半沢直樹 ~ 世紀末覇者への道 ~ (おゆ)
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1話

 

 

 

 東京中央銀行では長い一日が終わろうとしていた。

 

 過去の不正融資の公表と清算が行われたのだ。これでしばらくは世間の逆風に晒され、東京中央銀行は苦難の道を歩むことになる。

 ただし希望はある。

 闇は取り払われ、銀行内の風通しは良くなった。

 ならば元々地力のある東京中央銀行は更に強くなって甦り、真の銀行として再び日本の企業と社会に多大な貢献をするだろう。

 

 

 私は中野渡頭取の口から引責辞任を聞き、ついで大和田常務から宣戦布告を突き付けられた。

 これはあの人なりの激励のつもりに違いないのだ。全くもって不器用かつ素直じゃない。

 

 さあ、明日から忙しくなる!

 

 私は営業第二部次長としてこれまで以上の仕事が求められる。

 足取りも軽く銀行本社ビルから出ようとした。

 

 

 その直前、あろうことか運転を誤ったトラックが本社ビルに突っ込んできたのだ!

 えっ、こっちに向かって……

 

「くっ、こんなところで死ぬのか…… ト、トラックに倍…… 返し……」

 

 さすがの私もトラックに正面から轢かれたらどうしようもない。

 バンカー半沢直樹の命の灯はあっさりと吹き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、ここはどこだ?」

 

 目を開けると、茶褐色の地面が見えた。

 

 地面がこんなに大きく見えたのは私が倒れているからだ。

 それにしても辺り一面ただの荒野に思えるのはなぜなんだ。本社ビルは東京のど真ん中、銀座のはずじゃないか。

 

 ついで背の高い男が目の前に立っているのが分かった。

 奇妙なことに、男は何だかよく分からないコスプレ、敢えて言えばアメ横で揃えたような馬鹿げたマッチョな恰好をしている。

 

 

「どうだケンシロウ。貴様の甘い拳など南斗聖拳の敵ではない! どこまでも甘い貴様はこの世界でユリアを守ることなどできず、どうせユリアは誰かに奪われる。ならば今のうちに貰っておいてもよかろう」

 

 このコスプレは何を言っているのだ? と思う。

 

 よく見ると、すぐ傍にはグラマラスボディーの女もいた。なんだか「ヴィーナスの誕生」的な美女だ。

 正直、好みではない。

 私は妻のハナのような小柄で年齢不詳のカワイイ系が好きなのだ。

 

 

 

 その瞬間、私の頭に怒涛のように別人の記憶が流れ込んできた!

 そして理解した。

 

 トラックに轢かれたせいで魂が飛ばされ、別の人間の体に憑依したらしい。

 もはや私は半沢直樹ではなく、ケンシロウなる者になっている!

 

 そのケンシロウと呼ばれる人間の脳の記憶部分から今に至る全てのいきさつが引き出され、私にしっかりインプットされる。

 

 

 同時に肘やひざ、そして胸のあたりから痛みを感じる。

 記憶を辿れば…… この世紀末、親友の南斗聖拳シンから勝負を挑まれ、止むを得ず北斗飛衛拳を使って応じたが敗れた。

 おまけに胸に七つの傷までつけられて倒れ伏していたのだ。

 

 

 これをしでかしたシンに怒りが沸き上がる!!

 

 適当な理屈をこねられてしまったが、無茶苦茶だ。単に好きな女を奪うだけのことだろうが!

 私は痛みをこらえつつ立ち上がり、シンを睨む。

 拳法など知らず、ましてこんな傷を受けている状態で勝てる相手とも思えない。だがしかし、これまで幾度もピンチに遇いながらも気力を失ったことはないのだ。大阪支店でもセントラル証券でも。

 

 その鋭い眼光のためにシンがわずか怯んだようだ。そこへ言葉を叩きつける。

 

「お前は拳法家としてやってはならないことをした。この報いは受けてもらう」

 

 

 

 

 一方、シンは冷や汗を流している。

 

 拳の勝負には無事に圧勝できた。

 そしてユリアを脅してなんとか同意させ、連れて行くことができるようにした。

 ケンシロウには言い訳じみた言葉も投げつけてやった。後はすっきり立ち去るだけだ。

 どのみちケンシロウを殺すつもりはない。

 甘い考えかもしれないが、ケンシロウとは共に競い合い、共に成長してきた親友だったのだ。そんなに後味の悪いことはしたくない。

 

 ところが今、危機察知本能が知らせてくる!

 

 ケンシロウのオーラがいきなり変わったように思えた! それはあまりに強く、眩いばかりに純粋なオーラである。

 どういうことだ。

 こんなに急にオーラが変わることなどあり得るのか?

 理解できない。その言葉の気迫も尋常なものではない。

 

 

「シン、この借りは必ず返させて頂く。それが私のモットーだ」

「な、何を言うケンシロウ。どうせ貴様などここで殺さずともお終いだ。この先にはいくらでも強者がいる」

「どういうことだ。誰か他にいるのか。言ってみろ、シン」

「 …… 」

 

 一気にケンシロウのオーラが強くなった。

 

「言え、シン! 答えろーーーーーーッ!」

 

 これではどっちが勝ったのか分からない。今やたじろいでいるのはケンシロウではなく俺の方だ。

 

 

「そ、それはその、南斗六聖拳がいるし、そもそもこの計画を囁いてきたのは貴様の兄、北斗のジャギだ……」

「やられたらやり返す! だったら南斗六聖拳とジャギ、七人併せて、億倍返しだーーーーーーッ!!!」

 

 

 しかしそこでケンシロウは体力を使い果たしたらしくドサリと倒れてしまった。

 この隙に俺はユリアと共にすたこらさっさと遁走する。言い知れぬ敗北感を胸にして。

 

 

 

 

 

 

 それから幾ばくかの月日が経った。

 

 私はリンとバットという子供を連れて旅をしている。

 物資の乏しい世紀末、快適とは言えない。動乱によって生産が止まりっぱなしなのだから仕方ないのだろう。

 しかし危険ということはない。体で覚えているらしく、少しずつ北斗神拳なる拳法を使えるようになってきたからだ。力任せの暴漢など物の数ではない。

 

 

 私はやがてあのシンという男と再戦したが、シンは戦う前から自滅していた。

 

 他の南斗六聖拳はというと、初めに南斗水鳥拳のレイという男と知り合いになった。

 この出会いはラッキーだった。レイは基本的にいい奴で、その単純さといい、東京中央銀行の同期で今は広報部にいるだろう近藤にどこか似ている。

 その仮称近藤と共に牙一族を倒し、更に旅を続ける。

 そうそう、マミヤという白井国土交通大臣を美人にしたような女も一緒だ。

 

 

 次に出会った六聖拳にはもっと驚かされた。

 

「また一瞬見とれてしまった。美しい……」

 

 なんだこの変態は。

 南斗紅鶴拳ユダというらしいが自分で言うほど頭も良くなく、レイにそんな気色悪いことを言っている間にあっさり倒されたではないか。

 しかし誰かに似ている…………

 

 黒崎だ!!

 何となく精神的波動があの国税の黒崎に似ている感じがする。

 いや、それは黒崎に失礼か。一応黒崎は岸谷統括部長の娘と結婚しているからな。その娘を見たことはないが。

 

 

 

 

 そして私はついに強敵と呼ぶべき者と巡り合う!

 

 その名は聖帝サウザー、南斗六聖拳最強にして世界唯一北斗神拳が通じない肉体をもった男である。

 だが、私はそんなサウザーの弱点を知っている。

 奴の始めた聖帝十字陵という事業は完成しない。今まで数え切れないほどの事業に関わってきたバンカーとしてそれを見抜き、奴に会うとそのことを伝える。

 

 

「貴様がケンシロウか。北斗などこの帝王の体には通じぬ。我が南斗鳳凰拳に切り裂かれて地に伏せ」

「サウザー、お前の事業は成功しない。お前には決定的に経営者としてのセンスが無い」

「何だと!?」

「周りの誰もが協力しなかったろう。すなわち周囲の与信判断が適切であり、それを認めないお前が良くない」

 

「おのれこの帝王をクズ扱いするかーーーッ!」

「いいえクズ扱いしているのではございません。クズだと申し上げているのです」

 

 

 激昂したサウザーは問答無用で戦いに入ってきた。

 

 さすがに強い!

 確かに北斗神拳も通用しない。秘孔を突いても意味がなく、接近戦に入ればたちまち極星十字拳という技で切り刻まれるだけだ。

 

 

 しかし私にはとっておきの方法がある。

 ボケッと戦いを見ていたサウザーの部下から刀をひったくると正眼に構える。

 

 何だか反りが強くて中東風にしか見えない刀だが、刀は刀に違いない。

 

 そして剣道こそ私が慣れ親しんだ武道なのだ!

 私は剣道に才能があり、高校時代にはインターハイまで行っている。だからスポーツ推薦で慶応に行き、そこでもしっかり剣道部主将を務め上げ、狙い通り東京中央銀行に入行できたのだ。

 

 

「ふん、北斗どころか拳法の誇りを捨てるとはな。だがケンシロウ、そんなものが南斗最強の切れ味と比べられると思ったか」

「あまりなめないで頂きたい!」

 

 サウザーは自信を持って拳を振るう。この刀を簡単に寸断できると思ったのだろう。

 だがそこまで私も考えていなかったわけではなく、北斗の闘気が刀を強化することを知っている。

 戦ってみればサウザーが刀を折ろうとしても折れず、そして単純な斬り合いなら刀は南斗と互角の威力がある。

 

 

 

 ここでサウザーは戦い方を変えてきた。

 距離を取り、南斗最強の拳らしい奥義を使う。

 

 

 ついに全身を羽根と化す究極奥義、天翔十字鳳を繰り出し、一気に決める気だ。

 それは触れられずに相手だけを斬る絶対必殺の技である。

 

「帝王は退かぬ、媚びぬ、省みぬーーーッ!!」

 

 

 まともにやり合っても勝てやしない。拳どころか触れもしないのだから。

 こっちもまた戦い方を変える。

 

「南斗紅鶴拳伝承烈波!!」

 

 拳法でおそらく唯一と思われる遠距離攻撃用の拳を放ち、サウザーを迎え撃つ。

 あの黒崎もどきの技をパク、もといコピーした技である。

 

 これを防御するため、サウザーはいったん気流を操ることができなくなる。そのため見えない気流を使う天翔十字鳳がただの飛び技になってしまう。

 しかし充分なスピードがあることには変わりがなく、空中戦ならトキに次いでサウザーは熟練しているのだ。

 攻防はほんの一瞬になる。

 

 私は刀を見せ玉に使いながら、満を持して今は亡きシンの南斗聖拳を放つ。

 

 

 勝負は終わった。

 わずかな差で勝つことができた。

 

「とどめを刺さないのか、ケンシロウ……」

「今まで自分がしてきたことを思ったら生きて償え。今まで迷惑をかけた人にDOGEZAして謝り、そしてまっとうな拳法家として生きていけ。それこそが本物の誇りだ」

 

 

 

 

 

 そして年月は流れ、この世紀末にも人間の社会というものが戻ってきた。

 回復まで千年はかかると言われた暗黒時代がたったの数十年で終わりを告げた。

 

 それは一人の伝説のバンカー、ケンシロウによるものだと伝えられている。

 

 的確な予測と見事なアドバイスで農業や工業といった産業を速やかに興していった。

 やたらと悪人を倒して回るより、その方がよほど社会の再建には有効だ。食糧が行き渡り、それが殺し合い奪い合いの地獄から人間を救った。

 

 新しい時代が来る。

 それは人々が笑顔で過ごせる、幸せの時代だ。

 

 

 

 

  あなたとの旅で全てを見てきました

 

  心から言います

  本当に、本当にありがとうケンシロウ

  語り尽くせぬほどの感謝を込めて

 

 

  天帝ルイの妹、リン  ここに記す

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
「微笑み忘れた顔など、見たくはないさ~~ 愛を、取り戻せ~~~♪」

 半沢直樹inケンシロウ

 
 
 


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