FF14 異聞冒険録 (こにふぁ)
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新生編
1−1:便乗上等 サスタシャ侵食洞


21/9/10 修正


 

「ここから北にあるサスタシャ浸食洞にな、取りこぼしのお宝があるって話だ」

 

 俺はエールの入った木のジョッキを片手に、テーブルの向こうの相棒にそう言った。

ここは西ラノシア地方の港町エールポートの小さな酒場。ボロで可愛い店員もいなが、港町だけあってエールと食材は新鮮でうまい。

 今はギルドリーヴの、魔物の駆除の仕事をこなした帰りだ。よく動いた後の1杯は格別だ。日は暮れて、周囲は俺らと同じような冒険者や、漁師なんかで賑わっている。

 

「…………」

 

 俺が、新しい儲け話を持ってきたというのに、『大金鎚』のあだ名を持つ、この大柄のルガディン族の相棒は、憮然とした顔で返事もしない。いつもこんな調子なので、気にせず続ける。

 

「ちょっと前に、あの洞窟をアジトにしていた”海蛇の舌”って海賊団が退治された。それは知ってるだろ?」

 

 相棒は黙ったまま、あご髭についたエールの泡ぬぐった。鉄さびのように赤茶けた肌に、鉄さびのような髭を生やしている。ヒューラン族の俺には、一生あんな髭は生えそうにもない。

 

「ほれ、陸の洞窟口から突入して海賊団を壊滅させて、おまけにサハギン族の戦士まで倒しちまったって”大型新人”の話さ」

 

 ”海蛇の舌”は敵対種族のサハギン族に肩入れしている、お尋ねものの海賊団だ。西ラノシア海に面する秘密の入江をアジトにしていた。

 そのアジトにつながる洞窟が、陸に口を開けていることが分かったらしい。

 そして、とある新人冒険者たちがそこから突っ込んで、あっという間に制圧したのだ。

 ごとん、と音を立てて、相棒がジョッキを置いた。

 

「……アヴィールの奴が、手柄を横取りされたって吹いてたな。それがどうした」

 

 相棒は低い声で、そう言った。

 ようやく反応しやがった。まあルガディン族って奴らは、強いやつの話が好きだからな。俺も、わざとそういう風に話した。

 どうでもいい事だが、アヴィールってのは俺たちと同じ冒険者だ。酒場で会ったら、互いに調子を聞く程度の仲である。

 俺はさらに相棒の興味を煽るため、身を乗り出して声を落とす。

 

「これはイエロージャケットのやつから聞いた話だ。その新人たち、洞窟奥の船長の部屋に、お宝がどっさりあるのを見つけたらしい」

 

 イエロージャケットは、ここラノシア地方の治安維持組織だ。その名の通り、揃いの黄色い上着を着ている。目立つことこの上ない。

 

「それで……その新人ども、何を考えてんだろうな。お宝には目もくれず、海賊を蹴散らして、結果を報告すると街を出てったらしい」

 

 眉をひそめる相棒を尻目に、俺は鞄から丸められた羊皮紙を取り出し、少しだけ開いて見せる。

 

「そして、ここに、その”サスタシャ浸食洞”の地図がある」

 

 じゃじゃーんと小さく口で言ってみせる。

 だが相棒は喜ぶどころか、俺をとがめるような目でにらみつけてくる。

 

「お前、その地図まさか……」

「おっと、そんな目で見るなよ。俺が盗ったんじゃない。そのイエロージャケットのやつから()()()()んだ」

 

 一応、本当だ。

 ただし、”その”イエロージャケットってのは、海蛇の舌のスパイだった。海蛇の舌が壊滅したってんで、色々盗んで脱走しやがったんだ。

 俺は、”双剣士ギルド”の一員として受けた依頼で、そいつをとっ捕まえた。その時にこの話を知ったんだ。この地図も、そいつから拝借したのさ。

 

「ぐずぐずしてるとクァールみたいなデカブツが、また住み着いちまう」

 

 俺は、ギルドからの最低限の依頼はこなした訳だ。だがこの件についてはまだ、ギルドやイエロージャケットには報告を控えている。

 手付かずのお宝がそこにあるんだ、誰だって自分の目で確認したいだろ?

 

「やるだろ? ()()()

 

 俺は期待と確信を込めて、相棒の名を呼んだ。

 相棒のトールはこちらを睨んでいた目を、手元のエールの入ったジョッキに移す。

 それから、その重い口を開いた。

 

「……もしお宝が無かったら……()()()()

 

 相棒はうなるような声で、俺の名前を呼んだ。

 

「お前を地図ごと、イエロージャケットに突き出してやる」

 

 分かり辛い返事をする奴だが、これはつまり”やる”って意味だ。

 

「そうこなくっちゃな! 夜明けにここを立つ。寝坊するなよ」

 

 俺たちはエールはそこまでにして、宿屋で休むことにした。攻略済みの洞窟に入って、お宝を回収するだけの簡単なお仕事だ。便乗上等。この相棒と組んでから、ようやくツキが回ってきた。

 

 ここエオルゼアは、あの”第七霊災”を超えて5年が経った。今は活気と熱狂に満ちた、新生の真っ最中だ。物事が前に進むときは、必ずおこぼれが出るもんだ。

 別に成り上がろうなんて思っちゃいない。それでも、一冒険者が満ち足りた暮らしを得るには、一発逆転が必要なんだ。安宿の、箱に布を敷いただけの簡易ベッドに横たわり、俺はお宝を思い浮かべながら目を瞑った。

 

 

────────────────────

 

 

 宿を出た俺は、あくびをしながら冷たく湿った潮の香りを吸い込んだ。少し魚臭いが嫌いじゃない。海辺育ちの俺には慣れ親しんだ匂いだ。

 夜明け前のエールポートでは、船乗りや商人がとっくに活動を始めていた。

 待ち合わせは、砦門近くにある”エーテライト”の、ぼんやり光るところだ。

 少し歩いて目的地に着くと、トールは先に待っていた。

 砦壁を背に腕組みをして、ピクリとも動かない。寝てるのかと思ったが、近づくと声をかけてきた。

 

「洞窟は”黒渦団”が管理しているんだろ。見張りはどうするつもりだ」

「ときどき見回ってるだけって話だ、どうせ攻略済みの洞窟だしな」

 

 黒渦団は、ここらで一番大きい都市、”リムサ・ロミンサ”の軍隊だ。

 目当ての洞窟には、街道の見回りが定期的にチェックに寄っているだけらしい。依頼の出ていない時なら、常駐していなくても不思議はない。人手の無駄遣いだしな。

 俺が所属する双剣士ギルドには、こういう情報を仕入れるルートがいくつかある。

 

「盗賊ギルドに、名前を変えたほうが良いんじゃねえか」

 

 俺が情報の出どころについて話すと、トールがそんなことを言った。

 ほぼ当たりだよ。双剣士ギルドの成り立ちは、そんな感じだったらしい。

 既に開いていた軽食の露店で、ビスマルク風のエッグサンドとオレンジジュースを買い食いして、白い城壁をくぐり街を出る。だいぶ明るくなっている。足元に問題はなさそうだ。

 

 白い石畳の街道もあるが、俺たちは石畳のない北の高地ラノシアの方に続く道を行く。途中、冒険初心者のための訓練館も見えた。

 この辺は木もまばらで、石灰岩だろうか、ところどころ白い岩がむき出しになっている。道沿いにしばらく歩いているとトールが話しかけてきた。

 

「おい。本当に松明は要らねえのか?」

「ああ、大丈夫さ」

 

 昨日のうちに、松明の不要を伝えていた。そりゃ洞窟に行くわけだし、気になるよな。

 

「聞いた話だけどな、結構明るいらしい。それに、ああいう魔物が多く住む場所じゃ、そういうことが良くあるんだよ」

 

 トールは俺の言葉に、疑わしげに鼻を鳴らす。良く見ると、少し緊張している様子だ。

 

「そうかお前、そういう場所は初めてだったな。気を付けろよ、その辺にうろうろしているやつらより手強いぜ」

「フン。そりゃ楽しみだ」

 

 道すがらは、誰ともすれ違わなかった。高地に入る手前で道から逸れ、さらに歩いて着いたのが、サスタシャ浸食洞だ。

 太陽はすっかり昇っているが、遅くとも夕飯前には街に戻れるだろう。お宝が持ちきれれば、だけど!

 入り口の近くにキャンプの跡があるが、事前に調べた通り、今は人員はいないようだ。洞窟が光を吸い込むように、真っ暗に口を開けている。

 

「…………」

「……目を、慣らしながら行けば平気さ。少し奥の方に行けば、明るくなる……らしい」

 

 トールはちょっと躊躇していたようだが、観念したようだ。

 肩を回し、短く息をつきながら言った。

 

「行くか。フロスト」

「当てにしてるぜ、トール」

「……フン」

 

 俺たちは洞窟に入り、足元に気をつけながら少しづつ進む。今は太陽の光が差し込み、壁ぐらいは見えているが、奥の方は真っ黒だ。

 太陽の光が、後ろで小さくなっていくのを不安に感じながら、壁に手を付けて進み続けた。

 

 

────────────────────

 

 

「……こりゃすげぇや。聞いてた以上だ」

「……世の中には、色んな景色があるな。山から降りてきた甲斐が、あるってもんだ」

 

 なるほど。話には聞いていた通り、松明は要らなかった。

 しばらく洞窟を進むと急に広い空間に出た。普通のざらざらした岩肌だった洞窟の入口と違って、つるりとした湿り気を帯びた鍾乳石が洞窟を形作っている。

 空気は冷たい湿り気を帯びている。どうやら近くに大量の水が有るようだ。空間は横にだけじゃなくて縦にも広がり、俺達の声を軽く反響させた。

 鍾乳石が橋を渡すように道を作っていて、横を覗き込むと、すごく深い。底は水が満ちているようだが、その深さは知れない。こりゃ足を滑らしたら、上がってこれないな。

 明かりの正体は、ホタルのような発光生物、だと思う。大量の光の粒が水面から湧き上がるように舞っているが、近寄ってもよく分からない。もしかしたら、エーテルそのものなのかもしれない。

 さらに、植物なのか、イソギンチャクのようなサンゴのような固まりが、地面から所々に生えている。これが、またいろんな色に発光し、周囲に明かりを加えている。 

 

「……環境に満ちるエーテルの仕業か? こりゃあ、普通の生態系じゃねえな」

 

 トールは顎に手を当てながら、周囲を観察している。

 

「ああ。こういうエーテルが満ちた場所じゃ、よくあるんだ。こんな風に発光生物が辺りを照らしたり、エーテルを利用した発光器が備え付けてある、なんてことが多いんだよ」

 

 おかげで探索がしやすくて、都合がいいね。松明を片手にモンスターと戦うなんて、考えたくも無い。

 

「まあ、そういうのは学者連中に任せるとして……エーテルに満ちてるってことは、だ」

 

 俺も、周囲を観察はしていた。だが、もっと別のものに注意を払っている。

 洞窟の奥の方から、チチチチチッという不快な音と、バサバサと風を切るような音が聞こえている。

 

「魔物どもも活性化してるってことだ! 頼むぜ、トール!」

「…………」

 

 俺の声に反応したトールは、黙って背中に固定していた、ごつい両刃の斧を外す。無骨な作りのそれを、両手で構えて前に出た。

 暗がりから現れたのは、黒くてデカいコウモリ。ブラックバットだ。大きさは、両手を広げたララフェル族ぐらいはあるな。数は3つ。

 

 トールは斧を振りかぶり、自身のエーテルを活性化させる。

 

「……ッだらぁ!」

 

 一瞬の溜めの後、5,6メートル先にいる奴らに向かって、その斧を振り下ろした。

 当然、斧の刃は届きはしない。だが斧に込められたエーテルの波動が、コウモリたちに衝撃を与えた。

 大きなダメージを与えるような技じゃないが、敵の気を引くのにはもってこいだ。コウモリ共は一瞬怯んだ様子を見せ、キィキィと激高した様子でトールに向かっていく。

 

 トールが攻撃を仕掛けるのと同時に、俺はエーテルを一気に沈静化させた。

 エーテルを鋭敏に感知するモンスターから見れば、昼に灯したロウソクぐらいには目立たないだろう。

 そのままコウモリの視界を避けるように、短剣を両手に構えながら、そいつらの後ろに回る。

 その間に、コウモリはトールに肉迫していた。トールが、その一匹に斧で斬りつける。

 斧術士ギルドで習ったであろうその”型”は、エーテルが最も効率的に使われるように考えられ、伝えられている。

 トールはコウモリの一匹の羽を傷付けると、返す斧でその胴体を切り裂いた。鮮やかなもんだ……俺も、負けてられないな!

 

「……そらっ!」

 

 もちろん、そういう”型”は、双剣士ギルドにもある。

 再びトールが斧を振りかぶるのと同時に、俺は近いところのコウモリの両方の羽を短剣で切り裂き、そのまま地面へと蹴り落とす。

 俺はその勢いを殺さずに、もう一匹を後ろ回し蹴りに叩き落した。落としたコウモリに短剣を刺し込み、止めを刺す。素早く短剣を抜き、他のモンスターが来ていないことを確認する。

 

「………………よし。終わりみたいだ。先に行こうぜ」

 

 こうやってトールが敵を引き付けて、俺が後ろから数を減らすってのが、俺たちの基本戦術だ。

 それぞれの技は、”ギルド”に所属することで習うことが出来る。エーテルのコントロールってのは、俺たちのように近接武器で戦う奴らにとっても重要だ。

 魔術師のように、遠いところに威力を集中させたり、他人の傷を癒したりは出来ない。だけど技の威力を上げたり、体を硬くしたりするのに重要なんだ。そういった、継承されている技を使うためにも、ギルドってのは冒険者に不可欠だ。

 

 

────────────────────

 

 

「随分。きれいに掃除していったな」

 

 ブラックバットを倒してしばらく歩いた後、きょろきょろと辺りを見回していたトールがそう呟いた。 

 

「ん?」

「……おい今どのへんだ?  地図貸してくれ」

 

 ああ、大型新人のことかな。地図を渡しながら周囲を伺う。

 確かにそうだ、コウモリの他にモンスターが向かってくる気配がない。

 こういうエーテルに満ちた、洞窟や遺跡の魔物は、外の生物より凶暴だ。

 魔物の感覚からすると、外界のエーテルを纏うやつらってのは、異物、もしくは美味そうに見えるらしい。

 そういうわけで、こういう場所の生物は、積極的に侵入者に襲い掛かってくる。異なる生物同士が、共闘して向かってくることなんて、ざらだ。

 噂の新人冒険者たちは、そのモンスターたちを、綺麗にせん滅してくれていったみたいだ。

 

「楽でいいね。もし会う機会が会ったら、礼をしないとな」

「フン、なんて説明する気だ……宝でも分けるのか?」

「へっ、冗談言うな……っと、ここだな。ここが、”海蛇の舌”のアジトだ」

 

 洞窟側からの侵入を防ぐためだろう、頑丈そうな扉に行きあたった。今は半開きで、素通りできる。

 俺たちが扉を進むと、やや広い場所に出た。箱や樽、資材なんか山積み置かれていて、ところどころにテーブルや椅子を転がっている。

 海賊ども、略奪で一稼ぎしたあとは、ここで呑み騒いでやがったんだろう。酒瓶も転がってるところを見ると、まさに呑んでるときにでも突入されたのかもな。

まあ、そんなことよりも!

 

「おっ宝のある部屋は〜、あっちだ!」

 

 わくわくしちゃうね。入り口とは反対側の、少し豪華な扉を指差した。

 トールが地図を覗き込んで眉をしかめる。地図には、広いこの部屋を囲うように、いくつかの部屋に別れている様子が書かれている。トールは、地図がそんなに得意ではなさそうだ。自身の位置を確かめるのを諦めたのか、地図を丸めて仕舞い込みながら言った。

 

「本当に楽勝だったな。お前にしちゃあ、いい仕事を取ってきたじゃねえか」

「失礼なやつだな。そんなこと言ってるとたか……おぅっ!?」

 

 資材の影からふらっと出てきた、海賊風な男と目が合った。風というか、海賊そのものだ。

 男にとっても不意だったのか、あっとした顔でこちらを見ている。

 

「……あ? なっお前ら──がっ!?」

 

 なんとか男が声を上げきるより、早く動くことができた。

 俺は体を深く落としながら、男の腹の真ん中に拳を刺し込んだ。とてもじゃないが、声を出すことはできないはずだ。

 俺は、そのままそいつに足を絡めて転がしたあと、元居た資材の影に引きずり込んだ。斧を構えるトールを横目に、背後から組み付いて、首の気道と血管を締め上げる。

 男は、ほとんど抵抗できずに気絶した。

 

「あ、危なかった……」

「……! お、おい。後ろからも来るぞ……!」

 

 トールが焦った様子で、小さく声を上げた。

 クソッ。そりゃ叫ぼうとしたってことは、仲間もいるよな……!

 

「っ……隠れろ! こ、こっちだ!」

 

 俺は気絶した男を抱えて、資材の隙間へと入り込んだ。

 トールも直ぐ側の、樽の背後に隠れたが、かなりはみ出している。

 

「トール! もっと小さく! こう…………縮めって!」

「ふざけんな! どうしろってんだ!」

 

 俺たちが小声で叫び合ってると、足音が近づいて来るのが分かった。

 息を殺して様子を伺うが、向こうがこちらに気付いた様子は無いようだ。

 今にも飛び出して行きそうなトールを手振りで抑えて、通り過ぎる連中を数える。8人。これで全部とは、限らないよな。

 ……くそったれどもめ。俺達が入ってきた辺りで、荷をあさり始めやがった。もと来た道には戻れねぇ。

 連中はやけに表情がなく、黙々と働いている。

 何とかして、この場をやり過ごさないといけない。

 奥を見渡すと、入ってきたものとは違う門扉が、半開きになっているのが見えた。仕方がない、奥に進もう。トールに手振りで、着いてくるように示す。

 荷物の影になるようにコソコソと進み、その門をくぐって音の出ないようにそっと閉める。

 俺は、トールが門を通るとすぐに、近くに落ちていた棒を閂として刺し込んだ。少しは時間稼ぎになるだろう。ようやく一息つけるが、そこまでの余裕はない。

 

「まいったな、こっちは海だ」

 

 風に乗って湿った洞窟のカビ臭さに、潮の匂いが混じっている。

 

「どうする。船を奪って逃げるか?」

 

 トールが嫌そうに呟いた。そう簡単にいけば、御の字だろうよ。

 あまり、良い状況とは言えない。だが、とにもかくにも。

 

「進むしかないな。あれで全員ならいいんだが……挟み撃ちはごめんだ」

 

 気絶させた男が、いつ目を覚ますか分からない。海賊共がいなくなるまで隠れているって手は、無理そうだな。

 俺たちは警戒しながら、潮の匂いがやってくる、洞窟の奥の方に足を進めた。

 

 

────────────────────

 

 

 しばらく進むと、船着き場が見えてきた。

 開けた場所で奥の方に海と、岩壁の隙間から空が見える。見張り台や、荷物が高く積まれているのも見える。

 桟橋は広く、木の板が敷き詰められていて歩きやすい、樽がそこかしこに積まれているので、隠れながら進むには困らなそうだ。

 

「トール」

「ああ」

 

 トールを少し後ろ下がらせて、俺は様子を伺いながら船着き場の方に進む。

 空は遠いところにあり、あまり明るくは無い。だけど松明がそこらに立っているおかげで、周囲は見渡せる。

 かなり手の込んだ作りになっているな。軍艦だって泊められそうだ。落ち着いて見ると随分豪華、というか充実している。一海賊団には、もったいなくないか?

 今のところ、遠目に見えるほどの大きな船は見当たらない。幸い海賊共は大した数で来たわけではなさそうだ。

 

 船着き場が近くなると、人の気配を感じた。海賊たちが使ったはずだろう、小さいボートが三艘見えた。見かけた奴らプラス、数人で全員ぐらいの数だろう。

 俺は、樽の影からそぉっと気配の方を覗く。大きい人影が4つ、小さいのが1つ。だが、ありゃあ……参ったな。一筋縄じゃ、いかなそうだ。

 俺はとりあえず、トールに手招きして呼びよせる。

 

「5人? なんとかなるか……よし。畳んじまおう」

 

 のそのそ近づいてきたトールは、乱暴なセリフを吐く。

 俺は、斧を構え、今にも突っ込んでいきそうなトールを抑える。

 

「無茶言うな……普通に人間なら、なんとかなったかもな。だがよく見ろよ……ありゃあ、()()()()()だ」

 

 でかい体躯。青白い皮膚。背中に大きなヒレ。魚の特徴盛りだくさん。まさしくサハギン族だ。

 海に住むあいつらは、火薬や製鉄がなく、強い兵器を持たない。それでもエオルゼアから、あいつらをはじき出せないのは、”強い”からだ。

 体がでがいってのもあるが、なにより、一族ひとりひとりが戦士の心構えを持っている。異常なまでの結束で繋がっているのだ。

 要は全員が命知らずで、全員が仲間の死を全力で報復してくる。正直、相手にはしたくねぇ。

 そんなサハギン4人に囲まれて、一人ヒューラン族だろう人間がいる。

 そいつは、つばの広い、船長帽をかぶって、眼帯に、顔に青いペイントをしている。

 んん? あいつは……。

 

「ありゃあ、”海蛇の舌”の船長、マディソンだ。サハギンに殺されたって話だったが……」

「生きてたみたいだな……フン。あの様子じゃ、また殺されそうだ」

 

 トールの言う通りで、どうやら揉めているらしい。

 マディソンは、サハギン族4人に詰め寄られている。物々しい雰囲気だ。

 俺は耳を澄ませて、音に集中する。なんとか、何を話しているか聞こえてきた。

 

『フスィーッ……モウ言い訳はいらナイ! 貴様のせいで! ワレらが勇敢な戦士である、鯱牙のデェンが死んだ!』

『ヒレ無しに責任を取らせロ!』

『……フスィー!! そうダ!』

 

 すっげぇ怒ってるな。

 マディソンは大層しくじったようだ。大型新人冒険者に、してやられて件だろうな。

 

「……なあ、フロスト。今なんのディーンだって言ったよ」

 

 全く重要じゃないことを聞いてくるトール。緊張感のねぇヤツだ。

 

「……良く聞こえなかったな。しゃちほこ? のデーンじゃねぇの?」

「しゃちほこ……? なんだそりゃ」

 

 でらどうでもいい。どうせ二度と聞くことはないから、気にしなくていいさ。

 この状況は何だ? 生き延びたマディンソンが、アジトの宝を回収しに来たところを、サハギンに見つかったってところか? もしくは処刑のために、わざわざここまで連れてきたとか?

 クソッ。アジトの方にいる奴らのこと考えると、あんまり時間はねえんだけどな。いつまでくっちゃべってやがる、とっととケリをつけてくれ!

 俺の祈りが通じたかは知らないが、サハギンが目を合わせてうなずきあっている。どうやら判決は下ったらしい。

 

『……フスィー……貴様にチャンスをヤル。ワレらの眷属になるチャンスヲ』

『フスィー……! コレはメイヨある、裁キだ!』

「おっ、おいおい待てって! そんなことしなくても、あのクソヤロウ共は、お、俺がふがッッ?!」

 

 おもむろにサハギンの一人が、片手でマディソンの顎を掴んで持ち上げた。

 俺もトールも、息を詰めて様子を見守る。

 マディソンを吊るしているサハギンは、何やら祈りの言葉だろうか、ブツブツ呟く。同時に、そのもう一方の手で持った、宝石……いや、クリスタルか? を掲げた。

 

『……ハ……ラガ……水神……ス祝福……レ……』

「ん──んんぐっ──!?」

 

 呟きが終わると同時に、マディソンはクリスタルを口にねじ込まれた。

 マディソンは、必死に抵抗する素振りを見せている。だが、あんな風に顎を掴まれちまったら、飲み込むより他はない。

 サハギンが手を離すと、マディソンはその場に崩れ落ちた。

 

「な、何を、飲ま……!? うう、ぐああぁぁああ!?」

 

 マディソンは苦しそうに、手足をバタバタさせ、のたうち回る。

 しかし、そう時間は立たずに、その動きを止めた。

 囲んでいるサハギンたちは、動かなくったマディソンをじっと眺めている。

 1分ほどたっただろうか。サハギンたちが顔を見合わせる。

 1人のサハギンが、しゃがみ込んでマディソンに触れ、何かを確かめている。

 

『ダメだ。失敗ダ……死ンだ。帰るゾ』

 

 サハギンどもは、あっさりとマディソンの死体は放ったらかし、海の方に向かった。

 そのままザブザブと海に入っていく。海の中で呼吸ができるってのは楽しそうだ。人間には、一生無理だけどな。

 そんなどうでもいいことを考えながら、海面からサメみたいに出ている奴らのヒレを眺める。

 ヒレが、遠くの方で海に沈んだのを待ってから、俺は桟橋に足を踏み入れた。

 辺りは静かで、特に気配は感じない。俺は、険しい顔をしていた相棒に向かって、頷く。トールはホッとした様子で、口を開いた。

 

「ふー……コソコソするのは息が詰まる。何だったんだ、あいつら」

 

 トールが首を鳴らしながら、樽の影を出る。

 

「さあな。失敗した仲間の、粛清ってとこだろうな……とんだ場面に出くわしちまった」

「なるほどな。おい、フロスト。使えそうなボートがあるぞ」

 

 

 俺はトールが指差したほうを見る。

 ああ、海賊たちが乗ってきただろうボートだな。使わない手はない。

 トールはドスドスとボートに近づき、へりに留めてある縄をほどき始める。オールも直ぐ側にある。なんとかこの状況から抜け出せそうだ。

 それにしても、収穫ゼロ? 何かないかね。

 俺は、マディソンの方に目をやった。

 

「何してんだ、フロスト。てめえも手伝え」

「ん? あぁ……」

 

 マディソンが生きてて、そんで死んだってのは、情報としては価値がありそうだな。

 黒渦団あたりが買い取ってくれるかな。サハギンの、怪しい動きとかもあるし。

 信じてくれるかは、怪しいところだが。

 

「トール、やっててくれ。手柄か証拠……に、なるか分からねぇけど、マディソンの帽子を持っていく」

「……早くしろよ」

 

 準備はトールに任せ、俺は小走りにマディソンの死体に近づく。

 祈るみたいに突っ伏した、マディソンの頭の帽子を掴んで引っ張り上げた。

 帽子が取れると同時に、死体の頭が少し持ち上がり、地面をぶつかりゴッと音を立てる。

帽子じゃなくて首の方が良いかな、でも首持って帰るやだなぁ。

 それにしても、哀れなやつだ。

 

「しかし世の中、天罰覿面。天網恢恢疎にして漏らさず、ってやつだ。あの世で反せっとうぉぉっ!?」

 

 突っ伏していたマディソンの体が、突然ビビビビッと大きく震え始めた。

 

「フロスト! でけえ声を出すんじゃねえ!」

 

 てめえの声の方が響くっての。って、そんなことより。こ、こいつまだ生きてんのか!

 マディソンはブルブルと、震えをより激しくしながら、お、起き上がろうとしているように見える。

 

「ト、トール……なんだか様子が変だ! 早いとこずらかろ……う……?!」

 

 そいつはとうとう、膝立ちに体を起こし始めた。かなり、マズそうだ。

 俺は頭を、戦闘用に切り替える。

 すぐにマディソン(?)の背中側に回り込みながら、短剣を抜き、後頭部の根本を目掛けて振りかぶる。

 だが、異常な様子に手を止めてしまった。

 見えているはずの髪や肌が、いつの間にかぬめぬめとした、飴か、いや粘膜のように変質している。あ、あと、な、なんか膨らんでいるような? いや膝立ちになったマディソンのような何かは、明らかにデカくなっている。

 

「……っ!」

 

 ちょっと躊躇ったが、関係ない! 振りかぶった短剣を、ぬめぬめに叩き込もうとした。

 その瞬間、膨らむ船長の体に耐え切れなくなった船長服が、音を立てて裂け始めた。

 

『グワアアァァアア!!』

「うお──わッ!?」

 

 そいつは、いきなり腕を大きく振り回しながら立ち上がった。

 振り下ろした短剣は、そいつの肩のあたりに掠ったが、手ごたえは小さい。

 俺は振り回された、丸太みたいになった太い腕にぶち当たり、後ろに大きく吹き飛ばされた。

 

「はあっ!? フ、フロスト!」

 

 トールが吹っ飛んだ俺を見たのか、驚きの声を上げる。

 いや、衝撃を殺すために後ろに跳んだんだが……それにしても、飛ばされ過ぎだ。じっ地面にまだ着かない? 7,8メートルは飛んでるぞ!?

 ようやく地面に着いて、俺はゴロゴロ転がりながら、受け身を取って衝撃を抑える。

 そのまま勢いを使って、立ち上がる。

 ちょうど、”そいつ”も立ち上がってこちらを振り向くところだった。

 ドコドコと音を立てながら、トールが駆け寄ってくる。

 

「おいどうした? ………お、おい。何なんだ、ありゃあ」

「マディソンだよ……多分、だけどな……!」

 

 こちらを向いて、ぜえぜえと息をしながら立ち上がった”マディソン”の身長は、4メートル程だろうか。

 腕や足も随分太くなり、それこそルガディン族のようなバランスになっている。ただサイズは、段違いに大きい。

 引き裂かれて、体にぶら下がった布と化した服の下に、変質した皮膚が見える。その皮膚は、蛸やイカ、クラゲを思わせるぬめぬめした質感をしていて、体色は紫がかった灰色に変色していた。

 だが、一番眼を引くのはその頭が、あった部分である。

 頭の方は、もはや原型がない。質感や色はその胴体の皮膚と同じだ。

 ただ、まるでクモの腹のみたいに大きく膨らみ、鰓のような切れ込みが入っている。膨らみの根元の方に顔らしきものが見えるが、パーツは識別できそうにない。首は束にした触手のようなもので埋まっている。

 マディソンは息を整え終えたのか、自分の手や体を見て声を上げた。

 

『何だこれ!? どうなってんだよ、おい!!』

 

 どこから声を出してるのか、くぐもった聞きづらい声に変わっていた。

 俺たちは後ずさって距離を取る。船長自身もその変化に驚いているのか、こちらには気づいていないみたいだ。

 今のうちに逃げるべきだ。だが。

 

「ト、トール。船は、もう出せるか?」

「……準備は出来てる。だが。あいつ……」

「ああ。泳ぐの、速そうだよな……」

 

 なんだかイカっぽいしな。

 

「まあ、でも体の変化に、な、慣れてねえってこと、あるかもしれねぇよ……?」

「海の上で戦うことになるのは、絶対にゴメンだぜ……」

 

 入ってきた方から逃げるか。あっちは最低8人か。どっちがマシだろうな。

 

『おい! 誰かいねぇのか!? ……おい! お前らッ……んん?』

 

 マディソンはこちらを認めると、ぐぐっと体を前のめりする。

 

『おい……お、お前ら、うちのモンじゃねぇな?』

 

 マディソンはブルブルと震えながら、俺たちを指さす。

 こ、これはヤバイ雰囲気だ。海賊のフリでもするか。だ、ダメだ遅すぎた……!

 

『ぬ、盗っ人か? 俺の、た、宝を横取りに来やがったな!?』

 

 海賊に盗っ人呼ばわりされる筋合いは、ない。

 

「トール……構えろ──ッ!」

 

『クソがあぁぁあッ! どいつも! こいつも! この俺を舐めくさりやがってッ!!』

 

 マディソンが叫び声を上げながら、俺たちに向かって走り出した。速い、一歩がでかすぎる!

 斧を構えたトールが前に出る。俺はいつも通りトールの背後に動いて、敵の視線を切る。だけど、クソッ。いつも通りで良いのかなんて、分かんねぇよ!

 

「ぅうおおらあッ!!」

 

 トールは斧を体に寄せ、小さく振りながら体ごとマディソンに突っ込んだ。

 ズドンッと鈍い音を立ててぶつかり、桟橋の板がミシミシと音を立てる。

 と、止めた!

 トールは半歩後ろに滑ったが、その巨体の突進を止めてみせた。頼りになるやつだ……!

 

「トールッ、背中借りるぞ!」

 

 俺は言うやいなやにトールの肩に手をかけ、その背中を駆け上る。

 いきなり目の前に現れた俺に、マディソンはぎょっとしたように仰け反った。

 俺はそのまま、マディソン頭に組み付き、うへえ、ぶよぶよする、こめかみのありそうなところに短剣を二度、三度と叩きつけた。

 ……あっ、ダメだ。ゴムの塊に木の枝でも刺そうとしているみたいな感触だ。ほとんど刃が入らない。

 マディソンの声が振動になって伝わってくる。

 

『イッ!? この……離れやが──ぐぇッ!?』

「オラァッ! ……おぉ、硬ッ?!」

 

 下の方でトールが、マディソンの胴体に斧を叩きつけ、弾き返されたようだ。

 だが、腹を斧でぶん殴られたのは、効いてるようだ。マディソンは呻きながら一歩下がった。こ、このまま、まともにやり合うのは、無理そうだ。

 

『テメエら……! ぶっ──!? 何だ!?』

 

 俺は、マディソンの体にまとわり付いている服を剥ぎ取って、急いでその頭にぐるぐると巻き付けた。キツく固結びにして頭から飛び降りる。

 ど、どうるすか。とにかく、作戦会議……!

 

「トールッ! どうだ!?」

「腹はダメだ! 頭だ……! おい。さっきの背中飛ぶやつ、俺にやらせろ!」

「無理!! 冗談言ってる場合か?! …………っ!?」

「他にどうするってんだ!? ……おいおい何してんだ! ぼおっとしてんな……!」

 

 俺は頭を振り、目の前に集中する。マディソンは力任せに服をむしり取ろうとしている。指が太くなって、上手くいかないみたいだが、もう時間がない……!

 

「ト、トール。俺が、隙を作る」

「……ああ!?」

 

 クソッ、分の悪い賭けだ。だがマディソンの指が、巻いた服の結び目の辺りに引っかかるのが見えた。すぐに千切られるだろう。

 

「いつもと逆だ。俺が正面。お前が後ろから。チャンスは一度だ、そこに全力で打ち込んでくれ」

 

トールは、ギロリとこっちを見る。

 

「…………分かった。頼むぞ」

 

 話が早くて助かるぜ。俺たちの会議が済むのとほとんど同時に、服を引き千切ったマディソンが叫び声を上げる。

 

『ガアアァァアアッ!! ……このッ……クソ虫どもッ! ぶち殺してやる!!』

「フン。ぎゃあぎゃあ、うるせえんだよ! 来いやあぁあ!!」

 

 トールが叫び返し、正面から突っ込んでいく……って、おいおい、話聞いてたのか!? 俺、正面! お前、後ろ!

 マディソンが右腕を大きく振りかぶり、横薙ぎにトールを殴りつけた。殴られたトールはやけに勢いよく吹っ飛び、ゴロゴロと転がりながら木箱に音を立てて突っ込んだ。

 ……なるほど、あいつは、かくれるとか出来ない。やられたフリってわけか……だよな? ……ホントに起き上がれるんだろうな?

 とにかく今度こそ俺の番だ!

 

「どこ見てんだよ! 喰らえ!」

 

 吹っ飛んだトールを追撃しようと、体を傾けるマディソンに不意打ちを仕掛ける。トールが最初に斬りつけた辺りを狙って短剣をぶつけた。

 うわ、だめ、全く刃が通らない。完全にダメージゼロだ。

 それでもチクリとはしたのだろう。マディソンは明らかにイライラした様子で、こちらに向き直った。

 

『この……! 小物風情がぁああ!!』

 

 殴りかかってくるが、怒りで大振りになっている。良し、これなら躱すのは難しくない。視線を読んで攻撃を察知する……ん?

 

『死ねえぇぇえ!!』

「うわあああ!? あぶねえ!」

 

 なんとかギリギリで身をよじって躱した。あぶねええぇ! 目ぇどこだこいつ!

 海の方を背に、徐々に下がりながら避けていく。視線が読めなければ、足や、重心の動きを見ればいい。なるべくぎりぎりで躱す。

 夢中にさせないと、こっちだ、気づくなよ……だ、だんだん避けるのが、難しくなってきた……!

 こいつ、体に、慣れてきやがった……!

 振り回された腕を体を反らして躱す。が、無理な体勢だ、後ろに軽く飛んで姿勢を戻す。

 リーチは圧倒的に敵の方がでかい。軽く下がっただけでは、間に合わない、隙が出来てしまう。

 

「くっ、ちょッ──待て!」

『ハハッ! 待つかボケぇッ!! 死ね!!』

 

 マディソンは勝ち誇った様子で、拳を振り上げ、右足で大きく踏み込んだ。

 ……狙い通りのその場所に。

 

 踏み込んだその足は桟橋の板を突き破り、そのまま足の付け根近くまで落ち込んでいく。

 

『──なぁ!?』

 

 マディソンは体勢を大きく崩しながら右腕を付いた。バッと顔を上げると、ちょうど俺と目が合う。

 俺は思いっきりの笑顔を見せてやる。驚いた? 今どんな気持ち?

 薄暗いしな、目もあんまり良くねえんだろ。気づかなかっただろ? 

 そこ、ボロボロなんだよ。そう、ちょうど、鯱矛のデェンが戦って死んだ場所だ……!

 

『……!! クソが──ぐわッ!?』

「おっと!」

 

 両手を床につき抜け出そうとするところを、足で腕を払った。

 マディソンの頭が、ガクンとさらに一段下がる。

 

 俺はマディソンの背後の、肩を回しながら近づく、でかい影に声をかける。

 

「高さはこんなもんだろ? トール!!」

「ああ……丁度いいぜ!!」

『〜〜ッッ! や──!!』

 

「うぉおおオォッラァッ!!」

『ッがガ!』

 

 トールは、マディソンの頭に、フルスイングに斧を叩きつける。だが、それだけで止まらない。

 振り抜いた斧の勢いを止めずに、8の字を書き、さらに2発頭に叩き込む。

 

『ア゛!? がッ!』

 

 ギルドで習う技には、効率よくエーテルをエネルギーに変換するために、”連撃”するように型が作られている。連撃は続くほど威力が増していく。

 トールの斧はさらに勢いを増し、暴風のように、続けてマディソンの頭を滅多打ちにする。

 

「ォオオオ! シュトルム──ヴィントォォぉおおっ!!」

『──ッ!!』

 

 トールは連撃の最後に、頭上から勢いよく斧を叩きつけた。

 それでも、マディソンの頭部は欠損した様子はない。原型を留めている。なんてやつだ。

 追い打ちをかけようと、俺も短剣を構える。

 マディソンは体を一度、大きく震わせた。

 

『…………』

 

 そして、そのままバキバキと、桟橋の穴を体重で広げながら沈んでいく。力が抜けきっているのか、まんま軟体動物みたいだ。

 全身が穴に、どぅるんと吸い込まれると、すぐにざぶんと水の音がした。

 

「……ハァッ……やったか?」

 

 肩を上下させ息をするトールを横目に、俺は穴の様子を伺う。何かが動く気配はない。や、やった……よな?

 

「や、やった……! だけど……」

「ああ……。早いとこずらかろう」

「そうだな、急ごう! ……っと」

 

 今にも広間のほうの海賊共が、ここになだれ込んで来たっておかしくない。

 俺とトールはそそくさとボートを出し始めた。オールは使われないように全部持っていくか。

 

 小さいボートだ、トールが狭そうに身を縮めながらオールを漕ぎ出した。何回も桟橋の方を振り返るが、特に問題なさそうだ。

 しばらく岩を避けながら進むとボートはようやく開けた空の下に出た。太陽は随分高いところにある、正午を過ぎたところか。入江は見えなくなるまでは急いで進む。

 

「フロスト。どっちに行けばいい」

「そうだな……陸を左手に進もう。ここがどの辺か分かんねえけど、エールポートか、リムサ・ロミンサが見えるはずだ」

「ああ。分かった」

 

 ……もう大丈夫だろう。俺は緊張を解いて、船のへりに体重を預けた。あとは陸を見失わない程度の距離で、南東に進めばいい。

 

「なんだ、帽子。拾ってきたのか」

「ん? ああ一応な。……ただ、なんて報告したもんかな……」

 

 トールはフンと鼻を鳴らし、そのまま黙ってオールを漕ぎ続ける。その沈黙は、「そういうのはお前の仕事だろ」って意味だろうな。

 これは、めんどくせぇぞぉ。でもサハギン族も絡んでるんだ、報告はしないとまずい。命張ってタダ働きってのもゴメンだ。

 地図のことは黙ってたほうが良いな。そもそも新人の取りこぼした宝を、横取りにしようとしたなんて、どんな後ろ指をさされるか分からん。

 俺はマディソンの帽子を目深に被り、目をつむる。波が小さくボートに当たり、ちゃぷちゃぷと音を立てる。オールを漕ぐ音が一定の間隔で耳に届いて、結構心地よい。俺はリラックスした気持ちで深呼吸する…………臭っせ、この帽子。

 

 

────────────────────

 

 

 俺は結局、黒渦団に、ほとんど全部説明することにした。

 海蛇の舌の残党。船長の変貌。サハギン族の怪しい行動。全部、情報としては役に立つだろう。

 その点は評価された。だいたいは、正直に話した。

 もとはと言えば、イエロージャケットのスパイが原因だからと、黒渦団や斧術士ギルドの連中は許してくれた。引きつった顔をしてはいたが。

 双剣士ギルドのマスターはカンカンだった。特に、ギルドの仲間に一言も無かったことに怒っていた。

 結果、功績と罰が相殺して、なんの儲けにもならなかった。

 

「ってな感じだった。すまん、トール」

「…………………ああ」

 

 今は、先に酒を飲んで待っていたトールに、事の顛末を報告したところだ。コイツは一言返事を返すと、エールを片手にがっくりとうなだれてしまった。

 ここはリムサ・ロミンサの「溺れる海豚亭」だ。冒険者ギルドも兼ねたこの店は、値段も安く飯も美味い。働いている子も可愛い。

 いつも仕事の後は、ここで報酬をもらって、そのままテーブルに乗り切らないくらいの食い物で遅くまで騒いでいた。

 今テーブルの上にあるのは、トールが握りしめている、ほとんど空のエールのジョッキと、ちょこんと小さい皿に、イカの干したやつがいくらか乗っている。

 とてもじゃないが、今日の運動量をまかなえてない。

 

「お、俺、エール貰ってくるな……お前の分も、取ってきてやるから」 

「…………ああ」

 

 仕方ない。一杯ぐらい貸しにしといてやるか。

 俺は立ち上がってカウンターに近づき、書類を眺めているマスターに声をかける。

 

「バデロンさん、エール2つおくれ。あ、あと安くて、腹にたまるもんを……これで……足りるだけ……」

 

 俺は注文しながら、財布にしている革袋の中身をひっくり返す。チャリンチャリンと、思っていたよりも少ない硬貨が転がり出た。

 

「よお、フロスト。エールはすぐ出してやる。食べ物は……ちょっと待ちな」

 

 バデロンさんは、陶器で出来たジョッキを2つ取り出して片手に持ち、樽に刺さった蛇口をひねる。蛇口からどぼどぼ出るエールを注ぎながら、話しかけてきた。

 

「お前さんら、また何かやらかしたんだってな。聞いたぜ」

 

 店の店長で、冒険者ギルドのマスターでもあるこの人だ。全部知ってて当然だろうな。

 

「まいったよ、ジャックのやつカンカンでさ。しばらく街のゴミ拾いのバイトでもしてろってさ。ったく、ゴミなんて落ちてねぇよ。先週も拾ったばかりだぜ」

「ハハッ。今、この辺にお前さんらに回せる仕事は無いが……」

 

 バデロンさんはエールを注ぎ終わり、2つのジョッキをカウンターに置き言った。

 

「なあ。グリダニアに、興味はねえか?」

「グリダニア? なんでまた?」

 

 グリダニアは内海を超えて、エオルゼアの東側にある都市国家だ。だだっ広い森林に囲まれて、森の都なんて呼ばれている。グリダニアには、行ったことが無いな。

 

「飛空艇の荷積みと荷降ろし、その他雑用って仕事があるんだが……片道でな」

「なるほど……向こうで降りて、そのままってことか。うーむ」

 

 俺はエールに口を付けて唸る。ラノシアに住み着いて、1年になる。リムサ・ロミンサはいい街だが、別に一生ここにいる、なんて決めたことは無い。もっと色んな所も冒険したい。

 

「悪かないな……仕事はありそうなのか?」

「ああ。あっちじゃ蛮神やら帝国やらで、騒がしくてな。人手が足りないそうだ」

 

 バデロンさんは、さっきまで持っていた書類を振ってみせる。なるほど。入って来たばかりの話なのか、こりゃ他に譲るのもなんだか勿体ないな。

 

「……良しっ、受けるよ。トールも一緒で良いんだろ?」

「ああ、2人で問題ない。運が良いぜ、お前さんら。今アヴィールたちが、船と歩きでグリダニア向かってるんだ」

 

 げえ、アヴィールたちも行ってんのかよ。仕事被るとやだなぁ。

 バデロンさんが詳しい時間や場所を、さらさらと紙片に書いて渡してくれる。うわ、明日かよ、急すぎるだろ。

 

「ほらよ。いつでも戻って来いよ……飯は大盛りにしといてやる」

「ああ、ありがとう、バデロンさん。1年ちょっとだけど、迷惑かけたな」

 

 バデロンさんは「大変だったぞ」なんて、呟きながら厨房に向かった。

 俺は少し泡の引いたエールを両手に持ち、空のジョッキと何も乗ってない小皿の前に座る、トールの方に向かった。

 

 

─────

 

 

 バデロンさんが持ってきた大量のコーンブレッドを食べ終わると、トールはすっかり元気になった。

 食いながらグリダニア行きについて話したが、多少渋る様子を見せたが、結局了承した。

 

「それより、フロスト。聞いておきたいことがある」

「何だ? グリダニアの酒なら、蜂蜜酒か果実酒だぞ」

「……それは知ってる。違う、今日のことだ」

 

 バデロンさんは気前よく、エールを飲み放題にしてくれた。紹介料いくら入ったんだろうな。

 トールはジョッキに残っていたエールを飲み干すと、前のめりに肘を付いて続ける。

 少し怒っているようにも見えた。

 

「マディソンを、穴に落としたときだ。お前は、板が傷んでいるのが見えたって言ったな」

「ああ。帰りのボート話した通りだぜ?」

「言われたときは、そうか、と思ったがな」

 

 トールは真っ直ぐに、こっちの目を見ながら続ける。

 

「だが……あんな風に穴が空くなんて、見ただけで分かるか?」

「……あー。た、確かに、分の悪い賭けだったな」

「…………フン。勝算があったんなら良いがな。そんな賭けしてると、すぐに命を落とすぞ」

「…………」

 

 トールはそう言い切ると、ガタリと椅子から立ち上がった。

 

「眠い。俺は帰る。明日、遅れんなよ」

 

 ドスドスと立ち去るトール。俺は、まだ残っているエールに口をつけた。

 なんだか心配をかけちまったみたいだな。

 

 だけど、これは、誰にも言っていない。トールにも言えねぇ。頭がおかしくなったと思われかねないしな。

 ……俺はたまにだけど、人やその場所に、過去に何が起きたかを知ることが出来るときがある。

 感覚としてはエーテルの残像か、反響に触れている感じだ。反響と言ってもその解像度や密度は恐ろしく高い。それが起こっている時間は、一瞬から数瞬ってところだが、会話や、地形、あらゆる情報が頭に叩き込まれる。

 最近それが起こったのは、イエロージャケットのスパイを捕まえた時。対面したそいつからは、サスタシャ洞窟に関する状況や地形を知ることが出来た。あの地図は、俺がそいつのイメージを拝借して書いたやつだよ。

 それと、今日マディソンと戦っているときだ。あの時は鯱矛のデェンが、どんな風に戦って倒れたか、どれだけ桟橋が傷んでるか、なんてことを知ることが出来た。

 こんな話聞いたこともない。

 俺にそれが起こるようになったのは、第七霊災があった後からだったろうか。

 過去の残像だけじゃない。時折りここじゃない、どこか別の次元みたいなイメージが流れ込んでくることもある。たまにそのイメージが口をついて出るが、大体伝わらないで変な顔をされる……こっちはあんまり役に立ったことは無いな。

 とにかくこの時間や次元の壁を”超える力”は俺の切り札だ。俺は俺のために、この力を使いたい。

 さあ探求の旅が始まる。待ち受ける新しい土地への期待や不安に、めまいさえ覚える。

 

 ……しまった…………飲みすぎだ。

  



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1−2:リムサ・ロミンサにて

 

 これはサスタシャに行く前、俺とトールが組み始めたときの話だ。

 ちょうど三国で戦没者の追悼式典があるとかで、都市中がバタバタとしていた。

 

「ふぁあああぁ……」

 

 その日のリムサ・ロミンサの、良く晴れた早朝の船着き場だった。俺は双剣士ギルドのケチな仕事をこなした明けで、日割りで借りてる安宿に戻るところだった。

 

 ギルド辺りは倉庫やドックが立ち並び、それぞれが狭い桟橋で繋がれている。まだ朝も早いってのに桟橋の上は漁師やら、船乗りやら沢山の人が行き交っている。

 俺は巨大な石灰岩をくり抜いて出来た城壁にある、漁師ギルドの網倉の方に歩いていた。

 その漁師ギルドの近くで、小舟を使って荷物の積み下ろし作業をしている団体がいた。少し沖の、水深の深いところに停められた、あのでかい運送船の荷物だろう。

 ララフェルやらエレゼンやら色んな種族がせっせと働いている。

 

「…………」

 

 何ともなしに、その一団をぼうっと眺めていたら、その中の、ひときわでかいルガディンがザブンと海に落ちた。

 あっという間に沈んで、海面にはぼこぼこと泡が立つ。

 海辺の仕事だ、人が水に落ちたからといって、周りの人もそう騒いだりしない。

 一瞬だけ荷運びの一団に、大事な荷物を落としたのか、大きな事故でもあったのか、と緊張が走った。だけどすぐに、「どこの間抜けだ」ってぐらいの緩んだ空気になったのが見て取れた。

 ここ海都で海に落ちるなんて、子供か、田舎者ぐらいだ。平和なもんだ。

 

 そのあとが大騒ぎだった。

 

「うッ! ぐばばばばあああー!!」

 

 出てた泡がぼぼぼぼぼっと激しくなるやいなや、落ちたルガディンが海面を割って飛び出してきた。

 そして、猛烈にもがき始めた。すさまじいもがきっぷりだ。

 

 落ちたときに、積荷から解き途中の縄を握っていたようだが、その縄を滅茶滅茶に引っ張った。

 半端に結ばれたその積荷が、勢い良く動き出し、近くにいた数人を海に叩き落してから倒れた。

 倒れた荷物から柑橘類やら林檎類やらがこぼれだして、桟橋中に転がり、騒ぎに気を取られた歩行者の足元に入り、歩行者は転げて海に落ちた。

 

 流石だったのは事を素早く判断して、対処に動き出した男がいる。近くで釣りをしていた漁師ギルドのマスターだ。

 マスターは機敏に動き出した。片側が桟橋に結び付けられた、太い綱を取り出し、落ちた人たち皆に届くように投げた。浮く素材で作られたらしいその綱に、落ちて混乱していた人たちがこれ幸いと掴まった。

 

 最初に落ちたルガディンもその綱を掴んだ、そして激しく引っ張った。

 

 綱が桟橋とルガディンの間をビンッと張ったため、先に綱を掴んでた連中は、したたかに顔面を打たれ、鼻血を吹いた。

 綱に抱きついていたララフェルが一人、強く弾かれて海を飛び出し、桟橋を飛び超えてまた海に落ちた。そのとき桟橋に立っていたララフェルを一人巻き添えに、海に道連れに落としたのが見えた。

 

 俺は一連の流れを呆気に取られて見ていた。騒ぎは収まるところを知らず、荷物はまき散らされ、足元をずぶ濡れになった猫が必死の形相で駆け抜けた。鳥が集まってギャアギャア鳴いている。何の騒ぎかも分からずパニックになった連中の何人か、また海に落ちる。

 まさしく阿鼻叫喚だ。

駆けつけたイエロージャケットの魔術師が、沈静魔法をかけなかったら死人が出たかもしれない。

 

 

────────────────────

 

 

「よお、旦那。今朝は大変だったな?」

 

 騒ぎがあったその日の夕方『溺れる海豚亭』で、俺は不貞腐れるように酒を飲んでいるルガディン族の男に話しかけた。

 でかい図体を丸めるようにしてテーブルに肘を突き、もともと赤茶けた顔を酒で更に赤く染めている。そいつは据わった目で、こちら睨めつける。

 

「何だてめえ。向こうへ行ってろ」

「そう睨むなよ。なに、仕事クビになったって聞いて、気になってさ」

 

 俺はそう言うと、そいつの対面の椅子に座った。

 そいつはひどく迷惑そうな顔したが、だいぶ飲んでいて、俺を追っ払うのも面倒になったようだ。何も言わずに飲み続けている。そりゃ落ち込んでんだろうな。

 俺は近くを通る店員にエールを2つ頼んで、横目でそいつを観察する。実はここに来るまでに、俺はある程度の情報収集をしていた。

 

 分かったことは四つ。

 一つ。コイツはローエンガルデ族で名前はトール。

 二つ。最近雇われたらしいが、自分が泳げないってことを、同僚や上司の誰にも言ってなかった。

 三つ。今日の事件ではとんでもない損害を出して、仕事をクビになった(泳げないことを黙っていたことも災いした)。

 そして、四つ。今日の出来事に関して、何故かコイツは誰にも言わず、黙っていることがある。

 

「気の毒だと思うぜ。でも、気になってるんだ」

 

 指でこつこつとテーブルを叩きながら、勿体ぶって同じことを繰り返して言う俺を、トールはじろりと見る。俺はその目を無視して訊いた。

 

「教えて欲しくってさ、どうして、泳げないのに、”猫なんて助けようとしたんだ”?」

「…………」

 

 今朝、俺は見ていた。あの出来事が起こる前、クァールの幼獣のような猫が、水面の波の動きに気を取られて海に落ちたのを。そしてそれを見たトールが、海に飛び込んだのを。

 ちなみに猫は、最初こいつがもがいた時に、海からはじき出されて逃げていった。

 

「そんなおっかない顔するなよ。旦那」

 

 俺は運ばれてきた2つのエールを受け取り、片方はトールのほうに押しやって、話を続ける。

 

「別に誰にも言っちゃいないし、誰にも言うつもりはない。だから教えてくれよ、トールさん」

「……馴れ馴れしい奴だな」

 

 俺はわざと、恩着せがましいことを言った。こいつが俺の想像通りのやつなら、訳を話すだろう。

 かと言って、別に俺は大したことを企んでる訳じゃない。本当にただ気になったのと、ちょっと弱みを握って今日の飲み代でも払わせてやろうと思っただけだ。

 まあ十中八九は考え無しのお人好しだ。もしくはただの猫好きだな。この風体で猫好きとは公言したくないのだろう。さて何を注文しよう、牡蠣を揚げたやつが食いたいが、今日はあるかな。

 

「……だ」

 

 お、しゃべり始めたぞ。

 

「……知らなかったんだ。俺は。俺が泳げねえって」

 

 ……は?

 

「泳げると思ってたんだ。ただ。俺が泳ぎだと思ってたのは。泳ぎじゃなかった」

 

 ……どういうこと?

 

 

────────────────────

 

 

「クックックッ、ぶふっ」

「いつまで笑ってやがる……」

 

 つまりはこういうことだった。急峻な山奥に住んでいたこいつは、自分の身長を大きく超える水深というのを知らなかったのだ。

 こいつにとって泳ぎっていうのは、水底を蹴ってぴょんぴょん跳ねることだったようだ。筋肉質なルガディンだ、海水と言えど良く沈むだろう。

 ざぶんと飛び込んで、いつまでたっても足が地面に着かないことに、大いに慌てたことだろう。

 それであの有様か。猫に命を懸けるような、お人好しでも、猫好きでもなかったな。ただの間抜けだ。

 だけど、猫のために服を濡らすのを躊躇わないぐらいには、お人好しみたいだ。流石に奢らせるのは気の毒になった。俺はひとしきり笑うと、さっきまでとはもう気が変わっていた。

 

「っはー……。なあ、俺と組まないか? 一人だろ?」

「……あぁ?!」

 

 こいつはルガディン族の中でも一際でかい体だ。それにあの時、海中で暴れたときのパワーを戦闘でも発揮してくれれば、良い戦力になるだろう。

 あんな騒ぎを起こした奴だ、しばらくは誰も寄り付かないだろうし、仲間探しに使うカンパニーファインダーを使っても、地雷扱いされるだけだ。

 こいつもそれは分かっているのだろう。俺からこの提案をすると、ずいぶん渋い顔はしたが、割とすぐに「……ああ。頼む」と、了承した。

 

「よろしく頼むよ。俺はフロスト・カーウェイ。フロストで良いぞ」

 

 俺が右手を差し出すと、トールはうっとうしげに右手を軽く叩きつけてくる。

 

「トール。トール・クラウドだ」

「名前なんて、興味ないね」

「なんなんだてめえは!?」

 

 あ、すまん、つい。ほらまあ結成祝いだ、飲み直そうぜ!

 俺はトールをなだめながら、勝手に食い物を選んで注文する。

 

「しかし何だって、山から降りてきたんだ? いや、別に言いたくなきゃ良いけど」

「フン……。山は退屈でな。16になったら出ていくって決めていただけだ」

 

 ふーん、俺はエールを口元に持ってくる、が……何か、変だぞ?

 

「……おたく、いくつ?」

「16だ」

「ぶふゥ───っ!? と、年下かよ、ブハッみ、見えねえ!」

「てめえ!! 喧嘩売ってのか!?」

 

 

──────

 

 

 それからしばらくこいつと組んで、いくつかの依頼をこなしてきた。あまり考えたり面倒なことしたりするのは苦手なんだろう。そこそこ割の良い依頼を取ってくる俺から、あえて離れることはなかった。ここしばらく良いコンビを続けてる。

 ……ただ、リムサ・ロミンサ中の酒場に、こいつの『大金鎚』の異名を流行らせたのが俺だと知られたら、多分殺される。

 




20/11/23 体裁の修正


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2−1:真心御届 ハウケタ御用邸

 

「そろそろ仕事を探してみたらどうだい?」

 

 落ち着いた伸びのある声で、朝からそんなうんざりするような言われる。声の主は背が高く、尖った耳を持つエレゼン族の女性。この店、カーラインカフェの店主のミューズさんだ。こっちは客だってのに、店に入り卓に着いてすぐそんな事言われると参ってしまう。言い返したくもなるってもんだ。

 

「あっ、へへ、どうもミューヌさん、まあぼちぼち……」

 

 とてもじゃないが強気には出れない。冒険者ギルドのマスターも兼ねるこの人は、怒らせるととても怖いとの噂だ。薬草や毒草などの造詣が深く、『魔女』のミューヌとも呼ばれている。彼女が頭を左右に振ると、銀灰色の髪も少し遅れて揺られる。

 

「僕はね、君達がきちんと支払いをしている限りは困らないよ」

 

 「君達」というのは、俺と、今はここにいない相棒のことだ。あいつまだ来てないのか。昨日遅くまでカードゲームをしちまったからな、怒られずにすんでツイてるやつだ……。

 ミューヌさんは真剣に聞いてるフリをしてる俺に、「だけど……」と言葉を続ける。

 

「そろそろ懐が寂しくなっているんじゃないかい?」

「……」

 

 日に日に注文する皿が減っているのに、気付いていたようだ。自分の表情が強ばるのが分かる。聞いてるフリは、ミューヌさんには見透かされていたようだ。俺の表情が変わるのを見ると、ふっと優しく笑って言った。

 

「バデロンさんからは腕が立つと聞いているよ」

 

 バデロンさんってのは、海都リムサ・ロミンサの冒険者ギルドのマスターだ。あの人の紹介があってここに来たんだったな。へえ……あの人がそんなこと言ってたんだ。

 

「そんな腕利きを遊ばせておくのは冒険者ギルドマスターとしては勿体なくてね」

「……そこまで言われちゃあな。分かったよミューヌさん、今日は依頼を受けるよ」

 

 乗せるのが上手い人だ。これぐらい出来ないと、冒険者ギルドのマスターなんて難しいんだろうな。……そういえば、俺らはバデロンさんに乗せられてここに来たんだったな。なんだか踊らされている気持ちになる。

 

「フフフ、じゃあゴントランのところで依頼を探したまえ。……彼も、そうとうやきもきしていたからね」

 

 そう言って手を振りながら、颯爽と去っていくミューヌさん。……踊らされてるなあ。

 言っちゃたものは仕方が無い。滑らかな手触りの木の卓に手を付いて立ち上がると、ちょうど我が相棒トールが入ってくるのが見えた。

 大柄なルガディン族の中でも、体格が良いであろうトールはよく目立つ。お、あいつもこっちに気付いたようだ、ドスドスと近づいてくる。こちらからも近づきつつ、適当な距離で声をかける。

 

「よう、昨日は悪かったな、お気に入りのカード貰っちまって」

「……俺は、まだイカサマじゃねえとは思ってねえぞ。おい、朝飯は何だ」

 

 人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ。まあ、イカサマかどうかは、置いといて。

 

「いや、仕事探してくるから、ちょっと待ってろ。すぐ戻る」

 

 仕事によってはすぐ出たほうが良いかもしれないしな。

 トールは別にどっちでも良いという雰囲気で鼻を鳴らして言う。仕事よりも飯が気になって仕方が無いようだ。

 

「そうか……。早く決めて来い。パイの焼ける匂いがする。……川魚だ」

 

 それ多分昼飯用だぜ? そんなの待ってたら、俺がミューヌさんの目に耐えられねえ。トールは入り口の辺りに寄りかかると、腕を組んで目を閉じる。

 さて、と俺は店を見渡す。この店は全体が木造で出来ている。天井は高く、梁がいくつも通って頑丈そうだ。木だからって全然安っぽくはなく、全体が上等で、上品な雰囲気だ。

 所々に刻まれている意匠が、丁寧さとこだわりを物語っている。窓が大きく光を取っていて、店の中は明るい。北側にある窓はステンドグラスになっていてるがこれがすごい。どうすごいかは分からん、専門家じゃないんでね。

 下の階はランディングになっている。だからこの店は冒険者だけでなく、商人や役人だってウロウロしている。今日も朝から騒がしく働いている。滝に沿った形に建てられたこの建物の構造は、ちょっと言葉では説明しづらい。

 

 店のカウンターにはミューヌさんと立つのとは別に、冒険者向け依頼を斡旋するカウンターがある。

 俺はそのカウンターに向かって歩き、そこに立つ壮年のエレゼンの男に笑顔で挨拶する。そういえば、ここグリダニアはエレゼンが多いな。

 

「やあゴントランさん、何か良い依頼はあるかい?」

「……何日もこっちに向かってこないのでね、私のことが見えていないのではと心配していた。」

 

 やれやれと大げさな身振りで感情を示すと、カウンターの上に、板のようなものをいくつも並べる。

 長方形のその板は、俺の手のひらより少し大きいくらいで、小さなステンドグラスのようだ。金属で出来た枠に、ガラス質の何かで絵や模様が表現されている。剣を持ち魔物を倒すものの絵。狩人が描かれたもの、王様が描かれたもの。

 まあ俺はこれが何かなんて当然知っているんだけどね。相変わらずキレイなもんだ。

 ゴントランさんは並べた板の前に、少し嬉しそうに微笑みながらこう言った。

 

「さあ選びたまえ。ここグリダニアの、”ギルドリーヴ”を」

 

 もう十分に休んだかな。さて、仕事を探そう。

 

 

────────────────────

 

 

 ここグリダニアには、リムサ・ロミンサのバデロンさんからの依頼でやってきた。

 その依頼は、飛空艇の荷積み荷降ろし、その他雑用と、普通の仕事だ。ただその飛空艇はもう寿命だったらしく、その航程が最後のフライトだった。

 おかげでバデロンさんは、片道切符に乗る(しかも出発は次の日)、奇特な冒険者を探す羽目になった。

 そんなところにノコノコ現れたのは。双剣士ギルド。斧術士ギルド。黒渦団。イエロージャケット。それぞれみんなと、ちょっとした事情で、ちょっと気まずい雰囲気になった、俺とトールだった。

 いわれのない罪に責め立てられていた俺らは、この話に飛びつくように乗っかることになった。

 条件が厳しく、おまけにひどく急だったこの依頼は、すごく良い報酬だった。

 船長だか親方だか分からんやつに怒鳴られながら、ここグリダニアのランディングに着いた時は結構感動したね。

 高台にある都市から溢れる、大きな滝に触れるように建つ、カーラインカフェ。それに接するように巨大な水車が、その大きな羽根をゆっくりと回していた。

 わくわくしたよ、どんな冒険が待っているのだろうか。どんな人が、どんな酒、食い物、宝が俺らを待ってるんだろう。

 

 そうやってグリダニアに着いた俺たちは、とりあえず、酒と、食い物から攻めることにした。ミューヌさん、最初はすごく歓迎してくれたんだけどなぁ、5日ぐらい飲み食いしてるうちにだんだん悲しい顔をするようになってしまった。

 今回のこのギルドリーヴで、俺は、彼女の顔を覆う陰りを取り払ってあげたい。紳士だな俺ってやつは。

 

 

────────────────────

 

 

「うーん、それ割りに合わないなぁ」

「いや、それちょっと危なすぎない?」

「革細工師の依頼ぃ? あいつらお高く止まってるから、なんかいやだな」

「制作? だめだめ、木工師の心得はないよ」

 

 俺はゴントランさんの説明を聞きながら、目の前に並んだリーヴプレートを眺める。

 なかなかしっくり来る依頼がない。こっちが困っているというのに、目の前の男は不満そうな顔を浮かべている。

 

「私も、暇じゃないんだがね」

 

 カウンター立つゴントランさんは、天板を指でコツコツと叩きながら、苛立たしげに言う。

 ……そろそろ選ばないと、本気で怒られそうだ。

 

 「い、今選ぶからさ、ちょっと待ってくれよ。……ん?」

 

 俺は”ギルドリーヴプレート”をせっせと見比べている。

 リーヴプレートに描かれた絵は、それぞれが依頼の内容を示す。モンスター討伐、防衛の参加、素材の採集、制作物の納品。詳しい内容は冒険者ギルドの担当者が、ここじゃゴントランさんが口頭で教えてくれる。

 もし依頼を受ける時は、受けた証明としてリーヴプレートを持っていく。要は割符みたいなもんだな。字が読めない冒険者は結構多いから、こういうシステムにしてるんだろう。

 その中に1枚、やけに分厚いのがあった。

 手にとってよく見ると、2つくっついて重なっていたようだ。ぺりっと剥がして、裏側に合った方のプレートを眺める……と同時に。

 

「……うっぁ!」

 

 キィィィイインと耳鳴りとともに、重なった情報が頭に叩き込まれる。

 ……これは俺が抱えている症状、というか現象というか。とにかく稀に、触れたものの過去の情報や、ここじゃないどこかの出来事を知ることがある。

 狙って起こせるものではないし、正直そんなに役に立ったことは無い。

 

 今回はどうだろうか。耳鳴りに乗って現れたイメージには、ゴントランさんがいる……。ここカーラインカフェの映像だ。

 それにもうひとり、ゴントランさんに向かって話す、上品なメイド服を来た女性だ。優しい笑顔で、何かを話している。

 イメージの中のゴントランさんも、微笑みながら応対している。……なるほど、これは依頼内容か。俺はイメージの中で、この女性が何を依頼していたかを知った。

 耳鳴りが終わり、俺の意識は今この場所へと帰ってきた。

 俺は、手に持ったリーヴプレートを見る。それには花がいっぱいに詰め込まれた、籠を持つ女性の絵が描かれていた。それは、素材の調達任務を示す絵柄だ。

 

「……どうした。具合が悪いのか?」

 

 ゴントランさんが俺を、胡散臭いものを見る目つきで言う。

 ホントは「どうした。仮病か?」と聞きたいんだろうな。俺は軽く頭を振り、苦笑しながら返事をする。

 

「いや、大丈夫だ。それより、これ、持ってくぜ」

 

 俺は手に持った調達任務のリーヴプレートを見せる。ゴントランさんはプレートの裏側に描かれた記号を見ると、怪訝な顔で手元の帳簿を見比べ始めた。

 

「ん?それは何だったか……。あっおい待ちなさい!」

 

 後は任せるよ、依頼の内容は知れたしな。

 ちょうど他の冒険者がどどっとやってきてあっという間にゴントランさんは見えなくなった。

 さて、トールはまだ入り口の横に突っ立ている。俺はリーヴプレートを手で遊びながら、トールに近づいて声をかける。

 

「トール、行くぞ。パイは諦めてくれ」

「そうか……。どんな仕事だ」

 

 トールは目を開けると、残念そうに鼻を鳴らした。俺は手に持つプレートをひらひらと見せる。

 

「ハウケタさんちに、お花のお届けだよ」

 

 俺はそう言いながら、プレートを腰に下げている鞄にしまう。プレートは、鞄の中のピックやシャードに触れてチャリチャリと音を立てた。

 

 

「そこのお前、今ハウケタって言ったか?」

 

 いきなり足元から声が聞こえる。俺に話しかけたのか? 声の方に目を向けると、入り口に入ってすぐのところから小さい子供がこちらを見上げていた。

 ……いや、子供っていうより、綺麗なお人形って感じだな。それにこの尖り気味の耳に、大きな頭身は……ララフェル族だ。

 そのララフェルは白いローブを身に着け、背中にちらっと杖を見せている。幻術士か。幻術士はここグリダニアの特産品だ。まあ、とりあえず。

 

「えっと、ああ、言ったぜ? 依頼で行くんだけど……」

 

 それがどうしたんだ? と、返事をする。そのララフェルは青いガラス玉のような、大きな目をさらに大きくし、手をパタパタと振りながら早口に訴えかけてくる。

 

「ハウケタ御用邸だろ?! あ、あそこに用があるんだ。依頼で行くなら便乗させてくれよ!」

「おいおいちょっと待ってくれ、便乗? ……いや、悪いけど、3人で割るほどの報酬じゃない」

 

 そんなに難しくない任務だ。モンスターも採集も、俺とトールのレベルで十分足りている。幻術士が入ったところでそんなにかかる時間も変わらないし、メリットがあんまりないな。

 そのララフェルは、何だそんなことか、と言いたげな顔で話を続ける。

 

「報酬はいいよ。あのへんは今、モンスターが多くてさ。相乗りできるなら、それで越したことはないから」

「……うーん」

 

 ……なんだか必死な雰囲気だな、訳アリかな。

 癒し手ってのはそんなに数が多くない、人気だから金に困ってないのか。

 ただ、今のところ仲間はいないみたいだ。手伝いぐらいギルドに頼めば、何とかしてくれそうなもんだけど。

 焦っているところを見ると、試す手はすでに試したって感じだろうか。 

 どうするかな。俺が少し考え込んでいると、そのララフェルが口を開く。

 

「……何ぼけっとしてんだ。早く返事しろよ、とんま」

 

 ……えぇ。一瞬、何言われたか分からなかったぞ。俺、今、お願いされてるところだよな?

 

「口の悪いチビだな。それが人にものを頼む態度か」

 

 横で黙って様子を見ていたトールが口をはさむ。

 その声を聞いたララフェルは、ビクっと少し飛び上がって驚いた。

 

「うわ!喋った! びっくりさせんな! 棚か何かだと思ってたぞ……」

「……なんだとこの──」

「あ! お前チビって言ったな!? ふざけんなデカブツ! 人種差別しやがって! 山に帰れおっさん!」

 

 ああ、こいつに仲間なんていないわ。独りでいる理由が分かった。

 トールは畳み掛けるように言葉を投げられて、完全に面を喰らっている。それでもなんとか言い返そうとする。

 

「──デっ、やっ、おっさんって言うんじゃねえ! 俺は16だぞ!!」

 

 カフェ全体にとどろく大声で、自分の年齢を言うトール。ちったぁ驚け、ちびくそ。

 そのララフェルは、声の音量に顔をしかめたあと、驚いた声で言う。

 

「年下かよ! ココは年上だぞ、敬語使えバカ!」

 

 ……お前年上かよ。ほんと違う種族の年齢って分かんねぇな。こいつはララフェルの中でも幼い顔立ちには見える。ちなみにトールは、ルガディンの中でも老け顔だ。

 

「あぁ!? 嘘つけ!? じゃあ何さ──いってえ! 何すんだフロスト!」

 

 オイオイ止せよ、無駄に時間を止めようとするんじゃねぇ。年齢を聞こうとするトールの、すねの辺りを蹴って妨害する。

 別に失礼とかそんなのは割とどうでも良いが、騒ぎが大きくなるのは目に見えている。

 

「まあ落ち着けって、トール。こっち来い」

 

 おれは鼻息を荒くするトールの、腹の辺りをバシバシ叩き、問題の原因から遠ざける。

 俺はその原因に声をかけた。

 

「あのさ、ちょっと検討するから。……ええと?」

「ココ、……ココル・コルだ。」

「んじゃ、ココルさん。ちょっと待ってて」

「早くしろよ」

 

 すげえ偉そうだな。びっくりするよホント。

 声の届かない辺りまで離れて、話し合う。トールは相当お冠のようだ。

 

「なんだ。まさか、あいつ連れて行くのか?」

「良いじゃないか、タダだし。ポーションが自分で歩いてるぐらいに、思っとけばいいさ」

 

「まだかよ!」

 

 ココルと名乗ったララフェルが、声を上げる。まだ1分も経ってねえぞ。

 トールがうんざりした顔で言う。

 

「……ポーションは。悪態をつかねえ」

「そんな事言わずにさ。僕からも頼むよ」

「わっ、ミューズさん?」

 

 いつの間にかそばに立っているミューズさんが話に加わってきた。

 

「彼女は、何日か前から仲間を探しているんだけどね」

 

 ミューヌさんは、ふうっとため息をつき言葉を続ける。

 

「あの調子だろう。ちょっと付き合ってあげてくれないかな。何か事情がありそうなんだ」

 

 この人にこんなこと言われたら断りにくいな。それにお願いを聞いとけば、またしばらくのんびり出来そうだ。

 

「ミューズさんがそう言うんなら、良いだろ? トール?」

「……ああ。……だが、俺は敬語なんて使わねえぞ」

「フフ、ありがとう。お願いするよ」

 

 じゃあね、と言って忙しそうにスタスタと去っていくミューズさん。冒険者ギルドのマスターってのは大変だな。というわけで、苛立たしげに足踏みしている、ココルとやらに近づいて言う。

「ココルさん、決まりだ。今回限りだけど、後衛は任せるよ」

 

 ちょっと不安そうにしていた顔を、ぱあっと嬉しそうな表情に変える。

 

「ありがとう! 助かるよ! あと、ココルで良いぞ」

 

 意外にも素直に礼を言われる。そんなふうだと、ちょっと戸惑ってしまうな。ぴょんぴょんと小さく跳んでいる彼女に言葉を返し、カフェの外へ出るように促す。

 

「それじゃよろしくな、ココル。俺はフロスト、でこっちが……」

「トールだ」

 

 トールはまだちょっと不機嫌そうだ。ココルは、そんなこと微塵にも気にかける様子はない。片手を高々と上げて笑顔で返事をする。

 

「フロストに、トールだな! よろしく!」

 

 そうやって、にこやかにしてれば可愛いもんだ。カフェの外に出ると、右手に大きな湖と、巨大な木々が立ち並ぶ黒衣の森が目に入る。

 見たことも無いような巨大な木が、森を作っている。あまりにも大きすぎて、少し不気味にも、神聖に感じられた。そんな森を眺めて、俺はようやく、ここグリダニアでの冒険が始まることを実感した。

 

 

────────────────────

 

 

 目的地はグリダニア新市街の西にある白狼門から出た、スカンポ安息所と呼ばれる場所にある。ちなみに飯は適当に買って済ませた。

 安息所なんて呼ばれているが、モンスターはそこそ強く、厄介な奴らがうようよしている。

 霊災が起こる前は観光や保養で訪れる人が多かったのだろか。確かに空気は澄んでいて、気候も穏やかで過ごしやすそうだ。深呼吸をするよ濃い緑の匂いがする。うっすら果実や花の香りが混じっていて、気持ちがいい。

 

「道はこっちで良いんだな、ココル?」

「うん小さい頃行ったことがあるんだ。というか、何だよお前ら、この辺来るの初めてだったんだな」

 

 特に俺たちが歩くペースを落とすこともなく、ココルは着いてきていた。

 ララフェルってのは体格は小柄だけど、身体能力は高い。その見た目からは信じられないくらいに、だ。バリバリ前衛をこなすやつもざらに居る。

 とにかく道案内も兼ねてくれて助かる。意外と悪くない選択だったな。そうだ本来の目的を忘れてはいけない。

 

「トール、花はどの辺りで取れるって?」

「別に珍しいもんじゃねえが、水はけが良いところだろうな」

 

 山で育ったトールは園芸師の真似事が出来る。花の名前を伝えると「それなら見れば分かる」と言ってくれた。もちろんグリダニアの採集を管理する、園芸師ギルドには話を通してある。ギルドリーヴであるなら、その分採集するのは問題ないそうだ。その辺りは計算に入ってるんだろうな。

 

「へえ、意外だな。採掘師の方が似合うぞ」

「ほっとけ」

 

 ココルが憎まれ口を叩くが、トールも大分慣れたようだ。あっさり流す。ごめん俺もそれはちょっと思う。

 

「……トール、止まってくれ」

 

 俺がそう言うとトールはすぐに立ち止まり、背中に下げている斧に触れる。ココルはまだ分かっていないようだ、俺とトールの顔を交互に見上げてくる。ちょっと説明は後にさせてもらう。

 ……草花の匂いに混じって、不快な、生ゴミを腐らせて煮詰めたような匂いがする。木々の枝葉のざわめきに混じって、引きずるような、音が、小枝を踏み鳴らす音も聞こえた。歩いていた道、左側、倒木の向こう側あたりか。

 クソッ、思ったより近い。潜んでいたのだろう、気配はいきなり現れた。向こうには完全に気付かれているようだ。こっちに向かってくる……!

 

「来るぞ、倒木の向こう側、数は1つ、すぐだ!」

「……」

 

 トールが斧を構え前に出る。ココルも状況を飲み込んだようだ。杖を構えて、後ろに下がる。俺も短剣を両手に持ち、腰を落として戦いに備える。

 倒木から、突然いくつもの枝が生え始めた。枝はうねうねと動き、触手と言った方が良さそうだ。倒木から生えたんじゃない、後ろに触手の持ち主がいる。太い、俺の胴体ぐらいはありそうな触手が伸びてきて、倒木の上に乗っかる。極太触手が倒木にめり込むように音を立てると、倒木の背後から本体が現れた。

 見上げるように巨大な木のコブのような姿で、全身から生える無数の触手、限界まで腐らせた野菜みたいな体表、こ、コイツは……。

 

「ス、ストローパーだ! 絶対にコイツの息を吸うな!」

 

 ストローパーは頭部と呼べる位置にある、裂け目を大きく開く。現れた巨大な口には植物のような外観とは不釣り合いな、肉食動物のような歯が乱杭に並んでいる。シワだらけの体表とは逆に、ヌメヌメとしたピンク色の中身が、糸を引いて不快感を煽る。……おええ!っ臭い!もう臭い!

 

「ゴホッ……トール、根本の触手だ、息は回り込んで避けろ! ココル、直線上に立つなよ!」

「うっ臭っぐお、おおおらああ!」

 

 トールが前に踏み出して、ストローパーの真正面で斧を振るう。あれはキツイ。ストローパーがムチのように触手をぶつけてくるのを、斧で上手くしのいでいる。

 俺はストローパーの意識がトールに集中するのを見てから、自身のエーテルを極限まで抑えて”かくれる”。

 ストローパーの後ろに回り込み、……ここだ。柔らかそうな雰囲気のところに短剣を突き立てる。……良し、上手くツボを突けたみたいだ、コイツの全身がさっきより少し弛緩しているのが分かる。双剣士の技、だまし討ちだ。

 

「今だ!トール畳み掛け……う、わ」

 

 ストローパーの体が震えて、えづくように、口の奥を鳴らしている。ゴッゴポッと液体が沸いているような音を立てる。うわ来るぞ、”臭い息”だ!

 

「避けろおおお!」

「うおおおお!」

 

 ゴパァとストローパーの大きく開いた口全体から、黄色い、霧というか煙が溢れ出す。息はストローパー前方に大きく広がり、視界を狭める。俺はすでにストローパーからは離れ、トールも何とか息の手前の方に転がり込んだ。ココルは!? ……大丈夫みたいだ。息の範囲を避け、大きく回り込んでいる。良し、避けられてる、問題ない。

 仕切り直しだ! 俺とトールは再び構えを取り、前を向く。

 ゴポッ、ゴポッ……と不吉な音がする。まさか、二度目だって?

 まずい、避ける場所が無くなっている……!

 

「……! おいフロスト。この場合はどうするんだ?」

「下がっ、と、遠くへ!」

 

 コポポッと音が高くなって、液体が口のすぐそこまで溜まってきているのが分かる。これは間に合わないかも……!

 突然背後の方に、周囲のエーテルが吸い込まれるように集まり始めた。振り向くとココルが杖を構え、魔力を集中している。そうか! 風の魔法で吹き飛ばしてくれるのか!

 

「トール下がれ! ココル! 頼む!」

「任せろ!」

 

 俺はトールを引っ張り、可能な限りストローパーから距離を取る。ココルが俺の言葉に答え、詠唱を始める。

 

「『岩砕き、骸崩す、地に潜む物たち、集いて赤き炎となれ』! ファイア!」

 

 人の顔ほどはある赤く燃える火球が出現し、ゴウッと音を立てて放たれた。火球は不自然な軌道を取りながらも、真っ直ぐにストローパーに奔り直撃する。そして、ドゴォッ、と思ったよりも重い衝撃音と共に炎を撒き散らして爆発した。

 ストローパーは大きく体勢を崩す。な、なんて威力だ。

 

 

「まだまだああ! もう一発! ファイアアアッ!」

 

 

 ココルは攻撃を止めない。ココルのエーテルが、熱を持つように偏っている。放たれた火球はさっきよりも威力を増して、ストローパーの頭部を追撃する。再び衝撃と爆発音が響いた。

 ストローパーは……音を立ててその場に崩れ落ちた。……終わりだ。俺はストローパーから生命の気配が無くなるのを確かめてから、構えを解いた。

 トールも俺が短剣を納めるのを見てから、斧を下ろした。

 ココルがスタスタとこちらに歩いてきた。俺とトールは、功労者をじっと見つめる。ココルは見られているのに気づくと、得意げな顔で言う。

 

「どうした? ココ様の呪文の強さに驚いたか?」

 

 俺とトールは、同時に口を開く。

 

「「呪術士かよ!!」」

 

 

────────────────────

 

 

 俺とトールの叫びを聞いて、ココルはビクッとした後、ちょっと怯えながら答える。

 

「え、そ、そうだけど。何で今更……?」

 

 俺はココルがびくびくしているのにも構わず、詰め寄ってしまう。

 

「幻術士だって言ったじゃねえか! 詐欺だろ! ああん? 出るとこ出れるぞおい!」

「え、い、言ってない……」

 

 ココルは杖を抱いて、おどおどと体を傾けながらそんなことを言う。そんな訳あるか! 俺はカーラインカフェの会話をよく思い出す。

 

「言っ………………言ってない! ごめん!!」

 

 うわ、言ってない! 勝手に俺が勘違いしたのか……? いやだってグリダニアで白いローブ着た術士がいたら幻術士だって思うよ! ねえ!?

 

「フロストてめえ……。危ねえな、回復薬が居るからって油断してたぞ」

 

 トールが呆れ返るように言ってくる。悪かった! ……マジで危なかった。なんなら、ちょっとぐらい怪我した方が得かな、ってぐらいに思っていた。

 

「ね、ねぇ。ココ悪くないんだよね?」

「ああ。悪いのは全部コイツだ。……ん?」

「だよな!? ほらココ悪くね―じゃん! もっとちゃんと謝りやがれ!」

 

 うるせえ、人を指差すな。こっちだってガッカリなんだよ。今日のポーション代全部てめえ持ちにするぞ。

 ……ん? 飛び跳ねるココルの横で、トールが藪をかき分けて、道から外れた方に入っていく。

 足元でぎゃあぎゃあ喚くココルを無視して待っていると、トールはすぐに藪を広げながら戻ってきた。右手に何かを持っている。

 

「あったぞ。待ってろ、もう少し採ってくる」

「おお、頼むぜ」

 

 トールは、紫の花を2種類、数本俺に押し付けて、再び藪の中に入っていった。ふわりと香りが鼻に届く。そういやこんな香りだったな。今回の目的はこの花の採集任務だ。

 

「花? お供え物か?」

 

 ココルが俺の持つ花を眺めて言う。俺は花の香り深く吸い込みながら答える。

 

「いや、薬の材料に使うんだろうな。この2つは……え? お供え物?」

「ああ」

「えっ何で? だ、誰か亡くなったのか?」

 

 またこいつ変なこと言いやがる。……すごく嫌な予感がする。ココルは驚きと、悲しみと、アホを見るような表情をいっぺんに混ぜて、俺を見て、言う。

 

「ハウケタ邸はちょっと前に、壊滅したよ。……みんな死んだ」

「…………はあ!? 何で!?」

 

 なんだそれ!? でかいお屋敷だろ、は、流行り病か何かか?

 

「あそこの女主人が、異界ヴォイドの魔物を呼んじまってな」

「……」

 

 異界ヴォイドは”妖異”と呼ばれる化け物たちの住処だ。住処と言っても具体的に場所があるわけじゃなく、言わばこの世界の裏側にあるらしい。たまに裂け目が出来ると、そこから妖異達が現れるという。

 ……稀にだけど、妖異をこっちの世界に呼び寄せる人間も居る。妖異の持つ不思議な術に、変な期待を抱いてしまうらしい。

 

 話によると、もう原因の女主人は倒されている。倒したのは流れ者の冒険者達だそうだ。屋敷の住民はことごとく妖異と化していたらしい。

 

「……なんだって、お前はそこに行くんだ?」

「友達が……あそこで働いてたんだ」

 

 ……働いてた、か。ココルは杖を強く握りしめて言う。

 

「ウルサンデルが……。ウルサンデルってのはそこで働いていた、生き残りの執事だ。知り合いなんだ。……そいつが屋敷を飛び出したときには、もう、女中は皆、だめだったらしい」

 

 一気にそう言うと、目の輪郭をにじませて続ける。

 

「せめて、あいつが生きてた証拠を見つけたい。今のココをあいつに教えたいんだ」

「…………」

「……手伝ってくれないか?」

 

 どうするかな。別に、俺はどっちでも良いんだけど。

 

「連れてってやれよ。花集めより、妖異退治の方が面白そうだ」

 

 トールが半ば道になった藪から戻ってきて言う、聞いてたのかよ。薬が売るほど作れそうな量の花を両手に持っている。花似合わねえなコイツ。自分でも似合わないと分かっているのか、歩いてきたトールは俺に花を押し付ける。

 俺は鞄に花を押し込みながら、返事をする。

 

「妖異はもう、倒されたって話だぞ」

「取りこぼしぐらい居るだろ。居たらタダ働きにならなくて済むぜ」

「……それもそうだな。良し、ちょっと覗いて行くか!」

「ああ。……何だニヤニヤしやがって。……元はと言えば、てめえのポカだぞ」

 

 別に? 俺はどっちでも良かったんだけどな。お前がそう言うんじゃ仕方が無い。

 

「着いてきてくれるのか……?」

 

 ココルが不安げな声で言う。

 怒ったり落ち込んだり、忙しいやつだが、悪いやつじゃない。

 

「ああ、ミューヌさんにも頼まれちまったからな。もうちょっとよろしくな」

「!! わあ! 意外といいヤツだなお前ら! ありがとな!」

 

 そう言って、少し先に走っていってぴょんぴょんと跳ねながら。

 

「そうと決まれば早く! 早く行こう!」

 

 落ち着きのないやつだ。……よし、グリダニアに戻ったら、飯でも奢らせよう。

 

 

────────────────────

 

 

 ……でかい屋敷だ。豪華な門をくぐると、ハウケタ御用邸がその姿を見せる。庭には、枯れかけた噴水に、人の形に刈り込まれた植木がある。植木はしばらく手入れされてないからか、ボサボサと枝が伸びてきていて、とても不気味だ。太陽は高く、晴れ晴れとして明るいのに、それがかえって不気味さを際立たせている。

 屋敷は、建築のことは良く分からないが、すごく大変な代物ということは分かる。左右対称の真ん中に入り口が見え、その上にどデカいステンドグラスが建屋の顔のように設置されている。カーラインカフェにあるものより数段でかいな。

 

「これが、個人の持ち物だってのか……。すげえな」

 

 トールがひとりごちる。確かにな、金持ちの考えることはよく分からん。俺達は入り口まで歩を進めて、派手ではないが、高級なものと分かるドアに手をかける。……鍵は掛かってないようだ。俺はトールとココルに目をやり頷く。2人が頷き返すのを確認してから、そっと扉を開く。……ひとまず、近くに妖異の気配はない。扉を大きく開いて中に入る。

 

 中も、凄まじく豪奢だ。ステンドグラスの明かりに、ポツポツとランプで照らされていて周囲が確認出来る。……ランプ? クソッ、エーテルが異常に溜まっているってことか、ダンジョンと化してやがる。

 外から見るよりもずっと広く。一つ一つのものがすごく上等であることが分かる。……何か持ち出せないかね、勿体ない。

 

「……今の所、気配はないな。ココル、女中さんの居た場所とか分かるか?」

 

 ココルは落ち着きなく周囲を見渡している。あまり冒険慣れはしてなさそうだ、ダンジョンなんてくるのは初めてなんだろうな。ココルは少し震えた声で返事をする。

 

「ち、地下だ。ウルサンデルの話じゃ、最後は女中がそこに集められていたらしい」

 

 ココルは杖を握りしめ、キッと前を見て続ける。

 

「そこに、エレノアの……遺品か何かあるはずだ」

「……ああ、慎重に行くぞ。トール、前頼むぜ」

「ああ」

 

 トールが斧を両手に持ち、ココルが指し示すふかふかした絨毯の廊下を歩く。

 

 

────────────────────

 

 

 少し拍子抜けだが、妖異らしいものとは全く出くわさないで地下までやってきた。ここを攻略した冒険者がせん滅して行ったのだろう。所々で戦闘の跡が見て取れた。

 ……なんだか、この徹底したお掃除っぷりは見覚えがある気がするな。石造りの吹き抜けになっている階段を下り、そっと扉を開けると、また廊下だ。

 

「……ん?」

 

 廊下に足を踏み入れると同時に、エーテル酔いに似た、かるいめまいを覚えた。この感覚は、過去視が起こるときと似ている。

 

「フロスト?」

「いや、何でもない」

 

 特に何か起こる気配はない。エーテルが濃いからな、そのせいだろう。気を取り直して周囲を伺う。……何か聞こえる……歌? かすかに歌声が聞こえる、女性の声だ。……俺だけに聞こえてるってことはないよな? 怖すぎる。

 俺は2人に身振りで、耳を澄ませるように伝える。2人の顔を見る限り、きちんと歌声は聞こえているようだ。

 しばらく耳を澄ませていたココルが、ハッと顔色変える。

 

「この歌……そんな!?」

 

 なっ!? ココルが、いきなり走り出した。クソッ! 馬鹿たれめ!

 

「トール!!」

「ああ! なんだってんだアイツ!?」

 

 2人で急いで後を追う。クソッなんて足の早いやつだ、追い越せない!

 …………!? 走るうちに、歌声はだんだんと大きくなり、そして、だんだん悲鳴のようなものに変わっていく。

 ココルは廊下に沿うように並ぶ、牢屋の一つの前で立ち止まった。

 歌声は、すでにただの悲鳴として聞こえている。

 

「そんな……エレノア……!!」

『イヤアアアアアアアアああアァァァァァアァアアアアアアアアああ!!!!』

「ココル! 待ち……ッ!」

 

 悲鳴は凄まじい音量で、この場を悲痛に満ちた響きで満たしている。

 牢屋の真ん中には女中姿の人間が座り込んでいる。両手で頭を抱え込むようにしているせいで、顔の全ては見えていないが、人間じゃないのは明らかだ。人の姿はしているが、構成し、放出するエーテルが、完全に人のそれではない。異形のものになっている。

 おまけに、あの姿には……見覚えがある。……ッ! なんだんだ、クソッたれ!

 その姿は、カーラインカフェでリーヴプレートに触れた時に見えた、過去の映像。そこで朗らかに笑っていた女性の姿だ。

 なんだってこんな、クソみたいな気分を味わわないといけないんだ!

 

「……! ぼけっとしてんじゃねえぞ!! ……ぐおッ!」

「なっ!? トール!」

 

 トールが怒号を上げて、庇うように俺たちの前に出る。トールの影に隠れてよく見えなかったが、何かが雨のように飛んできて、それをトールが体で受け止めたようだ。

 いくつかが逸れて床に刺さる。おい、石の床だぞ!? トールがよろめき、下がる。

 

「トール! ……なっ何だこれ、魔法? 釘か!?」

 

 床に刺さったそれは、確かに釘の形をしている。何に使うんだってぐらい長い、そんなものがトールに……!

 

「構うんじゃねえ!! それより良いんだな!?」

「……ッ! ああ、すまん。やるぞ!」

「……待っ!」

 

 迷ってる場合じゃねえ、今のこいつは妖異で、人を傷付けるバケモンだ。トールを前衛に2人で前に進む。ココルが何か叫びかけたが、無視だ。

 再び、釘が大量に飛んでくる。さっきと同じような角度で、何もない虚空から出現してきやがった。

 

「うおおぉぉお!!」

 

 トールが斧を振るい、飛んでくる釘を打ち払う。だが斧を逸れたいくつかが、トールの体に吸い込まれる。こいつの鎧は鎖を編んだ、鎖帷子だ。釘の全てを防ぐことは出来ないだろう。

 それでもトールは足を止めない。俺も釘を任せて、相手を観察し、隙を伺う。

 ……!! こ、これはまずい! 天井に鎖で吊り下がった、巨大な鉄の刃が現れた。

 

「上! トール!」

「……! ぐ、おお!」

 

 二度、三度と鉄の刃が落ちてきて、床に食い込む。なんとかギリギリで躱すことが出来た。……あと一歩だ!

 

『イタイ! イタイ! ヤメテエエェェェェェエエええ!!』

 

 女中姿のそいつが、裂くような悲鳴を上げながら、両手で頭を抱えたまま大きくかぶりを振った。躊躇う余裕なんてない。人の形をしてるんだ、首、腹、狙いを定める。……く、そ、またか!

 女中の背後、頭の上あたりに、巨大な柱が横倒しに出現する。柱は、鉄のような素材で、棘が無数に飛び出している。う、わ嘘だろ!

 棘付きの柱が、ローラーのように回転しながらこっちに飛んできた。

 

「が、わ、これは無理っ!!」

「があああああ!?」

 

 俺とトールは、体のあちこちを引き裂かれながら、後ろに大きく吹き飛ばされた。痛ってえええ!

 俺は、痛みを無視しきれないが、それでもすぐに立ち上がり追撃に備える。横でトールも同じように起き上がり斧を構える。

 ココルがいつまにかすぐ後ろに居て、声を上げた。

 

「フロスト! トール! だ、大丈夫か!?」

 

 ……ッ! ……? なぜか分からないが、追撃は無かった。

 

「……何だあ?」

 

 トールも訝しげに声を上げる。周囲を確認する。牢屋の入り口辺りまで吹き飛ばされたみたいだ……。いつの間にか、棘付き柱も消えている。悲鳴だけが、ずっと聞こえてくる。

 何なんだこれは……妙な感じだ。ちらっと自分の体を確かめる。ひでえ、腕がずたずただ。

 

「ポーションだ! かけるぞ! 動くなよ」

 

 ココルが駆け寄って、剥き出しの傷口にドボドボとポーションをかける。痛ってえ! もっとそっと頼む! 俺にかけ終わると、すぐにトールの方に向かった。トールは鎧のおかげで、そこまでのダメージは無さそうだ。

 腕の傷はすぐには塞がらないが、痛みはマシになった。多少クリアになった頭で、違和感の正体について考える。そもそもこの地下に入った時から変な感じがする。

 

「……! トール、釘は刺さってるか?」

「ああ? ん、いやねえな? あ?」

 

 トールは自分の体に触りながら、頭を動かしている。

 そうか、読めたぞ。俺は女中の方に一歩進む。

 

「フロスト!? 何やってんだよ!?」

 

 ココルが驚いた声を上げる、まあ見てろって。

 もう一歩前に進んだところで、また同じところから、釘が中空にざあっと出現して飛んでくる。見るのは三度目だ、難なく躱し、後ろに下がる。攻撃はまた止んだ。釘は、見ているそばから消えていった。

 それは、エーテルが霧散する様子と酷似している。

 ……大体分かったけど、気分は相変わらず最悪だ。ため息をつくと、ココルが泣き出しそうな声で言う。

 

「フロスト! 説明してくれ! エ、エレノアはどうしちゃったっていうんだ……」

 

 まるで救いのない話だ、説明するのは気が滅入るな。だけど話さないわけにはいかないだろう。俺は息を少し多めに吸い込んでから、言った。

 

「こいつは、エレノアじゃない。……これはエレノアの記憶、最期の記憶だ」

 

 この地下全体が、エレノアの記憶、記憶エーテルとも言える存在で満ちている。過去視と間違えるわけだ。普段は人や、物に閉じ込められている情報が、剥き出しに空間に撒き散らされていたってことだからな。

 俺は、ココルとトールに過去視のことは避けてこのことを説明した。そしてもっとうんざりする情報がある。

 

「重要なのが、エレノアに近づくほど、”死の瞬間”に近づいてるってことだ」

 

 平和な日常を思わせる歌声から、悲鳴。徐々に大きく、物騒になる拷問器具のようなエーテル体。……壊れたレコーダーみたいなもんだ。

 近寄ることでその現象が起こるというより、起こり続けている現象に飛び込んで行っていたってことだ。

 

「そ、そんなのって、あるかよ……! エレノアはずっと……!?」

 

 ココルが悲痛に満ちた声を上げる。

 ……別にこのままにしたって構わない。あとから人数を増やして、安全に戦うことだって出来るだろう。言ってしまえば、苦痛が、後少しだけ伸びるってだけだ。別に本人じゃない、エーテルの残響に過ぎないんだこれは。別に俺たちが。別に。

 

「……トール、最後の棘の柱、任せられるか?」

「……ああ。止めてやる」

 

 俺の別にやる必要もない提案、トールが乗っかってくれる。

 

「な、何をするつもり……?」

 

 ココルが震える声で言う。確信はない、だけど。

 

「試したいことがある。……上手くいってもいかなくても、エレノアの影には消えてもらうことになる。良いな?」

「……!」

 

 ココルは頭振って、はっきりした声で言う。

 

「頼む、……エレノアを開放してやってくれ!」

 

 ああ、ちょっと待ってろよ。ココル、エレノア!

 

「トール、恐らくさっきと全く同じ攻撃が来る、さっきと同じように避けるぞ」 

「ああ。……最後までは見てねえぞ。大丈夫か?」

 

 そうだ。さっきはあと一歩のところまで来てたが、多分もう一段階ある。何があるかは分からないが、死の瞬間のイメージが襲ってくるだろう。

 

「……ま、なんとかなるさ」

 

  棘付き柱は避けられない、受ける必要がある。トールが一度は受けてくれるが、チャンスはそれきりだろう。出たとこ勝負でなんとかするしかない。

 

「行くぞ!」

「フン……!」

 

 2人で前に出る。すぐに釘が無数に現れて飛んできた。それは、もう何回も見てるんだよ! 俺もトールも釘を躱し、最低限の避けられない分はトールが斧で叩き落とす。次は天井から、鎖付き鉄の刃だ。……ん?

 

「……げえっ?」

「おい話が違えぞ!?」

 

 さっきとは違う位置に刃が出現する。ここはランダムかよ!? ……まずい避けられない!

 

「『虚空の風よ、非情の手をもって、人の業を裁かん』! ──ブリザラ!」

 

 背後から俺たちを覆うように出現した氷の塊が、天井から落ちる刃を弾き飛ばした。

 ……ココルッ! やるじゃねえか!

 

『アアアああアぁァ! イタイ! イタいィイ!!』

 

 棘付きの鉄の柱が現れ、回転しながら向かってくる。トールが一歩前に出て、咆哮する。

 

「来いっやあああああ! ランッパアァァトォ!!」

 

 トールがエーテルを剥き出しに開放して、防御力を大幅に向上させる。

 そのまま体ごと斧をぶつけるように棘付き柱を受け止めた。回転する棘が当たり、鎧が火花を散らし、欠片が撒き散らされる。

 柱は勢いを止めずに回転し続ける。それでも……お前は止めるって思ってたぜ!

 俺は、トールが受け止めた、少し持ち上がった柱の下を足から滑って潜り抜ける。

 頭のすぐ上を回転する棘が通るのが分かって、ちょっとひぇってなる。滑った勢いをそのまま使い、体を起こす。エレノアはもう目の前だ。

 

「こんにちは、お嬢さん! お休みの時間だ!」

『ア、あアア、コナイデええぇええエエぇぇぇえエ!!』

 

 軽口を叩く俺を無視して、エレノアは、これまでで一番の悲鳴を俺にぶつける。

 構うもんか、俺は腰の鞄に手をやる。

 ……!

 エレノアは、顔を覆っていた手をいつの間にか離し、その素顔を俺に向けている。

 エレノアの顔は、過去視で見たものと違い、苦痛に歪んでいる。

 そして、目が真っ黒だ、いや、目が無い……!

 空っぽの眼窩を俺に向けている。

 一瞬怯んだ俺の、目の前に、真っ白な、不気味なほど綺麗な手が現れた。手は女のもので、爪が赤く塗られている。

 ひ、一つじゃない、何本も同じような手が現れ伸びて、俺の首や、肩に触れる。

 こ、これが、お前の死の記憶か……!

 

「が、あ!?」

 

 まるで温度を感じない手が俺に触れると、生命を吸われる感触が、ド、ドレイン……か!?

 クソッ後には引けないんだよ! 俺は左手の短剣で女の手を切り払い、前に出る。

 もう片方の短剣は、とっくに放り捨てた。俺は右手を鞄の中に手を突っ込み、中身全てを引っ掴み取り出し、エレノアの胸の当たりに押し付け、手のひらから全力でエーテルを込める。

 俺の手に握られているのは、もともと鞄に入っていたピックやシャード、リーヴプレート、それに、今日採った花の束だ。

 

「う、お、おぉぉぉおおお!」

 

 この花の名前は、”ラベンダー”と”マージョラム”。

 これらから作られるのは、やまびこ薬──その効能は、失った言葉を思い起こさせる、記憶の想起!

 思い出せ! 痛みなんて、人生のほんの一欠片でしかない。そんなものに、思い出全部が、支配されるなんて、あっちゃいけないんだ!

 俺は手のひらの中でシャードを反応させ、花から抽出されるエーテルを、深くエレノアの体に押し込む。

……ッ! だめか……!? 白い女の手は、ますます増えて、俺を締め上げようとする。

 俺は左手の短剣を意識する。これで最後だ! 短剣を振り下ろす場所を探しながらも、右手に強く力を込める。

 指先が暖かな何かに触れた。

 花の香りが辺りに広がり、水面に広がる波紋みたいに、風に触れた草原のみたいに、色がさあっと変わるような感覚がする。

 ……辺りを支配していた記憶エーテルが、色を変えて拡散していく。

 

 波紋の中心にあるエーテルの塊は、もう異形のそれではなく、人の心の形をしていた。

 

「エレノア!!」

 

 ココルが声を上げて、エレノアに駆け寄る。

 ココルはエレノアに触れ、声をかける。

 

「エレノア……私よ、分かる?」

 

 エレノアはその言葉に顔を、その瞳をココルに向けて言った。

 

「……ココロお嬢様……お久しぶりですね……大きくなられまして……」

「エレノア! ごめんなさい、わ、私、もっと早く来ていれば……!」

 

 エレノアは過去視で見た時よりも、優しく微笑み、ココルに触れて言う。

 

「冒険者になられたのですね……うれしい……たくさんお話しましたよね……」

「……! ……そうだよ」

 

 ココルは目にいっぱいに涙を浮かべながら、言葉を絞り出す。

 

「ひ、ひとりでグリダニアまで来たの。モンスターとだって戦ったんだから」

「……すごい……とても……うれしい……でも……怪我は……しないでください」

「うん……うん……」

 

 2人は穏やかに、言葉を交わしている。……確かに届けたぞ。

 ……まずい、体が、重い。立ってらんねえ……。

 後ろにグラリと傾いてしまう。とん、と何かが体を支える。

 

「おい。無茶しやがるな」

「ああ。なに、大丈夫さ。今は……」

「……フン。そうか」

 

 ……俺がボロボロなのが、そんなに嬉しいか? ……ニヤつくんじゃねぇ。

 ココルとエレノアは最後の瞬間を共有している。エレノアの体は、徐々に輪郭を失い、霧散していく。何を話しているかはもう聞こえない。僅かな時間の後にエレノアは最後に大きく揺らめいて、そのエーテルが辺りに散った。

 

「うわあああああああ、ああああ!!!」

 

 ココルが大きく声を上げて泣いている。もう出来ることは何もない。ただ待つだけだ。

 

 

────────────────────

 

 

 しばらくして、今、俺達は屋敷から出たところに居る。

 

「本当に、ありがとうございました。最後に会えるなんて思ってなかったから……。この恩は必ず返します」

 

 ココルは深く頭を下げて、上げようとしない。ったく調子狂うな。

 

「要らねえよ。俺らは、ミューヌさんに恩が売れればそれでいい」

 

 ああ、あとゴントランさんには借りを返してもらおう。期限切れのリーヴなんて寄越しやがって。

 

「そんなわけには……!」

 

 ココルはようやく顔を上げたと思ったら、まだ食い下がってくる。良いってんだけどな、帰れやしないぞ。何とかこの場をやり過ごし言葉を探す。

 

「何もしてないさ。俺たちは”ココロお嬢様”、なんて知らねぇよ。な、トール」

「ああ。知らねえな」

 

「……! ……ありがとう」

 

 ココルは胸に手を置いて、嬉しそうに言った。

 パッと顔を上げた時は、もう見慣れた方の表情をして、とんでもないことを言う。

 

「な、なあ! ココを仲間に入れてくれよ! 役に立つからさ!」

「はあ!?」

 

 いや実家、帰れよ!? あんなこと言っちゃったから、もう言えないけど、結構上等な家あるんだろ!? 家出か修行か知らんけど、面倒見れるか!

 

「だめだ、2人も世話しきれねぇよ」

トールが「世話してもらった覚えはねえ」とかぼやきながら、もう帰りの方に歩き始めている。

 

「そんな事言わずにさ、入れてくれよ! な! な!」

「だめだ、だめだ」

「そんな事言わずにさ、入れてくれよ! な! な!」

「めげねえな!?」

 

 あとそれ、ちょっと違う世界線だから止めてくれ。

 ぎゃあぎゃあ言い合いながら、帰路に着くことになった。日は少し傾き始めているが、沈むまでにはグリダニアに戻れるだろう。

 

 

────────────────────

 

 見込み通り、夕方にグリダニアに着いた。今はカーラインカフェで卓を囲んでいる。……三人で。運ばれてきたジョッキを打ち合わせると、ココルが声高に言う。

 

「ここに、ココルと愉快な仲間たちの結成を宣言する!」

 

「解散」

「ココル様の今後のご健闘をお祈り致します」

「なんでだよ!」

 

  何だよ、そのチーム名、ヤダよ。その宣言も何か腹立つ。ジョッキの中身は蜂蜜酒だ。こうやって飲むもんじゃないかもしれないが、今日ぐらいはミューヌさんも多めに見てくれるだろう。

 

「さあココのおごりだ! じゃんじゃん食え!」

 

 流石に何のお礼もナシは、絶対に嫌だとココルは食い下がった。仕方がないので今日の飯をこいつに奢らせることにした。

 トールがどんだけ食うか、知ったらそんなこと言えなかっただろう。せいぜい財布を軽くしてもらうか。

 卓に突いた自分の腕に目をやると、もうほとんど傷跡は残っていなかった。

 

「何か、やけに効きの良いポーションだったな。ありゃ何だ? ココル」

 

 早くも蜂蜜酒を飲み干したココルが、ジョッキをコツと置いて答える。

 

「ぷはあっ! あ、ポーション? 何だっけ、確か、何とかエリクサーとか言ったかな?」

 

 そう言い捨てて、大声で店員さんにおかわりを注文するココル。

 へえ、エリクサーね。……エリクサー!? しかも、何とかって!? エリクサーの上に、言葉着くのか!!?

 

「おい! コ、コ、ココル!? な、何エリクサーだって!?」

 

 ココルは詰め寄る俺から、嫌そうに身を引き、答える。

 

「ええ……忘れちゃったよ。えっくすだか、はいじゃーだかそんな感じ」

 

 うおおお、超高級ポーションじゃねえか……! 売ったらいくらになるんだ。うっげ、今日2つも使ったじゃねえか! 勿体ねえ! トールなんて塩で良いんだよ塩で!

 

「い、あと、いくつあるだ、おい!」

「ポーション? 売ったよ。てか飯代それ」

 

「……はぁ!? なんで?!! 何してんだ!!」

 

 売った?! いや、それは良いけど、何で飯!?

 

「えぇ……だって、お金あんま無かったし、奢るなら腹いっぱい食わせたいし」

「どんだけ食わせる気だ!」

 

そんなに食えるか!! どんな金銭感覚してんだ!! 

 

「注文取り消せ、節約すれば一月は食って寝て出来るぞ」

「何わけ解んないことって言ってんだよ。……あ、ミューヌさん!」

 

 ミューヌさんが、こちらに手を上げながら近づいてくる。

 

「ココル君、パーティ組んだんだって? 僕も嬉しいよ」

「ありがとう!」

 

 ミューヌさんはこちらに向いて、微笑み話しかける。

 

「君たちのこと、誤解していたよ。僕からも礼を言わせてくれ」

 

 そう言って頭を下げると、続けて言う。

 

「食事代、奮発して貰っちゃたからね。裏方総出で、腕によりをかけて作っているよ。楽しみに待ってていたまえ」

 

 嬉しそうに言うミューズさんには悪いけど、そんな勿体ないこと出来ない。

 

「あ、ミューズさん、悪いんだけど注文とりけっぐむ!?」

「気にするな。ミューズさん。じゃんじゃん持っきてくれ」

 

 トールが俺の顔面を塞いで勝手なことを言う。ミューヌさんは「任せてくれ」なんて言いながら行ってしまった。

 

「トール、なんなんだてめえは!」

「お前の方がなんなんだ……。最後までカッコつけらんねえのか?」

 

 んなもん知るか! ああ……食い物が運ばれ始めちまった。仕方ない、食い溜めの限界に挑戦してみるか。トールもココルも上機嫌に笑ってやがる。そんな顔を見てたら少し気が晴れた。

 

 

─────

 

 

 トールもココルも椅子にふんぞり返って、寝てやがる。腹が膨れて体が前に倒れらんねえんだ。そういう俺も、ちょっと前かがみにはなれそうにない。食ったなあ。

 …………。俺は、今日の出来事を思い返す。

 ……実は、ラベンダーやマージョラムが記憶に作用するなんて、眉唾な話だ。沈黙と呼ばれる症状で、声が出なくなる作用機序だって分かってないんだ。そういう効果が働いているかもしれない、くらいの話だった。

 ……花の効果がどんな風に作用したのか、そもそも作用したのかは、分からない。

 だけど、あのとき俺は、「記憶」そのものに触れたような気がする。

 過去視の力の延長線上なんだろうか。何なんだろうなこの力は。起こるときは選べないし、知りたくもないことを伝えようとしてくる。

 俺は俺のために、この力を使うと決めている。……だけど、誰か教えて欲しい。自分のために生きることが、真に自分のためなのか。

 どうせ答えは出ない。俺もこのまま寝ちまおう。三人で怒られるなら、まあいいか。

 




20/11/23 体裁等修正
20/11/23 訂正:グリダニアの特産はワインじゃなくて蜂蜜酒でした
21/1/21 誤字とか修正


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2−2:テレポ日和

 森の都、グリダニア。場所で言えばアルデナード小大陸の東真ん中ぐらいで、アラミゴの西、ザナラーンの北辺りだ。この辺は黒衣の森と呼ばれる大森林地帯が広がっていて、グリダニア市街はこの森の中心の、翡翠湖を見下ろす高台にある。

 

「ん? 燃えてる敵にファイアする理由?」

 

 俺は仲間とよく晴れた翡翠湖を望む酒場、カーラインカフェのテーブルを囲んでいる。ここは冒険者ギルドも兼ねていて、依頼の斡旋、宿泊施設、飯、と重要な施設が固まっている。割の良い依頼は大抵ここに集まるし、冒険者をやっていれば必ず利用するだろう。

 仲間ってのは2人いて、今喋っていたココル・コル。こいつは他種族の子供みたいな外見に尖った耳を持つ、ララフェル族の呪術士だ。前に幻術士に間違えられたのを気にしてか、今はつばの広いハットを被っている。呪術士ギルドの奴らは、フードを被るイメージの方が強いけどな。それにハットを白く染めているせいで、結局幻術士っぽく見える。

 ……やけに真っ白だけど、それ高い染料じゃねぇの? 元はどこかのお嬢様のようで、名前もホントは……違った気がする。

 

「ああ。おかしいだろ。燃えてる敵には氷、植物みたいなやつには炎。そういうもんじゃねえのか?」

 

 今喋った斧を背負った大男が、もうひとりの仲間トール・クラウドだ。そう言えば、こいつもホントの名前じゃない。トールの種族は、巨体で目立つルガディンの一部族、赤い肌が特徴的なローエンガルデだ。山奥に住む部族らしいが傭兵をやることが多かったらしく、人里に降りるときには自分でエオルゼア共通語の名前をつけるらしい。こいつの名前の由来は、背の高い雲、つまり、かみなり雲ってことだな。

 

「っかぁ──! これだからエーテルの使い方ってものを知らない、肉体言語の使い手は。はぁぁ、仕方がない……、このココ様がエーテルの奥深さとその考察についてご教授しておいおいおい胸倉つまんで何する気だよぉ」

「……てめえの話し方がまだるっこしくってなあ。肉体言語とやらで会話した方が早そうだ」

 

 今日は依頼も受けておらず、昼前からエール片手にだべっている最中だ。ここしばらく依頼続きだったからな、今日ぐらい良いだろ、戦士の休息ってやつだ。まったく、せっかくの休みだってのに静かに出来ないのかこいつらは。しょうがない、このチームの? リーダー的存在? なこの俺が、この場を収めないといけないみたいだ。

 

「やめなよ。他のお客の……」

「上等だてめぇトールかかってこい!」

「ココ、てめえはそろそ「年下の癖に生意気なんだよ! 敬語はどうした!」被せんじゃねえ!」

「おい!! 無視するんじゃねぇ!!」

 

 ……俺の名前は、フロスト・カーウェイ。種族はミッドランダー、双剣士をやっている。冒険者だ。

 

 

────────────────────

 

 

「えっと、ファイアのことだったよな」

 

 ここグリダニアはどちらかと言うと排他的で、静黙とした落ち着いた雰囲気を是とする文化だ。最近は冒険者の出入りも増えてマシになったが、あんまりぎゃあぎゃあ騒いでいるとカフェから追い出されかねない。

 ようやく騒ぐのを止めたココルは、ジョッキを片手に話し始める。

 

「そうだな……。確かにファイアの呪文は炎をまとってるし、熱も持ってる。触れば熱いし火傷だってする。だけど、別にそれが目的じゃ無いんだ。ファイアを唱える目的は、敵を打ち倒すこと。分かる?」

 

 さっぱり分からん。敵を倒すために火ぃ吹いてんだろ? それが目的じゃねぇか。

 

「……なるほどな。火や熱は副産物か。本命は衝撃そのものってことか?」

 

 トールが顔を上げて口を開く。意外なところから賢そうな意見が出たな。こいつは色んなものを見るため、知るために山から降りてきたらしい。だから意外と知的好奇心が旺盛だ。

 

「……意外なところから賢そうな言葉が出たな」

 

 今のはココルだ。お前は思ったこと全部口に出すんじゃない。ココルは先生ぶった雰囲気を出して話す。

 

「でもそのとおり! 炎は、いち現象に過ぎない。もっと言うと衝撃も、ちょっと違う。ファイアの目的は、”破壊”そのものだ」

 

 うーむ、分からん。ココルは大げさな手振りで話を続ける。

 

「つまりな、ファイアという呪文が六属性における一つの火属性そのもの、っていう認識がちょっとズレてるんだ。注目すべきなのは六属性を支配する二つの極性、すなわち星極性と霊極性。極性については知っているよな? ファイアは確かに六属性の中では火に属するんだけど、注目するべきなのはその星極性への偏らせ方なんだよ。星極性の本質は活発や発展、つまりは”動”そのもの。他のイメージでいうと促進、興奮そして振動。そこに偏らせきったファイアという呪文はその性質を体現することで破壊的な振動、衝撃、熱的変動性をもたらすってわけ。乱暴に言うとファイアは火属性呪文というより、星極性呪文ってことだ。分かる?」

「待て。早い長い、分からん」

 

 ひとつも分からん。そもそも星と霊ってなんだっけ。六属性はあれか、火風氷水雷土だったか。

 

「……なるほどな。極性の極端な偏りと火属性による”現象”か。……だがココル、氷の呪文は…」

「トール、待ってくれ。俺は付いていってない」

 

 全然分からん! 頼むから置いてかないでくれ! ココルが「え〜〜っと」と眉間にシワを寄せて考え込む。トールも目を瞑って言葉を選ぶように目を瞑る。……なんだろうな、この、置いてけぼり感ていうか、足手まとい感。いたたまれない、早く終わらせてくれ。

 ココルが「ああ」と顔を上げ、説明を始める。助かる。

 

「つまり、あれだ! ハンマーで釘をガンガン叩くだろ? 釘めっちゃ熱くなってるだろ? だけど釘を刺される相手にとっては熱かろうと冷たかろうと関係ないんだよ。つまりそういう事。……どうだ?」

「……! 分かる、分かったぜココル! ったく最初っからそういう風に説明しろよな!」

 

 ……なるほどな。ようやく分かったぜ。詰まるところは、ファイアってのは燃える釘を投げてるってことだったわけだ。

 

「……ホントに分かってんだろうな、フロスト?」 

 

 ココルは訝しげな顔で言う。分かってるよ、釘を刺すみたいに言うんじゃねぇブハハ!

 

「……氷の呪文はどうなる? ココル。お前に言う通りなら、ずっとファイア放ってれば良いだろ。だがお前はファイアとブリザド、順番に唱えてるよな。何なんだありゃあ」

 

 トールが髭をいじりながら話し、ココルも頷きながら答える。

 

「よく見てんな。もしかして、ココの……ファン? 待って、落ち着けって拳を降ろせって。……えっとブリザドはな、効率が良いんだよ。そもそも呪術士は環境エーテルを使って、現象を起こす。でも自分のエーテルを全く使わないんじゃない。特に動的な星極性に偏らせるファイアは消費が激しい。発散しようとするエネルギーを集めて、固めて、投げるわけだからな」

 

 ココルは言葉を一旦切って、ジョッキを傾ける。

 

「ぷはっ……想像つくだろうがブリザドはファイアの反対、霊極性に偏らせて現象を起こす。氷の生成、エーテルの阻害・停滞だ。んで停滞を司る霊極性だからさ、留めやすいんだよ。ファイアに比べて集めて、固めて、のところが楽なんだ。おまけに霊極性に偏らせるときに星極性が周囲にあぶれる。その局所的な星極性の偏りを、魔法の推進力に利用することが出来る」

 

 もう話は全く頭に入ってこない。しかし楽しそうに喋るやつだな、今までこういう話をする相手がいなかったのかもしれねえな。

 

「簡単に言うとファイアは自分で思いっきり投げないといけないけど、ブリザドは自分ですっ飛んでくれるって感じだ。ただし”破壊”って面ではブリザドはかなり劣る。まあその辺は仕方がない。破壊に向かない極性を、破壊に転ずるための呪文だから。どちらかというと体内エーテルの極性に大きなメリットがあるんだけど、今度にするか。一気に喋ったら疲れた」

 

 そう言ってココルは一方的に話を打ち切った。トールはふーむ、と低く鼻を鳴らし満足げだ。自分の中で話を噛み砕いているのだろう。俺は、両手でジョッキを持ってぐびぐびとエールを飲むココルに話しかける。

 

「よく分からなったが、大したもんだ。そういうのは呪術士ギルドで習ったのか?」

「いや、ココはギルドには入ってない。家に来てもらってたお師匠に教えてもらったんだ。」

「ふーん、家庭教師ってやつか。俺はてっきり、お前の口の悪さは呪術士ギルドのマスターたちの影響かと思ったぜ」

 

 5つぐらいの小さな黒い影と笑い声が脳裏に浮かぶ。そういや名前も似ているしな。……親戚じゃないよな?

 

「何だフロスト、お前ウルダハに居たことがあるのか?」

「ああ、リムサ・ロミンサの前はな。剣闘士。賞金稼ぎ。遺跡荒ら──調査。結構色々やってたぜ」

 

 海の都リムサ・ロミンサも砂の都ウルダハも、ここエオルゼアの都市国家だ。ここから南のザナラーン地方にあるウルダハは商業が盛んで「黄金都市」なんて呼ばれることもある。エオルゼアのギルのほとんどがウルダハにある、なんて話だ。

 

「へえ! 良いなあ、いっぺんは行ってみたいんだよな。砂漠に荒野、古代都市の遺跡群……くぅ〜〜見たい!」

「こいつ。遺跡荒らしって言いかけてたぞ……。ウルダハか、蒸留酒が美味いって話だな」

 

 興味を引かれたのか、トールも体を乗り出しながら話に入ってきた。……まずいな、この流れは。

 ココルが手を打ち鳴らしながら、嬉しそうに声を上げる。

 

「じゃあじゃあ行こう、ウルダハっ! この辺も随分回ったしさ。そろそろ場所も変えて、一攫千金狙いに行こうよ!」

「悪くないな。金も少しは貯まったところだ。斧と鎧、良いモノがありそうだ」

 

 トールがココルの提案に同意する。かなり乗り気みたいだ。……やっぱりこういう話になったか。どうするかな。

 ココルとトールがこちらを向いて問いかけてくる。

 

「フロストも良いだろ! な? わぁあ、どこから見て回るかな」

「別に構わねえよな? ウルダハに居たってんなら道案内、頼むぜ」

 

 俺は片手を上げて、好き勝手喋るこいつらの注意を引く。

 

「待て、俺はウルダハには行けない。俺にも事情ってもんがある」

「……ありゃ。何だ、結構やばめなのか?」

「仕方がねえが。ザナラーン全域ってわけじゃねえだろ。他の街ならどうだ?」

 

 深刻な俺の声に、2人は耳を傾ける。意外と真剣に聞いてくれてるな、こいつらなら事情を話しても良いかもしれない。力にもなってくれそうだ。

 俺は少し声を落として、ウルダハでの罪について告白することに決めた。

 

「実はな…………借金があるんだ」

 

「なあどうやって行く? 船? チョコボ?」

「飛空艇は許可書が無えしな。エーテライトはどうだ? 近くで交感してるところはねえのか?」

「エーテライトか……、あっホライズンならある! 子供の頃あの辺の港に、船で停泊したことがあったんだ」

「お。そりゃ都合が良いぜ。俺もホライズンはリムサ・ロミンサからの荷運びで行ったことがある」

「おい! 俺を無視して話を進めるんじゃねぇ!」

 

 俺が声を上げて主張するが、2人の反応は冷たい。2人は同時にため息をついて、首を横に振り、代わる代わるに言う。

 

「自業自得じゃん」

「借りたものは返せ」

 

 ……ごもっともです。

 

「大体、借金てのはどれぐらいなんだ」

 

 トールがジョッキを卓に置き、椅子に寄りかかって言う。何だ、代わりに払ってくれるのか? 淡い期待を寄せながら、俺はトールとココルに「こんなもんだ」と言いながら指でその貸しの大きさを示した。

 

「フン、大したことねえじゃねえか」

「そうだよ、それぐらいに普通に返したら良いじゃん?」

「……そ、そうだな……」

 

 ……借りた時から、金額が変わってなけりゃね。1年以上放置していたけど、利子がどれだけ付いているか分かったもんじゃない。そもそもまともな借金じゃないしな。だけど俺はつい同意してしまった。それを言うとまた、自業自得だなんだと言われそうだ……。

 盛り上がる2人を前に、どう諦めさせるか思案していると、近くに人が立つ気配がする。その人はテーブルに座る俺たちを見下ろして、声を掛けてきた。

 

「君たち、ウルダハ行くのかい?」

「ん? どうも、ミューヌさん。いやまだ行くって決まったわけじゃ……」

 

 声を掛けてきたのはカーラインカフェの店主、エレゼン族の女性のミューヌさんだ。彼女は冒険者ギルドのマスターでもあり、ここにいる間はすごく世話になっている。……すごくご迷惑もおかけしております。

 何とかウルダハ行きを阻止したい俺は、言葉を濁す。しかしもう行く気満々のココルの口までは止められない。

 

「ミューヌさん、ちわ! そうなんだよ! ミューヌさん行ったことある?」

「フフフ、仕事で良く行っていたよ。それよりも、どうだい? ウルダハの冒険者ギルド、クイックサンドに紹介状を書こうか?」

 

 ミューヌさんが微笑みながら言う。冒険者ギルドのマスターの紹介状なんて、誰でもおいそれと書いてもらえるもんじゃない。その冒険者の強さや性格、素行なんかの文字通りお墨付きがもらえるわけだからな。仕事の斡旋なんかでかなり優遇されるはずだ。はずだが……。

 

「いいのっ? お願いするよ!」

「随分気を利かせてくれな。助かるぜ」

「……」

 

 ココルとトールは素直に喜んでいる。だけど俺は懐疑的だった。確かに俺たちはここグリダニアで、そこそこの依頼をこなしてきた。鳥人蛮族のイクサル族との戦い、ゲルモラ遺跡の調査、その他それなりに役に立ったと思う。でもそれ同じぐらいに迷惑を掛けたはずだ。依頼を選り好みしたり、依頼人と喧嘩になったり、騒いだり、壊したり、酔いつぶれたり、他の冒険者と喧嘩になったり、依頼を忘れてたり。……そんなもんか、大したこと無いな。

 ミューヌさんは嬉しそうに答えるココルとトールを見てニコニコしながら言う。

 

「すぐに書いてあげるよ。いつ出発か聞かせてくれるかい? 今日? 明日?」

 

 ……! そうか、この人、俺たちを追い払おうとしている……!

 日程や経路について話す3人を眺めながら、俺も密かにウルダハ行きを決意した。こう嬉しそうにされちゃな、水を差すのも野暮だろう。借金は、まあ、どうにかなんだろ。

 

 

─────

 

 

「ホントに今日出発するとはな」

 

 俺は淡い青の光を放ち、ゆっくりと回転するエーテライトを眺めながら呟いた。ウルダハ行きの話が出た、今日の午後である。俺たち3人はカーラインカフェの裏手のエーテライト・プラザに立っている。善は急げとばかりに宿に散らかしていた荷物をまとめ、その間に書いてもらった紹介状を受け取り、その足でここまで来た。

 

「早く早く! ココ、テレポするの初めてだ! どうするんだ?」

「俺も初めてだ。……本当に一瞬で移動するのか? どういう理屈なんだ」

 

 きゃっきゃと騒いでいるココルとトールは初めてらしいから、簡単に説明してやるか。テレポってのは本当は、地脈に近いところならどこからでも出来るんだが、今回は初心者向けだ。俺はエーテライトに手を伸ばして言う。

 

「こうやってエーテライトに手を向けて、エーテルの流れに集中してみな。ここのエーテライトからエーテルの流れが木の根みたい伸びてるのが分かるか? それが地脈だ。」

 

 ココルとトールは言うとおりにエーテライトに手を伸ばして、目を瞑ってエーテルの流れを探っている。

 

「こうか? ……ああ、へえ、こうなってるんだ」

「……なるほどな。……ここを中心に広がっているようだが、ここが特別なのか?」

 

 どうやらちゃんと地脈を感じ取ることが出来ているようだ。俺はトールの質問に答える。

 

「特別っちゃ特別だな。ていうのもエーテライトってのは地脈の集まるところ、結節点にしか置けないんだ。ここ以外の地脈が重なってるところ、分かるか、エーテルが強くなってるだろ」

「あるある。……結構多いな?」

「……ああ」

 

 数は、分かんねえな。エオルゼアに建てられてるエーテライトの数だけでも、数十はあるだろうな。

 

「そん中のエーテルの……パターンっていうかな、見覚えがあるのを見つけられるか? それにエーテルで触る感じだ。やってみりゃ分かる」

「お、おおすげえ! 分かる! これホライズンだ!」

「おおー……。一回交感しただけなのに、分かるもんだな……ん?」

 

 交感ってのはエーテライトのパターンっていうか、信号っていうかを体に刻むことだ。大抵は一生失われないし、触れれば体が思い出す。あとは地脈に乗って、このパターンにエーテルを共鳴させることで、目的の場所で地脈から抜け出すことが出来る。

 

「……! お、おい、フロスト。何だ、体が持っていかれる感じがするんだが、合ってるのか」

「コ、コ、ココも、ひ、引っ張られれる、こ、怖っ」

「ん? ああ、地脈の流れを掴んだか。合ってるぞ。きちんとホライズンのエーテライトと共鳴させておけよ。……失敗すると永遠に地脈を彷徨うことになるぞ」

「え!? 嘘だろ! ちょまっわっ体が浮く──!?」

「ふざけんな! 聞いてねえぞ! う、お──!」

 

 2人の体は一瞬、浮いたあと、虚空に吸い込まれるように消えていった。上手くいったみたいだな。最後のは、からかっただけだ。そうならないためのエーテライトだしな。そんなことは……まあ、滅多に起こらないはず。

 さて、俺も行くか。俺は地脈に意識を集中し、自身のエーテルをホライズンのエーテライトに共鳴させる。地脈の大きな流れに引っ張られるような、感覚に身を委ね、テレポを行使する。

 気が滅入るな。初めてらしいから、あいつらには言ってないが、テレポってのはすっげえ疲れる。そんでもって酔う。俺たち冒険者は割と濃いエーテル密度を持っているが、それでも1,2日は使い物にならなくなるだろう。そんなリスクが無かったら、飛空艇も船も要らなくなるだろう。こんなもん1日に何回も使えるやつが居たら、そりゃ化け物だ。

 



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3−1:異心伝心 ザナラーン紀行①

「おーい、フロストォ……まだぁ? まだ着かないのかよ。ココ喉カラカラだよ」

「もう少しだって……何べん言わせんだ! トール、もうそいつ放り捨てろ!」

「……おいココル。そろそろ自分で歩け。何で俺がお前を担いで登ってんだ……」

 

 真っ青な晴天の下、俺たち3人は延々と続く石造りの階段を登っている。少し傾いたとは言え、まだまだ日差しは強烈だ。俺たちの背中を、後ろからジリジリと焼いている。悪意すら感じる太陽とは対照的に、乾いた大気はそこまで熱くはない。砂混じりだが、風が吹けば涼しさを感じるぐらいだ。だがその涼しさと引き換えに、容赦なく体の水分を奪っていく。

 ここは西ザナラーン名物の、ササモの八十階段。ザナラーンはエオルゼアの南部にあたる温暖で乾燥した土地だ。俺が後ろを歩く仲間の方へと振り返ると、階段から見下ろした風景には荒涼とした砂漠が広がっている。

 

 まだかまだかと俺に文句を垂れているのは、仲間のひとり、ココル・コル。白いハットに白いローブを身に着けた、ララフェル族の呪術士だ。一見小さな子どもみたいな姿だが、これで立派な成人らしい。……中身の人格までは責任取れないが、そんなもんは他の種族でも変わりはしない。

 ナリや性格はともかく、こいつはエーテル操作に長け、強力な呪術を使う。環境エーテルを利用するこいつの”呪術”は、人ひとりが出せるとは思えないような威力を持つ。そんな訳でこいつは俺たちパーティの攻め手の主力だ。

 そのココルは、この階段を歩いちゃいない。図々しくも乗り物に物申している。

 

「そんな事言わずにさ、頼むよトール! だって見ろよ、この階段。ココの腰ぐらいの高さじゃんか。な?」

「……な。じゃねえんだよ。大体てめえ。重いんだよ。砂でも詰まってんのか……痛ってえ! 噛むんじゃねえ、本当に放り捨てんぞ!」

 

 暴れるココルを小脇に抱えて、大男がえっちら階段を登っている。ココルとは正反対に、エオルゼアに住む種族の中でも一際でかい、ルガディン族だ。その鉄さびのように赤茶けた肌は、山の部族ローエンガルデの特徴だ。傭兵で有名なこの部族は、山を降りる際に自分で名前を新たに付けるらしい。その名前は、トール・クラウド。どんな経緯で付けたかは知らないが、由来は雷雲だろうな。

 使い倒してボロボロの鎖帷子を身にまとい、背負った大斧は斧術士の証だ。リムサ・ロミンサの斧術士ギルドの技を活かし、敵のど真ん中に立つ、パーティの壁役兼攻め手だ。

 

「ったく、遊んでんじゃねぇっての……。おい、早くこっち来いよ。お目当てのもんが見えるぜ」

 

 俺は一足先に進み、開けた場所に立つ。俺の名前は、フロスト・カーウェイ。別に珍しくもないミッドランダーの男だ。得物は腰に差した二本の短剣。双剣士ギルドで学んだその技で、偵察、兼攻め手を担っている。要は敵を見つけたり、敵から隠れたり、後ろから止めを刺したりするカッコいい役割だ。

 ここザナラーンは俺の古巣で、道案内をさせられている。つい昨日森の都グリダニアから、転送魔法テレポを使って西ザナラーンのホライズンまでやって来た。転送によるエーテル酔いでゲロゲロしてたこいつらも、1日休んでようやく歩けるようになった。俺はテレポには慣れてるから、そこまでじゃないが、そう何度も使いたいとは思わない。

 ドスドスと足を早めたトールと、荷物のように抱えられてるココルが、俺のそばまで登ってきた。そして眼前に広がる目的地に感嘆の声を上げる。

 

「おおおお! すっげえええ! でっっけええええ!」

「おお。ありゃすげえな。……本当に人の手で作ったのか?」

 

 はっ。こんな風に素直に感動しているところ見せられると、案内人冥利に尽きるってもんだな。

 ここからは巨大な建造物が一望できる。それは見るからに堅牢で、背の高い城壁に囲まれている。削られ、磨かれた石材が無数に積まれ、ところどころに刻まれた意匠や、構造の複雑さが高い技術を感じさせる。城壁の向こうには、それをさらに超えるような高さの丸屋根が、これまた無数に頭を覗かせている。

 俺が言うのもおこがましいが、言わせてもらうか。いつも街の入り口に突っ立ている、暇人の言葉を横取りして言う。

 

「ようこそ! ”砂の都”、”黄金都市ウルダハ”へ!」

 

 盛んな交易に豊富な遺跡、冒険が待っている。冒険の前に、片付けなきゃいけないことがあった気がするが、まあ良いか。

 

 

────────────────────

 

 

「ようやく着いた……、ここがウルダハの冒険者ギルド、”クイックサンド”だ。場所忘れんなよ? 迷子になっても知らねぇからな」

 

 俺は黒字に金色で刺繍された豪華な垂れ幕が下がる、でかい丸屋根の建物の下で言う。

 もうすっかり日が暮れている。街中に入るやいなや、ココルとトールは好き勝手歩き始めて、なかなかここにたどり着けなかった。ウルダハには外壁に沿うように回廊が続き、そこに露店が所狭しと立ち並ぶ、サファイアアベニュー国際市場がある。そこに捕まってしまった。

 ココルはわけの分からないものを買い漁って荷物をパンパンにしている。「なあコレ皆で着けようぜ!」なんて言って、宝石を見せてくる。やだよ、お揃いなんてカッコ悪ぃ。俺束縛とかされたくないタイプなんだよ。

 トールは荷物を増やしていないが、防具屋の前から引き剥がすのに苦労した。トールは「サイズは良いんだが。……色が気に食わねえ」とブツブツ言いながら、買うか買わないかひどく悩んでいた。色とか気にすんのかよ。染めろ染めろ。……ただ、ああいうところの防具ってなんで奇抜な色に染めてんだろうな? たまに試着したのとは全然違う色の装備を渡されることがあるが、あれ怒っていいだろ。

 

「いや〜お腹減った! 何食べよう!」

「その前に、ギルドのマスターに紹介状を渡すんだろ。ココル。紹介状お前が持ってたか?」

 

 ココルとトールが喋っているのを背に、俺がクイックサンドの扉を開ける。店の中に入ると、依頼を終えて帰ってきた冒険者たちで賑わっている。この辺りは昼は灼熱の暑さだが、夜になるとかなり冷える。水分が少ない大気や砂が、熱を留めておけないからだ。

 しかし店の中はじんわりと暖かい。分厚い石造りの建物が、昼間の熱を放出しているんだ。逆に昼間は熱が石を通りきらず、ひんやりとしている。

 俺は人をかき分け、入り口とは反対側にあるカウンターへと向かう。ここに来るのは、2年ぶりか。モモディさん俺のこと覚えてるかな? 結構迷惑を掛けていたから、忘れられてた方が都合はいいけど。モモディさんというのが冒険者ギルド兼酒場のマスターだ。

 カウンターに立つモモディさんが見える。ちょうど他の冒険者の相手が終わったところのようだ。俺たち3人がカウンターのそばに並んで立つと、モモディさんはこちらに笑顔を向ける。

 

「ようこそいらっしゃい、”クイックサンド”へ! ……フロストくん?」

「へへ、どうも」

 

 見慣れない冒険者が来たと思ったのだろう。モモディさんは歓迎の言葉を口にしかけるが、俺と目が合うと、驚いた表情で俺の名前を呼んだ。覚えていてくれたみたいだ。

 

「わあ! 良かった、心配してたのよ? 死んじゃったなんて噂もあったし」

 

 お、意外と歓迎されてる。それに死んだと思われているのは都合がいいな。モモディさんはにこやかに言葉を続ける。

 

「どうして戻ってきたの? ここには来ない方が良いんじゃない?」

 

 ……歓迎されてはいないのかな。いや、俺の心配をしてくれているだけで、変な含みは無い、はず。俺はちらと左右に目をやり、モモディさんの言葉に答える。

 

「えっと、いや、これ今の仲間なんだけど。ウルダハを見てみたいって言うからさ。ほら観光ついでに冒険をね」

「そ、そうなの。観光で……」

 

 モモディさんは少し引きつったような顔をしていたが、気を取り直したのか、俺の横に立つココルとトールに声をかける。

 

「挨拶が遅れちゃったわね。わたしの名前はモモディ。ここクイックサンドの女将よ。2人の名前を聞かせてくれる?」

「ココルだよ! よろしく!」

「トールだ。よろしく頼む。これが紹介状だ」

 

 ココルとトールが自分の名前を告げる。紹介状はグリダニアの冒険者ギルドのマスター、ミューヌさんに書いてもらったものだ。モモディさんはトールの手から紹介状を受け取りながら、頷いて言う。

 

「うんうん、ありがとう。ミューヌからは連絡を貰っていたわ。面白い冒険者を送るって。ふふふ、あなたたちのことだったのね」

 

 モモディさんは紹介状の封を開け、中の書状を広げ目を通す。紹介状には俺たちの細かいプロフィールが書いてあるはずだ。持っている技能や強さ、それに経験した依頼とかかな。

 

「……はい、確かに受け取ったわ。えっと、”大金鎚”のトールくんに、ココルちゃん。よろしくね」

「……っ」

 

 二つ名を呼ばれたトールが、顔を強張らせる。こいつにとっては不名誉な字だが、モモディさんは特に悪気はないようだ。由来までは書いていないのだろう。俺は吹き出しそうになるのを堪えた。

 しかしそれを聞いたココルが、トールを見上げて声を上げる。

 

「なんだよトール、二つ名なんてあるのか。いいなー! でもなんで金鎚なんだ? 斧じゃん」

「…………さあな」

 

 俺が耐え切れずニヤけていると、トールが鬼の形相でこちらを睨みつける。ふひっ。今度こっそりココルに由来を教えてやろう。

 モモディさんは俺たちの表情を見て、色々と察したのだろう。俺に向かい、少しいたずらっぽい顔を見せて口を開く。

 

「それに、あなたもね。おかえりなさい、”昼行灯”のフロストくん」

「……よろしくっす」

 

 うぐっ……、それは、2年前に俺がウルダハに居たころに付いた名前だ。

 

「ぎゃはははは、ぴったりじゃん! 昼行灯!」

「フッ何だ。リムサじゃ聞かなかったが。二つ名があったんだな。ぶははっ似合ってるぜ」

「……」

 

 ココルが指を指して俺を笑い、トールがニヤニヤと腕を組みながら見下ろしてくる。覚えてろよ、貴様ら。

 モモディさんが注意を引くようにパン、と手を叩く。

 

「はい、お喋りはまた今度ね。明日の依頼は受けておくの?」

「いいや、明日はどうせ観光で終わるしな。酒飲んで寝るよ」

 

 モモディさんの言葉に俺が答える。

 明日どころか、有り金が底をつくまで働く気はない。

 

「依頼はいつでも受けに来てね。それじゃ、注文は給仕の人にお願いしてちょうだい。またね」

 

 モモディさんは俺たちに手を振ると、いつの間にか俺たちの後ろに居たパーティに向かって呼びかける。俺たちはモモディさんに手を振り返し、適当な空いているテーブルに向かって、歩み出す。

 俺は少し後ろを付いてくる仲間に問いかける。

 

「何飲む?」

「蒸留酒だ。銘柄は分からんから、任せる」

「ココも同じの」

「あいよ、飯は?」

「「とにかく、たくさん」」

 

 食い物の種類を聞いたはずなのに、量だけを声を揃えて伝えてきやがる。

 ……金は、思ったよりも早く無くなりそうだ。

 

 

────────────────────

 

 

 俺たちは適当に注文を済ませて、飯が来るまでにと蒸留酒を飲んでいる。蒸留酒ってのはその名の通り、蒸留した酒だ。錬金術師ギルドの研究で生まれた。酒を熱して酒精を取り出し、それを繰り返すことでうんと濃い酒精の酒を作ることが出来る。そうして出来た酒は、驚くほど保存が効く。

 トールとココルはこれが随分気に入ったようだ。あれこれ感想を言いながら、飲み比べをしている。俺はどっちかって言うとエールのゴクゴク飲む感じの方が好きだ。

 俺はこいつらの話は半分に、周囲の会話にも意識を払っていた。こういう場所じゃみんな口が軽くなる。金になる話が出たりするもんだ。……耳を澄ますが、最近は情勢ってのが不安みたいだな。

 召喚された蛮神、クリスタルを狙うアマルジャ族、お、蛮神は退治されたみたいだな。眠りをもたらす禁制の薬に、その効果を逆転させた粗悪品の横行。帝国との小競り合い、砂漠に出現する強力なモンスター。ろくな話が無いな。

 ……音に集中していると、2人、クイックサンドに足を踏み入れたのが分かる。俺が背を向けた方にある入り口で、姿は見えない。革の靴が石床をカツカツと踏む音が聞こえる。妙なことにその足音は、ゆっくりとだが、真っ直ぐにこちらに向かっている。

 足音はとうとう俺たちのテーブルのすぐそこまで来てしまう。何か声をかけてくるだろうと思っていた。しかし2人のうちのひとりが、黙って空いている椅子を手に取り、俺たちのテーブルへと割り込んできやがった。

 樽に詰めて色と香りを移した蒸留酒か、蒸留する時に薬草を加えて香り付けした蒸留酒、どちらが良いか言い合っていたトールとココルも会話を止め、闖入者を驚いた顔で見つめる。

 参ったな、こいつは俺の客だ。まさかウルダハに着いたその日に嗅ぎつけてくるとは。恐れ入った。椅子に座ったまま、目も合わせないトンチキに声をかける。

 

「……困るぜ、勝手に座られちゃ。ゾラン、久しぶりだな」

 

 俺にゾランと呼ばれたその男は、ひと目で上等と分かる生地に、体にピッタリ合った仕立ての良いジャケットを身にまとっている。卓上に置いた片手にはごつい、高そうな金属の指輪が光を反射していた。身ぐるみ剥いだら高く売れそうなこの男は、金色に光る目を俺に移し、睨みつけながら口を開いた。

 

「貴様、良くウルダハに顔を出せたな」

 

 ボソリと、しかし凄みを利かせるような声だ。ゾランと一緒に入ってきたもうひとりの男は、ゾランの数メートル後ろに突っ立っている。目の細い、ニンマリと笑みを浮かべているミッドランダーだ。

 俺はゾランに視線を戻し、言い訳をする。

 

「……仲間がどうしても来たいって言うんでね。信じちゃくれないかも知れないが、お前にも挨拶に行くつもりだったぜ。明日にでもな」

「フン、たわごとを抜かすな。……貴様に仲間など、ありえん」

 

 俺の言葉に、ゾランは無碍もなく返す。……いや、たわごとって、挨拶じゃなくて仲間のほうかよ。

 黙って俺とゾランのやり取りを見ていた仲間たちだが、口に含んだ酒をコクリと飲み込んだココルが、ポツと言葉を発っする。

 

「もふもふ」

 

……いや、もふもふて。ココルがもふもふと称したのは、招かれざる客のゾランのことだ。ココルが驚くのも無理はない。ここエオルゼア周辺では滅多に見かけないからな。獅子のような顔、全身を覆う厚い群青色の被毛、しなやかな筋肉に鋭い牙と爪、ロスガル族だ。

 

「俺が珍しいか。女」

「うん、初めて会う。……暑くない?」

 

 エオルゼアのあるアルデナード小大陸の北東には、地続きで繋がるイルサバードと呼ばれる大陸がある。帝国”ガレマール”があるのも、その大陸だ。聞いた話だが、こいつはその辺りの生まれで、若い頃にここウルダハに剣闘士としてやって来た。気分の悪い話だが、奴隷として、見世物として売られてきたんだろうな。

 だがこいつは、その剣闘試合で活躍し、とうとう自分の身分を買い戻したらしい。以後は故郷に帰りもせず、ここウルダハの闇商人の真似事をして生きている。こいつの裏の上の方には、この国を牛耳る”砂蠍衆”がいるって噂だ。

 ゾランはココルの言葉を無視して、話を続ける。

 

「……さあ、俺がここに来た理由は分かっているな」

 

 分かってるさ、トールとココルには以前話したが、金を借りて放ったらかしていたのだ。俺がウルダハに来たくなかった理由のひとつだ。

 俺は反省して見えるように、肩をすくめる。

 

「悪かったと思ってるよ。金は返す、これぐらいだったよな?」

「……逃げておいて、元金だけ返す気の貴様はどうかしている」

 

 両手で数を表す俺の言葉に対して、もっともな返事をするゾラン。くそ、やっぱり利子が付いているのか。俺は手を戻し、蒸留酒の入ったグラスを持ち上げながら言う。

 

「……分かってるさ。返すよ、いくらだ?」

「9,956,274ギルだ」

 

「…………ブフぅッ?!」

 

 吹き出た息でグラスの中身が飛び散る。ゾランはもう一度、馬鹿らしい金額をゆっくりと口にする。

 

「九百九十五万六千二百七十四ギル、だ」

「──っふざけんな! 何でそうなるんだよ!?」

 

 そんなふざけた金額を借りた覚えはない。そんな金が借りられるのであれば、とっくに東方にでも移住している。二度とエオルゼアには戻ってこない。

 

「10日で7分の利子で付けておいた。……あの”ライブラ銀行”は10日で2割だ。それに比べたら随分と良心的だ」

「なっ……!?」

 

 どんな計算してんだ! 何で10日で7分増えたら、2年で100倍近くになるんだよ!? ……え、なるの?

 

「どうせまともに返せるとは思っていない。ひとまず仕事をしてもらう」

 

 絶句する俺をよそに、ゾランは懐から文字の書かれた紙を取り出し、俺の目の前に放ってよこす。 

 

「明日の朝だ。そこに書いてある通りにしろ」

 

 ……なんでみんなして、俺を働かせようとするんだ。俺はただ平和に生きたいだけなのに。俺の有り金は地を遥かに通り越し、底なし沼へと沈んでいった。

 

 

────────────────────

 

 

「何で俺達まで付き合わされてるんだ。フロスト」

「ココ今日、呪術士ギルド見に行くはずだったのに……」

 

 この期に及んで、薄情なことを抜かす仲間たちだ。俺たち仲間じゃねぇか! 人を助けるのに理由が必要か? 理屈が必要か? だいたいテメエらには報酬が出るだろうが! こっちはタダ働きだぞ!?

 俺たちは今、人気の無い洞窟でたたずんでいる。ここはウルダハのナル大門から北に向かう街道を途中で逸れ、しばらく進んだところにある。モンスターもうろつくこの辺りには、まず一般人は近寄らないだろう。地面は水で浅く満たされ、ゆっくりと流れている。どこか大きな川の支流だろうか。靴の中が濡れて気持ち悪い。

 洞窟は奥深く続いているが、その先にも出口があるのが分かる。風が奥に向かって、吸い込まれていくのを感じるからだ。横幅はそこそこ広く、トールが斧を振り回しても問題無さそうだ。そんなことにはならないが。

 俺たちは水に濡れないよう、その辺の岩に荷物を置いた。あとは壁を背に寄りかかったて腕を組んだり、石に座って足をぶらぶらさせたりしている。薄暗いが、洞窟の入り口から届く光が反射して、周囲は十分に確認できる。俺は今朝聞かされた言葉を思い返す。

 

『丁重に扱ってください。ぶつけたりせずに。何かあれば、命は無いものと』

 

 早朝のナル大門前で、俺たちは”荷”を受け取った。どうやら運び屋の仕事らしい。でかい。大人ひとりは入れそうな、でかい箱だ。木で出来た頑丈そうな、無骨な箱だ。上側が蓋になって、錠が掛かっている。かなり重そうだ。俺がひとりで運んだら、間違いなく落とす。こいつを運ぶにはルガディン族が最適だ。ゾランのヤツが、なぜトールとココルには報酬を払うと言い出したのか、その荷を見て理解した。

 箱を渡してきたやつは、昨日ゾランの後ろに立っていた、ニヤけ面の細目男だ。笑顔の割には辛辣な声色だ。そんなに大事なら自分で運べと言ってみたが、『私は、ゾラン氏の近くにいるのが任務ですので』と取り付く島もなかった。

 トールが律儀にゆっくり揺らさないように歩くもんだから、ここに来るまでに随分と時間が掛かった。それでもまだ正午前だろう、約束の時間にはしばらく間があるはずだ。

 魔法談義をして時間を潰しているココルとトールを尻目に、俺は、平らな岩の上に置かれた”箱”をぼんやり眺めていた。…………洞窟の入り口、気配なし。洞窟の奥側、気配なし。良し。

 

「──でだなっ。複雑な条件が揃った時、環境エーテルそのものが、魔法を行使するための過程を満たしている瞬間があって……。フロスト、何してんのさ?」

 

 呪術講座に熱中していたココルが、依頼の箱に近づいて、蓋をいじる俺に声をかける。

 

「ん? いや、ちょっと中身を見せてもらおうと思ってな」

 

 その箱は横にした長方形のチェストのような形状をしている。箱の上部が蓋になっていて、ごつい錠が下がっている。俺はその錠に、持ち歩いているキーピックを差し込み、錠の中のピンを上げたり下げたりしているところだ。

 

「おいおい。そりゃまずいだろ。何が出てくるか分かんねえぞ」

 

 ココルの話をふむふむと真剣に聞いていたトールが、俺に軽い調子で言ってくる。まずいなんて言いながらも、中身が気になるんだろうな。こっちを興味深げに眺めている。

 俺はピックでシリンダーの内部のピンを調整しながら、返事をする。

 

「……なに、大したものは入ってねぇよ。賭けても良いぜ」

 

 こんなこそこそした場所で受け渡すってことは、武器かな。悪くてソムヌス香だろうな。ソムヌス香ってのは深い眠りを誘う、ご禁制の薬だが、本当に必要にしている人間もいる。

 カチッと気持ちの良い音がして、滑るようにシリンダーが回る。弾かれるように錠が外れ、蓋が緩んだ。箱の中から、ふわっと甘い匂いが俺の鼻腔に届く。

 

「なになに、早く開けろよっ」

 

 いつの間にか近くに寄ってきたココルが急かす。俺は蓋に手をかけ、持ち上げながら、ココルを落ち着かせるように言う。

 

「そう焦んなよ、ほらご開帳だ──」

 

 中身が露になったところで、蓋を持ちあげた俺の手が固まった。箱の外側の無骨な見た目と反して、中は柔らかそうな厚い布が詰まっている。満たされた布を沈めるように、人の形をしたものが、横たわっていた。……ていうか、人間そのものだ。子どもだ。

 

「……」

「……」

「……」

 

 絶句する俺たち3人をよそに、箱の中のその子どもは目をつむり、ゆっくりと胸を上下させている。寝ているようだ。女の子だろうか。褐色の肌に、柔らかそうに巻いた乳白色の髪が、呼吸に合わせて動く。清潔そうな白い服を身に着けている。

 

「……」

「……」

「…………もふもふだね、耳」

 

 呼吸を忘れて、静止していた俺に、ココルの呟きが届く。

 そう、耳。ゾランの野郎、俺に何をさせるつもりだ。その少女の耳は、頭の高い位置から長く大きく伸び、途中で折れ曲がって寝ている。耳には髪の毛を同じ色の被毛が覆っている。時々ピクピクと動いている、飾り物じゃない。間違いない。こいつは、()()()()族だ。

 

「……か、可愛いね!? お人形さんみたいだな!」

 

 現実逃避だろうか、のん気なことを抜かすココル。はは、人形っぽさならお前も負けてないぜ、ココル。おいちょっと並んで寝てみろよ。良い絵面になりそうだ。

 

「そんな事言っている場合か。どうするんだ。これ……」

「……」

 

 急に現実的な話をするトール。もう少し俺にも、現実逃避させておいて欲しい。今すぐ蓋を開けた過去を無かったことにして、もうひとつの未来を探しに行きたい。

 ……ヴィエラ族は、ここエオルゼアがあるアルデナード小大陸の遥か東、”東方”と呼ばれる辺り、オサード小大陸の少数民族だ。俺も初めてお目にかかる。その民族はかなり閉鎖的で、限られた地域で生きている。時折、自立心旺盛なヴィエラが冒険者として名を馳せることがあるらしい。

 だけど、()()()のヴィエラが、ここに居るのはあり得ない。希少民族の、綺麗に整えて梱包された少女だ。どういう運命を辿るか考えると、吐きそうだ。

 トールとココルが俺を見つめてくる。今考えてるから待ってくれ。確か忘れ草っていうアイテムが存在したはずだから、それで俺たちの記憶を消せば解決だ。問題はその草が手元には無いってことだが。

 頭を抱える俺を無視して、2人は相談を始める。

 

「どうしよっか、持って帰る? ほらモモディさんに聞いてみようよ」

「見つかったら終わりだぞ。それよりテレポでどっかやっちまおう」

 

 ……どっちも駄目だ。あまり知られてないが、クイックサンドは砂蠍衆の傘下だ。モモディさんは大丈夫だけど、その周辺は息の掛かったやつが多すぎる。テレポは論外だ。この子がどこで交感してるか分かんねぇし、子どもにテレポは危険すぎる。永遠に地脈を彷徨うことを安全と呼ぶなら、それで良い。

 俺がそのことを話すと、トールは苛立たしげに声を上げる。

 

「じゃあどうしろってんだ!」

 

 知るか。俺に言うんじゃねぇ。なんて言ってる場合でもない。

 

「とにかく、ここから離れるぞ……、いや、そっち(入り口)は駄目だ。見張り役が別で雇われててもおかしくない。奥から抜けて──」

「……フロスト?」

 

 言葉を途中で止めた俺を、ココルが見上げて呼びかける。……クソッ。人の気配だ。洞窟の奥、水を踏む音が反射して人数がわかりにくいが、5、6人だ。約束の時間には、まだ早いだろうが!

 

「コ、ココル! 箱を閉めろ!」

「……で、でも」

「今はしょうがねぇだろ! 早く!」

 

 ココルが急いで、しかしそっと蓋を閉める。足音は、もうすぐそこだ。

 洞窟の奥から姿を現したのは6人。見るからに怪しい、ならず者な風体だ。皆顔を隠している。剣剣槍闘弓呪か。武器や防具を見る限りは、ザナラーン周辺の輩だ。装備の質や雰囲気には、統一性が見られる。冒険者ではなく、取引先に直接雇われているのだろう。

 ……取引先は、ザナラーンの豪商あたりかな。

 

「……お前らか、”箱”は俺達が預かる。行っていいぞ。……? 何をしている。とっとと行け」

 

 ならず者のリーダーだろうか。先頭に立つ男が、俺たちの背に置かれた箱に目をやり、話しかけてきた。そして棒立ちしている俺たちに、苛立ちを隠さず言い放つ。

 俺はならず者たちに、手を向けて言う。

 

「早かったじゃねぇか。ところで、”黒衣の森も変わったな”」

「……何だと?」

 

 なんの策もない。時間稼ぎに、でまかせを言う。

 

「合言葉だよ、ほら、どうした?」

 

 適当なことを言いながら、あれこれ考える。3対6、か。奥にいる呪術士が厄介だな。

 ならず者共は互いに顔を見合わせ、それぞれが首を横にふる。こちらに向き直ったリーダーが声を上げる。

 

「そんなものは聞いていない。……冒険者風情が。黙ってお使いもこなせないのか」

「そんなこと言われてもな。こっちも仕事だ。合言葉がないことには、渡せないぜ」

 

  こいつら倒して逃げたって、その後どうするかな。あの子を故郷まで連れて帰るか。海路ダメ、空路ダメ、あっと言う間に手配が回るだろうな。陸路か。北の、ガレマール帝国がある方から、東方に抜けられるはずだ。……命がいくつあっても足りないな。

 ならず者リーダーがいきり立って凄んでくる。うるせぇな、今考え事してるんだよ。

 

「……次がつかえてるんだ。もういい、死にたくなければ、消えろ!」

「……おい。相手を見て喧嘩を売れよ」

 

 トールがドスを効かせて、のっそりと前に出る。ならず者たちに緊張が走り、武器を構え始めた。まずいな、せめて不意打ちの形で攻めたい。俺はトールを押さえ、ならず者に声をかける。

 

「ま、まあ待てって、こりゃ仕切り直しだろ。いったん持ち帰ろうぜ、お互いにな」

「黙れ、薄汚い冒険者め。おい、テメエら!」

 

 不意打ちの機会はもう無さそうだ。ならず者たちは、それぞれが悪態を付きながら、詰め寄ってくる。トールが斧を手に取る。俺も腰の短剣に触れながら、それでも悪あがきを試みる。少しでも有利に戦闘を始めたい。

 

「まあ、落ち着……」

 

『ウヲオオォォォオオオオオ!!!!』

「ぎゃあああ!!」

 

 洞窟に咆哮が響き渡り、悲鳴が聞こえる。咆哮はならず者のものじゃない。

 一番後ろにいたならず者が、槍に貫かれて、高く持ち上げられているのが見える。槍の持ち主は、持ち上げた男を軽く放り捨てた。なんて膂力だ。

 クソッ、目の前の集団に気を取られて、気配を探るのを怠っていた。状況が驚くほど悪化していく。

 ならず者のリーダーがうろたえた声を上げる。

 

「なっこいつら、何故ここが……!?」

 

 てめえらの客か! なんてもん連れてきやがった!

 

「ガアアアッ! 見つけたぞ! 卑しい商人共!」

「殺せ! 殺セェッッ!」

 

 招かれざる客は、黒い丈夫そうな皮膚を露出している。顔は犬のように突き出していて、牙が剥き出しだ。頭や首、所々に金属の飾りを身に着けている。そして何より、でかい。強靭な体躯の持ち主だ。ルガディン族のトールを軽く凌駕している。

 ザナラーン周辺に住む蛮族、アマルジャ族だ。

 

「アレはどこだッ! 貴様らが持ってるのは知っているゾ!」

 

 数は5つ。槍が3つに格闘武器2つ。……違和感を感じる。妙に余裕のない奴らだ。

 とにかく非常事態だ。ならず者とも共闘したいところだが、……ダメそうだ。後ろから襲撃されて、隊列も何もあったもんじゃない。弓を持った男が、壁に叩きつけられて崩れ落ちる。盾を持ったならず者たちは洞窟の壁を背に、身を守っている。あそこまで押し込まれたら、もう時間の問題だろう。

 アマルジャ族の方もそう考えたのか、2人、こちらに向かって走ってくる。まず棘の付いた格闘武器を両手にしたアマルジャと、その数メートル後ろ、槍を持ったアマルジャだ。

 トールが前に出て、通路の真ん中に陣取り、声を上げる。

 

「かかって来やがれッ! このトカゲ野郎があ!!」

 

 トールは斧を大きく回しながら、アマルジャ族を挑発してみせる。

 存在感を膨れ上がらせるトールを影に、俺はエーテルを沈静化させ気配を消す。昼行灯でも何でも構わない。これが俺の役割だ。

 トールが格闘アマルジャに肉薄する。距離が縮まる瞬間に合わせて、トールは右肩に斧を担ぐように構え、振り下ろす。格闘アマルジャは体ごとぶつかるように、トールの斧を受け、膂力に任せて詰め寄ろうとする。

 俺はそのタイミングで反対側へ踏み出し、背後に回る。俺のことはまるで見えちゃいない。背後から短剣を食らわせる。

 

「ガッアア!?」

 

 仕留めることは出来なかったが、意表は十分突けたようだ。体勢を崩し、拳を振り回すが、もう俺はそこには居ない。もうひとりアマルジャ族がこっちに向かってくる。狙いは俺か、少し目立ち過ぎたみたいだ。もう隠れることは出来そうにない。槍アマルジャは俺の胴体のど真ん中を狙って、気合と共に槍を突き抜く。

 

「ゴアァァアッ!! ……なッ!?」

 

 槍は俺の横腹すれすれを逸れ、突いたアマルジャは驚きの声を上げる。どうした? 槍がすり抜けたように見えたか? 双剣士にだってタイマン用の技ぐらいあるんだよ! 自身のエーテルの大きく明滅させ、相手に位置を錯覚させる”残影”だ。

 

「そらよ!」

 

 俺は槍の間合いに一気に踏み込み、思いっ切り力を込め、目の前のアマルジャの足を払う。アマルジャは「ガッ!?」と短く声を上げ、地面に体を落とし、水しぶきを上げる。横倒しになったそいつの頭に、轟音を立てて飛んできた火球が直撃する。ココルが放ったファイアは、そいつが付けていた頭飾りの破片等もろもろを、辺りに撒き散らした。

 動かなくなったそいつから目を離し、トールの方へ振り返る。トールと相対していたアマルジャの背中が、こちらに向かって飛んできた。ちょっとぎょっとしたが、なんとか避けられる。飛んできたアマルジャ族は地面に落ちると、ゴロリと半回転して動かなくなった。

 俺は腰を落とし、短剣を体に寄せる。残り3つ。素早く目を動かし、状況を観察する。取引先のならず者たちは、全滅だ。ちょうど最後のひとりの首と胴体が、二手に分かれてこの世から去っていった。

 

「──グルルル!」

 

 トールが俺の前に立ち、斧を構え直す。

 残りのアマルジャ族たちは2人減らされたことにようやく気付いたのか、一箇所にかたまり、こちらを慎重に伺っている。落ち着きなく首をキョロキョロと動かし、しきりに顔を擦る。

 アマルジャ族のかたまりとトールがじわじわと距離を詰める。体のでかい、大ぶりな斧を持つトールを警戒しているのだろう。だがな、そいつは悪手だ、トカゲ野郎。本当に警戒するべきなのは、破壊に振り切った純粋( ピュア)な攻め手のほうだ。

 

「『暗雲に迷える光よ──』」

 

 高く響く声の詠唱と共に、周囲のエーテルが、振動に跳ねる砂のように波打つ。俺は飛び下がって、近くの岩場に着地する。……! トール、何ボサッとしてやがる!

 

「トール! 下がれ!」

「構うな! このままやれ! うぉぉぉおおおッ!!」

 

 トール大きく咆哮すると同時に、体内エーテルの循環を大幅に活性化させる。”スリル・オブ・バトル”、斧術士たちの驚異的な耐久力を体現する、斧術士ギルドの大技だ。勢いよく体表に溢れ出たエーテルが傷を塞ぎ、そのまま衝撃や魔力から身を守る鎧となる。

 動いて敵の陣形が崩れるのを嫌ったのだろう……体張りすぎだ、馬鹿野郎!

 だが、もう引き戻す時間は無い。ココルの詠唱が終わる。

 

「『──我に集い、その力解き放て』! くたばれぇえ! サンダラ!!」

 

 洞窟の壁を明るく照らし、雷撃の束が奥に居たアマルジャを襲う。雷撃は水面を奔り、周囲のアマルジャたちをまとめて巻き込んだ。雷属性のエーテルがアマルジャたちの体表を覆い、その体を焼き続ける。トールにも余波が届いたのが見えるが、大丈夫だろうか。

 アマルジャ族たちは怯んだようだが、まだ立っている。頑丈な奴らだ。短剣を構え直して、飛び出す準備をすると、妙な気配に気付く。周囲のエーテルが波打ったままだ。エーテルの束が吸い込まれるように、アマルジャたちに集中する。合図ぐらいしろ!

 

「悪いな! もうっいっぱつだっ!! サンッッダラアアア!!」

 

 再び雷鳴が轟き、アマルジャの体表を焼く雷撃に雷撃が重なる。膨れ上がったエーテルが、激しく光を放ち炸裂した。……3人のアマルジャ族たちは、全身から焦げ臭い煙を上げながら倒れていった。水に触れた時にじゅっと音を立てる。立ち上がる気配はない。

 俺は体の力を抜き、脇腹手で押さえて息をついた。

 トールは直撃はしていないが、やはり余波を食らったのだろう。鎧のあちこちから薄く煙が上がっている。だがそんなのは気にする様子もなく、こちらに歩きながら声を上げる。

 

「ココル。なんださっきのは? 詠唱を飛ばしただろ」

「狙ってやれるもんじゃないよ。さっき話してたろ。環境エーテルの条件が整うことで……今この話詳しくする?」

「トール、ココル、後で頼むぜ……」

 

 時間が惜しい。騒ぎが大きすぎた。本当の問題は、何も解決していないんだ。そ、それにさっきから、”箱”の蓋がカタカタと揺れているのが、目に入っている。……いやほんと、勘弁してくれ。

 



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3−1:異心伝心 ザナラーン紀行②

 

 箱は、地面を満たす浅い水の流れに触れないよう、平らな岩に置かれている。今その箱に上側に付けられた蓋が10センチほど持ち上がり、箱の本体との隙間に目が2つ並んでいた。目は大きく開かれていて、こちらをじっと伺っている。

 これは慎重に接する必要がある。こいつを今よりマシな状況にしてやるにも、まずは信用してもらわないと話にならない。俺は戦闘で乱れた呼吸を整えつつ、ゆっくりと箱の前まで進み、隙間の目を覗き込みながら優しく声をかける。

 

「ハァ……ハァ……大丈夫だよ、お嬢ちゃん……ハァ……出ておいで」

「ひぇっ……!」

 

 あれ? 何を間違えたのだろうか。箱から覗いた目が、小さな悲鳴と同時に消え、蓋がパタと閉じる。

 

「何がしてえんだてめえは!?」

「ぐぇ!?」

 

 突然の衝撃に俺の喉から自動的に音が漏れる。トールがいきなり拳骨で俺の頭をゴチンと殴ったのだ。何しやがる!? 子どもが怯えたらどうするってんだ!

 俺がトールに不満を言おうと向き直るその足元を、ココルがパタパタと通る。ココルは箱に駆け寄り、蓋の辺りに顔を寄せて声を上げる。

 

「大丈夫、ココたちは味方だよ! 今の変態は忘れてくれ!」

 

 変態に関して異論を申し立てたいが、今はココルに任せることにする。少なくともトールよりはマシだろ。 

 

「……怖いのは分かるよ。でも時間がないの、お願い、ココたちを信じて!」

「…………」

 

 ココルは、普段は聞かない真剣な声色で話しかける。それに答えてか、箱の蓋がゆっくりと開く。

 

「……あの、ごめんなさい、驚いてしまって。あなたたちの声は信じられます。……た、助けて、くれるんでしょうか?」

 

 箱の蓋が完全に開き、そのヴィエラ族の子どもが姿を現した。箱の中で膝立ちになり、緩くウェーブのかかった髪が肩の辺りまで伸びている。目に少しかかったその前髪の奥には、大きな砂色の瞳が左右に動いていた。頭の上の方の髪を分けて、ヴィエラ族固有の長い耳が伸び、途中で折れて下がっている。耳が小さく揺れ続けているのは、不安を反映しているのだろうか。幼い顔立ちは、ミッドランダーでの10歳ぐらいかな、その割には背が高い。俺とココルの中間ぐらいだろうか。

 ココルが箱に乗り出すように言う。

 

「ありがとう……! ココたちも頑張るからっ」

「ああ。何とかしてやる。小僧、立てるか?」

 

 ココルの言葉に続けて、トールが優しい声のつもりだろうか、中途半端にドスの効いた声を出した。

 何とかしてやるなんて、軽々しく言うなよ。もちろん安心させるためとは分かっているが、先にこいつの状況を確認する必要がある。俺は子どもが答える前に主張する。

 

「ハァ……いや、そのままでいい。先に状況を共有したい。まず名前を……ん? 小僧?」

 

 つい、妙なことを言ったトールの言葉に反応してしまった。

 

「何言ってんだ、トール? どうみても女の子だろ?」

「あ?」

 

 トールはしげしげとヴィエラの子どもを眺めて、

 

「……俺がガキの頃もこんなだったぞ」

 

 などとふざけたことを抜かす。嘘つけ! ……確かにルガディン族の子どもって見かけないが、見たこと無いからって適当なこと言うんじゃねぇ! どうせジャイアン(巨人族)トみたいな雰囲気に決まってる。

 おっと、そんな事話してる場合じゃない。話を変えようとする前に、戸惑うようにヴィエラの子どもが口を開く。

 

「……ボクはアリムって言います。……あの、ヴィエラ族は15歳ぐらいまで男の子か女の子か、どっちか分からないんです、ごめんなさい」

 

 へえ。変わってんな。まあ、ララフェル族とか大人になっても髭無いと間違えるからな、似たようなもんだろ。とにかく今度こそ、状況を教えてもらう。

 

「ありがとう、アリム。それから、短くで頼む、答えてくれ。今ここはエオルゼアのザナラーンって場所だ。何故今お前がここに居るか、自分で答えられるか? ハァ……それと、帰る場所は……あるか?」

 

 言いにくいこともあるかも知れない。だけど状況によって動き方が大きく変わる。聞いとかないと話にならないのだ。アリムは自分の入っている、箱の縁辺りに目を落とす。なるべく感情を押さえようとしているのだろうか、言葉に詰まりながら言う。

 

「……は、はい、ここがエオルゼアのどこかということは分かります。ボクが、奴隷か、見世物か何かとして売られようとしていることも。……か、帰る場所はありません。ボクは、エオルゼアで生まれました。……母は、モ、モンスターに……」

「…分かった。ありがとな。どうするか決めよう、大丈夫だ」

 

 賢くて、強い子どものようだ。だが……チクショウ。良いニュースはひとつも無いな。どこかのお姫様で、お忍びで国に帰る途中とか、都合の良いことを考えてたんだけどな。人身売買確定で、行くあても無しか。

 

「なあ、とにかく逃げようよ! ウルダハから離れれば考える時間ぐらいあるだろ!?」

 

 ココルが急かすように訴える。その通りだ。今が異常事態なのは、ゾラン側にも取引先側にも、伝わっていると見て間違いない。ここに居る理由はひとつもない、……ハァ……早くしないと。

 

「……おいフロスト。お前さっきから息が……!? てめえ、その血は!」

 

 トールが声を上げる。……そうでかい声を出すな、脇腹の傷口に響くだろうが。……ッハァ、クソッ、しくじった。アマルジャ族の槍使いの攻撃を避けた時だ、躱しきれなかった。”影身”による回避は、確実に避けられるものじゃないんだ。

 すぐに止まると思って手で押さえていた傷口からは、暖かい液体がじわじわと滲み出ている。服の内側を通り、腿の上の方を濡らして、ひどく不快だ。

 

「フロスト!? バカ! 何で言わないんだ! 待って、ポ、ポポ、ポーション!」

 

 ココルが、俺の手からはみ出る赤い染みを見て、慌てるように声を響かせる。ココルは箱の近くに、濡れないように岩の上に置いてあった鞄を漁る。ウルダハでの買い物でパンパンのままの鞄の中身を、ポイポイと放り出しながらポーションを探している。……探してもらっといて悪いんだけどさ、ポーションぐらい上の方に入れとけ! 秘密の道具じゃねぇんだぞ!

 俺は次の仲間は癒し手にすると心に誓いながら、目を下にやる。クソッタレ、俺が一番、足手まといだ。ココルが撒き散らす鞄の中身が、でかい箱に軽い音を立てて跳ね返る。それはポチョンと水に落ちた。まずい血を流しすぎた、思考が一定していない、集中力が落ちている。結構傷が深いようだ。

 突如、アリムの耳が跳ねるように動き、耳の下の顔が洞窟の入り口の方へと向く。

 

「……! あの、誰か来ます……!」

 

 少し遅れて、俺の耳にもパシャパシャと水を踏む足音が聞こえる。俺はあまり動けそうにない。ココルとトールは俺を置いて逃げてくれるだろうか。逃げてどうするべきか考える時間もない。

 トールが武器を構える。ココルはちょうどポーションを見つけ、俺に投げるように寄越し、すぐさま杖を構えた。……こいつらはアリムに感情を移入しすぎている。それじゃ結局ジリ貧だ。とにかく時間を稼がないといけない。俺は周囲を見渡し、この場をやり過ごす方法を探す。

 ──俺は、そう答えるとしか無いと分かっていながら、バカでかい箱から半身を出すアリムに問いかける。

 

「アリム、俺のことも信じられるか?」

「……はいっ。あなたは、いい人、だと思います」

 

 箱から体を乗り出し気味に、耳を俺に向けてアリムが言う。……いい人かどうかと、信用できるかどうかは別物だ。悪い奴ほど信用でやり取りしてるもんだぜ。でも、ありがとよ。

 俺はアリムの言葉に頷き、箱の縁に濡れた手をかけて言う。

 

「分かった。トール、ココル、後は頼む。細かいことは隙を見て話す。……アリム、悪いが、もうしばらく窮屈な思いをしてもらうぞ」

 

 

────────────────────

 

 

『死んだだと?』

 

 凄みのある落ち着いた男の声がする。疑問を口にしているが、その声は動揺は感じさせない。キィと椅子を軋ませる音が鳴る。

 

『ああ。取引相手の荷物を狙った、アマルジャ族との戦闘に巻き込まれた』

 

 椅子に座っているだろう落ち着いた男の声に答え、低い野太い声が響く。さらに野太い声と同じような方向から、高い、鈴を鳴らすような声が続いた。

 

『ひどいもんだったぜ〜。槍で背中をぐさーって刺されて、そのまま高々掲げられながら持って行かれちまった。ありゃ地獄行きだなっ』

 

 高い声の主は、ぐえーッと鶏を締めるような声真似をする。ひどい死に様に遭ったあげく、地獄行きにされるという理不尽な話を無視して、凄みのある声の男が言う。

 

『おい、トールとココル、とか言ったな。随分と平然としているな。フロストは仲間じゃなかったのか?』

 

 数瞬の後、野太い声の男がフンと鼻を鳴らす。伝えていないはずの名前を呼ばれたせいか、不機嫌そうな響きで答える。

 

『成り行きで組んでいただけだ。……弱みを握られていてな。名前以外は調べてねえのか? ゾランさんよ』

 

 二人組の反対の方から、ゾランと呼ばれた凄みのある声が、何か含みを持たせるように言う。

 

『ふ、貴様の噂は耳にしている。”大金鎚”のトールよ』

『…………ッ』

 

 ぎしりと歯を軋ませる音がする。 

 

『なぁもふもふのおっさん、ココのことも調べたのか?』

 

 自らをココと称する、高い声が話に割り込んだ。ゾランと呼ばれた方の男が答える。

 

『……さあな。呪術士ギルドの関係者、では無いようだな』

『ちっ。なんだよ、二つ名とかないのかよ』

『……そんなことはどうでも良い』

 

 ゾランと呼ばれた男が、ため息を混ぜ言葉を続ける。

 

『荷を抱えて、すごすご戻ってきたわけか』

『……ああ。何だ? 持って帰っちゃ迷惑だったか? こんな箱、置いてきたって良かったんだぜ』

 

 イライラとした雰囲気の声と同時に、バン、と木の板を叩く音が大きく反響した。

 ピリピリとした沈黙が一瞬流れたが、その空気を壊すように高い声が届く。

 

『なぁ、もう帰っていい? ココ腹減ったし、もう行きたいんだけど』

 

 自らをココを称する声が響いた。ゾランと呼ばれた声が投げやりに答える。

 

『好きにしろ。……手間賃ぐらいは払ってやろう。後で届けさせる』

『……フン、あばよ』

『バイバイ、もふもふのおっさん』

 

 ギイッとドアの開く音が聞こえ、ドスドストコトコと2種類の足音が遠ざかる。

 足音が聞こえなくなり、しばらくたった後まで、ひとりになったであろうゾランと呼ばれた男は沈黙を続けた。

 

『……………』

 

 軋む音を立てて椅子から立ち上がる気配がし、コツコツと硬い靴音が歩きだす。音は段々大きくなる。ふっと足音が止まり、数秒がたっただろうか。ギッと木の板が持ち上がるような音が響く。

 ──フォンフォン、と特徴的な音が響き、少し浮いた木の板が下ろされる音がする。気配が離れていき、うんざりとした様子の声がする。

 

『俺だ。……分かっている。商品には問題は無い。……今夜、ハイブリッジから出る輸送隊に積む。希望の日には届く。いいな、貴様の主人に、そう伝えろ』

 

 長いため息が聞こえ、さらに足音が遠ざかる。再び椅子が軋み、静かな室内で独りごちる声が響いた。

 

『死んだか、逃げたか……。存外、詰まらない男だったな』

 

 

────────────────────

 

 

 カタカタと木質と木質が触れる音と、ザッザッとチョコボが砂を蹴る音が聞こえる。真夜中の東ザナラーンには荒野が広がり、月明かりが岩に影を落としている。遠くには第七霊災で出来た巨大な偏属性クリスタルが橙色に輝く。風が強く吹くと、飛んできた砂が板に当たり小さく音を立てた。

 

『……』

 

 チョコボが曳くキャリッジは、青燐ガスの浮き袋によって地面から浮き上がり滑るように進む。数人の気配があるが、数時間、一言も声を上げていない。時折チョコボを操る御者の手綱の音だけが聞こえる。

 突然、砂を蹴る音が、カカッと平らな石に爪が当たる響きに変わり、チョコボは走るのを止め、ゆっくりと足を進める。ハイブリッジと呼ばれるその巨大な石橋は、東ザナラーンの東端にあり、霊災で生まれた深い谷を渡している。谷の岸壁には遺跡が立ち並び、飛空艇の発着場が併設されている。観光客や輸送船の行き交いで昼間は大いに賑わっているかも知れないが、日付が変わろうとしているこの時間はひどく静かだ。

 その岸壁の発着場に、目立たない色の比較的小さい飛空艇が待機している。ゾランはその飛空艇から積荷を送るつもりのようだ。常駐する何人かの見張りの銅刃団には、既に隊長へ鼻薬を嗅がせてある。邪魔は入らないはずと考えている。

 

『検問だ。止まれ!』

 

 声が聞こえ、チョコボが歩みを止める。低く、ひどく耳障りのする不愉快な声だ。キャリッジや積荷が、慣性でぎしりと軋んだ音を立てる。前方でチョコボを操る御者も、後部に座る人間たちは黙ったままだ。

 不愉快な声が続けて響く。

 

『悪いがね、荷台を検めさせてもらう。……おい、お前、蛮族じゃないだろうな?』

 

 荷台の人間のひとり、ゾランが苛立たしげに答える。

 

『……ロスガル族の男が来るという話は、聞いていないのか。貴様では話にならんな、隊長を呼んで来い』

『……フン、お前がそうか。悪いが見るのは初めてでな。まあいい。おい、降りてこっちへ立て』

『なんだと……』

 

 不服を口にしようとするゾランの声を、男の声が上書きする。

 

『良いから言う通りにしろ。”決まり”でな。蛮神騒ぎだなんだで皆気が立っている。クリスタルの持ち出しが厳しく制限されているところだ。お前の積荷が何かなど知ったことでは無いが、……あっちの橋の向こうの、正義感ぶった新人共に騒がれても詰まらん』

『……』

 

 ゾランは、このまま言い争う方が不利益なると思ったのか、ギシリと座っていた座席から立ち上がり、橋の石畳に硬い靴音を鳴らした。続けて後部にいた手下と御者がキャリッジから降りる。3人は不愉快な声に促され、橋の欄干の方へ足を運ぶ。

 

『良し、そっちに立て。あっちの奴らに見える位置がいい。ああ、その辺だ。──良し。もう良いぞ! 出ろ!』

 

 男の声が最後に高らかに響くと、チョコボキャリッジが前に進み始める。いつの間にか御者台に小柄なララフェル族が座り、手綱を操作している。

 

『──ッ。何のつもりだ!』

 

 ゾランが怒りに毛を逆立たせて前に出ようとする。手下たちも気色ばみ剣を抜く。

 

『待て、良いから、俺の話を聞け。なに、簡単な話だ──』

 

 キャリッジが遠ざかり、耳障りだった不愉快な声が、段々と遠ざかって聞こえる。

 

『──キャリッジは通す、積荷も通す」

 

 ()()目元まで覆っていた銅刃団のターバンを外し、目の前のロスガルに言い放つ。

 

「だけどゾラン、お前は通さない」

 

「……!! フロスト、貴様ッ!」

 

 ゾランは俺に向かって顔を歪め、牙を剥き出しに吼える。へえ? そんな愉快な顔も出来るんだな。お返しに俺も口角を上げ、歯を剥き出しに見せつける。

 

「おっと、あんまり騒ぐなよ。お互い注目は浴びたくないだろ?」

 

 俺が言うのとほとんど同時に、「がっ」「ぐわっ」という小さい悲鳴と共に、ゾランの手下たちが組み伏せられる。手下たちの頭上には大柄なルガディン族の、トールがのしかかっている。欄干の向こう、橋の外側に隠れてもらっていた。

 これで今自由に動けるのは、俺と、ゾラン、お前だけだ。一対一で俺と向き合うゾランが、憎々しげに問う。

 

「──貴様、先回りだと? 何故ここが分かったッ」

「……へっ」

  

 俺はゾランには言葉を返さず、右耳に手をやる。そこに下がったそれを見せつけながら、それにエーテルを込めて、声を上げる。

 

「もしもし……聞こえるか? フロストだ」

 

 虚空に向かって放った言葉に答えて、耳元の宝玉から声が響く。

 

『はい! フロストさん、大丈夫ですか!?』

「ああ、安心しろ、もう大丈夫だ。……アリム、良く頑張ったな」

『……っ! はい!』

 

 ここには居ないアリムの声が、右耳に下がる、白く光を反射している玉から響く。アリムだけじゃない。

 

「ココル、任せたぜ」

『任されたよー』

『フロストさん、みなさん、ありがとう……!』

 

 俺はそこまで聞くと、耳からそれを外す。束縛されている感じがして、苦手なんだよ、これ。今回は特別さ。ウルダハでのココルの無駄遣いにも感謝しないとな。

 それをしまい込む前に、ゾランに見せびらかすように指で高く弾いて、また取ってみせる。

 黙ってこっちを睨みつけていたゾランが、呻くように呟く。

 

「……”リンクパール”か。詰まらん小細工を……」

 

 そう、リンクパール。遠く離れた人と話すことが出来る、不思議アイテムだ。俺は皆と別れてからずっと、アリムの持つリンクパールから様子を聞いていた。

 ……しかし、何で自分の声ってのは、はたから聞くとあんなに低くて不愉快に聞こえるんだろうな? 箱に入ったアリムのリンクパールから届く、自分の声にはぞわぞわとしてしまった。

 

 リンクパール、それはリンクシェルと呼ばれる巻き貝から生成される。生成されたリンクパールは、もとのリンクシェル毎に固有のエーテル波長を持つ。リンクパールにエーテルを込めて励起させた状態にすると、音声がその固有の波長のエーテルへと変換され、リンクパールに接する空間エーテルへと伝える。水面に立つ波のように、空間エーテルはその波長をさらに周囲に伝え、何かに干渉されない限りは、少なくともエオルゼア中に広く拡散する。

 そして発信源と同じ固有の波長をもつリンクパールだけが、その波長に共振することが出来る。共振したリンクパールは受け取ったエーテルを今度は空気の振動、つまり音に変換する。あとは受信側がエーテルを込めることで、その振動を増幅し会話が可能な音量に調整できる。

 ……なんて理屈らしい。昔、俺にこれを説明してくれたやつは、音叉にも例えていた。同じ音階の音叉を近くに並べて、片方を鳴らすともう片方も鳴り始めるんだとよ。分けわかんねぇよな。

 

 エーテルを込めないと働かないからな、普通は盗聴なんかには使えない。だけど今回は積荷自体があれだ、盲点だったか? ゾラン。

 

「あの子はどこへやった」

 

 ゾランは既に落ち着きを取り戻し、いつも通りの調子で聞いてくる。もう少し悔しがってくれ方が面白ぇんだけどな。答えは決まっている。

 

「言うわけねぇだろ。……安全なところさ」

「……」

「ゾラン、あの子は諦めろ」

 

 さあこっからは、ただの後始末だ。ここまでやって、しつこく探されたりしても詰まんねぇ。交渉して、落とし所ってやつを用意してやらないといけない。

 ゾランが俺の言葉をフンと鼻で笑い、嘲るように言う。

 

「貴様には、あのヴィエラの価値が分かっていないだろう。……あの子どもを所望している客は、どんな手を使ってでも手に入れるつもりだ。その失敗は俺や、……俺の手下共の命では贖い切れん」

 

 ……引くに引けないってことか。ゾランの取引先というのは、たいした権力を持つヤツなんだろう。

 何となくだが想像は付いていたさ。クソッタレな話だ。強欲で、他人が物にしか見えないヤツほど偉くなるのが世の常ってか? ひとつも理解したくないね。クソはクソだ。

 だけどそんなクソ野郎だからこそ、隙が出来る。欲を出しすぎたツケを払う時が来る。

 俺は懐から布袋を取り出し、ゾランに投げ付けて、言う。

 

「ゾラン、これが何か分かるか? お前の客が持ってたよ」

「……」

 

 ゾランが受け取った布袋を鼻に寄せ、顔を歪める。

 

「……プルトー香だと? 馬鹿な」

 

 その通りだ。流石は獣人の鼻ってことか。俺の匂いは分からなかったのは、風の吹く橋の上だからだ。そう考えると結構危なかったかもな。

 ……プルトー香ってのは、眠りをもたらすソムヌス香の効果を反転させた、高揚、熱狂をもたらす興奮剤。要は麻薬、禁制、ご法度。取り扱いの許されない類のものだ。俺たちを襲ったあのアマルジャ族は、このご禁制のお薬を狙っていた。……ひどく高揚、熱狂した様子でな。

 

「ゾラン、聞け。お前の客とやらはな。アマルジャ族に、このプルトー香を売ってたんだろう」

「……ッ!! ……そうか。愚かな……」

 

 ……流石に商売に聡いやつだ。すぐ理解したみたいだ。何でわざわざアマルジャ族に売るって? 答えは簡単だ。全員が屈強で勇猛なアイツラ種族から、正々堂々って言葉を除いたら何が残る? お薬を買うために、金を求めて、どんな手でも使う屈強で無謀な強盗団(おとくいさま)の出来上がりだ。

 ゾランは複雑な表情をしている。自分がどんな相手に商売をしているかを、胸の中で改めているのだろう。……そんな詰まらない顔は笑えない。 

 

「……ゾラン、それでお前の商売相手とやらを潰せ。禁制の薬に、蛮族相手の商売だ。不滅隊だって動くさ」

 

 袋にはあの取引先共の身元が分かりそうな、指輪なんかも入れてある。不滅隊ってのは、ウルダハの、ええと、軍隊みたいなもんだ。軍隊が動くレベルのネタだ。俺にはどうすれば良いか分からないが、裏世界に近しいゾランなら上手く焚きつける事もできるだろう。

 

「……何が目的だ」

 

 ゾランが言う。その答えは当然。

 

(ギル)だよ。決まってんだろ? ……そうだな1億ギルでどうだ?」

「……」

 

 ふっははっ、クイックサンドで聞いた、あの嘘臭い金額に、さらにふっかけて言う。いきなり馬鹿馬鹿しい金額を言われる気分を、てめぇも味わえ! 当然、俺はこの値段決まるだなんて思っていない。交渉する時ってのは、ふっかけて言うのが基本だ。ここからはゾランがゴネて、俺が首を振るの繰り返しだろう。まあ俺の借金を帳消しにした上で、100万ギルってとこかな。

 ゾランが数瞬の沈黙の後に、口を開く。はっははは!

 

「……フッ、良いだろう。ちょうどあの、ヴィエラの子どもと同じ価格だ」

「……は?」

 

 ゾランの言葉に間の抜けた声で答えてしまった。……へえ。あの子そんな値段なんだ。……高いんだか安いんだか、良く分かんねぇな。

 俺は、何故ゾランがその価格を口にしたか判断しそこねていた。まさかとは思うが、今のこのやり取りに、アリムを勘定に入れてるんじゃねえだろうな? 俺はそんなつもりは無い。当然別料金だ。

 

「お、おい、待て……」

 

 俺が疑問を口にしようとするのを遮り、ゾランがはっきりとした声で言葉を続ける。

 

「この情報、確かにあの子どもと引き換えに受け取った。……忙しくなりそうだからな、貴様の借金は、まだ待ってやる」

「…………いや、それは」

 

 ゾランは俺を無視して、プルトー香が入った袋を懐に入れると、トールが組み伏せていた手下たちに声をかける。

 

「おい貴様ら、ウルダハへ戻るぞ。朝までには段取りを整える。そこをどけ、小僧」

「あ、ああ? おう……」

 

 あまりに平然と言うゾランの言葉に、トールは素直に手下たちを開放する。交渉は済んだのだろうか。俺自身も混乱している。

 ゾランはそのままハイブリッジを背に、荒野へと歩いていく。開放された手下たちは、俺とトールを憎々しげに睨みつけるが、そのまま黙ってゾランの後に着いていく。

 後に残された、俺とトールが、石造りの橋の上で立ち尽くす。しばしの沈黙の後に、トールがためらいがちに、口を開いた。

 

「……お、おい。……終わったのか?」

「…………」

 

 ……ああ、大勝利だ。そのはずだが、俺はトールの言葉に答える気力が湧かなかった。風が砂を運ぶ音だけが聞こえる。

 

────────────────────

 

 

『ああ、大丈夫。しばらくは僕が後見人をするから、任せてくれ。あまり目立ってもいけないから、裏方を手伝ってもらうよ』

 

 リンクパールから、森の都グリダニアの冒険者ギルドのマスター、ミューヌさんの声がする。モモディさんがリンクパールを手に持ち、俺の耳に差し向けてニコニコと微笑んでいる。

 俺は頭を、モモディさんの小さな手の方に頭を差し出しながら、アリムを受け入れてくれたこと対して、感謝を口にする。

 

「ありがとう、ミューヌさん。ホント、悪いな。任せっきりにしちまうが」

 

 くすくすとリンクパールの向こうで、ミューヌさんが笑っている。アマルジャ族襲撃の後、俺がトールたちと別れて、まず頼ったのがミューヌさんだ。他に子どもを受け入れてくれる場所なんて心当たりねぇよ。ヴィエラは森の民だ、グリダニアも受け入れてくれるんじゃないかって下心もあった。

 アマルジャ族襲撃の後の、あの時、俺はまずひとりで隠れて、洞窟に来た見張り役をやり過ごした。トールたちが去ったら、まず取引先の荷物を漁った。所属でも確かめようとしたんだけど、プルトー香が出てくるとは思っていなかった。そのあとはグリダニアにテレポして、ミューヌさんに事情を話して、ザナラーンの境目まで迎えを手配して、またザナラーンに戻り、何とかして銅刃団の制服を手に入れたりと、結構大忙しだった。アリムの通信から意識を外すわけにもいかなかったからな。

 ……1日に2度もテレポするのは初めてだったよ。ハイブリッジでは結構ぎりぎりだった。ゾランの奴が自棄にならなくて助かったよ。そうならない算段ではあったけどな。

 通信の向こうのミューヌさんは、かなり上機嫌だ。

 

『良いんだよ。フフフ、フロスト君? 何をしてみせたんだい? アリム君、冒険者になりたい、なんて言っているよ。いたっ、アリム君、痛いよ、フフ』

 

 何をした、か。……うぐぐ……流石に、儲け損なった愚痴を子どもに聞かせる気にはならない。しかし冒険者ね、全くおすすめは出来ないけど。

 

「まあ、好きにしたら良いんじゃねぇの? ミューヌさん見てやってくれるだろ?」

『……見てほしいのは僕じゃないと思うけれどね、いたっ』

 

 俺は、背の低いモモディさんに合わせて変な体勢でいるため、首が攣りそうになる。ミューヌさんから訴えるような気配がしたが、これ以上は首が持たない。話を打ち切らせてもらう。

 

「それじゃ、ミューヌさん頼んだぜ。アリム! そこにいるだろ!? そのうちグリダニアで会おうぜ!」

 

 俺はそこまで言うと、モモディさんの手のリンクパールから頭を話し、腰に手をやり、固まった背筋をぐっと伸ばす。

 

「……っと。んじゃ、モモディさん、ありがとう」

「ふふ、もう良いの?」

「あ、あぁ。あの、エール頼んでいいっすか?」

「ええ、持っていくから、座ってなさいな」

 

 モモディさんもやけに機嫌がいい。……怒らせ慣れてる人が機嫌が良いのって、すっげえ不気味だな。俺は頼んだエールのジョッキが、油断した俺の頭に投げつけられることを、少し警戒しながらトールとココルが座る卓に向かう。

 

「おう。大丈夫みたいだな……」

「やあ、良かった。ふあぁぁあ……ココ、もう限界」

 

 トールとココルが、同じようにまぶたを重そうにしながら俺を迎える。ウルダハに着いてすぐゾランから仕事を受け、翌日には荷運びに加えてアマルジャ族との戦闘。そのまま真夜中のハイブリッジの死闘と来たもんだ。その後、エーテル切れで動けなくなった俺をトールが抱えて休み休みウルダハまで戻ってきたら、もう夕方近くだ。

 丸1日と半分近く寝ていない。そりゃあ、冒険者やっていれば、もっとひどい時だってあるが、気が抜けりゃ眠くなるってもんだ。

 

「じゃ、ココ寝るよ。おやすみー」

「俺も寝るぜ。ったく。明日ゆっくりさせてもらうぜ」

 

 ココルとトールが挨拶を告げて、テーブルを立つ。俺は適当に手振りで挨拶を返す。2人はのそのそとこのクイックサンドに併設されてる宿屋の受付に向かっていった。……俺も本当はもう寝てえんだけどな。

 モモディさんが笑顔で持ってきてくれたエールを受け取り、チビチビと飲みながら待つ。

 

 

─────

 

 

 日が沈み、依頼を終えた冒険者たちが戻ってきて、クイックサンドは賑わいを見せている。気を抜くと閉じようとする目をこすりながら、ゆっくりと口を付けていた俺のジョッキが空になろうとしている時に、やっとそいつが来た。

 そいつは俺に断りもせずに、テーブルの向こう側に座り、目も合わせない。

 しばらく黙っていたが、俺の方がしびれを切らして、目の前に座るロスガルの男に声をかける。

 

「よお、ゾラン。金ならまだ用意出来てないぞ?」

「……不滅隊が動く。あの取引の筋は終わりだ。あの子どもを追う理由は、もう無い」

「……はっ、そうかよ。それだけか?」

「……」

 

 ゾランが事務的に口にした言葉を、軽く流して先を促す。ゾランは苛立たしげに卓上を爪でコツコツと叩く。

 何も言わねえのか? じゃあ言いたいこと言わせてもらうぞ。そのために待ってたんだ。

 俺は椅子に預けていた体重を前に移し、テーブルに肘を突いて、言う。

 

「……頼みたいことがあるんならよ、最初からはっきり言いやがれ。黙ってても伝わるだなんて思ってんのか? 経営者失格だぜ」

「…………」

 

 馬鹿馬鹿しい種明かしだ。この野郎、最初から俺に、あの子を逃げさせるつもりだったんだ。最初っからおかしかった。あんな怪しい箱渡されたら、俺は開けるに決まってる。こいつは俺が開けることなんて分かってるし、俺もこいつが俺が開けることを分かってるってことを分かっていて、それもこいつは分かっていて……ええと? 

 ええい面倒くさい、要はこいつは、あえて俺に箱を開けさせたんだ、箱の中身を見た俺が、どうするかまで予想して。その点に関して、俺たちは2人は、分かり合いたくもないのに通じ合っていた。

 

「…………」

 

 ゾランはだんまりを決め込んでる。

 おおかたこいつは、俺があの子をさらって逃げてる間を時間稼ぎに、何とかしようと企んでいたんだろう。あの目の細いミッドランダーは取引先側の見張りだったのかもな。他にどうしようもない状況での、賭けだったんだろう。それもアマルジャ族の襲撃で台無しになった。子ども入りの箱が戻ってきた時はさぞガッカリしただろうな。だが不滅隊を動かすきっかけが出てきたわけだから、結果オーライってやつだ。

 

「…………」

 

 ……なぜこいつがこんなことをしたのか、少し分かる。悪徳商人みたいな面をしている割には、悪人に成りきれていない。以前俺がウルダハに居た頃から、こいつは貧民たちに仕事を回していた。それに、見世物同然でウルダハに連れてこられたこいつは、さぞ差別と貧窮に苦しんだんだろう。ただでさえ珍しい少数民族の、しかも子どものヴィエラ族なんてのが、金持ちに良いように使われるなんて、こいつには耐え難かったのだろう。俺だって吐き気がする。

 正直言って、俺はこの件に関しては、もうどうでも良い。あの子の安全も確保できたしな。俺と、俺の仲間の命を、勝手に賭けに使ったことは腹が立つが、冒険者ってのはそんなもんだ。誰もそんなのは保証してくれないのが当たり前だ。いちいち気にしてられない。

 だから今こうして、男2人だんまり向かい合ってるのは。

 

「……………………」

 

 何なんだろうな……? 俺もう眠いんだけど。言いたいことも言ったし、何か言うか、帰ってくれねえかな。

 ぼおっと眺めていると、ゾランがガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。

 その動きを追いかけて俺が見上げると、ゾランは俺の目を見下ろして、口を開く。

 

「利子は負けておいてやる」

 

 それだけ言うと、ゾランはたてがみを翻し、立ち去っていく。

 ふはっ、素直になれないやつだな。俺はゾランの背中に向かってお別れの言葉を告げる。

 

「おととい来やがれ」

 

 ベロベロと舌を出しながら、お見送り差し上げる。けっ、ごめんねぐらい言えねぇのかよ。でも、ああやって弱みを誰にも見せないようにして、成り上がったんだろうな。でも、くく、あのハイブリッジでの顔はマジだったな、傑作だったぜ。貸しにしといてやる。金は当然、返す気は無い。

 



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3−2:パールレーンでつかまえて①

長くなってしまったので、2つに分けて、投稿しています。1話目です。ほぼ酒場で話しが終わります。




 

 クイックサンドの重い扉が、音を立てて開く。押し開いたのは俺だ。扉の内側からは外の熱気と反して、心地よい冷たい空気が漏れてくる。日は沈みかけているが、まだまだ外は暑い。

 クイックサンドの中央には、地下水を組み上げて溜めてあり、それを循環させている。冷たい地下水が、建物を冷やすのに一役買っているってわけだ。

 

「へぇー、お前、剣術士なんてやってたんだ。意外だな」

「意外たぁ失礼なやつだ。言わなかったか? 剣闘士やってたって。それに双剣士ギルドと言やぁ、リムサ・ロミンサだしな」

「……どうやったら剣術士で。”昼行灯”なんてあだ名が付くんだ」

「うるせぇ。ほっとけ、トール」

 

 ここ砂都ウルダハの、冒険者ギルド兼酒場であるクイックサンドの内装は円形で、入り口辺りが一段高くなっていて、奥が低い。奥の方に行くと、宿屋やギルドマスターのカウンターが並ぶ。中央には、飲み食いできるテーブルが点々と置かれている。

 ギルドリーヴで受けた、素材集めの依頼を終えた俺達は、外周のスロープを下りながら話していた。

 

「……お」

 

 俺は酒場に併設された、宿屋のカウンターの前に立っていた人間に、気を取られた。

 術士だろうか。見かけない、柔らかそうな素材のローブを、細い体躯にまとっている。そして、これまた見かけない、湾曲した、変わった杖を身に着けていた。

 見かけないのも当然だろう。それらを身に着けた、そいつの耳の位置には、暖かく柔らかな白色の、()が生えていた。

 

 アウラ族か。流石、商売で栄えているウルダハだな。普段見かけない人種がうじゃうじゃいやがる。

 ちょっと前に会った、ロスガル族やヴィエラ族よりは、少し多く見かける程度かな。

 この辺りの土地、エオルゼアの生まれじゃないだろう。海を超えた東の果、オサード小大陸とかひんがしの国あたりによくいる種族だったはずだ。

 

 俺がぼうっとそいつを眺めていると、そいつがこちらを見上げた。目が合う。上目遣いにこちらを見上げるそいつが、柔らかく微笑んだ。

 じろじろ見てしまったのが、バレたんだろう。何となく気まずくなって目を逸らした。

 俺が空を見つめていると、歩く俺たちの足を、小柄のララフェルの女性が止める。

 

「いらっしゃい〜、今日のお仕事はお終い? お疲れ様〜」

「やあパパスさん、こんちわ」

 

 パパスさんはここの給仕さんだ。自分のことをおばちゃんと言っているが、正直年が分からん。パパスさんは頬に手を当てながら、言葉を続ける。

 

「あのね、フロストくんたちのこと、モモディさんが探してたわよぉ〜。頼みごとがあるんですって」

 

 ……俺達のことを、名指しで探しているなんて、なんか悪いことでもバレたのだろうか。いや、しばらくは問題は起こしていないはずだ。

 だが、依頼じゃなくて、頼み事ってのが余計に不安を感じさせる。

 先に聞けて良かった。俺はそのことを教えてくれた、パパスさんに礼を言う。

 

「ありがとう、パパスさん。見かけたら、逃げるよ。あっ、エール頼んで良い?」

「そ、そう。……はいはい、エールね〜」

 

 三十六計逃げるに如かず。問題は、時間が解決することもあると思う。

 パパスさんは呆れたように首を振って、俺の後ろにいた仲間にも尋ねる。

 

「お2人はどうするの〜? トールくんに、ココルちゃん」

「蒸留酒をくれ。樽に詰めた奴が良い」

「ココも蒸留酒、薬草に漬けたやつ!」

 

 今、最近お気に入りの酒を注文したトールとココルってのが、俺の仲間だ。

 ルガディン族のトールは斧を、ララフェル族のココルは呪具を、それぞれ身に着けている。

 俺達がここウルダハに滞在して、どれくらい経っているだろう。冒険者ギルドの依頼や、稀に悪徳商人のゾランから受ける、ちょっと怪しい仕事をこなして、日銭を稼いでいる。

 パパスさんはうんうんと頷き、手元の紙に注文をメモしている。

 

「はい〜。ご飯はどうする? 舶来の、珍しい料理があるわよぉ〜」

 

 注文を書き終えたパパスさんが、顔を上げて聞いてくる。ウルダハに集まるのは人だけじゃない。食い物も含めて、色んな品々がよく出回る。

 俺は、食ったこと無いものを食うのが好きだ。そして俺の仲間も、同じように物好きなのを知っている。

 

「いいね。パパスさん、それ3人前で頼むよ。なぁ、良いだろ?」

「ああ。楽しみだ」

「もちろん! ……この間の、カエルの丸焼きみたいのじゃないよね?」

「うふふ、大丈夫よ〜。出来上がるまで、お酒飲んで待っててねぇ〜」

 

 クイックサンドは冒険帰りの奴らで賑わっている。

 実に平和だ。

 近頃は蛮神問題に加えて、ガレマール帝国が不穏な動きをみせているらしいが、俺達のような一冒険者には関係ないね。

 俺たちは、ちょっとしたスリルとチャンスに、酒があればそれで良いんだ。

 

 

────────────────────

 

 

 俺はいつものように、騒がしい冒険者共の噂話に耳を傾ける。

 ベスパーベイでとんでもないことがあったらしい。帝国兵が町中に、虚空から現れたとか何とかって。何だそりゃ、胡散臭ぇ。

 でも何かあったことは確かだろう。不滅隊が忙しなくしている様子があった。かなりの人員をそっちに送っているようだ。

 

「こちらが、本日のおすすめのエマダツィですよぉ〜」

 

 パパスさんがテーブルに、3つの皿を並べながら言う。一人前が一皿なのだろう、湯気の立つその料理を眺めて、俺達は思い思いの感想を述べる。

 

「へぇ、美味そうじゃねぇか!」

「……ゴクッ……」

「いい匂いだな! どんなスパイスだろ?」

 

 トロリとした黄色がかった白色のスープから、赤い細長い野菜が顔を出している。

 チーズと、胡椒か? 湯気に乗って届く、強い匂いで唾液が止まらない。

 

「東方のアジムステップって呼ばれる地域の料理なんですって〜。とっても、辛いのよ。同じく東方の、このスティッキーライスと一緒にどうぞぉ〜。あ、それと……」

 

 料理の説明をしてくれているパパスさんが、小さなガラスでできた瓶をテーブルに置いた。

 

「辛さを加えたい方はこちらの、錬金術師ギルド特製、ドラゴンペッパーソースをお使いくださいねぇ〜。と〜っても辛いから、一滴ずつ、試しながら入れてちょうだいね」

 

 置かれた瓶は、何故かドクロの形をしていた。ドクロの天辺からは細い口が伸びている。瓶に入った液体は、イメージに反して透明だ。辛いモノって言ったら大体赤いんだけどな。

 好奇心にかられて、ちょっと試してみたくなったが、先にどれぐらいの辛さか確かめないといけないな。

 瓶を眺めながら思案していると、トールがパパスさんを呼び止めた。

 

「なあパパスさん。舶来のもんってのに酒はないのか」

「ああ〜、そうでしたね。馬の乳を発酵させた、酸味と甘みのある馬乳酒っていうのがありますよ〜。こちらもアジムステップで作られているお酒なんですよ」

「へえ。良いじゃねえか。その土地の食い物に、その土地の酒。なんか種類はあるのか?」

 

 トールが椅子ごとパパスさんの方へ振り借り、こちらに背を向ける。酒の製法についても話し込んでいるようだ。

 俺はそっとペッパーソースの瓶の蓋を開けて、トールのエマダツィの皿に数滴垂らした。3滴入ったと思う。うーん、イマイチ入っている気がしないな。もう2滴ぐらい入れるか。

 俺が一服盛っているのを黙って見ていたココルが、音を出さずにぷふぅっと吹き出している。

 俺が瓶の蓋を閉めて、元の位置に戻すと、ちょうどトールがこちらに向き直った。危ない危ない。

 一応、俺もエールを追加でもらっておこう。注文を書き終えて、俺の後ろを通り過ぎるパパスさんを呼び止めた。

 

「あ、俺も、エールを追加しといて貰っていい?」

「はい〜」

 

 ごそごそメモを取り出すパパスさんの後ろで、冒険者の噂話が耳に届く。

 ラノシアで蛮神が退治された? またか、どうなってんだ。どうやらとんでもない冒険者いるらしい。ついこの間同じようなことがあったな。まさか、同じ冒険者か?

 蛮神を征伐する冒険者ってのは、ちょっと想像出来ない。俺が見たことある蛮神は、ただひとつだ。

 5年前、はるか遠くに、それでも巨大な黒い龍。空から降り注ぐ火の玉を思い出して、頭を振る。

 あまり、気持ちの良い記憶じゃない。

 気を取り直して正面に向き直ると、トールが上機嫌にしている。

 俺を待っていたようだ。俺は手を鳴らして、言う。

 

「ああ、すまん。よし! 食うか!」

「ああ。待ってたぜ」

「いただきまーす!」

 

 別にせーので食う必要もないんだけどな。

 おいおいココル、あんまニヤニヤすんなよ、バレちまうだろ。

 食ったときのリアクションが楽しみだ。なるべく表情に出さないよう匙をつける。怪しまれないように相手の挙動に合わせて、スープを口にした。

 おお、美味い! よく分からんが、色んなスパイスと、チーズの香りが鼻腔へと届い痛あ辛ッああ辛ッッああぁぁああ!?

 

「ガッあ、辛!! ぎゃああぁぁああ!!」

「ぐわああああ───ッッ! 辛!? なんだぁあああ!?」

「──ブフウッ! ぶひゃひゃひゃっひ、んなアホなっひゃひゃ!!」

 

 味から一瞬遅れて、とんでもない辛さに襲われた。驚くほどに唾液が出る。顔から、続けて全身から汗が吹き出る。

 何で? 入れ替えか!? いや、トールは同じように悶絶してやがる。ゲラゲラ笑っているココルは、ずっと視界に入っていた。つまり。

 

「トール! お、お前も盛りやがったな!? か、辛ァッ、何滴入れやがった!」

「グア、イッ1滴だ! ──なッ、て、てめえ、まさか……この野郎! 何滴入れやがったッ!!」

 

 どうやら互いにソースを入れてしまったらしい。クソッ、1滴でこの辛さか、なんてもん作ってんだ錬金術師どもめ。

 

「バ、バカだ、こいつら、ひゃひゃ──ひぃっひっ死ぬ、うひゃひゃっ」

 

 ココルは、涙を流しながらバカ笑いしている。そのまま息をするのを止めてしまえ。ガっやばい、構ってる場合じゃない。

 とにかく口の中を洗い流そうと、残ったエールを飲み下す。

 トールも同じようにしているが、不運にも小さいグラスの蒸留酒だ。トールはあっという間に空になったグラスを打ち捨て、「グオオオッ」と叫びながら、椅子を蹴るように立ち上がる。

 そのままクイックサンドの真ん中にある、冷たい水溜めへと走り、頭を突っ込んだ。バカッ、また怒られるぞ!

 だが、そんなこと気にしている場合じゃない。俺も水が要る。水溜めはトールのでかい図体が邪魔だ。厨房。カウンターの裏!

 俺は椅子から転げそうになりながら、立ち上がり、カウンターの方へと走った。

 そんな道も半ばに、小さな影が立ちはだかった。俺はその影に、懇願するように声をかける。

 

「──モ、モモディさん、み、水を」

 

 ギルドマスター兼店長の、モモディさんだ。モモディさんは柔らかく微笑み、

 

「ごめんね。厨房は関係者以外、立ち入り禁止なの。お水は後で持っていくから、席で待っててね」

「そ、そんな……」

 

 死の宣告を伝えてきた。

 俺は、こっちを見てニヤニヤしている、他の客が飲み物を強奪することを、本気で考え出す。

 モモディさんはニコニコと、苦しむ俺の顔を見上げながら、言った。

 

「ところで、パパスさんからは聞いたかしら? お願いしたいことがあるんだけれど……」

「──き、聞く! 聞くからっ水っお願いします!!」

「うふふ、ありがとう。すぐお水を持ってくるわね」

 

 そう言って優雅に振り返って、パタパタと歩いていった。

 してやられた。あの人には敵わん。俺はその場に膝を突いて、二度と食べ物で遊ばないことを誓った。

 

────────────────────

 

「うわぁ、美味しかった! ピリピリした!」

 

 結局、エダマツィの皿は、ココルが全部食った。

 俺は、モモディさんがすぐに持ってきくれてた、大きな水差しの水をジョッキで飲み続けている。ようやく口の中が落ち着いたが、まだ喉がヒリヒリしている。

 

「ゴホッ、よく普通に食えんな……あんな辛いの」

「うん、ココ辛いの好きだ」

 

 ココルが言うには、デューンフォーク族ってのは毒に強いらしい。子供の頃から毒草の紅茶を飲むんだってよ、まじかよ。今度から腐りかけの食料は、全部こいつに食わそう。

 

「ゴッギギッ……」

「悪かったって、トール。3滴は入れ過ぎだったな」

 

 トールは改造人間みたいな喋り方になっている。相当喉が焼かれたのだろう、グビグビとポーションを飲んでいる。……飲んで良いんだっけ? それ。

 

「ギッ、キリ、ギザムゾ、フロズドォ……」

 

 ……心まで失ってしまったトールから、目を逸らした。

 

「なあ、モモディちゃん、なんだって?」

 

 不意に、ココルが問いかけてきた。ちゃん付けしてんじゃねぇ、恐れ多い。

 俺は、両手を適当に上げながら、応える。

 

「さあな。厄介事なのは、間違いねぇよ」

「ふうん。……ココは、そのお水。飲んでないことは忘れないよーに」

「てめぇ、逃げようったって、そうは……お?」

 

 いざとなったら、知らぬ顔をするつもりのココルに、釘を刺す。それと同時に、モモディさんが手招きしているのが見えた。

 数秒、逃げるかどうか迷ったけど、観念することにした。立ち上がる。

 

「お呼びだ。行くぞ」

「あいよー」

「ゴッ、ア゛、あ゛あ。……やれやれだ」

 

 俺に続いて、仲間たちが椅子を鳴らして立ち上がる。俺たちは重い足並みを揃え、モモディさんがいるカウンターへと向かう。

 

「……ん?」

 

 天井を支える、柱の影になって見えなかったが、カウンターのすぐそばには人影があった。

 クイックサンドに入る時に見かけた、アウラが立っていた。

 そいつは俺と目が合うと、クスッという感じで笑った。俺は適当に愛想笑いを返す。

 俺たちがカウンターの前に立つと、モモディさんが澄んだ、通る声を出す。

 

「ごめんなさいね、急にお願い事して」

「いや、気にしないでくれよ。モモディさんには、世話になってるからさ」

 

 俺が代表して返事をする。

 だが、俺の頭は不安でいっぱいだ。少々の厄介事なら、モモディさんがこんなに優しいはずがない。俺は心の底で構えを取る。

 モモディさんは俺の言葉に微笑みと共に、口を開く。

 

「お願いっていうのはね、この子と組んでみて欲しいの」 

 

 そう言って、俺たちの横の方に立っているアウラに手を向けた。……まあ、コイツ関係だよな。意味ありげな感じで、近くに突っ立てるし。

 手を向けられたアウラが、両手を腿に置いて腰を曲げた。東方の礼だろうか。俺たちが釣られて、中途半端に頭を下げていると、モモディさんが言葉を続ける。 

 

「エオルゼアには、来たばかりみたいでね。慣れていないみたいなの。色々と教えてあげて欲しいのだけど、どうかしら?」

「……はっ、そんなことか。ああ、良いよ。俺がコイツの、冒険者の()ってヤツを量ってやるさ」

 

 何かと思ったら、新人の面倒か。確かにやりたがる奴は少ないな。

 なあに、俺たちに任せておけ。適当にこき使って、使えそうなら仲間に入れてやろう。

 使えなくても、生き残れるぐらいの小技は教えといてやるさ。

 俺はアウラの方に向き直り、そいつを()()()()

 

 デカイな。さっきは、スロープの下にいたから気付かなかったが、結構な上背だ。俺とトールの間ぐらいだろうか。

 ほっそりとして見えたが、ふわりとしたローブに隠れているだけで、意外と筋肉質みたいだ。術士にしちゃあ逞しい体つきをしている。

 黒い、湾曲した杖を、今は左手に持って下げている。

 鋭い目つきをしているようだが、穏やかにニコニコとしているせいで、人当たりが良さそうに見える。

 回復魔法が使えると、助かるんだけどな。幻術士では無さそうだが、東方の術士ってのはどんなのが居るのだろう。

 

 まあ、悪いヤツには見えない。コイツの穏やかな気配に当てられて、俺も気持ち親切になったようだ。

 俺はこのアウラの男に右手を差し出し、挨拶をする。

 

「よろしくな、フロストだ。こっちのデカイのがトール。ちっこいのがココルだ」

 

 握手を知らないのだろうか。男は俺の右手をしげしげと眺め、右手を前に出しながら口を開いた。

 

「る……ぱ……がみど?」

「……んん?」

 

 よく聞き取れなかったな。なんて言ったんだ、コイツ。あとやっぱり、握手を知らないようだ。

 手を握るわけでもなく、俺たちの手のひらは、半端に中空に浮いて、無意味に空気を温めている。

 アウラの男は小首を傾け、続けて言葉を発した。

 

「ゔぉすのせら。のぅめにへすと、じん、とぅじょぅ。ぃのうこむにさもぅね。ぱえにてっと」

 

「…………はあッ!?」

「ああ!?」

「ぶふぅっ、な、何言ってるか全然わかんないっ」

 

 明らかに聞き慣れない言葉だ。トールやココルの反応を見ても分かる、方言なんてもんじゃないぞ。そんな、バカな。

 

 俺はカウンターに向かってかぶりを振る。カウンターに立つモモディさんが、顔を、小さくだが、確かに逸らした。

 

「ちょ、ちょっと、待っててくれ、な。ほら、すぐ戻るからさ」

 

 俺は手振りを交えて、待つように言うが、男は目をパチパチと瞬かせている。伝わった気がしない。

 俺は男は放って置いて、カウンターにかぶり付くように駆け寄った。モモディさんは、明らかに目を合わせようとしない。このやろう。

 

「モ、モ、モモディさん!? なに、あれ? どういうこと!?」

「何って……言ったじゃない? この辺りに詳しくないって」

 

 モモディさんは、何でも無いことのように言う。俺はカウンターに乗り出して、無理やり視線を追いかけ、問い詰める。

 

「詳しくないとか、そういう問題じゃないでしょ!? 共通語喋れないヤツとか、始めて見たぞ!」

「と、とにかく! 悪い人じゃないと思うから。どうしたいとか、技量とか……確かめておいてね! お願いね!」

「いや、聞くったって──あっ、ちょっと! 嘘だろ……」

 

 クソッ、行っちまった。マジかよ。俺は頭痛を覚えて、こめかみに手をやる。

 ここエオルゼアで、共通語が使われるようになって、どれぐらい経つのか俺は知らない。そう何歴も前、ってわけじゃ無いはずだが。

 エオルゼアだけじゃないぞ、あの帝国も含め、どの大陸だって共通語は使っている。

 それ以外なんて、部族が、名前や固有名詞に使っているぐらいだろう。どんな僻地から来たんだ、コイツは。

 おまけに東方出身じゃ、この辺りに通訳できるヤツが居るわけもない。

 俺は、カウンターに両肘を突いて、顔を覆った。勝手に口から息が漏れるのを感じつつ、厄介ごとの方を盗み見る。

 突っ立つ厄介に向かって、ココルが能天気に話しかけている。

 

「でかいねー。アウラ族? ってみんなそうなの?」

「るだむ、ていきぃ、どぅぶろどるぇむ?」

「ふひひ、全然わっかんない! 面白いなコイツ!」

 

 会話の遠投距離を競っている珍獣どもの横で、押し黙っていたトールがこちらを睨む。

 人見知りをしているわけじゃないだろう。想定外の事があると、判断を人に丸投げするのは、コイツの悪い癖だ。実年齢を考えれば、それも仕方がないかもしれないが。

 一息を長めについて、俺はカウンターに預けていた体重を、無理やり引き戻し、野郎どもの方へ胸を張る。

 方針は今決めた。3人が、向き直った俺に意識を向ける。

 俺は宇宙人にだって意図が伝わるよう、大げさな身振りで、少し前まで俺たちが座っていたテーブルを指差す。

 

「とりあえず。飲もう」

 

 もう、やけだ。時間が問題を解決することもある。

 そして酒は、時間を加速させる。

 

────────────────────

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 酒による時間の加速も、いきなりトップギアにはならない。走り始めは、なんだってゆっくりだ。今は、亀よりもスロウだ。アキレスにだって追い抜かれる。

 4人で席に着いてからずっと、沈黙が続いてる。最初に言葉を発したヤツが死ぬゲームかってぐらい、誰も口を開こうとしない。

 原因であるアウラの男は、本当にゲームをしていると思っているのかも知れない。楽しそうな面で、俺たちの顔を順番に眺めていた。

 トールとココルはひたすらグラスを傾ける。俺も仕方なく、もうほとんど残っていないエールを口に寄せ、舐める。

 そのアウラも、俺の動きに釣られたのだろうか。ずっと飲んでいなかったエールのジョッキを持ち上げ、口を付け、

 

「ざぁ、じずたぅさてう」

 

 また訳の分からない言葉を発する。目を大きく開き、泡の付いた口を拭いもしない。エールのジョッキを片手に持ったまま、それをしげしげと眺めている。

 良し、喋らないゲームはお前の負けだな。ようやく喋れるぜ。

 

「ああ、それは”エール”だ。酒だ」

「ええるださっけ?」

「いや……、エ ー ル、だ」

「ええる」

「良し」

 

 俺が密かに、初めての異文化コミュニケーションに感動していると、そいつは今度はトールのグラスを指差して言う。

 

「ええるだ?」

 

 突然矛先を向けられたトールは、ちょっと動揺しているようだ。ぎこちなく、片手に持ったグラスを動かしながら、詰まりながら答える。

 

「あ? いや、ち、違う。これは蒸留酒だ。じょうりゅ、りゅうしゅ。……クソ。やり辛えな」

「じょりゅりゅしゅっくそ?」

 

 ココルが吹き出して、口を挟む。

 

「ばかトール、何照れてんだよ。ちょっとココ様に任せてみな。じょーりゅーしゅ! せい!」

「じょうりゅうしゅう」

「良くできました! うわ。ココ、教師の才能あるな、これ」

 

 ココルの間抜けな自画自賛はさておき、悪くない流れだ。

 

「おい、こっち見ろ。そう、こっち」

 

 俺はニコニコ頷いているそいつに、軽く手を降って注意を向けさせる。俺はテーブルに置かれている酒を指差して言う。

 

「エール、蒸留酒」

 

 そして、自分と、仲間たちを次々に指差しながら、

 

「フロスト。トール。ココル」

 

 とイントネーションを強めに言う。そして、手のひらを微笑み男に向けた。

 流石に、分かるだろう? どうだ?

 ニコニコ面は、目を見開いて、俺の言葉を聞いていた。そしてその笑顔に、より楽しげな雰囲気を重ね、自身の胸に手を当てながら口を開いた。

 

「じん。……ふろすと、とおる、ここる!」

 

 ジン。そう言うと、そいつは俺たちを手のひらで指しながら、順番に名前を呼んだ。

 そうか、ちゃんと伝わったみたいだな。……名前聞くだけで、ここまで面倒くせぇのには目を瞑ろう。

 俺は、思いの外、大きい充足感を覚えていた。俺は自分のジョッキを少し高めに持ち上げて、言った。

 

「ジン、か。よろしく、ジン!」

「おう、宜しくな。ジン」

「ジン! いえー!」

「……ッぜぅ! にけとぅめえず。……ッ……ッ」

 

 俺の声に答えて、それぞれがグラスを上げて言う。ジンと名乗ったその男は、癖だろうか、音に出さずに笑っている。

 火を入れたように、雰囲気が明るくなった。

 何だろうな、この一体感。適当に組んだパーティがちょっとギスギスしていた時、一山超えて意気投合した瞬間、みたいな。

 言葉を教えるのがツボにハマったのか、ココルがテーブルに置かれていた皿を持ち上げて言う。

 

「これは”ナッツ”だ、なっつ! 木の実だよ」

「なっつ。きのみぃ?」

「……そういや。腹が減ったな。おい。適当に頼むぞ」

 

 それも見ていたトールが、パパスさんに向かって手を振る。トールの言うことはもっともだ。飯を食いそこねていたのを思い出す。

 俺はトールに提案する。

 

「せっかくだし、色々頼むか。コイツ、ジンも色々知っといた方が良いだろう」

「ああ。そりゃあ良い」

 

 それからは、届いた食い物をジンに教えるってだけで、それなりに盛り上がった。

 

「これがハム! 肉!」

「こりゃあサーモンだ。魚だ」

「コイツはブランデー、って言うんだ。ワインの蒸留したもんさ」

 

「これはエダマツィー!」

「てめえ。また頼んだのかよ。それ……」

「……! えだまつぃ! っらぁえいぅと」

「へぇ、知ってんだ。そういや、東方の食い物って言ってたな」

「ふははっ。じゃあこれも知ってるんじゃねえか? これが馬乳酒だ」

「がぁ! がぁるぐいっと。……ッ」

 

「バカ、トール。せっかく異国に来てるんだぜぇ。コイツはなぁ! ペールエールって言って、長距離に航海に耐えられるようホップが……」

「ぶひゃひゃ! うんちくは要らないっての! これ、これがぁ……グナース酒だァ!」

「ぎゃはは! なんてモン飲ませてんだよ! ひっく。おい、ジン。これ、これだ。これが”赤”でぇ、これが”白”ぉぉお!」

「ぜっ……ッ……ッッ」

 

「がははははは! おい。これが。──うわ。やべえ」

「バカっ、こぼしてんじゃねぇよ! もったいねぇ、ひっく……あっ」

「ぶはははっ、てめえもこぼしてんじゃねえか! ばーかぁ!」

 

「ぎゃははははは!!」

「がっははははは!!」

「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!」

「……ッ! ……ッッ!」

 

「いやぁモモディさん! コイツ、案外、ひっく、良いやつだぜ、ぎゃははは! モモディさん? モーモディさーん!?」

 

 俺は体を捻じ曲げて、カウンターの方に声を上げる。だが、モモディさんは返事をくれない。

 カウンターで、頭を抱えるように両手を突いて、俯いている。

 頭痛か、忙しいのかな? 大変だな、ギルドマスターってのは。

 俺がテーブルに目を戻すと、ジンたちは、楽しそうにゲラゲラ笑っている。コイツがどんな事情で、エオルゼアくんだりまで来たか、知る由もない。知ったこっちゃないしな。

 時間は十分に、加速し始めたみたいだ。俺たちは、この勢いがスピードを落とさないように、燃料を次々と投下していった。

 

 

────────────────────

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………ぅぷ」

 

 指先がチリチリする。口の中はカラカラだ。目の奥が熱いんだ。

 熱いというか、ゴリゴリと痛む。これは……二日酔いだ。

 ジンというアウラ族と、邂逅した次の日の朝だ。俺たち4人は、自然と昨日座っていたテーブルに着き、うなだれている。昨晩とは、違う沈黙が漂う。

 俺は顔を上げる。それだけで頭に鈍痛が走るのをやり過ごし、いつもより青白い顔をした連中に目をやる。

 全員死んだような顔をして、時折ギクシャクと体を動かす。俺と同じように動くと頭痛がするのだろう。誰の呼吸か分からないが、酒の臭いが漂い、気分が悪くなり、俺は口元を手で覆う。離す。自分の息も、酒臭い。

 俺は、椅子の上でぴくぴくとしている、ゾンビー共に話しかける。

 

「……分かってると思うが、寝てられねぇぞ。問題発生だ。……おい、ジン、起きろ」

「んがっ、ぜぁ……む」

 

 俺は、白目を剥いているジンの椅子を軽く蹴る。ジンは体をビクリとさせて起きるが、目の焦点が合っていない。昨日の爽やかな笑顔は見る影もない。

 俺だって本当は、ずっとベッドに入っていたいさ。だが、今のままだとそれが不可能だ。

 俺は今日の方針を伝える。

 

「金がない。全員、今日の宿代すらないだろ。……働くぞ、クソッ」

 

 昨日、調子に乗って色々と頼みすぎたんだ。舶来の品ってのは、何だってあんなに高いんだ。

 トールがげんなりと、テーブルの中央辺りに目を向けたまま答える。

 

「……ああ。分かってる。……ココル。頼む、絶対吐くなよ」

「ぅぷ。うっ大丈夫……たぶん。でも、なあ、ジンって何が出来るんだっけ?」

「…………あ」

 

 俺は肝心なことを忘れていた。コイツが回復魔法を使えるかどうかで、やれることは結構変わる。

 いきなり、無理をするつもりはないが。そもそもコイツの技能を知らないといけない。

 俺はジンが、再び白目を見せているのを起こすついでに、問いかける。

 

「おい。おい、ジンッ。……そう、お前、何が出来るんだ? 攻撃か回復か、それとも支援か?」

「…………がぁ?」

 

 ジンは首をかしげている。いまいち伝わっていないようだ。俺はテーブルに立て掛けている、ジンの杖を指差す。

 

「魔法だよ。それ、杖で、何が出来るんだって」

「まほ……? ぃな」

 

 ジンは合点がいったような顔をして、杖を、俺たちが見やすい位置に持ち上げる。

 細長い形状、1メートルと少しほどの長さだ。軽く弓なりに反っている。杖の、ほとんどの部分は黒く塗られ、つるりとした表面だ。

 杖を持つジンの、左手のすぐ上にある円盤のような装飾を挟んで、上部はさらに細くなっている。細い皮か何かだろうか。それがきつく巻かれていた。

 ……ていうか、この形状。いや、まさか。細すぎる。

 

 ジンは、左手の上の円盤に、親指で触れて力をかけ、右手で上側の細い部分を握る。

 音も無く、ジンの右手と左手が離れる。杖が伸びた。

 伸びた箇所には、金属が覗いている。その金属は曇りなく、冷たく濡れるように光を反射する。波の様な模様がうっすらと浮かんでいた。

 ぞっとするほど綺麗な、凄みのあるその光に目を奪われていると、ぽつりと高い声が聞こえる。

 

「──これ、”(かたな)”だ。思い出した」

「知っているのか? ココル」

 

 俺は、声の主のココルに問いかけた。ココルは、”刀”と呼んだそれを、見つめながら言葉を続ける。

 

「ずっと前に、(うち)に飾ってあったんだよ。そうだ。東方の、”(さむらい)”っていう剣士が使う武器だ」

 

 飾ってあった? そういえば、コイツお嬢様だったっけ。さむらい? それにしては、

 

「……細すぎないか? 刀身、折れちゃうだろ。それに、これは……(さや)、か。珍しいな」

 

 俺がこれを、刀剣の一種だと気付かなかった理由が、細さ以外にもある。鞘だ。ここ、エオルゼアの辺りでは、刀剣を鞘に収めているヤツなんて滅多にいない。

 大して研がれてもいないから刃を覆う必要ないしな。お偉いさんたちが、装飾として使っているぐらいだ。

 

 ちなみに冒険者たちが使う武具は、市民たちが使うような刃物とは事情が異なる。

 エーテルによる強化こそが技の要であって、刃の切れ味そのものは、そこまで重視されない。

 それよりも、よりエーテルを伝達する素材を使うことが重要になる。

 質の悪い武器を使えば、十分にエーテルを走らせられずに、足かせとなる。

 逆に、身の丈に合っていない、良い武器を手にしたところで無駄だ。太いホースに、少量の水を流すようなものだ。結局エーテルが伝わりきらず、技が発動しない危険さえある。

 これは防具に関しても同じことが言える。

 自分に合ったレベルの装備が必要っていうのは、そういうわけだ。

 

 チン、と音が鳴り、刀身が鞘に消えた。ジンは微笑んで、刀を元あった位置に立て掛ける。

 そうか、刀、か。剣士ね。

 ……いや、回復役は、どこ?

 思い出したように、頭痛がひどくなるのを感じた。

 俺は密かに、適当に面倒を見たあと、コイツを放り出す心づもりをする。

 気を取り直して、言う。

 

「とりあえず、仕事だ」

 

 

────────────────────

 

 

 いつも通り、俺が代表してギルドリーヴへ向かった。だが結局、丁度いい仕事は見つからなかった。即日払いで、金額も良い、危なすぎず、フロスト一味お断りじゃない依頼は無かったのだ。

 俺がテーブルの方に戻ると、気だるげに座る仲間たちが俺を見上げる。俺が首を横に振ると、ため息が聞こえて、淀んだ空気が流れた。

 俺は席には着かず、手振りで、仲間たちに立ち上がるように示す。 

 

「……ゾランの所に行ってみる。お前ら、市場に行って、ポーションとか買っておいてくれ。無駄遣いするなよ、残り少ねぇんだ」

 

 悪徳商人のゾランは、商人と言うと語弊がある。実際は何でも屋に近い。暴力も扱うヤクザな商売だ。ときどき、表沙汰にはできないような依頼。ちょっと後ろ暗い依頼が、ゾランから回ってくることがある。

 仲が良いわけじゃ決して無い、持ちつ持たれつってやつだ。

 トールが、少し遅れてジンが、ゾンビーみたいな動きで立ち上がる。斧を、いつもよりも重そうに持ち上げて、背中に取り付けながら答える。

 

「分かった。二日酔いに効くポーションだな。どこで待ってりゃいい」

「そんなポーションがあれば頼むぜ。市場にいてくれりゃ良い。適当に見つけるさ」

 

 トールはフンと鼻を鳴らし、机に突っ伏しているココルを片手で持ち上げる。そのままぶら下げて、表通りへと出る扉へと向かった。俺の目的は、裏通りへと続く扉の先だ。

 ふと気づくと、ジンが俺の隣でぼうっと突っ立っている。

 俺はちょうど扉を押し開いたトールたちの方を、指しながら言う。

 

「どうした? お前もあっちで良いぜ。……こっちは面白くねぇぞ」

「ぜぅ、いむぃんたらう」

 

 何言ってるか全く分からんが、……ま、良いか。ここエオルゼアで冒険者をやるってなら、陽の当たらない場所ってのも、見ておいた方が良いかも知れない。

 

「余計なことするなよ。迷子になったら、置いていくぞ」

 

 俺がそう言うと、ジンはニコニコとして頷いた。……分かってないだろうな。

 俺は、杖、じゃなかった、刀を腰に差したジンを連れ、扉を押し開けて外へ出た。

 

 

────────────────────

 

 

 このパールレーンと呼ばれる界隈は、表通りであるサファイアアベニュー国際市場の、裏路地にあたる。華やかな、商人や観光客が行き交う表通りと違って、この裏通りには暗い雰囲気が漂っている。実際、日当たりが悪い。

 じめじめとして、ゴミゴミとしている。廃棄された箱や樽の破片が散らばっている。子どもがくず鉄を集めていた。冒険者が珍しいのか、アウラ族が珍しいのか、ジロジロとこちらを見ている。

 ところどころに吐瀉物が落ちていて、それを汚れた服を着た使用人が、急ぎ足にまたぐ。気を付けないと、割れた酒瓶を踏むことにもなりそうだ。人相の悪い男が、品定めをするようにこちらを伺っている。

 端的に言って、治安が悪い。以前より、物乞いの数も増えた気がする。

 

 俺はジンを横目で伺った。ジンは特に気を害する様子もなく、ぼんやりと前を向いている。世間知らずとか、そういう訳でも無さそうだな。

 素人は警戒心を丸出しにしたり、きょろきょろしたりで、危なっかしくて連れて来られない。コイツは及第点だ。

 俺が密かに感心しながら、道を進んでいると旧知の顔を見つけた。黒髪に、浅黒い肌。上半身裸の、いかつい顔した男だ。二人連れで、片方は知らない。髪が金色の他は、同じ様な格好をしている。

 厳密には裸ではない。……”紐”としか言いようがない物を身に着けている。寒さや怪我から、身を守るためのものじゃない。恐らく部族や所属、立場なんかを表すための意匠が組まれているのだろう。

 懐かしい顔に、俺は思わず声をかけた。

 

「ランデベルト! 久しぶりだなっ」

「……フロスト? ハッ、てめェ、生きてたのか」

 

 随分な物言いだ。この屈強なハイランダー族の男、ランデベルトは若くしてパールレーンの顔役だ。孤児や難民、貧民たちをまとめている。第七霊災に遭ったころから、リーダーシップを取っていた。

 道端の木材に、腰掛けているランデベルトは俺を見上げて言葉を続ける。

 

「いつ戻って来やがった。金なら貸さねェぞ」

「へっ、そうかよ。あてが外れちまったな。……なんだ、随分と景気の悪い面してんな」

 

 俺は軽口を返すが、ランデベルトの顔がやけに陰気なのが気になった。もう少しさっぱりしたヤツだったと思ったが。

 ランデベルトは、舌打ちをして答える。

 

「チッ……。ひでェもんだ。近頃は蛮神だの帝国だので、すっかり荒れちまった」

 

 そうとう鬱憤が溜まっているようだ。イライラと口調で続ける。

 

「俺らみたいな貧民を食い物にするカス共が、虫みたいに沸いてきやがる。モンスター共もだ。不滅隊も銅刃団もあてになりゃしねェ」

「……」

 

 俺も噂だけは聞いていた。貧民を狙った、誘拐騒ぎだってあったらしい。だが、噂なんて氷山の一角だろう。それぐらい、貧民のことなんて、気にするヤツは居ないんだ。

 ランデベルトは俺の後ろで、ぼやっとしているジンに目をやった。

 

「何だ、そいつは。観光のつもりか?」

「そんなとこさ。……コイツにゃ構わないでくれ」

 

 俺はランデベルトに軽く釘を刺す。……異国の、言葉も知らない人間なんて良いカモだ。箱詰めにして売られたって、誰も気付きやしない。

 だがランデベルトは、俺の真意なんて知りっこない。俺の言葉に顔をしかめて、吐き捨てるように言う。

 

「フン。いいよな、てめェら冒険者は。生まれ持ったエーテルのおかげで、ゆうゆうと暮らしてやがる」

「……突っかかってくるんじゃねぇよ」

 

 人が持つことができるエーテルの量は、ほぼ先天的に決まる。大抵、成長するにつれて、どこかで頭打ちになるんだ。

 生命の危機に瀕した時や、強い感情を抱いた時に、大きくエーテルを向上させるなんて話もある。だが当然、殆どの場合はそのまま死ぬ。

 言ってしまえば、冒険者なんて、なろうと思えば誰でもなれる。命をチップにして、賭けに勝ち続けたヤツが生き残るだけだ。そして覚悟あろうが無かろうが、死ぬ時は死ぬ。

 それをこいつは。

 

「そんなに冒険者うらやましいならよ、ここで何してんだ? モンスターの一匹でも倒しにいけよ。運が良ければ、1段階成長(レベルアップ)するのも夢じゃないぜ」

 

 俺は、我慢が出来ず、つい挑発的なことを言ってしまう。ランデベルトの横で、黙って立っていた金髪の男が、俺を強く睨む。当然、そいつは無視する。俺は口角を上げて、ランデベルトの目を見続ける。

 ランデベルトは、俺の目を見返しながら、軽く息を突いて、口を開く。

 

「そう言って、昨日も2人死んだ。まだ10かそこらのガキたちだ。冒険者になりたいって言っていた」

「…………」

 

 冒険者に憧れる子どもは、多い。

 冒険に財宝、モンスター討伐。果ては英雄譚だ。憧れるのも無理はない。誰にでもチャンスがある。賭けるものは命ひとつだ。何の元手もない貧民なら、なおさらだ。

 俺は言葉を見つけられず、黙っていた。

 ランデベルトが、俺から目を逸らして言う。

 

「行けよ。絡んで悪かったな」

「ああ、またな。……ジン、行くぞ」

 

 俺はランデベルトに言葉を返し、俺たちの会話を眺めていたジンに声をかける。

 ランデベルトが片手を上げるのを横目に、俺たちは路地の先へと踏み出した。

 

 ジンが俺をジロジロと見てくる。笑みはずっと浮かべている。ただ眉を少しひそめて、困っているような、心配しているような面で見てくる。

 俺はジンの方に顔を向ける。

 

「何だよ、その顔は。さっきのことなら気にするな……ただの愚痴り合い、うっぷん晴らしさ。それに、お前には関係のない話だ」

「ぃな。……ぜぅ」

 

 納得したのかしてないのか、曖昧な顔で、俺の後ろをスタスタと歩き続ける。

 そりゃ、アイツも大変だろう。国が不安定になれば、一番割を食うのは下層の人間だ。

 だけど俺たち冒険者は、所詮、流れ者だ。なにかしてやる義理もないし、得もない。

 国ごと変えるような、影響力は当然無い。おとぎ話の英雄譚だ、それは。

 ……噂の大物冒険者なら、ひょっとするかもな。いや、無理だろ。そんな幻想に期待するようじゃ、終わりだな。

 

 俺は後味の悪さを噛み締めて、路地裏へと足を進める。

 



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3−2:パールレーンでつかまえて②

2話続けて投稿しています。こちら後編です。
 
 


 

 しばらく言葉もなく、足を進めた俺たちは、路地の行き当たりまでやって来た。

 見えるのは大きな石造りの建物だ。不明瞭に文字のかすれた看板があり、そのそばに入口がある。入口には見張りだろうか。若い男が、所在なさげに立っていた。

 ここにゾランが事務所として使っている部屋がある。入り口は裏口のようにも見えるが、この辺りは土地を節約する工夫がされている。要は、複数の建物が石壁を共有して、それぞれの部屋は独立している。

 そのせいで見た目には巨大に見えるが、実際にゾランが使っているのは1、2部屋だろう。

 

「やっと着いたか。ジン、お前はここで待っててくれ」

「ぜぅ」

 

 別にコイツを連れて入ってもいいが、何か聞かれてもおっくうだ。この事務所の近くで、面倒事を起こすやつもいないだろう。

 俺は入口への道を、塞ぐように立っている見張りをしている男を見る。声をかけようとして、そいつに見覚えがあることに気付いた。細目の、ミッドランダーの男。ジンとは違った、人を小馬鹿にするような笑みを浮かべている。

 

「……あれ? あんた、ゾランのとこの奴だったのか?」

 

 そいつは以前、ゾランから無茶な運びの依頼を受けた時に、ゾランの近くに立っていた男だ。荷物を受け取った際にも、こいつがいた。

 てっきり、ゾランの商売相手から送られた、お目付け役だと思っていた。

 そいつは俺に向き直ると、爽やかとは言えない笑みを、少し大きくして口を開く。

 

「……その件では、どうも。いえ、お察しの通りですよ。雇先が、どなたかのせいで無くなってしまい、途方に暮れているところを、ゾラン氏に拾って頂きました」

「へえ、そりゃ大変だったな。同情するぜ」

 

 俺は優しい言葉をかける。そいつの頬が少し、引きつるように動いた気がした。

 そいつは気を取り直したように、咳払いをして、言葉を続ける。

 

「ロドウィックと申します。お見知りおきを。……ゾラン氏にご面会ですか? そういった約束はお聞きしておりませんが」

 

 ロドウィックと名乗ったそいつは、糸のような目を少し開いて、胡散臭げにこちらを伺う。約束だって? するはずもない、面倒くさい。

 

「俺たちの仲だ、そんなものは要らないさ。通るぜ、あいつひとり?」

「……まあ、良いでしょう。あなた方のことは、彼もそれなりに信用しているようなので。ああ、扉はどうぞ、ご自分で開いて下さい。……こちらの方は?」

「……いい性格してるな、あんた。そいつは放って置いてくれ、噛み付きはしない」

 

 ロドウィックは、どうでも良いと言外に発して、入口への道を空ける。

 ちなみに俺とゾランの仲というのは、お互いの気にいるように行動するはずが無い間柄って意味だ。ゾランの信用ってのは、俺がゾランの期待に沿うはずがない、ってことを確信しているだけのことだろう。

 

 俺は重い金属の扉を押し開いて、中に入る。

 玄関や廊下などは無く、いきなり大部屋になっている。床は石だ。壁とつながっている。無骨に、敷物なんてものは無い。手前に、応接用の長椅子たちと、低いテーブル。奥に仕事用か、大きな机がこちらに向いている。机の背後には棚に物や本が、雑多に入れられている。

 目的のゾランは、奥の机に向かっていた。机の上には、筆記具や、書類の山なんかが置かれている。

 ゾランは羽根ペンを動かしながら、ちらとこちらを見て、机に目を戻す。

 

「……フロストか。貴様に付き合っている時間は、無い」

 

 ゾランは低い声で、唸るように言う。大型のネコ科の生物を思わせる姿をした、このロスガル族の男は、きっちりとした仕立ての良さそうなジャケットを身に着けている。

 背筋を伸ばして書類仕事をするその姿には、ちぐはぐな印象を受けた。

 俺は適当に、長椅子に腰を降ろして、ゾランに声をかける。

 

「忙しそうだな、()()()も借りたいってところか? ふはっ」

 

 俺は気を紛らわせてやろうと、冗談を言う。ゾランはくすりともせず、もう一度こちらを一瞥(いちべつ)して、机に置かれた別の紙に手を伸ばす。

 ……生ゴミでも見るような目だった。

 ちょっと話の入り方を間違えたようだ。俺は無視を続けるゾランに、話しかける。

 

 「……じ、冗談はさておき。なあ、今日中に報酬の出る依頼はないか? 手助けになるかもしれないぜ」 

「無い。用はそれだけか? 帰れ。……いや、待て」

 

 にべもなく断られて、諦めて立ち上がろうとしたところを、止められる。

 

「貴様。霊災直後だ、ウルダハに流れてきた男に、心当たりは無いか? 工具や、細工道具を持った、白髪(はくはつ)の若い男だ」

 

 何だよ、その情報。そんなので特定できるわけ無いだろ。

 霊災の後なんて、どこもゴタゴタしていた。ウルダハだって暴動が広がる寸前だったじゃねぇか。

 人の出入りがどれだけあったかも分からない。どんだけ該当者がいると思ってんだ。そんな情報で人探しなんてしてるのか?

 

「マルケズのことか?」

「知らないなら、良い。この情報は…………何だと?」

 

 ゾランは、ここに来て初めて顔を上げ、こちらをしっかりと見る。金色の瞳が、いつもより少し大きく開かれていた。

 その様子に、俺はちょっと気分を良くする。

 俺は記憶を掘り起こしながら、言葉を続ける。

 

「名前は、違ったかな。記憶が無いとか言って、神父が付けたんだったか……」

 

 俺が駆け出しの冒険者だった頃だ。東ザナラーンで、遺跡探索の仕事をしていた。ドライボーンの近くに寺院には、よく世話になった。あそこには冒険者が入れる、共同墓地があるんだ。

 その寺院に、そういうヤツがいた。壊れた装備を、直してもらったこともある。愛想はないが、親切な男だった。どこか悲痛な顔をしていたのを、よく覚えている。

 

 俺がそれを伝えると、ゾランは軽く顔をしかめてペンを置いた。フサフサのたてがみをワシワシと掻きながら、言う。

 

「記憶が無いだと? ……クソッ。おい。その男に、何か特徴は無かったか。……身体的な特徴だ」

「特徴? どうだったかな……」

 

 ゾランの声には、確実に唸り声が混じっていた。

 俺はマルケズの顔を、詳細に思い浮かべようとした。白い髪、白い髭。そのせいで少し年がいって見えた。でも実際には結構、若かったな。特徴的なゴーグルをしていた。一度だけ、そのゴーグルを外したところ見た。

 

「…………ああ、そういや。あいつの額の、このあたりにゃ──」

「ロドウィック!」

 

 ゾランは、俺の言葉を最後まで聞かず、外にいる見張りの男の名前を呼んだ。

 すぐに扉が開かれて、細目の男が顔を覗かせる。 

 

「お呼びでしょうか?」

「ルヴェユール家の小僧に連絡を取れ。……見当が付いたと」

「はあ、かしこまりました。お早い発見で、ご令息殿もお喜びになるでしょう」

 

 俺はあっけに取られて、2人のやり取りを眺めていた。

 ロドウィックは最後に、不気味なものでも見るように俺を眺めて、扉の向こうへ消えた。

 ゾランは机の上に積まれた書類の束を、手でまとめた。そして机の横に置かれた、くず入れにドサドサと放り込む。色々書き込んでいたみたいだけど、良いのか? 紙がもったいないぜ。

 ゾランは片付いた机の上に、片ひじを付き、疲れたように口を開いた。

 

「フロスト、大したことじゃない。気にするな。帰れ」

「おいゾラン、何を企んでやがる。マルケズは、犯罪者って風には見えなかったぜ」

「悪いようにはしない。……人探しだ、ただのな」

 

 悪いようにしないってのは、嘘じゃなさそうだ。だが、()()()って訳でもないだろう。……チッ。失敗したな。ゾランの反応が面白くて、つい全部喋ってしまった。

 今からでも、間に合うだろうか。俺は少しごねてみることにする。

 

「タダって訳にはいかないぜ。この情報、必要だったんだろ? んん? 情報屋のワイモンド辺りが、買ってくれたりするのかなぁぁあ?」

 

 長椅子にふんぞり返り交渉する俺を、ゾランは再び生ゴミを眺める目で見下ろす。本当に失礼な野郎だ。

 

「……ナル大門を出た橋の辺りだ。モンスターが沸いている。不滅隊が出払っていて、手が足りん。色を付けてやるから、退治してもらおう」

「……なんか、ずるくないか? ……まあいいか、分かったよ。前金は?」

 

 俺は長椅子から、立ち上がる。

 ゾランは既に机に目を戻し、新しい書類を手元に引き寄せていた。声だけを俺に投げかける。

 

「貴様に、前金だと? フッ、笑わせるな。行け」

 

 ゾランは鼻で鳴らす。俺は肩をすくめて、部屋を後にする。騙されている気もするが、良しとしよう。ちょうど、モンスターを狩りたい気分だったしな。

 マルケズに、良き出会いのあらんことを祈る。悪い出会いだったら、ごめん。

 

 

────────────────────

 

 

 ようやく、街の外へ出た。ここはナル大門から出て、街道沿いにしばらく歩いたところだ。後ろを見ると、遠くにだが、ウルダハの城壁や、貧民たちの天幕が見える。俺は両腕を持ち上げて、体を伸ばす。歩いているうちに、二日酔いは大分良くなっていた。冒険者の体ってのは丈夫なもんだ。

 

「おい、フロスト。あれが標的で良いんだよな」

 

 俺が体のあちこちを動かして、調子を確かめていると、トールが問いかけてくる。斧を肩に担いだトールが指差しているのは、全長2メートルほどの生物だ。

 黒い甲殻、頭部には鋭く曲がった顎と触角。大きく膨らんだ腹との間の胸部からは4本の足が生えている。アントリングと呼ばれるモンスターだ。皆、大抵はアリって呼んでいる。

 

「ああ、間違いない。こいつら、普段ここまでは来ないはずだ。……それに、この数だ」

 

 目に入るのは7匹ほどだ。大したこと無いと思うかもしれないが、巣からは離れているこの場所に、このサイズの生物が7匹もいるのは妙だ。

 それにこの辺りは隆起が大きく、切り立った崖が近くにあって、見通しも良くない。見えないところに、何匹いるか分かったもんじゃない。

 どこかで大量発生をしているのか、もしくは何かを追って、ここまで来たのか。

 

「うえ〜。ココ、あいつら苦手だ。あの足の動き……。早く終わらしちゃおうぜっ」

「……舐め過ぎだぜ。さらわれても知らねぇぞ」

 

 軽い調子で言うココルの言葉で、俺はランデベルトの言っていたことを思い出す。俺たちにはなんてこともない相手だが、武器を持たない一般人には為す術もないだろう。

 俺たちだって、油断はならない。多くのエーテル量を持っていても、身体の構造や構成物が変わるわけじゃない。

 

 話が変わるが、本当のところ、人が人を殺すのは難しくない。それが、子ども()冒険者であってもだ。俺たちはエーテルにより身体能力を強化するが、それは全て一時的なものだ。隙さえ取れれば、小さなナイフだって刺さる。

 だけど、()モンスターとなると勝手が違う。やつらはそもそも身体が丈夫だ。おまけにエーテルと血肉が混じり合って、常に身体強化をしている状態になっている。

 巨大になるほど、それは顕著だ。まるで、物理法則を無視するような動きをするようになる。

 これを人間が、それも少人数で殺すには、エーテルによる強化が不可欠だ。それをしないと、そもそも刃が通らない。俺たちは常に、身に余る威力を持って戦っている。

 つまり、冒険者のリスクはどんな時も一定にある。当たりどころであっさりと死ぬのだ。

 強大なモンスターを倒すことが出来るヤツが、武術を修めた()()に、ひどく苦戦することが、稀に良くある。

 

「ココル、お前は術士なんだから、特に気を付けろよ。トール、いつも通りに……ん?」

 

 黙って俺たちの後ろを着いてきていた、ジンが前に出る。そして緊張感のない笑顔をこちらに向けて、他とは少し離れたところにいる1匹のアリと、自身を交互に指差す。

 それを見たトールが、愉快そうな声を上げる。

 

「へえ。ジン。お前がやるってのか。フン、面白そうだ。フロスト」

「おい俺は、舐めるなって話を……。まあ、確かに腕は見といた方が、良いか。ジン、やってみろ」

「ぜぅ」

 

 ジンはにこやかに頷き、アリの方へ足を進める。

 実のところ、俺は全く心配していない。今日しばらくだが一緒に歩いたことで、コイツが一定以上の強さを持つことが分かっている。

 位置取り、視線、重心。どれも凄腕の気配がした。持っている細身の刀剣と良い、対人特化だろうか。

 いずれにしても、ヤバそうなら手を出せば間に合うだろう。俺たちは3人並んで、見物モードだ。

 

 ジンはスタスタと、無防備にも見える足取りでアリに近づく。

 アリは既に、鎌首をもたげるように、頭をジンの方に向けている。逃げようとはしていない。モンスターにとって、大半の人間はただの餌だ。ひとりの人間から逃げる訳もない。

 アリから5,6歩のあたりで、ジンが武器を、”刀”を抜いた。刀身が鞘を滑る音が、こちらまで聞こえた気がする。それほど、その刃には存在感があった。

 

「ありゃ、飾りたくなるのも、分かるな」

「だろ? ココも、ジンのを見るまで武器だって、頭から抜けてたよ」

 

 アリは警戒心を露にしている。ジンはアリから2歩の距離で、刀を頭上に構える。持ち手は、両手だ。そして、そのまま1歩を踏み込み、アリの頭部に刀を振り下ろした。

 

『ギィイイ!』

 

 アリが耳障りな鳴き声を上げる。体液が飛び散るのが、ここからでも見えた。

 どうしてアリが、避ける素振りすら見せなかったのか、俺には分かった。

 ジンはアリに到達するまで、全く速度を変えなかった。どんな生物も一緒だ、一定の刺激には感覚が麻痺してしまう。アリはジンとの距離を見誤ったのだ。

 あのローブ、ココルが言うには、”着物”という裾の長い服は、足運びを隠す意味もあるのだろう。

 つーか、コイツ、マジか。想像以上に、強い。モモディさんには、俺が鍛えたってことにしないと。

 

 ジンは振り下ろした刀の、返す刃でアリの足を切り裂いた。アリは再び悲鳴を上げ、のけぞるように後ろへ下がる。

 所詮はアリだな。そんな風に下がれば、踏み込んでくれと言わんばかりだ。

 当然、ジンはその隙を見逃さない。大きく飛ぶように踏み込み、斜めに刀を打ち下ろす。そして、勢いを殺さず体を回転させると、アリの頭へ刀を突き込んだ。刀はあっさりと頭部を貫通する。

 アリは二度三度、体を大きく痙攣させる。前足を掻くように振るが、すでに前足は切断されていた。ジンが頭部から刀を抜くと、アリはそのまま地面に崩れ落ちて、動かない。

 体液が、水溜りをゆっくりと作る。

 ジンは一度、地面を抱くアリに向かって、構えをとる。不意の反撃への警戒だろう。そして一歩下がると、刀を鞘へと仕舞った。

 

「ひぇ〜、やるじゃん」

「ああ。驚いたな。……おい、あいつ。見えてないのか?」

 

 ココルとトールが、感心したような声を上げる。

 ジンの使った技は、俺たちがエオルゼアの戦闘ギルドで学ぶ、”連撃”の動作と似たようなものだろう。

 エーテルの流れを殺さず、力を上乗せ出来るように工夫されているようだ。だけど、妙な感じだ。エネルギーを使い切れていないような、そんな雰囲気だ。

 

 ……いや、そんなことより、トールの言うとおりだ。あいつ、刀を仕舞ったのか? もう1匹来てるぞ? クソッ、何だコイツ。ド素人なのか凄腕なのか、どっちなんだ?

 離れた所で見ていたから、という訳ではない。アリ同士の距離を見れば、どいつがリンクしているかは分かる。

 ジンが1匹目のアリに切りかかった時点で、少し離れた所にいたアリが反応していた。普段チームワークをしていなくても、同族が戦っていれば、集まってくるのがモンスターだ。

 

 2匹目のアリはすでに、ジンの右手の方向、数歩の距離にいる。ジンの刀は鞘に納まったままだ。まさか、本当に気付いてないのか?

 俺は腰の短剣に触れ──、そこで手を止めた。

 ジンが、足幅を広く取り、左腰の刀を抱くように体を曲げた。右足をアリに向け、右肩を大きく下げる。左手は、腰の刀に添えているようだ。

 あれじゃほとんど、敵に背中を見せつけているような状態だ。俯いたジンの表情は、ここからは見えない。あれは、”構え”なのか?

 

『ギィアア!』

 

 同族の血に、興奮しているのだろうか。頭を高く上げ、顎をガチガチと鳴らしながら、真っ直ぐにジンに向かって突進する。もう何歩も無い。

 

「シィィッ!」

 

 大気を裂くような、鋭い声が耳に届く。ジンの声か。

 同時に、ジンの体が強く揺れるように動いた。

 アリは、壁に激突したかのように、ジンの目前で歩みを止める。そして、アリの体から突如として、細く、体液が吹き出た。

 それも1箇所じゃない。全身からだ。無数に吹き出した体液は、花が咲いたようにも見えた。

 ジンは体液を避けるように、軽くステップを踏み後ろへ2歩,3歩と下がった。刀は、鞘に納まっている。

 アリはまだ倒れていない。がたがたと体を揺らしながら、ジンに近づこうとしている。体液は最初の勢いこそ無いが、流れ出続けている。

 

 結局アリは、ジンに到達することも出来ず、地に伏した。あれだけ体液を失えば当然だろう。

 アリが動かないことを確認したジンは、そこでようやく俺たちに顔を向けた。無邪気な、どこか得意げな顔だ。くっ……アリぐらいじゃ、認めないぜ。

 

「はあー、今の見えた? 何したの?」

「さっぱり分からん。フロスト。どうだ?」

「……剣の軌跡ぐらいが、何とかな。鞘から抜いて、斬って、また戻したみたいだ」

 

 仲間たちがひたすら感心するのを見て、ちょっとムキになって、解説してしまう。

 トールは、ジンの方に向いたまま、ぽかんと口を開けている。

 

「……ふうん。何だそりゃ」

「さあな。ありゃきっと、速さ重視の技だ。断ち切るっつぅよりも、傷をたくさん与える。血やエーテルを流させて、体力を削ぐのが目的の技だ、と思う」

 

 アリはすぐに死んだが、力量差の現れだろう。実際には長期戦に向いている技と見た。だが、目的は分かるが、原理が分からん。何だあの速さ。

 そばまでやって来たジンは、トールとココルにちやほやされている。言葉が分からなくても雰囲気で分かるのだろう、頭に手をやってはにかむように笑っている。

 

 これなら、心配はなさそうだ。

 とっとと目につくアリを、倒して終わりだ。気が向いたら、潜んでいるだろうアリも探して、コンビネーションの動きも評価してやろう。

 場合によっちゃ、ゾランに紹介してやっても良い。適度にこき使ってくれるだろう。稼いだギルの10%が俺の取り分かな。それとも──

 

「……ッ? お喋りは終わりだ──構えろッ」

 

 俺の声に、トールとココルは、すぐに武器を構える。ジンも、俺の声色で分かるのだろう。刀は鞘に納めたままだが、腰を落とし、笑みを消す。

 

 

「……何だ。1匹じゃねえか」

 

 そう言って、トールが1歩前に出る。

 アリが1匹、真っ直ぐこちらに向かってくる。

 ……いや、真っ直ぐじゃない。アリの向かう針路は、僅かだが、俺たちから逸れている。俺は他のアリに目を向ける。他のアリが、バラバラの方に走っている。

 違和感が、俺に最大限の警鐘を鳴らしている。違う。アリじゃない。

 

「……ッ、下がれ、()からだ!」

 

 俺が、そう声をあげるのと同時だった。視界の上側から落ちてきた、巨大な青い影がアリを下敷きにした。地響きがする。

 その鮮やかな青の塊は、アリよりも2回りは、いやそれ以上にデカい。

 アリが影の下で、ギィギィと悲鳴を上げている。青い影には、1対の足が生えている。その片足が、アリの頭を掴む。そして軽い動作で、その頭をもぎ取った。

 アリは当然、沈黙する。

 

「……何だ。こいつは」

 

 トールが、かすれた声で唸る。

 そいつは生物だ。頭がある。太く長い首が、大蛇を思わせる。首の先の頭には、特徴的なに尖る突起がある。その頭はアリの胴体に食らいついて、ついばんでいる。

 正直言って、俺はドラゴンが飛来してきたとすら思った。違う、コイツは崖の上から跳んで来たんだ。少し距離があるが、間違いない。

 この鳥型のモンスターには、翼はない。

 

「……は、ハンマービーク……。いや、まさか」

 

 俺は、ジズ属と呼ばれる、大きな鳥型のモンスターの1種の名を言う。

 せり上がり、硬化したくちばしに、長い首。翼や腕は退化したのか知らないが、無い。代わりに、胴体の殆どを占めるほどに、脚部が発達している。

 ハンマービークは体高が2メートルぐらいで、尻尾を入れて全長が3,4メートルほどの、そこそこ危ないモンスターだ。

 今、俺たちの目の前にいるモンスターは、そのハンマービークにそっくりだ。

 

 そいつの、大きさを除いて。

 

 まず、体の高さが、ルガディン族のトールの2倍はある。4,5メートルか。頭をアリの胴体に下ろした状態でだ。俺たちに正面を向けているせいで、全長は見て取れない。

 俺は、小さく叫ぶ。

 

「……気を付けろ。こいつ、……モブだ!」

「モブ……? クソッ。『二つ名持ち』かッ」

 

  モブと呼ばれる、懸賞金付きのモンスターがいる。異常な成長をした個体、人の居ない奥地から彷徨いでた個体。とにかく、人間に著しい被害をもたらした、もしくはその可能性がある、悪名高き(ノトーリアス)モンスターだ。

 コイツに、実際に名前が付いているかどうかは、知ったこっちゃない。とにかく異常なサイズなことだけが、明らかだ。

 そして生態系から逸脱して、なお生き残っている生物というのは、例外無く()()

 

 その巨鳥が、ふいに頭を上げて、こちらを見た。

 やけに瞳の小さい、不気味な目だ。くちばしの端から、千切れたアリの内臓がはみ出している。

 体の上側は、殆どが青色の鱗で覆われている。とこどころに、橙色の羽毛が生えているが、これがまた硬そうな羽根だ。

 長い首に、布をかけるように、厚く弛んだ皮膚が下がっている。首の下側を守るためだろうか。つまり、弱点、か。

 

「フロスト。……どうすんだッ!」

 

 まあ待てよ、今決める。

 緊張が思考を加速させる。でかい、アリを一撃。かなり強いな。こちらを警戒している。警戒するってことは、恐らくレベルはそう変わらない。同時にそれなりの知能も持っている。鋭いくちばし、爪、足の力が強そうだ。力量の読み切れないジンを勘定に入れて、ギリギリか。

 リスクが大きい。アリはコイツに譲って、下がれば追ってこないだろう。唸り声。威嚇だ。時間は無い。後ろ、退却。ウルダハの門まで、そう遠くない。門の方に無数の天幕が見える。薄く煙が上がっている。飯の準備だろうか。

 このトリ野郎は、アリ数匹で満たされるだろうか。

 

 ふと気づくと、ジンがこちらをじっと見ている。何となく腹が立つ目だ。

 俺を量っているつもりか?

 舐めるんじゃねぇ。()が、()()を、量るんだよッ!

 

「──()るぞ! トール、蹴りを正面で受けるな! ココル、位置に気を付けろ、絶対に近寄るなッ!」

「はっ、そうこなくっちゃなあッ! オラァ来いやァ鳥目野郎!!」

「まかせろ! いくぜぇ! 『まばゆき光彩を刃となして──』」

 

 待ちわびていたように、巨鳥に突っ込んでいく2人。

 俺も短剣を構え、位置取りを探す。ジンに叫ぶ。

 

「ジンッ! 腕を見せろ! さっきのが全力だなんて言わせねぇぞ!!」

「……ぜァアっ!」

 

 ジンは俺の声に応え、声を上げる。好戦的な笑みを浮かべて、刀を抜いた。

 俺は突っ込むトールの背を使って、トリの視線を切る。ジンは左へ抜けるつもりのようだ。

 すぐに、トールが接敵する。腰に構えた斧を、トリの下がった頭に向かって斬り上げる。

 

「ッオオらぁ! ──ッチ!」

『──グルルァアアッッ!』

 

 頭を狙った1撃は外れ、胴体へ届く。浅い。トリが勢いよく体を起こし、頭部を高く上げた。トールの背中越しに、凶悪に発達した、石斧のようなくちばしが見えた。

 トールはそのまま体ごと、トリにぶち当たる。そこまで寄ってしまえば、トリも蹴りに体重は乗せられない。

 トリが苛立つように唸りを上げた。俺はジンに目を移す。ジンがこちらを見る。

 

『ッグャァアア!』

 

 トリは頭を振りかぶり、くちばしをトールに叩きつけようとする。

 そうすると思っていたぜ。

 俺はトールの右をすれすれに抜けて、地を蹴る。

 振り下ろさせる頭部にカウンターで、すくい上げるように短剣を叩きつける。

 同時に、ジンが左から飛び上がって刀を振り下ろした。言葉なんかよりも、よっぽどスムーズに意思疎通できた。

 

「喰らえッ!」

「ッザァア!」

『ギィイイイッ』

 

 トリは甲高い不快な悲鳴を上げて、頭を再び高く持ち上げる。致命的なダメージを与えたわけでは無さそうだ。しかし、これで迂闊にはそのくちばしは使えまい。

 嫌がらせは、まだ終わってないぜ。

 

「サンッダぁあー!!」

『ギイ、イイィッ!』

 

 詠唱を終えたココルが、呪文を放つ。雷属性のエーテルがまとわり付き、トリの皮膚を焼き続ける。トリは目を白黒させて、体を引きつらせる。呪文を食らうのは初めてか? たっぷり堪能してくれよ。

 俺はトリが体を硬直させた隙に、右側をトリの斜め後ろまで駆ける。ジンは左だ。

 そして、とにかく、斬る。鱗の隙間、脚の腱、柔らかそうなところ全部だ。

 ジンも刀を素早く振るい、連撃の型をもって斬り続ける。斬りつけるたびにジンの体に、エーテルが、いや、エーテルを媒介としたエネルギーが、強まっていく。

 あれは……エネルギーを、溜めているのか? いや、そんな観察をしている場合じゃないな。

 トリは俺たちの攻撃を嫌がり、体をこちらに向けようとするが、トールがそれを許さない。

 トールは体をトリの胴体へ押し付け、トリの重心をずらし、自由にさせない。案外に器用なヤツだ。

 それでもトリは、強引に体を動かそうと──っげぇ!

 

「ぶわぁあ!? 危ねぇ!」

 

 トリは強引に体を動かし、後ろ蹴りに、俺に向かって足をぶつけようとしてきた。

 俺はとっさに体の力を抜き、地面に寝るように伏せる。

 俺の胴体程はある足首が、俺がさっきまで居た空間を薙ぎ払う。爪は、俺の腿ぐらいはあった。死ぬかと思った。

 

 実際、危ないところだった。トリは賭けに出たのだろう。そしてその賭けには負けたんだ。

 賭けの代償は、払ってもらう。

 

「ザッァッアア!!」

「オラああ!!」

「『──集いて赤き炎となれ!』ファイアッ!」

 

 3人が、大きく体勢を崩したトリに、嬉々として攻撃を叩き込む。

 ……いや、誰か、俺の心配とかしても良いんじゃねぇ?

 

『ギィァアッ──』

 

 片足を後ろに下げたところに猛勢を受け、トリが地面に倒れる。地響き。狙うのは首だ。俺はすでに体を起こして、首の下側に狙いを澄ませる。

 他の奴らも群がるように、トリに近づく。分かるよな、モンスターが倒れた瞬間ってテンション上がっちまう。

 だけど、止めは俺がもらうぜ! トリは俺の居る側に向かって倒れた。頭部はすぐそこだ。駆け寄る。

 首から下がる、分厚い皮膚が邪魔だ。貫通は、無理そうだ。ただの皮膚じゃない、骨が通っている。

 これは、広げる前の、傘の骨に似ている。

 ぞわっと、背筋に悪寒が走った。似ているじゃない。こいつは、広げる前の、傘そのものだ──クソッ!

 気付くのが遅かった。傘が勢いよく、想像以上の力で広がる。

 

「──うっぐァ!?」

 

 とっさに後ろに跳んだが、開いた棘状の骨の先に、体のあちこちを裂かれる。

 傘、その皮膚は、首と平行に丸く大きく広がった。

 トリが体を大きく振るいながら、立ち上がる。その巨体が、さらに大きくなったように見えた。

 

「フロストッ! ──ッぐわ!?」 

『ギィイイィイィイアアアァァアアァァアァアア────!!!』

 

 トリが、凄まじい音量で叫ぶ。とっさに手で耳を覆う。大気がビリビリと揺れ、地面の砂が跳ねているのが見えた。あの傘が、音を増幅しているのか!?

 俺たちは全員その場に、立ちすくんだ。

 

『ァアァアアッッ──グッグッルルルァァ……』

 

 トリが叫ぶのを止めて、喉を鳴らす。トリが体をえずくように揺らす。

 クソッたれ、最悪だ。

 トリの叫声が終わると同時に、体が動く。だが、クソッ、反応が遅れた!

 

「ブレスだッ! 避けろォッ!」

『──ルァァアアッ!!』

 

「なっ!? ラ、”ランパート”ォッ!!」

 

 トリ野郎は口から、砂塵の様な、濃い霧状のものを吐き散らかした。

 正面に居たトールが、もろに食らう。トールはとっさにエーテルを展開して、自身を保護する。

 かなりまずい。このブレス、狩りをする生き物がよく使う。

 それは神経の伝達を阻害する、

 

「な、ぁッ? 体が。動かッ……」

 

 得物の動きを止めるための、麻痺の息だ。

 

「トール!? ──げっ、ま、まずい! フロストォ!」

 

 トールは片膝で地を突き、斧を支えに何とか体を支えている状態だ。

 トールがそんな状態でだ。トリの視線が、近寄りすぎたココルに向かって、跳ねるように動いた。

 

「ココルッ──!」

 

 まずい。本当にまずい。ココルは殆ど最初の位置にいた。トールの後ろだ。俺とトールとジンで三角形を書き、その中心にトリがいた。俺とジンは、叫声の際に距離を取られた。トリが、ココルに近い。

 かばいようが無い。間に合わない。

 

 俺は、必死で、思考を巡らせる。トリの意識をこっちに、向けさせるしかない。

 トリは重心を前に、ココルに向かって体を傾け始めている。爪が地面へ食い込んでいる。地面を蹴ろうとしているのか。

 何とかして、強力な一撃を。遠い。俺に、そんな技は無い。俺には。

 

 トリの胴体の下、足の隙間から、ジンが目に入る。

 ジンはこちらに、背中を向けている。いや、あれは、構えだ。

 刀が腰の鞘に納まり、左手はそれに添えられている。右肩を大きく落とし、俯いている。右目が鋭く光るのが見えた。 

 あの構えは。そうか、やっと分かった。その姿を正面から捉えて、ようやくエーテルの流れを見て取れた。

 コイツは、”連撃”によって得たエーテルの勢いを、体内に循環させて維持してやがった。

 そして、おおよそ戦いには無意味に感じられた、刀を鞘に納める、その構え。

 そうか、その鞘は、そうして膨れ上がったエネルギーを撃ち出す────発射台だ!

 

「シィィィイイイッ!!」

 

 ジンの鋭い声と同時に、鞘へ圧縮されたエーテルが、刀を高速で鞘の外へと押し出した。

 凄まじい速さで、刀が空を斬り裂く。

 刀を追うように、高密度のエーテルの刃が、扇状に、トリへ襲いかかる。 

 4条の斬撃が軌跡を示し、その全てがトリの全身へ直撃した。

 

『ギィイィャァァアアッ!』

  

 トリが悲鳴を上げ、体を大きく傾けさせる。弾けた鱗がばらばらと空中を舞った。

 トリはそのまま、倒れない。

 足を地に突き下ろし、踏みとどまった。

 だけど、それで十分だ。

 時間稼ぎ、ご苦労。……頼りなるやつだよ、お前は。

 

 俺はすでに跳躍している。短剣も使い、頭部へと一気に駆け上がる。

 トリが狂ったように頭を振るい、俺を叩き落とそうとする。

 ──”アームレングス”──。

 既に、手足に込めたエーテルが、俺を接した相手に縫い付けている。

 エーテルの込められた足を、首から開いた傘に引っ掛けるように、固定する。傘から飛びてた棘が、足に食い込むが、関係ない。

 この、羽無しのッ、威嚇ぐらいしか芸の無い、クルミ程度の脳みそのクソッたれトリ野郎の分際でッッ。(あせ)らせやがってッ!!

 俺は短剣を持った両腕を、トリの首に抱くよう交差させた。

 2つの短剣を、首の裏側の鱗のない部分深く食い込ませる。

 交差させた両腕に、さらに、全力でエーテルを込める。

 

「これで──終いだッ!!」

 

 俺は両腕を大きく開き、その首をめいいっぱいに引き裂いた。

 

『ギッ──────』

 

 悲鳴が上がり、すぐに途切れる。切り開いた傷口から、血と、肺から押し出されただろう空気が吹き出した。

 俺は血を避けて、地面に飛び降りる。

 トリの首からは、さらに、おびただしい量の血液が流れ出続けている。

 瞳の小さい、不気味な目が、ぐるりと上を向いた。

 そして、ようやく、

 

「ハッ、他愛もねぇ、ぜ」

 

 トリが、地面に音を立てて崩れ落ちる。二度三度揺れる。すぐに動くのを止めた。

 楽勝だぜ。

 俺は死骸の横、その場に腰を下ろす。長く、息をついた。

 

 

─────

 

 

 肉の焼ける匂いがする。

 あちこちで笑い声が上がり、バタバタと子どもが走り回る。

 そこかしこに、鉄板や鍋が並べられ、油が落ちる音、食器が当たる音で騒がしい。

 とうに日は落ちたが、煙や湯気に火の光が、反射して明るく照らされる。

 

 ことの顛末はこうだ。

 

 *

 

『このトリどうするの? モブだっけ?』

『不滅隊に持っていきゃ、何かしらの報酬が出るはずだ。ただな……』

『ただ?』

『俺は、不滅隊には近寄れない。ちょっと、気まずくてな』

『……またかよ。てめえは。じゃあ、どうするんだ。このままか?』

『そうだな、アリに食わせてもシャクだし。……バーベキューといこうぜ』

『食うのか。これを? ……まあ、血抜きは良い感じだな』

『さんせー。ココ、ちょうど腹減った』

 

 *

 

 不滅隊は出払っているそうだからな。待たされても面倒だ。

 俺たちは、貧民たちに調理器具を借りて、代わりに肉を差し出すことにした。幸い巨大な図体だ。肉はいくらでもある。

 肉をやると言ったら、彼らは嬉々として、運搬と解体を買って出てくれた。フハハ、働け、民共よ。我、冒険者様ぞ!

 バーベキューをするのに、酒が無いと始まらない。俺は準備をしている間に、ゾランのところまで行って、報酬の半分を酒にしてもらうように交渉した。

 ゾランは、呆れたような顔をして、「樽ごと、幾つか持って行かせる。これで人探しの件は、貸し借りなしだ」なんて言った。珍しく気前の良い。

 

 いつの間にか、うじゃうじゃと人が集まって、お祭り騒ぎになってしまった。皆少しづつ、食べ物や酒を持ち寄っているようだ。踊りだしている奴らもいる。ここに居る殆どのヤツは、意味も分からず集まっているだろう。

 ココルたちも、適当にどっか行ってしまった。どこかで肉や踊りを楽しんでいるだろう。

 俺はひとり、土器のような椀に入ったエールを片手に、ぼうっとしていた。腹はとっくにいっぱいだ。

 ぼんやり眺めていた踊り子が、華麗にターンを決めたところで、声をかけられた。

 

「フロストくん、こんばんは」

「フロスト、てめェがこの騒ぎの原因か」

 

 俺は声の方に顔を向ける。小さな影と、大きな影だ。

 

「モモディさん、それにランデベルト。意外な組み合わせだな」

 

 冒険者ギルドのマスターと、貧民街の顔役が並んで立っている。

 

「フフフ、ちょっとそこでね。ジン君はどうだった? さっき会ったけれど、嬉しそうにしていたわよ?」

 

 モモディさんは、機嫌よく話しかけてくる。俺はこういう顔を向けられるのが苦手だ。背中が痒くなる。

 ジンのことだったな。アイツ、言葉も分からないのに、よくうろちょろ出来るな。

 俺はジンの講評を述べてやる。

 

「あいつは、強いよ。とびきりだぜ。勘も良い、誰と組んだって上手くいくさ。……ああ、ひとつ、大事なのが。あいつは術士じゃない、刀を使う、剣士だ」

 

 俺がそう言うと、モモディさんは目を丸くする。そして、俺の苦手な微笑み方をしながら、言う。

 

「フフ、そうなの。刀を使うことは、知っていたわ。ごめんなさい、言ってなかったわね」

 

 おい、マジかよ。そういうことは最初に言ってくれ。

 俺が不平を伝える言葉を探していると、モモディさんが言葉を続ける。

 

「でも、誰と組んでもっていうのは、どうかしらね、フフ。……もう行かないと。じゃあね、ふたりとも」

 

 モモディさんは、もっともなことを言うと、優雅に会釈をして、去っていった。

 颯爽と歩いてくモモディさんの背を、俺とランデベルトで眺めていた。

 ランデベルトが目をそちらに向けたまま、口を開く。

 

「フロスト、やってくれたな」

「……? 何がだよ?」

 

 俺は首をかしげて、言葉足らずの男に問いかける。男は軽くため息をついて、応える。

 

「また、冒険者になりたいなんて、抜かすガキが増えちまう。勝手なことを」

「……ハッ、肉欲しさにか? あんなヤツそうそういねぇよ。……悪いな。そのへんは、お前に任せるよ」

 

 俺の言葉に答えて、ランデベルトは、大きく鼻を鳴らす。

 しょうがねぇだろ? 俺は所詮、流れ者だ。何の責任も取れねぇ。取る資格がねぇ。

 自由ってのは不自由なもんだな。その言葉に囚われるほど、意味を無くしていく。

 ランデベルトは、ぎゃあぎゃあと騒ぐ連中を、愛しげに眺めながら言う。

 

「またな。死ぬなよ。お前は……弱いからな」

「なんだと? かかってこいよ。冒険者がどれだけ強いか、教えてやる。もちろん有料だぜ!」

 

 息を巻く俺に向かって、ランデベルトは短く息を吐く。

 ランデベルトは、そのまま歩みだした。片手を軽く上げて、振り向きもせずに行く。

 詰まんねェヤツだぜ。俺は落ちていた木材に腰を下ろし、エールの入った器を口に寄せる。

 

 俺が再び手持ち無沙汰になると、それを見計らったように、声が俺の意識に割り込んだ。

 

「フロスト」

「ゾラン。何だ、来てたのか」

 

 声の方を見上げると、場違いな格好をした獣面の男、ゾランが立っていた。

 

「何だこのバカ騒ぎは。フン、これだけ元気なら、使いようがあるな。……フロスト、依頼がある」

 

 ゾランは前置きはそこそこに、本題だろう内容を伝えてくる。

 

「依頼ぃ? 何だよ。聞くだけ聞くさ」

「……クルザスへ行け。探し物の依頼だ。ほんの少しは、貴様に向いているだろう」

「クルザスだって? あんなところに、何を失くしたってんだ」

 

 クルザスというのは、ここエオルゼアと呼ばれる地域の北側にあたる。第七霊災前は、草原が広がる豊かな土地だった。

 

「飛空艇だそうだ。細かいことは明日話す。……貴様の残りの借金を、チャラにしてやってもいい」

 

 借金だなんて。まだそんなこと言っているのか。俺とお前の仲じゃないか。

 ゾランは風に乗ってくる煙に、顔をしかめて、立ち去る。返事を聞きもしない。明日になったら、何とかって秘書みたいのが迎えに来そうだな。

 

「おい。フロスト」

 

 おいおい、千客万来だな。俺はもともとソロ派なんだよ。そんなに構わなくて良いって、照れちゃうだろ。

 俺が声の方向に目をやると、見飽きた顔がそこにあった。

 

「よぅトール、可愛い子はいたか?」

「ああ。この辺はでかい女が多いな。あのオッサン、何しに来た?」

 

 俺とトールの趣味が、合ってるかは知らないが、確かにでかいのは良いことだ。

 トールは肉の付いた骨を片手に、口の周りを油で汚している。

 俺は、木材から立ち上がり、尻を払う。

 

「さあな。それより、ここを立つぞ」

「……何、今からか? 行くあては?」

 

 そうだ、今だよ。

 やだよ、クルザスなんて。クソ寒い。あそこは霊災のあと、気候が変動して雪だらけだ。寒いのは嫌いなんだよ。それに、ウルダハも結構、長居したしな。

 ぼやぼやしていると、ゾランにあれこれ押し付けられちまう。

 俺は、綺麗に白くなった骨を、地面に吹き捨てる粗暴者に返事をする。

 

「モードゥナのレヴナンツトールなんてどうだ? あそこの酒は、”財宝”なんて呼ばれているらしいぜ」

「そうか。決まりだな。ココルを探してくる。クイックサンドに集合で良いな」

 

 トールはそれだけ言うと、振り向いて人混みの方へ歩みだす。俺も行くか。

 もう俺のことを気にしているやつはいない。そう思い、ウルダハの街内に入る門へ向かう。

 

「ざぁ、ぜあずぅらぁ」

 

 まったく何度目だ、呼び止められるのは。

 背の高い、角付きののん気な面をしたヤツが立っている。

 

「ジン、世話になったな。後のことは、モモディさんに任せるよ。おさらばだ」

 

 俺はそう言い放って、右手をジンに向かって差し出す。

 ジンが俺の右手を握り、首を横に振る。ジンは暖かな笑みを携えながら、口を開く。

 

「ぃな。がぁるでぃ、うぃずざぁ」

「……そうか。しょうがねぇな、来いよ。こき使ってやるぜ」

 

 さっぱり何言っているか分からねぇ。ただ何となく、着いて来たがっている気がした。

 まあいいや。パーティーってのは4人いないと締まらないしな。

 俺はこの異邦人を連れて、喧騒を後に、静まり返った街中へと向かう。

 

 



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4−1:あの鐘を鳴らすのはあなた①

 

 およそ、生物らしからぬ形状だ。それは紫色に光る核を中心に、幾何学的な形の外殻で覆われている。時折、表面に小さく稲妻が走る。大きさは、長い辺を取って、1m少しだ。それが地面から1m程の高さで、音もなくふよふよと浮いている。

 ライトニングスプライトだ。モンスターと言うよりは、自然現象に近い。環境エーテルが偏ることで、出現する。ここの環境は、雷属性に傾いているのだろう。

 今、そのライトニングスプライトが、うじゃうじゃと群れをなしていた。

 

 ここはモードゥナ地方の、迷霧湿原と呼ばれる場所だ。その名のとおり、水気が多く、あちこちに水溜りがある。もう少し進むと、水浸しの湿林になっている。

 水に富んでいると言うよりも、水はけがひどく悪いのだろう。地面の大半は、土ではなく、岩肌がむき出しになっている。

 地面の窪んでいるところに、濡らした絨毯の様な、緑色の地衣類が密集している。足を踏んだ跡には、水が滲み出していた。

 

 モードゥナは、第七霊災の影響を、強く受けた場所の1つだ。そのため、岩場のあちこちから、偏属性クリスタルが吹き出している。

 大気にも影響を与えており、今も、”妖霧”と呼ばれる現象も起こっている。空が紫色に染まり、奇妙な膜に覆われているように見える。シャボン玉の表面のように、光が揺らめいて色を変えた。そう言うと聞こえは良いが、頭上にのしかかるそれは、かなり不気味だ。

 

「…………」

 

 俺は湿原のところどころに突き出す、岩陰の1つから様子を伺っていた。

 湿原の、少し開けた場所だ。木はまばらで、背の低い草が点々と生えている。この触れる岩も、環境エーテルの影響を受けているのだろうか。岩肌の部分部分が、青く析出している。

 ライトニングスプライトたちが、こちらを気にする様子は無い。

 スプライトの様なモンスターは、基本的に、他の存在には無関心だ。ちょっかいを出さない限りは、攻撃してこない。

 

 俺はスプライトよりも、むしろ、他のモンスターの気配を探っていた。

 この近くには、巨大な植物型モンスターのモルボルや、ララフェル族を丸呑み出来そうな、カエル型のモンスターがいる。後ろから襲われたら、たまったもんじゃない。

 

「……モルボル無し、カエル無し。スプライトが、ええと……たくさん。良し」

 

 俺は、何度か立ち位置を変えながら、邪魔者が居ないことを確認した。

 スプライトはふよふよと動いていて、何匹いるか分からん。目に映る範囲に10から20。豊作だ。

 俺は岩陰から下がり、早足でその場を離れた。

 

 今さっき使っていた岩よりも、2回りほど大きな岩の背後に入り込む。俺は、そこにいる3つの影に声をかけた。

 

「いけるぞ。スプライト狩り放題だ。今日の飯は豪勢にできそうだ」

 

 スプライトは、言わば濃縮されたエーテルそのものだ。あいつらの核からは、純度の高いクリスタルが得られる。

 一般人が手を出すと危険だが、冒険者にとっては良いカモだ。

 

 影の中のひとつ、岩と間違えそうな大きな影が立ち上がる。着込んでいる鎖帷子が、ちゃらちゃらと鳴った。

 2mはゆうに超える。灼けたような赤い肌をした、ルガディン族の男だ。髪も、輪郭を顎まで覆う髭も、錆びた鉄の様に赤い。そいつが鼻を鳴らし、口を開く。

 

「フン。おい、ジン。どっちが多く倒せるか。競争だ」

「ぜぅ、がぁいるくぅざぁ、とーる」

 

 ジンと呼ばれた、腕を組んで立つ、灰色がかった肌の男が答えた。

 何と答えたかは、分からない。ただルガディン族の男を、トールと呼んだことだけが確かだ。それと多分だけど、肯定しているように見えた。

 こいつも、でかい。2m程だ。ただ先の男とは違い、細く華奢な印象だ。ゆとりの有るローブの様な東方の衣服、”着物”を身に着けている。

 灰色の肌の男の、耳があるはずの位置には、象牙の様に白い角が生えている。東方に住むアウラ族の特徴だ。

 ……もぎ取ったら、高く売れるんじゃないか? 取ってもまた生えてくるのか、聞きたいところだ。ただ残念なことにコイツは、言語という重要なコミュニケーション能力を持たない。

 

「ホンット、ガキだな。怪我しても、ココは知らねーからな」

 

 高く、コロコロと響く声が、背の高い男2人をたしなめるように言った。

 自らをココと称したそのララフェル族は、先程の男たちとは対象的に、驚くほど小さい。

 トールと呼ばれた男の半分も無い。下手すれば3分の1ぐらいに見える。

 白く透き通るような肌だ。熱がある訳でもないのに、頬がほんのりと赤い。

 形の良い大きい目が、今は、半分閉じて視線を投げていた。真っ白なハットから、秋の小麦の穂を編んだような金色の髪が覗く。

 ……こいつは丸ごとのほうが、高く売れそうだ。ただ非常に残念なことに、コイツは俺たちの仲間だ。いざという時までは、売るわけにいかない。

 

 さて、コイツの言う通りだ。俺は子どもみたいなこと言う、でかいの2人をたしなめる。

 

「そうだぞ、てめぇら。やるならしっかり賭けないとな! ビリが一番に、奢り──あっ、ココルてめぇ!」

「うひゃひゃ、悪いな、フロスト! 早いもの勝ちだぁ!」

 

 言うないなや、ココルが、俺の名前を呼びながら、岩陰から飛び出した。宝石の埋め込まれた、短い杖。呪具を振りかざしている。

 俺が罰ゲームを持ち出すのを、見計らっていたようなスタートダッシュだ。

 釣られて俺も、走り出した。

 俺のすぐ後ろを、でかいのがふたり追いかけてきている。

 

「……ッ……ッ」

「あの馬鹿。俺より前に、出るなってのに」

 

 ジンは器用に、音を出さずに、顔だけでからからと笑う。腰に差した刀が跳ねない様に、手を添えている。

 斧を肩にかついだトールが、ぶつぶつと言いながら、ドスドスと足音を鳴らす。

 

 ここモードゥナに来る前は、ここの南にある砂都ウルダハにいた。そこで仲間に加わったジンとも、良い感じに連携が取れるようになってきた。

 そろそろ、大きな冒険がしたい頃だ。モードゥナには色々な冒険の種がある。

 ”あて”はあるんだ。今日の夜にでも、あいつらに話そうと思う。

 大はしゃぎする様子が、目に浮かぶようだ。俺はそんなことを考えながら、走る速度を上げた。

 

 

────────────────────

 

 

「お、そろそろ村に着くぞ」

 

 俺は、下り坂を着いてくる、仲間たちへ振り返って言った。背の高い2人は、歩きにくそうだ。歩み進める毎に、枝がバサバサと跳ねて鳴る。

 スプライト祭りは終わり、その帰り道だ。

 獣道の曲がりに生えていた、すべすべとした木に触れる。

 木に体重をかけ腰を落とし、林冠の隙間から、山の下の方を見渡そうとした。

 この辺りは環境エーテルのせいか、鬱蒼とした森にはならない。それでも、遠くが見通せるほどではない。葉は控えめだが、木だけはたくさん生えている。

 

 俺は目と耳に意識を込める。屋根なんかは見えないが、煙が薄く上がっているのが見えた。薪を割る音が、一定の間隔で聞こえた。

 

「すーなの うーつわに ごーはんーが かーわくー。フンフ フンフ フーン」

「ココル。腹減ってるのか知らねえが。その歌は止めてくれ。……飢え死にする夢見そうだ」

 

 ぼそぼそと、歌を歌うココルに、トールがうんざりした様子で注文を入れている。ちなみに賭けには、ココルが勝った。俺とジンが同数で、トールがビリだ。

 のん気なもんだ。ジンを見習え。ぼーっとしてるように見えて、ちゃんと後ろを警戒してるんだぞ。多分。

 ただ、木が密集していてるおかげで、危険なモンスターもいない。虫がたかってくるのには、閉口するけどな。

 念のため、俺が先頭を歩き気配を探っているが、特におかしな様子もない。

 

「ココル、もう少しだから我慢しろ。霧も晴れてるみたいだしな、一気に下りちまおう」

 

 目指しているのは、最近出入りしている村だ。地図に乗るような村じゃない。

ウルダハからここモードゥナへやってくる時、北へ北へと進んだ。だけど、途中にガレマール帝国の支配がおよんでいる領域があった。

 俺たちがそれを避けて、山道を進んでいたら、この村に行き着いた。

 以来、俺たちはこの村と、ここから北にしばらく進んだところにある、レヴナンツトールという拠点を行き来していた。

 

 

 村は山に囲まれた、盆地にある。足を早めた俺たちは、ようやく平らな場所へ出た。

 何人か村人が、木でできた家のそばで作業していた。こちらを認めて、手を振っている。

 愛想の良い村人たちに、俺たちは手を振り返す。

 すると正面から、まだ幼いヒューラン族の少女が、ぱたぱたと駆けてきた。

 

「おかえりなさーい!」

 

 少女が満面の笑みで声を上げる。

 俺たちは軽く手を上げて、歩み寄る。ココルが少女に駆け寄って迎えた。

 

「たっだいまーっ、アンナちゃん! いえー!」

「ココルちゃーん! いえーっ!」

 

 2人は手を取り合って、ぴょんぴょんと跳ねている。

 微笑ましい、小さな姉妹のようだ。背はココルよりも少女の方が高く、どっちが姉かは分からないけどな。

 

「やあ、冒険者さんたち。怪我はないかい?」

「おかえりなさい、みなさん。ちょうど、食事の支度ができたところですよ」

 

 村の中心辺りまで来ると、男女に声をかけられる。少女の両親だ。

 若いけれど、この村のまとめ役らしい。彼らが、俺たちと村を仲立ちしている。

 俺たちは、村の全員から歓迎されている訳では無い。よそ者を疎ましく思う人たちも居るみたいだけど、彼らのおかげで受け入れられていた。

 

「ただいま。問題なく大漁だったぜ! 飯、助かるよ。ココル、飯だぞ!」

「きゃーー! きゃははは!」

「うひゃひゃーー!」

 

 ココルは空腹も忘れたのか、少女と戯れている。今は少女の手を持って、ぐるぐると宙に振り回していた。こう見えて成人しているココルは、見た目以上には力がある。

 

「あら。ジンさん、お顔が汚れてますよ? 動かないで……」

 

 母親は泥の付いたジン顔を拭おうと、布を手に取りジンに近づいた。

 ジンはその手を握り、顔を小さく横に振り、微笑む。

 

「ぃな。ざぁたなぃる、がっだるとぅ」

「……ジンさん。いけません、私には夫が……」

 

 異国語に、ぽっと顔を赤らめる母親。よせ、ジン。父親の方がすごい顔をしている。この村に来れなくなるだろうが。

 アウラ族のジンは、東方出身らしい。共通語が使えないので、細かいことは知らない。嫁でも探しに来たんじゃないかってのが、俺とトールの見解だ。年はどうだろうな。俺と同じか、上ぐらいのように感じる。20歳前後ってとこだろう。

 

「……早く。食おうぜ。……飯が乾いちまう」

 

 育ち盛りなのか、食事を急かすトール。俺らの中では最年少、16歳だから仕方がない。全然そうは見えないけど。ていうかまさか、まだデカくなるのか?

 

「あら、ごめんなさい。今、用意してきますね」

 

 村の真ん中は建屋が無く、広場になっている。集会にでも使うのだろう。俺たちは、広場の横の辺りに置かれていた、木材に腰を下ろす。

 俺たち皆で、入りきれるような家は無い。外で食う飯も、悪くはないさ。

 

 小さな村の、素朴な料理だ。野菜と麦を煮た粥に、わずかに干し肉が入っている。干し肉から滲み出た塩気が、唯一の味付けだ。これでも、この規模の村には珍しいくらい上等だ。

 冒険者向けの、洗練された飯に慣れた俺たちには、少し物足りない。だけど、たまにはこういうのも良いもんだ。だれも不満の言葉は出さない。

 

 家族は食事を済ませたのだろう。母親がてきぱきと食事の支度や、飲み物を用意してくれる。少女はココルとじゃれ合っていた。

 父親は俺と話している。俺は飯をかき込みながら、報酬や段取りの話を進めていた。

 

「じゃあ、クリスタルは、村で全部もらってくれるんだな」

「ああ。いつも通り、ギルで構わないよな」

 

 この村は、田畑よりも生産職によって生計を立てているようだ。それで通貨はそこそこ豊富なんだろう。物々交換では、俺たちが困る。

 

「もちろん。集めすぎたと思ったけどな。こんなに要るのか?」

「ただの蓄えさ。この辺りは、そんなに実りの良い土地じゃない。布の生産ぐらいだから、雷属性のクリスタルは、いくらあっても困らないさ」

「ふうん。まあ、何だって構わないさ。足りなくは無いんだろ?」

 

 それぞれ異なる性質を持つクリスタルは、生産に良く用いられる。火属性なら熱源。風属性なら、乾燥の促進や微細な加工って具合だ。

 裁縫師が、雷属性をどう使うかは知らない。錬金術では、素材同士を反応させるのに使っていた。

 全部もらってくれるなら助かる。余ったら、レヴナンツトールで売ろうと思っていたが、荷物が増えるだけだ。

 父親は帳簿を閉じて、答える。

 

「ああ、十分だ。おたくら、この後はどうするんだい」

「予定通りだ。レヴナンツトールに行くさ。何か必要なモンはあるか?」

「いや、大丈夫だ。……次、いつ来るか聞いてもいいかい?」

 

 父親は、少し気後れした様子で聞いてくる。迷惑そうには見えないから、単に遠慮をしているのだろうか。

 俺は、頭の中で日程を計算して、答えた。

 

「3日後だな。また世話になるぜ」

「助かるよ。君等のような、腕利きの冒険者。こんな小さな村には、来ないからな」

「なに、気にしないでくれ。持ちつ持たれつ、だ」

 

 俺の言葉に、トールが胡散臭いものを見る目で、睨めつけてくる。確かに、持ちつ持たれつとは言った。だが、実際は、村側の方が大助かりだろう。

 だ・が、しかし。ふはは。俺は当然、慈善事業のような真似はしない。

こっちにも事情ってもんがあるのさ。そろそろ好感度も貯まってきたようだし、次来るときが話し時だろう。

 

 

 俺たちは飯の礼を言うと、村を出た。地図にも載らないような村は、珍しくもない。地図に載るのはある程度でかい町や、往来の要所になるところだけだ。

 こういう村はごろごろある。大抵が貧乏で、モンスターの被害に苦しんでいる。ちゃんとした名前なんて無い。大体は、その土地に生える作物の名前とか、東の村、とか適当に付けられる。

 山に囲まれた盆地にあり、朝夕に深い霧に覆われるこの村は、霧の村って呼ばれている。

 

 山の尾根に出ると、遠くに銀泪湖が見えた。いい天気だ。

 巨大な湖だ。だが、20年前は、もっと大きかったらしい。

 何でも、ガレマール帝国が、巨大な飛空戦艦で攻めてきたんだそうだ。その時、突如として湖から巨大な龍が現れた。

 そして、飛空戦艦に絡みついて、銀泪湖に叩き落としたとかなんとかって、話だ。その時の影響で、湖水の大半が蒸発したらしい。

 話がデカすぎて、意味が分からない。まるでお伽噺だ。

 だけど、銀泪湖の中心に刺さる朽ちた戦艦と、それに巻き付く巨大な龍の屍が、ただの事実だとを示していた。それは黙約の塔と名付けられた。

 

 俺たちは、ほんの暫くだけど、その景色を黙って眺めた。

 黙約の塔の、さらに向こう。対岸は霞んで見えるほど、遠い。だけど、圧倒的な存在で立つ、もうひとつの()があった。

 それは、第七霊災の際に現れたらしい。山よりも大きい。天を衝くような高さだ。

 見たまんまの、何のひねりのない名前だ。だけどひねる必要も感じさせない。

 人は、それをただ、”クリスタルタワー”、と。

 

 

────────────────────

 

 

 

 レヴナンツトールは、そもそもが冒険者が作った集落がもとになっている。自然、冒険者が多い。

 日は沈みかけている。俺はひとり、仲間と待ち合わせた場所へ向かっていた。

 俺たちは、レヴナンツトールに着き、集合場所だけ決めて解散した。それぞれ好きなことをしているだろう。俺はと言うと、いつものことだ。情報収集をしていた。

 

『霊災前にも一度、帝国の飛空戦艦が墜落して、この近隣にあった集落が壊滅するって事件があってね』

 

 冒険者ギルドから派遣されたという人が、こんなことを言っていた。

 

『ここが亡者(レヴナンツ)晩鐘(トール)なんて呼ばれているのも、その悲惨な事件に由来するのよ。死者が死者を弔うしかなかった地ってことね』

 

 来るまでは知らなかったが、色々と曰く付きの場所みたいだ。ちなみに、情報収集ついでに、その鐘ってのを探してみたが、とうとう見つからなかった。あったら鳴らしてたけど。

 

 観光ばかりじゃないぜ。流石、冒険者のメッカだ。情報がじゃんじゃん集まっていた。

 話題の中心はいつも決まっていた。()()冒険者だ。

 三度、蛮神を退けた。もはや、ただの噂話じゃなくなっている。みんな、英雄だ、光の戦士の再来だ、と囁いていた。

 帝国も、胡散臭い動きを見せていた。あちこちで火種を起こしている。なんでも、ネロウィアッティンとかいう隊長が、部隊を動かしているようだ。

 それに、帝国の飛行型の魔導兵器が、巨大な物体を吊るして運んでいた噂が流れている。巨大爆弾だとか、新型兵器だとか、きな臭い話だ。

 

 どっちも俺には関係のない話だ。

 そんなことよりも、俺にとって重要な、ある組織についての情報を集めていた。

 

 その組織の名は、”聖コイナク財団”という。

 

 

────────────────────

 

 

 ここは俺たちの待ち合わせた酒場、”セブンスヘブン”。女店主のアリスさんが、店を切り盛りしている。俺が着いた時には、トールがひとり、エールを飲んでいた。

 

 今は、俺とトールで、杯を重ねていた。周囲は冒険帰りの荒くれ者たちが、ぎゃあぎゃあと飲み騒いでいる。

 ココルは買い物だ。ジンは知らん、そのうち来るだろう。

 俺たちは野郎2人になって、自然と下世話な話題になっていた。

 トールが同意できないって顔で、口を開く。

 

「どうにも、小せえ種族ってのはな。せめてエレゼン族ぐらい。タッパがありゃあな」

 

俺は、なんとも見解の狭いことを抜かすトールに、諭すように言う。

 

「なんでだよ。ミコッテ族、可愛いだろうが。揺れる耳、揺れる尻尾。──色々揺れてて、良いじゃないか」

 

 ミコッテ族は、頭部の毛で覆われた耳と、しなやかな尾が特徴的の種族だ。エオルゼアには、サンシーカー族とムーンキーパー族と呼ばれる、2つの部族が住む。生活様式は異なるが、どちらの部族にも共通するのは、狩猟生活を営むということだ。

  そのためか、彼女らは縄張り意識が強い。多種族が寄り集まって生活する都市では、あまり見かけない。いたとしても、大抵は何かしらの、事情を抱えていたりする。

 ただ冒険者には、比較的多い印象だ。先天的に身体能力が高く、優れた視力を持つ彼女らは、冒険者に向いた資質を備えている。

 ちなみにミコッテ族の男女比は、女性に大きく偏っている。男のミコッテは、街中にはまず居ない。

 

 トールは、鼻からフンと息をつく。

 

「色々ってところに、含みを感じるな……。まあ、好みは人それぞれだ」

 

 エールの入ったジョッキを口に寄せながら、トールが呆れた顔で言う。冒険者好みの、でかい、樽状のジョッキだ。

 トールは、そのままジョッキをぐいぐいと上げて、中身を一気に飲み干した。美味そうに飲むやつだ。

 

「ぷはあっ。……ふっ、そういやリムサ・ロミンサで、こんな話があったな」

「へぇ、どんなだ?」

 

 リムサ・ロミンサってのは、海都なんて言われている、ラノシア地方の大都市だ。以前、俺とトールはそこに居た。

 俺は返事をしながら、厨房の方へジョッキを上げ、手振りでエールを2つ注文する。忙しそうに鉄鍋を振るう男が、頷いたのを確認し、目を戻した。

 トールがニヤニヤとしながら、口を開く。

 

「俺と同じ、ルガディン族の男がな。リムサに来る行商人に、恋をしたんだ。種族の違いを嘆く、歌なんかも歌ってな」

「ああ、俺も聞いたな。短い手足、小さな頭、つぶらな瞳~♪ってやつだろ。ララフェル族かぁ。まぁ、確かに可愛らしいけどな……」

 

 揺れるところがない。すとーんって感じ。

 異種族間の恋ってのは、ちょくちょく話題になる。それこそ下世話な話だが、そういうのは話には、皆興味があるんだ。

 エールが運ばれてきて、俺たちはそれに口を付ける。

 トールは、吹き出すのを堪えるような顔で、テーブルに肘を乗せる。

 

「ふっ。ラ、ララフェル族だと思うだろ? それがな。ソイツが恋した奴ってのがな、ゴ、ゴブリン族、だったんだとよっ」

「ぶふっ」

 

 ゴブリン族は、エオルゼアに広く住む、獣人や蛮族なんて呼ばれている種族だ。人間種を敵視している奴も多いが、商売や工作が得意で、都市によっては受け入れられている。リムサ・ロミンサもそういう所だった。

 ゴブリン族は、確かに小柄な種族だ。耳も大きい。ただ、ゴブリン族は常にマスクを被っている。そのマスクの下を見たやつってのは、聞いたことがない。

 俺は顔に跳ねたエールを拭い、言葉を返す。

 

「しょ、しょうがねぇよ、トール。ア、アイツら、そっくりだからなっ!」

「ぶはっ。がははははっ!」

「ぎゃーははははっ!」

 

 俺とトールが、げらげらと笑っていると、周りの冒険者たちが、ガタガタと椅子を引いて離れていく。酒に鈍った俺の頭は、そこまで違和感を感じなかった。

 ただ、その冒険者たちが視線を向ける、俺らのテーブルを挟んだ反対側へと、俺は顔を動かした。

 

「『岩砕き骸崩す地に潜む者たち集いて赤き炎となれ』ファイアァァアア!!」

「ぐわああああ────ッ!?」

「ト、ト──ルゥゥウッ!!」

 

 ごうっと音を立てて飛んできた、赤く燃える塊がトールに直撃した。その巨体が、椅子から吹き飛ばされる。

 俺は、火だるまになりながら、ごろごろと転がっていくトールから目を離す。詠唱の、声の方へ向き直った。白く染められたハットとローブが目に入る。

 俺は椅子から立ち上がり、殺気を振りまくソイツに声を上げた。

 

「まっ待て、コ、ココル……おち、落ち着けって!」

 

 買い物を終えたのだろう。膨らんだ袋を足元に、ココルが杖をかざしている。

 ココルは、俺の声など耳にも入れない様子で、口を開く。

 

「この……???の????野郎ども。……??ッ!!」

 

 コイツ、な、なんて汚い言葉を……! いったいどこで、そんな下品な言葉を覚えてきたんだ!?

 周りの連中はげらげら笑いながら、俺らを酒の肴にしていやがる。クソッ。ホント冒険者ってのは、粗野で下品な野郎ばっかりだ。

 俺が盾に出来そうな、手頃なやつを探していると、救いの声がする。 

 

「困りますよ。お客様。店の中で、ファイアなんて唱えられては」

「マスター!」

 

 少し離れたカウンターから聞こえた、丁寧だがよく通る声だ。

 セブンスヘブンの店主、アリスさんだ! 助かった!

 ココルは俺から視線を外して、地団駄を踏みながらアリスさんに訴える。

 

「アリスさんっ。だって、こいつら!!」

 

 マスターはグラスを拭きながら、ぴしゃりと言う。

 

「ファイアは駄目です。床に、焦げ跡が着いてしまいます。サンダーにしていただけますか」

「マスター!?」

 

 救いは無かった。ココルはすでに杖をこちらに向けている。

 

「『まばゆき光彩を刃となして──』」

「待て! お、俺が、悪かっぎゃああああ!?」

 

 

────────────────────

 

 

「それでな、アリムを、あの村にやったらどうかなって」

「悪かないけどな、まだ早いだろ。この辺りのモンスター、結構強いぞ」

 

 山盛りの高級食材に舌鼓を打ちながら、ココルが言った。答えたのは俺だ。

 アリムってのは、ウルダハで起きたごたごたに巻き込まれた、ヴィエラ族の子どもの名前だ。ココルはリンクパールを使って、ときどき連絡を取っているらしい。

 天涯孤独となってしまっているソイツは、今は、森都グリダニアの冒険者ギルドに預けられている。

 すぐに出ていかなきゃってことは無い。だけど、いずれはちゃんとした身元も見つけないといけない。

 

「クソ。舌が焼けて、味がしねえ……ん? あの野郎。やっと来たか。ジン! こっちだ!」

 

 セブンスヘブンの扉が開き、長身のジンが、のそっと店に入ってくるのが見えた。

 トールが声をかけると、ニコニコとこっちに近寄ってくる。椅子を寄せて、腰掛ける。

 俺は、厨房に手を振り、エールをひとつ追加した。

 

「遅ぇぞ。店のモン、全部食われちまうとこだ」 

「ジン! ほら、これ食べな! 今日はコイツラの奢りだからなッ」

 

 ココルはそう言いながら、最後に俺たちをキッと睨む。そして、そのまま「あ、そうだ」と言いながら、自分のカバンを漁る。取り出したものを、ジンの手に乗せた。

 

「これ、リンクパール。ジンにも渡しとくね。こいつらまるで使わないから、渡すの忘れてた」

「……?」

 

 白い光沢のある2cm程の球だ。まだイヤリングや指輪として使うための、装飾が付いていない。リンクパール同士は、離れたところにあっても音声が繋がる。だけど俺もトールも、カバンの奥底に入れっぱなしだ。

 ジンは初めて見たのか、興味深そうにつまんで眺めている。

 

「通信だよ、これに向かって喋ると……あっ、食べちゃダメ! 出しなさいっ、べっ!」

「べぇッぞほっぞほっ」

「馬鹿野郎! シチューに入ったじゃねえか! ああ。駄目だ……豆と区別がつかねえ……」

 

「……アホなことやってんなよ。全員揃ったんだ、そろそろ冒険の話といこう」

 

 俺は、いつまでも遊んでいそうな3人に、声をかける。

 

 冒険と聞いて、3人は動きを止めた。目の色が変わっている。

 トールは匙を置いて、鼻を鳴らした。

 

「待ってたぜ。何やら、こそこそ嗅ぎ回ってただろう。期待して良いんだろうな」

 

 そう急かすな。色々渡りを付けるのに、手間取ってたんだ。

 俺はテーブルに肘を突き、前のめりになる。3人が、同じ様に身を乗り出した。

 さほど聞かれて困るわけでもないが、勿体ぶって声を落として言う。前振りは十分だろう。

 

「良し、いいか? ──”クリスタルタワー”に挑戦するぞ」

 

 5000年以上前に栄えた、超高度技術の文明。古代アラグ帝国の、生きた遺産。

 中に何が待っているか、誰も知らない。第七霊災を機に出現して以来、前人未到のフロンティアだ。

 仲間たちは数瞬沈黙して、すぐに、わあっと喋りだした。

 

「……ハッ。ガハハッ! フロスト。てめえ!」

「まじかよおい! ひゃーーっそういうの待ってたよ! ジンッあれだよ、外のびょーんて高いやつ!」

「がぁぃるざあ? ……ふぁふぁふぁっ!」

 

 机をバンバンと叩き、猿のようにはしゃいでいる。ジンが、珍しく声に出して笑っている。

 良いリアクションだ。俺は、椅子にふんぞり返って、エールを喉に流し込む。

 トールがニヤニヤとしながら、声を低くして言う。

 

「そうか。それで、あの村に顔を売ってやがったな。てめえ……お宝、ちょろまかす気だろう」

 

 お、気付いたか。俺も声を落として、答えた。

 

「現場を取り仕切ってる、学者連中がいるんだがな。出てきたもの全部、回収するつもりだ。そんなのは、ごめんだろ」

 

 聖コイナク財団とは、学術都市「シャーレアン」で設立された研究機関だ。クリスタルタワーの近くでキャンプを置いて、調査と研究に明け暮れている。

 科学者ってのは知識に対しては、非常に強欲だ。出てきた遺物は、トークン1枚だって、ひとつひとつラベルを付けて保管するだろう。

 高尚なのは結構だけどな。ちっとは下々の者にも、学術に触れる機会を、俺は作りたい。あと、間違いなく高く売れる。

 俺は、仲間たちに一応、確認の言葉を投げる。

 

「なにか、問題はあるか?」

「ねえな」

「ココ、自分用に欲しい」

「……ッ……ッ」

 

 返事は短い。こういう奴らだ。

 俺は話を進める。村の話だったな。

 

「って訳でな。レヴナンツトールを根城にしているのは、ちょっとまずい。バレたらあっと言う間に囲まれて、袋叩きだ」

 

 俺たちは荷物を全部、常に持ち歩いてはいない。大抵は宿に預けっぱなしだ。

 そこで俺は、あの村を拠点にするつもりだ。クリスタルタワーまでの距離は、レヴナンツトールからとは大差ない。

 匿ってくれとは言わない。荷物を置かせてくれれば良い。いざとなったら、霧に巻いて逃げられる。あの辺りの地理に詳しいやつは、そう居ない。

 

 俺がその内容を話すと、ココルは目を半分閉じながら、「アリムが住むことになるかも知れないんだから、あんまムチャクチャするなよ?」と言った。

 

 さあ方針は決まった。仲間たちは高揚した様子で、飲み騒いでいる。

 俺はその様子に、おおいに満足した。顔が緩むのが、抑えられないぜ。

 俺はシチューを、自分の器に取り分け、顔を隠すように直接口を付ける。やけに硬い豆が、俺の奥歯を砕いた。

  

 

────────────────────

 

 

 足元で、枝が乾いた音を立てて折れる。今、俺たちは霧の村に向かう山道を歩いている。

 クリスタルタワーの話を持ち出した、次の日だ。

 本当は色々準備を整えてから、村に行くつもりだった。だが、早く早くと仲間たちが急くもんだから、予定を前倒しすることにした。

 

「そもそも。アラグ文明ってのは、どんなんだ」

 

 トールが、顔に当たる枝を手で払いながら言う。もっともな疑問だ。俺も、超古代文明がオーバーテクノロジーしてる、ってことぐらいしか知らない。

 

「なんだトール。物を知らないなっ、て言いたいところだけど……正直ココもよく知らない」

 

 ココルがそれに答えた。ココルはうーんと唸りながら、言葉を続ける。

 

「なんたって、5000年以上の文明だからなぁ。トール、アラガントームストーン(アラグの碑石)って知ってる?」

「……冒険者が触ってるは、見たことがあるな。光る、小せえ板だろ。通貨みてえなモンだと、思ってたがな」

「そうそれ。ま、色んな形状があるんだけど。あれは、いわゆる……ええと……”情報媒体”、なんだよ」

 

 聞き慣れない言葉だ。俺は草を払いのけながら、背後の会話を聞いていた。

 同じ様に思ったのだろう、トールが疑問を口にする。

 

「……じょうほう、何だって?」

 

「情報媒体。情報を記録したり、渡したり、閲覧したり……そんな感じの道具だよ」

「よく分からねえな。本みてえなモンか?」

「そう、そんな感じ! ただ、記録できる情報は、文字だけじゃないよ。音楽とか、動く絵とか、とにかく何でも」

 

「へえ。便利そうじゃねえか」

「とんでもない技術力だよ! そんなものが5000年も残ってるなんてっ!」

 

 ココルが興奮気味に言う。

 トームストーンは、どれも手のひらに納まるぐらい小さい。そんなに、多くの字や絵が書きこめるとは思えない。不思議なもんだ。

 エロ本みたいのもあるのかね。前に”魔典”ってトームストーンが流行ったけど、それっぽくないか? そう考えると”奇譚”も怪しいな。

 ……どうにかして、読めないだろうか。

 

「だけど、簡単に読み込んだりは出来ないんだ。再生機なんて流通してないしね。結局、好事家たちの贅沢品って感じ。ココん家には、音楽の入った”詩学”、の再生機があったけど」

 

 ……クソッ、なんて世界だ。

 

「ま、結局冒険者にとっては、通貨って感じだな。きっと、クリスタルタワーには、そんなのがうじゃうじゃあるぜ!」

「ハッ。楽しみじゃねえか。おい。オーケストリオンってのも、その類いか?」

「あれは違うかな。紙媒体だし。あれは──」

 

 よく喋るやつらだ。ジンは相変わらず、背後に注意を払ってるように、見えないこともない。基本、無口なヤツだ。

 トールとココルの会話以外は、特に気になる音も無い。

 

 あれ、もうここか。そろそろ村だな。

 目の前に、見覚えのある木が立っていた。判別しにくい獣道だが、何度も歩いていれば、見当ぐらいは付けられる。

 特徴的な表皮を持つ、その木をぺしっと叩く。なかなか肌触りが良い。

 お喋りに気を取られていたのか、思いの外、村の近くまで来ていた。

 

 

 思わず、足を止めていた。

 何か、違和感が。

 耳を澄ます。特に物音はない。

 

 「おい。フロスト?」

 

 違和感は、消えない。

 俺は、注意深く、周囲の気配を探る。

 何の気配も感じない。

 

 息が止まる。

 俺は、全身の毛が逆立つのを感じていた。

 

 何の気配も、()()感じない。何の()も。()すら、その存在を感じない。

 

「フロスト……? ねぇってば」

 

 いつの間にか、ココルがそばに居る。俺の服の裾を引いて、こちらを見上げていた。

 頭を動かすと、トールも怪訝な顔で、じっと俺を見ている。

 

 嫌だ、行きたくない。コイツラを連れて行きたくない。

 俺は言葉を出せずにいる。

 汗がやけに、ゆっくりと頬伝うのを感じた。

 

「…………っ!? ココル、待て!」

 

 俺の目を見ていたココルが、はっと顔色を変えて、駆け出した。

 すぐに後を追いかける。枝が頬を掠る。霧の村はすぐそこだ。

 

 

────────────────────

 

 

「なんだよ……なんだよ、これ……ッ!」

 

 ココルが、呆然と声を漏らす。

 村に入る所まで来ても、気配は一向に感じなかった。

 そこかしこに、人の形をしたものが倒れている。ぴくりとも動かない。

 トールがそれに触れ、すぐに立ち上がる。

 

「……こっちも。……駄目だ。クソッ! 何なんだこりゃあッ!」

 

 俺は悪態をつくトールを無視して、村の中心を目指した。

 倒れ伏す村人は、中心に行くほど増えていた。

 ここまで来てしまったら、もう逃げるわけにはいかない。何が起こったかを、見定める。

 

 広場に着く。集会をしていたのだろうか。村人は、広場の片側に集中している。

 動く影はひとつもない。

 

「あ……あ……そんな、うあぁぁああッ!」

 

 ココルが、悲痛な声とともに、飛び出した。

 オブジェの様に横たわる村人の中の、見覚えのある少女の姿に、すがるように身を寄せた。

 少女の体を抱き、嗚咽を漏らす。その音だけが、聞こえている。

 ジンが、そのそばに膝を突き、目を瞑り歯を食いしばっている。

 

 俺はできるだけ呼吸を落ち着かせて、周囲を観察する。

 血の流れた様子や、争った形跡は無い。

 

 

「────ぐ、あッ」

 

 突然、ひどい頭痛と耳鳴りに襲われる。

 これは──過去視の、力だ。俺の抱える、現象。症状と言える力。過去に触れて、その様子を知ることが出来る。狙って、発動させることはできない。今も突然だった。

 

 意識に割り込むように、映像と音声が、重なる。

 ひどく、乱れている。 エーテルが、乱れているのか。 村の中心に、村人が集まる。 黒い服を着た集団。 白い外套の男。 村人のざわめき。 困惑の表情。 威圧的な声。 広場の中心に置かれた、ひと抱えの箱型の。 煙。 気体。 霞む視界。 ガスだ。 糸の切れた人形のように、人が倒れる。 次々と。 悲鳴が。 感情が直接伝わってくる。

 

「がはッ──はっ。……クソッ」

 

 始まりと同じ様に、その現象は唐突に終わった。

 だが、クソ……クソがッ! 何なんだ、この力は!

 恐怖と絶望の感情が、リピートして、脳をかき回す。

 

「──フロストッ! ……しっかりしろ。俺は無事な奴を探す、お前は……」

「ト、トール……駄目だ。……無駄なんだ」

 

 クソの役にも立たない力だが、それでも分かることもある。

 村人は、手遅れってことだ。全員、死んでいる。

 それに、もうひとつ。

 

「……トール。悪いが、説明している暇は無い」

 

 俺は、続けて声を張るように言う。砂を蹴るような音が、近づいていた。

 

「お前ら……武器を取れ! ──ココルッ、()()()だ!」

 

 建物の影から、整列した集団が現れる。

 集団は、俺たちを警戒するように、距離を取り並んだ。

 黒い、揃いの装いだ。兜のために表情は読めない。

 

 ガレマール帝国──。てめぇらの仕業か。

 今、落とし前をつけさせてやる。

 

 

────────────────────

 

 

「嫌だ嫌だ……。辺境の、薄汚い蛮族が、まだ生き残っているとは」

 

 黒い服の集団に、ひとり白い影が口を開いた。

 その影が、こちらを意識する様子もなく、前へ出る。

 科学者が着るような、白い外套を着た男だ。

 男はざらざらとした不愉快な声で、発表会のような話し方で続ける。

 

「まあ、断片的な資料から作ったにしては、まあまあ使えそうですね。……そこの蛮族。どうやって生き残ったか、答えろ」

 

 白外套の男は、俺に向かって顎を動かして言った。

 俺は帝国兵を数える。同じ様な格好で数えにくいが、12か。

 帝国兵ひとりひとりは、強くは無い。帝国の主要民族であるガレアン族は、先天的にエーテル操作を苦手とする、なんて話もある。だがそれより、戦闘を生業としない、一般人を徴兵しているからだ。

 それでも、12は厄介だ。銃を持っている奴も居る。

 ひとりぐらいは、取り逃がしてしまう可能性がある。

 俺はひとまず、言葉を返すことに決めた。タイミングを計りたい。男との距離は、10mはない。

 

「……さあな。鼻がムズムズするぐらい、だったぜ。……ひどいこと、するじゃねぇか。何のつもりだよ、これは」

 

 できるだけ感情を殺して言う。冷静にならないといけない。

 白外套のゴミクズが、鼻で笑うようにしながら、口を開いた。

 

「愚問愚問。貴様等のような、朽木の隙間に巣食う害虫の分際で。苦しまずに死ねるだけ、有り難く思いなさい」

「…………」

 

 俺が沈黙していると、男は調子に乗ったように、言葉を続ける。

 

「この地のクリスタルは、興味深い性質を持つのでね。それと引き換えに、物資を与えていたのです。そして、クリスタルが十分に溜まったので、物資を返して戴きに来たのですよ。……実験も、兼ねてね」

 

 男はそう言いながら、足元の村人の体を蹴った。

 俺は、自分の脳の真ん中辺りが、じわっと冷たくなるのを感じた。

 声が勝手に出ていた。

 

「もういい。黙れ」

「クク、貴様らのよう──なッ!? がッ!」

 

 俺は一気に距離を詰め、その男に、体ごとぶつけながら組み付いた。

 目の前のこいつからは、地面自体が縮んだようにすら見えただろう。

 以前ジンが見せた、距離感を誤らせる、東方の歩法。それに双剣士の、エーテル操作法を組み合わせた、オリジナルの移動法だ。

 俺は足を外掛けに、そいつを地面に引きずり落とす。覆いかぶさった状態で、短剣を喉元に押し付ける。腕が邪魔だ。

 後方にいる帝国兵が、動揺するのが見えた。だが、ここまで近づけば、迂闊には撃てないだろう。

 そいつは喚きながら、右手を、短い筒をこちらに向ける。銃か。

 

「汚いッ汚い、手で、私に触るなッ!」

 

 この距離でそんなモノ出しても、無駄だ。

 俺は、膝を使い、銃口をそっと逸らす。乾いた破裂音が、癇に障る。耳のすぐそばを、空気が裂けるような音が通り過ぎた。

 そのまま膝で、そいつの右手を地面に押し付ける。左手は短剣に体重をかけて、潰す。押し付けているだけだ、斬り裂くようなことは出来ない。そいつの腕から血が滲んでいる。

 十分だ。首はがら空きだ。

 人質に使ったほうが、良いのかもな。

 どうでもいい。とりあえず。

 

「てめぇは死ね」

 

 俺は左手の短剣を、そいつの喉に向けて振り下ろした。

 

 

「──ぐっあぁッ!?」

 

 その悲鳴は、俺の口から(こぼ)れていた。

 

 そいつの喉に短剣が届く寸前、強い衝撃が俺の全身を襲った。

 何が起こったのか、分からない。後ろに体が飛んでいる。俺は地面を転がりながら、なんとか受け身を取り、起き上がる。顔を上げる。

 トールたちが、すぐそばにいた。随分と飛ばされたようだ。腕が、ビリビリとしびれている。

 さっきまで俺がいた場所。まだ、白外套(ゴミクズ)が転がっている、すぐそばに、人影があった。

 

 クソッたれが。どこから湧いて出てきやがった。

 でかい鎧だ。鎧が、でかいってだけじゃない。中身も相当にでかい。ルガディン族か。

 兜には、甲虫の顎を思わせる、大きく曲がった角が付いている。

 両腕に、何だあれは。巨大な盾に、筒のような物体が取り付けられている。もしあれが銃だって言うなら、一発だって喰らいたくない。

 

「……これはこれは。どうしてこんな所に?」

 

 ようやく立ち上がった、白外套の男が口を開いた。苦々しく顔を歪め、血の滲んだ腕を押さえている。

 白外套の男が、言葉を続ける。

 

 

「……カストルム・オクシデンスに、異動されたと伺っていましたが? ”リットアティン”殿」

 

 ……リットアティンだと?

 俺は、レヴナンツトールで、その名前を聞いていた。武勇と忠誠で、陣営隊長になった男だという、噂が流れていた。

 リットアティンと呼ばれた、鎧の男が、白外套の男へ顔を向けた。くぐもった声が、低く響く。

 

「ルギウス……貴様、血迷うたか。閣下は、鏖殺のために力を振るわれているのでは無い。弱き為政者に代わり、統治するために、この地におられるのだ」

「……私は、ガイウス閣下の直属ではありませんのでね。あくまで研究のために、こんな僻地まで来ているんですよ」

 

 ルギウスと呼ばれた白外套は、うんざりとした様子で答える。

 この鎧の男、リットアティンは、今なんて言った?

 俺は鎧の男に、言葉を投げる。

 

「と、統治だと。ふざけるんじゃねぇ……この村の人間が、何をしたって言うんだッ!!」

 

 鎧をがしゃりと鳴らし、男がこちらを顔を向ける。頭部を全て覆う兜だ。その表情を知ることはできない。

 鎧から、低く声が響く。

 

「貴様、この地の”冒険者”か。……力無き民に対する所業。このルギウスが勝手にやったことは言え、その非道は詫びよう。だが……」

 

 リットアティンは一度言葉を切り、嘆息するように言う。

 

「去れ。そして、広く伝えよ。閣下の統治を受け入れぬのであれば、ただ犠牲が増えるのみ、と」

 

 へぇ。見逃してくれるのか。そりゃ重畳ってもんだ。

 この数に加えて、実力が未知数の幹部を相手にするのは、リスクが大きすぎる。

 正直、得るものもない。

 賭けられるチップは、命ひとつだ。

 逃げない理由がない。

 

 俺は右足を、一歩引いた。

 

「答えは、”舐めるな”だ。……それにな──」

 

 そのまま腰を深く落とし、短剣を構える。

 トールが斧を手に、一歩前に出た。

 ジンはすでに刀を抜き、真っ直ぐに敵を睨んでいる。

 ココルが、少女の亡骸から、そっと離れた。杖を構える。

 

「──詫びる相手が違ぇんだよ。直接謝ってこい、そこの下衆野郎と一緒にな」

 

 俺がそう言うと、リットアティンは、ゆっくりと頭を横に振る。

 低く、唸るような声を響かせる。

 

「愚かな……。ならば、試してくれよう。この地の(つわもの)を。”冒険者”とやらの力を」

 

 リットアティンが、一歩前に進む。鎧が音を立てる。

 

「我が名は、リットアティン・サス・アルヴィナ。この地の救済者と成る、ガイウス閣下の盾にして矛。──さあ、全力でかかってくるが良い」

 

 追悼の鐘は、まだ鳴らすことはできない。

 今頭に響くのは、ただ戦いの始まりを示す、銅鐘(ゴング)の音だ。

 




  ┌────────────────┐
   LV??  リットアティン強襲戦
  ├────────────────┤
    突入準備が整いました
    CURRENTCLASS
    ROGUE      00:05    
  ├────────────────┤
      突入      辞退
  └────────────────┘


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4−1:あの鐘を鳴らすのはあなた②

 

「貴様達は手を出すな。この地の、冒険者という生き物を、よく見ておけ」

 

 その男は、そう声を上げると、一歩一歩、前に踏み出した。そのたびに、身に付けた大鎧が、がしゃりと鳴った。

 男の向こう側にいる帝国兵たちが、男の声に答えてかかとを揃えて直立する。随分と飼い慣らされているようだ。

 ひとり、つま先で地面を叩きながら、苛つきを隠さない男がいる。

 

「無駄、無駄。なんと不合理な。害虫は毒で殺すほうが良い。潰せば中身が飛び出て、汚れるだけですよ。リットアティン殿」

「黙れ、ルギウス。貴様の所業、閣下の御心に反する行いだ。このままで済ますと思うな」

 

 ルギウスと呼ばれた男は、肩をすくめて返事もしない。この男が、村にガスを撒いた張本人だ。

 身内でごちゃごちゃ喋ってんじゃねぇよ。てめぇらガレマール帝国が、俺たちの、エオルゼアの敵だってことは、もう十分に確信させられた。

 

 リットアティンと呼ばれた鎧の男は、村の広場の中心に立ち止まった。

 

「さあ、来い。冒険者よ。我等、第XIV軍団に歯向かう無意味さを、知らしめてやる」

 

 この男、リットアティンに関する情報は、多くはない。

 

 ガレマール帝国では、主要民族のガレアン人以外を、属州人と呼んでいる。基本的には差別の対象だ。帝国では、厳しい階級制度が引かれている。

 だがこのルガディン族であろうリットアティンは、属州民でありながらエオルゼアを攻める総督の直下、陣営隊長になったらしい。

 

 なんでも、類まれな用兵術を持って、その地位を得たという話だ。

 用兵術ってのは、要は兵隊を動かす管理業務みたいなもんだろう。管理職がひとり、前に出てくるとは舐めすぎだ。

 とにかく、殴る。それで終わりだ。1分で済む。

 

 俺は状況を観察する。

 リットアティンが前に出て、後ろに、ルギウスを入れて13。

 舐めた態度のルギウスは除き、他は直立不動だ。だが、こいつらに背を向けるのは、リスクが大きい。やるなら正面からだ。

 俺は深く体を沈めながら、仲間たちに声をかける。

 

「いつも通りだ。ココル──」

「──分かってる。……だけど、あいつら……許さないッ」

 

 ココルは呪具を握りしめ、明らかに感情を昂ぶらせている。

 それで良い。行動は冷静に選択しろ。ただ感情を、エネルギーとして使え。

 ……腸煮えくり返ってんのはよ、俺たち、全員だッ!

 

「行くぞッ」

 

 俺は小さく合図の声を上げる。

 同時に、トールが斧を振り上げて勢いよく前に飛び出した。

 

「この、黒カメムシがッ……頭を砕いてやる!!」

 

 トールが声をビリビリと響かせ、挑発する。エーテルを体表に展開し、その巨体がさらに膨らんだようにも見えた。

 ジンがトールの左を、腰を落としながら進む。刀はだらりと下げるように持つ。下から斬り上げる構えだ。

 俺は、同時には出ない。

 ひとつテンポをずらして、足を踏み出す。背後で、ココルが詠唱の言葉とともに、エーテルの極性を傾けるのを感じた。

 

 トールとリットアティンが、ぶつかる。

 トールの振り下ろした斧を、リットアティンが受ける。

 リットアティンが両腕に着けているのは、巨大な矛と一体化した盾だ。

 おまけに、リボルバーの様な機構に接するように、大きな筒が矛先へと口を開けている。その直線上も、警戒する必要があるだろう。

 

 武器と武器が弾き合い、直ぐに鎧と鎧が鈍い音を立てた。

 トールは至近距離で、斧を大きく振り回し続ける。

 受けることは出来るが、無視することは出来ない。敵を引き付ける、斧術士の戦い方だ。

 ジンが刀を閃かせて、リットアティンの鎧に火花を散らせた。

 俺は、トールの背中で視線を切り、加速する。

 

「トールッ!」

 

 俺は小さくトールの名を小さく叫ぶ。

 トールがそれに答えるように、両足で地面をぐっと踏みしめる。

 俺はトールの肩に手をかけ、背中を蹴り飛び越える。

 全身を鎧で覆ったってよ、目は開いてんだろッ!

 俺は、体ごと飛びかかり、リットアティンの兜の目の部分に短剣で殴りつける。

 

「──チッ」

 

 簡単にはいかないか。

 リットアティンは瞬時に頭を動かし、狙いを逸らした。短剣は兜の金属を削り、ぎゃりと音を鳴らした。

 そう早くは、終わらせてくれないようだ。

 俺はそのまま、トールのそば着地して、両手に持つ短剣で斬りつける。

 

 3人がかりだ。斧と刀と、短剣で、間髪入れずに武器を振るう。

 

 だが……こいつ……ッ!

 

「フン……そんなものか、冒険者よ!」

 

 リットアティンが、4つの刃を相手取りながら声を上げる。

 金属音は、断続的に鳴り続けている。

 有効打は、与えられていない。

 

 い、いなされている……!?

 

 リットアティンは両腕の盾を巧みに使い、さらに体勢を小さく動かすことで、鎧の厚い部分で刃を受け流している。

 クソッ──話が違う。用兵術ってそうじゃねぇだろ!

 

 だけどな、俺らにはメインの”砲台”が居るんだよ。

 俺は体を翻し、踏み込みながら位置を変える。トールを見る。

 

「……フンッ」

 

 トールは一瞬だけ目を合わせ、体を大きく開くように、ずらした。

 

 実のところ、魔法を放つのに、詠唱の声を上げる必要なんてない。ココルはただ集中するための、ルーティンとして唱えているだけだ。

 ただそれが、俺たちに魔法の種類と、タイミングを知らせる”符牒”になっている。

 

「『──集いて、赤き炎となれ』ファイアッ!」

 

 トールのずらした体が作った隙間を、寸暇無く熱い塊が通過する。

 空気を裂くように飛んできた火球が、高速でリットアティンに直撃した。

 爆発と、鈍い金属の音が響く。

 

 だが……クソッ。タイミングは完璧だったはずだ。

 ココルの放ったファイアを、リットアティンはあっさりと盾で防いでいた。

 

「小癪な……!」

 

 リットアティンはそう声を上げると、矛先をココルに向ける。

 腕1本が軽々入りそうな銃口だ。クソッ!

 

「さ、せるかよオオッ!」

 

 トールが雄叫びを上げ、強引に射線へと踏み込んだ。

 銃口の直線上に、体を正面に置く。それは──マズいッ!

 

「ジンッ!」

「シイィイッ!」

 

 俺が声をかけるのと同時に、ジンが鋭く気合を放つ。ジンはトールに向けられた、銃口の付いた盾へ、薪を割るように真っ直ぐに刀を振り下ろした。

 盾はがくんと下がり、銃口がトールの足元に向く。

 直ぐに持ち上がりそうになるそれを、俺が足で蹴り付けるように抑える。

 ガギンと重い、撃鉄の音が聞こえ、銃口が火を吹いた。

 瞬間、トールの足元から爆炎が生える。

 

「う、おおお!?」

 

 爆炎は地面を大きくえぐる。トールは弾丸の破片に引き裂きかれながら、後ろへ吹き飛ばされた。

 

 りゅ、榴弾かよ。腕に仕込むようなものじゃねぇぞ……ひとりで城でも攻める気か!?

 クソッ、それより、盾役が……ッ!

 俺は、一瞬呆気にとられたが、すぐに頭をリットアティンの方に戻す。

 

「がハッ──」

 

 俺が正面に向き直るのと同時に、ジンの体が、くの字に曲がり、俺の視界の背後へ飛んで消えた。

 蹴り……のようだった。こいつ、体術まで使うのか。

 

 リットアティンが足を踏み込み、鎧が音を立てた。

 俺は舌打ちをする。

 ……1対1かよ。

 ──上等だ──いや無理──せめて、あいつらが立ち上がる時間を──クソッ!

 

「舐めるなァアッ!」

 

 リットアティンは俺が、下がると思ったのだろう。盾に付いた矛を大きく薙ぐように振るった。

 俺はその矛先をくぐり、懐に飛び込んだ。

 だけど、クソッ、盾は2つある。

 もう片方の矛が、今度は小さく、巻き込むように振るわれる。俺の胴体を、上下に分けようとしているようだ。冗談じゃない。

 

「う、おォ──”残影”ッ、残影ッ残ッ影!!」

 

 俺は相手の認識をずらす技を使いながら、2度3度と斬撃を躱す。

 とてもじゃないが、反撃する余裕が無い。

 ──というか、しっ、死ぬ。

 

「『──炎となれ』ッファイアァッ!」

 

 飛んできた火球が、振り下ろされた矛先を弾いた。

 出来た隙に、俺は大きく飛び下がり、距離を取った。

 

 自分の体に触れ、両手両足が欠けていないかを、確かめた。首も繋がっているようだ。

 トールとジンが起き上がった辺りまで、下がり追撃に備える。

 トールが呻くように呟いた。

 

「クソッ……4人がかりだぞ。何て奴だ」

「……焦りすぎただけさ。だけど……温存している余裕は、ねぇな」

 

 俺は、トールの呟きに答えた。

 リットアティンは追い打ちに来ることは無かった。両手の盾を一度大きく振り、その場で、威圧するように仁王立ちして言う。

 

「……なるほど、大した連携だ。謂わば、1匹の獣の様相」

 

 俺は息を強引に整える。短い時間やり合っただけにも関わらず、汗がひどい。

 だが、動きには支障はない。ちょっと面食らっただけだ。

 トールとジンも、見たところ何とか平気そうだ。

 リットアティンは言葉を続ける。

 

「冒険者よ。貴様らは、何の為に戦っている」

「……言っただろうが、謝ってこいってな。地獄には、その後、勝手に落ちてろ」

 

 俺はそう答えながら、仲間に視線を送る。

 それぞれが小さく頷いた。直ぐにでも動き出せる。

 リットアティンが唸るように声を響かせる。

 

「刹那的な事を、訊いているのでは無い。我は、閣下の大望を果たすため。弱き為政者と蛮神により疲弊しきった、このエオルゼアを平和に導くために、此処に居る。

 ……エオルゼアの冒険者よッ。今一度問う。何を求めて戦っている。力か、名誉か、富か! そのような低俗な望みで、我らの覇道に立ち塞がると言うのか!」

 

 ……こいつ、俺たちに、エオルゼア中の冒険者の代表でもさせようってのか? 荷が重えよ。

 力に名誉に、富だなんて。全部欲しいに決まっている。大層な夢なんてない。地に足なんて着かねぇよ、ずっと浮遊(レビテト)状態だ。

 

 ただ、大望だか、覇道だか知らないが。力づくで人の意思をどうこうする奴の、気に入るように動くなんて、死んでもごめんだ。

 ましてや、てめぇらは、戦えない人間にもそれをしたんだ。

 

「…………」

 

 答える義理もない。俺たちは黙って、呼吸を合わせる。

 俺たちの様子を見てか、リットアティンは呟いた。

 

「……答えぬか。ならば、ただ此処に屍を晒せ!」

 

 さあ、第2ラウンドだ。

 

 

────────────────────

 

 

「……ココル。アレ、いけるだろ?」

「ああ、全力でいくからな。当たっても知らないぞ……!」

 

 言い訳するわけじゃないが、俺たちはスロースターターだ。

 ココルはエーテルの極性を偏らせるために、ジンはエーテルを溜め込むために、一定の手順を踏まないといけない。

 その手順は、これまでの攻撃動作に組み込まれていた。あとはタイミングを合わせることで、最大の瞬間火力を得る。

 

「いくぞ……『地の底に眠る、星の火よ──』」

「…………ッ」

 

 ココルが詠唱を始めるのに合わせて、俺たちは声を出さずに、突っ込む。今度は俺とトール、ジン、3人同時だ。

 ある程度近づいたところで、俺は足に力を込め、一気に加速し、前に出る。

 なんとかして、初撃を躱す。そして、”だまし討ち”だ。体勢を崩させる。

 俺はリットアティンに、目の前まで来る。

 

「貴様が、獣の()だな。前に出るとは、笑わせるな!」

 

 リットアティンが、盾を脇腹の横に引くように置く。突き出すための構えか。

 一瞬だ、目を離すな。

 俺は息を詰め、さらに踏み込む。

 

 突然、踏み込んだ足が、滑るように沈んだ。

 俺は、思わず踏み込んだ足を見る。

 足に、穴が開いている。血が吹き出した。遅れて、熱と痛みを感じた。

 

 顔を上げ、リットアティンの斜め後ろに目をやる。

 白外套の男が、銃を片手に、にやにやと笑っている。

 あの……カス野郎……ッ!

 

 大した傷じゃない。ただ、その隙は致命的だった。

 リットアティンの手が伸び、俺の首を掴む。

 そのまま、宙に持ち上げられる。文字通り、地に足が着かなくなってしまった。

 

「がァッ!?」

「ルギウス……勝手な真似を。だが、戦場だ。貴様もよもや、不平を言うまい」

「ぐっ、そ、そう言うなよ。仕切り直し、しようぜ……」

「……詰まらぬ終わりだ」

 

 首を掴む腕に、力が込められる。ミシミシと首の骨が音を立てた。

 クソッ、お、折られる……ッ!

 

「無視してんじゃ、ねえッ! シュトルムぅ──」

 

 追いついて接近したトールが、怒号を上げる。エーテルを瞬かせながら、斧を頭上でぐるりと回し振りかぶる。

 

「ブレハッ──ァア!!」

 

 振りかぶった斧を、真っ向から叩き下ろした。

 リットアティンは、片方の盾でそれを受ける。

 火花が散り、斧と盾がぎしぎしと鳴った。

 

「──ぉぁァああッ!!」

 

 トールは叫び、盾にぶつけた斧を、そのまま食い込ませるように、押しつけた。

 トールは額に血管を浮かべ、筋肉は隆起しているようにも見えた。目にも伝わる、凄まじい腕力だ。

 リットアティンの盾が、ゆっくりと沈んでいく。金属が擦れて、嫌な音を立てている。

 

「グッ……貴様」

 

 リットアティンは盾を動かそうとして、叶わなかったようだ。

 トールは、全力を使い、片方の盾の動きを完全に封じた。

 

「『──古の眠りを覚し──』」

 

 ココルの詠唱が、耳に届く。タイミングはシビアだ。これ以上、空中散歩を楽しんでいる場合じゃない。目の前も暗くなってきている。

 

 俺はリットアティンの腕に手をかけ、ぶら下がった自分の体を持ち上げる。リットアティンの腕に、足で組み付く。関節を逆の方へ、思い切り力を込めた。

 

 うわ、ぴくりともしねぇ。

 関節は諦める。そのまま、靴の底で、リットアティンの兜に、踏むように蹴りを入れる。

 無理な体勢だ。足に伝わる衝撃は大きくない。

 リットアティンが苛立たしげに、声を上げる。

 

「無駄なあがきを──ムッ!?」

 

 リットアティンが、小さく呻いた。

 俺は、蹴るのを止めて、リットアティンの兜の目の穴に、そっと足を置いた。

 

 大事なのは、スペースだ。俺がここでぷらぷらとぶら下がってたら、都合が悪い。

 俺が持ち上げた、体の下に、ひらりと着物の裾が舞った。

 ジンはすでに、刀を鞘に納めている。体を、背を見せるように大きく曲げる。

 その鞘には、限界までエーテルが満ちていた。

 

「シィィァァアアッッ!!」

 

 鞘に込められたエーテルが、刀を爆発的に加速させた。

 刀を目で追うことは出来ない。十字に、そのエーテルが軌跡を残した。

 

「ッ……不覚」

 

 これまでで一番の衝撃に、リットアティンは大きく体をずらした。

 鎧が削られ、黒い破片が舞っている。

 同時に、俺の首を掴む手が緩んだ。

 俺は出来た隙間に、強引に指を差し込み、思い切り、引き剥がす。皮膚が少し持っていかれたが、気にはしない。

 地面に着いた足を、すぐに蹴るようにして飛び上がる。

 リットアティンの体を、駆け上がるように、ありったけの斬撃と、蹴りを浴びせる。

 双刃旋、風断ち、旋風刃……影牙ッ──

 

「ッらぁァアッ!」

 

 最後に、頭を踏み台に、蹴り込みながら後ろに跳ぶ。

 俺は空中で、トールとジンが、既に下がっているのを確認した。

 さ、て……本日は、お越しいただき、誠にありがとうございます。もう、お別れの時間だ。

 

 ココルの詠唱が、終わる。

 

「『──裁きの手をかざせ』 ────ファイガ、ッァァアア!!」

「グッ……これは、ぉおお!」

 

 リットアティンの足元に、巨大な、紅蓮の炎が出現する。炎は生き物の様にリットアティンを飲み込み、直ぐに、轟音を響かせながら、爆発した。

 離れた俺たちにまで、熱が肌を刺す。衝撃が耳に届き、鼓膜がびりびりと揺れるのが分かった。

 

「や、やったか……!?」

 

 トールが肩で息をしながら、言った。

 炎はまだ、大きく立ち上がったままだ。心配ないさ。ありゃ、黒焦げだ。もっとも、最初っから黒かったけどな、ふはっ。

 

 俺は、呼吸を整え、炎の向こう側に目をやる。帝国兵たちは、動揺しているようだ。だが、動く気配は無い。まだいける。

 連続で使えない技も、いくつか使ってしまった。全員、あと何が残っている? この勢いに乗って──

 

 突然、炎の中心から、空に向かって、細い煙が何条も立ち上った。同時に、風切り音が続けて耳に届く。打ち上げ花火のような音だ。

 リットアティンの、盾に仕込まれた火薬が、引火したのだろうか。

 

「──おいおい、冗談じゃ、ねぇぞ」

「クソ。化け物め……」

 

 黒い影が、炎を割って現れたのを見て、俺とトールが毒づいた。

 炎を背にした影から、低く、くぐもった声が響く。

 

 

「大したものだ。冒険者よ……これは”手向(たむ)け”だ。我が盾『タルタロス』の真髄。見たものは、多くは無いぞ!」

 

 

 俺には過去視の他に、もうひとつ特技がある。相手の攻撃を、予見する力だ。

 特別な力じゃない。誰でもやっていることだ。

 ただ、その精度に自信がある。俺は環境のエーテルを、感じるのが得意なのだろう。

 俺には、その予感された場所が、熱を持つように薄っすらと光ってすら見える。俺がパーティの、指示役みたいな真似をしているのは、それができるからだ。

 

 なぜ、そんなことを突然、思い返していると言うと。

 今、目の前、炎からこちら側の全部が、燃えるように光り、俺たちを飲み込んでいた。

 

 

「──よ、避けろぉおおッ!!」

 

 今度は予見の光じゃない。轟音が続けざまに響き、それと同時に、爆発の光で視界が埋まっていった。

 

 

────────────────────

 

 

 全力で走っていた。

 俺と並んで、トールとジンが山を駆け上がっている。ココルは、トールに抱えられている。

 細かい枝が、顔に当たり、切り傷を作った。

 

 ”迅速魔”。詠唱を破棄する、呪術士のとっておきだ。ココルがとっさにそれを使い、氷の壁を作らなければ、今ごろ丸焦げだったかもしれない。

 あの瞬間。俺たちは、爆発に背を向けて、村の外へと走り出した。逃げた。逃げたんだ。脇目も振らずに、退散した。

 今もまだ、あの凄まじい爆撃が振ってくるんじゃないかと、びびっている。

 

「……ううっクソッ、クソぉッ……ううぅぅ」

 

 ココルが、トールの腕にしがみついたまま、うめき声を漏らした。

 誰も、声をかけられない。

 ただ、黙って走り続けた。

 

 

─────

 

 

 俺は、その石で出来た扉を、乱暴に開いた。

 ここは、砂都ウルダハの一角、パールレーンと呼ばれる裏路地にある建物だ。

 壁も床も、石で出来たその部屋に踏み込むと、俺に続いて仲間たちも入ってくる。

 その後ろを、細い目をした男、確かロドウィックとか言った男が、すこぶる迷惑そうな顔をして、追いかけてきた。

 

「フロスト。貴様……よく顔を出せたな」

 

 部屋の奥から、威圧的な声が聞こえる。

 大きな机に向かっていた、獅子の様な顔をした男、ゾランだ。

 ゾランは、何でも屋の皮を被った、ヤクザな商売をしている。前にウルダハに居た時には、何度か仕事を頼まれていた。

 

 ゾランはその獅子顔を、思い切りしかめていた。

 え、何だよ。もしかして、俺たち臭い? 仕方がない。霧の村を飛び出してから、3日3晩動き通しだった。

 山を越え、谷を越え、キャンプに着けばテレポを使い、もうドロドロのへとへとだ。

 

 俺はゾランの言葉は無視して、ずかずかと近づいた。

 ゾランは机に片方の肘を置いて、椅子に座っている。うんざりした目で、俺を睨み据えている。

 俺はゾランの向かう机に、両手を叩きつける。

 

 そして、自分の頭を、その天板に叩きつけた。

 

「頼む」

 

 硬い木の天板に、額をこすりつけると、ひんやりしている。熱くなった頭を冷ますにはちょうど良い。

 

「頼む、ゾラン。帝国に、一泡吹かせたい。知恵を、力を貸してくれ」

「…………」

 

 返事はない。俺はただ、頭を冷やすことに集中する。後ろの方でロドウィックが「何と」とか、珍しいものでも見たような声を上げている。

 しばらくそうしていると、俺の頭の上の方で、長く息をつく音がした。

 

 続いてごそごそと、紙の擦れる音がした。

 ざらざらした声が、ゆっくりと響く。

 

「……近々、帝国に対する作戦が行われる。三国が連携する、大規模な作戦だ」

「……ッ! ゾラン」

 

 俺は頭を上げて、ゾランの顔を見る。ゾランはこちらを見ずに、羊皮紙に書かれた、手紙のような物を見ている。

 ゾランは、手紙を見たまま口を開く。

 

「西ザナラーンには、腕よりが揃うそうだ。貴様は……北が良いだろう。……フン。無謀な作戦だ。死ぬぞ、貴様」

 

 そう言うとゾランは、手紙から目を離して、俺を睨みあげる。

 何だよ、心配してくれてるのか? 照れるじゃないか。

 

「ハッ、何言ってんだ。俺は、”冒険者”だぜ」

 

 もとより命は、賭けの場に置きっぱなしだ。やばくなったら、また逃げるさ。そして、何度でもやり返しに行く。

 後ろに立っていたトールが、声を上げた。

 

「”俺たち”は、だ。4人分。頼むぜ、オッサン」

 

「…………ッ」

 

 俺は、トールの言葉に、ためらいを覚えていた。

 これは、もはや冒険じゃない。戦争だ。つまらないことに付き合わせたくはない。

 吐きかけられた唾を、返しに行くだけだ。俺だけでも良い。1人分で、良いんだ。

 

 ゾランが、俺の顔を見て、小さく口角を上げた。

 

「……フ、なんだその顔は。傑作だ。俺が、貴様の、気に入るようにすると思ったか」

 

 ……嫌な野郎だ。

 ゾランが、トールたちに向かって声を上げた。

 

「良いだろう……小僧共、これは貸しだ。必ず、この馬鹿に、返しに来させろ」

「……オッサン。恩に着る。約束するぜ」

「ありがとうっ、もふもふのおっさん! 利子も付けさせるよ!」

「ぜぅッ」

 

 仲間たちは、勝手な約束をしている。ジン、お前は絶対に理解してないだろ。

 仕方がない。これが、こいつらの意思だ。それをどうこうする権利は、俺にはない。

 

 ゾランは新しい羊皮紙を取り出し、文字をしたため始めている。

 俺は机から手を離し、背筋を伸ばす。慣れない体勢をするもんじゃない。

 ゾランは、手に持った筆を、紙の右下のほうでびっと動かして、止めた。

 ふと気になり、俺はゾランに訊く。

 

「その、作戦ってのは、どんななんだ?」

「……細かいことは、現地で聞いてこい。作戦名は──」

 

 ゾランは横に置かれた紙を、ちらと見て言った。

 

「──”マーチ・オブ・アルコンズ”、だ。……さあ、行け」

 

 俺は、丸められた羊皮紙を受け取った。

 十二賢者の行進(マーチ・オブ・アルコンズ)、か……仰々しい名前だな。

 お呼びじゃないとは、言わないでくれよ。その行進に、加えさせてもらうぜ。

 



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4−2:前線参列 ◯◯◯・◯◯・◯◯◯◯◯ ①

二話続けて投稿してます。こちら前半です。


 

「なぁ、どうして冒険者になったんだ?」

 

 大きな岩に背を預け、地に座っている小さい影がそう言った。陽は沈もうとしていて、そこらに転がる大小の岩が影を落としている。

 俺の前には3人、大きな岩の影に座っていて、顔は良く見えない。

 俺は片手で、クリスタルの欠片であるファイアシャードに、エーテルを軽く込めた。

 それが熱を持つ前に、手元に寄せた小枝の束に乗せた。そこには、いくつかのファイアシャードを重ねて置いてある。

 そうしながら、小さな影の声に答える。

 

「急だな。別に、大した理由はねぇよ。霊災で世話してくれてたやつらが、みんな死んじまったからな。他に道が無かったのさ。エーテル量に恵まれたのは、幸いだったな」

「……そっか」

「そういうお前は、何だってんだ? 食うに困ってたわけじゃねぇだろ?」

 

 俺は手についた木くずを払って、小さな影に問う。エーテルを込めたシャードが、徐々に、小さく赤く光り始めていた。

 

「……家に本があったんだ」

「本?」

「そう、冒険の物語の。宙に浮かぶ大陸。惑星を覆うような巨大な樹。主人公は仲間と一緒に冒険して、世界を救ったり、救えなかったりするんだ。そういうのに憧れたんだ……なんだか、お気楽な理由だよな」

 

 小さな影は、嬉しそうに本の話をしたが、気後れするような言葉で締めた。

 どうやら、気でも使っているつもりみたいだ。

 

「そんなことねぇさ。仲間にも、恵まれただろ? だから、有り金を寄越しな。お仲間代だ」

「……ふふ、つまんねーこと言ってろよ。お前らこそ、金を払えっての……ま、悪かないね」

 

 小さな影は、気を取り直したようにふんぞり返る。

 悪くないってのは、 一番大事だ。

 

「お前は? なんで冒険者に?」

 

 小さな影が、でかい影に水を向けた。

 石で囲んだ中央に、薪木を組んでいた、でかい影が声を出す。

 

「ああ。そうだな……世界に。村の外に。どんな美味いものがあるのか、知りたかったんだ」

「ふはっ、お前らしいな。村の飯、そんなに不味かったのか?」

「うるせえ…………俺の村は、でかい山に囲まれてた。ひでえ山奥だった」

 

 でかい影は、ゆっくりと言葉を探しなら、話を続ける。

 

「それでも。時折、行商人がやってくる。山の物資と引き換えに、塩とかな。そいつは毎回、違う食い物も持ってきてた。山中探しても、ねえような食い物だ」

 

 俺の手元では、エーテルを込めたシャードの熱に反応して、重ねたシャードが赤く明滅していた。それらの下にある小枝が、薄く白い煙を登らせている。

 

「その行商人が来るたびに。あんなにでかく見えた山が、小さく見えた。体がでかくなるほど、息苦しくなった。だから、山を下りた。冒険者になったのは……成り行きだ。詐欺師みてえな奴に、引っかかった」

「……へぇ……良いじゃん。いつか、その村も行ってみたいな」

 

 小さな影が、感心したように言う。詐欺師みてぇな奴ってのは、まさか俺のことじゃねぇだろうな。

 ひとり、まだ声を上げていない奴がいる。角つきの、のっぽの影だ。

 

「お前は……まあ、そのうちでいいか」

「……」

 

 俺が角つきの影に向かって言う。

 そいつは、話が分かっているのか、分かっていないのか。ただ柔らかく微笑んで、黙ったまま頷いた。

 

 シャードたちは既に、赤々と光っていた。十分に熱が伝わった小枝に、ぼっと火が点いた。

 薪木は組み終わっている。計算通りのタイミングだ。

 俺はそっと火の着いた小枝の束を、両手ですくい上げる。そして、でかい影が組んだ薪木の中心に、慎重に置いた。

 

 火は大きい枝に燃え移り、だんだんと、炎を大きくし始めた。枝がパチパチと音を立てる。薪は十分にある。

 

 明日には、戦場に着くだろう。体を休める必要がある。

 この辺りは、夜になると冷える。火は絶やさないようにしないといけない。

 夜を越すための薪も、話の種も、十分にある。

 

 

────────────────────

 

 

 頭上にある、巨大なパイプに目がつく。チョコボが入ったとしても。十分に走れそうな太いパイプだ。パイプは工場のような建物から伸びている。

 工場から生える煙突からは、青みがかった蒸気が登っていた。蒸気は辺りに拡散して、霧のように景色をぼかしている。

 

 ここは北ザナラーンに位置する、青燐精製所。その名のとおり、”青燐水”を精製するための場所だ。

 この青みがかった霧も、採掘する過程で発生している。パイプは精製した青燐水を、遠くへ運ぶためのものだ。

 

 青燐”水”とは言うが、実際は油で、要は燃料だ。船や飛空艇に使われている。特に、ガレマール帝国の魔導技術は、この青燐水を動力源とした青燐機関が発達している。

 帝国は、この青燐水を、喉から手が出るほど欲しがっている。そのためこの辺りは、以前から帝国との争いが絶えない。

 

 その帝国の、拠点。ここから北に行ったところにある、カストルム・メリディアヌム。それが帝国の基地の名前だ。そこが、今回の作戦の目的地だ。

 

 それにしたって、物々しい雰囲気だ。武器を持った色んな奴が、あちこちを駆け回っている。これから、大きな作戦が行われる。そのための準備だろう。

 駆けている者の多くは、この地の軍事組織、不滅隊の連中だ。見たことのない制服を着た奴らもいる。冒険者らしい姿も、ちらほらと見かけた。

 

 なるほど、総力戦というのは本当らしい。

 実のところ、エオルゼアだって一枚岩じゃない。それぞれの国の思惑があって、小競り合いだって起きていたのだ。

 それが共通の敵でひとつになるってのは、皮肉な話だ。

 

 俺たちは、忙しそうにしている兵隊たちを、ぼんやり眺めていた。頭上高くには青燐水を中央に運ぶ、巨大なパイプが通っている。

 俺たちは、それを支える橋脚の足元にいる。近くには飛空艇の停留所があり、物資が次々と運び込まれていた。

 

「なぁ、いつ突っ込むんだ?」

 

 足元の方から声がした。呪具を手に持った呪術士、ララフェル族のココルだ。いつもは真っ白のローブが、汚れてくすんでいる。

 しばらくバタバタしていたからな。染め直す暇が無かったのだろう。

 俺もまだ迷っているが、とりあえずその言葉に答える。

 

「死ぬ気か。突っ込まねぇよ……正面からは、な。そういうのは、大部隊に任せよう。作戦の開始も、まだみたいだしな」

 

 作戦開始のタイミングは、敵の動きによって決まるらしい。だが早ければ、もう明日か明後日かって話だ。

 

 俺たちは、この作戦 ”マーチ・オブ・アルコンズ”への参加権を、裏ルートから得た。

 だが、ただの参加権だ。どこかの組織に、組み込まれたわけじゃない。

 この作戦に参加している奴らは、大抵どこかの国家組織グランドカンパニーに所属している。そうしていれば、上から指示なり来るはずだが、俺たちは宙ぶらりんだ。

 

 そっちの方が気楽で良いけどな。だけどリンクパールくらい、配給してくれても良かったんじゃねぇの? 独立部隊にもほどがある。4人しかいねぇのに。

 

「何か、考えでもあるのか? 後ろで弾丸運びなんざ。俺はごめんだぜ」

 

 斧を杖のように地に突きながら、ルガディン族のトールが言う。早く戦いがしたくて仕方がないって面をしている。血の気の多いやつだ。

 その横では、アウラ族のジンがぼんやり突っ立ている。どこから貰ってきたのか果実をシャリシャリとかじっていた。

 俺はトールの言葉に返事をする。考えっていうほどのものじゃないが。

 

「あとで説明するさ。言っても……ほとんど、出たとこ勝負だけどな」

 

 この地に着いてから、何時間かたったが、日はまだ高い。

 ある程度の情報収集は、済ませている。周辺の地図とか、作戦の概要とかな。

 

「フン。いつも通りじゃねえか。とっとと行こうぜ」

「よし、そろそろ出るか…………ん? あれは……」

 

 飛空艇の停留所の近くに、天幕が立てられている。そこへ機材のようなものが、いくつも運び込まれていた。

 その機材たちの中心に、見覚えのある顔があった。

 白い髪に、白い髭。珍しい形のゴーグルを着けている。

 

「ちょっと待っててくれ。顔見知りだ」

 

 俺は仲間にそう声をかけ、天幕の方へ歩いて近づく。

 あれは、マルケズという男に違いない。昔、ザナラーンに居たころの顔見知りだ。記憶喪失になっていてが、最近になって、探し人が現れていたみたいだ。もう会ったのだろうか。

 

「よう、マルケズ! 奇遇だな! ……おっと」

 

 俺がそうマルケズに声をかけようとすると、巨体が立ちふさがった。

 編み込んだ髪を逆立てた、ルガディン族の男だ。色の濃いゴーグルを着けていて、その双眸は知れない。

 その男が低い声を上げる。

 

「待て。何だ、お前は? 親方に何の用だ」

「親方ぁ?」

 

 訝しげな声だが、威圧するような雰囲気ではない。なんとなくだが、お人好しの気配を感じる。

 

「なに、ちょっとした顔見知りだよ」

 

 俺はその男の体越しに、マルケズの方を覗き見る。こちらに気付いてはいないようだ。

 なにやら集中した様子で、機材をいじっている。

 

「そうか。急ぎじゃないってなら、後にしてくれないか。悪いが、親方は忙しいんだ」

「ふうん……何してんだ?」

「チューニングだ。帝国は、リンクパールじゃない独自の魔導技術を使っている。リンクパールよりかさばるが、波長を自由に変えられる。その周波数を見つけるため、調整する必要が有るんだ」

 

 なるほど、分からん。こいつも技術者ってやつか。

 男は手のひらを左右に振りながら、言い聞かせるように呟く。

 

「とにかく、繊細な技術なんだ。親方じゃないと出来ない。邪魔をしないでくれ」

「何してるッスか! サボってないで、こっちを早く手伝うッス! すぐ西にも行かないといけないんスよ!」

 

 奥の方で、機材を運んでいる男が声を上げる。玉ねぎのように髪を尖らしたララフェル族だ。目の前のルガディン族と揃いのゴーグルと、服を身に着けている。

 

「西に、何かあんのか?」

「大物がいる。そいつを倒すのが、作戦の第1段階だ。だが、クソッ。兵器の場所すら分かっていねぇ。忙しすぎる」

 

 作戦や、”兵器”の事は聞いていた。なんでも蛮神すら圧倒する、帝国の切り札ってやつらしい。

 どうやらマルケズは、作戦の重要な部分を担っているようだ。

 邪魔するつもりはない、俺は素直に男の言うことを聞くことにした。

 

「分かったよ。なに、この戦いが終わったら、時間はいくらでもあるさ。そうだろ?」

「……ああ、そのとおりだ。冒険者か? そっちも、健闘を祈る」

 

 そう言い交わして、俺はその場を後にする。

 気のいい男だ。

 勝手に居場所をゾランに教えて、ちょっと心配していた。マルケズのやつ、悪い出会いでは無かったみたいだ。

 俺は仲間たちの方に足を向ける。

 とっとと、やりたい放題やらせてもらおう。戦争が終わったら、また会いに行けばいい。

 

「終わったか。で。どうすんだよ」

 

 寄るやいなや、トールがそう言った。そう焦るなよ。

 俺は足を止めず、北の出口に向かって歩く。

 

「カストルム・メリディアヌム。敵さんの基地だ……そこに入り込むぞ」

 

 ちまちまやり合うのは、性に合わない。俺たち、みんなそうだ。

 俺に合わせて歩き出したココルが、面白がるように口笛を吹いた。

 

「ひゅーっ。いいね、そういうの。壁を越えるのか?」

「いや。いくらなんでも、壁は高すぎる」

 

 基地カストルム・メリディアヌムは、巨大な城壁でぐるりと囲まれている。

 とてもじゃないが、登って越えるのは無理だ。飛空艇でも難しい。巨大な哨戒船が、うようよ飛んでいる。

 

「じゃあ。どうするんだ。正面の門から突っ込むのか?」

 

 トールがウズウズとした様子で言う。だから、死ぬ気かっての。

 俺たちは、青燐精製所の出口をくぐりながら話している。

 門の外には荒野が広がっている。遠くの方で、鬨の声が聞こえた。ちょっとした小競り合いも、起こっているようだ。

 俺は、ここからはまだ見えない、カストルム・メリディアヌムの方を指差しながら言う。

 

「正門の北に、もうひとつ入口がある。物資の搬入口だ……そこに、線路が伸びている」

「……ふうん。なるほどな、読めたぞ。てめえ」

 

 トールはニヤニヤとしながら応えた。

 その通りさ。敵の基地への潜入って言ったら、やっぱこれだよな。

 

「ああ。帝国の魔導機関、”魔列車”に、無賃乗車といこう」

 

 

────────────────────

 

 

 振動が、一定の間隔で伝わってくる。

 思ったより乗り心地は悪くない。チョコボキャリッジなんかより、ずっと快適だ。

 ”魔列車”というのは、帝国が輸送に使っている、輸送機関の一種だ。

 車輪の着いた箱型の”貨物車”を、いくつも連結して、先頭の動力機関が引っ張っている。

 動力は間違いなく、魔導機関だろう。それで、”魔列車”ってとこか。

 

「おい、気分はどうだ?」

「………………………………ぃな」

 

 俺は荷箱が所狭しと積まれている貨物室のすみっこで、膝を抱え、うずくまっているジンに声をかけた。

 返事の声は、泣けるほど小さい。

 具合が悪いようだが、これが乗り物酔い、ってやつだろうか。

 

 北ザナラーン地方とモードゥナ地方、それぞれの帝国基地を繋ぐ、鉄道が敷かれている。

 それを地図で見ていた時、俺は大きく曲がりくねった場所があるのを見つけていた。

 この辺りは山がちな地域だ。その地形に沿った線路は、どうしても速度を落とさざるを得ない場所がある。

 

 俺たちはその場所から、走る魔列車へと飛び乗った。

 扉は俺がこじ開ける手はずだったが、想像の形とは違い、おおいに焦った。

 自動仕掛けになっていて、持っているツールで、開けられるような代物ではなかったのだ。

 

 それでも四苦八苦して、がちゃがちゃといじっていたら、向こうから開けてくれた。

 飛び込んで、扉を開けたそいつを取り押さえて、身ぐるみを剥いで列車の外へ放り出した。モンスターを避けながらだが、運が良ければ、何日か後に基地に歩いて戻れるだろう。

 

 帝国兵から剥いだ服は、今は俺が着ている。サイズが合うのが俺だけだったからな。潜入するには、きっと役に立つはずだ。

 

「悪いなジン。俺は乗り物酔いなんて、なったことないからな。よく分からん」

「………………ぜぅぅ」

 

 大丈夫だ、というよりも、構わないでくれ、といった感じだ。

 こいつ、東方から来たはずだが、こんな調子で良く船に乗れたな。

 まあいいや。船乗りたちがよく言っていた。船酔いで死んだやつはいない。放っておこう。

 

 貨物車の見張りは、ひとりだった様子だ。

 計算通りなら、あと1時間と少しで基地へと入るだろう。

 俺はもう一度、貨物室の中を見回した。

 

 大小、様々な大きさの箱がある。入っているのは、物資ってとこだろう。

 その中に、ひときわ目立つ存在がある。

 

「……これが帝国の、魔導技術ねぇ」

 

 俺は、その物体に注視して、独りごちた。

 それは、この貨物車の後ろ側、奥に置かれ、ここにある荷の中では最も大きい。

 全体が、金属的な物質で出来ている。左右に取り付けられている、螺旋状に刃が着いた、円錐状の物体が目を引く。要は、ドリルだ。

 

 その物体の高さは座った状態で、俺と同じぐらいだろう。

 ”座った状態”と言うのは、こいつがまだ、立ち上がっていないということだ。

 この場所に入った時に、ココルが言った。「”魔導ヴァンガード”だ……帝国の無人兵器だよ」と。

 動かない理由は、ココルにも分からないらしい。青燐水が入っていないとか、そのあたりだろうって話だ。

 壊してしまおうかとも思ったが、下手に衝撃を与えて、動き出しても面倒だ。そのままにしてある。

 

「…………これが、”兵器”ってんなら、楽で良かったんだがな」

 

 帝国の切り札。噂の、”兵器”とは、別物らしい。

 俺は貨物車の揺れを感じながら、改めて帝国について考えていた。

 ガレマール帝国は、率直に言って、()()()()()()()

 

 あの帝国が出来たのは、50年ほど前らしい。国としては若い方だろうか。

 別に国ができたり、滅びたりするのはそう珍しくない。異常なのは、その発展の速さだった。

 

 そもそも、あの国に住む、ガレアン族という人種は、先天的にエーテル放射が不得意だ。

 それはつまり、魔法や、クリスタルを反応させて現象を起こす、あらゆることが出来ないことを意味する。それは、ずっと昔から、人の生活とは切り離せないものだった。

 

 ガレアン人の首都は、大陸の最も北側に、冬が過酷な場所にある。ずっと昔の話だ。力ない彼らは、追いやられたのだ。

 

 そこに、”ソル”とかいう名前の男が、のし上がって皇帝になった。そのへんは詳しくは知らない。

 とにかく当時、魔法の代用品でしか無かった青燐機関に、その皇帝ソルが目をつけた。そして、それを軍事へ転用した。

 青燐機関はそれまで、暖房器具として使われていたらしい。

 ストーブが50年経ったら、巨大飛空艇や、歩く無人兵器に生まれ変わるってのは、意味が分からない。

 

 技術が発展するのは、まだ良い。自然なことだ。その異常な技術発展の速さの背景には、ガレマール帝国独自の国政がある。

 やたらと厳格な階級制度が、そのひとつだ。国民全員が、どこかの階級に位置して、その階級に応じた振る舞いが徹底されている。

 差別が生まれたり、奴隷が存在したりなんて、そう珍しくはない。

 だが、帝国の制度は、才能さえあればガレアン人でなくとも、階級を上げることが出来る。

 あのリットアティンという男は、大層立派に聞こえる思想を語っていたが、きっと本気だった。

 そういった人の感情までも、計算に入っているのだろう。その合理性は、異常だ。

 

 そして帝国は、その技術力や国家体制、あらゆる人間の思想をフルに使って、全方位に喧嘩を売っている。

 政治のことなんか、さっぱり分からないが、どう考えても常軌を逸している。

 まるで、戦乱そのものが目的にすら思える。

 

「さて、と。お前ら、準備はOKか?」

 

 俺は仲間に声をかける。

 そうだ。帝国が何を考えているかなんて、関係ない。

 

 小さめの荷箱に腰をかけ、足をぶらぶらさせながらココルが答える。

 

「ココは、おーけーさ。ココより……トールっ。お前は、もう少し落ち着けよ」

 

 ココルに声を投げられたトールは、扉に取り付けられた小さな窓に向かいながら、腕を振りつつ屈伸を繰り返している。

 

「フン。もう少しで、戦場だと、思うとな。フンッ気が昂ぶって、しょうがねえぜ」

 

 トールは言いながら、屈伸を止めない。凄まじく暑苦しい。今すぐ止めて欲しい。

 ココルが「ガキか、お前は」と呆れたように言った。まあガキと言って良い年齢だがな、こいつは。

 そういうココルも、いつもよりソワソワとした様子だ。手に持った呪具を、ずっと持ち直したり動かしたりしている。

 こいつらも、それなりに緊張しているのだろう。

 だが、そうとうに無謀な事をしようとしている。多少は、緊張してもらわないとな。

 

 着いた時点でほっとしてしまいそうな雰囲気だ。だが、乗り込んで、めでたしめでたしってわけには、当然いかない。

 俺は気持ちに区切りを付けさせるため、これからのことを伝えることにする。

 俺は手近な荷箱を引き寄せ、ココルの側に腰掛ける。

 

「良いか? 基地に入ったらだ。戦闘は、極力避けるぞ」

 

 カストルム・メリディアヌムは広大な基地だ。街ひとつが、軽く収まるぐらいの規模がある。

 この列車が停まる、停留所さえやり過ごせば、そこまで帝国兵に囲まれるリスクは高くない。そう踏んでいる。

 そうでもなければ、意地でもこんな目立つ奴らを、連れてはこない。

 俺は続けて言う。

 

「俺たちは、基地に入ったら。適当な情報収集と、可能な限りの嫌がらせをして、逃げる」

 

 たった4人で出来ることは、限られている。

 黙って聞いていたココルが、「うわぁ」って顔をしながら言う。

 

「汚なぁ……さすがフロスト、きたない」

「フン。まあ、そんなところだろうよ。情報収集だ? 何をだ」

 

 トールが近寄り、床へそのまま腰を下ろしながら言った。

 俺は自分のカバンを漁りながら、答える。帝国兵の服を重ねて着ているため、少し動きにくい。

 

「施設の場所、敵兵の位置。そんなところだな。あとは”兵器”の場所とか……」

 

 兵器については、難しいと思っている。警備が厳重そうな場所だけでも、あたりを付けておこう。

 ただ、ひとつ、考えていることはある。

 俺は言葉を続ける。

 

「これが大体の地図だ。紙とペン持ってるか? これに書き込みながら……」

『──おい。聞こえたら返事をしろ──』

 

 不意に、言葉を中断されて、俺は顔を上げた。

 トールもココルも、いぶかしむような、微妙な顔をしている。

 

「……何か言ったか? トール」

「いや……お前が、変な声を出したように聞こえたぜ」

「ココにも……フロスト、お前の方から、なんか声が……」

 

 顔を見合わせていると、ざらざらとかすれるような、声が響いた。

 

『──おい、見張り。定期報告が無いぞ──』

「うわッ? な、なんだこれ!?」

 

 声は俺の、腹から聞こえていた。

 俺は急いで、着ている帝国兵の服の、腹の部分を探った。

 そこには、弁当箱を半分に割ったぐらいのサイズの、箱状のものがあった。

 その箱状の物体から、三度(みたび)声が響く。

 

『──見張り。返事をしろ。通信範囲には、入っているはずだ。どうぞ──』

 

 手に持ったそれは、なにかの機器のようだ。

 俺は、かなり慌てながら、仲間に問いかける。

 

「お、おい、どうするんだこれ!? ボ、ボタンが、沢山あって、分かんねぇ!?」

「し、知らないよ……! で、でも、はや、早く返事しないと!」

「フン、俺に貸せよ。叩き壊せば、止まんだろ」

「バカ言えッ!? これ、そういう問題じゃねぇだろ!」

 

 状況の分かっていないトールは、放って置いて、俺はその箱を観察する。

 返事を求めてきているってことは、こちらの音声を送ることが出来るはずだ。

 今こっちの音声が聞こえてないなら、ボタンのどれかが音声を送るためのスイッチだろう。

 普通に考えれば、それはきっと押しやすい場所にあるはずだ。

 このまま返事をしなければ、俺たちは異常事態と認識された状態で、敵の基地に突っ込むことになる。確定的に明らかだ。普通に死ぬ。

 

「フ、フロスト! 早くってば!」

『起動シークエンス終了、スキャン開始』

「ま、待てって。ようやく分かりかけてきたぞ……」

「…………おい。誰だ。今の?」

 

 俺は、トールの言葉に顔を上げた。確かに、妙な声が混ざっていた。

 左右にいるトールとココルと、顔を見合わせた。互いに、首を振る。

 今度は、明らかに人の声ではなかった。手に持った箱からでもない。

 声は後ろから、聞こえてきていた。

 俺たちは、ゆっくりと背後を振り返る。

 

「おいおい、これ以上の面倒事は、ごめん……だ……」

 

『スキャン終了、敵性存在ヲ確認、戦闘ルーチンヘ移行』

 

「……これ、名前なんだって言ったよ?」

「…………ま、”魔導ヴァンガード”」

 

 ()()()()()()、魔導ヴァンガードが、肩の突起を天井に擦らせていた。肩から伸びる腕には、ドリルがひとつずつ。それは、ララフェル族の、全身ほどのサイズはある。

 ドリルは耳障りな音を立てて、回転を始めていた。

 それを支える体の上部に比べて、下半身はかなり小さい。それでも、貨物車にぎりぎりだ。見上げるような大きさだ。

 

「……う、動かねぇんじゃねぇのかよ!!」

「知らない! 言ってないッ!」

 

 言い争う俺とココルに、前に出たトールが怒声を上げる。

 

「寝ぼけたこと言ってる場合かッ! ジン! 仕事だ!」

「………………ッ」

『目標ノ、排除ヲ開始』

 

 いつのまにか、近くに立っていたジンが、刀を抜いている。魔導ヴァンガードが、積まれた荷箱を倒しながら、前に出る。

 俺は、こぼれた荷箱の中身に、目を見張った。

 

「よしっ『まばゆき光彩を刃と──』うぶっ!?」

「魔法はよせ! か、火薬だ! クソッ」

 

 魔法の詠唱をしようとするココルの顔面を、俺は手で塞いで言った。

 こぼれ出た荷からは、クリスタルや金属材に混じり、破れた袋から火薬らしき粉が飛び散っていた。

 これは、エオルゼアの代物だ。おそらく、モードゥナあたりの村々から奪い取ったのだろう。

 ちょっと火が当たったくらいで、一斉に起爆するような物ではないが、万が一がある。それに、かなり派手な音が出る。こんな狭い中で破裂されたら、耳がもたない。

 

 俺は、手に持ったしゃべる箱を、服の中に仕舞いながら言葉を続ける。

 

「ココル……! コイツ強いのか……?」

「ぷはっ……聞いた話だぞ! 並の兵士なら、10人分ってとこらしい……!」

 

 じゅ、10人分だと……!? クソッ!

 

 俺は短剣を抜き、前に飛び出しながら、前衛の2人に声を投げる。

 

「お前ら、時間がもったいない……”一撃”だ!」

 

 俺の言葉に応え、トールとジンが合わせて前に出た。

 

「フン……”バーサク”──”シュトルム”──ッ」

「シィィイイイ──」

 

 魔導ヴァンガードはギィィイイイッと異音を響かせながら、こちらに向かって加速を始めた。

 俺たちは、エーテルを励起させ、その頭部に狙いを定めた。

 

「──”ブレハ”ッ!!」

「ゼァアアッ!!」

「”影牙”ァッ ”双刃旋”ッ!!」

 

 俺たちは一点に、集中して力を開放した。

 

『──排ジッビッッッ』

 

 激しい衝突音とともに、魔導ヴァンガードの頭部がひしゃげ、火花が散る。

 叩きつけた短剣から、ずしりと重さを感じるが、全力で押し込む。

 魔導ヴァンガードは、胴体を中心に、後ろへ半回転しながら床へと落ちた。

 ドリルの付いた腕をがくがくと震わせ、すぐに動かなくなる。青燐水が漏れたのか、油の匂いが貨物車の中へ広がった。

 

 俺はヴァンガードが動作を停止したのを確認し、すばやく懐に手を伸ばした。

 

『──おい! どうした、異常事態か──』

「こちら見張り、失礼しました。異常はありません。ど、どうぞ」

 

 俺は目星を付けていた、箱の横にあった、ボタンを押し込みながら声を上げた。

 そしてボタンから手を離し、様子を伺う。

 

『──……あまり、サボるなよ。エオルゼアの奴らが、なにか企んでいるらしい──18小隊へ直行しろ、良いな?』

「ハッ、承知しました。18小隊へ直行します」

『──以上、通信を終える。回線を本部に切り替えるのを忘れるな──』

 

 ざーざーと聞こえていた音声が消え、静かになった。

 

 俺は、息を長くつきながら、沈黙する魔導ヴァンガードを見る。

 クソッ、ビビらせやがって。

 

「”10人分” 程度、目覚ましにもならねぇよ」

 

 リットアティンみたいな化け物のせいで、自信を無くしかけていたが、これでも俺たちは、”腕利き”で通ってるんだ。

 

 危機をなんなく躱した俺は、ふと顔を上げた。

 仲間の様子が、おかしいことに気付いた。

 

「お、おい。ジン、だめだって。それは、だめだよ」

「……た、頼むぞ。おい、マジだぜ」

 

 ココルとトールが、ジンに向かって何やら言っている。

 ジンは魔導ヴァンガードの残骸の前で、ぼんやりと突っ立ている。

 なにやら小刻みに震えながら、ゆっくりとこちらを振り返った。

 

 片手で口元を抑えるジンは、目がうつろで、顔色は真っ青だった。

 

「……! ジン、し、深呼吸だ。そうだ、せめてこの荷箱を使え!」

「お、俺たちの乗っちまった列車はよ、途中下車はできねえぜ! だから耐えろ!」

「そ、そうだジン! がーんばれ、がーんばれッ!!」 

 

 俺たちの、必死の応援を受けたジンは、口元から手を離して、柔らかく微笑んだ。

 

「ぜっおろろろろろ──」

 

「うぎゃああああ! やりやがったあああ!?」

「早く。早くッ! ドア開けろおおお!!」

「うぷ。あ、ごめん。ココもう無理」

「うおおおおおおお!?」

 

 到着まで、どれぐらいだろう。とにかく、一刻も早く到着してほしい。

 立ち込める酸っぱい空気の中、俺はこみ上げる気持ちを抑え込みながら、そう思った。

 

 

────────────────────

 

 

 貨物室の全体を軋ませながら、列車はゆっくりと止まった。

 俺は扉を開け、外を覗く。左右を確認する。

 列車の先頭の方に、帝国兵が見えた。だが、こちらに注意を向けてはいない。

 タイミングを見計らい、仲間に合図を出して貨物車を飛び出した。

 停留所には、コンテナが所狭しと並んでいた。その影まで進み、ようやく俺は新鮮な空気を堪能できた。

 

「ぶはッ、ハァッ。お、お前ら。落とし物は無いな?」

 

 俺は肺の空気を入れ替えながら、仲間に問う。

 

「おーけー……うぷ。二度と、列車には乗らないからな……」

「……………………ッ…………」

 

 ココルは地に両手を着きながら、吐き捨てる様に言った。ジンは黙って、何度も頷いている。

 帰りは、また魔列車に忍び込んで出ていくってのも、考えてたんだがな。

 あの惨状じゃ、行きよりも警備が緩くなることは無いだろう。何より俺も、列車は懲り懲りだ。

 

「少なくとも……ジン。てめえとは、二度と乗らねえぞ……フロスト。この箱、どうするんだよ」

 

 トールは上を向きながら、ふいごのように胸を上下させながら言った。片腕に、小さな荷箱を抱えている。

 俺は息を整えながら、トールの言葉に答える。

 

「ふぅ──もうちょっと、持っててくれ。すぐ見つかっても詰まらねぇからな」

 

 トールが抱えているのは、俺たちの”嫌がらせ”が詰まった、とっておきのプレゼントボックスだ。ただの嫌がらせ以上のものには、ならない。俺たちがここを出るまでは、見つからないほうが良い。

 貨物車のほうは、どうしようもなかった。バレるのは時間の問題だろう。

 

 今のところ、周囲に敵の気配は感じない。だが、ここが物資の置き場である以上、腰を落ち着けられる場所ではない。

 

「さて、と。移動するぞ……俺が先行する。ジン、後ろを警戒しろ。ココルは真ん中。トール……お前は、出来るだけ縮め」

「……ぬかしてろ。箱に詰めるぞ」

 

 その箱だけは、勘弁してくれ。

 

 遠足気分は、ここまでだ。すでにここは、完全な敵地だ。恐ろしいことに、俺の仲間は、誰も帰りのことを気にしていない。

 当然、俺にはいくつかのプランがある。そのひとつの、もう一度、列車に潜り込んで出る。ってのは、もう無しになったけどな。

 まったく。こいつら俺がいないと、あっと言う間に死んじまいそうだ。……同じことを、それぞれが考えていそうなのが、増して腹立たしい。

 

 

────────────────────

 

 

 俺たちは魔列車の停留所から、やや北へと移動した。このあたりは、飛空艇の発着場のようだ。さっきよりずっと広く、人もまばらだ。

 だが、戦艦のようなものは見当たらない。物資の運搬に使う、予備的な場所なのだろう。

 さっきよりも、ずっと巨大なコンテナが立ち並んでいる。

 地面も舗装されておらず、むき出しだ。点々とクリスタルが、地から伸びるように吹き出した。霊災で発生した偏属性クリスタルだ。

 

「……よし、箱はもうこれでいい。トール、ちょっと背中貸せ。上から見渡したい」

「ああ」

 

 コンテナの横に立つトールが、後ろを向く。

 俺はその背をよじ登り、肩を蹴ってコンテナの上の縁へ飛びついた。

 そのまま上部に登ろうとして、止めた。

 巨大な飛空艇が、巡回している。こちらに向かってきてはいないが、かなりの威圧感だ。遠くて大きさは分かりにくいが、リムサ・ロミンサでみた戦艦ぐらいのサイズはありそうだ……いや、それよりもでかい。

 俺はコンテナの縁に腕を掛け、ぶら下がったまま景色を観察する。

 

「……クソッ。だから、帝国(こいつら)とは、関わりたくねぇんだ」

 

 景色を前に、口から悪態が漏れる。

 物資が圧倒的だ。地図からもある程度分かってはいたが、砂都ウルダハさえ納まりそうな、あまりに巨大な基地だ。

 

 中心には巨大な、異形の城が鎮座している。”魔導城プラエトリウム”、この基地の中枢だ。

 城は、半球状の淡く光る膜で覆われている。魔導障壁と言うやつか。

 そんな大げさに覆わなくても良いだろうに。あんな巨大な戦艦が飛んでる中、飛んで突っ込めるような飛空艇はエオルゼアにはねぇよ。

 

 大勢の兵士や魔導兵器が、卓上ゲームの駒のように、きれいな陣形で動いている。

 もう何年もこの状態のはずだ。軍を維持するための、兵站なんて言葉もあるが、これじゃあ完全に採算度外視だろ。

 

 そもそもの話だ。あんな巨大な飛空艇が上空から爆弾でも落とした日には、あっと言う間に各都市はその機能を失うに違いない。

 

 だが、帝国はそれをしなかった。何故かは想像がつく。”神降ろし”を、警戒しているのだ。

 

 俺は5年前の霊災の時に、その脅威を見た。あの巨大な黒い飛竜は帝国の画策だったらしいが、それを跳ね返したのも、”神降ろし”だったという話だ。

 帝国は、それを警戒しているのだろう。

 極端に追い詰めれば、エオルゼアの人間たちがどういう祈りを持つか。それは想像するに容易い。

 だから帝国は、その圧倒的な物量を見せつけながら、真綿で締め付けるような戦略を採っていた、と思う。とにかくこちらの心を折るための戦法だろう。

 

 そして今、その均衡が崩れようとしている。

 

 ”兵器”のせいだ。

 神すら殺す兵器を前に、神に祈る気力を持つ人間がどれほど居るのだろう。

 

 俺が思っていたよりもずっと、エオルゼアは追い詰められた状態だったようだ。

 この強行とも言える、マーチ・オブ・アルコンズって作戦が開かれたのも、そういう訳に違いない。

 

 俺は重心を後ろに移し、腕の力を抜いた。重力に従って落下する。きれいにストンと着地して、そのままの体勢で少し考えこむ。

 しびれを切らしたように、ココルが声を上げる。

 

「黙ってないで教えろよ。どんな感じ?」

「うーん、隙は……そこそこあるな。ガチガチ過ぎるのが、逆にやりやすそうなんだが……」

 

 末端の兵まで、動きが決められているのだろう。イレギュラーな動きをしている様子は殆ど見られなかった。

 俺なら、見つからない自信はある。

 

「フン。煮え切らねえ言い方だな」

 

 俺の不安を読むように、トールが言う。そう不安、懸念事項だ。

 

「魔導兵器が多い。あれに囲まれるのはちょっとキツイな。それと……非武装の人間が全く居ねぇ」

「非武装? そりゃ居ねえだろ」

「これだけの規模の基地だぞ。飯炊き、荷運び、必要だろ。普通はそれなり居るんだけどな……まあいいや。いざとなったら、そいつらに紛れ込んで逃げよう思ってただけだ」

 

 飯炊きをどうしているかは知らないが、荷運びは魔導兵器が担っているようだ。

 巨大な、手の形をした不気味な兵器が、ふよふよと浮いて物資を運んでいる。

 とにかく、脱出プランがひとつ減ってしまった。魔列車に乗って帰るプランも無しだから、段々と雲行きが怪しくなっている。

 

 ここから先は、あまり気を抜けるような雰囲気じゃ無さそうだ。

 ”アレ”をやるなら、今しかない。

 

「お前ら。ちょっと、ここで待っててくれ」

「何だ。小便か? 早くしろよ」

「キンチョー感のないやつ。遠くでやれよな」

 

 お前らにだけは言われたくない。

 

 俺は仲間たちから少し離れて、地脈のエーテルに意識を向ける。

 転送魔法のテレポが使えるほど大きなものは無いが、地脈ってのはどこにでもある。

 地脈は地中の深い所にある。地表にぼんやりと影を落とすように、エーテルが網の目のように走っている。

 俺は比較的エーテルが強く感じられる所に当たりをつけ、片膝を地面に突く。手のひらをその地に押し当てた。

 

 マルケズの、部下らしき男の言葉。兵器の場所が知れないと言っていた。

 アイツの話を聞いてから、俺はずっと考えていたことがある。

 

 俺には、”過去視の力”がある。エーテルに触れ、その場所に起きた出来事を知ることがある。

 その情報量は、とても大きい。その場所の匂いも、風の動きも、人の感情すらも、エーテルが時間を超えて俺に教えてくる。

 

 俺は、運命なんて言葉は、全く信じちゃいない。

 

 だけど、今、俺は思う。

 俺の持つこの力。俺にこんな力があるのは、きっとこの時のためだったんだと。

 

 俺は地に触れた手に、エーテルを強く込める。地脈へ意識を集中し共鳴させる。

 

 さあ──応えろ! 過去視の力よ! 

 今ここに、この地の記憶を、脅威を! 俺に伝えろ!

 

 

「……………………!」

 

 

 

 

「……おい。何してんだ……馬鹿みてえだぞ」

「まさか……うんこしようってんじゃないだろうな。乙女の前だぞ。脳天吹き飛ばすぞ」

 

 少し離れた所に居る仲間たちが、後ろから声をかけてきた。

 地に手を着けていたのは、1分ほどだろうか。

 

「ふっ何でもないさ。ちょっと、手に砂を付けただけだ。滑り止めにな」

 

 俺は返事をして、手を払いながら立ち上がる。

 腰に両手を当て、真っ直ぐに立ち空を仰ぎ見る。息を、長めにひとつ吐いた。

 

 

 

 

 ……クソッッッたれめッ!! 

 

 

 過去視の力は、いっさい発動しなかった。

 

 俺は心の中で悪態を続ける。

 ──何なんだこの ”力”はッ!? マジでッ役に立たねぇッ!! クソッ!!

 

 何も聞こえないし、感じない。

 俺は、考えるのをやめた。

 

 振り返ると、仲間たちは怪訝な顔を見合わせている。トールが頭の横辺りで、自分の指をくるくると回している。とんだ赤っ恥だ。

 

「行くぞ! 時間がねぇ。あと数時間。太陽が外郭の城壁に沈むまでだ」

 

 俺は仲間に近寄りながら、手振りで出発を促す。

 あまり長居しても仕方がない。俺たちは残りの時間を決めていた。

 ”きり”を付けなければ、俺たちはだらだらやっちまう。

 

「……じゃあ。今の、無駄な時間は何なんだ……ジン、後ろは頼んだぞ」

「ぜぅ」

 

 仕切り直しだ。

 俺は周囲に意識を集中しながら、基地の深くへ足を向けた。 

 



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4−2:前線参列 ◯◯◯・◯◯・◯◯◯◯◯ ② & 新生エピローグ

二話続けて投稿してます。こちら後半です。


 

          *

 

「13の9、不審な塔。魔導障壁と光で繋がっているな。何か関係あり」

「……13の9の位置に……魔導障壁、と。おーけー」

「よし、次行くぞ」

 

          *

 

「……ざぁら」

「おい。フロストッ。誰か来てるみてえだ。隠れるぞ」

「チッ。そこの壁の影だ。早く!」

 

          *

 

「──な、なんだ。あ、あれが……”兵器”か!?」

「なっ!? ど、どんなだ!?」

「18の7の位置だ。でかい……二足歩行、人型の鎧みたいな魔導機械だ! なんて巨大な剣だ……!」

「……ちっげぇよ。それ、魔導コロッサスだよ……まぁ、魔導ヴァンガードよりずっと強いけど。数は?」

「12」

「…………”兵器”じゃなくても、相当ヤバいぞそれ」

 

          *

 

「隠れろ! ここに入れ!」

「ウッ!? 何だこりゃあ! 臭え!?」

「ダ、ダストシュートってやつ!? ……ジン、先どうぞ!」

「……ぃなぁぅ」

「とっとと入れッ!」

 

          *

 

「…………ッ」

「分かってる、クソッ……おい、バレたみてぇだ。お前ら、飛空艇の発着場の方に行ってろ……俺が、敵を引き寄せてくる」

「なに言ってんだ! そんなの!」

「よせ。ココル。俺達じゃ邪魔になる……フロスト。せいぜい死ぬなよ」

「ああ。ついでに、金目の物があったら戴いてくるぜ」

「……いっぺん。痛い目見てこい」

 

          *

 

 

 俺は隔壁の影にしゃがみ込み、そこから様子を伺った。

 帝国兵が4人。頭を動かしながら歩いている。近づいてくる。

 

 偵察は思いの外、順調だった。だが、流石に侵入に気づかれたようだ。俺は仲間たちを比較的、手薄なところへと送った。

 俺の役割は、敵の誘導だ。仲間とは反対の方へ引き付ける必要がある。

 俺は手を止めて、息を詰める。息を小さく長く、吐く。

 エーテルを沈静化させて気配を消した。

 

 すぐに会話が聞こえてきた。あまり警戒心が感じられない、苛立たしげな声だ。

 

「おい、ネズミはどこへいるんだ? 本当に居るのか?」

「どうせまた、モンスターが入ったんだろうよ。こんなところまで侵入するなんて、かなりの手練れか、無謀なバカだ」

「手練れが、このタイミングでここにいる訳ないだろう……戦闘の前線は激しくなってるらしいしな」

 

 魔列車では相当に散らかしたと思ったが、そっちはまだバレてはいないようだ。

 どうやら不滅隊あたりが、牽制に小競り合いを仕掛けている様子だ。

 帝国兵は物資の扱いや、通常業務を後回しにして、戦闘への対応に回っている。

 

 これは……良い知らせだが、悪い知らせでもある。

 

「無駄口を叩くな。万が一侵入者がいてみろ。それは帝国に土足で踏み込まれたのと、同義ではないか」

「…………チッ。属州人の分際で、張り切りやがって」

 

 ハイランダー族だろう、体格の良い男が、熱のこもった声を上げる。制服の意匠を見る限り、他の兵よりもひとつ偉いようだ。

 だが、それを揶揄するような、小さな悪態も聞こえた。

 

 揃いの制服で固められようが、階級制度を徹底しようが、こういう人間臭さは消せないもんだな。安心したぜ、兵隊Dさん。相手が所詮、”人間”だって実感できたよ。

 

 それにしても……クソッ。これは悪い知らせだ。

 ”作戦”が、次の段階に進んだらしい。今日はまだだって、踏んでたんだがな。

 西の方での突入作戦が、始まったんだ。小競り合いは、おそらく陽動だ。

 このままだと、ほとぼりが冷めるまで基地の中で隠れんぼなんてことになりかねない。笑い話にも、なりゃしない。

 情報は、持ち帰って初めて意味を持つ。終わってから「それ実は知ってたんすよ」なんて言っても後の祭りだ。あまりにも間抜けだ。

 隠れてやり過ごす。一応それが、脱出プランその3だが、当然ナシだ。

 

 足音と声は遠ざかっていく。

 俺は、作業を進める。俺はファイアシャードを、積み木のように重ねている最中だ。

 下にあるのは、くっくっく、魔列車で頂戴した”黒色火薬”だ。

 大した量じゃない、質も良くはない。パンッと鳴るぐらいだ。それでいい、ちょっと気を引くには十分だ。

 俺は慎重にシャードを積む。5分から、10分。それぐらいがいい。実のところ、短い方が時間が計算しにくい。反応させるシャードが大きいほうが、時間の予測がしやすいのだ。

 

 これで侵入は完全にばれるだろう。確証を与えれば本格的に捜査される。

 だが、あらかじめ立てていた脱出プランは、全部オシャカだ。

 見たところ魔列車で入った場所が、一番防御が薄い。そこから強引に抜けるしかない。俺は、そこから離れたこの辺りに、少しでも意識を向ける必要がある。

 クソったれめ。時間がない。

 流れが、良くない。

 やることなすこと、裏目に出ている。

 

 

 乾いた破裂音が、いくつか重なって背後で響いた。

 俺は仲間の向かった方角へ進んでいる。身を低くして気配を消しながらだ。火薬もシャードも多くは持ち歩いていない、あれで打ち止めだ。

 いくらかの帝国兵が、音の方へ走っていくのをやりすごした。

 待ち合わせた場所は、もう近い。

 

「おい、もしもし? 俺だ。すぐにそっちに着く……おい、聞いてるか?」

 

 俺は耳に着けたリンクパールにエーテルを込めて、仲間へと声をかけた。普段は、首輪を着けられるようで気に食わないが、こんな時は仕方がない。使えるものは使う。

 だが、返事が無い。

 少しばかり、焦りを感じる。

 

「おい、返事を──」

『だから、ソイツに言っても無駄だって。何言ってるか分かってないんだから』

『フン。ジン、俺たちのことは気にしないで良いぞ。全員、(なます)にしろ』

 

 ……これは、ココルとトールの声だ。

 俺に向かって話していない。だが、リンクパールはエーテルを込めて、初めて音声を拾う状態になる。

 

 つまりこれは、俺に状況を伝えようとしているのか。

 分かるのは、敵に見つかったということ。2人は抵抗できない状況にあること。ジンは、フリーなのだろうか。

 

 すぐに着くさ。すぐだ。

 俺は、声を出すことは控えて、足を早める。リンクパールにエーテルを込めながら耳を澄ませる。

 

 

『──虫は、害虫は、どこからでも湧いてくる。うんざりですよ』

 

 

 向こう側のリンクパールが拾った音は、仲間の声じゃない。

 だが、聞き覚えのある声だ。

 

『共通語も使えないとは……野蛮人め。そう言えば、貴様ら、4匹組だったな。残り1匹はどこだ、答えろ』

 

 ”霧の村”での出来事が、脳裏に浮かぶ。ガスを撒いた科学者風の男。

 あの男が、ここに居るのか。俺は無意識に、足を早めていた。

 

 

────────────────────

 

 

 陽は大きく傾き、この飛空艇の発着場にも、外郭の城壁の影が伸びつつある。

 ひとつ、短い銃声が響いた。

 

「トールッ!」

「ぐッ……騒ぐな、ココル。こんな豆鉄砲、何発食らっても効きやしねえぜ」

「いい加減に、武器を捨てろ野蛮人。まさかまだ意味が分かっていないのか?」

「…………ッ」

 

 息を整えながら、聞こえてきた声を反芻する。

 クソ、撃たれたのか。

 俺は飛び出したくなる衝動を抑えて、コンテナの影から様子を伺う。

 

 少し開けた場所だ。見ればここは、俺たちが足を休めた、最初の場所だ。

 トールとココルが並んで膝を突き、数人の帝国兵に銃を突きつけられている。

 ジンが奥の方で、こちらに向かう形で、刀を下げて立っている。斬り伏せられたのか、足元に何人か転がっている。

 中央に、拳銃を持った白装束の科学者風の男がいる。ルギウス、確かそんな名前だ。2人、帝国兵を背後に従えている。

 

 ジンが武器を捨てない理由は、ひとつだ。俺を、待っている。状況が分かってないふりをして、時間を稼いでいるんだ。

 

 全部で、残り10人。なぜだか、他から帝国兵が集まってくる様子は無い。

 だが、いくら奇襲をしても、10人を一瞬では片付けられない。

 隙が要る。時間を、稼ぐ必要がある。

 

「もう、いい。時間の無駄だ。おい、そこのチビ」

「……は? チビ? 今ココのこと──」

 

 再度、銃声が響いた。ココルの白い帽子が宙に舞っている。

 

 ココルは、薄く煙の上る銃口を睨みつけている。無事だ。

 俺は肺から、安堵の息が漏れたのを感じた。

 

「居るんだろう、クソ虫が! 出てこい……次は、頭を吹き飛ばす。順番にだ」

 

「止めろ! ……止めろ、俺はここだ」

 

 俺は両手を頭の後ろに置いた状態で、コンテナの影から出た。

 クソッ。もう出ちまった。狙われたのがトールだったら、2,3発もらっても大丈夫だったろうに。

 

「武器も捨てる。そいつらに、手を出すな……ジン、刀を置いてくれ」

 

 俺は言われる前に、自ら短剣を2つ、片方の手で自分とルギウスの中間へと放り投げた。

 そうしてから、また手を頭の後ろに戻す。

 それ見たジンは少しためらった様子だが、刀を鞘に納め、足元に置いた。

 ジンの背後に帝国兵が回り、銃を突きつける。

 ルギウスの横に付いた帝国兵が、俺に銃先を向けている。

 

「やはり、居たな。今すぐ殺してやっても良いが……その殊勝な心がけに免じて、もう少し待ってやろう。何をしていた。言え」

「か、観光さ……いや、立派な施設だ。大したもんだぜ」

「……戯言に付き合っている暇は無い。先程、海上基地、カストルム・オクシデンスの前哨基地に、冒険者が突入してきたという知らせが入った」

 

 俺は、ルギウスの声や仕草から、妙な印象を受けていた。苛立ち……いや、焦りか、これは。

 ルギウスは銃を手で遊びながら、言葉を続ける。

 

「貴様らカスどもが、”英雄”などと呼んでいる連中も、目撃されている……何を企んでいる。貴様も、冒険者とかいう輩なのだろう」

 

 海上基地の無効化。それが作戦の第1段階だ。だが、あの”英雄”と呼ばれる連中が、そこに配置されているのは知らなかった。

 

「な、なんだ、ビビってんのか? なら、俺たちに手を出すのはやめときな。俺らとそいつらは、マブダチ──待て。そうか、てめぇ……ここから、逃げる気か」

 

 俺は口からでまかせを言ううちに、気付いた。

 こいつらが、なぜ人気の少ない、外れた位置にある発着場にいるのか。

 黙って逃げ出そうなんて、なんと見下げ果てた奴だ。

 

「逃げる? フン、騒がしいのが不快で、離れるだけだ。こうして、一仕事もしようとしている。

 ああ、前哨基地の方に懸念はないぞ。

 クク……基地に居るのは、()()()()()()()殿だ」

「…………あ、あんなやつ。俺のマブダチたちの敵じゃ、ないさ」

 

 この作戦、だめな気がしてきたな。

 とてもじゃないが、あのリットアティンとかいう男に、正攻法で勝つビジョンが浮かばない。

 だが、そんなことよりも、今俺たちが生き残る方法を見つけることが大事だ。

 陽はさらに傾き、影が伸びるのが、目に見えて分かる。

 俺は必死で、コイツの気を引く話を考える。英雄共の弱点でも考えよう。素数が分からないとかで、良いか。

 

「英雄の弱点でも聞きたいのか? なら……」

「貴様と話していても、時間の無駄だ。おい、そこのチビ、何を企んでいるか、言え。情報次第では生かしてやっても良いぞ」

「おい! 俺が──」

「貴様、貴様は黙っていろ。適当なことばかりを言う下衆め」

 

「チ……チビ……二度目……ッ」

「よせ。馬鹿。俺の横に居るんじゃ、しょうがねえだろうが」

 

 気色ばむココルを、ボソボソとトールがなだめているのが、耳に入った。緊張感のないやつらだ。

 俺はココルと目を合わせる。

 何を言っても良い。とにかく、時間を稼ぐんだ。

 俺が小さく頷いて見せる。ココルは答えて、コクリと頭を縦に動かした。ちゃんと伝わったようだ。

 ココルは顔を上げ、ルギウスに向かって口を開いた。

 

 

 

 

「うるせーカス。今すぐ、舌噛み切って死ね」

 

 

 

 

 ……何も、伝わって無かったようだ。

 

 顔色を変えるルギウスをよそに、ココルが続けて言う。

 

「てゆうかさ、一つ聞いて良い? なんでそんな調子に乗れんの?

 魔導技術とかさ、へえすごいねって思うよ。でもさ、魔法で良いじゃん。補助器具使ってぷるぷる立ってるのを、わーすごいね、えらいねって言ってるだけだよ。

 勘違いしちゃった? それで優れた種族だなんて、ふふ、思っちゃった?」

 

 「ココはさ、差別とか嫌いだから、大きな声では言わないけど。ぶっちゃけ、ガレマール人って、()()()()だけだからね?

 エーテル操作が不得意って、まじありえないから。その辺のアリみたいなモンスターだってやってるよ。そんな当たり前のことすらできないのに、あちこちに喧嘩売ってさ、頭おかしいんじゃねぇの、お前ら」

 

「あのさ、こんなこと言うと傷ついちゃうかもだけどさ。

 このエオルゼアに住む人種、ララフェルもルガディンもヒューランもエレゼンもアウラもヴィエラもロスガルもサハギンもコボルトもアマルジャもイクサルもシルフもゴブリンもモーグリも、だーれもお前の種族にだけは、なりたがらねーよ。

 なんでか分かる?

 ()()()()からだよ、カス。

 ねぇ、いつ死ぬの?」

 

「……………………」

「………………………………」

 

 よく噛まずに、言えるもんだ。

 ココルは、目に冷ややかな殺気を浮かべたまま、ルギウスを睨み続けている。その怒りの元は、身長のことだけではないだろう。

 

 ココルの長台詞に答えるものは、誰もいなかった。兵士たちは、気まずい雰囲気で、顔を見合わせている。

 

 ルギウスは……俺は、ルギウスの顔も確認していた。

 赤くなり青くなり、今は、真っ白になっていた。空は赤く焼けているが、血の気が引いているのは良く分かる。

 怒りのあまりだろう、小さく震えている。当然、気の毒とは欠片も思わない。

 少しは、時間が稼げたか。あとは、この沈黙がずっと続けば助かる。

 だがルギウスは震える手で、拳銃をココルに向けた。まずい、そりゃそうだ。

 

「貴様…………」

「わああああ!! 待てッ! 話す、俺が話すって!」

 

 俺は大声を上げて、意識をこっちに向けさせようとする。片手を頭から離し、前に出す。

 思わず足も前に出たが、ルギウスのそばの兵士が銃口をこちらに向け直した。足を止める。

 ルギウスはこちらを見たが、拳銃は、まだココルに向いたままだ。

 

「だ、黙れ──」

「俺らがここに理由だろ!? ”兵器”だ! お、お前らの大事な玩具に、爆弾を仕掛けたって言ったら……どうするよ?」

「…………何だと?」

 

 兵器と言う言葉に、反応した。よっぽど、その兵器はこいつらにとっても重要なんだろう。

 俺は言葉を、必死で紡ぐ。

 

「か、解除は出来ないぞ。帝国の技術じゃない。エーテルの反応を連鎖させた、エオルゼア式の時限爆弾さ」

 

 俺はゆっくりと、はっきり聞こえるように言う。静かなもんだ。

 やはりこの辺りには、俺たち以外はいないらしい。陽が、外郭に沈みつつある。横に伸びた影が、反対にある隔壁に這い登っている。

 

「お、お前らにとっちゃ、俺たちの命よりは、価値があるんじゃないか?」

 

 我ながら、ひどいハッタリだ。俺は頭に添えてる手に、力を込める。そろそろ、腕を上げ続けているのが、疲れてきた。

 黙ってこちら見ていたルギウスが、小さく肩を揺らし始めた。

 

 

 

「……クッククッ。クハッハハハッ!」

 

 

 笑い声が響く。耳障りな声だ。

 声の主は目を血走らせて、つばを撒き散らした。

 

「馬鹿がッ馬鹿共がァ! 詰まらない嘘を並べ立てて、騙せるとでも思ったか! アレが、貴様らに届くような場所に、あるとでも思ったか!」

 

 ルギウスはげらげらと笑っている。大げさな身振りで、手を振りかざしながら声を上げる。

 

「アレは、この基地の最も奥、”魔導城プラエトリウム”の中心、()()()()にある。下賤な、小汚い虫けらの貴様らは、かの兵器が起動するのをただ指を咥えて見ていれば良いッ!」

 

 ルギウスは、遠くに光る城を指差している。城を覆うバリアの表面が、揺らめいて見えた。その周囲の外壁に西日が当たり赤く光っている。

 

 何てこった……こいつ、今、なんて。

 俺の口から、言葉が漏れていた。

 

 

「そんな、地下……だと」

「そうだ! ククク……もうじき、地下工房のアレに火が入る。そうなれば、貴様らエオルゼアのゴミどもは、鏖殺(おうさつ)だ。クハハハハッ!」

 

 俺は、勝ち誇るルギウスの言葉に、がく然としていた。

 なんとか声を絞り出す。

 自分の喉が、震えてるのが分かった。

 

 

 

「い、言ってたんだ……調整が必要だって」

 

「クク、ハァ……もう、死んでも良いぞ。命乞いなら無駄だ」

 

 ルギウスが片手を上げる。兵士たちが銃を構え直した。

 俺は構わず、ゆっくりと、手を頭の後ろから離す。

 

「言っていたんだ。リ、リンクパールとは、違う技術だって。チューニングが、必要だって」

 

「…………貴様……何を」

 

 俺は右手の()()を、ルギウスによく見えるように、前に突き出してみせた。

 ひねりを回すと、()()()()()()()()()()()()()が漏れた。

 

「マルケズは、聴こうとしていた……いや、聴いているんだ、この──”通信”を!」

 

 俺の手にあるのは──兵から奪った()()()だ。

 

「き、貴様……それはッ!」

『──先程の通信は、何だ──』

 

 狼狽するルギウスの声を遮るように、通信機から声が聞こえてきた。

 静まり返ったこの場所に、よく響く。女の声だ。

 

『──こちら、リウィア・サス・ユニウス。どこの愚か者だ。重要機密を、公開通信に乗せて喚いているのは。名乗れ──』

 

 おっと。この通信機に聞いているみたいだな。

 これは、返事をしないと失礼だ。

 俺は真ん中のボタンを押しながら、箱に向かって声を上げる。

 

「あー。こちら、ルギウス。ええと、ルギウス・ナニ・ナントカ。失礼しました。例の兵器が、”魔導城プラエトリウム”の地下工房に在ることは、二度と口に致しません」

『──……ルギウスだと。貴様、この不始末──』

 

 それ以上は聞かなかった。スイッチを切り、通信機を地面に落とす。カバーが割れ、中身がむき出しになった。

 通信を一方的に切るってのは、気分が良いな。クセになりそうだ。

 ルギウスの方を見ると、まだ小刻みに震えている。唇をわななかせながら、声を上げる。

 

「こ、この、糞が、糞がァ! よくもッ!!」

 

 俺は、道化の風格を持ち始めたルギウスに、真っ直ぐに指を差して言う。

 

「その()()に、足を滑らした間抜けがてめぇだ! ハハッ! さぁおっかねぇのが来るぜ、お前らの大嫌いな、”英雄”がッ! お前らを、ぶっ潰しになッ!」

「な、何をしているッ! 撃て! こいつらを! 殺せえ!!」

 

「待て、もうひとつだ。言わせろ──」

 

 太陽が、外郭の影に消えた。俺は目の端で、火花が散り始めているのを、確認していた。

 

「爆弾を仕掛けたって言ったな……あれは、マジだよ──全部、()()()()だ!」

 

 魔列車から持ち出した、”嫌がらせ”の詰まった荷箱。

 その中身は、ありったけの”黒色火薬”とファイアシャードを詰めた、特大の()()()()()()だ。

 

 

 凄まじい破裂音が轟き、直ぐに何も聞こえなくなった。聴覚が耳鳴りで埋まっている。

 影に落ちた景色が、一瞬明るく見えた。

 

 荷箱の直ぐ側にあったコンテナが、ひしゃげて吹っ飛んでいる。

 ……思ったより、激しい爆発だった。やり過ぎたかな。

 全員が、爆発の方へ顔を向けて硬直している。

 

 それ起こると分かっていた、俺たちを除いて。

 

 俺は破裂音と同時に、前に飛び出している。

 

「ウ、オオォォオらああッ!!」

 

 目だけを横に動かして、見る。

 耳鳴りの遠くで、トールが雄叫びを上げたのが分かった。

 ココルを抱え込むようにかばい、帝国兵のひとりの首を掴む。そのまま地面に押し付けるように叩きつけた。

 恐ろしい腕力だ。叩きつけられた帝国兵は、木人形のように抵抗は無かった。

 目を少し前に向ける。ジンが刀を抜き様に帝国兵を斬りつけている。

 

 地面を強く蹴り、加速する。

 目の焦点を、正面に据えた。白装束の男、ルギウスに狙いを定める。

 横の方で銃声が聞こえる。目は、移さない。地面に落ちた短剣を拾う。

 ルギウスの背後の帝国兵に、角つきの男が飛びかかった。

 銃口がこちらを向いている。ルギウスだ。構うものか。さらに、加速する。

 頭を少しだけ傾ける。銃口が光り、俺の頬を銃弾が裂いた。

 

 ルギウスの顔が、俺の目の前で驚愕の形に歪んでいる。

 俺は短剣を横に構え、さらに踏み込んで体ごとぶつかった。

 

 

「ガッ──」

 

 顔が、鼻と鼻が当たりそうなほど、近い位置にある。

 

 俺はルギウスと、目を真っ直ぐに合わせて、囁いてやる。笑顔で、だ。

 

「なにか、言い残すことはあるか?」

 

「…………ァッ……ッ」

 

 言葉はなく、代わりに短剣を持つ手に、短剣の端から漏れた空気が当たった。

 ルギウスは口をぱくぱくと動かし、憎悪の目で、俺を見つめている。

 へぇ、そう。無いの? 案外、殊勝なヤツだな。

 

「あばよ」

 

 俺はルギウスとすれ違う形で前に踏み込む。同時に体を回転させるように、短剣を一気に引き下ろし、振り抜く。

 

 すぐに、後ろで何かをこぼすような音が聞こえ、大きめな物がそこに落ちる音が続いた。

 

 一瞬だけ、霧の明けた村の姿を思い浮かべ、すぐに振り払った。

 今は、生きているやつのことだけを考える。

 

 気づけば近くにジンが立っていた。

 ジンは刀を一度を大きく振り、鞘に納める。

 顔をしかめて、自分の角をさすっている。

 

「うるさかったか? ジン。悪いな。計算より……ちょっと、火薬が多かったみたいだ」

「フン。何が()()()()だ。適当なことばかり言いやがって。大体ありゃあ、俺たちが出てった後に爆発する手はずだったろうが」

 

 返事をしたのはトールだった。いつの間に拾ったのか、斧を持っている。

 

「最高のタイミングだったからな、言わなきゃ損だろ……トール。撃たれたのか?」

「かすり傷だ。チッ。鎧は、もう駄目だな」

 

 トールは千切れた鎖帷子の端を、むしり取ってその辺へ放り投げた。

 杖を持ったココルが、それを拾った。少しむくれたような面をしている。

 

「コイツ、ココのことをかばったんだ、無茶ばっかりしやがって…………なぁ、のんびりしてて良いの?」

「ああ、ゆっくりはしてられねぇな……落とし物は無いか? 命はさっき拾ったな」

 

 爆発音に助けられたが、今からはそれに追い詰められることになる。

 基地の中心の方から、警報音がけたたましく鳴っている。

 

「潮時だ。とっとと出よう」

 

 

────────────────────

 

 

「『地の砂に眠りし、火の力目覚め──緑なめる赤き舌となれ!』 ファイラッ!」

「おらァァッ! 首が要らねえ奴はどいつだ!!」

 

 ココルが魔法で敵が固まったところを吹き飛ばす。トールは敵の正面で斧を大きく振り回し、敵の意識を集め続けている。

 俺とジンが、片っ端から数を減らす。

 つまり、いつも通りだ。いつもと違うのは、もう長い時間、これを続けていることだ。

 

「きりがねぇ……クソッ!!」

 

 俺はこの状況を罵りながら、槍で突っ込んできた帝国兵の手首を跳ね斬った。

 そのまま蹴りを食らわせて、他の帝国兵にぶつける。

 

 飛空艇の発着場を後にした俺たちは、手薄なところを縫って進み、()()()()()から出た。つまり、魔列車の通用口だ。そこが開いていた。

 

 嫌な確信はあった。罠だ。

 

 中に潜まれるより、逃げ口を用意して動きをコントロールしようって気だ。兵法ってやつを、分かってる奴でもいたのだろう。

 だが、他に選択肢は無かった。

 

 それに敵の方にも、想定外の出来事はあった。

 俺たちの強さを見誤っていた。

 通用口を出てすぐに貼られていた包囲網は、一気に食い破った。

 

 それで、めでたし脱出……ってわけには、いかなかった。

 往生際悪く、追いすがってきやがった。

 蹴散らしては走るのを繰り返した。もう基地の外郭からも随分離れたというのに、まだどこからか湧いてくる。

 一度外郭に沈んだ西日は、今はまだ地平線の上にあった。

 

「く……『暗雲に迷える光よ……我に集い、その力解き放て』ぇえ! サンダラ!!」

 

 もう何人倒したか、分からない。

 俺は目の前の敵を斬り伏せながら、奥を見る。飛んできた矢を、すんでのところで打ち落とした。

 また、敵兵の1団が来ている。その中に、バカにでかい影があった。

 魔導ヴァンガード……! こんな時にだと!?

 

「ク、クソッタレめッ! トール!! ()()()()が来るぞッ気を付けろ!!」

「ハア……ハアッ上等だァ!! バラバラにしてやらァアア!!」

 

 トールは完全にスイッチが入った状態だ。ただ頭に血が昇っているとも言える。

 俺は、トールに矢を向けた帝国兵に一息に接近して、その首を裂いた。

 魔導ヴァンガードはすぐそこだ。

 長身の影が、俺の横から飛び出した。すれ違った時に、目が合う。

 

「ジン……ッ! 頼む!!」

 

「──シィィィァァアアッッ!!」

 

 ジンは弾丸のように進む。勢いよく地面を踏み込み、片手に持った刀の先端を、魔導ヴァンガードの顔面に突き刺した。

 砲のような、大気を震わすような音が響いた。

 魔導ヴァンガードは、その一撃で沈黙した。

 

 ジンは大きく飛び下がり、半身を前に向ける。

 俺は頷いて見せようと、その顔を見た。

 だが、その表情から、この男が見せたことのない焦りを感じた。

 

「ジン……!? お、お前、刀が……!」

「…………ッ……ぜァ」 

 

 ジンが片手に持つ刀は、(つば)から10数センチの刀身を残して失っていた。

 刀はもう、使い物にならない。武具は、その形にも意味がある。形を失えば、もうエーテルを伝えられない。

 背中に、汗が吹き出るのを感じた。俺たちの強さは、連携が要だ。戦力は、4分の1が減るだけでは、済まない。

 俺は動揺を抑えきれず、帝国兵に不意を突かせてしまった。クソッ、いつの間に、近くに。

 

「……チィッ!」

 

「ち……『地の砂に、眠、りし、火の力目覚め──緑なめる赤き舌となれ!』──ファイ、ラッァ!」

 

 ココルの放った炎の塊が、俺に迫った帝国兵を巻き込んで、その後ろの1団をまとめて焼いた。

 俺は、杖を構え、肩で息をしているココルを見た。

 

「悪い、助かったぜ……ココル」

「ぼ、ぼさっとしてんなよ……あ、あれ? 足、足が……くそっ」

「ハアッ……おい。何してんだ、まだ来るぞ。おい……ココル。どうした」

「だ、大丈夫、すぐ、治るから」

 

 ココルは、膝を、両手を地につけて顔を伏せている。

 荒い息は、治まる気配がない。

 トールが片膝を突き、気遣うように、その背中に手を添えている。

 俺は目を、遠くの方に向けた。砂塵。影が見える。また、帝国兵の1団様だ。魔導兵器は見えないが、数が多そうだ。

 

「エーテル切れ……いや、集中力の限界、か」

 

 俺は、ココルの症状をそう判断した。

 ココルは、ずっと高威力の魔法を連発していた。そして、俺は、それを止めなかった。

 こうなるのは、時間の問題と分かっていても、止める余裕は無かった。

 

 ココルは、限界を超えてやってくれていた。俺は、その頑張りに報いたい。

 俺ひとりじゃ無理だ。それは、分かっている。

 

 砂塵が、影がだいぶ近づいていて、もうはっきりと帝国兵の姿が見えた。

 俺は視線を下げて、トールを見る。

 トールは目を合わせると、鼻でと笑うようにしながら、頷いた。

 それを見て、ようやく俺は、腹を決めた。

 

 

「ジン……ココルを連れて、先に行け」

 

「…………!」

「な、なに言ってんだよッ?」

 

 俺は喚くココルを無視して、ジンを見る。

 見たことのない、真剣な顔だ。躊躇いが浮かんでいる。

 

「頼む、ジン。このまま帰ったんじゃ、かっこ悪いまま、歴史に名が残っちまうからな」

 

 俺は、ジンに笑いかけながら言った。

 あのときの通信を、本当に傍受できたなんて分からない。誰かが、伝える必要がある。情報は持ち帰ってこそ、意味がある。

 ジンは笑わない。歯を食いしばるようにしながら、ただ俺の目を見ている。

 

 ジンは目をつむり、一度、こくりと頷いた。もちろん俺は、そうしてくれるのは分かっていた。

 

 ジンは、素早くココルを抱き上げると、青燐精製所のある方角へ走り出した。

 抱えられたココルが、喚いている。

 

「や、やめろ! 私は──まだ戦える! ジンッ戻れ! フロストッ! トールッ──!!」

 

 ジンの背中は、どんどん小さくなった。

 前を向くと、もっと早く、大きくなる影があった。帝国兵どもだ。

 

 砂ぼこりが舞い、むき出した皮膚に浮かぶ汗と混じる。腕で拭うと、ざりざりとした物が傷口に触れ、電気が走るように痛んだ。気づけば、あちこちが痛む。

 

 太陽が、ほとんど真横から荒野を照らし、長く影を伸ばしている。

 俺とトールは並び立って、砂塵を待ち受ける。

 

「ふたりっきりに、なっちゃったね」

「てめえから、ぶち殺されてえのか?」

 

 トールは呆れたように言いながら、首をごきごきと鳴らしている。

 軽口を叩きながら、体を動かす。

 まだ大丈夫だ。死ぬまでは、大丈夫だろう。

 帝国兵は、もうすぐそこだ。やけにはっきりと、顔が見える。

 

 俺は短剣を構え、腰を落として、言う。

 

「当てにしてるぜ……トール」

「フン……」

 

 相棒は、凶暴な顔で笑っている。

 でかい口を、引きつらせるように開きながら、答えた。

 

「任せておけ」

 

 力が、欲しい。

 こんなに強く思うのは、初めてかもしれない。

 あの馬鹿共を、この馬鹿野郎を、俺は。

 今、俺は力を。限界すら超える力を、心の底から願っていた。

 

 振動が足に伝わり、あざ笑うような帝国兵たちの顔が、よく見える。

 気付けば、周囲から音が消えていた。

 ガラスの器が共鳴するような音だけが、頭に響いていた。

 

 

────────────────────

 

 

 耳鳴りは、止まない。

 鼻までを覆う兜の奥に、恐怖が映っているのが見て取れた。

 振り下ろされた剣を皮一枚で躱し、すれ違わせた短剣で首筋を跳ねた。

 帝国兵たちは、明らかに動揺している。

 たった2人、そう(たか)をくくったろう。

 だが、帝国兵たちは、俺たちを攻めあぐねている。いや、()()あぐねている。

 さっきまでの、逃げながらの戦い方とは違う。攻めることに、集中していた。

 

 トールはひたすらに、敵が集まったところへと突進して、台風の様に斧を振り回し続けている。

 雄叫びを上げているのか、口を大きく開けている。鉄さびのような肌へ、返り血を浴びせるその姿は、正しく鬼の様相だ。

 こんなに長く戦うのは初めてだ。正直言って、あいつの体力には驚かされている。無尽蔵としか言いようがない。

 とにかく、帝国兵たちのほとんどは、トールから目が離せない。

 見ていれば躱せる。だが、当たれば胴体すら2つに分けそうな大振りの斧だ。そんなものを目の前に、よそ見をできるやつは少数派だろう。

 

 俺は、トールの斧に目を奪われたやつ、トールの背を狙うやつ、俺を狙って、向かってくるやつ、とにかく隙をみせたやつ、全員を、順番に、斬り捨てている。

 後ろから、俺に向かって剣を振りかぶっている奴がいる。 

 俺は振り向きざまに、そいつの胴を裂く。そいつは、驚愕の顔を浮かべて崩れ落ちた。

 

 耳鳴りが続いている。

 

 いや、これは、ただの耳鳴りじゃない。

 周囲からエーテルが、小さく続く波のように、俺に届いている。

 一瞬前の、”一瞬過去のエーテル”が、俺の頭に続けざまに、断続的に叩き込まれいた。

 

 圧縮された情報が、俺の知覚を押し広げている。意識を加速させていた。

 聞こえる。敵の感情が、その意識の向き先が。

 感じるんだ。この場全ての存在を、砂粒ひとつでさえも。

 まるで、宙から自分を見下ろしているように、情報が伝わってくる。

 俺は今まで、目を瞑って生きていたのかとすら思った。それほどに、周囲が鮮明に感じ取れた。

 

 そうか。これは、”力”だ。

 これが──”過去視の力”の、本当の使い方か。

 最高だ、絶好調だぜ。負ける気が、しない。

 

 俺は、周りから浮いた帝国兵の、武器を持った手首を跳ねる。その武器が地面に落ちる前に、返す刃で喉笛を裂く。

 周囲のエーテルが色を変えて偏る。ひとりの兵が、杖を構え魔法を唱えようとしていた。

 偏ったエーテルは、拡散した。俺が投げつけた短剣が、そいつのみぞおちに正確に突き刺さり、詠唱を中断させた。

 そいつが崩れる前に、短剣を回収する。そのままトールに弓を向けた兵士を、背後から貫く。兵士は大きく体を震わせて、倒れる。

 

 もう少し、もう少しだ。

 敵は、目に見えて減ってきている。

 短剣を振るい続けた。

 

 またひとり、帝国兵を斬り伏せたところで、背後から敵意が飛んできたのが分かった。

 剣が、俺の背中を正確に狙っている。敵ながら、良いタイミングだ。普通じゃあ、躱せない。

 だが、今の俺なら避けられる。

 ぎりぎりだ。転がって避けるか。

 いや、カウンターだ。このまま、技を返す。

 

 耳鳴りは強くなり、意識が、さらに加速している。

 

 俺は力を抜き、腰を落とす。それによって俺の体は、一瞬だが、重力から開放される。

 その一瞬は、引き伸ばされた知覚の中では、十分な時間だった。

 地面へ、両足で()()()ように、力を伝える。

 体は勢いよく回転する。さらに上半身に目一杯ひねりを加える。

 剣が、俺の胴体があった空間を、ゆっくりと通り過ぎる。

 

 剣を突き出した帝国兵は、自分の手柄を確信しているような顔をしていた。

 その表情が変わる前に、俺は生じた遠心力を、手に持った短剣に伝えて振り抜く。

 短剣を首元に受けた帝国兵は、体を半回転させながら、顔から地面に着地した。

 

 完璧だ。いける。

 耳鳴りが、うるせぇ。

 

 だけど、もう少しなんだ。

 これを、あと数回繰り返せば、大逆転だ。

 

 

 

 

 ──だから、ふざけんなよ。

 

 

 何してんだ。

 バカ野郎。ガキが。

 俺を守ってるつもりか。

 

 そんなこと、頼んじゃいねぇんだよ。

 てめぇは、気にせず暴れていれば、良いんだ。

 後は、俺が全部、どうにかするんだよ。

 

 だから、だから。早く、前を向けよ。

 ほら、槍が。クソッ。声が。

 なんで、こんなにゆっくりなんだ。

 前だ。クソッ。やめてくれ。トール。

 

 

 俺は加速する意識の中で、起こっている出来事を何も出来ずにただ見ていた。

 

 こちらに手を伸ばし、口を開けるトールの破れた鎧に、帝国兵の槍の穂先が、ゆっくりと吸い込まれいくのを、ただ眺めていた。

 

 

 

 

 だから、この”力”は、クソだって言ったんだ。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

「……ハァッ……ハァッ。ったく……でけぇ図体しやがって」

 

 ひたすらに、影に埋まった荒野を歩く。

 陽は、地平線に沈み、空は濃いオレンジの光に包まれてた。

 でかい荷物を背負っているせいで、鑑賞する余裕はないが、東のほうは星が見えているだろう。

 

「ハァ……ッ。おい、もう頑張ったぜ。捨てて行っても、文句はねぇよな!?」

 

 俺は背中の荷物に声をかけた。

 その荷物はバカにでかくて、俺の影はほとんど埋まって見えるだろう。

 

「…………下らねえことを……言ってんな。黙って、運べ……非力野郎」

「ハッ……この、借りは、高く付くぜ……! 今後百年、か、稼ぎの9割を、寄越せ!」

 

 その声は、ひどく小さくかすれていた。

 頭のすぐ横から発せられていなければ、聞き取れなかっただろう。

 荷物から漏れたものが、俺の背中を濡らしている。ズルズルと滑って、ひどく不快だ。

 

「………………」

「……黙ってんじゃ、ねぇ! ぶっ殺すぞ!!」

「…………フン……て、てめえの……はな、話は……眠く、なるぜ」

「良いから、喋り続けてろ。もう少しだ」

 

「……ふ、フ」

「何だ……面白えことがあるなら、教えろよ」

 

「……ふ、フロスト…………もう、良い」

 

「ふざけんじゃねぇ……良かねぇんだよ! ……ここまで、運んだ分、無駄にさせるんじゃ……ッ!?」

 

 突然、がくんと膝が落ちた。

 体ごと地面に落ちて、荷物に潰される。

 足が、ブルブルと震えているのが分かった。自分の足じゃないみたいだ。

 

「……ッ。トール、おい……おい!」

「…………ぁ。ああ」

「悪ぃな……ッ……今、今起きるから。待ってろ」

 

 肘で、地面を押し返して、体を起こす。

 顔にべたべたと砂が着いている。

 

「…………ッ」

 

 地面に触れた腕に、振動が伝わっていた。鈍く、地を揺らすような振動だ。

 帝国兵。相当の数か。魔導兵器も、あるのだろう。

 

 こんなことを言っても、無駄だ。

 それは全く意味のないことだ。全部、選んでここに居るのだから。

 そう分かっていても、俺は口を開いていた。

 

「トール……すまねぇ……ッ……俺の、俺のせいだ。クソッ。すまねぇ……!」

 

 バカな真似をした。俺がひとりでも多く敵を斬っていれば。ジンと一緒に、こいつを行かせておけば。こんな、戦場なんかに、連れてこなければ。

 俺は、後悔なんてものを、していた。

 

 

「い、良、い……わ、悪くは」

 

 だらりと下がった、トールの頭から、とぎれとぎれに声とも言えない音が漏れる。

 

 

「わ、わる…………悪くは、なかった」

 

 

「……トールッ! ぐッ!?」

 

 急にずしりと、トールの体が重くなった。

 これじゃ、まるで、水の詰まった革袋だ。

 

 

 振動を感じる。敵。何人。

 大群なのは、分かる。地響きだ。

 俺の、短剣はどこだ。全員、ぶっ殺してやる。

 

 

 さあ、かかって来いよ。

 どこだ。

 

 短剣は、どこだ。

 

 

 俺は目に映る全てがゆっくりと、遠ざかるのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      「()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、聞こえた気がした。

 同時に、俺の背中に、とんでもない量の光が降り注いだ。

 

 光の正体はエーテルだ。見たこともないような密度だが、暖かく、柔らかかった。

 

「──がはッ!? ハアッ! ああ……!?」

「……トール!?」

 

 何が起きたのか、理解ができない。

 これは癒やしの、魔法……なのか。

 一体誰が。

 そう思った時、俺の横を足音が通り過ぎる。

 

 目が霞んで、良くは見えない。

 だがとっさに数えていた。

 8人。

 足音は止まることなく、俺たちが来た方へと駆けていった。

 

 俺は首を持ち上げ、背中の男に声をかける。

 確かに、温度を感じる。

 

「トール……トールッ! お、お前、傷は!?」

「ハアッ……あ、ああ。大丈夫みてえ……だ」

「……そうか。ははッ……そうかよ」

 

 こんなことがあるのか。俺は緊張の糸が、切れようとしているのを感じた。

 だが、終わっていない。あの8人、決して多くない数。加勢をするべきだ。

 

 俺は首をねじり、後方を見る。

 

 8人の背が見える。てんでバラバラの格好だ。武器も揃っていない。

 

 あれは、冒険者の部隊か……?

 その奥には……クソッ。帝国兵がうじゃうじゃとやってきている。魔導兵器もいくつか見える。

 俺は体に力を込めようとしたが、手足はブルブルと震えるばかりで役に立たなった。

 加勢を。奴らを死なせたくない。

 

 

 その考えは、繰り広げられた光景にかき消された。

 

 

「──すげえ」

 

 同じ光景を見ていたのか、声を漏らしたのはトールだった。俺はただ唖然としていた。

 

 その冒険者たちが帝国の部隊へと触れやいなや、その群れが吹き飛んだ。

 冒険者の持つ槍が、斧が振るわれるたびに帝国兵が宙を舞った。見たこともない魔法が放たれると、魔導兵器が紙細工のようにくしゃりと潰れて破片を撒き散らした。

 

 あんなのは見たこともない。だが、聞いたことがあった。

 そうか、あれが。

 

「…………え、英雄」

「何? そうか……あ、あれが……”光の戦士”」

 

 トールは驚き、だがすぐに得心した様子だ。

 そりゃそうだろう。あんなのそうそう居てたまるか。

 あの中の1人の呼び名なのだろうか。それとも8人でそう呼ばれているのだろうか。

 どちらにしろ、英雄譚の登場人物みたいな奴らだ。人気が出るのも分かるね。

 

 俺たちが目を奪われているその間に、帝国兵はあっという間に陣形を崩し、押されて下がっていった。

 その冒険者たちは帝国兵を圧倒しながら、そのままカストルム・メリディアヌムの方角へ進んでいる。その背中は、もう小さく見えていた。

 

 俺は前へ向き直り、地面に頭を下ろす。ぎりぎりに張り詰めた糸が、今切れた。体から力が抜けた。

 加勢する気は無くしていた。拗ねた訳じゃないぜ。何もかんも、託したくなったんだ。

 そう思わせる何かが、奴らにはあった。

 体も、動かねぇしな。

 

 俺は、背中の仲間に声をかける。

 

 

「……いつまで乗っかってんだ。重ぇんだよ、デカブツ」

「お? 何だ。そこに居たのか。あんまり小せえから、気付かなかったぜ」

 

 トールは悪態を垂れると、「よっと」と言いながら、俺の背からごろり落ちた。

 傷はふさがったみたいだが、体は上手く動かないようだ。そのまま地面に仰向けになっている。

 

 俺は顔にこびり付いた砂を、袖で擦り落とす。それからトールと同じ様に、体を転がして空を仰いだ。陽は沈み、西の方がぼんやりと赤く光っていた。東の方には既に、星が昇っている。

 

「…………はぁぁああ」

「………………疲れたぜ」

 

 俺のため息に答えるように、トールがぼやく。

 しばらく黙って仰向けになっていた。指一本動かしたくない。今モンスターが来たら、大人しく食われてやっても良いほどだ。

 ……地面に触れた体に、振動を感じる。じ、冗談じゃねぇぞ。

 

 俺は睨みつけるように上に、振動の方に目を向け……安堵した。 

 小さい影と、のっぽの影が走ってきていた。 

 影は俺たちを認めたのか、足を早めて近づいてくる。

 俺は小さく手を振ってやった。

 

「フロストぉぉお! トールぅぅう!!」

「───ブフッ!?」

 

 目に涙を浮かべながら駆け寄ってきたココルが、トールの顔面にダイブした。

 

「うおぉぉぉぉっ!! がおぉぉぉぉっ!! あおっ!! あおっ!! あおぉぉっ!!!」

 

 そのまま、ぎゃんぎゃんと泣いている。

 

「おい。息が出来ねえぞ…………ったく……しょっぺえな」

 

 トールは何やらブツブツと文句を言ったが、結局観念したようだ。

 その様子に苦笑していると、そばにのっぽの影が立った。

 

「ジン……悪かったな。助かったぜ、ありがとよ」

「…………ッ……」

 

 ジンは肩で息をして、汗がびっしょりだ。それでも、何でも無いと言うように、柔らかく微笑んでいる。

 左手にはどこから借りてきたのか、鞘付きの片手剣を持っている。刀とは違うそれじゃあ、ちゃんとした技は放てないだろう。それでも、戦う気で戻ってきてくれたのか。頼りになるヤツだ。

 

「ココルも、元気そうだな。エーテル薬持ってないか? すっからかんで動けやしねぇ」

「う、うるさい! バカ!」

 

 ココルはその場に立ち上がると、俺を指差して見下ろす。

 

「……どこに立ってやが」 

「よ、よくも、あんな真似を……! クソッ……ううっ。コ、ココは、もっと強くなるから……だから、に、二度とあんな真似するなッ!!」

 

 トールの声をかき消して、ココルは高らかに叫んだ。目からはまだ、ぼろぼろと涙が溢れ続けている。

 

「……ああ、悪かったよ。ココル、頼りにさせてもらうぜ」

「…………フン。俺は、謝らねえぞ。俺が、このパーティの”守り手”だ。一番前、一番先。それが俺の”役割”──おい、いい加減、そこから降りやがれ! 格好付きゃあしねえッ!」

 

 ココルの足元で、トールが不満の声を上げた。

 ココルは両腕でごしごし涙を拭いて、肩をすくめた。

 そして地面に降りて靴に足を入れる。わざわざ靴を脱いでいたあたり、むしろ毒気を感じる。

 

「よいしょっと。ふんっ、トールって、案外カッコつけだよね……ガキなんだから」

「何だとこの──」

「よせよトール。ホントのことだろ……それより、もう青燐精製所の方に戻ろうぜ。ケツが冷える」

 

 俺はジンの手を借りて、体を起こす。

 ちらりとカストルム・メリディアヌムの方を見る。もうできることは無いだろう。

 後は、”光の戦士たち”に任せよう。

 俺の言葉を聞き、ココルが何やら気まずそうに口を開いた。

 

「あー、青燐精製所なんだけど、戻んないほうが良いかなって……」

「んあ? なんでだよ。ま、まさか、”兵器”の場所、伝えなかったのか!?」

「そ、それは大丈夫。ココたちが着いた時は、それで大騒ぎになってたから」

 

 ココルは焦るように、手を前で振りながら言った。そ、そうか。俺たちの通信を聞いたかはともかく、”兵器”の居所が知れたなら一安心だ。

 

「じゃあ、何で」

「そ、それがね、ココルが技術屋さんと話してるときに、ジ、ジンが、剣を借りようとしてて……当たり前だけど、ジン、言葉が通じてなくて」

 

 ココルが、そう言ってジンの方を見る。釣られて見ると、ジンはあからさまにそっぽを向いている。

 目を戻すとココルは、気後れするように言葉を続けた。

 

「それで……ジン、相手ぶん殴っちゃってて。しかもその人、ちょっと偉い立場っぽくてさ。戻るのは、ちょっと気まずいかなー、なんて……」

「…………」

「………………」

 

 俺は呆れてジンを見る。そう言われてみれば、ちょっと上等そうな剣を持っている。

 ジンは明後日の方を向いて、唇を尖らしてふーふーと息を吹いている。口笛のつもりなら鳴ってねぇぞ。

 

「………………まあ、良いか」

 

 どうせ正式な部隊でもないし、このままバックレちまおう。

 

 そんなことよりも大事なことがある。

 俺は仲間に向かって言う。

 

「さて、お前ら……どこの酒場で飲みたい?」

 

 もう長いこと、酒を飲んで無いような気分だ。

 仲間たちは、一瞬顔を見合わせると、競うように口を開く。

 

「……溺れる海豚亭だ。久しぶりに、あの魚を揚げたヤツが食いてえ」

「カーライン・カフェ行こうよ! ミューヌさんやアリムに会いたい!」

「ざぁ、ももでぃさんっ!」

 

 見事に割れたな。つまり、行き先を決めるのは俺ってことか。

 俺はそれぞれの店の名物を思い浮かべながら、空を見た。

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

 俺はカウンターに立つ男に話しかけながら、天板に寄りかかっていた。

 ここ”溺れる海豚亭”では、もう何日もお祭り騒ぎが続いていた。どいつも浮かれた顔で、歌えや踊れやの大はしゃぎしている。

 別にここだけってわけじゃない。今は、エオルゼア中の酒場がこんな感じだろう。

 

 カストルム・メリディアヌムを飛び出したあの後、俺たちは北へ、モードゥナのレヴナンツトールへ向かった。

 その間、何度かとんでもない爆発音を聞いた。カストルム・メリディアヌムの方の空が、明るく見えたほどだ。

 

 あれから何日かが経ったが、あそこで何があったのか細かいことは分からない。だが、(ちまた)じゃ”英雄”の話で持ち切りだ。

 とにかく、エオルゼアの当面の危機は、回避されたって話だ。 

 ついでに、正式に”第七霊災”の終結が宣言されたらしい。

 そんなこんなで、人々は浮かれきっている。この馬鹿騒ぎもひと月は続きそうだ。

 

 俺たちは、しばらく傷ついた体を癒そうってんで、ここリムサ・ロミンサまでやってきた。

 ココルとジンは、来たことがなかったようだから丁度いい。

 リムサ・ロミンサには、最近やけに腕の良い職人が現れたそうだ。ジンの刀も、それで直してもらえそうだ。

 

 途中、”霧の村”にも寄ってきた。

 村人は、きれいに埋葬されていた。あの、リットアティンという男の指図だろうか。

 ココルはそこで、長いこと祈っていた。呪術ってのは、葬送の儀式から発展したものらしい、その昔……いや、そんなことは関係ない、か。

 

 とにかく、そういうわけで俺はカウンターの中の男、”溺れる海豚亭”のマスターにこれまでの経緯をだらだらと話していた。

 

「──ってな感じでさ。何やったって金にはならねぇし、お荷物は増えるし。ひでぇと思わねぇか、バデロンさん」

 

 手に持ったジョッキを傾けて、中身を飲み干した。

 俺がジョッキをカウンターに置くと、それを受け取ったバデロンさんは、いかにも可笑しそうって顔で口を開く。

 

「ミューヌやモモディからよ、少しは聞いていたぜ。ククク、だいぶ笑わせてもらったぞ。

 ”言うことなんか聞きはしない。たまに良いことしたと思ったら、その倍は面倒事を持ってくる。もう褒めれば良いのか、叱れば良いのか”……ってな」

 

 そう言うと、バデロンさんは口を開けてからからと笑う。

 自分の評価ってのは、興味が沸かないね。とりあえず褒めてくれりゃ良いんだ。褒められて伸びるタイプなんだよ。誰だってそうだろ?

 

 そもそも冒険者ってのは、褒められるために冒険してはいない。酒、宝、食い物、未知なる体験を求めているんだ。

 

 俺はカウンターを指で叩いて、エールを催促する。

 

「笑い事じゃねぇよ。こっちはよ、命を張る場面ばかりだったんだぜ? だってのに結局、何のお宝も手に入らねぇ。そのままここに戻ってきちまった。大損だぜ、この旅はよ」

 

「そうか? 俺にはそうは見えねえぜ。──手に入れたモンも、あるんじゃねえか?」

 

 バデロンさんはそう言い、一度顎で俺の後ろを指すと、エールの樽の方へと体を向けた。

 

 俺はバデロンさんが示した方に、顔を向けた。

 にぎやかな酒場のテーブルのひとつに、一際ぎゃあぎゃあと騒いでいる連中がいる。

 

 俺の仲間たちだ。テーブルには隙間なく酒が、皿が乗っている。何がそんなに面白ぇのか、げらげらと笑っている。

 

「……ああ。バデロンさん」

 

 俺は、こちらに背を見せてジョッキにエールを注ぐバデロンさんに、言う。その背中は、こころなしか楽しげだ。

 

「バデロンさん……俺の話、聞いてなかったな!? 無ぇんだって! お宝ゼロ! 金のことか? とぉんでもねぇ。あのバカども、ひでぇ大メシ食らいで酒食らいだ。もう明日には素寒貧だぞッ!? ちったぁ! 節約して! 飲みやがれってんだ!!」

 

 俺はカウンターの天板にバンバンと八つ当たりしながら、まくし立てる。

 

 背中を向けるバデロンさんは、頭痛を抑えるみたいに頭に手を当てて、上空を仰いでいる。

 

 まったく。忙しいのは分かるけどよ。客の話を聞くのも、仕事のひとつだろう? しっかりしてくれよな。

 

 バデロンさんは、ため息を突きながら、こちらに向き直った。

 エールの入ったジョッキを4つ、カウンターにゴンッと並べ立てる。

 

「まあ、とにかくだ。おまえさんのやってきたことは、悪いばかりじゃなかったってことさ……ほれ、俺の奢りだ。持っていきな」

「おっサンキュー。なんだ太っ腹だな」

 

 俺はジョッキたちの取っ手を、がちゃがちゃと寄せてバデロンさんの顔を見る。

 バデロンさんは、なぜだか上機嫌だ。

 

「なに、気紛れだ。冒険、続けるんだろ? その門出の祝いさ。また戻ってきて、笑わせてくれよ」

「……ああ。何度だって来るさ。ここのエールは最高だからな」

 

 俺はそう言って、ジョッキを片手で持ち上げ、カウンターから離れた。

 テーブルの方へ歩み出すと、仲間たちが俺に向かって、なにやら声を上げながら手を振っているのが見えた。乱暴者で、わがままで、何を考えているか分からない、俺の仲間だ。

 

 さて、どうするかな。

 

 どんな冒険をしよう。アイツラは、どんな冒険がしたいだろう。

 使命なんてない。波乱の運命なんて望んでいない。

 それでも待ち受ける探求の旅に、

 俺はめまいさえ覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         つづく

 

 

 

 

 




 



ここまで読んでくれた方、ありがとうございます。
ブックマークや感想をくれた方、とても励みになりました。感謝です。
ひとまず新生編、完結です。
大変楽しく書けました。
ネタが溜まったら、今度は蒼天編を書いてみたいです。
ノシ。


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蒼天編
1−1


蒼天編です。紅蓮以降のネタバレはしないようにしています。
6000字ぐらいが読みやすいと見かけたので、試しにそれぐらいずつ更新してみます。



 



 

 雪が視界を覆っていた。吹雪は強くなる一方だ。

 空から降る分に加え、厚く積もった雪が風に乗って渦を巻いた。

 太陽の位置は分からず、空は薄く輝いている。目に映るのは白色だけだ。

 飛んできた雪が顔に当たり、体温を奪う。悪いことじゃない、頭を冷やすには役に立つ。

 俺は地面に顔を向け、膝を突いて雪をかき分ける。膝が濡れるが、構っている場合ではない。

 積もったばかりの柔らかい雪の層を、素手で押しのけて無くしたものを探す。安物の外套が水気を吸って、ひどく重い。

 

 風の音をかき消して、咆哮が響いた。

 それだけでも巨大な体躯であることを感じさせる、重い音だ。

 俺は焦りで足を滑らせて、雪へ頭を突っ込ませた。

 脇腹がずきずきと痛む。指は冷え切っていて、今にもぽろっと取れそうだ。

 

 クソッたれめ! 何だってこんなことに!!

 俺は雪の中で、この状況を招いたバカ野郎は誰だと呪った。

 

 だが、どう考えてもそのバカ野郎は俺なんだ。

 



 

 

 どこまでも続く真っ青な空の下、穏やかに風が吹いている。

 潮の香りはどこか懐かしく、生気を感じさせた。

 白い城壁は光を反射させて、眩しくも美しく、心を晴れやかな気分にしてくれる。

 

 足元も真っ青だ。

 宙に浮いた俺は下に目を向ける。

 ずっと下の方には海が青く輝き、波が小さく揺れているのが見えた。

 

「トールさん。俺が悪かったぜ。そう怒るなよ」

「そうだぞ、トールさん。このバカはともかく、ココは悪くないじゃん?」

 

 ここリムサ・ロミンサはエオルゼアの都市国家のひとつだ。海の都なんて呼ばれる通り、ロータノ海に面したこの都市は、もとは無数の小島や岩礁だったらしい。

 そこへ建てられた建築物に増築を重ね、繋がり、巨大化した歴史ある海上都市だ。

 

 主な産業は漁業に造船だ。貿易も盛んで活気に満ちている良い都市だ。

 もちろん景気のいい話ばかりではない。

 この土地は海賊の根城になっている。そもそもこの都市は海賊によって拓かれ、略奪によって富んできた場所だ。

 乱暴な話だ。それでも今の提督の意向で、随分と変わったらしい。

 

 海賊だけじゃない、”蛮族”の脅威もある。1種族で構成された排他的、かつ好戦的な種族がそう呼ばれている。海にはサハギン族が、島の中央にはコボルト族が住んでいて、都市とは土地や資源を取り合ってきた。

 だからこの辺りでは、”腕っぷし”が常々求められている。

 つまり俺たちのような、()()()の出番ってわけだ。

 

「てめえら……反省の色ってモンが見えねえんだよ」

 

 リムサ・ロミンサのそびえ立つ岩壁に、沿うよう取り付けられた幅広い通路がある。

 他の小島へと渡すその通路は木でできていて、鉄で補強されている。

 落ちるのを防ぐ欄干なんてものは無い。落ちたやつは”間抜け”ってことだろう。

 

 俺はその通路の外に、体を浮かせている。俺の首根っこからは、木の幹のように太い腕が伸びていた。

 俺を片手で吊るす、その腕の持ち主は怒りの表情を浮かべている。

 こいつの名前はトール・クラウド。”大金槌”のトールなんて呼ばれている。

 大柄の屈強な体躯で知られるルガディン族の男だ。そのご他聞にもれず、筋骨隆々の大男だ。赤く灼けるような肌で、凶暴そうな顔つきをしている。

 平均的なサイズであるミッドランダー族の俺を、片手で吊るせるとは大した腕力だ。

 ルガディン族は乱暴そうな見た目に反して、知的で忠義にも厚い奴が多いが、こいつは見たまんまだ。

 

 巨大な斧を背負い、鎖帷子で体を覆うこいつは、敵の一身に受けるパーティの”守り手”だ。無鉄砲の命知らずだが、頼りになる。欠かすことのできない仲間のひとりだ。

 

 ちょうど今は、こいつが前に惚れた女の話を酒の(さかな)にしながら笑っていたところだった。

 ゲラゲラと体を揺らしてところを、背後から首根っこを掴まれて海に突き出されて、現在に至る。

 

「だからココは降ろせってば、この唐変木! ウドラー! ココ話聞いてただけだし、トールがどんな趣味してたってぷふッ気にしないってば!」

「うるせえ!!!」

 

 トールの手によって吊るされているのが、もうひとりいる。手をバタバタさせながらわめいているそいつは、俺の半分もないサイズだ。

 ララフェル族と呼ばれる小柄な種族だ。一見子供のようで非力そうに見えるが、実のところ身体能力は他の種族に引けをとらない。エーテル操作に長ける彼らは、魔術の扱いだけではなく武具を得意にする者も少なくない。

 ココル・コルと名乗るコイツは、呪術を得意としている。真っ白なハットとローブを身に着け、大人しそうで可愛らしいと言っていい見た目だ。だが、とにかく跳ねっ返りな性格で、おまけに口汚い。

 

 ココルが余計な挑発をするものだから、今にも落とされそうだ。

 俺は、元々赤い肌をさらに怒りで赤く染めるトールに、なだめるように声をかける。

 

「お、落ち着け、トール。いくら下が海だってな、この高さじゃ怪我しちまうかもしれねぇ。まあ、死にはしねぇよ? お、俺たちは────泳げるからなァ!!」

「ぶふーっひゃ、ひゃひゃ!! フ、フロスト、サイコーそれ!」

「ぎゃーーはははは!!」

「ひゃひゃひゃひゃっ!」

 

「あばよ」

 

「おうおおおおお!? おち、落ちる!! ココル! 離せ!! 脱げる!!」

「うわああああああ!? 高い! 怖いいいいい! やだあああああ!!」

 

 ”大()()”のトールがいきなり手を離したため、俺とココルは大口を開けたまま落下した。

 ぎりぎりのところで通路の縁を掴むことに成功したが、ココルがズボンにしがみついている。どうにかして振り落とそうとするが、上手くいかない。2人ともども落下するか、ズボンを犠牲に俺ひとり生還するか、選択を迫られている。

 通路を道行く人は、助けようともしない。皆忙しそうに、自らの目的のために歩みを進めている。

 

 1500年続いた第六星歴を終わらせた、5年前の第七霊災。少し前に、リムサ・ロミンサ、グリダニア、ウルダハの三国の代表によって、その第七霊災を完全に乗り越えたことが宣言された。

 だが、第七星歴の元年を迎えたからと言って、俺たちのような一般人にはさして変わりはない。

 冒険をして日銭を稼ぎ、酒を飲んで騒ぐ。一般冒険者の日常なんて、こんなものさ。

 俺の名前はフロスト・カーウェイ。その辺に良くいる腕利きの冒険者だ。

 

 

────────────────────

 

 

「ったく、ひでぇことしやがる。ズボンが伸びちまった」

 

 俺は魚を揚げたものにフォークを伸ばしながら、ぼやいた。

 陽はだいぶ傾き、ここ”溺れる海豚亭”には冒険終わりの同業者や、労働者たちが集まり始めていた。

 魚を口に運ぶと、さくさくとした小気味の良い食感のあとに、まだ熱い魚の肉の旨味が口に広がる。生でだって食えるほどの新鮮な魚だ。たっぷりの衣に、たっぷりの油で一気に加熱する。そいつに塩をどっさりかけて食う。当然、美味い。

 旨味が閉じ込められたソイツの食べごたえは、肉にだって引けをとらない。

 

「フン。俺としたことが、手足を縛り付けるの忘れてたぜ」

 

 トールは羊肉と血とたっぷりの香辛料を腸詰めにしたものを、噛みちぎりながら答えた。もちろん肉だって食う。この辺りじゃ羊を畜産とする酪農家が多い。

 口元が油で汚れているのも構わず、そのまま陶器でできたジョッキを掴み、ぐいぐいと上げて中身のエールを一気に飲み干す。

 息を漏らしながらジョッキをがつんと置き、髭についた泡を拭う。

 トールは憎まれ口を言っちゃいるが、そんなことはもうどうでも良いといった面だ。

 

「おねーさーん! ボイルドクレイフィッシュに、えっと、ラビットパイおねがい!」

 

 ココルが元気よく、勝手に追加の注文を入れる。その体のどこに入るんだってぐらいに、こいつはよく食う。

 給仕の子が「はーい!」と愛想よく返事をして近寄ってくる。

 

「ええと、ラビットパイはニンニクと香草で香り付けしたものと、たっぷりのきのこのソテーを加えたものがあります。どちらにしますか?」

「……っ!」

 

 ココルは目を見開くと、こちらをぱっと振り返る。よだれを拭け。

 仕方がない。俺は黙ってうなずいてみせた。

 それを見たココルは目を輝かせ、給仕さんを仰ぎ見て口を開く。

 

「両方!!」

 

 と、笑顔で宣言した。仕方がない。両方美味そうだからな。

 豪商が集まる砂都ウルダハの、物珍しい食い物や酒も良いが、やはりリムサ・ロミンサの豪快な飯が俺は好きだ。

 それに最近、リムサ・ロミンサにある調理師ギルドにたいそう腕利きの職人が現れたらしい。そのためか一段と飯がうまくなった気がする。

 グリダニア? まあ……蜂蜜酒や果実を使った甘味も悪くないけどな、俺たちは肉と油を欲している。

 

 第七星暦を明けた宣言のあと、俺たちはあちこちを回っていた。

 グリダニアでは冒険者になりたいってやつの面倒を見たり、ウルダハで悪徳商人にこき使われたり。

 少しはまとまった金が入ったものだから、今はこうして、ここリムサ・ロミンサでヴァカンスってやつだ。

 

 それにしてもひどい食いっぷりだ。節するってことを知りもしない。

 ひと稼ぎしてはこうして、財布が底をつくまで遊び歩く。毎度のことだ。

 どちらかといえば、俺自身もそういうタイプだ。そういう生活を何年も送ってきた。だが、こうも揃いも揃っての放蕩ぶりを見せられると、俺がしっかりしなければと思ってしまう。

 こんなことで悩まざるを得ないとは。世の中ってのは、真面目なヤツが損をするようにできている。

 

 ひとまず俺は、会話をさせて食べる速度を落とさせる作戦に出た。

 適当に思いついた話題を振る。

 

「そういえば、ジンはどうした? 見かけねぇな」

 

 ジンというのは、俺たちのもうひとりの仲間だ。今日は姿を見ていないから、すっかり忘れていた。

トールが山盛りの腸詰めを次々と切り崩しながら、肩をすくめて言う。

 

「さあな。昼に市場をうろついてるのを見かけたぜ。言葉も覚えねえで何してんだアイツは」

「またか。そろそろ次の冒険の話を詰めようと思ったんだけどな。グリダニアこの間行ったばかりだし、ウルダハは……しばらく止めておきたい」

 

 ウルダハの悪徳商人が俺の命を狙っている。

 

 ジンは、ふざけたことに共通語を使えない。どこから何をしにエオルゼアに来たのか、何を言っているか分からないから知りようがない。

 だが、なんとなく意思疎通は出来ている気がするから、問題はない。 

 

「ぷはっ、どうせお腹が空けば現れるよ。食い物が残ってるかは、ひひひ。運次第だね。おねーさーん! エールみっつぅ!」

 

 ココルも気にする様子もなく、また勝手にエールの注文を入れた。 

 クソッ。ちっともペースが落ちやしねぇ。

 俺はジョッキに残ったエールを飲み干す。

 ホップの苦みと果物を思わせる芳香を鼻腔で味わいながら、目を動かしてこいつらの箸を止める材料を探す。

 ふと目を下ろすと、ココルの横の椅子に見かけないものがあるのに気がついた。

 

「ココル、何だそりゃ?」

「ん? なんだ、やっと気付いたのか……ふっふっふっ」

 

 ココルはちょっと眉をひそめると、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにその眉を高々と上げて、言葉を続ける。

 

「お前らさ、怪我ばっかしてるだろ? だからさ、しょ〜〜がないからさ、ココがさ、”癒し手”ってやつに? なってやろうじゃんと思ってさ!」

「何!? お前ってやつは……やるじゃねぇか!」

 

 ココルの言葉に、俺は思わず声を上げて答えた。

 

 ”癒し手”。言わずもがな、癒しの呪文の使い手だ。

 冒険者ギルドの推奨するパーティには、敵を引きつけることを専門とする”守り手”と、癒しや補助の呪文を専門にする”癒し手”を、ひとりずつ入れることが基本とされている。この基本パーティが”初心者の館”によって広められてから、冒険者の生存率は大きく向上したらしい。

 ちなみにパーティの人数は4人から8人が推奨されている。それ以上の人数になると、広範囲の魔物が過剰に反応して集まり始める。半端な数では、余計に危険なんだ。

 

 俺たちのパーティは斧術士であるトールが”守り手”を、双剣士の俺と、呪術士のココルと、侍のジンが”攻め手”の短期決戦型のパーティだ。無謀もいいとこである。

 常々、”癒し手”の必要性は感じていた。

 同格以上との戦いも、未踏破の場所での冒険も、長期戦になりがちだ。ポーションでは無理があったんだ。

 

 もともと魔法を得意としていたココルが、”癒し手”を担うのであれば、俺たちのパーティはかなりバランスの良いものになる。

 呪術士には思い入れがあるように思っていた。こうして自ら、”癒や手”の修行をしていたとは。突然の告白に、俺は強い感動が湧き上がるのを抑えていた。

 

「うぇへへへ。まあ、見てなっ」

 

 ココルは得意げな顔をしたまま、椅子にあった()()を手に取る。

 そしてそれにエーテルを込めながら、とくに言う必要のない詠唱を口にする。

 

「”紅石に眠りし瞳、精霊の声に目覚めん、我が聖戦に光を” ──来い! ()()()()()()!」

 

 ココルが手に持つ()に書かれた文様に、沿うようにエーテルが強く輝いた。

 一瞬遅れて、ココルの足元から青く光るものが飛び出した。

 そいつは街の外にいるラット系のモンスターと同じぐらいのサイズで、見た目もそれに似ている。もちろん細部はずいぶんと異なっていた。

 青く光る体と、長い耳。体と同じぐらいある、大きな尻尾を持つ。額には赤く輝く宝石のようなものも見えた。こちらを見上げて首をかしげるそれは、思わず庇護欲を誘われる。要は、なかなかかわいい。

 

「じゃじゃーーん!! そう! ココ……()()()になったんだぜ!」

 

 そうだ、巴術士の使役するカーバンクル。ここリムサ・ロミンサでは、見かけることは少なくない。エーテルで構成された、魔法生物と呼ばれるそれは、生命と無機物の中間の存在であると聞いている。

 そうか。ふんふーん、巴術、巴術士ね。

 

「ココル」

 

 俺は湧き上がる感情を抑え、努めて冷静に仲間の名前を呼んだ。

 

「ねぇどう!? かわいーだろう! 名前どうしようかなっ? かーくんがいいかなぁ、むーたんにしようかなぁ〜。ねぇ、どっちが良いと思う?」

 

 ココルはカーバンクルに抱きつき、頬ずりしながらこちらを見上げる。

 カーバンクルはうっとうしそうに顔を背けている。まるっきり生き物のようで感心する。

 

 俺はその光景に笑顔を作りながら、言う。

 

 

「お前のむーたん、山に捨ててこい」

 

 

「…………なんでだよっ!!?」

「巴術士は”()()()”だァ!! このタコッ!!」

 

 ”攻め手”3人パーティに、変わりはなかった。

 



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1−2

ツイッターアカウントを作ってみました @ConiferForestFF
更新とかつぶやきます



 

「うるさいバカ! 小物! 飲んだくれ! ミッドランダー!! 人の気も知らずに!!」

「悪かったぜ、ココル。お前は魚介類なんかじゃ……ちょっと待て。なんでミッドランダー族をそこに並べた!? はっ倒すぞテメェ!」

 

 巴術士に商売替えをしたココルの機嫌を 俺はひどく損ねさせてしまっていた。

 どうにかなだめて話を聞いてみると、幻術士ギルドの門もすでに叩いていたようだ。

 だが、適正がなかったらしい。「自然の声を聞けとか、わけがわからない」というのはココルの言葉だ。

 

 いくらギルドが体系的な教えをしてるからって、習う方にその素質があるとは限らない。俺だって今さら魔法を習えと言われても、ごめんこうむる。

 

 冒険者ギルドは、パーティにひとり”癒し手”を入れることを推奨している。だがそもそも、体系的に癒しの魔法を学べるのはグリダニアにある幻術士ギルドくらいだ。

 それ以外は個人でどうにかするしかない。

 もちろんギルドが全てではない。一家相伝や武門、そういった形で技術を継承している場合も多くある。だが一般に広く門戸を開いているギルド(職業組合)と違い、存在自体を秘匿にしていることが多い。

 

 聞くところに、巴術というのは算術と関わりが深く、理詰めで構築されているらしい。

 それがココルにとって、腑に落ちるところがあったようだ。適正があったということだろう。

 

「騒がしいな……癒しの呪文は使えるんだろう。ならいいじゃあねえか」

「いいぞ、トール。回復料金10%引きだっ」

 

 黙ってジョッキを(かたむ)けていたトールが、うんざりするように話を締めた。

 ココルは機嫌を取り戻し、嬉しそうにうなずいている。つーか、金取る気かコイツ。

 トールの言うとおりで、巴術士は癒しや毒気など、補助寄りの術を使うことが出来る。

 確かにパーティのバランスは、少しは良くなったと言える。

 

「それに”軍学”っていう、守りの術に特化した体系もあったらしいんだよ」

 

 そういう失われた技術も研究されているらしいが、ギルドにはまだ導入されていないとのことだ。ココルも独学でだが、資料を探したりしているらしい。

 

 それにしても、戦い方は変わるだろうな。

 俺が戦闘時の陣形について思考を巡らせていると、店に背の高い男が入ってくるのが見えた。

 そいつはひらひらとした異国の衣装を身にまとっている。

 俺が片手を上げると、それに気付いた男は歩き近寄ってくる。頭の横に生える白い角をこちらに向けている。それはアウラ族の特徴だ。

 

「よぉジン、ちょうどいいな。そろそろパイが焼き上がるころだぜ」

 

 さっきから、厨房の方から良い匂いが漂ってきていたところだ。

 

「ざぁ、ざぅんずぐぁぅ」

 

 この男の名はジン。姓はあるのか無いのかすら知らない。

 背が高く、細身だが屈強なアウラ族は、ここエオルゼアと呼ばれる土地ではあまり見かけない種族だ。頭の横からは角が生えており、それが耳の代わりに大気の振動を感じ取っているらしい。

 東方出身(たぶん)であるジンは、”刀”を操る”侍”呼ばれる剣士の男だ(たぶん)。

 常にぼーっと微笑んでる呑気そうな男だが、その腕は確かだ。

 常に前のめりなトールや、むらっ気の大きいココルと違い、冷静で安定した働きをする。コイツ頼みにプランを立てることも多い。それに、恐らくだが、まだ実力を見せきってはいない。

 

 ジンは嬉しそうにうなずき、椅子を引き寄せて座った。()()()のようなものをテーブルに置くと、手振りだけで酒を注文した。店員さんももう慣れたもんだ。

 

「何だそりゃあ。字か……フロスト。読んでみろよ」

 

 トールはジンが持ってきたチラシを覗き込み、眉を寄せて言った。

 ここエオルゼアで字が読めるやつは多くはない。半分もいないだろう。俺たちの中では俺とココルが読み書きを出来て、トールは自分の名前が書けるってぐらいだ。ジンは言うまでもない。

 俺はチラシを手に取って、書かれている文字を眺める。小難しい書き方で、見たことのない文字もあるな。

 

「どれどれ……ああー、冒険者求む、レヴナンツトール……ん、グランドカンパニー"エオルゼア"先行組織ィ? ハッ、なんだそりゃ。えっと……ク、ク、クリスタル……ブ、ブ……」

 

()()()()()()()()()だ」

 

「うおっ、バデロンさん」

 

 いつの間にか俺たちのテーブルの側に立っていたのは、この酒場の主バデロンさんだった。この酒場は冒険者ギルドの窓口でもあり、ここらの冒険者はこの人には頭が上がらない。

 

「クリスタルブレイブ……? 知らないな……儲かりそうな話?」

「儲かるか、はどうだろうな。”暁の血盟”は、流石に知っているだろう」

 

 バデロンさんは湯気の上がるパイが乗った皿をふたつ、テーブルに置きながら話し始めた。

 

 ”暁の血盟”、それぐらいは知っている。もともとは研究者のような連中が集まる、胡散臭い団体ぐらいの認識だったが、ここ最近で一気に有名になった。

 あの、”光の戦士”を(よう)していることでだ。

それだけでも、”暁の血盟”が俺たち冒険者の話題に上るのは当然のことだろう。光の戦士なんて知らなきゃモグリってレベルだ。

 

バデロンさんの話によるとクリスタルブレイブというのは、その暁の血盟によって音頭を取られた組織らしい。

 

 そもそもグランドカンパニーというのは、リムサ・ロミンサ、ウルダハ、グリダニアの各国で組織された軍事組織だ。国の防衛、維持に特化していて、いわゆる()()()()から遠ざけるように作られている。

 冒険者が所属することも多く、組織的な強みと、傭兵的な自由度を(あわ)せ持ったような団体だ。

 

 クリスタルブレイブは、さらにその国家間の境目を取り払った、”先行統一組織”という触れ込みで、グランドカンパニー・エオルゼアを成そうとしている。

 なんと国家間だけではない。人種の垣根を越え、蛮族さえも取り込むことを理想としているようだ。

 これを聞いて最初に思ったのは、”そんなバカな” だ。無理に決まっている。夢物語もいいとこだ。

 

「それで冒険者を広く募っているらしい。いっちょう応募してみたらどうだ?」

 

 バデロンさんの話を聞き終えて、俺たちは顔を見合わせた。どいつも判断しかねるって面をしている。

 俺はバデロンさんの顔を見上げ、皆の思いを代表して言う。

 

「そいつはご立派だと思うね。だけど……俺たち向きの話には、聞こえねぇぜ?」

 

 エオルゼアのためになんて、大層なことを考えている俺たちではない。以前、帝国との争いに加わったのだって……俺たちなりの理由があったからだ。

 

「ハハハ! 分かってるさ。だが、給料は出るから損はしないぜ。それに……ちょっと気になることもあってな」

「気になること?」

「柄の悪い連中が紛れ込んでるみたいでな……いや、俺の勘違いなら良いんだが」

 

 バデロンさんはそう言って口を濁した。確証のない不安のようなものを感じているらしい。

 

「もしかして……探れって意味か?」

「いいや、そういうわけじゃない。ただ、お前さんたちぐらいの小悪党が居たほうが、風通しが良くなるってもんだ」

 

 組織は多数の人間が集まってできる。澄んだところだけを集めようったってそうはいかない。もし表面が綺麗に見えていたとしても、底に何が溜まっているかは分からない。

 バデロンさんはそういう流れの止まった(よど)みみたいな部分をかき回すことを、俺たちに期待しているのかもしれない。

 

 バデロンさんは「まあ考えてみな」と言って、去っていった。

 俺たちはその背を見送り、程よく熱のとれたパイにさじを伸ばしながら今の話について相談を始めた。

 

「最後のは……褒められてたのか?」

「そうじゃあねえだろ……だが、何をしろって意味だ?」

「はふはふ……ふぁふぁ」

「多分、好き勝手遊んで良いってことだと思うぜ」

「えぇ……ココはそういう意味じゃないと思ったけど……で、どうする? やるの?」

 

 仲間はもぐもぐと口を動かしながら俺を見る。

 

「…………よし、やるか! そうと決まりゃあガンガン食うぞ! ここの飯とは、しばらくおさらばだからな!」

「ひゃっほー! メシだ、メシだ! 山ほどもってこ〜い!」

「ジン!! てめえ片方ばっか食うんじゃねえ! 中身が違えんだよ!!」

「はふっはっふ、ふが!」

「おねーさーーーん!! エール4つぅぅう!」

 

 組織に属するなんてあんまり好みじゃないが、アウトロー気取りも格好悪い。

 ここらで安定した組織にコネを作っておくのも悪くないだろう。

 決めたら決めたで、期待のようなものが湧き上がってくる。ひょっとしたら俺たちがエオルゼアを救うなんてこともあるかもしれない。

 

 そうだ、俺たちの冒険はここから始まるんだ!

 

 

 

 

 2週間後。俺たちは武器の横流しの嫌疑をかけられて、クリスタルブレイブから指名手配されていた。

 

 

────────────────────

 

 

『それで……もう、大丈夫なんですか? フロストさん』

「ああ、アリム。心配はいらない。もうクルザスに入ったからな、追手も無理はできないさ」

 

 俺は片手で外套のシワを伸ばしながら、もう片方の手に持ったリンクパールに言葉を投げていた。外套はその辺の雑貨屋で買った。安物で、重い割に風をよく通す。

 

 とんだ濡れ衣を着せられたものだ。

 こんなところ(クルザス)まで来てしまった。

 クルザスはアルデナード小大陸の北側の地域で、グリダニアのある黒衣森やモードゥナに隣接している。

 ここらは第七霊災の影響で気候が激変して、ひどく寒い。今も雪が、夜の空からちらほらと降ってきていた。

 酒場が背後にあるが大きな声は聞こえない。この辺りはあまり騒ぐことはしないようだ。雪が音を吸って、周囲はしんとしている。

 

『良かった……その、これから……どうするんですか?』

 

 リンクパールの通信先はグリダニアにいるアリムという名の子どもで、この辺りではほとんど見ることのないヴィエラ族だ。

 なんやかんやあって縁ができて、こうして連絡を取ったり、グリダニアに寄るときは弓の修行の面倒をみたりしていた。酔狂なことに冒険者になりたいらしい。

 

「しばらく三国の方には戻れそうにないな。ココルのやつに()()があるみたいだ。ほとぼりが冷めるまではこっちにいるかな……」

『……あっ、あの! ボクに、何かできることは無いでしょうか? フロストさんたちの無実の罪を晴らす何かを!』

「アリム……!」

 

 な、なんていい子なんだ!

 同じ組織の連中に槍を向けられ、逃避行を強いられて荒んだ心が、じんわりと溶かされるような気持ちになる。

 しかし、妙なことを言っているな。

 

「無実の罪って、なんのことだ?」

『……え? 何言ってるんですか! 横流しのことですよ! フロストさんたちがそんなことするはずないのに!』

 

 ああ、そういうことか。

 合点がいった。アリムは少しだけ勘違いをしていたようだ。

 

「してたぞ。横流し」

『もちろんです! だからボクが…………えっ』

 

 しばらく沈黙が続いた。

 俺が言葉の続きを待って、肩に積もり始めた雪を払っているとリンクパールの向こうからおずおずと声が聞こえてきた。

 

『あ、あの……なんて言いました?』

「言わなかったっけ? 横流しの件で追われてるって。まあ、()()()ってのは濡れ衣だけどな」

 

 俺たちが横流ししていたのは、染料(カララント)だ。

 クリスタルブレイブの制服は、やけに発色の良い高級品を使って染めていた。

 それを拝借して、知り合いの商人に割安でゆずっていた。減った分は適当に近い染料を混ぜて水増ししておいた。

 言っておくが、俺ひとりの仕業じゃない。仲間たちもそれなりに乗り気だった。着任してすぐに雑用に回されて、荷運びや伝令やらの地味な仕事に飽きていたのだろう。

 

 それである日、東ザナラーンの辺りで荷運びの仕事をしていたら、同じ制服着た連中にえらい剣幕で追い回された。

 褒めらることをしたとは思っていないが、殺そうとすることもないだろう。あのダッサい敬礼を、裏でゲラゲラ笑いながらやっていたのが悪印象だったのかもしれない。

 

「しかし……どうすっかな。あの組織がこのまま成長しちまったら、それこそ逃げ場がねぇ」

『…………捕まれば良いんじゃないでしょうか』

「ふはは! ウケるぜ、それ。お前も言うようになったな! ……あれ? もしもし?」

 

 切れちまった。まぁいいか、通信はいつでもできる。

 俺はリンクパールを仕舞い込むと、上を見上げ”アドネール占星台”を眺めた。文字通り星を見るための巨大なその塔は、星の動きからドラゴン族の活動を予測するためにあるらしい。ちょっと何言ってるか分からない。

 この場所は、その塔を中心にちょっとした集落になっている。

 

 とにかく、まだここはクルザスの入り口だ。明日は、もっと奥地へと進まないといけない。

 俺は再び外套に乗った雪を払い、振り返って酒場の扉を押した。

 

「……だからさ、アイツを差し出せば大丈夫だって……全部アイツのせいにしようよ」

「……そう簡単にいくかよ。襲ってきた奴ら。明らかに俺達を殺そうとしてただろう……それに、アイツの首にそんな値打ちがあるとは思えん」

「ぜぅ…………」

 

 入り口から少し奥に入ったところに、なにやら不穏なことをぼそぼそとしゃべる仲間が目に入った。完全に悪党の面だ。

 いつもの騒々しさはなく、顔を突き合うように寄せて話している。

 この地域はどうにも苦手だ。ひどく寒く、雪がうっとうしい上に、人がどうにも排他的で陰気臭いのだ。

 

 この小さな酒場でも、あまり、いや明らかに歓迎されていない。

 棚に並んだ酒を注文しようとしたら「貴方の口には合わないわ」なんて店員に言われてしまった。

 結局、頼めたのは安物のワインとカチカチのパンだけだった。トールたちも不機嫌な面になるはずだ。

 奥地へ進めばマシになるのだろうか……不安がつのる。

 だが腐っていたって時間の無駄だ。落ち込んで暗い顔をしていようと、暖かいスープを差し出してくれるやつなんて俺らにはいない。

 仲間たちに近寄った俺は、努めて明るく声を出した。

 

「やっほーーー! 暗いぞ〜お・ま・え・ら! もっと明るく行こうぜ!!」

「…………」

「………………」

「…………チッ」

「すまん、今のナシ。俺が悪かった」

 

 俺は椅子に座り、咳払いをして仕切り直す。

 

「明日、夜明けとともに立つ。北には城塞があるからな、そっちは避ける。西の洞窟から回っていく。ああそうだ、宿は無ぇ。裏のチョコボ厩舎を使っていいらしいから、そこで寝るぞ」

 

 貯めてある(わら)は発酵して暖かいらしい。宿を探していると小馬鹿にしたような笑いとともに村人からそう言われた。ハハハ。滅びろ、クソども。

 

「それで、どこに向かうんだ。この調子じゃあ……まともな飯にありつける気がしねえな……」

 

 トールがげんなりした顔で口を開いた。もっともな意見だ。

 

「この辺りで美味いモンが食えるとすりゃ……1つしか無い。目的地は──”皇都イシュガルド”だ」

 





なんと推薦を書いてくれた人がいたみたいです。
感謝!


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1−3

 

 長い洞窟を抜けると雪国であった。

 洞窟に入る前も雪国だったので特に感慨はない。

 雪を踏むと、ぎゅっぎゅっとなにかの鳴き声のような音を立てる。足がすねの辺りまで埋まった。

 埋まった足の下も雪で地面ではなさそうだ。今降っているものが層になっているのだろう。

 洞窟を出てからかなり歩いたが、目的地には着いていない。

 天候は悪化し吹雪始めていた。あまりのんびりはしていられない。

 

「朝通った道はな、ダナフェンって聖人が旅で通った場所なんだよ。あちこちの地名になってる聖人なんだ」

「ふうん……知らねえな。有名なのか」

「まぁね。うそかまことか、邪眼の魔物相手に、目隠しして倒したって話があってさ。それで、戦神”ハルオーネ”の信徒として模範的な勇敢さだっ、てなったんだ」

 

 いつもどおり俺が少し先行している背後で、ココルとトールが呑気そうに話をしている。

 だだっ広い雪原だが吹雪で視界が悪い。どこまで見通せているのか見当もつかない。

 

「”ハルオーネ”……十二神か。俺が住んでた山じゃあ、”オシュオン”を祀ってたな。山の神だ」

 

 ”十二神”はエオルゼアで広く知られる神々だ。

 

「イイね。ココの推しは星神”ニメーヤ”ちゃんだな。ニメーヤちゃんは、お兄ちゃんの”アルジク”とくっついて、日神”アーゼマ”ちゃんを生むんだけど。面白いのがさ、東方には”太陽神アジム”ってのがいるんだってアジムステップって聞いたことない? そっちは男の神様らしいけど……同じ太陽の神でアーゼマとアジム……なんか関係あると思わないっ?」

「……待て。早い。登場人物が多くて分からねえ。あと神様の話してんだよな? 呼び方が不敬すぎるだろ」

 

 視界は最悪な上に、雪が音を吸って後ろのふざけた会話しか聞こえない。集中力はとっくに切れて、まっすぐ歩けているかどうかも不安だ。

 俺は立ち止まって、後ろを振り向いた。

 

「アージマだかアーゼムだか知らねぇけど……ココル! この方角で合ってるのか?」

「この雪じゃお手上げだよ。でも合ってたら崖にあたるから、それで分かると思う!」

「崖があるなら言っとけ!! 落ちたらどうすんだ!!」

 

 さらっと大事なことを言いやがる。殺す気か。

 俺は自分たちが歩いてきた方に目をやった。

 トールとココルに続いてジンがいる。その後ろに、4人分の足跡が真っ直ぐに続いているのが見えた。

 だが、本当にまっすぐ進めているとは思わないほうが良さそうだ。太陽の位置が分からなくなってから、それなりの時間も経った。戻ろうにも足跡は消え始めてるだろう。

 

「……どの辺りまで来ていると思う?」

「順調にいってれば、着いててもおかしくないかな。崖さえ見つかればそれに沿って行けばいいんだけど……」

「進むしか無いか……ココル、かーくん出してくれ。先行させる」

「えー、落ちたらどうすんだよ。かわいそう」

「早くしろ」

 

 ココルはぶつぶつ言いながらもカーバンクルを呼び出した。

 カーバンクルはぼんやりと黄色く光りながら俺の足元を通り、ぴょんぴょんと跳ねながら進んでいく。

 これでひと安心だ。

 俺が後を追いかけようと歩みだそうとしたところで、カーバンクルがひゅっと姿を消した。

 

「かーくん!?」

「お、落ちた!? 崖か!?」

 

 俺が恐る恐る近寄ると、カーバンクルがひょっこりと雪の中から顔を出した。

 なんだ、なにかに蹴躓(けつまず)いただけらしい。

 目を下ろすと白い何かが目に入った。

 それは人の形をしている。

 

 俺はとっさに、だいぶガタの来ている腰の装備に手をやった。

 短剣の柄に触れたところで、その手を止めた。

 

「なんだ……()()か」

 

 うつ伏せの形で、鎧を着た男の死体がそこにあった。

 俺は安堵の息を漏らす。

 死体なんて珍しくもない、そんなのはとっくに慣れた。だからどうということはない。ただ、慣れてしまっただけだ。エオルゼアに住む人間なら、だれだってそうだ。

 

 俺はその(からだ)へ触れ、様子を確かめる。

 簡素な装備だ。無骨な剣と、よくある円盾。どこかの兵隊だろうか。盾にも紋章のようなものはない。身分が高いものではない。

 兜から覗く顔でからミッドランダー族だろうということは分かった。

 身元が分かるものを持っているだろうか。俺が死体の懐を探ろうとしたところで、トールが呻いた。

 

「おい。ひとつじゃねえ……何だ、これは」

 

 俺はトールが見つめる先へ目をやった。

 吹雪で広い範囲は見えない。だが、よく目を凝らすとそこかしこに、槍や、剣が雪から伸びていた。そして、雪が人の形を型どっているのも分かった。

 もし雪が隠していなければ、凄惨な風景だっただろう。

 

「竜詩戦争……」ココルが、そうつぶやいた。

「……そうか……これが」

 

 話には聞いていた。だが、ここまで熾烈(しれつ)なものなのか。

 ここクルザスでは、人族とドラゴン族が、千年もの間、戦争を繰り広げているらしい。

 俺たちが逃亡生活をしている間も、ここらで戦闘があったとは聞いていた。それでも俺は、もっと小競り合いのようなものを想像していた。

 こんな戦いを千年も? とてもじゃないが正気の沙汰とは思えない。それに普通はどっちかが滅びるものだ。

 

「ん………?」

 

 遠くに光の点が見えた気がする。あれが太陽なら、方角が分かる。俺は死体から離れ、高いところから見通そうと考えた。

 雪が大きく盛り上がったところがあるのに気づき、そこに登ろうと近づいた。

 

「………うぉッ!?」

 

 また死体だ。

 雪の塊かと思ったそれは、薄く雪を被った()()()()()の姿だった。

 俺は息を呑み、その姿を観察した。

 巨大な体だ。太い四肢、硬質化した皮膚。体のほとんどを隠すような大きな翼。

 それらを貫いて、矢や槍がいくつも刺さっていた。 

 

 俺はドラゴン族と戦ったことはない。そもそもクルザス以外には多くないからな。

 酒場でドラゴンを倒したって自慢するやつは、たいていワイバーンなどの眷属を倒したことを言っている。以前、ラノシアでゴブリン族の野営地にドラゴンが出たなんて噂を聞いたが、眉唾な話だった。

 

 ドラゴン族は知的な生物だとも聞いている。それがなぜこんな狂気に満ちた行いをするのか。

 こいつらの寿命は知らないが、そんなに大昔の祖先がやったことが気になるかね。

 しかし世の中天罰(てんばつ)てきめん。ってやつだ。人を襲うというのなら……。

 

 

 …………あ、嫌な予感がする。

 

 

 ドラゴンが目を開いた。

 その眼球を覆う膜のようなものが動き、光を返すのまではっきりと見えた。

 連鎖するように雪が、ずぶずぶと持ち上がる。

 クソッタレ──何でいつもいつも、不意打ちされるのは俺なんだ!!

 

 余計なことを考えている場合ではなかった。

 雪の中から勢いよく飛び出した()が、横薙ぎに俺の横腹へ直撃した。

 

「──がァッ!?」

 

 尾は俺の()()()をミシミシと鳴らしながら加速し、まったく虫でも払いのけるように振り切った。

 周囲の景色が吹っ飛び、一瞬だけ、間抜け面で俺を見上げる仲間たちが見えた。アイツラには空飛ぶ間抜け面が見えただろう。

 

 体が回転している。遠心力でそれは分かった。だが、クソったれッ! 景色が真っ白で、水平線を見失った!! だから雪は嫌いなんだ!!

 俺は上も下も分からず、無様に頭を抱えることしかできなかった。

 いつ来るか分からない衝撃に備える。それはやけに長く感じる。クソッ、早くし──

 

「ぶへぁァッ!」

 

 備えてたって突然は突然だ。俺は全身で柔らかい衝撃を感じ、そのままゴロゴロと転がった。

 ……柔らかい? そうか、雪だ!

 俺は雪によって殺された勢いで、体勢を立て直す。雪、最高!! 愛してる!!

 

 顔を上げ、頭を素早く振る。

 随分と飛ばされたらしい、離れたところでトールたちが武器を取り、ドラゴンと相対しているのが見えた。

 ドラゴンは、トールよりもずっとデカい。その全身を見て、俺はぞっとした。

 もう見るからに()()

 さっきまで仮死状態だったはずとは思えない。

 

 だが、そんなことは構わない。やってやるさ。

 どんな強敵だって、俺たち4人で乗り切ってきたんだ。

 俺は、武器を取るために腰の装備に手を当てる。重心を前に、駆け出す準備をする。

 

「…………?」

 

 俺は、腰の辺りをパタパタと触る。

 ……腰がある……こ、腰しか無い。

 

 た、た、た、短剣が、ない!!

 

「ハァッ!? う、嘘だろ!?」

 

 思わず声を上げて、俺は自分の腰を見下ろす。いつも短剣を引っ掛けているベルトごと、その姿を消していた。そんなアホな、早すぎる!!

 

 俺は混乱した頭で、自分が転がった雪のあとの方を見る。 

 柔らかな雪はすでに輪郭を崩して、転がった軌跡は、もう薄っすらとしか無い。落とした装備がどこにあるか、当然、わ、分からない!

 

「バッ、クッ、んなぁあぁあッッ!? 雪ぃぃいいぃィイイ!!」

 

 俺はその雪が残したわずかな跡に、ほとんど全身で飛び込んだ。

 

 雪が視界を覆っていた。吹雪は強くなる一方だ。

 空から降る分に加え、厚く積もった雪が風に乗って渦を巻いた。

 太陽の位置は分からず、空は薄く輝いている。目に映るのは白色だけだ。

 飛んできた雪が顔に当たり、体温を奪う。悪いことじゃない、頭を冷やすには役に立つ。

 俺は地面に顔を向け、膝を突いて雪をかき分ける。膝が濡れるが、構っている場合ではない。

 積もったばかりの柔らかい雪の層を、素手で押しのけて無くしたものを探す。安物の外套が水気を吸って、ひどく重い。

 

 風の音をかき消して、咆哮が響いた。

 それだけでも巨大な体躯であることを感じさせる、重い音だ。

 俺は焦りで足を滑らせて、雪へ頭を突っ込ませた。

 脇腹がずきずきと痛む。指は冷え切っていて、今にもぽろっと取れそうだ。

 

 クソッたれめ! 何だってこんなことに!!

 俺は雪の中で、この状況を招いたバカ野郎は誰だと呪った。

 

 だが、そのバカ野郎は、断じて俺ではない!!

 

「馬鹿野郎ッ!! 何してんだ!! とっとと来やがれ!!!」

 

 トールが怒声を上げるのが聞こえた。当然、俺に向かって言っているのだろう。

 そっちに目をやると、ドラゴンの頭を抑え込むように斧を振るうトールと、正面を避けるように戦うココルとジンの姿が見えた。 

 慣れない雪上の戦闘だ。その動きは明らかに精彩を欠いている。

 

 もうダメだ、やるしかない。嘘だろ……俺、これから素手でドラゴンに挑むのか!?

 俺に格闘士の心得なんて無い! そもそも格闘士だって素手では戦わない!!

 

 だが、クソッ!! やるしかない! 囮にだってなんだってなってやる!!

 俺は覚悟を決めて、頭を左右に振って雪を落とす。前へと顔を向ける。

 

 トールたちと俺の中央、雪上で何かが光を反射した。あれは。

 

 

────────────────────

 

 

「ハアッ……ぐッ、こんな死にかけが……押しきれねえッ!?」

『ガアアァァアアア────ッ!!』

 

 トールは体のあちこちに霜のようなものを付けている。ドラゴンのブレスを浴びたのだろう。

 俺は雪を蹴り仲間の方へ駆け寄りながら、声を上げる。

 

「トール!! しゃがめッ!!」

「──ッ!?」

 

 すぐに膝を曲げたトールを飛び越え、俺は左手に持った()()を正面に現れたドラゴンの頭へ叩きつけた。

 それに込めたエーテルはドラゴンの頭部へ伝わり、脳をかき回す。

 ドラゴンはうめき声を上げてのけぞった。

 

「お前らッ! 待たせたな!!」

「遅えッ! どこで油売ってやがった!!」

 

 トールが立ち上がりながら怒鳴り声をあげる。

 人の気も知らずに、うるせぇことを言うやつだ。脂汗なら売るほどかいたぜ。

 

 俺は左手に持った()をかざし、雪を薙ぐように右手の()をふるった。最初に見つけた死体から借りたものだ。

 こいつらも覚えてないだろうな。俺は元々ウルダハで冒険者をやっていた、元()()()だ!

 

「泣き言は聞こえねぇよ──さぁ、トール! 交代(スイッチ)だ!!」

 



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1−4

 

 剣を握る手に力を込める。剣先を揺らすと重さと長さが伝わってくる。

 盾を軽く回して、急いでその大きさを身体に覚えさせた。

 

 俺の一撃で目を眩ませているドラゴンに胸を張るように立った。胸を張ると言っても、目の前のソイツがデカいから自然とそうなっただけだ。すぐにでも衝撃から回復してこちらに向かってくるだろう。

 

 これからコイツの攻撃が俺に集中すると思うと、おっかなねぇな。

 俺が身に付けている装備は守り手専用じゃない、動きやすさ重視の、汎用的な代物だ。こんな装備じゃエーテルを十分に伝えられない。俺の真の実力を皆に伝えられない。

 

 ……やっぱり、やめておこうか。

 盾を持つのは久しぶりだ。そもそも俺は剣術士の頃から、正面は相棒に任せて背後から攻撃するスタイルだった。どうせ二つ名も”昼行灯”だ。

 最初にもらった脇腹のダメージも、思ったより大きい気がする。今朝は(わら)で寝ていたためか首を寝違えていた。

 よし、そうしよう。今回はサブに回ろう。

 俺はトールに振り返って口を開いた。

 

「フン……任せたぜ、フロスト。俺もたまには……好き放題ぶん殴りたかったところだ! そら──”シャーク”ッ!!」

「トール。げっ」

 

 トールが俺の背に拳を当て、微量のエーテルを送り込んできた。俺の体表を覆ったそのエーテルのパターンは、直前のトールのものだ。

 どんな生き物も無意識に相手のエーテルを見ている。モンスターはその傾向が顕著だ。”シャーク”という技は自身のエーテルのパターンを対象に写し、その敵視を誤認させるものだ。

 

 ほとんど同時に、ドラゴンの目が開き俺を見た。怒りに満ちた目を俺に向けている。

 クソッタレめ、”シャーク”の効果は抜群のようだ。

 ボロボロなのに、目は1ミリも死んじゃいない。俺を見下すその目からは、強者の誇りを感じさせられた。

 

「…………やるしかねぇか」

『ガァァァアアア──ッ!!!』

「やってやらァ! 来い!! ──うぉッ!?」

 

 ドラゴンがララフェル族をひと呑みにできそうな口で噛み付いてくる。

 俺は突っ込んできた頭の下に、盾を潜り込ませるようにしながら”いなす”。盾は真正面から受けるのではなく、受け流すのに使うのが基本だ。

 その試みは成功した。だがドラゴンは続けて何度も頭をぶつけてくる。

 何度もだ。体勢を、崩される……!

 

「うっぐ、なんて力だッ! …………ッ!?」

 

 ドラゴンは牙を振るいながら、俺を見ていた。

 目の色が、さっきと少し違う。

 その目は──おぉや、いつの間にかさっきと違う奴になっているなぁ、でもさっきの奴より与し易そうだなぁ──なんてことを考えている目だな!? このクソトカゲ野郎め!!

 

「舐めるな!!」

 

 俺は剣術士の技を発動させる。

 ”ファイト・オア・フライト(戦うか 逃げるか)”だ。

 心臓が強く脈打ち、血とエーテルが加速して全身を巡った。

 エーテルは脳にも作用して、全身のリミッターを外す。この技は、火事場の馬鹿力ってやつを引き起こすものだ。

 大幅に上がった腕力を使い、剣で殴りつける。鈍器と変わりはない。思い切り殴りつける。

 威力の向上に、ドラゴンが怯むのが分かった。

 

「”沼地より出ずる不浄の霊よ、その爪で我が敵を冒せ”! ミアズマ!」

 

 ココルが紫煙の塊のようなエーテル塊をドラゴンにぶつけた。

 瘴気の術だ。ドラゴンは臭いものでも嗅いだように、頭を振る。

 

「オラオラァァアア!!」

「シィィイイイッ!!」

 

 好機を察したトールとジンが左右から攻め立てる。俺はそっちに矛先が向かわないよう、正面を捉え続ける。

 

 盾の使い方で大事なことがもうひとつ。相手の視界のコントロールだ。

 俺はドラゴンの頭に押し付けた盾を細かく動かし、とにかくいやらしくその動きを妨害する。視線をこちらに向けさせ続ける。

 振り払おうとされればいなし、小さく剣を回して殴りつけた。

 苛ついているのが分かる。だいぶ……思い出してきたぜ、剣術士の戦い方をな!

 

 ドラゴンの目がぎらっと、再び色を変えた。

 

『ガァァアアア!! ムゥィク ゥイィッ! アク モーン ィイ アン エシュッ!!』

 

 ドラゴンは腹に響くような声を上げ、一気に飛び下がった。

 同時に、ドラゴンの瞳が怪しく光った。瞳にエーテルが渦を巻くように集中している。

 

「ぐっ……なんつう声を上げやがる……ッ。今のは……!?」

「ひぇっ!? な、なにか、しゃべった!?」

 

 トールとココルがうめいているのが聞こえた。”なにか”だって?

 いや、そんな場合じゃない。あの目が……何かマズい!!

 俺はドラゴンを追いかけようと前に出した足を急ブレーキで止め、体を大きくひねり振り返る。

 

「見るな!!」

 

 叫んだがそれは遅かった。

 俺の背後、ドラゴンの方から閃光のようなエーテルが放射されていた。

 

「がッ!?」

「うひっ?」

 

 トールとココルが驚きの表情のまま、ぎしっと動きを止めた。これは石化、いや麻痺か!? クソッ……邪眼ってやつか!!

 なんてクソッタレな攻撃だ。少しでも遅かったら全滅だった。

 

 かろうじて、ジンが向こうに顔を背けその邪眼を避けていた。

 流石だぜ。頼りになる。俺が振り向いたのに釣られて、ただ奥のほうを向いただけにも見えたが、そんなことは置いておこう!!

 

「…………ッ!」

「これが……ドラゴン族か」

 

 ジンが飛び出してきて、俺の横に並ぶ。その顔には焦りが見えた。

 まったくもって、バカ野郎は俺だ。

 舐めていたのはこちらの方だった。

 

 

────────────────────

 

 

 いつの間にか雪足は収まりつつあった。風は依然として強く吹いている。

 ドラゴンはごうごうと音を立てて息をしている。最初から死にかけだったんだ。もう飛び立つ事もできないだろう。それなのに4人を相手に圧倒している。大した生命力だ。

 だが、もうひと押し。そのはずだ。

 

「ジン、目を狙え。あれがエーテルの()だ」

 

 邪眼を放ったからというわけではない。あの眼を中心にエーテルが作用していた。恐らく視覚としてだけじゃない、重要な器官として働いているようだ。

 

 ジンは黙って頷き、刀を正眼に構える。

 

「来るぞ!!」

 

 ドラゴンが突っ込んでくるのに合わせて、俺は前に出る。

 頭を抑えようと盾を構えたところで、ドラゴンが鎌首をもたげるように頭部を引いた。

 盾を嫌ったか、狙いに気づかれたか。

 マズい……引き込まれた!

 

『ゴアアァァアアア────ッ!!』

 

 ドラゴンは右腕を振るい、俺とジンを続けてなぎ倒そうとする。

 俺はその腕を──

 

「貰ってやる! 来い──ッ!!」

 

 エーテルを展開して踏ん張り、盾を身に寄せて()()()()その巨大な腕を受け止めた。

 盾が身体に食い込んで骨がきしむ。ブチブチと血管や筋が切れる音が聞こえた。脳が揺れ、視界に光の点が飛びちった。もう頑張ったとしか言いようがない。

 普段なら後ろに飛んで殺す衝撃を、全部受け止めたんだ。

 

「よ、避けちゃだめなんてな……ホント、性に合わねぇぜ……」

 

 だが、俺の骨や筋を犠牲に、その攻撃を受け止めることに成功した。

 俺の位置はほとんど動いちゃいない。

 

 ドラゴンは苛立つように唸り声を漏らし、再びその腕を振り上げる。

 

『ガッアッ!?』

 

 そして、異変に気付いたようだ。

 振り上げた腕が、そのまま止まっている。

 俺は垂れてきた鼻血を拭い、ドラゴンに声を投げる。

 

「ゲホッ、ど、どうした? 動きづらそうだぜェ。ハハッ、タダで殴られてやるのもな……性に合わねぇんだよ!!」

 

 ”アァ────ムレングス”ッ!!!

 自身を足場に縛り付けるこの技は、”攻め手”だけではなく”守り手”も使う。

 衝撃を吸収するような効果は無い。

 だが、その縛り付けるエーテルを攻撃してきた()()に移し、動きを鈍らせる効果があることは、案外知られていない。

 ようするにネバネバしたエーテルを押し付ける感じかな。ばっちぃ。

 とにかく、(すき)としては十分だろう。

 

「ぜッアァァァアア!!」

 

 ジンが大気を震わすような気合を上げて跳躍していた。

 担ぐように構えた刀で、ドラゴンの目を斬りつける。長い刀身の(やいば)を全て触れさせるように、三日月のような軌跡を残して振り抜いた。

 一瞬遅れて、ドラゴンの目がぱっくりと開き、傷口から血が吹き出した。

 

『ゴォオオッ!! ……ヤゥ……イィ! ──ズァー スィン アーン キン!!』 

 

 ドラゴンは後ずさりして、怨嗟(えんさ)に満ちた声で叫んだ。

 声が雪の向こうへと消えると、遠くからギャアギャアと応えるような奇声が聞こえた。

 仲間、眷属を呼んだんだ。2つ。いや、3つか。

 

「フ、フロスト……ざ、雑魚は俺が、引き受ける」

 

 いつの間にかトールが近寄り、言った。

 強引に動き出したのか?

 無茶な野郎だ。ココルを見るにまだ麻痺は解けていないはずだ。

 トールはぎしぎしと体を動かしながら、眷属の声がする方に顎を向ける。

 

「うごご、こ、来いっやぁあ!!」

「トール……無理すんな。ハァッ……アイツは仲間を呼んだ……()()()、大丈夫だ」

「ああ? な、何言ってやがる」

 

 ギャアギャアと遠くに聞こえる鳴き声が、ひとつ途絶えた。

 風切り音が聞こえ、俺たちの近くに大きな何かが墜落した。雪を撒き散らし、何回転かして止まる。そのまま微動だにしない。

 落ちてきたのは。前足がコウモリのような羽になったトカゲのような姿。ドラゴン族の眷属、ワイバーンだ。

 

『アン キン──!?』 

 

 そのワイバーンの体には、巨大な鉄の(もり)が突き刺さっていた。

 エレゼン族の背丈程はある巨大な銛だ。

 

「プライドの高い生き物なんだ。いまさら仲間を呼ぶってことは、もう他に手がないって言っているようなもんだ」

 

 またひとつ。ワイバーンの声が消えた。

 俺は続けて言う。

 

「そして、()()()()じゃ……そいつは悪手だな」

 

 そうだここが噂の戦場だと言うことは、ここがあの()()()が行われた場所だと言うことは。

 

 風がひとつ強く吹いた。

 気圧のズレにそって、薄くなった雪の幕が割れて視界が開いていく。

 まず見えたのは崖だ。続けて巨大な石橋が現れ、中央から左右に伸びていく。

 はるか遠くに、雲海に浮くような巨大な城が見えた。

 そして手前には、巨大な城壁を備えた門、”大審門”が現れた。

 

「フン……もう着いてたってことか。あれが……”皇都”、”イシュガルド”か!」

 

 城壁に取り付けられた弩砲(バリスタ)から放たれた銛が、残りのワイバーンを貫いた。

 でかい見張り台に火が灯っているのが見える。ドラゴンと戦う前に、太陽に見間違えたのもあれだ。

 積もった雪が舞い上がる地面ならまだしも、空を飛んでる竜を見逃す可能性は低いだろう。雪が収まった今なら、そろそろ兵士たちがこのドラゴンにも気付いていい頃だ。

 

「どうする、ドラゴン。今なら見逃してやっても──」

『グルゥァァア──────ッ!! ガァァアアアア!!!』

「……そうかよ」

 

 ドラゴンは振り絞るように叫んだ。

 本当にしぶといやつだ。

 こうなったらありたっけだ。全部見せてやるぜ!!

 俺は雪に剣を突き刺し、エーテルを込める。

 

「”サークル・オブ…………”! ……ッ?」

 

 ──エーテルを展開しようとして、止めた。

 

「ハァッ……やっとか」

 

 雪から剣を抜き、俺は息を漏らした。

 

 ドラゴンは吼えたきり棒立ちで、ガクガクと四肢を揺らしている。

 牙をむき出した口を開け、ごぼごぼと大量の黒い液体を吐き出した。液体はどろどろとしたタールに似ていて、雪を溶かし湯気を立てている。

 

 ようやく、ココルの”ミアズマ”が効いきたようだ。

 毒気の術は破壊的な衝撃は起こさず、じわじわと効く。軽視されがちだが、エーテルに寄る作用だ。どんな生き物も避けられないし、トータルでみたその影響力は、呪術にひけはとらない。

 どこか重要な器官を冒したのだろうか。すでに、立っているのがやっとだったようだ。

 

 つまり、俺たちの勝ちだ。

 

 ドラゴンは牙の隙間からぼたぼたと液体を流しながら、俺たちを睨みつける。

 ゆっくりと口を動かし始めた。

 

『……マァ アラ……モーン……ャ……ィイ』

 

 そして、ようやくズシンと音を立てて雪に沈んだ。今度こそ、死んだ。

 

「……最期、何を言ったか聞こえたか?」

 

 俺は仲間たちにそう聞いた。いつの間にかココルも麻痺が解けたのか、近くにいる。

 

「はぁッ、ハァ……ああ。喋ってたのか? ありゃあ」

「ひ、ひひ。き、きっと、ココたちの健闘を(たた)えてたに違いないよ」

 

 ……そうか、あの()が聞こえていたのは、俺だけだったみたいだ。

 なんとなく言いたいことが分かる程度だったが、ドラゴンの声が反響するようにその意味を伝えてきた。

 最期も、思いっきり悪態ついてたな。

 

 俺には仲間にも言っていない、過去の光景を知る力がある。

 今のも、その力の一種だと感覚で分かった。妙な力だ。発動する時や、相手を選べない。役に立たない時の方が多い。この力が何なのか、そろそろ誰かに教えてもらいたいもんだ。

 

 突然、視界が回転して、真っ白になった。

 雪がちらちらと自分に向かってくるのを見て、ようやく自分がぶっ倒れたのだと気付いた。

 結構もらったからな。

 

「フロスト!?」

「……大丈夫だ……早く……癒しの術をくれ」

 

 カーバンクルが俺を気遣うように鼻先をこすり付けてくる。なでてやると嬉しそうに身をよじった。こいつ……今まで何してやがった。

 

「待ってな。フロスト、頑張ったからね。回復料20%引きだよ」

「…………早くしろ」

 

 こうしてようやく、俺たちはイシュガルドの足下までやって来た。

 いきなり名物のドラゴンと戦えるなんて、幸先の良いスタートだ……なんて、露ほどにも思わなかった。

 




ドラゴン語は公式の設定に沿うように書こうとしてますが、間違ってるかもしれません。
『弱っちい人間どもが! 俺の目で殺してやる!』
『糞人間が! 眷属ども、復讐の時だぞ!』
『俺の眷属が……!?』
『滅びろ……糞人間ども』
とか言ってます。


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幕間といった感じになります



 

 俺たちが石畳を鳴らして歩いていると、何人かの兵士の姿をした連中が”大審門”から現れた。ちなみに、この大審門というのが皇都イシュガルドに通じる唯一の門らしい。

 先頭の兵士が横柄な態度で、俺たちに話しかけた。

 

「貴様たちか? そこでドラゴン族と戦っていたというのは」

「ああ、あっちで死んでるぜ」

 

 突然息を吹き返したから、倒した。俺の話に、兵士たちは顔を見合わせていた。

 頭をすっぽりとおおう兜で、表情は伺えないが歓迎はされていなさそうだ。

 

「フン……ドラゴンヘッドの砦へと行けば、いくらか懸賞金が出るだろう」

「そりゃどうも。とにかく、少し休ませてもらうぜ」

「……長居はしないでもらおう。行くぞ」

 

 兵士たちは足音を揃えて立ち去った。

 ぼろぼろの旅人を見かけて、ポーションのひとつも寄越さないとはね。つれない態度だ。鎖国状態というのは本当らしい。

 城壁へ足を踏み入れると、何人か兵士がばたばたと走り回っているが、こちらを気に留めるものはいない。奥の方には頑丈そうな、巨大な門が固く閉ざされている。門の前にも兵士が門番として立っていた。

 

 こっそり通り抜けるのは、無理そうだ。

 一通り眺めた後、ここを抜けるのに”あて”があるなんて言っていたヤツに、声をかける。

 

「ココル。お前の()()ってのは……あてにできるんだろうな?」

 

 俺はココルの狙いが上手く行かなくても、門を避けるなり裏から回るなり、なんとでもなると思っていた。

 だが、それは大間違いだった。

 まったくいかれた風景だ。まるで彫刻で削り出したみたいに、イシュガルドは巨大な山のてっぺんにあった。尾根が細長くこの大審門まで続き、ほかは断崖絶壁だ。

 あてが外れた日には、ここまでの行程がピクニックに思えるようなハイキングの始まりだ。

 

 当のココルは手を目の上にかざしながら、きょろきょろと辺りを見渡している。

 

「まぁ、待ってよ……ココは運が良ければって言ったぞ……お、いたいた! ひひ、見てな」

 

 ココルは、にやっと笑うと、城壁の奥にすたすたと歩いていく。

 奥では門番がちょうど交代したところで、新しく来た男が槍の調子を確かめていた。

 門番はココルの姿を認めると乱暴な物言いをしながら、しっしと手を振った。

 

「ん? 何だ薄汚いチビめ。この国は人の出入りを制限している。下がれ──ッうごぉ!?」

 

 ココルはその門番の、すねの辺りを思いっきり蹴り上げた。

 隣に立つトールがぼそと呟いた。

 

「……何考えてんだ。アイツは」

「さぁな……いざとなったら、アイツは置いて逃げよう」

 

 俺は走り出す心づもりだけして、成り行きを見守った。いちおう辺りの兵士が気付いた様子はない。

 ココルは、怒りでだろう、少しうわずった声を上げた。

 

「ず、ずいぶん偉そうじゃないか……トマス!」

「うっぐ、あったた! こ、この……!? な、なぜ……私の名前を?」

 

 門番はしゃがみこんでいる。自分のすねを両手でこすりながら、蹴りを入れたヤツの顔を見上げた。

 犯人は両手を腰にあててふんぞり返りながら、言う。

 

「あいかわらずトードは苦手なのか?」

「な、何を……なぜ……!」

「ひひひ、ベッドにトードを入れておいたときが、いちばん傑作だったぞ!」

 

 なんつーことしてんだコイツ。いや、どういうことだこれは。

 門番は目を大きく見開き、口をパクパクさせている。

 

「…………! そ、そんな……ココ、おコ……おお、お嬢様!! よくぞご無事で……っ!」

「そう。ココだよ、トマス! 久しぶりだね。ちょうど番兵に居てくれて良かったよ」

「何をのん気なことを……皆、心配しておりましたぞ……」

 

 俺とトールは目を見合わせた。

 トールは何がなにやらって顔で肩をすくめているが、もう俺はだいぶ読めてきていた。

 門番とココルはまだ会話を続けている。

 

「ごめんよ……決めたことだったんだ。でも、今困ってて……仲間もいるんだ。なぁ、通してくれるよな? トマス」

「はい! よろこんで!」

「ありがとう……お父様には黙っててくれるな?」

「いえ! すぐに連絡をいたします!」

「ありが…………えっ」

「門を上げてくれ! このものたちは大丈夫だ。我が(あるじ)ゆかりのものだ!」

 

 門扉が音を立てて上がり、半分ほど開いて止まった。

 

「さっ。お早くお通りください。さあ、護衛の方もどうぞ!」

「わっト、トマス、それは……」

「悪いなトマスさん。通らせてもらうぜ」

 

 誰が護衛だとは言いたいが、通行証(ココル)に逃げられる前に行ってしまおう。

 俺たちが通ると、門はすぐに降ろされた。

 こうして俺たちは、イシュガルドへの一歩を踏み出した。

 

 

────────────────────

 

 

 その者はわずかなお供を伴いやってきた。

 陰謀により、あらぬ汚名を着せられ、辺境へと撤退しなければならかった。

 それでもなお再起を信じ、希望を探し求め、彼らは歩み続けていた。

 彼ら異邦の者たちが、この地で数々の冒険を成し遂げることを……この時、知るものはいなかった……なんてな。

 

「フロスト。何ニヤニヤしてやがる。ココル……てめえは良い加減に観念しろ」

「あわわ、まずいよ戻ろう!? 家出同然で飛び出したんだ……おおお怒られるぅ!」

 

 トールに小脇に抱えられたココルがじたばたと手足をうごめかせている。

 俺たちは、イシュガルドへと続く長い石橋の上を歩いていた。

 橋の上の風は強い。雪が石畳の上を走り、すぐに雲海へと消えていった。

 

「それにしても、あてがあるなんて言ってたが……ココル。お前まさか、()()()()とはな……なあ、ちょっと金貸してくれよ。かならず かえすから」

傍流(ぼうりゅう)傍流(ぼうりゅう)だけどね……ううぅ、ホントは言いたくなかったんだ……お前らに言うと、身代金とか言い出しそうだしな……」

 

 なるほど、その手もあったか。

 

 コイツの出自については、もともと妙だとは思っていたのだ。

 良いとこの育ちのようなのに、砂都、森都、海都の三大都市に馴染みがないようだった。”イシュガルド”というのには、まだ少し違和感は残るが……何か事情があるのだろう。

 

 長い橋を渡りきり、都市の足元までやってきた。巨大な都市だ。同じ石造りでも、ウルダハとは随分と様相が異なっている。

 荘厳な門が上がり、俺たちはイシュガルドへと足を踏み入れた。

 辺りを見渡す間もなく、すぐに私兵らしき連中に取り付かれた。

 

「お嬢様、よくぞご無事で。さあコルベール卿がお待ちです」

 

 色々見て回るのは、次の機会になりそうだ。

 

 

────────────────────

 

 

 ココル邸は、なかなかの豪邸だった。

 通された部屋はすこし暖か過ぎるくらいで、なにかいい匂いがした。

 外は他の建物と同じ石造りで、どちらかといえば地味な雰囲気だったが中は洒落ている。

 天井は高く、そこに吊り下げられた照明も細かい細工がしてあり、暖かく光を反射してる。つまり、高そうだ。そこいらに置いてある花瓶や燭台などの調度品も、いかにも瀟洒(しょうしゃ)といった感じで、もれなく高そうだ。良くは分からないが、配置なんかも洗練されているのだろう。

 イシュガルドってのは、戦争続きの貧乏な国だと思っていた。だが、金ってのは集まるところには集まるらしい。

 俺とトールとジンは、口をぽかんと開けて部屋を眺めていた。

 ココルは足元で、あーとかうーとか言っている。

 

 奥の扉が開き、豪華だが落ち着いた服装をした男が入ってきた。

 長身痩躯、とがった耳、エレゼン族の壮年の男だ。貴族らしく撫で付けた長髪に、整えられたヒゲを生やしている。

 

「お待たせして申し訳ない。お客人よ。我が名はアデール・ド・コルベール。お見知りおきを……さて、大変失礼だが、一時、時間をいただきたい」

 

 男はそう言って、俺たちの足元に強い眼差しを向けた。

 ココルが指をもじもじとさせながら、何歩か進んでコルベール卿の前に立った。

 

「ご、ご無沙汰しております。お父様」

「ココ……いや、ココルと名乗っているそうだね……娘よ」

「お、お父様……あ、あの私は……」

「少し、黙っていなさい」

 

 声を震わせるココルに、コルベール卿がぴしゃりと言った。

 

「……似てねえ親子だな」トールが呟いた。

「いや義理だろ、普通に考えて」 

 

 違和感に感じていたのはそこだ。なるほど、養子か。

 イシュガルドはエレゼン族主体の都市だ。貴族というなら、当然エレゼン族のはずだと思う。その貴族が、ララフェル族を養子に取るとはね。相当の事情か、変わり者だ。

 

 コルベール卿はココルを見下ろしたまま、厳しい声で話す。

 

「お前は家人の言うことも聞かず、家職も放り出して飛び出した。あまつさえ、こうして自身が困窮した時に、投げ捨てた家を頼るというのは……まったく身勝手で浅慮な行いだ。そう思わないかね」

「う、うぅ……」

 

 ココルはすっかり小さくなり、シュンとしている。

 隣のトールが前に出ようとしたのを、俺は軽く肘をあげて止めた。

 俺たちが口を出す権利はない。必要もな。

 

 コルベール卿は俯いたココルの前にひざを床につき、今度はその顔を見上げて口を開いた。

 

「だが、こうして無事で居てくれたことを」

 

 先程までとは違う、優しい声だった。

 

「そしてこうして父を頼ってくれたことを、嬉しく思ってしまう……私もまた、浅ましい人間だ。本当に、良く無事で戻ってきた……喜びを隠しきれない父を、笑ってくれ」

「……っ……お父様!!」

 

 二人はひしっと抱き合った。

 へぇ、いいもんだな、親子ってのは。

 暖かな雰囲気と空気が流れ、花の香りが鼻腔へ届いた。香りが来た方を見ると、天井に網のような格子のようなものがあった。

 

 親子は少しの間そうしていた後、顔を離したコルベール卿がココルに語りかける。

 

「急ぎ古い知り合いへ連絡をとり、事情を調べさせてもらったよ。追われているのだね」

「はい……申し訳ありません。もし家名に傷を付けてしまうことになれば、私は……」

「良い、娘よ。分かっている……冤罪(えんざい)なのだろう?」

「……ぉぶ…………はい! お父様!」

「安心しなさい。イシュガルドでの滞在は、おまえの仲間を含めて手配しておこう。さて、仲間といえば……」

 

 おう、お父様、騙されてんぞ。

 コルベール卿は立ち上がると、こちらに向き直り優雅に頭を下げた。

 

「お客人、家人同士の揉め事を見せるなどと、お恥ずかしい真似をした。娘が世話になったこと、心より感謝致す。ひとまずは我が家へ滞在していただき、疲れを癒して貰えれば幸いだ」

「んあっ? あ、あっと」

 

 俺は頭を下げられたことに、ちょっと動揺してしまった。

 こんな風にきちんとした挨拶をするなんてこと、経験にない。心構えも何もない。

 

「こ、こっちらこそ、ソイツ……いや、ココルには助けられてて…その、都市に入れてくれて、助かったぜ……いや、ありがとうございます。よろしくおねぎゃしいまっ」

 

 …………クソッタレ! ぐだぐだだッ!!

 こちとら正真正銘の一般冒険者だ。貴族の挨拶なんざ知るものか!

 

「ふふ、自由に喋ってくれて構わない。冒険者風の口調は、娘がよく真似をしていた」

「……悪ぃな、そうさせてもらう。世話になるよ、助かるぜ……んだよ、トール」

 

 トールは笑うのをこらえるような面でニヤニヤとしている。

 

「締まらねえヤツだよ、お前は」

「うるせぇ、黙──」

 

 俺とトールの会話に、ガチャリという音が割って入った。

 

「コルベール卿っ! 暖房装置の修理、終わりまし……あっ、ごめんなさい。お客さんですね」

 

 続いた声は女のものだ。

 声の方を見ると扉が小さく開き、フードを目深に被った頭がおずおずといったように突き出していた。フードも服も、ほとんど見えない顔も、黒い機械油か何かで汚れている。 

 

「ルッカ君、ご苦労だったね。報酬は後で届けさせるから、上がってくれて構わないよ」

「はいっ。ごめんなさい、これで失礼します」

 

 女は嬉しそうにフードを揺らすと、頭を引っ込ませ扉を閉じた。

 

「彼女は技師でね。色々と家をいじって貰っている。さて、立ったまま話すこともあるまい。奥へ行こう、食事の準備ができる頃だ……ぜひ、旅の話を聞かせてくれたまえ」

 

 

────────────────────

 

 

「うお。このプギルの小せえみてえなの、美味いな……タレが美味い。なんだこりゃあ」

「トール、このフラン属みたいのもの良いそ。うわ、うっめぇ……それこそフラン属ぐらいのサイズで食いてぇぜ」

 

 食事は豪華なものだ。見たことのないものばかりで、どれも複雑な味がして、美味い。

 俺とトール、ジンが横並びになり、向かいにココルとコルベール卿が座っている。

 

「タレじゃなくて、ソースっていいなよ。それに、いちいち魔物に例えるなよ。もう、恥ずかしいなぁ」

 

 俺たちが料理に舌鼓を打っていると、ココルが呆れたように言った。

 いやぁ、実に美味い。美味いが……なぜこんなに、皿ばかりがでかい?

 どれも大きな皿の上にちょこんと乗っている。もっとどさどさ乗せてほしいものだ。ジンなど皿まで舐めそうな勢いだ。

 おまけに、順番にゆっくりと出てくるものだから、焦れてしかたがない。

 そういう文化なのだろうが、美味い分だけそわそわしてしまう。

 

 ココルは慣れているのだろう。ちまちまと行儀よく食べてる。いつもの食いっぷりを親父さんに見せてやりたいね。

 

「娘よ、お客人に失礼だぞ。家にいる時は、家人として振る舞いなさい」

「うへぇ……はぁい」

 

 コルベール卿はココルをたしなめると、俺たちに向かって微笑んだ。

 

「ふふふ、楽しんでいただけているようで、なによりだ。さてお客人、良ければ冒険の”目的”を聞かせてはもらえないだろうか……実のところ、私は物語の蒐集(しゅうしゅう)を趣味としている。娘が冒険に出たのも、羨ましく思う気持ちもあったのだ」

 

 なるほど……これはとびきり変わり者の貴族のようだ。よく見れば、部屋にはあちこちに本が置きっぱなしになっている。ココルが物語の類が好きと知っていたが、父親の影響が大きそうだ。

 コルベール卿の言葉を聞き、俺はトール、ジンと互いに目を合わせた。

 

 冒険の目的、か。

 一言では言い表せないさ。俺たちはまだ見ぬ風景。感じたことのない体験。そういうものを追いかけている。

 栄誉なんていらないんだ。危険すらスパイスに、黄金の価値のある()()を求めている。見つけたものがホンモノの黄金なら、そりゃヒツゼツに尽くしがたい。

 そしてそんな日々を糧に、夕日を肴に、美酒を喉へ流し込むのがなによりの喜びだったりするんだ。

 しかし時間は有限だ。全てを伝えるのはいつだって無理だ。言葉は選ばないといけない。

 俺たちは的確な言葉を思い浮かべ、前を向いて口を開く。

 

「金」

「飯」

「酒」

「あとは……」

「……観光かな?」

「それだ」

「ぜぅ」

 

 俺、トールが交互に口を開き、最後にジンがうなずいた。

 

「…………なるほど」

 

 コルベール卿はなんだか、物足りなさそうな顔をしていた。

 その横でココルが頭痛でもするのか、こめかみを抑えている。

 

「………ふむ………つまり、見たことのない景色や、出会い。その経験を噛みしめるための、(うたげ)や交流を、大事にしているということだね」

 

 コルベール卿は目をつむり、言葉を絞り出すように言った。大体あっている。言っておいて何だが、正直おどろきだ。

 だが、やはりこの貴族は、まだ分かっていないだろう。俺たちに取って冒険は生業(なりわい)なんだ。生きるため、なんだ。

 

「良いように言えば、そんな感じさ。だがコルベール卿、実際、俺たちはロクでなしの野良犬みたいなモンだ。縄張りがないと生きていけねぇ。

 三国には冒険者ギルドっつぅ、仕事の斡旋をしてくれる場所があったんだが……この辺りにそういうのはあるか?」

 

 コルベール卿は、ふむ、と言って自分のヒゲをなでた。愉快そうに微笑んでいる。

 

「ふふふ、そうだな……このあたりには冒険者という生き物はいない。酒場で仕事を探すといい。君たちの冒険譚を、楽しみにしているよ……さて」

 

 言いながら立ち上がったコルベール卿は、すぐ後ろにあった棚の、分厚い本を一冊手にとった。

 本の表紙をなでながら、元いた席に座り口を開く。

 

「物語には、それにふさわしい背景が必要だろう……この国の歴史について話しておこうと思うが、どうだろうか?」

 

 そう言ったコルベール卿は、いかにも話したくて仕方がないって顔をしている。

 俺たちは頷いた。

 

「ああ、頼むよ。教えてくれ」

「ふふ。さあそれでは、イシュガルドの建国神話……その第1章第1節から紐解かねばなるまい……」

 

 

          *

 

 

「……その前に、君たちが戦ったドラゴン族について話しておこうか」

「よっ、待ってました」

「フン。気になるところじゃねえか」

「ふふ、千年に渡るドラゴン族との因縁は聞き及んでいるね。

 だが、ドラゴン族の寿命が優に千年を超え、上位種に至っては五千年以上その名を残す……恐らく寿命など無いだろうことは、知られてはいまい」

 

「……はぁッ? 寿命がないだァ!?」

「お、驚いたぜ……そんな生き物がいるのか……」

 

「そう、奴らに人間の時の概念は通用しない。千年前だろうと、昨日の出来事と変わりはないのだ。

 ……それを抜きにしても、狂気であることに変わりはないだろうがね」

 

 

          *

 

 

「いったい、なんでそんなに恨まれてるんだ? 何かあったんだろ?」

「その千年前の出来事こそが、イシュガルドの()()()なのだよ。”トールダン”という偉大な男が、天啓に導かれ、一族を連れてクルザスの地へやってきた」

 

「ふうん。なるほどな、そいつが王様か」

「ふふ、結末を急くものではないぞ。彼らが深い谷間に差し掛かった時、2つの赤い光が揺れた。

 それこそが”終末の日の翼”、”死体裂く者”、”邪竜”……! そう……”()()()()()()”だ」

 

「おお……ヤバそうな奴が出てきたぜ」

「盛り上がってきたな。ジン、そこの酒瓶くれ」

「ぜぅ」

 

「おっと、危ない……その前に、建国十二騎士についても話さねばな」

 

 

          *

 

 

「──四大名家の祖でもある、フラヴィアン・ド・フォルタンが持つ盾。その(いわ)れは、美しき一角獣が関連している。一角獣とは──」

 

「……これ……何人目だっけ?」

「…………さっきのゼーベンとかってのが5人目だろ、だから……」

「建国十二騎士のシルヴトレル・ド・ゼーメルですぞ、トール殿……おお、ゼーメルと言えば、ゼーメル要塞は見かけたかね? あの場所は天然の洞窟を利用した歴史深い要塞で──」

 

「……悪ぃ、トール」

「…………そのデザートを。よこせ」

 

 

          *

 

 

「それで洞窟と言えば、聖ダナフェンの落涙は……おっと、聖ダナフェンというのはね──」

「……あっ、ま、待った、ソイツなら知ってるぜ、ココルが教えてくれた! だから……」

 

「おおそうか! そう、ダナフェンという聖人はその昔、邪眼の魔物相手に、目隠しをして倒した伝説がある。そして戦神”ハルオーネ”の信徒として、模範的な勇敢さが讃えられて──」

 

「……だから………あ……はい」

「…………」

 

 

          *

 

 

「そう、氷河と戦争を司る女神にして、我らがイシュガルドの守護神。ハルオーネはその氷属の神力によって星一月の運行を務め……! ああ、星の動きといえば、アドネール占星台を見たと言ったね? あれは通常の時の概念を持たないドラゴン族の周期性が星にあると見出したことを端とする占星術を知らねば、理解できまい。占星術というのは──」

 

「……フロスト。そこの酒瓶くれ……」

「ああ…………空だけど、いるか……?」

「……じゃあ…………置いとけ……」

 

「そして占星術は元をたどると、”シャーレアン”が発祥となる。そう、あのシャーレアンだ! シャーレアンはここより西方で”知の泉湧き出ずる都市”とも言われ、15年前の”大撤収”により、今はその跡地に”イデルシャイア”と名乗る──」

 

 

          *

          *

          *

 

 

 俺は熱弁を振るうコルベール卿の横で、デザートのケーキをゆっくりと薄く削るように食べているヤツに声をかける。

 

「なぁ……おい、ココル」

「ん? なに?」

 

 熱弁はこの間もずっと続いているが、ココルは何でも無いような顔で答えた。

 ちなみにトールは死んだ目で前を見つめていて、ジンは完全に白目を剥いている。

 俺は少し、テーブルの上へ前のめりになりながら言う。

 

「この辺には、冒険者が泊まれるような宿はあるのか?」

「あるよ。ほら、さっき言ってた酒場ってのにいっしょになってる。でもなんで? ウチに泊まればいいじゃん? 遠慮しなくていいよ」

「ああ、いや、わりぃよ……肩も凝っちまうしな……ほら、(ぶん)ってもんもあるしな……」

 

 ココルはぺらぺらに削がれたケーキを口に入れながら、首を傾ける。

 

「なにモゴモゴ言ってんだよ。はっきりしなよ」

「……第1章から、この調子じゃ……ちょっとな」

 

 俺はそう言って、ココルの横に目を移した。

 

「そしてその瞬間!! その男、”ハルドラス”は高々と名乗りをあげ槍を天へと突き出した!! そしてぇ輝ぁく! ド・ラ・ゴ・ン・ダイブ!! ずどぉぉん!! ニーズヘッグはたまらず悲鳴を上げた!! グオオオオオオオンンン!!!」

 

 貴族の娘は耳を真っ赤に染めて、突っ伏した。

 



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3−1

 

「──ハァッ!? お、王家転覆ゥ? あ、あの、”光の戦士”が?」

 

 俺はその話を聞いて、思わず声を上げた。

 話の主は慌てたように小さな指を口に当てながら、器用に小声で叫ぶ。

 

「しぃ──ッ! ばかっ! 大きい声出すなよ……そういう(うわさ)なんだ」

 

 リンクパールを通じてそういう話を聞いたと、ララフェル族のココルは高い声を抑えて言った。

 このクルザス地方から離れたエオルゼアの中心地では、その話で持ち切りらしい。

 俺たちがいる”忘れられた騎士亭”は、クルザス地方の皇都”イシュガルド”にある大衆酒場のひとつだ。今は昼食を食べに来た客で賑わっている。

 このイシュガルドに着いて、何日かが過ぎていた。この酒場はお気に入りだ。

 

「そいつは。ちょっと信じられねえな……何でそんなことをするってんだ」

 

 低い声でうなるように言ったのは、トールだ。ルガディン族らしく、赤く錆びた剣山のような(ひげ)を触りながら眉をひそめている。

 ココルは両手でジョッキをいじりなら、うつむきがちに口を開く。

 

「なぜかなんて、知らないけど……かなり確かな話らしいんだ。あのウルダハの王女も、もう何日も姿を見せてないって……あ、暗殺されたって噂も出てるのに……」

「……信じられねえな。強ぇ奴が、暗殺だと?」

 

 認めたくない。そう言いたそうにトールは繰り返し答えた。

 

 光の戦士とは、ここエオルゼアでは有名な人物だ。”英雄”だの、”蛮神を征するもの”だの……その噂は、枚挙に(いとま)がない。

 ソイツは()()新人冒険者として名を上げ、最後には国を救った。まさしく英雄譚の主人公だ。

 ……俺とトールは一度だけ、その背を戦場で見かけたことがある。その強さを目の当たりにした。腹立たしいことに、それは大きな借りだ。そう思っている。

 俺は給仕の人に手を上げ、エールを追加で注文した。

 ここクルザスは環境エーテルの影響で、年中雪の降る気温の低い地域だ。だが、だからこそ、暖炉(だんろ)の火で温まった室内で飲むエールは、格段に美味い。それが昼間ならなおさらだ。

 渋い顔を作り黙る二人に、俺は言う。

 

「いや、俺はやると思ってたぜ……そりゃそうだろ? 英雄だなんて祭り上げられてりゃ、そりゃあ次は王座にだって着きたくもなるぜ」

 

 間違いなくそうする。俺だったら、そうする。

 トールは鼻から息を吹き出すと、少し残念そうに呟いた。

 

「……フン。英雄も、人間か……それでココル。捕まったのか? ”光の戦士”は」

「逃げたって。”(あかつき)の血盟”の人たちも、みんな」

 

 暁の血盟もエオルゼアでは知られた名だ。

 俺たちもしばらく所属した、”クリスタルブレイブ”の母体のようなものだった。エオルゼアの救済を目的とした集団で、”蛮神”問題の解決に加え……ア……アシ……なんとかって言う(やから)とも争っているらしい。かなり重い問題のようだった。俺たちがクリスタルブレイブを辞めるのに前後して、それらとの戦いで犠牲者も出たと聞いていた。

 ”英雄”も、続く戦いの中では少しくらいおかしくなっても不思議じゃないさ。

 

「案外、この辺りに逃げてきてるかもな! ハハハッ──おっと」

 

 笑う俺のそばに、小柄な影が立っていた。エプロン姿で、エールの入ったジョッキを持っている。

 

「お待たせしました、エールでっす」

「ああ、ありがとよ。あとアンテロープの串焼きも追加で」

 

 最近見かけるようになったララフェル族の給仕さんだ。かしこまりましたでっすと、頷きながら立ち去った。

 俺は木をくり抜いたジョッキを口に寄せながら、辺りを眺める。

 イシュガルドにはララフェル族があまりいないと、ココルや、ココルの親父のコルベール卿の話で聞いていた。だが全くいないというわけでもなさそうだ。

 酒場の隅ではなんと、黒い角を生やしたアウラ族もいる。エオルゼアではあまり見かけない種族のはずだ。そいつは見るからに凄腕だ。だが拒絶の雰囲気が強く漂わせ、近寄る気にはならない。

 イシュガルドは閉鎖的と言うが、意外に多様性のある国かもしれないな。

 

 アウラ族と言えば……またか。ジンがいない。

 ジンは俺たちの仲間の一人だ。背が高く、東方の格好に刀を差したジンは、ひどく目立つ。フラフラ出歩いて迷子になるならまだマシだ。妙な厄介事を持ってこないといいが……。

 

 頭上でカラカラとドアベルが鳴る音がした。

 屋外へつながる扉が、吹き抜けになったこの建物の上の方にある。壁に沿うように取り付けられた階段から、足音が降りてくる。

 足音で分かる。ジンだ。

 そして……足音で分かる。()()()のようだ。

 

「貴方達がこの迷子の仲間? ……イヤだ、もう飲んでるの? 下賤(げせん)ね」

 

 まだ昼間よ、と悩ましげに言ったのは、もちろんジンではない。ジンは共通語を使えない。

 ジンの背後から現れた見知らぬそいつに、俺は呆気に取られていた。トールとココルもぽかんと口を開けている。

 ジンが気まずそうな顔で、のそのそとトールとココルの間に座った。

 謎の人物は続けて言う。

 

「ドラゴン族を倒した余所者(よそもの)というのは、貴方達……? ……そうは見えないわね」

「……はぁ……どうも。えっと、どちら様で?」

 

 見下した目で言葉を吐き捨てるそいつに、俺はなんとか声を絞り出した。

 迷子を保護しただけじゃないな。どうやら俺たちが目当てで現れたようだ。

 

「貴方がリーダー? ……フン、がっかりね。神殿騎士団のジャンヌよ……覚えなくても良いわ。どんな面をしてるか、見に来ただけだから」

「……あぁ、そうかい」

 

 失礼な奴だ。ま、それぐらいが接しやすいさ。

 神殿騎士団とはイシュガルドの国防、治安維持に関わる軍事組織だ。あの有名な竜騎士の部隊もそこに含まれる。国軍だけあって大きな組織だ。()()()のなってないヤツも、混じってるということか。

 

 それにしても奇っ怪な姿だ。

 ソイツは身体的な特徴はミッドランダー族を示しているが、背も高く鍛えすぎているせいか、そうは見えない。

 やけにバサバサとしたまつ毛だ。唇になにか塗っているのか、白くテカテカとしている。肌は浅黒く雪国に合わない。髪はサイケデリックな色に染めている。

 ジャンヌと名乗ったそいつは、背の高い筋骨隆々の男だった。

 

「大した連中には見えないわね。で、も」

 

 だが、喋り方や化粧はどうだって良い。見せたい角度があるのか知らないが、体をくねくねさせられるのも心底うっとおしいが、まあ、良い。

 

 気に食わないのは、その目つきだ。

 そいつは口元を歪め、不躾な目で俺たちを順繰りに眺めた。感じが悪い、というより、気色が悪い。

 値踏みするような目だ。興味と……憎しみも感じられた。

 俺とトールの間に立ったジャンヌは、馴れ馴れし手付きでトールの肩に触れた。

 

「……アナタは、なかなか見どころがあるわァ」

「………………勘弁してくれ」

 

 トールはぞわぞわと鳥肌を立て、小さな声で呟いた。俺が笑いをこらえて顔を伏せると、ココルが同じようにしていた。

 

「あなた、神殿騎士には興味なぁい? 私の分隊にって、口を聞いてあげるわ。こんな未来のないヤツらと、つるまなくても良くなるわよ」

 

 その言葉にトールは表情をピクリと動かした。

 そして肩に乗った手を払いのけると、目をギロリと動かして言った。

 

「興味ねえな。クソ退屈そうだ。おい……気安く触るんじゃねえ」

「…………ッ! この……」

 

 何の(つくろ)いも(ひね)りもなく、淡々と言い放った。

 手を払われたジャンヌは目に怒りを浮かべ、唇をピクピクと震わせた。トールはその目を黙って睨み返している。

 

 トールは”守り手”として、天性のものを持っている。それは腕力や体格だけじゃない。敵愾心(てきがいしん)を煽るという才だ。

 低いトーンの声や乱暴な仕草、目つき、そして若さからくるだろう無鉄砲なクソ生意気な雰囲気。それに飲まれたものは萎縮し、そうでなければコイツに自分が上だと示すのに、やっきになるだろう。

 つまり何が言いたいかと言うと……俺の仕事がやりやすいってことだ。

 俺が笑みを噛み殺しながら視線を上げると、ジンが呆れたようにこちらを見ていた。目ざといやつだ。

 

「……まあ良いわ。精々大人しくしていなさい。迷惑をかけない虫けらなら、わざわざ潰さないわ。サヨナラ。異端者を追わないとイケナイの……貴方達がそうだったら良かったわ」

 

 そう言ってジャンヌは背を向け、来た方の階段へ歩みだした。

 ……異端者? ああ、コルベール卿の話にあったな。ドラゴン族側に立った人間のことだ。屈服したのか、何か利益でもあるのか……色んな人間がいるものだ。

 ドアの閉まる音を聞き、安心した俺は泡の引いたエールを持ち上げようとして、取り落しそうになった。

 テーブルをバンバンと叩く者がいた。

 

「な、なんだアイツ……むかつく、ムカつく!! フロストッ! 何でお前はなにも言い返さないんだ!」

 

 ココルだ。そういやココルにしては珍しく噛みつかなかったな。親族が貴族のコイツには、立場ってのもあるだろう。

 

「まぁ落ち着けよ。嫌味を言われたぐらい、別に怒るほどのことじゃねぇだろ? それに──」

 

 俺は余裕たっぷりに見える態度を示しながら、

 

「一杯、奢ってくれるみたいだからな」

 

 手に持った革の袋を持ち上げてみせた。

 あいつが()()()()()()それを軽く振ると、チャリチャリと子気味のいい音が鳴った。それなりのお給金を貰っているみたいだな。

 

「…………クッ、ガハハハ! やりやがったな!」

「アイツの財布? スったの? うわー……ひひひ、フロスト! このドロボーめっ!」

 

 ……おっと待てよ。今のは聞き捨てならないな。

 俺はゆっくりと財布の紐をほどきながら、チッチッと舌を鳴らす。

 

「ど・ろ・ぼ・う? 俺を呼ぶなら──ん?」

 

 答え始めたところで、意識を中断された。

 財布から、貨幣ではない()()()としたものがこぼれ落ちた。

 

「何だこりゃ? …………クリスタル?」 

 

 俺はそれを手に取り、目の高さに持ち上げて観察した。

 それは確かにクリスタルだが、普通のクラフトなどに使うものとは、少し違うように見えた。

 針金が固定され、細い鎖が繋がっている。装飾品にしては無骨な作りだし、クリスタルをそのまま装飾品にすることは余り無い。それに……強い()を感じる。

 

 俺がそうしてソレを眺めていると、息を呑むような音が続けて聞こえた。

 

「うわっ!? フ、フロスト、それ!!」

「お、おい。まさか、ソイツは!?」

「………………ッ!!」

 

 トールとココル、珍しいことにジンまでも、目を見開き、息を詰めるようにして俺が手に持ったソレに視線を注いでいる。

 

「な、何だよ。コレ、知ってるのか?」俺はその剣幕に、たじろぎつつも聞いた。

 

 ココルがつばを飲み込むように頭をコクと動かし、口を開いた。

 

「一度見たことがある……間違いない。そ、それは、()()()()()()()()だ……!」

 

 

────────────────────

 

 

「へぇ、これが……()()

 

 もちろん、ソウルクリスタルについては聞いたことはある。冒険者を続けていれば耳にする。だが大したことは知らない。それを持てば技や力を得ることができるってことぐらいだ。

 ソウルクリスタルを持つような者は多くない。それを持つ者は、冒険者が属するギルドと違い、一家相伝や伝統芸能のような形で、少数に受け継がれることがほとんどだ。

 そういう限られた戦闘技能を持つ集団を、門戸を広く開いた”職業組合(ギルド)”と対比して、”(ジョブ)”と呼ぶこともある。

 

「そう、それにそれは……”ナイト”のソウルクリスタルだ」

「”ナイト”……ウルダハのか? 何でアイツが」

 

 ”ナイト”とは、単に騎士(ナイト)という意味だけじゃない、ひとつの剣術集団を指すことがある。砂都ウルダハの銀冑団に伝わる、”守り手”に特化した集団だ。魔術も操り、無敵みたいなふざけた名前の技も有名だ。

 

 ココルはクリスタルから目を動かさずに続けて言う。

 

「ウルダハとイシュガルドも、昔は技術交流もあったしね……その頃のものじゃないかな。それに神殿騎士も、ウルダハの騎士も、技術体系はほとんど一緒だよ」

 

 なるほど。

 ココルの言葉を、俺は意外には思わなかった。

 エーテルを使った技術というのは、非常に洗練されている。どんな場所、どんな相手でも、同じ武器を持っていれば同じような動きになる。それぞれの武器の技術体系は、それほどに広く深く浸透している。

 ナイトの技も発祥がウルダハの銀冑団というだけで、その技術はある程度広まっているのだろう。

 

 俺は改めて、手のひらに収まるそのクリスタルを眺めた。淡く、揺れるように光っている。

 不思議な輝きだ……俺は何か吸い付いてくるような、引き込まれるような感覚を受けた。その感覚に従って、俺はクリスタルに軽くエーテル伝わせた。

 

「う……こ、これは!?」

 

 クリスタルが強く輝き、込めたエーテルが共鳴してある感覚が伝わってきた。

 そのクリスタルの光を見たココルが声を上げた。

 

「お、驚いた! フロスト。お前、ナイトの才能があるんだよ!」

「……な、なるほどな、ソウルクリスタル……これは、技の記憶か……!」

 

 俺に伝わってきたのは、”ナイト”の技術だった。妙な感じだ。使い慣れた道具を持ったときのように、乗り慣れた座席に座ったときのように、すでにその技たちを使い慣れたような感覚だった。

 驚くべき代物だ。本来なら長い時間をかけた修練で得る()()を、一瞬で体得できるようなものだ。そりゃあ、ありがたがられるわけだぜ。

 

「ナ、ナイトだと……? フ、フロスト。ちょっと、俺にも貸してみろよ」

 

 トールは体を前のめりにさせ、手を差し出してくる。

 俺がエーテルを伝えるのを止めるのと同時に、クリスタルの光は消えた。

 

「ああ、ほらよ。ココルはともかく……お前もよく分かったな、トール」

 

 俺はトールにクリスタルを渡しながら、これがソウルクリスタルと見抜いたわけを聞いた。

 トールはクリスタルを受け取ると、そのまま強く握りしめた。

 

「ぐっぬぬぬ……俺が住んでた村に、(まじな)い師の真似事をしてる爺さんが居てな。これとよく似たものを持っていた……」

「ト、トール、次貸してっ! なあフロストっ、どんな感じだった?」

 

 ココルは興奮した様子で俺に詰め寄ってくる。俺がクリスタルから何を感じたかを伝えると、ふんふんと頷いて考え込むようにしている。

 

「……なるほど、コツ……記憶か」

「ああ。何なんだこれは?」

「分からないよ……でも……なぁ、前に、トームストーンの話したの覚えてる?」

 

 トームストーンとは古代帝国アラグの碑石だ。好事家が集めてはいるが、冒険者にとって直接利用できるものではない。ただの交換材料だ。

 

「ぬぅぅうう……情報がどうとか言ってたやつか……っぬぅぅぉおお」

「そう、情報媒体。恐らくだけど、それに近いものなんだと思う。

 もちろん文章や音声としてじゃない。つまり技や術、そういうものがエーテル波長として、記憶されてるんじゃないかな。それと……これは、そのクリスタルによるんだろうけど……”思い”や”気持ち”……つまり、”魂”も」

 

 どんなものにしろ、使い込んだ道具には”クセ”のようなものが残る。そういうものを手にした時に、自然とそれの動かし方が分かることがある。きっとそういうものなのだろう。知らんけど。

 

「ぬぅううぅうう!!」

「魂ね……()()()クリスタルだもんな。大量生産できないか? 高く売れそうじゃねぇか」

「わかんないよ、魂や記憶を結晶化するなんて……よほど長い時間か、アラグ並みの技術がないと」

「ふんッぬぉぉぉぉおおおお!!!」

「うっるせぇーーッ! トール、諦めろ!!」

 

 トールは顔を真っ赤にして(元々赤い肌だが)、額に青筋を立ててクリスタルを握りしてめている。全く光る様子はない。そもそも力を込めればどうこうってモンじゃねぇ。

 

「──クソがあッ!! なんで俺がナイトになれねえ!!」

 

 トールは吐き捨てるように声を上げ、テーブルを叩く。

 ナイトに憧れてたのか? 分からなくもない。ナイトといえば物語にもよく出るいわゆる花形だ。コイツはそういうのに憧れる、ミーハーなところがある。まあ、フォローぐらいしておくか。

 

「ふっふーん。ま、しょうがねぇよ、トール。こういうのはさ、ほら、才・能だからさ……仕方が”ないと”いうもんさ。別にナイト才能が”無いと”言っても、これからじゃねぇか。”なっ、意図”的にどうこうできるもんじゃねぇよ。がんばら”ないと”な!!」

「…………う、うごごぉぉお……コイツコロス……いつか、ブッコロス……」

 

 俺はトールに励ましの言葉を贈りながら考えていた。

 そもそもトールは剣も盾も使ったことない。少なくともこのソウルクリスタルに込められたのは、ナイトの応用としての技術だ。

 俺には剣術士の経歴があり、土台がある。そうではない剣を握ったことがない人間に、剣を使った応用技術の”コツ”を伝えたって分かるはずがない。面白いから言わないけど。

 

 俺とトールのやり取りを、からからと笑いながら見ていたココルが口を開いた。

 

「まぁ、クリスタルがどれぐらい人を選ぶかなんて、知らないけどね。すごいんじゃん、フロスト。これがあれば、お前…………あっ……」

 

 ココルは機嫌の良さそうな顔を一転させ、真っ青な顔で止まった。

 

 …………ひどく、嫌な予感がする。

 

「お、おい、何だよ……か、顔がこわばってるぜ? お、驚かしてるんだろう?」

 

 俺はすでに逃げ出したい気持ちになりながら、なんとか声を絞り出した。 

 

「ははは。あ、あ、あのさ。そのクリスタルって……さっきのジャンヌってやつの、だよね?」

「そ、そりゃあ、そうだろうよ。アイツの財布に入ってたんだから……」

「その、さ。異端者を追ってるって言ってただろ? ほら、いざ戦うって時にさ、その、ソウルクリスタル、持ってなかったらどうなるかな? って、あはは……」

「……はは、そりゃ、おめぇ……」

 

 戦闘中に使えると思っていた技が、突然使えなくなるなんて命取りもいいところだ。

 普通に死ぬ…………あっ。

 

「…………」

「………………」

「………………ああ、ココル。さっき貸せって言ったな。渡すぞ」

「バッ、いらないよ! フロスト、ヘイっ!」

「投げんな!! クソッ……こんなつもりじゃ……! ジン、手ぇ広げてんな!! そういう遊びじゃねぇんだよ!!」

 

 ま、まずい。流石にこんなつもりじゃなかった。

 クソ野郎とは思ったが、死んで欲しいとまでは……信じてくれ、俺はそんなつもりは……!! クソッ、誰も聞かねぇ言い訳ほど無意味なものは無い!!

 

「おい! お、落としもんを届けに行くぞ……! クソッ、どこ行ったアイツ!?」

「興味ないね」

「あ、いってらっしゃ~い」

「ぜぅ」

 

 仲間たちは急に善良な市民面をして姿勢を正している。舐めた野郎たちだ。当然、逃がすはずもない。

 

「いいから来い! もし俺が捕まったらあることねぇこと喋り倒すぞッ!!」

「ホント退屈しねえよ、このクソッタレが!!」

「ドロボー! ドロボー! ドロボーッ!!」

「……ッ…………ッッ!」

「うるさいッ! 全員、黙って付いて来い!!」

 

 当然、一蓮托生だ。仲間ってのはそういうもんだろう。

 



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3−2

 

 ──見つけた!

 

 山岳の頂上にそびえるイシュガルドは、限られた土地を活かすためか高低差の大きい都市だ。堅牢な城壁は深く入り組んでいて、下層にいくほど光が届かず陰鬱な印象だ。

 標高が高いせいか、厚い雲は低く広がり、一層重苦しく冷たい空気を漂わせている。

 

 豪奢な建物と美術的な彫刻の並び、香水の香りが広がる上層部と違い、この下層には壊れかけの小屋と破壊された石塁が散らかり、小便と吐瀉物の匂いが鼻を突いた。

 だが気温が低いおかげで、その匂いは砂都ウルダハの路地裏よりはマシだ。

 

 俺が駆けているのは修理の行きどといていない城壁の上、そしてその下にそいつらがいた。

 路地裏の袋小路になった場所に、神殿騎士の格好をした何人かが並んでいる。ジャンヌと名乗ったでかい男の姿も見えた。

 向かい合って小柄な人影がひとつ立っている。あれが異端者だろうか。

 俺は冷たい石塀に手をかけて強く足を踏み込んだ。高さ。10メートルは無い。これぐらいなら、問題は無い。

 

「さあ追い詰めたわよ。ちょこまかと逃げ回って……観念しなさい」

「な、なんで! 違うって言っているのに──」

「その捕物! 待ったァッ!!」

 

 俺は声を張り上げながら、城壁から飛び降りた。

 神殿騎士たちとフードの女の中間に着地した。両者が驚いたように下がる。

 

「えっ……な、何?」

 

 孤立した方の人影が声を上げた。女の声だ。フードを被っている。

 ……はて、どこか見覚えがあるような……。

 とにかく立ち振舞いは、素人のものだ。そこまで危険な相手ではないようだが、一応背中を見せないように、2、3歩下がった。 

 

「あら、貴方……ダメよ、今は。忙しいの」

 

 剣の柄に手をかけていたジャンヌは、俺であることに気付いたようだ。

 ジャンヌは白い息を突き、首を振った。クソッタレめ、変な言い方をするんじゃない。

 ジャンヌが手を軽く上げると、背後でうろたえていた4,5人の神殿騎士たちが大人しくなった。

 俺はジャンヌの7倍ぐらい白い息を撒き散らしながら、声を絞り出す。

 

「わ、ハァッ……ハァッぜぇ、ひぃ……っ! わひ……ちょ、ちょっと待て……ひぃ」

「…………見苦しいわねェ」

 

 まったく腹の立つ野郎だ。俺は膝に手をついて、苛立ちと呼吸を抑えるのに集中する。

 息を出し入れしていると、音を立ててジンが俺のそばに着地した。まっすぐ立っているが肩で息をしている。ココルとトールも、遠くの方の階段を降りてくるの見えた。

 

 ようやく呼吸が整ってきた。最後にひとつ大きく長く息を吐き、吸う。

 俺は握っていたソレの鎖持って、見せびらかすように掲げた。

 

「ほらッ…………わ、忘れもんだぜ」

 

 ジャンヌが酒場に忘れていったソウルクリスタルが振り子のように揺れ、へき開面に沿って光をキラキラと反射した。

 

「…………ッ!? …………やってくれたわね」

「……何?」

 

 ジャンヌが吐き捨てるように呟いた。俺は耳が良い。それでようやく聞き取れる声量だった。

 ひどく迷惑そうな顔をしている。憎々しげな目だ。なぜそんな目をする。

 ジャンヌがクリスタルに手を伸ばそうとしたのか、小さく手を持ち上げ、すぐに止めた。

 

「その飾り……その鎖は!」

「バ、バカな……! そのクリスタルは……スコット殿のものだ!」

「なに!? なんだお前たちは! なぜ()()()()スコット殿の、ソウルクリスタルを!」

 

 背後の神殿騎士たちが、大きな声を上げた。 

 

「……何だって?」

 

 神殿騎士は俺の持つクリスタルを指差し、口々に声上げている。それでもジャンヌより前に出てこないのは、よほどきちんと教育されているのだろう。

 それよりも……話について行けていない。

 誰だ、スコットって。このクリスタルは、目の前の男のものではないのか?

 

「お前達、何をぼーっとしているの。こいつらも異端者よ。ひっ捕らえなさい。()()()

 

 目の前の男、ジャンヌが冷たい声で言った。

 神殿騎士たちは戸惑うように顔を見合わせている。

 

 良くない雰囲気だ。俺はそっと手の甲で剣の柄に触れ、その位置を確かめた。

 大審門で拾った剣と盾はそのまま使っている。盗んだわけじゃないぜ。コルベール卿にも頼んだが、遺族は見つからなかった。だったら使い倒してやるのが供養ってもんだ。

 

 神殿騎士のひとりが1歩前に出て声を上げた。

 

「し、しかしジャン隊長……し、失礼しました……ジャンヌ隊長。こうしてクリスタルがあるのは、どういうことでしょうか。

 な、なぜこの者たちが、スコット殿のクリスタルを、あなたに渡そうとしているのでしょうか」

 

 ジャンヌはその騎士を睨みつけて、口を歪ませながら開く。

 

「そんなの知らないわ。こいつらがスコットを殺したのか、どこかで拾ったのか……そんなところでしょう」

「で、ですが。ジャンヌ隊長。あなたは彼らと面識があるようですが……それは」

「……なぁに? 貴方、私を疑っているの?」

「い、いえ。ただ、説明をいただきたく……」

 

 意味の分からない構図だ。俺たち、神殿騎士、おろおろとしている異端者らしきフードの女。神殿騎士たちはジャンヌとその他に別れ、四つ巴となっていた。

 

 俺たちの視点では、ジャンヌが悪いに決まっている。コイツは嘘を付いている。クリスタルの出どころは、俺たちにとっては確かなのだから。そうするとフードの女が異端者というのも、怪しい話だ。

 しかし俺たちの立場は良くない。彼らはこの国の軍人で、俺たちは所詮は余所者だ。命の優先度が低いのだ。もし俺たちがこいつらに手を出そうものなら、優先して殺される。

 

 幸い神殿騎士は一枚岩じゃない状況だ。もっとジャンヌ対する疑念を持ってもらわないといけない。

 俺が自分たちの正当性を示そうと口を開きかけたところで、ジャンヌの言葉に遮られた。

 

「馬鹿ねェ。私はもともとコイツラを疑っていたのよ。こうして出てきたのは、おおかた仲間を庇ってるのか、日和(ひよ)ったのかでしょう。

 いいから、早く捕まえなさい。貴方達、私を怒らせたいの?」

「……は、はいッ」

 

 ジャンヌは苛立ちを隠さずに、騎士たちを睨みつけた。神殿騎士たちは怯えるように返事をして、剣を抜いて俺たちに向けてきた。

 俺はむらむらと怒りが湧いてくるのを感じていた。

 好き勝手言いやがって! 無実の人間を捕まえて罪を着せ、権力や暴力を笠に着て他人を思い通りに動かそうとする。むかっ腹が立つぜ。

 

「このヤロォ……舐めたことほざいてんじゃねぇぞ!! てめぇの懐から()()()()()から、()()()が出てきたんだ! どう言い訳するってんだァ! ああ!?」

 

 

────────────────────

 

 

 ガシャン、と錠の落ちる音が、地下室の冷たい壁に響いた。

 

「真偽については、追って尋問する。心当たりが無いと言うなら……大人しくしていろ」

 

 兜を被った神殿騎士の男がそう言った。ジャンヌに最も食って掛かっていた奴だ。

 

 俺たちが武器を押収され、押し込まれたのは地下牢だ。牢の数は少なく、俺たちしかいない。どうやら刑を与える収容所ではなく、一時的に身柄を拘束するための留置施設のようだ。

 

 俺は太い鉄格子を叩き、不運を嘆いた。

 

「クッ……何故だ!」

「何故だ……じゃねえんだよッ! このタコ!!」

「ぎゃあッ!?」

 

 後頭部に強い衝撃があり、つんのめって鉄格子に顔面をぶつけた。

 俺は振り向き、げんこつを作っている巨漢に声を上げる。

 

「何しやがるッ、トールてめぇ!!」

「スッただの、余計な事を言うからだ!!」

「だっ……うるせぇ!!!」

 

 かっとなって言った。

 だが正直さは褒めてほしい。

 

「大人しくしていろ……!」

「あっ、待て……クソ、行っちまった」

 

 兜の騎士は金属のブーツを鳴らして去っていった。

 色々と知りたいことがあったのだが、聞きそこねてしまった。

 俺は牢屋の外側に手を出し、錠に触れて大した錠ではないことを確かめた。開けるのは難しくないだろう。襟の辺りに針金も隠してある。海都に居た頃、双剣士ギルドでこういう鍵開けの技術も学んだのだ。

 ただ、今飛び出しても、立場を悪くするだけだ。もう少し情報が欲しいところだ。

 

「ね、ねぇ……!」

 

 牢屋の中で、聞き慣れない声が響いた。

 そいつの存在を忘れていた。俺たちと一緒くたに牢屋に放り込まれた、フードの女だ。

 俺が振り返ってみると、まだフードは被っていた。

 

「あの……ごめんなさい。巻き込んじゃった……のか、よく分からないけど……」

 

 おずおずと手を前に出して、口淀んでいる。

 戸惑うのも無理はない。ジャンヌに異端者に仕立て上げられたとしたら、一番混乱しているのはコイツだろう。

 

「別にお前のせいじゃねぇよ。異端者じゃない。そうなんだろ?」

 

 フードが一度小さく揺れ、女は訴えるように声を上げた。

 

「……ち、違う! 私はただの技師! あのジャンヌって人は、前から私の工房に難癖を付けてきてたの」

「技師……? ……そうか、お前、コルベール卿の屋敷にいたヤツだな?」

 

 どこかで見たと思っていた。俺たちがイシュガルドにやってきた日、コルベール邸に出入りしているという技師が居た。顔を見ていなかったので、気づくのが遅れたようだ。

 再び、女のフードが小さく揺れた。

 

「ええ、いつかのお客さんたちだよね。あれから、卿のお宅では見かけなかったけど。ところで、その……()()はやめてね?」

 

 女はフードを下ろすと、小さく頭を下げた。

 

「私の名前はルカ・マカラッカ。ルッカって呼ばれてるの。そんな場合じゃないかもしれないけど、よろしくね」

 

 そう名乗った女の耳は、頭の横ではなく、グレーの髪色の()()()に付いていた。

 このイシュガルドでは全く見かけずにいた、ミコッテ族だった。

 

 

────────────────────

 

 

「よろしく、ルッカ! ココはココルだよ! このパーティの、ふふ、”癒し手”って感じかな」

「よろしくね! ココルちゃん」

 

 ミコッテ族はその耳と、長い尾が特徴的な種族だ。エオルゼアには2つの部族が住むが、どちらも狩りを営んでいる。どちらかと言えば排他的な種族だ。だが、部族内の繋がりは強固だと聞く。

 そのため彼女たちは縄張り意識も強く、多種族が寄り添う大きな都市では目立たない。

 

「俺はトール。そっちはジンだ」

「それ、東方のお辞儀? よろしく、ジン君。トールさんも」

「……()()は止めろ」

 

 その体つきは華奢に見えるが、れっきとした狩猟民族だ。狩猟民族でもあり、少数民族でもある彼女らが、冒険者として名を馳せることは少なくない。

 先天的な瞬発力やバランス感覚、高い五感は冒険者としての資質を備えていると言える。

 ずうっと昔。大氷雪時代と呼ばれる、世界が氷に覆われた時代があったらしい。ミコッテ族がその頃に、氷の海を渡りこの地にやってきたという。ありがとう、第五霊災。

 

「それで。コイツが……おい。フロスト?」

「…………? あのぅ?」

 

 目の前の女は大きな瞳を俺に向け、首をかしげている。髪と同じ色の被毛を持つ耳を、片方だけパタリと寝かせた。すごいぞ、耳を片方だけパタリと寝かせたぞ。

 その吸い込まれそうな大きな目も、耳も、生まれ持った狩人としての特徴と言える。大きな目は言わずもがな高い視力を示し、左右を別々に動かすことができるその耳は、高い指向性を持って得物の音を探るだろう。

 

「……あの? …………ええっと……?」

「おーい、フロスト? え、とうとう壊れちゃった?」

 

 彼女の瞳孔が丸く開き、口元から小さく牙が覗いているのが見えた。間違いない。月読の民とも呼ばれる、ムーンキーパー族だ。夜行生活を送るという彼女らは、森都グリダニアがある黒衣森に住むらしい。彼女がここにいるのは、なにか事情でもあるのだろうか。

 彼女が名乗った時、”ルカ”と言う言葉には、呼気が混ざる独特の発音があった。種族独自の音声体系があるのだろう。ルッカという呼び名も名乗ったのは、正しく名前が発音されないことを嫌ったのかもしれない。

 そして、ああ、なんてことだ。尻尾だ。尻尾が生えている。ゆらゆらと揺れている。

 髪と同じ、鈍い灰色だが艷やかな被毛で、毛量は豊かで実った小麦畑のようにそよついている。わぁ……すごくふわふわだ。

 

「…………にゃ……」

 

 尻尾が彼女の体の影に隠れてしまった。

 なんてことだ……太陽を失ってしまったかのような喪失感だ。だが仕方がない、彼女は月読の民だ。闇に君臨する夜の女王の瞳は俺にとっては太陽だ。臆病な獲物にとってそれは夜だ。

 彼女が不安そうな目で俺を見つめている。暖かな地域に住むはずの種族だ。同族も居ないこんな寒い国では不安になるのも無理はない。

 そうだミスト・ヴィレッジに家を買おう。暖かく、海の見える小さくても庭のある家を。そして子どもは三人。上から女の子、女の子、女の子。他意はない。男は生まれにくいのだ。そして庭には大きな三毛猫を……! ああ、息が苦しい……! 尻尾が見えない。そうだ太陽が隠れてしまっては植物が大気の毒を浄化できないきっとそのせいだ、太陽が隠れたままでは世界が氷河期になり氷に包まれて遠い大陸からミコッテ族が渡ってくることになるだろう。なんてことだ世界はループしていたのか。うう、息が……しし尻尾ぉぉおお!

 

「キャアアア────ッ!?」

「うわあああ!? 何なんだてめえは!!?」

「ジン! はやくそっち抑えて! はやく!」

 

 

────────────────────

 

 

「……ハッ……俺は何を……?」

 

 気がつくと俺は冷たい石床に組み伏せられていた。なぜか酸欠にでもなったように、頭がくらくらする。

 仲間たちが俺にのしかかり、ぜいぜいと息をしている。ルッカが牢屋の隅でしゃがみ込み、何かを警戒するように毛を逆立たせていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()!! 何なんだ貴様ら!!」

 

 いつの間にやってきたのか、兜の神殿騎士が顔を真っ赤にして声を張り上げた。

 

「次騒いだら、脱走の意思ありと見なして槍で突いてやる!! いいな!!」

「あっ、ちょっと待て! どけ、てめぇら! ふざけてる場合ねぇっての」

 

 俺は信じられないものを見るような目をしてる仲間を振り払って鉄格子に駆け寄り、肩を怒らせて去ろうとする騎士に声をかけた。

 

「待てよ! ……おたく、()()()()さんとは仲が良かったのか?」

「…………ッ!?」

 

 俺はその名前に、親しみを込めて言った。当然だが、スコットなんて人間は知らない。

 だが効果はあったようだ。背中を見せていた騎士が立ち止まり、こちらを向いた。

 

「……何だと? 貴様、やはり……!」

「まぁ、待ってくれよ。俺たちだって、戸惑ってるんだ。先に聞かせてくれ、あのジャンヌって奴のことさ。おたくだって、可怪(おか)しいと思ったんだろ?」

「黙れ……余所者風情が……」

「ジャンヌは、一度も疑われなかったのか? そんなはずはない。ジャンヌとスコットは、何か関係はあった、そうだろ?」

 

 俺は口を濁す騎士に、畳み掛けるように言った。

 これもはったりだ。同じ隊なら関係があって当たり前だからな。言葉を(さえぎ)ったのもわざとだ。喋りたいって気持ちにさせるためだ。マンダヴィル流交渉術ってやつさ。

 俺は騎士が口を開くのを待った。必ず開く。

 

「……ジャンヌ隊長と、スコット殿は、親友だった……」

 

 ……親友ときたか。

 だが、そんなことよりも大事なことが分かった。少なくともコイツは、ジャンヌのことを疑っている。

 俺はコイツの疑念を膨らませて、証拠を探らせれば良い。それでジャンヌのヤツはお終いだ。

 もっとだ。確信に近いほど、強い疑念を持たせないといけない。

 奥の牢屋のほうで、水滴が水を叩く音が響いた。地下は静かだ。仲間たちも俺の意思を読み取ったのか、黙っている。

 俺は声を落として言う。

 

「親友だった。だが、あったはずだ。(いさか)い、確執(かくしつ)……お前もそれは見たんじゃないか?」

「貴様……」

 

 騎士は一歩前に進み、俺に近づいた。

 声が聞き取りづらかったのだろう。もちろんわざとだ。

 

 騎士は何か期待するような目で、俺を見る。俺はひとつも知らない。ありそうなことを言っているだけだ。

 ただジャンヌが嘘を付いていることが、俺らにとって確かなことだった。だから、真実味も出る。俺の確信は、()()()を超えるように、そいつの耳に届いたようだ。

 男は考え込むように俯いていた。手を振って視線を誘導する。意識を散らせる。

 

「いつからだ……なにか、切っ掛けは……」

「そうだ……5年以上前だ……ジャン隊長とスコット殿が、クリスタルを継承した後だ……西部高地のダスクヴィジルの砦……ドラゴン族の襲撃を、2人は、救援を呼ぶために生き延びた」

 

 長い付き合いのある2人だったようだ。クルザスの西部高地は、もっとも第七霊災の影響を受けた土地のひとつだ。黒い蛮神の火球によって引き裂かれ、変質した環境エーテルによって氷雪に覆われている。

 騎士がもう一歩前に進んだ。 

 

「あの日から……ジャン隊長は変わってしまった。奇抜な言動をして……スコット殿は、それを諌めた。だが、なんてことは無かった。それでも2人は友情で結ばれていた……」

 

 戦場が人を変えてしまう。珍しい話でない。

 だが、そんなことはどうでも良い。

 俺が考えさせたいのは、ジャンヌが犯人の証拠に繋がるものだ。

 

「スコットが死んだのはいつだ」

 

「せ、先月だ……異端者共の……”氷の巫女”の襲撃があったとき……」

 

 イシュガルド防衛戦と言われた、あの(いくさ)か?

 クソッ……戦場で死んだのなら、追求されないはずだ。

 

「だが、お前は疑った。そうだろ? なぜ黙っていたんだ?」

 

「に、人間の仕業じゃない……あ、あんな真似……人間にできるわけがない……!」

 

「言え……言うんだ!」

 

 兜の騎士はもう俺の目と鼻の先に居た。

 騎士はぶるぶると唇をわななかせながら、口を開いた。

 

 

「あ、あんな追求できるわけがない。あの日……ス、スコット殿が()()()()で見つかったあのとき──」

 

 

「黙れ」

 

 

 いつの間にか騎士のすぐ後ろに、ジャンヌは立っていた。ぞっとするような低い声が、牢屋の気温を下げた。

 



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3−3

 

「あ……ち……ちが……た、隊長、わ、私は……」

「下がっていろ」

 

 狼狽する兜の騎士に、ジャンヌは有無を言わさずに言い放った。

 騎士は手足をぎこちなく動かし、逃げるように奥へと去っていった。遠くで石の階段の踏む音が響き、その足音が小さくなっていく間、ジャンヌは音の方へじっと目を向けていた。

 

 俺たちは声を出せずにいた。これがコイツの本性か。獲物に強い執着心を抱く、蛇のような目だ。他の騎士たちが恐れいたのは、この顔だろう。

 足音が完全に消えると、ジャンヌはこちらに向き直った。

 

「ホント、余計な事をしてくれたわね」

 

 いきなり口調を戻したが、視線は冷たいままだ。その声色の落差は、ひどく不気味だった。

 俺は鉄格子から2,3歩下がってから、にらみ返す。ジャンヌは剣を佩き、盾を背負っている。対して俺たちは丸腰だ。鉄格子だけが俺たちの盾だ。

 

「ハッ……残念だったなァ。全部、計算通りだぜ」

「ふん、偶然のくせに……あの子たちは、もともと私を疑っていたわ。バレるのが、ちょっと早まっただけ。スコットのソウルクリスタルを押収されたのは……少し残念ね」

 

 ジャンヌはため息混じりにかぶりを降った。

 あの子たちというのは、部下の騎士のことだろう。俺たちが持ってきたソウルクリスタルは、上司か誰かに取り上げられたようだ。

 目を怒りで光らせながら、ジャンヌは続けて口を開いた。

 

「そう、スコットを殺して”ソウルクリスタル”を奪ったのは私……私は”異端者”に与する者よ」

「……よ、予想通りさ」

 

 意外だった。

 こいつがソウルクリスタルを奪ったのは、間違いないと思っていた。だが、私怨の(たぐい)だろうとも思っていた。

 ジャンヌが異端者である可能性を、考えなかったわけではない。

 

 だがこいつは俺たちを下賤と呼び、見下している。イシュガルドの人間にありがちな、選民思考だろうと気に留めてはいなかった。

 俺たちに絡んできたのも、自分たちを差し置いてドラゴン族を倒した、そのことが気に食わなかったのだろうと。

 

 ”異端者”は、そのイシュガルドを否定した者たちだ。イシュガルドの騎士であることを誇りに思うはずもない。そこが意外だった。 

 異端者の中に、誇りに思うようなカリスマがいるのだろうか。

 

「あのクリスタルも、その手土産だったのよ……密通の日までもう少しだったのに、ひどいことするわね」

「ひとを異端者に仕立てようなんて、(こす)(から)いことを企むからさ。バチがあたったんだろ」

「あら? 失礼ね。そこの猫女は、本当に異端者と疑われていたのよ」

 

 背後から、「ええっ?」と声が聞こえた。

 これ以上、話をややこしくしないで欲しい。振り返って見ると、仲間たちはルッカから一歩距離を取っていた。当人はぶんぶんと首を横に振っている。

 

「もちろんそうじゃないことは、私が良く分かってるけれど。おかげで()()()()も見つかったわ」

 

 そう言ってジャンヌは鎧の隙間から、巻かれた羊皮紙を取り出してみせた。インクで記号や数字が書かれている。汚く古ぼけた地図のようだった。

 

「そ、それは!?」ルッカが声を上げた。

「その反応、本当に良いモノなのかしら? ちょっとした手土産にはなりそうね」

「返しなさい! 私の工房に入ったの!?」

 

 ルッカが鉄格子に駆け寄ろうするのを、俺は慌てて止めた。

 

「よせって! おい……ジャンヌとか言ったな。ずいぶんペラペラと喋るじゃねぇか。なんのつもりだ」

「ここまで疑われたら、私でもあの子たちを止められないわ。異端者の証拠を挙げられるのも、時間の問題ね」

 

 ジャンヌは羊皮紙を仕舞い込みながら、淡々と言う。 

 

「だから国を出ることにしたわ。今、これから。お別れぐらい、誰かに言いたいじゃない?」

「……決断の早いこった」

「せいせいするわ。もう、この国は終わっているのよ。貴族は醜い権力争いに没頭して、民は残されたパイを奪い合ってる……どいつもこいつも、惨めに腐りきっている」

 

 ずいぶんと、この国が嫌いだったようだ。芝居がかった口調で、機嫌良さそうに続ける。

 

「そこの猫女もそう。余所者ってだけでのけ者にされてるわ。雇うのは、同じのけ者にされてる変人貴族だけ……コルベール卿とか言ったかしら」

 

 大げさな手振りで喋るジャンヌの言葉に、知った名前が出てきた。俺は内心で舌打ちをした。

 

「お前……! お父様を侮辱するな!!」

 

 予想していた通り、後ろにいるココルが声を上げた。

 その声にジャンヌは目を丸く、それから邪悪に口元を歪めた。

 

「あら……貴女(あなた)、コルベール卿の娘ね。ふふふふ、バカな男よね。金稼ぎばかり得意で、他の貴族に目の敵にされて。

 それならまだしも、ララフェル族を養子になんてね。ふふふ。貴女、自分の父親が、影でなんて言われているか知ってる?」

「黙れ!! 黙れ、()()()!! それ以上言ってみろ! その舌を引き抜いてやる!」

 

 鉄格子に突進するココルの襟首を、俺は掴んで引き戻す。

 

「ココル、泣くな。追い詰められているのは、コイツの方だぜ」

「な、泣いてない!」

「泣いてんじゃねぇか……泣くぞ、すぐ泣くぞ、ほら泣ぐぼぉッ!?」

 

 ココルは俺の下腹部に拳を叩き込むと、後ろを向いて帽子を目深にかぶった。荒い息の音と一緒に、肩が小さく上下していた。

 

 目を戻すと、ジャンヌの手は、いつのまにか剣の柄に触れていた。うかつに近寄れば、串刺しにされていただろう。目が合うと、ジャンヌは苛立たしげに眉根を寄せた。

 

「貴方達も、殺してあげたいのだけれど……鍵は持ってないの。取ってくるのも面倒ね」

 

 そう言ってジャンヌは鉄格子を握った。扉ではなく、鉄格子全体につながった部分だ。ぎしりと鉄格子の全体が揺れる。俺は、思わず息を呑んでいた。

 大した腕力だ。今にも枠ごと外れそうな雰囲気だった。サスカッチ(ゴリラ)かこいつ。見世物の、猛獣が入った小屋でも見ている気分だ。

 

「ひとりぐらい殺せると思ったけど、まあ良いわ。色々喋ったら、すっきりしたわね。ありがとう。そして、さようなら」

 

 ジャンヌは、いきなり興味をなくしたように顔をそむけ、そのまま出口がある奥の方へと歩みだした。

 その背に、俺は一声だけ投げかけた。

 

「……このツケは高く付くぜ」

「それは、こっちの台詞じゃないかしら? まあ、チャラにしてあげるわ」

 

 ジャンヌは振り向きもせずに立ち去った。

 

 

────────────────────

 

 

 足音も消え、沈黙の中でココルの鼻をすする音だけが響いた。

 

「フロスト。どうするつもりだ……俺がその格子をぶち破る前に言えよ」

 

 ずっと黙っていたトールが、唸るように言った。

 こいつにしては我慢していたほうだ。俺の意思を汲んだのだろう。ただ、読み切れてはいなかったようだ。

 俺は鉄格子に近寄り、わざと軽い調子で言う。

 

「ぶち破るまでもないぜ。もう開いてる」

 

 扉を軽く押して見せる。耳障りな金属が擦れる音とともに、ゆっくりと扉が開いた。

 

「えぇっ!?」

「なに? てめぇ。いつの間に……」

 

 いつというなら、最初からさ。錠の具合を確かめてながらすぐにだ。

 ジャンヌの奴が、うっかり扉を開けないか、ひやひやしたぜ。あんな猛獣(ゴリラ)、武器無しでは、少しばかり分が悪い。

 

「あの野郎……ぶっとばしてやる!! ──グェッ!?」

 

 開いた扉に突進するココルの襟元を、掴んで引き寄せた。

 

「待て! お前は留守番だ。ココル」

「けほっ……なんで!」

「俺たちの無実はすぐに証明される。あいつが逃げたからな。だからってホイホイ抜け出したら、話がややこしくなるだろ」

 

 ココルは貴族の身内だ。正体を明かせば無茶なことはされないだろう。

 だが下手に脱獄などしたら、逆効果になりかねない。

 なにか言おうとするココルを、手で止める。

 

「ココル。お前の親父さんに、迷惑をかけないためでもあるんだ。ここは頼んだぜ」 

「…………わかったよ。でも、()()()()、お前は」

「悪いな、これ以上の議論はナシだ。トール、お前も残ってくれ」

「ああ? 俺もだと?」

 

 行く気まんまんで腕をぐるぐる回していたトールが、動きを止めて眉をひそめる。

 

「ココルひとり連れていかれたら、残りの俺たちはブタ箱行きにされかねない。だから、俺が戻るまで、誰も()れるな」

「……フン。ここは牢屋だぜ。()()()()とは笑えるな……行け。任せるぞ」

 

 トールは少しも面白くなさそうに言いながら、その場にどかりと座り込んだ。

 俺は銅像のように真っ直ぐ突っ立っているジンに、手振りで合図をする。

 

「ジン、追うぞ。まずは武器だ」

 

 武器さえあれば、あんな奴どうということもない。

 

「わ、私も連れてって!」

「うわ!?」

 

 牢屋を出ようとした俺の前に、ルッカが滑り込んできた。思わず足を止める。心臓に悪いからやめてほしい。

 一瞬、なにを言っているか分からなかったが、

 

「私も──」

「それは、駄目だ。足手まといだ」

 

 すぐにそう答えた。

 説明している時間はない。いくらミコッテ族に狩人の素質があるとはいえ、それは訓練された場合の話だ。

 見ればわかる。こいつは戦いのための訓練はしていない素人だ。当然、置いていくより他にない。

 口を「あ」の形に開けているルッカの横をすり抜けて、牢屋を出た。

 

 石の床の上を、足音を消しつつ先行する。ジンが少し後ろを着いてくる。

 ここは地下で、牢屋がいくつか並んでいるが、他は(から)だ。奥には細い階段があり、行き当たりに鉄の扉。

 はいるときにも見たが、中は騎士の詰所(つめしょ)になっている。入ったときにいたのは、兜の騎士を入れて5人。武器は袋に入れられ、そこに置いてあるはずだ。

 飛び出して一気に制圧するか。誘い出してひとりずつ畳むか……まだ、ジャンヌがそこにいる可能性もある。あいつがいると、素手では厄介そうだ。

 いくつかのパターンで戦略を考えてるうちに、鉄の扉へと到着した。

 扉に耳を当てるが、静かなもんだ。音が鳴らないように、そっと扉を押した。

 

 

 結果から言うと、戦略は必要なかった。

 

「くそったれ……クソッ!」

 

 鼻を突くむっとするような匂いで、詰所は満たされていた。血の匂いだ。

 神殿騎士は、全員死んでいた。数は数えられないが、生きているものはいないだろう。見覚えのある兜が、転がっているのも見えた。

 腹の底からどす黒い気持ちが湧いてくる。怒りや後悔が混ざったクソみたいな気持ちだ。

 こいつらは……少なくとも、今日死ぬはずじゃなかった!!

 

「こ、これ……君たちがやったの?」

「うぉわ!?」

 

 いきなり背後から声をかけれら、口から黒いものが飛び出しそうになった。

 

「ルッカ! なぜ着いてきた……いいか、これはジャンヌの仕業だ。これで分かっただろ? 危険だ」

 

 俺は息を整えながら、そう言った。トールのヤツに、誰も出すなとも言っておくべきだった。

 ジンがごそごそと、倒れた机のそばを漁っている。そう、恐らく武器はそのあたりだ。

 そちらに足を向けると、再びルッカが前に出てきた。見れば青い顔をしている。こういう光景は、見慣れていないのだろう。気絶したり悲鳴を上げないだけ、大したものだ。

 

「わ、私も行く。ひ、必要だから」

 

 ルッカは声を震わせ、訴えるように言う。

 

「必要? いや、なんで着いて来たがるんだ」

「あの人が持っていった地図……大事なものなの」

 

 そういえば、そんなことも言っていたな。

 ……ふむ。

 俺は一歩踏み込んで、ルッカに顔を寄せた。ルッカはのけぞり、距離を取ろうとしたが、俺はさらに踏み込んで顔を寄せる。

 

「…………宝か?」

「……ざ、財宝、かも。とにかく、とても貴重なもの。私の一族は、ずっとそれを探していた」

「そうか……俺たちが取り返してやる。だから、戻ってくれ」

 

 取り返したあと、渡すかどうかは議論の余地があるがな。

 俺は頭を元の位置に戻し、ジンを見る。ガチャガチャと音を立てているところをみると、無事に武器を見つけたようだ。

 

「追う目的はそれ…”必要”なのは別に理由がある。彼がどこに逃げるか、分かってるの?」

「西だろ? 異端者の根城だ」

 

 ここクルザスに、西部高地と呼ばれる土地がある。イシュガルド周辺について、俺はかなりの事情通だ。コルベール卿の詰め込み式授業のおかげでな。

 

「どうやって追いかけるつもりだった?」

「どうって……走って」俺はルッカにそう答えた。

 

 ルッカは長く息を突きながら、うつむいて耳をぐりぐりと動かす。

 

「ダメだよ。このイシュガルドが、どこにあるか忘れたの? 正面の橋以外は断崖絶壁。西にある門も、空路用の発着場があるだけ!」

「…………あ」

「身元の保証もなしに、チョコボも借りれない」

「……うぐ」

 

 迂闊だった。ここイシュガルドは、山の頂上を削り取ったように建っている。

 ジャンヌは間違いなく空路を行くだろう。

 悩んでいる時間はない。追跡にもっとも重要なのは、初動の早さだ。遅れるほど相手の選択肢が指数的に増えていく。

 

「……どうにか、できんのか?」

「着いて来て」

 

 

────────────────────

 

 

「うわ、荒らされてる……けど、良かった。思ったよりマシ」

「…………」

 

 ルッカはブツブツと言いながら、”工房”の奥に進んでいく。

 

 俺たちが収容されていた留置所からほど近く、雲霧街の外側に面する位置に、その工房はあった。

 工房としては大きくはないが、巨体であるグゥーブー属の1体や2体は、楽に寝かせられそうな広さはある。兵器などを置いおくような、ガレージの様相だ。奥には扉があり、私室になっているようだ。

 俺とジンはその入り口で突っ立っている。口がぽかんと開いてしまっていた。

 

「……工房? 武器工場の間違いじゃねぇか?」

 

 武具だ。それも大量に。

 明らかに爆弾であろうもの。バカにでかい鎧。大砲まである。小型の銃に並んで、刀剣や槍の類がいくつも置かれていた。ガレージの中央にはでかでかと、布を被せられた巨大な何かが置かれていた。

 異端者どころか、明確に危険人物じゃないか。

 

「いいから! 急ぐんでしょ? そっちの布のはしを持って!」

 

 奥から工具をまとめて持ってきたルッカが、声を上げた。確かに気にしている場合ではない。俺は言うとおりに、中央にあったキャンパス生地の巨大な布を、二人がかりでめくりあげた。

 現れたものに、俺は再びあっけに取られた。

 

「すぐ調整するから!」

「こりゃあ……ボートか? これで崖を、滑り降りるってんじゃないよな?」

 

 形は大きめのボートそのものだ。青みがかった銀色の、樹脂のようなものでコーティングされている。フネの尻には羽根車状の部品も見えた。

 ルッカはフネの後部近くで、大きな筒を連結させている。どうやら帆柱(マスト)のようだ。

 

「最近”スカイスチール機工房”っていうところに、凄腕の技師たちが出入りしててね。”ガーロンドアイアンワークス”の人たちみたいで、知らない? シドって有名な天才技師がいるんだけど、その人の論文では──」

 

 ルッカは手早く帆布を広げ、マストに取り付けていく。手伝うにも何をすれば良いのか分からないので、揺れる尻尾をぼうっと眺める。

 技師としての腕は確かなようだ。機械のことはわからないが、あたりの武具を見ればわかる。

 

「すごいんだよ! これが革新的で! こっそり見たんだけど、偏属性クリスタルを使った属性変換機構で、周囲のエーテルを風属性に──」

「悪いが、話をまとめてくれ。俺も焦ってるんだ」

「コ、コホン……クルザスの西部高地は、とても広い……でも、この子なら、必ず追いつける!」

 

 ルッカは熱くなったことを恥じるように咳払いをした。

 そして簡素な座席の上に立ち上がると、両手を広げて言った。

 

「この、見様見真似の()()()()()……”マナカッター”さえあれば!!」

 

 

          *

 

 

「うわ、高ぇ……ところで、”技術”ってのはよ、盗んじゃまずいんじゃねぇのか!?」

「飛んでから言わないでよ! ……こ、個人で楽しむだけだから! 作って、眺めるだけで良かったのに……まさか飛ぶなんて」

「……お、おい、まさか初飛行か!? クソッ、なんてこった」

 

「……ぜ、うっぷ」

「ジン、我慢しろ! 吐くなよ!?」

「だ、大丈夫なのその人!? 置いていった方が良いんじゃ……?」

「ジンを足手まといって言うなァ! やるときゃやるんだぞ!!」

「そんな風には言ってない!!」

 

「……ッ! ……狼煙、か……? 

 おい、見えたか!? あそこに行ってくれ!」

「──ご、ごめんなさい。舵が、きかない……」

「頼むぜ、おい……なんでだ!?」

「こ、この土地のエーテルの流れを、知らないまま飛んでいる……!

 この船は風属性のエーテルを、帆で捉えて浮力と推進力を得てる……わかるでしょ? 小型の帆船と一緒で、潮流には逆らえない!」

「いや、分からん」

「……か、海図なしで、海に出てるようなもの!

 島は見えていても、水の流れは見えない。島に行くには水の流れを理解しないと……」

「ピンとこねぇ」

「もうっ!! とにかく、回り道では行けるかもしれないけど、まっすぐは無理なの!」

「なるほど、よく分かった。おい、先に降りるぞ。ジン、ルッカを頼む」

「…………ぜ、ぜぅ」

「な、なに言ってるの────あっ!」

 

 

          *

 

 

────────────────────

 

 

 雪は強くはないが、絶えず降っていた。雲は厚く、太陽は見えない。薄暗くて見通しが悪い。

 クルザス西部高地は、霊災以前はこんな気候ではなかったらしい。住民もいたが、イシュガルドに避難したという話だ。それ以来、この土地は雪と氷に閉ざされたままだ。

 大地のあちこちが大きく隆起している。これも霊災の影響だろうか。

 

 雪に紛れるように、紫煙が昇っていた。魔物か何かの糞を燃やしてるのだろう。重く湿った黒い煙が、比較的まっすぐに雪の中を伸びていた。

 

 その煙の足元、見晴らしの良い、切り立った崖の上にソイツはいた。

 

「匂う、匂うぜぇ。白銀の世界にふさわしくない。クソを煮詰めた、悪党のニオイだ」

「……ッ!? ……誰だッ」

 

 鎧姿の男がこちらを振り返った。ひとりだ。

 赤や緑をまだらに染めた、サイケデリックな色の頭だ。見間違いようがない、ジャンヌだ。

 だだっ広く、不意打ちができる状況ではなかったので、俺は普通に声をかけた。

 

「そんな事件の香りを、俺がキャ〜ッチ! ……こんなところまで来させやがって……逃さねぇぞ」

「……あら、貴方なの。意外な追っ手ね……」

 

 ジャンヌはつまらなそうに言いながら、頭を左右に動かしている。俺に仲間がいないかを探っているのだろう。

 飛空艇から飛び降りた俺は、えっちら崖の上まで歩いてきた。

 ジンたちがいつ到着するかわからないが、待っている時間はない。狼煙を見た異端者も、いつ集まってくるか分からない。決着を急がなければ。

 

「どうやって来たの? いえ……()()()()()()()()来たのかしら?」

 

 どうして……か。コイツの言い分もわかる。

 放って置いても、俺たちは開放されるはずだ。異端者だのなんだのは、俺たちよそ者には関係がない。騎士団がどうにかする問題だ。今回の件、なんなら俺たちは、被害者ともいえる。

 コイツからすれば俺たちには、自分を追ってくる理由はないはずだろう。

 

 俺は剣を手に取り、軽く回しながら、足を前に進める。このへんの雪は下層が固くなっており、そこまで足を取られることはなさそうだ。左手の盾はよくある小さめの円盾で、手に良く馴染む。

 

「ツケを、払わせるためだ」

「……またそれ? 牢屋に入れられたことが、そんなに気に障った?」

「違う」

 

 ジャンヌは肉厚の直剣を抜き、こちらを睨みつけている。盾は(たこ)に似た形状の、カイトシールドだ。どちらも俺の装備より、上等そうだ。

 俺はさらに、歩みを進める。

 

「じゃあ、なぁに? あの猫女の地図のため? それとも……騎士たちのこと? 下民風情が、つまらない義侠心を……」

「違ぇよ、()()。てめぇが払うのは──」

 

 俺は剣を持ち上げ、切っ先を相手に向ける。

 

「うちの”癒し手”を、泣かせたツケだ」

 

 もう、顔が良く見える距離だ。

 ジャンヌは眉を下げて、そんなことで、と言いたそうな顔をした。

 そうだ、”そんなこと”だ。コイツの思惑を台無しにするには十分さ。俺たちの行動原理は、いつだってシンプルだ。なめたやつを放っておきはしない。

 

「今度は、財布では済まさない。その命を、盗ませてもらう」

「…………下種(げす)め」

 



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3−4

 

「逃げる? そんな必要ないわ」

 

 ジャンヌは狼煙を踏み消し、こちらを向く。

 口元を歪め、余裕たっぷりに言う。

 

「お前はバラバラに刻んで、雪に()いてやる。魔物の餌になりなさい」

 

 

────────────────────

 

 

 視界が真っ白だ。

 焦点が合わない。自分がどういう体勢かも分からない。白の中に赤い花が咲いた。血だ。クソッ……俺の血だ!

 

 俺は顔を上げて、鼻だか口だかから流れる血をぬぐった。

 突いた膝を雪から離して、立ち上がる。意識が飛んでいた。どれくらい、などと考えている暇もない。

 ジャンヌが、こちらに向かって来る。 

 

「ふふふふ。たいそう格好の良いことを言っておいて、その程度ォ?」

「……ち、ちょっと待てよ……こんなはずじゃあ」

「言い訳は、みっともないわよ──ッラァ!!」

 

 ジャンヌが剣を斜めに振り下ろしてくる。

 俺はなんとか盾で受け止め、横に流そうとする。だが、

 

「──ッグ!?」流しきれず、体が弾かれる。

「ふふふ、フハハハハッ!!」

 

 ジャンヌは哄笑しながら、続けて剣を振り続けてくる。

 

 クソッタレ……見誤った!

 装備の違いがある。

 俺が身につけているのは、守り手も攻め手も共有できるような、動きやすさ重視の汎用性のある鎧だ。小手すら着けていない。

 目の前のこいつは、全身をしっかりとした金属の鎧で守っている。

 

 だが、そんなことは問題じゃない。

 

 俺は……ちったぁ名の売れた、歴戦の冒険者だ! 死にかけとはいえ、”ドラゴン”だってぶっ殺した!

 こんな……ちっぽけなニンゲンひとり、どうってことはないはずだった。

 魔物との戦いに慣れた冒険者が、人間の武芸者に苦戦することはよくあることだ。技の威力よりも、立ち回りが優先される。

 

 だが、そんなことは、問題じゃない!

 ──対人の戦闘は、俺の得意分野だ!

 

 ()()()()()、見誤った!

 

 ジャンヌが横薙ぎに剣を振るう。

 出し惜しみをしてはいられない。俺はエーテルを身にまとい、頑丈さを高める戦技、”ランパート”を展開する。

 強い衝撃が、盾を通して体に伝わってくる。ランパートですら衝撃は殺しきれず、盾の裏側が顔面にぶち当たり、また血が飛び散る。

 見誤ったのはこれだ。サスカッチ(ゴリラ)ですら、見通しが甘かった。

 人間ではありえない、異常なまでの腕力。

 

「ガハッ……て、てめぇは……いったい」

「ハ──ハハハハッ!」

 

 乱暴に剣をぶつけてくる。常軌を逸した力だが、単調な攻撃だ。

 クソッタレめ、なめやがって。

 少し驚かされたが、人間の形をした、魔物だと思えばどうということはない!

 やりようはいくらでもあるんだよ!

 

 俺は体を前後に揺らし、大ぶりの剣を(かわ)す。

 まずは、いったん、突き放すッ!

 

「うっとおしい──は、な、れ、やがれェ!!」

「──ッ!?」

 

 俺は剣にエーテルを通し、思いっきり”フルスイング”で殴りつけた。致命打を与えるためではない。あえて剣を受け止めさせ、遠ざける。対人戦闘でのみ見られる技のひとつだ。

 

 予想外に重い一撃を受けただろうジャンヌは、驚きの表情を浮かべていた。そのまま、数メートル後ろに、勢いよく吹っ飛ばすことに成功した。

 

「……チッ。やるじゃない……ム?」

 

 崖の手前で踏みとどまったジャンヌが、悪態をつく。そして自らの目に手をやった。

 ……クッククク。ツイてるぜ。

 まぐれだが(ひたい)のあたりを傷つけたらしい。血が流れ、ジャンヌの片目に入る。

 俺はこれから、ひたすら血の入った死角から攻めれば良い。

 もはや勝ったようなものだな。

 

「ギャーッハッハッハ!! 油断したな、狙い通りだぜ! さあ命乞いをしてみろ! 地に頭をつけて、止血をすることを許してやる!!」

 

 俺はそう挑発しながら、ジャンヌとの距離をはかる。

 当然、降参などするはずがない。逆上して突っ込んでくるのを、期待し、警戒する。傷を塞ごうとすれば、それも(すき)だ。

 

 だが、ジャンヌは、予想通りには動かなかった。

 

「ふっ、うふふふ。貴方……名前を、訊いてなかったわね。教えなさい」

 

 ジャンヌは傷から手をはなし、血が流れるままにしている。

 嫌な予感だ。

 

「…………フロストだ」

 

 答える義理などないが、突撃する気にはなれなかった。ただ状況を先延ばしにするために、名乗った。 

 

「そう……フロストというのね……フロスト、フロスト、フロスト。可愛いわね、貴方。無謀で、滑稽(こっけい)。本当に()()()()

 

 ……クソッタレ、それは、没収されたほうに、賭けていたんだ。

 牢屋で、兜の騎士は言っていた。

 誰と誰が、()()()()()()()()を継承したと。

 

 ジャンヌは剣をだらりと下げたまま、エーテルを展開する。

 

「”()()()()()()”」

 

 ジャンヌがそう唱えると、エーテルが光となってジャンヌの頭上から注がれる。

 顔に残る血を、ジャンヌがぬぐう。ぬぐったあとには、傷ひとつない額があった。

 

 ”ナイト”のソウルクリスタル。ジャンヌはその戦技を使う、ナイトだ。

 クソッタレめ。それは、大問題だ。

 

 

────────────────────

 

 

「ふふ、ふははッ!! ()()()()? ()()()()()()だァ? ハハハハハッ!! 笑わせてくれるッ! ワタシをコケにした罪、その命で払ってもらおうかしら!!」

「…………い、嫌味なヤツだな……ゲホッ」

 

 俺はかろうじて立っていた。だが、ボロボロだ。お釣りも出やしない。

 すでに、”ランパート”も”センチネル”も、”リプライザル”も”アームレングス”も使ってしまった。こういう戦技は、エーテルの残量に関係なく、立て続けに何度も使えるものではない。

 俺はエーテル量に自信はあるが、使える戦技の数や、その出力には限りがある。

 

 ソウルクリスタルを持つ者との間に、ここまで差があるとは思っていなかった。戦技の質と数が違いすぎる。

 加えて得体の知れない腕力が、その差を押し広げている。

 

「フハハハハッ! 下種の人間ごときがァ!! 図に乗るからよォ!」

 

 ジャンヌは勝ちを確信し、ゲラゲラと笑っている。

 

 これは、死ぬかもな。

 シャレにならない。思考が鈍る。

 

 

 血を流しすぎた。めまいがする。

 

 

 

 まるで、エーテル酔いに似た感覚だ。

 

 

 

 

『…………! ……ャンッ!!』

「…………?」聞き慣れない声がする。

 

 いつの間にか……さっきまでとは違う場所にいた。

 目の前に立っていたジャンヌの姿もない。

 雪原には変わりはない。隆起した大地が見える。少なくとも、西部高地ではありそうだ。その景色には、ときおりノイズのようなものが走る。

 

 そうか。これは、現実じゃない。

 

「……これは、”過去視”、か?」

 

 俺の秘密の、”過去視の力”だ。役に立った試しがないので、そろそろ存在を忘れていた。

 

『なにをしているんだ! ジャン!! 死にたいのか!?』

 

 俺は声の方に頭を向けた。

 声を上げていたのは、背の高い耳の尖った、エレゼン族の男だ。白い鎧姿。見たこともない顔だ。

 だが、ソイツが首から下げているものに、見覚えがあった。細い鎖に、特徴的な意匠の金属の細工が、クリスタルを固定していた。

 こいつ、恐らく──

 

『……待ってくれ、スコット……なんてことだ。あんな……』

 

 男はもうひとりいた。スコットと呼ばれたエレゼンに肩を掴まれ、揺すられながら棒立ちしている。

 そうだ。スコットだ。酒場で見たソウルクリスタルの持ち主。あれと同じものを身に着けている。

 かたわらの男は……髪は短く、染めていない。化粧もしていない。だが、間違いない。ジャンヌだ。

 

 2人の男は、同じ方向を見ている。どちらも鎧はボロボロだ。

 ジャンヌの欠けた鎧の隙間からは、スコットと揃いの意匠のクリスタルを、首に下げているのが見えた。

 

 何を見ている? これは、いつの景色だろう。

 いや、待て。そんなことよりも、”今”俺はどうなってる? まさか、敵の前で無防備に突っ立てるってのか!?

 

 俺は焦りを覚えながら、男たちの見ている方に目をやる。

 息が止まる。

 

 そこにいたのは、巨大な龍だった。

 碧みがかった黒い鱗。頭からは4本の節くれだった凶悪な角を生やしている。家屋ですら覆いつくせそうな巨大な翼を持っている。

 だが、一番ヤバいのは、その目だ。琥珀色に輝くその目からは、異常なまでの憎悪を感じた。”邪竜”という言葉が頭に浮かぶ。

 

 それなりに遠くにいるはずだ。だが、そんな風には思えなかった。

 龍は、俺を見ていた。いや、そんなはずはない。俺はここにはいないのだから。

 ソイツはただ、こちらを見ているだけだ。それだけで十分逃げ出したくなる。

 

『スコット。見ろ……なんて……()()()……』

 

 ジャンヌの幻影が、そうつぶやいたのが聞こえた。

 

 

 

 次の瞬間、風景がまた変わっていた。

 

 暗い。風が動いていない。どうやら部屋の中だ。ろうそくの灯りがちらちらと、2つの影を揺らしている。

 

 片方はジャンヌだ。もう片方は、顔が影になって見えない。

 

『──本当に、良いな』影になった方が言った。

 

『ああ。何でもしよう。スパイでも、密輸でも。早く、それを……』

『…………分かった。さあ、飲むがいい。この”■■■”を』

 

 ジャンヌは飾りの付いた金属の杯を受け取り……いや、待てって。

 そんな場合じゃ、ねぇんだよッ!

 終われッ、覚めるんだ!!

 

 

 

「あらあら──何をぼぉってしてるのよ!!」

「うわッ──!?」

 

 意識が雪上に戻ると、目の前に剣が迫っていた。

 俺は横っ飛びし、転がって距離をとる。顔の穴という穴に雪が入ってくるが、構ってはいられない。

 

「しぶといわね……もう、飽きたわ。終わりにしましょう」

 

 ジャンヌはうんざりした顔で、こちらに歩いてくる。かなりマズい状況だ。

 何か、何か手はないのか。

 

 

「……り、”竜の血”っては、どんな味だ?」

 

 俺は、幻影の中で聞いた言葉を口にした。

 ジャンヌが足を止めた。

 

「…………あら……知ってて立ち向かってきてたの? ……でも、良くは知らなかったみたいね。そう、これが、竜の血の力」

 

 ジャンヌは手を大仰に広げて言う。

 知ったことではない。そのまま、気分良く喋ってろよ。

 俺は呼吸を整え、体力を回復させる。

 

「素晴らしい”力”よ……でも、全然たりないの。もっと、もっと飲まないと! そのためならなんだってするわ!」

 

 竜の血……まさか、本当に”血液”を飲んでるわけじゃあるまい。おそらく身体を強化する薬だろう。依存性のある何かが、混ぜられてるに違いない。

 

 竜の血を語るジャンヌの目は、普通じゃない。 

 

「イシュガルドの人間も、異端者どもも、どうだっていいの。馬鹿みたいに争っていればいいわ。それを利用して、もっと竜の血をもらうの。そして──」

 

 恍惚とした表情で、ジャンヌは言う。

 

()()()()()()()()()()()()

 

 ずっと最初から、見誤っていた。コイツの奇抜な格好は、竜を模したものだったのだろう。

 人が竜に? こいつは、正気じゃない。

 

「だから…………テメェみてぇなァア!!」

「…………ッ! グッ!?」

 

 ジャンヌがいきなり突っ込んで来て、剣を振り下ろす。

 なんとか受けることはできた。だが──

 

「薄汚い! ドブネズミの! 分際でェェ!!」

 

 続けて何度も、剣を打ち付けてくる……マズい、盾が、持たない!

 

「ドラゴン族を殺しただなんて! 許せないわよねェ!? オラァアッ!!」

 

 強烈な一撃で、俺の盾はバキバキに砕け散った。

 もう完全に限界だ。俺は足に力を込めて、この場から逃げようと試みた。

 だが、判断がおそすぎた。

 ジャンヌが自らの盾で、俺をぶん殴った。

 視界がぐわんぐわんと揺れ、俺は膝を突いた。

 

「はぁッはぁ……ふふ。それなりに、楽しめたわ」

 

 ジャンヌは俺の胸ぐらを掴み、そのまま軽々と俺を吊るし上げる。

 

「死になさい」

 

 まいった。もう打つ手なしだ。

 終わりってのはあっけない。

 俺は目をつむり、その瞬間を待った。

 

 その瞬間は、なかなか訪れない。

 

 

「……なによ、あれ」

 

 目を開けると、ジャンヌは明後日の方向を見て、眉をひそめている。

 

 俺がそっちに目を向けると、少し遠くの空を、小型の帆船がゆらゆらと飛んでいるのが見えた。

 あれは……()()()()()()だ!!

 俺は、手に力が戻ってくるのを感じた。俺にできることは、まだある。

 

「ゲホッ……ハハ、俺の仲間だぜ……運が、悪かったなァ。おい、降参しろよ」

 

 マナカッターは、大きく帆を膨らましている。こうしてみると、風脈に乗っているというのがよく分かる。

 真っ直ぐには進めていない。大きな渦に乗るように、円を描いてこちらに向かってくる。

 

「……なぜ逃げもしないと思ったら、こんなことを期待してたの? ふん、あんな小さいのじゃ、乗れて2,3人でしょう」

 

 ジャンヌはそうあざ笑い、俺を雪上に放り投げた。俺は無様に雪に突っ込む。もう受け身を取ることもできない。

 

 それでも、俺はすぐに立ち上がった。

 限界だと思っていたが、人間ってのは現金なものだ。希望をチラつかせられると、もうひと絞りできる。

 俺は自分の口角が、勝手に持ち上がるのが分かった。

 

「……何よ、その顔。助かるとでも思ってるの? お前を殺すのなんて、10秒もあれば十分よ」

 

 ジャンヌがこちらに体を向け、言う。

 

 10秒…………10秒だってよ。

 本気だろう。

 力の差を考えれば、間違っちゃいないさ。

 

 

「ふふッ……ヒヒヒッ」

「…………何が、おかしいの」

 

 俺は笑う。

 口の端が切れてズキズキと痛むが、関係ない、笑え。

 

「ヒヒ、ハッハハ……ぎゃーっはっはっは!!」

「…………イカれたの? とにかく、不愉快だわ」

 

 ジャンヌは顔を歪め、一歩踏み出した。そして、

 

「もう、死になさ──……」

 

 すぐに、その歩みを止めた。

 ジャンヌは目を見開き、麻痺でもしたように、その場でブルブルと震える。

 

「……こ、この……き、貴様、まさか……」

 

 へぇ、分かるんだな。

 ジャンヌの目を見て、もう一度にっこり笑ってみせる。

 

 俺は、左手に持った()()を、かかげてみせた。

 

 それには細い鎖がついている。鎖から、金属の細工で固定されたものがぶら下がっている。

 その()()()()()()()()が、どこにあるか、俺はすでに()ていた。 

 

「こ、この……ッ! 腐れ盗人(ぬすっと)の、ドブネズミがァァア──ッッ!!! 汚い手でそれに触るんじゃネェエッ!!」

「ぎゃーっはははッ!! おいおい、今のは聞き捨てならねぇぜェ!!」

 

 ()()なんてよしてくれ。

 ドブネズミなんて論外だ。

 俺は。

 

「俺を呼ぶなら──”()()()”と言ってくれ!!」

「下種がァアッ!! ()()()にしてやるッ!!」

 

 ジャンヌが雪を散らし、勢いよくこちらに突っ込んで来る。

 俺はクリスタルを握り、残ったエーテルをありったけ込める。

 

 すぐ前に迫ったジャンヌが目を剥き、吼える。

 

「ば、馬鹿な……貴様なんぞに! その技が、使えるものかァッ!!」

 

 ジャンヌは剣を振りかぶり、真っ直ぐ俺に打ち下ろす。

 俺は恐怖を押し殺し、腹に力を込める。

 俺は、クリスタル持った手を上げる。応えろ、クリスタルよ。

 

 振り下ろされた剣が、鈍い音を立てた。

 剣の刃は、俺の手の甲に触れて、止まっていた。

 

 ジャンヌの顔がよく見える。俺はソイツの、驚愕と憎悪の混ざった表情を眺めながら、大きく息を吸う。

 

 

「”()()()()()()()”!!!」

 

 

 俺の体を、凝集されたエーテルの力場が覆っている。

 ”無敵(インビンシブル)”だなんてフザけた名前も、この技においては過不足ない。

 

「クソッタレがァァアア!! そんな技が、いつまでも保つわけねぇだろうがァア!!」

 

 ジャンヌは激高したまま、滅茶苦茶に剣を振り回し、下がろうとする。

 俺は防御もなにも放り捨て、ひたすら急所を狙う。逃しはしない。

 必然的に、足を止めて打ち合う形になる。

 

 コイツは、10秒あれば俺を殺せると言った。

 ()()()笑ったのさ!

 

「10秒もあれば、十分なんだよッ! ソイツが()()()()()時間が稼げりゃなッ!!」

 

 俺の考えに気付いたのか、ジャンヌは顔を上に向けようとする。俺はそれを妨害する。視線を自分に向けさせるのが、”守り手”の仕事だ。

 

 風脈に沿って走るマナカッターが、ちょうど俺たちの頭上を通り過ぎた。

 ジャンヌは闇雲に、頭上へ剣を振り上げようとする。

 俺は両手で自分の剣を握り、ジャンヌの剣を、全力を込めて押さえつけた。

 影がひとつ落ちてくる。

 

「……ぁああアア!! 下種が!! クソ下種共がァア──ッ!!」

「シィィイイィィァァァアア────ッ!!!」

 

 空気を裂くような気合を上げながら、マナカッターから落下してきたジンが、刀を一閃させる。

 ほとんど真上から落ちてきたジンは、袈裟斬りに刀を叩きつけた。

 ジャンヌの右腕が千切れ飛び。そのまま、ほとんど真っ二つにする勢いで、胴体を刀が通り過ぎる。

 

 ジャンヌの体は、半回転して雪に叩きつけられ、そのまま沈黙した。

 雪上に着地したジンは、そのまま膝を付いてうつむく。

 

「ジャンヌ……確かに俺は、無謀だった。滑稽だったな」

 

 そもそも、一人で戦おうとしたのが、大間違いだった。なんで、”攻め手”のジンを連れてきたっていうんだ。

 俺は、基本ってものを忘れていた。

 

「囲んで叩くのが、”()()()”だ。楽しめたかよ」

 

 

────────────────────

 

 

「うわ!? だ、大丈夫なの、それ?」

 

 崖のそばに飛空艇を着地させ、降りてきたルッカは引き気味の顔で言った。

 無理もない。念入りにいじめられたからな。ひどい面をしているだろう。

 

 俺はルッカの方へと歩み寄りながら、尋ねる。

 

「たいしたこと、ねぇ……ポ……ポーション、あるなら……」

 

 最後まで言い切れずに、雪の上にぶっ倒れた。

 

 ジンは少し離れたところでしゃがみ込んでいる。ゲロゲロ言いながら、昼食のメニューがなんだったかを確かめていた。

 かなり無理をさせたようだ。出しちまった分ぐらいは、おごってやるか。

 

 そばに立ったルッカが俺に、ポーションバシャバシャとかける。

 けっこう質の良いポーションのようだ。手作りだろうか。錬金術もかじっていそうだ。

 

「助かるぜ……なぁ、”竜の血”ってのはないのか? あったら試してみてぇな」

 

 ふと、思いついたことを言った。

 薬ひとつで、あれだけ強くなれるなら使ってみたくなる。依存性はあるのかもしれないが、なぁに、一度ぐらい平気さ。

 

「そんなの持ってるわけないでしょ! 少しでも変異したら、市民ですら死刑なのに!」

 

 軽口で言ったつもりだったが、ルッカは真剣な声を上げた。

 

「…………待て、なんだって? 強化の薬じゃねぇのか? 変異だと……」

「竜の血は、()()()竜の血なの。無理やり竜にさせられた人だって……ポーションもっと取ってくるから、動かないで」

 

 そう言ってルッカは、飛空艇の方に走っていった。

 

 竜の血は、”血液”そのものだった? アイツの、竜になるという言葉は、妄想じゃなかったってのか。

 

 …………それは、マズイッ!

 

 俺は痛むのも構わず、体を起こし、叫ぶ。

 

「ジンッッ!! ソイツにとどめを刺せ!!」

 

 ジンは、すぐにジャンヌが倒れていた方に構えた。だが──

 

「……ッ!?」

 

 そこには血の跡しかなかった。

 動けるわけがない、生きてるわけがない傷だったはずだ。

 腕力だけではなかった。あいつは、ドラゴン族の生命力、そこまで獲得していたのか。 

 

「ふふフフ。はーッはッはハハ!! ド、ドブネズミがァ、このワタシに勝ったつもりカ!?」

 

 かすれた叫び声の方へ顔を向けると、血まみれのジャンヌが、離れたところで仁王立ちしていた。

 なにか角張った物を持っている。細い縄が伸びて、その先がバチバチと火花が散って……

って、ば、爆弾じゃねぇか!? なんでそんなもんが! 異端者への手土産かッ!?

 遅れて、硝煙のニオイが鼻に届く。見れば爆弾は、ジャンヌの足元にいくつも転がっている。 

 

「に、人間風情ガ、私ヲ──ワ、ワ、ワタシは、美しキ竜になる!!!」

 

 爆弾の威力だとか、考えている時間は無かった。

 俺は力を振り絞って、雪を蹴る。

 ポーションの瓶を抱え、棒立ちしているド素人に向かって、走った。

 

「え、えっ……キャアッ!?」

「舌、噛むなよ」

 

 ルッカを抱えて、崖を飛んだ。

 直後、頭上で轟音が鳴り、強烈な光が降っている雪を照らした。

 

 崖はそれなりに高い。

 まったく、今日はよく落ちる日だな。

 雪ときどき、(フロスト)に注意、だ。

 



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