

 

 

「進め! 進め!!」

 

 ロウリア王国軍の騎馬隊は決死の覚悟で相棒を走らせ、部下達に発破を掛ける様に指揮官が吠える。

 

(おのれ!! よくも仲間達を!! この死はお前達の命で償ってもらう!!)

 

 家族ぐるみの付き合いの部下達を失い、指揮官の目には怒りの炎が宿っていた。

 

 謎の攻撃で多くの仲間が失われたが、まだ彼らの闘志は失われていない。

 

 騎馬の機動力を活かして一気に敵の懐に接近し、この身を犠牲にしてでも一矢報いる。その勢いで彼らはエジェイへ向かって走る。

 

 

「Feuer!!」

 

 そして『シャルンホルスト』が命令を下した瞬間、塹壕より砲塔のみを出した74式戦車の主砲が一斉に轟音と共に火を吹く。

 

 直後、接近中の騎馬隊へ榴弾が着弾し、爆発と共に破片が騎兵と馬に襲い掛かり、一瞬にしてその命を刈り取る。

 

 先頭の騎馬が狙われたので、後ろから続く騎馬は巻き添えを食らうか、吹き飛ばされる馬の死骸や騎兵の死体にぶつかって落馬して後続の馬に踏み潰され、一部は轟音に馬が怯えて立ち止まり、そこに榴弾が着弾して一瞬にして肉塊と化してしまう。

 

 しかしそれでも騎馬は果敢にエジェイを目指して走る。そうでなければ自分が死ぬのだから。

 

「砲撃続行! 立っている敵がいなくなるまで撃ち続けろ!」

 

 『シャルンホルスト』が叫ぶと共に74式戦車に加え、城門が開かれて中から出てきたエジェイ防衛隊の61式戦車の主砲が次々と火を吹き、その度に多くの騎兵が相棒の馬諸共粉々に粉砕されて命を刈り取られていく。

 

 そんな中でも運良く生き延びた騎馬はエジェイへと接近するが、次に彼らを襲ったのは弾丸の雨である。

 

 距離が縮まった事で74式戦車各車の砲手は砲塔横の同軸機銃を、車長と装填手が砲塔天板に設置されたブローニングM2重機関銃と62式機関銃による掃射を行い、瞬く間に騎馬隊の数を減らしていく。

 

 そんな一方的な戦闘により、騎馬隊は完全に戦意を喪失して逃げ出そうとするが、判断があまりにも遅すぎた。

 

 エジェイの城壁の各所に配置された零式機銃、ボフォース 40mm機関砲、ブローニングM2重機関銃による銃撃、更に迫撃砲による砲撃も加わり、騎馬隊は相棒諸共肉塊と化した。

 

 騎馬隊の決死の突撃も、ただの無駄死にと化したのだった。

 

 

 

「……」

 

 周囲に砲弾が降り注ぐ中、ジューンフィルアは効率的に殺処分される大量の部下を見て絶望し、両膝を地面に付けて打ちひしがれていた。

 

 今まで戦ってきた戦友、歴戦の猛者、優秀な将軍、家族ぐるみの付き合いのあった上級騎士、共に強くなる為に汗を流した仲間達……

 

 全てが……虚しくなるほど、泣きたくなるほど、あまりにもあっさり死ぬ。

 

 小高い丘の上の観客席から、悲劇の全てが彼の目に映った。精強なロウリア軍は猫に追われるネズミのように、ただただ逃げ回って爆炎に消えていく。果敢に駆け出した騎馬隊も、一方的に、ただただ一方的にその命を散らしただけに終わってしまった。

 

 今更後悔しても遅い。地獄の釜の蓋を開け放ったのは我らなのだ。

 

(すまない……すまない……)

 

 次々と死に逝く部下達に、胸中でただただ謝罪の言葉を繰り返すジューンフィルアだった。

 

 

 だが、死神は彼だけを逃がしてはくれなかった。

 

 

「――――ッ!」

 

 押されたような衝撃と共に、自分の体がバラバラになって飛んでいく姿、それが彼の人生最期の記憶になった。

 

 

 地面の表面を抉る破壊の痕の残った大地。強大な力が息を潜め、土煙が去った後、ロウリア軍に立っている者は馬を含めて1人もいなかった。

 

 

 

 

「敵部隊、沈黙しました」

 

「……」

 

 エジェイにて双眼鏡を覗き込み、動いている者がいないのをエジェイ防衛隊の兵士が『三笠』に報告し、彼女は静かに頷く。

 

「……」

 

 攻撃の一部始終を見ていたノウは呆然と立ち尽くす。

 

(これほどとは……)

 

 砲撃と言う相手のアウトレンジからの攻撃の凄さに息を呑み、同時に気持ちの昂りを覚えていた。

 

(これは、この砲撃こそが地上の戦闘の勝敗を決める。今後我々が持つべき力は、この砲撃能力だ!)

 

 ノウは一つの確信を抱き、その後彼は砲撃に関する戦術と知識を学ぶようになる。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

「ノウ将軍。今後の事について色々と話したいのですが、宜しいですか?」

 

「あぁ。分かった」

 

 『三笠』とノウは今後の動きについて話し合う為に、会議室へと向かう。

 

 

 

 

「終わったみたいだな」

 

「そうですね」

 

 エジェイの前にある塹壕より車体を出した74式戦車の前で、二人の女性が戦闘の終わりを確認していた。

 

「全く。グローセ姉さんには困ったもんだ。せめて私達戦車隊の取り分ぐらい残して欲しかったな」

 

「それについては否定しませんが、敵を殲滅出来たので、それで良いのでは?」

 

 不満げな『シャルンホルスト』を宥めるように、彼女と同じ淡い紫の髪に碧眼、赤いアンダーフレームの眼鏡を掛けて知的な雰囲気を纏う女性ことKAN-SEN『グナイゼナウ』は声を掛ける。

 

 彼女達の出番こそあったが、殆どの敵を砲兵隊の砲撃によって仕留められていたので、戦車隊が相手にしたのは騎馬隊のみ。しかもその騎馬隊も多くがエジェイの城壁に設置された兵器群の攻撃でも仕留められている。

 

 つまるところ、彼女達には物足りない結果となった。

 

「まぁ、今後私達の出番が無いわけではないので、ここは我慢しましょう、姉さん」

 

「……ふん」

 

 『グナイゼナウ』は姉にそう言いながら棒付きキャンディの包みを取って口に咥え、納得が行かない雰囲気の『シャルンホルスト』は腕を組んで鼻を鳴らす。

 

 

 ちなみに疑問に思われているかもしれないが、なぜわざわざKAN-SENが自身の力ではなく、別の兵器を使って戦っているのか、と。

 

 KAN-SENは人の姿をしているが、艤装を展開すれば彼女達は軍艦のスペックを発揮する事が出来る。

 

 武装は軍艦形態と違いサイズ相応の威力しか出ないが、装甲と馬力に関しては軍艦のスペックそのものが発揮される。

 

 シャルンホルスト級に例えるなら、馬力は12万5000馬力を持ち、装甲は最低でも45mmから最大で350mm並の硬さを持つ。

 

 つまり剣や槍、弓矢ぐらいしかない人間であれば、KAN-SENが相手では到底敵わない。軽く捻り潰されるのがオチである。

 

 しかしそれは少数であればという条件であって、多勢に無勢な状況であれば、攻撃が通じなくてもさすがにKAN-SENでも苦戦しかねない。

 

 その為、今回のような大人数を相手にする戦闘では、あえてKAN-SENとしての力ではなく、別の兵器を用いることが最善なのだ。

 

 

 だが、逆を言えばKAN-SENは艤装を纏っていなければ、多少身体能力が高い人間と変わらないのだ。

 

 

 ともあれ、エジェイ防衛はロウリア軍の全滅と言う一方的な結果となって、終わりを告げるのであった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 中央歴1639年 5月26日 クワ・トイネ公国 マイハーク

 

 

 時系列は遡る事一日前。 

 

 

 

「……」

 

 マイハークの港の埠頭に、一人の男が海を見つめている。

 

 港は既に派遣艦隊が去った後であり、残っているのはクワ・トイネ公国海軍の乙型哨戒挺とヤクモ級重巡洋艦とウネビ級軽巡洋艦、マツ級駆逐艦、そして別の港にて待機しているKAN-SEN達のみである。しかし後日にはクイラ王国での防衛任務を終えて派遣艦隊の第二陣と入れ替わる形で『ビスマルク』達がやってくる。

 

 その男こと『紀伊』は目を瞑ると、彼の背中を中心に身体中に光が集まり、やがて形作って光を散らせる。

 

 光が晴れると、『紀伊』はKAN-SENの力の源である艤装を身に纏っていた。

 

 かの世界では世界最大にして最強と謳われ、連合軍からは『モンスター』と恐れられた不沈戦艦の艤装は、その名に恥じない立派なものである。

 

 煙突と三本マストを含めたメインユニットから太く多関節を持つアームが左右二本ずつあり、その先には紀伊型戦艦の象徴であり、最大の武器である45口径51cm三連装砲が接続されている。砲身を含めて紀伊の身長並みにある巨大な砲塔を右側に二基、左側に一基持ち、左側にあるアームは砲塔の他に艦尾付近を模したユニットを持っている。両肩には55口径20.3cm三連装砲を模した艤装を肩当ての様に装着している。

 額には艦首を模した菊花紋章を持つ額当てを装着し、後ろに向かって真っ直ぐ伸びた角には電探と思われる網目状の艤装が纏っており、両腕と両脚には龍の手足のようなゴツゴツとして鋭く尖った爪を持つ篭手と脛当て、鋭く尖った爪を持つ靴を装着している。尻尾にも鎧の様に艤装が身に纏い、高角砲や機銃が並べられている。腰の両側には艦首側の形状を模したと思われる、いくつもの装甲を繋ぎ合わせた半分軍艦色と赤の鎧を身に着けている。

 背中の艤装にあるマウントユニットにマウントする形で自身の身の丈並はある大剣が収められている。

 

 背中に現れた巨大な艤装に目が行きがちだが、その姿は重桜の鎧武者のようであり、素の状態で強かった龍の特徴を更に増やしたような、人間からすればモンスターみたいな外観をしている。

 

「さてと、行くか」

 

 『紀伊』は背伸びをしながら左右に身体を動かして筋肉を解すと、地面を蹴って港の埠頭から巨大な艤装を背負っているとは思えない跳躍を見せ、海面に着水する。

 

 普通なら着水と同時に身体が海中へと沈んでいくが、KAN-SENである彼の身体は沈む事無く水面に浮かんでいる。

 

 着水と同時に『紀伊』は身体を前に傾けて、ゆっくりと進み出し、徐々に速度を上げていく。

 

 その一連の光景に次の作戦の準備を行っている水夫達は誰もが驚きに満ちた目で見ていた。KAN-SENの軍艦形態は何度も目にしているが、人型形態を見るのは少ないのだ。

 

 

 

 エジェイの防衛戦が始まる、一日前の事であった。

 

 




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第二十三話 闇夜の空を舞う荒鷲達

今年最後の投稿になります。来年も本作をよろしくお願いします。


 

 

 

 中央歴1639年 5月28日 ギム

 

 

 辺りは暗くなり、星の光も曇りによって見えない漆黒の闇に包まれている中、ロウリア王国軍東方征伐軍によって占領されたギムには、あちこちに松明が灯されて光源が確保されている。

 

 

「まだ先遣隊と連絡がつかないのか!!」

 

 そんなギムの中央広場に設けられた司令部に怒声が響く。

 

 ここ最近不機嫌な状態が続いている東方征伐軍の副将アデムである。その機嫌の悪さは下手すると頭の血管が切れてもおかしくないぐらいの怒りっぷりである。

 

「は、はい。全く連絡がありません! 先ほどから何度も魔通信で呼び掛けているのですが、応答がありません……」

 

 通信隊の隊長は怒り心頭のアデムを前にして、冷や汗を掻きながら答える。ここ最近兵士達がアデムによる八つ当たりを受けることが多く、怪我人が続出している。

 

 で、当のアデムがここまで苛立っているのは、何の前触れもなく、ジューンフィルア率いる先遣隊からの定期連絡が途絶え、その後連絡が取れない事にあった。

 

 何度も先遣隊へ呼び掛けているが、応答が無い。

 

 先遣隊とはいえど、その戦力は二万もの軍勢であり、その上機動力のある騎兵を多く擁している。特に精鋭のホーク騎士団も居るので、少なくとも全く応答が無くなるような状況に陥るのは考えにくい。

 

「ワイバーンによる偵察はどうなんだ!? なぜ飛ばしていなかったのだ!」

 

「今ワイバーンは哨戒に当てられる数しか居ませんので、そう簡単には飛ばせません。それにこの闇夜ではワイバーンは飛ぶことが出来ません。夜明けを待たなければ、偵察は……」

 

「ぐぬぬ……」

 

 アデムは歯が砕けそうなぐらい強く歯軋りを立てる。

 

 もし先遣隊と連絡が取れない状況と分かっていれば、現在数少ないワイバーンから一騎を飛ばして状況を知ることが出来ただろう。

 

 それと、ワイバーンの目は暗いところでは見えにくくなる鳥目であるので、基本夜に飛ばすことはない。一応星と月が出ていれば竜騎士の誘導で飛べなくはないが、今夜は雲が空を覆って月と星を隠しているので、漆黒の闇が広がっている。それゆえに今の天候でワイバーンが飛ぶのは不可能である。

 

「ならば伝令を出せ!! 今は情報が必要なのだ!!」

 

 怒声を上げながらテーブルの上に置かれている皿を手にして通信隊の隊長に投げつける。

 

「りょ、了解!」

 

 皿は通信隊の隊長の顔の真横を通り過ぎ、跳ね返った皿が地面に落ちて割れるのを見て、顔を青ざめた隊長は逃げ出すようにテントを後にする。

 

「くそっ! 忌々しい害獣共がぁ!」

 

 怒りの篭った声を吐き出しながらアデムはテーブルに怒り任せに拳を叩き付けると、置かれている乾燥肉、所謂ビーフジャーキーみたいな保存食を手にして齧り付き、強引に引き千切り、咀嚼する。

 

 ここ最近になってようやく食糧が本国から届き出して兵士達に供給されているが、食糧の配布の優先度は位の高い者からであったので、下っ端は少量で尚且つ質の悪い物が回っている。しかもここに来て素行の悪い兵士による下っ端虐めが顕著に出ており、多くの下っ端の兵士は食べ物を奪われている。

 虐めを受けた下っ端の兵士が上司に助けを求めても、その兵士は周りに口合わせをするように脅しているので、その兵士が罪に問われる事はなく、逆に侮辱したと罵って下っ端を更に孤立させていると、あまりにも悲惨な状況がギムにあった。

 

 士気は最悪どころの話ではなく、いつ味方同士で殺し合いが起きてもおかしくないのだ。

 

 アデムは副将とあって食糧が優先的に回されているが、それでも質素な料理しか口に出来ていない。苛々の原因はここにもあるようである。

 今口にしている乾燥肉も保存を目的にしているので、肉は固いわ塩辛くて不味く、オマケに臭いと評判は悪い。しかし貴重な栄養を摂取出来て、保存が利く食べ物なので、兵士達はこれを食べるしかない。

 

 

 閑急話題(それはともかく)

 

 

 現在ギムの雰囲気は最悪といっても過言ではない。

 

 

 

「相変わらずアデムは荒れているな」

 

「まぁ楽しみを奪われた上に、思い通りに行かない現状に苛立っているのでしょう」

 

 司令部のテントでは東方征伐軍総司令官パンドールが呆れた様子で声を漏らすと、部下の一人が答える。まぁイライラしているのはギムに居る誰でも同じことだが。

 

「しかし、先遣隊から連絡が途絶えたのは、あまりにも不自然ですな」

 

「あぁ。まさかジューンフィルアほどの者がクワ・トイネ如きにやられるとは考えづらいが」

 

 アデムだけならず、司令部の幹部達も先遣隊からの連絡途絶に疑問を抱いていた。

 

 パンドールはジューンフィルアの実力と武勇は良く知っている。それ故にエジェイ攻略の先遣隊の指揮官として任せたのだから。

 

「しかし、ワイバーンの引き抜きがなければ、先遣隊の支援に当てられて、今日中に状況を把握できたというのに」

 

「そうだな」

 

 部下の言葉を肯定しつつ、パンドールは顎に手を当てて、静かに唸る。

 

 本来であればワイバーンが100騎近くギムに配備されていたのだが、王都より突然ワイバーンの帰還命令が下されたのだ。あまりにも急な命令にパンドールは戸惑ったものも、王都からの命令である以上従わないわけにはいかず、多くのワイバーンを王都へと帰還させた。

 

 その為現在ギムには哨戒できる最低限の数しかワイバーンが残されていない。その為調べられたはずの状況を調べられなかったのだ。

 

 

 このワイバーンの帰還命令の真相は、あのロデニウス沖海戦における400騎のワイバーンの全滅にあり、上層部はその補填として東方征伐隊からワイバーンを引き抜くことにしたのだ。その引き抜く決定を下した理由としては『王都周辺の厳戒態勢を敷く為であり、ワイバーンが少なくても亜人相手であれば少数で十分』と、いい加減なものであった。

 ちなみに400騎全てを艦隊支援の為に上げて全滅させた司令官は責任を負わされて更迭されたそうな。

 

 

「クワ・トイネ……亜人や獣姦主義の人間ばかりの農民の国ではなかったのか? なぜここまでの力を」

 

 しかしワイバーンによる航空支援が無くても、先遣隊が全滅するような事は考えにくい。それも全く連絡が無いのは尚更ありえない。

 

 そこから考えられるのは、未確認の要素が関わっているのではないかという疑いだ。

 

「やはり以前より偵察部隊から報告のある未知の武器が関わっているのでは?」

 

「……その報告か」

 

 部下の言葉を聞き、パンドールは偵察部隊から受けた報告内容を思い出す。

 

 

『クワ・トイネの亜人や人間が剣や弓矢とは異なる武器らしき物を有している』

 

 

 結局その武器が何だったのかの詳細は無かったので、パンドールは気にしていなかった。

 

 しかしその報告書にある未知の武器がエジェイで使われた可能性がある。

 

「もしかすれば、その武器は第三文明圏にあるとされる『ジュウ』と呼ばれる武器ではないのか?」

 

「ジュウ、ですか? それは一体?」

 

「噂で聞いた話だが、射程と威力は弓矢を超えて、弓矢と違って訓練が楽で短く、すぐに戦力化が出来るそうだ」

 

「なんと! そのような武器があるのですか!?」

 

 部下は驚きのあまり思わず声を上げる。

 

「あの第三文明圏の列強国 パーパルディア皇国では兵士一人一人にそのジュウが行き渡っているそうだ。そしてそのジュウを大きくした大砲と呼ばれる兵器があるらしい」

 

「凄まじい。さすがは列強と呼ばれているだけはありますな。まさかクワ・トイネがそのジュウを持っていると?」

 

「確証は無いが、仮に先遣隊が壊滅しているとなると、ジュウが使われた可能性は考えられる」

 

「ですが、我々よりも劣って出せる物も出せない亜人如きに、あのパーパルディア皇国が支援をしますでしょうか?」

 

「さしずめ金を稼ぐ為にジュウを横流しした者が居たのだろう。でなければ我々に支援をしておいて敵に支援なんかしないだろうし、何より我々の手に渡っていない武器が敵にあるというのもおかしいからな」

 

「それは確かに」

 

 納得したように部下は頷く。

 

 まぁ実際の真実は違うのだが、彼らにそれを確かめる術が無いので、そう考える他無い。

 

「ともかく、今は夜明けを待つしかあるまい。それで状況は把握出来る」

 

「そうですな」

 

 パンドールはそういうと、会議の為に幹部を呼ぶよう部下に命じた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わってロデニウス大陸のとある海岸

 

 

 海岸にあるヤシの木の林。その林に隠れるように巨大な影がひっそりと潜んでいる。

 

 

「……」

 

 その影こと『紀伊』は顔にヤシの木の葉っぱを被って静かに寝息を立てて寝ている。

 

 マイハークを出港した『紀伊』はある程度進んだ所で海岸に潜み、時間になるまで隠れて待機しているのだ。

 

 

 そしてある時刻になると、『紀伊』は目を覚ましてヤシの葉っぱを顔から退かし、大きな欠伸をする。

 

「ふわぁぁぁ……時間か……」

 

 上半身を起こして首を鳴らしながら今の時刻を確認し、『紀伊』は傍に突き立てている大剣の柄を掴み、それを支えにしてゆっくりと立ち上がる。

 

「さてと、仕事の時間だ」

 

 背伸びをしながら呟くと、彼の肩に乗っている小さなUMAこと妖精が敬礼をする。

 

 『紀伊』は大剣を地面から引き抜いて林を抜け、剣先に着いた土を振るって払うと、背中の艤装にあるマウントラックを上に起こし、そこに大剣を置くと固定し、元の向きに戻して大剣を収容して海に出る。

 

「……」

 

 『紀伊』が艤装の左側のアームに接続されているユニットに目をやると、そこでは小さな妖精達が水上機のカタパルトにて水上機が発進準備に入っている。

 

 そして発進準備を終え、水上機はカタパルトによって射出されて飛び立つ。

 

 直後水上機は光に包まれると、たちまち大きくなり、光が晴れると実物大の大きさになった水上機こと『瑞雲』が空高くへと飛んでいく。

 

「頼むぞ」

 

 『紀伊』は高度を上げて飛ぶ瑞雲を見送りつつ、浜辺から海へと出る。

 

 

 『紀伊』より飛び立った瑞雲は高度を上げつつ辺りを捜索する。

 

 瑞雲は闇夜に紛れる為に黒一色に塗装され、航続距離を伸ばす為に改造が施されており、追加の増倉が取り付けられている。

 

 

 『紀伊』はある程度陸地から離れると、西へと身体を向けて海上を走る。

 

「さてと、目標の位置は……」

 

 彼は目を閉じて、意識を集中する。

 

 すると彼の脳裏に瑞雲より見ている視点が映り、同時に自分と瑞雲との距離を感覚で把握する。

 

「……」

 

 彼は距離を把握しつつ、攻撃目標の位置を探る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって、再びギム。

 

 

 兵士達は交代で町の周囲を見張り、敵の襲撃に備えている。

 

「くそっ、あの野郎。今日も俺から食糧を取りやがって」

 

 高い建物から見張りをしている兵士は憎しみの篭った声を漏らし、歯軋りを立てる。

 

(俺達が農村の出だからって、偉そうに。その上仕事も全て押し付けて、自分はお休みかよ)

 

 内心愚痴る兵士は、行き場の無い怒りが募り、表情から怒り心頭であるのが見て取れる。

 

 ロウリア王国軍の兵士の多くは農村からの出が多く、王都出身の兵士達からは田舎者として格下扱いされることが多い。それ故に兵士間の間で虐めの対象にされるのも珍しくなかった。

 

 今回も農村の出の兵士達がその標的にされ、自分に回された食糧を奪われている。

 

 その上見張りの仕事も押し付けられており、兵士達の多くが睡眠不足に陥っている。

 

 これらがあっても、農村出身の彼らは王都出身の兵士達に逆らえない。逆らおうとすれば、より一層立場が酷くなるからであるからだ。

 

 その為、兵士間の雰囲気が険悪になっている。これで仲間割れが起きないのはある意味奇跡である。

 

 

 

「ん?」

 

 と、見張りをしている兵士は顔を上げる。

 

「何の音だ?」

 

 見張りの兵士は神経を集中させて、耳を傾ける。

 

 小さく「ブーン……」と虫の羽音の様で違う、聞いた事の無い音がしている。

 

「一体なん―――」

 

 

 と、兵士が言い終える前に、突然建物が爆発し、見張りの兵士は吹き飛ばされる。

 

 彼が最期に見たのは、闇夜を飛翔する何かであった。

 

 

 

 突然の轟音にギムは蜂の巣を突いた様な騒ぎとなった。

 

「何事だ!?」

 

「て、敵襲です! 敵が攻めて来ました!」

 

 指揮官の男性が叫ぶと、兵士がやって来て報告する。直後に彼らの上空を何かが高速で通り過ぎる。

 

「何だと!? 見張りは何をしていたのだ!?」

 

 と、闇夜の上空を高速で何かが通り過ぎ、直後に爆発が起こる。

 

「それが、いきなり現れたんです!」

 

「そんなわけあるか! あんな大きな音を出しておいて、接近に気付けないはずがないだろうが!!」

 

「で、ですが、突然現れたことに変わりはありません……」

 

 上空を指差しながら指揮官が叫び、兵士はおどおどとしながらも答える。

 

 兵士の報告通り、敵は突然現れた。気付いた時にはもう目と鼻の先にまで迫っており、それを認識した瞬間攻撃を受けた。

 

「ワイバーンによる夜襲とは! 兎に角! ワイバーンを起こして速やかに飛ばせ!! すぐにだ!」

 

「は、ハッ!」

 

 

「ほ、報告します!」

 

 と、他の兵士が指揮官の元へとやって来る。

 

「先ほどの攻撃で、ワイバーンが……壊滅しました」

 

「……なに?」

 

 報告を聞いた彼は、ゆっくりと報告した兵士へと向く。

 

「どういう、ことだ?」

 

「詳細は分かりませんが、先ほどの爆発でワイバーンと、駆け寄っていた竜騎士が巻き添えを受けて、飛べるワイバーンは……いなくなりました」

 

「馬鹿な……」

 

 目を見開いて、信じられないような表情を浮かべる指揮官は、空を見上げる。

 

 それは即ち、制空権喪失を意味しているのを、この場にいる誰もが理解した。

 

 そして彼の目が捉えたのは、こちらに向かって降下してくるワイバーンとは似ても似つかない物体で、鼻先と翼が瞬くと、その瞬間彼らの意識は永遠に失われた。

 

 

 

 高速で飛翔する正体は航空機であり、ロウリア王国軍によって占領されたギムに対して攻撃を行っていた。

 

 零式艦上戦闘機 三二型 通称『零戦改』と呼ばれる戦闘機がワイバーンが休んでいる竜舎へと両翼の懸架装置に下げている一〇〇式ロケット弾改を放ち、その後ロウリア王国軍の竜騎士や兵士に対して機首と両翼に搭載された零式機銃四門による機銃掃射を行う。

 

 零戦改と同じように『F6F-6』が両翼のロケット弾を物資集積所へと放ち、ロケット弾を撃ち終えた後は機銃掃射へと切り替える。

 

 その他にも流星に酷似した『FW190M』と呼ばれる艦上攻撃機と、SB2Cヘルダイバー、TBFアヴェンジャーといった艦載機が爆弾やロケット弾を放ち、次々と兵士が潜んでいるであろう建造物を破壊していく。

 

 

 

「奇襲成功。戦果はまずまずか」

 

「……」

 

 ギムから離れた丘の上で、二人の女性が燃え上がるギムを観ていた。

 

 一人はアークロイヤルで、もう一人は銀色の長髪に赤い瞳、胸元が大きく開かれ、タイトスカートの黒い軍服を身に纏い、その上から白い外套を羽織っている女性ことKAN-SEN『グラーフ・ツェッペリン』である。

 

 二人共艤装を展開しており、アークロイヤルは右腕に空母の飛行甲板とライフル銃を合わせたみたいな形状の艤装を持ち、グラーフ・ツェッペリンは飛行甲板に連装砲四基、更にまるで鮫の様な姿をした艤装を持ち、艤装自体に意思があるのか動いている。

 

 

 二人はエジェイ防衛が終わると共に作戦に従い、ロウリア王国軍に動きを悟られないように大きく迂回して移動し、ギムから5km以上離れた地点に到着し、艤装を展開してそれぞれ航空機を発艦させた。

 

 発艦直後はミニチュアサイズであった艦載機だが、ギムの上空まで飛行してそこで実物大の大きさへと変わり、攻撃を開始した。

 

 地上で艤装を展開したKAN-SENは海上での機動力は失われ、火力も低下しがちだが、馬力と装甲、そして能力は変わらず使用できる。

 

 特に空母に関しては艦載機を問題無く使用出来るので、このように敵陣地付近から艦載機を飛ばし、直前になって大きさを実物大へと変えて奇襲するという戦法が取れるのだ。

 

 しかもわざわざ飛行場を設営しなくても航空機を運用出来るので、地上でのKAN-SENの運用で一番厄介なのは、空母であろう。

 

 もちろん前の世界ではこのような戦法に対しての対抗策があるので、成功例は少ない。

 

 しかしKAN-SENが存在しないこの世界では、当然防ぐ術などあるわけが無く、ましても夜間となれば、防ぎようがない。

 

 

「しかし、愚かなものだ」

 

 グラーフ・ツェッペリンは脳裏に艦載機から見た光景が広がり、ギムの様子が浮かび上がっている。その光景に哀れめいた声を漏らす。

 

 FW190Mが急降下して腹の爆弾倉の扉を開けて抱えている50番陸用爆弾一発と両翼に下げている25番陸用爆弾二発を投下し、広場にあるテントに直撃させて破壊する。

 

「ロデニウス沖での敗北に、エジェイでの敗北があったというのに、ほとんど警戒していないとはな」

 

 攻撃直前まで殆ど警戒されてなかったので、その腑抜けっぷりに彼女はどこかつまらなそうであった。

 

「ロデニウス沖はともかく、エジェイでの戦闘はそれほど時間が経っていない上に、戦闘の最中に通信機も破壊されて情報が届いていないのだろう。陸戦隊は派手にやったみたいだからな」

 

 彼女の呟きを聞き、アークロイヤルは手にしているライフル銃型の艤装に異常が無いか確認しながら答える。

 

 まぁ後者はともかく、前者に関しては彼女達が知る由も無いが、敗北した事実が秘匿されているとは思わないだろう。

 

「まぁ、警戒されていないのなら、こちらとしては好都合だ。仕事が捗る」

 

「……」

 

 アークロイヤルはライフル銃型の艤装を構えると、右目にホログラフのサイトが現れ、飛行甲板にある小さなF6F-6が次々とカタパルトを使って発艦し、飛び立った直後に一瞬光り輝いて実物大の大きさへと巨大化し、ギムへと向かっていく。

 

 グラーフ・ツェッペリンも右側にある飛行甲板から小さな零戦改をカタパルトを使って発艦させ、飛び立った直後に零戦改は一瞬光り輝いて実物大の大きさへと変貌し、F6F-6の編隊に続く。

 

「しかし、彼らは運が良いな」

 

 と、アークロイヤルは自身の艦載機らの視界に映るギムの光景を見つつ、ライフル銃型の艤装を肩に担ぐ。

 

 ロウリア王国軍の兵士達は機銃掃射を行う為に降下してくる零戦改とF6F-6から逃げ戸惑い、反撃の意思を見せる者は僅かであった。

 

 中には傷付いて倒れている兵士に対して一部の兵士達がなぜかその負傷兵に剣を突き刺すか、鈍器で殴り殺して止めを差す光景がいくつも広がる。

 

 二人が知る良しも無いが、倒れている兵士の多くが王都出身者であり、襲っているのは農村出身者で、この混乱に乗じて日頃の鬱憤を晴らしていた。

 

 しかし当の二人はそんな異常な光景を特に気にする様子は無い。

 

「本来のプラン通りであれば、彼らはギム諸共この地上から消え去っていたのだからな」

 

 と、彼女はとても物騒な事を呟く。

 

 実を言うと、この作戦は最初空母による奇襲では無く、別の案で攻撃を行う予定だった。しかし話し合った結果、ギムの奇襲は空母の艦載機で行うとして、その作戦の発案者は別の場所を攻撃する為に行動している。

 

「計画通りなら、今頃動いているか」

 

 グラーフ・ツェッペリンは顔を上げる。

 

 




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第二十四話 海の怪物の咆哮

新年明けましておめでとうございます。今年も本作品をよろしくお願いします。


 

 

 

 

 ギムが奇襲を受けている同じ頃。

 

 

 

 ロウリア王国 王都ジンハークの北側にある港。

 

 この国最大の港であるここは現在最大限の警戒が敷かれている。

 

 というのも、マイハークを叩く為に出航した4500隻もの軍船が壊滅し、ほんの僅かだけ生き残り帰還した帆船の乗員からの証言で、港は警戒態勢を取っていた。

 

 乗員からの証言が荒唐無稽過ぎたが、帆船に刻まれた激しい闘いの傷に、その中に見たことの無い傷に、負傷した乗員の姿を見れば、信用せざるを得ない。

 

 その為、クイラ王国へ攻撃に向かった艦隊の生き残りを含めて、他の港から最低限の戦力を残して北側の港に戦力を集中させている。

 

 北側の港は王都ジンハークに一番近く、ここを攻め込まれて陥落すれば、王都が攻め込まれる可能性が高い。その為に戦力を集中させて、600隻もの軍船がこの北側の港に集まっている。

 

 当然他の港へと攻め入る可能性も考えられるが、向こうも戦力的余裕が無いと、多少の犠牲を顧みずに必ず北側を攻めると新たに就任した新海将は判断している。

 

 まぁ、この判断は決して間違っていない。

 

 

 確かに間違っていないが、彼の常識ではそれ以上のことは想定しきれなかった。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 夜遅く、闇夜に包まれた港の各所に松明が灯されており、光が灯されている。

 

 見張りの兵士はいつもの倍以上の人数が配置され、いつどこから敵が攻めて来ても良い様に軍船は出港準備を整えている。

 

「……」

 

 港にある司令部に、新しく海将として就任したホイエルは椅子に座り、ただただジッとして時間を過ごしている。しかし身体は小刻みに震えている。

 

 というのも、彼は先の海戦の生き残りで、元上司であるシャークンが乗る旗艦が撃沈されたのを見て、すぐに撤退を決めた人物である。

 

 帰還直後は敵前逃亡をした腰抜けだと罵られたものの、その後戦死したシャークンの後任として新海将となった。

 

 まぁこの新海将としての就任はどちらかと言えば晒し者としての意味合いが強いかもしれない。といっても彼以外に適任者が居ないというのも事実だったりする。

 

(敵は必ずここを攻めて来るだろう。あれだけの力があるのなら、小細工などしないはず)

 

 ホイエルは確固たる自信を持って、小刻みに震える身体を両手で押さえる。

 

 自身が経験した事から、彼は敵がここを攻めて来ると判断している。ここを攻め落とせば、王都は目と鼻の先にある。あれだけの力があるのなら、正面から突破してくると、そう読んでである。

 

 もちろん『大和』や『紀伊』からすればあえて別方向へと攻め入って、相手の意表を突く戦法を取るのが定石であるが、この世界では力こそが全て。力があれば正面から攻めて、それを打ち破る。

 

「……」

 

 ホイエルは席を立ち、窓から外を眺める。

 

 港の湾内には600隻の軍船が停泊しており、どれもすぐに出航できるように準備が整えられている。

 

(あれだけ居た艦隊が、これだけ少なくなるとは……)

 

 彼は内心呟きつつ、脳裏に過ぎるのは先の海戦での光景だ。

 

 

 一方的に蹂躙され、艦隊が炎に包まれた、あの地獄の光景だ。

 

 

(上層部は何も分かっていない。このまま戦い続ければ、この国は……)

 

 ロデニウス沖での戦闘内容を報告しても上層部は多少警戒を強めてはいたが、殆ど信じていなかった。全く危機感を抱いていなかったのだ。

 

 このまま戦争が続けば、ロウリア王国は滅びを迎えるかもしれない。

 

 

 そう思った瞬間だった。

 

 

「ん?」

 

 ホイエルが外の景色を眺めていると、暗闇の中で一瞬光が三つ瞬く。

 

「今の光は―――」

 

 その瞬間、轟音が彼の耳に届き、建物が揺れる。

 

「っ!?」

 

 ホイエルは思わず後ずさるが、すぐに窓から頭を出して周囲を見回すと、港の一角から三つの土煙が上がり、別の場所では火事が起きている。

 

「こ、これは、まさか……」

 

 その光景を目にしたホイエルの脳裏に過ぎるのは、先の海戦での光景である。

 

「まさか、もう敵が!」

 

 と、再び暗闇の中から三つの光が瞬く。

 

「っ! 敵だ! 敵が攻めてきた―――」

 

 彼はとっさに踵を返して叫びながら部屋を出ようとした。

 

 しかしその直後、彼の意識は永遠に失われる。

 

 

 

 それは突然であった。

 

 遠くから雷が鳴った様な音がして、それから数秒後に港の施設が大爆発を起こした。

 

 それと同時に上空で炎の花が開き、火の雨が港の施設に降り注ぐ。

 

 突然の爆発と火の雨によって港は混乱に陥り、その上司令部が爆発して破壊され、ホイエルは爆発に巻き込まれて死亡した。これによって指揮系統が崩壊した。

 

 ロウリア王国側には最悪の展開だ。

 

 そんな事は知った事ではないと言わんばかりに、港の沖合いから一瞬光が瞬いて直後に雷鳴のような音が響き、少しして再び港に大爆発と火の花が上空で咲き、炎の雨を港に降り注がせる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 港からそれほど離れていない目と鼻の先で、それは居た。

 

 雷鳴の様な轟音と共に眩い光が放たれ、一瞬昼間になったかのように闇夜を照らす。

 

 そしてその眩い光によって、その姿を照らす。

 

 

 まるで島を思わせる巨大な船体に城郭を思わせる高く聳え立つ艦橋。そして巨大な砲塔から伸びる三本の砲身。船体中央には高角砲や機関砲が所狭く並べられ、副砲の両側に噴進砲が設置されていると、絶対に航空機を撃ち落すという絶対的な意思がひしひしと伝わる。

 

 紀伊型戦艦一番艦 『紀伊』は各砲塔をロウリア王国の港へ向けて艦砲射撃を行い、零式弾と三式弾を織り交ぜて港の施設を徹底的に破壊していた。

 

 

 闇夜に紛れて『紀伊』は先に飛ばした瑞雲によって港の位置を特定し、人型形態で港までギリギリまで接近した『紀伊』は暗闇の中で軍艦形態へと移行し、港に向けて艦砲射撃を開始した。

 

 

「自分で言うのもなんだが、凄まじいな」

 

 露天防空指揮所より港の様子を眺めながら『紀伊』は呟くと、直後に一番砲塔の砲身砲口から轟音と共に眩い光を放つ。少しして港の一角で大爆発が起きる。

 

 51cm砲の破壊力は凄まじく、砲撃を始めてから一時間も満たないが、港の大半が零式弾による爆発と、三式弾による広範囲攻撃によって破壊され尽くされている。

 

 その上彼は港から僅か8kmしか離れていない至近距離から砲撃を行っている為、いつもに増して破壊力が増している。

 

 しかし港を破壊するだけならこんな至近距離まで接近する必要はない。なんなら彼の持つ主砲の最大射程距離で砲撃しても構わない。常識的に考えて有効射程外の距離は当たるはずもないが、彼の場合その常識(・・・・)が通じないどころか、この世界では彼みたいな戦艦からすれば都合が良い環境なのだ。

 

 というのも、この世界がある惑星は旧世界と比べると巨大であり、地平線が見える距離が伸びているのである。これにより測距儀で見れる距離も伸びている。

 

 まぁ最大射程で攻撃せずに至近距離まで接近したのは、この後行う攻撃の為である。

 

 

 二番砲塔が咆え、放たれた三式弾は港の上空で信管が作動して炸裂し、上空に炎の花を散らせて港へと降り注ぎ、破壊を撒き散らせた。

 

 少しして三番砲塔が咆え、放たれた零式弾は三式弾からばら撒かれた焼夷弾によって火事を起こしている兵舎に着弾し、その周りで消火作業を行っている者や火傷を負った者を巻き込んで爆発する。

 

「……港の施設は概ね破壊したか」

 

 少し前に飛ばした二機目の瑞雲からの観測で港の設備の多くは破壊されたが、まだ完全とは言えない。

 

 しかし戦艦である『紀伊』は自身の主砲の破壊力を考慮して、これ以上の砲撃は不要と考える。

 

(さすがにこれ以上やると民間人が住む住宅街に被害が及ぶな。航空機なら話は別だったんだろうが)

 

 『紀伊」は二機目の瑞雲からの報告を聞きながら状況を整理していると、最初に飛ばした瑞雲から報告が入る。

 

「……見つけた」

 

 彼は一機目の瑞雲から、目標を見つける。

 

 それはロウリア王国の王都 ジンハークである。

 

(山を削ったような地形だな)

 

 脳裏に瑞雲から見た光景が映り、ジンハークの地形に苦虫を噛んだような表情を浮かべる。

 

 ロウリア王国に潜入中の『黒潮』達によってある程度ジンハークの地形は知っていたが、それでも現物を見るととでは捉え方が違ってくる。

 

(当初の予定通り周りに打ち込んだ後に最後に一発で、帰るとするか)

 

 作戦内容を思い出しつつ、瑞雲との距離を確認する。

 

「距離は大体4万7千ってところか……」

 

 観測機からの観測結果を聞き、『紀伊』はおおまかな距離を推測すると、右手の人差し指を舐めて湿らせ、上に上げる。

 

「風は……無いか」

 

 と、彼はニヤリと口角を上げる。

 

「最初は手前から砲撃。それから周囲へ砲撃。それで大体の距離と感覚を掴むか」

 

 そう呟くと、『紀伊』は各砲塔に居る妖精達へ命令を伝えようと艦内電話に手を伸ばす。

 

 

「……港から出てきたか」

 

 と、『紀伊』は顔を上げて港を見る。

 

 彼の電探が湾内から出てくる複数の物体を捉える。

 

 『紀伊』は港の施設を集中的に攻撃していたので、湾内に停泊している軍船の被害は軽微だったのだろう。恐らく出せるやつから出して反撃を行おうとしているのだ。

 

(大きさ的にオールで漕いで進むガレー船だな。帆船は風が無いから動かせないのか)

 

 接近中の船影を確認しながら状況を確認し、すぐに行動に移す。

 

「副砲及び高角砲は接近中の敵艦へ砲撃。万が一に備えて機銃群も準備。一隻も近づけるな」

 

 『紀伊』は艦内電話の受話器を手にして各所へ指示を出すと、二基の副砲が港の方へと旋回し、左舷側の高角砲及び機銃群が港の方へと向けられる。

 

「主砲一番から三番に零式弾装填。信管は着発に設定」

 

 各砲塔へ指示を出していると、彼の後ろにある測距儀が目標がある方向へと向き、砲塔が僅かに動く。

 

 

 直後第一、第二副砲が咆え、接近中の船団の中へと着弾し、六つの水柱が上がる。爆発に巻き込まれてガレー船諸共粉々にされる者が居れば、水柱によってガレー船が持ち上げられてその衝撃で海へと叩き落される者が出てくる。

 

 水夫達は爆音と水柱に驚きふためくが、それでも水夫達は一矢報いる為に『紀伊』へと向かってオールを漕ぎ続ける。

 

 しかし近付く度に『紀伊』の副砲より火が吹き、海面が爆ぜて水柱が上がると共に多くのガレー船が沈んでいく。

 

 だが、彼らにとって希望が持てたのは、敵の攻撃が連発出来ないということだろう。

 

 故に彼らは散開して『紀伊』への接近を試みた。そうすれば敵の攻撃を散発的に出来て、接近できると考えてであった。

 

 

 無論それは敵の攻撃が一つだけ(・・・・・・・・・)であるという前提での策なのだが。

 

 

 その直後、『紀伊』の中央部から無数の光が放たれ、その巨体が闇夜に照らされる。そして彼らに無数の砲弾の雨が降り注ぐ。

 

 片舷だけでも12基24門の長10センチ連装高角砲があり、その高角砲は現代の速射砲並とは行かないが、それに匹敵するような連射速度で榴弾を放つ。

 

 雨の如く榴弾が降り注いでガレー船が次々と沈められて行き、彼らは後悔した。

 

 自分達が相手にしているのが、どれだけの強大な存在であるかを……

 

 

「……」

 

 その間に『紀伊』は主砲の照準を済ませて、目を細める。

 

「交互射撃で行くぞ。主砲、撃ち方、始めっ!!」

 

 紀伊の号令と共に、一番から三番砲塔の二番砲の砲口から眩い光と共に轟音が放たれ、装填されていた零式弾が放たれる。

 

「……」

 

 彼は手にしている懐中時計を目にして時間を確認しながら、ジンハーク上空を飛行する瑞雲からの視点を見る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ロウリア王国 王都ジンハーク

 

 

 厳重な警戒態勢が敷かれ、敵の襲撃に備えているジンハークは物々しい雰囲気が漂っている。

 

 

「……」

 

 緊張した空気が流れるハーク城。その主であるロウリア34世は自室のベッドで上半身を起こし、右手で顔を覆ってうな垂れている。

 

(こうも眠れんとは……)

 

 眠りたいのに眠気がさっぱり無いというキツイ状態の彼は、ゆっくりと息を吐いて右手を顔から離して下ろす。

 

 ロデニウス沖での敗北の報を受けて以来、彼は眠れない日々が続き、彼は不眠症を患っていた。

 

「……」 

 

 ロウリア34世はベッドから立ち上がり、若干ふら付く足取りで自室の窓へと近付き、外の景色を眺める。

 

(勝てるはずだった戦に敗北し、多くの兵力を失った。一体何が起きているのだ……)

 

 街並みを眺めながら内心呟き、不可解な現状を理解できないで居た。

 

 

 パーパルディア皇国から屈辱的な要求を呑み、どれほどの屈辱を受けても耐え忍び、軍事支援を受けて6年の歳月が経ち、今まで以上の戦力を得た。

 

 勝つ為の戦力はあったはずだ……

 二ヶ国を相手にしても、亜人共を蹂躙できる戦力があったはずだ……

 このロデニウス大陸を統一できる力があったはずだ……

 

 なのに、なぜ負けた? 負ける要素など無かったはずだ。

 

 そんな言い知れない恐怖が、彼を蝕んでいく。

 

 

「……」

 

 ロウリア34世は深くため息を付き、ベッドへ戻ろうと踵を返す。

 

 

 ッ!!

 

 

「っ!?」

 

 すると突然城が小さく揺れ、同時に轟音が鳴り響く。

 

「な、なんだ!?」

 

 思わず尻餅を付くロウリア34世はすぐさま立ち上がり、先ほどとは反対側の窓へと駆け寄る。

 

「っ!?」

 

 そしてそこから目にした光景に、絶句する。

 

 

 王都ジンハークの目と鼻の先の荒野の三箇所で、薄暗い中で薄っすらと巨大な土煙が上がっている。

 

「な、なんだ……あれは」

 

 その光景に彼は思わず後ずさりする。

 

 あまりにも現実離れた光景だったが、それは間違いなく敵の攻撃だと、彼は本能で悟った。

 

 その直後、先ほどよりジンハークに近い場所で倍の六ヶ所で巨大な土煙が上がり、轟音と共にジンハークを揺らす。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「狙いは悪くない、か」

 

 脳裏に瑞雲からの視点が見えている『紀伊』は着弾地点を確認して声を漏らす。

 

「各砲塔は上に四度。一番は右に五度、二番そのまま、三番は左に五度修正」

 

 各砲塔へ修正値を伝えると、砲身仰角が四度上がり、一番砲塔と三番砲塔はゆっくりとそれぞれ左右に旋回する。

 

「第三射、()ぇっ!!」

 

 『紀伊』の号令と共に、装填を終えて照準の修正を行った二番砲から轟音と共に眩い光を放つ。

 

 『紀伊』は再び手にしている懐中時計に視点を移し、時間を確認しつつ脳裏に映る瑞雲からの視点を眺める。

 

 

「5、4,3、2……弾着、今っ!」

 

 そして数十秒が経ち彼が口にした瞬間、瑞雲からの視点にジンハーク周辺で三つの爆発が起きる景色が映る。

 

「狙いは良し。このまま効力射!」

 

 『紀伊』が指示を出すと、装填を終えて砲身を上げた一番砲、三番砲が轟音と共に榴弾を放つ。

 

 

 それから一時間の間、『紀伊』はジンハーク周辺へ艦砲射撃を行う。何十発の榴弾がジンハーク周辺に着弾し、巨大な爆発が起きる。

 

 その度にジンハークに住まう人々はその轟音に戸惑い、城壁の上からその光景を目の当たりにした兵士達は驚愕の表情を浮かべ、身体を震わせる。

 

 何十発も放っているにも関わらず、砲弾は一発もジンハークに直撃していない。それだけでも『紀伊』の実力の高さが伺える。しかし着弾地点は確実にジンハークへ接近していた。

 

 

「な、何なのだ、これは……」

 

 就寝中に突然の轟音で叩き起こされたパタジンは、轟音と共に巨大な爆発がジンハーク周辺の荒野で起き、その度に衝撃波がジンハークへと届く。

 

「これは、まさか敵の攻撃だとでも言うのか……」

 

 この世のものとは思えない光景を目の当たりにして、身体を震わせ、搾り出すように声を出す。

 

「敵は……神龍を……いや、それ以上の怪物(モンスター)が居るとのいうのか……」

 

 彼は両膝を床につけて崩れ込む。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「まぁ、とりあえずこんなもんか」

 

 上空を飛行する瑞雲を通して、ジンハーク周辺状況を確認している『紀伊』は頷く。

 

 ジンハーク周辺は砲撃によって穴だらけになっており、その穴はどれも巨大なものだ。

 

「それじゃ、最後に派手なのをやるか」

 

 『紀伊』は各砲塔へ次弾装填を急がせるように催促すると同時に、各主砲のそれぞれの砲の仰角と俯角の調整を指示する。

 

 

 しばらくして次弾装填の為に、砲身を下ろしていた各砲塔の砲身が『紀伊』の指示通りそれぞれの角度へ持ち上がる。

 

「全門斉射で行く。甲板要員は退避せよ!」

 

 主砲発射を告げる警報が鳴る中、『紀伊』は再度甲板要員の妖精達に退避命令を出す。

 

「……」

 

 そして『紀伊』は一回息を吸い、ゆっくりと吐き出すと、口を開く。

 

「主砲、全門斉射ぁっ!! 」

 

 大声で号令を放つと共に、主砲全門から闇夜が一瞬昼間になったかのような眩い光と共に、空気を切り裂かんばかりの轟音が放たれる。

 

 51cm砲から放たれた衝撃波は海面を白く濁らせながら大きく凹ませ、九つの零式弾が目標に向かって飛翔する。

 

 

 そして勢いよく放たれた九つの零式弾は、ジンハークの周囲に沿うように北側と東側、西側の城壁間近の場所に着弾して爆発した。その爆発により、東側と西側の城壁の一部が破壊される。

 

 しかし砲弾は一発も王都ジンハークに着弾させていない。正に神業な砲撃を行って見せた。

 

「……」

 

 狙ったとおりに着弾して、『紀伊』は一息吐き、ニヤリと口角を上げる。

 

「よし、仕上げだ。一番から三番砲塔に一式徹甲弾装填!」

 

 艦内電話の受話器を手にして各砲塔に次弾装填を指示して、一番から三番砲塔の砲身が水平に戻されて一式徹甲弾が装填される。

 

 その後一式徹甲弾の装填を終えた各砲塔は『紀伊』の指示した諸元に従い、砲塔の向きと砲身の仰角を調整する。

 

 

 そして照準を終え、『紀伊』の号令と共に、51cm砲九門が一斉に轟音と共に火を吹く。

 

 放たれた九発の一式徹甲弾は狂い無く『紀伊』の狙い通りに、王都ジンハークの北側の城門と城壁に着弾して貫徹し、内部で炸薬が爆発して城壁を大きく抉り、城門を吹き飛ばす。

 

 着弾を確認した『紀伊』は次に零式弾の装填を命じて、各砲塔に零式弾が装填されると、さっきと同じ諸元のままで砲身が上げられると、直後に51cm砲九門が一斉に轟音と共に火を吹く。

 

 放たれた零式弾は大きく逸れる事無く、一式徹甲弾が着弾した王都ジンハークの北側城門と城壁に着弾すると同時に爆発し、脆くなった城壁が粉々に吹き飛ばされる。

 

「……」

 

 瑞雲を通して『紀伊』はジンハークの北側の城壁が粉々になっているのを確認して、静かに頷く。

 

 直後に九門の51cm砲の砲口から空気によって押し出された硝煙が吐き出される。

 

「目標は果たした。戦闘用具収納。これよりマイハークへ向かう」

 

 『紀伊』は指示を出すと、各砲塔が最初の向きへと戻される中、制帽を被り直して港を見る。

 

 港の施設は艦砲射撃によって完全に破壊しつくされ、湾内に残っていた帆船は副砲による砲撃で殆どが沈められている。

 

 『紀伊』に向かって来ていたガレー船も長10センチ連装高角砲と零式機銃、九九式40ミリ四連装機関砲によって全て沈められており、生き残った水夫達が木片にしがみ付いて海面に漂っている。

 

 そしてその誰もが『紀伊』を恐怖に満ちた目で見ている。

 

「……」

 

 その光景を見て、彼の脳裏に『カンレキ』の中にある、彼の初陣の時の光景が過ぎる。

 

 彼は何も言わず露天防空指揮所を後にして艦内に戻る。

 

 『紀伊』の艦体はゆっくりと進みつつ右へと舵を切り、大きく迂回しながらマイハーク方面へと艦首を向ける。

 

 

 

「モンスターが、去っていく」

 

「あぁ、神よ。感謝します……」

 

 木材にしがみ付いて海面を漂う水夫達はゆっくりとこの海域から離れる『紀伊』の姿を見て、安堵の声を漏らし、中には両手を組んで神に感謝する者も居た。

 

 彼らは一生忘れる事は無いだろう。

 

 圧倒的な破壊を振り撒いた、その姿を……

 

 

 




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第二十五話 ギム奪還

 

 

 

 

 中央歴1639年 5月29日 ギム

 

 

 

 航空機による夜間奇襲を受け、ギムを占領していたロウリア王国 東方征伐軍は深刻な被害を受けていた。

 

 

「手酷くやられたな」

 

「えぇ」

 

 幸運にも生き残ったパンドールは周囲を見ながら部下にそう言うと、彼は相槌を打つ。

 

 周りでは生き残った兵士達によって破壊された建物やブロックの破片や死体の片付けが行われており、町の外ではどこかの部位が欠損した多くの死体が山積みにされ、その後火を付けられて焼却されている。死体は焼却しなければ腐敗し、やがて疫病の原因になりかねない。

 

「しかしまさか敵がワイバーンによる夜間奇襲を行うとは」

 

「全くの予想外でしたね」

 

「あぁ」

 

 パンドールは昨夜のことを思い出し、苦虫を噛んだ様な表情を浮かべる。

 

 暗い所がよく見えない鳥目のワイバーンで夜間攻撃を行うのは難しく、どれだけ熟練の竜騎士であっても至難の業であるのに、敵はそれをやってのけた。敵ながら見事だと思うと同時に、憎たらしく思うのだった。

 

 まぁ本当はワイバーンではなく航空機なのだが、彼らがそれを知る由も無い。

 

「その上……」

 

 と、パンドールが広場の一角を見ると、若い兵士達が捕らえられて集められている。

 

 彼らは先の夜襲の騒ぎに紛れて味方を殺害した者達であり、逃亡しようとした所を捕らえられた。

 

 味方殺しは重罪なので、彼らはこの後処刑されることになる。

 

 ただでさえ兵力が少なくなったこの状況で自分から兵力を減らすようなことをするのは、正直に言えば愚かな行為だ。

 

 だが、重罪を犯した者達を生かしておいても、彼らの立場は常に最悪なものになり、戦闘になれば後ろから殺される可能性がある。

 

 その為、見せしめを含めて処刑せざるを得ない。

 

「この状況で味方殺しが起こるとはな」

 

「彼らは農村の出身でして、王都出身の者から絡まれていたようです。その絡みは日々酷くなる一方でして」

 

「……鬱憤が溜まった結果、昨夜の事が起きたというのか」

 

 パンドールは額に手を当てる。

 

「……やはり軽く見てはいけなかったか」

 

 彼自身その状況自体は把握していたが、肩入れすれば、その者達が自分の目の届かないところで余計な被害を受ける可能性があったので、深入り出来なかった。

 

「今となっては過ぎたことですが、もう少し気に掛けていれば、余計な犠牲が出ることは無かったかと」

 

「……」

 

 悔やむ気持ちが募るが、パンドールは気持ちを切り替える。

 

「それで、今飛べるワイバーンはあるのか?」

 

「奇跡的にですが、何とか一騎だけ残っていました。ですが傷ついて、王都まで飛べるかどうか分かりませんが」

 

「生きて飛べるだけマシか。そのワイバーンの竜騎士は?」

 

「健在です。そのワイバーンが敵の攻撃から庇っていたようで、奇跡的に軽傷で済んでいます」

 

「主人想いのワイバーンだな」

 

 少しだけ場の空気が和らいだところで、二人は町の外へと向かう。

 

 

 予定通りならこのままエジェイ周辺に飛ばして先遣隊の安否を確認するつもりだったが、もはやその余裕など無い。その上魔信機が昨夜の奇襲で破壊されてしまい、早期に王都へ状況を伝える為に伝令としてワイバーンを飛ばすことになった。

 馬では時間が掛かるのもあるが、そもそも馬自体昨夜の奇襲で全滅してしまっている。

 

 

「滑走路はどうなっている?」

 

「ハッ。生き残った者達を総動員して、少し前に直りました。後はワイバーンが無事に飛んでくれるのを祈るばかりですが」

 

「うむ」

 

 パンドールと部下はギムの外にある滑走路に着くと、そこではワイバーンに話しかける竜騎士の姿があった。

 

「あの者があのワイバーンの?」

 

「はい。ムーラという者でして。今から王都へ向けて飛び立ちます」

 

「そうか」

 

 二人が見守る中、ムーラと呼ばれる竜騎士はワイバーンに跨り、一声掛けてからワイバーンを走らせる。

 

 ワイバーンはふらついた走りであったが、それでも翼を羽ばたかせて滑走路から飛び立つ。

 

「……魔信が壊れていなければ、あの者に危険な飛行をさせる必要は無かったのに」

 

「仕方ありません。この状況をすぐにでも報告しなければ、王都が危険に曝されます」

 

「そうだな……」

 

 おぼつかない飛び方で王都ジンハークを目指すワイバーンとムーラの姿を見送り、二人は短く会話を交わす。

 

 

 その王都が今とんでもない事態になっていることは、彼らが知る良しも無いが。

 

 

「では、我々はやるべきことをやるとするか」

 

「はい」

 

 パンドールは再び町の中央広場へと向かう。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、ギムから4km離れた丘の陰。

 

 

 丘の陰に身を隠している『アークロイヤル』と『グラーフ・ツェッペリン』の二人は草原を模した偽装を施したテントの下で、その時が来るまで待っていた。

 

 周囲を二人の護衛に就いている妖精達が警戒して、こちらの存在が敵に露呈しないようにしていた。

 

「……」

 

 二人はそれぞれ水筒に淹れて来た紅茶を飲み、水筒の蓋兼カップを閉めて傍に置くと、『グラーフ・ツェッペリン』は懐から懐中時計を取り出し、時刻を確認する。

 

「そろそろ時間だな」

 

「そうか」

 

 彼女がそう言うと、『アークロイヤル』は椅子から立ち上がって丘を登り、頭を出して双眼鏡を覗く。

 

「……」

 

 『アークロイヤル』は双眼鏡でギムの様子を伺い、状況を確認する。

 

 

「……頃合だな」

 

 丘の陰から頭を出して双眼鏡でギムを見ていた『アークロイヤル』は耳に手を当てる。

 

「『アークロイヤル』から『出雲』へ。突入されたし」

 

『了解した』

 

 通信で合図を送ると、彼女は立ち上がってライフル銃型の艤装を構えて、右目にホログラフのサイトが現れる。それと同時に彼女の隣へとやってきた『グラーフ・ツェッペリン』が腰の艤装にある飛行甲板に零戦改を出して、発艦準備を整える。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所戻り、再びギム。

 

 

 

「さて、これからどうするか……」

 

 半壊した役場の一室にて、パンドールは僅かに残った将校達と話し合いをしていた。ちなみになぜかアデムの姿は無いが、誰も気にした様子は無い。まぁ気にする余裕が無いというのが正しいか。

 

「エジェイの攻略に向かった先遣隊の安否も分からず、ワイバーンも王都へ伝令と増援要請に向かった騎以外は全滅。兵士の数も昨夜の夜襲で多く減っている。エジェイ攻略に使う予定だった投石器とバリスタは全て破壊され、来たばかりの補給物資も全て失った。増援は到着まで早くても二日前後掛かる」

 

 パンドールの言葉に誰もが暗い表情を浮かべる。

 

 

 完全に詰んでいる……

 

 

 そうとしか言えない状況なのは明白である。

 

 今日中に伝令の為に飛ばしたワイバーンが王都に到着して増援が送り込まれたとしても、到着まで早くても二日以上掛かる。

 

 当然奇襲を行ったのだから、敵はすぐそこまで来ていると思っていた方がいい。つまり、増援が到着するよりも敵が先に着く。

 

「増援が来るまで、我々だけでどうにかこの状況を乗り切るしかない、か」

 

 パンドールはそう呟くが、それが不可能だというのは誰よりも分かっていた。

 

 あまりにも戦力が少な過ぎる。普通なら撤退すべき状態だが、そう簡単に下せる判断ではない。

 

 もしこのままギムを放棄して撤退すれば、敵がギムを奪還するのは当たり前として、そのままギムを拠点にロウリア王国領内へ逆侵攻する可能性が高い。それを防ぐ為にも、ここで敵を食い止めなければならない。

 

 まぁそれ以前に、見下している亜人に負けたくないというプライドがあったりするが、頑なにプライドに縋っても、碌な事は無いが。

 

 誰も良い案が浮かばず、沈黙が続くばかりであった。

 

 

 

 ――――ッ!!

 

 

 

『っ!?』

 

 すると轟音が町に響き、同時に何かが上空を通り過ぎる。

 

「これは、まさか!」

 

 聞き覚えのある音に、彼の表情に焦燥の色が浮かぶ。

 

 

「パンドール様!! 昨夜のワイバーンがまた現れました!」

 

「くっ、やはりか!」

 

 役場に駆け込んだ兵士がパンドールに敵の襲来の報告をすると、彼は驚きのあまり声を上げる。

 

 

 

 兵士達が逃げ戸惑う上空を零戦改とF6F-6が飛び交い、地上に対して機銃掃射を行いつつ、両翼下に懸架しているロケット弾による攻撃を行う。

 

 『アークロイヤル』と『グラーフ・ツェッペリン』から飛び立った航空隊はミニチュアサイズでギムまで接近し、目の前で実物大のサイズへ変わって攻撃を開始した。

 

 機銃掃射を受けた兵士は身体が木っ端微塵に粉砕されるか、身体のどこかが吹き飛ぶかでその命が刈り取られたり、ロケット弾の着弾時に爆発し、その爆風で吹き飛ばされる破片によって深い傷を負うか手足が吹き飛ばされるかで重傷を負う。

 

 兵士達の中には弓を構えて矢を放ったり、石を投げる者が居たが、まぁ高速で飛行する戦闘機に当たるはずも無く、その何とかしようとする努力は徒労と化す。むしろ逆に別の機に狙いを定められて機銃掃射を受け、その命を散らす。

 

 兵士達が空からの攻撃から逃れようと建物の中に避難するが、FW190Mとヘルダイバー、アヴェンジャーによって建物に対して爆撃が行われ、投下された爆弾は建物に直撃して爆発し、運が良ければ建物の外壁だけが破壊されて、小さな破片が飛び散って兵士たちに小さな傷を負わせるぐらいで済ませられるが、運が悪ければ爆弾が建物の外壁を貫通して中で爆発し、兵士達の命を刈り取った。

 

「何なんだよ、あれは!!」

 

「こんなの勝てるわけねぇだろっ!!」

 

 そんな中、兵士が恐怖のあまり叫びながら逃げるが、破壊されや建物の瓦礫に躓いて前のめりに倒れると、零戦改の機銃掃射が行われ彼の頭上を弾丸が通り過ぎる。

 

「クソッ! クソッ! 何なんだよ!? 本当に――――」

 

 奇跡的に助かった兵士は悪態を付きながら顔を上げるが、彼は最後まで言うことが出来なかった。

 

 彼の視線の先はちょうど町の外を見ることが出来たので、そこから見えたのは―――

 

 

 

 ギムに向かってくる一団の姿であった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 『アークロイヤル』と『グラーフ・ツェッペリン』による航空攻撃が始まると同時に、モイジ率いる西方騎士団が73式装甲車と61式戦車を先頭に、ジープとトラックにてギムへと接近していた。

 

 ロウリア王国軍は空の航空機の攻撃に気を取られていたとあって、西方騎士団の接近に気づけたのは、ほとんど目と鼻の先になってからであった。

 

「行くぞ!! あの時の雪辱をここで晴らす!! やつらを排除して、ギムを取り戻すぞ!!」

 

『オォォォォッ!!』

 

 轟音に負けないぐらい大声でモイジが叫ぶと、西方騎士団の面々が雄叫びを上げる。

 

 

 そして西方騎士団は73式装甲車と61式戦車を先頭にしてギムへと突入し、トラックから四式自動小銃や一〇〇式機関短銃を手にした西方騎士団の兵士達が降車する。

 

 敵の侵入を許したロウリア王国軍の兵士達は剣を握り、西方騎士団に向かって走る。

 

 上空のワイバーンもどきの攻撃で戦意が削られていたが、相手が亜人と分かるや否や、兵士達は憎しみを孕んだ声を上げて突撃した。

 

 こちらが勢いよく攻勢に出れば亜人はビビッて逃げ出すに違いない。誰もが偏った認識を持っていた。

 

 

 しかし彼らに襲い掛かったのは、銃弾の嵐だった。

 

 

 西方騎士団は各々が手にしている四式自動小銃や一〇〇式機関短銃を構えると、狙いを定めて引き金を引く。73式装甲車と61式戦車に載せられているブローニングM2重機関銃や62式機関銃が連続して銃声を発せさせる。

 

 大小様々な銃声と共に放たれた大小様々な弾丸はロウリア王国軍の兵士の身体を貫き、断末魔と共に次々と倒していき、その命を刈り取る。

 

「撃て撃て!! やつらを近づけるな!!」

 

 モイジは自身が持つ四式自動小銃を構えて狙いを定め、引き金を引きながら大雑把な指示を出す。

 

 目に見えない速さで何かが飛び、大きな破裂音が鳴る度に味方が死んでいく。

 

 そんな見た事の無い攻撃と共に放たれる銃声は、彼らには死神の声に聞こえたのかもしれない。言い知れない恐怖により、ロウリア王国側の兵士は完全に浮き足立ち、その間にも銃弾の雨は容赦なく襲い掛かり兵士達の数が減っていく。

 

 兵士達は建物や瓦礫の陰に隠れて銃撃を凌ごうとするが、その反対から零戦改やF6F-6が機銃掃射を行って命を刈り取り、西方騎士団に同行している61式戦車が砲撃を行い、物陰に隠れているロウリア王国の兵士を殺傷する。

 

 どこからともなく攻撃が来て仲間たちが次々と死んでいく。そんな恐怖に耐え切れず、逃げ出そうとする者が続出する。

 

 しかしそれを逃さないと言わんばかりに、西方騎士団の面々は逃げようとする者から優先して始末していく。ここで逃がせば、次の戦いで戦力として加えられる可能性がある。それならここで一人でも多く倒しておく方が後々が楽である。

 

 まぁもし彼らがこの場で武器を捨てて降伏の意思を見せていれば、命は助かっただろうが。

 

 

 

「な、なんだ……あれは」

 

 役場の窓からその光景を見ていたパンドールは、呆然と立ち尽くしていた。

 

 外では兵士達が勇敢に戦いに挑もうとして、大きな破裂音と共に地面に倒れたり、その音に恐怖して逃げ戸惑う兵士達と、阿鼻叫喚な光景が広がっている。

 

 上空では相変わらずワイバーンのようなものが飛び交い、時折降下しては攻撃を加え、兵士を殺傷し、建物を破壊している。

 

 地上ではこのギムの防衛を担っていたクワ・トイネ公国の西方騎士団がロウリア王国軍の兵士を次々と倒している。剣や槍、弓矢ではない、大きな音を放つ見た事の無い武器で、兵士達を次々と倒していく。

 その傍には鉄の化け物(73式装甲車と61式戦車)が前進しつつ、連続して破裂音を放つ武器をロウリア王国軍の兵士達に向け、次々と兵士達が命を刈り取られていく。

 

 中には鉄の化け物(73式装甲車)が通り過ぎようとした建物の窓から飛び降り、その上に降りるロウリア王国軍の兵士の姿があったが、その直後後ろに居るジープに懸架されている62式機関銃に着いている西方騎士団の兵士が銃撃を加え、鉄の化け物(73式装甲車)の上に降りて剣を突き刺そうとした兵士を蜂の巣にしてその命を刈り取った。

 

 

 騎士道精神などこれっぽちも無い、あまりにも一方的な戦闘に、彼のプライドが、彼の戦意が、ゴリゴリと削り取られていく。

 

 

(先遣隊は、あの武器によって壊滅させられていたのか……)

 

 そしてパンドールは一つの確信を得る。

 

 先遣隊からの連絡が途絶えたのは、魔信が故障したり、伝令を送る暇が無いわけじゃない。部隊が全滅したからだ。

 

 昨日までなら先遣隊が全滅したと全く考えなかっただろうが、今なら分かる。

 

(亜人が……あれほどの力を……)

 

 

 

『な、何だお前!』

 

『あ、頭に、角が……』

 

『何だ、その背中にある物は……』

 

 すると下の方が騒がしくなる。

 

『ぎゃぁぁぁぁっ!?』

 

『何だこの女!?』

 

『は、速過ぎて、剣筋が―――』

 

『つ、強過ぎる!?』

 

『ば、化け物だっ!?』

 

 下の方で悲痛な叫びがして、パンドールは身体を強張らせ、窓の下を見ると、突然役場の入り口が爆発し、建物を揺らす。

 

 すると後ろから兵士がやってくる。

 

「ぱ、パンドール様! すぐにお逃げください! 恐ろしく強い亜人の女がすぐそこまで来て――――」

 

 兵士はパンドールに報告しようとした瞬間、彼が立っている床が突然爆発し、兵士は粉々に粉砕される。

 

「っ!?」

 

 その爆発によってパンドールが立っている床が崩れて、彼はそのまま一階へと落下する。

 

「ぐっ!」

 

 背中を強く打ち付けて彼は一瞬息が詰まり、意識が飛びかけた。

 

「ぐ……うっ……」

 

 彼は激痛に顔をしかめつつも、とっさに身体を起こす。

 

「……」

 

 そして彼の視線の先には、一人の女性がパンドールを見つめている。

 

 紫色の髪をポニーテールにして、額からは先端が赤く白い二本の角が生えた女性で、身体のラインが浮き出ている白いレオタードの上に簡素な黒い甲冑を身に付け、更にその上から表地が白く、裏地が赤い着物を羽織っている。

 腕には白い包帯を巻き、脚には黒いガーターストッキングに黒い鋼鉄のブーツを履いている。

 

 そして背中には砲口から硝煙を漏らしている三連装の砲塔を三基持つ巨大な艤装を背負い、背中には二本の太刀を収めている収納ケースを背負っており、その二本の内一本を彼女は右手に持っており、先ほどまで兵士たちを切り捨てていたせいか、その刃は赤く染まっている。

 

 彼女の名前は『出雲』 『架空存在』と言われる特殊なKAN-SENの一人である。

 

 

 モイジ率いる西方騎士団とは違う方向から彼女は別働隊を率いてギムに侵入し、妖精達が周囲を制圧していく中、役場を警護していたロウリア王国軍の兵士達を彼女は愛用の太刀で切り捨てて入り口を艤装の主砲を吹き飛ばして中に侵入した。

 そして一階の奥の方まで進んだところで、二階から声がして彼女は斜め上の天井に向けて主砲を放ち、天井を崩した。

 

 

「き、貴様……!」

 

 パンドールは身体中の痛みに耐えながら立ち上がり、腰に下げている剣の柄を手にして、鞘から抜き放つ。

 

「お前がここの指揮官か」

 

「そうだ。ロウリア王国 東方征伐軍を任された、ロウリア王国三大将軍が一人、パンドールである!」

 

「……トラック泊地所属、『出雲』だ」

 

 パンドールが口上を述べて、『出雲』も自身のことを伝えつつ、手にしている太刀の柄を両手で持ち、身構える。

 

「パンドール将軍。既に勝敗は決している。降伏すれば部下共々身の安全は保障する」

 

「降伏だと……」

 

 降伏勧告を受けて、パンドールの視線が鋭くなる。

 

「軍人魂を見せ付けるのは結構だが、その命を無駄にする必要は無い。生き恥を曝すことは、罪ではない」

 

「……」

 

「……」

 

 二人の間に沈黙が続くが、パンドールが口を開く。

 

「その心遣いに感謝するが、私は国に、国王様に命を捧げた身だ。この命は国王様の為に、国を守る為にあるのだ!」

 

 パンドールは『出雲』の降伏勧告を拒み、剣の柄を両手で握り締め、身構える。

 

「……是非もなし」

 

 『出雲』は両手を力を強めて太刀の柄を握り締める。

 

「ヌオォォォォォ!!」

 

 パンドールは地面を蹴り上げるように走り出し、手にしている剣を『出雲』に向けて横へと振るう。

 

 『出雲』は太刀を剣の振るわれる先へとやり、剣を受け止める。

 

「ぐぅ!」

 

 パンドールはすぐさま剣を引き、更に剣を振るうも、『出雲』は少ない動きで太刀を動かし、彼の剣を受け止める。

 

(な、何だ、この固さは!?)

 

 彼は剣から伝わる感触に、驚愕の表情を浮かべる。

 

 まるで石壁に剣を叩き付けているような、固い感触しかなかった。つまり向こうは全く剣をブレさせていないのだ。

 

「ぬぅ!」

 

 パンドールはすぐに剣を引っ込めて再び振るう。

 

 

 

 ―ッ!!

 

 

 

 しかし次の瞬間、彼の身体を何かが一閃し、動きが止まる。

 

「……」

 

 『出雲』はいつの間にかパンドールに対して背中を向けており、彼女は手にしている太刀を振るって血を払う。

 

 すると直後に生々しい音と共に何かが地面に落ちる音がして、彼女は再度後ろを振り向く。

 

「……」

 

 彼女の視線の先には、身体が真っ二つになったパンドールが内臓をぶちまけて床に倒れており、血を吐き出す。

 

「ッ……見事な、腕だ……完敗、だ」

 

 掠れた声でパンドールは『出雲』を見ながら、彼女の剣の腕を賞賛する。

 

「……言い残すことはあるか?」

 

 『出雲』は太刀の先をパンドールの首元に当てながら、そう問い掛けた。

 

「……最期に、貴様のような、強者と剣を交えて、誇りに思う、ぞ」

 

「……」

 

 『出雲』は彼の最期の言葉を聞き届けると、太刀の剣先でパンドールの首を切り裂く。

 

 パンドールは血を吐き出すと、大量の血を首から流し、そのまま息を引き取った。

 

「……見事」

 

 『出雲』は血振りをして艤装に太刀を納め、黙祷をする。

 

 

 

 そしてロウリア王国 東方征伐軍の将軍パンドールの死によって、残存したロウリア王国軍の兵士は武器を捨てて西方騎士団に降伏した。

 

 

 こうしてギムは多大な被害を受けながらも、再びクワ・トイネ公国の元へ還ったのであった。

 

 

 




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第二十六話 一夜明けて……

 

 

 

 中央歴1639年 5月29日 ロウリア王国 王都ジンハーク

 

 

 

 

 昨夜の『紀伊』による艦砲射撃によってジンハークの周囲の荒野は地面深くまで掘り返されて荒れ果てており、それだけでも紀伊型戦艦の51cm砲の破壊力を物語っている。

 

 その上ジンハークを沿うように砲弾が着弾した衝撃と爆風で、城壁の一部が崩れていた。一部の家屋にも被害が出ているとのこと。

 

 だが何より一番の被害は、北側の城門と城壁が破壊されてしまったことであり、敵の侵攻を防ぐ為の術を失ってしまった。

 

 

 

『……』

 

 昼過ぎのハーク城の会議室では、重々しい空気が漂っていた。

 

 昨夜の砲撃で全員が眠れなくなり、実質徹夜であった事で出席しているメンバーの多くが目の下に隈を作り、ロウリア34世にいたっては顔色が悪く、額には汗が浮き出ている。

 

「そ、それでは……緊急会議を開始、します……」

 

 司会進行係が震える声で、会議開催を宣言する。

 

「パタジン将軍。現状報告をお願いします」

 

「ほ、報告を致します……」

 

 そんな中、パタジンは徹夜による寝不足で少しふら付きながらも、司会係に促されて立ち上がり、ロウリア34世に報告する。

 

「昨夜の謎の攻撃により、ジンハーク周辺に巨大なクレーターが出来ており、その内いくつかがジンハークの城壁付近にも出来ています。その時の衝撃で一部の城壁が崩れているとの報告があります。更に北側の城壁が広範囲に渡って、破壊されました」

 

 パタジンがそう告げると、王宮主席魔導師であるヤミレイを見る。

 

「ヤミレイ殿。この攻撃に何か心当たりは?」

 

「いや、全く心当たりはありませぬ」

 

 いかにも魔導師な風貌のヤミレイはパタジンの質問に首を横に振るうしかない。

 

「たった一回の攻撃であんな巨大なクレーターを作るのは不可能だ。ましてや、城壁を破壊する等と。何千もの魔導師が揃って爆裂魔法を使ったとしてもだ」

 

「なんと。では神竜によるブレスか!?」

 

「いや、それも違うだろう」

 

 王国軍の幹部が驚きの声を上げるが、ヤミレイは否定する。

 

 つまり、何も分からないとと言うことだ。

 

「……一体その攻撃はどこから来たのだ」

 

 一通り話しを聞いたロウリア34世は誰かに向けたわけではないが、質問を投げ掛ける。

 

「それにつきましては、今朝報告が入りまして」

 

 と、パタジンが口を開き、その今朝入った報告を読み上げる。

 

「昨夜、北側にある港が……攻撃を受けていたようです」

 

『っ!?』

 

 その報告に誰もが目を見開いて驚愕する。

 

「そんな馬鹿な!? 北側の港には600隻以上の軍船が居たのだぞ! そんな所に攻撃を仕掛けたと言うのか!?」

 

「信じられませんが、事実のようです」

 

 ロウリア34世はパタジンに向かって声を荒げるが、事実である為に彼は肯定するしかなかった。

 

「……それで、被害はどうなっている?」

 

「……」

 

「どうした? 早く報告をせぬか」

 

「は、はい……」

 

 明らかに顔色を悪くしたパタジンは、震える唇を動かして報告する。

 

「ひ、被害は……港の施設は壊滅的打撃を受け、造船所、集積していた物資、兵舎等は徹底的に破壊され、更に停泊していた軍船は、ほぼ壊滅したとのことです」

 

「なっ!?」

 

 パタジンの報告を聞き、ロウリア34世は目を見開く。

 

「早朝に竜騎士を飛ばして確認させたところ、港は見るも無残な状態であったのが確認されています」

 

「……」

 

「更に、生き残った者達の証言によれば……敵はたった一隻で、島と誤認しそうなぐらいに巨大であったとのこと」

 

「一隻!? たった一隻だと!? それに島と誤認しそうなぐらいに巨大だと!?」

 

 ロウリア34世は驚きのあまり声を荒げる。

 

「信じられないのは承知していますが、多くの者が同じ証言をしていますので、信憑性は高いかと」

 

「……」

 

 ロウリア34世は顔を真っ青にして、黙り込む。

 

「生存者の証言を照らし合わせた所、恐らくジンハーク周辺への攻撃も件のものであると思われます」

 

「そんな馬鹿な! 港からここまでどれほどの距離があると思っているのだ!?」

 

 三大将軍の一人であるミミネルがあまりにも現実離れた内容に異を唱える。

 

「信じられないのは私とて同じだが、破壊の痕跡を見ればジンハーク周辺の攻撃とほぼ一致している。これは紛れもない事実だ」

 

「っ……」

 

 しかし正論を唱えるパタジンに、ミミネルはそれ以上言う事が出来ない。現に王都周辺は昨夜の攻撃で荒れに荒れている。

 

「それと、もう一つ報告する事があります」

 

 と、パタジンがそう告げると誰もが息を呑む。

 

「今朝、ギムを占領した東方征伐軍所属の竜騎士が満身創痍の状態で戻ってきました」

 

「なに?」

 

 ロウリア34世は怪訝な表情を浮かべる。

 

「どういうことだ?」

 

「その竜騎士……名はムーラと言いまして、そのムーラによりますと……」

 

 パタジンは息を呑んで一間置き、口を開く。

 

「ギムを占領した東方征伐軍は……甚大な被害を受けたとのことです」

 

「な、何だとぉっ!?」

 

 更なる衝撃的な報告に誰もが驚き、ロウリア34世は声を上げる。

 

「そんな、馬鹿な……」

 

「東方征伐軍はエジェイを攻略していたのではないのか!?」

 

「それが、エジェイ攻略の為に先行させた先遣隊からの連絡が途絶し、その確認の為に明朝ワイバーンを飛ばす予定だったそうです」

 

「……」

 

 ロウリア34世にそう説明した事で、軍関係者は悲痛な表情を浮かべる。

 

 誰もその日の内にワイバーンを飛ばさなかったのかと批判できないからだ。東方征伐軍のワイバーンの多くを引き抜くように指示を出したのは、自分たちなのだから。

 

「その日の夜に、敵ワイバーンからの攻撃を受けたようです」

 

「何!?」

 

「港の奇襲と同時に!?」

 

 誰もが驚愕し、ロウリア34世に至っては目が完全に生気を失っている。

 

「一夜中攻撃が続き、東方征伐軍は壊滅的打撃を受けたようで、早期報告と増援要請の為に、奇跡的に生き残ったワイバーンと竜騎士を飛ばしたようです」

 

「……」

 

「報告は、以上となります」

 

 パタジンは脚の力が抜けたように椅子に座り込む。

 

『……』

 

 報告が終わると、会議室はもはや悲愴感しかなかった。

 

「なぜだ。なぜこんな事に……」

 

 ロウリア34世は頭を抱え、ブツブツと呟く。

 

(このままでは、我が国は負ける。我々よりも劣っている亜人風情に、負けると言うのか?)

 

 これだけの力の差を見せ付けられれば、普通であれば降伏を選ぶであろう。だが彼のプライドが、彼の亜人への差別意識が、取るべき判断を鈍らせていた。 

 

「……背に腹は変えられん。パーパルディア皇国の使者に、本国への援軍要請を伝えるのだ」

 

 彼としてはこれ以上パーパルディア皇国に関わりたく無かった。これ以上関われば、どうなるかなど目に見えているからだ。しかし、それでも藁にも縋る思いでこの状況を打開できる力を彼は欲した。

 

 第三文明圏の列強国であるパーパルディア皇国の力ならば、敵に勝てるかもしれない。

 

「へ、陛下。そのパーパルディア皇国の使者なのですが……」

 

 と、再びパタジンが口を開く。

 

「早朝に、城を後にして帰国の途に着きました」

 

「……なに?」

 

 信じられないと言わんばかりにロウリア34世は目を見開く。

 

「使者は本国からの帰還命令が出たと仰っていましたが……」

 

 パタジンはそう報告したが、どう考えても使者は面倒ごとから逃げているようにしか見えない。

 

「……」

 

 パタジンはとても言いづらそうに報告すると、ロウリア34世は再び顔を伏せる。

 

 

 その後ロウリア34世はとても喋れる状態じゃなくなり、会議は中断となった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 クワ・トイネ公国 政治部会

 

 

「エジェイの防衛は成功し、ギムも『アークロイヤル』殿と『グラーフ・ツェッペリン』殿による夜間奇襲によって占領軍に壊滅的打撃を与え、その後『出雲』殿と西方騎士団により、ギムを奪還した」

 

 会議室ではカナタ首相を筆頭に首脳陣が集まり会議が行われている。

 

「『紀伊』殿単独によるロウリア王国北側の港への奇襲。そしてジンハーク周辺へ威嚇攻撃も成功しています」

 

「うむ。まさかここまでとは……」

 

 カナタがそう呟くと、誰もが納得したように頷く。

 

 ギムへの航空機による夜間奇襲に、戦艦一隻による港への艦砲射撃。更に王都ジンハークへ向けた長距離砲撃。どれも彼らからすれば本当に実現できるのかどうか懐疑的だったが、彼らはやってのけた。

 

 

 ちなみにこの作戦だが、初期の案はかなりぶっ飛んでいた。

 

 当初ギムへの攻撃は『紀伊』による艦砲射撃を行う予定であった。その為文字通りギムはこのロデニウス大陸から完全に消え去っていたかもしれなかったのだ。そしてギムへの攻撃後『紀伊』はロウリア王国北部の港へ攻撃を行い、そしてジンハーク周辺へ攻撃する流れであった。

 

 しかしさすがに時間が掛かるとあって、『紀伊』はロウリア王国北部の港へ艦砲射撃を行い、王都ジンハーク周辺へ砲撃を行い、ギムへの攻撃は『アークロイヤル』と『グラーフ・ツェッペリン』による航空攻撃となったのだ。

 

 

「ここまでトントン拍子に事が進むと、かえって恐ろしく思えますね」

 

「あぁ。だが、これでギムは取り戻す事が出来た。状況はどうかね?」

 

「現在エジェイよりトラック泊地陸戦隊がギムを目指しているようです。到着後は工兵隊により町の一部を修復するようです」

 

「そうか」

 

 カナタはギムを奪還出来た事に安堵の息を吐く。

 

「……しかし、本当にこの作戦を行うのですか? 『ビスマルク』殿」

 

 と、カナタはタブレット端末を手にしながら、『大和』と『紀伊』の代行として出席している『ビスマルク』に問い掛ける。

 

 クイラ王国の防衛を終えて、第二陣の派遣艦隊と交代する形でマイハークにやってきた彼女は『大和』の要請でこの場に居る。

 

「あぁ。戦争の早期終結の為にも、この作戦は行うべきだ」

 

 『ビスマルク』はそう言うと、手にしているタブレット端末を操作して、スクリーンに投影している画面が変化する。

 

「ロウリア王国は王都に最も近い北側港が攻撃を受けたことで、付近の浜辺からこちらが上陸してくると予想して戦力を配備するだろう」

 

 スクリーンに投影されている画面が、彼女がタブレット端末を操作する度に変化して、作戦内容がクワ・トイネ公国の首脳陣に告げられる。

 

「だが、ロウリアには判断を難しくさせる為に、一手を打つ」

 

 その内容をビスマルクはタブレット端末を操作して、スクリーンに表示させる。

 

「しかし、本当にうまく行くでしょうか?」

 

「そこは向こうの考え次第だろう」

 

 疑問を呈する軍務郷に、『ビスマルク』はそう答えてタブレット端末をテーブルに置き、息を吐く。

 

「戦争の早期終結が好ましいが、ここは一旦こちらの体勢を整える為に、あえて時間を掛ける。それが総旗艦と指揮艦の判断だ」

 

「そうですか……」

 

 カナタは頷くと、スクリーンに映る画面に視線を向ける。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 トラック諸島 整備工場

 

 

「『アークロイヤル』達と『紀伊』はうまくやったみたいだな」

 

「そうですわね」

 

 タブレット端末に表示された報告内容を見ながら『大和』が呟くと、同じ報告書をタブレット端末で見ている『天城』が相槌を打つ。

 

「ギムも『出雲』とモイジ殿率いる西方騎士団によって奪還。とりあえず、今のところ問題は無いか」

 

「しかし、まだ予断は許されないかと」

 

「だな。慢心と油断だけは禁物だ」

 

 『大和』はそう言うと、タブレット端末を『天城』に渡して、後ろへと振り向く。

 

 そこにはハンガーに置かれた彼の艤装が安置されている。

 

「ですが、何も総旗艦様自らが出撃されなくても」

 

「言っただろ、『天城』。他に出られる空母が居ない以上、俺が出るしかない」

 

「ですが、時間を掛ける以上他の空母にも空きが出ます。わざわざ総旗艦様が出る必要は」

 

「……仲間達が戦っている中で、俺だけがのうのうと後ろで何もしないわけにはいかないだろ」

 

「……」

 

「それに―――」

 

 『大和』は『天城』の方を振り向き、右手を彼女の頬に添える。

 

「守るべき者が居るのに、何もしないわけにはいかないからな」

 

「総旗艦様は指揮をなされていますので、何していないわけでは」

 

「安全な場所で指揮をするのは、俺からすれば何もしていないのと同じだ」

 

「総旗艦様……」

 

 『天城』は添えられた手に自身の手を重ねる。

 

 

「……ですが、理由はそれだけでなくては?」

 

「……」

 

 と、ジトーと見る『天城』の問いに『大和』は視線を逸らす。

 

「……改修された艤装の性能も試すお積もりですね」

 

「……あぁ」

 

 一間置いて答えた『大和』に、『天城』はため息を付く。

 

「実戦で使えるかどうかは、使ってみないことには分からないだろ」

 

「それは、そうですが……」

 

「それに、それはあくまでもついでだ。俺はお前や『赤城』、『加賀』を……そして仲間達を守る為に戦うんだ」

 

「……」

 

 『大和』の決意に、『天城』は自身の頬に添えられている大和の手を重ねている手で押さえる。

 

「ズルいですわ……そう言われてしまったら、納得するしかありませんわ」

 

「……」

 

 そして『天城』は手を離し、『大和』は再び艤装が置かれているハンガーへと向かい、艤装に触れる。

 

 すると艤装が光り輝き、『大和』を包み込み、直後に光が弾ける。

 

「……」

 

 光が晴れると、そこには艤装を身に纏った『大和』の姿があった。

 

 背中には大きなユニットが装着され、そこから左側に向かって多関節のアームに接続されたアングルドデッキを持つ飛行甲板があり、左肩の横に来る様に配置された飛行甲板の大きさは大和の身長の三分の二ぐらいはある。反対側の右側に伸びるアームには水平連装式ショットガンに飛行甲板と艦橋が乗っけられた様な艤装があり、今はアームにマウントされているが、手にして使用する艤装である。両腕には舷側を模したような装甲板を組み合わせた艤装が装着され、右腕の艤装には何やら散弾銃のショットシェルのような灰色の弾頭を持つ物が付けられている。

 艤装を纏う前には無かったが、いつも着ている軍服の上に赤い裏地の黒いコートを身に纏い、制帽に赤いラインが入っており、靴には他のKAN-SENみたいにメカメカ部品が取り付けられている。身体に襷を掛けるようにショットシェルを保持する弾帯が巻かれており、弾帯には緑色の弾頭のショットシェルや、同色の弾頭を持つ実包の様な物が並べられて保持されている。

 そして腰の左側には重桜のKAN-SENの多くが所持している重桜刀が鞘に収められて提げられている。

 

 『大和』は重桜の空母としては異例のメカメカしい艤装を持っているのが特徴的であり、姉妹(きょうだい)艦の『武蔵』、『蒼龍』も同じ艤装を持つ。

 

「前より馴染むな。明石達は本当にいい仕事をする」

 

 身に纏った艤装を一瞥すると、右側のアームにマウントされた銃型艤装を手にしてアームから外すと、銃を構えるように艤装を構える。

 

 次に銃型艤装の固定部を外して中折れ状態にして銃身内部を確認し、元の状態に戻して、アームにマウントして戻す。

 

「『天城』。少し慣らし運転に行く。何かあったら連絡をくれ」

 

「分かりました」

 

 彼女が頷いたのを確認して、『大和』は整備場を出て艤装の馴染み具合を確かめに向かった。

 

 




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第二十七話 被害と出撃

シャルとグナ様より評価7
帝国将校様より評価9を頂きました。

評価していただきありがとうございます!


 

 

 

 

 中央歴1639年 6月04日 ロウリア王国

 

 

 

 クワ・トイネ公国のギムとロウリア王国のジンハークの間辺りにある工業都市ビーズル。

 

 そこはロウリア王国一の工業都市であり、そこではロウリア王国で使われるあるありとあらゆる物が作られており、特に金属品が多く作られている。

 

 当然その中にはロウリア王国軍で用いられる剣や槍、矢の鏃、鎧など、多くの武器防具がここで作られている。

 

 日夜連日に渡って職人達が兵士達が使う剣や槍、矢の鏃、鎧を作り出し、完成した後木箱に詰め、馬車でロウリア王国各所へと運ばれる。

 

 しかしここ最近の無理な働きが祟り、多くの過労死者が発生していた。

 

 それでも役所の役人達は職人達に無理矢理武器を作らせていたので、住人達の不満は溜まるばかりだった。

 

 

 そして彼らは知る由も無いが、武器を運んでいる輸送隊が道中何者かによって襲撃を受け、積荷を積んだ馬車が次々と爆発して武器が破壊されている。

 

 その為、職人達が命を削って一生懸命作った武器は、軍へ届けられることは無く、役人達が武器の製造を職人達に強いらせているのは軍からの催促が日々強くなっているからである。

 

 これらのこともあり、ビーズルの雰囲気はとても悪い。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「ふわぁぁぁ……」

 

 ビーズルの周囲はジンハークほどではないが、立派な城壁で覆われており、容易には攻め崩せない場所だ。その城壁の上にある監視所で監視員が欠伸をする。

 

「あー、眠い……」

 

 監視員は目を擦りながらも周囲を見渡す。

 

 早朝とあって周りは薄暗く、薄っすらと霧が立ち込めている。

 

「おーい。交代の時間だ」

 

「あー、助かったぜ」

 

 と、交代の監視員がやって来て、彼は再度欠伸をしながら背伸びをし、やって来た監視員と交代する。

 

「それにしても、最近妙に武器の製造が多いよな」

 

「そういやそうだな」

 

 と、監視員二人は最近の武器の製造量の多さについての話題を話す。

 

「しかし、あれだけ武器を作ったのに、まだあんなに作らせるなんてな」

 

「よっぽど戦いが激しいんだろうな」

 

 二人は短く会話を交わした後、最初に居た監視員は監視所を後にして、次に来た監視員が監視に就く。

 

(しっかし、本当に戦いが激しいだけで、武器を短期間で供給するかねぇ)

 

 監視所に着いた監視員は内心疑問を抱き、ここ最近の工場の様子を思い出す。

 

 ほぼ毎日のように武器が運び出されており、その上一週間に一人の割合で過労死者が出ている。

 

 あまりにも異常な状況だ。

 

 上からの情報ではクワ・トイネとクイラとの戦いは連戦連勝だと伝えられているが、それにしては何かがおかしい。

 

(連戦連勝だと言っているけど、本当に勝っているんだろうか…)

 

 彼は内心で呟くが、決してその事は同僚にも口にしない。

 

 下手に口にしてしまうと、敗北主義者として捕らえられる可能性があるからだ。

 

 

 

「ん?」

 

 ふと彼はある事に気付き、空を見上げる。

 

「何の音だ?」

 

 監視員の耳に「ブーン……」という聞き慣れない音が届き、首を傾げる。

 

 その音は周囲にも響いているようで、ビーズルに住む者達は各々に動きを止めて空を見上げる。

 

 しかし空は厚い雲に覆われており、何も見えなかった。

 

「どっからこの音が―――」

 

 

 しかし彼は最後まで言い切ることが出来なかった。

 

 

 直後彼の真上に黒い物体が落ちて来て、彼は黒い物体に押し潰され、直後に黒い物体が爆発し、彼は欠片すら残らなかった。

 

 

 

 突然の爆発に、ビーズルは蜂の巣を突いた様な騒ぎとなった。

 

 監視所全てに何かが落ちて来て突然爆発を起こし、その火柱と轟音が住人達が目撃し、逃げ戸惑う。

 

 更にビーズルにある工場全てに何かが落ちて来て、爆発を起こして工場は粉々に吹き飛ばされる。

 

 それだけでも恐怖を与えるのに十分だったが、更に恐怖を与える存在が雲の中から姿を現す。

 

 ワイバーンの何倍も巨大な物体で「ブーン」と言う音共にビーズル上空を飛行し、腹から黒い物体を投下する。

 

 投下された黒い物体は工場へと落下し、直後に爆発を起こす。

 

 ビーズルは混乱の極みに達し、とても収拾が付けられる状況ではなかった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

 連山の機内で『蒼龍』は爆撃の様子を見守っていた。

 

 

 『蒼龍』指揮の下、トラック泊地の飛行場を飛び立った連山四機と『深山改』四機の計八機は四機の四発の双子機である天雷の護衛の下、ダイタル平原へ到着後、燃料と爆弾を補給して飛び立ち、ビーズル爆撃を敢行したのだ。

 

 

(ゲ号爆弾改は正常に作動しているか)

 

 彼は機内で爆撃の様子を見ながらタブレット端末のメモ帳アプリで逐一状況をメモをしていく。

 

 

 連山と深山改がビーズルへと投下しているのは『ゲ号爆弾改』と呼ばれる無線誘導爆弾である。

 

 基本構造は『フリッツX』と呼ばれる無線誘導爆弾で、紀伊型戦艦の51cm徹甲弾を流用して開発された代物である。

 

 このゲ号爆弾改は誘導装置に改良を加えたもので、爆弾を目標へと精確に着弾できるように誘導性能を高めている。

 

 しかし天候によって誘導性が左右されやすいので、命中性能は決して高くない。

 

 しかし条件さえ揃えばゲ号爆弾改は高い命中率を誇り、現に攻撃目標の工場へ吸い込まれるように落下して破壊している。

 

 連山に続く深山改もゲ号爆弾改を投下し、ビーズルの工場を破壊する。

 

 

「『飛龍』。そっちはどう?」

 

「あっ、うん。目標の破壊を確認したよ」

 

 『蒼龍』が声を掛けると、機体後部にある防護機銃席から地上の様子を見ていた少女が少し驚いた様子で彼に答える。

 

 白い髪をハーフアップ調のポニーテールにしている碧眼の少女で、頭には兎の耳が生えており、紋章入りの藍色の鉢巻をしている。全体的に黒と藍色を主体にした服装をしている。

 

 彼女の名前は『飛龍』 飛龍型航空母艦のKAN-SENである。『飛龍』はクイラ王国の防衛を終えた後、『蒼龍』のサポートとして連山に同乗している。

 

「市街地に爆弾は落ちていないけど、民間人の被害は……」

 

 『飛龍』は最後まで言うことが出来ず、口を閉じる。

 

 ゲ号爆弾改は徹甲弾を流用しているとはいえ、多くの炸薬を持つので、その威力は高い。市街地の中に工場がある以上、爆発時に起きる爆風によって破片が飛び散るので、民間人への被害は確実に起きている。

 最悪運悪く巻き込まれて死傷する者も出ているだろう。

 

「……市街地に工場がある以上、民間人の被害は想定済みだよ」

 

「……ね……『蒼龍』」

 

 悲愴な雰囲気な『蒼龍』の後ろ姿に、飛龍は一瞬言い間違いそうになるが、すぐに訂正する。

 

「戦争なんだ。細かい事を気にしてはいられない。気にしていたら、守るものも守れない」

 

「……」

 

「作戦完了。全機帰還せよ」

 

 『蒼龍』はマイクを手にして僚機へ指示を出し、連山及び深山改各機はと天雷四機は旋回してビーズル上空を後にした。

 

 

 

 この爆撃により、ビーズルにある工場は全て破壊され、そこで働いていた職人達も大勢が死亡したことで武器の生産能力が実質的に喪失したのは、言うまでも無いだろう。

 おまけに、その日は工場に居なかった職人達は、働き詰めにされた疲労に加え爆撃によるストレスが嵩んだ事でショック死した者が多発したと言う。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ロウリア王国 王都ジンハーク

 

 

 ビーズルが壊滅的被害を受けた報は、すぐにロウリア34世の耳に届いた。

 

 

「ビーズルがやられた……だと」

 

 報告を聞いたロウリア34世は驚きのあまり立ち上がり、直後に力なく玉座に座り込む。

 

「敵はワイバーンのような物で高高度より攻撃を行ったようで、工場は全て破壊され、武器製造の職人達も多くを失いました」

 

 パタジンはここ最近の激務やストレスによる心労で痩せこけており、淡々と報告しているのは意識が半分飛び掛けているからであった。

 

「……武器の製造は他の町にある工場でも可能か?」

 

「可能ですが、ビーズルほど安定した質と生産の両立は不可能かと……」

 

 パタジンの意見を聞き、ロウリア34世は頭を抱える。

 

 ロウリア王国の工業力は実質的にビーズルに集中しており、他には散発的に町工場レベルに存在するぐらいだ。その上田舎とあって質は良いとは言えないし、その上遠くにあるので、今まで通りに武器の供給は行えない。

 

 その上、ただでさえ武器の輸送中何者かによって襲撃を受けて輸送隊が壊滅しているので、武器の供給がままならなくなっており、一部の兵士達に至っては廃棄処分予定だった武器を騙し騙しに使っている状況だ。

 

「ビーズルを攻撃した際、監視所も破壊しているので、恐らくビーズル方面より敵が攻めてくる可能性があります」

 

「いや、やつらは北から攻めてくるはずだ! その為に敵は港と艦隊を壊滅させ、ジンハークの北側の城壁を破壊したのだ! 敵は必ずそこを突いて来る!」

 

 パタジンの意見をミミネルが否定し、北側の港付近から攻めてくると主張する。

 

「しかし北に戦力を集めると予想して、手薄の西側から攻めてくる可能性がある。北ばかりに戦力は集められん!」

 

「だが北へと攻めてきたらどうするつもりだ! 戦力を分散させた状態で勝てると思っているのか!」

 

「東方征伐軍を壊滅させた敵の陸上戦力が未知数な以上、慎重に期さなければならないのだ!」

 

「だからといって―――」

 

 

「もうよい!!」

 

 と、言い争いがヒートアップする前に、ロウリア34世が大声を上げて二人の言い争いを止める。

 

「へ、陛下」

 

「言い争っている場合ではない。パタジン!」

 

「はっ!」

 

「それで、敵が攻めてくる可能性が高いのはどこだ。お前自身の考えを聞かせてみせろ」

 

「それは……」

 

 パタジンは口ごもるが、意を決して口を開く。

 

「……ミミネル将軍の言う通り、北側から上陸して来る可能性が高いですが、ビーズルの件もあります。それにギムが奪還されていることも考慮すれば、西の可能性も捨て切れません」

 

「……」

 

 パタジンの意見を聞いたロウリア34世は顔に右手を当てて静かに唸る。

 

 ここで判断を誤れば、手薄の方から敵が攻めてくる。それは即ち王都陥落を意味している。

 

「……戦力はどれほど集められるか?」

 

「率直に申し上げますと、東側と南側の港から残している軍船を集めたとしても、200……多く見積もっても250が限界です」

 

 『大和』達によって徹底的に攻撃されたとは言えど、まだ海上戦力は少しだけ残されている。しかし雀の涙程度の戦力なのは誰が見ても明らかだ。

 

「陸はどうだ?」

 

「はっ。王都防衛の為にも、現時点で出せる戦力は……20万が限界かと」

 

「……諸侯軍はどうしている?」

 

「それが、再召集にも応じず。物見を決め込んでいるものか、と」

 

 パタジンの言うとおり、ロウリア王国の諸侯らは独自の情報網により、ロデニウス沖海戦やエジェイでの戦闘、ギムが奪還された事を掴んでおり、これ以上の損失を容認出来ないが為に物見を決め込んでいた。

 

「……」

 

 ロウリア34世は顔に当てている手を払い、目を細める。

 

「王都に住まう諸侯の子息らを幽閉せよ。万が一にも混乱に乗じて秩序を乱すやもしれん」

 

「はっ! そのように」

 

「そして、海軍は出せるだけの戦力は全て北側へ向かわせろ。陸は脅してもかまわん。諸侯軍を動員させ、北側の守りを固めるのだ」

 

 国王の指示を受け取り、パタジンは後ろに下がる。

 

 

 

「……」

 

 会議も終わり、玉座に座り込むロウリア34世は頭を抱える。

 

「……おのれぇ」

 

 小さく力無く彼は声を搾り出した。

 

「陛下」

 

 と、傍に控えている近衛隊大隊長のランドがロウリア34世に声を掛ける。

 

「万が一は、王族だけでも脱出するのも、考えなければなりません」

 

「……余が逃げなければならないのか。亜人風情に」

 

 ロウリア34世はランドを睨みつけるようにして見る。

 

「ですが、陛下や王族の者が敵に捕まれば、この国の歴史は絶たれてしまいます。国の存続の為にも、どうかご一考を」

 

「……」

 

 ロウリア34世は頭を抱えて、静かに唸る。

 

 

 

 しかし彼らは気づくことは無かった。

 

 

 

 先ほどの会議は全て聞かれていたことを……

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 中央歴1639年 6月05日 トラック泊地

 

 

 

「やはりロウリアは北に戦力を回したか」

 

「そのようですわね」

 

 『大和』は自身の艦体の防空指揮所にて、『黒潮』達忍びからロウリアの動きについての報告を受け、隣に立つ女性が相槌を打つ。

 

 その顔つきは天城にそっくりであり、狐の耳に九本ある尻尾を持っているが、髪の色は天城より濃い。胸元が開けて軍艦の艦首を模したコルセットをしてミニスカートと、天城と比べて艶かしい部分が目立つ。

 彼女こそがKAN-SEN『赤城』であり、天城の妹である。

 

「まぁ、こっちとしては願ったり叶ったりだがな」

 

 彼はそう言うと、周りを見渡す。

 

 トラック諸島の湾内に停泊している『大和』の周りには『エンタープライズ』と『エセックス』が停泊しており、更にその周りの艦隊も出港準備を終えて停泊している。

 

 艦隊構成は以下の通りである。

 

 

 

 空母:『大和』(旗艦)

    『エンタープライズ』

    『エセックス』

 

 戦艦:『榛名』

    『ノースカロライナ』

    『ワシントン』

 

 重巡:『伊吹』

    『鞍馬』

 

 駆逐艦:『冬月』

     『名月』

 

 

 

 

 艦隊後方には輸送船団が待機している。

 

「……『赤城』。本当に付いて来るのか?」

 

「はい。『加賀』や『蒼龍』さんが動いているというのに、この状況で『赤城』だけが何もしないわけにはいきませんので」

 

「お前の場合は特別だ。『あれ』が終わった直後なだけに、お前の身体は万全じゃないんだ。もしもの事があったら」

 

「『明石』さんと『ヴェスタル』さんからちゃんと検査を受けて、総旗艦様への同行の了承は得ていますわ。『赤城』のお身体でしたら大丈夫ですわ」

 

「だからって―――」

 

「総旗艦様……」

 

 と、『赤城』は『大和』の言葉を遮りながら近づくと、薬指に指輪をした左手を彼の頬に添える。

 

「『赤城』の身体のことをご心配なさってくれるのは、とても嬉しいですわ。ですが、もし総旗艦様の身に何かありましたら、『天城』姉様が悲しまれますわ」

 

「……」

 

「もちろん、『赤城』や『加賀』も同じですわ。そうならならいように、『赤城』がしっかりと総旗艦様を見張らせてもらいますわ」

 

「『赤城』……」

 

「それに……」

 

 と、『赤城』は『大和』の頬に添えられた左手の爪を軽く立てる。

 

「総旗艦様が先に逝くなんて、『赤城』がユルシマセンノデ……」

 

 と、威圧感を醸し出しながら据わった目で彼女は『大和』にそう告げる。

 

「お、おぅ……」

 

 迫力あるその姿に気圧されつつも、『大和』は頷く。

 

 

 

「……で、『赤城』。『三笠』司令達の現在の状況は?」

 

 その後は気を取り直して、『大和』は『赤城』に問い掛ける。

 

「『三笠』司令率いる陸戦隊はエジェイの部隊と共にギムへ集結。二日後に出発する予定ですわ」

 

「そうか」

 

 『大和』は頷き、前を見る。

 

「それじゃ、俺達の役目を果たす為に、そろそろ行くとするか」

 

「はい」

 

 『赤城』が頷き、『大和』は他のKAN-SENに通信を繋げる。

 

「全艦に告ぐ。これより我が艦隊はマイハークを経由して、ロウリア王国北部の海岸へと向かう。敵の目を引き付ける為に、派手に暴れるぞ」

 

 『大和』はそう告げると、一間置いて、号令を掛けた。

 

「全艦! 抜錨!」

 

 

 『大和』の号令と共にKAN-SEN達の艦体を固定していた錨が海底から引き揚げられ、煙突から黒煙を出してゆっくりと前進する。

 

 

「……」

 

 防空指揮所に立つ『大和』は周囲を見渡しつつ、艦体が湾内を出ようとする。

 

「……」

 

 ふと、彼はそこである物を見つける。

 

 

 トラック諸島周辺の海域で一隻の戦艦が低速にて航行していた。

 

 軍艦としては特殊な形状をした船体を持ち、その大きさは紀伊型戦艦に劣るとは言えど、他のどの戦艦よりも大きい。

 

 そんな戦艦の艦首に一人の少女が立ち、こちらを見ている。

 

 どことなく『天城』に似ているが、見方によっては『大和』にも似ている。そんな雰囲気を持つ少女は、祈るように両手を組み、不安な瞳でこちらを見ている。

 

「……」

 

 その少女に『大和』は敬礼を向け、『赤城』は微笑みを浮かべて小さく手を振るう。

 

 艦隊が前進してトラック諸島の湾内から出ようとするタイミングで、数隻の輸送艦の船団が後に続く。

 

 

「……」

 

 トラック諸島を出て、マイハークを目指す艦隊の中、左斜め前を航行する『大和』を『エンタープライズ』が艦橋から見つめている。

 

「相変わらず大きいな……」

 

 自身よりも巨大な艦体の『大和』を見て、彼女は思わず声を漏らす。

 

(……こうしてあの『魔王』と共に戦うのは、どうも慣れんな)

 

 目を細めて息を吐く彼女の脳裏に過ぎるのは、旧世界で起きた、数々の戦いの日々……

 

 

 そして彼女の『カンレキ』にある……二つの海戦での戦闘の記憶である。

 

 

(……あの時沈んだ仲間達の事を忘れる事は出来ないが……今は仲間だ)

 

 『エンタープライズ』は目を閉じて湧き上がる感情を落ち着かせると、目を開いて前を見据える。

 

 一瞬瞳の色が変わった様に見えたが、すぐにいつもどおりの色に戻る。

 

 

 

 

 

 




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第二十八話 戦い前

今回は短めです


 

 

 

 

 中央歴1639年 6月08日 クワ・トイネ公国 マイハーク

 

 

 夕日が地平線の彼方へと沈んで行き、空がオレンジ色に染まっていく中、いつ来るか分からない襲撃に備えてマイハークは物々しい雰囲気であった。

 

 

 軍港には第一陣の派遣艦隊と交代する形でクイラ王国に派遣された艦隊が補給がてらマイハークにやってきて、第一陣から残った一部のKAN-SEN達と共に海からの襲撃に備えていた。

 

 

 その内容は以下の通りである―――

 

 

 

 戦艦:『ビスマルク』(旗艦)

    『ティルピッツ』

 

 重巡洋艦:『プリンツ・オイゲン』

      『ローン』

 

 軽巡洋艦:『最上』

      『マインツ』

      

 駆逐艦:『Z23』

     『Z46』

     『時雨』

     『綾波』

 

 

 それ以外にも派遣艦隊が来る前に、このマイハークにて艦艇の砲撃訓練の指導官としてやって来ていたKAN-SEN達も、このマイハークの防衛に参加している。

 

 

 戦艦:『デューク・オブ・ヨーク』

    『リットリオ』

 

 巡戦:『オーディン』

      

      

 

 

 ハッキリ言ってしまうと、仮にもロウリア王国が海から攻めて来たとしても、絶対に守り切れる自身がある光景である。尤もロウリア王国にそんな戦力は無いのだが。

 

 しかしこうして見れば見るほど、極めてバランスの悪い戦力である。

 

 トラック泊地最大の悩みは戦艦、空母が多く、巡洋艦、駆逐艦が少な過ぎるというバランスの悪さである。

 

 どうにかしようにも、KAN-SENの建造に必要な『メンタルキューブ』が不足しているし、あってもなぜか高い確率で戦艦か空母が建造されるので、駆逐艦と巡洋艦を増やそうとして逆に戦艦と空母が増えるという、悪循環に陥る謎現象が起きる。

 

 これでもだいぶ増えた方だが、それでもバランスの悪い事に変わりは無い。

 

 

「……」

 

 マイハークの港の埠頭にて、『デューク・オブ・ヨーク』は沖合いに停泊してるとあるKAN-SENの艦体を見つめる。

 

 夕日に照らされ、静かに佇むその巨体は港湾外にて投錨し、停泊している。

 

 

 その巨体を持つそれの名は『紀伊』……

 

 

 ロウリア王国の北側の港と王都ジンハーク周辺へ艦砲射撃を行った『紀伊』はマイハークへ戻り、そこで艦隊と合流して『樫野』より弾薬の補給を受け、現在待機している。

 

「美しいな」

 

 と、隣に立つ女性が『紀伊』の姿を見て、感嘆とした声を漏らす。

 

 若草色の髪を背中まで伸ばし、前髪のほんの一部がオレンジ色になっており、一部を除いた戦艦系のKAN-SENの例に漏れずスタイル抜群な身体つきをしている。ティアラ風な髪飾りをして白い軍服調の服装を身に纏い、その上に黒い裏地が緑のマントを羽織っており、ストッキングに金の装飾が施された白いブーツを履いた格好をしている。

 

 彼女の名前は『リットリオ』 ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦の二番艦のKAN-SENである。

 

 『リットリオ』は夕日に照らされて静かに佇む『紀伊』の姿を見て、そう声を漏らした。

 

「やはり彼こそが、戦艦として頂点に君臨するに相応しい。そうは思わないか?」

 

「さぁ、どうかしらね」

 

 彼女の問いに『デューク・オブ・ヨーク』は短く答える。

 

「君には分かるはずだ。あの場に居たのなら、彼の圧倒的力を、彼の勇ましさを。そして彼の恐ろしさを」

 

「……」

 

 妙に『紀伊』に関して熱弁する『リットリオ』の言葉を聴き、彼女の脳裏に『カンレキ』が過ぎる。

 

 

 

 連合軍側の戦艦の熾烈な砲撃に曝されながらも顧みず突き進み、圧倒的な防御力を発揮して艦隊を突破し、輸送船団を撃滅した彼の姿を。

 

 

 そしてその絶大な火力を発揮し、多くの船を沈めた、モンスターの姿を……

 

 

 

「今でも思い出せば鳥肌が立つよ。あの状況の中に突っ込み、猛攻に曝されながら突き進むあの姿を。それでおいて尚闘志を衰えさせないその姿を」

 

「……」

 

「あの猛々しい姿を見せ付けられたら、私なんかちっぽけな存在だと認識させられるよ」

 

 と、彼女は頼んでもないのに、その時の事を語り出す。

 

「そんなモンスターと今では共に戦う仲間、か。世の中どうなるか分からないものだ」

 

 『リットリオ』はそう言うと、僅かに口角を上げる。

 

 

 ここまでくれば分かると思われるが、この二人は『紀伊』が存在した世界線の『大戦』での『カンレキ』を有するKAN-SENである。

 

 故に本来の彼女達を知っている指揮官が居れば、二人の性格が少し違うと思われるが、それは彼女達の『カンレキ』が異なっているのが関わっていると思われる。

 

 

「ところで、君の愛しの彼はどこに居るんだい? 姿が見当たらないが……」

 

「……」

 

「そう睨まなくても、冗談だよ。少しだけからかっただけさ」

 

 彼女から僅かに殺気が篭った視線を向けられるも、『リットリオ』は謝罪しつつのらりとかわす。

 

「……トチローなら艦体の整備に行っているわ」

 

「そうか。まぁ我々の出番は無いと思うが、備えても無駄にはならないからな」

 

「……」

 

「尤も、これだけの戦力を相手に攻めて来られる戦力を向こうが持っているかは別だがね」

 

 『リットリオ』の言葉を聴き、『デューク・オブ・ヨーク』は小さくため息を付く。

 

 

 

 その頃、『紀伊』の露天防空指揮所で、『紀伊』が『ビスマルク』と作戦の確認をしていた。

 

「『ビスマルク』。特戦隊の準備はどのくらい整っている?」

 

「侵入ルートの確認は終えているし、『黒潮』達がそのルートを確保している。後はその時を待つだけよ」

 

「そうか。となれば、あとはどれだけ向こうの視線を他に向けられるかに掛かっている、か」

 

「そこは総旗艦達と『三笠』達に掛かっているわね」

 

「だな」

 

 と、会話を交わしてから、二人はマイハーク港に視線を向ける。

 

 多くのKAN-SENの艦体とクワ・トイネ公国海軍の艦艇が停泊したマイハーク港。空母こそ居ないが、これだけでも一国の海軍を滅ぼせそうと、そう思える光景である。

 実際に出来そうな戦艦が『ビスマルク』の目の前に居るのだが。

 

「……何事も無ければ、次で終わる……けど」

 

「何が起きるか分からない。常に想定外な事が起こるのが戦場だ。この世に絶対的な事象は存在しない」

 

 マイハークの港でヤクモ級重巡洋艦とウネビ級軽巡洋艦、マツ級駆逐艦へ補給作業が行われている光景を見ながら、『紀伊』は声を漏らす。

 

「……だが、次で必ず終わらせる」

 

「……」

 

 

「艦長! 総旗艦『大和』より電文です!」

 

 すると露天防空指揮所に通信員の妖精がやってきて、『紀伊』に電文を渡す。

 

「……」

 

「総旗艦達がそろそろ到着するの?」

 

「あぁ。そろそろマイハークに到着するみたいだ」

 

 『ビスマルク』が電文の内容を予想し、『紀伊』が正解を答えつつ彼女に電文を渡すと、防空指揮所に備え付けられている巨大な双眼鏡を覗き込む。

 

 双眼鏡の先に、薄っすらと艦隊の姿が映っていた。

 

 その艦隊の先頭に、『大和』の姿がある。

 

(新たな力を得た『大和』。果たしてどれほどのものか……)

 

 彼は内心呟きつつ、『大和』に搭載された新たな力を思い出す。

 

 今の『大和』には次世代級な力を扱うだけの設備を有しているが、その力自体が不足気味であるのが否めないのが現状である。

 

 そう思いながら、『紀伊』はマイハークに向かってくる艦隊を見つめる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって、奪還したギム

 

 

 戦闘の傷跡が深く残っているギムの町

 

 現在エジェイからトラック泊地陸戦隊とエジェイの一部の部隊がやってきて、必要最小限でギムの復興を行っており、ギムは西方騎士団によって周辺警備が行われている。

 

 しばらくすればクワ・トイネ公国陸軍が多くの工兵隊を引き連れて、ギムへとやってくる予定である。

 

 

 そして町の郊外にて、『シャルンホルスト』と『グナイゼナウ』率いる戦車部隊と、『グローセ』率いる砲兵部隊が集結していた。その中にクワ・トイネ公国陸軍の部隊が混じっている。

 その中には、一度トラック泊地に戻り補給と編成変更を終えて、航空支援要員として陸戦隊と合流した『武蔵』と『翔鶴』、『瑞鶴』の姿があった。

 

 

「『三笠』司令。出撃準備、完了しました」

 

「そうか」

 

 陸戦隊所属の喋れる妖精が『三笠』に報告すると、彼女は頷く。

 

「全軍、前進せよ!」

 

 『三笠』は鞘から軍刀を抜き放ち、剣先を前に向けながら号令を放つ。

 

 彼女の号令と共に先頭を74式戦車と61式戦車で構成された戦車隊が走り、その後を妖精達に混じってクワ・トイネ公国軍の兵士を乗せたジープやトラック、73式装甲車が続き、最後尾を砲兵隊が続く。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 所変わってロウリア王国 某所

 

 

 

 ジンハークから南に離れた場所には大きな川があり、その川のどこかに、巧妙に偽装された横穴がある。

 

 その巧妙に偽装されて隠されている横穴付近の水面が僅かに蠢き、水面が一瞬盛り上がって人が出てくる。

 

 水中から出てきた人は偽装を取り払い、横穴の存在を確認する。

 

 横穴を確認した人は何かを横穴を隠している偽装に何かを取り付けて、耳に手を当てて口元が動き、どこかに連絡を入れている。

 

 連絡を入れた後、再びその身体を水中へと沈めて、何事も無かったかのように姿を消した。

 

 

 

 

 




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第二十九話 新たなる力

ルイボスティーポッツ様より評価8
キサラギ職員様より評価9を頂きました。

評価していただきありがとうございます!


 

 

 

 中央歴1639年 6月09日 ロウリア王国

 

 

 

 ロウリア王国の北側の海岸へ防衛を行う為に、2万もの兵が向かっていた。

 

 兵士達の一団の後ろには馬に牽かれて投石器やバリスタ、それらに用いられる岩と槍が積まれた馬車が運ばれている。

 

 しかし兵士達の表情は誰しもが悪い。

 

 まぁ、敵が北から攻めてくると聞かされたのはまだいい。敵を迎撃すれば良いだけの話だから。

 

 しかし彼らの士気を落としているのは、未知なる敵に立ち向かわなければならないと言う恐怖だ。

 

 先日戦艦『紀伊』による艦砲射撃で、ジンハーク周辺にいくつも巨大なクレーターが出来、北側の城壁と城門が破壊し尽くされたのは、市民や軍に大きな衝撃を与えた。

 

 これにより、自分たちは一体どれほどの敵を相手にしているのか、と言う恐怖が軍内部で漂い、兵士達の士気を下げている。

 

 しかしそれでも、国を守る為に戦わなければならない。守らなければ国民が敵によって蹂躙されてしまう。当然その中には彼らの家族や恋人など、大切な人が含まれている。その思いがあって、彼らは何とか士気を保っているのだろう。

 

 

 

「……」

 

 行軍している2万の兵の中の一人はため息を付き、空を見ていた。

 

(俺達、一体何を相手にしているんだろうな)

 

 言い知れない恐怖に、彼は内心呟きつつ、顔を下ろして身体を震わせる。

 

(俺達は人間より劣っている亜人を相手にしていたんじゃなかったのか?)

 

 彼は内心呟き、王都ジンハークの周りに出来た巨大なクレーターを思い出す。彼自身もその時クレーターが出来た時の轟音で起きて、巨大な火柱が上がったのを目撃している。

 

(あんなの、亜人が出来るわけがない……)

 

 ふと、彼の脳裏にある話が過ぎる。

 

(……まさか、『古の魔法帝国』が復活したのか?)

 

 自分達が相手にしているのは、古の魔法帝国ではないかと思うと、彼はゾッとした。

 

 

 

 かつてこの世界を統べた古の魔法帝国が存在した。

 

 

 その国の名は『ラヴァーナル帝国』絶大なる力をもって、全ての種を統べる者達。

 

 一人一人が人間より遥かに高い魔力を持ち、高度な知識を有し、超高度文明によって他の種から恐れられた人間の上位種。

 

 人間、亜人、エルフ族はもちろんのこと、竜人族でさえも敵わぬほどの力の差があった。

 

 彼らの統治は過酷で、自分達以外の種は家畜として取り扱った。

 

 そんな彼らの統治に不満と怒りを抱き、幾多の反乱が起き、国の命運を賭けた戦が何度も勃発したが、全てが圧倒的な力の前に屈した。

 

 彼らはその発達し過ぎた文明ゆえに、傲慢にも神に弓を引いたのだ。

 

 神々の怒りは星の落下という形で、魔法帝国の存在したラティストア大陸に降りかかる。

 

 星の落下を防げないと判断した帝国は、ラティストア大陸全域に結界を張り、大陸ごと時を超越する魔法を発動させ、未来に転移した。

 

 

 『世界に我ら復活せし刻、世界は再び我らにひれ伏す』と記載された不壊の石版だけを残して……

 

 

 その為、いつかの時代で、彼らが再びこの世界に復活すると言われている。

 

 その古の魔法帝国が復活したのではないかと、彼は思い始めていた。

 

 まぁ、そうとしか考えられないような事が起きているので、そう思っても仕方ないかもしれない。

 

 

 

「……?」

 

 ふと、彼は何かに気づいて顔を上げる。

 

(何の音だ?)

 

 何やら遠くから聞いた事の無い音がしてきて、周りに居る兵士達も何事か顔を上げて辺りを見渡す。

 

 次第にその音は大きくなってきて、兵士達は不安になっていて辺りを見渡す。

 

「……」

 

 そして彼は空にある物を見つける。

 

(なんだ、あれ?)

 

 彼の視線の先には、空にぽつんと浮かぶ黒い点。

 

 黒い点を見つめていると、点はどんどん大きくなってきて、次第にその形が浮き彫りになる。

 

「お、おい、なんだあれ!?」

 

 彼は指を指しながら思わず声を上げると、他の兵士達が空を見上げ、それを見つけて慌てふためく。

 

 

 そしてそれが目にも留まらぬ速さで上空を通り過ぎた瞬間、彼らの耳に轟音が届くと同時に、彼らの意識は永遠に閉ざされた。

 

 

 

 それは正に突然であった。

 

 

 上空を異常に速い何かが通り過ぎ、その直前か直後に行軍している2万の兵士達の中で爆発が起き、多くの兵士が一瞬にして命を奪われる。

 

 更に高速で何かが上空を過ぎると、何かが地面を抉ると同時に兵士達が粉々に粉砕され、地面が赤く染まる。

 

 その上空には、様々な青系で構成された迷彩が施された航空機が飛行していた。

 

 それに続き「ブーン」という音と共に多くの航空機が飛来し、ロウリア王国軍へ襲い掛かった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ロウリア王国の北側の港から離れた海域。

 

 

 そこにはトラック泊地からマイハークを経由してやってきた多くの艦船が停泊しており、『大和』『エンタープライズ』『エセックス』の三隻の空母からは艦載機が次々とカタパルトを用いて発艦する。

 その周囲を『ノースカロライナ』と『ワシントン』、『榛名』、『伊吹』、『鞍馬』、『冬月』、『名月』が固めて、上空を警戒している。

 

 『エンタープライズ』と『エセックス』からは『F8F ベアキャット』『A-1 スカイパイレーツ』がカタパルトを用いて飛び立つ。

 

 A-1 スカイパイレーツとは急降下爆撃も行えるマルチロール機の艦上攻撃機であり、コンセプトは重桜の流星改によく似ているが、兵装の搭載量はこちらの方が多い。

 

 F8F ベアキャットは両翼にロケット弾を提げて、A-1 スカイパイレーツは機体中央に907kg爆弾を抱え、両翼の大爆弾架にも一発ずつ計二発の907kg爆弾、その横にある小爆弾架にはロケット弾か小型爆弾を12発搭載している。

 

 そして『大和』からも疾風と流星改等の艦載機が発艦しているが、その中には従来のものと比べると、異質な物が混じっている。

 

 

 一つは細長いボディーに後ろ向きに生えた翼を持ち、その翼の下に円筒の物体を二つ提げた機体と、前者の機体と比べると一回りほど大きく、翼の付け根にそれぞれ穴を持ち、機体後部に二つの穴を持つ機体である。

 

 そう、これらの機体は機体前部にエンジンとプロペラがあるレシプロ機ではなく、空気を取り込んで熱した空気を噴射して推進力を得る『ジェットエンジン』を搭載した航空機である。

 

 そのジェットエンジンを搭載した航空機のそれぞれの名前は『橘花改』、『景雲 二型改』と呼ぶ。

 

 

 妖精達が前の世界にてセイレーンとの戦争で失われ、各地に眠る『過去の遺物』をいくつも回収し、そこから得た技術を基に研究を進め、その『過去の遺物』の中にあった鉄屑と化したジェットエンジンも分解解析を行い、研究開発を進めた。

 

 長い期間を経て、妖精達はジェットエンジンの開発に成功し、その後試作品を作っては改良を重ね、更に試作品を作っては改良点を見つけると、何度も試験と改良を重ねたことで、何とか戦闘に耐えうるジェットエンジンを完成させた。

 そしてジェットエンジンを搭載する試作機は過去に作られた機体の設計を基に作られた。

 

 橘花改はジェットエンジンを搭載した戦闘機であり、オリジナルと違いテーパー翼ではなく、後退翼を採用しており、機体サイズ諸々を含めれば、どちらかといえばオリジナルの更にオリジナルの『Me262』に酷似しているが、全体的な性能と耐久性はこちらの方が高い。武装は本来なら30ミリ機関砲二門を搭載予定だったが、継戦能力に加え性能的にこちらでも問題無いと、機首に20ミリの零式機銃を四門搭載している。

 

 景雲 二型改はジェットエンジンを搭載した攻撃機であり、橘花改と違いエンジンを機体に内臓した構造をしており、吸気口を後退翼の付け根に持っている構造をしている。武装は橘花改同様機首に零式機銃を四門、機体下部に各種爆弾や両翼下に一〇〇式ロケット弾改を五発ずつの計十発を提げられる。

 

 

 今回『大和』には試験目的として橘花改と景雲 二型改が二十機ずつの計四十機が搭載されており、その他は疾風に流星改、更にもう一機とある機体を載せている。

 

 橘花改と景雲 二型改は青系で構成された洋上迷彩が施されており、両機種はジェットエンジンの轟音を響かせて、飛行甲板に埋め込まれた蒸気式カタパルトによって勢いよく飛び出す。

 

 行軍中のロウリア王国軍へ攻撃を仕掛けたのは、『大和』所属の景雲 二型改であり、従来のレシプロ機を超えた速度からのロケット弾や爆弾による爆撃であった。

 

 

 

「……」

 

 『大和』は防空指揮所から飛行甲板を眺めており、ジェットエンジンの轟音と共に蒸気式カタパルトで飛び立つ橘花改を見つめる。

 

(こうしてこの機体が発艦する光景を再び見ることになるとはな)

 

 景雲 二型改がカタパルトにセットされ、その後ろで飛行甲板の一部が斜めに上げられてジェットエンジンが噴射する熱い空気を上へと逃がしている光景を見ながら、彼は内心呟き、『カンレキ』にある光景が脳裏に過ぎる。

 

 

 多大な犠牲を払いながらも『大戦』を生き延び、その後改装を受けてジェットエンジンを搭載した艦載機を飛ばしていた光景が思い出される。

 

 

(本当に、分からないものだな)

 

 内心呟きつつ、艦載機が蒸気式カタパルトで加速し、飛び立つ光景を眺める。

 

 

「それにしても、相変わらず凄い音ですわ」

 

 と、『大和』の隣に立つ『赤城』が耳を倒した状態で、ジェットエンジンの轟音に思わず声を漏らす。

 

「音はレシプロ機より凄いが、その分性能はこちらが上だ。お前の新しい艤装の建造が終われば、このジェット機を扱えるようになる」

 

「えぇ、そうですわね。本当に、楽しみですわぁ」

 

 『赤城』は薄ら笑みを浮かべる。

 

 『赤城』と『加賀』が新たに得ようとしている艤装は、このジェット機を運用するのに必要な設備と規模を得る為である。そして『シャングリラ』と『バンカーヒル』『イントレピッド』も同じというわけではないが、ジェット機を運用する為の改装が施されている。

 

「それで、状況はどうだ?」

 

「総旗艦様の先制攻撃が相当効いていらっしゃるようですね。敵はバラバラに逃げていますわ」

 

 『大和』は『赤城』に問い掛けると、彼女は通信員の妖精より聞いた報告内容を彼に伝える。

 

「これで向こうの目をこちらに向けることは出来た、か」

 

「そうですわね」

 

 『大和』は声を漏らすと、『赤城』はその小さな声を聞き取って相槌を打つ。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって王都ジンハーク ハーク城にある作戦室。

 

 

 襲撃を受けた北部防衛部隊はすぐに魔信で現状を作戦室へと伝えていた。

 

 

「パタジン様!! 北部へ防衛に向かっている部隊から敵騎の襲撃を受けているとの報告が入りました!!」

 

「っ! 来たか!」

 

 パタジンは通信員より報告を聞き、頷く。

 

「竜騎士を彼らの上空援護として20騎を送り込め! 王都防衛の兵は北側の門の防衛へと回し、防備を固めさせろ!」

 

「はっ!」

 

 通信兵はすぐさまパタジンの指示を魔信を使って各所へと伝える。

 

(やはり敵は北から攻めてきたか。いや、まだ分からんか)

 

 パタジンはテーブルに広げた地図を睨み、被害を受けたビーズルを見る。

 

 彼が心配しているのは、西から敵が攻めてくる可能性であった。

 

(多くの被害を受けたビーズルの攻略は容易いだろう。そこを攻略した後、すぐにでもこの王都へと向かってくるはずだ)

 

 彼は今後の予想を立てて、腕を組む。

 

 しかし彼には少しだけ希望を見出していた。

 

 ビーズルが襲撃を受ければ、自ずと報告が入る。つまり彼はビーズルを鳴子代わりにして、敵の奇襲に備えるのである。

 

 そしてビーズルからジンハークまで距離があるので、防衛部隊を西側の城門へ配置して、西の迎撃を万全なものにする。

 

(亜人共。今まではこちらがやられてばかりだったが、ここでは我らに地の利がある。ここで貴様らの戦意を壊してくれる)

 

 パタジンは内心呟き、僅かに口角を上げるのだった。

 

 

 

 しかし彼は大きな間違いを犯していることを、気づけないで居た。

 

 

 まぁこの点に関しては仕方が無いと言えば、仕方が無いだろう。

 

 

 自分達の常識で考えてしまうのは……

 

 

 そもそも常識外のことで考えろと言うのが、無理な話なのだが。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所戻って王都ジンハーク。その北部の中間辺り。

 

 

 航空機による攻撃を受けて、2万居た兵はもう半分近く減っていた。

 

「また来たぞ!!」

 

 兵士達が慌てふためく中、上空からA-1 スカイパイレーツが急降下しつつ、搭載した爆弾とロケット弾を放ち、兵士達着弾した爆弾とロケット弾が爆発して、爆風と破片が多くの兵士達を死傷させる。

 続けてロケットを撃ち終えたF8F ベアキャットが20mm機関砲を放ち、射線上に居た兵士達の命を刈り取る。

 

 逃げ戸惑う兵士達に対して疾風と流星改が機銃掃射を行い、射線上に居た兵士達は血飛沫になって地面の肥やしと化した。

 

「くそっ! ワイバーンはまだかよ!」

 

 兵士の一人が悪態を付きながら逃げるも、直後にF8F ベアキャットの機銃掃射を受けて、身体の大半が粉砕されて命を落とす。

 

 その中で、防衛の為に運ばれていた投石器とバリスタはA-1 スカイパイレーツの急降下爆撃により、全てが破壊されており、兵士達はその残骸に隠れて敵騎の攻撃を凌ごうとする。

 

 しかしその残骸に対してまだロケット弾を発射していないF8F ベアキャットが、ロケット弾を残骸に向けて放ち、周囲に数発着弾して一、二発が直撃し、投石器の残骸を破壊して陰に隠れていた兵士の身体を引き裂く。

 

 

 ――――ッ!!

 

 

 すると上空から咆哮が響き、兵士達が顔を上げる。

 

 彼らの視線の先には、ジンハーク方面から味方の竜騎士隊が向かってきていた。

 

「味方のワイバーンだ!」

 

 兵士の人が声を上げると、周りに居た兵士達が声を上げて喜ぶ。

 

 空の守りが来たのだ。彼らにとっては、希望そのものである。

 

 後は自分達が逃げ延びればいい、誰もがそう思っていた。

 

 

 直後自分達を守りに来たワイバーンが突然多くが墜落した。

 

 

「……はぁ?」

 

 突然の光景に兵士の一人が思わず声を漏らす。

 

 それを皮切りにワイバーン達が次々と落とされていく。

 

 その傍を橘花改や爆弾やロケット弾を出し終えた景雲 二型改が一瞬にして通り過ぎる。

 

 竜騎士達は見たこと無い敵に混乱して慌てふためいているが、その隙にエンタープライズ所属のF8F ベアキャットが横から20mm機関砲を放ち、一瞬の内に5騎が撃ち落された。

 

 更にエセックス所属のF8F ベアキャットが加わり、20mm機関砲が火を噴き、ワイバーン3騎を撃ち落す。

 

 竜騎士隊は完全に混乱状態へと陥り、散り散りに逃げようと散開する。

 

 しかしそれを逃さまいと、橘花改が最大速度を発揮してワイバーンを一瞬の内に追い越し、発生した衝撃波がワイバーンを吹き飛ばし、それによってワイバーンに跨っていた竜騎士が吹き飛ばされ、そのまま地面へと落ちていく。

 

 操者を失ったワイバーンはバランスを崩したまま、主人と共に地面に叩きつけられた。かろうじてバランスを取り戻しても、その隙をF8F ベアキャットが20mm機関砲を放ち、ワイバーンを粉砕する。

 

 援護に来た空の王者と謳われるワイバーンが、赤子の手を捻るかのごとく、次々と撃ち落されている。

 

 その絶望的で信じられない光景は、ロウリア王国軍の兵士達を恐慌状態に陥らせるのに、十分であった。

 

 ロウリア王国軍の兵士達は我先にと散り散りになって逃げようとするが、指揮官が剣を抜いて兵士達に向けて声を上げる。が直後に彼はF8F ベアキャットの機銃掃射を受けて、身体が粉々になってこの世を去った。

 

 それが決定打となり、ロウリア王国軍の兵士達は各々の方向へと逃げていく。

 

 

 




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第三十話 作戦の第二段階

ロウリア戦もいよいよ終盤です


 

 

 

 

 ロウリア王国 北部海岸の沖合い

 

 

 太陽が地平線の彼方へと沈んでいき、空がオレンジ色に染まって辺りが暗くなりだしている中、ロウリア王国軍への攻撃を終えた艦載機が、それぞれ順番に母艦へと着艦していく。

 

「……」

 

 飛行甲板に立つ『エンタープライズ』は順番に着艦するF8F ベアキャットの姿を見つめている。

 

 その隣では『エセックス』も着艦したA-1 スカイパイレーツの主翼を折り畳んで、甲板外側に設置されたエレベーターに乗せて下へと下ろし、格納庫へ収容していた。

 

『何とか終わりましたね、先輩』

 

「『エセックス』か」

 

 と、『エンタープライズ』に通信が入り、彼女は隣に居るKAN-SEN『エセックス』を見る。

 

「あぁ、そうだな」

 

『それにしても、総旗艦のジェット機、凄かったですね』

 

「あぁ。確かに」

 

 彼女は斜め前で停泊している『大和』のアングルドデッキに順番に着艦している橘花改の光景を見る。

 

 勢いよく飛行甲板に降り立ち、アレスティング・ワイヤーに着艦フックに引っ掛けて無理矢理減速して飛行甲板で止まる。

 

『私達も、いつかあのジェット機を使えるようになるんですね』

 

「そうだな。『シャングリラ』に『バンカーヒル』、『イントレピッド』が受けている改装を受ければ、いつかな」

 

 静かにそう言う彼女であったが、内心ジェット機への憧れがあった。

 

『……でも』

 

 と、通信越しに『エセックス』の不安な声が『エンタープライズ』の耳に届く。

 

『……あんな一方的になるなんて、思って無かったです』

 

「……」

 

 思うところがあるのか、『エンタープライズ』は何も言わなかった。

 

 いくら新鋭のジェット戦闘機を投入したとは言えど、空から一方的にロウリア王国の兵士達を攻撃し、ワイバーンも航空機で一方的に撃ち落していた。

 

(ロデニウス沖でのワイバーンとの戦闘結果は聞いていたが、あそこまで一方的になるとは。まるで七面鳥撃ちだな)

 

 と、どこかの空母が聞いたら怒りそうな事を内心で呟きつつ、ワイバーンとの力の差を認識する。

 

『これで本当にロウリア王国の目を向けられたんでしょうか?』

 

「どうだろうな。それは向こう次第だ」

 

 『エセックス』にそう言うと、再度『大和』を見る。

 

(ヤマト……)

 

 目を細めて彼の名前を内心呟き、空母の後方に停泊している輸送船団を見る。

 

 

 

「……」

 

 一方装甲戦闘艦橋の下にある戦闘情報管制室で、『大和』は順に着艦していく艦載機たちをモニター越しに静かに眺めていた。

 

 近代化改修を受けて、より現代的な内装になった戦闘情報管制室では、多くの情報が入ってきて妖精達がその全てを捌いて整理している。

 

「総旗艦様」

 

 と、タブレット端末を手にした『赤城』が彼の元へとやって来る。

 

「先ほどジェット機の運用データが出揃いましたわ」

 

「分かった」

 

 『大和』は『赤城』よりタブレット端末を受け取り、データを確認する。

 

「……」

 

 タブレット端末の画面に表示されたデータを見ていく内に、彼の表情は険しいものになっていく。

 

(持ち込んだ機体の8割ほどがエンジンに異常発見。飛行不能状態か)

 

 彼は内心呟き、ため息を付く。

 

 

 今回の試験の結果、相手が歩兵やワイバーンとあって決して正当な評価とはいえないが、それでも橘花改と景雲 二型改の性能は十分なものであった。

 

 しかし、両機種が持つジェットエンジンはまだ改良の余地がある代物であり、今回の試験で多くの機体のエンジンに異常が発生した。主にエンジンの一部が高温よって変形していたり、それによる破損である。

 景雲 二型改にいたっては、吸気口が小さかったのが原因か、空気をうまく取り込めなかったことによる不完全燃焼を起こしていたという。

 

 その為、残りの飛行可能状態の橘花改と景雲 二型改は安全を考慮して飛ばすことは出来ない。

 

 これでも最初と比べれば燃費にエンジンの耐久性、加速性能、最高速度が向上しているが、それでも問題点が多いのが現状である。

 

 ちなみに橘花改一機が発艦直後にエンジンから黒煙を上げて墜落し、直前にパイロットの妖精は脱出装置を作動させてキャノピーを吹き飛ばして座席が飛び出し、脱出している。その後機体は『伊吹』によって回収されている。

 

「どうでしょうか? 件の機体は?」

 

「良くも悪くも、だな」

 

 『赤城』が聞くと、『大和』は肩を竦めながらタブレット端末を彼女に返す。

 

「まだまだ本格的な配備には程遠いな。エンジンの信頼性が低いし、今の性能じゃ戦術の幅が狭い」

 

「……」

 

 彼の言葉を『赤城』は静かに聴く。

 

(マルチロール化出来ればいいんだが、今の状態じゃ夢もまた夢。今の段階じゃ戦闘機と攻撃機として分けて開発されていくだろうな。まぁこの辺りは敏郎(トチロー)さんと妖精達技術屋の専門だ)

 

 『大和』は内心呟きつつ、疾風がアングルドデッキ側の甲板に着艦する光景をモニター越しに眺める。

 

 

「ところで、『赤城』」

 

「何でしょうかぁ、総旗艦様?」

 

「お前は何をしている?」

 

 と、『大和』はムッとした仏頂面で『赤城』に問い掛ける。

 

「何って、この通りですわぁ」

 

 『赤城』は『大和』の様子など気にも留めずに、九本の尻尾を揺らして彼を抱きしめる。

 

 彼は椅子に座っているとあって、高さの関係で『赤城』の柔らかくご立派な胸部装甲に半分近く頭が埋もれてしまっている。

 

 男であるなら赤面するような状況であるが、彼の顔は呆れたものであって、恥ずかしがっている様子は無い。もちろんこれは『大和』がアッチな趣向であるわけではなく、ただ単にこういうコミュニケーションに慣れてしまっているからである。

 

「俺はこんな事をさせる為に『赤城』を同行させたんじゃないんだぞ」

 

「分かっていますわぁ。でも、ここ最近『赤城』に構ってくれませんではありませんか」

 

 と、『赤城』は不満げに目を細める。

 

「……その点は否定しないが、ここ最近は忙しかったからな」

 

「で・す・か・ら、今は『赤城』を気に掛けてくださいまし」

 

 と、彼女は『大和』を更に強く抱きしめ、近くで囁くように呟く。

 

 

「……今はまだ戦闘中だし、そんな暇は無い。やる事が終わって時間が余れば、いくらでも―――」

 

「総旗艦様。先ほど『三笠』様からの定時連絡が入りましたわ」

 

 すると『赤城』はさっきまでの様子から一変して、キリッとした様子で『大和』へ報告を行う。その近くではなぜか怯えた様子の妖精の姿があった。

 

(現金な奴だな)

 

 『赤城』の素早い変わり身に『大和』は半ば呆れながらも、相変わらずな様子に安堵し、彼女から報告を聞く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「全く。戦艦は空母のお守りの為に居るってわけじゃねぇんだぞ」

 

「まぁまぁ、そう言わないの」

 

 空母三隻の周りでは、上空を警戒しながらも停泊している二隻の戦艦こと『ノースカロライナ』と『ワシントン』。

 

 その戦艦『ワシントン』の艦上にて、二人の女性が会話を交わしている。

 

 一人は銀髪のショートヘアーの碧眼に、露出の多い改造軍服を身に纏い、その上から白いコートを袖に腕を通さずに羽織る女性で、もう一人は腰まで伸びた金髪碧眼で、軍服調の白いスーツにストッキングという身なりの女性である。

 

 銀髪の女性は『ワシントン』。金髪の女性は『ノースカロライナ』という、二人ともノースカロライナ級戦艦のKAN-SENである。

 

「でもよ、姉貴。戦場に居ながら、一切主砲を撃ってないんだぞ。これじゃ戦艦の存在意義ってもんがねぇぞ」

 

 『ワシントン』は不満たらたらな様子で、甲板要員の妖精達によってピカピカに磨かれた16インチ三連装砲を見る。

 

 今回の戦闘で彼女達は一発も主砲を撃っていないのだ。

 

「まぁ、その点は私も全く思うところは無いとは言わないけど、これも艦隊を守るためよ」

 

「だったら、アタシ達じゃなくたって、『榛名』だけで良かったんじゃねぇのか? 空のお守りならあの高角砲ガン積みの防空戦艦と他の巡洋艦と駆逐艦で事足りるだろ」

 

 と、空母の近くで警戒している防空戦艦『榛名』と重巡、駆逐艦を親指で指差す。

 

「総旗艦曰く万が一に備えてらしいわね」

 

「万が一、ねぇ」

 

「それに、私達の姿をあえて敵に見せ付けて視線を向けさせるのには、私達戦艦の姿が都合が良いみたいよ」

 

「……」

 

 と、二人は海岸線の方に視線を向ける。

 

 その視線の先には草木に隠れながらも、こちらの様子を伺っているロウリア王国の関係者の姿がある。

 

「まぁ、そもそも私達の役割はあくまでも囮だから、私達が存在しているだけでも向こうに与える心理的ダメージがある、って総旗艦は言っていたわね」

 

「……」

 

 『ノースカロライナ』の説明にどこか納得いかない様子であったが、『ワシントン』は腕を組んで周りを見渡す。

 

「……なら、あいつも来れば良かったのに」

 

「?」

 

「何でもねぇよ」

 

 『ワシントン』が小さく呟いて『ノースカロライナ』が首を傾げると、彼女は鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、王都ジンハーク

 

 

 北部の海岸の沖合いに停泊している敵艦隊の姿を確認して、今後どう動くかの会議が行われていた。

 

 北部防衛の為に移動させていた2万の兵力は壊滅し、投石器やバリスタも全て破壊され、上空援護の為に飛ばした20騎のワイバーンは全滅となったとあって、多くの者に焦りが見られた。

 まぁただでさえ残された戦力が少ないのに、この被害は大きかったのだから、誰もが焦りを見せるのも仕方ないことである。

 

 その後偵察部隊の報告により、北部の海岸の沖合いに多くの船舶が停泊しており、その中にはロデニウス沖で目撃された鉄製の軍船の姿もあるとのこと。

 

 敵が多くの船を連れてきているとなれば、上陸部隊を伴っていると判断したミミネルとスマークは北側に戦力を集めて防衛に徹するべきだと主張した。

 

 しかしパタジンはビーズルが攻撃された件のこともあり、他の方面からの侵攻を恐れて戦力を集中して配置するわけには行かないと反対した。

 

 会議は平行したまま進み、しばらく話し合った末、最終的にパタジンが折れて北側に兵を多めに配置し、投石器やバリスタも北側の城門へ配置しつつ、北側以外に攻める可能性が高い西側からの侵攻を警戒して、少数の兵力を配置することで決まった。

 

 もしビーズルが攻め入られれば、おのずと報告が入る。報告が入ればすぐにでも西側に兵力を回せるようにして、逐一状況を確認して推移を見ることにした。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 

 

 中央歴1639年 6月11日 ロウリア王国 王都ジンハーク

 

 

 

 濃霧が発生して視界が悪い中、朝日が昇りだして、少しずつ辺りが明るくなり始めていた。

 

 

「ふわぁぁぁ」

 

 南側の城門周辺の見張り所で見張っている兵士は大きく欠伸をする。

 

「おい、ちゃんと見張ってろ。上の奴に見られたらうるさく言われるぞ」

 

「……分かってるよ」

 

 隣で見張りをしていた同僚から注意を受けて、兵士は返事をしつつ何度も瞬きをする。

 

 いつ敵の襲撃が起こるか分からないとあって、ここ最近兵士達の見張りは24時間交代で行っている。交代があるといっても、その見張りを行う時間はかなり長い上、交代しても休息時間が短い為、兵士達の疲労は溜まる一方だった。

 

「でも、別にここの見張りなんて良いだろ。敵は北部の海に居るんだしな?」

 

「だからと言って他の所の見張りを疎かにしていい理由にはならねぇよ。それに誰も居なくても、それを簡単に口にするな」

 

「へいへい」

 

 同僚から忠告を受けても、彼は軽く流す。

 

 

「ん?」

 

 と、同僚が顔を上げる。

 

「どうした?」

 

「今、何か聞こえなかったか?」

 

「何かって、何が?」

 

 兵士が首を傾げると、その直後に彼の耳にも音は聞こえた。

 

 

 しかし彼が音が聞こえたと認識する前に、彼らは爆発に巻き込まれてこの世を去った。

 

 

 

 王都ジンハークの南側の門にて突然数箇所が爆発を起こし、その爆音はジンハークに住む民間人と、兵士達を目覚めさせた。

 

 直後に門周辺にも爆発が起こり、門はおろか城壁が破壊されて崩れていく。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 王都ジンハークの南側の城壁から数km離れた地点。

 

 そこでは所定の位置に配置した『75式自走榴弾砲』と『75式自走多連装ロケット弾発射機』『FH 155mm榴弾砲』がそれぞれのタイミングで咆え、ジンハークの城壁に対して砲撃を行っていた。

 

「……」

 

 その砲撃を『フリードリヒ・デア・グローセ』が演奏を指揮するように指揮棒を振るうと、FH 155mm榴弾砲三門が轟音と共に咆え、直後に前に陣取っている三門が咆える。

 そして75式自走多連装ロケット弾発射機五輌が一斉にロケット弾を順に発射する。

 

 放たれた榴弾とロケット弾はジンハークの南側の城壁に着弾して、破壊を撒き散らす。

 

「……」

 

 そして『グローセ』はゆっくりと指揮棒を上げて勢いよく下ろすと、全ての火砲が一斉に火を噴く。

 

 榴弾砲と自走榴弾砲より放たれた砲弾は城壁に着弾して、遂に城壁を破壊し尽くした。

 

「……終わりね」

 

 『グローセ』はゆっくりと息を吐いてそう声を漏らすと、傍に控える通信員の妖精を見る。

 

「『三笠』司令に連絡。お膳立ては済んだ、と」

 

 通信員の妖精は敬礼をして、すぐに無線機の元へと向かう。

 

 

「『フリードリヒ・デア・グローセ』より入電! お膳立ては済んだと!」

 

「うむ」

 

 通信員の妖精から報告を受け、『三笠』は頷く。

 

「戦車隊及び歩兵部隊に連絡。部隊前進。城を攻め落とすと」

 

「ハッ!」

 

 通信員の妖精が無線機の元へと向かい、『三笠』は後ろを振り向く。

 

「『武蔵』『翔鶴』『瑞鶴』。上空支援をお願いしたい」

 

「了解しました。『三笠』司令」

 

 既に艤装を展開している『武蔵』、『翔鶴』、『瑞鶴』の三人は敬礼をして、すぐに航空機の発艦準備に取り掛かる。

 

 

 

『『三笠』司令より戦車隊へ。部隊前進!』

 

 砲撃を行っていた砲兵隊より前の方で待機していのは、『シャルンホルスト』と『グナイゼナウ』率いる戦車隊と歩兵部隊を乗せた車輌部隊である。

 

 74式戦車のキューポラから上半身を出して通信を聞いた『シャルンホルスト』と『グナイゼナウ』は互いに目を合わせて頷く。

 

「Panzer vor!!」

 

 『シャルンホルスト』の号令と共に、74式戦車を中核にした戦車隊が前進し、その後に車輌部隊が続く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「何!? 敵が南から攻めて来ただと!?」

 

 作戦室で信じがたい報告を聞いたパタジンが驚きの声を上げる。

 

「ハッ! 未確認ですが、既に城門はおろか、城壁も大部分が破壊され、現在敵は王都へ接近しているとのことです!」

 

「ビーズルから何の報告は入っていないのか!?」

 

「先ほど確認しましたが、ビーズル周辺に敵の姿は見受けられないと」

 

「何だと。まさか敵は、ビーズルを無視してこの荒野を突っ切ってきたというのか!?」

 

 信じられないという表情を浮かべて、パタジンは立ち尽くす。

 

 彼はビーズルを攻め落としてから、この王都ジンハークへ攻めてくると予想していた。それは整地された道を進むのなら、ビーズルは避けて通れないからだ。

 

 ジンハーク周辺は荒野が広がっており、整地されてない所を行軍するのは兵士達の体力を大きく消耗させる上、行軍に相当な時間を掛けるので、まず選択しないと彼は予想していた。

 戦場に辿り着いた時点で戦う体力が無くなってしまうと、元も子もないからだ。

 

 まぁ、彼らの常識で考えるなら確かに正しい予想だし、取るべき選択であっただろう。

 

 しかし敵はパタジンの予想を裏切り、ビーズルを無視した上荒野を突っ切って南から攻めてきた。完全に想定外な展開である。

 

 

 ギムを出発した『三笠』率いる陸戦隊はクワ・トイネ公国陸軍と後方支援部隊として同行しているクイラ王国軍共にロウリア王国の領内へ侵入し、大きく迂回して王都ジンハークの南側へ向かい、攻撃を開始した。

 

 早朝からの攻撃とあり、ロウリア王国側は完全に意表を突かれた。

 

 その上ロウリア王国は戦力の大半を北側と西側に配置しているので、南側は必要最低限の兵力しか配置していない。

 

 

「ま、まさか、北部海岸の沖に居る艦隊は……ビーズルの攻撃は、全てが囮だったのか!」

 

 そしてここで彼は理解する。北部海岸の沖に居る艦隊とビーズルの攻撃は、こちらの目を向けさせるための囮で、本命が南であると。

 

 戦略は敵の守りが手薄な所を攻めるのが常である。だからこそパタジンもすぐに理解できた。そして理解できたからこそ、そんな簡単な事すら見落とした自分が恨めしく思うのだった。

 

「謀られた……!」と彼は机に両手を突き、歯軋りを立てる。 

 

 

 

 ロウリア王国軍は混乱しながらも、西側の兵力をすぐさま南側へ向かうように指示を出し、ワイバーンもすぐに飛ばそうとした。

 

 しかしワイバーンを飛ばそうとした時に、上空から攻撃を受ける。

 

 移動する指揮陣地にて、『武蔵』、『翔鶴』、『瑞鶴』の三人が艤装を展開させて航空機を発艦。

 

 『武蔵』より戦爆で出撃した疾風が『ミチバシリ』という符丁名が付けられた亜酸化窒素をエンジンに投入し、時速700キロ以上の速度を発揮して一気にジンハークへ接近し、両翼下に提げている一〇〇式ロケット弾改を滑走路へ向けて放ち、ロケット弾は離陸中のワイバーンに直撃し、竜騎士諸共粉々に粉砕し、残りは滑走路に着弾して穴を開ける。

 直後に『翔鶴』、『瑞鶴』所属の戦爆烈風が遅れて到着し、滑走路周辺に両翼下に提げた一〇〇式ロケット弾改を放ち、徹底的に滑走路と周辺設備を破壊する。

 

 これにより、ワイバーンの離陸が不可能となり、ロウリア王国側は制空権を失い、完全にクワ・トイネ公国側の手に回った。

 

 そして『武蔵』、『翔鶴』、『瑞鶴』から発艦した流星改による急降下爆撃が竜舎や武具の収めている倉庫へと行われ、竜騎士やワイバーンを粉砕し、備蓄されていた武器や矢を鉄屑にし、一部の流星改は城壁に80番陸用爆弾を投下し、城壁の天井を突き破って中で炸裂して中にある通路を破壊する。

 

 その他に一〇〇式ロケット弾改を撃ち終えた疾風や烈風が城壁上に居る兵士達に対してギリギリまで機銃掃射を行う。

 

 

 

 そして破壊された南門付近へと近づいた戦車隊は、『シャルンホルスト』と『グナイゼナウ』が乗り込む74式戦車に取り付けられたドーザーで砲兵隊によって破壊された城門の瓦礫を退かして城壁の奥へ侵入する。

 

「目標敵歩兵!弾種榴弾! 撃て!!」

 

 『シャルンホルスト』の号令と共に105mm砲が咆え、放たれた榴弾が建物の角に着弾して爆発し、破壊された建物の瓦礫の破片が陰に隠れていた兵士達を殺傷する。

 

 侵入した74式戦車や61式戦車はそれぞれ任意の目標に対して砲撃を行い、建物に隠れているか、向かってくる兵士達を倒していく。

 

 一部は同軸機銃を放ち、接近する兵士達を次々と倒していく。

 

 戦車隊が攻撃している間に、車輌部隊が城壁の奥へと侵入し、武装した陸戦隊の妖精達やクワ・トイネ公国陸軍の兵士を下ろす。

 

 妖精達は64式小銃を構え、接近するロウリア王国軍兵士を一人一人に狙いを定めて引き金を引き、銃声と共に放たれた7.62mmの弾丸が兵士の身体を貫いてその命を刈り取る。

 

 近くではクワ・トイネ公国陸軍の兵士達が四式自動小銃や一〇〇式機関短銃を構えて射撃を始める。

 

 弓矢とは全く違い、目に見えず、大きな音がした瞬間には味方が死ぬ攻撃に、ロウリア王国側は完全に混乱し、浮き足立っていた。

 

 その間にも74式戦車や61式戦車、73式装甲車を盾にしながら歩兵隊は前進する。

 

 早朝の奇襲に加え、電撃的な進撃により、第一城門から第二城門の間の街に居た戦力は制圧され、第二城門も戦車の砲撃と流星改による爆撃で破壊されてしまうのだった。

 

 

 




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第三十一話 特戦隊

 

 

 

 トラック泊地陸戦隊によるジンハーク攻略が始まっている頃、ハーク城の地下

 

 

 

「上は始まったようですね」

 

 僅かに地響きが地下へと伝わり、その振動によって天井から砂が落ちてきて『黒潮』は手で顔を覆って庇う。

 

 そこは船着場のような場所であり、ずっと奥へと続く水路がある。

 

 ここは王族が万が一の事態の時に城から脱出する秘密の水路であり、地下水路を抜けた先は、川が広がっている。

 

 『黒潮』達は城を調査している時にここを見つけ、目標の逃走を阻止すると共に、お客の出迎えの為にここに居る。

 

 『黒潮』以外に『霧島』、『暁』の姿があり、この場に居ない『十六夜月』と『黄昏月』は上にて状況を見ているとのこと。

 

「……」

 

 『暁』は水路に何らかの機械を入れて、耳を当てている。

 

「どうだい?」

 

「まだでござる」

 

 『霧島』の問いに、『暁』は集中しながらも短く答える。

 

「……」

 

 『黒潮』は警戒しつつ、その時を待つ。

 

 

「っ!」

 

 すると暁が耳に当てている機械から、モールス信号のように一定の間隔で電子音が響く。

 

 彼女は少し待って音を聞くと、再び同じ間隔の電子音が響く。

 

「『黒潮』様。合図のモールスです」

 

「来ましたか。返信のモールスをお願いします」

 

「ハッ」

 

 『黒潮』に命じられて、暁は機械に付けられた電鍵を短く二回と長く四回、最後に短く二回と、一定の間隔で押して水中へ音を放つ。

 

 

 

 しばらく待っていると、水面で動きがあり、直後には水中から何かが出てきた。

 

「お待ちしていました、特戦隊の皆様」

 

 『黒潮』は水中から出てきた者達に頭を下げて一声掛ける。

 

「状況は?」

 

「既に陸戦隊がクワ・トイネ公国陸軍と共に戦闘を始めています。ロウリア王国の目は陸上部隊に向いています」

 

「そうか」

 

 『黒潮』から状況を聞いた者は頷き、船着場へと上がる。

 

 船着場に上がったのは、ウェットスーツを身に纏う東洋風の男性であり、背中に背負うケースを下ろすと、防水袋を取り払う。

 

 彼の名前は『U-666』と呼ばれる、潜水艦の男性型KAN-SENである。

 

 『U-666』に続いて、四人の少女達が船着場へと上がり、それぞれ背中に背負っているケースを下ろして防水袋を取り払う。

 

 黒髪の一部が白いサイドポニーにした髪形で、露出の多いダイビングスーツ風の水着を身に纏い口元をサメの歯の様な模様替えが描かれたネックウォーマーで覆った『U-47』

 

 腰まで伸びた紫の髪の一部をサイドアップにした髪形で、小さめの制帽を頭に乗せて露出の多い水着の上に上着を羽織り、オーバーニーソックスを履いた『U-73』

 

 青味をおびた黒髪を二つの束にした髪形をして、帽子を被っており、露出の多い水着の上にシャツを着て、長さの異なる靴下を履いた『U-101』

 

 銀髪を同色のリボンで一本結びにした髪形で、機銃を模した黒いカチューシャを頭につけて、一部が透けている水着を纏いオーバーニーソックスを履いた『U-522』

 

 彼女達はUボートと称される鉄血の潜水艦のKAN-SEN達である。

 

 そして彼らは『特殊作戦隊』略称『特戦隊』と呼ばれる、KAN-SENと少数の妖精達で構成されたトラック泊地所属の特殊部隊である。

 

 彼らは潜水艦と言う静粛性に優れた特性を生かし、『大和』と『紀伊』が前線での破壊工作を行う特殊部隊を編成させた。

 

 前の世界ではこの考えは意外と功を奏した場面が多かったそうな。

 

 この場に居るKAN-SEN達以外にもUボート+αが居るのだが、彼女達は妖精と共に地上にて輸送部隊に対して破壊工作を行って補給を妨害している。

 

 これまでロウリア王国の補給部隊や輸送隊を襲っていたのは、特戦隊のUボート達であったのだ。

 

 

 船着場に上がった彼らはケースから装備品を取り出し、それを身に着けるとケースに収められた一丁の銃を取り出す。

 

 64式小銃や四式自動小銃とは雰囲気の異なる銃で、全体的に黒く、全長が短い。

 

 これは『AKM』と呼ばれる、北方連合のあちこちにて沼や地面に埋まっていた物を妖精達が見つけたアサルトライフルに分類される銃火器だ。

 

 64式小銃と異なる弾薬の7.62×39mm弾を使用する銃で、構造は比較的簡素的であり、そのお陰でどのような劣悪な環境でも確実に動作する堅固な構造をしている。

 

 様々な環境で活動する特戦隊にとっては、正にうってつけな銃であったので、少数が作られて、独自のカスタマイズが施されている。

 

 元々木製であった部品をポリマー製の物に変えて、ストックも固定式から伸縮が可能なパイプストックにしている。

 

 ちなみにこのAKMはその強固な構造から陸戦隊の主装備として採用しようとしたが、陸戦隊から反対を受けて採用の話しは見送られた。

 その反対理由は『射程が短い』や『射撃精度が悪い』とのこと。

 

 

 『U-666』達はAKMを取り出して、先端の竹を割ったかのようなマズルブレーキの代わりに専用設計のサプレッサーを取り付け、マガジンを差し込んで槓桿を引き、薬室に初弾を送り込む。

 

 装備を身に纏った彼らは、次に自分達の艤装に触れると、艤装が光り輝いて自分達の身体に纏う。

 

 艤装を背中に背負い、身体を挟み込む形で腰から分割した艤装を出しているような形をしているが、この機構はトラック泊地所属の特戦隊のUボートのみに施された独自改装であり、これにより潜水艦のKAN-SENも地上でも軍艦としてのスペックを発揮できるようになった。

 潜水艦のKAN-SENは他のKAN-SENと違って艤装が独立しているので、常に触れていないとKAN-SEN自体に軍艦のスペックを発揮出来ないでいた。

 

「では、案内を頼む」 

 

「分かりました」

 

 『黒潮』は頷くと、『暁』と『霧島』を引き連れて出入り口へと向かい、『U-666』達もその後に付いて行く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 一方ジンハークの第一城門と第二城門の間にある街に留まっているトラック泊地陸戦隊とクワ・トイネ公国陸軍は、第二城門前にてロウリア王国軍と戦闘を繰り広げていた。

 

 

『うわぁぁぁぁっ!?』

 

 74式戦車から放たれた榴弾が地面に着弾すると同時に爆発し、爆風と飛び散る破片をもろに受けた兵士達が四肢のどこかが千切れ飛んで吹き飛ばされる。

 

「いでぇ、いでぇよぉぉ!?」

 

「助げでぐれ゙……」

 

「脚が、俺の脚がねぇ!? どこに行ったんだぁ!?」

 

「み、見えない。みんなどこにいるんだ!?」

 

 ロウリア王国軍の兵士達は身体のどこかが失い、激痛によってもだえ苦しむが、周りの兵士達はそれに構っていられる余裕は一切無かった。

 

「くそっ! 何なんだよ、あの武器は!? なんであんな武器を亜人共が持っているんだ!?」

 

「俺が知るか!! それよりあの小さいな生物は何だよ!」

 

 兵士達は建物や物の陰に隠れて文句を叫ぶ。

 

 クワ・トイネ公国陸軍の兵士達は四式自動小銃を構えて射撃を続け、ロウリア王国軍の兵士を一人、また一人と倒していく。

 

「撃て撃て!! ロウリアのやつらを蹴散らせ!」

 

 クワ・トイネ公国陸軍の指揮官が自身も四式自動小銃を構えて射撃をしながら周りに向けて叫ぶ。

 

 ジープに懸架されている62式機関銃がクワ・トイネ公国陸軍の兵士によって操作され、機関銃から連続して銃声を放ち、薬莢とベルトリンクが排出される中、放たれた銃弾は何とか近づこうとするロウリア王国軍の兵士達の身体を貫いて倒していく。

 

 73式装甲車の天板に設置されたブローニングM2重機関銃も大きな銃声を連続して放ち、建物や物陰に隠れている兵士達に弾が貫通して次々と兵士達が倒されていく。

 

 その中で、トラック泊地陸戦隊の妖精達は他と違い機敏な動きで障害物の間を移動し、的確に射撃を行い、ロウリア王国軍兵士を確実に倒していく。

 

 中にはロウリア王国軍の兵士が建物の陰から飛び出て剣を振るうが、妖精は手にしている64式小銃を前に出して振り下ろされる剣を受け止める。

 

「ぐ、何だ、この!」

 

 ロウリア王国軍の兵士は妖精を押さえ込もうと力を入れるが、妖精はピクリとも動かない。

 

 可愛らしい見た目とは裏腹に、妖精の力は成人男性を上回っている為、生半可な力では彼女達には叶わない。

 

 すると妖精は更に力を入れて兵士を押し返す。

 

「うわぁ!?」

 

 まさか押し返されるとは思っておらず、彼は体勢を崩しかけると、その隙に妖精は素早く64式小銃を突き出し、先端に取り付けた銃剣を兵士の喉元に突き刺し、その勢いで兵士を地面に押し倒す。

 

「ガッ!?」

 

 地面に倒されて兵士は抵抗するが、妖精は兵士の上に立って自身の体重で押さえ込む。

 

 すぐに銃剣を抜いて妖精は近づこうとしたロウリア王国軍の兵士に64式小銃を構え、即座に射撃を行って兵士達を倒す。直後に足元の兵士の頭に銃弾を一発打ち込んで止めを刺す。

 

 

「……」

 

 74式戦車のキューポラから上半身を出して、キューポラリングに備え付けられているブローニングM2重機関銃をロウリア王国軍の兵士に向けて銃撃を行っている『グナイゼナウ』は周囲を見渡して警戒している。

 

「っ! 姉さん! 前方から敵増援です!」

 

 『グナイゼナウ』はジンハークの第二城門が開かれ、そこからロウリア王国軍の増援が出てきたのを見つけ、姉の『シャルンホルスト』に伝える。

 

『重装歩兵の部隊か』

 

 『シャルンホルスト』も増援を確認し、出てきたのは重装甲の鎧を身に纏い大きな盾を持つ重装歩兵の姿である。

 

「各車! 弾種榴弾! 目標敵重装歩兵!」

 

 『グナイゼナウ』が喉元に装着した咽喉マイクに手を当てて指示を出すと、74式戦車と61式戦車の砲塔が旋回して、砲口が重装歩兵へ向けられる。

 

 重装歩兵は盾を構えて、防御態勢を取る。

 

「撃てっ!!」

 

 彼女の号令と共に、105mmと90mmの戦車砲が咆え、放たれた榴弾が重装歩兵団へと飛翔し、次の瞬間には爆発を起こす。

 

 彼らの鎧や盾が大砲の砲撃に耐えられるはずも無く、前面に立っている重装歩兵は吹き飛ばされ、隊列の中で榴弾が爆発したことで多くの重装歩兵が吹き飛ばされる。

 

 更に上空から流星改が急降下して、抱えている50番と25番の陸用爆弾を重装歩兵の真上から投下し、落下した三発の爆弾は騎士団の中で爆発し、全員が爆発によって吹き飛ばされ、その命を散らした。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「重装歩兵! 全滅しました!」

 

「魔導師はどうした! すぐに第二城壁へと向かわせろ!」

 

「北側に配置している部隊を全て防衛に回せ! なんとしてもやつらを食い止めるのだ!」

 

「城壁内の通路が使えない!? だったら迂回してでも必ず向かわせるんだ!」

 

 司令部はてんわわんやな状態で混乱しており、次々と入る報告がパタジンの精神を蝕む。

 

「っ! パタジン様! 北から敵ワイバーンの増援です!」

 

 と、次に入った報告に誰もが絶句する。

 

 ただでさえ制空権が取られて空からやりたい放題に攻撃を受けているのに、更なる空の戦力が投入されたのだ。もはや絶望以外のなんでもない。

 しかも、地上は見たことない鉄の怪物に、敵兵の一人一人が大きな音を放つ謎の武器を持っており、その音が鳴った直後には、兵士の命が刈り取られているとの事だ。

 

 北部海岸の沖に待機している『大和』と『エンタープライズ』、『エセックス』は艦載機への補給を済ませて待機し、陸戦隊が第一城門を突破したタイミングで攻撃隊を出させたのである。

 

「ヤミレイ殿率いる魔導師隊を向かわせて敵ワイバーンを迎撃させろ! 他の魔導師も北部に向かわせて敵ワイバーンを迎撃させるのだ!」

 

 パタジンは指示を出して通信兵がすぐさま各所へ魔信で指示を伝える。

 

「……」

 

 指示を出し終えると彼は椅子に座り込み、頭を抱える。 

 

(どうする? どうすればいい。どうすれば敵の攻撃を退けられる?)

 

 パタジンは必死になってこの状況を打開する案を考えるが、どう考えてもこの状況を一変させる案が浮かばない。

 

 普通なら降伏を選択するべき状況だが、ここに来ても彼らの亜人に対する迫害思考が邪魔をして、プライドの高さから降伏する選択肢を除外していた。

 

(どうする、どうすればいい……)

 

 頭を抱えて、自身の髪を掴んで悩むパタジンに、誰もが声を掛けられないで居た。

 

 

 

『な、何だ貴様ら!?』

 

 すると司令部の外が騒がしくなると、兵士達の短い断末魔が彼らの耳に届く。

 

「……なんだ?」

 

 パタジンは異様な雰囲気に顔を上げて声を漏らす。

 

 すると司令部の扉が少し開かれると、何かが三つ投げ込まれる。

 

 誰もが身構えると、その直後その投げ込まれた三つの物体が突然眩い光と膨大な音と共に破裂した。

 

「ぎゃぁぁぁっ!?」

 

「目が、目がぁぁぁ!?」

 

 狭い空間で膨大な音と共に眩い光が放たれたことで彼らの目と耳を奪い、更に平衡感覚が一時的に麻痺してしまい、その場に居た多くの者達はその場に倒れ、眩い光によって彼らの視界が真っ白に染まる。

 

「っ!」

 

 パタジンも例外ではなく、目と耳が麻痺し、更に平衡感覚を失って椅子から立ち上がれないで居た。

 

 

 すると扉が開かれて何人かが司令部へと入ってくる。

 

「っ!」

 

 パタジンはぼやける視界の中で、司令部の出入り口付近に顔を向けると、蠢く影が見えた。

 

 時折何かを蹴るような音や、空気が抜けるような音がする中、パタジンの目の前に人影がやってくる。

 

「な、何者だ……!?」

 

「答える義理はない。貴様には眠っててもらうぞ」

 

 と、パタジンは顔に何かが覆われて、彼は暴れるも、急に意識が遠のき、やがて彼の意識は深い眠りに付いた。

 

 

 

「司令部制圧完了」

 

 『U-47』は職員の一人の口を塞いで拘束しながら『U-666』に報告する。

 

 彼は「良し」と頷くと、パタジンを椅子に縛り上げて、口に猿轡をして塞ぐ。

 

「これより目標へ向かう」

 

『Ja.』

 

 彼がそう告げると、Uボート達は返事をして頷き、司令部を出る。

 

 司令部の外では『黒潮』達が周囲を警戒しており、『十六夜月』と『黄昏月』の二人が合流していた。

 

「目標の元へ案内してくれ、『黒潮』殿」

 

「承知しました」

 

 『黒潮』が頷くと、再び彼らは目標が居る謁見室へと向かう。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「なに!? 侵入者だと!?」

 

 報告を受けた近衛兵団の団長ランドは驚愕の声を上げる。

 

「ハッ! 城内の見張りが少なくなって捜索したところ、多くの兵士達が殺害されていました! それと同時に侵入者のものと思われる痕跡が見つかっています!」

 

 報告していた兵士が鉛色の筒状の物体を見せて、ランドは歯軋りを立てる。

 

「敵は一体どこから侵入したのだ! まだここまで敵は到達しておらぬのだぞ!」

 

 彼の言うとおり、まだ陸戦隊は第二城門の前にてロウリア王国軍と攻防を繰り広げている。まだハーク城へ到達していない。

 

「そ、それが、全く不明です! 現在調査中でありますが……」

 

「調査などいい! すぐに兵を陛下の元へと向かわせろ! 万が一にも―――」

 

 と、ランドは最後まで言わず、ぴたりと止まる。

 

「ど、どうされましたか?」

 

「……」

 

 ランドはブツブツと呟き、そして歯軋りを立てる。

 

「まさか、敵は秘密の抜け道に気づいたのか? だとするなら、侵入者の目的は……」

 

 そして彼は確信を得て、表情が怒りに染まる。

 

「何をしている! さっさと兵を陛下の元へと向かわせろ!!」

 

「は、はい!!」

 

 兵士はすぐに踵を返して指示を伝えに向かう。

 

 ランドも踵を返してすぐに行動を起こす。

 

(やつらの目的は陛下だ。この攻撃も全て真の目的から目を逸らす為の囮だったのか!)

 

 彼は歯軋りを立てて内心で叫ぶ。

 

 

 そう。彼の予想はまさにその通りであった。

 

 『大和』と『紀伊』がクワ・トイネ公国の政府に提案した作戦。

 

 それはロウリア王国の国王 ハーク・ロウリア34世の捕縛である。

 

 当初は短期に戦争終結を求めて特戦隊と『黒潮』達忍び部隊共同で隠密作戦にてハーク・ロウリア34世を密かに捕縛し、国全体に降伏勧告をさせるつもりであったが、不確定要素が多いし、もし撤退時に見つかって包囲されれば、いくらKAN-SENとてそこから離脱するのは至難の業だ。最悪捕らえられる可能性があった。

 

 そこで『大和』と『紀伊』はあえて時間を掛けてロウリア王国の戦力を減らしつつ、他に目を向けさせる為にビーズルを爆撃し、北部の海で艦隊を見せ付けるように展開して、二方面からの攻勢を行ったのだ。

 

 これにより、ロウリア側の視線は北側と西側、南側へと向けられ、城壁を破壊したことで兵士の移動が行えないとあって、敵は特戦隊の動きに全く気づけないでいた。そして司令部を制圧して、指揮系統を麻痺させた。ここまでは『大和』と『紀伊』の二人の作戦通りであった。

 

 

 しかし『大和』と『紀伊』にとって誤算だったのは、予想より早く作戦の真意に気づけた者が出てきたことである。

 

 

(やらせんぞ。何があろうとも、陛下の身は必ずお守りする!)

 

 ランドはロウリア34世の元へと急ぐ。

 

 

 




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第三十二話 戦いは終わりへ……

まる@@様より評価7を頂きました。

評価していただき、ありがとうございます。


 

 

 ロウリア王国 王都ジンハーク

 

 

 城の外では、地獄そのものが繰り広げられていた。

 

 

 突然司令部からの指示がなくなり、どう動けばいいのか分からない兵士達は右往左往状態であった。

 

 当然その隙をトラック泊地陸戦隊とクワ・トイネ公国陸軍が見逃すはずもなく、一気に攻め入った。

 

 

 上空では疾風が城壁上に居る兵士達に対して機銃掃射を行い、機銃掃射が行われた線には赤い血と肉片しか残らなかった。

 

 他にA-1 スカイパイレーツによる爆撃で城壁の上にて航空機を迎撃していた魔導師を次々と吹き飛ばし、逃げ戸惑う中F8F ベアキャットや烈風による機銃掃射も加わり、魔導師達は次々と倒れていく。

 

 

 移動と設営を終えた砲兵隊はすぐに『グローセ』指揮の下砲撃を始め、第二城門へ砲弾が降り注ぐ。

 

 城門は木っ端微塵に破壊され、戦車一両が通れるスペースを開けた。

 

 これにより、ロウリア王国軍は防衛線を下げざるを得なくなり、独自の判断で兵士達が退く。 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 そしてハーク城内

 

 

 

 ハーク城内にて接敵した兵士達を倒しながら、特戦隊と忍び部隊がロウリア34世が居る謁見室へ向かっていた。

 

 道中見張りの兵士を見つけるも、幸い背中を向けていたので、『霧島』と『黄昏月』が背後から近づいて兵士達の喉笛を掻っ切って、静かに仕留める。

 

 『U-666』、『U-47』、『U-73』、『U-101』、『U-522』は手にしているAKMを素早く身構えては、正確無比な射撃でロウリア王国軍の兵士の心臓か肝臓に二発の銃弾を叩き込み、倒れたところを更に頭に一発と、確実に仕留めた。

 

 『黒潮』に『暁』、『十六夜月』も艤装にある主砲を放つか、クナイ、手裏剣を用いて命を刈り取る。

 

 

「この階段の先が謁見室の扉の前になります」

 

 階段を登りながら『黒潮』がそう言うと、Uボート達は頷く。

 

 彼女達は階段を登っていき、頂上へと辿り着こうとした。

 

「……」

 

 すると先頭を行っていた『黄昏月』が立ち止まると同時に階段に伏せて、手で止まれのジェスチャーを後ろに向けて後続を止めさせる。

 

「どうしましたか、『黄昏月』殿?」

 

 『黒潮』が怪訝な表情を浮かべていると、『黄昏月』はこっそりと階段の向こうを見つめる。

 

 彼の視線の先には、一人の男性が二人のメイドの背後に立ち、王座の間の前で待ち構えている。相手の意図に気づいたランドは部隊を王座の前に配置し、更に非戦闘員のメイド二人を連れて盾にしていた。

 

 『黄昏月』は後ろを向かず、手信号で階段の向こうの状況を伝える。

 

「待ち伏せ、ですか」

 

 状況を理解した『黒潮』は目を細め、特戦隊へ状況を伝える。

 

「どうやら、敵にも勘の良い奴はいたようだな」

 

 『U-666』はAKMのマガジンを外して弾がまだあるのを確認して再度差し込む。

 

「どうするの、666?」

 

 AKMのマガジンを交換する『U-73』が『U-666』に問い掛ける。

 

「『黄昏月』の言うとおりなら、たぶん伏兵が潜んでいると思うよ」

 

「それじゃぁ、むやみに突っ込んでも面倒なだけね」

 

 『U-47』が予想を彼に伝えると、『U-522』が呟く。

 

「……スタングレネードをあるだけを広範囲に投げる。101、522、彼女達に分配しろ」

 

 『U-666』が伝えると、『U-101』『U-522』が二つあるスタングレネードの内一つを『霧島』と『十六夜月』に渡す。

 

「……」

 

 彼が頷くと、手にしているスタングレネードの安全ピンを引き抜き、他の面々も安全ピンを抜く。

 

「……」

 

 『黄昏月』が階段の向こうの状況を確認して、手のジェスチャーで合図を送ると、『U-666』達はスタングレネードの安全レバーを指で弾き、力の限りを使ってスタングレネードを階段の向こうへと投げる。

 

 宙を舞うスタングレネードは広範囲に渡って床へと音を立てて落ちると、「なんだこれ?」とランドは落ちてきた物を見て首を傾げる。

 

 その直後、眩い光と大きな音を発しながらスタングレネードが次々と破裂した。

 

「行け行け!」

 

 スタングレネードが破裂した直後に『U-666』が前進を指示して階段の向こうへと上がる。

 

 そこでは眩い光に目をやられ、大きな音で耳と平衡感覚をやられて倒れているランドと、目を回して気絶しているメイドの二人の姿に、柱の陰から倒れて耳を押さえている兵士達の姿があった。

 

 『U-666』達はすぐさま兵士達の元へと向かい、拘束する。

 

「っ! 貴様!」

 

「悪いが、眠ってもらうぞ」

 

 と、『U-666』はランドの顎を加減して蹴り上げて、意識を刈り取り、両腕を後ろにやって太めの結束バンドで両手首を縛り上げる。

 

 周りでは同じように『黒潮』や『暁』、『霧島』、『十六夜月』、『黄昏月』も兵士達の意識を刈り取ってから両腕を後ろに回して拘束し、Uボート達も同じように兵士達を拘束している。

 

「拘束完了。後は」

 

「あぁ」

 

 『U-101』が全員を拘束したと報告すると、『U-666』は扉を見る。

 

 

「っ! 敵襲!! 3時方向!!」

 

 『U-73』が叫んで全員がその方向を見ると、壁が勢いよく開いてそこから中に潜んでいた兵士達が次々と出てくる。

 

「Granate!!」

 

 『U-666』が叫ぶと共に、Uボート達はそれぞれ手榴弾を手にして安全ピンを抜き、安全レバーを指で弾きながら敵兵に向かって投げる。

 

 敵兵の一団の中に落ちた手榴弾は次々と爆発し、近くに居た兵士達は破片で手足が千切れ飛んでその場に倒れる。

 

「『黒潮』殿! 入り口を頼む!」

 

「承知しました!」

 

 『U-666』は『黒潮』に入り口の確保を要請し、Uボート達はAKMを構えて敵兵へ射撃を開始した。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 かつてクワ・トイネ公国とクイラ王国に対して戦争の許可を大らかに宣言した謁見室で、玉座に座るハーク・ロウリア34世は頭を抱えて、絶望していた。

 

(一体何を間違えたのだろうか……)

 

 彼は頭の中で何度も何度も、同じ言葉を繰り返していた。

 

 

 6年もの時間と、もはや服従と言ってもいいほどの屈辱的な条件を飲んで、第三文明圏の列強国 パーパルディア皇国から多大な軍事支援を受けてきた。

 

 数万規模の兵士に、大量の軍船とワイバーンを輸入し、軍事顧問団によって兵士達の練度を引き上げて来た。

 

 資材に、資金、人材、国力をギリギリまで投入して、多くの負債を背負うことになったが、それによって手にしたロデニウス大陸最強の軍隊。

 

 石橋を叩いて渡るかのごとく力を付けていき、二ヶ国との軍事力に差をつけてたはずだ。

 

 クワ・トイネ公国の軍にも、クイラ王国の軍にも、決して負けるような要素は無かった。ましても害獣として迫害し、人間に劣ると見下した亜人であるのなら、尚更負ける要素など無かったのだ。

 

 それは誰もが理想に思える、完璧な勝利が約束されていたはずだ。

 

 

 

 だが、現実はどうだ?

 

 

 

 最初のギムへの侵攻で亜人の姑息な罠によって多くの兵士が死傷し、そこで調達するはずだった食料と水が無かったことで、緒戦から物資の不足に陥り、計画を大きく変更せざるを得なかった。

 

 だがまぁ、ここまでなら想定の範囲内である。

 

 しかしこの後に始まったロデニウス沖海戦で、確実に勝てる4500隻と言う戦力を投入していながらも、艦隊は壊滅し、シャークンは戦死(実際は生きて捕虜になっているが……)して、更に上空援護に出撃させたワイバーン400騎は全滅した。

 

 確実にか勝てる戦力であったはずなのに、誰もがどう見ても惨敗としか思えない結果となった。

 

 その後のエジェイ攻略戦も全く状況を把握していないが、先遣隊は全滅したと言われ、ギムを占領した東方征伐軍もまた夜襲を受けて壊滅的打撃を受けた。

 

 同時に北部の港がたった一隻の軍船の攻撃で壊滅させられ、しかも信じられないがそこからこのジンハーク周辺へ巨大な攻撃を行い、城壁を破壊され、未知なる恐怖を植えつけた。

 

 この攻撃により、ロウリア王国の海軍は実質的に壊滅した。

 

 

 その後ビーズルが攻撃を受けて、工場地帯は壊滅し、多くの加工職人を失ったことで、武器の生産能力はほぼ失った。

 

 北部防衛の為に派遣した部隊は敵ワイバーンの攻撃で壊滅し、上空支援のために出撃させたワイバーン20騎も軽く捻り潰されてしまった。

 

 北部への防衛体制を整えれば、今度は来るはずがない南から敵が攻め入ってくる想定外の事態になり、現在に至る。 

 

 

 難攻不落のはずの城壁は軽く破壊され、敵はこのハーク城へ向かってきている。

 

 しかも城の中に侵入者が現れ、こちらに向かってきているとの事だ。

 

 

(なぜ、なぜこんな事になったのだ……)

 

 ロウリア34世は震えながら内心呟き、自身の髪を握り締める。

 

 多方面で犠牲を強いられながらも、苦労して築き上げてきた軍隊は、その多くが失われてしまった。

 

 

 こんな事になるなら、クワ・トイネ公国とクイラ王国を亜人国家と侮らず、もっとよく詳細な情報を集めてからでも、戦争を始めて良かったはずだ。

 

「そうだ……最初からそうするべきだったのだ」

 

 彼はそう声を漏らして、背もたれに力なくもたれかかって、天井を見上げる。

 

 もっと詳しく、最近の二ヶ国の状況を調べておけば、対策を練られていたはずではなかったのか。

 

「……余は……選択を誤ったのか」

 

 悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない。

 

 しかしどこまで悔やんだとしても、それで状況が変わることは無いし、ましても過去が変わるわけではない。

 

 既に結果は目と鼻の先で起きているのだから。

 

「……」

 

 ロウリア34世はうな垂れて、静かに息を吐く。

 

 彼は側近から秘密の逃げ道から逃げるように諭されていたが、彼はそれを否定して、ここに残っている。

 

 国民を捨てて王だけが逃げ延びるわけにはいかない。それにこの状況を招いたのも、その要因を作り出したのも、全て自分にある。

 

 ならば、最後まで王としての責任を負おうと、彼は残ったのだ。

 

 まぁ、逃げようにも秘密の抜け道を知られている以上、彼に逃げ場など無いが。

 

 

 ―――ッ!!

 

 

 すると謁見室の外で大きな音が何度もして、その後最初とは違う大きな音がすると共に、空気が抜けるような音が何度も起きる。

 

 聞いたことの無い音と共に、兵士達の悲鳴が聞こえる。

 

(敵は……すぐそこか)

 

 彼は内心呟くと、玉座に姿勢を正して、気持ちを引き締める。

 

 せめて最後ぐらいは、王としての威厳を保ったまま、最後を迎えよう……

 

 

 ――ッ!!

 

 

 すると、謁見室の扉の一部が破壊され、出来た穴から妙な格好をした者達が部屋の中へと飛び込んでくる。

 

 

 黒い杖のような物を持っている者達の多くは身体に密着して、やけに肌の露出が多い格好をしており、とても戦うような格好ではない。しかもそれらがまだ年端もいかない少女達であるので、余計違和感しかない。

 その少女達の先頭に立つ男性もまた、継ぎ目が殆ど無い黒い服を身に纏っており、少女達と同じように各所に防具が着けられているが、これも戦うような姿とも思えない。

 

 一方彼らの両脇に居る者達もまた珍妙な格好をしており、こちらもその多くが柔肌の多くを出している格好をしており、見たことのない武器を手にしている。その内二人は全身真っ黒の衣服で身に纏い、顔も仮面で隠されているので、恐らく彼らは密偵の類なのだろう。

 しかし彼らは他と違い、角や尻尾があるので、亜人で構成されていると思われる。

 

 その黒い杖を持った者達がロウリア34世に向けられると、先頭に立つ『U-666』がロウリア34世に声を掛ける。

 

「お前がハーク・ロウリア34世か」

 

「そうだ」

 

 質問に対してロウリア34世は頷くと、彼らに問い掛けた。

 

「お前達は、魔帝軍か?」

 

「マテイグン、というのはよく分からんが、我々はそうではない。かといって任務の都合上身分は明かせないが」

 

「……」

 

「ハーク・ロウリア34世。お前の身柄を拘束する。抵抗は無駄だ」

 

 と、彼の後ろでUボート達がロウリア34世に銃口を向ける。

 

「抵抗はせんよ。今更抵抗したところで、どうすることもできん」

 

 ロウリア34世は玉座から立ち上がり、彼らの元へと歩いて両腕を上げる。

 

「賢明な判断だ」

 

 『U-666』はそう言うと、彼の両腕を後ろに回し、結束バンドで両手首を縛る。

 

「それと、全軍に対して戦闘停止を命令してもらう。これ以上余計な犠牲者が出る前にな」

 

「分かっている。王としての最後の仕事は、全うさせてもらう」

 

 彼はそう頷くと、そのまま連行される。

 

 

 

 

 その後ロウリア34世によって全軍に戦闘停止命令が出され、司令部が制圧されたことを伝えられ、ロウリア王国軍は武装解除を行った上でクワ・トイネ公国軍に投降した。

 

 

 戦闘終了と共に、ロデニウス大陸で起きた三ヶ国の争いは、ロウリア王国の敗北によって終結を迎えるのであった。

 

 

 

 




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第二章 戦後処理 ロウリア王国編
第三十三話 次世代の可能性


harogen様より評価1を頂きました。

評価していただきありがとうございます!

今回独自の設定が出てきます。苦手な方はご注意ください


 

 

 

『ロウリア王国の敗北』

 

 

 

 このニュースはすぐさまクワ・トイネ公国、クイラ王国への伝えられ、国民は歓喜に包まれた。

 

 ロデニウス大陸の半分を牛耳り、これまで勝てるかどうか分からない大国であったロウリア王国に勝てた。これにより長きに渡ってロウリア王国からの圧力より住人達は開放されたのだ。

 

 両国の政府も無事に戦争がこちらの勝利に終わり、安堵した。

 

 しかし喜びと同時に、悲しみも国内に広がっている。

 

 確かにクワ・トイネ公国とクイラ王国は、ロウリア王国に対して圧倒的な勝利を収めた。しかし少なからずクワ・トイネ公国及びクイラ王国側に戦死者が出ている。

 

 これに伴い、今回の戦争で散っていった者達の為に、一分間の黙祷が捧げられた。

 

 

 

 

 中央歴1639年 6月15日 ロウリア王国 東部港

 

 

 ロウリア王国で数少ない被害を受けていない場所である東部の港。

 

 その沖合いにて、ロウリア王国の降伏調印式が行われていた。

 

 本来ならハーク城か、マイハークの首相官邸、クイラ王国の王城にて行う予定だったが、意外にもクワ・トイネ公国のカナタ首相が少しばかり変わった場所で調印式を行おうと提案した。

 

 その場所と言うのは、なんと戦艦の上。しかも今回戦闘に参加しなかった『尾張』であった。

 

 何でもロウリア王国側に止めを刺す意味で、最大の戦艦を敢えて調印式の場として選んだそうな。最後まで徹底している……

 

 これは兄の『紀伊』と『大和』もこれを了承し、『尾張』は降伏調印式の場に選ばれたのだった。

 

 

 調印式の場として選ばれた『尾張』の周りには、姉妹(きょうだい)艦の『紀伊』に『ノースカロライナ』『ワシントン』『ビスマルク』『ティルピッツ』、更に戦闘に参加していなかった『ソビエツカヤ・ロシア』に『ネルソン』『ロドニー』、更に『デューク・オブ・ヨーク』『リットリオ』の姿もあった。さながら世界の戦艦の展覧会染みている。

 

 空母からは『大和』に『武蔵』、更に『翔鶴』『瑞鶴』の姿があり、その周辺には『摩耶』に『伊吹』、『鞍馬』、『冬月』、『名月』、『新月』、『宵月』、『北風』が防空警戒に当たっている。

 

 その圧倒的な光景を東部の港からロウリア王国の住人や兵士達は、多くの軍艦の姿を見て驚きと恐怖に満ちた表情を浮かべて、その姿を見ていた。

 

 そして彼らはとんでもない国を相手にしてしまったと、恐怖に怯えるのであった。

 

 同じくして捕らえられたハーク・ロウリア34世とパタジンは港から戦艦郡の姿を目の当たりにして、最初から勝ち目が無かったという事実を突きつけられ、色々と悟ったのだった。

 

 特に『紀伊』がジンハーク周辺に出来た巨大なクレーターを作った攻撃を行った戦艦であり、『尾張』がその同型艦であると伝えられた時、ロウリア34世とパタジンは完全に目が死んだそうな。

 まぁあんな巨大なクレーターを作るような化け物戦艦が二隻も居るなんて聞かされたら、誰だって呆然とする。

 

 

 

 ロウリア34世とパタジンは内火艇に乗せられて軍艦形態の『尾張』に乗艦。その後甲板、第一副砲の横にある噴進砲の前で、調印式が行われた。

 

 『大和』が進行役を勤め、ハーク・ロウリア34世とパタジンにより降伏調印の書類にサインがされていき、それぞれの書類に拇印が押される。

 

 短いやり取りであったが、これにより正式にロウリア王国がクワ・トイネ公国とクイラ王国に対して無条件降伏を受け入れたと受理された。

 

 

 

 こうしてロデニウス大陸に、平穏な日常が戻るのであった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 中央歴1639年 6月17日 トラック諸島

 

 

 

「こう言っては何だが、予想通りな結果だったな」

 

「そうですわね」

 

「我々とロデニウス大陸の技術の差を考えれば、当然の結果かと」

 

 とある建物の一室にて、『大和』と『赤城』、『天城』の三人が会話を交わしていた。

 

「これは、色々と考えないといけないな」

 

「兵器関連とか、兵站関連とか、特に今後について、ですわね?」

 

「あぁ。今回の戦闘で色々と判明したことが多いからな」

 

 『天城』がそう問い掛けると、『大和』は頷く。

 

 二人が話している通り、今回の戦争は『大和』達にとって色々と判明した戦闘となったので、貴重なデータが取れた。

 

 そして何より今回の戦争の裏にあった事実も判明したが、その件については、後々語られることになる。

 

 

「まぁでも、みんなが無事で何よりだ」

 

 『大和』は安堵して息を吐く。

 

 今回の戦闘で被害を受けたKAN-SENは無かった。強いてあげるなら『大和』に搭載された橘花改がエンジントラブルで墜落したぐらいである。

 

「『赤城』も、総旗艦様が無事で何よりですわぁ」

 

 と、『大和』第一な思考の『赤城』に、『大和』と『天城』は苦笑いを浮かべるも、相変わらずな様子に安堵する。

 

「私も総旗艦様が無事で何よりです」

 

「そうか……」

 

 微笑みを浮かべる『天城』に、『大和』も笑みを浮かべる。

 

「それに……」

 

 と、『赤城』は大切に抱えている物を見る。

 

「この子も、総旗艦様が無事で安心していますのよ」

 

「……」

 

 と、赤城は愛おしそうに腕に抱えているカプセルを優しく撫でる。

 

 

 その中には、白く輝くメンタルキューブが厳重に固定されて入れられていた。

 

 

 

 

 

 

 さて、ここで一つ、疑問があるだろう。まぁもう既に答えは出ているのだが、あえて言おう。

 

 KAN-SENと男性型KAN-SENの関係だが、片方はイレギュラー的存在であるものも、両者は同一種族であり、雌雄である。そしてKAN-SENは兵器であるが、生物である。

 

 

 つまり、KAN-SENの雌雄が揃った時、子を作る事が可能なのか……と言う疑問である。

 

 

 

 

 結論から言ってしまえば、ケッコンしていると言う最低条件を満たせば似たようなことは可能である。

 

 

 

 

 ケッコンしたKAN-SENと男性型KAN-SENの間に出来るのが、通常のメンタルキューブとは異なる白いメンタルキューブである。

 

 この白いメンタルキューブを通常と異なる方法を用いて建造を行えば、従来と異なるKAN-SENが誕生する。

 

 白いメンタルキューブから生まれる個体は『第二世代』と呼ばれ、従来のKAN-SENと比べて次世代級の力を持つ個体が誕生する、と考えられている。

 

 とは言っても、現時点で第二世代のKAN-SENが誕生する可能性があるのは、ここトラック諸島のみであり、その上まだ生まれた数が極めて少なく、解明されていない部分が非常に多い。

 それに誕生する第二世代が必ずしも次世代級の力を持っているとは限らない。場合によっては第一世代と変わらない技術レベルで誕生する可能性がある。実際確認されている第二世代は従来のKAN-SENに近い技術レベルにある。

 

 その上、第二世代は実戦投入が可能になるまで、最短でも1年半は掛かる。

 

 理由としては第二世代のKAN-SENの建造に必要な白いメンタルキューブの生成に一年を要する。その為白いメンタルキューブを体内で生成するKAN-SENは、その間戦列を離れなければならなくなるので、戦力低下が起きる。

 

 そして建造された第二世代のKAN-SENは訓練を行うのに最短で半年。戦闘に投入するまでに計1年半の期間を必要とする。

 

 メンタルキューブで建造してすぐに戦闘に出せる通常のKAN-SENと比べると、一定の期間が必要とする第二世代は即応性に大きく欠けるが、その分KAN-SENとしての力は非常に高い。

 

 ちなみに第二世代のKAN-SENだが、既にトラック泊地では五人程誕生しているものも、実戦投入が可能なのはたった二人のみ。それ以外はまだ訓練途中か建造前である。

 

 現在妖精による第二世代のKAN-SENの調査は進んでおり、一部の技術は通常のKAN-SENに適応させる事が可能であることが判明し、既に何名かのKAN-SENがテストヘッドとして第二世代の一部技術を搭載している。

 その一例が『摩耶』と『大和』である。

 

 更なる調査次第で、第二世代に引けを劣らない第一世代の大幅な強化が可能になる、らしい。

 

 

 

 閑話休題(話を戻そう)

 

 

 

 『赤城』が大事そうに抱えているカプセルに入れられている白いメンタルキューブは、彼女と『大和』との間に出来た白いメンタルキューブである。

 

「一体どんな感じの子が生まれるんだろうな」

 

 『大和』は白いメンタルキューブが入れられたカプセルを優しく撫でる。

 

「それは当然、総旗艦様と『赤城』の子供ですもの。他の追随を許さない、強い子に育ちますわぁ」

 

 『赤城』は自信満々に『大和』の言葉に答える。

 

「あぁ、楽しみですわぁ。本当に、楽しみですわぁ、総旗艦様。この子が空母として、どのような力を得ているのか、楽しみですわぁ」

 

 頬を赤く染めて尻尾を揺らし、にやけながら次々に言葉を漏らしていく。

 

「空母が生まれるとは限らないけどな」

 

 その様子に『大和』は苦笑いを浮かべ、『天城』は少し呆れ気味にため息を付く。

 

(まぁ、その点は俺も同じだな)

 

 『赤城』の言葉を聴いて苦笑いを浮かべた『大和』であったが、彼自身もどんなKAN-SENとして生まれるのか、楽しみであった。

 

 

「……」

 

 『大和』は『赤城』よりカプセルを受け取って抱えている『天城』と、カプセルを優しく撫でている『赤城』の姿を見て、笑みを浮かべる。

 

(こんな平和な一時が、続くと良いんだがな)

 

 彼はそう内心呟いて願ったが、戦争と言うのはいつどこで、どんな原因で起こるか、予想が付かないのだ。それもこの世界では旧世界の常識が通じない以上、尚更である。

 

 現に今回戦争が起きてしまった。

 

 ましても自分達は、戦いから逃れられない運命にあるKAN-SENだ。

 

 そう遠くないうちに、再び戦争に巻き込まれるかもしれない。

 

 もしかすれば、今後世界を揺るがす大きな戦争が起こり、その渦中に巻き込まれる可能性もある。

 

(……守らないとな。必ず)

 

 『大和』は改めて決意を固めて、家族との一時を過ごした。

 

 

 




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第三十四話 内外の反応

本業優先の重課金重婚アズレン指揮官様より評価9
猿ハンテン様より評価8を頂きました。

評価していただきありがとうございます!


 

 

 

 

 中央歴1639年 6月15日 シオス王国。

 

 

 この国は第三文明圏の外側にある島国であり、各国との貿易が盛んな国である。

 

 

「大変です!! 大変です、王様!!」

 

 そんなシオス王国の王城の謁見室に、文官が息を切らして扉を蹴破らん勢いで開けて入ってきた。

 

「何事じゃ、そんなに息を切らして」

 

 シオス王国の国王は慌てた様子の文官を見て声を掛ける。

 

 普通なら謁見の手順があるのだが、それを無視してでもやって来た態度から、余程の緊急事態であると国王は察し、彼を責めることはしなかった。

 

「我が国最大の貿易相手国であるロウリア王国が、クワ・トイネ公国とクイラ王国の二国を相手に戦争を開始した件についてですが……」

 

「あぁ、ついにロウリア王国がロデニウス大陸を統一したのか? 二国とも我が国の大切な貿易相手じゃというのに、悲しいことじゃが……」

 

 国王は顔に手を当てて悲しげに言葉を述べる。まぁ尤もなことを言うと、貿易相手が二国もいなくなって国の国益が損なわれることに悩んでいたりする。まぁ最大の貿易相手のロウリア王国が居れば、その損失分を賄える。彼はそう考えていた。

 

 だが、文官は全力で首を横に振る。

 

 

「王様、違います!! ロウリア王国が敗れたのです!! 信じられますか? あのロウリア王国が負けたのです!!」

 

「……は?」

 

 文官の言葉を聴き、一瞬の沈黙の後、国王は間抜けな声を漏らす。

 

「ですから、ロウリア王国が負けたのです!!」

 

「馬鹿な!? 戦力比を考えれば、ロウリア王国が二国を攻めるのに苦労することはあっても、負けることは絶対にありえんじゃろ。そんなことは戦争の素人でも分かることじゃぞ!?」

 

「ですが、現にロウリア王国は負けました。それも徹底的に。更に不確定情報ですが、ロウリア王国の国王が敵に捕らわれたという情報も」

 

「何じゃと……」

 

 国王は信じられないというような表情を浮かべる。

 

 ロウリア王国の国力は知っているし、その戦力はクワ・トイネ公国とクイラ王国が力を合わせても大きく上回るものであった。

 

 それなのに、ロウリア王国が負けた……

 

「何が、一体何が起きているんじゃ?」

 

「それについては、ここ最近のクワ・トイネ公国とクイラ王国の変化が大きく関わっているかと」

 

「二国の変化、か」

 

 思い当たる節があるのか、国王は顎に手を当てる。

 

「そういえば、大分前にクワ・トイネ公国との貿易の際の報告があったな」

 

「はい。見慣れない武器を載せた軍船に、クワ・トイネの物ではない旗を掲げた見慣れぬ軍船。中には巨大な鉄船を見たという荒唐無稽な報告もありましたが……」

 

「……当時は全く信じなかったが、その荒唐無稽な報告が本当じゃとしたら」

 

「ロウリア王国が負けたのも、頷けるかと」

 

「……」

 

 国王は顎に置いていた手を下ろして、腕を組む。

 

「力を付けたのは、ロウリア王国だけでは無かったという事か」

 

「……」

 

「……世界が、変わろうとしているのかもしれんな」

 

 国王はボソッと呟く。

 

「ともかく、今後はクワ・トイネ公国とクイラ王国との貿易が中心になるじゃろうな」

 

「えぇ。ですが我が国最大の貿易相手国が落ちた以上、これまで通りにはいかないかと」

 

「……」

 

 国王は深くため息を付き、今後どうなるか分からない不透明さに、頭を痛めるのだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって、パーパルディア皇国 国家戦略局

 

 

 

 蝋燭の炎が揺らめき、暗い部屋に二人の男の影を作る。

 

 

「――――以上、ロウリア34世はクワ・トイネ公国の者に捕らわれました。その後パタジンという名の将軍が臨時的に首相となり、ロウリア王国の臨時政府を立ち上げたようです」

 

 男は冷や汗を掻きながら上司にありのままを報告する。

 

「簡単に言ってくれるな。ロウリア王国に我々がどれだけの支援を行ってきたと思っているのだ? 皇帝陛下の耳にでも触れたら国家戦略局そのものが危険に曝されるぞ!! そうなれば、お前も私もただでは済まんぞ」

 

「も、申し訳ございませぬ!!」

 

 男は深々と頭を下げる。

 

「今回のロウリア王国への支援は、お前の知っての通り、我ら国家戦略局の独断だ。上手くいけばロデニウス大陸の地下資源に人的資源、権益を一気に掌握し、その手柄をもって皇帝陛下にご報告する予定だったが……」

 

 上司は忌々しい様子で暖炉の火を睨み、歯軋りを立てる。

 

「他官庁も黙らせることが出来て、我らの評価も相当なものになっていたはずが、今となっては自分の命の危険を考えなければならない」

 

「……返す言葉もございません」

 

 上司の言葉に部下は頭を下げ、力なく答える。

 

「しかし―――」

 

 と、上司は顎に手を当てて、暖炉の火を見つめる。

 

「ロウリア王国は我が皇国の支援を受けたとは言えど、ロデニウス大陸の半分を牛耳る規模を持っていたはずだ。それでおいて自国の半分の規模しかない農民の国と貧しい国に負けるとはな。信じられんが、敵はどんな方法でロウリアに勝ったのだ?」

 

「それが……諜報員には二国を調べるように指示を出しましたが、その後の定期連絡が全く無いことを考えれば、恐らく戦闘に巻き込まれて死亡したものかと」

 

「……戦闘を見ていた民間人からでも情報の一部ぐらいは訊き出せるだろう?」

 

「はい。追加の諜報員を派遣して民間人より話を聞くように指示を出しました。この時には既に戦争は終えていましたが……」

 

 部下は一旦間を置いて呼吸を整え、口を開く。

 

「しかし、民間人から聴取すると、皆一様に現実離れした意見が出るばかりで」

 

「と、いうのは?」

 

 上司は怪訝な表情を浮かべながら問い掛ける。

 

「空中戦力はどれもワイバーンを上回る速度で飛ぶ鉄竜が主力で、地上設備を破壊し、兵士が次々と殺されたと。地上戦力にも鉄の猛獣を従え、ブレスを吐けば一気に数十人の兵士が命を落としたと。それに加え兵士一人一人が大きな音を出す杖を持って、音が鳴る度にロウリア王国の兵士が倒れていったと。そんな事ばかりです」

 

「それは既に情報操作が入っているな。民間人を黙らせる為に、何らかの情報統制と操作を行っているのだろう。文明圏外の蛮族の癖に、小賢しいことを」

 

 上司は馬鹿にするように鼻を鳴らす。

 

「それに最後のは、まるで我々の持つ銃みたいだな」

 

「えぇ。蛮族にしては、巧妙に考えております。しかしなぜ文明圏外の蛮族が銃を知っていたのかは……」

 

「偶々似ていただけだろう。……そういえばロウリア王国から帰ってきた者達も、おかしなことを言っていたな」

 

 上司はこの前ロウリア王国から帰ってきた職員の報告を思い出す。

 

 

 王都ジンハークのハーク城に滞在していた国家戦略局の職員達が事前連絡も無しに本国へ戻ってきた。

 

 その時の報告も、荒唐無稽な内容であった。

 

『ジンハーク周辺で尋常ではない規模の爆発が何度も発生し、北側の城壁が門ごと完全に破壊された。敵は恐らく我々の想像出来ない規模の巨大な魔導砲を有している可能性が高い』

 

 このような報告をした職員達は一様に顔面蒼白にして訴えていた。

 

 しかしこんな荒唐無稽な内容を信じられるはずも無く、職員達は長い間僻地に居た事で精神的に不安定になり、幻覚を見たのだろうと考えて、精神病院へ強制的に入院させられた。

 

 

「我らの得た情報は、外務局にお伝えした方がよろしいでしょうか?」

 

「お前、死にたいのか? それは自殺行為と言うんだ。そんな事をすれば、すぐに皇帝陛下の耳に入り、我らの首が刎ねられるぞ」

 

 上司がそう言うと、部下は息を呑む。

 

「ロデニウス大陸に関する情報と、ロウリア王国への支援の履歴は全て破棄しろ。我らとの関わりを一切残すな。国家戦略局と自分、そして家族の為にもな」

 

「は、ハッ!」

 

「それとロウリア王国へ出向いた職員にも厳重な口止めをしておけ。もし従わないのなら始末しても構わん。ヴァルハルは……まぁ奴は死んだからどうでもいいか」

 

 上司は書類を暖炉に放り込むと、一瞬にして紙に火が付いて燃え上がり、書類に記載された情報が燃え尽きる。

 

 

 ロウリア王国へ支援を行ったパーパルディア皇国 国家戦略局は、ロウリア王国が引き起こした侵略戦争の一部始終を、徹底して隠蔽した。

 

 

 

 しかし……これが決して選んではいけない最悪の選択であったとは、国家戦略局の誰もが予想しなかった。

 

 

 

 そしてこの時の出来事が後の世に伝わると、専門家はこう言った。

 

 

 

『この時の情報があったら、皇国の今後に大きな影響を及ぼしただろう』……

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 クワ・トイネ公国 政治部会

 

 

「―――というわけで、ロウリア王国 国王ハーク・ロウリア34世はトラック泊地所属の特戦隊により、身柄を拘束されました。王を失ったことで国内の不満分子の活動が活発化し、軍は残存戦力をかき集めて不満分子の押さえに入っていますので、派兵する余裕は無いと思われます」

 

 報告を聞き、政治部会に参加している議員達は安堵の息を吐く。

 

 トラック泊地のKAN-SENと陸戦隊の力を知っていたとは言えど、物量に勝るロウリア王国を相手に果たして勝てるかどうか懐疑的だったが、結果は圧倒的勝利に終わった。

 

「ロウリア王国の残存兵力はどのくらいだ?」

 

「元々人口が多いとあって、まだ20万前後は残っています。ですがこれは各諸侯が出し合った総兵力ですので、各諸侯が対立を始めた今、この兵力が国外に向くことは現在ありません」 

 

「そうか」

 

 報告を聞き、カナタは頷く。

 

「本戦いでのロウリア王国の被害は、竜騎士団が多く、ワイバーンがほぼ全滅、騎乗者である竜騎士はまだ数が多いですが、ワイバーンが無ければ脅威になりえません。騎馬や歩兵にも多くの死者が出ているようです」

 

 『大和』達は制空権の重要さからワイバーンが空へ上がる前に滑走路と周辺設備の破壊を優先したので、竜騎士自体の被害は思ったよりも少なかった。

 

「しかし何より多いのは海軍のようで、ロデニウス沖海戦の被害に加え、『紀伊』殿による港に対する艦砲射撃や『大和』殿率いる機動艦隊の艦載機による攻撃も相まって、活動可能な軍船は殆ど残っていないようで、水夫の数も開戦前の半数以下にまで減っているようです。その大半が熟練者であったようで、今後の水夫の教育はままならないかと」

 

 予想以上の被害にさすがの議員達の中には同情を抱く者も居た。つまり事実上ロウリア王国は、海軍力を完全に喪失していることになる。

 

「少なくとも、ロウリア王国は今回の一件で我が国とクイラ王国に対してトラウマを抱えたようで、両国に対して更に侵略を行うとする気は無いようです。諸侯の中には我が国とクイラ王国との関係改善をしたいという書面を受け取っています」

 

 報告を聞き、議員達はそれぞれの反応を示す。

 

 少なくとも、ロウリア王国との関係改善が大きく進むことになりそうであるからだ。そして上手くいけば亜人排他思考を排除することも夢ではない。

 

「我が方の被害はジンハークでの戦闘で我が国とクイラ王国、そしてトラック泊地陸戦隊から計30名の死傷者を出しています。それと戦闘に関係ありませんが、『大和』殿の艦載機一機が故障して墜落したぐらいです」

 

 最後の報告に失笑が出るが、カナタは咳払いをして気持ちを切り替える。

 

「とにかく、彼らのお陰でロウリア王国の野望は、これで完全に潰え、我が国とクイラ王国は救われたのだ。これは喜ばしいことだ。これからも彼らとは友好的に付き合っていこう」

 

 カナタの言葉に誰もが頷き、喜びを表す。 

 

「そして今後戦争が起きても、彼らだけに頼らず、我々だけでも国を守れるように、兵達の練度の向上、体制を整えるように、各員の努力を期待する」

 

 そして彼の言葉を聴き、全員が頷く。

 

 

 

 ロウリア王国によるクワ・トイネ公国への侵攻は、『大和』と『紀伊』の男性型KAN-SENを中心としたKAN-SEN達と陸戦隊の援軍により、ロウリア王国の大敗と言う結果にて終結を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『結果は見えていたけど、やはり彼らの圧勝だったね』

 

 

『でしょうね。技術レベルが何世紀もの差があればこうもなるわ。これじゃ彼らの経験値にもならない』

 

 

『そうだね。でも戦闘という経験である事に変わりはないよ。それが人間相手なら尚更だ。旧世界では人間相手に戦う機会は無いからね』

 

 

『……』

 

 

『でも、この世界の在り方なら、いずれまた戦争は起きる。彼らは平穏を望んでいるけど、それは決して叶わない願いだ。兵器として生まれた以上、戦う運命からは逃れられない』

 

 

『運命、ね』

 

 

『ところで、例の物の準備できた?』

 

 

『えぇ。もう既に準備は終えたわ。欠如している部分も補填しておいたし。尤も、見つけられるかは彼ら次第ね』

 

 

『それは良かった。旧世界と違って周りの目が無いから、これで彼らはもっと強くなる』

 

 

『そうね。まぁ物に出来るかは彼ら次第だけど、引き続き彼らの観察を頼むわ』

 

 

『あぁ。もちろんだとも』

 

 

 

 




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第三十五話 第三文明圏の列強国

ポギャン様より評価9
ARIAHALO様より評価6を頂きました。

評価していただきありがとうございます!

前回とある一文でパーパルディア皇国の性格的にあり得ないだろ的なコメントが多く寄せられたので、少しだけ変更しました。


 

 

 

 

 中央歴1639年 6月19日 トラック諸島

 

 

 

「ロウリア王国との戦争は……まぁ予想通りの結果だったな」

 

「あぁ」

 

 トラック諸島の春島にある建物の一室、『大和』の執務室で『紀伊』と『大和』の二人が話をしていた。

 

「だが、今回の戦闘は色々と判明した戦争になったな」

 

「あぁ。やはり兵器って言うのは使ってみないと分からない部分が多いからな」

 

「今回は特に今まで経験したことの無い市街地戦もあったからな。問題点が顕著に出てきた」

 

「……」

 

 二人が話す問題点というのは、今回の戦闘で得られた運用データであった。

 

 

 今回の戦闘で浮き彫りになった問題点は以下の通りである―――

 

 

・64式小銃の銃身の長さが市街地戦では長過ぎて、障害物に引っ掛かる場面が多く、その上銃自体の重さも相まって取り回しづらかった。

 

・7.62mm×51mm弾ではストッピングパワーが強く敵兵を一撃で倒せるが、反動が大き過ぎて撃った後即座に狙いを定められない。その為連射がしづらい。

 

・弾数が少なく、マガジンの交換回数が多かった。

 

・フロントサイトとリアサイトが見づらい

 

 

 小銃についての問題点は多かったが、次に多かったのは戦車である。

 

 

・74式戦車は元々防衛を主眼に設計されているとあって、長距離を走るように出来ていない。その為足回りの消耗が激しいとのこと

 

・ジンハークまでの行軍中に、履帯が外れる事故が二件ほど発生している。

 

・車内が狭い

 

 

 その他にも62式機関銃の更なる改良の要請や、自走砲や自走ロケット砲の性能面、その他に様々な問題点が指摘され、新型の小銃や戦車の開発に生かされることになる。

 

 

 

 しかし今回の戦闘で彼らが大きく感じたこと。それは――――

 

 

「今回の戦争。何か俺達が主体になって戦っていたよな」

 

「まぁ、今回ばかりは仕方ないといえば、仕方ないだろう」

 

 と、『紀伊』の指摘に『大和』は肩を竦める。

 

 今回の戦争……実質的にトラック泊地のKAN-SENと陸戦隊が主体でロウリア王国と戦闘を行っていたのである。

 

 この点については、クワ・トイネ公国とクイラ王国がまだ兵器の扱いに慣れていないので、本来の実力を発揮できないのは目に見えていた。下手に戦闘に参加させて、敗北でもすれば大量の武器兵器が鹵獲される恐れがあった。

 

 その為トラック泊地が中心に戦闘を行わなければならないのも、仕方が無いことである。ましてもロデニウス沖海戦に関しては、軍艦の戦力不足が顕著に出ていたので、彼らが出る以外に方法は無かった。

 

「クワ・トイネにしろ、クイラにしろ、まだまだ発展途上だったからな。これからは更に訓練に本腰を入れないとな」

 

「あぁ。そうだな」

 

 別の課題が出て、二人はため息を付く。

 

「で、ジェット機の完成はまだ先の話か」

 

「そうだな。性能は悪くないが、まだまだ解消するべき問題が山積みだ。本格的な実戦配備はまだ先になるな」

 

「そうか」と『紀伊』は呟く。

 

 今回の戦闘で初めて実戦投入された『橘花改』と『景雲 二型改』だったが、全体的な結果としては物足りないものであった。性能自体は現時点で満足いくものであったが、理想とする形としては程遠い結果である。その上まだ不具合が多いので、本格的な実戦配備はまだ先である。なので、引き続き『大和』によるデータ収集を兼ねた試験稼動が続けられる事になる。

 まぁある意味未完成な状態で投入しているので、物足りないのは当然と言える。

 

「となると、しばらくは現用機の改修で繋げるしかないか」

 

「あぁ。案は既に出来上がっているから、俺のを含めて各空母の艦載機の改修が順次始まっている」

 

 『大和』は執務机の上に置いているタブレット端末を手にして、データを開いて『紀伊』に見せる。

 

 タブレット端末の画面には、烈風や流星改、疾風、更にはF8F ベアキャット、A1 スカイパイレーツなど艦載機に加え、陸上機の改修案が表示されている。

 

 どれも全体的な性能向上を目的にした改修案であり、特にエンジン部分は大きく手が加えられる。

 

「こんな改修が出来るのも、妖精達の技術あってこそだな」

 

「そうだな。まぁ大本の案は敏郎さんが考えたんだがな」

 

「妖精もすごいが、あの人も大概だな」

 

 『紀伊』は思わず苦笑いを浮かべる。

 

 

「……で、次に問題なのは―――」

 

「……パーパルディア皇国か」

 

 と、『大和』と『紀伊』は気持ちを切り替えて、とある報告書の内容を思い出し、顔を顰める。

 

「しかしロウリア王国も、随分面倒な相手に軍事援助を求めたもんだ」

 

「まぁ、その国ぐらいでないと、軍事援助が出来ないともいえるがな」

 

「だからって、相手が悪過ぎだろ」

 

 『紀伊』は呆れた様子でため息を付く。

 

「国の問題については、まぁ追々考えるとしても、一番の問題は、あの国に目を付けられたって事だ」

 

 『大和』はタブレット端末の電源を切って充電器の台座に差し込んでから席から立ち上がると、コーヒー豆が入っている袋を棚から取り出し、コーヒーメーカーにコーヒー豆を入れて細かく砕かせる。

 

「クワ・トイネ公国に亡命を希望したヴァルハルからある程度皇国について聞き出せたが、これは非常に面倒な相手だぞ」

 

「あぁ。本当に面倒な事になった」

 

 『紀伊』がソファーに座りながらそう言うと、『大和』は呆れた様子でため息を付く。

 

 

 ロデニウス沖海戦にて、観戦武官としてロウリア王国海軍の艦隊に同行していたパーパルディア皇国のヴァルハルと言う男が救助された。

 

 当初はある程度話を聞くだけに留まって、彼の身柄はクワ・トイネ公国が預かり時を見てパーパルディア皇国へ送還する予定だった。

 

 しかしヴァルハルはロウリア王国が敗北したと聞かされた時、急にクワ・トイネ公国へ亡命を希望した。

 

 亡命理由はこのまま国に帰っても、口封じに殺されるだけだと、恐怖の色に染まったヴァルハルは懇願した。

 

 何でもヴァルハルという男はパーパルディア皇国の国家戦略局と呼ばれる部署に所属し、今回ロウリア王国へ軍事援助を行ったのはこの部署である。

 

 しかし今回ロウリア王国が敗北したことで、国家戦略局が行ってきた事が全て水の泡と化した。しかもこの一件は国家戦略局の独断で行ったものらしく、その上パーパルディア皇国は面子を第一に考える国で、それはどこの部署でも同じことが言える。

 恐らく今回の一件は自分達の保全の為に全ての情報を抹消して、関わった者達も密かに始末されると、彼は予想しているのだ。

 

 その為、彼は自分は生き残ろうと、クワ・トイネ公国へ亡命を希望した。

 

 その亡命の手土産に、彼は以前より調べていたパーパルディア皇国に関する情報を渡した。

 

 

「まぁ列強国と言われているだけはあるな。国力はそうだが、軍事力はロウリア王国を大きく上回っている」

 

「海軍の主戦力は多くの大砲を積んだ戦列艦に、ワイバーンを搭載できる空母……さしずめ竜母と呼ぶべきか。空はワイバーンの改良種を大量に配備、しかも新型のワイバーンの開発も進んでいると来たもんだ」

 

「地上には地竜と呼ばれる陸上戦力に加え、歩兵はマスケット銃と牽引式の大砲を配備しているか」

 

「確かに剣と弓しか無いような周辺国からすれば、技術力と軍事力は抜きん出ているな」

 

 二人はヴァルハルから齎されたパーパルディア皇国の軍事力に関する情報を出し合う。

 

「……だが、なんだこのジャイアニズムを具現化したような国は」

 

「しかもこの国、資源や人材が足りなくなれば、他国に何かしらの理由を付けて戦争を仕掛けては国を占領して属領にし、資源と人材を得る。そして足りなくなればまた他国へ戦争を仕掛けて占領する。典型的な領土拡張主義だな」

 

 『大和』は呆れた様子で語りながら、コーヒーメーカーにコーヒーカップをセットして、コーヒーを淹れる。

 

「力と権力にものを言わせて属領から様々なものを搾取して成り立つ国家か。絵に描いたような恐怖政治だな」

 

「全くだ」

 

「そんな国に、このロデニウス大陸が目を付けられてしまった、か」 

 

「まぁ、地下資源や人的資源はもちろん、放っておいても短期間でちゃんと立派に作物が育つ土地。そりゃ領土拡張で忙しい国からすれば、食糧問題が一気に解決しそうだからな。逆に注目しない方がおかしい」

 

 『大和』は二つのコーヒーカップにコーヒーを淹れて、二つ持って片方を『紀伊』に渡し、もう一つを持ったまま椅子に座る。

 

 今回『ベルファスト』や『ニューカッスル』、他のメイド達がいないので、『大和』が自分で淹れている。

 

「だから国家戦略局とやらは、ロデニウス大陸に目を付けたんだろう。その一環として、ロウリア王国に軍事援助を行って、大陸を統一してもらう、と」

 

「だが、解せんな」

 

 と、『紀伊』はコーヒーカップに口を付けて、一口飲む。

 

「何でわざわざ将来敵になるかもしれない国に対して、塩を送るような事をしたんだか」

 

「……」

 

 『大和』はコーヒーカップに口を付けて一口飲むと、一考する。

 

「……面倒ごとが無いから、かもしれんな」

 

「面倒ごと?」

 

 「紀伊』は怪訝な表情を浮かべる。

 

「ロデニウス大陸で複数の国がいがみ合っていたとしても、共通の敵が現れれば、おのずと共闘体制を取るようになる。そうやって同族同士で争っていた時に、共通の敵が現れて一応共闘体制を取った所もあったからな」

 

「……そうだな」

 

 二人はそう呟き、脳裏に過ぎるのはとあるアジアの大国の内戦と、戦争だ。

 

「でも、共通の敵が居なければ、ただ争うだけだ。力があるロウリア王国に軍事援助を行ったのも、ロウリア王国側から要請されて行ったからじゃなく、都合が良かったからだと思う」

 

「……」

 

「そしてロウリア王国がクワ・トイネ公国とクイラ王国を、一緒に害獣としていた亜人を滅ぼして、ロデニウス大陸を統一すれば、国は一つだけだ」

 

「ふーむ。だが、それでも敵対国になるような国に塩を送ったことに変わりは無いが」

 

「向こうからすれば、ロウリア王国の戦力を強化したところで、大した事無いんだろう。実際ロウリア王国の技術力に合わせた援助しか行っていないようだし」

 

「まぁ、それは確かに言えているが」

 

 パーパルディア皇国の国力と軍事力を思い出して、『紀伊』は納得する。

 

「むしろ向こうからすれば、従順より反発してもらう方が都合が良いのかもしれないな」

 

「と、いうと?」

 

 『大和』がコーヒーを飲んでそう言うと、『紀伊』は怪訝な表情を浮かべる。

 

「さっき皇国は資源が足りなくなれば、他所の国に何かしらの理由を付けて戦争を仕掛けるって言っただろ」

 

「あぁ」

 

「そういう事さ。戦争をする為の大義名分を向こうから出してくれるんだ。パ皇からすれば世間体を気にした宣戦布告の理由を考えずに済むからな」

 

「そういうもんか?」

 

「まぁ、それはあくまでも建前。恐らく戦中戦後に好き勝手出来るからだろうな」

 

「……」

 

 と、『紀伊』の視線が鋭くなる。

 

「戦争と言う大義名分で戦うんだ。戦争中に人を大量に殺しても、それは敵を倒しただけだと片付けられる。むしろ国に帰れば英雄扱いさ」

 

 『大和』はコーヒーカップを右手に持ったまま、左手を握り締めて人差し指を立てて、一つ目の理由を挙げる。

 

「あからさまに私的な理由のある拷問をしても、敵から情報を得る為に必要な行為であると、正当な理由さえ言えば周囲を納得させられる」

 

 次に中指を立てて、二つ目の理由を挙げる。

 

「戦争の最中で敵国内にて金品財宝類の略奪を行っても、奴隷として人間や亜人を捕まえても、戦利品として片付けられ、何の問題もなく手に入れられる」

 

 次に薬指を立てて、三つ目の理由を挙げる。

 

「民間人や貴族、王族の女を犯そうとも、兵士達の士気を保つ為だという理由があれば、周囲を納得させられる」

 

 次に小指を立てて、四つ目の理由を挙げる。

 

「そして国を占領して属領にすれば、あとは国の名前と権力に物を言わせて、好き放題さ」

 

 そして最後に親指を立てて、五つ目の理由を挙げる。

 

「だから、戦争を仕掛けるのか」

 

 『紀伊』は怒りの孕んだ声を漏らす。

 

 彼の脳裏には『カンレキ』にある『大戦』中に起きたある戦いで、敵国の軍によって民間人が蹂躙されたと言う報告が過ぎる。

 

「さすがに列強国と呼ばれているんだ。そこまで野蛮な考えを持っていない、と思いたいな」

 

「だと良いんだがな」

 

 『紀伊』は気に入らない様子でコーヒーを飲む。

 

「まぁ、ヴァルハルという男がいうには、属領では名前と権力で職員が好き放題している節が見えるがな」

 

「好き放題か。占領地ではよくありそうなことだな。だが国としてはどこまでも好き放題ってわけにもいかないだろう」

 

「普通ならな。だが、ヴァルハルがいうには、不正で職員が捕まった話は聞かないそうだ」

 

「……組織の腐敗か」

 

 と、『紀伊』は全てを悟る。

 

「領土を拡張して、組織が大きくなればなるほど、国は隅々まで把握しきれなくなる。そうなれば、国という権力を振りかざし、我が物顔で闊歩する連中が現れる。そういう連中は悪事がバレないように賄賂で上を欺き、自分達は自由気ままに過ごす」

 

「領土拡張の弊害だな」

 

 『紀伊』がそう言うと、「あぁ」と『大和』が答える。

 

「そういや、お前がコーヒーを飲むのも珍しいな」

 

「まぁ、普段は『ベルファスト』や『エディンバラ』、『ニューカッスル』が紅茶を淹れるからな。あまり飲む機会がないんだ」

 

「そりゃそうだな」

 

 と、『紀伊』は自分も同じ感じなのか、『大和』に同意する。ちなみに『大和』の淹れるコーヒーは普通なんだとか。

 

「それに、『ベルファスト』のやつ、やけにコーヒーを敵視している節があるからな」

 

「ほぅ?」

 

「この間なんか『そのような泥水より、紅茶を飲まれる方が身体に良いので』と言ってたからな」

 

「おぉ……」

 

 思ったよりも辛辣な台詞に、『紀伊』は思わず声を漏らす。

 

「それに、俺どちらかと言うとコーヒー派なんだよな。別に紅茶が嫌いというわけじゃないんだが……」

 

 視線を逸らして『大和』は呟く。

 

「『マインツ』のやつが聞いたら喜びそうだな。好みの同志が増えて」

 

「だろうな」

 

 お互い苦笑いを浮かべる。

 

「まぁともかく、ロウリア王国との戦争が終わっても、パーパルディア皇国の脅威が残っている以上、安心は出来んな」

 

「まだまだ俺達の望む平穏には遠い、か」

 

「あぁ」

 

 二人はため息を付き、『紀伊』は腕を組み、『大和』は頬杖を着く。

 

「件の国。来ると思うか?」

 

「絶対は無いが、話を聞いた限りの連中の性格を考えれば、そう遠くない内にロデニウス大陸に目を付けるだろうな」

 

「別に今回の一件が無くても、いずれは矛先を向けてくるか」

 

 げんなりとした様子で、二人は再度ため息を付く。

 

「……だが、やるしかないよな」

 

「あぁ。俺達に出来ることは、ただ戦う。それだけだからな」

 

「……」

 

 『大和』は目を細め、ある考えが過ぎる。

 

 

 

 その後二人は世間話をした後に、それぞれ仕事へ戻るのだった。

 

 




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第三十六話 一時の平和

 

 

 

 

 トラック諸島

 

 

 ロウリア王国との戦いが終わり、トラック泊地はこれまでの慌しい雰囲気は無くなって、いたって平穏な雰囲気が漂っている。

 

 しかし戦争が終わったとは言えど、KAN-SENや妖精達は決して気を緩める事無く、各々がやるべき事をやっている。

 

 これは彼らのモットーが『平和を望むのならば、戦いに備えよ』であるので、訓練に勤しむ者もいれば、武器兵器の手入れをする者、研究開発を行う者等、彼らは常に戦いに備えている。

 

 とは言えど、戦時中と比べれば大分大人しくなった方であり、休む者もちらほらと居る。

 

 

 

 

 そんな中、トラック諸島の一つである春島には、重桜のKAN-SENと妖精達によって建てられた神社がある。

 

 特に何かの神が社に祀られているという訳ではないが、トラック泊地に暮らすKAN-SENと妖精達の安全を祈願する為に、この神社が建てられた。

 実際この神社では巫女である重桜のKAN-SEN達が全員の安全を祈願しているのだ。

 

 

 

 その神社の境内に、金槌で釘を打つ音が響いていた。

 

「……」

 

 社の壁に『紀伊』が釘を二本咥えて、金槌を片手に尻尾で板の上端を押さえて左手で支えている釘を打っている。

 

 釘を打ち終えると、彼は尻尾を別の箇所に押さえつけて、口に咥えている釘を一本手にして次に釘を打つ箇所に釘を突き立てて、金槌で打ち始める。

 

 

 少しして全ての釘を打ち終え、『紀伊』は息を吐き出す。

 

「これでよし」

 

 『紀伊』は肩に掛けているタオルを手にして額に浮き出ている汗を拭うと、手にしている金槌を道具箱に戻し、尻尾で蓋を閉める。

 

「お疲れ様です、旦那様」

 

 と、後ろから声を掛けられて彼が振り向くと、緑茶が入った湯呑を載せたお盆を手に立っている『扶桑』が立っている。

 

「ありがとう、『扶桑』」

 

 『紀伊』は彼女にお礼を言って湯呑を手にし、一口飲む。

 

「せっかくの休日ですのに、社の修復を手伝って頂いてありがとうございます」

 

「構わんよ。特にやる事が無かったしな」

 

 頭を下げてお礼を言う『扶桑』に、『紀伊』はそう言うと、壁を修理した社を見る。

 

「何より大切な家族からのお願いだ。断るわけ無いだろ?」

 

「旦那様……」

 

 と、『扶桑』は少し恥ずかしそうにお盆で顔半分を隠す。その際彼女の左手の薬指にはめられている指輪が太陽に反射して輝く。

 

 『紀伊』が社の壁を修理していたのは、とある原因があって社の壁に穴が開いたからだそうである。

 

 で、その原因と言うのが―――

 

 

「義兄様ー!」

 

 と、別方向から声がして二人は声がした方を見ると、一人の少女が手を振って走って来ている。

 

 黒い髪をショートヘアーにして髪飾りの上に狐の面を付けており、幼げな顔つきと雰囲気をしており、猫の耳に尻尾を持っている。綺麗な模様が描かれ、裾の短い黒い着物を身に纏っており、そのスタイルは姉に匹敵するほどの豊満なものである。それ故にはみ出しそう。

 

 彼女の名前は『山城』 扶桑型戦艦の二番艦。そのKAN-SENであり、『扶桑』の妹である。

 

「よぉ、『山城』―――」

 

 『紀伊』が彼女に声を掛けた瞬間―――

 

「ぐぇっ!?」

 

 『山城』は何も無い地面で躓いて豪快に倒れ、変な声を漏らす。幸い彼女の豊満な胸部装甲がクッションになった……と思いきや額を地面に強打するのだった。

 

「あー、またか」

 

 そんな彼女の様子に『紀伊』は苦笑いを浮かべる。彼女の姉である『扶桑』は「もう、『山城』ったら」と思わず声を漏らす。

 

「うぅ、お姉様、義兄様……」

 

 額を赤くして涙目になった『山城』は『紀伊』と『扶桑』を見て、ゆっくりと立ち上がり、着物に付いた土を払う。

 

 『山城』はどういうわけか不幸体質らしく、あのように何も地面で転ぶ事が多い。ちなみに彼女が通ると、突然物にヒビが入るといった現象が時々起こるそうな。

 

 

 さて、ここまで来れば『紀伊』が神社の壁を修理していたのも察しが付くだろうが、その原因は『山城』にあった。

 

 『山城』が社の中を清掃中、一体なぜそうなったのか理由は分からないが、彼女は思いっきり転んで社の壁を頭でぶち破ったのであった。

 『山城』曰く『箒で社の中を掃除していたら躓いてしまった』とのこと。しかし社の床にはどう見ても躓くような段差は無かったそうな。

 

 不可抗力とは言えど、さすがに巫女として社を破壊したことは赦し難い行為とあり、普段から温厚である『扶桑』は激怒し、『山城』は震え上がったそうな。

 その後『紀伊』に修理を頼んだのである。

 

 妖精に頼めば修理は簡単なのだが、彼女としては信頼ある者に神社の壁の修理を頼みたかったのだ。当然妖精達も信頼しているし、この神社の建築も妖精達が手伝ってくれたからこそ出来たものである。

 しかしそれでも『扶桑』は一番信頼出来る『紀伊』に頼みたかったのだ。

 

 まぁそれは建前であって、実際は家族水入らずで時間を過ごしたいと言う、『扶桑』の思いがあった。

 

 

「大丈夫か、『山城』?」

 

「は、はい。大丈夫です、義兄様」

 

 『紀伊』が問い掛けると、『山城』は『扶桑』が持ってきたタオルで顔を拭きながら答える。 

 

「あっ、壁が直ったんですね!」

 

 と、『山城』は自身が破った社の壁が直っているのに気付いて『紀伊』を見る。

 

「あぁ。ついさっき終わったよ」

 

 『紀伊』は修理が終わったのを『山城』に伝えながら飲み終えた湯呑を『扶桑』が持つお盆に置く。

 

「『山城』。ちゃんと旦那様にお礼を言うのですよ」

 

「はい。壁を直してくださって、ありがとうございます。そして手間を掛けさせてごめんなさい」

 

 『山城』は壁を直してくれた御礼と、壁を直す手間を掛けた事を謝りながら頭を下げる。

 

「構わんさ。大事な家族からの頼みだからな」

 

 『紀伊』は『山城』の頭に手を置いて優しく撫でると「はぅ」と彼女は思わず声を漏らし、尻尾が左右に揺れる。

 

「だが、次からは気をつけてくれよ」

 

「っ! はい!」

 

 『山城』は笑みを浮かべて、元気いっぱいに頷く。

 

「あ、あの、旦那様」

 

「ん?」

 

 と、恥ずかしそうに『扶桑』が『紀伊』に声を掛ける。

 

 その姿に『紀伊』は彼女の気持ちを察して、『扶桑』の頭を優しく撫でる。

 

「ん……」

 

 頭を撫でられた『扶桑』は身体を震わせ、色っぽい声を漏らす。

 

(うーん。昼間っから何してんだろうな、俺)

 

 二人の頭を撫でながら、『紀伊』は後ろめたさを感じながら内心呟く。

 

 

 

「昼間から何をしているんですか、父さん、母さん……」 

 

 と、この場に居る者ではない呆れた声がして、『紀伊』達は声がした方を見る。

 

 そこには鳥居をバックに呆れた様子で立つ一人の青年であった。

 

 『紀伊』と同じぐらいに背の高い青年で、うなじより先まで伸びた黒い髪を一本結びにして、深い海の底を髣髴とさせる青い瞳をして、頭には龍の角が後ろに向かって生えており、尻付近に地面に付きそうなぐらいの長さがある鱗に覆われた龍の尻尾が生えている。服装は黒い第二種軍装を身に纏い、碇のマークが付いた同色の制帽を被っている。

 顔つきはどことなく『紀伊』に似ているが、目つきは『扶桑』に似ている。

 

「まぁ、なんだ? 家族のスキンシップってところだ、『まほろば』」

 

「いや、ならなんで『山城』さんも一緒なんですか。理由は分からなくもないんですが」

 

 社の壁が直っているのを見て、『まほろば』と呼ばれた青年は理解するものの、納得の行かないような表情を浮かべる。

 

 

 『まほろば』と呼ばれた青年。彼もまた男性型KAN-SENであり、同時に『紀伊』と『扶桑』との間に生まれた第二世代型のKAN-SENである。

 

 

「で、何か用があるんだろ、『まほろば』?」

 

「い、いや、特に用があるってわけじゃないけど、神社の修理がどのくらい終わったか見に来ただけだよ」

 

「そうか。まぁ見ての通りだ」

 

「みたいだね」

 

 『紀伊』がサムズアップのように親指の先を神社に向けて、『まほろば』は苦笑いを浮かべる。

 

「そうだ。作業も終わってちょうど昼飯を食いに行こうと思って所だ。みんなで一緒に行くか?」

 

「えっ? 確かに時間はそうだけど」

 

 『まほろば』は左手首にしている腕時計を見て時間を確認し、声を漏らす。

 

「それなら、一緒に行こうよ、『まほろば』君!」

 

 と、『山城』が『まほろば』の手を持ちながら声を掛ける。

 

 『まほろば』は近付いた『山城』に手を持たれて、頬を赤く染める。

 

「折角の休日だ。家族水入らずで過ごそうじゃないか」

 

「それは……」

 

「えっ? 行かないの?」

 

 と、『まほろば』が断りそうな雰囲気を出したことで、『山城』は悲しそうな雰囲気を出す。

 

「……いや、行きます」

 

 『山城』の悲しそうな姿に罪悪感からか、『まほろば』が行くのを決めると、『山城』の表情がパッと明るくなる。

 

 そんな雰囲気の二人を『紀伊』と『扶桑』は温かく見守る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、トラック諸島の一つである月曜島。

 

 

 トラック諸島のいくつかの島には、船舶が入渠したり、建造を行う為のドックが建設されており、現在その殆どをクワ・トイネ公国とクイラ王国向けに軍艦の建造が行われ、一部では戦闘を終えたKAN-SENの艦体の整備が行われている。

 

 その中でも春島や月曜島等のトラック諸島の中では比較的大きな島には、10万tクラスの船舶が入渠可能なドックが建設されており、その月曜島にあるドックでは、とある軍艦が整備の為に入渠している。

 

 

「この戦艦も、クワ・トイネ公国に引き渡すんだ」

 

 ドックに入渠している軍艦を見ながら、『冬月』が呟く。

 

 彼の視線の先に居る戦艦は、クワ・トイネ公国海軍へ譲渡する予定の戦艦であり、ドックへ入渠しているのは、引き渡すための準備としてである。隣にあるドックにも、同型艦一隻が入渠して同じく妖精達によって整備を受けている。

 

 しかし、その戦艦はKAN-SENの持つ艦体ではなく、妖精達が建造した代物である。かといって、元々クワ・トイネ公国向けに建造したものではなく、転移前からある戦艦なのだ。

 

 そして何よりその戦艦の姿形だが、軍事形に詳しい者ならこう例えるだろう。

 

 

『少しスリムになった大和型戦艦』と……

 

 

 そもそもKAN-SENが居るのに、なぜわざわざ戦艦単艦を建造したのか。

 

 事の始まりはこの世界へ転移する二年ほど前まで遡る。

 

 当時妖精達は暇を持て余していた。当時はトラック諸島の島の拡張工事をしたばかりで、それ以上の島の拡張は必要なかった。KAN-SENの改造も当時は停滞気味で、研究が進まなかった。

 

 なので、妖精達にやる事が無かった。しかし何かやらないと落ち着かない性分の彼女達は暇をどうにか解消しようと考えた。

 

 その時、妖精の一人がピンと思いついた。『KAN-SENの支援や島の防衛に使える軍艦を建造しよう』と。

 

 他の妖精達はナイスアイディアと言わんばかりに笑みを浮かべ、早速彼女達は『大和』に軍艦建造の許可を得る為に押しかけた。

 

 『大和』は妖精達の唐突な考えに終始押され気味だったが、彼女達の物作りの熱意に応えて、軍艦の建造許可を下した。まぁこれには資材が大量に余っていたというもの許可を下した要因の一つであったが、何より妖精達の技術力でどんな軍艦が建造されるのかという期待感があった。

 

 『大和』から許可を得た妖精達は早速ドックにて軍艦の建造に取り掛かった。設計図自体は前々からKAN-SENの艦体の物を基に独自の設計を盛り込んで製図しており、その設計図を基に建造を行った。

 

 その時妖精達が建造したのが、戦艦と空母であったのだ。

 

 戦艦のコンセプトは『機動部隊に随伴できる機動力と高火力を有する高速戦艦』というもので、見た目は大和型戦艦に酷似しているが、コンセプト自体は『アイオワ級戦艦』に近いものがある。

 

 兵装は50口径41cm三連装砲を3基9門を搭載し、長10センチ連装高角砲を10基20門、その他に零式機銃、九九式40ミリ四連装機関砲を数十機以上を搭載している。

 速力は高速戦艦として設計されているので、31ノット前後は出るようになっている。

 

 妖精達はその物量と技術力を生かし、戦艦をたった一年で完成させ、その上二隻目を翌年に完成させたのだ。いくらブロック工法や電気溶接を多用としているは言えど、この短期間で完成させられるのは、妖精の技術力と物量があってこそである。

 

 しかも戦艦建造中に、片手間で『雲龍型航空母艦』を基にした中型空母を二隻完成させているので、なお妖精達の技術力の高さが伺える。

 

 

 しかし、二隻の戦艦と二隻の空母を完成させた後で、妖精達はあることに気づく。

 

『KAN-SENの支援を行うなら、別に戦艦じゃなくてもよくね?』と。いや、作る前に気付けよとツッこみたい。

 

 そもそも、身も蓋も無い事なのだが、KAN-SENの支援なら同じKAN-SENでも事足りるという、本末転倒な事実があったが為に、この四隻は存在理由すら失ってしまった。空母ならまだ使い道があるものの、これが中型の空母とあって、微妙に使いづらいと来たものである。

 

 かといって、完成したばかりの軍艦を解体するなんて持っての外。しかし使い道が限られているので、建造後四隻は港の一角で係留されて半ば放置されていたのだ。

 

 だが、この軍艦建造の経験は無駄に終わらず、妖精達は自分達が資材の輸送に使う輸送船や船団護衛を行う為に巡洋艦や駆逐艦の建造を行おうとした。

 

 しかしその前に、トラック諸島は異世界へ転移してしまい、軍艦建造は取りやめになっていた。

 

 その後、クワ・トイネ公国向けに軍艦の建造が行われる事になり、その軍艦こそが、その時に建造予定だった巡洋艦と駆逐艦なのである。

 

 そして半ば放置されていた戦艦と空母も、クワ・トイネ公国へ譲渡を行う事にしたのだ。今になって譲渡するのは、それまで整備を行っていたからだ。

 

 

 

「お主も来ていたのか、『冬月』」

 

 と、声を掛けられて『冬月』は声がした方を向くと、そこには『長門』と彼女の傍に控える『江風』の姿があった。

 

「『長門』様」

 

 『冬月』はとっさに身体の正面を『長門』に向けて姿勢を正し、頭を下げる。その様子に『長門』は少しムッとする。

 

「そんなに畏まらなくて良いと、余は前から言っているではないか」

 

 不満ですと言わんばかりな様子で『長門』は腕を組む。

 

「そうは言いましても、体裁というか、何て言うか。そういう性分でして」

 

 『冬月』は苦笑いを浮かべて頭の後ろを掻く。というもの、『長門』の後ろでは『江風』がジトーと睨んでいるからだ。

 

「……生真面目だな。少しは『紀伊』を見習ってもいいのだぞ」

 

(それはそれでどうなんだ?)

 

 『冬月』が内心呟き、『長門』はため息を付いて、入渠している戦艦を見る。

 

「しかし、この戦艦もクワ・トイネへ譲渡するのか」

 

「まぁ、いつまでも港に係留されたまま朽ちるよりも、誰かに使ってもらう方がいいですよ」

 

「……確かに、そうだな」

 

 『長門』はそう言うと、目を細める。

 

「そういえば、どうして『長門』様はここに?」

 

「なんだ? 余がここに来てはいけないのか?」

 

 『長門』は再びムッとした様子で『冬月』に声を掛ける。

 

「そういうわけじゃありませんが、ただ珍しいなぁって」

 

「珍しいか。ふん」

 

 と、『長門』はそっぽを向く。

 

「……余がどこに居ても、お主の傍に居ても、余の勝手だ」

 

 彼女は小さくそう言うも、どことなく顔が赤い気がする。

 

「……?」

 

 そんな様子の『長門』に『冬月』は首を傾げる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、ここはクワ・トイネ公国の港町、マイハーク

 

 

 ロウリア王国との戦争が終わり、マイハークは以前の活気を取り戻していた。

 

 

 漁港では漁師達が獲って来た魚を水揚げし、それぞれの種類に分けられた後魚は市場へと並べられている。

 

 

 町は活気に満ちており、誰もが笑顔を浮かべている。

 

 

 

「マイハークも以前のような活気が戻ったね」

 

「そうね」

 

 町の中にある海辺を見渡せる喫茶店で、『尾張』が市民達を見ながらそう言うと、向かい側の席に座る銀髪のショートヘアーに白い軍服を身に纏う『ティルピッツ』が相槌を打つ。

 

 二人は休暇としてマイハークを訪れ、喫茶店でコーヒーを飲んでいる。

 

「やっぱり、戦うよりも、平和が一番だよ」

 

「平和……。果たして私達兵器が口にしていい事なのかしら」

 

 『尾張』がカップを持ってコーヒーを飲んで呟き、『ティルピッツ』は港を見つめながら声を漏らす。

 

 港では漁船の他に、周辺海域の哨戒から帰ってきた乙型哨戒艇が燃料補給の為に埠頭へやって来て、交代で別の乙型哨戒艇が港を出る。

 

 他にも輸送船からトラック泊地で製造された武器兵器が、港に設置されたクレーンで吊り上げられて、陸揚げされている。

 

「兵器らしからぬ言葉なのは理解しているよ。むしろ俺達兵器にとって平和なのは、やる事を失う事でもあるしね」

 

「……」

 

「でも―――」

 

 と、『尾張』は往来する人々を見る。

 

 マイハークの住人達は、誰もが笑顔を浮かべて、活気に満ちている。

 

「この笑顔を守れたと思うと、平和になるのも悪くないと思うんだ」

 

「……」

 

「それに、こうやって心安らかに出来るのも、平和だからこそだよ」

 

「心安らかに、ね」

 

 彼女はそう呟くと、微笑みを浮かべる。

 

 

 

「あっ、『尾張』さん!」

 

 と、『尾張』を呼ぶ声がして二人は声がした方を見ると、『翔鶴』と『瑞鶴』の二人を連れた『武蔵』の姿があった。

 

「やぁ、『武蔵』」

 

 『尾張』は『武蔵』に声を掛けて笑みを浮かべる。

 

「今日は家族水入らずって感じだな」

 

「はい。みんなと出かけるって約束していましたので」

 

 と、『武蔵』は後ろを振り向き、『翔鶴』と『瑞鶴』の後ろで見え隠れしている子供を見る。

 

「『蒼鶴』。隠れていないでちゃんと挨拶をしなさい」

 

「『飛鶴』も。出てきてちゃんと挨拶して」

 

 『翔鶴』と『瑞鶴』は後ろに隠れている子供を前に出す。

 

 『蒼鶴』と呼ばれた少女は、『翔鶴』同様腰まで伸びた白い髪を一本結びにして、頭には赤いカチューシャを着けている。瞳は『武蔵』のような赤い瞳を持つ。格好は巫女装束風の色合いの弓道着風な服装をしている。

 その顔つきは『翔鶴』に似ているが、目元や輪郭は『武蔵』に似ている。

 

 『飛鶴』と呼ばれた少女は、黒い髪をポニーテールにしており、その根元には白いリボンをしている。瞳は『瑞鶴』みたいな灰色をしている。格好は『蒼鶴』とほぼ同じ巫女装束風の色合いの弓道着風な服装をしている。

 その顔つきは『瑞鶴』に似ているが、髪の色や輪郭は『武蔵』に似ている。

 

 『蒼鶴』と『飛鶴』と呼ばれた少女達。彼女達もまた『武蔵』と『翔鶴』、『武蔵』と『瑞鶴』と、それぞれの間に生まれた第二世代のKAN-SENである。

 

 二人して見た目が幼い姿なのは、艤装を含めてまだ完全な状態ではなく、これが完全な状態になれば今の姿より成長した姿になる予定である。

 

「こ、こんにちわ……」

 

「こんにちわ」

 

 『蒼鶴』はオドオドとした様子で挨拶をして、『尾張』は笑みを浮かべて挨拶を返す。

 

「こんにちわ、『尾張』おじさん!」

 

「おじ……」

 

 『飛鶴』は元気よく挨拶をするも、おじさん呼ばわりをして『尾張』はショックを受ける。

 

 まだ若いのにおじさんと呼ばれるのは、中々つらいものがある。

 

 おじさん呼ばわりされた『尾張』に、『ティルピッツ』は少し笑いそうになるも、他の誰にも気づかれないぐらいに漏らす。

 

「こら、『飛鶴』。おじさんじゃなくて、お兄さんでしょ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 母親である『瑞鶴』より叱られて、『飛鶴』はシュンと気を落とし、

 

「すみません、『尾張』さん」

 

「いや、別に気にしてはいないよ」

 

 謝罪する『武蔵』に、『尾張』は苦笑いを浮かべる。

 

「まぁ、何だ。元気そうで何よりだね」

 

「えぇ。そうですね」

 

 『尾張』と『武蔵』はそう言うと、『蒼鶴』と『飛鶴』を見る。

 

「……この光景が見られるのも、今だけなんだな」

 

「えぇ。もう少ししたら、あの子達はKAN-SENとして完成します」

 

「複雑だな」

 

「そうですね。だからこそ、悔いが無いように、思い出は多く作っておきたいんです」

 

「そうか」

 

 短い会話を交わすと、『飛鶴』が『武蔵』の元へとやってくる。

 

「ねぇ、お父さん! 早く次の所に行こうよ!」

 

「はいはい。今行くよ」

 

 手を引っ張る『飛鶴』に『武蔵』は笑みを浮かべながら答え、『尾張』を見る。

 

「では、自分達はこれで失礼します」

 

「あぁ」

 

 『武蔵』は頭を下げてから『飛鶴』と一緒に『翔鶴』、『瑞鶴』、『蒼鶴』の元へと向かい、一緒に街の中へと歩いていく。

 

 

「……行ったわね」

 

「あぁ」

 

 街の方へ歩いていく四人を見ながら、二人は短く会話を交わす。

 

「……」

 

 ふと、『ティルピッツ』が『尾張』の手の上に自身の手を置く。

 

「『ティルピッツ』……」

 

「……」

 

 彼女は何も言わず、ただ自身の手を『尾張』の手の上に置き続ける。

 

 『尾張』は何も言わず、彼女の手と自身の手を繋いで、笑みを浮かべる。

 

 『ティルピッツ』は頬を赤く染めて、前を見つめる、

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その日の夜。

 

 

 『大和』は自室にて窓の傍に置いた椅子に座り、外の景色を見つめていた。

 

「……」

 

 転移後も変わらない気候とあって、この時期は蒸し暑く、夜も涼しい風こそ吹くが、それでも少し暑い。

 

 一応空調があるので涼しい環境にできるが、彼は空調自体あまり好きではないので、余程熱い時以外はつけないそうな。

 

 それゆえに、『大和』は制服の上を脱いでタンクトップ姿になっている。

 こうして見ると華奢な身体つきであるのが分かる。

 

(このままロデニウス大陸の情勢を考えるなら……分かれたままは都合が悪いよな)

 

 夜空を見つめながら、内心呟く。

 

 このロデニウス大陸の情勢は、これから大きく変わるだろう。

 

 クワ・トイネ公国とクイラ王国は元から友好国とあって、仲は良好。

 

 ロウリア王国に関しては、まだ分からない。そもそも亜人迫害主義を掲げていたのは王族と軍上層部ぐらいで、国民自体は亜人に対する差別意識はそんなになかったようで、今回の戦争も自分達の暮らしが良くなるのなら、という程度でしか思っていなかったそうだ。まぁそれでも多くの税の徴収で国に対して快く思って居ない者が多かったそうだが。

 少なくとも亜人迫害主義の人間が今回の戦争でその多くが亡くなったので、国内での亜人差別思考は減少していくと思われる。

 

(パーパルディア皇国の脅威がある以上……やはりやるしかないよな)

 

 彼はあることを考え、明日にもカナタ首相に提言しようかと考える。

 

 

 コンコン

 

 

 すると扉からノックがする。

 

「誰だ?」

 

『「赤城」ですわぁ、総旗艦様』

 

「『赤城』か。いいぞ入っても」

 

 ノックの主は『赤城』であり、彼は入室を許可すると扉が開かれ、『赤城』が姿を見せる。

 

「どうした? こんな夜に?」

 

「はい。総旗艦様と、お酌を少し」

 

 と、『赤城』は両手を後ろに回して九本ある尻尾に突っ込むと、彼女の両手には中くらいのサイズのビンと御猪口が握られていた。

 

(その尻尾は四次元ポケットか何かなのか?)

 

 目の前の光景に『大和』は内心でつっこみつつ、『赤城』をジト目で見る。

 

「あのな、『赤城』。時間は経っているが、まだアルコール類は……」

 

「ご心配なく。『ヴェスタル』さんから太鼓判を押してもらいましたので」

 

「……」

 

 工作艦からの太鼓判押しと言われて、『大和』はそれ以上言えなかった。

 

「やれやれ」とため息を付き、『大和』は自室にある重桜風なスペースにて靴を脱ぎ、ちゃぶ台がある畳に座ると、『赤城』も靴を脱いで畳に座る。

 

 

「どうぞ♪」と『赤城』は御猪口を『大和』に差し出して彼が受け取ると、彼女はお猪口に重桜産の酒を注ぐ。

 

 その後に『赤城』も自分のお猪口に酒を注ぎ、それを手にする。

 

 二人はお猪口を軽く当てて、酒を飲む。

 

「こうやって『赤城』と飲むのは久しいな」

 

「そうですわね。件のメンタルキューブを宿している間、禁酒がヴェスタルさんに言い渡されていましたし」

 

「そりゃそうだ」

 

 『大和』はそう言うと、酒を飲む。

 

「まだ何が起こるか分からないんだ。これでもまだ足りないぐらいだよ」

 

「さすがに、それは警戒し過ぎなのでは?」

 

「……『天城』の身にあんなことがあったら、誰だって警戒するだろ」

 

「……」

 

 彼の言葉に、『赤城』は何も言えなかった。

 

 

 二人の脳裏に過ぎるのは、夥しい量の吐血をして倒れた『天城』の姿であった。

 

 

「……」

 

「総旗艦様……」

 

「確かに、あの時は何も分からない状態だった。情報を得る為には、誰かがやらないといけなかった。だからあいつは自らが立候補した」

 

「……」

 

「代償は大きかったが、その代償によって得られた物もまた大きかった」

 

「……総旗艦様と、『赤城』の為でしたわね」

 

「そうだな。俺達の為に、あいつは身体を張ったんだからな」

 

 その代わりKAN-SENとして色々と犠牲にしている気がしないでもないが……

 

「複雑な思いですわ。『天城』姉様の御身体が心配ですのに、そのお陰で『赤城』は安心して総旗艦様と子を作ることが出来ましたし」

 

 赤城は腹部に手を当てる。

 

「……」

 

「本当に、複雑ですわ……」

 

(『赤城』……)

 

 『大和』は彼女の気持ちは理解できた。

 

 

 『天城』はKAN-SENの中でも、身体が弱い。それは彼女の『カンレキ』もそうだが何より『リュウコツ』に異常があるのだ。身体が弱いのもそれが原因である。

 

 そんな彼女がリスクを承知の上で立候補して、『大和』との間に子供という名のメンタルキューブを作った。もちろんそれは義務的な理由ではなく、愛があっての子作りであった。でなければ件の白いメンタルキューブは作れないのだが。

 

 『天城』が身体を張って、情報と技術を見出してくれたからこそ、『大和』と『赤城』は安心することが出来て、その後の第二世代の誕生に安全性を見出した。

 

 それに関して、『赤城』は感謝し切れない思いがあると同時に、姉に重い負担を掛けてしまった罪悪感があるのだ。

 

 

「……でも」

 

「でも?」

 

 と、何やら『赤城』の様子が一変する。そしてその様子を『大和』は察した。

 

「……総旗艦様の第一子を逃してしまったのは、悔やまれますわ」

 

 よっぽど悔しかったのか、ギリッと彼女は歯噛みして、気のせいか口端から血を流しているように見える。

 

「ホントそこはブレないな」

 

 相変わらずな様子の『赤城』に、『大和』は苦笑いを浮かべて呆れと同時に妙な安心感を覚えるのだった。

 

 

 

 それから少しして……

 

 

 

「……で、これが本当の目的か、エロ狐め」

 

 ベッドに押し倒された『大和』は、覆い被さる様にしている『赤城』に対して、ジト目で見ながら問い掛ける。

 

 酒瓶を二本空けた所で酔いが回り、『大和』は一旦横になろうとベッドに向かったが、その直後『赤城』に仰向けになるように身体の向きを変えられて押し倒され、今に至る。

 

「フフフ。そういう総旗艦様も、期待されていたのでは?」

 

 酔いが回り、妖艶な笑みを浮かべている『赤城』は、ゆっくりと顔を『大和』と目の鼻の先まで近づける。当然ながら『赤城』の身体は『大和』の身体と密着している。

 

「……まぁ違うと言えば、嘘になるな」

 

 『大和』は顔を近づけて『赤城』の額に自身の額をくっ付ける。

 

「良いだろう。お前の気が済むまで、相手をしてやる」

 

「総旗艦様♪」

 

 

 

 

 その後にあった事は、当の本人達の知る所である……

 

 

 

 




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第三十七話 新たなる国家の誕生

 

 

 

 

 中央歴1639年 7月01日 クワ・トイネ公国 マイハーク

 

 

 

 この日、ロデニウス大陸の歴史上最も大きな転換点を迎える、重大な会議が行われていた。

 

 

 参加者はクワ・トイネ公国及びクイラ王国、そしてロウリア王国の政府首脳人である。そしてその中にはトラック泊地より代表として『大和』と『紀伊』の姿もある。

 

 ロウリア王国は先の戦争で首脳陣は一部を除いて入れ替えられており、首脳陣に新顔が目立つ中、臨時的に国を率いる首相として就任したパタジンの姿がある。

 

 

 

「それでは、始めましょう」

 

 カナタのその一言により、今後を左右する重要な会議が始まった。

 

 

 

 会議は予想されたロウリア王国側の反対意見が思ったより少なかったので、予想よりスムーズに事が進んだ。

 

 その後は『大和』と『紀伊』の意見を取り入れつつ、三ヶ国の首脳陣は話し合いの末に一つの決定を下した。

 

 

 

 それはロデニウス大陸に存在する三ヶ国を統一し、大陸そのものを一つの国家とする計画である。

 

 

 

 パーパルディア皇国の脅威もそうだが、この世界における弱肉強食という実情がある以上、いつまでも国同士でいがみ合っているわけにはいかないと、『大和』は考えていた。

 

 まぁそれ以上に、ロウリア王国はパーパルディア皇国に対して多額の借金を抱えている以上、ほぼ確実にそれを理由にしてかの国から宣戦布告を受けるだろうという確定事項があるのだ。

 その煽りを、クワ・トイネ公国とクイラ王国も受けてしまうのだ。

 

 そんな中で、三ヶ国がパーパルディア皇国と戦おうとしても、連携出来ずに戦いはうまくいかず、無駄な犠牲が出てくる可能性が非常に高い。

 

 その為、『大和』と『紀伊』はカナタ首相と話し合いをして、パーパルディア皇国に対抗するために、統一国家の建国計画を立てた。当初は一部の者が難色を見せたものも、最終的にクワ・トイネ公国の首脳陣全員が賛成を表明した。

 

 この考えはクイラ王国に伝えられ、クイラ王国の王はこれを快く受け取り、計画に賛同した。

 

 ロウリア王国の臨時首相として就いたパタジンにも計画を伝えたところ、彼も賛同し、首脳陣も全員が賛同した。まぁ借金返済が事実上不可能であるので、パーパルディア皇国から確実に宣戦布告を受けることが分かっている以上、賛同せざるを得ないという面もあるだろうし、トラック泊地の力を目の当たりにしたからこそ、その計画に彼らは希望を見出しているのかもしれない。

 

 

 

 それからして今日この日に三ヶ国の首脳が集まって、計画について事細かく決めるための会議が行われ、会議の末にこの統一国家建国計画は遂行に移すことが決まった。

 

 その後三ヶ国の国民に対して統一国家建国に関する投票が行われ、その結果はクワ・トイネ公国とクイラ王国の国民はもちろんのこと、ロウリア王国の国民も統一国家建国に賛成を示した。

 当然ロウリア王国側の貴族から反対意見があったものも、戦争により影響力が低下していたとあって、反対意見は半ば無視されて流されることになった。

 

 

 

 そして一週間後の中央歴1639年 7月7日 

 

 

 ロデニウス大陸のクワ・トイネ公国とクイラ王国、ロウリア王国の三ヶ国は統一を行い、元クワ・トイネ公国首相カナタを大統領とする『クワ・トイネ州』『クイラ州』『北ロウリア州』『南ロウリア州』の四つの州を持つ新たな国家『ロデニウス連邦共和国』が建国された。

 

 

 国の建国としてはかなり短い期間で達成した統一国家建国であるが、これも裏で活躍してくれた三ヶ国の首脳陣の努力があってこそである。

 

 

 そして『大和』達トラック泊地は、一応ロデニウス連邦共和国の海軍の一組織として組み込まれはしたが、その特性を考えて独立性を有する組織として活動することになった。

 

 『大和』はトラック泊地の司令長官兼外交官として就任し、『紀伊』は海軍の連合艦隊司令長官として就任した。

 とは言ったものも、実質的に二人の司令長官は肩書きみたいなものなので、外交官として就任した『大和』以外はほぼ今まで通りと思えばいい。

 

 

 

 とてもひっそりではあったが、この世界で新たなる国家の歴史が、始まろうとしていた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 中央歴1639年 7月13日 トラック諸島。

 

 

 ロデニウス連邦共和国海軍の一大拠点として新たにスタートさせたトラック泊地。

 

 

 

「これでパーパルディア皇国への備えは出来た。後は国内の軍備を整えるだけか」

 

「そうですわね」

 

 トラック諸島のある島に訪れた『大和』と『天城』の二人は、とある場所へ向かっていた。

 

「しかし、本当によろしかったのですか? 当初はあくまでも独立した組織として活動するはずでしたのに」

 

 『天城』は少しばかり不安な表情を浮かべて『大和』に問い掛ける。

 

 当初『大和』はあくまでも独立した組織として活動し、要請があれば戦力を送る民間軍事会社のような形で活動していこうと考えていた。これは旧世界にて、アズールレーンやレッドアクシズによって自分達を取り込もうとする動きに警戒していたように、転移後も同じスタンスで居ようとしたのだ。

 

 一応一組織として組み込まれはしたが、それでも独立した組織としての機能を有している。

 

「まぁ、別にレッドアクシズやアズールレーンの一組織として組み込まれるわけじゃないんだ。ロデニウス大陸には俺達の力を手に入れようとする者達も居ないしな」

 

「……」

 

「この世界の一員として生きていくのも、悪くないんじゃないかって思ってな」

 

「そうですか……」

 

「不満か?」

 

「いいえ。総旗艦様が望まれるのであれば、私は何も言うことはありません。それが総旗艦様が望まれる平穏に繋がるのであれば」

 

「……すまないな」

 

 『大和』は短く謝ると、二人は倉庫の前へ辿り着く。

 

 倉庫の前には大山敏郎が妖精達と共に待っており、妖精達と話している所後ろから近づいて来ている気配に気付いて振り向き、『大和』達を見つけて振り向く。

 

「お待たせしました、敏郎さん」

 

「来たか、『大和』。いつでも良いぞ」

 

 敏郎は妖精達と共に倉庫の扉を開けて中に入ると、『大和』と『天城』もその後に付いて行く。

 

「おぉ……」

 

「これは……」

 

 倉庫の中に入ると、『大和』と『天城』は中にある物を見て思わず声を漏らす。

 

 倉庫の中には、妖精達があちこちで各々の作業を行っている巨大な代物があった。

 

「まだ機体は七割ほどしか完成していないが、エンジンは既に完成している。機体が完成すれば試験飛行が可能になるな」

 

 敏郎は巨大な代物を見ながら、作業の進行状況を『大和』に伝える。

 

「これほど大きな機体を、よく作れましたね」

 

「深山や連山の開発ノウハウがあってこそだよ。最も、妖精の技術力があってこそ実現できたんだがな」

 

 タブレット端末を操作しながら敏郎はため息を付く。

 

「ですが、敏郎さんの頭脳があってこそ、ここまで出来たと思っています。俺達だけじゃ、ここまでの代物は作れなかったと思います」

 

「そんなに持ち上げないでくれ、『大和』。妖精の助力無しじゃ俺は何も出来なかったんだ。祖国でも、そんな感じだったしな」

 

「敏郎さん……」

 

 悲壮な雰囲気の敏郎に、『大和』は何も言えなかった。

 

「まぁでも、ここに来て俺の実力が実を結んだって言うのは、否めんな」

 

 敏郎は咳払いをして、気持ちを切り替える。

 

「試作機が完成すれば、試験飛行を行う予定だ。だが、量産については、そう簡単に数は揃えられないな」

 

「深山や連山でも同じでしたので、その点は仕方ないかと」

 

 敏郎の言葉に『天城』がフォローを入れる。

 

 彼女の言うとおり、この機体の規模は深山と連山を有に超えている。その為量産出来るかどうかも怪しいのだ。尤も、それはこのトラック泊地にある工場のみでの話なのだが。

 

「まぁ、今は試作機が完成しないと話にならない。でも慌てず丁寧にお願いします」

 

「分かっている。必ずこいつを完成させるさ」

 

 敏郎はニカっと笑顔を浮かべてサムズアップする。

 

「ところで、こいつの名前は決まっているのですか?」

 

 『大和』は機体を見上げながら敏郎に問い掛ける。

 

 彼の脳裏には人間だった頃のミリオタとしての知識に、よく似たものがあった。

 

「こいつか? いやまだ決まっていない。こいつが完成するまでには、決めておきたいな」

 

 敏郎は頭の後ろを掻いて苦笑いを浮かべながらそう口にする。

 

「『大和』も考えてくれるか? 考えてくれると助かるんだが……」

 

「そうは言っても、うーん」

 

 『大和』は機体を見上げながら声を漏らす。

 

「まぁ、一応考えておきます」

 

 彼は頷き、妖精達によって作られる機体を見上げる。

 

「それで、空母の艦載機の改修はどのくらい進んでいますか?」

 

「あぁ。重桜の空母の艦載機を優先に行っている。既に『武蔵』や『翔鶴』『瑞鶴』を筆頭に行っている。『大和』の艦載機も最近終わっているし、これから『赤城』と『加賀』、『蒼龍』の艦載機も行っていく予定だ。『エンタープライズ』達の艦載機はみんなが終わってからだな」

 

「そうですか」

 

 『大和』は敏郎より報告を聞くと、倉庫の隅に視線を向ける。

 

 そこには性能向上の改修を終えて、翼を休めている艦載機の姿があった。

 

 この他にF8F ベアキャットとA-1 スカイパイレーツにも改修が施される予定であるが、元の性能の高さもあって、重桜の艦載機の改修が優先されている。

 

(準備は整いつつある、か)

 

 進みつつある準備に、『大和』は安堵する。

 

 

 

「そういえば、指揮艦様達がこの前の調査で発見した『例の物』の調査はどうですか?」

 

「あぁあれか。いやぁ、な……」

 

 と、『天城』が問い掛けると、なぜか敏郎は苦笑いを浮かべる。その様子に『天城』と『大和』は怪訝な表情を浮かべて首を傾げる。

 

「調査自体は進んでいるんだが……妖精達が日夜狂喜乱舞していてな。もう、その雰囲気ときたら……」

 

「あー、なるほど」

 

 敏郎の口から語られる妖精達の様子を容易に想像出来てか、『大和』は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

 ロデニウス大陸には『リーン・ノウの森』と呼ばれるエルフ族が代々守り続けている聖域がある。そこには太古の昔、この大陸にて魔王と戦った『太陽神の使い』に関する物が眠っている噂があった。

 

 『大和』はその話に興味を持ち、クワ・トイネ公国を通してエルフ族にその神話に関する調査を行いたいと交渉していたが、彼らにとってリーン・ノウの森は聖域とあって、当然ながら簡単に調査の許可は下りなかった。

 

 しかしロウリア王国との戦争にて、トラック泊地が事前にロウリア王国の動きをクワ・トイネ公国に伝えて、エルフ族の集落を疎開させるようにしたとエルフ族に伝わると、その恩返しの一環で特別に調査の許可が下りた。

 

 数日前に『紀伊』を筆頭に技術関連の専門家として敏郎や技術者の妖精、護衛に『出雲』と『高雄』、『デューク・オブ・ヨーク』等のKAN-SENの他に陸戦隊が同行した。

 

 エルフ族の案内の下、リーン・ノウの森を進み、最深部にある石造りのドーム状の建造物へたどり着く。

 

 

 そしてそこで、彼らは衝撃的な物を発見したのだ。しかも多くを、その上非常に良い状態でだ。どうやらそれがエルフ族が代々に伝える『太陽神の使い』の種類の違う神の船や鉄の地竜であるようである。

 

 その後エルフ族との間で話し合い、森の最深部にある『例の物』の詳しい調査を行う許可を取った。しかしそれは彼らにとって御神体なので、外に持ち出すわけにいかない。その為、現地で調査を行うことにしたので、常時案内役のエルフ族の配備を依頼し、妖精達による詳しい調査が行われている。

 

 とても状態が良かった為、妖精達は新鮮な獲物を見つけた獣の如く群がり、目をぎらつかせて調べているそうな。

 

 

 

「まぁ、彼女達がやる気なのは良いとして……」

 

 『大和』は咳払いをして、気持ちを切り替える。

 

「これで色々と抱えていた問題が一気に解決できそうですね」

 

「そうだな。リーン・ノウの森で発見された『例の物』のお陰で、一気に技術が飛躍しそうだ」

 

「その上、旧世界で妖精達が各地で見つけた『過去の遺物』が、もしかすれば役に立つかもしれませんね」

 

「そうだな」

 

 『大和』の言葉に敏郎は頷き、彼は脳裏にその時に見た『例の物』を思い浮かべる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって、ロデニウス連邦共和国の四つある州の一つ、クワ・トイネ州 

 

 

 

「アルタラス王国との国交は何とか無事に終えそうだな」

 

「はい」

 

 大統領の執務室にて、ロデニウス連邦共和国の大統領として就任したカナタが秘書より報告を聞いていた。

 

「この後アルタラス王国との協議次第で、今後の戦略に大きく響くからな。気を引き締めるように外務局に改めて伝えてくれ」

 

「かしこまりました」

 

 秘書は手にしているタブレット端末のメモ帳アプリにメモをする。

 

「……しかし」

 

 と、カナタは椅子を回して後ろを向くと、窓から街の景色を一望する。

 

 大陸統一によって新たに建国されたロデニウス連邦共和国の首都クワ・トイネ。トラック諸島と接触してから発展をしていたが、あれから更に発展を遂げていた。

 

「まさかこの私がロデニウス大陸の統一国家の長になるとは……人生何が起こるか分からないものだな」

 

「そうですね」

 

「そう思うと、本当に濃い一年だった」

 

 カナタは感慨深そうに呟き、深くゆっくりと息を吐く。

 

 

 トラック諸島が転移して、クワ・トイネと接触して早一年。この一年はクワ・トイネのみならず、このロデニウス大陸の全てを変えた。

 

 生活水準が変わり、強大な力を持つ武器兵器を手に入れ、あの旧ロウリア王国を打ち倒した。

 

 そして、三ヶ国が統一し、新たな国家が建国された。

 

 

「だが、同時にこれから大きな試練が待ち構えているのも事実だ」

 

「……パーパルディア皇国、ですね」

 

「あぁ」

 

 カナタは『大和』と『紀伊』より聞かされた話を思い出す。

 

「いずれあの国がこの大陸に魔の手を伸ばすのは予想できていた。例え旧ロウリア王国に支援を行わなくても、いずれな」

 

「……」

 

「……勝てると思うか。あの第三文明圏の列強国に?」

 

「技術的に考えれば、確実に勝てると思います。ですが物量は圧倒的に向こうの方が上です」

 

「……やはり物量か」

 

 カナタは苦虫を噛んだ様に顔を顰める。

 

「現在陸海空軍の戦力は増強されつつあります。海軍では新たにトラック諸島で建造された戦艦と空母を導入、巡洋艦及び駆逐艦も数を増やしつつあるとの事です」

 

 現在連邦共和国海軍は更なる発展を進めており、ヤクモ級にウネビ級、マツ級の増備に加え、新型の巡洋艦と駆逐艦の導入、先日トラック泊地より戦艦二隻と空母二隻が譲渡されて就役に向けて訓練を行っている。

 

「陸軍では戦車隊及び砲兵隊の訓練が進んでいます。今は監視付きではありますが、北ロウリア州、南ロウリア州でも訓練が開始されています」

 

「……旧ロウリア王国の出身者が反乱染みた事を起こさなければ良いのだが」

 

「万が一に備えて『出雲』殿と『土佐』殿、『三笠』殿が陸戦隊と共に監視しているようです」

 

「……彼女達の力が振るわれないのを祈るばかりだな」

 

 彼はそう言うと、ため息をつく。

 

 陸軍は61式戦車の他に74式戦車を導入し、陸戦隊の戦車隊より教導を受けてその戦力を増やしている。

 

 そして旧ロウリア王国出身者も連邦共和国陸軍の一員として訓練が開始されたが、先の戦争の事もあって、その多くは心を入れ替えてロデニウス連邦共和国の一員として訓練に励んでいるが、一部に不満を持つ者が少なくない。

 その為、訓練中はトラック泊地の陸戦隊が監視しており、万が一はすぐさま鎮圧できるようにしている。

 

「空軍はパイロットの数を増やしつつ、航空機を次々と導入しています」

 

「それでも、まだまだ足りないな」

 

「……」

 

「可能な限り準備を進めるんだ。あの国の性格を考えれば、長く待ってはくれないぞ」

 

「かしこまりました。改めて陸海空軍の各司令に伝えておきます」

 

 秘書は頭を下げて、執務室を出る。

 

 

「……」

 

 カナタは再度窓の方を向き、景色を眺める。

 

(守らねばな。この国を)

 

 改めて決意を胸に秘め、彼は書類整理の作業を再開する。

 

 

 




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第三十八話 ムー大陸西方海域海戦 壱

 

 

 

 

 時系列は遡ること、一年前……

 

 

 

 トラック諸島が転移する、少し前のことである。

 

 

 

 第二文明圏

 

 

 

 その日、ある国で悲劇が起きた。

 

 国交開設を行うために赴いた国の使節団が、不敬を買ったとして相手国によって使節団全員が処刑された。その中にはその国の皇族が含まれていたそうである。

 

 悲劇的な内容であったが、この世界ではよくある事だと、どの国も興味を示さなかった。

 

 

 しかし、これが世界を揺るがす大きな悲劇の幕開けになるとは、誰も予想しなかった。

 

 

 その後その国こと、『グラ・バルカス帝国』はパガンダ王国へ宣戦布告し、わずか数日という短さで、パガンダ王国を滅ぼした。

 

 

 そしてその後、グラ・バルカス帝国はレイフォルに対して宣戦布告をして、攻撃を開始した。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 第二文明圏 列強国レイフォル ムー大陸西方海域

 

 

 レイフォルより出航した43隻もの艦隊が、西へ針路を取って進んでいた。

 

 突如として現れた『第八帝国』と名乗る新興国家は、周辺の国々を統合、制圧し、あろうことか第二文明圏全ての国に宣戦布告してきた。

 

 野蛮な国、蛮族と放っておいたが、レイフォルの西側にある小さな島国であり、レイフォルの保護国でもあるパガンダ王国を滅ぼしたしたことが、レイフォル皇帝の逆鱗に触れる。

 

 レイフォルの皇帝は竜母や100門級戦列艦を含む主力艦隊を差し向け、パガンダ王国沖合いに展開する第八帝国の敵艦隊の撃滅を命じた。

 

 100門級戦列艦と竜母の艦隊は帆をいっぱいに張り、『風神の涙』と呼ばれる風を起こす魔法具を使用し、12ノットの速度で向かった。

 

 

 

「将軍! 偵察中の竜騎士から敵艦発見の報告が来ました!」

 

 竜母から飛び立った偵察中のワイバーンロードから魔信を通じて報告が上がり、通信士が声を上げる。

 

「敵は1隻のみですが……全長が250mを超え、信じられない大きさの大砲を搭載しているとの事です!!」

 

 報告を聞いた将軍バルの眉間に皺が寄る。

 

 もし偵察に上がったワイバーンロードの竜騎士の報告通りなら、敵はこちらのどの戦列艦よりも大きいことになる。

 

 竜騎士の言葉を信じないわけではないが、にわかに信じ難い内容とあって彼は一考する。

 

「艦隊針路を敵艦に取れ! 艦隊護衛の3騎を残し、残りの竜騎士を敵艦攻撃に向かわせろ!」

 

「はっ!」

 

 一考した末に、将軍バルは指示を下し、船員達が動く。

 

 波をかき分け、艦隊は針路を敵艦へ向ける。艦隊の乱れない動きから、艦隊錬度の高さが伺える。

 

 竜母と呼ばれる母船から、攻撃隊のワイバーンロードが青空へ向かって発艦していく。

 

 飛び立ったワイバーンロードは空中で編隊を綺麗に組み、竜騎士たちは西へ向かった。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 グラ・バルカス帝国 国家監査軍所属の超弩級戦艦『グレードアトラスター』は、護衛も無しに、単艦で東に向かっていた。

 

 260m以上はある巨体が海水を押し退け、水面を割って進む。

 

 46cm砲という巨砲を三連装にした主砲を前部に二基、後部に一基の3箇所に設置した計9門の主砲は、誇らしげに水平線を向く。

 

 幅の広い船体の中央部には、城郭のように聳え立つ艦橋があり、その後ろには斜めに立てられ黒煙を吐き出す煙突、三本のマストが立つ。

 

 艦中央には、ハリネズミのように高角砲や機関砲が所狭しに並べられて設置されており、必ず航空機を撃ち落すという強い意志がひしひしと伝わる。

 

 更にこの艦には、帝国にて新たに開発された近接信管と呼ばれる代物が搭載されている。

 

 この近接信管の開発により、砲弾が直撃しなくても、飛行物体が近くに来るだけで砲弾自身が出すレーダー波の反射により、砲弾が破裂し、その破片で飛行物体を撃墜する。

 

 数年前までは、時限式信管が使用されていたが、この近接信管の導入により、砲弾命中率は20倍と、飛躍的に向上した。

 

 主砲はレーダー照準射撃を導入しており、命中精度も向上、砲の威力はこの世界のどの大砲よりも大きい。

 

 主砲の最大飛距離は、40kmもあり、前世界においても、この世界においても、最大最強の戦艦に違いない。

 

 重要区画の装甲は、46cm砲の直撃にも耐えうる装甲となっており、不沈戦艦との異名もある。

 

 

 そして『グレードアトラスター』のその姿は……軍事関連に詳しい者ならこう思うだろう。

 

『大和型戦艦に酷似している』と……

 

 理由は不明だが、一部を除けば確かに『グレードアトラスター』は大和型戦艦に酷似した姿をしている。

 

 

 『グレードアトラスター』は先のパガンダ王国への攻撃に参加予定だったが、機関不調により出撃が遅れ、彼女の姉妹艦3隻が参加することになった。

 

 その後機関不調を直した彼女は、今回のレイフォル攻撃に単艦で参加することになった。

 

 本来であればありえない出撃の仕方であったが、世界に向けたパフォーマンス的な意図があるので、このような形となったのだ。まぁこの大役を任された『グレードアトラスター』の乗員達からすればたまった物ではないが。

 

 

「……」

 

 『グレードアトラスター』の艦長ラクスタルは、前方に広がる海を眺めていた。

 

「しかし、いくら命令とは言えど、本艦だけで攻撃を行うことになるとは」

 

 ラクスタルの隣に立つ『グレードアトラスター』の副長がどこか不満な様子で声を漏らす。

 

「そうだな。この『グレードアトラスター』が強いのは分かっているが、この艦とて無敵ではない」

 

 彼はそう言うと、視線を下に向けて甲板を見る。

 

 この世に完全無欠の軍艦は存在しない。確かに『グレードアトラスター』は世界最大の砲を持ち、特に対空迎撃能力はかなり高い。彼女が世界最強の戦艦というのも間違いではない。しかし戦艦だけで出来ることは高が知れている。現に単艦の状況で航空機の波状攻撃を、そして巡洋艦と駆逐艦に肉薄されて、魚雷を撃ち込まれれば、彼女とてただでは済まない。故に軍艦というのは複数居て、互いの欠点を補うのだ。

 

 

『レーダー室より艦橋。レイフォル艦隊から多数の飛行物体がこちらへ向かって来ております』

 

 すると、レーダー室からの報告がスピーカーを通して艦橋内へに伝えられる。

 

「総員、第一種戦闘配置」

 

「総員、第一種戦闘配置!」

 

 艦長のラクスタルは静かに命令を下すと、副長が復唱し、周囲が慌しくなる。

 

 スピーカーよりラクスタルの指示が艦内や甲板に伝えられ、乗組員達が慌ただしく動く。

 

 防弾性の装甲を持つドームに覆われた機関砲に、機銃要員はクリップで纏められた機関砲弾を弾薬箱から取り出して挿入口に差し込み、機関砲の仰角を上げつつ旋回し、射撃準備を整える。

 

 三連装の高角砲では、近接信管を持つ砲弾が半自動装填装置により薬室へ装填され、砲身の仰角が上げられて目標へ向けて砲塔が旋回する。

 

 

 ワイバーンという、彼らからすれば御伽噺の中でしかお目に掛かれないと思われた架空の生き物だ。だが、この世界では実在している。

 

 パガンダ王国との戦闘で、そのワイバーンとグラ・バルカス帝国の戦闘機との交戦が初めて行われた。その結果は全騎撃墜。帝国の戦闘機部隊の損失はゼロ。

 帝国の『アンタレス型艦上戦闘機』の前に、敵は手も足も出なかったそうだ。

 

 

『敵騎の速度は時速350km。あと8分で、目視圏内に入ります』

 

 通信士より報告を聞き、ラクスタルは目を細める。

 

 敵に艦攻や艦爆の類はいない。しかし、こちらには上空支援が一切無い。そして援護してくれる護衛艦も居ない。

 

 『グレードアトラスタ』は設計段階で対空戦闘を想定した戦艦であり、対空迎撃能力は他の戦艦よりも抜きん出ている。多数の高角砲や機関砲、最新のレーダーに高射装置、更に近接信管を装備しているとはいえ、向こうには魔法という不確定要素がある以上、不安はある。

 もしかすれば予想外の手痛い被害を受ける可能性がある。そんなことが起こるのも戦場である。

 

『間もなく敵騎が見えます』

 

 報告が入り、ラクスタルを含め副長や参謀達が首に提げている双眼鏡を手にして覗く。

 

 東の空に、けし粒の様な黒い点が見え始める。レイフォルのワイバーンロードの編隊である。

 しかし敵騎の速度が遅いため、中々大きくならない。

 

「対空戦闘用意」

 

「対空戦闘用意!」

 

 ラクスタルは命令を下し、副長が復唱する。命令が下った高角砲の砲塔と機関砲郡の銃口が高射装置によって算出された諸元に従って旋回して砲身の仰角が上がり、空を睨む。

 

「艦長、まずは対空主砲弾を試してみてはいかがでしょうか?」

 

 と、副長がラクスタルに意見具申を行う。

 

 これまでの対空迎撃に用いる主砲弾は時限式信管による物であったが、現在は新型の近接信管を持つ主砲弾が開発され、試験的に『グレードアトラスター』に配備されている。

 

 主砲による対空迎撃は近距離戦闘では使えないので、使うのであれば距離が開いている最初期に使用する必要があった。

 

 敵騎との距離は、およそ30km。相対速度を考えたら、そろそろ使用することが望ましい。

 

「そうだな……主砲発射準備。第一、第二砲塔に対空砲弾を装填、一斉射撃を行う。甲板上にいる者は直ちに艦内に退避せよ」

 

 ラクスタルが指示を出し、スピーカーから放送と共に警報が鳴らされ、外に居る甲板要員の者が艦内か物陰に避難し、主砲がゆっくりと動き始める。

 

 前部の主砲二基計六門が、重厚感溢れる動きでゆっくりと空を向く。

 

「レーダーと連動。諸元入力。発射準備完了!」

 

 敵との相対距離を概算で計算し、レーダーと連動して表示された諸元を基に主砲の砲身の仰角を固定した。

 

「……ッ撃ェェェ―――ッッ!!」

 

 ラクスタルは一間置いて、号令を放つ。

 

 直後、6門の砲が一斉に射撃する。

 

 

 ――――ッ!!

 

 

 大気を振るわせる轟音と衝撃波と共に、『グレードアトラスタ』の第一、第二砲塔の主砲が火を噴く。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 レイフォル軍竜母機動部隊より飛び立った攻撃隊40騎は敵の巨大艦に攻撃を加えるべく、編隊を組んで飛行していた。

 

 ここまで何事も無く飛んでこれたが、敵騎が襲い掛かってこないとも限らない。強襲に備え、死角を無くす20騎の密集隊形を取り、その後方上空を更に同じ密集隊形の20騎が飛行する。

 これだけ周囲を警戒していれば、どの方向からの奇襲に対処できる。

 

「……?」

 

 すると誰かが異変に気付く。

 

 空に黒い点が六つほど見える。

 

(何だ?)

 

 数人がそう思った瞬間、爆発、轟音が彼らの間近で起こった。

 

 一瞬のうちに、密集して飛行していた40騎中20騎は、『グレードアトラスター』の主砲より放たれた対空砲弾6発の近接信管から発せられる電波が敵騎を捉えて作動し、砲弾から放たれた洗礼を受ける。

 

 空に信じられないほど大きな火炎で出来た花が咲き、20騎は炎に包まれる。

 

 煙だけが残り、風によって煙が晴れると、前方低空を飛んでいた20騎は消滅していた。

 

 後方にいた20騎はその光景を目の当たりにして、混乱に陥る。

 

『さ、散開しろぉぉぉ!!!』

 

 これほど大きな爆裂魔法を使用する相手に、密集は危険と判断した小隊長が叫び、残った20騎は広範囲に散開する。

 

 まもなく前方に、巨大な艦が目視範囲に入る。

 

(デカイ! しかも帆が無いだと!?)

 

 そして彼らが目にしたのは、自分達の常識にある戦列艦を大きく上回る巨大な艦であった。そしてその艦には、遠くからでも巨大であると解るぐらい大きな大砲を複数積んでいる。

 

 島のように巨大な艦に、誰もが恐怖を覚え、身体を震わせる。

 

『ッ!! 突撃ィィぃぃ―――!!』

 

 しかし彼らは恐怖を振り払い、栄えある列強レイフォル軍の精鋭であるワイバーンロードの部隊は、グラ・バルカス帝国の戦艦『グレードアトラスター』に向かって行った。

 

 相手はたったの一隻。先ほどの砲撃は大砲の大きさから見てそう何度も撃てるものでないし、素早く動かせる代物ではない。散開すれば敵は狙いを定められなくなる。小隊長はそこに勝機があると考えたのだ。

 

 

 先程のような強烈な砲撃は無かったが、代わりに飛んできたのは、『グレードアトラスター』の艦中央にある高角砲より放たれた、無数の砲弾であった。

 

「量が……多すぎる!!」

 

 まるで雨、光の雨だ。海上から空に向かう光の雨の中を、彼らは敵艦に向かって突き進む。

 

 しかし砲弾はワイバーンロードの近くに来ると近接信管が作動して爆発し、一騎、また一騎と、撃墜されていく。

 

 更にそこへ機関砲群の射撃が始まり、高射装置によって統率された弾幕はより一層緻密さを増した。その上その弾幕もまた標的の近くで爆発し、放たれた破片が竜騎士の身体を切り裂いて命を刈り取る。

 

 近くに来ただけで爆発し、確実に敵騎を撃ち落す。彼らからすれば、あまりにも理不尽な攻撃だ。

 

「そんなの、反則過ぎるだろうがぁぁぁっ!!」

 

 そんな理不尽な現実に小隊長は思わず叫ぶが、その直後高角砲より放たれた砲弾が彼の傍まで接近し、内蔵された近接信管が作動して砲弾が破裂し、破片が小隊長諸共ワイバーンロードを粉砕した。

 

 

 そして10分後、その空を飛んでいる者はいなかった。

 

 




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第三十九話 ムー大陸西方海域海戦 弐

アズレンにアイオワ級戦艦の二番艦『ニュージャージー』が実装されるみたいですね。
アイオワ級が実装されるのなら、未完成に終わった『ケンタッキー』や『イリノイ』もいつかは実装される……と良いな……


 

 

 

 

「つ、通信途絶。攻撃に向かった竜騎士隊は、全滅しました!!」

 

「な、何だとっ!?」

 

 通信士の言葉に、将軍バルは驚愕のあまり目を剥き、吼える。

 

 攻撃に向かったのは、レイフォルでも選りすぐりの精鋭で構成された竜騎士達だ。それが全滅したと言う事実は、彼らに大きな衝撃を与えた。

 

 ただでさえ空を高速で飛行するワイバーンを撃ち落とすのは、列強国といえどそう簡単な事ではない。それがワイバーンの上位種にあたるワイバーンロードなら尚更である。

 

 なのに、敵はワイバーンロードを易々と撃ち落とした。それもたった1隻の船にだ。

 

「文明圏外の蛮族風情に……しかも、たった1隻に! こうなったら戦列艦の餌食にしてくれるわぁ!! 栄えある列強レイフォル艦隊が、竜騎士がやられた程度でおめおめと引き下がるわけにはいかんのだぁっ!!」

 

 将軍バルは、瞳に怒りを宿し、敵船を撃滅することを決意する。

 

 

 

 

『間もなく、全艦が射程距離に入ります』

 

 レーダー室よりスピーカーを通して艦橋に報告が入る。

 

「うむ。既に本艦の射程距離ではあるが、まだ命中率が悪いからな……」

 

 ラクスタルは腕を組み、静かに唸る。

 

 『グレードアトラスター』の主砲の有効射程距離は25km前後であり、それ以降となると命中率は下がっていく。レーダー射撃によって多少命中率が上がっているが、それでも決して高くない。

 

「……敵の砲弾の射程距離は確か、2kmくらいしか飛翔しないと資料にはあったが、間違いないか?」

 

 彼は隣に立つ参謀に尋ねる。

 

「はい、間違いありません。ただし列強を名乗るだけあって、砲弾はきちんと炸裂します。球形砲弾ではなく、火薬と違う原理で炸裂するらしいのですが、詳細はよく分かっていません。威力は黒色火薬レベルの爆発であるようです」

 

「……我が国よりも100年以上文明が遅れているな。向こうは我々を蛮族と思って見下しているようだが、技術の差を理解できていないとは。敵の指揮官が哀れだよ」

 

 勝利を確信したラクスタルは、攻撃指令を出す。

 

「命中率が高く見込める約8kmまで近づいてから艦を横を向け、全砲門にて敵を撃つ。指揮所は射撃管制を行い、着弾地点が重複しないようきちんと振り分けろ。各主砲、副砲はレーダー照準射撃を実施せよ」

 

 通信士を通じてラクスタルの命令は下された。

 

 

 

 将軍バル配下のレイフォル艦隊43隻は、ワイバーンロードからの位置情報から敵艦の現在地を割り出し、風神の涙を使用して帆をいっぱいに張り、最高速力でグラ・バルカス帝国の戦艦『グレードアトラスター』に向かっていった。

 

「間もなく敵が見えてきます」

 

 懐中時計を見ていた航海士が、距離と速力から現在位置を報告する。

 

 その言葉にバルは望遠鏡を覗き込み、片目を見開いて水平線を睨んだ。

 

「っ! 見えたっ……!!」

 

 彼は敵船を見つけて声を上げるが、直後に絶句する。

 

 報告よりも、ずいぶんと……位置情報として見るに、やけに近くに見える。

 

(いや、違う!遠近感が狂うほど敵艦は大きいのか!?)

 

 彼はその事実に驚愕する。偵察したワイバーンロードからの報告どおりとは言えど、彼を改めて驚愕させるのに十分であった。

 

 しかし、300年無敗を誇ったレイフォル艦隊。100門級戦列艦を含む43隻にかかれば、いかに大きかろうと、たった1隻ではどうにもならない。

 むしろ大きければ弾は当たりやすくなるだけだ。

 

 艦隊は砲艦を全面的に押し出し、横一列に並んで進む。

 

「我が国の精鋭兵が扱う、炸裂式魔法が付与された砲弾の味を、しっかりと味わってもらおうか」

 

 砲撃準備を完了した状態で、艦隊は帆いっぱいに風を受け、敵巨大艦への距離を詰めていった。

 

 敵巨大艦までの距離、あと8km。

 

 その時、敵艦が回頭すると横を向き、レイフォル艦隊に横っ腹を見せる。その行動に誰もが怪訝な表情で見つめる。

 

 すると、艦に三基付いている巨大な砲塔と、艦橋前で艦尾に一基ずつ装備された、やや小ぶりの砲塔が旋回し、砲口がレイフォル艦隊を捉えた。

 

「ま、まさか……この距離で届くというのか?」

 

 敵の砲が動き、艦長はゾッとする。

 

 すると敵艦が煙に包まれ、数秒遅れて轟音が彼らの耳に届く。

 

「敵艦発砲!!」

 

「まだ届かんよ。所詮蛮族の子供だましだ」

 

 バルは腕を組み、鼻を鳴らす。

 

 自分達の戦列艦の大砲の射程外なのだから、文明圏外の蛮族の大砲など届くはずが無い。そう思っていた。

 

 しかしバルの予想は外れ、レイフォル艦5隻の前後に水柱が上がる。うち3隻の付近に上がった水柱は、とてつもない高さに達し、いくつかの艦の甲板に雨の様に海水が降り注ぐ。

 そして近くに居た戦列艦は、その衝撃で大きく船体を揺らされる。

 

「な、なんという威力!?」

 

 海水ではない冷たいものが背筋を流れ、艦隊の乗組員達の緊張が一気に高まる。

 

 直後に、敵艦の副砲が再度噴煙を上げ、2隻の戦列艦の横に水柱が上がる。

 

「もうこんなに近くまで、砲撃が補正されているというのかぁっ!」

 

 矢継早に砲弾を浴び、レイフォル艦隊が焦る中、ついに強烈な破砕音が響いた。

 

「戦列艦『ガオフォース』に被弾!!」

 

 放たれた三発の副砲のうち、一発が80門級戦列艦ガオフォースに直撃する。

 

「か……」

 

 戦列艦に着弾した15cm副砲の弾は、戦列艦『ガオフォース』の対魔弾鉄鋼式装甲を易々と突き破り、運の悪い事に弾薬室で爆発した。

 

 

 ――――ッ!!!

 

 

 衝撃を感じるほどの轟音と共に黒煙が上がり、『ガオフォース』は船体を真っ二つにして、水面に飲まれていく。

 

「戦列艦『ガオフォース』……轟沈!!!」

 

「なにぃ!!……お、おのれぇ!! 艦隊、全速前進!」

 

 バルは怒りに任せて指示を出すが、直後に敵艦の主砲が放たれる。

 

 今度は3隻が狙われたらしく、一本の水柱が上がり、2隻から煙が上がっていた。

 

 大きな水が引いた後、煙が混じった2隻の姿は海上から消えていた。

 

「戦列艦『トラント』轟沈!!! せ、戦列艦『レイフォル』轟沈!!」

 

「な、何!? れ、『レイフォル』が!?」

 

 信じられない報告に、乗組員達に衝撃が走る

 

 戦列艦『レイフォル』 国名を頂くこの艦は、レイフォル無敵の象徴であった。

 

 100門級戦列艦であり、最新式の対魔弾鉄鋼式装甲を持ち、国内では世界最強と謳われていた。

 

 それが、蛮族の超巨大戦艦の超巨大砲により、我が方の射程圏のはるか外側からの攻撃により、あっさりと、たったの1撃の被弾で爆散、轟沈した。

 

 しかし、現実は悲嘆にくれる暇を与えてはくれなかった。

 

 更に『グレードアトラスター』の砲撃が続く。

 

 歴戦の猛者たち、最高の艦と最高の乗組員たちが、ただの一撃も加える事無く、一方的に砲撃を受け、消滅していく。

 

 レイフォル艦隊は風神の涙を使用しているにも関わらず、敵の帆の無い超巨大戦艦の方が、圧倒的に速い。

 

 このままでは、射程距離に入れない。

 

 敵からの一方的な砲撃はなおも続き、一隻、また一隻と猛烈な爆風と共に撃沈されていく。

 

「ちくしょう! ちくしょう!」

 

 大将旗を掲げる、100門級戦列艦『ホーリー』に乗艦する将軍バルは、両手を握り締めてワナワナと身体を震わせ、何度も悪態を付き、地団太を踏む。

 

 気付けば自分が乗る『ホーリー』以外の全ての艦は撃沈された。

 

 敵艦は、現在自分の艦の周囲を旋回しつつ、全砲門をこちらに向けている。

 

 圧倒的な力を持った超巨大艦が、周りを旋回している。

 

 誰が見ても勝ち目は無い……。余程の奇跡が起きなければ、この状況をひっくり返す事なんて不可能だ。

 

「……降伏旗を掲げよ」

 

 命令が下り、乗組員達の顔が屈辱にまみれる。

 

 戦列艦『ホーリー』のマストに、この世界で降伏を宣言するための、降伏旗が掲げられる。

 

「敵艦、近づきます」

 

 降伏旗を確認し、その旗の意図を理解したのか、巨大戦艦が近づいてきた。

 

「おのれぇ……おのれぇ……蛮族どもが。この俺の顔に泥を塗りつけやがって。ただでは済まさん。本艦に近づいてきたら、全砲門一斉射。敵巨大戦艦を撃沈せよ!!」

 

「し、しかし、降伏後に攻撃など。栄えあるレイフォルの名を汚します! そんな卑怯なことは―――」

 

 将軍の卑怯な命令に、参謀が反対を進言した。

 

 

 ―――ッ!!

 

 

 直後に乾いた銃声が甲板に響く。

 

「至近弾を受けて、飛び散った破片によって参謀は戦死した……いいな?」

 

 将軍バルは、僅かに硝煙が残る拳銃を手に、据わった目で艦長に迫る。その様相に艦長は頷くしかなかった。

 

「なぁに、心配するな。我が方の炸裂主砲を、至近距離で食らえば、浮かんでいられる船など、この世にはない。どうせ敵は一隻しかいない。誰もしゃべらなければ、騙し討ちなど分からんさ」

 

 バルは周囲に居る部下達に言い聞かせながら、近づく敵艦を睨む。

 

「……砲撃用意」

 

 敵はまんまと近づいてくる。距離は3kmを切った。あと1km近づけば、ほぼ必中距離だ。

 

「バカめ……俺の艦隊を散々壊してくれた代償は高くつく――――」

 

 

 すると戦列艦『ホーリー』に接近していた敵艦の針路が突如右に向く。

 

「? なぜ急に針路を変えた?」

 

 砲撃命令を下す直前であっただけに、バルは苛立ちが募る。

 

 敵艦が右へ舵を切ったことで、戦列艦『ホーリー』との距離はどんどん離される。

 

 すると敵艦の主砲と副砲が戦列艦『ホーリー』に向けられる。

 

「て、敵艦の砲が全てこちらに向いています!!」

 

「な、なんだと!?」

 

 敵艦が砲撃態勢をとり、バルは目を見開く。

 

「ば、馬鹿な!? なぜばれたのだ!? 降伏旗を掲げているというのに!?」

 

 バルは狼狽しながらも、すぐさま砲撃命令を下そうとした。

 

 しかしその前に『グレードアトラスター』の46cm砲9門と15cm砲6門が轟音と衝撃波と共に、火が噴く。

 

 レイフォル艦隊最後の戦列艦『ホーリー』は、『グレードアトラスター』の一斉射を受け、乗員諸共この世から消滅した。

 

 

「降参の意思を見せておきながら騙し討ちをしようとしていたとはな。列強といっても、所詮この程度の品位しか持ち合わせておらんか」

 

 ラクスタルは冷たい視線で戦列艦『ホーリー』が浮かんでいた海面を見つめる。

 

 戦列艦『ホーリー』が騙し討ちをしようとしていたのを見つけたのは、偶然であった。

 

 見張り員が戦列艦『ホーリー』を監視していたところ、大砲の殆どがこちらを向いているのを見つけて、すぐさま報告したことで発覚した。

 

 これが数門が向いていただけならまだ疑うだけで済んだが、ほぼ全てが向いていたのなら確信犯である。

 

「これは徹底的にやらねばならんな。残弾は?」

 

「各砲門70発程度です」

 

「そうか。確か敵の首都は、海に面していたな?」

 

「はい。ここから東へ350kmほど先ですが……」

 

「ならば、首都に対して砲撃を行う。『グレードアトラスター』の全力を以ってしてだ」

 

「ハッ!」

 

 ラクスタルの指示を受け、副長は敬礼をし、すぐに艦内電話を使い各所へ指示を伝える。

 

 

 

 翌日の夕方、レイフォル国の首都レイフォリアは、戦艦『グレードアトラスター』の全力砲撃により、灰燼に帰した。

 

 皇帝は居城に受けた砲撃に巻き込まれて死亡し、軍部は無条件に降伏する。

 

 グラ・バルカス帝国はレイフォルを自国領に編入、数日後には入植が始まることとなった。

 

 戦艦『グレードアトラスター』は、たった1艦でレイフォル艦隊を撃滅し、その足で、レイフォル首都レイフォリアを焼き尽くし、降伏に追い込んだ世界最大最強の船として、恐れられる事となり、伝説となる。

 

 この世界の歴史にとって、それは激震となった。

 

 

 

 だが、世界は知る良しもなかった。

 

 

 

 グラ・バルカス帝国の持つ力が、この程度で済むものではないというのを……

 

 

 

 

 




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第三章 ムー接触編
第四十話 ムーの接触


eru218様より評価1を頂きました。

評価していただき、ありがとうございます。


 

 

 

 中央歴1639年 7月26日 第二文明圏 ムー国

 

 

 

 第二文明圏の列強国として君臨しているムー国。その歴史は長く、幾多の困難を乗り越えて、ムーは広大な国土を持つ列強国として君臨している。

 そしてこの世界では極めて稀な科学文明を発達させた国でもある。

 

 

「うーん。これは……」

 

 自身の仕事場としているオフィスにて、技術仕官の『マイラス』は腕を組み、首を傾げて唸っていた。

 

 彼の視線の先には、机に置かれている数枚の写真がある。

 

 それらの写真に写されているのは、一隻の軍艦であった。

 

 その軍艦はレイフォルをたった一隻で滅ぼしたとされるグラ・バルカス帝国の戦艦……『グレードアトラスター』である。

 

 この写真は偶々レイフォルに潜入していたムーの諜報員が撮影したもので、諜報員はグラ・バルカス帝国がレイフォルを入植する前に離脱して、この写真を上層部に届けた。

 

(この写真から見ても、この戦艦がどれだけ技術が進んでいるのかが分かる。もう少し近ければ、推測できる部分も多かったんだがな)

 

 写真からでも技術仕官であるマイラスには、この戦艦がどれだけ技術が進んでいるのかが理解できた。

 

(諜報員は岬から撮影したと言っていたけど、そう考えるとこの戦艦は推定でも200m以上は確実にある。となると載せている主砲は我が国の『ラ・カサミ級戦艦』を大きく上回っている可能性すらある……!)

 

 推測を立てていく内に、戦艦の規模がとんでもないものであると、自身の推測でも驚愕する。

 

(三回発砲炎があるとなると、少なくとも主砲は三基ある。なんて化け物なんだ!)

 

 マイラスは頭を抱えて、更に唸る。

 

(こんな戦艦が作れるということは、グラ・バルカス帝国の技術水準は我が国を大きく上回っている可能性がある。なぜそんな国が突然現れたんだ)

 

 戦艦=国力を表している国柄であり、その戦艦の存在がグラ・バルカス帝国の国力を何より示している。

 

 だがマイラスからすれば、なぜそんな技術水準を持った国が突然現れたのか。その事実に恐怖と共に疑問を抱いた。

 

 余程の鎖国体制を敷いていたなら考えられるが、それでも端的な情報は得られる。なので、今まで全く知らなかったのはありえない。

 

(まるで突然現れたような、そんな気がする……)

 

 マイラスは内心呟き、ふとこのムーに伝わる伝承を思い出す。

 

「……一体この先どうなるんだ」

 

 マイラスは先の見えない状況に呟くと、マグカップを手にして淹れた後放置してすっかり冷めてしまったコーヒーを飲む。

 

 

 

「マイラス中尉!!」

 

 と、オフィスの扉が開かれてマイラスの部下が入ってくる。走って来たのか、部下は少し息を切らしている。

 

「なんだ?」

 

「外務省より連絡です! 至急アイナンク空港の空軍基地に来て欲しいとのことです!」

 

「空軍基地に? 一体なんでまた……」

 

 マイラスは思わず首を傾げる。

 

 これが工場や空港の航空機の格納庫なら分かるが、行くのが空軍基地である。

 

 疑問は尽きないが、命令である以上従うしかない。

 

 マイラスは資料を仕舞い、オフィスを出る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 マイラスの外務省からの呼び出し先は、空軍基地が併設されている民間空港、アイナンク空港だった。

 

 列強ムーには、民間空港が存在する。まだ富裕層でしか飛行機の利用は無く、晴天の昼間しか飛ぶ事は出来ないが、民間航空会社の経営もある程度は成り立っている。

 

 民間の航空輸送はマイラスの知りうる限り、第一文明圏の列強国『神聖ミリシアル帝国』と第二文明圏の列強国『ムー王国』でのみ成り立たせている。これは事実上、列強上位国を示す証である。

 

 機械超文明であるムーが発明した自動車と呼ばれる内燃機関搭載車輌に乗り、車内で揺れること数時間、技術士官マイラスは空軍基地アイナンク空港に到着した。

 

 

(しかし、わざわざ急遽空軍基地に呼び出すとは、一体何だろうか?)

 

 車を降りた後、職員に控え室へと通され、マイラスは窓から外の景色を眺めつつ外務省から呼び出された意味を考える。

 

 考えられるとすれば、自分の専門としている技術関連である可能性がある。しかしそれならわざわざ彼に限定して呼び出す必要は無い。他の技術仕官で事足りることだ。

 

「うーん」と唸っていると、控え室の扉が開かれる。

 

 軍服を着た男性―――マイラスの上司である情報通信部部長―――と、外交用礼服を着た男性の二人が部屋に入ってくる。

 

「待たせたな、マイラス君。彼が、技術士官のマイラス君です」

 

 部長が外交用の礼服を着た男性に紹介する。

 

「我が軍一の技術士官で、この若さにして第1種総合技将の資格を持っています」

 

 マイラスの技能に男性二人は「おぉ……」驚いたように声を漏らす。

 

「初めまして、技術士官のマイラスです」

 

 マイラスは慣れない笑顔を作り、二人の外交官の握手に応えた。

 

「かけたまえ」

 

 一同はソファーに腰掛け、上役らしき外交官が話を切り出す。

 

「さて、何と説明しようか……」

 

 顎に手を当てて、どう言うべきかと外交官が悩み、少しして口を開く。

 

「今回君を呼び出した用だが、端的に言うと、正体不明の国の技術水準を探って欲しいのだよ」

 

「正体不明の国……。巷で噂になっているグラ・バルカス帝国の事ですか?」

 

 正体不明と聞き、マイラスはグラ・バルカス帝国ではないかと考えて、そう答えた。

 

 だが、外交官は否定を意味して横に首を振るう。

 

「いや、違う。しかしこちらも新興国家だ。本日ムーの東側海上に巨大な軍艦が一隻現れた。海軍が臨検したところ、『ロデニウス連邦共和国』という国だと名乗っていた。心当たりはあるかね?」

 

「いえ。聞いたことがありません」

 

 聞き覚えの無い国の名前にマイラスは首を傾げる。

 

「そうか。その軍艦にはロデニウスから派遣された大使が乗っていて、我が国と新たに国交を開きたいと言ってきた。我が国と国交を開きたいと言ってくる国は珍しい事では無いが、問題は彼らの載ってきた船だ。……帆船では無いのだ」

 

「軍艦と聞いて帆船ではないと薄々気付いていましたが、まさか……」

 

「魔力感知器にも反応が無いので、魔導船でもない。恐らくは機械による動力船であると思われる」

 

「やはり、そうでしたか」

 

 マイラスはそう言うも、内心は驚愕している。

 

 文明圏外の国に、ムーと同じ機械文明があったのだから。

 

「しかも、機械で動く船は一般的で、軍用船のみではないようだ」

 

「っ!」

 

 機械動力船が一般的と聞き、マイラスは目を見開く。

 

 軍用船だけが動力船であれば、民間船などはまだ帆船を使っている可能性があった。しかし一般的にも動力船が普及しているということは、それだけ技術が成熟しているということである。

 

「それだけではない。更に大きな問題がある。我が国の技術的優位を見せるために会談場所をここ、アイナンク空港に指定した。そしたら向こうは飛行許可を願い出て来たのだよ」

 

「当初は『外交官がワイバーンで来るのか、なんて現場主義な国なんだ』と笑っていたんだがな。いざ飛行許可を出してみたら、軍艦から飛行機械を飛ばしてやって来たのだよ」

 

「なっ!?」

 

 マイラスは驚愕のあまり絶句する。

 

 軍艦から飛行機械を飛ばした。それはつまり軍艦が『空母』であるという可能性が非常に高い。ムーでもようやく実戦配備が進んでいる空母を、そのロデニウス連邦共和国は既に空母を実用化している可能性が出てきたのだ。

 

 技術仕官として、まさに驚愕な事実である。

 

「先導した空軍機によれば、相手は大型の双発機であるようだ。しかしそれでも速度は空軍機と足並みを揃えられるほどの速さであったそうだ」

 

「双発機でマリンと足並みを揃えられるほど、ですか」

 

 マイラスは呟くと、息を呑む。

 

 ムー空軍や海軍で採用されている主力戦闘機の速度は380km前後は出る。その戦闘機と足並みを揃えられるとなると、その双発機は相当速いとなる。

 

 だが、何より彼が一番気にしているのは、軍艦から双発機が飛び立ったという事実である。

 

 双発機となれば必然的に機体は大型化する。そんな大きな機体をどうやって空母から飛び立たせた? そう考えれば、必然的に巨大な空母であると考えるのが自然の流れになる。だがそれだけで双発機を限られたスペースから飛ばすのは難しい。

 

 状況が状況でなければ考察の海に浸っていたところだが、今はそれどころじゃないので、彼は頭を切り替える。

 

「それで、自分の出番となった訳ですね」

 

「そういうことだ。彼らの言い分によれば、ロデニウス連邦共和国は第三文明圏フィルアデス大陸の更に南に位置するらしい。だとすると文明圏外国家だが、あの飛行機械の技術はパーパルディア皇国を超えているように思える。我が国との会談は1週間後に行われるので、その間に彼らを国内の観光に案内し、我が国の技術の高さを見せつつ、相手の技術水準を探ってくれ」

 

「分かりました。やってみます」

 

 技術士官のマイラスは、このところ情報分析の仕事ばかりだったので、久々に技術者魂の震えを感じた。未知の飛行機械とはいかなるものだろうか、早く見てみたくてうずうずとしていた。

 

 四人は一斉に起立し、解散した。 

 

 

 




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第四十一話 ロデニウス驚異の技術力

デルタイオン様より評価7
サモアオランウータン様より評価8を頂きました。

評価していただきありがとうございます!


 

 

 

 

 応接室を出たマイラスは空港東側にある駐機場へ着くと、既に大きな人だかりが出来ている。整備班の技師、飛行機械開発主任、管制官など、基地の人員の殆ど全員が集まっている印象だった。

 

 人込みを掻き分けて、マイラスはロデニウス連邦共和国の大使が乗ってきた飛行機械を眺め、唖然としていた。

 

 灰色のカラーリングに、両翼には一基ずつのエンジンとプロペラが付いており、二枚の尾翼を持つ大型の双発機である。

 

(大きいな。ラ・カオスより小さいといっても、とても洗練された機体設計だ。それに、これほどの機体をどうやって空母から飛ばしたんだ?)

 

 マイラスはその飛行機械……『PBJ-1H』を見てすぐに使われている技術の高さを理解する。そして同時にこれだけの機体を飛ばした空母に興味を抱いた。

 

(だが、この機体の上部にあるこれは何なんだ? こんな物を付けていたら、空気抵抗を大きくするようなもんだが……)

 

 しかし彼にとって疑問なのは、その機体の上部に大きな膨らみがあったのだ。技術仕官である彼からすれば、大きな膨らみは空気抵抗を大きくするようなものである。洗練された機体形状なだけに、疑問を抱いた。

 

 だが、それ以外に関しては、高い技術力で作られている飛行機械であると理解できた。

 

 

 このPBJ-1Hは『大和』の『カンレキ』にある『大戦』で投入されたコードネーム『アップルガス』と呼ばれる電子管制機のアイディアを基に、というよりほぼそのまま使った電子索敵機である。

 

 爆弾倉や防護機銃をオミットし、レーダー等の電子機器をこれでもかと詰め込んだ機体であり、艦載機として運用する為の改装が施されている。

 

 しかし艦載機としては疾風よりも大きな機体となってしまったので、この機体もまた大和型航空母艦のみでしか運用出来ないという難点がある。一応カタパルトさえあれば翔鶴型でも発艦は可能だが、着艦が難しいとのこと。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

「……はぁ」

 

 滑走路でPBJ-1Hを見た後、空港詰所の応接室へ向かうマイラスの足取りは重い。

 

 ロデニウス連邦共和国の飛行機械は、おそらくムーでは作れない航空機である。

 

 少なくとも、エンジンについては彼らはムーよりも優位である可能性が高い。

 

 しかし、ムーには高さ100メートルを超える超高層ビルや、時速が380kmも出る戦闘機、それを操る技量の高いパイロット、そしてムーの最新鋭戦艦『ラ・カサミ』がある。まだまだ勝機は残っている。

 

(どうなることやら……)

 

 マイラスは内心不安を抱えたまま、ロデニウス連邦共和国の使者が待つ応接室の扉をノックした。

 

 

 コンコン

 

 

「どうぞ」

 

 中から声がして扉をゆっくりと開けると、中には二名の男性と、二名の女性がソファーに座っていた。

 

 一人は黒い軍服を身に纏う黒い長髪の中性的な男性で、もう一人は灰色の軍服を身に纏い、頭に角が生えて、尻辺りから床に着きそうなぐらいに長い鱗に覆われた尻尾が生えている。

 

(黒い軍服を着ている方の男性……一瞬女性かと思ったけど、男性なんだな)

 

 マイラスは黒い軍服の男性を見て、その女性のような顔つきに長い髪から一瞬女性かと思ったが、制服の襟の隙間から覗く喉仏を見て男性だと認識する。

 

(もう一人は……竜人か? でもこんな姿だっけ?)

 

 マイラスは角と尻尾が生えている男性を見て、噂に聞く竜人を思い出すが、何か違うような気がして内心疑問を呟きつつ、女性二人を見る。

 

 二人とも長さが異なる白く見える銀髪をしており、それぞれ意匠の異なる軍服を身に纏っている。

 

 (綺麗な人だなぁ)と彼は内心呟くも、すぐに気持ちを切り替える。

 

「初めまして。会議までの一週間、ムーをご紹介させていただきます、技術仕官のマイラスと申します」

 

 マイラスが自己紹介をすると、黒い軍服を身に纏った男性が立ち上がり、挨拶をする。

 

「私はロデニウス連邦共和国にて外交官と司令官を兼任しています『大和』と申します」

 

 二人は右手を差し出して握手を交わす。

 

(自分の人のことは言えないけど、若いな。しかもこの若さで外交官と司令官を兼任とは。大変だろうなぁ)

 

 マイラスは『大和』の肩書きを聞き、その凄さを内心で呟く。

 

「こちらは私の補佐としてロデニウス連邦共和国より同行している『尾張』に『エンタープライズ』『ティルピッツ』といいます」

 

 『大和』が紹介を始めると、『尾張』、『エンタープライズ』『ティルピッツ』が立ち上がり、頭を下げる。

 

 

 ちなみに『エンタープライズ』はいつも着崩している黒いコートだが、さすがに公の場に出るとあってちゃんと着込んでいる。

 

 

「今回ムー国をご紹介いただけるととのことで、大変嬉しく思い、感謝いたします」

 

 『大和』は丁寧な言葉にて、お礼を述べる。

 

 文明圏外の国の者とは思えないほど、落ち着いた態度で、丁重な言葉使いだ。マイラスは少しだけ安堵する。文明圏外の国は野蛮なイメージが先行しがちだからだ。

 

 よく見るとロデニウスの使者は、それぞれの荷物は傍に置いており、既に出発準備を整えていた。

 

「それでは、長旅でお疲れでしょうから、本格的にご案内するのは明日からとします。本日はこのアイナンク空港のご案内した後、首都内のホテルにお連れします」

 

 マイラスは『大和』達に今日の予定を説明しつつ、応接室を出て空軍格納庫内に使者を連れて行く。

 

 

 格納庫に入ると、全体が白く、青のストライプが施された機体が用意されていた。

 

 ノーズにプロペラが付き、その横に機銃が2機配置され、車輪は固定式であるが、空気抵抗を減らすためにカバーが付いている複葉機であった。

 

 どうやらロデニウス連邦共和国の航空機を見た技師達が、対抗心を燃やしたらしい。ピカピカに磨かれていて、一目で整備が行き届いた機体だと推測される。

 

 マイラスは複葉機に近づき、説明を始めた。

 

「この鉄竜は、我が国では飛行機と呼んでいる飛行機械です。この飛行機は我が国最新鋭戦闘機『マリン』です。最大速度は、ワイバーンロードよりも速い380km、前部に機銃……えぇと、火薬の爆発力で金属を飛ばす武器ですね。これを搭載し、1人で操縦可能なように設計されています。メリットとしては、ワイバーンみたいに、ストレスで飛べなくなる事も無く、大量の糞の処理や未稼働時に食料を取らせ続ける必要も事もありません。空戦能力もワイバーンロードよりも上です」

 

 わざわざ文明圏外の人間に説明するような内容であったが、マイラスは自信満々に『大和』達に説明する。

 

(さぁ、どうだ?) 

 

 彼は四人の反応を窺う。

 

 

「複葉機か。今じゃ特殊用途以外じゃ使っていないな」

 

「えぇ。自分と兄さんが少し前まで『零観』を使っていましたけど、今は『瑞雲』に更新されましたからね」

 

「私も『瑞雲』に更新されているから、複葉機はもう使っていないわね」

 

 『大和』が懐かしそうに呟くと、『尾張』と『ティルピッツ』が語り合う。ちなみに『零観』とは『零式水上観測機』のことである。

 

(もう、使っていない? まさか複葉機は主力じゃないのか!?)

 

 マイラスは彼らの会話を聞き、驚愕する。

 

 複葉機が主力では無いとすれば、ロデニウスはムーではまだ構想段階の単葉機を実用化している可能性が出てきた。

 

(しかしズイウンは機体名としても、使っている? 一体何のことなんだ? 彼らはパイロットもしているのか?)

 

 彼らの会話の中に気になるワードが出て来たが、マイラスは首を傾げる。

 

 しかしマイラスから彼らを見ても、とてもパイロットには見えない。格好からそう思うのかもしれないが。

 

 色々と疑問は尽きないが、彼は頭を切り替えて質問をする。

 

「あなた方の国では、複葉機はもう使われていないのですか?」

 

 マイラスの質問に『大和』は一考するも、政府からはこちらに有利を出す為に、ある程度の情報開示を行うようにと指示が出ているので、彼はマイラスの質問に答える。

 

「そうですね。少し前まで特殊用途として水上機の複葉機は主力として使われていましたが、現在では機種更新が行われたので、主力として運用している複葉機はありません。極限られた使い道として運用されているだけです」

 

「そうなのですか。それに、水上機?」

 

「水面を滑走路として飛び立てる飛行機のことです。よほど荒れていないならどこの海でも滑走路にして飛び立てます」

 

「なるほど。それはとても便利そうですね」

 

 マイラスは思わぬ収穫に、内心ほくそ笑む。

 

 

 ちなみにこの極限られた運用というのは、連絡機として零式水上観測機が使われているとか。

 

 

「ですので、主力戦闘機を含めて、飛行機はどれも単葉機になっています」

 

「単葉機が主力ですか」

 

 と、マイラスはこの時点で自国の技術力がロデニウスと比べて劣っているのを感じ始めていた。しかし、まだ分からないと僅かな期待を抱いて、質問を続ける。

 

「それでは、失礼を承知でお聞きしますが、あなた方の国ではどのような戦闘機が使われているのですか?」

 

「そうですね……主力機ではない旧式機ではありますが、それでも570km前後は出ます。それと機関砲の口径は20mmですね」

 

「ごひゃっ!? それに20!?」

 

 数値を聞いてマイラスは思わず声を上げる。

 

 そりゃムーの主力戦闘機であるマリンの380kmを大きく上回る速度であるのだから驚くのは当然であるが、何より驚きなのはこれで主力機の座から降りた旧式機であることである。

 

 その上、機関砲の口径が20mmである。マリンが7.92mmなので、それと比べれば大口径である。そんな大口径の機関砲で攻撃されれば、マリンは木っ端微塵になるだろう。

 

「そ、それは、凄いですね。しかも主力戦闘機ではない旧式機でそのくらい出るとは。主力機ではもっと出るのですか?」

 

「そうですね。細かい数値となると機密に触れますので、これ以上は答えられません。武装に関してはほぼ同じと考えても構いません」

 

 『大和』がそう答えると、マイラスは「そりゃそうか」と小さく呟く。

 

(航空機分野は完敗だ。恐らく他の技術も負けているかもしれない)

 

 技術者として、自国の技術力が他国の負けた事実にマイラスは酷く落胆する。 

 

(だが、仮にロデニウスと国交を結んで、技術供与を受けられれば、我が国の技術水準を上げられるかもしれない!)

 

 しかし逆に考えれば国交を結んだ時のメリットはかなり大きい。国交を結べばそれなりに技術を入手できる。上手くいけば兵器関連の技術を手に入れられるかもしれない。

 

 当然デメリットも大きいだろうが、メリットと比べれば些細なことだ。

 

 彼は頭を切り替えて、ポジティブに考える。

 

 

「ところで」

 

「な、何でしょうか?」

 

 と、深く色々と考えていたせいか、『大和』が声を掛けるとマイラスは少し驚いた様子で反応する。

 

「あそこにある機体は? 見たところこの機体より一回り大きいですね」

 

「えっ? あ、はい。そうですね」

 

 『大和』が指差す方向には、マリンとは違う複葉機が鎮座しており、マリンと比べると一回りほど大きい。こちらもマリン同様きちんと整備がされている。

 

「こちらは空軍及び海軍で運用されている軽爆撃機『ジーン』です。速度はマリンより遅いですが、何度か改良を加えたことで何とか320km前後に速度を引き上げられています。軽爆撃機とあって、搭載できる爆弾は少ないですが、数を揃えられるとあって期待が寄せられています」

 

「なるほど(ぱっと見九六式艦攻だなあれ)」

 

(ソードフィッシュみたいな複葉機だな)

 

 『大和』と『エンタープライズ』はジーンを見てそれぞれ感想を抱く。

 

 

 その後マイラスは『大和』達を連れて空港の外へ向かう。

 

 空港の外には、ムーの誇る自動車を待機させてある。馬を使わず、ガソリンを使用する内燃機関を積んだ、列強ムーの技術の結晶である。

 

 用意した車はしっかりとした作りで、尚且つ大人数が乗れる大型の車である。

 

 この自動車に乗ってホテルに向かうのだが、ロデニウスの使者四人は、驚く事なく車に乗車する。

 

(やっぱり、そうだよな)

 

 車が動き出しても特に驚いた様子も無く、マイラスは内心ため息を付く。

 

「ロデニウスにも、車は存在するのですか?」

 

 向かい合う形で座るマイラスが『大和』に問い掛ける。

 

「えぇ。正確ではありませんが、ざっと170万台ぐらいはあります」

 

「そ、そんなに走っているのですか? しかしそんなに走っていると、道が混雑してしまうのでは?」

 

「我が国には優れた交通システムを導入して、道路交通法を施行しています。よほどのことが無い限りは事故も起こさず、大混雑することもありません」

 

「そ、そうですか……」

 

 『大和』の説明を聞き、マイラスは精神的に疲れてきた。

 

 

 ちなみにロデニウス連邦共和国にて走っている自動車の多くは四輪駆動車やトラックが殆どで、市民の多くはこれらを好んで使っている。乗用車はタクシーや公用車でしか使われていない。

 

 まぁこれはクワ・トイネ州での農家業の人が農作物を運ぶ為や、クイラ州では採掘した鉱石や石油を貯めたドラム缶を運ぶ為にトラックを使うからであり、四輪駆動車はクイラ州の砂漠地帯で活躍しているからである。

 

 ちなみに意外かもしれないが、『大和』も自動車やバイクを所有しており、自動車は四輪駆動車の『73式小型トラック』で、バイクは北連製のサイドカー付きバイクである。

 この73式小型トラックやサイドカー付きバイクで嫁達とドライブに行ったりしている。

 

 

 しばらく整地された道を走り続け、やがて高級ホテルが見えてくる。

 

 運転手が車をホテルに横付けし、車から降りた五人はホテルへ入る。

 

「明日は、我が国の歴史と海軍の一部をご案内いたします。朝の9時頃お迎えに上がりますので、今日はごゆっくりとお休みください」

 

 マイラスは、『大和』達に部屋の使用法や礼儀などを一通り説明して、五人を部屋まで見送ってからホテルを後にした。

 

 




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第四十二話 歴史と真実

トトマル様より評価7
命滅軍より評価8を頂きました。

評価していただきありがとうございます!


 

 

 

 

 その日の夜。

 

 

 ムー国の高級ホテルでも最高級の部屋に泊まる『大和』達は、今日のことを話していた。

 

 

「しかし、噂には聞いていたが、本当に科学文明で成り立っているんだな」

 

 椅子に座り、タブレット端末を手にしながら水が入ったコップを手にして一口水を飲み、『大和』は窓から望むムー国の市街地の景色を見て言葉を漏らす。

 

「あぁ。この世界では魔法が常識的だというのに、一国だけで科学文明を培ってここまで発展させるとはな」

 

 彼の向かい側の席に座り、コートと制帽を脱いでる『エンタープライズ』も夜景を目にして、言葉を連ねる。

 

「しかし、この世界で唯一の科学文明の国ですか……」

 

 『尾張』はタブレット端末に表示している資料を整理しながら呟く。

 

「魔法しかないこの世界では、正にイレギュラーな存在だな」

 

 コップをテーブルに置き、『大和』が答える。

 

 

 この世界では魔法が常識的であり、純粋に科学力を持っているのはムーのみである。一応科学と魔法の両方を持つ国があるとか何とか。

 

 

「イレギュラー。なんだか私達みたいね」

 

 『ティルピッツ』が『尾張』の尻尾に触れながら、タブレット端末に表示している資料の整理を行い、彼の仕事の手伝いをしている。

 

「もしかしたら、ムーも私達と同じ別の世界から来たんじゃないか?」

 

「まさか。確かにムーには色々とイレギュラー的な要素は多いけど、そんな偶然が……」

 

 『エンタープライズ』の推測を聞き、『尾張』は否定的である。

 

「でも、私達というイレギュラーがある以上、可能性は捨てきれないわね」

 

「……イレギュラーってそう簡単に何度も起きて良いものだっけ?」

 

 『ティルピッツ』の言葉に『尾張』がげんなりとした様子で答える。

 

「……」

 

「どうした、『ヤマト』?」

 

 黙り込む『大和』に『エンタープライズ』が首を傾げる。

 

「いや、なんでもない」

 

 『大和』はそう答えるも、彼の脳裏には人間だった頃に知ったとある伝説を。そして旧世界でも噂になっている、とある伝説が過ぎる。

 

(いや、まさかな)

 

 彼は内心呟くと、『尾張』と『ティルピッツ』の資料作りの手伝いをする。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 中央歴1639年 7月27日 第二文明圏 ムー国

 

 

 

 朝の九時になり、迎えにやって来たマイラスに連れられて『大和』達は、ムー歴史資料館にいた。

 

 一通り資料館を見て周り、『大和』達はムー国の歴史を知る。

 

 最後に資料館の休憩スペースを陣取り、マイラスは簡単に説明を始める。

 

「まず、いくつか前提を説明しておかないといけません。各国には中々信じてもらえないのですが、我々のご先祖様はこの星の住人ではありません」

 

「えっ?」

 

「ほぅ……」

 

「ふむ」

 

「どういうことかしら?」

 

 マイラスの衝撃的言葉に『尾張』、『大和』、『エンタープライズ』、『ティルピッツ』の順でそれぞれの反応を示す。

 

 マイラスは小さいながらも彼らをようやく驚かせたのに少し気を良くして、話を続ける。

 

「時は1万2千年前、大陸大転移と呼ばれる現象が起こりました。これにより、ムー大陸のほとんどはこの世界へ転移してしまいました。これは、当時王政だったムーの正式な記録によって残されています。これが前世界の惑星になります」

 

 マイラスは資料館職員が用意した地球儀を机の上に置く。

 

「っ! これって!」

 

「……」

 

(さすがに惑星、天体の概念も知っているか)

 

 惑星を知っているような反応に、気を良くしたばかりのマイラスは肩を落とすも、説明を続ける。

 

「ご存知かとは思いますが、この世界は惑星という球体ですよね。前世界はもう少し小さな惑星だったのです。残る文献の水平線の湾曲率から計算すると、恐らく全周4万kmほどだったと――――」

 

 

「地球だな」

 

 

「はい?」

 

 『大和』が地球儀に触れながらそう呟くと、マイラスは思わず声を漏らす。

 

「重桜に、ユニオンもあるな」

 

「この辺りがロイヤル、鉄血、サディア、アイリスがありますね」

 

「北方連合と東煌もこの辺りになるな。しかし大昔にこれだけ正確に測量できる技術があるとは、ムーは他よりも進んでいたのだな」

 

「でも、こんな大陸は地球には無い。ということは、これがムー大陸か?」

 

「だがよく見ると、この地球儀の地軸は位置が少し違うのか?」

 

「しかし、この配置は紛れも無く地球ですね。あれ? 南極大陸がこの位置にある?」

 

「ということは、大昔は氷に覆われてはいなかったということかしら」

 

 変な所で驚かれて釈然としないが、四人がある大陸を指差しているので、マイラスは説明を始める。

 

「この大陸は『アトランティス』と言いまして、ムーと共に世界を二分するほどの力を持った国家でした。ムーがいなくなった今、恐らくアトランティスが全世界を支配しているでしょうね。ちなみに……」

 

 と言って、マイラスは4つの大きな島が集まっている場所を指し示す。

 

「この国は『ヤムート』と言って、我が国一の友好国だったそうです。しかし、転移で引き裂かれたため、おそらくアトランティスに飲み込まれているでしょうけど……」

 

 

「ちょっとよろしいですか?」

 

 と、『大和』がマイラスの発言に割って入る。

 

「どうぞ」

 

「我々のことを説明するのに、一番良い方法が出来ました」

 

「はい?」

 

 彼の発案にマイラスは思わず首を傾げる。

 

「実は我々も……正確に言えばロデニウス連邦共和国ではなく、その一部の領土がこの世界に転移してきたのですよ」

 

 『大和』は肩に掛けている鞄から取り出したタブレット端末を開き、保存している画像から前世界の世界地図を表示させてマイラスに見せる。

 

「なっ!? これは、地球!?」

 

 マイラスはタブレット端末に表示されている、ちょうど地球儀にあるムー大陸の無い世界地図を見て驚愕する。

 

「同じ世界であると言う確証はありませんが、我々がいた世界には『1万2千年前に沈んだ大陸の伝説』が言い伝え程度ですが残っています。あなた方がアトランティスと呼んだ大陸は、南極と呼ばれる氷に閉ざされた大陸となっています。恐らくムー大陸が転移した影響で、地軸がずれたものだと思われ、極端な環境変化によって、アトランティスは滅んだものと思われます」

 

 『大和』はタブレット端末のズームを使い、重桜がある島国を見せる。

 

「前世界にてムーの友好国とされたヤムートですが、重桜と言う名前に変えて未だに健在しています。ちなみに自分と『尾張』、それに他にも重桜と関わりがある者が居ます」

 

「なんと!」

 

 『大和』の話した事実にマイラスは驚く。

 

 四人の使者の内二人が、かつてのムーの友好国の末裔の国の関係者であるのだから、見ようによっては1万2千年ぶりの再会になるのだ。

 

「そして……」

 

 次に彼は地図を移動させて、トラック諸島を映す。

 

「このトラック諸島と呼ばれる諸島が、この世界に転移してきたのですよ」

 

「転移、ですか……」

 

「疑問に思いませんでしたか? 文明圏外にある国が、これほどの技術力を持っているのを」

 

「それは……そうですね。普通ならありえません」

 

「えぇ。そうです。ですから――――」

 

 

 『大和』はこれまでのことをマイラスに説明した。

 

 

 何の前触れも無く突然この世界に転移し、その後ロデニウス大陸にてクワ・トイネ公国と接触し、軍事同盟を結んだことにより、ロデニウス大陸の文明発達の始まりであると。

 

 

 そしてロウリア王国との戦争を経て、大陸を統一して『ロデニウス連邦共和国』が建国されたのを。

 

 

「……」

 

 壮大な話に、マイラスは息を呑む。

 

「なんとも、信じ難い内容ですが、確かに納得できます」

 

 マイラスは『大和』の説明を受けて、驚愕と共に納得した。

 

 文明圏外の国が、第二文明圏の列強国の技術力を上回るなど、この世界の常識ではありえないことなのだ。

 

 しかし他の世界から発達した文明を持ち込んで、それを物にしたのなら、これだけの技術力を持っていてもおかしくない。

 

 彼の中でバラバラであった欠片が、一つ一つ組み合わさっていき、そして一つの答えが出来上がった。

 

「しかし……ハハハ。まさかの歴史的発見ですね。まさか、こんなことが……。後で、すぐに上に報告いたします」

 

 その後、気を取り直したマイラスは改めて簡単に、転移後のムーの歴史を伝えた。

 

 

 転移後の混乱、周辺国との軋轢、魔法文明に比べての劣勢、機械文明としての再出発、そして世界第二位の国家へ。

 

 ムーの歴史は、転移してからは苦難の歴史だったようだ。しかし、単一国家独力で車や飛行機を開発しているのは、驚きの限りである。

 

 

「マイラス殿」

 

「何でしょうか?」

 

 転移後のムーの歴史を知り、再度休憩スペースにて『大和』がマイラスに声を掛ける。

 

「もう一つ、我々の秘密を明かそうと思っています」

 

「秘密? まだ何かあるのですか?」

 

「えぇ」

 

「総旗艦……」

 

 と、何かを明かそうとしている『大和』に『ティルピッツ』が声を掛ける。

 

(我々の事を話して大丈夫なのか?)

 

(あぁ。大統領の内諾は得ているし、これも情報開示の一環だ。それに、これは抑止力になる)

 

(……)

 

 

(一体何を話しているんだ? それに「ティルピッツ」さんはなぜヤマト殿を総旗艦なんて呼んだんだ? 司令官じゃないのか?)

 

 二人がこっそり話している中、次々と疑問が出来てマイラスは首を傾げていた。

 

(というか、今度は何で驚かすつもりなんだ。もうちょっとやそっとで驚きはしないぞ)

 

 内心色々と言っていると、話が纏まったのか『大和』がマイラスに向き直る。

 

「お待たせしました。早速話しをしようと思っています」

 

「それは構わないのですが、良いのですか? なんだかさっきの様子じゃ宜しくないような感じでしたが」

 

「大丈夫です。ある程度の情報開示は上からの指示ですので」

 

「は、はぁ」

 

 マイラスはどことなく戸惑いを見せて、『大和』は語り出す。

 

 

 

 自分達の正体を。

 

 

 自分達が人間ではなく、ましても亜人でもない……

 

 

 人の姿をした軍艦……KAN-SENであると……

 

 

 

「KAN-SEN、ですか? ヤマト殿や、他の皆様も?」

 

 マイラスは信じられないと言った様子で、『大和』達を見渡す。

 

「えぇ。尤も、自分と『尾張』は特殊な例でありますが」

 

「は、はぁ。しかし、うーん……」

 

「……まぁ、人の姿をした軍艦なんて、こんな荒唐無稽な話。普通は信じられませんよね」

 

「は、はい。申し訳ありませんが……とても」

 

 戸惑いと懐疑的な様子のマイラスに、『大和』は肩を竦めるしかなかった。

 

 まぁ目の前にいる四人の男女が、戦う為に生まれた兵器であると、人の姿をした軍艦なんて、まず誰も信じられないだろう。

 

「これに関しては、この後あなた方の海軍基地を見学する際に証明できます」

 

「わ、分かりました」

 

 マイラスは戸惑いが消えないまま、その後歴史資料館を後にして次の見学場所である海軍基地へと向かう。

 

 

 




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第四十三話 海の王者の顕現

 

 

 

 

 その後歴史資料館を後にした『大和』達は自動車で移動し、次の見学場所である海軍基地へと到着した。

 

 

 この世界で二位の力を持つムー国の海軍基地は、その名に恥じない立派なものである。

 

 

 輸送船やタグボートのような補助艦艇があれば、巡洋艦、戦艦、更に最近就役した航空母艦等の様々な軍艦が埠頭に停泊しており、乗組員達が軍艦の清掃整備をして常に万全な状態を保っている。

 

 

 その中で、とある埠頭に停泊している戦艦の前に、マイラス達がやって来た。

 

「これは我がムーが建造した最新鋭の戦艦、ラ・カサミ級戦艦一番艦『ラ・カサミ』です。いかがでしょうか?」

 

 マイラスは『ラ・カサミ』の前で自国の最新鋭の戦艦を『大和』達に披露する。

 

 戦艦という存在はただでかい軍艦というわけではなく、その国の技術力と国力を表す極めて重要な存在でもあるのだ。この『ラ・カサミ』もムーの最新鋭の技術を詰め込み、国が威信を掛けて建造した戦艦なのだ。

 

 故に、戦艦という存在は他国に対しての抑止力として働くのだ。

 

 だからこそ、マイラスは自信を持って『ラ・カサミ』披露をした。まぁロデニウス連邦共和国の技術の一片を聞かされ、心の大半は諦めが占めていたかもしれないが。

 

 

「これは……」

 

「『三笠』司令……」

 

「……」

 

「確かに、似ているわね」

 

 『ラ・カサミ』を見て、四人はそれぞれの反応を見せていた。

 

「? どうしましたか?」

 

 意外な反応を見せる四人に、マイラスは尋ねる。

 

「あっ、いえ。よく似た戦艦がトラック泊地にありますので、少し驚いていました」

 

「似ている? この『ラ・カサミ』にですか?」

 

「えぇ。『三笠』と言う戦艦でして、本当によく似ているんです」

 

「そうなんですか。しかし『三笠』ですか。なんだか『ラ・カサミ』に似た響きですね」

 

「言われてみれば、確かに」

 

 『大和』は納得したように呟く。

 

(ってか、簡単に流されたけど、『ラ・カサミ』と同等の戦艦がロデニウスにあるのか)

 

 マイラスは軽く流された事実に、げんなりとする。航空機で発展があるのなら、それ以外の分野が発展していないわけがない。

 

「ってことは、その『三笠』もKAN-SENだったりするのですか?」

 

「えぇ。その通りです。ですがKAN-SENとしては半ば引退したようなもので、現在は陸戦隊の司令官として就任しています」

 

「そ、そうなのですか」

 

 マイラスはもはや苦笑いしか出来なかった。

 

 『ラ・カサミ』と同等の戦艦が半ば引退していると言う事実。つまりこれはロデニウスでは『ラ・カサミ』を上回る戦艦が主力として就役している可能性が高いからだ。

 

 造船技術でも、ムーは敗北している事実を裏付けた瞬間であった。

 

「あの、『ヤマト』殿? ロデニウスには、どれだけの戦艦があるのですか?」

 

「あぁ、そうですね……おおよそ20隻以上は居ると思っていただければ」

 

「に、20……」

 

 その数に、マイラスは言葉を失う。

 

 決して多い数ともいえないが、しかしそのどれもが『ラ・カサミ』を上回る戦艦だとすれば、十分すぎる数となる。

 

 それだけでも、ロデニウス連邦共和国の国力を大いに表している。

 

「おや? ムーには空母もあるんですね」

 

 と、『尾張』が向こう岸の埠頭に停泊しているムー海軍の空母を見つける。

 

「えっ? あ、あぁ、あれは『ラ・コスタ級航空母艦』と言う、ムー初の航空母艦であります。洋上にて航空機を運用する、最近実戦配備始まったばかりの艦種となります」

 

「なるほど。規模的には軽空母みたいだな」

 

 『エンタープライズ』は空母の規模から、軽空母ぐらいはあると推測する。彼女の言葉を聴き、マイラスはギクリと体を震わせる。

 

「そ、それで、ロデニウスでは、空母はどのくらいの数が配備されていますか?」

 

 マイラスは恐る恐る『大和』に尋ねる。

 

「そうですね。こちらも20隻前後はあると思っていただければ」

 

「は、はぁ……」

 

 ロデニウスが配備している空母のおおよその数を聞き、もはや彼は息を吐くような声を漏らすしかなかった。

 

 ロデニウス連邦共和国は既に空母を実用化し、実戦配備していることを示していた。まぁこの点に関しては薄々気づいていたが。

 

 

 

 その後『大和』は埠頭から海面を見つめて、何かを確認する。 

 

「湾内の深度は大丈夫そうだな。それじゃ頼むぞ、『エンタープライズ』、『ティルピッツ』」

 

「あぁ」

 

「分かったわ」

 

 と、二人は頷くと、彼女達の身体が輝き出す。

 

「っ! これは!」

 

 一瞬光で目がくらんで彼は目を瞑り、瞼を開けると、『エンタープライズ』と『ティルピッツ』の二人には、さっきまで無かったはずの鋼鉄の装備を纏っていた。

 

 『エンタープライズ』は右手に空母のアイランドを模した部分を持つ巨大な弓のような物を持ち、腰に接続されたユニットから伸びて身体の左側に飛行甲板を模したユニットがあった。

 

 『ティルピッツ』は背中に巨大な機械のようなものを装着しており、まるで鮫の様な頭部を模したものが彼女の両側から前へと突き出ており、その一つ一つに戦艦の主砲を模したユニットが接続されている。

 

 そして彼女達の後に、『大和』と『尾張』の二人も艤装を展開して身に纏う。

 

「お、おぉ……!」

 

 マイラスは艤装を身に纏った『大和』達を見て、思わず声を漏らす。

 

 細身の女性が背負うには似合わない大きな艤装を身に纏い、『ティルピッツ』に至っては怪物のような見た目の艤装が自らの意思を持って動いている光景が彼にとっては異様なものであった。

 

 だが何より彼が驚いているのは『大和』と『尾張』の巨大な艤装である。

 

(KAN-SENは人の姿をした軍艦だって言っていたけど、なるほど。身に纏っている機械に軍艦の特徴があるんだな)

 

 マイラスは『大和』達を一人一人観察して納得する。

 

(『ヤマト』殿に『エンタープライズ』さんは見たところ飛行甲板みたいなものを持っているってことは、空母のKAN-SENかな? だが『ヤマト』殿の飛行甲板は変わった形をしているな。あの出っ張りは何の役目があるんだ?)

 

 彼ら二人を見比べて、艤装に飛行甲板のようなものを持っているとあって、二人が空母のKAN-SENでは無いかと予想する。この辺りはさすが技術者と言うべきか。

 

(『オワリ』殿と『ティルピッツ』さんは戦艦なんだな。『ティルピッツ』さんの艤装はとても変わっているけど、『オワリ』殿の艤装はなんて大きさなんだ)

 

 次に『尾張』と『ティルピッツ』の艤装を見て、彼女の艤装の特異性に目を引かれるが、何よりマイラスの興味を引いたのは『尾張』の艤装であった。

 

(あんなでかいのに、よくバランスを崩さないよな。というか鎧を身に纏ったせいで威圧感が増したな)

 

 マイラスは艤装を纏った『尾張』の姿に圧倒されると同時に、疑問を抱く。

 

(それにしても、『オワリ』殿の艤装にある主砲……なんか見覚えがあるのは気のせいだろうか?)

 

 彼は『尾張』の艤装にある三本の砲身を持つ主砲塔を見て、どことなく見覚えのあるような気がして首を傾げる。

 

「それでは、今からお見せします」 

 

 『大和』が『エンタープライズ』と『ティルピッツ』に目配りすると、二人は頷いて埠頭の端へと移動し、地面を蹴って跳躍する。

 

「あっ!」

 

 マイラスは思わず声を上げるが、二人は水面に着水するも、身体は沈む事無く水上に浮かんだままで、二人は『ラ・カサミ』の隣に水上を移動する。

 

 すると二人の艤装がほのかに光り輝くと、艤装がキューブ状に分解していき、そのキューブ状の物質が増殖していくと、まばゆい光を放つ。

 

 

 

「……」

 

 そして光が晴れて、そこに現れた物を見て、マイラスは大きく口を開けて呆然となる。

 

 なぜなら、『ラ・カサミ』の隣に更に大きな戦艦と空母が現れたのだから。

 

 

 『ラ・カサミ』よりも一回り以上大きく迷彩が施された船体に、低めに抑えられ、どっしりとした重厚な外観を持った戦艦であり、連装砲を四基八門搭載したその威容は、まさに戦艦に相応しい姿である。

 ビスマルク級戦艦の二番艦『ティルピッツ』は、その威容をムー国の人間に見せ付ける。 

 

 『ティルピッツ』と同規模の船体に飛行甲板を持ち、左側に艦橋を持つ空母の一般的スタイルを持ち、飛行甲板には翼を折り畳んだ状態で『F8F ベアキャット』と『A1 スカイパイレーツ』が並べられている。

 ヨークタウン級航空母艦の二番艦『エンタープライズ』もまた、空母でありながらもその威容を見せ付ける。

 

「な、なんて大きさなんだ!?」

 

 『ラ・カサミ』が巡洋艦にしか見えない二隻の戦艦と空母の大きさに、マイラスは驚愕のあまり声を上げる。

 

(戦艦の主砲は『ラ・カサミ』と同じ連装だが、この大きさなら『ラ・カサミ』の30.5cmを確実に上回って、その上に砲の数も倍……。防御も確実に『ラ・カサミ』を上回っている。撃ち合いになれば『ラ・カサミ』じゃ……勝ち目は薄い)

 

 『ティルピッツ』を見てマイラスは驚愕し、その性能を予想する。

 

 主砲の大きさはラ・カサミを上回り、砲身長は砲の大きさが異なるから一概に言えないが、それでも長い砲身を持っている以上、その威力と弾速は『ラ・カサミ』を上回っているだろう。

 一部の例を除き、防御も自身の主砲に耐えうる性能を有しているのが戦艦であるので、確実にラ・カサミを上回る装甲を有している。その防御を破るにはかなり近づかなければならないが、その前に『ラ・カサミ』は撃沈されるのがオチである。

 

 それにより、マイラスは『ラ・カサミ』では『ティルピッツ』には勝てないのを悟る。いや、そう理解するしかない現実が目の前にあるのだから。

 

 しかし何よりマイラスが驚いたのは、『エンタープライズ』とその艦載機である。

 

(戦艦とほぼ同じ大きさの空母である以上、艦載機の数だって多いし、何より艦載機はどれもマリンやジーンを大きく上回っているのに違いない!)

 

 F8F ベアキャットとA1 スカイパイレーツを見ただけで、マイラスはその性能を予想する。

 

(だが、この空母でも空港にあった航空機を飛ばすのは難しいはず。だとすると、海軍が臨検した空母は、どれだけ大きいんだ!?)

 

 そして『エンタープライズ』を見て、マイラスはもう一つの推測を立てて、その推測に驚愕する。

 

 当然『エンタープライズ』と『ティルピッツ』が突然現れたことで、軍港は蜂の巣を突いたような騒ぎとなっていた。

 

(いや、それよりも一番驚異的なのは、KAN-SENの特性じゃないか!?)

 

 マイラスは戦艦と空母の性能よりも、何よりKAN-SENの特性について、一つの推測が思い浮かぶ。

 

(KAN-SENならよほどの特徴が無ければ人間と見分けが付かない。これなら易々と国内に潜入できる。だとするなら……)

 

 その推測を思い浮かべて、マイラスの顔は真っ青に染まる。

 

 

 KAN-SENが人間の状態で国内に密かに潜入すれば、『エンタープライズ』と『ティルピッツ』ぐらいの空母や戦艦をムー国の首都オタハイトに面する海に展開することが可能なのだ。

 

 

 そんな悪夢のような展開が予想できる。もはや戦力評価なんて当てに出来ない。

 

 

「―――……ラス殿。マイラス殿!」

 

「ハッ!?」

 

 と、『大和』から強めに呼ばれて、半ば意識が飛んでいたマイラスはハッとして彼を見る。

 

「いかがでしょうか? 『エンタープライズ』と『ティルピッツ』を見て、KAN-SENの能力を見て」

 

「は、ハハハ……もう、何て言って良いか、言葉が見つかりません……」

 

 マイラスは乾いた笑い声を漏らして、頭の後ろ掻く。

 

「そ、それで、『ヤマト』殿のようなKAN-SENは、どれくらい居るのでしょうか?」

 

「申し訳ありません。さすがにそこまでは御教えすることは機密に当たるので」

 

「で、ですよね……」

 

 さすがにKAN-SENの総数までは機密に当たるので、『大和』は教えず、マイラスは肩を落として俯く。

 

 数が多いのか少ないのかと言う予想が出来ないだけに、より一層恐怖を煽る。だが、少なくともKAN-SENは彼らだけではないというのは確かだ。

 

「ですが、代わりと言っては何ですが、自分と『尾張』のどちらかの軍艦形態をお見せしようと思います」

 

「えっ?」

 

 『大和』の思わぬ 提案にマイラスは顔を上げる。

 

「その、良いのですか?」

 

「えぇ。このくらいまでなら開示可能範囲ですので」

 

「そうですか。でも、どちらともは、流石に無理ですか?」

 

「そうしたい所ですが、自分と『尾張』が同時に展開するとその巨体のあまり港の機能を阻害しかねないので」

 

 さりげない『大和』の言葉に、マイラスはもう何度目かの驚愕を覚える。

 

(み、港の機能を阻害しかねない!? こ、この二人は一体どれだけ大きいんだ!?)

 

 内心で叫び荒れるも、マイラスは辛うじて保っている精神を総動員して気持ちを落ち着かせて、冷静になる。

 

「そ、そうですか……」

 

 彼は何とか落ち着き、『大和』と『尾張』を見る。

 

(『ヤマト』殿も気になるが、どうも『オワリ』殿が気になるなぁ)

 

 二人を見比べて、マイラスはどうしても『尾張』の艤装の形状が気になってしょうがない。

 

 確かに『大和』がどんな空母かどうかというのがあるものも、どうしても戦艦としての『尾張』が気になる。

 

「で、では、『オワリ』殿。お願いできますか?」

 

「分かりました」

 

 選ばれた『尾張』は頷くと、埠頭の端へと移動して、地面を蹴って跳躍する。

 

 海面に着水すると同時に、『尾張』は前へと進んで軍港の湾内中央へと移動する。

 

 その光景に軍港に居るムーの軍人達が注目する。

 

 そして『尾張』の艤装がほのかに輝いてキューブ状に分解されると、キューブ状の物質が増殖していき、その直後にまばゆい光を放つ。

 

「……」

 

 マイラスはその様子を息を呑んで見守る。

 

 

 そして光が晴れると―――

 

 

 

 

「なぁっ!?」

 

 軍港の港内に現れた戦艦の姿に、マイラスは目が飛び出らんばかりに驚愕する。そしてそれは軍港に居るムーの軍人達も同じであった。

 

 港内に、島が現れた。そうとしか表現できない、『ラ・カサミ』が小船にしか見えない超巨大な戦艦が湾内に姿を現した。

 

 まるで島を思わせる巨大な船体に城郭を思わせる高く聳え立つ艦橋。船体中央には高角砲や機関砲が所狭く並べられ、副砲の両側に噴進砲が設置されていると、必ず航空機を撃ち落すという絶対的な意思がひしひしと伝わる。

 そして戦艦の象徴であり、最大の武器である主砲もまた、規格外な大きさをしている。それが前部に二基、後部に一基の計三基が搭載されている。

 

 紀伊型戦艦の二番艦『尾張』。その規格外な規模の戦艦はムーの人々にその威容を見せ付ける。だが同時に、その均等の取れた芸術的な美しい姿を見せ付けた。

 

 

 ちなみに『尾張』は以前までは『紀伊』と違って、鋼材不足によって高角砲を載せる台座が作れないとあって、代わりに噴進砲を多く搭載していたのが特徴的だったのだが、現在ではちゃんと鋼鉄製の台座を作って設置し、『紀伊』同様の装備が施されている。

 

 

 その『尾張』の出現により、『エンタープライズ』と『ティルピッツ』は完全にそっちのけで誰もが『尾張』に注目していた。

 

 だが、そんな中でマイラスだけは別の意味で驚愕していた。

 

「こ、この戦艦は……!」

 

 『尾張』の姿を見て、マイラスの脳裏に過ぎるのは、自身の元に送られた写真に写る戦艦の姿であった。

 

 

 

 ムーの諜報員が命がけで撮影した、レイフォルをたった一隻で滅ぼしたとされるグラ・バルカス帝国の戦艦……

 

 

 

 『尾張』の姿は、まさにその戦艦に酷似していたのだ。

 

 ちなみに紀伊型戦艦だが、設計期間を大幅に短縮する為に不沈戦艦としての雛形が出来ていた大和型戦艦の設計を拡大発展させた設計であるので、その姿は大和型戦艦に酷似している。

 

 だが、その酷似した姿が、今回ある意味一波乱を生んでしまっていた。

 

(な、なぜあの戦艦がここに!? ま、まさかロデニウスはグラ・バルカス帝国と関わりがあるのか!?)

 

 彼は内心戦慄し、目を見開いて『尾張』を見るしかなかった。

 

 

「……」

 

 そんな中、『大和』はマイラスの異変を察して、目を細める。

 

 

 




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第四十四話 ロデニウス連邦共和国への疑惑

 

 

 

 

 ムーの軍港で騒動が起きたその日の夜。

 

 

 

 夜遅くであったが、それでもムー政府は緊急の会議を開き、話し合いを行っていた。

 

 

 

「―――以上のことを踏まえて、ロデニウス連邦共和国について、どう思っている?」

 

 ムー国の首相が会議に参加している閣僚を見渡して問い掛ける。

 

「かの国とは、慎重に付き合っていく必要があると思います。まだ不明な点が多い上に、今回の一件で帝国との関連疑惑が浮上しましたもので」

 

「私も賛成です。舵の切り方を誤れば、ロデニウスは第二のグラ・バルカス帝国になりかねません」

 

 閣僚達の多くはロデニウスとは慎重に付き合っていくべきだという意見が多い。

 

 というのも、ロデニウス連邦共和国が第二文明圏の国々に対して宣戦布告した第八帝国こと『グラ・バルカス帝国』との関わりがあるのではないかという疑惑が出たからである。

 理由はもちろん、『尾張』の外観が原因である。

 

 『尾張』の外観がレイフォルをたった一隻で滅ぼしたグラ・バルカス帝国の戦艦『グレード・アトラスター』に酷似していたからだ。

 

「マイラス君。君から見て、ロデニウスの外交官はどう思えた?」

 

 首相は参考人として召喚されたマイラスに、ロデニウス連邦共和国の外交官について尋ねる。ちなみに彼は驚きすぎたせいか、げっそり痩せている様にも見える……

 

「はい。外交官達の話し方はとても丁重で、落ち着いた態度をしていて、とても文明圏外の国の人間とは思えませんでした」

 

「そうか。次の質問だが、専門家の君から見て、彼らの技術力はどのくらいあると推測している?」

 

「そ、それは……」

 

 マイラスは正直に質問に答えるべきかどうか悩み、口ごもる。

 

 技術仕官から見て、彼らの技術力は明らかに自国を越えているのは理解している。しかし荒唐無稽な内容な物も多い。正直に言うべきか彼は悩んだ。

 

「嘘偽り無く、君の正直な意見が欲しい。ここで誤った知識を身に付けて彼らと付き合えば、後で痛い目に遭うのは我々だ」

 

「は、はい」

 

 首相の後押しもあって、マイラスは意を決して口を開く。 

 

「ロデニウス連邦共和国の技術力は……ハッキリ言って我が国を大きく上回っているものであると思われます」

 

 彼の言葉に、室内にざわつきが広がる。

 

 しかし意外にも否定的な野次はあまり飛んで来なかった。

 

 というのも、各閣僚には資料として数枚の写真が配られており、それを見たからである。

 

 

 アイナンク空港で様々な角度から撮影された『PBJ-1H』を捉えた写真

 

 艤装を展開した『大和』達KAN-SENを撮影した写真や軍艦形態の『エンタープライズ』と『ティルピッツ』、更に『尾張』を撮影した写真である。

 

 これらの写真はあの場に居合わせた軍人達の一部がカメラを使い、撮影したからである。

 

 そしてムーから離れた海域に停泊している軍艦を航空機から空撮したり警備艇より撮影された写真もその中にあった。

 

 

「その上、彼らにはKAN-SENと呼ばれる、人の姿をした軍艦の存在もあります。写真に写っている軍艦を踏まえましても、彼らの技術力の高さが伺えます」

 

「そうか……」

 

 首相は腕を組み、『大和』達が写っている写真を見つめる。

 

(人間の姿を持つ軍艦、か。信じがたい話だが、軍港に居た多くの者達の証言がある上にこうして写真に姿が収められている以上、信じるしかあるまい)

 

 人の姿をした軍艦。端から聞けば荒唐無稽な話だ。言葉だけなら信じようとはしなかっただろう。

 

 だが、写真と言う証拠と、多くの人間の証言がある以上、信じないわけにはいかない。

 

「尚、これは外交官の一人である『ヤマト』殿からお聞きした話ですが、国交を結んだ後は貿易はもちろんのこと、技術輸出も検討しているとのことです」

 

 マイラスのその言葉に閣僚の誰もが目の色を変える。

 

「そ、その技術輸出とは、どこまでを輸出するのかね?!」

 

「それに関しては、まだ詳細をお聞きしていないので、何とも言えません。ですが場合によっては、武器兵器の技術やそれ自体の輸出も検討するとも言っていました」

 

『……』

 

 すると閣僚達は隣同士でヒソヒソと話を始める。

 

(ロデニウス。彼らはどこまで知っている?)

 

 首相は内心そう呟き、目を細める。

 

 

 ムーはグラ・バルカス帝国という新たな脅威の発生に頭を悩ませていた。

 

 当然ながらムーはグラ・バルカス帝国への警戒を強め、現在軍備の増強を行っている。

 

 そこへ自国よりも技術力の高い国が国交を求めてやってきた。それも技術輸出の話を仄めかして。

 

 それ故に、かの国が帝国に関して何らかを知っているか、何かと関わっているのではないかと疑うのも仕方ないことであろう。

 

 尤も、ロデニウス側にそんな意図は全く無いし、グラ・バルカス帝国のことなんか全く知らないのだが。

 

 

「分かった。その話の云々は後ですればいい。本題は……彼らがグラ・バルカス帝国と関わりがあるかどうか、だ」

 

 首相の言葉に、誰もが息を呑む。マイラスもまた、息を呑みつつ、手汗で湿る手を握る。

 

「この戦艦……名前は確か『オワリ』と言ったか? この戦艦がレイフォルをたった一隻で滅ぼしたグラ・バルカス帝国の戦艦と非常に酷似しているそうだな」

 

 首相は軍港にて撮影された『オワリ』を写した写真と、レイフォルにて撮影されたグラ・バルカス帝国の戦艦こと『グレードアトラスタ』の写真を見比べる。

 

「確かに、よく似ているな」

 

「この高い構造物とか、ほぼ同じでは無いか?」

 

「まさか、帝国と深く関わっているのか?」

 

 と、二枚の写真を見て小さく閣僚達が呟く。

 

「首相。発言の許可を願います」

 

 マイラスは挙手をして自身の発言の許可を首相に求めると、彼は「許可する」と承認する。

 

「ありがとうございます。私個人の意見ではありますが、ロデニウス連邦共和国とグラ・バルカス帝国は無関係であると思われます」

 

「なぜそう言い切れるのかね?」

 

「はい。戦艦はその国の技術力と国力を示す重要な存在です。レイフォルを滅ぼした戦艦も恐らくグラ・バルカス帝国にとっては最新鋭の戦艦だと思われます。そんな自国の最新鋭の技術の結晶が詰まった戦艦の技術を、他国に渡すとは思えません」

 

 彼が述べた意見を聞き、閣僚達の何人かは納得したように頷く。

 

「何より、かの戦艦と『オワリ』はまず大きさが違います」

 

「違うだと?」

 

 首相が怪訝な表情を浮かべて言葉を漏らす。

 

「はい。このグラ・バルカス帝国の戦艦は、当時撮影された距離と、写真に写る大きさから計算して、推定で200メートル以上はあると思われます」

 

「に、200メートル以上だと!? 我が国の最新鋭戦艦『ラ・カサミ』よりも大きいと言うのか!?」

 

 閣僚の一人が驚きのあまり、怒鳴るような形でマイラスに尋ねる。

 

「はい。もちろん推測の域でしかないので、実際とは異なる場合もあります。ですが、ロデニウスの『オワリ』ですが……目測で300メートルを越していると思われます」

 

『な、なにぃぃぃぃぃ!?』

 

 マイラスの衝撃発言に閣僚達が声を揃えて叫ぶ。

 

「そんな馬鹿なことがあるか!! そのような巨大な船を文明圏外の国が作ったと言うのか!! 我が国でもそれどころか200メートル級の軍艦すら建造出来ていないのだぞ!!」

 

 そして閣僚の一人が野次を飛ばすが、首相が手を上げると、閣僚は黙り込む。

 

「……マイラス君。それは、本当なのかね?」

 

「はい。当然こちらも私の推測の域ですので、実際とは異なる場合もあります」

 

「……」

 

「ですが、自分達の国で作った戦艦よりも巨大な戦艦を作る為の技術を、他国に渡すとは考えられません。外観に関しては、偶然の一致だと思われます」

 

「……なるほど」

 

 マイラスの意見を聞き、首相は頷く。

 

「少なくとも、二国間に関係性は無い。君はそう言いたいのだな?」

 

「……はい」

 

「……」

 

 首相は両手を組み、深く息を吐く。

 

「……グラ・バルカス帝国と関わりがあるのなら、将来敵になる国とわざわざ仲良くなって、技術輸出を検討するなど言い出さないだろう」

 

「……」

 

「だが、まだ疑いが晴れたわけではない。早い内にかの国の技術の根本を、見る必要があるな」

 

 首相の言葉に、誰もが頷く。

 

(かの国に頼めば、出来るか?)

 

 彼はある事を考え、それに期待する。

 

 

 

 その後会議は12時を過ぎても、続いたと言う。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、『大和』達が泊まっている高級ホテル。

 

 

「マイラス殿。相当驚いていたな」

 

「それもそうだろう。人間が軍艦の姿に変貌しただけでも相当なものなのに、『尾張』も見せたのなら、彼らの衝撃は計り知れないわ」

 

 タブレット端末に表示している資料を確認している『エンタープライズ』が海軍基地での披露の際のことを呟くと、『尾張』の尻尾を撫でている『ティルピッツ』が答える。

 

「でも、本当に良かったのだろうか? KAN-SENの存在を明らかにして。かえってムーにいらぬ誤解を招いたような気がする」

 

 『尾張』は不安な表情を浮かべて、腕を組む。

 

 案外彼の予想は当たっていたりするが。

 

「私達の存在が抑止力になるのなら、明らかにする価値はあるはずよ」

 

「抑止力か……」

 

 彼女の言葉を聴き、『尾張』は呟きつつ、尻尾を動かす。

 

「……」

 

 『エンタープライズ』は顔を上げて、部屋の隅で通信機を前にしている『大和』を見る。

 

 

「そっちは変わりないか、『武蔵』?」

 

『うん。こっちは大丈夫だよ、兄様』

 

 通信機を前にしてマイクを手にする『大和』は通信相手である『武蔵』と会話を交わしている。

 

『時折ムー国の海軍や沿岸警備隊の船がやって来て、航空機が上空を飛び回ってこっちを見張っているけど、遠くから見ているだけで何もして来ないよ。むしろ珍しい物を見にやって来ている感じだね」

 

「まぁ、そうだろうな」

 

 『武蔵』から話を聞き、『大和』は思わず苦笑いを浮かべる。

 

 『武蔵』が空母なのはムー側も理解しているだろうし、そう考えれば規格外な大きさで、変わった形状の飛行甲板を持つ『武蔵』はムーからすれば異質だろう。それ故に、監視というより観察しているというのが正しいだろう。

 

 完全に『武蔵』が物珍しい珍獣扱いである。

 

「それで、補給はどうなっている?」

 

『「樫野」さん達を乗せた二式飛行艇が二日後に到着する予定だよ』

 

「予定通りだな」

 

 ちゃんとことが思い通りに進んでいるとあって、『大和』は安堵する。

 

 ムーまでの航路は非常に長く、その上未知の航路とあって慎重に進んでいたので、予想よりも長く消耗のある旅になっている。その為『武蔵』は道中補給要員のKAN-SENの補給を受けてムーに向かっている。

 

 今回も補給要員のKAN-SEN達を乗せた二式飛行艇がアルタラス王国より出発し、『武蔵』へ合流して補給を行う予定である。

 

 しかし帰りは今回の補給さえ受ければ、無駄な消耗をすることなくアルタラス王国にある港まで進んでいける。

 

「とりあえず、ムーとの会議が終わるまで、その場で待機だ。何も起こらない事に越したことは無いが、万が一に備えて警戒は緩めるな。そして何より、その万が一起きた場合は、連れてきたKAN-SEN達と身を守る為の行動をしろ。そこからの判断はお前に任せる」

 

『了解。通信終わり』

 

 そうして『大和』はマイクのスイッチを切り、背もたれにもたれかかる。

 

(ひとまず、やれるだけのことはやった、が)

 

 『大和』は目を細めて天井を見つめる。

 

(あの時のマイラス殿は、『尾張』を見て何か別の意味で驚いていたような気がするのは気のせいか?)

 

 海軍基地でのKAN-SENのお披露目の時を思い出し、『尾張』の軍艦形態を見せた時のマイラスの反応に違和感を覚えていた。

 

 もちろん『尾張』の巨大さで驚いていた部分もあるだろう。しかしそれと共に、別の何かに驚いていたようにも見えた。

 

(……考えても無駄か。何に驚いていたかは俺達には関係ない事だろうし)

 

 『大和』はため息を付き、席を立って『エンタープライズ』達の元へ向かう。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 中央歴1639年 8月1日

 

 

 その後ロデニウス連邦共和国とムー国の間で国交開設に向けた会議が行われ、今日この日に両国の間に国交が結ばれた。

 

 

 そしてムー国はロデニウス連邦共和国へ視察団の派遣を行うことを発表した。

 

 

 しかもロデニウス連邦共和国の外交官達が本国へ帰るのに便乗してである。

 

 

 『大和』達はムーからの要請に驚きを隠せなかったが、その後本国に問い合わせてどうするか判断を仰ぐ。

 

 

 カナタ大統領の考えとしては、列強国であるムーの機嫌を損ねたくない思惑があり、他の閣僚も同じ意見とあって、『大和』達はムーからの視察団を乗せて本国への帰路に着く事になった。

 

 

 




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第四十五話 ムー視察団の出発

 

 

 

 中央歴1639年 8月3日 ムー国

 

 

 遂にロデニウス連邦共和国へムーの視察団が出発する日が来た。

 

 

 

「いよいよロデニウスへ向かうんだな! いやぁ楽しみだ!」

 

 意気揚々と言った様子で、大きな肩掛け鞄を肩に掛けて大きなトランクを手にしているマイラスは宿舎内の廊下を歩いていた。肩掛けの鞄の中には上層部に許可を取って持ち出した技術関連の資料であり、ロデニウス側に見せる為である。

 手にしているトランクには着替え等が入っている。

 

「そこまで興奮するようなことか? 技術力はあるようだが、文明圏外にある国に行くんだぞ?」

 

 と、マイラスの隣で一人の男性が興奮する彼に呆れた様子で見ていた。

 

 彼の名前は『ラッサン・デヴリン』。マイラスとは幼い頃からの友人であり、士官学校でも同期である戦術士官である。今回彼もロデニウス連邦共和国の兵器戦略の分析の為、視察団のメンバーの一人に選ばれたのだ。

 

「何言っているんだ、ラッサン! 確かにロデニウスは文明圏外にあるが、我が国よりも上を行く科学文明の国だぞ! お前だって例の写真は見ただろ!」

「そりゃ見たけどなぁ……」

 

 マイラスの迫力に押されながら、ラッサンはこの前上層部より見せられた『大和』達の写真を思い出す。

 

「だが、本当に信じられないな、KAN-SENっていうのは。本当に人から軍艦に変わったのか?」

「あぁ。俺はこの目でハッキリと見たからな。それに、俺と同じで他にも見た奴は居るからな」

「だと言ってもなぁ」

 

 マイラスが熱弁するも、ラッサンはどこか信じていない様子である。まぁ写真や証言があると言っても、この目で見ていない彼からすればKAN-SENが人の姿をした軍艦などと、荒唐無稽な内容を信じろと言うのは無理な話である。

 

「にしても、国交を結んでたった二日で視察団の派遣とはな。しかも相手国の外交官の帰りに同行してとか。今まで無かっただろうに」

「それだけ政府は本気なんだろうな。グラ・バルカス帝国の脅威があるんだから、味方は多い方が良いって判断だろう」

「それにしたって、東の果てにあるような国を、そのグラ・バルカス帝国と関わりがあるような国を味方にしようとするか?」

 

 ラッサンは東の果てにある国を味方にして役に立つのかどうかの疑問もそうだが、何よりグラ・バルカス帝国に関わっているような国を味方にして良いのかどうかという疑問である。

 もしかしたらどこかで本性を表すのではないかと思っているのだ。

 

「俺個人的には、ロデニウスはグラ・バルカス帝国と関係は無いと思う」

「なんでそう言い切れるんだ?」

 

 ラッサンは怪訝な表情を浮かべてマイラスに尋ねる。

 

「グラ・バルカス帝国は少なくとも西にあると諜報部は見ている。だがロデニウスは東にあるんだ。正反対にある国が深く関わりを持っていると思うか?」

「そりゃ、そうかもしれないが……安心した所を背後からって可能性だってあるだろう?」

「だったら自国の最新鋭の技術を他国に渡すとは考えられないだろ?」

「……」

「まぁ、この辺りは向こうに行ってみないと分からない。それにロデニウスより技術供与を受けることが出来れば、力を付けてグラ・バルカス帝国の脅威から我が国を守れるかもしれない」

「……まぁ、そうなればいいんだがな」

 

 マイラスの言葉に、ラッサンは同意する。

 

 国を守りたいと言う気持ちは彼も同じだ。そうなる事への期待感はある。それと同時に本当に技術力が高いのかという懐疑的な部分がある。

 

 

「それにしても……」

 

 と、二人は次の角を曲がり、そこから三つ先の部屋の前に来ると、ラッサンは呆れた様子で声を漏らす。

 

「出発の日だって言うのに、相変わらずあいつは時間通りに来ないんだな」

「あいつの遅刻癖はいつものことだろ」

「やれやれ。これでよくトップクラスの技術士官だと持て囃されたもんだな」

「頭が良いのは確かだしな、あいつは……」

 

 どこか諦めた様子のある二人はそう短く会話を交わし、マイラスが扉をノックする。

 

「『アイリス』! もう出発の時間だぞ!!」

 

 彼はノックしながら大きな声を上げるが、返事は無い。

 

「やれやれ」と言いながらラッサンはドアノブを回して扉を開け、二人は部屋の中に入る。

 

 

「うわぁ……」

「相変わらずの散らかりようだな」

「というか、扉の鍵を開けっ放しって、無用心過ぎるだろう。何か遭ったらどうする気だよ」

「この惨状を見たら誰でもその気を失せるだろうな」

 

 部屋の中に入り、二人は中の惨状を目の当たりにしてドン引きであった。

 

 

 部屋の中は散らかっていた。とにかく散らかっていた。足の踏み場が無いぐらいに散らかっている。

 

 書類だったり、筆記用具だったり、ごみだったり、脱ぎ捨てた服等が床を覆い尽くしてもう目も当てられないぐらいに散らかっている。

 

 

「おーい! アイリス! 聞こえないのか!」

 

 ラッサンはもう一度大きな声を上げる。

 

 

「そんな大きな声を出さなくたって、聞こえているわよ」

 

 と、部屋の奥から声がすると、部屋の角から一人の女性が出てくる。

 

 背中まで伸ばした金髪に、整った顔つきに碧眼の女性であり、出ている所は出て、引っ込んでいる所は引っ込んでいると、女性としては理想的なスタイルの持ち主である。その上彼女は下着を穿き、シャツだけを羽織っているだけという中々にセクシーな格好をしている。

 

 彼女の名前は『アイリス・グラード』。こんな身なりだが、ムーでもトップクラスの技術士官であり、様々な兵器開発に携わっている秀才である。マイラスとラッサンとは幼馴染であり、士官学校も同じであった腐れ縁である。それ故に遠慮が無いとあって二人が女性の部屋に遠慮なく入るわけも無い。

 今回の視察団に彼女も技術評価の為に含まれている。

 

 しかしそんなセクシーな格好をしたスタイルのいい女性が出てきたにもかかわらず、二人の反応は薄い。

 

 

 一応二人の名誉の為に言っておくが、別にアッチの趣向を持っているわけではなく、ストレートな趣向の持ち主である。反応が薄いのは、幼馴染ゆえか。もしくはこの惨状ゆえか。まぁ後者の場合が圧倒的に強いだろう。

 

 まぁ、何となく察しは付くだろうが、彼女は恐ろしく片付けられないズボラな性格であるのだ。

 

 

 二人は呆れたような様子でため息を付き、アイリスを見る。

 

「アイリス。お前まだ準備していなかったのか? もう出発の時間だぞ。ロデニウスの外交官達を待たせるわけにはいかないんだ」

 

 ラッサンはポケットから懐中時計を出して蓋を開け、アイリスと呼んだ女性に見せる。

 

「あぁ、もうそんな時間だったのね。すぐに用意するわ」

 

 アイリスは寝ぼけた様子であったが、時間を見てゆっくりと部屋の奥へと向かう。

 

「全く。よくあれで士官になれたのか、不思議でならねぇよ」

「まぁそう言うなって」

 

 呆れた様子で声を漏らすラッサンに、マイラスは苦笑いを浮かべるのだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、アイナンク空港

 

 

 いつでも出発できるようにエンジンの暖機運転を行っているPBJ-1Hの傍に、『大和』達がマイラス達の到着を待っていた。

 

「しかし、まさかムーが視察団の派遣をこんな超短期間で行うなんて」

「それも、我々の帰還に便乗する形で派遣するとはな」

「それだけロデニウスに対して何かが気になっているのだろうな」

 

 『ティルピッツ』と『エンタープライズ』が呟くと、『大和』が答える。

 

(ここまで早期に視察団の派遣。やはり『尾張』を見せたのは不味かったか?)

 

 『尾張』を見せた時からムーの反応が変わったのを思い出し、「うーん……」と静かに唸る。

 

 彼というより、ロデニウス連邦共和国の政府首脳的には、KAN-SENや『尾張』の存在が抑止力になればと考えて両者の存在をムーに見せ付けた。

 しかしムー側の見せた反応は彼らの予想外なものであった。

 

 そうこうしている内に、ムーからの視察団がやって来る。

 

(まぁ、今は目の前のことに集中しよう)

 

 疑問はいくつも浮かび上がるも、『大和』は頭を切り替えてマイラスを見る。

 

「お待たせしました、ヤマト殿。遅くなりましたか?」

「いいえ。ちょうどいい時間です」

 

 マイラスは申し訳なくそう言うも、『大和』は腕時計を見て時刻を確認し、そう告げる。

 

 するとマイラスとその後ろに居る男性ことラッサンは安堵した表情を浮かべて息を吐く。

 

「それで、そこのお二人も?」

「はい。ムーより視察団の一人として派遣された戦術士官のラッサン・デヴリンと申します」

「同じく視察団の一人として派遣された技術士官のアイリス・グラードと申します」

 

 『大和』がマイラスの後ろに居る二人を見ると、ラッサンとアイリスの二人が自己紹介をする。

 

 

 ちなみにアイリスはさっきまでのだらしのない姿が嘘のように、軍服をしっかりと着込み凛とした雰囲気に髪をポニーテールにして右目を覆うモノクルを着けている。

 これだけ見れば彼女を知らない者からすれば、ズボラな人間だとは思わないだろう。

 

 

「ムーからの視察団三名、この度は外交官の帰還に同行させていただいます。到着までの間、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 マイラスは気持ちを切り替えて『大和』にそう告げて三人が敬礼をし、『大和』も敬礼を返す。

 

 

 その後『大和』他の面々も自己紹介して、全員PBJ-1Hに乗り込んで機体は管制塔の指示に従って、アイナンク空港を飛び立った。

 

 

 

 空港から飛び立ったPBJ-1H。その機内は窮屈であった。

 

「申し訳ございません。なにぶんこの機体は本来大人数で乗るような機体ではないので」

「いえ、お構いなく。無理矢理同行してるようなものなので、贅沢は言えません」

 

 狭い機内の都合上『エンタープライズ』と密着してしまっている『大和』が申し訳なく言うも、ラッサンとアイリスとギュウギュウ詰めになっているマイラスは苦笑いを浮かべつつ、機内を観察する。

 ちなみに『尾張』と『ティルピッツ』も狭い機内とあって密着しているが、二人揃って満更でもない様子。

 

 機内には見たことの無い機械があちこちに設置されており、その機械を二頭身の生き物と巨大なヒヨコが操作しており、マイラスはもちろんのこと、ラッサンとアイリスは信じられない物を見て目を見開いて呆然としている。

 

(見た事の無い物ばかりだ。一体何に使うものなんだ?)

 

 見た事の無い機械が何に使うものなのか、予想が付かずマイラスは静かに唸る。

 

(気にはなるけど、仕事中だから声を掛けられないな)

 

 マイラスはとても気になるものも、巨大なヒヨコや二頭身の生物は仕事をしている最中とあって、声を掛けられなかった。

 

 

 

 それからして、PBJ-1Hがアイナンク空港から飛び立って数十分後……

 

 

「見えてきましたよ」

 

 と、『大和』が窓の外を見ながらそう伝えると、マイラス達も窓の外を見る。

 

「あ、あれは……」

「……写真で確認していたけど、こんなに大きいの?」

 

 ラッサンはそれを見て声を漏らし、アイリスは食い入るように見つめている。

 

(やはりそうか。これだけの航空機が空母から飛び立ったのなら、空母もまた大きいんだな)

 

 そしてマイラスは確信を得て、それを見つめている。

 

 彼らの視線の先には、海に浮かぶ島のような、巨大な空母が停泊している。

 

 大和型航空母艦二番艦『武蔵』である。

 

「あれはロデニウス連邦共和国で最大級を誇る航空母艦……大和型航空母艦の二番艦『武蔵』です」

「『ムサシ』? それに大和型の二番艦ということは」

 

 と、マイラスは『大和』の説明を聞き、ある事に気づく。

 

「えぇ。あれもKAN-SENです。そして、自分の弟ですね」

「やはりそうですか」

 

 マイラスは『大和』を見て、『武蔵』を見る。

 

(あれだけ大きければ、確かに『オワリ』殿と同時に湾内で軍艦に変化出来ないな)

 

 彼は納得して、『武蔵』を見る。

 

(それにしても、あの横に出っ張った飛行甲板。どんな理由があるんだろうか?)

 

 マイラスは大和型航空母艦の横に出っ張った特徴的なアングルドデッキの飛行甲板に疑問を抱き、首を傾げる。

 

 

 PBJ-1Hは『武蔵』の上空を旋回し、後ろから接近するように針路を整え、着艦体勢に入る。

 

「あ、あの、『ヤマト』殿?」

「何でしょうか?」

 

 すると徐々に『武蔵』に近づくのを窓から見ていたラッサンが、顔を青ざめて『大和』に問い掛ける。

 

「もしかして、このまま空母に着艦するのですか?」

「えぇ。大きく揺れますから、しっかり掴まって下さい」

 

 『大和』がそう伝えると、ラッサンとアイリスは椅子の背もたれをしっかり掴み、マイラスは窓枠を掴む。そして『大和』達も椅子を掴んでしっかり踏ん張る。

 

 まぁ彼らからすれば、乗っているPBJ-1Hが空母に着艦出来るのかと言う不安があるだろう。

 

 PBJ-1Hは速度を落とさずに勢いよく『武蔵』のアングルドデッキ側の飛行甲板へ向かって降下していく。

 

 空母への着艦する航空機に当然乗った事が無いムーの使節団の三人は、身体を強張らせ、顔を青ざめていた。

 

 そしてPBJ-1Hは『武蔵』のアングルドデッキ側の飛行甲板に勢いよく着艦し、着艦フックが飛行甲板に張られたアレスティングワイヤーを引っ掛けて機体は急停止する。

 

「っ!」

 

 着艦と共に急制動を掛けた事で機内は前へとGが掛かるが、誰もがどこかを掴んでいたので、何とか耐えた。

 

「大丈夫ですか?」

「は、ハハハ……な、なんとか」

 

 マイラスは冷や汗を掻きながら苦笑いを浮かべる。ラッサンとアイリスも無言で頷く。

 

 まぁ航空機に乗って空母へ着艦する経験なんて、三人の立場上まず無いだろうし、三人とも冷や汗を掻いている。

 

 

 PBJ-1Hの昇降口から『大和』達とマイラス達が降りる。

 

「おぉ……!」

 

 『武蔵』の飛行甲板に下り立ったマイラスは、思わず声を漏らす。

 

 彼の視界いっぱいに、見た事の無い物が広がっているのだ。

 

 飛行甲板の端には艦載機の『烈風改』や『疾風改』、『流星改二』が並べられ、中央の左側には出っ張り、コンクリートが張られた飛行甲板。艦橋には一定の速度で回っている機械。

 

「なんて広さだ。これが船の上なのか?」

「大きさから予想していたけど、殆ど揺れていないわね。なんて安定性なの」

 

 ラッサンとアイリスは甲板の広さと殆ど揺れを感じないのにそれぞれ驚く。

 

「お帰りなさい、兄様」

 

 と、彼らの元に『武蔵』がやって来る。

 

「ただいま、『武蔵』。出航できるか?」

「はい。いつでも出られます」

 

 『大和』の質問に頷いて答え、『武蔵』はマイラス達を見る。

 

「兄様。そちらの方々が?」

「あぁ。俺たちの帰りに同行する形でムー国より派遣された使節団だ」

「そうでしたか。自分はこの大和型航空母艦二番艦『武蔵』の艦長を勤めています『武蔵』と申します」

 

 事情を聞き、『武蔵』は自己紹介をしつつ、敬礼をする。

 

 マイラス達も挨拶を返しつつ、自己紹介する。

 

(なるほど。KAN-SENは軍艦形態では艦長になるのか。それにしても『ヤマト』殿といい、『ムサシ』殿も美形なんだな。『ヤマト』殿より青年さはあるけど)

 

 マイラスは内心でKAN-SENの形態を予想しながら、『大和』と『武蔵』の容姿について呟く。

 

 『大和』は見ようによっては女性に見える容姿をしているが、『武蔵』は兄によく似ているものも、まだこちらの方が青年感があるのだ。

 

 

 その後マイラス達は艦橋へと移動し、『武蔵』は煙突より黒煙を吐き出して、ゆっくりと動き出してロデニウス大陸を目指して出発した。

 

 

 




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第四十六話 妖精の心得

 

 

 『武蔵』が使節団を乗せてムー国を発った頃。

 

 

 

 

 トラック諸島 春島

 

 

「……」

 

 ベンチに座り、『ビスマルク』は静かに空を見つめていた。その表情はどことなく不安な色が見え隠れしている。

 

「妹の事が心配か?」

 

 と、コーヒーが淹れられた紙コップを両手に一つずつ手にしている『紀伊』が彼女の元にやって来て、声を掛ける。

 

「『紀伊』……」

 

 『ビスマルク』は『紀伊』からコーヒーが入った紙コップを一つ貰い、再度空を見上げる。

 

「未知の場所に家族が行ったんだ。心配しないはずがない」

「そうか」

 

 『紀伊』は『ビスマルク』の隣に座ると、相槌を打ってからコーヒーを飲む。

 

「そういうお前は弟が心配じゃないのか?」

「『尾張』なら心配無い。あいつは強いからな」

 

 『紀伊』は自信ありげに答えて、顔を上げる。

 

「さっき『武蔵』がムー側の使節団を乗せて出発したと連絡が入った。行く時と違って安定した航海が出来るだろうから、一週間ぐらいで帰ってくるだろう」

「そうか。無事に終えたのだな」

 

 『ビスマルク』は安堵の息を吐き、一安心する。

 

「しかし、ムー側も大胆な事をするものだな」

「国交開設と共に使節団の派遣だからな。中々大胆だよ」

 

 『紀伊』はため息のように深く息を吐き、空を見上げる。

 

「ムー側に何かしらの事情があって、使節団をこちらの使節団の帰りに同行させたのか。それともよほどの何かがあるのか」

「……」

 

 真剣な表情を浮かべ、ムーが早期に使節団の派遣を決定した流れに疑問を抱く。普通なら国交を結んで即使節団を派遣するなんてことは余程のことが無い限りない。尤も、旧クワ・トイネ公国の時と似たようなものであるが。

 

「まぁ、その点については追々調べれば良いさ」

「そうだな」

「で、それはともかくとして」

 

 と、『紀伊』はそう言うと、話題を戻す。

 

「『尾張』自身の強さもあるが、空の守りだって『大和』に『武蔵』、『エンタープライズ』、その上他にもKAN-SENが居るんだ。大抵の事であいつらの布陣を破れはしない」

「……改めて聞くと、過剰な戦力だな」

「足りないよりかは万倍マシだ」

 

 『ビスマルク』は改めてムー国へ派遣したKAN-SENの構成を聞いて苦笑いを浮かべるも、『紀伊』はそう言ってコーヒーを飲む。

 

 戦力が足りないでやられました……なんてことになったら泣くに泣けない。

 

「そういえば、この間リーンノウの森で発見した例の物だが、調査は進んでいるのか?」

あいつら(妖精)が不眠不休で調べてくれたお陰で、殆ど終わっているよ。だからこの前それをリバースエンジニアリングをしてコピー製造した後、現物はエルフ達に返却している」

「簡単に言っているが、よくコピーできたな」

「まぁ、エルフ達からすれば御神体だからな。それを貰い受けるわけには行かないんだろうが、確かにリバースエンジニアリングをして速やかにコピーを製造するのは、容易じゃないな」

 

 二人は改めて妖精達の高い技術力に苦笑いを浮かべる。

 

 

 リーンノウの森にて発見された代物は、当初発見場所で調査を行っていたが、やはり場所が場所とあって調査が思うように進まず、その現状に妖精達は不満を抱いていた。その後無理を承知でエルフ達との話し合いを行ったところ、何とかそれらをしばらくの間借り入れる事になり、リーンノウの森からトラック諸島の研究開発施設に運び込まれた。

 妖精達は未知なる新鮮な獲物を前に、ハイになって不眠不休で解体して隅々まで調べ上げ、それらのリバースエンジニアリングを行い、寸分違わない完全なコピー品をいくつか製造したのだ。妖精さんの異常なまでの技術力である。

 ちなみに調査を終えた後、何名かの妖精は「燃え尽きたぜ……真っ白にな……」と言わんばかりに倒れて病院送りになったそうな。

 

 そして調査を終えた代物らはちゃんとエルフ達に返却し、その後コピーした代物を基に更なる徹底した調査が行われている。コピーできるほど調査が終わっているのに更に徹底して調査するとはこれいかに……

 

 ちなみにリーンノウの森で発見されたのは、航空機が二機、オートジャイロのような飛行機械が三種類四機、戦車、装甲車等の戦闘車両が一台ずつである。

 

 こんな異世界でなぜ旧世界にあった兵器群があったのか。これらだけでも相当驚きの代物なのだが、問題なのはそれらである。

 

 航空機は明らかにジェット機であり、それも性質は異なれど艦載機型であって、妖精達が開発した物よりも更に発展したものだ。しかし妖精達は技術の会得を目指して、コピーして生産するのではなく、あくまでもそのジェット機を解析して技術を吸収し、自分達でジェット機を作るようである。現に三機種のジェット機の構想が練られ、研究開発が行われている。

 しかしジェット機二機にも彼女達は大いに興味を持ち、徹底した調査と共に改良点を探して開発を行うそうである。

 

 オートジャイロのようなものは輸送を目的にした物が二種類あり、それが一機ずつ計二機。もう一種は攻撃を目的にしたもので、若干異なる部分はあるが、元は同じであろう機体が二機である。

 これらは妖精達がとても有用性があると考えて、調査を終えた後早期の戦力化を目指して量産体制を整える予定である。

 

 戦車は現在開発中の新型戦車の開発に役立てられそうと、徹底的に調査が行われている。装甲車に関しては構造上特に目新しいものはなかったが、有用性が認められたので、生産ラインを構築して量産する予定である。

 

 

 とまぁ、リーンノウの森で発見された代物らは、彼らの技術力を大きく飛躍させることになったのだ。

 

「しかし、なぜわざわざ妖精達は自分達で作ろうとするのだ? 物自体はあって、製造できるノウハウだってあるのに」

 

 『ビスマルク』は格納庫に保管されているジェット機を思い出す。

 

 今日までに開発してきたジェット機と比べて、そのジェット機はそれぞれ性質こそ違えど、見るからに性能は高いものだ。ならばそれを量産すればわざわざ遠回りな事をする必要は無い。

 

「妖精達はちゃんと技術を自分達の物にして、それを実践して現物を作る心構えだ。ただ真似するだけなら誰にだって出来る。だが、技術の根本を理解せずに真似するだけではそれ以上は無い。自分で考えようとする頭が出来ないからな」

「……」

「まぁ、言ってしまえば職人気質ってやつだな。ただ妖精達が作りたいだけって可能性も否めないが」

「職人か。なるほど」

 

 『ビスマルク』は納得して、コーヒーを飲む。

 

「……」

 

 ただ、『紀伊』は気がかりな事があった。

 

(やっぱり、何かおかしいよな)

 

 彼はその代物らが保管されていた時の様子を思い出しながら、コーヒーを飲む。

 

 そのどれもが数百年以上保管されていたとは思えないぐらい綺麗な状態であり、その上どれもが新品同様だったのだ。

 

 しかし、『紀伊』はその代物らに違和感を覚えたのだ。

 

 いくら失われた時間遅延魔法が施されているとは言えど、あまりにも綺麗過ぎるのだ。その上伝承じゃエルフが神の船と呼ぶジェット機は戦いの末に地面に墜ちたと言われている。その落ちた残骸を回収して祀っていたそうである。

 にもかかわらず、そのジェット機はボロボロどころか新品同然な状態だったのだ。

 

 その上、ジェット機の車輪の部分を良く見ると、埃が被っている所と被っていない部分があった。それは明らかにジェット機を動かしたという証拠に他ならない。

 

 エルフ達は数年に一回様子を見る為にあの場所に向かうそうだが、御神体に触れる事はまず無いとのこと。

 

(何かがあそこに来ていた?)

 

 となると、あそこに保管されていた代物らに、何者かが手を加えた可能性がある。

 

 しかし、エルフでなければたどり着けないような場所に、誰がどうやって来たのか。ましても、どうやって新品同様な状態にしたのか?

 

(……まさかな)

 

 ふと、『紀伊』にはそんな不可能な事を可能にしそうな連中のことが脳裏に浮かぶも、すぐに振り払う。

 

 

 こんな所にまで、連中(・・)が来るわけが無い、と。

 

 

(それに、あのマークに文字は……)

 

 そして『紀伊』は一つだけ気になるものがあった。

 

 それは飛行機械に描かれていたマークと文字であり、マークは赤い円に白い縁が描かれたものであり、『大和』や『紀伊』達トラック泊地所属を表す黒い円に白い縁のマークに良く似ている。

 そしてマークは、『紀伊』の人間だった頃の記憶に、よく知るものがある。

 

 文字はオートジャイロ似の飛行機械に書かれており、それぞれ『陸上自衛隊』と、『日本国防海軍』と書かれていた。

 

(陸上自衛隊は分かるが……日本国防海軍? 一体何のことだ?)

 

 前者なら人間だった頃の記憶に同じ名前があるが、後者に関しては全く心当たりが無い。

 

「……」

 

 

 

「そういえば」

「ん?」

 

 と、『ビスマルク』が何かを思い出したように声を漏らす。

 

「技術班の妖精から報告があったが、どうやらメンタルキューブの解析が終わって、試作品を三つ製造に成功したそうだ」

「っ! 解析が進んでいるというのは報告で聞いていたが、現物を作ることが出来たのか」

 

 『紀伊』は彼女の言葉を聴き、驚いたように声を漏らす。

 

「まだ完全な物ではない、いわば擬似メンタルキューブなる物らしい。何が出来るかわからない、ましてもKAN-SENが出来るのか分からない」

「それでも、作れるようになったのは大きな一歩だ。ここまでくれば完全な物が作れるのも時間の問題だろうな」

 

 彼はそう言うと、目を細める。

 

 

 妖精達はKAN-SENを生み出す謎の物質こと『メンタルキューブ』の解析を進めていた。しかし妖精達の技術力を以ってしても、さすがにメンタルキューブの解析は中々進まなかった。

 しかし、転移前にレッドアクシズ陣営の重桜や鉄血との間で交わした密約によって、妖精達独自の技術と引き換えに『架空存在』と呼ばれる特殊なKAN-SENの開発技術と特殊なメンタルキューブの技術を手に入れてからは、メンタルキューブの解析が飛躍的に進み、遂に妖精達はメンタルキューブの製造に成功した。

 とはいえど、メンタルキューブの解析はまだ完全とは言えず、擬似的なメンタルキューブみたいな代物として出来上がったが、理論的にはメンタルキューブと大差は無いらしい。その見た目もメンタルキューブが青白い見た目をしているのに対して、擬似メンタルキューブは金色をしている。

 

 

(となると、近い内にテストする必要があるな。三つあるのなら、一個と二個を使った二パターンの建造か……しかし一体どんなのが出来上がるのやら)

 

 『紀伊』は近い内に擬似メンタルキューブを使った建造を行おうと考える。

 

 しかし不確定要素が多い擬似メンタルキューブで建造を行うとなると、一体どんなものが出来るか。KAN-SENだとしてもただのKAN-SENでは無い可能性が高いし、そもそもKAN-SENが出来るとは限らない。

 下手すると得体の知れない何かが生まれそうだ。

 

 

「ところで、『紀伊』」

「ん?」

 

 ふと彼女から呼ばれて『紀伊』はコーヒーを飲みながら返事をする。

 

 しかし彼女の視線は、どことなく冷たい気がせんでもない、ジトーとしたものだ。

 

「昨晩は『榛名』と楽しんだようだな」

「ブフゥッ!?」

 

 と、『ビスマルク』の突然の爆弾発言に『紀伊』は盛大に口に含んでいたコーヒーを吹き出す。

 

「ちょっ、おま!?」

 

 咽ながら『紀伊』は『ビスマルク』を見る。彼女はジトーと目を細めて彼を見ている。

 

「……なんで知っているんだ」

「今朝腰を押さえながら妖精達に運ばれていく『榛名』を見れば、察しが付く。それがお前の部屋がある方向からなら尚更だ」

「ぐっ……」

 

 ジト目で見ながら彼女がそう言うと、『紀伊』はぐぅの音も出ずに黙り込む。

 

 まぁつまりは、そういうことなのだろう。

 

「全く。我々に余裕が生まれたからといって、こうも続けるとはな」

 

「い、いや、まぁ……何て言うか、その」

 

「その上『榛名』が立ち上がれないぐらいにするとは。獣ね」

 

「ぐぉ……」

 

 『ビスマルク』の言葉がグサりと突き刺さり、『紀伊』は声を漏らす。

 

「……ま、まぁ、『榛名』が運ばれた理由は、分からんでもないが」

 

 と、『ビスマルク』は顔を赤くして、歯切れが悪くそう言う。

 

 どうやらナニカを思い出したようである。

 

「……まぁ、その事に今更どうこう言うつもりは無いわ。むしろ家族が増えるんだ。嬉しくないはずが無い」

「『ビスマルク』……」

 

 彼女はため息こそつくも、その表情はとても穏やかで、微笑みを浮かべて自身のお腹に手を触れる。

 

「……」

 

 『紀伊』は何も言わず、尻尾を『ビスマルク』に絡めて彼女を抱き寄せる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、ここはロデニウス大陸から西側。フィルアデス大陸のほぼ目と鼻の先にある『アルタラス島』

 

 

 ここには島と同じ名前の国名を持つ『アルタラス王国』があり、高純度の魔石が取れる世界有数の魔石鉱山を持ち、世界各国に顧客がある。当然中にはあのパーパルディア皇国も居る。

 

 文明圏外国に分類されているが、高純度の魔石による貿易のお陰で国はとても豊かであり、文明国並の国力と文明水準を持つ国である。

 

 

 アルタラス王国にある王都『ル・ブリアス』。王都にて一際目立つ王城『アテノール城』

 

「……」

 

 アルタラス王国の国王『ターラ14世』は椅子に座り、窓から外の景色を眺めている。

 

(人生とは、何が起こるものか分からないものだな)

 

 窓から外を見ながら彼は内心呟き、空を眺めながら今日まで起きたことを思い出す。

 

 

 

 一ヶ月ほど前、アルタラス島に一隻の軍艦が現れた。自国はもちろんのこと、第三文明圏の列強国であるパーパルディア皇国とも違う船の存在に、王国は一騒ぎになった。

 しかし軍艦には白旗が揚げられており、戦闘の意思は無く、軍艦には『ロデニウス連邦共和国』と名乗る国の大使が乗っていた。

 

 大使によれば、アルタラス王国との国交開設が目的で、その後紆余曲折を経てロデニウス連邦共和国との国交を開設した。

 

 

 

(そして、かの国と安全保障条約を結ぶことが出来た。これならば、パーパルディア皇国と戦えるかもしれない)

 

 ターラ14世は条約を結んだ時の事を思い出し、安堵の息を吐く。

 

 国交開設時に、ロデニウス連邦共和国はアルタラス王国と安全保障条約を結ぶことを提案した。この安全保障条約は、言うなればどちらかの国が他国と戦争が避けられなくなった場合、条約を結んだ国から多くの援軍を要請できるものである。

 その見返りにロデニウス連邦共和国はアルタラス王国の一部の土地を防衛目的で租借する。

 

 しかし当時のアルタラス王国の一部の大臣や貴族は、建国から一年にも満たない国との安全保障条約を結んだところでその戦力など当てにならないと、条約を結ぶことに反対していた。まぁ当然といえば当然な判断である。

 

 とは言えど、ロデニウス連邦共和国の大使が王国へとやってきた際に乗ってきた軍艦が明らかに国の技術力を現しているので、ターラ14世はロデニウス連邦共和国へ使節団を送ってその力を見極めることにした。

 

 その後アルタラス王国より使節団がロデニウス連邦共和国へ派遣された。

 

 

 そこでアルタラス王国の使節団はロデニウス連邦共和国の国力と、技術力を目の当たりにして大いに驚愕した。自国はもちろんのこと、列強国のパーパルディア皇国をも上回っていた。

 

 そして視察を終えた使節団は王国へ帰国し、ターラ14世や大臣、貴族らにロデニウス連邦共和国の全てを口頭と共にロデニウス連邦共和国より貸し出されたカメラで撮影した写真を見せて伝えた。

 

 それが決め手となり、アルタラス王国はロデニウス連邦共和国と安全保障条約を結ぶと共に、軍事同盟を結んだ。この軍事同盟は技術提供に加え、武器兵器の輸入と共に指導を行う教官の派遣を行うものである。

 

 その為、アルタラス王国軍は急速な軍拡と発展を遂げつつあり、それは同時に国そのものも大きく発展を遂げつつあった。

 

 

 その他に、アルタラス王国はロデニウス連邦共和国よりムーとの話し合いの為の仲介を要請された。

 

 アルタラス島にはムー国の空港がある。その空港の使用許可と共に空港の拡張工事の申し出をアルタラス王国の仲介にて行った。

 

 当初ムーはロデニウス連邦共和国の提案に懐疑的だったが、本国にてロデニウス連邦共和国の技術力を目の当たりにしていたので、空港の拡張工事を許可した。

 

 ムー側もアルタラス島にある空港の拡張工事は計画自体はあった。しかし本国からアルタラス島への距離がある上に、その空港自体それほど運用しているわけでもなかったので、拡張工事するほどの必要性があるのかと、中々計画を実行に移せなかった。

 そこへロデニウス連邦共和国が空港の使用許可と共に拡張工事を行いたいという申し出である。ムーからすれば正に渡りに舟であった。

 

 ムーより拡張工事の許可が下りて、ロデニウス連邦共和国は既に待機していた工兵隊や作業員が早速空港の拡張工事を開始した。

 

 空港の拡張工事はロデニウス連邦共和国の妖精達の物量に物を言わせた人海戦術にて工事を行い、滑走路の拡張を半日足らずで終了させて、その後空港設備の工事へと移った。

 

 現在でも工事は続いており、時折ロデニウス連邦共和国より資材を積んだ輸送機が空港へやって来ている。

 

 

「……」

 

 ターラ14世は外の景色を眺めつつ、後ろに控える部下に声を掛ける。

 

「そういえば、ルミエスはどうしている?」

「ルミエス様でしたら、空港の工事現場に向かわれて見学しています」

「またあそこか。安全に考慮されているとは言えど、ロデニウス側に負担が掛かるというのに」

 

 ターラ14世は悩ましいように顔に手を当てて息を吐く。安全に配慮されているとは言えど、工事現場では何が起こるか分からない以上不安が多い。

 しかしそれでも一人娘はよく空港の工事現場の見学に行っている。親の心子知らずとはこのことだろう。

 

「全く。あの好奇心、一体誰に似たのやら」

 

 彼は小さく呟き、ため息をつく。しかしその表情はどことなく嬉しそうだ。

 

「……」

 

 ふと、彼は左胸に手を当てて、痛みを和らげるように優しく撫でながら、窓から空を見上げる。

 

(守らねばな。この国を……)

 

 彼は内心呟き、改めて決意を胸に秘める。

 

 




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第四十七話 魔改造を繰り返した結果、全くの別物の機体といっても過言ではないが、それでも同一の機体である、等と妖精達は供述しており……

stssより評価8を頂きました。

評価していただきありがとうございます!


 

 

 

 『武蔵』がムー国使節団を乗せて出発し、一週間近くが経過した。

 

 

 

 中央歴1639年 8月10日 ロデニウス沖

 

 

 

『まもなく、ロデニウス連邦共和国の領海へ入ります』

 

 『武蔵』がスピーカーで艦全域に伝えるのを、甲板に立つマイラスは聞きながら海を眺めている。

 

 上空には『武蔵』を出迎える様に連邦共和国空軍の戦闘機や哨戒機が本土から飛んできて旋回している。そして『武蔵』の周りには、連邦共和国海軍のマツ級駆逐艦や乙型哨戒艇が周囲を囲って警戒している。

 

「一週間。長いようで、短かったな」

「あぁ。そうだな」

 

 隣に立つラッサンは、同じ方向を見ながら相槌を打つ。

 

「この続きはロデニウスに上陸してからしましょう。むしろ内地の方が詳しい情報があるだろうし」

 

 と、ラッサンの反対側に立つアイリスがそう言うと、モノクルの位置を整える。

 

 

 この一週間だけでも、彼らに与えた衝撃は大きかった。

 

 航行中の間、『武蔵』の艦載機や艦内にある資料室の図書の閲覧が許可されて、マイラス達は日夜彼らについて調べた。

 

 マイラスは『武蔵』の格納庫にて、艦載機を間近で見学していたが、彼の目に映るもの全てが未知なるものであって、同時に自国の技術が彼らに及ばないことを改めて実感する。しかし同時に彼の技術者魂に火を付けた。

 特に疾風改の串型配置の戦闘機には、大いに惹かれたとか何とか。

 

 ラッサンは資料室にある戦術関連の書物を読み漁り、彼らの戦術を見てきたが、その全てが自分の常識を上回っており、大きな衝撃を受ける。

 特に空母より飛び立った航空機による軍艦への攻撃は大いに惹かれたとかなんとか。

 

 アイリスは『武蔵』の艦の構造について調べており、大和型航空母艦の空母として、見たことの無い機構に驚愕した。特にカタパルトやアングルドデッキに興味を持っていたそうな。

 

 

 普通なら一週間の船旅というのは、精神的に参るものだが、彼らの場合一週間というのは物足りない時間であったようだ。

 

 だが、この後でロデニウス連邦共和国にて更に詳しく調べられるので、彼らはそれに期待するのである。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

『……』

 

 しばらくして『武蔵』はクワ・トイネ州にある港町マイハークの軍港に到着し、タグボートによって停泊場所と移動させられている。

 甲板からマイハークを見たマイラス達は、目を見開いて呆然と立ち尽くしていた。

 

 なぜなら、ムーにある港町マイカルに匹敵する、もしくはそれよりも発展した港町が広がっているからだ。

 

「こ、これは……」

「文明圏外で、こんなに発展しているのか?」

「正直、ここまでとは思わなかったわ」

 

 マイハークの発展具合を見て、それぞれ感想を抱く。

 

(なるほど。技術が発展した異世界から一部分が転移しただけで、文明圏外でもここまで発展するのだな)

 

 しかし真実を聞いているマイラスは一人納得している中、三人の元に『大和』と『武蔵』がやって来る。

 

「いかがでしょうか? 我が連邦共和国一の港町であるマイハークは?」

「……その、あまりにも凄くて、何て言ったらいいか」

 

 マイラスは頭の後ろを掻きながら苦笑いを浮かべる。

 

「この後大統領府に赴き、大統領との会談を行い、その後マイハークの観光の予定となっています。今から一時間後に出発しますので、準備の方をお願いします」

「分かりました」

 

 『大和』はこの後の予定をマイラス達に伝えて、『武蔵』と共にその場を後にする。

 

 マイラス達はもう少しマイハークの景色を眺めた後、荷物を纏める為に艦内の部屋へと向かう。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 その後マイラス達はカナタ大統領と会談を行い、今後の予定と共に色々な話が行われた。

 

 会談を終えた後、マイラス達は案内の元マイハークの観光を行い、その発展具合を目の当たりにする。

 

 

 ちなみにこの観光であったが、まんま自分達がやった事をほぼそのまま返されて、マイラスは苦笑いを浮かべたとか何とか……

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 

 ムーの使節団の姿は、国内にいくつもあるロデニウス連邦共和国空軍の基地の中で、クイラ州の砂漠地帯に作られた基地にあった。

 

 

『……』

 

 目の前の光景に三人は唖然となり、立ち尽くしていた。

 

 長大で綺麗に舗装された滑走路に巨大な格納庫、整った航空管制設備等、ムーの空港並みかそれ以上の規模であった。

 

 しかし彼らが驚愕しているのは、滑走路の先にある物であった。

 

 滑走路の脇には、多くの戦闘機が並べられて駐機されており、妖精達や巨大なヒヨコこと饅頭達が新しく入った整備士達の指導を行っている。

 

「これらは連邦共和国空軍の主力戦闘機『三式戦闘機 飛燕』と言います」

 

 『大和』と共に今日一日空軍基地にて彼の補佐を行うことになった『アークロイヤル』が説明する先には、滑走路脇に駐機されている戦闘機の姿がある。その名を『三式戦闘機 飛燕』という。

 

 ロデニウス連邦共和国空軍の主力戦闘機であり、戦闘機であるが、戦闘機らしからぬ搭載量を持つので、攻撃機として運用が可能なマルチロール機である。

 

 

 が、この三式戦闘機 飛燕。名前を聞いて思い浮かぶ機体とは全く違う機体であったりする。いや、この機体の運用が始まった当初は調整こそ施されてはいたが、その名と同じ機体であったのだ。

 しかし妖精達が三式戦闘機 飛燕の不具合点を直し、改良を重ねて魔改造を行った結果がこの三式戦闘機 飛燕である。

 

 当初は鉄血製の液冷エンジンを搭載していたが、現在はロイヤル製の液冷エンジンを搭載しており、それに伴い機体設計を多く変更しており、キャノピーは張り合わせ式から一体成型のバブルキャノピーに変わっているのも特徴的だ。

 武装は傑作航空機関砲である零式機銃を両翼に二門ずつ計四門を搭載しており、両翼下の懸架装置に爆弾やロケット弾を多く懸架可能である。

 

 度重なる魔改造の結果、三式戦闘機 飛燕は元の機体とは異なる、もう別の機体と言った方が納得できるレベルの機体に仕上がっている。しかし妖精達はあくまでもこの機体を三式戦闘機 飛燕と呼んでいるという。

 

 ちなみにこの三式戦闘機 飛燕。その見た目や構造的に言うとユニオンの『P-51 マスタング』に酷似している。実際武装以外は見た目から構造が似通っており、運用スタイルも似ていたりする。

 ここまで改造したのなら、最初からそのP-51を採用すれば良かっただろと思うだろうが、そもそも三式戦闘機 飛燕の今の姿は妖精達が改良を重ねていった結果であり、この姿になったのも偶々である。ここまで来たらわざわざ構造が似ているP-51を採用する必要性は無いのだ。

 

 

「この三式戦闘機 飛燕は液冷エンジンを搭載しており、武装は20mm機関砲を四門。その他に爆弾やロケット弾を両翼下に懸架可能となっており、対地攻撃にも活躍できるマルチロール機となっています」

「液冷エンジン……我が国じゃまだ開発段階だっていうのに」

 

 マイラスは『アークロイヤル』の説明を聞き、三式戦闘機 飛燕を見上げる。

 

 ムーでも液冷エンジンの開発は行われているが、構造が複雑で扱いが難しいとあって、中々開発が進まずに居た。尤もの事を言えば液冷エンジンと比べて比較的に構造がシンプルで整備がしやすい空冷エンジンの開発が優先されているのが、液冷エンジンの開発が進まない最もな理由だろうが。

 

(航空機の分野は完全にロデニウス側が圧勝ね)

 

 アイリスもまた三式戦闘機 飛燕を一目見て、自国の航空機技術が劣っているのを認める。液冷エンジンを実用化して、それを搭載している航空機を目の当たりにすれば、技術者であれば一目見てすぐに理解するだろう。

 

 

 ちなみになぜ『アークロイヤル』が『大和』の補佐をしているのか? 『大和』の周囲関係的に言えば『赤城』や『天城』が立候補しそうなのだが、二人が『大和』の補佐に入れていないのには、ちゃんとした理由がある。

 

 というのも、今日の『天城』は体調が優れず、ただでさえ平均気温が高いクイラ州の環境では、彼女の負担が大きいと『大和』が彼女を説得し、『天城』は理解を示して辞退した。『赤城』は確かに仕事は出来る方であるものも、優先順位が『大和』にあるが故にちゃんと仕事が出来るかどうか不安があり、『大和』は今回ばかりはと彼女を止めた。当然それで『赤城』が納得するわけも無く抗議するが、あまりにも彼女がしつこかったので、『天城』の愛の鉄拳(ゲンコツ)によって沈黙させられた。

 その後他のKAN-SENが立候補するも、最終的に『アークロイヤル』が選ばれた。彼女が選ばれた理由は、ちょうどこの空軍基地にて『加賀』と共にパイロットの教導を行っていたとあって、教導を『加賀』に任せて彼女が『大和』の補佐に入ったのだ。

 

 しかし当の本人からすれば、前回やらかした一件もあってか、名誉挽回の為に至極真面目に『大和』の補佐に回っているそうな。そんな姿に『大和』は「最初からその姿勢なら良かったのに」と呟いたそうな。

 

 

 閑話休題(それはともかく) 

 

 

「おや? あれは」

 

 と、ラッサンが駐機されている三式戦闘機 飛燕の奥で駐機されている戦闘機に気づく。

 

「あれは『ムサシ』にあった艦載機では?」

「えぇ。あれは陸上機の『疾風(はやて)』と言いまして、あれを基にして疾風(しっぷう)が作られました」

 

 アイリスが質問をして『大和』が答える視線の先には、陸上戦闘機の疾風(はやて)が数機ほど駐機されている。

 

 空軍では三式戦闘機 飛燕を主力として採用しているが、疾風(はやて)も小規模ながら主力として採用されている。

 

 疾風(はやて)が全面的に空軍に採用していない理由は、エンジンが串型配置という複雑な構造に加え、双発機故にコストが高いことが大きな要因だろう。さすがに全面的に採用するにはコストが高く、エンジンを二基串型配置にしている構造は複雑とあって、整備性の良くない機体を採用するわけにはいかない。

 その為、疾風(はやて)は小規模での採用となって、P-51もどきになった三式戦闘機 飛燕が空軍の主力の座に就いたのだ。

 

疾風(はやて)は見ての通り、エンジンとプロペラを前後に二基搭載された独特な姿をしています。それに加えて機体の大きさも他と比べて大柄ですので、様々な任務に対応した装備を持ちます」

「様々な装備ですか?」

 

 マイラスは疾風(はやて)と三式戦闘機 飛燕を見比べながら首を傾げる。

 

「えぇ。疾風(はやて)は戦闘機に分類されますが、構造的には戦闘爆撃機とも言えますね」

「戦闘爆撃機?」

「戦闘機に軽く爆撃機としての機能を有する機体の事です。この疾風(はやて)には爆弾を収める爆弾倉があります」

 

 『アークロイヤル』はそう説明すると、『大和』が疾風(はやて)を整備している妖精に声を掛け、妖精は機体下部を弄って爆弾倉の扉を開ける。

 

「これは……凄いな」

「機体内部に爆弾を納めるのね。これなら空気抵抗を大きく減らせて速度低下を最低限のものに出来るわね」

 

 マイラスとアイリスは開かれた疾風(はやて)の爆弾倉の中を見ながら声を漏らす。

 

(軽く爆撃機としての運用に適した機能を持つ戦闘機か。さすがにこれ一つに纏めるわけには行かないが、こういうのがあったら便利そうだな)

 

 機体を眺めていたラッサンは内心呟きながら、戦闘爆撃機の先見性を見る。

 

「『ヤマト』殿。様々な装備があると言いましたが、例えばどのようなものがあるのですか?」

「そうですね。疾風(はやて)は戦闘機爆撃機ではありますが、その機能をどちらか一つに纏めた機体もあれば、早期警戒機と呼ばれる機体もあります」

「早期警戒機?」

「特殊な装備を積んで広範囲で索敵を行う航空機ですね。ムーから飛び立って『武蔵』へ向かった時に乗った航空機と同じと思えば良いです」

「なるほど」

 

 マイラスはあの時のPBJ-1Hを思い出す。

 

「その他にも様々な装備を施した機体もありますが、説明が長くなるので今回は省略します」

 

 『大和』はそう言うと、疾風(はやて)を見る。

 

 

 疾風(はやて)には戦闘機や爆撃機、早期警戒機の他に、機体の設計を大きく変えた計画が立てられていた。

 

 その中には橘花改のようなジェットエンジンを搭載した型やレシプロエンジンとターボジェットエンジンを積んだ混合型など、様々な計画が立てられ、その内いくつかで試作機が作られて、試験が行われた。

 

 しかし機械というのは、元々の設計と異なる構造にすればバランスを崩す場合があり、今回も性能事態は良かったが、元より良かったかといえば正直なところ微妙な性能であった。

 ジェットエンジン搭載型はそもそもジェット機があるのにわざわざレシプロ機をジェット機にする必要性が無く、レシプロエンジンとターボジェットエンジンを搭載した機体は上昇能力は高いが、こちらもジェット機があるので作る必要性が薄い。

 

 小手先程度の改良で性能は向上したが、疾風(はやて)にはこれ以上の性能向上は望めなかった。つまりこの機体には先が無く、いずれ訪れる世代交代の波に真っ先に飲まれる機体である。

 

 そして疾風(はやて)の艦載機型である疾風(しっぷう)もまた、小手先程度の改良で性能の向上は行われたが、艦載機として運用できるように設計変更に加え、元々持つ爆弾倉を犠牲にして燃料タンクを増設したギリギリな作りの疾風(しっぷう)には、疾風(はやて)よりも先が無い機体であった。

 まぁ元々は登場した時点で旧式機の烙印が押された烈風に代わる、決戦に向けた間に合わせの機体として急遽設計されて採用された機体なので、元より先が無い運命にあった。むしろ登場した時点で旧式機の烙印が押された烈風の方がまだ先のある機体であった。

 

 現に烈風は『烈風改』として、2900馬力の排気タービン付きのエンジンに換装され、機体各所に改良が施されたことで、速度は700km/hにまで向上した。武装は相変わらず20mmの零式機銃を四門搭載であるが、一応30mm機関砲四門に換装した試作機が作られたものも、火力は確かに向上こそしたが、装弾数が低下して継戦能力が下がるとしてテストパイロットから反対意見を受けた。

 それに、艦載機が相対するのは同じ艦載機であり、30mm機関砲では威力が過剰であり、そもそも零式機銃の性能の高さに加え、HE(M)(薄殻榴弾)の威力もあって、艦載機相手にはこれらの装備で十分と判断され、20mmの零式機銃のままである。

 

 ちなみに30mm機関砲の威力は大型の爆撃機には有効的であると、一部の疾風(はやて)や三式戦闘機 飛燕に30mm機関砲搭載型が存在する。

 

 

「ん? 総旗艦か」

 

 と、『大和』達の元に『加賀』がやって来る。

 

「『加賀』か。教導の方は大丈夫なのか?」

「今は休憩時間だから問題ない。それより貴様が総旗艦の足を引っ張っていないかが気がかりでな」

「そ、そんなわけ無いだろう! 閣下から選ばれたのだから、その使命はちゃんと全うしている!」

 

 『大和』が問い掛けると『加賀』はそう答えつつ、『アークロイヤル』を睨み、彼女は冷や汗を掻きながらもそう答える。

 

 一方マイラス達は『加賀』の白く、九本もあるフサフサな毛で覆われた尻尾を持つ特徴的な姿に目を奪われていた。

 

「ん? あぁ、ムーの使節団か」

 

 そんな視線に気づいてか、『加賀』はマイラス達を見る。

 

「加賀型航空母艦『加賀』だ。よろしく頼む」

 

「あっ、こちらこそ」とマイラスが代表して挨拶を返す。

 

(KAN-SENって色んな姿形があるのね)

 

 『加賀』の特徴的な姿を観察しながら、アイリスは内心呟く。

 

 

 

 すると上空を一機の三式戦闘機 飛燕が通過する。

 

「あれは……」

 

 『アークロイヤル』が顔を上げて三式戦闘機 飛燕を見ると、目を細める。

 

 その三式戦闘機 飛燕の胴には、骨を交差させその上にドクロのマークが描かれている。

 

「知っているのか?」

「えぇ。教導中のパイロットに、あのマークを入れた者が居ます」

 

 『大和』が問い掛けると、『アークロイヤル』が答える。

 

「元々竜騎士であった者ですが、ワイバーンと馬が合わなかったのかあまり評判は良くなかったようです。ですが航空機のパイロットとして教導を受けたところ、こちらの方が性に合っていたのでしょう。みるみる内に腕を上げています」

「今では教導中のパイロットの中で、一番の実力者だ」

「なるほど。だが、なぜ髑髏なんだ?」

 

 『アークロイヤル』と『加賀』の説明を聞き、『大和』は納得しつつ、髑髏のマークに首を傾げる。

 

「どうやらやつの先祖から受け継がれてきたマークのようだ。どういう意味が込められているかは当の本人のみにしか知らん」

「先祖から受け継がれてきたマーク、か」

 

 彼はそう呟くと、ドクロが描かれた三式戦闘機 飛燕を見る。

 

 

 

「ん? 『ヤマト』か」

 

 と、自身の名前が聞こえて声がした方を見ると、『エンタープライズ』の姿があった。

 

「『エンタープライズ』。なぜここに?」

「私が呼びました」

 

 なぜ空軍基地に彼女が居るのか疑問に思っていると、『アークロイヤル』が声を掛ける。

 

「『エンタープライズ』には臨時的な教官として来て貰っています。私の代理としてでありますが、他の意見も参考にしたかったので」

「なるほど。他の意見、ねぇ」

 

 『大和』は納得したというより、何とも言えない様な様子で小さく呟く。

 

「あなたは確か、本国に来た使節団の一員の……」

「『エンタープライズ』だ。我が空軍基地はどうでしたか?」

「あっ、はい。どれも圧倒されるばかりでした」

 

 マイラスは彼女が本国に来た使節団の一員で、軍港で空母を見せたKAN-SENであるのを思い出すも、彼女の名前を思い出していると、『エンタープライズ』が名前を伝えて空軍基地を見た感想を聞くと、彼は自身の抱いた感想を述べる。

 

「それで、何か用があるのか?」

 

 『大和』は『エンタープライズ』が来た理由を問う。

 

「あぁ。そろそろ休憩が終わるからお前を呼びに来たんだ」

「そうか。もう時間か」

 

 『加賀』は懐から懐中時計を取り出して時間を確認する。

 

「ところで、『加賀』。一つ提案があるんだが……」

「なんだ? あまり妙なことは出来んぞ」

「別に難しい事を言うわけじゃない。訓練生に模擬戦を見せたいんだ」

「模擬戦?」

 

 彼女の提案に『加賀』は首を傾げる。

 

「今日初めて訓練生を見たが、実力はそれなりに伴っていると思う。それで、ここで一刺激与えると良いと思うのだが」

「一刺激か……」

 

 『加賀』は顎に手を当てて、一考する。

 

「だが、模擬戦を行うにしても、誰とする気だ」

「……」

 

 『アークロイヤル』がそう問い掛けると、彼女は『大和』達を見渡す。

 

「最初は『アークロイヤル』か『加賀』のどちらかと思っていたが……」

 

 と、『エンタープライズ』は二人を見てから、『大和』に視線を向ける。

 

「……『ヤマト』」

「なんだ?」

「ちょうどいい機会だ。一試合、やらないか?」

 

 彼女は不敵な笑みを浮かべて、『大和』に模擬戦の相手を申し込む。

 

「ほぅ。一試合を、ねぇ」

 

 『大和』もまた不敵な笑みを浮かべる。心なしか雰囲気がガラリと変わったような気がする。

 

「海の上で戦うのも良いが……空の上で戦うのも、悪くないな」

「だろう?」

 

 二人の闘争心を剥き出しにしたただならぬ雰囲気に、ムー使節団の面々は息を飲む。特に『大和』はこれまでの優しげな雰囲気から一変して、闘志を醸し出している。

 

(また総旗艦の悪い癖が出たな)

(これでは、訓練生には逆効果になるんじゃないか?)

 

 『加賀』と『アークロイヤル』は闘争心を剥き出しにした二人の雰囲気から、模擬戦の許可を下ろしたのに少し後悔する。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その後『大和』と『エンタープライズ』は滑走路へと移動し、フェンスの向こうで訓練生達が見守る中、それぞれ烈風改とF8F ベアキャットを用意する。

 『大和』は疾風改では無く、あえて生まれ変わった烈風改で勝負を挑んだ。

 

 

 二機の戦闘機は滑走路から飛び立ち、『加賀』の合図と共に戦闘の火蓋が切られた。

 

 

 

 そしてその後繰り広げられた空戦は……お目に掛かれるかどうか分からないような、とても激しいものであり、二人はありとあらゆる技を駆使して航空機を操り、一進一退の攻防を繰り広げた。

 

 

 が、見応えこそあったものも、本国のパイロットでも出来そうにない、あまりにも激しい空戦にムー使節団の面々はドン引きだったとかなんとか……

 

 

 しかし『エンタープライズ』の目論見どおり、模擬戦は訓練生に良い刺激になったようで、その後の訓練の気合が入っていたとかなんとか……

 

 




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第四十八話 同じ趣味を持った人との出会い

黒鷹商業組合様より評価5
マナート様より評価10を頂きました。

評価していただきありがとうございます!


 

 

 

 中央歴1639年 8月12日 ロデニウス連邦共和国 クイラ州 陸軍演習場

 

 

 だだっ広いクイラ州の土地に作られた陸軍の演習場。そこへと向かう道にて、二台のトラックが走っている。

 

 

 

「そういえば、マイラス殿」

「はい。なんでしょうか?」

 

 そのトラックの荷台に乗るマイラス達に、今日の補佐に入っている『クリーブランド』と共に座っている『大和』が問い掛ける。

 

「ムーには戦車があるんでしょうか?」

「戦車ですか? えぇ、ありますよ」

 

 マイラスは質問に答えつつ、肩掛け鞄よりファイルを取り出す。

 

 今日ムー使節団が見学するのは陸軍の演習であり、そこで戦車の演習風景を見る予定だ。『大和』はムーにも戦車はあるのか気になっていたのでマイラスに質問をした。

 ムーの空と海で技術力がなぜかアンバランスであるから戦車があるかどうか分からなかったが、どうやらムーにも戦車はあるみたいである。

 

「我が国では、戦車は首都防衛を担う部隊に配備されています」

「戦車は他の部隊にも?」

「いえ、それがある問題で、首都防衛隊にしか配備できていないのが現状でして」

「なんでそんな限定的なんだ? 戦車ぐらい、他に回せるぐらいは揃えられるんじゃないのか?」

 

 『クリーブランド』が首を傾げて問い掛ける。

 

「いえ。実はその戦車に問題がありまして、コストと合わさって容易に作れないんです」

 

 マイラスはそう言いながら、ファイルより白黒の写真を取り出す。

 

「そしてこれが我が国の戦車『ラ・グランド』です」

「どれどれ……」

 

 『大和』はマイラスより写真を受け取り、写真に写っている戦車を見る。

 

「……」

 

 しかし写真を見た瞬間、『大和』の表情が強張る。漫画的に例えるなら、劇画タッチな描写で衝撃を受けている感じである。

 

「総旗艦。今すんげぇ顔してるぞ……」

 

 そんな驚愕に染まった彼の顔を見て『クリーブランド』が苦笑いを浮かべる。

 

 

 写真にはムーの戦車ラ・グランドと搭乗員の男性達が五人以上写っており、『大和』の予想していたマークⅠやA7V、サン・シャモン突撃戦車ではなく、意外にもルノーFT-1のような旋回式の砲塔を有する近代的な戦車であった。

 

 戦車と搭乗員が一緒に写っている写真。言葉だけなら普通に思えるだろう。

 

 

 しかし、その戦車がムーの成人男性よりもかなり大きな姿(・・・・・・・)でなければ。

 

 

 そう。写真に写っているラ・グランド……とんでもなくでかいのだ。ムーの成人男性が見上げるぐらいの大きさを持つ、重戦車であった。

 白黒写真で不鮮明だが、車体後部には、ワイバーン対策の為かいくつかの機関銃が備えられた銃座と思われる物が設置されている。

 

「……物凄く大きいですね」

「えぇ。軍の要望で出された性能を全て叶えた結果、こんな大きさになったので」

「大方、火力と防御を高くするように、というのが軍の要望ではないでしょうか?」

「その通りです、『ヤマト』殿。しかしその結果重量が嵩張り、その重量がある車体を動かす為のエンジンは必然的にパワーが必要になり、それほどの重量を動かすパワーを持つ小型のエンジンを作れる技術は我が国にはありません。その為船舶用のエンジンをほぼそのまま乗せる事になり、結果このような巨大な姿に」

「なるほど」

 

 『大和』は写真に写る戦車と、マイラスより聞いた話からこんなに大きな姿になった原因を予想する。

 

(ぱっと見シャール2Cっぽいな。となると主砲は75mm。装甲は最大で45mmか。だが、大きさの割にスペックが合ってないな)

 

 ラ・グランドの姿から彼の人間だった頃の記憶にあるミリオタ知識から、似通った戦車を思い出す。

 

「ラ・グランドは軍の要望どおりの性能は発揮していますが、この大きさな上に、鈍重な動きしか出来ないと、もはや防衛にしか向かないとあって、首都防衛隊に集中して配備されているんです」

「なるほどなぁ。まぁこんなにでかい図体で鈍重なら、防衛にしか向かないし、数も揃わんわな」

 

 アイリスの言葉に納得して『クリーブランド』は頷いて納得する。

 

「一応軍部の要望でラ・グランドを小型化した戦車の開発を進めているんですが、そもそも我が国は他国の厄介絡みの案件になるべく関わらない姿勢ですから。その為政府は今のラ・グランドで満足していて、開発資金はあまり多く降りてこないので、研究が進んでいないのが現状です」

「世知辛い事情ですね」

「全くですね」

 

 アイリスの不満げな様子に、『大和』は同情する。

 

(やはりどの世界でも、平和な世の中と日和見主義というのは、軍の懐事情が厳しいんだな)

 

 彼はそう思うと同時に、そういう世の中と考えの愚かしさを思う。

 

 最終的に自国の平和を担うのは軍なのだ。その軍を疎かにすれば、いざ戦争になった時に困るのだ。

 

 

 軍事費をケチって軍備を縮小し、小銃や機関銃しか無い軍で、装甲車輌を有する軍に勝てるのか? それは否。勝てるわけが無い。精神論でどうにかなるほど、国防は甘くない。

 

 

 つまりはそういうことだ。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 それからしばらくして、一行は演習場へと到着する。そこでは既にロデニウス連邦共和国陸軍の演習が行われていた。

 

 

『……』

 

 視界いっぱいに広がる光景に、マイラス達は目を見開く立ち尽くしている。

 

 彼らの視線の先には、多くの74式戦車や61式戦車などの主力戦車が射撃目標の的に向けて砲撃を行っている。

 

「いかがでしょうか? 我が陸軍の戦車は」

 

 『大和』は主力戦車を一瞥してマイラス達を見る。

 

「そ、その、はっきり言って予想以上です」

 

 戸惑った様子でマイラスが答える。

 

(そりゃそうよね。海や空であれほどの技術力があるのだから、陸も技術力があってもおかしくないわね)

 

 アイリスは74式戦車が砲撃を行うのを見ながら、内心呟く。

 

 

 すると『大和』達の元へ74式戦車と61式戦車が一両ずつの計二両がやって来て、彼らの前で止まる。

 

「訓練中すまないな! 『グナイゼナウ』!」

「構いません。こういう説明は詳しい方がする方が理解しやすいですから」

 

 と、74式戦車から『グナイゼナウ』が砲塔の車長側ハッチを開けて出てきて、降りてくる。

 

「ムー使節団の皆様。初めまして。今回戦車の説明を任されましたシャルンホルスト級戦艦二番艦『グナイゼナウ』と申します」

 

 『グナイゼナウ』は姿勢を正して敬礼をする。

 

「……もしかして、彼女も?」

「えぇ。私はKAN-SENです」

 

 マイラスが『大和』に質問をすると、『グナイゼナウ』が代わりに答える。

 

(こうして見ると、KAN-SENって美形揃いなんだな)

 

 ラッサンは『グナイゼナウ』を見ながら内心呟く。

 

 

「それでは、説明をさせていただきます」

 

 『グナイゼナウ』は眼鏡の位置を整えると、後ろに控えている61式戦車を見る。

 

「この戦車は61式戦車と言いまして、我がロデニウス連邦共和国陸軍が採用している主力戦車の一つです。主砲は52口径の90mmを持ちます」

 

「きゅ、90だって!?」

「小柄なのに、ラ・グランドの主砲より大きいのか」

 

 マイラスは驚いて思わず声を上げ、ラッサンは61式戦車を見る。

 

 見た感じラ・グランドよりも小さいのに、主砲の大きさはラ・グランドの主砲よりも大きいのだ。

 

「速度は42km/hを発揮し、機動力に優れています」

 

「42km/h……」

 

 ラ・グランドよりも速い速度に、マイラスは思わず声を漏らす。

 

 主砲は大きい上に砲身が長く、更に速度が速いと来たのだ。どう考えても鈍重なラ・グランドに勝ち目が無い。

 

「現在では新たに採用されたこの74式戦車に置き換えられつつありますが、今も主力の一角として活躍しています」

 

 『グナイゼナウ』は74式戦車と61式戦車を見比べながらそう言う。

 

 

 61式戦車は徐々に74式戦車に置き換えられつつあったものも、その全てを置き換えられるわけではないので、一部の車輌は近代化改修を兼ねた改良が施されている。

 砲身の根元の防楯に、赤外線探照灯を搭載し、車体側面にはシュルツェンと呼ばれる装甲版が追加で取り付けられている。砲塔側面には74式戦車に取り付けられている物と同じ発煙弾の発射筒が取り付けられている。更に大きな変化として、車体前面とシュルツェンの前半分、砲塔前面に長方形でブロック状の形状をした爆発反応装甲と呼ばれる特殊装甲が取り付けられており、防御力が向上している。

 その代わり、重量が増加したことで速度が若干低下してしまっているのが玉に瑕である。

 

 

「この74式戦車は陸軍の最新鋭の主力戦車であり、主砲は61式戦車よりも大きな51口径105mm砲を採用し、被弾面積を減らすために全体的に低く抑えられているのが特徴です」

「105mmだって……?」

「61式戦車より更に大きいわね。下手すれば巡洋艦の主砲クラスの砲を戦車に載せるなんて」

 

 74式戦車の主砲の大きさにマイラスとアイリスは驚く。しかし二人からすれば主砲の大きさよりも、そんな大口径の砲を車輌に乗せられる戦車の足回りの技術に驚く。

 

 

 ロデニウス連邦共和国陸軍の主力戦車として配備が進んでいる74式戦車だが、この74式戦車にも更なる改良が施されている。

 暗視装置の追加や、車体側面にシュルツェンを追加しており、61式戦車同様に車体前面とシュルツェン前部、砲塔前面に爆発反応装甲が付けられている。

 

 ちなみに余談だが、74式戦車の改装計画の中には、主砲を大口径で新型の120mm砲に換装する計画があったものの、換装したら弾薬の搭載数が少なくなり、どんな不具合が出るか目に見えていたので、結局計画は白紙となったという。実際主砲を大口径のものに換装して、不具合が頻発した例もあるわけだし……

 

 

「更にこの74式戦車には、油圧式サスペンションと呼ばれる他にあまり見ない特殊な機構を有しています」

 

 『グナイゼナウ』がそう説明して操縦席のハッチを開けて頭を出している操縦手の妖精に指示を出すと、74式戦車のエンジン音が高鳴り、油圧式サスペンションが車体が持ち上がる。

 

『おぉ!』

 

 その様子に三人が思わず声を漏らし、次に74式戦車は車体を前後左右にそれぞれ傾けたり、持ち上げた車体を元の高さにしてそこから更に車体を沈める。

 

「このように車体の高さや角度を変えることで、様々な地形に合わせられます」

「確かに凄いですが、この機能はどのような場面で使うのですか?」

 

 元の高さに戻っていく74式戦車を一瞥してラッサンが『グナイゼナウ』に問い掛ける。

 

「そうですね。例えば砲塔の高さまで掘った穴や斜面に入った場合、油圧式サスペンションで車体を持ち上げて砲塔だけを穴から出したり、斜面の陰から砲塔を出したり出来ます。これをハルダウンと言います。そうすれば被弾面積を大きく減らすとが出来ます」

「なるほど。確かに全部を曝け出すより一部分だけ出すのはかなり違うか」

 

 ラッサンは顎に手を当てて一考する。

 

(ムーにはこういった地形が多いから、これは結構使えそうだな)

(ラッサンのやつ、この油圧式サスペンションが使えそうだと思っていそうだよな)

 

 ラッサンがムーの地理を思い出しながら油圧式サスペンションの有用性を見出している中、マイラスは友人の考えている事を予想する。

 

 

 これが後にムー国産の戦車誕生のきっかけになるとは、誰も思いもしなかった。

 

 

 

 その後マイラス達は砲兵隊や歩兵の訓練を見学したり、その装備品の見学を行ったりして、その日は終わった。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 その日の夜。

 

 ロデニウス連邦共和国のとあるホテル。

 

 

 

「どうだった? 今日一日を通した感想は?」

 

 ホテルの一室にて、マイラスがラッサンとアイリスに問い掛ける。

 

「どうもこうも、全てにおいてロデニウスが圧倒しているわ」

「戦術面もそのどれもが我が軍よりも上だな。物量なら勝っていると思ったけど、これじゃ質が違いすぎて物量が意味を成さないな」

 

 と、アイリスとラッサンはそれぞれ半ば諦め気味に答える。まぁ自分達の国よりも技術力が大きく上回っているからだ。落胆する気持ちはある。

 

「だが、得られる物は多かった」

「それどころじゃないわ。今回得た情報だけでも、我が国のありとあらゆる部分に大きな変化を起こすわ」

「そうだな。戦術面でもかなり大きな収穫はあったしな」

 

 三人はそう言うと、気持ちを切り替える。

 

「まず技術面だが、戦車が大きいな」

「えぇ。ラ・グランドよりも大きな砲を積み、尚且つ車体をコンパクトにして速度も速い。その上装甲も硬い。とてもじゃないけどラ・グランドじゃただのカモね」

「それに油圧式サスペンションを使った車体の高さや角度を変える機構は、防衛に適している。ムーにはあの類の戦車が必要かもしれんな」

「まぁ、今のムーには戦車の足回りの技術が乏しいんだ。とてもじゃないが油圧式サスペンションの実現なんて夢のまた夢な話だ」

「それもあるけど、エンジンの高出力化に小型化も大きな課題ね。これが出来ないとロデニウスの戦車には遠く及ばないわ」

 

 それぞれが思い思いの事を話すと、ため息をつく。

 

 こうして改めて振り返ると、自国とロデニウス連邦共和国との技術力にどれだけの差があるのかを認識する。

 

「だが、今後ロデニウスから技術支援を受けられれば、俺達はそれを理解してものにしないといけない。でなければ、我が国はグラ・バルカス帝国の脅威に立ち向かえない」

「そうね」

「あぁ」

 

 マイラスの言葉に、二人は頷く。

 

 今回の視察で得られる情報は今後の国防を左右する。その上で、技術支援をどうにか受けなければならない。

 

 それだけ、ムーはグラ・バルカス帝国を警戒しているのだ。

 

 

 

「なぁ、マイラス、アイリス」

 

 と、上層部への報告書作成中に、ラッサンが声を掛ける。

 

「そろそろ休憩しないか?」

「休憩? そういやもう二時間近く経っているのか……」

 

 ラッサンの提案を聞き、マイラスは壁に掛けられた時計を見て作業開始から二時間以上経っているのに気付く。

 

「コーヒーを淹れようと思うが、要るか?」

「いや、俺は水で良いよ。まだ目は冴えているし」

「私も水で良いわ。コーヒーはあまり好きじゃないから」

「相変わらずお子ちゃまな口だな」

「コーヒーが飲めなくて困ることないし」

 

 ラッサンの冷やかしをアイリスはさらりと流す。

 

「まぁいいや。ちょっと行って来るぞ」

 

 彼はそう言うと、椅子から立ち上がって部屋を出ようとする。

 

「どこに行くんだ?」

「ホテルの一階にある売店だよ。そこにコーヒー豆が売っていたからな。水は自分で取ってくれ」

 

 ラッサンはそう言って、部屋を出る。

 

「相変わらず、コーヒーに拘っているな、あいつ」

「あの苦い飲み物のどこが良いのかしら」

 

 部屋に残った二人はそう呟き、それぞれ部屋に備え付けられている冷蔵庫より水が入ったペットボトルを取り出す。

 

 どうやらラッサンはコーヒーに拘りがあるようである。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ラッサンはエレベーターに乗ってホテルの一階へと下り、売店へと向かう。

 

「エレベーターの乗り心地も本国と全然違うな。建築技術も学ぶべきところが多いけど、まぁ俺には関係のない話か」

 

 彼は呟きながらホテル一階にある売店へと向かい、コーヒー豆が陳列してある列の前で止まる。

 

(あれ? 誰か居る?)

 

 ふと、コーヒー豆の陳列棚の前に、誰かが居て、ラッサンは首を傾げる。

 

 後ろ姿であったが、腰まで伸ばした銀髪の女性であるのは分かった。

 

(見た感じ軍服っぽい服装を着ているから、軍人か?)

 

 女性は背中にマントを掛けているものも、その隙間から見える服装は軍服っぽいデザインとあって、女性が軍人と予想する。

 

 ラッサンは疑問に思うものも、ホテルなんだから軍人ぐらい泊まっていてもおかしくないと考えて、女性から離れた場所でコーヒー豆を見る。

 

(ふむ。色んな種類があるんだな)

 

 列の端から端までコーヒー豆が入った袋が並べられており、その下にはコーヒー豆の種類が大陸共通語で書かれたプレートがある。コーヒー好きな彼からすればしばらく眺めていたい光景だ。

 

(でも、ロデニウス産のコーヒー豆は種類が多いな。どれが良いか悩むな)

 

 しかしムーのコーヒー豆と違い、ロデニウス産のコーヒー豆は種類が多いとあって、ラッサンは静かに唸る。

 

「うーん……」

 

 ラッサンはコーヒー豆と睨めっこしながら、しばらく悩む。

 

 

「何かあったのか?」

「っ!」

 

 と、横から声を掛けられて集中していたラッサンは少し驚き、すぐに声がした方を見る。

 

 そこには先ほど見た女性の姿があり、怪訝な表情を浮かべて彼を見ている。

 

 腰まで伸びた銀髪に、右側のこめかみの部分が長く伸びており、黒いカチューシャを着けている、白い軍服に黒いスカートを身に纏い、腰に鞘に収められたサーベルが提げられている。

 

「あっ、すみません。迷惑でしたか?」

「いや、そうではないが……」

 

 ラッサンが謝罪をするも、女性は彼の唸り声を気にしていないようだが、なぜか彼女の様子は何かを期待しているようにも見える。

 

「? 貴官は確かムー国から来た使節団の……」

「は、はい。ムー国より使節団の一人として派遣されたラッサン・デヴリンと申します」

「やはりそうか」

 

 女性はラッサンを見てどこか見覚えがあって首を傾げると、彼が自己紹介をしたことで思い出す。

 

「失礼した。私はムー使節団が宿泊するホテルの警備を任されている『マインツ』だ」

「『マインツ』さんですか。ホテルの警備ってことは、軍の方ですか?」

「そうだ。ところで……」

「はい?」

 

 と、『マインツ』はどこか期待しているような雰囲気でラッサンに問い掛ける。

 

「ラッサン殿は……コーヒーに興味があるのか?」

「えっ? は、はい。少し拘る程度には……」

「そうか!」

 

 と、さっきまでの堅い雰囲気はどこへやら、『マインツ』は目を輝かせて食い付く。

 

「先ほどの様子では、ロデニウス産のコーヒー豆のどれが良いか悩んでいたのではないか?」

「っ! そうです。初めてな上に、種類が多くてどれが良いか悩んでいたんです」

「そうか! ちなみに聞くが、コーヒーはそのままで楽しむか?」

「もちろんじゃないですか。コーヒーは素材の良さを楽しむものですよ。甘くするのは分かっていない輩のすることですよ」

「分かっているじゃないか!」

 

 『マインツ』がラッサンの悩みを当てて、彼は少し戸惑いながらも答えると、彼女は喜色溢れる表情で次の質問をして、ラッサンは迷い無く答える。

 その答えにとても満足したのか、『マインツ』は笑顔を浮かべる。

 

 

 どうやら二人は意気投合したようである。

 

 

「それで、『マインツ』さん。オススメのコーヒー豆はどれになりますか?」

「っ! そうだな。私が好きなのはこれだが……この豆も悪くないぞ。この豆もな―――」

 

 『マインツ』は自身が好きなコーヒー豆や、他人にオススメできるコーヒー豆をラッサンに薦めつつ、そのコーヒーの良さを説明する。

 

 そしてそのままコーヒー関連の話題へと話が変わっていき、二人は周りを気にせずに語り合う。

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみにラッサンが部屋に戻ったのは、一時間後であったとのこと……

 

 

 

 

 

 

 




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第四十九話 訓練と出会い

レレレ様より評価6を頂きました。

評価していただきありがとうございます!


 

 

 中央歴1639年 8月13日 ロデニウス連邦共和国 マイハーク港

 

 

 

 日が昇り始めて辺りが明るくなり始めた頃。

 

 

 港では漁へと出ていた多くの漁船が港に戻ってきて、埠頭に着くと漁で獲って来た魚の水揚げ作業が行われている。

 

 水揚げされた魚は市場へと並べられ、朝早くから魚の仕入れにやってきた料理店の店主や主婦が市場にやって来て魚を購入している。

 

 

 

 その市場がある港の港外に、とある軍艦がブイに繋がれて停泊している。

 

 紀伊型戦艦を縮小してスリムにしたような形状をした戦艦であり、少し離れたところに同型艦が停泊している。

 

 その戦艦の名は『シキシマ級戦艦』。トラック泊地にて妖精達の暇潰しを兼ねてKAN-SENの支援目的で建造され、完成してからわざわざ作る必要が無いことに気づき、使用目的を失って半ば放置されていた戦艦である。トラック諸島が異世界に転移してからしばらくして、旧クワ・トイネ公国の海軍へ譲渡する為に整備されていたが、三ヶ国が統一した後、ロデニウス連邦共和国海軍へと譲渡され、戦力化に向けて日夜乗組員の訓練が行われている。

 現在一番艦の『シキシマ』と二番艦の『サガミ』が譲渡され、乗員の訓練が行われている。その上、現在三番艦と四番艦が追加で発注されており、現在トラック泊地の建造ドックにて建造が行われている。

 

 その二隻の戦艦の近くには、同じ目的で建造された空母の姿もあり、こちらも整備を終えてロデニウス連邦共和国海軍へ譲渡され、それぞれに『ヒョウリュウ』『エンリュウ』と名付けられて乗組員は訓練に励み、空母艦載機の搭乗員の訓練も進んでいる。

 そしてその空母もまた同型艦が追加で建造されているが、建造している場所はトラック泊地ではなく、クワ・トイネ州とクイラ州に作られた数箇所の造船所にて導入予定の新鋭駆逐艦と共に建造されている。

 

 

 ちなみにロデニウス連邦共和国海軍の軍艦の命名規則だが、現在採用されている軍艦には重桜風の名称が付けられているものも、将来的にはトラック泊地の妖精達の力を借りずに設計から建造を全て行う軍艦には、ロデニウス連邦共和国の地名が使われる予定だそうである。

 まぁ、設計に関しては全く独自というわけにはいかないだろうが。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 『シキシマ』の艦内では、まだ起床時間ではないとあって乗組員がそれぞれの部屋にてベッドやハンモックで深い眠りについており、起きる気配は無い。

 

 

 

 ―――ッ!!

 

 

 

『っ!?』

 

 すると突然警報が鳴り響き、寝ていた乗組員達はとっさに起き上がる。

 

『敵艦隊発見!! 敵艦隊発見!! 総員戦闘配置!! 総員戦闘配置!!』

 

 スピーカーから号令が流れ、乗組員達は寝間着のまま起きて靴やヘルメットと最低限の装備を整えて慌てて部屋を出る。

 

 彼らは寝起きにもかかわらず、乱れぬ動きでそれぞれの配属場所へ向かい、準備に取り掛かる。

 

 

 ある者は機関室へ向かい、エンジンの状態を確認し、すぐに出航できる様に出力を上げる。

 

 ある者はダメージコントロール班として初期配置場所へ向かい、それぞれの道具を手にする。

 

 ある者は主砲塔の弾薬庫へ向かい、主砲の装薬を運び出したり、砲塔内に着き、主砲の尾栓を開けて砲身内の異常が無いのを確認する。

 

 ある者は高角砲へ向かい、砲手席に座り、砲弾を弾薬庫から運び出して装填装置にセットする。

 

 ある者は機銃に着き、他の面々が弾薬箱を二人掛かりで持ってきて、蓋を開けてベルトリンクで繋がれた弾薬を機銃に装着し、初弾を装填する。

 

 ある者は弾薬箱を二人掛かりで持って機関砲に着き、蓋を開けてクリップで纏められた弾薬を機関砲に差し込み、初弾を装填する。

 

 ある者は艦橋へと向かい、所定の位置に着く。

 

 と、乗員達は自分の配属場所へと向かい、配置準備を整えていく。

 

 

 艦橋では艦長を含む艦橋要員が既に居り、副長がタブレット端末を持って配置完了の報告が入ると、その部署にチェックを入れる。その隣で航海長が二度目の確認をする。

 

 艦橋にはモニターが設置されており、画面には各部署の様子がカメラで撮影されている。これによってその部署が本当に配置が完了しているかを確認し、尚且つ動きを観察できる。

 

 

 それから少しして残り最後の部署から配置完了の報告が入り、副長が最後に配置が完了した部署をチェックすると、その上で時間を刻んでいたタイムが止まる。

 

「総員戦闘配置完了! ただいまの記録、14分17秒!」

 

 副長が記録したタイムを報告すると、『おぉ!』と周囲で声が漏れる。

 

「よしっ」

 

 記録を聞き、『シキシマ』の艦長に就任したミドリは頷く。

 

 この世界で初めてKAN-SEN達と接触を果たしたミドリは、当初重巡『ヤクモ』の艦長として就任していたが、その後紆余曲折を経て『シキシマ』の艦長に就任した。

 何気に旧クワ・トイネ公国から現在のロデニウス連邦共和国海軍までに国内初の肩書きを多く持つ人物である。

 

 

「遅いわね」

 

 

 と、周囲が喜んでいる中、水を差すかのように冷たい声がして、誰もがその声の主を見る。

 

 そこには艦橋の窓から外を見ている女性が居り、彼女は腕を組んだまま振り返り、彼らを見る。

 

 毛先が若干ロールして腰まで伸びた金髪をツインテールにした紅眼の女性で、丈が短く胸元が開けたワンピースの上に赤い軍服を纏い、赤いハイブーツを履いている。

 服装が服装とあって、彼女のスタイルの良さが大いに浮き出ている。

 

 彼女の名前は『ネルソン』。ネルソン級戦艦一番艦、そのKAN-SENである。現在彼女は他のKAN-SEN達と共に、海軍の軍艦の乗組員の教導を行っており、彼女は『シキシマ』の乗員の訓練を担当している。

 

「まだ一分……いや、二分は短縮できるわね」

「し、しかし『ネルソン』殿。前回よりも二分短縮しています。これ以上は……」

「確かに前回の抜き打ちの訓練よりも短縮されているわね。その点は確かに賞賛に値するわ。でも……」

 

 と、スゥと目を細める。僅かに怒りの含む視線にミドリを含む艦橋要員は息を呑む。

 

「今回は動きに無駄が多いわ。特にダメコン班は前回よりも大幅に遅れている。それがなければまだ短縮出来たわ」

「……」

「戦艦の乗組員である以上、あなた達には相応の練度を持ってもらわないと困るわ。海戦の主戦力は戦艦である以上、真っ先に狙われるのは戦艦よ」

 

 『ネルソン』はこの場に居る者達に説教を始める。

 

「敵航空機が来れば、空母を狙われるかもしれないけど、空母が居なければ戦艦が狙われるわ。敵はこちらの事情なんかお構いなし。戦う準備が出来ていないから攻撃を待って欲しい、なんて言って敵に言うつもりかしら?」

「……」

 

 その後『ネルソン』は各部署での悪い点を次々と挙げていき、ミドリ達に反論を許さなかった。その後どこが悪いのか、どこを改善すべきかを挙げていく。

 

 

「……でも、高角砲と機銃、機関砲郡の配置完了は前回より早かったわね。航空機の来襲は軍艦よりも早い以上、素早く動くのは賞賛するわ」

 

 先ほどの批判から一転して褒めの姿勢になった彼女に、誰もが顔を上げる。

 

「そして各砲塔の配置完了が早かったのも賞賛するわ。敵艦と戦うとなれば、真っ先に働いてもらわないといけない部署であるから」

「……」

 

「今後の訓練で改善点を直し、更に早く戦闘配置に着けるように努力しなさい」

 

 そして『ネルソン』は話を締め括り、解散となった。

 

 

 

 

「『ネルソン』のやつ。相変わらず張り切っているな」

「そうですね、指揮艦」

 

 『シキシマ』から離れたところで停泊している『サガミ』。その艦橋の露天指揮所で『紀伊』が備え付けられている望遠鏡にしがみ付く(・・・・・)ように覗き込み、ネルソンの様子を見ていると、隣に立つ女性が相槌を打つ。

 

 腰まで伸びた薄紫気味の銀髪を一部編み込んだ碧眼の女性で、胸元が開けた白いトップスに白いプリーツスカート、同色のロングブーツといった服装をしている。その上から白い改造軍服を羽織っている。

 

 彼女の名前は『ロドニー』。ネルソン級戦艦の二番艦、そのKAN-SENであり、『ネルソン』の妹である。

 

 『ロドニー』は『サガミ』の訓練を任されており、『紀伊』は二人の様子を見に来たのだ。

 

「この様子なら戦力化も遠くないな」

「えぇ。『サガミ』の乗員も練度が上がっていますので、このまま訓練が進めば実戦に入っても問題無いかと。それに『ヒョウリュウ』と『エンリュウ』の乗員の練度も上がっているようですし、航空隊も近い内に各空母に配属になるようです」

「そうか」

 

 『紀伊』は満足げに頷くと、しがみ付いていた望遠鏡から離れて床に下りる。

 

 

 

「ところで、指揮艦。一つ良いでしょうか?」

「何だ?」

身体が小さくなった(・・・・・・・・・)感想はいかがでしょうか?」

「……不便だよ。全く。それとわざとらしくしゃがむな!」

 

 と、『ロドニー』はまるで背の低い子供に合わせるようにその場でしゃがみ込み、『紀伊』と視線を合わせる。当の本人はわざとらしくしゃがみ込む彼女に声を上げる。

 

 しかし『紀伊』の身長は『ロドニー』よりも高いはずなのに、なぜ彼女がしゃがむ必要があるのか?

 

 というのも、現在の『紀伊』の姿だが……どういうわけか背が縮んで幼くなっており、小さな子供の姿になっているのだ。

 それ故か、彼の頭に生えている角は刺々しい見た目から丸みを帯びた幼さになっており、尻尾もゴツゴツした見た目からツルんとした平らな見た目になっている。

 

 KAN-SENには同名であり、幼い見た目のKAN-SENが存在している。例えば『赤城』や『ベルファスト』、『クリーブランド』、『グラーフ・ツェッペリン』には幼い見た目の個体が存在している。しかしこれらはあくまでも別個体であり、そのKAN-SEN自身が幼い姿に変化しているわけではない。

 しかし『紀伊』の場合、別個体ではなく、彼自身が幼い姿に変貌してしまっている。

 

 なぜにこんな摩訶不思議なことになっているのか。それは二日前に遡る。

 

 

 二日前に妖精達はある実験を行い、『紀伊』はその実験に立ち会い、実験が開始された。

 

 しかしその実験の最中に突然爆発し、『紀伊』はその爆発に巻き込まれてしまった。

 

 そこまで大きな爆発では無かったものも、爆音は響いたので多くのKAN-SENが耳にして、実験が行われていた建物に向かった。

 

 KAN-SEN達が駆けつけると、煙が室内に充満していて、窓を開けて換気をすると、そこに居たのは――――

 

 

 

 ――――身体が小さくなった『紀伊』と、呆然と立ち尽くす『明石』と妖精達であった。

 

 とんでもない光景にこの場に駆けつけたKAN-SEN達は驚愕した。そりゃ自分達の指揮艦が小さくなっていたら驚くのは当然だ。

 

 で、『明石』を筆頭に妖精達が行っていた実験はKAN-SEN絡みのものであったが、なぜこうなったかは彼女達にも良く分かっていない。

 

 その後『紀伊』は検査を受けて、今はすぐに戻せないが、一応二、三日で戻るとのことで、彼は嫌々この姿で過ごしているという。

 

 ちなみにこの幼児化した『紀伊』の姿は後に大統領府に赴いていた『大和』にも伝わり、タブレット端末に転送された彼の姿を見て飲んでいたコーヒーを壮大に吹き出したとか何とか。

 

 

 この幼児化の技術は一応研究成果として残されており、やろうと思えば出来るようである。そして後に研究は再開されて進められることになる。その為か、後にこの幼児化技術が別の形で使われることになろうとは、この時誰も知らなかった。

 

 

 だが、この姿になって不便に感じていることが多い。一番はやはり身体が小さくなったことで、今まで出来ていたことが出来なくなってしまっているのが大きく、誰かに手伝ってもらわないと生活しづらいという、当の本人からすれば歯痒い状態になっている。

 そのせいで、場合によっては誰かに抱っこしてもらわないといけないという、恥ずかしいことになることも多いとかなんとか。

 

 なんでかって? スタイルのイイKAN-SENに抱きかかえられるわけであって、彼の背中に彼女達のやわらかーいモノが必然的に押し付けられるわけなのであって……

 つまりは、そう言うことである。

 

 

 と、まぁ、『紀伊』の幼児化以外は、特に変わったこともなく、訓練は続く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって首都クワ・トイネ

 

 

 ロデニウス連邦共和国の首都とあって、発展具合は他の地域とは比べ物にならない首都クワ・トイネ。

 

 

「こ、これは……!」

 

 そんな首都クワ・トイネの一角にある店の前で、マイラスは驚愕の表情を浮かべて視線の先の窓の向こうにある物を見ている。

 

 それは精巧に作られた戦闘機のプラモデルの完成見本である。

 

(こんなに精巧な作りをしているのに、この価格だと!? 本国でこれだけのクオリティーの模型を作るとなると何十倍の値段になるぞ!?)

 

 マイラスは戦闘機のプラモデルの価格を見て、驚愕している。プラモデルは重桜の『零式艦上戦闘機』であり、とても造形が凝っている上に、パーツごとに色分けされている。にも関わらず、子供のお小遣いでも買える値段である。実機を見ている彼からすればその再現度に驚愕している。

 その上、このプラモデルは組み立てに接着剤が可能な限り不要であり、繋ぎ目もなるべく目立たないように工夫されて設計されている。

 

(その上初心者でも簡単に作れるのか。細かい分野でもロデニウスは進んでいるな)

 

 彼は改めてロデニウス連邦共和国の技術力を目の当たりにし、若干気を落とす。

 

 

 ちなみにムー使節団だが、今日は実質的に休日と言えるような予定であり、使節団の面々はそれぞれ行きたい場所に赴いている。当然使節団としての仕事もこなしながらであるが。

 

 アイリスは家電量販店にて家電製品の視察を行っており、家庭で用いられる技術の調査を行っている。その後鉄道関係の見学を行う予定である。

 ちなみに彼女は割りと鉄道関係が好きな様であり、政府よりわざわざカメラを借りて撮影に赴くほどであった。

 

 ラッサンは昨日に味わったロデニウス産のコーヒー豆を更に調べようと街に赴き、その道中偶々会った『マインツ』と共に、彼女の行きつけのコーヒー豆の店へと向かったそうである。

 見た目はデートしているような様子だが、二人はあくまでも趣味が合う者同士なので、そこに男女の感情は無い。

 

 そしてマイラスは街を歩いていると、偶々目にしたのが、プラモデルであった。

 

 

(こんな模型があったら、大人から子供まで楽しめるだろうな。子供は工作意欲の向上、大人は趣味として楽しめるな)

 

 彼はムーでプラモデルが流行る光景を想像する。それにただでさえムー国内では軍に関心を抱く者が少なく、新たに入る軍人の数が少ないのが軍の悩みだった。そこへ兵器のプラモデルで関心を抱き、あわよくばその兵器に関わりたいという気持ちを抱いてもらえれば、軍に入ってくれるかもしれない。

 という、希望的観測をマイラスは抱く。

 

(それに、模型からでも分かる部分もあるしな)

 

 マイラスは零式艦上戦闘機や、F6F ヘルキャット、Bf 109といったプラモデルを見ながら、戦闘機の形状を観察する。

 

 プラモデルは寸分狂いなく再現されているとあって、技術者からすれば形状からでも得られる構想はある。まぁ実物や設計図と比べて得られる物は多くないだろうが。

 

(軍艦や戦車もあるが、スケール的に戦闘機の方が細部が分かりやすいな)

 

 戦闘機の横には、軍艦と戦車のプラモデルも展示されていた。戦闘機のプラモデルと同じ大きさであったが、さすがにスケール的に詳細な部分が省略されている部分が多いが、それでも寸分狂いなく再現されているのはさすがであろう。

 なので、戦闘機のプラモデルと違い、軍艦や戦車のプラモデルでは得られる部分はあまり無いだろうが、作り甲斐はありそうだ。

 

 

 ちなみに、この軍艦のプラモデルの販売に際して、KAN-SEN達の写真集や、フィギュアの販売を行おうと画策した妖精達が居た。しかしKAN-SEN達は自身の写真集やフィギュアの販売に反対であり、協力に否定的だった。

 とは言えど、国内でのKAN-SENの人気は非常に高く、写真集やフィギュアの販売を行えばかなりの儲け出るのは明白であった。まぁその人気具合の方向は色々とあるのだが……

 そこで一部の妖精達が密かに小遣い稼ぎとして盗撮や無許可で高クオリティーのフィギュアの密造を行って、密売を行おうとした。しかもその中には、大人向けの臼井=翻も混じっていたとか何とか。

 

 しかし販売直前でKAN-SEN達にばれ、彼らは徹底的にシバかれ、その翌日には密売計画に関わった妖精達が吊るし上げられていたとか何とか。もちろん密売予定だった盗撮写真の写真集やフィギュア、臼井=翻は処分された。

 

 だが、KAN-SEN達は一応妥協案として軍艦形態の艤装なら写真集にしたり、模型にしたりするのを許可して、現在の軍艦のプラモデルの発売に繋がったのである。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

(サンプルとして、いくつか買ってみるか)

 

 マイラスはプラモデルの購入を決意する。まぁ彼自身も興味を抱いており、半分は自分が作りつつ、完成品と出荷時の物を政府にサンプルとして提出しようと考える。

 国内で一般向けに販売するのはもちろん、プラモデルの技術を研究開発に応用できると考えてである。無論、ロデニウス連邦共和国の技術力を探る意図があってである。

 

 彼はすぐに店に入り、プラモデルを購入するのだった。

 

 

 

「す、少し、買い過ぎたか」

 

 店から出てきたマイラスは声を漏らしながら、両手で持っている荷物を見る。

 

 彼が購入したプラモデルは全て戦闘機であるが、それなりに大きなモデルであり、尚且つプラモデルを作る際に必要な道具も一緒に購入したので、結構な大荷物になってしまった。

 

 一応軍人である彼とてこの程度で根を上げることは無いが、それでも片手で持つには少しつらい程度の重さと大きさはある。

 

「さてと、購入したはいいが、この後はどうするか」

 

 彼は店を後にして、これからどうするか考える。

 

(家電品はアイリスが見ているし、わざわざ二人で調べる必要は無いしな。車関連は後日見学する予定だし……)

 

 「うーん」と静かに唸りながら街道を歩く。

 

 休日のように自由行動が出来るとはいえど、いざ自由行動が許可されたとしても、何をするかどうかはすぐに思いつかない。一応使節団としての仕事はこなしながらであるが、それでもすぐには思いつかない。

 マイラスも実際そんな感じで街を歩き、先ほどの店を見つけたわけだ。

 

(……そういや、そろそろ昼か)

 

 マイラスは荷物を持ったままポケットから政府より貸し出されているスマートフォンを取り出し、時間を確認する。

 

 時間はちょうど12時を表示しており、昼食時である。

 

(そうなれば、このスマホで近くの料理店を検索すれば見つけられるな)

 

 彼はそのままスマホで近くにある料理店を検索し始める。

 

 

 しかし彼は一つだけ過ちを犯してしまう。

 

 というもの、スマホを見ながら彼は歩いているのだ。当然スマホに集中しているので、前は殆ど見えていない。この状態では誰かにぶつかってしまう。実際ロデニウス連邦共和国では、スマホの普及に伴い、通行人同士がぶつかって倒れ、怪我をするケースが増えている。

 

 

 

歩きスマホはダメ、絶対

 

 

 

「きゃっ!」

「うわっ!」

 

 そして案の定彼は建物の角の陰から出てきた人とぶつかってしまい、お互い倒れてしまう。

 

「も、申し訳ございません! 大丈夫ですか!?」

 

 マイラスは荷物をその場に置いてすぐさま立ち上がり、ぶつかってしまった人に寄る。

 

「は、はい。私は大丈夫です」

 

 その人物は尻餅を付きながらも、マイラスに無事であることを伝える。

 

「すみません。よそ見していたばかりに」

「いえ。私も少しよそ見していたので」

 

 マイラスは頭を深々と下げて謝罪をすると、その人物も立ち上がりながら自身にも非があると言って頭を下げる。

 

 そして彼はその人物を見て、息を呑む。

 

 まだ幼さを残しながら大人になりかけといった容姿の少女であるが、出ている所は出て、引っ込んでいる所は引っ込んでいるという理想的なスタイルをして、頭には狐の耳が生えて、尻付近に九本の尻尾が生えており、髪と尻尾の毛の色は黒く、瞳の色は赤い。

 格好は着物の様な上着にプリーツミニスカートを身に纏い、菊花紋章を持つ艦首を模したようなコルセットを身に付けて、黒いニーソックスに茶色のブーツを履いている。

 

 九本の尻尾もそうだが、非常に整った容姿のケモノ耳美少女に、マイラスは目を奪われていた。

 

「……? どうしましたか?」

「あっ、いえ。何でもありません」

 

 急に黙り込んだマイラスに少女は首を傾げながら声を掛けると、ハッとしたマイラスは慌てた様子で何も無いのを伝える。

 

「あ、あの、お怪我はありませんか?」

「大丈夫です。尻尾がクッションになったので」

 

 と、少女は九本ある尻尾を見て揺らして見せる。よほどモフモフとしているのだろうな。

 

「あぁ、荷物が散らかって……」

 

 マイラスは彼女の傍に落ちている鞄から散らばった荷物を見て、すぐに拾い始める。

 

 鞄から散らばっているのは、どうやら絵の具や筆といった、絵描きに使う道具や、スケッチブック等であった。

 

「? これは……」

 

 ふと彼の視界に入ったのは、落下時に開けたスケッチブックであり、開けたページには港周辺を描いた絵が描かれている。

 

「あら? もしかして、絵にご興味がありますか?」

 

 と、少女は絵に興味を示したマイラスに声を掛ける。

 

「えっ? そ、そうですね。学生時代によく絵を描いていたもので」

「そうですか」

 

 少女はどことなく嬉しそうな様子で、九本ある尻尾を僅かに揺らす。

 

「? もしかして、ムーの使節団の方ですか?」

「えっ? そうですが、なぜそれを?」

 

 マイラスは戸惑いながら少女に問い掛ける。

 

「ムー使節団の事はお聞きしています。本来なら私は関わることは無かったのですが」

「そうですか。となると、あなたは軍の……もしかしてKAN-SENですか?」

「……はい。私はKAN-SENです」

 

 と、少女はなぜか一間置いてから、自身がKAN-SENであると明かす。

 

「しかし、なぜ私がKAN-SENであると?」

「一昨日空軍基地での視察の際に、『加賀』というKAN-SENを見かけましたので。あの方もあなたのような尻尾を持っていましたので」

「『加賀』さんにお会いしたのですか? 『加賀』さんはお元気でしたか?」

「えぇ。パイロットの訓練生の教官として指導を行っていました」

「そうですか。しばらくお会いしていなかったので、元気そうで良かったです」

 

 少女はマイラスから『加賀』が元気であるのを聞き、安堵した様子を見せる。

 

「……」

 

 すると、マイラスは少女を見ると、小さく首を傾げる。

 

(そういえば、この人……誰かに似ているような)

 

 彼は少女の容姿に、妙に誰かに似ているような、見覚えがある感覚があった。しかし当然彼女とは今日初めて会っているので、面識は無いはず。

 

「あっ、自己紹介がまだでしたね。私、『筑後』と申します」

 

 少女こと『筑後』は姿勢を正し、頭を下げる。

 

「『筑後』さんですか。改めまして、ムーより派遣された使節団の一員のマイラス・ルクレールといいます」

 

 マイラスは疑問を押し殺し、自身も自己紹介をする。

 

「ところで、マイラスさんは絵にご興味があるんですか?」

「そうですね。先ほども言いましたが、学生時代によく描いていました」

「最近は描いていないのですか?」

「えぇ。士官学校に入ってからは絵を描く時間が殆ど取れず、軍に入ればもう描く暇もないので、最近は全く」

「そうですか」

 

 『筑後』はそう言うと、マイラスと共に素早く散らばった絵の具や道具を拾い、鞄に仕舞う。

 

「あの、よろしければ、この後一緒に昼食をどうですか?」

「えっ?」

 

 と、片づけが終わったタイミングで、『筑後』がマイラスにそう提案する。

 

「先ほどぶつかったお詫びにと思って」

「そんな。悪いのは自分なのに! お詫びなら自分が!」

 

 マイラスは戸惑いながら、彼女にそう言う。

 

「私にもよそ見をしていた非があります。それにマイラスさんは大切なお客様ですので、そのお客様にご迷惑をお掛けした以上、お詫びをするのは当然です」

「ですが……」

 

 『筑後』はそう言うものも、マイラスは渋る様子を見せる。一番迷惑を掛けたのは自分であるというのはどうしても曲げられないようである。

 

「でしたら、昼食がてら、私のお話の相手をしてもらってよろしいでしょうか?」

「話し相手、ですか?」

「はい。もちろん、お詫びの気持ちではなくですよ」

「……」

「よろしいでしょうか?」

 

 彼女はそう言うと、首を小さく傾げる。

 

「分かりました。ぜひ、ご一緒させてください」

「はい!」

 

 マイラスは悩んだ末に、『筑後』の提案を受け入れて、荷物を持った後二人は近くの喫茶店へ向かう。

 

 




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第五十話 住み着く者とかつて争った者

早く書き上がったので早めの投稿です


 

 

 

 

 中央歴1639年 8月15日 トラック諸島

 

 

 

 ムー使節団はトラック諸島の視察の為、マイハークにて二式飛行艇に乗り込み、数時間ほどの飛行を経て、トラック諸島上空を飛行していた。

 

 

『……』

 

 マイラスとラッサン、アイリスの三人は、二式飛行艇の眼下に広がる光景に釘付けであった。

 

 トラック諸島の湾内には、多くの軍艦が停泊しており、そのどれもが本土の港に停泊している軍艦とは異なるスタイルをして、尚且つ規模が大きい。

 それらの軍艦は、殆どがKAN-SENの軍艦形態の艤装である。

 

「凄いな。これほどの軍艦が停泊しているとは」

「それに、本国の軍艦よりもより発展しているようにも見えるな」

「その上、これらが殆どKAN-SENのものなのね」

 

 三人は停泊している戦艦や空母、巡洋艦、駆逐艦を見て、それらの殆どがKAN-SENのものであると聞かされているので、息を呑む。

 

「それに……あれは……」

 

 と、息を呑むマイラスの視線の先には、湾内にあるブイに繋がれた二隻の戦艦の姿であった。

 

 周囲に停泊している戦艦が巡洋艦にしか見えないぐらいに巨大な艦体を持ち、50.8cmという巨大な主砲を三基九門を搭載し、ハリネズミの如く対空火器を持つその姿は、絶対に航空機を撃ち落とすという強い意志が感じ取れる。

 

 50.8cmという世界最大の艦砲を持つ最大の戦艦……紀伊型戦艦である。

 

 その紀伊型戦艦が二隻……一番艦『紀伊』と二番艦『尾張』が湾内にあるブイに繋がれて停泊している。

 

「片方は『オワリ』で間違いないが……もう一隻が?」

「えぇ。紀伊型戦艦の一番艦『紀伊』といいます」

「『キイ』 あれが……」

 

 同乗している『大和』がそう言うと、マイラスは『紀伊』と『尾張』を見下ろす。

 

(あれほどの規模の戦艦が二隻も。本国の海軍の総戦力を以ってしても、あの二隻を沈めるのは実質的に不可能だな……)

 

 ラッサンは二隻の不沈戦艦を見て、改めて自国の戦力ではロデニウス連邦共和国には勝てないという現実を思い知る。

 

 ただでさえ『ティルピッツ』ですらラ・カサミでは勝てないのが分かっているのに、それ以上の規模の戦艦が二隻も居るのだ。空と海から総力を以ってして攻撃を仕掛けても、航空機はあの無数の対空火器によって撃ち落とされ、軍艦は主砲の射程に入る前にアウトレンジで砲撃され、一発で沈められるかもしれない。故に、紀伊型戦艦を沈めることはムーには不可能だ。

 

 まぁ、紀伊型戦艦の設計思想を考えれば、例えムーが他のKAN-SEN達ぐらいの技術力があったとしても、正攻法で紀伊型戦艦を沈めるのは実質的に不可能だが。

 

「……あれは、もしかして大和型?」

 

 と、アイリスはあることに気付いて声を漏らすと、マイラスとラッサンの二人も彼女と同じ視線の先を見る。

 

 軍港には『大和』と『武蔵』の艦体が停泊しているが、島にある超巨大ドックには大和型航空母艦と思われる巨大な空母が何と四隻も入渠している。

 

「ドックに入渠している空母は機密上答えられません。しかし一隻は大和型航空母艦の三番艦『蒼龍』です」

「さ、三番艦。あれだけの規模の空母が三隻どころか、まだあるなんて……」

 

 アイリスは驚愕の表情を浮かべて、『大和』を見る。

 

 

 転移前に艤装を失った『蒼龍』だったが、ようやく『大和』の改装後の艤装と同じ仕様の新しい艤装が完成し、近日中に試運転が行われる予定である。

 

 そして他の大和型航空母艦に匹敵する空母だが、こちらは原型どころかそもそも元の部分が残っているかどうかも怪しいレベルの改装が施された『赤城』と『加賀』、更に『飛龍』の艤装である。ほぼ大和型航空母艦と同規模の規模と構造になっているが、構造的には『武蔵』とほぼ同じものであり、『大和』のようにジェット機の運用は想定されていない。

 だが、それを差し引いても、大和型航空母艦と同規模の空母が増えるのだ。それを考えればジェット機が使えないデメリットは些細なものである。それに改装を施せばジェット機が使えるようになる。だったら最初から使えるようにすれば良いのではと思うだろうが、そもそも『大和』の改装より『赤城』達の改装が早かったので、『武蔵』の構造がほぼそのまま使われたのだ。

 

 更に別の島にあるドックでは、『シャングリラ』と『バンカーヒル』の二隻にも他の三隻とは異なるが、似たような改装が施されている。更に二隻より遅れて『イントレピット』の改装も行われている。

 

 

 その他にも建造ドックではロデニウス連邦共和国海軍向けの駆逐艦や巡洋艦、空母、戦艦の建造が急ピッチで行われており、既に何隻かが竣工している。正に日刊駆逐艦や月刊空母とも言える建造スピードは、妖精達の技術力と物量があってこそである。

 更に潜水艦の建造も密かに行われているという。

 

 

 

「……?」

 

 すると二式飛行艇の上を何かが通り過ぎて一瞬影が機体を覆い、マイラスが気付いて窓から上を見上げる。ラッサンとアイリスも窓に顔を押し当てるようにして上を見る。

 

 二式飛行艇の上空に何かが飛行しており、一瞬見えたその影はすぐに二式飛行艇の右側へと降下して並行する。

 

「なっ!? あれは!」

 

 その影の正体を見たマイラスは驚きのあまり声を上げる。それと同時にラッサンとアイリスも驚愕の表情を浮かべている。

 

 三人の視線の先には、四枚の翼を持ち、ワイバーンと違って前足を持っており、二式飛行艇並みの大きさを持つ巨大な飛行生物の姿があった。そして三人はその正体を知っている。

 

「あれは、『風竜』じゃないか!?」

 

 マイラスは三人を代表して、その生物の名前を口にする。

 

 この世界における空の最強の生物といえば、ワイバーン種だと言える。実際その通りとも言えるが、実はそうとも言えない。

 

 そのワイバーン種よりも空の最強生物といわれるのが、『風竜』と呼ばれる生物だ。

 

 一見するとワイバーンと同じではないのかと思われるが、風竜はどちらかといえばドラゴンに近い種族であり、ワイバーンを上回る能力に加え、念波を介してコミュニケーションが取れるほどの知性を有する。更にレーダー波のような電波を発する器官を有しており、広範囲に渡って周囲の索敵を可能としている。

 

 しかし風竜は通常人が使役することは出来ないものも、『エモール王国』に住む竜人や、『ガハラ神国』の神通力と呼ばれる謎の力を有する人間のみ使役を可能としている。

 

 そんな風竜が、二式飛行艇と並行して飛んでいるのだ。

 

「『龍驤』達が出迎えに来てくれたか」

 

 『大和』が別の窓から外を見ながらそう呟くと、三人は彼が見ている方向の窓から外を見る。

 

 そこには、翼の根元と尻尾に赤いリングを着けた風竜の背中に仁王立ちしている少女こと、KAN-SEN『龍驤』の姿があり、二式飛行艇に向かって手を振っている。その隣には緑のリングを付けた風竜の姿もある。

 

 ピンク色の髪をツインテールにして、重桜特有の和服をアレンジしたような服装をしており、頭には『紀伊』や『尾張』とは異なる形状をして、幼さの残る龍の角が生えている。そしてミニスカートから白い鱗に覆われた短くも太い尻尾が出ており、喜んでいるのか尻尾が左右に揺れている。

 

「ろ、ロデニウスでは、風竜を使役しているのですか?」

「いえ、使役しているわけではないのですが……恩義に報いているというか、協力しているというか」

『……?』

 

 『大和』の歯切れの悪い言い方にマイラス達は首を傾げる。

 

 

 

 事の始まりは今から半年近く前の事である。

 

 トラック諸島が異世界に転移して半年近くが経過した時に、春島の浜辺に傷ついた風竜が流れ着いてきた。傷の様子から何者かに襲われたものだと思われた。

 

 突然の漂流者にトラック諸島は警戒態勢に入り、風竜の周囲を警戒した。すると気が付いた風竜は傷口から血を流しながらも、周囲を固める妖精達に翼を広げて威嚇し、誰も近付けようとしなかった。

 

 しかし、第一発見者の『龍驤』が風竜に語り掛けながら近づき、落ち着かせようとするも、風竜は近づこうとする彼女を翼で弾き飛ばそうとした。しかし『龍驤』はとっさに艤装を展開して、KAN-SENのパワーで風竜の翼を受け止めた。

 

 まさか受け止められるとは思っていなかった風竜は驚愕して目を見開く。その間にも『龍驤』は風竜に語り掛け、落ち着かせようとした。

 

 やがて彼女の説得を受け入れたのか、それとも暴れたことで傷が身体に響いたのか、風竜は大人しくなって、浜辺にその巨体を横たえた。

 

 その後『龍驤』を筆頭に、風竜の手当てをして、一先ず騒動は治まった。

 

 

 それから『龍驤』は毎日風竜の元へと足を運んで、付きっきりで看病を行った。当初風竜は『龍驤』に警戒心を剥き出しにして、威嚇していた。まぁ当の本人は気にした様子は無かったが。

 

 そんな時間が毎日続いたことで、献身に看病をする『龍驤』の姿に、やがて風竜は彼女に心を開き、いつしか『龍驤』と風竜は会話する仲にまで発展した。

 

 しばらく経った頃だからこそ分かった事だが、どうやら風竜とのコミュニケーションは重桜系のKAN-SENであれば念波を用いて意思疎通が可能であると判明し、『龍驤』以外にも重桜系、『大和』や『紀伊』を含むKAN-SEN達とも会話を行うようになっていた。

 

 そして一ヶ月近くが過ぎて、風竜が受けていた傷は殆ど治り、飛行が可能となった。風竜は『龍驤』達に礼を言って飛び立ち、トラック諸島を後にした。

 

 もう会えないものだと、誰もが思っていた。

 

 

 しかし更に一ヵ月後、その風竜が仲間の風竜三体を連れてトラック諸島に戻って来たのである。さすがに予想外な事態に『大和』達は面食らった。

 

 風竜は傷が直るまでに面倒を見てもらった恩義に報いたいと、仲間達と共にトラック諸島に住んで外敵から『龍驤』達を守りたいと申し出た。もちろん有事の時には力を貸すとの事であった。

 

 予想外な展開に『大和』と『紀伊』は悩んだものも、『龍驤』が彼らの申し出を受け入れて欲しいと懇願してきたので、悩んだ末に『大和』と『紀伊』は風竜達にトラック諸島に住み着くのを許可した。

 

 その後トラック諸島では、風竜が住み着いたとあってか、野生のワイバーンや海魔などの魔物が近づかなくなったのであった。 

 

 

 ちなみに四頭の風竜には個体識別を兼ねて色付きリングと名前が付けられることになった。風竜達も名前を付けて貰う事に異論は無く、むしろ名前を付けられることに嬉しさを覚えていたという。

 

 赤いリングが付けられた風竜には『雷電』と名付けられた。この個体がトラック諸島に流れ着いた風竜である。

 

 青いリングの風竜は『紫電』、緑のリングの風竜は『閃電』、紫のリングの風竜は『震電』と名付けられた。

 

 

 

「―――とまぁ、こんな事がありましてね。現在トラック諸島には風竜が四頭住み着いているのですよ」

「そ、そうなのですか」

 

 『大和』より事情を聞き、マイラスは苦笑いを浮かべる。

 

(偶然とは言えど、最強の空の生物を味方に付けるとは。これじゃいよいよ我が国のマリンじゃ歯が立たないな)

 

 マイラスの隣でラッサンは落胆して肩を落とす。

 

 風竜の能力は非常に高く、ムーのマリンを以ってしても、風竜はその全てを上回っているのだ。ただでさえロデニウス連邦共和国に勝てる部分が無いのに、風竜が味方になっているという事実は、敗北感に拍車を掛ける事になった。

 

 

 

 その後一通りトラック諸島上空を飛行し、二式飛行艇は湾内に着水して埠頭に付けられ、ムー使節団はトラック諸島 春島へと上陸する。

 

 今日の予定としては、トラック泊地の施設や設備の見学を行い、午後からはKAN-SEN同士の演習の見学をする予定である。更にトラック泊地のみで試験運用されているジェット機の見学も行う予定である。

 

 

 迎えのトラックが来るまで、ムー使節団と案内役の『大和』と『天城』は世間話をして時間を過ごしている。

 

「……」

 

 ふと、『大和』は顔を上げて、とある島にある研究所で行われている実験を思い出す。

 

(さて、今回の実験……どうなることか)

 

 今回の実験の結果次第で、トラック泊地の戦力強化に繋がる。実験結果に期待しながら、迎えのトラックを待つ。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 

 

 所変わり、秋島の隣にある冬島。

 

 ここにはKAN-SEN関連の研究が行われている施設があり、地上の建物以外にも地下施設が広がっている。

 

 その地下にて、とある実験が行われている。

 

 

「用意は出来ているな?」

「もちろんだにゃ」

 

 地下施設の実験場にて、『紀伊』が『明石』に問い掛けると、彼女は透明のケースに入れられている物を見せる。ちなみに『紀伊』の姿は幼児化した姿ではなく、元通りの姿に戻っている。

 

 『明石』が手にしてるケースの中には、四方形をして金色に輝く物体。それは妖精達が解析し、完全とは言えないが、オリジナルの殆どを再現したメンタルキューブ。仮称『擬似メンタルキューブ』である。

 

 二人の前にはKAN-SENの建造を行うための機械があり、今から行うのは、この擬似メンタルキューブを用いてKAN-SENの建造を行う実験である。

 

 周りで機材の準備を妖精達や『ヴェスタル』が行っている中、『明石』が装置にケースから取り出した擬似メンタルキューブを一つ置くと、妖精達がKAN-SENの建造に必要な材料を置く。

 

(さて、結果はどうなるか)

 

 建造準備をしているのを見ながら、『紀伊』は内心呟く。

 

 妖精達曰く『理論的には問題無い』とのことだが、擬似的な代物であるので、どんな結果になるか予想がつかない。

 

 KAN-SENではなく、ただの兵器が建造される可能性があるが、下手するとKAN-SENではない化け物が建造される可能性もある。

 前者の場合は物によってはありがたいが、後者の場合面倒なことになるのは明白だ。モンスターパニックの映画みたいな展開は願い下げである。

 

「準備完了だにゃ、指揮艦」

「ん……」

 

 『明石』の報告を聞き、『紀伊』と彼女は装置から離れる。

 

「成功を祈る。始めてくれ」

 

 『紀伊』の合図の後に、妖精が壁にあるレバーを上へと上げる。

 

 

 すると装置が稼動し、材料と擬似メンタルキューブに電流が流れる。

 

「……」

『……』

 

 皆が見守る中、擬似メンタルキューブが輝き出し、材料を光で覆っていき、少しずつ形を変えていく。『紀伊』は不測の事態に備えていつでも艤装を展開出来るように身構える。

 

 

 しばらくして光が収まり、建造装置に一人の少女が立っていた。

 

 灰色の髪の色をして、頭から犬系の耳が生えており、先が黒く白い模様がある特徴的な見た目の振袖を持つ和服を身に纏っている。

 背中に艤装を背負っているのを見れば、KAN-SENであるのは確認できる。

 

「建造は……成功のようだな」

「そのようだにゃ」

 

 ひとまずKAN-SENではない化け物が建造されなかったことに安堵し、二人は短く言葉を交わしながら少女に近づく。

 

 しかしあくまでも見た目は成功しているが、もしかすると見た目だけでそもそもKAN-SENでは無い可能性もあるので、完全に成功しているかどうかは調べないと分からない。

 

「……」

 

 すると少女は閉じていた目を開き、『紀伊』を見る。

 

「秋月型三番艦の涼月、いざ参上! 仲間達も指揮官も、この私がお守りいたす!」

 

 と、少女こと『涼月』は元気よく自己紹介して、頭を下げる。

 

「お久しぶりです、『紀伊』!」

「ひ、久しぶりって……?」

 

 すると突然『涼月』からまさかの発言を受けて、『紀伊』は戸惑う。当然彼女とはこれが初対面であり、これまでに会ったことはない。

 

 だが、『紀伊』には彼女の様子に思い当たる節があった。

 

「俺の事を知っているのか?」

「もちろん! むしろ知らない方がおかしいからね! あの絶望的な状況を『紀伊』一隻でひっくり返した、あの海戦の事を!」

「あの時の……」

 

 彼女の言葉で、『紀伊』は確信を得る。

 

 恐らく彼女は……『紀伊』が居た世界線の『大戦』の『カンレキ』を有しているのだろう。でなければ本来存在しない『紀伊』の事を普通のKAN-SENが知っているはずが無いのだから。

 

「再び『紀伊』と共に戦えることを、誇りに思うよ! 改めまして、秋月型の三番艦『涼月』! よろしくお願いします!」

 

 彼女は改めて深々と頭を下げる。

 

「ところで、『紀伊』。指揮官はどこに居るの?」

 

 と、『涼月』は辺りを見回して本来居るであろう指揮官を探す。

 

「あー、それについてなんだが、ここはちょっと特殊な事情があってな」

「えっ? そうなの?」

 

 『紀伊』より思わぬことを聞いて彼女はキョトンと瞬きをする。

 

「あぁ。まぁその点については後で話すから、とりあえず彼女に付いて行ってくれ」

「うん、分かった!」

 

 『涼月』は頷くと、手招きする『ヴェスタル』の後に付いて行く。

 

「とりあえず、実験は成功、で良いのかにゃ、これ?」

「まだ油断できないが、建造自体は成功と言っても良いだろう」

 

 彼女の後ろ姿を見ながら、『紀伊』と『明石』は言葉を交わす。

 

「それにしても、指揮艦の事を最初から知っているにゃんて、やっぱりこれ普通じゃないにゃ」

「その普通じゃない物を使っているんだから、イレギュラーが起こるのは分かっていたことだろ」

 

 金色に輝く擬似メンタルキューブを見ながら『明石』がそう口にすると、『紀伊』はため息を付く。

 

(もしかしたら、この擬似メンタルキューブは普通と異なるKAN-SENを生み出すのか? それともこの場に俺や『大和』が居る場合に変化があるのか?)

 

 彼は内心呟きながら、首を傾げる。

 

 もし彼の仮説通りなら、この擬似メンタルキューブで生み出されたKAN-SENは、どこか通常の個体と異なる可能性がある。もしくは『紀伊』や『大和』ば建造に居合わせた場合、二人がそれぞれ存在した『大戦』での『カンレキ』を有するKAN-SENが生み出される可能性もある。

 

 まぁ、今後純粋なメンタルキューブの生成を行うのに必要なデータ収集の為に、擬似メンタルキューブによる建造は続けられるだろう。その時に様々な条件下で建造を行えば色々と分かるだろう。

 もしかしたら、新たな男性型KAN-SENが誕生する可能性もあるが……

 

「まぁ、一回しただけじゃ何とも言えんな」

 

 彼はそう言うと、妖精に建造を行う準備を指示する。

 

「なんだか、二個でやる建造が不安になるにゃ」

「俺だって同じだよ。だが、二個でやる建造もやっておかないと、分からない部分もあるからな」

 

 二人は会話を交わしながら、妖精達が残りの擬似メンタルキューブ二個を機械にセットし、材料を置くのを見守る。

 

「二個のキューブを使った建造。果たして鬼が出るか、蛇が出るか」

 

 『紀伊』はそう言うと、『明石』と共に先ほどのように後ろに下がり、距離を取る。

 

 そして妖精が装置を起動させると、擬似メンタルキューブと材料に電流が走る。

 

 二個も擬似メンタルキューブを使っているせいか、先ほどより強いエネルギーを発している。

 

『……』

 

 各々が息を呑んで見守る中、擬似メンタルキューブと材料が混ざり合い、形作っていく。

 

 

 そして光が晴れると、そこには一人の女性が立っている。

 

 腰より先まで伸びた長い青い髪をした女性で、頭にはメカメカしいヘッドギアを装着しており、腕以外の全身を黒いタイツで覆っており、その為彼女のスタイルの良さを際立たせている。その上に丈の短いスーツを纏い、二の腕まである白い手袋を着けている。そして肩には改造した丈の長い軍服を羽織っている。

 背中には三連装の砲塔を三基持つ巨大な艤装を背負っており、鋭い形状をしたウイング状のパーツが特徴的だ。

 

 妙に未来感のある様相を持つKAN-SENが誕生した。

 

「成功……だな?」

 

 『紀伊』はKAN-SENの建造に成功しているのを確認するが、同時に彼は首を傾げる。

 

(何だろう。このKAN-SENから妙な既視感を感じるな)

 

 彼は建造されたKAN-SENからどことなく見覚えがあるような、無いような、何とも言えない感覚がこみ上げている。

 

「見た感じ、戦艦のようだにゃ。それも、ユニオンのKAN-SENかにゃ?」

 

 『明石』は建造されたKAN-SENから戦艦であり、ユニオン系のKAN-SENじゃないか推測する。背中の艤装にユニオン流の技術が見受けられたからだ。

 まぁそれでも未来感のある見た目だが。

 

 

 すると背中の艤装より電子音が発せられると、艤装の各所に光が灯り、ウイング状のパーツが展開してエネルギー状のリングやウイングが現れる。

 そしてゆっくりと女性は目を開ける。

 

「……アイオワ級戦艦の二番艦『ニュージャージー』よ! よろしくね!」

 

 女性こと『ニュージャージー』は明るい声を発して、自己紹介をする。

 

「『ニュージャージー』……だと?」

 

 『紀伊』は彼女の前を口にすると、脳裏には彼の『カンレキ』にある光景が過ぎる。

 

 

 艦船時代に、何度も『紀伊』と『尾張』と死闘を繰り広げた連合軍側の戦艦……『アイオワ級戦艦』……

 その二番艦こそが、『ニュージャージー』である。

 

 

(まさか、アイオワ級戦艦が来るとはな……)

 

 何度も彼の前に立ちはだかり、死闘を繰り広げた戦艦の一隻が、KAN-SENとして現れた。その事実は『紀伊』に複雑な思いを抱かせる。

 

「あぁ、こちらこそ、よろしくな」

 

 『紀伊』は色々と思うところはあるものも、頭を切り替えて彼は笑みを浮かべつつ右手を差し出す。

 

「えぇ。よろしくね……『モンスター』?」

 

 『ニュージャージー』は笑みを浮かべつつ、『紀伊』をそう呼びながら彼の右手を握り返して握手を交わす。

 

「っ!?」

 

 そして彼は目を見開き、驚愕する。

 

 艦船時代に連合軍側から『紀伊』や『尾張』は、その規格外の大きさと火力、防御力から『モンスター』と呼ばれていた。

 

 だが、当然その名は『紀伊』が居た世界線の『大戦』での話であり、普通ならばその名前を知る由も無いはず。しかし彼女は確かに『紀伊』をモンスターと呼んだのだ。

 

「……なぜ、その名を知っている?」

 

 ここまで来れば、もはや答えは出たも同然だが、『紀伊』は確信を得る為に『ニュージャージー』に問い掛ける。

 

「なぜって? そりゃ何度もあなたと戦ったんだから、忘れろって言うのが無理な話よ。まぁ毎回私はモンスターや他の戦艦からの攻撃に被弾していたけど」

「……そうか」

 

 彼女はそう答え、その返答に『紀伊』は確信を得た。

 

 

 『涼月』のように、『ニュージャージー』もまた、『紀伊』が居た世界線の『大戦』の『カンレキ』を有するKAN-SENであったのだ。

 

 

「まさか、あのアイオワ級戦艦とこうして握手を交わすとは思わなかったな」

「それはこっちの台詞よ。私だってモンスターとこんな形で握手を交わすなんて思わなかったわ」

 

 二人は会話を交わすと、握り締めていた右手を離す。

 

「憎んでいるとは、思わないのか?」

「……?」

 

 と、『紀伊』の問い掛けに『ニュージャージー』は一瞬理解出来ず首を傾げるも、直後に彼の質問の意図を理解して「あぁ……」と声を漏らす。

 

「そりゃ、色々と思うところはあるわね。あなたや弟に多くの仲間が沈められた訳だし」

「……」

「でも、もう過ぎたことよ。沈んだ仲間達の事を忘れるわけじゃないけど、いつまでも過去を引きずたって、何かが変わるわけじゃないから」

「それは―――」

「それに……」

 

 と、『紀伊』の言葉を遮るように彼女は口を開く。

 

「私達は、最後までにあなたに勝てなかったわ」

「だが、結局俺達は試合(・・)に負けたんだ」

「でも、勝負(・・)には勝ち続けた。奇策であなた達兄弟を沈め掛けたけど、正々堂々では、一度も勝てなかった」

 

 と、『ニュージャージー』は一間置いて、再度口を開く。

 

「あなたがチャンピオンに、変わりは無いわ」

「……」

 

 すると、彼女の言葉が『紀伊』の脳裏に響く。

 

 

『お前こそ、チャンピオンだった』

 

 

 初期の頃から『紀伊』に何度も攻撃を行いながらも、最後まで生き残った連合軍のパイロットの言葉が、彼の脳裏に過ぎる。

 

 

「……まぁ、当時の事は色々とあったけど、これからは味方として、よろしくね、『モンスター』……いや、『紀伊』」

 

 と、『ニュージャージー』は複雑な思いを抱きつつも、好意的な様子で『紀伊』に笑みを浮かべる。

 

「……そうだな。これから味方としてよろしくな」

 

 『紀伊』もまた、複雑な思いを抱きつつも、かつての敵であった『ニュージャージー』を受け入れ、笑みを浮かべる。

 

 

 

 

「……一体何がどうなっているんだにゃ?」

 

 一方、完全に蚊帳の外になっている『明石』は首を傾げながら、そう呟くのだった。

 

 

 




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第五十一話 夢を抱く者

今回はキリが良い所で終わる為に、短めです。


 

 

 

 トラック諸島の冬島の地下研究所で新しいKAN-SENが誕生して、意外な事実が発覚している頃。

 

 ムー使節団の姿は、トラック泊地の春島の飛行場にあった。

 

 

 

「これが次世代の航空機を担うとして期待してされている、ジェットエンジンを搭載した航空機です」

 

 『大和』は格納庫に収められている航空機を一瞥して、マイラス達に説明をする。

 

 格納庫には、橘花改と『景雲三型改』が収められており、万全の状態へとする為に妖精達が念入りに整備している。

 

 

 ちなみに景雲三型改とは、景雲二型改に更なる改良が加えられた機体で、景雲二型改では取り込む空気の量が不足してジェットエンジンが不完全燃焼を起こしていたが、翼の根元にあった吸気口を機首に移動させ、尚且つ大きくしたことで取り込む空気の量を増やした。それに伴い機首に搭載されていた機銃は翼の根元に移動させられた。これは機銃が発砲時に出す燃えカスをジェットエンジンが吸い込まないようにする為だ。ジェットエンジン自体にも改良が加えられており、少し程度だが性能が向上している。

 その姿は双発機になった『F-86 セイバー』に近いかもしれない。

 

 橘花改自体も更なる改良が加えられて性能が向上しているが、元々ジェットエンジンの開発を行うために作られた試作機である上に、リーン・ノウの森で見つけた例の機体の件もあるので、これで改良は打ち止めである。

 

 そして景雲三型改も元々試作機であったが、良好な性能を発揮したので量産を前提に開発が進められた。だがこれもリーン・ノウの森で見つけた例の機体によって旧式機の烙印を押されてしまい、現在ではジェットエンジン開発の一環で改良を続けていく予定である。

 

 

「ジェットエンジン?」

「ジェットエンジンとは、簡単に言えば空気を取り入れて、エンジン内で熱して勢いよく後ろに向かって噴射して推進力を得ます」

「なるほど」

「近くで見ても?」

「えぇ、どうぞ」

 

 マイラスとアイリスは『大和』より許可を得て、橘花改と景雲三型改を近くで見る。

 

「このジェットエンジンを搭載した戦闘機は、どのくらいの速度が出るのですか?」

 

 橘花改と景雲三型改を隅々まで見ているマイラスとアイリスの二人を見ながら、ラッサンが『大和』に問い掛ける。

 

 『大和』は政府から性能の開示を行うように指示を受けているので、ジェット機の性能を明かす。

 

「そうですね。おおよそ1000km/h前後は出ますね」

「せ、1000km/h!?」

 

 ラッサンは規格外の速度に驚きのあまり声を上げる。そしてマイラスとアイリスも驚きのあまりサッと振り向いている。

 

 そりゃムーの戦闘機であるマリンが380km/hに対して、ジェット機はほぼ三倍近くの速度なのだから、驚くのは無理ない。

 

「といっても、それはこの景雲三型改の方が出せる速度で、こちらの橘花改はせいぜい880km/hぐらいしか出ませんので」

「それでも、十分過ぎますよ」

 

 マイラスはそう言うと、景雲三型改を見る。

 

 プロペラの無い不思議な形状をした戦闘機。一見すればこれが本当に飛ぶのかという疑問が浮かぶばかりだ。

 

(だが、それだけの速さで飛ぶ航空機か……)

 

 しかし疑問を抱く彼は、それ以上に未知なる速度で飛ぶ航空機に、憧れに近い感情が湧き上がっていく。

 

「しかし、こうしてこのジェット機を見ると、神聖ミリシアル帝国の天の浮舟みたいね」

「天の浮船?」

 

 アイリスが景雲三型改を見ながら呟くと、聞き覚えの無い言葉に『天城』が首を傾げる。

 

「第一文明圏の列強国で、この世界最強の国家として君臨している『神聖ミリシアル帝国』で運用されている飛行機械です。遠くからだったのでよく分からなかったのですが、何となくこんな構造をしていましたね」

「なるほど」

 

 アイリスの説明を聞き、『大和』が頷く。

 

(第二文明圏のムーでこれほどの技術力なら、第一文明圏ならそれ以上の技術を持っていてもおかしくないか。まぁムーはイレギュラー的な所があるから一概に比べられないが)

 

 『大和』は内心呟きつつ、まだ見ぬ列強国の技術力の高さを予想する。

 

 

 

 その後『大和』とマイラス達は滑走路の脇へと移動すると、橘花改と景雲三型改が格納庫より出て滑走路へと移動し、ジェットエンジンが甲高い音を立てて始動する。

 

「ジェットエンジンは構造の都合上、滑走路はこのように舗装されたものでなければ、エンジンが異物を吸い込んで破損の原因になりかねません。この点はレシプロ機に劣りますね。まぁレシプロ機も舗装された滑走路を使うのが好ましいんですがね」

 

 『大和』がジェット機の構造や欠点を説明していると、最初に景雲三型改がゆっくりと滑走路を進み始め、次第に速度が増して行って、宙に浮いて飛び立つ。

 景雲三型改の速度が乗り始めた頃に、ようやく橘花改が進み始め、速度が乗ってきて景雲三型改が飛び立った直後に橘花改も空へ飛び立つ。

 

「おぉ」

 

 滑走路から飛び立ったジェット戦闘機にマイラスは思わず声を漏らし、空を見上げる。

 

 景雲三型改が大きく旋回して一気に加速し、彼らの上空を通り過ぎる。遅れて橘花改が彼らの上空を通り過ぎる。

 

「速い! とてもじゃないが、マリンでどうこう出来るものじゃないな」

 

 ラッサンは片手を伸ばして目の上に置いて太陽の光を遮って二機のジェット機を見る。

 

 ムーの戦闘機マリンでは当然追い付くのは不可能だし、高度優位を用いて奇襲を仕掛けようとしても、速度差によって追いつくことすら出来ないだろう。

 

「でも、これだけ速いと、燃料の消費はかなり多いのでは?」

「そうですね。ジェットエンジンは燃料を多く消費しますので、航続距離が短いのが欠点です。その為、迎撃機として運用するしかありません」

 

 アイリスの質問に『大和』は答えるが、この答えは正しくも偽りのあるもので、航続距離が短いのは事実だが、あくまでもこれは試作機の橘花改のことであって、景雲三型改は橘花改以上の航続距離を持っているので、別に迎撃機という限定的な運用しか出来ない事は無い。

 

 それに、技術の進歩によって、ジェット戦闘機の航続距離の短さも解消されていくだろう。

 

「ジェット機か……」

 

 マイラスは飛行する二機のジェット戦闘機を見ながら、誰にも聞こえないぐらい小さな声を漏らす。

 

 自国の戦闘機マリンよりも速く、高度な技術で作られたジェット機。それは技術者としてのマイラスの魂を震わせる。

 

(いつか俺も……ムーも、このジェット機を作れるだろうか)

 

 彼は今のムーでは作れそうに無い技術で作られているジェット機。技術が発展しても果たしてムーがジェット機を作れるかという不安がある。

 

(いや、作れないんじゃない、作るんだ! 俺の一生を掛けても、必ず国産のジェット機を作るぞ!)

 

 しかしすぐに彼は気持ちを切り替え、将来的に自国の技術のみで作る国産のジェット機を作るという目標を抱く。当然その道のりは険しく、彼もその険しさは分かっている。

 

 だが、それでも彼の決意に揺るぎは無い。

 

(マイラス。きっとあのジェット機を自分達の力で作ろうって意気込んでいるんでしょうね)

 

 その隣でアイリスは内心呟きながらモノクルの位置を整える。腐れ縁な仲であるが故に、彼女はマイラスの考えていることが何となく分かるのだ。

 

(私も、必ず祖国の発展に貢献しないとね)

 

 そして彼女もまた、祖国発展と言う目標を抱き、上空を飛行するジェット機を見上げる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、トラック諸島 夏島

 

 

 ここには、軍艦を建造したり、入渠させる為の大小様々なドックがあり、ウネビ級軽巡洋艦やヤクモ級重巡洋艦が建造されている中、他のドックでは『摩耶』と『伊吹』の軍艦形態の艤装が入渠しており、全ての砲塔や機銃などの武装が下ろされており、大規模な改装が施されている。

 

「……」

 

 その光景を『鞍馬』が見つめながら、浅く息を吐く。

 

「『鞍馬』!」

 

 と、彼を呼ぶ声がしてその方向を見ると、一人の女性が『鞍馬』の元へ向かっている。

 

 腰まで伸びた銀色のロングヘアーを根元で結んだ若干サイドテールの位置寄りのポニーテールにした金色の瞳を持つ女性で、赤と白の服に黒のコルセットを身に着け、その上に袖が独立した黒いコートを纏い、太ももまである黒いブーツを履いている。

 左腰にはサーベルが収められた鞘を差し、一丁のピストルが提げられている。

 

 彼女の名前は『ドレイク』 『架空存在』と呼ばれる特殊なKAN-SENである。

 

「『ドレイク』 どうしたんだ?」

「あなたを見かけたから声を掛けただけよ」

 

 彼女はそう言うと、『鞍馬』の隣に立って、ドックを見る。

 

「改装作業は、だいぶ進んでいるようね」

「うん。『摩耶』さんと姉さんに搭載予定の新武装も量産が進んでいるから、改装にそう時間は掛からないそうだよ」

「ふーん」

 

 『鞍馬』から話を聞いて『ドレイク』は声を漏らすと、砲塔が下ろされた二隻の軍艦形態の艤装を見る。

 

 二隻に施されている改装作業はかなりの大規模なもので、主砲のターレットリングにもかなり手が加えられており、その範囲は艦内にまで及んでいる。その他にも電探や艦内の電子機器類も多くが交換されている。

 

「この改装って、対空戦闘能力を高めるって聞いたけど?」

「大体はね。正確にいうと、次世代の試作兵器の運用を行う為の近代化改修が目的なんだ」

「次世代ねぇ。そういえば、総旗艦の武装もその試作品を搭載したわね」

 

「うん」と彼が頷くと、『摩耶』と『伊吹』に施されている改装箇所を見る。

 

「ねぇ、『鞍馬』」

「何?」

「『摩耶』ってさ、もうだいぶ艤装弄ってあるのよね」

「うん。そうだけど……」

「それなのに、更に弄る気で居るの?」

「……」

 

 彼女の言葉に、『鞍馬』は何も言えなかった。

 

 

 『摩耶』は度重なる改造を受けて、非常に高い対空戦闘能力を得ているが、初期の手探りな状態での改造を受けたせいで、彼女に掛かる負担はかなり大きなものになった。

 その後改良を重ねたことでその負担は小さくなっているが、それでも彼女への負担はある状態で、本人は隠しているつもりだろうが、その負担による影響で左目の視力が低下しているのだ。

 

 今回の改装で、『摩耶』は更なる対空戦闘能力を得ることになっており、空母機動艦隊の空を守る防人となるのだ。まぁ『摩耶』に関してはKAN-SEN本人にも施さないといけないレベルであるが。

 

 ちなみに『伊吹』は『摩耶』で蓄積したデータと経験によって、KAN-SEN本体に負担が掛かる事無く改造を受けることが出来た。これを思えば、『摩耶』の無茶も報われるものである。

 

 

「『摩耶』さんは、総旗艦の役に立ちたい一心みたいなんだ。それには彼女の『カンレキ』が関わっているらしいけど」

「『カンレキ』、か」

 

 と、『ドレイク』はどことなく寂しげな雰囲気を醸し出して、後ろで両手を組む。

 

「羨ましいなぁ。あたしには、そういうの無いから」

「『ドレイク』……」

 

 そんな様子で呟く彼女に、『鞍馬』は目を細める。

 

 

 『架空存在』と呼ばれるKAN-SENは、別世界では建造されず、計画のみで終わった軍艦をKAN-SENとして誕生させた存在だ。故に、彼女達には『カンレキ』が存在しない。

 当然『ドレイク』にも、『カンレキ』が存在しない。あるのは建造されてからの記憶だけだ。

 

 このことを考えれば、本来『大戦』に存在しない『大和』と『紀伊』もある意味『架空存在』に近い存在だが、彼らの場合は更に別の世界線の『大戦』で建造された特殊な例であるので、『カンレキ』が存在する。

 まぁ彼らの場合かなりイレギュラーな存在なので、常識どおりに考えられないが。

 

 

「あっ、そうだ!」

 

 と、『ドレイク』は両手を叩いて声を上げる。

 

「『鞍馬』 さっき新しい部隊の設立が決まったのよ!」

「新しい部隊? それって最近の海賊被害を受けて、例の領海内や外海の治安維持目的の為の?」

「そうそれ。今のところ少ないんだけど、今後増やしていく予定なんだって。で、その部隊をあたしと『ジャン・バール』で率いることになったわけ」

「『ジャン・バール』さんとか。なるほどね」

 

 『ドレイク』の話を聞いて、『鞍馬』は新たに設立予定の部隊の話を思い出す。

 

 

 

 ここ最近海では海賊による被害が増えており、海外での被害をもちろんのこと、ロデニウス連邦共和国の領海内でも海賊による被害が発生している。

 

 漁をしている最中の漁船が海賊の襲撃を受けるも、漁船はエンジン付きの船であったので、海賊から逃げ切ることが出来たが、海賊が放った矢による被害が生じている。

 

 ついこの間では、貨物船が海賊の襲撃を受けており、外装に攻撃を受けるなどの被害を受けたが、航行に影響は無かった。海賊は貨物船に常駐していた護衛部隊が応戦したことで、何とか撃退出来ている。

 

 他にも同じように貨物船が襲撃を受けたが、護衛の船が同行していたとあって、威嚇射撃で撃退出来ている。

 

 カナタ大統領はこれに加え、国交を結んでいる国々からの海賊被害の情報を受けて、治安維持を目的にした組織の立ち上げを提案した。

 そして協議の結果、海上の治安維持を目的にした組織の新設が決定したのだ。

 

 その組織は、基本的には海軍から沿岸警備隊を切り離して、組織の規模を拡大化したようなものなので、人事異動は殆どなく、仕事も規模が大きくなること以外はこれまで通りのものになる。

 

 

 

 ちなみにその部隊を率いることになった『ジャン・バール』と『ドレイク』 海賊の名前を冠したこの二人が部隊に配属されたのは、単なる偶然ではない……はず

 

 

 

「そうなると、海の治安もだいぶ良くなるといいね」

「良くさせるわよ。人の海で勝手気ままに暴れられるのは気分のいいものじゃないしね」

 

 彼女はそう言うと、腕を組む。海が好きだからこそ、好き勝手やる海賊が許せないのだろう。

 

「だから、期待してね」

 

 と、『ドレイク』は『鞍馬』に向けてウインクする。 

 

 ウインクを受けて、彼は少し恥ずかしそうに頬を掻く。

 

 

 と、まぁ、海の情勢も少しずつ変化を見せ始めている。これが果たして世界にどれほどの影響を与えるのか……

 

 

 

 それは神のみぞ知る……

 

 

 

 

 

 




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第五十二話 パーパルディア皇国と言う国

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 某日 ロデニウス連邦共和国 首都クワ・トイネ

 

 

 

 

『―――続いてのニュースです。本日カナタ大統領はロデニウス大陸周辺およびシオス王国周辺海域にて海賊の襲撃による被害が増えつつある現状の対策として、新たに設立された海上警備隊の訓練の視察を行いました。海賊による被害が増える中、カナタ大統領は海上警備隊の戦力増強を指示し、海の治安維持向上に期待を募らせているとの事です』

 

 

 首都クワ・トイネにある喫茶店。その店先にあるビルの壁に埋め込まれた超大型スクリーンにニュース番組が流れている中、喫茶店の前にある席に一人の男性が新聞を読みながら紅茶が淹れられたティーカップを手にして、紅茶を飲む。

 

 

『―――により、政府はパーパルディア皇国との接触は一切行わないとして、今後ロデニウス大陸周辺の緊張状態は続くとの見解を示しました』

 

 

「……パーパルディア皇国、か」

 

 ニュースを読み上げているアナウンサーの口からその名前が出て、読んでいる新聞から男性は顔を上げる。

 

 

 彼の名は『ヴァルハル』。元パーパルディア皇国 国家戦略局所属の職員であった人物だ。

 

 かつて旧ロウリア王国に軍事支援を行ったパーパルディア皇国の国家戦略局。その職員の一員であった彼は、観戦武官として、旧クワ・トイネ公国の港町マイハークへの攻撃を目指す旧ロウリア王国の艦隊に同行した。

 

 しかしロデニウス沖にて、彼は衝撃的な体験をした。

 

 彼らの前に立ちはだかったのは、圧倒的な強さを見せた飛行機械と、巨大な軍艦であり、艦隊に対して熾烈な猛攻が繰り広げられた。

 

 その猛攻の前に4000隻以上は居た旧ロウリア王国海軍の艦隊は、なす術もなく沈められていき、彼が乗っていた軍船は他の軍船と衝突し、その衝撃で彼は海に投げ飛ばされてしまった。

 だが、そのお陰で彼はこの世の地獄ともいえる海戦を生き延びることが出来た。

 

 

 その後救助された彼は捕虜として捕らえられていたが、パーパルディア皇国の人間であると判明した後は、別の施設に移されて事情聴取を受けた。

 

 この時は質問に答えるだけで、それ以上は求められなかった。彼は拷問のような尋問を受けると思っていただけに、拍子抜けであったが、拷問が無かった幸運に感謝した。

 

 しかし旧ロウリア王国が敗北したと聞かされた時、彼は焦った。当然このことは本国の国家戦略局にも伝わるはずであり、独断で旧ロウリア王国に支援をしていたことが明るみに出れば、職員達はただでは済まない。その為に、旧ロウリア王国に対して支援を行っていたという情報の隠蔽を行うのは容易に想像できた。

 当然中には当事者に対する口封じも行うだろう。金を積ませて口を閉ざさせるなら良いが、二度と口が開けないようにする可能性もあった。彼は後者を恐れた。

 

 そこで彼は駄目元でパーパルディア皇国に関する情報を手土産に、旧クワ・トイネ公国亡命を希望した。

 

 亡命はあっさり承諾され、手続きを行った後、彼は旧クワ・トイネ公国に身を寄せることになった。

 

 当初は文明圏外の国に住むことになる不便さや苦労を懸念したが、住み出してすぐにそれらは消し飛んだ。

 

 

 明らかに祖国よりも文明水準が高く、各家庭では電気ガス水道が使え、道は舗装されて車が道路を走り、公共機関が整えられてインフラが充実しているという、祖国とは比べ物にならないぐらいに、住みやすい環境であった。

 

 その上、亡命時に新たに戸籍が与えられ、仕事も貰い、その職場環境に驚きを隠せなかった。

 

 職場は明るく、上司や同僚は無理やり仕事を押し付けるようなことはせず、とても友好的だ。仕事はそこまで多くなく、時間も定時には帰れるし、更に残業や休日出勤等の頑張った分の給料が貰えるという、国家戦略局に居た頃とは天と地ほどの差があったのだ。

 

 これが国家戦略局時代なら、常に同僚とは成績による落とし合いを繰り広げる陰湿な環境に、上司からは仕事を押し付けられ、終わるまで家に帰ることが出来ず、何日も職場に泊まり込むなんてことは珍しくなかった。それなのに、頑張っても貰える給料に変わりは無い。むしろ頑張っても逆に給料が減るということもあった。その時はなぜか周囲の給料は変わらず支払われていた。

 

 パーパルディア皇国に住んでいた時よりも明らかに住みやすく、仕事も順調で、裕福な環境であって、早々に彼の中にあったパーパルディア皇国に対する敬意は綺麗さっぱり無くなっていた。

 

 

 そして現在では、ヴァルハルは順風満帆な第二の人生を送っており、仕事の昼休みには、仕事場の近所にある喫茶店で昼食を取るのが日常となっている。

 

(ホント、皇国に居た頃は考えられないような暮らしだな)

 

 思わず笑みが浮かびそうになるも、彼は表情を隠すように新聞に顔を向ける。

 

(しかし、皇国は今後どう動くか……)

 

 彼は先ほど流れたニュースを思い出し、内心唸る。

 

(恐らく皇国はロデニウスの事を知ろうとせずに、これまで通りの事をするだろうな)

 

 彼は今後のパーパルディア皇国の動きについて、そう予想する。これまで通りとは、侵略の事である。

 

(で、ロデニウスとはそんな中で衝突し、そのまま戦争になるかもな)

 

 そして最終的に行き着く未来を予想し、ため息を付く。

 

「まぁ、パーパルディア皇国がロデニウス連邦共和国に勝てるわけ無いがな」

 

 圧倒的な技術力の格差から、パーパルディア皇国に勝ち目が無いのを彼は確信する。物量では勝っているかもしれないが、技術の差が圧倒的であって、そこまでくれば物量は意味をなさない。

 

(そうなれば、皇国は建国以来類を見ない大敗を喫するな。まぁ今となっては皇国が滅びることになっても、どうでもいい話だがな)

 

 もはや皇国がどうなろうとも知ったことではないヴァルハルは、皇国に対して冷ややかな感想を抱いて、紅茶を飲む。

 

 生まれた祖国に対して何とも心無い事かと思うが、それほど国で受けてきた仕打ちは酷いものだったのだろう……

 

 

 まぁ、どちらにせよ、ヴァルハルは亡命によって新たに得られた幸せに満足しつつ、これからも第二の人生を謳歌するのだろう……

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 所変わって、フィルアデス大陸の隣にあるアルタラス島。

 

 

 アルタラス王国の王都『ル・ブリアス』。その王都にて聳え立つ王城『アテノール城』

 

 

「何とかムーの空港の拡張工事も一段落ついた、か」

 

 城の廊下を歩きながら、『蒼龍』はタブレット端末に表示している書類を確認する。

 

「とりあえずは肩身も下りるって所かな?」

「そうだな。まぁまだ僕達の仕事は残っているから、一安心とはいかないけど」

 

 隣を歩く『飛龍』の言葉に『蒼龍』はそう返しながら、ため息をつく。

 

 二人は現在アルタラス王国にあるロデニウス連邦共和国大使館の臨時職員として行動している。

 

 まだ正式な大使館職員が揃っていないとあって、職員が到着するまでムーの空港の拡張工事の指揮を兼任しつつ大使館職員として働いている。

 

 そのムーの空港の拡張工事も一段落着いた事で、大使館職員としての仕事に目を向けられるようになった。

 

 そのことについて、アルタラス王国の国王ターラ14世に報告する為に、二人はアテノール城へ赴いたのだ。

 

「まぁ、一週間ぐらいで正式な大使館職員も到着するし、そろそろ本業に戻れるかな」

「そうだね。僕もそろそろ身体が鈍っていそうだよ」

 

 『飛龍』はそう言うと、両腕を後ろに回して組み、後ろへと引っ張るようにして身体を伸ばす。

 

「僕の艤装も完成したって兄上から連絡があったから、帰ったらすぐに調整に入るか。新しい艤装はどんな感じになるんだろうか」

 

 『蒼龍』はブツブツと呟きながら、新しい艤装がどんなものか考える。

 

「……」

 

 そんな彼の後ろ姿を、『飛龍』は静かに見つめている。

 

(……姉様)

 

 そして彼女は、その後ろ姿に、かつて敬愛していたKAN-SENの姿と重ねる……。

 

 

 

 『飛龍』には、実の姉のように敬愛していたKAN-SENが居た。その名は『蒼龍』。蒼龍型航空母艦のKAN-SENである。

 

 しかし何年も前に、彼女が敬愛する『蒼龍』は、アズールレーンとの戦いの中で、その命を散らした。

 

 大切な存在であった彼女を失ったことで、『飛龍』は大きな喪失感に見舞われた。彼女にとって、『蒼龍』は家族も同然な存在だ。そんな家族を失った悲しみは、とても想像できるものではない。

 

 この時、たまたま同海域に居合わせた『大和』や『武蔵』達によって、アズールレーンの艦隊を退け、『飛龍』は救助された。

 

 救出当初は茫然自失な状態であったものも、『飛龍』は気持ちを奮い立たせて、何とか立ち直った。

 

 正直危うい状態であったものも、彼女は他のKAN-SEN達との交流で少しずつ心の傷を癒し、精神的に安定してきた。

 

 

 だが、そんな中で、彼女の前に現れたのは……敬愛する姉と同じ名前を持つ大和型航空母艦の三番艦……『蒼龍』という名の男性型KAN-SENであった。

 

 ただ名前が同じなだけならば、『飛龍』は気にする事は無かった。だが、彼女には『蒼龍』を無視できない要因があった。

 

 それは、敬愛する姉に、生き写しと言えるぐらいに、『蒼龍』は瓜二つなのだ。性別と髪と瞳の色こそ違えど、それを除けば本当にそっくりなのだ。

 

 その上、『大和』と『武蔵』は他の重桜のKAN-SENと違い、獣の耳や尻尾などの特徴が無いのに対して、『蒼龍』にはなぜか兎の耳が生えており、普段は被っている制帽に隠されているが、制帽を被っていなければ兎の耳がピンと立っている。

 

 この特徴も相まって、『飛龍』からすれば『蒼龍』は死んだ姉の生まれ変わりではないかと、一時期本気で思っていた。しかし今では違うとはっきりと思っている。

 

 だが、それでも敬愛する姉と瓜二つな『蒼龍』の姿を見る度に、姉の幻影を重ねてしまう。違うと分かっていても、頭のどこかでは敬愛する姉と認識してしまう。

 

 それだけ、『飛龍』にとって彼女は大きな存在であったのだ。

 

 

「……」

 

 『飛龍』はそんな『蒼龍』の後ろ姿に、敬愛する姉の姿と重ねてしまう。実際後ろ姿だけを見れば、違いを見つけるのが難しいぐらいだ。

 

(僕は……どこまで情け無いんだ……)

 

 彼女は自分の情けなさに、悲観的になる。

 

 未だに姉の幻影を見続けて、『蒼龍』をその代わりに見てしまっている、未熟な自分に嫌気が差してくる。

 

「……? どうしたの、『飛龍』?」

 

 ふと、後ろから視線を感じて『蒼龍』は振り返り、首を傾げる。

 

「っ! ううん! なんでもない!」

 

 『飛龍』はハッとして、首を横に振るう。

 

「そう。なら、いいんだけど」

 

 彼はそう言うと、再び前を見る。

 

「……」

 

 

 

「あっ、『蒼龍』様!」

 

 と、二人が廊下を歩いていると、曲がり角の向こうから一人の女性が出てきて『蒼龍』を見つけるなり顔に喜色を見せて声を掛ける。

 

 腰の位置まで伸びた黒い髪をして、アルタラス王国の伝統衣装を身に纏う女性の名は『ルミエス』。アルタラス王国の王女であり、国王ターラ14世の娘である。

 

「ルミエス様。どうしましたか?」

「お父様に呼ばれて来たんです。『蒼龍』様達はどちらへ?」

「自分達もターラ14世様の所へ。空港の拡張工事が一段落着いたので、その報告をと思って」

「そうでしたか。『飛龍』様もご一緒にですか?」

「えっ? あっ、うん。そうです」

 

 一瞬戸惑った『飛龍』であったものも、すぐに返事をする。

 

「でしたら、ご一緒にいかがですか?」

「えぇ。良いですよ。『飛龍』もそれでいいよね?」

「うん。『蒼龍』が良いなら、僕も良いけど」

 

 ルミエスの提案を受けて『蒼龍』は了承し、『飛龍』も了承したことで、三人はターラ14世が居る部屋へと向かう。

 

 

 

「おやおや、これはルミエス王女ではないか」

 

 と、ターラ14世の部屋に向かう途中、ルミエスに声が掛けられ、その声を掛けられた瞬間、彼女は身体が強張る。

 

 三人は声がした方を見ると、どこか偉そうな態度を取っている男性の姿があり、傍には彼の部下が二人居る。

 

(あれは……)

 

 『蒼龍』はその男性に見覚えがあり、表情に出さないで警戒する。

 

 その男性はアルタラス王国にある、パーパルディア皇国の第三外務局 アルタラス出張所の大使であるカストという名の男性だ。

 

「か、カスト様。今日は、どうされたのですか?」

 

 ルミエスは愛想笑いを浮かべるも、どこかぎこちない。

 

「貴様の父親、ターラ14世に本国からの要求書を届けてやったのだ。蛮族風情に俺がわざわざ足を運ぶのは癪だが、王となれば多少なりとも礼儀を払っているんだ」

「そ、そうですか。列強国の方々に礼儀を払われるのなら、お父様もとても誇らしいと思います」

 

 カストは偉そうな様子でさっきまで行っていたことをルミエスに伝えと、彼女は戸惑いながらもお世辞を述べる。

 

 しかしその間にもカストは、ルミエスを嘗め回すように上から下見ている。下心を隠そうともしない辺り余計にタチが悪い。彼女が戸惑っていたのは、この為だろう。

 

「それで、そこの亜人達は何ですかな?」

 

 と、カストは『蒼龍』と『飛龍』の二人に視線を向ける。

 

「こちらの方々はロデニウス連邦共和国の大使館職員で、今からお父様にご報告することがあって向かっている途中でして」

「ほう……」

 

 ルミエスから紹介を受けて、カストは二人を見る。特に『飛龍』を嘗め回すように見ている。彼の後ろに居る部下も同じように『飛龍』をニヤニヤと不快な笑みを浮かべながら見ている。

 

「亜人ではあるが、随分上玉ではあるな」

「は、はぁ……」

 

 本人を前にしていながらそんな発言をするカストに、『飛龍』は戸惑いを隠せなかった。

 

「どうだ? 亜人にはあまり興味は無いが、ここまで上玉なら話は別だ。この後俺の所に来い。可愛がってやるぞ」

 

 と、ニヤつきながら明らかな命令口調で『飛龍』を誘うと、彼女はあからさまに嫌そうな表情を浮かべる。それにイラっとしたのか、カストの表情が怒りに染まる。

 

「なんだその態度は!! この俺が誘っているのだぞ!! 蛮族の亜人が!!」

 

 カストはよほど『飛龍』の嫌そうな表情が気に入らなかったのか、次々と彼女に罵詈雑言を浴びせてくる。

 

「……」

 

 あまりにも身勝手で横暴な態度のカストに『蒼龍』は無表情のままだが、内心苛立ちを覚える。その傍でルミエスは不安な表情を浮かべる。

 

「ふん!! もういい!! この俺の誘いを断ったのを後悔するんだな!!」

 

 やがて言いたいことを言い終えたのか、カストは捨て台詞を吐いて部下を引き連れて三人の元を離れて行った。

 

 

「大丈夫、『飛龍』?」

「う、うん。僕は……大丈夫だよ」

 

 『蒼龍』はカスト達の姿が見えなくなったのを確認して『飛龍』に問い掛けると、彼女は頷く。だが、やはり罵詈雑言を次から次へと浴びせられたのは堪えたようで、表情は険しく、苛立ちを隠しきれない様子である。

 

(あれがパーパルディア皇国の人間か。話は聞いていたけど、兄上や『紀伊』さんが接触を避けたがるのも無理ないな)

 

 そして彼は兄や指揮艦がなぜパーパルディア皇国を避けようとしているのかを理解し、ため息をつく。

 

 彼はアルタラス王国の人間やムーの空港職員からパーパルディア皇国の人間の素性の事を聞いていた。大使館の大使でこんな有様なら、本国の人間ならもっと酷いのだろう。

 

(だが、これで皇国と関連性を持たれてしまった。下手するとこれが原因で難癖を付けられるかもしれないな)

 

 だが、面倒な事態になりつつある状況に『蒼龍』は内心焦りを募らせる。

 

 もしも今回の一件が原因で後任の大使館職員に迷惑を掛けないか、そのことが気がかりだった。

 

「も、申し訳ありません」

「ど、どうしたんですか?」

 

 と、ルミエスが突然頭を下げて『飛龍』に謝罪をする。そんな彼女に『蒼龍』と『飛龍』は戸惑いを見せる。

 

「私のせいで、『蒼龍』様達にご迷惑をお掛けしてしまって……」

「ルミエス様のせいではありません。いずれパーパルディア皇国の人間に目を付けられるのは予想していたことですし」

「ですが……」

 

 しかしパーパルディア皇国の人間と引き合わせてしまったという負い目は大きく、彼女の表情が曇る。

 

「我々の事はお気になさらず。皇国がどうしようとも、どうにか出来ます」

「『蒼龍』様……」

「それに……」

 

 と、『蒼龍』は一間置いて、こう言い放つ。

 

「小物の虚勢なんて、怖くも何ともありませんので」

「……」

 

 『蒼龍』の言葉にルミエスは衝撃を受ける。

 

 まぁ列強国の人間を小物と呼んだのだ。文明圏外の人間からすれば恐れ知らずの行為だ。しかしルミエスには『蒼龍』がそう言い切れるのに、理解できる部分がある。

 

「ご心配なく。向こうが何を言ってきても、のらりくらりと受け流しますので」

「……」

「そして何より、あなた方アルタラス王国の方々に迷惑をかけないようにしますので」

「そう、ですか」

 

 自身ある彼の姿に、ルミエスは見つめる。

 

「それはそうと、ターラ14世様の元へ向かいましょう」

「……は、はい! そうですね!」

 

 ルミエスはハッとして気を取り直し、二人は歩き出す。

 

「……」

 

 その様子を『飛龍』は複雑そうで、どこか苛立っている様な表情を浮かべつつ、二人の後に付いて行く。

 

 

 

 




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第五十三話 陰で進行する動き

今日でこの作品を投稿して無事に一年を迎えました!

感想や評価、毎回誤字報告をしてくださる方々には、本当に感謝しています。今後原作を含め、色々とどうなるか分かりませんが、これからも本作をよろしくお願いします!

そして一周年を記念して、来週の火曜日まで連日投稿します。


 

 

 

 第三文明圏の列強国であるパーパルディア皇国。

 

 

 その国土はフィルアデス大陸の大半を占めるものであるが、その領土の多くは他国を侵略して手に入れたものであり、多くの属領を有する。

 

 属領では国民全てが奴隷そのものであり、皇国の為に過酷な労働を強いられている。

 

 その属領を支配しているのは、『臣民統治機構』と呼ばれる組織であり、それぞれ属領の名前を冠した統治機構が配置されている。

 

 しかし統治機構と聞こえは良いが、とても統治しているとは言えないレベルで、統治機構の職員による私利私欲の行いが横行している。

 金目の物を何かしらの理由をつけて徴収という名の略奪を行うのはもちろんのこと、玩ぶ為に女性を権力にものを言わせて何かしらの理由で強制的に連行したり、気に入らないという私情な理由で無実の罪を被せて刑を執行させたりと、職権を乱用しまくるやりたい放題である。

 

 

 その数ある属領の中に、クーズと呼ばれる属領がある。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 パーパルディア皇国 属領クーズ

 

 

 かつてクーズ王国と呼ばれ、中規模の魔石の鉱山を有して大規模な軍事力を備えた、豊かと繁栄の象徴とまで言われた文明国だった。

 

 しかし20年前にパーパルディア皇国の侵攻を受けて、クーズ王国は抵抗空しく陥落し、以後パーパルディア皇国の属領として支配されている。

 

 

 そして、クーズ統治機構による蛮行も、所々で行われている。

 

 

 

「っ! パーパルディア皇国のクソ野郎共め!!」

 

 建物の路地裏にて、一人の男が悪態を付き、壁に拳を叩きつける。 

 

「荒れているな、ハキ」

「イキアか」

 

 息を荒くしている男性こと『ハキ』が振り返ると、曲がり角の陰にもたれかかっている男性こと『イキア』の姿があった。

 

「何があったんだ、って言っても、俺も見ていたが……」

 

 イキアは街の表の方を見るように視線を横に向けながら、ハキに問い掛ける。

 

「統治機構のやつら、また一人の娘を連れて行きやがった。反乱を企てているという罪でとな」

「チッ。また連中のお得意の冤罪か」

 

 イキアは苛立ちのあまり、無意識に舌打ちを打つ。

 

「止めようとした母親が身代わりになると言ったら、『ババァに用は無い!!』と言って他の職員達に命じて暴行を加えたやがった。暴行を受けた母親は身動きが取れなくなっていた」

「その上、母親が調子に乗ったからだと、娘の罪を重くして、自身の不幸は母親を恨めと言いやがって。胸糞が悪い」

 

 二人は不満を口にしながら、路地裏を進む。

 

 

「クソっ。統治機構のやつら、日に日に蛮行が酷くなっていくばかりだ」

「昨日一昨日も同じように若い娘が攫われ、何もしていないのに同僚が罪を被せられて連行された。そして帰ってきた娘達は必ず傷を負って、孕まされている」

「かといって歯向かえば、何かしらの理由をつけて罪を被せやがる」

「パーパルディア皇国の人間だからといって、好き放題しやがって、クソ野郎共め」

 

 しばらく進んだところで、二人は壁にもたれかかる。

 

「一体いつまで待てばいいんだ。このままじゃ、この国は滅びてしまうぞ」

「俺に文句言ったってしょうが無いだろ。だが、『d.s』殿はまだその時じゃないと言っているんだ」

「『d.s』……やつか」

 

 ハキは腕を組み、眉間に皺を寄せてその名前を口にする。

 

 

 

 今から数ヶ月前に、彼らの前に一人の男性が現れた。男性は名前を『d.s』と名乗った。

 

 その正体は不明で、彼らはそんな正体の分からない男性に警戒心を抱いたが、d.sはこう言った。

 

『戦う力が欲しくないか?』と。

 

 イキアやハキはその言葉に驚くも、突拍子の無い提案にとても信じられず声を荒げたが、d.sはある物を取り出し、二人を驚かせた。

 

 それはパーパルディア皇国の兵士が持つ銃と呼ばれる武器であったのだ。いや、厳密には別の銃だったのだ。銃は皇国の無駄な装飾が多い物と違い、地味な見た目だが、明らかに先進的な設計をしている代物だった。

 

 d.sはこの銃を提供すると申し出たのだ。更に反乱軍を組織すれば、全員分の銃に加え、兵器も仕入れてくると言った。もちろん銃や兵器を扱う為に教官を派遣して訓練を施すという。

 

 彼らからすればとても信じ難い申し出であったが、d.sが嘘を言っているようにも見えなかった。彼らは一先ずd.sが提供した銃と弾薬を受け取り、クーズ統治機構にばれないように密かに志を同じくする者達を集めに奔走した。

 

 その結果、一週間で400人以上が集まり、その頃には再びd.sが二人の前に現れており、この時は部下を引き連れて銃や弾薬を大量に持って来ていた。

 

 どうやって持ってきたかの詳細は話さなかったが、少なくともクーズ統治機構の目を欺くような身分で荷物を密かに運び込んだそうだ。

 

 そして反乱軍は密かに魔石が取れなくなって放棄された廃坑を射撃場にして、銃の扱いを学び始めた。

 

 

 ちなみにd.sと名乗った男性は、部下と共に他の属領でも、地下組織へ武器の提供を行っているという。

 

 

 

 今日までに800人前後の同志が集まっており、少しずつ増え続けている。そしてd.sは銃と弾薬を一週間ごとに反乱軍へと卸している。

 

 今のところクーズ統治機構に活動が気付かれている様子は無いが、このまま気づかれないという保証はない。いつ気付かれるか分からないので、今後も密かに活動を続けるつもりだ。

 

「……正直な所、やつのことは信じ切れない。確かにやつには支援をしてもらっているが……」

「それは俺も思う所はあるが、彼のお陰で俺達はクソ野郎共と戦える力を授かっているんだ。まだ他の仲間たちは戦える状態じゃないが」

「だからっていって、何も知らない余所者にとやかく国の今後を左右する指示を出される筋合いは無いだろ」

「それは分かるが、今の状態じゃ属領統治軍にも戦えるかどうかも怪しいんだぞ」

「……」

「それに、d.s殿はもちろんの事、『s.d』殿、『v.s』殿の訓練は着々と進んでいるじゃないか」

「……」

 

 するとイキアの言葉に、ハキは苦虫を噛んだような顔を顰める。

 

 

 なぜハキの反応が微妙なものなのかというと、反乱軍の訓練にd.sはもちろんのこと、二頭身の生物や、s.d、v.sも訓練を施しているのだが、s.d、v.sの二人は少女であり、なぜか露出度の多い服装をしていた。

 この際二頭身の生物から訓練を受けるのはいい、少女達の露出度の多い服装はどうでもいいが、まだ大人にもなっていない少女二人から訓練を受けるのは抵抗感があったのだ。それは他の者達も同じであり、疑問を抱く者や反抗する者が多かった。

 

 そこでd.sは反乱軍の訓練がてら、s.d、v.sの二人の実力を知ってもらうために、組み手を行うことにした。

 

 結論から言えば、誰一人s.d、v.sの二人に勝つことが出来なかった。もちろんd.sもに勝てなかったし、二頭身の生物にも勝てなかった。

 

 荒療治であったものも、これで誰もが彼らの実力を実感し、訓練に励んでいるという。尤も、大半が自分よりも年下の少女に負けたという現実に半ばプライドを折られかけていたが。

 

 

「それに、仮に統治機構の連中を倒せたとしても、すぐに正規軍がやって来て、俺達どころか、この国は滅ぼされるだけだ。俺達の勝手で国が滅びたら、元も子もない」

「……」

「兎に角、今は耐える時だ。この国を解放する日が来るまでな」

「……あぁ」

 

 ハキは渋々であったが、イキアの言葉に頷く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、パーパルディア皇国

 

 

 

「ロデニウス連邦共和国……」

 

 皇国の皇都エストシラントに、大きな屋敷がある。その一室にて、壮年の男性が声を漏らす。

 

 彼の名は『カイオス』。パーパルディア皇国の第三外務局 局長の肩書きを持つ男性だ。

 

(文明圏外にあるロデニウス大陸で新たに建国された新興国家。どうやら多くの国が貿易を行っているようだな)

 

 カイオスはお抱えの密偵が調べた報告を思い出し、静かに唸る。

 

 彼は最近噂になっている新興国家について密偵に調べさせていた。これにより、ロデニウス連邦共和国の存在を知る事になった。

 

(文明圏外にある国だが、その技術力は大きく進んでいる。俄かに信じ難いが……)

 

 その報告の中には、密偵がカイオスと繋がりがあるロデニウス連邦共和国と貿易を行っている商人達から聞き出した証言があり、ロデニウス連邦共和国の技術力は第三文明圏を超えるというものがある。

 

 カイオスは典型的なパーパルディア皇国の人間だが、他と比べれば常識的であって、理解ある人間だ。しかしそれでも彼らの常識からすれば信じ難い内容だ。

 

 だが、商人の家の出である彼は、証言した商人が嘘を付いているとは考えにくかった。商人にとって信頼は金よりも大事なものだ。信頼無くして商売は出来ないのだから。

 そして何より、相手がパーパルディア皇国の人間であるなら、尚更信頼を損なう様なことをしないはずだ。

 

「……」

 

 カイオスは顎に手を当てて、一考する。

 

「そういえば、国家戦略局が独断で軍事援助を行っていたロウリア王国とやらは、ロデニウス大陸にあったな」

 

 ふと、彼はあることを思い出して、声を漏らす。

 

 

 旧ロウリア王国へ独断で軍事援助を行ったパーパルディア皇国 国家戦略局は自身の保身に奔走して、様々な方面で隠蔽を行っていた。その中には精神異常を起こしたとして精神病院に押し込まれた職員の口封じも含まれている。

 

 しかし小国の国家予算並の金と大量の物資が動いている以上、完全な隠蔽など不可能だ。彼らの目の見えないところで記録が残ってしまっていた。

 

 これにより上層部に国家戦略局の独断が発覚し、彼らは全員尋問を受けることになった。といっても、尋問とは言うものも、実質拷問であって、彼らは心が折れて全てを白状した。

 

 身勝手な行為に加え、無駄に金と物資を浪費したとして、国家戦略局の職員は処刑が予定されていたが、皇帝の慈悲によって全員一年の減給処分に加え最果ての地へ左遷され、人員も全てが一新された。

 

 しかし皇国は浪費した金の回収は行わないことにした。

 

 

(まぁ、いずれフィルアデス大陸を統一すれば、ロデニウス大陸にも手を伸ばすのだろう。だから今回何もしないというところか)

 

 カイオスは今回の上層部の判断をそう推測し、椅子の背もたれにもたれかかる。

 

 パーパルディア皇国はいずれフィルアデス大陸を統一するつもりでいる。そして更に力をつけて、第三文明圏を越して、世界を支配するのを目標としている。

 その一環として、文明圏外の国々も支配する。その中に、ロデニウス大陸も含まれているのだろう。

 

 まぁ、それ以前にそこまで支配するほど、国力が合っているかどうかが怪しいのだが。

 

「……ロデニウス連邦共和国か」

 

 カイオスは再度密偵の報告書を思い出し、声を漏らす。

 

(もう少し、詳しく調べた方が良さそうだな)

 

 カイオスは典型的なパーパルディア皇国の人間だが、他と違って多少皇国の力に酔っている感はあるが、用心深い男である。その為、密偵によく様々な事を調べさせている。

 彼は商人の家の出身とあって、とても顔が広く、情報収集能力に関しては一部のみ皇国の諜報部より高い。

 

 故に、詳しくロデニウス連邦共和国に関して調べてみる必要があると考えたのだ。

 

(まぁでも、そこまで急ぐ必要は無いか)

 

 文明圏外にて調査を行っている密偵を魔信を使って呼び戻そうとするも、別にそこまで急ぐ必要は無いと考え、次に戻ってくる時に頼めばいいと決める。

 

 彼は椅子から立ち上がり、部屋を後にする。

 

 

 

 

 しかし、この時彼は知る良しが無かった。

 

 

 

 この僅かな差が、全て(・・)を決めてしまっていたのを……

 

 

 

 

 




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第四章 パーパルディア皇国編 上 列強国の脅威
第五十四話 海賊との闘い


今回からパーパルディア皇国編に入ります。


 

 

 

 

 中央歴1639年 8月30日

 

 

 

 ここ最近の文明圏外の海では、海賊による被害が増えつつあった。

 

 

 その原因として、第三文明圏の海から海賊が流れ込み、更に文明圏外の海の海賊と結託して被害が拡大したと思われるが、よく海賊が結託したものだと不思議に思うところはある。

 

 その上、海賊は文明国から横流しされたと思われる武器兵器で武装しており、文明圏外の国々からすれば先進的な武装を持つ海賊に対抗できず、商船は沈められるか、海賊の威嚇攻撃で降伏するしかなかった。

 

 それ故に、多くの国の商人は多額の金を払って文明国に護衛の戦力を派遣してもらっている。特に護衛に頼まれるのは、パーパルディア皇国であった。

 

 しかし皇国は法外な額の金や物資を要求しており、しかも消費した魔石の分やワイバーンロードの餌代、更に人件費までも要求してくる。なのに彼らは必要以上に戦力を投入し、確実に守っているが、無駄な動きが多いと来た。とてもじゃないが商売で利益を得ても、その殆どを皇国に支払わなければならない、ぼったくりもいい所であった。

 

 だが、海賊の装備が豊富になっていたり、質が良くなっていたりと、自分達では手に負えなくなっているので、彼らは泣く泣くパーパルディア皇国に頼むしかないのだ。

 

 一方海賊は文明圏外とはいえど、金目の物であれば高く売れるので、文明圏外の、しかもパーパルディア皇国に護衛を頼めないほどの貧困な国の船団を狙うのだ。

 

 

 そして海賊は今日も、文明圏外の国の船団を狙い、金目の物や、女子供を狙う。

 

 

 

 だが、ある日を境に、彼らは狩る側から、狩られる側に変わろうとしていた……

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「キャプテンッ!! 前方に船団発見!!」

 

 マストに備えられた見張り台に居る船員が、大声を上げて海賊船の船長に報告する。

 

「どこの船で、数は!」

「シオス王国の船団で、中央に四隻、その周りを三隻が囲っていやす!!」

「シオス王国か。周りの船もそうだな!」

「へい! 間違いありません!」

「なら、たっぷりと荷物を運んでるだろうな」

 

 見張りから報告を聞き、船長は獰猛な笑みを浮かべて右掌に左手の拳を叩きつける。

 

「野郎共!! 戦闘準備だ!!」

『オォッ!!』

 

 船長の号令と共に、周りの船員達が各々の役目を果たすべく動く。

 

「周りの船に伝えろ!! 一気に接近して攻撃すると!」

「アイアイキャプテン!」

 

 船長の命令で船員の一人がマストの根元にある装置に駆け寄り、ボタンを操作して穴に向かって喋る。

 

 それは魔力通信機であり、周りを航行している味方の海賊船に連絡を取っている。よく見れば、両舷には大砲と思われる物が並べられている。

 

 とても海賊とは思えないほどに、装備が充実している。

 

「キャプテン! 今日も大量になりそうですな!」

「だろうな! こっちには大金を払って手に入れた魔導砲があるんだからな。負ける気がしねぇぜ!」

 

 船長は気を良くして船員達が準備している魔導砲を見る。

 

 そして周りを航行している三隻の海賊船にも、魔導砲が備えられており、船員達が発射準備に取り掛かっている。

 

 

 やがて海賊船四隻は帆をいっぱい張って風を受け、全速力でシオス王国の船団に向かっていく。

 

 するとシオス王国側も、周りに展開していた三隻が四隻から離れて海賊船四隻に向かっていく。

 

「キャプテン! 周りにいた三隻がこっちに向かっていやすで!」

「護衛が来たか。意外と気付くのが早かったな。だったら、木っ端微塵にしてやる! 先にやつらをやるぞ!」

 

 船長の指示に船員達は大きな声で返事をして、魔導砲に着く。

 

(馬鹿なやつらだ。こっちには魔導砲があるんだ。向こうの射程外から一方的に撃てて何でも破壊できる。そして商船は俺達に恐怖して降伏する。こんな楽な事は無いぜ)

 

 船長は腕を組み、獰猛な笑みを浮かべながら、内心呟く。

 

 文明圏外では長距離を撃てる武器は良くてもバリスタ程度であり、威力はあっても船を大きく破壊出来るほどではない。その上設備の都合上多く搭載できない。一方魔導砲は射程が長く、破壊力もある。その上魔導砲単体で運用が可能であり、場所を取らないのでいくつも載せられる。

 勝負にならないのは明白だ。

 

 

 やがて海賊船は護衛の船に近づいて行き、魔導砲の射程に入ろうとしている。

 

「砲撃用意!!」

 

 船長の命令で魔導砲に着く船員達は護衛の船に狙いを定める。

 

「……」

 

 そしていつでも砲撃開始の命令を下せるようにした、その瞬間……

 

 

 

 突然背後で何かが弾ける音がした。

 

「っ?」

 

 船長は思わず後ろを振り向くと、マストの一部が弾けていた。

 

「なん―――」

 

 

「ギャァァァァァっ!!」

 

 

 すると突然船上に悲痛な叫びが上がって誰もが声がした方を見る。

 

「う、腕が、俺の腕がぁぁぁぁぁっ!?」

 

 そこには床に倒れ、片腕が千切れて血を流している船員の姿があり、その傍に千切れ飛んだ腕が落ちている。

 

「お、おい、何があっ――――」

 

 近くに居た船員が近寄ろうとした瞬間、その船員の頭が弾け飛び、床に血肉と骨をまき散らす。

 

「はっ?」

 

 突然の光景に誰もが呆然となり、頭を失った船員はゆっくりと前のめりに倒れる。

 

「ギャッ!?」

「ぐわっ!?」

「ぐぇっ!?」

 

 すると次々と船員達が身体のどこかを失うか、身体に大きな孔を開けられて倒れていく。

 

「な、なんだ!? どうなっている!?」

 

 船長は今の状況が理解できず、慌てふためく。まぁ船員たちが突然死亡すれば、誰だった慌てる。

 

「キャプテン!! シオス王国の護衛の船から何かが飛んできてる!! 他の船も襲われている!」

「っ!」

 

 樽の陰に隠れている船員が悲鳴のようにそう報告すると、直後に樽が貫通した何かによって身体に大きな穴を開けて倒れる。

 

 船長は船の端に向かい、シオス王国の護衛の船を見る。

 

 すると護衛の船から何か小さな物が放たれており、味方の船がその放たれた小さな物に襲われている。しかも短い間隔で放たれている為、一本の線のようにも見える。そしてその小さな物が放たれる度に小さく破裂音が響く。

 

「な、なんだ、何が起きているんだ?」

 

 船長は目の前で起きている現実を理解できず、呆然と立ち尽くす。

 

 その直後、彼は身体に衝撃を受けて後ろに吹き飛ばされ、最期に見たのは、上半身の無い自身の下半身であった……

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 一方、シオス王国の護衛の船では……

 

 

「撃てっ!! 海賊は一人たりとも逃がすな!!」

 

 船長の言葉に答えるように、左舷に集まっている船員達は銃撃を続ける。

 

 護衛の船には、なぜか文明圏外に無いはずの機関銃の存在があり、重厚な音共に、弾丸が連続して放たれている。

 

 それも、この機関銃というのが、史上最高の傑作機関銃こと『ブローニングM2重機関銃』である。

 

 その上、船首側には『ボフォース40mm機関砲』もあり、発射速度こそブローニングM2重機関銃より遅いが、それでも大きな発砲音と共に40mmの弾丸が放たれて海賊船の船体を破壊していく。

 

 

 

 というのも、この三隻の護衛の船は、そもそもシオス王国の船ではない。マストには良く見るとシオス王国の国旗以外に、別の国の国旗が掲げられている。この護衛の船の所属は、『ロデニウス連邦共和国』である。

 

 最近増えた海賊被害に、ロデニウス連邦共和国は領海内の治安維持を行う目的で『海上警備隊』を設立した。と言っても、実質的にこの組織は海軍の沿岸警備隊を独自の組織として切り離し、拡張したものであるが。

 

 海上警備隊の主な活動は、領海内、および外海での治安維持を目的としており、領海に侵入した不審船の取り締まりから、武装勢力の鎮圧を行う。

 

 そして現在では国交を結んでいる国の海賊被害を受けて、海上警備隊が各国より依頼を受けて、護衛を請け負っている。

 

 海上警備隊の戦力はマツ級駆逐艦を改装した『第100番級警備艦』や乙型哨戒艇、更に改造帆船がある。

 

 この改造帆船はかつて旧クワ・トイネ公国海軍にて訓練で用いられた船であり、帆船に動力化改装を行い、機関銃等の武装が搭載されたものだ。

 初期の頃の旧クワ・トイネ公国海軍を支えた船だが、マツ級駆逐艦や乙型哨戒艇が導入されると次々と除籍され、旧クイラ王国海軍に譲渡された。

 

 しかしロデニウス大陸の三ヶ国が統一してロデニウス連邦共和国が建国されると、三ヶ国の海軍は統一され、運用兵器もまた統一された。

 

 それによって改造帆船は役割を終えて、順次解体されていった。しかしそのまま解体するには些か勿体無いところがあるし、その上数だってあるのだ。うまく活用できないかどうか考えていたところ、海上警備隊で運用することになった。

 

 だが、海上警備隊でも警備艦や哨戒艇があるのに、わざわざ使いづらい旧式の帆船を改造した船を使う必要があるのか?

 

 そこに入ったのが、海外の国での海賊被害の拡大だ。

 

 この海賊被害の対策として、海上警備隊が船団護衛を担うものだ。現在ではシオス王国や、その他に数ヶ国がロデニウス連邦共和国に護衛を依頼している。

 

 しかしここである問題がある。それは警備艦や哨戒艇を用いて護衛を行うと、海賊が現れなくなることだ。いくら装備が整いつつある海賊とは言えど、相手の実力が分からないほど馬鹿ではない。見た目からやばいと感じれば襲うことはしない。

 そうなると海賊の数は減らず、被害は減っても他へ被害が広まる可能性が懸念された。

 

 そこで一躍買ったのが、この改造帆船である。

 

 海上警備隊では、この改造帆船に更に改造を行っており、搭載しているブローニングM2重機関銃やボフォース40mm機関砲を甲板内や物陰、物資に扮して隠せるように改造されており、偽装を施せばただの帆船にしか見えないようになっている。

 ちなみに搭載しているディーゼルエンジンも改良が加えられており、燃費が良くなっているので、航続距離が伸びている。

 

 この事から、この改造帆船を『仮装帆船』と名付けて、船団護衛に就かせている。

 

 この仮装帆船は本当に戦闘時以外の見た目はただの帆船にしか見えず、弱い者にしか強気に出れない海賊からすればまさに格好の獲物だ。それが装備の整えられた海賊なら尚更だ。

 まさに『海賊ホイホイ』だ。

 

 故に、海賊はこの仮装帆船に狙いを定めて襲撃し、正体を現した仮装帆船にものの見事に返り討ちになって、殲滅されるか検挙されている。

 

 

 このお陰で多くの海賊が捕らえられ、他の海賊被害が徐々に少なくなっているという。

 

 ちなみに仮装帆船には、護衛を依頼した国の国旗が掲揚されているが、これは敵の目を欺く為に依頼国から許可を得て旗を掲げている。もちろん戦闘時にはロデニウス連邦共和国の国旗が掲げられる決まりになっている。

 まぁこの世界では条約なんてものはないので、そんな事を気にする必要は無いのだが、これを繰り返せば必ず真似をする輩が出てくるので、そうならないように率先して行っているという。

 

 

 

 三隻の仮装帆船は海賊船に向けてブローニングM2重機関銃とボフォース40mm機関砲を放ち、海賊船の船体を破壊していく。

 

 ブローニングM2重機関銃は徹甲焼夷弾と呼ばれる弾薬を使用しており、貫通力の高い徹甲弾に焼夷弾の機能を追加した弾で、木造船に極めて効果的な威力を持つ。その為、木造の海賊船は徹甲焼夷弾が命中した箇所から火の手が上がって火災が発生している。

 

 遂には海賊船の一隻が船内に貯蓄している魔導砲に用いる魔石に徹甲焼夷弾が命中して引火し、海賊船が大爆発を起こして、木っ端微塵になった船体は船員達と共に沈んでいく。

 

 他にボフォース40mm機関砲より放たれた弾の直撃で船体に大きな穴が開いて、浸水を起こして船体が傾き始めている海賊船の姿もある。

 

「船長! まもなく鎮圧部隊が海賊船に接近します!」

「よしっ。攻撃止め! 様子を見る」

 

 船長の号令と共にブローニングM2重機関銃とボフォース40mm機関砲の射撃が止む。

 

 

 

「っ! 敵の攻撃が止んだ!」

 

 生き残った二隻の内、一隻の海賊船の船員が手摺に掴まりながら声を上げる。

 

「なぜ急に攻撃を止めたんだ?」

「きっと、弾が切れたんすよ!」

「いや、罠だ! 俺達が逃げようとした瞬間攻撃を再開するに決まってる!」

 

 船員達は敵が攻撃をやめた事にそれぞれの意見を口にする。

 

「船長! どうしますか!?」

「……」

 

 船員の一人が険しい表情を浮かべる船長に指示を請う。

 

「……逃げるぞ」

「えっ?」

「逃げるに決まっているだろ! こんな話は聞いてねぇよ! こんなんじゃ割りに合わねぇ!!」

 

 船長は怒りを露わにしながら文句を垂れる。彼は他の海賊の話に乗って、横流しされた魔導砲を大金を積んで購入し、共同で襲撃を行う計画だったが、まさか一方的にやられるとは思わなかった。

 

「取り舵いっぱい! 魔導砲は無駄になってもいい! 牽制して撃て!」

「他の船はどうしやす!?」

「放っておけ! 今は自分の事を考えろ!」

 

 船員に怒鳴るように船長はそういうと、踵を返す。 

 

「せ、船長!!」

「今度は何だ!」

 

 すると悲鳴のように船員が声を上げて、船長は怒鳴るように叫ぶ。

 

「う、海を!!」

「海? 海を見てなんだっていう―――」

 

 船員に言われて、今更海を見てなんだと船長は苛立ちながら海を見ると、彼の言葉は途切れ、みるみる内に彼の表情が驚愕の色に染まっていく。

 

 なぜなら、海の上を少女が走っているのだ。詳しく言うと、アイススケートのように海上を滑っているだろう。

 

 そんな海を滑っている少女が何人も居て、こっちに向かって来ているのだ。何も知らない人間からすれば驚愕の光景だろう。

 

 

 その少女の正体は、KAN-SENである。

 

 

 海上警備隊には数人のKAN-SENが所属しており、主に駆逐艦や軽巡洋艦、重巡洋艦、少数だが戦艦と空母のKAN-SENが所属している。シオス王国の護衛にKAN-SENが率いる第一警備隊が就いているのだ。

 

 そしてKAN-SENはその能力を最大限生かすために、緊急時以外軍艦形態は用いず、本来の姿ともいえる人型形態で活動し、その姿で直接不審船に乗り込んで犯罪者を鎮圧するのだ。

 

 

「な、なんだあれは!?」

「こ、子供の女が海を滑っているのか!?」

「どうなっているんだ!?」

 

 KAN-SENの海を滑る姿を見て、誰もが驚き、慌てふためく。

 

「な、何してる野郎共!! さっさと魔導砲を撃て!! やつらを絶対に近づけるな!」

 

 そんな中で、船長は慌てた様子で指示を出し、船員達は魔導砲を近づいてくるKAN-SENに向ける。

 

「撃てぇっ!!」

 

 そして船長の号令と共に魔導砲が次々と放たれる。

 

 魔導砲が砲撃したのを確認してか、KAN-SEN達は散開して砲弾を回避する。

 

「怯むなぁっ! 撃って撃って、撃ちまくれ!!」

 

 船長はやけくそ気味に指示を出すが、船員達は誰も責めることもなく、魔導砲に魔石と砲丸を詰め込む。

 

 装填を終えた砲から順次砲撃が行われ、砲丸がKAN-SENへと向かっていくが、あまりにも遅い速度で飛翔する砲丸をかわすのは彼女達には簡単であり、掠るどころか、着弾時の水柱にも接触しない。

 

 すると、KAN-SENの一人……『時雨』が艤装の主砲を海賊船に向けて放ち、放たれた砲弾が舷側にある魔導砲に命中し、爆発を起こす。近くに居た船員はモロに至近距離から爆風を受けて身体中に破片が突き刺さりながら吹き飛ばされる。

 

「っ!」

 

 爆風で船長は思わず腕で顔を覆う。

 

 すると二人のKAN-SENが速度を上げて一気に海賊船に近づき、強く海面を蹴って飛び上がる。

 

 船員の誰もがその非常識な光景に目を奪われる中、二人のKAN-SENは海賊船の船上へと着地する。

 

「……」

「……」

 

 二人のKAN-SENこと、『綾波』と『江風』の二人は、背中合わせのようにして立ち、それぞれ手には得物の刀を持っている。

 ちなみに『江風』は本来『長門』の護衛の為に傍を離れるわけには行かないのだが、今は人手不足とあって、『長門』の身の安全を確保することを条件に、今回第一警備隊のシオス王国の船団護衛任務に同行している。

 

「な、なんだこいつら……」

 

 二人の周りには船員達がそれぞれの得物を手にして、KAN-SENの異様な姿に警戒している。

 

 見た目は亜人の少女にしか見えないが、背中には何やら金属製の物体を背負っている。それを除けばただの亜人の少女なのだ。にも関わらず、海賊としての警戒心か、悪党としての勘か、二人の少女からただならぬ気配を感じ取っている。

 

「降伏しろ。既に勝敗は決している」

 

 『江風』は表情を変えることなく、海賊達に降伏勧告を行う。

 

「大人しく降伏すれば、命は保障する」

 

 続けて『綾波』が説明をするも、むしろそれが海賊達の怒りを買うことになる。

 

「命だと? ふざけるなっ!! どうせ捕まっても俺達は縛り首だろうが!!」

「そうだ! やっちまえっ!!」

 

 そして海賊達は雄たけびを上げて、得物を手に二人へと向かっていく。

 

「警告はしたぞ。あとは知らん」

 

 と、『江風』は静かにそう告げると、手にしている刀を構えて、床を力強く蹴り、海賊に向かって跳んで行く。

 

 まさか向かってくるとは思っていなかったのか、海賊達は思わず立ち止まってしまい、『江風』はその隙に刀を振るい、海賊を二人まとめてマスト目掛けて吹き飛ばす。

 

 彼女の背後から大柄の船員が棍棒を振り下ろすも、『江風』は刀を振るった勢いのまま左脚を振るい、棍棒を蹴り飛ばす。唖然とする船員を尻目に彼女はその勢いのまま更に右脚で海賊を蹴り飛ばして、床に着地する。

 

「ひぃ!?」

 

 一瞬にして三人がやられて船員の一人が短く悲鳴を上げるが、彼女はお構いなしに床を蹴って跳び出し、刀を振るって船員を殴り飛ばす。

 

「安心しろ。峰打ちだ」

 

 彼女はそう言うものも、本気ではないにしても艤装を纏ったKAN-SENがやっているので、峰打ちでも人間には十分威力があるようだ。刀の峰で殴り飛ばされた船員達はぐったりとしている。

 恐らく骨の一本や二本折れているはず。

 

 『江風』は他の船員に目をやると、刀を振るい、走って接近する。

 

 

 そして『綾波』もその素早い動きで海賊達を翻弄し、手にしている刀の峰で殴って、行動不能にしている。

 

「くそっ! くそっ!! 何なんだ、一体何なんだよ、お前達は!!」

 

 船員の一人が涙目で叫びながらナイフを振るうも、『綾波』は太刀筋を読んで僅かな動きでかわし、隙を見て刀を振るって、峰で打ちつけて殴り飛ばす。

 

「……」

 

 そしていつの間にか、『綾波』と『江風』の二人は、海賊船の船員の殆どを鎮圧し終えており、床には峰打ちで殴られて気を失い、倒れている船員達の姿がある。

 

「くそっ!! くそっ!! 化け物共め!!」

 

 最後の一人になってしまった船長は悪態を付きながら、『綾波』と『江風』の二人を見る。

 

 たった二人の少女によって、大の大人が数分足らずで鎮圧されたのだ。こんな現実味の無い光景に悪態を付くのも仕方ないことだろう。

 

「まだ、続けるの?」

 

 『綾波』は目を細めて船長に問い掛ける。

 

「ふざけるな、ふざけるなぁっ!! こんな馬鹿な現実があってたまるかぁ、クソ餓鬼がぁっ!!」

 

 と、船長は罵倒しながら懐からフリントロックピストルのような拳銃を取り出し、『綾波』に向けて引き金を引き、発砲する。

 

 

 カンッ……

 

 

「はぁ……?」

 

 しかし拳銃から放たれた弾丸は『綾波』の顔に直撃するが、弾丸はまるで金属に当たって弾かれたような音を立てて弾かれた。弾丸が当たった『綾波』は当たった衝撃で頭が若干揺れた程度で、掠り傷も無く、痛みを感じている様子も無い。

 あまりにも現実離れした光景に、船長は思わず声を漏らす。

 

 艤装を纏ったKAN-SENは軍艦のスペックを火力以外はほぼそのまま発揮出来る。いくら装甲が薄い駆逐艦とあっても、拳銃程度の豆鉄砲で貫通できるわけが無い。

 

 『綾波』は床を蹴って跳び出すと、一瞬で船長の懐に潜り込んで刀の峰で殴りつけ、勢いよく投げ飛ばす。

 

 投げ飛ばされた船長は部屋の扉に背中を打ち付けてぶち破り、部屋の中へと入る。船長は刀の峰を打ちつけた衝撃と扉をぶち破った衝撃で気を失う。

 

「終わったか」

「うん……」

 

 『江風』が刀を腰に佩いている鞘に収めながら問い掛けると、『綾波』は短く返す。

 

『こちら「高雄」 海賊船の制圧を完了。そっちはどうだ?』

 

 と、二人の通信機に別の海賊船を担当した『高雄』からの通信が入る。

 

「うん。こっちも終わった」

「少なくとも死傷者は居ないだろう。全て峰打ちで済ませたからな」

『いや、結構本気で殴ってたよな?』

 

 二人がそう報告すると、『時雨』が呆れた様子でそう言う。

 

 

 シオス王国の船団を襲撃しようとした海賊は、ロデニウス連邦共和国の海上警備隊と、所属するKAN-SENによって鎮圧された。

 

 

 




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第五十五話 列強国への疑惑

 

 

 

「いやぁ、これは凄まじいな」

「全くですね」

 

 その頃、護衛目標であるシオス王国の船団の内の一隻にて、ロデニウス連邦共和国の海上警備隊とKAN-SENの戦闘を双眼鏡を覗いて見ていた船長と副船長は、思わず声を漏らす。

 

「これほどの力を有しているとは、パーパルディア皇国とは比べ物にならんな」

「その上、彼らは皇国と違って無駄な金を要求してきませんからね。どっちが良いかなんて比べるまでもありませんね」

「全くだ。まぁ依頼料は決して安く無いが、皇国の金ゲバ連中と比べれば安いものだ」

 

 二人はそれぞれの事を口にしながら、既に横転して沈んでいる海賊船を見る。

 

 ちなみに金ゲバというのは、この世界でいう銭ゲバと同じ意味と思われる。

 

「それにしても、KAN-SENというのは凄いものだな」

「えぇ。見た目は様々な年齢で種族の見た目をした女性だというのに、海の上を走れたり、船を撃沈できる攻撃力を持ち、更にKAN-SEN本体の戦闘能力も人間とは比べ物になりません」

「その上、彼女達はあの帆船が小さく見えるほどの船に姿を変えられるようですね」

「実に不思議な存在だ」

 

 船長はロデニウス製の双眼鏡を下ろして後ろにあるマストを副船長共々見上げる。

 

 マストの一番上にある支柱に、一人の女性が立っている。

 

 薄い茶色が入った銀髪をポニーテールにして赤い瞳を持ち、容姿が整った美女だが、気の強そうな雰囲気がある。赤と黒の、金色の三色が施された服装をしており、胸元が開けた上着の上に黒いコートを纏い、長さの異なるブーツにホットパンツという構成だ。

 

 彼女の名前は『ジャン・バール』 リシュリュー級戦艦の二番艦である、KAN-SENである。

 

 『ジャン・バール』は海上警備隊の第一警備隊の隊長として活動しており、今回彼女が率いる第一警備隊がシオス王国の船団護衛を担ったのだ。 

 

「……」

 

 彼女は不安定な足場でありながら全く身体が揺れる事無く立ち続け、ポニーテールを風で靡かせながら、通信機よりKAN-SEN達の報告を聞いている。

 

「そうか。『高雄』達は船と船員を見張って現状を維持しろ。クライアントに指示を請う」

 

 彼女はそう伝えると、マストより垂れているロープを手にして支柱から飛び降り、ロープを伝って下へと降りると、船長と副船長の近くに降り立つ。

 

「いやぁ、さすが『ジャン・バール』殿ですなぁ。あの海賊がいとも容易く一方的にやられるとは」

「俺は何もしていないぞ」

「いえいえ。『ジャン・バール』殿の指揮があってこそですよ。お陰で我が船団は全く被害を受けずに済んだのですから」

「褒めたところで、何も出ないぞ」

「本心からですよ」

 

 彼女は素っ気無い様子で受け答えをして、船長に問い掛ける。

 

「ところで、海賊の船の船員はどうする?」

「残っているのなら船は持ち帰りたいですな。海賊の船とは言えど、まだ使えるでしょうからな。それに、連中が持っている武器も興味ありますしな」

「なら、船員の身柄はそちらに一任する。賞金首の賞金はそちらのものだ」

「それはありがたい。では、そのようにお願いします」

「分かった」

 

 『ジャン・バール』は踵を返して『高雄』達や仮装帆船の船長に指示を出しながら歩いていく。

 

「それにしても、KAN-SENはとても容姿が整った方々が多いですな。そんな方々に必要以上に接触できないのが惜しいですね」

「ロデニウス連邦共和国との護衛契約の規則だからな。仕方あるまい。規則違反をしたら手痛いのは我々だ」

 

 副船長は『ジャン・バール』を見ながらそう愚痴るも、船長が咎める。

 

 

 ロデニウス連邦共和国の海上警備隊への護衛を契約する際に、様々な規則が設けられる。その中には『KAN-SENに対して必要以上の接触は禁止する』というものがある。

 これはKAN-SENが船員達から声を掛けられ過ぎてストレスを感じ、戦闘に支障をきたす可能性があるからだ。最悪KAN-SENの心身に深刻なダメージを負いかねない。

 

 現時点では護衛契約を交わしている国はそう多くないとは言えど、やはりKAN-SENへ必要以上に接近する者達が後を絶えないとのこと。まぁKAN-SENは容姿が整い、スタイルが良い者ばかりだ。そんな彼女達と話したり、あわよくば友人関係を築きたいという者達が居てもおかしくない。

 中には邪な欲望を抱く者も居たが、これに関してはある一件で無くなる事になった。

 

 その一件もあって、規則をより厳しくしており、船団に関わる船長は副船長には徹底して規則を守るように要請し、規則違反者には厳しい罰則が設けられている。

 

 

「そういえば、私の友人も船団を率いる船の船長をしていてね、彼らの護衛にもロデニウスの海上警備隊が護衛に就いていたんだ」

「はい?」

 

 すると船長が話し始めて、突然の事に副船長は思わず声を漏らす。

 

「その護衛に就いていた部隊にもKAN-SENが居てね、襲撃してきた海賊を鎮圧して連行したそうだ」

「そうですか」

「で、友人は結構な女好きでね。色々と話があるやつだったよ」

「……」

 

 何だか不穏な空気になり始めて、副船長は息を呑む。

 

「そんな友人だ。美人揃いのKAN-SENを見逃すはずが無い。彼は規則なんて知ったことではないと言わんばかりに部隊を率いているKAN-SENに声を掛け続けたそうだ」

「そんな事をすれば、罰則があるのにですか?」

「まだ当時はそこまで厳しくなかったんだよ。やつはそれを良い事に、よくKAN-SENと必要以上の接触をしていたそうだ」

「はぁ」

「まぁ、今回ばかりは、やつの行動が裏目に出たようだがな」

 

 と、船長は鼻を鳴らして何とも言えない表情を浮かべる。

 

「やつは強引な男でもあってね、それでよく女を落としていたそうだ。そういう強引な手で落とされた女は数知れずだ」

「……」

「そしてやつはそのKAN-SENにも強引な手を使ったんだ」

「……それで、どうなったんですか?」

 

 殆ど結末が分かっているようなものだが、敢えて副船長は問い掛ける、

 

「もげたよ」

「は?」

「もげた上に、彼は第二の人生を始める事になってしまったんだ」

「……何がもげたんですか?」

「あぁ、もげたと言っても、腕を折られたんだよ」

「あっ、そういう意味で」

 

 副船長は理解して安堵するも、すぐに疑問を抱く。

 

「でも、第二の人生って、どういう意味で?」

「詳しいことは知らないが、どうやら友人の強引な手がKAN-SENの怒りを買ってね、全力の蹴りを友人の股間に見舞ったそうだ」

「……」

 

 船長の口から出た状況に、その意味を理解して副船長はブルッと身体を震わせる。

 

 

 

 この一件時の部隊となった別の船団の護衛任務を担ったのは、『ドレイク』が率いる海上警備隊の第二警備隊である。

 

 彼女は航海や戦闘時の打ち合わせの都合上どうしても船団の旗艦に乗艦していなければならなかった。その為、その旗艦の船長にしつこく声を掛けられていた。 

 

 内心不愉快に思いながらも、愛想笑いでのらりくらりと船長をかわして過ごすことになった。

 

 事件が起こったのは海賊を鎮圧し、航海も最終日を迎えていた。

 

 その日『ドレイク』は船長に呼ばれて、安全な航海を保ってくれた彼女にお礼を兼ねて食事を振舞われた。

 

 出来れば船長に関わりたくなかったが、せっかく用意してくれたとあって、彼女は食事を取るようにした。酒は勤務中とあって控えた。

 

 食事を終えた後、船長は『ドレイク』に話をしようとしつこく声を掛けてくるが、彼女は規則の事を持ち出して船長に一言謝って部屋を出ようとした。

 

 だが、そこで船長は『ドレイク』を後ろから抱きつくと、彼女の立派な双丘の片方を鷲づかみにして、顔を首元に近づけたのだ。

 

 彼の経験的には最初は嫌がっても、この後色々として女を堕としてきたのだ。故に、今回もそれで『ドレイク』を堕とそうとしたのだろう。

 

 

 しかし、それが火に油どころか、火にニトロぐらいの行為であったとは、彼は知る由も無かった。

 

 

 直後に彼は激痛に襲われて悲鳴を上げる。

 

 涙目になりながらも怒りに染まった『ドレイク』は胸を鷲掴んでいる腕を掴むと、力の限りを駆使して腕を握り潰した。

 

 船長の拘束が解けたと同時に彼女は振り返りながら男を突き飛ばし、手加減無しの全力で彼の股間を蹴り上げた。

 

 急所を手加減無しの蹴りを食らい、船長は白目を剥いて後ろに倒れる。床に倒れた船長は激痛のあまり、痙攣しながら泡を吹き出していた。

 

 艤装を纏っていないとは言えど、人間よりも身体能力が高いKAN-SENが本気で攻撃したのだ。そのダメージは計り知れないだろう。特に急所なら尚更だ。

 

 まぁ、第二の人生を始める事になったというのは、男のナニを潰されたからだと思われる。つまりそう言うことなのだろう。

 

 で、この一件もあり、男は船長の役職を解任され、地上勤務に回され、護衛契約時の規則も厳しくなったという。

 

 

 ちなみに『ドレイク』は「まだ『鞍馬』にも触らせたこと無いのに!!」と涙目になって叫んだとか何とか。

 

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 

「まぁ、これはあれだ。『触らぬ神に祟り無し』だな」

「なんですか、それ?」

「フェン王国に伝わる言葉だ。要は余計な事をしなければ何も起こらないということだ」

「な、なるほど」

 

 副船長は納得して、息を呑む。

 

「まぁ、友人もこの機会に色々と見直すのも悪くなかろう。生きているだけ、マシってものだ」

「その代わり、色々と大事なものを失っている気がするんですが」

 

 船長の言葉に副船長は苦笑いを浮かべつつ、二人は船上の見回りを行うことにした。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

 その頃、自身の寝る場所として宛がわれた部屋にて、『ジャン・バール』は椅子に座って背もたれにもたれかかり、顎に手を当てて考えていた。

 

(やはり、海賊の装備が良過ぎるな)

 

 彼女は手にしているタブレット端末の画面に表示されている報告書と写真を見つめながら、内心呟く。

 

 写真は臨検した海賊船の内部を撮影したもので、大量に蓄えられている魔石や、魔導砲、更にマスケット銃のようなものまで写っている。

 

 どう見ても、海賊が持つには装備が強力で、充実している。

 

(報告によれば、これらの装備は横流しされた物を海賊が大金を積んで買ったようだが、そもそもどこから流れてきたのかも知らないとはな)

 

 報告書には、海賊船の船長や船員から事情聴取をして聞き出した情報があり、何でも第三文明圏の文明国から横流しされた武器兵器を大金を積んで購入し、何隻も組んで船団を襲撃する計画だったそうだ。

 まぁ、この計画の発案者は木っ端微塵に吹き飛んだ海賊船と運命を共にしたのだが。 

 

 だが、海賊船の船長はそもそも武器兵器がどこから流されてきた物かすらを聞かされていなかったそうだ。ただ強力な武器だったからと、気にしていなかった。

 

(そもそも、第三文明圏で大砲や銃を使っている国といえば……)

 

 『ジャン・バール』は色々と考えた末に、ある推測を立てる。

 

(だとすると、この一連の海賊による被害は……)

 

 あくまでも推測に過ぎないが、しかし納得のいく部分もある。

 

「……」

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって、ロデニウス連邦共和国 港町マイハーク 海軍司令部

 

 

 

「つまり、海賊に武器兵器を横流ししているのは、パーパルディア皇国の可能性がある。そういうことか、『ジャン・バール』?」

『あぁ、そうだ』

 

 自身の執務室にて、『紀伊』がパソコンのテレビ電話機能を用いて『ジャン・バール』と通信を行っている。

 

「そう言える根拠は?」

『第三文明圏で大々的に銃や大砲を持っているのは、皇国ぐらいだからな』

「根拠が薄いな。そもそも、皇国が武器兵器を横流しする理由が無い。むしろ面倒ごとが増えるだけだと思うが?」

『むしろ面倒ごとが増えるのが、向こうにとって好都合なのだろうな』

「と、いうと?」

 

 『紀伊』は両肘を机に付けて両手を組み、その上に顎を乗せる。

 

『俺達が護衛として契約をするまで、シオス王国はパーパルディア皇国に護衛を頼んでいたようだ』

「……」

『皇国は護衛依頼を受ける際に、かなり法外な額を要求していたそうだ。それも無駄とも取れるぐらいにな。しかもそれがあくまでも前金なのだからな。護衛を終えれば更に多額の報酬を支払わなければならない』

「……」

『だが、魔導砲を装備した海賊が居る以上、彼らはパーパルディア皇国に頼らざるを得ない。そこ以外に海賊に対抗できる国が居ないからだ。他にあるとすれば第一、第二文明圏ぐらいだ。そんな遠い所まで行って護衛を頼む意味も無いからな』

 

 『ジャン・バール』は自身の憶測を述べていき、『紀伊』は何も言わず彼女の言葉に耳を傾ける。

 

『だからこそ、多くの国は泣く泣くパーパルディア皇国に海賊討伐や護衛を依頼するしかない。となれば、得をするのは皇国ぐらいだ』

「……海賊へ武器兵器の横流しをしたのは、他国が自国へ討伐、護衛依頼を行わせる為でもあり、倉庫で埃を被っている中古品を処分できる。正に一石二鳥だな。つまりそう言いたいのか?」

『あぁ。もちろん俺の推測に過ぎないがな』

「あくまでもな。だが、分からんでもないな」

 

 彼はそう言うと、椅子の背もたれにもたれかかる。

 

「一応頭には入れておく。引き続き護衛を頼むぞ」

『分かった』

 

 『ジャン・バール』は頷くと、テレビ電話を切る。

 

「……」

 

 『紀伊』は深く息を吐き、後ろを向く。彼の視線の先には、マイハークの港が広がっており、色んな船が行き来している。

 

「『ジャン・バール』達はうまくやっているようだな」

 

 と、執務室の壁にある本棚で資料の整理をしている『ビスマルク』が『紀伊』に声を掛ける。

 

「そうだな。これで海の治安も多少マシになるといいんだが」

 

 『紀伊』はそう言うと、港から出る貨物船を見つめる。

 

 文明圏外の海での海賊被害は拡大していったとあったが、それはロデニウス連邦共和国にも言えたことだ。

 

 主に漁船や貨物船が被害に遭っており、中には死傷者を出す被害もあったぐらいだ。これ以降護衛の哨戒艇や駆逐艦が就く事になった。

 

「『ビスマルク』。あまり無理をするな。作業は俺がやっとくから」

「心配無い。まだ初期の状態だし、何より柔な鍛え方はしていない」

 

 彼は働く『ビスマルク』を心配するも、彼女はそう言って、微笑む。

 

 まぁまだ彼女の状態は初期の段階とあって、そこまで身体に影響は無いし、人間のようにお腹に赤ん坊を抱えるわけではなく、小さな白いメンタルキューブが生成されるので、見た目に大きな変化は見られないし、身重になることはない。

 とはいえど、多少体調面に影響はあるようである。

 

「そうか。だが、少しでも体調に違和感があれば、隠さずに言うんだぞ」

「分かっている。その時になれば、ちゃんと伝える」

 

 彼女は頷くと、資料が纏められたファイルを棚に戻す。

 

「そういえば、もうそろそろだったわね」

「ん? あぁそうだな」

 

 と、『ビスマルク』の言葉に『紀伊』は思い出して声を漏らす。

 

 ロデニウス連邦共和国は周辺国との国交の開設に奔走しており、近い内に『フェン王国』と呼ばれる国と国交を結ぶ為に外交団を派遣する予定だ。

 

「フェン王国への国交開設。何事もなければ良いんだがな」

「それ、何かが起こるって言っているようなものよ」

「そう言うなよ。自覚はあるんだから」

 

 ジトーと彼女は『紀伊』を見ながらそう言うと、彼は苦笑いを浮かべて視線を逸らす。

 

(だが、本当に何も無ければいいんだが……)

 

 『紀伊』は何も起こらないことを祈りつつ、席を立って『ビスマルク』の元へ行き、資料整理を手伝う。

 

 

 




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第五十六話 フェン王国

 

 

 

 

 中央暦1639年9月2日 フェン王国

 

 

 フェン王国……第三文明圏の東の果てにある武士の国。

 

 

 この国には魔法が無く、国民全員が必修教育として剣を学ぶ。

 

 

 剣と共に生き、剣と共に死ぬ。どんなに見下されるような出自であっても、冴えない風貌であっても、強い武士は尊敬される。逆にどんなに出自が良くても、どんなに見た目が良くても、剣が使えない者、弱い者は馬鹿にされ、蔑まれる。

 

 

 そんな中、国に10人しかいない剣豪の称号を持つ王宮武士団十士長アインは、今日も剣を振って鍛錬を行っている。

 

 元々彼は、武士になるつもりはなかった。彼は剣は好きだったが、建物の設計の方が好きで、その道を進もうと思っていた。

 そんな彼の道を変えたのは、今は亡き母である。  

 

 

 

 アインがまだ学生の頃の、冬のある日。その日は凍てつくような空気の、寒い日だった。母が夕食の準備中、彼はたまたま馬で出かけていた。その時、家の近くである事件が起きる。

 

 0歳の子供を背負い、2歳の子供の手を引いていた女性が居た。彼女が目を離した隙に2歳の子供が足を滑らせて川に転落してしまったのだ。女性は子供を背負ったままでは、 川に飛び込めない。彼女は付近の家に助けを求める。その家には、アインの母だけが居た。

 

 助けを求められた彼の母は、迷いなく川に飛び込んだ。母は子供を助け、川から岸に上げた後、急激な温度差から心臓が止まり、その場に倒れこんでしまう。アインが戻った時、母は既に亡くなっていた。アインは泳ぐのが得意だった。自分がいれば母を死なせずに済んだのではないか。冷たい亡骸を抱き、夜通し後悔した。

 翌日も、幾日も、後悔して後悔して、何度も泣いた。  

 

 

 母親を失い、失意の中にあった彼はある日、学校の授業で習ったある一文を機に、王宮武士団に入ることを決意する。

 

 

 王宮武士法 第2条 第1項 王宮武士は、個人の生命、身体、財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧、犯罪者の逮捕、その他公共の安全と秩序の維持をもってその責務とする。王宮武士団は軍であると同時に、国の治安機能を担っている。

 

 

 この文を見た時、母が命を掛けて人を助けたことを思い出し、自分も人の役に立てればと、将来を決めた。

 

 

「アイン、ちょっと来てくれ」

 

 アインの上司、武将マグレブが、自己鍛錬中で汗だくのアインに話しかける。

 

「何ですか?」

「剣王シハンがお前をお呼びだ」

 

 剣王シハン―――フェン王国の国王ある。 その名を聞いたアインの表情が強張る。

 

「え? 私をですか?」

 

 十士長ごときが剣王に呼ばれるなんて、普通では考えられないことだった。

 

「いや、私もだ。『全武士団の十士長以上の者は全員集合せよ』と。どうやら国の一大事らしい」

 

 マグレブの言葉に、アインは息を呑む。

 

 国の一大事と聞かされれば、誰だって緊張する。

 

 一体何が起ころうとしているのか。彼の中で様々な憶測が飛び交い、浮かび上がっては消え、また浮かび上がる。しかし彼はすぐに頭を切り替える。

 

 二人はすぐに剣王シハンが居る天ノ樹城へ向かう。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 フェン王国の首都アマノキ。

 

 そこには、『天ノ樹城』と呼ばれる重桜の和風な雰囲気を持つ城が聳え立っており、その広場で、フェン王国の剣王シハンが軍の中核幹部達を前に、真剣な面持ちで話し始めた。

 

「パーパルディア皇国と……紛争になるかもしれない」

 

 端的に発せられた剣王の言葉に、その場に居た全員に緊張が走る。

 

 パーパルディア皇国……言わずと知れた第三文明圏の列強国である。

 

 

 

 事の発端は、パーパルディア皇国からフェン王国南部の領土を献上するように要求されたのが始まりだ。

 

 フェン王国南部は森林地帯が広がっており、国はこの森林地帯に利用価値が無いとして開発が行われていない。まぁ木材を得る為に木を少し伐採して多少手を入れる程度は行われているが。

 

 パーパルディア皇国としては使っていない土地を差し出して忠誠を誓うことで、準文明圏国家として技術供与を行い、更に同盟国としての箔が付き、周囲からの侵略の可能性が激減するという、向こうの考えとしてはこれ以上に無い好条件だったのだろう。

 

 だが、フェン王国の剣王シハンはこの提案を断った。

 

 ならばパーパルディア皇国は期限付きで土地を租借する第二案を提案するも、これも剣王シハンは断った。

 

 確かにパッと聞いたぐらいでは好条件なのだろうが、言ってしまえばこれはパーパルディア皇国の属国という名の傘下に入ることを意味している。多少待遇が良い属国と言えば聞こえが良いが、それが続くのは果たしていつまでなのか?

 最初の内は待遇を良くして、次第に皇国の都合の良いように作り変え、最終的には支配する。そんな流れも予想できる。

 

 だが、剣王シハンがパーパルディア皇国の要求を断ったのは、皇国の真意を察したというのもあるが、それ以上に国としてのプライドがあったからだ。

 

 どうすることも出来ない、止む得ない事情が絡む事を除いて、他国に土地を献上するのは、国としてはプライドに傷を付けられるようなものだ。ましてもフェン王国は武士の国。自分達の国に誇りを持っているからこそ、パーパルディア皇国の要求を断ったのだ。

 

 だが、プライドが高く面子を大事にする皇国が、自信を持って提案したのに断られたのだ。彼らの怒りを買うのは必須。故にパーパルディア皇国が何かしらの報復を行うのは容易に想像できる。

 

 

 フェン王国には魔法が無い。これで一番問題なのは、魔導師の放つ高火力な攻撃魔法に期待出来ないこと……ではなく、魔力通信が使えないことである。情報伝達速度の差は、例え兵力が同等であったとしても、実質的な戦力に雲泥の差が生じることになる。

 

 列強パーパルディア皇国との国力差は言わずもがな。フェン王国と比較すると、人口では70万人に対して7千万人。戦船は未だバリスタが配備してあるフェン王国の手漕ぎ船21隻に対して、パーパルディア皇国は最新鋭の魔導戦列艦を422隻も保有している。

 航空戦力に関しては、フェン王国にはワイバーンを一切配備しておらず、対してパーパルディア皇国はワイバーンの改良種であるワイバーンロードを700騎以上も保有している。その上噂ではこのワイバーンロードを超える種を開発しているとか。

 

 戦力差は絶望的である上に、例え本土決戦になったとしても兵士の装備の質が全く違うので、実際の頭数以上の戦力差がある。

 

 敵が文明圏の国と言うだけでも戦争を避けるべき案件なのだが、よりにもよってその相手が列強国。

 

 場が静まりかえり、無音の時間が過ぎていく。

 

 航空戦力があれば多少なりとも違う結果になるのかもしれない。だがそれでもフェン王国がワイバーンを配備できないのは、隣国のガハラ神国に風竜が住み着いているからである。

 

 風竜は知能が高く、ワイバーンよりも遥かに上位種である為に、ワイバーンが島に寄り付きたがらないのだ。仮に無理矢理連れて来ても、ワイバーンは風竜に怯えて役に立たないだろうが。

 

 風竜は知能が高いが故に、人間では使役することが出来ないのだが、ガハラ神国では神通力と呼ばれる特殊な術で、風竜12騎を味方につけている。

 

 数は決して多くないが、ワイバーンロードを遥かに超える空戦能力を誇り、一騎当千と言っても差し支えなく、パーパルディア皇国を含む列強国もこれには一目を置いていた。

 

「現在、ガハラ神国に援軍を頼めないか、要請をしている。各方面でも対策を実施中だ」

 

 剣王は、ガハラ神国の首都タカマガハラの神宮に住まう、神王ミナカヌシに親書を送っていた。

 

「とにかく各人、戦の準備をしておいてくれ」

 

 集まった武官、文官たちが一斉に拝礼する。シハンは彼らの視線を伏せた頭を見下ろし、一瞬だけ申し訳無さそうな表情を作った。

 

 

 相手がパーパルディア皇国である以上、他国からの援軍の望みは薄いというのを、理解しているからだ。勝てない戦に援軍を送る意味など無いからだ。

 

 

 その後各々が自身のなすべき事をするべく、行動を起こす。シハンは自信の執務室へと戻り、執務に取り掛かる。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「剣王。ロデニウスという国が、国交を開く為に交渉したいと来訪されております件、いかがいたしましょうか?」

 

 王宮中奥の座敷の執務中のシハンに、側近である剣豪モトムが話しかけた。

 

「ロデニウス? あぁ、確かガハラ神国の大使から情報のあった、南方にある国家か。確かそこに同じ名前の大陸があったはずだな」

「はい。ロデニウス大陸と呼ばれる大陸が我が国から南方に存在します。そのロデニウス大陸にて新たに『ロデニウス連邦共和国』が建国されたようで、なんでもそこにあったクワ・トイネ公国、クイラ王国、ロウリア王国の三ヶ国が統一して出来たそうです」

「ふむ。統一国家か。情報によるとかなり技術が進んだ文明国であるというが……俄かには信じ難いな」

 

 シハンはそう言うと、腕を組む。

 

 ロデニウス連邦共和国があるのは文明圏外だ。そんな文明が未発達な所に文明国があるというのは、あまりにも矛盾している。

 

「文明圏外にある国に、それほどの文明国があるとは思えんな」

「同感です。しかしあのガハラ神国が認めているとなると、嘘であるとも言い切れません。そもそもそんな嘘を付く理由がガハラ神国にはありません」

「確かにな。となると、ロデニウスはそれなりの国であるということか」

 

 シハンは顎に手を当てて摩りながら、一考する。しかしその内心には、黒い考えが渦巻いていた。

 

「……国交を開く為に遠路遥々やって来たのだ。追い返すわけにも行くまい。とりあえずそのロデニウスの外交官と会ってみるか」

「分かりました。すぐにロデニウスの外交官一行をお連れいたします」

 

 モトムはすぐに部屋を出て、衛兵にロデニウス連邦共和国の外交官一行を連れてくるようにと伝える。

 

「……」

 

 シハンは息を吐きながら目を瞑る。

 

 しかしその口角が僅かに釣り上がる。それが何を意味するかは、本人のみぞ知る……

 

 

 




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第五十七話 国交開設と違和感

 

 

 

 その頃、フェン王国の首都アマノキでは……

 

 

 

「この雰囲気、重桜を思い出すな」

 

 ロデニウス連邦共和国の外交官として派遣された『大和』は一同の先頭にて、街の雰囲気を見てそう呟く。

 

「そうですわね。とても重桜に似通っていますわ、総旗艦様」

 

 彼の隣に立つ『赤城』がその言葉を肯定する。今回彼の補佐を行う役目を、ようやく彼女が獲得したのである。

 

 国中の空気が張り詰めているような、厳格な雰囲気が漂っている。生活水準は低く、国民は裕福とは言えない。しかし精神性の発達は高く、誰もが礼儀正しい。

 外交官一行を見ると、誰もが頭を下げて、道を開ける。尤も、中には『赤城』の姿を見て驚きを隠せない者が多かったが。

 

「しかし、お前が来るとはな。別にそうまでして付いて来る必要は無いんだがな」

「『赤城』がそうしたいので、総旗艦様が気にする必要はありませんわ」

「……」

「それに……」

 

 と、『赤城』は微笑みを浮かべて、『大和』を見る。

 

「これまで『赤城』を連れて行かなかったのは、『赤城』を守る為ですわよね」

「さて、何のことやら」

 

 『大和』は『赤城』の問いに、わざとらしく答える。

 

 これまでの彼女であれば、艤装が改装中で一時的に切り離されていたので、KAN-SENとしての力を発揮できない状態であった。その為、『赤城』は万が一の事態で自分の身を守れないでいた。

 この異世界では何が起こるか分からない以上、『大和』は彼女を外交官の補佐として連れて行くわけにはいかなかったのだ。

 

 普段から何だかんだと言っているが、『赤城』の事を愛しているからこその、彼なりの優しさなのだ。

 

「ですが、ご心配なく。『赤城』はもう自分の身は自分で守れるようになりましたので」

 

 と、『赤城』は自分の姿を見せ付けるように歩きながら両腕を広げる。

 

 改装を終えた艤装を受け取った彼女は、以前と比べて服装や容姿に若干の変化が見られた。といっても、服の装飾が若干変わっていたり、髪がほんの少し長くなったり、尻尾の毛のボリュームが少し増えた程度と、目を凝らさないと分からない位の変化であるが。

 

「それに、『天城』姉様からのお願いもありますから。『赤城』が総旗艦様の事を守って差し上げないと」

「……」

 

 笑みを浮かべる彼女はそう告げる。『大和』は出来れば『天城』を連れて行きたいと思っているが、やはり身体の弱い彼女に長旅は負担が大きい為、連れて行くことが出来ないでいる。もし旅の途中で彼女が体調を崩したら、どうしようもないからだ。

 

「えぇそうです。この『赤城』さえ居れば、総旗艦様をお守り出来ますもの。他に必要はありませんわ」

「貴様一人では不安だから、『天城』さんは私にも頼んだのだろうが」

 

 と、やけに彼女は自分の事を強調して言っていると、不機嫌そうな声が『大和』の後ろでする。

 

 『大和』の後ろを歩いて警護しているのは、『土佐』である。彼女は『大和』や外交官一行の護衛の為に同行している。

 

「あら、何か言いましたか、妹さん?」

 

 と、笑みを浮かべたまま威圧感を醸し出す『赤城』は『土佐』を見る。

 

「貴様一人では力不足だと言ったんだ」

「それはあなたと同じでなくて? たかが戦艦一隻で何が出来ると?」

「戦艦を甘く見ていると痛い目を見るぞ、腰巾着」

 

 そして二人の間に火花が散る。

 

(やっぱり無理してでも他のやつを連れてくるべきだったな)

 

 言い争いを始める二人に、『大和』はげんなりとした様子で、内心ため息をつく。

 

 

 『赤城』と『土佐』はどういうわけか仲が悪い。それぞれの姉同士なら仲は悪くないのに、妹同士ではこれである。

 

 事あるごとに二人は衝突し、言い争っている。主に『大和』関連だが……

 

 まぁこれに関しては、『大和』に近づくKAN-SENを近づけまいという『赤城』の思惑が関わっているのは確かなようで、姉の『天城』や妹分の『加賀』は良くても、『土佐』までは許していないようだ。

 

 『土佐』自身『大和』の事をどう思っているのかと言うと、彼女はトラック泊地では『天城』や『ビスマルク』に次ぐ古参勢に入る古株で、『大和』とも付き合いは長い。というか、彼女もまた『大和』と結ばれた関係にある。

 まぁ約一名この関係を認めていない者が居るが……

 

 

 そもそもこうなるのが分かっていながら、なぜ二人を連れて来てしまったのか……

 

 まぁ簡単な話、この二人以外は仕事や用事があって『大和』に同行できなかったというわけだ。

 

 『加賀』や『アークロイヤル』はまだパイロットの教導が残っているし、『グラーフ・ツェッペリン』はとある兵器の試験運用を行う予定があり、『出雲』は陸軍の歩兵の訓練を行っている。他のKAN-SEN達も何かしらの仕事があったのだ。そんな中で、偶々何も無かったのが、『赤城』と『土佐』なわけである。

 

 

「その辺にしろ、二人共」

 

 と、ヒートアップする二人に『大和』が止めに入る。

 

「俺達は国の代表で来ているんだ。みっともない姿を晒すのだけはやめてくれ」

「総旗艦様」

「総旗艦」

 

 彼が止めると、言い争っていた二人は、睨むように一瞥して言い争いを止める。

 

(せめて国交開設時の会談の際に問題を起こさなければいいんだがな……)

 

 一応客前では弁える二人だが、二人が同じ場で居るとなると何をしでかすか分からない。

 

 内心一抹の不安を覚えながらも、外交官一行は城を目指す。

 

(しかし、本当に重桜に来た時を思い出すな)

 

 そんな中、『大和』は城を見ながらその時のことを思い出す。

 

 

 まだ彼らが旧世界に居た頃、『大和』達トラック諸島の面々は重桜と接触し、そこで会談を行った。

 

 その際に、『大和』は摩訶不思議な出会いを果たした。

 

 それは、重桜の連合艦隊の旗艦である……『大和』だ。もちろん、大和型航空母艦の方ではなく、大和型戦艦の『大和』である。

 

 本来の姿とも言える戦艦『大和』と、運命の歯車が狂って異なる姿となった空母『大和』 同じようで異なる二つの『大和』が邂逅した瞬間だった。

 まぁ、特に何かあったわけではないが……

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 外交官一行は王城に着くと、一室に案内される。道中『赤城』と『土佐』の姿を見た者達は一様に驚いていた。まぁ主に九本ある尻尾にだが……

 

「剣王が入られます」

 

 と、側近が声を上げ、襖を開いた。『大和』達一行は立ち上がって礼をする。

 

「そなた達がロデニウス連邦共和国の使者か」

 

 声は低いが良く通る声で、どこか懐の大きさを感じさせる。

 

 その雰囲気から『大和』は剣王がかなりの実力者であるのを感じ取り、後ろに居る『土佐』もまた剣王がその道の達人の域を大きく超えているのを感じ取る。

 

「はい。我が国は貴国と国交を締結したく、参りました。ご挨拶として、我が国からの贈り物をご覧ください」

 

 と、『大和』は外交官らに目配りをして、彼らは手にしている鞄や箱より贈り物を取り出し、剣王と側近達の前に並べられる。

 

 着物や真珠のネックレス、扇、運動靴、そして重桜の刀である。

 

 シハンは迷うこと無く、重桜の刀を手にすると、鞘から刀を抜いた。

 

「おぉ、これは……なんと見事な」

 

 彼は手にした刀の刀身に浮かぶ波紋の美しさに見惚れ、感嘆の声を漏らす。妖精達が丹精込めて打った刀は、彼の心を射止めたようだ。

 

 刀のような刃物類を贈り物に選ぶのは、国によってはタブーなのだが、どうやらフェン王国ではその類に当てはまらない様だ。むしろ武士の国だからこそ、刀は喜ばれるのだろう。尤も、刀の質が良いと言う前提の話だろうが。

 

 側近達も贈り物をそれぞれ手にして、思い思いに検分している。

 

 そしてそれらの品々から、ただの新興国家ではないことを薄々感じ取る。

 

「貴国にもとても優秀な刀鍛冶がおられるようですな。そして実力を伴った剣士も」

 

 気を良くしたシハンは重桜の刀を鞘に戻しながら『土佐』を一瞥する。彼もまた彼女の実力を感じ取ったようだ。

 

 彼は大陸共通語で書かれた文書を確認し、ロデニウス連邦共和国からの通商条約締結における提示条件と、書類に間違いが無いか、口頭でも確認した。

 

 

 そして書類内容の確認が終わると、シハンは語気を緩めて彼らに問い掛ける。

 

「失礼ながら、私はあなた方の国、ロデニウスをよく知らない」

(ん?)

 

 『大和』はシハンの口調に違和感を覚えながらも、黙って彼の言葉に耳を傾ける。

 

「ロデニウスからの提案、これはあなた方の言うことが本当ならば、凄まじい国力を持つ国と対等な関係が築けるし、夢としか思えない技術も手に入る。我が国としては申し分ない」

「それでは―――」

 

 外交官らの顔が明るくなる。これで国交開設がうまくいく、と。

 

 だが、それを遮って剣王はあくまで穏やかに話を続けた。

 

「しかし、ロデニウス大陸があるのは文明圏外。海に浮かぶ鉄船や飛行機械の技術は、とても信じられない気分だ」

「それは……」

 

 シハンの言葉に、外交官の一人が言葉を詰まらせる。

 

 本来であれば、文明圏外にある国々の技術力は高が知れており、それが常識なこの世界では、フェン王国の言い分も納得の行くものだ。

 ロデニウス連邦共和国がこれだけの技術力を得られたのも、異世界から転移したトラック諸島というイレギュラーな存在があってこそである。

 

「……我が国に使者を派遣していただければ、我が国はすぐに受け入れる準備が」

「いや、我が目で見て確かめたい」

 

 『大和』が使者の派遣を提案するも、シハンは言葉を遮ってそう言う。

 

「と、申しますと?」

「近い内に我が国で5年に一度軍祭と呼ばれる祭が開催される。これは各国を招待して、それぞれ武力を見せる祭でしてな」

「な、なるほど(公開演習みたいなものか?)」

 

 シハンの口から出た軍祭のことについて予想するも、口に出さず内心に留めて、続きに耳を傾ける。

 

「貴国には水軍があるようですな」

「確かに我が国には海軍がありますが……」

「その海軍より、何隻かの軍艦を派遣してもらえないだろうか? 今年は我が国の水軍から廃船が8隻出る。それを敵に見立てて攻撃してみて欲しい。要は、貴国の力を見たいのだ」

 

 シハンの言葉に、『大和』達は面食らう。

 

 他国が国交も無い国に軍を派兵するというのは、威嚇行動でしかない。砲艦外交というのは普通嫌がられるものだが、彼らは力を見せろと言ってきた。しかも首都アマノキの沖に持って来いと。

 下手すれば真っ先に首都を狙われるような行為だ。

 

「……私の一存では決めれませんので、この一件は一旦本国に持ち帰って検討いたします」

「構わぬ。良き返答を期待している」

 

 答えが望みどおりだったのか、シハンは笑みを浮かべて頷く。

 

 その笑みに何か含みがあるような……『大和』はそんな違和感を覚えながらも、一礼してから部屋を後にする。 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

『――――と、向こうは申されました』

「そうですか」

 

 大統領府にて、カナタはテレビ電話で『大和』より報告を受けて、息を吐く。

 

(武力を見て信用に値するかを判断する。あの国らしいといえば、らしいですね)

 

 カナタはフェン王国より要請された軍祭への軍艦の参加要請に内心呟く。

 

 武士の国とあって、信用に当たる要素は武が主であるようだ。

 

『どうしますか?』

 

 カナタは『大和』に問われて一考すると、しばらくして口を開く。

 

「ここでフェン王国の心象を悪くするわけにはいきませんので、彼らの言うとおり軍祭への参加要請を受けましょう」

『そうですか』

「この際ですから、こちらも利用させていただきますよ」

『と、言いますと?』

 

 『大和』は怪訝な表情を浮かべる。

 

「軍祭にはフェン王国以外にも、多くの国が参加します。となれば、必然的に他の国々は我が国の力を目の当たりにしますからね」

『……軍祭を我が国の宣伝の場にすると?』

 

 『大和』はカナタの考えを察する。

 

「我が国の力を他国に示せば、我が国の力を知ってもらえるので、不要な衝突を避けられますし、何より我が国に国交を結びたい国が多く現れることでしょう」

『なるほど』

 

 彼は頷き、カナタの考えを理解する。

 

 ロデニウス連邦共和国がどれほど技術力があるといっても、文明圏外にある以上、それによる偏見が国交開設時に大きな障害になるだろう。

 

 今回の軍祭ではそれなりに多くの国が参加するのなら、その国々との国交開設はスムーズに進めるだろうし、何より国交開設を行いたくこちらにやって来るだろうという、淡い期待を寄せている。

 ぶっちゃけた話、国交開設の為に他国へ向かうのは色々と苦労が掛かる。

 

「『大和』殿外交官一行は一旦本国へ帰国してください。軍祭の時には再度派遣ということで」

『分かりました。剣王シハン殿に軍祭参加の意向を伝えた後、帰国します』

 

 と、『大和』は一間置いて口を開く。

 

『では、後日大統領府にて』

 

 そして『大和』はテレビ電話を切り、パソコンの画面から消える。

 

「……」

 

 カナタは息を吐き、椅子の背もたれにもたれかかる。

 

(これが我が国の国際発展の足がかりになれば良いのですが……)

 

 彼はロデニウス連邦共和国の国際的な発展を大いに期待すると同時に、大きな不安を抱く。

 

(問題は、パーパルディア皇国か)

 

 その一番の不安とは、パーパルディア皇国だ。今後国交開設を行っていくなら、この国が一番の障害となる。

 

 と言っても、ロデニウスはパーパルディア皇国と接触を図らないことを決めているので、少なくとも障害になりえないはず。

 

 しかし、パーパルディア皇国が既にロデニウス大陸に手を伸ばし始めているのは事実。先の戦争も実質的にパーパルディア皇国が間接的に起こしたようなものである。

 

(どう足掻いても、かの国と衝突するのは避けられない。平和的な外交を行いたいが、あの国にそれを求めるのは無理な話か)

 

 パーパルディア皇国の数々の暴君な話を知っているからこそ、カナタは最初から平和的な外交を行うはずが無い。ましてもそれが文明圏外に属しているロデニウスなら、尚更だ。

 

(だからこそ今は準備をしている。いずれ来るであろう争いに向けて、我が国が平和で居られるようにな)

 

 カナタは改めてこの国を守る決意を胸に秘める。

 

 まぁ、その度に最前線に立つのは、『大和』達KAN-SEN達だ。本来ならこの世界の者である自分達がやるべき事だが、それでも彼らは戦うだろう。

 例え異世界の者であっても、今はこの世界の一員だ。

 

 そして彼らもまた、同じように平和を望んでいる。

 

「平和を望むのならば、戦いに備えよ、か」

 

 カナタは『大和』が口にした言葉を思い出し、声を漏らす。

 

 本当に平和を望むのなら、いつか起こるであろう戦争に備えて武力を有さなければならない。完全平和なんて机上の空論だ。本当に信じているやつは余程頭がお花畑の理想主義者だ。

 武力を否定した国は、真っ先に他国から食い物にされるだけなのだから。

 

「……」

 

 カナタは気持ちを切り替えて、執務の続きを行う。

 

 

 




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第五十八話 軍祭

 

 

 

 中央暦1639年9月25日 フェン王国首都アマノキ

 

 

 

 軍祭が開催されているとあって、首都アマノキは賑わいを見せている。

 

 特に港では多くの国の軍船が集まっており、港では多くの関係者が自分達の軍船を自慢している。離れた場所では弓矢の射的や様々な武道を披露している。

 こうして各国は軍事力の高さを見せつけることで、他国を牽制する意味合いもある。

 

 文明国も招待したかったが、その殆どが「蛮国の祭には興味が無い」とのことだが、本音は「力の差を見せるまでも無い」と考えているようである。

 

 

 

 その上空では、ガハラ神国の風竜が飛行している。

 

「凄いな。あれがロデニウスの軍船なのか。まるで海に浮かぶ城だな」

 

 風竜の上に乗る神風風竜隊隊長スサノウは、下の光景を見て、声を漏らす。

 

 首都アマノキの港の湾内には多くの他国の軍船が停泊しているが、湾外に一際目立つ存在が停泊している。

 

 木造船の軍船が殆どの中、それは鋼鉄の船体を持ち、多くの大砲や銃火器を搭載している。その上一番小さい船であっても、他の国の軍船よりも大きく、一番大きなものに至っては、まるで海に浮かぶ城のようであった。

 

 それらこそが、ロデニウス連邦共和国より派遣された臨時編成の艦隊である。

 

 

 派遣された軍艦は以下の通りである。

 

 

 戦艦:『長門』

    『陸奥』

 

 重巡:『ヤクモ』

 

 軽巡:『ウネビ』

    『イズミ』

 

 駆逐艦:『春月』

     『宵月』

     『冬月』

     『北風』

 

 

 今回この編成は日ごろの訓練の成果を発揮する目的で、連邦共和国海軍より三隻の巡洋艦が派遣艦隊に組み込まれた。

 ちなみにこの編成以外に、『大和』を含むKAN-SENが数名同行している。

 

 当然『長門』や『陸奥』はその巨体ゆえに目立っており、港ではフェン王国はもちろん、他国の軍関係者が注目している。

 

『眩しいな』

 

 と、スサノオの相棒の風竜が呟く。

 

「ん? そうか? 確かに今日はとても晴れているが、そこまで太陽が強いわけじゃ」

 

 スサノオは上を見上げて天気を確認する。

 

『いや、違う。太陽の光ではない。あの巨大な船から、線状の光が様々な方向に高速で照射されているのだ』

「あの船からだって? だが、何も見えないぞ?」

 

 相棒の風竜に言われて彼は『長門』を見るが、光らしいものは見受けられない。

 

『ふっ……人間には見えまい。我々が遠く離れた同胞との会話に使用する光、人間にとっては不可視の光だ。その光を飛ばして反射させることで、何が飛んでいるかを確認できる。あの船から発しているのは、その光に似ている』

「凄いな。風竜だから判るのか……。その光はどのくらい遠くまで届くんだ?」

『その範囲は個体差で変わる。ワシは120kmくらい先まで分かる。あの船の出している光は、ワシのそれよりも強く、そして光が収束している』

「……まさかあの船は、遠くの船と魔力通信以外の方法で通信できたり、見えない場所を飛んでいる竜を見ることが出来るのか?」

『あそこに居る九隻全てがそのようだな』

「ロデニウスか……思っていたより凄い国じゃないか」

『あぁ。全くだ』

 

 『長門』や周囲の軍艦を見ながら会話を交わすと、スサノオがあることを思い出す。

 

「そういえば、お前の同胞がロデニウスの諸島に移り住んでいたんだったよな」

『あぁそうだ。魔獣の奇襲を受けて瀕死だった所を、ロデニウスの島々……たしかトラック諸島と言っていたな。そこに流れ着いたそうだ。そこで、手厚く手当てを受けたそうだ』

「そうか。しかしよく風竜と意思疎通が出来たな。神通力が使える者がいたのか。それとも竜人でもいたのか」

『その両方でも無いが、そうとも言えないらしい』

「と、言うと?」

 

 スサノオは首を傾げる。

 

『お前達ガハラの民のような神通力に近いものがあり、同時に竜人のような特徴を持った者のようでな。同胞を助けた者以外にも、それらの能力を持っている者が多かったようだ』

「そりゃ凄いな」

『それで、同胞は一旦は戻って来たが、その助けた者に恩を返すべくと言ってな、仲間を引き連れてトラック諸島に移り住んだのだ』

「余程恩義を感じていたんだな」

『そのようだな。今日まで帰って来ないことを考えれば、とても住みやすい環境なのだろう』

 

 風竜は顔を上げて、遠くの地に暮らす同胞の事を考える。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「俄かに信じがたかったが、実際に体感すると信じざるを得ないな」

 

 『長門』は自身の艦体の艦橋にて、電探室より齎された報告に腕を組んで呟く。

 

 風竜の生態は風竜自身より聞いていたのだが、本当に電探の電波と同じものを生物が放つとは信じ難い話だ。だが、実際に電探室でレーダー波のような電波が照射されている報告が入ったのだ。

 

(やはり、余達の常識が通じんな)

 

 彼女はそう思いながら、顔を上げて空を見つめる。

 

『ねぇねぇ、『長門』姉! 今日は好きに撃っちゃっていいの!?』

 

 と、後方に停泊している『陸奥』から元気な声が『長門』の元に届く。

 

「好きに撃っていい訳ではないぞ」

『えー、なんで?』

 

 『陸奥』は疑問の声を漏らし、『長門』に問い掛ける。

 

「余達の力を見せる為の場だ。無駄弾を撃っては逆に示しがつかないであろうが」

『むー。好き放題撃てると思ったのに』

「無駄に撃つよりも、少ない数で目標に当てられれば、その方が示しがつく」

『そうかな? 少ない数で当てたら、「冬月」喜ぶかな?』

「そ、それは……まぁ喜ぶんじゃないか?(そ、そうか。『冬月』も見ているんだったな)」

 

 なぜか『長門』は『冬月』の名前に戸惑いを見せる。

 

『そっか! じゃぁ、一発で当ててみるよ!』

「一発は難しいだろう」

 

 逆に難しい事を言う妹に、『長門』は思わずツッコむも、まぁこの二人にはそれも可能になる『電探連動射撃』を行う為の装備が施されている上に、実力もある。

 

 

 

「それにしても、『長門』が自ら率先して参加したいとは、意外だったな。あいつ、あまり争い事は好まないはずなんだがな」

「そうですわね。でも、『長門』様もたまには羽目を外したいのでは?」

「そういうもんかね。まぁ予想外だったのは『陸奥』まで付いて来た事だな。本来戦艦は一隻だけだったのに」

「ですが、他国へ与える衝撃は強いかと」

「……」

 

 その頃、港の埠頭では『大和』と『天城』が港の湾内で停泊している軍艦を見つめる。

 

 今回の派遣艦隊の編成はいろいろと考えられており、当初は紀伊型戦艦の二番艦『尾張』を編入する予定だったが、『長門』が参加を希望したことで、彼女を編成に組み込んだ。だが、それに続くように彼女の妹の『陸奥』も参加を希望した為、悩んだ末に『陸奥』も編成に組み込んだのだ。

 戦艦二隻は過剰戦力な気がするが、少なくとも抑止力としては効果的だろう。

 

「『天城』 身体の調子はどうだ?」

「問題ありませんわ。今日の為に『ヴェスタル』さんと『明石』さんがちゃんと体調を整えてくれましたので」

「だが、それでも『天城』さんはまだ全快じゃないんだ。無理はしないでくれ」

 

 『大和』が『天城』の体調を心配するも、彼女は微笑みを浮かべて大丈夫であるのを伝える。後ろにいる『土佐』も彼女を心配する。

 

 『天城』はKAN-SENの中でも病弱なことで知られるが、トラック泊地の彼女の場合、とある事情があって更に病弱な身体になっており、現状KAN-SENとしての力を失っている。

 妖精達が必死に『天城』の『リュウコツ』を含めた身体の治療を行っているが、まだ完治できていない。

 

 その為、今の『天城』はKAN-SENの身体能力も病弱ゆえに無いので、人間の成人男性程度しかない。なので、襲われた場合成す術が無い。

 

「まぁ、俺と『土佐』が居るんだ。いざって時には、必ず守ってみせる」

「総旗艦様……」

 

 『大和』は笑みを浮かべて『天城』の頭に手を置いて優しく撫でると、彼女は和傘で顔を隠すように俯く。その様子を『土佐』は羨ましそうに見つめる。

 

(しかし……)

 

 と、『大和』は顔を上げて後ろを向き、天ノ樹城を見る。

 

(あの剣王の顔……妙に引っかかるな)

 

 彼は最初に国交開設時の時の剣王シハンが最後に見せた表情に、違和感を覚えた。

 

(……嫌な予感がする)

 

 それ故、この一件にどこか裏があるような、そんな予感を覚えている。

 

 そして何より『大和』はこの予感に不安を抱く。

 

 

 それは 『嫌な予感の時は良く当たる』……というものがあるのだから

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「それにしても、圧巻だな」

 

 その頃、重巡『ヤクモ』の艦橋で、ブルーアイが周囲を見渡しながら呟くと、離れたところで停泊している『長門』と『陸奥』を見る。

 

 『シキシマ』と『サガミ』と比べれば一回りほど小さいが、それでも戦艦としての迫力に劣ることは無し。

 

 ブルーアイは戦艦と空母の配備と共に人事異動が行われ、彼は『イズミ』からミドリの後任として『ヤクモ』の艦長に就任した。

 

(いつかは、戦艦の艦長になりたいものだな)

 

 ブルーアイは『長門』と『陸奥』を見ながら、戦艦の艦長になる夢を抱く。

 

 彼もまた船乗り。海の王者とも言える戦艦に憧れるものである。

 

 とは言えど、『ヤクモ』も十分立派な艦であることに変わりは無い。それに、以前より乗員の技量が高まったことで、未搭載だった魚雷発射管が追加されている。つまり教官から実力が身に着いているのを認められたという証である。まぁ重桜系のKAN-SENからすればまだまだなのだろうが。

 

「それにしても、遂に我々の訓練の成果を見せる時ですね!」

「あぁ、そうだな」

 

 副長が興奮気味に言うと、ブルーアイが制帽の位置を整えて答える。

 

 『ヤクモ』『ウネビ』『イズミ』の三隻は連邦共和国海軍より代表として派遣された。

 

 彼らは今日まで猛訓練を行ってきたのだ。その訓練の成果を多くの国に見せるとあって、晴れ舞台にはもってこいだ。

 

 まぁそれ故に、ブルーアイは緊張気味である。

 

「……総員に告ぐ!」

 

 彼は電話の受話器を取り、艦内のスピーカーに繋げて放送を行う。

 

「我々は海軍の代表として軍祭へ派遣された。それを胸に秘め、これまでの訓練の成果を他の国に見せろ! 失敗は国家の恥じだと思え!」

 

 自分に言い聞かせるように放送で乗員たちに告げると、受話器を戻す。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「あれがロデニウスの戦船か。まるで城だな」

 

 その頃、王城よりシハンは、軍祭の海上を見下ろして呟く。

 

 その視線の先には、ロデニウス連邦共和国海軍の軍艦らが湾外に停泊している。そして何より彼の目を引いているのは、『長門』と『陸奥』である。

 

 シハンの感想に、傍に控える武将マグレブが頷く。

 

「いやはや……ガハラ神国から事前情報として聞いていましたが、これほどの大きさの金属で出来た船が海に浮かんでいるとは……」

 

 マグレブは鉄で出来たロデニウス連邦共和国の軍艦に、彼は信じられないような目で見ている。

 

 まぁ、木材の浮力に頼って船を作っている側からすれば、重い鉄で出来た船が浮かんでいるのが信じ難いものである。

 

「私も数回、パーパルディア皇国に行った事がありますが、あんな大きさの船自体、見たことがありません。ましても金属製なんて初めてです」

「そうだな。少なくとも、これほどの船を有する国は、この第三文明圏には存在しない」

 

 二人が会話を交わしていると、沖合いにて八隻のフェン王国の廃船が展開する。

 

「剣王様、そろそろ我が国の廃船に対して、ロデニウスの船から攻撃を始めてもらいます」

「うむ。いよいよだな」

 

 シハンはロデニウスに頼んだ『力を見せて欲しい』という依頼。その回答が今、示される。

 

 

 すると『ヤクモ』を先頭に『ウネビ』『イズミ』の三隻が動き出し、廃船に向かっていく。

 

「先に中型の船が動き出したか」

 

 望遠鏡でその様子を見ているシハンが呟くと、三隻はそれぞれの主砲塔を左へ旋回させる。

 

 そして廃船から4kmの距離になった瞬間、『ヤクモ』の一番から三番砲塔の20cm連装主砲が咆える。

 

 放たれた砲弾は一直線に廃船から少し離れた所に着弾し、数本の水柱を上げる。

 

「なっ!? あの距離から撃って届くのか!?」

 

 シハンは廃船から遠く離れて砲撃したにもかかわらず、廃船に届いたのに驚く。

 

 フェン王国の水軍最強の軍船『剣神』ではまだ攻撃が届かないからだ。

 

 すると少しして『ウネビ』と『イズミ』も砲撃を行う。放たれた砲弾は廃船の周囲に着弾し、数本の水柱を上げる。

 

 続けて『ヤクモ』が砲撃を行い、廃船一隻に直撃し、粉々に粉砕する。

 

「な、何と言う威力。あんな遠くから撃って、その上であの威力……」

 

 望遠鏡で見ていたマグレブが驚愕して震える声を漏らす。

 

 廃船とは言えど、まだ強度が残っているはずなのに、いとも容易く粉々に粉砕された。しかもこちらの戦船では届かない距離から撃っていながらだ。

 

 そして最終的に三隻が砲撃を続け、四隻の廃船が沈められた。その内訳は『ヤクモ』が二隻、『ウネビ』と『イズミ』が一隻ずつである。

 

 ちなみに本来なら雷撃も行う予定だったが、まだ命中率が悪いという水雷戦担当の教官の判断で、今回は砲撃のみのお披露目となっている。

 まぁ、教官の判断基準が高すぎると言うのもあるが。

 

「凄い。あの距離から撃って、命中させるとは」

「その上、威力もありますな。もし彼らと相対したら、我々の戦船は何も出来ずに一方的にやられるでしょう」

「……」

 

 シハンとマグレブが三隻の巡洋艦に驚く。それは港に居る他国の軍関係者も同じで、誰もが驚愕の表情を浮かべている。

 

 そんな中、『長門』と『陸奥』が動き出す。しかし三隻の巡洋艦と違って、二隻の戦艦はその場から動かずに、主砲と測距儀だけ旋回させて廃船に狙いを定めている。

 

「ま、まさか、あそこから撃つと言うのか!?」

「そんな馬鹿な。あそこからは8km以上は離れていますぞ」

 

 先ほど廃船に接近した巡洋艦よりも明らかに倍近い距離があるというのに、二隻の戦艦は撃とうとしている。二人が驚愕している中、『長門』と『陸奥』の二隻の戦艦は、電探と連動した主砲を四隻の廃船に狙いを定める。

 

 

 ―ッ!!

 

 

 そして次の瞬間、四基八門ある長門型戦艦二隻の一番砲が、轟音と共に砲撃を行う。

 

「ぬぉっ!?」

 

 40cmもある主砲の砲撃の余波は王城にまで届き、その轟音にシハンは思わず後ずさる。

 

 放たれた砲弾は少しして廃船の近くに着弾し、先ほどとは比べ物にならない巨大な水柱を八本上げる。

 

「……」

「な、何と言う威力だ。先ほどとは、桁違いだ」

 

 シハンが驚愕のあまり言葉を失い、マグレブが声を漏らしていると、水柱が収まり、そこには沈んではいないが、横転して沈みかけている四隻の廃船の姿がある。

 

「直撃していないにも関わらず、あんな状態になるとは」

「もはや、次元が違います」

 

 二人が呆然としている中、『長門』と『陸奥』は一番砲の砲口より圧縮空気で砲身内の硝煙とガスを排出し、水平に戻す中、修正値通りに狙いを定めた二番砲が直後に轟音と共に炎を吐く。

 

 そして放たれた砲弾は、今度は横転した廃船に直撃し、廃船は粉々に粉砕された。

 

『……』

 

 一部を除き、港に居る者達がその光景に呆然と立ち尽くしている中、水柱が納まると、粉砕された廃船の残骸が海に落ちていく。当然海には八隻居た廃船の姿は無い。

 

「ロデニウス……これほどのものとは」

 

 シハンは驚愕の表情を浮かべるも、すぐに気を取り直して口角を上げる。

 

「すぐにロデニウスと国交を開設する準備に取り掛かろう。不可侵条約はもちろん、出来れば安全保障条約を取り付けたいな!」

 

 そしてロデニウス連邦共和国の力を認め、満面の笑みで方針を口にする。

 

 これで我が国は救われると、彼は確固たる確信を得た。

 

 

 しかし、事態は動き出そうとしていた。

 

 

 




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第五十九話 列強国の襲撃

 

 

「凄いな、あれは……」

「一体どこの船なんだ!」

「ロデニウスっていう、新興国家の船らしいぞ!」

「噂に聞いたことがあったが、あれがそうなのか!」

「ロデニウスの船を前にしたら、パーパルディア皇国でも手も足も出ないだろうな!」

 

 港では、ロデニウス連邦共和国の軍艦の砲撃を見たフェン王国や他国の武官等の軍関係者が『長門』『陸奥』を見ながら言葉を交し合っている。

 

 まぁ8km以上離れたところから廃船目掛けて砲撃し、残った全ての廃船を跡形もなく沈めたのだから、誰だって驚きを隠せないものだ。この二隻の戦艦を前にしたら、あのパーパルディア皇国が誇る戦列艦が子供にしか見えないレベルになる。

 どう考えても、パーパルディア皇国の戦列艦に勝ち目はない。

 

 だからこそ、誰もがその力に恐怖するも、同時に希望を見出している。

 

 

 

「相変わらず、砲撃の技術は凄いな」

 

 港から『長門』と『陸奥』の二隻の戦艦の砲撃を見ていた『大和』はボソッと呟く。

 

「えぇ。電探連動射撃とはいえど、初弾であそこまで至近で当てられるのも、お二人の実力あってこそですね」

「まぁ、あの二人は『紀伊』譲りの実力があるしな」

 

 二人は『長門』と『陸奥』を見ながら言葉を交わしながらも、周囲に耳を傾けている。

 

 周囲の反応はどれもロデニウス関連であり、誰もが驚きに満ちている。

 

(ここまでは、カナタ大統領の思惑通りだな)

 

 『大和』はカナタの思惑通り、他国の軍関係者はロデニウス連邦共和国に大いに興味を抱いている。この情報を本国に持ち帰れば、政府は連邦共和国との国交を考えるようになるだろう。

 まぁ、これからうまくいくかはどうかは、向こうの政府の考え方次第だ。

 

(何も無ければ良いが……)

 

 この後何もなく国交開設が行なえるかどうか不安を覚えつつ内心呟いていると、通信が入って耳に手を当てる。

 

「こちら『大和』」

『「長門」じゃ、総旗艦』

「『長門』? 一体どうした?」

 

 相手は『長門』であって、『大和』は怪訝な表情を浮かべる。彼はすぐに通信をオープンにして『土佐』にも伝える。しかし『天城』は艤装を持っていないので、通信の内容を伝えられない。

 

『先ほど余の電探室より報告が入った。西から時速350kmの速度でこちらに向かってくる機影を補足した。数は20』

「西からだと?」

 

 『長門』より報告を受けて、『大和』は目を細める。

 

(西にはパーパルディア皇国しか無いはず。となると、その速度で接近してきているのは皇国のワイバーン? だが速度が速い事を考えれば、噂に聞く改良種か。いや、それ以前に、パーパルディア皇国がこの軍祭に参加するなんて聞いていないぞ)

 

 西には実質的にパーパルディア皇国しかいないので、必然的にこちらに向かっているのは皇国所属のワイバーンであるのは明白だ。しかしフェン王国側からパーパルディア皇国が参加する話は聞いていない。

 

 そもそもパーパルディア皇国が文明圏外の国の祭に参加するはずが無い。大人が子供だけの試合の場でわざわざ力自慢をするようなみみっちい真似を皇国がするとは考えづらい。

 

『どうする、総旗艦』

「……」

 

 『長門』は問い掛けると、『大和』は一考して指示を出す。

 

「全艦に達する。対空戦闘用意。いつでも迎撃が出来るように準備しろ」

「総旗艦様?」

『分かった。他の者には余から伝えておく』

 

 『天城』が怪訝な表情を浮かべる中、『大和』はそう指示を出す。

 

「西側からこちらに向かってくる飛行物体を『長門』が電探で探知した。恐らくパーパルディア皇国のワイバーンの改良種だろう」

「パーパルディア皇国の?」

「だが、連中が参加するのは、フェン王国から聞いていないぞ」

「あぁ。だからこそ、おかしいんだ」

 

 『大和』は二人にそう言うと、『土佐』に指示を出す。

 

「『土佐』 いざという時に備えて、身構えていろ」

「分かった」

「『天城』 俺の傍から離れるな」

「分かりましたわ」 

 

 『土佐』は腰に佩いている刀に手を置き、『天城』は『大和』の傍に寄る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 パーパルディア皇国監査軍東洋艦隊所属のワイバーンロード20騎は、フェン王国に懲罰的攻撃を行うために、首都アマノキ上空に来ていた。

 

 軍祭には文明圏外の各国の武官が来ている。彼らの眼前で、皇国に逆らった愚かな国がどうなるかを知らしめる為、あえてこの軍祭に合わせて攻撃の日が決定されていた。

 

 これで文明圏外各国家は、皇国の力と恐ろしさを再認識することだろう。そして服従しない国に関わるだけでも攻撃対象にされると自覚させ、孤立状態を作るのだ。

 

 しかし、そんなパーパルディア皇国のワイバーンロード部隊でも、どうにもならない存在がある。

 

「チッ。ガハラの風竜が居やがるな」

 

 部隊長の竜騎士は首都アマノキ上空を旋回するガハラ神国の風竜の姿を見て、舌打ちする。

 

 風竜はワイバーンロードでも、遥か上の存在とあって、タイマンではまず勝ち目はない。その証拠に、竜騎士が乗っているワイバーンロードは風竜の姿を見て更に睨まれると、怯えた声を漏らして視線を逸らす。

 

 部隊長の竜騎士は苦々しく思いながらも、他の竜騎士に魔力通信で指示を出す。

 

「ガハラの民に構うな!! レクマイアの部隊はフェン王城と城下町を狙え! 我が部隊は―――」

 

 部隊長の竜騎士は自分の部隊の攻撃目標を探していると、湾外にある一際目立つ存在が彼の視界に入り、驚愕する。

 

「な、なんだあれは!?」

 

 それはロデニウスの『長門』と『陸奥』の二隻であり、彼はその二隻を見て驚愕する。

 

 明らかに文明国が作ったであろう巨大な船。本来なら避けるべき相手なのだが、彼は典型的なパーパルディア皇国の人間だ。巨大船が掲げている旗が見覚えのないものであって、文明圏外で建国されたばかりの新興国家であると認識する。

 それ故に、巨大船を文明圏外の国が見掛け倒しで作ったハリボテだと勝手に解釈してしまう。まぁそうでなくても、文明圏外の国があれほどの巨大な船を作れるはずが無いという決めつけもあるのだが。

 

「……我が部隊はあの巨大船を狙う! 全騎、突入!!」

 

 そしてワイバーンロード部隊は二手に分かれ、それぞれの攻撃目標に向かって急降下する。

 

「あれは……」

 

 『大和』と『土佐』は身構えていると、10騎のワイバーンロードが口に形成した火球を放ち、王城の天守に着弾し、木造の王城が炎上する。

 

 王城に火球が直撃して炎上した光景に、ようやくフェン王国の民間人と、各国の軍関係者は事態を飲み込み、逃げ戸惑う。

 

 

「城が!」

「まずい! 『長門』達に向かっているのも!」

 

 炎上する王城を見て、『大和』はとっさに『長門』達に指示を出す。

 

「向かってくるワイバーンは敵だ! 全艦、対空戦闘始め!!」

 

 指示と共に、『春月』『宵月』『冬月』『北風』が長10cm連装高角砲と零式機銃、九九式四十ミリ機関砲を高射装置と共にワイバーンロードに向け、一斉に射撃を開始する。

 遅れて『長門』と『陸奥』も長10cm連装高角砲と零式機銃、九九式四十ミリ機関砲による一斉射撃を開始する。

 

「な、なん―――」

 

 部隊長の竜騎士は突然の事に最後まで言うまでもなく、その猛烈な弾幕の餌食になる。

 

 隙間が無く、統制された弾幕がワイバーンロード10騎を襲い、長10cm連装高角砲より放たれた榴弾、九九式四十ミリ機関砲より放たれた弾が内蔵された近接電波信管によって目標の近くで炸裂し、破片がワイバーンロードと竜騎士を切り裂き、零式機銃より放たれたHE(M)(薄殻榴弾)がワイバーンロードに直撃して竜騎士諸共粉々に粉砕される。

 

 それにより、あっという間にワイバーンロード10騎は肉片となり、海に落ちて魚の餌と化した。

 

 

「……」

 

 『長門』と『陸奥』に向かっていたワイバーンロード10騎を全て撃ち落とし、『大和』は安堵する。

 

「『土佐』 艤装を展開して戦闘―――」

「っ! 総旗艦! 『天城』さん!」

 

 と、『土佐』が顔を上げて叫び、二人が後ろを振り向くと、逃げ戸惑う人々に向けて火を放射するワイバーンロードの姿がある。するとそのワイバーンロードの上からもう一騎のワイバーンロードの口に火球が形成される。

 明らかに『大和』達に狙いを定めている。

 

「『天城』!!」

 

 『大和』はとっさに『天城』を引き寄せると、直後にワイバーンロードが火球を吐き出し、『大和』達の近くに着弾して炎が広がる。

 

「総旗艦!!」

 

 その光景を見た『長門』は窓際まで走り寄って叫ぶ。

 

 

「へっ! 蛮族はよく燃えるぜ!」

 

 炎に包まれた港の埠頭を一瞥した竜騎士はそう言うと、再度火球による攻撃を行おうと、ワイバーンロードを旋回させて再び向かっていく。

 

 すると、突然炎が爆ぜて数発の何かが飛んでくる。

 

「何―――」

 

 竜騎士は首を傾げた瞬間、ワイバーンロードの目の前で六つのそれは突然炸裂し、中から無数のベアリング弾が拡散してワイバーンロードと竜騎士はベアリング弾によってズタズタに引き裂かれ、状況を理解するまでもなく一瞬にして絶命し、港で燃えている炎の中に突っ込む。

 

 港の埠頭で燃え上っていた炎が晴れると、そこには艤装を纏った『土佐』の姿があり、左側にある三基の連装主砲の咆哮より硝煙が漏れている。

 

 先ほど放ったのは、二式対空破片調整弾こと通称SA2であり、六発の二式対空破片調整弾は内蔵された近接電波信管でワイバーンロードと竜騎士の目の前で炸裂し、放たれた無数のベアリング弾で粉砕したのだ。

 

「なんだ?!」

 

 突然の出来事に他の竜騎士が驚愕の表情を浮かべていると、更に野太い銃声と共に炎が爆ぜ、次の瞬間烈風改が三機出現し、零式機銃を放つ。

 

 竜騎士は状況を飲み込む前に、一瞬にして烈風改三機の零式機銃から放たれるHE(M)(薄殻榴弾)によってワイバーンロード諸共粉々に粉砕される。烈風改三機は続けて針路上に居るワイバーンロード二騎に零式機銃を放ち、撃ち落とす。

 

「なんだ!? 何が起きているんだ!?」

 

 あっという間にワイバーンロードが四騎も撃ち落とされ、上空を飛行する烈風改に驚きを隠せず、目を見開く。

 

(あれは、まさかムーの飛行機械!? なぜこんな文明圏外に飛行機械が!? いや、それよりも一体どこから現れたんだ!?)

 

 竜騎士はムーにあるような飛行機械に驚くを隠せなかったが、すぐに港の埠頭を見る。

 

 

 『土佐』の近くでは、自身の装甲が施された飛行甲板を模したユニットで『天城』を覆い隠し、右手には水平連装式散弾銃に飛行甲板を張り付けたような形状をした艤装を持つ、艤装を身に纏って炎の中に立つ『大和』の姿があった。

 火球の直撃を受けたのか、艤装の左側のアームに接続されている飛行甲板の表面には、焼け焦げた跡があるものも、それ以上の被害は無く、飛行甲板に覆い隠されている『天城』にも怪我は無い。

 

 ただでさえワイバーンロードが撃ち落とされた事実に驚愕しているのに、それを撃ち落としたのが奇妙な物を背負っている人間と亜人という事実は、パーパルディア皇国の竜騎士達に衝撃を齎した。

 

「『天城』 大丈夫か?」

「は、はい。私は平気です」

 

 『大和』は右手に持っている水平連装式散弾銃型の艤装のロックを外して中折れにし、空のショットシェルを排出して次のショットシェルを装填しながら飛行甲板で守っている『天城』に問い掛けると、炎の温度に咽ながらも彼女は無事であるのを伝える。

 

 『天城』が無事であるのを確認して安堵の表情を見せた直後、『大和』の表情を険しくなって上空に居るワイバーンロードを睨み付け、弾を入れ終えて中折れ状態の水平連装式散弾銃型の艤装を元に戻してロックを掛けると、上空に向けて引金を引く。

 

 銃声と共に弾丸が放たれると、その弾丸が変化して、疾風(しっぷう)改三機へ変化する。

 

 また航空機が突然現れて竜騎士は目を見開くが、その間に疾風(しっぷう)改が零式機銃を放って、竜騎士諸共ワイバーンロードを撃ち落とす。

 

 そして烈風改も加わり、首都アマノキの上空を飛行していたパーパルディア皇国のワイバーンロードは、あっという間に駆逐された。

 

 

「……」

 

 『大和』と『土佐』は燃え盛る港の埠頭から下りて海の上に浮かび、上空を旋回している烈風改と疾風(しっぷう)改を見ながら『長門』に向かっている。

 『天城』は『大和』に抱えられている。

 

「これで敵騎は全てか」

 

 『大和』は上空を見回して警戒する。

 

「だが、なぜ皇国のワイバーンロードがここに来たんだ……」

「分からん。連中が宣戦布告もしないで戦闘を仕掛けるような野蛮人なら納得できなくもないが……」

「無いが?」

 

 『大和』の気になる言い方に、『土佐』が怪訝な表情を浮かべる。

 

「偶然にしては、連中が来るタイミングが良すぎる」

「……」

「……皇国が襲撃してきたのは、必然だったと?」

 

 『大和』の上『天城』がそう言うと、「あぁ」と彼は短く答える。

 

「……まさか」

 

 と、『大和』はある憶測が脳裏に浮かび、ハッとする。

 

 

 すると港で上がる煙が弾けると、中からワイバーンロードが飛び出てくる。

 

『っ!?』

 

 『大和』達の上を通り過ぎて、『長門』に向かっていく。

 

「っ! まだ残っていたのか!」

 

 『土佐』はとっさに砲撃をしようとするも、ちょうど『春月』が射線に被ってしまい、射撃ができないでいた。

 

「おのれぇぇぇ!!」

 

 ワイバーンロードに跨るレクマイアは怒りの籠った眼で『長門』を睨みつける。

 

 首都アマノキの城下町を低空で攻撃していた彼は、軍艦の対空射撃と『大和』の艦載機からの攻撃を逃れていた。

 

 しかし部隊は瞬く間に壊滅し、残っているのはもう彼だけとなり、レクマイアは半ば自棄になって突っ込んでいる。

 

「貴様、貴様だけはぁっ!!」

 

 彼は相棒のワイバーンロードに火球を放たせようと指示を出し、ワイバーンロードの口が開いて火球が形成される。

 

 『長門』達は低空で侵入してくるワイバーンロードを迎撃しようと対空射撃を開始するが、長10cm連装高角砲と九九式四十ミリ機関砲より放たれた砲弾と弾丸は内蔵された近接電波信管が海面に反射して反応してしまい、見当違いのところで炸裂してレクマイアとワイバーンロードを墜とせないでいる。他の零式機銃も中々命中しない。

 

「食らえっ!!」

 

 そしてレクマイアはワイバーンロードに火球を吐き出させると、直後に『陸奥』の長10cm連装高角砲より放たれた砲弾が信管不良で炸裂することなく、ワイバーンロードに直撃して粉々に粉砕する。跨っていたレクマイアはワイバーンロードの肉片越しに海面に叩き付けられる。

 

「『長門』!!」

 

 火球は一直線に『長門』に向かっていき、『大和』が声を上げる。

 

 

『やらせない!』

 

 すると、事前に察知して動いていた『冬月』が『長門』の前に出てくる。

 

「っ!」

『「冬月」!』

 

 ちょうど『長門』と火球の間に入り込んだ『冬月』は、身を挺してワイバーンロードより放たれた火球を『長門』から守ったが、火球が艦橋に直撃してしまう。

 

「『冬月』!」

「大丈夫か!」

 

 艦橋から黒煙を上げる『冬月』に、『大和』達は不安になる。

 

『「冬月」! 「冬月」!! お願いだから、返事をしてよ!!』

 

 特に『長門』はいつもの口調が崩れるほどの、見るからに狼狽した様子で『冬月』を呼びかける。

 

『―――ら』

 

 すると雑音交じりで通信が入る。

 

『「冬月」! 大丈夫なのか!?』

「『冬月』! 返事をしろ!」

 

 

『―――ちら、「冬月」 僕は大丈夫です』

 

 と、何度も声をかけると、『冬月』より返信が入る。

 

「『冬月』 大丈夫か?」

『は、はい。僕は何とか。でも艦橋の窓が割れてその破片や炎で艦橋要員の妖精たち数名が負傷。および電探に異常発生。炎で損傷したとみられます』

「そうか……」

『よ、良かった……』

 

 『冬月』が無事であるのを確認して『大和』は安堵の息を吐くと、『長門』も安心したように声を漏らす。

 

「あらあら……」

 

 と、『天城』は『長門』の様子から何かを察したようで、笑みを浮かべている。

 

「どうした、『天城』?」

「いえ、なんでもありませんわ」

「?」

 

 そんな様子の彼女に『大和』は問いかけるも、笑みを浮かべたままそう答えて彼は首を傾げる。

 

 

 

 

 




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第六十話 真意と怒り

 

 

 

 その頃、空の特等席でロデニウス連邦共和国の軍艦によってワイバーンロードが撃墜する瞬間を見ていたスサノオと風竜は、驚きに満ちた表情で見ていた。

 

『凄いものだな、あの船は……』

 

 風竜はその光景を見て感嘆の声を漏らす。

 

「あぁ。ワイバーンロードがいとも容易くと。どうやってあんな正確に狙いをつけられるんだ?」

『恐らくあの船は人間には見えない光をトカゲ共に浴びせて、船の砲はトカゲから反射した光の方向を向き、飛行する未来位置に向かって撃っている。その上砲弾からも微弱だが光が出ていたから、恐らくその光の反射でトカゲの位置を探っているのだろう』

「そ、そうなのか? あの船は、そんなに凄いのか?」

 

 スサノオは信じられない様子で相棒の風竜に問い掛ける。

 

『あぁ。恐らく古の魔法帝国の伝承にある、対空魔導船みたいなものだろう』

「げっ! そんなに凄いのか。こりゃ帰ったら報告書が大変だな……」

 

 彼はロデニウス連邦共和国の軍艦の予想以上の凄さに、これをどう上に報告するかという苦労に悩まされるのだった。

 

 

 

 

 

 その後『大和』と『天城』『土佐』は『長門』の艦体へと接近し、タラップを登って乗艦する。

 

 

「……」

 

 『大和』は艦載機を収納して、艦載機をショットシェルに変化させて弾帯に戻しながら、周囲を警戒しつつ状況を考えていた。

 

(パーパルディア皇国がこの場に来たのは、単なる偶然じゃない。何かしらの理由があって、ここに来たはずだ)

 

 彼は皇国が襲撃を掛けてきたのは、何かしらの理由があってのことだと予想する。明らかにワイバーンロード部隊の動きは計画性のあるものだった。

 

(だが、何の理由があって? わざわざこんな遠い所まで戦力を送り込む理由は……)

 

 しかし皇国がなぜこんな所にまで戦力を送り込んだのか。余程のことが無ければ、こんな労力を駆使することはないはず。

 

 

『こちら『ヤクモ』! 『大和』殿、応答願います!』

 

 と、『ヤクモ』の艦長ブルーアイから通信が入る。

 

「こちら『大和』 どうしましたか?」

 

 『大和』は通信をオープンにして、各KAN—SENに通信内容が伝わるようにする。

 

『先ほど飛ばした索敵機より入電がありました。フェン王国の水軍が首都アマノキの反対側にある港より出港したとのことです』

「フェン王国の水軍が?」

 

 ブルーアイからの報告に、『大和』は違和感を覚える。

 

(なんでフェン王国の水軍が出港したんだ? パーパルディア皇国が送り込んだ戦力はワイバーンだけなはず。なぜ水軍を、それも今更になって……)

 

 襲撃してきたのはワイバーンだけなはずなのに、なぜ水軍が今になって出てきたのか。

 

「分かりました。『ヤクモ』と『ウネビ』『イズミ』の三隻は引き続き周囲の警戒を」

『了解したました』

 

 『大和』はブルーアイに指示を出して通信を切る。

 

「……総旗艦様」

 

 と、『天城』が『大和』に声を掛ける。

 

「どうした?」

「先ほどのパーパルディア皇国と思われる勢力による襲撃ですが……」

「……」

「今回の襲撃、ただの偶然とは思えません」

「お前もそう思うか」

 

 『天城』がそう言うと、『大和』が頷く。

 

「恐らく各国の関係者が多く参加するこの軍祭に合わせて、皇国は襲撃を行ったものと思われます」

「見せしめの為にだな」

「はい」

「となると、フェン王国は何かしらの……」

 

 すると、『大和』は急に黙り込む。

 

「総旗艦様?」

 

 急に黙り込む『大和』に、『天城』は首を傾げる。

 

(そもそも、なぜフェン王国はこの日に合わせて我が国に軍艦の派遣を要請したんだ?)

 

 力を見たいだけなら、わざわざ軍祭に合わせなくても、明日明後日は無理でも一週間後でも良かったはず。この日じゃダメだという理由はない。

 

(まるでフェン王国は、パーパルディア皇国から攻撃を受けることが分かっていたから、この日を指定した―――)

 

 

 そして『大和』は、一つ一つピースを嵌めていくように憶測を立てていき、やがて一つの憶測が立つ。

 

「……」

「総旗艦様?」

 

 すると彼の様子が一変したのを感じ取ってか、『天城』は不安の声を漏らす。

 

 それは噴火寸前の火山のような、静けさと共に、膨大な怒りが滲み出ているような、そんな雰囲気である。

 

「『土佐』 『天城』を頼む」

「総旗艦?」

「『長門』達は引き続き周囲を警戒。すぐに出られるようにしろ」

 

 『大和』はそれぞれ指示を出すと、歩き出して彼女たちの元を離れようとする。

 

「総旗艦様。どちらへ?」

「剣王シハンの元にだ。色々と聞きたいことがある」

「……」

「それと 『春月』『宵月』『冬月』『北風』は上空のみならず、海の中も警戒しろ。もし不審な影が見られたら、躊躇わず対処しろ」

 

 『天城』に今から向かう場所の説明をして、駆逐艦にそう指示を出すと、彼は『長門』を降りて海を走り、シハンの元へ向かう。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

『……』

 

 剣王シハンと側近達、軍祭に参加していた各国の参加者達、他の全ての目撃者達は、信じられない光景を前にして、開いた口が塞がらないとは、このことだろう。

 

 1騎を墜とすだけでも、大変な戦闘を繰り広げる必要があるワイバーンロードが、自分達の目の前で20騎以上も、ほぼ一瞬でバラバラに消し飛んだ。

 

 ワイバーンロードは間違いなくパーパルディア皇国のものだろう。

 

 文明圏外の国で、1騎でもワイバーンロードを墜とすことが出来れば、国として世界に誇れる。『我が国は、ワイバーンロードを叩き落すことが出来るほど精強である』と。

 

 それをロデニウス連邦共和国の軍は、いとも容易くハエを叩き潰すように、それも自軍に殆ど被害を出さずに、列強の精鋭であるワイバーンロード部隊を20騎も叩き落してしまった。

 

 歴史が動く、世界が変わる予感がする。剣王シハンはそう感じた。

 

 ワイバーンロードは、恐らくフェン王国への懲罰的攻撃に来ていたのだろう。

 

(ロデニウスをこの紛争に巻き込めたのは、天運ではなかろうか……)

 

 剣王シハンは予想外に良い方向へ事が進んでいると思い、ほくそ笑む。

 

「剣王様。ロデニウスの使者が会談を申し出てきました」

「そうか。すぐに準備して参れ」

「ハッ」

 

 剣王は報告を聞き側近に指示を出し、会談の場を準備させた。

 

 

 

 王城がワイバーンロードによって破壊されたので、会談の場所は城の敷地内にある応接室にされた。

 

 『大和』はフェン王国の者よりお茶を出されて、湯呑を手にしてお茶を飲む。他の外交官は万が一に備えて、一足先に駆逐艦に戻らせている。

 

 彼の様子は冷静を装っているようにみえるが、内心怒りに満ちている。それゆえに無表情であった。

 

 しばらくして、フェン王国の剣王シハンと武将マグレブが現れた。

 

「ロデニウスの使者殿。今回はフェン王国に不意打ちをしてきた不届き者共を、真に見事な武技で退治していただいたことに、まずは謝意を申し上げます」

 

 マグレブは深々と頭を下げる。

 

「別に我々は貴国を守ったわけではありません。あくまでも我々に降り掛かった火の粉を払っただけに過ぎません。その辺は誤解無きよう」

 

 『大和』はフェン王国に勝手な捉え方をされないように、きっぱりと牽制する。

 

「ですが、あなた方のおかげで、我が国の民は救われました。決して少なくない犠牲者は出ましたが、それでもあなた方がいなければ、何の罪の無い多くの民が犠牲になっていたかもしれませぬ」

 

 シハンはどこか演技掛かった言い回しをして、ロデニウスの行いを褒める。

 

(大根役者が……)

 

 しかしその下手な言い回しは、既にフェン王国の目的にほぼ確信を抱く『大和』からすれば、苛立ちを募らせるだけだった。

 

「それでは、早速国交開設の事前協議を行いたいのですが……」

「その前に、少しよろしいでしょうか」

 

 マグレブが何の躊躇いもなく協議を切り出そうとする姿勢に更に苛立ちを募らせるが、『大和』は冷静を保ちつつ質問をする。

 

「なんでありましょうか?」

「あなた方は……既にパーパルディア皇国と戦争状態にあるのではないですか? そしてそれを分かっていながら、この日に合わせて我が国の軍艦の派遣を要請したのではないですか」

「なっ! 何を根拠にそんな戯言を!!」

 

 『大和』の言葉にマグレブは怒りを露にする。

 

「その通りでございます、使者殿」

「け、剣王様!?」

 

 しかしシハンは白を切るどころか、正直に『大和』の言葉を肯定し、あまりにも正直に話したことにマグレブは驚く。『大和』もあっさり認めたシハンに少し驚きを見せる。

 

「なぜそのような事を。ハッキリ言ってこれは国際問題どころの問題ではありません。他国を戦争に巻き込むなど」

「もちろん、そのようなことになると考えておりましたが、我が国の存亡に関わることゆえに、やむを得ずこの判断を下しました」

「……」

 

 悪びれる様子のないシハンの態度に、『大和』は堪忍袋の緒が切れそうになるも、何とか耐えている。

 

 まぁ自分達の都合で他国を戦争に巻き込んでいる事実もそうだが、彼からすれば、仲間を危険晒された上に傷つけられ、その上愛する女性が命の危険に晒されたのだ。ぶっちゃけ今の立場が無ければ、彼はシハンを殺すのも躊躇わないだろう。

 

「ですが、これだけは言っておきます。恐らく襲ってきたのはパーパルディア皇国のワイバーンロードと思われます」

「そうですか(知ってるよ)……」

 

 『大和』は内心呟きつつ、入ってきた通信を聞きながらシハンの言葉に耳を傾ける。

 

「我が国はこのパーパルディア皇国から土地を献上せよと一方的に要求され、それを拒否しました。たったそれだけで襲ってくるような連中です」

「……」

 

 だから? と言わんばかりな表情を浮かべる『大和』だったが、シハンは気にすることなく続ける。

 

「過去に、我々のようにパーパルディア皇国に懲罰的攻撃を加えられた国がありました。その国は皇国の竜騎士を狙い、不意打ちで殺しました。かの国は報復としてパーパルディア皇国に攻め滅ぼされ、反抗した者は全て処刑され、服従した民衆は奴隷として、各国に売られていきました。そして王族は皆殺しにされ、その後串刺しにされて晒されました。特に女は徹底的に陵辱されたのちに、同じ末路を辿りました」

「……」

「パーパルディア皇国……いえ、列強国というのは強いプライドを持った国というのを、お気に留めておかれますように」

 

 シハンの言葉を終始黙って聞いていた『大和』は静かに息を吐き、彼を見る。

 

「パーパルディア皇国がどれだけ野蛮な国であるというのはよく分かりました。ですがあなた方の行いは、決して許されるものではありません」

 

 『大和』は脱いでいた制帽を被って立ち上がる。

 

「国交開設の話し合いについては、騒動が収まってから再開することにします。その際にあなた方の誠意ある謝罪があるのを期待しています」

「えぇ。貴国に多大な迷惑を掛けた事に変わりはありません。その償いは、必ずしましょう」

 

 彼の言葉にシハンは態度を変えなかった。恐らく既に目的を達しているので、その後のことはどうにでもなると考えているのだろう。

 

「あぁ、そういえば」

 

 と、応接室を出る前に、『大和』は立ち止まってシハンとマグレブを見る。

 

「先ほど報告がありましたが、我が国の軍艦が海中に艦へ接近する不審な影があって、それに対処したと」

 

 『大和』の言葉に、シハンとマグレブの表情が揺らぐ。

 

 シハンはロデニウス連邦共和国の軍艦を逃さまいと、軍艦のスクリューに網を絡ませて行動不能にさせようと画策し、海中に忍びを忍ばせていた。しかし忍びの接近を音探と目視で駆逐艦が発見し、機銃と機関砲を放って対処した。

 幸い残骸が浮かび上がって来なかったが、不審な影が遠ざかったのを確認した。

 

「あまり斯様な手を使うのは、よろしくないかと思います」

 

「では、これで」と、『大和』は応接室を出る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 応接室を後にした『大和』は『長門』に戻る。

 

 

「総旗艦」

 

 艦上に出ると、『天城』と『土佐』、更に『長門』の姿があった。

 

「どうでしたか?」

「思いっきりクロだったよ。あの狸親父め」

 

 『天城』の問いかけに、『大和』は忌々しそうに吐き捨てる。

 

「やはり、最初から我々を巻き込むためにわざわざ日時と場所を選んだのか」

 

 『土佐』は明らかに不機嫌な様子で破壊された王城を睨む。

 

「それで、『冬月』はどうなった?」

「『冬月』さん自身や艦橋要員妖精が窓の破片や炎で負傷しましたが、命に別状はないとのことです。『冬月』さんの艤装も艦橋の窓ガラスが割れて電探に異常が発生していましたが、後者は応急修理を終えています」

「そうか。それなら良かった」

 

 『冬月』が無事であるのを知って、『大和』は安堵の息を吐く。

 

「総旗艦。先ほどブルーアイ殿より報告が入った。どうやらフェン王国の水軍がパーパルディア皇国と思われる艦隊と接敵。戦闘を開始するも、一方的にやられて撃破されたそうだ」

「やはり皇国が送り込んだ戦力は、ワイバーンロードだけじゃ無かったか」

 

 『長門』より報告を聞き、『大和』は舌打ちをする。

 

「いかがしますか?」

「……」

 

 『天城』に問われて『大和』は一考する。

 

 恐らくこのまま離れようとしても、パーパルディア皇国の艦隊と接触するのは避けられない。

 

「……このままだとパーパルディア皇国の艦隊がここに来て、民間人への無差別攻撃を行うだろうな」

『……』

「あの狸親父の思惑通りに動くのは癪だが、民間人に罪はない」

 

 『大和』はそう言うと、背中に艤装のアームに接続されている水平連装式散弾銃型の艤装を手にして中折れにして、艦載機を変化させたショットシェルを二発装填して銃身を戻す。

 

「各KAN-SENはいつでも戦闘を行えるように備えろ。接近している艦隊は俺が対処する」

 

 彼はそう指示を出し、水平連装式散弾銃型の艤装を空に向ける。

 

「待ってくれ」

 

 と、艦載機を飛ばそうとしている『大和』に『長門』が声をかけて彼を止める。

 

「敵艦隊への攻撃だが、余に任せてもらえないだろうか?」

「『長門』?」

 

 『大和』は彼女から予想外の申し出に少し驚く。普段からあまり争いごとを好まない彼女が、自ら戦闘を行いたいと申し出たのだ。

 

「お前が自ら戦闘を買って出るとは。何か理由があるのか?」

「……」

 

 『長門』は顔を伏せると、両手を握り締めて口を開く。

 

「余は……憤っているのだ」

「……」

「不意打ちを行った上に、何の罪のない民を一方的に殺戮を行うパーパルディア皇国の行いに、余は憤っているのだ」

 

 彼女はあちこちで火事が起きている街並みと、黒く焦げた港の埠頭を見渡す。そこにはワイバーンロードの放った炎で焼き尽くされた多くの骸が転がっている。

 

「このまま、やつらの行いを見過ごすことは、出来ぬ!」

「『長門』……」

 

 普段の彼女からは想像できない様子に、『大和』や『天城』達は驚きを隠せなかった。

 

「それに……」

 

 怒りの籠った声を漏らす彼女は、顔を上げる。

 

「大切な仲間を傷つけられているのだ。このままでは、怒りが収まらんのだ!」

「……」

 

 少しばかり私情のある理由に、『大和』達はどことなく安心感が込み上げて来る。

 

『「長門」姉! 私もやる!!』

 

 と、『長門』の後方に居る『陸奥』が声を上げる。

 

『私も、「冬月」を傷つけられて許せない! 攻撃してきたやつらをとっちめてやるんだから!』

「『陸奥』 お主……」

「……」

 

 『長門』と『陸奥』の二人を見て、『大和』は息を吐く。

 

「……お前の気持ちはよく理解したよ」

 

 『大和』は気持ちを切り替えて、笑みを浮かべる。

 

「分かった。敵艦隊の迎撃は、お前達に任せる」

「総旗艦」

「但し……」

 

 と、彼は左手の人差し指を立てる。

 

「お膳立てぐらいはさせてくれ。正直な所、このままジッとしていられないからな」

 

 彼はそう言うと、それはそれは……とってもイイ笑顔を浮かべる。

 

 

 




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第六十一話 ロデニウス、怒りの攻撃

 

 

 

 所変わり、パーパルディア皇国監査軍東洋艦隊

 

 

 

 フェン王国への懲罰的攻撃を行う為、第三外務局の局長カイオスの命により、当艦隊が皇国から派遣された。

 

 

 先ほどフェン王国の水軍の軍船と戦闘を行った際、向こうも魔導砲を有していたことで、砲撃戦を繰り広げた。しかし皇国側の魔導砲と比べて型落ち品の代物であったので、性能の差が開いていた。その為パーパルディア皇国の艦隊が圧倒して、味方の損傷皆無でフェン王国の水軍を殲滅し、艦隊はフェン王国を目指して航行している。

 

 

 

「……」

 

 監査軍東洋艦隊の提督であるポクトアールは、どこか不安のある表情を浮かべている。

 

「しかし、拍子抜けにもほどがありましたね。ワイバーンロード部隊が通信途絶をしたからてっきりフェン王国が我々の想像できない秘密兵器でも持っているものかと思いましたが、旧式のオンボロ魔導砲しかないとは。所詮魔法を知らない蛮族でしたね」

 

 その隣で戦列艦の艦長が馬鹿にした様子でため息をつく。

 

「いや、もしかしたら地上に何かがあるのかもしれない。現にワイバーンロード部隊の連絡が途絶えたのは、奴らの首都を攻撃した後だ。状況が分かるまで、気を抜いてはならん」

「は、ハッ。申し訳ありません」

 

 ポクトアールがそう言うと、艦長は頭を下げる。

 

 彼は経験豊富な軍人であり、的確な指示を出すとあって、この艦隊では人望の厚い人物だ。それ故に、多くの者が彼を信頼しており、その言葉を正直に受け止めている。

 

(確かに彼らは我々からすれば旧式の魔導砲を持っていた。だが、それだけでワイバーンロード部隊が全滅した説明にはならない。やはりフェン王国に何かしらの兵器があるというのか。ワイバーンロードを墜とすほどの何かが)

 

 いくら列強国のパーパルディア皇国とはいえど、ワイバーンロード以外でワイバーンロードを撃ち落とすのは困難を極める。その為、彼はワイバーンロード部隊が全滅した現状に不安を抱いている。

 

(我が艦隊には30門を誇る戦列艦が数十隻あるが、それでも竜母があれば安心できたのだがな)

 

 ポクトアールは無い物を強請ってしまうが、すぐに考えを改める。まぁ、竜母は正規軍に優先的に配備されている代物なので、文明圏外の国に懲罰的攻撃を行うだけの監査軍には配備数が少ない。

 その上、今回の攻撃目標であるフェン王国はワイバーンを持たない国とあって、上空援護は必要ないとされたのだ。まぁ別にワイバーンロード部隊が派遣されたのは言うなれば保険みたいなものだが。

 

(まぁいい。我々は与えられた任務をこなすだけだ)

 

 彼は不安を抱きながらも、任務を完遂する為に気を引き締める。

 

 

 

「……?」

 

 すると何やら変な音がして、ポクトアールが顔を上げる。

 

「何でしょうか、この音は?」

 

 船長も気づいて、船員達と共に周囲を見渡す。

 

 それは「ゴー」という、聞き覚えのないものだ。

 

「……」

 

 と、ポクトアールが何かに気づき、首に提げている双眼鏡を手にして覗き込む。

 

 その双眼鏡の先には、何やら黒い点がいくつか見えている。

 

(あれは……一体―――)

 

 

 そしてその黒い点をよく見た瞬間、ポクトアールは目を見開く。

 

「なんだ、あれは!?」

「提督?」

 

 驚愕するポクトアールに艦長は首を傾げる。

 

「艦長! すぐに戦闘準備だ! 敵騎が来るぞ!」

「て、敵騎ですか!?」

「恐らくそうだ! 早くしろ!」

「は、ハッ!」

 

 艦長はすぐに船員に指示を出す。

 

「提督! もう敵騎が!」

「っ!」

 

 すると船員の一人が叫んでポクトアールは前を見ると、空に小さな黒い点が徐々に大きくなっている。

 

「あれは、まさか!」

 

 そしてポクトアールはその黒い点の正体を確認して、驚愕の表情を浮かべる。

 

 

 それは『大和』より発艦した景雲三型改20機であり、両翼下の懸架装置に更なる改良が加えられて弾道性が向上した『一〇〇式ロケット弾改二』をこれでもかと言わんばかりに両翼合わせて12発を積み込んでいる。

 

 

(ひ、飛行機械だと!? なぜこんな文明圏外に飛行機械があるんだ!?)

 

 ポクトアールは景雲三型改を見て、第二文明圏にある飛行機械と思い目を見開いている。

 

 そして艦隊に接近した景雲三型改は一〇〇式ロケット弾改二を一斉に放つ。放たれた一〇〇式ロケット弾改二は真っすぐに飛翔し、戦列艦数隻に直撃して炸裂し、積み込んでいる魔石が誘爆して戦列艦が大爆発を起こす。

 

「戦列艦『パオス』『ガリアス』『マミズ』『ベール』……ご、轟沈!!」 

「な、何という威力だ……!」

 

 一度に四隻の戦列艦が轟沈し、ポクトアールは茫然とし、旋回する景雲三型改を見上げる。

 

 よく見ればムーの飛行機械であるマリンと違い、先端に風車の羽が無く、代わりに機体後方に穴が開いている。

 

(あれは、まさかミリシアル帝国の天の浮舟!? なぜ、こんな文明圏外に、第一列強国の飛行機械が……)

 

 彼は列強国の神聖ミリシアル帝国の天の浮舟を見たことがあるので、似たような構造をしている景雲三型改をその天の浮舟だと思ってしまう。

 

(まさか、ワイバーンロード部隊が全滅したのは、ミリシアル帝国の天の浮舟と交戦したからなのか!?)

 

 やがて彼は先行したワイバーンロード部隊が全滅した原因が天の浮舟であると予想し、身体の震えが止まらなくなる。下手をすれば、第一文明圏の列強国に戦争を仕掛けてしまったかもしれないからだ。そうなれば、パーパルディア皇国といえど、勝ち目など無い。

 まぁ実際は全然違うのだが、判断材料がない以上、彼らが予想できるのはこの程度である。

 

 旋回し終えた景雲三型改は機首を戦列艦に向けて、翼の根元にある零式機銃を放つ。零式機銃より放たれたHE(M)(薄殻榴弾)が戦列艦を襲い、甲板に着弾した弾丸が半ば貫通して炸裂し、木片を飛ばして甲板に大きな孔を開けると共に火の手を上げる。その際に機銃掃射に巻き込まれた船員達が木っ端微塵に粉砕される。

 他にマストにも直撃して半分近くが弾け飛ぶと、重さに耐えかねてマストが折れる。

 

「戦列艦『クマシロ』『アイダ』『ミネダ』『リクト』被弾! 『クマシロ』と『リクト』のマストが倒壊しました!」

「更に『ミネダ』と『アイダ』にて火災発生! このままでは積載している魔石に引火する可能性が!」

「……」

 

 次々と入る報告に、ポクトアールは呆然と立ち尽くす。

 

(こ、このままでは、全滅するのを待つだけだ。やむを得ないか……)

 

 彼はこれ以上の作戦遂行が不可能であると考え、すぐに転進を命じようとする。

 

 

 その瞬間、彼が乗艦している戦列艦の隣を航行していた戦列艦二隻が、巨大な水柱に包まれる。

 

『っ!?』

 

 突然のことに誰もが目を見開いて驚き、水柱を見る。

 

 水柱が収まると、そこには戦列艦の姿はなく、代わりに残骸と思われる木材や人であった肉片が浮かんでいる。

 

「せ、戦列艦『アイダ』『セイト』……消滅」

 

 見張り員は震える声で、報告をする。轟沈ではなく、消滅。あまりにも現実離れした光景に、誰もが呆然と立ち尽くす。

 

「っ! 前方に艦影と思われる巨大な物体を確認! 数は2!」

 

 するとマストにある見張り台から報告が入り、誰もが前方を見る。

 

『っ……』

 

 そして誰もが、それを見た瞬間絶句する。

 

 なぜなら、それはあまりにも巨大であったからだ。艦隊から何kmも離れているにもかかわらず、肉眼でも確認できるぐらいに大きな艦影であった。しかもそれが二つである。

 

 

 監査軍艦隊を絶句させた巨大な影の正体は、フェン王国より出発した『長門』と『陸奥』の二隻であり、先ほどの『大和』の艦載機である景雲三型改の攻撃の際に艦隊の位置を知り、光学照準器と射撃用電探を連動させ、諸元に従って第一、第二砲塔の照準を合わせて、砲撃したのだ。

 その為、偶然もあるだろうが、初弾で命中弾を出したのだ。

 

 

「さ、先ほどの攻撃は……まさかあの船からなのか」

 

 ポクトアールは震える声を絞り出すようにして口にすると、望遠鏡を覗く。

 

 望遠鏡の先には、戦列艦よりも巨大な船が二隻航行しており、その甲板には巨大な砲が鎮座している。しかもそれが四門もあるのだ。

 

(馬鹿な。あの大砲は……まるでムーの戦艦『ラ・カサミ』みたいじゃないか! いや、明らかにそれよりも大きい!)

 

 そしてその姿形から、第二文明圏の列強国であるムーの戦艦『ラ・カサミ』と同じ物であるのを理解する。更にそれよりも大きい船であるというのも、同時に理解する。

 

 どう考えても、勝ち目など無いのは明白だ。

 

 すると軍艦は巨大な大砲を艦隊に向けている。その事実を認識した瞬間、彼は反射的に行動する。

 

「て、撤退だ! 撤退しろ!! すぐ転進してここから逃げるんだ!!」

「て、提督!? ですがそれではカイオス局長からの命令を背くことになります! 栄えある皇国が蛮族に背を向けて逃げるなんて――――」

「命令がなんだ! あれと戦って勝てるというのか! だったらその案を聞いてやる! 言ってみろ!!」

 

 ポクトアールは怒りの形相で異を唱えた艦長に問い掛けるが、当然艦長は答えられない。

 

 どう考えても、あの巨大な船と戦って、こちらに勝ち目なんて何一つ無い。アウトレンジから一方的に撃たれて殲滅されるのがオチである。

 

 経験豊富な彼だからこそすぐにそれを理解したが、皇国の力に酔い痴れている若い者達はそれに理解するのに時間が掛かってしまった。

 

 

 そしてその一瞬が、命取りになってしまった。

 

 

「すぐに転進だ! 他の船にも伝えろ! 早く―――」

 

 彼はすぐに他の船にも撤退命令を伝達させるために指示を出すが、その直後、彼の乗艦の戦列艦の至近距離で、巨大な水柱が上がる。

 

 水柱に呷られて、戦列艦はアッという間に横転し、そのまま転覆する。

 

 その横転時の勢いで、甲板に居た者達は一斉に海へと投げ出される。中には甲板にある荷物の直撃を受けて絶命する者もいたが。

 

「っ!」

 

 投げ飛ばされたポクトアールはとっさに海面に出ると、周囲を見る。

 

 残った戦列艦は『長門』と『陸奥』の二隻による艦砲射撃に晒され、瞬く間に次々と沈んでいく。

 

 水柱に呷られて転覆する船や、直撃を受けて文字通り粉々に粉砕されて轟沈するか、至近弾の衝撃で船体が破壊されて沈められるか、戦列艦はそのどれかの運命を辿っていく。

 

 その上、命令を伝達する前に旗艦が撃沈されたので、残った戦列艦はどうするべきか判断が付かず、転身しようともしない。

 

「……悪夢だ」

 

 やがて近くにあった樽にしがみついたポクトアールは、目の前で起きている現実にただただ声を漏らすしかなかった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「敵艦隊はほぼ壊滅したか」

 

 『長門』艦橋の防空指揮所にて、艦載機越しにパーパルディア皇国の艦隊の状況を確認している『大和』は、素っ気ない様子で呟く。

 

 直後に『長門』の第一砲塔と二番砲塔の二番砲が咆え、遅れて三番砲塔と四番砲塔の二番砲が咆える。続いて『陸奥』の主砲も第一砲塔から順に轟音と共に咆える。

 

 それから数十秒後、混乱した様子の艦隊に巨大な水柱が八本発生し、その内四本の中で爆発が起こる。恐らく直撃を受けた戦列艦に積載されていた魔石が爆発したのだろう。

 

 そしてそれが生き残った最後の戦列艦であり、今海の上に浮かんでいる戦列艦の姿は無い。強いて言うなら転覆している戦列艦の姿しかない。

 

「すまないな、総旗艦。余の我が儘に付き合ってくれて」

 

 『大和』の隣に立つ『長門』がそう言うと、頭を下げる。

 

「構わんさ」と彼は短く返す。

 

(だが、これでパーパルディア皇国から完全に目を付けられてしまったな。まぁ遅かれ早かれ、あの国と相対することになるのは分かっていたが……)

 

 『大和』は内心呟きながら浅くため息をつく。

 

 

 ちなみに彼らが知る由もないが、実を言うと監査軍東洋艦隊は景雲三型改と『長門』『陸奥』の衝撃の大きさのあまり通信を行う暇がなく、皇国に艦隊が攻撃を受けた報告が送られなかった。

 その為、皇国がこの事実に気づくのに、もうしばらく掛かる事になる。

 

 

「『大和』より、『ヤクモ』へ」

『こちら「ヤクモ」 どうされましたか?』

 

 『大和』は『長門』と『陸奥』に同行している『ヤクモ』に通信を入れ、『ヤクモ』艦長のブルーアイが通信に出る。

 

「生存者の救出をお願いします。あの中でも恐らく生き残っている者がいると思いますので」

『分かりました。「ウネビ」及び「イズミ」と共に、生存者の救出に向かいます』

 

 ブルーアイは通信を切り、すぐに『ウネビ』と『イズミ』に指示を伝えると、三隻の巡洋艦は速度を上げて『長門』と『陸奥』を追い越して艦隊が居た海域へと向かう。

 

 この世界での捕虜の扱いはどうなのかは分からないが、こちらはこちらのルールに則って漂流者の回収を行う。

 

「総旗艦。件の国は、どう出ると思う?」

「さぁ、そこまでは何とも言えんな。だが、これだけは言える」

 

 『長門』の質問に、『大和』はパーパルディア皇国があるであろう方向を見ながら、先を続ける。

 

「ロデニウス連邦共和国は、そう遠くない内にパーパルディア皇国と刃を交えることになるな。旧ロウリア王国との戦争よりも、大きな戦争にな」

「……そうか」

 

 『長門』は声を漏らすと、空を見上げる。

 

「また、争いが起きるのだな」

「……」

 

 彼女の言葉に、『大和』は何も言えず、ただただ空を見つめ続けることしかできなかった。

 

 

 

 ロデニウス連邦共和国とパーパルディア皇国の初の艦隊戦は、ロデニウス側のワンサイドゲームという名の圧勝で終わった。

 

 後に『フェン沖海戦』と呼ばれることになるこの戦いが、連邦共和国と皇国との戦争の始まりであると、後の専門家は分析している。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、フェン王国の首都アマノキ

 

 

 時系列は少し遡る。

 

 

 パーパルディア皇国のワイバーンロード部隊を軽々と片付けた、ロデニウス連邦共和国の軍艦。その活躍を見て、軍祭に参加していた文明圏外の各国の武官は、放心状態にあったが、すぐに歓喜に沸く。

 

「な、なんだ! あの凄まじい魔導船は!?」

「あの列強のワイバーンロードをあっさりと叩き落したぞ!! 一体何なのだ、あの船達は!?」

「ロデニウス連邦共和国という新興国家らしいぞ」

「おぉ、あれが例の新興国家か!」

「あれだけの力を持っているとは……。まさか、古の魔法帝国の流れを組む者達では!?」

 

 自分達の常識とかけ離れた力を持つ、暗い軍艦色の巨大船の数々に恐怖を覚えると共に、どうにか味方に引き入れる事は出来ないかと皮算用を始める。

 

 もしかしたら、パーパルディア皇国を遥かに超える力を、あの船の国は持っているかもしれない。その上、フェン王国の軍祭に来たのであれば、件の国はフェン王国と友好関係にあるということだ。しかも自分達と同様に、文明圏外国家の可能性が高い。

 

 フェン王国と良好な関係を築き、あの国……ロデニウス連邦共和国とも良好な関係を築けば、パーパルディア皇国の属国化を防げるかもしれない。

 

 

 フェン王国がパーパルディア皇国の領土租借案を蹴ったと聞いた時は、フェン王国が焼き尽くされるのではないかと誰しもが思った。しかしあの船の国と友好関係にあるのであれば、フェン王国が強気に出るのも理解できた。

 

 

 そして軍祭に参加している文明圏外の国家の武官達は早速本国へと戻り、ありのままのことを報告し、ロデニウス連邦共和国との国交開設と共に、安全保障や貿易協定を結ぶべきだと、強く進言したという。

 

 

 

 




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第六十二話 野望

 

 

 

 ロデニウス連邦共和国 首都クワ・トイネ

 

 

 

『申し訳ありません、大統領。このような厄介な状況にしてしまい……』

「いいえ、この度の状況は『大和』殿のせいではありません。こればかりはやむを得ないかと」

 

 テレビ電話で『大和』は頭を下げるも、カナタは逆に申し訳ない様子で答える。

 

『しかし、パーパルディア皇国のワイバーンに攻撃を許可したのは自分ですので。これでほぼ確実に皇国に目を付けられてしまったものかと』

「ですが、『大和』殿が反撃を命じなければ、多くの被害を被っていた可能性がありました。これは紛れもない正当防衛です」

『……』

「『大和』」

 

 と、別のパソコンの画面からテレビ電話に参加している『紀伊』が『大和』に声を掛ける。

 

「どっちにしても、パーパルディア皇国との戦争は避けて通れない。遅かれ早かれ、いつかこんな状況になっていただろう」

『……』

「『紀伊』殿の言う通りです。パーパルディア皇国が存在する以上、いずれ今回のような状況は起こっていたでしょう。いずれの時であっても、あなたは同じ行動を起こすと思います」

『……それは』

「兎に角、今は本国へ戻って来てください。今後について協議したいので」

『分かりました。すぐに艦隊を出発させます』

 

 『大和』は頭を下げると、テレビ電話を切る。

 

「と、言うことです、『紀伊』殿。これから忙しくなると思いますので、お願いします」

「了解です。すぐに海軍省にて協議いたします」

 

 『紀伊』は立ち上がって敬礼をすると、彼の秘書艦として同行している『ニュージャージー』も敬礼する。

 

「では、失礼します」と、『紀伊』は頭を下げると、『ニュージャージー』を連れて執務室を出る。

 

 

「やはり、かの国とは避けて通れなかったですね」

「あぁ。そうだな」

 

 二人が出た後、カナタと秘書は言葉を交わす。

 

「だが、いずれかの国と戦うことは分かっていたことだ。今後はかの国とどう向き合うべきかを考えなければな」

「えぇ。可能性は低いでしょうが、少なくとも平和的な解決も模索するべきかと」

「そうだな」

 

 既に賽は投げられた。故に、今後どうするかは、もう決まっているようなものであるが……

 

 

 

「そういえば、『紀伊』殿は新しい秘書艦を就けたのだな」

「そういえば、見覚えのない娘でしたね」

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「結局なるべくしてなってしまったか」

 

 『紀伊』はそう呟くと、深くため息をつく。

 

 二人はカナタの執務室を出た後、エレベーターに乗って一階に下りている。

 

「でも、どうすることも出来なかったと思うわ。あの国の性格を考えればね」

 

 隣で『ニュージャージー』がパーパルディア皇国の性質を思い出しながら、彼に声を掛ける。

 

「まぁそりゃそうだが、問題なのは予想よりも早く状況が来てしまったことだ」

「準備自体はしていたんでしょ?」

「あぁ。確かに皇国と戦う準備はしていたが、問題なのは、海軍の戦力だ」

 

 エレベーターは一階へと到着し、扉が開くと、二人は出て大広間に出る。

 

「駆逐艦や巡洋艦は初期の頃から訓練を行っているとあって、練度のある艦は多いし、数だって最近就役する物を含めれば多い。だが、戦艦や空母に関しては練度はともかく、数が少ない。特に空母がな」

「……」

「せめてもう二隻ほど欲しい所だが、空母はあっても、乗組員のと艦載機の搭乗員の訓練を行うとなると、恐らく皇国と戦う頃には間に合わない」

 

 『紀伊』は『ニュージャージー』に説明しながら、自動販売機が並べられているスペースへと向かう。

 

 現在KAN-SEN以外でロデニウス連邦共和国海軍の空母戦力は、『ヒョウリュウ』と『エンリュウ』に、近い内に竣工を予定している『フウリュウ』と『ライリュウ』を含めて四隻になる。だが、四隻共に雲龍型航空母艦の設計を基にした中型の空母だ。これが翔鶴型航空母艦並みであれば四隻でも十分な戦力になりえるが、中途半端な大きさの空母とあって、些か戦力としては物足りない。

 その上、『フウリュウ』『ライリュウ』は訓練を行わなければならないので、即戦力としては期待できない。故に、実質的な空母戦力は『ヒョウリュウ』と『エンリュウ』のみだ。

 

「と、なると、海戦では私たちが主戦力になるってこと?」

「そういうことになるな」

 

 『ニュージャージー』の言葉に彼は肯定すると、ズボンのポケットよりスマホを取り出し、自動販売機のジュースがあるボタンを二回押してスマホを小銭の投入口の上にあるスペースに翳すと、電子マネーでジュースの代金を支払うと、二本のコーラの缶が出てくる。

 『紀伊』は二本のコーラを手にして一本を『ニュージャージー』に渡す。

 

「まぁ、その時になれば、お前にも声を掛けると思うから、その時は頼むぞ」

「もちろん」

 

 『ニュージャージー』はコーラを受け取りながら微笑みを浮かべて頷く。

 

 

 二人は大統領府を出ると、駐車場に停めている『紀伊』の愛車であるジープに乗り込み、駐車場を後にする。

 

「……」

 

 『紀伊』はジープを運転しながらコーラを飲み、缶をホルダーに収めた時、信号が赤に変わり、停止線前でジープを止める。

 

「『ニュージャージー』」

「何?」

 

 彼女はコーラを飲もうとして寸で止め、『紀伊』を見る。

 

「戦争って言うと、何が必要だと思う?」

「えっ、急に何?」

 

 意図の読めない質問に彼女は戸惑いを見せる。

 

「まぁいいから、お前の考えを言ってみろ」

「……」

 

 『ニュージャージー』は戸惑いながらも、首を傾げながら考える。

 

「……そりゃ、戦争に必要なのは戦う兵士や武器兵器を作る為の人員に、戦う為の武器と兵器、後はお金や資源とか、色々よ」

「概ね、その通りだな」

「……?」

 

 『紀伊』の答えに彼女はますます分からず、首を傾げる。

 

「戦争っていうのは、とにかく人材に資源、そして金を湯水の如く使って行うものだ。皇国だって当然同じだ」

「……」

「だが、連中はどうやってそれらを確保すると思う?」

 

 信号が青になり、ジープを走らせながら、『紀伊』は『ニュージャージー』に問いかける。

 

「えっ? 普通なら自国の領土内で確保できるんじゃ……」

「普通ならな。だが、連中は普通じゃない」

 

 彼は呆れた様子でため息をつき、話を続ける。

 

「パーパルディア皇国は戦争をしなくても、人材にしろ、資源にしろ、金にしろ、とにかく使いまくる。足りなくなれば属領にて搾取を繰り返す。当然そんな無駄遣いばかりすれば、自国領でも、属領でも、手に入れられる物も手に入れられなくなる」

「……」

「だったら、どうやって足りない物を補うか。まぁこの点は古今東西どこの国でもやっているがな」

「……他国への侵略かしら?」

「そうだ」

 

 彼女の答えに『紀伊』は頷き、缶を手にしてコーラを一口飲む。

 

「連中は必要な物が足りなくなれば、何かしらの理由を付けて他国へ侵略し、そこの資源や人材を得る。それを繰り返した結果が、今のパーパルディア皇国だ」

「典型的な領土拡張主義じゃない」

「まぁな。だが、領土の広さに割に、国力が釣り合っていない。だから無駄に資源や人材、金を食うんだ」

「……」

「そして領土の広さ故に、組織も拡大し、隅から隅へと管理し切れなくなって、組織の腐敗が起きている。ハエもどこに停まろうか迷うぐらいにな」

「……」

「あぁ、話がずれたな」

 

 『紀伊』は咳払いをして、コーラを飲み干して缶を置くと、話を続ける。

 

「つまり、今回の一件でパーパルディア皇国はフェン王国へ戦争を仕掛けるのは間違いない。だが、力に溺れているとはいえど、万全の体制で戦争をしたいだろうから、恐らく豊富な物資を欲するはずだ」

「……まさか、戦争をする為に、他に戦争をする気ってこと?」

「恐らくな」

「何よそれ。そんなの、ただのチンピラじゃない」

「正にそうだな。力を振りかざして弱いやつを従わせ、歯向かう奴には暴力で無理やり従わせる。パーパルディア皇国は、国家権力を持ったチンピラそのものだ」

 

 『ニュージャージー』の例えに『紀伊』は肯定し、呆れた様子で吐き捨てる。

 

「んでだ。連中が次に狙うのは、恐らくアルタラス王国だ」

「アルタラス王国? どうしてそこが狙われるの?」

「簡単な理由だ。パーパルディア皇国の目と鼻の先にあるからだ。それに加え、アルタラス王国には、高純度の魔石が採掘される鉱山が多く存在している。皇国からすれば、狙う理由の一つだ」

「でも、それだけの理由で戦争を仕掛けるなんて……」

「顔に泥を塗られたってだけで、宣戦布告もしないで不意打ちをするような連中だ。あっても不思議じゃない」

「……」

「それに、『蒼龍』からの報告によれば、最近パーパルディア皇国からのアルタラス王国への要求が徐々に増え、その上要求がある度に、内容も過激なものになりつつあるそうだ。そうであれば、可能性はますます高くなる」

 

 『紀伊』は持論を述べつつ、海軍省がある方向へジープを右折させる。

 

「だが、アルタラス王国、もといアルタラス島をパーパルディア皇国に取られるわけにはいかない。あそこは我が国とって、戦略的価値のある場所だからな」

「戦略的価値?」

「さっきも言ったが、アルタラス島の目と鼻の先にパーパルディア皇国、それも皇都がある。いざという時は、そこを狙える」

「あぁ、なるほど」

 

 『ニュージャージー』は納得したように頷く。

 

「だが、逆を言えば、それは向こうにも同じ事が言えるんだ。アルタラス島を取られれば、皇国はそこからロデニウス大陸へ戦力を継続的に送り込めるようになる。それだけは何としても避けなければならない」

「でも、アルタラス王国への武器兵器の輸出と教導はしているんでしょ?」

「練度が明らかに不足しているし、海岸線の防衛線だった完成していない。準備が整う前に、連中は攻めてくるはずだ」

 

 『紀伊』は『蒼龍』からの報告で聞いたアルタラス王国の現状を思い出す。

 

 アルタラス王国では軍の近代化が行われており、銃火器や大砲、車輛等の武器兵器が配備されつつあるが、兵士達はまだ完全に扱い切れていない状況だ。まぁ半年に満たなければ当然であるが。

 パーパルディア皇国と方向が面している海岸線では、地下や岩壁の内側に防衛線を建築しているが、まだ半分しか出来ていない。

 

 恐らくパーパルディア皇国がアルタラス王国に戦争を仕掛けるのに、そう時間は掛からないだろう。

 

「まぁ、だからこその安全保障条約だ。アルタラス王国が援軍を要請すれば、こちらは援軍を出す予定だ」

「援軍ねぇ。どれくらい出すの?」

「そこはその時になってからじゃないと、何とも言えんな。一応潜水艦による雷撃を考えているが、恐らくそれだけじゃ足りないだろうな」

 

 『紀伊』は静かに唸りながら、ハンドルから右手を放して頭を掻く。

 

「兎に角、その辺を海軍省で話すか」

 

 彼はそう言うと、ジープを海軍省へと走らせる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、フェン王国より離れた海域。

 

 

 フェン王国を離れ、本国への帰路に着いた艦隊は、ロデニウス大陸を目指して航行している。

 

 『長門』と『陸奥』を中心に、周囲を駆逐艦と巡洋艦で囲い、上空を警戒している。

 

 損傷した『冬月』は怪我人を『長門』に移し、彼も艦体を収納して『長門』に乗船している。

 

 そして先の戦闘で生き残ったパーパルディア皇国の監査軍東洋艦隊の船員達は捕虜として『ヤクモ』と『ウネビ』『イズミ』に分けて収容されている。

 

 

「……」

 

 怪我をした腕や頬に包帯やガーゼを付けている『冬月』は『長門』の甲板の上で海を見つめている。

 

 艤装の損傷は幸い大したことなく、トラック泊地のドックにて二、三日修理すれば直るとのこと。

 

「『冬月』」

 

 と、名前を呼ばれて彼は声がした方を向くと、『長門』が立っている。

 

「『長門』様……」

 

 『冬月』は振り返り、『長門』を見る。彼女の表情は明らかに怒りの色を浮かべている。

 

「『冬月』……なぜ余を庇ったのだ」

「……」

「あの程度の攻撃。余の艦体には何とも無い。庇う必要は無かったんだ」

「それは……」

 

 『長門』に事実を言われて、『冬月』は言葉を詰まらせる。

 

 ワイバーンロードの火球は生き物や木造の船には威力があるものも、鋼鉄の船舶に対しては効果はあまり無い。ましても戦艦であれば、場所にもよるが、損傷を与えることは出来ない。

 

「だが、お前は違う。駆逐艦が打たれ弱いのは、お前自身が分かっているはずだ!」

「……」

「今回はあの程度で済んだかもしれない。だが、下手すればお前は!」

 

 『長門』は怒りと共に、悲痛な表情を浮かべて、『冬月』に訴える。

 

 駆逐艦というのは、速度がある分装甲は薄い。それこそ12.7mmクラスの戦闘機の機銃で貫かれてしまうほどに薄い。その上他の駆逐艦であれば、魚雷を積んでいるので、最悪魚雷が爆発して、轟沈しかねない。

 『冬月』の場合、雷装を取り除いているので、その心配は無いものも、それでも打たれ弱い事実に変わりはない。

 

 その上、冬月型には、一番砲塔の後ろに噴進砲が搭載されており、下手すればそれに火球が直撃し、ロケット弾が誘爆する可能性があった。今回は艦橋付近に着弾して、ロケット弾が誘爆することは無かったが、下手すれば大きな損害を受けていたかもしれない。

 

「……それでも、『長門』様に……いや、大切な仲間に傷ついて欲しくなかった」

「……」

 

 『冬月』はそう答えると、『長門』は顔を上げる。

 

「勝手な事だというのは、承知しています。ですが、それでも自分は、後悔していません」

「……」

「本当に、無事で良かったです」

「……『冬月』」

 

 『冬月』はそう言うと、『長門』はどこか不機嫌そうとも言えるし、どこか嬉しそうとも言える、複雑そうな表情を浮かべると、そっぽを向く。

 

「……馬鹿」

 

 そして小さく彼女は呟く。その顔はどことなく赤く見えるが、その表情はどこか嬉しそうにも見える。

 

 

 

 

「あぁ、そう言うこと」

「えぇ。そう言うことですわ」

 

 その頃、『長門』の艦体の第二砲塔のバーベットの陰から、『大和』と『天城』の二人がこっそりと一部始終を見ていた。

 

「『長門』様にも、春の訪れが来たようですわね」

「春の訪れ、ねぇ」

 

 楽しげな様子でニコニコしている『天城』に、『大和』は苦笑いを浮かべる。

 

(最年少のカップル誕生、かどうかはさておき、ラブロマンスもののドラマにありがちな関係だな、あれ)

 

 『長門』と『冬月』の二人の様子を見ながら、彼は内心呟く。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって、件の国であるパーパルディア皇国

 

 

「……」

 

 第三外務局の局長であるカイオスは、思い悩んだ様子で、しばらく身動ぎせず固まっている。

 

(何が起きたんだ……)

 

 彼はこの現状に頭を悩ませ、静かに唸るしかなかった。

 

 

 というのも、パーパルディア皇国の要求を突っぱねたフェン王国へ懲罰的攻撃を行う為に送り込んだ監査軍東洋艦隊。一時間前に『フェン王国の水軍と交戦。これを撃破する』という報告が魔力通信にて送られた。

 しかし、その後の報告は無く、こちらから呼びかけても応答が無い。

 

 考えられるのは、魔力通信機が故障したか、もしくは何かしらの自然現象で通信が送れないでいるか。

 

 

 それとも、通信を送る間もなく艦隊が全滅したか……

 

 

(艦隊が全滅したとは考えにくいが、あれ以降通信が無いのはおかしい)

 

 カイオスは様々な憶測を立てたが、この状況を考えれば、艦隊が全滅したとしか考えられなかった。

 

(東洋艦隊のポクトアール提督は経験豊富の軍人だ。何があっても冷静に対処できるはずだ。それで尚全滅したとなると……)

 

 普通なら考えられないことだが、彼にはある心当たりがあった。

 

(……やはりフェン王国の軍祭に……ロデニウスが来ていたのか?)

 

 カイオスは内心呟きつつ、デスクの引き出しを開けて、中に入っているものを取り出す。

 

 それは数枚の写真であり、そこにはロデニウス連邦共和国で撮られたであろう風景が写されている。

 

 

 これは彼のお抱えの密偵が偽の身分にてロデニウス連邦共和国に潜入し、そこで撮影したものだ。しかも現地で購入した使い捨てのカメラを使ってだ。

 

 これほど鮮明で色の付いた写真を見るだけでも驚きものだが、何よりこの写真を撮ったカメラが使い捨てだという事実はカイオスに衝撃を齎した。

 

 現地で撮られたとあって、カイオスはこの写真を見てロデニウス連邦共和国が自国どころか、第二文明圏の列強国ムーを超えているというのを認識した。

 

 そして密偵に調べさせていると、とある情報を入手した。

 

 それは、ロデニウス連邦共和国がフェン王国が開催する軍祭に参加するという情報だ。

 

 未確定で信憑性の低い情報だったが、この状況を考えれば、ロデニウス連邦共和国が軍祭に参加していた可能性が高い。

 

 そして監査軍東洋艦隊の懲罰的攻撃にロデニウスが巻き込まれ、これを迎撃した。

 

 

 それならば、艦隊が全滅して、通信が無いのも頷ける。

 

(まずいな。このままだとこの国はフェン王国どころか、ロデニウスにまで戦争を仕掛けるぞ。もしそうなったら、この国は……)

 

 カイオスは最悪のシナリオが脳裏に過り、顔に手を当てる。皇国の性格を知っているからこそ、邪魔をしたロデニウス連邦共和国に皇国が敵意を向けるのは容易に想像できる。そして難癖を付けて、戦争を仕掛けるだろう。

 

 だが、どう考えてもパーパルディア皇国に勝ち目が無いのは明白だ。技術力が違い過ぎる。

 

 もし戦争になれば、パーパルディア皇国は歴史上類を見ない、大きな被害を被ることになる。最悪滅びる事にも――――

 

 

「……」

 

 するとカイオスはため息をつき、顔から手を放す。その表情は疲弊しているようだったが、次第に口角が吊り上がっていく。

 

(いや、皇国が暴走してくれれば、むしろ好都合だ)

 

 彼は内心呟くと、手にしている写真を見る。

 

(ロデニウスには悪いが、この国を変える為に、その力……利用させてもらうぞ)

 

 カイオスは黒い笑みを浮かべつつ、写真を引き出しに入れて戻す。それは、すぐに報告しないという意思表示なのだろうか……

 

(……例えどれだけの犠牲を払おうとも、変えてみせる)

 

 彼はある決意を抱いて立ち上がり、局長室を出る。

 

 

 




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第六十三話 各国の変化

今年最後の投稿になります。
来年も本作品をよろしくお願いします。


 

 

 

 

 フェン王国の軍祭の後、ロデニウス連邦共和国にやって来る船舶が増えてきた。そのどれもが軍祭に参加していた国々であった。

 国交締結を求めて、文明圏に属さない国の大使を乗せて、遠路遥々ロデニウス連邦共和国まで来訪してきたのだ。

 

 どうやらカナタ大統領の思惑通り、軍祭でロデニウス連邦共和国の力を目の当たりにして多くの国が興味を抱いてくれたが、何よりパーパルディア皇国のワイバーンロード20騎を一瞬で撃ち落とし、戦列艦を瞬く間に沈めたこともあって、予想以上の宣伝効果を齎したようで、中には軍祭の参加国から話を聞いて国交締結を決めた国もいるそうである。

 

 しかしその数が多く、領海にて警備に当たっている海上警備隊は、海軍より哨戒艇と駆逐艦の増援を加えても、二ヵ月近く日夜問わずに巡回する羽目になった。

 

 あまりにも国交締結を求める国の多さに、外務省はパンク寸前であった。

 

 そんな中で、救いの手を差し伸べる者がいた。それは件の首謀者であるフェン王国だった。

 

 どうやらこの状況を知った王国が、手助けとして国交締結の仲介役を買って出てくれたのだ。まぁこの間の一件の贖罪の意味も込められているだろうが。

 

 しかし『大和』からすればこの申し出を気に食わなかったものの、フェン王国は誠意ある謝罪をして、政府も謝罪と仲介役を買って出てくれたことで、とりあえず政府が納得したとあって『大和』も渋々と受け入れたという。

 

 とまぁ、フェン王国の手助けもあって、ロデニウス連邦共和国は多くの国と国交締結を行い、やがて多くの国々と大規模な貿易を行うことになった。

 

 それ故に、各国でロデニウス連邦共和国製の品々が大流行することになった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 中央暦1639年10月18日 パーパルディア皇国 第三外務局 応接室

 

 

「何だと!? 来年から奴隷の献上はしない上に、船団護衛の契約を破棄するだと!?」

 

 外務局の職員が、トーパ王国大使を怒鳴りつける。

 

 トーパ王国とは、第三文明圏北部に存在する文明圏外国家である。普段は気温27度ほどあるのだが、冬になれば気温がマイナスに突入する厳寒地だ。

 

 非常に強力な魔物が闊歩するグラメウス大陸と第三文明圏を繋ぐ、人間の定住地としては重要な拠点となっている。もちろん、そのことはパーパルディア皇国の外務局員も承知しているが、そんなことはおくびにも出さず、大使に強硬な姿勢を見せている。

 

「はい。我が国はこれ以上民を、奴隷として貴国に差し出すのはもうやめとうございます。そして船団護衛の契約も破棄しますので、現地に駐留している艦隊には退去してもらいたい」

 

 大使は外務局員の強硬姿勢に冷や汗を一筋流しながらも、断固とした口調で答える。

 

「ふん! では各種技術の提供も、トーパ王国だけ停止させるぞ!」

 

 外務局員は不機嫌そうに鼻を鳴らし、脅しを掛ける。

 

 皇国は、各種技術供与も外交手段の一つとして利用していた。

 

 かの国が研究開発した技術は、属国である周辺諸国や文明圏外の国へと提供している。もちろん皇国での最新技術は徹底的に秘匿し、古くなった技術だけを徐々に開示する。

 その見返りに、属国や周辺諸国は皇国に様々な献上品を送る。

 

 皇国は属国からの献上品で潤い、属国も生活水準が向上していく。

 

 一見すれば相互関係に見えるが、属国は常に後追いの立場であって、皇国との差が縮まることは無い。

 

 つまり、皇国が裕福な生活を送り続けて、属国が苦しい思いをし続けることに、変わることは無いのだ。

 

 当然一国だけ技術供与が停止されると、他国との発達速度に差が出る。先を越されれば、国力は衰退する。

 

 そして最近は力を着けた海賊による被害が拡大しているとあって、海からの物流が滞ってしまう事態が各国で起きている。その為、各国はパーパルディア皇国に船団護衛の契約を結んでいる。いや、厳密にいえば皇国から契約を迫ったと言えば正しいかもしれない。

 契約を結べば皇国は艦隊を派遣して船団護衛を行う。その上船団が被害を受けた場合、その保証金を出し、その月だけ支払いの必要は無い。無論無事に航海を終えれば金を支払う。パッと見は悪くないようにも見える。しかし実際は悪いどころの話ではない、詐欺紛いな実態がある。

 

 契約金から艦隊の維持費、その他諸々の金が掛かる上に、艦隊の規模がデカいとあって、無駄に金が掛かる。その上船団護衛は皇国側に指揮権を譲らなければならず、クライアント側に意見具申を行わせる権利も無い、横暴極まりない内容だ。しかも先ほど述べた被害を受けた場合保証金が出るとあったが、そもそも海賊がパーパルディア皇国の艦隊が護衛に付いた途端、なぜか(・・・)船団に襲い掛からないという事態が続いているとあって、保証金が出ることはなく、高い金額を毎回支払う羽目になっている。

 当然儲けなんて無いどころか、毎回赤字続きだ。

 

 しかし列強国の護衛が無ければ力を付けた海賊に襲われて、物資はもちろん、人材や船も失うことになる。物流が滞れば、それこそ国力が衰退する。当然相手が相手とあって、文句の一つも言えない。その文句一つで難癖を付けられて、何をしてくるか分からない。その為、属国と文明圏外の国々は泣き寝入りするしかない。

 

 属国が言うことを聞かなければ、工具や、釘などの部品の輸出まで停止し、物流も海賊による被害を受けて、滞ってしまう。皇国の恐怖外交はこうして徹底されている。

 

 本来ならばこれで完全に国が立ち行かなくなるのだが……トーパ王国の大使は「それがなんだ?」と言わんばかりにドヤ顔と共にいやらしい薄ら笑みを浮かべる。

 

「技術ですか。たかが技術程度で、人民の幸福には代えられません。我々は奴隷を差し出さない、皇国は我が国への技術供与を停止する。それで結構でしょう」

 

 今までのトーパ王国からは考えられない、強気な態度だ。

 

「ほう。ならば今後は武具、生活品、ありとあらゆる物は自分達で調達するんだな。海賊が闊歩している海を使ってな。あとで泣きついても知らんぞ」

 

 外務局の突き放す言い方に、大使は臆することなく言い返す。

 

「泣きつく? それはありえませんな。なぜなら、我々はあの『ロデニウス連邦共和国』と国交と貿易協定を結びましたからな」

「ロデニウス? そんな国聞いたことが無いな。どうせ出来たばかりの文明圏外の新興国家だろうな。そんな出来たばかりの国と結んで何になる」

「何とでもなりますとも。そのおかげで、我が国は貴国から技術供与を受けていた時とは比べ物にならないぐらいに、豊かになりましたからな」

 

 フッと笑うと、大使は右袖を捲る。

 

「おぉっと! もうこんな時間か。では、失礼させていただきます。この後シオス王国の方々との会談がありましてな」

 

 彼は外務局員に見せつけるように、右手首にしている精巧な作りをしている腕時計を見せる。それはロデニウス連邦共和国にて購入した腕時計であり、職人が丹精込めて作り上げた頑丈且つ高級な品だ。

 誰が見ても高い技術力が使われているという代物だと分かるレベルだ。

 

「……あ、あぁ。もう用は無いから、帰って良いぞ」

 

 外務局員はその腕時計を見せられて、呆然としていたが、すぐに気を取り直して用が無いのを告げる。

 

 トーパ王国の大使は頭を下げて、応接室を後にする。

 

「……」

 

 残された外務局員は、怒りによるものなのか、それとも悔しさからなのか分からないが、身体を震わせて歯噛みし、両手を握りしめる。

 

 

 トーパ王国の大使がしていた腕時計。それがどれだけの物かは彼は見ただけでも分かった。

 

 第二文明圏の列強国であるムーに似たような物があるのは知っていたが、それとは明らかに大きさが違っていたし、何より作りが全然違う。そしてその時計の価格は皇国内では高く、その上メンテナンス費用も嵩むため、貴族か裕福な層でなければ購入は難しい。

 少なくとも彼の月収では、買うのが難しい品なのだ。

 

 それを、ムーの時計よりも洗練されて小型の時計を、自分達よりも格下の文明圏外の人間が持っている。

 

 その事実は、彼のプライドをズタズタにするのに、十分過ぎた。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 外務局 食堂

 

 

 仕事の休憩時間とあって、食堂には多くの職員が居たが、疲れ切った表情の職員が多い。彼らは食事をしながら雑談をしている。

 

「最近、蛮国がやけに反抗的だと思わないか?」

「確かにな。ここ一か月くらいは顕著にそれを感じる」

 

 職員の一人がそう聞くと、向かい側に座っている職員が答える。

 

「あぁ。以前なら全ての要求を呑んでいたのに、昨日は『我々は、あのロデニウス連邦共和国と国交を結んでいる!!』と強気に言われたぞ。たかがシオス王国ごときに」

「っ! 俺もトーパ王国大使から、似たようなことを言われた。『技術なんぞいらん』とまで言っていた。理由が『ロデニウスと国交があるから』と。ロデニウスって知っているか?」

「いや、知らんな」

「俺も」

「私も知らない」

「似たような名前の大陸が文明圏外にあったような気がするが、そんな国の名前はなかったな」

 

 誰もがロデニウス連邦共和国のことを知らず、結局多くの国々が国交を結んだと豪語するロデニウス連邦共和国について、分からずじまいだった。

 

「それに、多くの国が船団護衛の契約を打ち切って、ロデニウスと契約したとも言っていたな」

「俺の所もそうだ。すぐにでも艦隊を退去させて欲しいと生意気にも要請してきた。蛮族のくせに」

「だが、そんなことをすれば、海賊共の餌食になるのは目に見えているな」

「あぁ。ロデニウスとやらがどんな国かは知らんが、所詮文明圏外で新たに誕生した蛮族だ。どうせ海賊共に蹂躙されるのが落ちだな」

「まったくだな。まぁしばらくすれば蛮族共は頭を下げてくるに違いない。そうなればいつも通り金はこちらに入って来る」

 

 そう会話を交わしてから、彼らは食事に集中する。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、ロデニウス連邦共和国

 

 

 以前の質素な家が立ち並んでいた住宅街は、今では近代的な一軒家にアパート、マンションが立ち並んでおり、著しく生活水準が向上しているのは誰が見ても明らかだった。

 

 そんな住宅街の、とある一棟のマンション。

 

 

「マリンの強化は……どう足掻いてもエンジンと火力を少し上げるのが限界か。それ以上となるともはや機体構造を根本から見直す必要がある、か。そうなったら一から設計した方が手っ取り早いな」

 

 マンションの一部屋にて、マイラスがパソコンの画面に向き合い、あぁでもない、こうでもないと呟いている。

 

 パソコンの画面には、彼が描いたマリンの設計図が表示されており、手元にはいくつもの案を書いたメモ帳が何枚も散乱している。彼はマリンの強化案を考えているものの、どう足掻いても設計を一から見直さない限り、大幅な性能アップは出来ないものであった。

 

 

 トラック泊地の視察の後、ムーの使節団は本国への帰路に付き、政府に報告書を提出した。その報告書の内容は政府や軍上層部を驚愕させるのに十分な威力を持っていたそうな。

 

 しかしこの時既にムー政府はロデニウス連邦共和国に技術を学ばせる留学生の派遣を決定しており、その中にマイラス達も含まれていた。

 

 その為、三人は報告書を提出後、荷造りをして留学生たちと共にロデニウス連邦共和国を目指した。

 

 マイラスが居るのは、そのムーからの留学生が暮らす為に宛がわれたマンションである。

 

 

 彼は他の技術者達と共に技術を学んでおり、それと同時に軍の上層部より様々な要求を受けて現地で作業を行っている。軍の主力機として採用されているマリンの強化案も、その一つだ。

 

 だが、それらの要求の中には、問題しかない要求が多かった。

 

(全く。上層部は何を考えているんだ。グラ・バルカス帝国の脅威があるというのは分かるが、いくらなんでもマリンを超える国産戦闘機の設計なんて、すぐに出来るわけないだろ。プラモデルを作るんじゃあるまいし!)

 

 理不尽に近い上層部の要求に、彼は内心文句を呟きながらメモ帳をくしゃくしゃに握り締めて放り投げる。

 

 マイラスは軍の上層部よりマリンを上回る新型戦闘機の設計を行うようにと、指示を受けていた。上層部は直でロデニウスを見てきたマイラスだからこそ設計を任せたのだろうが、どう考えても無謀な指示であるのは明白だ。

 いくら直で技術を見て学んできたとはいえど、航空機の設計なんて一朝一夕で出来るようなことではない。

 

(だが、グラ・バルカス帝国の脅威が迫っているのは確かだ。奴らに対抗できる兵器を上層部が欲しがるのは分かるが……)

 

 彼は政府と軍の上層部がグラ・バルカス帝国を脅威に捉えているのは分かっている。だが、無理難題を押し付けられてもどうしようもない事実に変わりはない。

 

(……上層部は納得しないだろうが、ここはロデニウスから武器兵器を輸入する方が早いよな。実際研究用にいくつか輸入しているし)

 

 マイラスは内心呟き、腕を組む。

 

 実際、ムーは技術獲得を目的として研究用に『九六式艦上戦闘機』や『M4シャーマン』を設計図と実機を共に輸入した。どちらも妖精達が特別に生産した物だ。

 

 これらをムーは解析し、その内コピーする予定である。

 

 だが、この程度ではグラ・バルカス帝国と戦うには、明らかに不足しているだろう。向こうも軍拡を行っているだろうから。

 

 一応彼は国産戦闘機の開発は行うと共に、上層部にロデニウス連邦共和国から武器兵器の輸入を検討して欲しいと申告している。軍の上層部も国産戦闘機の開発がすぐに出来ないのは分かっているとあって、真面目に検討しているようだ。

 近いうちに、ムーの上層部は腹の内を決めるだろう。

 

「まぁ、今の俺に出来るのは、ロデニウスから技術を学んで、これらをものにすることだけだ」

 

 マイラスは技術屋である自分に出来るのは、ロデニウスより様々な技術を学び、それをものにしてムーに貢献するだけだ。

 

 それらの学んだ技術は、将来国を発展させ、豊かにするだろう。そしてグラ・バルカス帝国の脅威に真っ向から立ち向かえるはずである。

 

 彼は改めて気を引き締めて、マリンの強化案の設計と共にいくつものアイディアを考案するべく、更に考え込むのだった。

 

 

 




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第六十四話 大事な用事

あけましておめでとうございます。今年初の投稿になります。
今年も本作をよろしくお願いします。


 

 

 

 

「……もうこんな時間か。そろそろ休憩するか」

 

 作業をしていたマイラスは、パソコンの画面にある時刻を見て呟くと、両腕を上に伸ばして背伸びをする。

 

 右肩を回しながら立ち上がり、冷蔵庫に向かって扉を開け、中から緑茶が入ったペットボトル取り出し、蓋を開けて飲む。

 

「ロデニウスのお茶はうまいなぁ」と呟きながら、ペットボトルの蓋を閉めて持ったままベッドに腰かけて、ペットボトルを傍にある台に置いてベッドに横になる。

 

 

「……やっぱり凄いな」

 

 ペットボトルの代わりに手にしたスマホを手にとあるサイトを見ていると、彼はそのサイトに掲載されているものを見て、声を漏らす。

 

 そのサイトには、プラモデルを作るモデラーの作品が掲載されており、どれも実機と見間違えそうなぐらいクオリティーの高い作品ばかりだ。

 

 というのも、プラモデルを初めて見て以来、マイラスはプラモデルにドハマりして、今日までそこそこの数のプラモデルを素組みとはいえど作っている。

 

 彼はパーツのゲート処理をして綺麗に仕上げているが、最近では塗装に挑戦しているそうである。

 

(やっぱり俺の素組みとは比べ物にならないな)

 

 と、彼の視線の先には、これまで作った『零式艦上戦闘機』と『F6F ヘルキャット』『烈風』『F4U コルセア』、更に『紫電改』や『Fw 190』、『スピットファイア』等が棚に飾られている。

 どれも素組みであったが、キットの精巧な作りと細かく色分けされた色プラを採用しているとあってか、どれもクオリティーの高い精巧な作りをしている。

 

 だが、サイトに掲載されている作品はその遥か上をいく完成度だ。

 

(特に、この人の作品は凄いな)

 

 と、マイラスはある投稿者の作品を見て、声を漏らす。

 

 ネームには『モデラーM』と書かれた投稿者であり、どの作品も実機としか思えないぐらいに完成度の高い物だ。恐らく何も知らなければ、本物と言っても信じて疑わないだろう。

 ちなみに他にも『モデラーK』が軽巡『クリーブランド』を作ったり、『モデラーO』が戦艦『尾張』を作ったり、『モデラーS』が74式戦車を作ったり、様々なモデラーが作品を作っている。

 

「ん? これって……」

 

 と、彼はある作品を見て、声を漏らす。

 

 それは零戦改こと零式艦上戦闘機 三二型であり、これも実機のように見えるクオリティーだが、問題はそこではない。

 

 というのも、零戦改の両翼と胴に、ムーの国籍マークが描かれているのだ。

 

 この作品には、『もしもムーの軍に零式艦上戦闘機が採用されたら』という題名が書かれている。

 

「我が国で採用された零戦っていう、創作の類か。こういう発想の仕方が出来るのは羨ましいなぁ。というか、国籍マークは自作なのか」

 

 作品の紹介文を見ながら、マイラスはこの零戦改の発想に声を漏らす。

 

 こういった予想外な発想が、今後のムーの技術発展に必要なのかもしれない。

 

「ん? これって……」

 

 そんな中、とある作品が目に留まり、その作品を開いて見る。

 

 機首付近に小さな一対の翼に、機体の後方に主翼を持ち、特徴的なのが機体後部にエンジンとプロペラが付いた戦闘機だ。

 

(変わった形の戦闘機だな。まるで前のエンジンとプロペラのない疾風みたいだ)

 

 その作品を見ていると、ふと彼は思い出す。

 

「そういえば……確かこの間買ったプラモデルの中にあったよな」

 

 マイラスはスマホを置いて起き上がると、部屋の隅にいくつか積み上げているプラモデルの箱の中から、お目当てのキットを探す。

 

「あっ、これか」

 

 そしてお目当てのキットが見つかり、彼は丁寧にその箱を取り出して、表紙を見る。

 

 箱の表紙には、サイトに載っていたあの戦闘機が飛行している様子のイラストが描かれ、その下に重桜の文字と、大陸共通語で商品名が掛かれている。

 

 その名を『震電』という。

 

 彼はこの変わった形をしている震電が気になって、購入していた。

 

 マイラスはテーブルに箱を置き、再びベッドに横になってスマホを手にし、ネットにある百科事典で調べる。

 

「これか……」

 

 彼はそのページを見つけて、概要を見ていく。

 

(エンテ型っていう構造をした航空機か。こういう形の航空機もあるんだな)

 

 震電の構造がエンテ型と呼ばれる特殊な構造をしているのに、彼は内心呟く。

 

(高高度を飛行する爆撃機を迎撃する目的で開発された局地戦闘機で、その性能は高度1万メートルを30分足らずで到達……って、高度1万メートル!? しかもその高さをたった30分で!)

 

 彼は震電の性能に驚き、目を見開く。

 

 とてもムーのマリンでは到底出来ない性能だからだ。

 

 高度1万メートルなんて、マリンでは何時間と掛かって、やっと到達するレベルだ。しかも到達しても空気が薄いところでは、マリンのエンジンは酸素不足となって満足に動かすことが出来ず、飛ぶのがやっとだ。

 

 それなのに、この震電という機体は、高高度で戦闘を行うことを前提にした設計だという。

 

 

(主武装は30mm機関砲を四門。火力も桁違いだ。こんな機体に攻撃されれば、大抵の航空機は一瞬で粉々になるな)

 

 震電の武装を見て、その高火力に彼はただただ内心呟くしかできなかった。下手すると大砲クラスだからだ。

 

(だが、こんな機体が必要になるって、一体どんな化け物な爆撃機なんだ)

 

 マイラスはこんな戦闘機が必要になるような爆撃機に、恐怖を覚える。

 

(……待てよ。もしグラ・バルカス帝国にもこれほどの爆撃機があったとしたら……)

 

 ふと、彼はそんな推測が脳裏を過り、やがて予想図が浮かび上がる。

 

 

 マリンでは到達出来ない高高度を飛行する巨大な爆撃機が、ムーの首都に爆弾を落としていく光景が……

 

 

(もしもそうなったら、我が国は手も足も出せないじゃないか!?)

 

 彼は内心驚き、冷や汗を掻く。

 

 グラ・バルカス帝国がどの程度の爆撃機を持っているかは分からないが、少なくともムーの爆撃機よりも巨大かつ、性能が高い物なのは間違いない。

 

(そうなると、我が国が今必要なのは、高高度まで短時間で到達出来て、戦闘可能な迎撃機になるな。いや、通常の戦闘機も必要だが、それでも高高度迎撃機が我が国には必要だ)

 

 マイラスは将来的に戦うことになるであろうグラ・バルカス帝国との闘いには、他の武器兵器もそうだが、その中で重要なのがこの高高度迎撃機ではないかと考える。

 

(……もし、もしも、この震電を作ることが出来れば)

 

 彼はこの震電に、一つの可能性を見出していた。

 

 

 当然今からそんな機体を設計しようにも、ノウハウが無い中で設計なんて到底できない。ならば既存の兵器から使うしかない。

 

 マイラスは最初こそジェット機が最適だと考えたが、運用にしろ、整備にしろ、戦術にしろ、兎に角ありとあらゆるものが不足している。仮にジェット機を輸入できても、持て余すのが関の山だ。

 まぁどっちにしても、ロデニウスで開発途中のジェット機を輸出させてもらえるはずもないが。

 

 だが、この震電という機体であれば、何とか出来るんじゃないか。もちろん今までにない構造の機体である以上苦労は絶えないだろうが、それでも既存の技術を使っている震電であれば、時間は多少かかるが、ムーでも運用が可能だろう。

 

 マイラスはこの震電に一筋の希望を見出すが、問題がある。

 

「でも、この震電の設計図……どうしよう」

 

 いくら模型や概要が書かれた百科事典があったとしても、構造については設計図にしか詳細が描かれていない。設計図無しでは、とてもじゃないが、作る事は出来ない。

 

「『大和』殿に頼めば……いや、そもそもここまで来ると個人でやっていい範疇を超えているよな」

 

 マイラスは乱暴に髪を掻き上げる。

 

 軍事機密級の代物を扱う以上、個人でどうこう出来る範囲を超えており、ここまで来ると彼の上司や上層部と相談しなければならない。

 

 仮に上司も上層部がOKを出したとしても、そもそも震電の設計図を手に入れられなければ、どうしようもないが。

 

 欲を掻けば、実機自体を輸入出来れば部隊への配備が早期に可能となる。だが、マイラス的には技術の発展を考え、自国内で作りたい思惑がある。

 

(どうにか上司と上層部を説得できれば、後はどうにかするしかないか)

 

 しかしマイラスは上司と上層部に許可を得ること自体苦労ではないと思っており、どちらかといえば設計図を手に入れるのが難しいと感じている。

 

「ん? これって……」

 

 ふと、百科事典の震電のページを見ていると、気になる項目が目に入る。

 

「この震電って機体は……ジェット機として改装する構想もあったのか」

 

 それは震電をジェット化した所謂『震電改』と呼ばれる構想だ。

 

「ジェット機か……」

 

 ふと、マイラスはトラック泊地でのことを思い出す。

 

 

 トラック泊地で見たジェット機は、彼の心を大きく揺さぶり、夢を抱かせた。そして人生を賭けてでも、絶対に祖国の空に自分が設計した国産ジェット機を飛ばすと、心に決めた。

 

 しかし当然ながらジェット機は未知の領域であって、設計自体が夢のまた夢の話だ。彼はジェットエンジンの構造や、ジェットエンジンを搭載する航空機の構造を理解しようと勉強に励んでいるが、一朝一夕で技術が手に入れられるわけもなく、かなり苦戦している。

 

 彼は頭の中で軽くジェット機の構想を立てているものも、やはりというか、当たり前というか、どう考えても実現なんて夢のまた夢な話だ。

 

 しかし、この震電をジェット化する構想は、彼の国産ジェット機という夢への一歩になるかもしれない。

 

 

「やはり、この震電は我が国に必要になる。我が国の空を守るのはもちろんだが、航空技術発展の礎としても、必要だ」

 

 そしてマイラスは改めてこの震電が祖国の空を守り、自分の夢を叶えるその礎になると考え、必ずこの機体を作ろうと決心する。

 

 

 もちろん、震電以外に、国産戦闘機の開発も将来的に行うつもりでいる。

 

 

 ―――♪

 

 

「っ?」

 

 するとスマホから鈴の音のようなメッセージの着信音が鳴り、彼はスマホの画面を切り替えてメッセージを開く。

 

「あっ、『筑後』さんからだ」

 

 メッセージの送り主は『筑後』であり、マイラスは内容を確認する。

 

 あの出会った日以来、二人は休日に会っては、よく話をする仲になっている。

 

「『今夜の予定についての確認ですが、今夜マイラスさんは特に何も無いですよね?』か。『今夜何も予定は無いから、予定通り「筑後」さんと約束した店で会いましょう』と」

 

 メッセージを確認して、今夜予定は無いので、問題無い事を書いてメッセージを送信する。

 

 するとすぐにメッセージが届き、『それでは、今夜約束のお店でお会いしましょう』とメッセージが帰って来る。

 

「……」

 

 スマホを手にしたまま、マイラスはベッドに腰かける。

 

(それにしても、一体なんだろう……)

 

 彼は腕を組んで内心呟くと、静かに唸る。

 

 今夜マイラスは『筑後』と会う約束をしているのだが、その理由は『大事なお話があります』とのこと。

 

(大事な話……一体どんな話を『筑後』さんはするんだろうか)

 

 相手が相手とあって、マイラスは落ち着けなかった。

 

 腐れ縁のアイリスを除けば、異性と接点が少ない彼は、この申し出に色んな展開があるんじゃないかと考えてしまうのだ。それも美少女となれば、妄想が膨らんでしまう。

 

(ひょっとして、正式にお付き合いしようって話だったり……いや、何考えているんだ俺は。そんな都合の良い話なわけがないだろ)

 

 彼は『筑後』が自分と正式に付き合って欲しいという話では無いかと考えるが、すぐに頭を振るって考え直す。 

 

 そう単純にいく話ではないのは彼自身分かっている。何せ『筑後』はKAN-SENである以上、単純な話で済むとは思えない。

 

(もしかして、この間のフェン王国の一件が絡んでいたりするのか?)

 

 マイラスはこの間のニュースにて流れたフェン王国の軍祭での一件を思い出す。

 

 パーパルディア皇国による軍祭の襲撃。それによりフェン王国にかなりの被害が出て、ロデニウス側も駆逐艦一隻が損傷を受ける被害を被った。襲撃したワイバーンロードと艦隊はその後KAN-SENによって殲滅されたという。

 

 このニュースを見てマイラスはラッサンとアイリスの二人と話し、どちらが勝つかというのを話したが、結果は満場一致でロデニウスが勝つと断定した。

 

 まぁ明らかに技術レベルが違う以上、パーパルディア皇国に勝ち目など無いのだ。だが、皇国の性格を考えれば、これで終わりなわけがない。

 

 高い確率で、ロデニウス連邦共和国はパーパルディア皇国と戦争になるかもしれないと、ラッサンは予想した。恐らく本国でも同じ考えを持って、そう遠くない内にロデニウスに留学しているマイラス達に声が掛かるかもしれない。

 

 その一件で、もしかしたら『筑後』が関係しているのかもしれない。話とは、そのことじゃないか……

 

(あぁ、もう! 考えたってしょうがない。どの道今夜分かるんだ。覚悟を決めろ!)

 

 色々と考えが頭の中を回るが、今考えたってしょうがないと、マイラスは気を引き締める。

 

 その後、彼は休憩を終えて作業を再開し、その合間に震電についての情報をネットで集めるのだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わって、トラック諸島……

 

 

 

「はぁ……」

 

 春島にある建物の中、執務室にてソファーに座る『大和』は背もたれにもたれかかり、ため息をつく。

 

「お疲れ様ですわ、総旗艦様」

 

 と、『赤城』が緑茶を淹れた湯呑を彼の前にあるテーブルに置く。

 

「ありがとう」と『大和』はお礼を言って湯呑を手にして、緑茶を飲む。

 

 先ほどまで彼は書類整理の作業を行っており、『赤城』はその作業の補佐をしていた。その作業が終わって今は休憩中である。

 

「総旗艦様」

「何だ?」

 

 と、『赤城』が声を掛けて、『大和』は湯呑から口を放して顔を見る。

 

「いつ頃になれば、『赤城』は牙を向けてもよろしいでしょうか」

 

 彼女は冷静な口調で過激な事を口にするが、明らかに雰囲気は怒りが立ち上っており、それを表すかのように彼女の九本ある尻尾が揺らめいている。

 

 というのも、彼女がここまで怒りを露にしているのは、当然ながらフェン王国の軍祭での一件が原因である。

 

 『赤城』からすれば愛する者(大和)が傷つけられたというのもあるが、それと同時に敬愛する(天城)も命の危険に晒されたとあって、彼女の怒りは噴火寸前の火山の如く……いや、正確には再噴火しそうな火山の如くであろう。

 

 当時その事を知った『赤城』は般若の如くの形相を浮かべてパーパルディア皇国を滅ぼそうと出撃しようとしたので、KAN-SEN総出で彼女を止めていた。その後戻ってきた『大和』と『天城』が『赤城』を宥めた事で、何とか収まってくれた。

 その代わり『大和』は彼女から夜中に激しく求められたそうな……何を求められたかって? 察しろ

 

 一度は収まったとは言えど、やはりそう簡単に怒りが収まるはずもなく、このように『赤城』は『大和』に問い掛けることが多くなった。

 

「まぁ待て、『赤城』。お前の気持ちはとてもよく分かる。だが、物事には順序があるんだ。少なくとも、今はその時じゃない」

 

 そして『大和』は彼女にそう説明する。

 

「それでは、その時になれば、容赦する必要も無い、と?」

「そうだな。容赦する必要は無い。だが、畜生になるな。これだけは厳守だ」

「……」

「俺だって、連中に怒りを抱かないのかと言われれば、それは無い。仲間を傷つけられ、その上『天城』にも牙を向けたんだからな」

 

 『赤城』もそうだが、やはり一番怒りを抱いているのは、『大和』なのだろう。

 

 フェン王国の剣王シハンの策略に、違和感を覚えながら見過ごしてしまい、その結果他国の戦争に巻き込まれてしまい、更に仲間を傷つけられ、愛する者を危険に晒してしまったのだから。

 

「尤も、『天城』を危険な場所に連れて行ってしまった、自分にも怒ってもいるんだがな」

「……総旗艦様」

 

 『大和』の言葉に、『赤城』はさっきまでの雰囲気が散って、複雑な表情を浮かべる。

 

 

 確かに『天城』を連れていくのは、今思えば良くなかったのかもしれない。ただでさえ病弱な身体な上に、彼女はKAN-SENとしての力を失っているのだ。何かがあったら、対処することが出来ない。

 実際下手をすれば、『天城』は取り返しのつかないことになっていたかもしれないのだ。

 

 だが、それでも彼女自身が望んだとあっては、それを無碍には出来ない。

 

 だからといって、気にするなと言われても、無理な話なのだが。

 

 

「まぁ、どっちにしても、もう過ぎたことだ。現に『天城』が無事であるんだから、それでいい」

 

 別に全体的に言えば良くは無いが、一番大切な存在が守れたのだから、一応はそれで自己解決している。

 

「しかし、フェン王国については、どうしますの? 総旗艦様を嵌めたあの者達をこのままにしておくのも……」

「……このままパーパルディア皇国の思い通りにさせるわけにはいかない。あの狸親父の思惑通りに進まされるのは癪だが、フェン王国を助ける形で、安全保障条約を結んだんだ」

 

 露骨に忌々しそうな表情を浮かべる『大和』はそう言うと、湯呑のお茶を飲み干す。

 

 完全に向こうの掌の上で踊らされているようで気に入らないものも、放っておけば今度はパーパルディア皇国がロデニウス連邦共和国に牙を向けてくる。

 フェン王国の政府は別にどうでもいいが、国民に罪は無い。受け入れ難いものの、ロデニウス側は向こうの思惑に敢えて乗ることにしたのだ。

 

「兎に角、俺たちに出来るのは、戦って、国を守る事だけだ」

「えぇ。全ては総旗艦様の為にですわ」

 

 と、どこかずれた『赤城』の発言に、『大和』は苦笑いを浮かべつつ、どこか安心する。

 

 

「んでだ、『赤城』」

「はい、なんでしょうか」

「お前は一体何をしている?」

 

 と、『大和』はジト―と『赤城』を睨みつける。

 

「何って、こういうことですわぁ♪」

 

 彼女はそう言うと、今の状況を見せびらかすように、身体をクネクネと動かす。

 

 『赤城』は『大和』の膝の上に向かい合うように跨っており、彼の両肩に手を乗せて態勢を整えている。『赤城』が身体を揺らす度に、彼女のご立派な胸部装甲が静かに揺れて、ちょうど『大和』の視線の先に開けた胸元から覗く谷間があるという、健全な男性からすれば目に毒かつ眼福な光景が広がっている。

 しかし、彼からすればすっかり見慣れてしまった光景とあって、反応が淡泊だ。何とも贅沢な慣れである。

 

 だが、それ故に『大和』にそんじょそこらの美女のハニートラップは一切通じないものである。

 

「……」

 

 ふと、『大和』の視線が左を向くが、『赤城』は気にした様子を見せず話を続ける。

 

「総旗艦様。お仕事も終わりましたので、このまま床へ参りましょう」

「何をどうすりゃそうなるんだ。真昼間からやる気は無いぞ」

「では、夜ならお相手していただけるのですね?」

「悪いが今夜は予定が入っているから無理だ」

「予定、ですか……」 

 

 スゥ、と彼女は目を細め、さっきまでの雰囲気を豹変させる。

 

「この『赤城』よりも大事な予定ですか。一体どこの誰との予定なんですか。『赤城』から総旗艦様との時間を奪う輩は一体誰ですの」

 

 目のハイライトが消え、両肩を掴む手に力が入り、明らかに強めの口調になりつつある『赤城』に、『大和』はため息をつく。こうなると『赤城』は中々止まらなくなる。

 

 さてどうやって『赤城』を説得するか、と悩んでいると……

 

 

「私とのご予定ですわ、『赤城』」

 

 と、背後から声を掛けられて彼女はびくっと身体を震わせる。

 

 さっきまでの雰囲気はどこへやら。『赤城』は戸惑った雰囲気でゆっくりと後ろを振り向くと、『天城』が静かに佇んでいる。

 

「あ、『天城』姉様」

「私と総旗艦様は今夜本土の方へ向かわなければならないのですわ。とても大切なお約束がありますので」

「大切な、約束ですか……」

「ですので、今日は我慢するのよ、『赤城』」

「……はい」

 

 さすがに姉が相手では反論できず、『赤城』はガッカリした様子で答える。

 

(別にダメとは言わないんだな)

 

 その傍ら、『大和』は『天城』の物言いに内心呟く。別の日であれば好きにして良いという意味だからだ。

 

「それと……」

「えっ?」

 

げ  ん

 

こ  つ

 

「駄目ですわよ、『赤城』 総旗艦様を困らせては」

 

 と、右手をグーにしたまま『天城』はそう言うも、当の本人は頭にでかいタンコブを作ってうつ伏せに倒れている。正確に言えば両腕と両脚を曲げている、既視感のある(ヤムチャシヤガッテ)倒れ方である。

 

「総旗艦様も、お気づきでありましたらお声を掛けても良かったのでは?」

「『赤城』がどんな反応を見せるのか気になったから、敢えて黙っていた」

「趣味が悪いですわ、総旗艦様」

 

 『天城』はそう言うものも、別に嫌悪感は一切なく、どこか呆れた様子であった。

 

「それで、何か用があるのか『天城』? と言っても、さっき言っていたやつなんだろ?」

「そうですわ。出発前に改めて確認したくて」

「そうか。仕事は終わったからすぐに出られるぞ」

「分かりました。では、私は『赤城』を部屋に連れて行ってから向かいます」

 

 彼女はそう言うと、気を失っている『赤城』の首根っこを掴んで、そのまま引き摺って執務室を後にする。 

 

(『天城』のやつ、本当は元気なんじゃないか?)

 

 意外とパワフルな彼女の姿に、『大和』は内心呟く。まぁ元気なら元気で別に良いのだが。

 

「……大切な用、か」

 

 彼はふと、今夜の予定の事を呟く。

 

 大切な家族からの用事とあって、色んな考えが過る。

 

(まぁ、会ってみれば分かるか)

 

 色々と考えが浮かぶも、『大和』は頭を切り替えて執務机の上を片付けた後、身支度を整えて部屋を後にし、飛行場へと向かう。 

 

 

 

 




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第六十五話 世間は意外と狭いものなんです

 

 

 

 時間は過ぎて、夜のロデニウス連邦共和国……

 

 

「……」

「……」

 

 とある一室にて、とても気まずーい雰囲気が漂っており、その雰囲気の中に居る『大和』とマイラスは何も言わず、ジッと静かに座っている。

 

(な、なんでこうなったんだろうか……)

 

 マイラスは腕を組んでジトーと見ている『大和』に居心地の悪さを覚えながら、なぜこうなったのかを思い返す。

 

 

 

 今から大体30分前。マイラスは『筑後』との約束の待ち合わせ場所に向かい、とあるレストランの前で『筑後』と合流した。

 

 マイラスは彼女に今日呼んだ理由を聞くと、どうやら紹介したい方がいるとのことで、彼を食事に誘ったのである。

 

 『筑後』が紹介したいという人物。どんな人なのかマイラスは色んな考えが浮かぶ。この場合真っ先に思い浮かぶのは、彼女の両親だろう。もしくは彼女の恩師か他の友人か。しかし彼女がKAN-SENであるので、両親の線はすぐに消えて恩師か友人だろうとマイラスは考えていた。

 

 そうこう考えている内に、二人はレストランの個室前へとやって来ると、『筑後』は扉の前で一声掛けて扉を開ける。

 

 そこでマイラスが見たのは、驚きの表情を浮かべて固まっている『大和』と、「あらあら」とニコニコと笑みを浮かべている『天城』の姿であった。

 

 そして『筑後』はこう言った。

 

「マイラスさん。紹介します。私のお父様とお母様です」

 

 彼女は笑みを浮かべて、マイラスに二人を紹介した。

 

 

 

 んで、今に至るのである。

 

 ちなみに『筑後』は『天城』に連れられて外に出ているので、この場には二人だけだ。

 

 

「世間は狭いですね、マ イ ラ ス 殿?」

 

 と、黙っていた『大和』が妙に威圧感のある言い方で、マイラスに声を掛ける。

 

「あ、あははは……そうですね」

 

 マイラスは苦笑いを浮かべて頭の後ろを掻く。

 

 まさか『筑後』の父親が知り合いだったとは思わないだろう。ましても、『大和』も娘が紹介した相手がまさかの知り合いだっただとは思わなかっただろう。

 

「しかし、『筑後』が紹介したい相手がいるって言ったから誰なんだろうなって思えば、まさかマイラス殿とは」

「じ、自分も、『筑後』さんのお父上が、『ヤマト』殿とは思わなかったです」

「意外でしたか?」

「……はい」

「まぁ、KAN-SENの事を知っているのなら、当然の反応ですね」

 

 『大和』はそう言うと、息を吐く。

 

「『筑後』から話は聞いていますよ。何でもあの子と仲良くしているようですね」

「は、はい。学生時代に絵を描いていたので、絵には多少なりとも心得がありまして。よく『筑後』さんの絵を見させてもらったりしています」

「そうですか。話が合うからこそ、あの子も喜んでいたんだろうな」

 

 と、『筑後』との会話を思い出してか、『大和』は微笑みを浮かべる。

 

「あの、よろしいんですか?」

「何がですか?」

 

 『大和』はマイラスの言葉に首を傾げる。

 

「い、いえ。自分が『筑後』さんと仲良くしても……」

「ふむ。では『お前なんかの若造に娘はやらん!』というような頑固親父でも演じれば良かったでしょうか?」

「あっ、いえ。そういうわけじゃ」

「それとも、既に結構進んだ仲であると?」

「い、いや、自分と『筑後』さんはまだそこまでは……」

「まだ、ということはいつかは?」

「~っ!」

 

 ニヤニヤと問い詰める『大和』に、マイラスは困り果てて顔を赤くする。

 

「冗談ですよ。別に自分が二人の動向にとやかく言う事はありませんよ」

「は、はぁ……」

「あの子が自分で選んだのなら、今はまだ俺から言うことはありません」

「……」

「今は、様子見ですね。これからどうなるかの」

「どうなるか、ですか……」

 

 その言葉に、マイラスは息を呑む。

 

「あ、あの、もし自分が『筑後』さんに相応しくないと判断されたら、どうなりますか?」

「そうですね。とりあえずあの子の将来の為に、何かしらの手段に出るかもしれませんね。娘が不幸になるかもしれないのに、黙っていられるわけがありませんので」

「は、はぁ……」

 

 と、イイ笑顔を浮かべる『大和』だったが、目は全然笑っていない。

 

 これはかなりマジな様子である。

 

「でも、あの子の様子からすれば、特に心配するようなことは無いと思いますけどね。マイラス殿も、あの子と仲良くしているようですし」

「……」

「時間がある時だけでも構いません。あの子の事を、よろしくお願いします」

 

 と『大和』はマイラスに頭を下げる。

 

「……そのつもりですが」

「ですが?」

 

 マイラスの自身の無い様子に、『大和』は怪訝な表情を浮かべる。

 

「……正直、自信がありません。異性と接する機会があまりなかったもので、今後『筑後』さんに喜んでもらえるか……」

 

 と、彼はどこか表情が優れない。

 

 しかし腐れ縁とは言えど、アイリスの事を異性としてカウントしていないのは、それはそれでどうなんだ……

 

「少なくとも、あの子は喜んでいる様子でしたよ。何せあの子にとって、あなたは数少ない友人なのですから」

「数少ない? それはどういう……」

 

 『大和』の言葉にマイラスは首を傾げると、『大和』は一考した後、口を開く。

 

「『筑後』は俺と『天城』……あぁさっきの女性で、彼女もKAN-SENです。自分と彼女の間に生まれたのが、あの子です」

「それは……」

「恐らくマイラス殿の考え通りかと思いますが、本来であればあの子は存在することもなかった存在ですからね」

「……」

 

 マイラスは『大和』がKAN-SENとして本来なら存在しない男性型のKAN-SENであるのを思い出す。

 

「『筑後』は第二世代と呼ばれる次世代のKAN-SENです。まぁ今の所自分達の所で便宜上そう呼んでいるだけですが」

「第二世代……」

「ですから、旧世界ではあの子を手に入れる為ならば、大国が全力を以ってして確保に動くでしょう。それだけの価値があの子にはあります」

「……」

 

 『大和』より『筑後』がどういう存在で、どれだけの価値があるのかを聞かされ、マイラスは息を呑む。

 

 

 第二世代のKAN-SEN。言ってしまえばこれまでのKAN-SENとは異なる新種の存在になるのだ。

 

 男性型KAN-SENですら大国の一つや二つがその存在を確保すべく大軍を送り込んでくるのだ。未知なる存在である第二世代のKAN-SENとならば、恐らく総力を以ってして確保に動くだろう。

 

 それだけの価値が、第二世代のKAN-SENにはある。そして第二世代のKAN-SENを生み出すのに必要不可欠な男性型KAN-SENもまた、同じ価値がある。

 

 

「その為、第二世代の存在を世界から秘匿する為に、あの子は外の世界を知りません」

「……」

「友達と言える友達も、箱入り娘故に、限られていましたからね。気が合い、その上異性となれば、少なくともマイラス殿が初めてになりますし」

「……」

「だからこそ、あの子は喜んでいたんですよ」

「そう、ですか……」

 

 マイラスは声を漏らし、俯く。

 

「それで、あなたの答えを聞かせてもらえないでしょうか。あの子のことをどう思っているのかを」

「……」

 

 『大和』の問いにマイラスは何も言えず、彼はただただ静かにジッとして考え込む。

 

「……その、『筑後』さんとは、まだ出会って短いので、正直な所……まだ何とも言えないです。彼女のことを、どういう風に見ているのか。これからどうしたいのか……」

「……」

 

 マイラスは絞り出すように口を開き、『大和』は静かに彼の言葉を聞く。

 

「でも、いつか必ず、答えを出して見せます。ですので、それまで待っていただけますか?」

「……」

 

 『大和』は浅く息を吐き、微笑みを浮かべてマイラスを見る。

 

「首を長くして、吉報を待っていますよ」

「……はい」

 

 マイラスは頷き、気を引き締める。

 

 

「お待たせしましたわ」

 

 と、外に出ていた『天城』が『筑後』を連れて戻ってきた。

 

「話は終わったのか?」

「えぇ、『筑後』との話は終わりましたわ」

「何を話していたんだ?」

「フフフ……それは女性同士の秘密のお話だと言っておきますわ」

「そ、そうなのか」

 

 意味深な笑みを浮かべる『天城』に『大和』は苦笑いを浮かべ、『筑後』はどこか恥ずかし気に頬を赤くする。

 

「それでは、少々時間が掛かりましたが、食事をしながらお話しをしましょう。マイラス様から色々とお聞きしたいので」

「は、はい……」

 

 ニコニコと笑みを浮かべている『天城』にマイラスは苦笑いを浮かべる。何か威圧的な雰囲気を感じ取ったのだろうか。

 

 

 その後『大和』達親子は、マイラスを交えて食事をしながら色んな事を話した。

 

 まぁ特にマイラスに関することを『天城』が彼に根掘り葉掘り聞いていたのだが。

 

 どんな仕事をして、『筑後』とはどんな出会いだったのか、『筑後』のことをどう思っているのかとか。

 

 とても和やか雰囲気が漂う。

 

「……」

 

 『大和』はコップに入った水を飲んでテーブルに置くと、周りを見る。

 

 『天城』がにこやかな笑みを浮かべてマイラスに色々と聞いており、彼は苦笑いを浮かべて戸惑っている。その様子を『筑後』が苦笑いを浮かべて見ている。

 

(……平和、か)

 

 彼は内心呟きつつ、その様子を見て微笑みを浮かべる。

 

(いつまでも、この平和が続けば良いのだがな……)

 

 そう願うものも、それが困難な願いであるのは『大和』が一番知っている。 

 

(……守らないとな。今と、これからの若者達の平和を)

 

 『大和』は楽しげに話しているマイラスと『筑後』の二人を見ながら、改めて決意を胸に秘める。

 

 

 

 

 

 

 しかし、そんな彼の思いとは裏腹に、戦争の火種は、着実に火を起こそうと大きくなろうとしていた……

 

 

 

 




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第六十六話 戦争への足音と不安

 

 

 

 

 中央歴1639年 11月5日 アルタラス王国 王都ル・ブリアス アテノール城

 

 

 

 ロデニウス連邦共和国との貿易を始めてから、この国の発展具合は凄まじかった。さすがにまだ数か月程度しか経っていないので、街中で多くの自動車とかが行き交うほどではないが、それでもロデニウスから輸入された自転車やゴムタイヤサスペンション付きの馬車が行き交っている。そしてごく少数ながら自動車も走っている。

 そして民間でのガス、電気、水道等の生活インフラも普及し始めて、市民たちの生活は豊かになっている。

 

 

 しかし、王都の賑やかさとは裏腹に、王城の一室で国王ターラ14世は深刻そうな雰囲気を醸し出して頭を抱えていた。

 

「皇国め。遂に本性を現したか」

 

 苦渋に満ちた表情で、手元にある文書を眺めて忌々しく声を漏らす。それはパーパルディア皇国から送られてきた要請文だ。

 

 毎年皇国から送られてくるものだが、要請とは名ばかりの実質命令書だ。

 

 内容が過激且つ横暴なものなのは毎年のことだが、今年ばかりは目を疑いたくなるような内容だった。

 

 

 ・アルタラス王国は、魔石採掘場『シルウトラス鉱山』をパーパルディア皇国に献上せよ。

 

 ・アルタラス王国王女ルミエスを、奴隷としてパーパルディア皇国へ差し出せ。

 

 以上の二点を二週間以内に実行することを要請する。

 

 

 そして最後に記載された一文が―――

 

『出来れば武力を使用したくないものだ』

 

 

「ありえないな」

 

 最後の一文を見て、ターラ14世は要請書を握り潰して吐き捨てるように口にする。

 

 パーパルディア皇国は前皇帝が崩御した後、現皇帝ルディアスが即位した。皇帝ルディアスは国土の拡大、国力増強を掲げ、各国に領土の割譲を迫っている。しかし、通常の場合は割譲地は無難な場所であったり、条件的に双方に一応ながら利があったりと、ある程度穏当な場合が多い。

 

(だが、今回はどうだ! どう考えても我が国に全く利が無いではないか!!)

 

 彼は内心怒りに満ちて、握り潰した要請書を投げ捨てる。

 

 シルウトラス鉱山はアルタラス王国最大の魔石採掘場であり、国の経済を支える中核だ。その埋蔵地は、世界でも五本の指に入るほどであると同時に、採掘される魔石の質が高い事でも有名だ。その為、第一、第二文明圏の国々に片手で数えられる程度の少数だが顧客が居る。

 当然この鉱山を失えば、アルタラス王国の国力は大きく落ちることになるのは明白。そして国の経済が崩壊する可能性がある。

 

 そして王女の奴隷化など、皇国に何のメリットなど無いはず。これは明らかにアルタラス王国に怒りを抱かせる為だけに記載されているとしか思えない。

 

 つまり、皇国は初めから王国と戦争に持ち込もうとしているにしか見えなかった。

 

「皇国め! もはや見境無しになってきたのか!」

 

 そしてターラ14世は怒号を上げて、テーブルに拳を叩き付ける。

 

「……」

 

 テーブルに拳を叩き付けて、ターラ14世は荒れた呼吸を整えて冷静さを取り戻す。しかし興奮したせいか、彼は苦しげにくぐもった声を漏らし、左胸を押さえる。

 

 しばらく荒く呼吸を繰り返して、やがて落ち着いたのか大きく息を吐く。

 

「……正直行きたくないが、一応確かめばならんな。既に答えは分かっているようなものだが」

 

 ターラ14世は嫌悪感溢れる表情を浮かべながらも、真相を確かめるべく、準備を整えてパーパルディア皇国第3外務局の管轄、アルタラス出張所へと出向くことにした。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 アルタラス出張所は言うなればパーパルディア皇国の大使館といえる場所であり、皇国の国力を表すかのように豪華絢爛な見た目で、アルタラス王国の他の建物とは異なる雰囲気を出している。

 ちなみにロデニウス連邦共和国の大使館職員曰く『趣味の悪いデザイン』らしい。

 

 

 ターラ14世は外交官と側近の二人を供に連れて、職員に案内されて館内を歩いていく。

 

 アルタラス王国の国王が直接来たというのに、館内は特に大きな混乱も見られなかった。誰もが視線を合わせず、背中を向けている。

 

(最初から来ることは分かっていた、か)

 

 彼は内心呟きながら、周囲の様子を窺い、扉の前へとやって来る。

 

「待っていたぞ、ターラ14世!」

 

 大使室の扉が開かれると、パーパルディア皇国第3外務局所属、アルタラス担当大使カストが、背もたれの上に腕を置いて大仰に椅子に座り、足を組んだまま一国の王を呼びつける。

 

 一方の王は立ったままであり、大使室には大使が座る椅子の他にはソファーの一つも無い。いや、あったはずだが、どうやら事前に撤去したようで、床の一部が変色しているのが見える。

 

(なんと無礼な)

 

 アルタラス王国の外交官は、カストのあまりにも無礼極まりない対応に内心憤る。ロデニウス連邦共和国の大使が礼儀正しかっただけに、彼の態度が際立っている。

 

 無礼に無礼で返す為、挨拶抜きに話を始める。

 

「あの文書の真意を伺いに参りました」

「内容通りだが?」

 

 大使カストは他にどんな意味があるのかと、わざとらしく両手を上げて挑発する。

 

「シルウトラス鉱山は我が国最大の鉱山です」

「それが何か? 鉱山は他にもあるだろう。それとも何か? えぇ? ルディアス様の意思に逆らうというのか?」

 

 品の無い表情を見せるカストに、ターラ14世も顔をしかめる。ここまで来るとただのチンピラとのやり取りでしかない。ターラ14世の側近に至ってはあからさまに嫌悪感を醸し出している。

 

「とんでもございません、皇国に逆らうなど……。しかし、何とかなりませんか?」

「ならん!」

 

 カストが声を荒げ、これまで黙っていたターラ14世が外交官を下がらせ、カストの前に進み出る。

 

「では我が娘、ルミエスのことですが、なぜこのようなことを?」

「あぁ、あれか。あの娘は中々の上玉ではないか。だから俺が味見をする為に奴隷として差し出せ」

「「「は?」」」

 

 あまりにも身勝手極まりない、信じられない回答に、ターラ14世も外交官も、揃って抜けた声を漏らす。

 

 一国の大使が、王家に対して最大級の侮辱を働いているのだ。

 

「俺が味を見てやろうというのだ。まぁ飽きれば職員たちの慰み者として残してやるから、安心しろ。それでも飽きれば娼婦館に売り払うがな」

 

 よくもまぁこんな事を人前で言えるものだ。ターラ14世は怒りがこみ上げて、拳を握り締める。

 

 もはやこれは国同士のやり取りではない。蛮族とのやり取りでしかない。

 

「……それも、皇帝ルディアス様のご意思なのですか?」

「あぁ!? なんだその反抗的な態度は!! 皇国の大使である俺の意思は即ちルディアス様の御意思だぞ!! 蛮族風情が、誰に向かって口を利いていると思っているのだ!」

「品の無い人間に対してだ! 野蛮人!」

「なにっ!?」

 

 ターラ14世は外交官より書類を受け取りながら、啖呵を切る。

 

「この俺を野蛮人だ――――ぶっ!?」

 

 野蛮人呼ばわりされたカストは額に青筋を浮かべて怒りを露にするが、最後まで言い終える前にターラ14世に書類の束を顔にぶつけられる。束ねられた書類は何も留められていないので、当然書類はバラバラに散らばる。

 

「貴様らの国外退去と皇国との国交断絶、そして全ての皇国の資産凍結に関する書類だ!! それを持ってさっさと国に帰れ! 野蛮人共!」

 

 ターラ14世は外交官を連れて、後ろからカストの罵詈雑言が飛んでくるが全て無視して出張所を後にする。 

 

 

 

「何が列強国だ! 我々を蛮族と罵っている奴らの方がよっぽど蛮族では無いか!!」

「全くその通りですな」

「よくもまぁ、あんなことを人前で言えたものです」

 

 馬車に乗って王城へと向かっている道中、ターラ14世は怒りが収まらず怒号を上げ、側近と外交官も激しく同意する。

 

「……これで、皇国との戦争は避けられなくなってしまったな」

「えぇ」

「軍への連絡は?」

「既に入れてあります」

 

「そうか」とターラ14世は声を漏らし、次に外交官を見る。

 

「それで、ロデニウス大使館への連絡は?」

「こちらも既に連絡を入れています。安全保障条約に基づき、連邦共和国へ武器兵器の提供(・・・・・・・)の要請を行ったと、報告が先ほどありました」

「良し」

 

 外交官より話を聞き、ターラ14世は頷き、馬車の窓から外を見る。

 

 ロデニウス連邦共和国より技術を輸入し、インフラが発達して豊かになりつつある街並みが広がっている。その街に行き交う市民たちの表情は活気に溢れている。

 

(本来なら我々が国を守るべきなのだが、国の存亡が掛かっている中で、手段は選べん。パーパルディア皇国に勝てるのは、この第三文明圏ではロデニウスに他はいない)

 

 ターラ14世は内心呟きつつ、ロデニウス連邦共和国の力を思い出す。

 

 第三文明圏の列強国であるパーパルディア皇国に対抗できる国は、この第三文明圏ではロデニウス連邦共和国以外居ない。いや、それどころかロデニウスが本気を出せば、皇国に勝つことも可能だろう。

 

「っ!」

 

 するとターラ14世は一瞬苦しそうに顔をしかめ、左胸を押さえる。幸い側近と外交官は外を見ていたようで、彼の様子に気づいていない。

 

(まだだ。まだ、倒れるわけにはいかぬ。この国の未来の為にも)

 

 ターラ14世は痛みに耐えながら、決意を胸に秘める。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 中央歴1639年 11月12日 パーパルディア皇国

 

 

 

 所変わり、第三文明圏の列強国、パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

 皇国で最も栄えた場所であり、そしてこの第三文明圏で最も繁栄した都市だろう。

 

 国力を示すかのように建物はどれも文明圏外の国々ではあまり見られない石造りをしており、住まう区画は階級の高い人間ほど豪華さに差がある。

 それ故に、この国では貧富の差が非常に目立ち、華やかで明るい、豊かな区間があれば、寂れて薄暗い、スラムのような貧しい区間も存在している。

 

 その中で一番目立つのが、皇都エストシラントにある皇帝ルディアスが住まう皇宮パラディス城。権力を表すかのように、城は大きく、豪華絢爛な作りになっている。

 

 

 そのパラディス城の玉座の間において、一人の男性が跪いている。

 

「面を上げよ」

 

 その男性こと第三外務局局長カイオスは、冷や汗を流しながら顔を上げる。

 

 彼の視線の先には、このパーパルディア皇国の若き皇帝ルディアスが玉座に座っている姿がある。

 

「フェン王国への懲罰の監査軍の件、余への報告はどうした?」

「ハッ。監査軍の派遣を報告せず、誠に申し訳ござい――――」

「たわけっ!!」

「っ!」

 

 カイオスの論点をずらす謝罪に、ルディアスは一喝する。

 

「監査軍の派遣を報告しなかったことはどうでも良い。それは余が認めた第3外務局の権限だからな。蛮国への侵攻報告なぞいちいち聞いていたら、一日が終わってしまう。問題は……その監査軍が敗北したことだ」

「……」

 

 カイオスはルディアスの指摘に息を呑む。

 

 情報の出所は、恐らく第1外務局だろう。こういう時だけ諜報能力は高いのは、相変わらずのようだと、彼はそう感じた。この国ではプライドの高い者は常に他者のミスの揚げ足を取って見下す。そうやって自分の地位を保っているのだ。

 そのせいでかつて第1外務局に勤務していた彼は、こうして第3外務局に堕ちてしまったのだから。

 

「それで、何処にやられた? まさかフェン王国か?」

「目下全力で対象国の割り出しを行って、つい先日件の国が判明致しました」

「ほう。どこだ?」

「ロデニウス連邦共和国と呼ばれる、文明圏外にある国であります」

「ロデニウス。そういえば先日の国家戦略局の件は同じ名前の大陸が関係していたな」

 

 ルディアスは顎に手を当てて、その時の報告を思い出す。

 

「しかし、その国の名は聞かんな。新興国家か?」

「はい。恐らく先日の大陸内での戦争終結後、大陸にある三ヵ国が統一して誕生した国かと」

「文明圏外の新興国家が、生意気にも皇国に歯向かい、泥を塗ったか」

 

 カイオスの言い分に、皇帝の顔が怒りに満ちる。カイオスは自身にその怒りが向けられていないとは言えど、息を呑む。

 

「竜母が居らず、少数のワイバーンロードと旧式艦の寄せ集めとはいえ、我らに土をつける国が文明圏外にいるとは驚きだな。戦闘結果だけを見た各国は、皇国がフェン王国如きに敗れたと見るだろう。その国には必ず責任を取らせよ」

「承知しました。既に第三国を経由してその国へ出頭命令を下したところです」

「そうか。では、身の程を知らない蛮族に、きっちりと教育してやれ。皇国に逆らえば、どうなるかをな」

 

「はっ!」とカイオスは深く頭を下げる。

 

 皇国としては、その高いプライドから格下に負けたという事実を認めたくないというのもあるが、下手すればその格下に負けたという事実が属国や周辺国に何かしらの影響を与えかねない懸念がある。それ故に、皇国は常に強くなければならない。

 それが自分の首を絞めているとも知らずに。

 

「皇帝陛下、もう一つ報告したい事がございます」

「何だ?」

「アルタラス王国の件ですが、想定通りシルウトラス鉱山の献上を断ってきました。大使がうまくやったようです」

「ふむ。それは重畳だな」

 

 怒りに満ちていたルディアスの顔は、残忍さを隠そうともしない笑みに変化する。

 

 まぁカストの独断且つ欲望に満ちた内容がある意味彼らからすれば功を奏したようなものだが、その内容は伝えられていないようだ。

 

「更に、アルタラス王国内での皇国の資産凍結と、国交断絶を伝えてきております。いかがしますか?」

「ほう。ここまであからさまに反逆の意思を見せるとは。予定通りではあるが、いささか頭に来るな。なめられたものよ」

 

 頭にくると言いつつむしろ楽しそうに語るルディアス。彼の戦略の中では、アルタラス王国を皇国の領土に収めることは既に決まっているようである。

 

「これは徹底的にやって、仕置きを下す必要があるな。アルタラス王国には正規軍を派遣せよ。皇軍の準備は出来ているな?」

 

 ルディアスは、傍らに立つ軍の礼服を身に纏った男性に問い掛ける。

 

 彼は皇軍の伝令係だ。ルディアスの命令は彼を経て、即座に皇軍の将軍達に伝えられる。

 

「陛下の命があれば、皇軍はいつでも出撃出来ます。アルタラス王国を滅し、全ての魔石鉱山を皇帝陛下に献上いたしましょう」

「そうか、では任せた。だが、王族は皆殺しで構わんが、民間人は無駄に殺すな。貴重な労働力だ。カイオス、貴様はアルタラス王国へ書簡を送っておけ。内容は任せる」

「「はっ!」」

 

 カイオスと伝令係は返事をして、玉座の間を後にする。

 

 

 しかし、玉座の間を去ろうとしたカイオスの口角が、僅かに吊り上がったのを、誰も気づかなかった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 中央歴1639年 11月7日 ロデニウス連邦共和国。

 

 

 時系列は少し遡り、場所はロデニウス連邦共和国 トラック泊地

 

 

「やはり皇国はアルタラス王国に対して戦争を仕掛けてきたか」

「予想していたとは言えど、ホント悪い予想だけはよく当たっちまうな」

 

 『大和』と『紀伊』が執務室にて呆れた様子で話していた。

 

「それで、大統領は何と?」

「閣議の結果、政府は安全保障条約に基づき、アルタラス王国に武器兵器の提供(・・・・・・・)を行う事を決定した」

「そうか。これから忙しくなるな」

 

 『紀伊』は『大和』にそう伝えると、彼は頷く。

 

 アルタラス王国から武器兵器の提供(・・・・・・・)要請があったその日、カナタは閣僚と軍関係者を集めて緊急閣議を開き、王国へ武器兵器の提供(・・・・・・・)を行うかどうかの話し合いを行った。

 

 そして昨日の閣議の結果、政府はアルタラス王国と結んだ安全保障条約に基づき、武器兵器の提供(・・・・・・・)を行うことを決定した。

 

 

 ちなみにさっきから武器兵器の提供(・・・・・・・)を行うと言っているが……ぶっちゃけいうとこれはかなり屁理屈染みた内容になっている、王国への援軍派遣である。

 

 そして王国へ武器兵器の提供という名の援軍として送り込むのは……KAN-SENである。

 

 人の姿をしているKAN-SENだが、その本質は兵器である。故にあくまでもKAN-SENの派遣は武器兵器の提供(・・・・・・・)の一環であり、援軍として送るわけではない。実際KAN-SEN以外で派遣される人材はいないし、派遣された後、KAN-SEN達の指揮権は一時的にアルタラス王国に移る。

 まぁ指揮権が移るといっても、向こうの指示次第では殆ど自らの判断で動くことになるが。

 

 その上、KAN-SENは大抵数日は掛かるであろう軍の準備期間が早くて半日で済む。この即応性がKAN-SENの強みともいえる。

 

 

「それで、援軍で送る戦力はどうする?」

「あぁ。一応『尾張』を筆頭に、空母と巡洋艦、駆逐艦を数隻程度と、潜水艦を送る予定だ」

「そうか……」

 

 『紀伊』より提供として送る戦力を聞き、『大和』は腕を組む。

 

「何か気になる事でもあるのか?」

「いや、援軍として送る戦力だが……」

 

 『大和』は一旦間を置いて、言葉を続ける。

 

「戦闘自体はあの二人に任せて、他はいざという時のバックアップで送ろうと俺は考えているんだが……」

「あの二人……まさか『まほろば』と『筑後』か?」

 

 あの二人のことに気づいた『紀伊』が問い掛けると、『大和』は「あぁ」と短く答える。

 

「あの二人にも、そろそろ実戦を経験させようと考えていた。まぁ皇国程度では経験にならないかもしれないが、実戦の空気を感じ取る事は出来る」

「そりゃそうかもしれないが……良いのか?」

「いつまでも隠しているわけにはいかないからな。あの二人もKAN-SENだ。いつかは戦場に出なければならない時が来る」

「……」

 

 『紀伊』は腕を組み、静かに唸る。

 

「なら、『蒼鶴』と『飛鶴』も出すか?」

「いや、あの二人はまだKAN-SENとして完成したばかりだ。練度が全然足りないから、あまり戦力としては役に立たない。もちろん『葛城』もだ」

「そうか。なら、あの二人も提供する戦力に加えておく。話は俺がしておく」

「あぁ。頼む。あともう一つ、加える戦力に……彼女も頼む」

「彼女? もしかして最近建造した、あいつか?」

「あぁ」

 

 『大和』よりもう一つの要望を聞き、『紀伊』はどこか納得しがたいような表情を浮かべる。

 

「いきなり実戦に出すのは難しいんじゃないか? あの妖精達ですらキワモノだと言われているシステムだって完全に解析が終わってないんだぞ」

「だが、テストだけでは十分な能力は把握出来ていない。実戦での運用データが必要だ」

「そりゃそうだが……」

 

 『大和』の言い分も理解できるが、それでも『紀伊』は渋る。

 

 

 最近彼らは戦力増強を行うと共に、疑似メンタルキューブを用いたデータ取得の為、新たなKAN-SENを建造した。

 

 その建造された数隻のKAN-SENの中に、一隻の潜水艦のKAN-SENが建造された。

 

 しかも『カンレキ』が異なり、尚且つ史実に存在しないKAN-SENである。正確に言うとその潜水艦自体は存在しているが、その潜水艦とは異なる姿な上に、特殊なシステムを搭載している。

 

 その潜水艦のKAN-SENのテストで、その特殊システムが何なのかは大体把握することが出来た。と同時に、量産が出来ない上に致命的な欠陥があることが発覚し、他のKAN-SENでは使うのが危険すぎるのが判明している。

 

 そんな不確定な状態のKAN-SENの実戦投入なんて、何が起きるか分かったものではない。

 

 

「他のKAN-SENのサポートがあれば、不測の事態に対応できるはずだ。それに、不確定だからこそ、今の内に把握しておく必要があるんだ」

「……分かったよ。彼女も、戦力に加えておくよ」

「すまない」

 

 『紀伊』は渋々とだったが頷き、執務室を出る。

 

「……」

 

 すると『大和』の表情は暗くなり、深くため息を付き、両肘を机に置いて両手を組み、そこに額を付ける。

 

 

 少しして扉がノックされる。

 

『入って良いか、総旗艦』

「『加賀』か。あぁ、構わんぞ」

 

 『大和』が入室を許可すると、扉が開かれて『加賀』が入って来る。

 

「帰っていたのか『加賀』」

「艤装の調整の為に戻ってきたんだ。最近は周辺国の情勢が不穏のようだから、いつでも出撃が出来るように」

 

「確かにな」と『大和』は答える。

 

「……」

「? どうした、総旗艦?」

 

 と、少し気落ちした様子の『大和』に、『加賀』が問い掛ける。

 

「いや……ちょっと、不安でな」

「お前が不安を口にするとはな。何かあったのか?」

「……実はな――――」

 

 『大和』は『加賀』に先ほどの話を伝える。

 

 

「『まほろば』と『筑後』の実戦投入。あの二人も遂に初陣か」

 

 『加賀』は腕を組んでどこか感慨深そうに呟く。

 

「……自分で決めておきながら、急に心配になってな」

「……」

「『筑後』は……うまく出来るだろうか。下手すれば怪我をするんじゃないかって……」

 

 『大和』はそう言うと、顔を俯かせる。KAN-SENではあるが、彼も子を持つ親なのだ。

 

「我が子を戦場に送り出す親の気持ちが、こんなに重いとはな……」

「……」

 

 そんな彼の暗い様子を見かねてか、『加賀』は彼の傍に歩み寄り、『大和』の頭を自身の胸に抱き寄せる。

 

「『加賀』?」

「そう心配することはあまり無いだろう」

 

 少し驚いた様子の『大和』に、『加賀』は彼の頭を撫でながら語りかける。

 

「お前と『天城』さんの娘だ。うまくやれる。もちろん『まほろば』だってそうだ。親ならば、子を信じてやれ。と言っても、今の私には言える立場じゃないが」

「……」

「それに、そうならない為のバックアップだ。『尾張』達が付いているなら、心配はないだろう」

「……そうだな」

 

 『加賀』の言葉に多少なりとも不安が払拭されたのか、『大和』は顔を上げる。

 

「信じてあげないとな。自分の子供を」

「あぁ。そうだな」

 

 彼がそう言うと、『加賀』は微笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば姉様から『いつ総旗艦様と子供を作るのかしら?』って聞かれたんだが、どうしたらいい?」

「さっきまでの雰囲気が台無しだよ、おい」

 

 

 




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第六十七話 海の巨神と双頭の巨龍

far777様より評価2
チビHIRO様より評価10を頂きました。

評価していただきありがとうございます!


 

 

 

 中央歴1639年 11月18日 アルタラス島

 

 

 

 いつパーパルディア皇国が来てもおかしくない、緊張感が漂うアルタラス島。

 

 ロデニウス連邦共和国より齎された武器兵器によって近代化されたアルタラス王国軍は、パーパルディア皇国を迎え撃つべく浜辺や岸壁の内側を切削して鉄筋コンクリートで作ったトーチカに部隊の配備を進めている。

 

 しかし、そんな彼らの視線の先には、海に浮かぶ巨大な鉄の城達の姿があった。

 

 

 

「今回の戦闘は基本お前たちが中心に行う。俺たちはあくまでもアルタラス島の防衛に専念するから、基本戦闘に加わらない。一応潜水艦による雷撃はあるが、竜母と揚陸部隊を攻撃する為だけにあると思っておけ」

「はい」

「分かりました」

 

 その中で一番目立つ戦艦『尾張』の甲板にて、『尾張』が『まほろば』と『筑後』に作戦の概要を話している。

 

 今回アルタラス王国へ援軍として派遣された艦隊は以下の通り……

 

 

 戦艦:『尾張』

 

 空母:『龍驤』

 

 巡洋艦:『プリンツ・オイゲン』

     『鞍馬』

 

 駆逐艦:『北風』

     『Z43』

     『Z23』

 

 

 それに加えて『まほろば』と『筑後』、そして潜水艦四隻の計12人のKAN-SENが派遣された。

 

 ちなみに『龍驤』には風竜四頭が彼女の航空戦力として乗り込んでいる。

 

 

 アルタラス王国の戦力を加えると、下手すればこの戦力だけでもアルタラス島の防衛は可能だ。ワイバーンロードに対しても、格上の風竜が居る上に、航空機がある以上、空の戦いで負けることはほぼ無い。

 そうでなくても、『尾張』が居る以上、パーパルディア皇国が勝てる要素など何一つ無い。

 

 

「……」

「……」

 

 若き二人のKAN-SENは緊張しているようで、身体が強張っている。まぁ二人からすれば今回が初陣なのだ。

 

「そう緊張するな。訓練通りやればいい」

 

 そんな二人に、『尾張』が優しく声を掛ける。

 

「別に完璧を求めはしない。お前たちが失敗したとしても、俺たちがフォローする。だから、失敗を気にせず、好きにやれ」

『っ! はい!』

 

 二人は多少緊張した面持ちだったが、大きく返事をする。

 

 

 

「『尾張』さん、どことなく張り切っているな」

 

 そんな様子を『尾張』の近くで艦体の上から『鞍馬』が見ている。

 

 まぁ兄から息子と戦友の娘を託されているのだから、自ずと気が引き締まるのだろう。

 

「まぁ、指揮艦から大役を任されているんだから、張り切っているんじゃない?」

 

 と、後ろから声がして『鞍馬』が振り返ると、『プリンツ・オイゲン』が彼の元に歩み寄って来る。

 

「オイゲン。どうしてここに?」

「わざわざ来るのに理由が居るのかしら?」

「それは無いけど……」

「なら良いじゃない。まだ時間はあるわけだし」

 

 『鞍馬』から言質を取って、彼女は微笑みを浮かべて彼の隣に立つ。

 

「それにしたって、皇国はずいぶん滅茶苦茶な事を言うわね」

「……」

「そうまでして皇国は戦争がしたいのかしら」

「さぁ。そんな連中の頭の中なんて、理解出来ないし、したくないね」

 

 二人はパーパルディア皇国がある北の方角を見つめる。

 

「……」

 

 すると『プリンツ・オイゲン』は『鞍馬』の腕に自身の腕を絡める。

 

「お、オイゲン? 何を?」

 

 彼女の突然の行いに彼は驚いて怪訝な表情を浮かべる。

 

「別に良いじゃない。減るもんじゃないし」

 

 と、彼女はどこか挑発的な笑みを浮かべ、絡めている腕に力を入れて『鞍馬』の腕を抱き締める。それによって彼の腕に彼女のご立派な胸部装甲の感触が強く伝わることになり、『鞍馬』は恥ずかし気に少し慌てる様子を見せる。

 

「最近はあの引っ付き虫がべったりだったから、二人っきりになる機会が少なかったのよ。このくらいいいじゃない」

「引っ付き虫って……」

 

 彼女の棘のある言い方に、『鞍馬』はどこか戸惑いつつ、誰の事かを察する。

 

「あまり姉さんを悪く言わないで欲しいな。別に姉さんは―――」

「事実じゃない。いつもあなたにべったり。いつも一緒に居られるからって……私だって」

 

 『プリンツ・オイゲン』はどこか不機嫌そうな雰囲気を醸し出し、抱き締めている『鞍馬』の腕を更に強く抱き締める。

 

「……いえ、ごめんなさい。正直言って見苦しいし、らしくないわね」

「……」

 

 と、彼女は深くため息をつく。

 

「たまには、あなたと二人っきりで居たいのよ。悪い?」

「いや、悪いことは……無いけど」

 

 『鞍馬』は恥ずかし気に制帽を深く被りながら俯く。

 

「……」

 

 『プリンツ・オイゲン』はそんな彼の姿に微笑みを浮かべて、頭を肩に傾けて身体をより密着させる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「あれがロデニウスの艦隊か。まるで鋼鉄の島ではないか」

 

 アルタラス王国海軍長であるボルドは、自身が乗る戦列艦の上でロデニウス連邦共和国の艦隊を見て声を漏らす。特に『尾張』の姿を見た誰もが、その規格外の規模に言葉を失った。

 

 自分達の戦列艦には『風神の矢』と呼ばれるアルタラス王国独自の武器に加え、ロデニウスより輸入した武器兵器が搭載されており、少なからずパーパルディア皇国の戦列艦に対抗しうる力を有することが出来ている。

 

 だが、ロデニウスの軍艦を見たら、自分達の無力さを認識してしまうと共に、希望を見出している。

 

 列強国のパーパルディア皇国が有する戦列艦は、この文明圏外では対抗できる船は少ないと思われていた。だが、ロデニウスの軍艦を前にすれば、皇国の戦列艦など赤子も同然だ。

 

「ロデニウスなら、必ず我が国を乗っ取ろうとするイナゴ共を一蹴……いや、駆逐出来るはずだ」

 

 ボルドはロデニウスの艦隊に期待を寄せて、拳を握り締める。

 

 本当ならば自分達が祖国を守らなければならないのだが、相手は列強国。当然負ける気で挑むわけではないが、勝つのは至難な相手であるのは変わり無い。

 だからこそ、ロデニウスからの援軍は彼らに本当にこの国を守れるという希望を見出しているのだ。

 

 プライドだけでは飯を食っていけない。プライドに縋って国が滅びたら、元も子もない。

 

 だが、彼らとて軍人。何もせずにただ黙ってみているわけではない。自分達に出来ることをする為に、彼らは各々が自分の役目を果たすために動く。

 

 

 

 そして『まほろば』と『筑後』の二人は、自らの艤装を展開して、身に纏う。

 

 その姿は、存在感を放つと共に、異質な雰囲気を放っている。

 

 

 『まほろば』は父親の『紀伊』に似通った形状の艤装に似ているが、よく見ると主砲塔の数が『紀伊』より多い。艤装の大きさも相まって、存在感が凄まじい。

 

 

 『筑後』に関しては恐らく『まほろば』以上に異様な艤装をしている。背中に装着された基部より、二隻分の船体を模して、尚且つ龍のような頭を模して意思があるように動いているユニットを左右から彼女を挟み込むように前へと出ており、更に基部より伸びたアームの先端に、四本の砲身を持つ四連装の砲塔を三基搭載しており、右側に二基、左側に一基の配置である。

 

 大きさは『まほろば』に匹敵するレベルで大きいが、何より特徴的なのは左右に広がるユニットであり、大抵同じ構造を持つKAN-SENの艤装は艦首を縦に割ったような形状をしているが、彼女の艤装は二つの艦首を模して、尚且つ鉄血のKAN-SENに見られる獣のような形状をした艤装のように、龍の頭を模して、尚且つ意思があるように動いている。その上艤装の上には、何やら飛行甲板を模したかのようなペイントが施されている。

 

 

「では、行ってきます」

 

 『まほろば』は敬礼をすると、『尾張』から『筑後』と共に下りて水面に着水し、海の上を滑り出す。

 

「……」

 

 『尾張』は腕を組んで、二人を静かに見守る。

 

 『まほろば』と『筑後』は途中で大きく分かれて、互いに広く距離を取ると、艤装が光り輝いて二人を包み込む。

 

 

 そして光が収まった光景を、アルタラス王国の人間は、誰もがその光景を忘れることは無いだろう。

 

 なぜならば、光が晴れたそこに……島が出来ていたからだ。

 

 『まほろば』と『筑後』の艦体は……それは島と見間違えそうなぐらいに巨大な軍艦であった。

 

 

 『まほろば』は父親の『紀伊』を遥かに超える、推定でも400m以上はあるであろう巨大な船体を持ち、甲板には紀伊型戦艦と同じ45口径50.8cmを三連装で持つ主砲を持つが、紀伊型戦艦の3基9門と違い、『まほろば』は何と前部に3基、後部に2基の計5基15門という驚異の数を誇る。

 副砲は同型で同じ数だが、高角砲、機銃の数は紀伊型戦艦を大きく上回っている為、対空戦闘能力も紀伊型戦艦を上回っている。

 ただでさえ紀伊型戦艦を超える巨体さを誇るのに、速力は紀伊型戦艦と同等であり、防御力と対空戦闘能力も紀伊型戦艦を上回っている。まさに『まほろば』は紀伊型戦艦を拡大発展させた戦艦と言える。

 

 父親の血を大きく受け継いでいると共に、母親の『扶桑』の多砲塔戦艦という部分を受け継いでいるともいえる。

 

 だが、その大きさはあの紀伊型戦艦の『尾張』が巡洋艦に見えるレベルだ。ここまで来ると自分の目がおかしくなったんじゃないかと疑うレベルだ。

 

 

 

 『筑後』は紀伊型戦艦の基になった大和型戦艦に酷似した戦艦であり、横から見ればとても良く似通っている。

 

 しかし『筑後』は、紀伊型戦艦とも、大和型戦艦とも異なる戦艦であり、同時に軍艦としては異質な存在であるのだ。

 

 なぜなら、彼女を正面から見れば、まるで二隻の船体を横に繋げたような、いわゆる双胴式の船体を持つ軍艦なのだ。その上二つある艦首側に、航空機を運用する為の滑走路と格納庫も有しているという、正に双胴航空戦艦という異質なKAN-SENなのだ。

 

 その上彼女が持つ主砲は紀伊型戦艦を上回る50口径50.8cm砲を四連装で3基12門を有する、火力面でも規格外な性能を持つ戦艦だ。

 

 『筑後』は主砲もそうだが、独自の武装を持つのも特徴的で、特に『65口径15cm連装両用砲』と呼ばれる彼女しか持たない武装がある。対艦、対空戦闘を視野に入れた両用砲であり、完全自動化された装填装置を持ち、毎分26発の発射速度を有している代物だ。

 この両用砲の構造が、後の兵器開発に生かされることになっている。

 

 ちなみに彼女は建造当初より妖精達によってかなり手が加えられており、元々『吾妻』の主砲と同型の副砲を4基搭載していたが、後に撤去され、二番砲塔は元々連装砲だったものを砲塔バーベットを拡大して四連装に換装して、対空兵装を増設している。

 

 双胴式の船体とあって、艦橋は1基だけだが、煙突は2基あるという構造で、双胴式特有の機構を有している為、軍艦とは思えない独特の動きが可能とかなんとか。

 

 防御力も従来の装甲と異なり、より強度の高い鋼鉄が使われており、双胴式故の大きな浮力を使い分厚い装甲が施されている。その為生半可な戦艦の主砲ではバイタルパートを抜くどころか、他の装甲を貫くことが出来ない。

 

 一見すれば『まほろば』に負けない性能を有する戦艦に見えるが……言い方は悪いが彼女は奇形児のような存在だ。

 

 KAN-SENとしては非常に高い性能を有しているが、軍艦としては欠点が多い戦艦だ。そもそも軍艦に双胴式の船体を採用するメリットは少ない。確かに航行時の安定性能は高くなり、浮力は増して搭載できる兵装の大型化が可能で、主砲砲撃時に安定した射撃が可能になるが、当然双胴式では水の抵抗が大きくなり、10万馬力以上の出力を持っている割には速力は紀伊型戦艦よりも低く、航続距離も短い。

 

 そもそも『筑後』は性能的に、拠点周辺での戦闘を前提にした戦艦であり、故にこのような思い切った設計になっている物だと予想されている。

 

 だが何より彼女にとって残念なポイントは、艦首にある航空機の運用設備だ。

 

 というのも、構造的に滑走距離が短く、通常の航空機では運用が難しいという、航空戦艦が辿る欠陥を抱いている。

 

 現時点では『筑後』が運用できる航空機がカ号観測機ぐらいしかないので、実質的に格納庫と飛行甲板がデッドスペースになってしまっている。

 まぁ後にこの問題は解決することになるが。

 

 欠点は多いが、それでも彼女が既存のKAN-SENを上回る性能を持つことに変わりはない。

 

 

 次世代のKAN-SENが二隻。その秘めたる力を発揮するのも、もう間近であろう。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 中央歴1639年 11月24日 アルタラス王国北東方向約140km沖合 洋上

 

 

 青く晴れた空。風も殆ど吹かず穏やかな海が広がる中、パーパルディア皇国よりアルタラス王国を占領すべく派遣された総勢327隻もの大艦隊が突き進む。

 

 100門を誇る戦列艦を含む211隻に、15隻の竜母には120騎前後のワイバンロードが収容され、その後方には多くの兵士や、地竜、馬、魔導砲等を乗せている揚陸艦101隻に及ぶ。

 

 中央世界を基準として東側となる、第三文明圏において、他の追随を許さない圧倒的戦力。

 

 その中でも、今回艦隊の旗艦を務める『シラント』の船尾楼の上。将軍シウスは凄然たる表情を浮かべて、揺らめく海を眺めている。

 

「間もなくアルタラス王国軍のワイバーンの飛行圏内に入ります」

 

 航海士から報告が入り、シウスは頷く。

 

「まだ敵は来ぬか。対空魔振感知器に反応が出たら、すぐに竜母から飛竜隊を出し、艦隊上空で警戒態勢に入らせろ。作戦行動中は防衛を主にし、艦隊に敵を近づけるな。敵を見つけても、深追いをするなと、竜騎士に伝えろ」

「ハッ!」

 

 通信士に指示を伝えて、シウスは前方を睨むように見つめる。

 

(この第三文明圏でこれだけの戦力。防ぎ切れる国など存在しないだろう。いや、存在しない)

 

 海を埋め尽くさんばかりに広がる艦隊。その大半を最新の魔導砲を搭載した戦列艦だ。砲戦となれば、一方的な戦いになる。

 

 そして何より、航空戦力が充実している。空の覇者であるワイバーン。その改良種であるワイバーンロードを100騎以上艦隊に随伴できている。この点だけでも、他の国の追随を許さないでいる。

 

 ワイバーン種はワイバーン種でなければ対抗できない。それがこの世界での常識だ。だからこそ、第二文明圏の列強国ムーが開発した飛行機械マリンの存在は、世界に驚愕をもたらしたとも言える。

 

 

 

 だが、彼らは知る由もないだろう。

 

 既に自分達が鮫の狩場に迷い込んで、怪物の縄張りに入ってしまったのを……

 

 そして、既に自分達の居場所を海の中から見られているというのも……

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「『伊13』より入電。『アルタラス島へ接近中の艦隊を発見。旗からパーパルディア皇国のもので間違い無し』とのこと!」

「来たか」

 

 『尾張』の艦橋直下にある戦術情報管制室にて、『尾張』は通信士より報告を受けて頷く。

 

「『尾張』より『まほろば』及び『筑後』へ。団体が会場に来場した。おもてなしをしろ」

『了解!』

「『尾張』より『伊13』から各艦へ。箱舟を平らげろ」

『了解!』

「他の者もいつでも戦闘が出来るように構えろ」

 

 『尾張』はそれぞれに指示を出し、腕を組む。

 

「……」

 

 彼はモニターを眺めて、息を吐く。

 

「不安な様だな」

 

 と、後ろから声を掛けられて振り返ると、一人の女性が立っている。

 

 銀色の髪を腰まで伸ばし、赤い瞳を持つ『尾張』ぐらいの背丈の長身の女性で、白を基調に黒いラインの入った帽子にロングスカートを身に纏っており、その上からファーが付いたコートを肩に掛けて黒い長手袋をしてる。分厚い恰好をしているが、それでも彼女のスタイルの良さが浮き出ている。

 

 彼女の名前は『ソビエツカヤ・ロシア』 北連のソビエツキー・ソユーズ級戦艦の四番艦であるKAN-SENだ。

 

 今回の防衛線で予備戦力として『尾張』に同行しているが、あくまでも予備戦力として同行しているので、戦闘に参加せず、『尾張』のサポートに回っている。

 

「まぁ、あの二人は今回が初陣だからな。その性能の高さは知っているが、不安が無いわけじゃない」

「そうか」

 

 『ソビエツカヤ・ロシア』は『尾張』の隣に立ち、モニターを見る。

 

「それに、あの二人を任されている以上、もしものことがあったら、『大和』さんと兄さん、それに『天城』さんと『扶桑』さんに申し訳ない」

「……」

 

 不安な表情を浮かべる『尾張』だったが、『ソビエツカヤ・ロシア』は一歩後ろに下がり、彼を後ろから抱きしめる。

 

「ろ、ロシア?」

「あまり心配は要らないんじゃないか?」

 

 急にい抱き付かれて戸惑う『尾張』に、『ソビエツカヤ・ロシア』優しくが声を掛ける。

 

「あの二人の子供達だ。うまくやるさ」

「……」

 

 彼女がそう言い、『尾張』はどこか居心地が悪そうな雰囲気だ。

 

 まぁ、彼の背中には、ある程度分厚い壁が間にあるとはいえど、彼女のご立派な胸部装甲が押し当てられているのだ。大抵の男ならこの感触に戸惑わないわけがない。

 積極的で過激なアプローチの多い嫁が居る『大和』と違い、『尾張』はこの積極的なアプローチがそんなに無いので、あまり慣れていない。

 

「と、ところで、なんで抱き着いて」

「私が抱き着いたいと思ったからだ」

 

「えぇ……」と『尾張』は声を漏らす。

 

「最近は『ティルピッツ』や『ワシントン』、それに『ロドニー』にお前を取られてばかりだったからな。たまにはお前と二人っきりで居たいんだ」

「それで、今回の同行に入ったんだ」

 

 彼女の目的を知って、彼はため息をつく。

 

 

 

 

「ヘックシッ!」

「あら、風邪かしら『ティルピッツ』?」

「さぁ、どうかしら……」

「それとも誰かが噂しているのかもね。例えば、『尾張』と二人っきりのロシアとか」

「……」

 

 

 

 

「まぁ、それほど心配することは無いだろう。もしもの時は、我々が動けばいいだけの話だ」

「……そうだな」

 

 『ソビエツカヤ・ロシア』に抱き付かれたままそう言われ、『尾張』は戸惑いながらも、状況が動き出したモニターを見つめる。

 

 

 

 




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第六十八話 鋼鉄の咆哮

かさじぞう様より評価7を頂きました。

評価して頂きありがとうございます。

題名と同じゲーム、好きだったなぁ。もう続編が出る事は無いんだろうけど……


 

 

 

 所変わり、アルタラス島を目指すパーパルディア皇国の大艦隊。

 

 

 艦隊は特に問題なく、順調にアルタラス島に向かって進んでいる。

 

「……」

 

 将軍シウスは、腕を組んだまま静かに、空を見つめる。その表情はどことなく落ち着きがない。

 

「おい。魔振感知器に反応は無いか?」

「いえ、今の所感知器に反応はありません」

 

 参謀の一人が感知器に就いている水兵に問い掛けるが、感知器には何も反応が無いので、水兵は異常が無いのと報告する。

 

「おかしい。ここまで来ればアルタラス王国のワイバーンが飛んで来てもおかしくないはずだ」

「我々に怯えて逃げたのでは?」

 

 参謀がそう言うものも、シウスは睨みつける。

 

「国の存亡が掛かっている以上、蛮族であってもそんな恥晒しなことはしない。楽観視はするな」

「は、ハッ。申し訳ありません」

 

 シウスの叱責に、参謀は頭を下げる。その参謀の様子に他の参謀たちが嘲笑う。

 

「しかし、ここまで敵が来ないのは不自然ですな」

「うむ。向こうには何か策があるやかもしれん。魔振感知器はもちろん、目視による警戒を厳にせよ! 些細な事でも構わん! 見つけたらすぐに報告しろ!」

 

 シウスの指示はすぐに各艦に伝わり、手空きの水兵達が目視で周囲を確認している。

 

「後方の竜母艦隊はどうか?」

「ハッ。既にワイバーンロードの発艦準備を整えています。命令があればすぐに出れます」

「では各艦から2騎ほど出して上空警戒に当たらせろ」

「ハッ!」

 

 シウスは参謀より報告を聞き、すぐに指示を出す。

 

 指示はすぐに艦隊後方に位置している竜母艦隊に伝わり、飛行甲板にて待機しているワイバーンロードが各竜母より2騎ずつ飛び立とうと翼を広げ、甲板を走り出す。

 

 

 

 その直後、竜母の一隻から突然大きな水柱が上がる。飛び立とうとしたワイバーンロードは轟音に驚いて飛び損ね、飛行甲板に頭を叩き付けた上に勢いのまま首の骨を折り、竜騎士は前に投げ飛ばされて竜母から落下して海面に叩き付けられる。

 

 轟音と共に水柱が上がり、竜母は船体を真っ二つに切断され大半が吹き飛ばされて轟沈する。

 

「なっ!?」

 

 他の竜母からその様子を見ていた竜騎士は目を見開いて驚愕する。

 

 何の前触れもなく、突然巨大な水柱が上がると共に竜母が真っ二つになって沈んだ。そんなありえない光景に誰もが呆然として見つめている、

 

 だが、その光景が一つだけでは終わらない。

 

 続けざまに他の竜母も轟音と共に水柱が上がり、船体が粉々に吹き飛んで轟沈していく。

 

「な、なんだ……」

 

 竜母の艦長はその光景に、呆然と立ち尽くし、声を漏らす。

 

「一体何が……何が起きている!?」

 

 やがて大きな声を上げると、直後に彼が乗っている竜母も攻撃を受け、轟音と共に巨大な水柱が上がり、轟沈した竜母は船内にいるワイバーンロードと竜騎士を巻き込み、誰も状況を理解できないまま海へと沈む。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「これで2隻目っと」

 

 その頃、海中から竜母が沈んでいく様子を見ている者がいた。

 

 巨大な船体を持つ潜水空母『伊13型潜水艦』『伊13』の艦内で潜望鏡を覗き込む少女が戦果を確認して声を漏らす。角を生やし、水色の髪をした少女の名前は『伊13』 潜水空母のKAN-SENである。

 

『こちらイロハ。こっちも2隻目撃沈よ!』

 

 と、潜水艦『伊168』より敵艦撃沈の通信が入る。

 

『こちら、「ノーチラス」 こちらも2隻撃沈です』

 

 次に潜水艦『ノーチラス』より報告が入り、これで竜母を6隻撃沈している。

 

 竜母艦隊に攻撃を仕掛けているのは、ロデニウス連邦共和国より派遣された艦隊に同行した潜水艦4隻であり、『伊13』『伊168』『ノーチラス』、更にもう一隻が海中に潜み、竜母艦隊に対して雷撃を敢行した。

 

 しかも雷撃に使用した魚雷は、高威力且つ長射程を誇り、航跡を残さない酸素魚雷であり、航跡を出さずに遠距離から放たれた魚雷は静かに竜母に接近し、皇軍側に気づかれること無く竜母に命中させたのだ。

 ちなみに重桜の『伊13』と『伊168』ともう一隻は、九三式魚雷を用いているが、『ノーチラス』は妖精達によって開発されたユニオン規格の酸素魚雷を用いている。

 

 ただ、この酸素魚雷は一発の価格が高価格であり、そんな無駄遣い出来る代物ではない。ましても相手は鉄製の軍艦では無い、比較的脆い構造の竜母であり、柔らかい目標に使うには、些か勿体ない気がする。しかしケチって敵を仕留め損ねれば、後々面倒なことになりかねないので、確実に仕留める為に酸素魚雷をふんだんに使っている。

 

 まぁトラック泊地所属の潜水艦のKAN-SENの技量は非常に高い。遠距離から魚雷を目標に当てるのもそう難しいことではないので、無駄弾を出すことはあまりない。

 

 そして一隻に関しては、恐らく外すことは無いだろうとのこと。

 

 すると『伊13』が潜望鏡を覗いていると、3隻の竜母に水柱が上がり、船体がバラバラになって轟沈する。

 

『こちら「伊507」』

 

 と、どこか機械的な、感情の無い声が『伊13』の通信機より発せられる。 

 

『敵艦3隻撃沈。引き続き竜母の排除に掛かります』

 

 まるでそういう風にプログラムされたような喋り方で、『伊507』と名乗った潜水艦が雷撃を行おうとしている。

 

 

 『伊507』……最近妖精達が精製した疑似メンタルキューブで建造されたKAN-SEN達の内、潜水艦のKAN-SENとして建造されたのが、彼女だ。

 

 だが、『伊507』は建造当初から謎めいたKAN-SENであり、艦体の形状は珍しい砲撃潜水艦こと『シュルークフ』と非常に似通っており、砲撃潜水艦であることに変わりない。だが、それ以外に関しては未だに解明できていない部分が多いとのことで、今回の戦闘に投入されたのも、データ収集が目的だからだ。

 実際、先ほど他の潜水艦が放った魚雷と同じ魚雷を放ったにもかかわらず、まるで目標の場所と動きを正確に把握しているかのように魚雷を放ち、竜母を3隻撃沈したのだ。

 

 

(あの507って子……妙に近寄り難い雰囲気があるのよね)

 

 『伊13』は建造直後に顔合わせした時の『伊507』のことを思い出す。

 

 自分達と同じ潜水艦のKAN-SENが新しく来たとあって、潜水艦組は当時は喜んだものも、いざ『伊507』と対面すると、彼女たちの間に戸惑いが生まれた。

 死んだ魚の目のような、ハイライトの無い目。感情の起伏の無いしゃべり方。まるで人形みたいな雰囲気だったという。

 

 命令の受け答えこそするが、それ以外は自ら喋ることは無い。正に人形のようなKAN-SENだった。

 

 尤も、人形みたいな雰囲気の状態は艤装を展開している時だけで、艤装を解除すれば若干避けているような感じではあるが、いたって普通の少女だ。

 

(まぁ、今気にすることじゃないよね)

 

 『伊507』について色々と気になるものも、『伊13』は気持ちを切り替えて潜望鏡を覗き込み、残りの魚雷の発射準備を妖精達にさせつつ、生き残りの竜母の様子を伺う。

 

 

 

「将軍! 竜母艦隊が!」

「っ!?」

 

 後方から轟音がして誰もが後ろを見ると、竜母艦隊が攻撃を受けていた。

 

 既に半分以上が沈められ、黒煙を上げており、残りの竜母も次々と攻撃を受けて沈められている。

 

「竜母が! 一体何が起きている!」

「攻撃です! 竜母が攻撃を受けています!」

「そんなバカな! 敵の接近を許したのか! 監視員は何をしていたのだ!!」

 

 参謀が感知器を見ていた水兵に怒鳴る。 

 

「いえ、感知器に反応は一切ありませんでした!」

「ではなぜ竜母が攻撃を受けているんだ!」

 

 水兵は感知器に反応は無かったと報告するも、参謀は現に竜母が攻撃を受けている事実を水兵に突き付けて責め立てる。

 

「通信参謀! 竜母艦隊と連絡は取れるか!!」

「はっ! 先ほど竜母より通信が入っています!」

 

 シウスは通信参謀に指示を出して、竜母と魔力通信を繋げる。

 

「こちら旗艦『シトラス』 状況を報告しろ! 何が起きている!」

『こちら竜母「エルート」! 他の竜母が攻撃を受けている! 既に9隻がやられた!』

「ワイバーンによる攻撃か!?」

『いや、ワイバーンじゃない! 上空に敵騎の姿は無い!!』

「じゃぁ一体なんだ!?」

『分からない! 周りに敵騎は見当たらないどころか、敵の姿も見えないんだ!』

 

 魔力通信より漏れた報告は、参謀たちをざわつかせる。ちなみに先ほど責められた水兵は「ほら見ろ!」と言わんばかりに参謀を見ながら魔力感知器がある方を指さしている。

 

 敵の姿が見えない。にもかかわらず、攻撃を受けている。そんな理解しがたい状況に、誰もが戸惑いを見せている。

 

 まぁ魚雷という兵器以前に、水中から攻撃されているなんて、誰も思わないだろう。

 

「そんなはずがないだろ! 敵がいないでどうやって攻撃を受けているというんだ!」

『そんなこと言われても分かるわけないだろ! 現にこちらは――――』

 

 その瞬間、竜母6隻に巨大な水柱が上がり、竜母6隻は轟沈してその船体を海に沈めていく。

 

 『伊507』より放たれた酸素魚雷が一寸の狂い無く3隻の竜母へと直撃したのだ。続けて『伊13』と『伊168』『ノーチラス』より放たれた酸素魚雷が残りの3隻に直撃し、竜母を轟沈させた。

 

 

「……竜母艦隊……全滅しました」

『……』

 

 水兵の報告を聞き、誰もが唖然となる。

 

 竜母が全滅した。空の王者と謳われたワイバーンロードが、空を飛ぶことなく100騎以上が竜母諸共海の底に沈められてしまった。

 

 つまり、皇軍側の制空権消失を意味している。

 

 アルタラス王国がワイバーンロードの格下である原種のワイバーンを繰り出したとしても、空からの攻撃の威力は変わらない。上空援護が無いと、さすがの皇国でも大きな損害は免れない。

 

「一体、我々は何と戦っているのだ?」

 

 将軍シウスは、他と比べれば比較的に落ち着いた様子で、声を漏らす。しかしその言葉に答えられる者はいない。

 

 敵の姿は見えないままで、15隻の竜母と100騎以上のワイバーンロード、そして多くの竜騎士が共に失われたのだ。

 

 正体不明の相手に、誰もが恐怖を抱く。

 

「将軍。竜母は失われましたが、我が艦隊には100門もの魔導砲を備え、対魔弾鉄鋼式装甲を持つ最新鋭の戦列艦があります。揚陸部隊も無傷で揃っている以上、まだ勝機は失われておりません!」

 

 参謀の一人が迷いを見せるシウスに、まだまだ艦隊に余力があるのを伝える。揚陸部隊が無傷で残っているのなら、銃を持つ兵士が残っている。銃であれば弓矢やクロスボウと違い、多少ワイバーンへ攻撃が当たる可能性が高いからだ。

 

 そしてシウスが乗艦している『シトラス』を含む多くの戦列艦は、パーパルディア皇国で最新鋭の戦列艦であり、搭載している対魔弾鉄鋼式装甲は魔導砲の直撃にも耐えうる強度を有している。その為、アルタラス王国の軍船の攻撃に耐えられると、自信を持って言えた。

 

 空からの攻撃には苦戦するだろうが、まだ皇国側には数がある以上、多少の損害は覚悟の上であれば、勝機はあると踏んだのだ。

 

 しかし、それはあくまでも自分達よりも格下が相手であるという前提の話であり、当然格上が相手では、話が違ってくる。

 

 

 ましても、自分達の常識を上回る攻撃なんて、想像すら出来ないだろう。

 

 

 シウスが前進を続行しようと指示を出そうとした瞬間、艦隊のあちこちで突然先ほどの水柱とは比べ物にならない巨大な水柱が上がる。

 

『っ!?』

 

 誰もが理解が追い付かず驚愕の表情を浮かべ何人かが衝撃のあまり尻餅を着き、戸惑っていると、巨大な水柱が収まる。

 

「な、な……」

 

 そして目の前に広がる光景に、誰もが呆然と立ち尽くす。

 

 さっきまで航行していた戦列艦の多くが、残骸となって海に落ちて海に浮かんでいる。中には人間だった肉片や骨片も混じっている。そして水柱によって上空に舞い上げられた戦列艦だった残骸が海に落ちていく。

 更に何隻かの戦列艦が巨大な水柱が起こした波に呷られて、横転して転覆しており、周囲には運よく海に投げ出され、状況を理解できず混乱している乗員の姿がある。

 

 あまりにも……あまりにも非常識な光景に、誰も声を上げられないでいた。

 

 

 だが、状況は彼らに理解させる為の時間を与えてはくれない。

 

 

 その直後、更に艦隊のあちこちで先ほどと同じ巨大な水柱が轟音と共に上がり、戦列艦と揚陸艦を襲う。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 パーパルディア皇国の艦隊から離れた海域。

 

 

 そこでは皇国の艦隊に向けて二隻の戦艦が低速で進みつつ主砲から轟音と共に砲撃を行っている。『まほろば』と『筑後』の2隻である。

 

 観測機を飛ばしてアルタラス島を離れた2隻は、砲撃準備を整えつつ低速で航行していると、観測機がパーパルディア皇国の艦隊を発見し、2隻はすぐさま観測機より送られた諸元に従い主砲を向け、砲撃を開始した。

 

 『まほろば』の5基15門ある51cm砲を交互射撃にて砲撃を行い、一度に5発の砲弾が皇国の艦隊に襲い掛かる。それが短い間隔で三回来るのだ。

 

 それに加え、『筑後』の3基12門ある51cm砲も2門ずつの交互射撃を行い、一度に6発の砲弾が皇国の艦隊に襲い掛かる。その上『まほろば』と比べ50口径という長砲身から放たれているとあって、『まほろば』よりも初速が掛かった砲弾が飛翔している。

 

 2隻は電探と連動し、観測機からの敵艦隊の位置と状況情報、光学照準の連携による精密な砲撃は、狙いが狂うことなく皇国の艦隊へと砲弾を落としている。

 

 ただでさえ51cmという艦砲としては規格外の大きさの砲から放たれた砲弾が次々と飛んで来ているという状況に狂いそうになるが、その砲弾が大きく狙いが逸れることなく、ほぼ正確に飛んで来ているのだ。

 

 向こうは恐らく現実を直視出来ないでいるだろうし、何より理解することも出来ないだろう。

 

 

「……」

 

 そんな中、艦体の艦橋にて、『筑後』は観測機を介してパーパルディア皇国の艦隊を見て、悲しげな表情を浮かべている。

 

 51cmという巨大な砲弾が連続して落ちてきて、巨大な水柱が上がる度に多くの戦列艦が粉々に粉砕されるか、波に呷られて転覆している。そして多くの命が一瞬で奪われている。

 

 その上、向こうは一度も攻撃らしいことも出来ず、アウトレンジからただただ一方的にやられている。

 

 あまりにも一方的な光景に、彼女は胸を締め付けられるような感覚を覚え、胸元に右手を当てる。

 

『大丈夫か?』

 

 そんな様子を遠くから察したのか、前方を航行している『まほろば』から通信が入る。

 

「『まほろば』さん……」

 

 彼女は少し弱々しい声で、彼の名前を漏らす。

 

「……えぇ。私は、大丈夫です」

『無理はするなよ。もし君の身に何かあったら、「大和」さんに申し訳が無い』

「それは、あなたも同じことが言えますよ。少し声が震えています」

『それは……』

 

 図星だったのか、『まほろば』は言葉を詰まらせる。まぁお互い今回が初の実戦なのだ。これまで演習は行ってきたが、やはり実戦の空気は実戦でなければ体感できない。

 そして命が消える瞬間を目の当たりにするのも、実戦でなければ見ることは無い。

 

「大丈夫です。実戦に出た以上、最後までやります」

『……』

「それに、私たちがやらないと、アルタラス王国の皆様に、被害が出ます。そして、罪のない市民達が犠牲になってしまいます」

『「筑後」……』

 

 『筑後』は深呼吸をして気持ちを整えると、気を引き締める。

 

「私は、戦います。アルタラス王国の民を守る為に」

『…‥あぁ。そうだな』

 

 彼女の決意の籠った言葉に、『まほろば』も肯定する。

 

「主砲、全門斉射用意!!」

 

 そして彼女は凛として、透き通った声を上げて指示を出し、仕上げに入る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 そして続けざまに砲撃を受けた艦隊は、壊滅的な打撃を受けていた。

 

「……」

 

 『シトラス』の艦上にて、シウスは周囲で起きている惨状に、呆然と立ち尽くしている。

 

「くそっ!! 何なんだよ一体! 相手はただの蛮族じゃないのかよ!!」

「本当に敵の姿は見えんのか!?」

「全く見えません!」

「死にたくねぇ……死にたくねぇよ……」

「これは夢だ。そうだ、夢に決まっている。こんな事が現実なわけがない……」

「なんで俺達がこんな目に遭わなきゃいけないんだよ!!」

「卑怯者!! さっさと出て来いよ! 蛮族共が!!」

 

 周りでは参謀や水兵達の怒号や悲鳴が飛び交い、右往左往している。

 

 『シトラス』の周囲は多くの戦列艦だった残骸や、人間であった肉片の一部が浮かんでいる。

 

 壮大な光景を誇っていた艦隊は、もはやその面影は残っておらず、生き残った戦列艦はバラバラに散らばり、揚陸艦もたった数回の砲撃ですでに半分近くが沈められている。

 その上先ほどの見えない攻撃(魚雷による攻撃)が再開され、次々と揚陸艦が沈められている。

 

 未だに敵の姿は見えない。なのに攻撃は次々と来ており、こちらは一切の攻撃を行うことが出来ず、被害が拡大する一方だ。

 

(我々は……本当に一体何と戦っているんだ?)

 

 とても現実とは思えないことばかりが起きて、彼の心は完全に折れて戦意を喪失している。

 

 

 圧倒的な戦力を以ってして、アルタラス王国に攻撃を行うはずだった。

 

 誰がどう考えても確実に勝てる戦力だったはずだった。

 

 皇国側に負ける要素など、無いに等しかったはずだ。

 

 

 しかし……実際はどうだ?

 

 

 未だに姿を捉えられない敵に、現実とは思えない攻撃を一方的にされ、どんどん被害が拡大する一方だ。

 

 それなのに、こちらは一度も攻撃を行っていない。敵に一矢報いる事すら出来ていない。

 

 

(アルタラス以外の国が関わっているのか? いや、それでも、こんな……)

 

 やがてシウスは一つの推測を立てる。ここまで来れば、もはやアルタラス王国以外の第三国が攻撃に関わっている可能性だ。アルタラス王国の戦力を考えれば、どう考えても皇国側に負ける要素は無いのだから。

 

 であれば、アルタラス王国以上の力を持つ第三国が関わっている可能性を考えるのは、自明の理ともいえる。

 

 だが、そうなると、どこの国が該当するのか。彼には皆目見当がつかなかった。皇国以上の力を持つ国なんて、もはや第三文明圏に存在しないからだ。

 

 それならば第二文明圏、ありえないが第一文明圏の国が関わっているんじゃないかと、彼は考えた。だが、それらの文明圏の国々が蛮族の国を支援する理由なんて無いはずだと、彼は考えてしまう。

 

 

 

「将軍! どうしますか!?」 

 

 と、参謀の一人が慌てた様子でシウスに声を掛ける。それと同時に他の参謀や水兵達がシウスを見る。

 

 当然このまま進めば破滅が待っているのは明白だ。常識的に考えるのならここで反転して退却するべきなのだろう。実際艦隊は壊滅判定がなされてもおかしくない損害を受けている。

 

 しかし、彼らはその選択を選ぼうとはしない。その理由は単純に、格下相手に尻尾巻いて逃げるわけにはいかないという、心底くだらないプライドがあったからだ。

 

 だが、少なくともまだ常識的であるシウスは、一考した後撤退する為に、指示を出す。

 

 

 

 が、それと同時に彼らが乗り込んでいる戦列艦『シトラス』に、運悪く砲弾が落下し、直撃と共に衝撃によって戦列艦は一瞬でバラバラになり、シウスを含め、参謀と水兵達は何が起きたのか理解する間もなく、直後に起きた爆発によって肉片を残さずに、消滅するのだった。

 

 それが、この艦隊の命運を決定づけてしまう。

 

 旗艦を失ったことで、指揮系統は崩壊し、生き残った戦列艦の動きは各々の判断に任されることになる。

 

 その行動は様々で、そのまま直進する船があれば、反転して撤退しようとする船、中には船を捨てて逃げようとする者と、様々だ。

 まぁ海のど真ん中で船を捨てて逃げる者の末路は、確実に明るくないのは確かだろう。

 

 その後『まほろば』と『筑後』の2隻による砲撃は続き、二時間足らずで、アルタラス王国を占領するべく向かっていたパーパルディア皇国の艦隊は、敵の姿を視認することなく、一方的に攻撃され続け、敗北を喫したのだった。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「『まほろば』より入電。敵艦隊の被害甚大。現在残存戦力を確認中、とのこと」

「そうか」

 

 艦体の戦闘情報管制室にて、妖精より報告を聞いた『尾張』は頷く。

 

(とりあえずは……勝ったか)

 

 彼は内心呟き、安堵の息を吐く。

 

「それで、どうするんだ『尾張』? この様子だと生存者は居るだろうが……」

 

 『ソビエツカヤ・ロシア』はモニターを見つめて呟く。

 

 モニターには『尾張』より飛び立った瑞雲より送られた映像が表示されており、海には多くの残骸が浮かび、中には転覆した戦列艦の姿がある。

 

 少なくとも、パーパルディア皇国側の生存者は多少なりとも居るだろう。実際モニターには小さくながら動いているものがある。

 

「俺達はあくまでもアルタラス王国へ提供された武器としてここにいる。どうするかはアルタラス王国次第だ」

「そうか」

 

 『尾張』の言葉に、『ソビエツカヤ・ロシア』は短く返す。

 

 あくまでも彼らKAN-SENはアルタラス王国へ提供された武器という名目でここに居る。故に指揮権はアルタラス王国にあるので、判断は王国次第だ。

 

(まぁ、恐らくアルタラス側は皇国の人間を助ける気なんて無いんだろうがな)

 

 と、『尾張』は内心呟き、短く息を吐く。

 

 ロデニウスとしては、人道的に皇国の生存者の救助を行いたい所だが、恐らくアルタラス王国は皇国の生存者が居ても、助ける気は毛頭無いはずだ。

 

 そもそも横暴な要求を突き付けて戦争を仕掛け、その上王族の女性を奴隷として差し出せと要求をしてくるような国の人間を、助けたいと思う者が果たしているだろうか。

 否。居るわけが無い。居たら余程のお人好しか、ただの売国奴ぐらいだ。

 

 

 その後観測機や潜水艦によって海上に多くの皇国の生存者が確認されたものの、アルタラス王国は『防衛に専念されたし。生存者を救助する余裕無し』と指示を出したことで、『尾張』達は指示に従い、その場で待機することになった。

 

 ロデニウス側としては心苦しいものだが、パーパルディア皇国側の生存者は完全に見捨てられることになってしまう。

 

 見捨てられた生存者たちは、潮の流れによって今の海域から流され、鮫にしろ海魔に襲われるか、冷たい海によって体力を奪われるかで、一夜と持つことは無いだろう。例え持ったとしても、助かる見込みは無い。

 

 とまぁ、皇国によるアルタラス王国の侵略は、実質ロデニウス連邦共和国によって阻止され、パーパルディア皇国は多くの損失を強いることになった。

 

 

 




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第六十九話 戦いを終えて

 

 

 

 中央歴1639年 11月19日 ロデニウス連邦共和国

 

 

 

「パーパルディア皇国によるアルタラス王国への侵攻を阻止。王国の防衛は成功しましたか」

 

 会議室にて、先の戦争の結果を聞き、カナタは安堵の息を吐く。 

 

「しかし、かの国がこれで諦めるとは思えませんので、第二次攻撃も警戒しておく必要があります」

「確かに、あの国の性格を考えれば、これで終わりとは思えんな」

「それに加えて、フェン王国の件もある以上、皇国が止まる事は無いだろう」

 

 軍の者や政府関係者がこれからの事を話し合う。

 

 パーパルディア皇国の性格を考えれば、これで終わるはずがない。恐らく戦力を整えれば、再びアルタラス王国に向けて侵攻を開始する可能性が高い。その為にも、アルタラス島への侵攻を警戒し続ける必要がある。

 

 そうでなくても、先のフェン王国の一件もあるので、近い内にフェン王国へ軍を差し向ける可能性が高い。こちらに関しては、武器を提供するという体裁で援軍を送ったアルタラス王国と違い、純粋にKAN-SENを援軍として派遣する予定である。

 これは言うなれば皇国に対して宣戦布告に近い行為だ。

 

 カナタは右手を小さく上げると、会議の出席者達は話し合いをやめて静かになる。

 

「とにかく、アルタラス王国の防衛についてはしばらく現状維持ということで、お願いします『紀伊』殿」

「分かりました」

 

 カナタの言葉を聞き、『紀伊』は頷く。

 

「今後の事を考えて、アルタラス王国を防衛する戦力を増強しておく必要があると思います。艦隊の戦力はしばらくそのままとして、一定の期間が過ぎれば戦力を交代させるべきかと。それと航空隊をムーと共同で運用している飛行場へ送りましょう」

「許可します」

 

 軍関係者より提示された提案に、カナタは頷いて許可を出す。

 

「アルタラス島の防衛についてはそれで良いでしょう。しかし、問題は……」

 

 カナタは苦虫を噛んだような表情を浮かべ、手元にある紙を見る。

 

 それは、パーパルディア皇国よりトーパ王国を通じてロデニウス連邦共和国へと送られた、パーパルディア皇国への出頭命令(・・)書である。

 

「要請ならともかく、命令とはねぇ……」

 

 不愉快そうな雰囲気を醸し出す『大和』は、忌々しそうに呟く。

 

「恐らくフェン王国での一件についてでしょう。そこで我々に選択を迫らせ、謝罪と賠償を求めてくるものかと」

『……』

 

 カナタの言葉に、誰もが悲痛な面持ちになる。

 

 こうなってしまったら、もはや皇国と和解するのは、不可能になるからだ。

 

 そして皇国に逆らえば、皇国は間違いなくロデニウス本土に対して何かしらの懲罰的攻撃を行うか、最悪宣戦布告を行うだろう。

 

「無視できれば楽なんだが……その場合どうなると思います?」

「恐らく向こうから来ることになるでしょうね。大軍を引き連れてですが」

「そりゃそうだろうな」

 

 海軍省の人間の言葉に、『紀伊』はため息をつく。

 

 脳筋的思考で考えれば、むしろその方が四の五の言わずに武力で威嚇すれば楽で良いのだが、世の中そううまくは行かないものだ。

 

「正直行っても結果は変わらないと思いますが、一応出向く必要ははあると思います」

「私もそう思います。しかし相手はあのパーパルディア皇国。何をしてくるか分かりません」

「あの国は些細な事で揉め事に発展させているという噂もありますからな」

 

 各々が意見を出す中、海軍省の人間が発言する。

 

「皇国には行き違いを起こさない為にも、ここは砲艦外交を行うべきです。いくらパーパルディア皇国とは言えど、我が国の軍艦、それも戦艦を目の当たりにすれば、さすがに考えを改めるはずです」

「そうですな。特に我が海軍の『シキシマ』や『サガミ』、更に言えば『紀伊』殿や『尾張』殿を見せつければ、皇国とて強気には出られないはず」

 

 海軍省の人間は、パーパルディア皇国に対して砲艦外交を行うべきだと主張する。

 

 実際、この世界では砲艦外交は他国に対して抑止力として一般的に行われている。砲艦外交は言うなれば自国の技術力を大きく示す行為でもあるので、抑止力としては効果的だ。

 ロデニウス連邦共和国であれば、『シキシマ』や『サガミ』、更には紀伊型戦艦であれば、砲艦外交を行うのに最適だ。実際に紀伊型戦艦を見たら、戦う気なんて起こらないだろう。そうでなくても、『紀伊』と『尾張』以外の戦艦のKAN-SENであっても効果的だ。

 

「だが、連中が我が国の軍艦を見たとしても、自分達にとって都合の良いように解釈する可能性もある。そうなってしまえば、砲艦外交は意味を成さない」

「それに、いらぬ誤解を招いてそのまま戦争へ突入する可能性も考えうる」

 

 しかし砲艦外交を行うべきという海軍省の人間の言葉に、各々が反応するも、『紀伊』は向こうが自分達を中心に考えている以上、砲艦外交は意味を成さないと考えている。

 

 今まで頂点に君臨してきたのに、格下しかいない文明圏外から自分達よりも格上の存在が現れ、自分達が築き上げた技術の結晶である戦列艦を上回る軍艦を目の当たりにしても、プライドの高い皇国はその事実を認めたくなく、勝手気ままに自分達の良い様に解釈をしてロデニウスを半ば無理やり格下に見る可能性がある。

 

 そうなってしまえば、砲艦外交の意味が無い。もちろんパーパルディア皇国の人間が余程のバカで無い限りそうはならないが……

 

「かといって、皇国とレベルを合わせて帆船で行けば、確実に向こうから格下に見られて、交渉自体うまくいかなくなると思います。恐らく恫喝して無理難題を突きつけてくるかと」

「最悪、そのまま戦争に突入する可能性も捨てきれません」

 

 外務省の人間の言葉に、誰もが静かに唸る。

 

 あぁやればこう。こうやればあぁ。あぁ言えばこう、こう言えばあぁ……

 

 どうやっても、パーパルディア皇国との交渉は、面倒極まりないことに変わりないのだ。

 

 

「軍艦で行けば、向こうに要らぬ警戒を抱かせますので、ここは海上警備隊の仮装帆船で行きましょう。あれならば多少なりとも警戒心は薄れるでしょうし、ある程度道中何があっても対処できます」

「万が一を考えて、護衛にKAN-SENを同行させましょう」

「それしか無いでしょうね」

 

 最終的に『大和』の発案で、パーパルディア皇国との会談に向かうことになった。

 

 多大な不安を残しながら……

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、ムー

 

 

「パーパルディア皇国によるアルタラス王国への侵略。結果は分かりきっていたが、ロデニウスによる支援を受けたアルタラス側の圧勝か」

「予想通りの結果でしたな」

 

 首相の言葉に、閣僚の一人が声を漏らす。

 

 先のパーパルディア皇国によるアルタラス王国へ侵攻しようとして、ロデニウス連邦共和国によって阻止された件について、会議が行われている。ちなみにムーがなぜロデニウスが参戦していたかを知っているかというと、密かにロデニウス側より情報が齎されていた。

 というのも、飛行場を使う都合上、多少事情を説明しなければならないからだ。ムー側は事情を理解し、ロデニウス側に飛行場の使用を許可した。カナタがムーの飛行場使用を許可したのも、これらがあってのことである。

 

「しかし、これでパーパルディア皇国がロデニウス連邦共和国へ戦争を仕掛けるのは確実となりましたな」

「うむ。あの国の性格を考えれば、相手の事をロクに調べずに、ロデニウスに戦争を仕掛けるだろう」

 

 首相はそう言うと、閣僚を見渡す。

 

「聞くだけ野暮かもしれないが、ロデニウス連邦共和国とパーパルディア皇国が戦えば、どちらが勝つと思う?」

「確実にパーパルディア皇国が負けるでしょう。ロデニウス連邦共和国と比べて、技術力が違い過ぎます」

「皇国が勝っているのは物量だけですが、技術の差が開き過ぎているので、物量が意味を成しません」

 

 閣僚から出た言葉は、皇国が確実に敗北するというものだった。まぁ連邦共和国と皇国との技術力の差が開き過ぎているので、そう考えるのも無理はない。

 

「戦争となれば、観戦武官をロデニウスに送ろうと考えているが、どうするか」 

「現在留学中の技術者や武官がよろしいかと。特に最初の使節団のメンバーは連邦共和国の技術をより理解しているので、観戦武官としてこれ以上の適任者はいないでしょう」

「うむ。それでいこう。ロデニウスより技術支援を受けているとは言えど、その技術をものに出来なければ、宝の持ち腐れだ。グラ・バルカス帝国の脅威が日に日に増している以上、悠長なことはしていられない」

 

 ムーとしては、連邦共和国と皇国が戦争になった場合、ロデニウスに観戦武官を送ろうと考えている。ムーはロデニウスより密かに技術支援を受けているが、その技術を身に付けられているかというと、そうとも言えなかった。基礎的な技術がある部分は技術力の向上が出来ているが、新規に習得中の技術に関しては、結果は芳しくない。

 特に、戦術面は色々と習得が難しい面が多かった。

 

 ただでさえグラ・バルカス帝国の脅威が日に日に増している中とあって、ムー側はかなり焦っているおり、戦力強化の為に、ロデニウス側から得た技術の習得に躍起になっている。

 

 その為、ムーの軍事予算は来年度の予算がゼロになりかねない勢いで使っているが、その来年があるかどうかも分からない状況とあって、ムーの焦りが窺える。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 ムー側としては、最初の使節団として派遣された技術士官のマイラスと戦術士官のラッサン、技術士官のアイリスの三人は観戦武官として確定で、他に数人ほどを送る予定のようだ。

 

 その後首相と閣僚は仮に戦争が起きた場合、どのような対応をするかどうかを話し合い、その日の会議は終了した。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 時系列は下り、中央歴1639年 11月20日

 

 

 所変わって、件の国であるパーパルディア皇国。

 

 

「……」

「……」

 

 玉座の間では、重苦しい雰囲気が漂っている。その渦中にいるパーパルディア皇国皇軍最高司令官のアルデは、片膝を床に付けて頭を垂れたまま、冷や汗を掻いている。その表情は恐らく極度に緊張した面持ちになっているだろう。

 

 その先にある玉座では、極めて不機嫌そうな雰囲気を醸し出している皇帝ルディアスが肘掛けに右肘を着けて頬杖を付いている。その傍には、皇帝の雰囲気に居心地が悪そうに立つ相談役のルパーサの姿がある。

 

「面を上げよ、アルデよ」

「は、はい」

 

 アルデは顔を上げて、ルディアスを見る。

 

「此度について、貴様は言ったはずだな。数日の内にアルタラスを皇国の物にすると」

「は、はい。確かに……申しました」

「では、この状況について、貴様はどう説明する?」

 

 ルディアスは淡々とした様子で、アルデに説明を求める。

 

 それは当然先のアルタラス王国に正規軍を送った件についてだ。

 

 エストシラントより出陣した艦隊は、一定の時間ごとに定期連絡を送っていた。そして『アルタラス王国の領海へと侵入。航海に問題無し』と連絡が入っている。

 

 しかしその定時連絡を最後に、ここ数日連絡が途切れている。

 

 無論司令部より何度も通信を送っているが、未だに艦隊からの返答は無い。予定通りなら今頃部隊はアルタラス島に上陸して、攻略は目前のはずなのだから。もちろん、その事については定時連絡で来るはずだ。

 

 ちなみに運良く生き残った戦列艦は、今頃本土を目指して居ると思われるが、乗員達の精神は半ば崩壊状態にあるので、無事に辿り着けられるかは不明である。実際、多くの戦列艦は本土とは違う方角に向かって進んでいたりする。

 その為、エストシラントに戻ってきた船は一隻もいない。

 

「じょ、情報が少なく、判断材料が無い以上、何とも言えませんが、恐らく突発的な気象異常に巻き込まれて……」

「全滅した、か?」

「て、定期連絡が途絶えた状況を見るに、恐らくは……」

 

 ルディアスの問いに、アルデは恐る恐る答える。あまりにも荒唐無稽な内容だが、状況証拠も無い以上、明確な予想など出来はしない。

 

「他に原因は無いのか?」

「……」

「どうした? 余が聞いているというのに、答えられんのか?」

「そ、それは……」

 

 アルデは答えたくても、相手が相手とあって答えられなかった。原因は他にも考えられたが、それはあり得ない事だからだ。答えれば皇帝の不興を買い、自分の立場を脅かしかねないとあって、すぐに答えられなかった。

 

「アルデ殿。陛下がお聞きになっているのです。答えてください」

「は、はっ……」

 

 ルディアスの代わりに、ルパーサより催促され、アルデは意を決して答える。

 

「か、可能性は低いですが……艦隊が攻撃を受けて全滅した可能性もあります」

「攻撃……アルタラス如きに、皇軍が敗北したと?」

「あ、あくまでも、僅かに可能性がある場合でして。恐らく第三者が関わっている可能性もあるかもしれませんが、皇軍が敗北するなど、ありえません」

「……」

 

 アルデはルディアスに必死に弁明し、皇軍が敗北した可能性を否定する。栄えある皇軍が格下に負けた。そんな事実を受け入れられるわけが無いし、考えたくもない。

 

「……結局、原因は分からぬ、ということか」

「は、はい。現在総力を挙げて原因を突き止めています。もし艦隊に何かあれば、生き残りが戻って来るはずです。それで、原因は突き止められるかと」

「ふむ……」

「……」

 

 ルディアスは顎に手を当てて、一考する。その間、アルデは生きた心地がしなく、全身に汗を掻いて震えている。

 

「……この事は、他に漏れておらぬな?」

「は、ハッ! まだ軍でもごく一部の者にしか知られていません。無論、民は知りません」

「……ならば、必ず原因を突き止めろ。その間、この事は内密にせよ。例え聞かれたとしても、艦隊はアルタラスを攻略中だと、答えよ」

「は、ハッ!」

「もうよい。下がれ」

 

 アルデは立ち上がって姿勢を正し、敬礼をしてから、玉座の間を後にする。

 

 

 このようなやり取りが普通に行われている以上、『紀伊』の言う通り砲艦外交を行っても、意味を成さなかっただろう。

 

 

「……」

「へ、陛下……」

 

 ルディアスはしばらく沈黙し、ただならぬ様子の皇帝に傍に控えているルパーサは恐る恐る声を掛ける。

 

 やがてルディアスは、玉座の傍にある小さなテーブルに置かれている杯を勢いよく払い飛ばす。当然飛ばされた杯は中身をぶちまけて、床に音を立てて落ちる。

 

「おのれ……」

「……」

 

 彼は忌々しく声を漏らす。それが思い通りにならなかった現実に対しての怒りなのか。それとも軍への怒りなのか……

 

 ルパーサは何も言えず、その姿を見つめる事しかできなかった。

 

 

 

 




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第七十話 皇国との会談

 

 

 

 中央歴1639年 11月30日 パーパルディア皇国

 

 

 

 その日、皇国はどこか慌ただしい雰囲気であった。

 

 港では戦列艦数隻が警戒態勢を取り、船員達が視線の先にある物を警戒した面持ちで見つめている。

 

 上空をワイバーンロードが飛行し、その眼下には一隻の船が停泊している。

 

 パーパルディア皇国の最新鋭の戦列艦と並ぶほどの大きな船体を持ち、洗練された船体の形状はそれだけである程度の技術力が見て取れる。パーパルディア皇国の無駄に多く、無駄に豪華な装飾が多い美術品のような戦列艦と違い、余計な装飾が無い分地味な印象があるものも、その分機能美が表れている。

 

 ロデニウス連邦共和国より派遣され、外交官を乗せた『第50号仮装帆船』と呼ばれる船である。

 

 

 海上警備隊で運用されている仮装帆船だが、旧クワ・トイネ公国に元々あった帆船をベースに機械動力化した代物であったので、老朽化が著しかった。その上元々機械動力を搭載するのを想定されていない船なので、小規模とはいえど老朽化と相まって色々と不具合が多かった。しかし仮装帆船の有用性は海上警備隊が海賊狩りで示しているので、その数を減らすわけにはいかない。

 その為、結構騙し騙しに使っている実情があったりする。

 

 そこで新たに仮装帆船として運用する為の専用の帆船の建造を行うことにした。それが第50号仮装帆船である。

 

 基本設計は帆船のものに近いが、かなり現代的な設計を取り入れており、水の抵抗を減らす為の船首や船体形状に、耐久性向上として腐食を防ぐための防水加工、使用素材の一部変更、船内の設計、機械動力を乗せる為の構造等、様々な点で従来の帆船とは異なる設計になっている。その為帆船としては大きめな船体を有しているのも特徴的だ。

 仮装帆船としての機能はもちろん搭載しており、武装を隠すための構造に加え、帆で航行できる性能を有している。搭載エンジンはディーゼルエンジンだが、従来の物と比べて改良が加えられており、燃費が良くなっているので航続距離が伸びている。防御にも多少力が入れられており、銃撃に耐えられるように船体の内側に鉄板が施されている。なのでバリスタより放たれる大型の矢に耐えうる頑丈さを有している。

 搭載武装はブローニングM2重機関銃を6基、ボフォース40mm機関砲を連装で1基搭載しており、それぞれ甲板に隠せるように銃架の高さ調節が可能であり、偽装用の樽や箱が用意されており、現在も箱や樽が置いてあるようにしか見えない。

 

 ちなみにこの第50号仮装帆船だが、海上警備隊に配備されている既存の仮想帆船の更新が建造目的だが、もう一つ建造目的がある。それは大口の依頼が大幅に減少し、収入が減少傾向にある木材の加工職人の為の救済措置でもあるのだ。

 

 造船業はもはや木材から鉄製やその他の素材で作るようになってしまい、造船業に関わっていた木材の加工職人は半ば仕事を失いかけていた。多くは家具の製造や建築資材加工等に移ってその技術を使って仕事をしているが、専ら造船だけを生業にしてきた加工職人に至っては、ボート等の製造依頼はあるものも、以前と比べて減少傾向にあり、もはや失業状態に近かった。その為、仕事を辞める職人が続出していた。

 そこで技術保存を兼ねて、今回の第50号仮装帆船の建造計画にて、救済措置として仕事を失った職人に建造を発注したのである。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 第50号仮装帆船は、パーパルディア皇国の皇都エストシトラスの港の湾内で錨を下ろして停泊している。

 

 周りにはパーパルディア皇国の戦列艦が距離を離して停泊しているが、第50号仮装帆船に魔導砲を向けて警戒している。

 

「どう見ても、歓迎されているようには見えないな」

 

 第50号仮装帆船の甲板にて、『大和』は周りにいる戦列艦を見て鼻を鳴らす。

 

「あれで威圧しているのだろう。時折トカゲが飛行高度を低くして船の上を飛んでいるようだしな」

 

 彼の隣に立つ『土佐』は腰の左側に佩いているいる刀の柄頭に手を置きながら、空を見上げて船の上空を飛行しているワイバーンロードを見る。時折低空飛行を行って威圧しているような行動を取っている。

 

 今回交渉の為に派遣された外交官は『大和』であり、彼と第50号仮装帆船の護衛として『土佐』『出雲』『ローン』の三人が同行している。

 

 本来であればあと数人ほどの外交官が同行する予定だったが、相手が相手なので、万が一を考えて彼一人の派遣となった。一人では仕事が大変になるだろうが、まぁ皇国相手に交渉がうまくいくとは思っていないので、こうした思い切った判断になったのだ。

 それと共に、『大和』にはカナタ大統領より交渉に関する権限を全権で委任されている。つまり交渉を打ち切るか継続するかの判断は、国に相談しなくても彼の判断で決めることが出来る。

 

 

「それじゃ、行ってくる」

 

 『大和』は第50号仮装帆船より小舟が降ろされるのを一瞥し、『土佐』と『出雲』の二人に向き直って声を掛ける。

 

「本当に、『ローン』だけでいいのか?」

「あぁ。あまり多く連れて行くと向こうも警戒するだろうし、万が一の場合は少数の方がいい。何より、二人は目立つしな」

『……』

 

 『土佐』と『出雲』の二人は微妙な表情を浮かべる。まぁ獣の耳や尻尾、鬼の角という亜人の特徴を持っている上に、非常に整った顔つきにスタイル抜群の美女なのだ。目立たないわけがない。尤も『ローン』もかなり目立っていなくも無いが。

 

「それに、その万が一があれば、俺達に構わず離脱しろ」

「総旗艦!」

「これは命令だ」

「……」

 

 『大和』の強めの命令に、『土佐』は何も言えなかった。

 

「もしも全員が捕まってしまえば、元も子もない」

「それは、そうだが……」

「……」

「それに、その為の保険だ。出来れば、保険を使う機会が来ない事を祈るばかりだが」

「……」

 

 

 その後『大和』は護衛一人を連れて小舟で港へ上陸し、迎えの馬車に乗って第3外務局へと向かう。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 所変わり、第3外務局

 

 

 応接室へと案内された『大和』達はソファーに座り、皇国側の職員を待つ。

 

「しかし、お前が同行を志願するとは、何か考えでもあるのか?」

「そういうわけでは無いですけど、たまには総旗艦さんと一緒に仕事がしたい、というのでは駄目でしょうか?」

「たまには、ねぇ……」

 

 『大和』は後ろに立つKAN-SEN『ローン』に話しかけて、彼女はニコニコと笑みを浮かべながら理由を話す。

 

 薄い金髪に赤いメッシュが入っており、こめかみ辺りに髪飾りをしている少女であり、全体的に黒い服装をしており、服の上からでも自己主張の激しい胸部装甲の持ち主である。

 その名前は『ローン』という重巡のKAN-SENだ。

 

 彼女はKAN-SENの中でも、『伊吹』や『出雲』『フリードリヒ・デア・グローセ』『ドレイク』と同じ『架空存在』と呼ばれる特殊なKAN-SENである。

 

 見た目は優し気な少女であり、実際小さい子に優しくしている姿が度々目撃されている。

 

 

 だが『大和』は知っている。彼女の隠された本性というのを…… 

 

 

 彼女が『大和』の護衛として同行しており、『土佐』と『出雲』の二人は第50号仮装帆船の護衛として残っている。

 

(さて、向こうはどう出てくるか……)

 

 相手が相手とあって、『大和』は気が抜けなかった。

 

 『大和』は内心呟きつつ、職員が来るのを待っていると、応接室の扉が開かれて、数人の職員が入って来る。その内の一人は、カイオスだ。

 

「待たせて申し訳ない。さっきまで会議があったものでな」

「いえ、構いません」

 

 カイオスがそう言うと、彼を含め職員たちがテーブルの向こうの席に座る。

 

「ロデニウス連邦共和国より派遣されました外交官の『大和』と申します。こちらは私の部下の『ローン』です」

 

 『大和』は『ローン』を含めて自己紹介をする。

 

「パーパルディア皇国第3外務局局長、カイオスだ」

 

 カイオスは代表して短く自己紹介をして、他の職員も短く自己紹介を行う。

 

 全員の自己紹介を終えて、カイオスが本題を切り出す。

 

「さて、お前達ロデニウスを呼び出した理由は……言われなくても分かっているな?」

 

 有無を言わさない、と言わんばかりにカイオスは『大和』に問い掛ける。

 

「数ヶ月前に起きたフェン王国での一件ですか?」

「そうだ。皇国は我々の提案を蹴ったフェン王国に対して監察軍による懲罰的攻撃を行った。だが、攻撃に向かった艦隊とワイバーンロードは誰一人として戻ってこなかった」

「……」

「ちょうどその時、フェン王国では軍祭が行われて、様々な文明圏外の国々が参加していた。その中に、ロデニウスも参加していたのも確認している。違いないな?」

「……えぇ。確かに我が国はフェン王国より要請を受けて軍祭に参加し、軍艦を派遣しました」

 

 カイオスはこれまでの経緯を説明をしてから最後に質問をし、『大和』が答える。と同時に彼は、下手な嘘は通じないと理解する。

 

「その時に、我が国の軍艦が貴国のワイバーン、の上位種のワイバーンロードより攻撃を受け、正当防衛を行いました」

「正当防衛か。つまり我が皇国のワイバーンロードに対して攻撃を行ったことを認めるのだな」

「攻撃ですか。あくまでも我々は降り掛かった火の粉を払っただけに過ぎません」

「我が皇国のワイバーンロードの攻撃を火の粉呼ばわりだと! 貴様、我が皇国を見下しているのかぁ!!」

 

 と、『大和』のワイバーンロードの攻撃を火の粉扱いにされ、カイオスの横に居る東部島国課長のバルコが声を荒げる。

 

「宣戦布告もせずに不意打ちをするようならば、皇国とは名ばかり。その程度の国だとこちらは認識しています」

「何だと!? 蛮族のくせに、何様のつもりで―――」

「弱い者にしか強気に出れない小物にとやかく言われる筋合いは無い」

「こ、小物だと!? 列強国の我が皇国を―――」

「よさぬか」

 

 と、煽りを見せる『大和』に、顔を真っ赤にしてバルコは声を荒げようとするも、カイオスが止める。

 

「余計な議論をするつもりはない。落ち着きたまえ」

「は、はいっ……」

「そちらもなるべく煽るような言動は控えてもらおうか」

「これは失礼。当時あの場には自分も居たもので」

 

 『大和』は咳払いをして、気持ちを整える。バルコも『大和』を睨みつけるも、渋々と引き下がる。

 

「その後、そちらの監察軍の艦隊がフェン王国へと接近しているのを知り、これを迎撃しました」

「……フェン王国の為に、か?」

「民の為です。フェン王国の政府がどうなろうとこちらの知るところではありませんが、民には何の罪はありません。戦うことが出来ない民間人を守るために、戦ったのです」

「……」

 

 カイオスは何かを考えているかのように、顎に手を当てて声を漏らす。

 

「ですが我々は事を荒立てたり、大事にするのを望んでいません。可能であれば貴国との関係修復を望んでいるのです」

「関係修復か」

「えぇ。その為、我が国は賠償を求めませんが、貴国に対して我が国への謝罪を求めます」

「謝罪だと!? 我が皇国に対して謝罪をしろだと! ふざけたことを抜かすのも大概にしろ!」

 

 と、バルコの反対側に座る東部担当部長のタールが怒号を上げる。

 

「さっきから黙っていれば好き放題言いおって! 蛮族共が!!」

「逆に貴様らが我が皇国に対して賠償と謝罪をしろ!!」

 

 そして残りの面々も怒号を上げる。『大和』と『ローン』は怒号を掛けられても、表情一つ変えない。

 

「静かにしろ!!」

 

 と、カイオスが罵詈雑言を上げる面々に一喝し、静かにさせる。

 

「我々の言葉には、皇帝陛下の御意思も入っているのも忘れるな。品位を下げる言動は控えよ」

『……』

 

 カイオスに諭されて、誰もが黙り込む。

 

「君らは出ていきたまえ。これでは話が進まん」

「しかし……」

「出ていきたまえ」

 

 引き下がろうとする部下に、カイオスは強めの口調で命令を下し、カイオス以外の面々は席を立ち、部屋を出ていく。

 

「これで、邪魔者はいなくなった。話を続けよう」

 

 カイオスは咳払いをして気持ちを整え、話を続ける。

 

「謝罪については、色々と難しいだろうが検討しよう。少なくとも、私個人であるならな。懲罰的攻撃を許可させたのは、私だからな」

「そうですか……」

 

 意外と正直であっさりとした返答に、『大和』は少し戸惑う。

 

(皇国にも、良識的な人間は少なからず居る、ということか)

 

 『大和』は内心呟き、カイオスの人間性を推測する。先ほどの職員たちの態度を見れば、尚更カイオスの良識っぷりが際立つ。

 

「……深刻な行き違いを防ぐためにも、こちらとしては貴国に使節団の派遣をお願いしたいのですが」

「使節団の派遣か。確かに行き違いがあって不幸が起きては双方困るだろうな」

 

 期待はしていないが、一応『大和』は使節団派遣を要請する。これでロデニウス側の力を把握してくれれば、御の字だが、相手が相手なので、そもそも期待出来るものではないが。

 ロデニウス側の技術力を知っているカイオスは、顎に手を当てて一考する。

 

「良いだろう。使節団派遣に関しても検討しよう。しかしこちらは現在色々と立て込んでいてな。すぐには返答できない。一ヶ月と半月後にこの第3外務局へお越しください」

「……分かりました。では一ヶ月半後、また来ます」

 

 『大和』は一瞬一考するも、気持ちを切り替えて立ち上がり、『ローン』と共に一礼してから脱いでいた制帽を被る。

 

「待ってもらいたい」

「……何でしょうか?」

「一つ聞きたい事がある」

 

 『大和』と『ローン』が部屋を出ようとすると、カイオスが二人を呼び止めて問い掛ける。

 

「半月ほど前に、我が国の艦隊がアルタラス島へと向ったのだが、未だに一隻も戻って来ていないのだ」

「……」

「アルタラス島にあるアルタラス王国は我が国の提案を蹴って、宣戦布告を行ってきた。艦隊はそのアルタラス王国を攻略する為に出撃したのだ」

「それが何か?」

 

 カイオスの質問に、『大和』は当たり障りなく答える。

 

「私は商人の家の出でな。局長となっても顔は広い。故に情報もよく集まる」

「……」

「フェン王国の軍祭に貴国が参加していたという情報も、その伝手で知ったのだ」

「……」

「その伝手で、ある噂を聞いてな」

 

 カイオスは一旦口を閉じて『大和』を一瞥し、再び口を開く。

 

「アルタラス島付近で、アルタラス王国の軍とは異なる勢力を目撃したそうだ。どれも第二文明圏の列強国ムーのような軍艦だったそうだ」

「……」

「少なくとも戦争になるまでは、それらしい船は見当たらなかったそうだ。でなければ、アルタラス出張所の連中が何か報告を上げているはずだからな」

「……」

 

 『大和』は何も言わず、黙ってカイオスの言葉を聞く。

 

 ロデニウス連邦共和国はアルタラス王国との貿易はなるべく輸送用の帆船で行っていた。なるべくパーパルディア皇国に目を付けられるような事が無いようにするための処置だ。帆船で運んでいたのが大きな物でなかったので、それで十分だったという理由もある。もちろん帆船では運べない大型の物資の場合は普通に輸送船を使っていたが、皇国はムーの輸送船だとしか見ていなかったので、皇国に目を付けられることは殆ど無かった。

 それ以外では輸送機を使って空輸で物資を運んでいた。輸送機ならムーの機体であると皇国も判断するだろうという判断からだ。

 

「そして貴国のことについても調べさせていた。その結果、ムーの軍艦らしき船が多く確認された」

「……何が言いたいのですか?」

「いや。ただの独り言だ。質問に関係していない」

 

 カイオスは肩を竦めてそう言うと、話を戻す。

 

「つまり我が皇国の艦隊について、何か知っているのでは無いかと思って、聞いている」

「そうですか。申し訳ありませんが、我が国は存じ上げません」

「そうか。知らないのなら、仕方あるまい」

 

 『大和』の返答にカイオスは特に何も言わず、息を吐く。

 

「あぁ、呼び止めてすまないな。もう良いぞ」

「……では、一ヶ月半後に」

「えぇ。一ヶ月半後が楽しみですな」

 

 彼はそう言うと、『ローン』と共に部屋を出る。

 

 二人が振り向いた瞬間、カイオスは不気味に笑みを浮かべる。

 

 

 

 その後部屋の外で待機していた職員たちが戻って来る。

 

「カイオス様。なぜあのような穏便な態度を見せられたのですか? 確か陛下から『我らに土をつけた国には責任を取らせ、きっちり教育してやれ』とご下命を賜ったと仰っておられたではないですか。遠慮することなく、陛下の意思を伝えた方が良かったのではないかと思うのですが」

 

 バルコがカイオスに問い掛けると、彼は考えるかのように顎に手を当てる。

 

「まぁ、良いではないか。ロデニウスとの外交担当は私だ。考えも無しにあのような態度で外交に挑んだのではない」

「と、いいますと?」

「私なりに少し考えがあってな。少し穏便に事を進めた」

「……そのお考えとは?」

 

 次にタールがカイオスに問い掛ける。

 

「今はまだ言えん。余計な詮索をするでない」

「はっ。差し出がましい事を申しました」

 

 カイオスに睨まれ、タールは謝罪する。

 

(ロデニウス。お前達には悪いが、これを利用しない手は無い。この国を変える為にはな)

 

 そして『大和』達を送り出した時と同様、彼は不気味な笑みを浮かべる。その姿に、部下たちは言い知れない恐怖を覚えたそうな。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「意外と言えば、意外な結果だったな」

 

 第50号仮装帆船の上で、『大和』は手摺にもたれかかって、声を漏らす。

 

「だが、あの国の性格を考えれば、期待するだけ無駄ではないか?」

 

 と、隣で手摺にもたれかかる『土佐』が問い掛ける。

 

「端からあの国に期待なんかしていない。だが、あの国にも良識的な人間が居たというのが意外だった」

「陰に隠れがちだが、あぁいう国でもそういう輩は居るという事か」

「……まぁ、それもある、が」

「が?」

「あのカイオスという男。かなり我が国の事を調べていたようでな。技術力を把握している節もあるし、アルタラス王国に対しての我が国の動きも、ある程度掴んでいたようだ」 

「……」

 

 彼の話を聞き、『土佐』は目を細める。

 

「だが、それにしては周りが我が国の事を知らな過ぎる。カイオス殿ほど我が国のことを把握しているのなら、周りは大きな態度を取らないだろう」

「我が国の技術力を信じていなかっただけじゃないのか?」

「いや、そういう雰囲気でも無かった」

「……」

(それに、あの含みのあるような言い方……)

 

 『大和』はあの時のカイオスの話し方に、違和感を覚えていた。何かを企んでいるような……何とも言えない雰囲気だ。

 

(……嫌な予感がする)

 

 あぁいう類の人間に会ったことがあるとあって、『大和』は言い知れない予感を覚える。

 

 そんな予感を抱きながら、彼らを乗せた船はロデニウス大陸への帰路に付く。

 

 

 

 




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第七十一話 進む悪意と不安

ザイン様より評価5を頂きました。
評価していただきありがとうございます!

今回ある意味人気のあるあのキャラが登場。


 

 

 

 中央歴1639年 12月28日 パーパルディア皇国 第1外務局

 

 

「……」

 

 第3外務局局長のカイオスは、居心地の悪さと憂鬱な気持ちで第1外務局に呼び出されて、廊下を歩いている。

 

 外務局間で人事交流はあるとは言えど、公的機関同士で、しかも局長を呼び出すなど、本来ならありえないことだ。

 

 しかし今回の場合、「皇帝の命令書」を携えた第1外務局の人事課長がカイオスの元にやって来た為、彼は是非もなく出頭した。

 

 指定された局長室の前に立つカイオスは、装飾品で飾られた重厚な扉を眺めて、顔をしかめる。

 

(何度見ても嫌になる)

 

 本来なら自分が使うはずだった部屋の扉。気持ちを切り替えても、いつも心の中にくすぶり続ける。

 

 第1外務局の案内役の職員が扉を開けて、カイオスを中に案内する。

 

 部屋の中には、第1外務局局長のエルト、同次長のハンス、下位列強担当部長シランの姿がある。

 

 相変わらず同じぐらいの歳なのに妙に若々しい見た目のエルトを見て、彼女が変わりない事を確認すると、彼女の隣に見たことの無い20代後半の女性が座っていた。

 

 カイオスはその面々に一礼し、話を切り出す。

 

「皇帝陛下の命令付きで第1外務局から呼び出しとは……どういったご用件ですかな?」

「分からんのか? 身に覚えが無いわけでは無かろう」

 

 と、カイオスの知らない美しい女性が棘のある言葉を発する。

 

「失礼ですが、どちら様でしょうか」

「外務局監査室のレミールだ」

 

 女性ことレミールがそう言うと、カイオスは息を呑む。

 

 

 外務局監査室。それは外務局の不正が判明した時や相手国への対応に不手際が発生した場合を考慮し、設置された組織である。彼の組織が外務局を外部から監視し、場合によっては担当者を処分する権限を持つ。問題となった外交案件については、監査室の人員が相談役として参加することもあり、必要と認められれば外交担当者と交替し、案件を処理する場合がある。

 

 なお、エリート集団である外務局を監査する為に、監査室の人員は全て皇族で構成されている。つまり、このレミールと名乗った女性は、皇族であるということになる。

 

 

「も、申し訳ありません。皇族の方と知らず、無礼を働いてしまい」

 

 カイオスはレミールに頭を下げて、非礼を詫びる。

 

「構わん。お前のような第3外務局の人間では、皇族の人間と会うことも無かろう。知らなくて当然だ」

 

 レミールは彼の非礼を咎めることはしなかったが、聞き方によってはカイオスを皇族を知る機会が少ない低能な人間だと言っているようなものである。当然カイオスはその意図がある言い方だと察して、憤りを覚える。

 しかし何とか気持ちを抑え込んで顔に出さないようにする。

 

「……して、一体何のことでしょうか?」

「ロデニウスの件だ。会談の議事録を見たぞ。何だ? あの腑抜けた対応の仕方は。それに怒鳴り散らした部下を追い出して会談を続けたそうではないか」

「はっ。お言葉ではございますが、私にも考えがございまして……」

「口答えをするな」

 

 レミールの鋭い言葉に、カイオスは口を閉じざるを得ない。

 

「確かに文明圏外国の担当は第3外務局、局長であるお前の管轄だ。どうしようともお前の判断次第だ。しかし、皇帝陛下はお前に『ロデニウスにきっちりと教育しろ』と仰せになった。ロデニウスのたかが公使にあろうことか局長以下重役が雁首揃えて対応し、しかもその内容が弱腰外交……いや、平伏外交ではないか。列強たる皇国の担当がこんな……陛下の御意思も汲めぬとは情けない限りだ、カイオスよ」

 

 カイオスは額に汗を浮かべて、息を呑む。皇族とあって、その言葉には有無を言わさぬ重みがある。

 

「今後、ロデニウスとの外交は第3外務局ではなく、第1外務局が担当する。外務局監査室からは私が出向して対応する」

「っ!」

 

 レミールの言葉に、カイオスは息を呑む。つまり今後ロデニウスとの外交は皇族が行うというのだ。それが良い意味なのか悪い意味なのかは……明らかに後者の方だ。

 

「カイオスよ。言われたこともロクに出来ない愚か者は皇国にはいらぬ。今回処分されなかっただけでもありがたく思うのだな。せいぜい、今後は気を付けるのだな」

「はっ……承知いたしました」

 

 カイオスは頭を下げる。

 

 エルトは目を閉じて涼しい表情を浮かべているが、僅かに笑みを浮かべているようにも見える。恐らくレミールへの件の情報の提供は彼女によるもののようだ。相変わらず揚げ足取りの時だけは高い情報収集能力を発揮する。

 

「もう用は済んだ。無能者は自分の身の丈に合った仕事でもしていろ」

「……では、失礼します」

 

 棘のある言い方で侮辱されるカイオスは、再度一礼して局長室を後にする。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

 第1外務局を後にしたカイオスは、馬車に乗って第3外務局に向かっていた。

 

(ふん。何も知らない小娘が……偉そうに)

 

 彼は先のレミールの姿や態度を思い出し、内心罵倒する。

 

 実質晒し者にされたとあって、カイオスは憤りを覚えていたが、それよりも彼はなぜかどこか優越そうな雰囲気だった。

 

(だが、まんまとノコノコとやって来たものだな。だから皇族の女は御しやすい)

 

 笑みを浮かべたい衝動を抑え、彼は馬車の窓から第1外務局を見る。

 

(あのレミールはこの国の傲慢さを体現した過激な外交をすることで有名だ。文明圏外の国との対応で不満があれば、必ずしゃしゃり出ると思っていたが、まさか思った通りに出てくるとは)

 

 カイオスは本人の前では知らない風にしていたが、実際は良く知っていた。彼女が皇族の中でも過激な外交を行うのは外務局では有名だ。

 

(あの女はいつものように文明圏外の国という前提で教育するだろう。そして脅迫と恫喝をして、無理やり国を従わせる)

 

 彼はこれまで調べてきたレミールの行いを思い出し、やがて口角を上げる。

 

(そして今回も、ロデニウスに対しても同じことをするだろう……それが引き金になるとも知らずに)

 

 もうおかしくて仕方が無い。そう言わんばかりの雰囲気だ。

 

(ロデニウスは平和を望む国家だ。自ら争いを行う事はしない。だが、もし自国の人間が理不尽に命を奪われたのなら……怒りを抱くはずだ)

 

 カイオスは深呼吸をして気持ちを整え、前を見る。

 

(そして皇国と連邦共和国は戦争に突入する。それも殲滅戦だ。ロデニウスはその圧倒的な力を以てして、国民を守るために皇国と戦うだろう。そうなれば皇国は甚大な被害を被ることになる)

 

 第3外務局に到着し、馬車から下りたカイオスは平然を保って行き交う職員に挨拶をしながら局長室へと向かう。

 

(そこで私がクーデターを起こして国の中枢を乗っ取り、ロデニウスと早期講和を達成させる)

 

 局長室に入り、彼は自分のデスクの席に座り、両肘を机に付けて両手を組み、組んだ手の上に顎を乗せる。

 

(もちろん講和で条件を出されるだろうが、問題は無い)

 

 そして彼は……邪悪な笑みを浮かべる。

 

 

(全ての皇族の首と領土を引き換えにして、この戦争を早期に終わらせ、国を存続させられるのなら、安いものだ)

 

 カイオスは、戦争の行きつく先を想像し、口角をより鋭く上げる。

 

 彼は何の躊躇いもなく、皇族の首をロデニウスに差し出すつもりでいた。

 

 もちろん戦争が起これば、皇族以外の多くの兵士たちの命が失われることになる。それも数百や数千で済まない命がである。

 

 だが、カイオスは戦争が起これば、皇国はロデニウスに対して殲滅戦も言い渡すだろうと予想している。これまでも皇国は気に入らない国、従わない生意気な国に対して宣戦布告し、場合によっては殲滅戦を言い渡す場合があった。

 

 当然殲滅戦が言い渡されれば、皇族どころか国民全員が殺されるまで戦争は続くことになり、どれだけの命が失われるか分からない。

 

 もちろん、命の一つ一つが安いはずがない。カイオスの考えはあまりにも人道を離れている。しかし、強引な考えだが、結果論的に、損得勘定で考えるなら、数千の命と皇族の命と引き換えにして戦争が終わらせるのなら、安いとも言えるのかもしれない。

 

 だが、カイオスの計画はあまりにも他力本願であり、尚且つ自分の都合の良いような考えである。とてもうまくいくとは思えない。その上一つでもうまくいかなければ、全てが瓦解するような計画だ。

 

 しかし、カイオスには計画通りに進められる自信があった。

 

(小娘が。せいぜいロデニウスを怒らせるために、過激な事をしてくれよ。そして自分の行いに後悔するがいい)

 

 カイオスは邪悪な考えを抱きながら、自分の仕事に取り掛かるのだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 中央歴1639年 1月3日 ロデニウス連邦共和国

 

 

 本来なら正月休みになっているであろう時期であるが、パーパルディア皇国との間で緊張感が高まっているとあって、半ば休みを返上して政府と軍は仕事に取り組んでいる。

 

 

「……」

 

 大統領の執務室で、カナタは深刻な面持ちで、両肘をテーブルに付けている。

 

「やはり不安になりますか?」

 

 その執務机の傍にある秘書用の執務机にて、パソコンで書類を作成していた秘書が声を掛ける。 

 

「あの国相手に不安になるなというのも無理があると思うがね」

「まぁ、それはそうですね」

 

 苦笑いを浮かべるカナタに、秘書も苦笑いを浮かべる。

 

「前回は意外な結果に終わりましたが、今回の会談で期待している返答が帰って来るとは思えない」

「……」

「もしかしたら、今回の会談で、皇国は何かをしてきそうな気がするのだよ」

 

 カナタは一抹の不安を口にし、秘書は何も言えなかった。

 

 相手はあのパーパルディア皇国だ。むしろ何もしない方が怪しいぐらいの連中である。

 

「一応『紀伊』殿の助言通り、今回は海上警備隊より『第150号警備艦』を派遣しましたが、皇国には効果は見込めないかと」

「それでも、帆船よりかは効果はある、と思いたいが」

 

 カナタは椅子を回して後ろを向き、窓から外の景色を見つめる。

 

 先ほどパーパルディア皇国との会談を行う外交官と、外交官と船の護衛を乗せた警備艦がマイハークを出航したとの報告が入った。

 

 今回派遣された船は、以前の第50号仮装帆船から変更し、『第150号警備艦』と呼ばれる船舶になった。

 

 この船はウネビ級軽巡洋艦の設計を元に、武装を簡素化し、航続距離を伸ばすために燃料タンクを増設した、海上警備隊に配備されている警備艦である。主な武装はボフォース40mm機関砲やブローニングM2重機関銃といった軽武装となっているが、元が巡洋艦とあって、搭載数は他の仮装帆船や警備艦よりも多いので、海上警備隊が保有する船舶の中では、最も火力が高い。

 

 これ以外にも『第100号警備艦』と呼ばれるマツ級駆逐艦の設計を元にした警備艦が配備されつつある。

 

 ちなみに派遣する船舶を第50号仮装帆船から技術力が上がり、明らかに機械動力船だと分かる第150号警備艦に変えたのは、少しずつ連邦共和国の技術力を見せて皇国に警告していくからで、もしも仮に会談が何度も続く場合、次は海上警備隊の警備艦から海軍の重巡洋艦を4隻、その次は戦艦6隻、最終的には紀伊型戦艦2隻を投入する予定である。

 

 しかし今回の派遣だけでも、大分技術力を示すことになるのだが、相手が相手なので、理解してくれるかは別である。

 

(それにしても……嫌な予感がする)

 

 カナタは内心呟き、外の景色を眺めつつ目を細める。 

 

 前回の会談……というより皇国の出頭命令で赴いた際に、意外なほどに話が進み、今回第二回の会談が行われることになった。これまでの皇国の性格を考えれば、考えられない話だ。

 

 僅かながら希望を見出したものも、上げてから落とすということもありえる。

 

(いくら考えても、もう既に動き出している。後は結果を待つだけだ)

 

 彼は多くの不安を抱えながらも、既に自体は動き出している。後は結果を待つだけだ。カナタは頭を切り替えて、別の話題を出す。

 

「そういえば、海賊の件ですが……経過はどうですか?」

「海上警備隊の『ジャン・バール』殿の報告では、捕らえた海賊から情報を得て、海賊たちの根城の場所を掴んだそうです」

「おぉ、それは吉報ですね」

 

 カナタは思わぬ吉報に気を良くする。

 

 海賊による被害は海上警備隊の活躍によって減少傾向にあるが、それでもどこかで海賊による被害が出ているのが現状である。海賊とて馬鹿ではなく、隙あらば犯行に及んでいるようだ。

 

 いつまでもイタチごっこをしているわけにもいかないので、ここいらで根本を叩こうという考えが海上警備隊で挙がったのだ。

 

「現在特戦隊による作戦を立案しています。後は大統領の許可があれば、詳細を煮詰めて行動に移すのみとのことです」

「……」

 

 秘書よりそう聞き、カナタは静かに唸りながら腕を組む。

 

 当初は海上警備隊によって海賊を摘発しようと考えていたが、地の利がある海賊相手では海上警備隊でも苦戦は免れないし、何より多くの海賊を取り逃がしかねないと判断し、特戦隊による急襲を提案した。

 そして慌てて出てきた海賊を外で待ち構えている海上警備隊が摘発するという流れだ。

 

「……」

 

 カナタは一考して口を開く。

 

「では、『紀伊』殿を通して、特戦隊に許可を出すと伝えてください」

「分かりました」

 

 カナタより許可が下りて、秘書は頷いてパソコンで『紀伊』へとメールを送る準備を行う。

 

(海賊の一件はこれで大きく変わるでしょう。しかし……)

 

 彼は内心呟くも、まだ皇国への不安は渦巻いたままだ。

 

 この先、一体何が起きるのか……

 

 ただただ、彼はそう思うのだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、クワ・トイネ州のギム

 

 

 

 先の戦争で大きな被害を被ったギムだったが、今ではすっかり戦争の傷跡はその大半が直っており、むしろ更なる発展を遂げている。

 

 以前の古い町並みは多少残しつつ、近代的な発展を遂げており、街では人々が行き交っている。

 

 ギムより少し離れた所に、陸軍の駐屯地が設営されており、そこでは日々軍の者達が訓練を積んでいる。

 

 

 

「そうか。明日にはシオス王国に着くんだな。なら、着いたらまた連絡してくれ」

 

 駐屯地にある休憩所で、西方騎士団改め歩兵大隊の指揮官へと昇進したモイジがスマホで連絡を取っている。相手は彼の奥さんだ。

 

「分かった。なら、楽しんで来てくれ。お土産を楽しみにしているよ」

 

 モイジは妻にそう言うと、スマホの電話を切る。

 

「相手は奥さんですか?」

 

 と、モイジの部下の男性が声を掛ける。

 

「あぁ。そろそろシオス王国に着くそうだ。その連絡だ」

 

 モイジはそう言うと、胸ポケットより煙草の箱を取り出し、一本の煙草を取り出して口に咥える。

 

「そういえば、モイジ隊長の奥さんと娘さんは、旅行に行っていましたな」

「本当なら俺も一緒に行く予定だったんだが、この通りだ」

 

 モイジは煙草を加えながら肩を竦めて、深くため息をつく。

 

 本当なら彼は休暇で家族と共にシオス王国で旅行を楽しむはずだったのだ。しかし軍からの招集があった為、モイジは休暇を返上して赴かざるを得なかった。その為、旅行は妻と娘の二人だけになったのだ。

 

「残念ですね。せっかくの休暇だったのに」

「あぁ。結構前から準備していたんだがな。皇国め……」

 

 部下の男性の言葉に、モイジは頭の後ろを掻いて、ライターを取り出して蓋を開け、火を出して煙草に火を付ける。

 

「しかし、パーパルディア皇国と不穏な空気になりつつあって、万が一に備えての待機命令ですからね」

「……」

「あの国、どうしますかね?」

「無駄にプライドの高い国だ。何もしないとは思えん」

「ですよね」

 

 と、二人揃ってため息をつく。

 

 軍の招集はパーパルディア皇国との間で、不穏な空気が漂い始めて来たとあって、軍は非常事態に備えて各部隊に待機命令を出していた。もちろん陸軍のみならず、海軍でも軍艦の出港準備が着々と進んでおり、KAN-SEN達もトラック泊地で待機している。

 

「もし、皇国と戦争になったら、自分達はどう動くのでしょうか?」

「俺達の部隊は基本ギムの防衛だ。だが、皇国と全面戦争になれば、俺達の部隊も前線に駆り出されるはずだ」

「そうですか」

 

 部下の質問にモイジは、火のついた煙草を指に挟んで口から離して答える。

 

 基本的にモイジが率いる部隊はこのギムの防衛を目的にして配備されている。しかしいざとなれば一戦力として前線へと送り込まれる部隊でもある。

 部隊不在の間は、臨時編成された部隊がギムの防衛を担うことになる。

 

「……相手は列強。我が国は勝てるでしょうか?」

「そこは戦ってみないと分からん。が、戦力的に負けるとは思わんな」

「まぁそうでしょうね。しかし、出来れば戦争にならないことを祈るばかりです」

「全くだ」

 

 モイジはそう答えて、煙草を吸う。

 

 

 

 しかし、そんな彼らの思いとは裏腹に、戦争は着実にその歩みを進めていた……

 

 

 

 

 

 

 




アンケートは次回で締め切ろうと思いますので、多くの一票をお願いします。

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第七十二話 流される血

更新が遅れて申し訳ありません。ここ最近スランプ気味で、執筆に手が付けられない日々が多かったです。モチベ維持は難しいですね……

そして今回猟奇的描写がありますので、ご注意を


 

 

 

 中央歴1640年 1月6日 パーパルディア皇国

 

 

 

 皇国の皇都エストシラント。その日の港では、一騒ぎが起きている。

 

 

 港の湾内には、皇国の戦列艦が停泊しており、その戦列艦の乗員は、緊張した面持ちで視線の先にある物を見つめている。

 

 

 

 湾内には、皇国の戦列艦よりも大きく、白く塗装された鋼鉄製の船舶が錨を下ろして停泊している。

 

 その船こそ、ロデニウス連邦共和国より派遣された海上警備隊の警備艦『第150号警備艦』である。

 

 明らかに文明圏外の船ではない、むしろ第二文明圏の列強国ムーのような船に、パーパルディア皇国の人間は警戒心を露にしている。

 

 その船のマストには、海上警備隊の旗と共に、ロデニウス連邦共和国の国旗が掲げられているので、その船がロデニウス連邦共和国の船であるのは間違いない。しかし以前は帆船であったこともあって、海軍司令部は混乱していた。

 

 だが、やはり『紀伊』の予想通り、海軍司令部の人間は誰もがそれほど危機感を抱いておらず、『蛮族が見栄を張る為に無理して文明国から一隻だけ購入している』と都合の良いように考えて楽観視している。

 

 

「やはり以前と比べて反応は違うが、効果はあまり無さそうだな」

「むしろおかしな方向に話を進めているような気がしないでもないな」

 

 『第150号警備艦』の甲板にて、内火艇の準備が行われているのを一瞥し、『大和』と『エンタープライズ』が埠頭を見て皇国の人間の反応を見てそれぞれ意見を口にする。

 今回『エンタープライズ』が同行したのは、護衛と共に『大和』のサポートを行う為である。それ故か、いつもは着崩しているコートをちゃんと着込んでいる。

 

「一層のこと、戦艦で来ればいくら皇国でも、救いようの無いバカで無い限り対応を改めると思うが?」

「それが一番楽なんだろうが……あまり相手を刺激するようなことは避けておきたい」

 

 『土佐』が呆れたように『大和』に言うものの、彼はため息を付きそう簡単に行かない現実を告げる。

 

「相手が相手だから、あまり期待はしないが……今回の会談でどれだけ話が進むか……」

「……」

「まぁ、兎にも角にも、行くしかないがな」

 

 『大和』は咳払いをして気持ちを切り替え、『土佐』と『出雲』『ローン』の三人を見る。

 

「この間も言ったが、万が一の時は頼むぞ。そして臨検には絶対に応じるな」

「……あぁ」

「分かった」

「分かりました」

 

 彼の言葉に、三人は頷く。

 

 

 

 その後『大和』と『エンタープライズ』の二人は内火艇に乗り込んで港の埠頭へと目指し、そこで待っていた馬車に乗り込んで会談の場へと向かう。

 

 

「それにしても、また出頭命令か」

 

 思いの外下からの振動がある馬車の車内で、呆れた様子で『大和』が呟く。彼の手元には、ロデニウスに対しての出頭命令書なる書類がある。

 

 内容は『貴国への以降の対応は、第1外務局が担当する。会談場所は皇宮にて行う為、すぐに来るように』とある。相変わらず上から見ているような内容の命令書である。

 

「その上、会談場所が変更となって、この皇都にある城とはな……」

「以前は第3外務局とやらで行ったんだったな」

「あぁ。しかし、城で会談を行うか……」

 

 彼は小さく呟くと、目を細める。

 

(わざわざ場所を変更する必要は無いはずだが……)

 

 内心呟く彼の胸中には、不安の渦が渦巻いている。

 

(第3外務局から第1外務局へと担当が変わったということは、こちらの国力を知っての変更……とは思えんよな)

 

 一瞬パーパルディア皇国がロデニウス連邦共和国を国力ある国と認めて担当を変えたのか、と一瞬期待するも、そもそもそういう期待が持てるような国じゃないというのを思い出す。

 

「万が一の場合を考えて持って来てはいるが……使わない事を祈るばかりだ」

「そうだな」

 

 と、『大和』は制服の上から脇辺りを押さえ、『エンタープライズ』もコートの上から脇下辺りを押さえる。

 

 

 

 しばらく石畳の凸凹に揺られて移動し、馬車は皇帝が住まう皇宮パラディス城の門を通過する。

 

 門を通過すると、中世の欧州にありがちな建築様式の宮殿と、丁寧に手入れがされた庭園が二人の視界に入る。

 

「あからさまな権力と国力誇示だな」

「あぁ」

 

 宮殿は白く、職人の手によって施された芸術的な作りに、庭園は測量も行って配置や作り等を完璧なまでに仕上げている。

 

 こうした光景の数々を見るだけで、この国の格式とプライドの高さ、絶大な国力を感じ取れる。それ故の二人はこのような反応なのだろう。

 

 やがて馬車は敷地の一角にある建物の前に到着する。皇宮の使用人に出迎えられて、二人は馬車を降車し、そのまま使用人に案内されて建物に入っていく。

 

 優雅な庭が見渡せる廊下を通過し、一行は黒く重厚な扉の前まで案内される。一旦待つように指示され、使用人がドアノッカーを叩いて中に入った後、しばらくしてから入るように促される。

 

 中は非常に広く、赤と金のきらびやかな装飾に彩られていた。その奥中央に設置された豪華な机を前に、レミールが座っている。

 

 彼女は鋭い眼光で二人を睨みつけるように見ているが、二人して涼しい顔をしている。まぁ二人の経験上これ以上の迫力で睨まれた経験があるので、何とも思っていない。

 

(今までの皇国の人間と雰囲気が違うな。見てくれからして、位の高い人間か)

 

 レミールの様相と雰囲気から、『大和』は彼女が位の高い人間であるのを察する。

 

 二人は使用人に促され、部屋中央のソファに着席して、制帽を脱ぐ。

 

「パーパルディア皇国、外務局監査室のレミールだ。今は第1外務局に出向という形をとっている。カイオスに変わって、お前達ロデニウスとの外交を担当する」

 

 初対面の相手にも関わらず、高圧的なレミールの態度は、外交と呼ぶには不遜で失礼なものであったが、皇国の性格を知っていた『大和』と『エンタープライズ』は特に戸惑うことは無かった。むしろ納得しているような様子だ。

 

(やはり、カイオス殿が例外なだけで、これが皇国の人間の性格か。それも位の高い人間のな)

 

 『大和』は内心呟きつつ、口を開く。

 

「ロデニウス連邦共和国の軍人兼外交官を務めています『大和』と申します。こちらは助手の『エンタープライズ』です。前回の会談の続きとして赴きましたが……カイオス殿はどうされたのですか?」

「やつは皇帝陛下より与えられた使命も満足に出来やしなかった無能者だ。だから奴に変わって私が担当することになったのだ」

「そうですか」

 

 『大和』の質問に、レミールは変わらず高圧的な態度でそう告げる。

 

 思う所はあるものも、彼は気持ちを切り替える。

 

「では、早速会談の方に移りたいのですが……」

「その前に……お前達に面白いものを見せようと思ってな……皇帝の御意思でもある」

「面白いもの?」

 

 不敵に笑うレミールに、『大和』は表情に見せなかったが、警戒心を抱く。

 

 するとレミールは使用人に目で合図すると、使用人が合図に応じて手にしている鈴を鳴らすと、外から扉が開き、そこから縦20cm、幅30cmくらいの水晶の板が取り付けられた、オルガンのような装置がレミールの前に運び込まれた。

 

 『大和』と『エンタープライズ』は使用人にレミールの前に行くように促され、二人は制帽を右脇に抱えて立ち上がり、彼女の前へと移動する。

 

「これは魔導通信を進化させ、音声だけでなく映像まで見えるようにした、先進魔導技術の結晶だ。この映像付き魔導通信機を実用化しているのは、神聖ミリシアル帝国と我が国くらいなものだ」

「はぁ……」

「こんな物が、か」

 

 レミールの説明に、『大和』は間の抜けた声を漏らし、『エンタープライズ』は小さく呟く。

 

 要はテレビ電話のようなものだろうが、筐体が大き過ぎるので、古臭さが否めない。魔導技術で、という点なら興味はあるが、それ以外では何の凄さも無い。

 

「これを起動する前に、お前たちにチャンスをやろう」

 

 レミールはそう言うと、使用人に質の悪い紙を二人に渡す。

 

 その紙には、フィルアデス大陸共通言語で下記の内容が記載されていた。

 

 

・ロデニウスの王には皇国から派遣された皇国人を置くこと。

・ロデニウスの法を皇国が監査し、皇国が必要に応じ、改正できるものとする。

・ロデニウス軍は皇国の求めに応じ、軍事力の必要数を指定個所に投入しなければならない。

・ロデニウスは皇国の求めに応じ、毎年指定数の奴隷を差し出すこと。

・ロデニウスは今後外交において、皇国の許可なくして、新たな国と国交を結ぶことを禁ず。

・ロデニウスは現在把握している資源の全てを皇国に開示し、皇国の求めに応じて差し出すこと。

・ロデニウスは現在知りえている魔法技術を全て皇国に開示すること。

・ロデニウスはロウリア王国が抱えた借金を全額返済すること。

・パーパルディア皇国の民は皇帝陛下の名において、ロデニウス国民の生殺与奪の権利を有することとする。

・ロデニウス国民は……

 

 

「……正気か?」

 

 紙に書かれている内容を見て、『大和』はレミールにある種同情めいた視線を向けながら声を掛ける。『エンタープライズ』に至っては表情こそ変えていないが、内心憤っていた。

 

 つまるところ、この要求は、ロデニウス連邦共和国を属国以下の扱い、植民地状態にしてやるということだ。

 

「正気だと? 身を弁えない蛮族が。どういう意味でそう口にしたのだ?」

「こんな植民地になり果てろと言っているような要求を二つ返事で了承するとでも思ったか。皇国の人間は随分学が無いのだな」

「学が無いのはお前達の方だ。皇国の力を知らぬ、愚か者が」

「その台詞、そっくりそのままそちらに返す」

 

 互いに棘のある言い方で牽制し、次に『大和』が口を開く。

 

「それに、ロウリア王国という国は存在しない。借金を返済しろと言われても存在しない国の借金など知ったことか」

「ほう。皇国に対してシラを切るか。お前達の国が統一された新興国家で、その内に一か国がロウリア王国なのは調べが付いているのだぞ。皇国の国家戦略局が独断でロウリア王国に支援していたという事実も残っている」

「そちらはそう認識しているのでしょうが、こちらでは確認されていない事実です。そもそも我が国には関係のない話だ。貴国でロウリア王国という国に借金の返済を伝えてください」

「あくまでもシラを切るつもりか」

「こちらはありのままの事実を答えているだけです」

 

 レミールの追及に『大和』は毅然とした姿勢で答えていく。

 

 以前より旧ロウリア王国がパーパルディア皇国の国家戦略局より支援を受けて、その際に生じた借金についてどうするか、旧クワ・トイネ公国の政府は悩んでいた。十中八九皇国は借金返済を旧ロウリア王国に迫るのは確実だし、他二ヵ国に飛び火する可能性は高かった。

 

 んで、悩んだ末に出した結論は……借金を踏み倒すという、まぁあんまり良くない方法だった。ロデニウス大陸の三ヵ国を統一したのには、こういった要因も含まれている。

 

 まぁどちらにしても、パーパルディア皇国とは避けて通れない状況なのに、変わりはなかった。

 

「ふん。まぁ今はその事はおいておく。そういえばロデニウスはフェン王国へ送り込んだ監査軍を壊滅させたそうだな。正規軍より大きく劣っているとは言えど、文明圏外の蛮族にしては、大したものだな」

「えぇ。宣戦布告も無しに攻撃してくれたお陰で、我が国の軍艦に被害が出ましたよ」

「だから何だ? そもそもお前達は何か勘違いをしているようだが、お前達が壊滅させたのは装備は古く、練度は低い監査軍だ。正規軍はその比ではない」

 

 まるで監査軍など倒されて当然、と言わんばかりに告げると、正規軍は監査軍よりも練度も装備に優れているのを彼らに伝える。

 

(まるで始球式で下手糞な素人の相手を任されたキャッチャーみたいな気分だ)

 

 『大和』はレミールの話を苛立ちを抑えつつ内心呟く。正論説いても理解しないで持論を叩き付けるような連中に、言葉のキャッチボールを期待するだけそもそも無駄なのだが。

 

(これじゃ、先住民族に平和の尊さを教えて理解させる方が楽かもな)

 

 そうこうしている内に、相手も話したい事を話し終えてか、話す姿勢を変える。

 

「では、問おう、ロデニウスよ。その命令書に従い、我らに下るか。それとも拒否して国ごと滅びるか」

「……」

 

 レミールの質問に、『大和』としては速攻で拒否したいところだが、あくまでも表向き(・・・)は特使として赴いているので、今は穏便に済ませようと考慮する。

 

「……我々はあくまでも特使として派遣された者です。我々に全権はありませんので、まずは命令書を持ち帰り、大統領に判断を仰ぎます」

 

 当たり障りが無いように答えると、レミールはどこか優越そうな笑みを浮かべる。

 

「ほっほっほっ。そういうと思っていたぞ。やはり蛮族には教育が必要なようだな。皇帝陛下の仰る通り、哀れな蛮族だ、ロデニウスよ」

(どっちが哀れなんだか)

「……」

 

 レミールは得意げに話を進めるが、『大和』と『エンタープライズ』は「何言ってんだこいつ」と言いたそうな表情を浮かべて内心呆れる。

 

「お前達は皇帝陛下に目を付けられた。しかし、陛下は寛大なお方だ。お前達に更生の余地があると、再考の機会を与えてくださっている」

「どういうことだ?」

「これを見るがいい」

 

 『大和』が怪我んな表情を浮かべると、レミールは指を鳴らし、二人の眼前にある水晶の板に、質の悪い映像が流れ出された。

 

「っ! これは……」

「……」

 

 流し出された映像には、海が広がる崖の淵に膝を着かせて頭を前に出して拘束されている約20名の男女の姿が映し出されている。

 

「この者達はシオス王国で捕らえたロデニウスの者達だ」

「なっ!?」

「ロデニウスの!?」

 

 レミールの口から告げられた拘束された人達の正体に、二人は驚きを隠せなかった。

 

「どういうことだ! 何の権限があって彼らを捕らえた!!」

「こやつらは我が皇軍が駐屯している港の周囲をうろついて戦力を探ろうとしていた。だから船を拿捕し、乗船していた者達をスパイ容疑で捕らえさせてもらった」

「馬鹿な! 彼らは民間人だ! どこにそんな証拠がある!」

「皇軍の艦隊が駐留している港の周囲を船で航行していたと報告を受けている。これだけでも捕らえる理由になる」

「たったそれだけの理由で……!」 

 

 あまりにもしょうもない理由に、『大和』は歯ぎしりを立てる。これが指定された海域に船舶が侵入してしまったのならまだ捕らえられる理由に納得出来る所はある。だが、明らかに侵入しているわけでもないのに、ただ周辺を通っていただけで捕らえているのなら理不尽にもほどがある。

 そして何より、自分の国の領土内でなければ、植民地でも無い国で第三国の人間を捕らえるなど、非常識極まりないことだ。

 

 そもそもこの映像に映し出されている者達が本当にロデニウスの国民なのか? という疑問は浮かぶが……残念だがその身なりはロデニウス連邦共和国に見られる現代的な服装であり、乗組員と思われる人達が纏っている制服も民間の船舶会社で見られる制服そのものだ。

 恐らく観光目的でシオス王国に来ていた観光客と、観光客を乗せていた船の乗組員だろう。

 

「お前達の返答次第で、こやつらを見逃してやっても良いぞ?」

「っ! 彼らはただ観光に来た民間人だ! スパイという証拠は無い!! 貴様らの被害妄想に過ぎん! 即刻解放を要求する!」

 

 我慢の限界を超えて激高する『大和』に、レミールは一瞬沈黙した後、目を見開いて逆上する。

 

「要求する? 蛮族風情が皇国に要求するだと!? 立場を弁えぬ愚か者めが!!」

 

 怒りに満ちたレミールは通信用魔法具を取り出し、冷徹な一言を告げた。

 

 

「処刑しろ!!」

「なっ!?」

 

 彼女が告げた瞬間、一番左に居た男性に皇軍の兵士が手にしている剣を首に目掛けて振り下ろし、その首を切り落とした。

 

『い、いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

 切り落とされた男性の頭が地面に転がり、絶望の染まった表情のまま、僅かに動いている頭を見て隣に居た女性が思わず声を上げるが、直後に皇軍の兵士が女性を後ろから背中を踏みつけて無理やり頭を低くさせると、更に別の兵士が頭を踏みつけ、男性の首を切り落とした兵士が件を振り下ろし、女性の首を切り落とした。

 

『や、やめろ、やめてくれ―――』

『おかあさあぁぁぁん!! 嫌だ、いやだよぉぉぉ!!』

『やめて! その子だけは! その子だけは!!』

 

 そして次々と、兵士達はさも当たり前かの様に剣を振り下ろし、ロデニウスの人たちの首を切り落としていく。

 

 それが幼い子供だろうが、老人だろうが関係無い。命乞いをしようとも、自分の娘を殺さないでくれで懇願しても、望まぬ死を皇軍の兵士達は与えていく。

 

 悲鳴に絶叫、肉を断つ音。転がる遺体は増え続けていく。

 

「やめろ……やめさせろ!!」

「……酷過ぎる!」

 

 『大和』は絶叫し、『エンタープライズ』は歯ぎしりを立てて両手を血が滲み出るほどに握り締める。

 

「貴様たちは……お前達は自分が何をしているのか、分かっているのか!!」

「『お前達』……? 蛮族風情が皇国に向かって『お前達』だと!?」

「お前達で十分だ、クソ野郎!!」

 

 彼は逆上するレミールに罵声を浴びせ、更に畳み掛ける。

 

「『蛮族』『蛮族』と見下しているが、お前達の方が我が国の国力を見抜けない……いや、現実を見ようとしない愚か者だ!」

「……皇帝陛下は何故、このような愚か者達に御慈悲を与えるのか。まぁいい」

 

 呆れた様子でレミールは額に手を当てて左右に軽く振るうと、やがて映像に映っていたロデニウスの人達全員の首が切り落とされ、動いているのはパーパルディア皇国の皇軍兵士達だけになった。

 

「止めることが出来ない自分達の、国力の無さを痛感するがいい。そして本国が消滅の危機にさらされているというのを、よく理解するのだな」

「言うに事欠いて、よくもそんな―――」

 

 『大和』は全く反省のそぶりも見せないレミールに罵声を上げようとしたが……未だに中継が続いている魔導通信機の画面を見た瞬間……彼らは絶句する。

 

 

 そこには、何が可笑しいのか、面白可笑しい様子で皇軍の兵士達が崖に向けて首を切り落とした遺体を蹴り、崖下の海へと突き落としていた。

 

 それも一人や二人だけじゃない。その場に居た皇軍兵士全員が遺体を海へと蹴り落としていく。それも嗤いながら……

 

 やがて皇軍兵士達は遺体を全て海へと蹴り落とし、今度は切り落とした頭をサッカーボールのように海へと蹴り飛ばし始めた。中には小さい子供の頭を何度も兵士間で蹴り渡してから、海へ向かって容赦なく蹴り飛ばす輩もいた。

 

 あまりにも……あまりにも狂気に満ちた、冒涜的な光景が映像に映し出されていた。

 

 

「――――」

 

 『大和』と『エンタープライズ』は目を見開き、言葉を失っていた。

 

 レミールは何かを喋っている様子だが、二人の耳には届いていない。

 

「これはあくまでも見せしめだが、いつかはお前達の国の人間がこの様になる警告でもある。その事をよく考えた上で―――」

「黙れ」

 

 と、レミールが話している途中で、『大和』は彼女の言葉を遮る。

 

「何だと?」

「黙れと言ったんだ、f〇c〇ing 〇it〇h」

 

 限界を超えた彼の怒りは、一周回って冷静なものになっている。しかし冷静と言っても、怒りが無くなったわけでは無い。むしろ噴火寸前の火山のような状態とも言え、言葉遣いが悪くなっている。

 現に彼の目のハイライトが消えて、無表情になっているのが、それを表している。そして彼の隣に立つ『エンタープライズ』もまた、無表情でレミールを睨んでいる。

 

「先ほどの特使云々の発言だが、訂正する。俺は大統領より全権を受けてこの場に立っている。よって、俺の言葉で国の今後の方針が決まる」

「ほう。だからなん「だから、ここでハッキリと言ってやる」」

 

 有無を言わさない、と言わんばかりに『大和』はレミールの言葉を遮る。

 

「今後ロデニウスはパーパルディア皇国との交渉を一切行わないとする。これからの我々の答えは行動で示していく」

「……」

「そして今回の一件については、当事者達には必ず罪を償わせる。例えお前達が地の果てまで逃げようとも、我が国は総力を挙げて、必ず捕らえる。一人たりとも逃がしはしない」

 

 『大和』はそう言うと、『エンタープライズ』と共に制帽を被り、踵を返して部屋を出ていこうとする。

 

「あぁ、そうだ。一つだけ言っておく」

 

 部屋を出る直前、『大和』は振り返って無表情のレミールを見る。

 

「我が国はフェン王国と安全保障条約を結んでいる。お前達の皇軍が攻めてくるのなら、我々は友好国を助ける為に軍を派遣する用意がある」

「蛮族共が徒党を組んだ所で、無駄な事だ」

「無駄な事かどうかは、いずれ分かる。そして現実を見て学ぶ事だな」

 

 『大和』はそう言うと、『エンタープライズ』を連れて部屋を出る。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 『大和』と『エンタープライズ』を乗せた馬車はパラディス城を後にして、港に向かっていた。

 

「……」

「……」

 

 そして馬車の車内では殺気に満ちた重々しい空気が漂っており、馬車を牽いている馬の御者はその空気を感じ取って顔を青くし、なるべく後ろを振り向かないようにしている。、

 

「少しは落ち着いたらどうだ『ヤマト』」

「落ち着く? 俺は落ち着いているぞ?」

「そんな目でよく言えたものだな。それに、自分で落ち着いていると言っているやつの落ち着いているは信用出来ないな」

「……」

 

 彼女の指摘に、『大和』は顔を馬車の窓に向ける。

 

「……」

「『ヤマト』……」

「……時間の無駄だったな」

 

 しばらく沈黙した後、外を眺めながら『大和』が口を開く。

 

「あんな連中に少しでも期待した俺が馬鹿だった。そもそも猿と話し合いで解決できるわけが無かったんだ」

「……」

 

 余程頭に来ているのか、未だに口の悪さが残っている。

 

「最初から戦艦を5隻を含む大規模の艦隊を連れて来れば、いくらどうしようもない馬鹿でも理解できたはずだ。それをしなかったせいで……」

「いや、恐らくそれでも、あいつらが現実を直視するとは思えんな。どの道結果は変わらなかったはず」

「……」

「……」

 

 二人は再び沈黙するも、『大和』は『エンタープライズ』を見る。

 

「でだ、ちゃんと記録(・・)は出来ているな?」

「もちろん。解析は必要だが、少なくとも顔の割り出しは出来るはずだ」

「そうか。それを聞けて少なくとも安心だ」

 

 『エンタープライズ』よりそう聞き、『大和』の表情が少なからず和らぐ。何やらあの場で何かを同時に行っていたようだ。

 

 

「っ?」

 

 すると突然馬車が停車して、その勢いで二人は少し前のめりになる。

 

「何だ?」

「港に着くには早過ぎる……」

 

 突然のことに窓から外を見て一瞬疑問が浮かぶが、すぐに二人は警戒心を露にする。

 

「『エンタープライズ』」

「あぁ」

 

 二人は頷き合うと、『エンタープライズ』はコートの内側に手を入れて左脇にあるホルスターより傑作拳銃M1911を取り出し、マガジンを抜いて弾が入っているのを確認してマガジンを差し込み、スライドを引く。

 

 すると馬車の扉が外よりノックがされ、『大和』は『エンタープライズ』に目配りをして、扉を開ける。

 

「いやぁ、申し訳ないですな」

「どうしましたか?」

「それが、あんた達に話があるお方が居ましてね」

「話?」

 

 申し訳なさそうにしている男性より理由を聞き、『大和』は首を傾げて前を見る。

 

「お久しぶりですな、『大和』殿」

 

 そこには黒いローブに身を包み、フードを取っているカイオスの姿があった。

 

「……カイオス殿」

「その様子では、向こうで随分な目に遭ったようですな」

「……」

 

 カイオスの言葉に『大和』の表情が怒りに満ちていく。

 

「私が言っても薄っぺらいと思われるでしょうが、本当に申し訳無い」

「……」

「だが、勘違いしないで欲しい。誰もが争いを求めているわけじゃ無い。こうなってしまったのは、私としても後悔している。これは紛れも無い本心だ」

 

 後悔している、といったような雰囲気でカイオスはそう言うと、頭を下げる。しかし下に向けた表情は、計画通りに進んでいる現状にほくそ笑んでいる。

 

「……それで、一体何の用ですか」

 

 『大和』は警戒したまま、カイオスに問い掛ける。

 

「このままでは、我が皇国は滅びへの道に向かうだろう。だが、皇帝陛下とその配下たちはそれに気づくことなく突き進む」

「だろうな」

 

 カイオスの言葉に、『大和』は鼻を鳴らしつつ同意する。こうやって理解している輩が居ても、上が馬鹿であると下が常に苦労するのはどこの世界でも同じようだ。

 

「私は、そんな未来を避けたい。その為にも、あなた方と秘密裏に力を合わせたい」

「……一体何が目的だ?」

「それについてですが……もう時間がありません」

 

 カイオスは周囲を見渡し、そう告げる。いくら城と城下町の間の平原とは言えど、いつまでも馬車が止まっていては不自然極まりない。この場を誰かに見られれば、カイオス自身に疑いが掛けられる。そうなれば彼の計画に支障をきたしかねない。

 

「後ほど密かに連絡を取り合える算段を立てたいと思っているのですが……」

「……」

 

 『大和』はカイオスを見つつ一考し、しばらくして口を開く。

 

「……二日後辺りで自分の使いを夜中にそちらの屋敷に送ります。その時に通信手段を確立させます」

「分かりました。では、待っています」

 

 カイオスは安堵した様子で頭を下げると、男性に謝罪しつつ口止め料として金貨を13枚入れた袋を渡して足早に立ち去る。

 

「……信用できるのか『ヤマト』?」

「少なくともこの国の人間の中では、一応信用できる輩だ。奴の目的はどうあれ」

「……」

「兎に角……これから忙しくなるな」

 

 

 その後二人を乗せた馬車は港に着き、『第150号警備艦』に乗り込んでロデニウス連邦共和国への帰路に着く。

 

 

 そして『大和』は道中連絡を本国に入れ、民間人虐殺が行われたのが政府に伝えられる。

 

 

 

 




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第七十三話 後悔と怒りと決意

佐藤幸男様より評価8
冷蔵庫様より評価1を頂きました。

評価していただきありがとうございます!

多くのコメントと評価があれば勢いが増す単純な性格ですので、早めに書き上がりました。ですので、多くのコメント、評価をお願いします。


 

 

 

 パーパルディア皇国によってロデニウス連邦共和国の民間人が虐殺されたという『大和』からの報告は、大統領府を震撼させた。

 

 

 

「何ということだ!!」

 

 カナタは両手を執務机に叩き付けて怒りを露にする。

 

「まさか、皇国がこのような常軌を逸した手段に出てくるとは……」

「全くですな」

 

 両手を握り締めるカナタに同意するように、普段から温厚な秘書ですら怒りを滲ませている。

 

「自国の領土や領海内ならまだしも、関係の無い第三国内でこんな蛮行に及ぶとは……」

「皇国が手段を選ばない国なのは分かっていましたが、まさかここまで非常識なことをしでかすとは」

「……こうなるぐらいなら、全面的な渡航禁止を出すべきだったか」

 

 悔しさを滲ませるカナタは歯軋りを立てて、俯く。

 

 

 カナタはパーパルディア皇国が何かしらの行動を起こす可能性を考慮して、一部の国への渡航禁止令を出していた。渡航禁止になっている国は主に紛争状態にあるフェン王国とアルタラス王国はもちろんのこと、その周辺国が対象となっている。

 

 今回の件の場となったシオス王国も当初はその対象に入っていたのだが、皇国との関係はそこまで悪くない、というよりアルタラス王国と比べ皇国はそこまで興味を示していなかった、という点もあり、船団護衛の為の一艦隊が駐留しているだけで深く関係していなかった。

 そして国同士の関係も皇国が威圧的である事以外は特に悪くなかった。

 

 そのこともあって、シオス王国は渡航禁止リストから外された経緯があった。

 

 しかし、それが間違いであったのは、今回の件で証明されてしまった。

 

 

「そもそも、シオス王国は皇国との船団護衛契約を破棄して艦隊に退去勧告を出しているのに、未だに艦隊が駐留している点を重く見ていなかったのが間違いだった」

「『契約した以上期間まで我が艦隊はここに留まる必要がある。その間まではこれまで通り維持費等の金はそちらが出せ』とシオス王国に駐留している皇国の艦隊司令は仰っていたようですね」

「何が留まる必要があるだ。クライアントが必要無いと言っている以上留まる必要はそもそもないだろうに。しかも居座るくせに金は出せとは」

 

 忌々しく吐き捨てるカナタは椅子に乱暴に座り込み、頭に手を当ててため息をつく。

 

 元々海賊対策としてシオス王国は船団護衛の為、パーパルディア皇国と一艦隊を国内に駐留させる契約を結んでいたが、皇国と比べ契約金や維持費等の金額に雲泥の差がある安さがあって、ロデニウス連邦共和国との間で海上警備隊の部隊を駐留させる契約に切り替えている。

 

 その為、シオス王国は皇国と契約を打ち切って艦隊の退去勧告を出したが、先ほど述べたような理由や難癖を付けて金をせびりながら未だに駐留している。言わばシオス王国の一角を不法占拠しているだけならず、金を要求しているのだ。

 王国としては厄介ごとを持ち込んで欲しくないとして、さっさと艦隊に出て行って欲しいが、相手が相手なので強気に出られずにいるので、今の状態が続いている。そして皇国はその状況を良いことに態度がデカいとのこと。

 

「それで、『エンタープライズ』殿より提出された記録映像の解析は進んでいますか?」

「えぇ。既に犠牲となられた方々は行方不明になった船舶の航行記録と乗船記録と照らし合わせて何名かは判明しています。もちろん犯罪者の顔の解析も進んでいます」

「そうですか」

 

 秘書の報告を聞いてカナタは再びため息を付く。

 

 今回犠牲になった人たちの身元特定は『エンタープライズ』が密かにKAN-SENに内蔵されているカメラで撮影していた映像と、現在連絡が取れていない船舶の乗組員と、乗船した乗客リストから行われている。

 その為、犠牲者の身元特定は順調に進んでいる。

 

「海上警備隊の動きですが、どうですか?」

「部隊の編制と装備の準備は着々と進んでいます。編成後は潜水艦を用いてシオス王国に密かに部隊と装備を送り込み、時期を合わせて行動を開始する予定です」

「そうですか」

「そして警備艦隊も一艦隊を投入します。それに際して数人のKAN-SENも作戦に参加するとのこと」

「……『紀伊』殿もかなり本気のようですな」

「えぇ。そのようです」

 

 カナタが苦笑いを浮かべると、秘書もまた苦笑いを浮かべる。どうやら海上警備隊は既に行動を起こしているようだ。

 

「……大統領。今回の一件についての発表ですが……」

「今夜にも発表し、翌日の朝に記者会見を開きます。犠牲者はその時で現時点で判明している方々を発表、その後は判明次第逐一報告とします」

「分かりました。すぐにそのように調整します」

 

 秘書は一礼してから執務室を出る。

 

「……」

 

 カナタは机に両肘を着き、深々とため息を着く。

 

(結局……何も出来なかった)

 

 彼は組んだ両手に力を入れ、歯噛みする。

 

 

 今回の悲劇は回避しようと思えばどうにか回避できたかもしれなかった。

 

 遡ればフェン王国での一件直後でもパーパルディア皇国へ向かい、直接抗議すれば結果が変わったかもしれない。

 

 アルタラス王国へのパーパルディア皇国の侵攻を阻止した直後に何かしらの行動を起こしていれば、結果は変わっていたかもしれない。

 

 最初の出頭命令を受けて、会談の際に多くの戦艦を擁する艦隊による砲艦外交を行っていれば、結果が変わっていたかもしれない。

 

 今回の会談に際でも、艦隊を送って砲艦外交を行っていれば、どうにか出来ていたかもしれない。

 

 そして何より、シオス王国への渡航も禁止にしていれば、そもそも今回の一件が起こりえなかったかもしれない。

 

 

 しかし、どれだけたらればを述べた所で、民間人虐殺が起きたという過去は変えられない。既に起きてしまったことなのだから。

 

 それに、仮にシオス王国への渡航を禁止にしていたとしても、恐らく帳尻合わせのように、別の国で同じ事が起きていた可能性も否めない。

 

 

(……犠牲になられた方々をご遺族の元に帰してあげられないのは、悔やまれますね)

 

 カナタはギリっと、悔し気に歯軋りを立てる。

 

 皇国の兵士によって処刑された民間人は全員海に蹴り落とされ、切り落とされた頭は遅れて海に蹴り飛ばされてしまっている以上、遺体の回収は不可能であり、遺品ですら遺族の元に帰してあげられない。

 遺品に関してはまだ回収出来る可能性はあるが、恐らく全てとはいかないだろう。

 

(だが、起きてしまった以上、嘆いている暇は無い。必ず過去を清算しなければならない)

 

 カナタは顔を上げると、その眼には決意が宿っている。

 

(超拡大解釈ではあるが……犯罪者には必ず罪を償わせる)

 

 彼は決意を抱き、両手に力を入れる。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、トラック泊地

 

 

「やってくれたな、あのクソッタレ共が……」

 

 怒りを孕んだ声を漏らし、報告を聞いた『紀伊』は歯軋りを立てる。怒りによるものか、彼の瞳孔が爬虫類を彷彿とさせるように縦に割れている。

 

「指揮艦……」

 

 その様子に『ノースカロライナ』は不安な表情を浮かべる。

 

「最初から下手に出ず、強気に出ていれば、こうはならなかったはずだ。そもそも気遣うような相手でも無かったのに……!」

「……っ!」

「……いや、今更どうこう言っても無駄か」

 

 怒りのあまり彼は思わず拳を力強く机に叩きつけて表面に凹みを作り、その大きな音と普段から見られない『紀伊』の姿に『ノースカロライナ』は身体を震わせる。

 

 少しして『紀伊』は冷静になり、ゆっくりと息を吐いて椅子に座り込む。その際には縦に割れていた瞳孔は元の形に戻っている。

 

「それに、一番怒りを抱いているのは……目の当たりにした『大和』か」

「……」

 

 『紀伊』は深呼吸をして気持ちを落ちかせて気持ちを切り替えると、『ノースカロライナ』に声を掛ける。

 

「『ノースカロライナ』。海上警備隊の今後の動きとフェン王国に送る艦隊について報告はあるか?」

「はい。海上警備隊はシオス王国の一件を受けて、部隊の編制と艦隊の派遣を決定しました。編成した部隊は潜水艦によってシオス王国へ装備と共に密かに送り込み、戦力を集結させるとのこと。艦隊もKAN-SENを組み込んだ一艦隊を送るとのこと」

「そうか。陣頭指揮は『ジャン・バール』が執るのか?」

「はい。それに加えて『ドレイク』さんと『デューク・オブ・ヨーク』さん、『出雲』さん『土佐』さんが参加を希望しています」

「『ドレイク』や『出雲』『土佐』はともかく、『デューク・オブ・ヨーク』が参加希望か」

 

 『紀伊』は顎に手を当てて「ふむ」と声を漏らす。

 

 海上警備隊の一部隊を率いる『ドレイク』が参加するとして、武闘派な『出雲』『土佐』はともかく、普段から目立たない『デューク・オブ・ヨーク』が参加を希望するとなると、彼女もまた余程憤りを覚えているのだろう。

 

「フェン王国の防衛に派遣予定の艦隊は既に編成し、該当KAN-SEN及び艦艇は待機中です」

「そうか。早くても明日には上からの出撃命令も下るだろうし、フェン王国の防衛は何とかなるか」

「それと、ムーから観戦武官の同行が要望されて、今回の艦隊に同行するとのことです」

「ムーから観戦武官か。まぁ戦術を見る為だろうな」

 

 『ノースカロライナ』より報告を聞き、『紀伊』はムーから観戦武官が送られてきた理由を察して呟く。

 

「しかし、指揮艦。皇国はフェン王国に攻めてくるでしょうか?」

「必ず攻めてくる。やつらには絶対的な自信もそうだが、何よりプライドが高い。格下に泥を塗られた以上、許すはずがないし、見逃す気も無いだろう」

「そういうものでしょうか?」

「そういうものだ。どちらにしても、皇国は必ずフェン王国を攻めてくる。だが、それを俺達が確実に食い止めて、やつらに現実を見せつける」

「……」

「まさか現実を目の当たりにしておいて尚、馬鹿をやるとは思えないが……」

 

 『紀伊』は静かに唸り、腕を組む。

 

「まぁ、どちらにせよ、この戦いが始まりになる。恐らく旧ロウリア王国との戦いよりも大きな戦いがな」

「そうですね」

(それに、以前よりもKAN-SENの数もそうだが、戦力も増えているし、戦いの規模も大きくなるだろうな)

 

 転移してからも、彼らは軍拡を続けており、その戦力は転移前と比べると倍近いだろう。そして何より疑似メンタルキューブの研究が完成を迎えて、多くのKAN-SENを迎え入れられたのが一番大きい。

 まぁ、その迎え入れたKAN-SENの中にはワケありな個体が結構居たりするが……

 

 彼は先の旧ロウリア王国よりも、遥かに規模の大きな戦いが起こるだろうと予想しながら、窓の方を向いて日が暮れ出している外を眺める。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その日の夜。ロデニウス連邦共和国は衝撃が走る。

 

 シオス王国でパーパルディア皇国の皇軍によって、観光に訪れたロデニウス連邦共和国の観光客と船の乗組員が捕らえられ、処刑が行われたことが速報で伝えられた。

 

 その反応は様々で、国民の全員が衝撃を受けたのはもちろん、中にはかつての祖国の蛮行に呆れた者、動揺を隠せない者も居た。ムーから留学して来た者達の多くは「正気か?」と疑いの目を向けていた。

 誰もが不安を覚え、この日の夜は眠れなかった。

 

 次の日の朝。カナタ大統領が記者会見を開き、事件の詳細を伝えた。そして現時点で判明した犠牲者の発表も行った。

 

 それにより、安堵する者、嘆き悲しむ者、怒りを露にする者、その反応は様々だった。

 

 だが、国民の感情はやがて悲しみから怒りへと変わり、誰もがパーパルディア皇国討つべしと声を上げる。

 

 この事を受けて、カナタ大統領はこれ以上の犠牲者を出さない為、軍にあらゆる措置を講じるようにと指示を出したことを発表する。

 

 

 そしてこの発表は各国に伝えられた。

 

 

 フェン王国の剣王シハンはその発表を聞き、犠牲者に哀悼の意を述べて黙祷をするが、内心は思惑通りに事が進み、これで国が救われると喜んでいた。その後武官文官にロデニウスへ全面協力するように下命した。

 

 

 フィルアデス大陸の東にあるトーパ王国では、国内にあるロデニウスの新聞社より発行された号外が配られ、国民はどちらが勝つかどうかの話をしたが、ロデニウス連邦共和国が勝つという予想が優勢だった。

 軍の方でもロデニウスが勝つと断言していた。何せ軍は防衛の為、ロデニウス連邦共和国より支援を受けているので、その力をよく知っているのだから。

 

 

 ロデニウス連邦共和国の協力でパーパルディア皇国の皇軍の侵攻を退けられたアルタラス王国もその発表を受けて、ターラ14世は犠牲となった方々に対して哀悼の意を述べ、虐殺を行ったパーパルディア皇国に対して怒りの言葉を語り、ロデニウスに対して全面協力することを発表した。

 

 

 ムーではパーパルディア皇国のあまりの愚行に政府の人間は誰もが呆れていたそうな。そしてロデニウス連邦共和国が烈火の如く怒り狂う事が予想され、万が一を考えてパーパルディア皇国に居る自国民の安全確保の為、避難指示を出す為の準備に取り掛かる。

 そして多くの観戦武官を送る用意も行った。

 

 

 その他のロデニウス連邦共和国と国交を持つ国々は、これから起こるであろう大きな戦争を予感し、あわよくばパーパルディア皇国が甚大な被害を受けることを願うのだった。

 

 

 

 

 

 所変わり、パーパルディア皇国

 

 

「やれやれ。文明圏外の国を相手にするのは大変ね」

 

 第1外務局にて、エルトは書類の整理作業を行っており、その最中に声を漏らす。

 

(レミール様がお相手していたロデニウスの特使は処刑を目の当たりにして声を荒げていたようね。途中からはなぜか冷静になっていたようだけど)

 

 エルトはその時の議事録を確認し、ロデニウス側の反応にどことなく違和感を覚えていた。これが怒り狂いそのまま退出するのなら、これまで対応してしてきた文明圏外の国々に見られた反応だが、途中で冷静になり、そのまま淡々とした様子で退出したのは、これまでに無い反応だったという。

 その冷静さが逆に不気味さを醸し出している。

 

(しかし、カイオスも余計な一手間を掛けたものね。蛮族の国にそんなに掛けていられる時間は無いというのに)

 

 彼女は呆れた様子で内心呟き、ため息を付く。

 

「……どこで変わってしまったのかしら」

 

 そして彼女は何やら意味深な事を呟く。果たしてその呟きは何を意味しているのか……

 

 

 コンコン……

 

 

 すると扉がノックされて、ボーとしていたエルトの意識が引き戻される。

 

「入りなさい」

 

 エルトは入室を許可すると、扉が開かれて彼女の部下であるハンスが決裁書類を持って駆け込んでくる。

 

 しかしその顔色はなぜかひどく悪く、やけに緊張していた。

 

「どうしました?」

 

 異様な部下の様子にエルトは怪訝な表情を浮かべて尋ねると、ハンスは息を整えるように大きく深呼吸し、ゆっくりと話す。

 

「今回のフェン王国の戦いに際し、列強各国に観戦武官の派遣の有無を調査いたしました。神聖ミリシアル帝国については、今回も派遣しないとの回答でした」

「いつものことですね」

 

 ハンスの報告を聞き、エルトはどういう返答が来るのか分かっていたようで、特に驚いた様子も無く声を漏らす。第一文明圏にして世界の頂点に君臨する列強国が、わざわざ格下の国同士の戦いに興味を抱くわけがないのは、容易に想像出来るからだ。

 

「ではムーはどうですか? いつ観戦武官を派遣してくるのですか」

 

 彼女はムーがいつ観戦武官を送って来るのか、ハンスに問い掛ける。ムーは各国の戦闘情報の収集をよく行っており、特に勝利するであろう側に観戦武官を派遣する場合が多い。

 故に今回もムーから観戦武官が皇国に派遣されると思い、その予定日を問い掛けた。

 

「……」

 

 しかしハンスはなぜか口ごもり、すぐに答えようとせず、書類に目を落とした。

 

「……? どうしました?」

 

 あまり見ない部下の様子に、エルトは怪訝な表情を浮かべる。

 

「その……ムーは皇国への観戦武官の派遣はしないと回答してきました」

「珍しいですね、ムーが派遣をして来ないとは。戦闘情報の収集癖が無くなったのでしょうか?」

「……」

 

 するとハンスは彼女に対する言葉を選んでいるようで、目を泳がせている。

 

 エルトはますます不思議に思い、書類を寄こすように手を差し出す。

 

「何かありましたか?」

「それが、ムーは……ロデニウスに観戦武官を派遣した事が判明いたしました……」

「……えぇっ?」

 

 ハンスの口から告げられた衝撃的な事実に、エルトは思わず間抜けな声を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そっちはとても面白い事になっているようね』

『そうだね。まぁある意味こちらが望んだ展開になりつつあるね』

『これで更に彼らの力は増すわ。良い傾向だわ』

『確かに。加えて君が送ってくれたプレゼントは彼らに良い成長を促しているよ』

『それは何よりね』

『で、私はこれまで通りにしていればいいの?』

『そうね。あなたは引き続き彼らの観察を頼むわ。彼らの進化は私は楽しみなのよ』

『了解』

『それと、今からそちらに彼女を送るから、よろしく』

『……えっ? 何でまた彼女を? 理由を教えてくれないかい?』

『彼女にはちょっとした事をしてもらう為にある物と一緒に送るのよ。一応技術者として送る予定よ』

『全然彼女適任者じゃ無いんだけど……どっちかっていうと戦闘狂みたいな感じな』

『良いのよ。要は彼女が持っている物が重要なのだから。それさえあれば彼らの所の妖精達がどうにか出来るから』

『……それなら直接それを送れば、わざわざ彼女に持たせる必要は無いんじゃ』

『彼女にはやってもらうことがあるからよ。ついでよ、つ・い・で』

『……』

『まぁ、彼女も暇を持て余していたから、ちょうど良かったのよ』

『一応聞くけど、彼女にやらせることって?』

『それはその時になっての楽しみよ』

『……』

『まぁ「ヤマト」の言葉を借りるなら、万が一に備えて、かしらね』

『万が一、ねぇ』

『機能の一部を制限して送るから、問題は起きないはずよ。それにちゃんと技術者として働けるように調整してあるから』

『人間の言葉でそれって左遷っていうんじゃないのかい?』

『そうかもね』

『……』

『兎に角、近い内に彼女……「ピュリファイアー」が来ると思うから、その時は彼らに説明よろしく「ゲイザー」』

『……分かったよ――――

 

 

 

 ――――「オブザーバー」』

 

 

 

 




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第七十四話 準備と不安

 

 

 

 中央歴1640年 1月21日 フェン王国

 

 

 

 遠くない内にパーパルディア皇国の侵攻が予想され、フェン王国は厳戒態勢を取っており、国中で緊張した空気が漂っている。

 

 

 フェン王国のニシノミヤコ。水軍の軍船がいつでも出航できるように準備を整えており、水夫達の表情に緊張の色が浮かんでいる。

 

 そのニシノミヤコの港から離れた海域に、ロデニウス連邦共和国より派遣された艦隊が停泊しており、皇国の侵攻に備えている。

 

 

 フェン王国防衛を担う為に派遣された艦隊の概要は以下の通り――――

 

 

 

 戦艦:『ネルソン』

    『ロドニー』

 

 空母:『アーク・ロイヤル』

    『ヒョウリュウ』

    『エンリュウ』

 

 重巡洋艦:『妙高』

      『ヤクモ』

 

 軽巡洋艦:『マインツ』

      『ウネビ』

      『イズミ』

 

 駆逐艦:『涼月』

     『宵月』

     『春月』

     『名月』

     『フォックスハウンド』

     『時雨』

 

 

 

 『ネルソン』を旗艦とした艦隊であるが、特徴的なのはKAN-SENに混じってロデニウス海軍の巡洋艦と空母が居る事だろう。空母に関しては今回の戦闘が初の実戦投入であり、日頃の厳しい訓練の成果が、この戦闘で試されるわけである。

 

 

 

「……」

 

 その艦隊の中にいる『マインツ』の艦体の艦橋にて、観戦武官として同行することになったラッサンが外を眺めている。

 

(艦隊に同行して一週間か。確か皇国の艦隊はエストシラントを出て、昨日には中継点のデュロを出ているって『マインツ』さんは言っていたな。となるともうそろそろか)

 

 内心呟くと、窓から『マインツ』の周囲に停泊している軍艦を見つめる。

 

「しかしこれだけの戦力を見ると、パーパルディア皇国に勝てる要素なんて何一つ無いな。我が国の海軍でも勝てるかどうかも分からないのに」

 

 どの軍艦も自国の軍艦よりも性能が優れている物ばかりで、『ネルソン』と『ロドニー』というラ・カサミ級戦艦を超える戦艦が居るのだ。というより巡洋艦だけでもムーのどの軍艦を上回る性能と規模を持ち、その上マリンを上回る艦載機とそれを運用する空母も居るのだ。

 更に言えば、この場に居ないとは言えど、モンスター級の戦艦と空母も居るのだ。

 

 ムーの海軍ですら敵わないような艦隊を擁するロデニウスに、技術力が大きく劣るパーパルディア皇国が勝てる要素は無いに等しい。一応勝っている要素は物量ぐらいだが、技術力が違い過ぎて物量が多くても意味を成していない。

 

(その上潜水艦なんて物もあるんだ。どう足掻いても皇国に勝ち目なんて無いよな)

 

 ラッサンは潜水艦の存在を思い出して、もはや確定したようなことを内心呟く。

 

 当時潜水艦の存在を知った時、ラッサンが受けた衝撃は、計り知れないものだった。水中に潜み、水中から攻撃できる軍艦なんて、考えたことも無いからだ。もちろん技術者のマイラスとアイリスもまた、その衝撃は大きかった。

 

 だが戦術士官である彼は同時に潜水艦に対して非常に大きな脅威を抱いていた。魚雷という兵器もまた脅威の物だと認識しているが、それと合わさって潜水艦という存在は水上を航行する船舶からすればまさに天敵だ。

 

 海中に潜み、目標が通り掛れば魚雷を放ち、命中すればほぼ確実に目標を仕留めて、自身は海中深く隠れてやり過ごす。対抗手段がなければ正にワンサイドゲームだ。恐らくパーパルディア皇国においては、対抗する手段は無く一方的にやられる未来しかない。

 現に先のアルタラス島沖海戦では、潜水艦からの雷撃を受けた皇軍は攻撃の正体を知ることも無く一方的に撃沈させられていた。

 

 ムーはロデニウスより潜水艦に関する情報を得ており、潜水艦を建造する研究はもちろんだが、潜水艦に対抗する為の技術や兵器の研究開発が優先して行われている。

 

 というのも、ロデニウスの技術力から見て、グラ・バルカス帝国の推測された技術力から潜水艦を保有し運用している可能性が出てきて、上層部は焦りを見せていた。グラ・バルカス帝国がムーに対して本格的に潜水艦を用いれば、今のムーには成す術が無い。

 だからこそ、ムーはグラ・バルカス帝国対策の一つとして、潜水艦に関する研究を優先的に行っているそうな。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 すると艦橋出入口の扉が開き、音に気付いてラッサンが振り返ると、『マインツ』の姿があった。

 

「暇な時間ばかりで、なんだか申し訳ないな」

「『マインツ』さん。そんなことないですよ。むしろこんな近くで他国の軍艦を見学出来るのですから、飽きることはありません」

 

 『マインツ』はカートを押している妖精を連れてラッサンの元へ近づいて声を掛け、ラッサンは笑みを浮かべつつ彼女の艦体や周囲にいるKAN-SENの艦体を見渡す。

 軍人である彼からすれば、この光景に飽きる事は無いのだろう。

 

「そうか。そう思ってくれるのなら、こちらとしては気が楽だ」

「ハハハ……」

 

 『マインツ』が微笑みを浮かべると、ラッサンは気恥ずかしく頭の後ろを掻く。

 

「? この香りは」

「あぁ。休憩がてら、コーヒーを淹れてきた」

 

 ラッサンは漂い出す香りに気付き、『マインツ』は自身の後ろにある妖精が押しているカートを見ると、コーヒーが淹れられたポットとカップが二つ置かれている。

 

「わざわざありがとうございます」

「構わないさ」

 

 『マインツ』はポットを手にしてカップにコーヒーを注ぎ、二つを持って片方をラッサンに渡して、彼は受け取りながらお礼を言う。

 

「それにしても、戦艦の方に君は乗艦すると思っていたんだが、なぜわざわざ巡洋艦に? 出来れば観戦武官には安全な場所に居て欲しいのだが」

「それは、我が国ではまだ未熟な水雷戦を見学する為ですよ」

 

 彼女はコーヒーを一口飲んでからラッサンに問い掛けると、彼はコーヒーを飲む前に答える。

 

 というのも、ムーより観戦武官として派遣されたラッサンだが、てっきり『ネルソン』か『ロドニー』のどちらかに乗艦すると彼女は思っていたようだ。まぁ観戦武官である以上、安全な場所から戦闘を見学するのかと思っていたからだ。

 しかし彼が乗艦に選んだのは、最前線で戦う為、大きな危険を伴う巡洋艦だった。

 

 なぜラッサンがわざわざ巡洋艦を選んだのかというと、それはムーで発展途上の水雷戦を学ぶ為であった。

 

 ムーには魚雷という兵器が無いので、当然駆逐艦は無いし、ムーの巡洋艦はどちらかと言えば小型で足がある戦艦に近い代物なので、ロデニウスの巡洋艦のそれとは本質が異なる。

 

 魚雷の運用法もそうだが、それを用いた軍艦の戦術に関してムーは全くといって素人同然である。なのでムーは演習等で戦術を学んでおり、今回実戦での水雷戦を学ぶ為に、ラッサンは『マインツ』に乗艦したのだ。

 

 まぁ彼的には、顔見知りの方が気が楽なので、巡洋艦のKAN-SENで顔見知りとなれば、『マインツ』が選ばれるのは必然と言える。

 

「戦艦の運用やまだ浅いですが、航空母艦と艦載機の運用、そしてそれらの軍艦を用いた戦術の蓄積はあれど、水雷戦に関しては全くノウハウがありません。必死に学んでいますが、やはり実戦での動きと空気はその場でなければ味わえませんからね」

「なるほど」

 

 ラッサンがわざわざ巡洋艦を選んだ理由を知り、『マインツ』は微笑みを浮かべる。

 

「だが、魚雷を使う機会が来るとは限らないぞ」

「その時は、他の戦闘を観察します。ロデニウスで行われる事は我が国からすれば、決して無駄になるものじゃありませんので」

「そうか。まぁ、無駄にならないことを祈るよ」

「……」

 

 彼女はそう言うとカップを口に付けてコーヒーを飲み、ラッサンも続いてカップを口に付けてコーヒーを飲む。

 

「っ! 美味しい……!」

 

 コーヒーを飲んだ瞬間、彼はその美味しさに思わず声を漏らす。

 

「コーヒー独特の酸味が少ない。それに仄かに甘みもある。こんなコーヒー初めてです」

「そうだろ。何せ私が集めたコーヒー豆の中でも、希少性がある高級品だ」

「そうなんですか?」

 

 得意げにコーヒーに使った豆の事を語る『マインツ』に、ラッサンが問い掛ける。

 

「特殊な製法で作られた豆を焙煎した物だ。通常と異なる製法ゆえに、流通数が少ない高価な豆なんだ」

「そうなんですか」

「だが、この世界ではその製法が確立されていなくてな。だから、この豆は私が持っている分しか残っていない」

「えっ!? そんな貴重な豆をわざわざ使ったんですか!?」

 

 『マインツ』より告げられた事実に、ラッサンは驚きを隠せなかった。何せ高級で、尚且つ今ある分しかない貴重な豆を自分の為に使ってコーヒーを淹れてくれたのだ。嬉しさと共に申し訳ない気持ちが出てくる。

 

「……何だか、申し訳ないです」

「気にするな。同じコーヒー好きとして、ぜひとも味わって欲しい味だったからな」

「そうですか。本当に、ありがとうございます」

 

 そんな貴重な豆でコーヒーを淹れてくれた彼女に、ラッサンは感謝してコーヒーを飲む。

 

「ところで、その豆ってどんな名前何ですか?」

「『コピ・ルアク』という豆だ」

「変わった名前ですね」

「現地の言葉でコーヒーを意味する名前だそうだ」

「なるほど。そういえば、特殊な製法で作られたと言っていましたけど、どんな製法なんですか? 普通なら焙煎だけで済むんですが……」

「それは……」

「それは?」

 

 『マインツ』は一息入れてから、微笑みを浮かべて答える。

 

「秘密だ」

「え、えぇ?」

 

 間を置いて答えたのが秘密とあって、ラッサンはズッコケそうになる。

 

「こういうのは、秘密である方が美味しいだろう?」

「そういうものでしょうか?」

「そういうものだ」

「は、はぁ……」

 

 彼女の答えにラッサンは戸惑いながらも、コーヒーを飲む。やはりコーヒーが美味しいのか、彼は顔が緩み切ってゆっくりじっくりと味わっている。

 

(……まぁ、ジャコウネコの〇に混じった豆と聞かない方が……気にせずに済むからな)

 

 『マインツ』は内心呟きながら視線を逸らし、コーヒーを飲む。

 

 

 世の中知らない方が……良い事もあるのだ。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

 『名月』の艦体の甲板に一人の少年が立ち、周囲を見回している。

 

 勝気な雰囲気の少年で、灰色の髪に狼の耳が生えて、尻辺りに同色の毛で覆われたフサフサの尻尾が生えている。水兵のセーラー服に短パンという恰好をしており、耳と耳の間に錨のマークが描かれた略帽を被っている。

 

 彼の名前は『名月』。『冬月』の弟に当たる男性型KAN-SENである。

 

「『名月』!」

 

 と、声を掛けられて彼は声がした方を向くと、オレンジ色の髪が特徴的な『フォックスハウンド』が手を振りながらやって来ると、『名月』を抱きしめて彼の頭に顔を埋める。

 

「フォックス。どうしたんだ?」

「むぅ。僕は狐じゃないよ。ワンワンだよ!」

 

 彼が狐で名前を読んだせいか、彼女は頬を膨らませて抗議する。

 

「だって、ハウンドで呼んだら文句言ったじゃんか」

「だったら普通に呼べばいいのに」

「長いんだよ、フォックスの名前は」

「むぅ」

 

 不満です、と言いたげに『フォックスハウンド』は目を細めて頬を膨らませる。 

 

「どっちかというとフォックスの方が響きがカッコ良くないか?」

「分からなくは無いけど、僕は狐じゃないよ!」

(そこは否定しないのか)

 

 『名月』の指摘に彼女は彼を強く抱きしめながら、最後まで狐呼びを否定する。

 

「あ~、フッカフカ♪」

 

 とはいうものも、『フォックスハウンド』は気持ちを切り替えて『名月』を抱き締めたまま彼の頭に顔を埋め、そのフカフカ具合を堪能している。

 

「ってか、こんな事するために来たのか?」

「そうだよ?」

 

 あっけからん様子で答える彼女に『名月』はため息を付く。

 

「『ネルソン』さんに見つかる前に帰った方が良いぞ。ただでさえピリピリしてんだから」

「うっ……」

 

 『名月』の言葉で容易に想像できたのか、彼女は言葉を詰まらせる。

 

 ちょうど『名月』と『フォックスハウンド』の艦体は『ネルソン』から見て死角の位置に停泊しているので、『ネルソン』が注意深く周りを見ていない限りばれることは無いだろう。

 

「分かったよ。でも、もうちょっとだけ」

「……」

 

 彼女はそう言うと『名月』のフカフカな毛並みを堪能し、彼は彼女に成すがままだった。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

 所変わり、『ネルソン』は艦体の艦橋にて腕を組み、外を見つめていた。

 

『敵艦隊がエストシラントを出て一週間近く。そしてデュロを出たのが昨日……そろそろかしら?』

「そうね。皇軍の戦列艦の速度を考えれば、そろそろ哨戒中の潜水艦が見つけるはずよ」

 

 『ロドニー』より通信が入り、『ネルソン』は組んでいた腕を解き、右手を腰に当てる。

 

 パーパルディア皇国の工業都市デュロとフェン王国の間で、潜水艦による哨戒ラインを引いて監視を行っているので、艦隊が発見されれば潜水艦から自ずと報告が入るわけである。

 

(にしても、フェン王国への侵攻は予想されていたとは言っても、アルタラス王国での一件があったのに、こんな短期間で他国へ侵攻しようだなんて、愚かだわ)

 

 彼女は内心呟き、パーパルディア皇国の行動が理解し難かった。

 

 アルタラス王国の侵攻で、相手に損害を与えるどころか、そもそも相手が誰なのかすら把握する前に艦隊が壊滅した以上、他国へ侵攻しようなんて気はまず起こらないはずだ。

 

 『ネルソン』からすれば正気の沙汰とは思えない行動だったが、その相手がアルタラス王国侵攻で艦隊が壊滅した事実を隠蔽し、それを分かった上でフェン王国へ侵攻しようとしているなんて、彼女は思わないだろうが。

 

(まぁ、相手がどんな考えを持っているかなんてのはどうでもいい事だわ。仕掛けてくる以上、こっちは迎え撃つだけよ)

 

 色々と憶測が流れるものの、彼女は頭を切り替えて前を見る。

 

 

「艦長! 哨戒中の潜水艦『ノーチラス』より入電!」

 

 すると艦橋に電文を持ってきた妖精が入って来て報告する。

 

「……内容は?」

「ハッ!『敵艦隊発見。戦列艦を前衛に、後方に竜母及び揚陸艦を伴い、6ノットの速度にてフェン王国に向かって航行中』です」

「そう。ようやく来たわね」

 

 妖精より報告を聞き、『ネルソン』は頷いて声を上げる。

 

「全艦に通達! 第一種戦闘配置! 航空隊は直ちに発艦!」

『ハッ!』

 

 彼女は指示を出し、直ちに指示は他のKAN-SEN達と軍艦に伝えられる。

 

 

 

「司令! 旗艦『ネルソン』より入電! 航空隊発艦せよと!」

「来たか!」

 

 航空母艦『ヒョウリュウ』に乗艦している第一航空艦隊の司令シャークンが頷く。

 

「航空隊! 発艦用意! 総員、日頃の訓練を成果を見せろ!」

『ハッ!』

 

 シャークンの言葉に部下たちが答える。

 

 

 旧ロウリア王国の海将として艦隊を率いていたシャークン。マイハーク沖海戦を生き残った彼は捕虜となり、終戦後釈放された。

 

 三ヶ国が統一後、彼はその経験とスキルを買われて海軍将校として仕事に就いていたが、ワイバーンを用いた空からの攻撃に一定の理解があった上、終戦後はより一層空からの攻撃による戦術の勉学に励み、その甲斐あって彼は空母を中核にした艦隊の司令長官としての任に就いた。

 

 その後は重桜の第一、第二、第五航空戦隊を筆頭に、空母のKAN-SEN達からしごきを受けて、空母機動部隊としての指揮官の技量を上げたのだ。

 

 

 シャークンの指示で、すぐに『ヒョウリュウ』『エンリュウ』の甲板に烈風改と流星改二がエレベーターで格納庫から上げられる。

 

 烈風改と流星改二は甲板に埋め込まれた油圧式カタパルトを用いて一気に加速し、その重い機体を飛ばす。

 

 

 

「ふむ。準備から発艦までの時間は理想と比べればまだまだだが、及第点といったところか」

 

 『ヒョウリュウ』と『エンリュウ』の二隻より艦載機発艦を見ていた『アーク・ロイヤル』はその様子を見て、評価していた。

 

「まぁ、まだ一年と経っていないなら、この程度だろう。まだここからの鍛えようはある」

 

 彼女はそう言うと、艦橋から飛行甲板を見る

 

 『アークロイヤル』の艦体の飛行甲板では、F8Fベアキャットと『A-1スカイレイダー』が油圧式カタパルトを用いて次々と飛び立っていく。

 

 A-1スカイレイダーとは、A-1スカイパイレーツに代わるマルチロール機として開発された攻撃機だ。A-1スカイレーダーはA-1スカイパイレーツより少しだけ小型化された機体で、爆弾やロケット弾の搭載数が若干少なくなった代わりに、大型で搭載できる空母が限られるA-1スカイパイレーツと違い、A-1スカイレイダーは搭載可能な空母を選ばないのが特徴だ。

 

 とは言っても、A-1スカイレイダーが実戦配備されているものも、A-1スカイパイレーツが退役されるわけではなく、配備する空母ごとで使い分けるとのことで、しばらく両機は共同で使われるという。

 

「さて、皇国はどうするか、見物だな」

 

 『アーク・ロイヤル』は呟くとポケットより掌サイズの箱を取り出し、中から白い棒状の煙草のような物を出して口に咥える。

 一応言っておくが、これは煙草ではなく、煙草みたいな見た目の菓子であることを伝えておく。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

 

 パーパルディア皇国の皇都エストシラントにあるムー大使館。

 

 そのムー大使館に第1外務局の職員ニソールが訪れていた。その目的はムーがロデニウス連邦共和国に観戦武官を派遣した真意を探る為である。

 

 というのも、これまでムーは勝てる相手にしか観戦武官を派遣しない傾向があったので、今回も確実に勝利を収める皇国に観戦武官を派遣しなかったことにエルトは疑問を抱き、部下を大使館に行かせたのだ。

 

「……」

 

 同じ列強の大使館に入り慣れていないわけでは無いが、情勢が情勢だけに、ニソールは応接室で落ち着かない様子で待っている。

 

 少ししてパーパルディア皇国駐在ムー大使館に務めているムーゲが応接室に入室し、待っていたニソールに挨拶する。

 

「急な訪問に対応していただき、感謝いたします」

「構いません。しかし急な会談とは、一体どうされましたか?」

「はい。現在、我が国とフェン王国が戦争状態にあることはご存知かと思いますが……」

「はい。存じております」

「その戦争にロデニウス連邦共和国が介入しようとしているのも、ご存知ですか?」

「えぇ。その点についてもロデニウス連邦共和国より話を伺って、存じています」

「そのロデニウスにあなた方は観戦武官を派遣したと伺っております。今日はその真意を確認しに参りました」

「なるほど。確かに我が国はロデニウス連邦共和国へ観戦武官を派遣しましたことに、間違いありません」

 

 ニソールの質問にムーゲは淡々とした様子で答える。事前に聞いていたが、事実であるのをムーの大使に肯定され、ニソールは胃に不快なものを感じる。

 

 ムーの分析力は正確であり、観戦武官が派遣されたということは、その国が勝つ可能性が非常に高いということを示している。故に観戦武官が派遣された時点で、勝敗が決していると実しやかに囁かれるほどだ。

 

 その上、その件の国であるロデニウスより話を聞いているとなれば、もしかすればロデニウスはムーと親密な関係にあるかもしれない、と彼の中に疑惑が生まれる。

 

 考えたくないが、状況証拠がある以上どうしても『もしも』というのを考えてしまうのが人間である。それがパーパルディア皇国の人間であっても。

 

「……派遣された理由をお伺いしたいのですが、可能でしょうか?」

 

 故にニソールは正直あまりこういうことを聞きたくないが、上司から命令を受けている以上、調査をしないわけにはいかない。

 

「私は軍務専門では無いので、詳しい事は不明ですが、我が国の軍部が冷静に分析した結果、ロデニウスに観戦武官を派遣することが相当と判断したと聞いております」

「……貴国は今まで、勝つ側にしか観戦武官を派遣しなかった。今回ロデニウス側に派遣したということは、まさか我が国が負けると分析したからなのですか?」

「それについては守秘命令が出ていますし、私の管轄ではありませんので、お答えできません。ただ、ムーはパーパルディア皇国と敵対する意思は無いということはご理解いただきたい」

「……分かりました」

 

 釈然としないが、敵対しない意思がないという言葉を聞けただけでも、ニソールは安堵する。

 

 皇帝や皇族、大臣はともかく、官僚くらいの下の者達になれば必然に視野が広くなるので、ムーの技術力を正確に理解している。もし彼らに敵対されたら、皇国に勝ち目は無い。

 

「あ、1つ……これは大使としてではなく、個人的な意見として申し上げたいのですが、よろしいですか?」

「はい?」

 

 と、ムーゲより問い掛けられ、ニソールは思わず声を漏らす。

 

「皇国はシオス王国にて、ロデニウス連邦共和国の国民を何十人も殺害したと耳にしましたが」

「えぇ。それが何か?」

 

 さも当たり前と言わんばかりにニソールは答える。

 

「あなた方はロデニウスという国を分析し、勝てるという結論に至ったからこそ、ロデニウス人を殺し、ロデニウスの逆鱗に触れるどころか切り落とすような行為に出たのだろうと思うのですが……」

「……それは、どういうことでしょうか?」

 

 ムーゲの言い方には、ある種の畏怖が含まれており、その畏怖がニソールにも伝わったのか、彼の額に嫌な汗を滲ませる。

 

「あくまでも私個人としての意見ですが……恐らくムーには同じ事は出来ないと思います。ロデニウスに敵対出来るほどの国力をムーは持ち合わせておりません」

「……は?」

 

 そしてムーゲの口から語られた言葉に、ニソールは間抜けな声を漏らす。

 

「仮に我が国がそのような状況になれば、あらゆる手段を用いて戦争回避に全力を注ぐと思われます」

「ちょ、ちょっと……」

「そしてロデニウス連邦共和国は平和を愛し、国民を愛し、国民を何より大事にする国です。そんな彼らの何の罪も無い民が虐殺されたとなれば、彼らの怒りは計り知れません。何かしらの報復があっても不思議では無いでしょう」

「あ、あの……」

「あぁ、何度も申し上げるように、これはムーの公式な意見ではなく、私の個人的な感想です。ただ単に、私は貴国の勇気に敬意を払いたいと思います」

「なっ!」

 

 ニソールは背中から冷や汗ばぶわっと吹き出し、目を見開く。

 

 あくまでも軍人ではない、大使館の一職員が言った言葉であるが、それでもあのムーがここまで言ったのだ。その事実は彼に衝撃を走らせるのに十分だった。

 

 

 会談終了後、彼は早急に第1外務局に戻り、「緊急調査報告書」の作成に取り掛かるのだった。

 

 

 




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第五章 パーパルディア皇国編 下 滅びゆく列強国
第七十五話 第二次フェン沖海戦 壱


ウズラ11様、minazuki提督様より評価9を頂きました。

評価していただきありがとうございます!


 

 

 

 所変わり、エストシラントの港を後にして、中継点のデュロにて補給を行ってフェン王国を目指す皇軍の艦隊。

 

 

「……」

 

 艦隊旗艦『ベレヌス』に乗艦している将軍『バルト』は腕を組み、空を見つめている。しかし、その顔にはどこか不安の色を浮かばせている。

 

「将軍。まもなくフェン王国領海付近に到達します」

 

 その傍で水兵より報告を聞いた参謀がバルトに告げる。

 

「うむ。各員警戒は怠るな。魔導探知機はもちろん、目視による監視を厳にせよ! 並びに竜母艦隊に連絡。いつでも飛ばせるように、ワイバーンロードの発艦準備に取り掛かれ!」

 

 バルトの指示はすぐに各所へ伝えられ、手の空いた者は周囲の監視を行う。そして魔導通信によって竜母艦隊に指令が伝えられる。

 

「……」

 

 彼は指示を出した後、再び海を見つめる。

 

(皇国は……陛下は一体何をしようとしているのだろうか)

 

 海を見つめたまま、彼は内心呟く。顔には出ていないが、その心は不安によって揺らいでいる。

 

 というのも、彼の同期であり、ライバルであった将軍シウスが、艦隊を率いてアルタラス王国への攻撃に出てから、帰って来ないのだ。

 

 当初は上層部はアルタラス王国を攻略中だと言っていたが、その後に聞いても艦隊は占領地の維持の為に駐留することになった、とだけしか伝えてくれない。

 

 一応彼はシウスに向けて手紙等は送っているが、届いているとは思っていない。現に返信の手紙が来ていないのだから猶更だ。

 

 噂によれば、艦隊は嵐に巻き込まれて壊滅したというが、それも彼は信じなかった。

 

 シウスの指揮官としての技量はそうだが、何より艦隊全体の練度は皇軍の中でもかなり高い。それは同期でありライバルである彼自身がよく分かっている。

 そんな彼が率いる艦隊が嵐に巻き込まれて壊滅するとは考えづらいのだ。

 

 そんな中で、こんな噂も流れている。

 

 

 アルタラス王国へ向かった艦隊は、敵にやられて壊滅した、と……

 

 

 それこそ信じ難い噂であった。ただの蛮族に皇軍がやられるということなど、ありえないのだから。

 

 しかし今回のフェン王国への攻撃に際して、ロデニウス連邦共和国と呼ばれる国が介入してくるという話が入って来ている。

 

 そのロデニウス連邦共和国がアルタラス王国へ援軍を送り、皇軍を迎え撃ったが為に、艦隊が壊滅した、という噂も流れている。

 

 当初は蛮族が徒党を組んで皇軍を迎え撃とうとしているという認識だったが、先の噂の件からバルトはこのロデニウス連邦共和国の事を留意している。

 

(我が艦隊が負けるわけが無い。無いのだが……)

 

 バルトは周囲を航行する戦列艦達を眺めて、絶対的な自信を抱くものの、直後にそれは揺らぐ。

 

(嫌な予感がする……)

 

 彼はこれまで培ってきた経験と勘からか、その胸中に不安の渦を渦巻かせている。

 

 

 だが、古今東西どの世界でもこればかりは共通しているようだ。

 

 

『嫌な予感な時だけ、良く当たる』というのは……

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 所変わり、戦列艦の後方を航行する竜母艦隊。

 

 

 各竜母ではワイバーンロードの発艦準備が行われており、次々と甲板にワイバーンロードが上げられている。

 

 ワイバーンロードを搭載し、発着艦を行う為に竜母は他の戦列艦と比べて二回りほど大きい。他国と比べて隔絶した皇国の圧倒的な造船技術があるからこそ、このような船を作ることが出来る。

 まぁカウンターウェイトを搭載して飛行甲板とのバランスを無理やり整えつつ帆を持つという、中々に大胆且つ強引な構造で、現代からすればトップヘビーが心配な構造をしているが。

 

 見る物に圧倒的な印象をもたらす竜母艦隊を横に眺め、艦隊副司令のアルモスは満足そうに頷く。そして横に立つ竜騎士長に話しかける。

 

「竜騎士長! 皇軍は強い!」

「ハッ! 存じております!」

 

 アルモスの問いに、竜騎士長は迷いなく答える。

 

「なぜ強いと思う?」

「総合力です!」

「そうだ! だが、圧倒的な強さを誇るのは、戦列艦もさることながら、この中核たる竜母艦隊が存在するからだ! この竜母があれば、どんな戦列艦の大砲よりも敵の射程外から攻撃できる! 竜騎士長、制空権を取る者が、海においても陸上においても有利なのだ!」

「ご指導ありがとうございます! 先進的な戦術であります!」

 

 アルモスが語る先進的な戦術に、竜騎士長は感謝を述べる。

 

「皇軍が今までの海戦で無敵を誇ったのは、この竜母艦隊があってこそ。この艦隊がある限り、皇軍は覇王の道を突き進むであろう!」

 

 まるで演説をしているかのように、彼は甲板の上で一歩踏み出し、両腕を高く掲げた。

 

「そして見よ!! この竜母艦隊の中で一際輝く、我が皇軍最新鋭の竜母にして、我が竜母艦隊旗艦『ミール』を!!」

 

 アルモスは自身の眼前に広がる、一隻の竜母を見る。

 

 パーパルディア皇国が最新鋭の技術を用いて建造した最新鋭の竜母。それがこの『ミール』である。

 

「あれは素晴らしい!! 船体は大きく、機能美に満ちている!」

「はい! とても素晴らしいです!」

 

 アルモスと竜騎士長は『ミール』に魅入って、その素晴らしさに感嘆の声を上げる。

 

 木造船の建築技術の限界に到達した、かつての地球では恐らく誕生しなかったであろう規模の船だ。

 

 ワイバーンという航空戦力の存在、そして魔法の存在が、こうした独自の進化をもたらしたのだろう。

 

 

 制空権を確保し、航空戦力による海上、地上への攻撃。現代にも通ずる先進的な戦術であり、彼の戦術思想は確かに時代を先取りしているだろう。

 

 

 だが、当然ながらその戦術を理解している者であれば、その重要性を知っているわけである。

 

 

 故に、竜母艦隊が最優先目標(・・・・・)になるのもまた、自明の理である。

 

 

 

 ―――ッ!!!

 

 

 

 すると竜母の周囲に展開している戦列艦よりムーで発明されたサイレンがけたたましく響き渡る。

 

「何事だ!?」

 

 アルモスが大声を上げると、水兵が慌てた様子でやって来る。

 

「副司令! 三時方向より接近する物体を戦列艦が発見しました!」

「接近する物体だと? ワイバーンか?」 

「しかしフェン王国にワイバーンはいないはず……」

 

 水兵より報告を聞き、アルモスは首を傾げるが、竜騎士長がフェン王国にワイバーンが居ないのを伝える。

 

 ガハラ神国を含めた周辺に風竜が生息している都合、フェン王国の周辺にワイバーンは生息していないし、まず風竜を恐れて近寄ることも出来ない。

 

「いえ、ワイバーンではありません! 魔導探知機に反応がありません!」

「魔導探知機に反応が無い?」

 

 アルモスの質問に水兵が答えると、彼は怪訝な表情を浮かべて首を傾げる。

 

 接近しているのがワイバーンであれば、魔導探知機に反応があるはずである。ワイバーンぐらいの生物であれば、保有している魔力に魔導探知機が反応し、その姿を捉えて接近を察知出来る。これが魔導探知機の構造である。

 だが、魔導探知機はワイバーン以下の魔力、つまり人間が保有する魔力では捉えられないが、そもそも空から人間は来れないという彼らの考えもあって、さしたる問題にはならなかった。

 

「では接近している物体は何か?」

「それが―――」

 

 水兵により詳しく聞こうとアルモスが問い掛ける。

 

 

 だが、彼らが悠長としていたせいで、彼らの対応は大きく遅れてしまう。

 

 

「っ! 『ミール』直上!! 何かが降下してくるぞ!!」

 

 すると甲板上に居た水兵が、上空を見上げて大声で周囲に知らせつつ上空を指さしていた。

 

 誰もが上空を見上げた瞬間、雲の合間より次々と何かが飛び出てきて艦隊に向かって急降下してきた。

 

 それはロデニウス連邦共和国海軍の空母『ヒョウリュウ』と『エンリュウ』より発艦した艦爆隊の流星改二である。そして敵艦隊の右側を突こうと大きく迂回して戦爆隊の烈風改を先頭に艦攻隊の流星改二が接近している。

 皇軍が見つけた物体というのは、この戦爆隊と艦攻隊である。

 

 艦爆隊は雲に隠れて敵艦隊の監視の目をやり過ごし、艦隊上空へ到達したと同時に全機が艦隊に向かって急降下したのである。

 

「ま、まさか、あれは!!」

 

 アルモスは急降下してくる流星改二を見た瞬間声を上げ、それと同時に流星改二は胴体の爆弾倉を開き、中にある50番爆弾二発と両翼に提げた25番爆弾二発を投下して上昇する。

 

 投下された爆弾は一直線に『ミール』と周囲の竜母へと向かっていき、何発かが竜母の周囲に着弾して複数の水柱を上げる。

 

「ぬぉぉっ!?」

 

 その衝撃でアルモス他数名の水兵がバランスを崩して尻餅を着いてしまう。

 

 その瞬間、『ミール』の甲板に二機分の50番爆弾と25番爆弾が直撃して貫通し、内部で信管が作動して炸裂し、船員、ワイバーンロード、竜騎士諸共木っ端微塵に粉砕し、跡形もなく消滅させたのだ。

 そして内部で爆発が起きた『ミール』は船体を真っ二つにして、沈んでいく。

 

 同時に『ミール』の周囲にいた竜母にも流星改二より投下された爆弾が直撃し、その船体を破壊されて沈められる。

 

 

 

「命中! 命中!」

 

 流星改二の中では、機銃手が戦果を確認して操縦手に伝える。操縦手も機体を傾けて戦果を確認する。

 

「他はどうだ!」

「ハッ! 他の艦爆も竜母に命中させて撃沈しています!」

「よし! 旗艦に発信!『我、奇襲ニ成功セリ!』 各機にも打電しろ!」

「ハッ!」

 

 操縦手はすぐに機銃手に指示を出し、自身は爆弾補給の為、母艦に向けて針路を変える。

 

 

 

「……」

 

 運良く狙われなかった竜母の上で、誰もがその光景に呆然と立ち尽くしている。 

 

 最新鋭の竜母である『ミール』が轟沈した。対魔弾鉄鋼式装甲が施され、竜母としては防御に優れていた『ミール』が、呆気なく沈められた。

 

 そして周囲に居た竜母もまた『ミール』に続くように、船体を破壊されて沈んでいく。その中には『ミール』の姉妹艦だっている。

 

「そんな、馬鹿な……!」

 

 アルモスは絞り出すように声を漏らし、爆弾を投下し終えて上昇する流星改二を見る。

 

「っ! やはり、飛行機械か!?」

 

 飛び去って行く流星改二を見た瞬間、アルモスは目を見開いて驚愕する。

 

「なぜムーの飛行機械がこんなところに……まさか、ムーが兵器を蛮族共に輸出しているのか!?」

 

 そして彼は一つの結論に辿り着き、二重の意味で驚愕するのだった。

 

 彼らからすれば風車のような羽を持つ飛行機械を作れるのは第二列強国のムー以外に無い。故にそのムーがフェン王国かロデニウス連邦共和国へ飛行機械を輸出し、蛮族が攻撃の為に運用している、と。

 

(魔導探知機に反応が無かったのは、飛行機械だったからか!)

 

 そして彼は、魔導探知機が敵の接近を察知出来なかった理由を察して、歯噛みする。

 

 魔法とは違う、科学で開発されたムーの飛行機械は、魔力を発さない。それ故に魔導探知機は飛行機械を捉えることが出来ない。そして先述したが、人間の魔力程度では魔導探知機は捉えられないので、飛行機械との組み合わせでは相性が最悪なのだ。

 だから、皇国は対ムーを想定しての軍拡の一環として、人間の魔力でも探知できる魔導探知機の開発を行っているとかなんとか。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 まぁ事実は全く違うのだが、判断材料が少ないのもあるが、何より今の彼にそれを詮索する余裕など無い。

 

「っ! 何をしている! 早くワイバーンロードを上げろ!! 急げ!!」

 

 アルモスは気を取り直して、すぐにワイバーンロードの発艦を急がせる。

 

 少なくとも竜母の甲板にはワイバーンロードを上げてあるので、後は空に上げるだけである。相手が飛行機械であるので苦戦は免れないだろうが、無いよりかはマシである。

 

 尤も、そのワイバーンロードが轟音と飛行機械の存在で動揺しており、興奮して竜騎士と甲板員の言う事を聞かないでいた。

 

 

 ッ!!

 

 

 すると轟音と共に閃光が発せられ、アルモスは振り返る。

 

「『フィシャヌス』『オリゴ』『バタフ』、あぁ!!『リーベル』轟沈!!」

 

 水兵の報告を聞き誰もが振り返ると、彼の目に黒煙と炎を上げて船体を真っ二つにして沈む『フィシャヌス』『オリゴ』『バタフ』『リーベル』、更に数隻の姿があった。

 

 パーパルディア皇国が誇る名艦である100門級戦列艦『フィシャヌス』とその同型艦。『ミール』同様最新式の対魔弾鉄鋼式装甲が施された皇国自慢の艦。それが、呆気も無く沈められている。

 

 

 竜母艦隊が慌てふためいている間にも、艦隊の右側面より接近していた戦爆隊と艦爆隊は、まず戦爆隊の烈風改の両翼より一〇〇式ロケット弾改二が放たれ、弾道性能が向上して真っすぐ飛ぶようになったロケット弾は『フィシャヌス』『オリゴ』『バタフ』『リーベル』、その他数隻の艦側面に直撃し、自慢の対魔弾鉄鋼式装甲を一〇〇式ロケット弾改二は貫徹して内部で炸裂し、魔導砲に使う魔石に引火して大爆発を起こした。

 魔導砲を大量に搭載した戦列艦は、当然船内にはギッシリと魔石が積み込まれている。火薬庫同然な状態である以上、被弾すればどうなるか、日の目を見るより明らかな事である。 

 

 

 ロケット弾を打ち終えた烈風改は竜母に向けて機銃掃射を行い、HE(M)(薄殻榴弾)の弾丸が竜母の船体やマスト、帆を破壊する。そして甲板に居た水兵や竜騎士、ワイバーンロードは身体を粉々に粉砕されてその命を失う。

 

 中にはカウンターウェイトの役割を担う支柱を破壊され、二隻の竜母がバランスを崩して横転してしまった。

 

「な、な、な……」

 

 彼らかすればありえない光景を目の当たりにして、アルモスは立ち尽くし、一部の水兵達は腰が抜けて尻餅を着いてしまう。

 

 だが、彼らに驚いていられる暇は与えられなかった。

 

 竜母艦隊を守る戦列艦が轟沈した事でその守りに穴が開き、更に艦隊が動揺した所に、魚雷を抱えた後続の艦攻隊の流星改二が入り込む。

 

「攻撃目標! 前方の竜母!」

 

 先頭を飛ぶ隊長機の流星改二の操縦手は声を上げつつ二本ある内一本のレバーを下ろして爆弾倉の扉を開け、投下レバーを掴む。

 

用意(よーい)……()ぇ!!」

 

 そして投下距離になり、レバーを下ろして中に抱えている魚雷を竜母に向けて投下し、艦隊の上を通って離脱する。他の流星改二もまた、抱えた魚雷を次々と投下して離脱する。

 

 投下された魚雷は白い航跡を引きながら竜母へと向かっていく。

 

「なんだあれは…‥?」

「奴ら、なぜ爆弾を捨てて……」

「白い線?」

 

 飛行機械の謎の行動を取り、尚且つ海面では白い線を引く物体に、水兵の多くが戸惑いを見せる。

 

「何をボーとしている!! 早く回避行動を取れ!!」

 

 しかしアルモスは長年の経験と勘からその白い線を引く物体に危険を察し、すぐに各艦に回避行動を取るように指示を出す。 

 

 指示を受けた竜母各艦は回避行動を取ろうとするが、その前に魚雷は竜母に命中する。

 

 命中した魚雷は爆発を起こし、轟音と共に水柱と共に竜母を真っ二つに破壊する。

 

「竜母『ガナム』『ヘリスト』『マサーラ』消滅!!」

「更に『エリオット』『フェイル』『マーベラ』も消滅!!」

 

 魚雷の直撃を受けた竜母はたった一発で轟沈し、水兵達から次々と竜母轟沈の報告が上げられていくが、轟沈していくのが早過ぎて報告が追い付いていない。

 

「ば、馬鹿な!? 最強の皇国竜母艦隊が、こんな……馬鹿なぁっ!?」

 

 目の前で繰り広げられる光景と、水兵からの報告によって、アルモスは声を上げて頭を抱えるしかなかった。

 

 皇国最強と疑わなかった竜母艦隊が、一方的に攻撃され、次々に沈められる。あまりにも現実離れした光景に、誰もが信じられないでいた。

 

 ワイバーンロードは飛ばせずに制空権を奪われて、一方的に攻撃を受けている。アルモスは自身が得意げに語った戦術を、自らが受けることになってしまったのだ。

 

 彼は経験則から攻撃の正体を突き止めようと思考をフル回転させるが、彼の知識と経験にこんな攻撃の仕方は無い以上、対処のしようが無い。

 彼らに出来るとすれば、どうにかして攻撃を回避するしかない。

 

 尤も、魚雷というものを知らない以上、そもそも有効的な回避方法も思いつけられないのだが。

 

「この艦にも向かって来るぞ!!」

 

 すると彼の上で見張り員が絶叫する。流星改二より放たれた魚雷が彼が乗艦している竜母にも向かっていたのだ。

 

「うわぁぁぁぁっ!!」

「回避だ! 回避しろぉっ!!!」

 

 水兵が絶叫し、アルモスは最後まで諦めないで回避を指示する。

 

 

 しかし彼らの足掻きも虚しく、魚雷は回避しようとしている竜母の動きを予想した先に向かって航走して命中し、轟音と共に水柱を上げて船体を真っ二つにして破壊する。

 

 そしてアルモスの思考は、闇の中に消えていき、二度と明かりを灯すことは無かった……

 

 

 

「命中率は六割から七割ってところか」

 

 と、艦体の艦橋にて、『アーク・ロイヤル』は艦載機越しに『ヒョウリュウ』と『エンリュウ』の攻撃隊の様子を見て、その命中率を確認している。

 

(まぁ一年足らずではこれが限界か。だが、彼女達の理想には程遠いだろうが、さすがは一航戦と五航戦が鍛え上げただけはあるな)

 

 過労死しそうな猛訓練を思い出してか、彼女は苦笑いを浮かべる。とても過酷な訓練ではあるが、世界最高峰の技量を持つ彼女達に鍛え上げられたとあって、短期間でありながらある程度の技量を得られている。

 

「さてと、私もそろそろ動くとしよう」

 

 彼女はそう呟くと、攻撃隊に指令を伝える。

 

 

 

 直後に『アーク・ロイヤル』所属のF8Fベアキャットの戦爆隊と艦攻隊、艦爆隊のA-1スカイレイダー、そして残った烈風改と流星改二が残存艦艇への攻撃を開始した。

 

 旗艦を失い、指揮系統が崩壊した皇軍艦隊に成す術は無く、頼みの綱のワイバーンロードも烈風改及びF8Fベアキャットによって生き残っている竜母より発艦しようとしていたが、その前に機銃掃射を受けて空に上がる前にその命を散らしてしまう。

 

 事実上制空権を失い、竜母艦隊は航空機からの猛攻を受けて壊滅するのだった。

 

 ただ、不幸中の幸いとしてか、横転した竜母の水兵や竜騎士達は攻撃から逃れることが出来て、何とか生き残る事が出来て、樽や残骸にしがみ付いて海を漂流することになった。

 

 

 しかし、生き残った者達からすれば、死を先延ばし(・・・・・・)になった結果に過ぎないのだが……

 

 

 


 

 

 

 所変わって、空母『ヒョウリュウ』

 

 

「……」

 

 艦橋にてシャークンは腕を組み、攻撃隊からの続報を待っていた。

 

「しかし、感無量ですな。あの列強国パーパルディア皇国の竜母艦隊を、我々空母艦隊が打撃を与えたのですから」

 

 彼の隣に立つ航空参謀が、興奮した様子で皇軍の竜母艦隊撃滅を語っている。

 

 彼らからすれば第三文明圏の列強国であるパーパルディア皇国。その最強格にあたる竜母艦隊を自分達が大きな被害を与えた。以前なら夢もまた夢な事だったが、今ではそれを成しえることが出来た。興奮しないはずがない。

 

「航空参謀」

「ハッ!」

「確かにパーパルディア皇国の竜母艦隊に攻撃を仕掛け、甚大な被害を与えた。我々からすれば快挙ともいえる。だが、教官たちはそれで満足しないだろう」

『……』

 

 シャークンの言葉に、艦橋に居た者達が息を呑む。

 

 彼らは空母のKAN-SEN、特に重桜の第一航空戦隊の『赤城』『加賀』、第五航空戦隊の『翔鶴』『瑞鶴』よりしごかれて鍛えられてきた。

 その為か、彼らの目標は中々に高く設定されていたりする。

 

「竜母のみならず、戦列艦と揚陸艦の殲滅ぐらいを、教官たちは望むだろうな」

「で、ですな」

 

 その言葉に航空参謀が苦笑いを浮かべる。

 

「まぁ、私もあのパーパルディア皇国に大きな打撃を与えられたことに、喜びを感じていないわけはないがな」

「……」

「だからこそ、戦果に浮かれずに、慢心と油断だけはするな。戦場では不測の事態は常に起こるものだからな」

『ハッ!』

 

 シャークンの言葉に、艦橋に居た者達が姿勢を正して敬礼する。

 

「攻撃隊より入電! 『敵竜母艦隊の撃滅を確認!』と」

 

 そして彼らの元に、攻撃隊からの続報が入る。

 

「うむ。すぐに『ネルソン』殿に打電しろ!」

 

 続報を聞き、シャークンはすぐに旗艦『ネルソン』へ連絡を入れるように指示を出す。

 

 

 

「『ヒョウリュウ』より入電!」

 

 皇軍艦隊へ向かう『ネルソン』の艦橋にて、通信兵の妖精が『ネルソン』に報告する。

 

「内容は?」

「『敵竜母艦隊を撃滅。制空権は我が方にあり』です!」

「そう……」

 

 報告を聞いた彼女は声を漏らして目を瞑り、少しして目を開ける。

 

「これで空の心配は無いわ。空母の護衛は艦載機に任せて、空母護衛に就いているKAN-SENは水雷戦隊と合流よ!」

 

 『ネルソン』は空母の護衛を艦載機に任せて、護衛に就いているKAN-SEN達に水雷戦隊へ合流するように指示を出す。

 

 指示を受けて『名月』『涼月』『宵月『春月』の四隻は空母を離れて水雷戦隊との合流を急ぐ。

 

「『アーク・ロイヤル』と『ヒョウリュウ』、『エンリュウ』は攻撃隊を収容。補給後揚陸部隊への攻撃を開始よ。各艦に伝えなさい」

「ハッ!」

 

 通信員の妖精はすぐに『ネルソン』の指令を各空母へ伝える。

 

「……いよいよね、『ロドニー』」

『はい、姉さん』

 

 指示を出した『ネルソン』は後方を航行する『ロドニー』に通信を入れる。

 

「相手が何であっても、手加減する必要は無いわ。全力で叩くわよ」

『はい!』

 

 『ロドニー』の返事を聞き、『ネルソン』は通信を切って前を睨みつけるように目を細める。

 

 

 

 

 




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第七十六話 第二次フェン沖海戦 弐

更新が遅れて申し訳ありません。ここ最近身の回りや世間が色々とあって、執筆に向き合うことが出来ませんでした。
さてさて、世間はこれからどうなる事やら……

では、本編をどうぞ


 

 

 

 時系列は遡る事、攻撃隊が皇軍の竜母艦隊へ攻撃を開始した直後のこと。

 

 

 

「何!? 竜母艦隊が攻撃を受けているだと!?」

 

 将軍バルトは水兵からの報告を聞き、驚愕する。

 

「それで、どうなっている?」

「それが、攻撃を受けているという連絡を受けてから、艦隊からの返信がありません」

「なんだと?」

「まさか、やられたのか!?」

 

 水兵の報告に参謀達が騒ぎ出し、他の水兵達の間で戸惑いの空気が漂い出す。

 

(馬鹿な!? 魔導探知機を使っての厳重な警戒の中をどうやって……)

 

 周りでは参謀達が言い争い染みた意見交換を行っている中、バルトは内心呟きつつなぜこうなったのかを必死に思考する。

 

 竜母の存在が戦局に大きく関わってくるのは、彼も理解している。だからこそ竜母艦隊へは、魔導探知機はもちろん、目視による監視を行って警戒を最大にするように伝えていた。

 仮に敵がワイバーンを投入してきたとしても、魔導探知機によってワイバーンの魔力を探知して、ワイバーンロードを迎撃に上げられたはず。

 

 最大限の警戒をしていたはずなのに、竜母艦隊は攻撃を受けた。彼からすれば不可解な状況である。

 

 

「ほ、報告します!!」

「今度はなんだ!?」

 

 すると別の水兵がやって来て報告をしようとすると、参謀の一人が怒鳴って水兵は言葉を詰まらせる。

 

「先ほど、竜母艦隊より連絡がありまして……」

 

 すると水兵は声を震わせて、口を閉ざしてしまう。その顔色はどこか青く、身体を震わせている。

 

「どうした? 何があった?」

 

 水兵の様子にバルトは不審に思い、声を掛けると、水兵はハッとして気を取り直し、報告を続ける。

 

「竜母艦隊の旗艦『ミール』が……轟沈したとのことです」

 

 その報告に、誰もが驚愕して動揺の空気が流れる。

 

「馬鹿な!? 『ミール』が轟沈だと!?」

「確かなのか!?」

「は、ハッ! 確かです! それと他数隻の竜母に被害が出たとのこと!」

「……馬鹿な」

 

 最新鋭の竜母の轟沈。その現実はバルトを含め、参謀達に暗い影を差す。皇軍史上例を見ない、信じられない報告に誰もがその現実を受け入れ難かった。

 

「それと、通信の中で、艦隊を攻撃してきたのは……ムーの飛行機械である、と」

「何!?」

「ムーの飛行機械だと!?」

 

 そして水兵のこの報告で、更なる混乱が生じて騒ぎが大きくなる。

 

「どういうことだ!? なぜムーの飛行機械が!?」

「まさか、ムーが介入してきたというのか!?」

「馬鹿な! あの日和見主義の列強が戦争に介入などするものか!」

「そもそも遠く離れた場所での戦争にムーがわざわざ首を突っ込むものか!」

「その通信は確かなのか!?」

「は、はい! 確かです!」

 

 最初は飛行機械の存在に驚愕こそしていたが、次第に彼らは冷静になり出す。

 

「なるほど、道理で竜母艦隊が攻撃を受けたわけか」

「蛮族共め。どうやってムーから飛行機械を手に入れたかは知らぬが、蛮族の財源などたかが知れている。飛行機械の数は少ないはずだ」

「竜母艦隊に飛行機械を送り込んだのなら、こちらに戦力を送る余裕はあるまい」

「竜母を狙ったのは蛮族にしては目の付け所は良かったが、全てを投入したのは愚かだったな」

 

 やがて彼らは勝手気ままに自分達の意見を言い出し始める。

 

 ムーの飛行機械が戦場に現れ、皇軍に攻撃を仕掛けた。つまりそれはムーが飛行機械を輸出して、蛮族がその飛行機械を購入して、その飛行機械を使って攻撃している、と彼らは考える。

 

 実の所この考えは真実に掠るどころか全くの見当違いの予測と判断をしているわけだが、彼らの常識と判断材料からでは、このような判断しか出来ないのは当然と言えば当然である。

 

 

 そもそも、自分達の常識以上の事や、常識外の事で考えろというのも、土台無理な話である。

 

 

「……」

 

 ただ一人、将軍バルトだけは参謀達と違っていた。

 

(本当に、やつらは飛行機械だけを投入したのか? 竜母艦隊を襲った飛行機械が全てなのか?)

 

 彼らと違って経験と知識が豊富な分、バルトの視野は広かった。

 

 

 果たして竜母艦隊に攻撃を仕掛けたのは飛行機械だけだったのか? 最新鋭の竜母である『ミール』を轟沈させたとなると、飛行機械の火力だけで沈められるのか? 他に何かが居るのではないか、と彼は考える。

 

 

 何より、参謀達が決めつけている飛行機械の数だって、まだ他にも居るはずである。蛮族とて、馬鹿では無いのだから。

 

 

「将軍! このままフェン王国に進みましょう!」

 

 と、バルトが思考の海に浸っていると、参謀の一人が意見具申する。

 

「空の援護は無くなってしまいましたが、我が艦隊にはまだ120門級戦列艦を含めて180隻も居ます! 蛮族共がいかなる策を弄しようとも、打ち破れるものではありません!」

「それに蛮族は飛行機械にまだ慣れていないはずです。慣れていないのなら次の行動への移行は遅いでしょう。攻めるなら今です!」

「しかし……」

「将軍! 我々はまだ戦えます!」

「このままおめおめと逃げ帰れば、我々は元より、将軍ご自身の進退に関わります!」

「……」

「将軍!」

『将軍!!』

 

 参謀達の勢いに、バルトは引き気味になる。

 

 確かに将軍バルトが率いる艦隊は、竜母艦隊以外の損害は無いし、何より最新鋭にして最大火力を有する120門級戦列艦が多く配属されている。

 

 その火力と戦力のみで考えるなら、空の援護無しでも文明圏外の国々相手なら勝てる戦力だろう。

 

 尤も、それは相手が格下であるという前提の条件だが、参謀達の誰もがその前提条件で考えている。

 

 

 当 然 相 手 が 格 上 だ と い う 事 な ん て 微 塵 も 想 定 し て は い な い

 

 

「……分かった。艦隊はこのまま前進。総員戦闘配置に就かせろ」

『ハッ!』

 

 バルトは悩んだ末に、艦隊をこのまま前進させ、いつでも戦闘が行えるように戦闘配置を指示させた。

 

 

「っ! 前方に敵艦発見!」

 

 するとマストにある見張り台より見張り員が大きな声で報告する。バルト達は前へと移動して単眼鏡を伸ばして前を見る。

 

「あれは……」

 

 バルトの視線の先には、海の上に浮かぶ二隻の船があった。

 

「フェン王国の軍船ではありませんな」

「しかしたった二隻とは。ずいぶん舐められたものだな」

「見張り員! 旗は分かるか!!」

 

 参謀達は各々の感想を述べる中、参謀の一人が見張り台に向かって声を上げ、見張り員は単眼鏡を覗いて確認している。

 

「っ! 確認しました! フェン王国ではありません!」

「ということは……」

「……噂に聞く、ロデニウスか」

 

 参謀達は見張り員の報告で、発見した船がどこの船であるかを確信する。

 

「ロデニウスとやらは随分と自信過剰なのでしょうな。たった二隻で我々に挑むとは……」

「将軍。手加減する必要はありません! 全ての戦力を以ってしてやつらを撃沈いたしましょう!」

「我々に刃向かう愚か者共に、我々の力を見せつけるべきです!」

「……」

 

 参謀らが各々と口にしているが、バルトは何も言わず、単眼鏡を覗いている。

 

「……おい。何かおかしくないか?」

 

 と、彼は単眼鏡を覗いてロデニウスの船を見ていると、違和感を覚える。

 

「と、言いますと?」

「まだ艦隊とロデニウスの船との距離はだいぶ離れている。この距離ではまだ艦影は見えないはずだ」

 

 バルトはその違和感を告げると、参謀達もその違和感に気付いたようである。

 

「見張り員! 敵艦との距離はどうだ!」

 

 バルトは見張り員に指示を出し、すぐに敵艦との距離を測量する。

 

 そして見張り員はその結果に驚愕し、すぐにバルトへ伝える。

 

「4万以上だと?」

 

 その結果に彼は驚愕し、参謀達は信じられないような表情を浮かべる。

 

 つまり、確認されたロデニウスの船は、彼らの予想以上に大きいということになる。

 

 

 

 状況が呑めないまま、艦隊はさらにロデニウスの船へと接近する。そしてその姿を捉えられるようになる。

 

「っ! あれは……!」

 

 単眼鏡を覗き込むバルトは、その二隻を見つけて驚愕する。

 

 その二隻は皇国の戦列艦のような姿をしておらず、その甲板には見覚えのある物を載せている。

 

「まさか、ムーの回転式砲塔か!?」

「そんなバカな!?」

 

 バルトの言葉に、参謀達がどよめく。

 

 ムーで開発された機構を持った軍艦が現れた。そこから彼らが導き出した答えは――――

 

「やはり、ムーが蛮族に兵器の輸出を行っていたのか!」

「飛行機械のみならず、まさか軍艦までもか!」

「蛮族共め! どんな方法でここまで数を揃えたんだ!?」

 

 参謀の一人が叫ぶと、他の参謀達も続いて各々の言葉を述べていく。

 

 どの意見も的外れなものばかりだが、誰もそれに気づく者はいない。

 

(まずいぞ。もし仮にもあれがムーの軍艦なら……我が軍の戦列艦では敵わない!)

 

 バルトは単眼鏡で二隻の戦艦を見ながら、内心焦りを見せている。

 

 仮にあの軍艦がムーの物であれば、大砲の射程と火力は皇軍の戦列艦の魔導砲を超えている。

 

 真正面から戦えば、皇軍側に勝ち目は無い。

 

 

 すると軍艦に乗せられている砲塔が旋回して、方向を艦隊へと向ける。

 

「敵艦の砲塔が旋回! こちらを狙っています!」

「何?」

 

 見張り員の報告に参謀の一人思わず声を漏らすが、直後にその軍艦の主砲より爆炎が上がる。

 

「敵艦発砲!」

「撃って来たか!」

 

 次に来た報告に、バルトは顔を強張らせる。

 

「心配ありません、将軍。いくら蛮族がムーの軍艦を持っていたとしても、この距離ではまず当たりはしません」

「それにロクに使い慣れていない分、弾はあらぬ方向に飛んでいくでしょう」

「単純な頭の蛮族に複雑な計算など出来ないでしょうしな」

 

 そんなバルトを安心させようとしてか、参謀達が各々の言葉を掛ける。

 

 

 しかしその直後、艦隊の中心部にて巨大な水柱が轟音と共に六本も上がり、更に数隻の戦列艦が巻き込まれて転覆するか、満載している魔石に引火して大爆発を起こして轟沈する。

 

 

「なっ!?」

 

 非現実的な光景に、バルトは目を見開く。そして楽観視していた参謀達は、自分達の予想に反した光景に開いた口が塞がらないでいた。

 

「馬鹿な。初弾でこの精度だと!?」

 

 予想以上に正確な砲撃にバルトは思わず声を漏らすが、直後にハッとして声を上げる。

 

「全艦散開しろ!! 固まっていたら、やられるぞ!!」

 

 彼はすぐに指示を出し、伝えられた指示により密集隊形を取っていた各艦は散開する。

 

 するとその直後に巨大な水柱が轟音と共に六本上がり、巻き込まれた数隻の戦列艦が大爆発を起こして轟沈する。

 

「そんな……そんな馬鹿なぁっ!?」

 

 自分達にとってありえない光景に、参謀の一人が声を上げる。

 

 

 


 

 

 

 パーパルディア皇国の艦隊に向かっていた『ネルソン』と『ロドニー』の二隻は、特徴的な前方集中配置されている主砲を向けて砲撃を行っている。

 

 一門ずつの砲撃を行い、正確な射撃にて皇軍艦隊に被害を与えている。

 

「砲撃は順調のようね」

『そうですね』

 

 砲撃時の衝撃が艦橋に伝わる中、『ネルソン』と『ロドニー』は短く会話を交わす。

 

 砲撃を終えた砲は砲口より圧縮空気によって砲身内に溜まった硝煙とガスを排出し、仰角を取っていた砲身を水平に戻して次弾の装填作業に入る。そして次弾装填を終えた砲身が上がって狙いを定める。

 

『しかし、以前と比べるとだいぶ違いますね』

「えぇ。あの時は突貫工事に近かったから、色々と不具合はあったけど、ちゃんと改造を施せばこうも違うのね」

 

 と、『ネルソン』は自身の艦体にある主砲を見る。

 

 というのも、『ネルソン』と『ロドニー』に搭載されている主砲は、本来彼女たちが搭載しているものではなく、『ライオン級戦艦』と呼ばれる戦艦が搭載予定だった主砲を搭載している。

 

 ライオン級戦艦は完成していればネルソン級戦艦に次ぐ16インチ砲搭載艦として活躍する予定だったが、周辺国の情勢によって、建造に時間が掛かる戦艦は軒並みキャンセルされ、ライオン級戦艦の建造は中止された。

 

 しかし既に武装は完成していたので、この武装のやり場に困っていた。武装等の使ってみないと分からない代物は先に研究が行われており、船体が建造される頃には、研究が完了して現物が完成している場合が多い。ライオン級戦艦でもそれは同じであり、発注されていたほぼ四隻分の主砲が残されることになった。

 

 さすがにこのまま主砲を含めた武装を廃棄するのは勿体無い。副砲や機関砲等は他艦へと流用できるが、主砲クラスとなるとそう簡単にはいかない。要塞砲として転用するにしても設置する工事の時間も無い。

 

 そこで考えられたのが、同じ16インチ砲を搭載しているネルソン級戦艦への転用である。規格自体はほぼ同じとあって、多少改装が必要な個所こそあれど、主砲の転用自体は可能であった。

 

 ネルソン級戦艦はとある海戦での決戦兵器として、ライオン級戦艦の主砲の換装が行われており、その海戦にてその威力を発揮した。

 

 ちなみにライオン級戦艦等を含め、これらは史実での出来事ではなく、『大和』が居た世界線での『大戦』での出来事である。

 

 一見すれば問題無く改装が済んでいるように見えるが、世の中トントン拍子に事が運ぶことは稀である。それはこのネルソン級戦艦の主砲換装でも言えた。

 

 この時、戦争中とあって時間が無く、主砲の換装作業は半ば突貫で行われており、本来必要な改装は施されていない。

 

 というのも、ネルソン級戦艦とライオン級戦艦の主砲は45口径の16インチ砲とパッと見のスペックは同じだが、細かい所で性能が異なっている。

 

 その性能諸元は以下の通り

 

 

 MarkⅠ

 初速:770m/s

 最大射程:3万2736メートル

 砲弾重量:929kg

 

 MarkⅡ

 初速:747m/s

 最大射程:4万51メートル

 砲弾重量:1080kg

 

 

 同じ16インチという砲の大きさと45口径という砲身の長さだが、これだけ違いがある。

 

 そこまで変わらないのでは? と思われるだろうが、兵器においてこの差は大きいのだ。それが同じ大きさの砲なら尚更である。

 

 特にMarkⅡは装薬にも変化があるので、砲弾重量と相まってその威力と射程はMarkⅠより優れている。

 

 だが、当然ながらこれだけのスペックアップを果たしている以上、その反動はMarkⅠよりも大きくなっている。

 

 本来ならその増えた反動を考慮して砲塔バーベットに強化が必要になってくるのだが、先の時間の無さがあったので、いち早い戦線投入の為にその強化が施されることはなかった。

 

 その為、ネルソン級戦艦の砲塔バーベットに掛かる負荷が大きくなり、元々の構造上の欠点も相まってしまい、斉射を行おうものならバーベットが反動による衝撃で歪んでしまい、砲塔旋回が不可能となり、最悪射撃不能になってしまうという、致命的な欠陥を抱いてしまった。

 

 だが、その欠陥を抱いてでも、主砲を換装するだけの価値があったので、ネルソン級戦艦は従来の斉射を行わないようにして、一門ずつの砲撃に限定することで運用が可能であると結論付けられた。まぁそれでも長期戦は不利なのだが。

 

 トラック泊地の『ネルソン』と『ロドニー』の両名は『大和』が居た世界線の『大戦』における『カンレキ』を有しており、二人はあえてこの改装を望んだ。

 

 そんな彼女たちの要望を受け、妖精達はどこから調達して来たのか、ライオン級戦艦の主砲に関する設計図を入手し、現物を開発した。その後『ネルソン』と『ロドニー』の艦体に搭載する為の改装が行われた。

 

 もちろん妖精達は搭載にあたっての反動時の負荷を考慮して、可能な限り徹底した改装を砲塔バーベットに施し、これにより少なくとも以前よりマシなレベルになっている。

 

 だが、いくら妖精達の技術力が高いと言っても、元々構造に問題を抱えている船体には限度があり、マシになったとは言えど、反動による大きな負荷がバーベットに掛かることに変わりはない。

 斉射自体は可能になったとは言えど、何度も撃てるものではないという。なので、基本的な運用は一門ずつの砲撃というのは彼女達の『カンレキ』にある時と変わらない。

 

 とは言っても、この改装で以前よりも射程が伸び、威力が向上している。現にパーパルディア皇国の皇軍艦隊をアウトレンジから一方的に砲撃が出来ている。

 

 その上、レーダーと連動し、光学照準器との併用による砲撃で、高い砲撃精度を得ており、『ネルソン』と『ロドニー』の二隻より放たれた砲弾はほぼ確実に皇軍艦隊に向かって着弾してその戦力を減らしていく。

 

 直撃しようものなら粉々に粉砕され、至近弾ですらその衝撃で転覆するか、最悪魔導砲に使う魔石が発火して大爆発を起こして轟沈している。

 

 皇軍からすれば悪夢のような状況が展開されている。

 

 

(……そろそろね)

 

 と、『ネルソン』は手にしている懐中時計の時刻を見て、視線を窓に移して海を見つめながら内心呟く。

 

 

 

 




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第七十七話 第二次フェン沖海戦 参

 

 

 

 

 新たな力を得た二隻のネルソン級戦艦より砲撃を受けている皇軍艦隊は、混乱に満ちていた。

 

「戦列艦『ビスタ』『ヴェルム』『アウドラ』ごうち……あぁ!! 『ゲルト』『ナバム』も轟沈!」

 

 水兵が次々と轟沈の報告を上げていくが、戦列艦が沈む方が早く報告が追い付いていなかった。

 

 その間にも『ロドニー』より放たれた砲弾三発が着弾し、着弾地点に居た戦列艦8隻が大爆発を起こし、粉々に粉砕される。

 

「ありえない! こんな現実……ありえるはずがない!」

「夢だ。夢に決まってる。こんな事が現実であるはずがないんだ……」

「もうダメだ……おしまいだぁ……」

「助けてくれ……助けてくれ……」

「こんなの、話が違うじゃねぇか!!」

「なんて化け物を相手にしたんだ、上層部のクソッタレッ!!」

 

 旗艦『ベレヌス』の船上では、あちこちで様々な感情が孕んだ声が上がり、呆然と立ち尽くす者、頭を抱えてうずくまる者、怒鳴り散らかす者と、阿鼻叫喚な光景が広がっている。

 

 そんな中で、バルトは水柱から落ちる海水を頭から被りながら、周囲を見渡す。

 

 密集隊形から散開したといっても、敵艦は戦列艦の魔導砲の射程外から砲撃し、砲弾が着弾する度に何隻もの味方艦が次々と沈められていく。

 

 彼らの常識からは考えられない非現実的な光景に、彼の心は折れかけていた。

 

(そうか。お前も……やつらにやられたのだな……シウス)

 

 心は折れかけていても、その思考は冷静であって、彼は一つの確信を得る。

 

 アルタラス王国の攻略へ向かったシウス率いる艦隊は……ロデニウス連邦共和国と戦い、一方的に攻撃されて滅ぼされた、と。

 

 そう考えれば、シウスが率いる艦隊がアルタラス島攻略に向かったきり、帰って来なかったことに納得のいく部分があり、バルトは確信を得た。こんな化け物を相手にすれば、艦隊が壊滅していたとしても、不思議ではない。

 

(このままでは……全滅を待つだけか)

 

 このまま進んでも、艦隊が全滅するのは目に見えている。空の援護も無い以上、戦局を変えることも、どうすることも出来ない。ただただ一方的に攻撃を受けて味方を犬死にさせるだけである。

 

(部下たちを犬死にさせるよりかはマシか。私の首で助かるのなら)

 

 そしてバルトは覚悟を決め、撤退指示を出そうと口を開こうとする。

 

 

 その瞬間、艦隊のあちこちから爆発音と共に水柱が上がる。しかしその規模は先ほどよりも小さい。

 

「っ!?」

 

 バルトは驚きのあまり、指示を出すのを忘れて周囲を見渡す。

 

「2時の方向に、新たな敵艦隊を発見!!」

 

 見張り台の見張り員の声が『ベレヌス』に響き、誰もが報告のあった方向を見る。

 

 そこには小さい点であったが、艦隊に接近している敵艦隊の姿があった。

 

 


 

 

 『ネルソン』と『ロドニー』と別行動を取った水雷戦隊は皇軍艦隊の側面を取るべく大きく迂回して接近していた。皇軍は『ネルソン』と『ロドニー』の二隻より砲撃を受けていたことで、周囲の警戒が疎かになっていた為、水雷戦隊の発見が遅れてしまった。

 そして艦隊は主砲の有効射程に入った所で、砲撃を開始した。

 

 

「……」

 

 重巡『ヤクモ』の艦橋にて、ブルーアイは双眼鏡を覗いて砲撃の様子を見ている。しかしその表情はどこか険しい。

 

 というのも、水雷戦隊の旗艦は『ヤクモ』であり、その指揮をブルーアイが取っている。『妙高』と『マインツ』、『フォックスハウンド』『時雨』らKAN-SENはその指揮下に入っている。 

 

 本来なら艦隊司令が指示を出すものなのだが、何事も経験だと『妙高』に言われて、指揮を執っている。

 

 初めての実戦で艦隊指揮を執っているのもあるが、何より別の理由で表情を険しくしている。

 

「砲術長! 狙いが逸れているぞ! 訓練を思い出して、落ち着いて狙いを付けろ!」

 

 ブルーアイは無線機のレシーバーを手にして砲術長に発破をかける。

 

 先ほどから『ヤクモ』の砲撃が敵艦に命中しておらず、夾叉どころか至近弾すら出ていない。他に『ウネビ』と『イズミ』も命中率はイマイチである。

 その一方で『妙高』と『マインツ』『時雨』『フォックスハウンド』は命中弾を出している。

 

 ちなみに各艦それぞれ砲弾に特殊塗料を仕込んでおり、それぞれ色が異なるので舞い上がった水柱の色でどの艦による砲撃かが分かるようになっている。

 『ヤクモ』の場合は赤い色をしている。

 

 一応『ヤクモ』の砲術長は実戦を経験しているが、それでも訓練と実戦とでは空気が違い過ぎるのだろう。砲術長がいつもの調子が出ないのも仕方ない。

 

 発破を掛けられた砲術長は各砲塔の狙いを慎重に定め、狙いを付けた直後に二門ある内の二番砲が咆える。

 

 放たれた砲弾は弧を描いて飛翔し、皇軍艦隊の内側へ着弾する。先ほどと比べて敵艦の至近距離に着弾している。

 

「よし。そのまま落ち着いて、狙いを付けろ!」

 

 ブルーアイは更に鼓舞を掛け、戦局を見守る。

 

 

 一方、『マインツ』は敵艦に狙いを定め、主砲の砲口より轟音と共に砲弾が放たれる。

 

 放たれた砲弾は弧を描き、敵艦の側面に直撃して貫通し、艦内で爆発して積載している魔石に引火し、大爆発を起こす。

 

「凄いな」

 

 ラッサンは艦橋の防空指揮所にて、備え付けの大型双眼鏡を覗き込み、砲撃の様子を見ていた。

 

 先ほどから『マインツ』は至近弾から夾叉、直撃かのどちらかしか出しておらず、その命中精度に彼は驚かされていた。

 

 いくらムーの統合海軍で随一の腕を持つ砲術長でも、ここまで正確に狙いを付けることは出来ない。

 

 彼女と艦体を操る妖精達の練度もあるだろうが、何より装備の差が大きい。

 

「レーダーとの連動、そして光学照準器の併用で、ここまでの精度を叩き出しているのだ」

 

 と、防空指揮所に『マインツ』がやってきながら、ラッサンに説明を入れる。

 

「いくつもの機構を併用しての砲撃ですか。話には聞いていましたが、ここまで精度が高いとは」

「もちろん、これほどの精度を出すなら、それ相応の設備と、扱う者の練度が必要になってくるが」

「まぁそうでしょうね」

 

 『マインツ』より話を聞き、ラッサンはため息を付く。

 

 仮にラ・カサミ級戦艦にもそれらの装備を施し、実力のある砲術長が居たとしても、同じ結果になるとは思えない。この辺りは船体や兵装の設計思想が大きく絡んでくるので、こればかりはどうすることも出来ない。

 

(こりゃ軍艦そのものも変えないとならなさそうだな。大変になりそうだな、マイラス)

 

 彼は友人の苦労を思い、内心呟く。

 

 

 すると防空指揮所に備え付けられている電話のベルが鳴り、『マインツ』は受話器を取る。

 

「私だ……分かった」

 

 彼女は電話の内容を確認した後、受話器を一旦戻してから再度取り、別の部署へと電話を繋げる。

 

「右舷雷撃戦用意。目標敵戦列艦」

 

 そう指示を出してから受話器を戻し、ラッサンを見る。

 

「ラッサン殿。お待ちかねの雷撃戦だ。しっかり見ておいてくれ」

「っ! はい! しっかり見させてもらいます」

 

 ラッサンは頷くと、艦体の後ろが見れる場所へと移動する。

 

 『マインツ』には4門の魚雷発射管が片舷に2基8門の計16門搭載されており、その片舷にある魚雷発射管が正面から右方向へとゆっくりと旋回し、皇軍艦隊に狙いを定める。

 

 魚雷は既に装填されており、今は発射の為に空気を溜めつつ圧縮している。

 

 各艦は砲撃しつつ、魚雷の有効射程まで接近していく。

 

 

 すると『妙高』と後方に居る『時雨』より魚雷が一本ずつ順番に放たれ、皇軍艦隊へ向かって航走する。

 

「もう魚雷を?」

「あの二隻は射程の長い酸素魚雷を使っている。それに彼女達の練度ならここからでも当てられる」

「そうなのですか」

 

 ラッサンは息を呑むと、望遠鏡で『妙高』が放った魚雷を確認しようとする。

 

「話に聞いていましたが、本当に航跡が見えないんですね」

「うむ。それで射程が長く、威力もあるからな。細心の注意を払わなければ、魚雷を見つけるのは難しいな」

「そうですよね」

 

 ラッサンは海面を望遠鏡で確認しているものも、航跡はおろか、魚雷自体自体を見つけられなかった。

 

(本当に見えないんだな。これに狙われたら、気付いた時にはズドン、か)

 

 航跡の見えない酸素魚雷に、ラッサンは息を呑む。

 

 航跡が見えない以上、魚雷を目視で見つけなければならないが、そもそも魚雷の色が海に溶け込んでいる以上、見つけるのは困難である。仮に見つけたとしても、もうその時になったら遅く、直撃寸前なのだ。

 

 特に夜にやられたら、防ぎようも、避けようも無い。

 

 

「間もなく有効射程距離です!」

 

 と、妖精から報告が入り、『マインツ』は頷く。

 

 やがて『ヤクモ』が右舷にある二基の四連装魚雷発射管より魚雷を一本ずつ発射し始める。

 

「Feuer!!」

 

 そして『マインツ』の号令と共に、艦体右舷に二基ある四連装魚雷発射管より魚雷が一本ずつ飛び出し、計八本の魚雷が放たれた。

 

 遅れて『ウネビ』と『イズミ』、『フォックスハウンド』も魚雷を放つ。

 

 放たれた数十本の魚雷は航跡を引き、皇軍艦隊に向かって航走する。

 

 

 


 

 

 

 水雷戦隊より魚雷が放たれる数十分前。

 

 

「何ということだ」

 

 砲撃を受ける中、バルトは額に冷や汗を掻きながら新たに現れた艦隊を見つめる。

 

 新たに現れた艦隊は前方の軍艦と比べると比較的小さい方だが、戦列艦と比べれば大きい。そしてその大砲の威力と射程も戦列艦の魔導砲を上回っている。

 

 二方向からの攻撃。それもムーの軍艦でだ。どう考えたって勝ち目など無い。彼はそう認識せざるを得ない。

 

「ここまでか」

 

 と、バルトがボソッと呟くと、周りに居る参謀達が一斉に彼を見る。

 

「全艦に通達。180度回頭。現海域を離脱する。上陸部隊にも伝達」

「て、撤退なさるおつもりですか!?」

 

 バルトの指示に、参謀の一人が声を上げる。

 

「勝敗は決した。これ以上無理に進んで無駄な犠牲を出すわけにはいかない」

「し、しかし! ここで何もせずに撤退をすれば、我々は皇軍の恥です! それに将軍の御身も――――」

「では、この状況でどう勝てるというのだ? 遠慮はいらん、言ってみろ」

 

 参謀の言葉を遮ってバルトが問い掛けるも、参謀は答えられなかった。いや、答えられるはずもない。

 

「答えられるはずもあるまいな」とバルトは参謀を冷めた目で見つめながら呟く。

 

「上空支援が無く四方から砲撃を受けている中を進んでも、全滅するだけだ。そんな分かり切ったことも理解できんのか」

「し、しかし、我が艦隊も大砲の有効射程距離まで接近すれば!」

「勝てるというのか? これだけの性能差があるというのにか?」

「か、数ではこちらの方が上です! 近付きさえすれば―――」

 

 と、バルトは懐よりフリントロック銃を取り出すと、参謀に向ける。

 

「それ以上口を開くなら、この場で処刑するぞ」

「しょ、将軍……」

「お前が無能だというのが、よく分かったよ」

「……」

 

 参謀が項垂れる中、バルトは周囲を見渡す。

 

「私の首で艦隊が残るのなら、安いものだ」

「しょ、将軍……!」

「それに、これは敗北したことによる撤退ではない。反撃の機会を窺うための戦略的転進だ」

 

 まるで自分にも言い聞かせるように周りに説明しながら、彼は銃を懐に仕舞う。

 

「直ちに転進だ。上陸部隊にもそう伝えよ」

「ハッ!」

 

 バルトの指示を聞き、水兵の一人が魔導通信機の元へと向かう。その他の水兵達も各々の役目を果たさんと動き出す。

 

(上層部は……恐らくこの戦闘の結果を受け入れはしないだろうな)

 

 周囲が慌ただしく動く中、バルトは内心諦めた様子で呟く。

 

 プライドの高い皇国の人間が、敗北したという事実を受け入れるとは思えない。それが格下の文明圏外の国に負けたとならば尚更だ。

 

 そして自分はその責任を負わされて更迭されるか、最悪処刑されるだろう。

 

(いや、今は艦隊を無事に返すことが私に出来る事だ。私の処分はその後で考えればいい)

 

 彼は頭を振るって気持ちを切り替え、今をどうにかしようと考えを巡らせる。

 

(そういえば……)

 

 ふと、バルトはあることに気付き、周囲を見渡す。

 

 先ほどまで降り注いでいた砲弾の雨が、ぴたりと止んでいる。

 

(なぜ砲撃をやめた? わざわざ止める理由など無いはず。弾切れか?)

 

 砲撃が止んでいる状況に、バルトは怪訝な表情を浮かべている。

 

(いや、仮に弾切れならば、転進しやすい。この状況を利用させてもらうだけだ)

 

 彼はあくまでも仮の想定をして、周囲を見渡す。

 

 

 

 すると突然戦列艦二隻が爆発を起こして轟沈する。

 

『っ!?』

 

 突然のことに誰もが驚愕する。

 

 と、同時に更に二隻が大爆発を起こして轟沈する。

 

「い、一体なにが――――」

 

 バルトは思わず声を上げるが、最後まで彼が言う事は出来なかった。

 

 その瞬間、彼が座乗している『ベレヌス』もまた大爆発を起こし、バルトは状況を理解することなく、爆発に巻き込まれてこの世から消え去ってしまう。

 

 

 一足先に『妙高』と『時雨』より放たれた酸素魚雷が艦隊に辿り着き、放たれた12本の内、8本の酸素魚雷が戦列艦に命中し、その威力を発揮して轟沈させた。

 砲撃が止んでいたのは、魚雷が艦隊に到着するので、魚雷を破壊しない為である。

 

 

 突然旗艦を含めて戦列艦が八隻も轟沈し、他の船は動揺し、そして旗艦喪失は指揮系統が崩壊したことを意味している。当然残存艦艇の動きは滅茶苦茶になってしまっていた。

 

 そこへ更に他の艦艇とKAN-SEN達が放った魚雷が白い航跡を引きながら艦隊へ殺到する。

 

 戦列艦の艦長達は白い航跡を引きながら接近してくる多くの魚雷に各々の反応を見せ、経験豊富な艦長はすぐに回避行動を指示し、経験の浅い艦長は間抜けな表情を浮かべて呆然と見つめていた。

 

 殺到してきた魚雷の群れは予想された敵艦の航路に向かっていき、そして戦列艦の喫水線下の舷側に命中し、水柱と共に戦列艦は満載の魔石が爆発して木っ端みじんとなり、轟沈する。

 それが至る所で発生して、次々と戦列艦が轟沈していく。

 

 魚雷の命中が確認された後、『ネルソン』と『ロドニー』、水雷戦隊の砲撃が再開されて、艦隊は前進するか、転進するかのどちらかの行動を取るものの、時既に遅し。戦列艦は再び砲撃の雨霰に晒され、その数を減らしていく。

 

 そして観測機によって残存艦艇を確認し、残りにも攻撃を仕掛ける。

 

 ここで降伏していれば生き残ることが出来ただろうが、彼らは混乱のあまり降伏しようとする考えが浮かばず、ただ前進するか逃げようとするかしか考えられなかった。

 

 その結果、僅かに生き残った者達は誰一人生き残ることが出来ず、結果120隻も居た艦隊は一方的に攻撃され、反撃する機会なく全滅した。

 

 

 


 

 

 

「敵艦隊の壊滅を確認。残りは上陸部隊だけです!」

「そうか」

 

 『ヒョウリュウ』の艦橋にて、索敵機からの報告を聞いたシャークンは頷く。

 

 彼からすれば皇軍最強の戦列艦が、手も足も出せずに一方的に攻撃されて、艦隊は壊滅した。その事実はそれまで皇国に勝てるとは思っていなかった者達からすれば、喜びを隠せないでいた。

 

「しかし、もう後は上陸部隊だけですな。いくらパーパルディア皇国とは言えど、勝ち目は―――」

「相手は腐っても列強だ。何をしてくるか分からないぞ」

 

 参謀が楽観的な事を口にすると、シャークンはその参謀に釘を刺す。

 

「それに、教官は常に言っていたではないか。『最後まで慢心と油断は禁物』だと」

「は、ハッ! 申し訳ありません」

 

 彼の言葉に、参謀は頭を下げて謝罪する。

 

「旗艦『ネルソン』より入電!『攻撃隊を発艦。敵上陸部隊に対して攻撃開始せよ』とのことです!」

「うむ」

 

 シャークンは頷き、制帽を被り直して気持ちを切り替えると、「攻撃隊、発艦始め!」と号令を掛ける。

 

 号令が発せられると、『ヒョウリュウ』『エンリュウ』より烈風改と流星改二が次々と発艦していく。同時に『アーク・ロイヤル』からF8F ベアキャットとA-1 スカイレイダーが発艦していく。

 

(これで終われば、良いのだが)

 

 シャークンは防空指揮所へと出て、発艦していく艦載機を見つめながら内心呟く。

 

(だが、あの皇国がただで終わるとは思えない……)

 

 相手は腐っても第三文明圏の列強国。残っている戦力で反撃できるとは思えないが、それでも何もして来ないとは思えない。

 

(嫌な予感がする……)

 

 彼はモヤモヤとする感覚を覚え、冷や汗が額から流れ落ちる。

 

 

 




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第七十八話 第二次フェン沖海戦 肆

 

 

 

 パーパルディア皇国 揚陸船団

 

 

 

「……」

 

 上陸部隊の指揮官として任を担っているベルトランは、目の前に広がる光景に呆然と立ち尽くしていた。

 

 彼の視界いっぱいに、味方の揚陸艦が沈められて、あちこちから火の手と煙が上がっている。

 

(なぜ……なぜこうなったんだ……)

 

 ベルトランは眼前に広がる絶望的な光景を目の当たりにしながら、内心呟く。

 

 

 

 全ての始まりは後方に居る竜母艦隊が壊滅した報告からだった。

 

 前衛艦隊と揚陸船団に気付かれることなく、一番後ろに居た竜母艦隊が攻撃を受けた事実は、彼らに衝撃を与えた。

 

 そもそも魔導探知機に捉えられることなく艦隊に接近で来た事実が、彼らにとって不可解であった。ワイバーンが接近しているのなら、魔導探知機がワイバーンの魔力を捉えているのだから。

 だが、結果は竜母艦隊が攻撃を受け、壊滅している。

 

 信じたくなかったが、いくら通信を送っても竜母艦隊からの返事は無い。それは艦隊が壊滅したという事実に他ならない。

 

 更に前衛艦隊が攻撃を受けて、詳細を聞こうとしたものも、向こうは詳細を話せるような状況ではないようで、怒声が返って来るばかり。

 

 そして詳細を聞くことなく、前衛艦隊も通信が途絶え、いくら通信を送っても返事は返って来ない。

 

 誰もが信じられなかった、いや、信じたく無かったという方が正しいか。

 

 言ってしまえば、揚陸船団は最新鋭の竜母を伴う竜母艦隊と、最新鋭の戦列艦を伴う前衛艦隊のどちら共を壊滅させるような未知の敵がいる海域に孤立してしまったのだ。

 

 半ば現実逃避なものだが、そんな絶望的な状況に放り込まれたことを理解したくなかった。

 

 

 そんな中で、揚陸船団は『アーク・ロイヤル』『ヒョウリュウ』『エンリュウ』より飛び立った攻撃隊の攻撃を受ける。

 

 流星改二とA-1 スカイレイダーの急降下爆撃による先制攻撃。続いて戦爆の烈風改とF8F ベアキャットによるロケット弾の掃射。更に旋回してからの機銃掃射である。

 

 艦爆より放たれた爆弾は揚陸艦を兵士と地竜と呼ばれるリントヴルム諸共粉砕し、轟沈させる。直撃しなくても、至近弾で揚陸艦は側面を破壊され、破損個所から海水が流れ込んで沈んでいく。当然牽引式魔導砲や携帯式魔導砲、更にリントヴルムという重い物を運んでいるので、浸水速度は早く浸水被害に対処するまでも無く沈んでいった。

 

 戦爆より放たれたロケット弾は揚陸艦に着弾して炸裂し、船体を大きく抉る。船の上部に着弾すれば兵士やリントヴルムの被害はあれど、船は沈まないだろうが、オープントップな揚陸艦の上から内部に入り込み、床に着弾すれば、大きな穴が開くのは想像に難くない。ただでさえ重い地竜が重しになり、一気に海水が入り込んで揚陸艦は沈むことになる。

 

 そして機銃掃射となれば、彼らに防ぐ術は無い。ただでさえ烈風改は威力のあるHE(M)(薄殻榴弾)を使用している。ただの木製の揚陸艦となれば、HE(M)(薄殻榴弾)の着弾個所に大きな穴が開くので、そこから浸水する。一箇所なら兵士達が何とかすれば穴を塞げるかもしれないが、二列以上に複数の穴が開く以上、対処のしようがない。

 そうでなくたって、F8F ベアキャットは20mmの機関砲を有しており、弾薬がHE(M)(薄殻榴弾)でなくても威力自体はあるので、木造の揚陸艦に損害を与えることは出来る。

 

 更に爆弾の投下を終えた流星改二とA-1 スカイレイダーが翼内に搭載した20mm機関砲に加え、流星改二は後部機銃を用いて機銃掃射を行うのだ。

 

 彼らからすれば悪夢でしかない。

 

 無論彼らもただやられてばかりでは無い。無事である兵士達はマスケット銃を手にして攻撃隊に向けて発砲するが、最低でも500km/hの速度で飛ぶ航空機に命中率が低いヘロヘロ弾道の弾が当たるはずも無いし、仮に当たったとしても防弾が施された機体にまずダメージを与えることは出来ない。奇跡的にエンジン部に当たっても、異常を発生させるようなダメージは与えられない。

 

 彼らが勇敢に立ち向かったとしても、その反撃は徒労に終わる結果でしかないのだ。

 

 

 

 そして攻撃隊は弾薬の補給の為後退し、揚陸部隊はようやく猛攻から解放された。

 

 だが、彼らの受けたダメージは甚大であった。

 

 揚陸艦の半数以上が沈められ、死傷者は多数出ており、虎の子のリントヴルムも機銃掃射によって揚陸艦の中で息絶えている。そして揚陸部隊が連れて来たリントヴルムは全滅してしまった。

 だが、そのリントヴルムのお陰で弾が船底に到達しなかったので、船底に孔を開けられずに済んで沈まずにいられている有様だ。

 

 しかし、もはや部隊として機能できるかどうかも怪しいレベルの損害であった。

 

(どうする……どうすればいい……)

 

 ベルトランは頭を抱えてこの状況をどうにか打開できないか思案する。

 

 だが、どう考えてもこんな絶望的な状況を打開できるような策なんて浮かび上がるはずもない。ましても竜母艦隊と前衛艦隊が壊滅したとなれば、考えるだけ無駄と言える。

 

 そんな中、彼の脳裏にとある選択肢が浮かび上がる。

 

 

『降伏』と言う選択肢が……

 

 

(いや、駄目だ。それだけは。それだけは……!)

 

 彼は思わず首を振るって、『降伏』の選択肢を振り払う。

 

 皇帝陛下の関心が高い今回の戦いで敗北、ましても戦う前に降伏でもしようものなら、一族がどんな目に遭うか分からない。

 

 彼らには戦う以外に、選択肢は無いのだ。

 

 

「べ、ベルトラン様!!」

 

 すると揚陸艦の高台に居る兵士が大きな声を上げる。

 

「前方に艦影! で、デカい!?」

「っ!」

 

 怯えた様子で報告する兵士にベルトランは単眼鏡を伸ばして兵士が指差す方向を見る。

 

「っ!? あれは……」

 

 単眼鏡が見せた遠い景色に、彼は目を見開いて驚愕する。

 

 そこには島を思わせるほどの巨大な船が二隻、こちらに向かっていた。

 

「何て大きさだ……」

 

 残存している揚陸部隊に近づいて来る二隻の戦艦に、彼は声を震わせる。

 

「まるでムーの『ラ・カサミ』じゃないか。まさか、前衛艦隊は、あの二隻に……」

 

 そしてその船がムーの戦艦みたいな構造をしているのに気付き、彼は全てを察した。

 

 前衛艦隊はあの戦艦に、そして後方の竜母艦隊は先ほどの飛行機械にやられたのだと。

 

「更に左右後方にも敵艦隊!!」

 

 兵士の更なる報告に彼はとっさに左右と後方を見渡す。

 

 前方に居る戦艦二隻と比べて小さいように見えるが、それでも皇軍の戦列艦よりも大きな船体を持っている。

 

 前衛艦隊を壊滅させた艦隊は揚陸艦隊を囲うように展開し、前方に『ネルソン』と『ロドニー』が陣取り、側面に『ヤクモ』率いる水雷戦隊。更に揚陸船団の後方に大きく迂回した『名月』率いる別動隊が展開し、揚陸船団を包囲している。

 

「ベルトラン様! 我が部隊は敵艦隊に包囲されています!」

「……」

 

 と、ベルトランの傍にいたヨウシが状況を彼に伝える。

 

 艦隊による包囲。それが何を意味しているかを彼は瞬時に理解する。

 

(このままでは……)

「ベルトラン様! 早急に降伏してください! 敵艦隊からの攻撃が来る前に!」

「何!?」

 

 ベルトランが息を呑むと、ヨウシが降伏を進言し、彼は驚いて思わず声を上げる。

 

「貴様! 皇国軍人であろう者が降伏だと!? 自分が何を言っているのか分かっているのか! 腰抜けが!」

 

 と、ヨウシの進言に怒りを露にした参謀が声を荒げると、彼はキッ! と睨みつける。

 

「腰抜けで十分だ! こんな状況でどうしろっていうんだ! どうにか出来る策があるっていうなら言ってみろ! 無能が!」

「何だと!?」

「よさぬか!」

 

 参謀がヨウシの胸ぐらを掴むが、ベルトランが二人を離す。

 

「この状況で言い争っている場合か! 貴様もそのくらい分かるはずだ!」

「……」

 

 ベルトランに一喝され、参謀は黙り込む。

 

「話を続けろ」

「ハッ! 既に我が隊は上空支援の竜母艦隊とワイバーンロードと護衛及び支援砲撃の砲艦を失いました。陸上ならともかく、海上では我々に成す術はありません!」

「……」

 

 ヨウシの言葉に、ベルトランは何も言わず、辺りを見渡す。

 

 半分以上の揚陸艦を沈められ、部隊は半数以上を失った。その上海上となれば、上陸部隊に出来ることは無いに等しい。一応牽引式魔導砲や携帯式魔導砲による砲撃が揚陸艦でも出来ることは出来るが、戦列艦に搭載されている魔導砲と比べて射程は短いし、数だって少ない。

 

 それに比べて、敵艦隊は損失した戦力は無いように見えるし、その上飛行機械だってあるのだ。

 

 どう考えても彼らに勝ち目は無い。普通ならば降伏するべきなのだが、やはり皇国軍人としてのプライドがあってか、中々決心に至らない。

 

「だが、降伏したところで、敵が受け入れるかどうか」

「このままでは、いずれにせよ全員死にます! 諦めて死を待つより、僅かでも生き残る道を探るべきです!」

「……」

 

 ヨウシの言葉に、ベルトランは改めて周囲を見渡して、自分の答えを待っている将兵達を見る。

 

「……分かった。降伏しよう。降伏の合図を送れ! それと同時に武器を全て投棄しろ!」

 

 ベルトランは決心して周囲に向けて指示を出すと、兵士の一人が隊旗を逆さまに付け替えて左旋回に振り始める。

 

 これは第三文明圏における降伏の合図である。

 

 それと同時に兵士達は自分達が持っているマスケット銃や銃剣を海に捨て始め、他に魔導砲も次々に投棄する。

 

 指示は他の揚陸艦にも伝えられ、各艦でも武器の投棄が始まる。

 

 

 


 

 

 

 所変わり、戦艦『ネルソン』

 

 前衛艦隊を全滅させた二隻の戦艦は生き残った揚陸船団に止めを刺すべく、前進していた。

 

『間もなく、有効射程圏内です』

 

 レーダー室よりスピーカー越しに報告が入り、ネルソンは頷く。

 

「取り舵10。砲撃用意」

 

 彼女の指示で艦体はゆっくりと左へ浅く針路を変え、艦前部に集中している主砲三基が揚陸船団へと向く。

 

 同時に『ネルソン』の後ろに居る『ロドニー』も彼女に続き、主砲を揚陸船団へと向ける。

 

『照準良し! 主砲発射準備良し!』

 

 そして砲術長より発射準備完了の報告が入り、『ネルソン』は息を吸う。

 

「撃―――」

『敵船団に動きあり! 旗を振っています!』

 

 彼女が砲撃の号令を掛けようとした瞬間、監視員からの報告が入って号令を中断する。

 

「旗?」 

 

 怪訝な表情を浮かべつつ、彼女は目を細めて船団を見る。

 

 望遠鏡を覗いたように彼女の視界は拡大されていき、敵揚陸船団を捉える。

 

 半ば壊滅状態の揚陸船団の中の一隻の揚陸艦より、旗が振られている。

 

「何をやっているの……」

『降伏の合図、でしょうか?』

「降伏ね……」

 

 『ロドニー』の言葉に、『ネルソン』は声を漏らす。

 

 本来なら分かりやすく白旗を振ってくれればすぐに判別が付くのだが、軍旗のような旗を振っているだけでは、それが降伏の合図とは考えづらい。そもそも彼女達は第三文明圏の降伏の合図を知らないのだ。

 

(旗が逆さまのようにも見えるけど……降伏かどうかは……)

 

 『ネルソン』は内心呟き、本当に降伏をする為の合図なのか決めかねていた。

 

(こういう時……あいつ(紀伊)はどうするつもりなのかしら)

 

 ふと『紀伊』のことが思い浮かんでパッと考えてしまい、彼女はハッとして首を振るう。

 

(い、今はあいつのことは関係無いじゃない! 居ないやつのことなんて考えたってどうしようも無いわよ!)

 

 何やら慌てた様子で内心言葉を並べていくが、その顔は彼女が着ている赤いコートのよう赤くなっている。

 

 尚その様子を『ロドニー』にばっちりと見られてしまい、その表情はニヤニヤとしていた。

 

 思考が乱れているのもあって、中々敵の行動に判別が付かない中、『ネルソン』が見ている中で更に船団に動きがあった。

 

『敵が武器を海に投棄しています! 銃と剣を含め、大砲も投棄しているようです!』

 

 監視員もまたその動きを捉えて『ネルソン』に報告し、彼女もそれを見て確認している。

 

『どうやら、あの逆さまの旗を振るう行為は降伏の意思がある、ということみたいですね』

「そのようね」

 

 さっきまでの慌てようはどこへやら。『ネルソン』は一考してすぐに指示を出す。

 

「各艦は周囲を警戒。『ヤクモ』と『フォックスハウンド』は船団に接触して話を聞いてきて頂戴。本当に降伏するのなら、彼らを誘導する必要があるわ」

『了解!』

 

 彼女の指示に、各々が行動を起こし、『ヤクモ』と『フォックスハウンド』が隊列を離れて揚陸船団へ向かう。

 

「……」

 

 その様子を眺めながら、『ネルソン』は腕を組んで状況の推移を見守る。

 

 


 

 

「……」

 

 ベルトランは冷や汗を掻き、息を呑んで向こうの出方を見守る。周囲でも参謀や兵士達も黙ってただその時を待っている。

 

 自分達が包囲されているという絶望的な状況に変わりはない。ここから攻撃されれば、一瞬で船団は全滅するだろう。

 

 降伏の意思は見せた。後は向こう次第である。

 

「ロデニウスは……果たして受け入れてくれるのでしょうか?」

「分からん。武器の投棄までして降伏の意思を見せたのだ。後は向こう次第だ」

「……」

 

 不安な表情を浮かべる部下にそう言って、彼はロデニウスの軍艦を見つめる。

 

 

「……攻撃は、無いですね」

「……」

 

 しばらく待っていても、ロデニウス側からの攻撃は無い。

 

「っ! 6時の方向の敵艦隊から船が二隻離れてこちらに向かってきます!」

 

 監視員の報告で誰もが報告にあった方向を見ると、艦隊から二隻の軍艦が離れてこちらに向かって接近している。

 

「……どうやら、降伏を受け入れてくれるそうだな」

「えぇ。ですが―――」

「あぁ。まだ安心はできない」

 

 ベルトランは安堵の息を吐くが、ヨウシの言葉に気を引き締める。

 

 降伏した後、捕虜として身柄を拘束された後に何も無いとは言い切れない。捕虜に対して暴行なんて皇軍ではよく聞く話だから。

 

「皆の者。武器は全て捨てているな? 例え家宝ともいえる短剣であっても捨てるのだぞ。武器を持っていれば反抗の意思があるとみなされかねない」

 

 彼が辺りを見回して確認すると、一部の兵士が戸惑った様子を見せる。

 

「気持ちは分かるが、ここでロデニウスの機嫌を損ねるわけにはいかない。わざわざ助かる命を捨てるような真似をするな」

 

 と、彼は腰から家宝の豪華な意匠が施された短剣を鞘ごと抜き、海に放り投げた。

 

 その行為に戸惑っていた者達は驚くが、自分達もまたベルトラン同様に捨てるのに躊躇っていた家宝の短剣を手にして、海に捨てる。

 

 

 やがて船団に接近していた軍艦の姿を、ベルトラン達は捉える。

 

「大きいな」

 

 単眼鏡を覗き込むベルトランは、拡大された視界に映る軍艦こと『ヤクモ』と『フォックスハウンド』を見て声を漏らす。

 

 前に居る『ヤクモ』もそうだが、後ろに居る『フォックスハウンド』ですら皇軍の戦列艦や竜母よりも大きいのだから。そうなれば前方に居る『ネルソン』と『ロドニー』は更に大きいのは言うまでもない。

 

「これほどの船を……蛮族……いや、ロデニウスはどうやってムーより軍艦を手に入れたのでしょうか?」

「いや、ムーでもこれほどの軍艦は無いだろう。前に居る軍艦はムーの『ラ・カサミ』よりも大きいし、作りが違う」

「まさか。文明圏外の国でこれほどの物を作れるはずが」

「私も信じ難いが、目の前に現物がある以上信じるしかあるまい。そして前衛艦隊と竜母艦隊が壊滅した現実も含めればな」

「……」

 

 ベルトランは『ヤクモ』を見てロデニウスの軍艦がムーの物ではないと察する。部下の何人かは信じられないと驚いていたものも、『ヤクモ』や他の軍艦、そして前衛艦隊と竜母艦隊の壊滅という現実に認めざるを得ない。

 

「そしてさっきの飛行機械もロデニウスの物だろう。ロデニウスは、ムーに匹敵、いや、それ以上の国であるのは、間違いない」

『……』

 

 彼の言葉に全員が暗い表情を浮かべる。

 

 そうこう話している内に、軍艦二隻はその姿をある程度確認出来るまで船団の近くに近づいている。

 

「さぁ、行くとするか。最後まで皇国軍人らしく、胸を張って行こうじゃないか」

『ハッ!』

 

 ベルトランは帽子を被り直し、周りにそう言うと部下達は姿勢を正して一斉に返事をする。

 

(あとはちゃんと私が説明して部下達の安全を確保しなければ)

 

 彼は深呼吸をして目を瞑り、気持ちを落ち着かせる。

 

 交渉次第では、自分達の扱いが変わって来るはずである。ならば慎重に事を運ばなければ、どうなるかは目に見えている。

 

 

 

 ―ッ!!

 

 

 

 すると突然炸裂音が響き渡る。

 

「っ!?」

 

 その聞き慣れている炸裂音に、彼は顔面蒼白になって目を見開く。

 

 すると『ヤクモ』の近くで水柱が上がる。

 

「今のは……」

 

 あってはならないことが起きて彼は声を震わせると、更に炸裂音が起こる。

 

 音がした方を見ると、他の揚陸艦から魔導砲による発砲煙が出ていた。そして更に『ヤクモ』の周囲にいくつもの水柱が上がる。

 

「っ! 馬鹿者!! 何をやっている!? やめろぉっ!! やめろと言っている!!」

 

 ベルトランはあらん限りに大声を上げて砲撃を止めさせようとするが、砲撃は止むどころかどんどんその数を増やしている。

 

「すぐに魔導通信でやめさせろ!!」

 

 彼はすぐに指示を出し、砲撃を止めさせようとする。

 

 

 ベルトランは降伏の決意を固めて、覚悟を決めていたが、当然部隊の中には降伏の判断に不服な者も居た。蛮族に降伏したくないという皇国至高主義者特有のプライドの高さもあるが、それはプライドの高さから降伏する判断が不服というわけではなく、捕虜になった後の恐れがあったからだ。

 

 これまで自分達がやって来た事の自覚があるからこそ、降伏した後捕虜になっても、拷問の毎日があり、どの道殺されるだけだと、そう考えているのだ。実際自分達も同じことをして来たのだから。

 

 ならばどうせ殺されるくらいなら、敵に一矢報いて死んだ方がマシだと、そう考えてベルトランの指示を無視して牽引式魔導砲を投棄せずに砲撃出来るように、密かに準備をしていた。

 

 そして『ヤクモ』と『フォックスハウンド』が射程に入った瞬間、砲撃を開始したのだ。魔導通信機よりベルトランから砲撃中止の指示が来ても、彼らは無視して砲撃を続けた。

 

 

 

 そして砲撃を受けている『ヤクモ』では混乱が広がっていた。

 

「て、敵船団が砲撃を!?」

「っ!?」

 

 艦橋では轟音が響き、窓に舞い上げられた水柱より海水が被る中、ブルーアイが驚愕の表情を浮かべる。

 

「馬鹿な!? 降伏の意思を見せておきながら、攻撃して来たのか!?」

「奴ら、最初から騙し討ちをする為に降伏するふりをしていたんだ!」

「なんて卑怯な!!」

 

 艦橋要員達が騙し討ちをしてきた皇軍に怒りを露にして各々声を上げる。

 

「艦長!」

「分かっている! 右回頭120度! 左舷k―――」

 

 ブルーアイはすぐに反撃を命令するが、直後に『ヤクモ』全体が衝撃で揺れる。

 

「っ!? 今のは!?」

『右舷機関砲群に直撃弾! 負傷者多数!!』

「なっ!?」

 

 すぐさま衝撃の原因が報告され、ブルーアイが艦橋の窓に駈け寄ると、右舷の機関砲群から黒煙が上がっている。

 

 

『「名月」君! 「ヤクモ」が!』

「っ!」

 

 『春月』の言葉に『名月』は『ヤクモ』を見ると、黒煙を上げている『ヤクモ』を見つける。更に『フォックスハウンド』の周囲に水柱が上がる。

 

『敵は降伏したんじゃないの!?』

『最初から騙し討ちをする為に……』

 

 『涼月』と『宵月』が戸惑う中、『名月』は歯軋りを立てて犬歯を抜き出しにする。

 

「すぐに『ヤクモ』と『フォックスハウンド』の離脱の援護だ! 行くぞ!」

『了解!』

 

 『名月』達はすぐに『ヤクモ』と『フォックスハウンド』の離脱を掩護する為に揚陸船団へ向かう。

 

 

 

「ぎゃぁぁぁぁっ!!」

「いでぇ、いでぇよぉぉ……」

「ゴフッ」

「うぁ……」

 

 砲弾が直撃した場所は血の海と化して負傷者が呻き声を上げており、地獄絵図の阿鼻叫喚となっていた。

 

「くそっ! 衛生兵!! 衛生兵!!」

「おい! しっかりしろ!!」

「大丈夫だ! 傷は浅いぞ!」

 

 無事な機関砲要員達が負傷者達を移動させてたり、衛生兵達が来るまで応急処置をしたり、死なないように負傷者の気を持たせたりしている。

 

「班長……死にたく、死にたくないよぉ」

「大丈夫だ。すぐに良くなる! しっかり気を保て!」

 

 手足が千切れ飛んで腹が抉れている機関砲要員に、班長が声を掛けて気を保たせている。

 

「畜生!! あのクソ野郎共がぁ!!」

 

 負傷者を運んだ機関砲要員が憎しみが籠った眼で皇軍の揚陸船団を睨みつける。

 

 

『右舷二番、四番機関砲損傷! 死傷者多数!』

 

 艦橋に報告が入り、ブルーアイはギリッと歯軋りを立てる。

 

「右回頭120度! 最大船速で離脱! 左舷機銃、機関砲、高角砲は応戦せよ!!」

 

 彼はすぐに指示を出し、左舷にある零式機銃、九四式四〇ミリ機関砲、長10cm連装高角砲が皇軍の揚陸船団に向けられ、一斉に火を噴く。

 

 遅れて『フォックスハウンド』も主砲と機銃、機関砲を揚陸船団に向けて発砲を開始する。

 

 砲弾と銃弾の雨が揚陸船団に襲い掛かり、装甲なんて無いに等しい揚陸艦は銃弾が貫通して兵士たちを粉砕し、砲弾は直撃して炸裂し、船を粉砕する。

 残った揚陸艦は負けじと牽引式魔導砲を放って反撃する。

 

 

 

『敵揚陸船団が攻撃を開始! 「ヤクモ」に直撃し、死傷者多数!』

 

 『ヤクモ』から報告が入り、『ネルソン』の艦橋で動揺が走る。 

 

『そんな!? 降伏の意思を見せたのに!?』

 

 『ロドニー』も驚きを隠せず、声を上げる。

 

「……」

 

 『ネルソン』は身体を震わせ、左手を握り締める。

 

「クソッタレッ!!!」

 

 そして彼女は悪態をつきながら握り締めた左手を鉄製のテーブルに叩き付ける。大きな音と共に、鉄製のテーブルの表面が彼女の拳の型に凹む。

 

 その様子に周りに居る妖精達が青褪めながら震え上がる。

 

「……降伏の意思を見せながら、騙し討ちなんてね。随分と舐めた真似をしてくれるわね」

 

 歯が砕けんばかりに歯噛みする彼女は、憤怒の色に染まった瞳を皇軍の揚陸船団に向ける。

 

「野蛮人め」

『……』

 

 憎しみの籠った声を漏らす自身の姉に『ロドニー』は何も言えなかった。

 

 

『「ヤクモ」「フォックスハウンド」、「名月」「涼月」「宵月」「春月」の援護を受けて離脱を確認。「フォックスハウンド」至近弾を受けるも被害微小。「ヤクモ」機関砲の一部を損傷。死傷者多数。更に人数は増える恐れあり』

「……」

 

 やがて報告が入り、無表情の『ネルソン』は頷くことも無く黙って報告を聞く。

 

「『ロドニー』」

『……はい』

「砲撃を再開。各艦にも伝達」

『姉さん』

「尚、敵が降伏行動を起こしても、全て(・・)無視しなさい」

『それは!』

「これ以上、敵の騙し討ちで被害は出せないわ」

『……』

「それに、降伏を偽るような卑怯者に情けを掛ける理由は無いわ」

 

 あまりにも無慈悲な姉の命令に『ロドニー』は異を唱えようとするも、『ネルソン』の言葉に何も言えなかった。

 

 本当なら敵側の一部の暴走によるものだが、彼女達にそれを知る術は無い。

 

『……分かりました』

 

 『ロドニー』は間を置いてから了承し、主砲の砲身の仰角が上げられる。

 

 『ネルソン』もまた各主砲の砲身の角度を調整し、いつでも撃てるようにする。

 

「素直に降伏していれば、助かった命なのに。愚かなことを」

 

 冷え切って目で揚陸船団を見つめなら呟くと、『ネルソン』は間を置いて口を開く。

 

「全門斉射!!」

 

 そして彼女の号令と共に、ネルソン級戦艦では控えるべき全門斉射が行われ、『ネルソン』の三基九門の16インチ砲が一斉に轟音と共に業火を放つ。

 同時に『ロドニー』も同じく全門斉射が行われた。

 

 

 放たれた計18発の16インチ砲弾が飛翔し、揚陸船団へと殺到して巨大な水柱をいくつも上げる。

 

 巻き込まれた揚陸艦は兵士諸共粉々に粉砕されて海の藻屑と化す。

 

「っ! ベルトラン様! 再度降伏の合図を!」

 

 轟音と巨大な水柱にヨウシはよろけながらもベルトランに意見具申するも、彼は諦めた様子でヨウシを見る。

 

「何を言っている? 我々は降伏の意思を見せておきながら、騙し討ちをしたではないか。受け入れられるわけがないだろう」

「それは……一部の者達の勝手な行いで―――」

「それをロデニウスが聞き入れてくれるとでも言うのか?」

「……」

「もう遅い。何もかも……遅かったんだ」

 

 ベルトランは顔を上げると、彼の目に一瞬こちらに向かって落下してくる砲弾が見えて、その直後彼が乗っている揚陸艦に砲弾が着弾し、炸裂して彼らは塵も残らずに粉々になってこの世から消滅した。

 

 

 そして他の軍艦、KAN-SEN達の砲撃も加わり、皇軍の揚陸船団は誰一人生存者を残すことなく全滅した。

 

 

 だが、この戦いによってパーパルディア皇国への憎しみが深まってしまい、後々この憎しみによって多くの問題が起きることになってしまうのだが、それは後に語られるだろう。

 

 




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第七十九話 今後と懸念と疑念

アズールレーン5周年にて大和型戦艦が遂に実装されましたね。
実装された二番艦『武蔵』ですが、いつか本作にも出したいですね(一番艦だったら出しやすかったんだけど)

では、本編をどうぞ


 

 

 

 

 中央歴1640年 1月22日 ロデニウス連邦共和国 トラック泊地

 

 

 

「パーパルディア皇国の侵攻部隊の壊滅。フェン王国の防衛は成功。しかし被害皆無とまではいかなかったか」

「……」

「まさか降伏の意思を見せておいて騙し討ちをするとはな。列強国と言われながら、この程度のモラルしか持ち合わせていないか」

「そのようだな」

 

 執務室で『大和』が険しい表情を浮かべ、『紀伊』も呆れた様子で声を漏らす。

 

「……戦争に卑怯もラッキョウ、じゃなかった。綺麗も汚いもないってか」

「今まで自分達が頂点だと勘違いしてきたやつらだ。何したって許されると思っていたんだろう。というかそれ二代目の台詞か。懐かしいな」

 

 今回の皇国の行動はロデニウス側の頭を悩ます結果であり、どう対処するか悩んでいた。今後同じことをやられたら、どう判断するべきか困難だからだ。これでは対処のしようが無い。

 本当は皇軍側で無駄にプライドの高い人間の身勝手な行為だったのだが、今となってはロデニウス側にそれを知る術は無い。

 

 しかしこの二人。果たして人間だった頃はどんな人間だったのだろうか。

 

「……『ヤクモ』は機関砲三基を破損。現在本土のドックに入渠する為に『時雨』と同様に損傷した『フォックスハウンド』の護衛を伴い帰還中。現在までに戦死者7名。重軽傷者合わせて18名。戦死者は更に増える可能性あり。軽くは無いな」

「さて、どうしたものか」

 

 今回の戦闘で受けた被害報告を確認して、二人は悩むように静かに唸る。

 

「今後皇国が同じ手を使ってくる可能性が高い以上、対策を練らないと被害が続出するな」

「だが、この手の問題は対策のしようがない。相手の心を読めるなら話は別だがな」

「それが出来れば苦労はしない。それに、降伏したフリもそうだが、便衣兵みたいなことをやられたらもっと厄介だ。そうなったらもはや民間人諸共攻撃せざるをえなくなる」

「確かにな。まぁ、いくら皇国でもそこまではしないだろう。無駄にプライドが高い連中なのだから」

「だと良いんだがな」

 

 互いに苦虫を噛んだような表情になり、今後の戦闘で起こりうることに頭を悩ませる。

 

 今後皇国との戦いで脅威になるのはその無駄に多い戦力ではなく、降伏したフリをして不意打ちをする事と、何より民間人に扮して奇襲を仕掛ける便衣兵の存在である。

 

 便衣兵とは簡単に言えば民間人に扮した兵士の事である。兵士が民間人に偽装して、油断した所を敵兵に不意打ちをするのだ。

 

 これで便衣兵を殺害すれば、民間人も殺害した、と言われる始末。こんなことを言われればたまったものではない。

 

 事実、いくつもの戦争でこの便衣兵による問題は多いし、それによって余計な問題も起こしている。

 

 

 尤も、一度でも武器を持って攻撃している時点で本当の民間人であったとしても、ただの民間人なんて言い訳なんて出来るわけがないのだが。

 

 

「まぁ、その辺のことはその時次第で追々対応するしかない。今考えたって限りがある」

「そりゃそうか」

 

 『紀伊』は肩を竦めると、頭の後ろを尻尾の先で掻く。

 

「で、さっきのオンライン会議で、大統領は何て言っていたんだ?」

「『覚悟は決めました』だそうだ」

「そうか」

 

 『大和』の口から伝えられたカナタ大統領の言葉に、『紀伊』はその心中を察する。

 

 少し前に『大和』はオンラインにてカナタ大統領と閣僚達と今後について会議を行っていた。

 

 その時カナタ大統領は彼にそう伝えた。

 

「皇国がこのロデニウス大陸に目を付けていると知ってから、少しずつ気持ちを固め、第一次フェン沖海戦にて覚悟を決め、第二次フェン沖海戦で気持ちを表明したそうだ」

「……」

「こうなった以上、こちらから打って出るそうだ。どの道話し合いで解決できない相手に何もしなければ、解決の目途は立たないし、余計に状況を悪化させるだけだ」

「まぁ、そうなるか」

 

 『紀伊』は呟くと、ため息を付く。

 

「と、なると、近い内にアルタラス島に?」

「あぁ。既に該当KAN-SEN達に召集を掛けている。近い内に俺を含めてアルタラス島に集合する予定だ」

「そうか。後は向こうの動き次第、ということか」

 

「そうだな」と『大和』は呟く。

 

「それで、例の作戦はどうなっている?」

「密かに必要な物資と人員を運び込んで、準備は整っている。後はタイミングを待つばかりで、予定では明日だって話だ」

「そうか」

 

 『紀伊』の返事に満足してか、『大和』は椅子の背もたれにもたれかかる。

 

「で、指揮は結局誰になったんだ? 『クリーブランド』か?」

「それなんだが……」

 

 と、歯切れの悪い『紀伊』に『大和』は眉を顰める。

 

「部隊の指揮は北連のあいつだ」

「……あいつで大丈夫なのか?」

「まぁ、指揮能力は大丈夫だし、何とかなるだろう。前線は『クリーブランド』が指揮するみたいだし」

「そうか」

 

 『大和』は不安な表情を浮かべつつ腕を組み、脳裏にそのKAN-SENを思い浮かべる。

 

 

 トラック泊地では、データ取得の為、妖精達によって量産した疑似メンタルキューブでKAN-SENの建造を行っており、その戦力は充実してきている。

 

 特に以前から悩まさせていた駆逐艦と巡洋艦の不足も今回の大量建造で解消の傾向になっている。しかし同時にまた戦艦と空母も増えているという。

 

 ちなみにそのKAN-SEN達はやはり疑似メンタルキューブによる建造が原因か、それとも他に要因があるのかは不明だが、『大和』や『紀伊』がいた世界線の『大戦』の『カンレキ』を有している個体が多かったという。

 

 で、その建造したKAN-SENの中の一人が今回とある作戦の指揮を行うことになったという。

 

 

「不安があるとすれば部隊が軍事作戦向けじゃないぐらいか。向こうの戦力は少ないと言っても、腐っても正規軍だからな」

「まぁ、KAN-SENの同行もあるから、戦力としては問題ないだろう。それに対策だって万全にしているからな」

「そりゃそうだが……」

「とりあえず、俺達に出来るのは、うまくいくのを祈るだけだ」

「……あぁ」

 

 『大和』はため息を付き、「じゃぁ、また後でな」と『紀伊』は一言声を掛けてから執務室を出る。

 

「……」

 

 『紀伊』が出て行った後、『大和』は椅子から立ち上がり、窓から外の景色を眺める。

 

(明日は必ず成功させないとな。連中に落とし前を付けて貰う為にも、ケジメをつける為にもな)

 

 彼は内心呟き、踵を返して執務室を後にする。

 

 

 


 

 

 

 所変わり、ロデニウス大陸。クワ・トイネ州の一角にある捕虜の収容所

 

 

 収容所のフェンスに囲まれた広場には、休憩時間を各々で過ごしている人達の姿がある。

 

「この暮らしも、悪くは無いな」

 

 そんな中で、パーパルディア皇国監察軍東洋艦隊の提督、ポクトアールは椅子に座り、紙コップに淹れたお茶を一口飲んでから呟く。

 

 

 第一次フェン沖海戦にて一方的に攻撃され、壊滅した艦隊の中で、生存したポクトアールと乗員達は捕虜として捕らえられ、捕虜の収容所へと移送された。

 

 当初は捕虜になったことで劣悪な環境に放り込まれ、職員たちの捕虜に対して拷問や体罰など、捕虜に対する扱いが悪いのを知っていたので、彼らはこの先に起こることに不安を覚えていた。

 

 しかし彼らの予想は、良い意味で裏切られた。

 

 収容所は清潔に保たれて、空調が効いている快適な環境であり、職員たちは捕虜に対して優しく接しており、誰一人捕虜である自分達に対して暴力を振るうことは無い。まぁ激しく抵抗した者はさすがに力で押さえつけられていたが。

 

 

「そうですね、提督。ここは本当に快適ですね。労働環境だって、誰も無理強いしませんし」

 

 と、ポクトアールの呟きに彼が座乗していた戦列艦の艦長が答える。

 

「それに食事だってとても美味しく、種類が豊富ですからね。労働だって農業が中心ですが、休憩時間はあるし、働いた分だけちゃんと報酬もありますし、至れり尽くせりですね」

「あぁ。これが我が国なら劣悪な環境で強制労働させられているからな。その上捕虜に対する体罰に拷問、ロクに食事も無い」

「これでは、どちらが蛮族か分からなくなりますね」

 

 艦長の言葉に、ポクトアールは頷く。

 

 ロデニウス連邦共和国では、捕虜はただ時間を過ごしているわけでは無く、日中は労働に勤しんでいる。労働は合間に休憩を挟み、決まった時間内で行われ、残業は無い。かなりホワイトな労働環境である。

 

 労働は主に農業であり、彼らが育てた野菜や食用の動物は収容所の料理に用いられている。大地の神の祝福によって野菜や穀物が勝手に良質に育ち、その野菜や穀物を食べて育つ食用の動物たちと、クワ・トイネ州では基本的に食糧が不足することは無いのだが、それでも捕虜たちの食糧確保に加え、労働をさせる為に農業に勤しませている。

 

 そして捕虜たちは労働によって給料を貰っており、電子マネーなポイントで収容所にあるお店で物の購入が可能になっている。そしてこのポイントはもしこの国に住むというのなら、釈放後電子マネーとして提供される。

 

「どうも」

 

 と、彼らの元に車椅子に座った男性が近づいて挨拶をする。

 

「これはレクマイア殿ではありませんか」

 

 ポクトアールは車椅子に座った男性ことレクマイアに挨拶を返す。

 

 

 フェン王国への懲罰攻撃に参加したワイバーンロード部隊の中で、唯一の生存者であるレクマイアもまた捕虜としてロデニウスに身柄を確保されていた。

 

 しかし相棒のワイバーンロードが撃ち落とされて墜落した際に、身体を強く海面に打ち付けてしまうものの、相棒のワイバーンロードの亡骸がクッション代わりになって衝突時の衝撃を和らげられて、彼の命は助かった。

 だが、亡骸からはみ出ていた両脚はその衝撃によって骨が数箇所折れる重傷を負ってしまい、彼は車椅子生活を余儀なくされてしまった。

 

 なので、彼は他の捕虜たちと違い、車椅子に座ったままでも出来る仕事をしている。

 

 

「しかし車椅子で生活は不便そうですな」

「えぇ。最初は不便と感じていましたが、寝たきりよりかはマシですね」

「確かに、自らの意思で動けるだけでもマシですな」

 

 ポクトアールにそう言われて、レクマイアは石膏で固定された両脚を見る。

 

「ですが、来月にはリハビリが開始されるので、いずれ自分の脚で歩けるようになるそうです」

「おぉ、そうですか。それは吉報ですな」

 

 彼の言葉に、ポクトアールは微笑みを浮かべる。レクマイアもそれにつられて口角を上げる。

 

「……ポクトアール殿。今朝の新聞は見ましたか?」

 

 レクマイアは真剣な表情を浮かべて問い掛けると、ポクトアールも微笑みを消して真剣な表情を浮かべる。

 

「えぇ。見ました。フェン王国へ侵攻しようとした皇軍の艦隊をロデニウスの艦隊が迎え撃ち、壊滅した報ですな」

「はい。此度の件で、皇国はどうするのでしょうか?」

「……」

 

 ポクトアールは一考し、口を開く。

 

「恐らくは……いや、必ず我が皇国はロデニウスに対して戦争を仕掛けるだろうな」

「やはり、提督もそう考えますか」

「上層部の連中は自分達に泥を塗られた、としか考えないだろう。それでいつものように泥を塗った国に宣戦布告をする。いや、それで済めば良い方だろうな」

「やはり……殲滅戦を宣言すると?」

「ありうる話だ」

 

 ポクトアールの言葉に、二人は息を呑む。

 

「もしそうなれば……皇国は滅びの運命を迎えることになるかもしれない」

「それは……」

 

 レクマイアが何か言おうとした瞬間、遠くから少し甲高い警笛が聞こえてくる。

 

 彼らが音がした方を見ると、収容所より離れた線路に『DF51形ディーゼル機関車』が二輌重連で牽引する貨物列車が走って来た。

 

 貨車には戦車や装甲車、自走砲、その他色々な兵器や弾薬が積み込まれており、港に向かっている。

 

「ここ最近軍事物資と思われる物を運んでいる長い貨物列車が行き来していますね」

「恐らくロデニウスも戦争の準備をしているのだろうな。皇国が講和に応じるわけが無い」

「……」

「もしも、皇国が殲滅戦を宣言すれば、逆に滅ぼされることになる」

 

 ポクトアールの言葉に、誰もが意気消沈する。あれだけの戦力を目の当たりにすると、どう考えても祖国が勝てるとは思えない。

 

「皇国は、どうなるのでしょうか?」

「分からん。ただ言えることは、我々が出来ることは祖国が滅びの道に歩まない事を祈っているだけだ」

「……」

 

 彼は空を見上げながらそう告げると、艦長とレクマイアも空を見上げて目を細める。

 

 

 果たして彼らの祈りは通じるのか。

 

 

 それとも……

 

 

 


 

 

 

 時系列は少し遡り、場所はパーパルディア皇国。

 

 

 第1外務局の局長の執務室では、今後のロデニウスに対する措置について、局長のエルトに、皇族のレミール、皇軍最高司令官のアルデを加えて話し合いが行われていた。

 

 通常であれば、文明圏外の一国家程度に軍の最高指揮官や皇族が介入するはずないのだが、本件は皇帝陛下の関心も高く、失敗は許されない為、皇国幹部も慎重を期していた。

 

 エルトが皇軍の定時連絡の報告書を読みながら発言する。

 

「まもなくフェン王国へ向かった派遣軍が王国へ上陸し、作戦を展開する頃ですね」

「そうか。アルデよ。此度の戦、まさか皇軍が敗北するようなことはあるまいな?」

「ご心配ありません、レミール様。以前の監察軍とは比べ物にならない戦力を送り込んでおります。その上艦隊には最新鋭の戦列艦と竜母も投入しております。例えフェン王国がロデニウスと手を組んでいようと、負けるようなことなど万に一つもございません」

「そうか。フェン王国を落としたらしばらく休ませてやれ。次にはロデニウスを落とすのだからな」

「ありがとうございます」

 

 アルデがレミールに頭を下げる。

 

 エルトはふと思い出したように報告書を置いて、レミールに尋ねる。

 

「しかし、レミール様。本当にシオス王国に居たロデニウスの民を処刑してもよろしかったのですか?」

「よい。蛮族はしっかりと教育しなければ分からんようだからな。シオス王国で捕らえたロデニウスの民はまだ残っているな?」

「えぇ。まだまだ残っております」

「そうか。この間は楽に殺し過ぎた。アルデよ、今度はもう少し苦しむように工夫しろ。殺さぬ程度で、好きに扱え」

「承知しました」

「で、その後は―――」

 

 コンコン

 

 扉がノックされ、エルトが入室は促す。

 

「どうぞ」

「し、失礼します!」

 

 扉が開かれると、彼女の部下のハンスが汗まみれで入室してきた。

 

 顔色の悪い彼を見て、三人は顔をしかめる。

 

「どうしましたか?」

「本会合に関係ある内容でしたので、会議中失礼とは思いましたが、文書をお持ちしました」

 

 ハンスはエルトに文書を差し出し、一歩下がる。

 

『緊急調査報告書』と題された、5枚程度の簡単な報告書。エルトはレミールとの間にある机の上に、彼女に見やすいように広げた。

 

「ムーがフェン王国の戦いに関し、ロデニウス側に観戦武官を派遣した件について、ムー大使に事実確認と意図を調査した結果の報告書になります」

 

 事前に知っていたエルトとレミールは「来たか」と反応し、アルデは怪訝な表情を浮かべる。

 

 これはエルト、レミール、ハンスだけが知る、最高機密の懸案事項である。アルデもこの会議に先立って聞かされた程度で、ルディアスさえもこの事実を知らない。

 

 エルトとレミールは、もしかすると、ロデニウスはムーでさえ注目するほどの新魔法を持っているのではないか、といった説も考えていた。だからこそ、観戦武官の戦死を覚悟してでもロデニウスに派遣したと。

 

 しかしそうだとすれば、生存率が高いはずの皇国側に誰一人派遣して来ないのは奇妙なので、皇帝には極秘でハンスに確認に行かせたのだ。

 

「結論から申し上げると、ムーはフェン王国での戦いはロデニウスが勝つと判断しています」

「なっ―――」

「何ぃっ!?」

 

 声を上げようとしたエルトの声を遮り、レミールが声を上げる。

 

 重苦しい沈黙が、執務室を支配する。

 

「まさか……」

 

 その沈黙を破ったのは、アルデだった。その声にエルトとレミールが顔を向ける。

 

「もしかすると―――これは仮説ですが、ロデニウスは元々皇国と全面戦争をするつもりだったのでは?」

「最初から……軍祭以前からか?」

 

 レミールの問いに、アルデが頷く。

 

「艦船数千隻、そして10万を超える陸戦力が既に準備済みだったのでは。フェン王国の軍祭の日に、監察軍が来ることも想定済みだったのでしょう。軍では、ロデニウスには砲艦があると分析しています。つまり技術水準は文明圏国家並みで、圏外国家としては突出して高いと思われます」

「なるほど、監察軍が敗れたのも当然という事か。戦略予想能力が極めて高いというのであれば、ムーが注目するのは納得出来る」

 

 アルデでの述べた仮説に、レミールは納得した様子で頷く。

 

「我が国に劣るとは言え、数千隻の砲艦が相手では、今回の派遣軍だけでは少々荷が重いかもしれません。何より砲弾が不足してしまう。いくらリントヴルムがいるとはいえ、陸戦隊も三千のみですし、敵の陸軍が五万を超えれば押し切られてしまう」

「だとすると、皇軍は敗れるのですか?」

 

 いつも毅然としているエルトが、珍しく不安そうな表情を浮かべる。

 

 しかしアルデは不敵に笑い、椅子の背もたれに背を預けて悠々と答える。

 

「エルト様、ご安心ください。あくまでも『このまま継続して戦うと、砲弾が不足するかもしれない』というだけの話です。数千隻の船が電撃作戦を行うのは不可能ですし、快速の『風神の涙』があれば被害を受けることはございません。仮説が正しかったとしても、多少時間を要するだけであり、あのシウス将軍と同格のバルト将軍を派遣しています。援軍が必要であれば要請してくるでしょう」

 

 彼は一旦咳払いして喉の調子を整え、持論を再開する。

 

「皇国とフェン王国は近いですから、敵が一気に攻めて来たとしても、砲弾が尽きる前に援軍と補給を到着させられます。そして先ほども申し上げましたが、最新鋭の戦列艦と竜母を投入していますので、戦力はロデニウスの戦力を上回っています」

 

 これを聞いたエルトとレミールは安堵するが、一抹の不安は残る。

 

「しかし、ムーは何か情報を掴んでいたのか……」

 

 アルデは顎に手を当てて、ボソッと呟く。しかしその瞳の奥には不安の色が揺らいでいる。

 

 というのも、以前アルタラス王国へ向かった派遣軍が連絡を絶ち、帰って来なかった一件もあるのだ。そのため、彼の中にも一抹の不安が残っている。

 

(それにロデニウスが機械動力船を有していたのも気になる。ムーから輸入した物だろうが……もしそれを投入されれば、派遣軍には厄介な存在になる)

 

 そして以前ロデニウスが会談の際に使者を乗せて来た船が、ムーで見られる機械動力船でやって来たのも彼に不安材料を与えている。彼の中ではムーから金を積んで輸入した代物だという認識だが、それでも自分達よりも技術力が高い物を持っている事実は不安を煽る要因になる。

 

 尤も、それがロデニウス側が自前で用意したものだとは彼らの常識では考え付くことは出来ないが。

 

「兎に角、皇軍が負けることは無いということだな?」

「もちろんです。恐らく多くの被害は被るでしょうが、皇軍の勝利が揺らぐことはありません」

「そうか。それを聞けて安心した」

 

 満足した様子でレミールはゆっくりと息を吐きながら椅子の背もたれにもたれかかる。

 

 

(だが、本当にそれだけなのか?)

 

 しかしエルトだけは、その不安が膨らむばかりであった。 

 

(カイオス。お前は何かを知っていたのか……)

 

 そして彼女は以前からロデニウスに対して対応が異なっていたカイオスを思い出し、彼に対して疑惑が浮かぶのだった。

 

 エルトは胸中の不安が消えることなく、その日は不安を抱いたまま過ごすことになる。

 

 

 

 

 




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第八十話 武装勢力の捕縛

タロムス様より評価8を頂きました。

評価していただきありがとうございます!


 

 

 

 中央歴1640年 1月23日 シオス王国。

 

 

 

 シオス王国は、被害が拡大する海賊から船団を護衛する為、パーパルディア皇国より戦列艦10隻と竜母2隻の計12隻の艦隊と護衛契約を結んでいた。そのお陰でシオス王国の船団は海賊の襲撃件数が少なくなり、被害も減少していた。

 

 しかし、皇軍は護衛を行う度に法外な依頼料をシオス王国に要求していた。シオス王国は皇軍の法外な依頼料の要求に憤りを覚えるものも、相手は列強国とあって強気に出られず、それに強くなっている海賊から船団を守るためには背に腹は代えられず、泣く泣くその依頼料を払うしかなかった。

 その上皇国側が提示した被害補償の保険も、毎回皇軍が護衛に就いていると殆ど海賊が出没しなかったが為に多額の保険料を払わざるを得なかった。

 

 その後、ロデニウス連邦共和国と国交を結び、海賊対策として海上警備隊の警備艦による格安な護衛の依頼をするようになってからは皇軍と交わした契約を解約しようとしているのだが、何を思ってか皇軍側は難癖付けて解約に応じず、未だに港の一角に居座っている。

 その上で駐留費と艦隊の維持費をシオス王国に要求しているのだから、タチが悪いどころの話ではない。

 

 しかし相手が相手なので、シオス王国側は強気に出られず、退去命令ではなく退去勧告に留まっている。それを良い事に皇軍は横暴な態度で港の一角を事実上不法占拠している状況が続いているという。

 

 

 


 

 

 

 シオス王国の港の一角。

 

 

 そこにパーパルディア皇国の皇軍の艦隊が駐留している港の一角がある。

 

 しかし今日は艦隊が航海演習に出ているとあって、港には職員と治安維持と護衛の為に一個小隊の銃兵が残っている。

 

 

 その港の一角にある駐留艦隊の司令部がある建物にて、艦隊司令は執務室で書類の整理をしていた。

 

 すると扉がノックされ、司令は入室を促すと職員が扉を開けて入って来る。

 

「司令。艦隊より定時連絡です」

「そうか。そこに置いておいてくれ」

「はい」

 

 職員は指令の言われた通りに定時連絡の書類を机に置く。

 

「しかし、いつになればここを離れられるんでしょうか」

「そう遠くない内に艦隊の招集があるそうだ。それまでの我慢だ」

「そうですか。ようやく息苦しい蛮族の国から出られるのですね」

「そうだな。それはそうと、捕らえたロデニウスの蛮族はどうなっている? 上層部は殺さない程度に好きにしろという命令だったが」

「心配ありません。死ななない程度には好きにしています。なんなら捌け口が出来て色々と発散出来てこちらとしては助かっていますよ」

「そうか。まぁ死んでいないのなら良い」

 

 二人は会話を交わすと、二人していやらしい表情を浮かべる。

 

「しかし、ロデニウスは馬鹿な奴らですね。素直に皇国に従っていれば民を殺されずに済んだものを」

「その上で更に皇国へ反抗するようだ。だからそう遠くない内にロデニウスと戦争になるそうだ。その為の艦隊招集だ」

「そうですか。それを聞けて安心です」

 

 一体何に安心してか、彼は期待した様子を見せている。

 

 二人がそう話していると、扉から再度ノックがする。

 

 司令が会話を中断して入室を促すと、別の職員が入って来る。

 

「司令!」

「どうした?」

「それが、港の入り口に変な奴らが」

「変な奴ら?」

 

 指令は思わず怪訝な表情を浮かべる。

 

 


 

 

 所変わり、駐留艦隊の母港の入り口。

 

 

 そこには、皇軍側が変な奴らと称する集団が陣取り、異様な雰囲気を醸し出している。

 

 全身紺色の服の上に要所を守るプロテクターを着け、バイザー付きのヘルメットを着用し、成人男性ほどの大きさがある銀色の盾を持っている。

 その後ろには馬車よりも大きな代物が鎮座している。

 

 そんな異様な雰囲気の集団の正体は……ロデニウス連邦共和国の警備警察組織『地上警備隊』通称『地警隊』である。海上警備隊が海の治安を守るなら、地上警備隊は地上の治安を守る警備警察である。

 

 警察と違う点は、警察では対応出来ない大きな犯罪に対応したり、暴動が起きた時に暴徒鎮圧に対応したりする点である。

 

 本来なら国内で活動するはずの地上警備隊だが、密かに潜水艦を使って夜な夜な人員と物資をシオス王国へと運び込んで、今日この日の為に準備してきた。

 

 今回地上警備隊がなぜ海を渡ってシオス王国に居るかというと……武装勢力(パーパルディア皇軍)捕縛の為である。そしてその武装勢力(パーパルディア皇軍)に捕らえられた観光客と船の乗組員、その生存者の救出が目的である。

 

 カナタ大統領は今回のシオス王国における観光客及び船の乗組員の虐殺に対して、超拡大解釈としてシオス王国に駐留している皇軍をパーパルディア皇国の皇軍とは認めず、皇軍を名乗る武装勢力として認定し、その捕縛を命じた。

 

 そして今回の捕縛命令の中で最も優先すべき命令が、先の虐殺に関わった実行犯達の確実な捕縛である。もしこのままロデニウス連邦共和国とパーパルディア皇国が戦争状態に入れば、シオス王国の駐留艦隊は戦争を行う為に召集を受け、本国に帰還することになる。当然職員達もそれに乗じて本国に帰還することになる。

 

 このまま艦隊を本国に帰してしまえば、虐殺の実行犯達の行方を掴むことが困難になる。艦隊の招集前に、何としても実行犯達の捕縛を行わなければならない。

 この実行犯の捕縛は言うなればケジメを付ける意味合いもある。そして同時に先も述べた捕らえられている生存者の救出を行う為だ。

 

 今回の作戦は前々から準備をして、艦隊が駐屯地の港を離れるタイミングを見計らって行われることになった。駐留艦隊の予定はロデニウス側が現地の人達に協力してもらい、司令部の人間に接触して情報を聞き出したもらった。その方法は単純に職員達に酒を飲ませて酔わせ、思考能力を鈍らせて予定を喋らせたのだ。

 シオス王国側も今回の作戦に協力してもらっている。やはり以前から皇軍の横暴な行いを泣き寝入りして黙っているしかなかったので、今回ロデニウス連邦共和国と協力した。とは言っても、万が一の時はロデニウス側が勝手に行った事だと知らぬ存ぜぬとして対処するように決められている。

 

 

 地上警備隊は駐留艦隊の母港の前に展開しており、手にしている盾を構える。

 

「『クロンシュタット』殿、『クリーブランド』殿! 部隊の展開完了しました!」

「そう」

「分かった」

 

 地上警備隊の隊員の報告を聞き、装甲車の上に立つ二人の女性に報告する。

 

 一人は金髪のサイドポニーに白いクロークが特徴的な『クリーブランド』で、もう一人は薄めの金髪を二つ結びのおさげにしている女性である。

 

 彼女の名前は『クロンシュタット』 北連の超甲巡洋艦と呼ばれる艦種のKAN-SENであり、今回地上警備隊の指揮を任されている。その為か、耳にはインカム付きのヘッドフォンを着けており、服装もいつもの恰好ではなく、捜査官のような恰好をしている。ただ彼女の立派なスイカのせいか、シャツのボタンを殆ど留められていないので、彼女の黒い下着が見えてしまっている。まぁ当の本人は気にしていないようである。

 ただ、そんな過激な姿に地上警備隊の隊員達は、目のやり場に困っている模様。

 

 この他に二名のKAN-SENも主に裏方で今回の作戦に参加している。

 

「さてと……」

 

 と、『クロンシュタット』は咳払いして喉の調子を整え、隣では『クリーブランド』がそんな彼女の姿にどことなく不安げな表情を浮かべつつ、手にしている塹壕での戦闘を想定した銃身が短いトレンチガンモデルの『ウィンチェスター M1897』に鎮圧用のゴム弾をチューブ型マガジンに装填する。

 

 そして喉の調子を整え、『クロンシュタット』は手にしている拡声器を口の前に移動させ、大きな声を発する。

 

「パーパルディア皇国を騙る武装勢力に告ぐ!! こちらはロデニウス連邦共和国、地上警備隊である!! 現在お前達は包囲されている!! 速やかに武装を解除し、投降せよ!!」

 

 拡声器を使っているとは言えど、空気が震えそうな大声を彼女は放ち、隣に立つ『クリーブランド』は両手で耳を塞いで顔を顰めている。 

 

「抵抗する場合は相応の対応をさせてもらう!! 大人しく投降すれば罪は軽くなるわ!!」

 

 その大きな声はシオス王国中に響き渡りそうなぐらいであり、当然そのくらいの大声ならば、皇軍の職員や兵士達の耳にも届いている。

 

 

「なんだあれは?」

「さぁ。蛮族の考えなど理解できませんな」

 

 司令部から出てきた司令と職員は、単眼鏡越しにその光景に怪訝な表情を浮かべて見つめている。まぁ彼らからすれば理解できない行動なのだからこの反応も致し方ない。

 

「しかし、我々を皇国を騙る武装勢力とは。随分と舐めた真似をしてくれる」

「全くですな。それにやつらはあのロデニウスと名乗りましたな」

「あぁ。この間の処刑の報復のつもりか? だとするなら相当間抜けな奴らだ」

 

 不機嫌そうな表情を浮かべる二人の単眼鏡越しの視線は、車輛の上に立つ『クロンシュタット』と『クリーブランド』に向けられる。

 

「だが、蛮族にしては中々上物じゃないか。特に薄い金髪の女は」

「えぇ。あの女。あんな大きさ見たことが無いですよ」

「あぁ。隣のガキも見た目は良いな。大きければ満足いくものだったんだがな」

「では?」

 

 職員は期待した様子で声を掛けると、いやらしい笑みを浮かべて司令は口を開く。

 

「蛮族共にはお仕置きが必要だな。すぐに銃兵隊を出せ。撃ち殺しても構わん。それと艦隊に至急戻ってくるように連絡しろ」

「分かりました」

「だが、あの女は生かしておけ。可能ならガキの方も生かして生け捕りにしろ。楽しみに取っておきたいからな」

「はい。すぐに銃兵に攻撃指示を出します」

 

 邪な感情を隠す事なく曝け出しながら二人は話すと、職員は司令の名前で銃兵隊に指示を出す。

 

 

 

(さてと、奴さんはどう出るか。まぁ想像通りに出るんだろうけど)

 

 『クリーブランド』は内心呟きつつ皇軍の動きを観察し、自身の手にあるM1897のフォアエンドを少し引いて排莢口から薬室に初弾が装填されているのを確認し、フォアエンドを戻す。

 

「んでだ。そろそろ向こうも動き出す頃だし、車内に入っていて欲しいんだけど」

「その必要は無いわ。指揮官たるもの、戦局はこの目で確かめておきたいのよ。それに、いざとなれば艤装を展開すれば問題無いわ」

「そういう問題じゃないんだよなぁ」

 

 なぜか自信を醸し出している『クロンシュタット』に『クリーブランド』はげんなりした様子で答える。

 

「……」

 

 と、『クリーブランド』は港で動きがあるのに気付き、背中に艤装を展開する。

 

 港にある建物から、マスケット銃を持った銃兵達が出て来て、地上警備隊に向かって並び始める。

 

「武器を捨てて、大人しく投降しろ!! これが最終警告よ!」

 

 『クロンシュタット』は再度拡声器で警告を促すが、皇軍側は応じる姿勢を見せず、むしろ銃兵はマスケット銃をこちらに向け始める。

 

「総員、構え!」

 

 もはや状況は確定的と判断し、『クリーブランド』が号令を掛けると、隊員達は手にしている盾を前に出し、斜めにして構える。

 

 

 

「馬鹿め。あんな盾で防げると思っているのか」

 

 銃兵を指揮する部隊長は盾を構える地上警備隊に鼻を鳴らし、号令を掛ける。

 

「構えっ!」

 

 号令と共に銃兵は手にしているマスケット銃を構えて銃口を地上警備隊に向ける。

 

 一個小隊の銃兵全員による射撃。部隊長はこの後起きる光景を想像してにやりと口角を上げ、号令を上げる。

 

「撃てぇっ!!」

 

 号令と共に銃兵が構えているマスケット銃より銃声と共に黒色火薬のような白い煙を出し、弾丸が放たれる。

 

 

 ッ!! ッ!! ッ!! ッ!!

 

 

「なっ!?」

 

 しかし彼らが見ている中で繰り広げられた光景は想像していたものとは違い、マスケット銃より放たれた弾丸は、衝撃でよろけた者もいるが、地上警備隊の隊員達が持つ盾に音を立てて弾かれてしまった。

 部隊長は目を見開いて驚愕し、銃兵達も驚きのあまり次弾装填を忘れてしまう。

 

 地上警備隊の隊員が持つ盾はアルミ合金で出来ており、片手で何とか持ち運べるようにしているので、厚みはそこまで無い。しかし傾斜装甲の様に盾を斜めに構える事で防御力が増すので、マスケット銃ぐらいの銃火器なら防ぐことが出来る。

 さすがに至近距離から撃たれれば盾を斜めにしても貫通されるが、そもそもそんな距離になれば銃を使う前に近接武器で攻撃した方が早い。

 

 そして何よりマスケット銃は例外はあるものも、射撃精度は劣悪であり、距離が離れれば離れるほどまず当たる事は無い。皇軍の銃兵隊と地上警備隊との距離はそこそこ離れていたので、地上警備隊の隊員達が持つ盾に命中したのは、一個小隊の斉射でわずか五発程度である。

 

 

「武装勢力より攻撃を受けた! 各車! 放水開始!!」

 

 『クロンシュタット』は『クリーブランド』と共に装甲車より降りながらインカムに向かって指示を飛ばし、装甲車の車体上部に取り付けられた放水ホースより水が勢いよく放水された。

 

 勢いよく放水された水は銃兵隊を飲み込み、水の勢いが強く彼らは後ろへと押し倒される。

 

「く、くそっ!? 水だと!? これでは銃が!?」

 

 ずぶ濡れになった部隊長は上半身を起こし、同じくずぶ濡れになった銃兵と銃を見て歯噛みする。

 

 パーパルディア皇国の銃はマスケット銃の構造と同じで、銃口に注ぎ込んでラムロッドで火薬を押し固め、次に弾を入れて再度ラムロッドで押し込み、そして撃鉄を起こして構え、引き金を引いて発射する。

 ただ、地球でのマスケット銃と決定的に違うのは、やはり炸薬である。

 

 皇軍のマスケット銃は黒色火薬ではなく、粉末状に加工した魔石であり、これに着火して炸裂させる。

 

 黒色火薬と違って粉末魔石は多少の湿気ぐらいなら着火できるほど湿気に強いが、さすがにずぶ濡れになってしまえば、着火しない。

 

 つまり、もろに放水を受けた銃兵達はその戦闘力のほとんどを失ったことになり、サーベルか銃剣ぐらいしか戦う術は残されていない。

 

 すると地上警備隊の隊員達が盾の構えを解き、その後ろに居る隊員達が腰に提げている警棒を右手に持つ。

 

「総員、突入!! 武装勢力を一斉検挙よ!!」

『ウォォォォォォォォォッ!!!』

 

 そして『クロンシュタット』の号令と共に、隊員たちは大きな声を上げて走り出す。

 

 銃兵達はよろよろと立ち上がろうとするもその前に隊員たちが殺到し、戦意を喪失させる為に死なない程度に、盾や警棒で銃兵達をボッコボッコに殴りつける。

 

 乱闘に参加しない残りの隊員たちは港の奥へと向かい、駐屯地の職員たちの検挙に掛かる。

 

 

「ば、馬鹿なっ!?」

 

 瞬く間に銃兵隊が無力化され、司令は目を見開いて驚愕する。隣にいる職員も同じような反応を見せている。

 

「蛮族共め! 銃の弱点を知っていたのか! 残りの銃兵を出せ!! 艦隊が戻るまで持ちこたえるんだ!」

「それが、銃兵はあそこに居るので全員です!」

「なっ!?」

 

 司令はこの場では聞きたくない報告に、驚愕する。

 

 元々港の警備と治安維持が目的で銃兵が配置されているので、その人数は多くない。だが逆に言えば、今まではそれだけの数でも事足りたということだ。

 そして先ほど出した銃兵が全員であった。

 

 その銃兵が無力化された以上、職員が自ら戦うしかないが、まともな戦闘訓練を受けていない職員が軍人では無いにしても、警備隊相手に戦えるはずがない。

 

「それに、先ほどから魔信を送っているのですが、艦隊から返信がありません!」

「何だと!? 確かなのか!?」

「はい! 恐らく魔信が故障しているのかもしれません」

「ならさっさと直せ!」

 

 職員に怒鳴るように指示を出し、司令は踵を返して走り出す。

 

「どちらへ!?」

「やつらの民を閉じ込めている牢だ! 蛮族の民を前に出して時間を稼ぐ! お前は何としても魔導通信機の修理を急がせろ!」

「は、ハッ!」

 

 司令の指示を聞き、すぐに職員も動き出す。

 

 

 

「武装勢力は全員捕らえろ! 一人も逃がすな!」

 

 『クリーブランド』は地上警備隊の隊員達に指示を出しながら走り、建物の前で止まる。

 

「催涙弾投射!」

 

 彼女の指示と共にM79グレネードランチャーを持つ隊員達が建物に向けて催涙弾を放ち、建物の窓を破って催涙弾が中に入る。

 

 直後に弾から催涙ガスが噴射され、建物の中にガスが充満していく。

 

 すると催涙ガスに耐えかねた職員達が咳き込みながら出てくる。

 

「確保!!」

 

 出てきた職員たちを地上警備隊の隊員達が駈け寄って地面に倒し、すぐさま両手首を後ろに回して拘束する。

 

「っ! 隊長! 後方注意!」

 

 と、港に置かれている木製のコンテナの陰から鉄の棒を手にして職員が出て来て『クリーブランド』に襲い掛かろうとする。

 

「っ!」

 

 彼女はすぐさま振り返り、M1897を構えて引き金を引く。野太い銃声と共にゴム弾が放たれ、ゴム弾は×字に広がり、襲い掛かろうとした職員の身体にぶつかってその衝撃で職員は吹き飛ばされる。

 隊員達はすぐさま吹っ飛ばされた職員の拘束に入る。

 

「奴らも必死だな」

 

 『クリーブランド』はフォアエンドを引いて薬莢を排出し、フォアエンドを戻して次弾を装填する。

 

「死ねぇ!!」

 

 すると別のコンテナの陰から装填済みのマスケット銃を持った職員が出て来て、『クリーブランド』に向けて引き金を引く。

 

「っ!」

 

 銃声と共に放たれた弾丸は逸れることなく、『クリーブランド』の顔に命中する。

 

 

 -ッ!!

 

 

 しかし弾丸は金属音を鳴らして弾かれ、彼女は弾丸が命中した衝撃を受けて身体が仰け反る。

 

「なっ!?」

 

 近距離から撃って直撃させたにも関わらず、とても生物に弾丸が直撃して出るような音が出て職員は驚愕する。

 

「くっ!」

 

 『クリーブランド』は仰け反った身体の姿勢を戻し、M1897を構えて引き金を引き、野太い銃声と主にゴム弾が放たれ、×字に広がったゴム弾が職員に直撃して吹っ飛ばされる。

 

「油断大敵、だな」

 

 彼女はそう呟くと、フォアエンドを引いて薬莢を排出させる。弾丸が直撃した右頬には、鉄粉がこびり付いているが、怪我は負っていないようである。

 

「隊長! 大丈夫ですか!?」

「大丈夫。掠り傷程度だ」

 

 心配して声を掛けてくる隊員に『クリーブランド』はフォアエンドを戻して次弾を装填し、左手で銃を支えて右手の甲で弾丸が直撃した箇所を拭い、大丈夫なのを伝える。

 

 人型といっても、KAN-SENが艤装を展開すれば、攻撃力と機動力以外は軍艦のスペックを発揮する。その為、軽巡洋艦に豆鉄砲を当てても精々掠り傷が限界である。まぁさすがに体格から直撃時の衝撃は防ぎ切れないが。

 

「それより、状況は?」

「銃兵隊は全員の捕縛完了。建物の中に居た武装勢力も全員捕らえました。今は周囲を捜索して見つけ次第捕縛に動いています」

「そうか」

「それと、人質の場所は―――」

「それなら、問題無い」

 

 緊張した様子の隊員の言葉を遮って、彼女は言い切る。

 

「捕まっている場所の特定と人質の確保は、既に別動隊が動いている」

「別動隊、ですか?」

 

 事前に聞かされていない部隊の存在に怪訝な表情を浮かべている隊員に、彼女は「あぁ」と短く答える。

 

「だからお前達はただ武装勢力の捕縛だけに集中しろ。人質は必ず別動隊が救出する」

「っ! 了解!」

 

 隊員は彼女の言葉を信じ、敬礼をして武装勢力捕縛に動く。

 

(さて、あいつらなら、そろそろ……)

 

 『クリーブランド』はM1897にゴム弾のショットシェルを込めながら、別に動いている部隊を思い浮かべる。

 

 

 

 

 




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第八十一話 海中からの刺客

 

 

 

 所変わり、シオス王国より離れた海域。

 

 

 

 そこにはパーパルディア皇国軍シオス王国駐留艦隊が、航海演習の為に海を突き進んでいる。

 

 

「艦長。司令部への定期連絡。完了しました」

「うむ」

 

 艦隊旗艦の戦列艦にて、通信兵より報告を受けて艦長が頷く。

 

「しかし、最近は海賊の出没が無く、我々のやる事と言えば演習ぐらいになりましたな」

「あぁ。暇を持て余して仕方が無い」

 

 艦長の言葉に、隣に立つ提督が肩を竦めて答える。

 

「まぁ、その暇も遠くない内に無くなるそうだがな」

「どういうことですか?」

「どうやら近い内に艦隊の招集が掛かって本国に帰還するそうだ」

「招集ですか。となると、もしや戦争が始まるのですか?」

「恐らくな」

 

 艦長の質問に、提督が頷いて答える。

 

「しかし、我々が戦力として召集されるのは珍しいですね。大抵戦争に駆り出されるのは、シウス将軍とバルト将軍が率いる艦隊なのでは?」

「うむ。その両将軍だが、現在アルタラス王国とフェン王国の攻略に駆り出されているようだ。だから我々のような小規模の艦隊に召集が掛かったのだろう」

「なるほど」

「だが、逆に考えれば、我々のような目立つことが無かった艦隊が今回の戦争で手柄を立てられる。そうすれば我々は出世し、こんな辺境の地で蛮族の御守りをする必要も無くなる」

 

 提督が語る持論を聞き、艦長は期待の眼差しを向ける。

 

「ところで、今回どこの国と戦争を行うのですか?」

「うむ。まだ確定しているわけではないが、ロデニウス連邦共和国という国だ」

「あぁ、ロデニウスですか。では、今回の戦争は我々だけでも十分そうですな。相手は文明圏外の蛮族。ロクな戦力も無いでしょうから、楽な戦いになります」

「……そうだな」

 

 自信満々な艦長と異なり、提督の表情はどこか不安の色が浮かんでいる。

 

(本当に、ロデニウスは文明圏外の蛮族なのか?)

 

 胸中に不安が渦巻いている彼の脳裏には、この間捕らえたロデニウス側の人間から没収した品々が思い浮かぶ。

 

 

 何の用途で使うか分からない掌サイズの板状の物体(スマホ)。しかしその見た目は文明圏外の国で作られたとは思えない程、洗練されて綺麗に作られている。

 

 職人の技術で作られたと思われるほどに、芸術的な作りの綺麗な装飾品の数々。パーパルディア皇国でも中々お目に掛かれないレベルの出来であった。

 

 ムーの時計のような、それでいて職人の手で作られた繊細な作りの腕時計。

 

 その他に、皇国では見られないような品々の数々。

 

 そして拿捕した帆船を調査した際に見られた、洗練された船体に、皇国の船に見られない技術の数々。

 

 

 それらの没収品の数々から、提督はどこは言い知れない不安を覚えていた。明らかに文明圏外で作られたとは思えない精巧な作りをしていて、尚且つ皇国では見たことの無い物がほとんどだった。

 彼は致命的な過ちを犯しているのではないか、と勘繰っていた。

 

(いや、気のせいだ。たまたまムーや他の文明圏で買った品々だろう。文明圏外であれほどの品々を作れるはずがない。あの帆船だって、技術提供の類で送られたものだ)

 

 しかし彼は過ちに気付きかけたものも、自分に言い聞かせるようにして皇国至上主義の価値観によって阻害された。

 

 だが、世の中「~だろう」というのは、一番当てにしてはいけない認識であるのだが。

 

「っ! 艦長!!」

 

 と、見張り台に居る見張りが声を上げる。

 

「どうした!」

「12時の方向に6隻の艦影あり!」

「なに?」

 

 報告を聞き、艦長は懐より単眼鏡を取り出し、報告にあった方向に向けて単眼鏡を覗き込む。

 

「あれは……」

 

 目を細めて視界内に映る船影をじっくりと見つめる。

 

 単眼鏡越しの視界には、6隻の船影が映っていたが、その船影に彼は違和感を覚える。

 

「帆が……無いだと?」

「何?」

 

 艦長が違和感を覚えていると、同じく単眼鏡を覗き込んでいた提督が反応して、注意深く船影を観察する。

 

「確かに、帆が無いな」

「はい。しかし、帆が無いのにどうやって進んで―――」

 

 と、艦長は最後まで言い終える前に、ハッと気づく。

 

「恐らく……あれはムーの機械動力船だと考えられるな」

「まさか。この文明圏外に列強のムー機械動力船があるはずが」

「私も信じられないが、現に我々の前にそれが現れている。それは受け入れなければならない」

「……」

 

 提督の言葉に、艦長は納得し難い様子を見せるも、自身の目に映る物は幻でもない現実である。現実を受け入れてか、彼はゆっくりと頷く。

 

「艦長。戦闘配置だ。他艦にも伝え」

「はっ! 全艦戦闘配置!! 他艦にも伝え!」

 

 頭を切り替えた提督は艦長に指示を伝え、艦長は復唱して乗組員達に指示を伝え、通信兵は他の戦列艦に指示を魔信にて伝える。

 

「竜母にワイバーンロードをいつでも飛ばせるように準備させろ」

「はっ!」

 

 提督は次に竜母二隻にワイバーンロードを飛ばせるように指示を出し、通信兵によって竜母二隻に指示が伝えられ、すぐにワイバーンロードの発艦準備に掛かる。

 

 その後艦隊は風神の涙にて風を発生させ、速力を増して不明艦が居る方向へと向かう。

 

 

 

 やがて艦隊は、船影を単眼鏡越しで鮮明にその姿を捉えられるぐらいに接近する。

 

「っ! 不明艦の旗を確認! ロデニウス連邦共和国の旗です!!」

 

 見張り員の報告を聞き、提督と艦長は単眼鏡を覗き込んで、不明艦を見る。

 

 不明艦のマストに、別の旗の他に、ロデニウス連邦共和国の国旗が風に靡いているのを確認する。

 

「ロデニウスだと」

「馬鹿な。なぜ蛮族共がムーの機械動力船を」

「疑問はあるが、今は目の前の事に集中しろ」

 

 信じ難い様子を見せる艦長に、提督は喝を入れて指示を出す。

 

「砲撃用意! 有効射程に入り次第砲撃せよ!」

「はっ!」

「竜母にワイバーンロード発艦を伝え!」

 

 提督の指示を艦長が乗組員へ伝達し、通信兵が他艦へと伝えると、旗艦を先頭に僚艦が一列に並び直して隊列を組む。同時に左舷側にある魔導砲がいつでも撃てるように備える。

 

 同時に竜母二隻も飛行甲板にワイバーンロードが並べられ、先頭が飛び立とうと翼を広げる。

 

 

「ん?」

 

 と、六隻の船影を単眼鏡越しに拡大して見ていた提督は、思わず声を漏らす。

 

 六隻の船影は、なぜか三隻ずつに分かれて隊列の中央を空ける。

 

「なんだ? あの動きは……」

「さぁ。蛮族の考えていることは分かりませんな」

 

 不可解な動きをする艦隊に、二人は怪訝な表情を浮かべて声を漏らす。

 

「まぁいい。何にせよ、機械動力船と言えど、たった六隻だ。大したことは無い」

「それに加え、ワイバーンロードによる上空支援があります。多少手間取るでしょうが、我々の勝利に揺るぎはありません」

「そうだな」

 

 艦隊の動きに怪訝な表情を浮かべこそ、彼らの自信は揺らがず、単眼鏡を下ろす。

 

 機械動力の船とは言えど、その数は六隻。駐屯艦隊は戦列艦が倍の十二隻。それに加えて竜母が二隻である。数だけで言えば皇軍側に分があるのは確かである。

 

 

 そう、数だけなら(・・・・・)……

 

 

「ん?」

 

 ふと、提督は何かに気付き、思わず声を漏らす。

 

 ちょうど三隻ずつ分かれたその間で、何か小さな物が動いていた。

 

「どうしました?」

「今、海の上で何か動いたような―――」

 

 艦長が問い掛けて提督がその正体を確認しようと、単眼鏡を覗き込もうとした瞬間、艦隊の間から眩い光が放たれる。

 

「な、なんだ!?」

 

 強い光によって誰もが顔を背けて目を腕で覆う。

 

 その眩い光によって、誰もが足を止め、行動が遅れることになる。

 

 

 やがて眩い光は消え去り、誰もが目を覆う腕を退かす。

 

「一体、何が……」

 

 提督も腕を退かし、若干チカチカする中で前方を見る。

 

「っ!?」

 

 するとその視界に映った光景に、誰もが驚き、提督もまた目を見開いて驚愕する。

 

 彼らの視界の先には、三隻ずつで前後に分かれた艦隊の間に、巨大な軍艦が現われていた。その上二隻も。

 

 先ほどまで影も形も無かったはずの巨大な軍艦が二隻も現れた事で、誰もが驚愕して立ち尽くしている。

 

「馬鹿な!? 一体どこからあんな船が!?」

 

 艦長は驚愕して声を上げ、提督は陸に上げられた魚の様に、口を何度も開閉させ立ち尽くしている。

 

 彼らが驚くのも無理はない。

 

 そのロデニウスの艦隊こと、ロデニウス連邦共和国、海上警備隊の艦隊の間に現れたのは、軍艦形態のKAN-SENである。

 

 第150号警備艦六隻の艦隊に同行したKAN-SEN『ジャン・バール』と『アルハンゲリスク』が艤装を展開して海上に下り、そこから空けた艦隊の間にて軍艦形態へと移行したのだ。

 

 KAN-SENを知らない皇軍側からすれば、突如戦艦が二隻も現れたように見えたのだ。驚くなというのが無理な話である。

 

「まさか、あれはムーの戦艦という軍艦か!?」

 

 やがて落ち着いた提督は、単眼鏡で突然現れた『ジャン・バール』と『アルハンゲリスク』を見て、その外観からムーの軍艦では無いかと予想し、声を上げる。

 

「馬鹿な!? なぜこんな文明圏外にそんなものが!?」

 

 艦長が信じられないと言わんばかりの表情を浮かべて驚いていると、二隻の戦艦の砲塔が旋回し始めて、砲口を皇軍の艦隊へと向け出す。

 

「っ! まさか……!」

 

 提督がその動きに気付くと、その直後二隻の戦艦の主砲が火を噴く。

 

「敵艦発砲!」

「う、撃って来たか!」

「し、心配ありません、提督。いくらムーの軍艦が優秀だろうと、蛮族風情に扱えるはずが―――」

 

 多少戸惑いはあるものも、艦長は自信を持って口にする。皇国の人間にありがちな偏った認識であるが、メタい話、ここまでくるとフラグ発言でしかない。

 

 

 艦長が言い終える前に、艦隊の傍で大きな水柱が上がる。

 

「ぐっ!?」

 

 衝撃と発生した波によって戦列艦は揺らされ、提督はたたらを踏みながらも倒れずに堪える。

 

 艦長と他の乗員達は船が揺らされてバランスを崩して尻餅を着くか、何とか耐える者に分かれて、誰もが呆然と水柱を見つめる。

 

「初弾でこんな近くに!?」

 

 提督は攻撃が届いたのもそうだが、何より初弾でこんなに近くに着弾した事実に驚いていた。それは敵が軍艦を使いこなしている何よりの証拠であるのは明確だ。

 

 誰もが驚いている間にも、戦艦は残った砲で砲撃を行う。

 

「い、いかん! 回避だ! 回避しろ!!」

 

 提督はすぐさま指示を出し、呆然としていた艦長はハッとして命令を復唱して船を回避させる。回避命令は他艦へと伝えられ、回避行動を取る。

 

 直後に艦隊の至近にて大きな水柱が上がり、発生した波によって艦隊全体が揺らされる。

 

「第二射も近い。偶然ではないという事か」

 

 着弾距離がさっきとほぼ同じ近さとあって、提督は息を呑み、水柱によって舞い上げられた水しぶきを被りながら、海水に混じって額に冷や汗を滲ませる。

 

(ワイバーンロードは……この状況では飛ばせないか)

 

 竜母が居る方向を見て、提督は歯噛みする。至近弾によって発生した波で竜母が大きく揺らされている所に、回避運動を取っているのだ。この状況ではワイバーンロードを飛ばすのは不可能だ。

 

 それに、この艦隊に所属する竜母は最新鋭の竜母と違い旧式であり、片舷に設けられた飛行甲板とバランスを取る為に、反対側にカウンターウェイトのコンテナを設けた構造になっている。

 普通に航行する分には問題無いが、こんなに波に呷られると船は大きく揺らされるし、そもそもこんな激しい回避行動は想定されていない。この辺り皇国の慢心さが出ていると言える。

 

 その為、飛行甲板は激しく揺られて、乗組員と竜騎士、ワイバーンロードはその揺れに耐えるので精いっぱいであった。もしこのまま発艦を強行すれば、発艦中にワイバーンロードがバランスを崩し、海に墜ちかねない。

 

 直後に再び艦隊に至近弾が出て水柱が上がり、艦隊は波に呷られる。

 

 

 しかし先ほどから至近弾しか出ていない状況もそうだが、水柱の上がり方に知る人が見れば違和感を覚えるだろう。

 

 砲弾が着弾しても、水柱が上がっているだけで、爆発していない(・・・・・・・)のだ。

 

 しかし攻撃を受けている皇軍側は、命中弾が出ていないでいて、尚且つ至近を保った着弾ばかりで、爆発しない砲弾に違和感を覚えるほど、余裕のある者はいなかった。

 

 それ故に、全員の視線は『ジャン・バール』と『アルハンゲリスク』に注がれることとなった。

 

 

 


 

 

 『ジャン・バール』の艦前部にある四連装砲二基の左半分の二門が衝撃波と共に火を噴き、砲口より圧縮空気によって硝煙と共にガスが排出され、次弾装填を行う為に砲身が水平に戻される。その直後に次弾装填を終えた右側の二門の砲が上げられる。

 

「……」

 

 艦橋にて皇軍の艦隊の動きを鋭い目つきで見ている『ジャン・バール』。

 

(『アルハンゲリスク』は……ちゃんと当たらないように、それでおいて外さない位置に落としているな)

 

 彼女は自身の艦体の後方にて、砲撃を行っている『アルハンゲリスク』を見て、彼女の砲撃が皇軍艦隊に当たらず、それでいて大きく外れない距離に砲弾を落としているのに口角を上げる。

 

(そろそろだな) 

 

 彼女は懐中時計を手にして時間を確認すると、妖精に頼んで通信機を持って来させてマイクを手にする。

 

「『ジャン・バール』からオトシゴへ。目標に到着したか? 送れ」

『こちらオトシゴ。目標の近くに到着したよ、送れ』

 

 マイクのプレスボタンを押しながら語り掛けてボタンから指を離すと、向こうより返信が返って来る。

 

「よし。この後もう一撃を見舞う。それで俺達は砲撃を中止する。その後で作戦開始だ。送れ」

『了解。それにしても、心臓に悪い事してくれるね、送れ』

「今回の作戦の目的上、仕方ねぇよ。文句なら指揮艦に言え、送れ」

『……別にいいけど、当てないでよ、送れ』

「砲弾は模擬弾で、海面に着弾すると同時に砕けるようになっている。重桜の砲弾みたいな水中弾効果はねぇから安心しろ、送れ」

『それでも着弾時の衝撃と轟音は伝わるんだから、心臓に悪いことに変わりは無いのよ、送れ』

「我慢しろ。すぐに終わらせる、終わり」

 

 『ジャン・バール』はマイクのプレスボタンから指を離し、通信機本体に戻す。

 

「『アルハンゲリスク』。作戦を第二段階に移行する。次の砲撃で一旦中止しろ」

『了解』

 

 彼女は『アルハンゲリスク』に指示を伝え、次の砲撃を行うべく主砲の照準を定める。 

 

 

 

 

「くっ!」

 

 何度目か分からない砲撃が艦隊を襲い、艦隊は大きく揺らされる。

 

「くそっ! くそっ! 何なんだよ! 何で蛮族があんなものを持ってんだよ!」

「俺が知るか!!」

「こんなところで死にたくねぇよ……こんな辺境の地でなんかで……」

 

 揺らされる船の上では、乗組員達が各々反応を見せている。

 

 そんな中で、提督は歯噛みして戦艦二隻を睨みつける。

 

(どうする? このままでは一方的にやられるだけだ。何とかワイバーンロードを飛ばせれば戦局を変えられるはず)

 

 提督は戦局をどうにか打開するべく考えを巡らせるが、一方的に攻撃を受けている状況を見ると、とても戦局を覆せるとは思えなかった。

 

 

「畜生!! 殺すならさっさと殺せよ!!」

 

 乗組員の一人が大きな声を上げると、直後に船の近くに砲弾が着弾して水柱が上がり、発生した波に呷られて船が大きく揺らされる。

 

「っ?」

 

 頭から海水を被り、ふと提督はあることに気付く。

 

(そういえば、さっきからなぜ攻撃がギリギリ当たってないんだ?)

 

 提督はこれまでの攻撃を思い出し、違和感に気付く。

 

 これまで艦隊に向けられていた攻撃は、どれも直撃しない距離で、尚且つ至近以上の距離にならない近さでしか着弾していない。

 

(攻撃が届いていないわけが無い。わざと攻撃を当てていないのか? だとすれば、一体何の目的があって―――)

 

 

 

 そんな時、砲弾が着弾したと共にその反対側の海面が盛り上がり、水飛沫と共に出てくる。しかし目の前の光景と轟音によって海中から現れた物体に気付いた者はいない。

 

 浮上した物体こと潜水空母『伊13』は、浮上直後に格納庫の扉を開ける。

 

 そこには『晴嵐』と呼ばれる専用の艦載機が搭載されているのだが、今回格納庫にはその晴嵐は収まっていない。その代わり、この作戦における主戦力が収められている。

 

「っ! 左舷に敵艦!?」

 

 ふと後ろを向いた見張り員が目を見開いて驚愕しながら、大きな声を上げて報告し、その声に反応した乗組員達は後ろを見て誰もが驚く。

 

「馬鹿な!? いつの間に!?」

「さっきから、一体どうなっているんだ!?」

 

 前方の戦艦二隻と後方に現れた敵艦と、突然現れるような状況に誰もが頭を抱えて狂ったように声を荒げる。

 

「っ! 右舷! 砲撃用意!! 急げ!」

「し、しかし! それではムーの軍艦への攻撃が!」

「どの道ここからでは届かん! なら、手に届く敵を優先すべきだ! 準備を終えた魔導砲から順次砲撃せよ!」

「りょ、了解!」

 

 提督の指示に艦長が戸惑うが、その指示した理由を聞き、すぐさま命令を復唱して指示を伝える。

 

 しかし戦列艦は両舷に大砲を持つ以上、大砲を扱う人間の数だって限りがあるので、全ての大砲を使う事は出来ない。最大の火力を発揮する場合どうしても片舷に集中せざるを得ない為、反対側の大砲を使う場合どうしても準備に時間が掛かる。

 

「……何をするつもりだ」

 

 『伊13』がハッチを開けている様子を、提督は息を呑む。

 

 

 と、扉が開かれた格納庫より、次々と人影が出てくる。

 

「なん、だと!?」

 

 『伊13』の格納庫より出て来た存在に、提督と乗組員全員が戸惑いと驚きに満ちた表情を浮かべて動きを止める。

 

 なぜなら、『伊13』から出て来たのが、種族、年齢が様々な女性だからだ。それだけなら彼らがここまで驚きはしないだろう。

 

 その女性たちが背中に鉄製の何かを背負い、その上で海の上を浮いて走っている姿を見せられては、彼らのような反応を見せるのも仕方が無い。

 

 その女性たちことKAN-SEN達は、『伊13』の格納庫に収まり、『伊13』が浮上して格納庫の扉が開かれると、艤装を展開して跳び出したのだ。

 

 海上警備隊と『ジャン・バール』『アルハンゲリスク』は駐留艦隊の視線を釘付けにする為の囮。本命はこのKAN-SEN達である。

 

 彼女たちの目的は、駐留艦隊の船に直接乗り込み、乗組員を無力化することである。駐留艦隊の乗組員の中に、虐殺に関わった者が居る可能性があるので、乗組員の捕縛の為、このような作戦に出たのだ。

 

「な、なんだ、なんだあれは!?」 

「お、女が海の上を走って!?」

「そんな馬鹿な!? どんな魔法を使っているんだ!?」

 

 あまりにも非現実的な光景に、誰もが驚きの声を上げている。それ故に、甲板上に居る乗組員達は全員動きを止めてしまっていた。

 

 

 

「先に竜母を叩く! 砲撃用意!」

 

 『伊13』の格納庫より出撃し、海上を走って駐留艦隊に接近するKAN-SEN達は、それぞれ担当する船へと分かれて行動し、竜母に向かう『土佐』が大きな声を上げ、艤装にある主砲を竜母に向ける。

 

 『土佐』と行動を共にし、その後方に居る『出雲』と『デューク・オブ・ヨーク』も、艤装にある主砲を竜母に向ける。

 

「撃ち方、始めっ!!」

 

 彼女の号令と共に、三隻の戦艦のKAN-SENの艤装の主砲が轟音と共に火を噴き、竜母のカウンターウェイトのコンテナに命中して破壊する。

 

 ただでさえ片舷にある飛行甲板とバランスを取る為に、カウンターウェイトのコンテナで無理やりバランスを取っている以上、安定性はお世辞にも高いとは言えない。そんな重りを破壊されたらどうなるかは、明らかだ。

 

 カウンターウェイトのコンテナを破壊され、片舷にバランスが偏った竜母は一瞬で横転してしまい、飛行甲板の上に居た乗組員と竜騎士、ワイバーンロードは海へと投げ出されてしまう。

 

「竜母を無力化した。残るは戦列艦だけだ」

 

 『土佐』は後ろを向き、『出雲』と『デューク・オブ・ヨーク』を見ると、左手を耳に当てる。

 

「改めて言うが、今回の目的は武装勢力の戦列艦の乗組員を無力化し、捕縛することにある。可能な限り乗組員は生かして捕らえろ。止む得ない場合は任せる」

 

 彼女はKAN-SEN達に今回の目的を改めて伝え、一間置いて口を開く。

 

「特に『ローン』。お前はやり過ぎるなよ」

『大丈夫ですよ、「土佐」さん。可能な限り死なない程度には行いますよ』

「……そうか」

 

 何やら悩みの種があるようで、『ローン』に対して念を押したようだが、結局諦めたようにため息を付く。

 

「兎に角、各員無理はするな。もしもの時は必ず救援を呼べ。海警隊の警備艦も『ジャン・バール』達と向かっている。いざという時は支援要請を行え」

 

「以上だ」と、『土佐』はそう締めて、通信を切る。

 

「血塗られた惨劇が起こりそうだな」

「かもしれんな」

 

 『デューク・オブ・ヨーク』の言葉に、『土佐』はため息を付き、腰に佩いている刀の柄に手を置き、自分達も戦列艦へと向かう。

 

 

 

 




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第八十二話 作戦完了の知らせ

 

 

 

 所変わり、シオス王国

 

 

 

「王様。ロデニウスによる我が国でのパーパルディア皇国駐留艦隊の制圧は順調に進んでいるとのことです」

「そうか」

 

 王宮の国王の執務室にて、国王と文官が話している。内容はどうやらロデニウス連邦共和国による、王国の港の一角を不法占拠している武装勢力の制圧についてのようである。

 

「しかし、よろしかったのでしょうか? 我々の立場は実質上パーパルディア皇国と敵対するような行為ですよ」

「構うものか。ここ最近の皇国の行為は度が過ぎている。そろそろどうにかしなければならないと思って居た頃だ。ロデニウスの提案はちょうど良かったのだ」

「……」

「それに、ロデニウスの力を以てすれば、皇国を降すのも容易い。心配することはない」

「それは、そうでしょうが」

 

 不安な表情を浮かべる文官に国王は鼻を鳴らし、窓から外の景色を眺める。

 

「しかし、皇国も愚かなことをしたものだ」

「えぇ。ロデニウスの怒りを買うのは目に見えていたはず。技術力を見ればロデニウスが自国よりも国力が高い国であるのは明らかなはず」

「皇国の事だ。文明圏外に自分達よりも高い国力を持つ国が居るはずがないという先入観に加え、無駄に高いプライドでまともな思考をしていなかったのだろう。でなければ、素面でこんなことは出来んだろう」

「……」

「まぁ、あの国がどうなろうと、第三文明圏の均衡が変わるだけだ。貿易もパーパルディア皇国からロデニウスへと中心に行っているから、損失も少ない」

「そうですね」

「兎に角、今は見届けようではないか。歴史の転換点を」

 

 国王はそういうと、パーパルディア皇国駐留艦隊が拠点している港がある方向を見つめる。

 

 

 


 

 

 

「くそっ! くそっ!」

 

 悪態をつきながら皇国駐留艦隊の司令は、部下一人を連れて捕らえたロデニウスの民間人を収監している場所へと向かっている。

 

(蛮族共め! ここまでコケにして、ただで済むと思うなよ!)

 

 歯噛みしながら内心罵倒し、その怒りの矛先を司令部を急襲したロデニウス連邦共和国地上警備隊に向ける。

 

(捕らえた蛮族を奴らの前に突き出して見せしめに一人二人を殺せば、奴らは動きを止めるはずだ。そうすれば、艦隊の帰還までの時間を稼げる)

 

 頭の中でどうするか考え、次第に邪な考えが浮かぶ。

 

(そうだな。あの女を奴らの前で甚振って艦隊帰還までの時間を潰すのも良いだろうな。奴らの悔しい顔が思い浮かぶ)

 

 口角が上がりそうになるも、何とか堪えて彼らは、目的地に到着する。

 

 シオス王国で岩壁に空いた洞窟を利用した倉庫を、皇軍が牢屋として改造した場所である。ここに捕らえた民間人を閉じ込めている。

 

「鍵を持って来い!」

「はい!」

 

 部下に牢の鍵を持って来させて、二人は洞窟の中へと向かう。

 

 

「っ!?」

 

 しかし洞窟に入ろうとした瞬間、何かに足が引っ掛かり、二人は前のめりに倒れる。

 

「な、なんだ……」

 

 司令はすぐに身体を起こして後ろを向くと、細い何かが洞窟の入り口に張られているのを見つける。

 

「い、一体これは―――」

 

 足を引っかけであろうそれに、彼は苛立ちを覚えながら立ち上がる。

 

「っ!?」

 

 しかし立ち上がろうとした瞬間、上から何かに押さえつけられる。

 

「ぐっ!?」

 

 顔を上げた瞬間、首に細い腕が絡み、司令の首を力強く締めに掛かる。

 

 何とか抵抗しようとするも、更に首を力強く絞められて一瞬頭に酸素が行き渡らなくなり、彼は意識を失う。

 

 部下もまた同じように意識を奪われて地面に倒れている。

 

 

「全く。分かりやすいね」

 

 と、司令の男の手首を結束バンドで後ろで拘束しながら、『霧島』が呆れて小さく息を吐く。

 

「『霧島』殿。こちらも拘束完了しました」

 

 その近くで部下の男の拘束を終えた『十六夜月』が立ち上がりながら報告する。

 

 『黒潮』を筆頭にした忍びのKAN-SEN達は、パーパルディア皇国にて諜報活動を行っており、シオス王国で起きた虐殺事件後、すぐに『大和』からの指示で『霧島』と『十六夜月』が海を渡ってシオス王国に上陸し、捕らえられたロデニウス国民の所在を確認させた。

 

 シオス王国で調査していた彼女達は、人質たちが捕らえられている場所を掴み、今回の作戦に合わせて二人は人質解放に動いていた。

 

 しかし皇軍側が必ず人質を使うと踏んでいたので、『霧島』と『十六夜月』は牢がある洞窟にて、入口にワイヤーを張って待ち構え、倒れた所で意識を奪いに行った。

 

「しかし、予想はしていたけど……」

 

 と、『霧島』は意識を奪った司令を冷たい目で一瞥し、洞窟の奥を見ると、舌打ちをする。

 

「『霧島』殿。『クリーブランド』殿に連絡を入れますが、よろしいですか?」

「……あぁ。頼む」

 

 『十六夜月』は狐の面で顔は隠されているといっても、不安な雰囲気を醸し出しながらも、『クリーブランド』に連絡を入れる。

 

 

 

 所変わり、港の方では……

 

 地上警備隊の隊員達によって、拘束されたパーパルディア皇国駐留艦隊司令部の職員達が一か所に集められて座らされている。

 

 職員達は意気消沈した者や、反抗的な目で隊員達を睨む者と分かれている。その近くでずぶ濡れになった銃兵達も銃を取り上げられて、一か所に集められて拘束されている。

 

「……」

 

 地警隊の隊員達は皇軍駐留艦隊司令部の職員達が暴れないように、盾や散弾銃を構え、その動向を見張っている。

 

 その中に、『クリーブランド』の姿も混じってウィンチェスターM1897の銃口と艤装にある主砲の砲口を向けている。

 

「『クリーブランド』!」

 

 と、呼ばれる声がして振り向くと、背中に艤装を展開している『鞍馬』がやって来る。

 

「『鞍馬』。どうしたんだ?」

「Sより機密通信があったよ。宝物は確保した、と」

「そっか。こっちも武装勢力の確保。作戦は順調か」

「うん。後は海警隊からの連絡を待つだけだよ」

「あぁ。すぐに宝物の回収を頼むよ」

「分かった」

 

 『鞍馬』は頷き、数人の隊員達を引き連れて人質の救出に向かう。

 

「蛮族共が! 自分達が何をしたのか、分かっているのか!!」

 

 と、シオス王国駐留艦隊司令部の職員が声を上げる。隊員達が散弾銃を構えるが、『クリーブランド』が手で制する。

 

「民間人を虐殺し、シオス王国の一角を不法占拠している武装勢力を鎮圧しただけだが?」

 

 『クリーブランド』は表情に何の感情を浮かばせずに、淡々とした様子で答える。

 

「武装勢力だと? 随分と愚かな事をしたものだな」

 

 職員は鼻を鳴らし、地警隊を馬鹿にしたような表情を浮かべて見渡す。

 

「我々を捕らえていい気になるなよ、蛮族共が! 艦隊が戻れば、シオス王国諸共、お前達は皆殺しだ! その上で本気になった皇国がお前達の国を滅ぼしに行くぞ!!」

 

 得意げに語る職員だったが、地警隊の誰もが慌てる様子を見せず、逆に「こいつ何言ってんだ?」と言わんばかりに呆れた表情を浮かべる。

 

「期待しているところ悪いが、艦隊が戻って来る事は無いと思うぞ」

「ハッ。何を言うかと思えば、面白い冗談だ。もっとマシな冗談は言えないのか?」

 

 変わらない職員の態度に『クリーブランド』は呆れるばかりだったが、地警隊の隊員が彼女に駈け寄り、耳打ちをする。

 

「……そうか」と頷き、彼女は職員を見る。

 

「残念なお知らせだ。あんたらが期待している艦隊は、別の部隊が制圧したそうだ」

「は?」

「じきにお前達を本土に移送する警備艦がやって来る。それまで大人しくしていてくれ」

「何を言って」

「いずれ分かる事だ。この港に来るのはあんたらが期待している艦隊じゃなく、我が国の艦隊だ。その眼で確かめてくれ」

 

 彼女はそう言うと、踵を返して離れる。背後で罵詈雑言が飛んでくるが、直後に硬い物で殴ったような音がして暴言が止む。

 

『「クリーブランド」』

「『鞍馬』? どうしたんだ?」

 

 と、人質救出に向かった『鞍馬』より通信が入り、彼女は耳に手を当てつつ返答する。

 

『捕らえられた人質を発見したけど、人数が多いから、人を寄こして欲しいんだ』

「すぐに手配する」

『それと、拘束された駐留艦隊の司令官と部下一人を発見したから、今から司令官をそっちに運ばせるよ』

「分かった。そっちは任せてくれ」

 

 彼女はそう言うと、通信を切る。

 

「どうやら、ここの責任者を見つけたようだな」

 

 と、声がしてその方向を見ると、一人の女性が歩いて近づいて来る。

 

 青い髪を腰まで伸ばし、立派な胸部装甲の南半球の一部が露出し、スリットが入ってブーツに覆われた脚が出ているスカートという特徴的な服装をした女性ことKAN-SEN『ソビエツカヤ・ベラルーシア』。

 北方連合の『ソビエツキー・ソユーズ級戦艦』の二番艦のKAN-SENである。

 

「あぁ。姿が見えないと思っていたけど、おおよそ人質を使うつもりだったんだろうね」

「だろうな」

 

 『ソビエツカヤ・ベラルーシア』はため息を付くと、『クリーブランド』を見て口を開く。

 

「容疑者は確保しているが、全員いると確定していないのだろう?」

「あぁ。まだ分かっていない。地道に調べればわかる事だけど……」

 

 と、『クリーブランド』はウィンチェスターM1897を艤装に引っ掛けて、隊員にタブレット端末を持って来させて受け取り、あるデータを開ける。

 

 そこには数人の男性の顔が並んで写し出される。画面に表示された男たちは、『エンタープライズ』が撮影した虐殺時の映像を解析して判明した、件の民間人虐殺の実行犯達である。

 

「なら、手っ取り早く聞いた方が早い。そうすれば後で調べる必要も無いからな」

「……」

 

 淡々と述べる彼女の姿に、『クリーブランド』は苦虫を噛んだような表情を浮かべつつ、咳払いして声を掛ける。

 

「言っておくけど、相手が犯罪者であっても、我が国ではそんな犯罪者にも人権ってのがあるんだからな。当然尋問をするにしたって、過激なやり方はNGだ」

「ふむ。善処する」

 

 彼女がそう説明すると、ベラルーシアは頷くも、そんな彼女の姿に『クリーブランド』は不安を覚える。

 

 

 

 しばらくすると、人質救出に向かった隊員達数人が男二人を抱えて戻って来た。

 

「この男が」

「みたいだな」

 

 二人は連れて来られた二人の男の内、タブレット端末の画面に表示された顔写真を片方の男の顔と見比べて、シオス王国駐留艦隊の司令であるのを確認する。

 

 その後地警隊の隊員が水いっぱいのバケツを持って来て、司令に水をぶっかけて目を覚まさせる。

 

「気分はどうだ?」

「……」

 

 『クリーブランド』が問い掛けると、ずぶ濡れの司令は彼女を睨みつける。

 

「あんた達の身柄を本国に移す前に、聞きたい事があるんだ」

 

 彼女はそう言いながらタブレット端末を操作し、容疑者リストを表示させて司令に見せる。

 

「ここに写し出している容疑者について聞きたい事がある。協力してくれるなら―――」

「いい気になるな、蛮族が」

「ん?」

 

 彼女の言葉を遮り、司令は鼻を鳴らす。

 

「この程度で勝ったと思っているのか? だとするなら愚かだな。我々の戦力は全体のたかが一片に過ぎん。本国艦隊はこれの比ではない。この事はすぐに本国に知られるぞ」

「……」

「協力しろだと? 断る! 誰が蛮族のガキにするものか」

(分かっていたけど、こんな状況でも強気でいるか)

 

 皇軍の軍人がプライドの高い人間であるのは予想していたが、予想通りの光景過ぎて『クリーブランド』は内心呆れて浅く息を吐く。

 

「だが、まぁ……」

 

 と、男はにやりと口角を上げて『クリーブランド』の後ろにいる『ソビエツカヤ・ベラルーシア』を見る。

 

「そこの女が俺の相手をしてくれるなら、話してやっても良いぞ」

 

 男は彼女の身体を上から下までを、隠すことなく露骨に邪な感情剥き出しのにやけた表情を浮かべながらそう伝える。

 

(よくもまぁこんな状況でそんな事が言えたもんだ)

 

 『クリーブランド』はこんな状況で強気で尚且つ偉そうにしている男を嫌悪感を顔に表しつつ、呆れを通り越して逆に感心するのだった。

 

「……」

 

 と、ベラルーシアは無表情のまま司令の元へと歩み寄る。

 

「ほぅ」

 

 司令は感心したように息を吐き、やがてベラルーシアは男の傍まで来て、地面に片膝を着けてしゃがみ込む。周りでは捕まった職員達が変な期待をしていたり、地警隊の隊員達が息を呑む。

 

「……」

 

 下心を隠しもせずに口角を上げて期待している男をよそに、ベラルーシアは右手を男の頬に―――――

 

 

 

 ――――添えることなく男の胸ぐらを掴む。

 

「えっ?」

 

 司令が呆けていると、彼女は司令を地面へと引っ張り倒しながら後ろに回り込み、後ろで拘束された右手の親指を掴み、曲がるはずの無い方向へと親指を曲げる。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」 

 

 激痛が走り、司令は声を上げて悶えるも、ベラルーシアが上から押さえつけて男を身動きを取れなくする。

 

「答えてもらおうか。画面に表示された職員達は今もここに居るのか」

「い、い、い!」

「お前の望み通り、相手をしてやっているぞ」

 

 彼女は司令を押さえつけながら耳元で語り掛ける。この時密着しているので、必然的に彼女のご立派な胸部装甲が男の背中に押さえつけられているが、当の本人は激痛のあまり気付くだけの余裕はない模様。

 

「こ、こんなもののわけがぁぁぁぁぁ!!! 分かった! 分かったから! そこに写っている職員は今もここに居る! 一人も本国に異動していない!!」

 

 司令は抗議の声を上げようとするが、ベラルーシアが折れた親指を更に曲げながら力を入れ、激痛が走った司令は悲痛な声で慌てて彼女が問い掛けた質問に答える。

 

「では、出払っている艦隊の乗組員は件の虐殺の件に関わっているのか?」

「そ、それはぁぁぁぁぁぁっ!? 分からない! それだけは調べてみないと分からない! ホントだ誓う! 誓う!!」

 

 彼が言い終えると、ベラルーシアは折っていた親指を離して立ち上がる。

 

 痛みのあまり泣き出す司令の姿に、職員や銃兵達はさっきまでの楽観的な様子はどこへやら。全員青ざめて身体を震わせている。

 

 一方地警隊の隊員達はドン引きしており、『クリーブランド』に至っては眉間に手を当てて、皺を寄せている。

 

「北連式の方が能率的だ」

「……はぁぁぁぁぁぁ」

 

 横を通り過ぎる際にベラルーシアは『クリーブランド』にそう告げると、彼女はクソでかいため息を付く。

 

「何の為に私が事前に人権がどうこう言ったと思ってんだ! 脳筋!!」

 

 歩くベラルーシアの背中に怒号を浴びせて、再度クソでかいため息を付き、気持ちを整えてから地面に頭を着けたまま泣いている司令を見る。

 

「あ~……信じて貰えないかもしれないけど、普段はあんなことしないからさ。余程あんたの発言に怒ったんだと思うよ、たぶん」

 

 『クリーブランド』は頭の後ろを掻きながら男にそう伝えると、手にしているタブレット端末の消えた画面を再び点けて、画面に表示された容疑者リストを涙と鼻水でくしゃくしゃな顔の司令に見せる。

 

「改めて言うけど、ここに写し出されている容疑者の探索の協力、してくれるよね?」

 

 優しく問いかける『クリーブランド』であったが、先ほどの事もあって司令の目には、彼女の姿さえも恐ろしく見えてしまった。

 

 故に、司令の答えは一つしかなかった。

 

 

 その後捕らえた武装勢力ことシオス王国駐留艦隊司令部の職員と銃兵達の護送の為、海上警備隊の第150号警備艦と『ジャン・バール』『アルハンゲリスク』、更に軍艦形態化した『土佐』と『出雲』が港へとやって来る。

 

 戦艦四隻の姿を見た皇軍の職員達がそのプライドを打ち砕かれたのは、言うまでもないだろう。

 

 捕らえられた人質の救出は多少の問題が起きたものの何とか完了し、KAN-SEN達の力を借りて本土へ搬送されることとなる。

  

 

 

 




感想、質問、評価、要望等をお待ちしています。


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第八十三話 そして、時代は動き出す

本作の投稿を始めて、無事二周年目に突入しました!

感想や評価、毎回誤字報告をしてくださる方々には、本当に感謝しています!

出来れば一周年記念同様、一週間連日投稿を行いたかったのですが、仕事が忙しく、モチベーション低下が重なって話のストックを溜めておくことが出来ませんでした。
申し訳ありませんが、今回は何もありません。

色々と大変でありますが、これからも本作をよろしくお願いします!


 

 

 

 

 中央歴1640年 1月25日 ロデニウス連邦共和国。

 

 

「……」

「……」

 

 大統領府の執務室にて、カナタは険しい表情を浮かべてタブレット端末の画面に表示されたデータを見つめている。その様子を秘書の男性が静かに立って彼の意見を待っている。

 

「……予想していたとはいえ、ここまで酷いとは」

 

 カナタはタブレット端末を置き、身体を震わせながら、絞り出すように声を漏らす。その様子から彼が激怒しているのは容易に想像できた。

 

「救助された人質は32名。だが確認された人数は全員で61名。その内20名が処刑されているから、41名は残っているはず」

 

 歯噛みする彼の目線の先には、タブレット端末の画面に表示されているデータを見て、疑問の声を漏らす。

 

 今回皇軍シオス王国駐留艦隊に拿捕された帆船には、乗組員と観光客合わせて61名が調査で確認されている。その内20名は処刑されてしまっているので、生存者は41名残っているはず。しかし救助時に確認された人数は32名であった。

 

「そちらについては、捕らえた捕虜の尋問により、判明致しました」

 

 秘書は険しい表情を浮かべつつ、手にしているタブレット端末を操作してそのデータを表示させ、説明に入る。

 

 

 彼の口から聞かされた事実は、あまりにも常軌を逸していた。

 

 

 捕らえられた人質は、毎日のように尋問という名の拷問を受けていたのだ。いや、もはや尋問など目的ではなく、私的な拷問がほとんどだったそうである。

 

 その為、救助された人質全員が身体のどこかを負傷していた状態であり、中には骨が折れた状態で長い間放置されていた人もいた。その上抑留されていた場所の衛生環境が劣悪であって、それによる破傷風等の感染症に掛かっている可能性が高いという。

 

 しかしその中で身体的に、精神的に最も被害が大きかったのは、女性であった。

 

 人質の女性は毎日皇軍シオス王国駐留艦隊司令部の職員達の慰み者にされ、抵抗しようものなら暴力で無理やり従わされていた。しかも幼い女の子相手でも容赦しなかったそうな。

 

 現時点ではまだその報告(・・・・・・)は無いとのことだが、心身共々深い傷を受けたことに変わりはない。

 

 そして心身に深い傷を負って、拷問で受けた傷が原因で死亡する者、慰み者にされたショックに耐え切れずショック死した者が出てしまったのだ。

 

 捕虜曰く、遺体は全て海に捨てていた、と供述しているとのこと。

 

 それ故に、当時人質救出にあたっていた地上警備隊の隊員達の中に、人質の状態を見て捕虜に対して怒りをぶつける者が多かった。どうやら人質の中に、彼らの家族や友人がいたのである。

 

 

「……狂ってる」

 

 カナタは、両手を握り締め、ただその言葉しか口に出すことが出来なかった。それだけに、驚きと、怒りに満ちていた。

 

「捕虜は処刑の件を含め、上層部から命じられてやっていたと、供述していますが」

「あんな嬉々とした様子で処刑を行っていて、何が命令だ! 人質の様子と証言から自ら進んで行っていたのは明らかだろうが!」

「責任を命令した側に擦り付けようとしているのが明らかですな」

 

 彼はいつもの優しい口調からは予想できないような怒号と共に机に拳を叩きつける。秘書もまた苛立ちを隠せない様子で語っている、

 

「……まぁ、捕虜については追々考えるとして、だ」

 

 カナタは深く息を吸って、ゆっくりと吐き、それを何度も繰り返して気持ちを落ち着かせて、コップに注いだ水を飲んで、一間置く。

 

「救助された方々には、細心の注意を払って接するように厳命します。特に、女性の方々は特段と注意を払ってください。最悪の事態だけは、何としても回避しなければなりません」

「分かりました。関わっている病院関係者には、必ず伝えておきます」

 

 秘書は頷いて了承し、タブレット端末のメモ帳アプリを開いてメモする。

 

 過酷な目に遭っている以上、被害者の心に受けた傷は、とても想像できるものではない。それこそありふれたような言葉を掛けようものなら余計に心の傷を深めてしまうような状態である。フラッシュバックによってトラウマを刺激され、突発的な行動を取りかねない。

 

「それで、『大和』殿はどうしていますか?」

「『大和』殿は作戦に参加するKAN-SEN達と共にアルタラス島へ移動しまして、準備に取り掛かっているとのことです。『紀伊』殿も北ロウリア州のロザリアへ『尾張』殿と共に向かったと。それと、トラック泊地も戦闘態勢へ移行。陸戦隊及び航空隊の出撃準備を終えつつあると」

「そうですか。軍の方は?」

「陸海空共に準備を終えつつあるとのこと」

「……」

 

 秘書より報告を聞き、カナタは深くゆっくりと息を吐く。

 

「いよいよ、ですか?」

「あぁ。いよいよだ」

 

 彼はそう言って立ち上がり、窓から外の景色を見つめる。

 

(ムーを通じてパーパルディア皇国への宣戦布告。建国から一年も経たずに、他国と本格的な戦争になる、か)

 

 多くのビルが立ち並ぶ外の景色を見つめながら、彼は内心呟く。

 

 パーパルディア皇国への宣戦布告は、皇国と一切の接触を行わないとしているというのもあるので、ムーを通して宣戦布告を行う事にした。

 

 直接特使を送って皇国に宣戦布告を行うというのも考えられたが、これ以上皇国が何をしでかすか分からないとあって、このような形になった。

 とは言っても、KAN-SENが特使なら問題ないのでは? と言ってはいけない。実際『大和』と『紀伊』は特使として赴こうという案を出していたのだが、結果的に却下となっている。

 

 それに、これ以上皇国に対して下手に出れば、余計に向こうを調子付かせるだけだ。

 

(相手は第三文明圏の列強国。負けるつもりはないが、不安が無いと言えば嘘になる)

 

 ロデニウスは以前とは比べ物にならない力を有しているが、相手は腐っても第三文明圏の列強国である。これまでの常識もあって、不安が無いとは言えなくなる。事に絶対は無いのだから、この不安はある意味正しい感情である。

 

(だが、必ず勝たなければならない。この国の未来を守るために、罪を償わせるためにも)

 

 カナタは決意を胸に抱き、踵を返して秘書と共に執務室を出る。

 

 

 


 

 

 

 時系列は遡り、第二次フェン沖海戦後のこと。

 

 

 場所はパーパルディア皇国。

 

 

「それでは、御前会議を開始します」

 

 パラディス城の大会議室にて、皇帝陛下の相談役のルパーサの号令と共に、御前会議が開始される。

 

「まずは、第1外務局局長、エルト殿」

「はい」

 

 ルパーサに促され、エルトは頷いて書類を手にする。

 

「先日、ムーがロデニウスへ観戦武官を派遣したことを明らかにしました」

「ほう。あのムーが文明圏外国家へ観戦武官を送ったか。らしくないな」

 

 エルトの報告を聞き、ルディアスが興味深そうに、それでいてどこか不満げな様子を見せる。ムーがこれまで観戦武官を送って来たのは、必ず勝てると判断した国であり、今回もパーパルディア皇国へ観戦武官を送ると思っていた。しかし実際にムーが観戦武官を送ったのは、なぜか皇国の格下にある文明圏外国家である。

 

 まるで皇国が必ず勝つことは無い、と言い切られているようなものと感じて、彼は不満を感じていた。

 

「ムーの真意を確認する為、職員を大使館に送って確認を行わせ、調査させました」

「……余はそんな事は知らぬぞ」

「陛下に黙って秘密裏に調査したことについては、申し訳ありません。ただ、不透明な案件であっただけに、確実な内容を知る為でしたので」

「そうか。事実と違う報告をされるよりかはマシ、か」

 

 自分に黙って動いていたことに一瞬苛立ちを覚えるものも、自身に確実な報告をする為の行動であると説明を受けて、彼は納得する。

 

「して、結果は?」

「ハッ。ムーは……我が皇国とロデニウスが戦った場合、ロデニウスが勝つと分析結果を出したようです」

『っ!?』

「……」

 

 彼女がそう告げると、大会議室にどよめきが走る。ただ、ある程度の実態を知っているカイオスは特に驚いた様子を見せずにいる。

 

「馬鹿な!? たかが蛮族の国に我が皇国が負けるだと!?」

「そんなこと、ありえるはずがない!」

「エルト殿! それは確かなのか!?」

 

 エルトが告げた内容に怒号が上がる中、彼女は怒号に負けず答える。

 

「はい。ムー大使館職員から直接お聞きした事です」

 

 彼女がそう告げると、怒号が収まる。

 

「アルデよ」

「は、ハッ!」

「ムーはロデニウスが勝つと分析しているが……もしや皇軍が負けることはあるまいな?」

 

 ルディアスの眼光に睨まれ、アルデは息を呑むものも、気を引き締めて口を開く。

 

「御心配には及びません、陛下。ムーがこれほどの事を語るということは、ロデニウスには多くの戦力があるのか、もしくは我々が知らない何かがあると見れます」

「ふむ」

「ですが、所詮は文明圏外の蛮族です。例え多くの戦力を有していたとしても、それだけの戦力による電撃作戦を行うのは不可能です。初戦は恐らく皇軍であろうと苦戦を強いられ、多くの被害を被るかもしれません。しかし、仮に向こうの戦力が我が方より上だとしても、力の差はこちらの方が圧倒的に上ですので、時間が経てば経つほど有利になるのは我々の方です。そして最後に勝利を掴むのは、我が皇国であります」

「そうか。それを聞けて余も安心したぞ」

 

 と、ルディアスの口からは安堵の言葉が出たものも、その眼光は鋭く、アルデは息を呑む。

 

 未だにアルタラス王国へ向かった艦隊の消息が掴めておらず、その原因も分かっていないとあって、アルデはその眼光が恐ろしく映ったのだ。

 

 

(哀れだな)

 

 と、カイオスはそんなアルデの姿を見て、内心呆れた様子で呟く。

 

(陛下の前だとそう言わざるを得ないとはいえ、あのムーがロデニウスが勝利する、と言い切ったのだ。アルタラス王国の一件もある以上、やつも内心気付いているだろうに)

 

 周囲の反応を見つつ、エルトを一瞥する。

 

(ムーとロデニウスは密接的な関係にあるのは間違いない。ムーの港にロデニウスの輸送船が引っ切り無しに入港しているようだからな)

 

 カイオスはルディアスに説明しているアルデの姿を横目で見つつ、密偵に調べさせて手に入れた情報を思い出す。

 

 

 密偵曰く、ムーの港に多くの他国の輸送船が出たり入ったりしているそうで、その輸送船が掲げていた旗は、ロデニウス連邦共和国のもので間違いないそうである。

 

 これが逆ならばまだ考える余地があったものも、明らかにムーがロデニウスから物資を輸入している。ムーがわざわざこれほど大規模な貿易を行っているということは、ロデニウスの技術力はムーを上回っていると推測できる。

 

 

(それに、ムーが我が国に滞在している自国民に帰国命令を出たそうだからな)

 

 カイオスは、ここ最近のムー行きの船の多さと、帰国するムー人の多さを思い出す。

 

 最近ムーより皇国内に居る自国民に帰国命令を出しており、わざわざ勝つのに自国より自国民に帰国命令を出したムーに、皇国の人間はその動きを不可思議に思っていた。

 

 しかし事実を知る者からすれば、いよいよ以って事態が動き出したと思うしかない。

 

 

 すると、大会議室の扉より強めのノックの音が響く。

 

「緊急の要件につき、失礼します!!」

 

 と、勢いよく扉が開けられて、汗にまみれた第1外務局の若手幹部が入室する。

 

「何事か!! 今は御前会議の最中なのだぞ!!」

 

 乱入した若手幹部にルパーサが怒鳴るも、ルディアスが手で制する。

 

「構わぬ。報告せよ」

「は、ハッ!」

 

 ルディアスに促され、若手幹部が手にしている紙を見ながら報告する。

 

「フェン王国に派遣したバルト将軍及びベルトラン将軍率いる皇軍は、戦列艦隊、竜母艦隊……全て全滅! 残った陸戦部隊と揚陸艦隊は、ロデニウス連邦共和国とフェン王国の連合軍に降伏しました!!」

「なっ!?」

「何だとぉぉぉぉ!?」

「っ!」

「……」

 

 若手幹部の報告に、一部を除いて多くの者が驚きの声を上げて驚愕する。

 

 結果的に全滅してしまったが、ベルトランは降伏した後、魔信にてロデニウス連邦共和国とフェン王国の連合軍に降伏する、という旨の通信をある報告と供に送っていた。

 それが今届いたのである。

 

「そ、そんな馬鹿な!? 何かの間違いでは無いのか!?」

「何度も確認しましたが、間違いありません!」

「……」

 

 アルデは見るからに焦った様子で確認するも、若手幹部の言葉は変わらない。

 

(アルタラス王国の一件もそうだったが、まぁ当然の結果だな)

 

 カイオスは特に驚く様子を見せず、若手幹部の報告に納得する。

 

 

 ッ!!

 

 

 すると、食器が割れる音がして、ルディアスを除く全員が音がした方向を見る。

 

 音の主は、鬼のような形相を浮かべ、見た者を恐怖に陥らせるほどの威圧感を放つレミールであり、ギロリとアルデを睨む。

 

「蛮族如きに……局地戦とは言え、この皇国が敗れただとぉっ!? アルデェッ!! 蛮族相手に驕ったなぁ!!」

「も、申し訳ありません!!」

 

 アルデは顔中に冷や汗を掻きながら、レミールに深々と頭を下げて謝罪する。だがこの女、その程度で怒りが収まるはずも無く、怒号は続く。

 

「戦で相手の分析し損ねるとは!! 何たる失態か!! 貴様、それでも軍の指揮官か!!」

「そ、それは……」

 

 彼は弁明しようにも、レミールの迫力に圧されて言葉が詰まり、その上報告にあった理解しがたい内容に言い訳も思いつかなかった。

 

 パーパルディア皇国軍は、フェン王国を落とす為に十二分以上の戦力を整えて送り出した。

 

 誰が見ても確実に勝てる戦力であった。負ける要素など無いはずだった。

 

 だが、その皇国の自信を、ロデニウスが打ち砕き、全てを覆してしまった。

 

 皇国、それも皇軍が敗北した事実は、すぐに各国に広まるだろう。当然その中には、パーパルディア皇国の73の属国も含まれる。

 

 多くの属国を抱えるパーパルディア皇国が、文明圏外国家に敗れることの意味、そして危険性を、レミールは十分理解していた。

 

 宗主国が弱く見えると、恐怖感が薄れて力関係が崩れてしまう。恐怖支配の脆弱性である。

 

 

「アルデよ」

 

 

 と、大きくないが、それでも大会議室全体に伝わる威圧感のある声がして、アルデはぎこちない動きで声を主を見る。

 

 彼の視線の先には、玉座の肘掛けに肘を置き、頬杖を着いて無表情でアルデを見るルディアスの姿があった。

 

「余の耳が可笑しくなったのだろうな、アルデよ」

「へ、陛下」

「先ほど、貴様はなんと言ったかな」

「それは……」

「確か『勝利を掴むのは、我が皇国であります』と、申していたな」

「……は、はい」

 

 アルデは身体を震わせて、震える声で答える。

 

「して、先の報告はなんだ? 余の耳には、ロデニウスとフェンに我が皇軍が降伏した、と聞こえたぞ」

「……」

「レミールの言う通り、驕ったか」

「っ!」

 

 表情を変えることなく、淡々と喋っているものも、ルディアスの言葉一つ一つが重く、その重さがアルデの精神を削っていく。

 

「アルデよ」

「は、ハッ……」

「貴様は死刑だ」

「っ!?」

 

 ルディアスの宣告に、アルデは目を見開いて、身体が大きく揺れて倒れそうになる。

 

「後一回だ」

「っ?」

「三度目は無い。分かったな?」

「っ! は、ハッ!!」

 

 皇帝の意図を汲み取り、アルデは倒れそうになるも踏ん張り、すぐさま姿勢を正して返事をする。

 

 ルディアスからすれば、二度も失態を犯したアルデを更迭して処刑を命じたい所だったが、状況が状況とあって、後任が決まっていない中で更迭するのは混乱を招くと考えてか、かなり譲歩してアルデに最後のチャンスを与えたのである。

 

「それと……」

「今度はなんだ!?」

 

 若手幹部が報告を続けようとすると、レミールが怒号を上げて若手幹部は身体を震わせるが、気持ちを奮い立たせて報告を続ける。

 

「陸戦隊が降伏の旨の通信を行った際、敵に関する報告があり、ロデニウス側にムーの飛行機械、及び軍艦が確認されたと」

「な、何だと!?」

 

 報告を聞き、アルデが再び驚きの声を上げる。

 

「ムーの飛行機械に軍艦だと!? 間違いないのか!?」

「つ、通信では、そのような報告がありましたが、それ以上の事は……」

「っ! なぜ蛮族共がムーの兵器を持っているのだ!」

「恐らく、何かしらの方法でムーより手に入れたとしか。飛行機械に軍艦を作れるのは列強のムーぐらいなものですので」

「ですが、ムーはこれまで飛行機械を重要兵器として自国以外に輸出しなかったではないですか。軍艦ならば尚更……」

「えぇ。ですが、現に飛行機械と軍艦が目撃されてロデニウスの戦力として投入された以上、認める他ありません」

 

 アルデの言葉に、参加者の間に動揺の空気が流れる。他の列強国と比べ、日和見主義で積極的に他国の戦争に介入することが無かったムーが、輸出を行わなかった兵器を、よりにもよって文明圏外国家に輸出した。

 

 事実は違うのだが、それを確かめる術を彼らには無いので、このような考えに至ってしまうのも仕方が無い。

 

 

 約一名を除いて……

 

 

「もしかすれば、ロデニウスの背後にはムーがいるのかもしれません」

「ということは、代理戦争か。小癪なっ!! 道理で蛮族共の態度がデカかったわけだ!」

 

 レミールは歯が砕けそうななぐらいに強く歯噛みし、エルトを見る。

 

「エルト! すぐにムー大使を召喚しろ!! 真偽を確かめる為に、私が直接審問する!!」

「承知しました」

 

 エルトは若手幹部に目配せして、彼はここから逃げるようにそそくさと大会議室を退室する。

 

 

(やはりこうなるか)

 

 カイオスは、半ば呆れた様子で内心呟き、周囲を見渡す。

 

(もう、止められんな)

 

 レミールがルディアスに近づくのを見て、カイオスは苦虫を噛んだような表情を浮かべる。

 

 ここまで皇国が泥を塗られたのだ。となれば、レミールがルディアスに何を進言するかは容易に想像できる。そしてルディアスがそれを認めて宣言するのも。

 

 もう皇国が止まる事は無い、という事実を受け入れるしかない。

 

 そして皇国を変える為に、皇国を救う為に、これからが重要だというのを、カイオスは改めて認識し、気を引き締める。

 

 

 


 

 

 

 そして時系列は再び現代へ戻る。

 

 

 中央歴1640年 1月28日 アルタラス島。

 

 

 アルタラス王国が厳戒態勢の中、港の沖合では多くの軍艦が停泊している。ロデニウス連邦共和国より移動して展開したKAN-SENの艦体である。

 その全てが空母と考えれば、異常な光景とも言える。

 

 

「来たか」

 

 その中で存在感を放つ三隻の大和型航空母艦。その一番艦『大和』の艦体の艦上にて、『大和』が顔を上げる。

 

 上空には、オートジャイロのカ号観測機が飛行しており、戦闘情報管制室にて行われている航空管制に従い、一機一機順番に着艦していく。 

 

 

「お待たせしましたわ、総旗艦様」

「あぁ」

 

 カ号観測機より降りて来た『赤城』が『大和』に近づき、彼に一礼する。

 

「全員揃ったようだな」

 

 『大和』は頷き、周りを見て確認する。

 

 彼の艦体に集まったのは、今回の作戦に参加するKAN-SEN達であり、作戦確認を行う為、カ号観測機を使って自身の艦体から『大和』の艦体へ移って来た。

 

 

 今回の作戦に参加するKAN-SENは、以下の通りである。

 

 

 

 第一艦隊:『大和』(旗艦)

      『赤城』

      『加賀』

      『蒼龍』

      『飛龍』

      『武蔵』

      『翔鶴』

      『瑞鶴』

 

 第二艦隊:『エンタープライズ』(旗艦)

      『ヨークタウン』

      『ホーネット』

      『エセックス』

      『イントレピッド』

      『シャングリラ』

      『バンカーヒル』

      『タイコンデロガ』

 

 

 

 空母のKAN-SENの中でも、錚々たる面々が集まっているのを見れば、本気も本気であるのが見て取れる。

 

「兄上」

 

 と、『蒼龍』が『大和』に近づいて声を掛ける。

 

「『蒼龍』。新しい艤装はどうだ?」

「問題ありません。最初は違う感覚に慣れませんでしたが、兄上で運用したデータがあったおかげで、もう大丈夫です」

「そうか。『飛龍』の方はどうだ?」

「彼女も問題ありません」

 

 と、二人は『武蔵』『翔鶴』『瑞鶴』の三人から質問を受けている『飛龍』を見る。

 

 艤装の改装を受けていた彼女は、新しくなった艤装を受け取っており、その際に衣装も以前と比べて変化している。

 

 とは言っても、服のデザイン自体は『飛龍改』と呼ばれる改造を受けた彼女が身に纏っている服装と同じものなのだが、色が紺色から軍艦色に変化しており、大きな変化は色だけである。

 今は軍艦形態になっているが、艤装も以前と比べてかなり機械的な外見になっているという。

 

「総旗艦様」

「総旗艦」

 

 と、二人の元に『赤城』と『加賀』がやってくる。

 

「『赤城』さん、『加賀』さん」

 

 『蒼龍』は二人を見て、頭を下げて一礼する。

 

「『蒼龍』。新しい艤装に久々の戦闘だ。大丈夫だな?」

「もちろんです。兄上はもちろん、皆さまの迷惑を掛けないよう、万全を期しています」

「そうか」

「それは何よりですわね」

 

 『蒼龍』の気合を確認して、二人は微笑みを浮かべている。

 

「そういう二人も、改装を終えた艤装の扱いは万全だな?」

「もちろんですわ、総旗艦様。この一航戦、常に最高の状態を保っていますわ」

「総旗艦。大きな戦果を期待してくれ」

「そうか。それを聞けて安心したよ。そして期待しているよ、栄えある一航戦」

 

 不敵に笑みを浮かべる『赤城』と『加賀』に、『大和』は笑みを浮かべる。

 

 『赤城』同様艤装の改装を受けた『加賀』も、衣装が若干違ったり、九本ある尻尾のフサフサ感が増していたりと、若干変化が見て取れる。

 

「『ヤマト』」

「総旗艦」

 

 と、『エンタープライズ』と『エセックス』の二人が彼らの下にやってくる。すると、さっきまで上機嫌だった『赤城』の表情が険しくなる。

 

「あら、何の用ですか、グレイゴースト」

「お前に用は無い。『ヤマト』に話がある」

 

 スゥ、と目を細める『赤城』に彼女は鼻を鳴らし、『大和』を見る。

 

「今は『赤城』が総旗艦様と話をしていますわ。後でもよろしくては?」

「今でなければならない話だ。作戦の事についてのな」

「今でなくても、この後作戦会議で確認することですわ」

 

 互いにバチバチと火花を散らす二人に、「やれやれ」と声を漏らす『加賀』に、その迫力に息を呑む『蒼龍』と『エセックス』。

 

 『カンレキ』故か、『赤城』はユニオン系のKAN-SENと馬が合わない。特に『エンタープライズ』とは、それが顕著に出ている。

 まぁ、『カンレキ』とは関係無い所で、二人は馬が合わないというのもあるが。

 

 さすがにこれではキリが無いと判断し、『大和』が割り込む。

 

「その辺にしろ。彼女が俺に話があるというのなら、聞くだけだ」

「……」

 

 不満そうな様子を見せる『赤城』に、『大和』はため息を付いて肩に手を置くと、人差し指で肩を違う感覚で軽く叩く。

 

「……手短にしなさい」

 

 と、『赤城』は渋々と納得した様子だが、それでも彼女としては潔く退くという、彼女らしからぬ行動を取る。その行動に『蒼龍』は怪訝な表情を浮かべる。

 

 が、『加賀』は『大和』が『赤城』に何をしたかを見ていて、その意味を知っていたからか、どこか気まずそうな様子を見せる。

 

 どうやら彼女の機嫌を取ると共に引き下がらせる為、何かを伝えたようである。

 

「でだ、『エンタープライズ』『エセックス』。話っていうのは?」

「あぁ。作戦についてだ」

「そうか。なら、例のアレ(・・・・)は持ってきたか?」

「あぁ。『ヤマト』に言われた通り、アレを全員に持ってきたが……」

「総旗艦。アレを何に使うの?」

 

 『エセックス』は怪訝な表情を浮かべて『大和』に質問する。

 

 『大和』は今回の作戦で、ある物を使う為に『エンタープライズ』達にそれを持って来させた。

 

 今回の作戦では、『大和』と『エンタープライズ』は、それぞれ艦隊を率いて別行動を取り、異なる目標に対して攻撃を行うことになっている。

 

 その中で、『エンタープライズ』達は、ある場所の攻撃を行うので、その場所に対して彼らの言う例のアレなる物を使うので持って来させたのだ。

 

「今回の攻撃目標に、アレを使うようなものは無いぞ」

「まぁ、本来の用途とは違う使い方だが、使い方次第で、戦略に大きく影響する」

「それだったら普通の爆弾でも良いんじゃないの?」

「なるべく頑丈な奴が欲しいんだ。万が一の事があって台無しになったら元子も無い」

「威力を考えれば構わない気がするが……まぁ、お前がそう言うのなら別に良いんだが」

 

 疑問はまだあるものも、『エンタープライズ』はそれ以上言及せず、『エセックス』も彼女に従って言及しなかった。

 

 

 

「艦長!!」

 

 と、艦橋の扉が開かれて、中から通信士の妖精が慌てた様子で出て来て『大和』の元へ走る。

 

「どうした?」

「司令部より緊急電であります!」

「司令部から?」

「はい! 電文です!」

 

 通信士の妖精は手にしている電文を『大和』に渡し、彼はその内容に目を通す。周りに居たKAN-SEN達も何事かと彼の元に集まる。

 

「……」

 

 電文の内容に目を通していくと、彼の表情が険しくなっていく。

 

「し、司令部はなんと?」

 

 『大和』の雰囲気に恐る恐る『飛龍』が問い掛ける。

 

「先ほど、神聖ミリシアル帝国の世界通信を通して、パーパルディア皇国が声明を発表した」

 

 彼の言葉に、一同の間に緊張が走る。遂に来たか、という感情がほとんどだろう。

 

「皇国は、何と?」

 

 聞かずとも凡そその内容は予想できるものも、『赤城』が代表して『大和』に問い掛ける。

 

「パーパルディア皇国は、我がロデニウス連邦共和国に対して、宣戦を布告した」

『っ!』

 

 そして彼の口から告げられた内容に、半分近くのKAN-SEN達が息を呑む。 

 

「ついにここまで来たのね」

「結局最後まで、我々の力を見抜けなかったのか。愚かな」

 

 『瑞鶴』は表情を引き締め、『加賀』は呆れた様子でため息を付く。

 

 

 パーパルディア皇国はロデニウス連邦共和国に対して宣戦布告を行おうとしていたが、両国は既に交渉の席を捨てているとあって、宣戦布告を行おうにも伝える術が無かった。

 

 第三国経由で出頭命令を出しても出頭に応じるわけも無いし、かといってこちらから行くのは論外。だからといって宣戦布告無しに攻めるのは皇国として、面子の問題があるという。

 フェン王国に対して宣戦布告無しに攻撃しておいて、何を今更な話なのだが。

 

 最終的に考えられたのが、神聖ミリシアル帝国が世界に発信している世界通信を通じて、世界にロデニウス連邦共和国へ宣戦布告を行った、という事実を立てることであった。

 これならばロデニウス連邦共和国が宣戦布告を受けていないとしても、宣戦布告を行ったという事実を世界に示しているので、彼らとしては面子が保てるという。

 

 まぁ、これに関してはちゃんとロデニウス連邦共和国にも伝わっているので、一応体裁は整っていることになっているが。

 

 

「まぁ、宣戦布告だけなら、まだ良かったがな」

「? どういうこと、兄様?」

 

 と、意味深な事を口にした『大和』に、『武蔵』が問い掛ける。

 

「パーパルディア皇国はこう言ったそうだ。『ロデニウス連邦共和国はこの世界の秩序を乱す害悪である。よって第三文明圏の秩序を守る為、ロデニウス連邦共和国に宣戦布告と共に、殲滅戦を言い渡す』だそうだ」

「っ!?」

「何だと!?」

 

 告げられた内容に、『武蔵』は目を見開き、『エンタープライズ』が声を上げる。

 

「宣戦布告のみならず、殲滅戦まで」

「何て愚かな」

 

 『エセックス』は信じられないというような表情を浮かべ、『シャングリラ』が苛立ちを隠せない様子で、下がった眼鏡の位置を整える。

 

「プライドが高い人間って、なんで子供でも分かるようなことが、分からなくなるまで頭が退化しちゃうんでしょうね。まだお猿さんの方が頭が良さそうですね」

「なんでも度が過ぎれば、他のことが分からなくなるものだよ」

「というより、秩序を乱すって言っているけど、自分達の事を棚上げにしているよね」

 

 『翔鶴』が隠しもせずに毒舌を口にし、『武蔵』と『瑞鶴』も呆れた様子で語る。

 

「連中が普通じゃないのは今に始まったことじゃない。考えた所で無駄だ」

 

 『大和』がそう言うと、周囲のKAN-SEN達は口を閉ざす。

 

「連中は俺達を滅ぼしに来るんだ。ならば、逆に滅ぼされる覚悟があっての宣言だ。俺達はそれに全力で応えてやるだけだ」

「兄様」

「だが、やられたからと言って、やり返して良いという理由にはならない。それでは、奴らと同じになる」

『……』

「だからこそ、俺達は、俺達のやり方で戦う。パーパルディア皇国とは違うというのを、世界に見せつける」

『……』

 

 『大和』の言葉を、誰もが静かに聞く。

 

「それで、司令部は何て言っているの?」

 

 少しして、『イントレピッド』が『大和』に問い掛ける。

 

「司令部は作戦に変更は無い。但し作戦開始を繰り上げるそうだ」

「ということは……」

「今日の夜……は、さすがに無いが、一週間以内に縮められた」

「一週間以内……」

「……」

 

 『ヨークタウン』と『ホーネット』は急に縮まった予定に、息を呑む。彼女達からすれば、今回が初めての実戦になるのだ。KAN-SENであるのである程度の戦闘能力はあるが、やはり練度関係は回数を重ねなければ解決できるものではない。

 二人が不安を抱くのも、無理はない。

 

「特戦隊と『黒潮』達によれば、敵艦隊の動きは数日前からエストシラントとデュロに集中している。予定では、まだ船を集結させるそうだ」

「あぁ、ですから一週間以内なのですね」

 

 『赤城』は納得した様子で頷く。

 

「それと、ムーより大使館職員の退避まで攻撃を待って欲しいという要請も関わっている。既にムー国民の帰国は完了し、残るは大使館職員だけだそうだ」

「ムーは万が一を考えて、皇国との信用を失ってでも国民の安全を優先しているというのに」

「……」

「まぁ、そういうことだ。状況を見て一週間以内に、我々は出撃する。改めて、作戦の確認を行うぞ」

 

 『大和』がそう言って踵を返し、艦橋へ向かう。その後をKAN-SEN達が続く。

 

 

 

 歴史が、動き出そうとしている……

 

 

 

 




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第八十四話 過ちと出撃

酢飯様から評価9を頂きました。

評価していただきありがとうございます!


 

 

 

 

 中央歴1640年 1月28日 パーパルディア皇国。

 

 

 

 ムー大使館では、本国へ帰還する為の撤収作業が行われており、既に重要な書類や機材の運び出しは終わっており、後は大使館職員がムー行きの船に乗るだけである。

 

 

(こんな忙しい時に……)

 

 鞄を手にした在パーパルディア大使館職員のムーゲは、職員三人と共に内心不平不満を呟きつつ第1外務局の建物の廊下を、職員の案内の下歩いている。

 

 皇国の第一外務局よりムー大使館に召喚要請が届き、ムーゲを含む四名の職員が応じることになった。しかし今日に至るまで、召喚要請があって数日後の事であるが。

 

 というのも、ムー側の都合もあったので、今日までに皇国には待ってもらっている。さすがの皇国も、格上と認識している相手には、強気には出れないようである。

 

(まぁ、召喚される理由は、我が国の国民と我々の帰国命令の一件だろうな)

 

 召喚された理由を彼は予想しつつ、どう第1外務局の人間に答えるか考える。

 

 皇国からすれば、列強国のムーが他国との戦争前に国内に居る自国民に加え、大使館職員に帰国命令を出したのだ。怪しまないはずがない。

 

(しかし、解せんな。なぜ皇国はロデニウス連邦共和国に対して宣戦を布告し、それに加え殲滅戦を宣言したのだ? 正気の沙汰とは思えん)

 

 何より、ムーゲからすれば先ほどの皇国がミリシアル帝国の世界通信を通じて行ったロデニウスへの宣戦布告と殲滅戦の宣言。

 

 彼からすれば無謀かつ、正気を疑うような行いだ。相手の力を理解していたら、まず行おうとする気は起こらないはず。

 

(まさか、彼らはロデニウス側の調査を行っていないのか?)

 

 彼の中で、ありえない予想が浮かび上がる。

 

 パーパルディア皇国がプライドが高い国であるのは周知の事実。一度決めたことを曲げない事は有名である。

 

 だが、さすがに皇国とはいえど連敗続きである以上現場の兵士や士官から事情聴取を行い、ロデニウス連邦共和国の国力、兵力に気付くはずである。その実力を知っていれば、宣戦布告などするはずがない。

 

 まさか、この期に及んで詳しく調査をしていないのか?

 

(いや、さすがにそれは無いか)

 

 ムーゲは軽く首を左右に振るい、頭を切り替える。

 

(まぁ、戦争になる可能性を考えて、国民の避難を行っていたのだがな)

 

 ロデニウスはその気は無いだろうが、彼の国が本気を出せば、このエストシラントを焼け野原にするのも容易いだろう。状況的に見てもロデニウス連邦共和国とパーパルディア皇国が戦争になるのは確実である。

 可能性は低いが、万が一を考えて国民が巻き込まれないようにムー政府は皇国に居る国民と大使館に帰国命令を出したのだ。

 

(まぁ、とりあえず当たり障りない説明で納得させるしかないか)

 

 プライドの高い皇国の人間に納得させられるような説明をしないといけないことに、彼はどこか辛そうな雰囲気を出しつつ説明する内容を考える。

 

 

 やがて第1外務局の職員に連れられて、小会議室の扉の前で止まる。

 

「ムー大使が来られました」

「お通ししなさい」

 

 職員がノックして中から入出を促されて扉を開け、ムーゲたちは中に入る。

 

 小会議室には第一外務局 局長エルトに加え、課長他幹部が出席し、その中に皇族のレミールの姿もある。

 

(皇族の方までもが出席しているとはな。余程今回の一件を気にしているということか。しかしよりにもよって彼女か…)

 

 ムーゲは表情には出さなかったが、皇族が出席していることに他の職員と共に少なからず驚いたものの、内心げんなりとする。

 

 レミールの評判はムー大使館でも有名である。皇族の中でも最も過激であり、皇帝に一番近い人間だとしてだ。故に、納得させられる説明が難航する未来が見える。

 

 まぁ、だからこそムーゲは上層部より許可を得て、彼らを納得させるために必要な資料を要求し、その使用許可を求めたのだ。

 

「お待ちしておりました。どうぞお掛けになってください」

 

 ムー大使一行は促されるままにソファーに座る。

 

「それでは、会談を始めさせてもらいます」

 

 皇国側の進行係の前置きに続き、エルトではなくいきなりレミールが切り出す。

 

「我が国がロデニウス連邦共和国と戦争状態に突入していることはご存知かと思うが、今回のムー国の一連の対応についてご説明を願いたい」

「承知しました」

 

 ムーゲは咳払いをして、喉の調子を整えて説明を始める。

 

「この度、貴国とロデニウス連邦共和国の戦争は、激戦となる可能性があります。ムー政府は国民の安全を確保する為、貴国からの避難指示を発令するに至りました。今回の指示には、大使館の一時引き上げも含みます。これは、我が国の軍部が、皇国本土も戦地になると判断したのが理由になります」

 

 彼が説明を終えると、レミールの視線が鋭くなる。

 

「それは……我が国が負けると。貴国の軍部は判断している、と?」

「詳細はお伝え出来ませんが、軍部が判断しているのであれば、その通りなのでしょう」

「そうか。まぁ、そうであろうな。裏で糸を引いていたのだから、我が国が負けると判断するのは至極当然のこと」

「? 何を言って……」

 

 レミールの言葉に、ムーゲは怪訝な表情を浮かべる。

 

「既に調べはついているのだ。今更ありきたりな言葉を並べても無駄だ」

「……さっきから貴方は何を言っているのですか?」

「あくまでもシラを切るつもりか。ムーもとんだ狸を送り込んだものだ」

 

 レミールの態度が棘のあるものに変わり、変化した雰囲気にムー大使たちは身構える。

 

「先日我が国はフェン王国を攻め落とす為に軍を派遣した。だがその軍は一部が降伏し、壊滅した。降伏の際、魔信にて貴国の飛行機械と軍艦が目撃され、蛮族共によって運用されていたと報告があった」

「……」

「飛行機械と軍艦を作れるのは、貴国ぐらいなものだ。つまり、貴国は今まで決して輸出しなかった兵器をロデニウスに輸出したのだろう。そして今回の皇都からの自国民と大使館の退避……これが何を意味しているか、馬鹿でも分かるぞ」

(……まさか)

 

 先ほどから伝えられるレミールの言葉に、当たって欲しくない予想が当たりそうになっていた。

 

「なぜロデニウスに兵器を輸出した!! なぜ我々の邪魔をする!!」

「……」

「我が国が負ける? だろうなぁっ!! 貴国の兵器があれば馬鹿な蛮族でも楽に勝てるのだからなぁ!!」

 

 今にも襲い掛かってきそうなレミールの表情に畏縮すると同時に、内心呆れ返っていた。

 

(まさか、本当何も知らないのか?)

 

 あまりにも……あまりにも酷い状況に、ムーゲは頭を抱えたくなる。と、同時に納得出来ることでもあった。

 

 だから皇国はロデニウス連邦共和国の民間人を虐殺し、その上でロデニウス連邦共和国に対して宣戦布告をして、尚且つ殲滅戦を宣言が出来たのだ。向こうのことを知らないのだから、自分達の常識で勝手に決めつけ、それでこの状況が出来上がっているのだろう。

 

(なんて愚かな。これでは、この国の民があまりにも不憫すぎる) 

 

 温厚なムーゲではあるが、そんな彼でさえも怒りを覚えるほどであった。たった一人の皇族の暴走で、何の罪の無い民間人が巻き込まれてしまうのだから。

 

 当然ロデニウスは進んで皇国の国民に害を為すことはしないだろう。だが、戦闘になれば民間人が巻き込まれる可能性がある以上、犠牲者が出るのは確実だ。

 

 斜め上の持論を挙げる皇国側の人間の誤解を解くために、ムーゲは一つずつ確認するように答える。

 

「あなた方は、何か重大な勘違いをしておられる。我々ムーは、ロデニウスだけでなく、どの国にも兵器を輸出していない。それに、彼らは我々よりも優れた機械技術を有しているのです」

「文明圏外の蛮国が、第二文明圏の列強よりも発展しているなど、そんな話が信じられるか!! それこそ馬鹿でも分かる事だぞ!!」

 

 ムーゲの説明も火に油を注ぐ結果になり、レミールは彼に対して咆える。

 

「少なくとも、その認識は間違っていないでしょう。ですが、彼らは違うのです」

 

 ムーゲは怒り心頭な様子のレミールを前にして冷静にして、言葉を繋げる。

 

「ロデニウス……正確にはその一部ではありますが、その一部となっている諸島が文明圏外圏の常識的よりもはるかに発展した別世界から転移してきたからですよ」

 

 彼の口から出た予想外の事実に皇国側は唖然とし、レミールは未だに怒りの色を顔に浮かべる。

 

「なんだ、それは。この期に及んでふざけた事を!!」

「ふざけてはいません。その諸島に住む者達は高度な技術を持っており、そのお陰でロデニウス大陸の技術力は第三文明圏を超え、第二文明圏の我が国をも超えたのです」

 

 ムーゲは真剣な表情で説明をして、その姿勢に皇国側は困惑する。

 

「我が国以外では単なる神話と思われていますが、我が国もまた転移国家なのです。一万二千年前、当時王政でしたが、その頃の記録書に残っています」

「……」

「そして調査の結果、その転移した諸島は我が国が元居た世界から転移しているのが判明しました。そしてその諸島には、当時我が国の友好国である『ヤムート』の子孫が住んでいらっしゃるそうです。その方々によれば、元居た世界では、半ば伝説と化していましたが、我が国に関する記録が残っていたそうです」

 

 イマイチ信じられないレミール達だったが、ここに至ってムー側がくだらない冗談を言うとも思えなかった。

 

 ここでムーゲは彼らの誤解を解く為の切り札を出すべく、職員に目配りをして鞄より数枚の引き伸ばした写真を数枚取り出す。

 

「これはあなた方が飛行機械と呼ぶ、我が国のマリンをロデニウス製のカメラで撮影したものです。あなた方もよくご存じのはずです」

 

 ムーゲは説明しながらムーのマリンを撮影した写真を見せるが、皇国側はその写真を見て目を見開いて驚いている。

 

 というのも、マリンを写した写真が鮮明なカラー写真だからだ。皇国には魔写と呼ばれる撮影技術があるが、色は無く不鮮明と、あまり良くない精度をしている。ムーの写真も鮮明ではあるが、それでも白黒写真なのだ。

 それをロデニウス製のカメラは鮮明なカラー写真なのだから、彼らが受けた衝撃は大きい。

 

 ちなみに、ムーがマリンを登場させたことは世界に衝撃を齎し、皇国もその一人であり、そのマリンに対抗する為に長い年月を掛け、膨大な資金を消費して、ワイバーンオーバーロードを開発したのだ。

 

「そして、こちらはロデニウスで採用されているゼロ戦と呼ばれる飛行機械です」

 

 次にムーゲは零式艦上戦闘機三二型こと零戦改が写された写真を見せる。その写真に写る零戦改を見て、皇国側の人間は驚愕して固まっている。

 

 二枚ある翼を持ち、武骨なイメージのマリンと比べ、一枚の翼に、洗練された零戦改を見比べれば、どちらが技術的に優れているのは、一目瞭然であった。

 

「このゼロ戦はマリンを火力、防御、速度全てを上回る性能をしており、戦えば我が国のマリンの敗北は確実です」

「……」

「ですが、このゼロ戦はロデニウスでは第一線を退いた兵器で、今ではこのゼロ戦を上回る性能の戦闘機を採用しているようです」

「っ!?」

 

 彼の言葉に、レミール達は目を見開く。ただでさえムーのマリンよりも優れた飛行機械が示されたのに、そんな機体でさえ既に型落ち品で、それよりも性能が高い機体が採用されていると聞かされたのだ。

 どんな性能なのか想像がつかないが、少なくとも、パーパルディア皇国が苦労して開発したワイバーンオーバーロードでも、敵わないだろう。

 

「ちなみに、軍部ではその最新鋭機の型落ち機を輸入して採用しようとする動きがあるそうです。このゼロ戦よりも性能が良いらしいので」

 

 ムーゲのその言葉を聞き、一部の職員が顔を青くして一瞬身体が揺らぐ。

 

 マリンに対抗する為に長い年月を掛け、膨大な資金を消費してようやく開発したワイバーンオーバーロード。それが目的を達せられることもなく陳腐と化してしまったのだ。

 

 決してワイバーンオーバーロードの研究開発自体が無駄に終わったわけではないが、それでも技術者からすればあまりにも非情な現実を突き付けられたのだ。

 

 ちなみにムーがその航空機を輸入して採用しようとした理由は、後々明かされるだろう。

 

「次に、こちらは我が国の最新鋭の戦艦『ラ・カサミ』です」

 

 と、皇国側の人間の様子を気にせずにムーゲは説明を続け、『ラ・カサミ』が写った写真を見せる。もちろんこの写真もロデニウス製のカメラで撮影されている。

 

「そして、これがロデニウス連邦共和国の軍艦です」

 

 次に以前ムーの港にて披露した『エンタープライズ』と『ティルピッツ』を写した写真を見せると、皇国側は何度目かになる驚愕な表情を浮かべる。

 ちょうど『ティルピッツ』の前に『ラ・カサミ』が停泊している構図となっているので、『ティルピッツ』の大きさが分かりやすく表されている。

 

 もちろんこの二隻はKAN-SENのものなのだが、ムーゲは敢えてKAN-SENに関する情報は提示しなかった。まぁ開示する理由も無いのだが。

 

「片や『ラ・カサミ』同様戦艦と呼ばれる軍艦です。片や航空母艦と呼ばれる海上で航空機を運用する為の軍艦です。あなた方でいう竜母のようなものだと思ってもらえればよろしいかと」

「……」

「こちらの戦艦は我が国の『ラ・カサミ』よりも大きいです。空母ですらもこの大きさですからね。もちろん戦艦が搭載している砲は『ラ・カサミ』よりも大きいです。しかもロデニウスにはこの戦艦よりも大きな戦艦や空母がまだ多くあるそうです」

 

 ムーゲの言葉に、皇国側の人間の顔は真っ青に染まって、何人かは胃痛によるものか、胸を押さえている。

 

 ムーの『ラ・カサミ』ですら皇国のどの戦列艦よりも強力であるのに、それすらも上回る戦艦を見せられ、その上で飛行機械を海上で運用する軍艦を多数保有している。これがロデニウス連邦共和国が言っても虚勢だとして信じなかっただろうが、第二文明圏の列強国のムーがここまで言う以上、信じるしかなかった。

 

「最後に、こちらの写真をご覧ください」

 

 と、ムーゲは最後の写真を皇国側の人間に見せる。

 

 その写真には、ムーの港に現れた『尾張』が写っており、当時偶然カメラを持っていた水兵によって撮影されたものである。しかも高台から撮影されているとあって、『ティルピッツ』と『エンタープライズ』を含め、周囲にある物と大きさが比べ易くなっている。

 それによって皇国側に与える衝撃は尋常では無く、誰もが体を震わせている。さっきまで怒鳴っていたレミールも、最初の写真を見せられてから徐々に顔色が悪くなっていき、沈黙している。

 

「この写真に写っている戦艦は、ロデニウスが保有する戦艦の中でも最大の物です。どれほどの性能を秘めているのかは機密につき分かりませんが、少なくとも我がムーの軍艦が束になって攻撃しても、沈めるのは不可能です。むしろ返り討ちになるだけでしょうね」

 

 彼はそう言いながら、テーブル広げた写真を集めて職員が持つ鞄に戻す。

 

「軍にしても、技術にしても、ロデニウス連邦共和国は我々よりも遥かに強いし、先を進んでいるのです。我々の調査では、神聖ミリシアル帝国よりも上という結論に達しました。そんな国にあなた方は宣戦を布告し、殲滅戦を宣言しました。それは逆に、相手から殲滅される可能性も当然あるという事です」

 

 ムーゲの口から殲滅戦という単語が出ると、レミールが一瞬肩を震わせる。

 

(やはり、彼女が元凶か)

 

 彼は内心呟き、この前の処刑の一件を思い出して、レミールが元凶であるのを見抜く。

 

「最初に申し上げましたが、ムー政府は国民を守る義務があります。このままではエストシラントが灰燼に帰す可能性もあると判断し、ムー国民に帰国命令を出したのです。我々も会談を終えた後、貴国より引き上げます。もしも戦いの後、貴国がまだ残っていたのなら、私たちはここに戻って来るでしょう」

 

 ムーゲはそう言いながら他の職員と共に立ち上がり、小会議室の扉へ向かう。

 

「あなた方の幸運と、また会えることをお祈り申し上げます」

 

 彼らは一旦レミール達に向き直り、一礼してから小会議室を出る。

 

 

『……』

 

 残されたレミール達は、一言も発することなくただただ時間だけが過ぎて行く。

 

 ムーゲの言葉が正しければ、自分達は超列強国相手に侮り、挑発し、そしてその国の民を処刑してしまった。

 

 更に最悪なのは、神聖ミリシアル帝国の世界通信を通じて世界中にロデニウス連邦共和国に宣戦を布告し、殲滅戦を宣言してしまったのだ。少なくとも魔信がある国には伝わってしまっているし、皇国と連邦共和国は互いに記録しているだろうし、どう足掻いても言い逃れは出来ない。

 

 あまりにも残酷な真実だった。しかし矢は放たれてしまった以上、どうすることも出来ない。

 

 具体的な対抗策はおろか、方針さえ定まらないままただただ時間だけが過ぎて行き、結局何の話し合いも出来ずに解散するのだった。

 

 

 


 

 

 

 そして……その二日後……

 

 

 

 まだ夜が明けない海に、八隻の空母がゆっくりと突き進む。

 

 アルタラス王国の港から出撃した『大和』率いる第一艦隊と『エンタープライズ』率いる第二艦隊は途中で別れ、それぞれ海をかき分けて進んでいく。

 

 大和型航空母艦『大和』『武蔵』『蒼龍』の三隻と、改装によって大和型航空母艦と同規格の艤装へと進化した『赤城』と『加賀』、『飛龍』、元の艤装に改良を加えた『翔鶴』、『瑞鶴』の計八隻の空母。

 

 

『総飛行機、発動ぉっ!!』

 

 号令と共に飛行甲板に並べられた艦載機が一斉に発動機をセルモーターで始動させ、プロペラがゆっくりと回り出して轟音と共に発動機が始動し、プロペラを高速回転させる。

 

「……」

 

 防空指揮所より『大和』はその光景を一瞥し、周りを見渡す。

 

 彼の艦体の両側を『武蔵』と『蒼龍』が速度を合わせて並走しており、飛行甲板では『大和』と同じく艦載機が発動機を始動させて暖気運転を行っている。その後方に展開している『赤城』と『加賀』、『飛龍』、『翔鶴』、『瑞鶴』も飛行甲板に艦載機を広げて発動機を始動させている。

 

(こうして三隻揃うのは……あの時以来か)

 

 彼の脳裏には、『カンレキ』にある記憶の中で、初めて三隻揃った時のことを思い出す。

 

 

 しかし、それが大和型航空母艦が揃った最初で最後の機会であった。

 

 

「……」

 

 様々な感情が胸中に渦巻く中、烈風改 二機が艦首側の蒸気式カタパルト二基に車輪を引っかけ、アングルドデッキ側のカタパルトに疾風(しっぷう)改が車輪を引っかけると、発艦準備を整えている光景を『大和』は見つめつつ、左手首にしている腕時計を見て時間を確認する。

 

 

 暖気運転を行う中、烈風改、疾風(しっぷう)改、流星改二などの艦載機の搭乗員の妖精達と甲板要員の妖精達が静かに前方を見つめる。

 

 『大和』もまた、静かにその時を待つ。

 

 

 ―――ッ!!

 

 

 するとブザーが鳴り響く。

 

『発艦始めぇっ!!』

 

 スピーカーより号令が発せられ、搭乗員の妖精達は額に上げているゴーグルを目元に下ろし、搭乗機の風防を閉め、操縦桿を握り締める。

 

 そして甲板要員にハンドサインで発艦合図を送り、カタパルトによって勢いよく烈風改が加速して飛び立つ。アングルドデッキ側でも疾風(しっぷう)改がカタパルトによって勢いよく加速して飛び立つ。

 

 戦闘機隊に続いて艦爆隊の流星改二が、艦首側とアングルドデッキ側のカタパルトを用いて次々と飛び立つ。

 

 最後に重い装備を抱えた艦攻隊の流星改二がカタパルトを用いて飛び立っていく。艦攻隊の流星改二はそれぞれ魚雷二本を抱えた雷撃隊と九七式六番陸用爆弾10発を爆弾倉に、両翼に同型の爆弾を2発ずつ計4発と、計14発の爆弾を搭載して水平爆撃隊に分かれている。

 

 周囲では同じく他のKAN-SENの艦体から次々と艦載機がカタパルトを用いて発艦してく。

 

 

 『エンタープライズ』率いる第二艦隊は第一艦隊より早く艦載機の発艦を行っていた。というのも、彼女達の攻撃目標は第一艦隊の攻撃目標よりも少し離れた場所にあるので、同時に攻撃を行うには早めに出撃しないといけない。

 

 KAN-SENの艦体よりF8F ベアキャット、A-1 スカイパイレーツ、A-1 スカイレイダーがカタパルトを用いて発艦していく。

 

 

「凄いな……」

 

 艦載機が発艦する光景を目の当たりにしたマイラスは、その圧倒される光景に思わず声を漏らす。

 

「これだけの数の艦載機を発艦させる展開能力と、空中衝突を起こさないようにする管制能力。今の我が国では到底できないな」

 

 マイラスの隣で発艦して編成を組み、少しずつ明るくなりつつある上空を飛行する艦載機をラッサンが見つめながら呟く。

 

「カタパルト……やっぱり是非とも我が国の空母に取り入れたいわね」

 

 流星改二がカタパルトで加速し、発艦する光景を観察するように見つめるアイリスは、片眼鏡の位置を整えながら呟く。

 

 留学生としてロデニウス連邦共和国に派遣されているこの三人が、なぜ『大和』の艦体に乗り込んでいるのか。というのも、今回三人はムー政府より指示を受けて、観戦武官として同行している。

 

「しかし、これほどの戦力を目の当たりにすると、さすがに皇国には同情するよ」

「あぁ。しかもこの艦隊とは別の艦隊も居るんだからな。皇国は歴史上類を見ない被害を被るな」

「皇国に同情はするけど、自分達が招いた結果よ」

 

 三人は攻撃目標に向かって飛行する編隊を見ながら言葉を交わし、事前に『大和』より受けた説明を思い出して目を細める。

 

 

 第一艦隊、第二艦隊の攻撃目標はそれぞれ指定されており、『大和』率いる第一艦隊の攻撃目標は……

 

 

 

 パーパルディア皇国の皇都……エストシラント。その港と湾内に集結している艦隊、そしてパラディス城である。

 

 

 

 




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第八十五話 エストシラント空襲 壱

 

 

 

 場所は変わり、パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

 

 まだ陽が昇ってからすぐとあって、辺りはまだ薄暗い。それでも街では仕事をする為にか、ちらほらと人の姿が見え始めている。

 

 港では、皇国にある各港より集められた戦列艦と竜母、揚陸艦の姿が確認できる。前日に出港準備をしているので、艦隊はいつでも出航できる状態にある。

 その港にも、ちらほらと水兵の姿が見られる。

 

 

 上空には、哨戒に出ているワイバーンロードが三騎編隊を組んで飛行している。

 

 

「ふわぁぁぁ……」

「おい。ちゃんと周囲を見ていろ」

 

 暢気に欠伸をする部下に隊長が注意する。

 

「しかし、隊長。こんな朝早く、それも皇都の上空で哨戒する必要ってあるんですか?」

「そうですよ。相手は文明圏外の蛮族なんですよ。ロクな力も無い蛮族が、こんな所まで攻めて来れませんよ」

 

 部下二人は楽観的な様子でそう言う姿に、ため息を吐く。隊長は部下二人に呆れつつも説明する。

 

「確かに、この皇都が攻められることは無いだろうが、警戒に越すことはないからな」

「隊長は心配性ですね」

「そのくらいが丁度いい。それに上層部の決定だから、私がどうこう言えることは無い」

「そりゃそうですが……」

「それとも、もし何かが起きた時は、お前達が全ての責任を取るのか?」

「い、いえ」

「そういうわけでは……」

 

 隊長に睨まれて部下達は息を呑む。

 

「だったら、真面目に任務に取り組め。でなければ、昇進は無いぞ」

「はい……」

「分かりました……」

 

 彼らは落ち込んだ様子を見せるも、すぐに気持ちを切り替える。

 

「それにしても、馬鹿な奴らですよ、ロデニウスは。素直に皇国の属領になっていれば、痛い目に遭わずに済んだものを」

「全くだな。反抗したばかりに国が滅びるんだからな」

 

 と、二人の話題は、宣戦を布告され、殲滅戦を言い渡されたロデニウス連邦共和国のことに切り替わる。

 

「まぁそういうな。所詮教養の無い連中だ。自分達がしていることの事の大きさを理解できていないのだろう。まぁ、近い内に自分達の過ちに気付くだろう」

 

 隊長がそう言うと、魔導通信機が反応して彼は通信機を手にする。

 

『そろそろ交代の時間だ。先ほど次の哨戒班が基地を飛び立ったから、戻って来い』

「了解した。哨戒の交替の時間だ。基地に戻るぞ」

「了解!」

 

 部下二人の返事を聞き、三騎のワイバーンロードはいつもの哨戒ルートを通って基地への帰路に付く。

 

 

 


 

 

 

 所変わって、エストシラントの港

 

 

「……」

 

 港の一角にある見張り台の上で、二人の兵士が周囲を見渡して警戒している。

 

「やれやれ。蛮族共のせいで必要無い警戒を強いられるようになってしまったな」

「全くだ。面倒臭いったらありゃしない」

 

 兵士二人は見張りをしつつ、今の状況に愚痴をこぼす。

 

「大体、こんなところまで蛮族が攻めて来れるわけないんだ。警戒なんてする必要ないだろ」

「そう言うな。言い渡された仕事だし、不真面目な所を見られただけで咎められるよりかは良いだろう」

「そりゃ、そうだが……」

「それに、悪い事ばかりじゃぁ無いしな。見ろよあれ」

 

 と、兵士の一人が見張り台から港の湾内を見る。

 

 港には多くの戦列艦と竜母、揚陸艦が停泊しており、特に戦列艦と竜母は配備が始まった最新鋭の代物である。

 

 加えて工業都市デュロにも、多くの戦力が集結しており、エストシラントに集結している艦隊は、デュロに集結している艦隊と合流し、ロデニウス大陸に向けて出発する予定となっている。

 

 アルタラス王国とフェン王国への侵攻で多くの被害を被ったものの、それでも尚これだけの戦力を揃えられるのを見れば、伊達に列強国を名乗っているわけでは無い。

 

「これだけの戦列艦と竜母が揃うなんて、中々無いぞ。この景色が見られるだけでも、今の状況も悪くないな」

「確かに。どうせ今回の戦争も我が皇国が勝つんだしな」

 

 二人は気を良くしながら会話を交わし、空を見上げる。

 

 

「ん?」

 

 と、兵士の一人があることに気付き、声を漏らす。

 

「どうした?」

「いや、空に何か黒い点が」

「黒い点?」

「それに、さっきから何だこの音は?」

 

 兵士達は先ほどからしている異音を気にしながら、一人が単眼鏡を伸ばして覗き込んで空を見つめる。見張り台には遠くを見れる望遠鏡の類が無いので、目視か拡大距離が短い単眼鏡での監視となっている。

 

 兵士の視線の先には、薄暗い空にポツポツとある黒い点が見える。それと同時に小さく聞き慣れない異音がしている。

 

「海の方から来ているが……あの方向に味方は行ってないはずだよな」

「あぁ。そのはずだ。それに竜母だって港から一隻も出ていないんだ」

「じゃぁ、この方向から来ているのは……」

 

 徐々に大きくなる黒い点に、二人の兵士の顔は青く染まっていく。

 

 やがて、単眼鏡で見ていた兵士は、黒い点の正体を確認する。

 

「っ!? あれは……ムーの飛行機械じゃないか!?」

「何だと!?」

 

 相方の兵士は驚き、単眼鏡を借りて自身も覗き込み、黒い点の正体を確認する。

 

 

 見張りの兵士達は、接近している飛行機械をムーの飛行機械だと勘違いしているが、当然的外れな予想である。接近しているのは『大和』率いる第一艦隊から飛び立った第一次攻撃隊である。

 

 彼らは今回の攻撃を行うにあたり、『黒潮』率いる忍びのKAN-SEN達の諜報活動にて、ワイバーンロードによる哨戒ルートと時間、数、交代する時間等、様々な情報を集めていた。

 

 その情報から、朝は哨戒の数が少ない事が判明し、哨戒の交代する隙を狙って攻撃隊を発艦させた。

 

 

 そして、エストシラント上空に哨戒のワイバーンロードが居なくなったタイミングで、第一次攻撃隊が到着した。

 

「なんでムーの飛行機械が!? まさか、ロデニウスがムーの飛行機械を!」

「そんなこと言っている場合か! 早くサイレンを鳴らせ!」

 

 兵士は疑問を抱くが、相方に言われてすぐに見張り台に備え付けられているムー製のサイレンを鳴らす。相方の兵士は魔導通信機にて港にある海軍司令部に呼びかける。

 

 早朝のエストシラントで、これまで鳴る事が無かったサイレンが鳴り始め、市民たちは何事かと顔を上げる。

 

 

 その直後、港の方から轟音が鳴り響く。

 

 

 


 

 

 

 第一艦隊のKAN-SEN達より飛び立った第一次攻撃隊は編隊を組み、エストシラントへ向かって飛行している。

 

 その構成は、戦爆隊の烈風改を先頭に、艦爆隊、艦攻隊の流星改二が続いている。疾風(しっぷう)改は第一次攻撃隊よりも高度を取って先行している。

 

 第一次攻撃隊よりも先行して尚且つ高い上空にて、疾風(しっぷう)改の偵察型である三式艦上高速偵察機が飛行しており、偵察員がエストシラント上空を双眼鏡を覗き込んで見回している。

 

 エストシラント上空には、哨戒中のワイバーンロードの姿は無く、地上は慌てた様子は見られない。

 

「……予想通り、上空には敵騎の姿はありません!」

「よし! 旗艦に発信! 『我、奇襲ニ成功セリ!』」

「はっ!」

 

 偵察員はすぐに暗号電文にて奇襲成功の報を旗艦『大和』へ送る。

 

 

 その直後、攻撃隊の先頭を飛行している戦爆隊の烈風改が速度を上げ、エストシラントの港へ向かっていく。

 

 その頃には港にてサイレンが鳴らされ出したが、それと同時に戦爆隊の烈風改は、両翼に提げている八発の一〇〇式ロケット弾改二を順に発射する。

 

 放たれたロケット弾は停泊している戦列艦へと飛翔し、着弾したロケット弾は船体を貫き、船内で炸裂する。

 

 出航前とあって、戦列艦には魔導砲で使う魔石が満載されていた。正に火薬庫同然の状態だ。そんな状態で船内で爆発が起きればどうなるか……

 

 直後に戦列艦が轟音と共に、船体を木っ端微塵にして大爆発を起こす。同時に停泊中の戦列艦でも次々と大爆発が連鎖的に起きる。

 

 中には、大爆発によってすぐ傍に停泊している戦列艦も船内の魔石が誘爆して大爆発を起こす。それが港の湾内のあちこちで連鎖的に発生し、港は一瞬にして大混乱に陥った。 

 

 遅れて艦爆隊の流星改二が停泊中の竜母や揚陸艦に目掛けて急降下を行い、爆弾倉を開いて抱えている50番陸用爆弾と両翼に提げている25番陸用爆弾を投下する。投下された爆弾は狂うことなく一直線に竜母や揚陸艦へ落下し、船内で爆発を起こして粉々に粉砕する。

 

 一部の戦爆隊の烈風改は、港にある建造物に向けて一〇〇式ロケット弾改二を放ち、建造物に着弾して爆発し、建造物を破壊する。 

 

 建造物は皇軍の海軍司令部であり、今回の第一攻撃目標に指定されている。理由は皇軍の指揮系統破壊であり、現に先ほどの攻撃で海軍司令部の主要メンバーの多くが命を落とした。

 

 そして止めと言わんばかりに、艦爆隊の流星改二が半壊した海軍司令部に向かって急降下を行い、爆弾倉にある50番陸用爆弾二発と両翼の25番陸用爆弾二発を投下する。三機から計十二発の爆弾が投下され、爆弾は軌道が逸れることなく海軍司令部へと着弾し、爆発を起こす。

 ただでさえ半壊していた海軍司令部は、計十二発の爆弾の威力によって、完全に破壊されてしまう。当然奇跡的に生き残っていた職員達は、その止めによって命を絶たれるのだった。

 

 海軍司令部が完全に破壊されたことで、当然指揮系統は崩壊し、港では大混乱が発生し、水兵や作業員たちは右往左往することになった。

 

 

 

「隊長! 港の方で火の手が!」

「っ!」

 

 その頃、先の哨戒班と交代した哨戒班のワイバーンロードがエストシラントへ向かっていると、突然の轟音と共に、港の方で火の手が上がっているのを目撃する。

 

「一体何が!?」

「事故でも起きたのか!?」

「とにかく、状況を確認する! 行くぞ!」

 

 突然の出来事に部下二人は戸惑いを隠せなかったが、隊長は状況を確認する為に冷静に判断し、部下二人を連れて急いで港へ向かう。

 

 彼らが街の上空付近に到着すると、状況を把握する。

 

「っ! あれは!」

 

 隊長は港の上空で飛び交う飛行機械を目撃して、目を見開く。

 

「なぜ、ムーの飛行機械が!?」

「まさか、ムーが我が国に攻めて来たのか!?」

 

 部下達は飛び交う飛行機械を見て驚きを隠せないでいた。先頭の風車の羽みたいなプロペラを持つ飛行機械はムーでしか作られていないので、そういう結論に彼らは至った。

 

 実際は見当違いもいいところだが、彼らの常識ではその飛行機械が文明圏外に位置しているロデニウス連邦共和国のものであると考えるには至らないのだろう。

 

「例えムーが相手でも、我が皇国に攻めて来た以上、立ち向かうだけだ!」

『了解!』

 

 隊長の言葉に部下たちが答え、相棒のワイバーンロードの飛ぶスピードを上げて飛行機械に向かう。

 

 彼らは自分達ではムーの飛行機械に立ち向かうのは力不足であるのは分かっている。しかし国を守る軍人である以上、何もしないでいるわけにはいかない。それに時間が経てば皇都陸軍基地に配備されたばかりのムーの飛行機械に対抗できる新鋭のワイバーンオーバーロードがやってくる。

 増援が来るまで、自分達が飛行機械相手に時間を稼げばいい。

 

 

 だが、現実は彼らの思い通りにはならなかった。

 

 

「ガッ―――」

 

 直後、彼らは衝撃を感じた瞬間、永遠にその意識を閉ざすことになった。

 

 

 

 その瞬間を地上の市民たちは目の当たりにして、呆然と立ち尽くした。

 

 街の上空で自国のワイバーンロードが港の上空を飛んでいる飛行機械へ向かっていたが、そのワイバーンロードより更に上から飛行機械が急降下してきた。

 

 竜騎士は前方ばかりを見て上方の確認を怠っていた。というのも、高度を取っている自分達よりも高い空に敵はいないという慢心があったがゆえに、上を警戒していなかった。

 

 ワイバーンロードよりも高度を取って飛行していた疾風(しっぷう)改が港に向かうワイバーンロード三騎を発見し、三機がワイバーンロードに向かって急降下し、機首と両翼に二門ずつ計四門の20mmの零式機銃を放つ。

 放たれたHE(M)(薄殻榴弾)は竜騎士諸共ワイバーンロードを粉砕し、一瞬にして三騎を撃ち落とした。

 

 粉砕されて物言わぬ肉塊となった竜騎士とワイバーンロードは街中へと墜落し、生々しい音と共に地面に叩きつけられる。

 

「ひっ……」

 

 運良く墜落に巻き込まれなかった市民の女性は、その光景に思わず尻餅を着き、地面に叩きつけられて余計に原型を失った竜騎士とワイバーンロードを目の当たりにする。

 

 物言わぬ肉塊となり、偶然にも首がもげた竜騎士の頭が市民を見る形になる。その表情は何が起きたのか理解出来ないまま、戸惑ったような表情で固まっていた。

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」

 

 肉塊と化した竜騎士とワイバーンロードを目の当たりにして、血の臭いが鼻腔を刺激した事で、ようやく状況を呑み込み、女性は悲鳴を上げる。

 

 その悲鳴を皮切りに、市民たちに恐怖が伝染して我先に一斉にその場から逃げ出し、その恐怖の波は街全体に伝わる。

 

 

 艦爆隊に遅れて到着した艦攻隊は、水平爆撃隊と雷撃隊がそれぞれ分かれて攻撃を開始した。

 

 魚雷二本を抱えた雷撃隊の流星改二は低空で湾内に侵入し、無事な戦列艦や竜母に機首を向けて魚雷を投下する。

 

 今回の作戦に合わせて魚雷には投下後海中に沈降する深度を浅くする改良が加えられており、浅い湾内でも魚雷を使えるようになっている。

 

 投下された魚雷は深く沈降することなく浮かび上がり、エストシラント港の浅い湾内を航走し、戦列艦と竜母に命中する。

 

 轟音と共に水柱が上がり、魔石が満載されている戦列艦は大爆発を起こして粉々に吹き飛び、竜母は大きく船体を抉られるか真っ二つになるかで、一瞬の内に船体を沈めていく。

 

 水平爆撃隊の流星改二は、港の港湾設備に対して爆弾倉と両翼にある6番陸用爆弾を投下し、倉庫や桟橋、クレーン等の設備を破壊していく。

 

 爆撃された倉庫の中には魔石を蓄える倉庫があったのか、一際目立つ爆発が港のあちこちで発生する。

 

 

「急げ! 早く火を消すんだ!!」

 

 港では兵士達が右往左往しつつ、火災が発生した設備の消火作業を行っている。しかし消火する為の設備が爆撃で破壊されてしまっているので、バケツで海水を汲み上げて消火作業をしている。

 

 海軍司令部が真っ先に破壊されてしまったことで指揮系統が崩壊しており、現在は階級の高い人間が臨時に現場指揮を執っている。

 

「怪我人を運べ! ここに寝かせては傷に響くぞ!!」

「邪魔だ! そこの怪我人を退かせ!」

 

 消火作業の傍ら、負傷した兵士や職員が安全な場所へ運ばれており、それによる怒号があちこちで響いている。

 

「くそっ! どうなってんだよ! 何で蛮族を相手にしているのにムーの飛行機械が襲ってくるんだよ!!」

「陸軍の竜騎士隊は何やってんだよ!! 何でさっさと来ないんだ!!」

「俺が知るかよ!!」

「愚痴っている暇があったら手を動かせ!!」

 

 中には飛行機械が襲来してきた現状に不満を覚え、訳も分からず文句を叫ぶ者や、苛立って怒号を上げる者も現れ始める。

 

 しかし彼らが期待している竜騎士隊であるが、いくら待っても彼らがエストシラント上空にやって来ることは無い。

 

 

 というのも、第一艦隊から飛び立った第一次攻撃隊がエストシラント沿岸に到着する前に、『エンタープライズ』率いる第二艦隊より飛び立った第一次攻撃隊がエストシラントの防衛を担っている皇都陸軍基地に奇襲を仕掛け、その基地機能を損失させていた。

 

 第一艦隊の第一次攻撃隊より先立って第二艦隊より飛び立った第一次攻撃隊は、発見されないように大きく迂回して皇都陸軍基地へ接近し、ちょうど哨戒を交代した竜騎士隊が滑走路へ着陸し、ワイバーンロードの収容作業に取り掛かろうとしたタイミングで、攻撃隊が基地に対して攻撃を仕掛けた。

 

 陸軍基地側は攻撃隊の接近に気付き、すぐにワイバーンロードと配備されたばかりの新鋭のワイバーンオーバーロードを上げようとするが、ここで問題が発生した。

 

 ワイバーンは生き物である以上、自我と言うものが存在する。ぐっすり寝ていたところを叩き起こされれば、誰だって不機嫌になるものである。そのせいでワイバーンロードも、ワイバーンオーバーロードも愚図ってしまい、竜騎士や世話係の人の言うことを聞かず動こうとしなかったので、出撃が遅れてしまった。

 この辺りは生物故の不便さが表れている。

 

 その間にも攻撃隊が接近し、まずはF8F ベアキャット数機が両翼に提げているロケット弾を滑走路に向けて放ち、滑走路に着弾したロケット弾は炸裂し、滑走路を埋め込まれた魔石ごと破壊した。ワイバーンロードとワイバーンオーバーロードは、飛び立つのにある程度整地されて長い距離がある滑走路が必要であり、その上飛び立つのに多くの魔素が必要になるが、基地があるのはその魔素が少ない地域であった。その魔素の不足分を補う為に、滑走路には魔石が埋め込まれている。

 その両者が破壊されてしまったことで、ワイバーンロードとワイバーンオーバーロードは飛び立つことが出来なくなってしまった。

 

 つまりそれは、パーパルディア皇国の制空権喪失を意味している。皇国が聖都と定めているパールネウスの基地から救援を要請しても、どれだけ急いでもワイバーンロードの到着には二時間は掛かる。

 

 その後A1 スカイレイダーによる急降下爆撃で、ワイバーンロードとワイバーンオーバーロードが格納されている竜舎と竜騎士が寝泊まりしている宿舎を攻撃し、両者諸共粉砕する。何とか竜舎と宿舎から出て無事だった外に出ていた者が居れば、F8F ベアキャットによる機銃掃射が襲い掛かって命を刈り取った。

 

 更にA1 スカイパイレーツによる水平爆撃が行われ、基地の設備を徹底して破壊し、基地機能を奪ったのだ。

 

 

「くっ! 無事な船はあるか!?」

「駄目です! 戦列艦が次々と破壊されて、中には爆発に巻き込まれて次々と誘爆を起こしています! こうなったら、手の打ちようがありません!」

「それに、破壊された船の残骸で湾内は滅茶苦茶です! これでは、船を動かすこともままなりません!」

「っ!」

 

 上官と思われる兵士が無事な船を確認するものも、帰ってきた答えはもはや絶望しかなかった。 

 

 湾内に停泊していた戦列艦は、攻撃隊の猛攻によってその多くが轟沈しており、半分以上は大爆発に巻き込まれて誘爆を起こしていた。その為、湾内に停泊してあった戦列艦で無事な船は残っていなかった。

 

 当然竜母や揚陸艦も破壊対象になっており、無事な船は残っていない。

 

 仮に無事な船が残っていたとしても、湾内は破壊された船の残骸で埋め尽くされており、船を動かすことは出来なかっただろうが。

 

 

 ッ!!

 

 

 すると流星改二より投下された魚雷二本が停泊している竜母に命中し、轟音と共に二本の水柱が上がり、竜母は三つに分断されて轟沈する。

 

「ヴェ、『ヴェロニア』が……」

 

 兵士は黒煙を上げて湾内に沈んでいく竜母を呆然とした様子で見つめる。上官と他の兵士達も、目を見開いて呆然と立ち尽くす。

 

 先ほど沈んだ竜母は『ヴェロニア』と呼ばれる、パーパルディア皇国で建造された新たな竜母である。『ヴェロニア』は新型のワイバーンオーバーロードを運用する為に先の第二次フェン沖海戦に投入された竜母『ミール』よりも更に大きく、最新の技術が惜しみなく投入されて建造された竜母だ。

 風神の涙を従来の船よりも多く搭載しており、一部はワイバーンオーバーロードの離陸支援として使われるので、長大な滑走距離が必要なワイバーンオーバーロードを限られた空間しかない竜母で発着艦させることを可能にしたのだ。

 

 当然これほどの船となれば、その巨体に加え、複雑な構造も相まって、建造コストは従来の竜母よりも三倍以上掛かる代物となっている。しかし、コスト相応の性能は確かにあり、近々試験航行を控えていて軍から期待が寄せられていた。

 

 そんな多くの期待が寄せられていた『ヴェロニア』は、兵士たちが見ている中、本来の役目を果たすことなく海中に没した。

 

「……」

 

 『ヴェロニア』が黒煙を上げて破壊された姿を目の当たりにして、上官は息を呑み、飛行機機械が飛び交う上空を見上げる。

 

「ロデニウス……お前達は……一体何者なんだ」

 

 彼は誰かに向けたわけでもなく、その言葉を口から漏らした。

 

 その言葉に答えられる者は、この場にはいない。

 

 

 


 

 

 

 所変わって、エストシラントから数十km離れた海域。

 

 

 攻撃隊を発艦させた第一艦隊は、低速にてその海域を徘徊しており、偵察機が艦隊周囲の上空を飛行して、常に警戒を行っている。

 

 

「……」

 

 『大和』の艦体の装甲艦橋直下にある戦闘情報管制室では、『大和』が腕を組んで戦況の推移をオペレーターの妖精より聞いて確認している。

 

 戦況は戦場の上空を飛行している三式艦上高速偵察機と、高高度を飛行している電子管制機によって把握され、『大和』に情報が送られている。

 

「これは……凄まじいな」

「あぁ」

「そうね……」

 

 その近くでは、ラッサンにマイラス、アイリスがモニターを見ながら息を呑む。

 

 モニターには、三式艦上高速偵察機に搭載されたガンカメラで撮影された映像がリアルタイムで送られており、モニターには皇国のエストシラントの港が航空機による攻撃で破壊されていくのが映し出されている。

 

「皇国は初手に攻撃されるなんて微塵に思っていなかっただろうから、反撃もままならないだろうな」

「だろうな。その上指揮系統も破壊されているから、組織的な行動も取れなくなっている。こうなったら皇国はされるがままだ」

「それに、ここまでやられたら、精神的なショックでまともに行動が取れないでしょうね」

「本当に、ロデニウスが敵にならなくて良かった」

「全くだな」

 

 徹底的に破壊されるエストシラントの港と船がモニターに映し出され、三人はそれぞれの意見を口にする。

 

 

「そうか。第一次攻撃隊の戦果は上々か」

『あぁ。今は例のあれで仕上げを行う第二次攻撃隊の発艦準備を行っている』

「分かった。作戦に変更は無い。このまま予定通り仕上げに入れ。こちらもそろそろだからな」

『了解』

 

 『エンタープライズ』より第一次攻撃隊の戦果報告を聞き、『大和』は頷きつつ予定変更は無いのを伝え、モニターに表示されている時刻を確認する。

 

「艦長! 時間です!」

「よし。第二次攻撃隊、発艦始め! 各艦にも伝えろ!」

 

 オペレーターがそう伝えると、『大和』は頷いて命令を各KAN-SENに伝える。

 

 

 各空母の飛行甲板では、格納庫より舷側にあるエレベーターで艦載機が飛行甲板に上げられて第二次攻撃隊の発艦準備が行われている。

 

 その中で『大和』と『蒼龍』は他のKAN-SENとは違う様相を見せている。

 

 二隻の飛行甲板には、これまでのレシプロ機とは異なり、最新鋭のジェット機が並べられ、ジェットエンジンの暖機運転を行っている。『大和』は艤装の改良でジェット機の運用を可能としており、『蒼龍』はその『大和』の改良された艤装の構造を基にした新造艤装を手にしているので、ジェット機の運用が可能となっている。

 

 ジェット機は更なる改良が加えられ、もはや元の設計の面影が無くなりつつある『景雲四型改』である。ジェットエンジンに空気を送り込む吸気口の改良が行われ、機首にあった吸気口は胴体に左右に分かれて移され、更なる改良でジェットエンジンの性能を向上させた機体である。武装は三型から変わらず、両翼に零式機銃を二門ずつ計四門を搭載している。

 その見た目はどことなく史実における『F-11』を少しだけ太くしたような感じに見える。相違点はジェットエンジンが双発で、武装が異なる点ぐらい。

 

 エンジンの暖機運転を終えた景雲四型改は艦首側とアングルドデッキ側の蒸気式カタパルトへ移動し、機体をカタパルトに固定させる。

 

 ジェットエンジンが唸りを上げて出力を上げ、ノズルから熱せられた空気が吐き出されるが、飛行甲板の一部が斜めに上がられていて、熱せられた空気を上へと逃がしている。

 

 景雲四型改のパイロットの妖精はジェットエンジンの出力を上げて発艦準備を終え、カタパルトを操作する甲板要員に合図を送る。甲板要員は操作盤をスイッチを押し、景雲四型改はカタパルトで勢いよく飛び出す。続けて隣のカタパルトからも機体が飛び出す。

 アングルドデッキ側でも景雲四型改がカタパルトから飛び出す。

 

 『大和』と『蒼龍』がジェット機を発艦させている間にも、他のKAN-SEN達も第二次攻撃隊を発艦させる。

 

 

 


 

 

 

 時系列は遡る事、夜明け前。

 

 

 場所はパーパルディア皇国で随一と言ってもいい、工業で栄えた都市『デュロ』

 

 皇国の工業製品の多くは、このデュロで生み出されており、皇軍の船の多くは、デュロにある造船所で作られている。デュロは正に皇国にとって産業の中核を担っていると言っても過言ではない。

 

 

 デュロでは、ロデニウス連邦共和国へ侵攻を行う為、港には多くの戦列艦と砲艦、竜母が集まっている。さすがにエストシラントよりもその数は少ないが、工業都市とあってか、全体的に兵器の質は新しい。

 

 デュロに集まった艦隊は、後々エストシラントよりやって来る艦隊と合流し、ロデニウス大陸に向かう予定となっていた。  

 

 

 

 まだ夜明け前で暗いデュロであったが、今は昼間の様に明るく、騒然としていた。

 

 

 

()ぇっ!!」

 

 『紀伊』の号令の直後、暗闇が一瞬明るくなるようなぐらいに、50.8cmの主砲の砲口から轟音と共に爆炎が噴き出す。続けて『紀伊』の後ろにいる『尾張』も一番砲塔から三番砲塔の二番砲が砲撃を行う。

 

 世界最大級の艦載砲より放たれた三式弾が目標の上空で炸裂し、内臓されている焼夷弾子がばら撒かれて、目標に降り注いで破壊する。

 

 深夜にロデニウス連邦共和国北ロウリア州の港を出航した『紀伊』と『尾張』は、暗闇に紛れて皇国の工業都市デュロを目指した。

 

 デュロの近海へと入り、二隻は暗闇に紛れて密かに近づき、主砲の有効射程距離まで接近した所で、『紀伊』と『尾張』は主砲をデュロに向け、艦砲射撃を開始した。

 

 二隻の戦艦から放たれた三式弾は、港に停泊している戦列艦や砲艦、竜母に焼夷弾子をばら撒き、出航前とあって魔導砲に使う魔石を満載していたので、貫通した焼夷弾子が船内で炸裂して魔石に引火し、一斉に大爆発を起こした。他に工業地帯にも三式弾の焼夷弾子が降り注ぎ、工場のあちこちで火の手が上がった。

 

 この時デュロでは、戦う前から勝利を確信して宴が行われており、多くの兵士が酒に溺れていた。その上見張りの兵士も宴に参加していたとあって、完全に無警戒状態だった。

 

 そんな時に、上空で三式弾が炸裂し、焼夷弾子がばら撒かれた時、彼らからすれば闇夜に開いた光の花に見えただろう。それが自分達に災いを齎す厄災の花であると知らずに。

 

 降り注いだ焼夷弾子によって、港の倉庫や湾内に停泊している戦列艦や砲艦が大爆発を起こした事で、彼らはようやく攻撃を受けていることを理解し、慌てふためいた。

 

 しかし大半が酔っ払っていたせいで、すぐに動けない者が多かった。そのせいで初動が大幅に遅れてしまった。

 

 その間にも『紀伊』と『尾張』の第二射が放たれ、港と工業地帯に焼夷弾子が降り注ぐ。この時港に降り注いだ焼夷弾子が彼らの元に落ちて来て、炎と破片がまき散らされて多くの兵士を殺傷し、燃やし尽くす。

 一瞬で多くの兵士が命を落とした事で、効率的に消火作業が行えなくなり、消火作業が散発的になって火災を抑えることが出来なくなってしまった。

 

 『紀伊』と『尾張』は狙いを定めて効力射へと移行し、次々と三式弾と時々零式弾をデュロへと放った。

 

 この時、工業地帯に落とした三式弾の焼夷弾子によって、燃えやすい素材や油を多く取り扱っていた工業地帯は一瞬にして火の海と化した。

 

 火の海と化した工業地帯のあちこちで爆発が起きて、『紀伊』より放たれた零式弾が着弾し、爆発時の爆風によって炎を纏った破片が周囲へ飛び散って工場勤務の人が住む住宅街に落下する。

 

 住宅街でも宴が行われていたとあって、多くの者が工業地帯で火災が発生して爆発したのを目撃し、一目散に逃げ出した。炎を纏った破片が住宅街に落下し、木造の住宅が多い住宅街は瞬く間に火の手が広がる。

 

 住人達は住宅街に広がる火災の消火を試みようとしたが、その規模は大きく尚且つ勢いよく広がっているので、徒労と化していた。そのせいで、無駄に犠牲者が増えるばかりだった。

 

 皇軍側も何もしなかったわけでは無かったが、敵があまりにも遠い所から攻撃しているとあって、魔導砲は届かず、反撃のしようがない。

 基地では未だに攻撃が及んでいないのでワイバーンロードは無事であるが、夜中とあって鳥目なワイバーンロードを飛ばすことが出来なかった。仮に飛び立たせても、暗闇に紛れている敵の位置が不明瞭であるので、見つけるのが困難である。時折暗闇に光が瞬いているが、そこに敵が居るとは限らないのだ。

 

 むしろ次々に発生する街や港の被害に対処する為に人手を回さないといけなかったので、基地司令はワイバーンロードを飛ばさない判断を下し、攻撃を耐え凌ぐしかなかった。

 

 

 『紀伊』と『尾張』の砲撃は、未だ終わりを見せない。 

 

 

 

 




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第八十六話 エストシラント空襲 弐

今年最後の更新になります。来年もよろしくお願いします!


 

 

 時系列は現在へと戻る。

 

 

 

「うっ……うーん……」

 

 多くの瓦礫が散らばっている中、女性は小さく声を漏らしながら目を覚ます。パーパルディア皇国エストシラント防衛基地にて、魔信技術士として勤務をしている女性ことパイである。

 

(なに、が……起きて)

 

 全身の痛みに混乱していた彼女であったが、次第に冷静になって記憶の糸を辿り始める。

 

 

 朝早くから基地にて勤務していた彼女は、基地にある魔導通信機と魔力探知レーダーの点検を行っていた。最初に魔導通信機の点検を終えて、次に魔力探知レーダーの点検に入ろうとした。

 

 そんな時、突然基地に設置されているサイレンが鳴り出して、彼女は何事かと外に出ると、空に防衛基地へと向かってくる黒い点を見つける。

 

 魔力探知レーダーには何も反応が無いとあって、それが飛行機械である可能性があるとして、パイは基地司令の指示を受けてすぐに魔信にて各方面に通信を入れ、次に基地司令に魔力探知レーダーに異常が無いか点検を命じられて、すぐに点検に入った。

 

 直後に滑走路が攻撃され、爆発が起きて彼女が居る司令部を揺らした。その直後に更なる爆発が起きて、その時の衝撃が原因なのかは彼女には分からないが、彼女は気を失った。

 

 この時『エンタープライズ』率いる第二艦隊より飛び立った第一次攻撃隊が防衛基地に接近し、F8F ベアキャットよりロケット弾が放たれ、滑走路を破壊した。それに続いてA1 スカイレイダーによる施設に対する急降下爆撃が行われ、この時魔力探知レーダーがあった司令部に爆弾が落とされた。

 

 司令部の魔力探知機の水晶版のレーダーモニターの前に居た彼女だったが、幸運にも衝撃で気を失って倒れ、瓦礫同士が組み合わさったお陰で、隙間が出来て彼女は瓦礫の下敷きにならずに済んだ。

 

「うっ……くっ……」

 

 彼女は身体中から痛みを感じて顔を顰めるも、ゆっくりと目を開けると、視線の先には瓦礫の隙間から外の光が覗いている。

 

 隙間は狭いが、這いつくばって進んで行けば瓦礫の山から何とか出られそうだ。

 

(よし……)

 

 彼女は痛みがする中で身体に鞭打って、這いずって瓦礫の隙間を進んでいく。

 

 助けを求めようと思ったが、恐らく外は慌ただしくなっていて、救助活動している余裕は無いだろうし、何より瓦礫がいつ崩れ落ちるか分からないので、すぐに出ないといけない。

 

 時折彼女が着ている作業着が瓦礫の尖った部分に引っ掛かるものの、彼女は気にせず作業着の一部が破れても無理やり進む。

 それが所々であったので、恐らく作業着はそこそこボロボロになっていると思われる。恐らく外に出たら少し恥ずかしい状態になっているかもしれないが、命には代えられない。

 

「もう少し……もう少し」 

 

 やがて出口が近づき、瓦礫が崩れそうになって彼女は急いで這いずって外に出ると、直後に瓦礫が砂煙を上げて崩れる。もう少し遅れていれば、彼女は瓦礫の下敷きになっていただろう。

 

「はぁ……ハァ……はぁ……」

 

 パイは地面に両手を付いて、呼吸を忘れるほど急いでいたので、酸素を求めて荒れている呼吸を何とか整えようとする。

 

「き、基地のみん――――」

 

 やがて呼吸が整ってか、立ち上がって顔を上げるが、その瞬間彼女は固まってしまう。

 

 

 彼女の目に映ったのは、大きな穴だらけになった滑走路に、薄い煙を上げて崩れた建物と、破壊の限りを尽くされた基地の惨状だった。

 

 

「なに……これ?」

 

 パイは身体と共に震える声を漏らし、呆然と立ち尽くす。

 

 現実で起きているとは思えない光景で、彼女は夢を見ているんじゃないかと思い始めたが、煙と血肉の臭いが彼女の鼻腔を刺激し、その臭いに吐き気がこみ上げてきて吐きそうになるも何とか堪える。

 そのお陰で、これが夢ではなく現実であるというの実感される。

 

「っ?」

 

 思わず足が前へと出るが、ふと足に何かが当たって彼女は足元を見る。

 

「ひっ!?」

 

 そこにあったモノに彼女は声を漏らして後ろずさり、足がもつれて崩れて重なった瓦礫に座り込む形で後ろに倒れる。

 

 それは人間だったものであろう肉塊であり、肉塊から骨や内臓が露出している。それが誰ものであるかなんては分からないが、少なくともこの基地に居た誰かであるのは分かる。

 

「あ……あぁ……」

 

 パイはショックのあまり言葉を出すことが出来ず、ただただその肉塊を見つめる事しか出来なかった。

 

(なんで……なんでこんな……こんな……)

 

 認めたくない現実を目の当たりにして、彼女は頭を抱える。

 

 彼女の人生で危険な場面はあった。だが、皇国がここまで被害を受けたことは彼女の人生の中には無かった。恐らく皇国の歴史の中で、これほどの被害を受けたことは無いだろう。

 

 

「……?」

 

 と、遠くから何か音がしてパイは顔を上げて、恐る恐る音がする方向を見る。

 

「……ァ」

 

 それを見た瞬間、目からハイライトが消えて彼女は身体を震わせる。

 

 彼女の視線の先には、空に浮かび上がるほどに大量に現れた飛行機械の群れであった。

 

 『エンタープライズ』率いる第二艦隊より飛び立った第二次攻撃隊は、攻撃を終えた第一次攻撃隊と交代する形で第二次攻撃隊が防衛基地へとやって来たのだ。

 第二次攻撃隊には、最後の仕上げをする為の例のアレなるものが艦爆隊と艦攻隊に積まれている。

 

 既に壊滅したであろう防衛基地へとやって来る飛行機械の群れ。それを目の当たりにしてパイは恐怖が頂点に達して、意識を失ってしまう。

 

 

 


 

 

 

 所変わって、エストシラント。

 

 

 市街地では、飛行機械の来襲に市民たちは自宅や倉庫などの建物に避難し、頭を抱えて震えていた。家族が居る者は家族と寄り添って部屋の隅に集まっている。

 時折上空を飛行機械が飛び去り、その飛翔音に驚いて身体を震わせている。

 

 上空では、第一艦隊より飛び立った第二次攻撃隊が飛び交い、市街地に点在している目標に対して攻撃を行っている。

 

 市街地の広場にあるそれを一航戦の『赤城』『加賀』の急降下爆撃隊は、まるで針に糸を通すかのような精密な爆撃にて爆弾を落とし、目標を破壊する。

 投下している爆弾は、一番小さい6番陸用爆弾で、小さい爆弾をピンポイントに目標に対して投下し、命中させている。目標が広場にあるので、周りへの被害は小規模に済んでいる。

 

 二航戦の『蒼龍』『飛龍』の急降下爆撃隊は、『黒潮』率いる忍びのKAN-SEN達の諜報にて発見した研究所へと向かい、急降下爆撃を敢行して施設を破壊する。

 

 五航戦の『武蔵』『翔鶴』『瑞鶴』は引き続き港の施設への攻撃を行い、港の機能を徹底的に奪う為、80番陸用爆弾で港の埠頭や造船所を地形ごと破壊していく。

 

 今まで響いたことが無い爆発音が次々と起こり、一方的に攻撃を受けている状況に、市民たちはただただ震えて災厄が過ぎ去るのを祈るしかなかった。

 

 

「ひっ!?」

 

 そんな中、尻餅を着いて情けない声を漏らす女性の姿があった。事実上この戦争へと突入することになった元凶となっているレミールである。

 

 緊急会合時にムーの大使よりロデニウスの実力を伝えられてから、彼女の中にある絶対的な自信が揺らぎ始めていた。

 

 それ故か、その日から自分がこれまで処刑を命じて処刑された人達に付き纏われる夢に魘される事になって、睡眠不足気味になっていた。

 

 今日もその夢に魘されて早朝に目覚めた。まだ起床時間より早かったものも、二度寝が出来るような状態じゃなかったので、彼女はバルコニーに出て外の空気を吸って気持ちを整えていた。

 

 何も変わらない日常が広がっており、ムーの大使の言葉が脳裏に過るが、彼女は頭を振るってその事を忘れようとする。

 

 ただのムーが何かしらの理由で偽って誇張しているだけで、本来のロデニウスの実力は大したことは無い。今回だって皇国が蛮国に圧倒的な力を見せつけて愚かな蛮族を殲滅し、皇国が勝利を掴み取るのだからと、自分に言い聞かせるように呟く。

 

 だが、その直後に異変を目の当たりにする。

 

 

 港の方からサイレンが鳴り始め、レミールは港を見る。そして上空にいくつもの黒い点がそれが近づいているのに気付く。

 

 その直後に、港の方から爆発音が何度も響く。

 

 レミールは何が起きたのか理解できず、呆然と立ち尽くすが、更に爆発音が起きて飛行機械が上空を通過して来たことで、ようやく事態を理解する。

 

 その後に、上空に哨戒のワイバーンロードが現われて空を見上げるが、それと同時に信じ難い光景を目の当たりにする。

 

 ワイバーンロード三騎が上方より急降下してきた飛行機械により、一瞬にして撃ち落とされた。そして肉塊と化したワイバーンロードが街に墜落していく様子を目の当たりにした。

 

 ありえない光景にレミールは思考が停止し、身体が固まってしまう。しかし港の方から大きな爆発音が続け様に起こると、再び意識を戻す。

 

 その後、街の上空に飛行機械が飛び交い、街のあちこちに攻撃を仕掛け始めてレミールは顔を青ざめてその光景を見ているしかなかった。

 

 そんな時、飛行機械が急降下して腹に抱えている爆弾を投下するが、これが偶然だったのか、それとも意図的だったのかは分からないが、彼女の住んでいる屋敷の庭に爆弾が落下して土を舞い上げて地面にめり込む。

 

 しかし信管不良を起こしたのか、爆弾は爆発せず地面に突き刺さった状態で止まっている。

 

 その時の衝撃で、彼女は足元がふらつき、尻餅を着いてしまったのだ。

 

 

「あ…‥あ……」

 

 レミールは爆弾が爆発しなかったことによる安堵と、もしも少しでも落ちた場所がずれていたら、もしも爆発していたらという恐怖が同時に襲い掛かり、やがて安堵したことによって緊張の糸が切れ、彼女の股間が濡れ始める。

 

 やがて刺激臭が彼女の鼻腔を刺激し、自身の身に何が起きたのを理解して、レミールの顔が赤くなり、歯噛みする。恐らく羞恥心や怒り等、様々な感情がごちゃ混ぜになっているのだろう。

 

「っ!」

 

 レミールは市街地の上空を飛び交う飛行機械を睨みつける。

 

「何なんだ……何なんだ!! お前達は!!」

 

 そして空に向かった彼女は咆えるが、その声は虚しく空に消えるだけであった。

 

 

 


 

 

 

 場所はエストシラント市街地から離れた場所にあるパラディス城。

 

 ここでは市街地よりも悲惨な状況が広がっている。

 

 パラディス城の手入れがされていた庭に、『大和』所属の水平爆撃隊の艦攻隊の流星改二による水平爆撃が行われ、投下された爆弾によって庭は滅茶苦茶に荒され、城は爆発時の衝撃波や爆風によって飛ばされた破片でガラスや装飾が施された壁面にヒビが入るか、破壊されていく。

 

 その上空を景雲四型改がジェットエンジンを響かせて飛翔し、両翼に提げている25番陸用爆弾を投下し、庭にあるパーパルディア皇国の皇帝ルディアスの石像に直撃させ、爆発と共に粉々に粉砕する。

 ちなみにこのルディアスの石像は街にも点在しており、市街地への攻撃はこの石像を破壊する為である。

 

 一見すれば軍事施設ではない、ただ庭先を荒らしているようにしか見えないが、これは絶対的な自信を持つ皇国に対する精神的攻撃の一環であり、市街地への攻撃は国民への訴えとして、国の国力を示している城と綺麗に整えられた庭を破壊することで、皇帝はもちろん、その関係者のプライドを打ち砕く狙いがある。

 

 今回の攻撃の大半は、パーパルディア皇国への精神的攻撃が目的であり、そのダメージは計り知れないだろう。

 

 それに加え、今回の攻撃は多くの国が目撃していることである。まだロデニウス連邦共和国と国交を結んでいない国々は、今回の戦闘でロデニウス側の力を知ることになるだろう。これでロデニウス連邦共和国の実力を知れれば、それらの国々はパーパルディア皇国のような愚かな判断を下すことも無いだろう。

 実際に、各国の大使館では慌てた様子で本国に報告を行っていた。

 

 

 この時、意外な所でこの戦闘が影響を与えているとは、誰も予想していなかったが……

 

 

 

「な、何だ……これは……」

 

 寝室の窓から外を見ていたルディアスは、呆然として声を震わせる。

 

 まだ就寝中だったルディアスは轟音によって目覚め、すぐにベッドから立ち上がって外を見ると、港と市街地の各所から黒煙が上がり、上空を多くの飛行機械が飛び交っている光景だった。

 彼の人生で……いや、皇国の歴史上類を見ない被害に、彼は自分の目が信じられなかった。

 

「余は……余は、夢を見ているのか……皇都が、エストシラントが……」

 

 声を震わせて彼は、その光景を見ながら後ろに二歩下がる。

 

 もし冷静であれば、上空を飛行している景雲四型改を見て彼は、それを神聖ミリシアル帝国の天の浮舟と連想していて大きな混乱を招いていただろうが、あまりに衝撃を受けていたのか、上空を飛行している景雲四型改の姿を見ても、何の疑問を浮かべることは無かった。

 

 するとルディアスの寝室の扉が開かれ、彼の相談役のルパーサが入って来る。

 

「陛下! すぐに避難を!」

「避難だと!? 余に逃げろと言うのか!」

「このままでは陛下の身が危ないです! どうか、地下室に!」

 

 ルパーサの言葉にルディアスは中々応じようとしなかったが、直後に風切り音が響き渡る。

 

 ルディアスは窓の方を見ると、流星改二がパラディス城へ向かって急降下を行い、爆弾倉の扉を開けて中にある80番陸用爆弾を落とす。

 

「っ!?」

 

 この時嫌にハッキリと落下してくる爆弾の姿を捉え、二人は逃げることを忘れて驚愕の表情を浮かべる。

 

 投下された80番陸用爆弾は、一直線にパラディス城の壁を破壊して中へと落下する。

 

 落下時の衝撃は城を揺らし、その衝撃でルディアスとルパーサは倒れ込む。

 

 しかし爆弾は訓練に用いる模擬弾頭のものであり、爆発することは無い。

 

「へ、陛下。ご無事ですか?」

「……あ、あぁ」

「すぐに避難を。先ほどの物体がいつ爆発するか分かりません」

「……」

 

 ルディアスは苦虫を噛んだような表情を浮かべつつ、ルパーサの力を借りて立ち上がり、急いで寝室を後にする。

 

 

 


 

 

 

 所変わり、『大和』の艦体にある戦闘情報管制室。

 

 

 

「……」

 

 『大和』は電子管制機より送られる情報と共に、艦載機越しに前線の状況を確認している。

 

「艦長! 『エンタープライズ』より入電!」

「内容は?」

「『土産の配達完了』です」

「そうか」

 

 通信士より『エンタープライズ』より報告を聞き、彼は頷く。

 

「『大和』より一航戦、二航戦、五航戦へ。状況は?」

『こちら一航戦「赤城」ですわ。市街地に点在している目標は全て破壊。「赤城」「加賀」共に被害はありませんわ』

『こちら二航戦「蒼龍」。市街地にある研究所の破壊を完了しました。「蒼龍」「飛龍」共々被害なし』

『こちら五航戦「武蔵」。港の施設及び埠頭の破壊完了しました。湾内に浮かんで残存する船は残っていません。「武蔵」「翔鶴」「瑞鶴」共々被害はありません』

「……よし」

 

 『大和』は報告を確認して頷き、指示を出す。

 

「艦載機を帰還させろ。艦載機の収容後、艦隊はアルタラス島に戻る。第二艦隊にも伝えろ」

 

 通信士の妖精はすぐに『大和』の指示を艦載機のパイロットと各KAN-SENに伝える。

 

「……」

 

 『大和』はモニターに映るエストシラントの惨状を一瞥すると、制帽を脱ぎながら浅く息を吐く。

 

(『紀伊』の方も無事に終えたようだから、戦争の第一段階は成功に終わったな。これで皇国が降伏するのなら楽なんだが、まぁあのプライドの塊がおいそれと頭を下げて降伏するはずがないか)

 

 内心呟きつつため息を付いて制帽を被り直し、第二次攻撃隊が戻って来るのを甲板上で艦載機の収容作業を行っている光景が映っているモニターを眺める。

 

 夜間にデュロに艦砲射撃を行っていた『紀伊』と『尾張』は、デュロの港と工業地帯を破壊しつくし、夜が明ける前に撤退している。

 

 

「……」

「……何と言うか」

「言葉に出来ないわね」

 

 その傍で、マイラス、ラッサン、アイリスはモニターに映っているエストシラントの惨状を見て、冷や汗を浮かべている。

 

「あんなに小さい目標をピンポイントで爆撃するとは。とんでもない練度だぞ」

「爆弾の威力も凄いわね。地形が変わってしまっているわ」

「港は破壊し尽くされているし、湾内には轟沈した船の残骸で埋め尽くされているな。これじゃ港の機能は元からなかったような状態だし、復旧も難しいだろうな」

「城の方も攻撃を受けているから、上層部に与えた衝撃は相当でしょうね。これで自分達が犯した過ちに気付いて事の重大さを認識すればいいけど」

「……」

 

 ラッサンとアイリスが話している間、マイラスはモニターに釘付けであった。

 

 マイラスの視線の先には、モニターに映っている景雲四型改の姿であった。

 

(ジェット機……)

 

 ただでさえ興味のあるジェット機である上に、まさかのジェット機の新型が披露されたとあって、今の彼の視線は景雲四型改に釘付けである。

 

「観戦武官の皆様」

 

 と、『大和』が三人に声を掛ける。

 

「よろしければ艦載機の着艦作業の様子を見学しますか? 帰還途中には格納庫内での見学も許可しますが」

「っ! ぜひ! お願いします!」

 

 『大和』の提案にマイラスが勢いよく食いつき、その様子にラッサンとアイリスは苦笑いを浮かべる。

 

 しかしムーにとっては貴重な機会であるので、二人も見学をお願いして、『大和』に案内されて戦術情報管制室を出て装甲艦橋の防空指揮所へと向かう。

 

 

 そして各KAN-SENは自身の艦載機の収容を行い、収容を終えた艦隊は針路を反転させてアルタラス島への帰路に付く。『エンタープライズ』率いる第二艦隊も艦載機の収容後、針路を反転させてアルタラス島を目指す。

 

 

 


 

 

 

 後に『エストシラント空襲』と呼ばれる今回の戦闘における双方の被害。

 

 

 ロデニウス連邦共和国の被害は無し(強いて挙げるなら景雲四型改一機がエンジントラブルに見舞われたものの、帰還途中であったので、何とか母艦に帰還出来ている)

 

 

 一方パーパルディア皇国の被害は、空母機動部隊の艦載機の波状攻撃により、エストシラントの港に停泊していた戦列艦、竜母、揚陸艦の全てが沈没。港の施設、設備、造船所が軒並み潰され、埠頭も80番陸用爆弾によって地形ごと破壊されて地形が変えられてしまっている。

 死傷者の数は原型を留めていない死体が多く、混乱も相まってそもそも何人居て誰が居たかすら分からず、計測不能。

 

 皇都防衛基地もまた航空機の波状攻撃により、滑走路に司令部の破壊。配備されていたワイバーンロードとワイバーンオーバーロードは竜騎士共々全滅。奇跡的に一人だけ生存者が残って、それ以外は戦死している。

 

 デュロでは、戦艦の艦砲射撃によって港の施設、設備、造船所は軒並み破壊され、港に停泊していた船舶は全て破壊されて湾内に沈んでいる。工業都市として栄える源である工場地帯も破壊された上に火災によって全てが燃え尽き、その上周囲の住宅街に延焼して被害は拡大しつつあるという。

 死傷者の数はこちらも軍人の数だけならず、工場関係者も巻き込まれているので、その数の特定は余計に難しくなっていた。

 

 列強国とは言えど、アルタラス王国侵攻時と第二次フェン沖海戦で多くの戦力を失ったのは大きく、今回のロデニウス連邦共和国への攻撃の為に軍艦はいくつもの港から搔き集め、まだ試験段階の新鋭艦も投入するほどのカツカツ具合であった。結果今回投入するはずだった戦力を全て失ってしまった。その上エストシラントとデュロの造船所も破壊されたとあって、新たな戦列艦、竜母といった船舶の建造が出来なくなってしまった。他の場所にも造船所はあるが、大型船クラスとなるとエストシラントとデュロでなければ建造できない小規模のものしかない。

 

 つまり、パーパルディア皇国の海軍は事実上壊滅した。それは皇国の制海権喪失を意味している。その上、デュロが壊滅したことで、新たな武器の供給がこれまで通りにいかなくなっているので、皇国は初手で兵站に陰りが見え始めている。

 

 

 皇国は初手から窮地に立たされることになるのだが、ここから更に追い込まれることになろうとは、皇国側は予想もしないだろうが。

 

 




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第八十七話 ロデニウスの置き土産

新年一発目の更新です!
今年も本作をよろしくお願いします!


 

 

 

 

 中央歴1640年 2月1日 パーパルディア皇国

 

 

 

 先の空襲の混乱は長引いたものの、今はようやく街は落ち着きを取り戻している。

 

 

 見ただけで卒倒しそうなレベルの被害を受けた港であったが、街への被害は比較的少ない方で、大きい被害でも広場にある皇帝ルディアスの石像が破壊されているか、一部の道に爆弾が落ちて地面を抉られたぐらいで、他は爆弾が爆発時に生じた衝撃波で建物の外壁とガラスに被害が出ているぐらい。

 人的被害は軍の方は数を把握することが不可能なレベルの数が犠牲になっているが、市民の方は意外にも重傷・軽傷問わず負傷者はいれど、死者は出ていないという。市民たちはすぐに屋内に避難していたとあって、直接的な爆風被害に遭うことは無かった。負傷者は避難時にこけたか人同士の衝突によるものや、屋内で物がぶつかって出来たものである。

 

 

 しかし、空襲による市民へ与えた衝撃は大きく、瓦礫の撤去作業に駆り出されている市民の顔色は悪く、誰もが目が死んでいた。それは生き残っている軍人たちも同じである。

 

 

 もちろん、上の人間も同じである。

 

 

 


 

 

 

 場所は代わって、皇帝が住まうパラディス城。

 

 こちらは市街地よりも酷い有様で、庭師によって剪定されて綺麗に整えられた庭は、爆弾の着弾によって荒れに荒れてしまって、見る影もない。

 

 敷地内にある建物も被害を受けており、ガラスは割れて、装飾が施された建物の外壁は一部が崩れてしまっている。中には建物の一部が崩壊しているものもある。

 

 権力と国力を示していた城の姿は、今となっては見る影もない。

 

 

 

「そ、それでは……緊急事態により……ご、御前会議を開始します」

 

 パラディス城の会議室にて、ルパーサが震えた声にて会議開始を宣言する。

 

 会議のメンバーは皇帝ルディアスを筆頭に、

 皇軍の最高司令官 アルデ

 第一外務局長 エルト

 第二外務局長 リウス

 第三外務局長 カイオス

 臣民統治機構長 パーラス

 経済担当局長 ムーリ

 

 といった政治関係の面々である。

 

 空襲直後は混乱によって会議が出来る状況では無かったが、ようやく状況が落ち着いたことで、今後を左右するであろう会議を行う事にした。

 ちなみにこの場に参加しているはずのレミールの姿が無いが、彼女はとても人前に出られる状態ではないとのこと。

 

 当然全員の顔色は悪く、エルトは頭痛がするのか頭に手を当てて、リウスは目が虚ろであり、パーラスは冷や汗が止まらず、ムーリは頭を抱えている。軍の司令官であるアルデに至っては、顔が真っ青で顔中に冷や汗を掻き、小刻みに震えている。

 カイオスでさえも、疲弊した様子を見せている。

 

 御前会議は本来であれば大会議室で行う予定だったのだが、大会議室は空襲時に破壊されてしまって、代わりにこのルディアスが座る玉座が無い普通の会議室で行うことになった。

 ちなみに大会議室だが、先の空襲で落とされた模擬爆弾で破壊されたのだが、その際模擬爆弾の落下地点に丁度玉座があって、模擬爆弾が玉座を押し潰しているという。

 

 自身の為にある玉座に座れず、その玉座を破壊されたという事実がルディアスのプライドにダメージを与えているという。

 

「ま、まずは……被害状況の確認を。アルデ殿」

「は、はい……」

 

 ルパーサに促されて、アルデはふらつきながら立ち上がる。

 

「ま、まず、被害状況ですが……」

 

 アルデは深呼吸を数回挟んで、報告を続ける。

 

「軍の被害は……港に集まっていた戦列艦、竜母、揚陸艦は……全て破壊され、無事な船は一隻もありません」

 

 彼がそう告げると、会議室の空気は一段と重くなる。

 

「更に、昨夜に攻撃を受けたデュロでも、同様に集まっていた船は全て破壊されました……」

「……」

「そ、その為……事実上海軍の戦力は……壊滅しました」

 

 アルデは絞り出すようにそう告げると、震える手でコップを持って水を零しながら飲む。

 

 何もしないまま、皇国の海の守りが壊滅した。あまりにも信じられない……いや、信じたくない現実に誰もが俯く。

 

「港の被害は……魔石や砲弾を貯蔵する倉庫や司令部、造船所は全て破壊され、その上港の地形すらも変えられています。デュロでは……港と工業地帯が壊滅しているとのこと」

「……」

「人員の被害に関しては……死傷者があまりにも多すぎて、その上原形を保っていない死体が多く……未だに正確な数判明していません」

「……」

 

 するとルディアスは顔に手を当てて、深々とゆっくり息を吐く。

 

「アルデよ」

「は、はい……!」

「正直に答えろ。専門的な意見を、率直にな」

「……」

 

 ルディアスの鋭い眼光に睨まれてアルデは息を呑む。

 

「海軍の再建と港の復旧に、どのくらい掛かる」

「……」

 

 アルデは蛇に睨まれた蛙のように固まるも、意を決して口を開く。

 

「エストシラントとデュロの造船所が全て破壊された以上……新たな主力艦の建造は不可能です。海軍の再建は……不可能です」

「……」

「港の復興も、設備に建造物、更に地形すらも徹底的に破壊され、港に続く道も大きく破壊されています。湾内には破壊された船の残骸もありますので……復旧の目途は……立っていません」

「……そうか」

 

 ルディアスはそう呟くと、アルデを責めることなく浅く息を吐く。報告を終えたアルデは大きくふらつく。

 

「他の報告は……余が自分で見る」

 

 あまりにも追い詰められた状態のアルデを見かねてか、ルディアスはルパーサに目配せをして、彼にアルデより報告書を受け取らせて自分の元に運ばせる。

 

「……」

 

 ルディアスは報告書に目を通していくと……その表情はどんどん険しくなっていく。

 

「皇都防衛基地は壊滅。配備してあったワイバーンロード、ワイバーンオーバーロードは竜騎士諸共全滅。生存者は一人だけか」

 

 皇都の一大防衛拠点が壊滅した事実に、彼の顔に怒りと共に疲れの色が浮かんでくる。

 

 報告書に目を通すと、ある一行で彼の目が留まる。

 

「アルデよ。この報告書にある円柱状の物体というのはなんだ?」

「ハ、ハッ! 破壊された防衛基地に、地面に突き刺さって残されていたものでして……」

「……」

 

 アルデよりそう聞き、ルディアスは報告書を見る。

 

 

 

 航空機による波状攻撃によって破壊し尽くされた皇都防衛基地であったが、その基地に奇妙な物が残されていた。

 

 それは大きな円柱状の物体であり、滑走路を中心に、基地中にその円柱状の物体が突き刺さっているという。

 

 一見すれば異様な光景だが、これこそがロデニウス側の秘策である。

 

 突き刺さっている円柱状の物体の正体は、ノースカロライナ級戦艦が使う徹甲弾を改造した1トンクラスの徹甲爆弾である。『大和』達が例のアレと呼んでいた物である。

 

 滑走路を破壊する時、地面に大きな穴を作ることで滑走路を使用不能に出来る。しかし空いた穴は塞いで地面を固めることですぐに再び使用可能となる。規模によっては修復できるまでの時間の差はあるが、それでも比較的短く修復できる。

 制空権の重要さを知っている『大和』は、飛行場をどうやって破壊して、どうやって使えるまでの時間を稼ぐか、深く考えている。

 

 そこで『大和』達は考えた。修復したくても修復出来ない状況を作り出せばいいと。

 

 彼は『エンタープライズ』達に頼んで、徹甲爆弾を持って来させた。

 

 今回使用した徹甲爆弾には細工が施されており、信管を調整してわざと不発弾になるようにしてある。

 

 その結果、100発以上の1トンクラスの徹甲爆弾の不発弾が滑走路を中心に基地中に突き刺さっているのだ。関係者が見れば頭を抱えたくなる状態だ。

 

 少なくとも滑走路の修復を行うには、突き刺さった不発弾の処理を行わなければならない。その上不発弾の処理を行えば、場合によっては不発弾が爆発して滑走路はもちろん、基地中に大きな穴を開けることになる。

 

 これによって、滑走路の修復にワンテンポの遅れを生じさせる事が出来る。稼げる時間は少ないが、それでも滑走路を使えなくする時間を延ばせられる。

 

 ちなみになぜわざわざ徹甲爆弾でこの作戦を行ったかと言うと、万が一を考えて頑丈な作りをして、尚且つ大きい爆弾が最適であるからだ。通常の爆弾では落下時に調整した信管が誤作動を起こして爆発し、連鎖的に他の爆弾も爆発して作戦が台無しになりかねない。

 何より、残しておく不発弾が小さかったら、その上から土を被せて無理やり修復する可能性もあるので、突き出た状態にしてどうしても除去せざるを得ない状況にするのには徹甲爆弾が最適だった。

 

 そして戦後時に、不発弾処理に爆弾が目立っていれば、探す手間が省けるからだ。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

「この円柱状の物体があるせいで、滑走路の修復が行えず、現在対処に追われています」

「他の場所に滑走路を臨時的に作れんのか?」

「基地があった周辺は魔素が少なく、その上地形が平らではないので、臨時の滑走路を作れません。新しく作るとなると、地形を平らにする大規模な工事が必要になりますが、今は各所の対応に追われていますので、人手が圧倒的に足りず、とても新しく滑走路を作ることは出来ません」

「……」

「その上、深刻な人手不足に加え、皇都の防衛に大きな穴が開いてしまっています」

「むぅ……」

 

 アルデの説明に、ルディアスは顔を顰める。

 

 ワイバーンロードは飛び立つために、どうしても長い滑走距離が必要である。その上魔素の量によって飛び立つ距離が変わってくる。皇都防衛基地周辺はその魔素が少なく、基地があった場所は比較的魔素の量が多く、尚且つ地形が平坦であるという好条件があった。

 しかしそこは破壊された上に、円柱状の物体が突き刺さった状態になっているので、滑走路の修復が行えない。臨時的に新しく滑走路を作るにしても、平らにするために地形を切り開かないといけないのだが、人手が不足しているので、作業を行うこと自体不可能なのだ。

 

 なので、軍としてはどうにかしてでも基地周辺の復旧を行いたいのだ。

 

「で、ですが、人員不足については解決の目途は立っています」

「ほぅ?」

 

 慌てている様子ながら興味深い事を言うアルデに、ルディアスは声を漏らす。

 

「パールネウスより人員を割いてもらう必要がありますが、大半は各属領の統治軍を撤収させ、皇都防衛の任と復旧要員に当たらせます。緊急を要する案件ですので、軍最高司令の権限に基づき、既に撤収指示は出しております。

 ですが、属領統治軍を全て撤収させても攻撃を受ける前の皇都防衛隊の戦力までの回復は不可能です。その上復旧要員に充てているので――――」

「ちょ、ちょっと待ってください、アルデ殿!」

 

 と、臣民統治機構のパーラスが慌ててアルデの話に割って入る。

 

「統治軍を全て撤収させる!? そんな事をすれば属領で反乱が起こりかねません! 他の陸軍基地からでは無理なのですか!?」

「無理だ。他の基地の防衛の重要度もある。そこから引き抜くことは出来ん」

「だからと言って、何の相談も無く―――」

「パーラス殿」

 

 と、ずっと黙っていたカイオスが口を開く。

 

「臣民統治機構は属領で反乱が起きないようするのが役目のはず。それに属領の民は牙を抜かれているでしょうから、反乱の可能性は無いのではありませんかな」

「そ、それは……」

 

 カイオスの指摘に、パーラスは言葉を詰まらせて、すぐに答えられなかった。

 

 

 というのも、各属領での臣民統治機構の腐敗による暴走は彼も知っていた。本来であれば暴走に関わった職員達を全員処罰し、職員を一新して新たな職員を配備しなければならない。

 

 だが、パーラスはそれが出来なかった。いや、正確にはしなかった、という方が正しい。

 

 理由は簡単な話である。自身もその腐敗に関わっているからだ。

 

 年に四回各属領の臣民統治機構への査察が入るのだが、臣民統治機構の職員達は自分達の罪をもみ消す為に、多額の賄賂を査察官とパーラスに渡していて、パーラスはその賄賂を受け取る事で毎回査察は問題無しとしていた。

 

 自身の年収の三分の一ぐらいの額であったが、それでも73もの属領からその額の賄賂が送られてくるのだ。一度の査察だけで相当な額の金が彼の懐に入ったのだ。その上査察は年に四回あるので、その額は凄まじかっただろう。

 

 そんな甘い蜜を吸い続けていては、今更やめる気は無かった。もちろんパーラス自身それがダメだというのは心の隅で思っていたのだが、ここで臣民統治機構の職員を摘発すれば、道連れと言わんばかりに自分の罪も発覚する。そうなれば自分のキャリアを失うどころか、命を失うことになる。

 結局恐れと欲に負けてここまで引きずっていた。 

 

 まぁ、その甘さも今の地位が変わることは無い、皇国は常に頂点にあると、そんな甘い考えがあったからだろう。

 

 だが、それが今回打ち砕かれてしまった。

 

 ただでさえ各属領の臣民統治機構の腐敗による暴走で、属領の民達の不満は溜まる一方。牙を抜くどころか牙を研いでいる状況だ。そんな状況で属領にとって恐怖の象徴である統治軍が撤収すれば、どんなことになるか、いくら俗物のパーラスであっても日の目を見るより明らかな事だというのは理解出来た。

 

 しかしそんな事を馬鹿正直に伝えれば、自分の首が物理的に飛ぶことになる。

 

 故に―――

 

 

「そ、その通りです、カイオス殿。少々心配し過ぎでした」

 

 死を恐れてパーラスは俯いて、問題無いというのを伝えるしかなかった。

 

(無様だな)

 

 そんな様子のパーラスを、カイオスは冷たい視線を向ける。彼は密偵を使って調べていて、臣民統治機構の腐敗を知っていた。だからこそのこの質問であったのだ。

 

「パーラス殿。どの道既に撤収命令は伝えてある。今頃撤収準備を行っている頃だろうから、今更止められんよ」

 

 と、アルデはそう伝えると、パーラスは項垂れ、アルデはルディアスを見る。

 

「撤収した統治軍は復旧を兼ねて皇都防衛の任に当たらせます。時間は掛かるでしょうが、リントヴルムを使いますので、何とか早期に滑走路を復旧させます。その為にも、パールネウスより増員を行う人員移動の要請が必要になります」

「そうか。分かった。余から言づけておこう」

 

 ルディアスは頷き、他のメンバーにそれぞれの報告をさせる。

 

 

 

 しかし忘れてはいけないが、皇都防衛基地だった場所には、無数の不発弾が突き刺さっている状態だ。不発弾は信管異常で爆発していないだけで、いつ爆発するか分からない危険な状態なのだ。

 何だったら現在進行形で信管が時限式みたく着々と動いているかもしれない。

 

 本来ならば安全に然るべき手順で不発弾の処理を行わなければならないのだが、パーパルディア皇国では不発弾というものを知らない。なので、彼らは普通に障害物を撤去させる要領で作業を行うつもりである。

 

 ちょっとした衝撃で信管が作動する状態で、雑な撤去作業なんて行えばどうなるか。

 

 それを皇国は身を以って思い知ることになる。

 

 

 

(どうして、こうなったんだ……)

 

 会議が進む中、エルトは顔を真っ青にして、報告書を読むフリをして内心呟いていた。

 

 この間まで皇国の力に絶対的な自信があったエルトであったが、今となってはその自信は崩れ去っている。

 

 第一外務局に居た彼女は難を逃れていたが、その分エストシラントが攻撃を受けている光景を目の当たりにしていたので、彼女のプライドはズタズタにされた。

 

(ムーの……いや、ロデニウスの言葉は全て真実だった)

 

 彼女は深く後悔している。もしも、ロデニウス連邦共和国について詳しく調べていれば。もしも、ロデニウス連邦共和国を警戒していれば。

 

 しかしいくら後悔しても、後の祭りである。もはやどうしようもないのだ。

 

「……」

 

 ふと、エルトはカイオスを見る。

 

 周りは絶望した雰囲気を醸し出しているのに比べ、カイオスは疲弊こそしているが、それでも周りと比べてまだ余裕がありそうな雰囲気がある。

 周囲は自分の事やこれからのことで頭がいっぱいで、カイオスの違和感に気付いていない。

 

「……」

 

 そんなカイオスの違和感に、エルトは怪しむのだった。

 

 

 


 

 

 

 所変わって、ロデニウス連邦共和国。

 

 

 

「――――以上で、終わります」

 

 クワ・トイネ州にあるスタジオの一室にて、アルタラス王国の王女ルミエスが、深くゆっくりと息を吐く。

 

「立派なスピーチでした、殿下」

 

 と、ルミエスの護衛の騎士であるリルセイドが、自身の主に拍手を送る。

 

 彼女の周りには、様々な音響機材が置かれており、それぞれの機材にスタッフ達がついて操作を行っており、先ほどの確認を行っている。

 

「リルセイド。今のでうまくいったでしょうか……」

「もちろんです。スピーチ中に噛むことは無く、静かで、力強く出来ていました。必ず殿下の声は彼らの心に届きます」

「そう、でしょうか?」

「はい。自信を持ってください」

 

 不安な様子を見せるルミエスに、リルセイドは励ます。

 

「でも、なんだかまだ足りないような気がします……うまく言葉に言い表せないんですが、今のままでは、まだ駄目なんです」

「殿下……」

 

 心配そうな視線を向けるリルセイドをよそに、ルミエスは壁際に顔を向ける。

 

「大丈夫です、ルミエス様。納得がいくまで、我々は最後まで付き合いますよ」

「申し訳ありません、『蒼龍』様」

 

 壁際に居た『蒼龍』が彼女の元に近寄り、申し訳ない様子のルミエスに優しく告げる。

 

 ルミエスはある事を行う為、現在ロデニウス連邦共和国のスタジオの一つを借りて練習を行っている。その様子をエストシラント空襲を終えて帰還した『蒼龍』が見守っている。

 

 それは戦局に大きな変化を与え、皇国の足元を崩す最強の一手である。

 

 『蒼龍』はルミエスが納得できるまで、長い予行練習に付き合うのだった。

 

 

 

 




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第八十八話 研究の結果と忍耐

kな人様より評価0を頂きました。

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 所変わって、ロデニウス連邦共和国 トラック泊地

 

 

 

「……」

 

 『紀伊』の執務室にて、『ビスマルク』がデスクに着いて書類の整理作業をしている。『紀伊』は所用があって執務室を不在にしている。

 

(皇国の皇都エストシラントの港の破壊と共に集結していた艦隊の壊滅。デュロを合わせて皇国は海の戦力をほとんど失ったことになる。その上港にある造船所も破壊されている以上、新たな戦力の補充も不可能か)

 

 書類の整理作業と並行して、タブレット端末の画面に表示している先の戦闘の結果を見ている。

 

(皇都防衛基地の壊滅。置き土産は効果を発揮している、か)

 

 タブレット端末の画面を動かして、忍びのKAN-SENより送られてきた皇都防衛基地の被害と現在の状況を確認する。

 

(皇国も失った人員の補填に属領を支配する臣民統治機構の軍を撤収させているようね。この辺りは情報提供者の言った通りね)

 

 『ビスマルク』はタブレット端末の画面に表示されている報告内容を確認し、目を細める。

 

 以前から共和国は、皇国内部にいる情報提供者より内部情報を得ており、統治軍の撤収の件は本来機密情報なのだが、その情報提供者によってロデニウス連邦共和国に齎されている。

 

(作戦は第一段階終了。第二段階も各種準備を終えつつあり。作戦は近い内に実行可能、か)

 

 彼女は内心呟きつつタブレット端末の電源ボタンを押して画面を消すと、手にしている書類を机に置いて深く息を吐く。

 

「……」

 

 ふと、彼女の視線は下に向き、自身のお腹を見下ろす。

 

 以前より僅かに膨らみを増したそのお腹に、彼女は微笑みを浮かべて手を置き、優しく撫でる。

 

 『紀伊』との間に出来た新たな(メンタルキューブ)は、少しずつ形成しつつあり、彼女の外観に変化がみられるほどの大きさになりつつあった。

 

 

 コンコン

 

 

 と、扉がノックされ、『ビスマルク』は顔を上げる。

 

「敏郎だ。『紀伊』は居るか?」

「トチローか。『紀伊』は居ないが、話なら私が代わりに聞くぞ」

「それで構わない」

 

 と、扉が開いて敏郎が入って来る。

 

 ちなみにこのトラック泊地でごく少数しかいない人間の一人である大山敏郎であるが、どうも重桜以外のKAN-SEN達は彼の名前をうまく発音ができないのか、『敏郎(としろう)』ではなく『敏郎(トチロー)』となってしまうそうである。

 

「『紀伊』はどうした?」

「『紀伊』なら自分の艤装を見に行って技師から話を聞いている」

「そうか。そういや帰ってすぐにドック入りしてたな」

 

 敏郎は泊地にあるドックを思い出す。

 

 先のデュロに対する艦砲射撃を行っていた『紀伊』と『尾張』だが、本来帰還用の為に残す予備弾薬も使っての艦砲射撃を行ったことで砲身寿命が大きく削れたこともあって、大規模点検を兼ねて砲身交換を行う為、二隻共ドック入りしている。

 

「それで、トチローは何の用で来た?」

「あぁ。言われていた例の機体についてだ」

「例の? もしかして完成したばかりのあれか?」

 

「あぁ」と敏郎が答える。

 

 例の機体とは、以前から開発を進めていた機体で、ようやく試作機が完成して試験を重ね、量産機としての初号機が完成して乗員の訓練を終えたばかりであった。

 

「と言っても用意できたのは試作機と量産初号機だけだがな。弐号機は乗員の訓練が間に合わないそうだ」

「そうか。まぁ精々一機だけでも使えればいいと思っていたから、もう一機使えるのなら都合が良い」

 

 『ビスマルク』は棚から牡丹餅の結果に気を良くして頷く。

 

「二機は整備点検を行って準備を終え次第、アルタラス島へ向かう予定になっているそうだ」

「『ヤマト』と『紀伊』には私から言っておく」

「そうか。済まないな」

 

 敏郎は『ビスマルク』を見て、申し訳なく頭の後ろを掻く。

 

「? それは?」

 

 と、『ビスマルク』は敏郎が脇に抱えているファイルに気付いて声を掛ける。

 

「あぁ、これか? 『リュウコツ』と艤装に関する研究資料だ」

「以前からトチローが妖精達と共に研究を行っている、あれか?」

「そうだ。KAN-SENの性能向上を目的にしたものだ」

 

 敏郎は机に近づくと、脇に抱えているファイルを机に置いて『ビスマルク』に見せる。

 

「以前から行っているKAN-SENの強化は、妖精達の力を借りて既存の艤装に改造を施して、性能を向上させているものだ」

「……」

「だが、これではすぐに限界が来るのは目に見えている。だから性能が良い別の艤装を用意すればいい、というわけでは無い」

「艤装の適合か」

「あぁ。KAN-SENにはそれぞれ艤装の適合がある。それ故に艤装の交換は上手くいかないんだ。いやまぁ、ここで行っている改造自体も普通なら憚れる行動なんだがな。KAN-SENに異常を起こさないとも言えないからな」

「……」

 

 『ビスマルク』はファイルを手にして表紙を開く。

 

「だが、トチローはKAN-SENの大規模な改造に成功しているじゃないか。『ヤマト』もそうだが、『赤城』『加賀』『飛龍』という結果を残している。まぁあれは改造と言うより新造していると言えなくも無いが……」

「それは妖精達の高い技術力の賜物だ。俺だけじゃ成しえなかったんだ。それに技術的にはまだ完全じゃない。『榛名』と『摩耶』はそれが顕著に出ている」

「それでも、基礎構想はお前が生み出したんだ。妖精達の技術力が高いのは確かだが、同じ考えが出るとは限らん。胸を張って誇れることだわ」

「……そうか。まぁそう言ってもらえれば、気は楽だな」

 

 敏郎は深めに息を吐く。

 

「まぁ、さすがに妖精達でも独力でここまでたどり着くのは難しかったさ。少なくとも、『奴ら』が来るまではな」

「……奴らか」

「そして、今回もそうだ」

「……」

 

 『ビスマルク』は目を細めて、ページを捲って『リュウコツ』に関する研究資料を確認する。そこには事細かく『リュウコツ』の研究に関する記述が書かれている。

 

「奴らの考えは分からんが、奴らが渡してきたデータのお陰で研究は飛躍的に進んでいる。第二世代のKAN-SENから得られたデータも相まって『リュウコツ』に関するデータの解明に繋がった」

「その結果、KAN-SENの艤装交換が可能となった、か」

「あぁ。今は更に研究を進めて、第二世代のKAN-SENから得られたデータを基に、新鋭の艤装の開発を行っている。将来的には艦種の変更も可能になる」

「そうか……」

 

 彼女は研究資料を細かく確認していると、敏郎が声を掛ける。

 

「無理はするなよ。今が大事な時期なんだろ?」

「分かっている。今日はこのくらいで切り上げるつもりだ」

「ならいいんだが。『紀伊』によろしく伝えておいてくれ」

 

 敏郎はそう言うと、執務室を出る。

 

「……」

 

 敏郎が出たのを確認し、『ビスマルク』はファイルを片手に持ったまま、自身のお腹を見て手を置く。

 

(そうだな。無理は出来ないか)

 

 彼女は内心呟くと、ファイルを閉じて書類を纏めて片付け、『紀伊』へ宛てた置きメモを机に残して立ち上がり、執務室を出る。

 

 

 


 

 

 

 所変わって、パーパルディア皇国が多く抱える属領の一つ、クーズ

 

 

 

 魔石が取れなくなって放棄された廃坑。臣民統治機構の職員も近づかないような場所であるが、そこは密かな決意を胸に抱いた同志たちの秘密の集まりの場となっている。

 

 

「なぁ、ハキ! もういい頃合いだろ!」

 

 廃坑の中で一番広い区画に、男たちが集まっており、一人がハキに訴えかけている。

 

「俺達全員この銃の扱いに慣れた! 身体だって食事を摂って鍛え直した! もう皇国のクソ野郎共に負けやしない!」

「そうだ! もうこれ以上は我慢の限界だ!」

「やつらの暴力と搾取は日に日に酷くなる一方だ!!」

「密かに行われた食料支援で国民の飢えは多少良くなったが、それでも完全じゃない!」

「街のどこかで飢え死にしている者だっているんだ! これ以上犠牲者を増やしても良いのかよ!!」

 

 男たちは訴えを起こしているが、代表格のイキアとハキは腕を組んで静かに唸るだけだった。

 

 ここに集まっているのは、来るべき時に祖国解放の為に集まった同志たちである。以前から徐々に集めていたが、今では廃坑の一番広い空間を埋め尽くす程に増えている。

 

 何処から密かに支援を受けている彼らは武器の提供に加え、食料の提供が行われており、前まで疲弊していたり、痩せていた男たちはすっかりガッチリした体格になっている。

 もちろん市民達に配る食料もあって、密かに配られている。これで奪い合いや横取りが無い所を見ると、お互い助け合っているというのが分かる。

 

「お前達の気持ちは痛いほど分かる。だが、まだ早いんだ」

「仕掛けるタイミングを見誤れば、これまでの努力が水の泡になる」

「だからって!」

「今この瞬間にも民は苦しんでいるんだぞ!」

「お前はこのままで良いのか!」

 

 

「仮にここで勝てたとしても、その後はどうする」

 

 と、イキアが興奮する男たちを宥めようとすると、第三者の声がして静かになる。

 

「ここを牛耳っている連中は、所詮格下の属領を支配する程度の練度と装備しかない」

 

 全員が声がする方向を見ると、そこにはボロ布を纏う男性の姿がある。

 

「d.s殿」

「ここに居る連中位ならこの戦力でも勝てるだろう。辛勝ではあるが」

「でも、その後に来るのは、ここの連中よりも練度も装備も良い正規軍よ」

 

 と、d.sと呼ばれた男性こと『U-666』の陰から同じくボロ布を纏う少女二人が出てきて、黒髪に白いメッシュを入れた少女がそう告げる。

 

「s.d殿。v.s殿……」

「装備と練度が良い上に、空からの攻撃がある正規軍が相手じゃ、あなた達は手も足も出せない。その上でこの国は滅ぼされるだけだよ」

「それは、あなた達が望むことでは無いはず」

『……』

 

 s.dと呼ばれている少女こと『U-73』とv.sと呼ばれている少女こと『U-47』がそう言うと、男たちは黙り込む。

 

 地下組織に流している銃は、少なくとも皇国が装備しているマスケット銃よりも性能は良いものだ。その性能差を生かせば臣民統治機構軍相手に勝つ事は出来る。

 

 しかし統治軍は、所詮格下の国を支配する組織の軍とあって、装備の質は型落ちばかり、兵士の練度も最低限なレベル。その上ワイバーンロードもいない。それに比べ、正規軍は最新鋭の装備に、どの兵士も練度は高い。その上ワイバーンロードなどの空の攻撃もある。どう考えても性能が良い銃を装備した程度でどうにかなる戦力と力量の差ではない。

 

 当然属領で反乱が起きれば、反乱分子は全員殺され、そのまま国そのものが滅ぼされるだろう。

 

「まぁ、そう遠くない内に時が来る。それまで待っていて欲しい。必ず祖国を解放出来る」

『……』

「それに、少しずつ変化は起きているよ」

「それは、どういうことですか?」

 

 『U-73』の言葉に、ハキが怪訝な表情を浮かべて問い掛ける。

 

「皇国の皇都、エストシラントがロデニウス連邦共和国の攻撃で、壊滅的な打撃を受けたのよ」

『っ!?』

 

 『U-47』が答えたその内容に、誰もが驚愕の表情を浮かべる。

 

「そ、それは、本当ですか!?」

「あぁ。皇軍はその損害の穴埋めとして、各属領から統治軍を引き上げさせている。現にクーズの統治軍も慌ただしく動いているだろう」

「そういえば、ここ最近のあいつらはどこか落ち着きが無かったような」

「それに加えて、いつもよりも暴力や搾取が強かったがな」

 

 『U-666』がそう言うと、ハキは心当たりがあったのか呟き、イキアは恨めしそうに呟く。

 

「だから、待っていて欲しいのよ。待っていれば、属領に残っているのは管理職の職員と、警備に必要な人員ぐらいよ」

「なるほど」

「そういうことだ。いずれその時は来る。それまでひたすら牙を研いでおけ」

 

 彼がそう言うと踵を返してその場を後にして、二人の少女も彼の後に付いて行く。

 

「……」

「ハキ」

「分かっている。彼らのお陰で俺達はこうして皇国に対抗できる力を手に出来たんだ」

 

 ハキは頷くと、後ろに振り向いて男たちを見る。

 

「分かっているな。今は、兎に角待つんだ。祖国解放は、必ず成し遂げられる」

『……』

 

 彼の言葉を聞き、男たちは一同頷いて了承の意を示す。

 

 

 

 ちなみにこれまで出て来ているコードネームの男女であるが……その正体はロデニウス連邦共和国の関係者。

 

 それもKAN-SENで構成された特殊部隊―――特戦隊のUボートのKAN-SEN達である。

 

 ロデニウスは、接触前からパーパルディア皇国との戦争は避けて通れないと考え、皇国と戦う為の伏線を敷いて来た。

 

 その一つが、皇国が抱える属領である。属領は皇国の食糧事情に深く関わっているライフラインであるのが調査で判明している。その上、各属領では臣民統治機構の腐敗による暴走によって、属領に住む民の不満は日に日に高まっているのも判明している。

 

 『大和』と『天城』、『紀伊』と『ビスマルク』の四人は、その皇国のライフラインと属領の住人の不満に目を付けた。 

 

 エストシラントへの攻撃は、戦略的面もあるが、統治軍が失った戦力や人員の穴埋めに引き抜かれると予想しての面もある。もちろん、成功しなかった場合のBプランもあったのだが、行う必要は無くなった。

 

 次に裏で各属領の地下に潜む反乱分子に武器を提供し、教練を施すことである。怒りが溜まっている中で恐怖の対象になっている臣民統治機構軍が居なくなれば、どうなるかは日の目を見るより明らかな事。そこへ皇国よりも優れた武器を手に入れて教練が施されれば、簡単に皇国の支配から属領を解放できる。

 ライフラインである属領を失えば、皇国は兵站を失うことになるどころか、様々な面で国として立ち行かなくなる。

 

 ロデニウスは秘密裏に各属領へ特戦隊によって武器兵器の提供を行い、扱う為の教練を施している。

 

 これまで皇国にバレることなく事が進んでいるのを見ると、特戦隊の隠密性の高さが伺える。もしくは臣民統治機構が慢心してあまりにもバカ揃いなのか。

 

 前者もあるが、圧倒的に後者の可能性が強いのだろう。

 

 しかし武器を提供して後々問題にならないのか? と思われるかもしれないが、その辺は抜かり無し。その辺の対策は武器自体に施してあるという。

 

 

 ともあれ、ロデニウスの目論見は着々と進んでおり、それが明るみに出た時、この戦争は大きな転換点を迎えることになる。

 

 

 

 




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第八十九話 世界各国の反応

 

 

 

 中央歴1640年 2月3日 ムー

 

 

 

「結果は見えていたが、こうしてみると想像以上の結果となったな」

「えぇ。皇国内に残っていた国民と大使館職員を強制帰国させたのは正解でしたね」

「これほど激しい戦闘となると、巻き込まれていた可能性があったかもしれない」

「まぁロデニウスなら巻き込まないように配慮はしていただろうが」

 

 ムーの政府関係者は、先のエストシラント空襲についての話し合いを行っていた。

 

 情報は現地に潜んでいる諜報員や、観戦武官より齎された映像と写真、証言等である。

 

「しかし、あれだけ熾烈な攻撃でありながら、市街地への被害は映像を見る限り目立った被害は石像が破壊されたぐらいですね」

「とても器用な攻撃だ」

「理不尽に民を処刑され、殲滅戦を宣言されても、彼らは皇国に対して自らの姿勢を崩さない。見事なものだ」

 

 彼らは集めた映像と写真を見て、語り合う。

 

「だが、これでパーパルディア皇国は海上戦力のほとんどを失うことになった。皇国は海からの攻撃を防ぐ術は無くなったわけだ」

「その上、皇国一の工業都市デュロも破壊された以上、武器兵器の供給はこれまで通りにはいかないでしょうな」

「もちろん他の街でも作れるでしょうが、それだけでは不足するでしょうから、恐らく倉庫で埃を被っている旧式の代物を引っ張り出さざるを得ない状況になるかと」

「まぁ、そんな物ですら皇国に残っているのならな」

 

 と、一人の政府関係者がそう言うと、周りは納得した様子を見せる。

 

 

 ムーは過去にその情報収集能力を用いて、第三文明圏の海で起こっている海賊被害について調査を行っていた。

 

 というのも、その第三文明圏の海における海賊による被害とその動き、そして皇国の動きに違和感を覚え、調査を行ったのが始まりだ。

 

 その結果、皇国が第三者と偽って海賊に倉庫で埃を被っている旧式の武器兵器を売り払っていたのが判明した。

 

 事実が判明したのは、たまたま第二文明圏の海で狼藉を働いた海賊船を捕縛した際に、その海賊が第三文明圏で活動していた海賊であるのが判明し、その海賊船から古い魔導砲やマスケット銃が発見された。

 海賊を尋問した所、入手経路は別の海賊から紹介された商人から大枚叩いて入手したという。

 

 押収した銃と魔導砲を調査した所、銘柄は削り取られていたが、それらは過去でパーパルディア皇国の皇軍で使われていた物と同じであった。

 

 これらの魔導砲とマスケット銃が当時皇軍の主力として使っていた時期を考えれば、海賊船から見つかった魔導砲はパーパルディア皇国の物で間違いないだろう。皇国は自国の武器兵器を売り払うことはしていないので、第三国が持っているはずがない(少なくとも表立っては、だが)

 

 更に皇国が他国から海賊対策として護衛契約を結んで、多額の契約金と保険金を得ていることも判明した。しかもパーパルディア皇国が護衛に就いた時だけなぜか海賊の襲撃が無い。

 

 過去にパーパルディア皇国で使われていた魔導砲やマスケット銃が多くの海賊達が使って第三文明圏の海を暴れ、皇国が他国より海賊対策として他国に護衛契約を迫って契約させ、多額の契約金と保険金を得ている。そして皇軍が護衛に就いた時だけ海賊が襲撃して来ない。

 

 こんな怪しい背景を見て、怪しむなと言う方が可笑しいだろう。

 

 しかしムーはパーパルディア皇国にそのことを追求することはしなかった。理由は単純に、自分達には関係無いからだ。ただ気になっただけで、調べただけだ。まぁこれで自分達にも被害が出ているのなら本格的な介入はあっただろうが。

 それに、仮にこれらの事を皇国に追及したところで、知らぬ存ぜぬを押し通されるだけである。

 

 結局皇国の薄汚さを確認しただけで、この件に深く関わることは無かったのだ。

 

 政府関係者が語ったのは、この一件の事である。

 

 

「まぁ、皇国は引き金を引いた以上、もう後戻りはできない。この戦争は皇国が降伏しない限り続くだろう」

「そうですね。ロデニウス連邦共和国は皇国を滅ぼす気は無いでしょうが、相手が降伏するまで戦いをやめるつもりはないでしょう」

「彼の国は平和を愛しているが、平和を愛しているからこそ容赦は無い」

「もし我々が対応を誤っていたら、ロデニウスは第二のグラ・バルカス帝国になっていたかもしれんな」

 

 政府関係者たちが各々話していると、首相の男性が大きく咳払いをして、政府関係者は話すのをやめて首相を見る。

 

「まぁ、我が国は引き続き情報収集は行って、今後の動きを見ていくだけだ。場合によっては、歴史を見届けることになるかもしれん」

 

 首相がそう言うと、政府関係者たちは頷く。

 

「首相。ロデニウスについてですが、アルタラス島にある我が国の空港で動きがありました」

「なんだ?」

「ロデニウス連邦共和国の爆撃機と輸送機が空港に集結しているそうです。まだ数は少ないですが、日が経つにつれて集結している数が増えているそうです。ロデニウス側に事情を聴いたところ、作戦の一環で集めているとの返答がありました」

「作戦の一環とは……」

「……エストシラントであれだけの攻撃を行っていて、この上何をする気なんだ」

 

 首相はロデニウスの容赦の無い雰囲気を醸し出している動きに、不気味さと共に恐怖を覚える。

 

 

 その後は様々な報告を聞き、今後はどうするかの会議が続くことになる。

 

 

 


 

 

 

 所変わり、第一文明圏。

 

 

 第一文明圏の列強国にして、この世界最強の国として君臨している国家……『神聖ミリシアル帝国』

 

 

 

「これは……間違いないのか?」

「間違いありません。エストシラントにある大使館にて、職員が捉えた魔写です。今朝届きました」

 

 神聖ミリリアル帝国のとある部署にて、二人の男性が驚いた様子を見せている。

 

 机に広げられているのは、パーパルディア皇国の皇都エストシラントにある神聖ミリシアル帝国の大使館職員が、上空を飛翔する景雲四型改を捉えた魔写である。白黒ではあるが、くっきりと写っているのを見れば、技術力の高さが伺える。

 その他にも、烈風改や流星改二と言った航空機を捉えた魔写もある。

 

 これらはパーパルディア皇国にある大使館の職員が急いで本国に送って来たものである。

 

「これは、まるでムーの航空機じゃないか。形はまるで違うが」

「それどころか、ムーの航空機よりも洗練されていますね」

「うーむ……」

「大使館職員の証言によれば、ムーのマリンとは比べ物にならない速度で飛んでいたそうです」

「ムーの航空機と違うのは……確かだろうな」

 

 魔写に写っている烈風改、流星改二を見て男性は呟くと、航空機の胴体側面と翼の端にある国籍を表していると思われる赤い円に白い縁のマークを見る。

 

「この航空機の所属は……ロデニウス連邦共和国だったか?」

「えぇ。パーパルディア皇国がわざわざ我が国の世界通信を使って世界に発信しつつ、ロデニウス連邦共和国に対して宣戦布告を行い、更に殲滅戦を宣言した国です」

「皇国がここまでするからには、よほど文明圏外の国が怒らせることをしたんだろうと思っていたのだが……」

「笑えない結果になりましたね」

「あぁ。パーパルディア皇国が列強としては下の下にあるとはいえ、あのパーパルディア皇国が文明圏外の国相手に初手で甚大な被害を受けるとはな」

 

 二人は魔写を見ながら話す。

 

 彼らの常識的に文明圏外にある国が、第三文明圏の列強国を相手にすれば、ただでは済まないというものであった。

 

 だが、結果は文明圏外の国が第三文明圏の列強国の首都に甚大な被害を与えた。これだけでも世界に衝撃を与えるのに十分だった。

 

「レイフォルを滅ぼしたグラ・バルカス帝国に続いて、列強国が文明圏外の国に大きな被害を受けたのは、これで二件目になりますね」

「あぁ。どちらとも列強の中でも下だが……一体世界で何が起きているんだ」

 

 常識を覆した事が二度もあって、男性は静かに唸って首を傾げる。

 

「まぁ、あの国がどうなろうと我々には関係無いが、問題はこの航空機だ! まるで我が国の天の浮舟みたいじゃないか!?」

 

 男性の一人は、景雲四型改に写った魔写を見て驚きの声を上げる。神聖ミリシアル帝国には、天の浮舟と呼ばれるジェット機と構造的によく似た航空機が存在している。それ故に男性が景雲四型改を見て驚いたのである。

 

「えぇ。この航空機の外観から見て、我が国の天の浮舟と似た構造を持っているのは間違い無いかと」

「だが、なぜ文明圏外の国が天の浮舟を持っているんだ?」

「それは何とも言えません。この魔写が偽物ではないのは確かですし、多くの目撃証言がありますし……」

「……うーん」

「どうします?」

 

 渋い顔をして考えている男性に、もう一人が問い掛ける。

 

「どうするも何も、ありのまま報告するしかないだろう」

「上層部が信じますかね?」

「そんなの私が知るものか。ありのままを報告するだけだからな」

「……」

「だが、これだけは言える」

 

 と、男性は魔写に映る航空機を見つめる。

 

「ロデニウス連邦共和国は、少なくとも我々が思う以上に、技術が発展しているかもしれない」

「……」

「ロデニウスに関する情報をもっと集めるべきだな」

「分かりました。すぐに掛け合ってみます」

 

 彼らは頷き合い、すぐにそれぞれ行動を起こす。

 

 

 


 

 

 

 所変わって、某所

 

 

「……」

 

 空気が張り詰めたような薄暗い一室に、数人の男性が机を取り囲み、机に広げてある白黒写真を睨みつけるように見ている。

 

 写真には、烈風改に疾風(しっぷう)改、流星改二、そして景雲四型改が写っている。

 

「今回の空襲時に撮影で来た航空機だが、どう思う?」

「どうも何も、どれも我が軍の航空機とは異なるとしか」

「外観だけではない。性能自体もまるで違う! しかもこれだ!」

 

 一人の男が声を荒げながら、数枚の写真を手にする。

 

 それらの写真には流星改二が港の湾内を超低空飛行にて飛行し、抱えている二本の魚雷を投下して飛び去ろうとしている一連の光景が写されている。

 

「明らかにこれは魚雷だ! この世界には魚雷など無いのではなかったのか!?」

「魚雷の有無はどうでもいい。問題はこの雷撃機が魚雷を二本も抱えていることだ。それだけでも我が軍の雷撃機を上回る性能を有しているのは間違いない」

「その上、急降下爆撃機も同機種が使われている。まさか攻撃機と爆撃機の両方をこなせるとは」

「この航空機はタンデム式か。我が軍に無いような航空機があるとはな」

「それらはまだ技術が予想しやすい。問題なのはこいつだ」

 

 と、一人の男が景雲四型改が写った写真を手にする。

 

「こいつはプロペラも無く、どうやって空を飛んでいる? その上他の航空機とは比べ物にならない速度で飛んでいたぞ」

「どうやって飛んでいるかは分からないが、ミリシアルに似たような構造を持った航空機がある。何かしらの関係はあるだろう」

「ミリシアルの航空機は、そんな速度が出せるのか?」

「分からん。無い物と見比べてもどうしようもない」

 

 未だに張り詰めた空気の中で、一人の男がため息を付く。

 

「この航空機は……恐らくパーパルディア皇国が宣戦布告したロデニウス連邦共和国のものだろうな」

「恐らくは。そして空母から飛んできたと思われます」

「航空機でこれだ。その他の分野でも技術が発展しているはずだ」

「我々以外にこれほど技術が発展している国があるとは……」

 

 各々が呟く中、一人の男が咳払いをする。 

 

「兎に角、もうすぐ迎えの潜水艦が来る。ここにある機材は持っていける奴は持っていけ。持っていけないやつは機密書類と一緒に処分しておけ」

「了解」

 

 男たちは急いで行動を起こす。

 

 機密書類は持っていけるだけ鞄に詰め込み、持っていけない分は焼却処分をする為に一か所に集め、暗号機等の機材も持っていける分は持っていき、持っていけないやつは一か所に集めて爆薬を置いている。

 

「全く。諜報部の連中が真面目に仕事をしていれば、わざわざ独自に諜報機関を作る必要は無かったのによ」

「文句言うな。より精度の高い情報を手に入れる為だ。それで高い給料を受け取ってんだからな」

 

 機密書類を一か所に集めながらぼやく男に、携帯式の暗号機を鞄に仕舞う男が宥める。

 

「ところで、陸軍の連中はどうするんだ?」

「陸軍はここに残るそうだ。ロデニウスの陸上戦力を確認していないそうだからな」

「熱心な事だな。いつまた攻撃が来るか分からないっていうのに」

 

 彼らは会話を挟みながら機密書類と持っていけない機材を二か所に集め、一人の男が書類に油を蒔き、他の男が機材に爆薬を仕掛けて、導火線を伸ばす。

 

「行くぞ」

 

 そして男たちは部屋から出ていくと、最後の一人が手にしているマッチの先端を擦って火を付け、油まみれの書類に投げ込み、急いで部屋を出る。

 

 マッチに付いた火は油に引火し、部屋に広がった油に広がって火の海と化す。

 

 書類が燃えていく中、火の手は爆薬に繋がっている導火線に火が付いて爆薬に迫る。

 

 

 

 その日の夜、エストシラント郊外にある小屋が突然爆発を起こし、火の手が上がったという。

 

 

 結果、パーパルディア皇国はクソ忙しい中で、その対処に追われることになるのだった。

 

 

 


 

 

 

 中央歴1640年 2月7日 パーパルディア皇国 エストシラント

 

 

 

「……」

 

 カイオスは大きな欠伸をして、自分の執務室に入る。

 

(ここ最近まともに眠れていないな)

 

 彼は内心呟きながら椅子に座る。

 

 彼の顔には疲れの色が浮かんでおり、目の下には隈が出来ている。

 

 エストシラントは多忙を極めており、どこもかしこも休んでいる所は無かった。それこそ家に一度も帰れていない者が多くいて、次々と過労で倒れる者が続出するぐらいには。

 

 特に軍では昼夜問わず港と防衛基地の復旧に追われている。まぁこちらに関しては、先日到着した各属領より撤収した臣民統治機構軍が加わっていることで、多少マシになって作業も進んでいるそうである。

 

 各外務局も例外ではなく、手空きの職員は復旧作業に駆り出され、残された職員は膨大な仕事に追われている。

 

「……」 

 

 カイオスは深くゆっくりと息を吐き、目を瞑る。

 

(……ロデニウスは、どう動くか)

 

 内心呟きながら、昨日のことを思い出す。

 

 

 

 カイオスは昨日の深夜に、あることをしていた。

 

 それは普通に考えれば国家に対して反逆行為であることは間違いない。もしバレれば、国家反逆罪で極刑になるだろう。

 

 それでもこの国を滅ぼさない為に、裏切り者の烙印を押されようとも、彼は行動を起こしたのだ。

 

 

 事の始まりはロデニウスの国民をシオス王国で処刑し、その光景をレミールが『大和』と『エンタープライズ』に見せつけた、あの日である。

 

 二人の帰りの時に接触したカイオスは、『大和』より使いを寄こすと聞いて二日後の夜、屋敷で待っていた。

 

 そして言ったとおりに、夜中にカイオスの私室に『大和』の使いがやって来た。使いは『十六夜月』と『黄昏月』と名乗る面を被った二人の獣人であった。

 

 『十六夜月』と『黄昏月』はカイオスより話を聞き、彼に長距離無線機を渡して使い方を説明した後に撤収した。カイオスはロデニウスと個人的な繋がりを手に入れたのだ。

 

 その日からカイオスは間隔を空けて、スパイのように内通者としてロデニウスに情報を流しつつ、ある計画を撃ち明かした

 

 それは、カイオスが予てより計画していたクーデターをロデニウス連邦共和国に撃ち明かし、クーデターの協力を要請した。ロデニウス側は明確な返答は無かったものの、手応えのある答えはあったとカイオスは感じていた。

 

 そして先日もカイオスは属領での動きをロデニウス側にリークしていた。

 

 少なくとも、ロデニウス連邦共和国は何かしらの動きを見せるとカイオスは予想している。

 

 

 

(成功させねばな。この国を救う為に)

 

 カイオスは改めて決意を胸に抱き、頬を叩いて気合を入れる。

 

 

『――――ッ』

「ん?」

 

 すると、何やら雑音が響き出す。

 

「何だ、この音は?」

 

 カイオスは椅子から立ち上がって窓を開ける。

 

『―――より、―――国よりメ―――』

 

 ノイズ混じりに何やら声みたいなものが聞こえる。

 

「これは……」

「カイオス様!」

 

 と、執務室の扉が開いて、部下のバルコが入って来る。

 

「何が起きている?」

「それが、街中で魔信の放送が流れています!」

「何? どういうことだ?」

「そのままです。街中どこからともなく魔信の放送が流れています! 原因は不明です!!」

「……」

 

 カイオスはノイズ混じりの声に耳を傾ける。

 

 現在エストシラントでどこからともなく魔信の放送が流れており、復旧作業をしている皇軍兵士が発信源を探ろうとしているが見つけられなかった。

 

 というのも、この放送は『黒潮』率いる忍びのKAN-SEN達が密かに街中に仕掛けたスピーカーから発せられており、数が多い上に特殊な構造をしているので、音の方向を特定しづらくしている。その上巧妙に偽装しているので、発見されづらくなっている。

 

「カイオス様!」

 

 と、開いた扉からバルコが入って来る。

 

「何だ! 放送の事なら既に―――」

「いえ、放送の事ではありません!」

「じゃぁ、何だ?」

「先ほど海の方に巨大な船が現われたと報告がありました!」

「船、だと?」

「我が軍の船はもうありません! となると……!」

「っ! ロデニウスか!」

「そのロデニウスの船からも、放送が流れています!」

「何?」

 

『―――します。世界通信から、これよりアルタラス王国王女、ルミエス殿下よりメッセージがあります』

 

「っ! これは!」

「カイオス様!?」

 

 カイオスは急いで執務室を出て、バルコが続く。

 

 

 


 

 

 

『この放送をお聞きの皆様、初めまして。私はアルタラス王国王女、ルミエスです』

 

 その放送は、エストシラント中に伝わるように大きく、そして鮮明に流れてくる。

 

 この放送は神聖ミリシアル帝国の世界通信を通じて行われており、ロデニウス連邦共和国はムーを通じて神聖ミリシアル帝国の世界通信に放送させている。かつてパーパルディア皇国がロデニウス連邦共和国に宣戦布告と殲滅戦を世界通信を通じて宣言したように、今回も同じように世界通信を通じてメッセージを送っている。

 

 放送の音声の出どころは、忍びのKAN-SENによって街中いたる各所に仕掛けられたスピーカーであり、どこからともかく放送が流れているような錯覚がして、エストシラントの市民は驚きと困惑に満ちている。

 

 復旧作業をしていた皇軍兵士達は、放送の発生源を特定しようと対処に追われていたが、巧妙に偽装されて隠され、数が多く特殊なスピーカーで音のする方向が特定できず、発見に至らないで居た。

 

 その上、港の外で、しかも肉眼でも分かるぐらいの近距離に、目を疑うぐらいに巨大な船体を持つ軍艦が二隻も停泊して、その二隻の甲板設置されている巨大なスピーカーからも放送が流れている。

 その周りには『伊勢』、『日向』、『扶桑』、『山城』が主砲や高角砲、機関砲を空に向けて空からの襲来に警戒している。

 

 市街地に放送が流れているのにわざわざ海からも放送を流しているのは、皇国への威圧的な目的がある。

 

 

「はぁ……初出撃がこんな形になるなんて……」

『文句言わないの「飛鶴」。おじ様たちが特別に許可してくれたのですから。私たちの練度では、まだ出撃なんて無理なんですから』

「そうだけど……『蒼鶴』姉」

 

 その巨大な軍艦こと、航空母艦の甲板に、それぞれ二人の女性が立っており、『飛鶴』と呼ばれた女性がため息を付く。そんな様子を見せる『飛鶴』を『蒼鶴』と呼ばれる女性が宥める。

 

 『蒼鶴』と『飛鶴』と名乗る女性二人……以前マイハークにて『武蔵』と『翔鶴』『瑞鶴』と一緒に居た女の子二人であり、『武蔵』と『翔鶴』、『武蔵』と『瑞鶴』の間に生まれた第二世代のKAN-SENである。

 

 あれから完成した艤装を受け取った二人は成長し、KAN-SENとして完成を迎えたのである。成長したことで、より母親に似た容姿になっている。

 

 二人共身長が伸びて母親と同じぐらいの背丈になり、スタイルも母親譲りの立派なものになっているという。

 

 二隻の艦体はともに300mを超える巨大な船体にアングルドデッキを持つ飛行甲板と、その造形は父親から大きく受け継いでいる。ただ父親と違うのは、電子機器類が『武蔵』はそうだが、『翔鶴』『瑞鶴』よりも近代的なものであり、武装もかなり様相が異なる。

 何より特徴的なのが、船にあるはずの物がなく、艦橋周辺が結構スッキリとした造形になっている。第二世代のKAN-SENは次世代の力を持つと推測されているが、『筑後』や『まほろば』と違ってこの二人はより明確に、そして全体的に次世代の技術が現われているだろう。

 

 実際、多くの技術がこの二人から得られている。

 

 KAN-SENとして完成した後、二人は一人前になるべく他のKAN-SEN達から教練を受け、訓練を重ねる日々を送っていた。

 

 まだ練度は不足気味であったものの、今回の作戦で二人に白羽の矢が立ったのだ。

 

 作戦を行うにあたり、二人の艦体には特別な改装が施されており、甲板には放送を行う大型のスピーカーが搭載されており、放送はここから発せられている。

 

 ちなみに、この放送はエストシラントに向けているが、実を言うと本命はパーパルディア皇国が抱える各属領であり、ここでも特戦隊所属の妖精達が密かに仕掛けたスピーカーより発せられているのだ。

 

 これこそ、エストシラント空襲に続くロデニウス側の戦略……『ルミエス王女の演説』である。

 

 




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第九十話 ルミエス王女の演説

 

 

 

 

 ロデニウス連邦共和国にある大きなステージを使い、ルミエスは演説を行っている。

 

「この度、私がこの放送を行っているのは、フィルアデス大陸に存在している各国の民へお伝えしたい事があるからです」

 

 壇上に立つルミエスは一旦間を置き、呼吸を整えて語り始める。

 

「我が故郷アルタラス王国は、昨年の11月5にパーパルディア皇国より屈辱的で、理不尽とも言える文書……いいえ、命令書を我が国に突き付けられました。我が国にあるシルトラウス鉱山と……私を奴隷として献上せよと、従わない時は武力行使も辞さないという内容でした。当然こんな内容を受け入れられるわけも無く、私の父、アルタラス王国国王ターラ14世はこの命令書の承諾を断り、大使館職員の国外追放と共に皇国の資産凍結を行い、パーパルディア皇国に対して宣戦布告を行いました」

 

 悔しく、怒りが滲み出てくるような声色で彼女は語り続ける。

 

 何度も練習を行い、試行錯誤を重ねてきたことで、彼女は納得のいく演説の形が固まって、今回の演説に挑んでいる。

 

 常にルミエスの練習に付き合っていた『蒼龍』は演説を行う彼女の姿を見つめながら、静かに頷く。

 

「お聞きの皆様はパーパルディア皇国の力を良くご存知でしょう。このような行為、普通なら自殺行為にも等しい」

 

 彼女の言葉を聞いた属領の人々は、納得するように無意識に頷く。パーパルディア皇国に歯向かった国は支配されるか、滅ぼされるかのどちらかであり、自分達の国も皇国に歯向かったが故に、支配され、搾取され続けているのだから。

 

「我が故郷も、恐らく皇国に負け、国は支配されていたかもしれません。しかし――――」

 

 と、ルミエスは深呼吸をして気持ちを整えつつ一旦間を置き、再び口を開く。

 

「私の父、ターラ14世はある国と条約を結び、同盟を結びました」

 

 属領の民達は屋内で密かに放送に耳を傾ける。外では臣民統治機構の職員達が慌てて放送の発生源を探って放送を阻止しようとしているからだ。

 

「その同盟国の名は……ロデニウス連邦共和国!! パーパルディア皇国に対抗できる……いや、圧倒する力を持つ国です!」

 

 ルミエスの口から発せられた国の名前に、属領に住む多くの者がハッとする。

 

 各属領は裏でロデニウスより支援を受けているとあって、彼らは共和国について知っていた。

 

 そしてエストシラントの市民たちは、先の空襲の影響もあり、その名前を聞いて身体を震わせる。

 

「この放送を聞いている皆様は、恐らく信じられないといった感情を抱いているかもしれません。ですが、彼の国の力は本物です! その証拠として、我がアルタラス王国を滅ぼさんと侵略を始めたパーパルディア皇国ですが、皇国はロデニウス連邦共和国より派遣された艦隊と対峙し、我が王国に辿り着くことなく、皇国の艦隊は海の上で壊滅しました。現に我が王国は平和そのものです」

 

 その言葉に、今度はエストシラントの市民たちに動揺が走る。

 

 彼らはアルタラス王国は皇軍によって陥落し、現在は皇国の支配下にあると言われてきたからだ。全く違う事実に動揺が走るのは仕方のない事である。

 

 これが以前までなら蛮族の戯言だと一笑出来たが、エストシラント空襲でロデニウス連邦共和国の実力を思い知らされた後では、この放送の内容が本当であると信じざるを得ない。まぁそれでも蛮族のデタラメだと憤慨する者も居るが。

 

 だがそれでも、皇国の言葉を信じていた市民の心に、不信感が芽生え始めた事に変わりはない。

 

 この市民たちの中に皇国に対して不信感を芽生えさせるのが、この演説の目的の一つであるのだ。

 

「しかし、あろうことかパーパルディア皇国は信じられない行動を取ったのです。皇国はロデニウス連邦共和国の民を……処刑したのです! 何の罪も無いロデニウスの民を、あの国は何の躊躇いも無く処刑したのです! 自分達の行いを邪魔をしたという、ただそれだけの理由で!!」

 

 ルミエスは悲しくも、怒りに満ちた声で言い放つ。属領では市民たちが驚きに満ちていた。

 

「ロデニウス連邦共和国は怒りました。国を愛し、民を愛し、平和を愛する彼の国が、これほどの蛮行を受けて黙っているはずがありません!」

 

 その言葉に、エストシラントの市民たちは身体を震わせる。この惨状を見れば、こうなってしまった理由を察してしまったのだ。

 

「パーパルディア皇国はフェン王国にも魔の手を伸ばしました。しかしロデニウスは友人を見捨てることはしませんでした。すぐにフェン王国へ助けの手を差し伸べました。さっきの話を聞いて察しはついたかと思いますが、ロデニウスはフェン王国を滅ぼそうと差し向けた艦隊をも退け、フェン王国を救いました。しかし―――」

 

 と、ルミエスの声が急に冷たい雰囲気を醸し出す。

 

「皇国は自らの敗北を認め、ロデニウスに降伏しました。しかし、ロデニウスが彼らの受け入れを行おうとしたその時、彼らは突然攻撃してきたのです! 彼らは降伏したフリをして、ロデニウスを攻撃したのです!」

 

 そして怒りに満ちた声で、第二次フェン沖海戦で起きた皇国の蛮行を語る。

 

「皇国は我々を蛮族だと見下していますが、他国に対して無礼極まりない要求を行い、従わない者は暴力で叩きのめし、属領では弱者に対して暴力と搾取を行い、卑劣な手段でしか勝てない彼らの方が、野蛮な存在です!!」

 

 ルミエスはパーパルディア皇国の方が野蛮な存在であると言い切り、属領では市民たちと、地下組織の者達は怒りを滲ませる。

 

 エストシラントの市民達は自分達が野蛮だと言われて怒りがこみ上げるよりも、戸惑いと言い返せない説得力に何も言えなかった。

 

 同時にエストシラントにある各国の大使館では、皇国がついにそこまで堕ちたか…と失望する声が多かった。

 

「そしてパーパルディア皇国は二度に渡る敗北を受け入れず、むしろロデニウス連邦共和国を“我が国に仇なし、世界の秩序を乱す害悪”と非難し、ロデニウス連邦共和国に対して宣戦布告を行い、更に殲滅戦を宣言しました」

 

 そしてルミエスの口から出た殲滅戦に、エストシラントの市民たちは先の空襲の光景が脳裏に過り、表情が青褪めて更に身体を震わせる。

 

「殲滅戦を宣言されたロデニウス連邦共和国ですが、殲滅戦を宣言されても彼らは自らの考えと姿勢を変えないと伝えました。例え殲滅戦を宣言されたとしても、自分達は相手国を滅ぼす気は無い。降伏する者が居るのなら捕虜として丁重に受け入れる。民間人への狼藉など論外、と。自分達は野蛮なパーパルディア皇国とは違うということを示しました」

 

 殲滅戦を宣言されても、ロデニウスの寛大な動きにエストシラントの住人達は驚きを隠せなかった。殲滅戦を宣言された以上、逆に滅ぼしても構わないという考えがある中で、滅ぼしはしないというロデニウスの考えは彼らを驚愕させた。

 

「そして、ロデニウスはこれまで秘めていた力を解き放ちました。手始めに、パーパルディア皇国の皇都、エストシラントへ攻撃を行いました」

 

 そしてルミエスは先のエストシラント空襲を言及し、市民たちの中にはその時のことが思い出されてか、頭を抱えてうずくまる者が現われる。

 

「ロデニウスはエストシラント、皇都防衛を担う陸軍基地、そして工業都市デュロへ攻撃を行い、パーパルディア皇国は甚大な被害を被りました。信じられますか? あのパーパルディア皇国が、これだけの被害を受けたのです。その上被害を受けた場所の一つは、最も防備が厚い皇都です」

 

 ルミエスは一旦間を置き、深呼吸をして言い放つ。

 

「皆様。パーパルディア皇国は確かに列強として呼べる力()あるでしょう。しかし! 決して無敵ではありません! 現に、パーパルディア皇国は決して無視できない被害を受けているのです!」

 

 彼女の言い放ったこの言葉は、属領に住む者達に希望と勇気を抱かせる。これまで自分たちを支配して来た皇国が、例の無い大敗北を喫したというのだから、当然と言えば当然である。

 

「そして皇国は失った戦力の補填の為、各属領から統治軍を引き上げさせました。今の属領には、戦う力は殆ど残っていないでしょう。そして皇国には属領に気に掛けるほどの余裕はありません――――」

 

 ルミエスは一旦深呼吸をして気持ちを整え、口を開く。

 

「パーパルディア皇国の統治に苦しんできた人々よ!! 今こそ立ち上がる時です!!」

 

 彼女の力強く、凛とした声が各属領に響き渡る。 

 

「第三文明圏の、闇の時代の終わりを告げる太陽が、天高く昇っています!! 闇を打ち払う力を味方につけ、輝かしき安泰と未来を勝ち取るのは、あなた達です!! 今こそ力を合わせて祖国を!! 自由と平和、そして何よりも、誇りに満ちた自分達の国を取り戻すのです! 今こそ、パーパルディア皇国の支配から解き放たれる時です!」

 

 その声は属領に住まう人々の耳に響き、その眼に光が宿る。

 

 そして外では臣民統治機構の職員達は知られてはならない事実を暴露され、誰もが顔を青ざめて頭を抱えている。恐怖の対象となっていた統治軍が居なくなったのが属領に知られればどうなるか、さすがの彼らでも分かっている。

 

「共に戦うのです!! そしてパーパルディア皇国を倒そうではありませんか!! あなた方が自分達の国を取り戻すという行為そのものが、この戦いを大きく左右します!! 驕り高ぶった巨人の足元を打ち崩すため、戦うのです!! 我がアルタラス王国も全力でロデニウス連邦共和国と、あなた方を支援することを、ここに宣言します!!」

 

 彼女の力強い言葉は、属領の人々の心に火を灯した。皇国によって支配され、暴力と搾取の前に心が打ちひしがれた彼らの心に、闘志が宿る。

 

「……ですが、一つだけ、私からお願いがあります」

 

 すると、先ほどの力強く凛とした声が、慈愛に満ちた、優しい声色に代わる。

 

「当事者ではない私が、何も知らない小娘がこんなことを言うのは憚れるでしょう。ですが、それでも、敢えて言わせていただきます」

 

 と、属領の民達は気が昂っている中、ルミエスの言葉に耳を傾ける。

 

「長らくパーパルディア皇国に支配されてきた皆様がパーパルディア皇国をどれだけ憎んでいるか、私には想像が付きません。恐らく殺したくて、苦しみを与えて死を与えたいと、自分達が受けて来た苦しみと同じ苦しみを与えたいと、そう思っている方々も多いでしょう」

 

 彼女の言葉に、多くの者が頷く。彼らが抱く憎しみは、決して第三者が想像できるような些細なものではない。

 

「ですが、憎しみに囚われて祖国解放を行って、支配して来た皇国の人達に同じ苦しみを与えようとすれば、それはかつてあなた達の国で狼藉を働いた皇国の人間と変わりありません」

 

 属領では先ほどまで闘志が宿ってこれまでに溜まって来た皇国への憎しみに満ちていた人々は、冷や水を浴びせられたように冷静になる。

 

「強制することは言いません。しかし……どうか、行動を起こす前に今一度考えてください。あなた方が、誇り高き戦士の心があるのなら……皇国と同じ過ちを犯さないでください」

 

 諭すように語る彼女の言葉は、属領に住む人々の心に染み渡った。

 

「私からの言葉は以上です。皆さまの往く未来に、幸あれ」

 

 そしてルミエスの演説を終了し、世界通信のアナウンサーが原稿にある文を読み上げていく。

 

 

 大統領府で放送を聞いていたカナタ大統領は頷き、その頷きを見た秘書はすぐにある所へ連絡を入れる。

 

 クワ・トイネ州にある街のカフェで演説放送を聞いていたヴァルハルは、目を瞑って静かに息を吐く。

 

 収容所で放送を聞いていたポクトアール含むパーパルディア皇国の元軍人たちは、諦めた表情を浮かべて項垂れる。

 

 ロデニウス大陸で放送を聞いていた多くの者達は、改めて覚悟を決め、気持ちを改め、復讐を誓ったりと、それぞれを思いを抱く。

 

 トラック泊地で放送を聞いていた『大和』と『紀伊』は何も言わず、空を見上げて静かに立つ。

 

 アルタラス王国のアテノール城にて、体調を崩して寝室のベッドで横になっているターラ14世は、娘の立派な演説に涙を流す。

 

 各国では各々の反応を見せて、動きを見せ始める。

 

 

 そして件のパーパルディア皇国は……

 

 

「……」

 

 窓を開けて放送を聞いていたカイオスは、何も言わずゆっくりと息を吐く。

 

 第3外務局の外では、市民たちが動揺しているのが目に見えて分かるぐらいに、戸惑っている。中には兵士に問い詰める姿と、その市民たちを宥めようとしている兵士たちの姿が見受けられた。

 

(さて、あの女はどうしているか。まぁどんな反応をしているか想像はつくが……)

 

 カイオスは第1外務局がある方向を見て、内心呟く。

 

 

 

「何だっ!! 今の放送はぁっ!!」

 

 その頃、第1外務局では、体調が回復して戻って来たレミールが建物を揺らす様な怒声を響かせている。

 

「我が栄えある皇国を野蛮だと!? 蛮族風情がっ! たかが一度の奇襲で被害を与えたからと調子に乗りよって!!」

「お、落ち着いてください、レミール様!」

 

 怒りが収まらないレミールを宥めようとエルトが声を掛ける。

 

「そもそも!! アルタラス王国は支配しているのではなかったのかぁ!!」

「そ、そう聞き及んでおりますが……」

 

 しかし今のレミールには火に油を注ぐようなことであって、彼女は般若の形相で睨みつけて怒鳴り、エルトは戸惑い見せる。

 

 アルタラス王国への侵攻が失敗した事実はルディアスの命によって秘匿され、アルタラス王国は既に皇国の手に堕ちたと伝えられていた。レミールですらもその事を聞かされて信じていたのだ。

 

「それに、なぜ統治軍の撤収がバレているのだ!! 撤収の件は秘匿されていたのではなのか!!」

「そ、そうですが……もしかすれば何者かが情報を流した可能性があります」

「内通者か! おのれぇ!」

 

 レミールは歯が砕けんばかりに歯軋りをする。

 

 各属領を支配している臣民統治機構軍が撤収すれば、属領に住む民が余計な事を考えかねないとして、一応アルデなりに気遣いをして撤収の件は会議と統治軍以外では口にしておらず、密かに行われた。

 

 しかし大規模な撤収が行われれば、どこかで情報が洩れるものだし、これまで傍若無人を働いていた統治軍の兵士達がいなくなれば怪しまれるのは当然である。普通に考えれば分かるはずなのだが、それに気付けない程に彼らは追い詰められているのだ。

 

 そもそも、統治軍の動きは特戦隊が常に見張っているので、秘匿もへったくれも無いのだが。

 

 そしてレミールの予想は、あながち間違いでは無い。

 

「すぐに内通者を洗い出せ! 裏切り者には相応の――――」

 

 

 

 ドンッ!!!

 

 

 

 すると突然、建物が大きく揺れて窓ガラスにひびが入り、轟音が鳴り響く。

 

『っ!?』

 

 あまりにも大きく、地震のように揺らす轟音によって、エルトとレミールはバランスを崩して倒れ込む。

 

「な、何だ?」

「わ、分かりま、せん……」

 

 突然の出来ごとに二人は目を白黒にさせている。

 

 外では先ほどの轟音が影響してか、兵士や市民たちが倒れて耳を押さえて苦しんでおり、建物の窓ガラスはひびが入っているか、割れていた。

 

 そして耳鳴りが響く中で市民たちの目は、大きな黒煙を上がっているのを目撃する。

 

 その黒煙の発生源は……大量の不発弾が突き刺さっている皇都防衛基地である。

 

 

 皇軍は防衛基地の早急な復旧を行うべく、滑走路を中心に基地中に突き刺さった不発弾の撤去作業に取り掛かっていた。作業には先の空襲時にかろうじて生き残ったリントヴルムを数少ない中で三分の二を投入し、属領から撤収させた統治軍の人員の半分以上を使っていた。

 残りは港の復旧作業に就かせている。

 

 大規模な人員と機材、リントヴルムを投入して不発弾の撤去作業を行うことになり、早速滑走路に突き刺さった不発弾の撤去を開始した。

 

 不発弾周りを兵士たちが掘ってロープを巻き、リントヴルムで引っ張って引き抜くという流れで撤去作業に取り掛かった。

 

 

 だが、忘れてはいけないが、ここにある爆弾は調整によってだが、全て信管が作動しなくて爆発しなかった不発弾である。ほんの拍子の衝撃で信管が作動する可能性だってある。

 

 薄氷の上を歩こうとすればどうなるか、そんな分かり切った例えの通りに、起こるべくしてそれは起きてしまった。

 

 

 リントヴルムによって突き刺さった地面から引っ張り出された不発弾は地面に倒れた直後に、何かが嵌るような音がした。

 

 それが、その場に居た者達が聞いた最期の音であった。

 

 不発弾は信管が作動して爆発を起こし、更に周りにあった不発弾もその衝撃で連鎖的に次々と爆発を起こし、100発以上の不発弾が爆発したのだ。

 

 当然その場にいた者、近くに居た者は爆発時の衝撃波と飛び散った破片で状況を理解することなく、その命を失った。

 

 不発弾が全て爆発したことで発生した衝撃波は凄まじく、遠く離れたエストシラントに影響を与えており、轟音に耳をやられる者が続出している。

 

 不発弾が爆発して、基地には巨大な穴があちこちに出来て、その周りには小さく炭化した何かが転がっており、リントヴルムと思われる肉塊が転がっている。

 

 かつては皇都防衛基地だった場所に、不発弾は残っていなかったが、その代わり貴重なリントヴルムと、せっかく撤収させた臣民統治機構軍の半分以上が失われてしまった。

 

 それは実質上防衛基地の復旧が絶望的になった瞬間でもあった。

 

 

 


 

 

 

 そして……

 

 

 

「作戦開始の合図は来た」

 

 特戦隊の隊長『U-666』の言葉に、ハキが頷く。

 

「時は来た!! 今こそ我が祖国を皇国のクソ野郎共から取り戻す!!」

 

『オォォォォォォッ!!!』と男たちが銃を掲げて雄叫びを上げる。

 

「自由をこの手に!!」

 

 イキアが拳を振り上げて叫び、男たちは再び『オォォォォォォッ!!!』と雄叫びを上げる。

 

 

 

 中央歴1640年 2月7日正午

 

 

 パーパルディア皇国が抱える73の属領で一斉に武装蜂起が発生し、臣民統治機構は警備の為に残っている兵士たちが鎮圧に動き出すも、武装した反乱軍の前に一瞬で排除され、戦闘訓練を受けていない職員では成す術も無く、すぐに制圧された。

 

 

 臣民統治機構が制圧され、皇国の支配から解放された73の属領は一斉に独立を果たしたのだ。

 

 

 そして73の国家は連合を組み、一斉にパーパルディア皇国に対して宣戦布告を行い、皇国領土へ進撃を開始した。

 

 

 これら一連の出来事は世界通信を通じて世界に報道され、第三文明圏は大きな変革を迎えることになった。

 

 

 

 ちなみに臣民統治機構の職員であるが、ルミエスの言葉が響いたのか、殺されることなく全員拘束されているという。しかし、さすがに全ての国がそうではなく、一部の国では職員達が市民たちからリンチに遭って殺害された所があったという……

 

 

 

 




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第九十一話 アルーニの戦い 壱

M.N.様より評価4を頂きました。

評価していただきありがとうございます。


 

 

 

 

 中央歴1640年 2月15日 パーパルディア皇国

 

 

 

「くそっ! くそっ! くそぉっ!! なぜ、なぜこうなったんだ!!」

 

 自分の執務室でアルデは頭を抱えて恨めしそうに悪態をつく。

 

 ただでさえ皇都エストシラントが空襲され、皇都防衛を担う基地が壊滅したことで、軍の被害は深刻なものとなった。

 

 その上、デュロも壊滅的打撃を受けたことで武器・兵器の供給が滞ってしまい、そもそも皇国の防衛自体に暗雲が立ち込めている。

 

 更に止めを刺さんばかりに属領全てが解放され、その属領全てが連合を組んで皇国に対して一斉に宣戦布告を行い、皇国本土へ進撃を開始した。

 多くの食糧を属領で賄っていたので、皇国は食糧の供給もままならなくなってしまっていた。

 

(くそぉっ!! パーラスめ!! 何てものを遺しやがったんだ、あの野郎!!) 

 

 アルデは憎たらしくパーラスの顔を思い出す。

 

 しかし当の本人はもうこの世のはおらず、あの世に旅立ったパーラスに憎しみの言葉を送るしかなかった。

 

 ルミエスの演説の最中にパーラスは突然ふらふらと立ち上がって、周囲の職員達が戸惑った様子で見ている中、彼は突然走り出して窓に突っ込んで突き破り、そのまま外へ身体を投げ出して地面に叩き付けられた。頭から叩きつけられて首の骨が折れたので、即死であった。

 彼自身の罪が確定的になって、パーラスは罪逃れをしようと衝動的に身投げしたのだ。

 

 その為、臣民統治機構の局長の席は空席となり、組織として機能していない状態だった。まぁ仮に後継者が決まっても、その組織がする仕事はもはやないのだが。

 尤も、誰もその席に座りたがらないだろう。誰が前任者の責任を背負いたがるものか。

 

(どうする……この状況でどうやってロデニウスの攻撃を防げばいいんだ……)

 

 アルデはこの状況に嘆くしかなかった。

 

 先の空襲で多くの兵や軍関係者が死亡し、その上皇都防衛基地の不発弾が爆発して、撤去作業に携わっていた兵士達が全員死亡してしまい、軍は防衛基地と港の復旧作業がままならなくなっていた。もはや防衛も出来るような状況ではない。

 

 アルデ自身は意外にも罰せられることなく未だに最高司令官の座にいる。というのも、後任がまだ見つかっていない状況で処分すれば軍の運営に支障をきたすとして、ルディアスのお情けで残されているようなものだった。

 尤も、アルデとしてはさっさと処分して欲しいと思っている。

 

 

「あ、アルデ様!!」

 

 と、執務室の扉をノックしないで職員が慌てて入って来た。

 

「今度はなんだ!!」

 

 アルデは入って来た職員に怒号を上げる。さっきから様々な報告が入って来て、その度に彼の胃を締め付け、精神を削っていたので、かなり苛ついている。

 

「地方都市アルーニに、反乱軍が攻めて来たと報告が入りました!」

「っ! もうアルーニに来たのか!」

 

 職員の報告を聞き、アルデは驚愕しつつ、歯噛みする。

 

 アルーニはかつてのパールネウス共和国の国境線の位置にある地方都市である。地方都市とあるが、発展具合は地方都市としては大きい方である。そのわけはアルーニが万が一属領で反乱が起きてもすぐに対処できるようにと、アルーニの近くには大きな規模の陸軍基地があり、多くの戦力がこの基地に駐留しているからである。

 

 しかし反乱は起きたばかりで、その上蛮族では足並みが揃えられないからすぐに攻めてこないと思っていたのだが、彼の予想以上の早さで攻めて来たのだ。

 

(だが、アルーニは多くの魔導砲に加え、ワイバーンロード、その上数は少ないがワイバーンオーバーロードも配備してある。反乱軍の蛮族など、恐れることはない)

 

 だがアルデはあまり慌てる様子を見せず、顔に自信ありげな色を見せる。

 

 皇都の空襲は許してしまったが、あくまでも身構えていない状態で奇襲を受けたという認識でしかなく、今では他の基地は警戒態勢を取っている。少なくとも事前に準備してあるとあって、反乱軍程度は防衛できる自信があったので、アルデは口角を上げる。

 

「それともう一つ」

「なんだ?」

「反乱軍に混じって……リーム王国の旗が確認されたとの報告が」

「リーム? リーム王国だと!?」

 

 アルデは驚いて思わず立ち上がる。

 

「馬鹿な!? リーム王国から宣戦布告された報告は聞いていないぞ!」

「ですが、現にリーム王国は反乱軍に混じって進軍しています」

「間違いじゃないのか!?」

「特徴的な模様ですので、見間違えるはずがありません」

「くそっ! リームのハイエナ共めが!!」

 

 何度も確認するが間違いないとして、アルデは拳を机に叩きつける。

 

 リーム王国とは、フィルアデス大陸に存在する一国家である。文明国ほどの技術力は無いが、他の国と比べると一段上の技術力を有しているので、準文明国として扱われている。

 

 パーパルディア皇国は準文明国としてリーム王国を見ているが、あまり快く見ていなかった。というのも、リーム王国は常に強い国に付いておこぼれをもらう蝙蝠外交をすることで有名だった。だからこそ皇国はリーム王国に警戒していた。

 

 そして、皇国がいざ負けそうになると、彼らはロデニウス側に付いたのだ。

 

 その上、リーム王国は宣戦布告もしないで、しれっと連合軍に混じっているのも問題だった。73ヵ国連合軍を形成する各国は、律儀に第三国経由で皇国に宣戦布告を行っているのにだ。

 

 皇国は、更なる苦難に見舞われることになった。

 

 

 


 

 

 

 時系列は少しだけ遡る。

 

 

 

 所変わり、皇国の属領に近い位置にある地方都市アルーニ。

 

 アルーニにはエストシラント、デュロにある基地と同等の規模を持つ陸軍基地があり、万が一属領で反乱があっても、ここから軍を送り出して反乱を鎮圧していた。

 

 それが今では、最前線となっている。

 

 

 

 アルーニ北側の名も無い平野部に展開したパーパルディア皇国兵。その数約三千。

 

 先頭には地竜リントヴルムを置き、その後方に銃兵が整列、更に魔導砲兵が支援として展開している。

 

 後方にある基地ではワイバーンロード、配備されたばかりのワイバーンオーバーロードがいつでも飛び立てるように準備している。

 

「ぬぅ、数だけは多いな」

 

 単眼鏡を覗き込む部隊長リスカは、視線の先に広がる光景に言葉を漏らす。

 

 視線の先には、平原を覆い尽くさんばかりの多くの反乱軍の兵士達の姿がある。その数約五千。人数だけならばパーパルディア皇国よりも多い。

 

「しかし、数だけです。蛮族がいくら集まった所で、所詮は蛮族。烏合の衆に皇国が敗れるはずがありません。奴らはなぜこのような単純な事が理解出来ないのでしょうか」

「ロデニウスが局地戦で皇国に勝利したからな。その内の一つが皇都だから、蛮族共は我々に簡単に勝てると思っているのだろう」

「勘違いも甚だしいですな」

 

 副隊長は展開する反乱軍を見て鼻を鳴らす。

 

 しかし皇都エストシラントと皇都防衛基地、デュロが攻撃されて大きな損害を受けたというのは、軍全体に動揺を走らせたのは間違いなく、アルーニの防衛基地でも戸惑いを隠せなかった。

 

 だが、その動揺は当初のみで、今では立ち直っている。

 

 

 ドンッ!! ドンッ!! ドンドンドンッ!!!

 

 

 すると太鼓の音がし始め、反乱軍が動き出す。

 

 騎馬隊を先頭に、槍兵、歩兵の順で皇国の布陣へ走って来る。

 

「そろそろ魔導砲の射程距離ですが、撃たなくてよろしいのですか?」

「まだ引き付けろ。無駄なく蛮族を仕留める為に、良く狙え。こちらが有利に変わりないが、補給がままならないそうだからな」

「はっ!」

 

 リスカの指示を受け、副隊長は魔導砲兵に指示を伝える。リスカは再度単眼鏡を覗き込んで、騎馬隊を見る。

 

 馬に騎乗する騎兵は手に棒状の物体を手にして走らせている姿が見える。

 

「剣や槍もなく棒切れしかないとは、つくづくそんな状態で―――」

 

 と、リスカはある違和感を覚える。

 

 騎兵が持つ棒切れだったが、よく見ると何やら金属部品らしい物がついているのに気付く。他の騎兵も同じ物を持っている。

 

(なんだ? 妙に複雑な構造をして……)

 

 と、違和感を覚えた直後に、騎兵はその棒切れを構える。その構えはまるで銃を構えるかのようなものである。

 

「やつら、一体何を……」

 

 副隊長も気づき、声を上げた瞬間―――

 

 

 ッ!! ッ!! ッ!! ッ!! ッ!! ッ!!

 

 

 直後に破裂音が戦場に鳴り響く。

 

「っ!? まさか……!?」

 

 リスカがその正体に気付いた瞬間、騎兵隊に近づいていたリントヴルムが断末魔を上げながら次々と倒れる。

 

「まさか、銃か!?」

「そんな馬鹿な!? なぜ蛮族が銃を持って!?」

 

 ありえない事実を目の当たりにして二人は驚愕する。もちろんそれは他の皇国兵達も同じであり、動揺の空気が走っている。

 

「それに、馬に騎乗しながら銃を撃って命中させただと!? 何という実力だ!?」

「しかし、騎乗したままではロクに装填は出来ません!」

 

 見下している蛮族が銃を持っているというのも驚きだが、何より馬に騎乗して走っている最中に銃を構えて発砲し、弾を命中させている。皇国でもこんな曲芸染みたことが出来る兵士は居ない。リスカは思わず称賛の声を上げるほどに驚いていた。

 

 とは言えど、一発撃った以上装填しなければならないといけない。しかも馬の上では装填なんて不可能に等しい。

 

 だからこそ、二人は一度きりの強襲攻撃だと、楽観視していた。

 

 

 |皇国のマスケット銃基準なら、恐らくそうだっただろう《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。

 

 

「?」

 

 と、何かに気付いたリスカはすぐに単眼鏡を覗き込んで騎兵を見る。

 

 よく見ると騎兵は何かをしていて、すぐに銃を構える。

 

「奴は何を―――」

 

 リスカが口を開いた直後、騎兵の持つ銃から銃声が放たれ、直後にリントヴルムが倒れ込んで動かなくなる。

 

「なっ!?」

「馬鹿な!? 装填もしていないのになぜ撃てるんだ!?」

 

 明らかに装填作業を行っていないはずなのに、なぜか銃を撃てる騎兵に混乱していた。

 

 それもそのはず。その銃はパーパルディア皇国のマスケット銃を上回る性能をしているし、構造だって違うのだ。

 

 

 反乱軍が使用しているのは『九九式短小銃』と呼ばれるボルトアクションライフルである。

 

 この九九式短小銃はロデニウス連邦共和国が属領の地下組織に供与するために一部設計を変更し、製造されたライフルである。

 

 その性能は射程、精度、連射、威力、全てにおいてパーパルディア皇国のマスケット銃とは比べ物にならない。

 

 しかもこの銃、数が必要だったので一部省略し、質が少し落とされて量産性を上げている。つまり見た目は九九式短小銃の中期型なのだが、品質は末期型という銃なのだ。

 まぁわざわざ末期型の品質にしてあるのには、もう一つ理由があるのだが、それは後々語られるだろう。

 

 もちろん実戦ではちゃんと使えるし、定期的で適切なメンテナンスを行えば長持ちする銃である。まぁそれでも質の関係で寿命が短い銃であるが。

 

 それでもベアハンターと呼ばれた九九式短小銃はその威力を発揮し、リントヴルムの硬い外皮を貫いて仕留めている。

 

 

 ちなみに、騎馬隊が所属している国では、かつて他国にその強さを示していた騎馬隊を有していた過去があり、属領時代でも馬の扱いに長けた者が多かった。そこでこの騎乗スキルを活かして馬に乗りながら銃を撃てる訓練を行った。

 

 しかしさすがに秘密裏に銃の射撃訓練を行える場所があっても、馬に乗って銃を撃つ訓練をするわけにもいかない。馬なら銃声に慣らす訓練は別の場所で行えるが、現地の人間を別の場所に連れて行くわけにはいかない。こればかりは現地でなければ出来ない訓練だ。

 馬に乗りながら銃を撃って、それで命中させられるには当然実際にやって練習するしかない。

 

 そこで特戦隊は本土で急遽乗馬マシーンからヒントを得た馬に騎乗した状態をリアルに再現した乗馬訓練マシーンを作らせて練習に使わせた。ちなみにそのマシーンを作らせるのに妖精達にかなり無理をさせていたとかなんとか。

 

 現地の元騎兵曰く『かなりリアルだった』と好評であった。このマシーンを使って騎乗時で銃を撃つ訓練を施した。その結果が今回の戦闘で発揮されたというわけだ。

 

 まぁ実際の馬に乗っての射撃はぶっつけ本番だったが、結果は上々である。

 

 ちなみにその乗馬訓練マシーンだが、訓練を受けた者達からかなり好評だったのか、後に大量発注が行われることになるのだが、それは後々の話である。

 

 

 騎馬隊は騎乗したまま銃を構えて射撃を行い、リントヴルムを次々と仕留めていく。魔導砲兵はあまりの衝撃で棒立ち状態だった。

 

「っ! 何をしている! 魔導砲を撃て!!」

 

 リスカはハッとしてすぐに指示を出し、副隊長が復唱して伝えると、魔導砲が次々と白煙を上げて砲丸を放つ。

 

 放たれた砲丸は向かってくる反乱軍に降り注ぎ、着弾地点近くにいた反乱軍の兵士が吹き飛ぶ。しかしそれでも反乱軍は突き進む。騎兵隊は一部が砲撃に巻き込まれながらも、リントヴルムの導力火炎放射の射程外から銃撃を行ってリントヴルム仕留めていく。

 

「銃兵隊! 構えぇっ!!」

 

 続けて銃兵隊に指示を出し、皇国兵達はマスケット銃を構える。

 

「まだだ、まだだぞ……」

 

 マスケット銃の有効射程まで敵を引き付けようと、リスカは皇国兵に指示を出し続ける。

 

 

 すると反乱軍の兵士はマスケット銃の有効射程に入るだいぶ前で立ち止まり、整列し始めて地面に腹ばいになる。

 

「っ! 蛮族共が急に……!」

「やつら、一体何……っ!?」

 

 突然の反乱軍の行動に二人は戸惑いを見せるが、リスカは目を見開く。

 

「まさか……やつらが持っている武器は!?」

 

 リスカが驚いていると、反乱軍の兵士達が手にしている武器を構えると、銃声が一斉に放たれる。その直後に皇国兵が次々と倒れていく。

 

「なっ!?」

 

 副隊長は多くの皇国兵が倒れる光景を目の当たりにして、驚きを隠せなかった。

 

「やはり銃か!」

「馬鹿な!? 奴らの銃は我々の銃よりも射程が長い上に! 正確に狙えるのか!?」

 

 リスカは歯噛みし、副隊長は信じたくない光景に、声を上げる。

 

 明らかにマスケット銃の有効射程外で、その上正確に狙える銃を相手が持っている。その事実は彼らに動揺を与えるのに十分だった。

 

「だ、だが、やつらは既に撃った。すぐには―――」

 

 と、副隊長が言い終える前に、反乱軍から銃声がして更に皇国兵が倒れる。

 

「う、撃って来た!?」

「馬鹿な!? 騎兵隊といい、なぜこんなに早く撃てるんだ!? いや、それ以前にどうやって装填しているんだ!?」

 

 さっきから驚いてばかりだが、彼らが驚くのには理由がある。

 

 マスケット銃は銃口から粉末魔石と弾丸を入れて、ラムロッドを銃口から差し込んで押し固める必要があるので、立ったままでしか装填できない。なので、伏せたままで装填は出来ない(器用にやればできなくも無いが、まずやらないし、ちゃんと出来るとも限らない)

 

「っ!」

 

 と、リスカはあることに気付く。

 

 反乱軍の兵士は銃を撃った後、銃の部品を起こして後ろに引っ張り、すぐに先ほど引っ張った部品を押し込んで横に倒し、銃を構える。直後に銃口が一瞬煌めき、皇国兵の一人が倒れる。

 

「まさか、我々の銃とは構造自体が違うのか!?」

「っ!」

 

 ここに来てようやく反乱軍の銃がこちらの銃と大きく違うことに気付くが、その間に皇国兵は倒れていく。中には命令を待たずに射撃を開始する皇国兵が居るが、距離が開き過ぎているので、弾は明後日の方向に飛んでいる。

 

(何が、何がどうなっているんだ!?)

 

 リスカはこの状況に頭を抱えたくなって、身体を震わせる。

 

 しかし気が動転しているといっても、彼はすぐさま上空支援を基地に要請させるように指示を出した。

 

 

 

 




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第九十二話 ドヤ顔で自信満々に宣言して失敗した時って、死ぬほど恥ずかしいよね アルーニの戦い 弐

 

 

 

 

「凄まじいな」

「あぁ。皇国の銃とここまで性能に差があるのか」

 

 パーパルディア皇国の元属領カースの将であったミーゴと副官のスカーが、驚いた様子を見せている。二人は73ヵ国連合軍を束ねる司令官としてこの場にいる。

 

 他に司令官に名乗りを上げる者はいなかったのかと思いたくなるが、ぶっちゃけ言うと他に指揮できる者が居なかったので、司令官として経験がある彼らが選ばれたのだ。

 

「ほっほっほっ。皇国が一方的に撃たれていますな。実に愉快です」

 

 と、隣では薄気味悪い笑いを漏らす男が一方的に撃たれてやられている皇国兵を見て愉快そうな声を漏らす。

 

 リーム王国より派遣された使者カルマは、連合軍に混じっている自国の兵士たちを見る。

 

「しかし、よろしいのですか? 貴国は文明圏国、パーパルディア皇国の属領では無い。これでは皇国に敵対することになるが?」

「構いません。パーパルディア皇国はもはや列強から落ちる。ならば、今の内にロデニウスに味方しておく方が得策なのですよ」

「そ、そうか……」

 

 と、ミーゴはリーム王国の兵士を見る。

 

 リーム王国の兵士達の中には、銃を持つ兵士の姿が見て取れる。

 

「しかし、どこで銃を? 見た所皇国の銃に似ているようですが」

「最近被害を出している海賊からですよ。ある取引をして海賊共から武器を買い取っているのですよ」

「海賊?」

「パーパルディア皇国の属領だったあなた方は知らないでしょうな。海ではどういうわけか銃や魔導砲で武装した海賊が多かったのですよ。ある時海賊の根城を叩いた際に、多くの銃と魔導砲を押収しましてね」

「……それを使っている、と?」

「えぇ。使える物は使う主義ですので。それが皇国に匹敵する物なら尚更」

「……」

 

 カルマの怪しげな雰囲気に、ミーゴは目を細める。

 

 そう話している間に、ある場所で動きがある。

 

「ミーゴ殿。準備が整ったそうです。これより攻撃を開始します」

「そうか」

 

 スカーより話を聞き、ミーゴが頷いてその場所を見る。

 

 その直後に、大きな音が発せられ、すぐに皇国が布陣している場所に爆発が発生して皇国兵が吹き飛ばされる。

 

「あれもロデニウスからの支援の一つですかな?」

「えぇ。ロデニウスから派遣された砲兵部隊だそうです。さすがに魔導砲を扱うには時間が足りなかったので、人員と機材は向こうから出してもらうことになりました」

「なるほど……あれが」

 

 カルマは怪訝な表情を浮かべて、その場所を見る。

 

 そこには、小型の大砲と迫撃砲を扱うロデニウス連邦共和国陸軍の砲兵たちの姿があり、続けざまに砲撃を行って皇軍の陣地を砲撃している。

 

 人間や獣人も居るのだが、その中に二頭身で可愛らしい外観の妖精達が混じっている。カルマはその妖精達に戸惑いを見せている。

 

 しかし、その砲兵隊なのだが、これだけは他の支援と違い、少々事情が異なっている。

 

 確かに大砲と迫撃砲を使いこなすには教練の時間が足りないし、訓練する場所も無かったので、人員を派遣するしか無かったのだが、問題はそれだけではない。

 というのも、扱っている機材に特殊な事情があるのだ。迫撃砲は共和国陸軍で採用されている物と同じなのだが、大砲に関しては違う。

 

 共和国陸軍の砲兵隊で採用されている榴弾砲である『FH70』は主力装備であり、高性能とあって第三国に流出させるわけにはいかないので、供与はできない。かといって皇国相手に性能が良い銃だけでは厳しい。

 

 なら供与が出来る程度の大砲を作ろうにも、特需で終わる未来しかない。そのためだけにわざわざ新しくラインを作るのは、場所も時間も金も勿体ない。

 

 どうしたものかと悩んでいたところ、意外な解決策があった。 

 

 それはムーで余剰となっている大砲である。

 

 ムーはロデニウス連邦共和国と国交を結んでからは大規模な輸入を行って軍備の近代化を進めており、その中に武器兵器の輸入も含められている。

 

 グラ・バルカス帝国の脅威が日に日に強まっているとあって、ムー統合軍は武器兵器の近代化を急がせていた。もちろん陸軍の砲兵隊が使う大砲もロデニウスよりFH70を輸入して配備している。

 

 一部の大口径の砲は引き続き使われるが、中には退役する砲もある。それが『ガエタン70mm歩兵砲』と呼ばれる歩兵砲である。

 

 FH70榴弾砲に比べて射程が短く、小口径の歩兵砲は扱いづらく、迫撃砲で十分な面もあったので、この歩兵砲は一斉に退役し始めていた。だが、そうなってくると余った歩兵砲をどうするかで悩むことになる。

 

 これまで主力として使っていたのだから、当然中には作ったばかりの物もある。それをスクラップにするのはあまりにも勿体ない。でも用途が無い。

 

 どうするか統合軍が悩んでいたそんな時に、ロデニウスより余剰となった大砲が無いかの打診があったのだ。

 

 ロデニウスとしては今回の供与にちょうどいい大砲を探しており、ムーは邪魔になる歩兵砲を処理出来て、お金を得られるとあって、お互い都合が良かった。

 

 ムーとロデニウスは話し合いを重ねて、ロデニウスが余剰となった歩兵砲を全て買い取った。

 

 そしてその買い取った歩兵砲を、ロデニウスは今回の属領反乱の支援に迫撃砲と共に投入することになった。まぁさすがに属領の人々に歩兵砲と迫撃砲を扱う訓練を施すには、時間が足りなかったし、場所も無かったので、扱う人員は共和国陸軍の砲兵隊から選抜され、歩兵砲の扱い方を学んで派遣されることになった。

 

 歩兵砲はどこの国で製造されたのかを明らかにされないよう銘柄を削り取っており、そのことはムーも了承している。

 

 

 今回投入された歩兵砲と迫撃砲はその力を発揮し、次々と皇国兵を倒していく。この砲撃に皇国軍が混乱している間に反乱軍の兵士が銃撃を行い、皇国兵を射殺する。

 

 皇国側は反乱軍が自分達のマスケット銃よりも性能が良い銃を使い、その上大砲まで持っているとあって、混乱の極みに達していた。その上頼みの綱のリントヴルムが全滅し、騎兵隊がその機動力を生かして銃撃を行い、皇国兵を倒していく。

 叛乱軍に一方的にやられ、精強なはずの兵士たちの士気は大きく下がっていた。

 

 しかしパーパルディア側の指揮官リスカも、無策でいたわけではない。すぐ基地に、空からの援護を要請していた。

 

 

 ―――ギュオォォォォォォォ――――ン!!!

 

 

 そして戦場に、身が固まるほどの本能的な恐怖を感じる猛獣の咆哮が響き渡る。

 

「友軍だ!! 竜騎士団が間に合ったぞ!!」

 

 皇国兵は空を見上げ、歓喜の声を上げる。

 

 戦場より離れた空に、皇国軍のワイバーンロード21騎と、切り札のワイバーンオーバーロード4騎がやってきた。

 

 本来ワイバーンオーバーロードは投入予定は無かったが、反乱軍が予想以上の戦力を有していたとあって、徹底的に排除する為に急遽投入された。

 

「くそっ! 遂に来たか!」

 

 ミーゴは歯噛みし、皇国軍の竜騎士団を睨む。

 

「そう焦らずともよろしい。我が竜騎士団もこの戦場に向かっていますよ」

 

 と、カルマが焦りを見せるミーゴとスカーにそう語りかける。

 

「だが、貴国の竜騎士団は見当たらないぞ。本当に来るのか!?」

 

 スカーは周囲の空を見渡すが、空には皇国軍の竜騎士団しか見当たらない。

 

「何ですか? その疑いの目は。私の言葉が信じられないのですか?」

 

 カルマはスカーの態度が気に入らなかったのか、機嫌を悪くして目を細める。

 

「そういうわけではない。気を悪くしたのなら、謝るが」

「……ふん。まぁ良いでしょう。ところで―――」

 

 と、カルマは鼻を鳴らしつつ、戦場を見渡す。

 

「我が国が、皇国との戦いにこの地を選んだのは、なぜだと思いますか?」

「……」

「ふん、分からんでしょうな。このウェットの丘は、大地から魔力が溢れ出ているのですよ。高魔力放出地域では、皇国が用いている魔力探知レーダーは役に立たない。まぁその代わり、魔導士や生物由来の魔法も威力が上がってしまうのですけどもねぇ……」

 

 怪訝な表情を浮かべるミーゴとスカーに、カルマは得意げに語る。

 

「そして皇国は上空を警戒することは無い。なぜなら、反乱軍に竜騎士はいないと知っているからです」

「……」

「そこで我が軍が、皇国の度肝を抜いてやりますよぉ!!」

 

 カルマは北の空を指さし、目を見開いて叫んだ。

 

「さぁ来ましたよぉぉ! ご覧なさい! 皇国を地獄の業火に突き落とす、飛竜の葬列です!!」

 

 彼は自信たっぷりに大きく叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 しかしいつまで経っても、彼の指さす方向からは何も来ない。あるのは暗雲漂う空のみ。

 

『……』

 

 思わず固まるカルマに、ミーゴとスカーは白い目を向ける。

 

「……その」

「そ、そんなはずはありません!! もう既にあの暗雲の中に我がリーム王国の竜騎士団が居るのです!!」

 

 ミーゴが声を掛けようとした時、カルマは慌てて空を指さす。

 

「なぜ来ない!! まさか、遅れを生じさせたというのか!? あれほど時間に厳守せよと命じられたはずだぞ!!」

 

 思い通りになっていない事が余程頭に来ているのか、顔を怒りに染めて地団駄を踏みながら文句を口にしている。

 

 

 ―――――――ッ!!!

 

 

 すると空に大きな咆哮が響き渡る。

 

『っ!?』

 

 皇国のワイバーンロードとワイバーンオーバーロードとは違う、しかし両者よりも力強さを感じさせる声は、この場にいる全員を固まらせる。

 

 それは皇国軍の竜騎士団も同じで、ワイバーンロードとワイバーンオーバーロードが上空に辿り着いたと同時に先ほどの咆哮を聞き、突然空中で急停止する。

 

「こ、この声は……」

 

 聞き覚えの無い咆哮に、カルマは周囲を見渡す。

 

 

「やっと援護が来たようね」

 

 と、この場にはいない第三者の声がして、三人は声がした方向を見る。

 

 そこには、背中まで伸ばした銀髪の一部をサイドテールにした、赤い瞳の少女が立っていた。全身を覆うボロ布を纏い、背中には大幅なカスタマイズが施されたAKMを背負っている。

 

「だ、誰ですか!? なぜこんな所に子供が居るのです!?」

 

 カルマは威嚇気味に少女に声を荒げるが、少女はどこ吹く風であった。

 

「これは、V.Z殿。こちらにお越しになりましたか」

「えぇ。連絡要員でもあるから、ここに来たのよ」

 

 と、カルマの反応をよそに、ミーゴはV.Zこと、『U-410』に声を掛ける。

 

「し、知っているのですか?」

「知っているも何も、彼女こそ我々に武器提供をしてくれた、ロデニウス連邦共和国の関係者です」

「こ、こんな子供が!?」

 

 カルマは目の前にいる少女があのロデニウス連邦共和国の関係者と聞かされ、驚きのあまり声を上げる。

 

「ところで、先ほどの援護とは?」

「見れば分かるわ」

 

 スカーの質問に彼女はそう答え、空を見上げる。

 

 つられて全員が空を見上げると、暗雲から巨大な影が勢いよく飛び出して来た。

 

「あ、あれはっ!?」

 

 カルマはその影の正体を見て、驚愕する。それはこの場にいる誰もが同じ気持ちであろう。

 

 なぜなら、出てきたのはリーム王国のワイバーンでもなければ、パーパルディア皇国のワイバーンロードでもない。

 

 空における最強戦力と謳われる存在……風竜である。しかも四頭もだ。

 

「ふ、風竜!? なぜ風竜がこんな所に!?」

 

 カルマが目を見張り驚く間に、四頭の風竜は口を大きく開け、目に見えない空気の弾を放つ。

 

 圧縮された空気の弾はワイバーンオーバーロードに命中し、竜騎士もろとも身体がバラバラに粉砕される。

 

 ワイバーンオーバーロードと竜騎士を粉砕した圧縮空気はそのまま皇国の陣地に着弾し、着弾地点にいた兵士は威力が弱まった空気によって吹き飛ばされる。 

 

 そして粉砕された肉塊と骨の塊が空から降り注いで皇国兵に襲い掛かり、運悪く骨に串刺しにされたり、肉塊の下敷きになって命を落とす者がいた。

 

 突然の格上の登場と切り札のワイバーンオーバーロードが一瞬で全滅したことに、竜騎士たちは完全に浮足立ち、ワイバーンロードは自分より格上の存在に怯えて動きが鈍っている。

 

「まさか、ガハラ神国が参戦したというのですか!?」

「いいえ。あれはガハラ神国の風竜じゃないわ」

 

 この世界で風竜を使役しているのは、列強国の一つである第一文明圏の『エモール王国』と、第三文明圏にあるガハラ神国のみである。

 

 しかし、カルマの言葉を『U-410』は否定する。

 

「では、一体どこの?」

「あれは我が軍所属の風竜よ」

「な、何ですと!? まさか、ロデニウスは風竜を使役できるのですか!?」

「まぁ、そんなところよ」

 

 スカーの質問に彼女が答えると、カルマが驚きの声を上げる。

 

 現れた風竜四頭は、ロデニウス連邦共和国トラック諸島に住み着いた風竜であり、住み着いている四頭から今回の戦争に協力したいと申し出があって、『大和』と『紀伊』はカナタの許可を得て四頭の参加を許可した。

 

 そして『龍驤』の指揮の下、今回73ヵ国連合軍の支援に派遣されたのである。

 

「凄い。皇国のワイバーンロードがまるで手も足も出ない!」

「たった四頭でこれほどの力があるのか。噂に違わない実力だ」

「というより、一頭だけしか竜騎士が騎乗していない?」

「なのに、統率された動きをしているな」

 

 ミーゴとスカーの二人は空で皇国のワイバーンロードを次々と墜として行く風竜を見て、声を漏らす。しかし一方で、違和感を覚えてもいた。

 

「……」

 

 一方のカルマは顔を真っ赤にして歯噛みし、小刻みに体を震わせて手を握り締めている。

 

 本来であればリーム王国が100頭ものワイバーンによる奇襲攻撃で、皇国の竜騎士を仕留めるはずであった。それで連合軍に恩を着せ、自身を含めたリーム王国が優位に立とうとしていた。

 

 

 だが、結果はリーム王国の竜騎士団がやって来ることは無く、自信満々に宣言したカルマがとんだ赤っ恥を掻いただけで、空ではロデニウス連邦共和国の風竜が皇国の竜騎士団相手に暴れている。そのお陰で連合軍のロデニウスに対する感謝の気持ちは高まる一方。

 逆にリーム王国は何の成果も出せていない。もはや「お前何しに来たんだ?」と白い目で見られている状態でしかなく、むしろ連合軍からすればリーム王国は邪魔でしかなかった。

 

 プライドが高い彼をとても惨めな気持ちにさせるには、十分と言える。

 

 

 

 ちなみにどうでもいい話だが、リーム王国の竜騎士団は確かに戦場に向かっていたのだが、途中でロデニウスの風竜と遭遇し、不意の遭遇と格上の出現にワイバーンが完全に怯えてしまい、恐怖のあまり竜騎士の命令を完全に無視し、風竜から逃げるように飛び去って行ったという。

 

 

 


 

 

 

 上空では皇国のワイバーンロードが、次々と風竜の圧縮空気の弾で撃ち落とされていく。中には、ワイバーンロードより放たれた導力火炎弾を躱して、すれ違い様に尻尾で竜騎士を叩き落す竜もいる。

 

 

「お見事です、紫電殿!」

『恐縮です』

 

 四頭の内、首に赤いリングを着けた風竜の上に立つ『龍驤』が称賛すると、青いリングを着けている紫電と名付けられた風竜が頭を下げる。

 

『「龍驤」殿。パーパルディアのトカゲ共は残り僅かです。残りは自分と閃電に任せて、地上の支援を頼みます』

「心得ました! 雷電殿! 震電殿! これより地上の支援を行うであります!」

『承知!!』

 

 『龍驤』が式神を出しながら指示を出すと、青のリングと緑のリングを着けた風竜が残りのワイバーンロードに向かって飛んでいく。

 

 そして『龍驤』と彼女が立っている赤のリングと紫のリングを着けている風竜は地上にいる皇国の陣地に向かう。

 

 『龍驤』が式神を飛ばすと、それは風竜の周りに大きく展開し、光に包まれ大きくなっていく。光が晴れると、そこには零式艦上戦闘機三二型こと、零戦改が現われる。

 

 風竜が向かっているのに加え、突然飛行機械が出現して皇国兵はもはや戦意を失い、我先に逃げようとしていた。

 

 そんな皇国兵の事情などお構いなしに風竜二頭は圧縮空気の弾を放ち、零戦改が両翼に提げている三号爆弾を投下する。

 

 圧縮空気の弾が地面に着弾して、着弾地点にいた皇国兵は粉々に粉砕され、投下された三号爆弾が炸裂して中から飛び出た焼夷弾子が地面に降り注ぎ、辺り一面火の海と化して皇国兵を焼き尽くす。

 

 混乱に満ちて統率を取ることが出来ない皇国兵に対して、連合軍は銃撃を加えて一人一人射殺し、騎馬隊は逃げようとする皇国兵を銃か剣で次々と殺していく。

 

 

 やがて展開していた皇国軍は地上と空からの攻撃によってその多くが命を散らすことになった。中には武器を捨てて降伏しようとした者が居たものの、その多くは連合軍の兵士によってその場で殺されてしまい、ロデニウス側のストップが入ってようやく捕虜を受け入れたのだが、その数はたった数十人程度だったという。

 

 

 連合軍はアルーニを包囲し、歩兵砲と迫撃砲の支援を受けて地上部隊が進撃し、風竜と航空機による攻撃で基地機能は根こそぎ奪われる。

 

 

 そして同日、皇国軍の抵抗も空しく、アルーニはロデニウス連邦共和国の支援を受けた73ヵ国連合軍により陥落したのだった。 

 

 

 

 




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第九十三話 次なる一手

グルッペン閣下様より評価9を頂きました

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 中央歴1640年 2月17日 ロデニウス連邦共和国 トラック泊地

 

 

「連合軍はアルーニを陥落させたようだな」

「えぇ。現在は休息を兼ねて、戦力の立て直しの為に陥落させたアルーニに留まっているようです」

 

 『大和』がタブレット端末に表示されている報告書を見て呟くと、『天城』が現在の73ヵ国連合軍の状況を告げる。

 

 アルーニにて皇軍との戦闘を終えた73ヵ国連合軍は占領したアルーニに留まり、負傷者の治療と共に戦力の立て直しを行っている。

 他に占領した皇軍基地の滑走路の復旧をしつつ拡張を同時に行っている。

 

「支援物資は?」

「爆撃機を用いた空中投下にて行う予定です。間もなくアルーニ周辺にて物資が届くかと」

「そうか。彼らには十分な支援を行え。大統領からの内諾は得ている」

「はい」

 

 『天城』は頷き、手にしているタブレット端末を操作して『大和』の指示を関係各所に送る。

 

「連合軍の予想進路は……やはりパールネウスか」

「恐らく。パールネウスは皇国にとって重要な都市です。連合軍にとっては必ず落としにかかる場所かと」

「だよな……」

 

 『大和』はそう言うと、ため息を付く。

 

 パーパルディア皇国にとって、パールネウスは前身に当たるパールネウス共和国時代の首都であり、そして現在の皇国の基礎を築き上げたとあって、パールネウスは聖都として定められている。

 

 その聖都を攻め落とすことは、皇国の士気を落とすのに最も適した場所とも言え、そして皇国に終わりを齎す為には必ず落とさなければならない場所とも言える。

 

「『天城』。連合軍が動き出すのは、いつ頃になると思う?」

「そうですね……二週間後……いえ、一ヶ月後といったところでしょうか」

「根拠は?」

「先の戦闘では連合軍が優勢にありましたが、決して犠牲なく勝利を収めたわけではありません。多くの戦死者と負傷者が発生していますので、現在その対処に追われているかと。それに物資不足が出ていますので、動きが取れないのもそれが原因です。もちろん滑走路の件もありますが」

「だろうな。特戦隊によって訓練を施されているといっても、言い方は悪いが所詮寄せ集めだ。練度が低いのもあるし、属領を解放した直後にアルーニに攻め入ったんだ。物資不足になるのは当然か」

 

 彼はそう言うと、腕を組む。

 

 先のアルーニの戦闘は終始連合軍側が優勢であったが、やはり練度不足による粗が目立っており、多くの戦死者を出している。その上物資の消耗も予想以上に多く、属領解放からすぐにアルーニに攻め入ったのも物資不足に拍車を掛けているだろう。

 だからこその支援物資の空中投下である。

 

「特戦隊からの報告では、属領にまだ残っている人員がいるとのことですので、それである程度戦力の補填が可能だそうで、既に移動が始まっています。それとリーム王国からも増援が来ているとのことです」

 

「そうか」と『大和』は頷く。

 

(リーム王国か。人手が増えるのはこちらとしては困ることは無いが……)

 

 戦いにおいて数が重要なのはわかっているが、しかし相手が相手とあって、素直に喜べない。

 

「それに、リーム王国の動きも懸念があります。戦地では夜中に密かにリーム王国の兵士が皇国のマスケット銃や魔導砲、連合軍に提供した銃を回収している姿が見受けられていると報告が入っています」

「やはり、目的は火事場泥棒か」

 

 『大和』は呆れた様子で舌打ちをする。

 

 アルーニでの戦いの後、戦地では疫病防止の為、戦死者の遺体を集めて焼却する作業が行われていた。その際リーム王国の兵士は皇国兵の遺体を集めつつ懐などを漁って金品や金になりそうな品を奪っていて、中には金歯をしてる皇国兵の遺体から金歯をナイフで抉り取る輩が居たという。

 武器兵器の回収も行われていたが、遺体の片付けが優先されたので、ほぼ手付かずとなっていた。その日の夜にリーム王国は回収できなかった武器兵器を回収していた。当然中には連合軍に提供した九九式短小銃も含まれている。

 

「リーム王国には釘を刺しておきますか?」

「必要無い。弾除けの存在は必要だから、勝手に泳がせておけ」

「分かりました」

 

 何やら物騒な事を口にしてる『大和』だったが、リーム王国の評判を耳にしていたので、彼の国がさりげなく参戦していても驚きはしなかった。

 むしろ逆に利用してやろうとと考えるまでだ。

 

 そしてこういうことも想定して、連合軍に提供した九九式短小銃は敢えて品質を下げて作ってあるのだから。

 

 

「では、私はこれで失礼します」

「あぁ。気をつけてな」

「ご心配なく」

 

 『大和』が心配そうに声を掛けると、『天城』は微笑みを浮かべて頷き、執務室を出る。

 

「……」

 

 『天城』を見送ってから、『大和』はタブレット端末を手にして椅子の背もたれにもたれかかり、タブレット端末の画面を開いて報告書のデータを開く。

 

(『摩耶』と『伊吹』二人の艤装の改装が終わったか。まぁ今回の戦争では二人の出番は無いだろうが……)

 

 数ある報告書のデータの中に、以前より艤装の改装が進められていた『摩耶』と『伊吹』であったが、ようやくその改装が終わったという妖精達からの報告があった。

 

 二人に施した改装は次世代の装備を施すもので、主に対空迎撃性能が大きく向上している。両者ともに主砲は全て撤去され、砲の大きさが異なる新型の速射砲を二基ずつ搭載している。『摩耶』が60口径203mm単装速射砲で、『伊吹』が55口径155mm単装速射砲と、大きさが異なる速射砲を搭載している。なぜ異なる口径の速射砲を搭載しているのかというと、どちらの速射砲が巡洋艦の砲として使い勝手が良いかの試験を兼ねている。ちなみにこの他に55口径100mm単装速射砲が開発され、こちらは駆逐艦のKAN-SENで運用される予定となっている。

 

 他には新型の機関砲を搭載し、新兵器を運用する為のプラットホームを新たに搭載している。そしてそれらの新装備を運用する為に、電子機器を一新している。

 

 改装が終わった二人なのだが、パーパルディア皇国の海上戦力が壊滅した以上、海上での航空戦力の脅威がなくなったので、恐らく今回の戦争では彼女達に出番は無いだろう。

 なので、二人にはトラック諸島周辺で実戦さながらの演習試験が行われるだろう。

 

(他の試作兵器も完成して、近い内に実戦にて試験運用を行うか。まぁ満足いく結果は期待できないな)

 

 他にいくつかの試作兵器に関する報告もあり、これらの一部は前線に持っていって試験を行う予定となっている。しかし相手の戦力を考えると、満足いく結果は望めないだろう。

 

 いくつもの報告を見てから、作戦概要のファイルデータを開く。

 

(陸戦隊と共和国陸軍は出撃した。あとは結果を待つだけか)

 

 この戦争を終わらせるための次の一手が発動しているのを確認すると、ふと気配を感じて顔を上げる。 

 

「やぁ」

 

 と、扉の前で小さく手を挙げている少女の姿がそこにあった。

 

「何の用だ『ゲイザー』」

「つれないねぇ」

 

 素っ気ない態度の『大和』に少女ことゲイザーは手を上げながらも、彼の元に向かう。

 

「ようやく面白くなってきたんだ。少しぐらい浮いてても良いんじゃないかい?」

「生憎戦争を楽しむ性分じゃないんでね」

「よく言うよ。いざとなれば容赦ない癖に」

 

 ゲイザーは肩を竦めながらそう言うと、『大和』を見る。

 

「しかし……君の存在自体がイレギュラーであるといっても、KAN-SENだからそれなりに闘争心はあるもんだと思うんだけどねぇ」

「……」

「それとも、その性分は人間だった(・・・・・)頃の名残なのかな?」

「……」

 

 意味深な質問するゲイザーに、『大和』は何も答えない。

 

「まぁいいさ。私は君たちがどうするか、どう動くのか、どう進化するのか、それを見続けるだけだよ」

「……」

 

 『大和』はため息を付くと、ゲイザーを見る。

 

「お前は―――」

「ん?」

「お前達は、何をするつもりだ。お前達『セイレーン』は……俺達に何を望むんだ」

「何を、か」

 

 飄々としていたゲイザーだったが、『大和』の質問に少しだけ真剣な表情を浮かべる。

 

「そうだねぇ。君達に期待している、じゃ不足しているかな?」

「……」

「強いて言うなら……そうだね。事情が変わったから、今は君たちに期待している。それじゃダメかい?」

「事情、ね」

 

 『大和』は答えを得られると期待していなかったのか、気を落とす様子を見せなかった。

 

「だからこそ、『オブザーバー』は君たちにプレゼントを渡したんじゃないか。有意義になるプレゼントをね」

「……」

 

 ゲイザーがそう言うと、『大和』は目を細める。

 

「君たちの所の妖精達なら、あれに保存しているデータを解析できるし、なんだったらリーン・ノウの森で見つけた代物から得たデータを合わせれば、技術は更なる飛躍を見せるんじゃないかい?」

「……」

「見たいんだよ。君達がどこまで高みに進められるか。どれだけの力を得られるかをね」

「……」

 

 『大和』は何も言わず、ただ静かにゲイザーの言葉を聞く。

 

「他のセイレーンが来たのも、オブザーバーからのプレゼントか?」

「さぁ。でも人手があるのは君達にとって助かるんじゃない?」

「……」

「まぁ、私達はただ見るだけ。今は、ね」

 

 ゲイザーはそう言うと、扉を開けて執務室を出る。

 

「あっ、そうだ。一つ聞きたい事があるんだ」

 

 と、ゲイザーは部屋を出る前に振り返る。

 

「君は……人間を信じているかい?」

「……」

 

 彼女の意味深な質問に、『大和』は何も答えない。

 

「……そうか。答えは……――――」

 

 彼は何も答えなかったが、ゲイザーは何か確信を得て小さな声で呟いて、部屋を出る。

 

「……」

 

 『大和』は椅子の背もたれにもたれかかり、深くゆっくりと息を吐く。

 

「……」

 

 彼はそのまましばらく身動きせずジッとしていると、ゆっくりと身体を起こして机の引き出しを引いて、中に入っている物を見る。

 

 そこには一枚の写真と、桜を模した髪飾りが一緒に入っている。

 

 その写真には、『大和』と『紀伊』、『天城』と『ビスマルク』の四人の他に……その中心に車椅子に座っている片脚が無い軍服を身に纏う少女の姿がある。

 

「……」

 

 『大和』はその写真を見つめた後、引き出しを戻してタブレット端末を手にして、報告書を見つめ直す。

 

 

 


 

 

 

 所変わって、パーパルディア皇国

 

 

 辺りはすっかり暗くなったものの、エストシラントの港と基地では一刻も早く復旧させる為に、昼夜問わず作業が行われている。

 

 しかし復旧に携わっている兵士以外の職員はさすがに余裕が生まれたのか、自宅に帰宅出来ている。尤も、帰宅出来ているのは上司ぐらいで、下っ端は未だに働き詰めなのだが。

 

 

「……」

「その辺にしておけ。飲み過ぎだ」

「うるさい……そんな事、お前が決めることじゃない」

 

 酒に浸るエルトにカイオスが注意するが、彼女は無視してワインを注いだグラスを傾ける。彼女の周りに転がっているワインの瓶の数がどれだけ飲んだかを物語っている。

 

「全く。今は食料だって入手が困難な時なんだぞ。酒なんか余計に入手できないっていうのに」

「どうせ地下に備蓄してあるのだろう。一本や二本程度大したこと無いだろう」

「もう五本以上空けておいてよく言う」

 

 普段の彼女からは想像つかない醜態にカイオスはため息を付く。 

 

 久しぶりに帰宅出来たとあって、カイオスはワインを飲もうと思っていたところ、一時間ほど前に来客が来た。それが意外にもエルトであったのだ。

 

 彼女は来て早々、カイオスが呆れるほど飲んでいる。

 

「全く。らしくないじゃないか。なんでそこまで荒れているんだ」

「あんなに過酷な状況になれば、こうもなるだろう」

「……だろうな」

 

 エルトがカイオスを睨みつけながらぼやくと、彼は苦笑いを浮かべつつ肯定する。どうやらエルトがいる第1外務局は荒れているようだ。その上レミールが居るのが余計に荒れている原因なのだろう。

 

「……カイオス」

「なんだ」

「お前は……知っていたのだろう」

「何のことだ」

「とぼけるな」

 

 と、エルトはカイオスに問い掛けるが、彼はその内容を察してか分からないフリをする。その態度が気に入らなかったのか、エルトは目を細めて不機嫌そうな雰囲気を醸し出す。

 

「ロデニウスがあれだけの力を持っていたのを、お前は知っていたのだろう。お前は密偵を持っていて商人の出だから顔が広い。情報は集めやすかっただろう」

「……」

「それに、この間の御前会議はお前だけ妙に落ち着いて他と反応が違っていた。普通はあり得ないぞ」

「……」

「沈黙は肯定と捉えるぞ」

 

 カイオスは深くため息を付くと、ワイングラスを傾けてワインを飲む。

 

「だったら、どうする?」

「っ! どうするだと!」

 

 エルトはテーブルを叩いてふらつきながらも立ち上がる。

 

「知っていたのなら、なんで教えなかったんだ!? ロデニウスの情報をより詳しく知っていたら――――」

「知っていたら、何だ?」

「っ……」

 

 カイオスは殺気めいた視線を向け、エルトは怯む。

 

「どうせ荒唐無稽な話として、お前達は受け入れなかったろう」

「それは……」

「だから言わなかった。無駄になるのは分かっていたし、自分の立場を自ら危うくする必要は無かったからな」

「……」

 

 エルトはカイオスの言葉に怒りを覚えるが、かといって言い返すことは出来なかった。これまでの自分だったら、ロデニウスの情報を得ても信じることは無かったろう。

 

「いつからだ。いつから、知っていた?」

「フェン王国に懲罰攻撃を行う前には、既に知っていた」

「……そんな前から既に知っていたのか」

「逆に、攻撃されるまで知らなかったお前達に驚いたよ。てっきりアルタラス王国への攻撃が失敗した時点で違和感を覚えたと思っていたが」

「……知らなかったのだ。アルデが情報を秘匿していたのだから」

「言い訳だな。艦隊が丸々戻って来なかったら違和感ぐらいあっただろうに」

「……」

 

 カイオスは呆れて鼻を鳴らす。エルトは何も言い返せなかった。

 

「どちらにしても、もう過ぎてしまったことだ。今はこの戦争をどう終わらせるかを考えなければならない」

「……」

「まぁ、今のままでは終わろうにも、終わらんだろうがな」

 

 カイオスが失望したような声で呟くと、エルトを見る。

 

「今日はもう帰れ。明日だって忙しいんだろ」

「……あぁ」

 

 彼はエルトに肩を貸しながらそういうと、彼女は短く返事をして、彼に連れられて屋敷の外に向かう。

 

 

 


 

 

 

 中央歴1640年 2月19日 デュロ

 

 

 朝早く、霧で辺りが白く染まっているデュロ。

 

 

「……はぁ」

 

 港の一角で兵士がため息を付く。

 

 彼の視線の先には、工業都市として発展したデュロの自慢の港があったが、今となってはその面影は無く破壊の限りが尽くされた港があり、湾内には破壊された船舶の残骸が沈んでおり、海底に沈んだワイバーンロードや人間の死体から発生しているのか、焦げ臭いにおいに混じって生臭いにおいが混じっている。

 

 夜中に攻撃を受けたデュロは予想以上の被害を受けており、港はもちろん、工業地帯は火災によって全滅し、その火災の余波で住宅街にも広がって、大規模な火災となった。今はようやく火災は鎮火したものの、建造物と人員の被害は目を覆いたくなるようなレベルだという。

 

 しかし不幸中の幸いというか、港と工業地帯のみ攻撃したお陰かどうかは定かではないが、陸軍基地は手付かずで、一部の陸上戦力とワイバーンロード、ワイバーンオーバーロードと言った航空戦力はほぼ無傷で残っている。

 

 そして海岸線に設置したムーのトーチカを模倣したトーチカも無傷で残っているので、防衛戦力は残っている。

 

 しかし兵の士気は低下している上に、その戦力は半分以下となっているので、正直戦えるかどうかは何とも言えない。

 

(皇国は……俺達の国はどんな敵を敵に回したんだよ)

 

 兵士は内心呟いて再度深くため息を付き、「くそっ」と悪態をつく。

 

 彼は陸軍基地所属であったので被害に遭わずに済んだが、朝になって港を見て、凄惨な光景に彼は思わず吐いてしまうほどだった。

 

「一体皇国はどうなるんだ……」

 

 皇国がロデニウス連邦共和国に宣戦布告をして殲滅戦を宣言したのは彼も聞いているので、彼の中には絶望しかなかった。

 

 

「ん?」

 

 ふと、兵士は顔を上げる。

 

「何の音だ?」

 

 霧の奥から何やら聞き覚えの無い音がして、彼は耳を澄ませる。

 

 彼は上官より渡された単眼鏡を手にして、霧の中を覗き込む。

 

「……」

 

 兵士は目を凝らして霧の中を見つめる。

 

「っ!?」

 

 そして霧の中に潜む物を見つけ、彼の目が見開く。

 

「ま、まさか……!?」

 

 身体を震わせる彼はハッとして、踵を返して走り出す。

 

「て、敵だ!! 敵艦隊だぁ!!」

 

 彼は出せる限りの大声を出して、敵発見の報を知らせた。

 

 

 霧の中では、その霧に紛れてロデニウス連邦共和国海軍の艦隊が密かに接近し、随伴している上陸船団が上陸準備を行うべく、既に展開し始めていた。

 

 

 

 




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第九十四話 デュロの戦い 壱

tk5254様より評価9を頂きました。

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「急げ!! ワイバーンロードをすぐに上げるんだ!!」

 

 デュロの陸軍司令部では、敵艦隊出現の報によって蜂の巣を突いたような騒ぎとなっており、軍人たちが右往左往している。

 

「くそっ! どういうことだ!! デュロには攻略するだけの価値は無いはずだぞ!!」

 

 参謀の一人が指示を出しながら、その合間に愚痴をこぼしている。

 

 工業都市として栄えたデュロであったが、海から艦砲射撃を受けたことで軍港はもちろん、工業地帯も壊滅しており、今となっては工業都市として繁栄した姿は見る影も無い。港と湾内に停泊していた艦隊も砲撃によって壊滅しているので、もはやデュロに攻略するだけの価値は無い。

 それ故に警戒が薄かったのだろう。

 

 ではなぜ攻略価値が無いデュロをロデニウス側は攻略に動き出したのか。

 

 ロデニウス連邦共和国は今後の戦闘を考え、可能な限り皇国の戦力を削ろうとしている。それに加え、アルーニに留まっている連合軍と合流させる戦力を送る為でもある。

 

 つまり、自分達がその攻略対象になっているとは、彼らは知る由も無いだろう。

 

「艦隊が壊滅している上に、皇都が攻撃を受けたことを考えれば、我々だけで攻撃を凌ぐしかあるまい」

 

 基地司令のストリームは苦虫を噛んだように顔を顰めつつ、周りに告げる。

 

 皇都は現在混乱の極みにある状況であり、他の基地は防衛を行わなければならないとあって、増援は見込めない。仮に見込めたとしても増援がデュロに到着するのは数日後だ。

 

 その為、現状彼らだけで戦わなければならない。

 

「敵は恐らく先日のような砲撃を行った後に、陸上戦力を上陸させて制圧していくと思われます」

「だろうな。海岸のトーチカとその後方にある市街地に兵を集中させろ。少なくとも地の利はこちらにあるんだ」

「分かりました」

 

 陸軍の将軍ブレムが頷くと、続けて意見具申を行う。 

 

「ストリーム様。皇都空襲の時に敵は飛行機械を用いていたと報告にありましたので、今回も敵は飛行機械を用いてくるかと」

「ふむ。だが、ここにはワイバーンオーバーロードが多く配備されている。ワイバーンロードでは苦戦は免れないが、飛行機械に対抗できるワイバーンオーバーロードなら何とかなるだろう」

「しかし、それだけでは不十分と考えます。そこで、対空魔光砲の使用許可をお願いします」

「対空魔光砲か」

 

 ブレムが出した意見に、ストリームは苦い顔を浮かべる。

 

 対空魔光砲とは、世界最強の国家として知られる神聖ミリシアル帝国で採用されている対空兵器である。

 

 パーパルディア皇国は神聖ミリシアル帝国に少しでも追い付こうとして、その技術を解析するべく秘密裏に対空魔光砲を輸入し、神聖ミリシリア帝国の技術の解析を多くの技術者がいるこのデュロで行わせ、対空魔光砲の複製も試みた。

 

 しかし皇国の技術力では対空魔光砲の複雑な魔力回路の解析が出来ず、未だに複製に成功していない。結局このデュロにある密輸した一基だけしかない。

 

 対空魔光砲は内陸側に保管されていたとあって、先の艦砲射撃の被害を受けずに済んでいるので、準備さえすれば使用可能だ。

 

「うーぬ……一基しかない貴重な存在だが……止むを得ない。出し渋ってこの陸軍基地が壊滅したら元も子もないか」

 

 ストリームは悩んだ末に、対空魔光砲の使用許可を出す。

 

 その後ブレムは前線指揮を行う為、すぐに移動して、ストリームは竜騎士の出撃を急がせる。

 

 

 


 

 

 

 所変わり、デュロの沖合い。

 

 

 海の上には、多くのロデニウス連邦共和国海軍の艦艇が浮かんでおり、デュロに向けて主砲を向けようとしている。

 

 

「いよいよですな」

「あぁ」

 

 戦艦『シキシマ』の艦橋にて、副長の言葉に艦長のミドリが頷く。

 

「これまでの訓練の成果が発揮される。相手は静止目標だが決して気を抜くな」

「はっ!」

 

 副長は敬礼をした後に、窓から外の様子を見る。

 

 『シキシマ』は50口径40.8cm三連装砲三基九門を右90度にゆっくりと旋回して、デュロの海岸防衛線に向ける。同じように後方に居る『サガミ』も主砲三基を旋回させている。

 

 更にその後方には、『ソビエツカヤ・ベラルーシア』と『ソビエツカヤ・ロシア』の二隻も軍艦形態で展開している。その周囲にはヤクモ級重巡洋艦とウネビ級軽巡洋艦、マツ級駆逐艦が展開して空を警戒している。

 

 その後方では『ヒョウリュウ』『エンリュウ』に加え、『アーク・ロイヤル』『グラーフ・ツェッペリン』が艦載機の発艦準備を行っている。

 

『こちら「ソビエツカヤ・ロシア」』

 

 と、『ソビエツカヤ・ロシア』より通信が入り、ミドリは通信機のマイクを手にしてプレストークボタンを押す。

 

「こちら『シキシマ』艦長、ミドリです」

『今回はあくまでも上陸部隊の支援だ。初の実戦だが、気負いせず、訓練通りにやればいい』

「はい。精一杯やります」

 

 ミドリはマイクを基の位置に戻して、制帽を被り直して気を引き締める。

 

『電探、及び光学照準器との連動良し! 諸元入力良し! 主砲射撃用意良し!!』

 

 射撃指揮所から報告がスピーカー越しに送られてくる。

 

「……()ぇっ!!」

 

 ミドリは息を吸って号令を言い放つ。

 

 直後に、『シキシマ』の主砲から轟音と共に爆炎が放たれる。続けて『サガミ』、『ソビエツカヤ・ベラルーシア』、『ソビエツカヤ・ロシア』が続いて主砲を放つ。

 更にヤクモ級重巡洋艦とウネビ級軽巡洋艦も砲撃を開始する。

 

 主砲から放たれた榴弾は飛翔音と共に海岸線に配置されたトーチカに降り注ぎ、轟音と共に衝撃波を撒き散らして大爆発を起こす。

 

 皇国のトーチカはムーのトーチカを参考にしているが、石材を組み合わせて作っているので、ムーの鉄筋コンクリートのような強度は無い。故に海岸線に配置されているトーチカは降り注ぐ榴弾によって次々と破壊されている。

 当然中にいる兵士たちは無事で済むはずが無く、配置されている魔導砲と共に粉々に粉砕される。

 

 狙いが良かったので、艦砲射撃は諸元そのままで続行され、海岸線に敷かれたトーチカを次々と破壊していく。

 

「……」

 

 ミドリは双眼鏡を覗き込んで砲撃を受けている海岸線を見つめる。

 

「艦長。観測機より入電。『目標は排除されつつあり。尚砲撃地点より後方の市街地に敵戦力が集結しつつある』と」

「うーむ……」

 

 ミドリは腕を組み、顎に手を当てて静かに唸る。

 

 

 

「『三笠』司令。観測機より入電。『敵は市街地に集結しつつある』と」

「そうか」

 

 その頃、砲撃行っている艦隊の後方にて待機している上陸部隊を乗せている輸送船団の一隻にて、陸戦隊司令の『三笠』が報告を受けて静かに唸る。

 

「敵は市街地で我々を迎え撃つようですね」

「だろうな。いくら民間人を巻き添えにする心配がないとは言えど、市街地で戦闘を行うのは陸戦隊には荷が重いな」

 

 副官がそう言うと、『三笠』が腕を組みながらそう答える。

 

 先日の砲撃による余波で市街地の一部で火災が発生したことで、民間人は市街地郊外に避難している。したがって現在デュロの市街地は無人と化している。

 

 ロデニウス側はこの事を把握しているので、民間人を攻撃しないように神経を使う必要は殆ど無いのが彼らにとって気が楽だろう。

 

 しかし市街地戦が予想されるので、別の所で頭を悩ませることになるのだが。

 

「空母艦載機で空から市街地を監視し、敵の位置を可能な限り把握するしか無いですな」

「うむ。上陸部隊には周囲の警戒を厳にせよと伝えろ」

「ハッ!」

 

 副官は敬礼して『三笠』の指示を待機している上陸部隊に伝える。

 

 

 

 しばらく砲撃は続き、やがて攻撃目標を破壊し終えて、艦砲射撃が止む。

 

「砲撃中止。上陸部隊に合図を送れ」

 

 ミドリの指示で発光信号で後方に待機している上陸部隊に合図を送る。

 

 すると強襲揚陸艦の開かれた艦後部より戦車一台を乗せられる特大発が海へと下ろされていく。他の強襲揚陸艦や輸送船より兵士達が乗り込んだ大発も出発し、上陸地点の砂浜を目指す。

 

 波に揺られながら前進する上陸部隊は、やがて砂浜に辿り着いて上陸用舟艇が乗り上げる。

 

 最初に戦車を乗せた特大発のランプが開き、74式戦車改が特大発から降りて砂浜に上陸する。他の特大発でも74式戦車改と61式戦車改が次々と砂浜に上陸する。

 

 トーチカは徹底した砲撃で破壊しつくされたのか、反撃は無い。

 

「さぁ、行くぞ! 同志諸君!!」

 

 74式戦車改のキューポラより、上半身を出している女性が騒音に負けない大声で周りに告げる。

 

 白いショートヘアーに帽子を被った女性こと、北連のKAN-SEN『キーロフ』である。彼女は『シャルンホルスト』と『グナイゼナウ』と共に戦車隊を率いているKAN-SENである。

 

 戦車が揚陸され、続いて大発のランプが下ろされて小銃や機関銃を手にする歩兵達が次々と降りて砂浜に上陸し、戦車の後に付いて行く。

 

 上陸部隊は警戒しつつ破壊されたトーチカの横を通り過ぎていき、市街地を目指す。

 

『こちらトンビ1。皇国の部隊が市街地にて展開中。警戒されたし、送れ』

 

 と、上空を飛行しているカ号観測機から各車両に報告が送られてくる。

 

「報告感謝する。敵に動きがあれば逐一報告せよ、送れ」

『トンビ1了解。各機と連携して索敵を行う。終わり』

 

 『キーロフ』が喉元に付けている咽喉マイクを手にしてカ号観測機に感謝の言葉と指示を送ると、空母から発艦した艦載機が上陸部隊の上空を通り過ぎるのを確認し、彼女は砲塔内に入ってキューポラハッチを閉める。

 

 市街地の入り口に戦車が差しかかろうとすると、74式戦車改の近くに砲丸が着弾して砂を舞い上げる。

 

 『キーロフ』はすぐにキューポラの覗き窓を確認すると、前方には魔導砲を並べて戦車隊に対して砲撃を行っている皇国兵の姿がある。

 

 直後に魔導砲から砲丸が74式戦車改の砲塔に着弾して爆発を起こす。

 

 皇国兵は歓声を上げているが、直後に煙の中から一部の爆発反応装甲を失ったほぼ無傷の74式戦車改が出て来て驚愕の表情を浮かべる。

 

「各車停止! 弾種榴弾! 撃て!!」

 

 『キーロフ』が指示を出した直後に、74式戦車改が停車し、砲塔が旋回して魔導砲に狙いを定め、105mm砲が一斉に轟音と共に火を噴く。放たれた榴弾は狂い無く魔導砲群に着弾し、爆発と共に魔導砲と皇国兵を吹き飛ばす。

 

「命中! 続けて撃て!!」

 

 着弾を確認した後、続けて指示を出して74式戦車改各車が砲撃を行い、展開している魔導砲と皇国兵を吹き飛ばしていく。

 

 展開している魔導砲と皇国兵を排除したのをカ号観測機が確認し、その報告を受けた上陸部隊は前進を再開する。

 

 

 


 

 

 

 ここで時系列は遡り、四日前のこと。

 

 

 所変わって、アルタラス島にある、ムーの空港。

 

 

 空港はロデニウス連邦共和国の協力もあって、その規模は大きく拡大しており、滑走路の脇には多くの航空機が駐機している。

 

 

「それにしても、凄いもんだよな」

「あぁ。全くだ」

 

 ムーの空港職員達が管制塔で仕事をしながら話すその視線の先には、滑走路脇に駐機されている深山改と連山改の爆撃機の姿があった。

 

 ここ最近ロデニウス連邦共和国より多くの爆撃機がこのアルタラス王国にあるムーの空港にやってきて、集結している。

 

「これだけの数の爆撃機を揃えるってことは、やはりパーパルディア皇国への攻撃に使うんだろうな」

「それ以外にここに集める理由は無いしな」

「この光景を見ると、逆に皇国が可哀そうに見えてくるな」

「同感だな」

 

 職員達は会話を交わしつつ、深山改と連山改を見る。

 

 これだけの爆撃機がパーパルディア皇国の皇都エストシラントに大量の爆弾を落とす光景を想像して、職員達は皇国に同情の念を抱く。

 

「しかし、こうして見ると、我が国のラ・カオスがちっぽけに見えてくるな。大きさはラ・カオスも負けてないんだが」

「あぁ。そういえばあのシンザンとレンザンって爆撃機を本国はラ・カオスの後継機と研究用に購入するらしいな」

「そうなのか。しかし本国の技術者達は快く思わないんだろうな」

「かもしれんが、グラ・バルカス帝国の脅威があるんだ。プライドを捨ててでも上の連中は必死なんだよ」

 

 と、片方の職員がそう答える。

 

 ムーはロデニウス連邦共和国と国交を結んでからは、多くの技術を輸入して近代化を進めている。もちろんムー統合軍でも近代化を進めている。

 

 空の方では航空機の輸入を積極的に行っており、戦闘機もそうだが、爆撃機も深山改と連山改を輸入することが決定している。特に深山改はライセンス生産を行うことになって、正式採用する予定である。しかし連山改はライセンス生産が許可されず、研究目的で数機が輸入されることになった。

 

 すると通信機の前に座っている職員が首に掛けているヘッドフォンより音声がして慌てて耳に掛ける。

 

「―――分かりました。おい、予定通りロデニウスから航空機が来たぞ」

「もうそんな時間か」

 

 通信を聞き、職員達が各所に連絡を入れて航空機の受け入れ準備をさせる。

 

 今日もロデニウス連邦共和国から航空機がやって来る予定が入っていて、その一団がそろそろ到着するようである。

 

 

「おっ、来たな」

 

 と、職員の一人が双眼鏡を手にして覗き込む。

 

 双眼鏡で覗き込む先には、飛行場に向かってくる二つの機影が確認できる。

 

「また爆撃機か。ロデニウスは容赦ないな」

「だが、今回は二機だけなんだな。他は戦闘機らしい」

「あぁ。以前までなら倍以上の数で来ていたが……」

 

 双眼鏡を覗き込みながら職員は他の職員と話していると、「ん?」と声を漏らす。

 

「どうした?」

「いや、何か違和感があるんだ」

「違和感?」

「何て言うか……んん?」

 

 双眼鏡を覗き込みながら首を傾げる職員は、遠くに見える機影を見つめる。

 

 他の職員も気になるのか、別の双眼鏡を手にして覗き込む。

 

「……なぁ、あの爆撃機……なんか大きくないか?」

「ロデニウスの爆撃機はどれも大きいだろう」

「それはそうだが、あの二機は更に大きくないか?」

「それは……」

 

 しばらくしてロデニウスの爆撃機が空港付近まで接近し、その全体像が現われる。

 

「……なぁ、俺の目が可笑しくなったんだろうか? あの爆撃機、とんでもない大きさなんだが」

「いや、紛れも無い現実だ」

 

 驚愕のあまり無表情になっている職員達は、滑走路に着陸する爆撃機を見つめている。それは管制塔にいる職員以外の、滑走路で作業していた作業員も呆然と立ち尽くしている。

 

 その爆撃機は……あまりにも大きかった。

 

 滑走路の脇に駐機している深山改と連山改が小さく見えるぐらいに大きな機体であり、両翼には三基ずつ計六基の発動機を持ち、発動機には二重反転プロペラを持っている。

 

 トラック泊地にて大山敏郎と妖精達が連山改の後継機として開発を進めていた超重爆撃機……その名を『雷神』と言う。

 

 完成した雷神二機はとある作戦を行うにあたり、トラック泊地よりロデニウス大陸にある飛行場を介さずに直接アルタラス島にあるムーの空港へとやって来ている。深山改と連山改がロデニウス大陸にある飛行場を経由しないといけないのを見れば、雷神の航続距離の長さがうかがえる。

 

 完成したばかりの新兵器を他国に見られて良いのか、と思われるだろうが、敢えて見せつける為にムーの空港へ向かわせたのだ。

 抑止力とは見せつけてこそ真価を発揮するのだから。

 

 ともあれ、雷神はムーの人間には大きな衝撃であるのは違いなく、彼らは自らの仕事を忘れて雷神を呆然と立ち尽くして見つめていた。

 

 雷神二機は滑走路脇へと移動し、続いて疾風(しっぷう)改を横に二つ繋げたような姿をしている双子機『天雷』が滑走路へと着陸する。

 

 雷神と天雷の二機種はロデニウス連邦共和国側の整備士達によって整備点検と並行して燃料と弾薬の補給を行い、次の作戦に向けて準備する。

 

 

 

 




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第九十五話 デュロの戦い 弐

 

 

 

 時系列は現在に移り、再び場面はデュロに移る。

 

 

 

 市街地では皇軍の兵士達が瓦礫や家の中から持ち出した家具を積み上げてバリケードを作り、そこから皇軍兵がマスケット銃を構えて射撃を行う。

 

 マスケット銃から銃声と共に白煙を上げて弾丸が放たれるが、61式戦車改の装甲にいくら当たろうと、金属音と共に弾かれる。

 

 61式戦車改はすぐに砲塔を旋回させ、主砲の同軸機銃74式機関銃と、車長側のキューポラハッチに備えられたブローニングM2重機関銃を発射し、バリケードを貫通させて射撃した皇国兵を倒していく。その直後に主砲を放ち、バリケードを皇国兵ごと吹き飛ばす。

 

「くそっ!! 一体あれは何だよ!! 何で蛮族共があんな物を持っているんだよ!!」

「口を動かしている暇があったら手を動かせ!!」

 

 悪態をつく仲間に兵士が怒鳴りながら、マスケット銃に弾と粉末魔石をラムロッドで押し込み、装填を完了したマスケット銃を構えて発砲する。

 

 74式戦車改と61式戦車改を先頭に上陸部隊は市街地を進んで行き、敵を見つけ次第戦車が主砲や機銃を用いて排除していく。

 

 上空では多くのカ号観測機が飛び交い、常に市街地に厳しい監視の目を向け、皇国兵の待ち伏せや伏兵を捜索、見つけたらすぐに地上の上陸部隊に知らせている。時々防護用として備え付けられた機銃を使い、地上に向けて射撃を行っている。

 

 場合によっては空母より飛び立った艦爆隊が皇国兵が、潜伏している建物に爆弾を落とし、建物ごと皇国兵を排除している。

 

 死角が多い市街地であればロデニウス相手でも有利に立てる、と皇国側は考えていたが、状況は皇国側に芳しくないものだった。

 

 デュロには建物もそうだが、地下には下水道が張り巡らされて死角が多い。ロデニウス側はその死角に対して常に警戒しており、上空からカ号観測機が飛び交って死角になりそうな場所を監視し、常に地上にいる部隊に状況を報告している。

 地上からは歩兵が周囲を見渡して、特に建物は厳重に警戒している。

 

 地下の下水道からの不意打ちは、地上部隊が下水道に繋がるマンホールを発見次第、蓋を開けて中に手榴弾を放り込んで対処している。下水道で待機していた皇国兵は当然手榴弾なんて物を知らないので、投げ込まれたそれを避ける事が出来ずその命を散らすか、回避が遅れて炸裂時に放たれた破片で負傷して動けなくなる。

 中には火炎放射器を背負う兵士がマンホールを開けて中に火炎放射を行い、容赦なく下水道に潜んでいる皇国兵を排除する。

 

 上陸部隊は戦車や装甲車を盾にしつつ市街地を進み、デュロの防衛基地を目指す。

 

 

「……」

 

 そんな中、街道を進む74式戦車改を、建物の中で皇国兵が息を呑み見つめる。その傍には建物内に運び込んだ魔導砲があり、他の皇国兵も固唾を呑んで見つめている。

 

 彼らが見つめる中、戦車が彼らが潜んでいる建物の近くを通った瞬間、彼らは魔導砲の拉縄を引き、砲弾を放つ。

 

 放たれた砲弾は74式戦車改の砲塔に命中し、爆発する。

 

「やったぞ!!」

「ざまぁみろ!! 蛮族共!!」

「俺達に歯向かった罰だ!!」

 

 皇国兵達はその爆発を見て歓声を上げる。

 

 しかし直後に煙の中から轟音と共に衝撃波が放たれ、皇国兵達が潜んでいた建物が爆発を起こし、兵と魔導砲を粉々に粉砕する。

 

 煙が晴れて、そこには砲塔側面に焦げた跡がある74式戦車改の姿が現われた。爆発反応装甲に当たらず戦車本体の装甲に直撃していたが、皇国の魔導砲では傷をつけるのが関の山であるようだ。

 

「各員! 状況は!」

「こちら砲手! 異常無し!」

「こちら操縦手! 異常無し!」

「こちら装填手! 異常無し!」

 

 74式戦車改の車長が喉元に付けている咽喉マイクに手を当てて大声で問い掛けると、次々と報告が入って来る。敵の砲撃の直撃こそ受けたが、損害は装甲表面を焦がした程度である。

 

「全く。直撃を受けると生きた心地がしないな」

 

 報告を受けて車長の男性が安堵の表情を浮かべつつ、声を漏らす。

 

 74式戦車改は車長の命令で前進を再開し、歩兵が後に続く。

 

 

「何だよあれ……あんなの、勝てるわけがねぇ」

 

 建物の陰で、マスケット銃を持って壁にもたれかかっている皇国兵が身体を震わせている。

 

 見たことが無い鉄の塊が前進し、魔導砲を上回る破壊力の大砲で攻撃し、その後ろにいる歩兵が自分達の銃よりも早く連発出来る銃で攻撃している光景に、彼らは戦意を喪失していた。

 

 すぐ傍を戦車が通り過ぎ、歩兵が周囲を警戒している。

 

「皇国はなんて奴らを敵に回しやがったんだ!!」

「もう嫌だ!! こんなところで死にたくねぇよ!」

 

 ついに恐怖が限界を超え、皇国兵二人はマスケット銃を手放し、建物の陰から飛び出る。

 

「待て! 撃たないでくれ!!」

「降伏する! 降伏する!!」

 

 ロデニウス連邦共和国の歩兵が銃を向ける中、皇国兵は両手を上げて降伏の意思を伝える。共和国陸軍の歩兵は銃の引き金を引こうとしたが、何とか堪える。

 

「どうする?」

「どうするって、降伏しているんだぞ」

 

 歩兵が降伏している皇国兵に銃を向けながら会話を交わすと、降伏している皇国兵を見る。

 

 軍では降伏する者が居た場合、抵抗しない限り捕虜として受け入れよと命令が出ている。

 

「両手を頭の後ろで組んで、その場で膝を着け!」

 

 歩兵の一人が銃を皇国兵に向けながらそう伝えると、皇国兵達は両手を頭の後ろに組む。

 

 

 ッ!! ッ!!

 

 

 途端に銃声が二発鳴り、跪こうとしていた皇国兵二人の頭が撃ち抜かれ後ろに倒れる。

 

「っ!?」

 

 突然の出来事に共和国兵は驚きを隠せなかった。撃ったのは自分達ではないからだ。

 

 すぐに後ろを振り向くと、そこには64式小銃を構えるモイジの姿がある。

 

「も、モイジ隊長!? なぜ撃ったんですか!? 彼らは降伏して―――」

「降伏? 俺には降伏したフリをして騙し討ちしようとしていたようにしか、見えなかったがな」

 

 歩兵の一人が戸惑った様子でモイジに抗議するも、彼は素っ気ない様子でそう返す。

 

「で、ですが……上から降伏する者は受け入れるようにと通達が」

「だが、それで受け入れて奴らが不意打ちをしてきたらどうする? 現にやつらはフェン王国沖で降伏したフリして攻撃したんだぞ」

「それは……」

「それに、やつらは我が国に殲滅戦を宣言しているんだ。半端な情けを掛けても奴らはつけ上がるだけだ」

 

 モイジはそう言うと、二人の間を通り抜けて歩いて行く。

 

「モイジ隊長……」

「……」

「変わってしまったな……あの人。まぁ、仕方ないといえば、仕方ないよな。奥さんと娘さんは奴らに殺されたからな……」

「……だよな」

 

 二人はモイジの背中を見ながら、彼の行動を納得せざるを得なかった。

 

 

 シオス王国で起きたパーパルディア皇国によるロデニウス連邦共和国の民間人の処刑。あの時処刑された民間人の中に、モイジの妻と娘が居た。ちょうどその時二人はシオス王国に観光に来ていたのだが、二人が乗っていた船がシオス王国に駐留していた艦隊に臨検され、船は拿捕され、乗組員と観光客はスパイ容疑で拘束された。

 そして皇国は乗組員と観光客20名の処刑を行った。

 

 娘の処刑を泣きながらやめるように懇願するも、そんな母親の前で娘が首を切り落とされ、自身もその後に首を切り落とされた。

 

 そして二人の遺体は皇国の人間によって海に蹴り落とされたので、遺体は戻って来なかった。その上遺品も何一つモイジの元に戻って来なかった。処刑された人達の所持品は全て盗られていて、その殆どが紛失していたので、遺品すら遺族の元に戻って来なかったケースが多かった。

 

 その為、モイジの中はパーパルディア皇国に対する憎悪で一杯になっていて、今回はその皇国に対する復讐で頭が一杯になっていた。

 

 そしてモイジのように、パーパルディア皇国に対する憎しみを抱く者は……予想以上に多かったのだ。

 

 

 


 

 

 

「急げ! まだなのか!?」

 

 陸軍の新兵器開発部に所属する開発主任のハルカスが怒鳴るように問い掛ける。

 

 そこには神聖ミリシアル帝国より密輸した対空魔光砲があり、保管されていた倉庫より引っ張り出されたそれは使えるように調整が行われ、現在対空魔光砲に魔力充填が行われている。

 

 しかし魔力の充填は思うようにいかず、未だに満タンまで充填できていない。

 

「神聖ミリシアル帝国の技師によれば『魔力充填はすぐに終わる』と言っていましたが……我が国の魔導エンジンの出力ではそうはいかないようですね」

「うーぬ。伊達に世界最強を名乗っているわけではないか。こんな燃費の悪い物を当たり前のように使えるのだからな」

 

 皇国の技師の言葉に、ハルカスは苦虫を噛んだような表情を浮かべながらため息を付く。

 

 この対空魔光砲は、べつに燃費の悪い代物ではない。ただ単に、パーパルディア皇国が持つ魔導エンジンの出力が低すぎるだけである。

 

 ちゃんとした技術的土台が整っていれば、対空魔光砲はカタログスペック通りの性能を発揮する。彼らからすれば燃費の悪い物に見えるかもしれないが、神聖ミリシアル帝国ではこれが当たり前なのだ。

 

 まぁ、身の丈に合わない物を導入しても使いこなせないのは当然である。ましてやコピーなんて無理な話である。

 

「っ! ロデニウスの飛行機械が!」

 

 準備にもたついている間に、基地にロデニウスの航空隊が迫って来ていた。

 

「来たか。魔力はどのくらい溜まっている?」

「87%です!」

「そのくらいあれば充分だ! 攻撃用意!」

 

 ハルカスの指示で、対空魔光砲は空に銃口を向ける。

 

 対空魔光砲からは自動的に詠唱が発せられ、発射準備が行われる。

 

「ロデニウスめ。皇国は蹂躙させぬぞ」

 

 彼は確固たる意志を瞳に宿し、接近する航空隊を睨みつける。

 

 

 


 

 

 

「間もなく、皇軍の陸軍基地だ。後から来るお客さんの為にも、基地機能を破壊するぞ」

 

 空母『ヒョウリュウ』より飛び立った流星改二の攻撃隊の隊長が各機に通信を送って確認させる。

 

 周囲には『エンリュウ』の流星改二の攻撃隊の他に、『アーク・ロイヤル』のA-1 スカイレイダーの攻撃隊と『グラーフ・ツェッペリン』のFW190Mの攻撃隊が展開している。

 

 皇軍のワイバーンロードとワイバーンオーバーロードはすでに戦闘機隊によって駆逐され、制空権はロデニウス側に移っていた。

 

 そしてトラック泊地より飛び立った輸送機がそろそろデュロ付近に到着する予定となっている。輸送機には基地を制圧する為に空挺部隊が乗り込んでいる。

 

(しかし、これだけの被害が出ているのに、なぜやつらは降伏しようとしないんだ。そんなにも負けを認めたくないのか)

 

 隊長は地上を見ながら内心呟き、歯噛みする。

 

 勝敗は決したようなものだが、やはり皇国はそのプライドの高さからか、降伏という道を選ぼうとはしなかった。

 

 このまま戦闘が続けば、余計な被害が増えるばかりである。

 

 

「ん?」

 

 皇国に対して憤りを覚えていると、隊長は何かに気付く。

 

 地上に何か違和感を覚えると、ハッと気づく。

 

「っ!? 全機散開!! 対空砲だ!!」

 

 隊長はすぐさま命令を発して回避行動を取る。

 

 他の機もすぐに編隊を解いて散開するが、回避が遅れた流星改二の一機が地上の対空魔光砲より放たれた光の弾に機体を貫かれ、不運にも燃料に引火して火達磨になる。

 

『6番機被弾!』

「っ!」

 

 隊長は、火達磨になって高度を下げていく流星改二を見つめる。

 

 

 

「やったぞ!!」

「ざまぁ見ろ!! 蛮族め!!」

 

 飛行機械一機を仕留めたとあって、対空魔光砲に就く技師たちが歓喜の声を上げる。

 

「さすがは世界最強の兵器だ。よし! このまま他の飛行機械を撃ち落とせ!!」

 

 ハルカスは指示を出し、射撃を再開させようとするが、対空魔光砲は二、三発発砲して動かなくなる。

 

「っ!? どうした!?」

「ま、魔力切れです!!」

「馬鹿な!? いくらなんでも早すぎるぞ!!」

 

 魔力ゲージを見て魔力が空になっているのを技師が報告すると、ハルカスは驚きを隠せなかった。

 

 確かに魔力を満タンには充填していなかったが、それでもたった数秒の射撃で魔力が無くなるとは思っていなかった。

 

 まあ単に、出力が低い魔導エンジンを使っている上に使い方が間違っていて、簡単に魔力切れになっただけなのだが、彼らがそれに気付く暇は無い。

 

「っ!! ロデニウスの飛行機械が!?」

 

 と、技師の一人が気づいて声を上げ、誰もが空を見上げる。

 

 視線の先には、火達磨になりながらもこちらに向かっている流星改二の姿があった。

 

 さっきの最後っ屁が対空魔光砲の位置を示してしまい、被弾した流星改二のパイロットがそれを目撃し、針路を対空魔光砲に向けた。

 

 自身は破片で腹を貫かれて、機体は火達磨になっている。もう助からないと、彼は悟っていた。後部機銃手からは返答が無く、既に息絶えているのを知った。

 

 であれば、一矢を報いる為に、彼は薄れゆく意識の中で対空砲の位置を確認し、最後の力を振り絞って針路を対空魔光砲に向けた。

 

「に、逃げろぉっ!!」

 

 ハルカスは流星改二の意図を察し、大声を上げながら対空魔光砲から離れるように走り出す。

 

 そのまま流星改二は対空魔光砲に向かって墜落し、爆弾倉に抱えている爆弾が、対空魔光砲を巻き込み大爆発を起こす。

 

 

『6番機墜落!!』

「……」

 

 僚機が墜落し対空魔光砲と共に爆発した光景に、隊長は歯が砕けんばかりに強く歯噛みする。

 

「各機!! 対空砲に警戒しつつ、目標を攻撃!! もし対空砲を発見すれば優先的に破壊しろ!!」

 

 隊長は僚機に指示を出して、対空砲に警戒しながら敵基地攻撃に移る。

 

 しかし対空砲はさっきの対空魔光砲以外は対空用のバリスタ程度で、そのバリスタを破壊して、地上のリントヴルムや皇国兵に向けて爆撃や機銃掃射を行って排除する。

 

 

 しばらくしてトラック泊地より輸送機仕様の連山改が五機やって来て、連山改より空挺部隊の妖精達が次々と基地へ降下し、抵抗する皇国兵を排除しつつ基地を制圧。基地司令のストリームを捕らえた。

 

 その後ロデニウス側の指示に従い、ストリームは魔導通信機にて全部隊へ攻撃を停止、降伏するように呼びかけるのだった。

 

 

 


 

 

 

 所変わり、パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

 

 

「……はぁ」

 

 瓦礫を邪魔にならない端まで抱えて移動し、その場に置いた男性は息を吐く。

 

 男性ことシルガイアは腰を数回軽く叩いてから再度瓦礫の元へ向かう。

 

「……」

 

 ふと、彼の視線は港にあった崩れ落ちた海軍司令部に向けられる。

 

「バルス……」

 

 彼は悲しげな表情を浮かべ、今は亡き昇進した同期を思い出す。

 

 

 同じ時期に皇国の兵士として志した二人は互いに切磋琢磨し、実力をつけて行った。二人の間の実力はほぼ互角だったが、そのほぼの差が決定的となり、シルガイアは掃除夫まで堕ち、バルスは海軍司令の座まで上がった。

 

 しかし彼はバルスを憎むことは無く、むしろ当然だと思っていて、バルスも昇進してもシルガイアを変わらず友人として見ていて、前に会った時も変わらず友人として接してくれた。それがある意味彼の救いとなっていた。

 

 だが、先の空襲によって海軍司令部は破壊され、その中でバルスは命を落とした。

 

 当時シルガイアは掃除夫の仕事で別の場所に居たので、空襲に巻き込まれることが無かった。

 

 その後は空襲で受けた被害の復旧の為に、シルガイアを含め予備役や退役した軍人、兵士として徴兵された民間人と共に港の復旧作業に駆り出される日々を送っている。

 

 

(皇国は……これからどうなるんだろうな)

 

 シルガイアは破壊された軍港を見て、内心呟く。

 

 先の空襲で受けた被害からの復興は未だに見通しが立っておらず、今やっている復旧作業も計画的ではない手探りでやっている。まぁどこから手を付ければいいか分からないような被害状況であるのなら、こうもなるだろう。

 幸い港へと繋がっている道の復旧が終わっているので、瓦礫を荷車で運ぶことが可能となり、多少なりとも作業効率はよくなっている。

 

 しかし復旧に携わっている人員も、とにかく駆り出せる者を掻き集めているような状態で、指揮できる者が多くないので統率が取れていない上に、多くの者が年を取っていたり病弱であったりで体力が続かないため、思いのほか作業が進んでいない。

 

 兵士たちは連日の復旧作業に追われて多くの者が過労で倒れ兵舎で寝込んでおり、街の治安維持は皇帝陛下の護衛を担う近衛兵が駆り出されている。

 

 パールネウスはもちろん、他の基地はロデニウスの攻撃に備えて現地の防衛に専念しなければならないので、エストシラントに戦力を送るわけにはいかない。

 

 故に、圧倒的人員不足に陥っているエストシラントでの組織的防衛は、事実上不可能になっている。

 

「……ん?」

 

 ふと、海の方を見たシルガイアは、ある違和感を覚える。 

 

「なんだ?」

 

 彼は目を細めて、空を見る。

 

 エストシラント上空は雲が少ない晴れた空模様をしている。それ故に、違和感があったのだろう。

 

「っ!?」

 

 と、彼の耳に届いた音に、目を見開く。

 

 その音に聞き覚えがあった。先の空襲でも、嫌と言うほど聞いた音に似ている。

 

 ならば、空にある違和感の正体を察するのに、時間は掛からなかった。

 

「て、敵だぁっ!! 敵の飛行機械だぁ!!」

 

 シルガイアは大声を上げながらその場を離れ、周りに居た者達もその言葉に空を見上げ、視界に入った存在に一目散に逃げる。

 

 

 

 アルタラス島にあるムーの飛行場に集結した深山改と連山改の爆撃隊は、作戦開始と共に飛行場を飛び立ち、護衛の天雷と共にエストシラントを目指していた。

 

 更にエストシラント沖に展開している『エンタープライズ』『エセックス』『イントレピッド』の空母KAN-SEN3隻より艦載機が発艦し、攻撃隊と共に爆撃隊の護衛の戦闘機を向かわせた。

 

 そして爆撃隊よりも高い高度を超重爆撃機『雷神』2機が護衛の天雷を率いて飛行している。

 

 エストシラントを攻撃目標にしている爆撃隊と違い、雷神2機の攻撃目標は……パーパルディア皇国の聖都パールネウスである。

 

 

 

 




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第九十六話 第二次エストシラント空襲

濡煙草様より評価9を頂きました。

評価していただきありがとうございます!


 

 

 

 

 アルタラス島より飛び立った爆撃隊がエストシラント上空に飛来し、エストシラントは阿鼻叫喚の状況と化していた。

 

 先の空襲の光景が脳裏に過ってか、市民たちは顔色が恐怖一色に染まり、我先に走り出して逃げている。

 

 先の空襲で敵襲を知らせるサイレンが破壊されているので、多くの者が敵機来襲に気付くのが遅れていた。当然軍の反応も遅れてしまった。

 

 深山改と連山改は軍港上空に差し掛かると、各機は爆弾倉を開けて中に収めている爆弾を投下して、軍港に次々と落下する爆弾により先の空襲で破壊された港が更に破壊されていく。

 当然動員兵が苦労して片付けた場所も含めてである。

 

 

 『エンタープライズ』『エセックス』『イントレピッド』より発艦し、爆撃隊に同行していた航空隊もそれぞれの攻撃目標に向かい、攻撃を開始する。

 

 急降下爆撃隊のA-1 スカイレイダーは現地の諜報で見つけた兵舎に向かい、兵舎を発見次第直ちに急降下を開始し、爆弾を投下して兵舎を破壊する。敵の襲来を知らせるサイレンが鳴らなかったために、兵舎で休んでいた皇国兵は敵襲に気付くのが遅れ、ようやく敵の襲来に気付いて兵舎から出た時には、A-1 スカイレイダーは急降下して抱えている爆弾を投下し、次の瞬間には皇国兵は状況を把握する間もなくこの世から吹き飛ばされてしまう。

 

 他の兵舎もA-1 スカイパイレーツによる急降下爆撃で破壊され、ただでさえ少なくなっている正規兵が更に失われてしまう。

 

 もちろん皇軍もただ黙って指を咥えているだけではない。奇襲から逃れた皇国兵はマスケット銃で飛行機械を撃ち落とそうと射撃を行う。しかし500km/h以上の速度で飛ぶ航空機相手にヘロヘロな弾道の弾が当たるはずがなく、仮に当たったとしても防弾性に優れたユニオンの攻撃機に被害を与えることは出来ない。

 

 中には工夫を凝らして反撃する者がいて、魔導砲を瓦礫を用いて半ば無理やり上に向けて砲撃を行って航空機を撃ち落とそうしたり、砲弾の代わりにマスケット銃の弾を詰めた袋を装填し、散弾のようにして放って航空機を撃ち落とそうとしたりと様々な方法で反撃していた。

 

 だが、彼らがどんなに工夫を凝らしても技術力の差は大きく、彼らの努力は徒労と化していた。それどころか自分の居場所を自ら晒すことになり、攻撃隊の餌食になった。更に隠していた魔導砲を出している所を攻撃隊に目撃され、隠し場所諸共攻撃隊による攻撃で吹き飛ばされていた。

 

 パラディス城の周囲を囲っている城壁の上では、近衛兵がマスケット銃による射撃を行っているが、弾は当たることなく、逆に身を晒しているのでF8F ベアキャットの機銃掃射によって命を刈り取られてしまう。

 

 城に居る者達は自分たちの目の前で近衛兵達が一方的にやられている光景を目の当たりにして、誰もが絶望して立ち尽くすしかなかった。

 

 

「あぁ!! せっかく片付けたのに!」

 

 港から逃げている動員兵が後ろを振り向き、爆撃によって港が破壊されていく光景に悲痛な声を上げる。

 

 苦労して片付けた港が無慈悲にも破壊され、上空を飛ぶ大きな飛行機械の群れは、彼らの心をへし折るのに十分すぎる威力を発揮した。

 

「終わりだ……もうこの国は終わりだぁぁぁ!!」

「俺達は何て奴らを敵に回したんだよぉっ!!」

 

 やがて恐怖が頂点に達してか、誰かが頭を抱えて叫び、その恐怖はあっという間に伝染していって、収拾がつかなくなっていく。

 

「……」

 

 その一団の中にいたシルガイアも、絶望した様子で俯くのだった。

 

 


 

 

「これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だ……」

 

 その頃、レミールは屋敷の自身の部屋の隅で、頭を抱えて蹲って震える声で呪文のように呟いている。

 

 聞き覚えのある音がエストシラント中に響き、その音を聞いて彼女の脳裏には先の空襲の出来事が過り、バルコニーに出て空を見上げると、上空を覆い尽くさんばかりに大きく数が多い飛行機械がエストシラントに向かって来ていた。

 

 そして無意識の内に彼女は逃げるように部屋に戻り、部屋の隅に蹲って頭を抱えたのだ。

 

「私は……間違っていない。間違ったことはしていない。私は正しい事をしただけだ。間違っているのは……蛮族共だ。私は生意気な蛮族を教育しただけだ。私は間違っていない……間違っていないんだ……」

 

 彼女は自身がしてきたことが正しいのだと自分に言い聞かせている。自分は正しいのだと、間違っているのは蛮族だと。

 

 

 だが、そんな都合の良い理想に現実逃避をしているレミールを嘲笑うかのように、爆撃機から投下された爆弾が爆発し、その爆音と屋敷を揺らす衝撃波が彼女を現実に引き戻す。

 

 

 ただでさえボロボロになって、まともな反撃能力を失ったパーパルディア皇国であるが、ロデニウスは更に彼らを追い詰めるべく次の一手を打った。

 

 

 


 

 

 

 爆撃隊よりも高度を取っている超重爆撃機 雷神二機と護衛の天雷は、エストシラントを通り過ぎて悠々と飛行してパールネウスを目指している。

 

 雷神二機には、今回の為に用意した爆弾を爆弾倉に搭載し、天雷には三号爆弾を搭載した戦爆隊で編成されている。

 

 

「間もなくパールネウス上空です」

「うむ。パル公も気づいているだろうしな。二号機に気を引き締めろと伝えろ」

 

 雷神一号機にて、機長の山岡中尉が報告を聞いて頷くと、通信手に伝える。

 

 立ち上がって双眼鏡越しに窓から外を見ると、パールネウスと思われる市街地が小さく見えている。

 

「どうだ? こいつの調子は?」

「こいつは凄いですよ。こんだけ大きいのに、思い通りに動きますよ」

 

 雷神一号機の副機長で、瓶底メガネが特徴的な沖海上飛曹が操縦桿を握りながら山岡中尉の質問に嬉々とした様子で答える。

 

「重桜じゃオンボロの航空機を扱っていた俺達が、こうして最新鋭機の操縦手になれるか」

「生きていると、何があるか分からんですな」

「全くだ。俺達を拾ってくれた『大和』には感謝しかないな」

 

 感慨深い様子で二人は会話を交わす。

 

 二人は元は重桜所属の航空機の操縦手であり、トラック諸島が新世界に転移する前に、技術交流の一環で重桜より派遣された一団に山岡中尉と沖海上飛曹、技術者の大山敏郎も含まれていた。

 アズールレーンと比べてレッドアクシズとは良好な関係を持っていた『大和』達は、重桜と鉄血と技術交流を行っていて、こうして両国の様々な分野の人員がトラック諸島に派遣されていた。

 

 しかし最初に派遣された一団は、どちらかと言えば本国で持て余していた人員で構成されており、言ってしまえば左遷に近かった。事実、最初に派遣された人員の多くはトラック諸島に留まるように命令が下されていた。

 

 男性型KAN-SENがKAN-SENを率いてトラック諸島を陣取って組織している、という未知な状況に優秀な人材を送るわけにもいかないので、本国の判断は決して間違っていない。しかし最初に派遣され、多くの者が帰還する中留まるように命令された者達からすれば、見捨てられたようなものだった。

 

 だからこそ、彼らを見捨てずに仲間として扱った『大和』には、感謝しかない。

 

 

閑話休題(それはともかく)

 

 

「機長! 電探に感あり! パーパルディア皇国のワイバーンと思われます!」

 

 パールネウスへ近づいて行くと、電探員が電探に反応があるのを山岡中尉に報告する。

 

「来たな。通信手。護衛の天雷に伝えろ!」

「了解!」

  

 山岡中尉の指示を通信手は護衛に就いている天雷に伝えると、雷神の機銃手たちが防護機銃として搭載している零式機銃やブローニングM2重機関銃に初弾を装填させる。

 

 天雷各機も護衛に就く機と迎撃に出る機に分かれて行動を起こす。

 

 

 

「くそっ!! 何て高さだ!」

 

 パールネウス防衛基地所属の竜騎士は恨めしそうに空を見上げる。

 

 エストシラントより連絡を受けたパールネウス防衛基地は、すぐにワイバーンロードとワイバーンオーバーロードを飛ばしてロデニウスに飛行機械の迎撃に当たらせる。

 

 さすがにパーパルディア皇国の聖都とあって、最新鋭のワイバーンオーバーロードの配備数はエストシラントを除く他の基地とは比べ物にならないぐらいに多い。

 

 大きな翼を広げて飛び上がるワイバーンオーバーロードの姿は、風竜を除けばこの世界における最強格の飛行生物だろう。

 

 

 尤も、他のワイバーン種と比べて上昇高度は高いが、そのワイバーンオーバーロードも届かない高度にいる敵機には手も足も出来ないが。

 

 

「あんな高さまで登れるのか!?」 

「このワイバーンオーバーロードでも届かないのか」

「臆病者が!! さっさと下りて来い!!」

 

 竜騎士たちは自分達よりも高い上空に居るロデニウスの飛行機械に戸惑いを見せる者も居れば、抗議の声を上げる者も居る。

 

「狼狽えるな。あんなに高く昇ったのなら、逆にやつらは手も足も出ない。あんな高さからじゃ爆弾を落としても当たらん」

「なるほど!」

「確かに! 馬鹿な蛮族共だ!」

「やはり技術はあっても蛮族は蛮族ですな!」

 

 竜騎士団の団長の言葉に他の竜騎士たちが嬉々とした声を上げる。

 

 まぁあれでも雷神は爆撃体勢を取る為に高度を下げている。それでも7000m以上の高度はあるので、通常ならこの高度で爆撃しても爆弾は風に流されて目標から大きく外れる。

 

 皇国側のその認識は決して間違ってない。普通ならまず当たらないだろう。

 

 

 普通なら(・・・・)であるが……

 

 

「っ! 団長!! 敵騎が!!」

 

 すると大きな飛行機械の周りを飛んでいる小さい―――それでもワイバーンオーバーロードよりも大きいが―――飛行機械が降下してこちらに向かって来る。

 

「来たな。導力火炎弾用意!!」

 

 団長の命令を受けて各騎のワイバーンオーバーロードが口を開けて炎を充填させる。

 

「馬鹿め。いくら飛行機械でもそんな馬鹿正直に降りて来れば当てられる」

 

 飛行機械こと天雷が竜騎士団に向かってくるのを見て、団長は口角を上げる。 

 

「まだだ、まだ引きつけろ!」

 

 団長は他の竜騎士を制止させてその時を待つ。

 

 ワイバーンオーバーロードの開けた口に炎が溜まり、いつでも導力火炎弾が撃てる状態になる。

 

 

 しかし降下していた天雷が突然上昇し始め、竜騎士団から離れていく。

 

「ロデニウスの飛行機械が!」

「なんで急に……」

「ケッ! 腰抜けが! 逃げやがったぞ!」

「飛行機械を使っておきながら、大したこと無いな!」

 

 竜騎士たちは戸惑いと挑発的な事を口にしているが、団長だけは違和感を覚えていた。

 

(なんだ? なぜ急に上昇した?)

 

 不可解な動きに団長は首を傾げるが、ふと何かに気付く。

 

「なん―――」

 

 彼らは何かに気付いたが、彼らはそれを理解することは無かった。

 

 彼らの目の前でそれは炸裂し、中から焼夷弾が飛び出して彼らを焼き尽くしたのだから。

 

 

 天雷は竜騎士団に向かって抱えていた三号爆弾を投下し、近接電波信管によって正確な位置と距離で信管が作動し、三号爆弾は外殻を炸裂させて中から焼夷弾を放ったのだ。

 

 三号爆弾は元々対地攻撃を想定して開発されたものだが、ある程度の技量が必要だが、使い方次第では爆撃機の迎撃に使えるのだ。今回も三号爆弾はパールネウスにある防衛基地への攻撃に用いる班と対空迎撃の為に用いる班に分かれて天雷に搭載されていた。

 

 竜騎士団にとって不幸だったのは、彼らは散開せずに密集した状態で待ち構えていたので、複数の三号爆弾の加害範囲に入ってしまい、迎撃に上がった第一陣は壊滅した。

 

 

 三号爆弾を投下して上昇していた天雷は、再度降下を開始して他の竜騎士団を迎撃するために向かっていく。

 

 他の戦爆隊の天雷も続いて降下し、敵基地攻撃へ向かう。

 

 

 

「天雷隊。攻撃開始しました」

「よし。俺達も仕事をするぞ」

 

 山岡中尉は頷くと、喉元に付けている咽喉マイクのプレストークボタンを押す。

 

「爆撃手。爆撃用意」

『了解! 爆撃用意!』

 

 指示を受けて雷神の爆撃手が操作盤を操作し、雷神の爆弾倉の扉を開ける。そこには大きい四発の爆弾が収納されている。

 

 

『マ号爆弾』と呼ばれるそれは、かつて旧ロウリア王国と戦争していた際、ビーズルの攻撃に投入された『ゲ号爆弾改』の発展型である。

 

 基本的な構造はゲ号爆弾改とほぼ同じだが、誘導法が以前の無線誘導ではなく、魔力に反応して軌道修正を行う誘導爆弾である。元々ゲ号爆弾は赤外線誘導を行う爆弾であり、マ号爆弾は熱源ではなく魔力に反応するようにプログラムを改良したのだ。

 

 今回雷神の攻撃目標は、パールネウスにある研究施設であり、そこでは魔力関連の様々な研究が行われている。それ故に、研究施設からは高い魔力反応が出ている。

 

 そこに目を付けた『大和』達は、ゲ号爆弾に改良を加えれば研究施設にピンポイント爆撃が可能ではないかと考え、技術者の妖精達に改良を行わせた。

 

 魔力関連で改良は難航するかと思われたが、意外にも速く改良が進み、試作品が完成した。何でも懸念されていた魔力反応をどう捉えて誘導するかという点があったが、魔力自体がエネルギーに近いものであり、ロデニウス本土にいる魔導士の協力を得て魔力誘導装置が完成したのだ。

 

 完成したゲ号爆弾ことマ号爆弾は何度も試験を行い、試験の度に改善点を見出して改良を重ね、その結果高度7000m以上で投下しても9割は目標に命中している。

 

 この結果を受けてカナタ大統領はパールネウスにある研究施設へのピンポイント爆撃を許可し、今に至るのだ。

 

 

「針路指示を頼むぞ」

『了解です。針路ちょい右!』

「宜候!」

 

 爆撃手より指示を受けた副機長の沖海上飛曹が、指示通りに雷神の針路を少し右へと向ける。

 

『針路ちょい左。そのまま、そのまま!』

「宜候!」

 

 雷神は爆撃針路を固定し、パールネウス上空に入る。

 

用意(ヨーイ)……()ぇ!!』

 

 爆撃手は操作盤の投下ボタンを押し、固定されていたマ号爆弾が爆弾倉から落とされる。雷神二号機も爆撃体勢に入り、マ号爆弾を投下する。

 

 マ号爆弾は順に投下され、先端にあるセンサーがパールネウスにある強い魔力反応を捉え、その方向へと舵を操作して姿勢制御を行って研究施設に向かって落下していく。

 

 そしてマ号爆弾はパールネウスの一角ある研究施設に落下し、1t近くはある爆弾が炸裂して研究施設を破壊する。続けて他のマ号爆弾が落下して、爆発と共に研究施設を破壊し尽くす。

 

『目標命中! 目標命中!!』

 

 爆撃手より報告が入り、それが作戦成功であると確信を得て山岡中尉は安堵の息を吐く。

 

「どうだ? 天雷隊の方は?」

「少し待ってください!」

 

 通信手は天雷隊に連絡を入れ、作戦の推移を聞く。

 

「天雷隊も敵基地攻撃に成功とのことです!」

「そうか」

 

 報告を聞いて山岡中尉は頷く。

 

 天雷各機はワイバーンロード及びワイバーンオーバーロード相手に空戦を繰り広げ、双子機とは言えどその性能の前に竜騎士団は成す術は無く、一方的に撃破されていた。

 

 同じくして戦爆隊の天雷はパールネウスの防衛基地に三号爆弾を投下し、滑走路と基地施設を破壊した。

 

「となれば、長居は無用だな」

「ですね」

「雷神二号機と天雷隊に伝えろ。これより帰還するとな」

「了解!」

 

 通信手はすぐに活気に指示を伝えると、雷神一号機はゆっくりと旋回して元来た針路へと戻っていく。雷神二号機もそれに続く。

 

 天雷もワイバーンロードとワイバーンオーバーロードを撃破しつつ、各機は雷神二機に続いて離脱する。竜騎士団は追撃を試みようとしたが、速度が違い過ぎて全く追い付けず、遂には限界高度以上に逃げられてしまった。

 

 

 

 パールネウス攻撃隊の作戦成功の報はエストシラント攻撃隊にも伝わり、そちらの方も攻撃を止めてアルタラス島への帰路に付き、『エンタープライズ』『エセックス』『イントレピッド』の艦載機もそれぞれの母艦へと帰還する。

 

 今回の空襲でパーパルディア皇国は更なる被害を被り、パールネウスは貴重な航空戦力と研究施設をこれまで培ってきた資料と人材を共に失った。

 エストシラントは人材と兵器を更に失ったことで、まともな反撃能力は喪失したと言えるだろう。もはや成すがままな状態である。

 

 普通であれば降伏を考えるレベルであるが、少なくともパーパルディア皇国にはそんな考えを起こす者は、殆どいないだろう…… 

 

 




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第九十七話 憎しみと復讐

新たに追加されたビスマルクZweiがカッコいいな。
いつか出したいな……


 

 

 

 

 エストシラントとパールネウスにて騒動が起きているその頃、所変わってパーパルディア皇国の『元』工業都市 デュロ

 

 

 空挺部隊の投入で防衛基地の制圧が完了し、捕虜になった基地司令のストリームによる放送で皇軍の戦闘停止が命じられ、皇国兵の多くは上陸部隊と空挺部隊に武装解除して投降し、デュロの戦闘は一先ず終わりを告げた。

 

 

 戦闘終了後、上陸地点と他の浜辺では、輸送船より上陸用舟艇や揚陸艦を用いて物資の揚陸を行っており、アルーニに留まっている73ヵ国連合と合流を行う為の大移動に備えている。

 

 

 


 

 

 

「物資の揚陸は順調のようだな」

「えぇ。このまま行けば予定通りに合流に向けて動けるかと」

 

 輸送船よりデュロに上陸した『三笠』は物資が揚陸される様子を見ながら頷くと、副官の男性が答えながら頷く。

 

「上陸部隊の被害報告は入っているのか?」

「はい。やはり市街地での戦闘とあって、死角からの皇国兵の奇襲による兵士の被害が多かったようです」

「そうか」

 

 報告を聞き、『三笠』は苦虫を噛んだように顔を顰める。

 

 

 デュロにおける市街地での戦闘は、建造物や下水道の死角からの攻撃が予想されたので、上陸部隊は細心の注意を払って作戦に挑んでいた。

 

 建物の陰や内部他、下水道からの奇襲は、兵士や戦車が周囲の確認を厳にして上空からの監視もあって多くの奇襲を防ぐことは出来た。しかしそれでも見落としはあったようで、皇国兵は下水道を使って上陸部隊の背後に回って攻撃をしたり、建物の中から銃撃や砲撃を行っていた。

 その為、上陸部隊の約数十名の兵士が被害に遭っている。

 

 戦車の被害は、一部車両が爆発反応装甲の一部が剥げた程度で戦闘に支障はないとのこと。中にいる乗員は攻撃を受けた時に轟音で耳鳴りを起こした程度の被害で収まっている。

 他の車輛の被害は今の所確認されていない。

 

 航空機も対空魔光砲によって撃ち落とされた『ヒョウリュウ』所属の艦爆隊の流星改二一機以外に、カ号観測機一機が取り逃がしたワイバーンロードが放った導力火炎弾の直撃を受けて墜落した。

 

 ロデニウス連邦共和国側は決して無傷ではないが、パーパルディア皇国側と比べればその被害は微々たるものである。

 

 

「やはり、今後は市街地戦もそうだが、密林での戦闘も視野に入れた訓練も必要になるな」

「えぇ。武器や兵器もそれに対応した物が必要になってきます」

 

 報告を聞き、『三笠』は地面に立てている軍刀の柄頭に置いている両手に力を入れる。

 

 戦場と言うのはどんなに対策を取っても、完全に防ぎ切れるものではない。しかし何もしないよりかはある程度被害を抑えられる。

 

 

 ―ッ!!

 

 

 すると遠くから銃声や砲声が彼女達の元まで響いて来る。

 

「……まだ皇国の抵抗があるか」

「そのようですね。どうやら基地司令からの戦闘停止が認められず、抵抗を続けている者が多いようで。建物や下水道を使ってゲリラ戦を展開しているようです」

「そうか」

 

 『三笠』は何も言わず、破壊されたデュロの街並みを見つめる。

 

 既に皇軍基地司令のストリームによって戦闘停止命令が下されているが、その命令を不服としている一部の皇国兵が命令を無視し、抵抗を続けている。今後の安全確保の為にも、抵抗を続ける皇国兵には投降を呼びかけ、抵抗を続けるのならば排除している。

 

「皇国の避難民はどうだ?」

「現在衛生兵を中心に怪我人の治療を行い、炊き出しを行っています。やはり先日の艦砲射撃によって発生した火災による負傷者が多かったようで、その対応に追われています。中には、手遅れなレベルの火傷を負っている方も居まして……」

「そうか。避難民への支援は惜しまずに行え。それと、くれぐれも避難民に対して威圧的な行動は控え、暴力で従わせないように兵達に改めて伝えろ」

「はい」

 

 副官は頷くと、『三笠』の指示を各隊に伝えるように通信兵に伝える。

 

 

 デュロの郊外にて、先日の『紀伊』と『尾張』による艦砲射撃の余波で発生した火災から避難した市民が集まっており、現在上陸部隊の一部隊によって襲撃を警戒しながら避難民に治療と炊き出しによる食事の提供をしている。

 

 最初こそ確認しに来た上陸部隊に恐怖に満ちた表情を浮かべていたが、威圧的な態度で迫らず、優しく接して無償で治療を行い、その上食事を提供してくれたので、今では感謝の念に堪えないのか頭を何でも下げている。中には街を滅茶苦茶にした上陸部隊や敵に縮こまっている市民に対して野次を飛ばす市民たちがいたものの、他の避難民から顰蹙を買い、今では大人しくしている。

 

 怪我人は火傷を中心に打撲や擦り傷といった怪我が多く、中には火傷が悪化していた者も居た。その為一度負傷者へのトリアージが行われ、優先順位を決めてから治療が行われている。だがやはりと言うべきか、優先順位から外れてしまった人の家族から批判の声が相次いだものの、その家族は周りから説得される形で渋々大人しくしている。

 

 

「そういえば、試験的に投入した試作品の報告は入っているのか?」

「はい。投入された試作品の運用レポートは既に上がっていますので、後ほどご確認をお願いします」

「分かった」

 

 『三笠』の問いに副官がそう答えると、彼女は頷く。

 

 今回の戦闘では、主に歩兵装備関連の試作品が多く投入されており、その試作品を運用していた部隊からその運用に関するレポートが上がっている。『三笠』がそれを確認し、後ほど本国に送られて後の開発に生かされることになるという。

 

「……しかし」

 

 と、『三笠』は顔を上げて、街から響く銃声を聞く。

 

「やけに銃声が多いな。それだけ抵抗している皇国の兵が多いのか?」

「それは分かりませんが、皇国の性格を考えればありうるのでは?」

「……にしても、ここまで銃声がするものか」

 

 先ほどから市街地の方から銃声が何度も街の方から響いており、それだけ一部の皇国兵の抵抗が激しいのだろう。

 

 だからこそ、これだけ鳴っている銃声に違和感があるのだ。

 

 

「み、『三笠』司令!!」 

 

 すると一人の兵士が慌てた様子で彼女たちの元へ駆け寄って来る。 

 

「何事だ?」

「た、大変です!! 兵士達が!」

「っ!」

 

 

 


 

 

 

 所変わってデュロの市街地にある広場にて、上陸部隊が留まって休憩を兼ねた補給を行っている。

 

「……」

 

 自身が乗る74式戦車改の砲塔に腰かけている『キーロフ』は、帽子を脱いで周りの光景を見回しながら、小さな声で北方連合で親しまれている唄『カチューシャ』を口ずさんでいる。

 

 周りでは武器や兵器の点検をしたり、食事を取っている兵士たちの姿があり、広場の一角では捕虜になった皇国兵を一列に並べて歩かせ、一ヶ所に集めて捕虜の周りを小銃を持つ兵士達が不審な動きが無いか見張っている。

 中には妖精や饅頭たちが同じく武器兵器を点検していたり、補給物資を運んだりしており、皇国兵はその両者の姿を見て目を見開いて驚いている。

 

 しかし所々では、負傷した兵士達が衛生兵から治療を受けていたり、中には息を引き取った兵士の周りで祈りを捧げる仲間の兵士達の姿があり、他に地面に並べられている皇国兵の遺体に黙祷し、遺体を市街地の郊外に運び出している。

 

 戦争の発端や状況はどうであれ、彼らは国を守るために命を掛けて戦った戦士だ。せめてもの彼らには安らかに眠ってもらえるように、郊外に埋葬されることになった。

 

「これほどとはな」

 

 唄を口ずさむのをやめた彼女は小さく呟くと、水筒の蓋を開けて中に入っている水を飲む。

 

(これが……本当の戦争か)

 

 彼女の視界いっぱいに映る光景を目の当たりにして、内心呟く。

 

『……』

 

 一方、『キーロフ』が腰かけている74式戦車改の周りでは、兵士達が行き交う度に彼女の姿を見ている。

 

 まぁ野郎共が多い軍において、スタイル抜群の絶世の美女である『キーロフ』を目の当たりにすれば、視線を奪われるのは当然と言えば当然かもしれない。まぁそれは他のKAN-SENでも言える事なのだが、陸軍ではその体制上一層その傾向が強いだろう。

 

 しかし誰もが彼女をガン見をせずにそそくさと立ち去っている。その訳は戦車の周りで整備と補給を行っている妖精達が睨みを利かせているからだ。可愛らしい見た目の妖精がその姿からは想像つかないような威圧感を醸し出していては、兵士達は居心地が悪くなって立ち去っているのだろう。

 ちなみに『シャルンホルスト』と『グナイゼナウ』でも同じ状況があるものの、その時も乗員の妖精や饅頭達が睨みを利かせているという。

 

(それにしても、予想より抵抗する兵士が多いんだな)

 

 彼女は再度水を飲みながら、広場の周りで銃声が響いているのを耳にして内心呟く。

 

 未だに市街地には戦闘停止命令を不服として抵抗を続ける皇国兵がいて、その皇国兵に対して降伏勧告を行っているが、殆どの場合は聞く耳を持たずで、抵抗している。

 共和国陸軍兵士は戦車や装甲車を伴い、降伏勧告を受け入れて投降する皇国兵を受け入れ、抵抗を続ける皇国兵を排除している。

 

 

「ん?」

 

 すると車のクラクションが鳴り響き、『キーロフ』は水筒の蓋を閉めて顔を上げる。

 

 広場にジープがクラクションを鳴らしながら走り抜けていく。その車には『三笠』と副官の姿がある。

 

「……これは、何かあったかな」

 

 突然の出来事に周りが戸惑いを見せる中、『キーロフ』は帽子を被り、目を細めて小さく呟く。彼女の目には、憤りの色を見せる表情を浮かべた『三笠』の姿が写っていたからだ。

 

 

 


 

 

 

 市街地の一角で、銃声が鳴り響く。

 

 

「や、やめてくれ!!」

「降伏したじゃないか!?」

「黙れ!! さっさと歩け!! クソ野郎!!」

 

 両手を上げて抵抗の意思が無いのを見せている皇国兵を、共和国陸軍兵士が怒鳴りながら無理やり歩かせ、建物の前に集めさせている。

 

 集められた皇国兵の足元には、射殺された皇国兵の死体が多く倒れており、死体から流れ出た血は、石畳の隙間に沿って流れていき、辺りを赤黒く染め上げている。

 

「……」

 

 殺気立っている兵士達の中心には、無表情のモイジの姿があり、降伏の意思を見せている皇国兵を見つめている。

 

「ろ、ロデニウスは降伏する者は受け入れるって、そう言ってたじゃないか!!」

「話が違うぞ!」

「黙れ!! 今まで好き放題しておいて、自分達の番になると嫌だと?」

「ふざけんな!! そうやって命乞いしてきたやつらを殺してきておいてよく言えたな!!」

「俺の家族を殺しておいて、ふざけんじゃねぇ!!」

 

 命乞いをする皇国兵に共和国陸軍兵士達は更に怒りを増して怒声を浴びせる。

 

 この場にいるのは、シオス王国で起きた悲劇の被害者たちの遺族や恋人、友人といった兵士達ばかりであり、モイジが彼らを引き連れて私的な処刑を行っているのだ。

 

「お前達がどんなに命乞いした所で、お前達は我が国に殲滅戦を宣言したんだ。ならば逆に滅ぼされる覚悟があるってことだよな」

 

 無表情のままモイジはそう告げると、皇国兵達は何も言えなくなる。

 

「構えろ」

 

 そして彼は高揚の無い声で指示を出すと、兵士達は64式小銃を構え、銃口を命乞いしながら怯える皇国兵に向ける。

 

 

「っ!! 止めろ!!」

 

 すると『三笠』を乗せたジープがやって来て彼女が現場を目撃し、大声を出して処刑をやめさせようとするが、それと同時にモイジが命令を下し、一斉に銃撃が始まる。銃声と共に放たれた7.62mmの弾丸は命乞いをしている皇国兵の身体を貫き、その命を刈り取る。

 

「……」

 

 目の前で起きた無抵抗な人間に行われた殺戮に、『三笠』は呆然と立ち尽くす。

 

 すると皇国兵の死体の山が動き、モイジは自身の64式小銃を構える。

 

 死体の山からフラフラしながらも、奇跡的に生き残った皇国兵が立ち上がる。弾は左脇腹付近に当たっているが、出血は思ったよりも少ない。少なくとも治療を行えば命が助かるレベルの傷である。

 

 しかしモイジはお構いなしに64式小銃の引き金を引き、銃声と共に弾丸が放たれ、皇国兵の頭に命中して頭蓋骨が粉砕され、後頭部がザクロが弾けたように吹き飛び、皇国兵は頭の中身をまき散らしながら後ろに倒れて今度こそ命を刈り取られた。

 

「……ふん」

 

 モイジは鼻を鳴らしてマガジンを外し、新しいマガジンに交換する。

 

 

「っ!! 貴様ぁぁぁぁっ!!!」

 

 銃声に我に返り、怒りを露にした『三笠』は車を踏み台にして跳び出し、彼女は振り返るモイジに拳を突き出して左頬を殴りつける。

 

 不意な事とあり、モイジは踏ん張ることが出来ず、その上加減はしているがそれでも成人男性以上の身体能力を持つKAN-SENの拳を受けたとあって、彼は後ろに吹っ飛ばされる。

 

「自分が一体何をしたのか、分かっているのかぁっ!!」

 

 正に咆える、と言わんばかりの彼女の一喝は、周りに居る兵士達が縮み上がるほどであった。

 

「何を?……そんなの、決まっているじゃないですか」

 

 モイジは一瞬意識が飛んだものの、『三笠』の言葉に我に返り、そう返しながら立ち上がる。加減されているといっても、KAN-SENに殴られた彼の左頬は赤く腫れ上がっており、口の端から血が流れている。

 

「皇国のクソ野郎共を排除しただけですよ。何か問題でも?」

「本気で……言っているのか」

 

 素っ気ない様子でモイジが答えると、『三笠』が拳を握り締める。

 

「本気も本気ですよ。ここに居る奴らも、同じ思いですから」

「……」

「まぁ奴らが死んだところで気にする奴らは――――」

 

 

 モイジが言っている途中で、『三笠』は右手を振るって彼の左頬を思いっ切り打つ。叩かれた音が市街地に響き渡る。

 

「この、うつけ者がぁっ!!」

 

 彼女の凛としつつ怒りに満ちた声が響き渡り、その迫力に周りに居る兵士達が身体を震わせる。

 

「戦う意思の無い者を一方的に攻撃するなど、もはや虐殺だ!!」

「……っ」

「貴様らが行っているのはただの怨念返しだ!! 正当性など無い!!」

「……だったら」

 

 と、左頬が更に赤く腫れあがったモイジは殺意の籠った目で『三笠』を睨む。

 

「だったら、あんたは許せるっていうのか!! あのクソ野郎共がやって来た蛮行を!!」

「そうは言わない。パーパルディア皇国が行ってきたことは、決して許されざる行為だ」

「なら!」

「だが!! それで同じことをやって良いという理由にはならない!! 無抵抗の人間を一方的に殺戮するなど、やっていることは皇国と同じだ!!」

「っ……」

 

 モイジは反論しようとするが、『三笠』の有無を言わさない迫力に圧され、声が出ない。

 

「ここに居る者達は、シオス王国で起きた悲劇の遺族や恋人、友人が多いだろう」

「……」

「復讐をしても意味はない、とは言わん。憎しみを抱くのは人として当然の感情だ」

 

 『三笠』はさっきまでの怒気を収め、静かに語り出す。その変化に兵士たちは戸惑いながらも、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「お前達がどれだけ皇国に憎しみを抱いているのか、どれだけ皇国の人間を殺してやりたいか、その気持ちの規模を私は計れない。他人が他人の気持ちを完全に把握するのは無理なのだからな」

「……」

「だが、冷静になって考えろ。お前達が今処刑した皇国の兵士達は、お前達の親しい者達を殺した者達なのか」

「……」

 

 『三笠』の言葉に、多くの者達が物言わぬ肉塊と化した皇国兵を見る。

 

「皇国と同じように道を踏み外すことはない。我々は我々のやり方で、皇国とは違うというのを世界に示さなければならない。我々はロデニウス連邦共和国の誇り高き軍人であることを、忘れるな」

「……」

「それに、お前達の復讐は必ず成し遂げられる。法と言う名の下にな。そして最後の欠片も、近い内に手に入れる」

 

 『三笠』は深呼吸をして整えて気持ちを整理し、モイジを見る。

 

「モイジ少佐。貴様を虐殺扇動の容疑で拘束する」

 

 彼女は副官の方を見て頷くと、副官が頷いて彼の後ろに控えている憲兵隊に伝えると、憲兵隊はモイジの元へ向かい、彼の両手首に手錠が掛けられる。

 

「事が済んだら、貴様には軍法会議が行われるだろう。貴様の処分は上層部と司法の判断次第になる」

「……」

「……だが、私から口添えはしておく。それで処分が軽くなるわけでは無いだろうが」

 

 彼女がそう告げると副官に命じて、モイジは憲兵隊に連行されていく。

 

「お前達も、後で処分が下されるだろう。覚悟しておけ。解散っ!!」

 

 そして『三笠』の一声でこの場は解散させられて、多くの者は思い詰めたように沈んだ表情を浮かべ、憲兵たちに拘束されて連行される。

 

「……こちらに人員を回せ。せめて彼らを丁重に弔わなければな」

 

 『三笠』は皇国兵の死体の山を見ながら副官にそう命じる。

 

「分かりました。すぐに人員を回します」

 

 副官は『三笠』に軍刀を渡して一礼し、急いで車に戻って広場に向かう。

 

「……」

 

 彼女は軍刀を地面に突き立てて柄頭に両手を置き、深くため息を付く。

 

「……ままならんな」

 

 空を見上げる彼女は、そう呟いて目を細める。

 

 

 

 




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第九十八話 責任は誰にあるか

 

 

 中央歴1640年 2月24日 ロデニウス連邦共和国

 

 

「デュロの攻略は完了、エストシラント及びパールネウスへの攻撃も効果を発揮しましたか」

 

 大統領府の執務室にて、カナタが呟く。

 

『デュロへ上陸した部隊は多少の遅れがありましたが、予定通り連合軍と合流を目指して移動を開始しました。連合軍への補給物資輸送も先日完了し、後は上陸部隊と合流を待つだけです』

『エストシラントに点在する目標の破壊、パールネウスにあった研究施設及び防衛基地の破壊。作戦は最終段階に移行できます』

「そうですか」

 

 パソコンの画面にはオンラインにて繋がっている『大和』と『紀伊』より報告を聞き、カナタが頷く。

 

 パーパルディア皇国との戦いは、ロデニウス連邦共和国の圧倒的な強さにより、戦闘はほぼ一方的であり、もはや皇国にまともに抵抗するだけの戦力はパールネウスぐらいしか残っていない。

 

「ですが、デュロで我が国の兵士による皇国兵の処刑ですか……」

『予想はしていましたが、こうして実際にあったと報告を受けると複雑です』

「……そうならないように編成は慎重に行うように指示していたはずですが」

『はい。大統領の指示で部隊編成の際に、シオス王国の悲劇の被害者と関りがある者は部隊に入れないようにしていたはずです。このような結果になるのは目に見えていたので』

『その点についてですが、先日ある事が判明しました』

 

 と、画面の向こうで、『紀伊』が挙手してタブレット端末に視線を移す。

 

『上陸部隊の編成は今回のような事態が起こらないように、関係している者は除外して編成していました。しかし、今回の事態を受けて調査をしたところ、編成データに改竄された形跡が発見されました』

「っ! データの改竄!?」

 

 カナタは驚愕して声を上げる。

 

 デュロへの上陸作戦では、先のシオス王国の悲劇があった以上、上層部は憎しみによる復讐的な出来事が起こりえると考えていたので、上陸部隊の編成は慎重に行っていた。もちろん部隊の編成を担当していた者もシオス王国の悲劇に関りが無い人選をしていたはずだった。

 

 だが、まさかデータの改竄が行われていたとは、予想外だった。

 

『それにより、シオス王国の悲劇の関係者が集中して編成されるという事態になったようです』

「何という……」

 

 『紀伊』の報告を聞いて、カナタは片手を頭に当てる。

 

『だが、部隊編成の担当者もシオス王国の悲劇の関係者が行わないようにしていたはずだろ?』

『あぁ。部隊編成を担当した者はシオス王国の悲劇の関係者ではない。私情を挟まない真面目な人間だ』

「……」

 

 『大和』の質問に『紀伊』がそう答えると、カナタは腕を組む。

 

「ですが、データの改竄があったということは……その担当者が?」

『それについてですが、担当者はデータ改竄を否認しています。少なくとも部隊編成は問題無く終えて、何度も確認していたと供述しています』

『だが、現に事件は起きているんだ。担当者が嘘を言っている可能性もあるぞ』

『ですので、事情聴取はもちろん、彼のパソコンの調査を続行します。もしかしたら、改竄せざるを得ない何かしらの事情があるのか、可能性は低いですが、遠隔でパソコンを操作してデータが改竄された可能性もありますので』

「そうですか」

 

 『紀伊』の言葉を受けて、深刻な様子を見せるカナタは頷く。

 

 もしかしたら今回の一件は、予想以上に大きな何かが動いている可能性がある。

 

 

 もしくは、今回の一件を何者かが仕組んだか……

 

 

『デュロで処刑を扇動した者と関わった者全員は拘束し、本土へと移送されて留置所に入っています。今はまだ余裕がありませんので、処分に関しては戦後になるかと』

「そうですか。色々と思う所はありますが、仕方ありません」

 

 カナタは残念そうで、憤りを覚えているようで、しかしどこか悩んでいるような感情を抱きつつ、そう告げる。

 

 

「しかし、ここまでやられて尚、皇国は降伏しようとしないとは……」

『さすがここまで被害を被っているのに行動を起こさないのは、狂っているとしか思えないな』

『このままだと本当に国が亡びるまで戦争が続いてしまうかもしれないな』

『大統領。いかがしますか?』

 

 『大和』がカナタに問い掛ける。

 

「結果がどうなるかは分かりません。ですが、我々の行動はこれからも変わりません。パーパルディア皇国が降伏しない限り、戦闘を継続します」

 

 カナタの揺るぎない決意に、画面の向こうで二人は静かに頷く。

 

「それで、『大和』殿。例の件については、どうなりましたか?」

『はい。こちらの方は準備は整いつつあります。しかしこの手の作戦はタイミングが重要ですので、今はまだ待つべきかと』

「そうですか。では予定通りに作戦を行いましょう」

『了解しました』

 

 カナタの言葉に、『大和』達は頷く。

 

 ロデニウス連邦共和国はある作戦を行うにあたり、パールネウス及びエストシラントへの攻撃を計画している。

 

 その作戦こそが、この戦争における最も重要な作戦であり、根も葉もない事を言うとその作戦を成功させれば、ロデニウス連邦共和国としては他はどうでもいい。

 

 ともあれ、その後もテレビ会議は続き、今後の事について話し合いが行われた。

 

 

 


 

 

 

 所変わり、パーパルディア皇国

 

 

「軍は一体何をしているんだ!! 73の属領の反乱を許すどころか、アルーニまで落ちるとは!!」

「それどころか蛮族相手に好き勝手にさせて!! 満足にも行動できないのか!!」

 

 大会議室にて、各行政担当大臣が集まり、国政に対する実質的な対策が会議されている行政大会議は、皇国の歴史が始まって以来未曽有の危機を前に、紛糾していた。

 

 

 第一次フェン沖海戦から始まったロデニウス連邦共和国の攻撃により、皇国軍にまともな戦力は殆ど残されていない。海軍はすでに無く、残っているのはロデニウスに対抗するにはあまりにも貧弱な船だけ。

 陸軍は防衛に担う基地がすでに二つ落とされ、それに伴いワイバーンロードとワイバーンオーバーロードもその多くが失われた。そして武器、兵器の製造を担っていたデュロが完全に落とされた。

 

 もはやパーパルディア皇国に戦うだけのまともな戦力はパールネウスぐらいで、各地にある小規模の基地に人手があるぐらいだ。まぁそのパールネウスも先の空襲で手痛い被害を受けたのだが。

 

 更に属領の大反乱だ。これによりパーパルディア皇国の国土は大幅な縮小を余儀なくされ、殻倉地帯までもが国の支配権から離れてしまった。

 殻倉地帯を失ったことにより、食糧自給率の大幅な低下が予想され、最悪の場合飢饉になる可能性がでてきた。実際エストシラントでは、海からの輸入が途絶えたことで、食料を含めた多くの品が不足していて、多くの店が閉まっている状態になっている。

 

(外野が言いたい放題言いやがって……!)

 

 アルデは相次ぐ罵倒を受け止め、内心愚痴って胃の痛みを我慢して説明を続ける。

 

「……ですので、パールネウスを含めた各基地から戦力を集め、退役軍人を招集し、市民を徴兵しています。訓練を施して練度の向上と兵装の更新が整い次第、再建する予定で―――」

「いつだ!! それはいつになるんだ!!」

 

 アルデの説明に被せるように、農務局長が怒声を上げた。

 

「殻倉地帯だけでもすぐに取り戻していただきたい!! このままではもって……六ヶ月、たったの六ヶ月で食糧備蓄が底を突いてしまう!! 流通制限すればもう少しもつが、どれだけ引き延ばしても八ヶ月程度しかない!!」

 

 農務局長より告げられた内容に、アルデを含め周囲が苦虫を噛んだように顔を顰める。

 

 第一次、第二次産業の大半を属領に任せていた皇国は、本来の領土に戻ると、増えた皇国民を維持することはほとんど不可能だった。

 

 そもそも皇国が領土拡張主義に走ったその根本の原因は、資源および食糧の確保を主目的にした侵略戦争にあった。最初は北からの脅威に対抗する自衛戦争だったのだが、軍備の増強に伴い資源が必要になった。

 自衛のために必要な物を手に入れる為に、かつてのパールネウス共和国は戦争を起こしたのだったが、それがいつの間にか自らの欲望を満たすための戦争へと変化して、領土拡張主義へと走らせた。

 

 食糧自体はかつて旧クワ・トイネ公国を含めた文明圏外国から食糧を輸入していたことはあるが、現在は統一国家の一部となって、皇国の敵対国家になっている。その上裏で経済制裁が発動していて、周辺国から輸入を頼んでも断られ続けている。尤も、仮に輸入が認められていても、海を越えて本土へ輸送する手段が無いのだが。

 

「そんなに時間が掛かるのなら、せめてロデニウスと一時的に休戦し、殻倉地帯の反乱を抑えるような手続きは出来ないのか」

 

 と、あまりにも状況を理解していない、自分に都合の良いような、身勝手な提案にアルデは苛立ちを募らせる。

 

 ロデニウスは反乱を国内の問題として見ないだろう。そもそも敵国が弱っている時に、わざわざ手を抜く馬鹿が居るかという話である。農務局長の提案を向こうが受け入れるはずがない。

 何より、属領の反乱にはロデニウスが関わっている以上、そもそも前提条件すら瓦解している。

 

 アルデは農務局長のあまりの間抜けっぷりに怒りを覚えながら、返答する。

 

「……エルト殿とも話し合いましたが、無理です。そもそも我々は殲滅戦を宣言している以上、向こうもこちらを滅ぼしに来ているのです。その相手が弱っている状態で手を抜く馬鹿は居ないでしょう!」

 

 アルデは半ば八つ当たりな様子で農務局長に説明しつつ、その無知っぷりを周囲に知らしめる。自身の間抜けっぷりを指摘されて農務局長は羞恥と怒りに顔を真っ赤にして身体を震わせる。

 

「では貴殿は殻倉地帯を取り戻せるというのか!! 蛮族の戦力など、たかが知れているだろう!!」

 

 と、多方面からまるで現実が見えていないような、無知な野次が飛ぶ。

 

 

(ここまで酷いとはな)

 

 その会議に参加しているカイオスは、周囲の醜さに呆れ返っていた。

 

 よもやここまで平和ボケした者共が多数、皇国の内部で禄を盗んでいるとは思わなかった。その上二度にわたる空襲を受けてなお現実が見えていないとなると、かえってその図太さに感心するほどだ。

 

 アルデが苛立ちを募らせている雰囲気を出しながらもその感情を押し殺し、各局長に説明を入れている。

 

 エルトは終始沈黙を保っているが、顔色は悪く、額には汗が浮かんでいる。

 

(やはり、決行するほかないか)

 

 周囲の様子を窺いながら、カイオスは内心で決意を抱く。

 

 このままでは軍は市民を兵士として動員して戦力に仕立てるつもりだ。事実退役軍人を含め、成人男性を中心に徴兵されているが、下手すれば老人や女子供も徴兵しかねない。

 

 そうなれば、皇国は文字通り破滅することになる。

 

 

 あぁ言えばこう言い、こう言えばあぁ言う、と会議は紛糾して醜い争いが続いていたが、ある程度熱が冷めて来た時に、会議は思わぬ方向へ舵を切り始める。

 

 

「そもそも今回の戦争の原因は、外務局の対応にあるのではありませんかな」

 

 と、コップに入った水を飲んで、各行政の局長の一人がそう口にする。すると多くの者が注目する。

 

「話によれば第一外務局とレミール様がロデニウスへ対応していて、問題を起こしたとか」

「聞けば当初対応に当たっていた第三外務局は穏便に済ませようとしていたらしいですね、カイオス殿」

「…‥えぇ。私には考えがありましたので、皇帝陛下の意思に背く形になっても、確かめたい事がありました」

 

 質問が来たので、カイオスは返答する。

 

「それを第一外務局が余計な首を突っ込んでこのような事態になってしまいましたが、それについてはどう説明しますかな、エルト第一外務局長殿」

「くっ……」

 

 別の局長が強調した言い方で質問し、エルトは顔を顰める。

 

 どうやら会議の方向は軍への非難から、戦争の発端の責任問題へと変わったようである。

 

「……確かにこの戦争の発端の原因は我々にあるかもしれません。しかし、それは蛮族相手にこれまで通りのことをしていただけで!」

「それでこの有様ですよ」

「余計な首を突っ込まなければこうはならなかったのではありませんかな」

「そもそもちゃんと調べていれば分かっただろうに」

「っ……!」

 

 好き放題に言う各局長にエルトは歯噛みする。

 

 ロデニウスの力を知っている今だからそう言えるが、戦争前なら一部を除いて誰だってエルトと同じ事をしていただろうに。

 

「特にレミール様の責任は大いにありますな」

「大いにではない! 全てと言ってもいい!!」

「いくら皇族と言えど、国がここまで滅茶苦茶になったのだ。レミール様の責任は免れないでしょうな」

「次の御前会議で陛下に此度の件を問おうじゃないか!」

 

 熱が冷め始めていた各局長達だったが、次第に再び熱を帯び始めて紛糾し出す。

 

 以前なら皇族に対する敬意や畏怖で過激な発言など出来なかったが、精神的に追い詰められ、皇族への不満が溜まりに溜まったが故に、皇族に対する敬意も畏怖も薄れてしまった。

 

 予想外の事態に発展したことで、会議が続けられる状態じゃないと判断され、この日の会議は中断することになった。

 

 

 


 

 

 

 そして時間は過ぎ、その日の夜のパラディス城

 

 

 

「……そうか」

 

 パラディス城の寝室にて、相談役のルパーサより今日の会議での出来事を聞き、ベッドに腰かけているルディアスは深く息を吐く。

 

「次の御前会議では、レミール様の責任についての発言があると思われますので……」

「……」

 

 ルディアスは顔に手を当てて静かに唸ると、顔から手を退ける。二度にわたる空襲と連日にわたる被害報告を受けてか、その顔は疲弊している。

 

「……よもや、ここまでやられるとはな」

「……」

「ルパーサよ。お前の考えを聞かせろ。お前から見て……レミールの責任についてだ」

「……」

 

 ルディアスに問われ、ルパーサは戸惑いを見せるも、彼の問いに答える。

 

「……此度の戦争の根本の原因は別にあるとしても、戦争へ発展したその最もの要因は、レミール様にあります」

「……」

「それと、ロデニウスの使者とレミール様との会談で、ロデニウスの使者はこう仰っていたそうです『当事者には必ず罪を償わせる。例えお前達が地の果てまで逃げようとも、我が国は総力を挙げて、必ず捕らえる。一人も逃がしはしない』と」

「……」

「少なくとも、レミール様の責任は免れないかと。もし陛下がレミール様を庇おうものなら、陛下自身の立場が危うくなる可能性もあります」

「そうか」

 

 ルパーサの意見を聞き、ルディアスは再度ため息を付く。

 

「レミールは……切り捨てなければならないか」

「もしも、その時が来たら……ですが」

「……分かった。もう良いぞ」

 

 ルディアスにそう言われて、ルパーサは一礼して彼の元を離れて寝室を出ようとする。

 

 

「……ルパーサよ」

 

 と、扉のノブに手を掛けようとする直前で、ルディアスが声を掛けてルパーサは止まる。

 

「最後に一つ……お前の率直な意見を聞かせてくれ」

「……」

 

 ルディアスは呼吸を整えて気持ちを落ち着け、間を空けて口を開く。

 

「……余は、間違っていたのか?」

「……」

 

 ルパーサは一考してから、ゆっくりと振り返る。

 

「……私は常に陛下の判断が正しいと思っております。今日この日に至るまで、そしてこれからも」

「……」

「ですが、現実が答えを示していると思います」

 

 彼はそう言うと、一礼して扉を開け、寝室を出る。

 

「……」

 

 ルディアスは何も言わず、ただただ項垂れるしかなかった。

 

 

 

 

 所変わり、場所はカイオスの屋敷

 

 

 

『そうですか。では、計画通りにクーデターを行うということでよろしいですね?』

「えぇ。必要な人員は揃っています。後はタイミング次第です」

 

 屋敷の私室にて、通信機の前でカイオスが通信相手にそう告げる。通信相手はロデニウス連邦共和国の『大和』である。

 

 トラック泊地所属の忍びのKAN-SEN達より受け取った通信機で、カイオスはこうして秘密裏にロデニウス連邦共和国と会談を重ねていた。

 

 今回はカイオスが企てているクーデター計画について話をした。既に皇国内でクーデターを行うのに必要な人員を集めており、その多くが近衛兵を占めている。先の空襲で近衛兵の多くが戦死しているが、幸いクーデターに賛同している近衛兵の被害は少ない。

 

 クーデターを成功させるために、カイオスはロデニウス側の攻撃計画を知る必要があり、今回の会談はそれが目的である。

 

「それで、そちらの攻撃計画については?」

『一ヶ月以内には、パールネウスへ攻撃を行います。その後エストシラントへ上陸作戦を行います』

「そうですか……」

 

 カイオスは息を呑む。遂に始まる、という実感があったからだ。

 

『ですが、エストシラントへの上陸はある作戦を行ってからになります』

「ある作戦?」

『極秘につき話すことは出来ませんが、作戦を終えれば変化は現れます。その変化がエストシラントへ我が軍が上陸するのが近い合図です』

「そうですか」

 

 『大和』の言う極秘作戦にカイオスはすぐには分からなかったが、直後に察した。

 

(やはり、ロデニウスの目的は最初からそれか)

 

 カイオスは納得すると同時に、それしか見ていないという事実に小さく恐怖を覚える。目的だけを見て、目的の為に行動している。パーパルディア皇国と戦うのは、片手間程度に行っているというのを分かってしまったからだ。

 

「では、互いに作戦の成功を祈っています」

『えぇ。クーデターが成功するのを、期待しています』

 

 そして互いに通信を終え、カイオスはマイクを通信機に置き、電源を切って執務机の引き出しを引き抜いてその奥に入れて隠す。

 

「……」

 

 カイオスは椅子に座ると、深く息を吐く。

 

「あと少し。あと少しだ……」

 

 彼は小さくそう呟くと、執務机に置いているワインを手にしてワイングラスに注ぎ、窓から覗く夜の景色を眺めながらワインを飲む。

 

 

 




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第九十九話 パールネウス攻略戦 壱

更新が大幅に遅れて申し訳ありません。
人間無理をしないで出来る範囲でやれる方が一番だな、と思います。


 

 

 

 中央歴1640年 3月8日 パールネウス

 

 

 

 その日、パーパルディア皇国の聖都パールネウスは、準備を整えてアルーニから移動したロデニウス連邦共和国軍と皇国の属領から独立した73ヵ国連合と、ついでのリーム王国との連合軍より攻撃を受けた。 

 

 

 上陸部隊はデュロに上陸し、そこから移動して73ヵ国連合と合流。更に本土より飛んできた連邦共和国空軍の航空隊を迎え入れ、体勢を整えた連合軍は進軍を開始し、その先槍として連邦共和国空軍の航空隊が攻撃を開始した。

 航空隊を迎え入れる際に、占領したアルーニの皇軍防衛基地の滑走路を工兵隊によって修復すると共に拡張している。

 

 深山改と連山改といった爆撃機によるパールネウス防衛基地へ爆撃を行い、戦爆機として出撃した三式戦闘機 飛燕による城壁への攻撃が行われ、皇軍に大きな被害を与えた。

 

 しかしこれまでやられていたは皇軍もさすがに馬鹿ではなく、馬鹿正直に迎撃には出ず、堅牢な城壁内や地下壕などに兵士達とワイバーンオーバーロードは避難し、連合軍の攻撃を耐え忍んでいた。

 

 パールネウス防衛基地の司令はすぐにエストシラントや残っている基地へ魔信を用いて連絡を入れさせ、可能ならば増援を要請するが、雑音がするだけどその連絡が連絡先へ届くことは無かった。

 

 この時ロデニウス側は魔導通信機を用いた通信を妨害する装置を起動させて、通信妨害を行っている。この通信妨害装置は、魔導通信機の構造を把握し、魔導士協力の下開発した。質の違いはあれど、構造自体は同じであったので、開発は容易だったとか。

 

 これにより、パーパルディア皇国は円滑に連絡が行うことが出来ず、エストシラントがパールネウスの攻撃の知らせを受けたのは、翌日の夕方頃に到着したパールネウスからやって来た伝令からである。

 

 

 


 

 

 

 中央歴1640年 3月9日 パールネウス

 

 

 ロデニウス連邦共和国軍上陸部隊と73ヵ国連合と、ついでのリーム王国との連合軍は、パールネウスより離れた場所を陣取ってパールネウスの様子を窺っている。

 

 

「ロデニウスによるパールネウスへの攻撃は成功に終わりましたな」

「えぇ。これで皇国は空からの攻撃を行えなくなったはずです」

 

 陣地に建てた大きなテントにて、73ヵ国連合の指揮官のミーゴとスカー、ロデニウス連邦共和国軍の上陸部隊の司令官『三笠』とその副官、リーム王国の指揮官カルマが集まって話し合いをしている。

 

「『三笠』殿。ロデニウスはここからどう動きますかな?」

「我々は現在砲兵隊による攻撃準備を行っています。準備を終え次第砲兵隊による砲撃で皇軍に打撃を与えます。その後地上部隊をパールネウスへと突入させて、基地を制圧します」

「つまり、それまで我々はここで待つと?」

「そうなりますね。今回は相手に地の利がありますので、無策で突っ込んでも効果的な攻撃は行えませんし、かえってこちらに被害が出かねません」

 

 『三笠』がそう説明し、その説明を各指揮官は黙って聞く。

 

 パールネウスは共和国時代に他国からの侵攻に備えるべく堅牢な城壁に周囲を囲った要塞であり、配備されている戦力は海軍戦力が無い代わりに陸軍戦力が他よりも倍近く多い。

 その上パーパルディア皇国が聖都と定めているとあって、兵士と武器兵器の質は他の防衛基地と比べると非常に高い。

 

 さすがに技術力はロデニウス側が大きく勝っているとは言えど、防衛体制が整っている状態の敵に無闇に攻撃を行っても、与えられる損害は少なく、逆にこちらが被害を被る可能性が高い。

 

「もちろん、我々はただ指を咥えて待っているだけではなく、航空機による攻撃を行って敵の戦力と戦意を削ぎつつ偵察を―――」

「その役目! 我がリーム王国にお任せください!」

 

 と、『三笠』の説明に被せてカルマが声を上げ、この場にいる全員が彼を見る。

 

「我がリーム王国が誇る竜騎士団と精強な王国陸軍の兵士達と共に、多大な被害をパールネウスに与えましょう!!」

『……』

 

 自信満々に語るカルマの姿をミーゴとスカーはもちろん、『三笠』と副官が呆れた視線を向けるも、当の本人は気付いている様子はない。

 

「カルマ殿。それは構いませんが、無暗に攻めるべきではなく、慎重に行動するべきです。攻撃は先の空襲の詳細な戦果確認を終えてからでも―――」

「いいえ! ここは一気に攻めるべきです! 皇軍が先の攻撃から体勢を立て直していない今なら、より効果があります!」

「しかし―――」

「何より! もう奴らには制空権はありません!! 圧倒的有利な我々に恐れるものは無いのですよ!!」

「……」

 

 『三笠』の副官の説明も被せるように強引に話を進めようとするカルマに、『三笠』は眉間に皺が寄って苛立ちを見せる。

 

 

 なぜここまでカルマがパールネウスへの攻撃を押し進めようとするのか。

 

 それは先のアルーニの戦いで赤っ恥を掻いた上にロクな戦果を挙げられなかったことにあるだろう。その辺りの汚名返上に躍起になっているものと思われる。

 尤も、前者はただの個人的な理由なのだが。

 

 リーム王国としてはここで戦果を挙げて、ロデニウスに及ばなくても連合軍内において二番目の地位を得ようとしているのだ。更にあわよくばパールネウスの城壁内側へ侵攻し、そこで皇国が培ってきた技術の略奪を行うつもりなのだろう。それが今回の戦争へ参戦した目的である。

 

 それに、リーム王国本国より多くの増援が送られており、陸上部隊の戦力はもちろん、先の戦闘ではワイバーンが風竜に怯えて逃げ出すというハプニングのお陰で竜騎士団は無傷で残っており、本国より送られた増援を含めてリーム王国のワイバーンは180騎が揃っている。

 この辺りもカルマが強気でいる理由だろう。

 

 ちなみにロデニウス連邦共和国 トラック泊地所属のKAN-SEN『龍驤』率いる風竜隊は、リーム王国のワイバーンを怯えさせないように陣地から遠く離れた所に移動して待機してもらっている。

 

 

「……良いでしょう。次の攻撃はリーム王国に先陣をお願いします」

「お任せを! 期待以上の戦果をお見せしましょう! 皆さまは続け様の攻撃に備えるように、待機しているようにお願い申し上げます! それまでは手出し無用です!」

 

 『三笠』は渋々と言った様子で攻撃を了承し、カルマは気を良くして一礼し、テントを後にする。隠す気の無い手柄の独占宣言である。

 

『……』

 

 カルマの身勝手な行動に誰もが苛立ちを募らせ、テント内の空気は少し重くなっている。

 

「……後方のアルーニに居る航空隊には、いつでも出撃出来るように準備しろと伝えろ」

「分かりました」

 

 小さくため息を付いて『三笠』は指示を出し、指示を受けて副官が一礼し、彼女の元を後にしてテントを出る。

 

「『三笠』殿。リーム王国は手出し無用と言っていましたが……」

「別に手出しはしません。万が一に備えて準備をしておくだけです」

「そうですか」

 

 ミーゴは彼女の言葉を聞いて頷く。

 

 

 


 

 

 

 

 中央歴1640年 3月12日 パールネウス

 

 

 夜中の内に攻撃準備を終えたリーム王国は、陽が昇ると共に攻撃を開始した。

 

 

 最初にリーム王国は、アルーニの戦いにて皇軍から鹵獲した魔導砲を用いて砲撃を行った。魔導砲の扱いは捕虜となった皇軍兵士から聞き出しており、ロデニウス連邦共和国陸軍の砲兵からある程度のアドバイスを受けて運用している。

 

 

 無傷の物から比較的損傷が少ない個体を元に使える部品を使って修理し、可能な限り数を揃えたが、それでも揃った数は多くない。しかし数は少ないが、魔導砲による攻撃は皇国側の動きを阻害するのに十分の威力を発揮していた。

 

 

 

「うーん、いいですねぇ。この音は」

 

 後方の陣地にて、カルマは魔導砲の砲撃音を聞き浸って酔い痴れていた。

 

(これからはこの魔導砲の砲撃音を聞けると思うと、心が躍りますねぇ)

 

 彼は内心ウキウキとした様子で呟く。

 

 カルマは鹵獲した魔導砲を含むパーパルディア皇国軍の武器兵器の一部を本国へと送っており、本国の技術者達がそれらの構造を調査し、コピー生産を行うつもりでいる。少なくとも準文明国であるリーム王国からすれば、パーパルディア皇国製の武器兵器のコピーはそう難しい事ではない。

 だからこそ、将来同じ砲声を別の戦場でも聞けるという期待感があったのだ。

 

 鹵獲した魔導砲による砲撃は順調に行われ、パールネウスの城壁に砲弾が直撃して次々と爆発を起こしている。皇軍側は先日同様攻撃を耐え忍んでいるので、反撃は無い。

 

「これならば我々だけでも事足りますねぇ。同じ力を持っている以上、空からの援護のない皇国など、恐れることはありませんな」

 

 カルマは気を良くした様子で攻撃を受けるパールネウスの城壁を見ながら呟く。

 

 空の方ではワイバーンの差は大きいが、そのワイバーンロードも皇軍はもう飛ばすことは出来ない。銃の性能は僅かに下の型落ちから同等の性能、性能が高い九九式短小銃があり、魔導砲の性能は同等だ。

 

 向こうには地の利があると言っても、その戦力差は決して大きくない。

 

 だからこそカルマはリーム王国の勝利を確信しているのだ。

 

 

 やがて砲撃を終え、皇軍からの反撃が無いのを確認してカルマは地上部隊を前進させ、陣地から飛び立ったリーム王国の竜騎士団のワイバーンが彼らの上を飛んでいく。

 

「さぁ、行くのです!! 今こそパーパルディア皇国に受けた屈辱を晴らす時です!!」

 

 カルマは大きな声で指示を出し、各所で煙を上げているパールネウスの城壁を見つめる。

 

(ここで皇国を滅ぼし、このフィルアデス大陸を制するのは、ロデニウスではない!! 我がリーム王国だ!!)

 

 野望を燃え上がらせ、この先来るであろう未来を彼は夢想する。

 

 

 

 ギュオォォォォォォォォン!!!

 

 

 

 すると空からリーム王国のワイバーンではない、別の生物の咆哮が響き渡る。その咆哮を聞き、竜騎士達とワイバーン、地上の兵士達は戸惑い、動きが止まる。

 

「こ、これは……!?」 

 

 カルマは顔を青ざめて、身体を震わせる。

 

「まさか、そんな……そんなことが!?」

 

 この場ではありえないその声を持ち主が脳裏に過り、彼は空を見上げる。

 

 竜騎士達も見上げると、太陽を背にこちらに向かって降下してくる影があった。

 

 

 それはこの空に居るはずの無い、パーパルディア皇国のワイバーンオーバーロードであった。

 

「馬鹿な!? なぜ、なぜ皇国のワイバーンロードが!?」

 

 現れるはずの無い皇国の空の戦力に、カルマはただ驚愕するしかなかった。

 

 

 

 基地を爆撃し、滑走路を破壊したはずなのに、なぜ皇軍はワイバーンオーバーロードを飛ばすことが出来たのか?

 

 

 皇軍の多くの人間は傲慢な性格故に相手を知ろうとはしないが、中には慎重な性格をしている軍人も居る。パールネウスの防衛基地司令はその類の人間であり、これまでにロデニウスに関する多くの情報が入っていたので、対策を練っていたのだ。

 

 過去のロデニウス連邦共和国による攻撃の中で、防衛基地の滑走路が優先的に破壊されているのが確認されていた。基地司令は仮にパールネウスを攻撃する時も防衛基地の滑走路を真っ先に攻撃すると予想していた。先の空襲時も滑走路を優先的に攻撃していた。

 

 そこで基地司令は一計を案じた。

 

 滑走路は先の空襲で破壊されたのを修復し、その修復と並行して新しく滑走路を作ってそこに荷物や草木を用いて偽装していたのだ。仮に基地の滑走路が破壊されたとしても、少なくとも偽装した滑走路への被害は軽微に留まらせる事が出来る。

 現に先の空襲で正規の滑走路は破壊されたが、偽装していた滑走路への被害は皆無であった。

 

 更に市街地の街道にも一手間加えており、ワイバーンオーバーロードの滑走距離分の石畳を剥がして石畳と同じ色の細かい砂利を敷き詰め、それを臨時的な滑走路に仕上げたのだ。

 

 ワイバーンオーバーロードは共和国時代に作られていた地下壕に避難させていたので、空襲の被害を免れていた。

 

 夜中に皇軍は偽装を解除しつつ被害個所の修復を行って、街道に作った臨時滑走路の状態を確認して、ワイバーンオーバーロードを飛ばせるようにしたのだ。

 

 そして連合軍に動きを悟られないように、ワイバーンオーバーロードは攻撃を受けている反対側に向かって飛び立ち、大きく迂回しながら高度を上げ、リーム王国の竜騎士団に奇襲を仕掛けたのである。

 

 もしも上空からの偵察を徹底して行っていれば、これら一連の動きに気付くことが出来たかもしれなかった。そうすればロデニウス連邦共和国による再度空襲を行って、ワイバーンオーバーロードの出撃を阻止できたかもしれなかった。

 

 だが、リーム王国が攻撃を強行したことで、皇国のワイバーンオーバーロードの出撃を許してしまった。

 

 

 

 そこからのリーム王国は一方的な殺戮に見舞われた。

 

 竜騎士団は皇軍のワイバーンオーバーロードの奇襲を受けて一気に40騎が撃ち落とされた。

 

 パーパルディア皇国のワイバーンオーバーロードは僅か42騎で、リーム王国は40騎墜とされたが、それでも140騎は残っている。

 

 数だけならばパーパルディア皇国側が圧倒的に不利であったが、その質は圧倒的に皇国側が有利であった。

 

 パーパルディア皇国が聖都と認めたパールネウスの防衛を任された精鋭たちが最新のワイバーンオーバーロードを操っているのだ。格下のワイバーンロードよりも更に下のワイバーンで、準文明国のリーム王国の竜騎士の練度では、その戦力差は大きく開いていた。

 

 ワイバーンの速度差に加え竜騎士の練度も相まって、リーム王国の竜騎士団は次々と撃ち落とされていった。リーム王国の竜騎士達も負けじと果敢に挑んでいたが、返り討ちに遭って撃ち落とされている。

 

 

 

「ぬぅ!! し、しかし、まだ地上部隊が残っている!! 竜騎士団が持ちこたえているうちに!!」

 

 空が混乱に陥っている中、カルマは何とか気持ちを切り替えて地上部隊の進撃を指示し、地上部隊は戸惑いながらも前進を再開する。

 

 しかしその直後、地上部隊のあちこちで爆発が起こる。

 

「なっ!?」

 

 カルマは突然の爆発に驚愕するが、その原因をすぐに見つける。

 

 彼の視線の先には、パールネウスの城壁から次々と白煙が上がり、その直後には地上部隊のあちこちで爆発が起きている。

 

「そんな!? あれだけの砲撃にもあの城壁は耐えたというのか!?」

 

 信じられないというような表情を浮かべて驚愕するカルマを他所に、皇軍側の砲撃は地上軍のあちこちで爆発して兵士たちを吹き飛ばし、更にリーム王国の魔導砲を破壊していく。

 

 

 パールネウス周囲を囲う城壁は硬い岩盤から切り出した石材を複雑に組み合わせ、更に強化魔法で石材の強度を上げているので、かなり堅牢な作りをしている。少なくとも自軍で用いている魔導砲の直撃に耐えられる強さを持っている。

 その為、リーム王国側の砲撃は皇軍に被害を齎さなかったのだ。

 

 ワイバーンオーバーロードの攻撃に合わせて城壁内で待機していた砲兵隊は、一斉に魔導砲を出して反撃に出たのだ。

 

 その上、パールネウスの防衛を担っているとあって、砲兵隊の練度は高く、魔導砲は他と違って最新の物が配備されており、砲丸の威力から速度、砲撃精度はリーム王国側の魔導砲よりも高い。その為、皇軍の砲兵隊は威力があって、より正確な砲撃で、リーム王国を攻撃しているのだ。

 

 

「こんな、こんなはずでは……」

 

 轟音が響き渡り、カルマは空を見上げて、次々と落とされる自軍のワイバーンと空を掛ける皇軍のワイバーンオーバーロードを見つめる。

 

 もはや風前の灯火であって、あと一歩攻めれば勝てると、そう思っていた。

 

 援軍も来て、武装も強化され、竜騎士団は無傷で残って数も増強された。

 

 必ず勝てると思っていた、それだけに彼の衝撃は大きかった。

 

「カルマ様!!」

「っ!」

 

 と、呆然としていたカルマは部下に声を掛けられてハッとすると、彼の視界にこちらに向かってくるワイバーンオーバーロード姿が映る。

 

「に、逃げ―――」

 

 一瞬で悟った彼は逃げようとするが、その前にワイバーンオーバーロードは竜騎士の指示で口を大きく開け、導力火炎弾を放つ。

 

「ぎゃぁぁぁぁ!!!」

「熱い! 熱い!!」

「助けてくれぇっ!!」

 

 導力火炎弾が地面に着弾して火が辺り一面に広がり、陣にいたリーム王国軍は被害を被り、多くの者が火達磨になってもがき苦しみながら地面を転がっている。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"ぁぁぁぁっ!!」

 

 カルマも例外ではなく、火が付いたマントを剥いで地面を転がっている。すぐさま無事だった兵士達が布を叩きつけて火を消そうとしていた。

 

 空からの奇襲を受け、城壁からまさかの反撃を受け、想定外な事態の連続にリーム王国は阿鼻叫喚の状況となり、もはや戦うどころではなかった。

 

 それに追い打ちをかけるように皇軍は更に攻撃を仕掛け、リーム王国軍の殲滅に入ろうとする。

 

 

 しかしリーム王国にとって幸運だったのは……連合軍が「こんなこともあろうかと」と備えてくれたことだろう。

 

 

 突然地上部隊に攻撃を仕掛けようとした数騎のワイバーンオーバーロードが、血飛沫を上げて墜落する。

 

 何事かと皇軍の竜騎士は周囲を見渡すが、その直後にまたワイバーンオーバーロードが血飛沫を上げて墜とされる。

 

 その直後に彼らの上を甲高い音と共に何かが通り過ぎ、誰もが見上げる。

 

 そこにはワイバーンとは異なる飛行機械こと三式戦闘機 飛燕の姿があった。

 

 

 動きが何も無いパールネウスに違和感を覚え、リーム王国が何かしらやらかすと考えていた『三笠』は、後方のアルーニの飛行場に待機している航空隊にいつでも出撃できるように指示を出していた。リーム王国が攻撃を開始したと共に三式戦闘機 飛燕で構成された航空隊を出撃させ、高高度にて待機させていた。

 

 上空高くにて哨戒している偵察機より接近するワイバーンオーバーロードの隊列を発見し、報告を受けた『三笠』はすぐに航空隊に攻撃指示を出し、リーム王国の救援を行わせた。

 

 

 

「これで三騎と……」

 

 三式戦闘機 飛燕のコクピット内にて、マールパティマは呟くように撃破数を数える。

 

 反撃しようと追いかけるワイバーンオーバーロードを速度と馬力に物を言わせて上昇し、追い付けなくなって降下した所を彼は機体を滑らせるように前後を反転させ、逃げようとするワイバーンオーバーロードに照準を定め、零式機銃の発射ボタンを押して弾が放たれ、ワイバーンオーバーロードを竜騎士ごと粉砕する。

 

 他の機もワイバーンオーバーロードを次々と撃ち落としている。

 

(『三笠』司令の予想通りとなったか)

 

 彼は下の方を見て多大な被害を被っているリーム王国を見て鼻を鳴らす。

 

『お見事です! マールパティマ殿!』

 

 と、彼の三式戦闘機 飛燕の近くにターナーケインの機体が近づいてきて通信が入る。

 

「大したもんじゃないさ。教官たちのしごきに比べればな」

『さ、さすがにそれと比べるのは……』

 

 ターナーケインは通信越しに乾いた笑い声を漏らす。マールパティマの言葉に訓練の時の光景が脳裏に過ったようである。

 

『あっ、皇軍のワイバーンロードが!』

 

 と、ターナーケインは引き揚げていく皇軍のワイバーンオーバーロードを見つめる。

 

 皇軍の竜騎士達は冷静に判断してか、ロデニウス軍の飛行機械とは無理に戦おうとはせず、撤退している。

 

「良い引き際だな」

 

 マールパティマはそう呟くと地上を見る。

 

 リーム王国は今の内にと連合軍の陣地へと撤退し始めていた。

 

『リーム王国は撤退し始めましたね』

「みたいだな。さすがにこの状況じゃ戦う気は起きないだろう」

 

 彼はそう言ってため息の様に大きく息を吐き、無線機のプレストークボタンを押す。

 

「これよりリーム王国の撤退を支援する。王国軍が撤退を完了するまで可能な限りこの空域に留まるぞ」

 

『了解!』と彼が率いる隊のパイロット達から返答が帰って来て、マールパティマは高度を下げてパールネウスの城壁に対して機銃掃射を開始した。

 

 城壁に被害は出ないが、零式機銃から放たれた弾丸は城壁のスリットに入り込んで魔導砲を破損させたり、弾丸の破片で砲兵達を殺傷させる。

 

 皇軍は慌てて魔導砲を城壁内へと格納し、スリットを閉じる。

 

 砲撃が無くなったことでリーム王国は手早く撤退を開始し、マールパティマ率いる航空隊は機銃掃射で皇軍を威嚇して動きを封じる。

 

 そしてリーム王国が撤退を完了させたのを確認し、航空隊も引き揚げていった。

 

 

 

 




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第百話 パールネウス攻略戦 弐

今回で本作は100話目に到達しました。
これからも本作品をよろしくお願いします。


 

 

 

 リーム王国によるパールネウスへの攻撃は失敗に終わり、パールネウスに損害を与えるどころか、王国軍が大損害を被るという結果となった。

 

 

 王国軍はもしものために備えていた連邦共和国空軍の航空隊の掩護で何とか撤退することが出来たが、その被害は多大なものであり、少なくとも軍事行動が取れる状態に無いという。

 

 

 


 

 

 

 その日の夜の連合軍陣地

 

 

「これはっ、どういうっ、ことですかぁっ!!」

 

 会議室代わりのテント内にて、カルマの苦し気な怒声が響く。

 

 ワイバーンオーバーロードの導力火炎弾の火を受けて火達磨になったことで、カルマは全身に火傷を負ったものの、命に別状は無いという。

 

 しかし全身に包帯が巻かれ、所々血が滲んでいるその姿は、かなり痛々しいものである。普通なら動くのもきついだろうに抗議するほどの元気さを見ると、思いの外頑丈なようである。

 

 そんな彼の姿を哀れんで、それでいて呆れた様子で『三笠』達は見ている。

 

「皇軍の戦力は前日に排除していた、はずではなかったのですか!! お陰で我が王国軍は甚大な被害を被ってしまったのですよ!! 一体どうするのですかぁっ!」

 

 カルマはそう言いながら怒りに任せて机に拳を叩きつける。拳を叩きつけた事で包帯に血が滲んでいたが、興奮状態とあって痛みを感じづらくなっているようである。

 

 先の戦闘でリーム王国は甚大な被害を被っており、地上部隊は三分の一が失われ、180騎はいたであろう竜騎士団は僅か28騎までに減っていた。

 装備も多くが撤退時に破棄されており、銃の他に魔導砲が失われた。

 

 兵士達も奇跡的に無傷で居る者は少なく、多くが重傷を負っており、戦線復帰出来る者はいない。

 

 もはやリーム王国にパールネウスを攻撃できる余力は無いに等しい。

 

「……」

 

 と、『三笠』は呆れた様子で小さくため息を付く。

 

「だから申し上げたはずです。ちゃんと戦果確認をしてから動くべきだと。それを聞かずに攻撃を強行したのはあなた方です。被害を受けたからと言って抗議するのはあまりにも筋違いでは」

「ぐっ……」

 

 彼女の指摘にカルマはぐぅの根も言えなかった。

 

 まだ攻撃するべきではないと彼女が警告したにも関わらず、パールネウスへの攻撃を強行したのはリーム王国であり、それでいて被害を受けてその文句を言われる筋合いは無い。

 

「しかし、あなた方のお陰でパールネウスの手の内は大体把握出来ました。犠牲となった方々にはお悔やみ申し上げます。被害を受けた方々にはこちらから可能な限りの支援をいたしますので」

「……」

 

 『三笠』の言葉にカルマは身体を震わせて俯くが、その表情は怒りに染まっている。遠回しに「お前達の犠牲のお陰で助かったよ」と言われたような気がしたからだ。

 

 やがて彼は大きく鼻を鳴らして踵を返し、松葉杖をついて兵士に支えられながらテントを後にする。

 

「やれやれ。あれだけの怪我を負っていながら元気ですな」

 

 カルマがテントを出た後、ミーゴが呆れた様子で声を漏らす。

 

「ですが、リーム王国のお陰でパールネウスの防衛戦力は凡そ判明しましたな」

「えぇ。リーム王国の方々には悪いですが、お陰で被害を受ける前に対処できます」

 

 『三笠』は頷いてそう言うと、机に広げた地図を見る。

 

(しかし、こんな形で総旗艦が望む状況に持ち込めるとはな)

 

 彼女は地図を見ながら内心呟く。

 

 

 リーム王国の性格やこれまでの行動を知ってから『大和』と『紀伊』は、いかにしてリーム王国に今回の戦争に損をしてもらうか、と考えていた。その一環として技術強奪を防ぐ為、雷神二機によるパールネウスにある研究所の爆撃を行ったのだ。

 

 しかし表立ってリーム王国を妨害すると、その性格から行動を妨害したという一件をダシに周辺国へ何かしら吹聴しかねない。今後フィルアデス大陸での貿易を考えるなら余計な風評は無い方が良い。

 

 どうするかと考えていた矢先に、アルーニの戦いにてリーム王国は意気揚々参戦していながら殆ど何もしていないことになって立場が揺らぎ、今回に至っては派遣した戦力を無駄に損失しただけに終わった。連合軍内におけるリーム王国の評価は最低なものになった。

 勝手に向こうが損害を出して二人の望み通りの展開になったのだ。

 

 少なくともリーム王国は被害の規模からこれ以上パールネウスへの攻撃に参加は出来ないだろう。出来ても後方支援ぐらいだ。危惧していたパールネウスでの略奪や技術の奪取は行えないだろう。

 

 『三笠』は二人からその手の話を聞いていたが、別に彼女はリーム王国を陥れようとは考えていなかった。リーム王国の攻撃を許したのも一応勝算があってのことであった。まさか皇国軍が爆撃を受けていながらワイバーンオーバーロードを残して、更に運用できる状態だったのは予想外だったが。

 その為、彼女は甚大な被害を受けたリーム王国に少しだけ同情したのだった。

 

 

 


 

 

 

 後日アルーニの基地より深山改と連山改といった爆撃隊が出撃し、再度パールネウスへの爆撃を敢行した。目標となっている偽装滑走路と地下壕の位置は高高度より偵察していた偵察機により判明している。

 

 爆撃には本来パールネウスを囲う城壁を破壊するのに用いる為に持ってきた80番陸用爆弾が用いられ、正規の滑走路を含め、偽装された滑走路を破壊して、大きな穴を開けた。

 

 そして本命の地下壕に避難させているワイバーンオーバーロードも80番陸用爆弾の威力によって地下壕の天井が破壊され、一緒に避難している竜騎士諸共ワイバーンオーバーロードは殆どが生き埋めになった。

 

 再び防衛基地が攻撃され、滑走路も正規と偽装を含めて破壊され、避難させていた竜騎士とワイバーンオーバーロードもその殆どが生き埋めになり、事実上損失した。

 

 

 そしてパーパルディア皇国は、今度こそ完全に制空権を喪失したのだった。

 

 

 

 

 

 中央歴1640年 3月17日 

 

 

 朝日が昇り、辺りが明るくなり出した。

 

 

 

「……凄いわね」

 

 ムーより観戦武官として派遣されたアイリスは、目の前に広がる光景に思わず声を漏らす。

 

 彼女の前の前には、戦車隊を先頭に車輛部隊と装甲車や車に乗り込んだ兵士達の姿と、攻撃準備を整えた連邦共和国陸軍の地上部隊が待機している。

 

 本国でもまず見られない光景であって、彼女が感嘆の声を漏らすのも無理はなかった。 

 

(その上砲兵隊は後方で展開して、いつでも攻撃できるように待機しているそうね。どうなるか想像が付かないわね)

 

 アイリスはこれから行われる、祖国とは規模が桁違いのロデニウスの本気の攻撃に、期待感と共に恐怖を覚える。

 

 

 彼女は案内役の兵士と共に部隊の先頭に居る戦車隊の前に移動する。

 

(改めて前に来ると、これと対峙するパーパルディア皇国に同情するわね)

 

 74式戦車改と61式戦車改を見ながら、アイリスは内心呟く。

 

 少なくともパーパルディア皇国には戦車を撃破できる兵器は無いだろう。精々足回りを破壊して行動不能に出来るぐらいだ。

 もし撃破を狙うなら捨て身の肉薄攻撃ぐらいだろう。まぁ近づくまでもなく殆どが倒されるだろうが。

 

(これなら、本国が戦車をロデニウスから輸入するのを決断するわね)

 

 彼女は少し前に本国で行われた会議についての資料を思い出す。

 

 

 ムー統合軍はロデニウスの74式戦車改と61式戦車改等の戦車の有効性や自軍の戦車の性能や数不足を痛感し、当初は次期主力戦車を国産開発で揃えようと考えていたが、グラ・バルカス帝国との緊張感が高まっていつ戦争状態になるか分からない状況になりつつある。

 国産戦車の開発は間に合わないと判断され、マイラスやラッサン、アイリスを含めた留学生達からの調査報告を受けて、ムー統合軍は国産戦車の開発は水面下で継続しつつ、ロデニウスより戦車の輸入を行って主力として採用することにした。

 

 現在はロデニウスと交渉し、ユニオン、ロイヤル、北連、鉄血、重桜等の各国の戦車から、主力となる戦車の選定が行われているという。

 

 

「ん?」

 

 戦車隊の前を歩いていると、彼女の視界にある物が映る。

 

 彼女の視線の先には、74式戦車改と61式戦車改とは異なる戦車が待機している。

 

 74式戦車改より一回り大きく、丸みを帯びた形状がある両車と違ってその戦車は全体的に角ばっている。その傍には『シャルンホルスト』と『グナイゼナウ』の二人がいて、その戦車について何か話しているようだ。

 

「ねぇ、あの戦車は?」

「機密につき詳細は話せませんが、本土より持ち込まれた新型戦車の試作車輛だと聞いています」

「新型……」

 

 案内役の兵士より話を聞き、アイリスは息を呑む。

 

 74式戦車改ですら少なくともこの世界で最強格の地上戦力になりうるというのに、ロデニウスはそれを上回る戦車を開発していた。

 

(ロデニウスは常に進歩を続けているのね……)

 

 それで満足することなく、常に前を見続けているロデニウスの姿勢に、彼女は驚きと共に感心する。もちろんムーも常に進歩をし続けているが、永世中立国故に開発費は多く下りないので、技術の進歩が著しいのは否めない。

 

(だからロデニウスは戦車の輸出を認めたのね)

 

 そして彼女は事情を理解し、どこか複雑な気持ちになる。更に強力な新型を開発して優位を保てるからこそ、国産開発の為の研究用に輸入したM4シャーマンより強力な戦車の輸出を認めたのだろう。

 

(ロデニウス……どこまで進歩し続けるのかしら)

 

 アイリスはまだ見えないロデニウスの底に、言い知れない不安を覚える。

 

(まぁ、私達だって立ち止まっているわけじゃないわ。私達も進歩し続ける)

 

 彼女はロデニウスの新型戦車を見ながら、改めて技術の進歩への情熱を燃やす。

 

 

 


 

 

 

 そして時間は午前9時を迎える。

 

 

「司令。時間です」

「……攻撃開始!」

 

 副官の言葉に『三笠』は一息つき、攻撃開始の号令を放つ。

 

 

 

 後方に陣地を構えた砲兵隊は、攻撃開始の号令と共に一斉に砲撃を開始した。

 

 75式自走榴弾砲とFH 155mm榴弾砲が一斉に火を噴き、75式自走多連装ロケット弾発射機からロケット弾が順に発射されていく。

 

 放たれた榴弾とロケット弾はパールネウスの城壁に着弾し、大きな爆音と振動を伴って爆発し、城壁を揺らす。

 

 砲撃は断続的に着弾させるために、一段、二段、三段とグループごとに順に砲撃が行われ、二段目の砲撃が放たれる。その間に一段目のグループは砲弾の再装填を行って次の砲撃に備える。

 

 今回の砲撃にはトラック泊地陸戦隊所属の砲兵隊の他に、ロデニウス連邦共和国陸軍砲兵隊が初の実戦に挑んでいる。 

 

 

 

「……」

 

 砲撃が行われている中、かつてエジェイの司令であり、現在は連邦共和国陸軍の砲兵隊の司令となったノウは、双眼鏡を覗いて着弾地点のパールネウスの城壁を見る。

 

 城壁に次々と榴弾やロケット弾が着弾して爆発し、城壁の表面を少しずつ破壊している。

 

 魔導砲の直撃に耐えられる強固な作りをしているとは言えど、それ以上の威力ある攻撃はあまり想定していない。故にある程度でしか耐えられず、城壁は少しずつ表面が破壊されている。目に見えないが、城壁内部では崩れた石材の破片が落ちてきて砲兵たちが被害を被っている。

 

(うむ。思ったよりも着弾地点は広がっていないな。砲兵隊の練度は着実についている)

 

 自身が率いる砲兵隊の成長を目の当たりにして、ノウは笑みを浮かべる。

 

 発足以来、砲兵隊は絶え間ない鍛錬を繰り返しており、その実力は発足してから今日に至るまでの期間を考えると、早い方だろう。

 

「良い成果だな!! 同志ノウよ!!」

 

 と、砲声に負けない声がしてノウがその方向に視線を向けると、一人の女性が立っている。

 

 癖のある銀色の髪を腰まで伸ばし、ご立派な双丘を持つ赤い瞳の美女であり、白い制帽に胸元が開けた白い制服に丈の短い黒いタイトスカート、その上に毛皮のファーを着けたコートを羽織っている。

 

 彼女は北連のKAN-SEN『ガングート』。『フリードリヒ・デア・グローセ』と共にトラック泊地陸戦隊に所属している砲兵隊を率いている。今回の戦闘に派遣された砲兵隊は彼女が率いる砲兵隊である。

 

「これは『ガングート』殿。いえいえ。我が砲兵隊の実力はまだまだです」

「謙遜をするな!! 今出ている結果は紛れも無く鍛錬を積んだ彼らの実力だ! 決して紛いものではない!」

 

 謙遜気味のノウに、『ガングート』は回りくどいことはせず、正面から称賛する。

 

「それに、これも貴様の指導の賜物だ! 誇りに思っても良いぞ!!」

「は、はぁ……」

 

 肩を叩いて称賛する『ガングート』にノウは苦笑いを浮かべる。

 

 当初はKAN-SENのことを快く思っていなかったノウであったが、国の為に尽力している彼女たちの姿を見てからは、そんな思いは無く、今は彼女達を受け入れている。

 

 しかしどうも『ガングート』のテンションの高さには付いて行けないでいた。それに若干思想的なのも苦手意識を抱かせている要因だろう。

 

(だが、彼女と彼女が率いる砲兵隊の実力が高いのも事実だ)

 

 ノウは『ガングート』に頭を下げてから、再度首に提げている双眼鏡を手にして覗き込む。

 

 パールネウスの城壁は確実に破壊されていき、城門に関しては正確な砲撃で榴弾が着弾して確実に破壊している。前者はノウが率いる砲兵隊の砲撃。後者は『ガングート』が率いる砲兵隊の砲撃だ。

 

 城壁と言う大きな目標に対してバラバラに命中させているノウの砲兵隊に対して、城門と言うピンポイントの目標に命中させている『ガングート』の砲兵隊。その実力差は歴然だ。

 

 

 ともあれ、砲兵隊の砲撃は断続的に行われ、パールネウスの城壁は確実に破壊されていき、侵入路になるであろう城門も粉々に吹き飛ばされた、

 

 続けて待機していた爆撃隊がパールネウスに飛来し、城壁に対して80番陸用爆弾を投下して砲撃していた城壁とは違う方角の城壁を破壊する。城壁は側面からの攻撃には強いが、さすがに垂直からの攻撃は想定していないので、80番陸用爆弾は城壁の天板を貫通し、内部で炸裂して城壁を破壊する。

 

 城壁がいくつもの方角から破壊されたので、パーパルディア皇国は連合軍がどこから攻めてくるか判断しかねて、戦力を分散せざるを得なかった。

 

 

 砲兵隊が砲撃を終え、待機していた戦車隊が『三笠』の号令と共に前進し、それに続いて歩兵を乗せた車輛部隊が続く。上空にはアルーニより飛び立った三式戦闘機 飛燕の編隊が飛び、地上部隊の上空支援に当たる。

 

 

 

 パールネウスが味わう悪夢は、始まったばかりである。

 

 

 


 

 

 

 所変わり、トラック泊地

 

 

 

「そうか。パールネウスへの攻撃が始まったか」

「……」

 

 自身の執務室にて『大和』が電話で通話している。その傍には『エンタープライズ』が静かに立っている。

 

「そうだな……予定通り決行は今夜だ。手筈は……整っているな。ならば不安に思うことは無い。必ず成功させろ」

 

 そう言うと、彼は受話器を本体に置く。

 

「いよいよか」

「あぁ。いよいよだ」

 

 受話器を置いたタイミングで『エンタープライズ』が声を掛けると、『大和』が頷く。

 

「短いようで、長かったな」

「……」

「だが、これで目的は達成される」

 

 彼がそう言うと、『エンタープライズ』は何も言わなかったが、静かに頷く。

 

 

 

 歯に衣を着せない物言いなら、今回のパーパルディア皇国との戦争は、この時の為にあり、それ以外はどうでも良いのだ。目的を達成できれば、勝利時の結果はどうでもいい。

 

 パールネウスへの攻撃も、今回の為の陽動に過ぎない。

 

(頼むぞ)

 

 『大和』は内心作戦の成功を祈りつつ、窓から外の景色を見つめる。

 

 

 




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第百一話 全ては、この時の為に

 

 

 

 場所はパーパルディア皇国 皇都エストシラント。

 

 

 辺りはすっかり暗くなり、街の各所に少数配置している松明の火が、僅かにエストシラントに明るさを周囲に与えている。

 

 

 戦争が始まり、皇国の歴史上類を見ない二度の空襲に遭い、エストシラントの雰囲気は最悪であった。

 

 

 港は破壊され、湾内は戦列艦や竜母の残骸に埋め尽くされているので、事実上海上封鎖されて船の行き来が出来ない上に、属領が全て解放されたとあって、穀物や布類、鉄製品といった皇国の主な物流は完全に止まっている。

 

 その為、生鮮食品が手に入らなくなるのは当然として、それ以外の様々な品々が手に入らなくなると噂が流れたことで(実際手に入らなくなったが)、市民達はそれぞれの店に殺到して品物を買い漁った。

 

 中には買い占めや独占によるトラブルが相次ぎ、一騒動も発生する等、一時期毎日が騒然と化した。

 

 長期にわたって騒動が起きたことで、現在エストシラントのほとんどの店は営業していない。

 

 何より、二度目の空襲を受けたことで、市民たちの恐怖は積りに積もって昼間ですら外に出歩かない者が多い。そうなれば元から出歩くことが殆ど無い夜は、完全に無人と化している。

 

 本来なら警備の為の兵士が街を巡回しているのだが、その兵士すらいない状況であり、夜中は浮浪者や犯罪者がうろついて偶々で歩いていた市民の身ぐるみ剥がしたり殺人が起きたりと、事件が起きて対処しようにも人員が全く足りていないので対処できない状況とあって、日に日に治安は悪化の一途を辿っている。

 

 

 そんな誰も出歩かないであろう時間帯の街に、駆け抜けるいくつもの影があった。

 

 

 


 

 

 

 エストシラントの街を駆け抜けているのは、トラック泊地所属の忍びのKAN-SEN達である。

 

 今回彼女達は総旗艦『大和』より重要な任務を帯び、本来各所に散らばって諜報活動を行っている彼女達は、このエストシラントに集結して行動を開始した。

 

 『十六夜月』を先頭に『黒潮』、『暁』、『黄昏月』が建物の屋根の上を走って次々と建物の屋根から別の建物の屋根へと飛び移って移動している。

 しかし彼女達の中に『霧島』の姿が見当たらないが、その理由は後程判明する。

 

 彼女達は素早く、それでいて足音を殆ど立てずに市街地を駆け抜けている。

 

「……」

 

 先頭を走る『十六夜月』は狐の面の上にゴーグルと言う異様な姿であったが、彼は何かを確認してから後続の『黒潮』達にハンドサインを送って走り、『黒潮』達はそれに従って彼の後に追従する。

 

 やがて彼女達の目標地点が近くなるが、目標地点付近には建物が少ないので、彼女たちは建物から降りて道を駆け抜ける。

 

「……」  

 

 すると『十六夜月』は何かに気付き、ハンドサインで後続に止まれを合図し、彼らは建物の陰で立ち止まる。

 

「どうしましたか?」

「進路上に浮浪者です」

 

 『黒潮』が問い掛けると、彼は質問に答えつつ前を指差す。

 

 指差された先には、何か無いかと物を求めて彷徨っている浮浪者の姿がある。ここは富裕層が住むエリアなのだが、夜になると貧困層のエリアに居る浮浪者が物を求めてここにやって来る。

 本来なら巡回している兵士に不審者として捕まるようなものだが、その兵士がいないので、このような状況が起きているのだ。

 

 彼女達は隠密に行動している最中とあって、道中姿を目撃されるのは避けておきたい。かといって今から進路を変更すると時間のロスになる。時間との勝負においてそれは手痛いのだ。

 

『こちらハンター4。対処は任せて』

 

 どうするかと悩んでいると、彼女達に通信が入る。

 

 するとゴミ箱を漁っていた浮浪者の背後に小柄の何者かが忍び寄り、浮浪者の足を払って尻餅着いたところで首に腕を回して強く絞める。首を強く圧迫されて血液と酸素が脳に行き渡らなくなって浮浪者は一瞬にして気を失う。その者は気を失った浮浪者の両脇に腕を通して引き摺って運び出す。

 あくまでも失神した程度なので、浮浪者は数分後には目を覚ます。

 

『ハンター1。障害は排除した。引き続きナビゲートを行う』

「カラス1。対応感謝します」

 

 『黒潮』は通信越しに感謝を送り、『十六夜月』は再び走り出す。

 

 

 今回の作戦は忍びのKAN-SEN達に加え、特戦隊のUボートのKAN-SEN達も参加している。

 

 特戦隊は主に忍び達の支援に当たっており、彼女達を目標地点へのナビゲートに進路上の障害の排除をしている。しかし隠密作戦故に道中では可能な限り殺害は避けておきたい。目標を達成した後でバレて騒動が起きる分には構わないが、まだ目標に接触していない今の段階で騒動を起こされるわけにはいかない。

 人の出が殆どない今のエストシラントの状況からすれば、そうそう見つかるものではないだろうが、先の浮浪者を考えれば今の状況に頼るわけにはいかない。

 

 それに、自身に何かが起きたかを理解する前に意識を奪ったので、少なくとも目を覚ましても彼は気を失った程度にしか思わないだろう。

 

 

 今回トラック泊地の裏側を支えている忍びと特戦隊が集まってこのエストシラントで行っている作戦――――――

 

 

 

 

 

 ――――――それはパーパルディア皇国の皇族にして、シオス王国での観光客虐殺事件の首謀者であるレミールの身柄確保である。

 

 

 シオス王国で起きた観光客虐殺事件の首謀者であり、ロデニウス連邦共和国が是が非でも身柄を確保したかった人物である。

 

 実質上この戦争は彼女の身柄確保が目的と言っても過言ではない。これまでの戦闘はレミールの身柄確保のための過程に過ぎない。

 もちろんこの戦争の目的は他にもあるのだが、重要度はそこまで高くない。機会があればしておく程度の重要度ぐらいだ。

 

 エストシラントの港を徹底的に破壊し、パールネウスへの空襲とその後の攻撃は、レミールの逃亡を阻止する為である。もちろん日頃からレミールが逃亡しないように忍びのKAN-SEN達によって監視を続けていた。

 

 しかしわざわざここまで時間を掛けずに最初の内にこの作戦を行えば、ここまで激しく戦闘を行うまでも無いし、なんだったら早期に戦争を終わらせてレミールの身柄引き渡しを要求すればよかったのでは? と思うが、そうはいかないのが現実だ。

 

 前者はわざわざ厳重警戒されている中に忍び達や特戦隊を突っ込ませるわけにもいかないし、後者は皇帝ルディアスがレミールの身柄引き渡しに応じない可能性がある。例え身柄引き渡しの交渉に応じたとしても、影武者を使って本物のレミールを逃がす可能性がある。もしレミールに逃げられれば、この広いフィルアデス大陸で個人を探すのは困難を極める。下手すれば大陸外へと逃げられる危険性もあった。

 尤も、大国を滅びへと導いた疫病神みたいな女を匿う国はいないだろうが。

 

 これらの理由があったから、今日に至るまでレミールの身柄確保に動けなかった。

 

 しかしレミールが自ら命を絶つ可能性も考えられたが、あの手のプライドの高い傲慢な者は自らの死を選ぶのはあまり考えにくい。現に精神的に疲弊していたが、今も生存している。

 

 

 ともあれ、レミールの身柄確保に絶好の機会が訪れたので、忍び達に集まってもらい、特戦隊も数名が元属領を離れて集まっている。

 

 彼女達は特戦隊のナビゲートに従って市街地を駆け抜け、時々現れる障害を除去してもらい、レミールが暮らす屋敷の近くまでやって来る。

 

『こちらハンター1。屋敷の門の前に警備兵が二人。敷地内に数人が巡回している』

 

 と、狙撃班として後方に居るハンター1こと『U-666』より報告が入る。忍び達は木の陰から屋敷前の門を見ると、そこには警備の為に寄こされた近衛兵の姿がある。その奥の敷地内でも、見える範囲でも数人の近衛兵の姿がある。

 

 ルディアスはレミールの安全を確保する為に、先の空襲で被害を受けながらも近衛兵の中から、26名の近衛兵をレミールの警備に当たらせている。この人数を一人の人間に当たらせる辺り、ルディアスがレミールをどれだけ大切に思っているかが見て取れる。

 

 しかし先の空襲で近衛兵は多くの被害を被っているのにこの人数を出したので、パラディス城の警備が疎かになってしまっているという。そしてそれが後々響くことになる。

 

「特戦隊の皆様。お願いします」

『了解した』

 

 と、通信が終わると、屋敷の敷地内で動きが見られる。

 

 敷地内にて屋敷に近い方から近衛兵が突然倒れていく。物音に気付いて他の近衛兵が振り返るが、直後にその近衛兵もその場に倒れ込む。

 

 門の方で警備している近衛兵も門の柱の陰から覗き込むが、直後に二人して後ろに倒れる。よく見ると近衛兵の頭には穴が開いてそこから血が流れ出ており、左胸の方も穴が開いて血が出て軍服に染み込んで広がる。

 他に倒れた近衛兵達も、同じように頭と左胸に穴が開いて事切れている。

 

 直後に屋敷の陰から特戦隊の『U-73』と『U-81』、『U-101』の三人が小銃を構えたまま出てくる。

 

 三人が手にしているのは特戦隊で用いているカスタムAKMではなく、『AS』と呼ばれる特殊消音小銃である。

 

 銃身をサプレッサーで覆い、専用の9×39mm弾を用いることで、高い消音効果が得られるものであり、かつて北連の特殊部隊で用いられていたこれを妖精達が旧世界の北連の地で見つけて、リバースエンジニアリングを行って特戦隊に配備させている。

 

 今回は隠密性が求められているので、消音効果の高いASに加え、ASの狙撃銃仕様の『VSS』も投入されている。

 

 『U-73』と『U-81』、『U-101』、浮浪者を片付けていて後から来た『U-557』が素早く死体を物陰へと片付け、門前の死体を片付け終えると、狙撃班として少し離れた場所に陣取る特戦隊隊長の『U-666』と狙撃手の『U-47』に連絡を入れ、忍びのKAN-SEN達に手にしている物のスイッチを数回間隔を空けて押す。

 これは赤外線を出すライトであり、肉眼では捉えられないが、暗視装置であれば赤外線を可視化できる。『十六夜月』が着けているゴーグルは暗視装置であり、暗い道中を確認すると同時に道先の安全を確保した合図として特戦隊より照らされる赤外線を確認する為である。

 

 赤外線のライトによる合図を確認して『十六夜月』は『黒潮』達に合図を送り、移動を開始する。

 

 門を通って敷地内に入ると、『黒潮』はUボートのKAN-SENとアイコンタクトをして頷き合う。この後特戦隊は周囲警戒に入り、万が一に備える。

 

 『黒潮』達は屋敷の扉前に来ると、『黒潮』は『黄昏月』を見て頷いて合図を送り、『黄昏月』は肩に下げている小型の通信機のプレストークボタンを一定の間隔で数回押す。

 

 すると扉の鍵が静かに開錠され、扉が開かれる。そこにはメイド服に身を包んだ女性が立っている。

 

「状況は?」

「みんなスヤスヤ良い子におねんねしているよ」

 

 と、メイドの女性はそう言うと顎の肉を掴んで斜め上に引っ張ると、皮ごと剥がれる。

 

 一見すればスプラッターな光景が広がっているが、本当に皮が剥がれているわけでは無く、顔を変装させるマスクの偽の皮が剥がれているだけで、その下からは彼女の素顔が現われる。

 

 変装マスクを剥いだメイドの女性の正体は……忍びの中にいなかった『霧島』である。 

 

 彼女は数週間前からレミールの屋敷にメイドに変装して潜入しており、屋敷内部の構造把握と工作をしつつ状況を逐一報告していた。変装にあたり『霧島』は自身の角を隠しつつ変装するのが大変だったとかなんとか。

 ちなみに変装元になったメイドの女性だが……大金を渡してメイド服や情報提供などの協力をしてもらっている。決して脅迫めいたことはしていない。

 

 メイドに変装して潜入していた彼女は、今夜邪魔者が出ないよう料理や飲み水に遅効性の睡眠薬を仕込み、この時間帯で効果を発揮するように調整していた。その結果、使用人達と交代要員の近衛兵たちは現在熟睡している。

 しかし肝心の確保目標のレミールはこの日に限って食事を取らず、水も睡眠薬を仕込む前に水を飲んだっきりで口にしていない。

 

 不安要素はあれど、目標確保の理想的な状況になっているのに違いはない。

 

「では、参りましょう」

「あぁ」

 

 『霧島』はメイド服を脱ぎ去って下に着こんだ忍びの服装となり、メイド服を物陰に隠してレミールの元に向かう。レミールの部屋は二階にあり、彼女は就寝している。

 

 忍びのKAN-SEN達は見張りの『黄昏月』と『暁』を除いた三人が音を立てず静かに素早く移動して二階へと上がる。『霧島』の案内で彼女達はレミールの部屋の扉の前まで来る。

 

 扉の前で『黒潮』と『霧島』が頷き合うと、『霧島』は事前に入手していたレミールの部屋の鍵を手にして、レミールの部屋の扉の鍵の開錠に入る。

 

 

 

 しかしその直前に『十六夜月』の耳が跳ね上がる。

 

「! 部屋から足音が!」

『っ!』

 

 部屋の中から足音がして『十六夜月』が小さく声を上げると、三人はとっさに隠れる。彼の声は下にいる『暁』と『黄昏月』にも伝わり、二人もとっさに隠れる。

 

 直後に扉のドアノブが回され、扉が開かれると、眠っているはずのレミールが出てきた。

 

『……』

 

 天井に張り付いている『十六夜月』、鑑賞用の壺の陰に隠れる『黒潮』、銅像の形に合わせて隠れている『霧島』は息を呑む。

 

 『霧島』の報告ではレミールは睡眠不足で中々寝付けないでいたとあったが、ここ数日は医者から処方された睡眠薬の服用で何とか眠れていたはずだったのだが、今日に限ってレミールは起きていた。否、彼女の様子からすれば目が覚めてしまった(・・・・・・・・・)というのが正しいだろう。

 

 彼女は顔中に汗を掻いており、汗は全身でも掻いているようで、彼女が身に付けている寝間着は汗の水分を吸っていて身体に張り付き、身体のラインが浮き彫りになっている。

 恐らく悪夢に魘されて目が覚めた、と言った所だろう。

 

 息を荒げている彼女の顔は中々にひどいもので、目元には濃い隈が出来て、見るからにげっそりとしている。疲労とストレスが溜まっているのが見て分かる状態だ。

 

 レミールは見るからにイライラした様子で舌打ちをして、ゆっくりと歩き出す。

 

『……』

 

 三人は静かに互いの顔を見て頷き合う。本来なら眠っている所を強力な睡眠薬を染み込ませた布を口元に押さえて深い眠りにつかせて無力化し、レミールを屋敷から運び出す予定だったが、当の本人が起きてしまってはその作戦は行えなくなった。

 

 だがちゃんと起きている場合を想定したプランBはあるので、慌てる必要は無い。

 

 レミールが階段を降りていくのを確認して、忍びのKAN-SEN達は静かに動き出す。

 

 

 




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第百二話 目標確保へ

 

 

 

 

 レミールは全身寝汗で濡れた不快感を感じつつ重い身体に鞭打って歩きながら、歯軋りを立てる。

 

 ここ最近ストレスからくる不眠症により、眠るに眠れなかった日々が続いて睡眠不足に悩まされていたが、医者から処方された睡眠薬を服用してここ最近は何とか眠ることが出来ていた。

 

 今日は食欲が無かったので夕食を取らず、彼女は睡眠薬を服用して眠りについていたのだが、この日に限って悪夢に魘され、処刑されそうになった瞬間に彼女は目を覚ました。

 

 睡眠薬を服用しても目を覚ますほどの悪夢に彼女は怒りに満ちて恨めしそうに掛け布団を何度も殴りつける。この時は粗相をしていなかったので、まだ彼女の気持ち的にはマシだった。

 

 悪夢を見たことで全身から汗が噴き出しており、彼女が身に纏っている寝間着はびっしょりとなっており、それ故に喉はカラカラだった。

 

 びっしょり濡れて肌に張り付く寝間着に気持ち悪さを覚えて使用人を呼ぼうとしたが、時刻は深夜。この時間では誰も起きていないのは明白だ。今のレミールに使用人達を叩き起こしてでも寝間着を着替えさせ水を持って来させようと気は起きず、仕方なく寝間着は後で自分で着替えることにして、今は水を飲みに行くことにした。

 

 重い足取りで部屋を出るが、この時周囲に若干の違和感を覚えるが、気のせいかと思い、ゆっくり歩いて食堂を目指す。

 

 

 食堂に着いてそこを経由して厨房に入り、皇族の間でもまだ珍しいムー製の冷蔵庫の扉を開け、中にある水を入れているボトルを手にする。いちいちコップに注ぐのが面倒だったのか、蓋を外してそのまま口に付けて水を飲む。

 

 冷蔵庫の上段に入れている大きな氷のお陰でボトルごと冷えた水は、彼女の喉を潤すと共に火照った身体を冷やしてくれた。

 

 水を飲んでボトルを口から離すと、昂っていた気持ちはある程度鳴りを潜め、レミールは深く息を吸って、ゆっくりと吐く。

 

「……クソ、クソ、クソ、クソッ……っ!」

 

 しかし冷たい水を飲んで頭も冷えていたが、不意に怒りがこみ上げてきてレミールはボトルを握り締めると、ボトルを冷蔵庫に叩きつけてボトルは大きい破片となって割れ、中身の水を床に撒き散らす。

 

(なぜだ!! なぜ、なぜこうなったんだっ!!)

 

 彼女は内心恨めしく呟き、頭に両手を付いて髪を乱暴に掻き上げる。

 

 

 先ほど彼女が見た夢は……自身が処刑台に上げられ、身動きが取れないように身体は固定された。その間にも目の前には大勢の人間が自分に対して人殺しだの悪魔だのと、罵詈雑言を投げかけてきた。

 

 見たくも無い、聞きたくも無い。なのに彼女の目には怒りと憎しみに染まった人々の姿が映り、彼女の耳には罵詈雑言が嫌に鮮明に響く。

 

 そしてその彼女の周りには、全身が薄暗く、首から血を流したり身体のあちこちから血を流したりと、血濡れた人達が血涙を流している虚ろな目で、それでいて恨めしく呟いてレミールを見つめている。

 

 彼女はその者達が何者か、言われずとも本能的に分かってしまった。

 

 

 彼女がこれまで自らの意思で処刑を命じ、処刑によって命を刈り取られた者達だ。

 

 

 血濡れた者達は小さな声だったので何を言っているかは分からなかったが、それなのに彼らの声は罵詈雑言を投げかける者達よりも酷く響いた。

 

 そんな中、自分の命を刈り取るであろう処刑人が大きな斧を持って現われ、自身の命を刈り取ろうとする斧を振りかぶり、勢いよく振り下ろした。

 

 その瞬間に、彼女は目を覚ました。

 

 

 今までならこんな夢を見ても気にはならなかった。怨念共の戯言だと、負け犬共の遠吠えだと、それで一蹴できたはずだ。

 

 だが、今はそうは思うことが出来ず、彼女の精神をゴリゴリと削っていた。ロデニウスによるエストシラントの空襲以来、この状態だ。

 

(私は、これまで通りにして来ただけだ!! 生意気な蛮族に教育してやっただけだ!! 我らに支配されるだけの蛮族共に恨まれる筋合いは無い!! 無いんだ!!)

 

 心の中で自らを正当化しつつ、頭を振るう。

 

 こんな状況でも自らが正しく思えるその姿勢は、逆に称賛に値するほどである。

 

(だが、まだだ、まだ終わっていない!!)

 

 と、レミールは顔を上げると、濁っていながらも、その眼には闘志が宿っている。

 

「私は、こんな所で、終わってたまるか!」

 

 この状況でありながら未だに闘志を衰えさせない辺り、彼女のメンタルは妙な所で頑丈のようである。

 

 レミールは冷蔵庫の扉を閉め、散らかったボトルの破片と水をそのままにして厨房を出て、食堂を通って自室へと戻る。

 

 

「ッ!?」

 

 レミールが食堂を出た直後、突然彼女は首に強い圧迫感を覚える。

 

 とっさに首に手をやると、何かが首に巻き付いている。何とかそれを退かそうとするが、力が強く剥がれようとはしない。そして背中の感触から誰かが自分の首を絞めていると瞬時に理解する。

 

 叫ぼうにも首を圧迫されて気道が塞がれているので、声を出すことが出来ない。

 

 拘束を解こうと抵抗するが、直後首の圧迫が更に強くなる。

 

「ッ! ――――……」

 

 レミールは抵抗を続けるが、やがて脳に血液と酸素が行き渡らなくなり、彼女の意識は徐々に薄れて、やがてレミールの意識は暗闇の中に沈んだ。

 

 

 


 

 

 

「……」

 

 気を失ったレミールの後ろにいる『霧島』は安堵の息を吐き、レミールを静かに床に下ろす。

 

 確保目標が起きていたので、忍びのKAN-SEN達はプランBを決行し、レミールの確保に入った。

 

 彼女が厨房で水を飲んで、食堂を出た直後に、扉の陰に隠れていた『霧島』が彼女の背後に忍び寄り、チョークスリーパーのようにレミールの首に腕を回して締め上げた。

 

 レミールは抵抗したが『霧島』は死なない程度に強く締め上げ、やがて動かなくなったレミールを床に下ろし、脈を確認した。

 

「目標は?」

「生きてるよ」

「では、移送の準備を」

 

 『黒潮』の指示で『霧島』達はすぐに準備に取り掛かる。

 

「カラス1よりハンター1へ。目標を確保しました」

『ハンター1了解。湾外に迎えが待機している。手筈通りの方法にて引き渡しを頼む』

「カラス1了解」

 

 『黒潮』が通信を終えると、既に移送準備が整えられていた。

 

 レミールの両手首と両足首は結束バンドを拘束し、目隠しをして猿轡を掛け、通気孔を空けた死体袋に彼女を入れている。

 

「撤収です」

 

 『霧島』が死体袋に入ったレミールを担ぎ上げ、『黒潮』の言葉に忍びのKAN-SEN達は頷き、痕跡を回収して素早く屋敷を出る。

 

 屋敷を出た忍びのKAN-SEN達を特戦隊のUボートのKAN-SEN達が見送った後、彼女達も撤収する。

 

 

 一時間にも満たない、正に一瞬の出来事だった。

 

 


 

 

 忍びのKAN-SEN達は特戦隊のナビゲートの元、街を抜けて港へと来ると、彼女達は艤装を展開して海に飛び込み、海上を走って湾外に出る。特戦隊は引き続き周囲の警戒に入っている。

 

 沖に出ると、小さなブイが浮かんでいて彼女たちはその傍まで近づき、『黄昏月』が通信機でモールス信号を送ると、数秒後海中に待機していた潜水艦が浮上する。世にも珍しい砲撃を行う潜水艦『シュルクーフ』である。

 

「待ってたわよ~」

 

 ハッチを開けて出てきたのは、この砲撃潜水艦の主であるKAN-SENの『シュルクーフ』。ほんわかな雰囲気をしているが、彼女も特戦隊の一員である。

 

 『黒潮』たちは『シュルクーフ』の艦体に上がり、彼女と乗組員の妖精達の前へとやって来る。

 

「それが荷物かな?」

「はい。本土への移送、お願いします」

「任せてね」

 

 『霧島』は担いでいるレミールを妖精達に引き渡し、妖精達は静かにゆっくりと艦体の中へと運び込む。

 

 『黒潮』達は『シュルクーフ』の艦体から降りると、彼女は『黒潮』たちを見送りながら艦体の中へと戻り、艦体は再び海中へと潜行し、これからロデニウス大陸を目指す。

 

 忍びと特戦隊は次の作戦に備え、再びエストシラントへと戻る。

 

 

 


 

 

 

 所変わり、ロデニウス連邦共和国

 

 

『……』

「……」

 

 大統領府の執務室にて、カナタは執務机の上で両手を組み、身動きせず静かにして待っている。その傍には秘書も椅子に座って静かにして待っている。

 

 近くでは『紀伊』が壁にもたれかかって、腕を組んで静かに待っている。

 

「大統領。もうだいぶ夜が更けました。もうお休みになっては?」

「いいえ。重要なことが分かろうとしている中で、私だけが眠るわけにはいきません。それに、結果が気になって眠れそうにありませんし」

「そうですか……」

 

 秘書が就寝をカナタに進言するも、彼は首を左右に振り、このまま起きているのを伝える。秘書はそれ以上何も言わず、カナタと共に待ち続ける。

 

「……」

 

 『紀伊』は何も言わず、ただただその時が来るまで静かに待っている。

 

 

 必要最低限の光のみの薄暗い部屋の中、時計の時刻を刻む秒針の音だけが大きく響き、時間だけが過ぎて行く……

 

 

「ん?」

 

 すると『紀伊』が何かに気付き、上着のポケットに手を入れて中にある物を取り出す。

 

 それはいつも使っているスマホではなく、軍用設計の通信端末であり、端末にはメッセージが入ったのを知らせるランプが点いている。

 

 彼は端末の画面をパスコードを入力して開き、更にメッセージを開く為の暗号を入力してメッセージを開く。

 

「……」

「『紀伊』殿」

 

 カナタはメッセージを確認している『紀伊』を息を呑んで、彼の言葉を待つ。

 

「……」

 

 メッセージを読み終えた『紀伊』は頷き、カナタを見る。

 

「……『狼は狩人に捕まった』」

「っ!」

 

 『紀伊』の言葉を聞き、カナタは安堵の息を吐く。

 

 このメッセージは忍びと特戦隊に作戦成功時に発するように指示していたものである。

 

 つまり、レミールの身柄確保に成功したという事である。

 

「やりましたね」

「えぇ。これで、憂いは無いでしょう」

 

 カナタは額に浮かんだ汗をハンカチで拭うと、表情が引き締まり『紀伊』を見る。

 

「では、最後の仕上げです」

「分かりました。すぐに艦隊に伝えます」

 

 『紀伊』は頷くと端末を操作して執務室を出ながら通信を入れる。

 

「……」

 

 カナタは深く息を吐き、椅子の背もたれにもたれかかる。

 

 

 

 




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第百三話 事態の発覚と予想された事態

リョウ23様から評価6
ナルゲン様から評価8を頂きました。

評価していただきありがとうございます!


 

 

 

 中央歴1640年 3月18日 パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

 

 

「何だと!? レミールの姿が無いだとっ!?!?」

 

 パラディス城の大会議室にて、驚愕したルディアスの声が響き渡る。大会議室に来ている他の者達も同様に驚愕している。

 

「どういうことだ!?」

「そ、それが、先ほどレミール様を迎えに向かった使いが屋敷に着きましたが、屋敷にはレミール様のお姿が無かったとのことです。使用人達と警備にあたっていた近衛兵は使いが来るまで誰一人起きていませんでした」

「何だと……」

 

 近衛兵より報告を受けたルディアスは頭を抱える。

 

 

 ルディアスはパールネウスがロデニウスを筆頭にした連合軍から攻撃を受けたという伝令からの報告を受けて、現在起きている通信障害等、様々な点についての会議を開こうとしていたのだが、会議に参加予定のレミールが一向に姿を現さなかったので、近衛兵の使いを出してレミールを呼びに行った。 

 

 しかし使いの近衛兵が屋敷に到着してノックしたが、誰も応対しなかったのでドアノブを回すと鍵が掛かっていなかった。近衛兵はすぐさま屋敷内を捜索したが、レミールの姿は無く、使用人達は誰一人起きていないという異常な状況になっており、すぐさま馬を走らせて伝令に走った。魔信の通信障害はエストシラントとパールネウスの間だけではなく、エストシラント中でも起きている。

 

 そして今に至る。

 

 

「それと、屋敷周囲を捜索した所、警備に当たっていた近衛兵の死体が確認されました。状況から推測すると……レミール様は何者かによって拉致されたかと」

「レミールが……レミールが……」

 

 ビクビクと恐怖に震えながら近衛兵報告するも、ルディアスはレミールの名前を何度も呟くばかり。しかし直後には怒りを孕んだ目で報告をしていた近衛兵を睨む。

 

「っ!! 近衛兵は一体何をやっていたのだ!! 何の為にレミールの警備に26人やったと思っているのだぁっ!!!」

「も、申し訳ありません!! 近衛兵の何名かが殺害され、残りの近衛兵と使用人達は今の今まで起きていなかったとのことで、何者かに薬を盛られた可能性があります」

「誰が!! 誰がレミールを攫ったのだ!!」

「げ、現時点では何とも。ですが、使用人の一人が行方不明となっていますので、もしかしたら内部に協力者がいた可能性が……」

「ならば使用人共を全員尋問に掛けろ!! いなくなった使用人を必ず捕らえてレミールの居場所を突き止めるのだ!!」

「は、はっ!!」

 

 ルディアスの怒号のような命令に近衛兵は身を縮こませながらも、すぐに踵を返して大会議室を出る。

 

「アルデっ!! 貴様は軍を動員してレミールの捜索に当たれ!! まだそう遠くには行っていないはずだ!! 探し出して下手人を捕らえ、レミールを救出しろ!!」

「し、しかし陛下。敵がいつエストシラントに再び攻撃を仕掛けてくるか分からない以上、戦力を分散するわけには―――」

「これは余の命令だぞ!! それともここで首を切り落とされたいかぁっ!?」

「は、はっ!! 直ちに捜索にあたります!!」

 

 冷静さを失い、血走った眼でルディアスに睨まれ、脅迫めいた命令に反論しようとしたアルデは黙らざるを得ず、すぐに伝令兵を呼んでレミールの捜索に当たらせる。

 

「レミール……あぁレミール……」 

 

 ルディアスは椅子に座り込むと、両手で顔を覆って嘆く。

 

 心の拠り所だったレミールがいなくなったことで、彼の心は初めて揺らぎを見せたのだった。

 

 

「……」

 

 周りが動揺の空気に包まれている中、比較的冷静なカイオスはこれまでのルディアスからは想像できない弱り切った姿に何とも言えない表情を浮かべている。

 

(そうか。ロデニウスが言っていた重要な作戦は、あの女を拉致することか。まぁ、言われてみれば重要なことだな)

 

 カイオスは内心納得して、コップを手にしてに注がれている水を飲む。

 

(あの女はロデニウスの国民の虐殺を指示した。虐殺に関わった駐屯軍がシオス王国でロデニウスに捕らえられたのを考えれば、あの女だけを逃がす道理は無い、か)

 

 彼は嘆いているルディアスを横目に、一考する。彼はその顔をの広さを使い、商人の伝手でシオス王国で起きたことを把握している。

 

(……これがロデニウスの言う合図になるのか)

 

 以前ロデニウスの使いが言っていたエストシラントへの攻撃……それがこのレミールの拉致であるならば……

 

(……そろそろ来るか)

 

 カイオスは来るべき時が迫っている、と確信を得る。

 

 会議はルディアスがこの状態では出来るはずも無く、予定はすべてキャンセルされて解散となった。

 

 

 カイオスはロデニウスの準備に備えるべく、同志たちへ使いと手紙を用いて連絡を伝える。

 

 

 


 

 

 

 所変わって連合軍陣地

 

 

「……そうか。目的を果たしたか」

 

 テントの中で戦況を今回初投入したドローンが撮影した映像で確認している時に、副官より連絡を受けた『三笠』は、そう呟くと頷く。

 

(となると、この戦いの重要度はだいぶ減ったか)

 

 『三笠』は副官を連れてテントの外に出る。

 

 パールネウス周辺は完全に連合軍によって包囲され、戦車隊や迫撃砲による砲撃で城壁の砲台は次々と破壊。城門も砲兵隊の砲撃で破壊され、他の城門も戦車隊の砲撃で破壊されている。

 後はパールネウス内部へ突入するだけである。

 

(まぁ、ここでやるべきことは他にもある。停戦命令が無い限り我々は戦い続けるだけだ)

 

 次々と起こる爆音を耳にして、軍刀を地面に突き立てて柄頭に両手を置き、『三笠』はパールネウスを見つめる。

 

 

 

「目標! 敵砲台! 対榴! 小隊集中行進射!」

 

 『シャルンホルスト』は揺れる砲塔内にて各車に指示を伝え、キューポラの覗き窓から砲が狙いを定めている方向を見る。

 

「撃てぇっ!!」

 

 彼女の号令と共に、地を駆ける戦車の主砲から轟音と共に砲弾が放たれ、目標の城壁砲台に小隊の砲撃が命中して魔導砲を破壊する。

 

「命中!! 目標右砲台!」

 

 続けざまに指示を出すと、戦車の砲塔が目標に向けて旋回し、狙いを定める。

 

(しっかし、うちの技術者達は凄いもんだな。この戦車、74式とは比べ物にならないな)

 

 『シャルンホルスト』は覗き窓から前方を確認しつつ、自身が乗っている戦車を思い出す。

 

 彼女と妹の『グナイゼナウ』がそれぞれ率いる小隊に与えられたのは、74式戦車改に代わる新型戦車。その試作車両である。

 

 これまでの戦車に無い次世代技術を投入したと技術者の妖精達は語っており、その性能は74式戦車改を大きく上回る。

 

 主砲は74式戦車改よりも大口径で尚且つこれまでにない構造のものを採用し、これまで装填手による人力装填だったのが、完全機械化された自動装填装置となって、正確に、尚且つ素早く装填が可能となった。砲身を安定させるスタビライザーが更に高性能化したことで、高速走行時でも砲身はぶれることなく狙いを定め続け、高い命中率にて目標に命中させられる。これらを実現できているのは進化した高性能コンピュータの賜物である。

 

 装甲はこれまでと違い、複数の異なる性質の装甲を組み合わせた特殊な装甲を採用しており、非常に高い防御力を有している。

 

 走行性能は74式戦車改よりも一回り大きいにも関わらず、速い走行が可能となっている。更に特徴的なのはブレーキを掛けた時の制動性能であり、最高速度から停止するまでの距離が短くなっている。あまりのブレーキ性能に、ブレーキ試験時に乗車した戦車兵は『殺人的なブレーキだ』と口にしたそうな。

 

 コードネーム『STC』と名付けられた試作車両群は様々な形態で製造され、ありとあらゆる試験が行われてきたが、今回は実戦運用試験として、デュロを経由してこの戦闘に駆り出されたのだ。

 

 今回の運用結果で74式戦車改に次ぐ主力戦車として連邦共和国陸軍に採用され、量産が始まる予定である。

 

 

 ちなみにこの戦車の開発は旧世界から始まっていたものだが、以前リーンノウの森にて発見された戦車を解析した際に得られた技術を投入したお陰で、予定より早い段階で、尚且つ設計時よりも性能を向上させて完成を迎えた。もしリーンノウの森でその戦車が発見されなかったら、開発期間は延びていて、性能は今より低かったと技術者の妖精達は語っていたそうな。

 

 

 『シャルンホルスト』達が暴れている中、最初の砲撃で破壊された城門でも動きがある。

 

 

「小隊、突撃!!」

 

 74式戦車改の砲塔内にて『キーロフ』が喉元の咽喉マイクに手を置きながら指示を出すと、彼女が乗るドーザー付きの74式戦車改ともう一両のドーザー付きの74式戦車改が砲塔を後ろに回して前進し、瓦礫で塞がれている城門へと突っ込み、ドーザーで瓦礫を退かしてパールネウス内部へと突入する。

 

 二両のドーザー付き74式戦車改によって瓦礫が退かされ、その後を他の74式戦車改や61式戦車改が続き、次に装甲車を筆頭にしたと車輛部隊が続き、最後に連合軍の兵士達が城壁の内側へと入る。

 

 車輛部隊が展開し、装甲車や車両より小銃や機関銃を手にした歩兵が降車して周囲に展開すると、後続の連合軍の兵士達も銃を構えて周囲を警戒する。

 

 ちなみに所々で何かが爆発して、赤黒く変色している建物の一部や場所があるが、これは城壁の内側へと侵入した連合軍を迎え撃つべく皇国軍が魔導砲を建物に入れて簡易トーチカとして待ち構えていた場所であった。

 

 しかし上空には今回初めて投入したドローンによる索敵で敵の配置が判明し、戦爆の三式戦闘機 飛燕による爆撃で排除している。

 

 

 ちなみに今回初投入されたドローンは、トラック泊地から持ち込まれた試作品の一つであり、索敵を目的とした偵察機器である。本来ならデュロで投入されるはずだったが、試作品故に不具合が発生して投入されなかった。

 その後修理を終えてパールネウス戦で投入されるはずだったのだが、リーム王国が攻撃を強行したことで、ドローンによる索敵を行えなかった。もしドローンによる索敵が行えていればリーム王国はあそこまでの被害を被ることは無かっただろう。

 

 で、今回の戦闘にてドローンを初投入し、索敵を行い、先ほど市街地各所にある簡易トーチカを発見し、まずは城門近くの簡易トーチカを戦爆の三式戦闘機 飛燕による爆撃にて破壊した。

 

 

(さて、内部への一番乗りは我々だが、敵はどう出るか……)

 

 74式戦車改の砲塔が旋回している中、『キーロフ』は咽喉マイクとヘッドフォンの位置を整えながら、キューポラの覗き窓を覗いて外を確認している。

 

 前日に航空機による降伏と武装解除を促すビラを撒いているが、皇国の性格を考えれば期待しない方がいいだろう。

 

 だとすれば、予想される事態も起こりえる……

 

 

 すると74式戦車改の近くでいくつもの爆発が起こる。その内一つは61式戦車改の車体正面に砲弾が着弾して、爆発を起こす。

 

「っ!」

 

 衝撃で車内が揺れるが、『キーロフ』は慌てず冷静に状況を確認すると、いくつもの建物の一階部分から白煙が上がっているのを見つける。魔導砲が砲撃した後に出る白煙である。

 

「11時方向! 敵魔導砲! 弾種榴弾!!」

 

 彼女は慌てず冷静に指示を出し、74式戦車改各車の砲塔が旋回して主砲が狙いを定める。被弾した61式戦車改も車体正面の爆発反応装甲を失えど被害は見当たらず、砲塔を旋回させている。

 

「撃てっ!!」

 

 彼女の号令と共に主砲が咆え、放たれた榴弾が一階部分に直撃して爆発し、直後に榴弾とは別の爆発が起きて瓦礫の他に肉片みたいなものが飛び散る。

 

 続けて他の74式戦車改と61式戦車改も砲撃を行って周辺の建物に対して砲撃を行い、簡易トーチカを破壊する。

 

「っ! 車長!! 前方から敵集団!」

「何っ?」

 

 装填手が装填手側ハッチを開けて外を見ていたら声を上げ、『キーロフ』はキューポラハッチを開けて上半身を出す。

 

 彼女の視界には、建物の陰からゾロゾロと敵兵が大きな声と共に武器を手にこちらに向かって走っている。

 

(よりにもよって……!)

 

 その敵兵集団を見て、『キーロフ』は忌々しく歯噛みする。

 

 その集団は兵士の姿もあれば、明らかに兵士とは思えない老人に女子供が混じっている。いや、むしろ割合的に兵士寄りに民間人が多い。

 

 度重なる空襲により、パールネウスでも兵士の数不足に悩まされていた。敵が攻めて来ているとあって、パールネウス防衛基地司令は民間人の動員を決めたのだ。

 

 しかし当然訓練期間なんてものは無いので、もはや数だけ揃えて、武器を持たせているだけである。そもそも中には剣や槍ではなく、ただ棒切れや使えなくなったマスケット銃、錆びてボロボロの剣や槍など、明らかに武器ではないものを持たされている者が居る。

 

「……各車対人榴弾! 目標、敵歩兵集団!」

 

 『キーロフ』は舌打ちをするも、気持ちを切り替えて各車に指示を出しながらキューポラのマウントリングに備え付けられたブローニングM2重機関銃を敵集団に向け、コッキングハンドルを二回引いて初弾を装填させる。

 隣で装填手もハッチ傍に設置している銃架に取り付けられた74式機関銃のコッキングハンドルを引いて初弾を装填する。

 

 皇国軍が民間人を動員してくるのは予想がついていたので、前日にビラを撒いたのだ。降伏と武装解除以外に、こう記載されている。

 

『民間人が武器を持っていた場合、民間人だとは認めず、武装兵力と認識し、排除する。武器を捨てて投降すれば、民間人として我が軍は保護する』

 

 ビラにはこう記載してあったのだが、あの様子ではビラを見た者は皆無だろう。もしくは見ても信じていないか。それともビラは見ても軍に無理やり従わされているか。

 

 どちらにせよ、警告はしているのだ。それで知りませんでしたは、通じない。

 

「各員に告ぐ! 敵が武装解除して降伏するまで、敵と認識せよ!! 敵に情けを掛けるな!! 気合を入れろ!!」

 

 『キーロフ』はブローニングM2重機関銃を構えつつ、兵士達に一喝を入れ、兵士達は息を呑む。

 

「対人榴弾!! 撃てっ!!」

 

 そして彼女の号令と共に、各戦車の主砲から轟音と共に砲弾が放たれる。

 

 放たれた砲弾は敵集団の前で炸裂し、中から無数のベアリング弾が放たれて、敵集団に襲い掛かる。

 

 ベアリング弾は人間の身体を無惨にも引き裂き、原型を留めないほどに人体を破壊する。それが集団の先頭で発生して、血飛沫が後続に掛かる。鮮血を浴びたことで、訓練されていない武装兵力たちは一瞬でパニック状態になって立ち止まってしまう。

 

 直後に『キーロフ』はブローニングM2重機関銃の逆U字型トリガーを押し込み、重厚な銃声と共に弾丸が連続して放たれる。

 同時に砲身の根元横の同軸機銃と装填手側ハッチの74式機関銃も一斉に火を噴く。

 

 各戦車でも各機銃が一斉に火を噴く。

 

 無数の弾丸が立ち止まった武装兵力たちの身体を破壊するか貫通するかで、次々と武装兵力が排除されていく。

 

 あまりにも圧倒的な力の差に武装兵力たちはとっさに物陰や建物の陰に隠れるが、ブローニングM2重機関銃の大口径の弾丸は建物の壁と物を容易く貫通して隠れた者の身体を貫く。

 

 戦車の機銃掃射に加わり、歩兵も小銃や機関銃による射撃を開始した。

 

「……」

 

 周りで機関銃の合唱が行われている中、『キーロフ』はブローニングM2重機関銃を薙ぎ払うように左から右へとゆっくり旋回させて射撃を続ける。

 

 ふと、立ち止まった武装兵力の後ろで、剣を振りかざして大きな声を上げている将校のような皇国軍兵士と、銃を構えている銃兵を見つける。彼女は武装兵力の後ろに督戦隊染みた存在が居るのを察する。

 

「……」

 

 『キーロフ』はその督戦隊らしき人間にM2を向け、狙いを付けてトリガーを押す。

 

 野太い銃声と共に連続して放たれた12.7mmの弾丸が一直線に将校らしき男性の身体に命中し、身体に大きな風穴が空いて両腕が衝撃で吹き飛ぶ。

 ついでに近くにいた兵士も纏めて銃撃して排除する。

 

「射撃止め!! 射撃止め!!」

 

 『キーロフ』は咽喉マイクに手を当てて大きな声で射撃中止を伝え、兵士達は射撃を止め、射撃を続ける連合軍兵士をロデニウスの兵士が止めさせる。

 

 銃声が止み、武装兵力たちは恐る恐る建物の陰や物陰から頭を出してこちらの様子を窺っている。やはり彼らは自ら進んで攻撃に加わっているわけではないようだ。逆に自らの意思で戦いに挑んだ連中は、恐らく対人榴弾のベアリング弾で引き裂かれた先頭に居た者達が該当すると思われる。

 

「あーあー……パールネウス市民諸君に告ぐ!」

 

 『キーロフ』は車内より拡声器を手にして、武装兵力に向けて警告を発する。

 

「武装を解除して両手を上げて投降せよ! そうすれば君たちの身の安全は保障する。武器を持ったまま抵抗を続けるのなら、こちらは容赦なく排除する!」

 

 彼女の警告を受けて、最初は警戒していたものの、やがて一人、一人と建物の陰や物陰から出て来て手にしている武器を捨てて両手を上げる。

 

 兵士達は銃を構えたまま戦車の合間から出て来て民間人の元へ向かい、両手を後頭部で組むように指示して、こちら側へと移動させる。その間も襲撃に備えて周囲を警戒している。

 

『……』

 

 その間もにも、連合軍の兵士は憎しみの籠った眼をパールネウスの民間人に向けている。自分達を苦しめてきたパーパルディア皇国の人間に対する憎しみは、そう簡単に消えるものではない。

 民間人たちはその連合軍兵士の視線に怯えた様子で彼らの傍を通る。

 

「連合軍の兵士諸君。君たちの気持ちは分からなくもないが、何の関係も無い民間人を責めるのは筋違いだ。そこは弁えてくれ」 

 

 『キーロフ』は振り返って連合軍兵士を冷めた視線を向けながら忠告する。忠告を受けて連合軍の兵士達は、渋々といった様子で民間人から視線を逸らす。

 

(しかし、これは容易には行きそうにないな)

 

 彼女は必ず激化するパールネウスの戦闘に、表情が険しくなる。

 

 今回は正面だけで済んだが、奥に進むにつれて多くの死角が発生し、多方向からの襲撃が予想される。先ほどよりも泥沼めいた戦闘が発生するかもしれない。

 

 まぁ、だからこそドローンの出番なのだ。そのドローンの真価は、これから大きく発揮されるだろう。

 

 『キーロフ』は『三笠』へと連絡を入れて、これから突入する部隊に注意喚起させることにし、ドローンによる索敵を徹底させるのを進言する。

 

 

 




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第百四話 戦況は最終局面へ

 

 

 

 中央歴1640年 3月20日 パーパルディア皇国 皇都エストシラント沖合。

 

 

 そこには多くの船舶がエストシラントに向けて微速で進んでおり、上陸部隊と共に特大発や大発といった上陸用舟艇を積んだ輸送船が大半を占めている。

 

 

 エストシラントへの攻撃に備えて数日前から艦隊はロデニウス本土を出撃し、艦隊はエストシラントから見えない沖合にて待機していた。そして忍びと特戦隊がレミールの身柄を確保したとの報告を受け、艦隊は行動を開始した。

 

 

 艦隊の中には一航戦『赤城』、『加賀』の姿があり、飛行甲板では艦載機が発艦準備を整えようと作業が進められている。

 

 その前方には『ニュージャージー』、『ノースカロライナ』、『ワシントン』の三隻の戦艦が先導している。輸送船団の周りには護衛の巡洋艦を中心に展開している。

 

 

「艦長。間もなくエストシラント沖合に入ります」

「そう。分かったわ」

 

 艦体の装甲艦橋の防空指揮所にて、『赤城』が妖精より報告を聞いて頷く。

 

「いよいよですわ、総旗艦様」

「あぁ。そうだな」

 

 『赤城』は隣に立つ『大和』に声を掛け、彼は静かに頷く。

 

 レミール確保の報告を受けた『大和』はトラック泊地を烈風改で飛び立ち、『赤城』と合流した。

 

「ですが、信用できるのですか?その人間は」

「……」

 

 『赤城』は『大和』を見てそう問いかけると、彼は出撃準備を整えている艦載機を見つめる。彼女はカイオスの事を聞いているのだろう。

 

「信用はしていない。今回の作戦はそれに合わせて行うが、別に成功を期待はしていない。成功すれば御の字というぐらいだ。国を滅ぼしてまで戦争を続けるのはこちらの本意ではない」

「そうですか」

 

 『大和』がそう答えると、『赤城』は興味をなくしたのかそれ以上は聞かなかった。

 

 今回のカイオスのクーデターは、『大和』はそれほど期待していなかった。そもそも敵の言葉を信用しろ、というのは無理のある話だ。

 敵の敵は味方というが、今回は相手が相手なので、信用に欠ける。

 

 しかしうまくいけば、この戦争を国が亡びる前に終わらせることが出来る。

 

「とにかく、お膳立ての為に、派手に暴れてくれ。無論―――」

「誤って民間人を巻き込むな。ですわね。分かっていますわぁ」

 

 『大和』が言おうとしたことを『赤城』は得意げに答える。

 

「分かっているならいい。『加賀』も分かっているな?」

『分かっているさ。一航戦の実力、信用してくれ』

 

 『大和』がそう聞くと、『赤城』の艦体の隣を航行している『加賀』より自信ある返事が返って来る。

 

 栄えある一航戦の実力は他の追随を許さない。精密な攻撃など造作も無い。

 

「よし。航空隊は準備が終え次第発艦せよ! 目標! エストシラント!!」

 

 満足する返答が帰って『大和』は口角を上げ、制帽の位置を整えて命令を発した。

 

 

 


 

 

 

 所変わって、パーパルディア皇国

 

 

「……」

 

 カイオスは自身の屋敷の私室にて、椅子に座ってゆっくりと息を吐く。

 

(しかし、あの子娘一人失っただけであそこまでの取り乱しようか。まぁこの状況だと本当に唯一の心の拠り所だったのだろう)

 

 彼は椅子の背もたれにもたれかかり、息を吐く。

 

 レミールが消息を絶ってから、この二日でルディアスの情緒は不安定になり、怒鳴り散らしたり嘆き悲しんだりと、精神的に不安定になっており、彼の口から出てくる指示はどれも滅茶苦茶な内容であり、やれレミールは見つかったのか、レミールはどこに居る、レミールを探し出せと、レミールに関することばかり。とてもまともな指示を出せるような精神状態ではなかった。

 これを見ると、相当精神的に追い詰められていただけに、レミールの存在は大きかったのだろう。

 

「……」

 

 ふと、カイオスは机の一番下にある大きな引き出しを引いて抜き取ると、その奥にある箱を取り出す。

 

 箱に付いている鍵を開けて蓋を開けると、中には回転式の弾倉を持つ拳銃が弾とメンテナンス道具と共に入っている。これはカイオスがムーへと仕事として向かった際に、護身用としてムーで購入したものだ。

 本来ならこの手の代物は一般的には購入できないのだが、カイオスが国に仕える高官であり、国より所持許可を貰っているので、購入が許可された。

 

 カイオスは拳銃を箱から取り出すと、中折れ式の拳銃のロックを外して傾け、弾倉を開けると、箱にある弾薬箱よりカートリッジを取り出して弾倉に一発ずつ弾を込めていく。

 

(これから起こることは、この国の歴史を大きく変えるだろう。もはや在り方すらも……何もかもが変わる)

 

 最後まで弾を込め終えると、中折れにした弾倉と銃身を元の位置へと戻してロックを掛ける。残った弾は全てズボンのポケットに入れる。

 

 これから行われることは、歴史的な事として語り継がれるだろう。それがどんな結果をもたらすかは、神のみぞ知る。それを行うカイオスの評価もまた、大きく左右されるだろう。

 

(だが、それで救われる多くの命がある。対価を支払うことになるが、それが必要な犠牲ならば……)

 

 改めて弾が込められた拳銃を見つめて、気を引き締める。

 

 

 

「っ!」

 

 すると小さく爆発音らしき轟音が部屋に響き、カイオスは立ち上がって拳銃をズボンとベルトの間に差し込んで上着の裾で拳銃を隠す。

 

「カイオス様!!」

 

 と、扉が激しくノックされると共に使用人の声がして、カイオスはすぐに向かって扉を開ける。

 

「どうした?」

「大変です!! ロデニウスが、またエストシラントに!」

「っ! 来たのか……」

 

 慌てる使用人を他所に、カイオスは来るべき時が来た、と悟る。

 

 再度部屋に戻って窓を開けると、エストシラントの上空で飛行機械が飛び交い、各所で黒煙が上がっている。

 

 『赤城』、『加賀』より発艦した烈風改、艦爆隊、艦攻隊の流星改二が上空で飛び交い、特戦隊によって把握されたエストシラントの要所要所に設置された防衛拠点に対して攻撃を行っている。

 

「カイオス様! 早く避難を!」

「分かった。だが、その前に確認しておきたい事があるから、陛下の元に向かう。お前達は先に行け」

「し、しかし!」

「急げ! 時間は待ってくれないぞ!」

「か、畏まりました」

 

 使用人はカイオスに言われて一礼し、その場を離れて他に居る使用人達に声を掛けていく。

 

「……」

 

 カイオスは使用人が行ったのを確認し、机の引き出しを開けて白い布を左肩に巻き付けて部屋を出る。

 

 

 


 

 

 

 エストシラントの市街地では、阿鼻叫喚の光景が広げられていた。

 

 上空にはロデニウスの飛行機械が飛び交い、市街地に設置された防衛拠点に対して急降下爆撃が行われて破壊される。精密な爆撃とあって、拠点のみが破壊され、周囲への被害は最小限に留められた。

 

 市民たちは我先に逃げて、兎に角安全そうな場所を探して逃げる者や、家屋に身を隠して震えながら頭を抱える者と行動はそれぞれ分かれた。

 

 銃や魔導砲が無い皇軍兵と動員兵達は、飛行機械に対して無力も同然だった。彼らは物陰に隠れてやり過ごすしかなかった。

 ごく少数で残っている銃を使って反撃する者が居たが、高速で飛行する飛行機械に対して命中するはずが無く、むしろ自分の居場所を相手に知らせるだけで、直後には機銃掃射に遭いその命を散らす。

 

 

「くそぉ!! こんなのどうしろっていうんだ!!」

 

 物陰に隠れている動員兵が上空を飛び交う飛行機械を一瞥して悪態をつく。

 

 反撃する手段を持たない彼らは、身を隠して脅威が過ぎ去るのを祈るしかない。

 

「……」

 

 動員兵の中に居るシルガイアは、虚ろな目で上空を飛び交う飛行機械を見つめる。

 

「もう終わりだ……この国はもう終わりだ!!」

 

 中には発狂した動員兵が物陰から飛び出して叫び散らし、直後に拠点に対して行われた機銃掃射に巻き込まれて文字通り飛散する。

 

 その光景を目の当たりにして何人もの動員兵達が発狂して暴れ出し、他の動員兵が落ち着かせようとする。

 

 

「お前達の……お前達のせいだ!!」

 

 すると近くの家屋の雨戸が開けられ、中に隠れていた市民が動員兵達に対して叫ぶ。市民の不満が、遂に爆発してしまったのだ。

 

「お前達がロデニウス戦争を仕掛けたせいでこうなったんだぞ!!」

「そうだ!! どうしてくれるんだ!!」

「お前達のせいで息子は死んだのよ!!」

「兵士ならさっさとやつらを何とかしろ!!」

「この役立たず!!」

 

 やがて次々と声を上げる市民たちが増え、動員兵達に罵声を浴びせ、物を投げつけ始める。

 

「や、やめろ!」

「俺達は関係―――」

 

 動員兵達は反論しようにも物を投げつけられ、飛行機械から身を隠すのに必死だったので、ただ耐えるしかなかった。

 

 不満が爆発した市民たちによる暴動はエストシラント各所で発生し、中には兵士達と争い始める所も出始める。

 

 

 


 

 

 

 所変わり、エストシラント沖。

 

「撃てぇっ!!」

 

 艦橋直下にあるCICにて、『ニュージャージー』が号令を掛けると、艦体に搭載された16インチ三連装砲が轟音と共に火を噴き、艦体を揺らす。続けて『ノースカロライナ』と『ワシントン』も砲撃を開始する。

 

 放たれた砲弾はエストシラントの海岸に設置されたトーチカに着弾し、爆発して粉々に粉砕される。

 

 それが沿岸部のあちこちで発生して、トーチカが破壊される。

 

「艦長! 沿岸部にあるトーチカの五割を破壊!」

「分かったわ。引き続き、トーチカを破壊するわよ」

 

 『ニュージャージー』が指示を出すと、艦体の三番砲塔が轟音と共に火を噴く。

 

(やれやれ。思っていた初陣とは大きく違うわね)

 

 彼女はモニターに映る着弾地点の映像を見ながら、内心呟いて小さくため息を付く。

 

 戦艦である以上、出番があるのは喜ばしいことなのだが、思っていた出番とは少し違っていたとあって、微妙な気持ちを抱いているのだ。

 それがパフォーマンスの為だと言われたら、尚更だろう。

 

 しかしわざわざ陽動に戦艦を用いるのはコスパが悪いのでは? と思われるが、この辺りコスパをあまり気にしないで良いのはKAN-SENの特徴の一つである。

 

 それに、目立って相手の目をこちらに向けさせられるのなら、こちらとしては願ったり叶ったりだ。

 

(さて、ここまでやっているんだから、成功させて欲しいわね)

 

 モニターを見ながら、彼女は作戦成功を祈る。 

 

 

 

「始まったか」

「はい」

 

 『赤城』の装甲艦橋下にある戦術情報管制室にて、『大和』と『赤城』がモニターを見つめる。

 

 モニターには艦載機による攻撃を映した映像と、『ニュージャージー』達による艦砲射撃の映像が映されている。

 

「それにしても……市民による暴動が発生か」

 

 『大和』はモニターに偵察機のガンカメラでリアルタイムに送られている、エストシラントの状況を見て呟く。モニターには、エストシラント各所で市民による暴動が映されている。

 

(これじゃ、市民を巻き込みかねないな。だからと言ってコラテルダメージだとして無差別に攻撃するわけにもいかんか)

 

 市民の暴動を見つめつつ、どうするか一考する。

 

 激しい戦闘が行われている中で大っぴらに行動していては、戦闘に巻き込まれるのは自明の理。軍事的行動による、致し方のない犠牲として処理しても問題は無いだろうが、そうもいかないのが現実だ。

 

 このまま市民を巻き込んで戦闘を行えば、反感感情を抱かれて戦後の関係に大きく響いて来る。

 

 結局、『大和』は『赤城』と『加賀』に対して地上の状況を見極めて攻撃を行うように指示を出す。

 

 

「艦長。秘密通信です」

「内容は?」

「『コウモリが飛び立った』です」

「そう。総旗艦様」

「あぁ。上陸部隊はどうなっている?」

「既に出撃準備を整えています。艦砲射撃が終了次第大発が出ます」

「そうか」

 

 報告を受けて、『大和』は頷いて指示を出す。

 

(さてと、ここまでお膳立てしているんだ。結果は残してくれよ)

 

 『大和』は内心呟きつつ、カイオスの動向を気にする。

 

 正直な所、これ以上戦争が長引くと本気で皇国を滅ぼしてでも終わらせなければならなくなる。それは避けておきたいことである。

 

 だからこそカイオスのクーデター計画はロデニウスからすれば戦争の早期終結ができると願ったり叶ったりなのだ。 

 

 尤も、完全に信用しているわけでは無いので、特戦隊を投入して待機させている。万が一の時はクーデターを掩護するように、最悪の場合最終手段を用いるように伝えている。

 

 最終手段を用いた場合、この戦争はパーパルディア皇国を殲滅させるという形で終わらせなければならなくなる。ロデニウス側としては、それは避けたい。

 

(とにかく、今は状況が動くまで、こっちは陽動に徹するまでだ)

 

 『大和』は腕を組み、ただ状況を見守るだけである。

 

 

 




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第百五話 戦いは終わりへと

駆け足気味ですが、とりあえず今章はこれにて一区切りとして、次回から新章に入ります。


 

 

 

 所変わり、パラディス城。

 

 

「市街地各所に設置された拠点が次々と破壊されています!! このままでは、防衛線の維持が不可能になります!!」

「状況の把握はまだなのか!?」

「市民の暴動をどうにかしろ!! 邪魔するのなら反逆者として始末させろ!!」

 

 臨時的な指令所となっている会議場では、戦場の様に慌ただしくなっており、各所からの報告が上がって情報が錯綜している。

 

「ロデニウスの上陸部隊が接近中です!!」

「すぐに集められる戦力を海岸付近に送れ! 敵はいよいよこのエストシラントに上陸するぞ!! 急いで関係各所に伝えろ!!」

「ハッ!」

 

 戦争の様に慌ただしい空気の会議場では、アルデが指示を出してロデニウスの上陸を阻止しようとしている。

 

 アルデより指示を受けた兵士はすぐさま伝令に走り出す。

 

(くそっ!! 魔信が故障などしなければこんな面倒な方法を取らずに済んだのに!!)

 

 彼は苛立ちを見せて内心呟く。

 

 エストシラント内で魔導通信機の故障が起きているので、命令の伝達手段は伝令でしか行えないので、伝令係の兵士が行ったり来たり駆け回っている。当然伝令では情報の伝達は遅い上に、市街地では暴動が発生しているとあって、伝令兵の到着が大きく遅れてしまっている。

 それがロデニウス側が仕掛けた通信妨害であるとは、皇国側は思いもしないが。

 

(そもそも! 陛下が余計な事をしなければ迎撃態勢は整っていたんだ!! たかが小娘の為に兵を動かしたせいでこのざまだ!!)

 

 苛立ちのあまり彼は強くテーブルに拳を叩きつける。周りが騒がしいあまり、誰もそのことに気付いていない。

 

 と言うのも、アルデはロデニウスによるエストシラント上陸に備えて数少ない戦力を上陸予想地点後方に配備させていた。使える戦力を掻き集めて、迎撃態勢を整えていたのだ。

 

 だが、ルディアスはレミールが消息不明となるや、その迎撃に当たらせるはずだった戦力の多くに加え、貴重な近衛兵も捜索に当たらせるという愚行に走ったのだ。その上ロデニウスの飛行機械の攻撃で防衛施設が破壊されているとあり、まともな迎撃ラインの形成すらも出来ない状態であった。

 すぐに捜索に当たっている兵士を呼び戻そうにも魔信が故障して連絡できない―――実際は通信妨害が行われている―――ので、伝令で伝えなければならなかった。

 

 その結果、全く防衛体制が出来ていない状態で迎撃しなければならないのだ。アルデが怒りを露にするのも、当然であった。

 

(こんなので、こんなのでどうやって迎撃しろと言うんだ!!)

 

 アルデは声にはしなかったが、どう考えてもこの状況ではロデニウスの迎撃は不可能だというのを悟っていた。

 

 尤も、迎撃態勢を整えていたとしても、対処出来るわけでもないが。

 

(それに加えて、このタイミングで市民の暴動が起こるとは……!!)

 

 いつかは暴動が起きると考えていたが、あまりにのタイミングの悪さに、彼は苛立って歯軋りを立てる。

 

 

 どうすればいいか、そう悩んでいると、突然扉が開かれて軍人たちが雪崩れ込んで来た。その人数45名。

 

 突然のことにアルデを含んだ会議室にいた者達は、唖然としたが、その間に軍人たちは手にしているマスケット銃を構えて銃口をアルデ達に向ける。

 

「な、何だ!? 何事だ!?」

 

 アルデが声を荒げると、新たに5人の軍人を引き連れた隊長らしき人物がサーベルを抜いたまま入室する。

 

 よく見ると入って来た軍人たちは左肩に白い布を巻いている。この白い布を巻いているのはカイオスのクーデター計画に賛同した兵士達であり、見分けを付けるために白い布を左肩に巻かせたのだ。

 

「動かないでいただきたい!! この会議室と関係各所は、たった今我々が掌握した!! 勝手な行動をされると命の保証はない!!」

「何だと!? この国家存亡の危機の前に、革命ごっこのつもりか!? 指導者がいない国は動かんぞ!! お前達は皇国を滅ぼしたいのか!?」

 

 隊長の言葉に兵士達から銃や剣を突きつけられながらも、アルデは声を荒げる。

 

「この未曽有の危機を作り出したのはあなた達と皇族共だ!! 我々は愛するこの国を滅亡から救うためにここに来たのだ!」

「馬鹿者が!! ただ行政機構を抑えただけでは何の解決にもならん!! 相手が居るんだぞ!! 相手が!! 国を救うというのなら具体案を出してみろ!! それが出来なければ、お前達は大馬鹿者だ!!」

 

 と、アルデが抗議すると、隊長は鼻で笑ってアルデを哀れめいた目で見下す。

 

「あなたはとんだ勘違いをしておられるようだ。この反乱の首謀者は私ではない。第3外務局局長のカイオス様だ」

「なっ!? カイオスだと!?」

「そして具体案ならある。既にカイオス様はロデニウスと戦後を含めて話を付けられた。あとは我々が国内の大掃除を行えば、この国は救われる!」

 

 反乱の首謀者がカイオスであると明かされてアルデは驚愕し、隊長より具体案を述べられたものの、アルデは怒りを露にする。

 

「たわけが!! ロデニウスだけをどうにかしても、属領の反乱軍はどうする?! 準文明国はどうする!! そいつらは止まらんぞ!! 仮にすべてがうまくいったとしても、我が国はロデニウスに殲滅戦を宣言しているのだ!! それでいて我が国にあの国が譲歩するとでも思ったか!!」

「……どうやらあなた方は本当にロデニウスの事を理解していないようだ。お前達のような無能共が上層部に巣食っていれば、報告が捻じ曲げられていてもおかしくないか」

 

 呆れたように隊長はため息を付き、それが神経を逆なでしたのかアルデの顔がますます赤くなって身体を震わせる。

 

「まぁいい。これ以上無能と問答するつもりはない。大人しくしてもらうぞ」

「……後悔するぞ」

 

 アルデは捨て台詞を吐いて兵士達に拘束される。

 

 

 隊長の言葉通り、皇軍の関係各所はクーデター派の兵士達と近衛兵により制圧されており、当然会議室があるパラディス城も制圧されている。

 

 ここまで制圧が容易だったのは、兵士が完全に出払って、近衛兵の数が少なかったのもあるが、その近衛兵の大半がクーデターに参加しているのが、大きな要因だろう。

 

 

 


 

 

 

「これはどういうことだ、カイオス」

 

 パラディス城のルディアスの私室にて、クーデターに賛同した近衛兵5人に囲まれ、中央で椅子に座っているルディアスは、目の前にいるカイオスに拳銃を突きつけられており、拳銃を突き付けている本人を睥睨する。

 

「皇帝陛下。あなたを拘束します」

 

 カイオスはルディアスの睥睨に臆することなく、拳銃を突きつけたままその双眸を直視する。

 

「ふん。この期に及んで革命か。そんなことをしたところで民はついては来ないぞ。むしろ今攻めて来ているロデニウスに滅ぼされるだけだ」

「既にロデニウスとは話を付けております。この攻撃も反乱が成功する為の陽動ですので」

「……」

「反乱が成功すれば、パールネウスへの攻撃も止まる手筈となっています。そうすれば、この戦争は終わります」

「……」

「それに、この状況では貴方と私、民はどちらを信用しますかな?」

「……」

 

 カイオスの明かした内容に、ルディアスは何も言わなかったが、その双眸は怒りを孕ませている。

 

「余を……どうする気だ」

「あなたには軍に戦闘を停止させ、降伏するよう指示を皇帝の命として出してもらいます」

「……」

「そしてあなたを含めた皇族は、講和会議での交渉材料として活用させていただきます。ですので、身の安全の保障は致しかねます」

「……」

 

 カイオスの言葉に、ルディアスは双眸の怒り色が更に濃くなる。

 

「悪魔に、魂を売ったか」

「何とでも。皇族の命と、私の命で大勢の命が助かるのなら、安いものです」

 

 彼は「ニィ……」と、狂気を孕んだ笑みを浮かべる。

 

「では、皇帝として最後の仕事をしてもらいます」

「……断ると言ったら?」

「拒否権はありません。あなたには必ず仕事をしてもらいます」

「……」

 

 カイオスにそう言われても、未だに皇帝陛下としてのプライドがあってか、渋りを見せるルディアス。

 

「皇帝陛下。あなたに民を思う気持ちが残っているのなら、今起きているこの状況に何も思わないのですか」

「……」

 

 と、カイオスは部屋の窓を開けてルディアスに外を見せる。

 

 外では市街地の要所にある簡易トーチカに対して艦爆隊の流星改二が急降下爆撃を行い、投下した爆弾が着弾して爆発を起こし、近くにいた動員兵諸共吹き飛ばす。

 

 市街地の各所で黒煙が上がり、間隔を空けて爆音が響き、海からは輸送船より出撃した特大発が浜辺を目指して突き進んでいる。

 

「……」 

「陛下!」

 

 沈黙するルディアスにカイオスが一喝すると、彼は観念した様子でため息を吐く。

 

「……良いだろう。好きにしろ」

 

 と、ルディアスは椅子から立ち上がり、近衛兵に囲まれる形でカイオスに連れていかれる。

 

 

 


 

 

 

「……」

 

 『赤城』の艦体の戦術情報管制室にて、『大和』は腕を組み、ただただその時が来るのを待っている。

 

「第二次攻撃隊発艦完了! 第一次攻撃隊の収容作業に入ります!」

「上陸部隊。着々にエストシラントへ上陸しています。敵からの抵抗は皆無とのことです」

「パールネウス攻撃隊により連絡! 敵基地司令部を制圧!」

 

 次々とエストシラントやパールネウスでの戦況報告が入り、『大和』は少しだけ顔を上げる。

 

「……」

「総旗艦様……」

 

 ずっと沈黙している『大和』に『赤城』は小さく声を掛ける。

 

 

 

「艦長!」

 

 と、通信士の妖精が『赤城』の元に向かうと、手にしている紙を手渡す。

 

「……総旗艦様」

「……」

 

 『赤城』は紙に書いている一文を見て、すぐに『大和』に見せる。

 

「……」

 

 紙に書いている一文を見た『大和』は、安堵の息を吐いて制帽を脱ぐ。

 

「エストシラント、及びパールネウス攻撃隊に連絡。戦闘を停止。動きがあるまで待機せよ。尚抵抗がある場合に限り、応戦を許可する」

 

 『大和』の指示を受けて、通信士たちはすぐに各隊に指示を伝える。

 

(やってくれたか……)

 

 彼は内心呟きつつ制帽を被り直し、モニターを見る。

 

 


 

 

 パーパルディア皇国はカイオスを首謀としたクーデターが発生し、皇国の政治中枢を掌握。皇帝ルディアスを拘束し、彼の命により全軍の戦闘停止命令が伝えられた。

 

 

 パールネウスは包囲していた攻撃隊は全て城壁内側へと突入し、皇軍の激しい抵抗に遭うものの、抵抗兵力を排除して防衛基地を包囲し、抵抗を続けていた皇軍だったが、パールネウス防衛基地司令は状況を悟って降伏を選択し、連合軍に制圧される前に皇軍は降伏し、パールネウス全域に居る軍に戦闘停止命令を下した。

 

 

 パールネウスに住んでいた皇族だが、彼らは逃走用の地下通路にて逃亡を図ろうとしたものの、事前に地下通路の存在を把握した特戦隊が待ち伏せを行い、皇族全員を鎮圧して拘束した。

 

 

 

 ともあれ、パーパルディア皇国とロデニウス連邦共和国、73ヵ国連合による戦争は、終結へと大きく進み出す。

 

 

 

 




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第六章 パーパルディア皇国編 終 列強国の終焉
第百六話 講和会議


新章突入


 

 

 

 

 中央歴1640年 4月4日 パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

 

 

 ロデニウス連邦共和国とパーパルディア皇国との戦闘が一先ず終わりを告げてから、二週間近くが経過した。

 

 

 エストシラントは先の戦闘による爪痕が激しく刻まれていたが、少しずつ復興への道を進んでいた。

 

 というのも、現在港を中心に市街地各所にて、ロデニウス連邦共和国陸軍工兵隊による復興作業が行われている。これはエストシラントの市民に対する感情変化を促す一環で、復興の他に炊き出しや治療を無償で行っている。上陸部隊の大半は、工兵部隊と使用する土木機材、その他諸々で、それ以外は護衛する兵士や兵器である。

 

 最初は上陸して復興作業を行っている工兵隊に警戒心を出していた市民たちであったが、一人、また一人と、ロデニウスの優しさに触れて彼らの慈悲を受け入れていった。もちろん一概に彼らを受け入れている者たちばかりではなく、一部は拒否的行動を取る者、抵抗する者もいた。その内行き過ぎた者は連邦共和国軍兵士に対処されている。中には市民たちから顰蹙を買う者もいた。

 

 ともあれ、エストシラントは少しずつ復興に向かっている。

 

 


 

 

 場所は変わり、戦闘の爪痕が多く残るパラディス城の大行政会議室。

 

 

『……』

『……』

 

 これまで皇国の行政や属領、文明圏外国への対応などを話し合っていた場所は、これまでとは異なる形の会場と化している。

 

 会場には、クーデターで臨時の国家元首としての座に就き、パーパルディア皇国の代表となったカイオスに、第1外務局局長のエルト、第2外務局局長リウス、軍司令のアルデが長いテーブルに着いており、その後ろには発言権を封じて傍観者として参加している元皇帝のルディアスの姿がある。

 

 彼らの向かい側には、カナタより全権を帯びてロデニウス連邦共和国代表として出席している『大和』と外務省の職員達の姿がある。他にはアルタラス王国より体調不良により出席できなくなったターラ14世に代わり、全権を帯びて代表として出席しているルミエス王女、フェン王国よりモトム、73ヵ国連合より代表として選ばれたミーゴとスカー、ハキとイキアが出席している。

 

 これから行われるのは、戦争終結に向けた講和会議である。この会議は今回の戦争に正式(・・)に宣戦布告を行った、もしくは受けた国々が参加している。

 

 しかし参加している面々の中には、リーム王国の姿が無い。理由は単純に『彼らが戦争に参加したとみなされていない』からである。パーパルディア皇国に宣戦布告せず、さりげなく73ヵ国連合に混じって参戦していた彼らに、この講和会議に参加する資格はないのは当然である。

 

 当然リーム王国は講和会議に参加できない事に抗議し、パーパルディア皇国に宣戦布告を行ったと証拠を見せつけたが、明らかに後出しした証拠なのは明白であり、何よりパーパルディア皇国が宣戦布告を受けた国々から細かく記録を残していたことが幸いし、リーム王国の出した証拠が偽物であると証明された。

 

 リーム王国はあれやこれと言い訳をして抗議するが、口を開けば開く度に自分達の信用がどんどん落ちるだけであり、結局彼らは居心地に悪さに加え惨めな気持ちに押し付けられたことで、最終的に捨て台詞を吐いて会場を後にした。

 

 


 

 

「それでは、講和会議を開始します」

 

 リーム王国の抗議で予定より時間が遅れたものの、講和会議は開始された。

 

「まず初めに、我がロデニウス連邦共和国は、パーパルディア皇国に対して賠償金の請求を行わない事を言っておきます」

 

 『大和』の言葉に、カイオスを除いたパーパルディア皇国の関係者と、連合軍側の人間が驚きの表情を浮かべる。

 

「我々は金が欲しくて戦争をしていたわけではありません。あくまでも自らに降りかかる火の粉を払っただけですので」

 

 ロデニウスの寛大な判断に、皇国関係者は少しだけ安堵の表情を浮かべる。もしかしたら彼らの中で一番優しい条件に―――

 

「ですが、あくまでも賠償金の請求を行わないだけであって、我が国独自の要求をしないわけではありませんので、勘違いしないようにお願いします」

 

 ―――なるはずもなく、カイオスを除いた関係者は冷や汗を掻く。ちなみにカイオスはロデニウス側が提示する要求を事前に聞いているので、慌てる様子を見せなかった。

 だから逆に言えば、カイオスはYESマン状態で要求を呑むつもりでいるのだ。

 

「それでは、各国の代表より貴国に対する要求の発表を行います」

 

 『大和』が司会を行い、各国がパーパルディア皇国に対して要求する内容が発表される。尤も、要求内容は基本各国同じであり、若干の差異がある程度である。

 

 各国の共通する要求内容は以下の通り―――

 

 

・パーパルディア皇国は各属領の独立を認める。

・賠償金の請求

・犯罪者の身柄引き渡し

・犯罪者の裁判権の譲渡

 

 

 属領の独立は彼らにとって悲願ともいえる。この要求は当然である。皇国側は苦虫を噛んだような表情を浮かべていたが、各属領の独立を認めた。

 

 賠償金に関しては各国の国力に合わせて金額が設定され、返済期限は設けないことにした。これは現在のパーパルディア皇国の財政状況ではすぐに返済出来ないので、それに配慮しての返済期限無しである。

 ただし国によってはすぐに賠償金の金が必要になってくる所があるので、その場合はロデニウス連邦共和国が肩代わりすることになる。しかしあくまでも肩代わりであり、その分を免除されるわけではないので、皇国が賠償金を支払う事に変わりはない。しかも支払う優先度は73ヵ国なので、肩代わりしたロデニウスへの支払いは後回しになる。

 つまりパーパルディア皇国が今後賠償金の支払いを拒否しないように、ロデニウスが肩代わりした賠償金の支払いを後回しにして皇国を監視する意味合いもあるのだ。

 

 要は何十年何百年も掛かっても賠償金を全額支払え、と言うことである。

 

 ちなみに73ヵ国で賠償金が国力に合わせて設定されているのは、国内事情が大きく関わっている。というのも、パーパルディア皇国によって長い間暴力によって支配され、富を搾取されてきたので、国内状況は疲弊してかなりボロボロだ。勢いよく独立を宣言したが、国によっては支援が無いと国として成り立っていけない所が多い。

 なので、国によっては賠償金より人材や資材の方が欲しかったりする。

 

 その点を考慮し、ロデニウス側はある計画を73ヵ国に持ち掛けて話し合いをしたのだ。わざわざ国力に合わせて賠償金の金額を設定したというのも、その計画が関わっている。

 

 この計画は独立を果たした73ヵ国の国々には快く思わない内容であったが、意外にも全ての国々がその計画を承諾したのだ。それだけ国内状況が深刻であり、その計画自体彼らからすればある意味願ったり叶ったりなのである。それに、あくまでも一時的な処置であるというのも計画を受け入れた要因の一つだろう。

 

 どういう計画になるかは、後々明らかになる。

 

 パーパルディア皇国側は賠償金の合計金額に驚いてとても支払えないとカイオス以外は抗議の声を上げるが、返済期間は無期限だと伝えられると、すぐに返済しなくて済むと一安心する。そして最終的に賠償金の支払いに同意した。

 

 

 次に犯罪者の身柄引き渡し。言わずもがな73ヵ国連合は属領を統治していた臣民統治機構の職員と一部兵士。アルタラス王国ならカストを筆頭にしたアルタラス出張所の面々である。ロデニウスは既にシオス王国で起きた虐殺事件の被疑者たちを裏で全員確保したので、名乗り上げなかった。

 臣民統治機構は一部の国を除いて現地の人間がルミエス王女の演説を聞き入れたおかげで、怪我人こそいるが全員が捕らえられているので、身柄引き渡しは書類の上で行うものである。

 

 臣民統治機構の兵士が一部なのは、その殆どが属領から撤収してエストシラント防衛基地に突き刺さった不発弾の処理に失敗し、文字通り粉々になったので、対象になっているのは警備の為に属領に残り、反乱の時に奇跡的に生き残っている兵士のみで、それ以外は反乱時に死亡している。

 

 アルタラス出張所の面々はこちらも奇跡的に全員残っていたので、現在彼らは身柄は拘束され、全員アルタラス王国に罪人として身柄が引き渡される。王族を侮辱し、王女を性奴隷として引き渡しを要求したカストは極刑が確定しているが、それ以外はさすがに釈明の余地はあると思われる。が、カストを止めなかった事実があるので、彼らは連帯責任で裁かれることになる。さすがにカストより刑は比較的に軽くなると思われる。

 

 パーパルディア皇国側は特に抗議の声も無く、罪人の身柄引き渡しも同意した。まぁ言ってしまえばその連中のせいで属領が全て解放されてしまったのだから、彼らに同情の念が沸かないのは当然である。

 

 

 そして最後の裁判権の譲渡。これは先程の罪人の裁判権を全て被害国に譲渡し、パーパルディア皇国は裁判に関わる事が一切出来ないものだ。言ってしまえば、身柄を引き渡された罪人たちの運命は半ば決まったようなものである。

 

 こちらもパーパルディア皇国側は抗議の声は無く、難なく同意した。

 

 

 傍聴人として参加しているルディアスは、終始何も言わず、静かに講和会議を聞いていたという。

 

 

 


 

 

 

「では、我がロデニウス連邦共和国の要求を発表します」

 

 途中小休止を挟んで、講和会議はいよいよロデニウス連邦共和国が独自の要求を発表する時が来る。パーパルディア皇国側はカイオスを除いて息を呑む。

 

(ロデニウス……一体どんな要求をしてくるんだ)

(あれだけの力を持っていながら、わざわざこの場で要求する意図が読めない)

(ロデニウスも何だかんだ言って、やはり金を要求する気か)

「……」

 

 カイオス以外の面々は内心ロデニウスがどんな要求を出してくるか不安を抱き、緊張の面持ちをしている。

 

「我が国の要求は口頭での説明と共に、今から配る書類に書いてある通りです」

 

 と、『大和』は後ろに控えている外務省の職員達に目配りして、パーパルディア皇国側の人間に大陸共通言語で表記された書類を配る。

 

 そして書類に書いてある要求と、『大和』が口頭で説明した内容に、カイオスを除いたパーパルディア皇国側の人間が驚愕に染まる。

 

 

 要求はいくつもあったが、皇国関係者を驚愕させたのは、以下の物である。

 

・パーパルディア皇国はパールネウスを含む領土をロデニウス連邦共和国に譲渡する

・パーパルディア皇国は軍の大幅な縮小に応じる

・皇国は全体的な技術を開示し、新規技術の開発は各国の許可を得る必要がある。そしてその技術もすべて開示すること

・皇族及び皇族の血縁にある貴族の断絶(・・)を行う為、全員の身柄引き渡しに応じる

・パーパルディア皇国に関する歴史資料を全て破棄。今後皇国復興を促す教育を一切禁ずる

・皇国は国の名前を一新し、今後一切パーパルディア皇国、パールネウス共和国と名乗ってはならない

 更に両者を彷彿させる名前も名乗ってはいけない

 

 

 パールネウスを含む領土の譲渡。これによりパーパルディア皇国は内地の領土を失うことになり、皇国はエストシラントからデュロまでの領土しか残らなくなる。

 同時にそれは、パーパルディア皇国の歴史が奪われることになるのだ。

 

 

 軍の大幅な縮小とあるが……現時点の皇国軍の惨状を見れば実行に移す必要が無いのであまり気にする必要は無いが、上限が設けられたので今後軍備の配備を行うのに制限が掛かる。

 

 しかしこの軍縮に関しては、実はロデニウスがムーとある取引をして今後の皇国の軍備に関わっているが、それは後々判明する。

 

 

 技術の全体的開示。これまで技術の一部を秘匿して優位を保って来た皇国だったが、それが無くなれば他国へ技術が浸透して、技術的優位性が失われてしまう。

 

 新たな技術の開発を行うには、ロデニウスはもちろん各国から開発許可を得なければならない上に、技術は必ず公開しなければならない。これにより新規技術であっても技術的優位を保つことが難しいようになっている。

 

 

 そして皇国関係者を一番驚愕させたのは、皇族と血縁関係者の断絶。歴史資料の破棄、国名を名乗るのを禁止するというものである。

 

 これは完全にこれまで積み上げてきた歴史を全て捨てろと言っているものである。

 

 

 

「ま、待ってくれ!!」

 

 故に、抗議の声が上がるのは当然と言えた。あまりにも理不尽な要求にエルトが声を上げた。

 

「国名を捨て、歴史を捨て、皇族の断絶だと!? そんなこと、受け入れられるはずがない!!」

「そうだ!! あまりにも理不尽だ!」

「これまで積み上げていた歴史を捨てろというのか!!」

「……」

 

 エルトが抗議の声を上げると、リウスとアルデも続いて抗議の声を上げるが、カイオスは事前に聞いて承諾しているので、何も言わなかった。

 

「ですが、あなた方は今まで同じことを属領だった国々にやって来たのでしょう。それでいて自分達の番になると嫌です? そんな都合の良い話があるわけないだろう」

「くっ……」

「……」

 

 『大和』は冷めた視線で冷徹な声にてそう告げると、エルト達は言葉を詰まらせる。

 

 いくら軍縮して領土を奪っても、歴史と皇族が存続し続ける限りパーパルディア皇国は、いつかまた皇族による主権国家になりかねない。

 それを防ぐ為に、歴史と言う名の癌を排除するのだ。そして皇国は終わりを告げ、新たな歴史の始まりを告げるのだ。

 

 当然最初の内は批判が多く、皇国至高主義の輩が出てくるだろう。それによる内戦も起こる可能性は無いとは言えない。

 

 言うなれば、これは皇国に与えた試練だ。本当に国を変えられるか。それが出来れば本当の意味で国は生まれ変わる。それが出来なければそこまでである。

 

「……皇族と血縁の貴族の断絶は、受け入れられない。皇族なくして、皇国は栄えなくなる」

「だから? それに国の繁栄は皇族や王族などの一部の者達ではない。国民だ。国民なくして国の繁栄は無い。たかが一つの血筋が消えるだけで、国には何の痛手にはならない」

「……」

 

 歯に衣を着せない物言いにリウスは顔を赤くして、俯いて両手を握り締める。エルトとアルデも屈辱に耐えている様子である。

 

「……皇族の中には、まだ幼子だっているんだ」

「ふーん、で?」

「っ! これから生まれる命だっているんだ!! それでも処すというのか!!」

当然だ

「っ…‥」

 

 情に訴えるようにアルデは抗議するも一蹴され、エルトは感情的に声を荒げるが、『大和』は無慈悲にも切り捨てる。あまりにも躊躇ない返答に、エルト達は唖然とする。

 

「皇族の血が流れている以上、幼子だろうが赤子だろうが、断絶対象だ」

「……」

「どうしても嫌だというのなら、この状況を覆して見せろ。我々に勝って見せろ。そうすれば全ては無かったことになる。お前達が守ろうとしている皇族も無事でいられる」

『……っ!』

 

 『大和』の容赦ない言葉に、エルト達は何も言い返すことが出来ず、両手を握り締めるしかなかった。

 

 ロデニウスの容赦ない要求と姿勢に、他の国の代表者たちは息を呑むしかなかった。

 

「歴史もそうだ。もはや貴様たちに必要の無いものだ。強いて必要ある歴史があるのなら、皇国が愚かな領土拡張に走り、結果敵を作り過ぎて敗北し、滅びを迎えた、という歴史だろう。良い教訓になる歴史だからな」

「……」

 

 エルトは血が滲まんばかりに握り締め、顔を上げる。

 

「だが、それでも―――」

 

 

 

「もうよい、エルトよ」

 

 と、抗議を続けようとするエルトに、今まで沈黙を保っていたルディアスが口を開く。

 

「へ、陛下?」

「あなたの発言は許可されていません。勝手な発言は行わないでいただきたい」

 

 戸惑うエルトを他所に、発言許可を下ろしていないルディアスの発言にロデニウスの外務省職員が警告する。

 

「構わない。発言を許可します」

 

 と、『大和』は職員を制止してルディアスの発言を許可する。

 

 ルディアスは頷くと、『大和』を見る。

 

「……余と皇族、血縁にある貴族。その犠牲で皇国の民には手を出さぬのだな?」

「えぇ。国民の安全は保障します。我が国と大統領、私の名に賭けて」

「……そうか」

 

 確認したい事を確認出来てか、ルディアスは目を瞑って小さく頷く。

 

「それともう一つ……皇族の一人、レミールについてだ」

「……」

「レミールは……どうなる?」

 

 それはルディアスの、最も個人的な質問だろう。

 

「……あの女性は我が国にとって忌むべき存在と言えます。あなた方とは別件で処刑されることになるでしょう。まぁこちらも行方を追っているのですが、どういうわけか行方が掴めていないので、これから苦労することになりますが」

「……」

「ただ、どの道皇族である以上、運命は変わりません」

「……そうか」

 

 『大和』の意味ありげな喋り方に一瞬怒りを露にするルディアスだったが、すぐに怒りを収めて観念したように俯く。

 

「発言は以上ですか?」

「……あぁ。もう話すことは無い」

「そうですか」

 

 ルディアスは再び口を閉ざし、講和会議は再開する。

 

 

 その後はルディアスが要求を受け入れた姿勢を見せたことで、エルト達は悲しむ様子を見せつつロデニウス側の要求を受け入れ、カイオスも事務的な様子でロデニウス連邦共和国の要求を受け入れる。

 

 

 カイオスが各国の要求を受け入れ、必ず全て履行するという誓約書にサインして、講和会議は終わりを告げる。

 

 

 そして彼らは戦争を完全に終わらせるために、降伏調印式に挑む為に会場を移動する。

 

 

 




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第百七話 降伏調印式

今回短いので早めの投稿


 

 

 

 

 講和会議が終わり、連合軍の代表とパーパルディア皇国の代表たちとルディアスは、ロデニウス側が用意した車に乗ってエストシラントの市街地を抜けて港へと向かう。ムーの車よりも洗練された車に、エルト達は驚きに満ちていた。

 

 道中街の様子を見ていたエルト達は、破壊された街でロデニウスの兵達が復興に手を貸し、市民に食事を提供し、治療を行っている姿に驚きを隠せなかった。

 

 彼らの常識からすれば、敗北した者をぞんざいな扱いにするのは当然だったからだ。そんな姿が見られないどころか、自国民に救いの手を差し伸べているロデニウスの兵士に、精神面と思考面から何もかもがロデニウスに負けていた、という認識を突き付けられた。

 

「っ! あれは!?」

 

 市街地を進んでいくと、エルトは車の窓から港の沖合を見て、驚きを隠せなかった。

 

 そこには多くの軍艦が停泊しており、やはり一際目立つのは『ニュージャージー』と『ノースカロライナ』、『ワシントン』の三隻の戦艦だ。更に『赤城』と『加賀』もだが、『ニュージャージー』達よりも後方に居るせいで、エルト達からは同じぐらいの大きさの船と認識されている。

 

「なんて大きな……」

「ムーでも……いや、ミリシアルでもあんな船は……それなのに、文明圏外の国が……あんなものを」

「皇国自慢のフィシャヌス級なんか……赤子同然じゃないか」

 

 エルト達は初めて目にする海に浮かぶロデニウスの軍艦を目の当たりにして、自分達がどれだけロデニウスの事を分かっていなかったのを、そして最初から勝敗は決まっていたというのを実感してしまう。

 後ろの車に乗っているルディアスも、同じ感想を抱いている。

 

 同行しているアルタラス王国のルミエスとフェン王国のモトムは以前にもロデニウスの軍艦を見たことがあるので驚きはしなかったが、73ヵ国連合の代表たちは初めて見るロデニウスの軍艦に目を見開いて驚愕し、パーパルディア皇国に最初から勝ち目など無かったというのを理解する。

 

 

 

 港では連邦共和国陸軍の工兵隊がトラック泊地の妖精達を交えて各種重機を投入し、更に海軍の工作船も投入してフル稼働で復旧作業を行っており、お陰でごく一部の港の機能が回復し、湾内の残骸も多くが除去されて小型の船であれば入港が可能となっている。

 工作船の中には、KAN-SENの『明石』と『ヴェスタル』も含まれている。

 

『……』

 

 港が凄まじいスピードで復旧されている光景に、エルト達は呆然と見つめている。

 

「そんな……こんなにも、こんなにも差があるのか」

「一部分で復旧にどれだけ時間が掛かると思っているんだ……」

「これだけ……差があるのか」

「……」

 

 三人が絶望している中、カイオスは早い復旧速度に息を呑むしかなかった。

 

「それでは、あの内火艇で海を移動し、サイン会場へ向かいます」

 

 と、『大和』がカイオス達に復旧している港に停泊している内火艇二隻を見て説明する。内火艇には『大和』と連合軍の面々、パーパルディア皇国の代表と別れて乗船する。

 

 これからパーパルディア皇国の代表たちには、降伏調印式の会場となっている軍艦へ内火艇で移動し、そこで書類に調印し、正式にパーパルディア皇国はロデニウス連邦共和国を筆頭にした連合軍に降伏したことになり、戦争は終結する。

 

 かつて旧ロウリア王国が降伏した際に行った降伏調印式と同じように、パーパルディア皇国の代表には軍艦の上で降伏調印を行うのである。

 

 ただ、以前と違って今回は少しだけ異なっているが。

 

 

 内火艇にそれぞれの代表達が乗船し、降伏調印式の会場となっている軍艦へと向かう。

 

(船の上で調印を行うか。中々考えている)

 

 波に揺れる内火艇に揺られながら、カイオスは海に浮かぶロデニウスの軍艦を見つめつつ内心呟く。

 

 軍艦はその国の国力を示す象徴であり、降伏する側からすれば自分達と相手との間にどれだけの差があったのか、というのを見せつけられながら降伏調印式に挑まなければならない。

 最後までロデニウスは徹底している。

 

(となると、会場はあの軍艦か)

 

 カイオスは、必然的に一番大きな船で降伏調印式が行われると考え、一番大きな軍艦……『ニュージャージー』を見る。

 

(ムーの『ラ・カサミ』より遥かに大きいな。いや、もしかしたらミリシアルの魔導戦艦よりも大きい。こんな船を作れる国に戦争を仕掛けて、勝てるわけが無い)

 

 彼は改めて自分の祖国がどれだけ無知で愚かだったのを自覚し、呆れてため息を付く。

 

 

 しかし内火艇は針路変えて別方向へと進み出す。

 

「?」

 

 揺られながらカイオスは怪訝な表情を浮かべる。

 

「か、会場はあの船じゃないのか?」

「いえ。調印式の会場となっているのは別の船となっています。間もなく見えてきます」

「何?」

 

 乗船して警備に当たっている兵士に質問し、兵士の答えにカイオスは首を傾げて前を向き、聳え立つ岬を見る。

 

 内火艇は進んでいき、岬の向こう側が見える位置まで移動する。

 

「なっ!?」

『っ!?』

「……」

 

 そして目の前に広がる光景を目の当たりにして、カイオスは驚愕し、エルト達は絶句し、ルディアスは目を見開く。

 

 岬の向こう側には、自分達の常識では理解できない、巨大な……まるで島の様な、あまりにも巨大な戦艦が鎮座していた。

 

 400m以上は確実にある巨大な船体に、巨大な砲を三本持つ砲塔を前部に三基、後部に二基、城郭の様に聳え立つ艦橋。無数の対空兵装から航空機を必ず撃ち落とすという絶対的な意思を感じ取れる。

 

 

 あの紀伊型戦艦を上回り、『紀伊』の息子である第二世代のKAN-SEN……『まほろば』である。

 

 今回のパーパルディア皇国の降伏調印式の会場は、この『まほろば』である。

 

 パーパルディア皇国の心を徹底的にへし折ると決めていたロデニウス連邦共和国政府は、『大和』達に『まほろば』を降伏調印式の会場に出来ないか頼んでいた。

 

 『大和』と『紀伊』は『まほろば』を含め第二世代のKAN-SENの存在を国に公表こそしているが、元々秘匿していた存在とあって色々と悩んだが、彼らもパーパルディア皇国には最後まで心を折ってもらおうと考えていたので、本人の意思確認をして許可を出した。

 

 本来なら『紀伊』か『尾張』のどちらかを降伏調印式の会場にしようと政府は考えていたが、二人の艦体はまだトラック泊地のドックに入渠中なので、『まほろば』に白羽の矢が立ったのだ。

 

 

「こんな、こんなのって……」

「……」

「あ、悪夢だ……」

(我々は……決して相手にしてはいけなかった国と戦争していたのか)

 

 エルト達は全員が絶望し、カイオスは自分の認識もまだまだ甘かったと実感している。

 

「……最初から結果は見えていた、ということか」

 

 ルディアスだけは『まほろば』を見て、遠い目で全てを悟ったのだった。

 

 

 内火艇は『まほろば』に近づいて接舷し、『大和』達が最初に乗り込み、次にパーパルディア皇国の代表たちが『まほろば』のタラップに乗り込み、ゆっくりと登っていく。

 

 『まほろば』のその大きさ故にタラップを登るのも一苦労だったが、カイオス達は何とか登り切って甲板に出る。

 

『捧げぇ!! 銃!!』

 

 彼らが甲板に出ると、赤い絨毯が甲板に敷かれてサインするイスとテーブルがある会場へと繋がっており、その赤い絨毯の両脇にはロデニウス連邦共和国海軍の水兵達が銃剣を装着した64式小銃を掲げる。

 

 例え敗北したとしても、例え戦争の発端がどうであれ、彼らは戦って敗北し、国の代表として立派に降伏しに来たのだ。ならば彼らを最大限の敬意を以ってして迎えるのは当然である。

 

「……」

 

 カイオスはあまり経験の無いこととあって、緊張した面持ちで息を呑みつつ、絨毯の上を歩き出す。捧げ銃をしている水兵達はカイオス達が歩き出すと、構えを変えて迎え入れる。

 

 テーブルとイスがある会場には、『大和』と連合軍各国の代表、本土より連れて来たマスコミ関係者が集まっており、テーブルには降伏調印を行う書類が並べられている。『まほろば』本人は昼戦艦橋から会場の様子を見ている。

 

「どうぞ」

 

 『大和』はカイオスとルディアスに着席を勧め、二人は水兵に引かれた椅子に着席する。その瞬間マスコミ関係者は手にしているカメラのシャッターを切って撮影する。エルトとリウス、アルデは周りの空気に戸惑いつつ二人の後ろに立つ。『大和』の後ろにいる連合軍の各国代表とエルト達は、歴史的瞬間の証人としてここにいる。

 二人の着席を確認して、『大和』は水兵に指示を出して、ルディアスの両手に着けられた手錠の鍵を開錠して手錠を外させる。

 

 次に『大和』はカイオスとルディアスにどの書類にサインをするかを説明し、カイオスとルディアスは用意された万年筆を手にする。

 

 最初にルディアスが書類にサインをして拇印を捺し、次にカイオスがルディアスのサインの下に自身のサインをして、サインを終えた書類を『大和』が受け取り、サインと拇印を確認する。

 

 カイオスとルディアスは全ての書類にサインを終え、『大和』が全ての書類にサインしているかを再確認する。

 

「では、これにて貴国の降伏を受理いたします」

 

 『大和』は書類を纏めて箱に入れると、外務省の職員がその箱を受け取る。

 

 カイオスとルディアスは促されて起立し、『大和』が差し出した右手をそれぞれが握って握手を交わした。

 

 

 

 時に中央歴1640年 4月4日 

 

 

 パーパルディア皇国が起こしたこの戦争は……皇国がロデニウス連邦共和国に降伏したことで、終結を迎えた。

 

 

 それは同時に、世界のパワーバランスが大きく変化を迎えた瞬間でもあった。

 

 

 

 




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第百八話 戦争が終わり……

本作を投稿して三周年を迎えました。ここまで来られたのも皆様の応援のおかげです。

感想や評価、毎回誤字報告をしてくださる方々には、本当に感謝しています。今後原作を含め、色々とどうなるか分かりませんが、これからも本作をよろしくお願いします!

三周年を記念して、一週間連続投稿を行います。

これからも本作品をよろしくお願いします。


 

 

 

 降伏調印式が終わり、パーパルディア皇国との戦争が終結したことは、すぐさまロデニウス本国の大統領府へと伝えられた。

 

 

 カナタを始め、閣僚達はあの列強国パーパルディア皇国に戦争に勝ったという事実に喜びつつ、複雑な思いを抱いていた。

 

 

 戦争には勝ったが、彼らからすれば避けようとすれば、戦争を避けられたかもしれなかったという事実があった。なのに、戦争へと発展させてしまったという負い目があった。

 それと共に、多くの犠牲者を出してしまったのも、彼らに大きな影を差すことになった。

 

 

 最終的にシオス王国で起きた虐殺事件の犠牲者は、35名となっている。救助された32名であったが、その後シオス王国駐屯軍の兵士による拷問の後遺症が原因で容体が急変して亡くなった方や、慰み者にされた女性の中にトラウマのフラッシュバックによる大きなストレスが原因で心不全を発症して、亡くなってしまって方がいたという。

 

 

 

 今回の一件は外交的問題点が多く浮上し、彼らの認識を改めることになった。

 

 

 

 その後政府はすぐに戦争が終わったことを速報にて各地へと伝えて、改めて戦争が終わったという事実を国民全員が噛み締めたのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 中央歴1640年 4月6日 ロデニウス連邦共和国

 

 

 

 戦争が終わり、各地で戦勝ムードが漂っている中、ただ一か所だけお通夜ともいえるどんよりとした雰囲気の場所があった。

 

 

 場所はクワ・トイネ州にある、捕虜収容所。

 

 

 

 そこでは、祖国が敗北したという事実に涙を流す捕虜たちの姿が数多く見受けられた。彼らのほとんどは皇国が敗北するという未来を受け入れていたが、それでも実際に敗北したという事実を突きつけられると、その衝撃は大きいようだ。

 中には捕虜になって浅い者がいて、その者は最後まで皇国の勝利を信じていたそうな。

 

 

「祖国の敗北したというのに、あまり実感は湧かないものだな」

 

 元監査軍東洋艦隊提督ポクトアールは、周囲を見つつ小さく呟く。

 

「我々は長くロデニウスの内で生活していたからでしょう。泣いている者達は最近入って来た皇軍の捕虜たちでしょうね」

「あぁ、なるほどな。捕虜としての生活が長かった分、皇国が負けるという現実を知らない内に受け止めていたんだな」

 

 元艦長の言葉に、ポクトアールは納得する。

 

 涙を流して居る者達は、最近この収容所へと移送された皇国軍の捕虜であり、彼らはロデニウス連邦共和国の国力を目の当たりにしながらも、必ず皇国が勝利すると信じていた。それ故に、彼らのショックは大きかったのだ。

 

 しかし第一次フェン沖海戦から今日に至るまで長く収容所にてロデニウスの国力を目の当たりにしていた彼らは、ロデニウスの力を深く理解し、このままいけば皇国が負けるという事実を彼らは自然と受け入れていた。

 だからこそ、彼らの中に祖国が敗北したことによる悲しみの感情は湧かなかった。

 

 

「ポクトアール殿」

 

 と、声を掛けられて彼が声がした方を見ると、そこには左腕に装着した杖を使いながら歩く元竜騎士のレクマイアの姿があった。

 

「これはレクマイア殿。最近は歩き方が安定するようになりましたな」

「えぇ。何とかここまで歩けるようになりました」

 

 レクマイアはそういうと、自身の脚を見る。

 

 相棒のワイバーンロード諸共海へ墜落し、その際に両脚を複雑に骨折して収容所にて車椅子生活をしていた彼だったが、その後リハビリを経て杖アリなら歩行が可能となった。しかし予想よりも脚の損傷が大きく、彼の両脚には後遺症が残ったことで、力が出しづらくなってしまっている。もう彼はワイバーンに跨って飛ぶことは出来なくなっているのだ。

 

「ところで、話は聞きましたかな」

「えぇ。聞きました。やはり我々も罪を償わなければならないようですね」

「そうですな」

 

 二人は気を落とした様子を見せて、表情に影が差す。

 

 先日、彼らの身柄はロデニウス連邦共和国からフェン王国へと移送されることが決定したのだ。

 

 これは第一フェン沖海戦にて、ポクトアール率いる東洋艦隊はフェン王国の水軍を全滅させ、レクマイアは都のアマノキを襲撃し、市民の虐殺を行った罪に問われているのだ。

 その為、フェン王国はロデニウス連邦共和国に彼らの身柄引き渡しを要請したのだ。

 

 ロデニウスはポクトアール達の身柄引き渡しに反対する理由が無かったので、要請に応じてポクトアール達の身柄の移送準備を始めた。

 

 他の捕虜たち……主にデュロ防衛基地所属の捕虜たちは時期を見計らって皇国へ身柄返還を行う予定になっている。

 

「まぁ、あれだけのことをやったのですから、相応の覚悟をしなければなりませんな」

「えぇ。最後は皇国の軍人らしく、胸を張って挑みましょう」

 

 ポクトアールとレクマイアは自分達が犯した罪を受け入れ、今後ある裁判に皇国の軍人らしく、正々堂々挑むつもりで、覚悟を決める。

 

 

 しかし、そんな彼らの覚悟は、意外な形で裏切られることになろうとは、この時の彼らに知る由も無かった。

 

 

 


 

 

 

 所変わり、クワ・トイネ州の首都マイハーク

 

 

 パーパルディア皇国に勝利した事実は、国民に大きな驚きと喜びを与えた。あの第三文明圏の列強国、パーパルディア皇国に勝利した。これまでの彼らの常識では考えられない快挙であり、その喜びに満ちていた。

 

 

 マイハークでは戦勝ムードが漂い、連日戦勝関係の特番が流れており、様々な店は戦勝祝いの特売をしているなど、お祭り騒ぎである。

 

 

 そして近日中には軍による戦勝パレードが行われる予定である。

 

 

 

「結局ロデニウスが勝利したか。まぁ当然の結果か」

 

 家のリビングにてテレビに映っている番組を見ながら、男性はあっけからん様子で呟く。

 

 男性こと、元パーパルディア皇国 国家戦略局の職員であったヴァルハル。かつての祖国が敗北しても、彼の中には悲しみや悔しさも無ければ、怒りも無かった。ただただ呆れた感情のみであった。

 まぁ祖国ではぞんざいな扱いをされていたので、こんな感情しか湧かないのは致し方ない。

 

 そして最初から勝負は見えていたのに、それでもロデニウスに戦争を、それも殲滅戦を仕掛けたかつての祖国の愚かさに、呆れるしかない。

 

(まぁ、皇国の性格を考えれば結局戦争は起きていただろうが、どこかでロデニウスのことを知れたはずなのに……余計なプライドは持つもんじゃないな)

 

 番組を見ながらヴァルハルは内心呟き、ある意味良い教訓だと思ってため息を付き、カップの取っ手を持って中に入っているコーヒーを飲む。

 

(皇国はどうなるか。まぁロデニウスもあの国をこのままにしておくわけ無いよな。この国は優しそうで、容赦ないからな)

 

 かつての祖国が今後どうなるか考えたものの、彼はすぐに考えるのをやめてテレビの横に設置している台の上にある、写真立てを見る。

 

 

 国家戦略局の証拠隠滅と口封じを恐れてロデニウスに亡命した彼は、新しい身分を得て第二の人生を送る事となった。

 

 以前とは比べ物にならない快適な生活環境と職場環境に、彼は順風満帆な日々を送っていた。

 

 そんな日々を送る中で、彼は職場の同僚の女性と仲良くなり、その仲は時間が経つにつれて深いものとなり、今では同棲して結婚を前提にした付き合いをしている。

 

 

 写真立てには、先日出かけたテーマパークで撮った写真が入れられており、笑顔な二人の表情と一緒にポーズを取っているその姿から、彼らの仲は大分進んでいるようだ。

 

「昔じゃ、考えられなかったな……」

 

 写真を見ていたヴァルハルは、嬉しそうに小さく呟くと、玄関の方から扉が開く音がする。

 

「帰って来たか」

 

 彼は玄関の方を一瞥すると、椅子から立ち上がって帰ってきた彼女の元へと向かう。

 

 

 


 

 

 

 所変わって、北ロウリア州と南ロウリア州の境目に当たる場所。

 

 

 

「そうか。パーパルディア皇国が負けたか」

 

 屋敷の私室にて、一人の男性がロッキングチェアで揺れながら執事の男性からパーパルディア皇国の敗北の報を聞き、小さく呟く。

 

 男性こと、旧ロウリア王国 元国王、ハーク・ロウリア34世。ロウリア戦争にて身柄を拘束され、一時軟禁となっていたが、その後監視付きで解放された。

 

 しかし彼は全ての責任を負い、国王の座を辞し、旧ロウリア王国が南北に分かれた州になった際に、彼は表舞台から姿を消し、現在は北ロウリア州と南ロウリア州の境目にある屋敷にて、隠居生活を送っている。

 

「しかし、あのパーパルディア皇国さえも敗北したとは。本当にこの国は恐ろしいものよ」

「そうですね」

「……もはや、この第三文明圏でこの国を止められる国は存在しないな」

「恐らく第二文明圏、下手をすれば第一文明圏にも存在しないかと」

「……そうだな。あの神聖ミリシアル帝国でも、この国に勝てるかどうか怪しいものだ」

 

 ロウリア34世はため息の様に深くゆっくりと息を吐き、窓から外の景色を眺める。

 

「歴史が……世界が、変わろうとしているのかもしれんな」

「……」

「全く。彼らが現われた時から、変化の絶えないことだ」

「そうですね」

「これなら、生きていく楽しみには困らないな」

 

 彼はそう言うと、口角を上げてこれからの世界の変化を世間の裏から楽しみにするのだった。

 

 

 


 

 

 

 所変わり、トラック諸島

 

 

 

「まぁ、なるようにしてなったわけだな」

「そうね」

 

 トラック諸島の春島。そこにある司令部の一室にて、『紀伊』と『ビスマルク』が話していた。

 

「それにしても、あなた達は随分大胆な事を考えたのね」

「あぁ。パーパルディア皇国が無くなれば、フィルアデス大陸の情勢が大きく傾くのは目に見えている。少なくとも皇国亡き後にフィルアデス大陸の筆頭に立とうとする輩が現われそうだからな」

 

 と、『紀伊』はどこぞの国の事を頭に浮かべながらそう口にする。

 

 フィルアデス大陸を牛耳っていたパーパルディア皇国が滅んだとなれば、当然大陸の情勢は大きく変化する。それによる混乱が生じ、その混乱に乗じて大陸の支配を目論む輩が現われる可能性が高い。

 

「それを防ぐ為でもあり、情勢悪化を防ぐ為でもある、ってところかしら」

「あぁ。だからこそパールネウス周辺の領土を貰い受けたんだ。まぁあの辺り一帯の領土を欲したのは他にも理由はあるがな」

「理由?」

 

 気がかりな事を口にする『紀伊』に、『ビスマルク』が怪訝な表情を浮かべる。

 

「調査によれば、どうやらパールネウスの地下に皇国でも一番に機密にしている研究施設があるそうだ」

「地下に研究施設。まだそんなものがあったのね」

「あぁ。地上にあったのはあくまでも既存の技術に関連するものだったらしい。本命は地下の研究施設だそうだ」

「どんなものだったの?」

「それなんだが、どうやら遺伝子関連の研究施設だそうだ」

「遺伝子関連? あの国の技術レベルからは想像できないわね」

 

 『紀伊』より地下研究所の内容に、『ビスマルク』は疑問を浮かべる。

 

 パーパルディア皇国の技術レベルは第三文明圏では高いが、この世界の基準でいうと低い方だ。そんな国にとても生物学に長けているとは思えない。

 

「だが、逆を言えばそれで納得がいく。他国ですらワイバーンの品種改良は難しいと言われているのに、なぜ皇国は品種改良を容易に行えたか」

「……」

「恐らく研究施設は自前のものじゃない。独力だけでそれだけの技術を確立させるのは難しいし、何より地下にそれだけの施設を作るのは、いくら皇国とて不可能だ」

 

 『紀伊』の説明に、『ビスマルク』は納得しつつ、報告にあった新種のワイバーンロード(ワイバーンオーバーロード)を思い出す。

 

 品種改良が難しいワイバーン。それも上位種のワイバーンロードとなれば更にその難しさに拍車がかかる。第二文明圏にもワイバーンロードを持つ国は存在するが、それらの国がワイバーンロードの品種改良を積極的に行っていないのを見れば、その難しさが分かるだろう。

 それなのに、第二文明圏より技術が劣っている第三文明圏のパーパルディア皇国が品種改良に成功し、ワイバーンオーバーロードという新種のワイバーン種を生み出した。

 

 少なくとも独力ではほぼ不可能に近いが、それが皇国の物ではない、別の技術であれば話は変わって来る。

 

「……地下の施設は、噂に聞く例の魔帝に関りがあるのかしら?」

「かもしれんな。今後そのあたりの調査を行う予定だが、あまり期待は出来ないだろうな。もしその研究施設が例の魔帝の物で、魔帝の技術がふんだんに使われているのなら、皇国は第三文明圏のみならず、文字通り世界を支配出来ていただろうしな」

「確かに。第三文明圏どまりであるのを思えば、そこまで目立つ技術は無さそうね」

「まぁ遺伝子関連なら収穫はありそうだがな」

 

 パーパルディア皇国に対してロデニウス連邦共和国が得られるものは決して多くないが、少なくとも得られるものに価値はあると思われる。

 

 『紀伊』としては、その辺りを期待している。

 

「さてと、これから忙しくなりそうだ」

「そうね。以前のロウリア王国の時と比べると、戦後処理は多そうね」

「あぁ。それと、無理はするなよ」

「分かっているわ」

 

 二人はそう言葉を交わすと、仕事に取り掛かる。

 

 

 

(しかし……)

 

 書類の整理作業を行いながら、『紀伊』はふと思う。

 

(あいつ……どうするつもりなんだろうな)

 

 と、彼は戦友(大和)のことを思い出し、一抹の不安を覚える。

 

 彼が秘めている怒りは、決して許すことは無いのは確かだ。それがどうなるか……予想がつかない。

 

 以前にも似たような事(・・・・・・)があっただけに、不安が大きいのだ。

 

「……」

 

 戦友の事を考えながら、『紀伊』は作業を続ける。

 

 




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第百九話 やる時は徹底的にやる。例え何と思われようと……

 

 

 

 中央歴1640年 4月25日 ロデニウス連邦共和国 クイラ州

 

 

 

 急速な発展を遂げつつあるロデニウス大陸であるが、クイラ州の砂漠地帯の近代化は難しく、油田地帯以外は未だに多くの砂漠が残っている。 

 

 

 

 その砂漠の某所に、ロデニウス連邦共和国で犯罪を犯して懲役刑、死刑判決が下された犯罪者が収監されている刑務所がある。

 

 

 周囲は砂漠が広がっているので、仮に刑務所から脱走出来ても近くの町まで到着するのに一日近く掛かる。その上受刑者たちは目隠しされてここまで運ばれるので、どこに街があるのかすら分からない。車を奪っても道は敢えて舗装されていないので、固い地盤以外を走れば砂に足を取られて身動きが取れなくなる。

 近くには海が広がっているが、激しく波が打ち付けている場所なので、海から逃げようものなら波で押し込まれるか、波に呑まれて溺れるのがオチである。

 

 

 それ以前に、刑務所の警備は厳重であり、二重三重の警備システムに加え、警備員と看守の多さもある。

 

 人間や亜人のみならず、トラック泊地より派遣された妖精や饅頭、更に『オフニャ』と呼ばれる人型の猫を模した新型のロボットが配備されている。

 

 オフニャは最近トラック泊地で開発された二足歩行の猫型ロボットで、マスコット風なデザインをしているのが特徴的だ。間違っても某猫型ロボットとは違う。

 しかし可愛らしい見た目とは裏腹にその性能と汎用性は高く、ありとあらゆる作業をこなす万能ロボットだ。

 この刑務所では、ガチガチに装備を固めたオフニャが警備に当たっているので、仮に受刑者たちが脱走して暴動を起こしたとしても、すぐに鎮圧できるという。

 

 もちろんこの刑務所以外でも、オフニャは様々な現場で活躍し始めているという。

 

 この刑務所にはもちろん犯罪を犯した受刑者が収監されているが、特に罪が重い者は刑務所の地下にある厳重な独房に収監されている。

 

 

 そこには、あの人物も収監されている。

 

 

 


 

 

 

 薄暗い階段にて、足音が響く中、『大和』は警備兵を引き連れてゆっくりと地下へと降りていく。

 

 その表情は感情を無くしたような無表情であるが、逆にそれが噴火寸前の火山のような、大きな怒りを抱いている様子にも見える。

 

 やがて地下深くまで降りて、刑務所で特に警備が厳重な区画へと入る。

 

 その区画の一番奥へと向かうと、厳重な扉の前で警備している看守が『大和』の姿を確認して敬礼し、『大和』が返礼すると、看守はいくつものセキュリティを解除して扉を開ける。

 

 開けられた扉の先には檻があり、中には全身を拘束されたレミールの姿がある。

 

 忍びのKAN-SEN達と特戦隊によって身柄を確保された彼女は、『シュルクーフ』でロデニウス本土へ運ばれ、この刑務所の地下独房へと身柄を置かれた。

 

 彼女が目を覚ました時には、この刑務所へ身柄を移送される最中であり、その時にロデニウスの発展した街並みを目の当たりにして、彼女のプライドはズタボロにされたとか。

 

 彼女は扉が開いたのに気付いて顔を上げると、『大和』の姿を見てその表情を憤怒に染めて睨みつける。

 

 レミールの睨みを気にせずに、『大和』は独房へと入って彼女が収監されている檻の前へと近づく。

 

「お久しぶりですね、レミール殿。まさかこんな形で再会するとは思っていませんでしたが」

「……」

 

 『大和』は表情の一つを変えず、淡々とした様子で口を開く。

 

「……こんなことが……こんなことが、許されると思っているのか。列強たるパーパルディア皇国の、しかも皇族を捕らえるなど……こんな、こんなことがっ!!」

 

 レミールは全身を拘束されて身動きが取れない中、『大和』に向かって怒りを露にして咆える。

 

 いくら彼女でも、今自分が置かれている状況は理解している。いや、理解しているつもり、と言うのが正しいか。

 

 目元に濃い隈を作り、ぼさぼさの髪をして痩せこけているその姿に、皇族の威厳など無い。だがそれでも、彼女の長年蓄積したプライドが認められないのだ。諦め切れないのだ。

 もはや何も残っていない彼女は、精一杯の虚勢を張るほか無いのだ。

 

「お前達は文明圏外にある国だ!! 列強国が、蛮族をいくら殺そうが……そんなことで、列強の皇族たる私をこんな目に遭わせるなんて!! 許されることでは無い!!」

「ふん」

 

 虚勢を張る彼女の姿を、『大和』は呆れた様子で鼻を鳴らすだけだ。

 

「列強と名乗っていながら、考え方はどこまでも野蛮だな。これで列強国の皇族とは、笑わせる」

「ぐっ……私は、私は皇族だ!! 私が処刑を命じたのは、死んだのはただの平民だろう!! たかが数十人程度の平民程度で!!」

「……」

 

 レミールの言葉に、扉近くにいる看守と警備員が怒りを滲ませ、『大和』の視線はとことん冷たくなり、視線だけで殺せそうな殺気を孕んで彼は彼女を見る。そんな視線を向けられてか、レミールは一瞬身体を震わせる。

 

「ただの平民、たかが数十人程度、か。貴様がそう思うならそうなのだろうな。貴様の中ではな」

「……」

「ならば貴様が殺した人達に、どれだけの人達が悲しんだと思う。どれだけの人達が人生を狂わされたと思う。まぁそんな事考えた事なんてないんだろうな」

「……」

「殺された人達には、家族がいた。恋人がいた。友人がいた。これから家族が増える人がいた。居たんだよ……」

「っ……!」

 

 殺気を醸し出し、威圧感のある声に、レミールは金縛りのような感覚を覚える。

 

「ただの平民だと? ふざけるな。貴様が殺した人達には、大切な人達が多く居たんだ。それをお前は、たった一言で全てを奪ったんだ」

「……」

「反省の色を見せるならまだしも、開き直るとはな。つくづく呆れる」

「ぐぅ……」

 

 あまりの威圧感に、レミールは反論する余裕も無く、ただただ俯くしかなかった。

 

「それに、皇族か。存在もしない(・・・・・)国の皇族を名乗るとは。滑稽だな」

「な、に?」

 

 『大和』の言葉に、レミールは額に冷や汗を浮かばせながら顔を上げる。

 

「何を、言って……」

「そのままの意味だ。パーパルディア皇国と言う国なんて、この世界に存在しない」

「っ! 何をふざけたことを!!」

「ふざけてはいない」

 

 と、『大和』はレミールの言葉を無視して、後ろにいる警備兵に目配りすると、警備兵は看守に手伝わせて外に用意していた物を部屋の中へと入れさせる。

 

「これはテレビと言う、映像を映す装置だ。お前達で言うなら、映像付き魔導通信機だな」

「……」

 

 レミールは部屋に入れられて警備兵によって準備されているテレビを見て、目を見開いている。皇国が開発した映像付き魔導通信機と比べ、洗練されて薄く、大画面を有している。

 

「これが、映像付き魔導通信機だと? 笑わせるな。こんな板で何が映せるいうんだ!!」

 

 彼女は大きく声を荒げる。彼女の記憶にある映像付き魔導通信機は、装置自体が大きく、画面は小さい。その画面もここまで薄くなく、倍以上の厚さがある。

 

 彼女から見れば、ただの厚めの板にしか見えない物体に、映像が映せるとは思えなかった。

 

「これを映せるさ」

 

 と、『大和』は警備兵よりテレビのチャンネルリモコンを受け取り、テレビの電源を入れると、画面に光が灯って映像を映す。

 

「……」

 

 レミールは映像を映すテレビに、目を見開いて釘付けになる。

 

 明らかに皇国が作った映像付き魔導通信機よりも綺麗に映像を映しており、動きもカクカクしておらず、とても滑らかだ。

 

「そして、これが三日前のニュースだ」

 

 彼はリモコンを操作して録画した映像をテレビの画面に映させる。

 

「っ! カイオス!」

 

 画面には、壇上に上がるカイオスの姿が映っており、レミールは思わず声を上げる。

 

 壇上に上がったカイオスは、演説を始める。

 

「三日前に、国家元首となったカイオス殿による演説だ」

「国家元首だと?」

「知らなかったのか? カイオスを筆頭にしたクーデターが皇国内で発生して、行政機関を制圧。皇帝ルディアスを拘束して暫定政権を立ち上げた」

「なんだと!?」

 

 レミールは驚愕して声を荒げて身体を揺らす。

 

「あの、あの裏切り者がぁ!!」

「裏切り者か。俺からすれば彼は救世主に見えるがな。皇帝陛下を含めたお前達のような愚かな者達から亡国の危機から救ったのだからな」

「っ! 愚かだと! 陛下が愚かだと!?」

「でだ、重要なのはここからだ」

 

 咆えるレミールを無視して、『大和』が画面を見ながら教える。

 

 

『―――そして我々は大きな決断を致しました。本日をもって、我がパーパルディア皇国は―――――

 

 

 

 

 

 

 ―――――国家を解体し、新たな歴史を始めることを、ここに宣言します!!』

 

 

「……は?」

 

 無数のフラッシュが瞬く演説映像を見ながら、レミールは呆然となる。

 

「な、にを……言って……」

「三日前にパーパルディア皇国は解体され、新たな国家が樹立した。もうパーパルディア皇国も、パールネウス共和国などという国は存在しない。だから貴様の言う皇族とやらも存在しない」

「……――」

「……」

「―――けるな」

 

 レミールは目を見開いて身体を震わせて小さく呟くと、直後に大きく身体を揺らして叫ぶ。

 

「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 獣のような叫びを上げて全身を拘束されながらも、彼女は大きく身体を動かして暴れる。

 

 看守と警備兵が止めに入ろうとするも、『大和』が手を挙げて制止させる。

 

「皇国が、偉大なパーパルディア皇国が解体だと!? 陛下ではないお前が決められることでは無い!!! 勝手な事を抜かすなぁっ!! 反逆者がぁぁぁぁぁ!!!」

「……」

 

 喉を引き裂かんばかりに叫ぶその姿を、『大和』はただ黙って見つめている。

 

「いくら咆えた所で、お前達は多くの国を滅ぼしてきたんだ。それが自分達の番になっただけだ」

「ぐっ……!!」

 

 『大和』の指摘に、レミールは歯が砕けんばかりに噛み締めながら、彼を睨みつける。

 

「どちらにせよ、お前達は負けたんだ。敗者は勝者に従う。それがこの世界の理だろ?」

「……」

 

 彼がそう言うと、レミールは顔を俯かせる。彼女に反論する余地は無かった。自分達が今までそうしてきたからだ。

 

「だが、俺達はお前達とは違う。貴様の言う皇族とやらは、無事に生きているぞ。今はな」

「っ!」

 

 『大和』が含みのある事を告げると、レミールは顔を上げる。

 

「だが、これまでの責任を誰かが取らないといけないからな。生憎全員を生かすというわけにはいかないんだな、これが」

 

 と、彼はリモコンを操作してテレビの画面の映像を別の映像に切り替える。

 

「なっ!?」

 

 画面に表示された映像に、レミールは驚愕する。

 

「陛下!? それに、皇族の!」

 

 画面には、柱に縛り付けられた元皇帝ルディアスと、多くの皇族達と血縁にある貴族たちがそれぞれ左右に分かれて映されている。皇族の中には彼女の肉親や親族が居れば、親しい者達も居て、まだ幼い者も居る。

 

「っ! 貴様ぁっ!! 陛下を、皇族たちをどうする気だ!!」

「言わなくても、貴様なら分かっているだろう。これから行われることは」

「っ!!」

 

 そう言われて、レミールが視線で殺さんばかりに『大和』を睨みつける。

 

「だからこそ、貴様にチャンスをやる」

「何?」

 

 レミールは次の言葉を口にしようとするが、その前に『大和』にそう言われて、怪訝な表情を浮かべる。

 

「元皇帝陛下か、皇族達、どちらかを貴様が選べ。そうすれば、どちらかは処刑されるが、片方は生き残れる」

「なっ!?」

「制限時間は10秒だ。10秒以内に選べ。選ばなかったら、どちらとも処刑する」

「き、貴様っ!?」

 

 『大和』の提案にレミールは、驚愕と共に戸惑いと困惑が頭の中を支配する。

 

 皇帝陛下(愛する者)の命を取るか、皇族達(親しい者)の命を取るか。彼女にとって究極の選択が制限時間と共に課されたのだ。困惑するのは仕方ないことだろう。

 

「10」

「ふざけるな!! 蛮族風情が!!」

「9」

「こんなことで皇族たちの未来を弄んで!!」

「8」

「何が野蛮だ!! お前達の方が!」

「7」

「っ! よっぽど野蛮な……」

「6」

「や、やめろ!!」

「5」

 

 レミールの抗議を無視して無慈悲にも下されるカウントダウンに、怒りを露にしていた彼女の勢いは徐々に落ちていき、焦りが見え始める。

 

「あぁ、そうだ。忠告しておくが、選ぶ時h「やめろと言っているんだ!!」」……5」

 

 『大和』は何か言うとしたが、レミールの大声にかき消されてしまい、彼は呆れ様子でカウントダウンを再開する。

 

「っ!? ま、待て……」

「4」

「っ……!」

「3」

「や、やめて……」

「2」

「……!」

「1」

「くっ!」

「z「ひ、左! 陛下だ!!」……」

 

 カウントダウンを言い終える前に、レミールはとっさに画面左の元皇帝ルディアスを選んだ。

 

 彼女の中に比重は、多くの皇族たちよりも、愛する者の方が重かったようだ。

 

「ほぅ。元皇帝陛下を選んだか」

「っ……!」

 

 『大和』のどこか含みのあるような言い方に、レミールは歯噛みして俯く。

 

「大より小を選んだか。さぞかし、考え抜いた選択なんだろうな」

「……」

「あぁ。言っておくが、貴様を責めているわけじゃないぞ。むしろ尊重するよ。その気持ちを」

「っ!」

 

 俯く彼女に『大和』は容赦なく言葉をぶつけ、レミールはそれに耐えるしかなかった。

 

(なんとでも言え。どうせ私は処刑される身だ。私が死のうとも構わない。だが、せめて……せめて陛下だけは……!)

 

 俯いたまま、レミールは心の中で思いを漏らす。

 

 彼女は自らの運命がどうなるかぐらい、さすがに悟っていた。だからこそ自分は死ぬが、せめて愛する者だけは生きて欲しい。それが彼女の願いなのだ。例え多くを犠牲にしても、叶えたい願いである。

 

 

 

「……大切な人間を選択するその勇気にな(・・・・・・・・・・・・・・)

「……?」

 

 と、『大和』の言葉に違和感を覚えたレミールは思わず顔を上げる。

 

 

 ッ!!

 

 

 するとテレビより銃声が響く。

 

「っ!?」

 

 画面で起きた映像の変化を見て、レミールは目を見開く。

 

「あ、あ、あ……」

 

 あまりにもショックが大きかったのか、彼女は言葉が出ずに、口を震わせている。

 

 

 画面には、頭の半分近くが消し飛び、身体のあちこちから血を流して事切れているルディアスの姿が映し出されていた。

 

 

 何があったなんてことは、一目瞭然な姿である。

 

「陛下ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっ!!!!!!」

 

 やがて混乱から回復したレミールは、喉が裂けんばかりに叫んだ。

 

「そんな、なんで……嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

 

 あまりにも受け入れられない現実に、彼女は取り乱すばかりだ。

 

「一人の犠牲で多くの命が救えたんだ。立派な判断だよ」

「っ!! き"さ"ま"ぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 あっけからん様子の『大和』に、レミールは怒り心頭な声を発し、彼を睨みつける。

 

「よくも、よくも騙したなぁぁぁぁぁっ!! 卑怯者の、蛮族がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「……」

 

 喉が掠れながらも声量の変わらない怒声を発する彼女の姿に、『大和』は心底呆れた様子で深いため息を付く。

 

「何を言い出すかと思えば……言い掛かりも甚だしいな」

「何を言って!!」

「騙す? 俺がいつ貴様を騙す様な事を言ったか?」

「っ!」

「確かに俺は『どちらかは処刑されるが、片方は生き残れる』とは言った」

「だったら!!」

「だが、何を勘違いしているか知らないが……選んだ方を生かす(・・・・・・・)とは言っていないぞ」

「っ!?」

 

 抗議の声を上げようとしたレミールだったが、『大和』の言葉に彼女は冷や水を浴びせられたような衝撃を受ける。

 

「そ、そんなの、知らな……」

「知らない。そりゃそうだ。人が忠告をしようとしたのに、貴様は大声でその忠告を遮ったんだからな」

「っ……!」

 

 彼の指摘に、レミールはハッと気付いて、口を震わせる。

 

 カウントダウンの最中、『大和』は彼女に忠告をしようとしていた。だが、レミールはその忠告を自らの声で遮ってしまっていた。

 

「それに、話をよく聞いていればこうなると分かる内容だ。それを騙しただの卑怯者だのと。よく話を聞かなかった貴様の落ち度だろ」

「……」

 

 彼の言葉に、ようやく彼女は自らの過ちを自覚し始めており、陸に上がった魚のように口をパクパクと言葉を発することなく開閉させている。

 

 尤も、冷静で居られない中でそんな事を冷静に考えろというのは、あまりにも酷な話であるが。

 

「だが、経緯はどうであれ、その決意は本物だな。いやはや多くの命を救うために―――」

「やめろ……」

「処刑対象に自ら愛する者を―――」

「やめて……!」

「選んだんだからな」

「やめろぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 『大和』の容赦ない言葉に、レミールは首を左右に振るって否定する。

 

「違う!! 違う!! 違うっ!! 違う!! 違う!! 違う!! 違うっ!!」

「何が違う? お前の中で最初から誰を選ぶなんて、決まっていたんだろ? だから皇帝を選んだ」

「私は……私は!!」

「まぁどっちにせよ、貴様が皇帝を選んで処刑させた、という結果は変わらん」

「違う……違う……」

「今までそうやって何十、何百という命を処刑させて奪って来たんだろ? 今更一人で感じることは無いだろう」

「……」

 

 レミールは怒りなのか、悲しみなのか、憎しみなのか、驚きなのか、もはや感情はごちゃごちゃになっていて呆然としており、『大和』の言葉に反応すら無かった。

 

「……」

 

 『大和』はただの人形と化したレミールを一瞥し、踵を返して歩き出す。

 

「今後24時間体制で見張りを続けろ。怪しい行動が見られたらすぐに対処しろ。場合によっては期日まで眠らせても構わん。自害だけは絶対に阻止しろ」

「了解しました」

 

 『大和』は看守に指示を伝えて独房を出る。

 

「……」

 

 彼は独房の前で立ち止まって何かを考える素振りを見せるが、すぐに歩き出す。

 

 

 

 




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第百十話 自らの手で、始末をつける

 

 

 

 

 中央歴1640年 5月1日 ロデニウス連邦共和国 クワ・トイネ州

 

 

 

 その日は、ある意味異様な雰囲気に国中が包まれていた。

 

 

 多くの国民がテレビの前に居て、画面の映像に釘付けになっている。仕事をしている者でさえも、休憩中とあればテレビに釘付けである。

 

 

 画面には、何本も建てられた細い柱に、目隠しをされた男たちが縛り付けられており、小さなワイプ画面には、フェンスの向こうで騒いでいる人々の姿が映っている。

 

 

 

 この日、シオス王国で起きた虐殺事件の、その実行犯達と関与した者達の処刑が行われる光景を、生中継でロデニウス連邦共和国中に放送されているのだ。

 

 

 あまりにも異常といえる光景であったが、必要な事だとカナタは反対を押し切って生放送を行わせたのだ。

 

 

 


 

 

 

 所変わって、クイラ州の刑務所。その一角にある処刑場。

 

 

 そこは異様な雰囲気に包まれていた。

 

 

 処刑場には、虐殺事件の実行犯と関与した元シオス王国駐屯軍の兵士達や職員ら死刑囚達が目隠しをされて柱に縛り付けられていた。その中には、当然虐殺事件の首謀者であるレミールの姿がある。

 

「……」

 

 心を折られたレミールの虚ろな目には、何も映っていない。力無く項垂れているだけである。

 

 彼らの前と両側にはスピーカーが設置されており、そこからフェンスの向こうに居る被害者の遺族たちの憎しみの籠った罵声が、音が割れないで、尚且つ彼らの耳に響くぐらいに大きな音量となってスピーカーより放たれ、彼らの鼓膜を震わせている。

 

 目隠しをされている彼らは、どの方向からも罵声が来ているとあって、多くの者は項垂れるしかなかった。

 

 だが中には、悪いのは命令した上の連中だ。自分はただ命令に従っただけだと、自分は悪くない! と、見苦しい言い訳をしてい者が居たが、彼らの声はスピーカーより発せされる音声と、遺族らがいる距離の関係で死刑囚以外に届くことは無い。

 

 こういった連中を想定して、遺族らと死刑囚の間を大きく取ってあるのだ。死刑囚の見苦しい言い訳を遺族たちが聞いて不愉快にさせないために。

 

「……」

 

 遺族らと死刑囚の間辺りに、『大和』と兵士二人が立っており、死刑囚らを見つめている。彼は死刑囚達の最期を見届けると共に、全てを終わらせる為にに、ここに居るのだ。

 

 

 それから数分後、『大和』に傍に控えている兵士が無線で連絡を受け、彼に連絡内容を伝える。

 

「あー、マイクテストマイクテスト。……お静かに願います」 

 

 『大和』はマイクを手にして遺族らに頼むと、罵声を上げていた彼らはピタリと静かになる。

 

「ご協力どうも」と遺族に礼を言うと、死刑囚達を見る。

 

「これより、死刑囚の死刑執行を行います。死刑執行はショッキングな光景がありますので、気分を害される可能性があります。もしも退場を希望される方は、係員に声を掛けて別室へ移動をお願いします」

 

 『大和』は遺族たちに注意喚起を行い、退場を希望するかどうかの確認を行うが、遺族たちは誰一人その場から動こうとはしない。

 

 彼らは大切な人を奪った死刑囚達の死刑執行を見届けるために、ここに居るのだ。この期に及んで気が変わるわけが無い。

 

「分かりました。では、これより死刑執行を行う兵士達が入ります」

 

 彼は処刑執行を行う兵士達の入場を宣言すると、フェンスが開けられて64式小銃を携える兵士達が整列して入って来る。

 

 一糸乱れぬ行進を行って、先頭にいる部隊長が号令を掛けて死刑囚らの前に止まると、隊列を変更して死刑囚達と向き合う。

 

 『大和』は傍に控える兵士から64式小銃と弾が込められたマガジンを受け取る。彼も死刑囚の死刑執行を行うのだ。それも、レミールの死刑をだ。

 

「弾込め、用意!! 初弾装填!!」

 

 部隊長が号令を掛けて、兵士達は64式小銃に4発の弾が込められたマガジンを差し込み、槓桿を引いて初弾を薬室へと送り込むと、セレクターをセーフティーからセミオートに切り替える。『大和』も同じようにして射撃準備を整える。

 

「構え!!」

 

 号令と共に兵士達と『大和』が64式小銃を構える。

 

 死刑囚達は自分達の前で何が起きているのかを察したのか、頭を左右に振ったりしながら殺さないでくれと懇願する。

 

 そんな中、遺族たちは銃を構えた兵士達と死刑囚達を息を呑んで見守る。

 

 

 

「撃てぇっ!!」

 

 

 

 号令と共に、計4回の銃声が処刑場に響き渡る。 

 

 放たれた弾丸は、死刑囚達の身体を貫いており、内臓を貫かれて彼らはぐったりして苦しんでいる。

 

 弾丸は殆どが心臓か肝臓、肺を貫いており、このままなら彼らの命は五分と満たない。どちらにしても、急所を撃たれているのだ。彼らが助かることは無い。

 

 兵士達はマガジンを外して槓桿を何度も引いて薬室に弾が残っていないのを確認し、セレクターをセーフティーに入れる。

 

 『大和』も同じように弾が残っていないのを確認し、銃を兵士に返す。

 

「……」

 

 彼は制帽の位置を整えて息を吐くと、ゆっくりと死刑囚達の元へと歩き出す。

 

 死刑囚達の、それもレミールの前まで来ると、彼は立ち止まる。

 

「……」

 

 『大和』の視線の先には、身体を弾丸で貫かれ、貫通個所から出血しているレミールの姿がある。

 

 しかし重傷でありながらも、彼女は身動き一つ取らず、項垂れたままだ。それだけ、彼女の心は折れているのだ。

 

「レミール殿」

「……」

 

 『大和』が声を掛けても、彼女は反応しない。

 

「……こうなってしまったのは残念だ。せめて、大切な人達(・・・・・)とあの世で会えるといいな」

「……」

「まぁ、それはそれとして」

 

 と、彼は咳払いをして、気持ちを切り替える。

 

「どうせあと数十秒の命だ。冥土の土産に良い事を教えてやる」

「……」

「あの時、俺は言ったな。どちらかは処刑され、片方は生き残ると―――」

 

 『大和』は一旦区切ると、顔をレミールに近づけて、耳の傍で囁く。

 

 

 

「あれは嘘だ」

 

 

 

「……っ」

 

 すると身動き一つもしなかったレミールが、僅かに身体を揺らして反応を示す。

 

「あの時よりも前に、皇帝を含めて全ての皇族の処刑は済んでいる。あの映像はただの録画映像を編集しただけの代物。あの時点でお前は皇国最後の皇族だ」

「……」

 

 明かされた真実に、レミールは身体を小さく振るわせる。

 

 

 皇帝ルディアスと皇族、その血縁にある貴族は、あの時点で既に全員処刑されており、あの映像はその時に撮っていた映像を編集して、あたかも生中継映像のように見せかけていた。

 

 こんな手間暇を掛けてでも、レミールを追い詰める辺り、『大和』の徹底ぶりが伺える。

    

 

「運が良ければ、あの世で皇帝と皇族たちと会えるかもな。尤も、温かく迎え入れて貰えるかどうかは別だが」

「……っ……っ」

 

 『大和』はそう言うと、踵を返して歩き出し、レミールはその背中に向けて叫ぼうとするが、肺を撃ち抜かれた身体は声を出そうとすると、多くの吐血を強いらせて、激痛が全身を走って彼女を苦しめる。

 

 レミールは憎しみが籠った眼で彼の背中を睨みつけるが、やがてその視界はぼやけてきて、全身の力が抜けていく。そして彼女の意識は深い闇の中へと沈んでいき、その意識は永遠に目覚めることは無い。

 

 

 

 しばらくして死刑囚全員の死亡が確認され、『大和』はその結果を遺族たちに報告する。

 

 遺族たちは歓喜の声を上げて喜ぶことは無く、目を瞑って両手を組み、天国に旅立った家族や恋人、親友たちに向けて静かに祈りを捧げていた。

 

 その後死刑囚達の遺体は処刑場から運び出され、一か所に集められて火葬されることになる。火葬後は骨を細かく砕いて灰にして、遺灰は海に撒かれる予定である。

 既に処刑が済んでいる皇帝や皇族たちも同じようにされている。

 

 せめて死後の眠りが妨げられることが無いように、墓は作られないことになって、遺灰を海に撒く事になった。

 

 

 

 ともあれ、これを以ってパーパルディア皇国との戦争は、終わりを告げることになった。

 

 

 


 

 

 

 所変わって、刑務所の独房

 

 

 

「……」

 

 独房の中で、一人の男性が檻の向こうにあるテレビの画面を見つめており、画面には先ほどの処刑映像が流れており、処刑が終了したのが告げられる。

 

「気が済んだか?」

 

 テレビの横で看守が男性に問い掛ける。

 

「あぁ。これで、二人は報われる」

 

 男性ことモイジは、目を瞑って顔を上げている。その眼には涙が浮かんでおり、溜まった涙は溢れ出して頬を伝って落ちていく。

 

「そうだな。報われるといいな」

 

 看守はそう言うと、同僚にテレビの片づけを指示する。

 

「ところで、例の制度を受けるのか?」

「知っていたのか?」

「悪いが、囚人の情報は隅々まで把握されるからな」

「そうか」

 

 看守は頭の後ろを掻きながらそう言うと、モイジは苦笑いを浮かべるも納得する。刑務所では防犯の観点で監視され、会話や行動は逐一記録されているので、受刑者のプライバシーは無いに等しいのだ。まぁそうでもしないと脱走を未然に防ぐことが出来ない。

 

「それで、良いのか? ハッキリ言ってあの制度、メリットなんて無いぞ。ただ苦しい日々を送るだけで、期限を終えても以前のようにはならないぞ」

「それでも構わない。俺には、やることが出来た」

「苦行を乗り越えて、それでも以前のような暮らしは出来なくなっても?」

「あぁ」

 

 看守の問いに、モイジは迷いなく答える。

 

「……まぁ、あんたが決めたことだ。俺からは何も言わねぇよ。後悔が無いようにな」

「あぁ。ありがとう」

 

 彼がお礼を言うと、「じゃなぁ」と看守は一言言って独房の前を後にする。

 

「……」

 

 看守が去った後、モイジは腰かけているベッドに仰向けになり、胸ポケットから折り畳んだ写真を取り出す。

 

 写真には、生前に撮っていた妻と娘と一緒に撮った家族写真であり、三人とも笑顔を浮かべている微笑ましい写真である。

 

 それも、今となってはもう撮られない光景となってしまった。

 

(ソフィア、アイナ……俺は、罪を償って、もう一度やり直してみるよ。お前達のような悲劇が、繰り返されないように……)

 

 モイジは写真に写る妻子を見つめながら改めて決意を固め、写真を折り畳んで胸ポケットに仕舞い、横になって眠りに付く。

 

 

 

 

 




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番外編01 夢は果てしない

今回は『大和』達の過去編です。




 

 

 

 時は遡る事……まだトラック諸島が新世界に転移する、数年前ほどまで遡る。

 

 

 


 

 

 

 青く澄んだ空には小さな雲がちらほらとある快晴であり、夏とあってカンカン照りの太陽の日差しがトラック諸島の各島々の地面を照らしている。

 

 トラック諸島では、『大和』と『紀伊』と共にいた妖精達が各々の作業を行って島の拡張や発展、KAN-SEN関連やその他の技術の研究開発を行っている。

 

 

「……」

 

 トラック諸島の春島の舗装された道を、『大和』が海風に長い髪を揺らされながら歩いている。

 

(人間、慣れるとホント何も感じなくなるんだな)

 

 『大和』は歩きながら被っている制帽の鍔を持って上にずらし、空を見ながら内心呟く。

 

 元々人間だった……と言う感覚はある彼であったが、この世界に『大和』として誕生してから数年が経てば、最初に感じていた違和感はさっぱり無くなっている。

 それは『大和』と同じ境遇の『紀伊』も同じである。

 

 まぁ人間とKAN-SEN。身体の構造が大して変わらなかったのが、早く慣れた要因だろう。

 

 だが、時間が経てば経つほど、人間だった頃の感覚が薄れているのを、彼は感じていた。徐々に自分が自分では無くなるような、そんな感覚が日に日に強くなっている。

 

(まぁ、前世の記憶がある人間だって時間が経つにつれて忘れていくもんだし。KAN-SENになった以上、そのKAN-SENとして変化しているってことなだけだ。それは変えられないんだ)

 

 しかし彼は既にその事実を受け入れているので、それほど悲観してはいなかった。それは『紀伊』も同じである。

 

 

「あっ、『大和』さん」

「ん?」

 

 と、後ろから声を掛けられて振り返ると、車椅子に座った一人の女性の姿があった。

 

 白い軍服を身に纏い、背中まで伸びている黒い髪を一本結びにした、御淑やかな雰囲気のある女性である。

 

 彼女の名前は『宗方 咲良』『大和』達が初めて接触した国である重桜の人間であり、KAN-SENの指揮官候補生であったが、今は軍から連絡要員としてトラック諸島に派遣されている。

 

 しかし彼女には、あるべき部位が無い。

 

 彼女が穿いているズボンの右脚には脚が通されているが、左脚の裾は力無く垂れている。彼女は左側の膝から下の脚が無いのだ。

 

 

 指揮官候補生として彼女は、勉学の為に重桜が有している海外の基地へ船で移動していたが、途中で大きな波に呷られた船が転覆し、海を他の指揮官候補生と船の乗組員と共に漂流することになった。

 

 その時に、彼女達は鮫の大軍に襲撃され、次々と指揮官候補生と船の乗組員が鮫に喰われていき、彼女もしがみ付いていた船の残骸によじ登って難を逃れようとしたが、左脚が海中から上がる前に鮫に左脚を食い千切られた。

 

 彼女が激痛を味わい、絶望しながら意識が薄れていく中、偶々近くを通りかかった『大和』達が彼女を鮫の大群から救出した。彼らの応急処置が早かったお陰で、彼女は命を取り留めた。

 

 その後しばらく咲良はトラック諸島で暮らしていたが、『大和』達が重桜と接触して交流を行うことになり、咲良は国に帰ることになった。

 

 しかし少しして彼女は重桜より連絡要員として技術者(大山 敏郎)や他の軍人たちと共にトラック諸島に戻って来た。

 

 それはあからさまに傷痍軍人となった彼女を厄介払いとして連絡要員として送り込んだものであった。実際、一緒に来た技術者と軍人たちも、訳アリであって、厄介払いで送られてきたのは明らかだった。

 

 その後は色々とあったものの、彼女は連絡要員としての任をこなしつつ、『大和』と『紀伊』より勉学を受けている。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

「咲良か。どうした?」

「散歩の途中で『大和』さんを見かけたので、声を掛けさせてもらいました」

「そうか。一人か?」

「はい」

 

 咲良が頷いて答え、『大和』は車椅子に座る彼女を見る。車椅子を使う以上移動が不便であるので、基本誰かに押してもらって移動している。

 

「それで、どこか行こうとしていたのか?」

「はい。あの丘に行こうと思って」

「車椅子じゃ大変だろ」

「そうでもないですよ。大変なことに変わりありませんが、頑張れば行けます」

「そうか」

 

 『大和』は彼女が言う丘がある方向を見る。その丘までは緩やかな勾配がある道なので、車椅子の彼女には少々きつい。

 

「なら一緒に行くか」

「良いんですか?」

「どうせブラブラ歩いていただけだからな。話し相手が欲しかったから、ちょうどいい」

 

 と、『大和』は彼女の後ろに立って車椅子の持ち手を持つ。

 

「では、お願いします」

「了解」

 

 咲良が笑みを浮かべてお願いすると、『大和』は頷いて彼女が座る車椅子を押して件の場所へと向かう。

 

 

 

 二人は舗装された道を進んでいき、件の丘の上へとやって来た。

 

 丘の上はトラック諸島全体を見渡せる場所であり、ここから見ればトラック諸島の発展具合が分かる。

 

(こうして発展具合を見ると、荒廃していた最初の時からよくここまで発展して来たな)

 

 『大和』は咲良の横に立ち、トラック諸島に辿り着いた当初の荒廃した状態の時の事を思い出し、改めて妖精達の技術力を確認する。

 

「ここはトラック諸島を見渡せて、好きなんですよ」

「そうか。俺もよくここで景色を見ているよ」

「そうなんですね」

 

 咲良は『大和』を見て笑みを浮かべ、再び前を向く。

 

「……『大和』さん」

「なんだ?」

「世界は……いつか再び一つになるでしょうか?」

「一つに、か」

 

 彼女の言葉に、『大和』は顔を上げて空を見つめる。 

 

 

 

 セイレーンの出現後、多くの被害を受けた人類は築き上げてきた技術力を惜しまずに投入し、セイレーンを迎撃した。しかし圧倒的な力を持つセイレーンの前に、人類はあまりにも無力だった。

 

 

 圧倒的な力を持つセイレーンを前に、人類は過去のいざこざを水に流し、一丸となってセイレーンと戦う軍事連合―――『アズールレーン』を創設し、セイレーンと戦った。

 

 

 そんな中、彼らが偶然発見した『メンタルキューブ』と言う存在から、『KAN-SEN』という名のセイレーンに対抗する力を手に入れる。

 

 

 セイレーンとの戦いは多大な犠牲が発生し、一時期人類は滅びの危機に瀕した。

 

 

 しかしKAN-SENを手にし、人類のあらゆる英知を結集させたアズールレーンの活躍により、人類の滅亡は避けられ、セイレーンの攻勢を食い止めることが出来た。

 

 

 だが、ここまでやっても、あくまでもセイレーンの攻勢を食い止めた(・・・・・)程度でしかなく、セイレーンの完全撃退に至らずにいた。

 

 

 セイレーンとの膠着状態が続いた事により、各陣営間でセイレーンと戦う理念の違いが浮き彫りになってきた。

 

 

『あくまでも人類の力を以ってして、セイレーンを撃退する』か『毒をもって毒を制し、セイレーンの力を得てセイレーンを撃退する』と、二つの理念に分かれた。

 

 

 この理念の食い違いがアズールレーン内で分裂を起こし、一部の陣営が脱退して『レッドアクシズ』を名乗り、アズールレーンと対立する事になり、やがて両陣営による戦争が繰り広げられた。

 重桜もかつてはアズールレーンに属していたが、理念の食い違いによってアズールレーンを脱退し、レッドアクシズの一員としてアズールレーンと争っている。

 

 

 このような状況では、人類が再び一つになるのは非常に難しいだろう。

 

 

 

「今のままでは、難しい話だろうな」

「……」

 

 『大和』の言葉に、咲良の表情に影が差す。彼女もそれが難しい話だというのは、理解している。

 

「だが……諦めない心があれば、希望はあると思う」

「希望……」

「今はまだ無理かもしれない。だが、いつかセイレーンを撃退し、世界に余裕が生まれれば、いつかは」

「……そうです、よね」

 

 咲良は一旦俯くが、すぐに顔を上げる。

 

「私、諦めません。いつか、この世界が平和になるように、頑張りたいです」

「そうか」

「ですから、指揮官としての勉学のご教授をお願いしますね」

「おいおい。指揮官候補生だとしても、KAN-SENから教わるのはどうなんだ?」

 

 『大和』は他の指揮官候補生がどうなのかは知らないが、彼女の学ぶ姿勢に肩を竦めて苦笑いを浮かべる。

 

「教わる相手は関係ないですよ。経験は『大和』さんと『紀伊』さんが多いんですから。それに知識面でも『天城』さんと『ビスマルク』さんも上ですし」

「……」

 

 そういうものなのか? と彼は複雑な気持ちを抱いて頭の後ろを掻く。

 

「なら、指揮官になる為に、より一層勉学に励まないとな」

「はい!」

 

 咲良は笑顔を浮かべて頷く。

 

(まぁ、彼女は指揮官としての素質は十分あるからな)

 

 彼女と話しをしながら、『大和』は咲良の指揮官としての素質を思い出す。

 

 『大和』の他に指導している『紀伊』や『天城』、『ビスマルク』からも彼女の指揮官としての素質は高いという評価があり、咲良は大きく化ける可能性を秘めている。

 

 なので、彼としては彼女の将来が楽しみでもある。

 

(……まぁ、彼女の指揮下に入るのなら、文句は無いな)

 

 指揮官としての彼女の姿を想像しながら、咲良との会話を続けた。

 

 

 

 

 

 だが、彼は自覚があまりにも薄かった。

 

 

 この世界で、イレギュラーな男性型のKAN-SENである『大和』と『紀伊』達が、どれだけの価値があるのかを……

 

 

 どれだけ各国が彼らの存在を欲するのか……

 

 

 その自覚が……あまりにも薄すぎた……

 

 

 




過去編は不定期に投稿する予定です。

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第百十一話 世界の反応 壱

 

 

 

『第三文明圏の列強国、文明圏外の国に敗れる!?』

 

 

 

 パーパルディア皇国がロデニウス連邦共和国を筆頭にした連合軍に降伏した事実は、世界に大きな衝撃を齎した。

 

 

 世界のランク的には一番下の第三文明圏とはいえど、列強国が格下の文明圏外の国に敗北を喫した。この世界の常識からすればあり得ない事態に世界に齎した衝撃は大きく、そして多くの国が警戒した。

 

 

 なにせ以前にもグラ・バルカス帝国が第二文明圏の列強国のレイフォルを滅ぼしたという例が起きたばかりであり、ムーやロデニウス連邦共和国と国交を結んでいる国、文明圏外国以外の国が警戒するのは当然であった。

 

 

 だが、パカンダ王国、レイフォルを滅ぼしたグラ・バルカス帝国と違って、パーパルディア皇国を解体こそしたが滅ぼすまでは行っていないロデニウス連邦共和国への反応は大きく違っており、何より多くの目撃者がいたというのが一番大きいだろう。

 

 

 それ故に、ロデニウス連邦共和国を警戒しているが、同時に彼の国に期待感も多少なりとあるというのが多くの国々の反応であるという。

 

 

 だからこそ、一部の国々は彼の国との接触を図るか悩んでいるという。

 

 

 


 

 

 

 第二文明圏 ムー

 

 

 

「結果は分かっていたが、ロデニウス連邦共和国が圧勝に終わったか」

「しかしこれほどとはな……」

「本当に対応を誤っていたら、ロデニウスは第二のグラ・バルカス帝国になっていかもしれんな」

 

 ムーにおける首相官邸にて、今回の戦争についての話し合いが行われていた。

 

 先の戦争に参戦こそしていなかったが、多くの観戦武官を送っていたので、その甲斐あってロデニウスの戦闘風景や戦術、武器兵器の運用等、様々な情報が集まった。

 それらの情報は、ムーに有益なものばかりである。

 

「しかし、あのパーパルディア皇国が解体され、新たな国家が近日樹立予定か」

「これほどまでやられたのだ。もうあの国が覇権国家へ舵を切ることも無いだろう」

「それ以前にそれだけの力もないだろう。むしろ他国からの侵略に日々怯えなければならない状況だ」

「だからこそのあの計画なのだろうな」

 

 閣僚が各々の意見を口にしており、今後の皇国について話をしている。

 

 ちなみに閣僚の一人が口にした計画と言うのが、以前講和会議でも触れられた計画の事である。計画自体はロデニウス連邦共和国とアルタラス王国、フェン王国、73ヵ国以外には、ムーのみがその内容を聞かされている。

 

 この計画もまた、この世界に大きな衝撃を齎すのに違いない。

 

「しかし、新国家への支援を我が国に一枚噛ませてくれたのはありがたいな」

「我が国の事情を鑑みたロデニウス側の配慮だろう。まぁお陰でこちらとしては助かるものだが」

「これで我が国の財政状況に大きな変化があるといいのだが」

 

 と、閣僚達が口にしているは、新国家樹立に際して、ロデニウス連邦共和国は旧皇国時代の戦災被害の復興支援を行うのだが、その支援にムーが大きく関わることになった。

 

 これはロデニウスから多くの技術や品々を輸入して貿易が赤字になってしまったムーへの措置であり、新国家への貿易はムーが主に行うことになっている。そしてこれを機にムーは第三文明圏への貿易拡大を狙っている。

 

 そしてこれはロデニウス側の要望であるが、軍事面でも新国家への支援をムーが行うことになった。

 

 今やムーの軍事事情はロデニウスから多くの武器兵器と関連技術の輸入を行っていることで、ほぼロデニウス一色になりつつある。そうなれば国内の軍需産業が悲鳴を上げるのは当然と言える。

 

 ロデニウス製の武器兵器のライセンス生産や武器兵器国内生産を行う拠点として受け入れたメーカーは良いが、それが出来なかったメーカーは大きな損失を生み出している。このままでは多くのメーカーが倒産するという。

 

 何より武器兵器が一新されている以上、これまで使ってきた国産の武器兵器の在庫が大量に発生しており、これをどうするかで悩んでいた。捨てるにはもったいないし、処分しようにもそれだけでも金が掛かる。懐事情が厳しいムーはなるべく金を掛けない方法を模索していた。

 以前は余剰となっていた歩兵砲を73ヵ国連合の支援にロデニウス連邦共和国が密かに購入していたが、それはあくまでも一部分でしかなく、国内には未だに多くの在庫を抱えている。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが、今回の新国家樹立に際する軍事支援である。要は整備した中古品を格安で新国家に売却するのである。武器兵器の売却と同時に、その武器兵器を扱う為の教導もムーが併せて行うという。

 これにより、ムーは金を手に入れて、武器兵器の在庫を一掃できるわけである。

 

 しかしそれでは皇国の時よりも武器兵器の技術力が上がってしまい、むしろ危険性が上がるのでは? と思われるが、その辺もムーとロデニウスは抜かりなく、対策を講じている。

 

 現時点でムーが新国家へ売却するのは小銃、機関銃、歩兵砲、後は装甲車ぐらいで、国の防衛を行う程度の戦力しかない。しかし周辺国の技術力と比べれば、それだけでも十分な戦力になる。

 そして武器兵器の流出を防ぐ為に、弾薬共々管理はムーやロデニウスより派遣された軍人が厳しく行うようにしている。

 

 海からの攻撃を受けたらどうするかと言うと、そこはロデニウスより造船業の救済措置として発注されて建造され、海上警備隊で運用されている『第50号仮装帆船』が有償供与されることになっている。もちろん一部設計を変更した上での供与である。

 最終的にはこの仮装帆船のライセンス生産を許可して新国家でも建造出来るようにする予定である。これも新国家の造船業への救済措置になる。

 

 今後新国家がロデニウスを中心に周辺国より認められていけば、ムーは航空機の売却や船舶の建造受注を行う予定である。

 

 ともあれ、ムーとしては新国家は今後新たな貿易拡大のきっかけになるとして、大いに期待されているのだ。

 

「ところで、軍備計画の方はどうなっている?」

「主力戦車として採用を予定している戦車の選定は終わり、現在は最初の配備分の戦車がロデニウスより運ばれています。近日中には到着予定です」

「航空機も採用予定の機体が同じくロデニウスより運ばれている最中かと」

「武器兵器の生産拠点の建造と、ライセンス生産を行う拠点の工場の改装も進んでいます」

「そうか」

 

 

 その後ムー政府はロデニウスとの貿易や武器兵器についての話し合いへと移り、今後の国防に関する会議が行われるのだった。

 

 

 


 

 

 

 所変わり、第一文明圏 神聖ミリシアル帝国

 

 

 ロデニウス連邦共和国が第三文明圏の列強国パーパルディア皇国に勝利したという報はもちろん、第一文明圏の列強国であり、世界最強の国家としてと謳われる神聖ミリシアル帝国の耳にも届いている。

 

 

「第三文明圏で唯一とはいえ、列強国のパーパルディア皇国が文明圏外の国に敗れるとは……いまだに信じられないな」

「ですが、紛れもない事実です」

 

 ミリシアルの外務省で、二人の職員が話している。片方は外務省統括官の『リアージュ』で、もう片方は情報局長の『アルネウス』である。

 

 リアージュはアルネウスが持ってきた情報に、信じ難いといった様子を見せている。

 

 彼らの常識で考えれば、格下の国による格上の国のジャイアントキリングなど考えられないのだ。

 

「レイフォルを滅ぼしたグラ・バルカス帝国に続いて、パーパルディア皇国までもが文明圏外の国に敗れる……」

「しかし、この世界で一体何が起きているのでしょうか?」

「分からん。だが、我々が想像できない何かが起ころうとしているのは確かだろう」

 

 リアージュはテーブルに広げているロデニウスに関する書類を見る。以前皇国にあるミリシリアル大使館から送られた各々の情報である。

 

「しかし、ロデニウス連邦共和国か。以前君から聞かされた時はとても信じられなかったが……この結果を見ては信じる他ないな」

「だから言ったはずですよ。ロデニウスはパーパルディアに圧勝できると」

「だがな。ムーの航空機に酷似した航空機が目撃された、これはまだ理解できる。しかし、だ。我が国の天の浮舟に酷似た航空機が目撃されたと言って信じられるはずも無いだろうが」

 

 アルネウスの言葉に呆れた様子でリアージュはテーブルにある魔写の一枚を手にする。魔写には最初のエストシラント空襲時にミリシアル大使館の職員が撮影した景雲四型改が写っている。

 

 明らかに神聖ミリシアル帝国の天の浮舟と呼ばれる航空機に構造が酷似しているのだ。自分達の国以外で、それも文明圏外の国が持っているとは考えられないのだ。

 

「ですが、今回の一件でロデニウスの力が証明されたわけです。ですので、彼らを確かめるためにもぜひ早期に使節団の派遣を……」

 

 と、アルネウスはロデニウス連邦共和国への使節団派遣の検討をリアージュ申し出る。

 

 彼は以前よりロデニウスに対して興味津々であり、天の浮舟に酷似した航空機が目撃されてからもそうだが、今回の一件で益々気持ちが強くなったので、早くロデニウスを確かめたくて今回リアージュに使節団の派遣を提案しに来た。彼は文明圏外国家に対して偏見のある人物であるが、幸い穏健派の方なので、今回の使節団派遣の提案を行うにあたり、ここから牙城を崩すべきだと判断した。

 

 とは言えど、そう簡単に使節団派遣の判断が下せる案件では無いのは違いない。

 

「アルネウス君。情報局長である君がロデニウス連邦共和国の情報を集めたいのは分かるが、我が国は世界最強の国だよ? ただ単に国交締結を目的として我が国から打診し、使節団を派遣するなど……しかも、列強国ですらない、文明圏外国に」

 

 リアージュはアルネウスの仕事に対する情熱に感心するが、この国の者らしからぬ腰の軽さに呆れた様子を見せている。

 

 世界最強と謳われているミリシアルが、文明圏外の国と簡単に国交を結びに行くというのは、彼らからすると品格を疑われるようだ。例え結果を示しても、そう簡単に認められるわけでは無いのだ。

 

 パーパルディア皇国ほどでは無いにしても、彼らも格下の他国を見下している傾向にあるのだ。

 

「リアージュ様。ロデニウス連邦共和国は今後、皇国に代わる第三文明圏の……いや、東方大陸国家群の代表的な存在になると思われます。それだけの存在となれば、我が国から打診を行うのはおかしな話ではないかと」

「しかしだねぇ……」

 

 彼の一理ある説明に理解はしているが、やはりこの世界における常識が納得を妨げているようである。

 

「でしたら、ロデニウス連邦共和国を我が国が主催する先進11ヵ国会議に、皇国の代わりに呼ぶこととし、その準備すべき事柄を指導するという形で……国交締結の準備を含め、使節団を派遣するというのはどうですか?」

「うーん……それなら議員の方も納得するかもしれないか」

 

 リアージュは顎に手を当てて悩むも、今後の事を考えたことで、ようやく彼から折れることになる。

 

「分かった。検討と根回しをしておこう」

「ありがとうございます」

 

 アルネウスはリアージュに深々と頭を下げて感謝の意を示した。

 

 

 そして後日、神聖ミリシアル帝国は、ロデニウス連邦共和国に使節団の派遣を決定した。

 

 

 

 




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第百十二話 世界の反応 弐

 

 

 

 

 所変わり、第三文明圏の準文明国、リーム王国 王都ヒルキガ

 

 

 王都にあるセルコ城の玉座の間

 

「……」

『……』

 

 そこでは緊迫した空気が張り詰めており、リーム王国の王バンクスの表情から怒りが滲み出ている。その様子にこの場に居る者達は息を呑む。

 

「おのれ、ロデニウスめぇ……ここまで我々の邪魔をするとは……」

 

 バンクスは怒りを孕んだ声を漏らし、歯軋りを立てている。

 

 彼の怒りは言わずとも、今回の戦争の結果である。

 

 

 今回のリーム王国の戦争参加は、散々な結果となった。

 

 リーム王国は今回の戦争でパーパルディア皇国から多くの技術と資源、金を得る算段だった。多少被害を被っても、得る物は多くなるはずだった。

 

 しかし結果は大損も大損。今回の戦争で得られた物は殆ど無く、その上多くの兵士とワイバーン、竜騎士、更に海賊から得たという虎の子の銃も失ってしまった。

 

 更に講和会議に参加できなかったので、賠償金も領土も、技術も、パーパルディア皇国からは何一つ得られなかった。

 

 殆ど得られたものは無く損だけした。完全に何のために戦争に参戦したのか分からない結果である。

 

 

「陛下。その、あまり軽率な判断は――――」

「分かっておる。我とて馬鹿ではない」

 

 宰相の言葉にバンクスは怒りを露にしながらも、冷静に答える。

 

 本当ならここまで王国の計画を邪魔したロデニウスに復讐したい所であったが、そんなことをすればどうなるかは、旧パーパルディア皇国が身を以って証明している。それでいてロデニウスに復讐しようと考えるなら、旧皇国の人間以上のバカである。

 

 だからこそ、何もできないことに彼は余計に苛立ちを募らせているのだろう。

 

「しかし、ロデニウス……噂には聞いていたが、恐ろしい国よ」

「えぇ。これほどの国が今まで噂にならなかったのが不思議なぐらいです」

「全くだ」

 

 冷静になったバンクスは玉座の肘掛けに肘を置いて頬杖を置き、恐ろしげに呟くと、宰相が答える。

 

「しかし、今回の戦争では、少ないですが、得られた物があったのが幸いです」

「本当に少ないがな」

 

 バルクスは不満げに鼻を鳴らす。

 

 

 今回の戦争でリーム王国は大損したが、何も全く得る物が無かったわけでは無い。

 

 アルーニの戦いで多くの旧皇国軍の武器兵器を鹵獲し、更にロデニウス連邦共和国が73ヵ国連合に供与した九九式短小銃を回収し、その多くを本国に送った。準文明国のリーム王国の技術を以ってすれば、コピーは可能だ。

 

 更に彼らにとって意外なものとすれば、戦列艦を手に入れた事である。

 

 今回陸で戦闘があったのに、なぜ関係ない海の戦列艦をリーム王国が手に入れたのか。それは本当に偶然であって、リーム王国付近に旧皇国の戦列艦が漂流してきて、それを回収したのだ。

 

 戦列艦には旧皇国軍兵士のものと思われる白骨遺体が残されており、どれだけ長い間漂流していたのかが窺える。

 

 この戦列艦は、旧パーパルディア皇国軍の物であり、かつてアルタラス王国へ侵攻しようとして、ロデニウス連邦共和国の潜水艦のKAN-SEN達と『筑後』、『まほろば』の両艦からの砲撃により、艦隊は壊滅して生き残った戦列艦は撤退を余儀なくされた。

 しかしあまりにも非現実的な光景に、戦列艦の乗組員達は精神的に疲弊してしまい、そんな状態ではロクに操艦が出来るはずも無く、彼らは海を彷徨うことになり、最終的に彼らは国に帰ることが出来ず、乗組員達は船上で息絶えた。

 

 無人となった戦列艦は海流に乗って流され、偶々リーム王国の領海へと流れ着いたのだ。そしてこれがリーム王国が今回の戦争で一番得したことである。

 

「して、今回手入れた代物の量産は可能なのか?」

「左様にございます。既にパーパルディア皇国の銃と魔導砲の解析は終えており、現在各所にて職人たちによる製造が行われております」

「そうか」

 

 不機嫌な雰囲気があったバンクスであったが、この報告に彼は気を良くした。

 

 準文明国とあって、銃や魔導砲をコピーをするぐらいなら彼らでも可能なのだ。

 

「ただ、連合軍が使っていたロデニウスの銃なのですが……」

「ロデニウスの銃か。聞けばパーパルディア皇国の銃よりも性能が高いそうじゃないか」

「えぇ。パーパルディア皇国の銃よりも性能が高く、比べ物になりません。ただ……」

「ただ、なんだ?」

 

 いいごもる宰相に、バンクスは怪訝な表情を浮かべる。

 

「ロデニウスの銃は、パーパルディア皇国の銃と比べると、大きく構造が異なっていまして、我が王国最上級の鍛冶職人を以ってしても解析は進んでおらず」

「銃の構造など、同じではないのか?」

「大体の構造は同じですが、問題なのはロデニウスの銃は発射機構が分からないのです」

「分からないだと? 現物はあるのだろう。なぜそれで分からないのだ」

「現物はありますが、その現物自体の解析がままならないんです。どうやって弾を発射しているのか、どうやって弾を飛ばしているのか。それが分からないようで」

 

 宰相の言葉に、バンクスは眉間に皺を寄せる。

 

 パーパルディア皇国のマスケット銃は造りが単純であり、魔導技術で作られているので、リーム王国でもコピー製造が可能であり、装薬の粉末魔石の加工はそんな難しい技術が使われていないので、こちらも作ることは出来る。

 

 しかしロデニウス連邦共和国の九九式短小銃は科学技術の結晶であり、マスケット銃と比べると構造は複雑かつ、材質から構造だって全く異なるのだ。そもそも弾薬の構造自体全く理解しておらず、まず雷管すら彼らは構造を理解できないだろう。

 少なくとも科学技術の精通していないリーム王国では、九九式短小銃をコピーするのは困難だ。

 

 仮にコピー出来たとしても、彼らが必死に解析してコピーしているのは、大量生産を目的として材質から構造の一部を簡略化した戦時設計の銃である。品質は通常の代物と比べると劣っているのだ。

 

 そんな粗悪品(妖精基準)を必死にコピーしているその姿は、滑稽である。 

 

「まぁいい。時間は掛かってもいいから、解析は続けろ。それまでパーパルディア皇国の銃を使うほかあるまい」

「えぇ。ロデニウスのと比べると劣ってはいますが、このフィルアデス大陸ではパーパルディア皇国の銃は十分驚異的です」

「そうか。して、戦列艦やワイバーンについてはどうだ?」

「こちらは構造の調査が済み次第我が王国の職人たちと、旧皇国から引き抜いた職人たちによって建造が行われる予定です。ワイバーンに関しては旧皇国より密かに幼体を何体か持ち込み、旧皇国より引き抜いた技術者の指導の下数を増やして訓練を施す予定になっています」

「ふむ。そちらは問題なさそうだな」

 

 バンクスはゆっくりと息を吐いて、報告の内容に満足する。

 

 大損こいたリーム王国だが、転んでもただでは起きない。密かに旧皇国より仕事を失った造船関連の職人や魔導士たちを引き抜いており、戦列艦や竜母の建造技術とワイバーンロードの量産を行う予定となっている。ワイバーンロードは幼体と卵を魔導士たちが手土産として密かに持ち込んでいたのだ。

 

 時間は掛かるが、リーム王国は以前よりも戦力は強化されることになるのだ。

 

「当初の計画より狂ってしまいましたが、我が王国の力は大きく増す事になります」

「そうだ。今はまだ大人しくしているが……いずれこのフィルアデス大陸を制するのは……我がリーム王国だ」

 

 バンクスは自らの野望を語り、玉座を立ち上がって高らかに宣言する。

 

 

 

 

 しかし、彼らの野望に一ミリも光が差さない内容になろうとは、この時の彼らは知る由もない……

 

 

 

 


 

 

 

 

 時系列は少し遡り、場所は、アルタラス王国

 

 

 

「そうか……戦争は、終わったか」

 

 アルタラス王国の国王ターラ14世は、私室のベッドに横になったまま側近より報告を受け、感慨深そうに呟く。

 

「はい。我が王国は……パーパルディア皇国の圧力から解放されたのです」

「……ロデニウスには、どれだけ感謝しても、感謝し切れないな」

「はい」

 

 二人がそう話していると、ターラ14世は咳き込む。

 

「陛下!?」

「大丈夫だ。少し興奮して身体に障っただけだ」

 

 心配そうに駈け寄る側近に、ターラ14世は咳き込みながらも手で制して答える。しかしその姿は、とても大丈夫そうな見た目ではない。

 

 体調を崩してからターラ14世は寝込む日々が多くなり、体格がしっかりとしていた以前よりも今のターラ14世は痩せ細り、目元には濃い隈が出来て、咳き込むのも珍しくなくなってしまっている。

 

 日に日に彼の容体は悪化の一途を辿っているという。

 

 

 コンコン……

 

 

「誰だ?」

 

 すると、私室の扉からノックの音がして、ターラ14世は呼吸を整えて問い掛ける。

 

『私です、ルミエスです』

「おぉ、ルミエスか。入れ」

 

 扉の向こうにはルミエスが居るようで、彼が入室を促すと、扉が開いてルミエスが入って来て一礼する。

 

「お父様。容体の方はいかがですか?」

「あぁ。今日はとても良いよ」

 

 ターラ14世の傍まで来たルミエスが容体を聞くと、彼は彼女に悟られないように平然を装って答える。それを聞いてルミエスは安堵の表情を浮かべる。

 

「それで、どうした?」

「はい。出発準備が整いましたので、出発前にお父様に御挨拶を」

「そうか。もうそんな時間か」

 

 ターラ14世は頷きながらそう言うと、顔を上げる。

 

 ルミエスは講和会議に終わったあと、本国へと帰国して報告と仕事を済ませ、外交官としてロデニウス連邦共和国へと出発する。

 

「お父様。しばらく私は空けることになりますが、体調面は気を付けてくださいね」

「あぁ、分かっているよ」

 

 ターラ14世は笑みを浮かべて頷くと、「では、行ってきます」とルミエスが頭を下げて部屋を出ようと扉の前へと向かう。

 

「ルミエス」

 

 と、ルミエスが扉のドアノブに手を掛けようとする寸前に、ターラ14世が彼女を呼び止める。

 

「お父様?」と彼女は振り返ると、ターラ14世は優し気な雰囲気を醸し出しつつ、微笑みを浮かべている。

 

「立派に、なったな……」

「お、お父様?」

「……お前は、私の一番の誇りであり、宝だ。愛しているぞ、ルミエス」

「一体何を……縁起でもない事を」

「あぁ、そうだったな。すまない。こんな時に言うことでは無いな」

 

 動揺するルミエスに、ターラ14世が苦笑いを浮かべて頭の後ろに手を当てる。

 

「だが、さっきの言葉に偽りはない。だから、お前も胸を張って生きるんだぞ。私の子として」

「お父様……」

 

 戸惑いが未だに残るが、ルミエスは気持ちを切り替えて「はい!」と返事をして頷く。

 

 

 

「……立派になった、か」

 

 ルミエスが私室を出た後、ターラ14世は小さく呟く。

 

「陛下。先ほどのは……」

「気にするな。言える時に言っておかなければ、伝えることは出来ぬのだからな」

「……」

 

 側近は何かを察したようだが、ターラ14世は制止しつつ、ルミエスに掛けた言葉の真意を伝える。

 

「……」

 

 ターラ14世は微笑みを浮かべて、窓から外の景色を見つめる。

 

 

 

 




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第百十三話 世界の反応 参

連続投稿は今回で終了です。次回から通常通りに投稿します

本作のグ帝は大分強化されます


 

 

 

 

 所変わって某所……

 

 

 ここは第八帝国こと『グラ・バルカス帝国』

 

 

 別の世界からこの世界に転移して来た帝国は、パカンダ王国、レイフォルを滅ぼしてその周辺国を武力を以てして支配し、その勢力を拡大しつつあった。

 

 

 科学技術が発展しているこの国は、多くの工業地帯が各地に存在する。工場では武器兵器はもちろんだが、自動車から家庭で使う日用品まで、様々な物が作られ、国民の生活に役立てられ、帝国の発展に貢献している。

 

 しかし、これらの帝国の発展は、環境破壊という名の代償を支払うこととなった。

 

 工場の煙突からは有害物質を含んだ煙が大量に吐き出され、空は常に曇って空気が汚染されている。

 

 工場からは有害物質を含んだ廃液やゴミが海や川へと流され、川や海は汚染され、水面はヘドロやゴミだらけになり、そこに住む生き物たちは息絶えるか、有害物質によって汚染され、たちまち動物や人間が口にすれば病気を患う災いとなってしまった。

 

 大地もまた有害物質によって汚染され、工場周辺に植物は一切存在しないか、有害物質を含んでしまっている。

 

 帝国の空と大地、海は、国の発展によって生じた公害によって汚染され、当然そこに住む人間は多くの病気を患い、命を落としている。

 

 だがこの国の人間は、それらの公害がこの国が発展してきた証であると、むしろ誇りに思っているそうである。

 

 当然次の世代のことなど、考えても無いだろう。

 

 

 そんなグラ・バルカス帝国の帝都ラグナの中央にある帝王府の私室にて、国の繁栄を見つめる男性の姿がある。

 

「この世界は、我々に何を求める?」

 

 男性こと、グラ・バルカス帝国の皇帝『グラルークス』は、自問自答するように呟く。

 

 この世界に転移し、帝国は武力侵攻を図った周辺国を武力で制圧して併合してきた。その後融和政策を行うべきだと立案する皇族の意見もあり、外交にて国交締結を行おうとしたが、その時の相手となったパカンダ王国により、皇族を含めた外交官たちが処刑されてしまった。

 これが原因でグラ・バルカス帝国が暴走したといっても過言ではない。

 

 そして怒り狂った帝国は真っ先にパカンダ王国を滅ぼし、レイフォルも滅ぼして併合した。

 

 かつてグラ・バルカス帝国があった惑星ユグドと違い、この世界の技術力は帝国と比べて大きく劣っている。この世界を我が物にするのに、苦労は掛からないだろうと、グラルークスは考えていた。

 

 だが、ムーや神聖ミリシアル帝国といった列強国の存在もあり、帝国は更なる力を付けるべく植民地の搾取が強まっている。

 

「全く……この世界は面白きものよ」

 

 グラルークスはそう呟くと、口角をゆっくりと上げる。

 

 


 

 

 グラ・バルカス帝国の帝都ラグナにある海軍省

 

 

「第三文明圏の列強国のパーパルディア皇国がロデニウス連邦共和国に敗北したか」

「まぁある意味予想通りと言うべきじゃないかしら」

 

 海軍省にある一室にて、二人の男女が話している。

 

 男性はグラ・バルカス帝国海軍東方艦隊司令長官にして帝国の三将の一人とされている『カイザル』

 女性はグラ・バルカス帝国海軍特務軍司令官にして帝国の三将の一人とされている『ミレケネス』

 

 帝国の三将の内の二人が一室に揃い、遠い東方の地で起きたことについて話している。  

 

「海軍諜報部が持ち帰った情報からまさかとは思っていたが、まぁ情報通りであればパーパルディア皇国が大敗を喫したのも頷けるな」

「そうね。それにしても、東方にこれだけの力を持った国が存在していたなんてね」

 

 ミレケネスは机に広げている白黒写真を数枚手にする。写真には空を飛んでいる烈風改や、急降下爆撃や雷撃を行おうとしている流星改二が写っている。

 

「諜報員によれば、どれもアンタレス、シリウス、リゲルを大きく上回っているそうだ」

「写真を見ただけでもそれが伝わるわね。にしても随分低いわねこの雷撃機」

「航空機のみならず、パイロットの技量も相当高いだろうな」

 

 二人は諜報員の報告を話して、特に海軍軍人である二人は雷撃を行おうとしている流星改二の超低空飛行に驚きと共にその実力に称賛している。

 

「恐らく、ロデニウス連邦共和国は我が帝国と同じ転移国家の可能性が高いだろうな。でなければ、パーパルディア皇国が第三文明圏の列強国として祭り上げられていないだろうしな」

「でしょうね。それにしてもこの世界は別世界から転移してくる国が多いこと」

「分からんもんだな」

 

 お互いそう言うと、互いに肩を竦め合う。

 

 ロデニウス連邦共和国が別世界から転移した国。二人の予想はあながち間違っていないが、正しいとも言えない。

 

「でも航空機だけで、他が分からないんじゃ、ロデニウスの実力は測りかねないわね」

「だからこそ、再び諜報部の連中を軍直属の者と共に調べに行かせたんだ。それでロデニウスの実力を測れる」

「だと良いわね。諜報部が持って帰るのが正確な情報なら」

 

 ミレケネスはどこか不機嫌そうに鼻を鳴らす。 

 

「おいおい。諜報部の事なら濡れ衣だったのが最近分かっただろ。彼らを責めてやるな」

「……」

 

 肩を竦めるカイザルがそう言うと、彼女は少し前に起きた出来事を思い出す。

 

 

 

 それはグラ・バルカス帝国がこの世界に転移し、レイフォルを滅ぼしてその地を支配した頃に遡る。

 

 

 グラ・バルカス帝国の皇帝『グラルークス』は、ある日突然陸軍及び海軍憲兵隊、更には特別警察こと『特警』を動員して軍需産業への抜き打ち調査が行われた。

 

 その結果一部の議員と軍需産業の癒着が判明し、そこから更に調査を進めていくと、出るわ出るわ、真っ黒な不正の数々が次々と判明した。軍需産業の利益の独占を狙って経営陣と議員による各軍需産業の横やりなどがあって、技術進歩の妨げになっていた事実も発覚する。

 

 これだけの不正の数々が発覚したのだ。当然グラルークスの怒りが爆発したのは言うまでもない。

 

 癒着に関わっていた議員たちは例外なく全員逮捕され、尋問によって余罪が発覚し、裁判にかけるまでも無く極刑となった。尚、該当議員に家族が居た場合、家族や親族は財産を没収され、貴重な労働源だとして強制労働に処された。

 

 軍需産業の経営陣は皇帝の命により一新され、旧経営陣は全員財産没収とされ、家族諸共強制労働に就かされた。

 

 経営陣が一新されたことで、利益だけを求めて今に満足していた旧経営陣と違って、新経営陣は次世代の技術の開発に積極的であり、現在新経営陣による技術研究と新たな武器兵器の開発が積極的に行われている。

 これらは皇帝グラルークスの命によるものが大きく、その財源と資源は支配地域から搾取したものである。

 

 航空機は既存の機種の後継機種の開発が行われているが、完成までまだ時間が掛かるとあって、現在既存機種の改良型が開発されて新型機までの繋ぎの機体として運用される予定であり、完成まで時間は掛からないらしい。

 というのも、技術者達が旧経営陣に隠れながら改良型の設計を行い、設計図を完成させていた。だからこそ実機の完成に時間が掛からないのである。

 

 陸軍では大規模な武器兵器の機種更新が計画されており、特に戦車は主力の2号戦車ハウンド、2号戦車シェイファーの改良型に加え、後継車両の開発が行われ、転移に伴い開発が中断していた『ワイルダー重戦車』が計画を一新して開発が再開している。

 

 ともあれ、グラ・バルカス帝国はこれまで遅れた分を取り戻さんばかりに研究開発が行われているという。

 

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

 

 で、それがどう諜報部の濡れ衣の話に繋がるのかというと、先ほど軍需産業と癒着していた議員が大きく絡んでいたからである。

 

 グラ・バルカス帝国の諜報部は、これまでロクな情報を手に入れられない無能集団だの、給料泥棒だのと蔑まれ続けてきた。しかし諜報部はちゃんと情報を手に入れていると語っていたが、肝心の情報が上層部に届いていないとあって、彼らの主張は悉く無視されて、常に非難の対象だった。

 だからこそ、海軍と陸軍は独自の諜報部を立ち上げて情報収集に勤しんでいた。

 

 彼らの風向きが変わったのは、例の議員と軍需産業の癒着発覚である。

 

 どうやら諜報部が手に入れた情報は、上層部に届く前に汚職に関わっていた議員が自分の息のかかった者にその情報を回収させ、その情報を握り潰して上層部に届かないようにしていた。

 

 それで国が今の現状で満足して次世代技術の開発に力を入れることが無く、今の体制のまま武器兵器の生産を続けるので、余計な金が他に流れることが無いので旧経営陣は多くの利益を得られ、その一部が懐へと入って行ったそうである。

 

 そして汚職議員よりその諜報部が手に入れた情報を握り潰していたことが発覚し、諜報部の言葉と行動が正しかったことが証明されたのだ。

 

 

 ともあれ、汚職が摘発されたことで諜報部の濡れ衣が晴れたのは良いのだが、やはりすぐに悪いイメージを払拭することは出来ないので、どうなるかは時間を掛けつつこれからの彼らの働き次第だろう。

 

 

 

「まぁ、これからの諜報部の活躍に期待ね」

 

 と、ミレケネスはそう言うが、声色的にはあんまり期待しているようには見えない。彼女の反応から分かるが、諜報部の体たらくのイメージを払拭するのは容易ではないようだ。

 

「しかし、陛下も思い切ったことをしたものだ。少なくとも汚職に関わった議員や旧経営陣は証拠を隠滅する暇も無かっただろう」

「そうね。行動自体は陛下らしいといえばらしいけど」

「あぁ。だが、それにしては急な話だったからな」

 

 二人はグラ・ルークスの一連の行動に納得こそしているが、同時に違和感を覚えていた。

 

 皇帝グラルークスの動きがあまりにも唐突であったこともあり、旧経営陣と汚職議員は証拠の隠蔽をする暇も無く全員が捕らえられている。この迅速な行動のお陰で一斉摘発が出来たものであるが、なぜそこまでの行動が出来たのかが疑問なのだ。

 

「陛下の気まぐれだったんじゃないかしら?」

「だが、気まぐれで動くお方じゃないからな……密告でもあったか?」

「それじゃない? まさか誰かに言われて粛清を行ったわけじゃあるまいし」

「……それもそうか」

 

 違和感は拭えないが、いくら考えた所で答えが出るわけも無く、カイザルはとりあえずそういうことにしておいた。

 

 

 


 

 

 

 その後ミレケネスはカイザルの執務室を後にして、自分の執務室へと向かう。

 

 道中士官や佐官とすれ違う度に彼らは彼女に敬礼し、彼女もまた彼らに敬礼を返す。

 

 ミレケネスの様に女性が軍にいること自体は珍しい方と言えば、珍しい方である。というのも、グラ・バルカス帝国では男尊女卑の思想が若干強めにあるので、女性を見下している男性が多く、高い地位だと男性が占める割合が多いので、女性があまり目立たないでいる。

 

 しかし帝国では能力を証明し、実績を積み重ねれば、男であろうと女であろうと、必ずそれに合う見返りもあるし、地位も与えられる。

 ミレケネスはその最たる例であり、彼女ほどでは無いにしろ、それなりに高い地位にいる女性軍人は居る。

 

 

 だが中には、特殊な例(・・・・)もあったりする。

 

 

 

「ん?」

 

 ふと、廊下を歩いていると、曲がり角の陰から一人の女性が出てくる。

 

 帝国海軍の軍服を身に纏い、銀色の髪を腰まで伸ばし、赤い瞳のツリ目をして、非常に整った顔つきをしており、男女問わずその容姿に目を引く美女である。スタイルもまた整っており、軍服の上からでも一目で分かるぐらいで、出る所は出て、引っ込むところは引っ込んでいるという理想的なものである。

 

 どことなく人間離れしたような容姿の美女であるが、彼女の軍服は少しだけ正規のものと比べると改造が施されており、上着の部分は何ともないが、本来膝ぐらいの長さはあるタイトスカートは膝より上の位置まで丈が短くなって、深くスリットが入っており、本来隠れているはずのガーターストッキングのガーターが見えている。

 

 軍服改造など本来なら規則違反な案件だが、彼女は特例で許されている。

 

 すると女性はミレケネスに気付き、彼女の元へと近づいて敬礼する。

 

「お久しぶりです、ミレケネス様」

「久しぶりね。最後に会ったのはレイフォルを占領した後だったかしら?」

「はい。その後は関係各所を行ったり来たりしていたので、会う機会がなかったもので」

「あらそう。大変そうね」

「いえ。帝国の為ならば、この程度はどうということはありません」

 

 愛国心溢れる女性の姿勢に、ミレケネスは感心する。

 

「で、こっちで何か用があるの?」

「はい。カイザル閣下に報告書を持って来ました。『アクシオン』と『アクエリアス』の訓練状況と、5番艦と6番艦の建造状況についてです」

「あぁ、なるほど」

 

 女性に用を聞くと、彼女は脇に抱えている報告書のファイルを見せながらその報告内容を伝えて、ミレケネスは頷く。

 

 

 グラ・バルカス帝国海軍の最新鋭の戦艦として建造された『グレードアトラスター級戦艦』。この戦艦には驚くべきことに既に四隻が存在しており、更に5番艦、6番艦の建造が進んでいるという。

 『アクシオン』と『アクエリアス』はそれぞれ3番艦と4番艦である。

 

 このグレードアトラスター級戦艦は試験的な要素が多い為か、他の戦艦の命名規則から外れているのが特徴的だ。

 

 しかしグラ・バルカス帝国の国力が高いとはいえど、さすがに規模が規模なので、グレードアトラスター級戦艦の就役に伴い、一部の旧式化した戦艦が退役することになったという。

 

 

「あぁ、引き留めて悪かったわね。カイザルなら執務室よ」

「そうですか。教えていただき、ありがとうございます」

 

 ミレケネスは謝罪してカイザルの居場所を教えると、女性はお礼を言って一礼し、カイザルが居る執務室へと歩き出す。

 

「……」

 

 彼女は振り返り、女性の後ろ姿を見つめる。

 

(それにしても、不思議なものね)

 

 遠ざかる女性の後ろ姿を見ながら、内心呟く。

 

 ミレケネスは事実を聞かされているのだが、未だにその事実が信じ難いのだ。

 

 いや、信じ難いのも無理はないだろう。

 

 

 

 人の姿をしているのに―――― 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――あれが人間じゃなく、人の姿をした軍艦だと言われても、誰も信じないだろう。

 

 

 だが、これは紛れもない事実なのだ。

 

 

 ミレケネスは女性の姿が見えなくなると、踵を返して歩き出す。

 




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第七章 戦後処理 パーパルディア皇国編
第百十四話 新たな鉄の獅子と休息


 

 

 

 

 中央歴1640年 5月10日 トラック泊地

 

 

 

 戦争中は武器兵器やそれに用いる弾薬の製造や、各種兵器の整備をしていたりと忙しかったトラック泊地であったが、戦争が終わった今ではその慌ただしさは無く、静けさを醸し出している。

 

 

 しかしドックの方では、戦闘に参加したKAN-SENの軍艦形態の艤装の整備で大忙しで、整備を終えた艦体はドックから出されてすぐに次の艦体を入渠させている。それらの中には、『伊吹』と『摩耶』のように大規模な改造を受けているKAN-SENの艤装もある。

 

 

 『紀伊』と『尾張』の艤装もドックに軍艦形態で入渠して大半の装備が外されて整備を受けており、両艦共に主砲塔と副砲塔も外されて整備を受けていたが、現在は装備の整備が終わって順に艦体に載せられている。

 

 

 『大和』と『武蔵』『蒼龍』の艤装は大型ドック空き待ちで港に停泊しているが、その間にも妖精達の手で可能な限り整備を受けている。

 

 

 他にも建造ドックでは、共和国海軍向けの軍艦が建造されており、シキシマ級戦艦の3番艦と4番艦の建造も間もなく終わって近日竣工予定であり、ヒョウリュウ級航空母艦の後継となる新型の航空母艦の建造も進んでいるという。

 

 

 その他にも、とある事情でドックが使用予定とあって、受け入れ準備が進んでいるが、それは後ほど明らかになる。

 

 

 ともあれ、トラック泊地には、久しぶりの日常が訪れたのである。

 

 

 


 

 

 

 トラック諸島の秋島

 

 

 ―ッ!!

 

 

 秋島にある演習場に鋭い轟音が響き渡り、土手に設置された的に大きな穴が開き、その後ろでいくつもの小さな砂煙が上がる。

 

 

「凄いな。性能もそうだが、もう新しい戦車を使いこなしているのか」

 

 演習場を見渡せる高台から、双眼鏡で覗き込んでいる敏郎(トチロー)は、その光景に思わず声を漏らす。

 

 演習場には、数台の戦車が勢いよく走り出しながら主砲を次の目標に向け始める。

 

「あの二人の指揮下にある精鋭たちなら、造作も無いだろう」

 

 彼の隣で見ている『デューク・オブ・ヨーク』がそういうと、敏郎(トチロー)は「それもそうか」と双眼鏡を下ろしながら納得する。

 

「それにしても、採用されたばかりでこれだけの数を揃えていたとはな」

「妖精達も陸軍で採用される見込みで作っていたからな。既にトラック泊地の陸戦隊所属の戦車隊の半数が更新されて、残りも順次更新予定だ。もちろん採用後に陸軍へ納入する奴は生産して、第一陣が本土に運ばれている。近い内に機種更新に向けた訓練が始まるだろう」

「仕事が早いのだな」

「早いというより、損得関係無くただ作りたいだけだろうな。物作りが好きな連中だからな」

「……」

 

 二人が話している最中にも、戦車らは走行中に狙いを定め、一斉に主砲から発砲炎と共に轟音が放たれる。

 

 

 74式戦車と違って直線的なラインが多い戦車であり、大きさはその74式戦車よりも一回り大きい。にもかかわらずその機動性は74式戦車を上回っている。

 

 先の旧パーパルディア皇国との戦争にて、パールネウスの戦いに投入された試作戦車。その試験結果を受けて陸軍関係者の立ち合いの下、採用試験を受けて陸軍の次期主力戦車として採用された主力戦車……『90式戦車』である。

 

 最新の技術を惜しみなく投入された主力戦車であり、その性能は74式戦車を上回っている。

 

 90式戦車の主砲はこれまで砲身内に溝が刻まれたライフリングを持つライフル砲とは違い、ライフリングが無い滑腔砲を採用しており、砲の大きさも74式戦車の105mmから120mmに拡大している。更に自動装填装置を搭載して、砲弾の装填作業を完全自動化している。

 砲身には揺れを安定させるスタビライザーが搭載されており、行進間射撃における命中率は74式戦車を大きく上回る。それどころか蛇行走行中でも高い命中率を誇る。

 

 装甲はこれまでの物と違い、様々な硬さと性質を持つ素材を組み合わせた複合装甲を採用しており、その硬さは90式戦車の主砲を近距離から砲塔、車体正面にそれぞれ数発受けても、装甲には損傷が無く、その上自走も出来たとのこと。

 

 足回りも74式戦車と違い、高速走行に適しており、より速く、より安定して走ることが出来る。

 しかし74式戦車と違い、油圧式サスペンションの構造が一部簡略化されており、74式戦車では前後左右に車体を傾けることが出来たが、90式戦車では前後のみでしか傾けられなくなっている。

 

 武装は主砲他に、車長側のキューポラハッチに備え付けられたマウントリングに傑作機関銃ブローニングM2重機関銃、主砲の同軸機銃と砲手側のハッチに備え付けられている74式機関銃を持つ。

 

 乗員に関しては、装填作業が自動化されたので装填手が不要になり、車長と砲手、操縦手の3名になる……わけではなく、これまで通り4名で運用される。というのも、試験運用を行っていた妖精達によれば、万が一の事態になった時、3名だけでは苦労する羽目になると報告して、紆余曲折を経て予備要員を含めた4名体制となった。

 

 90式戦車には通常仕様の『一型』と、一型の45口径の主砲を55口径に延長された主砲を持つ火力強化型の『二型』が存在しており、二型に関しては試験的な意味合いがあるので少数生産で留まる予定だが、結果次第では増産も視野に入れている。

 

 まぁ当然と言えば当然な話であるが、90式戦車はその性能ゆえに、74式戦車よりもコストが高い戦車となってしまっているが、メリットの方がデメリットを上回っているので、採用に当たってコスト問題は然したる問題にはならないとのこと。

 

 ちなみにこの90式戦車の開発は新世界に来る前からの旧世界から行われていたが、新機軸の技術を多く投入していたとあって開発は難航しており、その上旧世界ではセイレーンとの戦争で数多の人類が亡くなって技術の衰退が発生し、各国が持つ戦車はどれも三世代ほど後退した代物ばかりで、74式戦車と61式戦車だけでも十分な成果を出せる事実も相まって、開発は積極的に行われていなかった。

 しかし以前調査を行ったリーンノウの森にて、太陽神の使者が残した鉄の地竜が大きな転機となった。鉄の地竜こと戦車は損傷していたが、主砲関連と足回りは比較的無事であったので、調査の結果そこから技術を得られたので、その技術が90式戦車の開発に大いに生かされた。

 

 

 トラック泊地陸戦隊では、所属の戦車隊の半数が90式戦車に更新されており、既に共和国陸軍に納入する第一陣が本土へと運び込まれた。

 

 90式戦車は旧式化しつつある61式戦車の代替を目的にしているので、最終的には61式戦車は全て90式戦車に置き換えられることとなって、一部は教習車として残されるが、それもいつまでとはいかないので、最終的には全ての61式戦車が現役を退くことになる。

 

 退役した61式戦車は、第三国への売却を予定しているが、今のところ買い手は見つかっていない。ムーの方で売り込みをしていたが、最終的にムーは別の戦車を採用している。

 

 

「その上、各種兵器の生産も並行して行われている。陸戦隊もそうだが、ロデニウスの軍は一段と強化されるな」

「そうね」

 

 90式戦車が砲撃を行っているのを見ながら敏郎(トチロー)がそう言うと、『デューク・オブ・ヨーク』は彼を一瞥して短く答える。

 

 リーンノウの森で見つかった太陽神の使いが残した代物らは、これまでにない物が多く、妖精達は積極的に調査を行い、その多くのコピーに成功している。

 

 そのコピー品で試験を繰り返している中で、『ゲイザー』たちより受け取ったデータを加えたことで、妖精達が満足いく代物が完成した。

 

 90式戦車の採用試験と共に、それらの採用試験も行われて、全て陸軍で採用されて配備が進んでいる。

 

 

 ちなみに、そのリーンノウの森にあったジェット戦闘機も、妖精達が旧世界の各地で回収していた過去の遺物を用いて一応完全な形で完成して、試験飛行も行われたのだが、妖精達からすれば納得のいく性能ではなかったようで、現在は武器兵器のデータを用いて改良を重ね、妖精達の満足のいく代物にしていくそうである。

 

 その一環で、データにあったジェット戦闘機の開発を妖精達が寝る間を惜しんで行っており、先日そのジェット戦闘機が完成して試験飛行を行っており、共和国軍への採用に向けて動いているという。

 

 

「ところで、トチロー」

「何だ?」

「今度の宴には、そなたも出るのか?」

「まぁな。ここ最近働き詰めだったから、たまには休まないとな」

 

 と、敏郎(トチロー)は両腕を上に上げて背伸びする。先述のジェット戦闘機の開発の一件もそうだが、彼を含めた技術者たちは、ここ連日研究開発に没頭していたとあって、あまり休めていなかった。

 

「そういうデューイはどうなんだ?」

「私も参加する。こちらに来てから、こういう宴は中々なかったからな」

「そうか」

 

 敏郎(トチロー)が彼女からそう聞いて、前を見る。

 

「……」

 

 彼が前を向いて、その姿を横目て『デューク・オブ・ヨーク』は一瞥して、彼女も前の方を見る。

 

 

 


 

 

 

 所変わって、トラック諸島の春島

 

 

「……」

 

 自分の執務室がある建物にある私室にて、『大和』は『天城』に膝枕されて耳かきをしてもらっている。

 

 戦争が終わり、久々の休暇を私室で過ごしていた二人だったが、『大和』が耳を気にしている姿を見て『天城』が耳かきを提案した。特に断る理由が無く、結構耳の中が気になっていたので、彼は『天城』の提案を受けて耳かきをしてもらっている。

 

「大分お疲れのようですね」

「……分かるか」

「えぇ。総旗艦様の普段の様子から、感じておりました」

「そうか」

 

 耳かきをしている『天城』にそう問われて、『大和』は小さくため息を付く。終戦後、彼は各地を飛び回っていたので、今日の様に満足して休めていなかった。

 

「……まぁ、柄でもない事をしたんだ。色々疲れた」

「……」

 

 そう答える彼を、『天城』は何も言わずに黙って聞く。

 

 あの処刑時、『大和』のレミールに対する言動は、大半が演技であり、彼の意思が無かった……訳では無いが、進んでやろうとは思っていなかった。柄でもないキャラを演じて疲労を感じたようである。

 

「いや、それは大したことではないか」

 

 と、彼は自分の右手を顔の前へと上げて、掌を見つめる。

 

「俺の手は……とうの昔に真っ赤に染まっているんだ。今更一人殺したところで、何も変わらない……」

「……」

 

 『天城』は『大和』の不穏な様子に息を呑むも、意を決して問い掛ける。

 

「それは……総旗艦様の『カンレキ』でしょうか」

「……あぁ」

 

 『大和』は短く返すと、目を細める。

 

「俺は、何もしないで、ただ見ているだけだった」

「……」

「戦争を終わらせる為、あの戦いに勝つために……多くの命を生贄に差し出した。その中には国の未来を担うはずだった若者達が多くいた」

「……」

「作戦の内とは言えど……俺達空母を敵機の攻撃から必死に戦う仲間達を……見殺しにした」

 

 淡々と、それでいて重い空気で語る彼の脳裏には、敵艦載機の猛攻を迎撃する仲間たちの姿と、作戦の内とは言えど、敵雷撃機の集中攻撃を受けて轟沈する戦艦の姿が過る。

 

「そして……俺は弟たちも生贄に捧げたんだ」

 

 ギリっと彼は歯軋りを立てる。

 

 

 『大和』の『カンレキ』にあるあの戦いで、『武蔵』は目立つ塗装が施されて被害担当艦となり、敵機の攻撃の多くを引き受けて戦没。『蒼龍』は初陣にして敵の目を引く為の囮となり、役目を果たして最終的には敵機の猛攻を受けて戦没した。

 『大和』は被害を被ったものの、敵艦載機の攻撃は『武蔵』が引き受けた為、大和型航空母艦の中で唯一の生き残りとなったのだ。

 

 その後は様々な試験の場として運用され、生まれ故郷で記念艦として余生を過ごすはずだった。

 

 しかし新たな戦争が起こると、戦力増強のためにモスボール状態にあった『大和』は近代化改修を受けて現役復帰し、戦争に赴いたのだ。

 

 

「俺は……外道だよ。外道だから……命が消えても罪悪感なんて無いんだ」

 

 自分の手を見つめながら呟くと、開いている手を握り締める。 

 

「今更、一人殺したところで……何も……」

「……」

 

 『天城』はただ黙って話を聞きながら、『大和』の耳の中から耳掻きで耳垢を取り除く。

 

「ですが……貴方は過去を否定せず、受け入れています。本当の外道であれば、過去を受け入れず他人事のように振る舞います。そして命を奪うことに何の抵抗も無くなります」

 

 耳垢を取った後に、『天城』は優しく語り出す。

 

「だが、俺は今回の戦争で多くの命を奪ったんだぞ」

「それに至るまでに、貴方が思い悩んでいたのは知っています。それこそ、命を軽んじていない証拠です」

「……」

「それに、処刑が終わった後に、貴方が気落ちしているのも知っています」

「……そうか」

 

 そう言われて、『大和』は軽く口角を上げる。

 

「敵わないな、『天城』には」

「伊達に貴方の傍で常に見ているわけではありませんので」

 

 『天城』はそう言うと、にこやかに笑みを浮かべる。

 

「そうか。しかしお前と『赤城』とじゃ意味が違って聞こえそうだな、それ」

「あら。あの子だって真面目なんですよ。違う意味に聞こえるはずは無いでしょう」

「そうかな。そうかm…いやないな」

「速攻で言い換えるのは、さすがに酷だと思いますわ」

「あいつの場合違うベクトルで真面目だろ」

 

 『大和』は脳裏に『赤城』の姿を思い浮かべて苦笑いを浮かべる。

 

 

「終わりましたわ、総旗艦様」

「ありがとう、『天城』 すっきりしたよ」

 

 耳かきが終わって『天城』が終わりを告げると、『大和』は起き上がりながら彼女にお礼を言う。

 

「しばらくしてなかったでしょうね。これだけ溜まっていましたわ」

「おぉ……結構取れたな」

 

 『天城』がティッシュに纏めた耳垢を見せて、それを見た『大和』が呟く。小さな山を築いた耳垢の量を見ると、長い間耳掃除をしていなかったのが窺える。

 

「ここしばらく忙しかったから、自分でする暇が無かったな」

「それでも時間があれば少しでもしておくべきですわ。放っておくとロクな事がありませんので」

「そうだな。これからは、なるべく気を付けるか」

 

 彼女にそう言われて、『大和』は認識を改める。

 

「ところで、三日後に開催予定の宴会についてですが」

「あぁ。宴会は予定通りに行う。ムーとアルタラス王国のお客さんも来るとのことだからな。予定に変わりはないな?」

「えぇ。両者共に予定通り前日にはこのトラック泊地に来られるそうです」

「そうか」

 

 『天城』の報告を聞いて『大和』は頷く。

 

 旧パーパルディア皇国との戦争が終わり、その戦勝祝いとしてこのトラック泊地で宴会が行われることになった。この宴会には特別にムーとアルタラス王国からゲストが招かれることになっており、ムーからは、彼らと面識があるマイラス、ラッサン、アイリスの三名、アルタラス王国からはルミエス王女と付き添いとしてリルセイドの二名が来るとのこと。

 

 

「では、お茶を淹れてきます」

 

 『天城』はそう言って立ち上がり、畳から降りて部屋にある台所へと向かう。

 

「……」

 

 台所に向かう彼女の姿を見届けて、『大和』は立てかけてる卓袱台を畳の上に置いて座り込み、窓から外の景色を見る。

 

(命を軽んじていない、か)

 

 窓に広がる青空を見つめながら、彼は内心呟く。

 

「……」

 

 耳にかかった髪を手で退けると、彼はその手を見る。

 

 

 レミールを撃った瞬間、とある光景と重なり、様々な光景が脳裏に過る。

 

 

 すると自身の手が真っ赤に染まる幻覚を見て、『大和』は目を細める。次の瞬間には、赤く染まった自身の手は元に戻る。

 

「……心身が変わっても、俺が人間であったことに変わりはない、か」

 

 小さな声を漏らし、広げていた手を握り締め、再度外の景色の方へと視線を向ける。

 

 

 少しして『天城』がお茶を淹れた湯呑と芋羊羹を盛り付けた小皿を載せたお盆を持って来て、二人は水入らずの時間を過ごした。

 

 

 




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第百十五話 蓄えられる力

今年最後の投稿になります。
来年も本作をよろしくお願いします


 

 

 

 

 中央歴1640年 5月12日 トラック泊地

 

 

 

 

『間もなく、トラック諸島上空に到着します』

 

 輸送機型の連山改の機内にて、目的地付近に到着したアナウンスが流れる。

 

「ようやく着いたかぁ……」

「あぁ。長かった……」

「まぁ、あんまり言うべきじゃないんだけど、ラ・カオスと比べれば乗り心地は良い方よ」

 

 座席に座るマイラスとラッサンは、両腕を上げて身体を伸ばし、固まった身体を解して、アイリスはモノクルを取って目頭を押さえてコリを解す。

 

「にしても、トラック泊地で行われるパーティーに、俺達が招待されるとはな」

「まぁ、彼らがムーの人間で知っているの、私達くらいよね」

 

 ラッサンが意外そうにそう言うと、アイリスは肩を竦める。

 

「それに、二人はどうやらKAN-SENと仲がよろしいみたいだし。それもあるんじゃないの」

 

 と、アイリスはマイラスとラッサンの二人をジトーとした目で見る。

 

「そ、それは……さすがに違うんじゃないか?」

「どうかしら」

 

 マイラスは少し戸惑った様子でそう答えるが、アイリスは鼻を鳴らす。

 

「まぁ、俺達がトラック泊地に向かうのは、工場の見学が目的で、パーティーの参加はついでなんだけどな」

「確か本国の統合軍で採用された戦車の生産工場だったな」

 

 マイラスがそう言うと、ラッサンが今日の予定を思い出す。

 

 今回彼らがトラック泊地へと赴いたのは、近日行われる宴会に参加するのもあるが、それはあくまでもついでで、本来の目的はトラック泊地にある工場の見学である。

 その工場では、ムーに輸出している物を含めた、数種類の戦車が作られている。

 

 

 ―――!!

 

 

 すると大きな音が機内に響き渡って、三人は驚いて身体を震わせる。

 

「今の音は!」

 

 三人はとっさに窓から外を見ると、連山改の両側を並走するように航空機が姿を現す。

 

「やっぱり、ジェット機か!」

 

 その航空機がジェット機であったので、マイラスは喜びを表す。

 

「っ! 待てよ……」

 

 と、マイラスはジェット機を見て、すぐにあることに気付く。

 

「よく見たら、見たことが無い機体だ! 新型機か!」

 

 彼が思わず叫ぶと、ラッサンのアイリスもすぐさまジェット機を見る。

 

 連山改の両脇を固めるジェット機は、洋上迷彩が施されているが、これまでの景雲シリーズとは異なるジェット機であり、丸みを帯びたラインを持つ機体形状をしている景雲シリーズと異なり、そのジェット機は直線的なラインを多用している。

 ジェットエンジンはこれまでの景雲シリーズ同様双発だが、明らかに景雲シリーズとは大きく進化しているのが見て取れる。

 

 そのジェット機こと『F4 ファントムⅡ』 妖精達が景雲シリーズでジェット機の開発を進めている中で、『ゲイザー』より齎されたデータを加えたことで完成させたジェット機である。

 

 機体そのものは完成しているが、武装面はまだ未完成な部分があるそうで、現段階では武装は従来の戦闘機に近い構成となっている。

 

「もう新型機が作られているんだな」

「こんなにも開発スパンが早いと、祖国がロデニウスに追いつくのは無理じゃないかしら」

 

 F4 ファントムⅡを見てラッサンとアイリスの二人は諦め気味に呟くのだった。ただでさえ航空機一機を開発するのに、どれだけの時間と金、労力を投じなければならないのか。

 

(凄いな。以前よりも更に進化している。ジェット機は果てが見えないな)

 

 一方マイラスの方は、まだ見えぬジェット機の進化に期待を膨らませる。

 

 

 


 

 

 

 連山改はトラック諸島春島にある飛行場へと着陸し、駐機場へと移動して停められる。

 

 機体の扉が開けられてマイラス達が降りてくると、『大和』と『エンタープライズ』が出迎えに来ていた。

 

「お久しぶりです、マイラス殿」

「お久しぶりです、『大和』殿」

 

 マイラスが代表してあいさつし、彼らはそれぞれ『大和』と握手を交わす。

 

 その直後に、F4 ファントムⅡが上空を飛行して飛行場へ下りる為に旋回する。

 

「それにしても、もう新型のジェット機が出来たんですね」

「えぇ。うちの技術陣は寝る間も惜しんで研究開発を行う連中ですから、武器兵器の開発期間が短いんですよ」

「それ大丈夫なんですか?」

「大抵開発が終われば何人か病院送りになっています」

「そ、そうなんですか」

 

 ため息を付く『大和』の姿から、マイラスはその苦労を察して苦笑いを浮かべる。

 

「それでは、工場へ案内します」

 

 『大和』は気持ちを切り替え、三人を連れて駐機場の隣にある格納庫へ向かう。

 

「工場は隣の島にありますので、こちらに乗って移動します」

 

 と、『大和』が妖精達に声を掛けて格納庫の扉を開けさせ、中からとある機体を引っ張り出す。

 

「これは……」

 

 マイラスは驚きと共に、喜色ある表情を浮かべてその機体を見つめる。

 

 

 OD色に塗られたそれは、機体上部に大きなプロペラを持ち、機体後部に小さなプロペラが付いた構造をした航空機で、機体の両側には様々な装備を搭載できるラックが備えられている。

 

 機体の名は『UH-60 ブラックホーク』 ヘリコプターと呼ばれる回転翼機である。

 

 この機体はリーンノウの森に残されていた太陽神の使いが使っていた品物の一つであり、妖精達が徹底的に調査して構造を把握し、コピー製造した機体を元に試験と改良を重ね、完成した機体である。

 

 垂直離陸にその場に留まれる飛行性能に加え、攻撃に人員輸送、救援活動に使える多用途が行えるヘリコプターの利便性から、連邦共和国の陸海空の軍それぞれで採用された。

 

 ちなみにヘリコプターはこのUH-60 ブラックホーク以外にも別種のヘリコプターが二種類あり、そちらも妖精達によって製造されており、そちらも軍に採用されている。

 

 

「これは回転翼機と呼ばれるヘリコプターです。名称はUH-60 ブラックホーク」

「ヘリコプター、ですか。構造はオートジャイロに似ていますね」

「えぇ。このヘリコプターはオートジャイロから技術的進化していますので、似ているのは当然です」

「なるほど」

 

 『大和』より説明を受けて、マイラスはUH-60 ブラックホークを見る。

 

「それでは、行きましょう」

 

 『大和』と『エンタープライズ』はマイラス達を用意したヘリコプターに案内し、準備を終えたヘリはゆっくりと飛び上がって隣の島に向かって飛ぶ。

 

 


 

 

 所変わって、トラック諸島冬島にある研究所

 

 

「それにしても、あいつら随分作ったな」

「えぇ。妖精の皆様の技術には驚かされてばかりです」

 

 目の前にある光景に、『紀伊』と『ヴェスタル』が半ば呆れた様子で呟く。

 

 彼らの目の前には、仄かに金色に光り輝く四方体こと、疑似メンタルキューブが積み上げられている。

 

 最初の建造試験以来、妖精達は疑似メンタルキューブの量産を行っており、最初の試験以降二、三回ほどしか建造を行っていなかったので、これだけ溜まったようである。

 

「まぁ、これからの事を考えると、むしろこれだけ量産してくれたのはありがたいな」

「そうですね。艦艇の量産もそうですが、KAN-SENの増員も行う予定でしたし」

 

 疑似メンタルキューブの山を見ながら、二人は会話を交わす。

 

 『大和』と『紀伊』はパーパルディア皇国との戦争を経て、今後に備えてカナタ大統領と話し合いの末に、軍拡を行うことになった。それは共和国陸海空軍の戦力もそうだが、トラック泊地の戦力増強が一番大きい。

 

 疑似メンタルキューブで軍艦を建造出来るのは確認済みであるので、今後ムー向けの軍艦の建造を疑似メンタルキューブで行う予定であるが、あくまでもメインはKAN-SENの建造である。

 

 以前よりトラック泊地で問題になっている駆逐艦と巡洋艦のKAN-SENの不足を、今回の建造である程度解決させておくのが、今回の建造での目的である。

 

 しかし疑似メンタルキューブでの建造は、『涼月』や『ニュージャージー』といった『カンレキ』が異なるKAN-SENの場合や、『伊507』という未知のKAN-SENの場合もあるので、何が起こるか分からないのが不安要素であるが、オリジナルのメンタルキューブが少ない以上、疑似メンタルキューブで建造を行わなければならない。

 

(正直不安だが、今後の事を考えれば、戦力の増強は不可欠だ。背に腹は代えられない)

 

 彼は内心呟き、疑似メンタルキューブの一つを手にする。

 

「『ヴェスタル』。頼む」

「はい」

 

 『紀伊』より疑似メンタルキューブを受け取った『ヴェスタル』は、建造を行う機械にキューブを設置して、建造作業に入る。

 

「ところで、『ビスマルク』と『榛名』の二人だが」

「はい。そろそろ予定日ですからね。準備は整っています」

「そうか」

 

 『ヴェスタル』の返事を聞き、『紀伊』は二人のことを思い出す。

 

 体内でキューブの生成が順調に進んでいる『ビスマルク』と『榛名』の二人だが、そろそろ予定日を迎えることになる。

 

(『扶桑』の事もあるから、どんな子が生まれてくるか分からないな)

 

 家族が増えるという楽しみであると同時に、不安もあった。

 

 件数が少ないがゆえに、未だに多くの謎を抱える第二世代のKAN-SEN。どんなKAN-SENが生まれるのかは全く想像が付かない。

 

 『紀伊』と『扶桑』の間に生まれた『まほろば』が戦艦で、『武蔵』と『翔鶴』、『瑞鶴』の間に生まれた『蒼鶴』、『飛鶴』が空母という例もあるが、『大和』と『天城』の間に生まれた『筑後』が双胴航空戦艦というケースもある。

 戦艦と戦艦だからといって戦艦の子が生まれて来る保障は無い。何なら『榛名』は巡洋戦艦だが、防空戦艦として改装されているので、その辺が子供に何かしらの変化を与える可能性もある。

 

 もしかしたら、想像もつかないKAN-SENが誕生する可能性もあるのだ。

 

(いや、今は考えないでおこう。考えたって、何かが変わるわけじゃないしな)

 

 色々と不安はあるものの、『紀伊』は気持ちを切り替え、KAN-SENの建造の様子を見守る。

 

 

 


 

 

 

 所変わり、春島の隣にある人工島

 

 

 妖精達はトラック諸島の拡張を日々行っており、島の拡張は海を埋め立てたり、海上油田のような設備のように海に足場を建築したりと、様々な方法でトラック諸島の規模は大きくなりつつある。

 

 その工場は新たに作った人工島に作った新工場であり、先の戦争の最中に完成して稼働し始めたばかりである。

 

 

 UH-60 ブラックホークで移動した『大和』達は、妖精達によって作られた人工島へ到着し、そこに建てられた工場に向かっていた。

 

 

 

「これは凄いな」

 

 視界いっぱいに広がる光景に、マイラスは思わず声を漏らす。

 

 工場内では、建物内いっぱいに戦車が妖精達の手で造られている。これらの戦車は殆どがムーへ輸出する戦車である。

 

「ロデニウス本土ならまだしも、諸島の一つの工場だけでこれだけの生産量を誇るなんて……ホント規格外だわ」

 

 アイリスは驚きを隠せず、息を呑む。

 

 この工場で製造されているのは、ムー統合陸軍が採用した戦車……『センチュリオン巡航戦車』である。

 

 グラ・バルカス帝国ぬい大きな脅威を感じているムーは、ロデニウス連邦共和国より齎された情報を下に調査を行い、グラ・バルカス帝国の技術力を推測した。

 

 その結果、グラ・バルカス帝国の技術力はムーを大きく上回ることが判明し、当然帝国にも戦車があるという結果となった。少なくともムーにあるラ・グラントを上回る性能を持つ戦車である可能性が高いとのことだ。

 

 ムーはラ・グラントの後継となる戦車の開発を行おうとしたが、独力では開発が困難を極めるのが判明し、日々帝国の脅威が増している中で悠長な事は出来ないと上層部は判断し、ロデニウス連邦共和国に戦車の輸入を行いたいと打診した。

 

 ロデニウスはムーの事情を鑑みて、戦車の輸出を認め、先日ムーで統合陸軍で主力戦車として採用するコンペが行われた。

 

 このコンペに出されたのは、ユニオン製の『M46 パットン』、ロイヤル製の『センチュリオン巡航戦車』、鉄血製の『ティーガーⅠ』と『パンターG型』、北連製の『T-44』と『IS-3』、重桜製の『61式戦車』が候補に挙がった。

 

 いくつもの試験の結果、M46 パットンとセンチュリオンが最後まで残り、結果ムーが採用したのはセンチュリオンであった。

 

 一応各国製の戦車は試験で優秀な結果を残したが、鉄血製の戦車は構造が複雑で整備性に難ありとされ、北連製の戦車は居住性の悪さが目立ち、重桜製の61式戦車は性能不足が指摘された。

 しかしこれらは今後の国産戦車の研究開発に役立てるために、少数が輸入されることになっている。

 

 ムーはセンチュリオンMK.5を採用し、既に初期生産された戦車がムー本土に運ばれ、訓練を開始したという。最初は輸入に頼る事になるが、将来は国内で生産出来るようにするという。

 

 ちなみにこのセンチュリオンだが、オリジナルと異なって一部設計に変更を加えたロデニウス独自の派生型で、エンジンは交換が容易に出来るようにパワーユニット化して整備性を向上させている。

 

「この生産能力、祖国でも出来ればいいんだがな」

 

 ラッサンは羨ましそうにそう呟くも、祖国がある程度工作機械を多く導入しているとは言えど、それでも職人の技術が中心という規格性に欠けた工業である。

 

「ん? あれは……」

 

 と、マイラスは製造ラインを見回していると、あることに気付く。そこにはセンチュリオンに混じって、別の戦車が製造されている。

 

「あそこでは、別の戦車を作っているんですね」

「えぇ。あそこの戦車はトーパ王国向けに製造しています」

「トーパ王国にですか?」

 

 意外な国の名前に、ラッサンは驚いた様子で問い掛ける。

 

 

 ロデニウス連邦共和国と国交を結んだトーパ王国は、ロデニウスに武器兵器の輸出が出来ないか交渉をしていた。というのも、トーパ王国は魔物が大半を占めている『グラメウス大陸』より魔物の襲撃を日々受けていた。

 トーパ王国の深刻な実情を受けて、ロデニウスは特別にトーパ王国に武器兵器の輸出を認めた。

 

 トーパ王国は寒冷地に近いので、寒さに強い北連製の武器兵器が選ばれ、武器兵器と共に教導を行う部隊を王国に送っている。

 

 この工場ではトーパ王国向けに『T-34-85』と『IS-2』が製造されて、トーパ王国へ輸出されている。

 

 

「トーパ王国では魔物の襲撃が多いので、国家の防衛のためにと特別に武器兵器の輸出を認めているんです。まだ他の国では準備に手間取って輸出出来ない状況でして」

「そうなのですか」

 

 マイラスは頷いてT-34-85とIS-2を見る。

 

「では、次の工場の案内をします」

 

 少しして『大和』達は次の工場へ向かう為に戦車の工場を後にする。

 

 

 

 




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第百十六話 宴会は楽しく

あけましておめでとうございます。今年初の投稿になります。
今年も本作をよろしくお願いします。


 

 

 

 中央歴1640年 5月13日 トラック泊地

 

 

 

 その日の夜のトラック泊地

 

 

 春島にある建物。そこの大ホールに、賑わいが生まれていた。

 

 

 

 宴会場となっている大ホールでは、多くのKAN-SEN達が片手に飲み物が注がれたグラスを手に会話を弾ませている。その中には敏郎(トチロー)といったトラック泊地に住む人間と、ムーより参加したマイラス、ラッサン、アイリスの三人と、アルタラス王国より参加したルミエス王女と彼女の付き添いで来ているリルセイドの姿がある。

 

 宴会は妖精達も行っているが、さすがに現在の妖精達の数では建物内に入らないので、彼女達は外でBBQみたいな宴会をしているという。

 

 

 やがて宴会の開始時刻になり、壇上に『大和』が上がって来てKAN-SEN達が注目して静かになる。

 

「あーテステス……オーケー」とマイクの調子を確認して、『大和』は咳払いをして喉と気持ちを整え、口を開く。

 

「みんな、揃っているな」

 

『はい!』と、KAN-SEN達から返事が戻って来て、彼は頷く。

 

「先の戦いが終わり、みんな無事で何よりだ。ご苦労だった」

 

 KAN-SEN達を見渡しながら、彼は言葉を続ける。

 

「だが、先の戦いで多くの命が失われた。ロデニウスでも、罪の無い命が奪われ、多くの兵士達が戦死した」

 

 『大和』の言葉に、KAN-SEN達の表情に影が差す。

 

「だが、ロデニウスとパーパルディア、それはどちらも同じだ。パーパルディア皇国でも、多くの命が失われた。彼らがどれだけの狼藉を働いたにしても、兵士達は国を守る為に、守るべき者の為に戦ったことに変わりはない」

 

 彼はそう言いながらKAN-SEN達を見渡すが……中には『ネルソン』を筆頭に納得いかない様子のKAN-SENの姿もある。

 

(まぁ、そうだよな。綺麗事を並べた所で、奴らの行動原理は私利私欲だった。そこに美談を挟める余地は無いし、弁護のしようもない)

 

 『大和』自身も今話している内容が矛盾しているのは理解しているし、彼自身本音を言えばこんな綺麗ごとで彼らを弁護したくはない。

 

(だが、その命が無駄だった、とするわけにはいかない。それに、全員がそうでは無かっただろう。そう願いたい)

 

 彼は自分に言い聞かせるように内心呟き、咳払いをして喉の調子を整える。

 

「思う所があるだろうが、彼らの犠牲は決して無駄では無い。いや、無駄にするべきじゃない」

 

 KAN-SEN達を一瞥し、『大和』は言葉を続ける。

 

「今回の戦いで命を落とした者達が、安らかな眠りに就けるように、黙祷を捧げる。黙祷!!」

 

 『大和』は号令と共に目を瞑って俯き、KAN-SEN達も黙祷を捧げる。ゲストたちは事前に死者へ祈りを捧げると伝えられているので、彼らもそれぞれの形で祈りを捧げる。

 

 しばらく黙祷を捧げて、『大和』が顔を上げると、KAN-SEN達も続く。

 

「以上を以って、話を終わる。今日は無礼講だ。多少ハメを外しても構わないが、ゲストが来ているんだ。迷惑は掛けるなよ」

 

 ゲストたちを一瞥して、『ベルファスト』が盆に載せて持ってきた飲み物が注がれているグラスを手にする。

 

「先の戦いに勝利し、全員無事に生き残ったことを祝して、乾杯!」

 

『乾杯!!』と全員が手にしているグラスを掲げる。

 

 

 


 

 

 

 『大和』の乾杯の音頭を皮切りに、宴会の賑やかさは増していた。

 

「総旗艦様ぁ。お酌をしますわぁ」

「総旗艦様。料理を見繕って参りましたわ」

「すまないな」

 

 用意された席に着いた『大和』の両側を、『天城』と『赤城』の二人が陣取ってそれぞれ彼に奉仕している。

 

「……」

 

 『天城』から渡された皿に盛りつけられた刺身を箸で摘まんで醤油に付けて食べ、『赤城』に注いで貰った御猪口の酒を飲んで、彼は会場を見渡す。

 

「こうして宴会を開いたのは……いつぶりだろうな」

「そうですわね。こちらに来る……だいぶ前になりますわね」

 

 『大和』が漏らした言葉に、『天城』が思い出して答える。

 

「転移当初はこのような宴を開く暇がありませんでしたわ。ちょうどその時は『赤城』に総旗艦様との愛の結晶が身籠っていました」

「まぁ、それもあるな」

 

 『赤城』は頬を赤く染めながら当時の事を語っているのを脇目に、彼は会場を見渡す。

 

(……こうして改めて思うと、本当に色々とあったな)

 

 注がれている酒を飲みながら会場を見渡し、今日に至るまでを思い出す。

 

「……」

 

 しかし、どことなくその光景に物足りなさを感じてしまう……

 

 

「さてと」と、『大和』は御猪口を置いて酒が注がれたグラスを持ったまま席を立つ。

 

「総旗艦様。どちらへ?」

 

 『赤城』が席を立つ彼に問い掛ける。

 

「みんなを見て回るんだよ。楽しんでいるかを確かめるために」

「……『赤城』と一緒に過ごすよりも、他の者と過ごす方が良いのですか」

「『赤城』」

 

 と、不機嫌なオーラを醸し出す『赤城』に『天城』が釘をさす。

 

「これも総旗艦様の務めよ。邪魔をしてはいけません」

「うっ……『天城』姉様」

 

 敬愛する姉から圧を浴びせられ、『赤城』は息を呑んで身を縮こませる。

 

「すまないな二人共。後で埋め合わせはする」

「お構いなく」

 

 『大和』は二人にそう言って、テーブルを離れる。

 

 

 


 

 

 

「……」

 

 会場の一角で、特戦隊のリーダーを務める『U-666』が酒が注がれたグラスを手に、周囲を見回している。

 

「せっかくの休暇なんだし、気を張らなくてもいいんじゃない? みんな楽しんでるよ」

 

 と、彼の隣でジュースを飲んでいる『U-47』が『U-666』に声を掛けながら、会場で各々楽しんでいる特戦隊の面々を見る。

 

 戦争が終わって任務を完遂した特戦隊は、補給と報告を行う為にトラック泊地へと帰還していて、英気を養うためにそのまま宴会に参加することになった。

 

「いつどこで何が起こるか分からん以上、常に警戒は怠れん」

「味方の陣地だよ。そんなに警戒することは」

「だからこそだ。万が一の事があれば、俺達が動かなければならん」

「……」

 

 頑なに姿勢を崩さない自分達の隊長に、『U-47』は小さくため息を付く。

 

 

「よっ、666、47」

「……」

 

 と、二人は声を掛けられて彼は声がした方を見ると、『紀伊』がグラス片手に立っていた。

 

「『紀伊』か。久しぶりだな」

「久しぶり、指揮艦」

「久しぶりだ。最後に会ったのは転移当初か」

「あぁ。それ以降ここには『ビスマルク』と共に報告と補給に戻るぐらいだったからな」

「そうだったな。最近はどうだ?」

「何も変わらん。いつも通りだ」

「そうか」

 

 二人は会話を交わして、会場の方を向く。

 

「先の戦いは、ご苦労だったな。お前達が居なかったら、作戦の成功は無かったよ」

「それが俺達の役目だ。当然のことをしたまでだ」

「……相変わらずだな」

 

 不愛想な『U-666』に『紀伊』は苦笑いを浮かべ、『U-47』を見ると彼女は肩を竦める。

 

「それで、特戦隊は変わりないか?」

「無いな。……だが、強いて言うなら、奇妙な報告が挙がっている」

「奇妙な?」

 

 ふと、彼が思い出したようにそう言うと、『紀伊』は怪訝な表情を浮かべる。

 

「前に特戦隊と海上警備隊と共同で海賊の根城を叩く計画があっただろ」

「あぁあれか。結局パーパルディア皇国との戦争で有耶無耶になってしまったが」

 

 『紀伊』はその制圧計画のことを思い出す。

 

 

 以前より悩まされていた海賊であったが、その海賊を一掃する為に彼らが根城にしている洞窟に海上警備隊と特戦隊共同による鎮圧作戦を計画していた。

 

 しかしパーパルディア皇国と戦争になったので、計画は一時中断となったのだ。

 

 

「戦争が終わった後、計画を立てるための判断材料として、海賊の根城に偵察を送って様子を見させた」

「それで?」

「その海賊の根城が……不可解な状態になっていた」

「……」

 

 『U-666』の言葉に、『紀伊』は目を細める。

 

「根城には争った形跡に加え、海賊の死体が転がっていた。死体は殆ど腐敗していなかったところを見ると、恐らくつい最近死んだものだと考えられる」

「別の海賊が襲撃を掛けてきたか?」

「俺もそう考えていた。だが、状況が把握するごとに、海賊の仕業ではないのかもしれん」

「と、いうと?」

 

 『U-666』の言葉に、『紀伊』は首を傾げる。

 

「海賊の死に方が不自然だ。絞殺された死体、重い刃物を叩きつけられて切り裂かれた死体、大きな爪で切り裂かれた死体、鋭い物で身体を貫かれた死体、銃撃を受けた死体。一見すれば海賊同士で争って出来た死体の様に見えるが、どれも一撃が大きい。人間がやったとは思えない程にな。特に絞殺された死体には、粘液が付着していた」

「……」

「それと、根城に蓄えられていたであろう宝も無くなっている。これだけなら海賊が盗んでいったと考えられるが、旧皇国が流した銃と魔導砲が手付かずに残っていた。海賊なら宝はもちろん、強力な武器を残していくとは考えにくい」

「……」

 

 彼の語る不可解な状況に、『紀伊』は静かに唸る。

 

「まだ根城の調査は続けているが、何か分かれば報告する」

「あぁ、頼む」

 

 『紀伊』が頷きながらそう言うと、『U-666』はグラスを口に付けて水を飲む。

 

「……せっかくの宴なんだ。多少ハメを外してもいいんじゃないか?」

「俺にはこれで十分だ」

 

 そう言う彼の姿を見て、『U-47』は『紀伊』を見て首を左右に振るう。

 

「まぁいいや。自分なりに楽しんでくれ」

 

 『紀伊』も諦めた様子でそう言って、二人の下を離れる。

 

 

 


 

 

 

「しかし、凄いですね」

 

 と、マイラスは周囲を見ながら声を漏らすと、隣に立っている『筑後』が口を開く。

 

「そうですね。皆様が一堂に集まるのは中々無いので」

「あぁ、そうか。そうですよね」

 

 彼女の言葉にマイラスは納得して頷く。

 

 新世界へ転移してから、KAN-SEN達は様々な任務や役目が出来てロデニウス大陸の方へと赴いているので、基本トラック泊地に全員が揃うことはあまりない。

 

(しかし、話に聞いていたといっても、本当にKAN-SENは女性しかいないんだな。その上全員美人だ。あっいや、『筑後』さんも美人であるのは間違いないんだが)

 

 マイラスはKAN-SEN達を見てそう思うと共に、居心地の悪さも感じていた。

 

 KAN-SENは総じて美形揃いであり、様々な容姿に年齢、スタイルと千差万別の美形揃いだ。その上割合は圧倒的にKAN-SENが締めているので、男身としては居心地が悪く感じるのは致し方ない。

 

(『大和』殿もこんな環境でよく平然としていられるな。いや、彼もKAN-SENだから、人間と感覚が違うんだろうな。じゃなきゃこんな美人の中で平然としていられないか)

「そういえば、マイラス様」

「あっ、はい」

 

 内心考えていると、『筑後』が声を掛ける。

 

「ここ最近はいかがですか?」

「そうですね。学ぶことが本当に多くて、時間が足りないですね」

「そうですか。大変ですね」

「えぇ。でも、それでもやらなければなりません」

 

 マイラスは『筑後』にそう言うと、祖国の事を考える。

 

 日に日にムーとグラ・バルカス帝国との緊張感は高まっており、いつ帝国がムーへと侵攻を始めるか予想がつかない状態だ。ロデニウスより齎されたグラ・バルカス帝国の技術力はムーを上回っている。現状で帝国に侵攻されれば、ムーはその侵攻を防ぐことは出来ない。

 

 だからこそ、マイラスを含めた留学生たちは、ロデニウスより多くの事を学んでいる。国もまた、ロデニウスより多くのものを得ている。

 

「あれ?」

 

 ふと、マイラスはあることに気付く。

 

「そういえば……あんまり見覚えの無いKAN-SENがいるような」

 

 彼は何人もいるKAN-SENの中に、見覚えの無いKAN-SENが数人ほどいるのを見つける。特徴的な外観を持つので、マイラスは割と把握している。

 

「それは昨日『紀伊』おじ様がメンタルキューブで新たにKAN-SENの建造を行ったので、それなりの人数が増えているんです」

「そうなのですか(やはり、先日の旧皇国との戦争を機に、戦力の増強を図っているんだな)」

 

 『筑後』より理由を聞き、マイラスは納得する。

 

「……『筑後』さん」

「はい。なんでしょうか」

 

 マイラスは気持ちを切り替えて、『筑後』に声を掛ける。

 

「実は『筑後』さんに伝えることがありまして」

「伝える事、ですか?」

「はい。実は―――」

 

 

「お姉様!」

「うわっ!?」

 

 と、『筑後』の背後から誰かが抱き着いてきて、彼女はこけそうになるも何とか踏ん張る。

 

「か、『葛城』さん」

「むふふ」

 

 『筑後』が後ろを見ると、彼女を後ろから抱きしめている少女の姿があった。

 

 赤い瞳を持ち、黒い髪を腰まで伸ばして頭頂部には狐の耳が生えており、尻辺りにはフサフサの九本の尻尾が生えている。胸元が開いた和風の服装をしており、どことなく『赤城』の衣装に酷似している。

 

 彼女の名前は『葛城』 『大和』と『赤城』の間に生まれた第二世代のKAN-SENである。

 

「? この人は?」

 

 と、『筑後』を抱きしめて彼女の尻尾を堪能していた『葛城』は、マイラスの存在に気付く。

 

「この前話していたムーから来た留学生のマイラス様です。マイラス様、こちらは妹の『葛城』です」

「『筑後』さんの妹ですか。自分はマイラス・ルクレールと申します」

「ふーん……この人が」

 

 『筑後』が説明してマイラスが自己紹介すると、『葛城』は剣呑な雰囲気を見せて目を細める。

 

 マイラスは彼女の雰囲気を感じ取ってか、身体が硬直する。

 

 

げ  ん

 

こ  つ

 

 

「ギャンッ!?」

 

 と、『葛城』は後ろから頭に拳骨が叩き込まれて変な声を上げる。

 

「客人相手に向ける態度かそれが」

「お、お父様……」

 

 頭にタンコブを作った彼女が後ろを振り向くと、呆れた様子で拳を作っている『大和』の姿があり、彼の姿を見て『葛城』は縮こまる。

 

「『大和』殿」

「申し訳ありません。うちの娘が失礼を」

「あっ、いいえ。自分は気にしていませんので」

 

 『大和』が頭を下げて謝罪をして、マイラスは戸惑いを見せる。

 

「ほら、ちゃんと挨拶しろ」

「は、はい……」

 

 ギロリと父親に睨まれて催促され、『葛城』は姿勢を正して気持ちを整える。

 

「『筑後』お姉さまの妹の『葛城』と申します。お話は伺っています、マイラス様」

 

 『葛城』は自己紹介しつつ綺麗な作法にてお辞儀する。

 

「あっ、どうも」と、さっきまでの剣呑な雰囲気と打って変わって淑やかな雰囲気に、マイラスは少し戸惑いつつ頭を下げる。

 

「お前はこっちに来い」

「えっ!? 何でですkアー!! 尻尾引っ張らないでください!!」

 

 と、『大和』は『葛城』の尻尾を掴んで彼女を引っ張って二人の元から離していく。

 

「……」

「……」

 

 その光景にマイラスと『筑後』は戸惑うしかなかった。

 

「えぇと……あれって」

「たぶん、お父様なりの気遣いかと」

「あぁ、そうですか」

 

 戸惑いはあるものの、『大和』の気遣いとして二人は気持ちを切り替える。

 

「あっ、そうだ。『筑後』さん」

「はい」

 

 マイラスは『葛城』の登場で忘れかけていたが、伝えようとしたことを改めて伝える。

 

「先程の話の続きですが、近い内に本国に帰らないといけなくなりました」

「……お国に、帰られるのですか?」

「えぇ。留学期間はまだあるんですが、本国より帰還命令がありまして。留学レポートの報告もそうですが、私の場合はもしかしたら新型機の開発の為にそのまま残ると思います」

「……そうですか」

 

 もうここには戻れないかもしれないと言われて、『筑後』の表情に影が差す。

 

 ムー本国は留学生、特にマイラス、ラッサン、アイリスの三人にはレポートの報告の為に、帰国命令を出したのだ。特にマイラスには新型の航空機の開発の為に、アイリスには国産戦車の開発の為に、ラッサンは別件で戻されるのだ。

 

「こんなタイミングで伝えることになって、申し訳ありません」

「いいえ。お気になさらず。でも、寂しくなりますね」

「はい。手紙、出しますので。届くまで時間は掛かりますが」

「それは、仕方ありませんね」

 

 『筑後』は少し寂しげな雰囲気を出すも、微笑みを浮かべる。

 

 ムーではまだネット環境が整っていないので、ネットメールでのやり取りは出来ないし、電話の環境もととのっていないので、必然的に手紙でのやり取りになる。

 ロデニウス側が用意した航空便とは言えど、距離が距離なので、手紙が届くまで一週間以上は掛かる。

 

「でも、ずっと会えないわけではないですよね?」

「えぇ。たぶん、そうだと思います。いえ、いずれ『筑後』さんの元に戻ってきます。それまで、待っていただけますか?」

「マイラスさん……」

 

 『筑後』は一瞬悲しげな雰囲気を出すも、笑みを浮かべる。

 

「はい。いつまでも、待っています」

 

 彼女はマイラスの手を取って、そう告げる。

 

 

 

 




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第百十七話 正しい判断とは

 

 

 

「賑やかだねぇ」

「そうだね」

「そうですわね」

 

 会場の雰囲気を感じながら、『武蔵』、『翔鶴』、『瑞鶴』が呟く。

 

 時間が経つにつれて、会場の賑やかさが増してきており、所々でわいわいと騒いでいる。

 

「こうして宴会が開かれるのも、ホント久しぶりだよね」

「うん。少なくともこっちじゃ初めてだし、旧世界でも、宴会をしたのはだいぶ前の話だし」

「その時は、私達が身籠っていた頃でしたからね」

 

 三人は今日に至るまでのことを思い出して、感慨深く呟く。

 

「それが、今じゃ立派に育ったね」

 

 『瑞鶴』は料理が置いているテーブルでいっぱい食べている『蒼鶴』と『飛鶴』の姿を見て、微笑みを浮かべる。

 

 

「やぁ、『武蔵』、『翔鶴』、『瑞鶴』」

 

 と、声を掛けられて三人が声がした方を見ると、『尾張』と『ティルピッツ』がやってくる。

 

「『尾張』さん。『ティルピッツ』さん」

「三人とも、楽しんでいるか?」

「えぇ」

「はい」

「うん」

 

 『尾張』が問い掛けると、『武蔵』『翔鶴』『瑞鶴』はそれぞれ頷く。

 

「そういう『尾張』はどうなの?」

「もちろん楽しんでいるよ」

 

 と、『瑞鶴』に問われて『尾張』は手にしている酒が注がれたグラスを見せる。

 

「あっ、そうだ」

 

 と、『武蔵』は何かを思い出す。

 

「『ティルピッツ』さん。ご懐妊おめでとうございます」

「そうでしたわ。ご懐妊おめでとうございます」

「おめでとうございます!」

「えぇ、ありがとう」

 

 三人がお祝いの言葉を送ると、『ティルピッツ』は頬を赤くしてお腹に手を添え、小さく頷く。

 

 この度、『尾張』と『ティルピッツ』の間に、新しい命が芽吹いたのである。二人は状況が状況だったので、中々タイミングが来なかったものの、戦争が終わり、互いにタイミングが良かったとあって、新世代の建造に挑んだのである。

 

「それにしても、意外と長かったですね。指揮艦はわりと早かったのに」

「まぁ、兄さんの時は事情もあったし……。俺の時は中々機会がなかったし」

 

 『瑞鶴』の言葉に『尾張』は苦笑いを浮かべる。

 

「そうですよね。そういえば―――」

 

 と、『翔鶴』が意味ありげな表情を浮かべて『尾張』を見る。

 

「『尾張』さん。ロシアさんと『ワシントン』さんとの間でも出来たみたいですね」

「……」

「ついでにいうと、指揮艦も『ノースカロライナ』さんとの間に出来たみたいですし」

「……」

「血は争えないですね」

 

 と、ジト―とした目で『尾張』を見ながら「私たちの旦那様を見習ってほしいですね」という『翔鶴』に、彼は苦笑いを浮かべるしかなかった。その横で『ティルピッツ』が複雑そうな表情を浮かべる。

 

 実を言うと、『尾張』は『ティルピッツ』の他に、『ソビエツカヤ・ロシア』と『ワシントン』との間でも建造を行っている。前者は良い雰囲気での出来事だったのだが、後者二人に関しては『ティルピッツ』に出遅れたという焦りからか、『尾張』を押し倒してなし崩し的に建造を行ったとかなんとか。まぁこれでも一応お互いの同意を得ての建造であったわけだが。

 

 一応この兄弟の名誉の為に言っておくが、決して安易な気持ちがあって嫁が増えているわけでは無い。ちゃんとお互いの気持ちの確認をとって、然るべき形でケッコンしているし、無暗に増やそうとは思っていない。

 

「ま、まぁ『翔鶴』姉。家族が増えるんだから、イジらないイジらない」

 

 そこへ『瑞鶴』が助け舟を出して『翔鶴』を宥める。妹に宥められて『翔鶴』は顔を背ける。

 

(遠回しに兄様がディスられた気がする)

 

 『翔鶴』の言い回しに自分の兄が何気にディスられているような気がする『武蔵』だった。

 

 


 

 

「『蒼龍』様」

 

 と、会場の一角で、ルミエス王女が『蒼龍』に声を掛ける。

 

「ルミエス様。この度はご招待に応じて貰い、ありがとうございます」

「こちらこそ、宴にご招待していただき、ありがとうございます」

 

 二人はお互いにお礼を言って、乾杯する。

 

「最近は陛下のご容体はどうですか?」

「はい。少し前までお父様の容体はあまりよくありませんでしたが、ここ最近の体調は安定しています。ロデニウスから輸入しているお薬や医療技術のお陰です」

「そうですか。それは何よりですね」

 

 ルミエスよりターラ14世の容体について聞き、『蒼龍』は安堵した様子を見せる。しかし一瞬だけどこか複雑そうな表情を浮かべたが、彼女はそれに気づかなかった。

 

「『蒼龍』様」

「何でしょうか?」

「まだ分からないんですが、今後長い間お時間を頂けるでしょうか?」

「どうしてです?」

 

 『蒼龍』はルミエスの問いに首を傾げる。

 

「以前よりお父様が私と『蒼龍』様を交えて話がしたいと言っておりました」

「はぁ、陛下がお話、ですか」

「えぇ。とても大事な話だそうで」

「そうですか」

 

 ルミエスより話を聞き、『蒼龍』は首を傾げて一考する。

 

 一国の国王が娘を交えて話がしたい、という状況に彼は戸惑いを隠せなかった。色々と考えが過るが、『蒼龍』は頭を切り替える。

 

「今は何とも言えませんね。そちらの予定を聞いてからじゃないと、こちらも予定が建てられないので」

「そう、ですよね」

「とはいえど、その話の内容次第ですね。どういった話なのか聞いていますか?」

「は、はい。一部の内容は直接会った時に話すと言っていまして、それ以外ですと、アルタラス王国が抱える問題に関する話とお聞きしています」

「王国が抱える問題、ですか?」

 

 ルミエスが話した内容に、『蒼龍』は怪訝な表情を浮かべて首を傾げる。

 

「アルタラス王国が魔石の採掘国であるのはご存知ですね」

「えぇ。第一、第二文明圏でも魔石関連の貿易があると」

「はい。その魔石の採掘場で、王国はかなり前から問題を抱えていまして」

「と、言いますと?」

「かなり前の出来事になるんですが、新しく魔石の採掘場を作ったんです」

 

 ルミエスは『蒼龍』に説明を始める。

 

「最初は何も問題無かったんですが、掘り進めるにつれて謎の奇病に掛かる鉱夫が続出したんです」

「謎の奇病ですか」

「はい。記録によれば最初は体調を崩して、次第に肌が荒れて、髪の毛が抜け落ちて、最終的に身体がボロボロになって亡くなったそうです」

「……」

「その奇病に掛かる鉱夫が続出したので、その採掘場は禁忌所として封印されて、今も残っています」

「壊してないんですか?」

「どうもその採掘場で取れる魔石は純度が良く、その質の良さから採掘場を崩すのがもったいなかったそうで、将来的に問題解決を視野に入れて残したそうです」

「なるほど」

 

 物凄い未練たらたらな判断に、『蒼龍』はどことなく微妙な表情を浮かべる。だが同時に放っては置けないという判断に納得する。

 

「しかし、それとどう関係か?」

「お父様は、その禁忌所の問題解決にロデニウスにご協力を要請したいそうです」

「なるほど。しかし、よろしいのですか? 何だかんだで国の重要な場所なはずでは」

「高い技術力を持つロデニウスであれば、長きに渡ってアルタラス王国が抱える問題を解決できると、お父様は考えておられるかと」

「そうですか。興味の引かれる内容ですので、カナタ大統領は前向きになってくれると思います」

 

 彼が追う言うと、ルミエスの表情に喜色が浮かぶ。

 

「とりあえず、可能な限り予定を立てられるようにしておきます」

「ありがとうございます」

 

 ルミエスはお礼を言いながら頭を下げる。

 

 その後二人は他愛も無い世間話をして、時間を過ごした。

 

 

 ちなみに、終始ルミエスの後ろでリルセイドは微笑みを浮かべて見つめており、『蒼龍』の横でどこか不機嫌そうな『飛龍』が彼を見つめていた。

 

 

 


 

 

 

「……」

 

 会場の様子を『三笠』は酒が注がれたグラスを手に、ゆっくりと見回していた。

 

「よぉ、『三笠』」

 

 と、声を掛けられて振り向くと、『紀伊』の姿があった。

 

「おぉ、指揮艦ではないか。宴は楽しんでいるか」

「あぁ。楽しんでいるよ」

 

 彼女の下へと近づきながらそう答えると、二人はグラスを軽く当てて乾杯する。

 

「改めまして、先の戦争では、お疲れ様です」

「礼には及ばんよ。我はやるべきことをやっただけのことだ」

 

 『紀伊』が礼を言うと、『三笠』は謙遜して答える。

 

「しかし、こうして再び皆と宴が出来るのも、皆が頑張ってくれた賜物だな」

「えぇ。そうですね」

 

 二人は会場の様子を見渡しながら、言葉を交わす。

 

 

「……『三笠』」

「なんだ?」

「すまないな。あんたに気苦労を掛けさせて」

 

 『紀伊』がデュロで起きたことについて謝罪すると、『三笠』は真剣な表情を浮かべる。

 

「……指揮艦が謝ることではない。責任は確認を怠った我にある」

「しかしなぁ」

「それに、あの者達のみならず、あの事件があった以上、他の者でもあのような事が起きえたのだ。それを考慮しなかった我が浅はかだったのだ」

「……」

 

 『三笠』の頑なな姿勢に、『紀伊』は何も言えなかった。

 

「戦争というのは、あそこまで人を変えるのだな」

「……」

「指揮艦」

「なんだ?」

「彼らの復讐を止めた私の判断は、正しかったのか?」

 

 と、『三笠』はどこか虚ろな目で『紀伊』に問い掛ける。今まで見たことの無い、弱り切った彼女の姿に、『紀伊』は戸惑いを見せる。

 

「……」

 

 彼女からそんな目を向けられた『紀伊』は、気持ちを落ち着けつつグラスの酒を飲み、傾けたグラスに入っている氷が音を立てる。

 

「少なくとも、過ちを犯した彼らを止めたことに変わりはありません。それは正しい行動です」

「……」

「ですが、彼らの行動も一概に否定はできません。復讐するしないを決めるのは自らです。我々第三者が決める事ではありません」

「……」

「でも、彼らの感情を肯定するわけにもいきません。法治国家で一つの復讐を認めれば、一つ、また一つと、復讐の連鎖が連なっていき、歯止めが利かなくなります」

 

 『紀伊』が述べる言葉を、『三笠』は何も言わず黙って聞く。

 

「だからこそ、我々は我々のやり方で、復讐をやり遂げたのです。あなたの行動は正しかった。それは胸を張って誇っても良いんです」

「誇ってもいい、か」

 

 彼女はそう呟きながらグラスに入っている酒を見つめ、一気に飲み干す。

 

「そうだな。少なくとも、愚行を止めることは出来たのだな」

「えぇ」

「……」

 

 『三笠』はグラスに入っている酒を飲み干し、深く息を吐く。

 

「それで、彼らはどうなるのだ?」

「彼らの判断次第で、変わって来ると思います。例の制度を受けるかどうかは」

「そうか……」

 

 彼女はそう言うと、氷だけが残ったグラスを見る。

 

「ならば、我もいつまでも引き摺っているわけにもいかんな!」

「ですね」

 

 と、いつものテンションに戻った『三笠』に、『紀伊』は笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 




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