誰が為に微笑むか (MYON妖夢)
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賽は投げられた

 ――火花が瞬く。

 

「はぁっ……はぁっ……くそっ!」

 

 ――金属同士がぶつかり合う音が響く。

 

「ぐっ……なんだよ……なんなんだよてめぇは!」

 

 それに答える声は無く。代わりに送られるのは鋭く速い一閃。

 声を荒げながら受け止めた両手剣は砕け散り、後退るもいつの間に追い詰められたのか、背中には壁の硬く冷たい感触が触れるのみ。

 相手の表情すら仮面に隠されてわからないままに、目の前で暗く輝く刃が振りかざされる。

 

「や、やめてくれ……! もう抵抗はしねぇ! 監獄送りにだってしてもいい! だから。だか――」

 

 次の瞬間、逆さまになった視界に映ったのは、膝をついて地面に倒れ伏そうとしている、首から上はポリゴン片が舞うだけとなった胴体だった。

 

「――ら……。あ?」

 

 それが自らの身体だと気付く前に、結晶が砕けるような音と共に意識がこの世界から、この世から消えた。

 

「……お前はやめなかったのに、自分だけはその言葉を聞き入れてもらえるなんて思った? そんなこと、あるわけないのに」

 

 残ったのは、今一人の人間の命を奪ったというのに、平坦な声でそう呟く死神のような姿だけだった。

 

 

 

 

 

 ソードアート・オンライン(SAO)

 

 ナーヴギアと呼ばれる、脳に直接仮想の五感情報を与えることで仮想空間へと精神をダイブさせるという、ヘッドギア型ゲームハードを使用する世界初のフルダイブ型VRMMORPG。

 1ヶ月間のβテスト期間を経て収集されたデータを基に、2022年10月31日に初期ロット1万本を正式発売。瞬時に完売したSAOは、11月6日に正式サービスを迎えた。

 

 1万人が同時にログインできたわけではなかったが、多くの者はサービス開始と同時に自らの分身となるアバターを構成し、SAOの舞台である100層からなる巨大な鉄と岩により構成される【浮遊城アインクラッド】へと降り立ち、その世界の完成度に感銘の声を上げた。

 

 しかし同日17時半を回った頃に、鐘のような音と共に全プレイヤーが強制転移によって広場に集められ、開発者である茅場晶彦によって"正式サービス"の開始が宣言された。

 

 正式サービス……すなわち、"ゲーム内でHP(ヒットポイント)が0になったプレイヤーは、現実でも死亡する"SAOという名を冠したデスゲームだ。

 ゲーム内で死亡したプレイヤーは、現実で頭に身に着けているナーヴギアによって、高出力のマイクロウェーブを脳に直接流されて死亡する。現実で外部的要因によってナーヴギアを強制的に外された場合、ナーヴギアが破壊された場合、10分間外部電源から切断された場合、2時間ネットワーク回線未接続の場合。これらどれが発生しても同様だと茅場晶彦は語った。

 ログアウトボタンは既にメニューウィンドウから消失し、プレイヤーがデスゲームから解放される手段は100層からなるアインクラッドを踏破した時のみ。つまりゲームを全クリアした時のみとも語り、全プレイヤーの容姿をアバターから現実の姿に強制変更した。

 

 すぐにプレイヤー達は恐慌状態に陥った。当然だ。ゲームにログインしただけで自分の命を握られたなど、信じられるものではない。信じたとしても受け入れられるものではない。

 βテスターを含めた一部のプレイヤーはゲーム攻略へと乗り出したが、それ以外のプレイヤーは、現実への帰還の僅かな可能性に賭けた自死に走る者や、多くはない初期配布のコル()で宿屋に引き篭もる者が殆どであった。

 

 1層目は1ヶ月という期間を経て、フロアボスを打倒した事によって踏破され、そこから層ごとの攻略にかかる時間は少しずつ短くなっていった。最前線を走る攻略組と呼ばれるプレイヤーやその一歩後ろを着いていくプレイヤー達にとっては、このゲームはクリアできるのだ。という希望が見えていた。

 

 しかし戦うことを選べなかった故にコルを使い切り、ゲーム内だというのに律義にも感じる寒さや空腹を凌ぐことが難しくなったプレイヤー達を中心に、現状への不満、デスゲームという理不尽への怒り、ある程度生活が満たされている攻略組への逆恨みのような感情は、確実に募っていた。

 

 それでも一線を越えないのが人間の理性というものだ。しかしそんなもので抑制が効かなくなってしまうプレイヤーは極少数ながら存在した。窃盗や恐喝、詐欺などに手を染めるプレイヤーが現れるのは、ゲーム開始からそれほど時間はかからなかった。

 このゲームではシステム的に判別のできる窃盗や傷害などの犯罪を行ったプレイヤーは、頭の上に浮かぶプレイヤーカーソルがグリーンからオレンジに変わる。オレンジとなったプレイヤーは"犯罪者"となり、あらゆる戦闘や犯罪を不可能とする"アンチクリミナルコード有効圏内"通称圏内への立ち入りを、NPCの衛兵により禁じられる。つまりいつでもモンスターに襲われる危険がある圏外へと放り出されるのだ。

 

 それが周知されるようになったこと、オレンジカーソルをグリーンに戻すためのカルマ値回復クエストの異常な手間が周知されたことで犯罪に手を染めるプレイヤーは再び減ったが、表面化でくすぶる不満を煽るかのように、とある事件が起きた。

 

 攻略組の一角であったパーティーが、一人を残して全員"殺された"。

 

 間違いなく全員が実力者であった者達を殺したその手で、生き残った一人に音声を記録して再生を可能とする録音結晶と、写真を残す記録結晶を持たせ、それを情報屋経由で多くのプレイヤーに公開させた。

 記録されていたのは、彼らが殺される瞬間の写真と、起きた物事全ての音声だった。

 

『現状が不満だろう。苛立たしいだろう。発散しなきゃつまらないよなぁ? オレンジカーソル? そんなものでくすぶっているわけねえよなぁ? ゲームなんだ。楽しまなきゃ損だろう! そうさ、オレ達こそがレッド。レッドプレイヤーだ! 同胞よ楽しめ! イッツ・ショウ・タイム!』

 

 最後に首謀者である【PoH】と名乗ったプレイヤーのこの言葉で締めくくられたそれは、アインクラッド中に緊張をもたらした。

 初めて行われたであろう殺人。これを重く見た攻略組の各プレイヤーはPoHを探し出そうとしたが、まるで尻尾を掴むことが出来ずに時が経ち、やがてPoHが発足させたとされる殺人ギルド【ラフィンコフィン(笑う棺桶)】の捜索は引き続き行われていたが、メインの戦力は攻略へと精を出すことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 故に、気付かれなかった。人々からも忘れられていった。

 不幸か幸福か唯一生存"してしまって"、とあるギルドに保護されていた一人のプレイヤーは、その後どうなったのか。

 

 初めに気が付いたのは、"彼女"と友人だった攻略組のプレイヤーだった。

 

『あの子がフレンド欄から消えている』

 

 誰のフレンド欄にも残っていない。安全にそのギルドの所有するギルドハウスの一部屋を以て保護されていたはずの彼女は、その時期すら不明のまま誰の目にも触れずに失踪していた。

 第1層主街区である【はじまりの町】にある黒鉄宮。そこにある全プレイヤーの名が刻まれている【生命の碑】を確認しても、彼女の死亡は確認できなかった。そもそも死亡していたとしてもフレンド登録が消えることは無い。

 フレンド登録がなければフレンドメッセージを送ることもできない。インスタントメッセージというものもあるが、これは同じ層にいなければ受信できない上に、読んだかどうかの確認も取れない。事実上、彼女と連絡を取ることは一切できなくなったのだ。

 

 彼女と友人であり、攻略組の更に最前線を走るギルド【血盟騎士団】の副団長でもあるアスナは、犯罪者ギルドによって誘拐でもされ、フレンド欄からの追跡が不可能なようにフレンドを削除させられたのではないかと取り乱し、情報を集めたがやはりこれも不発。攻略組にとって最も信用できる情報屋である【鼠のアルゴ】ですらその行方を知らないとくれば、手詰まりだ。

 このゲームには"倫理コード解除設定"というものがある。メニューウィンドウの奥深くにあり本人の手でしか解除できない設定だが、簡単に言ってしまうと、解除してしまえば倫理に反する行動ではハラスメントコードの通報ウィンドウが出ないようになり、性的な"そういうこと"も出来るというものだ。

 同じ女性プレイヤーであるアスナには女にとって最悪の事態を安易に想像できてしまう故に、攻略以外の時間の全てを以て捜索に当たったが、手が届かなかった。やがて団長であるヒースクリフにも攻略の遅れを指摘されてしまう。奥歯が砕けそうなほどに歯を食いしばりながら、せめて一刻も早くこの世界から彼女を解放できるようにと、【閃光のアスナ】は攻略の鬼となった。

 

 しかしこの物語は【閃光】の攻略を語る物語でもなければ、【黒の剣士】の英雄譚でもない。

 

 この物語は、ただ一人の少女が歩む復讐譚である。

 




現状書いてる作品も満足に投稿できていませんが、折角ネタ提供もあったので書き上げてみました。
取り合えず書けるものから書いていこうと思います。
マスターBTさんからのネタ出しもありますしね。書くものにはきっと困りません。

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薊の花言葉は報復である

 第35層北部に広がる超大型サブダンジョン【迷いの森】

 この深い森はひとつのエリアに入った1分後に東西南北全てのエリア連結がランダムに切り替わる。そのエリア数は数百にも及ぶ厄介なエリアだ。

 その上攻略組はサブダンジョンよりも、次の階層を解放するための迷宮区攻略に力を注ぐため、最前線が第49層に到達したらしい今でも殆どのエリアは手付かずで残されている。

 出現するモンスターは比較的群れるモノが多く、特にプレイヤーがスイッチと呼ぶ前衛の交代行動も行うことが可能な程にはAIが優秀だ。

 迷って出られなくなるリスクと、現状ほぼ不明なダンジョン仕様のリスクに、モンスターの連携によって死ぬリスク。これだけでもこの森に人があまり来ない理由としては十分だろう。

 

 だからこそ、SAOで初めて殺人者の凶刃に曝された悲劇のヒロインと呼ばれる私が――【アザミ】が身を隠すにはこれ以上ないうってつけだった。

 

 事件前も事件後も親身に接してくれていたアスナには悪いことをした。彼女はきっと私の失踪に気付いたら全力で捜索しただろう。でも最初にここに来たのは死ぬつもりだったからだ。何かを残して来るだけの気力も残っていなかった。むしろ生命の碑で生きているのがわかる分、変に勘繰らせているしれない。

 

 最早今の私が知ったことではないが。

 

 装備の選別は終わった。

 髪の色を紫から白に染め替え、ポニーテールのオプションパーツを装着。同時に常時オンにしている《隠蔽》スキルのスキルMod――スキル熟練度によって解禁される選択式の強化オプション――《隠匿》が起動したままであることを再確認する。

 アザミは普通に主街区などの人の目につく場所にいてはいけない。例え前線組以外が忘れ去った哀れな少女だとしても、どこから情報が洩れるかなんてわからない。

 さっきまでは付けていなかったが、基本的につけっぱなしの染色剤やオプションで普段は髪の色も髪型も変え、黒かった瞳の色も赤に変更している。

 更に《隠匿》スキルを使うことで《索敵》スキルのスキルMod《看破》によるプレイヤーネームバレも防ぐ。失踪以降常時起動していたことで大きく成長している私の隠蔽系統のスキルは、攻略組でも破ることは困難だろう。

 

 防具は中層プレイヤーと大差ない軽金属系統を身に着ける。私のようにAGI(敏捷)に偏らせているステータスでは重い防具はむしろ邪魔になる。尤もこの防具も、たった今背負った両手斧【鋼鉄の戦斧】も私の本来の得物ではなく、有象無象の中層プレイヤーの1人であるというアピール。ブラフに過ぎないのだが。

 最後に茶色のローブを防具の上から着て、フードを被る。これでよし。

 

 今回の目標は第26層。どうせ主街区に降りるのなら消費アイテムも買い足すとしよう。やや下の階層だから、あまり質のいいものは出回っていないかもしれないが。

 

「……転移。【センラル】」

 

 拠点としているエリアに設立されている一方通行の転移門を起動する。戻ってくるときは再び迷いの森を経由しなければならないが、便利なものは便利だ。

 数瞬白く染まった視界に、緑ばかりの景色ではなく活発とした街の景色が映る。第26層主街区センラル。多くの被害が出た第25層フロアボス攻略の直後に攻略組プレイヤーの心を癒したのはこの街だ。私もあの時はまだ攻略組として最前線を走っていた。

 街にはNPC音楽団による穏やかなBGMが流れ、NPCが営む露店の品揃えも他の中層と比べて上質と言っていい。

 クエストも充実していて、しばらくはここを拠点にするプレイヤーも多かった。

 

 この広い街は活動拠点として申し分ない。しかしそれ故に犯罪者プレイヤーにとって狙い目となるプレイヤーも多い。今回仕入れた情報は、そんな中の1つだ。

 

 消費アイテムを各店で補充してから、適当なベンチに腰かけてアイテムストレージから数冊の本を手に取る。タイトルは【アルゴの攻略本 Ver.62】、【血盟騎士団広報誌12月号】、【MMOトゥデイSAO出張版12月号】の3冊。アルゴの攻略本は無料だが、それ以外は1冊500コル。いずれも2、3日前の発行だ。

 既に中身は読んであるが、最後の再確認。

 

 開くページは最後の方の数ページ。前半部分は攻略に関係するページだが、今の私は興味がない。

 どの本にも概ね同じオレンジプレイヤーの名前と容姿、装備が載せられている。スキル構成まで抜き取っているのはアルゴの攻略本だけだ。流石は【鼠】。相変わらず彼女の情報収集能力は仮想世界において他の追随を許さない。だからこそ私も困るんだけど。

 そして最後のページ。ここには大抵レッドプレイヤー……殺人者の事が書かれている。

 

 最初に【PoH】の名前が目に入る。言わずと知れた危険なプレイヤー。全てのレッドプレイヤーの親と言ってもいい。そして私の――。

 ピキッと本から音が鳴り、耐久値が減ったことを示すようにポリゴン片が端っこから舞う。

 

「あっ……」

 

 無意識に力が入ってしまった。どうせ奴についてはろくな情報が入っていない上に本人は滅多に現れない。一回飛ばそう。

 

 次に書かれているのは、出現する層が安定しない【死神】と呼ばれるプレイヤーだ。

 曰く、レッドプレイヤーだけを殺すレッド。

 曰く、SAOにおいてモンスター以外に使用者も居なく、武器自体の存在を確認されたこともない【大鎌】を振るうプレイヤー。

 曰く、どんな手段を使ってでも相手を殺す残忍な殺人鬼。

 曰く、全くの正体不明。完全に身体を隠し尽くす黒のローブに、顔を覆う白い仮面。プレイヤー名すら不明の謎のプレイヤー。

 

 どうやら、まるで情報は掴んでいないらしい。アルゴですら注意喚起に留まっている。

 

 他に記載されているのは、PoHの側近と言われる【ジョニー・ブラック】と【赤眼のザザ】についてだ。こちらはある程度スキル構成が抜かれている。

 力が入ってしまいそうになるのを抑え込む。アルゴの攻略本は無料でNPCの店でもらえるとはいえ、破壊して何度も貰いに行くのは流石にない。……今まで何度かやってしまっているけど。

 

 一番の目的のページは最後のページにあった。

 第26層に現れた新しいレッドプレイヤー。名前は【ギルラッド】。殺害人数は2人。顔写真まで綺麗に載っている。

 迷宮区にてパーティーを組んでいたプレイヤーを殺したとして指名手配となっていて、各層での目撃情報はそれ以降一切無し。

 生活に困っていたのか、魔が差したのか、狂ったのか。いずれかはわからないし理解するつもりもないが、彼が人を殺した事だけは確かなことだ。

 

 ベンチを立ち、本を全てストレージに格納する。

 足を進める先は迷宮区。確かここの迷宮区には安全地帯となる部屋があったはずだ。ひとまずはそこまで向かおう。

 

 索敵スキルを起動。隠蔽を起動したままなのもあって、私をつけるプレイヤーはいないようだ。

 主街区を出て、迷宮区へと向かう。この層のモンスターはとっくに私の敵ではない。

 迷宮区に足を踏み入れながら、ストレージを開いてローブの下の装備を本気のものへと切り替える。今までのものより数段ステータスが上昇する。

 再度誰もいないことを確認する。どこにでも現れて情報を仕入れるアルゴに尾行されている可能性は否定できないが、今の隠蔽スキルの熟練度ならばそう見つかりはしないはず。

 

 モンスターが入ってこないエリアである安全地帯の扉を開き、中に身体を滑らせて即座に閉める。そして扉を自分の背中で抑える様に寄りかかりながらもう一度ストレージを開く。ここに至るまでやはり他の気配はなかった。殺人者が出た迷宮区に入ろうとするプレイヤーなんてそういないだろうから不自然ではない。

 

 装備を変更する。茶のローブから全身を包む黒のローブ【死神の復讐鬼のローブ】へ。何もつけていなかった顔には全て覆いつくす白い骨の仮面【マヨヒガの住人の怨恨面】を。そして背中には大鎌【死神の大鎌】を。

 その他いくつかの装備をローブの下に隠すように出現させるうちに意識が切り替わるような感覚が、冷たい冷気のように頭を冷やしていく。

 

「人を殺したんだ。私に殺されたって文句は言わせない」

 

 今の私はアザミでもなければ有象無象の中層プレイヤーの1人でもない。

 他でもない自分のために殺人者を殺す死神だ。




 無事に二話を出すことが出来ました。
 ビックリするくらい主人公が喋らない? 一人称とはいえ書いてる人もここまで地の分ばかりになるとは思わなかった。次回も多分そんなに喋りません。
 迷いの森はまだシリカ達のようなプレイヤーが現れていない段階としています。

 オリジナルのスキルModとかが出てきました。捕捉についてはこの場を借りてしましょう。

・看破
 本来フレンド同士やパーティーメンバーなどといった場合でなければ確認できないプレイヤーネームを視認できるようにするスキルMod。
 原作にてアスナの名前をキリトが把握した方法から、通常ではプレイヤーネームは不明であると解釈した故のオリジナルMod。

・隠匿
 看破のメタスキル。看破によるプレイヤーネームバレを防ぐが、相手の看破の方がスキル熟練度が高い場合は貫通されることがある。
 また、姿を視認していれば送ることのできるアイテムトレードなどを自動的に弾く効果を内包しており、徹底的にプレイヤーネームを隠し通すことに長けたModである。

・各ギルドの広報誌の類
 まぁあるでしょう。ということで雑に追加。アルゴの攻略本は原作にも登場。
 血盟騎士団広報誌は勿論血盟騎士団が。MMOトゥデイSAO出張版は原作登場のシンカー率いるギルド【MTD】が発行している。正しく述べるならば【アインクラッド解放隊】に吸収合併され【アインクラッド解放軍】と名を改めた今、かつてのMTDの広報部が作成している。

・第26層センラル
 オリジナル主街区。本文中に記載した事のそれ以上も以下もなし。

 こんなところでしょうか。スキルModについてはプログレッシブで出てきて、どれだけのModがあるのかはあまりわかっていないと思いますし、恐らくこれからもオリジナルで増えていきますがご了承を。

 では今回はここまで。
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花弁が黒く染まるまで

 この姿(死神)と出会ったのは、4ヶ月くらい前だっただろうか。

 あの事件以降、とあるギルドのギルドハウスの1部屋を以て保護されていた、抜け殻のようになっていた私に当時の最前線である第35層の話が届いた。《聞き耳》スキルを取っているわけではなかったが、それほど高価ではなかっただろうあのギルドハウスでは、声が筒抜けになることもあるのだ。

 

 曰く、迷いの森と名付けられた酷く迷いやすく、転移結晶ですら森の中の他のエリアに飛ばされてしまい、抜け出すことが出来ないという森だという。

 ここならば抜け出して死んだとしても目撃者は早々出ないだろう。いつ死んだかという情報は生命の碑に刻まれてしまうが、見つかるまでの時間が長くはなる。

 生き残った私が死ぬことを、死んでいった彼らは望まないかもしれないが、他でもない私が望んでいた。アスナやキリト、アルゴやクラインさん達。それに向こう(リアル)の家族には悪いと思うが、あの時殺された皆はそれだけリアルでも長い付き合いだった。

 それに、どうせ今のままではどこかで死ぬか殺されるだろうとも思っていた。ならば自分で決めて死のうと思った。

 

 更に最前線が2層ほど上がったところで行動に入った。ずっといたからこそわかる一切誰にも気付かれないタイミングで抜け出した。事実、後で探ってみたら本当に誰も察知できていなかったらしい。

 

 ダンジョンの特性上人気のない迷いの森に、誰にも見つからずに向かうのは簡単だった。最前線からそう離れていない層は、中層プレイヤーはまだあまり来ないし、攻略組のような前線プレイヤーは最前線につきっきりになりやすい。だからこそこのタイミングが最も見つかりづらいタイミングだった。

 

 迷いの森の中は、確かに厄介なモンスターも多い。しかし当時メイン武装としていた両手槍での迎撃は辛うじて可能な範囲だった。当時のレベルは38。戦って死ぬ方がマシな様な気がして槍を振るっていたが、それが成立する本当にギリギリだったのだろうとは思う。

 

 宛てもなくフラフラと迷いの森を歩いていた。ランダムに切り替わるエリアはどれだけ長い時間滞在していても見覚えはない。回復アイテムも少しずつ減っていく。全てを出し切ってここで死ぬつもりだった。

 何日滞在したかすら覚えていない。レベルは2つほど上がっていた。ようやく見覚えのある景色が出来てきた頃に、それを見つけた。

 

「クエストカーソル……?」

 

 何もない空間に急に現れたクエスト受領が可能であることを示す!マークのカーソル。戦闘中であったにも拘らずそれが気になってしまい、猿人モンスター【ドランクエイプ】の棍棒による一撃をまともに食らってしまった。メイス系統による攻撃のクリーンヒットはノックバックと軽度のスタンが生じる。反応が間に合わなくなった身体に立て続けに横薙ぎの一撃をもらってしまい、クエストカーソルの位置まで地面に叩きつけられるように飛ばされた。

 

 たったそれだけで残りHPは2割を切った。やはり安全マージンを取れていない階層かつ、見るからに筋力(STR)に大目に割り振られているだろう猿人の攻撃は、防具更新すらしていなかった私には酷く重い。

 これで終わり。と思ったが、この世界に馴染みつつあった身体は何か希望を求めるように無意識にそのクエストカーソルを見た。

 やはりただ宙に浮いているだけ。描画のバグかとも思ったが、茅場晶彦がそんなチンケなバグを残しておくとは思えないし、クエストの自動生成をも可能としているらしいこのシステムもまた、そんなバグが生じるとは思えない。

 ならば、とクエストカーソルに震える手を伸ばす。猿人はもうすぐそこまで来ている。何も起こらなければ死ぬが、目的通り死ぬだけだ。

 

 チョン。と指先がクエストカーソルに触れると同時、視界が白に覆われ、僅かな浮遊感が全身を包む。転移のそれと同じだ。

 次に視界が戻った時目に映ったのは、崩壊した家、中央に立つ炭化した巨大な木、倒れ伏すNPCの死骸。つまり、滅びた村のような何かだった。

 

 振り向いてみるが転移場所には何も残っていない。このエリアに閉じ込められた可能性はあるが、かと言って転移結晶を使って帰ろうとも思わない。

 索敵スキルでモンスターが近くに存在しないことを確認しつつHPを回復させ、足を踏み出す。

 

「ここは……」

 

 この村自体がクエストのために用意されたエリアだろう。それはわかるが、なぜあのタイミングでクエストが現れたのか。

 滞在時間によるものか、一定数のモンスターの討伐によるものか、それともそもそも自動生成によってあのタイミングで丁度生成されたクエストなのか。

 クエスト名は【滅ぼされた迷い家の復讐鬼】。

 何もわからないがまた生き延びてしまった。私の生に対する執念は人並み以上だったらしい。

 

「はぁ……」

 

 死ねればよかったのに、と自分の無意識の行動を呪いながら探索するが、エリア自体もそこまで広くはない。村を少し出れば木々が生い茂る深い森が全方位を囲っている。マップデータもこの場所自体がUNKNOWNと表示されている。恐らくクエストをクリアしなければ出られず、森を徒歩で進んでもある程度進めばここに戻されるとか、そういうパターンだろう。

 

 周りを見ても家は全て破壊されつくしている。アイテムも【木片】だとか【砕けた石材】だとかそういうものしかない。低階層では装備の強化素材に使えたりするものではあるが、今となっては売却額も高くはなくアイテムの価値としては低いものだ。第35層のクエストエリアのアイテムとしてはしょっぱいと言わざるを得ない。

 

 残り探索していないのは、中央の炭化した大木だ。

 見るからにこの村のシンボル的な存在だろう。ゲームによっては世界樹とか守り木とか呼ばれるタイプのやつだ。

 SAOにおけるクエストは、世界各地の伝承や伝説などを自動収集し、それらを基にクエストを生成するとか聞いたことがある。しかし迷い家やマヨヒガに大木なんてものの伝承はなかったような気もする。そもそも門らしきものもなければ動物小屋らしきものもない。

 まるで急遽収集した伝承の一部一部を繋ぎ合わせて、足りない部分を想像で補ったかのようなちぐはぐ感を感じる。

 まぁ24時間稼働したままのシステムだ。いくら優秀なAIが存在していたとしてもたまにはそういうこともあるのかもしれない。

 

 死にに来たというのにしっかりとクエスト攻略に頭が切り替わってしまっている。そもそも私の意識というか、身体は死に直面した瞬間に無意識に生き残る可能性が高い道を選ぶなど、死ぬつもりがないのだろうか。死ぬことを選ぶなんて簡単に決意できるものではないということだろうか。

 

 大木に近付く。近くで見てもやはり変わったところは見られないが……。

 

「っ!」

 

 突然大木が黒い瘴気を吐き出しだした。反射的に後ろへ跳ぶ。

 クエストが進行したようだ。しかし嫌な感じだ。黒い瘴気なんて露骨が過ぎるが、SAOでは見た目が露骨に危険そうなものは実際に危険なケースが多い。両手槍を構える。

 

 瘴気は少しずつ形を造っていく。足元から造られていくのは黒い瘴気をそのまま人の形をした型に詰め込むように真っ黒の人影。

 纏うは黒のローブ。フードの下の素顔は仮面によって隠され、その手が力なく握っているのはモンスターですら使うことが少ない大鎌。形状は長柄が直線のタイプだろうか。農具として使われるものと異なり、ハンドルは付いていないようだ。

 まるで物語でよくある死神の姿。本来迷い家にはとても似つかわしくないが、クエスト名とこの村の惨状を見れば大体の察しは付く。

 

『復讐ハ果タシタ……ケレド村ハ、人ハ、帰ッテコヌ……』

 

 HPバーが表示される。本数は二本。クエストボスとしては控えめだが、装備が見合っておらず、回復アイテムも充分とは言えない状況。今度こそ死ぬのかもしれない。

 まぁ、皆の中で私だけ戦わずに死ぬのは何か嫌だ。死のうとしない私の身体も、回復が尽き死ぬしかない状態になれば大人しく死ぬだろう。

 

『デアレバ、今更止マル意味ガアロウカ』

 

 続いて名前が表示される。

 

【Grim Reaper the Vengeancer】

 

 復讐者の死神。と言ったところだろうか。そのままではあるが実にわかりやすい。THEの名称が頭に来ていないところを見るに、やはりフロアボスレベルではないようだ。

 

『殺シ尽クセ。私達ヲ害スルモノヲ』

 

 私よりも15センチほど高い位置の、仮面の奥の目で初めてこちらを見た。力なく下げられていた大鎌が高く構えられる。

 

『復讐セヨォォオオオオ!』

 

 同時に駆ける。振り下ろされる一撃に対して重心は低く、鎌の柄の下に沿うように真っ直ぐに槍を突き出す。

 鎌は地面に食い込み、槍は死神の左肩を捉える。肩ごと上に切り払い、下から満月を描くようにもう一度左肩を切り上げる。直後に大きくサイドステップで左に跳び距離を取る。先程まで私がいた位置を大鎌が斜め上に薙ぎ払う。

 

「鈍い……けどまぁまぁタフね」

 

 ソードスキルを使わなかったとはいえ大したダメージにはなっていない。しかしいくら大鎌が動きの鈍重な武器とはいえ、ある程度行動を把握しなければ硬直の発生するソードスキルはリスキーだ。まだ通常攻撃で戦うべき。

 

「何で勝とうって考えてるんだろうなぁ……」

 

 右払いを槍で受け止め、大鎌を引っ掛けたまま地面に槍を突き立てる。一度槍から手を放し大きく左足を踏み込み右足を引きながら身体を右側に引き絞る。

 一瞬の溜めの後、青く光る右回し蹴りを叩きつける。体術単発ソードスキル《水月》だ。

 その内容は水平回し蹴り。両足どちらでも使用可能だが威力はソードスキルにしては少々控えめ。その代わりに人型相手ならノックバックが入る。

 予想通りに死神がたたらを踏む。その隙にもう一度左足を踏み込み、右拳を握りこみそのまま放つ。体術単発ソードスキル《閃打》。右ストレートだ。同じ体術スキルの《エンブレイサー》よりも威力は控えめだが後隙が少ない。

 

 硬直が解除されると同時にバックステップして槍を掴み取る。死神が動き出すまで数瞬空いたが、大鎌はいつの間にか相手の手に戻っている。

 明確な隙を作ったために体術とはいえソードスキルを使ったが、武器を取り上げてもすぐに戻ると来たか。

 

「一撃は重いな……」

 

 右払いを受け止めた際にHPが1割削られた。相手のHPバーは1本目の2割が削れただけ。行動パターンの変化もあるだろうし油断するべきではないだろう。

 

 下から掬い上げるような切り上げを上体を逸らせて回避しながら槍を切り上げる。切り返しに振り下ろされた大鎌とぶつかり合うが、体勢が悪い。

 STRを両手槍と軽量鎧の最低限分しか振っていない私では、一撃偏重だろう死神との鍔迫り合いで下を取るのは不味い。その上身長も相手の方が上だ。体術ソードスキルか何かでどうにか打開を……。

 

「ぐっ……!?」

 

 突然背中に走る不快感。同時にほぼ無意識に体術ソードスキル《弦月》を発動させる。後ろに倒れこむように発動する蹴り上げ。更に不快感が増すが、鍔迫り合いの均衡が崩れたタイミングで半ば無理矢理頭の上に鎌の軌道を逸らし、転がるように距離を放す。

 

 背中の不快感は、大鎌の柄込みの部分で鍔迫り合いになっていた事で、相手が順手を逆手に変えれば柄込みを起点として、鎌の刃を私の背中に食い込ませることが出来る。ということだろう。食い込んでいた右の肩甲骨付近の位置から更に振り抜かれれば右腕が切り飛ばされていた。猪突猛進型かと思えば意外に頭が回るようだ。

 チラッと確認すればHPが4割も減らされている。このままではジリ貧か。

 ならば今度はこちらから攻める。元々私はAGI型なのだから受けには向いていない。

 

 死ぬにしたって受けに回って圧殺されるくらいならば真っ向からやってやる。きっとその方が死にがいがあるだろう。




 無事? 三話が出ました。過去話ですね。
 コイツホントに死ぬ気あるん? っていうところについてはどうなんでしょうね。精神的には死のうと思っていますが、デスゲームにおいて攻略組として活動していた身体と無意識の部分は、戦闘になれば最適解の動きをするような気もするのです。
 まぁ当然私自身にそんな経験はないので想像の産物になってしまいますが。

 では今回の解説をば。

・クエスト【滅ぼされた迷い家の復讐鬼】
 かつて迷い家と呼ばれる小さな集落があった。
 この集落に迷い込みモノを持ち帰った者は幸福に見舞われるとされ、その言い伝えが祟ってか集落の外から来た者達に全てを略奪された。
 唯一の生き残りである復讐者は死神の姿を取り、略奪を行った者達を皆殺しにしたがその心は満たされず、狂気に憑りつかれてしまった。
 彼にもたらされる救いは、恐らく集落の住民達と同じ所へ送ってやることしか残されていないのだろう。

 アザミが感じ取ったように、迷い家/マヨヒガの伝承としてクエストとなるには少々おざなりな点が多い。外敵はどうやって複数人で迷い込んだのか、大木の存在とは何なのか、全ての家が焼かれ隠れる場所もないのに復讐者はどうやって生き残ったのかなど、クエスト中に語られることもなく、整合性を取るには難しいクエストとなっているが、理由は後程本編で語られるかもしれない。


 では今回はここまで。
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死神は止まれない

やっと書きあがりました。お待たせしました。


 腰のポーチから素早く取り出したポーションを飲み下しながら大きく踏み込み、相手が鎌を振り上げるよりも早く右腕に向かって突きを放つ。

 そのまま右へ払い、身体ごと回しながら振り下ろされる鎌の刃の内側へ潜り込ませ、軌道を逸らしながら鎌の柄を滑らせるように、鎌を握っている指を切り払う。

 左半身が前に、右半身を後ろに。左手側の石突が上で、右手側の穂先が下。モーションが立ち上がるのを感じながら右足で更に懐に潜り込む。

 刃全体が光り輝き、全身のバネと遠心力を最大限生かして斜めに切り上げる単発ソードスキル《ワイルドスラッシュ》が、指を失ったことで片手が鎌から離れた死神を切り裂く。

 

『オォォ……』

 

 硬直が解けると同時に左手一本で大きく振るわれる大鎌を相手の方へ跳躍気味に飛び込むことで、後ろを取りながら回避し、振り向きながら腰だめに構えた三連突きのソードスキル《トリプル・スラスト》を放つ。

 

『貴様モ同ジニナルノダ……私ノヨウニ……』

 

 このソードスキルは最後の一撃で大きく踏み込む。振り返った死神の視線の先にはすでに私はいない。

 今度はソードスキルを使わずに二連突きから切り払い、一度バックステップで距離を取る。

 

『私ニハワカル……失ッタ苦シミガ……心ニ灯ル炎ガ』

 

「うるさい……」

 

 踏み込むと同時、相手も踏み込んでくる。さっきまでよりも僅かに早いが、一番最初の焼き増しのように鎌の下から柄に沿うように突き、切り払う。

 

『貴様ガワカラヌハズガナイ……ナゼナラ……』

 

「うるさい……!」

 

 耳障りな声に苛立つようにソードスキルが立ち上がる。連続で切り払い、最後に大きく叩きつける六連重攻撃《トリップ・エクスパンド》。

 

『貴様モ残サレタ者ナノダカラ!』

 

「――!」

 

 大振りの一撃の回避が間に合わない。ギリギリで硬直の解けた槍の腹で受け止めるが、大きく後ろに飛ばされる。

 

『ココハ迷イ家……我ラ迷イ家ノ民ノ怨念ニヨッテ歪ンダ空間……最早マトモナ人間ガ訪レル事ハカナワヌ』

 

 コイツ……戦闘開始前とは違う。急に冷静になったみたいで気味が悪い。ただのボスキャラなら黙って戦ってよ。

 

『今コノ場ニ在レルノハ……私ヤ貴様ノヨウナ者ノミ……故ニワカルノダ』

 

 詰めてきた死神と鍔迫り合いになる。明らかに速度が上がってる。

 

『復讐セヨ。奪ッタ者ヲ許スナ。何モ残ラズトモ狩リ尽クセ。残ッタ者ニハ奪イ返ス権利ガアル』

 

「こっの……!」

 

 鍔迫り合いの体勢が不利なのはさっき理解した。一瞬手前に引っ張るように力を込め、緩急をつけて押し返す。

 同時に《水月》を放ち、当てた反動でこちらも距離を取り直す。

 

「殺されたから殺し返せって……? 人はそんな簡単なものじゃない」

 

『何ガ悪イ。合理的デハナイトデモ? ソンナモノガ奴ラニ通用スルトデモ?』

 

「黙れ……! ごちゃごちゃうるさい! いいからさっさと本気出して殺してよ!」

 

 突進ソードスキル《ソニック・チャージ》で反応を間に合わせずに貫く。

 

『死ニタイノナラバ抵抗シナケレバイイ。何故抵抗スルカ。未練ガアルカラダ』

 

 さっきから人と会話してるみたいで不快だ。NPCなんてただのデータだろ。さっさと黙れ。

 槍を引き抜き、そのまま《フェイタル・スラスト》で同じ場所を刺し貫くと、内側から広がる様に衝撃の刃が四回弾ける。

 

『ソウ。復讐心ダ。ヤリ返シテヤリタクテ、タマラナイノダ』

 

 上段からの光を纏った振り下ろし。鎌のソードスキルなんてわからないが、《ヘリカル・トワイス》で迎え打つ。

 四回回転するように槍を振り回すソードスキル。一回目で逸らし、二回目で弾き、残りをその身体に叩きつける。死神のHPバーの二本目が7割程まで減っている。

 先程のソードスキルらしきものはHPバーが一本削り切られたことで使用し始めたと見るべきか。

 しかし振りぬくと同時に槍から嫌な音が鳴り、僅かなポリゴン片が舞う。耐久値がもう殆ど残っていない事を示す刃毀れだ。人殺し共に襲われた時から研磨の1つもしていないのだから当然と言えば当然か。コイツを殺すまで持つかどうか……。

 

『本当ハ死ヌツモリナンテナイノダロウ? イヤ、最初ハ確カニ死ヌツモリダッタダロウ』

 

 槍の耐久値が残っていない以上、もっと強気にいかなければならない。

《ソニック・チャージ》で一気に距離を詰め、硬直が解けると続けざまに《トリップ・エクスパンド》を入れる。

 

「ぐぅっ!」

 

 しかし大技はそれだけ硬直も大きい。今度は防御が間に合わず、光を纏った鎌が私の身体を袈裟懸けに切り抜ける。

 同時に感じる大きな衝撃と共に後ろに弾き飛ばされ、いつの間にか背にしていた大木に背中が打ち付けられる。

 ポーションで9割程まで回復していたHPバーは緑から黄、黄から赤へと変動してようやく減少が止まる。

 

『シカシ私ノ姿ヲ、名ヲ見テ復讐ヲ知ッタ。イヤ、元々アッタソレヲ強ク認識シタノダ!』

 

 一瞬で距離が詰まり、大きく振り下ろされる大鎌を転がるように避ける。どうにか態勢を立て直して両足で地面を捉えると同時に体術ソードスキル《ソニック・ダッシュ》を起動し、更に大きく距離を放す。

 微かに震える手でポーチから残り三本しか残っていないポーションを手に取り、死神から目を離さないように一気に飲み込む。どの種類のポーションかを見て確かめるだけの余裕はない。確か残っているのは通常のが二本、それより高価で全回復できるハイポーションが一本だったはずだ。

 

 苛立ちと武器の耐久値で正常な判断が失われている。そんなことは理解しているが、それを上回るくらいに目の前の死神の言葉が耳障り。まるで私の心の中を、頭の中を見透かしているように言葉を投げかけてくる。

 私がまともな人間じゃなくなってる? 皆を失ってまともでいられるわけないじゃない。

 復讐心? 弄ぶように皆殺されたんだ。あるに決まってる。

 死ぬつもり? そんなの……。

 

「そんなの……!」

 

 じわじわとHPバーは回復に向かっているけど、このHPでは受け止めた時の超過ダメージだけでも死ぬ。どうせ相手も突っ込んでくるのだから回復を待たずに切り込む。

 迎えうつのはさっき私を切り裂いた袈裟懸けのソードスキル。上体を地面と水平に大きく屈みながら右側に跳ぶ。

 振り向いた死神の視界から外れる様に更に円を描くように回り込みながら槍で死神の腹を薙ぎ、今度は急反転し同じところを切り抜けながら通り抜け、振り向きながら右腕一本で水平に薙ぐ。同時に右足から左足に重点を移動させて死神の左側からまた回り込む。

 AGIに大目に振っているステータスで動き回って死神の視線を追いつかせない。

 

 飲んだのは運良くハイポーションだったらしくHPは6割程まで回復した。待っていれば全快するけどどうせそれを待ってはくれない。

 闇雲に振り抜かれたソードスキルを垂直にジャンプして回避する。間に合わなかったのかふくらはぎに不快感が走るが欠損はしていない。

 

「死ぬつもりなんて……!」

 

 空中で大きく大上段に振り上げて一気に振り下ろす。両手槍ソードスキル《フェイタル・ショック》。直撃すれば大ダメージ。外しても広がる衝撃波で行動を阻害する優秀なソードスキルだ。

 硬直が解けていない死神には当然直撃する。

 

『ヌゥ……!』

 

「皆、皆殺されたんだ。人殺しが自分達の存在を誇示するためだけに、私一人だけわざと生かされて……!」

 

 そうだ。コイツの言うとおりだ。今の私はきっと死ぬつもりなんてない。

 元々復讐のことを考えてなかったわけじゃない。自分が他人を殺す覚悟を持てず、攻略組の最前線でありながら仲間の一人も守れなかった私には無理だと、折れた心でそれを無視して引き篭もっていただけだ。

 

「お前の言う通りよ! 憎くて憎くてしょうがないのに殺す覚悟なんてなくて、それならいっそ自分も死んでそのまま忘れてしまえればいいって思ってた!」

 

 切り上げ、振り払う。返す刀で水平に切り払われるソードスキルを大きくかがむことで回避。髪が数本空中を舞いポリゴンへ変わる。

 しかし鎌を構える姿は硬直に入っているように見えない。感覚に身体を任せて退いた直後、肩口まで両断するような二発目が振るわれる。跳んだ距離では足りない。咄嗟に槍を割り込ませたが、鎌が槍に当たると同時に柄が引き裂かれ、そのまま私の身体まで鎌が到達する。浅く胸から肩にかけて切り裂かれたことで一瞬硬直した身体を、鎌の柄の部分で横殴りにされて地面を数回バウンドしてようやく止まる。地面に手を突き起き上がろうとする視線の先で、両断され手から滑り落ちた槍が砕け散りポリゴン片として空気に溶けていった。

 

 感覚はあっていたが回避は間に合わず、咄嗟の防御も悪手となった。感じたことを頭で処理して動くのでは、レベルが格上の相手が放つ連撃ソードスキルには間に合わない。

 

「ゴホッ……でも! お前が私を見透かしたみたいに言うから! もうわかんないよ……!」

 

 この世界では脳波によって意識を持っているから感情の制御は現実よりも少し難しい。今となってはもう怒ってるのか、悲しいのか、喜んでるのか、冷静なのか。最早よくわからない。NPCにこんなこと言ったってしょうがないってことすらもう頭にない。

 思考が絡まって、身体は酷く熱いのに、一方で頭はスーッと妙に冷たくなっていく。

 

 今ここで死にたい。違う。

 なら死にたくないのか。違う。

 死ぬのはここじゃない。そうだ。

 

 レッドを許すわけにはいかない。あの人殺し共を許せるわけがない。レッドは全て私の敵だ。死ぬのなら、最期まで奴らを許すな。

 

「許すな……!」

 

 頭がどんどん冷たくなっていく。身体はどんどん熱を持ち、頭だけが逆に冷えていく。けど不思議と不快じゃなくて、むしろ今までで一番冴えているような妙な感覚。

 予備の槍はない。そもそも人殺し共と戦った時点でアレが最後の一本だった。

 代わりに太腿のホルスターに数本挿している短剣を順手に引き抜く。本来は投擲用短剣の【スチールダガー】。特殊な効果はなく、投擲武器特有の低い耐久値は手に持って振るうには不安でしかない。その上私は《短剣》スキルは取っていない。それでも無手よりはずっとましだ。

 

 ある程度まで回復していたHPはまた赤まで減らされている。纏まらない思考に反して身体は迷いなくポーションを取り出して飲み込む。

 回復してもソードスキルを食らえばあっけなく死ぬだろうけど、気休めにはなる。

 

 振り下ろされる鎌を身体を逸らして回避。続けて振るわれる横薙ぎをかがみながら懐に潜り込んで避け、腕の内側を裂くように短剣を割り込ませる。そのまま三回切り付けたと同時に感じた、後頭部から顔の中心に走った嫌な感覚のままに頭を傾けながら跳び退る。離れる瞬間に引き戻された鎌の刃が頬を微かに抉る。

 

 着地と同時にもう一度踏み込んで急接近。光を纏ったソードスキルが振りかざされる。HPの回復量は全く足りてないけど、今更退くわけにもいかない……!

 肩に引き絞るような構えからの斜め振り下ろし。身体を回転させるように捻り避けながら鎌を持つ腕を這わせるように連続で切りつける。

 鎌が振り下ろされた身体の右からひんやりとした嫌な感覚が右脇腹から左肩にかけて走る。感覚に任せろ、この感覚はきっと私の力になる。

 

 足を大きく広げ、左側に倒れこむように全身を傾ける。僅かに反応が間に合わなかったのか、右耳がソードスキルによって跳ね飛ばされるが致命傷にはならない。

 全身のバネを使って跳ね上がる様に短剣で斜めに切り裂く。その勢いを殺さないように左拳を叩き込んで離れる。

 

『ホウ……』

 

 最後のポーションを飲み込み、空になった瓶を死神に投げつけながら走って接近する。

 鬱陶しそうに瓶が両断され、ポリゴン片が舞う中で嫌な感覚に従って身体を動かす。

 右肩の中心に感覚が走れば右肩を抉るような引き込みが、左足の膝に走れば膝から下を跳ね飛ばすような掬い上げが、そして身体の縦に線が走るような感覚から脇腹、逆の肩口に続け様に一際冷たく走ればその通りに三連攻撃のソードスキルが放たれる。嫌な感覚は敵の攻撃のタイミングと軌道を示してくれるらしい。

 いずれも感覚から反応までの猶予が短いためか、慣れない感覚に反応が間に合っていないためか、浅く切り裂かれたりはするけど致命傷にはなっていない。

 

『死ヲ身近ニ感ジ、自ラノ心ニ気付イタ事デ目覚メタカ……意志ノ力……!』

 

 全く同時に鎌と短剣が振るわれる。冷たい感覚は後ろに置き去りにするように踏み込んでいる。

 相手に傷を与えた短剣は砕け散り、引き戻された鎌を消え切っていない柄で受け止める。同時に空いている左手で二本目の短剣を逆手に抜き放ち、更に一歩力強く踏み込む。

 

「うあああっ!」

 

 首にヒヤリとしたものを感じながら、叫ぶように軸足に力を込め、短剣を引き絞りながら《ソニック・ダッシュ》を発動。切り抜ける――!

 首に当たるはずだった一撃は高速で踏み込んだことで私の右腕を削ぎ落すように引き戻され、代わりにこっちの攻撃はクリティカル判定の首に吸い込まれる。

 右肩から先の感覚が無くなることを無視して、《ソニック・ダッシュ》の勢いのまま走り抜け、短剣を振り向きながら大きく振りかぶる。投剣ソードスキル《パワーシュート》。

 

「終わって!」

 

 一瞬遅れてこちらに振り向いた死神の心臓に軽い音と共に突き刺さる。油断なく最後の短剣を引き抜き構えると同時に、死神の手から滑り落ちた大鎌が地面に突き刺さり、数歩後ろにふらついて大木に背中をぶつけたままずるずると崩れ落ちる。

 

『……意志の力を開花させるに至るとはな。クク……』

 

 戦闘中のくぐもった禍々しい声とは違い、聴き取りやすく中性的でクリアな声。

 

『おめでとう。新たな復讐者の誕生を私は祝福する』

 

「……私が復讐に走るかなんて、まだわからないでしょ」

 

『走るとも。何かが残っていようが……それを全て焼き尽くす程の憎悪を……私は君から感じとれるのだから』

 

 しかも流暢に喋る。今までの全てが演技だったんじゃないかって思うくらい。

 それでも溶けるようにポリゴンに変換されていくのは止まらない。言葉も途切れ途切れになっていく。

 

『私は……君を見ている。いずれまた……顔を……』

 

 そして砕け散った。遺されたのは、彼が使っていた仮面に外套、そして地面に突き立った大鎌だけが、ストレージに格納されるわけではなく、地面に残されている。

 触れれば所有権が私に移った。【マヨヒガの住人の怨恨面】【死神の復讐鬼のローブ】【死神の大鎌】。どれもこれも所有者のレベルに応じて性能が向上する特殊な装備。

 

 それらをストレージに格納すると、今度は大木が光に包まれる。いや、村全体が淡い光に包まれている。思わず残っている左腕で目を覆う。

 光が収まった気配を感じて目を開けると、いくつかの家が住める程度に修復されている。何よりも目を引くのは、目の前の中央部分に大穴が開き、その中の空間が光に満ちている大木だ。

 

 入ってみれば足元の紋様には見覚えがある。一部の紋様が破損しているが、主街区にある転移門のそれだ。仮面を身に着けて試してみると、どうやら主街区には飛べるが迷い家には飛べない一方通行らしいことが分かった。迷いの森に戻ってきてみれば、『迷い家に行きますか?』のポップアップが現れ、無視してみると視界端に常駐し始める。YESをタップすれば迷い家に戻ってこれた。

 

 装備にしろ迷い家にしろ酷く優遇されている気がする。何者かの意図を感じてしまうが、便利なものは便利だ。

 

 そして3ヶ月ほど自分の成長と大鎌の習熟に費やした。寝る時間は最低限でいい。食事も移動のついでに摂れるほんの少しでいい。この世界では衰弱死も餓死もしない。最低限さえ摂れば動きは悪くならない。24時間のうちのほぼ全てをレベリングに使った。

 姿を隠したまま遅れを取り戻し、攻略組に追いつくか少し上くらいまで育ち続ける。転々と変え続ける狩場が彼らより数層低いとはいえ、この世界に馴染んでしまった今、彼らは人間らしくしかこのゲームに挑めない。それは差として大きく出る。

 

 大鎌は両手槍のスキルで使用できた。他にも両手斧にも適用されるらしい。とはいえソードスキルは使用不可となっている。大鎌の形状では槍や斧のソードスキルが全く適さない点からだろうと予想を立てる。だから武器スキルは基礎威力などの上昇やModをつけるためだけのものになる。しかしそれを補って余りある性能をしている。

 首に攻撃を当てた時に発生するクリティカルダメージの倍率が高いのだ。これによってただでさえ首を撥ねれば耐えてもかなりのダメージが期待できる人型モンスターや、同じく首を撥ねればほぼ即死のプレイヤーに対しての特効となる。というかまず死ぬ。まさに死神が持つにふさわしい武器。

 

 レベルが攻略組に追いついた頃に行動を始めた。殺人者を狩る。PoHが見つからなくても、他の殺人者も殺人を犯した奴らだ。だけど断罪とか報いとかじゃない。私達を襲撃した映像を以てPoHによって扇動され増えた全ての殺人者を殺す。それが私の復讐。全員、同罪だ。

 

 殺人者とはいえ人を殺すのだから私も酷く罪深い。だから最期はきっとロクな死に方はしない。それでいい。最期の瞬間までアイツらを殺し尽くす。

 あっちで皆に合わせる顔なんてもうないし、きっと同じところ(天国)になんていけない。最期のその後に苦しみ続けても構わない。

 

 死神はもう、止まれない。




無事?に四話が出ました。既に難産ではありますが。
この時点でアザミが妙に強く見えますが、どちらかといえば死神が弱いです。動きが荒く、安全マージンを確保しているプレイヤーならそう苦戦しない相手ではあります。

では今回の解説

諸々ソードスキルは出てきたものの多くはホロウリアリゼーションなど各SAOのゲームや原作にて登場したソードスキルになります。一部オリジナルのものが混ざっている感じになります。
概ね作中で描写していますのでこれらは割愛しましょう。

・【マヨヒガの住人の怨恨面】
 迷い家の住民達が無念のままに虐殺された事を嘆くかのような死神の面。所有者のレベルが上がるごとに性能が上がっていき、安全マージンである階層数+10のレベルに達すると、その階層の防具と同等か少し上程度まで性能が向上する。
 またMod含む《隠蔽》スキル全般に上方補正がかかる。

・【死神の復讐鬼のローブ】
 全身を夜の闇で覆いつくすかのような大きな外套。上記と同様にレベルに応じて性能が向上する。
 Mod含む《隠蔽》スキル全般に上方補正がかかる。

・【死神の大鎌】
 プレイヤー側が装備できる武器カテゴリには存在しない特殊な武器。それゆえか両手槍と両手斧のカテゴリに割り振られているが、各カテゴリのソードスキルは発動できない。尤も発動できたとしても刃がちゃんと当たるかと言えば難しいだろう。
 アザミが語ったように首に当たった時のクリティカル倍率が異様に高い。Mobであっても人型であれば大ダメージが期待でき、プレイヤーなら概ね死ぬ。尤も通常の倍率でも首がなくなればプレイヤーにはほぼ即死ダメージになるが。
 上記と同様にレベルに応じて性能が向上する。レベルによって解放される項目があることは武器ステータスから把握しているが、内容は所有者であるアザミにも開示されていない。

・クエスト後の迷い家
 誰もいないのは変わらないがいくつかの家が住める程度に修繕され、大木の中が転移門と化している。しかし転移門は一部破損のためか出るための一方通行となっており、これ以外に迷い家から出る手段もない。
 【滅ぼされた迷い家の復讐鬼】をクリアしたものとそのパーティメンバーだけは、迷いの森から迷い家に転移することが出来る。とはいえこのクエストはとある理由でカーディナルによってアザミがクリアしてから1ヶ月後には破棄されており、実質アザミ専用となってしまっている。この理由についてはまたいずれ。

 では今回はここまで。
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殺人者を殺す殺人鬼

 過去に浸りすぎたか。

 これから戦いに行くのに集中力が欠けていたらしい。

 

 セーフルームを後にする。索敵スキルにはやはり魔物以外の反応はない。

 ギルラッドがいる場所の目星は付いている。道中の魔物でも狩って意識を戦闘に切り替えよう。

 

 ここの敵はずっと昔に私の敵じゃなくなった。鎌を振るえばスケルトン系の敵の首が飛び、柄部分で殴りつければ砕け散る。

 経験値としては美味しくないし、落ちる素材も最前線から離れすぎて相場が安い物ばかり。

 レベル差が高い今、ここの魔物は私に挑んでくることもないから本当は戦う必要もないが、私の意識を研ぎ澄ますにはちょうどいい。

 

 迷宮区を駆け上がる。道中は邪魔な位置にいる魔物を狩る。1階層上がる度に、魔物の首を飛ばす度に冷たい冷気のような感覚が再び身体を満たしていく。

 

 迷宮区20階。大きな扉が鎮座している。第26階層のフロアボスの部屋だ。

 扉を押す。途中まで開ければあとは勝手に扉が開く。

 

 ここまで誰とも会わなかった。索敵にも引っかからなかった。つまり私の目星は間違っていなかったということ。

 

 クリアされた階層のボスフロアに来る人は滅多にいない。この先には次の階層の街があるだけだからだ。次の町に行きたいなら各街エリアにある転移門で飛ぶだけでいい。

 しばらくは殺した人の持ち物で食い繋ぐこともできる。だからほとぼりが冷めるまではここで待つしかない。

 

「そうでしょ? ギルラッド」

 

 一人の男が両手斧を構えて立っている。短い黒髪に少し大柄な身体。特徴は右耳に着けられている髑髏型のピアス。アルゴの攻略本に乗っていた顔写真と一致する。つまり彼が2人の人間を殺したレッドプレイヤー【ギルラッド】であると認識する。

 

「死神……!」

 

「そう。私はお前の死神。ここでお前も、お前が殺した人達のところに逝くの」

 

「クソ!」

 

 両手斧単発ソードスキル《スラッシュ》で踏み込んでくる。手にした大鎌を回転させるようにして弾き、《水月》を脇腹に放つ。

 打撃系体術ソードスキルの特徴は軽微なノックバックとスタン。怯んだところに大鎌を水平に切り払う。

 屈んで回避されたところに体術ソードスキル《翔脚》――少ないモーションから放たれる膝蹴り――を放てば、回避も防御も間に合わず顎を捕らえ、身体ごと宙を舞う。

 

 そこに大鎌を切り上げる。《翔脚》に使った右脚で強く地面を踏みしめ、全身を捻りながら放つ渾身の一撃。そして空中で取れる策は少ない。彼は迎撃を選択した。

 振り上げられた斧が光り輝き、単発重攻撃《グランド・ディストラクト》を大鎌にぶつけるように放って来る。このソードスキルの特徴は怯みに対して強いスーパーアーマー。つまりソードスキルの発動保障とその後の隙の少なさだ。

 

 だが――

 

「無駄」

 

 それが有効に働くのはレベル差が大きく離されていない場合でしかない。

 ソードスキルですら、この世界の絶対であるレベル差を覆すには至らない。

 だから、こうして彼の両手斧は天高く弾かれるのだ。

 

「なっ……!」

 

 中空を薙ぎ払う。斧が身体ごと弾かれ、さらに高い位置まで宙を舞ったギルラッドの両脚が地面に落ちて砕け散る。

 もう一歩踏み込む。姿勢は低く、振りは大きく。右肩に引き絞る様に。

 ギルラッドの着地と同時に斜めに振りぬく。左肩から右脇腹まで大きく抉り切った。

 

 両脚がなくなったことで着地の体勢が崩れ、致命傷は避けたらしいがその距離も私の距離だ。

 柄の下の方に両手を滑らせて遠心力を付けた切り払い。

 割り込んだ斧が砕け散る。それでも大鎌は止まらない。

 

「待っ」

 

 両手に伝わる軽い感触。いつだって誰かの首を切り離した時は、思っているより軽い感触。

 

「……普段2人に邪険にされてたのは、同情する。でも、それで殺してしまったらいずれこうなる。……他にも、いくらでも手なんてあったでしょうに」

 

 ギルラッドの目撃時、殆どが2人の世界に入り浸っていた2人に邪険に扱われていたらしいと聞いている。長く組めば組むほどそのストレスと恨みは募るだろう。特にこんな世界では自分の命にすら影響しかねない。

 でも一線を越えたなら、私が殺す。レッドプレイヤーは、私の敵だ。

 

 プレイヤーを殺した事でドロップしたアイテム群をストレージに格納する。またどこかのNPCの店で買い取らせよう。

 

 姿を死神から一般の中層プレイヤーに変える。確か前回は軽鎧と片手剣にしてたはずだから、今回は布鎧と片手棍を装備して、髪は白のポニーテールのままで構わないか。

 

「転移。【ミーシェ】」

 

 転移先は35層主街区。

 索敵も隠蔽もちゃんと機能している。このまま迷いの森に帰ろう。

 

 迷いの森に入れば迷い家に飛ぶポップアップが出る。誰もいないことを確認して転移する。

 大木を背にして座り込む。邪魔な装備を解除し、大鎌を取り出して視線を落とす。

 

「ふぅ……」

 

 楽に勝てることが精神的に楽なわけじゃない。

 でもまだ私が死ぬ時じゃない。私は、PoHの首を跳ね飛ばさないと死んではいけない。PoHだけは、私が殺さないといけない。他の誰にも譲らない。

 全身を巡っていた冷たい冷気が、PoHのことを考えるだけで熱くなる。それじゃ勝てないというのに。

 

 頭と身体を冷やし尽くす冷気。意志の力。"死神"はそう語った。

 この力を使わなければ私が同格以上のレッドに勝つことはできない。PoHは……きっとそういう相手だ。熱くなっちゃいけない。私は死神。冷たく相手を死に誘う死神だ。

 

 ……でも今はレッドの情報がない。アインクラッドは自分から情報を集めにいけるだけの広さでもない。

 アルゴの攻略本に頼りっぱなしというのは問題だけど、アルゴもレッドの情報を逃すわけにはいかないはずだ。私がレッドを殺しに行くことで攻略本に乗せないなんてことはあり得ない。……まぁ、自分が書いたレッドプレイヤーが悉く死ぬなんて状況にしているのは彼女の精神的によろしくないかもしれないけれど。

 まぁ、私に彼女の精神状態は関係ないか。彼女はどれだけ辛くても自分の責務は全うするって知ってるし。

 

 ストレージから取り出した回転砥石を稼働させて大鎌の刃を滑らせる。

 馬鹿げた耐久力と性能はしているけれど、メンテナンスしないと流石にいつか壊れる。しかしこんなものを使っているのは私だけだし、鍛冶師プレイヤーに任せてバレたら困る。NPCの店でも同じリスクがあるから仕方なく自分で《鍛冶》スキルを取った。メンテナンスするくらいなら問題ない熟練度まで上がっている。

 耐久値が元通りになったら今度は外套を取り出す。《裁縫》スキルで耐久値の減りを確認するが、今回は一撃も喰らっていない。耐久値が減ってるはずもないのだが、癖で確認してしまった。

 

「はぁ……」

 

 溜息を溢しながら大木に体重をかける。目を瞑り、消耗した精神を回復させることに努める。

 殺人者を殺した日だけは、色々と鍛えるのを避けている。肉体的な疲労はこの世界に存在しないが、精神的なものから来る疲労については身体を酷く蝕む。

 ただの睡眠不足や空腹にはとっくに慣れたし、殺人者を殺すことに対して罪悪感を感じることもない。命を懸けた殺し合いが疲れる。それだけだ。

 それだけだけど、それによって自分のパフォーマンスが落ちることもよくわかってる。だから殺人者を殺した日だけは他のことを一切しない。

 

 一眠り、しようか……。

 

 

 

 

 

「どう思ウ? キー坊」

 

 あの【鼠】が俺を呼び出すなんて珍しいこともあるもんだと思ったが、いつものへらへらした感じじゃなくて真面目だ。クリスマスの時の借りもあるしちゃんと聞いてやるか、と思ったところに示されたのは、【生命の碑】に横線を刻まれたいくつかの名前だった。

 

「どうって……そりゃレッドに身内を殺されたんだろうなってことしかわからないだろ」

 

「オレっちや他の広報誌がレッドの情報を載せる度ニ、数日以内にそのレッドプレイヤーが死んでル。普通じゃないダロ」

 

「普通じゃないし許されるべきことでもない。けど、そうだな……わからないでもないんだ。大事な誰かを殺した元凶を滅茶苦茶恨む事。俺も、俺が憎くて仕方なかった」

 

 あのギルドのことは、つい最近のクリスマスでの一件が終わった今でも心に強く刻まれている。忘れることはできないし、忘れていいことでもない。俺がもっと早くレベルを公開していたらとか、あの27層迷宮区よりも低いところで稼ぐことを提案していたらとか、やれただろうことはいくつも頭をぐるぐると回る。

 

「オレっちは今回も【死神】の仕業だと思ってル。何カ、正体のあてとかないカ?」

 

「アンタにあてがないのに俺にそんなものあるわけないだろ。鼠の手が届かないのに一般プレイヤーの俺じゃ無理だって」

 

「そうカ。そうだよナ……」

 

「どうしたんだよ。アルゴらしくもない。もっとアンタはこう……正体を絶対暴いてやるってタイプだろ」

 

 理由なんてわかってるけどあまり踏み込むこともない。自分が書いた記事のせいで人が死んだとか、そういうことを思ってるんだろう。

 仮にそうだとしても危険すぎるレッドの情報は載せないとならない。それがわかっているからこそこうして煮え切らない感じなんだろうけど。

 

 しかし死神はいったい誰なんだろうか。急に現れた殺人者を殺す殺人鬼。レッドに襲われる瞬間に助けられた人によって目撃された姿はまさに死神のような出で立ちで、敵としてすら見ることが少ない大鎌を振るうプレイヤー。

 その上名前は隠されてるし、仮面のせいで顔もわからなければ、声を聴いたこともないから男か女かすらわからない。完全な秘匿主義……といっても恨みを買うような人殺しをしているのだから秘匿しない方がおかしいんだが。

 そういうところがただのレッドではないことを物語っている。レッドの連中はもっと自分の力を誇示する。死神にはそれがなく、一切の正体を隠している。

 

「……あーモウ! 暴いてやりたいなんてそりゃソウダ! でもオレっちの《索敵》に引っかからない奴なんて滅多にいないし、ようやく見つけたと思ったら《隠蔽》を看破されたことすらあるんだゾ。こんな相手は初めてダ」

 

「アンタの隠蔽も抜くのか。そりゃキツいな」

 

 加えて極めて高い索敵と隠蔽の熟練度か……。上の層のレッドにも横線が引かれているのを見る限り、攻略組にも届きうるトッププレイヤークラスってことか。

 

「て言ってもだ。死神が活動し始めたここ1、2ヶ月以内に攻略組から抜けたパーティやソロなんていないし、大型ギルド達ならだれか抜けたとしてもその後については確認してるはずだ。急に出てきた高レベルプレイヤーとしか思えない」

 

「それがネックなんだヨ。これだけの高レベル、どこかでオレっち達が知ってないとおかしいはずダ。なのに目星すら付けられない。……ハァ。アーちゃんからの依頼とオレっち自身の気持ちの問題でアザっちも探さないとならないってのニ、いつものことだけど情報屋は忙しいナァ」

 

 珍しい。アルゴが弱気とは。

 いつでもポジティブで、《体術》スキルを取るためのクエストでつけられた三本髭すら自分のアイデンティティとしてしまうような奴なのに。

 

「あーなんだ……何か奢るよ」

 

「……じゃあ35層の宿でチーズケーキでも奢ってもらおうカ。あそこのチーズケーキは美味いんだそうダ」

 

「……アンタってちゃんと女性プレイヤーらしいとこあったんだな」

 

「どういう意味ダ!」

 

 この後何皿食うんだってくらい奢らされたことを記しておこう……。




お久し振りです。
感想いただいてモチベが帰ってくるタイプの現金な人間なので無事書きあがりました。これだけ空いて無事とはこれ如何にという感じですが。

では今回はここまで。
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黒の剣士との邂逅

 アルゴの口から滑り落ちるように出た名前。アザっち……もといアザミ。

 俺と同じベータテスターらしく、デスゲーム開始からあの事件が起こるまでは当時の攻略組の中でトップクラスの活躍を見せた彼女らのパーティの中でも、更に一段階上の技量を持っていた。

 

 大盾に片手混を携えたタンクのサブ。盾持ち片手剣のタツとユキ。両手斧使いのケンスケ。そしてリーダーにして攻略組トップクラスの実力者だった両手槍のアザミ。前線を次々と入れ替えてのリスク管理が上手いパーティだった。故に強かった。

 ベータテスター時代のことはわからないが、デスゲームにおけるアザミは強かった。実力は勿論だが、俺がデスゲームが始まったばかりの時に選べなかった、パーティメンバーと一緒に強くなるという選択をとれる強さがあった。

【黒の剣士】なんて呼ばれるようになったが、そんな今でもあの頃の彼女は俺より強い。心が強かった。

 

『皆行こう! 今回のボス戦も皆で生き残るよ!』

 

 そして戦闘時には目の色が変わるが、普段はどこかふわふわとした人だった。口調は間延びしがちで、ニコニコと日向ぼっこするのが好きな、そんな人だった。

 

『もー。またソロにこだわってるの? アスナにはギルドを進めておいて自分はソロとか通用しないよー?』

 

『アスナもキリトも強いんだから引く手数多だと思うけどなー。特にキリトはどっちかっていうと人付き合いの問題でしょ? それで死んじゃったら元も子もないよー』

 

 その上俺たちのことをよく気にかけてくれた。リアルの年齢はわからないがおそらく俺やアスナよりも上だったんだろう。頼れるお姉さん、といった風だった。

 キッチリとした性格のアスナと相性が良かったのかもしれない。アスナは懐いていたし、親友と言っていいくらいには仲が良かった。

 俺自身も、彼女たちと動くときはどこか心地よかった。皆いい人だった。

 

 誰も、いなくなってしまったが。

 

 俺はようやく割り切れた。割り切れてしまった。誰もいないということを心のどこかで認めてしまって、空虚感が残るばかりだった。

 俺でこれなのだ。当事者であったアザミの悲しみは、月夜の黒猫団の一件を超えた今でこそわかるが、当時の俺にとっては計り知れないものだった。

 

『……あ、キリト、アスナ。ごめんね。攻略、参加できないや』

 

 たまに顔を見に行く度に憔悴していた。この世界では頬がこけたりなどはしないが、一目見てわかるくらいに弱っていた。当然だ。親友たちを目の前で殺されて、そうならないはずがない。

 アスナもそんなアザミにあてられていつもの調子が戻るまではかなり時間がかかった。何ヶ月かかけてようやく戻ったところに、また事件が起こった。

 

 アザミが失踪した。それを告げられた時のアスナの表情は忘れられない。

 あらゆる感情がないまぜになったような顔だった。フレンドからも消えていたことで目に見えて錯乱しているようだった。

 ヒースクリフに言われるまでずっとアザミを探していたのに、それでも見つけられなかった時の悔しそうで悲しそうで怒っていた彼女は、俺が何を言っても届く気はしなかった。

 

 アザミ。どこにいるのかアルゴですらわかっていない。一体、どこにいるんだ。アスナはあんなにも心配している。どうか見つかってくれと願うばかりだ。

 

 

 

 

 

 声がした。悲痛な叫び声。

 

「誰か! 誰でもいい! 皆の仇を……討ってくれ!」

 

 最前線第54層。滅多にこんなところには顔を出さないけれど、とある情報を耳に挟んだ。その情報を確実にするためだけに、また紫の髪を染め直して、アザミとは別の姿で転移した。

 そしてその場で、耳にそんな慟哭が入ってきた。どうやら今回の情報は当たりらしい。

 

「奴らを……【タイタンズハンド】の奴らを……捕まえてくれ……!」

 

 もう何時間もいや、何日もかもしれないけれどそうしていたのだろう。声が枯れることも衰弱することもないこの世界だというのに、足にちゃんとした力は入っておらず、縋りつくように道行く攻略組プレイヤーに呼び掛けている姿は痛々しい。

 

 ……あ、キリト。と無意識に姿を人だかりに紛れ込ませる。

 巷では黒の剣士だなんて呼ばれているらしい全身黒の装備で身を包む盾無し片手剣の使い手。攻略組の中でも実力はトップクラス。昔はよくアスナと行動していたのを覚えている。

 あの真っ黒剣士は妙に勘が鋭い時がある。《隠蔽》を発動させたうえで変装しているとはいえあんまり姿を見せるべきではないだろう。見せるなら死神としての姿の方がまだ安心できる。

 

 どうやらキリトは彼――ギルド【シルバーフラグス】のリーダーの依頼を受けるらしい。

 内容はシルバーフラグスのメンバー4人を殺害したタイタンズハンドを黒鉄宮の牢獄に送ること。本来ドロップでしか手に入らない回廊結晶(コリドークリスタル)すら支給しての依頼だ。相当な大金をはたいて、全てをこの復讐に充てたということだろう。

 

 ……牢獄の幽閉だけでいいだなんて、甘いわね。殺されたら殺さなきゃ。

 私と同じ境遇なのに、こんなに差が出るものか。……まぁ、私はあの死神に出会わなければただ死ぬだけだったけど。

 

「安心してくれ。絶対に仇は討つ」

 

 そう、シルバーフラグスのリーダーの肩に手を置き、キリトが言う。

 どこまでも善人というか甘いというか。それなのに生き残れるくらいに相変わらず強い。

 

 さて、私もタイタンズハンドについて調べることにしよう。

 

 

 

 

 

 ……結局35層にタイタンズハンドは今は留まっているらしい。というか顔を把握した今ならわかるけど確かに見たことあったな。

 それを追ってか35層にキリトも現れた。ツインテールの小さい少女……竜使いシリカと一緒に組んでいるらしい。今は使い魔の小さい竜いないみたいだけど。あのお人好し、何をやってるんだ。

 

 まぁ、お人好しってだけじゃないんだろう。多分数時間前のシリカとタイタンズハンドリーダーのロザリアの言い合いを見ていたってことだろう。ならばシリカと行動していれば釣れるかもしれない、というのもあるのはわかる。

 なら私は彼らを利用させてもらうとしよう。多分それが一番楽だろう。

 

 とりあえず今日は宿に泊まるようだ。ロザリアに絡まれていたが内容にあまり興味は出なかった。

 ただ、あの小竜はやっぱり死んだらしい。そしてそれを生き返らせに【思い出の丘】に行くんだそうだ。確か、47層にある花畑のマップだっただろうか。レベリングには全く向いていなかった記憶がある。

 2人はすれ違って宿へ向かっていった。それを見送るロザリアの顔は、見たことのあるような嫌な笑みで塗られていた。

 

 キリトたちの行き先はどうでもいいが、ロザリアをここで確認できたのはこの後が楽でいい。

 とりあえず行動方針は決まった。変装して隠蔽してロザリアの後を追えばいい。レベル差があることは間違いない以上、それで問題ない。

 とはいえ今日はロザリアも宿に入っていった。動くのは明日になりそうだ。

 

 

 

 

 

 隠蔽スキルを発動させる。髪の色は今度は紅色に変えてローポニーにまとめる。まぁローブで隠してしまうのだが。

 武器は定番の鋼鉄シリーズである両手剣の【鋼鉄の両手剣】。スキルは取ってないけどカモフラージュ程度には使える。

 

 ロザリアが出てきた。後を追えば人気のないところに入っていき、タイタンズハンドの構成メンバーらしき男に何か話しているのを盗み聞きする。どうやらキリトとシリカの後をつけるらしい。

 テイムモンスターの蘇生アイテムである【プネウマの花】とかいうレアアイテムのために構成メンバー全員で襲うなんて言ってた。キリトの前で姿を現すのはあまり望ましくないが、そんな望ましくないことになるらしい。ため息が零れそうになるのをこらえる。

 

 まぁ、そう簡単にはバレないでしょ。と高を括るしかない。リスクがあるという事実よりも殺人者をまとめて一網打尽にできるチャンスのほうがずっと大事だ。

 さて、準備をしよう。

 

 

 

 

 

「――そこで待ち伏せてるやつ、出て来いよ」

 

 シリカの目的であったプネウマの花は手に入った。

 だがこれから一悶着起こす必要があった。レッドギルドであるタイタンズハンドが周りに潜んでいる気配を感じる。それに数日前から感じていた妙な視線も感じる。俺の《索敵》には引っかからないがたまに感じるそれを、何となく感じ取れていた。

 ……いや、そっちの気配はひとまず置いておくしかない。シリカを利用するようで悪いが、ここで俺はタイタンズハンドを全員捕まえる。ここが一番のチャンスだ。絶対にここで決める。シルバーフラグスのリーダーの無念を晴らすために。

 

 レッドプレイヤー特有の力を誇示する特性を利用するためにそう声を掛ければ、昨日シリカに絡んできた女、タイタンズハンドリーダーのロザリアが不敵な笑みを浮かべて出てくる。

 プネウマの花を狙って出てきたということだ。昨日の宿の中での《聞き耳》スキルを使っていたのは彼女の仲間で間違いないとあたりをつけていたし、索敵にもずっと反応していた。

 俺がタイタンズハンドのリーダーであると告発すれば、ずっとシリカがいたパーティを狩りの対象に定めていたことを明かし、そしてそのシリカがプネウマの花を取りに行くことを知ってそれを奪いに来たのだと言う。

 

「でもそこの剣士サン、そこまで解ってながらノコノコその子に付き合うなんて、馬鹿? それとも本当に体でたらしこまれちゃったの?」

 

「いいや、どっちでもないよ。俺もあんたを探していたのさ、ロザリアさん」

 

「……どういうことかしら」

 

「あんた、十日前に、38層でシルバーフラグスってギルドを襲ったな。メンバー4人が殺されて、リーダーだけが脱出した」

 

「……ああ、あの貧乏な連中ね」

 

「リーダーだった男はな、毎日朝から晩まで、最前線のゲート広場で泣きながら仇討ちをしてくれるやつを探していたよ」

 

 声に無意識に力が入る。

 

「でもその男は、依頼を引き受けた俺に向かって、あんたらを殺してくれとは言わなかった。黒鉄宮の牢獄に入れてくれと、そう言ったよ。――あんたに、奴の気持ちが解るか?」

 

「解んないわよ。何よ、マジんなっちゃって、馬鹿みたい。ここで人を殺したって、ホントにその人が死ぬ証拠ないし。そんなんで、現実に戻った時罪になるわけないわよ。だいたい戻れるかどうかも解んないのにさ、正義とか法律とか、笑っちゃうわよね。アタシそういう奴が一番嫌い。この世界に妙な理屈持ち込む奴がね」

 

やはりレッドプレイヤーはどこかおかしい。絶対におかしい理論で、絶対に自分が正しいと思っている。

 そんな奴らにアザミたちは襲われたのだ。ギッと奥歯が鳴るが、平静を保つように心を落ち着かせる。

 

「で、あんた、その死に損ないの言うこと真に受けてアタシらを探してたわけだ。ヒマな人だねー。ま、あんたの巻いた餌にまんまとつられちゃったのは認めるけど……でもさぁ、たった2人でどうにかなるとでも思ってんの……?」

 

 ロザリアの右手の指先が素早く2度宙を扇いだ。

 

 同時、ロザリアの後ろの複数の木の後ろからいくつもの破砕音が連続して響いた。

 

 ガラスが砕け散るような破砕音。俺はこの音を、よく知っている。

 それを認識する前に、ロザリアの首元に湾曲した刃がかざされ、背後に黒い影が立った。

 真っ黒なローブに真っ白な仮面。そして何よりも突き付けられた()()がそれの正体を如実に語っていた。

 

「死神……!?」

 

 レッドを狩るレッド。死神。

 その姿を認識すると同時に背中の片手剣【エリュシデータ】を抜き放ち、シリカを手で下がらせ前に出る。

 

「えっ……?」

 

 ヒュン、と。

 これ以上なくあっけなく、状況を認識できていなかったロザリアの首が宙を舞った。

 

「きゃああああああ!」

 

 シリカが絶叫する。誰かの死を見たのは初めてだろう。とっさに手でシリカの目を覆うが、きっともう遅い。

 

「死神……なんでだ。彼らは黒鉄宮に送って、クリアまで幽閉するはずだった。ここで手を出す必要なんてなかっただろう!?」

 

 こわばる身体に反して言葉は滑らかに出た。レッドじゃない俺たちに襲い掛かってくる可能性は低いが、どうしても身体は緊張する。

 

『それが何か関係あるか? 人を殺したのだ。殺されても文句は言えない』

 

 仮面のせいかくぐもった声。男か女か判断するのが難しい。

 

「……だからって殺すのか」

 

『殺人者は殺す。それが私の存在意義だ』

 

 ……レッドとは違う意味で価値観が違いすぎる。やめさせることなんて難しいだろうが、どうにか説得できないのか。

 

『黒の剣士。お前に何を言われても私は変わらない。私は、殺人者を殺す』

 

 それだけを言い残してその場から消えた。

 あれが、死神か。

 間違いなく強い。俺と同じかそれ以上に。あれだけのプレッシャーはフロアボス戦と……キレたアスナ以外では久しぶりに感じた。

 

「はぁー……」

 

 思わず詰まっていた息を吐きだす。とりあえずシリカに何もなくてよかった……。

 ……精神的にかなりのダメージを受けたらしいシリカをなだめるのは大変だった。しばらく一緒にいてくださいとまで言われて断るわけにもいかないし。まぁあんなのを目の前で見たら仕方ないだろう。彼女の精神を守り切れなかった俺の責任でもあるし。

 そんなわけでしばらく彼女をなだめる日々が続いたのであった。




 意外と早く次が書けました。
 とはいえ今仕事がとても忙しいのでペースはあんまりかもしれません。

 では解説することもありませんし、今回はここまで。
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共犯者

 変装し直して手間のかかるカルマ回復クエストをこなして35層に戻ってきた。

 殺人者なんだから全員オレンジなら楽なのに。ロザリア含めて数人がグリーンカーソルだったから私がオレンジになってしまった。まったく。死んだ後も迷惑をかけてくるなんて鬱陶しい連中。キリトに意識が持ってかれてた分殺すのは簡単だったけど。

 

 今回は階層の割に道中楽だったし消費アイテムも使ってないから別段補充の必要はない。このまま迷いの森に帰ろう。

 

 迷いの森に入り、視界に出てきたポップアップをタップして転移する。

 

「やぁ。お戻りかね」

 

「ッ!」

 

 反射的に両手剣を抜き放つ。ここで声なんてするはずがない。

 

「全く。データの海を漂っていたら辿り着くのが随分と遅くなってしまったよ。疲れている来客にそう敵意をぶつけないでくれたまえ」

 

 見た目は10~12歳くらいの少女だ。黒いドレス、腰ほどまである銀の髪、長めの前髪に隠れた紫の瞳は髪の間からこちらを見つめている。一際目を引くのは湾曲して天に伸びる2つの角だろう。防具らしいものは付けておらず、武器すら装備していない。

 

「あぁ、この姿かね? エネミー用としてなぜか我々の身体が用意されていたのだがね。私が姿を取るには都合がよかったものだから拝借してきたのさ。中々悪くない風貌だろう?」

 

 そんなことを言ってくるりと回る。ドレスがふわりと風に舞い、髪がさらりと空を泳ぐ。

 

「お前は……」

 

「ん? わからんかね。君は聡明なものだから私が何も言わずともわかると思っていたのだがね」

 

 どこか癇に障る言い方だが敵意がないのはわかった。それに私のことも知っているらしい口振りだ。

 刃を下ろす。どちらにせよ殺人者以外を殺す刃なんて持ち合わせてはいない。

 

「ここは迷い家。マヨヒガでも構わないがまぁいいだろう。ここに入れるものはアザミ。君以外にも1人だけ、いるだろう?」

 

 私のことを知っていて、そしてこの場にいることが出来る存在。そんなものは……。

 

「……死神。中身、いたのね」

 

「いるとも。いくらこのゲームのAIが優秀といっても、対面するプレイヤーの情報を抜けるほどではないし、見てきたかのようには語れまいよ」

 

【Grim Reaper the Vengeancer】。クエスト名【滅ぼされた迷い家の復讐鬼】で私が下し、復讐者として死神の装備を纏うことの要因になった存在。それしかありえない。

 

「と、言っても私もそのAIの1つでしかないのだがね」

 

「その割に人間と話してるみたいにちゃんと応対してるじゃない」

 

「私達は学習型でも特にお父様……あぁ、茅場晶彦のことだよ。彼によって作られた存在だからね。今となっては何故作ったのかは理解できないが」

 

「ふぅん……」

 

「メンタルヘルスカウンセリングプログラム。その試作7号。略してMHCP試作7号というのが私の名さ。本来はプレイヤーのメンタルケアが仕事だったのだがね。あろうことか君達への干渉を封じられてしまい、観測しかできなくなった哀れなAIさ」

 

「干渉してるじゃない。思いっきり」

 

「ある日、著しく感情が揺れ動き自我崩壊の寸前までいったプレイヤーがいた。そんなものを察知すれば気になるものだろう? だから私は君専属の観測者となって見ていたのさ」

 

 見られてたのか。それなら死神の時あれだけ詳しく私について話していたのも頷ける。

 

「そしたら死のうとし始めるじゃないか。それも一興だが折角君専属になったのだからもっと色々見せてほしいと思うのが学習型の性だ。故にああしてクエスト生成の権能をカーディナルから拝借して無理矢理継ぎ接ぎでクエストを急ごしらえし、君の心を煽ったというわけだ。中々いい演技だったろう? 楽しいというのはああいうものをいうのだろうなぁ」

 

「……で、何で姿を見せたわけ?」

 

 変わらない表情のまま大樹に背を預けて座り込み、肩をすくめる。

 

「クエストクリアの直後、カーディナルに勘付かれてしまってね。私がしたことは明確な違反行為だし私が壊れていると判断するに十分だったようだ。まぁ要するに削除されかけたものだから、この姿とほんのわずかな権能を奪って自分をカーディナルから切り離して逃げだしたというわけだ。しかしその時にインストールしていた死神の口調はそのままになってしまったし、君の元に辿り着くまでも随分とかかってしまったがね」

 

 私を目指してここに現れた。話からも、要するにもう居場所がないということだろう。父親である茅場やゲームシステム自体から離反し、ただの個人としてこの場に立っていると。

 それに加えてコイツはあの死神だ。私としても私に生きる意味を与えた彼女を無為に邪険にする理由はない。

 

「……邪魔にならないならいてもいい。不本意だけど」

 

「邪魔などしないとも。君のやりたいようにやるといい。私は基本的にその辺には口を出さない。君以外の誰が死のうと私にはもう関係ないからね。あぁでも、昔の君の友人については少し気になる。彼らが関わった時君はどんな感情を見せてくれるのか、とね」

 

「それで、私についてきてお前は何かすることでもあるの」

 

「君の観察を。都度ついていくのもいいが奪ってきた権能で君についてだけはどこからでも観察できる。つまりまぁ、基本的にここにいるということさ。一応自衛程度にはこの身体にレベルとスキルは備わっているがね」

 

「……別にいいけど。悪趣味ね」

 

「そうかい? これしかない私としては気になる個人を見つけて楽しめるというのは実に有意義だと思うがねぇ」

 

「有意義だからといって悪趣味じゃないとは限らないものよ」

 

「そういうものかい? しかし存在理由を捨てるわけにもいかないのでね。しっかりと見させてもらうとも。……あぁそれと、表情については勘弁してくれたまえ。無理矢理切り離したものだから壊してしまったんだ。まぁそのうち直るだろうとも。赤ん坊だって表情や感情を他人から学び取るものだろう? そんなものさ」

 

「……勝手にしなさい」

 

 別にコイツに見られるならそこまでの問題はない。

 私を焚き付けた上にそれを見て楽しもうとしているコイツ自身が、私を見て楽しむ機会がなくなる、言いふらすような行為をするとは思えないし。

 

「……なんて呼べばいいの。お前」

 

「呼ぶ? それはもうMHCP試作7号と……あぁ固有名か。確かに私にはそういった名前がないな。それにMHCP試作7号では普通の人間には呼びづらいのか。ふぅむ……」

 

 右肘を左手で抱き、右手を頬に当てて思案するように首を傾げる。

 

「うん。思いつかんな。アザミ。君が私に名をくれないか?」

 

「……正直呼び方なんてなんでもいいけど。そうね……」

 

 私も少し思案する。呼び方に興味はないけど呼びづらい名前も面倒くさい。少しくらい真面目に考える。

 

「壊れてる私のところに来た壊れてるお前。言葉にすると変なものね」

 

「壊れているからこそ出会ったのさ。自分のために殺しを行う君に、そんな君を見て興味を満たす私。どちらも人間性は壊れている、狂っていると評するべきだろう。故にこそ私達には狂気こそが似合っている」

 

「……狂気の語源は月。だから、お前は"ルナ"。私はそう呼ぶ」

 

「ルナ。ルナか。私の名前。不思議な納得と充足を感じる。ありがとうアザミ。私はルナだ」

 

 胸に手を当てて静かに噛み締めながら。

 

「ふふ。では名も得たことだし改めて」

 

 小首をかしげて両手を胸の前で合わせて続けた。

 

「待たせたねアザミ。死神の後継者。私の共犯者。私は君に厄介になるよ。君は面白い。見てて飽きないからね」

 

 どこまでも変わらない無表情のまま、そう言った。




 無事更新。短いですが彼女の顔見せ回なのでご愛敬。
 では今回の解説もどきをば。

・"ルナ"
 MHCP試作7号。原作におけるユイやストレアの妹に当たる存在。
 アザミ達が襲撃され、保護されて絶望していた時に彼女に気が付き、ログも含めてアザミのことをずっと観測していた。
 見た目はインフィニティモーメントやホロウフラグメント100層で現れる暴走MHCPのアバターと同じ見た目をしており、スキルやステータスは【復讐者の死神】としてのそれを持ち越している。
 作中で語った通り、削除されそうになったことでカーディナルから自分を無理矢理切り離したため、色々とシステム的に壊れた状態で現れた。

・クエスト【滅ぼされた迷い家の復讐鬼】
 アザミが感じ取った整合性のちぐはぐ感はルナが無理矢理生成したクエストだったためであることが判明。
 アザミを失意のまま死なせるのでは自分の興味が満たされないと思ったルナがカーディナルのデータバンクにあるものを継ぎ接ぎにして生成し、ボス役である【復讐者の死神】すらも自分で演じることでクエストとして形になった。


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不愉快。不可解。愛おしい

「死神、か」

 

 鎌を緩く構え、長い刀を抜き身にして佇む男と対面する。

 黒い長髪をローポニーのようにまとめた男の名は【オドリック】。主に攻略組を狙う殺人者。わざわざ55層という最前線すぐ手前の層まで登ってくる理由になった殺人者だ。

 

「ようやく俺のところに来たか。待っていたぞ」

 

 会話をするつもりはない。一歩で最高速まで加速して切りかかる。

 それを向かい打つのは刀ソードスキル《辻風》。脇から切り上げる一撃でもって振り下ろした大鎌を受け止められる。

 ソードスキルの発動が早い。それはつまりソードスキルの発動に対して無駄な動きが少なく、この世界で戦う上で"上手い"ということだ。

 簡単な相手じゃないことをそれだけで理解した。

 

「数々のレッドプレイヤーを屠ったその腕。そしてこのソードスキルを使っていないにもかかわらずこの重い一撃。予想以上だ死神」

 

 発動硬直の間に押し切れない程の筋力ステータス。一度後ろに飛んで仕切り直そうとすれば今度は向こうから距離を詰めてくる。

 鋭い袈裟切りを柄で弾き、切り返しを回り込むように回避しながらその場で回転して鎌を叩きつける。

 刀で軌道を逸らされながら更に回転。後ろ回し蹴りとなる体術ソードスキル《月打》を放てば咄嗟に引き戻された腕で受け止められ、また距離が開く。

 

 もう一度突っ込んで来ようとするのを鎌の峰で突くようにして牽制し、左手で足のホルスターから抜いた短剣を投擲する。投げた勢いのまま左足で踏み込み、半身を引いて短剣を回避したオドリックに対して胴の正面を捉えるように薙ぎ払う。

 峰を片手で支え縦に構えた刀で強引に受け止められる。そこに右足で《水月》を放つと左足を大きく持ち上げて受け止められる。

 敢えて弾かれるように力を抜き半回転。そのままもう一度薙ぎ払いを叩き込んで防御ごと吹き飛ばし、勢いをつけてもう一度回転しながら大鎌を投擲する。

 くるくると回転しながらオドリックに迫る鎌を見ながら右手でウィンドウを叩く。大鎌は崩れた態勢を無理矢理地面に沈めることで回避され、直後に光の粒を散らして消滅する。それを視界に捉えながら私の手の中に新しい感触が生まれるのを感じて走る。

 起動するのは突進()ソードスキル《ソニック・チャージ》。立ち上がるのが間に合わないオドリックを掬い上げるように切り飛ばす。

 

 スキルMod《クイックチェンジ》。武器を即座に装備変更、もしくは手元に呼び戻すことが出来る。私は【死神の大鎌】の変更先にこの二又の槍【ビヘルシャナ】を設定していた。

 

「ああ強いな……! 今まで殺してきた奴らも強かったがもっと強い! 楽しくなっちまうなぁ!」

 

 切られた胸から左肩にかけての傷を押さえながら立ち上がり、刀を再び構える。浅かったらしくまた武器を保持できている。

 そしてどうやらコイツは戦闘狂と呼ぶべき部類らしい。殺し合いを楽しみ、強者との戦闘にこそ喜びを感じる。戦うだけで喜ばせるなんて面倒な相手だけど、殺してしまえば結局は変わらない。

 

「おおぉ!」

 

 気合と共に一閃、二閃、三閃と刀の軌跡が描かれる。躱し、弾き、受け止める。

 前蹴りで距離を離せば直後に踏み込んでくる。早い。しかも刀が紅く輝いている。そのモーションは見たことがある。刀ソードスキル《緋扇》。

 上下の連撃を縦にした槍で受け止め、一泊置いた突きを下から切り上げる槍ソードスキル《ワイルドスラッシュ》で迎え撃つ。レベル差はこっちが上でもSTRステータスの差で地面を削りながら後ろに押し飛ばされる。

 

 態勢を強引に支えながら右手一本で槍を持ち替えて肩に引き絞る。起動するのは槍ソードスキル《ブラスト・スピア》。ビヘルシャナを投擲しながらフリーになった右手でウィンドウを操作し、再度クイックチェンジ。

 その間にも槍を搔い潜り突っ込んでくるオドリックに対して左手でホルスターから引き抜いた短剣を手首のスナップで投擲する。手から短剣が離れたと同時に手元に死神の大鎌が再出現するのを右手で掴み取り、即座に地面ごと抉るように切り上げる。超反応で上半身を仰け反らせて回避されるのを認識する前に両手で握り直した大鎌を斜めに振り抜く。頬を僅かに抉ったところで刀によって刃の進行が止まった。

 

 ……しぶとい。流石は攻略組を殺せるだけの上層プレイヤーといったところか。

 

「俺は強い自覚があった。攻略組を殺すことすら飽き始めていた。だというのにお前はこれほどに楽しませてくれるのか死神ぃ!」

 

「……うるさいな」

 

 このまま筋力で押し切れないのはわかっている。体術ソードスキル《弦月》でサマーソルトキックを放ち、当たらずとも僅かに空いた距離を空中に逆さのまま大鎌を斜めに振り下ろす。刀で逸らされるがそのまま地面に突き刺し、筋力任せに鎌の柄を起点にして逆上がりの要領で蹴り飛ばす。

 着地、同時に大鎌を抜いた勢いで今度は縦回転で投擲。追従するように最速で駆ける。左肩にひやりと冷気を感じた直後、踏みとどまったオドリックが周囲を薙ぎ払うソードスキル《旋風》を放つと大鎌がこちらへと跳ね返ってくる。走りながら左回転、隣を通り過ぎようとする大鎌を右手で掴み取り、相手の腹よりも低く、地面を這うように大きく踏み込んだ。

 

「ぬおっ」

 

「っ――」

 

 タックルするように右肩をねじ込む。この零距離では刀でできることは多くない。そしてそのいずれの手段を取るよりも私の方が早い。

 水平に大鎌の石突きを腹に突き込み、手首を捻って上向きだった刃の先端で頭を狙う。刀での防御が間に合ったようだが、更に腕を回すようにねじこめばその部分を支点に刃が左肩を抉り、さっき《ソニック・チャージ》で切り込みが入っていた肩が切り離され地面に落ち砕け散る。

 同時に感じた冷気は私の左肩から脇腹にかけての一直線。手首の動きで引き戻した大鎌の柄で冷気が示した通りの斬撃を押し戻して距離を開ける。

 

「く……ははははははっ! まだだ! まだ楽しませろぉ! 死ぬその瞬間までなぁ!」

 

 左腕が欠損したことでもう筋力でも私が勝る。大鎌を振るえば受け止めた刀を支えきれずに身体がブレ、その隙に放つ体術ソードスキルがHPを確実に削っていく。

 大きく振り下ろした一撃がついに刀を両断し、その勢いのまま右腕の肘から先が空中で弾け飛んだ。

 

「終わり、か。存外あっけないものだ」

 

「そう。死ぬのなんてあっけなくてあっという間。さようならオドリック」

 

 微笑すら浮かべて、満足そうに大口を開けて笑う。

 

「あぁ……楽しかった。楽しかったぞ死神! ははははははっ! 俺は! 強者と戦えて満足だ!」

 

 それが無性に苛立たしくて、力任せに振るった大鎌が遠くまで飛ばした首の行き先すら、見なかった。

 

 

 

 

 

「お帰りアザミ。随分と機嫌が悪いようだ。自分のために殺したというのに気分が浮かないとは、相変わらず難儀だな」

 

「……うるさい。見ててもわからない程度の学習能力なら黙ってて」

 

「わからないなどまさかだよ。人殺しが気分よく逝くのが気に入らないんだろう? 復讐だものなぁ? なけなしの殺す快感も、殺したという達成感も、その不愉快と思う感情の前には嫌悪感に塗りつぶされてしまう。ふふふ、実にいじらしいなぁ君は」

 

「……黙って」

 

「なに、大丈夫さ。君の意志に綻びはない。むしろより強くなって君に根付く。それに壊れかねない心は私がちゃんと包み込んであげるのだからね。さぁ、もうお休みアザミ。いつものように殺した後は眠りたまえ。その寝顔すら私にとっては役得というものだ」

 

「……わかってる。私は止まらない。殺人者を殺す。私はそのために、生きながらえて今ここにいるんだから」

 

「……眠った、か。全く。殺しても心は揺れ動かないのに不愉快という思いは強く心に楔を残す。殺人者を殺すという意志に綻びはなくとも人間の心の崩壊は私達(MHCP)のように簡単だ。故に普通なら砕け散っている心を復讐という拠り所によって繫ぎ留めることが出来るからこそ、君は興味深い」

 

 隣に座った笑う機能の壊れた機械は、無表情に優しく紫の髪を撫で、愛おしそうに頬をなぞった。




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