ざくざくアクターズ二次創作 -夢、筋トレ後に浮かぶ汗の如く泡影に消え之く- (網場朱鷺)
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一滴

【プロローグ】

 

「フゥ…」

 

 雲の上、太陽を遮るものは何一つなく彼方まで続く晴天の下で漏れるアンニュイな溜息(ためいき)

 

 お気に入りのティーカップに注がれた紅茶もそのままに、カップの(ふち)をなぞって指で(さす)れば指先から伝わる熱が気だるさを解きほぐしてゆく。

 

 ここは魔王タワースカイツリーエントランス。支配者のお子様魔王も水着イベントに夢中になり、一般冒険者をあしらうために幾らかの人員を残して従業員は休暇を取っている。

 

 ハグレ王国が立ち入らない以上、上級者コースを選ぶ者も訪れないので必然的に私の仕事はなくなってしまう。願いの欠片を集めた褒美、人の思い描く夢の事象化。夢の女神としての権能。

 

 神として奇跡を施し実績を積む為に、以前はこの能力を使って芸術家の夢に入り込み美のインスピレーションを授けてやっていたのだが、どいつもこいつもボンクラ揃いで成功したのは間違って夢に入り込んでしまったベビー用品の開発担当者だけという有様だった。

 

 今の世に私の美しさを表現できる者は居ないと判断し、時流を読んで転職。求神広告ヘブンワークで未経験者歓迎、住み込み、社食、オープニングスタッフ、で絞り込み検索をかけてここに至る。マイナーな神の仕事は歩合制がほとんどで、そこは自分の実力でどうとでも出来ると思ったのだが冒険者からタワーエネルギーの投資がなければ稼働も出来ないとは思わなかった。

 

 スカイツリーの待合室の中、サネアツさんやジャーバスさんと一緒に麻雀をして3人でグーフィーから巻き上げた僅かな金を握りしめ不安に震えていたあの頃が懐かしい。まぁハグレ王国の快進撃で願いの欠片の機能が開放されるまで数日と続かなかったのだけれど。

 

 その快進撃のお陰で奇跡の実績を積み天狗になり、スケベ根性が服を着て歩いているような妖精に(そそのか)されるまま願いを叶えてついでに神様らしく理不尽な理由による下々(しもじも)の抹殺を試みたのだが返り討ちに合ってしまったという訳だ。

 

「ボインが…! ボインが私の心を狂わせたのだ…!」

 

 普段の理知的で、聡明で、クールビューティーな大人の魅力溢れる私なら冷静に考えて無意味な戦いなど回避していた。あの変態妖精がセクシー大使にボインではなく、ミアラージュやマリオンちゃんを選ぶ慧眼(けいがん)を持ち合わせていれば私とてあの様な(あやま)ちは犯さなかった筈だ。

 

 百歩譲ってボインにしてもサイキックむちむちポークだったら重要な部位を犠牲にしてのボインなのでしょうがないなという諦めもついたのだ。くびれを持つボインを選ぶ事が如何に愚かしいか、フェミニスト団体に通報して叩き込んでやろうか。

 

「スウゥゥゥゥ~~~~ッッ………フゥゥゥゥ~~~~ッッ………!」

 

 湧き上がる怒りを鎮めるべく全力で深呼吸をする。敗北を喫した以上、潔く受け止めるのもまた神。正直勝ち目もないので筋肉モリモリの猛犬に噛まれたと思って諦めるしか無いのだ。

 

 やり場のない怒りを諦めを以て(しず)めると、今度は本当に気分が鬱屈(うっくつ)してきた。彼氏もなく仕事仕事の毎日。それが充実してる内は良い物の、ハグレ王国が魔王タワーを離れ暇になれば一人の時間を強く感じてしまう。

 

 自分もバカンスにでも行こうかという考えが脳裏をよぎるが、ドンコッコにせよアッチーナにせよハグレ王国の面々の顔がチラついてどうにも行く気になれない。

 

 ハピコの悪夢事件で力添えした事もあり、貸し借りはもう無いものとしても遭遇すればエステルやシノブに加え向こうにはヘルラージュやジュリアまで居ることになる。一部位でしか女性を見れない衆愚を前に、奴等の横に並ぼうものなら(いわ)れなき屈辱を味わうのは必定。

 

 妖精温泉も予約待ちの状況で、結局の所はこの手持ち無沙汰の状況を打破する手段は残されていないという訳だ。

 

「ハァ……」

 

 先程より更に強い倦怠感(けんたいかん)を伴って溜息が吐き出される。せめて夜になれば寝ている人々の夢枕に立って暇を潰せるのだが、(まばゆ)い太陽がその時までかなりの猶予を残していることを告げている。

 

 気怠さに負け思考を放棄し、再びカップを(さす)れば程よく冷めて柔らかくなった熱が指先に伝わり紅茶が飲み頃になった事を伝える。

 

 暇もたまにはいいことだし、恨み(つら)みにいつまでも縛られるのもアホらしい。陰鬱(いんうつ)な思考を断ち切れば、この一杯を口にして帝都にウィンドウショッピングにでも出かけようという妙案まで湧いてきた。カップをくるくる回して指を遊ばせ、それに飽きたら取っ手の位置を調整して一口……。

 

「たのもおおおおおおおおおおおおおおおうっ!」

「だっちゃああああああああああああああっ!?」

 

 一人きりで過ごす静かな空間をぶち壊す雄叫びに、意表を突かれカップをさすっていた指が紅茶の中にダイビングしてしまった。

 

「こいつで……! こいつで俺の願いを……!」

「っるせぇぇぇっ! んなデカい声で叫ばんでも聞こえとるわいっ!」

 

 生まれた活力は(みなぎ)る怒りとなって煮え(たぎ)る。声のした方へと目を向ければ筋骨隆々、オイリーテカテカ、我がセクシー撲滅の野望を打ち砕いた憎き牛男がそこに居た。正確には他人の夢に存在していたコイツであって目の前にいるコイツとは違うのだが、体格や性格に差異が見られないのできっと精神学的に考えればこの恨みは至極正当な物に違いない。

 

 それに加えて、今しがたこの白く美しい指を熱湯に飛び込ませる大罪を犯したばかり。メチャ許せん。

 

「なんなんですか!? シックでタイトに物憂(ものうれ)い気な空気を帯びながら思案に(ふけ)(はかな)げな女神を前に不敬にも怒鳴り込んで…!」

「集めたぜ……! 願いの欠片、20個!」

「おい聞いてんのか!?」

 

 神をシカトするミノタウロス。英雄を派遣して叩き殺してやろうかというゴッドジョークを言う(いとま)もなく、ズカズカとこちらに詰め寄ってアイテムパックから願いの欠片をジャラジャラと音を立ててテーブルにぶち撒ける。

 

「こいつで……こいつで俺にモテ期を授けてくれ!」

「嫌です」

「即答!? か、かなちゃんの話と違うじゃねぇか!」

「……チッ……ハァ」

 

 舌打ちに続く今日3度目の溜息は退屈ではなく、呆れから漏れてしまう物だった。この無礼な粗忽者(そこつもの)に夢の女神として現実の厳しさを叩き込んでやらねばなるまい。

 

 使命感に突き動かされるままテーブルへと向き直る。目尻を上げて蟀谷(こめかみ)(しわ)を寄せ、私の愛らしいパッチリクリクリお目々に今だけは鋭く巌しい怒気を込めたまま、牛男を一瞥(いちべつ)する事もなくカップを手にしたまま思いのままを吐き出した。

 

「なるほど、かなづち大明神に水着イベントの経緯を聞いて、願いの欠片を集めれば自分も願いを叶えてもらえると思った訳ですか。しかし神に対する敬意も払わず度重なる無礼を重ね、その望みも利己的な欲望の塊とあってはそんなもん叶える義理も義務もありませんよ。そもそも話を聞いた癖にかなづちに比べて11個も欠片が足りないじゃないですか。水着イベントみたいな大事じゃなくてもいい、自分だけが幸せになるなら欠片がちょっと足りなくても大丈夫だろうですか? 11個足りないのはちょっとじゃありませんよ? もうかなづちとは違うんだよね、意識の差が。確かにみんなを水着にしたのはかなづちの変態性欲の為だったけどさ、自分だけよければ今のアンタみたいにモテ期でも催眠術でも惚れ薬でもよかった訳。みんなに楽しんで欲しい思いやりの気持ちがあったからイベントにした訳。他人の自由意志を尊重してるから惚れさせる事に固執しない訳。セクハラ裁判で裁かれるような目に会っても自分自身の事を、自分自身の行いで好きになって貰えないなら意味がないことを分かってる訳。セクハラしない、問題おこさない、良識人の皮を被りながらこうして第三者を通じて自分の思い通りに事を進めようっていう腐った性根がない一匹の妖精の願いだから聞き入れたんですよ。ご理解いただけまして?」

 

 はぁ、気持ち良い。最高。暴力なんて下らない事を止め、こうして抵抗もできない勘違い野郎を一方的に言葉で殴りつける喜びをみんなが知れば世界は平和になれる気がする。

 

 正論パンチの喜びに退屈を忘れ、溜飲(りゅういん)を下げて紅茶を口にすれば勝利の味が口一杯に広がった。

 

「……そっか、そうだよな」

 

 神の説法を素直に受け入れる実直な態度に免じて、顔を向けてやると同時に口に含んだ紅茶を吹き出してしまった。

 

 牛男の目から流れる一筋の涙。おそらくは二十前半、年齢は分かりづらいがいい歳こいた大人があられもなく涙を流し震えていた。ちょ、ちょっと言いすぎちゃったかな……?

 

「かなちゃんは正々堂々、欲望だだ漏れでもありのままの自分で勝負してんのにさ……俺なんか嫌われるのが怖いからって、こんな汚い真似に手を出して……ニワカマッスルのニワカは半端者のニワカだったって事か……へへへ」

 

 ファンブック付属公式設定資料(なんとたったの480円)に記載されている自己の由来まで否定しだすのはマズい、原作者へのリスペクトが無いやつだと思われてしまう。読者の不快感を(おさ)め、事態を収拾するためにもフォローしてやらなければ。

 

「ま、まぁほら? わかってくれればいいんですよ。そのうちきっと素敵な人に出会……」

「集めた欠片は三分の二でも根性なんか三分の一にも届かねぇ。これだけの期間を一緒に過ごして、かなちゃんの想いも、気持ちも、俺には三分の一も伝わら……」

「おいバカやめろ!」

 

 突然危険球を投げ始めてカスラックに目をつけられたらどうする気だこいつ。大体お前が空回りしてるのは純情な感情じゃなくて下心だし、アイラビューも言えないで居るんじゃなくて言う相手が居ないんだろうが。あっ、これ小説形式だと私の心情映写が自然と危険球を投げちゃうな?

 

 これ以上の暴投は許されない。少々(しゃく)だが助け舟を出してやり、早々にお帰り願うとしよう。

 

「はぁ……わかりました。機会だけあげましょう」

「……えっ?」

 

 ()頓狂(とんきょう)な声を上げて(すが)るような涙目をこちらに向ける牛男。嗚呼、そうですこれこれ。神を(うやま)う時はこういう首までつかった沼から希望を見上げる時の眼差しを送るべきなのだ。

 

 この眼差しから助けるか、見捨てるか、楽にするか、沈むのを見て楽しむかを選べる優越心、ないしは超越心が神の生き甲斐なのだから。

 

「まず異性から愛されたいと思うなら、自分からアプローチしないとお話にならない訳です。特にお前はブサイクとまでは言わないにしても顔面偏差値が平均切っていますからね」

「えっ、ヒドくない?」

「王国男子の顔写真を並べて誰を彼氏にしたいか街頭アンケートでもやりましょうか?」

 

 うつむきがちに押し黙る牛男を尻目に話を続ける。また泣きじゃくって危険な事を口走る前に事を進めよう。

 

「話を戻しますが、自分から積極的なアプローチはしているのですか? お前に内面の良さというものがあったとするなら、外部の人間より王国の身内のほうが理解を示してくれると思うのですが」

「当然! この紳士的な態度と熱く(たぎ)るこの筋肉で!」

「具体的には?」

 

 なんか冷たいなコイツ、とでも言いたそうに淋しげな視線を送ってくるが無視して話を進めるよう促す。

 

 聞けばまず初対面の相手には挨拶と、重量物で困ったことがあれば自分を頼るよう言って聞かせダメ押しの筋肉アピールが鉄板。いつでも助けになることを示唆しておくのは良いけど、無駄な筋肉アピールで引かれて頼みづらくして自分の強みを殺してる奴だねこれ。

 

 そして頼りになる紳士としての第一印象を作った後は、いつ頼りにされても良いようにロビーで待機。モーモードリンクの営業スケジュールの確認、企画立案、製造発注、卸先への配送等の業務計画を立てつつ筋トレ。こいつ何気にすごくないか?

 

 そして目を合わせれば挨拶とポージング、すれ違えば挨拶とポージング、出かける人へお見送りの挨拶とポージング、返ってきた人へお出迎えの挨拶とポージング……。

 

「全くコミュニケーション取ってねぇ!?」

「いや挨拶とポージングは欠かさないよう努めて……」

「挨拶だけで男女の仲が進むのはイケメンだけって言わなきゃわかりませんか!?」

「ポ、ポージングも……」

「一方的なボディランゲージに意味がねぇから誰と何の関係も発展しねぇんだろ!?」

 

 結局その後の話では仮装大会や美術審査、道場や劇の稽古と業務の内でしか接触がなく鉄板焼きのブーストで火属性食事会をする時位にしか日常的なコミュニケーションは取っていないという事が判明した。

 

 とはいえ、不定期に行われる運動会や新しく取り扱うハグレのマイナースポーツの実践等で頼られており、王国の発展途上期でも建設においての力作業を単身で行うような献身的な働きを見せているらしく、古くから居る者ほど厚い信頼を寄せていると見てよさそうだ。

 

「なるほど、絵に描いたような良い人止まりの男ですね」

「ゔっ」

 

 グサリという擬音でも聞こえてきそうな程に痛々しい顔をして呻く牛男の姿に清々(せいせい)する。

 

「さて、では私が与える機会とはお前が良い人から一歩踏み出すチャンス……(すなわ)ちお見合いです!」

「お、おおおお見合い!?」

 

 ふふ、いい食いつきをしているな。ここが釣り堀だったらフィーッシュ! と掛け声を上げて一本釣りして……いけないいけない、私は華の二十代。公式の設定から逸脱(いつだつ)しないためにも、こういうレトロなネタは控えなければ。

 

「お前たちは皆それぞれ仕事を持ってますからね。現実の世界でお見合いしようとすればスケジュールを組むにも一苦労でしょうが、夢の中なら時間も人数も無制限でじっくり話し合えるという訳です」

「な、なるほど……それで!?」

「は?」

「え、いや、お見合い会場見立ててくれるだけって神様のする事じゃなくね? 婚活プランナーに話せば済むことだったような」

「チッ! ……20個しか集めて来なかった分際で大口を叩きますね? お前が女子に面と向かって俺とお見合いしてくれ、なんて言って回る度量があればその通りですが出来るんですか?」

「ゔっ」

 

 ほれ見てみぃ。浅はかな考えで神に盾突きやがって、高身長と巨乳と牛頭のマッチョには(ろく)な奴は居ないって昔から言われてるからな。

 

「まぁ現実のお見合いより優れた点として、前述した時間無制限の他にも夢の中でなら失言して嫌われても記憶を残さないよう深く眠らせて忘れさせる事も出来ますからね。ただ折角の親交を深める機会ですから、使わないに越したことは有りませんよ。失敗を恐れるな、とだけ言っておきましょうか」

「よ、よぉし…! ビビる必要はないんだな……で、お見合いって何話すんだ!?」

「ハァ~~~~~~~……」

 

 二十余年の神生(じんせい)で一番のクソデカ溜息が口から(あふ)れ出す。朝の溜息から始まり今ここに至れば、溜息をすると幸せが逃げていくなんて言葉も真実味を帯びてくる。

 

「お前もいい大人でしょ? 一つの事業をその身に背負う社会人でしょ? 私でお見合いの予行演習をさせてくれとでも言う気ですか?」

 

 しまった。ついつい名案を授けてしまったが、これを真に受けて私に変な気を向けてきやしないだろうか。己の罪とも呼べる美しさ、そして明晰(めいせき)なる頭脳から明敏(めいびん)に答えを映し出す知性が今は恨めしい。

 

 流石にこれは失言であった。この才色兼備、秀外恵中。美しく知性溢れる女神を前に、見た目も中身もケダモノの野獣がどうして情欲の(たぎ)りを抑えられよう。

 不安に震える私を見ながら牛男は慌てて手を振り、焦った様子で弁明しようと口を開く。

 

「いやロリコンは犯罪だろ。夢の中で練習相手を用意してもらえれば……」

「あぁ!? こちとら花も恥じらう二十代ぞ!? 羞花閉月、水も滴る身長160cmの乙女やぞ!!?? ぞぉ!?!?!?」

「え? どう見ても十代前半の身長140cm、小学生低学年をギリギリ抜けた昭和ライダーも知らない幼女だろ?」

「ムッキャアアアアアアア! もうお前なんか知りませんからね! 帰れっバーカ! バァァァァァァァカッ! 自分で言ってたように婚活プランナーにでも相談しろっ! 花の二十代でも昭和ライダーなんてRXすら知らねぇよ! 願いの欠片も経験値にしてやるからな!」

 

 フザケやがって世の中男って奴はこんなのしかいないのか。この頭部にそびえ立つ二本の塔がみえないのか?

 

 誰も私の美しさにも気づいてくれないしみんな目が腐ってるんだ。そうだそうに決まってる。兀突骨(ごつとつこつ)の身長は信じるくせになんで私の身長は誰も信じないんだよおかしいだろ常識的に考えて身長288cmのバケモン居るはずないだろ向こうは只の人間でこっちは神だぞわかってんのか。

 

 もう疲れた。何もかも投げ出して寝よう。夢の世界だけが私の居場所なんだ。現実はクソだ。

 

「ま、待ってくれ! 悪かったって!」

 

無視して階段の方へ歩みを進める。覚えてろよ中学の名簿引っ張り出して呪術関係に進んだ友達に一生彼女が出来ない呪いをかけてもらうからな精々後悔しやがれ。

 

「そうだ! 良いものが有っ……」

「はぁ~~!? 物で釣ってご機嫌取りですか!? だからモテねぇんだ……よ……?」

 

 差し出された赤く(つや)めく両の手に、至極の宝が見えた。蓬莱(ほうらい)の玉の枝も火鼠の皮衣も、この至宝の前ではガラクタ同然。思わず頬を両手で覆えば、燃え上がる火照りに自分の顔が林檎の様に赤くなっている様が容易に想像できた。自身の心音が聴こえてきそうなほど強く打ち付けられ、輝く世界が乾ききった心を潤おしている。

 

「こ、これは一体何処で………? これを私に………? 本当に………?」

 

 夢だ、これは夢。鬱屈した昼時に訪れた無礼な来客と非礼の怒り。そこから転じてこのような宝物を、何の代償もなく手にできてしまう事があろうか。この頭のタワーを捧げても、カ○ジ並の借金を背負わされても構わない。今ここでやっぱダメとか抜かしたら勝ち目なんかなくてもいいからハグレ王国との戦争に突入する。

 

「只の貰いもんだよ、劇座に出た記念にって。多分まだ一杯あると思うぜ」

「一杯!? デザイン違うやつも!?」

「そりゃ聞いてみないとわからねぇけど……無かったとしてもヘルちんとか手先器用だし頼めるんじゃねぇかな」

「……いいでしょう。マッスルよ、お前の信仰しかとこの胸に届きました」

「そ、それじゃあ……!」

 

 期待に鼻息を荒くするマッスルの手から宝を受け取り、そっと胸に抱きしめる。なんか一瞬フルチンとか聞こえたような気がするけど、今は些細なセクハラを見逃してもいい程に心熱く燃えている。私の世界を変える至宝、これほどの物を献上されたなら神として答える義務がある。

 

「お前の無礼な態度も今は不問とします。今日の夢でリハーサルをして、明日の夢でお見合い決行です!」

「あ、明日!? ちょっと速すぎませんかい?」

「一週間、二週間伸ばすことに意味もないでしょう。むしろその間、周囲を変に意識していつもと違う行動を取り不快にさせたり不審に思われる方がマイナスです。安心しなさい。我が神の知略、権謀術数を以てすればたとえ年齢=彼女いない歴の哀れな子牛であっても東西南北中央不敗スーパージュノンボーイに早変わりです」

「………」

 

 不審な沈黙に不敬な念を感じ取り、手にした秘宝から牛男へ目を移す。

 

「お前年齢=彼氏居ない歴はお前も一緒だろとか思いましたね!?」

「思ってません! 断じて決して多分おそらくメイビーきっと!」

「本当にお前という奴は……お前ら人間と違って、こちとらクソ永い寿命の内たかが二十年で運命の人なんて見つかるもんじゃないんですよ! この御宝さえなかったらその首この場で叩き落としていますからね! 夢の中でまたお前の相手をする事を考えれば頭が痛くなりますよ! はよ帰れ!」

「ウッス!お邪魔しました!」

 

 そそくさと立ち去る牛男の背を憤怒の眼差しで見送るが、掌の上に残された宝に目を向ければ今しがたのくだらない些事(さじ)など頭から吹き飛んでしまう。見るだけで心躍り、恋する人の手を握る少女のように心臓が早鐘を打つ。誰がこんなとんでもない物を考えついたのか。

 

「夢の……身長180cm……!」

 

 手の上に残された、履けば20cmは背が伸びるであろう厚底の靴にそっと頬ずりをして目を閉じた。これを頭のタワーと合わせれば夢にまで見た平均身長どころか、並大抵の成人男性の背丈までぶち抜けるだろう。

 

 ブランドを確認するため底敷きを見てみればケモフサと書かれていた。聞かない名だがこれからのファッション業界を牛耳る存在なのは間違いないだろう。要チェックや……!

 

 その日は夜が明けるまで鏡の前で身長180cmの自分に見惚れていた。

 

【翌日】

 

「なぁ……リハーサルは……?」

 

 夜が明けるまで身長に合わせた服を雑誌を見ながら考えたり、大人っぽいメイクを試していたせいで気づいた時にはすっかり朝になってしまった。入り口にグーフィーを置いて通さないように伝えておいたのだが、しばらく何かを殴打する音が続いた後に(こころ)()しか昨日よりテカテカしている牛男が入り込んできて今に至る。……オイルだよね?

 

「……ちょっと、昨日は、その……あっ、おばあちゃんの法事で……その…ね……?」

 

 まさかこんなか弱い女の子を顔面グーフィーになるまで殴打したりはしないよね? お見合いも私が居ないと成立しないしクールダウンしてくれないかなぁ。それより何より、今ここでブーツを返せなどと言われよう物なら私の希望に満ちた未来が閉ざされてしまう。

 

 ブーツを両腕に抱えて縮こまる私を前に、ふぅと一息ついた牛男が手首を振ると地面に粘性の赤い液体が飛び散った。このテカりはオイルじゃない。

 

「まぁいいよ……そんだけ大事にしてくれてるなら贈った甲斐があるし、助けを頼んでるのも俺だしな」

 

 私の魅了が通じたのか、グーフィーを殴ってスッキリしたのかは定かではないがそこまで怒ったりはしていないようだ。

 

「でも明日にはハグレ大祭りの開催で面子がバラバラになっちまうんだが……」

 

 遠方の広報にハピコやクラマくんが飛んでいったり、ジュリアの夜間シフトの有無等で裏方メンバーの睡眠時間が前後してしまうと、全員が近い場所で同時に寝る瞬間が取れなくなりこの計画は破綻してしまう。

 

 特にハピコが居ないと問題だ。ハピコの悪夢事件の顛末を見て、数多くの携帯小説とメロドラマから知見(ちけん)を得た百戦錬磨の恋愛強者である私の眼に捉えた一瞬が、ハピコこそ今回の一件の鍵を握る人物であることを見抜いている。

 

「……仕方有りませんね。私が付き合いましょう」

 

 顔、心、態度、私の求める男性像から対極に位置するこの男とリハーサルとはいえお見合いの真似事をする事に精神的苦痛を隠し切れない。だが財力においてはモーモードリンクの創業者にして鉄板焼き屋のオーナーシェフ。私への貢ぎ物も、神代に残される御宝をも超越した現代の超テクノロジーの産物である事は確定的に明らか。

 

 お見合い相手が下々の民である事を考えれば、少し格を下げた物の見方をしてやればまぁギリギリ付き合う対象として見れない事もないかもしれない。

 

「ええ……」

 

 え? は? 聞き違いか? こいつ今「ええ……」って言った? お前なんぞが触れることなど到底許されることのない雲の上に存在する高嶺の花を前にして「ええ……」ってほざいたのか? 非モテ(こじ)らせて神に縋り付いてきた奴がしていい発言じゃないってお解り頂けてないのもしかして?

 

「不服そうですね……? 私の用事でリハーサルを不意にしてしまった事へのお詫びだったのですが嫌なら無理にとは言いませんよどうぞぶっつけ本番で皆さんとお近づきになられてはどうでしょうか……?」

 

 怒りに拳を震わせるが、今回は自分に否があるので下手に出てやる。

 

「うーん……いやぶっつけ本番は不安だし、しょうがないからお願いするかな」

 

 見合い相手の予行演習に女神を捕まえてしょうがないからとは、一体どの口でいってんだこいつマジで。この世にこんなデリカシーの欠片どころか塵芥(ちりあくた)すら持ってないような牛ゴリラに好いた惚れたを抜かす悪趣味な女が居るのか? このお見合いを決行する前に、まず鳥娘を眼科及び精神科につれていく必要性を審議したい。

 

「お……お手柔らかにお願いしますね……?」

 

 ビッキビキに浮かび上がる青筋を抑えて冷静に振る舞う。身長を20cm伸ばす代価と考えればこれしきの事は我慢出来る。が、それでは気が済まないので奴にも神への不敬の代償としてこれから始めるリハーサルで男としての尊厳をズタズタに引き裂いてやる。

 

 テーブル越しに向かい合うようにして席に付き、互いのカップに紅茶を注ぐ。

 

「これを注ぎ終えたら開始としましょう」

 

 ゴクリという嚥下(えんげ)の音が聞こえる程に、固唾(かたず)を呑んでカップを見守る牛男。こんな華麗で清純、理知的で慈悲深い清楚な美の化身と向かい合ってティータイムを共に出来るのは、世の男からすればまさに夢のような話だろう。だが奴は度重なる非礼を重ね、自ら全世界の男が抱く夢を放棄したのだ。

 

 ティーポットの先端から最後の一滴がカップに零れ落ち、静かな水音と波を立てる。それは静かなる戦いのゴングだった。

 

「………」

 

 沈黙。これは恋愛弱者の取る立ち回りへの知識不足から取る静寂でも、ウザい勘違い男から身を守る手段でもない。プレッシャーを与え、屈服させ、膝をつかせてやる為に意図して選んだ攻撃的な空間を作る選択。

 

「い、いい天気……ッスね」

「ええ、そうですね」

「……」

 

 適当に相槌を打つが、話を広げる様子もないので再び沈黙する。愚かなり牛男、お見合いの場に生じた沈黙を破るのに天気について話そうなどという浅はかな考えに口元に冷たい笑みが浮かぶ。

 

 天気の話とは初手に挙げる物ではなく、みんながトイレやドリンクバーに行ってる間に親交の浅い人物と二人にされ、何を話していいかわからない時等に急場を凌ぐ時間稼ぎの話題。必要なのはお互いが話せる話題なのだ。

 

 次に出てくる恋愛弱者お決まりの話題といえば、恐らくは趣味辺りだろう。

 

「しゅ、趣味は……何かお持ちで……」

 

 思惑通りの答えが返ってくる。恋愛弱者のテンプレの中では最も汎用性が高く、自然な流れで話題に持っていけて尚且つ趣味嗜好の一致から親交を深めるチャンスを持つ強力な手札。

 

 だが、しかし、まるで全然……婚活女子の心に届かせるには程遠いんだよねぇ。

 

「夢占いを少々」

「おぉ、さすが夢の女神! アレってどんな事が占えるんだ?」

 

 些細なことでも相手を褒め、そうして気分良くしてから次の言葉を引き出す。意図してやっているようには見えないが、コミュ障という訳でもなさそうなのでこの辺の機微は理解しているようだ。

 

 近年は筋トレブームに便乗して様々な女性誌で取り上げられた事もあり、線の細いイケメンよりもマッチョ気味の体型がブームになりつつある。この流行が一過性の物として終わる前に女心を学べば意外と化けるのかもしれない。

 

 とはいえ当然ながら私はトレンドに流されるような軽い女ではないので、この程度のことで気分が上向いたりはしない。真っ向から切り落とすべく言葉の刃を紡ぐのみ。

 

「どんな夢を見たか教えて頂ければ試して差し上げますよ」

「そ、そっか……最近は夢とか見てねぇな……」

「そうですか」

「……」

 

 そして三度訪れる沈黙。趣味が合えば幾らでも話は膨らむが、合わなければ二言三言で終わるのが道理。最近じゃなくとも印象に残っていた夢の話をすれば良い場面では有るが、眠りが浅そうなタイプにも見えないし夢見が良いタイプではないと容易に想像できる。

 

「ほ、ほら! 成長には睡眠の質が大事っていうしさ、思いっきり筋トレして眠るとグッスリ寝付いちゃうよな!」

 

 今度は自分語り、そういうのは相手が興味を抱いてくれる程に友好を築いた後に話すものだ。よな、(など)と確信して言われても夢の女神である私は寝付けばすぐに夢の中。深い眠りなんて完全オフの日、夢を見る気も起きない位にくたびれてる時にしか起こり得ず、休日を理知的かつ計画的に過ごす私にそのようなスケジュールのミスは……あれ?

 

 成長には睡眠の質が大事って、もしかして私の背が低いのって何時(いつ)も夢見てて眠りが浅いから? いやちょっと待ってよ子供の頃からこの力使ってるけど幼稚園の頃は真ん中より上だったじゃん……小学校入る前には全員に背抜かれて並び順も一番前になってたな!? もしかしてこマ(これマジ)!? お、おかしいと思ったんだ両親共に背が高いのに私がこんなに小さいのは。

 

「それで朝目覚めの一杯に気付けとタウリンが欲しいって思いからモーモードリンクが……」

 

 ちょっと医療ドラマかじって身長が遺伝してないのは変だからって勘ぐって、どうせ私なんて橋の下で拾ってきた子なんだって、お母さんを泣かせちゃった事もあったけど原因ってもしかして夢の中に入り浸ってたから……? 私のせいだったの……?

 

 母と受験シーズンに些細な行き違いを起こした末に心無い言葉をかけてしまったあの日。気丈な母の涙に、生まれて初めて父が私を怒鳴りつけた。

 

 それまでずっと甘やかされて育ち、この力も広く(あまね)く世界の人々を幸せに出来るものだと期待され、思い上がり傲慢(ごうまん)になっていた私は説教など耐えられず卒業後にすぐ家を出てしまった。謝罪の言葉一つなかった私を両親は見送ってくれたが、私は父に怒鳴られたことを根に持って銀河特急の中でドアが閉まる音を背にしながら両親を振り返る事すらしなかった。

 

「朝から炭酸ってちょっと重いって声もあるんだけどさ、バチッと目を覚まして一日の活力にして欲しい訳よ俺は!」

 

 母譲りの、このふわふわの栗毛が自慢だった。いつか母みたいな気立ての良い美人になるのだと夢を見ていた。自ら進んで眠りにつき、この力で母のようになった自分を夢見ていた。それが皮肉にも私の成長を妨げてしまっていたのだろうか。

 

「お、ゔっぐっ……ゔぇっ……おがあざ……ごべ……なざ…」

「えっ、ちょっちょちょ、なんで泣いてんの!? お、落ち着こうね! 取り敢えず!」

「あえっ……ふっ……ぐぅ……ゔゔあっ……」

 

 肉体だけではない。母のような慈愛に満ちた女神にも、父の様な優しい柔和な天使にもなれず、私はこの塔で孤独に巨乳美女を(ねた)み願いの欠片を手に(すが)ってきた信徒を(はずかし)めようと卑しい計略を企てている。なりたいと思っていた理想の姿を彼方(かなた)へと置き去りにして築いた今の自分は、まるでおみくじクソ悪魔の様に醜悪だった。

 

 テーブルに突っ伏し、失った物の大きさに(なげ)く私の肩がポンポンと優しく叩かれた。

 

「泣いてたってわかんねぇだろ……どうしたよ?」

 

 大きくてゴツゴツとした掌が肩に触れていると、震えと嗚咽(おえつ)が穏やかに引いていく。かつて私の野望を打ち砕いた憎い男の手は(あつ)い程に(ねつ)を持ち、硬く、力強く、そして優しかった。

 

「わっ……ぐずっ……私……」

 

 彼はぽつぽつと嗚咽(おえつ)混じりに吐露(とろ)される私の過去と、身勝手が生んだ悔恨(かいこん)の念を何も言わず聞いてくれていた。敵視していた相手の筈なのに、不思議と抵抗もなく自身のコンプレックスを打ち明けてしまう。

 

 肩に手を置く、それは相手を独りじゃないと思わせ孤独から救う効果があると仲違(なかたが)いの原因にもなった医療ドラマで聞いた事がある。この肩越しに伝わる温かさと頼もしさにも、医学的な根拠があるのだろうか。

 

 話し終えて落ち着いてみれば、今の私があられもなく惨めで滑稽な姿を晒している事に今更ながら気付き、恥じ入りつつも顔色を伺うべく視線を向ければ彼は(まぶた)を閉ざしていた。

 

「……もう大丈夫か?」

 

 閉じていた目が開かれ、こちらを気遣うような優しい眼で見下(みお)ろしている。つまらない見栄に(こだわ)る私を気遣って目を閉ざしてくれたのだと気づくと、その細やかな配慮に面映(おもばゆ)くなり視線を()らす。

 

 私を見下ろす視線には、いつも低身長を馬鹿にする時の(さげす)みを感じていた。だがここにある視線は違っていた。母の膝枕から見上げる空と両親の顔、そして優しく見守る眼差し。牛や鹿に類する(けもの)特有の白目が殆どない大きくて(つぶ)らな黒目は、両親の面影など全く無い筈なのに遠い記憶を呼び起こす。

 

「私……最低だ……」

 

 自分の所業を口に出せば、ただこの一言に集約される。神としての(おご)り、親への不孝。

 

 夢の中で叶う全ての望み、虚構に溺れ両親を裏切って築いた今の自分には恋人どころか友人も居ない。仕事は順調、それもハグレ王国がこのタワーにいる間だけの話。今はまだ取り損ねたボス装備を取りに偶にやってきては荒らしているが、次回アップデートは水着イベントの続編という事もあり魔王タワーに来なくなる可能性は高い。

 

 窓から見える眩い晴天に照らされた海と対象的に、自分の置かれた状況は果てなく続く荒野だった。長い夢から覚めて現実を見た瞬間。

 

 彼の顔色を伺う。神に在るまじきことに、私は(すが)っていた。

 

「そうかもな……」

 

 求めていた慰めの言葉はなく、帰ってきた肯定の言葉に俯いて目尻に溢れる涙を隠す。

 

 夢の中の悪行を知られずとも、私の性根(しょうね)は見透かされてしまう底の浅い神であるように思えて惨めになる。

 

 こんな我儘で、傲慢で嫉妬深くて底意地の悪い性悪女が今更どの面下げて許してもらおうというのか。

 

「じゃ、素直にごめんなさいって言わねぇとな」

 

 なんでも無い事のように口にされたその一言に呆気にとられ、我に返ってまた呆れ返る。

 

「そんなの……私……許してもらえなかったら……」

「っかー! 華の二十歳が謝罪一つでビビって縮こまってんなよ!」

「っな……!」

「お前もいい大人でしょ? 人の願いと夢を叶える神様なんでしょ? 俺でごめんなさいの予行演習をさせてくれとでも言う気ですかぁ~?」

「おまっ! お前ぇ~~~っ!」

 

 自分の発言がブーメランのように返ってきて胸に刺さる。こんな時に人の発言を混ぜ返しておちょくろうとはどういう了見だと憤慨するも、彼は一頻(ひとしき)り笑った後に真面目な顔でこちらを向き直した。

 

「……俺にはさ、親の記憶とかねぇんだよ。こっちに召喚された時に名前とか色々忘れちまってな」

「……」

「親の気持ち(どころ)か、子供だった頃の気持ちもわかんねぇけど……ここであんたが女神様してくれてたお陰でさ、みんなの願いが叶って、水着イベントが実装されて、レプトスさんや竜宮の人達と出会えたんだ。かなちゃんだけじゃねぇ、俺もみんなも感謝してるんだぜ? こんなに素敵な女神様が娘だったら、絶対自慢に思うって」

「す!? 素敵……って……」

 

 突然の賛辞の言葉は、まるでボール球連投からのど真ん中剛速球の様に私の胸を撃ち抜いた。自分でも容姿への自信はあるものの、同性から小動物的な扱いの上で可愛いという声を掛けられるばかりが関の山。性格に至っては言わずもがなだ。

 

 異性からは見向きもされず、それ所か気になる人が出来れば決まって私とは正反対の背が高く胸の大きい女と付き合って恋愛に発展する余地もなく戦う機会すら得られなかった二十年。ここにきて初めて来た勝負球に討ち取られてしまった。

 

「許してくれなくても、許してもらえるまで謝ろうぜ。今までが最低でも、悪いと思って謝る気持ちが出来た今なら最低より上じゃねぇか。それでも一人で行くのが怖いなら、俺も一緒に頭下げて謝ってやるよ。娘さんは今の今まで謝れずにいた臆病な見栄っ張りだけど、信じる者の努力に応えてくれる度量の広い優しくて立派な女神様です許してあげてくださいってな」

 

 (ゆる)しを得た訳でもないのに、打ち(ひし)がれた心に希望が差し込む。どうするも何もない、謝るしか無い。単純で、真っ直ぐな答えに導いて助けてくれる。

 

 捻くれた神を救う、愚直なミノタウロス。滑稽な絵本にでも出て来そうな、人に言えば一笑に付されてしまうであろう丸っきり子供騙しのバカ正直さ。そんな誠実さを精悍(せいかん)な彼が持ち合わせている事がとても眩しく見える。

 

「……臆病も見栄っ張りも余計ですよ」

 

 大きな黒い瞳に見つめられている事が、何故だか気恥ずかしくなりそっぽを向いて突っぱねる。これではまるで()ねた跳ねっ返り娘だ。クールで瀟洒(しょうしゃ)な美貌の女神としてのイメージが崩れてしまう。

 

「じゃ、一人でごめんなさいできるな?」

「子供扱いは止めて下さい! 全くもう……!」

 

 デリカシーの無い発言に怒りを(あらわ)にしてみせるが頬は一層上気して熱を帯び、視線を合わせようとしては直視に耐えられずチラチラと地面や天井と彼の間を行ったり来たりするばかりだった。

 

「へっ! もう大丈夫そうだな。頑張れよ」

 

 肩に乗せられていた手が離れ、ポンと小気味よい音を立てて力強く私の背を叩くと、背に受けた新たな熱がまるで追い風のように背中を押している。椅子から離れ、母からの拒絶が怖くて震えていた足を地面につけて立ち上がって彼を見据える。

 

「えっと……そっ……その……あ、ありがとうございました!」

 

 気恥ずかしさを誤魔化すように頭を下げ、感謝を口にしてその場から逃げるように立ち去る。

 

「よっし……俺も祭りの準備でもするか!」

 

 気合の入った声がエントランスに響き渡る。少しだけ振り向けば、タワーを去ろうとする彼の背が目についた。

 

 大きくて広い背中が遠ざかる姿に心細くなる。ハグレ王国に居る人達は、あの背中に守られてきたのだろうか。

 

 夢の中での戦いを思い返せば、私に向けられるのは敵意ばかりだったが背の先にいるみんなにどんな気持ちを抱いていたのだろう。守られる人達はどんな想いで彼の背を見つめているのだろう。王国の輪に入れば私も守ってくれるのだろうか。

 

 後ろ髪を引かれる思いを残しつつ彼の背から目を離し、自室へと戻る。お風呂にご飯、諸々の準備を終えてベッドに横たわり目を閉ざせば牛頭の幻影が瞼の裏に浮かぶ。

 

 思うままに眠り、夢に堕ちれない初めての夜。胸の鼓動を子守唄に眠りにつけるよう祈れば、それが通じてかあっさりと眠りにつく事は出来た。重要な事を忘れてはいたが。

 

【夢の世界】

 

 ここは夢の中、造られた部屋の一室。暖かな光で室内を照らすキャンドルと暖炉の炎。簡素なテーブルに敷かれた白いテーブルクロスには銀の糸で刺繍が施され、銀製の食器が並ぶ食卓を上品に彩る。壁にかけられた剥製は生気に満ち溢れ、今にも鳴き声を上げそうな佇まいを見せ対面に置かれた姿見鏡にその影を写していた。

 

 まぁ喋らせようと思えばできるのだが、そんな悪夢を見せる為にこの空間を用意した訳ではない。

 

「なぁ……リハーサルは……?」

「……すいませんでした」

 

 流れで解散してしまったが、リハーサルの真っ最中だった。話をなかった事にしていいかどうか決め兼ねたので、取り敢えず当初の予定通りお見合いのセッティングをしてみたのだがやはりツッコまれてしまった。

 

「ハァ……まぁいいよ。正直あのまま続けても練習にもならなそうだったし」

 

 こいつ自分も忘れて意気揚々と祭りの準備に帰った癖に、上から目線で自分の話術スキルの低さ共々人のせいにしようとしてやがる。普段頼れる兄貴分みたいな(つら)してるけど、聞けばお化けの噂で鉱山から人払いして鉱石を独占してたっていうセコい奴なんだよね正体見たりって感じだな。

 

「お、お力添え出来なくて申し訳ありませんでした……」

 

 それでも不仲だった両親と和解する覚悟を与えてくれた事もある手前、強く出るのを抑え再び頭を下げる。耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ。大人だ、これが大人なんだ。

 

「やはり最後に頼れるのはこの肉体美! 夢の中でもキレてるこの上腕三頭筋!」

「……」

 

 先日一方的に行われるボディランゲージにかほどの効果も無い事を説明した筈なのだが、すっかり頭から抜け落ちてしまったらしい。頭蓋骨がザルかなんかで出来てて、こぼれ落ちた分を筋肉が取り込んでいるのではないだろうか。

 

「なんだ? ジッとこっちを見て、もしや見惚(みと)れちまったか?」

「ハァァァァーー……」

 

 連日続く溜息の嵐。こんな奴に褒められて(のぼ)せてしまった自分が恥ずかしい。見れば見るほど、話せば話すほど私好みの精神的肉体的貴族的地位を(あわ)せ持つイケメンとはかけ離れた人物像が(あらわ)になる。

 

 弱り目に祟り目、昨日の私はどうかしていたのだ。自分の身に起きた不幸を嘆く、か弱い乙女の弱みにつけ込まれた上での不覚。

 

 恋愛球技界の○ツル○ナガタ2000と呼ばれている私が万全の身で牛頭のマッチョマン如きにストライクを取られるはずがない。打ち取れなかったのは認めるが、心は屈しなかったのでアレは凡打だ。図体ばかりデカい癖に、精神的に弱った相手のバット目掛けて球を投げ無理やり凡打にするようなコスい球しか投げれないような奴に遅れを取ってはならないのだ。

 

「ところでお袋さんとは仲直りできたのか?」

 

 バカ話から突然真面目な話を振られ、思い出したくない現実を引きずり出され胃が重たくなる。

 

「電報を入れて返信待ちです。会って話がしたいって……」

「そうか、まぁ大丈夫だろうけど頑張れよ」

 

 これには流石の私も少しムッと来てしまう。人を焚き付けておいて何でも無い事のように言うのは無神経が過ぎるというものだ。

 

「……他人事だと思って軽く言ってくれますね。大丈夫なんて保証もないのに」

「おいおい、また弱気の虫が出てきちまったのか? 昨日も言ったじゃねぇか。俺達に最高の出会いと夏の思い出をくれた立派な女神様だろ自信持てよ」

 

 こいつの頭の中では何事もなく上手くいく算段(さんだん)が出来上がっているようだ。能天気ではあるが、それも理由は私がよく出来た神だからと言われればまぁ悪い気はしない。立ってしまった腹の虫も納めておいてやろう。

 

 普段聞かない頌詞(しょうし)を受ける事で自尊心が刺激され、とある閃きに至る。先日の借りを返すべく、このまま私への礼賛(らいさん)を続けさせセクシーな魅力ある美しい美女で在ることを改めて認知させ私に気を持った所を打ち返してやろうという完璧な作戦でリベンジを狙う。

 

「……それだけじゃちょっと弱いですね」

「そっか」

「……」

 

 コイツ本当に自信を持たせるつもりがあるのか? そこそこのコミュ力を持つ癖に女性の求める答えを出す部分だけピンポイントでゴミすぎるだろ。

 

「も、もっと自信を持てたら両親とも上手く話せる気がするなー?」

 

 一々こんな事を言わせやがって。普通の男だったら一目見て美の女神だとか美の化身だとか魔法の靴が手に入った今なら高身長スーパーモデルとして活動できるね、とか色々言うことあるだろうが。イケメンでもない鈍感野郎とか何処にも需要の無い非モテの化身だぞ。

 

「あー……ほら、欠片5個集めればサンタに会わせてくれるじゃん? この歳で会えるとは思わなかったわ」

「それ私じゃなくてサンタがすごいって言ってるようにしか聞こえないんですが……」

「俺の栄養ドリンクも取り扱ってくれてるしな!」

 

 願いの欠片1個で頼めるけど誰も欲しがらない奴ねそれ。

 

「もっとあるでしょう!?」

「えー……鴨ねぎそばもカレーもウチのお土産だしなぁ」

 

 それに関してははグゥの音も出ない。でも安くて美味しくて還元率高いし、なんでかお前ら非売品貰ったみたいに喜んでるじゃん。

 

「まぁでも言われてみればこうして、俺の願いとはちょっと違うけど協力してくれてるのも有り難い話だしな。俺の身勝手を(いさ)めて、周りの気持ちを大事にしろって気付かせてくれて、その上で持ってった願いの欠片分の仕事をしてくれるなんて良い女神様じゃねぇか」

 

 なんか勝手にいい方向に解釈してくれてるけど正論パンチしたいが為に変態妖精を持ち上げただけなんだよね。折角自尊心が満たされていたのに罪悪感で胸がちくちくしてきた。

 

 しかしどうもミートゾーンにボールが入って来ない。昨日の素敵の一言だってギリギリ審判がストライクゾーンを見間違えて許してしまったような物なのに、立派だの良い女神だの延々ボール球を投げられてるようなモヤモヤした気持ちになる。後一球で出塁だぞ。

 

「それに、頑張り屋だろ?」

「は?」

 

 夢の中に閉じこもり、おおよそ苦労というものから遠ざかるように生きてきた私に努力や頑張るなんて言葉は全く似つかわしくない物だが一体どうしたらそんな風に見えるというのか。一言口にして(ほう)けるばかりだった。

 

「本当は怖いのに、逃げずに立ち向かおうってんだから頑張り屋じゃねぇか」

「……」

 

 自分にも見えない自分を見られたようなその一言に、また呆けてしまう。

 

「俺だって怖い時、本当は逃げたいんだ。ただ俺は大事な仲間が後ろに居るから逃げられないってだけでさ。一人だったらきっと逃げ出しちまう。自分が間違ってたって認める勇気も、何年も経った今謝ろうっていう勇気も、許してもらえるかわからない不安に立ち向かう勇気も、振り絞ってやろうってんだからカッコいいじゃねぇか」

「かっ……!?」

 

 心臓が飛び跳ねるように強く脈打ち、顔面がガチガチに硬直するほど熱く血が(のぼ)る。ふいと顔を背けて鏡を見れば林檎のように真っ赤に染まった自分の顔が映された。昨日もこんな顔をしていたのだろうかと思うと羞恥に俯いたまま顔を上げることは出来なかった。

 

「……どうかしたか?」

「なんでもありませんよ! もぉ!」

 

 不意打ちだ。汚いなさすがマッスル汚い。全く予想外の言葉を投げかけて意識を外に向けたところでまた予想外の言葉を投げかけるなんて。こんな可憐な女神にカッコいいなんて言葉を放ってくるなんて考えつく筈がない。

 

 本当に汚い球ばかり投げやがって、こんな土をまぶしたボールを地面スレスレに投げて巻き上がる土を保護色に姿を消すかのようなコスい球を次から次によくも思いつくものだ。

 

「はぁ……いいから本題に入りますよ!」

「お、おぅ……?」

 

 そっぽを向いたまま半ば無理やり当初の目的へと立ち返る。これ以上付き合ってペースを乱されてはたまらない。この茶番をさっさと終わらせよう。

 

 この夢が終わったら、そう考えると母と対面する自分を思い浮かべてしまう。不安に震え、みっともなく泣き出しそうな顔で俯いている自分の姿。顔を上げようとしても、拒絶される恐怖は鉛のように頭を押さえつけ母と目を合わせることも叶わない。

 

 長い沈黙が続くうちに肩に手が置かれる。硬く、大きく、触れた肩先から全身に伝わりそうな強い熱を感じる。振り返れば、見慣れた大粒の黒い瞳がこちらを覗き込んでいた。大きく見開かれたその眼は、水気を多分に含んでいてつやつやと見るものを写し取りそうに輝いて――。

 

「おーい、本題は?」

「えっ!? ……あ、あー……はい」

 

 本題に入ると言いながら今後の不安から(ふけ)り込んでしまっていた。(かぶり)を振って思考をリセットする。一度ならず二度も人の不安につけ込んで来るとは本当に卑劣な男だ。今度こそ話を本筋に戻すべく、今後の手順について説明をしなければ。

 

「えーっとですね、お見合いはこの部屋で当然一対一で行われます。まだ何人か夢に入れてない人も居ますが、扉の向こうに用意した待合室から順番に人をお連れしますのでマッスルさんはここで待機しているだけで大丈夫です」

「お、おう……しかし合意もなくいきなりお見合いに連れ出すのってやっぱなんか抵抗あるっていうか……」

「今更しょうもない事で弱気になりますね。事前の説明とフォローはこっちで済ませておきますけど、結局はマッスルさんが口説き落とすんですからしっかりして下さいよ」

「く!? 口説……」

 

 赤い皮膚に熱が差して湯気が出そうな、というか実際に出る程に取り乱す。TP25消費してそう。

 

 羞恥に狼狽(ろうばい)するその様にようやく一本取れた気になれたものの、顔を赤くしてモジモジする筋肉モリモリのマッチョマンというのは中々にキモい。

 

「それでは私は待合室に移りますので、今のうちに覚悟を決めておくことですね」

「ちょ……ちょっとタンマ……」

「はぁ……弱気の虫はどっちですか」

 

 この期に及んで引き伸ばしとは往生際の悪い奴だ。こちとら王国民をマッスルなんかとお見合いをしようという、起こる筈もない気にさせるべく権謀術数を張り巡らせるのに忙しいというのに。

 

「そうじゃなくて……! 今回のこと、アリガトな」

 

 これまた予想外の言葉が飛んできて身構える。さては先の一本で出塁しようとしている私に直接球をぶつけると見せかけた変化球で送球するようなコスい球を再び投げようというのか。投球前にタネを見切った以上、そんな無意味な変化球に引っかかるような私ではない。

 

「女神様に言われた通り、俺が女性陣とちゃんと話す度胸がありゃあよかった話を態々(わざわざ)こんな手間暇掛けてもらった訳だし礼の一つも言っとかないとだろ? だからさ、ありがとうって」

 

 屈託のない笑顔で言われるありがとうの一言。何年ぶりに受けた言葉だろうか、まだこんなに捻くれてない幼年期にあった気がする。友達とする夢の話、見たい夢を見せてあげたり、悪夢から守ってあげていた頃。

 

 嫉妬やコンプレックスに(こじ)れた心が(ほど)け、童心に(かえ)って行くような不思議な感覚と共にその一言は胸にストンと収まった。

 

「いーんですよ、そんなこと。願いを叶える立派な女神様にはこれくらい朝飯前ですからね」

 

 手をひらひらと振って部屋を出て、扉を閉めて息をつくと途端にドッと胸が脈打ちだす。何年振りかに行った誰かのためにした親切と、返ってきた謝辞が可笑しいくらい気恥ずかしくも嬉しくて妙に舞い上がってしまう。

 

 パンパンと頬を(はた)く。気合を入れる訳ではなく、ただ変な火照りを吹き飛ばしたかった。

 

「スゥーッ……フゥーッ……」

 

 化粧室の中で一息ついて落ち着きを取り戻す。化粧棚やクローゼットに用はないので、更にもう一枚のドアをくぐり抜ければ王国の会議室を参考に間取りを取った控室に続く。馴染みのある空間が緊張を(ほぐ)し、普段通りに振る舞う為の一助になる筈だ。

 

 まずは準備から取り掛かろう。邪魔なデーリッチの玉座を廃し演壇にした後、控室の中を見渡すと見慣れた面々がテーブルに突っ伏して眠りについていた。

 

【控室】

 

『本日お集まりのハグレ王国の皆様、どうぞお目覚め下さい』

 

 拡声器を手に目覚まし代わりのアナウンスを行うと、室内に反響してけたたましく鳴り響く。もそもそとテーブルから起き上がる面々が増えるにつれて何事かとガヤが大きくなる。その中から腰まで伸びたピンクの長髪を(なび)かせて、一際大きい声で怒鳴り込んでくる者が現れた。

 

「ちょっとアンタ! また懲りずに私達を夢に引きずり込んだっての!?」

 

 赤紫に輝くピンクトルマリンを想わせる力強い瞳が、射抜くような視線を向けてくる。腰に手を当て、眉間に皺を寄せながら威風堂々と胸を張るとピンクのシャツがはち切れんばかりに悲鳴を上げている。短い説明文に二度も三度もピンクピンクと言わせやがって重複表現になっちゃうだろ。

 

 しかしこれも予想の範囲内。憤慨して詰め寄る彼女を前に、拡声器を下ろしてどうどうと落ち着かせる。マッスルといい彼女といい牛馬の世話でもしてる気分になるが臆する必要はない。

 

「落ち着いて下さいエステルさん。確かにここは夢の世界ですが、前回のように危害を加えたり戦闘をけしかけたりする事はありませんから」

 

 獰猛な光を放つ眼が、私を見上げている。以前は見下ろされていた彼女に並ぶ、圧倒的な技術力。

 

 この頭部に(そび)え立つタワーと、マッスルより捧げられた超技術を用いられたスーパーブーツ。そして皆が寝ている間に手にした新しい第三の力がある今では私のほうが遥かに上。いずれはそのボインすら攻略してみせる。

 

「殺されかけた状況を再現されてるってのに落ち着ける訳があるか! 大体なんなのよアンタそれでバレないとでも思って……」

「先輩……」

 

 食って掛かるエステルだったが、メニャーニャに袖を引っ張られると背後のちびっ子達を見て何故か押し黙る。マリオンと魔王様、超強敵コンビの眼差しが私のブーツと頭部に注がれている。

 

 見破られたかと一瞬焦ったが、二人の輝く瞳に疑念や侮蔑の意は読み取れずむしろ羨望(せんぼう)の念すら感じる。ギミックを見破れないまでも、オシャレグッズとしての価値を見抜いているのであろう。流石の慧眼である。でも歩き辛いからコケないようにちょっと浮いてなきゃいけないんだよねこれ。超疲れる。

 

「くっ……兎に角! 黒コゲになりたくなかったらさっさとみんなを夢から解放しなさい!」

「フフ、そうカッカしないでお茶でも飲んで落ち着かれては? 私の記憶を元に再現した、帝都のレストランで味わったアールグレイをご用意させて頂きましたのですけど……まぁ紅茶を嗜める教養をお持ちかどうかはわかりませんが如何です?」

「先手を取ってフレイムを撃つ……!」

「ちょちょちょちょ待って待ってホントに!」

 

 リラックスさせようとした可愛いジョークに対し本気で魔力を集中させているのを感じ取り、慌てて弁明する。モルペウスも出してないのに、あの頃から更なるレベルアップを遂げた彼女の魔法が直撃したら消し炭になってしまう。

 

「そもそも戦闘になればここに居る全員が夢の住人ではなく、現実に居る本人なので私に勝ち目もないんです。今回は別の要件でお集まり頂いてるので、まずは話を聞いて下さいね? ねっ? ねっ?」

 

 マッスルとどっちが猛牛か分からない程に向こう見ずな性格をしているものの、早口で(まく)し立てるように無抵抗であることを示すと必死さが通じたのか警戒心こそ剥き出しにしたままだが対話の姿勢を取ることにしたようだ。シノブとメニャーニャに連れられ、マジカルバーバリアンが席に着く。

 

 一安心した所で今回の趣旨を説明するべく、再び拡声器を手にアナウンスを続行する。

 

『これより、この夢の世界についての説明を行いますので皆さんご着席の程をお願い致します』

 

 各々が渋々といった様子で椅子に座り直しこちらに視線を向ける。

 

『ご理解ご協力の程、感謝致します。皆さんご存知かと思いますが、私魔王タワーにて願いの欠片を交換させて頂いているタワーの女神と申します』

 

「うちらのお土産と交換してくれる人じゃん?」

「おぉ、タワーの転売ヤーじゃんか! しかし欠片もないのになんで出てきたんだ?」

 

『静粛に! 静粛にお願いします! 金銭の関わらない物品の交換は転売ではなく合法的取引です! 趣味です非営利です! 保護者の方は可及的速やか(かつ)、迅速的至急ヅッチーさんを黙らせて下さい!』

 

 まずいまずい摘発される前に話しの流れを戻さなきゃ。ジュリア隊長めっちゃこっち見てるやん。このシマで商売ができなくなってしまう。

 

『コホン! 先の水着イベントにつきましては、皆様の記憶に新しい事かと存じます。前回かなづち妖精様より頂いた31個の願いの欠片とタワーエネルギーの報酬として実装させて頂き、皆様にもお楽しみ頂けた様で何よりでした』

「何が報酬よ殺されかけたわ……!」

「ほら、楽しかったのは事実だから……」

「正気ですか? レプトスさんが加入した以外は散々な目に会った覚えしかないのですが……」

 

 ボソボソと召喚士娘三人組がボヤいているのが聞こえるが、警戒されたとして今回は後ろめたい事もないので気にしなくてよいだろう。水着イベント一話の件で、また私が仕組んだ事としてマッスルの印象まで悪くなったとしてもどうせ元からあの三人娘の眼には適うまい。脳筋同士エステルとはワンチャンあったかもしれないという程度と見える。

 

『今回ハグレ王国様より20個の願いの欠片を集めたニワカマッスル様から【モテ期を授けて欲しい】なる願いを受けたのですが、残念ながらこちらのご要望を叶えるためにはたったの20個程度では力(およ)ぶ所ではないという結論に至りました』

「なにやっとるんじゃあいつ……」

「店舗の売上が落ちてると思ったらタワーに入り浸ってたのか……デーリッチ、夢から覚めたらすぐ会議を開くぞ」

 

 頭を抱えて呆れる者、怠慢に憤る者、三者三様の反応が入り乱れる中で一人だけ異質な様相を見せる。いつも通り腹に一物抱えたような笑みを浮かべ、困惑する周囲を面白そうに見渡していたのが今の説明であからさまに不満気な顔へと変わった。その反応を誰かに気取られてないか、周囲を見渡し変化を気取られないように端の席へとこそこそと移動している。確信を得るだけの反応を見れたので、目で追うことを止めアナウンスを続けよう。

 

『しかしながらせっかく集めた20個の欠片を、お寿司や一枚のレアパッシブにしてしまうのは勿体ない』

「あたしは三枚のスキル書か三人分の寿司を寄越してくれればそれでいい」

 

 しれっと24個分の報酬を要求してくるんだけど、どういう精神構造してるのこの人。親の顔が見てみたい系ジョークはハグレに言うと人権保護団体が寄ってきてウザいので取り敢えず無視して話を進めよう。しかし差別対象の代表格だったハグレにまだ小さいとはいえ保護団体がつくとは、王国の名も広く認知されたものだ。

 

『……それに彼の心意気に応えてあげたい。努力は報われるものであって欲しいという私の良心から、次善の案を講じることに致しました』

「何が良心よ……こっちは下らない(ねた)みで殺されかけたってのに」

「妬まれる様な物を持ってない私は完全にとばっちりでしたけどね……!」

『静粛に! 静粛に!』

 

 アクの強い連中が集まってるせいですぐに茶々が飛んでくる。もっと厳粛な空気を出せるように部屋じゃなくて牢獄に繋ぎ、モニター越しに案内だけしてマッスルの所に放り込むのが一番だったかもしれない。

 

 お見合いというよりグラディエーターって感じになっちゃうけど、マッスルじゃ望みもないし別に良かったなこれで。そんな後悔を引きずりながらも司会の進行を続ける。

 

『えー、そうして考案しましたのが、この夢の世界での【お見合い】という事になります』

「「「「はぁあ!?」」」」

 

 一気に不満が爆発したのか、ほとんど怒声に近い声が複数上がる。まぁマッスル自身も言っていたが、合意もなくいきなりお見合いに連れ出せば不満に思うのも当然。しかしここを乗り切るのがイベンターとしての見せ所、神学校時代の飲みサーで鍋奉行を務めていた私の手腕を持ってすればこの程度のことはへのつっぱりに過ぎない。

 

『いきなり連れ出されて不満に思う方も多いでしょう……ですが彼の努力を考えてもみて下さい。皆様は願いの欠片を何度パッシブスキルと交換できましたか? 妥協して福神漬けカレーのセットでも良いでしょう。数え切れない程、そう胸を張って言えるほどの挑戦をしましたか?』

 

 各々(おのおの)まぁ敵よけの最中に落ちてたら拾うぐらいのことはするけど、全力で部屋中回って探すもんじゃないしという顔をしている所へ、妥協点も一緒に提示することで挑戦という言葉のハードルを更に下げる。

 

 マッスルの集めた20個の欠片に対して、王国の示す挑戦は8個から7個になった。そう、ハードルが下がれば『7個程度の挑戦も大してやってないのに』とマッスルの集めた欠片と1個分の格差が開き相対的に凄い事をしたように聞こえるのだ。

 

 魔王タワーにおける真の賢将たる私に掛かれば、この程度の心理操作は造作も無いことである。

 

『彼はたった一人で、その挑戦を超える遥かなる試練に挑んだのです。きっと何度も倒れたでしょう……何度も麻痺毒ハメを受けたでしょう……欠片があと一つという場面、無謀と知りながらも幾度となくタコタンクにちゅーちゅーされたでしょう……それも一人の時間を終わらせるため、孤独の先に得るものがあると信じていたから出来た事ではないでしょうか』

「そう考えるとやっぱりかなちゃんすげぇな。31個だもんな」

「……」

 

 やべ、全く同じ努力を遥かに高い純度で行った者が居るっていう事実を突きつけるのは止めて欲しい。ピンクさん顔赤くなってんじゃん。かなづちが自分の為にどれだけの事をしたか考えちゃってるじゃん。

 

『まぁまぁまぁまぁ! 20個の欠片を集めるという事がどれだけ大変な事か、各々に想いを巡らせて頂けましたね……彼が一日千秋の想いで待ち続けた運命の人、今宵この夢の中で巡り合……』

「真剣に迷って申し込まれた訳でもなく、数撃ちゃ当たる戦法に付き合うのもなぁ」

「子供も居るんだけど、まさかこの子達までお見合いさせる気?」

 

 私のフォローも虚しく途端に大した事をした訳でもないような雰囲気になってしまった。20個でも十分すぎるほど辛いからね? 苦行だからね? お前ら集められるんか?

 

 だからセクシーじゃない方のピンクを黙らせておけって私は言ったのにさぁもうホントによぉ。

 

『……年齢などお互いの合意を前にすれば些細なことですからね。まぁ愛は育むものって言いますし、成長と共に芽吹くような愛を見つけられれば、それも彼の励みになる事でしょう』

 

 過半数が未成年で構成される王国で選り好みなど出来るはずもなく、真っ当な大人は福の神とティーティー様と来て望みの薄そうな神二名。後は晩酌の習慣のあるジュリアに、年齢は不明だが東方の出身である柚葉は十代で成人の儀を済ませている筈だ。

 

 脈がありそうなハピコですらも精々が中等学部、それなら一層(いっそ)の事ハグレ王国民全員がターゲットでいいだろう。どうせ王国に手を出せる国も近隣に存在しないのだから社会の法など無視して、治外法権の下に両者の合意を持ってマッスル彼女いない歴に終止符を打ってしまえばいい。

 

「……いや、やはり倫理的に問題が有る。まだ自分の中で好意と恋愛感情の区別も付けられないような子供達に交際の選択なんて迫るべきじゃない」

 

 神の与えし天啓に待ったをかける愚か者、権謀と知略に恵まれた才女でありながら現し世に伝わるカビの生えた倫理を持ち出してくるとは滑稽千万。

 

 神の権謀を持ってすれば、垢に(まみ)れた現し世の道理など霞んでしまう事であろう。

 

「……ローズマリーさん、わかるんですか? 好意と恋愛感情の違い」

「なっ……!? そ、そんなの分かるに……今は子供達の事をだな……!」

 

 顔を赤くして口ごもるも、語気を強め話を保護者としての観点に持っていこうとする。だが自論を展開する前に、彼女の動揺を突いて一先(ひとま)ず話を続けよう。

 

「建国前はデーリッチさんと二人旅、つまり……賭場(とば)を荒らしてその日暮らしの根無し草。女手一つに少女を抱え、歩む道は餓鬼の道。鴨が来たぞと薄暗闇で、歪んだ瞳がせせら(わら)う。(かす)めてみせます今宵(こよい)の日銭、マリーの指先にコインが光る。それは、死神が引鉄(ひきがね)を引く合図……ってなもんだった訳ですよね」

「何の次回予告だっ……! 私の事は関係ないだろ……!」

 

 数名が不自然に咳き込むようにしてむせる。風邪でも流行っているのだろう、気にせずローズマリーに関係ない話をまるで関係が有るかのように誘導する。

 

「自分の中にある感情は、歳月だけで整理をつける物ではないと思います。あの時どう思った、この時どう感じた。そういった経験と照らし合わせ、他の誰からも感じられない物を与えてくれる人へ向ける特別な感情の一つが恋や愛と呼ばれる物なのでしょう。女手一つでデーリッチさんの面倒を見ながら、周囲を全て敵と見ながらボロ布を服と言い張って徘徊していたローズマリーさんに、男性との交際経験は無かった物とお見受けします。それで……自分の中にある気持ち、わかりますか? 恋愛感情に限らず、今その胸の内にある想いの全てを理解できるんですか?」

 

 お硬いローズマリーやメニャーニャ辺りの説得には理屈で固めるが吉と見る。知恵に長け理に通じる者には、理合いを通して話をすれば向こうも道理を通した返答をしようとしてくる。絶対的自信を持った己の長所をなおざりにする事はないだろう。

 

「そ、それは……」

 

 だが悲しいかな、彼女には恋愛経験がない。そして一般学問としての道から外れている恋愛道も未履修である事が容易に想像できる。己の中に蓄えた知識の書庫で、存在しない本を手探りで探す事になるのは必然という訳だ。

 

「理解できないのも当然です。分かった気になってくっついたのに、下らない理由ですぐ離れるなんて話も人間には良くある事ですからね。まぁそういった痴情の(もつ)れで傷つかないよう、保護者として庇護すべきだという義務感に駆られる気持ちも良くわかります」

 

 思索する彼女に反論の余地を与えないまま、こちらから不安要素を上げてやる。始めにあった未成年をお見合いさせる倫理の正否は、私の理屈を前提に次の話へ進めたことでこの議論において巻き戻しは効かなくなった。

 

 これで恋愛感情は経験によって自己の中で整理される物であるという私の仮定は正当化される。

 

「それなら尚更マッスルさんと話してみるべきでしょう。いつか自分の眼につかない所で、何処ぞの馬の骨に(たぶら)かされる前に信頼できる人物と話し、自分の気持ちという物について考えさせておくのが良いのではないでしょうか?」

 

 後は不安要素を握り潰せば完璧な理論が完成するという訳だ。神の智謀を持ってすればこの程度の答弁は児戯に等しい。しかも恋愛感情などという曖昧(あいまい)な物、どの様に言ってもそれらしく聞こえるものだ。

 

 とはいえ相手は王国参謀ローズマリー、逆転の一打に定評のある王国で弁舌を振るい前線で指揮を取ってきた現代の女傑。安々とは折れないだろう。

 

「だ、だが……」

「そんなに疑う必要も無いんじゃねぇか。オレは賛成だぜこの見合い」

 

 反論を唱えようとするローズマリーに対し、思わぬ横槍が飛び出した。王国の宿舎全体を能力の範囲として捉えていたが、まさか機械も夢を見るとは思わなかった。そういえばさっきマリオンちゃんがいた時になんで気づかなかったのか。

 

 ふよふよと空を(ただよ)う椅子に座したまま前へ出る古代の番人。身長180cmの私を見下ろしている暗い金色の眼は、生命の輝きを宿してはいない。そんな無機質な瞳と正反対に、顔には人好きのする屈託のない笑みを浮かべ楽しそうに口を開いた。

 

「思うに、マリーの勉強会は算数やら国語やら教育を求めすぎて教養はちぃっと(おろそ)かなんじゃねぇか? ヴォルケッタがアイスの蓋をペロペロしてるのを見て、ようやくカリキュラムにテーブルマナーを加えた位なもんだが道義や今話してたような倫理なんかは手つかずのままだ」

「なっ!? しゅ、衆目の前でこの様な辱め……っ!」

 

 槍玉に挙げられ、過去の恥を蒸し返された事に(いきどお)る彼女に笑みを浮かべたまま頭を下げつつ手で制して話を続ける。

 

「みんなよく出来た良い子ちゃんだよな。デーリッチも間違った道へ踏み外さないし、こいつの先導に従って今日この王国がある。つまり教えるまでもなく出来が良かったからって、オレ達は曖昧で分かり辛い物を個々の考えに任せて後回しにしてきたんだ。ガキ共が子供の身分でお見合いなんて変だって思うならそれでいいし、逆にマッスルの事を好きだっていうのも構わない。その上で大人になるまで待たなきゃいけない事もあって、それは何故かと考えさせてやればいい。恋愛も倫理も、正解不正解のある話じゃねぇけどより良い方向へ導いてやりたいと思ってる。その為に一度答えを出すってのは悪い考えじゃないと思うぜ」

 

 この場にいる誰もが、驚き口を開けたまま唖然として話に聞き入っていた。私の適当にお見合いさせてマッスルから貰った欠片の分は働いた事にしようという思惑は、今彼女の示した教育論にかき消され王国の未来を見据えた一歩になろうとしている。

 

「それにマッスルがオレ達を頼らず欠片を20個集めて彼女を作りたいって願うのも、王国の風紀を乱さないよう自分の連れ合いを作る涙ぐましい苦肉の策じゃねぇか。仲間に相談しないで女神頼りってのも水臭いが、女性陣があいつのアプローチに気づいてやれなかったか意図的に無視したかの結果でもある。まぁハッキリ言ってこないマッスルに問題があるんだが、責める事も出来ないだろうよ」

 

 マッスルの努力と苦悩を再確認、悩みの原因を解析し皆がマッスルに抱く不満の一部を罪悪感へと変換する言葉の魔術。機械とは思えない程、心理戦に長けたその手練手管に口を挟む隙は見当たらない。

 

「王国をデーリッチ一代で終わらせる訳でもないし、遅かれ早かれ婚姻(こんいん)の法令整備も必要になる。早い内に問題を洗い出せるなら、それに越したことはない。気乗りしない者も多いだろうが、マッスルの話も聞いて判断してみようぜ」

 

 倫理に限った話ではなくなり、恋愛適齢期の女性陣にもこのお見合いに参加する義務と意義を与える事で冷え切っていたモチベーションもやや上向きに回復する。

 

 彼女の深慮に心入られたのか、ローズマリーは少しの思案の後口を開いた。

 

「……わかった。前例から考えてみれば、マッスルが変なことをする筈もないしな」

 

 悪夢事件の時はマッスルがずっと側にいて彼女を看取っていたと聞く。ハピコを看病するマッスルの姿が脳裏に()ぎると、胸が重くなるのを感じた。

 何故だろうと、理由を考える気も起こらずに(かぶり)を振って脳裏に浮かぶ牛と鳥を振り払う。本当に、何なのだろう。

 

「そ、それでは話も纏まった所で……」

「おっと、気が早いぜ。皆の安全を保証する為に、お見合いの様子はモニターして貰いたい」

 

 この奇妙な提案にまたしても周囲に動揺が走る。頭を振ったせいで脳がクラクラして話が纏まったはずなのに思考が纏まらない。

 

「いやぁ~……衆人環視の中だと素直になれない人も居ると思うんですけど……」

「第一に優先するのは身の安全、アンタを信用出来ない者も居るからな。第二に自分の心と向き合い整理の仕方を学ぶ事が目的なんだ。恥ずかしがる者も居るだろうが、他人の恋愛観は参考になる。それに普通のお見合いなら両親が同席するもんだし、みんな家族同然なんでな。後はお若いお二人で、ってのは夢から覚めてやってもらえばいいさ」

 

 どうしてこうなったのか、まぁ幸いにも諸事情があってモニターの準備は整っている。

 

「……ま、いっか! 」

 

 頭は覚束(おぼつか)ないが、お見合いをさせてしまえば約束は守った事になり私の体面も守られるというものだ。拡声器を再び口元に当て、司会進行の準備へと移る。

 

 今、永い夢が始まろうとしていた。




櫓岳(やぐらだけ)様より作中のワンシーンを絵にして頂きました。
人生初支援絵を経験させて頂き、ありがとうございます。

【挿絵表示】

元ツイートhttps://twitter.com/eM5kc3t9/status/1336694356816760832

春マキ様より支援絵を頂きました。ありがとうございます。
元画像の拡張子が押絵に対応してなかったので直接ツイッターへどうぞ。
元ツイートhttps://twitter.com/hallo_macky/status/1346750512981426176


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二滴

『さてさてさてさて! お待たせ致しまして、申し訳ございません。それでは早速……と行きたい所なのですが、マッスルさんの恋をプロモートしたいという男性陣の方々からメッセージが届いておりますので、そちらを御覧頂いてマッスルさんへの理解を深めてからのお見合いを予定しております』

 

 見合い部屋を抜けた後、この部屋に眠る女性陣を置いて先に男性陣へこの企画の趣旨を説明し協力を仰ぐ事に成功した。お見合いだからと女性だけ夢に連れ込むのは浅はかというもの。

 

 信頼できる人間からの言葉はセールスポイントを二倍にも三倍にも大きく見せ、時として全く何の価値もない壺すらも値打ち物にしてしまう。マッスルのような不良債権にイロをつけてしまうことも可能だ。これで多少なりとも好感度を稼いでお見合いに(のぞ)める事だろう。

 

 壇上に帝都博物館で見たプロジェクターの写身を置き、背後にスクリーンを設置する。

 

 博物館のこれは年代物だった様だが、実際にこの手の機械が使用されているシチュエーションをハグレ劇場で見た分にしか知らないので私の創り出したプロジェクターの性能や機能はそちらに準拠する。部屋の照明を落とすと、プロジェクターから光に乗せて映像と音声が投射された。

 

『それでは、上映致しますので皆様お静かにお願いしま~す』

 

【アルフレッド】

 

『はい! それでは、ご友人の方々からマッスルさんの魅力について聞いてみたいと思います!』

 

 プロジェクターから漏れる光の膜が、壇上の後ろに垂れ下がったスクリーンに私の声と視界を映し出す。夢の中なので当然だが電源や音響機器は必要ない。投影される物はカメラで録画した映像ではなく、私が見た記憶だ。

 

『一人目はこちら、若きゴーストハンター俊英アルフレッドさんです!』

『あ、アルフレッド……です、って自己紹介は必要ないよね。ハハ……』

 

 金色の髪を稲穂のように風に揺らす青年が、透き通る海のようなエメラルドグリーンの瞳に優し気な笑みを浮かべてスクリーンの中で照れくさそうに頬を掻いた。彫刻の様に端正な顔立ちに画面が釘付けになり、背景はボヤけ彼の何もかもが輝いて見える。

 

 これは私の記憶力が良すぎて補正がかかっているだけで、イケメンが一言喋っただけでベロンベロンになってしまうような軽い女という事ではない。決して。

 

『マッスルの魅力か……言うまでもないと思うんだけど、頼りになるよ。瀕死でも誰より前に立とうとして、みんなを庇ってるジュリア(ねえ)より前に立って敵を挑発してるのを引きずり倒されてるよね』

 

 苦笑いを浮かべながらも楽しそうにマッスルとの思い出を彼が語ると、控室でもクスクスと小さな笑いが広がった。

 

『でもこういう事って、バカだからやってる訳じゃないんだ。かなちゃんのフェアリーココイチバン中だって負けじと挑発してるけど……なんというかマッスルは、その時やれる事を絶対に全力でやり通すんだ。成功する、しないなんて関係なく全力で自分に出来ることをやって活路を切り開いてくれる奴なんだと思う』

 

 笑みを絶やさぬまま誇らしげに友の姿を語るその声に、皆一様に聞き入り自分の見てきたマッスルの姿と掛け合わせているのか静かに頷いている。

 

 流石売れっ子ゴーストハンターなだけあってセールストークが(うま)い。我々の様な顔面偏差値上位勢は他人を褒める姿すらもカッコよく美しく見えてしまう為、褒めている相手を意識させるのにも一苦労なのだ。

 

『丈夫な身体だけが俺の取り柄だ、なんて言って笑ってるけど丈夫なだけで今までみんなを守って来た訳じゃない。ボクらが相手にしてきたボスの方がよっぽど丈夫だし、力だって強かったけど……そんな相手に屈することなく立ち向かっていくんだ。身体じゃない。何時だってマッスルは心でボク達を守ってくれてるんだって、一緒に居て感じてるよ』

 

 マリオンや魔王様、他にも強敵出身者達が深く頷いている。対峙した者こそ、彼が倒れぬ姿を深く覚えているのかもしれない。私も不安に打ち拉がれ怯えながら抵抗していた彼が奮起する姿を知っている。それは夢の中の彼で、みんなが知っている現実の彼ではない。

 

 何故だろうか、本当の彼を知る者、彼の心に守られてきた者たちに疎ましいような感情が湧き上がり胸の奥に(もや)が掛かるような不快感に包まれる。

 

『これまで本当に色々あって、忙しすぎて今まで何をやってきたのか積み上げて来たものを忘れちゃいそうな時もあるんだ。でも根っこの部分だけは、デルフィナ様を助けて貰った時のことはこれから先も絶対に忘れない。あの時、男の国民はボクとマッスルしか居なかったよね。その……口に出すのは恥ずかしいんだけど、ボクはマッスルを一番の親友だと思っているよ』

 

 頬の赤みを一層強くしながらスクリーンから眼をそらし、恥じらいの微笑を(たた)える彼の姿は男とは思えない不思議で爽やかな色香に包まれていた。

 

「――ッシャオイィ!」

 

 奇天烈(きてれつ)な雄叫びと共にガタンという大きな物音が立ち上がり、それに続いてバタンと倒れ込む音が鳴り響いた。何事かと思えばウズシオーネが椅子から転んでしまったようで、謝りながら起き上がっている。彼女に不意を付かれたせいなのか、憑き物が落ちたように胸は軽くなった。

 

 ありがたい事ではあるが、何故この暗闇の中でサングラスをしているのだろう。

 

『だから、そんなマッスルなら任せられると思うんだ。姉さん達のこと』

「ブっ!?」

「なあっ!?」

 

 二人が赤面したままスクリーンを凝視する。ジーナは驚き(むせ)び、ジュリアは石化したように固まっていた。そんな様子に周囲も色めきだって画面と二人のどちらを見ていいかわからぬ様子で首を回して行ったり来たりさせている。

 

『マッスルなら力もあるし、鍛冶仕事だって物にできるよ。ジュリア姉はどうするんだろうね? 腰を据えるのか、それとも傭兵稼業を続けたいのかな』

「こ、このバカ勝手なことを……!」

「待て……何か違和感を感じないか?」

 

 言われてみると私も何か変に思えてきた。ここまで問題なく、順調なスピーチが続いているのに何故だかとても嫌な予感がする。

 

『いやぁ、姉さん達がどっちかでも結婚してくれればボクも肩の荷が降りるっていうかさ。流石に行かず後家を二人も置いて、ボクが先に恋人を作る訳にもいかないだろ?』

 

 浮ついた空気が凍りつき、二人の頬に差した朱も消えて額に青筋を浮かべ歯を食いしばり凶相を浮かべる。

 

 違和感の正体がハッキリした。これNGテイクだった。

 

『意外と彼氏が出来たら丸くなるんじゃないかって、有り得ないってわかってるんだけど期待しちゃうんだ。プッ……! ご、ゴメン。おしゃれして、誰かと腕くんでニコニコしてる姉さん達を想像したら可笑しくって……フッ! フフフ……う、腕組んでる時もハンマーとか盾持ってそうだなって思ったら……フッ! ……だ、ダメだぁ! 耐えらんないよ! ブッ……アッハハハ! 』

 

 冷たい殺気が部屋を埋め尽くし、重い空気が纏わりつく。おかしいな、氷属性物理悪魔が二体も追加されるアップデートなんて聞いたこともないのだが。プリシラの立ち位置が危うくなってしまいそうな所だが、当の本人はヅッチーが暴れないよう手綱を握りながら楽しそうに画面を見ていた。保護者の鏡か。

 

『ストップストップ! あの……これマッスルさんへのエールじゃなくて女性陣へのプロモートなんですけど……』

『ハー……えっ? あー……あの、姉さんとジュリア姉ってまさかと思いますけど女性陣に入ってます?』

『……残念ながら』

 

 二人の悪魔がくるりと首だけ回し、こちらを睨みつける。視線を合わせただけで斬りつけられそうな酷薄(こくはく)な瞳がただひたすらに恐怖を煽る。

 

「あ、あのメチャクチャ失礼な質問だなって、私も思ったんですけどこれはあくまでアルフレッドさんにとって残念ながらという意味でしてね……?」

 

 命乞いのような弁明に意を介さぬ様子で、二人は何も答えず再びスクリーンに視線を移す。

 

『申し訳ないんですけど今の映像を処分してもらうことって出来ますか? 撮り直しの手間賃は支払わせて頂きますので。あ、夢の中でカードって使えます? キャッシュは現実に戻れば用意できますし、足のつかない物をご希望ならギャンカーさんを通して美術品を用意しますけど』

 

 全力で証拠を隠蔽(いんぺい)しようとするその姿に、凍土よりも冷ややかな視線を送る4つの眼光が暗闇の中で爛々(らんらん)と輝いていた。

 

『仕方ありませんね。その代わりと言ってはなんですけど、この後ってお時間空いてますか? マッスルさんを今後も応援し続けるために、私達もお互いを知っておくべきだと思うんですけどぉ……』

 

 冷たい輝きを灯した鋭い瞳が再びこちらを向き直す。後ずさる事も許されず、二人に両肩を掴まれ地面に埋め込まんとする勢いで押し付けられて逃げれないよう拘束される。ブーツが、更には身長まで縮んでしまうのではないかと思い涙が溢れる。

 

「人の弟に色目使ってんのか?」

「殺人未遂に加えて転売に資金洗浄か。まだまだ出てきそうだな」

「ちっ、違うんです! これは円滑(えんかつ)な企画進行と念を入れた事前調査で次回以降の願いにお応えできるようにしようという(たゆ)まぬ企業努力なんです!」

 

 苦しい言い訳に無反応のまま、既にスクリーンに視線を戻しているが拘束が解かれる事はない。ただ私の話に対して聞く耳を持っていないだけだ。

 

 著名でハンサムで高収入、そして身長が高すぎて人のトラウマを抉らず、むしろ平均より少し低くて同じ悩みをシェアできつつも低すぎてカッコ悪い事もない。そんな理想的な男子とのデートが泡と消え肉体の死と社会的な死が両方とも目の前にぶら下がっている。

 

 昔の人も虎子を見かけても虎穴に入るべからずと、正しく伝えてほしかった。二匹の虎の手が鉤爪の様に私の肩を抉っている。メッチャ痛い。

 

『フー、参った参った。危うく殺される所だったよ』

 

 さも窮地(きゅうち)を乗り切ったかのように笑う青年を見て、闇の中で二つの影が目を合わせ薄く笑みを浮かべている。そう、これはきっと姉弟愛。よって当然ながら見ず知らずの私が口を出せることなど何もなく、夢の後で再会する姉弟の団欒(だんらん)にお邪魔する必要もない。

 

『はいテイクツー!』

『あ、アルフレッドです。って自己紹介は必要ないよね。ハハ。え? マッスルの魅力か、うーん、そうだなぁ』

 

 冒頭の下りを饒舌に再現する彼の空々しい姿を、新たに誕生した悪魔達はその眼に刻み込んでいた。

 

【取調室と化した控室】

 

「では供述書にサインして」

 

 暗く静まりきった室内にカリカリという小さな筆記音が響く。威圧のため目元に向けられていたスタンドライトが下を向き、手元を照らしてくれている。

 

 映像にないアルフレッドの発言を纏めた調書、カードの入金記録の確認、購入履歴が不明瞭な美術品の押収を経て供述書を残すことを条件に仮釈放の許可を得た。夢の中で資産を押収されるとは、正に夢にも思わなかった。

 

「あの……これだけは勘弁して下さい……」

 

 先程まで私の頭に凛然と輝いていたタワーや各種小物類の詰め込まれた証拠品入れの箱に縋り付き、涙ながらに懇願する。掴んだ手をジーナに無理やり剥がされそうになるが、ジュリアがそれを制止する。

 

「……もう二度とバカな真似はするなよ」

 

 そう言って立ち上がり、書類をファイルに入れるとジーナを連れて化粧室へと向かう。婦警コスから何時もの装備に戻すのだろう。

 

 二人と入れ替わるように化粧室から出てきたデーリッチが、何故かカツ丼を持ってきて私の前に差し出した。何処で作ったの?

 

「取調べといったらこれでちよ!」

 

 取調べ中に出されるものであって終わってから食べるものではないと思う。そう思いながら食べるカツ丼は、ちょっとだけしょっぱい味がした。

 

『……グスッ、えー、大変お待たせしました。それでは次の映像を再生致しますので再びスクリーンを御覧ください』

 

 カツ丼を食べ終わり、目尻を拭いながら登壇して司会を続行する。折角のアルフレッドの名演説も、失言の方がインパクトが大きくゴタゴタを巻き起こし間が空いてしまった。プロジェクターをジーナとジュリアに管理され、セットした記憶を取り出して編集する事は不可能となった。今みたいなミスはもう無いと思いたい。

 

 暗闇に伸びる光の道筋がスクリーンを照らす。次のスピーチをするのは忌々しいアイツだ。カットしなくて大丈夫なのかという不安を胸に抱えたまま、壇上の後ろにあるスクリーンを見上げた。

 

【かなづち大明神】

 

『はいはい、かなちゃんですよ~。いやぁ、マッスルさんの恋を応援しようだなんて女神様も粋な(はか)らいをしますねぇ』

 

 巨木のような体躯がスクリーンを埋め尽くし、クソデカい妖精らしき物体エックスがその身体に比肩するデカい声で朗らかに語りかけてくる。

 

『聞けば【モテ期】なんて高望みなお願いをしたって言うじゃないですか。まぁ叶わなかったのは残念ですけど、愛は自分の手で掴んでこそですからね。でも一蹴しないでお見合いなんてチャンスをくれる辺り、優しいですよ女神様は。人間的にも肉体的……っていうより物理的にも、大きくなった感じがします」

 

 やはりこのブーツと秘術の効果は抜群の様だ。私の頭に(そび)えるタワーを見逃して身長を勘違いしていた間抜けなかなづちでも明確に理解でき、尚且(なおかつ)このトリックに微塵も勘付く様子がない。

 

『フフフ! 本当の事を言われると照れちゃいますよ。あ、これマッスルさんじゃなくてお見合いされる女性陣へのプロモートなので下げ発言は程々に、ね?』

『おぉ、失礼しました……えーっと何々? 気は優しくて力持ち、とは彼のためにある言葉なのでしょう。ってね!』

 

 設定資料集を見ながら原作者からの一言をコピー&ペーストして読み上げる姿に、みんなの冷めた視線が突き刺さる。

 

『いや~彼とも長い付き合いですからね。こうして応援したいのは山々なのですが私も王国内にセクシーイベントが転がってないか見回らなければいけないし、野郎と組んだら得られるセクシー分が激減してしまいますからね。そういえば何方(どなた)とお見合いされるんですか?』

 

 マッスルの彼女が欲しいという願いより、有りもしないセクシーイベントを求めて城内を徘徊する時間をドブに捨てる行為の方が優先順位は上だったらしい。資料集のたった一行を読み終えただけで、マッスルへの務めを果たしたかのような顔をして興味を移し質問まで浴びせて来る。厚かましい奴だと呆れ果てながら、慈悲と慈愛の心を持って問いかけに答えてやった。

 

『ハグレ王国の女性陣とです』

『……は?』

『女性陣は全員別室で待機させてますよ。まぁ数撃ちゃ当たるって言いますから、誰か一人ぐらいはマッスルで妥協してくれる可能性も……』

『何やってんですかこの駄女神……! ブーツとタワーを(むし)り取られたいのか……!?』

『お、おま……女神に向かってなんだその態度は! 改めないと今すぐ水着イベントを閉鎖し、雪山ペンション遭難編を始めて全員スキーウェアの肌色成分絶対零度の殺人山荘に叩き込んでやるからな!』

 

 突如キレだす大明神の暴言に次ぐ不遜(ふそん)な態度に、烈火の如き私の怒りが画面に炸裂していた。しかし何故バレたのだろうか。この発言を切っ掛けに私の高身長アイテムがバレないか不安だったが、誰一人スクリーンからこちらへ視線を移すものはいなかったのできっと気付いていない筈だ。

 

『何度だって言ってやりますよこの駄女神! 美女の群れに野獣を解き放ちやがって……! ピンクのしおりを用意して一昨日来やがれってんですよ!』

 

 絶対エステルの絵が()されてる奴じゃん。心の中でツッコミをしたせいで怒りを途切らせてしまったが、目(めざと)狼藉(ろうぜき)者はそれを見逃さず畳み掛けてくる。

 

『いいですか? これはただ一組の男女が結ばれてめでたしめでたし、で終わる簡単な話ではないんです。もしカップルなんて出来よう物なら、我々の狭い居城で四六時中イチャついて幼子も含めた王国民全体に貞操観念の乱れを生んでしまうのです。恋人を持つことが羨ましくなった皆は、異性を誘惑すべく薄着に……あ、あぁっ!? ダメですよエステルさん殆ど見えちゃってます……』

「狭い居城か、耳が痛いよ。お望み通り改築する時はマッスルの三倍コキ使ってやる……!」

「あのヤロー何を勝手な想像してんだ……!」

 

 (いきどお)る緑とピンクの魔法使い。しかし改装の願いはマップ数的にもう限界という、原作者の(なげ)きを見るに不可能だろうなと心の内に秘めておく。

 

『コホン……うちの国は美人さん揃いですから、その気になってしまえば相手は簡単に見つかる事でしょう。しかしながら我がハグレ王国は、幾度となく近場の町や村に加え王都をも救う活躍を見せながら今も発展を続ける途上国。こんな規格外の戦力を有した国で、婚礼ラッシュが起きたらどうなると思いますか? 今まで頼ってくれていた近隣諸国が、これ以上の力をつけようとする我々に不安を覚え親交が途絶えるのは必然ですよ!』

 

 王道ファンタジーにありがちな展開が、ついにハグレ王国にも降り注ぐのか。相手が王都だけなら普通に勝てるであろう事が恐ろしい所で、またこの説にも現実味を与えてしまう。

 

『うむむ、確かに一理ありますね。私は王国民ではないので関係ありませんが、無為に波風を立てたと難癖つけられて逆恨みされても困ります』

 

 古来より神に願っておきながら浅ましさが(たた)り、それで受けた被害を逆恨みするのも人の(さが)。自身が特別大きな神でもない事もあるし、封印なんてバカな真似をしようとする者が現れても面倒かもしれない。

 

『そうでしょう! そもそも国民の八割が女性なんだから、大人しく女性同士でイチャラブしてればいいんですよ! プレイヤーの皆さんもそれを望んでます! 女神様もあの件で改心したというのなら、平和を築く為の大いなる奇跡にその力を使うべきです。たった20個のシケた欠片を集めてやる事がお見合いパーティーでは、私のように敬虔(けいけん)な信者は集まってくれませんよ!』

 

 マッスルの努力の結晶をシケたの一言で残酷に斬り捨て、自分の趣味嗜好の為に同性愛を無理やり推奨する姿にドン引きする女性陣。ここで好感度が減少した事で次のセクシーイベントは遥か彼方へ遠退いたことだろう。ざまぁみろ。

 

『まぁそこまで言われたら応えない訳にもいきませんね。欠片を集めたマッスルは可哀想ですがここの皆さんを集めましょう』

『え? 集めてどうするんです?』

『どうってお前が言う事態を防ぐ為、男性国民全員から恋愛感情を剥奪します。夢は深層心理に通じてますから時間をかければ人格もイジれますよ』

「……これの説明も続きを見てればしますからね」

 

 何人かが立ち上がってこちらを睨みつけてくるが、座ってスクリーンを見るよう指し示す。せっかちな奴らだ。

 

『……あ、あのそういえば女性陣は全員別室に居るって言ってましたけどなんで私だけここに?』

『近頃はLGBT団体がうるさいですからね。ちゃんとお前は男性として扱ってますから、苦情が来ることもないでしょう』

『い、異議あり! 私は男じゃありませんよ!?』

 

 敵視という程でもないが、自分の聖域を侵させまいと警戒している対象と同様の扱いを受けていることに納得が行かないらしく手を上げて反論してくる。

 

『そりゃわかってますけどお前の絡みは全然レズっぽくないし、アセクシュアルだのインターなんちゃらだの分類が多すぎて分別が面倒でしたから』

『分別ってゴミと同じ扱いじゃないですか!? それこそ団体から苦情が来ますよ!』

『もう、揚げ足を取るんじゃありませんよ。お前は生物じゃなくて創造物なんですから』

『私がゴミ!?』

 

 ゴミ扱いされるかなづちを愉快そうに見るエステルだが、時折こちらに向けられる眼は相変わらず猫科の獣人のように鋭いままだ。

 

『女性陣に絡む姿が全然百合っぽくない……っていうか完全にセクハラ親父ですから、それを見てこっちに放り込んでおいた訳です。設定資料集でも原作者がお前を指すとき彼女(?)ってつけてますしね』

 

 設定資料集に書いてある以上、覆しようがない。創作物においてどれだけ理不尽であったとしてもそれは神の言葉と同義であり公式が勝手に言ってるだけやん、などとは逆立ちしても通用しないのだ。

 

『や、やっぱりポッコちゃんとクラマくんの様な年の差推定カップルを始めとしてプレイヤーの方も推してくれている男女の仲もある事ですし恋愛の形を縛るのは止めませんか? それに産めよ、増えよ、地に満ちよという主神の言葉にも反してます! 教義の違う神々との戦いが起こるかもしれませんし、残念ですがやっぱりやめておきましょ!? ね!!? 』

 

 主神の言葉を借りるならそれこそ同性愛は禁じられるべきだが、かの者の言葉が守られた時代は少なくとも私の知る限り存在しないのでどうでもいい事だ。

 

『いやぁ、50人程度の小さな国一つ滅ぶ程度じゃ動かないでしょう。世界が生まれてから今の今までずっと寝転んで何にもしてないような方ですからね。そもそも神なんてどいつもこいつも人の命なんかなんとも思ってませんから』

「……面目ない」

「……恥ずかしい限りです」

 

 ティーティー様と福の神が顔を赤くして頭を下げていた。急にどうしたのだろうか、何か恥じ入るような事をしたのなら神の名を汚さないよう気をつけて欲しい物だ。

 

 二人共、私のような年若く(うら)らかな女神には出席の許されない神様会議のメンバーだというのにこの体たらく。ワンチャンあればこの醜態を手土産に、上手く取り入って私がニューリーダーとなるのも夢ではない。

 

『そ、そうだ本業を忘れてはいけませんよ! 我々が滅びたら女神様の仕事がなくなっちゃいます! 今すぐって訳じゃないにせよ、魔王タワーの上級コースを攻略できる者が現れるかわからない以上、男性陣にも猶予を与えて然るべきではないでしょうか!』

 

『お前が言い出しっぺだっていうのにコロコロ宗旨替えしてるんでしょう……まぁいいですよ、サイキッカーがいたんじゃ精神の異常も見破られちゃいますから』

 

 そう、マインドコントロールをしようにも超能力者が居てはすぐに看破されてしまう。水着イベント一話でも洗脳する事は考えたのだが、むちむちポークのせいで出来なかったのだ。これに納得したのか警戒は解け、当のサイキッカーも何をしたわけでもないのに得意気にしている。

 

『まぁこれもお灸を()えてやろうかと思っただけですし、()りたのなら反省する事ですね』

『え、何をです?』

『この流れで人を駄女神呼ばわりした事以外に何があると思ってんだ……! 私の至宝にまで手を出そうとして、それ以上デカくなってどうする気ですか!』

 

 視界が急激に(さが)り、両腕がカメラを()ぎって頭を押さえる。今更だが私の記憶を映像化しているので、当然カメラは一人称視点になっている。要はFPSみたいな感じ。この視点ならば私が高身長の秘訣を守っていることは誰にもバレない。

 

『いや、身長には困ってないんで大丈夫です……遠慮しときます。私も少し熱くなりすぎちゃって、すいません。でも愛する王国女子達を、草食面して無害を装ったケダモノの前に差し出す女神様も悪いんですよ?』

『……そうですね。既に国民全員水着にひん剥いて、お前のような性欲魔神に差し出した後でまさかそんな些事(さじ)に文句をつけられるとは考えてませんでしたよ』

 

 マッスルに対して散々な言いようだが、どう考えてもケダモノはこいつだ。

 

『しかし恋愛感情なんか剥奪されても、お前は変わらない気がしますけどね。スケベ根性を剥奪したら植物妖精になってそうですが』

『失敬ですね……! 私は誰よりも愛の戦士ですよ。今だって愛故に傷ついているし、愛故に苦しんでるんです』

「さっさといらぬって言って投げ捨てろ……!」

 

 毒づくエステルだったが、それは投げ捨てても戻ってくることになる。まぁ死の間際ならいいのか、別に。

 

『では愛の戦士的にマッスルはどうなんですか? お前の3分の2程度とはいえ欠片を集めたその苦労に報いてやったらどうですか』

『真面目に答えちゃえば、誰が好きという訳でもないのに取り敢えず彼女が欲しいって寂しいだけじゃないですか。その寂しさが埋まってしまったら、賑やかしというだけで隣には居られませんしお互い傷つくだけですよ。スーパー○ラックスでストーン取った訳でもないのに広間でマッチョな石像ごっこをして遊んでいるより、もっと女性陣とコミュニケーションを取ってその中でお互い惹かれ合う様であれば応援しますとも』

『正論の中に危険球を混ぜるのは止めろ……!』

 

 どいつもこいつも危ない球ばかり投げやがって、脳みそに星○徹が詰まっているのか? 魔送球は栄光ある巨人軍にはふさわしくないってそれ言われてるから。それはそうと坂でマッチョが出るとポーズが変わるあのギミックは好き。

 

『コホン……言いたい事は分かりますが、そのコミュニケーションの機会も授けてやろうというのが今回の企画じゃないですか。この夢一つで、すぐにくっつく訳ではないんですから』

 

 正論ばかりで世は回らず、回してみてから正しく導く形もある。あぁ、神として深い知見を語ってる感じがする。私はなんて美しく聡明で身長も高いスーパー○ンノモデル級グラマー女神なのだろうか。

 

『私だって、そう信じたい……ですが我が国民達は恋愛経験率ゼロパーセント(大明神調べ)の超ピュアピュアワンダーランド! 押しの強さに負けて最初の一度目からOKしてしまい、餓えた野獣の毒牙に掛かるような事があってはこの大明神、何のために生を受けたというのでしょう!』

『押せるような度胸がないから欠片を持って私に縋り付いてきた訳ですけどね……』

 

 (すみ)で仏頂面をしていたハピコも、これにはウンウンと頷いていた。建国以前の間柄である彼女の見立てならその辺の習性に間違いは無さそうだ。

 

『いや、彼だってやる時はやる男です。ロリコンを見過ごさない程度の良識はあるので年少組は大丈夫としても、同じ火属性のクウェウリさんは要注意ですね……強く断れない所を狙ってきますから、気を強く持って! マーロウさんにもチクっておきます!』

『そんな器用な奴でもないでしょうに、というか属性は関係あるんですか?』

『単純に属性ブースト会議で時間を共にする機会も多いんでしょうけど、仲が良いと思いますよ。彼は盾職として面子を選ばず戦ってますけど、エステルさんやヴォルケッタさんと比べた時にプリシラやゼニヤッタさんとは険悪という事は無くても余り話しませんからね』

 

 意外と的を射ているのだろうか、魔法陣で送り返す位にしか国民の人間関係を知らない私でも聞いてて妙にしっくりくる感じを覚える。

 

『ふーん……物理と魔法も関係あったり?』

『同属性の物理と魔法で特に仲良くなりやすい様に見えますね。プリシラが最近はイリスさんとお友達になったみたいで、逆にミアさんには全く全然信用されてなかったのを寂しがってました。複数得意なのでミアさんのケースは保留中ですけどね』

 

 普段が普段なだけに頭から抜けてしまうが、こいつはPTを分割した多方面作戦の時に見えるように意外と切れ者なのだ。その頭脳をしょうもない参謀効果の改善に使おうとは思わないのだろうか?

 

『まぁこれも私が勝手に考えてるジンクスってだけですよ。この法則だとヅッチーかメニャーニャさんはマーロウさんと仲良くなる筈なのですが、年下すぎますからこれもケースに入れていいかどうか判断しかねてる所です。土風と正反対の属性で仲の良いポッコちゃんやクラマくんも居ますしね』

「おおっと~? この理論、メニャーニャさん的には如何(いかが)ですか~?」

 

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて後輩の脇を突く。色恋に疎そうなメニャーニャをからかおうとしているのだろうが、疎そうなのは本人も同じなのでどちらの恋愛力が高いか地力が試される所だ。

 

「意外と面白い説ですよ。複数得意ならローズマリーさんやシノブ先輩、そしてミアさんの様に最初は人を寄せ付けない様に見えます。お互いの身体から放出されるマナへ、無意識下に反応して慣れるまで時間を要するのでしょうか? マオさんも加入してすぐの時は威圧的でしたが、すぐに誰とでも打ち解けたのは水と大地以外全ての属性を持っていて反発も同調もしやすいのかも……だとすればヒーラーは一体? デーリッチさん、福の神様、ティーティー様、ヘルさん、中でも氷と癒やしの術を持つ福の神様は天界で孤立していました。四人の共通点は……国王、神、秘密結社総帥、癒やしの奇跡は統べる者の才能なのか? あ、ウズシオーネさんも居たんだ……スキュラは捕食者として海で名を馳せていますが、詳しい生態がわからないとヒーラーとしての特性とは結び付けられないか。魔法を使わない癒やしのスキルを持つのはマリーさん、ベロベロス、ベルくん……参謀、番犬、道具屋、王佐の才に通じる物があるような、しかし内二名の薬草学は後天的に身につけられる物だからこれも保留ですね」

「お……おう?」

 

 低すぎる恋愛力と高すぎる頭脳が、茶化すために振った話題に没頭させてしまい困惑するエステル。

 

 その横で考察に加わるか、かなづちの話を聞くかでオロオロとメニャーニャとスクリーンの間で首を右往(うおう)左往(さおう)に回すシノブの姿があった。

 

「め、メニャーニャ! 気になるけど今はかなちゃんの説に耳を傾けて、後で話し合いましょう!」

「おっと、失礼しました」

 

 科学者として理論の解明に尽力する、女子として見合い話に喰らいつく。どちらかに決め兼ねたのかメニャーニャを静止して答弁を抑え、今は話に集中して後で議論を楽しむつもりだ。賢い。

 

『なるほど……しかしそれなら同じ属性で魔法使いのセクシー大使は相性がいいという事になりませんか? このままだと取られちゃいますよ』

『……え?あぁ、エステルさんなら心配ありませんよ』

 

 スクリーンに映るかなづちの言葉を受け、不敵な笑みを浮かべるエステル。自分は安い女ではないのだという自負に満ち溢れた顔をしているが、この後の受け答えを見てどんな顔をするか不安でならない。

 

『考えても見てください。あのエステルさんに恋愛なんて出来ると思いますか? 釣りやプールで引率したり、責任感の強さから大人組としての役割を果たしている姿に騙されますけど、そっちの方は丸っきりお子ちゃま……! あのダイナマイツボディを持っておきながらですよ? あっはーん! も、うっふーん! も出来ないなんて事ありますか? まぁやってる所を想像しても、精々ヅッチーのセクシーダンスと大差ありませんね。恋愛レベルもヅッチーで止まってますよあれじゃあ。ハハッ!』

 

 浮かべていた笑みが歪み、額に青筋を浮かべ怒りに震える口を開いた。

 

「出来ないんじゃなくてしないんだっつーのそんなアホな真似……!」

「に、似合うんじゃないですかね……先輩なら……フッ…フフ」

 

 燃え上がる闘志、セレブでなくともド根性の気炎を立ち上らせてフェニックスの姿を形成しそうな怒髪天。闘気で髪を浮かべるのは格闘家枠のお家芸なので止めてあげて欲しい。ヴォルケッタも自身の必殺技をパクられそうな不安で目尻に涙を浮かべている。

 

「かなちゃんの奴バカにしやがって……見てろ! この高い素早さとそこそこ高めの運から繰り出される全体状態異常を!」

「そうよヅッチー! ナイスセクシー! んんーっ、クリナップクリンミセス!」

「おミャーらやかましいみゃ……」

 

 踊り狂うヅッチーとそのセクシーダンスに狂喜乱舞するプリシラ。その動きたるやナマコのソーラン節とでもいう表現が相応しく、何時もは注意される側のルフレもMPを吸われたように脱力しきっていた。

 これと同列に語られているという事実が、エステルに薪や石炭を()べていく様にして熱く(たか)ぶらせる。

 

『マッスルさん相手なら会話は弾むと思いますけどね。猪突猛進タイプで、運動好きで、脳筋同士! まぁ脳筋でもタイプは逆ですね。お化けの噂で鉱石を独り占めする小賢しい脳筋と、頭は良い筈なのに身体が先に動くから結局何も考えずに行動してる知勇兼備のフリした張飛というか』

「ふっ……!? んんっ……! ふふっ……くっ…ふっ……!」

 

 シノブに秘められた謎の琴線に触れてしまったらしく、必死で笑うのを堪えているが燃える闘志の眼差しがそれを見下ろしていた。

 

『何処かに遊びに行こう、ってなった時にご飯食べる以外の選択肢を何も持ってませんよあの二人は。寿司屋とか鉄板焼とかのお店以外だと、魚釣りに行って食べるかキャンプで炊飯して食べるか……まぁ大凡(おおよそ)デートと呼べるようなプランを建てることは出来ないでしょう』

「ちゃきちゃきカフェ! ちゃーきーちゃーきーカーフェー!」

「はいはい……」

 

 名称への拘りで(いき)り立つ柚葉をどうどうと(なだ)めるローズマリー。年齢や人種を超えて誰にでも()(へだ)てなく接するその姿が、一瞬だけ母と重なる。

 だがすぐに我に返って考えれば、その母性で面倒を観ている相手は自身で経営する店を持つ立派な成人女性だ。ハグレ王国の闇は深い。

 

『フフフ! 食べてばっかりで何にもセクシー活動してないじゃないですかセクシー大使!』

『本当にもう……職務怠慢で参っちゃいますよ。まぁ食べたものは全部胸にいってるから大丈夫ですけどね!』

『……は?』

 

 チラリとエステルを見るも憤怒の形相でスクリーンを睨むその姿に、とても文句を言えるような気は起きなかった。自分の胸と彼女の胸とを見比べ、ただ悔しさに歯噛みすることしか出来ないのが恨めしい。

 

『そんな訳で万が一マッスルさんから迫られても、恋愛とかよく分かんないからの一言で終わりですよ。断るための方便じゃなくて、本当にマジで全くサッパリ(なん)にも分かってませんからね! いやぁ、気を揉む必要がなくて助かりますよ。ピュアで(笑)』

 

 赤紫に輝く瞳が鋭い眼光を燃やす。今度は炎属性悪魔、地獄の蓋でも開けたかのように次から次へと悪魔が誕生する。サバトの儀式を企画した覚えはないのだが一体どうしてこうなってしまったのだろう。

 

 邪悪な儀式を執り行ってしまった事で、これまでのキャリアに傷がつかないか心配になってくる。モニターの中で能天気に笑う奴の姿が、そんな私を嘲笑っているかのように見えた。

 

『そうそう、応援したいと言った手前ですから言っておきますね。マッスルさんを好きだなんていう酔狂な方がおられましたら、何も考えず押せばいいんですよ押せば! ホントに簡単に落ちちゃいますから、所詮草食系ですから肉食の爪や牙には勝てませんって』

 

 草食動物の獣人に見られる恋愛の傾向、これもまた属性や物魔の法則に(つら)なる面白い仮説かもしれないがそんな事より湧き上がる疑問が一つ。

 

『恋愛経験率ゼロパーセントの国で強者とは一体……? そもそもゼロパーセントならマッスルに恋愛してる者も存在しない筈では……』

『んも~小さい事に拘るんですからぁ』

『は!? 小さくないが!!』

『いや身長じゃなくて……(大明神調べ)ってつけたでしょう? リサーチ不足の可能性もありますから念の為ですよ』

 

 紛らわしいワードを出しやがって。しかしハピコの悪夢事件に携わって居なかったとはいえ、彼女の気持ちは気取られていないようだ。実際の所、何処まで隠し通せているのだろうか。

 

『ふん……! しかし薄情な奴ですね。結局、マッスルの役に立つような事は一つも言ってやらない訳ですか』

『最初に言った通り、愛は自分で掴むものですよ。素直になって、気持ちをぶつけてね』

 

 素直、彼にも同じことを言われていた。愛の告白、謝罪の告白、新たな関係を作る告白と過去を修復する告白。まるで正反対の事をするのに、不思議とやるべき事は同じだ。

 

 母の都合の付く日が来れば、もう逃げることは出来ない。私は素直になれるのだろうか。そしてこれから行われるお見合いで、彼は素直な気持ちを誰にぶつけるのだろうか。それとも誰かが秘めたる気持ちを彼に明かすのだろうか。

 

 しかし、それにしてもだ。

 

『素直な気持ちをぶつける度に拒絶されてきた奴が言うのって、余り説得力がありませんけど……』

『フフ……念願叶って水着イベントに()ぎ着けられたのも、私がピュアなハートでぶつかり続けたからですよ!』

 

 鋼鉄で出来た毛むくじゃらの心臓が日夜を問わず襲い来るエステルの心労たるや、どれ程の物かと想像したがそれを言えばまた話が逸れて長引いてしまうと思いスルーした。

 

『ハァ……もう言いたい事もないなら、この辺にして次にいきますからね』

『お疲れ様でーす。あ、女神様も頑張って下さいね』

 

 そう思うなら疲れるような真似をするなと言いたい所だったが、相手をする程の元気は無くなっていた。

 

【ベル】

 

「あのぉ……そ、そのですね……プロジェクターのメンテナンスを行いたいんですけどもぉ……」

「そうか、良し。メニャーニャ! ちょっと見てくれ」

 

 プロジェクターを見張るジュリアとジーナに恐る恐る申し出るも、信用は得られずメニャーニャにお呼びの声がかかる。

 

「あっあっ、夢の中なので現実の機械とは違ってですね……」

「気になりますね。どうなってるんです?」

 

 まずい事になった。もしアルフレッドの時みたいに未編集の記憶フィルムが間違って入れられていたら、次のフィルムには極秘映像が混入している可能性がある。

 

 どうにか誤魔化そうと回収を試みるが、メニャーニャに解体され中身を(さら)け出す。

 

「あー……なるほど、構造を理解してないので見た目だけなんですねこれは」

 

 中は色とりどりの魔力が渦巻くばかりで空っぽの箱になっている。彼女の言う通り、どんな用途で使う物なのかという私の認識だけで形作られるこれは機械としての中身を持っていない。

 

「仰る通りこれでは手が出せませんよ。弄ってみたい気もしますが、皆さんに無駄な時間を過ごさせるのは申し訳ないですしね」

「オ、オホホ。まぁ夢の世界は人の深層心理に精通してないと、幾らメニャーニャさんでも……」

「色付きの魔力が記憶媒体ですか? 多分これを引っこ抜かなければ細工はされませんよ」

 

 なんで分かっちゃうの……? 理屈や理論ではなく、精神や感情への理解が無ければ分からない筈なのに。人の気持ちに無関心な顔を装って置きながら、猫のように音もなく相手の信頼を掴む必殺の対人スキルを持つコミュ強者の勘だとでも言うのだろうか。そういえばさっきも属性間の違いが生む友好関係の傾向について考察してたっけ。

 

 頭が良くてコミュ充で可愛いなんて存在がズルじゃん。せめて身長ぐらいは交換しろという不平不満の声を胸に閉じ込めたまま、見張りの眼から逃れることも出来ない絶望に震える指先で再生を開始する。

 

『はい、続いてのスピーチを行ってくれるのはこちら!』

 

 かなづちのスピーチとは打って変わって生き生きとインタビューに(のぞ)むスクリーンの中の自分と違い、今ここにいる自分はこの悪夢から逃げたい気持ちで一杯だった。

 

『ベ、ベルです! 皆さん、この度はマッスルさんとお見合いされるということで、おめでとうございます!』

 

 マッスルとお見合いが出来ることに微塵も目出度(めでた)さは存在しない筈なのだが、祝辞を述べる彼の青い瞳が空のような晴れやかさで光彩を放つと本当に良いことが起きているかのような気持ちになってしまう。

 

 この反則級の愛嬌に加え薬学の腕も確かなのだから店が繁盛するのも頷けるというものだ。

 

『ハグレ王国初のカップルが誕生するかもしれないと言う事で、それを記念してカップルの方に特別なセールやキャンペーンを開催したいと思います!』

 

 かなづちの邪悪な(くわだ)てとは正反対に、これを機に王国内での恋愛イベントを推し進めようという心遣いが見て取れる。しかし王国男子は僅か五人、そしてその中でもマッスルの女子ウケは不動の最下位(タワーの女神調べ)という事もあり他の面子(めんつ)で済ませてしまえるような案では王国女子の心は掴めまい。

 

『まずはこちら! 先着1名様に王国より徒歩4分の森の中、36LDK和室洋室書斎応接間広間暖炉トイレ噴水浴槽足湯サウナプールテラスガーデンキッチン完備の邸宅をプレゼントさせて頂きます!』

 

 満面の笑みでエゲツない間取りの図面を開いて見せる。現在進行中のお見合いもあり、この先着1名は事実上マッスルと付き合ったものに与えられるという宣言だった。

 

「ほ、本気でマッスルのお見合いを後押ししている……!」

「間取りを見るに、風水的にも良好。これは幸福の家と銘打っても差し支えない、完璧な邸宅です……!」

 

 福の神のお墨付きまで出てしまった。この王国から徒歩4分の素晴らしい好条件に首を捻らせるのはこたつドラゴンだけとなった。こいつどうやってこたつ喫茶まで通勤してるんだ?

 

『まだ土地を確保しただけなんですけど、ボクたちのお城に負けないぐらい立派なお家を建てて見せます!』

「豪邸だな……しかも設備はこっちの城より完全に上……」

「う、うおおぉぉ! 負けてられんでち! うちにも和室洋室書斎トイレ浴槽サウナをつけるでちぃ~!」

「うちは全洋室で書斎トイレ浴槽はあるだろ……! 我慢しなさい!」

 

 意気込むベルくんに対抗心を燃やす国王だったが、財布を握るものに頭を押さえつけられ野望は一瞬にして潰える。

 

『こ、これ大丈夫? どこからそんなお金を……?』

『……ボクの私財を投げ売って出来る、最高の家を考えたんです。商人として、褒められた事では無いとは思いますが、それでもこの王国で一番お世話になった人に……ボクができる最高の恩返しがしたいんです』

 

 ベルくんの空のように青く輝く大きな瞳に自信が満ち溢れている。自分に出来る、最善を尽くしたという自負が彼の一挙手一動に表れていた。

 

『それから次に……気が早いんですけど、ボクから結ばれる二人へのご祝儀です!』

「ブッ……!」

「あーあー、まぁ足じゃ飲みづらいだろうな。ほら、ストローやるよ」

 

 口に含んでいた紅茶を吹き出すハピコの口をブリギットが拭いてやると、何処からともなく取り出したストローをカップに添える。流石のお世話力と感心するが、そういえばこいつ等所構わずパフェなりカレーを食うのに食器をどうしているんだろうか。

 

『これは誰とお付き合いする事になるのか分からないので、皆さんが喜びそうな目録だけご用意させて頂きました。東方からの来訪者が残した船に付着していた苔、若返りの妙薬、ミスリルに始まり竜眼石まで全てのレア鉱石を用いて造られた鉄床(かなとこ)(さい)を振ったものを主役にしてゲームが始まるボード板、帝都が選ぶ名パティシエ達の合作オリジナルジャムセット……』

 

 一人一人を狙いすました垂涎(すいぜん)必至のラインナップに誰もが喉を鳴らし、ショーケースの中にあるトランペットを眺める少年の様にして瞳を輝かせていた。

 

「も……モス……モッスル……? 筋肉と苔はこうして見れば同位体と呼べるのでは……」

「スッ! フッ! スッ! フッ! スペースッ! ヤエちゃんッッ!」

 

 事象改変によって筋肉を苔として愛そうとする者、長年夢見た主役の座を眼にして今更感溢れるダイエットを行う者、様々な反応を示しお見合いへのボルテージを高めていく女性陣。

 

 やはり最後に物を言うのは欲望、どれだけ己の願いを叶えてくれる男性かという事に尽きる。どう考えても叶えるのはマッスルではなく、ベルくんであり株も気風(きっぷ)もマッスルより良い羽振りを見せているのだが本人はそれに気付かず何処吹く風だ。

 

『ご心配の方も居られると思いますが、余った物はセール終了後に販売も致しますのでご安心を! ただどれも希少品なので取り寄せにお時間を頂く事と、予約後のキャンセルは受け付けられませんのでご了承下さい。それでは皆さん、マッスルさんをよろしくお願いします!』

 

 セール終了後に高額で売りつけて元手を取り戻す算段までつける手際の良さ、自立した商人としての強かさが伺える。それでもあれだけの豪邸なら赤字は出るだろうが。

 

「さ、さぁ終わったんだしスキップを押しましょう! ジュリアさん!」

 

 今はベルくんの財政を心配している場合ではない。今この絶体絶命の窮地を逃れるため、ここから先を無かった事にするのだ。

 

「スキップ? どれだ……」

「再生マークと棒の奴ですよ!」

「これかな?」

 

 ギュルギュルと音を置き去りにして画面が流れていく。この説明でどうしたら早送りを押してしまうのかはわからないが、このまま次のチャプターまで飛ばしてくれれば結果としては変わらない。

 

『フフフ……さ、撮影お疲れ様、ベルくん……所でじ、自己紹介がまだだった気がするんだけど?』

 

 何故また再生ボタンを押してしまうんだ? 間違えた者が自己判断で余計な事をすれば事態の収集がつかなくなるのは組織運営において避けるべき基本だというのにはぐれ警察はこんな体制で大丈夫なのか?

 

 場面が変わりセットを片付けて次のスピーチに向けて組み直すのを手伝ってくれているベルくんが映る。

 

『あ……すいません、タワーでもハピコちゃんの件でもお世話になりました。道具屋のベルです』

『フ、フフ……タワーの女神、正しくは夢の女神です。よろしくねベルくん。あ、ベルくんは今幾つになるのかな……? ハァ……ハァ……』

 

 突き刺すような視線が汗腺を突き刺して穴を広げるような感覚に襲われ、だらだらと冷や汗が流れ落ちる。

 

『あ、あのボク物心ついた時からはぐれだったので正確には……ちょ、ちょっと息が荒いですけど、大丈夫ですか?』

『し、心配してくれるの? 優しいね……フーッ……! フゥーッ!』

「あ……あの、スキップはですね……」

「機械に触れるな」

 

 この状況をスキップしたい。そんな気持ちでスキップを押してもらえるよう催促してみるも冷たい声で一蹴されてしまった。

 

『い、今すぐ解熱剤を用意しますから……』

『ヒャア! もうガマンできねぇっ!』

 

 肩に手を置かれ万力のように締め付けられた指先が骨を掴んでいるのを感じ取り、激痛にうめき声を漏らすがスクリーンから再生される自分自身の声にかき消され誰にも聞こえなかった事だろう。

 

『う、うわああぁっ!?』

『お姉さんはねぇ……君みたいなかわいいねぇ……子の悶絶顔が大好きなんだよ!』

 

 これ以上見るに堪えなかったのか、映像が一時停止すると腕を後ろに組まされ拘束される。

 

「あ……あの、これはですね……」

「汚い……!」

 

 弁解の余地もなく何処からともなく罵声が飛ぶ。比喩(ひゆ)ではなく本当に汚い物に対して、ただ只管(ひたすら)に嫌悪を(つの)らせた眼差しが胸を貫く。

 

「ち、違うんです! 誤解なんです!」

 

 このまま反論も許さず私刑を続行するのは野蛮すぎるよね? はぐれ王国はちゃんと文明ツリー伸ばしてるよね? そんな淡い期待から弁明を続けてみるも返ってくる視線は冷え切っていた。

 

「みんなこたつの中に入るじゃん! わ、私……私が、残された子供たちを守るじゃん!」

「押すな押すなって! イデデデデ!? 羽踏むなって!」

「マ、マリオンは子供じゃな――!」

 

 風呂の中にもこたつを持ち込む危険な行為も辞さないこたつドラゴンですが、仲間の窮地にはこのように自分から外に出て守るべき対象をこたつの中に押し込むんですねぇ。そんなナレーションの入りそうな一幕だが、自身の強すぎる冷気と怒りに震えるその姿が本気モードである事を悟らせる。

 

「何時の時代も、子供は国の宝さ……お前の甘言に乗るべきじゃなかった。よくもオレ達の宝を傷物にしてくれたな……!」

「10かそこらの子供を相手に、何をしたかわかっているのか!? 恥を知れ!」

「何がざくアク二次創作よ……! アンタのせいでケダモノアクターズになっちゃったじゃない! 原作者に謝れ!」

 

 誰も話に耳を貸してはくれず、続々と非難の声が上がり四面楚歌の様相を成す。

 

「ねぇマリー? ベルくんはどうなっちゃったんでちか?」

「大丈夫、大丈夫だよデーリッチ。でもね、まだ君には見せられない世界があるんだ。君が私に教えてくれた空の青さや、お日様の暖かさ、そして一切れのパンは月の無い夜みたいに真っ暗な私の世界を照らしてくれた。でもそれより前、私が知ってた世界はそうじゃない……そして君がどんなに綺麗で、優しい世界を見せてくれても、それは変わらず存在しているんだ。いつか君も知るときが来るかも知れないけど、心配しないでデーリッチ。私がこんな世界、壊してあげるから……」

「のあぁーっ!? 世界の醜さにマリーが闇堕ちしてしまったのじゃ!」

「フッ……フフッ、フォールダウン! 光を失っていくその瞳……美しいぞマリー」

 

 生気のない曇りきった瞳のままスクリーンを自らの身体で隠し、こたつからあぶれたデーリッチをあやすローズマリーの姿を恍惚とした表情で眺めている悪魔。真の邪悪はあちらなのだと責任を押し付けられないだろうかと策を練るも、押しよせる罵倒の嵐には抗えない。

 

「広い宇宙じゃ、珍しくもない事みゃ。勇者と呼ばれるミャーだって、悪の全てにゃ手が回せん。それでも、あの時以来みゃ……ミャーの仲間を、この手が届く所に居ながら守ってやれなんだのは……!」

「すっ、すみっ……ずびば……ぜ……で、でぎっ……でぎごごろ……だんでずぅ……」

 

 最早(もはや)ここまで、そう思い泣き落としにかかる。哀れみ、猜疑、軽蔑、様々な視線が向けられている中で唯一、瞳に慈悲の光を宿しているのは意外にも柚葉だった。

 弁護を求めてチラリと見上げると、表情を変えぬままに言葉が綴られる。

 

「悪いが私から君に贈れる情けは介錯だけだ。約束しよう……痛みは無い」

 

 返ってくるのは希望を切って落とす一言だった。罪が重すぎないかという疑問の声を上げた所で、誰も相手にはしてくれない雰囲気でただ命乞いをするしか無かった。

 

「ぢがっで……ぢがっでだにもじでまぜんがらぁ……ひぐっ……なにどぞぉ……」

「もう言い逃れは出来ないな。断頭台が、お前のゴールだ……!」

「夢の中で焼き尽くしておくべきだったわ……」

「……気は進まないが続きを見よう。ベルくんの身に何が起きたか、確認するんだ」

 

 子供たちに悪影響を及ぼさないようにこたつの縁をきっちりと密閉し、再び再生ボタンが押される。それ中の空気は大丈夫? 一酸化炭素中毒にならないの?

 

『だ、大凶爆弾!』

『ぶえっ!?』

 

 一枚一枚丁寧に集められた大凶おみくじで厄を封じ込めたお手製の爆弾が至近距離から炸裂し、二人の間に黒煙が吹き出した。スクリーンの中で麻痺に痙攣(けいれん)している私を、煙幕の中で立ち上がる影が見下ろしていた。

 

「だ、だがら何もじでないっで……」

「返り討ちにあっただけだろ……!」

 

 スクリーンを覆う煙が晴れると、持ち前の状態異常耐性でゼロ距離起爆した大凶爆弾の被害を軽微に抑えたベルくんの姿が顕になる。

 

『ハアッ……ハアッ……騙したんですか!』

『ち、違うんです! 出来心なんです!』

「こればっかだなこいつ……」

 

 より一層、憐れみと軽蔑の視線が強くなった気がするが怒りは収まってきたのか殺気やピリピリとした空気は静まりつつある。取り敢えず、断頭台は(まぬが)れそうだ。

 

『ウソだ! マッスルさんのお見合いの事もウソなんだ! ボク、少しでもマッスルさんの役に立ちたかったのに……』

 

 悲しげに(うつむ)き、首も耳も項垂(うなだ)れる。その落ち込みようは自分が騙されたことよりも彼の力になれない自身への(いきどお)りが見えるようだった。

 

『マッスルさん、何時もは筋トレの後に自分の筋肉へ語りかけてるんです。タンパク質が欲しいのか、まだまだ糖質は我慢しろよ、オイルのノリが悪いぞどうしたんだ、大腿四頭筋は昨日頑張ったから無理するなよ……って』

「ヒエッ……」

「怖……」

 

 マッスルの知られざる私生活の一面に恐々とする一同。スクリーンの中の私も麻痺が無ければ恐怖に怯えて震えていたことであろう。

 

『でも最近、それも忘れて寂しそうな顔をして下を向くんです……ボクはマッスルさんに前を向いたままでいて欲しい。みんなを守ってくれるカッコいいマッスルさんでいて欲しくて、色々励ましたり、ボク特製のプロテインをプレゼントしたりはしてみたんですけど……ボクに気を使って作った笑顔なんてすぐに消えちゃうんです。ボクじゃ、ボクじゃダメなんだって……ボクじゃマッスルさんを、本当に笑顔にはしてあげられないんです……』

 

 ベルの秘めたるマッスルへの思いの丈が吐き出されていく。感謝、親愛、そういった言葉一つでは足りない情熱的な思いの丈が明かされる。

 

「スウゥゥ~~~っフウゥゥゥ~~~~っ……!」

 

 ウズシオーネの深呼吸が張り詰めた空気を吸い込むように響き渡る。突然の大きな呼吸音に毒気を抜かれたのか、みんなが肩の力を抜いて私への警戒も忘れ画面に見入ってベルくんの話に耳を澄ましていた。

 

 圧し掛かる威圧感から助けられたものの、何故かサングラスの奥に私とは違うタイプの邪念を感じるような気がしてならない。

 

「ウズシオーネさん、呼吸一つで怒りを沈めて……凄いです。私は許せません、こんな卑劣な真似……!」

「えっ!? あ、あぁ……そう……そうね……」

 

 心中穏やかならぬ様子のレプトスが感情を制御できない自らの未熟を嘆く傍らで、怒りに(とら)われず物思いに(ふけ)っていた様子のウズシオーネがそれを大した事でもないと流す様を見て一層強く熱い羨望の眼差しを送っていた。

 

『だから……だから、何時もみんなを守ってくれてありがとうって、今までの恩返しがしたかったのに……こんなのって無いよ……』

 

 涙を流さぬよう堪えながらも、溜まった水が溢れる道理は覆せない。せめて泣いた跡を残さぬようにと、俯いて頬を拭っていた。

 

『そ、その言葉が聞きたかった……!』

 

 逸れていた軽蔑の眼差しが再び集まるのを感じる。こんな時に何を言っているんだという、言い逃れにうんざりしたような苛立ちが混じり合った空気の中で怒りが膨れ上がるのを感じる。

 

「は? 何してんの? 暴行未遂の犯罪者が使っていいセリフではないんだが? テッヅーカ先生に謝りに行くか? お?」

「い、一度でいいがらいっでみだがっだんでずぅぅぅぅ……!」

「ウ、ウズシオーネさん!?」

 

 触手が絡みつき関節をあらぬ方向へと極められる。○グゾディアの手足を適当に配置して変なポーズを取らせて遊んでいるかのように奇怪なポーズを強要され体の節々が悲鳴を上げる。残虐超人顔負けのサブミッションを見かねたレプトスが何本か抑えてくれているが、即死を免れているだけで全身がバラバラになって死にそうな感覚が続く。

 

『いい? ベルくん……君の、その想いこそが一番マッスルさんの助けになるんですよ。豪邸や個人の趣味嗜好に沿った贈り物なんかじゃないんです』

 

 騒音にならぬよう配慮してか、締め付けが解かれ地面に投げ出される。もう少し長く極められていたら耐えきれず夢の欠片残高を切って緊急脱出していたかもしれない。こんなヒドイ目に合うならやっぱり二十個じゃ割に合わない気がする。

 

『それぞれに込められた想いが、ベルくんを今まで可愛がってくれたマッスルさんがどれだけすっ……ぶっ、ふふ……く……ひひ……すっ素敵な、男性か……』

「言えてないじゃない……」

(むご)いですぅ……」

「じゃあ雪乃さん言えるんですか!? 筋肉に話しかけてるマッスルの話を聞いてドン引きしてた雪乃さんが! マッスルを思い浮かべながら【素敵な男性】って言えるんですか!? 言ってみろオラッ!」

「ひっ! す、すいません……」

「ええい、神妙にしろ!」

「べみょ!」

 

 怯える雪乃を庇うように前に出てきたサイキッカーのサイコブラスター(弱)が圧し掛かると、天使が囁くように甘く澄み透った美声を奏でる喉からカエルが潰れたような音を出してしまった。

 

 地面に張り付けられ視界を支配するのは張りのある大根のようなごんぶとの足と、その後ろに隠れる白雪を被った細枝のようにしなやかな足だった。屈辱から目を背けスクリーンへと向き直る。

 

『……』

 

 ムッとした顔のまま、涙を拭い去り無言で大凶爆弾を掲げるベルくん。乙女心にマッスルを素敵な男性としてみるのは無理があることを理解して欲しい。

 

『あっ、あっあっ! ゴ、ゴホンゴホンエヘン! みんなにマッスルさんの良さをもっと知ってほしい、彼のみ、みりょ……くっ、くくっ……み、みりょく! 魅力に気づけば自然と彼女も出来るだろうって……。そうプレゼントに込められた想いを、ベルくんの瞳に映るマッスルさんを伝えないとみんなに見えてないマッスルさんの魅力に気付かないでしょう?』

「良く回る口だな……」

「ホント! ホントにこう思ってたんですって!」

「じゃ私達に見えてないマッスルの魅力って?」

「それはベルくんがプレゼントに込めているので私の口から言うのは無粋と言うか何というか……」

 

 そんなもんあるなら私だって教えて欲しいくらいだ。デリカシーはゼロを通り越してマイナス、顔面偏差値は平均以下、気は利かないしむさ苦しい、ただ頼りになるだけの男だ。

 

 なんだ一つはあったんだなと思い返すと彼の硬く、熱い手の感触や潤んだ黒い瞳、そしてかけられた言葉の数々が脳裏に浮かぶ。

 

「か、顔赤くなってない?」

「あっと、強すぎたかしら……」

 

 サイコブラスター(弱)の重圧が軽くなったが、胸の息苦しさはまだ消えていなかった。だが雷属性攻撃を喰らった直後の不整脈はよくあることだと、深呼吸して脈を正常に戻すべく(つと)める。

 

『王国民のみんなは、プレゼントに釣られて好きでもない人と添い遂げる様な人じゃないと思うの。だからこうして一芝居打って、ベルくんの気持ちを……貴方に見えてるマッスルさんをみんなに伝える必要があるって、本当にそれだけですよ』

「本当にそれだけか?」

「だから……誤解だっていったのにぃ……」

 

 尚も疑いの眼差しが向けられているがこの先を見れば分かってもらえる可能性はある。今は耐え忍ぶ時。

 

『……分かりました。治療薬をお渡しします』

『ご心配には及びません、よっと』

 

 麻痺していた身体を起こすとベルくんが何故とでも言いたげに口をパクパクさせて驚いていた。

 

『曲がりなりにもボスキャラですから、麻痺は通りませんよ。演技だって分かってもらえましたか?』

 

 まぁこれは嘘で単純に時間経過で麻痺が解けただけだった。耐性を持ってるのは私じゃなくてモルペウスの方だし……あ、暗闇が通るのはここと攻略wikiだけの秘密ね?

 

『ど、どうして……そこまでしてくれるんですか?』

『……私は信じる者の願いを叶える、立派で素敵な女神様ですからね』

 

 画面の中では穏やかな微笑を(たた)えた素面(しらふ)で言っているが、何故だか下手なドヤ顔を映されるよりも恥ずかしい気持ちになる。

 

『あ、あの……ありがとうございます。疑って、すいませんでした』

『フフ、いいんですよ。マッスルさんを応援する者同士、仲良くしましょう』

 

 ベルくんとの和解を示す。これで不当な拘束から解放され無罪放免となる筈だ。

 

「むぅ……我々の早とちりだったか。考えてみれば彼女もまだ子供だしな」

「うぼあっ!?」

「私も介錯は言いすぎた。ポッコ殿も加入当時は我儘で皆を困らせた事だし、(わらべ)に必要なのは躾だったな」

「むぎゃおおっ!」

 

 カワイイ美少女の罪を(ゆる)そうと優しく擁護の言葉を投げかけてくれている筈なのに、まるで林檎を頭に乗せたピエロ目掛けて投げられる素人のナイフが如く心に突き刺さっていく。

 

 しかし実年齢を明かそう物なら手錠に繋がれ監獄行き、少なくとも今は年下のジャリ共から幼女扱いを受ける精神的苦痛を甘んじて受け入れるしか無い。

 

「どちらにせよ凄い演技力です……演技指導に来て貰えればハグレ一座でもっとレベルの高い劇も狙えますよ!」

 

 言葉の暴力が生み出す痛みの中で甘美な囁きが響く。流石ハグレ一座監督の娘というだけあって見る目が高い。隠していたがついに見抜かれてしまったか、私のスター性を。

 

 しかし幾ら完璧超人の私でもモデル兼俳優兼タワーの女神という三足草鞋(わらじ)の生活は少し息苦しい。タワーの女神捨てちゃうか?

 

「マリー! 悪い夢は終わったのじゃ! 皆の元へ戻ろうぞ!」

永久(とこしえ)は夢……冷たき(うつつ)の手を離れ……夢幻の熱に(うな)されて……()の行く末は絶え、()に元より道は無し……」

「なんかヤバそうな詠唱してるぞ!?」

「……その彼女の演技のせいで未だに闇から帰ってこれない者がいるようだが」

 

 闇堕ちしたままのローズマリーがバリアの中で謎の呪文を唱えていた。音までシャットダウンしてるのか周りの声は一切聞こえていないらしく、私の主演女優賞物の演技を見逃すなんて勿体ない事をしましたね。なんて冗談も勿論通りそうにない。

 

「先輩! 雪乃さん! 念の為に壁スキルを……だいこんピリジャン使いますから!」

「わ、私ジャム派――もごご! か、辛……! 」

 

 ジャムではTPが回復しない。そんな訳で訴えも虚しく口に大根でマイルドに抑えた豆板醤を詰め込まれるがやっぱり辛いものは辛いらしい。

 

「私が盾になる……ジーナ!」

「はいよ」

 

 全身を鎧に包んでいるとは思えない素早さでローズマリーを包むバリアへ肉薄し、その勢いのまま盾で殴りつけるもバリアはビクともしない様子だった。それに続けてジーナも肩を回し、軽く筋肉を(ほぐ)してハンマーを叩き込む。

 

 しかし結果は同じく、バリアに何の反応も見られず反対側で魔法を連打している後衛陣も同様の有様だった。

 

「なんなのじゃこれは! どうすればよいのじゃ!?」

 

 何をしても動じなかったバリアが輝き出す。それを反撃の(きざ)しと観て守りを固める王国民達。

 

 死闘が繰り広げられるであろう横で、もはや誰も見聞きしていないスクリーンに音と映像は流れ続けていた。

 

『ですからぁ……このお見合いだけで上手くいくとも限りませんし今後の事を考えて、連絡先だけでも……ね?』

 

 みんな戦いに夢中で良かったと心の底から思うのであった。

 

【マーロウ】

 

 貼られていた魔力のシールドを放出し衝撃で耐性無視全体スタンを撒き散らしたり、放出される属性に応じた魔法で攻撃しないとカウンターで追撃されたり、炎と氷を合わせた魔法防御を無視した極大ダメージ全体攻撃等の猛攻を凌いだり、物理攻撃は一切してこないのに何故かこたつカウンターに反応してカウンター無効化レーザーを撃ってきたり、苛烈な猛攻を乗り越えつつ全員のTPを最大まで溜め込みデーリッチに注ぎ込んで打ち込まれた王国フルスイングでシールドを叩き割って無事説得に成功してめでたしめでたし。

 

 という事で続行しようとしてはいるのだが。

 

「は、はぁい皆さん! 闇堕ちマリーさんとの戦いで疲れた身体を(おもんばか)り、特別にご用意させて頂いたこちら悪魔の実をどうぞご賞味……」

「申し訳ないのだけれど、近寄らないで頂ける?」

 

 私の主演女優級の演技を逆に信じ込んでしまった者もおり、私のケダモノ疑惑は晴れたとは言えず一部の国民からは警戒されたままとなっている。激しい気性と暴力的な炎の魔法とは対象的な、理知的な輝きを放つ澄んだ夜空を想わせる蒼い瞳が冷たくこちらを拒絶していた。

 

 記憶にある飲食物の再現程度の事は願いの欠片を使うまでもなく出来るとはいえ、この味と効果を生み出すのにどれだけ苦心したと思ってんだこの小娘。十四そこらでそのデカい胸と態度が許されると思っているのか?

 

「は、はい! それでは次はクラマくんのスピーチを再生致しますのでね……」

 

 怒りを抑え、策を決行する。今度こそすり替えてみせる。

 

「待て、今まで加入順だったのに何故いきなりマーロウ殿を飛ばした?」

「え”っ!」

 

 光の速さで(くわだ)てがバレる。何も考えずに編成画面でキャラの並んでる順番に名簿作って進行してたんだけどそりゃそうなるか。先のベルくんの一件で不信を募らせてる以上、()くなる上の手段は一つ。

 

「お、お願いします後生ですからこの映像だけは……これだけはご勘弁を……」

 

 平伏し許しを請う。夢の欠片残高を全てぶち込んだモルペウスで決戦を挑んだ所で、あの時の3倍程度の強さが関の山。始めに言ったように全メンバーが集結しているここで戦っても勝ち目は一切ないので謝罪で切り抜けるしか無い。

 

「ま、まさかパパにも……?」

「いや、マーロウ殿に限ってそんな事は起こり得ない。御身の安否よりも女神の企みのほうが気になる」

「あ、あぁーっ!! お客様!! 困ります!! あぁーっ!! 困ります!! 困ります!! 困ります!! お客様!! 困ります!! あーっ!! 困ります!! お客困ーっ!! 困ります!! 困り様!! あーっ!! お客様!! 困ります!! 困ります!! お客ます!! あーっ!!」

 

 謝罪で切り抜けられない以上は駄々をこねる、とみせかけて記憶媒体の破壊へと作戦を移行する。ジタジタと往生際の悪い様を見せつけ、隙を見てプロジェクターにすり寄っていく。

 

「アバドンストームっ!」

「……えっ?」

 

 荒れ狂う暴食の風に乗せられて天を舞う。それは(いなご)のように肉を喰らい疫毒を運ぶ風、その中で息継ごう者の肺まで切り裂き、皮膚に潜り込んで勢いを止めぬまま神経を蝕む悪夢の名だった。

 

「よしっ、これで大丈夫じゃな!」

「得意気にボス耐性を語ってた割に麻痺まで入っておらんか……?」

 

 手加減してくれているが当然痛い。主に毒が痛い。沈黙は喉がムズムズする程度に抑えてくれているがスリップダメージは加減のしようもなくモリモリとHPを削っていく。

 

 家賃の滞納も無くタワーをイベントで賑やかす働き者の従業員が、こんな残酷な仕打ちを受ける事に社会的問題があるのは確定的に明らか。この夢が終わったらすぐにでも労基に駆け込んでやる。

 

『オホン……えー、この度はマッスルくんのお見合いにご足労いただきまして誠に有難うございます。応援演説をさせて頂きます、マーロウです』

 

 抵抗も許されぬまま、我が創造物である筈のプロジェクターはこの意に反して映像を流し続ける。その中で精悍な身体つきの獣人が、演壇の上に用意した原稿用紙を読み上げていた。

 

 痛々しく残る胸元の傷跡、(たずさ)えた刃にも劣らない切れ味鋭い眼光、凶相の自覚があるのかなんとか表情を緩めようとしているが、まるで笑顔を作れと命令された殺戮兵器のように顔が引き()っている。

 

『我々の馴れ初めは、忘れもしないケモフサ村……』

『す、ストップストップ! ……け、ケモフサって、あのケモフサですか!?』

 

 迂闊だったとは思う。しかし、どうしてこの胸焦がす熱情を抑えることが出来ただろうか。

 

 このタワーのボスが落とす秘宝、海の祈りが込められた雷槌を退ける指輪、不浄を焼き尽くす竜のオーラを秘めた宝珠、世界三大美斧、六魔が恐れた正義の拳、古今東西の(うた)に聞くあらゆる宝物の中で高身長ブーツを超える秘宝は打ち出の小槌以外にない。ギャンカーに莫大な資産を奪われているが未だに出ず、ロイヤルタマルが三個でダブっている。殺すぞ。

 

 そんな至極の宝が生産される秘境の住人から話を聞けるとなってどうして落ち着いてなどいられようか。

 

『おや、あんな田舎村を知ってくれてるとは嬉しいな。そういえばそのブーツ……』

「ゲッ……ゲエッホ! グゴゴゴゲェェェッボ!」

 

 乙女が出してはいけないような必至の嗚咽を振り絞り、音声を少しでも妨害しようと足掻(あが)く。知られるわけにはいかない。このタワーとブーツ、そしてマーロウさんに授かった秘術の正体だけは。

 

『ハイ! マッスルさんより奉納されました! そ、そのっ、私……最近ケモフサブランドを知ったばかりなんですけど、ブーツの他にもこういうのって色々あったりしますか!?』

『そうだね……君と同じ悩みを抱えている()が、拠点にも二人いるよ』

『み、見ただけで私の悩みが分かっちゃうんですか!?』

『フフフ、勘は良い方なんだ。しかし君の場合はタワーにブーツ、二つもアイテムを使っているので物を増やすのはオススメしないな』

 

 嗚呼、遂に白日の下に晒されてしまった。ざくざくアクターズクールビューティー部門不動のナンバーワンである私の美貌を支える屋台骨、静かに力強い高みが見せる厳粛なイメージを固めつつミステリアスな雰囲気を演出し神性を象徴するこのタワー。そして宇宙創造より幾星霜の時を迎えた星々の内からただ一つ産まれた奇跡、ファッションブランド『ケモフサ』が創り上げたこの銀河の至宝である高身長ブーツ。

 

 二重に張り巡らされた完璧な美の計略が、こんな所で(おおやけ)になってしまうなんて一体何処で何を間違えたというのか。

 

「あのタワーって身長アップの意味でつけてたんだ……」

「そんなんでいいなら、俺みたいに椅子浮かしてその上に立ってた方が高くなれそうなもんだけどな」

 

 バカにしやがって、所詮タッパも胸もデケぇ無機物に崇高なる神の悩みと苦しみが理解できるはずもない。

 

『や、やっぱりそうですか……』

『落ち込む必要はないよ。まだ二人には伝えていない、取っておきの秘策がある』

「マーロウ殿!? ど、どういう事じゃ転売屋!」

「抜け駆けだぞ! お前は同志ではなかったのか!?」

 

 ちびっ子二名が天井に貼り付けにされているこちらを涙目で睨んでくるが、泣きたいのはこっちの方だ。沈黙で反論すら許されないが、少なくともこんなエグい状態異常の塊をぶち込んでくる奴等と同志になった覚えはないし転売屋呼ばわりも危ないから止めて欲しい。

 

『椅子に座って楽にして欲しい。カットはしないが、少しだけ髪を弄らせて貰って構わないかな?』

『は、はい!』

 

 言われるがまま席に着くと、腰布の中から(くし)を取り出す。ちゃんと(ふんどし)の中ではないのを確認できたので精神的にも衛生的にも問題はなかった。

 

 椅子に座る私の後ろに廻り、髪に櫛を通す音とセットを見つめる私の視点だけが延々と映るつまらないシーンが続く。年少組が退屈してスキップを押してくれないかと期待してしまう。

 

『初対面の相手に、女性の命を預けさせるような真似をしてすまないね。だが期待には答えてみせるよ』

 

 紳士的な物腰と自信に満ちた笑み、そこに秘められた確かな自信が伺える。優しくゆっくりと髪の質感を確かめるように櫛を通し、形作っていたのだがスクリーン越しではその感触は得られない。

 

『……こうしてると昔を思い出すよ。あの娘が小さい頃は、私がこうして髪を()いてやっていたんだ』

「あ、あの……やっぱりスキップして次に行きませんか? パパも大丈夫そうなので……」

 

 幼少の時分を明かされる事に抵抗があるのか、以外な助け舟が飛んできた。父親譲りの意思と芯の強さを併せ持つ彼女なら必ずやスキップまで持ち込んでくれる事だろう。

 

「いや、余罪は全て洗い出したい。ここまで罪を重ねてきた前科を(かんが)みれば、これを見過ごして先に進むことは出来ないからな」

「や、やっぱりそうですよね……すいません」

 

 たった一言で潔く身を引いて席に付き、羞恥に俯いて時がすぎるのを待つことにしたようだ。設定資料集と話が違うじゃん切れ長の瞳に宿る意志の強さはどうしたんだどうしてそこで止めるんだそこで! もう少し頑張ってみろよ! ダメダメダメダメ諦めたら!

 

 アバドンストームの沈黙が続く中で声にならないエールを送るが、無情にも彼女にこちらの想いが届く様子はなかった。

 

『昔から引っ込み思案な子で、あの娘が家に来てすぐの頃は物陰からじっとこちらを見るばかりで近寄れるのは食事の時だけだったよ。ある日、行商の護衛で帝都に寄ることがあったんだがそこで綺麗な櫛を見つけてね……娘に買ってやりたかったんだが、金欠で手が出せなかった私を見かねて行商の方が報酬にオマケをつけてくれたんだ』

 

 語られるのは過去の貧しい日々が見えるものの、何処にでも有りそうな平凡な過去。櫛が髪をなぞる度、髪型を整えようと彼の無骨な指先が頭を撫でる度に父の顔を思い浮かべてしまった。

 

『どうやって渡そうか部屋の中で櫛を見つめて考えてるうちに、あの娘が半開きにしたドアからじっとこっちを見つめていた。櫛を差し出すように手を伸ばすと、恐る恐る近づいて櫛を手にとってこれは何? と聞かれ使い方を実践して見せ……それからはあの娘が自分で出来るって言い出すまで、私が髪をセットしていたんだ』

 

 私が父を思い浮かべるように、彼もまた幼い頃の娘を思い出していたのだろう。血の繋がりなど無くとも、硬く力強い指先から伝わる優しい指使いが言葉もなく彼が父親である事を雄弁に物語っていた。

 

『後になって気付いたんだ、小さかったとはいえ女の子が櫛も知らないというのも変だってね。きっと、どう接していいか分からずにいた私と接する切っ掛けを作ってくれたのかもしれないな』

「ふぅ~ん、素直じゃないんだ?」

「だ、だって……パパ、昔から顔怖かったから……話し辛くて……」

 

 当事者はミアラージュにからかわれ、子供心に近寄りづらかった事を弁明していた。ピンクの体毛に覆われていても、頬が羞恥に赤く染まっているのがハッキリとわかる。

 

『フッ……退屈な昔話を聞かせてすまないね。娘以外の髪に触れたことはなかったのだが、痛くなかったかな?』

『あ、大丈夫です……はい』

「……私の時は痛かったわ」

「今なら痛くないかもしれませんわよ?」

「もうっ! 間に合ってます!」

 

 姉に便乗する様に顔をだした妹が、珍しく他人をからかう側に回って楽しんでいる。四つの黒紫色を帯びた瞳がアメジストを想起させる。

 

 同じ色の中で深く(くら)い奈落へ続く穴の様に底知れない妖艶(ようえん)な光を宿す物と、硝子(ガラス)の様に淀みなく透き通り覗き込まずにはいられない物とに別れ、四つの瞳が絡み合い虹彩の蜘蛛の巣が張り巡らされていた。

 

 それは幼い風貌の姉や、図体ばかり大きくなって頭は年少組と大して変わらない運動音痴の妹の物とは思えない蠱惑への誘いだった。

 

「……何か壮絶にディスられた気配を感じますわ」

「バカにされたくなきゃご飯前のおやつを我慢なさい? 年取ったらこういうの一気に来るって言うし」

「ちょっ……お姉ちゃ……やあっ……」

 

 何気にレア会議を見ていたらしく、見た目には分からない程度に肉のついた妹のお腹をつつき回すと瞳の輝きに相応するいやらしい声をあげながら身を(よじ)って胸を揺らし甘い吐息を漏らす。

 

 あざとい真似と肥えた胸とケツでうら若き画面の前のプレイヤー達を弄びやがって、回想魔法陣でもそうだ。初心(うぶ)なネンネじゃあるまいし、成人間近の女がフルチンの一言二言で恥じらう訳があるか。

 

 セクシー大使の影に潜む邪悪な裏ボスセクシーブラック。この美と正義の女神が必ずその野望を打ち砕いてやる。

 

『よし、長話で時間を無駄にさせたお詫びに……鏡を見てごらん』

「ケ、ケホッ……ヒュッ、ヒュウーッ……!」

 

 目の前の巨悪ばかりに囚われている内に問題のシーンはすぐそこまで迫っている。掠れた呼吸音で必至に気を逸らそうと抵抗するも、無駄な足掻きだった。スクリーンの中、鏡越しに映し出される綺羅(きら)びやかな装飾を纏った私が映し出される。

 

『ケモフサ流変装術奥義……エクスタシー天馬混合盛り!』

『あ……あぁぁーッ!?』

 

 螺旋を描くように盛り上げられた髪が、誇り高き一角獣の様に鋭く天を穿つ。散りばめられたヘアピン等の小物類で髪型を保持しつつ、一角の雄々しさを女性らしい華やかさへと落とし込む匠の手腕が光る。

 

 知られざる天才、秘匿されし芸術家、魔術と見紛(みまご)うアーティスト。武人らしい無骨な指先が生み落としたとは思えない、繊細で優雅な魔法に長年抱いてきたコンプレックスを余りにも容易く打ち破られてしまった。

 

『元々は斥候や密偵の変装がバレた時、囮役に奇抜な髪型をさせて注意を向けるための物だったんだが身長を(いつわ)るのにも使えると思って改良してみた。髪に多種多様なアクセをトッピング感覚で盛り付ける事で日々進化するオシャレを楽しめるのも利点と見ていいだろう。頂点にタワーを建てるのはバランスが悪いので、八合目当たりに置いてみたがどうだろうか?』

『こ、これが理想の私……?』

 

 まるで(さなぎ)が蝶となる瞬間をこの身で体感するかの様な鮮烈な衝撃と感動、熱く高鳴る胸の鼓動は高身長ブーツとの出会いに匹敵する激しいビートを私の心臓に刻んでいた。

 

 身長140cm、ブーツ20cm、そこに40cmの髪型が加わりその八合目から20cmのタワーが雄々しくそそり立つ事で16cm伸びてマーロウさんをも上回る身長216cmの世界。私の思い描いていた身長180cmあったらな、そんな夢を遥か高く超えた世界を実現してくれた。

 

「その髪型も身長アップだった訳ね……」

「芸術性は評価できるですよ。ただ派手な装飾品の中でタワーだけ地味ですから別のアクセの方が良さそうですね」

「マジ? 懐広いな芸術の神……」

 

 そして今、新たに産声をあげた私の夢は下賤(げせん)な人間どもの心無い言葉でズタズタに引き裂かれてしまった。私の新たな生命(いのち)、生きる希望、祝福された世界への扉、輝いていた未来は一日も経たない内にボロ雑巾にされてしまった。

 

「すごいのじゃ……こんな隠し玉を持っていたとは、流石マーロウ殿!」

「し、しかし仕組みを明かされてはもうこの奥義は使えない。この映像は我々の為にもスキップすべきだった……同志はこの秘密を守ろうとしてくれていたのか……」

 

 ガックリと膝から崩れ落ち、張り付くように保たれていた無表情の仮面が剥がれ後悔に歯噛みし目に涙を浮かべながら星の守護者は地に伏した。

 

「そ、そんな事とは露知らずワシはアバドンストームをぶち込んでしまったのか……!? 魔王ともあろう物が思慮に欠け、浅はかな疑念を部下に向けてしまった……許せ、ワシが愚かであった……!」

 

 ようやくアバドンストームが解かれ、地面に降ろされる。いや許しませんけど? 労基に駆け込んで部下への体罰と休日の無い違法な経営体制を告発しますけど?

 

『しかし気になるのだが、マッスルくんとのお見合いに応じてくれる女性とはどんな方達なのか聞いてもいいかな?』

『あ、王国の女性陣です』

 

 周囲の視線が一斉にこちらへと向いて矢雨のように降り注ぐ。かなづちじゃあるまいし無闇に発狂したりはしないだろうという私の浅慮を言葉よりも饒舌に非難していた。

 

『ほぉ! そうかそうか……私は新参とも古株とも言えない微妙な時期に加入した方でね。そんな身分で烏滸(おこ)がましいと思われそうだが、皆を娘の様に思っているんだ。マッスルの様に情に厚く、頼り甲斐のある男になら安心して婿にやれるというものだ』

「す、すみませんパパったら……」

 

 父親の逸る姿に赤面して迂闊な言動を謝罪するクウェウリだったが、皆の責め立てるような眼差しは依然として彼女ではなく私に向いたままだった。

 

『フフ! 気が早いですよ。でも規模は言うまでもないことですが、人数も五十人に届きそうな所まで来れば村と同じですし浮いた話がまだまだ足りない位じゃないですかね』

『いやはや御尤(ごもっと)も……幾ら皆若く美しいといえ、花の命と思えば時節の移り変わりなど(またた)く間の事。とはいえ彼女達の器量に見合う男が現れないことには難しい話でもある』

 

 勝手に色恋沙汰を心配される事のむず痒さに皆が顔をしかめているが、若く美しいという単語で年甲斐もなくご機嫌な神もいる。思わず鼻で笑ってしまうと同時に笑顔は豹変し凄まじい形相で睨みつけられ、余りの圧力に顔を下に向けることしか出来ぬまま首を落とされるのを待つ罪人の様な心持ちで地面を見つめていた。

 

『ところで……まさかと思うがその中にクウェウリは居たりしないだろうね?』

『へ?』

『へ? じゃあない! パパは許さんぞまだ若い身空で恋だの何だの! ベルは隠れ蓑だったか、待っていろニワカマッスル……雷獣と呼ばれた我が怒りの剣技が必ず貴様の喉笛を引きちぎってくれる! 奴を何処に隠したぁ!?』

 

 首の後ろの焼けるような感覚が消え、顔を上げると視線の主は画面の方へと向き直っていた。吹き出す冷たい汗を拭い危機が去ったのを喜ぼう。私の秘密が明かされてしまった今、スクリーンの先に隠すこともないのでハラハラする必要もない。

 

『あ、あの任せられるって今……』

『実の娘は別に決まってるだろうが!!』

 

 いや義理の娘でしょ、とは言えない空気だった。

 

「……うちの人間関係を魔法陣でしか確認してなかったのね」

「詰めが甘かったようですね、店舗提案も確認しておくべきですわ」

 

 姉妹揃って好き勝手言いやがって、昨日の今日で寝不足の身体に鞭打って一時間四十分かけて思い出アルバムを確認してたんだぞこっちは。そう言ってやりたい所だが反論の言葉を(つむ)ごうにも未だ治らぬ沈黙に歯噛みするしかなかった。

 

『お、落ち着いて下さいお父さん!』

『誰がお父さんかぁーっ! 呼ばせはせん……呼ばせはせんぞおっ! 貴様も娘を狙う毒虫かぁっ!? 覚悟オォォォォォッ!』

 

 私はノンケだ。異性愛者の俗称の筈だが女でもノンケって言うんだろうか?

 

 逃げ惑う中で後頭部を(かす)めた剣圧を感じ、この考えはノンケというよりも呑気だった事を思い知る。戦場で相手を殺すため極めた殺人剣、敵に回ると格段に強くなる困った人だ。実際ボスだった時はサイキッカーのお株を奪う全体暗闇と、お馴染みの暗闇三倍攻撃を用いるソロで強みを完結させたキャラになっていた。

 

 彼が今、腰布から取り出した閃光手榴弾はまさしくその時に使われていた物であろう。一対一なら全力のモルペウスで勝機を掴むことも出来るが、ギルティストリングを装備されていれば一巻(いっかん)の終わり。夢の欠片数個で作ったこのエコ空間の中、今度こそ欠片を貯蓄して当面の生活における憂いを断つ。

 

『わ、わかりました! 娘さんの時はモニターを用意しますので! マッスルの奴が手を出しそうになったら何時でも乱入出来るように準備させて頂きますから! ねっ!?』

『グゥルルルルルル……』

『ほ、ほら一人だけ不参加になるとのけ者にされてるみたいになっちゃいますし? 周りから付き合い悪いなって思われちゃいますし? 折角はぐれ王国さんは皆さん仲良しな訳ですし? 差し出がましいとは思うんですが娘さんの交友関係に父親が介入して、周りから冷やかされたりする事で娘さんからの悪感情を招き兼ねませんですし? ここは一つ手を打って頂ければなんて思いますし?』

『グッ……グゥゥ……』

 

 長い鼻に寄せていた(しわ)とむき出しにしていた犬歯を収め、納得まではしないもの理がある事を悟ってか剣を止める。

 

「親馬鹿モードのマーロウ殿を言い(くる)めるとは……」

「ハオォ……おすし! スゴイ!」

「説得に()()びを通すとは、見事な手並みムシャ……今のは自分がローニンだからと語尾を武者にしてみようと思った訳ではないモグぞ」

「ほっぺにご飯粒つけてりゃ誰でもわかるわい……! 」

 

 語尾に気を取られたのかアイテム欄から寿司を取り出して頬張り始める。生き延びることに必死で語尾に意味が有ったわけではないですし。

 

『そもそも相手はマッスルですよ? 聡明で可愛らしい引き手数多の娘さんが自分で望めばどんな相手でも意中に出来るのに、態々(わざわざ)マッスルを選ぶなんてこと天地がひっくり返っても有り得ませんって! そもそも普段からマーロウさんを見慣れている娘さんなら交際相手に親以上の物を求めるのは必然……ハンサムでダンディな大人の男を間近で見続けてきたのに、筋肉しか取り柄のない恋愛力小学生以下の牛男に(なび)く可能性はゼロです!』

『む、むぅ……確かに心配しすぎたのかもしれないな』

 

 剣を収め、見開いていた眼は冷静さと共に切れ長の鋭さを取り戻す。クラマくんやアルフレッドくんの恋愛相談じゃなくて本当に良かった。マッスル以外の男性メンバーだったら死んでいた所だ。

 

「納得しちゃうんだ……」

「そんな風に思ってる奴に私等を任せるつもりだったんかい……!」

 

 マッスルの応援などそっちのけで私の重大機密は白日の下に暴かれ、頼れる保護者の株も大暴落。これはみんなを不幸にする呪いのビデオだ。もう二度とこの技術を使わない事を堅く誓おう。

 

「もう! 何時もみんなパパに押し切られちゃうんだから……!」

 

 父親の横暴が(まか)り通ることに憤慨するクウェウリだが、あの剣幕でヤッパをブンブン振り回して迫られたら誰だって言いなりになるしか無い。

 

『納得してもらえたなら幸いです……でも……あぁ、折角セットしてもらったのにぃ……』

 

 もう全てが無為に帰したとも知らず、ガックリと肩を落として項垂れる画面に映った私が何処か幼く見える。もうそのセットを直し、天馬をエクスタシーさせて盛り上げた所で栄光の日々が戻ることはないのを知らない無邪気な顔。崩れた髪型を戻すだけで身長216cmの薔薇色に満ちた順風満帆な未来が訪れると信じている少女の姿は、私の心から失われてしまった物をそっくりそのまま映し出していた。

 

『す、すまない……娘のことになるとつい自分を見失ってしまってね。君さえ良ければやり直そう』

『はい……あ、もしよければ今後も髪のセットをお願いしたいんですけれどもお願いできますか?』

『あぁ、時間に都合さえつけば構わないよ』

『良かったぁ~! じゃあ事前にお暇を確認するためにも連絡先をですね……』

 

 もう失うものなど何もないと、空虚な余生に想いを馳せていたが背後に感じる強烈な殺気に生への執着が蘇る。

 

「……人の父親を誘惑したんですか?」

 

 犬歯を剥き出しにして詰め寄る姿に、父親の顔がフラッシュバックで蘇る。血は繋がって無くても親子だと確信を持てる一面を(うかが)いながら、私の頭は鷲掴みにされていた。

 

「ご、誤解です! お言葉に甘えてセットを直してもらいたかっただけなんですって! ホントちょっと渋めでダンディなケモおじに心惹かれた訳じゃなあっがががが!?」

 

 父親とは正反対に細く柔らかい指先が、父親以上の苛烈さで強烈に頭を締め付ける。

 

 パパに言いよる女が現れた時にクウェウリさんが嫉妬するのか、将又(はたまた)くっつけるべく張り切りだすかはケモニスト達の永遠の命題でありこんな場末の二次創作で勝手に出して良い答えではない筈だ。……なんか年下なのにさん付けしちゃうなこの人。

 

「ち、違うんです……正統派イケメンからショタにケモおじまで幅広く揃ってるせいで魔が差しただけなんですぅ……どちらかというと引き立て役がマッスル位しか居ない王国側に問題があああああっ!?」

 

 おかしい、こいつ等の中では私は年端も行かぬ麗らかな美少女の筈。マリオンちゃんやら魔王様やら小さい子をブン殴り続けて感覚が麻痺しているのか? バケモノと同列に扱うのは止めて頂きたい。

 

「何も違っとらん……」

「懲りんやっちゃのー……」

 

 小さい身体がティーカップの中からひょっこりと顔を出し、呆れたような冷めた眼差しでこちらを見下ろしている。私を差し置いて神様会議にお呼ばれしているからといって偉そうにしやがって、大体紅茶の神様ってなんやねん夢の女神の方が神格、言葉の響き、能力の実用性において完全に上でしょう常識的に考えて。

 

 紅茶の神に出来ることなんて睡眠無効、蘇生、全体回復、全体リジェネ、超再生付き全快蘇生ちょっとまってこのゲーム紅茶優遇されすぎでは? 緑茶と何処でこんなに差がついたんだ。

 

「あっ! あっあっあっあっ! あがっ! がっ!」

「そ、その辺にしといてやれ……頭が割れてしまうぞ」

 

 痛みのあまり切り離された精神で、痛めつけられる自分の肉体を尻目に取り留めのない思考に耽っていたが紅茶神の加護により解離性同一性障害のデバフも消え肉体と精神の統合を果たすのであった。

 

【クラマ】

 

「うっ……うおっ、ううう、の、のおが……脳が痛い……」

 

 クウェウリさんのアイアンクローにより、頭蓋に残された激痛にふらつきながらも壇上に上がる。夢や希望を打ち砕かれ、満身創痍の身体を引きずって登壇する健気な私を暖かく迎える様な歓声は起こらない。その変わりに、コメディ一辺倒のNG集を見せられてダレ始めた観衆の眠気混じりの視線が集まる。

 

「次はクラマくんの番ですね」

「むぅ……まさかポッコのクラマくんに手を出したりしてねーでしょうね!?」

「うぅ…時間も押してるので……次……行きます……」

 

 外野から飛んでくる戯言(たわごと)をスルーしつつ、司会を進行する。肉体的にも精神的にもズタズタにされた今の私に、こんな茶番に付き合う気力はない。

 

 私の身長の秘訣は暴かれマッスル唯一の功績も露と消えた今、どうしてこのお見合いイベントに取り組む義務があろうか。

 

「あからさまに意気消沈しとる……」

「本人の中ではバレてなかった身長対策が全部映し出されちまったからな」

「しっ! マオちゃん達の不安を煽りますからその話は……」

 

 一番の被害者は私だと言うのに心配するのはお子様勢のプライドなのか、身内贔屓の冷血女共め。

 

 今に見ているが良い、ざくざくアクターズ人気投票が集計された(あかつき)にはこの美しさと愛らしさを兼ね備えた美貌の女神がナンバーワンとなり、メニャ祭りもミア祭りも廃止して365日タワーの女神を崇め(たてまつ)る日にしてやる。

 

 苦痛を噛みしめるように閉ざした(まぶた)の裏で、栄華に満ちた未来を思い浮かべながらも今はイベンターとしての職務を(まっと)うするためプロジェクターのスイッチを押す。

 

『皆様、本日はお集まり頂き誠に有難う御座います。今回は常日頃お世話になっている皆様とマッスル先輩の親睦を、より深く強い絆とする一助となれる事を嬉しく思います』

 

 モニターの中で、度なしの厚底眼鏡をかけてパリッとしつつも野暮(やぼ)ったいスーツに身を包み、礼儀正しくお辞儀をする天狗の青年が原稿を手にこちらを見据えていた。

 

「硬っ苦しいな……」

「予報でアルフレッドを立てているのと同じだろう。マッスルの引き立て役になる為に(わざ)と垢抜けない格好をして、親近感も湧かないように硬い言葉遣いを選んでいるんだろうな」

 

 態度からは粗野な印象を受ける彼の細やかな気遣いだが、マッスルと比べることを考えればまだまだ足りないぐらいだろう。相手は腰蓑(こしみの)一枚の変態なのだから。

 

『先にスピーチされた先輩方との深い絆と長い付き合いから、きっと多くの魅力をお聞き頂けた事と思います』

 

「誰からも聞けてないんだけど……」

「ほ、ほら、アルフレッドさんが何か良いことを言ってたような?」

「アイツなんか言ってたっけ……思い出したら腹が立ってきたな」

 

 雪乃の一言で蘇る悪魔の怒り。一時とは言え忘れてくれていたのに思い出させてしまったのはお互いの預かり知らぬ所とはいえクラマくんの失態であろう。

 

 勿論ながら私が記憶媒体をNG集と間違えたせいではない。神がスキップしてって言ってるのに聞いてくれないほうが悪いのだ。

 

『対して自分は先輩方と比べ、マッスル先輩と過ごした時間が一番短い事は変えようのない事実です。今回はそこを逆手に取り、客観的に見たマッスル先輩を解説する事で新たな魅力の発見や再確認のお手伝いをしたいと思います。それでは第一にビジュアルから見ていきましょう』

 

 自分が応援演説の最後に回ることを考え、長く似たような紹介を続けることを避けるべく判断したのだろうがアクシデントにより誰もマッスルの魅力を伝えられなかった今ではクラマくんの双肩に全てがかかっている。

 

『まずこの王国にいつもの腰蓑(こしみの)と海パンの先輩に魅力を感じる筋肉フェチの方は一人も居ないでしょう』

「空前絶後のバッサリ感……! 私のムラサメシュートに勝るとも劣らぬ切れ味……!」

「まぁ居たらくっついてるわな……」

 

 全員が静かに頷き、満場一致でマッスルガチ恋勢の存在は否定された。脈アリと見ていたハピコですらも同様に深く頷いている。もう(望みがあるか)わかんねえなこれ。

 

『しかしながらここは夢の世界、タワーの女神氏の協力によりマッスル先輩のイメージ象をコーディネートした映像を作成する事に成功しました。まずは我が鞍馬天狗の装束からです』

 

 意外や意外、クラマくんからの提案を受けた時は絶対に彼以上に格好良くなる事はないと思っていたのだ。しかし、それがマッスルのサイズに合わせてみるとなんと仰天。

 

 ややダブついた服を盛り上げる程の長く鍛え上げられた赤い四肢が、緑とのコントラストで冴え渡る。深緑との調和をイメージさせる大人しげなデザインもマッスルが着ることで自然の中に溢れる野性味へと方向転換し、やや開けた胸元から見えるこれまた強靭な大胸筋が、強烈に目を惹きつけ意外にも大人のダンディズムを(かも)し出すのだ。

 

「に、似合ってるぞ!?」

「カ、カッケェ~~~~! 完全にボスキャラでちよこれは!」

 

 そう、この姿はマッスルアンチである私から見ても格好いいのだ。しかし……。

 

『続けてプレートメイル、武者甲冑、タキシード等々……』

 

 フルプレートではなく、マッスルの筋肉を魅せる為に正規品ではなく一般流通しているものを半身に割った粗野な作りの物を使う。これ要はレフトマニアックスじゃんお前ら見慣れてる筈では?

 

 甲冑も同様に半身に割って動きやすいよう各部装甲を一部カット。特に腹回りを大きく開けて腹筋を強調した事で赤い素肌が赤銅(しゃくどう)の鎧によく馴染む。

 

 そして唯一の正規品であるタキシード。上品な白と黒の布地がピチピチになるまで隆起した筋肉は、もう完全に非合法なカジノで用心棒をしているヤクザそのものである。

 

「スッゲェ……洋ゲーの初見で出会った時に絶対殺してくる奴じゃん!」

「カッコよさの方向がボスキャラにしか傾かない……」

 

 そう、どう見ても仲間キャラではないのだ。一目(いちもく)すれば言葉の通じない人種と判断され、目が合えば三十六計逃げるに如かず。とてもモテる容姿ではない。

 

 しかしそんな中で食い入るようにモニターを見つめる者が一人。

 

「あ、あの熱い眼差しはまさか見惚れて……?」

「マズいぞマッスル……カッコ良さと引き換えに命が……」

 

 大人しく優しげな雰囲気を纏いながら、妖しげな魅惑を携えて輝く金の瞳がモニターに熱い視線を送っていた。もしや父親の凶相を見慣れ、強面耐性を人一番強く持つ彼女にはボスキャラマッスル集がストライクゾーンだったのだろうか。

 

(パパのオシャレした所もちょっと見てみたいなぁ……)

 

 彼女の真意は分かりかねるが、好評ながらも効果の薄そうなマッスル着せ替えタイムは終わりを告げ総評に入る為にクラマくんへとカメラを戻す。

 

『この様にマッスル先輩はビジュアル面に於いても方向性さえ間違わなければ、我々のようなか細い男子共と違ういぶし銀の魅力を発揮する事が可能なのです。必要なのは筋肉の膨張に耐えうる素材、具体的に言うとサ○ヤ人のプロテクターみたいな奴です』

『ちょ、ちょっと危ない発言は……』

『ん……あぁ、失礼。コンプライアンスへの配慮を欠いた発言があった事を、この場にお詫び申し上げます』

 

 彼のように真面目な若者も、すっかり王国に毒され危険球を投げるようになってしまった。これは大ハグレ国民養成ギブスなる物の装着を義務付けて、恐るべきボケマシーンに国民を仕立て上げる危険な思想を持つ国家であるという私の密かな推理は的を射ている様だ。道理でみんな頭の中に星一○を飼っていると思ったんだ。

 

「オマージュに対して少し厳しすぎる気がするな。過度(かど)に押さえつけると意欲の消失や反発に繋がり(かえ)って制作サイドに混乱を(もたら)してしまう。他作品からの行き過ぎた流用や盗用を許さないクリエーターとしての姿勢は素晴らしいが物造りには勇気を持って踏み出すことも大事だぞ」

 

 王国の安全を守るべき警察のトップともあろう者が、何故かもっと攻めた姿勢を要求する。いやそんなガチ勢じゃないんですけど。転売で目をつけられてしまった今、目立つことは避けて潜伏していたいだけなんですけど。

 

「……ジュリアはもうちょい見習うべきだけどね。しかし伸縮自在のプロテクターか、面白そうだな」

 

 ガチガチに装備を固めたマッスルを見て、恋よりも創作意欲に火を付ける者が一人。折角深く掘り下げて見方を変えればカッコいい所を証明したマッスルだが、ビジュアル面の解説では何処にも恋の炎は燃え上がらなかった様だ。残当(残念ながら当然)

 

『では続けて経済力を見ていきましょう。まず王国でのそれぞれの職務がこちらになります。ニワカマッスル、モーモードリンク創設者にして海の家オーナーシェフ。ベル、道具屋店長にして花形劇団員。マーロウ、劇団座長。アルフレッド、ゴーストハンター及びゴースト予報士でゴースト予報の収入は自分と折半になっています』

 

 収支報告図が開かれ、各々(おのおの)の主要な職務が紹介される。グラフではベルをトップに続けてマッスル、マーロウ、アルフレッド、クラマと表記されていていて段々とグラフが短くなっていく。だが見えないほどに小さく書かれた数字ではベルくんが圧倒的収益を保持しており、これが円グラフだったら七割を埋め尽くす勢いで差をつけている。

 

 解説を終え開いた図を素早く(たた)み、グラフの絵だけが作り上げた印象を残しマッスルはベルくんに迫る稼ぎ頭のように見せる巧妙な印象操作を隠蔽している。清濁(せいだく)併せ持つのも器量の内、天界の派閥争いの中で彼の将来が期待されていたのも頷ける。

 

『モーモードリンク自体の収益は低めですが、コンビに依存する自分とアルフレッド先輩のゴースト予報、そして王国民を劇団員としているマーロウさんのハグレ一座は王国の傘下を離れられない体制となっており、対してベルの道具屋とモーモードリンクは利権の全てを企業主が持っているので王国から独立した企業となる事も可能でしょう。いつか王国を離れる可能性の有る方は、マッスル先輩を選んでおけば王国への出資をスポンサーという形で継続出来る訳ですから立つ鳥も跡を濁さずに済むという訳です』

 

「これってアピールポイントって言うのか……?」

 

 エステルの疑問も素人には当然の事、まして恋愛力ゴリラの彼女では荷が重い。だが流石イケメンなだけはあり、私程の恋愛強者でなければハッキリとは彼の恋愛戦略は読めないだろうと思った矢先、意外にもこの計略を見破ったのはメニャーニャであった。

 

「少々強引ですが、マッスルさん以外の選択肢を潰そうとしている様に見えますね。余りにも王国に壁がないので忘れがちですが、ルフレさんやドリントルさんを始めとして全ての国民が帰化している訳ではありません。王国から主要メンバーを引き抜く際に恋愛が理由では口を出し辛いので、今のうちから波風を立てないようにしろという牽制をして、そういうシチュエーションになった時に二の足を踏む様に仕向けて結果的にマッスルさんをパートナーにする選択肢に優位性を持たせた様です」

 

 恋愛力の低さを補って余りある知力、そしてコミュ力を持って見えない意図をあっさりと読み解く。彼女に経験を積ませてはいけない、速めにヒロインの座から引きずり降ろさなければ私の東西南北恋愛不敗スーパー女神の座も危うい。

 

「……そういうシチュエーションって?」

「へ?」

 

 好奇心に眼を輝かせ、メニャーニャに問いかける者が一人。恋愛力ゴリラのエステル、未だ(かえ)らぬ驚異の卵であるメニャーニャに続き第三の召喚師娘が立ち上がる。彼女は如何(いか)程の力を持つのか、(とく)と見させてもらうとしよう。

 

「……確かに、今の話でそこだけ変に不鮮明だな」

「そ、そんなに食いつくところじゃないでしょう? 男女が恋仲になる状況なんて吊り橋効果を始めとして幾らでもある訳ですから可能性なんて一々考えてられないし、大事なのはそんな事ではなくてクラマさんの演説の意図をですね――」

「吊り橋効果とは一体……? 浅学非才の身で申し訳ないのだが説明して貰えんかねメニャーニャ君」

(学はサッパリなのに勢いだけで爆炎サモナーやってるエステルは浅学有才ですけどね……)

 

 流れを誘導し、攻め手をエステルに任せる策士タイプ。周りの恋愛事情を引っ掻き回すのが非常に(うま)い反面、攻められるのには滅法弱いと見える。

 

「名称でなんとなくわかるでしょう……っ! 揺れる吊橋のような危険な状況下で、その、手を握られたり優しくされるとですね、こう……なんというか、危険への緊張を男性への意識と勘違いしてしまったり、そういう状況下で頼れる相手の庇護下に置かれる事で得られる安心感が、えと……し、信頼を強くするんですよ、きっと」

 

 正確な状況説明の中で、感情の起伏だけが曖昧に浮いている。科学者の殻を破れず自信のない未経験の世界を語る初々しい雛鳥の如き恋愛ファイターだが、既にその恥じらう姿が男心に突き刺さる必殺の一撃を生み出している。

 

「……メニャーニャのそれは名称から予測した効果ね?」

「え? まぁ詳細が気になった訳でもないので、私も詳しく調べた事は有りませんが、違いましたか?」

「ほぼ合ってるけど、揺れる吊橋の上という危険な状況だけで生まれる緊張や高揚を相手への感情と錯覚する心理的効果の事を指すわ。手を握ったりするのはより高い効果を得られると思われるけど、相手の所作(しょさ)とは関係ないのよ」

「あぁ、そうだったんですか。失礼しました」

 

 ほんの僅かな食い違い、しかし雛鳥はこれがどれだけの致命傷になるかを分かっていないのか呑気な顔で素直に非を認め謝罪している。ちなみに吊り橋効果の対象は美男美女に限定されることが実験で明らかにされているらしい。マッスルには縁がないという事だ。

 

「つまり……君は吊り橋効果を異性間における好意や信頼が深まる状況と考えて、危機的状況下で頼りになる相手に手を握られたり優しくされる事を想像した結果、そういうシチュエーションが効果的に機能すると考えた訳かね」

「……えっ!? ち、違いますって! わたっ、私は別にそんな……!」

「ふむ、違うのか……いやはや誤解して申し訳なかったねメニャーニャ君。ではどういった思考を巡らせてそのような結論に至ったのか、詳しく聞かせてもらおうじゃないか」

 

 優美な所作で紅茶を口にしながら後輩を問い詰める姿が全く似合っていないが、足組みされた二本の太ももの間に挟まれたスパッツが生み出す暗黒空間がさながらブラックホールの様に視線を引き寄せる。この分厚いカモシカの様な足が持つ脂肪と筋肉の配分は如何ほどなのか、恋愛力は低くとも戦闘力の高さを目の当たりにして侮れない強敵である事を再確認する。

 

「そ……れは、ですね……え、っと……あ! シ、シノブ先輩だって高い効果を効果を得られると仮定してるじゃないですか!」

「私はそういう状況に弱いと思って仮定したのよ? 実際に助けられた時は本当に嬉しかったし、デーリッチが男子だったら私の気持ちも分からなかったわ。つまり……?」

 

 攻め手に弱い策士タイプでありながら、見事にカウンターで切り落とす。恋愛の巨人が覚醒し、圧倒的火力で迫りつつも生半可な攻撃の通用しない回避率を誇る。まるで大猿○ジータが如きチート性能と絶望感。雛鳥が羽ばたく前に踏み潰そうというのか。

 

「えっ!? い、いやっ、私は助けられたことないんでっ! こっ、これはそう! 吊り橋効果を知らずに名を聞いた者がどの様な推察をするのかシュレディンガーの吊り橋効果としてですね……」

 

 苦しい状況でも持ち前の知性を用いた独特な切り口で逃げ道を切り開く。この手の科学や思考実験を恋バナの中で受け攻めに用いる事が出来るのは科学者ならではのアプローチだろうが、煙に巻くのに同門相手では分が悪い。

 

「ほう……興味深いテーマを議題に上げたねメニャーニャくん。サンプルケースとしてシノブくんが実体験を元にしてくれたが……はて、君の場合はどうなのかね? 研究者として謎を定義した以上は解き明かす義務があるのではないだろうか?」

「こっ……このっ……! 赤点ギリギリサモナーの癖にこんな時だけ学徒面をして……!」

 

 そしてシノブと連携して追撃を迫るエステル。後門の大猿ベジー○、前門の恋愛ゴリラ、圧倒的コンビネーションが光る二体の大猿が逃げ道を塞ぐように立ちはだかる。しかし猿率高いなこの空間。

 

「はいそこ! 一時停止して待っていたが、これ以上ヒートアップして進行を邪魔しないように!」

 

 ジュリアの呼び声で気付くが、そういえばマッスルの応援演説の上映中なんだった。どうでも良いと思う余りすっかり忘れて未来の強敵達の動向に目が向いてしまっていた。このままではイベンターの座まで取られてしまう。

 

「あ! そ、そうでした! いや、申し訳有りません……ほら! 続きをみましょうよ! どこまで話してましたっけね……」

 

 わかりやすい逃げの手だがこの場は飲むしか無いだろう。運も実力の内とあれば、やはり天賦(てんぶ)の才と言う他ない。

 

「あ~あ、逃げられたか……まぁこの辺で勘弁しといて……」

「あの子に時間を与えると上手い逃げ口を作られてしまうわ。クラマくんが最後に加入した男性である以上、スピーチがこれで終わりなのは確定的に明らか……! 終わり次第畳み掛けるのよ……エステル!」

「えっ、あっ、ハイ……」

 

 困惑するエステルを尻目に、執念の炎を燃やし追討任務を命じる小さな巨人。これからの戦いも目が離せない物になりそうだ。

 

『次に多くの皆さんは私より深く存じておられる事と思いますが、人物像を今一度見直してみましょう。新しい発見や、当たり前と思っていたマッスル先輩の良い所を魅力として再確認して頂ければ幸いです』

 

 召喚師娘の吊橋談義に聞き耳をたて、みんながすっかりマッスルのビジュアルを忘れ去り、直前に何を話していたかも忘れていそうな雰囲気の中で再生キーが押され映像が再始動する。

 

『ニワカマッスル、身長186cm、体重はお見合いへの不安から精神的筋肉のベストコンディションを保てているか不安な為ヒミツとの事でした』

 

「初っ端からムカつくな……」

「ベスト和牛の計量結果でも載せとけばいいじゃろ……なんじゃ精神的筋肉って……」

 

 折角クラマくんがここまで少しづつ積み上げてきたマッスルの魅力像も、奇妙なマッスルワードと共に体重を秘密にする事で反感を買って粉々に打ち砕かれてしまった。こんな崩され方をするなら賽の河原で小石でも積んでたほうがマシな時間を過ごせるというものだ。

 

 温厚な私も口元に人差し指を当ててひ・み・つ!等と(のたま)っているあの赤べこ野郎を想像してかなりイラっと来てしまう。

 

『ヘンテ鉱山に召喚され鉱夫として働いていた彼は、労働力に見合わぬ賃金に不満を感じ幽霊の噂で鉱山を閉鎖して資源を独り占めしていました。一人で鉱石を切り売りして行くのにも限界を感じていたある日、ハピコからの紹介で王国へ加入。まだコネも何もなく女手ばかりで行き詰まっていた王国の開拓を一手に担い、現在の基盤を固めた人物です』

 

 不満が後を引かないように、素早く来歴に話題をシフトする。簡潔で分かりやすいエピソードに、人手が増えて資金も潤沢(じゅんたく)な今では想像もつかないほど程に重要な人物だった事を説いて歴史上の偉人が如く扱いで解説される。

 

 実際、王国初期において経済から建築から多方面に渡って国を支えてきた彼ならば、王国歴なる物が編纂(へんさん)される暁にはこういった扱いを受けるに相応(ふさわ)しい男なのかもしれない。

 

「なつかしいでちねぇ……本当にマッスルには良く働いてもらったでちよ」

「あぁ……薄給(はっきゅう)に嫌気を差していた彼に大した賃金も出せずどう思われるかと思ったが、文句一つ言わずに一人で重労働を引き受けてくれたんだ。今でこそ人手を集めて大掛かりな設備を作れるようになったけど、そうなるまでにマッスルがしてくれたことへの感謝を忘れていたのかもしれない……」

 

 王国設立者による後押しで説得力を高めると共に、古参メンバーの懐古心を(くすぐ)ると皆が昔を懐かしみ当時を振り返る。

 

 クラマくんもこの展開を読んでいたのであろう。妙に不自然に間を開けるんだなどと思って撮影していたが、映像の再生が続く中で準備する振りをして皆に語らう時間を作っていた。見かけによらず、本当に気配りの巧い青年である。

 

「懐かしいなー。王国にグラウンドを創ろうって時に、整地ローラーを粘着ローラーかけるみたいにコロコロ転がしちゃってんの。それ引っ張る奴で押すやつじゃないって、まさか使い方の説明する事になるとは思わなかったわ」

「こたつ喫茶の建設でもお世話になったよ! 配線とかは業者さんを呼ぶ必要があったけどローズマリーに設計を任せて、建築もマッスルがほとんど全部やってくれて大工さんも顔負けの大活躍! ……でも後はこどらを背負って通勤してもらうだけだったのに、さっさと自分の営業に戻っちゃったのはちょっと薄情すぎるよ! お陰で灰色の通勤人生じゃん!」

「……アイツ意外と苦労人してるミャ」

 

 マッスルエピソードから理不尽に振り回される苦労人の一面まで、様々な彼が語られている。そのどれもが、私の知らない彼の話だった。興味をそそられ刺激される好奇心の側で、話に入れない疎外感を感じる。その間で膨らむ言い様のない不鮮明な不快感は、一体なんなのだろうか。

 

『戦闘においては庇う行動こそ持ちませんが、【挑発】による高いタンク適正を持ち常日頃から我々を守り、同時にアタッカーとしても高水準の優れた攻撃力を持ち合わせ、魔防と素早さに難を抱えている物の幅広い役割をこなし攻守の要として活躍しています』

 

 解説が人柄から能力面での魅力に移る。周囲の話が止み、胸に異物感を残しつつも少し楽になる。しかし挑発と言えばあの戦いで何故、私は非効率的と知りながらもマッスルを殴ることを止められなかったのか。

 

 脳裏に焼き付くマッスルのポージングが雪崩の様に押し寄せ、硬いわウザいわでイラつきっぱなしの戦いが思い起こされる。

 

「ウゥ……16連続0ダメージ……ソーバッドメモリー……」

「あれにはマリオンも驚いた。まさか倒すのに会心太陽を3発も当てなければいけないとは……」

「属性ウォールを切らした所にアバドンストームからの連続攻撃じゃな……大技は防御されてしまえばどうにもならん……」

「大婆様も水技各種と防御無視、大技以外まるで通らないことに大変満足そうでした……教えを請うべきなのでしょうが、あの猛打を耐えているマッスルさんを思い返すと震えが……」

 

 バケモン勢からのマッスル評おかしくない? まるで魔攻以外の全ての食物を注ぎ込み生まれた超戦士のように語られている。普通にプレイしてる人は頭使って対処してるからね? レベルを上げて物理で殴るプレイだからねそれ?

 

『会話パートでも素早さの低さを感じさせない、ハイテンポで放たれるボケとツッコミを両立。そして恋人不在の状況に(はや)る若い血気と、俺のような新人を見守ってより良い方向へ導いてくれる成熟した大人の精神を持ち合わせた幅広い守備範囲で、かゆい所へ手の届く高いカバー力を見せつけてくれます』

 

 戦闘面の魅力は単純にして明快、ちょっとした解説で簡単に再確認を済ませて日常におけるマッスルの役割という点へ話をシフトさせる。

 

「むむむ、今までゴールキーパーやディフェンダーのようにドッシリ構えるポジションかと思ってたけど私と一緒でミッドフィルダーも行けるかも……次の対抗試合のシフトを見直さないと!」

「何故、今まで気づけなんだのか……宇宙広しと言えどこれ程の逸材は中々おらぬぞ……!」

「戦闘においては攻防一体の重戦車、そして日常ではボケとツッコミの不足側を手厚く補うスーパーサブ。悔しいが、この恵まれた才能には守備とツッコミ一辺倒で芸のない私は嫉妬するばかりだ……」

「……ツッコまんからな」

 

 ボケを殺されてしょんぼりと肩を落とす傭兵隊長を尻目に、若い血気や大人の精神には誰一人として触れず、ハグレスポーツにおける攻守の見直しとボケとツッコミを両方出来るという点で評価を急上昇させるマッスル。お見合い相手にそんなものが大事かどうか本当に考えているんだろうかこいつ等。

 

『総じて見れば王国への恩に報いる奉仕の精神から義理堅さが伺え、また戦闘での味方を守る献身の心と敵を前に後ろへ退かない勇猛さを兼ね備えた好人物である事がおわかり頂けた事でしょう』

 

 普段から目に焼き付いている戦闘面での頼もしさをここにきてドッキング。悔しいが味方になれば頼もしいであろうマッスルの勇姿が、深い義理人情をバックホーンに皆の脳裏に()ぎっていることだろう。願わくばそれが挑発ポーズでない事を祈るばかり、ムカつくんだよねアレ。

 

『そして貴女がボケであってもツッコミであっても、その心の欲求を満たしてくれる大人の包容力に満ち溢れています』

 

 それ念を押すほど大事? 本当に? 私だってボケもツッコミもいけるけどこれモテポ(モテるポイント)なの?? 皆が静かに頷いて賛同する中で、私だけが取り残されたような気持ちになり恋愛マスターとしての矜持(きょうじ)が揺らいでしまう。

 

『最後に、恋愛において二人の気持ちが通じるか否か……それが一番大切であるという意見には同意します。その大事な部分を考えないままに、この場に集められ憤慨されている方も多いことでしょう。ですがこの問題はこの場に()いて、存在しないも同然な些細な事であると断言します』

 

 問題の定義と即座の否定、余計な意思を介入させず相手の疑念を誘導した上で切って落とす古典的手法。先のローズマリーの倫理を有耶無耶(うやむや)にする時に私も用いた手段だ。

 

 しかし自由意志を無視して集められたという事を些細と言い切るには、少し頭を捻らねばならない場面の筈だが彼は違う突破法を試みる。分厚い度なしのメガネを外し、真っ直ぐにカメラを見据えて言い放つ。

 

『皆さん思い返して下さい。我々が今までに乗り越えてきた数多(あまた)の困難は、どうやって乗り越えてきたのでしょうか? 絆、友情、信頼……我々の旅路に心が欠けた事などかつてあったでしょうか? まだ短い期間ではありますが、自分はこの国で皆と寝食を共にし、時として命掛(いのちが)けの戦いに身を投じ、心の繋がりを(はぐく)み掛け替えのない仲間として今日この時を隣り合い寄り添い合って迎えることが出来たのだと思っています。これが新参者の見る甘い夢だと、偽りの笑顔を前に熱をあげる若造だと笑う者は誰一人として居ない事を確信しています。我々は既に気持ちの部分で通じ合っているのです。個々の性格による相性こそあるでしょうが、後は互いを異性として意識するかどうかの問題でしかありません』

 

 真摯なる訴え、王国に築かれた絆を信じての正攻法。曇りなき純真な眼に、王国に広がる絆という宝物を映して金色の輝きを放つ姿が見る者の心を打つ。

 

 偽らざる本音を明かした照れくささか、演説を終えると再びメガネをかけ直し視線を逸らす。本人は自分のキャラに合ってないと思っていそうだが、こういう時に真正面からあけすけに物を言えるのが彼のキャラではないだろうか。

 

「クラマくん……立派になって……」

「こ、こんなの実質プロポーズやん……ポッコにはまだ早すぎるですよ……!」

 

 ハンカチで目元を拭いながら、我が子の成長を喜ぶように感涙に浸る福の神。その横で芸術の神は真っ赤になった顔を両手で抑え、(かぶり)を振って浮足立つのを自制している様だ。どこをどう解釈したらそんな受け取り方が出来るのかサッパリわからなかった。ざくざくアクターズ謎理論大賞受賞も夢ではない。

 

『若輩者でありながら知ったような口を聞いてしまった事で、不快な気持ちにさせてしまったかと思います。失礼致しました。ですが、これも自分の見解を率直に述べたまでの事ですのでご容赦下さい。それではこれにて応援演説を締めさせて頂きます。ご清聴頂き、誠に有難う御座いました』

 

 ビジュアルを掘り下げることでマッスルの新たな魅力を開拓し、マッスルが今まで王国に注いできた献身と情熱を改めて思い返すことで彼の功績を労り、知りうる限りの魅力を総評して皆の心に焼き付く彼の勇姿と人柄に華を添えて送り出す。王国男児最高の援護射撃が通ろうとしている。

 

『はい、お疲れさまでしたー! それでぇ~この後なんですけどぉ……マッスルさんの恋愛成就を祈願して一緒に御神酒(おみき)バーにでも……』

 

「始まったよ……」

「む、ぅぅ~~~っ! なんたる尻軽ですか次から次へと王国男子に手を出して! 更には既婚者まで(かどわ)かそうとは不埒千万ですよ!」

 

 口を開けば妄言ばかりのお子ちゃまには意を介さず、静かにNGコーナーの内容を思い出す。私に大した失言はなかった筈だ。今度こそ平和に乗り切れると信じよう。

 

『……悪いがそんな気分じゃねぇんだ。マッスルの旦那が、これからどうなっちまうか気掛かりでな……』

 

「公的な場では【先輩】で、素だと【旦那】って呼ぶんだね」

「!?」

「お、おっ!? これ、溢れるじゃろ……!」

 

 なにか重大な発見をしたように椅子から飛び上がり、ティーティー様のカップを波立たせるウズシオーネ。サングラスの下、鋭い眼光が重大な機密に感づいたかのように発見の驚きに(またた)く。この人こんな目付きだったっけ? まぁ何時も閉じてるから思い返そうにもよくわからないんだけど。

 

『ど、どうかしたんですか? そんなに心配するようなことありましたか?』

『……アンタ、先輩の事どう思う?』

『へっ!? あ、私はっ、その、どう思うと言われても……そもそも欠片交換の時に顔を合わせることがある程度の関係で、友人とも呼べないような……』

 

 唐突に投げられた直球に私は困惑しながらもマッスルとの関係を冷静に思い返し、声を落としながら大した仲ではない事を説明していた。質問はどう思うかなのに、何故しょぼくれた声で二人の間柄を答えてしまったのだろう。

 

 どう思っているのか、私は答えるのが嫌だったのだろうか。それとも答えに自信がなかったのだろうか。鏡のないセットの上では、私の顔色は伺えずモニターを通して見えるのは若く精悍な天狗の青年が金色に輝く瞳に宿す憂いの色だけだった。

 

『まぁ付き合いのないアンタに聞いても仕方ないか……取り敢えず、礼は言っておくぜ。あんなナリだが旦那も奥手な人だし、王国内に不和を生んだらと思うとずっと踏ん切り付かなかったんだろうな。ちょっと強引ではあるが、アンタがチャンスをくれて感謝してる』

 

 こんなイケメンに忌憚のない感謝の言葉をかけてもらったのに、私の心はどうにも浮つくことができないでいた。マッスルなんぞに言われた時には、舞い上がりそうな気持ちになれたのに。格下の生物からの感謝が気持ち良いのだろうか、自分でも引く程に悪趣味だしそれは無いと思いたい。

 

『だが、これを逃したらもう旦那に後はねぇ……あの人の良い所を、間近で見てきた皆にまでフラれちまったらもう筋肉フェチの特殊性癖持ちの女を探すしか道はない……!』

 

 外部の者にマッスルの魅力は伝わらない事を確信している。酷な話だがその気持ちは痛いほどよく分かり、王国民からも渋面を浮かべながら静かに頷くしかない様子が散見される。

 

『それにフラれる旦那もだが、フッた方も気分が良いもんじゃないだろう。罪悪感で連携を乱すことがないように、後々フォローを入れてやらなきゃならねぇが俺も女性の扱いは苦手だしな……色恋沙汰って奴はどうしてこう面倒ばかり引き起こすんだか』

 

「もう後がないのにフラれる事が前提なんだ……」

「ムリゲーじゃん……」

(こどらの語尾取っちゃ嫌じゃん……)

 

 崖っぷちで有る事やフラれる前提を否定する声も上がらず、マッスルの現状がどれ程の窮地かを否応なしに再確認してしまう。

 

『まぁ、唯一可能性があるとしたらあの人だろうな……』

 

 文句を言いながらも色恋沙汰への理解はある辺り、流石はイケメンである。付き合いの長さ、これまでの態度、そして設定資料集付属の長編小説を見れば我々のような恋愛強者の前では秘めたる想いもガラス越しに見るようなもの。

 

 この時はそう思っていたのだが、彼はやっぱり自分で言う通り女心に疎かったのを思い知る。

 

『しかし、相手が福の神様っていうんじゃ旦那も気の毒だぜ』

「……んん?」

 

 当然ながらまるで身に覚えがないとでも言うように、頭に疑問符を浮かべて首を傾げる福の神。しかも気の毒と言われた点に引っかかっているのか笑みが若干歪んでいる。

 

『……え? 福の神様に脈が有るんですか?』

『脈があるかは分からねぇけど、王国内で年齢的に婚期を逃してるのはあの人だけだしな』

 

「ブゥーーーーーッ!?」

「ハオディフェーンス! ティーティー様大丈夫!?」

「あ……あっ……ああ……」

 

 凄まじい反射神経を披露したハオの手によって作られた壁に、ポッコの口から吹き出されたアールグレイはシャットアウトされティーティー様を完全に守り抜いた。だが礼節を重んじるティーティー様も、ハオへの感謝を忘れる程の恐怖にカップをカタカタと音を立てて揺らし震えていた。ポルターガイストかな?

 

「……フフ」

 

 何時もと変わらぬ笑みを取り戻した福の神から、怖気(おぞけ)が出る程に強烈な冷気が吹き出すと控室が冷蔵庫のように冷たくなり、みんながこぞってこたつドラゴンの所へ押し掛けている。

 

 王国イケメン部は地雷を踏まないと気が済まないのだろうか。処分しようとしていた呪いのビデオに、壁に耳あり障子に目ありという(ことわざ)を、よくよく心に刻み込むべしという訓戒(くんかい)を刻み込む教育ビデオとしての価値が生まれた瞬間だった。

 

『はぁ……まぁ見知った間柄ではありませんが、美人ではありますし気の毒でもないのでは? 王国でも数少ないお(しと)やかな女性じゃないですか』

『ブッ!? クッ……ハハハ! あの人は物腰が柔らかいだけで、とんでもないお転婆だよ。エステルさんが受動的になっただけっていうか、自分から事は起こさないけど楽しめる面倒事を引っ掻き回して遠目から面白がってる一番タチの悪い裏番長タイプっていうかさ』

 

「あ、あの……クラマくんも悪気があっての事じゃなくてですね……」

「ポッコちゃん」

「は、ハイッ!」

 

 フォローに入った芸術の神を一声で黙らせる。前を見据え背筋を伸ばした美しい起立は、とても幼児に仕込まれた物とは思えない。あそこの派閥ってもしかしてヤバい所なんだろうか、近寄らないようにしよう。

 

「隣で座ってなさい……いい子だから。ね?」

 

 子供扱いされる事に反抗心をむき出しにするタイプの子だった筈だが、生気の抜けたような目で震えながら椅子に座り直していた。

 

『へぇ~……とても信じられませんねぇ。王国でティーティー様とクウェウリさんと福の神様だけがまともな女性だと思っていたんですが』

『ハッハッハ! 福の神様を抜いとけば間違いねぇよ! 空いた所にレプトスさんかメニャーニャさん辺り入れておけばいいんじゃねぇか?』

 

 女性陣からあからさまに敵意を込めた視線が飛んでくる中、つららが触れるように冷たい手が肩に触れる。(おぞ)ましい冷気を纏った指が首の近くを撫でる感覚にビクリと体を震わせると、優しく、そして拒絶できない力で抱き寄せるように指の持ち主へと近付けた。

 

「あ、あの……何か御用でしょうか?」

「フフ、見る目のあるいい子ですね……気に入っちゃいました。クラマくんの代わりに、ウチの派閥に入ってみる? 今度の神様会議で、書紀を務めてくれたら嬉しいのだけれども」

 

 彼女が何時も細めている眼を薄く開くと、凍りついた血の様に赤い瞳で優しげにこちらを見下ろしながら甘い言葉を(ささや)く。目の前にぶら下げられた出世街道は、蜘蛛が鎮座する巣の上でジッとこちらが触れるのを待っている。

 

 手を伸ばして掴みたい気持ちを抑えると、ようやく子供扱いされている屈辱を受けていることに気がつく。自分でも信じられないことに、その上で怒りよりもこの場から逃げ出したい一心が勝った。

 

「あ、あの、私まだ何処かに所属する前に自分の将来とか夢とか考えたりしたいのでお声掛け頂き誠に有り難い事なのですがまたの機会にという事で……」

「あら残念……でも神様同士、困ったら何時でもお姉さんを頼ってくださいね♪」

 

 只今絶賛困っている。それを知ってか知らずか取り敢えず離してはもらえたが、指が離れてもつららが突き刺さっているかのように冷たい感触が、首筋に押し付けられた刃物の様に残されていた。

 

『さて、そんじゃ御暇(おいとま)させてもらうぜ。御神酒バーは夢から覚めたら、みんなと一緒に連れてってくれや』

『二人で行きたかったんですけどぉ……まぁいいでしょう! また後でお会いしましょうね~』

 

「ふふふ、楽しみですね。どんなお店に連れていってくれるのかしら」

「しかしバーに誘うとはませた子供だ。福ちゃんは未成年が飲酒しないよう、目を光らせてくれ」

 

 ジュリアの念押しに手で丸を作って答えると、私の顎に指先を当てて顔を横に向けて耳元に囁く。

 

(本当は……飲めるんでしょう?)

 

 私は震えるしかなかった。児童という体面で許されている数々の悪行が、彼女の言葉一つでひっくり返り司法の裁きに身を委ねマリオンメテオで五体を砕かれる事になってしまう。

 

 ちらりと眼だけを横に向けて顔色を伺えば、何時もの優しい笑みを浮かべたままの彼女がそこに居た。三体目の氷属性悪魔は召喚した物ではなく、始めから身を隠してここに居たのだ。この恐るべき発見を口外するなど、私にはとても出来なかった。

 

【友情出演】

 

「これで男性陣からのプロモート映像……のNG集を終了いたします」

「そうなのか? まだ尺が残っているようだが」

「はぁ……ちゃんとしたプロモート映像がセットされてなかったのを見るに、私が不要と思って編集した記憶が詰まってるんじゃないですか?」

「ふむ……まぁ念の為見ておくか」

 

 疑り深い奴だ。前話と合わせればここまでで既に八万文字近い文章量になってしまったのに、余計な物を省かなければテンポを損なってしまう。このまま長くなって読者が読み飽きてしまったら責任は私ではなくハグレ警察にある。そう思いながら降りかけた壇上へ再び上がる。

 

『はぁ~忙し忙し……願いの欠片も節約しなきゃですからね。全く何が悲しくてマッスルの為に労働してやらなきゃならんのやら……』

『ワンワン! ウォフッ』

『ぐごご! もっけ! ぐもー!』

 

 愚痴りながらも額に汗かきセットを解体している所で、犬と謎の鳴き声に手が止まる。振り向けば王国のペット二匹が並んで地面に座っていた。

 

『なんですかお前達、男子控室に詰め込んでおいたのにどこから出てきたんですか。シッシッ!』

『クゥーン……』

『はぁ~お前たちもマッスルを応援したい訳ですか。殊勝なペットですねぇ、手短にたのみますよ』

 

 手で追い払うポーズを取るも、引き下がられ仲間外れにしておくのも不憫なのでしょうがなく相手をしてやることにする。この優しさと器量の良さが人気の秘訣ね?

 

「……なぁこいつちょっと」

「シッ! 失礼ですよ、そんな言い方……」

「でもちょっとヤバいじゃん? 聞こえちゃいけない物が聞こえてるじゃん……」

「あのですねぇ! 人を何だと思ってるんですか!? この夢を支配してるのは私なんですから、この世界なら言葉なんてなくても単純な思考と感情を読むこと位は朝飯前ですよ!」

 

 動物と会話が出来るぐらいの事で頭のおかしい奴と見なされ、心無い言葉が雨あられに飛んでくる。こいつらに人の心はないのか?

 

「へぇ、夢の中ならブリちんみたいな事が出来るんだ」

「自分のホームグラウンドに引きずり込んでようやくブリちんの二番煎じかぁ」

「まぁオレの機能はアップデート出来るような技術者が居ないとこのままだけどよ、女神様はまだ子供なんだから神通力の修行を経てちゃんとした読心術になる可能性もあるだろ?」

 

 理由を説明した上でも言葉のナイフは降り止まず、私の純真で穏やかな心に突き立てられていく。このお見合いをして良かったな等という思いは、ここに至るまで只の一度も湧き出たことがない。本当に止めておけばよかった。過去に戻れるならこんな企画を言葉に出してしまった自分をリアルのナイフで刺しに行きたい。

 

「ぐっ、ぐごご……もっ……け」

「なんか地竜ちゃんみたいな鳴き声を上げ始めたけど……」

「修行なんじゃねぇか? 相手の心に寄り添ってるんだろ」

 

 ストレスによる一時的な失語症に悩まされる私を尻目に、さしたる事でもないとモニターに眼を移す人の心を持たない者たち。怒りを鎮めるべく自分で淹れたアールグレイを口にすると失語症デバフが回復した。やっぱこのゲーム紅茶優遇されてるな。

 

『仕方有りませんねぇ、フィルムは……あらら、NGばっかりだったからなぁ……もう余裕もないので一発撮りで行きますよ。私が通訳してあげますから女性陣にマッスルの魅力を伝えるか、マッスルを直接応援するか選んでください』

「邪険にしないでちゃんと付き合ってやるのか……意外だな」

「ええ、てっきり【畜生の相手をしてる暇はないんですよ!】とかいって先に進むものだとばかり」

「フン! 好きに言ってればいいんじゃないですかね」

 

 失語症という重大な脳機能障害の闘病から立ち上がった私に、またしても矢を射るように言葉が飛んでくる。スタンが終わればまたスタン、そんな卑劣なコンボを許すわけにはいかない。冷静になって受け流す。

 

「拗ねるなよ~良い所もあるなって、褒めてるんだからさぁ」

「下賤な人間の願いを聞き入れてやってるんです。犬猫の願いを聞き入れるのも大して変わらんだけですよ」

「……神の価値観じゃな。命を平等に扱う教えであって、下等に見よという物ではないぞ」

 

 今度は説教まで飛んできた。何が命を平等に扱う教えだ、主なる神の存在こそが不平等である事の証明ではないか。天が人の上に神を作り人の下に魔を作ったのだ。人はそれを真似て人の上に人を作るという訳だ。神に命を平等に扱う教えなど存在しない。

 

『ハッハッ……』

『もけもけ……』

『いや、そこを魅力と見るにはちょっと動物的すぎますけど……』

 

「犬猫の話し合いに参加するんだ?」

「もぉ~! 黙って見てられないんですか!?」

「は~い」

 

 余計な茶々を入れないと気が済まないのだろうか、詰まらない説教に対する答えも出したが口にすれば今度は口うるさい老神とこのやり取りが続いてしまうので今は余計な事など喋りはしない。

 

『ワン!』

『マッスルへの応援ですね。じゃあ行きますよ。よーい……アクション!』

「私達じゃなくてマッスルへのメッセージか。聞いちゃっていいのかな?」

「まぁペット共が秘密にしたいような話をしだしたらオレが止めてやるよ。動物から好かれる人間に悪い奴も居ないし、ペットにどう思われてるか見るのは人柄をより深く知る事が出来ると思うぜ」

 

 プロジェクターの側へふよふよと椅子を漂わせて移動して、何時でも映像を止められるようにスタンバイする。この話のオチどうなったっけ……また人に言えないような事になるんだったか。検挙の恐怖や戦いの余波、高身長グッズの暴露や失語症との闘病が重なりもう頭の中はごちゃごちゃで数刻前の事も思い出せなくなっている。もしや記憶障害デバフだろうか、紅茶をもっと飲まなければ。

 

『……ワン!』

『……マッスルさん、何時もボクたちを守ってくれてありがとう。戦いの時にマッスルさんが隣に居るのを頼もしく思うと同時に、ボクもご主人さまの力になれるよう頑張らなければと励みにしています。お(うち)に居る時もとても優しくしてくれて、先日はみんなと遊びに飛び出したご主人さまに代わりブラッシングをして頂いて助かりました。お陰様であの後、ブリギットさんに飛び乗っても抜け毛(まみ)れにしなくてすみました』

 

「ワンにそれだけの言葉が込められているのか……」

「デーリッチ……」

「い、いやぁ~生え変わりのシーズンだったんでちかねぇ? もう十分だと思ったんでちよ?」

 

 飼い犬の世話をサボったのを窘められる国王、この醜態はいつか利用出来るので私の記憶に止めておこう。現実世界での記憶の出力について、少し調べてみるか。

 

 あぁ、美しさと心優しさを併せ持ちながらも向上心を忘れない勤勉な女神。この二次創作が世に出れば全プレイヤーからタワーの女神プレイアブル化要請の声が届き、聡明な原作者もその声に答えると共に私を王国の支配者へと()し上げて一枚絵と設定も身長を大きくプラスしてパワーアップする事間違いなし。今の服装はちょっと可愛さに寄り過ぎだし、もう少しセクシーな奴を用意して欲しいかな。

 

 失った薔薇色の未来は、一度はこの手に掴んでみせた。きっと取り戻してみせる。密かなる誓いを胸に立て、まずは願いの欠片分の勤労に励むとしよう。こういう働き者な所も人気の秘訣なのだ。

 

『ヴォフッ! ハッハッ……』

『こんなにカッコよくて強くて優しい人なのにどうして(つがい)が出来ないのか、ボクが思うに単純に消極的すぎるのではないかと思います。よく広間でカッコいいポーズを取っていますが、これは動物の求愛に例えれば美しく羽を広げる孔雀に近い行為でしょう。そういった動物的なアプローチは同族に行う物なので、筋肉の美しさを見せつけても筋肉の美しい人しか寄ってこないのかもしれません』

 

「動物的視点から見た恋愛指南とは、面白い講説が聞けますね」

「あいつ……ペットから恋愛指南を受けるのか……」

 

 マッスルへの哀れみもピークに達した。と、思いたい。ペットから非モテ改善のアドバイスを受けるよりも先に身を(やつ)す所が果たしてあるのだろうか。

 

『ワンワン! ……ヴォン!』

『しかし逆に言うと、同族的アプローチを行えば興味を引く可能性があるかもしれません。ボクは魔法を使える事をスゴイと思いますが、実際の所はどうスゴイのか分かりません。同じ様に、みんなも筋肉の具体的なスゴさがわからないのだと思います。それなら相手の土俵に立って、自分を見てもらうのがいいと思います。何時もかけっこをしてるエステルさんやルフレさんと一緒になって走ったり、ローズマリーさんやシノブさんと本を読んだりするのは如何でしょうか。ジーナさんの仕事が一番上手く行きそうな気がしますが、あの人はナワバリ意識が高いので工房に入れてくれないかもしれません』

 

 しかし意外と侮れないのが王国忠犬ベロベロス。その知力は高い教養を持つ元・悪魔貴族令嬢ゼニヤッタと並ぶ6……んん? あれ知力6勢の中で一番下だと仮定してもこいつ王国で18番目に賢いんだけど……? 過半数のおつむがペットの犬以下だけどこの国大丈夫なの? 私のプレイアブル化の暁にはちゃんと知力7以上にしてねお願いだから。

 

「い、意外と的を射た意見が出てきたぞ……」

「人間も所詮は動物ですからね。単純な理屈だからこそ本質に根ざしているのかもしれませんよ」

 

 私の心配を他所に、犬だからと侮っていた事が透けて見える様な発言が飛び出した知力4のゴリラ。あれアルフレッドくんやクラマくんも知力4だ……王国の偏差値低すぎ? やっぱり蛮族集団だったんじゃないか。

 

『クゥーン……』

『しかし、相手の土俵に立った所で負けてしまうと(つがい)との力関係に悪影響を及ぼします。そういう訳で、ボクが今までのかけっこトーナメントの賭けで手に入れたエステルさんのオススメ人参二百本をマッスルさんにプレゼントします』

「ブフゥーッ!?」

「す、素早さ1200上昇!? あの質量の筋肉がハピコさんやクラマさん並のスピードで飛び回るんですか!?」

 

 聞いただけでもとてつもない破壊力を想像してしまうが、当然ながらマッスルの固有スキルに敏捷依存の攻撃は存在しないので挑発をターン開始時に安定して行える位しか利点はない。それに比べてハピコやクラマくんに注ぎ込んだ時、どれ程のバランスブレイカーとなってしまうのか興味を(そそ)られるが残念ながら行き先はマッスルの腹の中だ。

 

『ワンワンッ! ワンッ!』

『この間はグラウンドのやや湿った土がみんなの足を取る中で、焼け付くようなcotaⅡエンジンが自身の足場から泥濘(ぬかるみ)を奪ってベストコンディションに整え、強い追い風を受けたこたつ布団が帆のように推進力を高めていました。こどらちゃんもご飯前で軽量に収まっている姿を見てこたつさんが勝つのを確信していたので、そういう日が狙い目ですよ。夢から覚めたらボクの小屋まで取りに来て下さいね』

 

 動物的な勘ではなく、高い知力を持って戦いの勝敗を見極める慧眼に脱帽するしか無い。この犬を超える知力7となるメンバーはかなづちとベルくん、なんだかなづちが居るなら私も知力7で問題ないな。心配して損してしまった。

 

「こどらちゃんではなくこたつに全幅の信頼を寄せている……ちゃん付けとさん付けに見える格差よ……」

「なんでじゃん!? こどらも頑張ったよ! こどらの勝った一枚絵でも、ちゃんとゴール前はこたつから出て一人で走ってるじゃん!」

「直前まではこたつに走らせてたんかい……!」

「これ予想屋かなちゃんよりもベロベロスに任せたほうがよくない?」

 

 普通に考えれば反則になる所だがこたつとドラゴンで一体なのでどうにも扱いが難しい。しかしこたつに走らせた所で、それでも極稀にしか一位を取らないし深く文句をつける必要もないのだろうか。

 

 そもそも走るこたつとは一体何なのか、ゼンマイ山では背負ってたのに何時から機動するようになったんだ。cotaⅡエンジンで命を吹き込まれたのだろうか。謎は尽きぬばかりだ。

 

『ワンッ……ワンッ!』

『力ならボクが心配するまでもないと思いますが、魔力や頭脳はみんなのレベルが高すぎるので、諦めてリードしてもらいましょう』

「シビアな世界に生きるのもまた、動物らしさよ……」

 

 無理に短所を伸ばそうとして長所を疎かにするのは愚の骨頂。トラやチーターが持久走の訓練などしないように、マッスルが勉学に励んだ所で、シノブやメニャーニャの様なモンスターブレインに追いつくことは決して無い事をよく分かっている。

 

『ワン!』

『ここまで同族的なアプローチについて勧めてきましたが、今日この王国にいる皆が、様々な得手不得手を持ちながらも一丸となって困難に立ち向かうのを見るにこの話は絶対的な物ではありません。マッスルさんに好きな人ができて、どう積極的になって良いかわからなかった時に思い出してくれたらと思います』

 

 参考程度の物とはいえ、分かりやすい指標を決めておくのは悪いことではない。一番はこちらの土俵に引きずり込む事ではあるが、相手が登ってこなければ待つ意味もなし。理論上の最高ではなく今できる最善を尽くせという、動物らしいリアリズムに(のっと)った考えを刻み込む事で、指をくわえて見ているだけの恋愛弱者脱出の手引を図る王国18位の参謀犬。

 

 しつけ教室どころか普通に勉学を学ばせても良いのでは……めいかいQでも見せている通り、算数は既にデーリッチを超えている。まぁ自分のペットでもないので余計な口出しはせず、この事実に気付くかどうかは本人達に任せよう。

 

『キュゥゥゥーン……クゥゥン……』

『最後に一つお願いがあるのですが、一人でいると目付きの悪いお姉さんに見張られててゆっくりできません。こちらを見るだけではなく、モフモフさせろと言いながら相撲を取るような構えのまますり足で近寄ってくる事があってとても怖い思いをしています』

 

「イリス! あんたワンコ達になんて事……」

「ワッツ!? ドウ考えてもオマエの事デスヨ!? マイアイズイズクーリッシュ! エビルな目付きでペットをニラんでいるのはユーの方ネ!」

 

 目付きについて言及され必死になって反論しているが気にしているのだろうか。涼やかな眼と言えば聞こえはいいが、イリスが相手では冷たい眼と言ったほうがしっくり来るし、目付きが悪いと取られるのも無理はない。

 

「まだモフモフさせて貰えないんでちか……」

「いやなんで私って決めつけるの!? 最近少しづつ近付けるようになってきたから! 5メートルの所で逃げられてたのが4メートル86センチの所まで近寄れるようになったから!」

「それって誤差の範囲なんじゃ……」

 

 牛歩の歩みならぬゾンビの歩みで、ペット達との関係は前進していると主張する。最近のゾンビは走るやつばかりだけど、昔ながらの古典的ゾンビ派の私にはこの目付きの悪い小娘に好感が湧いてしまう。あ、でもこいつ運動神経いいんだっけ。やっぱりダメかな。

 

『ぐごご……もけー……』

『妹ちゃんと接している所を見るに優しい人なんだろうけど、息を荒げながら鬼気迫る表情で地面を這いずってるのを見ると正直お近づきになりたくありません』

 

 妹というワードで完全にイリスの線が消え、犯人はミアラージュに限定されてしまった。はぁ、可愛そうな小娘。私のように愛らしいパッチリお目々を持っていないばかりに動物から嫌われる上、遠くない未来に行われるであろう人気投票もここに居る美の女神に屈することになるのだ。お先真っ暗なゾンビ娘を見てみれば、周囲から哀れみの視線を集め今にも泣き出しそうな顔で悔しさに歯噛みしている。

 

「ホラー! やっぱりゾンビドーターの方デース!」

「お、今のは呼びかけるほら、とホラーをかけた冗談かい。 イリスにも侘び寂びが分かってきたね!」

「ごめん、こたっちゃん詰めてくれる? ここ寒くてさ……」

 

 無罪の証明を勝ち取り驚喜(きょうき)するイリスに、悪魔の眼差しや福の神の指先よりも冷たい凍土を呼び起こす言葉が投げかけられる。この絶対零度の空間を緩和すべく、空調機能を強化するのに願いの欠片を使ってしまった。お願いだから貯蓄させて欲しい。

 

「……お姉ちゃん……なんでそんな所ばかりゾンビっぽいの……?」

「ど、動物の目線でダメだったからもっと低い目線を試してみようと思ったのよ!」

「しかし、なんでまたマッスル相手にミアちゃんについてお願いするワケ?」

 

 ミアラージュの苦悩と見当違いの努力はさておいて、真っ当な疑問を投げかけるのは意外にもイロモノキャラを代表するサイキッカーだった。ここに来てようやくオチを思い出したが、やはり見せないほうがいいのかもしれない。

 

『ワンワン! ウオォーン!』

『しかしながら、我々も拠点の仲間として艱難辛苦(かんなんしんく)を共にしてきた仲間である彼女の願いを聞き入れてあげたい。彼女のモフモフにかける情熱と愛護の精神を尊重したい。よって我々ペット連合は協議の結果……』

 

 そんな私の気持ちが通じたのか、ここに来て二度目の一時停止が押される。いや今までにもっと止めるべき場面は幾らでもあったのだから、もっと早く通じてほしかったホントにマジで。

 

「え!? ちょっ!? ちょっとなんで止めちゃうのよ!」

「いや……この先はあいつ等も聞かれたくないかもしれねぇ。それに、多分お前の望むような結果にはならねぇよ」

 

 顎に手を当て少しばかりの思量をおいて、ブリギットの口から慎重に傷つけないよう相手を(おもんばか)った言葉が紡ぎ出される。そう、この先はマッスルの為でも私の為でもなく、純粋に彼女の為を思えばこそ闇の中へ葬るべきなのだ。

 

「何言ってるの! 私の情熱を認めてくれるのよ!? 目付きが怖いから目隠しをしろって話かもしれないし、モフモフはまだ出来ないけど3メートルまで近寄らせてくれるとか、ツッコミ一辺倒で一緒に居ても面白味がないから火輪(ひのわ)を潜れと言われたって構わない!」

 

 いや十分面白い人になってるけど、というかゾンビ相手に弱点属性に飛び込む要求をするペット達は鬼畜すぎるでしょう。どういう眼で見ているんだ。

 

「今までの関係から少しでも前に進めるなら、私は何だって喜んで受け入れるわ!」

 

 淫夢勢(ホモ)が反応しそうなワードと共に、高らかにペット達を受け入れる宣言をする。軽々しく口にしていい言葉ではないが、私も高身長ブーツを差し出された時には似たような反応をしてしまったので強くも言えずこれから起きる悲劇を見守るしかない。

 

「少しでもか……まぁ少しは進むのかもしれねぇし、それでも良いって言うならしょうがねぇな」

 

 ブリギットもこの覚悟を受け入れ、気の進まない様子ながらも再生キーに手をかけた。

 

『……ボクの抜け毛を集めて腰蓑を作りました。マッスルさん、これをつけてお姉さんに一杯モフモフさせてあげて下さいね』

「いるかぁーそんなもんっ! 何が悲しくてマッスルの腰蓑をモフらなきゃならんのじゃい!」

「あ、あの……お願いだから人前でモフモフするのは止めてね……?」

「人が居ようが居なかろうがやらんわ! 姉をなんだと思ってるの!?」

 

 このやり取りにデジャブを感じる。結局の所、ペット達の答えは代替を用意する事だった。目隠ししたままプレゼントに期待を膨らませていた少女を崖に案内するかの如き仕打ちだが、マッスル宛のメッセージなのであの二匹もこんな悲劇を引き起こしてしまったとは思わないだろう。

 

『はいっ! 撮影終わり! フッ、フフフ、よ、喜ぶといいですね……ミアラージュさ……ブッフ……!』

「笑うなーーーーーーーーーーーーっ!」

「お、落ち着……いっ……ぷっ……フ、くっくく……あっ、ちょ、ちょっとまってホントに苦し……」

 

 襟首を掴まれ締め上げられる。マッスルの腰蓑をモフモフする彼女の姿を思い浮かべた笑いに、酸素は吐き出されるばかりで息も()()えに首を揺らす。頭がぼんやりして目が霞んで指先が震えて、って酸欠寸前やんけこれ。

 

『もっけ!もけ、もー!』

『はいはい、お礼はいいですから部屋で大人しく……あ、ペットのトイレ用意してなかった……ハァ、願いの欠片でなんとかしますから、またタワーに来てここで使う分を返しに来るんですよ?』

『もっけー!』

『ワン!』

 

 低酸素の症状が重篤化する前に、彼女は力なく地面に崩れ落ちた。モニターの中で鬱陶(うっとう)しく私に纏わりつくペット達を見て涙を流して地面を殴りだす。

 

「ゲホ……た、助かった……」

「なんで……なんで私には寄り付かないのに……やっぱり隙がないとダメなの……? 私も計画性のない企みで大コケしたり、イケメンと見れば犬のようにすり寄ったり、ケーキに入れる角煮をイチゴと間違えたりすればいいの……?」

「ちょっと! アホだから懐かれてるみたいに言わないで貰いた……角煮!?」

 

 メシマズとは言えチョイスからもうおかしい。イチゴと間違えるということはスポンジの間やその頂点を、まさか角煮が支配するのが当然だと思っているのだろうか。(おぞ)ましいほどアホやんけこいつ。

 

「おっ! 今のは角煮の確認かい?」

「よせマリー! もう死んでる!」

 

 華麗に死体撃ちを決めて永きに渡る応援演説に幕を引く。ゾンビの(すす)り泣く声が響く部屋の中、真の戦いが始まろうとしていた。

 

 今更だけど、これお見合いする雰囲気じゃない気がするなって。




書き溜めはここまで
次からはメチャクチャ更新遅くなるから気長に待っててね

櫓岳(やぐらだけ)様よりまたしても作中のワンシーンを絵にして頂きました。
引き続き励みにして参ります。ありがとうございました。

【挿絵表示】

元ツイートhttps://twitter.com/eM5kc3t9/status/1338085478709391360

アルフレッドの眼を青と表記していたのを修正。ジーナ編書いてて気付いたけど、パッと見で青に見えちゃったので許してね。


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三滴

 (ようや)く前座が終わり、本番へと突入する。

 

 これまで行われてきた援護射撃で役に立ったのはクラマくんの演説くらいな物であろう。ベルくんの身を削る投資も、直後に起きた惨劇とローズマリーの闇堕ちによって皆の心中からその姿を消している。景品目録まで作って、誰からも忘れられないように壁にでも張り付けておくんだったか。

 

 まぁ後悔後先立たずと言うし、この経験は次回に活かすとしよう。相手がマッスルで演説も8割失敗に終わった今、このイベントが上手くいく事もないだろうし私が失敗から学ぶいい機会だったという事でお疲れさまでした。

 

 如何に恋愛マスターの神算鬼謀を用いた所で、マッスルをモテさせよう等というシヴィライゼーションを黄巾党で科学勝利するような無謀な試みに挑むのは無理があったのだ。

 

 今から無為な時間を()ごす訳だが、夢の中なら無駄になる事もないので感謝して欲しい。マッスルとのお見合等という、災厄の渦に巻き込まれた者たちへ哀悼の意を表しながらトップバッターの名を読み上げる。

 

【デーリッチ】

 

「さて、それではデーリッチさん……あれ? 何処行ったんですか?」

 

 名前を呼ぶも、その姿の影も形も見当たらない。ローズマリーも今になって気づいたのかキョロキョロと皆と一緒に辺りを見回している。

 

 あのじゃじゃ馬から目を離すとは、保護者としての自覚が足りてないのではないか。プリシラを見習って四六時中トイレからお風呂まで見張る意気込みでいて欲しい。

 

『ぬん! デーリッチ一番乗りぃーっ!』

「い、いつの間に……」

 

 モニターからうっとおしい程に元気な声が響き渡る。

 

 案内をされるまでもなく勝手に部屋に入り込み、先陣を切るべく椅子に飛び乗って名乗りを上げる。

 

 そのお見合いに似つかわしくない勇猛果敢な突入を待ち受けるように、テーブルに並んだ食器からは様々な菓子が伏兵の如く現れる。相手の望む食べ物を、鏡に映すように読み取って出現させる夢の食器を前に目を輝かせる国王陛下。

 

 料理を通して味を共有し、そして互いに美味への共感を生む食事という行為は非常に優れたコミュニケーションツールと成り得る。

 

 相手が求め、愛してやまない物へ同じ想いを抱く。異常な独占欲に支配されている訳でもなければ、それは他者との繋がりを生み孤独から救い二人の関係を作り出す手助けとなる。よって当然ながらマッスルではなく、相手側の好みを反映して食事が出てくる設定になっている。

 

 そういった諸々のセオリーを完全に無視してケーキやプリンを(むさぼ)る国王陛下がお見合いの先鋒を務めていることに、マッスルも面を食らったらしく頭に疑問符を浮かべて狼狽(ろうばい)している。

 

『な、なんだぁ? お見合いってお前、デーリッチとぉ!?』

『およ、聞かされてないんでちか。女神様からのサプライズなんでちかねぇ』

『あいつ一体どういうつもりだよ……』

 

 バクバクと眼の前の菓子を食い散らかす国王を訝しげに見つめながら、神の計略へ疑念を抱く浅はかなる牛男。順当に大人組を狙えるような恋愛力も持っていないのだから、お子様勢に気の迷いが生じることを祈ろうとは思わないのか。

 

『まぁまぁ。ブリちんも賛成して、ローズマリーもそれにゴーサインを出したしきっといい結果になるでちよ!』

『ほ、本当か!?』

 

 懐疑心を剥き出しにしていた眼が、二人の名前が出た途端に嬉々として目を輝かせる。

 

 何故、神の考えに疑念を持っておきながら、カビの生えた古代の遺物と小賢(こざか)しいばかりの人間を信じようというのか。手間暇をかけ、様々な段取りを組んで今この場で一番の味方をしてやっているのはこの私だと言うのに。

 

『子供達は何処の馬の骨ともわからん奴に、騙されないようなんちゃらかんちゃら! 大人たちもまたかんちゃらなんちゃら!』

『はぁー……なるほどねぇ』

 

 合間にお菓子を口に詰め込みながら紡ぎ出される、謎の言語によって意思疎通を図る二人。これもマッスルワードなのか、魔法のみならず物理奥義を使いこなす肉体派の国王であれば筋肉に精通していても不思議ではない。

 

 メニャーニャ先生の語学講座に期待して目を向けてみるも、涼しい顔で疑問を抱く様子もなくモニター越しの会話を受け入れている。もしや皆、かくかくしかじかで会話ができちゃう人達なのだろうか。

 

『だからみんな出来るだけ前向きに、このお見合いに参加してくれる事になるでちよ!』

『ブ、ブリちん……マリーの姉御……ありがてぇ……ありがてぇ……っ!』

 

 このお見合を後押ししてくれた彼女達の心意気に胸を打たれたのか、感涙に(むせ)び泣く牛男。

 

 お見合の企画を立案し、失敗に終わったとはいえ予行演習に付き合ってやり、そして司会まで務めてやってる私には笑顔でアリガトよの一言で済ませた癖にこの扱いの差はどういう事だ。片や私の意見を王国の為に利用しただけ、ローズマリーに至っては反対派だったものを説き伏せての意見だというのに。

 

 彼の事を一番に考え、動いてやったのはこの私だ。まるで手柄を横取りされたような気がして苛立つばかり。この胸の不快感もマッスルの不敬な態度へ(いきどお)っての物に違いない。

 

『んっぐぐ……しかしマッスル、甘えっぱなしは良くないでちよ』

『え?』

 

 二人の知者からの所見を聞き、お見合い計画に明るい見通しがたった事を伝えた所で待ったを掛ける国王陛下。

 

 口内に残った菓子を飲み込み、口元に付着したホイップクリームを舌でベロンベロンと舐め回しながら眉間に皺を寄せ、まるで威厳のないしかめっ面を作ってマッスルに向き直る。

 

『そもそもお前が彼女が欲しいと言い出した事を、お膳立てから何から何まで人任せ。願いの欠片を集めるのは頑張ったと思うけど、それにかけた労力の分だけ自分の好きな人に気持ちを伝えられた筈でち!』

 

 厳しい意見が飛びしたが、概ねその通りであろう。世の中ただ頑張れば報われるという事はない。考えるのを放棄して他人に努力の結果を委ねては、その結果がどうなる事か分かろうはずもない。

 

 だからこそ普通なら、この人こそと自分の意志で決めた人へお近づきになるべく、様々な趣向を凝らし相手に受け入れられる努力をするものだ。

 

 寛大で心が広くて器の大きい慈愛に満ちた私だからこそ、大目に見てやりこのような機会を授けてやったのだ。それを国王の言葉で思い返し、泣いて感謝の言葉を述べるがいい。

 

『うっ……そ、そうなんだが……』

『まぁこんな行動をとってしまった理由、わからんでもない。皆のことが好きなんでちよね? その中の特別がわからなくて、全員とお見合いすることにした訳でちか?』

『女神様の案なんだが、俺もこれでいいと思っちまった……誰か一人ぐらい、俺を好きになってくれる人が居るんじゃねぇかって……』

 

 マッスルらしからぬ弱々しく切実さを訴える声から、彼女いない歴によるコンプレックスの根強さが伺える。

 

 こんな反応を見せるのはマッスルだけなので気にしすぎの様に見えるが、二十かそこらになって彼女の一人も居ないのは普通に考えて憂慮すべき事態なのだ。特に彼は年齢のみならず健康な肉体に加えて仕事も順調、そして本人も彼女募集中の身と有っては独り身で居る理由がない。

 

 アルフレッドくんやクラマくんの様に、気が向いたら何時でも連れ合いを作れるような身分ではないのでチャンスを見逃せないのも当然である。

 

『マッスルのそれ、デーリッチみたいなお子様の好きと大してかわらんでちよ。みんなが好き。その中でも特別な人を探したくて、だけど自分じゃどうしていいか分からないから相手に寄り添ってきて欲しい。そんな贅沢いう子はお子様組にもおらんでち!』

『うっ……か、返す言葉もない……』

 

 だからといって恋愛の不文律が覆されるものではない。ただ一人の想い人へ、自分の出来得る限りをするのが正しい形である。魅力的な女性陣に囲まれて、自分の意思で相手を決めかねているので相手側の意見で決めよう。等というのは恋とも愛とも言えないだろう。

 

『自分の気持ちを探す過程、伝える過程で相手を傷つけたり不快にするのが怖い。だから相手と気持ちを伝え合う場を用意して、相手から言って貰えば自分を袖に振る位どうって事ないだろう。大方そんな考えだとして……ナメてんでちか!? お前に対して恋や愛を抱いて無かったとしても、みんなお前のことが大好きなんでちよ? お前が抱える不安は、そっくりそのまま相手が抱く事になるんでち』

『デ、デーリッチ……そうかもしれねぇ、俺が浅はかだったんだ……』

 

 王の叱責を受け、初回からヘコまされてしまったマッスル。これは私にも計算外だった。ハーレム作る訳じゃあるまいし、全員に気持ちの確認をするだけと開き直れば道義を通せるかと思ったがこんなに速く逃げ道を塞がれるとは思わなかった。

 

 この指摘はローズマリーにされなかった以上、もう少しお見合いが進行してから受けるものだと思っていたが、子供の癖にちゃんと物事の本質を見る眼が備わっている。

 

『筋肉に休んでる暇なんてねぇとか言っときながら、悩む暇が出来るとこれなんだから……まぁこうなった以上はしょうがない。マッスルも、デーリッチ達と一緒に相手へ抱く気持ちを整理するでち!』

『あぁ……けどよ、実際どうすりゃいいんだ?』

『簡単でちよ、これからみんなに自分の中にある好きっていう気持ちを正直に打ち明ける! そうしている内に、特別な好きを持った相手にその想いを伝えられる筈でち!』

 

 考えてわからないなら当たってみろとは、やはりあの子も筋肉の化身なのか。やる事は変わらないが女性と見れば手当たりしだいに声をかけて回るという訳ではなく、自分の持つ気持ちを確かめたいという動機を確立させれば相手への不快感はゼロに出来ずともそこそこに解消されるだろう。

 

「しかし、結局の所は数撃ちゃ当たるか……」

「実際のお見合いだって、相手側に何人目か伝えてないだけで大勢と相手してる事もあるだろうよ。それをハッキリさせてるだけマシだと思ってくれねぇか?」

 

 早速ゼロに出来なかった分の不満がぶち撒けられるも、現実に起こりうる悪いパターンを想定して夢のお見合いと対比する事で諌める古代の遺物。

 

 確かに大いに有り得る話では有るが、お見合いへの幻想を叩き壊すような現実を突きつけてまで、マッスルの擁護に周る彼女の真意は一体何処にあるのだろうか。

 

「なんか妙にマッスルの肩持つよねブリちん。お見合いしたかったの?」

「へへ……オレの番が来たら話してやるよ」

 

 首をかしげて尋ねる雪乃も、自分で言っておきながらその意見が腑に落ちないといった様子でいる。

 

 それもその筈、マッスルに好意を寄せてお見合いに望みたいのならば、皆が抱くマッスルの好感を気にかけたフォローはしない筈だ。明らかに周囲を後押ししているように見える。

 

 楽しげに笑っている彼女の瞳に浮かぶ光は、水気の中に映し出される物ではなく金属の(きら)めく光沢で出来ていた。瞳に宿(やど)る暗い(かげ)りは、単に年月を(かさ)ねた金属が輝きを失っただけの物なのだろうか。その無機なる光が、快活に笑う彼女と違って淋しげに見えるのは気のせいだろうか。

 

『うーん……お前が言うならやってみるか……』

『それじゃあ早速、デーリッチで試すでち! バッチこーい!』

 

 当の庇護下に置かれる者はそんな事も(つゆ)知らず、国王の案に則る事にした様だ。コホンと咳払いをすると、改めて目の前でマッスルからの答えを座して待つ国王陛下に向き直って口を開く。

 

『その、なんつったらいいのかな……まずは礼から言わせてくれ。ありがとう、デーリッチ。お前が王国に入れてくれたお陰で、俺は人を騙して独占してた石ころを売るような生活から抜け出せた。鉱夫共もクソ野郎ばかりだったし、それを悪いと思った事はねぇ。俺があの生活の中で一番嫌だったのは、あいつ等と同じ様に相手を騙して利益を毟り取ってた俺自身だったんだ』

 

 真っ向から自分の気持ちを正直に打ち明け、国王との出会いとそれが(もたら)してくれた恩恵に感謝を示す。正当な対価を得るために不正を働いた矛盾が、持ち合わせていた正義感との軋轢(あつれき)を生み彼を苦しめていたのだろう。

 

『お前が国を(おこ)さなきゃ、きっと俺はあの鉱山みたいに薄暗くて埃っぽいシケた人生を送ってた。お前が居るから、俺は正しい道を真っすぐ進んで行けるんだ。今の俺が居るのは、お前のお陰だ。その明るさで、素直さで、そして度胸と根性、優しさと勇気で、俺を含めたみんなをここまで引っ張ってきてくれた。お前は最高の王様だよデーリッチ。これまでも、これからもお前よりすごい王様なんて現れねぇ』

 

 恩人であり、主人であり、そして何より親友である王への親愛と尊敬の思い浮かぶ限りが言葉に込められていた。彼の抱く敬慕の情が(まぶ)しく、目も(くら)むような威光に思えてモニターから目を背ける。

 

 神でありながら、私は今まで何をしてきたのだろうか。今の仕事は水着イベントの実装以外に功績は無く、転売で利益を出しながら身銭を切るのは欠片8個のレアパッシブを渡す時だけ。前職で私を夢に見て、それで成功を収めない者は呆気なく見放し、それより前は親にすら見切りをつけてここに居る。

 

 ただのはぐれの少女である彼女は、今まで何をしてきたのだろうか。並の人間に毛が生えた程度の力と魔力で始めた旅で、悩める者、孤独な者に手を差し伸べ続け紡いだ絆は、今日ここに至る道となり王国という形を残している。

 

 はぐれに生まれた不運、何一つ持たぬままこの世界へと放り出された逆境を乗り越え、掴み取った彼女の現在(いま)は何物にも代え難く、何者も犯すこと叶わぬ光り輝く未来へと繋がっている。それが今居る王国民全員で届かない未来であっても、それを掴める絆になるまで王国の輪は広がって行くのだろう。

 

 夢の事象化、女神の権能。神として生まれ持ったこの力は、私に何も残してはくれなかった。夢、幻の如くなり。人の残した言葉が、頭の中に響き続ける。一日を夢の中に入り浸って送って来た今日までの生が、(うつ)ろな幻の中に居たような気さえしてくる。

 

 二十の(よわい)で得られる経験を、全て幻の中に置いてきた女。だから背が低いんだ。だからワガママなんだ。だから恋もした事ないんだ。だから――だからこうして、自分の弱さに理由をつけて、周囲や育ってきた環境に当たり散らしているんだ。

 

 目の前で無力だった筈の少女が王として後光を放つ所を見れば、これまで失って来た全てが自身の弱さに起因している事をどうしようもなく悟ってしまう。

 

『ふふん! それほどでもあるでち……という訳で』

 

 マッスルの抱えていた彼女への気持ちを、卑下する事なく素直に受取る。それが当然と(おご)るような口ぶりとは反対に、その無邪気な笑顔を見れば調子に乗って愛嬌を振りまいているだけなのだと分かる。

 

 気づけば啓示を待つような心持ちで、彼女の口が開かれるのを見つめていた。その姿が、心が人を惹き寄せるなら、その一端に触れれば私が失ってきた何かが身につくような気がして。

 

『不束者ですがよろしくお願いするでち』

『ん?』

 

 ん??

 

『しかと伝わったでちよお前の気持ち……でもデーリッチは国王の肩書を捨てたくないのでマッスルが女王でち』

『んん???』

 

 オーケー、私がバカだった。考えてみれば今はマッスルのお見合いなんて、99パーセント純正ギャグシナリオの真っ最中。私が心に抱えるシリアス等、僅か1パーセントの抵抗に過ぎない。

 

 このアホに期待した自分が恥ずかしい。穴があったら入りたい気分だった。

 

「性転換したら余計モテなさそうだけど……」

「ジェンダーフリーの世の中とはいえ、女同士って所にツッコミも入れられないのは息苦しいぜ。なぁマリー……」

「デーリッチ……私の手を離れる程に……大きく、グスッ……なったんだね……」

 

 マッスルのTSという(おぞ)ましい妄想や世俗への不満を混じえたジョークも耳に入らぬ様子のローズマリーが、デーリッチの巣立ちを前に泣きながらお(ひつ)に入った赤飯をよそっていた。取り調べのカツ丼といい何処から食い物出してくるんだこいつ等。 

 

「ごめんね……素直に、喜んであげられな……ぐってぇ……ヒック……」

「い、いかんのじゃ! マリーがボケに回ってしまっては王国のボケツッコミの黄金比が乱れ、国民の九割九分九厘がボケ通しの世紀末になってしまう! 行くなマリー! わらわを置いて行かんでくれぇ!」

 

 余りにも大きすぎる責任を背負う王国参謀ローズマリーと、そのボケ堕ちを涙ながらに引き止めるカレー色の姫君。時として負担(ボケ)となり、時として彼女と共に王国内に蔓延(はびこ)るボケの芽を摘む戦友(ツッコミ)慟哭(どうこく)木霊(こだま)する。

 

 ローズマリーとの絡みもあって、ツッコミライン寄りのサイドバックがメインポジション。それでいて際どい服装や、イメージカラーであるカレーを用いたボケへの参加とマルチな分野に活躍を見せる。だが相方を失い狼狽(うろた)えるその姿を、王国の凶悪なボケ担当が見逃すはずもない。

 

「ヒャッハァ! 妖精王国のお通りだぁー! 手始めにティーティー様の紅茶をミルクティーにしてやるぜぇ……このモーモードリンクミルクプロテイン味でなぁ!」

「だぁーっ!? 止さんかバカタレ!」

 

 高い知性と教養からくる頭脳的なツッコミを得意とするティーティー様だが、その小さな身体はフィジカル面が致命的に弱く、体を張ったボケにはついていけない(きら)いがある。チーム妖精王国はツッコミ不在の苛烈なボケによる超攻撃的スタイルを信条としておりその猛攻を食い止める手立てはない。

 

 守備の要であるローズマリーを欠いた王国の貧弱なツッコミラインでは、怒涛のボケは止められない。今こうしている間にも解説の追いつかない速度で、悪童ヅッチーによる魔の手は迫りついには乳製品だからと○ルピスまで入れられてしまった。お子様の味覚ならば紅茶よりも乳酸菌を選ぶのも致し方ないことである。

 

『いやいやいやいやノーノーノーノー……いやお前のことは尊敬してるけどね?』

『それじゃあ夢から覚めたら早速、サムサ村の畜産家に去勢をお願いするでちよ』

『せめて医者使えや! 家畜扱いじゃねぇか!』

 

 モニターの中でキレの良いツッコミが冴え渡る。今こそ鍛え抜かれたフィジカルを発揮し、悪逆の限りを尽くす妖精王国の侵攻をその身を持って止める時だが、男性の象徴を失おうとしている状況下でデーリッチのマークを外す訳にはいかない。マッスルとローズマリーの居ない王国ツッコミラインのなんと虚弱な事であろうか。

 

 しかし球技物にチームの欠員アクシデントは付いて廻る物。その場の主導権(イニシアチブ)というボールを、ボケツッコミで奪い合うこの戦いもまた野球、サッカー、クリケット、セパタクローに次ぐ球技としてカウントすると考えれば致し方ない事である。

 

『むぅ、女王が嫌なら仕方ない。国王である以上、この責務を人に預ける事などできんでち……お前の気持ちに答えてやれぬデーリッチを許してくれ……!』

『なんで俺がフラれたみたいになってんだよ……』

 

 ツッコミをスルーして強引なボケでマッスルを振り抜く、魔法タイプとは思えないフィジカルを見せて軍配を上げる国王陛下。去勢を回避できた事で気が緩み、油断をつかれてしまったのか。

 

 ツッコミのキレ、何時でもボケに回れる取り回しの良さ、優れたフィジカルを持った名ディフェンダーだがメンタルの弱さが気にかかるので監督には気をつけてケアして貰いたい。

 

「ヒャアッ……」

「こら! 大人しくしないと、おやつのプリン抜いちゃうぞ!」

「復活早っ!?」

 

 マッスルの元へ我が子を送り出す心境で居たローズマリーの誤解が解けると、光の速さで戦線に復帰。猫の首根っこを引っ掴むように、ボケ界のエースストライカー妖精女王ヅッチーを軽々とあしらってしまった。

 

 フィジカルこそ一般女性の域を出ないが、妖精の首詰め投石等の悪魔超人も真っ青の残虐にして凶悪なメンタリティ。そしてキレ、テクニック、テンポ、リズム、コク、まろやかさを渾然一体に同居させる完璧なツッコミを併せ持つ彼女が、王国のツッコミラインを鉄壁の要塞と化している。

 

 この無敵要塞を無傷で突破したものは未だ(かつ)て一人として居らず、クソ寒いダジャレを言わせてボケに参加させツッコミラインに穴を開け、ブリザードXX(20)程はある猛吹雪の中を強行する位しか攻略法は確立されていない。

 

『まぁデーリッチの答えはもう出てるでち。王国の仲間なら誰がこようとデーリッチは拒まん。一人一人に対して特別な好きを持ってて、誰が相手でも幸せになれる自信があるし、相手に幸せになってもらえるようにデーリッチに出来ることは惜しまずやったる! ……とは思うんだけど、特別ではあってもこれって所詮お子様の好きなんでちかね?』

 

 すっかりボケツッコミ選手名鑑の解析に熱が入って忘れていたが、そういえば望みも希望も未来もないお見合いを進行していたんだった。個人的な一押し選手はマーロウさんなのだが、出番が終わってしまった事が悔やまれる。

 

 アルフレッドくんにクラマくんにマーロウさん、三人もイケメンプレイヤーを取り揃えた王国球技業界の明日が気になる所では有るが、今は空の宝箱を漁るに等しい形式だけ整えた茶番劇の行方に目を向ける。

 

『でも挙式に良くある二人で病めるときも、悲しいときも、貧しいときも変わらぬ想いを貫けるかって聞かれる奴? あれ当たり前過ぎて、誰が相手でも変わっちゃうのが想像できんでちよ。そもそもローズマリーとの二人旅が悲しみと貧しさの連続だったし、マナ切れで病める時もあったけど今じゃ乗り切った後だし』

 

 恋慕の情はなくとも、誰に対しても愛する人として接することが出来る。男女の愛を知らぬが故のアガペーが、今出せる彼女の答えであり、悩みだった。

 

 言葉だけ聞き(かじ)れば、相手が誰でも構わない軽薄な言い分にも聞こえる。

 

 だがこれまでの行動で、彼女は国民に対して無償の愛を示し続け実践してきた。人の世に満ちた偽りの平等ではなく、真に公平なる慈愛を以て絆を紡いだ者を愛するだろう。主なる神の()く無償の愛、実践しているのが天に残る我々ではなく年端も行かぬ少女ただ一人とは皮肉な話だ。

 

 王の素質もまた、本質的にそうした子供の物なのかもしれない。暗君と呼ばれる者には幼少の内から王政につき、子供で居られる内は善政を敷くが後に暴虐を尽くすようになるパターンも多い。子供の内にしか持ち得ない何かが彼等の中に善性を留め、そして大人になって失われていくのだろうか。

 

 彼女を王とする危うさはそういった所にもある。自己犠牲を厭わない優しさ、無限に思える愛、それらを持ったまま大人になる者が一体この世の何処にいるのか。

 

「ヒュウーッ! ノロけるねぇあの子も!」

「赤飯よそってあげようか?」

「か、からかうのはよしてくれ……」

 

 病も悩みも悲しみも、共に乗り越えてきた王国の女房役。言葉の綾になるかどうかは互いの合意一つの所まで来て、その関係を責付(せっつ)かれるようにして弄ばれている。

 

『なるほど、そりゃあお子様の好きじゃねぇな……』

『およ?』

 

 自身で出した愛の答え。その形がどう称呼される物なのか分からずに、幼さから来る無理解でしか無いのかと悩む王へと向かってそうではないと否定する。

 

『そいつは王様の好きだよ。俺達の誰とでも心を通わせられる、みんなを愛して愛される最高の王様じゃねぇか』

『マッスル……』

『恋だのなんだの、今は持ってなくたっていい。何時かただ一人、この人だけはとお前の方から思える特別な人が出来ても、他のみんなに今と変わらない愛を持ち続けていてくれ。そうすりゃ何時までも、お前は俺達の王様だからな』

 

 愛の形は一つではない。今ある愛をそのままに、何時か見つかる愛には何時か答えを出せばいい。

 

 体良く言った所で要は保留だが、今ある気持ちに整理をつける話だったのでこれでいいのだろう。彼女の歳でそれが見つからない事を焦る必要は無い。

 

 自己犠牲を(いと)わない優しさ、無限に思える愛、それらを持つ大人達はここに居る。それは持ち続けて大人になったのではなく、彼女との出会いで与えられた物。なら同様に、何時か彼女が大人になって失ったとしても周りのみんなが与えてやればいい。

 

 愛の円環。与えられることに甘んじて、愛を返さない者に失望し消えて行く絵空事。形骸化した化石のような理想、そう思っていた神の教えは目の前で息づいているような気がした。

 

 彼女が自ら築いた愛を目の当たりにして、何時もの様に無邪気な顔で微笑みかける。見ているだけで、釣られて笑顔になってしまいそうな輝かしい笑顔。春の日差し、その下に咲く花、優しく暖かに包み込む物に形容される朗らかな笑み。

 

 私にもかつてあんな顔が出来たのだろうか? 同い年程の童女の姿をしていても、私の笑みにあの輝きが宿ることはない。きっと卑屈で、皮肉っぽくて、嘲笑混じりの嫌味な笑みを浮かべる筈だ。私から失われて久しい純真な笑みを(たた)えた口が開かれる。

 

『彼女も出来たこと無いのに、よく恥ずかしげもなくそんな事言えるでちね?』

『王が言葉のナイフで臣下を刺すんじゃねぇ!』

 

 オチをつけないと死んじゃう病気なのだろうか? シリアスムードによる華麗なフェイントからのステップインで、マッスルが二十余年思い抱いてきたトラウマは幼年期特有の残酷さを秘めた無垢なる笑みで引き裂かれた。殺気をまるで感じさせない必殺の隠し剣が、分厚い筋肉の下に隠されたハートへ向けて虎の爪の如く突き立てられる。

 

 神と人とで過ごした歳月の重みこそ違うが、同じだけの恋人募集期間を積み重ねている彼がこんな扱いを受けるのを不憫に思う。憐憫の念を持って弔いたい、南無三。

 

『そいじゃ、しっかりやるでちよマッスル! お前が当たって砕けて粉微塵に粉砕する所を、控室から見届けさせてもらうでち!』

『テメェ覚えてろよ!? 俺がどれだけモテるか、しかとその目に焼き付けてやらぁ!』

 

 手を振り去って行く国王の背へ、涙目で捨て台詞が投げかけられる。しかし悲しいかな、存在しない事象を焼き付ける便利な機能というものは我々の眼球に備わっていない。

 

 負け牛の遠吠えを部屋へ残して扉を開き、モニターから姿を消すと数分としないうちにこの部屋へと姿を現した。

 

「国王陛下の、御成(おなり)ぃ~!」

「御成は貴人の外出や来訪を意味する言葉であって帰還の意味じゃないからね?」

 

 返ってきた国王に、ツッコミと共にさりげなく知識を詰め込むことを忘れない教育者の鏡。その教鞭を振るう手腕は称賛に値するが、保護者としては甘やかしすぎなので厳し目な躾けを要求したい。

 

「言うべき事も言ったし、これで露払いも済んだ所で……後は煮るなり焼くなり好きにするでち!」

「スキヤキ! ハオ、スキヤキ食べたい!」

「物理的な話じゃなくてね!?」

 

 本人の預かり知らない所で、フォンドボーからステーキまでなんでもござれと予約を受け付けるベスト和牛。案の定言葉通りの意味に捉えたハオが、口の端から涎を垂らして期待に目を輝かせている。

 

 ボケに定評のある国王だが、実は鋭いツッコミの刃を隠し持つオールラウンダーでもある。フォワードからボケ寄りのミッドフィルダーが主戦場だが、意表をついたツッコミラインへの配置も悪くない。とはいえセンター配置は持ち味のボケが死んでしまうのでサイドバックに置いてボケとツッコミの間を走らせたい所だ。

 

 食卓を彩る一品になりかけたとは知る由もないモニターの中、一層不安そうにせかせかと手汗を(ぬぐ)い一人残された部屋で左右を見回すマッスルに、先の大言を実現させるような予感はまるで感じられない。

 

 それでもやるべき事は王から下った訓戒により示された。皆が抱える共通の不安、それを配慮して相手の気持を推し量り、そして自分にある気持ちを見つけられるかの舵取りはマッスル自身がするべき事であると。

 

「全く手のかかる奴だぜ……仕方ねぇ、付き合ってやるか!」

「ヅ、ヅヅヅヅッチィー!?」

 

 ハグレ王国お子様部、悪ガキ代表イカヅチ妖精ヅッチーが名乗りを上げると、この世の終わりを目にしたかの様に震え、嘆き、絶望に身を(よじ)り整った顔立ちを自身の頭髪よりも青くしたプリシラが泡を吹く。

 

「言いたいことはデーリッチに言われちまったからな。断りもなくこんな所に呼び出して、自分の気持ちに整理もつけれない分際で彼女が欲しいとは片腹タケミナカタバーストよっ!」

 

 笑いすぎて腹が痛い例えの筈だが、まるで鳩尾(みぞおち)に雷神の加護を宿した必殺の一撃を叩き込んで殺害を図るような言葉になってしまった。妖精王国の教育担当は意識不明に陥り、先のローズマリーの様に訂正してやる事も出来ずに椅子の上で首を(もた)げている。

 

「しかしマッスルが自分の中にある気持ちを探したい、誰かと紡ぎたいというならこのヅッチー……愛の妖精として奴を導く煌めきとなる事も(やぶさ)かではないっ! 言葉にしなきゃ分からない気持ちの中で、アイツや私達が自分でも気づいてない愛を抱えているのなら……お互い答えを出して突きつけてやろうぜ、なぁプリシラ!」

 

 彼女の言う付き合う、とはお見合い参加への意思表明であってマッスルとの交際を意味するものではなかった。ブクブクと気泡を口から漏らして喉につまらせ、酸欠に痙攣しガクガクと頭を振って答えるその姿を賛同と受け取ったのか満足そうに鼻を鳴らして胸を張る。

 

「しょうがないのう……わらわも一肌脱ぐとするか!」

「うふふ、縁結びも福の内。なれば今こそ、王国に最大最高の福を(もたら)す時かもしれませんね」

「うーんポッコには既にクラマくんが居るですからぁ……貞淑な妻としては、相談に乗ってあげる以上のことは出来かねますねぇ」

 

 妖精女王の気勢に答えるように、皆の不満がまた少し氷解して行く。まるでマッスルにモテ期の風が吹こうかとしているような、非現実的光景。

 

 その様相を見て、胸中に広がるのは不安であった。

 

 不安。先程から感じる不快感の正体はこれなのだろうか。しかしお見合いに明るい見通しが立った所で、何を危惧する必要があろうか。これが成功すれば水着イベントに次いで、婚活コンサルタント及び縁結びの実績を積んで更なるキャリアアップまで目指せるというのに。

 

 いやいや所詮はニワカマッスル。どれだけ好感触を得た所で、結果に繋がる事なくこの浮かび上がった出世街道も夢と消え之く。私はきっと、それが心配なのだろう。期待を抱かなければ、胸に広がる奇妙な動悸も収まる筈だ。

 

 そうは思えどその不安はしこりの様に残されて、胸を打つ鼓動を重く沈ませたままだった。

 

【ローズマリー】

 

「眠りから、覚めても続く夢現(ゆめうつつ)。不安と猜疑、欺瞞と弁明の交錯する只中で開かれた扉の先、かつての友と望まぬ形で再開を果たす。次回「お見合い」甘く微睡む夢で飲む、マリーのコーヒーは苦い…!」

「何故ホードボイルド調の次回予告を入れたがるんだ……?」

「これから30人近い王国民を呼び出さなければならないので、少しでも変化を加えてマンネリを防ぎたいんです……」

 

 みんなもオールスターで話を組む時は、こんな行き当りばったりの○ン肉マン式プロット法は用いず計画的に考えよう。一人のパートに約1万から2万字程使っているので、このまま行くと完結する頃には30万から60万文字になってしまう。馬鹿な奴だと笑って欲しい。

 

「それじゃあ行ってくるね、良い子にしてるんだよ」

「むうっ、デーリッチは何時だって良い子にしてるでちっ!」

 

 そんな間抜けな失敗談とは縁遠い、知恵者ローズマリーが立ち上がる。机の上に纏めていたファイルを掴むと、国王陛下の頭を撫でて、言いつけを残して扉を開く。

 

 反対を押し切ってのお見合い決行だった事もあり、彼女の心中にはまだ反マッスルのしこりが残っている事だろう。

 

 例えそれが無かった所で、相手は才知に溢れ建国の時より政務の経験を積み、戦時に於いては陣頭に立って戦いながら指揮まで取る稀代の名参謀。マッスル程度の男を歯牙にかけている筈もない。

 

 取り敢えず笑いを取って、モニターの前に居る国民を退屈させない様にして後続へ良い空気を繋ぐのがベストだろう。

 

 そんな事を考えていたのだが、扉に入ってから寸刻を経て未だその姿は見えずに居た。先程手にしていたファイルをどうこうしているのだろうか、時間無制限の夢の中とはいえ後に(つか)える人が居ることも考えて欲しい物だ。

 

「遅いなマリーの奴……トイレか?」

「マッスルさんを見るに焦りや動揺といった精神的な反応で汗は流れるようですが、夢の中ですから代謝機能は働いてないでしょう。それから先輩はデリカシーを学ぶべきですね」

 

 暇を持て余し寸劇を始め出す者、テーブルに突っ伏して眠りに落ちる者、良い子にしてろと言われたのに先程までティーティー様にぶち込まれていたモーモードリンクミルクプロテインカルピ○のミックスティーを誰が処分するかで争い合う者。

 

 三者三様に暇を潰しだせば、扉が開かれるまであっと言う間の事だった。

 

 そして開いた扉の先を見て、今度は実際にあっと声を上げる事になる。

 

『す、すまない。待たせたかな?』

『……』

 

 驚き戸惑い言葉を失う牛男だが、そうなるのも無理はない。

 

 何時も(かたく)なにオシャレを拒み、ボロボロにほつれた緑一色(リューイーソー)でも狙っているかのように野暮ったい深緑のローブと帽子を脱ぎ去って、羞恥に高揚し頬を染める少女が見せる新たな装い。

 

 首元に余裕を持たせたタートルネック、グリーンのニットシャツの上から黄褐色のカーディガンを羽織って膝丈のブリーツスカートで締める。彼女らしい落ち着いた服装、イメージチェンジというにはもう少し冒険心を見せて欲しかった所だが突然の変身に控室は騒然としている。

 

(え……これどういう事? まさか俺に見せるためにわざわざオシャレを……? そ、それってつまり……?)

 

 そんな都合のいい夢想が透けて見えるかのように鼻を伸ばし、大胸筋を期待で膨らませる牛男。

 

 なんと浅ましく浮泛(ふはん)で軽薄な男であろうか。ニットシャツのモコモコ感が見せる柔らかな雰囲気と、それをカーディガンで包み込むような穏やかさは飽くまでファッション。

 

 その中身は妖精の首を笑顔で切り落とし、投石機に詰め込む事に何の躊躇(ちゅうちょ)も抱かない女だという事を忘却の彼方へ置き去りにしたマヌケ面に怒りが湧き上がる。

 

『マッスル……』

『ハ、ハイ!』

 

 名前を呼ばれ、上ずった声で勢いよく返答に応じる牛男。その伸ばされた鼻先に、彼女が手にしたファイルから数字の羅列とグラフが敷き詰められた書類が引き抜かれ突きつけられる。

 

『先の会議で君の税収には前回比マイナス16パーセントもの差異が出ている。私はてっきり君が経営難に陥ってるのかと思って、幾つかの手を考えてきた。一つは味の改善、内容物の栄養価を損なわずに美味しくしてくれという難題にキャサリンが協力してくれている』

 

 お見合いの場で突如として行われる粛々とした収支報告、及び経営改善の提案。思わせぶりな着替えをフェイントに、ボケで突っ切るのかと思えば真面目な顔で二枚目の用紙がマッスルの手元に渡される。

 

『次に広告塔の拡大だが、これは秘密結社活動での宣伝の他に、ベスト和牛に参加しているライバル達の所属企業へも声を掛けている。肉ボクシング協会帝都支部、ステーキハウス筋、トウトツハッスル……皆、君の為ならと快くタイアップを引き受けてくれたよ』

『か、会長……筋ちゃん……ハッスルまで……! 皆、ありがてぇ……』

 

 ベスト和牛で凌ぎを競い合うライバル達との熱い激闘を思い返し、そして本編とは全く無関係の所で紡いだどうでもいい絆に感極まったマッスルの眼に熱い汗が流れ落ちる。

 

 そんな事より、トウトツハッスルとかいう謎企業について説明して欲しい。このままでは気になって夜しか眠れなくなってしまう。

 

 ライバル達の熱い申し出に興奮冷めやらぬマッスルに向けて、普段は利発さを滲ませる涼し気な顔をした彼女が柔和な笑みを浮かべている。

 

『ああ、もっと有難がるといい。君がタワーに入り浸っている間、方々(ほうぼう)に飛び回ったハピコやクラマ、そして彼等への報酬や企業への投資に使われた数十万ゴールドの事もね』

『誠に申し訳ございません』

 

 その微笑みに底冷えする様な怒気が孕まれていた事を知るや否や、一も二もなく頭を下げて謝罪する。

 

『……君がこれまで国営に尽くしてきた事を思えば、この程度は今の私達には端金(はしたかね)だよ。それでも皆が真面目に店舗を経営してる中、つまらない私用で本分を疎かにするなど(もっ)ての(ほか)だ』

 

 実質的に王国の宰相である彼女の身になれば当然の意見だが、つまらないとは随分な言い方をする物だ。

 

 連れ合う人が側に居ない苦しみを、誰も分かってやらないからこそ私を頼りに欠片を20個も集める無茶をしたのである。自分で店舗を経営する責任者としては確かに軽率な行動であったかもしれないが、そこまで言うならば彼に何時、何処で誰と恋をしろというのか答えて見せて欲しいものだ。

 

『……返す言葉もございません』

『……そう思っていたんだが、これは私の落ち度でもある』

『へ?』

 

 彼女の意見に押し負ける。そんな情けない薄弱な意思が私の怒りを煽り立てようとした矢先、まさかの彼女自身からその考えに過ちがある事を告げられる。

 

『本分を疎かにするなと言った事を、撤回する気はないよ。でもバレンタインやクリスマス、イベントの節目に君が独り身で居る事を気に病んでたのは周知の事実。私はそれを知りながら、色恋に口を出すのは政務の内じゃないと放置してきたが、その一方で風紀を守る為とはいえ君に我慢を強いてきた。ベルは子供だから例外としても、人気のない場所で男女二人きりになるような状況は避けるよう定めたりね』

 

 過半数が女性で構成される王国メンバーで、この取り決めは当然であろう。

 

 だが数少ない男性陣に於いて、王国の外で幾らでも女性に当てを付けられるアルフレッドくんやクラマくん。劇座の団長としてメディアへの露出で人気を得ているマーロウさんや、その団員である事に加えて自身の道具屋でも好評を得ているベルくん。

 

 彼等に比べマッスルだけが国外の女性に自身の存在を知らしめる物を持っていない。ベスト和牛によって世のマッチョやグルメリポーターから評価は得ているが、当然ながら女性の眼に止まる興行ではない。

 

 内面でしか勝負が出来ない哀れな雄牛を理解してやれるのは側にいる人間だけだが、深い関係へと発展する状況を規律によって封じられていた訳だ。

 

『君がこれを破ったのは悪夢事件の時だけだし、そんな不埒な事を仕出かす奴じゃないのは分かってる。それでも私は、みんなの安全を確保する為と君に足枷を()めるばかりで、助けになる様な事を何もしてこなかったんだ』

 

 規則は弱者を助けるために有る。その基本原則に則って王国女子を守る様に務めてきたが、それによってマッスルの立場や取れる選択肢を狭めてきてしまった事に悔恨の念を浮かべ顔を伏せる。

 

 バツが悪そうに前髪の上に手を伸ばして、慣れ親しんだ帽子の(つば)を掴もうとすればそこに帽子はなく空を切るばかりだった。外していることを思い出したのか、彼女にしては珍しいドジに頬を赤くして所在なさげに前髪を弄って手を遊ばせる。

 

『その、知っての通りウチは女所帯だ。万が一という事がないよう厳しく取り締まってきたのを間違いだったとは思わない。でも誰を害することもなく、身体を張ってみんなを守ってきた君に対して見て見ぬ振りというのは不誠実だったとも思ってるよ。すまなかった』

 

 恥じらいを誤魔化すように話を続け、自らを省みてマッスルの置かれた立場に理解と謝意を示す。

 

 考えるに王国の政務を一手に担う彼女の負担も相当な物。特に規則で縛らずともモテない事実に変わりはないのだし、無意味な配慮に思考を巡らせる余裕などあろう筈もない。

 

 自らの行いを改めるその姿に、振り上げかけた怒りも収めてやるのが大人というもの。なんて冷静で的確な判断力なんだ。これによってクールビューティ部門の投票率は、グッと上がった事であろう。

 

 ブーツ、タワー、天馬、三種の神器を失っても自前の器量と美しさで勝負を諦めない秘めたる意思の強さ。そして更なる計略を巡らす知的な姿勢でポイントを稼いでいく。

 

『い、いやいや! 仰る通りカワイイ女の子に囲まれてる中で、こんな野郎が紛れてたら粗相(そそう)を起こさないよう気を張るのは当然ッスから!』

『それでもだよ。二人きりになる状況を禁止されたら、誰ともそういう関係を発展させるなんて出来ない事に変わりはない。もし出来たら、誰かと二人でお互いをより深く知ってもっと親密になっていた可能性だってあるだろう?』

『そ、それはまぁ……』

 

 それはまぁ、続く言葉は有り得ないである事に一票を投じたい。

 

 自分から女子に話しかける勇気もなく、ロビーで一人ミケランジェロの展覧会でも開いている様に意味もなくポーズを取って、女子に構って貰えるのを待っていただけの奴にどうしてそんな未来が有り得たと思えるのか理解に苦しむ。

 

 ローズマリーも持ち前の知力が泣かないように、普段のマッスルを思い返して欲しい。知力9でこんなバカな事を言っていたら、シノブ以外の高知力組が全滅してアホの王国になってしまう。

 

『それで、えと、私に出来る方法で、君に協力してあげたいと思うんだ……』

『……えっ?』

 

 目を逸らし、またも前髪を帽子の鍔代わりに弄りながら上気した頬を隠すように俯く。利発で大人びた顔立ちをした彼女が、恥じらう少女としての一面を見せる姿は爽やかで仄かに甘い色気を感じさせる。

 

『そ、その、私が……』

 

 化粧っ気のない白い素肌にチークを掛けたような薄い赤味が刺し、何時もの涼し気な顔を崩してオドオドと当惑し面映(おもばゆ)さに口噛みながらも、潤んだ瞳に決意を浮かべて上目遣いにマッスルと視線を合わせる。

 

 また胸が重くなる。這いずり回る鎖で緩やかに臓腑を締め付けられるような、ざわついた不快感が全身に広がっていく。

 

 それが頭に上ると今度は耳鳴りが起こり出す。静寂ではなく、私の脳がその先の言葉を拒むように中耳は音の震動を際限なく増幅させ、聴神経がそれを認識するのを防いでいる。聞きたくない。肉体に拒否反応が起こる程の強い思い。

 

 それなのに、同時にその先が何故か無性に気になっていた。聞きたくないという身体の拒否反応とは裏腹に、どうしようもなく聞きたい気持ちが胸の中で鎖を引き摺って藻掻いている。

 

 感情の二律背反、肉体に拒否反応を起こし聴覚だけが五感の全てであるように脳を(つんざ)耳鳴(じめい)を残す。だが人の脳は騒音の中でも、自分の求める情報を的確に拾い認識することが出来る。

 

 カクテルパーティー効果、フザけた名称で定義づけられた脳の反応。幸か不幸か、音だけの世界になったように錯覚する程の耳鳴りの中で彼女の声は余す事なく私の耳に届いてしまった。

 

『どうしたら君に彼女が出来るか、一緒に考えるよ……こ、こういう話は、苦手なんだけど……』

『……ハイ、有難うございます……』

 

 告げられるのは告白ではなく、ローズマリー先生による恋のお悩み相談室開催のお知らせだった。

 

 不快な共鳴音が耳から離れ、安堵に胸を撫で下ろすと無意味と知りながらモニターに映るマッスルを睨みつける。

 

 本気で落ち込みやがって高望みも大概にせぇよホンマ。マッスルは論外にせよ、彼女も思わせぶりな言動は控えて欲しい。

 

 どうして私がマッスルなんぞの恋の行方に、一々気を焼かなければならないのだ。自分の心中すらも思うままにならない、これが不安発作という奴なのだろうか。年中無休のストレスフルな日々が多すぎたのかもしれない。まぁハグレ王国がタワーに来ない日は休日同然なんだけど。

 

『取り敢えず、前にも言ったけど服装をちゃんとした方がいいよ』

 

 恋の相談室が開かれて、先ず第一声は服を着ろとの指示だった。恋よりも前の段階、人として既に(つまづ)いている。

 

 反論の余地などまるで無い正論、まだ彼女の恋愛力を計り知ることは出来ないが取り敢えず機先を制したと言えよう。

 

『ええ……でも俺の肉体を布切れで隠しちまったら、後に残るのはハンサムだけですぜ?』

 

 この男、なんと服を着ろという一天四海に通じる倫理に対し、己の肉体が持つ魅力を以て真っ向から立ち向かおうとしている。しかも人の神経を逆撫でする自称ハンサムのオマケつき。

 

 魅力2の分際で世の常識を覆せる訳ないだろ(わきま)えろ。

 

『……個人の趣向もあるので、君がハンサムかどうかについては控えさせてもらう。しかし例えば、アルフレッドやクラマが腰蓑一つで町中を歩いていたらモテると思うかい? 彼等の魅力を服が引き立てているように、その自慢の筋肉にも引き立て役が必要なのさ』

『うーん、あいつ等は身体つきが貧相だからなぁ……』

 

 貧相どころかちゃんとトレンドに則った細マッチョ、しかもお前と違って自称じゃない他者から認められるハンサムなんだぞと、厳しい現実で横っ面を引っ叩いてやりたい気持ちに襲われる。正論パンチの喜びを知った拳が、血を求めて唸りを上げる。

 

『でも確かに皆がオシャレしてる中で腰蓑ってのは浮いてるかもなぁ。マーロウさんみたいに腰布ならカッコ良く見えるかもしれねぇ、お互い水着になれば俺も負けてねぇからな!』

 

 マーロウさんに関しても褌一丁になって態々(わざわざ)マッスルと同じ土俵に降りてくれた物を、自分の肉体美で並んだと勘違いする辺りはやはり愚かとしか言いようがない。その上で彼の魅力は4、マッスルの二倍あり全然並んでないダブルスコアの大差をつけて、二人の間にはマリアナ海溝より深い(みぞ)が存在する。

 

『それにマリーの姉御も、何時もと違う服になっただけで可愛く見えるもんな。試すだけ試してみるか』

 

 歯の浮くような台詞を素面(しらふ)で口にしやがって。鏡見てそれ言ってる自分を想像した事がないのかこいつは、寒イボが浮き立つような口先に眉が自然と釣り上がる。

 

『かっ!? からかうなよ……君に服装がどれだけ印象に左右するか実践しようとしてみた物の、見ての通り私が着た所で馬子の衣装にもならない有様だ……』

『いやいや、何言ってんすか! 姉御らしい頭良さそうな感じをそのままに、人当たりも柔らかそうな印象っていうか? 水着の時も思いましたけど、やっぱそういう格好も似合うんだなぁって』

『だ、だから止せってば……』

 

 万年腰蓑の分際で、他人のファッションチェックとは偉くなったものだ。

 

 辿々(たどたど)しく幼稚な表現で読者様のお目汚しをしやがって。利発な印象を損なう事なく温和で包容力を感じさせ、年相応の愛らしさが見えると言えばそれっぽい文章に出来るだろうが。魅力も知力もスカスカな奴はこれだから困る。

 

 ローズマリーも普段しない格好をしているだけで、牛頭の非モテ野郎から賛詞の言葉を浴び満更でもない様子だ。そのようなチョロさで国が守れると思っているのか、マッスル程度も跳ね除けられない女に国防が務まるのか。

 

 こうなるから碌に人生経験も積んでいない小娘に政務を任せてはいけないんだ。それに引き換え私程の女神になれば、可愛い等とは言われ慣れており何も感じる事はない。

 

 学生時代の給食にりんごやみかんを食べてると、ハムスターみたいで可愛いと毎回言われていた実績もある。同じ可愛いという言葉を向けられている上での怒りなので、これは断じて嫉妬ではない。

 

 取り留めのない不快感に(さいな)まれ、それを払拭しようとパタパタとつま先を上げ下げして地面を叩くも、心に立つさざ波は押しては寄せを繰り返して胸中をかき乱す。

 

『私のことはもういいから……! 化粧室に幾つか衣装があったから着替えてきなよ、夢の中なら破れないかもしれない』

『え、トイレで着替えんの!?』

『揚げ足を取るな……! 化粧台と近いほうが便利だからとトイレに置かれる内に混同され、化粧室と呼ばれるようになっただけでトイレのみを指す訳じゃない!』

 

 そういえば何の注釈も入れてなかったし、トイレと思ってた人も居るかもしれない。記述不足による誤解を生む表現があった事をここに深くお詫び申し上げます。極自然な導入で化粧室に(まつ)わる雑学を解説してくれた、王国参謀長官のファインプレーに感謝しよう。

 

『でも急に何か着ろって言われても、何着たらいいんすかね?』

『言っておくが私はもう二度と、君の衣装選びには付き合わないぞ……私のこれはドリントルが一度見せてくれたファッション誌を参考にしたんだ。そっちの部屋にも同じ様な雑誌があるから、参考にするといい』

 

 過去の苦い思い出(ファンブック付属設定資料集、お求めやすいリーズナブルなお値段480円参照。絵日記とセットでの購入がオススメ)を噛み潰したローズマリーに追いやられ、部屋を後にして化粧室へと入っていく筋肉ダルマ。

 

 マッスルを部屋に入れる事を考えていなかったので用意した雑誌は女性誌ばかりだが、彼氏に選ぶべき男性のトレンド等、メンズ特集では我々女子によって選ばれる男性像が解説されているのでより実践的かもしれない。

 

 服に関しても食器同様、夢の衣装棚は取り出す者の望みに答える形で服を生み出すので問題はない。

 

『ウッス! お待たっしゃーした!』

『おや、速かっ……だああぁーっ!?』

 

 さしたる間も置かずに出てきたマッスルは、パンツから伸びた革紐にチェーンのサスペンダーらしき物を通し、そのまま鎖で身体を縛るように固定して如何(いかが)わしいレスラーとなって現れた。

 

 目を背けるように仰天して赤くなった顔と眼を覆うローズマリー。腰蓑姿を見慣れた王国民達も、視界に入ってしまった歪み無き肉体美に頭を抱えている。当然ながらこんな趣味の雑誌を部屋に置いた覚えはないし、買ったこともないのであしからず。

 

『な、なんて格好してるんだ! 速く着替え直してこい!』

『あれ、水着にちょっと手を加えて露出を下げてみたんだけど……』

『ちょっと露出を下げる為に品性をドブに捨ててどうする!』

 

 渋々と化粧室へと引っ込むと、今度は決めかねているらしく間が空いてしまった。

 

 暇を持て余した大人達に先程の格好を始めとして、このままだと子供達の教育に悪影響を及ぼさないかという議題が持ち上がる。しかしそれも普段のマッスルの格好を考えれば今更なので、この話は腰蓑に変わる代替を探す事にして決議は次回に持ち越すことになった。

 

「全く……あんな格好して恥ずかしいと思わないのかしら。それとも普段から腰蓑一つで生活してると、分からなくなる物なのかしらね」

 

 プチ会議を終えたティーティー様を手に、マッスルが羞恥心という物を持ち合わせていない事を嘆くサイキッカー。

 

 勿論その衣装は何時も通り、ピチピチに張り詰めたレオタードにコルセットらしき物を巻いてウェストが誤魔化されている。膝の上まで伸ばされたニーハイブーツは丸太の様に太く、大根の様に白い太腿によってギチギチという悲鳴を上げており、仕上げに頭部へ目玉焼きのアクセサリーを突き刺した前衛的過ぎるサイキッカースタイル。

 

 超特大のサイキックブーメラン発言が飛び出したが、ティーティー様はモーモーカル○スティーのダメージが抜けきらずグロッキー。相方の雪乃は考え事に没頭しており、その渾身のボケをツッコんでくれるような相手は居ない。

 

 しかし能天気に見えるこの少女が、妙に真剣な顔で思案を巡らせる姿に違和感を覚える。マッスルの変態レスラー姿を見て、恥ずかしがる事も嫌悪する訳でもなく逡巡(しゅんじゅん)(ふけ)り込んでいるのは何故か。

 

 気になって目を離せずに居ると、悩まし気な表情のままぼそりと誰にも聞こえないように呟かれたであろう、その一言を捉えてしまった。

 

「雪だるまレスリング部、やっぱ通らないかな……」

 

 その謎に満ちた単語に私が幾許(いくばく)程の恐怖を覚えたかなど、まるで意に介さない様子で頭を唸らせる。マッスルの姿を見て思いついたという事は、そういう格好でするのだろうか?

 

 雪だるまキックなる謎スポーツが孕む闇、深淵へと飲み込む(あぎと)が王国の喉元に毒牙を突き立てようとしているのを、部外者の私は傍観することしか出来ずに居た。大会とかあったら指差して笑ってやろう。

 

『ウッス! 今度のはどうっすかね?』

 

 先のパンツレスラースタイルが心的外傷(トラウマ)になっているのか、マッスルの声にびくりと肩を震わせて戦々恐々に扉を見遣(みや)ると、不満気な顔こそしている物の、今度こそちゃんと雑誌を参照したのかマトモな服装に着替えていた。

 

 腕を()くった青いワイシャツの上に、藍色の袖なしブレザーを通して膝下寸のハーフパンツもブレザーに合わせた藍色の物。

 

 清潔感と清涼感を併せ持った青を基調にコーディネートしつつ、それを着崩す事でちょっぴりヤンチャな印象を残す夏のイケオジ特集の物と見た。

 

 胸元や腕まくりはちゃんとした服を着ながらも、自分の筋肉を誇示したいというささやかな抵抗の表れだろう。それがまた悔しい事に、逞しい胸板と前腕は下手なアクセサリーよりも眼を引くアクセントになっている。

 

『あぁ、良く似合ってるよ。コーディネートはこーでねーと、なんてね!』

『……へ、へへへ』

『あ、笑ったね! 分かってくれるのはマッスルだけだよ、皆してバカにするんだから……』

 

 モニターの向こうで朗らかに笑う二人とは対象的に、控室は地獄をそのまま切り抜いたように凄惨な後景が広がっていた。

 

「エステル……起きて……もう少しでこたつが空くから……エステル……? 寝てるの……? 後少し……後少……メ……ニャ……」

 

 こたつの順番を待ちながら、必死にエステルとメニャーニャを揺すっていたシノブが凍土に沈む。三人並んで川の字になって倒れるここは、(さなが)ら絶対零度のコキュートス。

 

 地獄の深奥、呼び起こされた嘆きの川は罪過を問わず、そこに居る者たちを地獄で最も重い罰で裁いていた。

 

『み……みんな、この寒さを凌ぐために服を着てるんだな……へへ』

『いやダジャレの寒さから身を守ってる訳ではないよ!? 』

『お、おいハピコか……? どうしたんだよ俺を背負って飛べるなんて……すげぇ力じゃねぇか……』

『よ、止せ! それはハピコじゃない! 速く降りろ!』

 

 緊急リカバー薬によって一命を取り留めるマッスル。危うくフラン○ースの牛になる所だった。

 

 一連のギャグが落ち着いて吹雪は止めど、自らの排熱によって皆に暖を取らせるべく可愛いを自称し、オーバーヒートに倒れたマリオン。そして余りの寒さに錯乱して火の中に飛び込み、B級グルメに成り掛けたルフレを筆頭に残された爪痕は深く刻まれている。

 

『兎に角、何時もの格好よりずっといいよ。その格好で居てくれ』

 

 ダジャレがウケなかった事に不満があるのか、()ねて頬を膨らましてはいるがその言葉は本心であろう。ざくアク業界のファッションリーダーたる、私の眼に狂いはない。

 

 まぁ普段が腰蓑一丁なんだから、何時もの格好より悪い服装を探す方が難しいだろう。

 

『えぇ……ホントっすか? この鍛え抜かれた腹筋も大腿四頭筋も見えないのに?』

 

 折角の忌憚(きたん)なき賛辞を疑いの眼差しで返すとは、その筋肉への無駄な自信をドブに捨てて美意識の改善に努めるのが先決ではないか。

 

 こういう所がモテない男の最たる所作であるのだが、それを放置して涼しい顔で受け流しているのを見るに、やはり恋愛ヘッドコーチへ就任するのにローズマリーではまだ若すぎた様に思える。

 

『まぁ論より証拠さ。確かめてみようか……この秘密結社スカウターで!』

『ひ、秘密結社スカウター!?』

 

 得意気な笑みと共に取り出された、一々描写する必要もない見慣れた○イヤ人のアレがテーブルの上に置かれる。間違いなくアウト、反論の余地なき違法行為。

 

 ちらりとジュリアに眼を向ければコーヒーを片手にドーナツを味わい、画面から明らかに目を逸らして虚空を見つめて口笛を吹いていた。自国に蔓延する不正から意図的に目を背ける、絵に描いたように腐敗した官僚の姿を見て私の正義の心と財産を差し押さえられた怒りが熱く煮え滾る。

 

『みんなの能力値もこれで測っていた訳さ。水着イベントでマッスルは魅力はたったの2、ゴ……ゴホッ! ゴホッ!』

 

 絶対ゴミって言おうとした奴だこれ。デーリッチの時とは違い理性を保ったままボケに回れる事にはしゃいで、超えてはいけないラインに足をかけてしまったのか。

 

 ローズマリーがまさかのモノボケで攻勢に出るとは思いもよらなかった。ダジャレ以外でボケに回ってみようというその冒険心を、どうしてファッションに発揮しようと思わなかったんだ。

 

 苔とダジャレ以外にもボケに参加するレパートリーを増やすべく、未知への試みに対する期待と不安を隠しきれずそわそわと落ち着かない様子を見せる王国参謀長官。

 

 普段の険しい表情で放たれる怜悧なツッコミとは逆に、ダジャレを言う時に見せるあどけない微笑みを浮かべてテーブルに置かれたアレを顔に掛ける。

 

『そ、それじゃあ今のマッスルを測り直してみるよ……お、魅力3だね!』

『マ、マジすか!? アケボノメタルを装備しても変わらなかったのに、こんな頼りない布切れで!?』

 

 何故わざわざ鎧の中でも草摺(くさずり)(甲冑にある腰周りの前張り)のないアケボノメタルを選んでしまったんだ? ビキニパンツ丸出しのまま鎧を着込んでいたら、秘密のビキニアーマーを男が上まで着ているのと大差ない事を誰も指摘してやらなかったのか?

 

 まぁフルプレート以外の防具全てに当てはまる事では有るが、こういう時に普段から腰蓑一枚でいるからフォローを得られないのだろう。本人のセンスにも大いに問題がある為、パーティーメンバーを責める事は出来まい。

 

 生態を深く掘り下げるほど、モテる要素を失っていく哀れな男。その子守を引き受ける存在が、王国内に存在しない事が確認できてより一歩生涯独身生活へと近づいた。

 

『これで分かっただろう? 衣食足りて礼節を……』

『ま、待ってください姉御! という事はですよ……ぬうううううううぅぅぅん!』

 

 ローズマリーの言葉を遮り、雄叫びと共に両拳を丹田の前にかち合わせ渾身の力を込めて筋肉を隆起させる。肩、腕、胸、肥大化したその圧倒的筋量は筋肉の小宇宙であった。

 

「す、すごい……腕がヤエちゃんの太腿ぐらいある!」

「オォイ!? アンタの雪だるまキックに付き合って太くなったんでしょうが!」

 

 歩く度にむちむちぷよぷよと震えるあの太腿が、スポーツによる筋力増加で形作られた物ではないのは明白だが「ごめんごめん」と不用意な発言を謝罪するキャプテン雪乃。

 

 チームの雰囲気作りもリーダーの資質、自分に否が無くとも責任は全て自分にあるという心構え。ハグレスポーツ界の頂点に君臨しているだけあって、頼りない見た目と態度からは想像もつかないキャプテンシーを発揮する。

 

 ごめんとは言っても、悪かったとも間違いだったと訂正する事もせず、こっそり本音を通してパワープレイを押し付けるフィジカルとテクニックも見逃せない。

 

『これなら……もっとぉ! イカスんじゃねぇですかい!?』

『いやポーズ取って筋肉強調しただけでは流石に……み、魅力4!?』

 

 そういえばめっちゃ頑張って力入れて筋肉を盛ってる奴がいたんだった。しかもその努力が実を結び、なんと筋肉ダルマとなる事でマーロウさんと同等の魅力を身につけることに成功してしまった。

 

 どうせ故障でしょ? すぐ壊れるからなサイ○人のアレは。

 

『フ、フフ。来ちまったか……俺の時代がぁ! ぬううぅっ! おぉりゃああぁ!』

 

 敬い慕っている男の背を越えようと闘志を燃やすマッスルに、更なる膂力が(もたら)される。

 

 魅力最下位の汚名を(そそ)ぐ為、吠え(たけ)り熱狂の渦中へ身を投じる。その気迫が剛力を招来し、限界と思われていた筋肉は一層膨れ上がり渾身を超える全力全開のフルパワーでまさかの二段階バルクアップを果たす。

 

 まるで赤銅の要塞。岩と見紛(みまご)う硬質の肉体が、足の先から首まで覆いギラギラと滲み出る汗に輝いている。代謝ではなく、精神の昂ぶりによって記憶にある興奮状態が再現されているのだろう。

 

 モニター越しに伝わる熱意を前に、そんな理屈も霞んでしまう。イケメンとは程遠い、暑苦しいばかりの男がその身体に秘めたる意地と情熱を持って己の殻を破ろうとしていた。

 

『4.4……4.5……バカな! 四捨五入すれば魅力5に!?』

 

 あ、小数点以下も測れるんだ? 考えてみればシノブが魅力5で、かなづちと同レベルなのも変な話ではある。繰り上がれずに残留してしまったのか。

 

「私……アレと一緒なんだ……」

 

 小さな巨人の眼からは光が消え、モニターの前で膨れ上がる筋肉の塊と同等の魅力しか己が持ち得ていない事に気落ちして失意の底に沈んでいた。

 

「げ、元気だしてシノブさん! マッスルが4.5ならシノブさんはきっと5.4! ギリッギリで落ちちゃっただけ! 実質6になれた魅力5だから!」

「そうよ! 0.9も違えば実質1の差があるから! ステータス合計値で言えばマッスルより8も高いから合わせて9も差があるわ!」

 

 普通に外見の魅力だけを計測した物ではないと伝えてやればいい話ではないだろうか? 小数点以下の単位で行われる親衛隊のフォローが、逆に痛々しく傷口に塩を塗るようにシノブを追い詰めていく。

 

 しかし、これも彼女が今までしてきた事を思えば当然の仕打ち。この世界に居る全てのはぐれは彼女が作り上げた召喚ゲートの被害者であり、その責を取ると宣してゲート騒動を引き起こし大陸を混沌の渦へ陥れ、そして不敬にも神である我が野望を足蹴にした大罪人。

 

 4コマ漫画や苔キャンプなる狂気を通し、クールビューティー路線から外れ私の敵に足り得ないとしても神の威信を傷つけたその大いなる罪過。例え魅力が5であったとしても許しはしない。

 

 加えて齢15そこそこにして、神を嘲笑うかのようなダイナマイツボディ。全然そんな映写なかったのに水着になった途端に暴れやがって。

 

 創造神はむすたの気紛れによって得た天からのギフトならば、神たる私の物だったとしてもおかしくない筈。このモテカワスリムのゆるふわガールの象徴たるワンピースを脱げば、エステルやシノブを上回るアトミックボディが出てくる筈なんだ。

 

 嗚呼、止めろ。なんでこのタイミングで脳裏に浮かぶ言葉が夢、幻の如くなり――。

 

『ううぅおおおぉぉぉぉぉっ!』

『み、魅力5.1……5.2……ぐうっ!?』

 

 ローズマリーの眼前で破裂するサ○ヤ人のアレ。危ないよねガラスが眼に入っちゃうじゃん。砂の目潰しすらザーボ○さんに有効なので、ガラスともなれば被害は甚大なはずだ。

 

 過去の妄執に囚われ、またもマッスルが奮起する様を忘れていた。しかし実際の所マッスルの魅力なんてどうでも良い事に、一々意識を割いてなどいられない。今もマッスルより魅力5.2で破裂する様な欠陥品で、11まである秘密結社ステータスをどうやって計測していたかの方が気になっている。

 

『これで……どうだああぁぁぁぁぁあっ!』

 

 そんなどうでもいいマッスルが見せる、全力を超えた先にある力。いやもうアレが壊れちゃったし、どうだと言われても測りようがないけど。

 

 三度膨らもうとする筋肉に、衣類がサイキッカーのレオタードが如く張り詰めている。これはもう限界ギリギリ、破ける寸前であることを示していた。

 

 だが夢の中で衣類は本人の自己認識を纏ったマナの外殻に過ぎない。例えば炎に身を包まれた時、衣類が燃えると思えば燃えるし、燃えないと思えば燃えない。局部を晒すのが恥ずかしいと思えば、お子様によく配慮されたアニメの様に都合よく各部位は残される。

 

 つまりマッスルが自分の肉体を曝け出したいと思わない限り、破けることは絶対にない。あっ、これダメじゃん。

 

 思い至ったか、それとも炸裂する瞬間か。どちらが速かったかは検討も付かないが、身に纏った衣類は空気を入れすぎた風船のように、マッスルの筋肉による圧力に負けて弾け飛んでしまった。

 

『……多分2だね。当然だけど』

 

 衣類を失いパンツ一丁になって後に残されたマッスルに、冷たい声が投げ掛けられる。

 

『え、な、なんで?』

『なんでじゃないんだよ! わざとやってるのか!?』

『い、いや! 服で1しか変わらなかったんだから、今の筋力だけでもマーロウさんに追いつける筈!』

『マーロウさんが服着て1上がったらどうする気だ?』

『う”っ』

 

 虎の爪によって穴が空いたハートに、再び残酷な現実が突き立てられる。所詮、筋肉だけではマリアナ海溝は埋められないという訳だ。

 

『はぁ……さっきも言っただろ。衣食足りて……』

『あ、生活に余裕があってようやく礼儀や節度を理解できるって奴っすよね。よく居るんだよなぁ、服着て飯食ってればそれだけで礼節が身につくって勘違いしてる奴が……』

『そこまで分かってんなら礼節を身に着けろってんだよ!』

 

 知力3の分際で意外な教養を見せつけるマッスルだが、知ってる上で実践しないのは尚の事に(たち)が悪い。ローズマリーのキレのいい、というか実際にキレてるツッコミも当然の事だろう。彼女が水着だったらあの顔になっていた所だ。

 

 やはりローズマリーはツッコミに限る。鮮魚に火を通すのもオツな味わいがあるものだが、その真髄が刺身にあるように安易なモノボケよりもやはり本来の持ち味で頂くのが一番であろう。

 

『全く……それじゃ私に出来ることはもう無さそうだし、お邪魔させてもらうぞ』

『え!? あ、あの……!』

 

 ファイルを纏めて立ち上がり、部屋を後にしようとするその背中へ名残を惜しむ用に声が投げ掛けられる。しつこい男だ、そのまま嫌われてしまえばいい。

 

『服着ろってアドバイス以外に何にもないんすか……?』

『そうだよ! 思い浮かばないよ! 悪うございましたね!』

 

 猜疑の眼差しを向けるマッスルへ向けて顔を真赤にしながら怒号と非難を混じえた謝罪を送るその姿に、ローズマリー先生の恋愛相談室は今日を限りに未来永劫開かれる事はない事を悟ってしまった。まだペットのベロベロスの方が為になる話をしてくれた辺り、やはり荷が重かったらしい。

 

 しかしながら服を着ろという指示すらまともに実行できなかった奴が、彼女に文句をつける資格はない。先生は最後まで立派だったと、胸を張って退場して貰いたい。

 

『全く……でもそうだな。責任があると言った手前もあるし、十年後だ』

 

 退場する前に、何かを残していこうというのか。振り向いて一本指を立て、未来を口にする意味不明な宣言が告げられる。

 

『あの子と出会う前もあるし、寂しい気持ちっていうのは私にも良く判るよ。けれども、今そういう気持ちは全く無いんだ。デーリッチも、君も、みんなが居てくれて毎日が楽しくて、この幸せを絶対に手離したくない。そう思って机に向かい、事務仕事に明け暮れて……そうして机の上だけで物を考えるうちに君の事を後回しにして、申し訳ないと思っているよ』

 

 ただ享受に甘んじることなく研鑽を積んで有事へ備え、国王が描く未来への展望に向けて歩む彼女を支えるのは他でもない、今この瞬間に胸に抱く仲間たちへの親愛の情だった。

 

 この世の何処に、慈しみと愛によって支えられる国があろう。王国の柱である彼女は、滅私などという都合のいい駒を賛美する言葉に収まらず、自らの為に気高い我欲を持って国を治めていた。

 

『だから十年後さ。デーリッチが独り立ちして、その頃になってお互いに伴侶が見つかってなかった時。もしそんな時が来たら……まず一番に君の事を思い出させて貰うとするよ』

 

 照れくさそうに頬を掻き、遠慮がちに笑う彼女は木陰に咲く侘助椿の花の様だった。たおやかな佇まい、小さくとも厚い花弁を(すぼ)めてその実を優しく包み込む姿が彼女に重なる。

 

 直向(ひたむ)きになって実を守り、(あで)やかな美しさを持つそれに憧れて手を伸ばしても、背の低い私では木に咲く花に届くことはない。

 

 彼女のような知性を持つ優れた人物でもなく、優しさを原動力に責任を全うできる人格者でもないのに、私は浅ましく彼女が今いる場所が自分の物になるよう願っていた。

 

『……えぇっ!?』

『な、なんだその反応? 私が相手じゃ、お詫びにもならないのは分かってるけど……まぁ君なら十年もあれば良い人を見つけられるだろうし、保険にまで文句を言わないでくれよ』

『いえいえいえいえ! も、文句なんて滅相もない!』

 

 喜色ばって声を上げるマッスルに、怒りは、湧いてこなかった。

 

 手は震え、目頭が熱を持ち、その軽薄さを呪う声もなく、大切な何かを失ったように軽くなった胸を抑え、ここにあった何かを返して欲しいと縋り付く。

 

 胸中から重さこそ消えたものの、獲物を締め付ける蛇が住まうような不快感に締め付けられる。

 

『そ、そうか……? まぁ良くわからないけど、今度こそお(いとま)させて貰うよ』

 

 未来に約束を残し、扉を開けて帰路につくローズマリーとそれを見送るマッスル。浮ついたその笑顔に、もう怒りが湧くこともないのに私はモニターを直視出来ずに居た。

 

 それから寸刻としないうちに、元のローブ姿に着直して彼女が控室へと戻って来る。

 

「これ! なんで元に戻しておるのじゃ、先に見せた(よそお)いのままでおれ!」

「い、いや、アレはマッスルに衣服の重要性を説くために着替えただけで……」

「かーっ! その重要性を分かっとらんから失敗したんじゃろ!」

「そんなに言うなら君の番でアイツに服を着せられるんだな!?」

「う”っ……ま、まぁ(たま)にはオシャレも良いであろう? 友人の頼みは無下にしておきながら、マッスルの為に一肌脱いだとあっては、わらわが焼くのも当然の事ではないか……のぅマリー?」

 

 帰ってくるや否やドリントルに詰め寄られ、マッスルとの応対を引き合いに普段の誘いを袖にされている不満を漏らす。

 

 上目遣いに強請(ねだ)るよう()り寄る美姫も、今の私の眼には入らない。その眼が見ている侘助椿の、細枝の様な(うなじ)に手を伸ばしかけ止める。

 

 まるで理性的ではない、衝動的で、殺意もない。花を手折ろうとする様に伸びた手が、この胸にある気持ちを悟らせた。

 

 私の空虚な夢の中、何もかもが幻として消え去って行く中で咲いた嘘偽り無い想い。(けが)らわしい想念を、愛おしく抱いて二十年越しに芽吹いた醜い花。

 

 これが私の恋なんだ。




化粧室は洋画に良くある楽屋みたいな所を想定して書いてました。
でも楽屋だと舞台とか出演者への控室だから違うかなと思ったけど、よく考えたらそれ伝えないと読者からしたらトイレじゃんってなったのでフォローを入れました(言い訳)

デーリッチの愛はスケールがデカすぎるので合ってるか自信がない(言い訳)

一ヶ月も掛けただけあってイリス編と後日談が八割書き終わって、今回は3万字だけど合計は7万字書いたから許してね(言い訳)

櫓岳(やぐらだけ)様よりまたまた作中のワンシーンを絵にして頂きました。
いつもありがとうございます。

【挿絵表示】

元ツイートhttps://twitter.com/eM5kc3t9/status/1347556535652675584


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四滴

「う~ん、いい仕事しておるのぅ」

「な、なぁ……本当にこんな服が流行ってるのか……?」

「何を言うか! 友人に疑われるとは心外じゃぞ。わらわがこうして、お主とオシャレを楽しむのをどれだけ心待ちにしたと思うておる! 夢の中なら不慮のポロリが無いことも実証済み、この程度は埋め合わせとして序の口なのじゃ!」

 

 控室中央に立たされたローズマリーが、今にも泣きそうな顔を羞恥に赤く染めて懇願していた。

 

 ポロリの実証って何してたのこいつ等? R-18表記もないので淫らな行為に及ぶのは謹んで欲しい。

 

「そうは言ってもこれ……ほ、本当に隠せてるかも分からないんだが……」

「隠れとる隠れとる! 恥ずかしいと思うからその様な眼で見られるのじゃ。もっと堂々とせい!」

 

 彼女の顔を紅潮させる原因は、夢の衣装棚から勝手に見立てられたであろうあられもない服装にあった。白味の強いグレーの毛糸で編まれた大型のセーター一枚、しかしその(よそお)いは防寒具として名高いセーターを侮辱するかの如き邪念に満ちていた。

 

 背中と両脇に大穴を開け、腰どころか尻の上まで大きくカットして大部分の素肌を晒している。ワンピースの様に縦長の構造を取ってはいるが、太腿すら隠せておらず腰よりやや下程度の位置で丈を止めており、とてもスカートとしての役割を両立してるとは言えない出来栄え。

 

 そんな破廉恥極まりない服を着せられた彼女を衆目に晒し、笑みを浮かべて悦楽に興じるカレー色の姫君。

 

 オシャレに使うお金は勿体ないと、これまで友人の誘いを断り続けてきた彼女だが夢の中ならばタダであるという事で方便を失い、着せかえ人形と化して弄ばれていた。

 

「ちょっと! 何勝手な事してるんですか!」

 

 この夢の世界に於ける(あるじ)である私に対し、了承も得ずに衣装を私物化する身勝手への怒り。

 

 司会の進行を断りもなく邪魔する不届きな輩を、黙って見過ごす様な無能ではない。ここらで一つ、弛んだ気を引き締めるべく活を入れてやらねばなるまい。

 

「私を差し置いて、ざくアク界のファッションリーダーの座を簒奪(さんだつ)しようとは不埒千万! 神をも恐れぬ行いですよ! なんですか、そんなスケベな服を着て……! 両親も出払って彼氏と二人きり、勇気を持って一歩踏み出して奥手な彼を誘惑しちゃおう。そんなシチュエーショナルアイテムであって、ファッションとしての実用性は皆無! そんなもん着てたら痴女ですよ痴女!」

「~~~~っ!」

 

 流行を終えた化石のようなファッションで我が神眼の前に出ようとは、浅薄愚劣も(はなは)だしい。必殺の辛口ファッションチェックが炸裂すると、自分がどんな格好でいるのかを客観的な視線で捉えてしまった彼女が、一層顔を赤くして(すそ)を掴んで下に引き伸ばす。

 

 下半身への視線を避けようとするも、毛糸の伸縮性を考えれば背面の大きな穴まで釣られて伸びてしまうのが道理。ヒップをギリギリの位置で隠すよう計算された淫らな装いは、羞恥の心を持って隠すことを許さぬ巧妙な設計になっており、彼女もまたその毒牙に掛かって下着を晒していた。

 

 夢の衣類は自己認識の外殻とは言ったが、ドリントルの見立てで衣装棚から取り出されたのならば自己ではなく、ドリントルの認識によって形成されるマナの外殻という事になる。

 

 よってドリントルの羞恥心に基づいて下着までなら物理法則が優先され、そこから先のポロリは無しという設定になっているのだろう。下よりも遥かにガードの甘いバストは意外なサイズがあり、スカスカの両脇から何時こぼれ落ちるかと見ていて冷や冷やイライラさせられるが不自然なまでに守りが堅い。

 

 言うまでもないがこの苛立ちの原因は、絶対にそのふしだらな格好に対する物であって、断じてサイズへの嫉妬ではない。

 

 そのような痴態を晒すことに我慢も限界に来たのか、ダッシュで化粧室へと向かおうとする彼女だが肩を掴まれて逃亡を阻まれる。

 

「待つのじゃ! 親友を痴女呼ばわりされるのを許しては、我が王家末代までの恥となろう! わらわの願いを聞き届け、オシャレの為に勇気を振り絞って一歩を踏み出してくれたマリーの心意気に報いる為、共に邪智暴虐なるファッションモンスターを打ち破ろうぞ!」

「いいから速く着替えさせてくれお願いだから……!」

 

 今にも泣き出しそうな彼女の肩に手を乗せたまま、神へと向かって敵意に満ちた眼差しを寄越す不届き者。スケスケのいやらしい衣装で得た人気を、スタイリストとしての実績と勘違いしている思い上がりをへし折ってやるべくその挑戦を受けて立つ。

 

「えぇ……頭にタワー乗っけてる奴がファッションリーダーなワケ?」

「……は?」

 

 突然の不意打ち、今ここに最強のオシャレを決めようとしていた所へイロモノ枠の分際で口を挟む場違いなサイキッカーが一人。

 

 オシャレから掛け離れた太腿の露出だけを()り所にプレイヤーの視線を集める、この様な不審者からの暴言を捨て置くことなど神の名に於いて許すまじ事。怒髪衝天ならぬ怒塔衝天の我が怒りは、唄に効く火竜の炎よりも強く激しく燃え盛る。

 

「はぁぁぁぁぁあ!? 頭に目玉焼き乗せたハムエッグのコスプレイヤーに言われる筋合いはないんですけど!? このゲームでオシャレ度ナンバー1は誰か、このモテカワスリムのゆるふわガールを前に言ってみろってんですよ!」

「何処からハム要素持って来たこの性悪娘! モテカワなんて一昔前のファッション誌が作った流行に、何時までもしがみついてみっともない。この流れるような流線型を映し出す、超未来派スーツこそが最先端! 時代が追いついてないってだけ!」

 

 出ましたよ負け犬の常套句、時代が追いついてない宣言。S○GA以外に未来の先取りを証明して見せた例は何処にもなく、このようなヘンテコタイツを皆が(こぞ)って着るような滅びの未来が訪れる事も決してない。

 

 私服のセンスを買われているだけあって、モテカワが魔王タワーアップデート当時の流行で有ることは覚えているらしい。

 

 しかし水着イベントによって袖とスカートの裾を大胆に詰め、ゆるふわを殺さぬ程度にシュッとさせた新衣装は世俗のつまらない常識など通じぬ理外の外にある奇跡。創造神の手により生まれた、十年戦える神のオシャレであり後七年もの猶予が有る。

 

 まぁモルペウス戦でしか着ないんだけど。スカイツリーの頂点辺りは相当な高所であり、当然ながら寒いので仕方ないね。

 

「はむすたゲーミング、スタイリスト部門代表顧問の私が着続けている限り、現役バリバリ最強ナンバーワンなんだが!? その流線型の丸い腹からハム要素を持ってきたんですよ! 何時になったらそんな時代が来るのか、得意の超能力で言ってみてはどうですか!? 後何時間何分何秒何ターン? ほら!」

「少なくともアンタの服装は未来なんて見なくても、今ここでタワーと一緒に崩落してるのが目に見えてるわね! モテカワもゆるふわも既に死語、緩くてふわふわなのは髪型だけじゃなくてオツムの方まで回ってるみたいね!」

 

 この滑らかな手触りと艷やかさを兼ね備えたキューティクルヘアに向かって、それを乗せている頭の出来がゆるふわだとは神に対してなんたる不遜(ふそん)。耐え難き侮辱。

 

 更には不慮の事故からバレてしまったこのタワーが、低身長対策として最早機能していない事を栄光の瓦解と結びつけて崩落と呼ぶその不敬。もはや許し難い。

 

 思い返せば面接の日、私が夢の女神からタワーの女神となる事を決意したあの日に果たした運命の出会い。

 

 絞り込み検索の条件こそ満たしていたものの、魔王タワー等というド田舎の低俗な観光業に付き合わされては神の沽券(こけん)に関わると、スキップしようとした所で目に止まったこの秘宝。我が半身は社員正式採用ユニフォームとして写真の中で燦然(さんぜん)と輝いていた。

 

 胸の高鳴りを秘めたまま面接会場に向かえば、怪しげな紫色のオッサン一人がお出迎え。まさか私の美貌を目当てに、如何わしい撮影会でもするのかと警戒した物だ。

 

 稼働したてで福利厚生が行き届いておらず、当時まだ椅子もテレビも本棚も何もなく、だだっ広いだけのスカイツリーエントランスで面接を受け、この優れた能力と人格が当然ながら目に止まり無事採用に至る。

 

 帰り際、お土産のカニと一緒に手渡されたあの感動が蘇る。私の身長160cm生活に始まりの鐘が鳴り響いたあの日、もう決して肌身放さぬことを誓った我が半身。

 

 それは効力を失った今でも、我が魂として朽ちること無くこの頭部に残されているというのにこの言い草。慈悲深く穏やかで純粋な私であってもこの様な仕打ちには我慢ならず、その心へ消えない悪夢を刻みつけてやろうかと思った瞬間――

 

「やめんかお主等!」

 

 一喝の下に互いの口は縫い合わされ、その威風溢れるカリスマの叱咤(しった)により場の空気を掌握されてしまった。

 

「オシャレは他人を傷つける為の物にあらず、自らを高め着飾る遊戯にして礼節。己の心を映し出す鏡ぞ! 女神様の乙女心、わらわにも(しか)と見えておる。流行が過ぎようとも似たりよったりな格好をする者がいなくなった今、時代遅れでもなくその個性を発揮する武器である事は明白。頭のタワーも目玉焼きも等しくチャームポイントではないか」

「いや目玉焼きじゃなくてアンテナだからね? 外宇宙からの電波を受信する装置だからね?」

 

 外宇宙から電波を受信してる人、その字面からして危険を感じさせる事に気づかないのだろうか。酒やクスリで見えてはいけない物が見える様になる例はままあるが、素面(しらふ)でそんな事を言い出すのはやべー奴に他ならない。

 

 不審者の頭に巻かれたアルミホイルと変わらぬ役目を果たしている目玉焼きと、神の威光を示すこのタワーを同列に並べられては遺憾だが服装についての考えは(おおむ)ね正しい。

 

 加えて言うなら過ぎ去った流行をあえて取り入れる事で、過去に見たノスタルジーを呼び起こすモダンアートの手法であり芸術の分野では度々使われる表現法を取り入れているのだ。

 

 無策のまま奇抜な格好をしているだけのサイキッカーと比べ物になる訳もないが、低俗な争いに加わってはそれこそ同列にまで落ちぶれてしまうというもの。

 

「フン、曲がり(なり)とも流石はスタイリスト二十二階位の一人……ファッションを見る眼はあるようですね!」

「な、なんじゃスタイリスト二十二階位って?」

「自覚がなかったんですか。ざくアク業界のファッショニスタ達に与えられた名誉称号で、【塔】の暗示を持つ私や【死】の暗示を持つデスノちゃんも名を連ねています。良くファッション誌に顔を出してるじゃありませんか」

 

 当然【悪魔】のイリスや【太陽】のマリオンちゃんもそれに続いて末席に控えている。両者ともに胸元の露出が高く、極めて不健全であるという事で選抜委員会に意義を申し立てたが棄却されてしまった。

 

 卑劣で淫猥な悪魔は語るに及ばずとも、思わず私の過去を重ね見てしまうような幼気(いたいけ)な少女が恥じらいもなく胸部を晒しているのは目に余る。生意気なクソガキばかりの王国で、ベルくんとマリオンちゃんだけが唯一のオアシスであり、それを守るのは保護者の立場に無くとも大人の責務であろう。あ、ここ魔王様にはオフレコでお願いね?

 

「何処のスタンドじゃ……! 出演依頼が多すぎて把握出来とらんかったが、そんな事になっとったのか。しかしデスノちゃんとは意外な所が出て来たのう。貧乏神と服装大して変わらんし、ドクロのアクセ一本勝負ではミトナ辺りが居た方がしっくり来そうじゃが」

「前任者はミトナだったんですが、貴方達がレア武器欲しさに貢いだ金で出版業界を買収してましたからね。何度やられても懲りずに過去の栄光に執着する姿を今では【愚者】として扱ってますが、実際はデスノちゃんの権力パンチで追いやられた形になります」

「む、(むご)い……」

 

 魔王タワーボス勢の中ではタコタンクと並ぶ難敵に指定されているミトナであっても、築いた栄華は遥か彼方に過ぎ去った後。現代社会に存在する権威を、利権とマネーで操られてしまっては手の出しようがない。

 

 高貴なる神である私にこそ、本来そういった権力が備わっているべきではないか。願いの欠片を奉納する唯一の信徒である王国の働きが足りないせいで、権力どころか将来の不安なんて俗な心配事を余儀なくされてしまったのはこいつ等の信心不足のせいに他ならない。

 

 質素倹約、私が節制に務めているからこそ奇跡の恩恵に預かれる事を思い浮かべ、貧しい生活を神にさせている事を恥じて欲しい。魔王タワーアプデ直後は週に三度の焼肉通いだったのも月一に減ってしまい、新作のブランドも今では殆ど手を出せなくなってしまった。

 

「じゃがそうなると、わらわは【星】に(あた)るのかのう」

 

 私の苦悩になどまるで目を向けず自分の肩書を気にするとは、(まさ)しくこれが信心の足りていない証拠と言えよう。

 

「まぁそうですが、ドリントルさんは大祭りでのアイドル活動を始めとして知名度だけなら二十二階位で最上位。ファッション業界への功績を讃えて貴方の【星】の座が、不動の地位である事を示す特別な称号を与えられています」

 

 神としておいそれと地上に出向くことなど出来ない重鎮である私が下界に足を踏み入れる事など、転売に使うお土産の買い出しの他に美容院での手入れや新作ファッションチェック等、オシャレ活動や休暇を過ごす時しかなく知名度で言えば僅かに劣るのはどうしようもない。

 

 スカイタワーまで来れる者もそうそう居ないのでファッション誌への露出はほぼゼロ、謎に包まれたミステリアスな美貌の女神としてミトナ共々この名前だけが下界に伝わっている。

 

「そこまでの栄誉に預かっていたとは光栄じゃな。して、特別とは一体? 【○ター・プラチナ】的な奴か?」

「いえ【カレーの星】ですね」

「んあーっ!?」

 

 胸元から下を局部だけ覆って全面シースルーにする痴女一歩手前、インベタの更にインまで踏み込んでスパイスを効かせた攻め気の姿勢を評すべく彼女を表す言葉、色、象徴であるカレーを以てそのファッションは讃えられている。

 

「オシャレ女子たちからは親しみを込めて【カレー・プラチナ】とも呼ばれて……」

「星の方を残さんかい! 何時までも服の色を引っ張りおって、水着では艶やかな華の如きグラデーションで攻めておるじゃろ!?」

 

 星が残ったら丸パクリになってしまう。原作者でも少し外した所へ投げるのに、そのように無謀な直球勝負を挑んでは勝てる道理が無い。

 

 後に続く我々に守るべきラインを示してくれている以上、それを遵守するのは当然の務めと言えよう。バリバリに続くナンバーワンは、本来なら英数表記なのでカタカナならリスペクトの範疇であり一切の利権に触れていない。

 

 従って他意は無いんですほんと口論の中でちょっとカッとなって出ちゃっただけなんで許して下さいお願いします。

 

「私に言われましてもこういうのは普段のイメージですから。そんなに嫌ならマリーさんの着てるセーターもどきでも着てれば印象変わるんじゃないですかね」

「普段着にあんなん着てたら痴女じゃろうが! ……あっ」

「……」

 

 彼女の背後で人間の淫猥な邪念をそのまま形にしたような衣装が集める視線から、モジモジと身を(よじ)って逃れようとしていたローズマリーだが、その一言に眼からは光が消えとても友人に向けられているとは思えない冷たい眼差しを送っていた。

 

「ドリントル……」

「い、いや室内着みたいな物であって、外行きには着れんという意味でな? ほ、ほれ置いてあった雑誌にも、爆発的な人気と売上を誇ってると書いてあったじゃろう?」

 

 オシャレに疎い彼女に対し、都合の良い情報を厳選して提示することで言い(くる)めたという訳か。全くの無知なジャンルへ足を踏み入れてしまい、如何に知力9組とはいえ抵抗する事も出来ぬまま時代遅れの童貞殺害系防寒着をその身に纏ってしまったらしい。

 

 ちなみに置いてある雑誌も、私が過去に見て記憶の奥底に眠っている物を形にした物だ。内容をまるで覚えていなくとも、脳は自身の思っている以上に正確に記憶しているらしく読み飛ばしていない限りは忠実に反映されている。

 

 一部の天才と呼ばれる人間は固有の記憶術でこれを呼び起こすらしいが、夢の中ならば形にして他者と共有まで出来る私は天才以上の存在なのだと良く分かる事例であろう。

 

 まぁ本だと女性誌と小説と漫画位しかレパートリーは無いんだけど。読みたい奴も居ないだろうが、神学校時代の教科書なんかも有る。

 

「……服を買い換える時は、もう絶対に君の世話にはならないからな」

「マリィ~……そうつれぬことを申すでない。マッスルに親友を取られてしまう前に、せめて奴より先に晴れ着を拝んでみたかったのじゃ。このいじらしさが分からぬか?」

 

 この様な服とも呼べない物を着せられては、いじらしさ等という可愛気(かわいげ)な物は感じられる筈もなくいやらしさの方が際立っている。

 

 水着の破壊力を(かんが)みるに、彼女がオシャレに目覚めていたら私のファッションリーダーとしての地位を脅かす存在になっていた可能性もゼロではない。ドリントルの失策によって、当分のオシャレ活動を控えるようになれば今年度のオシャレ部門一位も私の手中にある物と見ていいだろう。

 

 念入りに(とど)めを刺すべく、ここは更なる不和を引き出すべく(けん)に廻る。

 

「これの何処が晴れ着だ! デートの約束一つ、しかも十年も後の話でこんな格好をさせられるなんて……!」

「えっ!? デ、デートの約束じゃったんかアレ。こ、婚約とも違うが、その位の約束かとばかり……」

 

 嘘でしょデートの約束だったの? 勘違いで殺っちゃう所だった。危ない危ない、良かった良かった。心底ホッと胸を撫で下ろす。

 

「深読みしすぎだろ。十年後にお互い独り身だった時にでも思い返そうって話じゃないか。流石にそれだけ時が経てば、マッスルも誰かしら良い人を見つけてるさ」

「じゃが来年にはざくアクも実装から十年を迎える訳で、果たして初期からプレイしてくれてるプレイヤーの何割に恋人が出来たかと言えば……」

「ちょっと!? 流れ弾が読者に刺さったらどうするんですか!」

 

 思惑から大きく外れ、観客席に向かって220kmの豪速球を投げ出す殺人的ノーコン投手。マッスル人気の屋台骨の一つとして、奴と同じ環境に身を置くプレイヤーは少なくない事が挙げられるのを知った上での発言なのか。

 

「初期メンバーであるマッスルの彼女いない歴は実質二十九年! この位は普通! 許容範囲内ですから!」

 

 冷静で的確な判断力によるフォローアップで、一部の読者が被る被害を最小限に留める。

 

 これは私の失言ではなくドリントルの物なので、今後もし人気投票が行われる暁には精一杯皆様を擁護するべく(つと)めたタワーの女神をお忘れなきようお願い致します。

 

 私の地位を脅かす政敵を排除すると共に、未来を見据えて広報まで行う要領の良さ。この溢れる知性から展開されるロジックによってシノブとメニャーニャ程の智者を追い詰めた事を(かんが)みれば、私が夢の力のみならず知略や智謀に優れた神である事がお分かり頂けるであろう。

 

「しかし、それで言うと私もアラサーになっちゃうんだが」

 

 あっ、やべ。違うんです最初期からずっと居る彼女をアラサー扱いした訳じゃないんです。

 

 待って待って投票用紙を捨てないで、他所の投票所に行かないで下さいお願いしますなんでもしますから。投票前に選挙活動した事も謝りますから、でも政治家が堂々とやってるんだし神がやったって問題ないと思いませんか? ね? そうでしょう?

 

 それに逆に考えてみればアラサーローズマリーって響きが淫靡じゃ有りませんか? 幾らでもむちむちに盛れる可能性の獣で……ん? 眠っていた原石を掘り起こしてくれて有難うですか、いいんですよ気にしな……ちょっと投票用紙は置いてって貰えますか!?

 

 なんたる不心得者か、しかし親愛なるざくアクプレイヤーの中にあのような狼藉者が二人と居る筈もない。ここを見て下さっている貴方様なら、きっとその豊かな知見を以て私に清き一票を投じていくれると信じています。……念の為、用紙に誰の名前を書いたか見せてもらえますか? 信じてますけど念の為。ほら書き間違う事も有り得ますからね?

 

「うーむ。そうなると三十を目前に控えて、そんな辛気臭いローブを纏っていては本物の魔女にじゃな……」

「魔女で結構! もし衣替えしようなんて気になっても、君じゃなくてゼニヤッタやシノブさんを頼らせてもらうよ!」

「待て待て! わらわが悪かったからの? 友人と一緒にオシャレを楽しみたかった、その一心で犯した過ちなんじゃよ許してたもれ……そうじゃ、今度はフェアにペアルックと洒落込もうぞ!」

 

 私が読者の中から人狼を見つけ出して八つ裂きにしてやるべく画策(かくさく)している横で、まだ痴話喧嘩を続けていたらしい。

 

 ずかずかとした足取りに憤る気持ちを表しながら化粧室へ歩いていく彼女を必死で(なだ)めている物の、その怒りが収まる様子は見受けられない。

 

 視聴率低迷時に無理やり挿入されるテコ入れの如きサービスを終えた彼女と共に、戸を開いた先へ姿を消してしまった。

 

 すると今度は新たな問題が発生する訳だ。

 

 長い寸劇に付き合わされて普段なら勘弁してくれと思う所だが、コントが終われば私には役目がある。

 

 願いの欠片を集めた褒美、夢の女神としての義務。

 

 ちらりとモニターを見れば、脳天気な顔をしてコーヒーを(すす)るその姿に胸が跳ねるように強く脈打った。

 

 重さの消えた胸の中、代わりに熱を持った心臓の内側で太鼓を叩くように自身の鼓動が鳴り響く。誰かに聞こえていやしないかと不安になるが、燃えるように熱くなった頬は真っ赤に染まっているだろうし様子見の為と振り向くことも出来ずに壇上で背を向けたまま俯いている。

 

 全然ときめくようなポイントじゃない、マヌケ面を浮かべたままコーヒーを飲んでいるだけだ。自分に言い聞かせてもう一度モニターへ目を向ければ、暇を持て余しているのか姿見鏡の前に立って筋肉のコンディションを確認するその姿にふぅと息をついて落ち着けた。

 

 よく考えてみれば私の思い違いという可能性もある、というかそっちの方が確率が高い、というより間違いなくそうだ。心の中に芽吹いた醜い花から眼を背ける。こんな花なら無いほうがマシという物だ。

 

 アルフレッドくんにクラマくんにベルくんにマーロウさん。並み居るイケメン達に全く(なび)く様子を見せなかった鉄壁のガードを誇る貞淑(ていしゅく)で身持ちの堅い私の心が、こんな野卑で粗野で低俗な男に射止められるような事ある筈がない。

 

 そうだ、見れば見るほど全てにおいて私の好みから掛け離れているとは私の(げん)。ちょっと優しい言葉をかけられて浮ついただけに過ぎないならば、今一度じっくり見てやれば化けの皮も剥がせよう。

 

 モニターに三度(みたび)目を向ければ、鏡を前に両腕を見せつけるように持ち上げるダブルバイセップスをお披露目中。ご機嫌な口笛を吹き鳴らすその姿を見るに、満足の行く仕上がりらしいがそんな所も腹立たしい。

 

 鏡を見る自信たっぷりの目は、お見合いへの不安を前に仔牛のように震えていた男とは思えないエネルギッシュな輝きに満ちている。しかしローズマリーを前に慌てふためきのぼせ上がる醜態を晒し、その自信も肉体による解決の及ばぬ所では張子(はりこ)の虎に過ぎない事は立証済み。

 

 いいぞこの調子だ、やはり見るほどに浮ついた気持ちが冷めていく。今度はポーズを変えてサイドチェストの体勢を取ったままウインクの練習までし始めた。

 

 細かい所作がイチイチ癇に障るなこいつ、挑発の練習でもしてんのか?

 

 ここまでクールダウンすれば不覚を取ることはあるまい。冷静になって思い返すと、これだけの王国民が集まる中でローズマリーを手に掛けようとした事にゾッとする。完全にノープランでやってしまう所だった。

 

 なんでそんな事をと思い返せば、十年後に彼と並び立つ彼女の姿が頭に浮かぶ。

 

 彼女の肩に、項垂(うなだ)れて過去の過ちを思い返して嘆いている私を(すく)い上げてくれた、堅く大きく暖かな手が乗せられて私じゃない誰かにその熱が注ぎ込まれている。

 

 それが無性に、堪らなく嫌で、隣にいる彼女を私に塗り替えたくて、あの熱にずっと触れていたくて――

 

 そこまで考えてしまった所でハッと気付いてモニターを見れば、パッチリウインクを決める鏡の中に居る牛男と目が合ってしまった。

 

「ハァ……」

 

 (しお)れていくハート。根拠なき謎の自信に満ちたその姿に、ここ三日で何度目になるか分からない溜息が漏れ出してしまう。ローズマリーの言う十年後の約束が、デート一つである事を知って安心してしまった自分のバカさ加減も腹立たしい。

 

 夢を自在に操る私が、まさかこのような悪夢に引きずり込まれてしまうとは、これまた夢にも思わなかった。また気の迷いが起こらない内に、さっさと司会を進めてこのような茶番劇は終わらせてしまおう。

 

 名簿順だと次はハピコだが、こんな序盤で切り札を切る様な下手(へた)を打つ私ではない。

 

 女性陣全員から袖に振られボロ雑巾の様にして背水の陣を引くマッスルに対し、大トリまで残したハピコを()てがう事で、彼女の方から仕方ないので拾ってやろうと言いやすい空気を作る完璧な計画が()え渡る。

 

 正に石兵八陣の霧の中、二人して我が術中に迷い込みなし崩しに結ばれる……筈だったのだがローズマリーの余計な一言で、十年も待てば彼女が出来ると勘違いしている可能性が出てきた。なんとかそこを修正して陣を建て直さなければ、恋模様の諸葛亮孔明と呼ばれた私の名声に傷がついてしまう。

 

 取り敢えず名簿からハピコを飛ばせば、次は福の神の番となる。彼女にそれとなく誤解を解消してもらえるように頼んでみよう。

 

「それでは再開したいのですが、次は福の神様お願い出来ますか?」

「えっ? どうせ名簿順だからって言って、もうハピコちゃん中に入っちゃったけど?」

「……なん……だと……」

 

【ハピコ】

 

 折角築いた石の陣を完全放置したまま、我が意思の及ばぬ所で戦いが始まろうとしていた。

 

 何が水魚の交わりだよ人の話も聞かずに突っ込みやがって、前々からあのニヤケ面には反骨の相があると思ってたんだよね。

 

 鳥と水の中では交われないという事か、ハピコの独断専行により我が策は無に帰した。手元に例のモコモコした扇子があったら、怒りに任せてへし折っている所だ。

 

『よっす!』

 

 腹に抱えた邪悪さをまるで感じさせない、明るく溌剌(はつらつ)とした笑みと共に部屋の中へ飛び込む鳥娘。

 

 一向に進まないこいつ等の仲を取り持ってやろうとお膳立てをしてやっていた私の苦労も知らずに、平時と変わらぬ様子でいるその能天気っぷりは益々持って私の怒りに火を()べる。

 

『ん? あぁ、そっか。デーリッチとお見合いするんだから、そりゃお前ともする事になるわな』

『おいおい! アタシはでち公と同列かよ。バレンタインでお前に一番投資してやったのは、一体誰だと思ってんだ?』

 

 何時もと変わらぬ調子で談笑に興じる二人だが、先ずはハピコが機先を制したと言えるだろう。立っていた腹の虫も収めてしまう鮮やかな手並み。

 

 バレンタインという一大イベントの中で、例えそれが駄菓子一粒か一本丸ごとの違い程度に過ぎずとも、一番マッスルの事を想っていたのが自分なのだという事をモニターを見る国民に悟らせないよう慎重にアピールしてみせる。

 

 流石はローズマリーやメニャーニャに並ぶ知力9、おそろしくさり気ないアプローチ。私でなきゃ見逃しちゃうね。

 

『へっ、まぁ見てろって。お前からのお情けなんて無くても、この夢が終われば来年こそ念願の手作りチョコを口に出来るって訳よ』

 

 しかし自然すぎたのが裏目に出たか、迂遠(うえん)な手に気付ける程こいつは気の利く男ではない。もっと直接的な手段を講じる必要があるが、対恋愛心理戦において彼女はシノブと同じ策士タイプと予想される。

 

 通常の範疇に収まる鈍感ならば軽々と策に(はま)って翻弄される物だが、策に掛かったことにも気づかないレベルの鈍感だとヅカヅカと距離を詰められてしまう。

 

 そうして罠にかかり続ける相手に気を良くして、撤退のタイミングを見誤り討たれてしまう未熟な軍師は少なくない。我々恋活女子の聖典(バイブル)である【RENKU―恋空―】にもそう記載されている。

 

 マッスル程度の男を手篭めにするのに手こずる様では、彼女の将器も知れたもの。やはり恋愛における強者とは、知勇を兼ね備えてなければいけない。これまでに巡らせた権謀、そして先に見せた男子もたじろぐ猛アタックを考えればここで言う知勇兼備にして三國無双の神が誰かなど確認するまでもない事。

 

 ここは私だったら――

 

 私だったら。そんな想いが胸を()ぎれば、モニターの中で朗らかな笑みのまま彼を前にして席につく自分の姿が脳裏に浮かぶ。

 

 その顔に彼女の様な溌剌とした輝きは無く、嫌味ったらしい意地の悪さを貼り付けて「そうなる事を祈ってますよ」と皮肉を述べながら、憤る彼を見て楽しむ己を幻視する。

 

『ハイハイ、そうなる事を祈ってやるよ』

 

 胸を、締め付けられるような息苦しさに襲われる。思い浮かべた同じ言葉、胸の内にあるこの気持ちまで一緒なのだろうか。彼女の裏腹に隠された感情と同じ物をこの胸に抱えていると想えば、燃えるような羞恥心と不安が湧き起こる。

 

 ルックスは下から数えたほうが速い分際で、風体ばかり気にする滑稽な男。そのくせ人が弱みを見せれば、眩しい程に愚直な誠実さで手を差し伸べてくる。そうしてつけ込むようにして人の心に居座りながら、気がある素振りを見せる訳でもない事が腹立たしい。こいつに対してそんな感情を持ってる事に敗北感まで覚えてしまう。

 

 私じゃない誰かの手が取られて熱い程の温もりがその誰かを包む所を考えれば、その熱とは逆に胸の奥は脈動を止めるようにして冷たくなっていく。

 

 私だったら。そう思えば心の中で不甲斐ない彼女を笑っていた私が出せる答えは何もなく、叡智(えいち)に満ちている筈だった明晰な頭脳は黙り込み、締め付けられた胸の中で暴れる鼓動の音が鳴り響いていた。

 

『あっ! お前そんなナメ腐った態度取っていいんだな!? 後で吠え面かくなよ!』

『分かった分かった。ちゃんと祈ってやるよ……拝啓、この度はお見合いへのお招きを頂きまして誠に有難う御座います。慎重に協議を重ねた結果、今回は残念ながらご縁を結べないという結論に至りましたが、マッスル様に今後のご多幸が有ることをお祈り申し上げます』

『お祈りメールを寄越すんじゃねぇよ! 鉱夫辞めようと思った時に一杯貰ってんだよこっちは!』

 

 とんでもなくアホな会話の中で、就活の不況にあったトラウマを抉り込むように打ち抜かれてしまったらしい。

 

 私だったら。そんな想いも知り得ない過去を持ち出され、透けて見えていた筈の彼女の心中も(くも)りガラスの中へと消えた。

 

 しかし仮に知ってたと考えてみれば上品で奥ゆかしい私が、こんなボケボケの会話に……いやでもマッスル相手ならこの位の事は言っちゃうかも。

 

『あ、そうそう。勘違いしてそうだから言っとくけど、マリーの姉御が言ってたアレ付き合うとかじゃなくてデートの約束なんだってよ。紛らわしいよなぁ、ハハッ』

『追撃ぃー!? い、いやでも姉御が十年も独り身って事は無いだろうし、大して変わらねぇのかな……』

 

 現実はそんな物だと、素直に受け止めた様に見せてしょぼくれる。(いさぎよ)い様で、実際の所は未練がましい。こいつが見た目に反する男なのだと一目で分かる反応だった。

 

 ざまぁみろという清々(せいせい)した思いが胸中を満たそうとするも、何かつっかえるような感覚が残される。

 

『なんだ、姉御が居れば十年も待てたのか? 気の長い奴だな』

 

 嫉妬。見た目に全く変化のない晴れやかな笑み、そこに妬む気持ちが見えてしまうのは気の所為なのか。清々(すがすが)しかった胸の内、つっかえていたそれが臓腑に溢れ出して心身に重く伸し掛かる。

 

『そこは十年も待てません! って迫ってみれば、意外とOKしてくれるかもよ?』

 

 茶化すようにマッスルを(そそのか)す様とは裏腹に、言葉が返ってこないことを祈って震える子供の姿にも見えた。

 

 素直になる。ただそれだけの事が出来ずに怯える姿も、心にもない事を言って強がる(さま)も、まるで鏡を見ているようだった。彼女への憐憫(れんびん)を抱くと同時に、そこに居るのが自分だったら同じ様にしか振る舞えないであろう事が忌まわしい。

 

『いやぁ、そうはならねぇだろ……それにブリちんの話だと、皆に一度考えて貰えるって事らしいじゃねえか』

『おっ、皆の中から選り好みか? 贅沢だねぇ~』

『違うっつの! 姉御も考えた上で言ってくれてんだから、ただ好意に甘えるより俺もちゃんと考える必要があると思う訳よ』

『ふ~ん……そりゃ殊勝な心掛けで、精々頑張るこったね』

 

 女性陣と親密になれる機会を素直に受け入れる彼に、憎まれ口をきく事しか出来ずにいる。自分で蒔いた種ではあるが、この状況に苛立つのは私も同じだった。

 

『偉そうに言いやがってこいつ……! そういうお前はどうなんだよ!』

 

 胸の中、締め付けられた心の臓が痛い程に強く脈打った。私だったら、どう答える?

 

 それを考えれば知恵熱を起こしそうな程に頭がカッと熱くなる。答えが出ない、どうしていいのか分からない。

 

 テストなんかは得意だった。夢を見れば過去を遡り、簡単に公式を見つけ出せたから。

 

 お前はどうなんだ、その答えは過去に無い。見てきたドラマや小説にも無い。

 

 今の私は、どうなんだ。

 

 その問いは私の中に広がる虚ろな夢で、見て見ぬ振りを決め込んだ嫉妬に芽吹く醜い花を思い起こした。

 

『悪いけど、私は優柔不断なあんたと違って、とっくに目星を付けてんのさ』

『えっ……ええっ!?』

 

 彼女に重ねていた自分の姿が掻き消える。

 

 素直になって。私が踏み出せないその一歩を、彼女が踏み出そうとしているのが怖い。

 

 彼女は何も感じては居ないのだろうか。ここまで来ても(いま)だ顔色を変えずにいる姿からは、これまでのように胸に抱えた想いを(うかが)うことはできなかった。

 

 この想いを拒絶されたら、そんな考えが()ぎる度に足が(すく)んでしまう。恐怖に震える私と違って、彼女は飛び立ってしまうのか。

 

『そりゃもう飛び切り良い男、アルフレッドもクラマもマーロウさんも霞んで見えるね!』

 

 えっ、誰それ? まさかここまで来てハピコをオリキャラと恋愛させて処理すんの? 大ブーイング間違いなし、そのような危機的状況を回避する為にも、今すぐ私にそのイケメンの特徴趣味特技から年齢学歴職業年収住所電話番号まで教えて欲しい。

 

『そいつときたら、ヘタレの分際で無い見栄張ろうと突っ張っててさ』

 

 ――風体ばかり気にする滑稽な男。

 

『頼りになるのは見てくればかり、そう思って(あなど)ってたけどやる時はしっかりやる訳よ』

 

 ――そのくせ人が弱みを見せれば、眩しい程に愚直な誠実さで手を差し伸べてくる。

 

『それで見直してやったのに、女と見りゃあ見境なしに鼻を伸ばす軽薄な奴で参っちゃうんだこれが』

 

 ――そうしてつけ込むようにして人の心に居座りながら、気がある素振りを見せる訳でもない事が腹立たしい。

 

『ホントに手の掛かる奴でさぁ、このハピコ様に世話を焼かせてどう落とし前をつけてくれるのかと思って首輪を付けてたら……何時の間にか、そいつの事が頭から離れなくなっちまった。もう完敗、何時何処で負けたかも分かんねぇでやんの』

 

 ――こいつに対してそんな感情を持ってる事に敗北感まで覚えてしまう。

 

『へ、へぇ……そんな相手が居たのかよ』

『まぁね』

 

 彼女に重ね見た自分の想いが明かされてしまったかの様な気恥ずかしさに身悶えするも、何処まで鈍感なのかここまで言って気付く素振りも見せずにいた。

 

『しかし、まぁ、そいつも気の毒だな! 付き纏われるのがお前じゃよお! ワッハハハ!』

『……へへ、やっぱそう思う?』

 

 変わらぬ笑みが、哀しげに歪んで見える。何処までポーカーフェイスが上手いのか、何時からあの顔で自分の想いを隠し通してきたのだろう。

 

 張り付いた笑顔を道化の仮面と見るのなら、涙の模様が薄く浮かんでいた事だろう。

 

『んじゃま、そういう訳だからここらで失敬させてもらいますかね』

 

 それを隠すかのように席を立つと、ひらりと身を(ひるがえ)してその場を後に扉へ向かう。

 

 窮屈さから解き放たれて意気揚々と羽を伸ばして広げた背中は、やはり震える子供のように小さく淋しげに映る。

 

 結局、素直にはなれない。その姿は、ここまで彼女に重ね合わせてきた己が辿る未来にも思えた。

 

『あっ、ハ、ハピコ!』

 

 彼女を呼び止める声に、今度こそ心臓が止まるかと思うほどに息を呑む。

 

 答えが、出てしまうのか。受け入れて彼女の手を取り、私にこんな気持ちを抱かせたまま置き去りにして何処かへ行ってしまうのか。

 

 そう思って逆の姿を思い浮かべるが、拒絶される所も見たくなかった。彼女に重ねた自分までも、一緒に突き放されてしまうのが怖いから。

 

『……なんだよ?』

『いや、悪かったな。他に相手が居るってのに、こんな事に付き合わせちまってよ』

 

 肩透かしの、的外れな謝罪に安堵する。問題を先送りにしただけで、何も解決していないこの状況がただ只管(ひたすら)に有り難く、それを享受(きょうじゅ)する自分が情けなかった。

 

『それだけか?』

『あ? あぁ、そうだけど……』

『そっか、まぁ良いってことよ。じゃ、後は頑張んな!』

 

 そう言い残すと、器用に扉の取っ手に足を掛けて手で引くのと変わらないように開いてみせる。

 

 その中へ消える彼女は何を想うのか。私だったらどう想うのか。扉の奥へと去り行く彼女に、答えを求めるも返ってくることは無かった。

 

【???】

 

 鏡台の前。どっかりと椅子に座り込んで、行儀などまるで意に介さないまま足をその上へと投げ出した。

 

「気づかねぇでやんの、あのバカ」

 

 悪態を吐いてみせるが、予想の範疇でもあった。アイツの鈍感さと来たら牛より酷い。

 

 ベスト和牛でアンチに背後からドロップキックを受けても身動(みじろ)ぎもしないまま、自らのキックに押し負けてコケてるアンチをどうかしたのかと心配する程なのだから。

 

 これは物理的な例えだが、心の方はもっと鈍い。私のようなか弱い女の子が直隠(ひたかく)してきた秘密を、なんでもない事の様に聞こうとするあの夢での無神経さときたら呆れるばかりだ。

 

「花の乙女をでち公と並べるとは、一体どういう了見だってのよ」

 

 直前にローズマリーが見せたインパクトは大きく、それで順番を忘れるだけならまだ許してやったが比較対象がデーリッチなのは許し難い。

 

 この利発さの(にじ)み出る顔立ちは大人びて見えると評判なのに、やはり実年齢を超える効果は発揮しない物なのか。鏡を前にチェックすれば、バッチリこの笑顔の裏にある邪悪は隠されていた。

 

「念願の手作りチョコだって、くれてやってんのにさ! ……でもやっぱ、分かりづらかったか?」

 

 手渡したファーブルチョコ、既製品なのは容器だけで中身は自作したチョコを糖衣に包んで色付けした物だった。もし誰かがアイツにチョコを渡しても、実は一番乗りは自分だったのだと言って悔しがらせてやる為に。

 

 こんな一銭の得にもならない事に手間を掛け、何の効果も得られていないんだからアイツに負けず劣らずのバカかもしれない。知力9の座も返上したい気になってくる。

 

「目付きは、まぁ、しょうがないにしても、顔だって中々の美少女だってのに見る目ないよなぁホント」

 

 鏡の中に映る自分をまじまじと見返して、何時ものように顔を作れば向日葵を思わせる愛くるしい笑顔を返す。ちょっと眉根が寄りすぎて柔らかさが足りない気もするが、長年ハグレとして人を騙し騙されて来たことを思えばこの程度に(すさ)んでしまうのもしょうがない。

 

 マーロウの旦那みたいな強面にならなかっただけ、上手くやって来たほうだ。まぁあの人は子供の頃からあんな顔らしいが。

 

「やっぱ、可愛気がないからかな……へへへ」

 

 口を開けば悪態と皮肉、貸し借りと損得勘定。女の子としてアイツと接した事なんて、夢の彼方へ消えたあの一瞬だけ。しかも私だけ覚えてるなんて仕打ちがまた酷い、今回の件で女神も目をつけられるだろうし転売用の商品を流す時はたっぷり搾り取ってやろう。

 

「ん? まだ残ってるじゃんか」

 

 良く見れば櫛を入れ損ねたくせっ毛が残っていた。足で食器だって使ってみせるし、風呂上がりのタオル掛けだってお手の物だが髪に櫛を入れるのは中々難しい。タオル掛けの要領で頭に櫛を持っていくのだが、力任せに拭くことも出来ず加減を間違うと髪が引っ張られて少し痛い。

 

 そんな面倒を押してでも櫛を入れた所で、何の反応も返らなかった。分かっていた事だが、それでも腹が立つのを止める事は出来ない。

 

 もう私の手番も終わったので意味もないが、変に跳ねた毛を残しては無理して手入れをした事を周囲にツッコまれる。鏡台から片足を下ろし、残った足の親指と人差指に(くし)を掴ませ頭を押し付けて髪を()く。

 

「この辛さも説明してやったってのによぉ……やらせて下さいって自分から言いにこいよなぁ。クウェウリさんが羨ましいぜ」

 

 応援演説で語られた、マーロウさんに髪を梳いてもらう彼女を自分とアイツに置き換えればふっと笑いがこみ上げる。びっくりするほど絵にならない。お似合いの二人に並ぶのは、滑稽な凸凹コンビのマヌケな姿だった。

 

 くせ毛に引っかかり、ぐいと髪を引っ張られ顔を上げる。

 

 いててと声を上げて鏡を見れば、ヨガみたいにメチャクチャなポーズで自分の頭に足を掛ける自分の姿が映り込んでいた。

 

「んふっ……くっ、アッハハハハハ!」

 

 凸凹で揃ってなくても、私一人で滑稽じゃないか。

 

 思わず吹き出してしまい、足先から櫛が落ちればその下で水滴が跳ねる。

 

 鏡の中、向日葵は水を流してお天道様から目を背けるように項垂れていた。




二ヶ月近く待たせて文字数少なめで申し訳なし。
メニャ祭りを諦めたのが一週間前、そこから出来るだけ頑張ったので許してね。
断念した祭り用の奴も出だしとオチは気に入ってるからいつかはお披露目したい。

櫓岳(やぐらだけ)様よりまたまたまた作中のワンシーンを絵にして頂きました。
いつもありがとうございます。

【挿絵表示】

元ツイートhttps://twitter.com/eM5kc3t9/status/1371083852190347264


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五滴

「ね、ねぇ相手はどんな人なの!? 私も知ってる人?」

「いやぁ誰かに唾でもつけられたら困るし、そいつぁ教えられないね」

「こいつぅ! 色気づいちゃって、何処まで行ったんだ何処まで!」

 

 マッスルとの見合いから帰ってくるなり、王国民に包囲網を敷かれ怒涛の質問攻めに合う鳥娘。

 

 女所帯ということで中々上がらない(うわ)ついた話題を目の前にぶら下げられ、飢えた野獣の如き食いつきを見せる雪だるまキッカーズを()したる物でもないと猛獣使いの様にして軽くあしらっている。

 

 運動11を誇る雪乃の超人的足捌きも、()いた話題の上では覚束(おぼつか)無い。サイキッカー特有のどっしりとした重量感あるディフェンスでハピコを止めに掛かる。

 

「皆が考えてるほど進んでないさ、私も嫁入り前の身体だし……当分はA止まりかな?」

「「ええぇ~っ!?」」

 

 二人の関係性をチラつかせ、動揺を誘ってからの二枚抜き。更には今し方の二人のやり取りからAまで行ったと推測できる人間は皆無、まんまと皆が考えるハピコの相手候補からマッスルを蚊帳(かや)の外へと追い出し疑惑の眼から逃れる事に成功している。

 

 詐欺師として磨き上げた人を煙に巻く手腕、そして高度な次元で展開されるタクティクスによって周囲を翻弄。その両翼が示す通り、彼女もまた恋愛球技界の○空翼として縦横無尽にフィールドを駆け回っていた。なんか等身おかしくなってない? 気の所為(せい)

 

 しかし(たか)がAの一つや二つで色めきだつとは、同じ女子として嘆かわしい。今でこそ急激に発展を遂げた先進気鋭の大国だが、この恋愛弱小国としての実態は十年もすれば大きな問題となって王国に降り注ぐ事だろう。

 

 鳥娘にしても事件当日、大声でチューがどうこう言って騒いでいたのをバッチリこの耳で聞いている。ちやほやされて調子に乗りやがって、相手がマッスルである事を公言してやろうか。大体Aってどっちにしたんだ、口か? ほっぺか? ほっぺなんてノーカンですからね、カウントしませんよ私は。

 

 そうは思えど証拠不足は否めない現状、口の上手い鳥娘相手では逃げられてしまう。今回の件でハグレ警察の監視も厳しくなるだろうし、この情報は彼女を脅すのに使って転売ルートを拡大する方向へ持って行く為にも今は黙っておこう。

 

「フフ、Aだけにええ~って……」

「すいません、ウチら恋バナの最中なんで黙ってて貰えますか?」

 

 またローズマリーによって室内が酷寒(こっかん)の試される大地と化す所だったが、恋バナの炎により温暖化に成功。超氷耐性をも貫通する圧倒的猛威を振るっていた彼女のダジャレへ、唯一対抗できる希望の星となって燃えていた。でも態度は冷たい。

 

「あっ、ご、ごめんね……」

「だ、大丈夫じゃマリー! 誰だって失敗の一つや二つある! 皆ボケに慣れとるからちょっと厳し目のチェックが入っただけじゃからの!?」

 

 自慢のギャグを一切の慈悲無く切り落とされてしょんぼり佇む彼女とハピコを取り巻く熱気を見比べ、どうした物かと悩むカレーの星だったが、強い意志で恋バナの誘惑を振り切って友人を慰めることを選んだらしい。

 

 ハピコの周囲に広がる熱狂を見て名残を惜しみながらも、先の邪悪なセーターで失った信頼を取り戻そうという魂胆が衣装同様に透けて見える。

 

 そうして差し伸べられた手に、窮地の中にあっても目の色を変えない聡慧(そうけい)さを含んだ瞳が捨てられた子犬の様に丸く潤んで向けられる。透き通るようにクリアな紫水晶(アメジスト)虹彩(こうさい)は涙を(たた)えて輝きを増し、狡猾で残忍な首切り魔女から年頃の乙女へとジョブチェンジした様に錯覚(さっかく)させ救いの手になろうとしたドリントルを一撃で粉砕し顔を赤く染め上げていた。

 

 なんて顔をするんだ、先の邪悪なセーターといい、まさかギャップ萌え部門を狙っているのか。本編で皆の印象に強く残る美しく理知的な神としての印象が、NG集等のちょっとしたドジを切っ掛けに崩れてしまった時のバックアッププランとして出走を予定していたのだが思わぬ強敵が生まれようとしていた。

 

「オホン……それじゃ、次は私の番でよろしいですか?」

「あっ、はい。それでは福の神様、お願いします」

 

 放っておくと脱線してばかりの王国民達の中、率先して名乗りを上げてくれるのは素直に助かる所であった。

 

 三度(みたび)頭の中から消え去っていた無益な行事を思い返し、強い決意を込めてモニターに映るマヌケ面を(にら)みつければ健やかな精神と同様に息災を貫き通すこの整脈に奇妙な乱れが現れる事も無い。

 

 たったの二、三日で強固な貞操観念と鉄壁のガードによって鋼鉄の不沈艦、攻略フラグを実装し忘れたヒロインと称された私が知性もデリカシーも欠けているミノタウロスに心惹かれる事など有ってはならない。

 

 冷静になってこれまで奴との間に起こった出来事を思い返せば、怒りこそ沸けど恋心など抱くような場面は存在しなかった筈だ。

 

 無礼極まりない訪問と設問によって、元々低かった奴の印象は最低まで下がりきったのを高身長ブーツという至上の秘宝で巻き返したのが一日目。

 

 最悪のスタートを切ったのだが、貰い物の高身長ブーツが余りにも強すぎた。マーロウオーナーのセンスが光る、ケモフサ印の最新ファッションを前にして胸踊らない女子などこの世に存在しない。道具を使うことで奴の持つマイナス要素を打ち消してきたのは、(なまり)を入れたバットを使う如き卑劣な行いと言えよう。

 

 清貧で慎み深く奥ゆかしい私は、生まれ持った高貴なる気高さによって物欲に惑わされる事は無い。とはいえ悪漢の邪悪な奸計によって、身長180cmになった自分を見るのがもう楽しすぎて嬉しすぎて寝不足のまま最悪のコンディションでお見合いの真似事をしてしまったのは運の尽きであった。

 

 体調不良を抱えたままプレイボール、神界の○ツルハナ○タ2000と称された私の猛虎魂が早々に炸裂。天気に趣味などと箸にも棒にも女にも掛かる事のない、マッスルのクソザコ投球を自慢のノックアウト打法により打ち取り続けるも(ろく)に眠れず集中力を切らしてしまったせいで突然に過去の亡念の中へ囚われてしまう。

 

 (はかな)くも美しい女神の流す涙を前にチャンスと見てか、奴の気遣いが大リーグボール一号となってバットを襲う。ノーコンの分際でこんな小狡(こざかし)い球はしっかり当ててくるとは嘆かわしい。この様な逃げ球を投げて○嶋茂雄に申し訳ないと思わないのか。

 

 そして凡退から戻ってみればサンタやら誰も交換しないモーモードリンクやら、私とは関係ない所へ放られるボール球に嫌気が差した所で飛んできた大リーグボール2号。頑張り屋という自覚無き私の長所を見抜き、それを隠れ蓑にカッコいい等と予想できる筈もない褒め言葉を立て続けに投げかけられてしまった。

 

 聞き慣れない評価に浮かれてしまったが、勤勉(きんべん)で上昇志向が強く日頃の研鑽(けんさん)を怠らない女神の鏡である私が努力家である事など言われるまでもない只の事実であった。意表を突いてからのカッコいい等と、こんな愛らしい女神に向けるとはとても思えない不意打ちに次ぐ不意打ちにより立て続けにツーストライク。

 

 まぁ私の優美で可憐な姿を見れば、水面下で見えない努力をしている水鳥と同様の苦労を抱えているとは思えぬのも無理はない。その点に気づいた事は褒めてやっても良いだろう。

 

 しかし今度こそ奴の年貢の納め時。次に投げてくるであろう大リーグボール3号は、NG集やら続くトラブルにすっかり疲弊して脱力した今の私ならば打てる確信がある。

 

 打倒○人の星に執念を燃やしながらも優秀な私は巻き進行で司会を進め、その折にアリガトなと礼を言われてそれが胸にストンと収まって……。

 

 ん? アレぇ!? 私もしかして三振しとる!?

 

 いやいやいやいやノーノーノーノー待って待って待って待って? 天気と趣味なんて雑な話題をかっ飛ばして2安打からの、凡退と三振でも打率3割なのに負ける事ってある? 私のヒット何処行った? もしかしてこれ黄色いクマのホームランダービーだった?

 

 栄光有るはむすたゲーミングにおける一角(ひとかど)のメインキャラクターで有りながら、数多の子供を泣かせてきた魑魅魍魎の世界に人を引きずり込む非道を犯すとは許されることではない。あのルールで大リーグボール1号は強すぎるだろロビカスでも使わんぞ。

 

 悪質な手口で神を(かどわ)かそうとした邪悪な不届き者に神罰を下す必要がある。

 

 この手で討ち取れない事は不服であるが、皆からの見送りを受けて歩を進める福の神に後を託すべく祈りを込めた眼差しでその背にエールを送る。

 

【福ちゃん】

 

 足取りから微塵の気後れも感じさせない、悠然とした身構えのまま扉が開かれる。

 

(流石は隊長(クラス)、堂々たる振る舞いですね……!)

 

 女神の眼には福の神から煙のようにして立ち(のぼ)る気炎が見えていた。恋身煙(こいみけむり)恋空(れんくう)隊隊長級の実力者がその身に纏う闘志の熱気。

 

 彫りの浅い東洋風の顔立ちの中で端麗(たんれい)に整った目鼻立ちの上、絶えず浮かべている明朗快活な笑みは彼女の持つ癒やしの力を象徴するかの様に眩しく輝く。

 

 更には年甲斐もなく太腿から下を全て(さら)け出そうとも恥ずべき所のない成熟した肉感、男達を一撃で粉砕するエステル級ダイナマイツボディに【黄金恋活闘士(ゴールドセイント)】の風格が漂う。ウエストがグラマーと言うにはギリギリとはいえ、サイキッカーと違い嗜好(しこう)の違いで済ませられる範囲に収めている。

 

 このレベルに達した女性から提示される要求となれば、マッスルが満たしているのは身体の丈夫さと年収位な物。世の女子達が男子に切望する情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ、そして何よりも、顔が足りない牛男とは到底釣り合う筈が無い。

 

 恋愛経験ゼロのまま東(中略)不敗スーパー女神を名乗る恋活女子界の未来を見通す慧眼に、戸口を開き朗らかな笑みを含んだままマッスルの待つ部屋へ入場した福の神の姿は(さなが)ら飢えた黒豹。未婚――いや、無冠の帝王○ーロス・リベラとして映っていた。

 

『こんばんわ、でいいのかしら? 夢の中だし、きっと夜の筈よね』

『ふ、福ちゃん……』

『フフ、そう硬くならないで下さい。普段通りにお話しましょう?』

 

 早々に怖気づくマッスルと違い、歴戦の風格と大人の余裕を(かも)し出す。クール要素が氷属性くらいしかないのでクールビューティー部門ではぶつからないが、単純な人気投票ではライバルと成り得る存在としてその動向は女神から警戒されていた。

 

『ほら、私って天界だと名が知れちゃってたでしょう? 恋愛とはちょっと違うけど、どうすれば相手に好かれるのかわからなくて尻込みしちゃう気持ちも分かるのよね……』

 

 極めて自然な会話の導入、そして鮮やかな先攻奪取。自主的に話題を振って場のイニシアチブを掌握、自分のペースを作り出す。

 

 古今東西、(あら)ゆる戦場に()ける先手の優位は語るまでもない。先攻の勝率が高すぎるので初手はドロー禁止、その様な情けは男女の間には存在しない。閃光の様なジャブと共に、必殺の隠し肘を仕込むその姿は正にベネズエラの戦慄。

 

 もはやマッスルなどリング上のタイガー○崎に過ぎない。ここからのフィニッシュを静観する気でいた女神だが、ふと疑問が沸き起こる。

 

「ん? ちょっとちょっと」

「何じゃ? (やぶ)から棒に」

「福の神様って天界だと有名だったんですか?」

 

 演壇を降りてそろそろとティーカップへ忍び寄って呼びかけて疑念をぶつける。神様会議からハブられている彼女に、福の神の正体など知る(よし)もなかった。

 

「まぁ、知らん者は()らんじゃろうな……」

 

 権力への欲求が人一倍強い彼女の耳に福の神の正体が入っていれば、召喚士娘達に危害を加えて神様会議を牛耳る首領(ドン)を敵に回すような行動も取らなかったであろう。

 

「へぇ、なんでまたそんな神様がハグレ王国の建国当時から居たんです? 噂の破壊神にでも喧嘩売って落ち延びたとか?」

「……当たらずとも遠からずというか、まぁ余り詮索(せんさく)せんでやってくれ」

 

 微妙に的を(かす)める様な推測に言葉を(にご)して対応する。ここで正体を明かす事で王国への動きを抑止する事も出来るだろうが、福の神を恐れず普通に接してくれる神は少ない。(いたずら)に彼女の過去を持ち出し、恐怖で支配するのは不本意であろうと考えての事であった。

 

 反省の色こそ薄い物の、悪夢事件で助力を得た事もあり女神の処遇は経過観察に留まっている。余りアグレッシブに外界に出る性格ではない事と、彼女の能力をブーストする為に願いの欠片を集められる人材は王国の外に()()う居ない事もあり警戒の必要性が薄いとして自由は保証されていた。

 

「ふぅん? まぁ如何にも長い物に巻かれるのが苦手そうな、いいとこのお嬢さんって感じですもんね。大分ヤのつく方面に寄ってそうですけど」

 

 まさか長いものとして巻く側の存在であるとは考えに至らず、幼いポッコに対する恐怖を(もち)いた精神支配を思い返して好き勝手な雑言を並べ立てる。

 

 当然これも次の人気投票に備えての政治活動に他ならない。福の神の印象にヤを付けて黒いイメージを植え付ける事で票を自分に集めようという魂胆であるが、天界を武力で統一した明るくアットホームな職場である事はプレイヤーにとって周知の事実であり大した効果は見込めないだろう。

 

『最初の頃って天界の二の足を踏まないように、取り敢えず愛想良くしてただけなの。皆気を遣ってくれて自然と王国に溶け込めたんだけど……実の所、居間でポージングしてるマッスルさんとやってる事は変わらなかったのよね』

 

 ポッコやクラマ、派閥員の加入まで抑え気味だった理由を語るとバツが悪そうに苦笑いを浮かべて頬を掻く。

 

 この美貌で愛想良く突っ立ってるのと、マッスルが彫像のモノマネをしてるのでは行為の本質が同じであれ効果の程は段違いであり顔の持つ力が証明されてしまった。

 

『はぁ~それで会話への参加も少なかったんっスね』

 

 合点が行ったとばかりに頷くが、同じ行為における成果の違いに顔という根本的な壁が立ち(はばか)っている事には気付くこと無く華麗にスルー。知力3によって残酷な現実からのアイデア判定を逃れる悪質な立ち回りに歯噛みする女神であった。

 

『それでもハピコちゃんとマッスルさんの店舗チェックを切っ掛けに、時々ローズマリーさんの所へ持ち込む前の相談を受けたりしてたの。皆と仲良くなる切っ掛けを作ってくれて、二人には感謝してるわ。その節はありがとうね?』

『あ、いえいえこちらこそ……福ちゃんの後押しが有ったからモーモードリンクの出店にもゴーサインが出た訳で、ありがとうございました』

『フフフ、どう致しまして』

 

 改めて(かしこ)まった礼に頭を下げる彼女に、受けた恩義への返礼で答えれば常日頃より見慣れた柔らかい笑みを(ほころ)ばせてそれに応じる。何時もと変わらない彼女と対話を続けることで、余計な力も抜けたのか鯱張(しゃちほこば)っていからせていた肩を何時の間にか落として息をつく。

 

 流石は年長組、昔話に花を咲かせるのが上手い――相手の緊張を極自然に()(ほぐ)す熟達した手練(しゅれん)を遺憾なく発揮する姿へ素直に感嘆する女神。それと同時に胸中に一抹の不安が(よぎ)る。

 

 まさかざくざくアクターズ癒やし系ゆるふわ女子部門、その玉座を未婚――いや無冠の帝王に奪われてしまうのではないかと。

 

 奪われるも何も服装と髪型しかゆるふわ要素がないのに、どうやって入賞する気なんだろう。ここを読んでいる貴方が思いついた、そんな無情な一言に気づかない彼女もまたアイデア判定を逃れた幸運な探索者なのかもしれない。

 

『ローズマリーさんも言ってたけど、私もイベントの節目に落ち込んでるマッスルさんに何もしてあげられないのを気にしていたの。でも福の神としては未熟だったし、出会いや運気なんか呼び込む類は怖くて手が出せなくて……』

 

「おや? 【福の神としては】って事は、もしかして転職されてたんですか?」

「あ、あぁー……まぁな?」

「……もしや」

 

 女神の思案げな表情に浮かぶ確信の色に危機感を覚える。知性豊かで経験豊富、機転を脱する機知にも長けるティーティーではあるが誠実さに欠ける嘘を即興で続ける真似には不慣れであった。

 

 更に相手取る女神が、王国トップのブレイン二名を翻弄したという狡猾さも話に聞き及んでいる。自分から口を滑らせたり、プロモーションビデオをNG集と間違えたりとドジではあるがバカではない。

 

 今からではどう誤魔化しても言い訳臭いがどうするか――

 

「前職は縁結びの神とかですかね。通りで露出が多いと思ったんですよ、色恋の神出身だった訳ですか」

 

 眉根を寄せつつ端をキリッと釣り上げ、近づきつつあった答えを自信満々に放り投げる女神を前にして身構えていたティーカップの中でズッコケてしまった。

 

「ハ、ハハ……そ、そんな所かもしれんな」

「フフ、この期に及んで往生際が悪いですよ。ハッキリそうだと言えば良い物を」

 

 冷や汗を拭うティーティーを前に、持論が確信を突いたものと見たのか女神の中で仮説が確証に変わったらしく勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 

 そのドジに助けられてみれば、こうして調子に乗る所も愛嬌に見えない事もない。窮地を脱した安堵にため息を一つ()けば、目の前で若く素晴らしい才能を持った女神が何時(いつ)自惚(うぬぼ)れから覚める日を夢に見てしまう。

 

『気にかけていただいてどうも……ご心配頂いたように何の成果も挙げられませんで……』

 

 福の神の素性を巡る二人のいざこざが繰り広げられる一方、移ろう時の中で街行くカップルを尻目に独り身のまま過ごしたきた日々を脳裏に思い浮かべているのか気落ちした声でその気遣いに痛み入っていた。

 

『うふふ、そう落ち込まないで下さい。それとも、今の私が未熟で頼りない神に見えますか?』

『え、いや、まぁ長い付き合いだしお互い成長したとは思うけど……何かアテがあるんで?』

『モチロンです! セクシーイベントの次とくれば恋愛イベント! 需要を見越して私、こんな物をご用意させて頂きました……じゃじゃんっ!』

『おみくじ……ですかい?』

 

 後ろ手を回したかと思いきや、すぐさま飛び出してきたおみくじ箱を見て困惑しつつ目にしたままを述べる牛男。隠せるような布面積は彼女の衣服には無い筈だが、一体どこから取り出したのか。

 

『フフ、これは只のおみくじでは御座いません。意中の相手を思い浮かべながらくじを引く事で、恋愛の行く末と互いの相性を同時に占える優れ物。更に引く直前で☆幸運の後光が発動し、運を二段階上げた状態で恋愛占いに挑める今時女子のマストアイテム! その名もラブフィーリングサーチャーシステム(恋愛共感反応探知機能)、【相愛(アイアイ)くん】ですっ!』

『へぇ……俺は女子じゃないんスけど、確かに需要は有りそうっスね』

 

 自信満々に取り出された相愛くんへの反応はまちまちだった。夢の食器に湧き出てる煮干しや黒豆、老人の様なチョイスに目を奪われる者。マッスルの様に微々たる関心を寄せる者。物凄く食いつきたいが友人の反応が薄くてどう話題を振っていいか分からず狼狽(うろた)える者。

 

 三者三様の様相を繰り広げる中で、気の緩み切った王国民とは違う鋭い眼光がモニターへ向けられていた。 

 

(アレで相性の良い芸能関係者を探し出し、この美貌で(とりこ)にしてやればそれを皮切りにスター街道への道を開けますね……!)

 

 邪悪な思考をフル活用、利益のために利用する方法を模索。王国の知恵者二名を出し抜く高い知性を以て、セコい皮算用を(くわだ)てるのであった。

 

『特産品に提案しようかと思ったんだけど、幸運の後光の発動に必要な運のチャージに個人差が有って実用化も難しいみたいなのよね……そこの目処がつかないと商品として登録出来ないんだけど、とりあえず効果の実証を済ませておきたいから協力して貰えると助かるわ』

 

 何気ない会話、しかしその中で遂に放たれた隠し肘を女神は見逃さなかった。

 

 需要への理解は示しつつも、イマイチ乗り切れないマッスルも女性からのお願いとあっては断れまい。奴と相性のいい女などこの世に存在する筈も無い。このおみくじの結果を叩きつけて落ち込んだ所で福の神に縋り付くマッスルを、御免なさいの一言で深く抉り込む必殺の高等反則エルボーが彼女の脳裏に浮かんでいた。

 

『福ちゃんにそう言われちゃ断れませんや。是非ともその言葉に甘えさせて頂きやすっ!』

 

 (うやうや)しく頭を下げておみくじ箱を受け取ると、じゃかじゃかと振ってひっくり返し中身を取り出す。

 

『ぬぅぅぅんっ……! 大吉ぃ!』

 

 中身を宣言すると同時にマッスルの背後から神々しい輝きが溢れ出す。それは年齢=彼女居ない歴に終止符を打つ希望の光なのだろうか。

 

『あ、☆幸運の後光の発動タイミング間違えちゃってますね……引いた後に設定してました』

『ズコーッ!』

 

 大吉を高々と掲げていた上体を大きく仰け反らせて頭から倒れ込む歴戦のズッコケ。こうして倒れ込むシーンへ対し「いや今の身体庇ってたでしょw」等と無粋極まりない言葉を投げかける輩も、この身体を張ったリアクションを前にすれば(うなず)かざるを得ないだろう。

 

『でも無事に大吉が引けて良かったですね。それで、誰の事を考えながら引いたんですか?』

 

 彼女の大らかな笑顔に、好奇心と少しだけ意地の悪い恭悦(きょうえつ)(まじ)えてマッスルの想い人をつつき出す。

 

 黄金恋活闘士らしくもない、少女然とした好奇心やあどけなさを押し出した立ち回りにやや苛立つ女神。ギャップ萌えを狙うにしても歳を考えろという悪態が漏れそうになるが、今日ここに至るまでに福の神が見せた冷たい瞳を思い返しグッと堪えて飲み込んだ。

 

『あぁ、福ちゃんだけど』

『え、ええぇーっ!?』

 

 思わず眉根を寄せて不機嫌さを(あらわ)にする女神だったが、先程まで福の神への疑問についてティーティーの側で語らっていたのを思い返す。一歩前に出て最前線に立ち、顔を見られないようにテーブルに控える王国民達に背を向ける。

 

 しかし牛男との相性が大吉だった程度で取り乱すとはなんたる(ざま)か。黄金の輝きもくすんで見え、纏った聖衣(クロス)も所詮は蟹か魚であろうと蔑む眼差しを画面に送る。

 

『いや……だって目の前に居たし、この状況で一番に思いつくのって普通は福ちゃんじゃね?』

『そ、そうですよね。あ、はは、は……』

 

 全くもってそんな事はなく、普通は気になる女性を思い浮かべる物だ。主体性が無く、何時までも誰と決めかねているから目の前の女にしか眼が行かないのだと心の中で非難の声をあげる女神。その様な浮ついた心持ちのまま彼女を作ろうなどと片腹痛い。この場に居れば○セ・メンドーサばりの正論コークスクリューによって頭蓋骨をぶち割る気概で強く拳を握りしめる。

 

 王国男子の間をふわふわと行ったり来たりしていた彼女の戯言はさておき、当事者達の間でもすれ違いが生じていた。

 

(俺と相性が良くたって嬉しかねぇよなやっぱ。何時もクラマと一緒に居るし、俺がアイツに勝ってる部分って筋肉しかねぇもんな……まぁクラマに限った話じゃねぇんだけど……)

 

 周囲と比べてしまい己にモテる要因を見出(みいだ)せず、イケメン揃いの王国男子へ対しての劣等感に(さいな)まれるマッスル。

 

 自信を持って欲しいとの事で渡されたおみくじだが、彼女のリアクションによって全く逆の作用が働いてしまったのは皮肉であった。

 

(い、意外でした。てっきり彼女を思い浮かべて引く物だとばかり思っていましたから……)

 

 女神の言によって例えるなら彼女もまた策士型、長年(つちか)った経験と知識によって勝利を引き寄せる古強者であった。

 

(アッチーナでもナンパを掛けられる事も有ったし、男好きのする容姿をしている自覚が無い訳じゃないけどまさかこの美貌が二人の恋路を邪魔する事になるとは思わなかったわ……!)

 

 普段着からして高い露出を着こなし視線を集める事で油断すれば直ぐに出てしまう一部位に対しての戒めにすると共に、その視線にある意図を汲み取れば自信にも繋がる事も有って福の神の高めの自己評価は正当ではある。それを(もと)にした推測は、この場に於いて的外れ以外の何物でもなかったが。

 

(しかし本命は分かっています……! 同じ獣人、宿イベントでも二人はピックアップされ、極めつけの悪夢事件……! みんなこういう事には奥手だから気づいてないようだけど、ここまで来たら確定的に明らか!)

 

 伊達に長くは生きていない。ピュアピュアワールドの中、数少ない真っ当な了見を持った大人である彼女は若さを持て余す年頃の男子が見せる恋慕などお見通しだとニヤリと笑う。

 

(ズバリ、クウェウリちゃんに決まってます! かなちゃんの属性相性理論に従えば同じ炎の物理と魔法……これは占い業界に旋風を巻き起こす法則ね! 後はおじゃま虫にならないよう、この溢れる魅力を抑えなければ……!)

 

 天界ではぼっち、身近な男はクラマだけ。初めのうちこそ彼の初心(うぶ)な男心を弄んでいたが、今ではすっかり慣れてしまい軽くあしらわれる様になってしまった彼女に大した経験などある筈も無い。クラマの方から身を引いて(かわ)している物を、押せば押すほど飛んでいってしまうと己の力量の様に勘違いした彼女の自信は際限なく膨れ上がってしまった。

 

 その手の経験はゼロのまま、クラマを相手に王者の如き振る舞いを続けてきた彼女は風格こそ身につけれど中身はスカスカ。女神が見た黄金聖衣の輝きも、射手座(レンタル品)の放つ仮初(かりそめ)の光に過ぎない。

 

『そ、それじゃあこの結果が正しいか判別する為に相性診断してみましょう!』

『そりゃあ構いませんけど、どうやって確かめるんで?』

『フフ、私達も子供じゃないんですよ?』

『え?』

『男と女がお互いの相性を確かめる方法といえば決まってるじゃないですか』

『……えっ!?』

 

 ほんのりと桜色に紅潮した頬、淫靡に潤んだ真紅の瞳はその奥に奸計がある事をハッキリと主張しながらも逆らうことを許さない威圧的な輝きを放っていた。成熟した肉体を持て余す男女が、恋仲となるのに必要な要素の確認といえば思い浮かぶ事は一つだという。

 

(えっ!? 何この展開おかしいでしょう!? 普通の男じゃ飽き足らないからゲテモノに手を出そうって算段ですか!? かぁーっ! 卑しか女ですよ!)

 

 隠し肘どころかまさかのフェアプレーでマッスルに迫る姿に焦燥を隠しきれず、微動だにしないまま胸中で慌てふためき転がりまわる女神。このままクリンチにもつれ込み互いに身体を密着させて、そして顔を見合わせて、そして――

 

『化粧室に有った女性誌を幾つか持ってきたので、これに載ってる心理テストでお互いの相性を測ってみましょう!』

『……ハイ』

 

「ズコーッ!」

(キレの有るズッコケ……こやつマッスルに並ぶやもしれん……!)

(みんなやっぱり上手いわ……! 私も練習しなきゃ!)

 

 妖艶な雰囲気を漂わせるのも一瞬の事、ざくアクがお子様にも配慮された健全なゲームであるとアピールするかの様に既定路線へ進路を戻すフェイントによってダウンを奪われる女神。華の二十代とは思えない、懐かしく味わい深いズッコケで答える辺りに転んでも只では起きない性格が現れていた。

 

 ダウンはすれど対応が良かったため減点は取られず、評価をじわじわと上げていく。三白眼の中に光る黄金の輝きがティーカップの中から覗き込みそのリアクションを(たた)え、(くら)いオリーブグリーンの奥に黄金の知性を宿した瞳は未だ至らぬ高みに居る女神の姿に敬慕の情を送っていた。

 

『えー何々……目玉焼きは醤油派? それともソース派?』

 

 下らない痴話喧嘩の原因として上げられる最たる理由として、目玉焼きをどうやって食べるかは何時如何(いついか)なる時もその最前線に君臨している。心理テストというより、まずはくっついた時にこんなつまらないことで(いが)み合わないようにしてねという編集者からの心遣いみたいな物だ。

 

『あー、そもそも目玉焼きにする卵があったら玉子焼きにして欲しいかな……』

『確かに! でも玉子焼きの場合は何でお互いの好みを別けるのかしら、出汁まで(こだわ)るとか?』

 

 心理テストガン無視のまま脱線したレールの上を走り続ける二人に頭を抱える女神。

 

 朝は優雅に香り高いバターを塗りつけたトーストで始める物だ。体面ばかり気にする彼女はそう心のなかで独りごちるのだが、脳裏に浮かんだご飯と玉子焼きの誘惑を前にその主張は崩れかけていた。

 

『面倒なら砂糖とか醤油で適当に味整えた奴でもいいっスけどね。ベスト和牛に向けて身体作ってる時しか細かい所は気にしないかなぁ』

『そう! 砂糖で甘くした玉子焼きだってご飯にちゃんと合うのよ! 出汁を取る手間だって省けるのに、ご飯に甘いものは気持ち悪いなんて暴言を飛ばす人は分かってないわ! 何時か私の力でこの無益な戦いを終わらせます!』

『まぁ気持ちは分かるんで、ウィンナーとか別にしょっぱい物があると最高っスね』

『あぁ~ピクニック……は会議でやってるし、お花見ね! もうお祭りが終わったら絶対お花見! ワインや日本酒なんかも持っていけるし……』

『あっ……ちょっとタンマ……』

 

 白熱する議論に待ったをかけ、腰蓑の中からサングラスを取り出……何処に入れてんだよばっちぃな。

 

『……酒はダメなんで、オレンジジュース下さい』

『どっ!』

 

 態々グラサンを取り出して披露されたT(弟)さんのモノマネに大ウケする福の神。

 

 合コンの一発芸これしかなさそうだなこいつ。

 

 そう言いたげな女神の視線は、朝早くお弁当箱に詰め込まれてからランチタイムを迎えた玉子焼きよりも冷え切っていた。

 

『いやぁ~、私達って息ピッタ……ハッ!?』

 

 思わず興が乗ってしまったが、惹かれ合う二人(福の神視点)の縁を結ぶ使命をすっかり忘れ去っていた。

 

『あっ、そ、そう! ☆幸運の後光の効果が切れる前に、次の人も占ってみましょう! 後2回分の幸運が残されてますよ』

 

 今更ながら脱線していた事に気づき、バフの効果時間を理由にして砂利道を超えて強引にレールへ復帰。

 

『あ、そうなんスね。でもなんかパッと思いつく人も居ないんすけど……』

『そうねぇ……こういうのは好みの問題だけど、私の見立てだと頑張り屋でいじらしくって守ってあげたくなるような人がマッスルさんには良さそうかなー?』

『頑張り屋でいじらしい……』

 

 好みの問題と言っておきながら、相手の特徴を絞り込む巧みな誘導尋問は知力8の証。

 

 いじらしい女性等という存在は王国内では数えるほどにしか存在しない。彼女の一番の特徴である料理上手はレプトスとも被る事になり、互いに控えめな性格も有ってそれとなく諭す場合には明確に判別をつけ難い。この難題を守ってあげたくなるという一文によってクリア、前衛であるレプトスよりもクウェウリの方がそうした感情の対象に選ばれる確率は遥かに高い。

 

 神の権謀術数によって練り込まれた謀略は、同じく神の眼によって見抜かれていた。

 

(自分に向いたタゲを外しに掛かりましたね……フン、流石にマッスルを相手にする様な事は有りませんでしたか)

 

 策は読めてもその中にある意図までには思い至らず、女神の眼にはただマッスルを避けているだけにしか見えなかった。こうなると大吉と出たおみくじの効果も疑わしい物だと、その心中から急激に興味が失われていく。

 

『あっ、また大吉』

『フフ、やっぱり私の見立て通りだったでしょう?』

『これ誰とでも大吉出るようになってるんじゃないっすか? 付き合い短い所か全然無いし、そもそもこういう話切り出したら怒られそうな感じするんすけど……』

『怒る? そんなタイプじゃないと思うけど、それに火属性ブーストで良く一緒に鉄板焼き食べてるでしょう?』

『え? いや王国まで態々食べにこないかなぁ……火属性って感じもしないし』

 

(ハァ……なんだ誘導失敗ですか。この程度の恋宇宙(コスモ)しか持ち合わせていないとは、これでは蟹か魚かも疑わしくなってきましたよ。まぁ見てくれはいいので、合コンに呼べば客寄せパンダにはなってくれるでしょう)

 

 立て続けの失策により女神内で福ちゃん株はジンバブエドルの様に急速下降しており、警戒の対象から利用する踏み台へと大きく格下げされていた。

 

 当然ながら神の間で合コンに福の神の参加を告げよう物なら、全員裸足で逃げ帰ってしまうので全くの逆効果である事は容易に想像がつく。昔なじみの同期と(たま)に話しをする事はあれど、福の神の存在は口にするのも(はばか)れると名前を言ってはいけないあの人として扱われていた為に耳に入ることはなかった。

 

 特定の派閥に入らない未所属のフリーランスこそ、働く女神の最先端である。ビジネス誌に流されてしまったがタワーに引きこもる事で行動範囲や積極性、情報にも疎く折角の意外と高い知能を活かす場が無くそのライフワークと能力は全く噛み合ってなかった故の悲劇と言える。

 

『んん? 誰との相性を占ったんですか?』

『女神様っすね』

 

「……っ!??!!!??」

 

 耳を疑う言葉に胸が強く締め付けられ、顔から火が出ているのかと思う程に上気した頬が熱を持つ。

 

 その胸中を縛るのは先のような冷たい鎖や蛇の様に不快な物ではなく、暖かな木綿に柔らかく包まれ高鳴る心臓を押さえつけられるような多幸感を伴う苦しみであった。

 

 衝撃に何も考えられない頭の中はふわふわと浮き立ち、自分で作り出した夢の中ですら感じたことのない夢心地の中に微睡(まどろ)んでしまいそうになるが直ぐに我を取り戻す。

 

(ふ……ふゥゥゥ……ん? 私のこと、そんな目で見てたんだ? まぁまぁまぁまぁ? 私ったら自立したしっかり者の大人のお姉さんキャラではあるんですけど? この儚げな美しさを前にして、いじらしくも守ってあげたい可憐な女の子に見えちゃうのも仕方ないかな?)

 

 胸の鼓動を押さえつけるように腕を組み、浮足立つ気持ちを抑えきれずパタパタとつま先を上下させ地面を鳴らして内なる情動を発散する。

 

「おい見ろよ女神様のアレ……」

 

 背後に響く、忌まわしきシティゴリラの声によって犯した過ちに気づく。なんたる目敏(めざと)さかと辟易する女神だが、堂々とパタパタ音を立てていたので別にエステルでなくとも気付いていた。

 

「あらら、ご機嫌斜め30度って感じですね」

「プライドが高い子だもの、庇護対象に見られるのが気に食わなかったのね」

 

 しかし女神の奇行に対する見解まで一致する事はなかった。事前にイケメン耐性の低さをこれでもかという程に見せつけていた事が功を奏し、マッスルは安定と信頼の恋愛対象外であると推測されているらしい。

 

 鳳雛(ほうすう)メニャーニャ、巨人シノブ。恋愛弱小王国の中に眠る希望の星を(あざむ)く神の智謀は、この夢においても健在であった。

 

「えぇ……そうかぁ? なんか嬉しそうじゃない?」

 

 ギクリと心臓が跳ね上がる。二つの巨星を欺けば見破るのもまたこの女なのか、お前は人のことより自分の周りに建てまくったフラグをどうにかしろと顔面に叩きつけてやりたい気持ちを押さえつける。今顔を見られる訳にもいかず、振り向く事も出来ないまま(えん)ずる事しか出来ないもどかしさに地を鳴らす足は加速していく。

 

『そういうタイプの子には見えないけど……』

『いや意外とそういうタイプなんすよ』

 

 やっぱり星座カーストは蟹や魚なんかよりも牛が上に決まってるんだよね。例えかませであってもクズよりマシなのは明白、今後は黄金恋活闘士最強議論スレでも牛を見かけたら優しくしてあげようと密かな誓いを胸に立てる。

 

『ほら、背伸びしてる所とか』

『あぁー……』

 

「あ”あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”!!」

 

 胸の鼓動と共に浮足立っていた足は、怨恨(えんこん)と憎悪の叫声(きょうせい)と共に地団駄(じだんだ)へと変わる。数秒前に胸に建てた誓いはズタズタに引き裂かれ、議論スレでも牛の地位は崩落しようとしていた。

 

「ほら、あれが機嫌良さそうに見えますか?」

「うーん、見間違いかぁ。犬が尻尾振ってるみたいで可愛いなって思ったんだけど」

「ちょっと……あの子も気にしてるんだから、小動物を連想させるような単語は控えましょう?」

 

 激しい足踏みによる騒音によって、背後で(ささや)かれる召喚士娘達による追い打ちが耳に入らなかったのは幸いであろう。同時にエステルの疑惑からも逃れる事に成功したが、今となっては彼女の頭からそのような些事は吹き飛んでいた。

 

『守ってあげたいっていうか、誰かついててやらないとマルチとかに手を出しそうで……』

『確かに……』

 

 下賤で浅はかな詐欺に引っ掛かるようなマヌケに見られている。この侮蔑を否定せず、同じ眼で見ている福の神も牛男同様に神罰に値する罪人であると更なる怒りに火を焚べていく女神。余談だが一週間前、彼女は猫田に身長と言えばカルシウム、カルシウムといえば魚であると吹き込まれインテリメンタマをフルプライスで購入していた。

 

 今こそ付くべき勢力は決まった。天界の破壊神勢力へと身を寄せて、必ずやこの邪悪な王朝を滅ぼして見せる。当の破壊神へと、反逆の矛先を向けているとも知らずにその決意を固める女神であった。

 

『まぁこうして無茶な願いにも応えてくれるし、悪夢に水着イベントに一文の得にならない事でもなんだかんだ引き受けてくれるじゃないすか。ちゃんと尊敬されるような女神になろうと、あれで頑張ってるんすよ』

 

 今更フォローを入れてももう遅い。大体自分は努力するまでもなく既に尊敬されるべき女神であり、マッスルの述べた一連の偉業も捧げられた供物(くもつ)に対価を与えてやろうという大いなる慈悲であって努力ではない。悪夢の件は正直言って、どら豚まんじゅう如きで働かされすぎたので貸しという事になっているのだ。

 

 その胸中でつらつらと湧き上がる恨み節の数々とは反対に、聞き慣れない賛詞を耳にして地団駄は収まり軽快なリズムの足踏みに戻っていた。

 

『へぇ~あの子の事、良く見てるのね。私も気に入っちゃったし、少し目をかけてあげようかしら』

 

 フンと鼻息を荒げ嘲笑の笑みを浮かべる。王国の傘下も同然の弱小神など必要ない、神界にその名を広く轟かせた悪名高き破壊神こそ自分の様に優秀な神を庇護するに相応しいのだ。

 

 嘲りの視線をモニター越しに送る女神。彼女が菓子折りを持参して天界の屋敷を訪れる時、どのような顔をするのか。それは神すらも知り得ない事であった。

 

『ああっと! そろそろバフが切れちゃいますから、ラスト一回! どうぞ!』

『ウッス! ぬぅぅぅ~ん……!』

 

 再び丹田に気を練り込むような唸り声を上げ、じゃかじゃかと音を立てて箱を振るマッスル。今度こそ失敗は許されない。笑顔の奥、深紅の赤眼がその姿を射抜くように鋭く見据えていた。

 

(バフが切れかけていたので急かしてしまいました……! 二人を分かつワード……毛並みはあからさま過ぎる。太眉……いや、カワイらしい特徴とは思うのだけど本人が気にしている可能性もあるし止めましょう。ええい、やはり料理上手で行くしか無い! 前述した特徴がマッスルさんの脳裏に残ってるうちに付け足せば、クウェウリちゃんを思い浮かべる可能性は高い!)

 

 コンマ数秒の間、福の神の脳裏に思惑と策謀が渦巻くも事ここに至って最善策を模索する時間は無い。料理上手は互いに同条件、今のような例外を排除すべく付け足せば次こそ思い浮かべる可能性は高いと踏んで打って出る。

 

『やっぱり女の子は料理……』

『フンッ! え? あ、小吉……』

『あ、あら?』

 

 一手遅れてしまい料理で途切れてしまった所で、おみくじ箱から運勢を告げる棒が飛び出小吉を指し示していた。幸運の後光が掛かった上でこの結果ならば、二人の前途は余り良い物とは言えないだろう。

 

『あ~……まぁ小吉も悪い結果では有りませんから……』

『まぁハピコはこんなもんだろうな』

『あれぇ!? 料理は!?』

『アイツ足でフライパン振ってんすよ……コケねぇのはわかってるけど見てらんなくて……』

 

 珍妙な技法を身に着けていたことで、その姿はいじらしい物として見られていたらしい。この理屈で言えば料理中の○ーガル・○ライアンもいじらしく守ってあげたくなるヒロインに数えられるのではないか。

 

『でも意外ね。合体技もあるんだから、もっと相性が良くてもいいと思うんだけど』

『相性っていうか、腐れ縁で一緒に居るようなもんですから。でこぼこパワーズ覚える前は、一緒に居てシナジーが有った訳でもないし……』

 

 二人の間にある絆に対し意外にも淡白な返事で答えるマッスル。

 

『いい相方ってのは確かっすけど、王国に入る前を考えりゃ大吉なんて言えるような環境に居ませんでしたからね。アイツも鉱夫から博打で金巻き上げて恨み買って、逃してやったのに懲りずにそこらで同じような真似を続けて結局てこてこ山で捕まったって聞いて……デーリッチが居なかったらどうなってたやらだ』

 

 語られる腐れ縁。心からハピコを案じる様子であるが、それは保護者としての心境に近かった。

 

『詐欺やイカサマで身を立ててもロクな事にはならねぇとは思ったけど、マジメに働けったって手の使えねぇハグレのガキじゃあ雇ってくれる所もありゃしないだろって止めもしなかった……俺も人の三倍働いて給料は一人前、養ってやるとも言えねぇで……情けない話でさぁ』

 

 貧しさと搾取(さくしゅ)、不当に受けた仕打ちの数々は眼を閉ざせば昨日のように思い出せるのだろう。

 

 小躍りするような足踏みは何時の間にか、晴れぬ思考の(もや)へと足を踏み入れ憐憫(れんびん)と焦燥に揺らぐ中で緩慢(かんまん)に沈んでいく。

 

 人々の夢を渡り歩けば、ハグレの惨状など彼等以上に広く眼にしている。その上で何の能力も持たない者達が行き着く場なのだと、気にも掛けてこなかった。

 

 神として、自分を一番に置いてそれ以外には平等に接してきた。一々全てのハグレに夢で啓示を与えるだの、救いの手を差し伸べるような真似は出来ない。

 

 それなのに彼がその中へ居た事を改めて認識すると、彼の身に降りかかった艱難(かんなん)が過ぎ去った過去の不条理であっても(いきどお)る気持ちが湧き上がる。

 

 それは彼が鉱夫から神に手の届くほどの勇士へと成長して人の持つ可能性を見せ、根付いていた矮小(わいしょう)な価値観を打ち破ったからなのか。それとも、贔屓目に見てしまうのは彼の事を――

 

 顔が焼けるように熱くなっていくのを感じ取り、頭を振って脳裏に過ぎった世迷い言を振り払う。

 

 雑念に惑わされる苛立ちに足踏みが加速しかけるが、先のエステルの様に勘付かれでもしたら厄介だとグッと堪えて踏み止まった。

 

『いえ、決してそんな事はありません』

 

 当時の自分を不甲斐ないと責めるように自戒の念を(こぼ)した彼に、優しく温和な声色で明確な否定が返される。

 

『確かに、二人のされた行いは悪徳として数えられる物です。しかし貴方達を迫害した者、利用しようとした者にも受けるべき因果があった筈です。一度はその因果応報の中に身を置いても、流されること無く理念を持って遺恨を残すような真似はすまいと心掛けている貴方を私は心から尊敬します』

 

 薄く開かれた眼差しから覗く赤い双眸(そうぼう)が、真っ直ぐに彼を見つめていた。流れる血の様に赤く生命力に溢れた瞳は、当人のおっとりとした佇まいとは逆に情熱的で自らの審美眼に有無を言わせぬ程の自信に満ちている。

 

『人を搾取しようとする者が、騙されるのも当然の事。私も別に裁判官という訳ではありませんから、善に基づいた秩序が心にあればとやかく言いません。同じ様に貴方の努力も報われるべくして報われた物であり、単に拾った幸運という訳ではありません。きっとね』

 

 以前までの女神だったら、自分の力で救ったわけでもないのに口先だけで成果を生み出して大したものだと皮肉を浮かべていただろう。

 

 実績と名声、それが信仰に繋がり神を神たらしめ地位を築く。綺麗事や優しさ、上っ面ではなく実績によって神たらんとする彼女は怠け者という訳ではない。なのに人望や信頼、敬意をその身に集める事が出来ないのは何故か。

 

 今、彼女はその理由を眼にしていた。

 

『あぁ……福ちゃんが言うなら、きっとそうなんだろうな』

 

 長く降っていた雨の中、天光の下へと抜け出した様に彼は晴れやかな笑みを浮かべている。誰しも心に陰を抱える物、善良な青年である彼であってもそれは変わらない。

 

 セラピストも友達ごっこも、神の仕事に内に無い。願いを具現化し物欲を叶えるでもなく、運が上がるという曖昧(あいまい)な効果のバフは結局その効果があったのか定かではない。

 

 それでも彼女は、間違いなく彼を幸福へと一歩近づけた。彼がこの世界に無理強いされた孤独と、受けた仕打ちへの報復とはいえ欺瞞(ぎまん)に手を出し、不徳に苦悩していた心の内を照らす癒やしの奇跡。

 

 何の力を使った訳でもない、やろうと思えば誰にでも出来る筈の行い。それは取るに足らない事の筈なのに、彼女の姿は聖堂の奥に佇む神像の様に神々しかった。

 

『いやぁ、愚痴っぽくなっちまってスイマセンでしたホント』

『いいのいいの、面白い話も聞けたから』

 

 変わらぬ様子の二人だが、その間を見て浮かぶ不安に(さいな)まれる。この状況は非常に良く似ている。

 

 捻くれた神に救いの手を差し伸べるミノタウロス、対するは古傷に苦しむ牛頭の男を癒やす神。そう思えば、ああして優しい言葉を掛けてやるべきは自分だったのではないかと思う。

 

 彼から彼女へと向けられている視線が気になる。女と見ればデレデレとだらし無く頬を緩める何時もの顔と、明朗快活な笑みを浮かべる顔との間に眼差しで互いに敬意を贈り合っていた。

 

 あの時に彼から貰った気持ちを、彼にも返したい。その様に殊勝な気持ちより先に浮かぶのは彼の視線の先、敬意の視線を持って自分を見て欲しいという虚栄心だった。

 

 その事に気づくと羞恥に顔が燃え、胸の締め付けに不快感が戻ってくる。そんな浅ましい女が、どうして彼女のように救いの言葉を掛けてやれるというのか。自分だったら、ハピコの時はすらすらと彼女と同じ様に失敗する自分を思い浮かべることが出来たが彼女には一切のシンパシーを感じられなかった。

 

 心の中の荒れ地に生えた芽が、醜い花を咲かせようとまた一つ大きくなった気がする。

 

『でもそっかぁ~、ハピコちゃんかぁ……』

 

 ハッと気づいて福の神を見やる。そう、結局は彼女の気持ち次第。

 

(仲間として尊敬する気持ちはあっても、まさか身内の好きな男を横から取ろうなどという泥棒猫属性は……あっ、この人猫耳持ってる……!?)

 

 会議で猫化を習得する三大泥棒猫。姉弟への割り込みやクラマを巡って年甲斐もなく幼児に対抗心を燃やす姿から、牛肉路線を選ぶのはハオのみと思われていた所へまさかのダブ取りを狙うべく出走。ざくざくアクターズ卑しか女杯、その一番人気にマガカミフクキタルが輝こうとしていた。

 

『ハピコがどうかしたんで?』

『ほら、相棒って言っても色々あるじゃない? 友達だったり、仲間だったり……パートナー、伴侶だったり』

 

 朱に濡れた妖しい瞳の下に、悪戯っぽい笑みが浮かぶ。ここまで通して仕込みの段階、見切ったと思ったのは只のフェイントだったのだ。

 

 なんたる完璧な偽装、強すぎる恋愛力を悟られないようピエロを演じるショーガールだったというのか。福の神の眼に映る彼女は、傷ついたパンチドランカーから飢えた黒豹として蘇った。

 

『うーん、相棒の意味かぁ……デーリッチとベロベロスでいいんじゃね?』

『ペット!?』

『そうじゃないけど……主従関係でもないし、でも言ったら近いかなって』

 

 女子との関係をペットに対する好意と同一にしてしまうとは、ここまで拗らせては非モテなのも当然。もはや救い難い。

 

『ふぅ~ん、つまり二人は家族同然って訳ね♪』

『いや、別に、そんなんじゃ……』

 

 ポリポリと頬を掻くマッスルを見て、クラマも昔はこういう初心な反応を示してくれたものだと思い出に浸り込む。

 

 こうして恥じらう青少年分を摂取し、その精力を吸い取る事も若さの秘訣なのかもしれない。クラマの物と比べ、ややワセリン臭そうではあるが。

 

『照れない照れない! お姉さんにはお見通しですからね、ハピコちゃんも……』

 

 胸の内が跳ね上がるのを感じ取る。本人が内緒にしてるのに、まさか第三者からのダイレクトアタックを通そうというのか。

 

『マッスルさんをお兄さんみたいに思ってますって!』

『えぇ……兄妹なの? ヤな妹だなぁ……』

 

「ズコーッ!」

(え? 今のコケるタイミングだったの? お、奥が深いわ……!)

 

 どんなファインプレーも気づかれなければ無意味。ハピコの心中へ無理解な王国民達から、タイミングを間違えた天丼とみなされ大きく減点を取られてしまった。

 

(えっ? ハ、ハピコを援護する筈だったのでは? まさか本当に気づいてない!?)

 

 ようやく彼女が青銅恋活闘士(ブロンズセイント)である事に気づく女神。そもそも(さと)いから気づいたのではなく、偶然二人の言い合いを聞いて気づいたに過ぎない。性格的に言えば乙女座っぽい女神だが、恋活闘士の中でも最強と謳われるその聖衣を纏うにはやはり荷が重かったらしい。

 

『さて、長々話しちゃったしこの辺にしときましょうか。余り力になれなくて、ごめんなさいね?』

『い、いや。いいんすよ……愚痴も聞いてもらったし』

 

 そうは言うものの、去ろうとする彼女を見るつぶらな黒目は淋しげだ。

 

 前回をお読み頂いた皆様ならご存知の事とは思うが、この牛野郎は潔い様で実際の所は未練がまし……え? 前回から二ヶ月も間が空いて覚えてない? 止めましょうよそういう時節の話は後々になって風化してしまう物なんです休載明けにハンモックでお休みしてるロビン○スクを見て現行読者と二世から入った読者で温度差が産まれてしまうように我々もこの話はそっと蓋をしておくべきなんですウマ娘のせいです本当に申し訳ございませんでした。

 

『お詫びに今度、デートにでも行きませんか?』

『……へ?』

 

 口をぽかんと開け、微動だにしなくなった牛男。モニターを見つめる女神も、全く同じ様にして呆けたまま動かなくなってしまった。

 

『多分ですけどマッスルさんどうやったら、とか何をしたら彼女が出来るんだろうって分かっていませんね?』

『う”っ』

 

 ぬか喜びさせて動きを止めてからの鋭い一突き。それがわかっていれば居間でミケランジェロごっこなどしていない。仮装大会でマーロウさんの使っていた亀甲羅を借りてカワバンガなど……これは違うミケランジェロだ。

 

『簡単……という訳では有りませんが、単純ですよ。まずは仲良くなる所から始めましょう。今日は二人でお話できて、少しですが今まで以上に距離を縮められたように思います。私もマッスルさんを恋人にと言っても全然ピンと来ないんですが、そんなにイヤかと言われるとそうでもありませんよ?』

『ホ、ホントですかい!?』

 

 陰でどれ程フラれてきたのか分からないが、喜色ばった声を上げて詰め寄る牛男を見て浅はかな奴だと呆れる女神。

 

 長い付き合いを重ねてきた現段階で全然ピンとこない物を、顔から何から良いとこ何も無しのスーパー非モテ人がどうやって評価をひっくり返そうというのか。唯一の取り柄である頼り甲斐などという物も、これまでの戦いの中で見飽きるほどに見てきた上での評価であり(くつがえ)せる見込みは無いと見ていいだろう。

 

『仲良くなって必ずしも恋愛に発展するとは限りませんが、待っていればやってくる物ではありません。願いの欠片を使って叶えてもらおうというのは少し他力本願でしたが、只待つよりは行動に移す方が良いのは間違いないでしょう。皆と仲良くしてみて下さい、手始めにまずは私からという事で♪』

 

 単純明快、仲良くなる内にそういった感情を覚えれば良し覚えなければ友達で居れば良し。どうやって愛されよう、ではなくお互いの仲を深める過程の仲で自然と芽生えるのを待つフリースタイル。主体・即効性には欠ける物の、それをマッスルに望むのは高望みが過ぎる。

 

 誰にでも自然体のまま無理なく出来る関係の築き方を伝授する彼女は、今こそペガサスの聖衣を捨てて射手座の正当なる後継者となったと言えよう。

 

『な、なるほど……それなら俺にも出来るかもしれねぇ! 一丁お願いしますっ!』

『それじゃあマッスルさんの次のお休みにでも帝都に行きましょうか。箪笥(たんす)や棚を買おうにも、流石にクラマくんには持たせられないかなぁって……』

『それ荷物持ちじゃないっすかぁ!?』

 

 箪笥や棚を持ち歩かせるつもりなのだろうか、もはや扱いが牛馬と変わらない。薄給に不満を抱いて犯した過去の(あやま)ちを精算をする時が来たのだろう。無賃無給の労役を押し付けられ、無事解散となってモニターに項垂れる牛男が取り残された。

 

 何時もの朗らかな笑みと共に福の神が帰還したが、いとも容易く行われるえげつない行為を終えた後に見ればその印象は180度違って見える。

 

「ふぅ……ちょっとした失敗もありましたが、悩める若者を幸福へ導く神としての本懐は果たせましたね」

「お、お疲れさまです……」

 

 (いたわ)る素振りこそ見せているが、去り際にトドメを刺していった事に幼いポッコもドン引きしている。

 

 当てを外してばかりで見当違いの憶測に右往左往する乙女座、折角のいい話を明後日の方向へ射出した射手座。次代の黄金恋活闘士の行く末が、闇に閉ざされようとしていたその時女神に電流走る。

 

 この調子で王国女性陣の毒牙によって反撃を受け続け、汚いボロクズと化すであろう未来が見えているマッスル。

 

 当然ながら彼女が出来ること無くお見合いを終える訳だが、そこに颯爽(さっそう)と慈悲と慈愛の女神が登場。このグンバツのスタイルから滲み出る大人の色気と母性によって傷心の牛男を虜にしてやり、こちらに気を持ったところを切り落とす完璧な形でリベンジを狙う。(一敗)

 

「しかし福の神様も人が悪いですよ。本気でマッスルとデートするのかと驚きましたけんね」

「あら? ちゃんと行くけど?」

「……うえっ!?」

 

 思わずチビ神と同じ様な嗚咽に似た叫び声を上げる所だった。

 

「フフフ、ポッコちゃん。絶対に失敗しないデートっていうのはね、何の期待も抱かせない事が大事よ。デートだデートだと喜ばせてしまうと、実際に遊んで楽しくなかった時の落胆は大きいわ。でも荷物持ちと思って渋々始めたショッピングの途中、一緒に美味しいものを食べたり綺麗なものを見たり遊んだり楽しい思い出を共有すればどうかしら? 意外と楽しかったというサプライズの喜びが産まれるのよ」

 

 神算鬼謀。孫子の兵法にも恋空にも見た事のない狡猾さを前にして、再び女神に戦慄が走る。優雅に靡くストレートの黒髪を掻き上げながら、余裕たっぷりの笑みで紅茶を口にする姿は正に大人の女の理想像と言えるだろう。

 

 実戦経験の違い。如何に交際経験ゼロとはいえクラマを相手に男心を弄ぶ術を曲がりなりにも身に着けた彼女と、夢を見るばかりの自分では地力の差が如実に表れてしまったと焦る女神。

 

「おぉ、流石は相性大吉! こりゃあ私達の出る幕ないかぁ?」

「んむっ!?」

 

 そう言えばそうだったと思い、(むせ)て吐き出しかける福の神。

 

 実際の所は中年向け女性誌のコラムで、色恋の経験が少なくとも余裕を持って落ち着いた大人として振る舞える様に特集された物であり、対象年齢が違うだけで女神とは中身も知識も大して変わらないのである。

 

「んふっ、んっ! んんっ! まぁ誰と一緒でも相性の良い可能性も有りますからね! タンクですし!」

「戦闘の役割も関係あるんだ……?」

「実は恋愛をピンポイントで占えてるのかも調査中で……ハピコちゃんが大吉じゃなかったし、戦闘は余り関係なさそうだけど」

 

 くじの結果がただのおみくじである可能性まで出てきた。こうなっては運を上昇させるという、曖昧な能力によって恋愛運がちゃんと上がっているのかも疑問である。この水素水より胡散臭いおみくじを特産品とするのは、効力よりも倫理的に問題が有るように思える。

 

「ふーん、じゃあ試してみる?」

「試すって、何する気です?」

「おーい女神様」

 

 聞き慣れた忌々しい声に不快感が(あらわ)になる。戦闘が関係ないかどうか、自分の行動表でも見せてくれというつもりだろうか。そんな用事ならwikiでも見てきて欲しい。

 

「なんですか藪からスティックに……」

「ウチのマッスル貰ってくんない?」

「は、はぁぁーーーーーっ!?」

 

 素っ頓狂な声が上がってしまうと同時に、顔色を見られるわけには行かないと踵を返す。モニターを眺めていたお見合い中の所作をコピー、腕を組んで足をパタパタと上下させて不快感を顕にするように見せかける。

 

「何がどうなったらそうなるんですか……!」

「女神様おみくじで大吉だったからさぁ、試しにマッスルと付き合ってみりゃおみくじの効果も分かるかなって」

「ハァ……」

 

 溜め息に見せかけた深呼吸で胸の内を押さえつける。

 

 変幻自在のトリックスター、その素早いフットワークによって心中をかき乱されてしまったが自力の低さはお見通しである。強く足踏みを打ち鳴らし開戦の音頭を取ると、頬から赤味が引きその熱を眼差しに込めてエステルへと向き直す。

 

「いいですか? 貴女のように貞操観念の緩そうなピンク女には、男なんてどいつも変わらなく見えるのかもしれませんが、私のように若く美しい聡明で慎ましやかな深窓の令嬢、高原に咲く花に見合う品格という物が相手の男性には求められる訳です。マッスルさんにそれを感じますか? 腰蓑一枚、365日年中無休、筋肉モリモリマッチョマンの変態が勤務時間外は片時も自分の側を離れないんですよ? デリカシーは欠片も持ち合わせておらず、セコくて見栄っ張りの分際でヘタレ野郎のダメ男な訳です。それを人に勧めるって事は貴女『覚悟して言ってる人』ですよね? 人にマッスルを押し付けようとするって事は、逆に押し付けられるかもしれないっていう危険を常に『覚悟して言ってる人』って訳ですよね? あぁ~言われてみればお似合いじゃないですか、ピンクは赤の原色ですし隣に居れば良く映えますね。性格だって向こう見ずの暴れ牛と、飼いならされたヘタレ。丁度いい性格の品種改良を目指して、パワーのない暴れ牛が出てくる奴ですよどうですかほら……」

「わ、分かった分かった! 悪かったって、もぉー……取り付く(しま)もないわねこれ」

 

 ムキになって反論するのではなく、理知的な反論によって畳み掛ける怒涛の押し切りでエステルを討ち破る。

 

 憎きセクシー大使を打ち破り後顧(こうこ)(うれ)いを断ったかと思われた女神だが、演壇の上で安堵に胸を撫で下ろす彼女の小さな背を鷹の目が捉えていた。

 

(アイツ、妙にマッスルの事分かってるな……あんま付き合い無い筈なのに)

 

 タワーに入り浸っているマッスルの奇行も、ハピコの眼の内に映っていた。何をしてるか聞いてもはぐらかされるので、女の線を当然疑ったが後をつけても戦いに明け暮れるばかりでミトナや魔王タワーの従業員にちょっかい掛ける訳でもないしという事で警戒を解いていた。

 

 女神にしてもロリコンは犯罪であると、良識を守る一市民の鏡であるマッスルの好みとは大きくズレていた為、完全ノーマークだったがまさか(かどわ)かされたというのだろうか。こんなバカで下心丸出し、デリカシー皆無のヘタレ野郎に好いた惚れたを抜かす様な女は眼か頭のどちらかがおかしいに決まっている。

 

 思い浮かべた言葉の全てがブーメランとなって突き刺さり、ハピコの精神に深刻なダメージを与えていたが知力9と鳥人特有の優れた視覚に異常がない事を確認して己の正気を確かめる。

 

(考えすぎだよな……マッスルは無いだろマッスルは)

 

 頭に浮かんだ疑念は片隅に追いやって小さな背中を見つめれば、何故か見たこともない自分の背中を見ているような気持ちにさせた。




二ヶ月も掛かってすいませんでした。
ウマ娘のせいもありますが、普通に繁忙期だったり体壊したりコピペしたら手前の文章が全て消える変なバグを2回くらって10000字位書き直したり結構辛かったです。
この位の文章量を一ヶ月でコンスタントにお送りできればいいなと思うんですが、職場が色んな意味でヤバいので安定しそうにないです。申し訳なし。

恒例の櫓岳さんの支援絵です。ホントに何時も有難う御座います…。

【挿絵表示】


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