日輪を宿す暁 (狼ルプス)
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日輪を宿す少年は時を超える

日輪の夏を考案していた際、執筆していた没案内容です。




「ここは…今回は一体なんだ?」

ある少年は竹林の道に立っていた。辺りを見渡すと、そこにいたのは、腰に刀を帯びた何処か侍の様な雰囲気を醸し出す和装の男性だった。額には自身と“ 似た痣”を持つ耳飾りの剣士がいた。そして今回は、彼と向かい合うように一組の男女も立っていた。

 

耳飾りの剣士が対峙している男を見て、少年は一気に顔色が悪くなる。

 

 

「な、なんだよあいつ……!?」

少年の目には、人体や物が透けて映る為、男の体に心臓と脳がいくつもあることに気づく。少年は初めて見る異形に戦慄した。

耳飾りの男性は抜刀して異形の男へと迫っていく。異形は触手のようなものを、普通の人では視認できない速さで振るうが、耳飾りの剣士は少年と同様に目で捉える事ができるようだった。

 

 

「…凄い、攻撃を全て躱してる、それにやっぱり、あの人の剣術……」

 

 

耳飾りの剣士が使っている剣術は、自身が習っているものに似ていた。始めた当初は身体が何故か勝手に動き、しかもそのことに違和感が無かった。そして、耳飾りの剣士が出てくる夢を見るようになってからは、自身が学んでいる剣術の技法と理解する様になった。

 

……話を戻そう。耳飾りの剣士はまるで日輪のような動きを体現し、相手をあっという間に戦意喪失するまで追い込んだ。

 

 

『失われた命は回帰しない 二度と戻らない。生身の者は鬼のようにはいかない。なぜ奪う?なぜ命を踏みつける……?』

 

 

 

耳飾りの剣士は問うが斬られた異形の男は何も答えなかった。そして、その光景を見た女性の瞳は、希望を見たかのように輝いていた。

 

しばしの沈黙の後、突然、異形の男は身体を変化させ、数多の肉塊に分裂する。耳飾りの剣士は対応するものの幾つかの肉塊を取り逃してしまう。

 

 

その瞬間、少年の意識が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!またあの夢か、それに、ここはいったい…」

 

目が覚めると廃墟のようなところに手足を縛られて居た。

 

 

俺は織斑一夏。第二回IS世界大会《モンド・グロッソ》に出場する姉の織斑千冬を応援するためにドイツに来ていた。

一回目の大会で優勝した千冬姉は当然のように有名になり、俺は周りの人達からいつも姉と比べられ、『出来損ない』やら『凡人』やら罵られた。痣があるせいか『汚物』だの『お前みたいなやつが何故存在しているの?』と言われたこともある。

 

だけど、そんな自分を理解してくれる人は少なからずいた。千冬姉は勿論のこと、数少ない友達の五反田弾やその家族,御手洗数馬.鳳鈴音,IS 《インフィニット・ストラトス》の生みの親である篠ノ乃束だ。

 

この人たちだけがいつも俺を支えてくれた。

 

「(確か俺は、試合が始まるまで余裕があったからトイレに行って……客席に戻ろうと歩いている途中、誰かに布のようなもので口と鼻を抑えられて……)」

 

 

自分の身に何が起きたか確認し、今に至る。

 

 

「気が付いたか、織斑一夏」

 

俺は声がした方に振り向くと数人の男女がこちらを見ていた。

 

「お前達は?」

 

「俺達は織斑千冬の大会二連覇を阻止するためにお前を人質にした」

 

「それにしてもこれがあの織斑千冬の弟か。本当にあいつの弟か?不気味な痣なんて持ちやがって」

 

「(……言われ慣れてはいるけど、やっぱり…他の人から見てもそう思うんだな)」

 

一夏の額には陽炎のような痣があり、この痣のせいで周りからは気味悪がられ、いじめられていた。しかし一夏はそれを無視し過ごしてきた。

 

 

一夏は冷静に状況を把握し様子を窺う。その時、部下と思しき男が目の前の女に近づいた。

 

「織斑千冬が試合を放棄しました」

 

「そうか、それじゃあこいつは用済みだな」

 

女はそう言うと、懐から拳銃を取り出した。

 

「悪く思うなよ、ガキ。目撃者でもあるお前に私達の事をバラされるわけにはいかないからな。恨むんなら非力な自分を恨むんだな」

 

女は銃口を俺に向ける。

 

「(まずい、このままじゃ…)」

 

 

しかし……

 

ピシ、パリン

 

突然何かが割れる音がした。

 

「なんだ?」

 

「なんの音だ?」

 

 

自分を誘拐した仲間の一人が上を見る。俺も上に視線を向けると何もない空間に亀裂が入っていた。

 

「な、何だ、あれ?」

 

ピキ、ベキ、パキ

 

 

「お、オイ、何がどうなってやがるんだ?」

 

亀裂は徐々に広がる。すると、突然、吸い寄せられるほどの強風が吹き、手足を縛られていた俺は、その中にいとも簡単に引き寄せられた。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

一夏が亀裂に飲み込まれた後、空間は元に戻った。

 

「す、吸い込まれやがった…」

 

「お、オイどうするんだ!人質が消えちまったぞ!」

 

「狼狽えるんじゃないよ!消えたのなら寧ろ好都合だ。目的は遂行した。もうこの場所には用はない」

 

その後、誘拐犯は爆薬を辺りに仕掛け、廃墟から離れた。その直後、大きな爆発を起こし、廃墟は跡形もなく消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

織斑一夏は、この誘拐事件により、死亡扱いとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う、うう、ここは?」

 

一夏は目を開け上半身だけを起こし、辺りを見渡す。気付けば全く知らない場所にいた。

 

「……一体ここは?何で和室に?俺は確かドイツにいたはず」

一夏は突然の事に混乱していた。ドイツの廃墟にいたはずが、目を覚ますと自身の国で見慣れた和室で寝かされていたからだ。

 

「それに、手当てまでされてる」

手足を見ると拘束されていた縄は解かれており包帯が巻かれていた。

 

自分の現状を整理したのち、周りを見渡すと、机やタンスなどの家具が目についたが、それらは全て古めかしい物ばかりだった

 

「(随分と古いものばかりだな。この家に住んでいる人の趣味だろうか?)」

 

 

「あっ!よかった。気が付いたのね」

 

「うわっ⁉︎」

 

急に横から声が掛かった。驚きながら振り向くと、いつの間にか襖から蝶の髪飾りをつけた少女が部屋へと入ってきていた。その姿を見て一夏はまた驚いた。少女が、今の時代では珍しい着物を着ていたからだ。

 

「ごめんね、急に声をかけて…気分はどう?どこか痛いところはあるかしら?」

 

「と、特に問題はない…です」

 

「そう?二日も眠ったままだったから心配したわ。顔色は……う~ん。どうかしら?」

 

「……大丈夫です」

 

少女が近付き、こちらの顔を心配そうに覗き込んでくる。他人に心配そうに見つめれるのは初めてで一夏は曖昧な返事をした。

 

少女の容姿は一目見れば美少女と呼ぶに相応しいものだった。長いこと間近で観察された一夏は恥ずかしくなったのか、無意識に視線を逸らしてしまう。まだ幼い彼が、女性の眼差しに耐性が無いのは、流石に無理からぬことである。

 

しかし少女は気にすることなく、一夏の顔色を観察する。

 

「……うん。顔色も良さそうだし、問題なさそうね。お医者様に診てもらって熱があったから心配したけど、気が付いて本当に良かったわ」

 

 

「そ、その…ありがとうございます」

 

「気にしないで。困ったときはお互い様よ」

 

体温が元々平均より高いのは後で説明するとして、少女の言葉と笑みに安堵を覚えるた。少女の笑みは優しく、まるで太陽の光に当てられたように感じられた。温かく、何の悪意もなく、純粋にこちらを心配する笑み……女尊男卑の世界とは思えないくらい優しい少女だった

 

「(……この感じ、前にも、あれ?いつだっけ)」

 

他人からそんな笑みを向けられるのは初めてではない気がした。

俺のいた場所では、周りの視線は冷たくいつも罵倒されいじめられていたが、目の前の女性の笑みは、親しい幼馴染達とはまた違う安らぎがあった。

 

 「あ、そうだ、空気の入れ替えをしましょうか。窓を開けてもいい?」

 

「あ、はい、お願いします」

 

「任せて」

 

少女は嬉しそうな返事をして窓へ近づき、新しい風を運んでくれた。一夏も起き上がり、開いた窓から外を見渡すが……。

 

「………嘘だろ」

 

「だ、大丈夫?やっぱりまだ気分が悪い?」

 

少女は、一夏の様子を心配する。

 

アスファルトで舗装されていない道路、まばらに走っている旧型の車、通りを歩く人の服装は殆どが和服で統一されている。見れば見るほど現代の風景とは異なっていた。

 

 

「………いくつか聞いてもいいですか?」

 

「う、うん。いいわよ……あ、自己紹介してなかったわね。私の名前は胡蝶カナエ。カナエでいいわよ」

 

「……織斑一夏です」

 

「織斑一夏……一夏くんだね。で、聞きたいことって何?」

 

 

「第二回IS世界大会《モンド・グロッソ》って知ってますか?」

 

「あ、あいえす?もんど・ぐろっそ?ご、ごめんなさい、全く知らないわ」

 

「そうですか、二つ目の質問です。今の年号は……」

 

「明治三九年だけど。それがどうかしたの?」

 

一夏は片手で顔を抑えた。

 

「はは、嘘だろ?俺、とんでもないとこに来ちまったのかよ」

 

 

織斑一夏は明治時代終盤にタイムスリップしてしまったのだ!

 




プロフィール壱

織斑一夏 10歳

額に陽炎の痣がある。

スペック 耳飾りを付けた侍の夢をよく見ており、その記憶から独自で全集中の呼吸を会得


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一夏の現状

ある家の屋根の上で、一夏はイヤホンを耳につけ音楽を聴きながら、辺りの景色を眺めていた。風が吹き、髪が揺れると、額があらわになる。傍から見ると異質な形に映るであろう、陽炎の形の痣があらわになる。

 

「もう半年か……」

 

タイムスリップしてから半年の間、俺は胡蝶家の世話になっている。

 

何故半年も経ってスマホが使えるかって?それは、俺の知り合いのお陰だ。

 

 

 

ある場所で、一夏は一人木刀を無我夢中で振っていた。

 

その太刀筋からは火が生まれ、その剣舞はまるで日の神が舞っているかのようだった。周囲は動物達が集まっていた。

 

 

『日の呼吸……』

 

そして一夏は日輪を体現するような動きを見せたのち、振っていた木刀を止める。

 

『フゥー』

一夏は一息つくと、身に付けていた腕時計を見る。

 

『六時間、ここまでやっても息切れしないなんて、全集中の呼吸、とんでもない技法だな』

一夏は近くに置いていたバッグから水筒を取り出し、水分補給を行う。

 

 

『ヤッホー、いっくん!元気ぃ〜〜〜!?』

 

『束さん、どうしたんですか…一体』

 

『いっくん、ちょっと頼みがあるんだけどいいかな?』

 

『頼み…また何か作ったんですか?』

 

『ウーン、ちょっと違うかな⭐︎今回はいっくんのスマホを貸してもらおうと思ってさ♪』

 

『スマホを?なんでですか?』

この時の俺の頭の中は疑問符で埋め尽くされてたっけ。

機械のうさ耳を身に付けた女性、篠ノ之束さん……この時から後にIS(アイエス)を作り出し、世間からは「天災」と言わしめるようになる科学者だ。束さんは千冬姉以外で俺の痣を綺麗だと褒めてくれた人だ。

 

『お願い!すぐに終わるから…それに、きっとこれからいっくんの役に立つはずだから!』

一夏はしばらく考え込むと、ポケットからスマホを取り出し、束に手渡す。

 

『束さんがそこまで言うなら、なんだかんだで束さんが作る物好きだから、楽しみにしてます』

 

束は一夏にそう言われると表情を「パァ!」と明るくさせ、スマホを受け取る。

 

『うん!楽しみに待っててね!』

束は一夏のスマホを持ち離れていった。

 

一夏は束が戻るまでの間、瞑想をして、時間を潰していると、彼女が戻ってきた。

 

 

 

『お待たせいっくん!』

 

『早いですね。数時間しか経っていないと思いますけど…』

 

『うささっ!このてぇんさぁい科学者の手に掛かれば改造などお手の物なのだ!』

 

『はは、否定はしませんけど……スマホを改造したって一体どう言う…』

 

 

『そうだね、とりあえず返すね!』

一夏は束からスマホを返してもらったが、そこまで変わった様子は見当たらない。

 

『?何処が変わったんですか?』

 

『いっくん、スマホを持ったまま、持ってる木刀を消すイメージをしてみて』

 

『木刀を消す?それが一体何が…』

すると一夏の手にした木刀が粒子状となり消えた。流石の一夏もこれには驚く。

 

『ぼ、木刀が…束さん、これは一体』

 

『いっくんのスマホには拡張領域というどんな物でも収容できるすごい機能を搭載したのだ!ただ収容にも制限あるけどね。それから、いっくんのスマホはある永久機関で一生稼働できるシステムにしたからバッテリーの心配は無くなったのだ!』

 

『ありがとう、束さん。これなら重い荷物を持ち歩く時も手ぶらで歩くことが出来る。やっぱり束さんはすごいや…』

 

『どういたしまして!いっくんの嬉しそうな顔が見れたなら…束さんも嬉しいから……!』

 

束が笑みを浮かべると、一夏もつられて笑みを浮かべた。

 

 

 

「(千冬姉、束さん、弾達は今頃何してるかな……大正近くにタイムスリップなんて、普通ならありえない出来事だよな)」

一夏は今いない姉達を思い浮かべながら晴天の空を見上げる。

 

「一夏くーん!」

下から誰かが呼ぶ声がする。一夏はイヤホンを外しスマホに搭載された拡張領域へしまうと、屋根から顔を出す。

 

「どうしました…カナエさん?」

 

「一緒にお散歩にいきましょう!まだ見て回ってないところを案内してあげるから!」

 

「わかりました!」

一夏はそう言うと、屋根から飛び降りる。普通の者なら怪我をしてもおかしくない高さだが、一夏は難なく地面に着地する

 

「……もう見慣れたから何も言わないけど、一体どうしたらそんな動きが出来るのかしら?」

 

「ウーン、鍛えているとしか言えないです」

 

「鍛えただけでそんなことできるわけがないでしょう?どうやったら数時間息も切らず舞が出来るのよ?」

 

「俺は正直に言っただけだよ……しのぶ」

 

若干ぶっきらぼうに話してくるのはカナエよりも小さな少女、彼女の名前は胡蝶しのぶ……カナエの三歳年下の妹である。因みに彼女と一夏は同い年だ。

 

「うふふ、準備もできたみたいだし、行きましょ、一夏くん」

そういうとカナエは一夏の手を握る。

 

「あの、何故手を?」

 

 

「もちろん手を繋ぐためよ?それにしても、一夏くんの手はお日様のようにあったかいわねぇ〜。冷えた手が温まるわ〜」

今の時期はまだ冬のため、平均より高い一夏の体温は、他の人からすると、とても温かいのだ。

 

「あの……その」

 

「しのぶは反対側の手をお願い」

 

「……分かったわ。姉さん」

 

一夏の左手をカナエが握り、そして右手をしのぶが握る。柔らかく、温かな二人の手の感触が一夏に伝わる。

他人と手を繋ぐこと自体縁がなかった一夏は、どうしたら良いか分からずおろおろしていた。

 

「(あれ、この感覚…何処か懐かしい……)」

一夏の脳裏に、手を繋ぎ、笑顔を絶やさない女性の姿が浮かぶが、靄がかかっているのか姿がわからない。

 

「行きましょうか♪」

 

「あ、はい…」

胡蝶姉妹と一夏は歩き出した。

 

 

 

「この場所は……賑わっていますね」

街並みは古く、俺の住んでいた町とは違い、人は少ないが、それでも活気があった。古い写真でしか見ることがなかった光景に、一夏は辺りを見渡した

 

 

「やっぱり全然違う?未来で貴方が過ごしてた町と」

 

「はい…全く違います。俺が過ごしていた町は、スマホの写真の風景通りですからね。」

 

「そうだったわね。写真にあった高い建物が後に東京に建つなんて信じられないわ。父さんと母さんも、ものすごく驚いていたのが懐かしい……」

 

胡蝶夫妻は見知らぬ俺を暖かく迎え入れてくれた。俺が未来人と説明しても受け入れてくれた……とても優しくて、暖かい人たちだった。しのぶ達に俺の時代で過ごした写真を見せた時、高い建物に驚いていた。

 

「この場所も…その内変わってしまうのね」  

 

カナエさんはどこか寂しそうな表情で言う。見慣れた光景がなくなり、変わってしまう事にやはり寂しさがあるのだろう。

 

「……取り敢えずいきましょ、この辺りを案内しないと」

 

「そうだな(周りの視線があるのは気のせいだろうか、なんとなく女性からの視線が強い気が)」

 

一夏は十歳だが、前髪で多少額が隠れているとはいえ、痣を含めても見た目は美形の部類に入る。夢で見た剣術を使って我流で鍛えたため、同年代の男子の平均身長を余裕で超え、現在160はある。若い女性からの視線が集まるのも無理はない。

 

 

 

三人は他愛無いやり取りをしながら、街を歩いて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり」

 

「おかえりなさい。あらあら、随分仲良くなったのね」

 

胡蝶姉妹の両親が三人を出迎える。三人が手を繋いでいるのを見た胡蝶母は笑みを浮かべる。その指摘に恥ずかしくなったのか、頬を赤くしながらしのぶは慌てて手を放す。

 

「そ、そんなんじゃないわ……一夏が迷子になりそうだから、仕方なく手を繋いだだけよ」

 

「(迷子って……心外だな)」

あえて口には出さないが、一夏は気配感知に優れており、来た道はすぐに覚えられるため、迷子になる事はまず無い。

 

「あら、そうだったかしら? それにしては満更でもなさそうに一夏くんの手を繋いでいたと思うけど?」

 

「あらあら、そうなのね。しのぶが男の子と仲良くなってお母さん嬉しいわ。いつの間にか一夏くんのこと名前で、しかも呼び捨てで呼んでいるし、これでしのぶの将来は安心ね」

 

「〜〜〜〜っ!母さん!姉さん!」

 

 母と姉の揶揄い口撃に押された妹は思わず声を荒げる。

 

すると胡蝶父がこちらに手招きしているのに一夏は気付き、その誘いに従い、胡蝶父の隣へと座る。

 

 

「一夏君、街はどうだったかい?」

 

「はい。やっぱり生で見る光景はやっぱり、違いました。俺の時代に残っている光景は白黒写真でしか見たことがなかったので」

 

「そうか、楽しめたようでよかった。しかし、後に東京にあんな巨大な建物が並び立つなんて今でも信じられないよ。未来ではかなり技術も発展しているようだ。その内写真も鏡のように写る時代がくるとはね」

 

 胡蝶父が笑みを浮かべながら写真を見やる。その写真は明治では到底できない代物だ。そこには一夏を含めた家族四人が微笑ましく写っていた。優しい人柄がそのまま表現されたような温かな笑みだった。

 

一夏の束特製スマホは、撮った写真をプリントできる機能もついている。

 

「今の時代じゃ、写真を撮るだけでもお金がかかると言うのに、君の時代じゃ当たり前のように撮れる。君が来て半年、お陰で思い出がたくさん溜まったよ」

 

「はは、俺も…こんな風に過ごせる日が来るなんて思いもしませんでした。こんな不気味な人間を簡単に信じてもらえるとは今でもちょっと気が引けると言いますか…」

 

「…何度も言うが、しのぶの言った通り、君の額の陽炎の痣はとても綺麗な形をしている。あの舞を見せられたら、日の神様に愛されてると思っている程さ」

 

「はは、そこまで大層なものじゃないですよ」

 

一夏は一度、胡蝶一家に舞を見せたことがある。一夏はその舞を日輪ノ神楽と読んでおり、その時の胡蝶一家は一夏の舞に魅了されていた。

 

一夏の舞は、その太刀筋は幻視するほどの火を纏い、息を忘れる程綺麗で、その所作はあまりに美しく、まるで日の神、あるいは火の精霊が舞っているように見えたらしい

 

 

「一夏くーん!夕食の準備をするから一緒に手伝ってくれないかしら?」

 

「はーい!わかりました!」

一夏は胡蝶母の元に向かい、夕食の準備を始める。一夏は千冬が帰ることが少なかったため、家事はほとんどできる。その為胡蝶家の手伝いをよくしている。

 

 

 

 

そして数時間後、胡蝶一家と一夏は夕食を食べ終え、その後も楽しい時間が過ぎていった。

 

特にしのぶと一夏は良く二人でいる事が多く、そんな微笑ましい姿を、胡蝶夫妻とカナエは微笑ましく見守ったという。

 

楽しい毎日だった。一夏の過ごした時代とは違い、女尊男卑もなく、自身を「織斑千冬の弟」としてではなく、「織斑一夏」と言う一人の少年を見てくれる

 

胡蝶家との生活は一夏の心を癒していった、親がいたら、こんな風に過ごしていたのだろうかと思いながら……。

自身のいた時代には帰れず、一生を過ごすかもしれないと思う反面、この人たちと一緒なら悪くない。そう思えるくらいに温かかった。

 

 

 

 

しかし、一夏も、胡蝶一家も知らなかった。平和というのは当たり前にあるが―――突如として崩れ去ることを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸せが壊れるときには、いつも“ 血の匂い”がするということに

 

 



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あれから一年の月日が経った。一夏の髪は首あたりまで伸び、身長もさらに伸びていた。

 

 

「…偶には、夜明け前の散歩も悪くはないな」

一夏は現在、夜中の河川敷で夜空を眺めていた。一年半をこの時代で過ごすその間、一夏は胡蝶家の手伝いをしながらある問題を解決していた。

 

現代の義務教育を途中までとはいえ受けてきた一夏は、文字を書けないなんてことはない。束からもいろんなことを教えてもらい学力もそれなりにある。

しかし今いる場所は明治時代。この時代の字と現代の字は全く違う。手伝いに次いで、しのぶ達からこの時代の読み書きを教えてもらい、一ヵ月かけて、覚えていった。

 

胡蝶家一同曰く、しのぶが一番頭が良いと聞き、いざ教えてもらうと、しのぶは説明や教えが確かに上手だった。

 

「だいぶ書ける様になったわね、一夏」

 

「うん!とても綺麗な字だわ!」

 

「しのぶの教えが上手だからここまでできたんだよ、正直俺自身も驚いてる」

 

「一夏がまじめに話を聞いていたからよ。それにしても、一夏の字はかなり変わっているわね。未来じゃそんな字が殆どなの?」

 

「うんうん、全く違う形に変化してるわね」

 

現代で使用している文字を胡蝶姉妹に見せた所、とても興味深く見ていた。

 

「ああ、今の時代の字と大分違うからな。良ければ俺の時代の文字、俺がわかる範囲で教えようか?」

 

「いいわね…未来の文や言葉にも興味があったからやってみるわ。一夏からたまに聞きなれない言葉もあるから、それも教えてくれないかしら?」

 

「あ!私も知りたい!」

 

「わかった。言葉は後で教えるとして、まずは簡単な平仮名からだな」

 

字の読み書きの勉強の際、胡蝶姉妹に俺の時代の字を書いて見せたら興味を示していた。そこで、胡蝶姉妹に俺の時代の読み書きを教えたら、すぐに書ける様になっていった。その後、胡蝶夫妻も興味を持ち、一緒に勉強することになったことを付け加えておく。

 

 

 

最近しのぶといると何故か胸がポカポカと温かくなる。今まで感じたことのない感覚だ。

カナエさんの場合は一緒にいると楽しいお姉さんみたいな感じだが、しのぶといるひと時はまた違う感覚がする。

 

 

なんだろうな…この感覚

 

彼がその違和感の正体に気づくのは……まだ先のお話。

 

 

「(あの夢、今回はかなり幼い時の夢だったな)」

一夏が夜中に外を歩いているのには理由がある。

 

 

 

 

 

「(ここは……屋敷の門の前か?)」

一夏は胡蝶家で眠っていたはずが、いつのまにか屋敷と思われる場の門前に立っていた。

 

「この感じは、あの人の夢か」

一夏はあの耳飾りの侍の夢と判断し、しばらく辺りを見渡すと、耳飾りをつけた男の子が一人で出てきた。屋敷に一礼すると、男の子は歩きはじめる。

 

「あの痣、それにあの耳飾りは…」

一夏も男の子の後を追う。しばらくして、男の子は満天の星空を見上げたかと思えば、すごい速さで走りだしたのだ。普通の子供ではありえないくらいの速さであった。

 

「(速い!けど、追いつけない速さじゃない)」

一夏も走りだし、男の子の後を追う。

 

「(あの子はおそらく、あの耳飾りの侍だ。推測が正しければ、多分あの人が幼い時の夢のはず。それにしても、あの子、俺と歳は変わりないはずだろ?)」

 

男の子と一夏は一昼夜走り続けると少しずつペースを落とし始めた。男の子の視線の先、田んぼに女の子がポツンと立っていた。

 

「(あれ、あの女の子…何処かで)」

女の子は桶を持ったまま長い間ぴくりとも動く様子はなかった。

 

『何をしているんだ?』

男の子は女の子に問いかける。

 

『流行り病で家族が死んじまった。一人きりになって寂しいから……田んぼにいるおたまじゃくしを連れて帰ろうと思って…』

 

「(そうか……昔じゃ治せなかったんだよな)」

女の子はまた動かなくなった。日が暮れ始めると、女の子は桶に入っていたおたまじゃくしを田んぼに逃した。

 

『連れて帰らないのか?』

 

『……うん、親兄弟と引き離されるこの子たちが可哀想じゃ』

女の子は田んぼの中に手を入れ、おたまじゃくしにふれる。

 

『………じゃあ一緒にうちへ帰ろう』

 

『………えっ?』

女の子はその言葉に涙を流しながら、男の子の方へ振り向く。一夏は女の子の瞳を見た瞬間、胸を締め付けられるような感覚におそわれた。

 

「黒曜石のような……瞳」

 

———————–––––

 

————————

 

—————

 

 

 

 

「………」

一夏は夢から醒め、体を起こす。

 

「今回はかなり長かったな、それに、あの女の子……」

一夏は黒曜石のような瞳の女の子を知っている気がした。

 

「…あ、れ……?」

頬を伝うなにかに触れ……涙を流していたことに気づく

 

「あれ、なんで、……?どうして、こんなに……ッ!」

一夏は訳もわからず袖で拭う。

 

「夜明けまでまだ数時間か。目も冴えてしまったし、散歩でも行くか」

一夏は未来の服を着てスマホを持ち、二階から飛び出して、夜中の道を歩き始める。

 

しかし、一夏は知る由もなかった、胡蝶家に何かが近づいていたことに。後にそのことを一夏は、死ぬほど、死んでしまいたいほど後悔することとなる。

 

 

 

 

「(前からなんとなく感じてはいたが、俺の内には自分じゃない“何か”がいる…)」

そう思いながら、一夏は胸に手を当てる。

 

「今は考えたって仕方がない……ん、あれは?」

一夏は川に目を向けると月の光に何かが反射しているのに気づく。一夏は向かい岸まで飛び越え、光の反射に近づき……

 

「これって…」

反射しているものを川から拾い上げた。

 

「抜き身の刀?しかも本物だ……なんでこんな所に刀が?状態も良いし、それに、刀身が…………赫い」

一夏が川の浅瀬で拾い上げたのは炎の形のある鍔と赫い刀身が特徴的な刀だった。そして刀には『悪鬼滅殺』の文字が彫られていた。

 

「流されて来たのか。それに、大事にされていたのもわかる」

状態を見ても、つい先日くらいに持ち主がなんらかの理由で川に落としてしまい、ここまで流されたのだと分かる。

 

「一先ず持っておくか。持ち主が現れたら、ちゃんと返さないと」

一夏は刀をスマホの拡張領域にしまうと、胡蝶家に向けて帰路を歩き出す。

 

 

 

 

 

 

「(もう二時間したら日が昇るな…流石に出入り口から入るのまずい…)っ!あれは⁉︎」

一夏が急いで駆けつけると、胡蝶家の扉が何者かにより破壊されていた。

 

「まだ新しい。まさか、強盗か何かが……!」

 急いで家へ入り込み、廊下を走る。すると部屋の襖が開いていた。その場所は―――胡蝶夫妻の部屋だ。

 

「(っ!血の匂い…まさか……!!)」

 

そして入る前から血の匂いが漂ってきた。

 

「おじさん!おばさ…」

 

一夏は部屋に駆け込む。そこには―――信じられない光景が広がっていた。

 

 血の匂いが充満しており、畳は血に染まっていた。そこにいたのは、何かに体を貫かれ、切り裂かれ、変わり果てていた胡蝶夫妻であった。

 

「お、おじさん?……おば、さん?」

 

目の前の光景が信じられない。身体に風穴が空いていたからだ。普通の人間や動物の芸当ではなかった。

 

「い、い……ちか……くん?」

 

「っ!おばさん!!」

一夏は掠れた胡蝶夫人の声を聞き取ることができた。一夏はすぐに近づく。

 

「おばさん、しっかりしてください!」

 

「よ、よか……た、あなた、が……無事…で」

 

「俺は大丈夫です!いったい、誰が、こんな事を……!とにかく、今はすぐに血を止めて…」

 

「むり、よ……こ…れじゃあ、もう……助からない…わ。お願い……一夏くん、カナエ…と、しのぶをつれて……逃げ、なさい」

 

「そ、そんな」

状態を見ても、助かる算段はないのは一夏もわかっていた。今意識があるのが奇跡としか言いようがなかった

 

「お……ねがい…私の、最期の言う、事を……を聞いて、娘と……一緒に、逃げなさい…まだ、あの……化け、物に……殺されて……いないはず」

胡蝶夫人は最後の力を振り絞り、一夏の頬に触れ……

 

「三人……共、愛、してるわ…」

 一夏の頬を一撫でして力なく――――落ちた。

 

 

 

呼吸が止まり、心音すら消える。  

 

 

「お、おばさん?」

一夏が胡蝶夫人の身体をみると、心臓も、呼吸も止まっているのを確認できた。

一夏の目は周りの人達や物を透けて見ることができる。それによって相手の骨格・筋肉・内臓の働きも、手に取るように分かる。

 

 

「…………」

一夏はしばらく茫然としていたが、今自分が成すべき事を思い出し、すぐに立ち上がる。

 

「そうだ。今は感傷的になってる場合じゃない!しのぶとカナエさんを探さないと……!!」

一夏は胡蝶夫妻に布を覆わせ、拡張領域から木刀を取り出して、二人を探す為、廊下を駆け出す。

 

「(二人とも、無事でいてくれ!)」

 

廊下にあった血痕の跡を追う。一夏が急いで部屋に着くと、抱き合う姉妹、そして、今にも二人に襲い掛かろうとしていた人間ではない何かが目に映った。

一夏は深く呼吸を行い、一瞬にして間合いを詰め、

 

「日の呼吸・円舞!」

 

「がはぁっ⁉︎」

 

木刀を振り抜き胡蝶夫妻を殺したと思われる犯人を弾き飛ばす。木刀はその威力に耐えられなかったのか折れてしまった。

 

「無事か!しのぶ!カナエさん!」

 

「い、一夏ぁ!!」

 

「い、一、夏くん?」

 

「良かった。無事でよか「このクソ餓鬼がぁぁぁ!」…嘘だろ?」

一夏が吹き飛ばした相手を見ると、砕いたはずの骨が完治していた。

 

「お前は一体、何なんだ?人間じゃないな(なんで俺はこんなにも冷静にいられるんだ?)」

一夏は、動揺なく至って冷静でいる自分自身に内心驚く。

 

「俺様の正体が知りたいかぁ?」

 

「ああ」

 

一目でわかるくらい眼前の存在は異形だった。顔にある無数の血管が異常に膨れ上がり、額には二本の角らしきものが存在し、目玉はとても巨大だった。

 

「キヒヒ!さっきの太刀筋は効いたが、俺様にかかればすぐ直せるんだよ!そして武器を失ったお前には勝ち目はない!冥土の土産に教えてやるよ、俺は、人食い鬼だよぉ!!」

 

叫ぶと同時に鬼はこちらに加速する。そして上から振り下ろすように爪の一撃を放つ。

 

 

「日の呼吸・火車・無手」

 

鬼と名乗った化け物の攻撃を難なく回避し、力強くアッパーを決めつつ飛び上がり、かかと落としをかます。その地面が凹む衝撃の中、一夏は鬼を抑えつける。

 

「カナエさん!しのぶ!逃げろ!」

 

「「!?」」

 

 二人が驚いた表情でこちらを見る。

 

「俺が抑えておく間に、早く逃げろ!」

 

「で、でも……!」

 

「い、いちか」

 

 だが二人は動かなかった。この二人に一夏を見捨て逃げるという選択は出来なかった。

 

「離せぇ! このクソ餓鬼がぁぁぁ!こんなガキの何処にそんな力がァァ!!」

 

「大人しくしてろ化け物!二人共早く逃げろ!絶対に生きて二人に追いついてみせる!頼む、逃げてくれ!」

 

鬼はなんとか起きあがろうともがくが、一夏からのあり得ないほどの力に抑え付けられ、振り解くことができなかった。

 

「クソがぁぁ!」

 

「くっ、しまっ!?」

 

二人に逃げる事を促していると鬼に右手を掴まれ、そのまま一夏は投げ飛ばされる。そして襖をぶち破り、廊下の壁へと激突した。

 

「がはっ!」

 

「い、一夏!」

 

「一夏くん!!」

 

動けなかった二人が一夏へ駆け寄った。

 

「一夏くん! しっかりして一夏くん!」

 

「一夏!一夏!!」

二人は涙を流しながら、一夏に呼びかける。

 

「だ、大丈夫だ。背中を打ちつけただけだ」

 

カナエとしのぶの呼びかけに痛みを堪えながら一夏は答える。そんな三人に鬼がすぐ傍まで近付く。

 

「やってくれたな、クソ餓鬼」

 

「!?」

 

 三人は見た、鬼の顔面が瞬く間に再生していく姿を。

 

「これで終わりだ、クソ餓鬼!!女もろともなぁ!!」

 

鬼が自身の右手を振りかざす。数瞬後にはその一撃が直撃し、三人の命は尽きてしまうだろう。

 

 

「(このままじゃ三人とも!守らなきゃ、二人を守らないと!!俺に、居場所をくれた二人を…死なせたくない!!)」

 

 

 

ーー剣を取れ、織斑一夏

 

 

「(ッ!なんだ?)」

一夏の周りは突如真っ暗になる。辺りを見渡しても暗闇に包まれていた。

 

 

ーーお前はすでに持っているはずだ…目の前の化け物を、鬼を滅する事を出来る刃を、斬るものは…目の前にある

 

 

「(鬼を滅する……刃)」

 

聞き覚えのある声と共に、一夏の意識は元に戻る。

 

そして、即座に立ち上がり姉妹を守るように前に立つ。

 

 

 

 

「日の呼吸」

一夏の右手には何かが出現し、居合の構えを取る。

 

 

 

 

 

「碧羅の天・残月」

 

一夏は右手に、炎の形をした鍔の刀を持っていた。そして、刀身は赫色に染まっていく。

 

片手で刀を持ち、斬り上げ、紅蓮の炎を纏った反撃の一撃で、

 

 

 

 

 

 

 

鬼の頸が、腕と一緒に…宙を舞った。



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日輪の侍

「……ここ、は?」

一夏は目を開ける。そして今まで見ていた夢とは違い、夕焼けの空が、どこまでも果て無く続く水面の上にいた。

 

「俺は確か、鬼を斬って…っ!そうだ、しのぶとカナエさんは!」

 

「ここにはいない。ここにいるのは…君と私だけだ」

 

 

瞬きをしたその刹那、“彼”が一夏の前に立っていた。額の痣,太陽を象った耳飾りが特徴的な“一夏の姿をした”侍がいた。

違いがあるといえば、髪先が赫みを帯びており、瞳の色も赫色だと言う点だ。

 

「貴方は…」

 

「こうやって話すのは、初めてだな…織斑一夏、この姿は私の今の仮の姿であり、君が成る姿でもある」

 

「俺が成る姿……あなたの存在は、ずっと感じていた……ここはいったい?」

もう一人の一夏の周りに炎が渦巻く。炎が消えると、一夏が夢で見ていた耳飾りの侍の姿に変わっていた。

 

「やはり、私に気づいていたか。ここは君の内面でもある場所だ。私は何者でもない不完全な存在。私は大切なものを守れず、人生において為すべきことを為せなかった者だ。このような私が呼ばれるべき名などない。私はただの亡霊に過ぎない」

 

「………」

もう一人の俺の瞳は澄んでいて、悲しい色に満ちていた。

「君は、私の生まれ変わりでもある。心当たりはあるはずだ」

 

「ああ、あなたが出てくる夢をよく見ていた。時系列はバラバラだったけど」

 

「そうか、こうやっていられるのも限りがある。君には託しておくものがある。受け取るといい」

すると耳飾りの侍が自身に手を向けると、球体状の光が一夏の中に入り込む

 

「うっ!」

一夏は目を押さえた。頭の中にいろんな光景と記憶が流れ込んできたのだ。

 

鬼殺隊,柱,呼吸,鬼,鬼舞辻無惨 、いろんな情報が流れ込んでくる。

 

 

「不安に感じることはない。今の私は…君でもあるからな」

 

「…そうですか」

 

一夏はゆっくり目を開ける。

一夏は水面から反射している自分を見て、変化に気づいた。黒髪なのは変わらないが、髪先だけ赫みを帯びていた。瞳の色はえんじ色から、赫色の瞳に変化していた。

 

「あなたが言っていた変化、これの事だったのか」

 

「ああ、いずれにせよ、私は消える存在。いつかは一夏と同化し、私と言う存在は消えるだろう」

 

「………」

 

「どうした、一夏?」

 

「俺はあの時、外に出なかったら…少なくとも、おじさんとおばさんは死なずに済んだかもしれない……力を持っていたはずなのに、何一つ、恩を返すことができなかった!!」

一夏は悔しさをあらわにするが、喪った命はもう戻らない。自身も嫌と言うほどわかっていた。すると彼は一夏の頭を優しく撫でた。一夏は突然の事に顔をあげる。

 

「一夏、一つだけ言っておく、自分が命より大切に思っても、他人はそれを…容易く踏みつけにできる。だが、君は私とは違う。きっと君なら私のできなかったことができる。君は私でもあるが、それは断じて違う。君は君だ……、それだけは…覚えておいてくれ」

 

「…… “縁壱”、さん」

その手は温かかった。そして、頬に溢れた涙が伝っているのに気づいた。それを自覚した途端、俺の心の中で何かが決壊する。押し殺していた感情が、溢れ出てきていた。

 

「はは。自覚して涙を流したのはいつぶりだろうな。それに、今まで聞き取れなかったあなたの名前が…ようやくわかった。呼ぶべき名はちゃんとあるじゃないですか……あの、改めてだけど、あなたの名前を、聞かせてくれませんか?」

 

「…… 継国、縁壱だ」

耳飾りの剣士、“ 継国縁壱”は少し驚いたように自身の名を一夏に告げる。

 

「縁壱……やっとあなたの口から聞けた。こっちも改めて、織斑一夏です。そういえば、しのぶとカナエさんは無事なのか?」

 

「彼女達は無事だ。君は鬼を倒した後、気を失ったのだ。その後は鬼狩りの剣士が来て君達を保護している状態だ」

 

 

「そうか…よかった」

 

「ふふっ、一夏は、二人の事が…とても大切なのだな」

 

「はい、俺にとって二人は…居場所がない俺に…光をくれた、太陽のような存在です」

 

「そうか、少し…羨ましい気もするな」

 

「縁壱さん」

一夏は先ほど流れ“混”んできた記憶から、彼の妻の姿と名前も思い出していた。

俺は、何を言えばいいのかわからなかった。いくら彼の生まれ変わりとはいえ、人格も見た目も違う。

 

 

「暫しの別れだ。君が私と同じ事にならないよう…この場で祈っている」

 

縁壱は笑みを浮かべる。一夏もつられて笑みを浮かべると、意識が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

目が覚めた一夏は、上半身を起こす。自身を見ると布団に寝かされていたことに気づいた。体を動かしてみると、異常もない。背中の痛みもない。

 

「いったい、どのくらい寝ていたんだ……俺」

 

辺りはもう夕方だった。すると一夏は右手に温もりを感じ、温もりのした手の方を見やる。

 

「…………しのぶ」

 

しのぶが、自分の手を握って羽織をかけられて隣で眠っていた。目の下は赤く涙を流していた事がわかる。

 

 

「心配…かけてしまったみたいだな」

 

一夏はしのぶの頬を撫ぜる。そして周りは自身としのぶしかいない。

 

「状況がわからないな…おそらくこの家の人にお世話になってはいるだろうけど…」

 

長い時間寝ていた為、状況がわからなかった。一夏は仕方なくしのぶの体を揺する。

 

「しのぶ…しのぶ…起きてくれ。」

 

二度揺すると、しのぶは目をゴシゴシと擦りながら、寝ぼけ眼で一夏の顔をぼうっと眺めた。

 

「………いち、か?」

 

「ああ、一夏だよ、おはよう…しのぶ」

 

暫く見つめあっていると、ブワッ!としのぶの瞳から涙が溢れ出し、次の瞬間には、一夏に思い切り抱きつき、大泣きした。

 

わんわんと泣くしのぶに対して、一夏は、すぐに彼女の背に手を回し、頭を撫でた。

 

「…いちか、い、いちかっ…いちかぁ…っ!」

 

「…心配させて悪かった…無事でよかった、しのぶ…」

 

グズグズと啜り泣くしのぶに、一夏は手に力を入れて安心させるように抱きしめる。

 

「…二週間も目、覚まさないしっ…ずっと、このままなんじゃ、って…っ…!」

 

「に、二週間も寝てたのか、俺…」

 

そんなに寝ているとは思っていなかった一夏に、しのぶの力が更に強くなる。

 

「そ、それよりも一夏、あんた…髪と瞳の色が…」

一夏の変化に驚くのも無理はない。しのぶが眠る前に見た一夏は、髪色は黒一色で、瞳はえんじ色だったのだから……。

 

「これか、その…説明すると長くなるんだが…体はなんともないから大丈夫だ。それよりもしのぶ、カナエさんはどこにいるんだ?」

 

「姉さんなら…「一夏……くん?」

横から自分の名を呼ぶ声がし、声のした方を向くと、目に映ったのは、桶を落としたカナエの姿だった

 

 

「……カナエさん」

 

 

「一夏くん!!」

 

カナエは涙を流しながら一夏に向かい、そばにいたしのぶ諸共抱きしめた

 

「え?ちょっ!?か、カナエさん?!」

 

「ね、姉さん!?」

一夏はカナエに抱きしめられオロオロしていたが、カナエが涙を流している事に気付き、冷静になる

 

「良かった…!目が覚めて…!本当によかったぁ!あの後、意識がなくて心配したんだからぁ!!」

 

「ごめんなさい……心配をおかけして…」

 

「いいの…!“一夏”もちゃんと生きてる…それでいいの…!」

 

「カナエさん、今…呼び捨てで」 

 

カナエは一夏を呼び捨てで呼び、力を更に強くし二人を抱きしめた。

 

一夏はその温もりに安心すると同時に、瞳から涙が溢れ出てくる。

 

「……“カナ姉”、しのぶ、ありがとう。そばにいてくれて…ありがとう」

 

カナエは姉と呼ばれて驚くも、その様子に姉妹は、一夏の背中を摩っていた。

その身体が震えて、泣いている事に気付いたから。その震える身体が収まるまで、しのぶとカナエは一夏の事を抱きしめ続けたのだった。




プロフィール弐

織斑一夏 11歳

使用呼吸 日の呼吸

見た目 額に陽炎の痣があり、髪型は閃の軌跡のリィン・シュバルツァー と同じ 

スペック 縁壱同等 透き通る世界の透視、刀も赫刀化可能


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鬼殺の道へ

「そうか…俺が寝てた間にそんな事があったのか」

 

「ええ、私たちはなんとか岩を動かす事に成功して認めてもらえたの…」

 

「…あの人に大岩を動かせなんて言われた時は信じられなかったわよ。私達に出来るわけがないって思ってたけど、時間をかけて考えたら岩を動かすなんて簡単だったわ」

 

一夏は現在、胡蝶姉妹から、寝ている間に起こった事の些細の説明を受けていた。一夏は鬼を倒した後、前触れなく地面へ倒れ込んだという。二人が揺さぶるも反応は全くなく、それと同時に、一人の男性が現れたらしい。その人物こそ、あの時、縁壱が教えてくれた鬼殺隊の剣士だったようだ。

胡蝶姉妹は、その後、事後処理に追われることになった。胡蝶夫婦の葬儀を執り行わなければならなかったのだ。一夏は意識がなかった為、葬儀に参加はできなかった。そして一夏が目覚めたら、胡蝶夫婦のお墓参りに行くことなどを話していたらしい。

 

 

 

 

「南無、異常はないようだな」

 

「悲鳴嶼さん」

カナエが悲鳴嶼と呼んだ人に一夏が視線を向けると、大きな数珠を持った大男が立っていた。その体格たるや日本人離れしており、“南無阿弥陀仏”と書かれた羽織も異彩を放っている。

 

「(改めて見ると大きいな……二メートルは余裕で超えてる。明治,大正にもいたんだな…二メートル越えの人)」

一夏の時代でも知る限り、最高で180くらいだが、二メートル超の身長がある日本人は少なく、流石の巨体に驚くのも仕方なかった。

 

「はい、この通り異常はありません」

 

「うむ、突然の変化に二人が戸惑うのも無理はなかろう」

二人は悲鳴嶼に目覚めた後、一夏の変化を伝えたらしい。彼は盲目であるが、視覚以外の感覚が非常に優れていると言う。

 

「それで…今後俺はどうなるんですか?」

 

「二人は話し合った末、鬼殺隊の道を選び、与えた試練も乗り越えた。後は、君が目覚めるのを待ち、どうするのか聞くのみだ。君はどうする…少年?」

胡蝶姉妹が一夏の顔を見やると、複雑そうな表情をしていた。

 

「正直言って、二人の選択肢に反対の意もありますが…、俺は二人の決めたことを止めるつもりはありません。この二人に、俺が何かを強いる権利はありません。俺も、目覚める前からとっくに決めています…二人と同じ道を行くことを」

 

「……そうか」

悲鳴嶼は一言そう言った。一夏から、とても子供とは思えない何かが宿っていたのを悲鳴嶼は感じ取ったのだ。

 

 

「君の決意はわかった。こちらに来るといい」

悲鳴嶼は家から出ると、一夏達も彼の後を追う。

 

悲鳴嶼は、外の大岩へ近づき、片手を置いた。

 

「君に与える試練は簡単。君は一人でこの大岩をその刀で斬ること、この岩を斬り裂く事ができれば、私は君を認めよう」

 

 

「え…………」

 

悲鳴嶼行冥は淡々と告げた。その言葉に、しのぶは戸惑いの反応を見せるも、すぐに気丈さを取りもどす

 

 

「何を言っているの?バカじゃないんですか⁉︎そんなこと出来るわけないでしょ!!私達の岩を押すよりも難易度が高いじゃない!!誰が出来るのよ、そんなこと!」

 

「さ、流石に私もしのぶと同意見です。その刀でそんな大岩…斬れるわけが…」

一般人である二人の意見も当然の反応だ。彼より大きい大岩を刀で斬るなど合格をさせるつもりがないと思うのも当然のことだった。

 

「悲鳴嶼さん…本当にこの大岩を斬るだけでいいんですね?」

 

「……ああ」

 

一夏の問いに答えると、悲鳴嶼は胡蝶姉妹へと顔を向ける。

 

「な、なによ」

 

「出来なければ誰かが死ぬ。守るべき者や、大切な人を殺される。鬼はそんな生やさしい存在ではない。そんな状況で生温い言い訳は許されない。出来なくても、やらなければならない。力が及ばずとも、何を犠牲にしようとも、己のすべてを賭してやり遂げろ」

 

辛辣かつ重厚な言葉に、姉妹は気圧された。

 

「しのぶ、カナ姉…悲鳴嶼さんの言う通りだ。鬼殺隊はそんな生やさしい組織じゃない。課せられた試練と壁を乗り越えなければ…守るものも…守れない」

 

「一夏、あなたまさか…本気で…」

 

「い、一夏……」

一夏は刀を手に取り大岩の前に立つ。悲鳴嶼から渡された刀の柄を握ると抜刀する。

 

「(岩を斬るか…俺の時代にいた時は、これよりも小さい岩を木刀で斬っていたっけ…)」

一夏は過去を振り返りながら深く呼吸を行う。その様子を感じ取った悲鳴嶼は動揺していた。

 

「(この感じは…全集中の呼吸!二人から話を聞いてまさかとは思ってはいたが…)」

胡蝶家に駆けつけた時にはすでに手遅れであり二人の犠牲が出ていた。そして声のする方へ駆けつけると、姉妹がひとりの少年へ懸命に呼びかけていた。そして近くには鬼と思われる存在がいたが、既に頸を断ち斬られ消滅している最中だった。少年は武器らしきものを持っていなかったが、二人は刀を持って化け物を倒したと言っていた。しかし、普通の刀ではまず鬼は倒せない。状況から見て日輪刀で鬼を倒していたのは確定的に明らかだった。

 

一夏の方は刀を上段に構えていた。

 

「(この技なら、この岩を斬るにはうってつけだ)」

 

一夏は目を瞑り、無となる。そして一夏は刃を岩の方へ向け、

 

 

「日の呼吸黒式 壱ノ型・零日白夜」

 

黒い炎の一撃を振り下ろす。

 

「黒式」とは、一夏が日の呼吸の技を独自に改良した縁壱すら知らない一夏独自の派生。日の呼吸の技をさらに洗練させ、あらゆる技全てが一撃必殺級の威力を兼ね備えている。その技は、赤い太陽よりも黒い太陽といった表現に近い。この呼吸は日の呼吸の技の幅を増やしたと言っていい。

 

 

そして静かな一太刀により、噴煙が起こり、胡蝶姉妹は手で目を覆った。そして、噴煙が晴れると、信じらない光景があった。

 

 

「う、うそ」

 

「大岩を…刀で」

大岩は奥が見えるくらい綺麗に斬れていた。その斬撃は地面をも切り裂いていた。胡蝶姉妹は一夏がもともと運動神経が並外れていたのはわかっていたが、まさか大岩を一太刀で斬るとは予想外だったのだ。

 

 

「嗚呼、見事だ」

悲鳴嶼の瞳から涙が溢れ出ていた。悲鳴嶼は一夏の美麗の一太刀に感服していた。

  

 

「これでいいですか…悲鳴嶼さん」

 

 

「…ああ、見事だ」

 

悲鳴嶼は頬を緩ませる。

 

「私は、君も認めよう、織斑一夏」

 

「ありがとうございます」 

 

 

その言葉に喜びの声が上がった姉妹は一夏に抱きつく。そして一夏達は鬼殺隊への道を歩む。

 

 

 

 

 

 

 

◇ 

 

「とりあえず…ここまでだな、二人とも、体にお気をつけて」

 

「うん、そっちもね。一夏、決して無茶はしないで」

 

「いや、無茶はするつもりは……」

 

「……私達を逃すために独りで鬼を押さえつけたのは誰でしたっけ?」

 

「はは……(何も言えない)」

 

 

あの大岩を斬り裂いて二日後、一夏は胡蝶姉妹と共に、胡蝶夫婦のお墓参りに来ていた。これから一夏と姉妹は別々に鍛えられる為、離れ離れになるのだ。

 

 

「一夏は、煉獄さんって“柱”の元に行くんだよね?」

 

「ああ、この刀の持ち主に返さないといけないし、出来ればその人からも教えも請うつもりだ。出来なかったら独自に鍛えるつもりだ。頭の中には知識もあるからな」

 

「一夏の言っていた、縁壱って人よね?」

 

一夏は拡張領域から抜き身の赫い刀を取り出し、しのぶ達に返答する。鬼殺隊関係者とわかり、この刀も鬼殺隊の使う刀と知り、悲鳴嶼に刀のことを伝えると、鬼殺隊の柱である炎柱の物だとわかった。

 

縁壱に関しては姉妹に事情を説明し、納得してもらったものの、しばらくの間心配をされた、主に頭の。

 

 

 

「…今度一夏に会えるのは鬼殺隊員になってからかな……結構かかりそうだね」

 

「悲鳴嶼さんが言うには、修業期間は長ければ数年。そしてその後に最終選別……合格率はかなり低いみたい」

 

「ああ、けど…決めたからにはやるしかないだろ」

 

「一夏、もし元の時代に帰ったなんて聞いたら、許さないんだから」

 

「…ああ約束だ、絶対に二人のところに帰ってくる」

 

一夏は姉妹へ誓った。その言葉を聞いた途端、カナエは二人を抱きしめた。そして暫く抱きしめた後、ゆっくり優しく手を離す。

 

「ありがとう。カナ姉、しのぶ、行ってくる」

 

「うん、いってらっしゃい…一夏」

一夏は姉妹に背を向け歩き出す。しばらく彼の背を見つめると、しのぶが突然一夏の元へ走り出す

 

「一夏!」

 

「?しのぶ、どうし…」

 

ーーチュ 

 

しのぶが一夏の手を握り、自身の顔を彼の頬に近づけ、口付けをする。頬の柔らかい感触に一夏は呆然とし、遠くで見守っていたカナエは笑顔で「あらあら、うふふ」と嬉しそうに笑っていた。

 

「し、しのぶ……!」

一夏は頬を赤くし動揺していたが、しのぶも同じだったらしい。

 

「お、おまじないよ……、一夏にしかこんな事しないんだから」

 

「……はは、そうか…ありがとう、しのぶ」

 

「…改めて、いってらっしゃい…一夏」

 

「ああ、行ってくる」

 

しのぶは掴んでいた手を離し、一夏は踵を返し歩き出す。

 

そうして姉妹は、背を向ける一夏の姿が見えなくなるまで、見送った。

 

 



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煉獄家

映画をまだ見ていない人には多少ネタバレになります。

今話はご都合主義 があります


「悲鳴嶼さんの情報だと、この辺りだと思うが」

一夏は姉妹と別れた後、走り続け、煉獄邸へと向かっていた。目的地が近くなり、速度を落とし現在歩いて煉獄邸を探していた。

 

「あった、ここだな」

 

足を止める。煉獄家の屋敷は悲鳴嶼が一夏に渡した紹介状に住所が掛かれていたので、探すことに特に苦労はしなかった。

 

広大な敷地を持つ高い塀に囲まれた武家屋敷ーーー木造の戸の横に張られた表札には確かに”煉獄”の二文字が掲げられており、此処で間違いないと確信した。

 

「凄いな、本物の武家屋敷なんて初めて見た…是非とも一枚納めたいところだが」

一夏は写真を撮りたい衝動を抑え、早速、戸を少し強めに叩いた。

 

「すみません。岩柱様から紹介を受けた織斑です! 誰かいらっしゃいますか!」

 

 一夏がそう声を張って一分ほど、少しずつこちらへと足音が近づき、止むと同時に閉じられていた戸が開かれた。出迎えてくれたのは、橙色と赤の入り混じった凄まじく独特な髪色を持つ、両目を見開かせた快活そうな少年であった。

 

「うむ! 話は岩柱様から聞いている! 確認だが、君が織斑一夏君か!」

 

「……はい、織斑一夏です」

あまりの大声に若干驚きながらも自己紹介をする一夏、開幕から凄まじい気迫でハキハキと迫ってくる少年に一夏は後ずさりそうになりながらも、差し出された手を握って握手をする。

 

「俺の名は煉獄杏寿郎! 煉獄家の長男だ! 本来ならば家長である父上が出迎えるはずなのだが、 代わりに「静かにせんか杏寿郎!」父上!」

すると杏寿郎の背後には彼と似た男性が現れた。

 

「瑠火が今眠っているんだ。声量を落とせ、わかったな?」

 

「はい!申し訳ありません父上!」

声量は若干落としてはいるが大声には変わりないのを見て、ため息を吐きながら父親は頭を掻き毟り、一夏は苦笑いを浮かべる

 

「あ、あのぉ…」

 

「ん?ああすまんな、出迎えが遅れてしまって。君が悲鳴嶼が言っていた坊主か?」

 

「はい、織斑一夏です」

 

「手紙を見てあらかた事情は察しているが、瑠火の、妻の体調も最近体調もすぐれず寝込む事が多くてな。申し訳ないが、お前さんの指導は出来そうにはない」

 

「病気か…何かですか?」

 

「ああ、外で立ち話するのも悪かろう。入るといい」

 

「は、はい、お邪魔します」

一夏は煉獄邸の中へ案内され、屋敷内へと入る。

 

一夏は客間まで連れられると、杏寿郎がテキパキと茶や菓子を卓上へと並べる様を見守った。そしてようやく落ち着いて杏寿郎は客間から退室する。その後、一夏は槇寿郎との会話を始めた。

 

「それでは改めて、君の要件を聞こう」

 

「はい、あ……その前にこれを」

一夏は布を巻いた刀を槇寿郎の前に置き、布を取ると槇寿郎は驚いたような表情となる。

 

「こ、これは…俺の日輪刀ではないか!君、これを何処で?」

 

「住んでいた川の近くで偶然見つけたんです。状態もかなり良かったので、持ち主が見つかったら返そうと思っていたんです」

 

「よ、よもや…まさか君が俺の日輪刀を拾うとは、鬼を倒せたのも納得だな。以前の任務で鬼を倒したのだが、最後の鬼の一矢でヘマをして日輪刀を川に弾かれてしまってな。川の流れも激しくて回収出来なかったんだ」

 

「そうだったんですか」

 

「幸い、予備の日輪刀もあって仕事には支障なかったのでな。わざわざすまない。礼を言う」

 

「いえ、ちゃんと返せて良かったです。その刀がなかったら…俺は大切な者を守ることはできませんでしたし」

 

「…そうか、強いのだな…君は」

 

「俺は家族を守っただけです」

しばらく無言の状態が続いたが、槇寿郎は口を開く

 

「悲鳴嶼からは、手紙で君の使っている呼吸については把握しているつもりだ。まさか始まりの呼吸を使える者に出会えるとは思わなかった」

 

「日の呼吸を知っているんですか!?」

 

「ああ、書で見ただけで詳しい内容は分からん。ただ、日の呼吸の使い手は、額に痣があると記されている」

 

「…痣」

 

「しかしこれが事実かは分からん。君の場合、痣があるみたいだが…それだけではない気もするのでな」

 

槇寿郎の言葉に一夏は無意識に額へ触れる。縁壱の記憶で、一夏は痣について少し知っている為、槇寿郎は詳しい内容をおそらく知らないと判断した。

 

「槇寿郎さん、この事は内密にお願いしてもいいでしょうか?」

 

「あ、ああ、もしや…痣について何か知っているのか?」

 

「はい、あまりいい事ではありませんが…お話します」

 

一夏は槇寿郎に痣の説明をすると、槇寿郎はどんんどん顔を青くする

 

 

 

 

「じゅ、寿命の前借り…二五で発現者は必ず死ぬだと…、で、では…君は…」

 

「俺の場合、生まれ付きなのでなんとも言えないです。発現の方法は俺でも分からないです」

一夏の場合、痣は生まれ付きな為、自身はどうなるか分からなかった。しかし他の人物が痣を発現させた場合は二五で死に至ってしまうと縁壱の記憶で分かっていた。

 

 

「そうか、痣について謎が解けた。この内容は御館様ならご存知かもしれないが… あまり無闇に話していい内容ではない。この話は内密にしておこう」

 

「はい、わかりました」

 

「君の話が聞けて良かった。それから一夏君、君はこれからどうするつもりだ?」

 

「知識はあらかたあるので…独自で鍛えるつもりです」

 

「行くあてはあるのかい?流石に衣食住がなければキツかろう、君が良ければたが、ここで住み込みで鍛えるつもりはないか?」

 

「いいんですか?」

 

「ああ、だが条件もある。一つは…屋敷の家事をやってもらう事、二つは、瑠火の看病、俺も忙しい身、稽古をつけながら杏寿郎がやってはくれてはいるが、流石に千寿郎は幼く、家のことに手が回らなくてな」

 

「家事ならお安い御用です。こう見えて家事全般は出来るので」

 

「まことか!その年で家事が得意とは…大した者だ。しかし、今更だが…その見た目で十一とは、とてもではないが見えん」

 

「はは、よく言われます」

 

「…………なんか、すまない」

 

一夏は十一歳だが現在162はあり、大人びた見た目をしている。その為、街に出た際は女性からの視線が集まり一夏は困っているのだ。

 

すると廊下からドタドタっと音を立てながら近づいてくる者あり。そして勢いよく襖の戸を開き、一夏は肩をビクッとさせる。

 

 

「父上!母上がお目覚めになりました!」

 

「杏寿郎、襖はゆっくり開けろと……わかった。すぐに行く」

 

「あの、俺も一緒にいいですか?挨拶をしておきたいのですが」

 

「…わかった。ついてくるといい」

一夏は槇寿郎と杏寿郎と共に、瑠火の部屋へと向かう。

 

 

 

 

「母上!父上とお客を連れて参りました!」

 

「瑠火、体調はどうだ?」

 

「ええ、今は落ち着いています。心配はありません貴方、そちらの方は…」

 

 

「………」

一夏は瑠火を見ると茫然とする。透き通る世界で見ずとも、顔色は優れず上半身を起こすのがやっとの状態、そして綺麗な黒髪と赤い瞳、凛としたその姿、そして何より聞き覚えのある声に、一夏は、

 

 

「……千冬、姉」

 

「?一夏君、どうしたのだ?」

 

「あっ、す、すみません。えっと、お邪魔しています。織斑一夏です」

 

 

「先程杏寿郎が話していたお客ですね。煉獄槇寿郎の妻、煉獄瑠火です。ごめんなさいね。見苦しい姿で挨拶になちゃって……」

 

 

瑠火さんの顔は青白く、誰がどう見ても体調が優れないのだろうと分かる。

 

 

「き、気にしないでください。それに体に障るといけません。俺のことは気にせず今はお休みください」

 

 

瑠火に薬を飲ませた後、一夏達は部屋から退室する

 

 

 

 

「槇寿郎さん、瑠火さんの症状は…いつ頃からですか?」

 

 瑠火が病を患っていることは透き通る世界で分かっていた。一夏の場合は透き通る世界で見ると病気持ちの人間は色でわかる。

 

 

「そうだな…半年前からだ。医者からは薬を飲めば治ると言っていたが」

 

「……大変申し上げにくいんですが、瑠火さんは、おそらく一週間も持ちません」

 

「…ッ⁉︎ど、どう言う意味だ!」

 

「何故わかるかはおいおい説明します。瑠火さんの飲んでいる薬は、それに対応できていない薬です。おそらく、瑠火さんの病気は…治すことの難しい病気かもしれないんです」

 

槇寿郎さんの目から光が消える。

 

 

「…そ、そんな……一体どうすればいいのだ……瑠火、瑠火」

 

不安、焦燥、それらが槇寿郎さんを満たしている。

 

「(どうする、今の時代じゃ、俺の時代では治せる病気でも、治せない。どうする、どうすれば…)」

 

一夏は思考を巡らす。日本中をかけ巡れば治せる医者はいるかもしれないが、探すにはそれなりの時間も必要になる。

 

♪〜♪〜♪〜

 

 

「「ッ!?」」

突如と誰かの歌声が流れ槇寿郎は動揺し、一夏は声の正体を取り出す。一夏は懐からスマホを取り出すと、

 

 

「な、なんだ?何故に着信音が…」

一着の録画付きのメールがあった。

 

「な、なんでメッセージが…」

 

「い、一夏君…それは一体」

槇寿郎は謎の物体に警戒するが、一夏は申し訳なさそうに対応する。

 

「すみません、説明は後でします。」

一夏はメッセージを開き、動画を再生させる。

 

『ヤッホーいっくん!驚いてると思うけど、このメッセージはいっくんのスマホを改造する際、起動するように仕込んでいたシステムなのだ!』

 

「あの人は……」

一夏は片手で頭を抱えながら動画を見つめる。

 

『起動源は、いっくんが何かしら病気になった時、あるいはちーちゃんが体調を崩していた時のためかな。そんないっくんにすっごいお薬が拡張領域にあるのだ!!』

 

すると光の粒子が集まり、物体となり一夏は片手で掴む。ケースを開くといくつか何かの液体入りの注射と飲み薬があった

 

『その薬と注射はある程度の病気を治せる特効薬なのだ!!流石にガンみたいに摘出しないといけないものは無理だけど…とりあえずとてもすっごい薬なのだ!効果は検証済みだから安心してね〜』

 

「(検証済み……まさか、あの事件の犯人って!)」

一夏は未来で、病気を患っている患者が前触れなく治る事件がニュースで多発していた。一夏はこの事を大して気にはしていなかったが、束の作った特効薬、束が医学にも手を出していたのは知っていたが、検証済みの言葉で確信に繋がった

 

「(あの人なら作りかねないしやりかねない!何をやっているんだあの人は!)槇寿郎さん、少し失礼します」

 

「あ、ああ」

一夏は青筋をいくつか浮かべながら息を吸う。

 

「あんの天災科学者ーーっ!!」

 

一夏は夕焼けの空に、今いない兎科学者に、一夏は今世初めて腹の底から叫ぶ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へくしゅ!」

 

「束様、どうかなさいましたか?」

 

「大丈夫だよクーちゃん。ん〜、誰かの私のこと噂してるのかな?それよりも、いっくんの捜索の続きをしないと」

 

一方現代では、束がキーボードを高速に打ちながら、今、この世界にいない、一夏を懸命に探していた。



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炎と日

今話は短めです


「炎の呼吸 参ノ型・気炎万象!」

 

炎を纏い、上から下へと弧を描くように刀を振るう。

 

「日の呼吸 壱ノ型・円舞」

 

 今現在、一夏は柱である槇寿郎との稽古をしている。木刀を打ち合いながら、互いに火と炎の剣撃がぶつかり合う。

 

 

「(一撃一撃が重く鋭い!そして一切無駄のない動きに、この美麗の剣撃!十二で出来るような技ではない!なにより、こちらの動きが全て読まれている!)」

 

「(これが鬼殺隊の“柱”、動きが洗練されている。流石修羅場を潜っているだけはあって気迫も違う。油断するとすぐにやられる)」

 

一夏は透き通る世界で相手の動きを察知しながら動く。そして二人は互いに距離を取ると、

 

 

「炎の呼吸 壱ノ型・不知火!」

 

槇寿郎はすぐさま力強い踏み込みにより炎を発するような勢いでの間合いにつめ一夏に木刀を振るうが、

 

 

「日の呼吸 拾壱ノ型・幻日虹」

 

 

槇寿郎の攻撃はすり抜ける。流石の槇寿郎も驚くしかなかった。

 

「(なっ!すり抜けた⁉︎こんな事があり得るのか)」

 

「日の呼吸 伍ノ型・陽華突」

 

「グッ!」

一夏の突きをなんとか木刀で受け止めるが、威力が強く槇寿郎は後に押し出されてしまう。

 

「炎の呼吸 伍ノ型・炎虎!」

 

「日の呼吸 肆ノ型・灼骨炎陽」

 

 

烈火の猛虎を生み出すが如く刀を大きく振るい、咬みつくかのように迫る炎を一夏は火の渦を描くように無力化する。

 

 

「っ!いない…どこに」

 

 

 

「日の呼吸 弐ノ型・碧羅の天」

 

一夏は一瞬にして飛び上がり、落下と同時に、腰を回す要領で空に円を描くように振るい、槇寿郎の木刀を弾く。着地すると、一夏は即座に槇寿郎の首先に木刀を突きつける。

 

 

「勝負有り…ですね」

 

「はは、見事だ。完敗だ」

槇寿郎は両手を上げ降参の構えを取り、一夏は木刀を下げ、一礼をする。

 

「凄いな一夏!あの父上に勝つなんて!」

 

「いや、俺なんて槇寿郎さんに比べたらまだまださ、杏寿郎」

近くで打ち合っているのを見守っていた杏寿郎は興奮しながら一夏に駆け寄る。

 

「俺はまだ全集中の呼吸を身につけたばかりだと言うのに、一夏の剣技は……とにかく凄い!二人の動きが全く見えんかったぞ!」

 

「……顔が近い」

ぐいぐいくる杏寿郎に一夏は後退りするが、彼はそれを気にせず目を輝かせながら接近していく。

 

「落ち着かんか、杏寿郎、気持ちは分からんでもないが。かなり長いこと打ち合っていたようだ。二人とも休憩に入ろう」

 

「わかりました/はい!」

一夏達は道場から退室し、休憩をするため井戸で汗を流した。その後、一夏は縁側に腰をかける。

 

「ふぅ、打ち合いでこんなに汗を流すのは初めてだな」

 

一夏が未来にいた頃……篠ノ之道場で剣道をしていた際、当時はまだ全集中の呼吸は身につけてはいなかった。そのうち、縁壱に関する記憶を夢で見るようになり、記憶を頼りにして独自に全集中を会得した。しかし、一夏はその剣技で先生に怪我を負わせてしまった為、それ以来、篠ノ之道場に行くことはなくなった。その後は、ただ我流で鍛えていたのだ。

 

 

「(カナ姉としのぶ、元気にしているだろうか)」

あれから一年も経っており、一夏はスマホを取り出し、一夏としのぶ、カナエの三人が写っている画面を見つめる。

 

「(最終選別にいくには、指導者から課せられた課題を全てクリアしてなければいけない。槇寿郎さんは…俺はいつでも最終選別にはいけるとは言ってはいたが、俺もまだまだ不安要素と課題が残っている。槇寿郎さんとの打ち合いで、実戦に近い打ち合いが出来る。この先、生き残るためには、日の呼吸を極めないと話にはならない)」

槇寿郎は、時間がある時は一夏と手合わせをすることになっている。基本稽古では、杏寿郎に正しい呼吸法を教え、全集中の呼吸を会得させた。杏寿郎の弟の千寿郎には剣の基礎を教えている。

更に、一夏は独自で型の調整や黒式の技の創造もしている。

 

「(杏寿郎は飲み込みが早い。後は剣技を身につければ大丈夫の筈だ)」

 

 

「こんなところにいたのですね。一夏」

 

「ちふ…、瑠火さん」

 

声のした方へ向くとお盆を持った瑠火が立っていた。瑠火は一夏が持っていた束製の薬ですっかり病気は治り、外を出歩いたり、家事が出来るようになるくらいに回復した。

 

「ふふ、また間違えられましたね」

瑠火は座り、一夏に湯呑みを渡す。

 

 

「す、すみません。分かってはいるのですが」

 

「そんなに似ているかしら?あなたのお姉さんと」

 

「はい、凛とした姿や雰囲気も似ていて、けど、髪は瑠火さんの方が綺麗です。しかし、声が…全く同じで」

 

あの一件で、煉獄家には一夏が未来人である旨を話している。最初は疑われたが、スマホの機能を見せた事でなんとか信じてもらえたのだ。それはそれとして、一夏はたまに瑠火の事を実姉の千冬と間違える事がよくある。

 

 

「そうですか、是非とも会ってみたいものですね」

 

「会うとしても、今から百数年は長生きしないといけませんが」

 

「ふふ、そうですね。流石に百年余り生きるのは難しいですね」

 

「俺みたいに、時を超える事があったら可能性はあると思いますが」

 

一夏は煉獄家で鍛錬をしながら家の手伝いに明け暮れていた。  

 

「一夏がこの前見せてくれた舞、とても綺麗でしたよ。私や夫、杏寿郎、幼い千寿郎でさえも、見惚れていました」

 

「そんな大層なものでは……」

一夏は気恥ずかしそうに頬をかいていた。

 

「一夏、自分を謙遜してはいけません。あなたのその力は、人を救う事ができる力です。あなたは何処か、その力を恐れていますね?」

 

「……ッ、瑠火さんには…お見通しみたいですね。まだ俺が未来にいた時、全集中を身につけてまもない頃、道場の先生を怪我をさせました。俺は剣道をやめて、それから独自で鍛えていました」

 

「自身が持つ力を怖く感じるのは、力を持つ者としてよくある事です。ようは、一夏自身、その力をどうしたいのか、よく考えなさい」

 

「………俺はこの力で、全てを守れるなんて思っていません。救える命も…救えない命も、この先沢山ある。俺はこの力を、手が届く人々を守りたい。今は…こんなことしか言えませんが、俺が言える答えです」

 

 

「そうですか。ですが忘れないでください。力を持つ者として、弱き人を助けることは、強く生まれた者の責務です。責任を持って果たさなければならない使命なのです。決して忘れることなきように」

 

「はい!」

 

瑠火からの言葉に、一夏は力強く返事をした。

そしてその影では槇寿郎が気配を消し、優しい眼差しで様子を見守っていた。



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小さな蛇と紅蓮の炎刀

技のアイディアはまだ募集中です。アイディアは僕が執筆している鬼滅作品に今後使っていこうと思います。

興味がありましたらアイディアよろしくお願いします!


俺が煉獄家のお世話になって一年半の月日が経った。あれからも槇寿郎さんから時間さえ有れば手合わせをしてもらっている。杏寿郎は全集中の呼吸を会得した後、槇寿郎さんから炎の呼吸を指南されるようになった。杏寿郎は半年で炎の呼吸を全て会得した。流石の槇寿郎さんも杏寿郎の成長の速さに驚いていた。

 

そして現在、一夏は煉獄家から近い山の中で目を瞑り、一人立っていた。

 

 

「…日の呼吸 壱ノ型・円舞」

一夏は目をゆっくり開けると、日の呼吸の技を繋げるように木刀を振るう。

 

 

 碧羅の天

 

 烈日紅鏡

 

 灼骨炎陽

 

 陽華突

 

 日暈の龍・頭舞い

 

 斜陽転身

 

 飛輪陽炎

 

 輝輝恩光

 

 火車

 

 幻日虹

 

 炎舞

 

 

 

 

 

一夏は日の呼吸を行い、型を繋げていた。その太刀筋は無駄もなく美麗の剣捌きだった。

 

日の呼吸は円舞から炎舞まで繋げる事ができ、技を繋げ続けることにより、拾参ノ型が完成する。

 

 

 

 

 

 

「(日の呼吸 拾参ノ型……円環)」

 

 円環……円舞から炎舞まで全ての型を繋げたその太刀筋は正に日輪を体現する型と言ってよい。

 

 

本来拾参ノ型には技の名前はないのだが、十二の型全てを連続して振るい、正に太陽の様に円環を成す事で完成する型である為、その円環の名を一夏は拝借したのだ。

 

 

一夏は、全ての型を長時間繋ぎ続け、円環を終えると、静かに木刀を下ろす。

 

「ふぅ……」

一夏は息を吐き、ゆっくり呼吸を行い、木刀を拡張領域にしまう。

 

 

「いるのは分かっていますよ。出てきて下さい、“ 伊黒さん”」

 

 

「気付いていたのか…」

 

「俺の気配察知、舐めないでください」

 

木の影からゆっくり出て来る少年の姿があった。一夏は舞っている際、彼の存在に気づいていたようで、伊黒に駆け寄る。

 

彼は伊黒小芭内ーーー槇寿郎さんが任務の際に保護した少年だ。日本人には珍しい、左目が青緑色で右目が黄色の虹彩異色症(オッドアイ)だった。一番目につくのは首に巻き付く白蛇、そして、口の周りに巻かれた包帯である。一夏が透き通る世界で見た際は、刃物で無理矢理裂いたような傷跡が両頬にくっきりと刻まれているのが確認できた。

 

 

「すごかったな、先程の剣舞」

 

「そっか、伊黒さんは見るのは初めてでしたね。おっと、どうした鏑丸?」

 

「シュー、シュー♪」

 

白蛇が突然一夏に飛びかかり甘え始める。一夏は手を伸ばして指で頭を軽くこすってやると気持ちよさそうに身震いする

 

 

「鏑丸が懐くのは、俺を除けば、織斑くらいなもんだ」

 

「はは、伊黒さんも知っているように、動物には昔から好かれますからね。ほら、伊黒さんの近くにも舞を見守っていた動物(かんきゃく)もいますし」

 

「好かれている以上の問題だろ」

 

何故一夏は、伊黒に敬語を使っているのか。伊黒は杏寿郎より一つ年上のためだ。

 

そして鏑丸は、一夏の体温が心地いいのか眠ってしまっていた。

 

「伊黒さん、鏑丸…寝てしまったのですが、どうしたら…」

 

「そんなに心地よく眠られたらどうしようもできん。起きるまで預けておく。もし鏑丸に何かあったら……容赦はせん」

 

「…肝に銘じておきます」

殺気のこもった声で言われ、一夏は返答する。その後、会話を交えながら伊黒と共に山を下る。

 

 

 

「一夏!小芭内も一緒だったか!」

 

「…ああ」

 

「今戻った、杏寿郎」 

 

 

「帰ってきて早々悪いが、一夏…父上がお前に話があるそうだ!父上の部屋に来るよう伝言を預かっている!」

 

「槇寿郎さんが?わかった。すぐに行く、あっ…鏑丸、起きたか…すまない」

杏寿郎の声により目が覚めてしまった鏑丸は、しばらく一夏の首にいたが、一夏が鏑丸に触れ、伊黒の方に行くように促すと、彼の元に戻っていった。

 

その後、槇寿郎の部屋へと向かう。

 

 

 

「(この時代に来て、もう三年近くになるのか…………けど、悪いことばかりじゃない)」

一夏はタイムスリップして、この時代に溶け込んでいる自分に不安もあった。しかし、この時代で大切な者が出来た。いつかは元の時代に帰る日が、お別れの時が来るかもしれない不安も持ちながらも、一夏は毎日毎日を大切に過ごしている。

 

「槇寿郎さん、一夏です」

 

「来たか、入るといい」

 

「はい、失礼します」

一夏は入室の許可をもらい、襖を開け部屋へ入る。槇寿郎は何やら書物らしきものを読んでいた。

 

 

「突然すまない。どうしても言っておきたい事があってな」

 

「いえ、大丈夫です。槇寿郎さん、ご用件とは一体…」

 

「一夏も知っての通り、明日…杏寿郎が最終選別に挑むのはわかっているな?」

 

「…はい、存じております」

 

最終選別

 

鬼殺隊員になるための試験。藤襲山とい言う山で行われている。その山には人を二、三人喰った捕獲した鬼が閉じ込められており、そこで一週間生き残るというのが試験内容だ。鬼は藤の花の匂いを嫌うためそこから出れず、牢獄の役割を果たしている。

 

 

「君には感謝の言葉しかない。杏寿郎は、君が呼吸を教え、わずかな時間で炎の呼吸を全て会得し、俺の想像を遥かに超えた。今のあいつなら、滅多な事がない限り、最終選別は無事に帰って来られるだろう。あいつの今の実力は、歴代の炎柱を超えるかもしれん。そして瑠火を救ってくれた。ありがとう、一夏」

槇寿郎は一夏に頭を下げ、礼を言うと、一夏はその様子に動揺する。

 

「あ…頭を上げて下さい、槇寿郎さん!俺は、俺に出来る事をしただけです。そんな大層な事はしていません」

 

「自分を過小評価しすぎだ。君は瑠火の恩人で、返し切れないほどの恩がある。俺達煉獄家は出来るだけ君に恩を返すつもりだ」

 

「俺は、見返りを求めてやったわけではありません。それより槇寿郎さん、本題を聞いてもよろしいですか?」

 

「流石に気付くか……この話は瑠火や杏寿郎達には話している。俺は…今季をもって鬼殺隊を引退するつもりだ」

 

「引退、ですか」

 

「ああ、杏寿郎も鬼殺隊となれば、この屋敷にいるのは小芭内を含め三人だけだ。いずれ君と小芭内も鬼殺隊となり各自己の道を歩むだろう。まぁ、個人として、家族の時間を大切にしたいのもあるが、この辺りも鬼の襲撃がないとは限らんからな。家族を守っていくのも…俺の役目だ」

 

「…槇寿郎さん」

一夏は槇寿郎の瞳には消えない炎が宿っているように見えた。

 

「それから、君に渡したい物がある」

 

「渡したい物ですか?」

 

「うむ、これを」

 

槇寿郎さんが箱を一夏の前に差し出してくる。

 

「あの、槇寿郎さん…これは?」

 

「開けてみるといい、君の知っている物が入っている」

一夏は箱を開けると、一夏にとって見覚えのある物が入っていた。

 

「こ、これって、もしかして…」

 

「君が返しに来てくれた日輪刀だ」

箱の中身に入っていたのは、一夏が川で拾った抜き身のではなく、しっかり鞘に納まっていた槇寿郎の日輪刀だった。

 

「う、受け取れません。寧ろこれは杏寿郎に渡すべきでは……」

 

「杏寿郎達も君に渡すのは大賛成だった。この日輪刀は、我々煉獄家と君を巡り合わせてくれたようなものだ。もし君がこの日輪刀を見つけていなければ、瑠火は…病死していたかもしれない」

 

「あ……」

もしも一夏があの時、外を出歩いた時、川に行っていなかったら、槇寿郎の言う通り、病死していたかもしれない。

 

 

「受け取ってくれないだろうか…一夏」

 

「……わかりました。大切に使わせてもらいます。槇寿郎さん達の思いも、確かに受けとりました」

一夏は、槇寿郎から受け継いだ日輪刀を手に取り、柄を握り、鞘から抜く。

鍔は炎の形が特徴で、刀身は赫色、炎の名の通り、赫き炎刀に相応しい刀だった。

 

「その刀は一度、刀鍛冶に依頼して磨いてもらっている。状態は新品と遜色ないはずだ」

 

「赫き炎刀、炎柱の名に似合う日輪刀ですね。ありがとうございます、槇寿郎さん。」

 

 

「はは!気に入ってもらったようで何よりだ!」

 

「はい、とても」

一夏は日輪刀をまじまじ見つめながら、自然に柄に力を入れると、赫い刀が紅蓮に染まった。それを見た槇寿郎は驚愕する。

 

「……色が」

 

「なっ⁉︎日輪刀の色が…赫く染まって!」

 

赫色から更に燃え上がるように紅く色が変わった。紅蓮に染る刀身は、どこか太陽を連想させるようなものだった。

 

「…この色、確か」

 

「一夏、どうやってそのような状態に…」

 

「えっと、少し力を入れただけで勝手に」

 

「すまない、貸してはくれないだろうか?」

 

「はい、どうぞ」

一夏は日輪刀を槇寿郎に渡すが、手放した瞬間元の赫色に戻った。

 

「色が戻ったぞ。君はさっき少し力を入れたと言っていたな?」

 

「はい、そうです」

 

「うむ、やってみるか……」

槇寿郎は言われた通り力を入れ握るが、いくら握っても色は変わらず、さらに力を入れるも刀身に変化はなかった。

 

「ぬぐぐぐ!タハァーッ!はあっ、はぁっ!だめだ、全く変化する気配がない」

槇寿郎は一夏に日輪刀を返すと、一夏は再度日輪刀を力を入れ握ると色は紅蓮に染まった。 

 

「この状態にするには、何か条件があるんでしょうか」

 

「むぅ、君が分からないとなると此方もわからんな。更なる謎が増えてしまったようだ。一先ずこの件は保留にしよう。それと、今夜は杏寿郎の英気を養ってもらうため、今日は豪華らしいぞ!」

 

「はは、それは楽しみですね。杏寿郎の好みを考えたら、さつまいもを使った料理が主役になりそうですね」

 

その後煉獄家の夕食は賑やかだった。杏寿郎は「うまい!わっしょい!」と唱えながらも家内は楽しいひと時を過ごした。

 

 

 

 

 

そして煉獄杏寿郎は翌日、鬼殺隊の最終選別へ向かった。



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再会

煉獄邸の敷地内の縁側に、刀の手入れをしている少年、そして、その様子を隣で見守っている男の子がいた。

 

「……ここをこうしてっと」

持っている刀の刀身は赫色で、『悪鬼滅殺』の文字が彫られている。少年……一夏は丁寧に刀を磨いていた。

 

「(そう言えば記憶で見た縁壱さんもこの刀を握ったら赫くなっていたけど、本当にどう言う原理なんだ?縁壱さんすら知らないとなると、お手上げ状態だ)」

記憶で見た縁壱と一夏が刀を握る際、刀は赫く染まる様に変化する。何故色が変わるか槇寿郎と共に、煉獄家にある鬼殺隊の歴史の書物も読み漁ったが詳細は分からず仕舞いであった。

 

「(俺なりに探るしかなさそうだ。)」

 

一夏は刀をじっと見つめ、握っている柄に力を入れると、刀は赫色から更に燃え上がるように赫く変わる。  

 

「……綺麗な色ですね、一兄さん」

 

「ああ、俺もそう思うよ」

 

一夏の隣で手入れを見守っていた男の子は、煉獄家次男の千寿郎ーーーつまりは杏寿郎の弟である。

 

「何故、一兄さんの日輪刀は赫く変化するんでしょうか?」

 

「…こればかりは俺にもよくわからない。これから解明していくつもりさ。よし、こんなものか」

 

一夏は手を止めずに千寿郎の問に答えながら手入れを進めていく。手を止め、一夏は鞘と抜き身状態の日輪刀を持ったまま千寿郎から少し離れ庭に出ると、日輪刀を何度か振って状態を確かめる。そして、満足そうに頷くと、鞘を腰に差し、刀を構える。

 

 

「炎の呼吸 壱ノ型・不知火」

力強い踏み込みにより炎を発するような勢いで一直線に袈裟斬りをする様に振るい、納刀する。

 

「月の呼吸 壱ノ型・闇月・宵の宮」

居合の構えを取り、抜刀して横薙ぎに一閃する。

 

一夏は現時点で日の呼吸以外で炎と月の呼吸も使えるようになった。

 

炎の呼吸を壱から参までは使えるようになったのは、槇寿郎の指導の賜物である。

 

 

「(月の呼吸、これは記憶で見た縁壱さんの兄が使っていた呼吸……)」

月の呼吸は縁壱の記憶を頼りに壱ノ型のみ会得した。一夏は二人の関係を記憶で見ていたが、一夏から見て仲の悪い感じではなかった。しかし縁壱の兄は鬼となり、当時の鬼殺隊当主を惨殺し、対立した。そして老人となった後に兄と再会し、頸を刎ねるつもりで技を繰り出すも、縁壱は老衰により死亡し、その兄は縁壱を斬り捨てた。

 

「(なんだろうな…この感じ)」

一夏の中に複雑な感情が渦巻く。一夏は縁壱の魂を受け継いでいるが、一夏の内に亡霊としても存在している。縁壱の記憶を少しずつ思い出す度に、縁壱の兄の記憶も鮮明に流れてくる

 

「やっぱり一兄さんは凄いです!炎の呼吸を完璧に使いこなすなんて」

 

「日の呼吸の新たな技を生み出すきっかけになればと思ってな。壱から参までしか使えないけど、おかげで日と炎を織り交ぜた改の型を思いついたんだ」

 

一夏はその二つの呼吸で新たな改の技を編み出した。

 

既に編み出していたのが、日の呼吸 弐番目の技である《碧羅の天》に月の呼吸を織り交ぜたことで《碧羅の天・残月》となる。

 

あの時、胡蝶姉妹を守ろうと無我夢中に繰り出した技である。しばらくは使えずにいたが、縁壱の記憶が鮮明に浮かぶ様になり、月の呼吸を併用していたことに気づき再び使える様になったのだ。

 

「(しかし、この二つには妙な違和感がある。一体なんだろうな)」

 

一夏は日の呼吸と他の呼吸を併用した技の違和感が気になって仕方なかった。

 

「(……今、気にしても仕方ないか。)」

一夏は日輪刀を鞘に納刀すると、縁側に再び座り込む。

 

「一兄さん…どうかしましたか?」

 

「いや、技によっては合う合わないがあったなっと思ってな。千寿郎が気になる事はないさ」

一夏が千寿郎の頭を撫でると、千寿郎は気持ちよさそうに受け入れた。千寿郎は満足した後、一夏から離れ、部屋の奥へと入る。一夏は縁側に残り、瞑想を行おうと姿勢を変えると、

 

 

「一夏」

 

「瑠火さん」

瞑想を行う直後、瑠火から声がかかり、瞑想をやめる。

 

 

「何かありましたか?」

 

「あなた宛にお手紙が来ています」

 

「手紙?俺宛にですか?」

一夏は手紙の送り主に心当たりがなかった。杏寿郎だったら家族宛に書くし、伊黒は稀にしか書かない。一夏は瑠火から手紙を受け取り、手紙の送り主の名前を見ると、一夏は驚くと同時に笑みを浮かべた

 

 

手紙の送り主の名は

 

 

ーー“胡蝶カナエ”と書いてあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏は手紙を読んだ後、後日訪れる旨の返事を送った翌日に、手紙に添えられた位置図を確認しながら“蝶屋敷”と呼ばれる場所に向かった。

 

「(あれから二年半近くになるのか。手紙のやり取りもすることもなかったから、直接二人には久しぶりに会うな。しかしまさかもう鬼殺隊に入隊していたなんて、しかも…カナ姉が“柱”とは)」

 

 

“柱”ーーー鬼殺隊最強の称号を得た隊員達のことである。基本的に、柱より下の階級の者たちは恐ろしい早さで殺されてゆくことが多い。それ故に、鬼殺隊を支えているのは柱たちと言っても過言ではない。

 

柱の異名は、その隊員の流派に合わせて命名される。

 

 

「(カナ姉…どれだけ強くなったんだろう。それに花の呼吸か、カナ姉にはぴったりだな)」

 

一夏は姉妹との再会に楽しみにしながら、手に持った文をちらりと見て、記された場所を確認する。周りを見渡して現在位置を確認しつつ、道を歩く。

 

 

「多分ここだな」

 

 暫く道を歩いていると、かつての胡蝶家よりも大きな建物が見えてきた。塀に近付いて中の様子を見る。そこには大きな建屋に広い庭。そして隣には建造中の建物が幾つか並んでいる。文に書かれた特徴と一致していた。

 

「……ここで間違いないか。ふぅ…緊張するな」

 

 一夏は深呼吸をしながら気持ちを落ち着かせ、屋敷の玄関の方へと回っていく。そして入口の方へと近付いていくと、一人の人物が門前に今か今かと待ち構えていた。

 

 

 

 

「カナ姉!」

誰なのかは一目見れば分かった。門の前に立っていた少女は、一夏の声に気づき、しばらく呆然と見つめると、彼の元に駆け出し、そして近距離まで近付くとそのままこちらに飛び込んできた。

 

「一夏!」

 

「おっと!」

 

飛び込んできたのは、胡蝶カナエであった。急な出来事に少し驚きつつ、一夏は彼女の身体を受け止める。一夏に飛び込んだカナエは、目の前の彼を抱きしめたまま顔を上げる。そして一夏と目が合うと、満面の笑みを浮かべた。

 

 

「一夏、久しぶりだね!一瞬誰かわからなかったわ!」

 

「ああ、約二年半ぶりか?」

 

「だいたいそのくらいかしら?それにしても、一夏、また背が伸びたかしら、それに髪の毛も」

 

「カナ姉もだろ?」

一夏とカナエの身長はそこまで変わらないものだった。そしてカナエは一夏から離れ両手をしっかり握り、笑顔で一夏を見つめる。

 

 

「一夏……おかえりなさい!」

 

「ただいま…カナ姉」

 

最後に共にいたのは二年以上前のことだ。美少女は、更に魅力的になっていた。身長は大きく伸びて今の一夏とそれほど変わらない。そして少女のあどけなさを残した風貌は消え去り、美少女は美女へと開花していた。

 

 

「カナ姉、しのぶはどこに?」

 

「うふふ、実はね…しのぶには一夏が来る事は内緒にしてるの」

 

「え?」

 

「せっかくならしのぶの驚く顔が見たいと思ってね♪」

悪戯っぽい笑みを浮かべるカナエの姿を見て、容姿は変わっても中身は昔のままだと一夏は内心呟いた。

 

「はぁ……、で?しのぶは何処に?」

 

「道場にいるわ。案内するからついつきて」

 

「わかった」

一夏はカナエの案内のもと、道場に向かう。

 

「しのぶは鍛錬をしてるのか?」

 

「ええ、今年の最終選別で生き残ったのはいいんだけど、少し…問題があるのよ」

 

「問題?何かあったのか?」

 

「ごめんなさい、それは本人に聞いてくれると助かるわ」

 

「…わかった」

一夏は疑問を持ちながらも、追及をやめ屋敷内を歩く。

 

「以前よりも広いんだな、この屋敷」

 

「うん!一夏の部屋も用意してあるから、また一緒に暮らせるわ!」

 

「ははは、住ませる気満々だな」

一夏とカナエは道場に向かう際、これまでの事を話しながら、しのぶがいる道場へ向かう。

 

 

「ここよ、この中にしのぶがいるわ」

 

「…確かに、気配はあるな」

 

「ほら!早くしのぶにあなたの顔を見せてあげて!きっと驚くはずよ!」

 

「わかった。わかったから、押さないでくれ」

ぐいぐい背中を押すカナエに一夏は抵抗する。そして一息吐くと、一夏は扉に手を触れる。

 

「……入るか」

 

一夏は道場の扉を開けると、

 

 

 

 

 

「蟲の呼吸 蝶ノ舞・戯れ」

 

 

「………」

 

目の前の少女が、蝶のように舞う姿があった。一夏はその光景に魅了され、目を奪われてしまった。しばらく呆然と見つめていると少女と目があった。

 

 

「?誰よあなた?」

少女は一夏の存在に不機嫌そうに問いかける。一夏は少女の問いかけに我に返る。

 

「… “しのぶ”」

しのぶは一夏の声に、持っていた木刀を手放してしまい、驚いた様に目を見開き、一夏を見つめる。

 

「い、一夏……なの?」

 

「ああ、俺だよ…織斑一夏だ」

 

 

「……っ……!」

しのぶはしばらく一夏を見つめると、その場から駆け出し、一夏に思いっきり抱きしめた。

 

「……どうして、なんでここに?夢、じゃないわよね?」

「夢じゃないさ、カナ姉がしのぶに俺がくる事を言わなかったらしい」

 

「それは後で追及するとして、ああもうっ!再会した時の為に気の利いた事を考えてたのに…もう全部一瞬にして吹き飛んだって言うか……!!」

 

「そうか……」

そう言うと、一夏はしのぶの背中に手を回し抱きしめる。

 

「———久しぶりだね。綺麗になったな…しのぶ、正直、見違えたくらいだ」

 

「ふふっ、あんたの方こそ…、一瞬わからなかったけど…声を聞いただけでわかった。一夏が私の大切な人で、姉さんと私の大切な家族だって。」

胸に顔を埋めていたしのぶは、顔を上げ、笑顔を浮かべる。

 

「久しぶり———一夏!それから、おかえりなさい!」

 

「ああ……ただいま、しのぶ。」

二人はそのままお互いの顔を見つめ合う。しのぶの顔が徐々に一夏へ近付き、やがて目が閉じられる。一夏は何故か自然としのぶに顔を近づけて……

 

 

「あらあら、うふふ」

 

「「──ッ!!?」」

 

耳朶を打ったその声に、二人は一転して我に返る、そこには満面の笑みを浮かべているカナエの姿が。

 

「あ、私のことは気にしないでいいから、続けて続けて♪」

 

「出来るわけないでしょ!!」

しのぶは顔を真っ赤にしながら怒鳴り、一夏は少し赤くなった頬を指でかく。

 

「(二人といると…とても安心するな)」

 

 

三人は再会を喜びあった後…お茶菓子を食べながらこれまでの事を語り合った。

 



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日輪と紫の蝶

一夏が胡蝶姉妹と再会してはや一ヶ月、一夏は煉獄邸から、蝶屋敷へ拠点を移し、三人で過ごしている。

あの後、一夏は一度煉獄邸に戻り、事情を説明し、蝶屋敷へ引っ越したのだ

 

 

そして縁側で一組の少年少女が会話に花を咲かせていた。

 

「千寿郎は杏寿郎と真逆の性格でしっかりした子でさ、今は家事を一人でこなせる様になったんだ」

 

「へぇー、会ってみたいわね。それに比べて、一夏も知っての通り、私の姉さんなんて天然な所もあるから心配だわ。見ての通り、更に超絶的なまでに魅力的になった分、不埒な男もいっぱい釣れるから余計に……。」

 

「はは、否定はできないな。カナ姉も二年前よりも綺麗になったけど……俺はしのぶの方が可愛いと思う」

 

「え⁉︎なな、な……いきなり何言ってんのよ⁉︎わ、私が可愛い… 別に私は、可愛くなんて…」

 

「…?大丈夫かしのぶ、顔が真っ赤だぞ?」

一夏はしのぶの額に手を当て、自身の額を、彼女の額に当てている手にくっつける。しのぶは異性に、ましてや想いを寄せている相手にここまで接近され、更に顔を真っ赤にして、一夏から距離をとる。

 

「ちょっ⁉︎何するのよ⁉︎」

 

「え…何って、熱があったら大変じゃ…」

 

「熱なんてないから!」

 

……一夏も少し天然なところに磨きがかかってしまったようである。

 

 

 

一夏が蝶屋敷に住み始め二日目のこと、

 

「鬼の頸が斬れない?」

 

「うん、私の力じゃ…どんなに鍛えても一生斬れる事はないって言われたの。一夏なら“見える”からわかるんじゃないの?私の力じゃ……鬼の頸は斬れない。私は鬼が嫌う藤の花を研究して毒を作って、今年の最終選別をなんとか乗り切った。だけど、その中で一人の剣士が凄まじい勢いで鬼を倒しているのを見て私は嫉妬した。煉獄の炎を体現している様な剣士だった。鬼殺隊になって研究も進めているけど、周りは否定してる。『毒で鬼なんて殺せない』って!この話を聞いて一夏も思ったでしょ、私じゃ鬼を倒せないって!!」

 

一夏にあたっても意味はないと分かっていたのに、抑えていた私の醜い感情が爆発してしまいました。でも、一夏は……

 

 

「鬼を毒で殺す…か、……凄いな」

 

「………え」

 

「毒で鬼を殺す…普通なら思いつかない発想だ。『鬼は日輪刀で頸を斬らないと死なない』,『藤の花は鬼除けの効果しかない』、それが“常識”だったからな……しのぶはしのぶにしか出来ないやり方を思いついたんだろ?素直に凄いと思う。未来にいた時、束さんが言ってたんだ、『固定概念(じょうしき)に縛られていたらいつまでもそのままだ。新しいやり方を見つけてからこそ発展する物がある。』って!だがらしのぶ、お前なら絶対にできる。現にしのぶはそれを使って最終選別を生き残ったんだろ?」

 

 

「………」

 

「…?しの…ッ⁉︎しのぶ!ど、どうした⁉︎」

 

「…え?」

目元を触れると涙を流していたことに気づきました。それを見ていた一夏は目に見えて狼狽してましたっけ。

 

「ご、ごめん!な、泣かせるつもりはなかったんだ!えっと、俺はただ…しのぶやってることが純粋に凄いと思って……でも、知ったような言い方だったんなら、その、すまない…」

 

一夏は頭を下げて謝ってきました。違う……そんな理由じゃない。

 

 

「違うの一夏、姉さん以外にそんな風に言われたことがなかったから」

 

私は嬉しかった。本当は一夏に否定されると思ってた。だけど、姉さんと同じで、やってる事を否定しないでくれた……!

 

「そ、そうなのか?周りの人もいったいどう考えてるんだ?これが現実になったらすごい事だぞ…」

 

「うん、少しだけやってる事に自信が持てた。ありがとう…一夏」

 

「……!ど、どういたしまして」

その時の一夏は凄く照れていて可愛い顔をしていました。一夏は元々表情の変化が少ない分、照れる様子を見ると、私も自然と笑みが溢れます。

 

 

 

「(そう言えば、しのぶの会話の中に出た『煉獄の炎を体現している剣士』って……間違いなくアイツのことだな)」

 

一夏はしのぶの会話に出た凄腕の剣士が杏寿郎だと確信した。

 

 

 

 

 

 

そして、現在、蝶屋敷の道場内で一夏はしのぶと稽古をしている。二人は木刀をぶつけ合い汗を流していた。

 

 

「(蟲の呼吸 蜈蚣ノ舞・百足蛇腹)」

強烈な踏み込みと同時に四方八方にうねる百足のような動きで撹乱するが一夏は冷静に呼吸を整え木刀を構える。

 

 

ーー日の呼吸 漆ノ型・斜陽転身

しのぶの攻撃を躱しながら鋭い一薙を放つ。

 

 

「…くっ!」

しのぶは一夏の攻撃をなんとか受け流し距離を取る。しのぶは呼吸を整えながら一夏の追撃に備えるが、一夏が動く気配はない。しかし一夏には隙もなく上手く攻めることのできない状態だ。

 

「(前から分かってはいたけど、やっぱり一夏は強い。ましてや鬼殺隊の技術をもともと身につけてたから、練度の差がありすぎる……)」

 

 

「日の呼吸 㭭ノ型・飛輪陽炎」

刀を両腕で振りかぶり、揺らぎを加えた独特な振り方で、撹乱させる。

 

「(っ!木刀が揺らいで!)」

しのぶは判断が遅れ、木刀に重い攻撃が当たり吹っ飛ぶ。しのぶはなんとか受け身は取るが、受けた攻撃が重く手は震えてしまっている。

 

 

「はあ、はぁ、はぁ」

 

「…………」

しのぶは息を荒立てたが、すぐに落ち着き呼吸を整える。対して、一夏は汗をかいておらず、息は一つも切れておらず、表情一つも変えず凪いている。 

そしてしのぶは呼吸を整え、木刀を片手に持ち突きの構えを取る。

 

「蟲の呼吸 血蚊の舞・千刺病針!」

 

 「日の呼吸 陸ノ型・日暈の龍・頭舞い」

しのぶから放たれる多方向からの連続突きを、一夏は流れるような足運びにより同じく攻撃を受け流し、そして、

 

「日の呼吸 壱ノ型・円舞」

一夏は、しのぶの木刀を切り裂き、刀身を折ってしまった。

 

「はぁ、はあっ、はぁっ」

 

「俺の勝ち、だよな?」

 

「ええ、降参よ」

しのぶは降伏し、その場で座り込み、息を整える。

 

「はぁ、はぁ、一夏、あんたどれだけ強くなってるのよ?一昨日久しぶりに舞を見たけど、動きも更に良くなってる様に見えるし、何度やっても勝てる気しないんだけど」

 

「しのぶこそ、動きにキレも増しているし、太刀筋が早くなったんじゃないか?前とは格段に腕も上がってるし、呼吸の仕方も良くなってる」

 

「一夏と何回もやれば嫌でも上達するわよ。姉さんにも勝てる実力も備えているし……姉さんも言っていたわよ。《一夏の助言のおかげで動きも格段に良くなった気がする》って。それにあんなこと言われたら

 

「ん?すまない、最後の方が聞き取れなかった…」

 

「なんでもないわよ」

 

 

 

 

 

その後、しのぶは一夏から助言してもらいながら木刀を振るう。そして、しのぶの動きは格段に良くなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




現時点での原作とのしのぶの違い

一夏とは両親を喪う前からの仲、次第に一夏に惹かれていき想いを寄せる様になる

使用呼吸 蟲の呼吸

一夏との鍛錬の末、常中を会得し、腕も上げている

現時点の実力は原作の柱のしのぶと同じ


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心を閉ざした少女

ある日『プツン』と音がした。何かが切れたような音だった。その日から何も感じなくなった。何もかもがどうでもよくなった。

 

 

 

お腹がすいた。辛い。

頬をぶたれた。痛い。

首を絞められた。苦しい。

誰も助けてくれない。寂しい。

また一人兄弟が死んだ。悲しい。

 

 

 

人が生きていれば普通に感じることができるはずの感情、その全てを感じられなくなった自分は、果たして『人間』と呼べるのだろうか?

意思が無く、ただ呼吸しているだけの人形ではないだろうか?そもそも人形程の価値があるのだろうか?

 

薄汚い衣類に垢や蚤だらけの身体と髪。それは最早人間どころか人形ですらない、正しく汚物そのもの。生きている価値も、意味も、ない。

 

何故、自分は生まれてきたのか?何のために生きているのか?

 

 そんなことを考えることも億劫になり、やがて全てを捨てた。

 

 何もかも感じなくなったら、全てが楽になった。

 

 自分以外の兄弟が全員死んだ。どうでもいい。

 ガラの悪い男に売られることになった。どうでもいい。

 身体に縄をきつく縛られて引きずられるように歩かされている。どうでもいい。

 人の往来が激しい街を躊躇うことなく歩かされる。どうでもいい。

 塵芥を見るかのような冷たい視線を向けられる。どうでもいい。

 誰も助けようとしてくれない。どうでもいい。

 

 どうでもいい、どうとでもなってしまえ。とっくの昔に感情を捨てた身だ。今更どんな辱めを受けようと、見窄らしい醜態を晒そうと、何も思わないし、何も感じない。

 

 本当にどうでもいい人生だった。

 

 彼らに、出逢うまでは……。

 

 

 

「おい、あんた……どうしてその子は縄で繋がれてるんだ?お前はこんな小さい子に何をしている?何を考えている…………?」

 

 

 

 一人は髪先が赫く、額に陽炎のような痣がある男の人だった。表情は変えずに怒りのこもった声で、自分と人買いを睨みながら見つめていた。

 

もう一人は蝶の羽織を袖に通し、蝶の髪飾りが目立つ黒い長髪を流した端正な顔の女の人だった。その人は、困ったように微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうやって三人で出歩くのも…久しぶりだな」

 

「うふふ、本当ね。二年くらい前は三人で手を繋いでこの時代になれていない一夏を案内してたわね」

 

「今となっては、随分と懐かしいわね」

現在一夏と胡蝶姉妹は、町を訪れていた。

 

都会の街とは比べると、街並みは古く、人も少ないが、それでも活気があった。

初めてくる場所に、俺は辺りを見渡した。ただ、若干ジロジロ見られていた。その大半は若い女性のようだ。

 

 

「……それじゃあいきましょ!久しぶりのお出かけを楽しまなきゃ!」

 

「なんで姉さんはそんなに上機嫌なのよ?」

 

「だって久しぶりの三人でのお出かけだもの!嬉しくないわけないわ!」

 

「はは、そうだな。それよりも…周りの視線が気になるんだが」

 

「視線?」

 

「ああ、なんとなくだけど…女性からの視線が多い気がする…それも町に出るたびに」

一夏は十三歳だが、額の痣を勘定に入れても、見た目は美形の部類に入る。縁壱の記憶を頼りに我流で鍛えたり、煉獄邸で元炎柱と実戦に近い打ち合いなども行い、背は伸び現在165はある。その為か若い女性からの視線が集まるのだ。

 

そして、カナエは一夏に聞こえないようしのぶの耳元に囁く。

 

「しのぶ……このままじゃ一夏が誰かに盗られちゃうのも時間の問題よ。姉さん、応援してるからね」

 

「な、何言ってるのよ姉さん⁉︎」

 

「一夏が屋敷の仕事を手伝った時に関わった女性隊士が言っていたのよ、『あの人カッコいい〜』とか『十三歳とは思えないくらいステキ〜』とか。」

一夏は蝶屋敷に滞在するようになってから、簡単な仕事を手伝うことが増え、怪我人や患者と関わることも多くなった。

その際、女性隊士は一夏が少し笑顔を作っただけで顔を赤くした。しのぶもそれは知っており、一夏が他の女性と関わっているのを見てると、胸がズキズキする感覚に襲われたらしい。カナエは、一夏としばし離れる前からしのぶが彼に想いを寄せているのは知っていた。しかも最近では、一夏は縁談の話もされたくらいだ。

 

ここだけの話、自身は知らないが、隊士でもない一夏は、鬼殺隊の女性隊士からかなりモテている。それを目当てで怪我を手当てをするために訪れる女性もいる。

 

 

 

「(うーん、未だお互い片想いってところね。あの様子だったら一夏もしのぶの事を気にしているし……後は時間の問題かしら)」

 

再会した際は二人は無意識だろうが接吻をしようとしていた。一夏もしのぶを気にしているのは分かっていた。

 

 

 

しのぶはお母さん達を殺されて、鬼殺隊に関わるようになってから、心の底から笑うことが少なくなった。

 

鬼の頸を斬る力がなく、絶望すらしかけたこともある。しのぶはしのぶのやり方で頸を断たずに倒せる方法を模索し、鬼が嫌う藤の花に辿り着いた。しのぶは藤の花の研究を始め、鬼が絶命する毒を作り出そうとしていた。しかし周りからの反応は冷たかった。「藤の毒で鬼なんて倒せるわけがない」……そう陰口を叩く者も多くいた。否定されながらもしのぶは研究を続け、独自の呼吸を身につけて、最終選別に挑み、無事に帰ってきた。しかし、反応から見てあまり納得いく様な結果ではなかったのはすぐに分かった。

 

それからしばらくして一夏と再会して四日目のこと、私が仕事から帰ってきた時には何処か吹っ切れていた様子だった。

 

その時、二人が談笑しているのを何度かこっそり覗いた際だけど、一夏と話している時のしのぶは素敵な笑顔を彼に向けていた。きっと何かあったのだと安心した。

 

しのぶは最近、以前のように笑うことが多くなった。固い表情をしていたしのぶも少しずつ、以前のように戻り始めてる。

 

「(やっぱり一夏は私達にとっても…側に居てほしい存在になっちゃったのね)」

カナエから見る一夏は弟のような存在で、太陽の様な存在だった。

 

 

「………」

一夏は無言でスマホを取り出して写真を撮り始める。

 

「何してるの一夏?」

 

「写真だよ。この風景も収めておきたいからな」

一夏は、タイムスリップしてから写真を撮り続けている。元の時代に戻っても忘れないように思い出を残している。画面をスライドすると、胡蝶家と撮った家族写真が映し出される。

 

「上手く撮れてるわね……」

 

「…ありがとう」

 

「こうやってみると、懐かしいわね。父さんと母さんの姿を見るの」

 

「ああ、俺も久しぶりに見たよ。あまり見ないようにしてたんだ。二人は?」

 

「私達も似たようなものよ、一夏の撮った写真はちゃんと保管してはいるけど……」

喪なった人を見るだけでも辛くなるのは人として当たり前の気持ちだった。俺もそうだ。俺にとって胡蝶夫妻は、本当の親のような存在だったから……。

 

「暗い話はここまで!二人とも行こっ!」

 

一夏は胡蝶姉妹と共に町を見て回る。

 

そして羽織を売っている店へと足を運ぶ

 

「あら!カナエちゃんにしのぶちゃん、いらっしゃい!今日も綺麗ねぇ〜」

店主のお婆さんはどうやら顔見知りのようだ。

 

「ありがとうお婆さん、今日はこの子も一緒に連れてきたの」

 

「見慣れない子だね?もしかしてカナエちゃんの言っていた子かい?それにしても美形な子だねぇ、あんた…この子の『イロ』かい?」

 

「いや、俺達はそう言う関係じゃありませんよ。俺達は家族です」

 

「そうかい、置いてるものは少ないけどゆっくり見ていきなさい」

 

「ありがとうございます」

 

お婆さんはそう言って店の奥に入っていった。

 

「一夏…何か必要な物があったら言って。お金に関しては問題ないから安心してね。」

 

「ああ…わかった」

一夏は店内に入って商品を色々と見ていく。一夏はこれからの成長を考え、サイズの大きめの服などを買い、羽織も買った。ちなみに羽織の色は赫色だ。縁壱が着ていた色と同じですぐに目に入ったのだ。

 

必要な物を揃え、代金を支払った。その後、普段着や蝶屋敷に必要なものを買い揃え、荷物は俺のスマホの拡張領域に収納する。

 

「改めて思うけど…それ、本当に便利よね。お陰で私達、手ぶらで歩けるわけだし」

 

「今の所、まだ余裕はあるけど、初めに言った通り、収容できる量にも限りがあるけどな」

 

「姉さん…もし一夏のスマホが壊れたら私達じゃどうすることも出来ないんだから……ましてや未来で作られた物なんて今の時代の技術じゃ直せないわよ」

今の時代、一夏の持っているスマホが壊れると直す事は不可能だ。このスマホは束製の特別の逸品である。直すならば、元の時代に戻る方法を探す他ない。

 

「勿論わかってるわよ♪」

 

「本当かしら?今の姉さんの発言、どう思う一夏?」

 

「それを俺に振るか…………?あれは」

 

 

一夏が別の方へ視線を向けると、見るに堪えない光景が広がっていた。

 

「(なんだよ……あれ)」

 

蚤だらけのボロボロな子どもを小汚い縄で繋ぎ、傷だらけの素足で地面を歩かせていた。男は子どもの方を見遣りもせず、ただ自分の歩幅で歩いて引きずるかのように連れていく。

 

「………」

 

「一夏?って!どこいくのよ⁉︎待ちなさい!」

 

「あっ!待って二人とも!」

 

一夏がものすごい速さで歩き始めた為、慌てて二人は一夏の後を追う。

 

 

 

 

 

「おい、あんた……どうしてその子は縄で繋がれてるんだ?お前はこんな小さい子に何をしている?何を考えている…………?」

一夏は人売りの男に怒りの篭った声を静かにぶつける。

 

 

人買いの男と縄をかけられた子どもが舗装された橋の中ほどで立ち止まった。

男は冷やかしだと思ったのだろう。苛立ちを隠すことなく塵芥を見るかのような眼で子供を睨めつけた。次いで、一夏を鋭い眼光で睨みつける。荒事で生計を立てているかのような面をしていたが、一夏が少し剣気を放つと、男は顔を青くした。

 

「み、見たら分かるだろ。蚤だらけで汚ねえからだよ。それに逃げるかもしれねぇからな!」

 

「無理だな。手足も細いし、立っているのがやっとの状態だ。極度の飢餓状態ーーー栄養失調、脱水症状の恐れもある。そんな状態じゃ逃げる事は不可能だ。なんとかしないとその子は……」

 

透き通る世界で確認した少女は、いつ倒れてもおかしくない状態だった。

 

「だからどうしたってんだよ。所詮、売り物だろ。親に捨てられたんだよコイツは。名前もねぇし、生きる価値もねぇ!」

 

「…………」

 

当の子どもは虚ろげな双眸で遥か遠くをぼんやりと眺めている。

 

「(なんだか…昔の俺を見てる気分だ)」

 

一夏は男への怒りを抑え、少女の前で膝をつき、目線を合わせた。

 

「はじめまして。俺は織斑一夏、よろしく」

 

 

織斑一夏─そう名乗った青年は日輪のような優しい笑顔を浮かべ、子どもの汚れた小さな掌を自分の手で包み込んだ。

少女はなんの感情の起伏も無く一夏を瞳に映す。

この世の終わりを見てきたかのような濁りが混ざった光無い瞳で、じっと見つめた。

 

「おっ、おい、もういいだろ!」

 

「そうだよな…辛いよな」

 

「なに一人で喋ってやがる!買わねぇならどっか「汚い手で一夏に触るな」なんだお前、メスガキのくせに偉そうに!!俺はガキに「黙れ」ッ⁉︎」

 

顳顬に青筋を作って一夏を睨みつけ掴みかかろうとすると、手を払われた。再度一夏を睨みつけるが、男を見る一夏は無表情だった。尋常ではない何かがこもった声、静謐な、余りの無の表情に、寒気が迸った。一歩後ずさる男の一夏の隣にいたしのぶは、懐から持ち合わせの金をその大層ガラの悪い男の面に思いっ切り叩き付けた。

 

「これで足りるでしょ?とっとと失せろ糞野郎」

 

「しのぶ……お前」

 

「面倒なことになる前に行くわよ!ほら、姉さんも!」

 

「うふふ、しのぶも大胆なことするわねぇ、最後の言葉遣いはちょっと見過ごせないけど?」

 

咄嗟の出来事に反応できなかった男は、橋に散らばる金を見るや、血相を変えて這いつくばり、周囲の冷ややかな視線など気にも留めず、一心不乱に金を集める。

 

「悪いしのぶ、退散する前にやることがある」

 

「…?一夏、いったい何を…」

 

一夏は、男に駆け寄り……

 

「おじさん、ある人が言ってた。『子どもは宝物。この世で最も罪深いのは、その宝物を傷つける者だ。』とーーー!」

 

 

一夏は男を殴りとばす。あまりの衝撃に吹っ飛んだ男は川に落ちてしまう。何か嘆いていたがそれを無視して少女の手を掴む

 

「……行こう、これから君は自由だ」

 

一夏は急いで姉妹のもとへ駆け出し、少女を抱える。一夏は今の状態で走らせるのは危険と判断し、少女を抱えた。

 

「一夏〜、流石に今のやりすぎなんじゃ…」

 

「スッキリする一発だったわ、一夏」

 

「……ありがとうしのぶ」

 

「………」

 

抱えられた手の温もりが、少女の全身へと駆け巡る。

 

「しっかり掴まって。舌を噛まないようにな」

 

初めての感覚に戸惑う少女に一夏が優しく微笑むと、少女の握る手にほんの少しだけ力が込められた。




プロフィール参

織斑一夏 13歳

使用呼吸 日の呼吸 

見た目 額に陽炎の痣があり、髪型は閃の軌跡のリィン・シュバルツァー と同じ 

スペック 縁壱同等 透き通る世界の透視、刀も赫刀化可能 現時点での炎(壱から参)と月(壱ノ型のみ)の呼吸が使える


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少女の名前

人買いから引き取った少女を蝶屋敷に連れ帰った後、一夏は抱えていた少女を降す。

 

 

「とりあえず、この子をお風呂に入れて来るわ。一夏はこの子用に何か軽い物を作っててくれない?」

 

「わかった」

しのぶがあの子を風呂場へ連れて行った。まずあの子に必要なのは、体の汚れを落とすこと、そして、食事だ

 

 

「軽い物、取り敢えず喉に通りやすい雑炊でも作るか」

 

「私も手伝おうか?」

 

「いや、カナ姉は買ってきた物を纏めてもらっていいか?」

 

「わかったわ」

 

一夏がスマホの拡張領域から買ってきた物を出すと、カナエはそれを持って退室する

 

そして、一夏は台所で少女の食事を作っている。

 

「(あの子の目、何も映していなかった。まるで……全てがどうでもいいようなあの瞳、束さんと会う前の俺と同じだ。俺の時代じゃあの人身売買は罪になるが、この頃じゃまだそういったことに厳しく対処していないんだったな。それに、昔は男尊女卑の思想もある時代だったみたいだし、俺といた時代とは真逆……)」

食事を作りながら一夏は少女の事を考える。現代でも、親が日常的に我が子に暴力を振るって警察沙汰になる事がある……。

そして人身売買の男は、男尊女卑主義に見えた。一夏の時代はISの登場で女尊男卑となっている。一夏はそう言った人を見分けることができる。千冬と関わりたいがため、一夏に言い寄る女性もおり、女性が信じられない時期もあった。

 

「(自分が命より大切に思っても、他人は容易く踏みつけにできる……か)」

 

縁壱さんの言葉を思い出した。この時代は、鬼の存在により、未だ犠牲者は増えている。胡蝶夫妻は鬼に殺された。俺達は大切だった日常を鬼により容易く奪われてしまった。

 

「(力がなきゃ、何一つ…守ることなんてできない)」

 

一夏は理不尽に奪われる痛みを一度だけで嫌というほど味わった。二人は守られる程弱い者ではないことは自覚している。

しかし鬼殺隊は誰がいつ死ぬかわからない組織。つい最近話していた人がいなくなるかもしれない。カナ姉達も例外ではないだろう。

 

「一先ず考えるのはやめよう」

 

一夏は考えるのをやめ、雑炊を作ることに集中する。

その後、少女はすっかり綺麗になり、胡蝶姉妹から髪を切ってもらい、綺麗な女の子へと変貌していた。

そして完成した雑炊を出したが、自分からは食べず、ずっとお腹を鳴らしながら手をつけなかった。一夏はその様子を見て、少女に雑炊を火傷をしない様、冷ませながら食べさせると、彼女は全て完食してみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日

 

 

 

「(あの子、食事は自分の意思で食べなかったな。あの様子だとまともな食事すらさせてもらえなかったんだな)」

 

 

縁側で音楽を聴いていた一夏の隣ではカナエが日輪刀の手入れをしていた。彼女の刀身は桃色になっている。

 

「(カナ姉の刀は桃色か… 槇寿郎さんと杏寿郎が赤色、俺はいったい何色になるんだろうな)」

 

日輪刀は、またの名を『色変わりの刀』と言い、刀を扱う者の呼吸にその色は左右されると、一夏は最終選別から帰ってきた杏寿郎の担当の刀鍛冶に説明された。

 

色の種類は

 

炎の呼吸 赤色

 

水の呼吸 青色

 

風の呼吸 緑色

 

岩の呼吸 灰色

 

雷の呼吸 黄色

 

その他の色が出れば、この中の派生系の呼吸ということになる。カナ姉としのぶが使っている花と蟲の呼吸がそうだ。

 

「(記憶で見た縁壱さんの刀は確か漆黒の刀だったな。もしかして日の呼吸の適性の色は…)」

 

俺は、縁壱さんの記憶から日の呼吸の適性者は黒と推測している。槇寿郎さんから始まりの呼吸使いは漆黒の日輪刀を使っていたと聞いたことがある。それが事実かはわからないが、もし俺が最終選別を無事突破し日輪刀の色が黒となれば、日の呼吸の適性者の日輪刀の色は黒と証明される。

 

 

 

そしてしのぶは、少女に手を焼いているようだ。

 

 

「姉さん…この子、全然ダメだわ!全然反応もしないし、まるで自分の意思がないみたい!食事もそうよ、一夏が食べさせたから食べたけど、『食べなさい』って言わないと絶対食べない、ずっとお腹鳴らしてね!」

 

 

「あらあら」

 

「こんなんでこの子どうなるの!?」

 

「まぁまぁ、そんなこと言わずに、姉さんはしのぶの笑った顔が好きだなぁ〜」

 

「それ今は関係ないでしょ!自分の頭で行動できない子は……危ないわよ。」

 

「まぁ…そうなんだけどね」

 

「一人じゃ何もできない。決められないのよ……」

 

「じゃあ一人の時は……この硬貨を投げて決めれば良いわよ、ねぇー?」

カナエは少女に裏,表と書かれた硬貨を少女に手渡す、それでも少女は無表情だが。

 

「姉さん!」

 

「そんなに重く考えなくてもいいんじゃない?この子は可愛いもの〜!」

 

「全く理屈になってないから!」

 

「きっかけさえあれば、人の心は花開くから大丈夫よ。あなたもしのぶみたいに好きな男の子でもできたら変わるから大丈夫よ、ねっ、しのぶ」

 

「な⁉︎何言ってるのよ姉さん!」

 

「大丈夫よしのぶ、今の彼には聞こえてないから」

そう言いながら、イヤホンを付けて音楽を聴いている一夏をそっと指差す。

 

「(?なんだ?)」

一夏はカナエに指を差されていることに疑問を持つが、聞いている音楽で二人の声は聞こえないため、一夏は気にせず空を見上げる。

 

「それよりも、いつまでも『この子』呼ばわりは流石にいけないわ、名前を決めないと」

 

「そ、そうね。一夏にも聞いてみましょ」

しのぶは縁側で音楽を聴いている一夏に近づき、肩を叩く。肩を叩かれた一夏はイヤホンを外し、しのぶ達に顔を向ける

 

「どうした?」

 

「あの子のことだけど、いつまでも『あなた』や『この子』呼ばわりはいけないから、名前を決めないと」

 

「ああ、悪い悪い。それについて、ずっと考えてたんだ」

 

「え、そうなの…一夏?」

一夏はイヤホンを拡張領域にしまう。一夏は昨日からずっと少女の名を考えていた。そして、一夏は少女に近寄り、目線を合わせる様に座り、頭を優しく撫でながら、こう告げた。

 

「カナヲ…今日から君の名前だ。気に入ってもらえると嬉しいけど。」

 

「カナヲ…素敵な名前ね。これからよろしくね…カナヲ」

 

「………………」

 

“カナヲ”は返事をしない。声は聞こえているが、どう判断していいのか解らないのだろう。

 

「…………返事くらいして欲しいわね、全く」

 

しのぶも文句を垂れながらも、カナヲの頭を優しく撫でる。

 

「そうだ、みんなで写真撮らないか?新しい家族も増えたし……記念にどうだ?」

 

「それは良いわね!早速撮りましょ!」

 

「なんでそんなに嬉しそうなのよ、まぁ…私も賛成だけど」

 

四人は写真を撮る為、縁側に横並びに座り、スマホを台の上に乗せて、タイマーを設定した。カナヲは一夏の膝の上に乗せている。しのぶは左側でカナエが右側に座っている。

 

「久しぶりね、こうやって一緒に写真を撮るの」

 

「言われてみればそうだな。まだ今の俺達で撮ったことはなかったっけ」

 

「うふふ、そうね。それに、カナヲは可愛いわ〜♪何だか一夏に懐いてるようだし」

 

「そうかな?」

 

「ええ、私にはそう見えるわ」

 

「姉さん、前を見て、そろそろ時間のはずよ」

しのぶに促され、前を見ると、スマホからはシャッターを切るような音が鳴り、撮影された。

 

「よし、撮れたな。さて、どんな具合だろうな〜、カナヲ?」

一夏はカナヲを抱えたままスマホを取りに行き、撮った写真を確認する。

 

「うん、良い感じに撮れた!カナ姉達も見る?」

 

「うん!見せて見せて!」

カナエとしのぶは一夏に駆け寄り、撮った写真を確認する。

 

「上手く撮れてるわね」

 

「うん!とても素敵な一枚だわ!」

 

「ああ、カナヲ、どうかな?」

 

「………」

一夏はスマホの写真をカナヲに見えるように見せたが……

 

「いきなり見せてもまだわからないか…」

 

反応を示さないカナヲの頭を優しく撫でる。

 

「一夏、正直これからが不安よ」

 

「しのぶ、流石に自立させようにも今のカナヲには無理がある。カナヲはまだ知らない事だらけなんだ。こうやって誰かに抱えられたり、撫でられたり、食事や作法すら知らない。カナヲにとって全てが初めての事だらけなんだ」

 

「しのぶ……一夏の言う通りよ、そこは時間かけてやっていけば良いわ」

 

「それはそうだけど……」

 

「しのぶ、これから俺達でいろんな事をカナヲに教えていく。完璧な人間なんて一人もいない。互いに支えあって生きていくのが人生ってもんだろ?」

 

「…そうよね、時間はいっぱいあるし……ゆっくりいきますか!」

 

「うふふ、決まりね。そうだ!一夏が良ければだけど、一夏としのぶの写真、撮ってあげようか?」

 

「ね、姉さん!」

 

「俺としのぶの?」

 

「ええ、まだ再会してから私達の写真も撮ってなかったから、初めに二人の写った写真はどうかしら?」

カナエは三人だけの写真を提案してきた為、一夏は賛成するようにカナエにスマホを渡す

 

「使い方は覚えてる、カナ姉?」

 

「えっと、これを押せばいいのよね?」

 

「ああ、合ってる」

カナエは試しに庭を試し撮りし、使い方を再確認する。

 

「よし、大丈夫そう!ほら、二人とも、横に立って!」

 

「わかった。いくぞ…しのぶ」

 

「ちよっ、い、一夏!」

一夏はしのぶの手を引っ張り再び縁側に歩き出す。しのぶは手を握られたことで頬を赤くするが、一夏がそれに気づくことはなかった。

 

「二人とも、撮るわよ〜」

 

「うん、いいよ」

 

「だ、大丈夫よ」

 

「(うふふ、良い雰囲気だわ〜、お姉さん応援してるからね…二人共)」

カナエはシャッターボタンを押す。カシャっと音が鳴り、カナエは撮れた写真を確認すると満足そうに笑みを浮かべる…

 

「よし!次はお姉さんの番ね!一夏、お願いしてもいいかしら?」

 

「ああ、大丈夫!」

一夏はカナエの考えを理解すると、入れ違うようにカナエはしのぶの隣に座る。

 

「…………」

隣で見守っていたカナヲは無表情でジィーっと姉妹を撮る一夏を見つめていた。

 

 

 

今後カナヲの世話は、二人に任務がある時は、一夏が担当することになった。カナヲにはまず食事の作法や箸の持ち方,扱い方を教える。

 

 

カナヲは物覚えがよく一時間で箸を自在に扱えるようになった。

 

 

カナ姉はカナヲを甘やかす。それについてしのぶは愚痴っているが、今のカナヲにはまず当たり前の日常を知ってほしい。

 

今のカナヲには意思がないが、いつかきっかけさえあれば変われる。

 

 

 

 

 

 

 

人は……心が原動力だから



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蝶屋敷での一夏

あれから一年の月日が経った。俺はカナヲの教育をしながら蝶屋敷の手伝いをしている。時間に余裕がある時は、煉獄邸に戻り、槇寿郎さんや伊黒さん達と打ち合いをしたり、千寿郎の相手をしたりなどもした。

 

 

そして蝶屋敷は、新たな住人が増え、更に賑やかになった。

アオイ,きよ,なほ,すみ…… 鬼殺ができない隊士、そして鬼に親を殺され、身寄りがなかった子達を引き取ったのだ。

 

アオイは家事が上手く、しのぶと同様器用で、しのぶから教わった事は直ぐに出来る様になった。

 

最初の頃、アオイは俺に対し何処か目上に対する言葉遣いを使っていたので、年齢を教えたらすごく驚かれた……そんなに老けて見えるか?君と一つしか変わらないんだが……。

 

 

 

きよ,なほ,すみは、患者の看病の他に、機能回復訓練での指南役も担当している

三人は心の傷も深く、根性強く接していると懐いてくるようになった。悪戯で、結んでいた髪に蝶の髪飾りをつけられたことが何度かあった。気付かず屋敷内をうろついていたらアオイやしのぶに笑われてしまった。しかもその姉も共犯者だったのは言うまでもない。

その後も俺は三人娘(かんたんシスターズ)と暇さえあれば子どもらしく遊んだ。その分、髪もよく弄られた。

 

 

カナヲは……変わらず無表情無感情だ。

 

命令や決め事は、硬貨がないと決めることが出来ない。だけど、偶に俺が寝ている時に、布団へ入り込んでくることがあった。

 

俺は平熱が人より高い為、カナヲにとっては心地よいのだろう。

 

体温については、胡蝶家のみんなから信じてもらえるまでに苦労したことを思い出す。

 

因みに、アオイ達にも、自分が未来人であることも話している。スマホのフォトアルバムのお陰もあって、この時代での思い出が沢山増えた。中には動画で撮っているものもある。

 

 

「一夏さん、こちらは終わりました!」

 

「ありがとうアオイ!」

 

「一夏さん、一緒にお手伝いをしても構いませんか?」

 

「私も手伝います!」

 

「私も!」

 

「わかった。じゃあこっちを手伝ってもらっていいか、きよ、なほ、すみ」

 

一夏は鬼殺隊でない為、アオイ達と蝶屋敷の仕事に明け暮れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇蝶屋敷道場

 

 

 

 

 板張りの床を強く踏み締める音が壁に反響する。それは、大人ですら身を竦ませる重い音だ。

 

 ――花の呼吸 伍ノ型・徒の芍薬

 

 カナエはバネのように前方に飛び出し、一夏の周囲を舞うように動き、部位を狙って木刀を振るう。

カナエの斬撃は、一夏の肩,胴,足,手,手甲と狙うが、彼の表情に変化は無い。

 

「(カナ姉もかなり腕を上げたな。以前よりも動きが更に良くなってる。流石柱は伊達じゃない)」

一夏はカナエが更に腕を上げていたことに驚くも、その斬撃を受け流していく。

 

 

 

「(捉えた!)」

 

――花の呼吸 肆ノ型・紅花衣

 

「日の呼吸 拾壱ノ型・幻日虹」

 

 カナエは一夏に斬りかかったが、一夏は彼女の木刀をすり抜け残像と化した。

 

 

「(消えた⁉︎…っ!後ろっ⁉︎)」

 

「日の呼吸 拾弐ノ型・炎舞」

 

 

カナエは直ぐに体を捻り、一夏の火の二連撃を木刀を受け止める。しかし一夏の一振りは重く、カナエは押されていく。そして、カナエはなんとか一夏を押し返し、距離を取り、呼吸を整え、再度接近する。

 

 

 ―― 弐ノ型・御影梅

 

自分を中心とした周囲に向けて無数の連撃を放ち一夏の行動範囲を絞らせる。しかし、一夏は斬撃を回避しながら接近し……

 

 

「日の呼吸 参ノ型・烈日紅鏡」

 

 カナエに連撃を与える。しかし、それを受け流したカナエは飛び上がった。

 

「花の呼吸 陸ノ型・渦桃」

 

「日の呼吸 弐ノ型・碧羅の天」

 

互いに空中で体を大きく捻りながら、花の斬撃、円を描くような火の斬撃が交差し、互いに地面に着地すると、カナエの木刀が粉々に砕ける。

 

「うふふ、今回も私の負けみたいね」

 

 

カナエは両手を上げ、降参の姿勢を取る。

 

一夏は木刀を下ろし、一礼をする

 

「やっぱり一夏は強いわね。そのお陰か私も強くなった気がするわ」

 

「そうか?カナ姉の力になれたならよかったけど」

 

カナエは柱の任務で忙しいため、帰ってくる日も少ない。その為、一夏は時間がある時に手合わせをしたり、正しい呼吸などの助言もしていた。

 

 

「うん!あっ、そう言えば、一夏は明日、“最終選別”を受けに行くのよね?」

 

 カナエが言う“最終選別”とは、藤襲山で行われる鬼殺隊に入隊する為の試験のことだ。一夏も今年の最終選別に参加する。

 カナエは「だけど」と言葉を続ける。

 

「一夏、あなたが強いのは私としのぶも嫌でもわかってる。元炎柱の煉獄さんが認めるほど実力もある。だけど、万が一もある。決して無茶はしないこと!逃げる事は決して恥じゃない。人は死んでしまったら、そこでお終いだから……」

 

 

鬼殺隊への入隊志願者は多いのだが、それでも志願者のうち大半は、最終選別で落ちるそうだ。

受かるのは二人か三人、酷い時は合格者が零人なんてこともあるらしい。合格しても両目と両足、片腕を失った者もかつてはいたと言う。ちなみに、杏寿郎が参加した最終選別は十人生き残ったと聞いた。

 

しかし数年前、一人の剣士を除き全員が生き残った異例もあったらしい。

 

その一人は現在、鬼殺隊の水柱を務めているとも言われる。

 

 

 

カナエは、心配そうに、そう言って眉を下げるが、一夏は余程のことが無い限り、最終選別を余裕で突破することも可能だろう。一夏には、その力量が備わっている。しかしそれでも不安が払拭されることはなかった。また無茶をするかもしれないと心配しているからだ。

 

「……必ず、私達の元へ帰って来て、帰ってこなかったら、しのぶが泣くんだから。私たちだって…………!」

 

カナエは心配そうに一夏を覗き込む。

 

「うん、必ずみんなの元に帰ってくる!俺にとって、この時代で帰る場所だから……」

 

「約束よ、しのぶを泣かせたらお姉さん許さないんだから」

 

そう言ってから、カナ姉は微笑んだ。

 

 

「ああ、約束する」

 

そう言いながら、一夏も微笑み返した。

 

 

 

 

その後、屋敷に戻り、夜食を食べてから、一夏は縁側に座り音楽を聴きながら月を眺めていた。

 

 

「一夏……」

 

「しのぶか、どうした?」

 

「隣…いい?」

 

「ああ…構わないよ」

そして、しのぶは一夏の隣に座り、月を眺める。

 

「一夏も、明日から最終選別を受けて来るのよね」

 

「ああ」

 

「…一夏」

 

「ん、どうした?」

 

「無事に帰ってきなさいよ……一夏は強いから問題はないだろうけど、やっぱり…心配だわ」

 

「無茶はしない、心配するな」

 

「逆に心配になるわよ。ねぇ、一夏」

 

「……なんだ」

 

 

「月が……綺麗ね」

 

しのぶは何処か不安そうな眼差しで月を眺める。

 

「………そう…だな、今日に限って綺麗な満月だからな」

 

しのぶの言葉を聞き、一夏はしのぶに気づかれないように顔を背ける

実際、一夏はしのぶの贈った言葉の意味を理解している。戸惑ったのだ。

 

 

 

 

 

「……返事は今じゃなくてもいい。私、待ってるから……だから約束、絶対に蝶屋敷に帰ってくる事、いいわね?」

 

 

「………ああ」

 

二人は手をしっかり握っている。しのぶは一夏に寄りかかり、頭を一夏にくっつける。その後、音楽を二人で一緒に聴きながら、月の照らす夜空を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

◇翌日

 

 

遂に一夏が藤襲山に向かう日が訪れた。

縁壱と同じ赤色の羽織に袖を通し、両耳にはしのぶとカナエからプレゼントされた紫の蝶と花柄の耳飾りを身につけ、槇寿郎から託された赫の日輪刀を腰部に携えた一夏は、蝶屋敷の門前でカナエたちに送り出されていた。

 

「準備は出来たかしら?」

 

「ああ…準備は出来てるさ、カナ姉」

 

 

「一夏、これ。最終選別の途中で食べて、一週間分はあるから」

 

 しのぶが一夏に手渡した包みの中には、おにぎりとその他非常食が包まれている。一週間分……しのぶは一夏が最終選別で命を落とすなんて考えは捨てているのだ。

 

「後はこれ、一夏なら無茶して怪我なんてしないだろうけどね」

 

 しのぶが一夏に手渡したのは、小箱に入る塗り薬だ。即効性のある代物で、効果は折り紙付きだ。

 

一夏は食料と傷薬をスマホの拡張領域に仕舞う。

 

「……一夏兄さん。無事に…帰ってきて」

 

 カナヲは、目に涙を浮かべながら、俺に抱きついてきた。しばらく離れ離れになるのが寂しく辛いのだろう。ここまでカナヲは心を開いてくれるようになった。まだまともな会話は少ないが、俺の事を兄と慕ってくれている。

 

「ありがとうな、カナヲ…」

 

 一夏はカナヲを撫で笑顔で精一杯の気持ちを伝えた。

 

「一夏さん、お気をつけて」

 

「「「いってらしゃい、一夏さん!」」」

 

 

 

「ああ…行って来る!」

 

一夏は踵を返し、最終選別の舞台へと歩を進める。

 

 

 

 

「(縁壱さん…見守っててくれ。縁壱さんができなかった事、必ずやり遂げてみせる!)」

一夏は日輪刀の柄を握り鼓舞する。その間、蝶屋敷の少女達は、一夏の背が見えなくなるまで門前で見送り続けてくれたのだった。



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最終選別 始

~藤襲山~

 

 

 数時間走り続け、無事に藤襲山に辿り着いた一夏は、設置されている階段を登っていた。

 

「ここが……藤襲山」

辺りは藤の花が満開に咲いており、幻想的な光景だった。

 

「凄い…これだけ咲いている藤の花ははじめてだ。けど…変だな、今の季節に咲くような花じゃないと思うが」

 

季節外れに咲いている藤の花に疑問を持ちながらも、幻想的な光景に目を奪われる。周りに人がいない事を確認するとスマホを手に取り、写真を撮り始めた。

 

「(藤の花は鬼除けの効果がある。この量の藤の花だと、鬼にとっては牢獄の役割になってるのか。そして、しのぶはこれを使って毒を作った……改めてすごいな、しのぶは)」

 

 

「こんなところで何を突っ立ている…織斑」

 

「うわぁっ⁉︎」

突如背後に声をかけられ驚きながら振り向くと、一夏にとって見知った人物がいた。

 

「い、伊黒さん!」

 

一夏の背後に伊黒小芭内がいた。白黒ボーダーが入った羽織を着用している彼の首周りには蛇の鏑丸が巻き付いていた。

 

「俺の存在に気づかないとは……いつの間にお前の気配察知は舐められるようになったんだ?」

 

「あはは、すみません。この光景に目を奪われてしまって……」

 

「ふん、わからんでもないが、本番は気を付けろ…一つの油断が命取りになるぞ。仮に俺が藤の花を克服していた鬼だったら…お前はもう死んでいる」

 

「……以後気をつけます。それより、伊黒さんも今年の最終選別に参加するんですね」

 

「誰かさんが色々と助言をしたおかげで、課題を全て終わらせただけだ」

 

一夏と小芭内が、藤の花が咲き乱れる石階段を上り切ると、そこには既に大勢の人が集まっていた。

 

歳は俺とそう変わらないだろう。腰や背中に刀、中には太刀を携えているーーー一目で彼らも鬼殺隊への入隊志願者なのだと分かった。

 

「(結構人はいるんだな。これが僅か数人、ゼロなんてこともあるんだなんて……)」

 

「ふん、他の者は何処か自惚れているな。指導者は何をやっているんだ?」

小芭内がそう呟いたので、、一夏は透き通る世界で他の参加者の身体を診る。

 

「(あの体付き、いざって時には対応出来そうにないな。まだまだ発展途上だ、大丈夫だろうか…)」

一夏は他の参加者に不安を持ちながらも、開始時間まで小芭内と会話をしながら待機していた。

 

「――――刻限になりました。では、まずご挨拶を。皆さま、今宵は最終選別に集まっていただき心より感謝を」

 

 

凛とした声を発しながら姿を見せたのは、日本人とは思えない美しい白髪と漆のような瞳を持ち天女の様な神秘的な美しさを纏う女性だった

 

 

「この藤襲山には鬼殺の剣士様方が生け捕りにした鬼が閉じ込められておりますが、外に出ることはできません。山の麓から中腹にかけて鬼が忌避する藤の花が一年中咲き乱れているからでございます」

 

 「鬼が閉じ込められている」という言葉を聞いた途端、場の空気が一段と張り詰めたものになった。この場に居る大半は、鬼の脅威を、身を以て知っている者ばかり。だからこそ、緊迫した空気を出さずにはいられない、鬼という恐怖に打ち勝つために。

 

「そして、ここから先、藤の花は咲いておりません。故に鬼共がその中を跋扈しています。この中で七日間生き抜くーーーそれが最終選別の合格条件となります」

 

 ガチャリとそこかしこから日輪刀の鞘を握る音がする。それから一人、また一人と歩を進めはじめる。

 

「では、ご武運を」

 

 

「織斑、俺は一人で行動する。修行の成果も発揮したいからな」

 

「わかりました。伊黒さんも、お気をつけて」

 

「ふんっ、お前もせいぜい死なないことだ…… “一夏”」

 

「え?伊黒さん、今名前で……?」

追及する前に小芭内は一瞬にして消え既に鬼の巣窟に足を踏み入れていた。

 

 

一夏は、日輪刀の柄に触れ、ゆっくり深呼吸を行う

 

「よし…行くか」

 

一夏は、大口を開けて待っている鬼の巣窟へと歩み始めた。

 

長い夜が始まったーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏は、鬼が徘徊する山の中に入り、身を隠しながら奥へ奥へと進んで行く。

 

「(鬼の弱点は二つ、日光と日輪刀で頸を切ること。鬼の活動は夜に活発化する。日の光が入ってこない場所……つまり昼間は襲われない。朝日が昇る東側に陣を取らないとな)」

 

一夏は地形を確認する為、東に向かって走り出すがーーー

 

「人間だァーーー!!!」

 

 

走っていると、木の影から一体の鬼が不意打ちを仕掛けるかのように唐突に飛び掛ってきた。

 

 俺は、敵意のある気配を素早く察知し、飛び掛ってきた鬼の攻撃を、余裕を持って避ける。

 

 「大人しくクワレロォォォォォォ‼︎人肉ゥゥゥ!!」

 

 

「(久しぶりに見るな。改めて見ると…見た目は人間とは変わらな。だが、邪気は、通常の人とは数倍も違う)」

 

 

一夏は鬼を冷静に分析し、刀の柄に手を掛ける。

 

 

 

「日の呼吸改 円舞一閃」

 

苛烈な踏み込みによって、一瞬で鬼との間合いを詰めて、すれ違い様に横薙ぎをお見舞いする。

一夏は、刀に付いた血脂を振り払った後に振り向き、頸を斬られ、灰と化していく鬼を眺める。

 

円舞は本来一閃の型ではない。現代にいた頃、一夏が独自に編み出した改の型である。現代のとある作品に影響を受けた一夏は、抜刀術の鍛練をしており、日の呼吸の型に合わせるのにしっくりきたのが円舞だった。

 

 

 

「………」

 

鬼が消えた後、一夏は複雑な表情をしながら再び走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

無論、周囲の地形の確認も忘れない。

 

「………」

 

風が吹いた瞬間、一夏は足を止め、刀の柄に手を掛ける。

 

「(いるな、木々に何体か隠れている……全方位か!)」

 

一夏の気配感知に、木々に隠れ奇襲を仕掛けようとする悪鬼共の姿が見えた。全方位に気を張り巡らせ、呼吸を整える。

 

「(さて、どこから来る…………!)」

 

一夏はあえて気づかぬふりをし、様子を窺いながら進んでいく。

 

 

 「グアァァァッ!人間だァーーー!!!」

 

 「人間ーーーー!!!」

 

 「人肉ゥゥゥ!!」

 

 

 

 

「……」

 

飢えているのか、三体の鬼は一夏に迫るように向かってきた。

 

一夏は冷静に刀を構え

 

 

「日の呼吸改 円舞回天」

超高速回転の円舞を鬼に向け三連続で放つ、この技も一夏が未来で読んだある作品を元に編み出した改の技である。回天する方向は左右どちらでも可能だ。

 

 

そして襲いかかってきた鬼達の頸は斬り落とされて、断末魔をあげながら地面に落ちた。

 

そして、肉体は消え、後には何も残らなかった。

 

 

「本当に、日輪刀で頸を斬ると鬼は死ぬんだな……いや、消滅の方が正しいのか…これは」

 

一夏は、赫く吠える日輪刀を見つめる。

 

 

「(赫の刀身に更に纏わりつく赫い光…この日輪刀は謎だらけだ。共通するのはこの刀で鬼の頸を斬れるくらいことだな。カナ姉としのぶの日輪刀を握らせてもらった時も赫く変化していた。でも、二人は赫く変化させる事はできなかった。色変わりの刀、他にも別の意味があるのか?)」

 

 

日輪刀は鬼殺隊が持つ刀にして、鬼を殺せる唯一の武器である。この刀で鬼の頸を落とすことで、鬼を殺すことができる。

 

一夏は考えるのをやめ、刀を鞘に納める。一夏は鬼が倒れた辺りを見渡し、自身の手を開いたり閉じたりしながら、確認するように見つめた。

 

「一度鬼は倒しているけど、嫌な感触だ。鬼とは言え、元は人間………あまりいい気分じゃないな……この気持ち、今ならわかる気がする」

 

手を合わせ、鬼に黙祷をする。

 

「安らかに眠ってください。もし来世があったら………平和な世界に生まれますように」

 

  

修行時代、悲鳴嶼さんの家でお世話になった時、カナ姉は「鬼と仲良くしたい」と語った。

 

『鬼は虚しい生き物で、悲しい生き物なのよ』

 

その時のカナ姉の気持ちもわかっている。縁壱さんも、争いを好まない性格だった。俺も剣術は好きだけど、殺し合いは好きじゃない。だけど……

 

「今だけは戦わないと生き残れない。俺にできるのは、これ以上、悲劇を繰り返させないためにも鬼を斬る。それが、今の俺にできる唯一の手向けだ……」

 

 

一夏は立ち上がり、その場から離れる。

 

 

「絶対に生き残る。生き残ってしのぶ達のところに帰る。俺はこんなところで死ぬわけにはいかないんだ!」

 



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最終選別 終

最終選別五日目

 

一夏はここまで目立った汚れも外傷もなく順調に鬼を倒してきた。

 

「肉をよこせ人間ー!」

 

「おいガキ!俺に喰われろ!」

 

「邪魔だ!俺が先に見つけたんだ!」

 

「うるせぇ!俺が先に目をつけたんだ!」

 

 

 

「………」

 

 ――日の呼吸 陸ノ型・日暈の龍・頭舞い

 

 一夏はいくつもの炎の円を紡ぎ、流れるような蛇行の斬撃を放ち、鬼の頸を斬る。

頸を斬られた鬼達が消滅したことを確認して、一夏は日輪刀を鞘に納める。

 

 

「槇寿郎さん達に比べると動きが遅すぎる。実戦にもだいぶ慣れてきたかな……まだまだ油断はできないが。それにしても妙だ。ここまで来て、他の参加者と会えないなんて」

 

一夏は初日から三日目までは他の参加者を見る事はあったが、四日目からはとくと見かけない。

 

 

「この程度なら、伊黒さんと鏑丸なら大丈夫だろうけど、まさか、他の全員やられたのか?話に聞いていたから覚悟はしていたが……」

一夏はこれまで間に合わず目の前で鬼に殺された参加者を見てしまった。

 

その時の一夏は、一瞬にして鬼を斬り捨てた程である。

 

 

 

 

 

「一先ず、移動するか」

 

 しばらく移動した後、水を飲もうとすると、茂みから音が鳴ったので、警戒する。しかし、相手は鬼ではなく、参加者であろう少年であった。少年は、木々を掻き分け、傍にあった木の幹を背に座り込んだ。その顔は恐怖に満ちており、震えていた。その様子に一夏はすぐ少年に近寄った。

 

「おい、大丈夫か?一体何があった?」

 

「ば、化け物だ!何であんな鬼が居るんだよ!?」

 

「化け物?どんな鬼だった?」

 

「腕の形をした触手を生やしてた。しかも、かなり大きい鬼だ。――あれは、異形の鬼だ!」

 

「異形の鬼……他に戦っていた参加者はいたか?」

 

 少年は震えた声で呟く。

 

「いたけど、俺が知ってる限りじゃ、殆どそいつにやられた。今は……お、女の子が一人で鬼と戦ってる。狐面を付けた小柄な女の子……」

 

「わかった、ありがとう!」

 

「お、おい、お前、まさか、行くのか⁉︎やめろ!お前もやられるぞ!逃げた方がいい!」

 

「気遣いはありがたいが、俺には不要だ。俺は行く!もし生き残れたら、また会おう!」

 

一夏はその場から一瞬にして消え、ものすごい速さで駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

私は真菰。最終選別に参加して、五日経過した頃、私は困惑してしまった。

確かに多くの鬼がおり、少しずつだが体力を消耗してきている。でも、本当にそれだけなのだ。

 体力もこのままいけば充分保つであろう。何より鬼の強さが全くもって大したことなかったのだから……

 

「おかしい………」

 

 

何体かの鬼を狩ったが、総じて実力は低い。

私には二人の兄弟子がいた。一人は今も無事に生きて鬼殺隊の剣士として活動し、現在は柱を務めている義勇。

 そしてもう一人。義勇と一緒に鬼殺隊最終選別へ赴き帰らぬ人となった錆兎。

話に聞く限り、どうやら錆兎は他の参加者を護って死んだらしい。

私はすぐにその話を信じることが出来なかった。だって錆兎は私たち三人の中で一番強くて、何より約束を守る人だったから。

 

 

この程度の鬼たちなら、例え誰かを庇いながら戦っても負けることはないだろう。こんな奴らにあの錆兎が敗れたのか?いや、やはり考えられない。

彼ならどうとでも対処できた筈・・・

 

「……っ!! 何、この臭い!?」

 

 錆兎の死因について考えていた時、突如強烈な異臭が襲い掛かってきた。

 

「こっちに近づいてきている?」

 

 「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 悪臭を感じた瞬間、目の前に1人の男が絶望に陥ったような表情で走ってきた。

 

「何で大型の異形がいるんだよ!!聞いてない、こんなの!!」

 

 大型の異形?どういうーーー

 

 「ーーーーッッ!?」

 

 

どうもこの酷い臭いは一つの場所で発生しているものではなく、移動できる何かが放っているもののようだ。

 そうなると、こんな大量の肉が腐ったかのような臭いをさせる存在は一つしかない。

 

 

 

私を笑いながら見る緑色の鬼は、人の形を保っておらず、四本の手足以外にも無数の腕を生やして胴体に結びつけていた。

 

「クククク、見つけたぁ…俺の可愛い狐ェ!お前、鱗滝の弟子だなァ!?」

 

「貴方、鱗滝さんを知ってるの!?」

  

「クフフフ、そりゃ知ってるさ。この檻の中にぶち込みやがったのは鱗滝だからなァ!――十一,十二……お前で十三だ」

 

「何の話?」

 

「喰った鱗滝の弟子の数だよ。アイツの弟子は、皆喰ってやるって決めてるんだ」

 

 私の動きが止まる。

 

「お前がしてる狐の面。厄除の面と言ったかァ。それが、鱗滝の弟子の目印なんだよ」

 

 鬼は言葉を続ける。

 

「だから喰われた。皆、オレの腹の中だ。弟子たちは、鱗滝が殺したようなもんだなァ。フフフフ、最近で言えば珍しい髪の色したガキを喰ったな。今までで一番強い奴だった!口元の傷も目立ってたから、よく憶えてるぜェ」

 

その言葉が決定打となってしまった。

 

「お前が、お前が兄弟子たちを……錆兎をッ!。鱗滝さんを悲しませた元凶かっ!」

 

 ーー水の呼吸 壱ノ型・水面斬り

 

 

激怒した真菰は走り出し、地面を蹴って、型を繰り出すが、呼吸が乱れてしまい、本来の威力が出せず、思うように体も動かせなかった。

 

迫りくる腕を躱しつつ、腕を切り落としていく。

 

 

「(行ける!このまま行けば奴の頸を…!)」

 

その瞬間、地面を割って這い出てくる無数の腕に気づいた――鬼は、この瞬間を狙っていたかのように、腕を地面に隠していたのだ。

 

「(嘘⁉︎地面から腕を!まずい!)」

 

 

 ーー水の呼吸 参ノ型・流流舞い

 

 

 

 迫る腕を回避しながら斬ろうとしたが、呼吸を乱してしまった私はいとも簡単に四肢を掴まれて、宙に持ち上げられ、刀を落としてしまった。

 

 

 

――死。私はこの鬼によって惨めに殺されるのだろう。

 

 『最終選別……必ず生きて帰ってこい、真菰』

 

 

 ごめんなさい、鱗滝さん……約束、守れない。きっと鱗滝さんは、私が約束を破ったら酷く悲しむ。でも、私はここで……

 

「(鱗滝さん、義勇、ごめんなさい。私、帰れない)」

 

 私は心の中で、師と兄弟子に詫びた。

 

「クフフフフ、捕まえたァッ。まずはどこから潰してやろうか?右腕か?左腕か?それとも、右足からがいいかなァ」

 

 

異形の鬼は私の四肢を掴んでいる手に力を入れてきた。

 

「痛い!!」

 

「そうか!痛いか!!キヒヒ、お前はゆっくり四肢をもいで殺して食ってやる!特に女の肉は柔らかくて美味いからなァァァ」

 

左右に四肢をゆっくりと引っ張られ、今にも裂かれようとしている時、鱗滝さん,錆兎,義勇と過ごした日々が走馬灯の様に頭に流れた。

 

「いや……死にたくない.....」

 

鱗滝さんに約束した、必ず帰ってくる、と。私はまだ生きたい、約束を果たす為に死にたくない……その思いが強くなった。

 

「誰か……助けて──」

 

自然とその言葉が口から溢れ、少女の頬に涙が流れる。

 

 

「日の呼吸 玖ノ型・輝輝恩光」

 

 

突然私の視界に紅蓮の炎が迸った。私の四肢を掴んでいた手が緩み、拘束から解放された。

高い所で拘束されていた私は、そのまま落下する。受け身を取ろうと体を動かそうとするが、鬼に掴まれていた部分に強烈な激痛がはしり、上手く体を動かせない。「このままでは地面に強く激突する」……そう思った瞬間、誰かが優しく受け止めてくれた。

 

 

「無事か?」

 

見えたのは、陽炎のような痣、先は赤みがかった髪、花と蝶の柄の耳飾り……男の子だった。不思議な感覚だ。私を抱えている彼の手はお日様のように温かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇時を遡り数十分前

 

 

「気配が近くなってきたな……しかも今までの奴らとは少し違う、禍々しい気配だ!」

 

俺は、さっき逃げてきた参加者から異形の鬼の事を聞き、ここまできた。

 

「俺が行くまで…持ち堪えてくれ」

 

 

戦場へ駆け出していくと、さっきの参加者が言った通り、狐面を付けた女の子がいた。しかしまずい、このままでは、四肢を引きちぎられる!

 

 

そして聞こえた、「助けて」と言う声が。それを聞いた途端、一気に速度を上げ、飛び上がる。

 

「日の呼吸 玖ノ型・輝輝恩光」

 

俺は狐面の少女を拘束していた腕を斬り落とした。

 

地面に落下しそうになった狐面の少女を抱え、鬼から距離を取り着地する。

 

 

「無事か?」

 

一夏は、真菰の容態を確認する。透き通る世界によると、鬼に掴まれていた腕の骨にヒビが入ったようだ。その他は、掴まれた時の跡が出来ていたくらいであった。

 

「(腕の骨以外は異常無しか。しかしこの状態じゃ、まとも戦うのは不可能だな)」

一夏は少女を降ろし無事を確認すると異形の鬼に顔を向ける。

 

「ちきしょうちくしょうちくしょう!このガキがぁぁぁ!!折角鱗滝の弟子を殺すところだったのに!!俺の邪魔をしやがってぇぇ!!!」

 

鬼はブチ切れながら二人にに向かって何本もの拳を伸ばして突き出す。

 

 

「日の呼吸 肆ノ型・灼骨炎陽」

一夏は刀を両腕で握り、太陽を描くようにぐるりと振るい、迫る手を全て斬り裂いた

 

「(ど、どういうことだ…!?コイツに斬られた腕が再生しない!!それに、さっき斬られた腕もだ⁉︎)」

 

鬼は何が起きたか分からなかった。この“手鬼”は普通の鬼とは違い、再生は早い方だった。目を逸らしたことは一瞬たりともない。だが、気付いたときには頸の守り以外に使った手を全て斬られていた。何が起こったのか。こいつが刀を振るった瞬間さえ見えなかった。

 

 

「(す、すごい…あいつの攻撃を…一瞬にして)」

真菰は一夏の美麗の剣筋に驚くも、一夏は無表情で冷静だった。

 

 

「君は下がれ、ここは俺が「それは無理」…え」

 

 

「助けてくれてなんだけど、あいつの頸は私に斬らせて、あいつは、私で決着をつけなきゃいけないの…お願い」

 

真菰はジッ、と真剣な目線を一夏に送る。きっと、あの鬼はこの少女にとって何かがあるのだろうと一夏は判断する。一夏は戦わせたくなかったが、少女に内に秘めた覚悟があるのを感じ取る。

 

「……分かった。ただし君は奴の頸だけを狙え、俺が道を切り開く。いいな」

 

「充分!ありがとう!!」

 

「よし、行くぞ!」

 

真菰は笑みを浮かべる。そして、二人は刀を構えて同時に鬼に目掛けて走り出した。

 

 

「調子に乗るなぁぁぁ!!!お前も纏めて食い殺してやる!!」

 

 

鬼は咆哮を上げながら腕を伸ばして拳を突き出す。

 

 

 

「気をつけて!!そいつの手は地面から」

 

「わかってる」

 

 真菰の叫び声を聞いて、一夏は予期していたかのように跳び上がる。すると、地面からは鬼の腕が現れた。

 

「(なっ⁉︎この攻撃をッ!?)」

 

 まさか躱されるとは思ってもいなかったのか、鬼は驚きの表情を浮かべる。

 

空中に浮いていたが、重力によって落下していくのを確認しながら

 

 

「花の呼吸 陸ノ型・渦桃」

 

地面から突き出された拳に一夏は空中で体を大きく捻りながら斬り付ける。

一夏が何故花の呼吸を使えるのかーーーカナエとの鍛錬の賜物だ。ただし一夏が使える花の型は伍と陸のみである。

 

 「がァァァァ!!!」

 

赫刀に斬りつけられたことにより、手鬼は痛みにもがいている。そして赫刀に斬りつけられた腕は再生する気配はない。

 

「(どう言う事だ?)」

 

 一夏は何故手鬼の腕が再生しないか疑問を持つが、後回しにし、目の前に迫ってくる腕を次々と斬り落とし、少女が行動しやすいような状況を作っていく。

 

 そして、遂にーーー

 

「痛い!!クソぉぉっ!!なんだこの痛みは⁉︎何故腕が再生しないんだ!?」

 

 首以外に巻き付いている腕と伸ばした一本を残し、全て斬られた鬼は身動きすることが出来なくなった。あとは手鬼の頸を少女が斬るだけだ。

 

「今だ!!」

 

 

 

「うおぉぉぉおおおおおおお!!!」

 

身動きが取れないうちに、真菰は残った鬼の腕に乗って呼吸を吸う。

 

 

 

 

「(錆兎、私に……力を貸して!!)」

 

 

ーー全集中 水の呼吸 壱の型

 

 

 

 

 

 

 

「水面斬り!!」

 

 

 

 

「ッッ!?」

 

スパァァン!!と真菰の振るった刀が巨体の鬼の頸を斬り落とした。

 

 

 

「やっ、やった」

少女は着地し、その場で座り込み、頸を斬り手鬼の頭を見やると、鬼は徐々に消滅していく、何か嘆いていたが、体が灰になりかけている手鬼は、何かを思い出したかのような目に変わっており、涙を流しながら手を伸ばしていた。

 

「兄ちゃん......兄ちゃん......どこに、いるの?」

 

「………っ」

今の異形の鬼から邪気は感じられなかった。目の前の鬼は、とても悲しくて、寂しそうな子どもだった。

 

「………」

一夏は刀を鞘に納刀し、鬼に近づき、伸ばした手に触れて、額をつける。

 

 

「大丈夫、君の兄ちゃんは向こうで待っていてくれてるよ。次があったら……来世は平和な世界に生まれ変われるといいな。」

 

不思議と、触れた鬼の手は、人のように温かい。

 

「(陽だまりのような……匂い)」

少女が持つ五感で見た一夏はまるで日輪のように温かい匂いがした。

 

 

「あ…りが……とう…耳飾りの…お兄さん」

 

その言葉を最期にパラリと灰になって散っていった。

 

 

「耳飾りのお兄さんか……生まれ変わっても、兄弟仲良くな」

 

 

 

 

 

 

 

手鬼の消滅を確認した一夏は、その場に座り込んだ狐面の少女真菰と対面するように腰を落とす。

 

「大丈夫か?動けるか?」

 

「うん、なんとか。助けてくれてありがとう。あなたが来てくれなかったら、私は殺されてた」

 

「そうか、一先ず手当てをできそうな場所へ移動しよう。この場に止まったら他の鬼が集まる」

 

俺は、少女を左手を握り、立たせて、肩に手を回しながらなんとか移動する。そして、安全そうな場所を見つけ、少女を木に背をかけさせた。とりあえず少女に見えないよう手を後ろに隠し、拡張領域から、包帯と傷薬を取り出す。胡蝶しのぶ大先生特製の塗り薬だ。

 

「えっ、と……あなた、それ、どこから取り出したの?」

 

「そこは気にしないでくれ。まずは手当てが先だ。さっき無理して動いたから、右腕の骨二箇所にヒビが入ったみたいだからな。あれ以上に無理をしていたら骨が粉々になっていた所だぞ?」

 

「ごめんなさい」

 

「いや、別に怒ってるわけじゃない…“彼”と君は何か訳ありのような感じもしたからな、君の意思を尊重しただけだ。無理だと判断したら俺が頸を斬っていた」

 

 

一夏は、真菰の右腕を透き通る世界で確認しながら処置を施し、傷薬を塗った後に包帯を巻く。

 

「器用だね。お医者さんでもやってるの?」

 

「世話になってるところが鬼殺隊の療養所でな。仕事を手伝ってたから自然とできるようになった」

 

「なるほど」

 

 

「後は傷の処置だな。まだじっとしててくれ」

 

「うん」

 

彼女に確認してから、俺は手や足首に薬を塗った。

 

「凄い。痛みが引いてきた」

 

「効果は折り紙付だ。胡蝶しのぶが作る薬は即効性があるからな」

 

その後、一夏はテキパキと真菰を手当てする。

 

「よし、これで手当ては終わりだ。動けそうか?」

 

「うん、大丈夫。だけど……この腕じゃまとも戦うことはできないかな」

先程の渾身の一撃で、今の彼女ではまともに刀は振れない。傷が悪化する恐れもある。正直戦闘は困難な状態だ。 

 

どうするか、と悩むまでもない。状況からして、一緒に行動した方が得策だろう。

 

「なぁ……えっと」

 

「あ、自己紹介がまだだったよね。私の名前は真菰」

 

「真菰か、俺は織斑一夏。歳は十四だ」

 

「え、私と同い年なの?てっきり年上かと」

 

「よく言われる。周りからは大人と間違えられやすいんだ。そんなに俺って大人っぽく見えるのか?」

 

一夏の容姿は十四とは思えないくらい背が高い為よく大人と間違えられ、街に一人で買い出しに出た際も若い女性から視線が強く話しかけられることがよくあり困っていた。それで付いてきたしのぶに何度もヤキモチを焼かせてしまった。その当時の俺は、何故しのぶが不機嫌だったのか分からなかったからなおさらだろう。

 

「えっと、なんかごめんね」

 

「気にしないでくれ、もう慣れてる。話を戻すが、君が良ければ後二日、一緒に行動しないか?」

 

「……そうだね。どの道、この状態じゃまともに戦えないし、お願いしてもいいかな?」

 

「決まりだな。残り二日…よろしく頼む、真菰」

 

「うん、頼りにしてるよ、一夏!」

 

話が決まり、一夏は真菰の日輪刀を拾い、彼女と一緒にこの場を後にした。

 

 

 

———————–––––

 

————————

 

—————

 

 

 

 

 

 

 

◇七日目早朝

 

今、俺たちは出口に到着し、鳥居を潜っていた。周りを見渡すが、この場に到着しているのは俺と真菰と、もう一人と一匹がいるのみ

 

「……私たち…だけ?初日は数十人くらいいたのに」

 

「そう……みたいだな」

 

「ようやく戻ったか、一夏」

 

「伊黒さん、鏑丸も……もう戻っていたんですね」

 

「ふん、あの程度の鬼、俺から見ればどうって事はない、その様子だとお前も同じようだな」

 

「はは…」

 

一夏と既に開始地点に戻ってきた伊黒は目立った外傷も汚れもなかった。ほぼ開始時点と同じ姿で戻ってきていた。

 

「あの、一夏…この人は?」

 

「伊黒小芭内さん、一時期修行をしていた仲かな。首に巻き付いてる白蛇が鏑丸」

 

「シュー」

 

「わぁ、綺麗な蛇」

 

「ジロジロ見るな…鬱陶しい」

 

 

――――選別の合格者は、三人だけ。

選別開始時は三十人居た筈なのに、合格者は一夏と伊黒、真菰の三人だけだった。

 

「お帰りなさいませ。ご無事でなによりです」

 

 一夏たちの到着を待っていた、白髪の女性が説明を始める。

 

「まずは隊服支給の為、体の寸法を測らせていただきます。その後は階級を刻む『藤花彫り』をーーー階級についてですが、十段階ございます。甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸……今現在の御三方は、一番下の癸でございます。それから、御三方の為に鎹鴉を……」

 

女性が手を叩くと、上空から三羽の鴉が下りて来て、一夏と小芭内、真菰の肩に留まる。

 

「鎹鴉は、主に連絡用の鴉でございます。任務の際は、鎹鴉でご連絡致します」

 

 鎹鴉……一夏は最初見たときはただの鴉と思っていたが、鎹鴉が喋ったのを見て「鴉って喋るものなのか?」と大変驚いたのも良い思い出だ。

 

 

そして今この鴉が、一夏の相棒となるわけだ。

 一夏は一言「これからよろしくな」と挨拶すると、鴉は「カァー」と一鳴き……どうやら「よろしく」と返事をしてくれたらしい。

 

「では、こちらをご覧ください」

 

そして手前に置いてある長台に視線を向ける。そこには、幾つかの鉱石が置かれていた。

 

「こちらから刀を創る鋼を選んでくださいませ。鬼を滅殺し、己の身を護る刀の鋼は、ご自身で選ぶのです」

 

一夏達は長台の前まで移動し、鋼を見つめる。

 

「(どう言う基準で選べばいいんだ…これは?)」

 

どの鋼が良いのかが解らないので、伊黒の方は鏑丸が選び、一夏と真菰はほぼ直感で選んだ。

 その後、隊服を支給され階級を刻み、一夏と真菰は下山した。ちなみに、刀が仕上がるまでは十日から十五日程かかるということだ。

 

 

 

「真菰…腕は大丈夫か?」

 

「うん、激しく動かさなければ大丈夫かな」

一夏が、念のために、透き通る世界で確認した結果、全治一ヶ月はかかるようだ。

 

「一ヶ月くらいは鍛練をやめた方がいい。まずは怪我を治すことに専念するんだ。いいね?」

 

「アッハ……うん、わかった」

 

「よろしい…そろそろ俺は帰るよ。みんな待ってるしな」

 

「そうだね。私も鱗滝さんが待ってるから」

 

そして、三人は別々の道を歩み始める。

 

「一夏!伊黒さん!またねぇー!お互い生きてまた会えた時は何かお礼させて!」

 

一夏も振り向き、「ああ、またな」と一言だけ返した。

 

「ふん、随分と仲がいいみたいだな、一夏」

 

「さっき話したように、異形の鬼がいてなんとか助けられたようなものです。その後は一緒に行動しました。」

 

「お前とは反対方向にいたからな…その手鬼とやらを見ることはなかった」

伊黒には山を下る際に手鬼の事を話しており事情は知っている。伊黒は事情があり、まだ女性に対して苦手意識があるのか自己紹介だけで終わった。瑠火に対してはある程度はましになったと言う。

 

 

「伊黒さんは、煉獄邸に戻るんですよね?」

 

「ああ、何か伝言があるならば伝える」

 

「俺も無事に最終選別を合格しましたって伝えてもらっていいですか?」

 

「伝えておく」

伊黒は踵を返し、煉獄邸への帰路を歩く。

 

「… “小芭内さん”!お互いこれから頑張りましょう!小芭内さんから教えてもらいたことも沢山ありますから」

一夏が煉獄邸に戻った際、小芭内と書道をしたことがある。小芭内の書く字は、それはそれは綺麗な文字で書かれていたのだ。

 

 

小芭内は足を止めず歩くが一夏は確かに聞こえた。小芭内から穏やかに笑う声が聞こえたから……。

 

 

「さて、俺も…帰るか」

 

一夏も蝶屋敷へ帰路を歩く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇~夜~

 

「(もう日が暮れたのか、早いな…時が経つのは。千冬姉…束さん、弾、鈴、蘭、箒、今…どうしているのだろうか)」

 

 

山を出て未来にいる友人達を思い浮かべながら、蝶屋敷を目指して歩いていたら、数刻後に日が落ちてしまった。その時、鴉が空中を旋回する。

 

「(ん?あの鴉…しのぶの鎹鴉か?なんでこんな所に?)」

 

一夏は最終選別を終えたばかりの為、一夏用の日輪刀も届いてないし、支給された隊服にも袖を通していない。

 

 

――そして、次の鴉の叫びで一夏に驚愕が走る。

 

「カー!カー!胡蝶しのぶヨリ通達!一里先ノ町デ花柱・・ガ十二鬼月、上弦ノ弐ト交戦中!隊士ニナッタバカリダガ、一夏、即刻向カエ向カエ!」

 

「っ!カナ姉が単独で迎撃してるのか!?」

 

「ソウダ!伝エ聞イタ同志カラノ話デハ、カナリ押サレテイルソウダ!急ギ救援二向カエ一夏!」

 

「……わかった、すぐに向かう!」

 

 

十二鬼月、鬼の始祖である鬼舞辻無惨が選別した直属の配下で、“最強”の十二体の鬼とのこと。

十二鬼月については、元炎柱の槇寿郎から説明されている。幾度と戦った柱が返り討ちにあったと言うくらいの実力らしい。槇寿郎さんの父も上弦にやられたとも聞いた。

 

十二鬼月の上弦は、数百年の間、討伐された記録がないらしい。

 

 一夏はこの状況でも落ち着いており、即座に駆け出す。

 

「必ず助ける。これ以上……家族を喪ってたまるか!!」

 

一夏はあの光景が脳裏に浮かび、日輪刀の柄に右手を添える。

 

次の瞬間、一夏は火が見えるほど爆発的に加速し、カナエの元に向かった。



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日輪の再来

一夏が最終選別に行ってから七日目の夜、満月が辺りの町を明るく照らしている夜に、カナエは現在柱の仕事で、管轄している地域の見回りをしていた。

 

最近カナエが巡回している場所は、最近女性だけが行方不明になり、その後で遺体となって発見される事例が多発していた。

 

「(今日か明日には一夏が帰ってくる……怪我がないといいけど…)」

 

 

この七日間、姉妹はずっと一夏を心配していた。しのぶは気を紛らす為に毒の研究をしていたが、凡ミスを起こしてしまったり、上の空だったりした時もあった。当のカナエもしのぶが最終選別に行っている間と同じで仕事や稽古などに集中出来なかったことが多かった。

 

 

 

 

 

 

「(蝶屋敷も、いつの間にか賑やかになったわね。カナヲも少しずつだけど、心を開くようになってきた。一夏には人を惹き寄せるような何かがあるのかしら)」、

 

そんなことを思いながら見回っていく。

 

 

 

 

「やあ!今日はとても良い夜だね!」

 

見回りをしている私の前に現れた男は、虹色がかった瞳、そして眼球には上弦弐とあり、白橡色の髪を持つ特異な容姿の男だった。口の周りには血がべっとり付着しており、感情のこもっていない屈託のない笑みを浮かべながら、話しかけて来た。

 

 

「俺の名前は童磨!綺麗な君の名前を教えてよ!」

 

カナエは日輪刀を抜き構え、上弦の弐の動きに警戒をしていた。

 

「へぇ〜、君、俺と戦うつもりなの?」

 

「私は鬼殺隊の柱として…貴方を逃がす訳にはいかないもの」

 

「こんなに可愛いのに鬼狩りの柱なんて凄いね!でも……俺には勝てないよ?」

 

上弦の弐が手に持っている扇を構えた瞬間、今まで戦いでは感じた事がなかった緊張感が奔る。

先手必勝と上弦の弐へ攻撃を仕掛けるように一歩動き出す。

 

 

「花の呼吸 肆ノ型・紅花衣!」

 

急接近し、上弦の弐を倒そうと技を繰り出し、左腕を斬り落とした。上弦の弐は一瞬驚いたが、持っていた扇を振るってきたので、カナエは攻撃を受け止めた。鬼が持っている扇はただの扇では無く鉄で作られているものだと理解した。

 

「花か〜綺麗な君にはピッタリの呼吸だね!」

そう言うと、一瞬にして左腕を再生させる。

 

「(再生が早い!これが上弦の鬼…今までの鬼とは格段に違う)」

 

 

上弦の弐は、笑顔でそう言いながら、鉄扇で氷を交えた素早い攻撃を放つ。

 

「花の呼吸 伍ノ型・徒の芍薬!」

 

カナエは、なんとか攻撃を受け流す。

 

ーー血鬼術・蔓蓮華

 

 

あまりに早い連続攻撃に斬られてしまい、血を噴き出しながら、後ろへ吹っ飛び、仰向けに倒れた。

 

「ごめんね?痛かったよね?でも大丈夫!直ぐにその苦しみから救ってあげるから!」

 

「結構です。それに、貴方には救われたくないわ!」

 

カナエは刀を地面に刺して杖の様にして立ち上がり、再び構えた。それは、目の前にいる上弦の弐には勝てないと分かっていても柱として責務を全うする“覚悟”だ。

 

余裕そうに笑っている上弦の弐に一太刀浴びせようと走り出し、花の呼吸を繰り出そうと呼吸を行い駆け出した時だった。

 

「(花の呼吸 伍ノ)ゲホ!?ゲホッ!!」

 

肺に違和感を感じ咳き込むと血を吐き出し膝をつく。

 

 

「(な、何……?肺が痛い……冷たい。上手く呼吸ができない!?)」

 

 

「言い忘れてたけど、俺の“血鬼術”は氷なんだよね!君が俺の氷を吸ったせいで血を吐いてるんだよ。だから、俺の前で呼吸は使わない方がいいよ?……って言っても遅いか!」

 

「(やられた!この血鬼術は、呼吸を使う私達とは相性が悪すぎる!!なんとか…情報だけでも……)」

 

 

うまく呼吸を使う事が出来ず、肺を血鬼術でやられ、その場から動くことができず、地面に膝を着き血を吐いている。

 

「苦しんでる哀れな君を救ってあげるね。大丈夫!痛みは一瞬だけだから!その後は骨も残さず食べてあげる!」

 

 

「(ああ、私……ここで死ぬんだ。あの子達を残して……しのぶを独りにして、……せめて最後に……もう一度会いたかったなぁ)」

 

 

満身創痍の私にもう戦える力と術は無い。私は、上弦の弐が殺しにくるのをただただ待っているしか無かった。鬼の扇が、そのまま私へと迫ってーーー

 

 

「(大好きだよ…みんな)」

 

 

瞳からは涙が流れ、この場にいない家族に別れを告た。そして、上弦の弐の鉄扇が私の首を斬ろうとした時だった...。

 

「あら?消えた?一体どこに」

 

上弦の弐は扇が空振りに終わった。

 

カナエはいつまで経っても痛みは来ず、誰かに抱えられている感覚がした。そしてその手はお日様のように温かかった。

 

「(あれ、この温もり…)」

 

カナエは目を開け、顔を上げると、別れた時と同じ姿の一夏が自分を抱えていた。状態で言えばお姫様抱っこをしている状態だ。

 

「一……夏?」

 

「…よかった。間に合ってよかった…カナ姉。今度こそ、助けることができた」

一夏はカナエの無事を確認すると、安堵の息を吐く。一夏はカナエをその場に優しく下ろすと、元凶と対峙する。

 

 

 

 

「なんだ男か〜、せっかくいい所だったのに。そこを退いてくれないかな?俺は今からその哀れで可愛い女の子を救済してあげないといけないんだ!」

 

「何を言っているんだ?」

 

「救済する」……そう言った時、一夏は無表情のまま、上弦の弐童磨の言葉の真意を訊いた。

 

「勝てるわけないのに俺に向かって来てさ〜、今じゃその子は苦しそうに血を吐いて倒れてるんだよ?哀れで可哀想だから俺が救ってあげないといけないんだ!」

 

「………」

 

 童磨が笑顔で一夏に告げた瞬間、一夏は抜刀して、神速で接近し、紅蓮の炎を纏わせながら刀を唸らせ、童磨の右腕を根元から斬り落とした。

 

 「わぁ!もの凄く速いね、君!腕斬られちゃった!!その刀、炎柱かな?以前殺した炎柱より早いね!でも、俺をそこらの鬼と一緒にしてもらっちゃ困るんだよね〜。だって、直ぐに再、生……あら?」

 

一夏の動きに驚きはしたが斬り落とされたのは腕だからと甘く見ていた童磨に動揺がはしった。

 

「あれ?な、なんで?う、腕が再生しない?」

 

 

 

「失われた命は回帰しない 二度と戻らない。生身の者は鬼のようにはいかない。なぜ奪う?なぜ命を踏みつける……?」

 

一夏は、カナエの元に向かうまで、女性の遺体ばかりの惨状を見てきた。彼女たちは四肢を欠損しており、人の形すら成していない者が殆んど……その中には鬼殺隊の女性隊士の姿もあった。

 

一夏は今、生まれて初めて、目の前の存在に怒りを抱いている。

 

 

 

「一……夏?」

そして今のカナエは、今まで見たことのない一夏に動揺していた。

目の前の一夏の雰囲気も気配も変わり、まるで別人のように感じた。

 

 

「(なんだよ、この言葉……?どこかで聞いたような)」

 

童磨は切り落とされた腕を拾い無理に繋ぐ。手を腕で、顔を手で覆いながら一夏を見据える。

 

「『何が楽しい?何が面白い?命をなんだと思っているんだ』」

 

「(誰だ?俺は知らない……!?)」

 

童磨は目の前の男が、額に陽炎痣があり髪は長く、花札のような耳飾りをした男と姿が重なった。

 

「『どうしてわからない?どうして忘れる?』」

 

「(ちがう。これは……無惨様の細胞の記憶!?)」

 

 

 

「……けほっ……一夏、どうして、来たの……?」

 

 

一夏はカナエの方に振り向き、透き通る世界で状態を確認する。カナエは肺をやられていた。

 

肺が機能しなくなってしまえば、呼吸を使用することが難しくなる。呼吸を使う鬼殺隊士にとっては致命傷だ。今のカナエは、ぎりぎり使用できる“呼吸”で命を繋いでいる状態だった。上弦の鬼との攻防があった所為で立ち上がるのさえ難しい状態だ。

 

「……私の、ことはいいの……一夏たちが、私の分まで、生きてくれれば……」

 

「――カナ姉を見捨てる事はできない。俺がここに来れたのは、しのぶが俺に助けを求めてくれたからだ。俺は自分の意思でここまで来た。あの時みたいに、何も出来ずに喪うのは、俺は真っ平御免だ。救えるものがあれば、俺は手を伸ばす。しのぶとっても、皆にとっても、俺にとっても、カナ姉はたった一人の……大切な家族だ!」

 

「一夏……でも――」

 

 カナエは言葉を区切った。

『あなたじゃ勝てない、だから逃げて』と続けようとしたのだろう。

 

「……俺は死なない。俺を……信じてくれ、カナ姉」

 

一夏はカナエを見て安心させる様に微笑む。その表情にカナエは何も言うことができなかった。一夏の言葉はどこか安心するような感覚がしたから

 

 

童磨はニヤニヤ笑うだけだ。

 

「うーん。会話から察するに、君たちは家族かな?――そうだ、君たちは纏めて俺が救ってあげよう!」

 

 

 ーー血鬼術・冬ざれ氷柱

童磨は扇子を振るうとともに上方から巨大なつららを多数、一夏に向けてぶつける。

 

氷の刃が迫る中、一夏はただ童磨を見据え……

 

 

「……黙れ」

 

冷たく言い放つ。

 

 

ーー日の呼吸 肆ノ型・灼骨炎陽

 

 

 

「…ッ⁉︎(なんだ?あいつの持ってる赫い刀…姿が、無惨様の記憶で見た男と重なる!?)」

一夏は全ての氷を斬り裂く。童磨は、今の一夏の表情を見て、名状し難い何かを感じ、距離を置こうと動いた瞬間……

 

 

 

「日の呼吸 拾弐ノ型・炎舞」

 

 

一夏は左腕を斬り落とし、右目と胴体を斬りつける。その光景にカナエは驚きを隠せなかった。

 

 

「(嘘……私でも敵わなかった上弦の鬼を!?)」

カナエは一夏が強いのは知っていたが、まさか上弦の鬼すらかすり傷さえ負わず圧倒するとは思わなかった。

 

 

 

 

一方で、童磨は今までに感じたことが無かった感情が精神を支配していた。童磨の精神を支配している感情は『恐怖』だった。

 

数百年の間、自分の実力や血鬼術に自信を持っていた童磨は一夏に手も足も出ずに一方的に斬り刻まれていく。

ただ斬られるだけでなく、再生力さえ潰されて、為す術もない状態に追い込まれたことが無かった。

 

「さっきまでの気味の悪い笑みはどうした?お前ら鬼は蜥蜴みたいに再生するんだろ?上弦の鬼は、他の鬼とは違うんじゃなかったのか?」

 

 

「こ、この、化け物がァァァァァァァァ!!」

 

ーー血鬼術・霧氷・睡蓮菩薩

 

 

「外道よりはマシだ!」

 

 

 ーー日の呼吸 参ノ型・烈日紅鏡

 

一夏は透き通る世界で、術を発動させる前に童磨に接近し、鉄の扇を切り裂き右手を再び斬り落とす。

 

童磨は咄嗟に逃げ出す。その速さは目視するのは難しいくらい異常な速さだった。

 

 

「な、鳴女ど……!」

 

童磨は大声で必死に仲間である鬼の名を叫ぼうとするが……

 

童磨の足が斬られた。童磨が見たのは、鞘に手を添え、紅蓮の日輪刀を振り抜いた一夏の姿だった。

 

 

「日の呼吸改 輝輝恩光・緋空斬」

 

輝輝恩光に花の呼吸の要素を取り入れた技である。渦を巻くように回転して斬撃波を放つ。

 

 

 

「(あ、あの距離から、斬撃を⁉︎)」

 

 

 

「日の呼吸改 陽華突……」

 

一夏は刀を再び納刀し、逃すまいと童磨に接近し、

 

 

 

 

 

 

 

 

「無想覇斬!」

 

無想覇斬は陽華突に蟲の呼吸の要素を取り入れた技である。従来の突き技からかけ離れており、その一振りの剣に業火を纏い一瞬の居合いで無数の斬撃を浴びせるのだ。

 

紅蓮の火の斬撃が、一匹の鬼の頸が、満月が照らす夜空に、鮮血と共に舞った。

 

 

 

童磨は、絶望を刻んだ表情のまま、灰となって消滅した。

 

 

一夏は、消滅したのを確認し、刀を鞘に納めると、急いでカナエの元へ駆け寄る。

 

「カナ姉、無事か?」

 

「けほ……うん、なんとか」

 

一夏が駆け寄ると、カナエは呼吸を整えながら呟く。受けたダメージが落ち着き、呼吸も安定はしているがまだ咳き込んでいた。

 

「ごめん、俺がもっと早く駆けつければ、カナ姉は」

 

 一夏の言葉に、カナエはふるふると左右に頭を振る。

 

「……気に、しちゃだめよ。あなたは、すごい、ことを、成し、遂げた。もし、貴方が、来なかったら、私は……」

 

カナエは咳き込みながらも、力を振り絞り、一夏を抱きしめる。

 

「おかえりなさい、一夏」

 

 

「ただいま、カナ姉」

 

 

一夏もカナエの背に手を回し抱きしめ返す。

 

 

その瞬間、空から日が昇り始め、辺りを優しく照らし始めた。




一夏が使った今回の改の型 無想覇斬は騎神戦のヴァリマールが使っていた無想覇斬をイメージしていただけると幸いです。


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恋焦がれる蝶は未来の日輪に告げる

「一夏……」

 

一夏が藤襲山の最終選別に出てから七日目の夜、姉さんは仕事に出ており、私は今か今かと一夏の帰りを屋敷で待っていました。

 

「カァー!カァー!伝令!!緊急伝令!」

 

「き、緊急?何があったの?」

 

そして、この時に受け取った鎹鴉からの報せは、心臓が止まるかと思いました。

 

『花柱、胡蝶カナエっ!上弦ノ弐ト交戦!交戦!救援ヲ求ム!救援ヲ求ム!』

 

 

「…ッ!?ね、姉さんが、上弦の鬼と!?」

しのぶは日輪刀を手に取り、すぐさま蝶屋敷から出て、姉の元へ駆け出す。しのぶも上弦の鬼がどれ程恐ろしいか嫌と言うほど聞かされた。彼等と対峙して生還した者は少ないと言うほどだった

 

「(――大丈夫、姉さんは強い花の剣士。上弦なんかに負けない!)」

 

 

しのぶは腰に日輪刀を携え、高鳴る胸を押さえながらカナエの元へ急ぐ。

 

 

「(確か姉さんが戦ってる場所は、帰りに一夏が通る町!今日で最終選別は終わってるはず……だったら!)鴉!今すぐ一夏のところに行って、このことを伝えて!」

 

『カァー!了解ー!』

鴉はしのぶの指示に従い一夏の元に飛び立つ。

 

「(お願い一夏、もし無事だったら……姉さんを助けて!)」

 

一夏の実力は、胡蝶姉妹が一番理解している。元柱と現柱に勝てる実力の持ち主だ。

 

しのぶは不安を振り払うように内心で呟くーー無事でいて!ーーと。

 

 

しのぶは、この判断が功を奏することになるのをまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

しのぶは無我夢中で走っていると、頭上で鴉が旋回を始めた。

 

 

『カァー!階級“癸”、織斑一夏ッ!上弦ノ弐討伐ゥ!上弦ノ弐ヲ単独討伐ゥゥ!!負傷者一名、胡蝶カナエェ!』

 

「……一夏!」

しのぶは溢れ出そうな涙を抑える。鴉の報告だと、他の隊士は残念ながら散華したようだが、どうやら姉は負傷で済んでいる。一夏は、無事に最終選別を突破し、カナエを助けることができたのだ。

 

 

 

しのぶが交戦場所に辿り着いた時には、既に日が昇っていた。

 

「(姉さん、一夏…)」

 

 

ほぼ同時刻に隠の人々と合流し共に周囲を探索した所、町の外れの場所で一夏がカナエを抱えている姿が目に映った。

 

「――姉さんっ!」

 

 しのぶは弾かれたように駆け寄る。

 

「しのぶか、カナ姉は大丈夫だ。今は眠ってる。カナ姉の手当はあらかた済んでるけど、あくまで応急処置だ。急いで蝶屋敷に戻って治療をしないと」

 

 

「わかった!一夏、そのまま蝶屋敷に向かって!私も後を追いかけるから!」

 

「了解!」

一夏はカナエを抱えたまま蝶屋敷へと駆け出す。

そこからしのぶも全速力で屋敷に帰還して、カナエの治療を行った。

 

 

 

 

 

「(一夏のお陰で外傷はすぐに治せる。今度は、私が姉さんを助ける番だ!)」

 

「しのぶ様、準備が出来ました」

 

「わかったわ。それじゃあ始めるわよ、アオイ!」

 

「はい!」

 

戦闘による外傷は、一夏の応急処置のお陰で、治療に問題はなかった。一夏は相当な疲労があったため待機で、しのぶとアオイ、隠と共に治療を行った。

 

 

その後、一夏は姉さんの治療が終わるまでカナヲ達とずっと待っていた。無事に治療を終えたことを告げると、部屋へと戻って行った。

緊張の糸が切れたように、少し足取りがふらついていた為、やることを終わらせた後、気になって様子を見に行くと、一夏は眠ってしまっていた。

 

 

「そうよね……最終選別が終わってすぐ姉さんの救援に向かって上弦の鬼と戦った。無理もないか」

しのぶは眠っている一夏に近づき寝顔を見つめる。

 

「(こうやってみると、年相応な顔をしてるのよね)」

一夏は十四歳ーーー私と同い年ですが、現在身長は169センチもあり、周りからは年上と勘違いされがちです。「慣れた」と口では言ってますが、一夏は密かにそのことを気にしているみたいでした。

 

 

 

「一夏……姉さんを助けてくれてありがとう。大好きだよ」

 

しのぶは眠っている彼の手を握り、顔を近づけ、頬に口付けをする。 

 

しのぶは両親を喪う以前から一夏の事を好いている。お日様のような匂い、手の温もり、時折り見せる日輪の様な笑顔……全てが愛しくて、しのぶにとって一夏は特別な存在だった。

 

 

「おやすみなさい一夏、あんたからの返事……待ってるから」

 

「……俺は、家族を助けただけだ」

しのぶが手を離そうとした時、手を握り返された。しのぶが視線を一夏に向けると、少し頬を赤くした想い人が彼女を真っ直ぐに見つめていた。

 

「え?一夏、寝てたんじゃ……」

 

「寝てたさ。生憎気配には敏感だからな。それより、さっきのは……」

 

「い、いつから起きてたの?」

 

「しのぶが俺の手を握った時から」

 

「最初っからじゃない!!」

まさかその時点で起きていたなんて!もしかして……全部聞かれた?今になって顔が熱くなってくる。そして一夏は起き上がり、向き合うように布団に座った。

 

 

「しのぶ……ひとつ聞きたい。なんで俺なんだ?俺なんかよりいい男なんているはずだ。それに、本来俺はこの時代にはいない人間だ。いつ元の時代に戻るかわからないよ。どうして、しのぶは……俺を、好きに、なったんだ?」

 

 

「……そうね。第一印象は怪しい人だと思ったわ。けど、過ごしていくうちに、一夏の寂しそうな顔を見て。そばにいたい…支えたいと思った。帰る場所も、居場所がない気持ちも、今の私もわかるから……」

 

 

ーー今から伝える気持ちは、偽りのない私の想いーー

 

 

 

 

「一夏と一緒に過ごしていくうちに、一夏に強く惹かれていった。あんたは私を……胡蝶しのぶを見てくれた」

 

一夏は待ってくれている。一度、しのぶは息を整えて気持ちを落ち着かせる。そうしてから、一夏の顔をじっと見て、口を開く。

 

 

「私は、胡蝶しのぶは……織斑一夏が、好きです!」

 

 

 

 

 

 

しのぶが俺に想いを告げてきた。普段恥ずかしがり屋で意地っ張りで短気なところもあるけど、言葉には嘘偽りもない女性だ。

 

俺もしのぶの事が好きだ。胡蝶家で過ごしていくうちに、二人で一緒にいると何故か胸がポカポカする感覚がした。

 

 

この事をカナ姉に二人っきりで相談した時だった。

 

 

『それは恋よ、一夏!』

 

『恋?この感覚が…』

 

『そうよ!一夏が気になる娘って誰よ?誰?誰!誰!?』

カナ姉はグイグイ質問してくる。こうなってしまっては簡単には引き下がってくれない。

 

『しのぶ……だよ。しのぶと二人でいる時によくある』

 

『あらあら〜、あらあらあら〜〜!やっぱりそうだったのね!一夏はしのぶのどんなとこが好きになったの!?」

 

『……笑ったところ、かな。他にもあるけど、やっぱりしのぶが笑った顔を見た時になんか一番胸が高鳴る』

 

『うふふ、そうよね!しのぶの笑顔は可愛いもの〜♪』

俺もそこは否定はしなかった。でも、俺は未来の人間だ。いつかは元の時代に戻るかもしれないし、一生をこの時代で終えるかもしれない。だからこそ不安だった、この気持ちをしのぶに伝えるのが。

 

『でも、俺は未来人だ。俺にしのぶに想いを告げる権利は『一夏』っ⁈』

カナ姉の声から柔らかさが消えた。俺は驚き、普段見ないカナ姉の表情にたじろいだ。

 

『未来人とか、そんな事は関係ありません。私は、一夏の本当の気持ちを知りたいの。家族として…弟として』

 

普段笑顔を絶やさないカナ姉がこんな風に言うのは初めてだった。だったら俺も、心のままに動くだけだ!

 

 

 

『カナ姉……俺は、しのぶの事が好きだ。いつか必ずこの想いは伝えるよ』

 

『わかりました……頑張ってね一夏。お姉さん、応援してるからね』

 

カナ姉は笑顔を浮かべる。自分の気持ちに気がつき、覚悟を決めた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 言葉は届いただろう、聞こえただろう。しのぶの本心を、一夏は初めて知ったはずだ。

 

 

「・・・しのぶ」

 

優しい声音に誘われて、引き寄せられるように一夏を見る。一夏は微笑んでいる。しかも頬を赤くしていた。思えば、一夏が頬を真っ赤に染めている顔を見たのは初めてだ。

 

「ありがとう・・・女の子からそんな気持ちを告げられたのは、生まれて初めてだ」

 

俺の胸の高鳴りは収まらず、心の芯は温もりに満ちていた。

 

「・・・しのぶへの答えなんて、決まってる」

一夏はしのぶのことを真っすぐに見つめ、口を開く。

 

 

「俺も、しのぶが、胡蝶しのぶのことが好きだ。一人の女の子として」

 

 

 

心が弛緩し、表情が綻ぶ。しのぶもまた、静かに俯いて嬉しさを噛みしめる。

 

一夏は手を引っ張り、私を優しく抱きしめてくれました。彼の身体はまるでお日様のように温かい……

 

「ありがとうしのぶ。こんな俺の事を好きになってくれて」

 

しのぶも俺の背中に手を回してくれた。その小さな体には信じられないくらいの心地よさだ

 

「一夏」

 

しのぶは俺の着物をきゅっと優しく握って目を瞑り、少し上を向く。この状況でこんな風にされたらやる事はひとつだけだ。

 

一夏はその柔らかな唇に口づける。ずっと吸い付いていたくなる幸福感が一夏の心を満たした。しばらくして唇を離すと、お互い照れ臭そうに見つめる

 

「その、下手だったらごめん」

 

「ふふっ、私だって初めてよ」

 

「そ、そう…か。それと…ご、めん。もう…限界」

 

「え、一夏?」

一夏はそう言うとしのぶを抱きしめたまま布団へ倒れ込んでしまった。

 

「ちょ⁉︎一夏!」

 

しのぶは突然の事で動揺し、一夏から離れようとするが思いのほかぎっちり抱きしめており抜け出すことができなかった。

 

「スゥ、スゥ」

 

「ね、寝てる?」

しのぶは一夏の寝息を聞き、寝落ちしたことに気づく。一夏の表情はとても穏やかで安堵しているようだった。

 

「全く、仕方ないわね」

 

 

しのぶはそのまま一夏に抱きしめられたまま、彼の胸元に顔を埋める。

 

「ふふ、相当無茶したみたいね。お疲れ様。それと、おやすみなさい…一夏」

 

しのぶはそのまま目を瞑り、お日様のように温かい一夏の体温の中で、すぐに眠りについてしまった。

 

 

 

 

 

 

未来の日輪は、蝶と結ばれた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、この一件について、鬼殺隊の最高管理者にして産屋敷一族の97代目当主である産屋敷耀哉の元にも報せが届いた。耀哉は縁側に座り、隠から届けられた手紙に目を通す。

 

「そうか。カナエは無事なんだね」

 

 上弦と戦闘になり、生き残った。上弦は下弦の鬼を凌ぐ力量の持ち主であり、その顔触れは数百年変わらず、遭遇した柱,隊士は殺されていった。そんな中、信じられない報告がきた、上弦の弐を単独で討伐した情報が。

 

「それに――」

 

 そう言って、耀哉はもう一人の名前を見やる。

 ――――織斑一夏。彼は、今回の最終選別を合格した一人で、終えた後にかかわらず、無傷で上弦の鬼を単独で討伐した。

 

「――凄い子だ。彼は」

 

 耀哉が受けた報告には、最終選別の合格者の事だけでなく、最終選別中の状況についても含まれている。

選別の状況を見ていた鎹鴉には、一夏が鬼の頸を斬る時の剣筋が見えず、頸が勝手に落ちているようにしか見えなかったと言う。そして異形の鬼を容易く掻い潜り、連携を取り討伐した。

 

彼の力量は柱を凌駕するかもしれない。でなければ、上弦と遭遇して、倒す事は不可能のはずだ。

近々、柱合会議が開かれる。そこで、カナエか一夏、もしくは両者を会議に召喚することになるだろう。

 

 

 

「一夏、君との会合、楽しみにしているよ」

 

 

 

 

未来の日輪と鬼殺隊当主と柱の会合は近い。



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日輪刀と担当刀鍛冶 

ーーーチュンチュン

 

朝日が昇り、スズメの囀りを目覚ましに、一夏はゆっくりと瞼を開けた。

 

「う、ぅん、朝、か?」

 

とても心地よい朝。陽だまりのような優しい温もりによって、一夏は昨日までの疲労を忘れてしまうほどの快調を感じている。

 

「(そう言えば俺、しのぶに想いを伝えたんだったな。あんなに緊張したのは初めてだ)」

一夏は目の前を見ると、しのぶが眠っていた。

 

「そうか、あの後寝落ちしてしまったんだな」

申し訳ないという気持ちが渦巻く中、しのぶは気持ちよさそうに布団に包まりながら幸せそうな顔を浮かべて寝息を立てている。それを見て一夏も思わず笑みを浮かべ、しのぶの顔をそっと撫でた。

 

「はは、いったいどんな夢を見ているんだ」

しのぶの寝顔を見つめる。すると一夏は耳元に顔を近づけ、

 

「これからも、色々とよろしくな…しのぶ」

そう囁くと、しのぶを起こさないように起き上がり、自室から退室する。部屋には眠ったしのぶだけが残った……………………が、

 

「〜〜〜ッ、バカ!」

実はしのぶは一夏より前に起きており、寝ているふりをしていたのだ。しのぶの顔は林檎のように真っ赤に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから俺としのぶは晴れて恋人になったが、いつもと変わらず過ごしている。想いを告げて次の日からは気恥ずかしく顔を合わせるだけでも恥ずかしかった。

 

 

 

だが、アオイ,きよ,なほ,すみから何故か祝福された。どうやらアオイが偶然俺たちの部屋に来た際、一緒に眠っているのを見たらしい。布団をかけていたのはアオイが気を利かせてくれたようだ。アオイからは「やっと想いを告げられましたか」と、やれやれと、言うような感じだった。

カナヲも声は小さいが、「お、おめでとう、一夏兄さん」と祝福してくれた。俺がカナヲの頭を優しく撫でながら「ありがとう」と言うと、カナヲは気持ちよさそうにしていた。

 

 

 

 

カナ姉は一週間後に目を覚ました。しのぶは涙を流してカナ姉に抱きついた。そしてあのカナヲも涙を流していた。カナヲが涙を流していたのを見て、俺達三人はカナヲが泣き止むまで優しく抱きしめた。

 

 

 

そして、ことが落ち着き、カナ姉にしのぶに想いを伝えたのを報告すると、「式はいつあげるの!」と言われた。気が早すぎると内心突っ込んだ。俺としのぶはまだ十四だ……………いや、ある童謡では「十五で、ねえやは嫁に行き」と歌っていたけれども。

 

 

◇最終選別から十二日後

 

一夏は現在蝶屋敷の道場内でしのぶと稽古をしている。二人は木刀をぶつけ合い汗を流していた。

 

 

「(蟲の呼吸 蜈蚣ノ舞・百足蛇腹)」

強烈な踏み込みと同時に四方八方にうねる百足のような動きで撹乱するが、一夏は冷静に呼吸を整え木刀を構える。

 

 

ーー日の呼吸 漆ノ型・斜陽転身

しのぶの攻撃を躱しながら鋭い一薙を放つ。

 

 

「…くっ!」

 

しのぶは一夏の攻撃をなんとか受け流し距離を取る。しのぶは呼吸を整えながら一夏の追撃に備えるが、一夏が動く気配はない。よって、しのぶが先に仕掛ける。

 

ーー蟲の呼吸 蜂牙ノ舞・真靡き

 

 

ーー日の呼吸 伍ノ型・陽華突

 

一夏は、しのぶの突きを自身の火の突きで相殺し交差する中、追撃としてしのぶに木刀を振るう。しのぶはなんとか受け止めるも押されて後方へ下がる。

 

 

「(やっぱり一夏は強い。上弦の鬼すら無傷で倒せる実力、私が到底勝てるなんて思ってない。でも、せめて一瞬の隙を狙って……)」

 

 

「日の呼吸改・円舞回天」

 

「(っ!早い!)」

しのぶは判断が遅れ、木刀に重い三回転の円舞が当たり吹っ飛ぶ。しのぶはなんとか受け身は取るが受けた攻撃が重く手は震えてしまっている。

 

 

「はあ、はぁ、はぁ」

 

「…………」

しのぶは息を荒立ててはいるが落ち着き呼吸を整える。対して、一夏は汗をかいておらず、息は一つも切れておらず、表情一つも変えず凪いている。

 

「(一か八か、あの型で一瞬の隙を狙うしかない)」

 

ーー蟲の呼吸 蝶ノ舞・戯れ

 

 

「日の呼吸 肆ノ型・灼骨炎陽」

一夏は刀を両腕で握り、太陽を描くようにぐるりと木刀をしのぶに向けて振るう。

 

 

「日の呼吸 拾弐ノ型・炎舞」

 

 

「(ここだ!)」

 

ーー蟲の呼吸 妖蟲の舞・幻風虹影

 

 

「なっ…」

二連撃が不発と終わってしまったのだ。これには一夏も驚きを隠せなかった。

 

《妖蟲の舞・幻風虹影》は、これまでの一夏との鍛錬の果てにしのぶが編み出した剣技である。

日の呼吸の「㭭ノ型・飛輪陽炎」と「拾壱ノ型・幻日虹」の要素を取り込んだ剣技で、突きではなく切り払いに近いカウンター寄りの防御・回避技だ。相手の攻撃に合わせて切り払いによるカウンターを仕掛け、同時に「幻日虹」の残像によるかく乱効果と「飛輪陽炎」の本質そのものの認識をかき乱す効果により相手を幻惑し、攻撃を外させる。感覚が鋭い相手、そして戦闘経験が豊富な相手に対して特に効果が発揮され、特に感覚が鋭い相手ほど幻惑効果が強く長く残る。

 

 

「蟲の呼吸 虻ノ舞・瞬き!」

 

一夏の一瞬の隙をついて死角に回り込み、首に向けて攻撃をする。

無表情だった一夏は一瞬だけ表情を変えたが、直ぐに木刀の刀身でしのぶの攻撃を防ぐーーーが、

 

「…っ!」

 

 

 

バキババキバキ!

 

「…なっ⁈」

しのぶの技により、一夏の木刀にヒビが入り、砕けてしまった。そのまましのぶは一夏の首に木刀の切っ先を当てた。

 

「はぁっ、はぁ、はぁ」

 

「…………」

 

「はぁ、私の勝ち……よね、一夏?」

 

「ふふ、ああ…俺の負けだしのぶ、降参だ。」

一夏は両手を上げ降参の姿勢を取る。しのぶは木刀を下ろしその場にへたり込んでしまう。

 

「やった、一夏に……一夏に勝てた」

 

「千冬姉以外に負けたのは初めてだ。やっぱり凄いよ、しのぶは」

一夏はしのぶに手を差し伸べながら称賛する。しかし一夏は全集中を身につけた状態で千冬と手合わせをしていないため、世界最強を超えていると気づいていない。

 

「あ、ありがとう一夏」

しのぶは嬉しそうに、一夏の手を掴み立ち上がる。満ち足りた表情をしていた。

 

「それより一夏、あんたわざと負けたんじゃないでしょうね?」

 

「そんなわけないだろ?まぁ、しのぶに合わせてやっていたのは確かだが、しのぶは自身の限界を超えて俺から一本取ったんだぞ?まさか木刀を砕いたのは予想外だったが…」

 

 

「ならいいけど」

 

「それとさっき俺の攻撃を回避した技、日の呼吸を合わせた技か?」

 

「うん、自分なりに形にしてはみたけど、ここまで上手くいくとは思ってなかったわ」

 

「そうか、やっぱりすごいな…しのぶは」

 

「全集中の呼吸を独学で身につけた織斑先生にそう言われるなんて光栄ですね〜」

 

「いや、独学といっても、俺の内にいる縁壱さんの記憶を頼りに身につけただけさ」

 

「始まりの呼吸の剣士の生まれ変わり……普通なら信じられない話だけど、信じざるを得ないわよね。髪と目に変化も起こるくらいだし」

 

「はは、魂は宿ってしまってはいるが、俺は俺だ。俺は織斑一夏で継国縁壱じゃない」

 

「そうね、一夏は一夏だもの」

 

「………ありがとう、しのぶ」

 

しのぶは微笑みながらそう言ってくれた。その言葉に、一夏は笑みを浮かべる。しのぶの言葉に一夏は何処か嬉しそうだった

 

 

「しのぶは知っているとは思うが、縁壱さんは戦国時代の人だ。しかも鬼殺隊に呼吸を教えた始まりの呼吸の剣士だったんだ」

 

「“始まりの呼吸”……一夏が使ってる日の呼吸よね」

 

『始まりの呼吸』ーーー戦国時代において鬼舞辻無惨をあと一歩まで追いつめた鬼殺隊の核である「始まりの呼吸の剣士」が一人……それが、一夏の内にいる人物であり、日輪を体現したような存在である継国縁壱だ。

 

日の呼吸は、他の全集中の呼吸の源流である

 

「ああ、俺は縁壱さんの記憶で剣技に魅了されたんだ。それから独自で死ぬほど鍛えた、弱い自分から変わる為に……」

 

「弱い自分から変わる為に……か。私から見ると信じられないわ、一夏にもそんな頃があったなんて」

 

「前にも話したけど、俺は額の痣を理由に周りから気味悪がられた。虐められてもいたさ。正直、束さんに会うまでは全部がどうでもよかった。束さんは俺の痣を褒めてくれたんだ」

 

 

 

あれは、散歩で篠ノ之神社を訪れていた時だった。独りで歩いていると、一人の女性が樹にもたれながらパソコンのキーボードを打って、何かを制作しているように見えた。

 

 

『だれかいるの?』

 

『………』

 

『君は確か……ちーちゃんの弟君だよね?』

 

『……』

 

『だったらいっくんだね!私は後にてぇんさぁい科学者になる篠ノ之束だよ〜、よろしくね!』

 

『……』

一夏は無言で光の宿していないえんじ色の瞳で束を見ていた。

 

『え、えーと、何か言ってもらえると束さん嬉しいかな〜、一人で勝手に喋ってアホらしく感じるから』

 

 

『……千冬姉の…友達?』

 

『あっ、やっと喋ってくれた!そうだよ、私はちーちゃんと親友なのだ!それといっくん、どうしてここに?』

 

『ただの散歩…それだけ』

一夏は無表情で簡単な受け答えをする。しかし束は、一夏の事をある程度千冬から聞いていた為、少し思案した。

 

『(ウーン、ちーちゃんの言った通りあまり感情を出さないね。それにちょっと妙な気が)…って!いっくん、それどうしたの!』

束は一夏の腕を見ると何かをぶつけられた痣があった。

 

『…別に、階段で転んだだけだよ』

 

『どう考えてもそれで出来たもんじゃないよ!』

束は、慌ててパソコンを閉じて、一夏を強引に自身の部屋に連れて行き、湿布などを貼り付けた。

 

『…いっくん、いったい何があったの?誰かにやられた痕だよね?』

 

『……』

一夏は前髪を額が見えるように退けると痣があった。その痣の形は異質だった。

 

『いっ、いっくん……』

 

『痣だよ、俺は生まれつきこの痣があるんだ。これが原因『なんかかっこいいね!』……へ?!』

一夏は束の突然の言葉に驚き素っ頓狂な声を出してしまう。

 

『だって陽炎みたいな形した綺麗な痣なんてなかなかないよー!将来絶対ちーちゃん並みにかっこよくなるんだから!それに、いつかいっくんを受け入れてくれる人は必ず現れるよ。なんたって天っ才の私がその第一号だから!』

 

『…本当に?』

 

『うん!タバネサン、ウソツカナイ!それと、いっくん、宇宙に興味ある?』

 

『宇宙?』

 

『おっ、知りたい?だったら教えてあげましょう!』

それから束とよく関わるようになり、一夏の瞳に光が宿った。そして一夏は束の発明品にも興味を持ち目を輝かせるようになった。

 

 

 

「千冬姉、そして、束さんのおかげで、今の俺がある」

 

 

「そう、今の一夏を創ってくれたのは、その人達のおかげなんだね」

 

「ああ、俺にとっては尊敬する二人だ」

その後、二人は縁側に座りながら雑談していたら、居間の方からアオイの声が響く。

 

「一夏さーん、お客様でーす!」

 

 合点がいかず、一夏は首を傾げる。

 

「もしかして、日輪刀じゃない?」

 

「言われてみれば、今日を合わせたら十三日目だったな」

 

 

 

 そして一夏が、自分のために打たれた刀を持ってきてくれた人の元へ向かうと、その人は玄関に腰をかけていた。

 

 

「俺は鋼鐵塚蛍と言う者だ。織斑一夏の刀を打ち、持参した」

 

「織斑一夏は自分です。わざわざ遠い所ご足労様です。中へど「これは日輪刀、俺が打った刀だ」……」

 

「日輪刀の原料は、太陽に近い山で採れる猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石。それで日の光を吸収する鉄が出来る」

 

「(ヘェー、日輪刀の素材はそうやってできるものなのか)」

 

鋼鐵塚と名乗った刀鍛冶は一夏の挨拶を遮って話し始めたが、元々一夏は日輪刀の詳細を聞いた際、素材が気になっていた為、素直に話を聞くことにした。

 

 

そして、勢いよく一夏に振り向いたその顔はひょっとこの面をつけていた。

 

「(何故にひょっとこ?ああ、鍛冶屋だから、竈の神を!)」

 

「ん?んん?んん!おいお前、赫灼の子じゃねぇか。これは縁起がいいな」

 

 

「赫灼の子…それは一体なんですか?」

 

「頭の毛が赤みがかって、目ん玉が赤いだろう。火仕事をする家はそういう子が生まれると縁起がいいって喜ぶんだぜ。」

 

「いや、俺は火仕事は全く縁はないのですが……それにこの髪は訳ありで変色してしまっただけのものでして」

 

一夏の髪と瞳は縁壱との擬似的な同化にによって、髪の先は赤みを帯び、瞳の色は赫く変化していた。

 

「そんな事は関係ない、こりぁ刀も赤くなるぞ」

 

その後、鋼鐵塚を居間へ案内した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでしのぶとアオイもいるんだ?」

 

「いいじゃない、一夏の刀…何色になるか気になるし」

 

「す、すみません。私も気になったので」

 

 

「さぁ、さぁ、抜いてみな。日輪刀は通称“色変わりの刀”と言ってな、持ち主によって色が変わるのよ」

 

「(色変わりの刀…か)」

 

日輪刀の色変わりは杏寿郎の担当刀鍛冶から説明されている為、知っている。そして一夏の手元に日輪刀が置かれた。黒い鞘に金色の鍔,黄色の下緒,白色の柄といった色合いだった。

 

「(抜くか。俺の場合は赫色、もしくは)」

 

内心一夏は何色が出るかワクワクしながら抜く。すると刀は鋼鐵塚の期待した赤ではなく深い漆黒の色に変色した。

 

「黒っ!?」

 

「黒いですね」

 

「……真っ黒ね」

 

 

 

予想に反して漆黒に変色した刀を見て一夏はなぜか嬉しそうに微笑んでいた。

 

「(縁壱さんと同じ漆黒の刀、やっぱり…黒の色は日の呼吸の適性で間違いなさそうだ。それに握り心地もいい、流石職人さんだ)」

 

一夏は刀の出来に素直に感嘆する。これほどの職人が自身の担当になったことに対して尊敬の意が現れる

 

 「キーッ!俺は鮮やかな赤が見られると思って楽しみにしてたのにぃ!!クソガァ!!」

 

一方納得いかない鋼鐵塚は暴れだすが、一夏はその場から移動していた為に不発に終わる。

 

「私達の屋敷で暴れないでください!あなた一体何歳なんですか?」

 

「三十三だ!!」

 

「三十三!?大人げなさすぎますよ!!少しは冷静さというものを身に着けたらどうですか!」

 

 しのぶは、荒れる三十三歳児にあきれるしかない。アオイも呆れの視線を向けている。一夏は既に庭に移動しており、右手には鋼鐵塚の打った刀を握っていた。

 

「おいガキ!俺の話は終わってねぇ……ぞ」

鋼鐵塚の言葉は続かなかった。今、一夏が握っている日輪刀が漆黒の色から赫く紅蓮に染まったからだ。

 

 

「日の呼吸 壱ノ型・円舞」

 

一夏は日の呼吸を行い型を繋げていく。その太刀筋は無駄もなく美しい剣捌きだった。

 

「相変わらず綺麗ですね。一夏さんの日輪ノ神楽は」

 

「ええ、何度見ても精霊が舞っているようだわ」

 

一夏はしばらく日の呼吸を繋げ続け、暫くして手を止めた。そして、握っている刀を見つめながら鋼鐵塚の元へ赴いた。

 

「鋼鐵塚さん、この刀…凄く手に馴染みます。こんな凄い刀を打ってくれて、ありがとうございます」

 

すると鋼鐵塚は一夏に迫り両肩を掴みかかる。

 

「おいお前!なんで刀の色が赫く変わった⁉︎教えろ!どうやったら色が赫く変わるんだ!」

お面越しだが、一夏には透けて見える為すごい形相で迫ってくるのが分かる。そして問われた一夏はつい、

 

「どうって、ただ強く柄を握っているだけとしか」

 

ピントのズレた答えを返す。

 

 

「テメェふざけてんのか?」

 

 

 

 

その後キレられた。日の呼吸のことを説明すべきだったか?

 

その後なんとか鋼鐵塚さんを落ち着かせたが、帰り際に「刀折ったら殺す」との言葉をいただいた。そして、鋼鐵塚さんは長居すること無く帰って行った。

 

 

そして一夏は縁側で一人、漆黒の色から太陽のように、紅蓮に染まった自身の日輪刀を見つめていた。

 

「(赫い刀、この日輪刀でわかったことが一つ、この状態の日輪刀は鬼の再生能力を阻害することができる)」

 

一夏は最終選別と上弦の鬼との戦で赫い日輪刀の謎が一つ解けたのだった。



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鬼殺隊当主と柱との会合

「な、何だあの子供は!?まるで継国縁壱そのものではないか!」

 

上弦の鬼の一角が欠けた。しかもそれはたった一人の剣士により打ち砕かれた。

 

世にはこびる鬼達の頭である鬼舞辻無惨は冷や汗をかき、信じられないと言うような表情をしており、童磨を通して見た一夏に恐れをなしていた。

 

 

鬼舞辻無惨は一夏の何も映していない瞳や何を考えているか分からない表情に、頭部にある陽炎模様の痣に、そして紅蓮に染まる刀、何百年も前に死んだ継国縁壱を思い出していた。

 

「こんな悪夢があってたまるか!鳴女!」

 

「はい。此処に」

 

「今すぐ他の上弦を集めておけ……いいな!」

 

「…畏まりました。無惨様」

 

今まで見たことない無惨の態度に鳴女と呼ばれた鬼は何とも言えない表情をするがすぐに命令に従う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、ハクシュッ!」

 

当の本人は庭の掃除をしていた。

 

 

「(なんだ?誰か俺のこと…噂しているのか?)」

 

 

 

一夏は現在、鍛錬をしながら蝶屋敷にて手伝いに明け暮れている。日輪刀を貰い、今は隊服に袖を通しているだけで、鎹鴉からの指令は今の所はない。

 

「(あの時、上弦に使った花と蟲を織り交ぜた改の技も違和感があった。本当に、いったい何が原因なんだ?)」

上弦の鬼との戦いで日の呼吸に他の呼吸を織り交ぜた改の技、日と花で《輝輝恩光・緋空斬》、日と蟲で《陽華突・無想覇斬》……この二つの技も《碧羅の天・斬月》と日と炎を織り交ぜた技と同じく違和感があったのだ。

 

「(しばらく使わない方がいいかもしれないな)」

一夏はしばらくこれらの技を封印する事にし、作業に集中する。すると上空では鴉が旋回しており、一夏の眼前に近づく。

 

 

『よぉ、よぉ!オイ一夏ちゃんよぉ、お館様がお呼びだぜ!準備ができたら胡蝶カナエと共に向かえってさ!』

俺の鎹鴉が指令を受ける。俺の鴉は何故か他の鎹鴉と違い何故か流暢に話す鴉だ。カタコトではなく流暢に喋った時は俺もしのぶも、そして、アオイも驚いた。

 

 

 

「お館様?お館様って、鬼殺隊の当主の人だよな?柱のカナ姉ならわかるけど、何故俺を?」

 

『そんなこと俺が知るわけねぇだろ?ホラ、とっとと準備しな』

それだけ伝えると鴉はどこかに飛んでいってしまう。

 

「一夏さん!後は私がやっておくので、すぐに準備を!」

 

「すまないアオイ、後は任せる」

 

丁度一夏の鴉の伝令を聞いたアオイが作業を引き受けてくれたので、一夏は急いで部屋に戻り、隊服の上に赤色の羽織を着て、出掛ける支度を整えていた。支度が終わり、部屋を出るとカナヲと出くわした。

 

「一夏兄さん、何処か……行くの?」

 

「ああ、お館様から招集されてな。少し出かけるよ、すぐに帰ってくるから」

 

「わかっ…た。いって…らしゃい、一夏兄さん」

一夏はカナヲを撫でながら言う。カナヲはだいぶ喋れるようになってきた。まだぎこちない所もあるが、カナヲは笑うことも多くなってきた。

 

「ああ、いってきます」

 

俺はカナヲの頭を撫で、そう言ってから玄関を出て、蝶屋敷から出た。鴉にお館様の所へ案内をしてもらおうとしたら、隠の人がやって来た。

 

「よっ、やっときたか一夏」

 

「後藤さん」

 

俺の元にやって来たのは鬼殺隊の隠を務める後藤さんだった。

後藤さんとは負傷した隊士を運んできた際に関わりを持ち話すようになった。暇な時は三人娘達の相手をすることもある。

 

「後藤さんは何用で此処に?」

 

「お前をお館様の元に連れていく為だ。胡蝶様は先に行ってる。まずはこれを付けろ」

 

後藤さんはそう言いながら黒い目隠しを取り出して俺に渡してきた。

 

「これは?」

 

「お館様の所への道は、柱か隠以外は覚えちゃいけねぇんでね。目隠しをしてお館様の元に連れていくのが決まりなんだ」

 

「俺に目隠は意味がないような……」

 

「目を瞑ればいいだろ!俺がお前を背負って向かうんだよ!」

 

俺が後藤さんの指示に従い背中に乗ってから目隠しをすると、後藤さんは走り出した。

 

「(こいつ熱いな、熱でもあるのか?)」

一夏を背負いながら走っている際、後藤は余りの一夏の体温の高さに心配をしていた。

 

 

 

目隠しをした上に目を瞑りながら、後藤さんの背中で揺られながら、運んでもらっていると急に立ち止まった。そして、ゆっくりと俺を降ろして目隠しを取ってくれた。

 

「此処がお館様の御屋敷だ」

 

「すごい….」

 

「じゃあ、俺の仕事はここまでだから、くれぐれも失礼のないようにな」

 

「わかりました。ここまでありがとうございました、後藤さん」

 

 

お礼を言うと、後藤さんはこの場を走り去って行った。俺は御屋敷の門に近づいて、門を三回叩いた。すると、直ぐに、あまね様が出てきた。最終選別の説明してくれた御人だ。

 

「お待ちしておりました織斑一夏様。こちらへどうぞ」

 

屋敷内に入って、あまね様の後に着いてお館様のいる所へと向かった。あまね様の後ろに着いて歩いていると、人の話し声が聞こえる一室に着いた。

 

 

「失礼致します...。耀哉様、一夏様をお連れ致しました」

 

「ありがとう、あまね...。中に入ってくれるかい?」

 

あまね様の後に続いて部屋に入った。部屋に入ると、部屋の中に居る人達の視線が全て俺の方に向いた。

 

 

扉を開けると、行燈が照らす室内に元を含め五人の柱が座っていた。その場には、カナ姉の姿もある。

 

「階級癸、織斑一夏。招集の為参上しました」

そう言ってから一礼する。御館様の鴉経由で柱たちに伝わっていたらしいので、一番下の階級の俺が呼ばれたことに関しては突っ込まれることはなかった。

 

 

「久しいな一夏、息災で何よりだ」

 

「お久しぶりです悲鳴嶼さん、お元気そうで何よりです」

悲鳴嶼は、一夏達が胡蝶夫妻を亡くした際、一時期お世話になった人だ。カナエからは元気にしていると聞いていたが、こうして直接会うのは三年ぶりとなる。

 

 

 

「悲鳴嶼さんと知り合いか?胡蝶よォ。こいつか?お前が言っていた奴は」

 

 風柱こと不死川実弥の問いに、カナエがにっこり笑う。

 

「ええ、彼が織斑一夏。私の家族で、一度も勝つことができなかった凄い子よ」

 

そう言うカナ姉だが、視線が俺に一気に集まる。

 

「こいつに勝てなかっただァ?てかァ、織斑は何者なんだァ?」

 

 実弥の言う通り、悲鳴嶼を除き、階級癸の織斑一夏の名前は誰も聞いたことがないのだ。

 

「さっきも話したように一夏は私の家族よ。強さも、柱以上の実力に匹敵するわ」

 

「胡蝶の家族だァ?つか、弟がいるなんて聞いたことねェぞォ」

 

 実弥の疑問…いや、他の柱たちの疑問は尤もだ。事情を知っている悲鳴嶼を除きカナエに弟がいるなんて聞いたことがない。

 

「一夏は妹の恋人でもあり、家族だから知らなくて当然よ。――それに、一夏がいなければ、私は死んでいたでしょうね」

 

 カナ姉の言う通り、あの時しのぶの鴉の伝令がなければ、カナ姉の首は鬼の扇によって斬り落とされていただろう。

 

「初めまして一夏。私は産屋敷耀哉、今日は来てくれてありがとう」

 

「いえ、私の様な一隊士をお呼びいただきありがとうございます」

 

一夏は膝をついて産屋敷耀哉にそう言った。

 

「お館様、この隊士は本当に上弦の鬼を単独撃破した少年なのでしょうか?」

 

柱の一人、音柱・宇髄天元が一夏についての説明を産屋敷耀哉に求めた。産屋敷耀哉は、天元の問いに答えた。

 

 

「本当だよ……」

 

未だ納得出来ない天元に産屋敷耀哉は優しい声色でそう答えた。他にも納得出来ない様子の柱達に産屋敷耀哉は静かに語り出した。

 

「今年の最終選別合格後、一夏は、上弦の弐と戦闘を行った花柱・カナエの元へ単独で救援に向かい、上弦の鬼を討伐した。一夏は100年動かなかった均衡を破った。これはどの柱にもできなかったことだ。鬼殺隊を代表して、君に感謝する」

 

「……私は、家族を助けただけです。そんな大層な事はしてはおりません。」

 

「それでもだ。ありがとう、一夏」

 

「……有り難きお言葉。」

 

「さて……一夏、本題はここからなんだ。今現在柱は五人。カナエは今季をもって鬼殺隊を引退することになり、四人となる。本来の規定人数より5人下回る状況だ。そこでだ、上弦の弐を倒した一夏に、新たな柱になってもらいたい。」

 

「自分が柱に、ですか…」

 

予想していなかった訳では無いが、正直柱になる理由が今の所ないのが本音だ。

 

「申し訳ございません、お館様の提案に頷く事はできません。」

 

「それは何故だい?」

 

「私はそこまで大層な人ではないからです。運良く鬼を一体倒しただけで柱にはなれません。それに、私が倒した鬼は油断をしていたので、その隙をついたまでです」

 

「……わかった。一夏の意思を尊重しよう。最後に、一夏は何の呼吸を使っているか教えてくれないかい?」

 

「自分が使っている呼吸は……日の呼吸です」

 

「それは本当かい……一夏?」

 

お館様とあまね様は驚いた顔になり、カナ姉以外の柱は日の呼吸の存在すら知らないようで首を傾げていた。

 

「お館様、日の呼吸とは一体何ですか?」

 

「日の呼吸はね、炎、水、雷、風、岩の五大呼吸の原型となった始まりの呼吸だよ」

 

実弥の質問にお館様が答えた。縁壱さんは日の呼吸を編み出してから、当時の鬼殺隊士達に日の呼吸を教えるも、誰一人会得出来ず、一人一人に合った呼吸を編み出し、五大呼吸が生まれた。それは縁壱さんの記憶で知っていた。

 

「一夏、日の呼吸は誰に習ったんだい?」

 

「それは……」

一夏はどうするか考えていた。この場にいるカナエは縁壱の事を一夏から聞いており彼女以外の人達は全く知らない。皆が皆、信じてくれるとは限らない。

 

「……一夏、君のことは元炎柱の槇寿郎とカナエから聞いている。今は無理をして話さなくても構わない」

 

「……!お館様、まさか」

俺は無意識にカナ姉の方に振り向くと、カナ姉は気まずい様子で顔を逸らす。おそらくお館様に話したか、隠し事を見抜かれてしまったかの二択だ。

 

「(カナ姉ならともかく、槇寿郎さん…そう言えばお館様と飲んで行った時があったような……。帰ってきた時は相当酔っていたから話したのか)……いえ、すべてお話します。自分自身の事を、織斑一夏が何者なのかを」

 

一夏は内心何をしているんだと槇寿郎にぼやきながらも、耀哉に自分が生まれた時代のこと、そして、独自で呼吸を会得したことも話した。

 

 

 

 

「派手に信用できねぇな。呼吸はともかく、未来から来た人間とは到底信じられねぇ」

 

「証拠をお見せましょうか?この時代では到底作れない技術ですから」

 

一夏はスマホを出すと、カナエ以外は周りは不思議そうに見つめるが、一夏は気にせず無言でいる水柱・冨岡義勇を撮る。そしてそれを天元に見せた時、他の柱も集まってきた。

 

「これは…」

 

「マジか!冨岡が鏡みてぇに写ってるじゃねぇか⁉︎」

 

水柱・冨岡義勇の写真は、背景も色もしっかり写されていた為、周りは動揺しており、言葉が出なかった。

 

「織斑ァ、テメェは正確にいつの時代から来た人間だァ?」

 

「平成28……2016年です」

 

「今から百数年後の時代か、話してくれてありがとう、一夏」

 

「今の話を信じてくれるのですか?」

 

「勿論だよ。この世に鬼が存在しているのだから、そんな事があってもおかしくはない。一夏、聞いてもいいかい?鬼は、一夏の時代には存在しているのかい?」

 

周りからの視線が一気に集まる。未来から来たとあり、一夏は唯一呼吸や鬼の存在も知っている。どうなったのか気になるのだろう。

 

「鬼は……“俺”の時代では、存在していません」

一夏は確信が持てるからこそ言えた。一夏は未来にいた際、時折、外を出歩くことがあり、この時代で感じた鬼の邪気は感じられなかった。そして人食いとなると一夏の世界は情報が出回るのが早く問題になっているからだ。

 

 

 

「…そうか。よかった…」

その言葉にどんな思いを込めているのか俺にはわからない、その声には安堵のような感覚もあった。

 

 

「今回の会議はこれで終わりにするね。一夏、今日は来てくれてありがとう」

 

「礼には及びません。それと、私が未来の人間だと知っているのは、同期の伊黒小芭内さんと、蝶屋敷、煉獄家の人達です」

 

 

「わかった。一夏の事を知るのは、私とこの場にいる柱と一部の隊士のみとしよう」

 

「ありがとうございます。私はこれにて失礼致します」

 

 

 

一夏は耀哉に頭を下げて部屋を退出した。部屋を退出すると、あまねが部屋から出て来て、一緒に玄関へと向かう。その後は別の隠の人に背負ってもらい、蝶屋敷へ戻っていった。

 

 

「(後で槇寿郎さんには問い詰めておかないと)」

槇寿郎は口が堅い方だが、おそらく深酔いすると緩くなると確信していた。

 

翌日一夏は煉獄邸に訪れ、槇寿郎に説教をする事になった。槇寿郎は今後飲酒は控えめにするように瑠火と共に厳重注意された。酔った勢いで他人に言いふらさないようするためだ。




鎹鴉の性格はデビルメイクライ5のグリフォンを元にしています。

グリフォンの口調ってこんな感じで大丈夫でしたか?

次回もお楽しみに


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日と水

「全く、冨岡さんも冨岡さんですよ。あんなだからみんなに嫌われるのよ」

甘味屋で団子を食べている三人組。しのぶと一夏、真菰の十四歳組だ。

俺の隣で、額に青筋を浮かべたしのぶが、シュッシュッと拳を前に振るっている。どうやら合同任務があったらしく、さっきから愚痴ばかりだ。しのぶは冨岡さんに苦手意識を持っているらしいが、俺から見ると仲が良さそうに見えて、少し、妬ける。

 

そして、真菰は、仲良くなったしのぶの話を聞き、ため息を吐いていた。

 

 

「えっと、ごめんねしのぶ。義勇って昔はあんな感じじゃなかったんだけど」

 

「…俺から見る冨岡さんはいい人だと思うが」

 

「あれの何処がよ?喋らないし、何考えてるかもわからないし。口を開いたと思ったら、イラつかせるようなことばかり言う人なのよ?ぬぁにが『俺は嫌われてない』ですかっての!!」

 

「(義勇、やっぱりまだあの最終選別の事を引きずってるのかな……)」

 

「冨岡さんは肝心なところを言葉で伝えきれてないだけなんだよ。別に相手を不快にさせるために言ったわけじゃないと思うぞ」

 

「え、一夏……あんたまさか、冨岡さんの言ってる事理解できてるの?姉さんと私は、一夏が蝶屋敷にくる前から関わりがあるから、あの人の性格は一応理解してる方だと思ってたんだけど……」

 

「私は義勇と修行時代からの関係だから、大体何を考えているかわかるけど、一夏って義勇とはまだそんなに関わってないよね?」

 

 

しのぶと真菰はあり得ないと言いたげな顔で一夏を見つめる。

 

「ああ、なんて言うか、あの人は、雰囲気が何処となく縁壱さんと似てるんだ。言葉足らずな所とか何を考えてるかわからない所とかもな。」

 

「冨岡さんが縁壱さんに似てる?」

 

「ああ、俺が参加した柱合会議から三日後、しのぶが任務で外出してた際に冨岡さんが蝶屋敷を訪ねてきたんだ……」

 

「(縁壱って誰?)」

 

真菰は聞いた事のない名前に内心突っ込むが、一夏の話を最後まで聞く事にした。

 

 

 

一夏は、蝶屋敷で音楽を聴きながら空を眺めていた。

 

「(久しぶりだな、一人で過ごすのも)」

 

しのぶは任務に、カナエはまだ療養中で、アオイはカナヲ達を連れて出かけている為、一夏は蝶屋敷の留守番を任されていた。

   

「織斑、暇か」

 

縁側で音楽を聞いていた際、突如目の前に特徴的な半羽織を着た訪問者が現れた。一夏は突然の訪問者にビクッとなるも、すぐ応対する。

 

「み、水柱さ「名前でいい、様付けもいらん」えっと、冨岡さん……どのようなご用件ですか?」

 

「(手合わせ願いたい。)来い。」

 

 

「わかりました。準備するので道場で待っててください」

 

「わかった。」

 

 

「(なんだろう、あの人とはーー)」

 

「(あいつとはーー)」

 

 

 

「(うまくやっていけそうだ/うまくやっていけそうな気がする)」

 

 

道場着に着替えた一夏は道場に入ると、義勇から木刀を投げ渡された。

 

これから水柱・冨岡義勇と甲・織斑一夏の鍛錬が始まる。

 

「(真菰を助けてくれた事、)礼を言う」

 

「いえ、俺はそんな大層な事はしていません。冨岡さんの事は……真菰から聞いていました。あなたが兄弟子であることも」

一夏は最終選別で真菰と一緒に行動していた時、彼女の兄弟子のことは聞いていた。義勇の方は真菰との手紙のやり取りで、一夏が彼女を助けてもらったこと、そして、錆兎や兄弟子達を殺した鬼を共に倒したことを聞いていた。

 

「……お前は(柱になる素質を十分兼ね備えている柱候補なんだ。柱代理の)オレとは違う」

 

「そんな事ありません。冨岡さんだって十分すごいと思います。柱になるにはそれ相応の力を身につけないとなれない称号です」

 

「…お前は花柱を守り抜いた」

 

「俺は家族を助けただけです。」

しばらくそんな会話を交わした後、二人は木刀を構える。

 

 

「…いくぞ」

 

 

「はい、よろしくお願いします」

 

そして、木刀を打ち鳴らす音が道場に鋭く響く。

  

「水の呼吸 壱ノ型・水面斬り」

 

「(真菰で水は見た事はあったが、柱となるとやはり剣筋もちがうな」

 

ーー日の呼吸 壱ノ型・円舞

 

「…!」

 

義勇の表情が変わる。余りの重い攻撃に驚きが隠せなかったのだ。

 

 

「参ノ型・流流舞い」

 

「日の呼吸 陸ノ型・日暈の龍・頭舞い」

 

ーー水の呼吸 漆ノ型・雫波紋突き

 

ーー日の呼吸 伍ノ型・陽華突

 

義勇は冷静に技を連続に繰り出す。

ある程度の強さを持つ者ならば、それなりの空気を纏っている。義勇が一夏から感じるその空気は異質だった。「何も感じない」……義勇が感じ取った感覚だった。一夏の表情は「無」、義勇は一夏に底知れない何かを感じ取れた。

 

「日の呼吸 拾ノ型・火車」

背後に回った一夏は木刀を両手で握り、身体ごと垂直方向に回転して義勇の背後から斬りつけると、

 

 

「水の呼吸 陸ノ型・ねじれ渦」

上半身と下半身を強くをねじった状態から、強い回転を伴って斬撃を繰り出し防御した。一夏は距離を取る。

 

「日の呼吸黒式 弐ノ型・炎陽紅焔」

 

一夏は焔の斬撃を放つ

 

弐ノ型・炎陽紅焔は、たった三秒弱の間に15連撃を仕掛ける超高速連撃で、雑な表現をすれば「円環」の超簡略版である。

円環ほどの派手さや威力は無いが、それでも圧倒的なラッシュは攻撃だけでなく、多方向からの時間差攻撃に対する迎撃等使い勝手が良く、また連発することも可能だ。

一夏が使用すると刀が届かない広範囲に迄、日輪刀の効果を宿した焔の衝撃波を飛ばして攻撃することが可能となる。

 

今回は義勇に向けて斬撃波を放ったのだ。

 

「水の呼吸 拾壱ノ型・凪」

 

一夏は焔の斬撃を、型に対応する型で義勇は繰り出し、斬撃を受け流した。

 

「(流石は柱、実力は伊達じゃない。それに今の技、斬撃を受け流したのか…)」

 

「(斬撃が重い、やはり俺とは違う。上弦の鬼を一人で斬っただけのことはある)」

 

そして一夏は、義勇が無表情で対応している姿に、縁壱を思い出した。夢や記憶で見た縁壱は常に無表情で、底知れない何かを感じられたこともあったからだ。

 

「(大体動きはわかってきた。あれを試すか)」

 

「(…!気配が変わった。次で決めるつもりか)」

一夏の気配が変わり、義勇も深く呼吸を行う

 

 

ーー全集中 水の呼吸 拾ノ型・生生流転

 

義勇は、うねる龍の如く刃を回転させながらの斬撃を重ねる連撃を繰り出した。

 

 

「日の呼吸改 陽華突・龍王」

一夏は火の高速剣技で水の龍を無力化して、義勇の木刀を砕き、首元に木刀の剣先を突きつける。義勇は、一夏の高速の突き技に対応できずあっさりと剣先を突きつけられた事に動揺していた。

 

陽華突・龍王は一夏が陽華突を強化した突き技・・・突き技というより、刺突を含めた九つの斬撃を相手に叩き込む神速の斬撃技である。義勇の隊服にできたいくつかの切り傷がそれを物語っている。

 

 

「まだ続けますか?」

 

「いや、止めておこう」

 

 

一夏は、フゥと一息吐いて、木刀を下ろす。

 

 

「ありがとうございました」

 

 

「……」

 

お互いに一礼をした後、一夏は義勇に手拭いを手渡す

 

 

 

「使ってください。井戸で汗を拭きましょう。」

 

「…感謝する」

 

水洗いをしながら冷水で濡らした手拭いで体を拭く。無言の時間が続く。

 

「……」

 

「………」

 

「(………やっぱり似てる。これは、何を言おうか考えてる顔だ)」

 

一夏が記憶や夢で見た縁壱は顔を変えずに無言だったことが多々あった。最初は困惑したが、夢を見るにつれ、表情や雰囲気を読み取り、何を考えてるかわかるようになっていったのだ。

 

数十秒待っていると、義勇は口を開いた。

 

「…やはりお前は、俺とは違う。」

 

「…俺は周りが思うような大層な人ではないです」

  

「お前は、胡蝶姉を守りきったのだろう。俺とは、違う。姉も、友も守れなかった俺とは、違う。だから織斑……俺の様になるな。」

 

「………冨岡さん」

 

真菰からある程度聞いていたが、この人も、俺たちと同じで大切な人を喪った人なのだ。その苦しみを、俺に同じ悲しみを繰り返さないために鍛錬をしてくれたのだろう。

 

 

 

「……(この人、不器用だな。そう言う所は千冬姉に似てるかも)」

 

 

「お前は、鬼を殺している。それも、上弦を単独で。」

 

「はい」

 

「お前は、俺に勝った。誰よりも強い鬼殺の剣士だ。守りたい者を守り、鬼を下した。それで十分だろう。」

 

「ありがとうございます。カナ姉としのぶから冨岡さんの事は聞いてはいたんですけど、意外と喋るんですね」

 

「…俺はもともとよく喋る」

 

「……なんか、すみません」

 

「………………」

 

一夏は冨岡義勇という男を理解した。この人は、口下手で言葉が足りない上に、口を開けば、物事の核心をつくことばかり言うタイプだ。わざと人の中にズケズケと入り込んでくる天然さに、一夏は苦笑いを浮かべる。

 

「はは、(しのぶが嫌うわけもわかる気がする)」

 

沸点が低く、無駄を嫌うしのぶからしたら、逆鱗にわざと触れてくる感じの物言いは、耐えられないだろう。

 

「……胡蝶妹の方とは…良い仲だと聞いている。」

 

「はい、そうですね。」

俺は否定せず頷く。柱合会議で俺達が恋仲であるのはカナ姉が話してしまったから、全員知っている。 

 

「お前は、守れ。何があろうと」

 

「言われなくても」

 

それを聞くと、義勇は隊服を着直し、無表情のまま踵を返した。

 

「邪魔をした」

 

「いえ、またいつでも来てください。俺は歓迎します。また手合わせしたかったらいつでも相手します」

 

「……感謝する。」

 

そうして、一夏は、背を向ける義勇の姿が見えなくなるまで、見送った。ほんの僅かだが義勇が踵を返す一瞬、笑みを浮かべていたのを一夏は気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

「と、言うことがあったんだ」

 

「嘘、一夏…義勇に勝ったの?」

 

「当たり前でしょ?上弦の鬼を一人で無傷で勝てる実力者なのよ?冨岡さんごときに一夏が負けるわけないじゃない」

 

「そう言うしのぶは一度俺に勝ってるだろ?」

 

「えっ⁉︎一夏に勝ってるのしのぶ⁉︎」

真菰は驚きながらしのぶに問い詰める。真菰も最終選別で一夏の実力はある程度理解していた。そして最終選別から翌日、鎹鴉から一夏が上弦の鬼の討伐したと報告され、真菰の育手である鱗滝も驚いたほどだ。

 

「い、いや、勝てたと言うか、一夏は相手の実力に合わせてやってるだけで…」

 

「相手に合わせる方も難しいと思うけど…それでもすごいよ」

 

「今のしのぶの実力なら、対人相手で一部の柱の人には勝てるんじゃないか?」

 

「え?それ…本当、一夏」

 

「嘘は言わない、流石に悲鳴嶼さんは難しいかもしれないが、他の柱だったらいい線行くんじゃないか?」

 

「……いいわねぇ、折角だから冨岡さんに相手をしてもらましょうか〜」

 

「しのぶ、え、笑顔が怖いんだけど?」

 

「うふふ、気のせいですよ」

 

「はは、ほどほどにな…しのぶ」

 

 

 

 

後日しのぶは鎹鴉で冨岡を鮭大根を餌にし呼びつけ、模擬戦を行った。勝負の行方は一夏の相手を毎日していたしのぶに軍配が上がった。

 

 

因みに鮭大根は可哀想と思ったのか、カナエが振る舞い、冨岡は美味しそうに食べたのであった。

 



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医者の鬼

俺は織斑一夏。鬼殺隊士となって一年、年号も「明治」から「大正」へと変わろうとしている。階級は甲の『始まりの呼吸』…日の呼吸使いの剣士となった。一気に一番上の階級になった事に関しては、俺が十二鬼月の上弦を倒したのが大きい。

 

柱合会議から半年後、しのぶはカナ姉の跡を継ぐように柱に就任した。

柱名は蟲柱だ。蝶屋敷のみんなで就任を祝ったが、しのぶは何故俺が柱ではないのか疑問を持っていたみたいだった。

ただ、俺やカナ姉達以外の相手では口調がカナ姉寄りになっている。何故かカナ姉口調でいる時のしのぶは寒気がする……本人には言わないけど。

 

そして更に半年後、杏寿郎も柱となった。下弦の弐や笛鬼,雨鬼や泥鬼といった強豪達を討滅してきた結果だ。その時、杏寿郎の柱就任祝いで、蝶屋敷の少女達と一緒に煉獄邸に招待され、しのぶ以上に盛り上がってしまった。一夏は千寿郎と一緒にスイートポテトを振る舞った。杏寿郎は勿論、「うまい!」,「わっしょい!」を連呼し美味しそうに平らげた。

 

 

 

 

 

 

そして鬼殺業では最近、任務先で討伐対象の鬼達に『耳飾りの剣士』と認識された。

 

鬼達は俺の名前を知らないわけだから当然だろう。縁壱さんも耳飾りを身につけていて、自身も縁壱さんの魂を継いでいるためか、耳飾りの剣士と呼ばれるのは不快ではなかった。

 

 

遭遇した鬼によれば、俺を殺せば鬼の始祖、鬼舞辻無惨から更に血をもらうことができ強化されるらしい。正直言ってしのぶ達よりも弱すぎる。あの上弦の鬼もそうだ。鬼の始祖は見る目があるのだろうか。下弦の鬼に関しては最終選別の鬼より少し手強い程度だった……いや、慢心は隙を呼ぶ。油断せずにいこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

明かりのない闇夜の中、一人の青年が森を歩いていた。伸びた髪は結んでおり、髪先は赤身を帯びだ黒色の髪、額には陽炎の様な痣、両耳には耳飾り……

 

 

「………」

 

無言でしばらく歩き続けてたが、ふと立ち止まる。すると、腰から急に出現した刀に手をかける。

 

「日の呼吸改」

 

深く呼吸を行い、

 

「炎舞・鳳凰」

 

紅蓮の刀身を振り下ろす。

 

 

 

炎舞鳳凰は振り上げる二連撃から威力重視に変更した兜割りの一振りである。

穏やかとすら言っていい、無駄が一切なく、激しさの欠片もない洗礼された美しい火の一振りだった。

一夏が放った一振りから衝撃波が発生し、何もない所に叩き込まれたかのように見えたが、

 

「なっ……に!?」

 

突如、真っ二つに断たれた鬼が地面に転がっていた。

 

「な、何故だァッ……!?気配も姿も俺の“血鬼術”で完全に消していた!何故わかった……!?」

 

半分に斬られた鬼の顔は驚愕に染まっている。その鬼の異能“血鬼術”は、自分の姿,気配を完全に消すもの。その隠形により鬼は多くの人間や鬼殺隊の隊士を喰らってきた。なのに、目の前の耳飾りの剣士には通じなかった。

 

問われた一夏は、鬼に顔を向け無表情で告げる。

 

「術で姿を消していても、俺には見えてる。それから、背後を取りたいのなら、血の匂いを消すんだったな」

 

鬼には理解できなかった。あらゆる五感から外れる血鬼術にも拘らず、「見えている」と言われ、挙げ句の果てに斬られるだなんて……混乱したまま、その鬼は再生出来ず、首を断たれずに消滅した。

 

一夏には物や人体が透けて見える。筋肉の動きなどで何をするかいち早く察知し対応できる。それは例え姿気配は消せたとしても、筒抜けとなる。

そして一夏の日輪刀は黒から赫く染まっている。一夏の赫刀は鬼を斬りつけるだけでも鬼の再生能力を阻害できる。自身が気付いたのは上弦の鬼を倒した時だった。

 

「(まだまだ分からないことだらけだな、俺の相棒は……)」

 

一夏は日輪刀の柄を強く握るだけで赫く変わる理由を完全に解明できていない。そんなことを考えながら、納刀し、一夏は再び歩き始めるが、

 

「(ずっとつけられているな。さっきの鬼だと思っていたが……どうやら違うみたいだ。気配は二人、だが妙だな……鬼にしては敵意を感じない)」

 

足を止め、再び柄に手をかける。

 

「そろそろ出て来たらどうだ?」

 

今まで何もなかった空間から突如一組の男女が姿を現した。

 

「やはり気づかれていましたか。私達に敵意はありません。貴方とお話をしたくて、後を追っておりました」

 

俺をつけていたのは、鬼の気配がする大人の女性と男の鬼だった。

 

 

「(人食い鬼特有の気配を感じない。何者なんだ?)」

 

正体を現した後も、彼女が言うように、敵意が全く感じらず、人を食った鬼特有の気配も感じられなかったことから、柄に触れていた手を離す。

 

 

「わかりました。一先ずお話は聞きます」

 

 

 

 

 

 

 

最近鬼達の間で『耳飾りの剣士』を殺せば十二鬼月になれると言う話が出回っておりました。『耳飾りの剣士』と聞くと、私はあの人を思い出さずにはいられません。

 

こんな話が出回っているのは、鬼舞辻無惨が鬼達にそう命令したに違いないと確信した私は、猫の茶々丸にお願いをして、耳飾りの剣士と呼ばれている方を探してもらい、見つけ出しました。

 

「愈史郎、私は今から耳飾りの剣士と呼ばれている方と接触します。留守を頼めますか?」

 

「お待ちください、珠世様!御一人で行かれるのは危険です!耳飾りの剣士がどんな奴か分かりません、俺もついて行きます!」

 

愈史郎も一緒に行く事になり、私達は茶々丸に先導してもらいながら耳飾りの剣士がいる所へ向かいました。

茶々丸の後を追い、森の奥へと進んでいくと、剣士らしき人影が見えてきました。

念のため、愈史郎に血鬼術で私達が見えないようにしてもらっている最中、偶然にも、私達と同様に姿を消していた他の鬼が耳飾りの剣士に狙いをつけたのです。

 

月明かりが剣士を照らすと、その姿に、私は……

 

「縁壱……様」

 

私は、耳飾りの剣士を見て、無惨から逃げ出した時に手助けをしてくださった恩人を思い出しておりました。

顔,立ち姿,雰囲気,柄の違う耳飾り,そして頭部を覆うあの痣が縁壱様にとても似通っていたのですから……

 

突然腰から日輪刀が現れ、鬼を真っ二つに切り裂いた光景は、まさに刹那の見斬り。

 

鬼を斬る際に耳飾りの剣士が持っていた日輪刀が黒から赫へと変じ、鮮やかな炎をまとったその一振りは、美麗の一言でありました。

 

 

「そろそろ出て来たらどうだ?」

 

愈史郎の血鬼術で見えない筈なのに、私達が隠れている方に目を向けていました。

愈史郎に血鬼術を解いてもらい、耳飾りの剣士に、敵意が無い事,無惨の呪いを解いている為に人を襲わないこと,後を追った理由を伝えると、彼は私達二人を交互に見定め、矛を収めてくださいました。

 

「……私に話とはなんですか?」

 

「話を聞いて下さり、ありがとうございます。私の名は珠世、此処では他の誰かに聞かれてしまいますので、私達が暮らしている屋敷に行きませんか?」

 

「分かりました。一応名乗りますが、織斑 一夏です」

 

「ありがとうございます。では、私達について来てください」

 

「……はい」

 

耳飾りの剣士、一夏さんとの接触に成功した私達は一夏さんと共に拠点にしている屋敷に帰ることが出来ました。

 

 

 

 

一夏は、珠世と愈史郎、茶々丸の後ろに着いてしばらく走っていると、立派な屋敷が徐々に見えてきた。

屋敷の前に到着すると、一夏は二人と茶々丸に続いて入って行った。

 

「茶だ。珠世様以外には淹れたくないが、一応客人だからな。感謝しろよ、鬼狩り」

 

「……ありがとうございます」

 

屋敷に入ってから珠世さんに案内され居間に通された。その後愈史郎と呼ばれた彼が淹れてくれた茶を一口飲む。

 

「……美味しい」

 

「当たり前だ。毒を入れるとでも思ったのか?」

 

「いや、普通にお店に出してもいいくらい美味しい。それと愈史郎さん……」

 

「何だ?気安く名を「愈史郎さんは珠世さんの事が好きなんですか?」────な、貴様何を言っている!?」

 

愈史郎は顔をリンゴのように真っ赤に顔を染めた。

 

「その様子だと、当たりですね。自分にも一筋の女性がいるからすぐにわかりました。」

一夏は平然と愈史郎に告げる。愈史郎は更に顔を真っ赤にする。

 

「愈史郎さんの態度を見ればわかります。愈史郎さんの発言は珠世さんを思ってのことだと、鬼殺隊を協力者にして危険を増やしたくないという気持ちも……」

 愈史郎の真意をすぐに理解した一夏だが、

 

「う、うるさい!珠世様が来るまで黙ってこれでも食っていろ!」

 

「ムグッ!」

愈史郎は一夏の口に菓子を突っ込む。一夏は道中、珠世と愈史郎の会話を聞いていた際、珠世の表情が一瞬綻んだのを確かに見た。

 

「俺が珠世様を好いている事を本人の前で絶対に言うな、いいな?」

 

「わかひまひひゃ(わかりました)」

 

一夏が菓子を口に含めたまま首を縦に降って返答するのとほぼ同時に、珠世が部屋に入ってきた。そのため、愈史郎は彼女の左斜め後ろに控える。

 

「愈史郎、お客様に対して無礼な真似をしないでください」

 

「はい珠世様!」

 

珠世が一夏への非礼を叱ると、愈史郎は背筋を伸ばし元気の良い返事をした。愈史郎の返事を聞いてから、彼女は一夏へ顔と視線を向けて、呼び出した理由について話し始めた。

 

「あなたと接触したのは、他の鬼達が噂していた『耳飾りの剣士』か否かを確認したかったからです。」

 

「成る程、あなた方にも、噂は回っていたみたいですね」

 

 

「はい、一夏さんは継国 縁壱様にとても似ています。刀を振るっていた姿や雰囲気,痣なども「縁壱さんを知っているんですか⁉︎」ッ!?ど、どうされたのですか?」

 

どうやら、珠世さんは、縁壱兄さんと縁がある方だったようだ。

 

 

「一体どういう事でございましょうか?あの方は400年前にお亡くなりになっている御方ですよ?」

 

「珠世………グッ!お、思い出した……、あの時、無惨と一緒にいた珠世。縁壱さんが逃した“人の感情が残っている鬼”!」

 

「ッ⁉︎何故それを?」

一夏は目を抑え、今まで靄がかかっていた何かが鮮明となり、珠世と縁壱の関係をはっきりと思い出した。

 

「……全てお話します。何故自分が珠世さんの事や継国縁壱のことを知っているのか、そして、私が何者かをーーー」

 

 

まず自分が縁壱の生まれ変わりであり、自分の内の世界で守護霊として存在している事、未来から来た人間である事を話した。すると、珠世さん達の表情は一気に変わる。

 

「し、信じられるわけがないだろ!?」

 

「証拠をお見せします。取り敢えず、愈史郎さんは珠世さんの隣に立ってもらってもいいですか?」

一夏がスマホを出すと、愈史郎は不思議そうに見つめるが、渋々と珠世の隣に立つ。

 

「よし、出来ました。これを見てください」

 

愈史郎はスマホの画面を見た途端、顔が驚愕の色に染まる。珠世は今まで見た事のない彼の反応が気になり、一夏に近づきスマホの画面をみる。

 

「こ、これは⁉︎」

 

「し、信じられん、俺と珠世様が……鏡の様に写っている」

 

この時代に生きる者にとっては信じられない物だった。今の時代、写真はあるが殆どが白黒だ。ここまで正確に写された写真、しかも掌サイズの物で写真が撮れるなど到底不可能な代物だ。

 

 

「まだ信じられないのであれば、他にも証明する機能もあります」

 

「……いえ、十分です。掌の大きさの物で写真を撮れるなど、今の時代の技術では不可能ですから」

 

「お前……本当に未来から来たのか?」

 

「はい。自分は今から百数年後から来た日本の人間です」

 

「一夏さんが未来から来た方だとわかりました。まさか、縁壱様の魂を継いでいらっしゃるなんて…」

 

俺は内面にいる縁壱さんの経緯と日の呼吸を使える事を話すと、珠世さんは先程のお淑やかな雰囲気からガラッと変わった。

 

「日の呼吸を使えるのですか⁉︎これなら…これなら!あの臆病者を屠れる!!」

 

「(興奮している珠世様も美しい!)」

 

 

「(珠世さん、目が……、なんだか…懐かしいな、彼女のあの瞳を見るのは)」

 

珠世さんの瞳は、まるで希望を見たかの様に、輝いていた。一夏は懐かしむ様に珠世の瞳を見つめる。

 

 

「……珠世さん、織斑一夏として、貴女に一つ聞いてもいいですか?鬼を……人に戻す方法は、ありませんか?」

 

一夏の静かな問いかけに珠世は

 

 

「(……縁壱様)」

 

今の珠世には、一夏の姿が縁壱と重なって見えた。

 

 

 

 

縁壱様と出会ったのは数百年前、記憶も朧気な程遠く永い時間の中でも、今も鮮やかに色づいております。

 

そして、一夏さんの瞳も、縁壱様と同じで、深淵を覗いておられるかのような底知れぬ憂いを感じさせる瞳でございました。

 

何も映していないような、或いは彼方まで見透かしているような、不思議なその瞳を以って、私に「悲しい目をしている」と言ってくださった。私の目を見て、鬼の私にも、感情はあるのだと仰ってくださった。

 

当時の私は無惨のせいで、自分の間違った選択によって、与えられた運命に抗う術すら見つけられず、自暴自棄になっておりました。

 

何もかもがどうでもよかった……そんな私に縁壱様が見せてくださったのは、紛れもなく圧倒的な光でございます。

 

闇夜にしか生きられなくなった私にはもう見ることは叶わぬと諦めていた光を…………

この時からでした、私が鬼舞辻を葬る為の研究を始めたのは。これは、縁壱様との約束でもありました。

 

 

それから暫く、縁壱様は私の前に御出でになられました。この時の縁壱様も、いつものように無表情で何を考えているのかわかりませんでしたね。

 

そして縁壱様は

 

『鬼となった人を……人に戻す事は可能か』

 

『(そんな事が…でも、鬼の力を奪い、弱らせる事ができるなら途方もない強さを作り出すより…)』

 

当時の私には夢のような話でした。だから私は、

 

『…わかりません』

そう答えるより他ありませんでした。

 

『………そうか』

 

『……!』

 

鬼舞辻と対峙していた時でさえ凪いていたあの瞳が、瞬きの一瞬波立つのを見ました。

 

『不躾にすまなかった。無事でいて安心した』

これが縁壱様と私の最後の会話と相成りました。

 

 

 

「一夏さん、鬼を…人に戻す方法はあります。」

 

「っ!本当……ですか?」

 

「はい、それも縁壱様との約束でしたから、その代わり一夏さん、私達に力をお貸しいただけませんか?」

 

「力を、ですか……」

 

「はい。私は鬼を人に戻す薬を作っています。そこで、一夏さんには、十二鬼月から採血短剣で血を採ってもらいたいのです。愈史郎……」

 

 

「はい、珠世様!ほら、受け取れ鬼狩り」

愈史郎さんから三本の短剣を渡された。

 

「この短剣は?」

 

「先ほどお渡しした短刀は鬼の身体に突き刺すことで自動的に血を採ることができます。採取した血は、この子を介して届けてください。」

 

「この子…?」

 

「…茶々丸」

 

「ニャーー」

 

鳴き声と共に現れたのは一匹の猫であった。

 

 

「「え⁉︎」」

 

 

 

珠世と愈史郎は驚いていた。現れた場所が一夏の太腿の上だったからだ。一夏自身はいきなり現れた猫には驚いてはいない。この部屋に入って数分して重みを感じていたからだ。姿は消していたがすぐにあの時の猫だとわかった。

 

 

「昔から、動物に好かれるので気にしないでください。それと……ありがとう珠世さん、縁壱さんとの約束を…覚えててくれて」

 

「ふふ、あの人には一度、救われた身です。縁壱様の記憶を見た一夏さんなら、わかると思いますが」

 

「そうですね。改めて、これからもよろしくお願いします、珠世さん」

 

「こちらこそ、改めてよろしくお願いします、一夏さん」

一夏と珠世は互いに手を握り握手をする。その隣で見ていた愈史郎はすごい形相をして一夏を見ていた。

 

 

 

日輪と鬼医者が、再び手をとった瞬間だった



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日輪の意思を繋ぐ炭売りの少年 

「頑張れ禰豆子……頑張れ!」

 

なんで、なんでこんな事に……

 

俺が町まで炭を売りに行き、その次の日に帰宅すると、何者かの手によって家族は皆殺されてしまっていた。血の海の中で唯一息があった妹を医者に診せるべく山を下りている最中……

 

妹、禰豆子は人喰いの鬼になってしまった。そして今まさに俺は鬼と化した禰豆子に喰われようとしている。

 

「頼む禰豆子……正気に戻ってくれ……鬼になんかになるな!」

 

俺は斧の柄で迫り来る牙を押さえつけながらも、必死に禰豆子に語りかける。

家族を護れず、たった一人生き残った妹は鬼になった。ならば鬼になった妹を救う。それこそが今自分に出来る唯一のこと。

 

「……っ!」

 

「……ウッ、ウウッ……」

 

すると禰豆子の瞳から雫が流れ落ちる。禰豆子は泣いている。まだ心まで鬼に染まりきっていないんだ!

 

そう分かると、俺は更に語りかけようとした……が、その時、誰かが禰豆子に向かって刀を振り降ろそうとしているのが見えた。俺は必死になって禰豆子を抱え込む。

 

そして雪の上を転がり、その刃から何とか禰豆子を護った俺は、妹を襲った何者かを見やる。

 

 

刀を持っていたのは、黒い詰襟に、右は無地、左は亀甲柄といった今時珍しい羽織を羽織っていた男だった。

 

「なぜ庇う??」

 

 男は冷たい目線を送りながら、呟く。どうして庇うのか??そんなの決まってるだろう。

 

「妹だ!!俺の妹なんだ!!」

 

俺がそう言葉に出すと

 

「ガァァァァァ!!!」

 

「こら、禰豆子!!やめるんだ!!」

 

その様子を見た男はまたしても一言だけ呟く。

 

「それが妹か??」

 

 「…………は??」

 

 俺の背後にいつの間にか移動していた男は、咆哮をあげる禰豆子を抱えていた。

 

 

「禰豆子!!」

 

男から禰豆子を取り戻そうとするが、静止させられてしまう。

 

「俺の仕事は鬼を斬ることだ。勿論、お前の妹の首も刎ねる」

 

 平然と禰豆子を殺すと発言したその男。それに対し、炭治郎は慌てながら声を上げる。

 

「待ってくれ!!禰豆子は誰も殺していない!!」

 

 

 「……………」

 

 男は、俺の言葉を聞いても、無言のままだ。

 

 「俺の家にはもう一つ、嗅いだことの無い誰かの匂いがした!!みんなを殺したのは多分そいつだ!!」

 

 「……………」

 

 「禰豆子は違うんだ!!どうして、今そうなったのかは分からないけど。でもーーー」

 

「簡単な話だ。傷口に鬼の血を浴びたから鬼になった」

 

「ーーーッッ!?」

 

「人喰い鬼はそうやって増える」

 

「禰豆子は人を喰ったりしない!!」

 

「良くもまぁ、今しがた己が喰われそうになっておいて」

 

「違う!!俺のことはちゃんと分かっているはずだ!!」

 

 さっきの出来事があったからか、妹を必死に庇おうと弁護する。

 

「俺が誰も傷つけさせない。きっと禰豆子を人に戻す!!絶対に治します!!」

 

しかし、男の言葉で俺は絶望に打ちのめされそうになる。

 

「治らない。鬼になったら人間に戻ることは無い」

 

「探す!!必ず方法を見つけるから殺さないでくれ!」

 

必死の嘆願も聞いていないように、禰豆子へ刃先が突き出された。

 

 「やめてくれぇぇ!!!」

 

この人は絶対に鬼になった禰豆子を殺そうとする。なら、どうすればいい?戦う?不可能だ。

 さっきどうやったか分からないが、俺の視界から一瞬で消えて禰豆子を奪った事を考えると、この人は鬼を殺すための特別な力がある。ただの炭売りの俺がどうこうできる人じゃない。

 

 

「お、お願いします・・・禰豆子を、妹を殺さないで下さい・・・俺がきっと妹をもとに戻して、家族を殺した犯人も見つけてみせます・・・だから、どうかっ・・!」

 

 だから俺に出来ることは惨めったらしく頭を垂れながら懇願することのみだった。

 

 それでも俺は、もうこれ以上喪う訳にはいかない。

 

 だって禰豆子は、今の俺に残された、たった一人の家族なんだから……

 

 

 

しかしそんな少年の姿を見て男は………

 

 

「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」

 

 

無表情だった顔が一気に険しくなり、大声を上げる。突然の事だった。

 

 

「惨めったらしくうずくまるのはやめろ!!そんなことが通用するならお前の家族は殺されてない!!奪うか奪われるかの時に主導権を握れない弱者が…妹を治す??仇を見つける??笑止千万!!弱者には何の権利も選択肢もない!悉く力で強者にねじ伏せられるのみ!!妹を治す方法は鬼なら知っているかもしれない!!だが、鬼共がお前の意思や願いを尊重してくれると思うなよ!!当然、俺もお前を尊重しない!!それが現実だ!!なぜ、さっきお前は妹に覆い被さった!!あんなことで守ったつもりか!?なぜ、斧を振るわなかった!?なぜ、俺に背中を見せた!!そのしくじりで妹を取られている!!お前ごと、妹を串刺しにして良かったんだぞ!!」

 

 

 男は大声で少年に向けて次々と厳しい言葉を投げかける。それによって、少年の精神はドン底まで突き落とされたように絶望に地した表情へと変わっていった。

 

 それほど、剣士の言葉が少年の心に突き刺さったのだろう。

 

 

そして男は刀で禰豆子を刺した。刺された箇所からは血が飛び散る。

 

「や、やめろぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

 それを見た少年は手元にあった石を男に目掛けて放り投げる。男がそれを刀の柄で弾く。

 

 

そして、少年は男に目掛けて立ち向かうが………無謀すぎる。力の差は歴然だ。

 

だけど、こんな考え無しの突撃がこの人に通用するわけがない。どうするればいい……どうすれば………!?

 

 

 

 

 

『呼吸だ炭治郎。息を整えて、ヒノカミサマになりきるんだ』

 

「(と、父さん……)」

 

それは嘗ての父の言葉が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「うっ、うぁぁぁぁあ!!」

 

「愚か!!!」

 

 

 

男は持っていた刀の柄頭を少年の背中に思いっ切り打ち込もうとすると、信じられない事が起きた。

 

 

 

 

柄頭が少年に当たる瞬間、少年が残像と化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

一夏は今、目の前の遺体の開いた目をそっと閉じさせる。

 

一夏が来たのは義勇に少し遅れてのこと。義勇の命によってこの山近辺の調査を行っている最中に鬼に惨殺された一家を発見した。

 一夏はただ、冷たくなった手を握り何度も「ごめんなさい」と謝る。一夏は鬼殺隊になり人の屍を何度も見てきた。一夏は遺体を仰向けに倒した後、外に出て辺りを見渡す。

 

 

「この足跡、まだ新しい。生存者がいるのか…」

 

おそらく生存者を運んだのだろう。その証拠に血痕の跡があった。

 

 

急いで駆け出し、足跡を追う。そして見つけたのが鬼の少女に刀を突き付けている冨岡さんと、その冨岡さんに向かって土下座しながら少女の助命を乞う少年の姿だった。

 

 

「(大体状況はわかった)」

 

鬼の少女は少年の家族であり人をまだ殺してないこと、そして少年は先程の少女以外の家族を殺されてしまったこと…

 

気配を消した一夏は身を隠し、その場に出ていくことなく様子を窺う。

 

この時代に来て六年、俺が鬼殺隊を務めてニ年、今まで鬼によって家族や恋人などの大切な人を失ってきた多くの人たちを見てきたが、家族を鬼にされた人を見たのは初めてだった。本当なら少年をすぐに気絶させ、鬼になってしまった少女を退治するべきなのに……俺は、何故かこの場から動く事ができなかった。

 

 

 

「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」

 

 

「と……冨岡さん」

 

俺は驚きを隠せなかった。初めて見た、冨岡さんが怒声をあげるのは……

 

冨岡さんはそんな少年に向けて容赦の無い言葉を発する。普段の冨岡さんからは考えられない怒声の叱責で少年を追い詰め、鬼の少女に向けて刀を振り上げた。

 

 

その時、少年は斧を持ち、妹を護るべく冨岡さんに向かって駆け出した。

 

「(無謀だ。ただの子どもが冨岡さんに勝てるはずがない)」

そう断ずるしか他にない彼の行動だが、責めることは出来ない。少年には何が何でも妹を護ろうとする覚悟があった

 

 傍目から見て間違いなく戦いを知らない素人である少年に冨岡さんが万に一つも後れを取るわけがない。適当にあしらわれて気絶させられる結末が目に見えていた。

 

 

そう考えていた次の瞬間、驚きの出来事が映った。冨岡さんが少年の背に柄頭を当てようとした時だった。

 

「(なっ⁉︎今のは!)」

 

陰で様子を窺っていた一夏も当の義勇と同じく動揺を隠せなかった。少年が突如と残像と化し、義勇の攻撃をすり抜けた。少年がやり遂げた動きを一夏は誰よりも知っていた。

 

 

 

「(今の動き…全集中の呼吸!しかもあの技は、幻日虹⁉︎何故あの少年が日の呼吸を…)」

 

 

「あぁァァァあっ!!」

 

そんな事に構うことなく斧を振り上げ大上段からの一撃を放とうとする。

 

今の少年の瞳には覚悟が宿っていた。例え人殺しになろうとも家族を助ける。そんな瞳をしていた

 

 

「(まずい!冨岡さん、反応が遅れてる!)」

飛び出した一夏は一気に加速し、少年へ接近し、斧を蹴り上げ首筋に強烈な手刀を喰らわした。一夏は意識を失った少年を抱えて着地する。

 

 

 

 

「冨岡さん……無事ですか?」

 

「……すまない、助かった」

 

「動揺する気持ちもわかりますが、俺がいなかったら確実に斬られてましたよ」

 

安否を確認した一夏は空中に舞っていた斧をキャッチし少年を下ろす。

 

「ガァァァァァッ!!」

 

動揺していた二人は、突如暴れ出した少女の鬼の動きに対応できず、蹴り飛ばされた。

 

「ッ!しまっ!」

 

「(まずい……喰われる!)」

 

間に合わない、そう思っていた。

 

「………え」

 

「………」

 

少女はまるで少年を……兄を守るような動作を見せ、二人を威嚇していた。

 

俺は抜いていた日輪刀を下ろしてしまった。鬼が人を守る……そんな事、見た事がなかった。

 

鬼の少女は駆け出し、俺達に攻撃を仕掛けた。鬼は人間を主食とし、人肉や血に対して激しい飢餓を覚える。しかしこの少女は兄を食わず守ろうとしていた。

 

二人は難なく攻撃を避け、義勇が手刀で気絶させた。

 

「冨岡さん……どうするつもりですか?」

 

「………」

冨岡さんは考えている。状況を整理しているのだろう。

 

「……この二人は何か…違うのかもしれない」

 

「……そうですね。でも、『鬼を見逃す』ということは……」

 

「ああ。責任はすべて俺が取る」

 

「冨岡さん一人で背負う必要はないですよ。俺も冨岡さんと同じ考えです。『共犯』ってことで一つ……」

 

「(お前を巻き込んで)すまない」

 

「そこは“ありがとう”じゃないですか?俺達、友じゃないですか」

 

「……感謝する…織斑」

 

「腹を切る覚悟は決まっています。それで、この二人はどうしますか?」

 

「(この二人が起きたら)伝えてくれないか?俺はこの事をお館様に報告する」

 

「わかりました。二人には何を伝えればいいですか?」

 

その後、一夏に言伝を頼んだ義勇はこの場から去っていった。

 

 

 

 

 

 

「………」

一夏は鬼の少女に大きめの羽織かけた後、木に背を預けながら雪の降る中、目を覚めるのを待っていた。

 

 

「(なんでこの子は日の呼吸を使えたんだ?俺が来るまで日の呼吸の使い手は長年継承者がいなかったと御館様は仰っていた。これは縁壱さんの記憶とも繋がっている)」

 

縁壱の記憶では戦国時代の鬼殺隊に呼吸を教えた際、日の呼吸を会得できた者は一人もいなかった。

 

 

「(それに…この子が身に付けている耳飾り、縁壱さんと同じ耳飾り……っ、なんだ?)」

 

一夏は少年の耳飾りを見つめていると、突然の痛みに目を抑え、何かが流れ込んで来る。

 

 

 

『これを飲んだら出ていく、ただ飯を食い続けるのも忍びない』

 

その言葉に、赤ん坊を受け取った男の人は、悲しげに顔をしかめる。

 

 

『そんな!あなたは命の恩人だ、あなたがいなければ俺たちどころか、この子も生まれていなかった』

 

縁壱は無言でお茶をすする。

 

そんな侍に『それならば、この事を後世に伝える』と言いはる男の人の言葉に、縁壱は『必要ない』と一蹴する。

 

 

『“炭吉”、道を極めた者が辿り着く場所は“いつも同じ”だ。時代が変わろうとも、そこに至るまでの道のりが違おうとも“必ず同じ場所に行きつく”お前には私が、何か特別な人間のように見えているらしいが、そんなことはない。私は大切なものを何一つ守れず、人生において成すべきことを成せなかった何の価値もない男なのだ…』

 

 

「(これは…縁壱さんの記憶、それにこの人、目の前の子にそっくりだ)」

 

縁壱の記憶を思い出し、一夏は少年を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、この時代まで繋げてくれたんだな………炭吉」

 

 

その言葉は、一夏自身か、縁壱か、本人にはわからなかった。

 

 

 

 

 

一夏は二人が目覚めるのをただ待っていた。



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ヒノカミと未来の日輪

『――置き去りにしてごめんね、炭治郎……』

 

闇の中で、母さんが呟いた。呟いた気がした。

 

 

――そして、オレは、意識を覚醒させる。

 

 

 

 

 

「うっ、うう……!」

 

俺は意識を失ってたのか?一体どうして?

 

俺は頭が回らない中、辺りを見回した。すると、俺のすぐ隣で、禰豆子が大きめの羽織を掛け布団代わりにして横たわっていたことに気づく。

 

「ね、禰豆子!」

 

 全てを思い出した。急いで禰豆子を抱きかかえて様子を見る。

 

「い、生きてる……」

 

口に竹製の枷を噛まされている以外に特に変わった様子はない。どうやらあの半羽織の剣士は禰豆子を殺さないでくれたみたいだ。

 

「目が覚めたか?」

 

「うわぁ!?」

 

 禰豆子の無事を確認してすっかり気が抜けてしまい、背後にいた誰かの声に驚きの声を上げる。

 

「そんなに驚かなくてもいいだろ」

 

「す、すみません!変な声を上げてしまっ……て」

 

 俺は背後の人物の方に向き直り、謝罪する。その人は、額に陽炎のような痣があり、長い髪は結び、耳には桃色の花と紫の蝶柄の耳飾りを付けた赤羽織の男性だった。そして何より、雰囲気が……

 

「父さん?」

 

 

「……残念だが、俺は君の父親じゃない。俺は織斑一夏。冨岡さんから君たち二人に伝える事がある」

 

「冨岡さん?」

 

「ああ、すまん。名前知らないよな。半々羽織を着ていた人だって言えばわかるか?」

 

 俺は織斑さんから色んなことを教えてもらった。鬼のことや鬼殺隊のこと、冨岡さんと織斑さんの事も……

 

鬼というのは、鬼舞辻無惨という鬼たちの始祖に血を与えられることでのみ増え、人を襲い喰らう存在ということ。鬼殺隊はそんな鬼を退治することを生業とする剣士の集まりだということ。

 そして、織斑さんはそんな鬼殺隊の中でも当主と柱を除けば一番位の高い階級であり、冨岡さんはその柱と言われる階級の剣士なのだということも。

 

「鬼殺隊には幾つか隊律がある。その中でも、鬼を庇ったり見逃したりすることは、“絶対の禁忌”とされている。」

 

「っ!なら、貴方達はどうして……」

 

「君の妹さんは、気絶した君を守ろうとしたんだ。自分が重度の飢餓状態であるにも関わらずに、だ。正直驚いた。必死に家族を守ろうとする鬼は初めて見た」

 

「えっ……」

 

俺は今だ眠っている禰豆子の方を見る。本当は俺が皆を守らないといけないのに、誰も守れず更には守られていたなんて……悔しさに胸を締め付けられる。それと同時に、禰豆子がやはり心まで鬼に染まっていなかったことに、安堵した。

 

 

「冨岡さんと俺は、君の妹が普通の鬼とは何か違うと感じた。君達の存在は……俺達鬼殺隊に新たな風を吹かせる。そんな感じがした」

 

「織斑さん……」

 

「そして今、君には二つの選択肢があるが……それは後で話す」

 

 

そう言って、織斑さんは踵を返し歩き始める。

 

「まず、君たちの家族を……弔うのが先決だ。手伝わせてくれないか?」

 

「っ………はい!」

 

俺は眠っている禰豆子を背負い、織斑さんの後についていった。

 

 

 

そして家にたどり着くと、織斑さんと俺は母ちゃん達を弔うためのお墓を作り、遺体を埋める。俺は何故か涙が出なかった。泣いちゃいけない気がしたんだ……その後、織斑さんと俺は並んで手を合わせた。禰豆子は隣でボンヤリとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「すまない。君達の家族を……助ける事ができなくて」

家族を弔った後、織斑さんが突然頭を下げて謝罪をしてきたので、戸惑ってしまった。

 

「あ、謝らないでください!織斑さんが悪いわけじゃない!ですから…頭をあげてください!」

織斑さんはゆっくりと顔を上げてくれた。表情は変わらないが、今の織斑さんからは悲しみと悔しさの匂いがした。

 

「ありがとう。話の続きになるが、その前に……君の名前を聞かせてくれないか?」

 

「炭治郎!竈門炭治郎です」

 

「炭治郎か、良い名前だ。俺の事は一夏でいい。炭治郎、君には二つの選択肢がある……よく聞いてくれ」

 

一夏さんは真剣な表情で俺に語り掛ける。

 

「一つは、君たち二人とも冨岡さんの師匠の監視下で生活すること。君の妹、禰豆子の方は常に目の届くところにいてもらうから当然自由な時間なんてない」

 

 当然だろう、いくら禰豆子が心まで鬼になってないと言っても、今後もそうだとは言いきれない。

 そして鬼を殺すことを生業とする一夏さんたちが、自分たちが殺さずにいた鬼で誰かが傷つくなんて事態を起こすわけにはいかない。

 

「そして二つ目は、君が鬼狩りの剣士となって、禰豆子と一緒に鬼を人に戻す方法を探すこと」

 

「俺が剣士に!?でも、俺、刀なんて握ったこともないですよ?!」

 

「もちろん直ぐに剣士になれるわけじゃない。相応の鍛錬と試練を乗り越えないといけない。命を落とす可能性だって十分にある」

 

 一夏さんは、「だが」と続け、

 

「強くなれば自分の手で今度こそ誰かを護れるかもしれない。炭治郎……君はどうする?悔いのない方を……選べ」

 

一夏さんは俺に問う

 

 答えなんて、決まってる。俺は……俺が禰豆子を護らなきゃ駄目なんだ。俺は、これ以上誰かに頼って生きるだけなんて出来ない!!

 

「……覚悟は、決まってるみたいだな」

 

「………はい」

 

 今度こそ護ってみせる。禰豆子を護りながら人に戻して、家族の仇をとる。

 

 「俺は鬼狩りの剣士になります!」

 

「……そうか、いい目だ」

一夏は満足そうに言うと、懐から紙を取り出し、俺に渡してくれた。

 

「それは狭霧山の場所を示した地図だ。冨岡さんからの伝言は二つ……『麓に住んでいる鱗滝左近次という老人に尋ねろ』,『“冨岡義勇に言われて来た”と言え』、と」

 

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

「それから、禰豆子を絶対に日の光に当てさせるな。今は日が遮られているから大丈夫だが、鬼が日の光を浴びれば消滅して死ぬ。いいな?」

 

「わ、わかりました」

一夏さんの言っていることに嘘の匂いはしない。絶対に日の光に禰豆子を当てさせないよう気を付けなければ……

 

「俺が伝えるのは以上だ。後……一つ聞いてもいいか?なんで君は……“日の呼吸”を使えたんだ?」

 

「え、日の呼吸?」

 

「すまないが、説明は省く。君が冨岡さんの攻撃を躱したあの動きだ」

 

「えっと、俺も無我夢中で……冨岡さんに向かっている途中、父さんの言葉を思い出して……それに、あれは、戦国時代からこの耳飾りと一緒に竈門家代々伝わる“神楽の舞”です」

 

「(耳飾りと一緒に受け継いだもの……間違いない、この子は、炭吉さんの子孫)」

 

一夏は、縁壱の記憶で見た炭吉との記憶を一部思い出しており、炭治郎が炭吉の子孫なのは透き通る世界で見てわかっていた。

 

 

「それから炭治郎、今言う事は、君と俺の秘密で頼む。君の妹を、禰豆子を人に戻す方法はある」

 

「え、ほ…本当ですか⁉︎」

 

「ああ、今からいう事をしっかり聞いてくれ」

 

一夏は炭治郎に鬼を人間に戻す薬や、鬼の始祖を倒すために、鬼の血を集めている事、その協力者が医者をしている鬼である事を説明した。

すると炭治郎は驚いた表情となり不安な様子を見せる。

 

「お、鬼と協力関係。だ、大丈夫なんですか?」

 

「その気持ちもわからんでもないが、俺が信用した“人達”だ」

 

「(……嘘の匂いはしない)」

炭治郎が持つ五感は真菰と同じく、嗅覚が並外れており、相手の感情すら読み取ることができる。一夏からは嘘の匂いはせず、純粋な真実の匂いしかしなかった。

 

「わかりました。一夏さんの話を信じます」

 

「ありがとう。禰豆子の事は、珠世さんに伝えておく。それから最後に……狭霧山まで同行しようか?」

 

「いえ、そこまで迷惑をかけることは出来ません。俺達二人で向かいます」

 

「……わかった。それなら、俺は行く。今度また会うときは、同じ鬼殺の剣士として……会おう」

 

「はい!」

 

最後に一夏さんはそう言って、シュン!!と消えた。この場にいるのは俺と禰豆子の二人だけ。

 

 

「禰豆子……行くぞ」

 

 

ギュッと禰豆子の左手を握った炭治郎は、竈門家を離れ、狭霧山を目指して歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、山から離れた一夏は街中を歩いている最中、

 

 

「(炭治郎が言っていた“神楽の舞”。日の呼吸が舞として伝えられていたなんてな。)」

一夏は竈門家に日の呼吸が神楽の舞として受け継がれていたことに一夏は、嬉しい気持ちが埋まっていた。

日輪刀をスマホの拡張領域に収容しているため、目立たないが、一夏の容姿もあってか、女性からの視線もあったが、周りの視線を気にすることなく歩いている。

 

 

 

 

 

 

 

「炭吉………ありがとう」

 

一夏の表情は、穏やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

この日、未来の日輪と大正の日輪が……交差した日になった。



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日柱

竈門兄妹と出会って一年。冨岡さんと俺は、「彼らの件については、時が来るまで他の柱や隊士達には他言無用」とお館様から命じられた。それは例えしのぶ達であっても内密にするという事だ。そしてこの件から一ヶ月後、俺は柱に就任した。

 

他の柱の方々は、俺の実力に関して申し分なかったようで、すんなりと納得してくださったようだ。

当初は新たな柱もおり、規定の九人はいたのだが、お館様の命により十人となった。どうやら前回の柱合会議で決まったらしい。お館様の提案であったことから、他の方々も下手に反対はできず、受け入れたようだ。

 

 

柱の業務は管轄している地域の見回りなど……指令によっては任務に出る事などは変わらない。

俺は、個人の屋敷は頼まず、そのまま蝶屋敷に住んでいる。今の俺の帰る場所は、蝶屋敷だから……。

 

 

 

 

 

「耳飾りの剣士だぜ!お前を殺せばあの方がすぐにでも十二鬼月に──」

 

「待て!あいつは俺の獲物だ!邪魔をするな!」

 

「いや俺の餌だ!お前らは引っ込んで──」

 

 

「………」

 

 

ーー日の呼吸改 炎舞・疾風

 

疾風は、炎舞に水の呼吸の要素を取り入れた技でたる。一夏は真菰や義勇との鍛錬の末、水の呼吸も身につけている。神速の速さで移動して斬り刻む機動力を主体とした型であり、三体の鬼の頸を斬り落とせる。今回、丁度鬼が三体おり、一夏は難なく自身の日輪刀で鬼の頸を斬り落とした

 

 

「い、いつの、間に────────」

 

「無駄な話が多い、隙だらけだ」

 

 日輪刀を納刀する。鬼の長話を聞く義理は無い為、話の途中で首を斬ったのだ。

 

「(この型も違和感ありとはな)」

 

斬った鬼が灰になるのを見届けた後、その場から離れると一夏の周りに鴉が旋回する。

 

「お疲れだな一夏!任務はこれで終わりだ終わり!帰ってゆっくり休むんだな!目元に隈ができてんぞ!休まねぇとあの姉ちゃん達にどやされるぞ?」

 

 

「ああ、わかったよ、“ブイ”(ほんっとうに疲れた。これで五徹目だ。鬼殺隊は人手不足なんだな、非公認組織だけのことはある)」

一夏は自分の鎹鴉に一言告げて、歩き出す。

 

一夏の鎹鴉の名はブイである。喋った際に名前はないと言われ、一夏がブイと名をつけると気に入ったのだ。

 

一夏の目元にはクマができており、傍目にも濃い疲労が窺えた。一夏の階級は一番上の階級の為、遠い場所に足を運ぶこともある為休む暇がなかった。

 

「とりあえず帰ろう。まずは布団の上で寝たい」

 

「おうおう、足元ふらついてんじゃないの?マジで大丈夫かよ?」

 

「心配してくれてありがとうブイ、蝶屋敷まではもってみせるさ」

 

一夏は多少ふらつきながらも帰路につく。

 

 

 

 

人間、誰しも限界というものは存在している。いくら一夏でも、例外ではない。

 

一夏は休息を取ることなく鬼を滅してきた。休息に充てる時間は少なく、蝶屋敷に帰ることも少ない。

 

一夏は移動時間に全て費やし、食事もまともに取らずに鬼を滅してきた。摂れたとしてもおにぎりが数個程度だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「(あと少しだ。もう少し……だけ、もってくれ)」

 

一夏はふらつきながらも無事に蝶屋敷の玄関につき扉を開ける。

 

 

「ただいま…」

 

 

「あ、おかえりなさい一夏さん……って!どうしたんですか⁉︎」

偶然近くにいたアオイが出迎えるも、驚いたように駆け寄る。一夏の目元にはクマが出来ており誰がどうみても疲れているのは明白だった。

 

「大丈夫だ。ただ眠いだけ……だ」

 

「い、一夏さん⁉︎」

 

限界は来た。グラリと視界が揺れる。一夏は部屋に辿り着くことなく壁にもたれかかり眠ってしまった。

 

 

 

 

 

「フゥー、今日はとっても楽しかったわ」

 

「姉さんは時間をかけすぎなのよ。もう少し早く選べないの?」

 

「だって久しぶりのしのぶとのお出掛けだもの〜。こう言う時は思いっきり楽しまないと!」

 

「まったく……姉さんったら」

 

「ただいまぁ〜って、あら?どうしたのアオイ、それに壁にもたれかかっているのって…」

 

「っ!一夏!?」

 

 

「しぃーっ!静かにしてください二人とも!一夏さん、眠っているんです」

 

姉妹はアオイに言われ静かに一夏の方へ近づくと、彼は寝息をたてながら眠っていた。

 

「クマが出来てるみたいだけど、もしかして徹夜で任務を?」

 

「一夏の事よ、絶対にそれしかないわね。全く、無茶するんだから」

 

「あら、それはしのぶも人のことは言えないわよ?朝から夜まで時間がある限り毒の研究に没頭してて、『気がついたら夜が明けてました〜』なんてこと当たり前なんだし」

 

「むぅ…」

しのぶはカナエの指摘に何も言えなかった。

 

「とりあえず一夏を部屋まで運びましょ。今の一夏なら滅多なことがないと起きないでしょうしね。しのぶ、そっちを抱えてくれる?」

 

「わかったわ」

姉妹は一夏の両肩を抱え、部屋まで運ぶ。カナエの見立て通り、一夏は起きる気配もなく眠り続けていた。

 

 

 

 

 

「ふぅ、とりあえずこんな所かしら?」

 

「そうね、とりあえず私は買ったものをまとめて置くわね」

 

姉妹は一夏の羽織を脱がせた後、布団に寝かせ、毛布をかけてから、静かに退室した。

 

 

 

 

「………」

しのぶは自室に戻ると、何故か一夏の羽織を洗濯に出さなかった……畳んだ赤羽織を手に持ったまま、立ち止まったからだ。

 

 

「(一夏が着てる羽織)」

しのぶは、それをじっと見つめる。一夏の赤羽織は三年も着込んでおり一夏のお気に入りの服の一つだ。一時期は白を着ていたこともあったが、一夏曰く、白もいいが、赤の方が落ち着くとのことだった

 

 

「………」

それを見て、彼女はふと思う。これ、着てみたら駄目だろうか、と。

 

「(いや、何を考えているのよ!人のものを勝手に着るなんていけない!感情の抑制をできないのは未熟者!)」

 

しのぶは自分を律する。だがしかし、一夏の羽織を見て、数分の間葛藤し……

 

 

 

 

 

 

「……す、少しくらいならいいかしら」

 

あっさりと誘惑に負けた。

 

「やっぱり、大きいわね……」

 

しのぶと一夏の身長差は歴然であり、大きいのは仕方のないことだった。

 

しかし何処か恋人のものを着ていて少しだけ気分が舞い上がっている自分がいることも感じていた。

 

「(しばらく洗ってないからきっと汗で汚れているわよね。しっかり洗ってあげないと)」

 

―――スン

 

 

「(―――っ!?な、な、な、何をやっているの私は!?)

思わず袖の匂いを嗅いでしまった。

 

いや、決してやましい気持ちがある訳じゃない。ただ、臭くないかを確かめただけだ。そう。ただそれだけの事だ。

汗で臭くなっていないか。ただそれだけの事である。

 

 

「(一夏の……匂い)」

 

―――くん

 

「ん………」

袖を鼻に押し当てて、匂いを嗅ぐ。しのぶが感じたのは微かな男の香りだった。

 

 

「あらあら、うふふ♪」

 

「………」

しのぶは突然耳に飛び込んできた声と共にギギギと音を立てながら振り向くと、カナエが扉から顔を覗かせていた。例えるなら、カナエの笑みは、子どもの“独りあそび”を見守る母親のような生暖かい笑みだった。

 

 

「まさかしのぶにそんな癖があったなんてお姉さん知らなかったわ〜」

 

「ね、姉……さん」

 

「ごめんね邪魔しちゃって、ゆっくり堪能してねぇ〜」

そういうとカナエはゆっくりと扉を閉める。しのぶはしばらく呆然とするが、徐々に顔を真っ赤にし、

 

 

「*#@¥$€%÷ッ〜〜!!」

 

声にならない声を蝶屋敷に響き渡らせた。

 

 

 

しばらくの間、しのぶは「いっそ殺して」とつぶやいており、アオイ達は何があったのか問い出そうにもしのぶは「…殺して」としか言わず、カナエに聞いても「あなた達にはまだ早いわよ♪」とはぐらかされ、アオイやカナヲ、三人娘達は“大人の闇”を少し感じた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う…んっ。」

 

パチリと一夏は目を覚ます。視線だけを周りに向け確認する。周りは明るく日が昇っている。

 

「ここは、俺の部屋か?」

 

 

 

ゆっくりと一夏は起き上がる。辺りは明るく、日の位置からして午前中なのは確かだ。

 

「(今は何時だ?俺はどのくらい眠っていたんだ…?)」

 

すると右手に何か温かい感覚があった。一夏は右手に視線を向ける。

 

「しのぶ……」

 

しのぶが俺の手を握って眠っていた。この様子だと、ずっと看病してくれていたのだろう。

 

「…心配、かけさせてしまったな」

 

一夏は気まずそうにしのぶの頬を撫ぜる。

 

「…水でも飲むか。」

 

傍にある水差しを取り、湯呑みに水を注ぐ。水を久々に飲んだ気がする。一体自分はどれ程鬼を斬っていたのだろうか。

 

一夏は水を一気に飲み干す。飲んだ水は果実水であった。かつて一夏が未来の知識を利用して、果実水を作った時、蝶屋敷で実用化されたものである。

 

水を飲み終えた一夏はしのぶの体を揺する。

 

「しのぶ…しのぶ…起きてくれ。」

 

二度揺すると、しのぶは目をゴシゴシと擦りながら、寝ぼけ眼で一夏の顔をぼうっと眺めてる。

 

「こんなところで寝ていたら、風邪を引く」

 

「………一夏?」

 

「ああ、俺だよ。おはよう…しのぶ」

 

暫く見つめあっていると、しのぶはガバッと立ち上がる

 

「一夏!目が覚めたのね!」

 

「―…ああ。問題ない。心配かけさせてごめん」

 

「二日も眠ってたのよ!倒れるまで休みを取らないなんて、柱だからってまた無茶して!」

 

「すまない、任務が立て続けにあって、休む暇がなかった。」

 

「休む暇がなかったって…宿とかに泊まらなかったの?」

 

「移動時間を考えると探す暇すらもなくてな。だから、いち早く鬼を倒して戻るつもりが、どうやらどの鬼も俺に執着してる様子だった。」

 

「どう言う意味?」

 

「対象の鬼が、俺の事を“耳飾りの剣士”と言っているのは知ってるだろ?そして俺を殺す事で『あのお方から更に血を貰える』と言っていた。おそらく俺をおびき寄せるために、他の鬼達が活発に動き始めてると思うんだ」

 

一夏の言葉にしのぶは心当たりはあった。最近、鬼の行動が活発になってるのはなんとなく感じてはいた。

彼女自身が鬼と遭遇した際、『ちっ、ハズレだ』とぼやいていた。あれは一夏のことを狙っていたとしのぶは気づく

 

「もしかして、一夏が無傷で上弦の鬼を倒したから?」

 

「え?」

 

「おそらく一夏は鬼舞辻にすら目を付けられるようなことをした。今の一夏は鬼からも狙われるくらいに警戒されてると見てもいいわ。私、これから御館様のところに行ってこの事を伝えに行ってくる。それと後でアオイを来させるから大人しくしてて」

そう言ってしのぶは部屋から退室し、産屋敷へと向かっていった。

 

 

「行ってしまった。とりあえずアオイを待っておくか」

 

 

その後、アオイからの診察を受け異常がないと確認すると、カナエや三人娘達やカナヲも来て会話に花を咲かせた。

 

 




一夏のプロフィール肆

織斑一夏 17歳

使用呼吸 日の呼吸 

見た目 額に陽炎の痣があり、髪型は閃の軌跡のリィン・シュバルツァーと同じ 

スペック 縁壱同等 透き通る世界の透視、刀も赫刀化可能 
現時点での炎(壱から参)、月(壱ノ型のみ)、花(伍と陸)、水(参から陸)が使えるが、使用するは少ない

趣味  写真を撮ること 鍛練 音楽を聴く 

特技 家事全般

好きな物 蝶屋敷の皆んな しのぶの作る料理 仲間

お気に入り しのぶと撮ったツーショットと、蝶屋敷のみんなで撮った写真 カナエとしのぶからプレゼントされた耳飾り 槇寿郎の日輪刀


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祈りの音色と栗花落

♪〜♪〜

 

青空の下、一人の青年が山の中で音色を奏でていた。額に陽炎のような痣があり、耳には桃色の花と紫の蝶柄の耳飾りを付けた赤羽織の青年────

 

青年の名は織斑一夏、鬼殺隊・日柱にして、鬼殺隊最強の剣士────

 

最近出来た趣味は、ハーモニカ演奏である。

 

「♪~♪~」

隣では、紫の蝶の髪飾りを身につけており、蝶柄の羽織りを来た少女が、その奏でる音色に合わせて歌っていた。

 

彼女の名は胡蝶しのぶ、鬼殺隊・蟲柱にして一夏の恋人である。

 

一夏がハーモニカを買った当初は、蝶屋敷で療養している患者の迷惑にならない様に、山中で一人で吹いていた。彼が奏でる音色は信じられないくらいの綺麗なものであった、数日後に興味本位で彼の後をつけてきたしのぶが驚くほどに。

 

しばらくして、一夏はハーモニカを吹くのを止めると、同時にしのぶも歌うのをやめた。

 

「……しのぶ、歌うのが上手なんだな。正直驚いた」

 

「一夏のスマホの曲を聴いて偶に一人で歌うことがあったから、多分、それの影響かしら。それにしても、今奏でた音色は初めて聞いたわ」

 

しのぶは一夏と二人っきりの時は音楽や曲を一緒に聴く事がしばしばあった。しのぶは偶にその曲を鼻歌などで歌ったり、言葉に出して歌うこともある。

 

因みに煉獄家一同が気に入っているのは『炎』だ。何しろ炎柱の炎と同じ一文字で、瑠火さんに関しては、初めて聞いた時は涙を流していた。昔と今では歌も技術も上がっているため昔の人では何か込み上がってくるものがあるのだろう。

 

 

「今の曲は、ある流れ者の風来坊の人が奏でていた曲なんだ。その人の名前は聞けなかったんだが、何処か変わった人だったからな。印象に残ってる」

 

「風来坊って、何者なのよその人は?」

 

「俺にもよくわからない。謎だらけの人だったよ」

 

 

 

 

 

 

『ふぅ、素振りはこんなものかな…』

一夏は現代にいた頃、秘密の特訓場所で、時間を費やすことが多かった。この場を知っているのは束くらいだったことを付け加えておく。

 

『日の呼吸……』

一夏は木刀を構え舞を始める。その太刀筋は幻視するほどの火を纏い、息を忘れる程綺麗で、その所作はあまりに美しかった。

そして辺りには動物が集まっており一夏の舞を見つめていた。そして無我夢中で舞を繰り広げる一夏に、誰かが近寄ってきた。

 

 

 

 

 

『大したもんだな』

 

『っ⁉︎』

一夏は舞を中断させ、声をした方へと木刀を構える。その場にいたのはハット帽と黒いジャケットを着こなした男性だった。しかも動物と戯れていた。

 

『(全く気づかなかった。何者だ…この人は)』

一夏は警戒する。一夏の気配察知は束がたとえこっそり近づいても気付くくらい並外れており、ある程度の距離であっても感知することができる。しかし、目の前の男性は一夏の気配察知をどうすり抜けたのか話しかけられるまで全く気づかなかった。

すると、一夏の心情を察してか、男性は懐から変わった形をしたハーモニカを取り出し、吹き始める。

 

♪〜♪〜♪

 

『………』

一夏はその奏でるメロディーに、警戒心が薄れ、構えていた木刀をおろした。

 

『(綺麗な……音色だ)』

一夏はいつの間にか、男性の奏でる音色に聴き入っていた。その音色はどこか物悲しい印象を受ける独特のメロディだった。

男性はしばらく吹いてから、演奏をやめた。

 

 

『落ち着いたか?』

 

『は、はい。すみません、とんだ失礼を』

 

『気にすんな』

 

『あの、あなたはどうしてここに?』

 

『俺は偶然流れ着いただけだ』

 

『そ、そうですか』

少しぶっきらぼうな対応に言葉が続かなかった。ふいに、男性は口を開く。

 

『お前は…その力を使って何がしたい?』

 

『え……?』

 

『もう一度言う。お前はその力で、何がしたい?』

 

『……正直、何をしたいかはわかりません……俺は一度、この力で相手を怪我させたことがあります。あの感覚が嫌になって剣道をやめて、独りで鍛えてる。正直、今自分が身につけてる力が…怖く感じます』

 

一夏は素直な気持ちを男性に伝えると、

 

 

『今はそれくらいがちょうどいいんじゃないのか?』

 

『ちょうど、いい?』

 

『人は誰しも、闇を抱いている。力を持つことはそれ相応の覚悟が必要だ。力を持つものとして、それが怖く感じるのは普通だろうよ』

 

男性にそう言われ、モヤモヤしていた何かが晴れた気がした

 

 

『そう、ですね。ありがとうございます。なんだか、心にあった靄が晴れた気がします。あの良ければあなたの名前を教えてくれませんか?』

 

『俺は流れ者の風来坊だ。どうせこの空は繋がってるんだ。またそのうちどっかで会えるだろう……あばよ……』

 

『えっ?ちょっ……』

すると辺りは強風に覆われ、一夏は目を瞑る。そして、再び目を開くと、男性の姿はなかった。

 

『い、いない。いったい何者だったんだ…あの人』

 

男性の謎が残ったまま、一夏はその場で呆然と突っ立ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時の人が何者かわからなかった。舞をしている最中、話しかけられるまで全く気づかなかった。只者では無いのは肌で感じてわかった。だけど、力を持つ者として何のために振るうのか考え始めるきっかけをくれた人でもあった。

 

脱線してしまった。話を戻そう。

 

 

 

「そういえば、偶にカナ姉が鼻歌歌ってるところを見たことがあった」

 

「カナヲはともかく、みんな鼻歌くらい歌うわよ」

 

 

カナエやカナヲ、アオイや三人娘達にも、一夏のスマホにある音楽も聴いている為、個人の気に入った曲もそれぞれある。

 

 

「そうか。さて…そろそろ屋敷に戻るよ。カナヲと稽古の約束もしているからな。それより、カナヲの修行は今どこまで進んでる?」

 

「今は全集中・常中を教えたところよ。カナヲは最初…一夏から日の呼吸を教えてもらっていたわね」

 

 

「そうだな。カナヲ自ら俺に指導して欲しいなんて言った時は驚いた」

 

竈門兄妹と出会う前、カナヲは自分の意思で「一夏兄さん…私に、剣を教えて!」と言ってきて俺は驚いた。あのカナヲが銅貨も使わず自分からせがんできたんだ。カナヲの目には覚悟が宿っていた。だから、俺はしのぶとカナ姉に報告した後、カナヲの指導を始めた。

 

指導しているうちにわかった事がある。カナヲは卓越した静止/動体視力を持っている。驚く事に、カナヲは全集中の呼吸を教えた途端、教えてもいない日の呼吸 壱ノ型・円舞を使った。

 

一夏は基礎的な事をカナヲに指導していたが、日の呼吸を本格的に教えると咳込みが酷く、熱も出し体調を崩す事が多かった。一夏は透き通る世界でカナヲの体を見たが日の呼吸はカナヲに合わないと判断し、カナエとの相談の上、今は一夏としのぶ二人でカナヲを指導している。形としては、カナヲはしのぶの継子となる。

 

 

カナヲは呼吸の中で花に適していると事が判明し、花の呼吸に関してはカナ姉からのアドバイスもあったが、説明が下手だった為、しのぶが教えた所…カナヲは半年で花の全ての型を習得した。カナヲは花以外に日の呼吸壱ノ型だけは使える。

 

しのぶは教えるのが一番上手だ。俺もこの時代に来た時には色々と助けられた。

 

「カナヲも何か心境に変化があったのかもしれないわ。最初の頃に比べると信じられないわよね……」

 

「ああ、カナヲは少しずつだが確実に自分の意思で物事を決められる様になってる。」

二人はカナヲの成長を見守って来たので、彼女の変化を嬉しく思っていのだ。そのまま二人は手を繋ぎ雑談を交えながら蝶屋敷へ戻って行く。

 

 

 

 

蝶屋敷に帰還すると、しのぶは患者の薬の調合の為、作業場に戻り、一夏は道場に向かう。すると、道場内で物音がした。

顔を覗かせると、額に汗を滲ませ、カナヲが素振りをしていた。カナヲは一夏に気づき、素振りを止める

 

「……一夏兄さん。お帰りなさい」

 

カナヲは少し驚いた顔をしている。いきなり現れたからびっくりしたのだろう。

 

「ただいまカナヲ、悪いな…戻るのが遅くなって」

 

「ううん、大丈夫。一夏兄さんとしのぶ姉さん…最近忙しくて会えてないから……その」

カナヲは口籠る。どうやら俺達の事で気を使わせてしまった様だ。

 

「ありがとうな、カナヲ」

カナヲは一夏に頭を撫でられ、気持ちよさそうにしている。現在“ホワホワ”している状態だ。

 

 

「よし、早速鍛錬を始める。準備はできてるか?」

 

 

「うん、いつでも大丈夫」

 

一夏とカナヲは木刀を構える。

 

「………」

 

 

「………」

 

一夏は無となりカナヲに緊張が走る。カナヲはいつでも対応出来るよう神経を研ぎ澄ませる。

 すると先手と言わんばかりか、カナヲは加速し鍔競り合いとなる。力量が伴えば、これだけで相手の強さが解ってしまうのだ。

 

「いい動きだ。」

 

一夏は誰かを指導した事がない為、基準はわからないが、現代の人達に比べてカナヲの力量は群を抜いていると感じた。しかしカナヲは頭を左右に揺らす。

 

「ううん……まだ、兄さんたちには程遠いよ」

 

「いや、カナヲはかなり筋が良い。見ただけで円舞を覚えたくらいなんだ。自信を持っていい」

 

しかし、元柱,現柱,準柱と比べてしまっては、カナヲがそう思ってしまっても仕方がないかもしれない。

 

そして、一夏とカナヲは無数の剣撃を打ち合う。しかし一夏は一歩もその場から動かず、カナヲの剣戟を捌いていく。刀を弾き、間合いを取ると、カナヲは深く呼吸を行い、型を繰り出す。一夏も透き通る世界でカナヲが繰り出す型を確認する。

 

 

「花の呼吸 陸ノ型・渦桃」

一夏はカナヲの剣を避け、宙で身体の天地を入れ替えながら呼吸を行う。

 

「(日の呼吸 漆ノ型・斜陽転身)」

 

これは水平に刀を振るう技である。相手の攻撃を躱しながらの鋭い一薙ぎを振るうのだ。

しかしカナヲはなんとか反応し一夏の木刀を受け止め、鍔競り合いになる。

 

 ――日の呼吸 陸ノ型・日暈の龍・頭舞い

 

 一夏は刀を弾きその勢いで追撃し、龍を形どるように駆け巡りながら刀を振るう。

 

 ――花の呼吸 弐ノ型・御影梅

 

カナヲは周囲に自身を守る斬撃を放ち、一夏の斬撃を受け止めると、カンッ!!と、高い木製音が響き、一夏とカナヲは距離を取る。

 

「カナヲ、型を使っていく内に無駄な動きが多くなっている。鋭く、速く、そして体感を意識して剣技を繰り出すんだ」

 

「……は、はいっ!」

 

 一夏とカナヲは道場の中を縦横無尽に動き、木刀の合わせ音を響かせる。

 

この攻防も、見る人が見れば高水準な剣技だが、一夏はカナヲに合わせどんどんペースを上げている。

 

 「花の呼吸 伍ノ型・徒の勺薬」

 

 「日の呼吸 玖ノ型・輝輝恩光」

 

 カナヲが高速の九連撃を、動きを止めることが出来る部位に放つが、一夏は周囲に炎の斬撃を放ち、九連撃を受け流していく。

 だが先程とは違い、カナヲの無駄な動きが無くなり、剣技には鋭さが増している。

 

「花の呼吸 漆ノ型・彼岸花!」

 

 

「ッ⁉︎」

 

一夏は透き通る世界でいち早くカナヲの型に対応し、距離を取る。

カナヲは一夏の中で見たこともない技を繰り出して来た。

 

「カナヲ……今の型は?」

一夏は表情に出てはいないが内心はかなり驚いていた。カナヲが技を放つ前に彼女の肺を見ると、今まで見たことのない呼吸をしていた為だ。

 

 

「この型は……しのぶ姉さんの型から参考にした技」

 

「そうか、驚いたな。まさか花の新しい型が見られるとは思わなかった」

 

「私も、何もできない自分は……嫌だから」

 

「そうか、成長したな……カナヲ」

カナヲの瞳は、出会った時は何も映していない瞳をしていた。しかし、今は光を宿しており、確かな意思があった。

 

「……ありがとう、一夏兄さん」

 

一夏の言葉に、カナヲは嬉しそうに頷いた。

 

「それから……まだやるか、カナヲ?」

そう一夏が言い、カナヲが構えた途端、カナヲの木刀の刀身が粉々に砕けてしまった。

 

「……木刀が」

 

「……続けるのは無理だな」

一夏はまた木刀を壊してしまった事を反省しながら、現在の時刻を確認する。どうやら約一時間、剣を交えていたようだ。

 

 

「今回はここまでにしよう」

 

「……うん、わかった」

 

お互いに一礼する。

 

「あの…兄さん、聞いてもいい?」

 

「ん、どうしたカナヲ?」

 

「今、花の新しい型を作っているんだけど、何か助言が欲しい」

 

「もう新しい型を開発してるのか……そうだな、因みにどんな技にするつもりだ?」

 

「抜刀術を使った技にしたいの。でも…中々上手くいかなくて、何か足りない気がするの」

 

「抜刀術か……確認するがカナヲ、お前は他の呼吸を併用した事はあるか?」

 

「え?えっと……ない」

 

「だったら花の呼吸に日の呼吸を織り交ぜてみたらどうだ?」

 

「日を……花に?」

 

「ああ、前に岩柱の悲鳴嶼さんと手合わせした際、円舞一閃を使ったら言われたんだ、『その型は雷を併用しているのか?』と。雷は見た事がなかったから自分で編み出したとしか言えなかったんだが、円舞を使えるカナヲなら可能なんじゃないかって思ったんだ。実際、俺も他の呼吸を併用した改の型が幾つかあるからな」

 

「……わかった。やってみる」

 

「ただし、あまり無茶はするなよ。日の呼吸は他の人が使うと負担が大きいから気を付けろ。いいな?」

 

カナヲは「うん」と返事する。あの時の一件から、日の呼吸はあまり使わない様にカナヲには言いつけている。

 

 

 

 

 

 

そしてその後、一夏はカナヲに抜刀術のいろはなどを教える。

療養していた患者が偶然目撃したが、傍から見ると二人は兄妹に見えたらしい。

 



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風と日

今話は短めです


「風の呼吸 壱ノ型・塵旋風・削ぎ!」

 

「日の呼吸 壱ノ型・円舞」

 

一夏は蝶屋敷の道場にて、傷跡だらけの男性、風柱・不死川実弥と木刀を打ち合っていた。不死川と一夏の周りでは、杏寿郎 ,甘露寺蜜璃,しのぶ,小芭内,真菰の面々が二人の打ち合いを見守っていた。

 

 

ーー日の呼吸 玖ノ型・輝輝恩光

 

ーー風の呼吸 参ノ型・晴嵐風樹

 

風と日をぶつけ合うように、二人は木刀を打ち合う。その剣撃はもはや目視するのは難しいほど速い剣速だった。

 

二人の打ち合いはこの場にいる者や柱以外からすると、次元が違ったのだ。

 

 

「テメェ、いい加減に本気出せやぁ!それがテメェの実力かぁ?」

 

「生憎と、本気を出せば怪我をさせかねません。今のあなたに合わせてやっている身、こちらとて真剣にやっているつもりです」

 

 

「不死川!流石に今のお前が本気を出したとしても、一夏に勝つのは無理だと思うぞ!」

 

「右に同じく」

 

「私も煉獄さんに同意です」

 

「左に同じく」

 

「え、えっと……煉獄さんと同じ…です」

 

杏寿郎の言葉に三名は静かにうなづき蜜璃は気まずそうに賛同する。それもその筈、歴史上、鬼殺隊員の中でトップに君臨している柱が手も足も出なかった上弦の鬼を、当時鬼殺隊・癸の一夏が無傷で討伐したなど、当初は信じ難い事だった。

 

 

「あの時、俺は、油断をしていた上弦の弐の隙をついたまでです。奴が初めから本気を出せば、俺はどうなっていたかわかりません」

 

「ごちゃごちゃ言ってねぇで本気出せや!本気でやらなかったらぶっ殺すぞ!」

 

ーー風の呼吸 弐ノ型・爪々・科戸風

 

鋭利な爪を思わせる4つの斬撃を放つ。

 

「(ぶっ殺すって……意外といい人なのはわかるが、流石柱になりたてで御館様に無礼なことを言っただけのことはある)」

 

そして一夏はその場から動かず木刀を鞘に納めるような構えをする。

 

ーー日の呼吸黒式 肆ノ型・日影

 

自身の間合いに入った不死川の攻撃を全てを無力化する。日の呼吸黒式は一夏が独自に改良した独自の派生である。

 

黒式・肆ノ型は義勇の拾壱ノ型を見て編み出した“凪" の超強化版である。違いは刀を鞘に入れた状態から繰り出す点だ。

 

「(っ!俺の斬撃を掻き消しただぁ?)」

不死川は一夏が何もしていない状態で技を無力化したことに驚く。そしてそれをみていた杏寿郎達も一夏の技を見て考察し始めた。

 

「今の技は、一夏の言う黒式か!」

 

「おそらくそうだろう」

 

「でも、どことなく義勇の拾壱ノ型に似てるね」

 

「確か冨岡さんの技を元にした型を創っているって言っていたわ。多分それだと思います」

 

「(冷静に不死川さんの斬撃を無力化するなんて…素敵!)」

……約一名外れている者もいた。彼らは再び二人の打ち合いに集中するが、二人は動く様子はなかった。

 

 

 

 

 

「(ちぃ!距離をとっても接近しても同じだぁ。こいつは一切の隙がねぇ。無表情な所は冨岡の奴と似てムカつくがなぁ)」

 

 

そして不死川と一夏はその場から動く様子はなく、自分が先に仕掛けようと動こうにも…動かなかった。否、不死川は動けなかったのだ。

多くの鬼と戦い、下弦の壱を討ち、風柱に登り詰めた不死川だったが...隙が一切無い一夏にどう動けばいいのか攻めあぐねていた。

 

「風の呼吸 伍ノ型・木枯らし颪!!」

 

攻めあぐねていた不死川だったが、このままでは埒が明かないと感じ攻撃を仕掛けた。一夏は迫り来る不死川の攻撃を前にしても常時冷静で、呼吸を整えていた。

 

「(前回と今回で、風の呼吸は大体わかった。組み合わせる技は…この型だ)」

一夏は、迫る風に、木刀を構える。

 

 

「日の呼吸改・円舞螺旋撃」

一夏はこの打ち合いで、円舞に風の呼吸の取り入れた技を完成させる。それは灼熱の竜巻であった。

 

 

 

風と日の竜巻のぶつかり合いで、一夏は追撃するように不死川に接近し、不死川の木刀を弾く。

 

一夏が弾いた不死川の木刀は綺麗な放物線を描き、道場の床にカラン、と音を立てて落ちた。

勝負は終わった。

 

 

「今回も俺の負けだ……」

 

「ふぅ」

 

稽古は、不死川が負けを認めて終わった。

 

「じゃあなぁ、次も頼むわ」

 

「はい!今日もありがとうございました、不死川さん。あっ、不死川さん。良ければこれ、もらってくれませんか?」

一夏はスマホの拡張領域から風呂敷に包んでいる菓子を取り出した。

 

「テメェ、どこから出しやがったそんな物」

 

「これです」

一夏はスマホを不死川に見せると納得するように溜息を吐く。

 

「それで、中身はなんだぁ?」

 

「おはぎです。昨日アオイ達と作って多く余ってしまったんです。不死川さんは…甘い物は、大丈夫ですか?」

 

「………問題ねぇ、ありがたく貰うわ」

一夏と不死川は偶に稽古に付き合う仲だ。不死川は一夏からおはぎの入った風呂敷を受け取るとその場から何処かに行ってしまった。

 

「うむ!流石だな一夏!」

 

「すごかったわ一夏くん!二人の打ち合い、私思わずキュンとしちゃったわ!」

 

 「お疲れ様、一夏。一夏との稽古のお陰でやっと目で追えるようになってきたよ」

 

不死川が居なくなってから杏寿郎と蜜璃、そして真菰が、労いの言葉をかけに近づいてくる。小芭内は木刀を片手にやって来た。

 

「次は俺の番だ。まさかあの程度でへばったとは言わないだろうな?」

 

「大丈夫です。ここにいる全員とやれる体力はまだあります」

 

「全く、無茶しないでよね」

 

「わかってるさ、心配するな、しのぶ」

 

「伊黒が終わったら次は俺だ!」

 

その後、一夏は、この場にいる全員と日がくれるまで鍛練を行い、有意義な時間を過ごした。

 

 

 




原作の不死川実弥の違い

性格は原作と変わらないが一夏の事は認めている。
 
偶に稽古をする仲。

一夏との打ち合いにより、現時点での実力は無限城編の痣を発現させた不死川と同じ。



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 那田蜘蛛山

日が暮れ、あたりは暗闇に包まれ始める。空は満月で、月明かりがあたりをてらし出す。そんな人気のない道を一夏は一人歩いていた。

 

ふと風が吹き、一夏の髪を揺らす。異質である陽炎模様の痣があらわになる。

 

「嫌な風だ……こういう風が吹く時に限ってあまりいい事はないな」

一夏は現代にいた時も、吹く風でどの様な日になるかわかっていた。一夏はそのまま暗い道中、足を進める。

 

 

「(もう、八年になるのか…)」

一夏がこの時代に来て八年目となる。一夏はすっかり年齢に相応しい見た目となっていた。身長は現在178はある。しかさ、両耳につけた紫色の蝶と、桃色の花柄の耳飾りは健在だ。

 

 

 

 

 

「緊急ゥー!!緊急ゥー!! 」

 

自身の鴉とはまた違った鎹鴉が一夏の頭の上に乗る。鴉はすごい息切れをしていて必死に飛んできた事が分かる。そんな鴉を一夏は両手で抱える。

 

「どうした、何があった?」

 

 

「那田蜘蛛山ニテ隊士達数名ガ襲ワレ死傷者多数!! 至急救援!救援!!」

 

「那田蜘蛛山か。分かった、お前はここで少し休んでろ。ブイ!」

 

「おうおう、呼んだかぁ、一夏ぁ?」

 

「さっきの伝令、聞いていたな?」

 

「もちのろんだぜぇ!先導するからついてきな!」

 

そう言って一夏は鴉を休める場所に置いたのちに、ブイの案内で那田蜘蛛山へと駆け出した。距離的には数刻も掛からないだろうがもう真夜中だ。一夏とブイは速度を一気に上げ、那田蜘蛛山に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

那田蜘蛛山に到着した後、ブイには待機してもらい、一夏は一人、山の中へと入っていった。その途端、凄まじい刺激臭が鼻を突く。

 

「(……酷い匂いだ、普通の人だと吐きかねないな)」

 

一夏は内心で呟き、生存者を捜索する為、木々に飛び移り山の中を駆け巡る。

 

跳んでいたら微かに人の気配を感じたが、それはぶら下げられた白い繭の中からだった。だが、死臭が混じっていることからして、全ての繭が手遅れだろう。

 

「すまない……どうか安らかに」

 

俺は心中で手を合わせ呟く。

 

「(他の隊士も来ていると言っていたな。十二鬼月がいる可能性を考えた方がいいか)」

 

 

俺は先を急ぐことにした。

 

 

 森を走っていると、猪頭の鬼殺隊士が約二メートルを超える鬼に首を掴まれている所を発見する。

 

 

 

猪頭の鬼殺隊士は、口から鮮血を流していた。おそらく頭を潰されるのも時間の問題だろう。

 俺は、即座に刀の柄に右掌を添えた。

 

 

「日の呼吸改・円舞一閃」

 

火の一閃が炸裂し、猪頭が掴まれていた腕を斬り落とす。

 

「グワアァァアッ!」

 

斬られた鬼が雄叫びを上げる中、地に落ちた猪頭の鬼殺隊士を透き通る世界で診てみると、喉に異常が見られた以外は特に問題もなく呼吸も安定していた。

 

 

「(日の呼吸 漆ノ型・斜陽転身)」

 

一夏は鬼の攻撃を回避しながら、我が身を天に捧げるかの如く跳び、宙で身体の天地を入れ替えながら水平に刀を振る。それは、相手の攻撃を躱しながらの鋭い一薙ぎとなる。

炎の斬撃を描き、鬼の体を一刀両断すると、鬼は力尽きたようで仰向けに倒れる。その時、起き上がった猪頭の少年が、俺に刀を突き付け言い放った。

 

「オレと戦え、赤羽織!」

 

「………え?」

 

思わず首を傾げてしまう。だが、猪頭の少年は話し始める。

 

「お前は、あの十二鬼月を倒した!そのお前を倒せば、オレの方が強い!」

 

 

「(見るからに、こいつは重傷だ。それにあんな大声を出して大丈夫なのか?)」

透き通る世界で確認したが、猪頭の少年は鬼に首を握り締められた際、喉に爆弾を抱えてしまっている為、いつ爆発してもおかしくない状態だ。

 

 

「(しかし、何故その結論に至ったんだ?あれが十二鬼月……なわけないか。瞳には数字が刻まれていなかったし)」

 

「オイ、聞いてんのか赤羽織!?」

 

「……傷が治ったら何時でも手合わせをしてやる。だから大人しくしてろ、いいな?」

 

 

一夏は拡張領域から紐を取り出し瞬時に猪頭の少年を縛り上げて木に吊るす。猪頭の少年はその早い動きを捉える事はおろか縛られた事さえ気づかなかった。

 

 

「(ななな、何だこれ?ハエー、こいつかなり速いぜ!)」

 

 

「後で隠を来させる。その状態で動かれると怪我が悪化するからな」

 

俺はそう呟いてから納刀し、この場を小走りで後にした。 

 

「んだと!こんなもんどうってことねぇわ!つか、縄解け!オイ!オイ!!」

 

 

その後も猪頭の少年の声が山中に響き渡る。大人しくしろと言ってるのに……

 

 

 

 

鬼の気配がする方向に走っていたら、その先で刀を構え対峙している冨岡さんとしのぶの姿が映る。そして、冨岡さんが地に膝をつけていたのは

 

 

 

 

 

 

 

 

あの雪山で出会った炭治郎,禰豆子の竃門兄妹の姿だった。

 

 

「(なんで柱二人がここに?しかもこれはかなりまずい状況だな)」

 

 

 

俺は急停止して冨岡さんとしのぶの間に立つ。

 

「あら、一夏“さん”も来ていたんですね。丁度よかったわ。そこにいる冨岡さんが庇っているのは鬼なんですよ、手を貸してくれないかしら?」

 

「…………」

 

「一夏さん?」

 

「……ごめん、しのぶ」

 

一夏はしのぶに謝ると義勇の隣に立つ。

 

 

「……どう言うつもりです、一夏さん?なんで冨岡さんに加担するんですか?冨岡さんが庇っているのは鬼ですよ。『鬼殺の妨害』、この意味…わかってますよね?」

 

 

「ああ……わかってるさ」

 

「……なぜ庇うんですか」

 

 俺がそう答えると、しのぶは落ち着いた口調だが、青筋を浮かべているのが見える。確かに、事情を知らないしのぶから見たら、鬼は滅殺する対象だ。

 

「……織斑、ここはオレが(受け持つ)。(炭治郎達を)任せる」

 

「……わかりました」

 

「っ、“一夏”!」

しのぶは追いかけようとするが、義勇に阻まれる。

 

「掴まれ、炭治郎」

 

「へっ?あ、はい!」

 

炭治郎は突然のことになんとか返事をするが、俺は、箱を背負った炭治郎を背におぶり、この場から走り出す。

 

「い、一夏…さん?」

 

「ああ、久しぶりだな。こんな再会で申し訳ないが何も言うな。今はここを切り抜けるのが先決だ。しっかり掴まってろよ」

 

「は、はい!」

 

「(酷い怪我だ。この様子だとまだ止血の呼吸を習得していないか。それに見違えたな…あの時とは大違いだ)」

 

そう思いながら山中を走る。

 

「(しのぶには……ちゃんと謝らないとな)」

 

一夏が罪悪感を抱きながら進んでいると、背後から茂みが揺れる音がした。姿を現したのはカナヲだった。

 

一夏は気配を察知し、カナヲは禰豆子が入った箱だけに向けて抜剣し振り下ろすが、俺はカナヲの攻撃を躱し距離を取る。

 

 

 

「……一夏兄さん。その隊士が背負っている箱からは、鬼の気配がする」

 

「わかっている。これには事情があるんだ」

 

 

そして先程の回避した動きに振り回され、疲労でピークを迎えたのか、白目を剥きながら気絶している炭治郎たちを安全な場所に下ろしてから元の場所に戻る。

 

 

「……どんな事情?一夏兄さんは、鬼に慈悲をかけ過ぎ」

 

「言っただろ、事情がある、と」 

 

カナヲは後方に刀を回し、

 

「――私はしのぶ姉さんに、鬼を滅するように頼まれた」

 

「命令か……だったらそれ相応に対応させてもらう」

 

一夏は日輪刀を抜刀し構える。

 

 ――花の呼吸 肆ノ型・紅花衣

 

 「(日の呼吸 壱ノ型・円舞)」

 

俺は炭治郎に迫ると思われる攻撃を相殺させると、ガキンッと甲高い音と共に刀の鍔競り合いになる。そして、カナヲは眉を寄せる。

 

「隊員同士の戦闘は、隊律違反になるんだよ」 

 

と言い、首を傾げる。

 

「……それもわかってる。でも、この先は通させない」

 

一夏はカナヲを押し返し距離を取る。そこから、カナヲは無数の花の斬撃を繰り出すが、一夏は難無く捌いていく。

 

 「花の呼吸 伍ノ型 徒の勺薬」

 

 「日の呼吸 肆ノ型・灼骨炎陽」

 

 カナヲの九連撃は、一夏の技によりまた無力化される。カナヲは一夏に決定打を与える事ができず、ただ攻撃を受け流され、無力化されてしまう。

 

「……そこをどいて、一夏兄さん。その鬼を殺せない」

 

「………断る」

 

 俺がそう言ったら、カナヲは「だったら無理にでも押し通る」と呟き、刀を振るう。

 

 

「花の呼吸 捌ノ型・日輪草」

 

カナヲは花の呼吸を行うと、花の一閃を行う。

 

日輪草とは、修行の際、カナヲが一夏の指導の元、日の呼吸・壱ノ型 円舞と肆ノ型・灼骨炎陽を参考に編み出した抜刀術である。

 

日の呼吸より威力は低いが、この技は力で斬るというよりも速さで斬るという意味合いが強く、逆に力みすぎるとかえって威力が激減するため、力強い剣士よりも力の制御が効く剣士や力が弱い剣士の方が向いている技であり、敵が範囲に入った瞬間斬り裂く一式と自ら敵に近づき抜刀する二式が存在する。

 

ただし、抜刀術と言うだけあって難易度も高く、生半可な抜刀では刀が折れたり、上手く技が発動しない。実質カナヲは完成までに木刀をいくつか壊してしまっている。

 

そしてカナヲ自身気付いてはいなかったが、自身の日輪刀に変化が起こっていた。

 

 

 

「(っ!カナヲの刀が赫く……)」

 

一瞬カナヲの日輪刀が桃色から赫く見えたが、一夏も瞬時に日輪刀を納刀し、構える。

 

 

「日の呼吸改・円舞一閃」

一夏はカナヲの花の一閃を、自身の火の一閃で相殺させる。カナヲの技は練度,所作,速さ,力も日の呼吸を極めた一夏には程遠かかった。

 

 経験の差が見えてきたのか、カナヲは呼吸が乱れ両肩を揺らしていた。

 

「はぁ、……やっぱり一夏兄さんは強いや」

 

「鬼殺隊の柱だからな、そう簡単には負けるつもりはない。カナヲも成長したな…ここまで腕を上げていたなんてな、正直驚いた」

 

 妹の成長を喜ぶ中、その時、一夏の鴉、ブイが空中を旋回し、口を開く。

 

「カァァアア!伝令だ!伝令!竈門炭治郎、及び、鬼の禰豆子を拘束!本部へ連れて帰れだとよ!」

 

 それから、ブイが炭治郎と禰豆子の特徴を復唱していた。俺は日輪刀を納刀し息を吐く。取り敢えず、この場は収まったと見てもいいだろう。

 

 カナヲも納刀し、口を開く。

 

「……兄さん。命令によりご同行を」

 

「……わかった」

 

炭治郎は隠の人が背負い、俺はカナヲに連行されることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇その道中

 

「兄さん、この後覚悟していた方がいいと思う。しのぶ姉さんが黙るはずがないから」

 

「わかってる。とっくに殴られる覚悟は出来て「何の覚悟が出来てるのかしら……イ・チ・カ・さ・ん?」………し、しのぶ?」

 

 

振り向くと、そこには青筋をつくり笑みを浮かべたしのぶがいた。しかしその笑顔は笑っている様で笑っていない笑顔で、どす黒いオーラが見えた。一夏は表情こそ変えないが、顔を青くする。一緒にいるカナヲまでもが真っ青だ。今のしのぶが怒っているは誰が見てもわかっていた。

 

 

「さっきはまぁ逃げてくれたものですよ……冨岡さんは長ったらしく事情を説明しようとするわ、一夏さんは鬼を連れた隊士を抱えてトンズラこくわ、全くどいつもこいつもですよ」

 

しのぶはシュッシュッと拳を前に振るう。一夏が無意識に視線を逸らすと、カナヲはいつのまにかいなくなっていた。おそらくあまりの威圧感に逃げたのだろう。

 

「(……覚悟を決めるか)」

 

「一夏さん……覚悟は出来ていますか?」

 

「……ああ、弁解はしない。この際殴り飛ばしてくれても構わない」

 

「うふふ、殊勝な心がけですね。それじゃあ遠慮なく……歯ぁ食いしばりなさい!」

 

「…っ」

 

 

 

一夏は反射的に目を瞑る。しかしいつまで経っても痛みは来なかった。

 

 

「(あ、あれ?)」

 

一夏は殴り飛ばされると思った。しかし両頬に暖かい感覚が、唇には柔らかい感触がした。

 

「…んっ⁉︎」

目を開けると、しのぶは一夏の唇に重なっていた。数十秒くらいそれが続いた後、しのぶは唇をはなす。

 

「し、しのぶ…何を⁉︎」

 

「とりあえず今はこれで済ませてあげる。“一夏”が理由もなしに鬼を庇うわけがないのは、わかってるから」

 

「……しのぶ」

 

「ただし!事が落ち着いたら言うことをなんでも聞いてもらうから、覚悟してなさい!」

 

「……はは、わかった。やっぱり、しのぶには敵わないなぁ」

 

「おいおい、イチャついてるトコ悪ぃが…さっさと無口柱と合流しな、一夏ちゃんよ」

 

「わかってるブイ、悪いが今は何も言わないでくれ」

一夏は頬を赤くし、先程しのぶが行った行為に心臓が速く鼓動する。しのぶは何ごとも無かったように隣を歩いているが、彼女自身耳を赤くしていた。

 

「(今更だけど、かなり恥ずかしいわ…)」

しのぶは先程の行為で顔も真っ赤にしていた。一夏に悟られない様に平常心を保っていたが、一夏にバレバレである。しかし一夏はしのぶの気持ちを汲んで、敢えて何も言わなかった

 

 

 

その後、日の光が山を照らし始める。一夏としのぶは義勇と合流した後、産屋敷へと向かうのであった。



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柱合裁判

産屋敷庭園

 

本来会議は屋敷内で行うが、ここは鬼殺隊当主であるお館様産屋敷耀哉と柱たちが集合し、裁判に掛けられた者の審議を問う場所だ。

 裁判に掛けられている炭治郎は、鬼を連れながら鬼殺を行っていたなど、鬼殺隊の名を穢していると同義であり、重大な隊律違反と言うに他ならない。

 

「……」 「……」

 

 

冨岡さんと俺は他の柱から距離を取り、炭治郎を見守っていたが、当然反応は厳しかった。

 

「裁判の必要などないだろう!鬼を庇うなど明らかな隊律違反!我らのみで対処可能!鬼もろとも斬首する!……だがしかし!あの一夏が考えなしにこんなことをするとは思えん!なのでお館様の意見を聞いてから対処しよう!」

 

「その必要はねぇだろ煉獄、だったらオレが派手に頸を斬ってやろう。誰よりも派手な血飛沫を見せてやるぜ。もう派手派手だ」

 

 この場で様子見をする炎柱・煉獄杏寿郎、処刑を主張するのは、音柱・宇髄天元だ。

 

「しかし、柱が、ましてや一夏が隊律違反をするとはな。大体、拘束もしてない様にオレは頭痛がしてくるんだが、そんな柱二人はどう処分する?どう責任を取らせる?どんな目に遭わせてやろうか?」

 

 蛇柱・伊黒小芭内が木の枝の上に寝転びながら、ネチネチと毒を吐く。また、岩柱・悲鳴嶼行冥も処刑に賛成した。

 

「大人しくついてきてくれましたし、処罰は後で考えましょう。それよりも私は、坊やの方から話を聞きたいですよ」

 

しのぶはそう呟く。取り敢えず話を聞く姿勢だ。炭治郎は、うつ伏せで倒れながら言葉を発しようとするが、口の中が乾いて言葉が詰まってしまう。

 

「水を飲んだ方がいいですね」

 

 そう言ってから、しのぶが片膝を突き、炭治郎の口許に、鎮痛薬を混ぜた水が入った瓢箪を差し出すと、炭治郎はそれを啜ってから口を開く。

 

「オレの妹は鬼になりました。でも、人は喰ったことは無いんです!今までも、これからも、人を傷つけることは絶対にしません!」

 

 炭治郎は強く意見する。

 

「くだらない妄言を吐き散らすな。そもそも身内なら庇って当たり前。言うこと全て信用できない、オレは信用しない」

 

「あああ……鬼に取り憑かれているのだ。早くこの哀れな子供を殺して解き放ってあげよう」

 

 だが、小芭内、行冥は否定の意思だ。

 

「聞いて下さい!禰豆子が鬼になったのは二年以上前のことで、その間、禰豆子は人を喰ったりしていない!」

 

「話が地味にぐるぐる回ってるぞ阿呆が、人を喰ってないことを、これからも喰わないこと、口先ではなく、ド派手に証明してみせろ」

 

 天元がそう呟き、恋柱・甘露寺蜜璃が『お館様の意見を聞いてから』と主張する。霞柱・時透無一郎は無関心だ。 

 反論を述べるにしても、強制力は無きに等しいだろう。

 

「妹はオレと一緒に戦えます!鬼殺隊として人を守る為に戦えるんです!だから――」

 

「オイオイ、何だか面白いことになってやがるなァ」

 

 

隠の制止を無視して、禰豆子が入った箱を片手に現れたのは、風柱・不死川実弥だ。

 

「鬼を連れた馬鹿隊士はそいつかいィ。一体全体どういうつもりだァ?」

 

 実弥は殺気を露にし、日輪刀に手を掛け抜き放つ。

 

「鬼が何だって坊主ゥ?鬼殺隊として人を守る為に戦えるゥ?そんなことはなァ、ありえねェんだよ馬鹿がァ!」

 

 実弥は禰豆子が入った箱を貫こうとするが――その直後

 

 

「不死川さん……何をしようとしているんですか?」

 

 

「なにしてんだァ……織斑ァ!!」

 

 

実弥が禰豆子の入った箱を貫こうとした瞬間、ずっと無言を貫いていた一夏が音も気配も消して接近し、素手のまま実弥の刀を掴んだのだ。余りに一瞬の出来事に一同が驚く中、一夏の血が滴る実弥の刀身は赫く変化していく。それは、一夏が力を入れて握っている証拠だ。

 

 

「一夏⁉︎」

 

しのぶが声を上げる。

 

 

「不死川さん、刀を……納めて下さい」

 

一夏は俯きながら声を出す。その声は普段より低く、並々ならぬ気配を漂わせている。その場にいた全員が、それを感じていた。

 

 

「二度も言わせないでください。刀を…納めて下さい、不死川さん」

 

一夏の握る手が強くなる。その勢いは刀を折るほどの握力だった。

 

「……ッ」

一夏は無表情で実弥を睨みつける。尋常ではない殺気、それは人に向けられていい物ではない。炭治郎含め、柱全員が一夏の殺気にたじろぐ。余りの無の表情…そして今まで感じたことのない底知れぬ威圧に冷や汗をかく。間近で圧を当てられた実弥は動けずにいた。

 

 

一夏は鬼殺隊最強の剣士と言われている剣士、『始まりの呼吸』日の呼吸を極めた剣士。現柱も、しのぶを除いて、一度も一夏には勝てた事はない。

 

そして、彼は鬼に慈悲を掛ける剣士でもあった。

 

一夏は剣術は好きだが、殺し殺される様な争い事は好まない性格だ。鬼を斬る事は人間を斬る事と同じ…そう考えている。

 

鬼は人を喰らう生き物であり、悪鬼を滅するのが鬼殺隊の心理だ。実弥は、一夏の事は認めてはいるが、一夏の鬼殺の仕方に納得をしていない面もあった。

 

 

「杏寿郎と甘露寺さんの言う通り、お館様の御判断が先かと思いますが、どうしても箱の中にいる彼女を斬りたいのなら、自分の指を斬り落としてからにしてください」

実弥は刀を動かそうにも、信じれない力で掴まれていた為、びくともしなかった。その諫言を聞いて実弥は眉を寄せながら告げた。

 

「わかったァ、わかったからその手離せや、刀折るつもりかぁ?」

 

実弥はお館様の了承も無く、独断で違反隊士を罰するのは問題になると判断したのだ。一夏も彼の言葉に嘘はないと判断すると、手を離す。実弥は納刀しこの場を収めた。そして一夏の手は素手で刀を掴んでいた為、血が流れている。

 

「一夏、手…出して」

 

「すまない」

 

しのぶが一夏に駆け寄り軽い手当てをはじめる。

 

 

 

「お館様のお成りです!」

 

 治療が終わった直後、産屋敷耀哉の到着を告げられると、柱たちはその場で片膝を突け、頭を下げる。

 

「え、え?」

 

炭治郎は突然の事で、疑問符を浮かべていたので、禰豆子の箱を奪還した一夏が助け舟を出す。

 

「炭治郎、俺達と同じように頭を下げるんだ」

 

「は、はい」

 

一夏に言われた通り、炭治郎は急いで片膝を突き、頭を下げる。

 

「よく来たね、私の可愛い剣士(こども)たち。今日はとてもいい天気だね。空は青いのかな?」

 

 

 

 

「顔ぶれが変わらずに、半年に一度の柱合会議を迎えられたこと、嬉しく思うよ」

 

 耀哉がそう呟き、双子に手を貸してもらって座布団に座る。

 そうして始まった柱合裁判だが、やはりと言うべきか穏やかと言えるものでは無かった。

 

 

炭治郎・禰豆子を容認する耀哉に、行冥,小芭内,杏寿郎,天元,実弥が反対意見を述べる。

 

「では、手紙を」

 

「はい」

 

 そう言って、双子の一人が手紙を読み始める。

 

「こちらの手紙は、元柱である鱗滝左近次様から頂いたものです。一部抜粋して読み上げます」

 

 その内容は、二年の歳月が経過しても禰豆子は人を喰ってないと言う内容だ。

 そして、次の内容に柱たちに驚愕が走る――、

 

「――もし禰豆子が人に襲いかかった場合は、竈門炭治郎及び鱗滝左近次、水柱・冨岡義勇、同門の鱗滝真菰……日柱・織斑一夏が腹を斬ってお詫び致します」

 

 だが、反対意見を提示したのは、実弥だ。

 

「…切腹するから何だと言うのか。死にたいなら勝手に死に腐れよ、何の保証にもなりはしません」

 

「死に腐られるのは戦力的にまずいですが、不死川の言う通りです。人を喰い殺せば取り返しがつかない!殺された人は戻らない!」

 

 杏寿郎が同意する。それに対して、耀哉が口を開く。

 

「確かにそうだね。でも、人を襲わないと言う保証ができない、証明ができない。ただ、人を襲うと言うこともまた、証明ができない」

 

 耀哉は手紙を持ち、言葉を続ける。

 

「それに、禰豆子が二年以上もの間人を喰わずにいるという事実があり、禰豆子の為に五人の命が懸けられている。これを否定する為には、否定する側もそれ以上のものを差し出さねばならない」

 

実弥と杏寿郎は押し黙ってしまう。

 

更に、炭治郎が無惨と遭遇した事実も告げ、炭治郎が無惨へ繋がる手掛かりになるかもしれないという考えを見せた。

 

「(鬼舞辻無惨、縁壱さんが唯一不気味に思った存在)」

 

一夏は縁壱の記憶や見た夢で無惨のことは知っている。一夏でさえも、無惨の異形の体に戦慄したくらいだった。

 

「(縁壱さんの記憶から、無惨の事は皆に話しているが、無惨が更に力をつけている可能性も考えないとな)」

 

 

「……わかりません、お館様。人間ならば生かしておいてもいいが、鬼は駄目です!承知できない!」

 

実弥は日輪刀を抜き放ち、自身の左腕を斬る。

 

「お館様……!証明しますよ、オレが。鬼という物の醜さを!」

 

 実弥は、一夏の傍にあった禰豆子が入る箱を奪取し、それを転がした上に自身の血を垂らし落とす。

 ――実弥は稀血である。鬼を狂酔させることができる程血が特殊なのだ。

 

「オイ鬼!飯の時間だぞ、喰らいつけ!」

 

「不死川、日なたでは駄目だ。日陰に行かなければ、鬼は出て来ない」

 

 小芭内の言葉を聞き、実弥は箱を掴む。

 

「――お館様、失礼仕る」

 

 実弥は箱を持って屋敷内の日陰に向かう。そして、箱を落として、何回か箱ごと禰豆子を突き刺す。強引に扉を開けると、中からは額に汗を吹かせ涎を流しながら禰豆子が現れ、実弥の腕から流れる血を見ている。炭治郎は動こうとするが

 

「ね、禰豆……」

 

「炭治郎。柱たちに認めてもらう為には、禰豆子が人を襲わないかの証明が必要だ。信じてあげなさい…君の妹を」

 

「ッ!?……わ、わかりました」

一夏の静止で大人しくすることにした。こんな状況でも無表情な一夏だが、彼の匂いから内に秘めた想いを感じ取った炭治郎は、禰豆子を信じることにしたのだ。

 

禰豆子はよだれを垂らしてはいるものの、そっぽを向き、実弥の血を拒否した。禰豆子は、人を襲わないことの証明が成されたのだ。

 

だが、柱たちが認めても、隊士の中には鬼の存在を良しとしない者も居るだろう。

 

 禰豆子が人を襲わないという証明が出来てしまい、今ここでの処罰は行われない事になった。

 

「十二鬼月を倒しておいで。そうすれば、皆に認められる、炭治郎の言葉の重みが変わってくる」

 

「はい!禰豆子と共に鬼舞辻無惨を倒し、悲しみの連鎖を断ち切る!」

 

 

「今は無理だから、まずは十二鬼月を倒してからだね」

 

「は……はい」

 

 

 

炭治郎はお館様に言われて余りの恥ずかしさで顔を赤く染めてしまっていた。その中で笑いを堪えるしのぶと蜜璃だったが…

 

「くっ、くふふふふっ」

 

「え……一夏?」

 

すると一夏が笑い出し、柱の全員が注目する。

 

「あはは、アハハハハハハ!」

一夏は涙をためながら笑い始めた。一夏は炭治郎とお館様のやりとりがツボに入ってしまったようだ

 

「(一夏が、声に出して……笑ってる)」

しのぶも一夏の笑顔は見る事はあったが、声に出して笑うところは見たことがなかった為、初めて見せる顔に少し驚いていた。

 

「おお、あの織斑が…派手に笑ってやがる」

 

「うむ!珍しい光景だな!俺でも一夏が声に出して笑う姿は初めて見た!」

 

「はぁっ⁉︎見たことがないって…マジか⁉︎」

 

「ああ!長い付き合いたが事実だ!胡蝶はどうだ?」

 

「私も…正直驚いています」

 

「(あの人、笑うんだ)」

 

「(織斑もあんな顔をするんだな)」

 

「(あの野郎ォ、あんな顔できたのか)」

 

「(声に出して笑う一夏君も素敵!)」

 

「南無」

 

「………一体何が笑えると言うんだ」

 

柱の反応はそれぞれだった。しかし柱一同は表情を時折変える所は見たことあるが、声に出して笑う一夏に内心かなり驚いていた。この中で一番付き合いの長いしのぶでさえも驚くくらいだった。

 

「も、申し訳…ありま、せん。話を遮ってしまいまして…」

 

一夏はすぐに表情を戻すも、笑いを耐えながら御館様に謝罪する。

 

「ふふっ、大丈夫だよ。それじゃあ、この裁判は終わりにしよう。それから、二人のことは」

 

「でしたら竃門君たちは私たちの屋敷で預かりましょう。では連れて行ってください」

 

しのぶが手を叩くと、現れた隠が炭治郎と禰豆子を連れていく。だが直ぐに炭治郎が戻ってきて、「不死川に頭突きをしたい」旨を御館様に訴え、時透から手痛い一発を受けて再び連れていかれるという一幕があった。炭治郎の姿が見えなくなった所で柱合会議が開始された。

 



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食事会

「いーちーかー、ねぇ、聞いてるの?」

 

「………」

 

「なんだかこの部屋、熱くない?そう思わない?ねぇ?」

 

「………」

 

「ねえ、ねえ、なんで無視するの?いーちーかー、無視するならどんどん強く突くわよ〜」

 

「(なんでこうなった……)」

柱合裁判から二日後の夜、俺は、しのぶ,甘露寺さん,杏寿郎,小芭内さん、冨岡さん,宇髄さん,真菰,時透のメンバーで夜の食事に来ていた。不死川さんと悲鳴嶼さんも誘ったが、予定が合わず断られた。

ここにいるメンバーには竈門兄妹との出会いについては話している。最初は義勇に問われたが長ったらしい説明になる為、一夏に説明が任された。その後は雑談をしながら食事に興じていたが、しのぶが突然この様な状態になってしまったのだ。

 

 

 

「おーおー、派手に酔ってんなぁ、胡蝶」

 

「義勇、あれ大丈夫かな?」

 

「………」←好物の鮭大根を口に含んでる為何も言えないし考えてもいない

 

「貴様は何か言ったらどうだ、冨岡…なぜ俺が貴様と隣でなければいけないんだ」

 

「見事に酔っているな!」

 

「(酔ってるしのぶちゃんも可愛いけど、これは)」

 

「(この大根、味が染みてる)」

 

何故しのぶが酔っているのかはわからない。いきなり酒瓶を持ちながら俺に引っ付いてきた。

しかし時代が時代であろうとも、俺は二十歳になるまで酒は飲むつもりはない、千冬姉には厳しく言われたから。

 

「ねぇ一夏……大丈夫?」

 

「…食事がし辛い、後、猛烈に背中が痛い」

しのぶは一夏の背中を指で突くがかなり痛い。突きを止めると、頬を赤くしてべったり一夏にくっついてくる。食事中だった一夏は少し困った表情だった。

 

「私なんて身長が伸びないのに……一夏ははじめに会ったときより伸びてるし!なにをどうすりゃのびるのよ!」

 

「(身長のこと気にしてたのか……)」

しのぶは柱の中では身長が一番低い。しかしこの時代でも俺の時代でも、しのぶみたいな身長が低い女性を何人も見ているので、気にすることはないと思っているが、本人は気にしているようだ。

 

「だいたい…いちかはおっきいからせっぷんするのもたいへんだしぃ〜、それからぁわらひは、みなさんにもいーたいんですよお〜、みなしゃんムダにケガししゅぎなんれすぅ!」

 

しのぶは、酒瓶を片手に、この場にいる柱にくだを巻き始めた。顔は赤く酒気を帯び、目は据わって呂律は回らなくなっている。

 

「どうしてこうなるまでほっといたんだ!?」

 

「他人事が過ぎるぞ、宇髄!最初に飲ませたのは宇髄であろう。飲ませたからには面倒を見るのが筋と言うものだ!」

 

「貴様の責任だろう、なんとかしろ」

 

「みなさーん!きいてるんれすかー! とくにいちかぁ!!」

 

「(なんで俺?)」

 

「いちかはいっつもムチャばっかしゅるし!わらひをにゃんどシンパイさせりぇばすむんれすかァッ!?」

 

「(……言い返せない)」

 

「確かに、それは胡蝶の言う通りだぞ一夏!お前は少し無理をしすぎだ!」

 

「同感だ」

 

「杏寿郎、小芭内さんまで……」

実際一夏は無理をして過労で倒れたことが何度かある。その時は藤の屋敷で倒れたのだが、回復して蝶屋敷に帰ってきた時、何故かしのぶが青筋を浮かべながら玄関で待っていた。その際は長い説教が始まり半日以上は叱られた事もある。

 

「まったくぅ!さいきんかまってくれないし!だいたいなんれすか、キョーハンって?!なんれいちかまれ、せっぷきゅなんれすか!?いちかにはちふゅしゃんたちがいるれしょ!しんだらどうするろよ!?」

 

「おい!いい加減飲むのやめろ胡蝶!…って、派手に力強えな、オイ!?」

 

因みに現時点で柱全員と真菰には一夏の家族や友人のことは知っている為、しのぶが「千冬」と一夏の家族の名を出しても皆動じない。

 

そして、堪りかねた宇髄がしのぶから酒瓶を奪おうとするが、しのぶはびくともせずに酒を呷っている。普段の非力な彼女からは想像もつかない光景だ。

 当の本人はメソメソと泣きながら酒を浴びる様に飲んでいる為、余計に異様さが際立つ。

 応援を望む様に宇髄は煉獄に目を向けるが、「そうなってはもう止まらん!」と言わんばかりに煉獄はご飯を口にかっ込むのみ。

 

「とてもじゃないが、俺たちじゃ派手に止められんぞこれは!」

 

「し、しのぶちゃん!流石にそれ以上は行けないわ!もう酔ってるから、ね?ね?」

 

「よってないれすよぉ!」

 

「酔ってる人はみんなそう言うの!!しのぶ、蜜璃さんの言う通りこれ以上はやめて!」

 

「いーやー!」

 

「酒臭い上に面倒くさいなコイツ!!!おい!伊黒も見てねぇで何とかしろや!」

 

「なぜ貴様に手をかさなければならない!貴様が胡蝶に酒を飲ませたのがそもそもの原因だろう!」

 

「お願い伊黒さん!しのぶちゃんを止めるのを手伝って!」

 

「し、しかしだな…」

 

 

ギャーギャー喚く連中を他所に一夏と義勇,時透,杏寿郎の四人料理を堪能している。一夏が肉じゃがを食べている途中、義勇が鮭大根を分けてくれた。

 

「鮭大根、以前いただきましたけど、改めて食べると美味しいですね」

 

「(鮭大根は)俺の好物だ。(いい店を知っている。暇があれば)連れて行こう」

 

「こっちのふろふき大根も美味しいよ…」

 

「こっちの肉じゃがもまた美味しいですよ」

 

「こっちは天丼もいけるぞ!」

 

四人は食べている物を交換しながら食べていた。

 

 

「一夏!呑気に食べてないで手を貸せ!胡蝶を止められるのはもはやお前くらいだぞ!」

 

「……はぁ、わかりましたよ」

 

小芭内の救援要請で、一夏は箸を置き、しのぶに近寄る。

 

「しのぶ…これ以上は「いちかー!!」……」

 

すっかり出来上がってしまっているしのぶを見る。しのぶは、近づいた一夏に、酒瓶を片手に持ったまま飛び掛かり、抱き着いた。足までガッチリと絡めて、一夏が離れないようにぴったりと密着させる。

 

「…し、しのぶ」

 

「やっぱりいちかはおひさまみたいにあったか〜い〜」

 

一夏にしがみついてすりすりと頬擦りを始めた。

素面では絶対に見せない甘えた彼女の姿に、一夏は平常心を保とうと取り繕う。

 

「一応聞きますけど、しのぶに酒を勧めたのは誰ですか?」

 

 しのぶの柔らかな頬に擦り寄られながらも、一夏は他の面子を一瞥する。そして一斉に指差した…………宇髄を除いて。

 

「いや、待て待て待て!俺だけ悪い流れは派手におかしくねえか!?こう言うのは連帯責任だろうが!?」

 

「何が派手にですか!酒を勧めたのは音柱様でしょ!」

 

「よくわからないけど、この人が悪いよね?」

 

「アレがなければこうはならなかったかもしれん!」

 

「女の子に無理矢理お酒ってキュンと来ないわぁ、宇髄さ〜ん」

 

「甘露寺の言う通りだ」

 

「(胡蝶に酒を勧めた)宇髄が悪い」

 

しがみ付かれながら仁王立ちする様も滑稽だ。

 

「もーいーちかー、こっちみーてよー」

 

「酒臭い」

 

「なんれすってー!そんないちかにはこうれす!」

 

 

「しのぶ…何を」

 しのぶは摺り寄せていた頬を離す。尚もしがみ付いたままで、何をするのかと一夏は身構えるが、しのぶは一夏の首筋に顔を近づけていた。

 

「あむっ!」

 

「っ!?」

 

 紅の剥がれた口を大きく開け、その瑞々しい唇を一夏の首筋に吸い付けた。

 一夏は目を見開き、身体はビクリと跳ねるが、しのぶを落とすまいと何とか踏み止める。その光景に一同は目を見開いた。この時、蜜璃は顔を真っ赤にし、時透の両目を塞いだことも付け加えておく。

 

ジウウと吸い付く音が耳元で響き、首筋のこそばしさと刺激を感じ取る。恐らく噛み付かれているのだろう。

 歯の圧迫感がどんどん増していく。痛い。

 

「痛っ!し、しのぶ、やめろ!」

 

「んん〜」

 

一夏は頬を赤くしているのに対してしのぶは上機嫌そうに鼻を鳴らす。

嫋やかな彼女しか知らない一般鬼殺隊士が見たら泡を吹いて卒倒するに違いない。

 助けを求めるように一夏は他の面子を見るが、皆「触らぬ“虎”に祟りなし」とばかりに目を逸らす。

 満足したのか、ようやくしのぶは一夏の首筋から口を離した。

 

「よし、これでいちかはわたしのもの〜♪」

 

 しのぶは楽しそうに笑う。べったりと彼女の唾液に塗れた一夏の首筋にはくっきりと歯形が残っていた。しかし強く噛んだせいか血が滲んでいた

 

まるで自分の名前を書くかの様に歯形と痣を残すことで、彼の所有権が自分にあると言いたいのだろう。

 

「っ、しのぶ…」

 

「ぬゅふふ……」

 

 再びしのぶは頬を摺り寄せ、大人しくなった。そして、すうすうと寝息を立て始め、ようやく終わったかと一夏は安堵した。

 

引き剥がそうとするも、足までガッチリ絡めているため剥がせない。

 

「俺達二人は帰ります」

 

「一夏、私も一緒について行こうか?」

 

「いや、大丈夫だ。気持ちだけはもらっておく」 

 

「お、おう。胡蝶は任せたぞ織斑!二人は恋仲だしな!」

 

「それから宇髄さん、明日稽古に付き合ってください。試したいこともあるので是非相手をお願いします」

一夏は無表情で宇髄に伝える。一夏は表情こそ変えないが、相当怒っている。真菰は匂いで、義勇,甘露寺,杏寿郎,小芭内は雰囲気でそれを感じ取った。

 

そして、五人には未来が見えた、宇髄が一夏にボロクソに負かされる未来が。

 

「俺、明日は派手に死ぬのか?」

 

「貴様の自業自得だ」

 

「うん、伊黒さんの言う通りですよ、音柱様」

 

その後しばらくして今宵の食事会はお開きとなった。因みに責任として代金は宇髄が支払うこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

◇翌朝

 

「あ、あれ、ここは?」

しのぶは目を覚ます。重い目蓋をこじ開けると、蝶屋敷の自室の見慣れた天井がこちらを迎えていた。

 しのぶは気怠げに布団から身体を起こす。身体が重い、気分が悪い、しのぶはこの感覚を知っている。

 

 

「飲み過ぎた……」

 

しのぶは頭を抱え、はああと大きく息を吐く。

そばに置いてある水差しを手に取り、グラスに水を注いで胃に流し込んだ。口から喉がヒヤリと潤い、不快感が少し和らいだ。

 

「昨日の記憶が曖昧だわ」

 

食事会が始まってからの事は覚えていた。しかし、その後の記憶が朧げになっていた。ついつい飲み過ぎてしまったようだ。

 恥ずかしい。みっともない姿を晒してしまったのではないだろうか。

 

「う、うう」

 

「え?」

しのぶは声のした方を見ると、一夏がしのぶの隣で眠っていた。状況から察するに、一夏は何かしらの原因で自分の布団で寝てしまったのだと判断する。

実際二人は偶に一緒に寝ることはある。

 

「…… ふぁぁぁ、もう朝か?」

一夏は目元を擦りながら周りを確認する。目の前にはしのぶの姿があった。

 

「おはよう、しのぶ」

 

「お、おはよう一夏、その昨日は…」

 

「色々と大変だった。これを見てくれ」

一夏は首筋を見せると、くっきりと歯形と痣が残っていた。しかしそれだけではなく、出血した跡も見受けられた

 

「そ、それ…私が、やったの……?」

 

「酔った蝶にやられたよ。思ったより強く噛まれたからな」

 

「ご、ごめん、一夏!わたし……なんて事を……」

 

「しのぶを責めてるわけじゃない。お前だけが悪いわけじゃないしな」

 

「ごめんなさい。ふしだらな女と笑ってください」

 

「笑わないよ」

 

深々と頭を下げるしのぶ。一夏は肩を竦める

 

「皆さんにご迷惑をかけました。特に一夏には」

 

「そうだな」

 

ズキリとしのぶの胸が痛む。一夏にしては低い声だった。完全に自分の責任なので、しのぶから何にも反論は出来ない。

 

「以前飲んで以来自重しているかと思ったんだが」

 

「耳が痛いです」

 

「何故俺がこんなことを言っているかわかるか?」

 

「……いえ」

 

 しのぶがおずおずと答えると、一夏は起き上がり、彼女の元に近づき顔を近づける。しのぶの顔が自然と赤くなる。

 

 

「あの時より酷いとはどう言う事だ」

 

「うう……」

 

 過去にしのぶは酒で失敗した事がある。それは、一夏の柱就任を蝶屋敷のみんなで祝った時のこと……内容はほとんど昨夜と同じ、「一夏に絡み、一夏が背負い、しのぶを寝室に寝かしたが、しのぶは覚えていない」というものである。この後、カナエやアオイに、お酒は今後飲みすぎないようしのぶは厳しく叱られた。

 

「少しは懲りたか?」

 

「物凄く懲りました」

 

「反省したか」

 

「はい」

 

「ならいい」

 

許しの言葉を得て、しのぶは肩を撫で下ろす。

 

「金輪際禁酒するわ」

 

「いや、飲みたければ飲めばいい。俺は無理強いをしない。ただ……」

 

 一夏は顔を更に近づけ、しのぶの肩を掴む。もう片手で彼女の髪を撫でた。しのぶの心臓が跳ね上がる。

 

「……俺以外にあんな姿を見せるな」

 

「え?」

 

「俺だけに見せてくれるなら、別に構わない……」

 

「え……ちょっ、いち…!」

 

 互いの息がかかる程、顔が近づく。接吻される、しのぶはそう予感する。何度かされた事はあるが突然のことで目蓋を強く閉じる。

すると一夏は目を瞑るしのぶの隊服の首元のボタンを外す。驚いてしのぶが目を開けると、一夏が自分の首元に顔を寄せていた。

 

「え!?」

 

 慌てたしのぶが動く間も無く、一夏はしのぶの白い首筋に吸い付いた。彼女の肌の感触を楽しむ様に甘く歯を立てる。

 

「ひゃ!あっ……!」

 

 くすぐったさに声を漏らすしのぶ。顔も熟れた林檎の様に紅潮させ、思わず仰け反り倒れそうになるが、一夏がすかさず彼女の背に手を伸ばし、倒れない様支えた。

 力が抜けた体を支えられ、逃げる事が出来ず、しのぶはされるがままに首筋を食まれる。

 手で必死で抵抗するものの、呼吸が乱れ、全く力の入らない状態では何の妨げにもならない。

 

そしてわざとらしくジウジウと一夏がしのぶに噛まれた箇所と同じ所を吸い付き、音を耳元で響かせ、しのぶの羞恥心をより煽らせる。

 

「い、いち……だ、だめ……はぁ……」

 

 優しく歯で肌を撫でられ、唇と舌でされるがままに舐られたしのぶは完全に脱力し、一夏の戯れを許していた。

 ぐったりとしたしのぶの耳元で、一夏は囁く。

 

『ーーーー』

 

「〜〜!!?」

 

目が回る様な感覚を覚えるしのぶ。羞恥で頭が沸騰しそうになる。

 

 

 

一夏は倒れない様に心ここに在らずなしのぶの体勢を整えさせ、口元を拭う。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

「いきなりすまなかった」

 

 布団から立ち上がった一夏はそのまま寝室を後にした。徐々に意識を取り戻し、改めてしのぶは一夏の行動に対して脳で処理を始める。改めて自分にされた仕返しに、思わず顔を覆いたくなった。

 

 特に、最後の一言。

 

「一夏の馬鹿……」

 

 

 

呆れてしまう。馬鹿は私だ。でも、そんな一夏でも……私は大好きだ。

 



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音の稽古と機能回復訓練

あの騒動の翌日、俺は宇髄さんと稽古を行う事になった。現在音柱邸の道場で、木刀をぶつけ合っている。

宇髄さんは二振りの刀を鎖で繋げている二刀流の剣士だ。その為、試合では、木刀を二振り使っており、鎖の代わりに紐で繋げている。

 

 

「音の呼吸 弐ノ型・玲瓏音車!」

空中で前方に回転しながら一気に頭に叩き下ろすが、

 

「………」

一夏は宇髄の木刀を受け止め、技を使わずしなやかに受け流す。

 

「なっ!マジかよ⁉︎」

 

「…………」

 

ーー日の呼吸 参ノ型・烈日紅鏡

 

「うおっ!」

天元はなんとか回避するも、隊服には切り傷が出来てしまっていた。

 

 

「本気じゃないとは言え、やっぱど派手に早ぇな」

 

「………」

 

「(あの雰囲気、譜面がなりたたねぇ)」

天元は一夏の底知れない圧に押され攻めあぐねていた。

 

 

「(鬼共が派手に可愛く見えるぜ)」

実際の所、天元も一夏と鍛錬をしていくうちに実力が上がっていくのは嫌でもわかっていた。ずっと一夏を相手にしていたしのぶは対人相手でやれば煉獄や義勇にも勝てる実力を持っていた。実質柱全体での実力は格段に上がっている。

 

 

「日の呼吸改・円舞回天」

一夏は超高速回転の円舞を三連続で放つ。天元は余りの速さに太刀筋を受け流すことができず道場の壁に吹っ飛ばされるが、なんとか受け身を取り体制を立て直す。

 

「いてて、相変わらずえげつねぇ技だな!だが、まだまだ俺は負けちゃいねぇよ!」

 

「………」

 

「なんか言えっつの!(ああいう無表情な所は冨岡そっくりだな)」

最初の頃、一夏は義勇に性格が似ていると思われていたが、いざ話すとしっかり話すし、言葉もしっかりしていたので、義勇よりはマシと思われている。実質それは、縁壱の生まれ変わりの影響である事は胡蝶姉妹しか知らない。

 

「…………」

 

「(っ!気配が変わりやがったな。次で決めるつもりか)」

一夏と天元は木刀を構え深く呼吸を行う。

 

 

「音の呼吸 伍ノ型・鳴弦奏々!」

一夏に向かって突進しながら紐を使って二刀を振り回す。そして一夏はその場から動かず木刀を鞘に収めた居合いの構えをする。

 

「日の呼吸改・烈日紅鏡・紅葉切り」

 

これは日の呼吸に雷を併用した技である。抜刀してすれ違いざまに相手を斬りつける剣速重視の型だ。その剣速は優れた精密さを誇り、音を立てず隠密に対象を斬り捨てる。

音の呼吸は雷からの派生と宇髄から聞き、多少雷の心得があった宇髄から教わった。

 

 

そして紐は切られ、木刀は砕けた。天元は余りの静かな技に、何が起こったかわからない表情だった。

 

「お、織斑、今のはなんだ?」

 

「紅葉切り、日の呼吸に雷を混ぜた技です」

 

「そ、そうか、しかし静かな太刀筋だったな、派手に驚いたわ。」

 

「この勝負も、俺の勝ちでいいですよね?」

 

「ああ、ド派手に完敗だ」

一夏は木刀を下ろし互いに一礼をする。一夏は三十回やって結果は30戦30勝…つまり、天元はボロ負けである。

 

「(この型も違和感ありとはな。五大呼吸と月と花、蟲を併用した七つの型、何が原因なんだ)」

 

一夏はこれまで日の呼吸に他の呼吸を併用した技の違和感がわからなかった。ここまで七つ確認できた。

 

 

 

「ダァークソ!なんでお前はそんな強ぇんだ?しかもお前いつも本気すら出してないだろ?」

 

「俺の場合、本気でやったら相手を怪我させかねないんですよ。だから相手に合わせてやっているんです」

 

「相手に合わせてやる方もまた派手に難しいと思うが……俺もまだまだ、鬼舞辻を追い詰めた始まりの呼吸の剣士達には程遠いってか」

 

 

「そんな事はないですよ。宇髄さんの太刀筋は、初めて手合わせした時よりも力強さが増しています」

 

「そうか?織斑が言うんならそうなんだろうな…」

繰り返しになるが、柱全体での実力は、一夏が相手にして以来、確かに上がっている。

 

「そう言えば、宇髄さんの奥方達は息災ですか?」

 

「おうよ!派手に元気「天元様ー!」…噂をすればだな」

すると一人の女性が勢いよく天元に抱きつく。

 

「こら須磨!天元様に抱きつく前にやることがあるだろ!」「稽古お疲れ様です、天元様!これ、使ってください」

 

「ありがとな、まきを」

 

「一夏さんも使ってください」

 

「ありがとうございます、雛鶴さん」

見ての通り、須磨さん,まきをさん,雛鶴さんは、宇髄さんの奥さん達だ。そして、宇髄さんも含めて元忍という経歴を持っている。因みに、宇髄さんの奥さん達も俺が未来人である事を知らせている。

 

「天元様、稽古はどうでしたか?」

 

「ははは、ド派手にボロ負けだ。織斑には一勝すらできなかった」

 

「仕方ないよ、その年で一夏は鬼殺隊最強なんだろ?しかも始まりの呼吸を使ってるって言うしね」

 

「俺はそこまで大層な人ではありませんよ、まきをさん」

 

「一夏さんは自分を過小評価しすぎなんですよ。自信を持ってください」

 

「ありがとうございます」

 

「それよりもあんた、その首筋の痣はどうしたんだい?」

 

「あっ……これは」

一夏はバッ!と隠すが時既に遅し。恥ずかしそうに頬を赤くする

 

「ほほぉ、蟲柱様と何かあったのかい?」

まきをさんは笑みを浮かべ一夏をおちょくる。

 

「……そこの旦那が原因です」

 

「ちょっ、織斑テメェ!」

 

「無理に酒を勧められて酔ったしのぶにやられました」

 

 

「……天元様?」

雛鶴の声が低く冷たくなり、天元の顔が青くなる。

 

「このお話は本当ですか?」

 

「い、いや… 雛鶴、これは、そのぉ……!」

 

「お話は別室で聞きます」

そして雛鶴さんは宇髄さんの首根っこを掴んで道場から退室していく。

 

 

「行っちゃった」

 

「悪いね一夏、家の旦那が」

 

「いや、本当あの人は余計なところがなければ良い人なんですけど」

 

「あはは、けど、あれでも私らにとっては…最高な旦那なんだよ」

 

 

 

 

その後、宇髄さんと雛鶴さんが戻ってくるまで、須磨さんがスマホの音楽を聴きたいと言ってきたので、一緒に音楽を聴いた。

 

 

 

 

 

 

柱合裁判から数ヶ月、現在蝶屋敷で怪我の療養中である炭治郎と同期である嘴平伊之助,我妻善逸、そのうち前者二人は機能回復訓練に移っている。

 

しかし、訓練から戻ってきた炭治郎,伊之助は、今にも死にそうな様子であった。

 

「ふ、二人とも………どうしたんだ?一体何があったんだよ?」

 

「ごめん」

 

「キニシナイデ」

 

善逸は心配になって声を掛けるが、今の二人は何も言う気力がなく布団に潜り込む。

二人は真っ白に燃え尽きていた。

 

 

そんなことが数日続いた。

 

そして今日、善逸もある程度回復した為、機能回復訓練に参加することになった。 

 

因みに機能回復訓練と言うのは、長い間、動かせなかった体を動かし、鬼殺隊の仕事に復帰させるための訓練である。

 

まず最初に寝たきりで固くなった体を講師であるなほ,きよ,すみの三人がほぐすというものだ。

伊之助は被り物越しから涙を流していた。

 

その後に反射神経の訓練で、薬湯の入った湯飲みを互いに掛け合うもので、湯飲みを持ち上げる前に相手に抑えられたら湯飲みは動かせないという決まりがある。

 

最後は全身訓練の鬼ごっこ。アオイは、初めて参加する善逸のため説明していたが、突然彼が手を挙げる。

 

「あの…すみません、ちょっといいですか?」

 

「…?何かわからなかったところでも?」

 

「いやちょっと…こい二人とも」

 

「…?善逸?」

 

「行かねーヨ」

 

 

 

「いいから来いって言ってんだろうがァァァ!!」

 

 大声、というより、怒鳴ることなんてないだろうと思っていた善逸のあまりの変わりように一同は驚いてしまう。

 

「オラァッ!来いゴルァ!!クソ共が!!ゴミ共がぁッ!!」

 

 

「わぁーーーッ!?」

 

「テめ、何しヤがる……!」

 

 

突然の豹変にアオイ達が驚く中、善逸は炭治郎と伊之助を外へと強引に引っ張り出した。

 

 

「正座しろ正座ァ!!この馬鹿野郎共!!」

 

 

「なんダトテメェ……!!」

すると伊之助は、呼吸を使った善逸の拳に吹っ飛ばされ、壁に激突する。

 

「伊之助ぇーー!?なんてことするんだ善逸!?伊之助に謝れ!!」

 

「ギィイイイイ!」

 

「あ゛ぁ!?お前が謝れ!!お前らが詫びれ!!!天国にいたのに地獄にいたような顔してんじゃねぇええええ!!」

 

「「!?」」

 

 

「女の子と毎日キャッキャキャッキャしてただけのくせに何をやつれた顔してみせたんだよ!!土下座して謝れよぉ!!切腹しろぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「何てこと言うんだ!!」

 

「黙れこの堅物デコ真面目が!黙って聞けいいか!?女の子に触れるんだぞ!?体を揉んでもらえて!!湯飲みで遊んでる時は手を!!鬼ごっこの時は体触れるだろうがアア!!女の子の体はすっげー柔らかいんだぞ!?すれ違えばいい匂いがするし、見てるだけでも楽しいじゃろがい!!幸せ!!うわぁああああ幸せ!!」

 

 

「わけわかんねぇコト言ってんじゃネーヨ!!自分より体小さい奴に負けると心折れるんダヨ!」

 

 

「やだ可哀想!!伊之助、女の子と仲良くしたことないんだろ!?山育ちだもんね遅れてるはずだわ!あーカワイソォォォォ!!」

 

 

「カッチーン!はああ゛ーーーん!?俺は子どもの雌踏んだことあるもんね!!」

 

「最低だよそれは!!」

 

 

 

「………」

 

「「「………」」」

 

「………」

 

待っていた女性陣は、男性陣の発言に引いていた。あまり表情を変えないカナヲですらも、だ。

 

先程の騒ぎなどなかったかのように再び三人が訓練場の中に戻ってきた。

 

 

「よろしくお願いしま~す!」

 

 

アオイ達は、ご機嫌な様子で挨拶をする“善逸君”に冷ややかな視線を向ける。それでも訓練をやらないわけにもいかない。

 

 

 

「ウフフフフフフ、アハハハハハハ!!!」

 

「………」

 

「あいつ……やる奴だぜ。俺でも涙が出るくらい痛いってのに笑ってやがる。」

 

「(善逸、そんな邪な気持ちで訓練したらいけないと思う)」

 

更に、善逸は反射訓練でもアオイに勝った。

 

 

「俺は女の子にお茶をぶっかけたりしないぜ」

 

 

「………」

 

カッコつけて見せていたが、アオイ達の目は厳しいままだ。全身訓練の鬼ごっこでも勝ったことに変わりはないが、思いっきり抱きついたり体を触ったりしたことでアオイにぼこぼこに殴られていた。

 

「勝負に勝ち、戦いに負けた!」

 

もしこの場に一夏がいたら、束さえ嫌がっていた、実姉直伝の脳天締め(アイアンクロー)をかましていた所だ。

 

それに続くように伊之助もアオイとの反射訓練・全身訓練を難なく突破した。少し乱暴だったが……。

 

「(俺だけずぶ濡れ)」

炭治郎は反射訓練も全身訓練もなかなか突破することができなかった。

その上、炭治郎を含めた三人全員がカナヲに勝つことができなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

◇数日後

 

 

 

「またあなただけ!?信じられないあの人達!!」

 

 

「すいません。明日は連れてきます……すいません。」

 

負け慣れていない伊之助はふて腐れてへそを曲げてしまい、善逸も早々と諦めてしまった。

 

「いいえ!あの二人にはもう構う必要ありません!あなたも来たくないなら来なくていいですからね!」

 

 

 

その言葉に炭治郎はしょんぼりしていたが……

 

「頑張ります!」

前向きに訓練を続けた。

 

 

 

そして更に十日後、

 

 

 

「お疲れさまでした……」

 

今回の結果も同じ。炭治郎はずぶ濡れになり道場から退室する。

 

「(何で勝てないんだろう?俺とあの子、何が違うんだ?)」

炭治郎は何故同期であるカナヲにあれほどの差があるのか考えるが、この五日間、いくら考えても答えは出てこなかった。

しかし炭治郎は知らなかった、カナヲは一夏の指導により下弦の鬼を一人で倒せる実力を持っている事に。

 

 

「あの…」

 

炭治郎が後ろを振り向くと、そこにはなほ達三人が居た。

 

「うわっ!?いたの!?ごめん、気が付かなくて!」

 

「あの、炭治郎さん、これ、手拭い……」

 

きよは手拭いを炭治郎に差し出す。

 

「ありがとう、助かるよ!優しいね」

 

炭治郎はお礼を言って、手拭いを受け取り顔を拭く。

 

「あの……炭治郎さんは全集中の呼吸をやっておられますか?」

 

「……ん?」

 

「朝も昼も夜も、寝ている間もずっと全集中の呼吸をしていますか?」

 

「…………やってないです、やったことないです………そんなことできるの?」

 

「出来るわよ。実際現役だった頃の私もやっていたもの」

 

「あっ、カナエ様!」

 

炭治郎は声のした方へ振り向くと、カナエが近づいてきていた。

 

「えっ⁉︎本当ですかカナエさん!」

四六時中全集中の呼吸を維持できることを知り、炭治郎は驚いている。

 

「本当よ。全集中の呼吸を常にすれば、基礎体力が飛躍的に向上する。この呼吸方を全集中・常中って言うの」

 

「全集中・常中」

 

「できる方々は既にいらっしゃます。柱の皆さんやカナヲさんも……」

 

「そうか……!ありがとう!やってみるよ!それからカナエさん、禰豆子の相手をしてくれてありがとうございます!カナエさんからもらった蝶の髪飾り、嬉しそうに見せてきたんです」

 

カナエは禰豆子 が蝶屋敷に運ばれて対面すると、カナエは禰豆子を見るなり抱きしめた。禰豆子は嫌がる様子もなく抱きしめ返し意気投合してしまう。

 

「うふふ、そのくらい大丈夫よ。私の夢を叶えてくれたんだから、鬼は仲良くできる。それを禰豆子ちゃんが証明してくれた。私はあなた達兄妹を応援してるわ…炭治郎君」

 

 

「カナエさん、ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

  

 

◇翌日

 

炭治郎は現在全集中の詳細を聞き、維持してはいるが、長く保たず膝をついて倒れてしまう。

 

「(キツいな、これ………!苦し過ぎるし、肺も痛い!耳だって………)あっ!」

 

炭治郎は両耳を抑えて、何かを確認する。

 

「(びっくりしたーー!今、一瞬耳から心臓が出たかと思った!)」

炭治郎は涙目になりながら、状態を確認し何が駄目なのかを考える。

 

「(全然駄目だこんな調子じゃ!困った時は基本に戻るんだ!!不甲斐なし!!)」

 

炭治郎は身体を起こし、そのまま蝶屋敷の周りを走り回る。

 

「炭治郎さん、毎日頑張ってるね」

 

「うん」

 

「おにぎり、持って行ってあげよう!」

 

「そうだね!」

 

「後、瓢箪も!」

 

 

炭治郎は十周ほど蝶屋敷一帯を走りこんだ後、様子を見守っていた三姉妹が炭治郎におにぎりと瓢箪を持ってきた。

 

 

 

「瓢箪を吹く?」

 

「はい。カナヲさんに稽古を付ける時、しのぶ様と一夏様はよく瓢箪を吹かせていました」

 

「へぇ〜、面白い訓練だね。音でも鳴ったりするのかな?」

 

「いいえ、吹いて瓢箪を破裂させてました」

 

「へぇ〜はれつ…………破裂?」

 

 瓢箪を吹いただけで破裂させるということに炭治郎はまたしても青ざめる。

 

「え?これを⁉︎この瓢箪を⁉︎」

 

「はい。しかもこの瓢箪は特殊ですから通常の瓢箪より固いです」

 

「(こんな固いのをあんな華奢な女の子が!?)

 

「それは炭治郎さん用に小さいのを持って来たんです。だんだんと瓢箪を大きくしていくんですよ。カナヲさんが今破裂させてるのは……これです」

 

そう言って持ってきたのは、炭治郎が手渡された瓢箪より倍の大きさの瓢箪だった。

 

「(でっ……デッカ!?が、頑張ろう!!)」

 

 

 

 

 

更に十五日後。

 

炭治郎は肺も心臓も大分強くなり、全集中・常中も長く維持できている

 

炭治郎は今日も蝶屋敷の屋根の上で瞑想を始める。

  

 

「(よし、体力もかなり戻ってきた。そして以前より走れるし肺も強くなってきたぞ、いい感じだ)」

炭治郎はここまで全集中の呼吸を維持し続け、自身の変化に手応えを感じ始める。ゆっくりと深く呼吸を行い指先まで空気を巡らす。

 

「(瞑想は集中力が上がるんだ、鱗滝さんも言っていた。鱗滝さ……)」

 

よくも折ってくれたな……俺の刀ァァ!!

 

「(すみません………鋼鐵塚さん)」

炭治郎は自分の刀を担当してくれた鍛冶師が包丁を構え、怒りのこもった声で迫ってきた気がした。

 

「(凄い怒ってるだろうな、今刀を打ち直してもらってるけど…本当に申し訳ない…… 鋼鐵塚さんは一夏さんも担当してるって言っていた。あの様子だと一夏さんは一度も刀を折った事がない。まだまだ俺は未熟だ。頑張らないと)」

この時、炭治郎や周りからは視認できないが、一匹の猫が、炭治郎を責める様な視線で見つめていた。

 

 

「(集中だ、集中!呼吸に集中するんだ!!)」

 

 

「こんな時間まで精が出るな…炭治郎」

 

「うわっ!い、一夏さん⁉︎」

突如隣に現れた来客に驚く炭治郎。その反応が面白かったのか一夏は笑みを浮かべ隣に座る。

 

「はは、前にも似た様なことがあったな。常中を乱してしまったか?」

 

「い、いえ、大丈夫です!」

炭治郎は直ぐに常中を再度行う。

 

「大体のことはアオイ達から聞いている。本当に一人で頑張ってるんだな」

 

「いえ!出来る様になったら二人にやり方教えてあげられるので!」

 

「真面目なんだな」

そう言うと、一夏は夜空に浮かぶ月を眺める。炭治郎は常中を行いながら瞑想する。

 

「(一夏さんの匂い、とても物静かな臭いがする)」

 

「炭治郎、珠世さん達とは会えたか?」

 

「あ、はい!会えました!」

 

「そうか、二人は元気だったか?」

 

「はい!二人共元気でした!」

一夏は炭治郎と連絡が取れるようになった後、手紙で珠世の事を伝え、任務で寄る機会があったら訪れるように伝えていた。珠世達とは手紙のやり取りをする事はあるものの会う機会がなかった為、一夏も心配していたのだ。

 

「そうか、よかった」

一夏は再び夜空を眺め、しばらく沈黙が続く。炭治郎は気まずくなり、中々声を出す事ができなかった。しかし炭治郎は気づいていないが、一夏の膝の上には姿を消している茶々丸が寛いでいた。

 

「(茶々丸、何処か機嫌が悪いな)」

 

「(きまずい…何を話せばいいか思い浮かばない。そう言えば、一夏さんに何か聞こうとしたような……)」

 

 

 

「炭治郎、今回はお前に用があって来たんだ。聞いてくれるか?」

 

「は、はい!なんですか?」

 

「炭治郎、お前……俺の継子になる気はないか?」

 

月が照らす中、辺りは風が吹き、お互いの耳飾りが揺れる。

 

 

 

 

 

二人の日輪が鬼の始祖に刃を突きつける未来は、そう遠くはない



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全集中・常中と新たな任務

あれから更に十日が経った。

炭治郎は全集中を睡眠中も維持する為、三人娘に寝落ちしたら布団叩きで叩いてもらう形で特訓を続けていた。

 

その後、手応えを感じた炭治郎は小さめの瓢箪を吹いてみることにした。

 

 

そして瓢箪がミシッミシッと音を立て始める。

 

「頑張って炭治郎君、もう少しよ!」

 

「「「頑張れ!頑張れ!頑張れ!」」」

 

カナエと、なほ,きよ,すみが炭治郎を応援する。

 

そして、とうとう瓢箪はバンッ!と大きな音を立てて破裂した。

 

「やったぁー!」

 

「割れたーーーーー!!」

 

「キャーーー!」「わーーー!」「やったーーー!」

 

全集中・常中を会得した炭治郎は、すぐに機能回復訓練で、カナヲに挑んだ。

 

鬼ごっこでは、汗を掻きながらだったが、見事カナヲの腕を掴み、捕まえることが出来た。

 

次は反射訓練……

 

 

 

こっちの方もどちらも譲らない攻防戦になっている。

 

 

守る、攻める、守る、攻める、守る、攻める

 

 

 

「「「頑張って!!」」」

 

「二人とも頑張れ!」

 

三人娘が炭治郎に声援を送る中、カナエは両者を応援する。

暫く互角の勝負をしていたが、遂に炭治郎は湯飲みを持ち上げることができた。

 

 

「(いけーーー!!)」

 

《この薬湯くさいよ、かけたら可哀想だよ?》←炭治郎の理性

 

「ハッ!」

 

 

炭治郎はカナヲの頭の上にコトンと湯飲みを置いた。何十回と繰り広げられた攻防の末、見事勝利したのだ。カナエはその様子に、「あらあら、うふふ」と笑顔で見つめていた。

 

そしてカナヲは湯飲みを頭に乗せたままの状態でキョトンとしていた。

 

「(キョトンとしたカナヲの姿も可愛いわ〜)」

 

「どうやら常中は会得できたみたいだな…、だが炭治郎、カナヲは全く本気を出していないからな」

 

道場の端っこで一夏が腕を組みその場に立っていた。

 

「一夏さん⁉︎いつからそこに?」

 

「最初から、な。」

 

「最初から⁈全く気づかなかっ、って…え⁉︎カナヲは本気じゃなかったんですか⁉︎」

 

「あぁ、今の炭治郎に合わせてやっていたんだ。カナヲは、相性もあるかもしれないが、下弦の肆を一人で倒した実績を持っている」

 

「か、下弦の鬼を……一人で」

炭治郎は、信じられないと言いたげな表情でカナヲの方へ振り返った。炭治郎は那田蜘蛛山で下弦の伍・累と遭遇し戦った。あの時は、追い込んで頸を斬ったものの、それは妹の禰豆子の力があってこそだった。それでも結局は倒し切れず、助太刀に来た水柱の冨岡義勇が容易く仕留めたのだ。

 

一夏はずっと気配を消し機能回復訓練を見守っていた。因みに、カナエ,アオイ,カナヲ,三人娘達はすでに気づいていた。

 

「さて、君たちはどうするんだ?」

 

「あなた達もいつまでもそのままだと炭治郎君に置き去りにされちゃうわよ?」

 

一夏とカナエは道場の入り口の前に視線を向ける。炭治郎の特訓の成果を見ていた善逸と伊之助に問うたのだ。

 

この二人は、今日までずっと訓練をサボっていた。

 

カナエの話によれば、伊之助は裏山で動物相手に遊び、善逸は隠れて盗み食いをしていたとか。更に善逸は、菓子のつまみ食いに対して、アオイから叱られていたらしい。

 

 

 全ての訓練を成し遂げた炭治郎は、戻ってきた善逸と伊之助に自分の訓練方法を教えていた。

 

「こうしてこう、それでこう!ぐっとやってぐぐぐーってやるんだ!」

 

「「………」」

 

「(炭治郎……お前もカナ姉と同じタイプか)」

様子を見守っていた一夏はあまりの説明の下手さに頭痛を覚えた。

 

そして、カナヲを引き取った当時を思い出す。

 

 

 

 

 

 

『いい天気だ、こんな平和がずっと続けばいいんだけどな……ん?』

 

『カナヲ、それはポーンと投げて、ポーンってとるのよ」

 

『姉さん、それ全然説明になってないから!』

屋敷内を歩いていたら、部屋の中から声が聞こえてきたので、一夏は襖の戸を開け中に入る。

 

『カナ姉、何やってるんだ?』

 

『あっ、一夏!今、カナヲに銅貨の弾き方を教えてるの!でも、中々上手く出来なくて…』

 

『姉さんの説明がいけないのよ!』

カナヲは銅貨を弾くが、上手く真っ直ぐ上がらずあらぬ方向に飛んでしまう。それを一夏は拾い、カナヲに手渡す。

 

『これ、どのくらい続いてるんだ?』

 

『えーと…………一時間くらい?』

 

『私はさっき来たのよ……姉さんは説明が下手なんだから、そりゃこうなるわよね』

 

『カナヲ、もう少し力を入れて弾いてみて!』

 

『まだやるの!?』

カナヲはカナエの言われた通り力を入れて弾くと勢い良く飛び……

 

『………』

 

 

 

 

 

 

 

一夏の右目へ綺麗に当たった。

 

 

『*#@¥$€%÷ッ〜〜!!』

 

一夏は余りの痛みに悶絶し、声にならない声が蝶屋敷に響き渡った。

 

 

『い、一夏ぁーーっ⁉︎/い、一夏⁉︎』

 

この後、しばらく一夏の右目は、開けない程真っ赤に腫れ、しのぶの診察結果、数日間は物がまともに見れないと言われた。最後に、しのぶがカナヲに銅貨の弾き方を教えたら、すぐに出来る様になったことを付け加えておく。

 

 

 

『はぁ、まさかこんな事になるなんてな』

右目に眼帯を着けた一夏は、縁側に座って寛いでいた。

 

『明日には視力が戻るみたいだが、視野が狭まって慣れないな…最悪の事態を予測する事が大切だって身に染みたよ」

一夏は独りごちた後、音楽を聴きながら空を眺めていると、彼女の気配を感知し、イヤホンを外す。

 

『いるんだろカナヲ?出てきていいよ』

開いた襖の奥から顔を覗かせているカナヲ、その顔は何処か不安げな様子だった。

 

『…………』

 

『どうした、カナヲ?』

 

『ご、ごめん……なさ、い』

 

『え……』

カナヲの突然の謝罪に驚く。カナヲを引き取って一週間近くになるが、彼女の声を聞いたのは初めてだったからだ。

 

『ごめんなさい、ごめんなさい』

カナヲは体を震わせながら何度も謝る。しのぶから聞くと、カナヲの身体は痣があったらしく、日常的に暴力を振るわれているのがわかった。一夏はカナヲのそばに駆け寄る。

 

『…カナヲ』

カナヲは体をビクッとさせ目を瞑る。「殴られる」……そう思っていたが、お日様のような温もりに包まれた。

 

カナヲが目を開けると、目線を合わせた一夏がカナヲを抱きしめていた。そして、安心させる様に背中をぽんぽんと優しく叩く。

 

『目は大した事はないから大丈夫だよ。あれはカナヲが悪いわけじゃない。避けられなかった俺も悪いからな。心配してくれてありがとう、カナヲ』

この時、カナヲが銅貨を使わず自分から謝りに来たことを一夏が知るよしも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「(少しだけ手助けするか…)」

 

過去を思い出しながら、流石にそれではいけないと思い、助け船を出すことにした。

 

 

「炭治郎が会得したのは全集中・常中という技だ。全集中の呼吸を四六時中やり続けることによって、基礎体力を飛躍的に上げることができる」

 

 

「その通りです。まぁこれは基本の技術というか初歩的な技術なので、できて当然ですけれども、会得するのは相当な努力が必要ですよね。」

 

 

「しのぶ……」

 

いつの間にか一夏の隣にはしのぶがいた。

 

 

しのぶは教えるのが、かなり上手だから心強い。

 

 

 

「まぁ、できて当然ですけれども!仕方ないですできないなら、しょうがないしょうがない。」

伊之助の肩を数回叩くと、伊之助はしのぶの言葉に腹が立ったのか青筋をつくる。

 

 

「はあ゛ーーーん!?できるっつーの、当然に!!舐めんじゃねぇよ!乳もぎ取るぞコラ!!」

 

なるほど、やる気を引き出すためにわざとそう言ったのか。相変わらず扱い上手だ。だが…………。

 

「嘴平…」

 

「ああ!んだよ赤羽…「具体的には…誰の物をどうもぎ取るつもりなんだ?女性にそういう言い方はいけないと思うぞ?」……ゴ、ゴメンナサイ」

一夏は笑顔で伊之助の肩を掴み問いかけるが、一夏の笑みは笑っている様で笑っていない笑みだった。伊之助は一夏の底知れない何かを感じ逆らえず、片言だが謝罪する。

 

「(あの伊之助が黙り込んでしまった……)」

炭治郎は一夏から感じる匂いで冷や汗をかく。

 

 

 

「頑張ってください、善逸君!一番応援していますよ!」

 

「っ!は、はぃいいいいい!!」

しのぶは我妻に対し、手を握りしめて激励し、これまたやる気を引き出していた。

 

「(我妻、めちゃくちゃ嬉しそうだ。まぁ、俺もしのぶの頼みは何故か断れないが)」

しのぶが一夏に対する頼み事はいつも上目遣いのため一夏は断ることが出来ない。なんだかんだで一夏はしのぶには甘い。

 

 

「うふふ、二人共…やっとやる気を出してくれたみたいね」

 

「カナ姉」

 

「しのぶも大胆なことするわね」

 

「ああでも言わないと、あの二人はやる気を出さないわよ。あの二人にはあれくらいが丁度いいのよ」

 

そんなこともあり、九日程掛かったが、善逸と伊之助は見事に全集中・常中を会得できた。

 

いろいろあったが、三人の機能回復訓練は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

三人が訓練が終えた翌日、一夏は現在ある場所にて、日の呼吸を行っていた。

一夏の両手には“二振りの日輪刀”が握られている。右手には愼寿郎の日輪刀を、左手には自身の日輪刀を……一夏は今二刀流の状態で技を繋げようとしているのだ。

 

 

 円舞

 

 碧羅の天

 

 烈日紅鏡

 

 灼骨炎陽

 

 陽華突

 

 日暈の龍・頭舞い

 

 斜陽転身

 

 飛輪陽炎

 

 輝輝恩光

 

 火車

 

 幻日虹

 

 炎舞

 

二振りの日輪刀を使い一夏は型を繋げていく。

 

「(日の呼吸 円環)」

日輪を体現させるかの様な動き…拾参ノ型・円環は円舞から炎舞まで全ての型を繋げ正に日輪を体現させる型だ。一夏は、円環まで繋げると、更に二振りの日輪刀を振るう。

 

しかし一夏は途中で手を止めた。

 

「(だめだ、円環から更に繋げることが出来ない)」

 

一夏は今、二刀流で円環から更に繋ぐ新たな日の技を作り出そうとしていたのだ。

 

「(縁壱さんは拾参ノ型で終わりとは言ってなかった。円環から更に繋ぐ事は出来るはずだ)」

 

額に汗をにじませながら、一夏は無我夢中で日の舞を行う。

 

 

 

 

そして、気づけば、辺りは日が暮れていた

 

「はぁ…はぁ、今回も無理だったか」

一夏は背を木に預けて座り込み、水筒の水を飲み干す

 

「もうこんな時間か、時が経つのは早いな」

一夏は畳んで置いていた羽織を着て蝶屋敷に戻ろうと足を進めた時、鎹鴉があらわれ、一夏の周りを飛翔する。

 

 

『カァー!煉獄杏寿郎カラ伝令!無限列車ニテ‼︎行方不明者四十人以上、隊士モ三人消息ヲ絶ッテイル‼︎共ニ同行ヲ頼ム!』

 

「列車?しかも柱同士の任務となると…十二鬼月が絡んでる可能性があるのか?あの杏寿郎が同行を願うと言う事は、何かただならぬ事態になりそうだな」

 

 

鴉の伝言は杏寿郎からの連絡で、一夏は、任務の準備をする為、蝶屋敷へと駆け出す。

 



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無限列車

「伊之助!!もうすぐ打ち直してもらった日輪刀が来るって!」

 

「ほんとか!?」

 

「うん、今カラスに聞いた!」

 

 炭治郎の言葉を聞いた伊之助は、『急げ急げ』と言いながら、二人で表へ出る。

すると、ひょっとこ面の二人が遠くから歩いてくるのが見えた。一人は炭治郎と一夏の刀を担当していた鋼鐵塚だった。

 

 

「鋼鎧塚さん!! おーい!」

 

嬉しそうに炭治郎は鋼鐵塚に呼び掛ける。

 

 

「おーい、おーい、鋼鎧塚さーん!!」

 

 

呼び掛ける炭治郎に対して、二人は何かを話している。そして鋼鐵塚はもう一人の刀鍛冶に荷物を預けた。

 

 

「ご無沙汰してまーす!」

 

 

 そして、炭治郎が鋼鎧塚さんと呼ぶ刀匠が、炭治郎の方へ一直線に向かってくる、

 

「お元気でした……か……?」

 

 

手に包丁を構えて。

 

それに気づいた炭治郎は、表情が固まった。鋼鐵塚は炭治郎へ本気で斬りかかる。

 

 

「死ねやぁぁぁ!」

 

「ギャァァッ⁉︎」

その光景には、思わず伊之助も固まる。

 

「は、鋼鐵塚さん……」

 

「よくも折ったな、俺の刀を、よくも、よくもォ!!」

 

「す、すみません!!でも、本当にあの、俺も本当に死にそうだったし、相手も凄く強くて・・・」

 

 

「違うな!関係あるもんか!お前が悪い、全部お前のせい!お前が貧弱だから刀が折れたんだ!そうじゃなきゃ俺の刀が折れるもんか!現に日柱なんかなぁ!あいつの刀を最後に見たのは、刀に『悪鬼滅殺』の文字を掘った時だけだ!一夏はなぁ、お前以上に大切に扱ってんだよ!」

 

 

「ほ、ほんとにすみません!」

 

炭治郎の頬を何度も突いていたが、鋼鎧塚の怒りは収まらない。

 

「殺してやるぅぅー!」

 

「うわああああっ⁉︎」

 

罵りながら、包丁を振り回しながら炭治郎を追い回した。カナエ、しのぶ、アオイが外の騒ぎに気付いて、出てくるほどに。

 

「何でしょうかあれ?」

 

「……全く、あの人も変わってないわね」

しのぶとアオイは鋼鎧塚が一夏の担当刀鍛冶の為、顔見知りで、変わりない姿を見て呆れていた。

 

 

「新しい訓練かしら?」

 

「「違うでしょ!」」

二人はカナエの外れた発言に突っ込む。

 

 

 

 

 

そして鋼鎧塚が落ち着いた後、刀鍛冶の二人は蝶屋敷の客間に案内される。

 

「まぁ、鋼鎧塚さんは情熱的な人ですからね。人一倍刀を愛していらっしゃる。刀鍛冶の里でも中々いません」

 

「……そう、ですよね」

 

「………あ、申し遅れました。私は鉄穴森鋼蔵と申します。伊之助殿の刀を打たせて頂きました。戦いのお役に立てれば幸いです」

 

 

伊之助の手に取った日輪刀の色が変わっていく。

 

 

「あぁ綺麗ですね、藍鼠色が鈍く光る。渋い色だ、刀らしいいい色だ」

 

「……」

 

 

その光景には、炭治郎も笑顔になる。

 

 

「良かったな、伊之助の刀は刃こぼれが酷かったから……」

 

 

その言葉を聞いて、鉄穴森も嬉しそうに満足そうに頷く。

 

 

「握り心地はどうでしょうか?実は私、二刀流の方に刀を作るのが初めてでして……」

 

 

すると、伊之助は無言のまま庭へ歩き出す。

 

 

「? 伊之助殿?」

 

 

鉄穴森の声には反応せず、しゃがみこんで、何やら石を吟味している。

 

 

「伊之助?」

 

 

三人が見守る中、手頃な石を見つけた伊之助は、何の躊躇いもなく刀の刃へ石を叩きつけた。

 

 

──ガチーン!ガチーン!

 

 

 その光景には、その場にいた全員が飛び上がった。

 

「「「あああーーーーっ!?!?」

 

 

「よし!」

 

 

折角打ってもらった日輪刀の刃を、ボロボロにした伊之助は、満足そうに掲げる。

それを見ていた温厚な鉄穴森も、ついにぶち切れる。

 

 

「ぶっ殺してやるぞ、この糞餓鬼!!何晒しとんじゃいコラッあ゛あ゛っ⁉︎」

 

「すみません、すみません!!」」

 

炭治郎が、鉄穴森を止めながら謝る。

 

 

そんな光景を意に介さず、伊之助はもう一振りの日輪刀にも同じように石を叩きつける。

 

「テメェー!もう我慢ならねぇ!」

 

「すみません!すみません!」

炭治郎は必死に鉄穴森を押し留める。

 

その後なんとか鉄穴森を落ち着かせたが、二人が帰る際も、炭治郎は後ろ姿が見えなくなるまで頭を下げて謝っていた。伊之助はそんな彼の服の裾を握って佇んでいた。

 

 

 

その後、蝶屋敷の診察部屋にて、炭治郎はしのぶから最終診察を受けていた。

 

 

「はい、あーん」

 

「あーん」

 

「うん、顎は問題ないですね」

 

しのぶの言葉に、炭治郎は安堵する。

 

 

「すみません、お見送りは出来ませんが、これからも頑張ってくださいね」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 

 笑顔で返事をする炭治郎は、気になっていたことを思い出し、声を上げた。

 

 

「あ、しのぶさん。最後に一つ聞きたいことがあって・・・」

 

「何でしょう?」

 

「“ヒノカミ神楽”って、聞いたことありますか?」

 

「ありません」

 

笑顔で即答され、炭治郎はアワアワする。

 

 

「えっ、あっ、じゃ、じゃあヒの呼吸とか・・・」

 

「炭治郎君、それはどちらの“ひ”を言っているのでしょうか?」

 

「えっと、炎の“火”です」

 

「そちらの火の呼吸はありません」

 

 

「えっとですね、カクカクシカジカデ」

 

「ふむふむ」

炭治郎は最初から事情を説明した。

家に代々伝わる神楽で技が出せたこと、そこには火が見えたこと……

 炭治郎はあまり説明が得意な方じゃないため、苦労していた。しかし炭治郎はなんとか説明し、しのぶの方も根気強く聞いた。

 

「マルマルウマウマ。なるほど、何故か竈門君のお父さんは“火”の呼吸を使っていた。“火”の呼吸の使い手に聞けば、何か分かるかも知れない、と・・・ふむふむ、竈門君の言っていた“火”の呼吸はありませんが、日輪の“日”……“日”の呼吸ならあります」

 

 

「日輪の日……ですか」

 

 炭治郎の質問には、しのぶも困り顔になる。

 

「日の呼吸は始まりの呼吸とされている技術です。ただ、詳しい内容は私の口からは話せません。日の呼吸を使っている本人に聞いた方がいいでしょう」

 

 そう言うと、しのぶは窓際に止まる鴉へ目を向けた。

 

「一夏さんはちょうど炎柱の煉獄さんと同じ任務に出ています。鴉を使って連絡しておきましょう。一夏さんと煉獄さんならヒノカミ神楽と日の呼吸の繋がりについても何か知っているかもしれません。」

 

「そうですか!ありがとうございます!」

 

 

「炭治郎君、決して無理はなさらないでください。怪我と言うのは治りかけと、治った後が一番危ないですからね」

 

「はい、わかっています!」

 

それから、しのぶの計らいによって、一夏へ事情を取り次いでもらった炭治郎は、しのぶと別れ廊下を歩いていた。

 

 

「(さあ、出発だ!ん?誰か来る……)」

炭治郎は、匂いで人の気配を感じ取った。すると、丁度曲がり角で、人とぶつかった。

 

「(避けたのにぶつかってこられた……)」

 

 

 それよりも、炭治郎は気になることがあり、ぶつかってきた彼の方を振り返った。

 

 

「(あれ?今の人は、最終選別の時の……白髪の女の子を殴りつけた人だ!)」

 

 

 ムムムッとしながら後ろ姿を見やる。それ以上に、疑問がたくさん浮上する。

 

「(短期間で、すごく体格に恵まれてる……。それに、なぜここへ……?でも、何だろう、匂いが……?)」

 

 

 色々と気にはなったものの、とにかく炭治郎は声をかけようと口を開いた。

 

 

「久しぶり!!元気そうで良かった!!」

 

 

けれど、彼は無視して先へ行ってしまった。

 

「あら、炭治郎君…どうかしたの?」

 

「カナエさん、いえなんでもないです。後、ここまでお世話になりました!禰豆子の面倒も見てくれたみたいで…」

カナエは炭治郎が蝶屋敷に滞在している間、ほぼ禰豆子の監視……カナエからすると「交流」という形で面倒を見ていた。

 

「平気よ、私も有意義な時間を過ごせたわ。あんなに甘えられると昔のしのぶを思い出したわね〜」

 

「俺は長男なので、弟達からも甘えられていました」

 

「あら、私達、何処か似たところがあるかも知れないわね。それから炭治郎君はこれから任務よね?お見送りはできないんだけど、気をつけてね」

 

「はい!ありがとうございます」

 

 

 

 

「……」

 

「忙しい中、俺たちの面倒見てくれて、本当にありがとう!お陰でまた、戦いに行けるよ!」

炭治郎は挨拶をするためにアオイのもとにいた。

 

「あなたたちに比べたら、私なんて大したことはないので、お礼など結構です。選別も運良く生き残っただけ、後は恐ろしくて戦いに行けなくなった腰抜けなので……」

 

 

アオイからは、情けなさや葛藤、沢山の苦しい思いの匂いが溢れていた。

 

 

「そんなの関係ないよ!俺を手助けしてくれたアオイさんはもう俺の一部だから!アオイさんの想いは俺が戦いの場に持っていくし!!」

 

 

「………」

 

ふわりと、優しい風が吹き抜ける。そんな風と共に、アオイの不安を炭治郎が吹き飛ばす。

 

 

 

 

「また怪我したら頼むねー!」

 

「……」

 

それだけ言うと、炭治郎は笑顔で走っていった。

 

「ふふっ、一夏さんと同じ言葉」

 

『関係ないさ、俺たちはいつだって“ひとつ”だ。アオイの想いは俺達が受け継ぐ。アオイは腰抜けなんかじゃない。戦いにはいろんな形がある。どこにいたって、どんな形だって、俺達は一緒に戦ってる』

 

アオイは思わず笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「あ、いたいた!カナヲー!」

炭治郎は縁側に向かうと座って空を眺めているカナヲを見つけ近寄る。

 

「俺達出発するよ、いろいろありがとう」

 

「………」

 

「………」

カナヲは無言で笑みを浮かべるだけなので、炭治郎はどうしたら良いか分からなかった。すると、突然カナヲは銅貨を取り出し弾く。手の甲で受け止め出た面は裏だった

 

「師範の指示に従っただけ。お礼を言われるような事はしてないわ。さようなら」

 

「(喋ってくれた!)今投げたのは何?」

 

「さようなら」

 

炭治郎は喋ってくれたことが嬉しかったのか銅貨について聞く。

 

「今のは何、お金?表と裏って書いてあるね。なんで投げたの?」

 

「さよなら」

 

「あんなに回るんだね」

 

「……指示されてない事はこれを投げて決めるの。今あなたと話すか話さないか決めたの。話さないが表、話すが裏だった。裏が出たから話した。さよなら」

 

「……なんで自分で決めないの、カナヲはどうしたかった?」

 

「……家族以外はどうでもいいの。だからこれで決めてたの」

 

「うーん、カナヲは心の声が小さいんだろうな。それ、貸してくれる?」

 

「え?・・・うん、あっ・・・」

 

「ありがとう!」

 

 

 ニコッと笑いながら、カナヲから銅貨受け取ると、炭治郎は庭の広い所へ出た。

 

 

「よし、投げて決めよう!」

 

「何を?」

 

「カナヲがこれから、自分の心の声をよく聞くこと!」

 

 

 そう言うと、炭治郎は、空高く銅貨を飛ばした。

 

 

「わー!と、飛ばしすぎた!!」

 

カナヲは銅貨の行く末を見守る。

 

 

「表、表にしよう!!表が出たら、カナヲは心のままに生きる!」

 

 

風に煽られ、炭治郎がコインを見失う。

 

 

「わっ、あれ、どこ行った…?あった!おっとっと!」

 

炭治郎はなんとか銅貨をキャッチする。

 

 

「取れた、取れた、カナヲ!」

 

何とか手の甲で銅貨を受け止めた炭治郎は、にこやかにカナヲの元へ走って戻る。

 

 

そして、出た面は

 

 「表だーーっ!」

 

表が出た炭治郎はピョンピョン跳び跳ねた。そして、炭治郎がカナヲの手を包み込む。

 

 

「カナヲ、頑張れ!!人は心が原動力だから、心はどこまでも強くなれる!!」

 

「………」

 

ポカンと炭治郎を見つめるカナヲ。

 

 

「じゃ、またいつか!」

 

「な、何で表を出せたの?(投げる手元は見てた・・・小細工はしてなかったはず……)」

 

走り去る炭治郎を、カナヲは呼び止めた。

 

カナヲに呼び止められた炭治郎は

 

「偶然だよ!それに裏が出ても、表が出るまで何度でも投げ続けようと思ってたから!」

 

ニコッと笑った

 

 

「……!」

炭治郎の笑みにカナヲは、一夏の姿が重なって見えた気がした。炭治郎の笑みは、初めて一夏に抱えられた時の日輪のような笑みに似ていたから。

 

「(一夏……兄さん)」

 

「元気で~!」

 

「………」

 

それだけ言うと、炭治郎の姿は見えなくなった。

 

カナヲの花の蕾が、開き始める瞬間だった。

 

 

「あらあら〜、これはただならぬ予感がするわ!」

偶然屋根の上から聞いていたカナエが二人の会話を笑顔で見守っていた。

 

 

 

 

隊服に着替えた炭治郎達が門の前に出ると、きよ達が待っててくれた。

 

 

「うえーん」

「皆さん、お達者でーっ」

「わあぁぁん」

 

 

 善逸は号泣し、伊之助は猪頭で表情を隠したまま沈黙し、炭治郎はホロッとしながら、きよ達との別れを惜しんだ。

 

 

 

────────

────────────────

 

 

 

 

「えーーっ、まだ指令来てなかったのかよ!!居て良かったじゃん、しのぶさんちに!!」

 

 

善逸の不満な声がこだまする。

 

「いや……治療終わったし、一ヶ所に固まってるより……」

 

「あんな悲しい別れを、しなくてよかっただろ!?」

 

「いや、指令が来たとき動きやすいように……あと、一夏さんに…」

 

 

 炭治郎が理由を述べても、善逸は『バカバカ』と騒ぎながら、叩きまくる。

 

 

「まぁまぁ、善逸っ」

 

 

 そんな善逸をなだめていると、急に伊之助が騒ぎ出した。

 

 

「オイ!」

 

「今忙しい」

 

「オイ!!」

 

「何だよ、うるさいな!」

 

「なんだありゃ!なんだあの生き物!!」

 

さっきまで人の多さに驚き、大人しくしていた伊之助が大声を上げて騒ぎ出す。

 

そして、伊之助の先には巨大な鉄の塊、汽車があった。

 

「こいつはアレだぜ……!この土地の主!この土地を統べるもの!この長さ,威圧感間違いねぇ!今は眠ってるようだが油断するな!」

 

「いや、汽車だよ。知らねぇのかよ」

 

「落ち着け!」

 

「いや、お前が落ち着け!」

 

「まず俺が一番に攻め込む!」

 

「だから汽車だって!」

 

「落ち着くんだ伊之助。この土地の守り神かもしれないだろ?それに急に攻撃するのはよくない」

 

「だから汽車だってこの天然!列車分かる?乗り物なの、人を運ぶの!」

  

「猪突猛進!」

 

伊之助が汽車に向かって頭突きをし始める。

 

「おいバカやめろ!恥ずかしいだろ!」

 

「何してる貴様ら!」

 

すると、騒いでた所為で駅員たちに見つかった。

 

「こいつら刀持ってるぞ!」

 

「警官だ!警官呼べ!」

 

「ゲっ!やばいやばいやばい!」

 

善逸は汽車に頭突きをしてる伊之助の首根っこを掴み、炭治郎も引っ張りながら、駅員から身を隠す。

 

身を隠し、ほとぼりが冷めたのを確認して再び汽車の近くに向かう。

 

「政府公認の組織じゃないから堂々と刀を持ち歩けないんよホントは…。鬼がどうのこうの言っても信じてもらえないし、混乱するだろ」

 

「一生懸命頑張ってるのに……」

 

「まぁ仕方ねぇよ。とりあえず刀は背中に隠そう」

 

善逸の案に乗り、炭治郎達は羽織の背中側に隠す様に刀を仕舞う。

 

伊之助は上半身裸なので、刀を背中に仕舞い、その上から布を羽織らせて誤魔化すことにした。

 

大勢で動くとまた目立ちそうなので、善逸に切符を買ってきてもらい、炭治郎達は善逸が戻ってくるまで大人しく待つことにした。

 

数分後、切符を買ってきた善逸と合流し、汽車に乗り込む。

 

まだ騒ぐ伊之助を落ち着かせつつ、柱達を探すことにした。

 

 

「炭治郎、柱の織斑さんと煉獄さんはこの列車に乗ってるんだよな?俺、織斑さんは蝶屋敷で見たからわかるけど、煉獄さんの顔知らないよ」

 

「うん、鴉からの連絡で聞いたから間違いないと思う。二人の匂いは覚えてるから大丈夫」

 

柱を探して車両内を歩き回り、次の車両に入った時だった。

 

うまい!!

 

列車の一角から凄く大きな声が聞こえた。炭治郎達は声のする方へと向かう。

 

「うまい!うまい!うまい!」

 

「杏寿郎…もう少し声を落としてくれ。他の乗客に迷惑になってるぞ」

 

「む!?すまない!!!」

 

「……全く」

 

 

「あの人が炎柱?」

 

「うまい!」

 

「うん…」

 

「うまい!うまい!」

 

「ただの食いしん坊じゃなくて?」

 

「…うん」

 

 

そこには、先程から「うまい!」と大声で連呼しながら大量の駅弁を食していた炎柱・煉獄杏寿郎がいた。隣には同じく駅弁を食べている日柱・織斑一夏の姿もあった。

 

 

「あの…すみません」

 

 

「ん?炭治郎に我妻じゃないか、どうしたんだ?」

 

「あっ、いや、その、一夏さん達に用があって…」

 

「ああ、そう言う事か。だがすまない、今は食事中でな、食べ終わってからでいいか?」

 

「は、はい、わかりました!」

 

その後、杏寿郎の隣に炭治郎が座り、一夏は向かいの席に座る。通路を挟んで向かいの席に善逸と伊之助が座った。

 

「うむ!そういうことか!」

 

杏寿郎は、炭治郎からヒノカミ神楽の話を聞き、そう答えた。

 

「日の呼吸ならまだしも、ヒノカミ神楽と言う言葉は初耳だ!それに君のその耳飾り!俺が以前に読んだうちの昔の炎柱当主の手記に出ている一致する部分は多い!君の話したヒノカミ神楽は、一夏が使う日の呼吸で間違いないだろう!ここで俺が話したいところだ…詳しい内容は一夏に聞くといい!」

 

「え!?は、はい……」

 

すると杏寿郎は、前を向いたまま再び口を開く。

 

「俺の継子になるといい、面倒見てやろう!」

 

「いや、あの、どこ見て言ってるんですか!?」

 

「炎の呼吸は歴史が古い!」

 

炭治郎と杏寿郎のやり取りを、隣の席から聞いてた善逸はなんとも言えない気持ちで聞いていた。

 

「(変な人だな……)」

 

「(話が噛み合っていないぞ、杏寿郎…、まぁ、杏寿郎らしいがな)」 

 

とうとうヒノカミ神楽と関係のない話をし始めた杏寿郎に、一夏は苦笑する。杏寿郎は、そのまま話を進める。

 

 

「炎と水の剣士は、どの時代でも必ず柱に入っていた。炎、水、風、岩、雷が基本の呼吸だ。この五つの呼吸は全て日の呼吸から派生されたもので、他の呼吸は、それらから枝分かれしてできたもの。霞は風、蟲と花、蛇は水、音は雷、恋は俺の使う炎から派生している」

 

 

 炭治郎は、いつの間にか真剣に杏寿郎の話を聞いていた。

 

 

「溝口少年、念のため確認するが、君の刀は何色だ!」

 

「えっ!?俺は竈門ですよ、刀の色は黒です」

 

「黒刀か、間違いなく日の呼吸だな!」

 

「え、黒色が日の呼吸の…?」

 

「うむ!黒刀の剣士が柱になったのを一夏以外いなかったらしい!当時はどの系統を極めればいいのかも分からなかったからな!先程も言ったが、日の呼吸については一夏に聞くといい!君と同じ黒刀の剣士だからな!」

 

 

 その時、ガタンと列車が揺れた。

 

 

「わっ!」

 

「動き出したか」

 

 

 

──ガタン、ガタン、ガタン

 

 

 

 

 

 

「あの、一夏さんはヒノカミ神楽と日の呼吸の繋がりについて何か知っていますか?」

 

「ヒノカミ神楽と日の呼吸の繋がり、知っているぞ」

 

「え⁉︎本当ですか!」

 

「ああ、だが確認の為に、カグラ技の名前、全部聞いてもいいか?」

 

「はい!わかりました」

そして炭治郎はヒノカミ神楽の技を一夏に話し説明した後、一夏は日の呼吸とヒノカミ神楽の繋がりを説明する。

今から四百年以上昔、戦国の世に、鬼舞辻無惨をあと一歩の所まで追い詰めた始まりの呼吸の剣士がいたこと、そして、剣士は無惨を仕留め切れなかったこと、その後、責任を問われ鬼殺隊を追放され、その後炭売りの男と出会い、自身の呼吸と耳飾りを託し、日の呼吸は神楽として受け継がれる形で今も遺っていることを説明する。

 

 

「というわけだ。何かわからないところはあったか?」

 

「ヒノカミ神楽が、日の呼吸と同一の呼吸。その、一夏さんは日の呼吸を誰に教わったんですか?」

 

「……悪いが今は言えない。俺の素性に関してはお館様と柱、一部の隊士しか知られていない。それと炭治郎、前に言った継子の件は……」

 

「は、はい!是非お願いします!俺ももっと力をつけたいんです!」

 

「いい返事だ。本格的に指導を始めるのは任務が終わってからだ」

 

「よもや!あの一夏が継子を取るとは…よもやよもやだな!」

 

杏寿郎はまさか炭治郎に継子に誘っていることを聞いて驚いている様子だった。

 

 

「うおおおおお!すげぇ速ぇぇぇ!!」

 

汽車の速さに伊之助は大声を上げて、窓を開け、身を乗り出した。

 

「俺、外出て走るから!!どっちが速いか競争する!」

 

「危ないだろ馬鹿猪!馬鹿にも程があるぞ!」

 

そんな伊之助を善逸は全力で止めていた。

 

「危険だぞ! いつ鬼が出るかわからないんだ!」

 

「気を抜くなよ」

 

 

「え? 鬼? 出るの? 」

 

「うむ!!」

 

「それで俺たちも来たんだ」

 

 

「でんのかーーーい!! 嫌ぁぁーー!! ここに出るんかいい!! 俺、降りる!!」

 

「動き出した以上終点までは止まらない」

 

「嫌ぁぁぁ!!誰か俺を守ってくれよぉぉぉ!」

 

 

善逸は涙を流し混乱しているが、炭治郎は二人に話しかける。

 

「煉獄さん。柱の煉獄さんと一夏さんが出るってことは、そんなに危険な鬼なんですか?」

 

「うむ!短期間のうちにこの汽車で四十人以上が行方不明となっている!数名の剣士が送り込まれたが全員消息を絶った!だから、柱である俺達が来た!十二鬼月を視野に入れたほうがいいとの事だ!」

 

「はぁーーー!十二鬼月⁉︎なるほどね!俺、降ります!」

 

「だから終点まで止まらないって……なにかあった時は守る。だけど、できるだけ自分の身は自分で守りなさい、いいな?」

 

「なんでそんな冷静でいられるのさ、異常者達は⁉︎頼むよ〜!列車から降ろして〜!!」

 

「どうしても降りたいなら、窓しかないな。“運が良ければ”、骨折で済む」

 

「じゃあ、“運が悪かった”ら⁈」

 

「そういうことだ。どちらを選ぶにせよ『生きるか死ぬか』が付きまとう。今は俺たち柱や仲間がいるんだ。慌てなくていい。落ち着いて、ゆっくり考えなさい、『自分はどうするべきか』を」

 

必死で降ろしてくれと泣き叫ぶ善逸に一夏は冷静に対応する。

 

そんな時、車両の扉が開き、痩せこけた駅員が現れた。

 

「切符を………拝見……致します………」

 

「なんですか?」

 

「車掌さんが切符を確認して切り込みを入れてくれるんだ。炭治郎も切符を車掌さんに渡しなさい。ほら、我妻も席に戻って切符を……」

 

そう言って一夏と杏寿郎は切符を車掌に渡す。

 

炭治郎達もそれに倣い、切符を差し出す。

 

「拝見しました…………」

 

全員分の切符を確認した車掌は、切り込みを入れる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、車掌の言葉を聞く者は居ない。

 

車両に居た全ての人間が眠りに就いてしまったのだから。車掌はそれを確認してから、次の車両へ移動して行った。

 

 

 

一夏が瞳を開けると、ある場所の前に立ち尽くしてした。

 

「……ここは、篠ノ之神社」

 

 一夏の呟きが、風と共に消え去っていく。それは一夏の生まれ育った、見慣れた風景だった。

  

「俺は、大正時代にいたはずじゃ……?」

 

 

そして次の瞬間、一夏は目を丸くする。

 

「何をボーッとしているんだ、一夏?」

 

「いっくん!こっちこっちー!束さんと一緒お話しよ!」

 

「千冬……姉、束さん?」

 

声をした方へ振り向くと、そこには実姉織斑千冬と幼馴染の篠ノ之束の姿だった。



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列車の鬼

「――何をしているんだ?こっちに来い。何やら束がまたつまらない物を作ったらしい」

 

「つまらないは酷いよちーちゃん!」

 

千冬はめんどくさそうにいうが何処かウキウキしている様子だった。

 

「いっくんは束さんの創ったもの、興味あるよね!?」

 

「え、えっと……うん」

 

「そうだよね!流石いっくん!わかってるぅ〜!!」

 

一夏は曖昧な返事をし、束の発明品を見た後、家に帰り部屋で一人考え込むが、実際この状況について把握できていた。これは夢…鬼の“血鬼術”だ、と。

 

「(一体どういう事だ。余りにリアルすぎる。現実世界と遜色ないこの感覚…)」

一夏は試しに頬をつねると、痛みはあるが目は覚めなかった。姿も隊服を着た長身の青年ではなく、現代にいた頃の服装……当時10歳の頃の姿だった。

 

「(脱出する方法、一つはこの世界を支配している親玉を斬ること。二つ目は…これは正直不安要素がある)」

 

一夏は夢からの脱出方法を模索し、立ち上がり外に出てある場所に向かう

 

 

「いっくん、何処に行くの?」

 

「一夏、どうしたのだ。そんなに急いで」

 

「…………」

一夏は途中で立ち止まる。後ろから千冬や束に声をかけられたのだ。

 

「(…わかっているのに!)」

複雑な感情が渦巻くが、一夏はその感情を押し殺し、二人に振り向く。

 

 

 

「なぁ、千冬姉、束さん」

 

「ん、どうした一夏?」

 

「い、いっくん?」

 

「俺、行かなきゃいけないんだ。戻れないかもしれないけど、いつか絶対に、どんな形になっても帰ってくる。だから……ごめん、二人とも」

一夏は二人に背を向け走り出す。

 

「一夏!/いっくん!」

二人に呼び止められ振り向くと、二人は何か察した表情だった。

 

 

「必ず、帰ってこい…一夏!」

 

「私達、いっくんを信じて、待ってるから!」

 

「千冬姉、束さん……」

まるで現実の二人に言われたような気がした。俺の答えなんて一つだ。

 

「うん、必ず帰ってくる。行ってきます!」

一夏は笑顔で告げて、駆け出して、二人から離れる。現代から見れば信じられない速さで走っているが、驚く人どころか人そのものが見当たらない。おそらく大切な人と風景のみを再現している為だろう。一夏がある場所へ駆け出す途中で、幼少期の姿から今の鬼殺隊の隊服に身を包む青年に戻っていた。

山に来た一夏は木々をわけ進んでいく。そして、彼にとって思い出の詰まった場所へとたどり着いた。

 

「やっぱり、この場所もあるのか」

藤の花が満開に咲きほこる場所…現代で過ごした頃の一夏の秘密の場所であり、修行場所でもあった。この場所を一夏以外で知っているのは束くらいだ。この場所は藤の木があり、藤の花が咲く季節となるととても綺麗な光景が広がる。

 

「鬼はいないか」

一夏は一番可能性があった場所にいると思ったが、鬼の姿はない。

 

「この夢からどう脱出するかだな」

血鬼術だとすれば、日の光を浴びるのが手っ取り早いのだが、ここは夢の中である為、その方法を取ることが出来ない。

 

そして二つ目の方法が頭をよぎる

 

「二つ目の方法……自分を斬る…」

一夏は自身の日輪刀を抜く。刀身は深い漆黒色に日の光を帯びていた。

 

「まさか夢の中とは言え、自害することになるとはな。現実に反映されない様、祈るしかない!」

 

一夏が日輪刀を自身に構えた時、

 

――ボウッ、と一夏の体が紅色に燃える。

 

「な、なんだ⁉︎」

 

不思議と炎は熱くなく温かかった。

 

『一夏』

突然自分を呼ぶ声がした方へ向くと、いつの間にか場所が変わっていた。どこまでも果て無く続く澄んだ水面と青空、温かい日の光が照らしていた。以前と違い、夕焼け空ではなく、青空で、一本の藤の木があった。そして目の前には…

 

「縁壱……さん!」

 

『こうやって会うのは久しいな、かなり背が伸びたんじゃないのか?』

額には陽炎の痣に、長い髪は結び、髪先は赤みを帯びており、耳には耳飾り、一夏の内にいる継国縁壱だった。

 

 

「あれから七年も経っていますから、それは伸びると思いますよ」

 

『そうか…もうそんなに時が経ったのか』

一夏の背と髪は伸び、髪は結んでいる。縁壱は一夏の成長を何処か喜んでいるように見えた

 

 

「縁壱さん。俺に何か用があるんじゃないんですか?」

 

『ああ、炭吉の子孫と会ったみたいだな。竈門炭治郎…だったか?伝えてはくれぬか?ありがとう…と」

 

「わかった、伝えておきます。他には…」

 

『あるにはある。しかし、今はまだその時ではない』

 

「どういう意味ですか?あるなら今伝えてくれても……」

 

『言ったはずだ。今はまだその時ではない。近いうち、いずれはまたこの場で会うだろう。その時に伝える』

 

「わかりました。今は待つことにします、その時まで」

 

『ありがとう』

縁壱は一夏に礼を言うと、彼を見つめる。

 

『(一夏…いずれお主は、俺を超えるだろう。己自身気づいていないだろうが、今は片足のみであるが…俺ですら入れなかったあの領域へ踏み入れかけている。俺は、その先に進むのをやめ、誰しも同じ場所に辿り着くと思っていたが、一夏は違うみたいだ、いや…他の者たちも)』

 

「…?縁壱さん?」

 

『こんなところで足止めをしてすまない。現実では待っている人がいるのだろう?』

 

「はい、縁壱さん…久しぶりに会えてよかったです。また…会いましょう」

 

『…ああ』

 

 

同時に、一夏は意識が浮上するのを感じた。縁壱は笑みを浮かべて、一夏を見送った。

 

 

 

 

一夏は現実世界へ帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇一夏が無意識領域に入る少し前

 

 私には家族がいた。優しく温かい両親,心優しい姉と幸せに暮らしていた。けれども、その幸せは、長くは続かなかった。突然と、何の前触れもなく崩れ去ってしまった。

流行り病で両親が亡くなり、姉は幼い私を養うために朝から晩まで休むことなく働いた。姉も両親が亡くなって数年としない内に過労で死んでしまった。

私は独りになった。身寄りが無かった私は、引き取られて奴隷のような扱いを受けた。もう死にたいと思った。死ねば、大好きな家族が待っていてくれると思った。

 

そんな時だった、あの男が私の前に現れたのは……。見た目は人間だけど、本当は人間じゃない別の存在だと一目ですぐにわかった。あの男は私に素敵な夢を見せてくれた。家族と仲良く暮らしていた頃の夢、幸せだった。

 

あの男に命令された。

 

「夢の中に入って精神の核を壊せ」

と。幸せな夢を終わらせないためならば、他の奴らがどうなろうと知ったこっちゃない。私は今まで奪われてきたんだ。奪ったっていい筈だ。

 

けど、この人の夢は変わっている夢だった。見たことのない建物に囲まれ、信じられない高さの建物が沢山あった。外国の人だと思ったが、神社があり、繋がっている男性が姉や知人と日本語を話していたから日本で間違いないと確信した。

 

人によって夢の世界は様々だが、この人の夢の光景は異質だった。

 

周りの光景に戸惑う中、繋がっていた男性は走り出した。私はまずいと思い、やっとの思いで、夢の端に行き、錐で空間を裂いて“無意識領域”とやらへ入る。

そこには、どこまでも果て無く続く澄んだ水面と青空、温かい日の光が照らしていた。なんて美しい……

 

しばらく彷徨っていると、遠目には一本の藤の木があった。その前に浮かんでいる宝石のような炎を纏った赫色の結晶……“精神の核”だ。しかしそれだけではなかった。

 

「なんで…精神の核が二つあるの?」

それより高い位置に、太陽の様な光を放つ核があった。女性はどうしたら良いか分からず立ち止まるが、

 

 

 

『お前は、ここに来るべき者ではない』

 

そこには、額に痣のある男がいた。物静かで、どこか哀しげな澄んだ瞳をした男だった。

 

「なんで、なんで……ここに人がッ!!?」

 

あの男は「無意識領域には基本精神の核以外存在しない」と言っていたのに。

 

『私は一夏の無意識領域に在るこの世界を守る者。私達が生きていた世界はありとあらゆるものが美しい。お前は自分のいるべき場所に帰るべきだ。元いた世界へ、ここにいるべきではない』

 

「あんたに、アンタに私の何が分かるっていうのよ!?何も知らないくせに!知ったようなこと言わないで!!私が一体、どんな思いで…!!」

 

 

『………』

 

思いの丈をぶちまけたせいか、息が苦しい。ただ何も言わず、じっと私の話を聞いていた彼の瞳はこちらが哀しくなるほど優しいものだった。

 

「う、ううっ、うわぁぁぁあああん!」

 

気付けば、私は声を上げて泣いていた。いつぶりだろう、こんなに泣いたのは。泣いた所でどうにもなりはしないことを理解していたから。あの人は優しく私の頭に手を置いてくれた。お日様みたいに、心地よい温もりだった。優しさが枯れた心に染み渡っていくような気がした。

 心の闇を照らすほど優しい日の光、そこに棲まう日輪のような優しい人、この世界はどこまでも温かかった。

 

私は後悔した。こんなにも美しい世界を、いるだけでも温かくなる世界を、破壊しようとした。すると意識が、暗闇へと微睡んでいく。目が醒めるその時まで、あの方はずっと頭を撫で続けてくださった。

 その中で少女は無意識に、一夏の心の一部を胸の中へと浸入させてしまった――温かい、温かい日の心を。

 

 

 

 

 

 

「一夏さん!」

 

「炭治郎…か?そうか、戻ってこれたのか…俺は。お前も目を覚ましたんだな」

 

「はい!でも、煉獄さんたちがまだ………!」

 

炭治郎に言われ、杏寿郎たちを見ると、三人ともまだ眠っていた。

 

「なるほどな……」

 

「それから、禰豆子のお陰で、俺たちは自由に動けそうです」

 

「禰豆子の?」

 

「はい!禰豆子の血鬼術は俺たちの縄を焼けるみたいです」

 

見ると、俺の腕には結ばれていたであろう縄があった。

 

恐らく、炭治郎の言った通り、禰豆子が炭治郎の縄を燃やし、その後なんらかの方法で目を覚ましたのだろう

 

「ありがとな、禰豆子」

 

「ムー♪」

 

一夏は禰豆子の頭を優しく撫でると、禰豆子は嬉しそうにする。炭治郎は座席の下に隠しておいた日輪刀を取り出し、腰に差す。

 

「この縄、斬ったらダメな気がする……」

 

「良い判断だ。どうやら、今回の鬼は“一筋縄”じゃいかないらしい」

 

「禰豆子!三人の縄も燃やしてくれ!」

 

禰豆子は頷き、三人の縄も燃やした。

 

「杏寿郎、起きろ!杏寿郎!」

 

「善逸!伊之助も!起きろ!」

 

三人の体を揺するも、起きる気配がない。

 

「ダメか…」

 

「こうなったら、俺達三人で鬼を探して…っ!炭治郎、危ない!」

 

俺は咄嗟に炭治郎の腕を掴み、引き寄せる。

 

同時に、杏寿郎と繋がっていた女性が錐で炭治郎に襲い掛かった。

 

「何てことしてくれるのよ!あんたたちのせいで、夢を見せてもらえないじゃない!」

 

「(この感じ、鬼に操られている風にも、脅されている風にも見えない。まさか自分の意思で鬼に従っているのか?)」

すると他の人達も、錐を手にして起き上がり、俺達に近寄ってくる。

 

そんな中、やせ細った男の人と涙を流して呆然としていた少女はただ黙って立っていた。

 

「(他の二人には敵意がない。何かあったのか?)」

 

 

「アンタたちも!起きたなら加勢しなさいよ!結核だか家族だか知らないけど、ちゃんと働かないなら、“あの人”に言うわよ!夢見せてもらえないようにするからね!?」

 

人の弱みに付け込んでやらせていたのか。自分は手を汚さず、他人に汚いことをやらせていたのか……!

 

 

「嘘っぱちな世界に、幸せも何もない」

俺は、炭治郎と俺が繋がっていた二人を除いた人達を手刀で気絶させた。

 

「すまない、暫く眠っててくれ……せめて良い夢を」

 

気絶した人たちを席に寝かせて、残りの二人を見る。

 

この二人からは敵意を感じられなかった。

 

だから、この二人から話を聞くことにした。

 

「聞きたいことがある。この女性が言ってた“あの人”は、鬼だな?」

 

そう聞くと、少女はこくりと頷いた。

 

「そうか……俺は君の苦しみを知らない。でも、その苦しみはいつか晴れる。だから、それまで生きるべきだ。勝手だろうけど、生きてくれ…」

 

少女にそう言って、外に出ようとすると、

 

「あの!」

 

少女が声を掛けてきた。

 

「私たちに命令したバケモノは、汽車の先頭に居ます。それと、左目に“下”と“壱”って文字がありました」

 

「………そうか、ありがとう。後は俺たちに任せて隠れていてくれ。炭治郎!」

 

「はい!分かってます!禰豆子、この人たちを頼む!」

 

「ムー!」

 

「あ、待ってください!」

俺と繋がっていた少女はまだ話があるようだった。

 

「ありがとう。無意識領域であなたに似た殿方にも励まされました。あなた達のおかげで私も前を向いていける」

 

「……そうか」

 

どうやら目の前の少女は、心の内で彼と会ったみたいだ。

 

「ご武運を…」

 

「……ああ、ありがとう」

 

「二人とも、気をつけてね」

 

「はい!」

 

「あなたは、確か結核って言われてましたね。少し待ってほしい」

一夏は羽織の袖に手を入れ炭治郎達に見えない様にスマホの拡張領域から束製の特効薬と注射の入ったケースを取り出す

 

「一応、俺の勤めている場所が療養所でしてね。医学の知識は身につけています」

 

「あの、いったい何を?僕の病気はもう」

 

「いいから、じっとしてて。痛みは一瞬です」

一夏は、炭治郎と繋がっていた男性の袖をめくり、アルコールで腕を拭き注射を打ち込む。

 

「もし、症状に変化があったらこの場所に来てください。あなたのこの先の人生に、幸福を願っています」

 

「……」

 

男性に蝶屋敷の場所を記した地図を渡すと、一夏は炭治郎と共に移動を開始した。

 

 

「……鬼はこの先か?」

 

「たぶんそうです。俺の鼻も、先頭車両の方から嫌な匂いを察知してます」

 

 炭治郎は頷くと、一夏と炭治郎は窓の外から上がるように体を反転させ、車両上を駆けて行く。

 

 

 

 

 先頭車両に到着すると、車両上に佇んでいた鬼は気安く声を掛けてきた。

 

「あれぇ、起きたの?おはよう、まだ寝てて良かったのに」

 

瞳には“下弦壱”とあり十二鬼月と確信する。ひらひらと手を振る鬼の姿に、炭治郎は眉を寄せ、一夏は話し掛けた。

 

「……お前は、何故関係の無い人たちを巻き込んだ?」

 

「聞いてないの?あの子たちはもう先がない。だから、オレが夢を見せる約束をしたんだ」

 

「……それから、精神を破壊してから喰う、ということか?」

 

 「そうそう、夢心地だろう?」

 

下弦の壱 魘夢は笑う。それを聞いた炭治郎は、青筋を浮かべ日輪刀の柄に手をかけるが……

 

 

ーー日の呼吸改・円舞一閃

 

「土足で人の想いに踏み躙るな……悪鬼が」

 

一夏は眠り鬼の頸を斬り落としていた。

 

「(え……?今、何が……!?一夏さんの動き、全く見えなかった!)」

炭治郎が驚愕したのも無理はない。下弦の鬼は一瞬にして消え、すでに紅蓮に染り、火を纏った日輪刀を振り抜いた一夏の姿に変わっていた。先程一夏が立っていた場所は陥没してしまっている。

 

「お前、本体じゃないだろ?」

 

 一夏は先ほどの手応えで本物ではないことにすぐ気づいた。

そして、頸だけになった鬼は口を開く。

 

「あの方が、“柱”に加えて“耳飾り”の君達を殺せって命じられたこと、よくわかったよ。存在自体が何かこう…とにかく癪に障る感じ、特に赤羽織の君はね」

  

「………」

一夏は無表情で見下ろすも、魘夢は言葉を続ける

 

「なんでかわからないけど、忌々しいね……その顔。でもそうだよね、なぜ頸を斬ったのに死なないのか。それはね、この身体がもう本体ではなくなっていたからだよ。今喋っているこれもそうさ、頭の形をしているだけで頭じゃない。君たちがすやすやと眠っている間に、俺はこの汽車と融合した!」

 

 鬼は、一夏と炭治郎を見ながらニタニタと笑う。

 

「この汽車全てが、オレの血肉であり骨となった。つまり、この汽車の乗客二百人余りがオレの体を更に強化する餌、そして人質。ねぇ、守りきれる?君たちだけで、この汽車の端から端までうじゃうじゃしてる人間全てを――俺におあずけさせられるかなぁ?」

 

 魘夢は列車の屋根に溶け込んで消える。

鬼の言葉に弾かれるように、一夏と炭治郎は列車内へ戻った。そこで目にしたのは、天井や椅子の端から肉塊のようなものが盛り上がり、乗客を包み込もうと蠢いている様だった。

 

「まずい!乗客が!」

炭治郎は慌てて刀を抜くが、一夏は冷静に呼吸を行う。

 

「日の呼吸黒式 弐ノ型・炎陽紅焔」

 

一夏は超高速の十五連撃で、肉塊を斬り付ける。斬られた肉塊は灰に還った。

 

 

 

「(す、凄い、一瞬にして……鬼の塊を!)」

 

「日の呼吸 陸ノ型・日暈の龍・頭舞い」

 

 一夏は、狭い通路や座席の間を移動しながら、肉塊を斬り、灰に還す。この型を放っただけでこの車両の肉塊は消え去った。再生も、一夏の日輪刀の力で抑えられたと言っていい。

 

 

「(これが、一夏さんの日の呼吸!)」

 

一夏の日輪刀は黒から赫き紅蓮に染まり、どこか太陽を想起させるようなものだった。その太刀筋から放たれる技は息を忘れる程綺麗で、その所作はあまりに美しく、無駄な動きが一切無く、まるで火の神が舞っているように炭治郎は見えた。

 

炭治郎はただ、一夏の剣に魅了されていた。

 

「(前方もまずいな)」

 

一夏は即座に前方車両に向かう。

 

炭治郎は一夏の速さに目視する事ができなかった。

 

「(は、早い!動きが全く見えない。それに、一つ一つの動作が静かだ)」

 

 

前方の車両に着くと、肉の触手が一夏を見つけゆっくりと迫る。

 

「……寝ている間にこんな事態になるとは、杏寿郎の言葉を借りるなら…」

 

車両内は下弦の壱の支配下にあり、車両全体は肉塊が覆い、触手が一夏に迫る。

 

 

 

 

しかし同じ頃、状況は杏寿郎も同じだった。

 

「うーん、うたた寝している間にこんな事態になっていようとは!!」

 

 

 

 

 

「「よもやよもやだ/な、柱として不甲斐なし/い、穴があったら…」」

 

一夏は日輪刀を構え、杏寿郎は頭上へと構える

 

「「入りたい!/入りたい所だな」」

 

 

一夏と杏寿郎はほぼ同時に、眠っている乗客に刃が当たらないように迫る触手、窓,天井,床にうねる肉塊を斬り刻む。触手は、一夏の赫刀によって現状再生する気配はない。

 

 

そして、車両から揺れが起きる。

 

「っ……⁉︎」

 

 

炭治郎は先程いた場所から一車両移動し、乗客を守りながら触手を斬りつけていたが、突然の揺れで転がってしまい、なんとかバランスを立て直す。

 

「(なんだ今の、鬼の攻撃か?)」

 

 

杏寿郎の到着と同時に更に車両が揺れ、目の前に杏寿郎の姿が現れる。

 

「竈門少年!!」

 

「れ、煉獄さん!」

 

 

「ここに来るまでに斬撃を入れて来た!しかし、時間稼ぎにしかならないだろう!一夏はどこにいる?」

 

「一夏さんは「ここにいる」うわぁっ!!?」

炭治郎は音もなく、突然一夏が戻ってきた事に驚くが、杏寿郎は簡潔に話を始める。

 

「うむ!そっちも無事で何よりだ!時間がないので手短に話す!この汽車は八両編成だ!なので、一夏は前車両、俺は黄色頭少年、竈門少女を援護しつつ、後ろの車両四両を守る!竈門少年たちは、鬼の頸を探せ!」

 

 杏寿郎の言葉は簡潔だった。それから、一夏は刀を握り直し口を開く。

 

「炭治郎。任せていいな?」

 

「はい!まずは、伊之助と合流します。御二方も、お気をつけて」

 

「うむ!急所を探りながら戦おう!君たちも気合いを入れろ!」

 

 そう強く言うと、杏寿郎は凄まじい勢いで、一夏は音を立てず各車両に向かい、炭治郎は伊之助と合流する為、車両の外へ出る。

 

 

 

別車両にいる杏寿郎と同時に一夏も加速し、跳び込んだ各車内で、蠢く肉塊へ向かって刀を振るう。

 

 

日の呼吸 烈日紅鏡

 

     灼骨炎陽

 

     陽華突

 

     日暈の龍・頭舞い

 

技を繋げながら放ち、ボタボタと肉塊を斬るが、すぐに車両に吸収されてしまう。

 

 

「日の呼吸黒式 弐ノ型・炎陽紅焔」

 

一夏は焔の斬撃を放ち肉塊を斬り刻む。

 

 

「(乗客はみんな眠っているのか。正直ありがたい。騒がれると守れないからな)」

 

一夏の斬撃は鬼の再生能力を阻害する力がある。

 

 

 

ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!

 

 

 

その時、凄まじい断末魔が車両全体を揺らした。

 

「な、なんだ⁉︎」

 

現在の鬼の体は列車そのものだ。彼がのた打ち回ればその分、列車全体も跳ねるのだ。

 

「(炭治郎達が鬼を討ったのか!それなら、後は俺たちの出番か……!!)」

一夏は車両の窓から外へ飛び出し、もう一振りの日輪刀も抜刀した状態で走り出し、二振りの日輪刀を振るう。

 

 

日の呼吸 円舞

 

     碧羅の天

 

     烈日紅鏡

 

     灼骨炎陽

 

     陽華突・龍王

 

     日暈の龍・頭舞い

 

     斜陽転身

 

     飛輪陽炎

 

     輝輝恩光

    

     火車

 

一夏はつなげる様に日の斬撃を放つ。

日の斬撃は列車の動きを停止させることができた。後方四両も、どうやら、杏寿郎が停止させたようだ。これで脱線は免れたと言える。

 

「無事か、一夏!?」

 

「ああ、なんとか無事だ」

 

「うむ!無事で何よりだ!俺は竈門少年達の様子を見てくる。一夏は乗客の救助と怪我人の手当てを頼む!」

 

「了解」

 

 

杏寿郎が炭治郎達のもとに向かうのを見届けた一夏は乗客の安否確認へと向かった。



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炎柱と上弦の拳鬼

時を遡ること数分前、炭治郎と伊之助は鬼の弱点らしき気配をそれぞれが持つ五感で感じ取り、列車の本体の中で激しい戦いを繰り広げていた。

 

 

 

 

そして、それも今終わろうとしている。

 

「獣の呼吸 肆ノ牙・切細裂き!」

 

 

伊之助の攻撃で現れた鬼の頸へ、炭治郎が渾身の一撃を与えるため、日輪刀を構える。

 

 

「(父さん、守ってくれ……この一撃で、骨を断つ!!)」

炭治郎の日輪刀は紅蓮の炎を纏い、そのまま勢いよく急降下していく。

 

 

「ヒノカミ神楽・碧羅の天!!」

 

炭治郎の一撃は、見事鬼の骨を断った。その勢いで、先頭車両が崩れる。

 

 

ギャアアアアアアアアアア!!!

 

夢鬼の凄まじい断末魔に、炭治郎と伊之助は、思わず耳を塞ぐ。

 

 

「……!! 凄まじい断末魔と、揺れが……」

 

「頸を斬られてのたうち回ってやがる、やべぇぞ!!」

 

列車が、まるで生き物の様にうねる。

「横転する、伊之助は…ぐッ!」

 

軋む列車の轟音が響く中、炭治郎は、刺された傷が痛み、腹を押さえる。

 

「お、お前、腹 大丈夫か⁉︎」

 

「あ、ああ!、伊之助、乗客を……」

 

炭治郎が言い切る前に、列車は大きく傾いた。炭治郎はそのまま、衝撃で外へ放り出された。

 

「(死ねない、俺が死んだら あの人が人殺しになってしまう・・・死ねない、誰も死なせたくない……)」

 

そして伊之助や運転手も同じように列車から投げ出され宙を舞う。  

炭治郎は手を伸ばすも、身体が地面へと叩きつけられ、地面を転がる。意識こそ失わなかったが、すぐには起き上がれなかった。

 

 

「おい!大丈夫か!三太郎!!」

 

 

伊之助の声が聞こえる。伊之助は炭治郎の傍まで来ると、体を起こして揺らし始めた。

 

 

「しっかりしろ、鬼の肉でばいんばいんして助かったぜ、逆にな! 腹は大丈夫か、刺された腹は!?」

 

「大……丈夫だ。伊之助は……?」

 

「元気いっぱいだ!風邪もひいてねぇ!」

 

伊之助の無事を確認した炭治郎は、動ける伊之助へお願いする。

 

「すぐ動けそうにない…他の人を助けてくれ。怪我人はいないか…頸の近くにいた運転手は…」

 

「………」

 

炭治郎の言葉に、伊之助が揺する手を止めた。

 

 

「アイツ、死んでいいと思う!!」

 

「よくないよ…」

 

「お前の腹刺した奴だろうが!アイツ足が挟まって動けなくなってるぜ。足が潰れてもう歩けねぇ、放っとけば死ぬ!!」

 

そんな伊之助をなだめる。

 

「だったらもう十分罰は受けてる、助けてやってくれ」

 

「……」

それでも動かない伊之助に、頭を下げる。

 

 

「頼む」

 

 

 そんな炭治郎の言葉に、納得がいかないものの、伊之助は立ち上がった。

 

 

「……ふん、行ってやるよ親分だからな、子分の頼みだからな!!」

 

 

 そうは言っても割りきれない伊之助は、炭治郎の方を振り返る。

 

 

「助けたあと、アイツの髪の毛、全部毟っといてやる!!」

 

「そんなことしなくていいよ……」

 

 

 炭治郎はそれだけ言うと、伊之助の足音を聞きながら、呼吸を整える。

 

 

(夜明けが近づいてる。呼吸を整えろ…早く…怪我人を助けないと…。禰豆子……善逸…一夏さん…煉獄さん。きっと無事だ、信じろ……!)」

 

 

 

 

 

 

「フーーー、フーーー」

 

 

 呼吸を整える炭治郎を、杏寿郎が突然覗き込んできた。

 

 

「全集中の常中が出来るようだな、感心感心!」

 

「煉獄さん……!」

 

「常中は柱への第一歩だからな!柱までは一万歩あるかもしれないがな!」

 

「頑張ります……」

 

 

杏寿郎は炭治郎の腹部へと目を向けた。傷口を診ると、鋭利な物で刺され、血管が損傷している。

 

 

「腹部から出血している。もっと集中して呼吸の精度をあげるんだ…体の隅々まで神経を行き渡らせろ」

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

 

「血管がある、破れた血管だ」

 

「ハァ、ハァ・・・」

 

「もっと集中しろ」

 

「……ハァ、ハァ」

 

 

──ドクン

 

「……!」

 

「そこだ、止血…出血を止めろ」

 

 

 炭治郎は出血を止めようと力んでしまい表情が歪む。すると、杏寿郎は炭治郎の額に、人差し指を宛てがった。

 

「集中!」

 

炭治郎はなんとか冷静になり出血箇所を意識し止血を行う。

 

「ぶはっ!はっ、はぁっ……」

 

「うむ、止血出来たな。呼吸を極めれば、様々なことができるようになる。何でも出来るわけではないが、昨日の自分より、確実に強い自分になれる」

 

 

「…はい」

 

 

炭治郎の返事に、杏寿郎は笑顔を向けた。

 

「あっ、煉獄さん。一夏さん達は?」

 

 

「君の妹も、みんな無事だ!怪我人は大勢だが、一夏が重傷者を処置しているから命に別状はない!一夏は医学の知識もあるから安心するといい!胡蝶までとはいかんが、腕は確かだからな!」

 

一夏は蝶屋敷で仕事を手伝っていた経験から、ある程度医学の心得がある。透き通る世界で正確な治療も出来るため、しのぶやカナエ達の補助をする事もよくあるのだ。

 

 

「竈門少年、君は無理はせず……」

 

杏寿郎の言葉を遮るように、ドオオォォオン!と地面を抉る凄まじい衝撃音が響く。

 

杏寿郎から少し離れた場所に着地して二人の前に現れたのは、非情にも鬼だった。

 

びりびりとした、重く冷たい空気……心臓が、嫌なくらい、跳ねあがる。

 

 

 

しかも、鬼の眼には 右目に“上弦 ”左目に“弐”と刻まれていた。

 

 

「(上弦の……弐?)」

 

息を飲む間も無く、ドンッ!と一瞬にして、炭治郎目掛けて一直線に向かってくる。

 

 

「炎の呼吸 弐ノ型・昇り炎天!!」

 

 

鬼が炭治郎へ攻撃するより先に、杏寿郎が技を放ち、鬼の腕を斬り裂いた。杏寿郎は円を描くように炎の斬撃を放ち、炭治郎に迫っていた上弦の弐の両腕を切断して吹き飛ばしたのだ。

 

鬼はすかさず間合いを取る。

 

 

杏寿郎に斬られたにも関わらず、物凄い速さで腕の傷を再生した鬼は、傷跡に残る自身の血をペロッと舐めた。

 

 

「いい刀だ。今の一瞬で連撃を喰らう事になるとはな」

 

この圧迫感に、炭治郎もごくりと唾を飲む。

 

「(再生が速い……カナエ殿と一夏から話は聞いていたが、この圧迫感と凄まじい鬼気……これが、上弦)」

 

 

炭治郎を庇うように、杏寿郎は鬼の前に立つ。

 

 

 

「なぜ手負いの者から狙うのか、理解できない」

 

「俺とお前の話の邪魔になると思った。なぜ当たり前のことを聞いた?」

 

 

鬼は疑問符を浮かべる。杏寿郎は刀を構え、口を開く。鬼の言葉に、杏寿郎は眉をひそめる。

 

 

「君と俺が何の話をする?初対面だが、俺はすでに君のことが嫌いだ」

 

拒絶の言葉──それに対し、鬼は淡々と話を続ける。

 

「そうか、俺も弱い人間が大嫌いだ。弱者を見てると虫酸が走る」

 

「俺と君とでは物事の価値基準が違うようだ」

 

 

杏寿郎はそう呟くと、上弦の弐はある提案をする。

 

「そうか。では、素晴らしい提案をしよう──お前、鬼にならないか?」

 

「ならない。俺は炎柱・煉獄杏寿郎だ」

 

上弦の弐の提案を、杏寿郎は間髪入れず拒否した。鬼になってしまっては、帰る場所に帰れなくなってしまう。

 

「俺は猗窩座(あかざ)、見れば解るぞ。お前の強さ、その闘気、至高の域に手を掛けているではないか!しかし、なぜお前が至高の領域に入り、それ以上練り上げられないのか教えてやろう」

 

 猗窩座は、右人差し指で杏寿郎を差す。

 

「人間だからだ。老いるからだ。死ぬからだ──だが鬼になれば、百年でも二百年でも鍛錬し続けられる。強くなれる」

 

杏寿郎はその言葉を受け、猗窩座に鋭い視線を送る。

 

「老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこそ、死ぬからこそ、堪らなく愛おしく尊いのだ。強さというものは、肉体に対してのみ使う言葉ではない……この少年は弱くない、侮辱するな。お前も人間だったころは、人の心を持ち、誰かを愛したはずだ。猗窩座、君のその心はどこに置いてきた?」

 

 

杏寿郎がそう問うと、猗窩座の額に青筋が浮かぶ。

 

「結論は見えている。やはり、君と俺の価値基準は違う。如何なる場合も、俺は鬼にはならない」

 

「…………そうか」

 

 猗窩座は落胆したように眉を下げるが、次第に不敵な笑みを浮かべる。猗窩座は型のような姿勢を作った途端に、空気の重圧が増した。

 

 

 ――術式展開 破壊殺・羅針

 

「鬼にならないなら殺す」

 

 猗窩座は足元に雪結晶の陣を出現させると、凄まじい速度で杏寿郎に迫る。

 

 

猗窩座が空気を揺らした。まばたきする間も無く、杏寿郎も応戦する。

 

 

「炎の呼吸 壱ノ型・不知火」

 

炎の剣と拳の音が響き渡る──その攻防はもはや次元が違った。

 

目の前で繰り広げられる戦いから目が離せない炭治郎は、冷や汗が頬を伝う。

 

 

 

 

 

「(目で、追えない!!)」

 

 

 

「炎の呼吸 陸ノ型・双炎!」

 

焔の如き闘気を纏わせた横薙ぎ2連の斬撃…一撃目で鬼の防御を崩し、二撃目で頸を斬る技だ。型を繰り出し、杏寿郎は猗窩座の頸を狙ったのだ。

 猗窩座は、技を拳で往なす。その圧倒的な実力は、下弦の力量を遥かに上回る。

 

「(一夏より動きは遅い!冷静であれば、ついていけない動きではない!)」

杏寿郎は一夏と長い付き合いの中、鍛錬の末、腕を上げている。そして彼の指導の下、本来壱から玖までしかなかった炎の呼吸の新たな型を編み出すこともできた。

 

 

そして、猗窩座は、興奮で頬を緩めながら地を踏み跳んだ。

 

「今まで殺してきた柱たちの中に、炎はいなかったな。そして、俺の誘いに頷く者もいなかった。なぜだろうな?同じく武の道を極める者として理解しかねる。選ばれた者しか鬼にはなれないというのに──素晴らしき才能を持つ者が醜く衰えてゆく。それが俺はつらい、耐えられない。死んでくれ杏寿郎、若く強いまま」

 

 ――破壊殺・空式

 

 

「肆ノ型・盛炎のうねり!」

猗窩座が拳を虚空に打つと、打撃は直線的に杏寿郎を襲う。弾の打撃は杏寿郎が空気の流れで察知し、炎の斬撃で全て相殺する。

 

襲い来る猗窩座の攻撃を一寸の狂いもなく受け止める。

 

 これだけ猗窩座の飛ばす拳の猛攻を受け止めながらも、杏寿郎は冷静に打開策を練っていた。

 

「空式を初見で相殺するか!」

 

 

「(虚空を拳で打つと攻撃がこちらまで来る。一瞬にも満たない速度……このまま距離を取って戦われると、頸を斬るのは厄介だ。ならば、近づくまで!)」

 

 

──炎の呼吸 拾壱ノ型 ・加具土命・噴焔

 

昇り炎天に近いがより高威力で広範囲に攻撃可能な斬撃だ。その斬撃はまるで火山の噴火の如し。

杏寿郎は、神速の域で猗窩座の間合いに詰め寄り、斬撃を与える。対し、猗窩座は傷を再生させ口角をあげる。

 

 

──加具土命・龍焔

 

 

 煉獄はそのまま技を繰り出す。この加具土命・龍焔は煉獄が日の呼吸の日暈の龍・頭舞いを元に編み出した技である。

動きを止めない分、より精密な動きと呼吸が要求されるが、使いこなせば動きながら高い威力を発揮させることが出来る。杏寿郎は相手の急所を狙い放ったが、猗窩座は空中で身を捻り体勢を整え、斬撃を拳で弾き落とし着地する──柔軟さ、強さ、反射速度、どれを取ってもやはり通常の鬼の比ではない。

 

「こんなにも力強く、ここまで凄まじい炎の斬撃は初めてだぞ、杏寿郎!――やはり、お前は鬼になるべきだ!」

 

 ーー破壊殺脚式・飛遊星千輪

 

猗窩座は楽しそうに、嬉しそうに声を上げる、自身の好敵手を見つけたかのように。杏寿郎は、その言葉を聞き、額に青筋を浮かべる。

 

「――言ったはずだ、鬼にはならんと!」

 

ーー炎の呼吸 拾ノ型・豪炎

杏寿郎は声を荒げ、猗窩座の技に対応し、上半身の筋肉と腰を使って3連撃の技を放つ。

 

 

 

「煉獄さん…!」

炭治郎はなんとか立ち上がり援護しようと動こうとするが

 

「動くな!!傷が開いたら致命傷になるぞ!待機命令!!」

 

あまりの剣幕に、炭治郎は肩をすくめた。その間も、猗窩座の攻撃は止まない。

 

 

「弱者に構うな杏寿郎!!全力を出せ、俺に集中しろ!!」

 

 

ーー破壊殺・鬼芯八重芯

 

 

「炎の呼吸 拾壱ノ型・加具土命・焔星!」

 

加具土命・焔星は「肆ノ型・盛炎のうねり」の範囲を絞り、威力を集中させたものだ。扱いは難しいが、直撃させればその威力は「盛炎のうねり」の数倍にも匹敵する。

 

 

刀を振るうと、炎の斬撃と拳が互いにぶつかり合う。猗窩座は一瞬の動きに目を斬られ、腕を斬り落とされるも再生し、杏寿郎は直接創り出される虚空の拳に切り傷を負い血が流れ出る。

 

「やるな杏寿郎!だが鬼にとっては掠り傷みたいなものだ!その証拠に、ほらな!」

 

瞬く間に傷が治る部位を指差す。煉獄の斬撃で傷付いた部位が、鬼の回復力で塞がっていたのだ。

 

「ならば、再生が出来なくなる程斬るまでだ!」

 

ーー炎の呼吸 㭭ノ型・火華

 

杏寿郎は猗窩座に向けて炎の七連撃を放つが、猗窩座は喜々とした表情でそれを拳で捌いていく。

 

 

「炎の呼吸 伍ノ型・炎虎!!!」

 

 

「破壊殺砕式・万葉閃柳!!」

 

 

猗窩座との一進一退の攻防は、少しでも反応が遅れれば致命傷になる。

 

「アハハハ!素晴らしい剣技だ!だが、鬼にならなければこの剣技も失われていくぞ!お前はそれが悲しくないのか!?」

 

「悲しみなどない!俺の心の炎と意思は、きっと誰かが受け継いでくれる!」

 

 

「それは戯言でしかない!鬼だからこそ強くあれるのだ!!」

 

 

――破壊殺・乱式

 

「(ここだ!) 炎の呼吸 漆ノ型・焔返し!」

 

 

相手の力を利用した反撃の型…それは遠距離攻撃にもある程度対応出来る技だが、殴打などの格闘戦を得意とする鬼に対して一番効果を発揮する。猗窩座の放った拳を刀に当ててその勢いを利用して斬るのだ。

 

そして杏寿郎のカウンターにより腕を斬り落とされた猗窩座へ、更に刃が頸に迫る。しかし、猗窩座は拳を杏寿郎の胸元にぶつけ、杏寿郎は吐血させる。その瞬間を逃さず、猗窩座ら即座に後方へ回避した。

 

 

「(……すげぇ!!!)」

 

そして炭治郎達と合流し、避難誘導を終えた伊之助は、上弦の鬼と対峙する杏寿郎の闘いに、釘付けだった。

 

 

爆風で砂埃が舞う中、杏寿郎と猗窩座の声が聞こえてくる。

 

 

「まさか乱式を利用するとはな!やはり貴様は死ぬには惜しい!」

 

「炎の呼吸 参ノ型・気炎万象!」

 

炎の弧を描くように刀を振るい、猗窩座は腕を斬られるも、すぐに再生し、炎と虚空の拳の攻防が再度繰り広げられる。

 

 

 

「(隙がねぇ、入れねぇ、動きの速さについていけねぇ・・・ありゃあ異次元だ……)」

 

 

「生身を削る思いで戦ったとしても、全て無駄なんだよ杏寿郎。お前が俺に喰らわせた素晴らしい斬撃も、既に完治してしまった。だが、お前はどうだ…もはや倒れるのも時間の問題だ」

 

そう言った杏寿郎の体は、猗窩座との攻防で、額,頬に赤い鮮血を流している。杏寿郎自身、骨にヒビが入ってしまい長くは戦えない。人は鬼の様に再生はできないのだ。

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ・・・」

 

「鬼であれば、瞬く間に治る。そう、どう足掻いても人間では鬼に勝てない」

 

 

 鬼と人との圧倒的優劣の差を説かれる。

 

 

「(このままじゃ煉獄さんが…今すぐ助けに入りたい・・・なのに……!)」

 

 

 

 

 

 

炭治郎は拳を強く握り、固唾を呑んで見守る。

 

 

「(……まるで神の戦いだ…!)」

 

 

伊之助の肌に、ビリビリとした空気が焼き付く。

 

 

「(間合いに入れば死しかない……助太刀に入ったところで足手まといでしかないって俺でもわかる。情けねぇけど、動けねぇ……!)」

 

 

 炭治郎達もただ見守るしかないそんな中、猗窩座は尚も喋り続ける。

 

「……さっきも言ったように、その傷は鬼ならばかすり傷になる……脆い存在のままでいいのか?もっと高みへ登りたいとは思わないのか?鬼になると言え杏寿郎、お前は選ばれた存在なんだぞ?」

 

 

杏寿郎を煽り、鬼へ誘おうとしているのだ。

 

そんな中、炭治郎は必死に体を動かそうと足掻く。けれど、ぶるぶると震え、力が入らない。

 

 

「(手足に力が入らない・・・傷だけじゃない、ヒノカミ神楽を使ったからか!助けに入りたいのに……!)」

 

 

 

 

「……」

そして杏寿郎は猗窩座の「選ばれた存在」の言葉に、脳裏に、母の瑠火の言葉が浮かび上がっていた。

 

 

 

病で床に伏せてしまった杏寿郎の母親、煉獄瑠火。その傍に、幼き日の杏寿郎と弟の千寿郎、一夏の姿もあった。

 

 

『大分食欲が戻ってきましたね、瑠火さん』

 

『うふふ、一夏の作る料理はとても美味しいわ。私も、こんな順調に回復するとは思わなかったわね』

 

『一夏の作る料理はうまいからな!むしろその年でそこまでできるのが正直羨しいくらいだぞ!』

 

『未来じゃほぼ一人でいる事が多かったからな』

 

瑠火の顔色は徐々に良くなり、食欲も戻り、一夏の作る料理を平らげていた。

 

『今日まで様子を見て、問題がなければ明日からみんなと同じ普通の食事を出します。経過を見てから歩いても大丈夫の筈です』

 

『本当なのか一夏!母上も、俺達と同じ普通の食事が出来るのか!』

 

『ああ、ここまで顔色と食欲が戻れば問題はない。問題がなければ、明日からは瑠火さんと一緒にご飯を食べる事ができる』

 

『そうか!』

 

『今はまだ盛大な料理は出せないけど、それは瑠火さんが完全に治ってからだ。瑠火さん、俺はこれで失礼します』

 

『今日もありがとう一夏、明日の食事、楽しみにしています』

 

 

一夏は瑠火の部屋から食器を持ち退室する。

杏寿郎は母親の傍に座り、千寿郎は母親の布団の隅で、寝息をたてている。

 

 

『杏寿郎』

 

『はい、母上』

 

 

静かになった部屋に、瑠火の凛とした声が響く。

 

 

『母が今から聞くことをよく考えるのです。なぜ自分が人より強く生まれたのか、分かりますか?』

 

 

 母親の問いかけに、杏寿郎は必死に考える。

 

 

『………うっ!』

 

 

 けれども、幼い杏寿郎には、その答えが見つからない。

 

 

『………分かりません!』

 

『弱き人を助けるためです。生まれついて人よりも多くの才に恵まれた者は、その力を世のため人のために使わねばなりません』

 

 

 杏寿郎は、背筋を伸ばして母親の言葉を聞く。

 

 

『天から賜りし力で、人を傷つけること、私腹を肥やすことは許されません。弱き人を助けることは、強く生まれた者の責務です。責任を持って果たさなければならない使命なのです。決して忘れることなきように』

 

 

 母親からの大切な言葉に、杏寿郎は力強く返事をした。

 

 

『はい!!』

 

そんな杏寿郎を、母親が抱き寄せる。

 

 

『私は、強く優しい子の母になれてとても幸せです。杏寿郎もいずれは、父の様に立派な剣士になるでしょう。ですが、約束してください……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

必ず、無事に帰ってくると

 

 

 

 

 

 

「ハァ…………ハァ………」

 

 

母の言葉を胸に灯し、杏寿郎は日輪刀を握り直し、呼吸をゆっくり整える。自身の内にある全ての闘気を燃やすためだ。

 

 

 

 

 

「…!杏寿郎、お前……」

 

 

これだけ差を見せつけられても、杏寿郎は猗窩座を見据える。

 

 

「俺は…俺の責務を全うする!!ここにいる者は、誰も死なせない!!今の俺に出来るのは、もてる全ての力を……この一撃に込めること!!」

 

杏寿郎は刀を頭の右脇に構え、この一撃で仕留めるべく、刀に己の全てを乗せ、構える。そして……

 

 

「(っ!なんだ、猗窩座の身体が…透けて…、いや、今は考えるな!一瞬で多くの面積を根こそぎ抉り斬り、猗窩座を倒す!)」

 

今の杏寿郎の目は、猗窩座の身体が透けて見え、そして杏寿郎の赤い日輪刀がほんの僅か、赫く染まっていた。

杏寿郎は考えるのを放棄し、呼吸を整える。

 

 

 

 

 

 

「炎の呼吸 奥義 ─」

 

 

「素晴らしい…それ程の傷を負いながら、その気迫!その精神力!一分の隙もない構え!そして更に練り上げられたその至高の闘気!“ 武の理”へ踏み入れようとしているのか!あはは!絶対にお前は強い鬼になれるぞ杏寿郎!いや、どんな手段を使ってでも鬼にする!俺と永遠に戦い続けよう!」

 

 

 

 

──ドンッ

 

 

「破壊殺・滅式!!」

 

玖ノ型・煉獄!!」

 

 

土埃が舞い、勝敗の行方を遮る。

 

 

「(……止まった?土埃で見えない…煉獄さん、煉獄さん……!!)」

 

 

祈るように土埃が収まるのを待つ。少しずつ、土埃が薄れてゆき……

 

視界が晴れ、そこに映ったのは、杏寿郎、そして、頸は斬れていないものの、右腕と体の左半分が削がれた猗窩座の姿だった。距離を取った猗窩座はすぐさま体を再生させようとするが、再生速度が落ちている様子だった。

 

 

杏寿郎は技の反動で動くことが出来ない様子であった。そして、猗窩座が体の再生を完了させたら最後、動けない杏寿郎は殺されるか捕まるかの二つであろう。右腕だけを再生し終えた猗窩座は、片足だけで踏み込み、杏寿郎の腹目掛けて拳を振るった。

 

「煉獄さんーーーー!」

動けない炭治郎はただ叫ぶことしかできなかった。

 

しかし、

 

 

 

「日の呼吸黒式 壱ノ型・零日白夜」

 

突如頭上から一太刀の衝撃波が辺りを覆う。

 

その場にいた全員、何が起こったかわからず、目を覆う。そしてその衝撃が去ってすぐに炭治郎が目を向けると……杏寿郎の前には“彼”が立っていた。

 

赤羽織、右手に握りしめた炎の鍔が特徴な紅蓮の赫き炎刀、紫の蝶と桃色の花柄の耳飾り──

 

 

 

「はは、ようやく来たか……一夏!」

 

「遅くなってすまない、杏寿郎」

 

 

始まりの日が、舞い降りた。



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日輪の業炎

「い、一夏さん!?」

 

猗窩座の拳が杏寿郎の命を貫こうとした刹那、炎を守護るかのように現れたのは、一夏であった。

 その場にいた全員が驚いたのも無理はない。しかし、杏寿郎のそれはすぐに笑みへと変わった。

 

「無事でよかった… 杏寿郎、ってか、ボロボロじゃないか。かなり無茶したみたいだな…」

 

「あぁ……危うく死んでいた!しかし無茶に関しては人のことは言えないと思うぞ!」

 

「はは、そうだな。とにかく杏寿郎は止血の呼吸に専念を、後は俺に任せてくれ」

 

「うむ!任せたぞいちゴホッ!」

 

「大声で喋るなよ、誰が見ても重傷だぞ」

 

「そ、そうであったな……!」

 

 

 その様子に呆れながら告げる一夏と吐血しながら朗らかに笑う杏寿郎……事の次第を見守っていた炭治郎達が、突然の出来事についていけてない様子であったのは無理からんことであった。

一方で、猗窩座の反応は劇的だった。

 

「耳飾りの剣士……!」

 

 当然ながら猗窩座も一夏のことは知っている、知らぬはずがない。己よりも格上である童磨すら何もできずに倒されたという。そのあまりの強さから十二鬼月を始めとした上位の鬼達は鬼無辻無惨から直々に抹殺又は警戒する様に言い渡されたほどだった。

 

 

「………」

 

 

「(な、何だこいつは……!? この俺が近づいていた事でさえも気づかなかった!赤子であっても、わずかながらに闘気はあった……!! なのに、柱の耳飾りの剣士からは全く闘気を感じ取ることができない……!?だがなんだ、あいつの姿が…誰かと重なって……?)」

腕を犠牲にして、何とか頸を斬られることだけは回避できた猗窩座であったが、いつものように距離を取った後、動揺で動けなくなってしまった。無表情で自分を見据える一夏の闘気は、不気味なほど静かで何も感じられなかったからだ。

 

そして、その姿はある男と重なって見えた。紅蓮に染まった日輪刀、赤羽織、耳飾り、赤味がかった髪先、何も映していない瞳、頭部にある痣…その姿は無惨の細胞の記憶で見た継国縁壱の姿であった。

 

そして、猗窩座は気づく。

 

「っ⁉︎な、何故腕が再生しない⁉︎」

 

斬られた腕が再生せず更に動揺の色が濃くなった。上弦の鬼は他の鬼と違い一瞬で再生できるはずだった。しかし、一夏の斬撃を受けた猗窩座の腕は再生しなかったのだ。もしカナエがこの場にいたならば、一夏と先代上弦の弍の対決の時を思い出したであろう。

 

「この状態の日輪刀は、お前ら鬼の再生能力を阻害する力がある。普通に再生するのは難しい筈だ」

 

「な、なんなんだ……なんなんだ貴様はッ!?」

 

 力量がまるで計れない。すれ違っても、いたことにさえ気づかないほどに、気配が希薄だ。猗窩座はその膨大な戦闘経験から一目見れば相手の戦闘能力が測れるつもりだった。しかし、一夏のことはまるで解らなかった、不気味なほど何も感じなかった。

 

「鬼殺隊・日柱…織斑一夏。始まりの呼吸を使えるちょっとすごい剣士……みたいだ」

 

「ふ、ふざけるなぁ!」

 

ーー術式展開 破壊殺・乱式

猗窩座は拳撃を虚空へと打ち込み、発生させた衝撃波を一夏へとぶつけた。

 

 

「ふざけたつもりはない…」

 

その時、一夏は日輪刀を鞘に納める。

 

「(は⁉︎何のつもりだ!?)」

 

「日の呼吸 黒式 肆ノ型・日影」

 

間合いに入った一夏は猗窩座の放つ衝撃波を全て無力化する。

 

「(何だ?何が起きた!?俺の攻撃が…当たらない)」

相手が何もしていないのに関わらず、自身の技が無力化されたように見えたのだ。猗窩座は茫然としてしまった。

 

「……次はこちらから行くぞ」

 

ーー日の呼吸改 陽華突・虚空

 

一夏も腕の筋肉を全力で振り絞って、虚空を突くと同時に衝撃波を飛ばす。

 

 

「ゴハァッ⁉︎」

まともに攻撃を受けた猗窩座はくの字になりながら吹っ飛び噴煙が起こる。これをまともに見ていた炭治郎達は唖然としてしまう。

 

陽華突・虚空は、主に遠距離用で敵を貫く事が可能な技だ。その上、本人曰く「突きと言うより大砲」と語るほど、攻撃範囲が広い。ちなみに、両腕で突くと最大五十メートルくらいは衝撃波が飛ぶ。ただし、この技には「一日三回」という制限を設けている。それ以上は腕の骨が砕け散る為だ。片腕ずつなら合計六回は打てるが、威力と範囲が格段に落ちる。

 

 

「(威力は大きいが…やはり、その分負担も大きいな)」

 

一夏は、突きを繰り出した右腕を透き通る世界で見て、そう再認識した。

 

 

「こんな物で俺を倒せると思うな!化物がぁ!」

 

ーー術式展開 破壊殺・滅式

 

猗窩座は、赫刀で斬られた腕以外の傷を再生させ、普通の者では認識できないくらいの速さで一夏に迫る。その技は、杏寿郎に使った時より更に威力は大きいと窺える。

 

 

「この型を使うのは久しぶりだな……」

 

一夏は日輪刀をゆっくり頭上に構え、炎が纏いはじめる。

 

 

「日の呼吸改 飛輪陽炎・業炎撃」

業炎を纏い両手で振り下ろした。その一振りで火柱が起き、再び噴煙が発生する。

 

業炎撃は飛輪陽炎に炎の呼吸の要素を取り入れた技で飛輪陽炎をより強力に振り下ろす技である。五年前、煉獄邸で槇寿郎の指導のもと炎の呼吸の壱から参を会得した際、使えるようになった型だが、違和感故に今まで封印していたのだ。

 

 

 

視界が晴れ、そこに映ったのは、頸は斬れていないものの、残った腕と体が縦に削がれた猗窩座の姿だった。息を荒立てながら、なんとか一夏の一振りを中断させ、距離を取った猗窩座はすぐさま体を再生させようとするが、赫刀によって斬られた傷はやはり治らなかった。

 

「はぁ、はぁっ、はぁっ!(奴に攻撃を当てていたら…間違いなく頸ごと斬られていた……)」

 

流石の猗窩座も息が荒く、汗が流れていた。胴体の斬り傷は深く、再生が出来ずにいた。頸を絶たれていないことに安堵するがすぐにその余裕もなくなる。

 

「!!(しまった、夜明けが近い!この場から去らなければ……)」

 

 

 

命のやり取りの最中、誰よりも先に動いたのは炭治郎だった。

 

 離れた場所に落ちていた自身の日輪刀を拾うと、猗窩座へ向かって走り出す。

 

 

 

「(夜が明ける!!ここには陽光が差す……!! 逃げなければ、逃げなければ…!!)」

 

猗窩座は全力で逃げ出す。

 

 

「逃さなーー」

 

「ゲホッ!ゲホッ!」

 

「っ!杏寿郎!」

 

 

一夏は技を繰り出そうとするが、後ろで崩れ咳き込んだ杏寿郎に気を取られた。

 

「(傷口が開いて…!)」

 

 

透き通る世界で見て、容体を確認できた。

 

「(好機!)」

 

 

ーー術式展開 破壊殺・鬼芯八重芯

 

 

「……!」

すぐさま一夏は猗窩座の技を無効化した。弱っていたため威力はなかったが退却する為の牽制にはなったようだ。

 

 

 

猗窩座は、逃げながら すぐに治せる傷の再生を始める。

 

 

このままでは逃げられると判断した炭治郎は、咄嗟に己の日輪刀を、猗窩座目掛けて投げ飛ばした。

 

 

 

──ビュッ!

 

 

「(早く太陽から距離を……あいつには何をやっても勝てん!無惨様が警戒するのも、童磨がやられたのも納得だ!)」

 

 

──ドスッ!!

 

 

焦る猗窩座の胸に、突如炭治郎の日輪刀が突き刺さる。炭治郎は、そのまま猗窩座との距離を詰めながら、こう言い放った。

 

 

「逃げるな卑怯者!! 逃げるなぁ!!」

 

炭治郎の言葉に、猗窩座は青筋を立てる。

 

「(はぁ?何を言ってるんだあのガキは?脳味噌がアタマに詰まってないのか?俺は鬼殺隊(お前から)から逃げてるんじゃない、太陽から逃げてるんだ!)」

 

遠退いていく猗窩座の後ろ姿に向かって、炭治郎は叫び続ける。

 

「いつだって鬼殺隊は、お前らに有利な夜の闇の中で戦ってるんだ!! 生身の人間がだ!! 傷だって簡単に塞がらない!! 失った手足が戻ることもない!!逃げるな馬鹿野郎!! 馬鹿野郎!! 卑怯者!!」

 

見えなくなった猗窩座へ、何度も何度も叫び続けた……。

 

 

 

「お前なんかより、煉獄さんと一夏さんの方がずっと凄いんだ!! 強いんだ!! 煉獄さんは負けてない!! 誰も死なせなかった!! 戦い抜いた!!一夏さんが来るまで、たった一人でお前を追い詰めた!!守り抜いた!!お前の負けだ、煉獄さん達の……勝ちだ!!」

 

炭治郎の叫びに一夏と杏寿郎は互いに見ると、笑みを浮かべる。

 

 

「炭治郎、もうそれ以上叫ぶな。傷口が開くぞ」

 

「竈門少年、君も軽症じゃないんだ。竈門少年が死んでしまったら、俺達の負けになってしまうぞ」

 

「煉獄さん、一夏さん……」

 

「こっちにおいで、意識を落とす前に…言っておきたい事がある」

 

 

「……はい」

一夏は杏寿郎を仰向けにさせ、応急処置を始める。

 

「……煉獄さん、大丈夫ですか?」

 

炭治郎はゆっくり一夏達に近づき口を開く。

 

「ああ、この通り生きてるとも!先程は、死を覚悟したんだがな!わははは!」

 

「大声で喋るな。大声で喋ったら強制的に黙らせるぞ?」

 

笑う杏寿郎に対し、一夏は笑顔とどすの利いた声で即座に黙らせた。杏寿郎には、一夏の笑みが怒った時の胡蝶姉妹の姿と重なって見えた気がしたのだ。

 

「…………しかし、上弦と対峙する経験が二度もある柱などそうそういないぞ」

 

「……奴を取り逃してしまった」

 

「そう落ち込むな。生きているだけで儲け物だ。しかし、やはりすごい奴だお前は……手負いとはいえ、奴を圧倒していたからな」

 

「いや、あれは杏寿郎が追い詰めたから、各段に戦いやすかった。今回は杏寿郎の大金星さ、俺が駆けつけるまで、お前は上弦の鬼と同等に戦ったんだぞ?」

 

「そうか、しかし俺もまだまだ未熟の様だ。怪我が治ったら一から鍛え直さなければな!」

 

「怪我が治ったらいくらでも相手をする。頼むから大声を出さないでくれ」

 

 

その時、

 

「煉獄さんんんんっ!死んだらダメええぇぇええっ!」

 

「死ぬなよっ!ギョロギョロ金髪頭!」

 

と叫び声が上がる。

 

禰豆子の入った箱の紐を両肩から提げた善逸、そして伊之助が杏寿郎たちの方へ走り寄ってきた。

 

「良かった、君たちも無事か」

 

「黄色い少年、猪頭少年、竈門少年、よくやった。君たちのお陰で、俺は心置きなく戦えたんだからな」

 

 善逸は顔を青くし、

 

「そんな重傷でも普通に喋れるって!柱って怖ッ!普通喋るのは辛いはずですよねっ⁉︎」

 

目も丸くしていた。 そして、杏寿郎は、近くに座っている炭治郎に話しかけた。

 

「――竈門少年。今なら、一夏と冨岡が言っていたことがわかる。俺は君の妹を信じる。鬼殺隊の一員として認める。俺は、汽車の中であの少女が血を流しながら人間を守るのを見た。命をかけて鬼と戦い人を守る者は、誰が何と言おうと鬼殺隊の一員だ」

 

 炭治郎は嬉しかった。認めてもらえたことが、本当に嬉しかった。杏寿郎は、しっかりと炭治郎たちの行動を見てくれたのだ。

 

「……あ、ありがとう…ございます……!」

 

 炭治郎はそう呟き、双眸から涙を流す。その時、遠くから黒い服に身を包んだ集団がこちらに走り寄る――隠の人々だ。

 

鴉たちは産屋敷邸に飛び、報告を上げていたらしい。お陰で、乗客の人々も怪我の治療が受けられるはずだ。

 

「隠の者たちが来てくれたようだ!我らも蝶屋敷に向か…っ!」

 

「………」

 

「い、一夏さん⁉︎一体何を!」

 

「眠らせただけだ」

 

「だとしても何も言わずに首に注射を打ち込みますか普通⁉︎」

 

「(よ、容赦なぇな織斑さん。音が静かすぎて無言が余計に怖いよ)」

 

「………」

 

 

また大声を出した杏寿郎は最後までしゃべれず。しのぶ特製痛み止め睡眠薬を打ちこみ強制的に眠らせた。因みに注射針は束製注射を再利用した物だ。過去に一度、しのぶが柱に就任した際、日輪刀を調整するため、刀鍛冶の村を訪れた事があった。医学に精通している刀鍛冶の職人に針を見せるとそれは驚いていた。職人達は血眼になりながらも未来の注射針を完成させた。

 

しかし一夏は注射針を鬼殺隊関係者のみの使用と限定した。下手な事をして医学の歴史を変えたくなかったからだ。その後は蝶屋敷でも使用し、注射を打つ際の痛みは激減され、注射を打たれるのを嫌っていた患者は嫌がる様子もなく打たれる様になった。その後は換え針だけを生産してもらう様になったのだ。

 

 

 

 

話を戻す。その様子を見ていた善逸は自身が持つ五感で一夏の心情を察知し、あえて何も言わなかった。何を言われるかわからなかったからだ。伊之助に関しては無言だった。

 

 

その後、隠の人達と協力し、なんとか眠った杏寿郎と炭治郎の応急処置を終わらせた後、蝶屋敷へと運んだ。

 

ともあれ、隠の人々は杏寿郎を背に乗せ運び、一夏は炭治郎を背負い、善逸は禰豆子が入った箱の紐を両肩に掛け直し、歩みを始めたのだった。

 

「炭治郎、お疲れ様。今はゆっくり休みなさい」

一夏は背負っている炭治郎に労いの言葉をかける。

 

「俺は…何も出来なかった。ただ、煉獄さんが戦っているのを……黙ってみることしか出来なかった…」

炭治郎は一夏の羽織を強く握りしめる。その手からは相当な悔しさが伝わってきた。

 

「例え強くなったとしても、新たな壁が立ち塞がるのは当たり前だ。勿論俺も杏寿郎、柱のみんなもそうだ。……ある人が言ってた『強さにゴールはない。人はさらに強くなる。いつまでも、どこまでも』ってな。」

 

「強さに、ゴールは、ない…………ん?“ごーる”?」

 

「ん?あっ……いや、『お前もまだまだこれから』ってことさ。下弦の壱ともやり合ったわけだしな。だけど今は、怪我を治すことに専念する事、いいな?」

 

「……は、はい(戸惑いの匂いがする……)」

 

一夏はつい現代用語を口に出してしまい、なんとか訂正する。炭治郎は一夏の背に揺られながら、これまでのことを思い返す。そして、

 

「(一夏さん、お日様みたいに暖かい)」

一夏の体温の心地よさに安心したのか、意識を落とした。

 

 

無限列車での戦いは、終わりを告げた。




原作の煉獄杏寿郎の違い

一夏とは鬼殺隊になる前の仲で今では親友関係


炎の呼吸の新たな型を創造する←(技は読者からのアイディアです。本当にありがとうございます!)

この時点で、猗窩座で言う既に至高の領域に踏み入れており、奥義煉獄を放つ際、自身の内にある全ての闘気を燃やし、この時だけ更なる領域に踏み入れかけた

一夏に鍛えられた事により上弦の弐となって原作より強くなっている猗窩座と互角に戦える実力、そしてこの戦いで透き通る世界に踏み入れる。



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月夜に照らす日輪と蝶

無限列車の戦いから一週間後、杏寿郎,炭治郎,我妻,嘴平は、蝶屋敷でお世話になることになった。炭治郎達若手三人組にとっては、逆戻りといった方が正しいか。

 

 

勿論、それは終始穏やかなものとはならず……

 

 

 

「…………れ・ん・ご・くさん?」

 

「なんだ胡蝶!」

 

「あれほど無茶はしないでくださいと私言いましたよね?強くなっているのは認めます。ですが、何をどうしたらこんな状態になるのですか?それと大声を出すのはやめてください。傷口が開きますし、他の患者に迷惑です」

 

「………」

 

 

体全体包帯だらけの杏寿郎を診察しながら、青筋を浮かべるしのぶの圧に、一夏は沈黙を守った。

 

「炭治郎君も伊之助君を庇って受けたお腹の傷が深かったですし……あなたたちは無茶をし過ぎですよ」

 

「むぅ、それに関しては誠にすまない。だが、上弦相手に生きて帰ってくることができた!」

 

「開き直るのは良いですけど、大きな声を出さないでください。はぁ、まぁお説教はこの辺にしておきましょうか……しばらくは絶対安静なので無闇に騒がないようにしていてください。もしこれを破れば、どうなるか……分かりますよね?ねぇ?」

 

「う、うむ!承知した!」

杏寿郎はしのぶの表情に顔を青くしながら返事をする。

 

「よろしい。それじゃあ私達はこれで失礼します。今はゆっくり休んでいてください」

 

「ああ!暇があればいつでも来てくれ!流石にこの状態では何もできんからな!それと一夏、聞きたい事があるから残ってはくれぬか?」

 

「?ああ、構わないが」

 

しのぶは、大声を窘めた後で、杏寿郎の病室から退室する。杏寿郎は視線を一夏に移した。

 

「それで、どうしたんだ?お前が呼び止めるなんて珍しいな…」

 

「ああ、お前にしか聞けない事でな」

 

「俺にしか聞けない事?」

 

「ああ、上弦の弐、猗窩座との戦いの事なんだが、あの時、俺は相打ち覚悟で奥義を使った。しかし、奥義を放つ寸前、猗窩座の身体が……透けて見えたのだ」

 

「な⁉︎杏寿郎、お前…透き通る世界に!」

一夏は杏寿郎の言葉に驚くしかなかった。縁壱の記憶の中で、透き通る世界に至れた剣士はいなかったからだ。

 

「やはりそうか、一夏が見ていた世界は…これの事だったのだな。だが、一夏の様に自在に見れるわけではない。今見えている世界は普通に見えている」

 

「そうか…けど、俺は信じてたぞ。お前が簡単にやられる様な男じゃないって。あの時、本当はすぐにでも駆けつけたかったが……重傷者を見捨てるわけにはいかなかった。多分お前なら、『俺のことは気にするな!お前はお前のやるべき責務を果たせ!』って言われそうだったからな」

 

「地味に似ていたな!確かに俺ならばそう言っていたぞ!」

 

「はは、やっぱりか。それと大声を出すな。またしのぶ達に怒られるぞ?」

 

 

 

「一兄さんの言う通りですよ、兄上。」

 

「千寿郎!来たか!」

 

「千寿郎」

病室に入ってきたのは杏寿郎そっくりな子煉獄千寿郎……杏寿郎の弟だ。杏寿郎とは真逆の性格でしっかりした子だ。見た目は父と兄と同じで、器用さは母・瑠火譲りだ。一夏が煉獄邸に住んでいた時、千寿郎に家事を教えると一人でこなせる様に成る程だ。

 

以前話した通り、一夏は暇がある時、煉獄邸に訪れ、千寿郎に稽古をつけることが多い。

 

「こんにちは、一兄さん」

 

「ああ、こんにちは。今日もお見舞いか?」

 

「はい、兄上…具合どうですか?」

 

「ああ!だいぶ良くなったぞ!心配は無よ…ッ!」

杏寿郎は突如脇腹を抑え始めた。

 

「あ、兄上!」

 

「言わんこっちゃない、大声出すからだ」

 

「グゥゥ、だ、大丈夫だ!このくらい平…っ!」

たまりかねた一夏は杏寿郎の首にしのぶ特製の“鎮痛剤と睡眠薬入りの注射”を打ち込む。杏寿郎は力なく布団に倒れ込み眠ってしまった。

 

「い、一兄さん⁉︎一体何を⁉︎」

 

「眠らせただけだから大丈夫。何も言わずにやった事は謝る。だがこれ以上大声を出されたら怪我が悪化する。これ以上喋っていたら傷が開くのは確実だからな」

 

「そ、それは…一兄さんが“見た”からですか?」

 

「そんな所、かな…」

一夏は千寿郎の頭を優しく撫でる。その後しばらく眠っている杏寿郎の様子を見ながら、一夏は、千寿郎と話に花を咲かせることにした。剣の助言をしたり、雑談をしたりして、時間を費やし、一時間後、千寿郎は帰っていった。

 

一夏は、千寿郎を見送った後、屋敷に戻り、廊下を歩いていたが一夏はふと立ち止まった。

 

「いるんだろう、しのぶ?」

 

「やっぱり気付いていたみたいね」

 

廊下の角からしのぶが姿を出す。しのぶと一夏は廊下を一緒に歩きはじめる。杏寿郎を強制的に眠らせた事を報告しながら、廊下を歩いている最中、しのぶは視線を一夏に移す。

 

 

 

「一夏、あまり気を落とさないで」

 

「?気を落としていたか?」

 

「一夏が考えてることぐらいわかるわよ。上弦の鬼を逃してしまったこと、気にしてるんでしょ。何年一緒にいるか忘れてません?」

 

「(……やっぱり、しのぶには頭上がらないな)」

 

 その一言で、一夏の隠した感情も、見透かされている事に気づかされてしまった。

 

 

「ああ、本当は倒せたはずなのに、まんまと逃げられてしまった。柱として情けないの一言だ。」

 

 

「仕方ないわよ、人命が第一になるのは普通だもの。煉獄さんの傷が更に開いたのなら尚更、ね。もしあなたが深追いして上弦の鬼を倒していたら、応急処置が間に合わず血を流しすぎて確実に死んでいた。一夏は煉獄さんの命を救ったのよ」

 

 

「……ありがとう、しのぶ」

 

「…一夏」

背伸びをしたしのぶの手は一夏の頭に触れそのまま優しく撫でる。突然の事に一夏は驚いた。

 

「……しのぶ?」

 

「元気出しなさい。私の知ってる織斑一夏は…そんな事でめげるような男じゃないでしょ?」

 

一夏は黙ったまま、しのぶに撫でられ続ける。

 

「………」

一夏は誰かに撫でられたことが少ない。実姉の千冬は、多忙の為、そういうことをする機会は稀だった。束は撫でると言うより抱きついてくるタイプだった。

内の世界で縁壱には一回きりだったが、お日様のような温かさを今も憶えている。

 

しのぶの場合は、なんか落ち着くと言うか、心が安らぐと言うか、なんだが、心地がいい。

 

一夏は少し頬を赤くし、伊之助が言うところの「ホワホワ」していた。

 

「ふふっ、一夏…可愛い顔してるじゃない」

 

「…っ!?」

一夏は恥ずかしそうに自分の顔に手を当てる。

 

「一夏は表情の変化は少ないけど、冨岡さんよりはマシよ。」

 

流れ弾をくらった義勇の場合は、表情の変化はほぼ無い。唯一の例外は、好物である鮭大根を食していた時のみだ。その表情をしのぶは直視できなかった。一夏の場合は「あんな顔するんだ」と関心を持った。

 

 

 

 

 

 

 

 

────────

────────────────

 

 

 

 

しのぶと分かれて俺は部屋に戻るなり、拡張領域にしまってある現代の小説を読み始めた。作家は神山 飛羽真──ファンタジージャンルの小説家だ。

 

何故小説があるのかと言えば、タイムスリップする前、ドイツに向かう際の飛行機や大会前のホテルで暇つぶしになると思い、漫画も含め持ってきていたからだ。その中には日の呼吸の改の型の参考になったものも幾つかある。そしてある作品は漫画に興味を持った蜜璃や宇髄夫妻に貸している。因みに一部の柱は現代の読み書きは教えているので大体は読める。

 

 

 

「見つけたぞ、赤羽織ぃ!!」

 

伊之助がノックもせず、一夏の部屋にやってきた。まさに突撃訪問である。

 

 

「嘴平、どうしたんだ?」

 

「ちょっと来い!」

 

「へ?ちょっ、一体どこに……」

 

 

何処へ行くのかと聞く前に、伊之助は一夏の腕を引っ張り、部屋から連れ出してしまう。

 

 

「行くぜ!」

 

「おい、いきなり走り出すなよ」

 

 

 訳が分からぬまま、猪突猛進した伊之助に、庭の方へと連れてこられた。

 

 

庭へ行くと、炭治郎と善逸も揃っていた。

 

 

「炭治郎、お前……何をしているんだ?」

 

俺は炭治郎の顔を見るなり驚きを隠せなかった。治療をしたとはいえ、杏寿郎さんの次に重症だ。無闇に動けば傷口は開いてしまう。

 

 

「一夏さん、今から修行するんです」

 

「おおお、俺は止めたんですよぉ!?織斑さぁん!!!」

 

「炭治郎、お前、腹の傷は……」

 

 

 嘴平を庇って刺された腹の傷が深かったのは透き通る世界で既にわかっていた。しのぶも無理に動くと傷口が開くと言ってたはずなのに……

 

 

「あぁ、これは大したことはありません!大丈夫です!!」

 

「そんな真っ青な顔じゃ説得力はないな。修行は傷が塞がってからでも遅くはない、今すぐ病室に戻りなさい」

 

「いや……このままじゃ駄目なんです……早く、強くならなきゃ……誰「炭治郎」……へっ?」

 

脳天締め(アイアンクロー)を使わざるを得ない。

 

「あ、あの、一夏さん…何を?」

 

「何を、だって?俺はあの時言ったはずだよな、『怪我を治すことに専念する事』って?その状態で修行なんて馬鹿もいいところだ」

コンコンと諭す一夏の握力はドンドン強くなる。

 

「(ヒィィィィッ!一夏さん、怖!無表情で怖ッ!!すっごい音してるし!あの石頭から鳴っちゃいけない音が鳴っちゃってるよ⁉︎)」

 

「(こいつはヤベェぜ!肌にびんびん伝わるこの圧力……余計なことすりゃ何をされるかわからねぇ!)」

 

「イダダダダだ!?一夏さん、痛いです!」

 

「生きてる証だ。それよりも選べ、このまま握り潰されるか病室に戻ってしのぶとアオイに叱られるか……」

 

 

「も、戻ります!戻ってしっかりお叱りを受けますから、離してくださいぃぃ!」

炭治郎は涙目になりながら観念した。その言葉に嘘がないことを確認した一夏は炭治郎の頭から手を離す。

 

「炭治郎、気持ちはわかる…だけど、怪我が治ってない状態で修行をするのはいただけないな。もしまた同じことをやらかしたら、継子の話はなしだ。いいな?」

 

「…わかりました。すみませんでし……「竈門炭治郎ォォォォォォォォォォォッ!!」

 

今度は、炭治郎の謝罪を遮るも者が来た。視線を向けると包丁を手にもち頭にも包丁をくくりつけており、誰が見てもプッツンしている様子だった。そして、その姿を見た炭治郎は顔面蒼白となる。

 

「はっ、鋼鐵塚さん!!」

 

「鋼鐵塚さん、どうして此方に?」

一夏と炭治郎の日輪刀を担当していた刀鍛冶、鋼鐵塚蛍だった。

 

 

「一夏に特に用はない!竈門炭治郎ォ!刀を失くすとはどう言う料簡(りょうけん)だ貴様ァァァァァァァァ!!万死に値する…万死に値するゥ!!!」

鋼鐵塚はそう言って包丁を振り回し炭治郎に迫る。

 

「すみませんすみません!!」

 

「アアアアアアアアアア!!!」

 

「もうほんとにごめんなさい!!」

 

 

「「………」」「傷口が開いてしまうので、その辺にしてください」

 

二人の鬼ごっこはすぐに終わった。あまりの展開の速さに、善逸も伊之助も呆然とする他なかった。

 

その後、一夏は鋼鐵塚を落ち着かせ、みたらし団子を奢る事で騒ぎは終息した。

 

 

 

そして事情を説明した後、しのぶは青筋を浮かべ炭治郎は正座をさせられ怒られた。何故か我妻と嘴平も「連帯責任」でお叱りを受けたらしい。

 

 

 

 

────────

────────────────

 

 

その日の夜。湯浴みを終えた一夏は縁側で、二刀の日輪刀の手入れをしながら一人涼んでいる。空には満月が淡く優しく輝いていた。

 

 

「ふぅ、こっちはこんなものか、今日は長い一日だったな」

杏寿郎の透き通る世界に至れた事が発覚したり、その杏寿郎を強制的に眠らせたり、炭治郎が怪我が治っていないにもかかわらず修行を始めたり、鋼鐵塚が怒りの形相で炭治郎を追いかけ回そうとしたり、それを止めたりと長い一日だった。

 

 

 

──ギシッ

 

 

 

「……しのぶ?」

 

「…一夏」

足音がした方を見ると寝着の上に羽織を羽織り、髪を下ろしたしのぶだった。

 

「どうしたんだ?」

 

「少し…寝付けなくて、隣…いいかしら?」

 

「ああ、もちろん構わない」

しのぶは一夏の隣に座り込む。一夏はそのまま自身の日輪刀の手入れを再開する。

 

「今日は月が綺麗ね…一夏」

 

「ああ…そうだな。髪、解いているんだな」

 

「流石にこの時くらいは外すわよ」

 

「そうか、髪を下ろしたしのぶを見るのは久しぶりだな」

 

「言われてみればそうね。どうかしら?」

 

「ああ、髪を下ろした姿も綺麗だ」

 

「ふふ、ありがとう」

 

一夏は会話をしながらも、日輪刀を丁寧に手入れしていく。

 

 

 

「煉獄さん、禰豆子さんの事…認めたのね」

 

「ああ、あの戦いであの子の事をちゃんと見てくれたんだ。やっぱり…しのぶはまだ、禰豆子の事、信用はならないか?」

 

「…分かってはいるけど、やっぱり…まだ信用出来ないわ」

 

「無理もない。いきなり受け入れろと言われても…鬼に大切なものを奪われた人達には無理がある。しのぶが思っている事は普通だ」

 

「それに比べて、姉さんは簡単に受け入れましたけどね……」

 

「禰豆子はカナ姉の『鬼と仲良くしたい』って夢を実現させたからな。まぁ、わかりきったことじゃないか?」

 

カナエは禰豆子を普通の女の子として接している。アオイや三人娘達も鬼とあって最初は躊躇していた部分もあったが今では普通に接している。因みに現在カナエは禰豆子と一緒に寝ている。

 

「なぁ、しのぶは… 禰豆子の目を、ちゃんと見たことがあるか?」

 

「え?いえ…しっかり見た事は、ないわ」

 

「禰豆子の瞳は綺麗だ。人喰い鬼とは思えないほどの…純粋で水晶のような瞳だ」

これは、禰豆子と再会して、目を合わせた時に気づいたことだ。

 

「納得いかないときはとことん悩んでいいんだよ。しのぶはしのぶなりに納得してくれたら、それでいい」

一夏は磨き終わった自身の日輪刀を鞘に納刀する。

 

「そうね…その方がいいかもしれないわね。ありがとう、一夏」

 

「礼を言われるような事はしていない。しのぶの力になれたのなら…よかった」

 

「ふふっ、ちゃんとお礼くらい受け取りなさいよ。そんな一夏にはこうしてやるんだから」

 

「え、しのぶ……何を?」

急にしのぶは一夏の膝の上に乗り、一夏の肩を掴み見下ろすような体制になる。

 

しのぶは俺に顔を近づけた。そして互いの距離が零となって唇が重なる。

 

「…ん」

 

俺は黙ってしのぶの唇を受け入れた。

最初の数秒はただ唇が重ねるだけだったが、突然自分の舌を俺の舌に絡めてきた。

 

「……んぅっ⁉︎ちょ……んっ!しのっ…」

 

突然の事に目を見開き、手に掴んでいた日輪刀を手放した一夏の舌を彼女は更に絡めとる。

 

「んっ……んぅ……」

 

「んっ、ふっ、んぁっ……」

 

月が照らす夜空の下、お互いの声と唾液が混ざり合う音が耳に響く。

 

続けている内に一夏は頭がボーっとして熱が入っていき、しのぶは両手を彼の頬を当てて離れないようにする。一夏も初めこそは引き離そうと抵抗していたものの、次第に力が抜けていき、黙って接吻を受け入れた。

 

濃厚な接吻は一分近くも続き、お互い唇を離したところでようやく終わった。一夏としのぶの口の間に糸がかかった。

 

「はぁ…はぁ、はぁ…!」

 

「偶にはこうやって……一夏を見下ろすのも悪くないわね。なんだが新鮮な気分……」

しのぶは満足したように笑顔でそう告げた。一夏は突然の事で呼吸が追いつかずゆっくりと酸素を取り込む。その顔は今まで以上に真っ赤であった。

 

「ふふっ、一夏……見たことがないくらい顔が真っ赤よ」

 

「全く、誰のせいだと思ってる……」

 

「え?きゃっ!」

 

一夏は、しのぶを自身の太腿に座った状態であすなろ抱きにする。二人は密着状態だ。

 

「い、一夏……?何を?」

 

「さっきの仕返しだ」

 

「し、仕返しって…」

俺の体温が肌に直に伝わり、更に耳元で囁かれたせいか、しのぶの顔も朱に染まる。

しのぶは抵抗をする様子はない。俺はしのぶのお腹あたりに両手を回しより密着する。恥ずかしいのかしのぶは黙り込んでしまった。

 

「しのぶは、まるで陽だまりのよう温かい。とても心地がいい」

 

 

「なによ…それ」

しのぶは俺の手に触れ身体を俺に預けてくる。そんなしのぶの姿を見た俺は、より強く抱きしめた。

 

「一夏……好き」

 

 

「ありがとう…俺も好きだよ」

 

俺は笑みを浮かべてそう返した。それから俺たちはそのまま見つめ合い……ここから先は俺たちだけの秘密だ。

 

 

 

 

そして、新たな戦いが……始まろうとしていた



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遊郭へ

今話は結構長めです


無限列車の戦いから四ヶ月────

その間、一夏は日々の仕事をこなしつつ、杏寿郎の機能回復訓練に付き合う等充実した日々を送っていた。杏寿郎は透き通る世界に慣れる為、しのぶの許可をもらった上で打ち合いなども行った。どうやら杏寿郎は打ち合っている間だけ人体が透けて見えるらしい。鬼殺業で死体を見る事はあれど、正常に動いている内臓や心臓といった慣れないものを常時見るとなると、慣れていない杏寿郎は顔色を悪くし、「幼い頃から当たり前の様に見ていたのか?」と一夏は若干引き気味に言われたことを付け加えておく。

 

 

いつもと変わらない鬼殺業をこなしていた中、ある少年も指導を受けようとしていた。

 

 

 

「これから鍛錬を始める。覚悟は出来ているな、炭治郎」

 

「はい!一夏さん!」

 

傷は完全に癒えた炭治郎は、蝶屋敷の道場にて木刀片手に一夏と向かい合っていた。

 

「まず、始める前にお前の実力を測らせてもらう」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

 

 ペコリと、炭治郎が大きく頭を下げた。

 

 

「これから先、お前には日の呼吸を教える事になる。時間が許す限り、鍛錬、そして呼吸や型の矯正を実践形式で行う。いいな?」

 

一夏は一度息を深く吸った。

 

「任務は、鬼を殺すことよりも、戦場で生き抜くことを第一とする。決して無理はしない事だ。たとえば強力な鬼と相対した場合、死んだらそこで終わりだ。だけど、情報を生きて持ち帰ることができれば、俺達柱や隊士の皆と協力して倒すことができる。逃げる事は決して恥じゃないんだ」

 

「はい!」

 

「よし。では始めよう」

 

 そして、お互い木刀を握り直した。炭治郎は両手で握りしめ、正中線と合わせるように構える。一夏は片手で握ったままの自然体だ。

 

「遠慮は無用、思いっきりこい……今、お前の持てる全ての力を俺に見せてみろ」

 

「はい!」

 

 返事と共に、炭治郎が飛び出す。一夏が透き通る世界で彼の肺を見ると、その呼吸法は水の呼吸だと分かった。

 

飛び出しと同時に放たれたのは水平一閃────

 

 

────全集中 水の呼吸 壱ノ型・水面斬り

 

「……なるほどな」

 

 一夏は小さく頷いた。

 

「え?」

 

気づいた時には、一夏の背後でひっくり返っていた。視界にあるのは道場の天井と一夏の背中だけ……何が起きたのか、まるで解らなかった、斬りこんでいた瞬間には、既に倒れていたのだから。

 

「……炭治郎」

 

「は、はい!すみません(何をされたのか全くわからなかった)!」

 

「いや、謝る必要ない。見事な動きだった。だが、水の呼吸はお前に適応しきっていないみたいだな」

 

「…………はい、解っています。鱗滝さんにも言われました」

 

炭治郎は水の呼吸の適正が決して高くはない。この適正というものは存外重要で、適正と練度が高ければ呼吸に応じた幻影が見えるのだが、低いと何も見えない。

炭治郎は幻影を生み出せるが、義勇や真菰のように呼吸の極みまで至るほどではなかった。

 

「俺の日輪刀は黒刀で、どの呼吸の適正も低くて……」

 

「黒の日輪刀は日の呼吸の適性だと俺は推測している。俺も黒だからな。」

 

「えっ!?そうなんですか?一夏さんの日輪刀は確か…赫かったような」

 

「あれか。まぁ今は置いておこう。と言うか、無限列車の任務の時に杏寿郎が言っていただろ?」

 

「煉獄さんが?……あっ」

炭治郎は無限列車での会話を思い出す

 

『黒刀か、間違いなく日の呼吸だな!』

 

『え、黒色が日の呼吸の…?』

 

『うむ!黒刀の剣士が柱になったのを一夏以外いなかったらしい!当時はどの系統を極めればいいのかも分からなかったからな!先程も言ったが、日の呼吸については一夏に聞くといい!君と同じ黒刀の剣士だからな!』

 

 

 

 

 

 

 

「思い出しました。一夏さんも黒刀の剣士だと、確かにそう言っていました」

 

 

「そう言う事だ。それと炭治郎……一度ヒノカミ神楽を見せてもらってもいいか?」

 

「え、ヒノカミ神楽を、ですか……?」

 

「…ああ」

 

「ヒノカミ神楽は使うと体に負担がかかるんです。今の状態でどのくらい保つか……」

 

「とにかくやってみてくれ、頼む」

 

「…わかりました」

 

炭治郎は再び木刀を構え呼吸を整える。

 

「(あの呼吸は……日の呼吸。やっぱりヒノカミ神楽は日の呼吸で間違いない。これは、円舞か)」

 

ーーヒノカミ神楽・円舞

 

炭治郎は円舞を使い一夏に迫るが、透き通る世界ですぐに対応され、先ほどと同じように受け流された上でひっくり返された。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

「大丈夫か?」

 

「は、はい。やっぱり、一回使うだけでもかなりきつい」

炭治郎はゆっくり呼吸を整える。一夏はこの一瞬で炭治郎の足りない部分を見つける。

 

「(炭治郎は間違いなく日の呼吸に適性はあるが…それに耐える体に出来上がっていない)」

 

「俺は一,二回使うだけでこの有様です……あの、一夏さんは?」

 

「俺は技を半日以上は繰り出し続けることができる」

 

「半日ですか………えっ、半日、以上?」

 

炭治郎は青ざめてしまった。

 

 

「じょ、冗談ですよね?」

 

「事実だ。一日中舞うこともある」

 

「いっ、いっ、いっ、一日中⁉︎」

炭治郎の顔は更に青く染まった。

 

 

「日の呼吸は始まりの呼吸とされている型だ。日の呼吸、ヒノカミ神楽を使った舞、お前も心当たりがあるだろ?」

心当たりはあった。炭治郎の父、竈門炭十郎が舞をしている姿だ。炭治郎は、炭売りの火を使う家庭の長男として生まれ、怪我や災いが起きないよう年の初めに火の神様に舞を捧げていた。

 

 

「はい、竈門家の神楽の舞も日が昇るまで舞を続けていました」

 

「俺の修行時代も長い時間舞を続ける……そんな感じだった。炭治郎、お前は日の呼吸の技をつなげることができるのは知っているか?」

 

「え、繋ぐ?」

 

「日の呼吸は壱から拾弐まで型を繋げることができる。その様子だと……順番を知らないようだな。とりあえずこれを見てくれ」

 

一夏が懐から取り出して床に広げた紙には、日の呼吸の型が順番に書かれていた。

 

壱ノ型 円舞

 

弐ノ型 碧羅の天

 

参ノ型 烈日紅鏡

 

肆ノ型 灼骨炎陽

 

伍ノ型 陽華突

 

陸ノ型 日暈の龍 頭舞い

 

漆ノ型 斜陽転身

 

㭭ノ型 飛輪陽炎

 

玖ノ型 輝輝恩光

 

拾ノ型 火車

 

拾壱ノ型 幻日虹

 

拾弐ノ型 炎舞

 

拾参ノ型 円環

 

 

「あれ……拾参ノ型?俺が知ってるのは炎舞までですけど」

 

「日の呼吸拾参ノ型は円舞から炎舞、二つの『えんぶ』で円環する十二の型全てを連続で行うこで完成する。それが日の呼吸拾参番目の型──円環」

 

 

「…円環」

 

「技を磨く前に……炭治郎、ヒノカミ神楽にお前の水の呼吸を織り混ぜてみたらどうだ?」

 

「え、水の呼吸を?」

 

「ああ、呼吸の併用によっては違いがあるが、中には負担を減らす方法もある。とにかくやってみろ」

 

「はい!わかりました!」

 

そのまま二人は木刀をぶつけ合い、汗を流した末、炭治郎は水の呼吸を併用する事でヒノカミ神楽の負担を格段に減らすことに成功したのだった。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

「今日はここまで、その感覚を忘れないように」

 

「は、はい!今日はありがとうございました!」

炭治郎は汗が流れており、対して一夏は僅かな汗しかかいていなかった。その後、一夏と炭治郎は井戸水で汗を流し、湯浴みを済ませる。

 

そして月が照らす夜に、一夏は音楽を聴きながら縁側で寛いでいた。

 

 

 

「(炭治郎は筋がいい。短い時間で日と水の併用に適応してきている。この調子なら、様子を見て黒式を教えてもいいかもしれないな)」

 

一夏は炭治郎の素質に可能性を感じながら、今後の指導を練る。

 

 

「むぅぅ~~っ」

そんなことを考えていると、テクテクテクッと竹の口枷を咥えた少女が走りながら一夏に近づいてきた。

 

「禰豆子、どうしたんだ?」

 

「ム~~っ」

炭治郎の妹の禰豆子が一夏に駆け寄ってきたのだ。

 

「ムゥ、ムゥ~~っ」

 

「ふふっ、元気がいいな…おいで」

 

「ムー♪」

 

禰豆子は嬉しそうに一夏により、ぽすんと膝の上に収まる。そんな彼女の頭を優しく梳くと気持ちよさそうに目を細める。

 

「ムゥムー♪」

 

もっとやってと催促し、一夏は笑みを浮かべながら頭を撫でる。

 

「二年前が懐かしいな。君の取った行動が、俺の考えを変えた。そして今は、俺達鬼殺隊に新たな風を…確実に吹かせ始めている」

 

「ムー?」

 

炭治郎の家族は無惨の襲撃を受け禰豆子を残して亡くなった。たった一人生き残った禰豆子も無惨の血を与えられたせいで鬼化してしまった。

だが、禰豆子は一夏と義勇の前で、鬼としての欲求を自らの意思で抑え込み、炭治郎を守る行動をとった。鬼の力を強める人肉や血を必要とせず日が当たる場所以外では、人間と同じように生活している。

 

禰豆子は特にカナエからは可愛がられており、姉妹の様に仲がいい。そして禰豆子は一夏にも懐いている。

 

「ムゥゥ~~♪」

 

「あはは、俺の髪を触って楽しいのか?しのぶ達の方が綺麗だろうに」

禰豆子は髪を解いた一夏の長い髪を触りながら楽しそうにしていた。禰豆子から見ると髪の色が兄と同じだと思っているのだろう。

 

「もう良いのか?」

 

「むー!」

 

「うん?どうしたんだ?」

 

突如禰豆子は一夏のスマホに目がつき、指差す。

 

「あっ……これに目がいったか」

 

一夏はスマホを手に取ると、禰豆子が聞こえるように音量を上げ、禰豆子に歌を聞かせるとするとキラキラと目を輝かせ、むーむーと唸る。

 

「聴きたい?」

 

「むー!むー!」

 

「そうか…なら、お兄ちゃんには内緒にするんだぞ?」

 

「ム!」

 

「わかった」と言う感じに禰豆子は頷いたので、一夏は拡張領域にある予備のヘッドホンを取り出し、彼女の頭につけて、聴いていた歌を最初から流す。禰豆子は目を細め、聞いている歌に聞き入っていた。そして、聴いていた歌を聴き終えると、禰豆子は身につけていたヘッドホンを一夏に返す。

 

「ムー!」

 

「はは、気に入ったみたいだな。さっきの曲」

 

すると禰豆子は先程聴いていた曲の鼻歌を歌い始めた。一夏は彼女を抱き抱え、縁側から立ち上がる。

 

「むーむー」

 

「ああ、機会があったら、また聴かせてあげるさ」

 

頭を撫でると、禰豆子はうとうとし始める。一夏の体温が心地よかったのか。一分もせずに整った寝息を立て始める。一夏は笑みを浮かべ、禰豆子の髪を優しく撫で、部屋へと運ぶ。

 

 

寝ている禰豆子を起こさないように静かな足取りでその場を後にした

 

翌日、禰豆子は鼻歌をよく歌う事が多くなった。その歌を聴いた炭治郎は、「凄いな禰豆子!歌が歌えるようになったのか!」と嬌声を上げながら禰豆子を褒めていた。その歌を聞いた善逸は「鼻歌を歌ってる禰豆子ちゃんもカワィィィッ!!」と奇声を上げながら禰豆子を褒めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏から時間がある限り指導を受けてから数ヶ月が経った。一夏の指導のおかげで着実に腕を上げてきた炭治郎は、ヒノカミ神楽の負担を最小限に抑えることができた。これは、そんな炭治郎が、単独任務、更に、盟都玩具店の調査やリョウメンスクナ退治の任務を経て帰ってきた、ある日の出来事である。

 

 

「(疲れた…けど、一夏さんのおかげでだいぶ強くなった気がする。この調子で頑張ろう!)ん?何かあったのかな」

炭治郎は匂いで蝶屋敷の方が騒がしい事に気づいた。

 

 

一方、屋敷内では、俵担ぎにされ、顔を青ざめるアオイの姿があった。彼女を担いだ人物は、鬼殺隊の音柱 宇髄天元である。

 

 

「放してください、…その子はっ……!」

 

「うるせぇな!黙っとけ!!」

 

「ひいいいいっ!!」

 

 

 アオイの反対側には、なほが小脇に抱えられていた。

 

 

「やめてくださぁい!」

 

「……」

 

「はなしてくださあい~!」

 

アオイは、傍にいたカナヲへと手を伸ばす。

 

 

「カッ……カナヲ!」

 

 

 今まで自分の意思で滅多に動けなかったカナヲは、いろんな言葉を巡らせる。

 

 

「(任務、命令、上官、アオイ、なほ、銅貨、柱、命令……銅貨……銅貨を投げて決め……いや、違う!私は…)」

 

心の中で躊躇している中、そんなカナヲの背中を、一夏と炭治郎の言葉が押す。

 

『心のままに』

 

 

 

「カナヲ!」

 

「カナヲさん────っ!」

 

 

「アオイ!なほ!」 

 

遠ざかるアオイ達の姿を見て、カナヲはその場から動き、咄嗟になほの服とアオイの手を掴んだ

 

 

「カナヲ……」

 

「カナヲさん」

 

 

引っ張られたことに気付き、天元が振り返った。

 

 

「地味に引っ張るんじゃねぇよ、離せやその手」

 

「離さない、アオイとなほを離して!」

 

アオイとなほは今まで聞いたことのないカナヲの声に驚く。引っ張るカナヲに、痺れを切らし叫びだす。

 

 

「テメェ、誰に向かって言ってんのかわかってんのか!!柱だぞ俺!!(こいつ、派手に力が強ぇ、胡蝶と織斑の奴に鍛えられただけの事はあるぜ)」

 

 

天元はカナヲの力に驚く中、そんな姿を見たきよ達も動き出す。

 

 

「キャーーーーッ!とっ、突撃ぃーーーー!!」

 

「とつげきぃーーーーっ!!」

 

 

 きよ達も叫ぶと、大男へ飛び付いた。もちろん、彼女達の抵抗に、天元も怒鳴り続ける。

 

 

「ちょっ……てめーら!!いい加減にしやがれ!!」

 

 

ちょうどそこへ、炭治郎が到着した。

 

「女の子に何をしてるんだ!手を離せ!!」

 

と言いつつ、目の前の光景に、炭治郎は困惑した。

 

 

「(いや……群がられている?捕まっ……どっちだ?)」

 

 

 ぽかーんとしてる炭治郎に、カナヲが炭治郎に気づき、きよが叫ぶ。

 

「た、炭治郎⁉︎」

 

「人さらいですぅ~~っ、助けてくださぁい!」

 

 

そんなきよを天元が睨む。

 

 

「この馬鹿ガキ……」

 

「キャーーーーッ!」

 

 

 その瞬間、炭治郎が間合いを詰める。

 

 

頭突きを喰らわせようと振りかぶったが、天元に当たることはなく、きよと共に地面へ落ちた。

 

「大丈夫!?」

 

「はい~~っ!」

 

 

 きよを庇う炭治郎に向かって、屋根へ移動していた天元が口を開く。

 

 

「愚か者、俺は“元忍”の宇髄 天元様だぞ。その界隈では派手に名を馳せた男、てめぇの鼻くそみたいな頭突きを喰らうと思うか」

 

 

 けれど、そんなことは炭治郎達に関係ない。

 

「アオイさんたちを放せ、この人さらいめ!!」

 

「そーよそーよ!」

 

「一体どういうつもりだ!!」

 

「変態!!変態!!変態!!変態!!」

 

 

あまりの言われように、天元は再び切れる。

 

 

「てめーら、コラ!!誰に口利いてんだコラ!!さっきもそこの女にも言ったが俺は上官!!柱だぞ、この野郎!!」

 

 

そんな天元に対して、炭治郎も退かない。

 

 

「お前を柱とは認めない!!むん!!」

 

「いや、むん、じゃねーよ!!お前が認めないから何なんだよ!?こんの下っぱが、脳味噌爆発してんのか!?」

 

 

そのまま天元は、アオイ達を連れていく理由を話す。

 

「俺は任務で女の隊員が要るから、コイツら連れていくんだよ!!継子じゃねぇ奴は胡蝶達の許可とる必要もない!!」

 

 

 そんな天元に対して、きよが叫ぶ。

 

「なほちゃんは隊員じゃないです!!隊服着てないでしょ!!」

 

 

 きよの言葉を聞くや否や、天元はなほを手放した。屋根から落とされたなほを、炭治郎が慌てて助ける。

 

 

「何てことするんだ、人でなし!!」

 

「わーん、落とされましたぁ〜!」

 

けれど、天元は動じず言葉を続ける。

 

 

「とりあえず、コイツは任務に連れて行く。役に立ちそうもねぇが、こんなのでも一応隊員だしな」

 

 

 その言葉に、アオイの顔が青ざめる。アオイの心のうちを知る炭治郎は全力で止めに入る。

 

 

「人には人の事情があるんだから、無神経につつき回さないで頂きたい!!アオイさんを返せ!!」

 

「ぬるい、ぬるいねぇ。このようなザマで地味にグダグダしているから、鬼殺隊は弱くなっていくんだろうな!」

 

 

 

そんな天元に向かって、炭治郎が叫ぶ。

 

 

「アオイさんの代わりに、俺たちが行く!!」

 

 

天元の左側に善逸、右側に伊之助が立っていた。

 

 

 

 

「今帰った所だが、俺は力が有り余ってる!行ってやってもいいぜ!」

 

 

伊之助は、いつもの調子でビシッと決める。

 

 

「アアア、アオイちゃんを放してもらおうか、たとえアンタが筋肉の化け物でも俺は一歩も ひひひ、退かないぜ」

 

ガクガク震えているが、善逸も志は退かない。

 

「………へぇ、やるってのか?」

 

 

そんな炭治郎達に対して、天元は殺気を放つ。その殺気に対して、炭治郎達も絶対に退かない。そして、この男も────

 

 

「何をやっているんですか…宇髄さん?」

 

「……え?」

 

ガシッ!と天元の頭を掴んだ人物がいた。その手によって強引に振り向かされた天元は顔を青くする。 

 

「よ、よぉ織斑……ど、どうしたよ?」

 

「どうした?それはこちらの台詞です。なんでアオイを抱えているのか、詳しく聞かせてもらえないでしょうか?」

 

 

「一夏さん⁉︎」

 

突然の一夏の登場に炭治郎達は驚いた。天元も殺気が一瞬にして霧消し、冷や汗をかいていた。一夏の表情は笑っているが黒い何が渦巻いていたからだ

 

「とりあえず、アオイをこちらに引き渡してもらっても?」

 

「い、いや…こいつはこれか「アオイを返してください…」…は、はい」

天元からあっさり解放されたアオイは一夏の背に隠れる。

 

「アオイ…大丈夫か?」

 

「は、はい。ありがとうございます、一夏さん」

アオイは安堵し息を吐く。彼女とは真逆に、天元は一夏の表情に冷や汗が止まらなかった。

 

 

「さて、とりあえず説明をお願いしても?さっきなほを投げ捨てていた光景も見えましたが?」

 

「あの、そのぉぉ、任務に必要だったと言いますか、鬼殺隊じゃないのを知らなかったと言いますか……」

 

「カナ姉としのぶの許可は?蝶屋敷はアオイ達がいないと機能しないんです。それを分かっていますか?」

 

「………」

 

「何かいったらどうですか……“派手柱”?」

 

「え、ちょっ、やめっ、ギャアアアアァァァァァァァァァッ!!???」

一夏は笑顔でそのまま手に力を入れ天元の頭を握る。いつぞやの炭治郎と同じく頭から鳴ってはならない音が、悲鳴と共に派手に響く。

 

「「「「(い、痛そー!)」」」」

 

「(お、俺は……一夏さんの脳天締めだけはもう絶対に受けたくない)」

炭治郎以外は宇髄に同情をしていたが、炭治郎に関しては実際食らっている為、目を逸らして怯えていた。

 

 

 

 

 

 

◇ 

 

「ッてて…織斑テメェ、容赦なさすぎだろうが!?派手に頭を潰されるかと思ったぜ」

 

「自業自得じゃないですか…“派手柱”さん」

 

「“音柱”だ!名前すら呼んでくれねぇのかお前は!最近派手にあの姉妹に似てきたなテメェ!」

 

「恐悦至極に存じます」

 

「いや、褒めてねぇよ!」

 

 

「「(一夏/織斑さん、相当怒ってる)」」

 

炭治郎と善逸はそれぞれ持つ五感で、無表情と笑顔に隠された一夏の怒りに気付いていた。最近の一夏は怒る時は無表情か笑顔、どちらかで対応する事がある。

 

炭治郎達は、一夏と天元の歩き出す方へ、後を追うように歩き出した。そして、伊之助が沈黙を破った。

 

 

「で?どこ行くんだ、オッさん」

 

 

伊之助の言葉に、天元は立ち止まる。

 

 

「日本一色と欲に塗れたド派手な場所だ」

 

 

とは言われても、一夏達はぴんと来ない、善逸以外は。

 

 

「「「?」」」

 

「………!」

 

 

そんな炭治郎達の方を、天元は振り向いた。

 

「鬼の棲む、遊郭だよ……」

 

 

「(ゆうかく……?)」

 

一夏の頭の中に、疑問符がいっぱい浮かぶ。天元の言う「遊郭」を一夏は全く知らない。十歳でタイムスリップした為、そこまでの知識はまだなかった。

 

 

「(ふむ……全く分からない)」

考えてもわからない未来人の一夏は、この時代に生まれた善逸の羽織をくいっと引っ張り耳元で呟く。

 

『なぁ、我妻』

 

『?なんすか?』

 

『“ゆうかく”とは何だ?』

 

『ええ⁉︎織斑さん、遊郭知らないんですか⁉︎』

 

『知っているのか?教えてくれないか…』

 

二人でヒソヒソ話していると、天元がギロッと一夏達を睨んできた。

 

 

「なにをごちゃごちゃ話してんだ?いいか?俺は神だ!お前らは塵だ!まずはそれをしっかりと頭に叩き込め!!ねじ込め!!」

 

 

突然の神宣言に、炭治郎達は、目玉が飛び出す勢いで目を見開いた。天元は、気にする様子もなく更に言葉を続ける。

 

 

「俺が犬になれと言ったら犬になり、猿になれと言ったら猿になれ!!猫背で揉み手をしながら、俺への機嫌を常に窺い、全身全霊でへつらうのだ!そしてもう一度言う、俺は神だ!!」

 

 

炭治郎と伊之助は、頭が追い付かず、呆気にとられていた。そんな中、善逸は下劣な物を見るかのような目で天元を見ており、一夏は顔には出さないが内心呆れていた。

 

 

「(やべぇ奴だ……)」

 

「(何が何だかわからない…)」

 

 

そんな中、炭治郎がびしっと手をあげる。一夏は成り行きを見守ることにした。

 

 

「具体的には何を司る神ですか?」

 

炭治郎の言葉に、善逸達は思った。

 

「(とんでもねぇ奴だ……)」

 

「(違う、そうじゃない)」

 

そんな炭治郎に対し、天元は満足げに腕を組み、ニヤリと笑う。

 

 

「いい質問だ、お前は見込みがある」

 

「(アホの質問だよ、見込みなしだろ)」

 

「(まぁ、この人らしいと言えばこの人らしい)」

 

天元はじっと炭治郎達を見る。そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「派手を司る神…祭りの神だ」

 

 

 真面目な顔して話す天元に対して善逸、そして、流石の一夏も呆れた顔を浮かべる。

 

 

「(アホだな、アホを司ってるな、間違いなく)」

 

「(相変わらずですね……派手柱さん)」

 

すると、今度は先程まで黙って聞いていた伊之助が口を開いた。

 

 

「俺は山の王だ、よろしくな祭りの神」

 

「「「……」」」

 

堂々たる挨拶(?)をする伊之助を、炭治郎達がなんとも言えない目で見つめていると、天元が真顔で口を開いた。

 

「何言ってんだお前……気持ち悪い奴だな」

 

天元の言葉に、伊之助は怒り、善逸は目を見開き、一夏はため息を吐く。

 

「(いや、アンタとどっこいどっこいだろ!!引くんだ!?)」

 

「(あなたも人のこと言えないと思いますけど)」

 

そんな事を頭で考えつつ、炭治郎は怒る伊之助をなだめる。

 

 

「伊之助、落ち着け!」

 

「ムキーーーーッ!」

 

「キモイ」

 

「宇髄さん」

 

「ん、何だ織む……ら」

天元が一夏の方に振り向くと、手を開いたり閉じたりしながら構えていた。それを見た天元は顔を青くする。

 

「嘴平を煽らないでください。あなたも人のこと言えませんから」

 

「す、すいません!」

天元は脳天締め(アイアンクロー)を受けたくなかったようで、素直に一夏の言葉に従う。

 

そんな姿を遠目に見ながら、善逸はある結論にたどり着いた。

 

 

「(織斑さんすげぇ、この人を一瞬にして黙らせたよ。けど、伊之助と同じような次元に住んでる奴に対しては、嫌悪感があんのな……)」

 

 

そんな中、ふと疑問が浮かんだ炭治郎は、おずおずと天元に向かって再び手を挙げた。

 

「あの、宇髄さん…質問いいですか?」

 

「なんだ?」

 

「これから、鬼が棲む遊郭に行くといっていましたが、確か女性隊員が必要だって……でも、俺たちは男です。そこはどうするつもりなんですか?」

 

面子は全員男だ。どう頑張っても、女と誤魔化す事はできない。すると、天元は思い出したように口を開いた。

 

「ああ、花街までの道のりの途中に、藤の家があるから、そこで“準備を整える”」

 

「準備?」

 

「付いて来い……」

そう言うと、天元は前を向き、足音一つさせずに、フワッと居なくなった。その一瞬の出来事に、三人組は開いた口が塞がらない。

 

 

「え!?」

 

「消えやがった!!」

 

すると、三人の中で善逸が先に気づいた。

 

 

「あっ、はや!!もうあの距離、胡麻粒みたいになっとる!!」 

 

「え、あの一瞬で!?」

 

 

 これには、負けず嫌いの伊之助でさえ、圧倒されていた。

 

 

「これが祭りの神の力……!」

 

「いや伊之助、あの人は柱の宇髄 天元さんだよ」

 

 

 伊之助に対して、炭治郎は丁寧に説明する。そして、一夏は、

 

「俺も行く。しっかりついてこいよ」

 

「あっ、織斑さん、って!早っ!宇髄さんよりめっちゃ早いんだけど⁉︎二人とも、追わないと、追わないと!!」

善逸は一夏に視線を移すが遅かったようだ。一瞬にして天元に追いついていた。そんなこんなで、炭治郎達は慌てて胡麻粒みたいになった一夏と天元の後ろ姿を追いかけるも、一夏に指導された炭治郎だけが彼らの近くまで走っていた。これを見た伊之助と善逸は驚きを隠せない。

 

「ええっ⁉︎なんであの二人についていけんの⁉︎」

 

「紋次郎に負けてらんねぇ!……猪突猛進!!」

 

二人は慌てて速度を上げ三人を追いかける

 

 

「炭治郎、無理はするなよ」

 

「はい!まだ大丈夫です!」

 

「俺様達の速度について来られるなんざ派手にやるじゃねぇか!だったらド派手にペース上げるぜぇ!」

 

一夏に教えてもらった外来語を挟みながらそう宣言した天元は速度(ペース)を上げた。炭治郎はなんとかついてくる事ができたが、善逸と伊之助二人は目的地にたどり着くと、ばったり膝をつき息を荒げていた。

 

 

 

 

 

 

 

藤の花の家紋の家。

 

 この家の者は、鬼殺隊を無償で手助けしてくれる。

 

一足先に藤の家へと到着した天元は、これから必要になるものを用意するよう、偉そうに伝えていた。

 

 

 

 

善逸達が到着し、部屋でくつろぎ始めた頃、窓際で何かを考えていた天元が突然一夏達の方を見た。

 

 

「遊郭に潜入したら、まず俺の嫁を探せ。俺も鬼の情報を探るから」

 

「宇髄さんの奥さんをですか?」

 

「っ!まきをさん達に何かあったんですか!」

 

一夏が三人の安否を心配をしていると、善逸が何故だか怒り始めた。

 

「とんでもねぇ話だ!!」

 

「あ゙あ?」

 

天元は、怒り始めた善逸を睨むが、善逸も一歩も引かない。

 

 

「ふざけないでいただきたい!!自分の個人的な嫁探しに部下を使うとは!!」

 

 

 その言葉を聞いた途端、一夏は、急に善逸が怒り出した理由を理解した。

 

 

「(『宇髄さんの“奥さん”を探す』じゃなくて、『宇髄さんの“結婚相手”を探せ』と捉えたか)」

 

宇髄さんは少し杏寿郎と似た所もあるが信頼できる御人だ。

 

「(ちゃんと説明しないとな)」

 

そう思いつつ、善逸を止めに入ろうとする一夏だが、

 

「はぁ?何勘違いしてやがる」

 

「いいや、言わせてもらおう。アンタみたいな奇妙奇天烈な奴はモテないでしょうとも!!だがしかし!!鬼殺隊員である俺たちをアンタ、嫁が欲しいからって……」

 

 

流石にこのぶっ飛んだ言いがかりには固まってしまう。そして、天元の切れやすい堪忍袋の緒がブチ切れた。

 

 

「馬ァ鹿かテメェ!!俺の嫁が遊郭に潜入して、鬼の情報収集に励んでんだよ!!定期連絡が途絶えたから、俺も行くんだっての!」

 

 

流石にまずいと思ったのか、炭治郎も一緒になって善逸をなだめようとする。

 

 しかし、一度そういう風に歯車が回ってしまった善逸には、全く効果がなかった。

 

 

「そういう妄想をしてらっしゃるんでしょ?」

 

「我妻……少し落ち着きなさい」

 

「ヒィッ!す、すいませんでした!」

一夏が善逸の頭に手を置くと、善逸は条件反射かすぐに謝罪をする。

 

「このクソガキが!!これを見てから言いやがれ!」

 

 

「ギャーーッ!」

 

そんな善逸に向かって天元は証拠の手紙を投げつけた。

 

 

「これが鴉経由で届いた手紙だ!」

 

的確に善逸へと投げつけられた手紙…しかし束ねられた手紙の量は一枚や二枚ではなかった。

 

「(こんなにたくさんの手紙が……鬼が遊郭に潜んでいるのは確かだな)」

 

一夏が一枚一枚手紙の内容を読むと、情報や定期連絡の内容がそれぞれしたためられていた。一夏自身も須磨,まきを.雛鶴には任務で事前に調べた情報を提供をしてもらって助けられたこともある。

引っくり返る善逸の横で、天元へ一夏は質問を投げ掛ける。

 

 

「まきをさん達は、かなり長い期間、潜入されてるんですか?」

 

「ああ、だが…連絡が途絶えてしまってな。何かあったのは間違いねぇだろ」

 

「……」

 

「んな、しけたツラすんなって!そう簡単にあいつらがやられるかよ。お前だって知ってるだろうが!あいつらもそれなりに力を身につけてるのはよ」

 

「そう……ですね」

一夏自身も三人からは弟のように結構可愛がられた。不気味な痣がある未来人と知っても普通に接してくれた。一夏もお礼代わりに、くノ一としての腕を上げられるよう三人の訓練に付き合ったこともある。

 

 

「あの、すみません……まきをさん『達』って?」

 

若者達にとって、天元の返事は予想外なものだった。

 

「三人いるからな、嫁」

 

「ええっ⁉︎奥さんが三人もですか⁉︎」

 

 

「おう、因みに織斑の奴は蟲柱の胡蝶と付き合ってんぞ、それも四年間もなぁ」

 

「えっ⁉︎しのぶさんと⁉︎そうだったんですか一夏さん⁉︎」

 

「ちょ!宇髄さん、今それを言う事ですか!」

 

「なんだ、言ってなかったのかお前?」

 

炭治郎は驚きの声を上げる。知らない人にとっては普通の反応だが、それに対して、善逸は再び叫びだす。

 

「三人!?嫁……さ…三!? テメッ…テメェ!!なんで嫁三人もいんだよ、ざっけんなよ!!ましてや織斑さんはしのぶさんと付き合ってる!!?ふざけんなよぉ!」

 

「善逸っ!よすんだ!」

 

炭治郎が叱るより先に、天元の手が善逸の顔面に伸びた。

 

 

「なんか文句あるか?」

 

「「……」」

 

 

天元の夜叉が如き顔を間近で見て、これ以上騒げた者はいない。一夏の場合は聞かれなかったから黙っていただけで、聞かれたらしっかり答える。

 

伊之助ですら、倒れている善逸から目をそらした。そんな気まずい空気を切り替えようと、炭治郎が口を開く。

 

 

「あの…手紙で、来るときは極力目立たぬようにと、何度も念押ししてあるんですが…具体的にどうするんですか?」

 

 

確かに、綺麗な文字で『目立たぬように』と念押しするが如く綴られている。

 

「そりゃまあ変装よ、不本意だが地味にな……おい、織斑」

 

天元は一夏の方を見やった。

 

「はい、なんですか?」

 

「お前は俺と一緒に行動してもらう。残りの野郎三人…お前らには“あること”をして潜入してもらう」

 

「あること…?」

 

ぽかんとする炭治郎達に、天元は言葉を続ける。

 

 

「織斑以外は知らねぇから言うが、俺の嫁は三人とも、優秀な女忍者、くの一だ。花街は、鬼が潜む絶好の場所だと思っていたが、俺が客として潜入した時、鬼の尻尾は掴めなかった」

 

 

「(宇髄さんが掴めないほどの鬼が潜んでいる。十二鬼月を視野に入れた方がいいかもしれないな)」

人に紛れ込む鬼は発見が難しくなる。そのため、柱やそれなりの実力を持っている剣士が出向いて討滅するのが常だ。しかし、今回は、柱の一角を担う天元を始めとした手練れが手を焼いている。つまり、今回の鬼は、十二鬼月…それも上弦の鬼である可能性が高くなるのだ。

 

 

「だからお前らは客よりももっと内側に入ってもらうわけだ……既に怪しい店は三つに絞っているから、お前らはそこで俺の嫁を探して情報を得る」

 

「はい、わかりました」

 

天元の指示に、炭治郎が頷いた。

 

「ときと屋の須磨,荻本屋のまきを,京極屋の雛鶴だ」

 

すると、ずっと黙ったままだった伊之助が口を開く。

 

「嫁、もう死んでんじゃねぇの?」

 

「伊之助!」

 

 

そして再び、炭治郎が怒るより先に、天元が伊之助を仕留めた。

 

 

「………」

 

「はぁ(今のは嘴平が悪い)」

 

 

 炭治郎と一夏が、無言で殴り飛ばされた伊之助を見つめていると、襖が開いた。屋敷の人間が必要な物を揃えて持ってきてくれたのだ。

 

 

 

 

「宇髄さん、これは…大丈夫なんですか?」

 

「ああ、大丈夫だ、問題無い」

 

「嘴平はともかく、こんな風にしなくても良かったんじゃ……」

 

「おい、そりゃどういう意味だ赤羽織ぃ!?」

 

一夏の言葉に、伊之助が突っかかる。

 

 

「それは……」

 

「「……」」

 

察している炭治郎達は無言で目をそらす。

 

 

「馬ァ鹿、逆にこの三人が目立つだろーが……鬼がどんな素性か分からねぇ以上、そのまま潜入すると襲われる危険があるだろ?」

 

「だからって、こんな変な見た目に直さなくても」

 

 

時は数十分前に遡る。

 

 

「よし、変装はこんなもんだろ。後は化粧だけだな、織斑、化粧は任せたぞ」

 

「わかりました。炭治郎、我妻、嘴平、こっちに」

隊服から普段着に着替えた一夏は、化粧をする為、三人を連れて別室に移る。

 

「よし、まずは嘴平からだな。その被り物をとってもらってもいいか?」

 

「ああ、なんでだよ?」

 

「変装には必要ないからな。悪いが外してもらえると助かる」

 

「ちっ、わかったよ。じっとするの苦手だから早くしろよな」

伊之助は渋々と猪の被り物を外す。すると一夏はものすごい速さで猪頭に戻した。

 

「何しやがんだテメェ!?遊んでんのか!?外せっていったのはテメェだろうがコラッ!!」

 

「すまない嘴平。……炭治郎、我妻、確認していいか?嘴平は、男だよな?」

一夏は今まで透き通る世界で顔までは見ていなかった為、伊之助の素顔を初めて見た途端、あまりの美形に驚いたのだ。

 

「はい、顔は女の子寄りなんですけど、正真正銘男です」

 

「中身はかなり残念ですけどね……」

 

「そうか…」

 

「俺の顔に文句あんのか?」

 

「いや、文句はないが…驚いただけだ」

 

一夏はゆっくり被り物を取り、再び伊之助に視線を移す。

 

 

「(嘴平は軽く紅をつけるだけで大丈夫そうだ。他の二人は少しだけ手を入れるか)」

 

そして伊之助に紅を塗った後、炭治郎と善逸の化粧を始める。

 

 

 

 

 

 

 

「おせぇな……織斑のやつ」

天元は自身の着替えを終えた後、化粧を落としてすっぴんの姿となっている。その容姿は一夏と並ぶくらいに美形であった。

 

「すいません、宇髄さん、お待たせしました」

 

「おお、待ってたぜ。んで…三人は」

 

「中々の出来栄えになっています。三人とも、出て来なさい」

部屋に入ってきた三人は美少女と呼ぶにふさわしい姿になっていた。

 

 

「おい織斑…あいつら、さっきの三人だよな?」

 

「はい、炭治郎達ですよ。紅と軽く白粉を差しました、嘴平は紅のみですが……それでも、三人ともいい仕上がりになったと思います」

 

 

「おお〜炭治郎めっちゃ可愛いじゃん!」

 

「善逸も可愛いぞ」

二人はそれぞれの感想をいい、伊之助は部屋にあった菓子をたべている。

 

「(派手に化けすぎだろこの三人!?磨きゃ光る連中だったか……しかしなぁ、目立ちすぎても任務に差し支える。しかもこいつらぽやっとしてやがるからなぁ)」

天元は三人の姿に驚くも、何故か無意識な過保護が発動してしまう。

 

 

「織斑……悪りぃがやり直させてもらうぜ」

 

「……おかしいですか?」

 

「お前らこっちに来い!俺が派手に仕上げてやる」

 

そして天元のメイクによりヘンテコな化粧をされた炭治郎達が誕生した。

 

────────

────────────────

 

 

「んじゃ、行くぞお前ら……」

 

「「おう/はい」」

 

「(こんなんでうまくいくの?織斑さんの化粧の方がもっと上手くいく気がするよ)」

 

「(大丈夫だろうか…これ)」

 

何はともあれ、無事(?)準備を終えた天元達は、藤の家を出る。一夏は一抹の不安を抱きながら花街へと向かったのであった。



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かまぼこ隊の潜入調査

◇吉原 遊郭

 

男と女の見栄と欲…愛憎渦巻く夜の街。遊郭・花街は、その名の通り、一つの区画で街を形成している地。ここに暮らす遊女達は貧しさや借金などで売られてきた者が殆どで、たくさんの苦労を背負っているが、その代わり衣食住は保証され、遊女として出世できれば、裕福な家に身請けされることもあった。

 

 遊女の中でも最高位である花魁は別格であり、美貌・教養・芸事、全てを身につけている特別な女性の称号とも言える。位の高い花魁には、簡単に会うことすらできないので、逢瀬を果たすために、男たちは競うように足繁く花街に通うのである。

 

最初は初めて見る風景に辺りを見渡していた一夏だが、通るたんびに女性からの視線が強くなる為、無闇に辺りを見渡すことができなくなった。話しかけられたり、店の中に連れて行かれそうになったりしたため尚更だ。

 

「(……帰りたい、俺も女装して潜入側にしておけばよかった)」

 

「うはははっ!まさかこんなに話しかけられるとはなぁ、お前もしかして街に出た時はいつもこんな感じかァ?」

 

「……他人事みたいに、少しは助けてくれても……」

 

「そりぁ他人事だからなぁ」

 

「…………」

 

 

「(チクショー!織斑さん…羨ましぃぃぃっ!)」

 

「(一夏さん、大丈夫かな。相当疲れてる匂いがする)」

 

「(なんで赤羽織は雌に群がられてんだ?)」

 

一夏は既に精神的に疲れていた。この時ばかりは、流石の一夏もこの任務を引き受けたことを少し後悔していた。

 

一夏の場合、町に買い出しへ出る際は蝶屋敷の少女達、又はしのぶが信用している真菰と出るのが決まりとなっている。柱に就任したしのぶが多忙となり、同行の機会が少なくなったが故の対処であった。

 

 

カナ姉と行くと話しかけられることもないと思うが、気になる人がいるカナ姉は誤解されたくないとのことで、アオイ達と買い出しに行っている。因みに、カナ姉に想い人がいることやその詳細を知っているのは俺だけだ。

 

 

「(はぁ、今回の任務……なかなか厄介だな、これは)」

 

 

一夏の狼狽を唯一心配していたのは、炭治郎だけだった。他は、ニヤニヤして見守っていたり、嫉妬の眼差しを向けていたり、そもそもよくわかっていなかったりと反応は様々である。

何度も語ってきた通り、一夏の容姿は天元と同じく美形の部類に入る。しかも、一夏と天元を見た目で選ぶとなると、多数決で、一夏に軍配があがるであろう。

 

 

 

 

場所は変わって蝶屋敷。そこにはニコニコとドス黒い笑みを浮かべたしのぶとカナエがいた。

微笑むカナエの目は笑っておらず、しのぶは笑顔のまま顔に青筋を浮かべ、シュッシュッと拳を前に振るっている。その傍では、カナヲとアオイは顔を青くしており、三人娘達が涙目になって怯えていた。

 

 

一夏達が遊郭に向かって数十分後に蝶屋敷へ戻ってきたカナエとしのぶに、アオイが二人の留守時に起こった出来事を報告したのがはじまりであった。

 

一夏や炭治郎達のお陰で事なきを得たとは言え、ぶつけようのない冷めやらぬ怒りからか胡蝶姉妹は、触れられた逆鱗の感触を抑えつけようとしていた。

 

「全く、あの派手柱は……わかっててやったのかしら?あぁ、そんな派手になる空っぽの頭じゃわかってないか」

 

「うふふ、しのぶ、あの派手柱さんは、今後一切、蝶屋敷の出入りは禁止にしましょうか」

 

「賛成よ。でも、帰ってきた時だけは、とびっきりニッガ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜イお薬でもてなしましょうか」

どうやら、天元は二人からの歓迎(制裁)を受けるのは確定事項となったようである。

 

 

 

天元の今後を考えた後、しのぶはカナエと分かれ、作業場にて藤の花の毒を調合をしながら試験管を動かす。アオイ達と共に居たカナヲが、部屋の主人であり自身の姉であり師範でもあるしのぶの元へ不安そうにしながらも声を掛ける。それに気づいたしのぶは手を止め振り返る。

 

「どうしたのカナヲ?」

 

「あの、しのぶ姉さん、一つ聞きたいことが……さっき、一夏兄さん達が出立する際、音柱様から聞き慣れない単語を耳にしたのですが聞いてもいいでしょうか?」

 カナヲは天元の言っていた単語が気になりしのぶに質問しにきたのだ。

 

「あのバ…宇髄さんが? 」

 

「はっ、はい。確か……ゆうかく?と言っていました」

 

「はぁ゛?」

 

パキーン!という音と共にしのぶの持っていた試験管は握力で砕けた。そして、ドス黒いオーラが更にドス黒さを増した…この圧を間近で受けたカナヲは呼吸が出来なくなり、気絶した。部屋の出入り口で見ていたアオイや三人娘達は………………漏らした。

 

 

「な、何、この殺気は⁉︎」

 

「い、一体何があったのかしら?」

 

丁度蝶屋敷の前にいた恋柱の甘露寺蜜璃と、甲の鱗滝真菰が異様な殺気を捉え身構えるが、それの正体に気づくのは数分後のこと

 

 

 

 

 

 

 

「…っ⁉︎な、何だ…今の邪気は!?」

 

「どうした、織斑?」

 

「…いえ、なんでもないです」

一夏は先ほどの感覚になんとなく覚えはあったが、すぐに切り替えて目的地に向かう。

 

すると、一夏達の目に、ときと屋が見えてきた。

 

「宇髄さん、あそこですか?」

 

「おうよ」

 

そう言うと、天元達はときと屋の敷居を跨いだ。

 

 

「いやぁ、こりゃまた…不細工な子たちだねぇ」

 

 

「(見えてる世界が全てじゃないですよ?)

 

 黙って佇んでいる三人は、男だと分からないよう、顔中を化粧で塗りたくられているため、お世辞にも可愛いとは言えない状態になっていた。一夏が化粧した時は美少女と呼ぶにふさわしい姿をしていたが、天元の親心(?)により手心を加えられ、ヘンテコな見た目になってしまっている。

 

 

「ちょっとうちでは…先月も新しい子、入ったばかりだし、悪いけど…」

 

 

ご主人の方が断りを入れようと言葉を濁す。けれど、隣の女将が『一人くらいなら…』と顔を赤らめた。

 

 

「じゃあ、一人頼むわ、悪ィな奥さん」

 

そう言う天元の容姿は、誰が見ても男前であり、炭治郎達と並ぶと、尚更引き立って見える。そんな天元の美貌に当てられた女将は「素直そうな子」を選んだ。

 

 

「一生懸命働きます!」

 

 

「(炭治郎は真面目だから問題はなさそうだ。俺の時代でも、社会に出たら、即戦力になるのは間違いないしな)」

現代にいた頃、訳ありでバイトをしていた一夏だからこそ思った事だ。こうして、炭治郎…もとい炭子は就職が決定した。

 

 

ときと屋に連れて行かれた炭子を見送った後、天元は他の二人の方を見た。

 

 

「ほんとにダメだなお前らは。二束三文でしか売れねぇじゃねぇか」

 

 

 そんな天元に対して、善逸は鬼の形相でため息を吐いた。

 

 

「俺、アナタとは口利かないんで……」

 

 

 そんな善逸にイラつきながらも、天元は問いかける。

 

 

「女装させたから切れてんのか?それとも俺が化粧したからか?なんでも言うこと聞くって言っただろうが」

 

「(我妻、今回は妙に荒れてるな)」

 

 

一夏は化粧等に対して天元に根を持っているのかと思っていたが、実は善逸の天元に対する怒りの根源は別なところにあった。

 

 

「(女装や化粧なんかどうでもいいんじゃボケが…オメーの面だよ!普通に男前じゃねぇか、ふざけんなよぉぉぉ!)」

 

 

そんな険悪な雰囲気を、伊之助がぶち壊す。

 

 

 

「オイ!なんかあの辺、人間がウジャコラ集まってんぞ!」

 

「確かに、あそこだけ人が多いな」

 

 

 ざわつく人混みを掻き分けると、開けた道に、綺麗な女の人が傘を差してもらい、大勢の人と歩いていた。

 

 

「宇髄さん、あれはなんですか?」

 

「あー、ありゃ花魁道中だな」

 

「おいらんどうちゅう?」

 

「ときと屋の鯉夏花魁だ。一番位の高い遊女が、客を迎えに行ってんだよ…それにしても派手だぜ、いくらかかってんだ」

 

「(イマイチよくわからない。俺が知らないことはまだまだいっぱいあるんだな……)」

 

そんな天元に、善逸がかみつく。

 

 

「嫁!? もしや嫁ですか!?あの美女が嫁なの!? あんまりだよ、三人もいるの皆あんな美女すか!!」

 

「我妻、あの人じゃな…」

 

一夏が善逸を落ち着かせながら、説明しようとするや否や、天元の鉄拳が善逸へ飛んできた。

 

「嫁じゃねぇよ!テメェちゃんと聞いてたのか!!こういう番付に載るからわかるんだよ!」

 

そんな中、伊之助は耳をほじりながら退屈そうに花魁達を見ていた。

 

「歩くの遅っ、山の中にいたら、すぐ殺されるぜ」

自然の中で育った伊之助らしい感想である。そんな彼を、すっごい目でじっと見ていた女性が、そのまま天元と一夏に声をかけてきた。

 

 

「ちょいと旦那さん方!この子、うちで引き取らせてもらうよ、いいかい?荻本屋の遣手…アタシの目に狂いはないさ」

 

“荻本屋”と聞いた途端、パァ!と天元の顔が綻んだ。

 

 

「荻本屋さん!そりゃありがたい!」

 

 

 そのまま、荻本屋の遣手の女性に、伊之助こと猪子は訳がわからぬまま、連れていかれた。

 

 

「達者でな、猪子ーーーーっ」

 

「えっと、頑張れよ…猪子」

 

 

「?」

 

ぽかんとしながら、猪子の後ろ姿を見ていた善逸は、天元の視線に気がついた。

 

 

「(やだ、アタイだけ余ってる!!)」

 

「宇髄さん、残りの京極屋へ行きましょう」

 

「…そうだな、行くか」

 

 

そんなこんなで、この後 善逸こと善子も、京極屋に買われ、三人全員が無事に潜入成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇荻本屋担当・ 猪子(伊之助)

 

 

 

「どうよこれ!」

 

「きゃーーっ!すごい!」

 

「?」

 

 

そこには、化粧を落とされ、元の美少年(びしょうじょ)に戻った猪子の姿があった。

 

 

「変な風に顔を塗ったくられていたけど、落としたらこうよ!!すごい得したわ、こんな美形な子、安く買えて!!」

 

 

猪子を見初めた遣手の女性が、腕を捲り上げる。

 

 

「仕込むわよォ、仕込むわよォ!京極屋の蕨姫や、ときと屋の鯉夏よりも売れっ子にするわよォ!」

 

 

そう意気込みながら、猪子を連れて部屋を移動する。しかし、その片方の花魁の名が、鬼の仮の名だと言うことはまだ知るはずもなかった。

 

 

 

「でも、なんか妙にこの子ガッチリしてない?」

 

「ふっくらと肉付きが良い子の方がいいでしょ!」

 

「ふっくらっていうか、ガッチリしてるんだけど…」

猪子に疑問を持った女性は、結局、移動する女将達の後を追う。

 

 

 

──京極屋担当 善子(善逸)

 

 

ベンベンベンと三味線の音が響く。稽古部屋で善子は、鬼の形相のまま、全力で弾いていた。

 

 

「あ、あの子…三味線うまいわね」

 

「そうね、すごい迫力」

 

「最近 入った子?」

 

「耳がいいみたいよ。一回聞いたら、三味線でも琴でも弾けるらしいわ」

 

ひそひそと噂をしていた子達は、改めて善子を見る。

 

 

「でも、不細工よねぇ……般若みたい」

 

「よく入れたわね、お店に……」

 

その疑問に対して、善子が入ってきた事情を知る女性は口に手を当て、ひそひそと話す。

 

 

「あの子を連れてきた連中、もんのすごい、いい男達だったらしいわよ!特に赤羽織を着た人はかなりの美形だったらしいわ!」

 

「遣手婆がポッとなっちゃってさ……」

 

遣手の心を奪う程の色男と聞いて『ホントに?見たかった!』と騒ぎが大きくなる。

 

そんな中、喫煙具を吹かしながら、一人のお姉さんが善子を見つめていた。

 

 

「アタイには分かるよ、あの子はのしあがるね」

 

「ええ?」

 

「自分を捨てた男、見返してやろうっていう気概を感じる、そういう子は強いんだよ」

 

「そ……そうなんだ」

 

これほど囁かれる善子の脳裏には、忌々しい天元との記憶がよみがえっていた。

 

 

『便所掃除でも何でもいいんで、貰ってやってくださいよ、いっそタダでもいいんで、こんなのは』

 

『(こ、このやろぉ)』

 

『我妻…耐えろ、これも任務の為だ。終わったら美味しい甘味を食わせてやるから……今だけは我慢してくれ』

 

 

善逸は一夏の言葉に免じてなんとかその場で宇髄に対する怒りは抑えたが、宇髄の言葉を思い出して、腹を立てた善子は、泣きながら三味線を弾き続けた。

 

 

「(織斑さんはああ言っていたけど、見返してやるあの派手柱!アタイ絶対吉原一の花魁になる!!)」※なれません

 

善子は、こうして花魁への道を歩んでいく……しばらく。

 

 

 

ときと屋担当 炭子(炭治郎)

 

 

「炭子ちゃん、ちょっとあれ運んでくれる?人手が足りないみたいで…」

 

「わかりました!鯉夏花魁の部屋ですね、すぐ運びます」

 

頼まれ事に対し、炭子は二つ返事で引き受ける。気持ちのよい炭子の働きっぷりに、他の女性達も笑顔になる。

 

 

「炭子ちゃん、よく働くねぇ」

 

「白粉取ったら、額に傷があったもんだから、昨日は女将さんが烈火の如く怒っていたけど…」

 

「はい!働かせてもらえて良かったです!」

 

 

 そう言うと、炭子は普通の女性なら持てない量の荷物を軽々と持ち上げ、鯉夏花魁の部屋へと歩いて行った。

 

その光景を、ときと屋の娘達は呆気にとられながら見つめていた。

 

 

「なんか……力強くない?」

 

「強っ」

 

 

そんな事を影で囁かれてるとは知らない炭子は、鯉夏花魁の部屋を探し歩く。

 

 

 すると、鯉夏の部屋で、ひそひそと噂話をする女の子二人が目に留まった。

 

 

「京極屋の女将さん、窓から落ちて死んじゃったんだって……怖いね、気を付けようね」

 

「最近は足抜けしていなくなる姐さんも多いしね、怖いね」

 

そんな二人の間へ、炭子が割って入った。

 

「足抜けって何?」

 

そんな炭子を見た二人が騒ぎだす。

 

「えーっ、炭ちゃん知らないのぉ?」

 

「それより、すごい荷物だね」

 

「鯉夏花魁への贈り物だよ」

 

贈り物を置き、炭子はニコニコと答える。

 

 

「足抜けっていうのはね、借金を返さずに、ここから逃げることだよ。見つかったら酷いんだよ」

 

「そうなんだ・・・」

 

「好きな人と逃げきれる人もいるんだけどね」

 

「この間だって、須磨花魁が……」

 

「!」

 

 

 炭子は、聞き覚えのある名前に、ハッとした。

 

 

「(須磨!宇髄さんの奥さんだ…)あの…」

 

炭子が須磨について話を聞こうとした時、襖が開いた。

 

 

「噂話はよしなさい、本当に逃げきれたかどうかなんて・・・誰にも分からないのよ」

 

「はぁい」

 

鯉夏は、炭子を見ると、優しく微笑んだ。

 

 

「運んでくれたのね、ありがとう、おいで」

 

「はい」

 

傍に寄った炭子の手をとり、お菓子を置いた。

 

 

「お菓子をあげようね、一人でこっそり食べるのよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

その姿を見ていた二人の少女が駆け寄る。

 

 

「わっちも欲しい!」

 

「花魁、花魁!」

 

「駄目よ、先刻食べたでしょ?」

 

 

 けれど、今の炭子には、お菓子よりも知りたいことがあった。

 

 

「あの……須磨花魁は足抜けしたんですか?」

 

「! どうしてそんなことを聞くんだい?」

 

 

「(うまく聞かないと、須磨さんの事を……でも、警戒されてる)ええと……」

 

 

鯉夏はじっと炭子を見つめている。

 

 

「須磨花魁は、私の……私の、姉なんです!」

 

 

 炭子の顔を見て、鯉夏達は衝撃を受けた。この正直少女(少年)は、嘘をつく時、普通の顔ができない。一夏が見たら間違いなく「嘘をつく任務をする時は、常にお面でもかぶっておくか?」と揶揄うだろう。

 

けれど、鯉夏は切なそうな表情で炭子を見つめる。

 

「お姉さんに続いて、あなたまで遊郭に売られてきたの?」

 

「は、はい、姉とはずっと手紙のやり取りをしていましたが、足抜けするような人ではないはず……」

 

「そうだったの」

 

「……」

 

暫く沈黙が続く。そんな沈黙を、鯉夏が破った。

 

 

「確かに、私も須磨ちゃんが足抜けするとは思えなかった……しっかりした子だったもの。男の人にのぼせている素振りもなかったのに…」

 

 

 そのまま鯉夏は言葉を続ける。

 

 

「だけど日記が見つかって……そこには足抜けするって書いてあったそうなの。捕まったという話も聞いてないから、逃げきれていればいいんだけど……」

 

 

「(足抜け…これは鬼にとってかなり都合がいい。人がいなくなっても、遊郭から逃亡したのだと思われるだけ・・・日記はおそらく、偽装だ。どうか無事でいて欲しい。必ず助けます、須磨さん!)」

 

 

 

 

 

 

 一方、外から鬼の動向を探っていた一夏と天元は、隊服姿で屋根の上から街を見下ろしていた。

 

「(異常は無し、だが…妙な違和感はあるな。昼間の筈なのに、僅かにだが…鬼の気配を感じる。場所が特定できない。気配がはっきりしないな…)」

 

「(今日も異常なし、やっぱり尻尾を出さねぇぜ。嫌な感じはするが、鬼の気配は、はっきりしねぇ…煙に巻かれているようだ。気配の隠し方の巧さ……地味さ、もしやここに巣食っている鬼…上弦の鬼か?ド派手なやり合いに、なるかもな…)」

 

「宇髄さん……」

 

「皆まで言うな……やっぱお前もそう思うか?」

 

「はい、ここまで気配を隠すのが上手いとなると、間違いはないかと。鬼の気配の流れは僅かながらに感じてはいますが…場所まではハッキリしません」

 

「お前の気配感知は鬼殺隊の中じゃド派手に異常だからな。織斑程の奴が言うなら間違いはねぇな。鬼がいる事が分かっただけでも第一歩だ」

 

「問題は、ここが歓楽街である事……一般の人達が戦闘に巻き込まれる事を考えると、今回の戦いは穏便ではすみそうにないです」

 

「……今俺たちが出来るのは、鬼を探しそして斬る事だ。勿論、まきを達や被害者達も助けてな」

 

「はい、今はまきをさん達の無事を祈りましょう」

 

 

 

 

 

──荻本屋担当 猪子(伊之助)

 

 

情報収集をしていた猪子は、まきをの話をする二人に遭遇した。話によれば、病気で部屋から出てこないとの話だ。

 

 

「(まきを!宇髄の嫁だ…やっと名前を聞けたぜ。具合が悪い…それだけで定期連絡が途切れるか?行ってみるか、さっきの女は、こっちから来たな)」

 

 

 そして猪子は、まきをへ食事を運んだ女性が来た方へ向かう。

 

 

 着物を着るといった苦行を強いられた挙げ句、声を出せば男だと分かる環境の中、情報収集に難儀していた猪子…いや、伊之助は、喜び勇んでいた。

 

そんな伊之助が到着する少し前、帯で巻かれたまきをは、手紙の宛名について鬼に尋問されていた……。

 

 

「さぁさ、答えてごらん。お前は誰に この手紙を出していたんだい?」

 

 

 帯が、ヒラヒラと、生き物のようにうねる。

 

 

「何だったか、お前の名は……ああ、そうだまきをだ」

 

 帯に拘束されたまきをは、相手を睨みつける。

 

 

「答えるんだよまきを!」

 

 

 まきをは、捕らえられた中でも、何とか頭を働かせる。

 

 

「(情報を……伝えなくては!他の二人とも連絡が取れなくなってる、何とか外へ……早く……。あの人達の所へ……天元様……一夏)」

 

すると、鬼は人の気配を察知した。

 

 

「また誰か来るわね……荻本屋はお節介が多いこと…」

 

 

 すると鬼は、まきをに巻き付けた帯を締め上げる。

 

 

「ぐっ……」

 

「騒いだら、お前の臓物を捻り潰すからね!」

 

 

 まきをの部屋で、鬼が尋問してると知らない伊之助は、部屋から感じる気配に警戒していた。

 

 

「(妙だな、妙な感じだ…まずい状況なのか?…わからねぇ、あの部屋…まきをの部屋……ぬめっとした、気持ち悪ィ感じはするが……)」

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも、考えることが苦手な伊之助は、とにかく行ってみようと走り出す。

 

 

「!」

 

 

 襖の取っ手に手をかけ、思いきり引く。

 

すると 伊之助の目の前に、荒れ果てた光景が広がる。誰が見ても、襲われた事は一目瞭然だった。

 

そして、どこからか、妙な風が吹く。

 

 

「(風・…窓も開いてないのに)」

 

 すると、伊之助は上からの気配に気づいた。

 

 

「(天井裏!!やっぱ鬼だ!!今は昼だから、上に逃げたな!)おいコラ、バレてんぞ!!」

 

 

 伊之助は咄嗟に、まきをに運ばれた食事の器を掴むと、その器を思いきり天井へ投げつけた。途端に、何かが慌てて逃げる音が、天井からバキバキと響き渡る。

 

 

「逃がさねぇぞ!!」

 

 

 伊之助は、慌てて鬼を追いかける。

 

 

「(どこに行く!?どこに逃げる!?天井から壁を伝って移動するか?よし、その瞬間に壁をブン殴って引き摺り出す!!)」

伊之助は屋根裏にいる鬼を追いかけ、チャンスを待っていた。

 

「(ここだ!!)」

 

伊之助が、拳に渾身の力を込め、振りかぶるが、運悪く、客の一人がヒョイっと出てきた。

 

「おお、可愛いのがいるじゃないか」

 

「邪魔じゃボケェっ!」

 

 

渾身の力を込めたこともあり、伊之助は客ごと後ろの壁を殴りつけた。

 

 

「キャーーーーッ⁉︎」

 

「殴っちゃった…!!」

 

 

 たまたま通りかかった女性達が、青ざめながら叫ぶ。

 

 

「(クソッ、しくじった……!!下に逃げてる!!)」

 

 

 伊之助は、すぐに方向転換し、下へと走る。

 

 

「(こっちか!!こっちだ!!いや…こっち…チクショウ、気配を感じづらい!!)」

 

 

 探し回っていた伊之助だったが、気配を感じづらいだけでなく、苦手な環境であることも相まって、取り逃がしてしまった。

 

 

「見失ったァァクソッタレぇえ!!邪魔が入ったせいだ……!」

 

伊之助は、ギリギリと噛み締めながら青筋を立てた。

 

 

──京極屋・善子(善逸)

 

 

「(『自分がどうするべきかを考えろ』、か……すんません、一夏さん。なんか俺、自分を見失ってた……俺は、雛鶴さんを捜すんだった……三味線と琴の腕をあげたって、どうしようもないだろうよ……)」

 

 かつて無限列車で一夏に言われたことを思い出し、正気に戻った善子は、やっと本来の任務遂行のため、聞き耳を立てながら、屋敷内を練り歩く。

 

 

「(でもなぁ、どうしよ…ずっと聞き耳立ててんだけど、雛鶴さんの情報ないぞ…)」

 

善子は取りあえず、やるべき事をやろうと、意識を集中させる。

 

すると、雑音に混じり誰かの泣き声を聞き取った。

 

 

『ひっく、ひっく、ぐすん!?』

 

「一大事だ、女の子が泣いている!」

 

 

善子の行動は早く、一目散に、泣き声の聞こえる方へと向かった。泣き声の聞こえる部屋の前まで来た善子は、慎重に中を覗き込む。すると、荒れ果てた部屋の中で、女の子が一人泣いていた。

 

 

「な、なにこれ!めちゃくちゃなんだけど、どうしたの!?この部屋…!」

 

荒れた部屋と泣く女の子、善子の脳内で一つの仮説が浮上した。

 

 

「えっ、けんっ、喧嘩!?喧嘩した!?大丈夫!?」

 

善子の大声に、女の子は再び泣き出してしまう。

 

 

「わっ、大丈夫だよ、泣かないでっ、君を怒ったわけじゃないんだごめんねぇっ!」

 

 

善子は泡食って女の子を慰め始めた。

 

 

「何か困ってるなら…」

 

 

 善子が、そう言いかけた時だった。静かに、とある気配が、すぐそばに現れた。

 

「アンタ達、人の部屋で何してんの?」

 

 

「(……お、鬼の音だ)」

 

善子は、青ざめ、ごくりと唾を飲む。

 

「(今、後ろにいるのは鬼だ…人間の音じゃない。声をかけられる直前まで、全く気づかなかった…こんなことある?これ、上弦の鬼じゃないの?音やばいんだけど、静かすぎて逆に怖いんだけど…)」

 

 

返事を返さない善子に、鬼は苛々を募らせる。

 

 

「耳が聞こえないのかい?」

 

 

すると、花魁の世話役らしき少女二人が、恐怖に震えながらも善子達を庇おうとする。

 

 

「わ……蕨姫花魁、その人達は昨日か一昨日に入ったばかりだから……」

 

しかし、蕨姫は少女二人を睨み付けた。

 

「は?だったら何なの?」

 

その圧に負けて、少女達はへたり込む。それを見兼ねた善子が、蕨姫の方を振り向きながら、なんとか言葉を発した。

 

 

「勝手に入ってすみません!部屋がめちゃくちゃだったし、あの子が泣いていたので…」

 

すると、善子の顔を見た蕨姫は、眉をひそめた。

 

「不細工だね お前、気色悪い……死んだ方がいいんじゃない?」

 

さらに蕨姫の容姿に対する罵声は続く。

 

 

「何だい、その頭の色!目立ちたいのかい」

 

「……」

 

少女達の為、自分の為、激情を堪えて、なにも言い返さない。そんな善子から、蕨姫は部屋の散乱した様に目を移した。

 

 

「部屋は確かに、めちゃくちゃのままだね。片付けとくように、言っといたんだけど…」

 

そう言うと、蕨姫は、泣いていた女の子の耳を掴み引っ張る。

 

「ギャアッ!」

 

「五月蝿い!ギャアじゃないよ、部屋を片付けな!」

 

鬼である蕨姫の力は強いため、引っ張られている女の子の耳が、ミシッと音を立てて僅かに血が流れ、もげそうになる。

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、すぐやります、許してください……!!」

 

泣きながら許しを乞う女の子の姿を見た善子……善逸は蕨姫の腕を掴む。

 

 

「……」

 

「……何?」

 

 

睨み付ける蕨姫に怯むことなどあろうか。

 

 

「手、放してください!」

 

 

 その目を見た蕨姫こと、鬼の堕姫は、善逸が潜入する二日ほど前のことを思い出した。自分が鬼であることに気づいた女将のお三津が問い詰めてきた時のことだ。

 

『気づいても黙っておくのが賢い』

 

そう言って始末したあの女と同じくらい、善逸の存在が不愉快だった。

 

「気安く触るんじゃないよ、のぼせ腐りやがって、このガキが!」

蕨姫に殴られた善逸は、襖を突き破り隣の部屋まで吹き飛ばされてしまった。

 

すると、騒ぎを聞いた京極屋の主人が、慌てて駆けつけた。

 

 

「蕨姫花魁……!!」

 

飛んでくるなり、主人は蕨姫に向かって土下座する。

 

「この通りだ、頼む!!勘弁してやってくれ・・・もうすぐ店の時間だ、客が来る!!俺がきつく叱っておくから、どうか今は……どうか、俺の顔を立ててくれ……」

 

 

女性達はガタガタと震えながら、様子を見守っていると……

 

再び蕨姫の纏う空気が変わった。

 

 

「旦那さん、顔をあげておくれ。私の方こそご免なさいね、最近ちょいと癪に障ることが多くって……」

 

そう言って、蕨姫は笑顔を作る。

 

「入ってきたばかりの子達にきつく当りすぎたね、手当てしてやって頂戴」

 

 

 それだけ言うと、蕨姫は、付き人の少女達に部屋を片付けるよう指示をする。

 

 それを見た主人も早急に片付けるよう威圧的な声をあげる。

 

 

 そんな中、蕨姫こと堕姫は、冷静に善子こと善逸を分析していた。

 

 

「(あのガキ、この感触からすると軽症だね。失神はしてるけれども……受け身をとりやがった、鬼殺隊なんだろう?でも、柱のような実力はない……)」

 

堕姫は善逸の身のこなしから正体に気づくが特に警戒する様子はなかった。

 

 

「ククッ、フフフッ……少し時間かかったけど、上手く釣れてきたわね……どんどんいらっしゃい、皆殺して喰ってあげる」

 

歪んだ笑みを浮かべる堕姫は知らなかった。この街には、無傷で童磨を葬り、猗窩座を後一歩まで追い詰めた日輪の剣士がいる事を、そして上弦の鬼の実力に迫る柱がいる事を……。



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花魁の鬼

「こうか!? これなら分かるか!?」

 

「(ごめん伊之助、全くわからない)」

 

 

花街にある建物の屋根の上、炭治郎と伊之助は、定期連絡の為に集まっていた。

現在は、ボディランゲージで鬼らしき者に遭遇したことを説明しようとしていた伊之助を炭治郎が何とか落ち着かせようとなだめている途中だ。

 

「そろそろ宇髄さんと一夏さん、それに善逸が来ると思うから……」

 

「こうなんだよ、俺にはわかってんだよッ!!」

 

「うん、うん……」

 

すると、少し離れた場所から、天元の声がした。

 

 

「善逸は来ない」

 

「……」

 

「「!!」」

 

 

 突然の声に、炭治郎と伊之助は慌てて振り返った。

 

 

「(コイツら……やる奴だぜ、音がしねぇ……風が揺らぎすらしなかった……)」

 

改めて柱二人の凄さを見せつけられ、伊之助は感心した。それに対して炭治郎は、天元の言葉に、嫌なものを感じる。

 

 

「善逸が来ないって、どういうことですか?」

 

「お前たちには、悪いことをしたと思ってる……。俺は嫁を助けたいが為に、いくつもの判断を間違えた…善逸は、行方知れずだ、昨夜から連絡が途絶えている」

 

 天元は言葉を続ける。

 

 

「お前らは花街から出ろ、階級が低すぎる…ここにいる鬼が上弦の可能性が高くなった。お前らじゃ対処できない。消息を絶った者は、死んだと見なす……後は俺達二人で動く」

 

「いいえ宇髄さん、俺たちは……!!」

 

 

 炭治郎の言いたいことが分かった天元は、言葉を遮る。

 

 

「恥じるな、生きてる奴が勝ちなんだ……機会を見誤るんじゃない」

 

「待てよオッサン!!」

 

 

伊之助も止めようと言葉を発したが、天元は待つことなく、一夏だけ残し、その場から去ってしまった。

 

 

「「……」」

 

 

 そんな中、炭治郎はしょんぼり顔を浮かべる。

 

 

「俺たちが、一番下の階級だから、信用してもらえなかったのかな?」

 

「俺の階級は庚だぞ。もう上がってる、下から四番目」

 

 

 衝撃の事実に目を丸くする炭治郎を他所に、その証拠を見せようと、伊之助が階級の確認方法を実演してみせる。

 

 

「階級を示せ!」

 

 

 そう言い、拳を握ると、手の甲にズズッと「庚」の文字が浮かび上がった。

 

 

 

言葉と筋肉の膨張によって浮かび上がる“藤花彫り”という特殊な技術を用いた鬼殺隊の印である。

 

 最終選別の後に、説明を受けたのだが、選別合格後、疲労困憊だった炭治郎は説明を聞きそびれていたらしい。

 

「俺はどのくらいなんだろう?」

 

「俺や紋逸と同じじゃねぇの?」

 

「階級を示せ!」

炭治郎もそういい、拳を握るり手の甲に浮かび上がった文字は

 

「「…………」」

炭治郎の浮かび上がった文字を見て、二人は唖然としてしまう。何せ浮かび上がった炭治郎の階級は…

 

 

 

 

 

 

 

「丁」だった

 

 

「おいぃ!どう言う事だ万次郎!!なんでお前が俺より三つ上の階級なんだ⁉︎」

 

「お、落ち着け伊之助!お、俺も知らないよ!なんでこんなに上がっているんだ⁉︎」

 

伊之助は自分より上の階級だったのが納得いかなかったのか、炭治郎の着物を掴み炭治郎を揺らす。

数ヶ月間の間、炭治郎は一夏により鍛えられ、任務先の鬼は難なく討伐出来る様になっていた。実績を重ねていくうちに、知らず知らずに階級も上がっていたのだ。

 

「落ち着け嘴平、任務の頻度もあったかもしれないが、階級が上がったのはそれなりの結果を残している証拠だ。因みにカナヲの階級は乙だ」

 

「上から二番目の階級⁉︎」

カナヲは修行を始めた当初から一夏やしのぶに鍛えられている為、最終選別時の実力はそこらにいる隊士とは比べ物にはならなかった。カナヲは下弦の鬼を倒している為、階級もかなり上がっている。

 

 

 

 

 

「クシュン!」

一方、蝶屋敷にいたカナヲはくしゃみをし、頭にハテナを浮かべた。風邪をひいていないのに何故くしゃみが出たのか分からなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話を戻すが、炭治郎……お前はどうしたい?」

 

「え?」

 

「宇髄さんは街から出ろ言っていたが…お前はどうしたい?」

 

「俺は……」

一夏は炭治郎に問いかける。炭治郎は少し迷いの顔を浮かべていた。炭治郎自身も天元の言われた事に納得しているところもあった。前回無限列車での任務は上弦の弐と遭遇し、ただ見ることしかできなかった。一夏の指導により腕を上げたからと言って今の自分が通用するかわからなかった。

 

「上官の命令を無視して任務を続行し仲間を助け鬼を斬るのか……それとも指示に従うのか」

炭治郎は少し考え込むが一夏は言葉を続ける。

 

 

「簡単に言えばやるかやらないかの二択だ。お前は……どちらを選ぶ?」

 

そう告げた後、一夏も天元と同じようにその場から消えた。

 

「おい、炭治郎…どうす……」

 

珍しく相手の名前で呼べた伊之助は、炭治郎を見て、すぐに笑みを浮かべる。炭治郎は何かを決意した表情となっていたからだ。

 

「そうだ、やることなんて決まってる!伊之助!夜になったら、すぐに荻本屋へ行く、それまで待っててくれ、一人で動くのは危ない。今日で俺の店も調べ終わるから!」

 

 

 納得がいかない伊之助は、炭治郎の頬を引っ張りながら反論する。

 

 

「なんでだよ!俺んトコに鬼がいるって言っただろ!?今から来いっつーの! 頭悪ィな、テメーはホントに!!」

 

ひがうよ(ちがうよ)

 

「アーーン!?」

 

 

すると今度は炭治郎を、ペムペムと叩く。

 

「夜の間、店の外は宇髄さんが見張っていただろう?イタタタタ、でも善逸達は消えたし、伊之助の店の鬼も、今は姿を隠している……」

 

 

 ペムペムと叩き続ける。

 

 

「イタタ、い、伊之助、ちょ……やめてくれ。建物の中に通路があるんじゃないかと思うんだよ」

 

 

 その言葉を聞いた伊之助の手が止まった。

 

 

「通路?」

 

「そうだ、しかも店に出入りしてないということは、鬼は中で働いている者の可能性が高い。鬼が店で働いていたり、巧妙に人間のふりをしていればしているほど、人を殺すのには慎重になる……バレないように」

 

 

炭治郎の推理に、伊之助も「なるほどぉ」と納得する。

 

 

 

「そうか……殺しの後始末には、手間がかかる……血痕は簡単に消せねぇしな」

 

「ここは夜の街だ。鬼には都合のいいことが多いけど、悪いことだって多い。夜は仕事をしなきゃならない。いないと不審に思われる……俺は、善逸も、宇髄さんの奥さんたちも、皆生きていると思う」

 

 

 伊之助は、炭治郎の言葉を黙って聞いている。

 

 

「そのつもりで行動する。必ず助け出す・・・伊之助にもそのつもりで行動して欲しい。そして、絶対に死なないで欲しい……それでいいか?」

 

 

 真っ直ぐ伊之助を見据えると、

 

 

「…お前が言ったことは全部な…今、俺が言おうとしたことだぜ!!」

 

ニッと笑って応えた。

 

 

 

 

 

◇その夜

 

ときと屋・炭子……いや、炭治郎

 

日が暮れ始めた頃、付き人の少女達に食事を摂るよう促し、一人になった鯉夏の元へ、隊服に着替えた炭治郎が現れた。

 

 

「鯉夏さん。不躾に申し訳ありません。俺はときと屋を出ます。お世話になった間の食事代などを旦那さんたちに渡していただけませんか?」

 

炭治郎はそういって、お金の入った封筒をスッと差し出す。

 

 

「炭ちゃん、その格好は……」

 

「訳あって女性の姿でしたが、俺は男なんです」

 

 

 その言葉を聞いた鯉夏は真顔になる。

 

 

「あ、それは知っているわ、見ればわかるし……声も」

 

「……え?」

 

「男の子だって言うのは最初から分かってたの。何してるのかなって、思ってはいたんだけど・・・」

 

 

 鯉夏の発言に、炭治郎は固まってしまった。

 

「(まさか、バレていたとは…)」

 

けれど鯉夏は、炭治郎を咎めたり詮索したりすることなく、優しい眼差しを向ける。

 

 

「事情があるのよね?須磨ちゃんを心配してるのは本当よね?」

 

「はい!それは勿論です!嘘ではありません!いなくなった人たちは、必ず助け出します!!」

 

 

 炭治郎の言葉に、鯉夏は笑顔を浮かべた。

 

 

「ありがとう、少し安心できたわ……私ね、明日にはこの街を出ていくのよ」

 

 

 遊郭を出ると言うことは、自由になれると言うこと。それには、炭治郎も笑顔を浮かべた。

 

 

「そうなんですか、それは嬉しいことですね!!」

 

「こんな私でも奥さんにしてくれる人がいて……今、本当に幸せなの…でも、だからこそ残していく皆のことが心配で堪らなかった…。嫌な感じがする出来事があっても、私には調べる術すらない……」

 

そんな優しい鯉夏に、炭治郎は言葉をかける。

 

「それは当然です。どうか気にしないで、笑顔でいてください」

 

そんな炭治郎に対して、鯉夏も言葉をかける。

 

 

「…私は、あなたにもいなくなって欲しくないのよ、炭ちゃん…」

 

 

 その言葉を聞いた炭治郎は、言葉の代わりに鯉夏へお辞儀を返し、そのままスッといなくなった。

 

 

 

 けれど、炭治郎が去った直後、鯉夏は再び、背後に人の気配を感じた。

 

 

「何か忘れ物?」

 

「そうよ、忘れないように喰っておかなきゃ」

 

 

鯉夏が振り返ると、鬼の姿へと戻った蕨姫が立っていた。

 

 

「アンタは、今夜までしかいないから、ねぇ鯉夏」

 

 

 

────────

────────────────

 

 

 

 鯉夏と別れた炭治郎が屋根の上へと移動すると、外は既に日が暮れようとしていた。

 

 

「(まずい、殆ど陽が落ちかけてる。早く伊之助の所へ…!)」

 

 

 そう思った矢先の事だった。

 

 

「(……匂いがする、甘い匂いが微かに……。鬼だ!! 鬼の匂いだ、近くにいる!!)」

炭治郎自身が持つ五感で、鬼の気配を察知し、即座に引き返す。

 

 

 

 

──荻本屋・伊之助

 

 

 

「遅いぜ!!もう、日が暮れるのに、来やしねぇぜ!!惣一郎の馬鹿野郎が…俺は動き出す、猪突猛進を胸に!!」

 

 

 そう言うと、足に力を込め、天井に向かって飛ぶ。

 

 

「だーーーーっ!」

 

そのまま勢いで天井を突き破る。すると、天井裏に向かって、伊之助が叫んだ。

 

 

「ねずみ共、刀だ!!」

 

 

 天元の使いである忍獣ムキムキねずみ……特別な訓練を受けており、極めて知能が高い。力も強く、一匹で刀一本持ち上げられる。

 

 

 そんなムキムキねずみ達が、伊之助の刀を持ってきた。炭治郎同様、伊之助も元の姿へと着替え、猪の被り物を装着した。

 

 

「行くぜ、鬼退治!! 猪突猛進!!」

 

 

 

──京極屋

 

 

善逸,雛鶴が行方不明となった京極屋では、店の主人が、亡くなったお三津の着物を手に、呆然としていた。

 

 その背後に、一夏と天元がそっと近づく。

 

 

「鶴と善子はどうした?簡潔に答えろ…問い返すことは許さない」

 

 

 主人の首には、クナイがひたりと当たる。冷や汗が吹き出し、心音がドクドクと脈打つ中、なんとか言葉を紡ぎ出す。

 

 

「ぜ、善子は消えた……雛鶴は病気になって、切見世へ……」

 

 

そのまま一夏は主人の目線を合わせるように尋ねる。

 

「……心当たりのあることを全て話してください。怪しいのは誰ですか?」

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

 

 

 透き通る世界は不要だった。今の質問に、明らかに呼吸が乱れたのを感じ取った一夏と天元は、更に問いかける。

 

 

「お願いします。そいつを教えてください。俺達が必ず、仇を討ちます。信じてください」

 

その言葉に、お三津の姿が脳裏に浮かぶ。

 

 

「(お三津……)」

 

その言葉は紛れもなく、主人の疑惑が確信に変わるものだった、お三津の死は事故でなく他殺だ、と。

 

 

「蕨姫という花魁だ、日の当たらない、北側の部屋にいる・・・!!」

 

 

「ありがとうございます」

 

その直後、目の前にいた一夏が消え、背後の気配が消えたことも感じ、主人は振り返った。

 

けれど、そこにはいつもの光景が映るだけだった。

 

主人から情報を得た一夏と天元は、迷わず北側の部屋へ向かったが、部屋はもぬけの殻だった。

 

 

「(いない……人を狩りに出ているな。鬼の気配を探りつつ、雛鶴の所へ行こう…まだ生きていれば情報を持っているはずだ。どの道、鬼も夜明けには此処へ戻るはず、俺達の手で必ずカタをつける)」

 

「宇髄さん、急ぎましょう」

 

「ああ、わかってる」

 

 

────────

────────────────

 

 

 

 鬼の気配を察した炭治郎が鯉夏の部屋へ戻ると、左目に“上弦”と刻まれた鬼が、ジロッと睨み付けてきた。

 

 

「鬼狩りの子?来たのね、そぅ、何人いるの? 一人は黄色い頭の醜いガキでしょ?」

 

話ながら、シュルシュルと帯が動く。

 

 

「柱は来てる? もうすぐ来る?アンタは柱じゃないわね、弱そうだものね…柱じゃない奴は要らないのよ、私は年寄りと不細工は喰べないし」

 

 

 そんなことよりも、炭治郎は捕まった鯉夏の状態の事で、頭がいっぱいだった。

 

 

「(体…!! どうなってる、鯉夏さんの体が無い…出血はしてない、血の匂いはしない…)」

 

 

「その人を放せ!!」

 

 

 炭治郎の言葉に、堕姫の表情が変わる。

 

 

「誰に向かって口利いてんだ、お前は」

 

 

帯が一瞬揺れた。途端に、炭治郎の体は向かいの家の屋根へと飛ばされた。しかし炭治郎はなんともなかった様に立ち上がる。

 

 

 

「くっ!(危なかった、なんとか受け身は取れたけど、なんて力だ。今だけで手が痺れてる)」

炭治郎は帯が迫る中、一瞬にして抜刀し攻撃を防いだ。普通の隊士なら致命的なダメージを受けていたが、一夏により鍛えられた炭治郎は帯を難なく防ぎ衝撃を軽減できたのだ。

 

そして炭治郎は色んな思考がぐるぐるする。

 

 

「(落ち着け!!体はちゃんと反応できてる!!そうじゃなかったら、今生きてない……!)」

 

 

 炭治郎は、己を鼓舞するため、前向きに考える。

 

 

「(手足にまだ力が入らないのは、俺が怯えている証拠だ。鬼の武器は帯だ。人間を帯の中に取り込める異能がある…建物の中を探しても探しても、人が通れるような抜け道が無かったわけだ。帯が通れる隙間さえあれば、人を攫える)」

 

 

 すると、炭治郎を飛ばした堕姫が、窓から出てくる。

 

 

「生きてるの、ふぅん…思ったより骨がある。目はいいね、綺麗。目玉だけほじくり出して食べてあげる」

 

 

「(箱は壊れてない。でも次に攻撃を喰らったら、壊れる)」

 

 

自分は無傷で済んだが、禰豆子の入ってる箱は先ほどの攻撃で肩紐が切れてしまっている。この状態で戦うのはいけないと判断した炭治郎は、背負っていた木箱を下ろす。

 

 

「禰豆子、ごめん、肩紐が千切れた、背負って戦えない…箱から出るな、自分の命が危ない時以外は……」

 

炭治郎は禰豆子にそれだけ念を押すと、刀を再び堕姫へ向ける。

 

 

「水の呼吸 肆ノ型・打ち潮・乱!!」

 

炭治郎はヒノカミ神楽ではなく、水の呼吸を使い、四方八方から飛んでくる帯の攻撃を、乱撃で相殺していく。そして、不意をついて、鯉夏の囚われた箇所を、彼女を傷つけないよう斬り落とし、互いに地面へ着地する。

 

 

 

 

 

「……フゥ」

 

「可愛いね、不細工だけど…なんか愛着が湧くな、お前は……それにそこそこ強いみたいね」

 

 

 

 

 炭治郎が一足先に帯鬼と戦う中、

 

 切見世と呼ばれる、客が付かなくなったか、病気になった遊女が送られる、最下層の女郎屋にて、一夏と天元は雛鶴を助け、解毒薬を飲ませていた。

 

 

「天元様、イチ、私には構わず、もう行ってくださいませ…先程の音が聞こえましたでしょう?鬼が暴れています」

 

「本当に大丈夫だな?」

 

「はい、お役に立てず、申し訳ありません…」

 

「謝る必要はないですよ、雛鶴さん」

 

 

天元の妻の一人雛鶴は、蕨姫花魁が鬼だと気づいたが、逆に蕨姫に怪しまれたため、毒を飲み病にかかったふりをして京極屋を出ようと試みた。しかし蕨姫から監視及び殺害目的のため、帯を渡され、どうすることもできないでいたのだ。

 

 

「お前はもう、何もしなくていい…解毒薬が効いたら、吉原を出ろ、わかったな」

 

「……はい」

 

「よし、行くぞ織斑」

 

「了解」

 

それだけ言うと、一夏と天元は鬼の元へと急ぐ。その間にも、どこかで戦闘の音が轟く。

 

 

「(戦闘が始まっている、どこだ…気配を探れ!)」

 

「(この気配は、炭治郎が調査していたときと屋からか。この感じ、上弦の鬼!予感は的中したみたいだ。炭治郎、俺達が来るまで持ち堪えてくれ。それに、意識を集中して探れば、近くに人の気配を多く感じる)」

 

屋根の上を走っていた一夏と天元は、音の出所に気付き、足を止め地面へと降りた。

 

 

「(ここだ!! 地面の下!!)」

 

 

「(……なるほど、道理で見つからなかったわけだ)」

 

 一夏は透き通る世界を使い、天元は地面に耳を当てた。音が反響し、この下が戦場になっていることが分かった。

 

 

それと同時に、空洞や子どもしか通れないような小さな抜け道が無数に存在していることも全て把握できた。

 

「わかってるな?」

 

「勿論」

 

 

天元は、背中に背負う太い二本の日輪刀の柄を握ると布は解け、金色色の刃があらわとなり、一夏は自身の日輪刀を抜剣しその場から飛び上がる。

 

 

「日の呼吸改 陽華突・虚空」

 

「音の呼吸 壱ノ型・轟!!」

 

そして二人は真下へ向かって、火を纏った虚空と爆音の斬撃技を放った。

 

そしてこの音に、すぐさま反応したのは、他でもない堕姫だった。

 

 

 

「喧しいわね、塵虫が…何の音よ?何してるの?どこ?」

 

独り言、否、誰かと話しているようだ。

 

 

「荻本屋の方ね、それに雛鶴…。アンタたち、何人で来たの? 五人?」

 

 

 そんな仲間を売るようなこと、炭治郎がするわけがない。

 

 

「言わない!」

         

「正直に言ったら、命だけは助けてやってもいいのよ?先刻ほんの少しやり合っただけでアンタの刀、刃こぼれしてる…それを打ったのは、碌な刀鍛冶じゃないでしょう」

 

自身の刀を担当している鋼鎧塚を馬鹿にする堕姫に、炭治郎は猛反論する。

 

「違う!この刀を打った人はすごい人だ!!腕の良い刀鍛冶なんだ!!」

 

「じゃあ何で刃こぼれすんだよ、間抜け。あっちでも、こっちでも、ガタガタし始めた…癪に障るから、次でお前を殺す」

 

 

「(使い手が悪いと刃こぼれするんだ。俺のせいだ…俺は、水の呼吸に適した体じゃない。水の呼吸では、鱗滝さんや冨岡さん、真菰さんのようには、なれない。俺の場合、一撃の威力は、どうしてもヒノカミ神楽の方が強い…体に合っていた。でも、その強力さ故に、連発ができなかったけど……今は違う!)」

 

 

炭治郎は、日輪刀の柄を握り直す。

 

「(俺はやれるはずだ…いや、やる!そのために一夏さんと修行してきた、今こそ鍛練の成果を見せる時!)」

 

『心を燃やせ、竈門少年!』

 

 

 

「(負けるな、燃やせ、燃やせ、燃やせ!!心を燃やせ!!)」

 

脳裏に焼き付いた炎柱の言葉を思い出しながら自身を鼓舞する。

 

「ヒノカミ神楽・烈日紅鏡!」

 

 

 炭治郎の放った技は火を纏い、堕姫の帯を切り裂いた。この炭治郎の反撃には、堕姫も目を見開いた。

 

 

「(太刀筋が変わった!?先刻より鋭い、けどなんだ…この感覚は!?)」

 

堕姫は炭治郎からただならぬ何かを感じ始めていた。

 

 

「(何なのこの音?嫌な音ね、呼吸音?)」

 

そんな堕姫へ、炭治郎が猛追する。

 

 

「ヒノカミ神楽・炎舞!」

 

それを、咄嗟に躱す。

 

 

「(炎舞は二連撃だ、一度躱されても、もう一撃!)」

 

「(こいつ、動きがどんどん良くなって…!)」

 

炭治郎は堕姫を切りつけ、切り傷を負わせるも、しかし相手は上弦ゆえ、直ぐに傷は再生する

 

「ヒノカミ神楽改・円舞回天!」

 

炭治郎の動きに多少焦りを感じた堕姫は攻撃する。けれど、帯が炭治郎の頸を刎ねる直前、姿を見失った。

 

「ヒノカミ神楽・幻日紅!」

 

 高速の捻りと回転による躱し特化の舞である幻日紅は、視覚の優れた者ほど、よりくっきりと、その残像を捉えてしまう技である。真上に飛び上がった炭治郎の日輪刀の先から、隙の糸がピンと張る。

 

 

「(隙だ!!隙の糸!!いける)」

 

 

「ヒノカミ神楽・火車!」

 

「調子に乗るんじゃないわよ!」

 

 

 堕姫がそう叫ぶと、隙の糸がプツンと切れてしまった。炭治郎は、その勢いで遠くに飛ばされる。

 

 

「(受け身を取れ、受け身!!)」

 

 

 うまく受け身をとって、地面へ着地する。その隙に炭治郎を殺そうと、堕姫が飛んでくる。その攻撃を炭治郎は躱し、次々と襲い来る攻撃を、受け止める。

 

 

「(帯が強靭な刃のようだ、隙の糸が見えても、すぐに切れてしまう。けど、上弦相手にも手応えありだ!)

 

ヒノカミ神楽に水を織り交ぜる前は、技の跳ね返りが、自身の体を襲っていた。

 

 

それは、蝶屋敷で療養しながら修行をしていた時のこと、いつまで経っても熱が三十八度から下がらない炭治郎を心配したきよが、しのぶに報告しようとした。

 

 そんなきよへ、「修行の時、体温が高いとヒノカミ神楽が連発出来た」ことや「体調自体は好調である」旨を告げ、無理を言って隠してもらった……のだが、すぐに一夏にバレてお叱りを受けたことがあった。

 

けれど、炭治郎の思惑は当たっていた。

 

 

「(戦えてる、上弦の鬼と…ヒノカミ神楽なら、通用するんだ…いや通用するだけじゃ駄目だ!! 勝つんだ!自分の持てる力を全て使って、必ず勝つ!!守るために、命を守るために・・・二度と理不尽に奪わせない!もう二度と、誰も…俺たちと同じ、悲しい思いはさせない!!)」

 

「ふふっ、不細工にしてはやるじゃない」

炭治郎の熱意に、堕姫は微笑む。

 

─少し前に遡って荻本屋・伊之助

 

 

 伊之助が“普段着”に着替えていたため、屋敷内では、少々混乱が起こっていた。

 

 たまたま伊之助の姿を見つけた女性が、悲鳴をあげながら右往左往する。

 

 

「ギャーーーーッ、化け物が、化け物が!!」

 

「アンタ、仕事の支度しなさいよ!」

 

「何? どうしたの?」

 

 

 問いかけられた女性は、真っ青な顔を近づけて、先程の出来事を、必死に伝える。

 

 

「猪の化け物が、あちこち壊しまくってんのよ!」

 

「はぁ!?」

 

 

 勿論、そんな与太話を鵜呑みにする者は少なく、周りは困惑するばかりだった。

 

 

 

 けれど事実、別の場所で、伊之助が天井や床を破壊し、暴れまわっていた。

 

 

「グワハハハ!! 見つけたぞ、鬼の巣に通じる穴を!! ビリビリ感じるぜ、鬼の気配を!!」

 

 

 高笑いののち、穴に向かって飛び込む。

 けれど、子どもくらいしか入れない大きさの穴に、伊之助の体が通るはずもなく、頭が入っただけで、つっかえてしまった。

 

 

「頭しか入らねぇと言うわけだな、ハハハハ!」

 

 

 それにも関わらず、伊之助は何故か笑いながら、体をゴキゴキと鳴らし始める。

 

 

「甘いんだよ、この伊之助様には通用しねぇ!」

 

 

 そう言うと、伊之助は身体中の関節という関節をはずし始めた。

 

 

「俺は、身体中の関節を外せる男!」

 

 

 この光景には、近くにいた女性達も、悲鳴をあげる。

 

 

「つまりは頭さえ入ってしまえば、どこでも行ける!!」

 

そして伊之助は再び、鬼の巣へ通じる穴へ潜り込んだ。

 

「グワハハハ、猪突猛進!! 誰も俺を止められねぇ!!」

 

叫びながら、狭い穴の中を、ひたすら進みまくっていた伊之助は、途中でスポンと抜け、広い地下空洞へと出た。そこには、奇妙な柄をした帯が沢山ぶら下がっている。

 

 

「(人間柄の布? 何だこりゃ)」

 

 

 けれど、伊之助が分からない訳がない。

 

 

「(この感触…生きてる人間だ、女の腹巻きの中に、捕まえた人間を閉じ込めておくのか…)」

 

 

 伊之助は、この中で、とある帯を見つけて固まった。

 

 

「ん?」

 

そこには、鼻に風船を浮かべながら眠っている善逸の姿だった。

 

 

「何してんだ、コイツ…」

 

すると、別の方から、怒声が響いた。

 

 

「お前が何してるんだよ」

 

「!!」

 

「他所様の食糧庫に入りやがって!汚い、汚いね…汚い、臭い、塵虫が!!」

 

 

 グネグネと独りでに動き始めた帯の姿に、流石の伊之助も引いた。

 

 

「(なんだ、このミミズキモッ!!)」

 

そんな気持ち悪い様を、日輪刀で斬り裂く。

 

 

「ぐねぐねぐねぐね、気持ち悪ィんだよ、蚯蚓帯!!グワハハハ!!動きが鈍いぜ、欲張って人間を取り込みすぎてんだ」

 

伊之助は的確に、帯で捕らえられている人を避けて刻んでいく。

 

 

「でっぷり肥えた蚯蚓の攻撃なんぞ、伊之助様には当たりゃしない!!ケツまくって、出直してきな!!」

 

 斬った先から、ズルズルと、閉じ込められた人達が、こぼれ出ていく。

 

伊之助の攻撃に、蚯蚓帯は焦り、本体である堕姫に指示を仰ぐ。

 

 

「(…どうする?)」

 

 

『生かして捕らえろ。そいつは、まきをを捕らえた時に邪魔してきた奴だ。美しかった・・・保存していた人間も、極めて美しい十人以外は、殺しても構わない……ただ殺すより生け捕りは難しいかもしれないが、そこにいる何人か喰って、お前の体を強化しろ』

 

 

「オラアアア!!!」

 

伊之助は蚯蚓帯を斬りつけたが、ぐねぐねとうねり、刃が通らない。

 

「(斬れねぇ!? ぐねるせいか!?)」

 

 

 すると、蚯蚓帯は不意をついて伊之助の日輪刀ごと締め付けようと攻撃をしかけてきた。そんな状況で伊之助は、一旦刀を手放し、攻撃を反らすと、足で刀を蹴りあげ、再び掌におさめた。

 

「獣の呼吸 陸ノ牙・乱杭咬み!!」

 

 

 すると、蚯蚓帯がニヤついた。

 

 

「アタシを斬ったって意味ないわよ、本体じゃないし」

 

「それより、せっかく救えた奴らが疎かだけどいいのかい?」

 

「!?」

 

「アンタにやられた分は、すぐに取り戻せるんだよ!」

 

 

 そう言って、伊之助の注意を反らし、生け捕りしようと試みる。

 

 その策に、まんまと掛かりそうだった伊之助だったが、別の場所からの攻撃に救われることとなる。

 

 

 

──カカカッ

 

 

 

「“蚯蚓帯”とは上手いこと言うもんだ!」

 

「ほんと気持ち悪いです!ほんとその通りです!天元様に言いつけてやります!」

 

 

 そう言うと、蚯蚓帯の攻撃をクナイで相殺していく。

 

 

「あたしたちも加勢するから、頑張りな猪頭!」

 

 

 

 急に加勢に入った二人に、伊之助は目を見開く。

 

 

「誰だお前ら!?」

 

「宇髄の妻です! アタシあんまり戦えないけど、期待しないでくださいね」

 

「須磨ァ!! 弱気なことを言うんじゃない」

 

「だってだって まきをさん、あたしが“味噌っかす”なの、知ってますよね!? すぐ捕まったし無茶ですよ、捕まってる人皆守りきるのは!!私一番に死にそうですもん!!」

 

 

…………一気にびーびー騒がしくなった。

 

そんな須磨に、蚯蚓帯も同意する。

 

 

「そうさ、よくわかってるねぇ。どれから喰おうか」

 

 

 吟味する蚯蚓帯に、伊之助も焦りを見せる。そんな伊之助の背後に、一つの気配を感じた。

 

 

──雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃・六連

 

雷鳴と共に、善逸の雷の連撃技が炸裂する。

 

 

「すげぇ……」

 

そして、善逸の技を初めて見た伊之助が珍しく彼を称賛した。

 

 

「お前、ずっと寝てた方が良いんじゃねぇ?」

 

因みに、善逸の刀を運んだのは、ムキムキねずみ達である。そして、その直後、天井から轟音とと共に、風穴が開いた。

 

 

「な、なに!?」

 

「何だァ…?」

 

 

 土埃が晴れると、その中から一夏と天元が現れた。この気配を、鬼が見間違うはずがない。

 

 

「(柱!)」

 

 

 一夏と天元は、蚯蚓帯を木っ端微塵に斬り裂いた。

 

 

「天元様…一夏!」

 

「まきを!須磨!遅れて悪かったな。こっからはド派手に行くぜ!!」

 

「ええ、帰りましょう、皆んなで」

 

大切な人と弟の後ろ姿を見て、まきをは『助かった』と安堵した瞬間、その気持ちに心が揺らいでいた。

 

「(昔は、こんなんじゃなかったんだけどな・・・死ぬのは嫌じゃなかった、そういう教育を受けてきた忍だから…。特にくノ一なんてのは、どうしたって男の忍に力が劣るんだし、命を懸けるなんて、最低限の努力だった)」

 

 

 だけど、天元様は違った。

 

 

『自分の命の事だけ考えろ。他の何を置いても、まず俺の所へ戻れ。任務遂行より命。こんな生業で言ってることちぐはぐになるが、問題ない。俺が許す』

 

更に、天元様は こう続けた。

 

 

『俺は、派手にハッキリ命の順序を決めている。まず、お前たち三人、次に堅気の人間たち、そして俺だ』

 

『…?』

 

あの時は、三人とも意味が分からなくて、間抜けな顔晒しちゃったね……

 

 

『鬼殺隊である以上、当然のほほんと地味に生きてる一般人も守るが、派手にぶっちゃけると、お前らのが大事だから、死ぬなよ、と……』

 

『(…そんなこと言っていいの? 自分の命なんか優先してたら、大した仕事できないけど、いいの?)』

 

そんな事を言われたのは初めてで、最初はどうしていいか分からなかった。

 

 だからその後、三人で話をした。本当に、天元様の言うように、自分の命を優先しても良いのかと…。

 

 

『いいんじゃない?天元様がそれでいいと言うなら』

 

私の質問に、雛鶴がそう答えた。 

 

『死ぬのが嫌だって、生きていたいと思うのだって、悪いことじゃないはずよ。そういう自分が嫌じゃなければ、それでいいのよ きっと…』

 

 

 それでもまだ、あの頃は戸惑いの方が大きかった──蚯蚓帯を蹴散らした後、天元様はすぐさまあたし達の元へ歩いて来てくれた。そして、労いを込めて、須磨とあたしの頭を軽く叩いてから優しく梳いてくれた。その様子を穏やかな表情を浮かべながら一夏は見守ってくれた…………ありがとう。

 

 

「派手にやってたようだな、流石俺の女房だ!」

 

 

 その声を聞いた瞬間、生きてまた、天元様と再会できたことが、心の底から嬉しかった。

 

 

生きてて良かったと、心から思った……

 




原作のカナヲの違い

原作より心を開いているが、他人事だと、未だ銅貨で物事を決めている事が多い、

最近では耳飾りをつけた一人の男の子が気になっている

髪飾りはカナエと同じ物ではなく、一夏からの贈り物で色は紺色、一夏に撫でられるとホワホワする

苗字を決める際、しのぶとアオイは妹が欲しかったのか、胡蝶か神崎を勧めていたが、カナヲ自身は織斑か栗花落で迷い、結果自ら栗花落の苗字を選んだ。一夏とカナエはその様子を笑顔で見守っていた。


花以外に日の呼吸、壱、玖ノ型、負担はあるが使える。しかし本来の威力には劣る。

日の呼吸で、日と花を織り交ぜた改の緋空斬は使えるが、一夏独自が編み出した改ノ型の為、負担が一番大きく、滅多な事がない限り使わない


一夏の指導により原作よりちょい強め(那田蜘蛛山の時点で、原作の義勇よりちょい下)

新たな花の型を編み出す←(読者からのアイディアの方から来ています)
 


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上弦の花魁とヒノカミ

天井を破り、なんとかまきを達の安否を確認できた天元と一夏は安心した様に笑みを浮かべていた。しかし、その空間をぶち壊すように、伊之助は大声を上げる。

 

 

「オイィ!!祭りの神テメェ!! ミミズ共が穴から散って逃げたぞ!!」

 

「うるっせぇえな!! 捕まってた奴ら皆助けたんだから、いいだろうが!まずは俺を崇め讃えろ、話しはそれからだ!」

 

「言い合ってる場合じゃないですよ宇髄さん、嘴平も」

 

一夏は冷静に二人の言い合いを止めるが、双方の耳には入っていない様だ。そんな天元を、まきをが急かす。

 

 

「天元様、早く追わないと被害が拡大しますよ」

 

「おっと、そうだな、野郎ども追うぞ!ついて来い!!さっさとしろ!!!」

 

「では、行きますか」

 

 

 天元が自ら作った風穴から地上に飛び上がると、一夏も後を追う。その後を、伊之助,善逸(熟睡中)達が必死に追いかける。

 

 

「どけどけェ!! 宇髄様のお通りだ!! ワハハハハハ、我が道に敵なぁぁぁあし!!」

 

「(そりゃ、誰もいませんからね)」

 

 

誰に聞かせているのか笑いながらもドンドン先へ進む天元に対して、一夏は内心呆れながら突っ込んだ。伊之助達が屋根に上がった頃には、天元と一夏は、遥か彼方にあった。

 

 

「くそ速ェ!!」

 

伊之助は、叫びながら後を追う。対照的に、善逸は寝ている状態なので、静かであった。

 

 

 

 

一方、一夏達から逃げ出した蚯蚓帯が、堕姫の体へ戻る。それを見た炭治郎は、分裂した帯が本体へ戻っている事に気づき、慌てて技を放つ。

 

 けれど、空振りに終わってしまった。

 

 

「(消えっ…)」

消えた堕姫の姿を探していた炭治郎は、屋根の上から聞こえた声に反応して、見上げた。

 

 

「やっぱり柱ね、柱が来てたのね。良かった…あの方に喜んで戴けるわ…」

 

 

 そう言いながら、堕姫の姿がみるみる変化していく。帯鬼の変貌に伴い、喉の奥が痺れるような禍々しい匂いに、炭治郎はたじろいでしまう。

 

 

「(でも、伊之助たちの方に一夏さん達がいるのか?だったら安心だ…)」

 

 

 堕姫の口走った内容から、仲間達の安否を悟った炭治郎は、ホッとするがそれもつかの間……

 

 

「おい、何してるんだお前たち!!人の店の前で揉め事起こすんじゃねぇよ!」

 

 

 外の騒がしさに、店の人や客達が、何人か様子を見に顔を出してきた。

 

 

「(しまった!! 騒ぎで人が…!)」

 

その瞬間、物凄い斬擊が、炭治郎もろとも店の人たちを巻き込む。

 

 

 

「(日の呼吸黒式 肆ノ型・日影!)」

 

 炭治郎は慌てて後ろにいた男性を守りながら斬擊を無力化する。しかし、慌てて技を放った為、男性はかすり傷で済んだものの、炭治郎は肩に斬擊を喰らってしまった。

炭治郎は、一夏との修行により、通常の日の呼吸だけではなく、改の技や黒式の一部も教えてもらっている。流石に一夏の様にはいかず、炭治郎の場合の日影は抜刀した状態で放つのが精一杯で威力も劣る。

 

 

「…お、おい、ガキ…お前」

 

男性は突然の事で混乱し、出血している炭治郎の心配をしていた。

 

全ての斬撃を防ぎきれなかったことに炭治郎は青ざめる。斬擊の威力と範囲が広かったため、斬られた店は崩れ落ち、二階から顔を出していた人の中には、顔の側面を斬られたり、胴体が真っ二つになったりした者も少なくなかった。

 

 

 悲鳴と恐怖、混乱が混じる喚声の中、炭治郎は冷静に、後ろにいた男性へ避難する様促し、どこかへ行こうとする堕姫を慌てて呼び止めた。

 

 

「待て、許さ…ないぞ、こんなことをしておいて……!」

 

「何、まだ何か言ってるの?もういいわよ不細工…醜い人間に生きてる価値なんて無いんだから…みんなで仲良く死に腐れろ」

 

その非道な言葉を聞いた炭治郎の目に、怒りで血が滲んだ。

 

 

『あの、一夏さん…聞いてもいいですか?』

 

『ん、どうした炭治郎?』

炭治郎は一夏と修行をしていた時のことを思い出す。

 

『その、すみません……一夏さんの額の痣は…生まれつきか何かですか?』

炭治郎は一夏の額の痣が気になり、質問をしたのだ。一夏の痣の形は、周りから見ると異様な形をしており、炭治郎はただ純粋に気になり聞いたのだ。

『この痣か?ああ、生まれつきだ。それがどうかしたか?』

 

『その、俺の父も、薄くですが生まれつき痣がありました。一夏さんのは陽炎のような形をしているんですね』

 

『妙な形をしているからな。気持ち悪いか?』

 

『いえ、全くそうは思いません!一夏さんの痣は綺麗な形をしています!俺の額の傷跡と少し似ていて、何故か愛着が湧きます』

 

『ははっ、そうか。……炭治郎、お前、杏寿郎の父君には会ったことはあるか?』

 

『煉獄さんの父親ですか?弟の千寿郎君とは煉獄さんの病室に行った時に会ったことはありますが、その人とは会ったことはないです』

 

 

『そうか。何度かお見舞いに来られたことがあったんだかな。俺は修行時代…その方の屋敷でお世話になってたんだ。名前は煉獄槇寿郎……前の炎柱だった人だ。煉獄家は日の呼吸の詳細を知っていて、書の内容には、日の呼吸の使い手に選ばれた者は、額に陽炎の様な痣がある…と』

 

『痣…ですか?』

 

『ああ、継承者が長年いなかったから本当かはわからない。あくまで可能性の話だ。それと炭治郎、ヒノカミ神楽と水の呼吸との併用はどうだ?』

 

『はい!一夏さんの助言のおかげだいぶ連発して技を出せる様になりました。呼吸の併用だけでここまで違うとは思いませんでした』

 

『そうか、よし…そろそろ次の段階に入っても大丈夫そうだな』

一夏は、その当時の炭治郎の急成長を見て次の段階に入ろうとしていた。

 

『えっ、本当ですか!』

 

『ああ、これから本格的に日の呼吸を教える。俺が編み出した“日の呼吸黒式”って言う技もな』

 

『黒式?』

炭治郎がよく分かっていない様に首を傾げたので、一夏は簡単に説明する。

 

『日の呼吸の技の幅を増やしたにすぎないが、これらも使いこなせれば戦いの幅も広がるはずだ。ただ、中には負担もかかる技もあるから、気を抜くと身体を壊すぞ?少しキツくなるが…覚悟は出来てるな?』

 

『はい!頑張ります!』

 

『いい返事だ』

 

 

その後、一夏は初めに日の呼吸の改の技を教えた。最初に会得できたのは円舞回天だった。黒式は一夏より劣るがそれなりに形にはできた。

 

 

 

「(俺のこの傷は、生まれつきのものじゃない。これは元々、弟が火鉢を倒した時、庇って出来た火傷…更に最終選別で負傷して、今の形になった痣。俺の父は、生まれつき額に薄く痣があったけど、俺は違う。俺はきっと、選ばれた使い手ではない。でも、それでも…選ばれた者でなくても、力が足りずとも、人にはどうしても、退けない時がある。人の心を持たない者が、この世にはいるから……理不尽に命を奪い、反省もせず、悔やむこともない……その横暴を、俺は絶対に許さない!)」

 

炭治郎は柄に力を入れる。炭治郎が気付かぬうちに、自身の日輪刀に変化が起き始めていた。炭治郎は日輪刀を納刀し、自分を無視して天元達の方へ行こうとする堕姫の足を掴んだ。

 

ーー日の呼吸黒式 参ノ型・白日波濤(はくじつはとう)

 

下から上への居合斬りで斬り上げる。同時に強力な焔の衝撃波を飛ばして攻撃する。そのまま、堕姫の頸に刃が迫るが、あと少しの所で、堕姫は足を犠牲にし、その場から飛び退いた。

 

 

「失われた命は回帰しない、二度と戻らない」

 

堕姫は、眉間にシワを寄せながら、傷を負った首と、千切れた足を素早く再生しようとするが中々うまくいかず動揺していた。

 

 

「な、何?首と足の再生がし辛い……お前、何をした⁉︎」

 

 

その光景を見ていた炭治郎は、問い詰める。炭治郎の日輪刀はほんの少し赫く染まっていた。

 

 

「生身の者は、鬼のようにはいかない、なぜ奪う?」

 

「……っ⁉︎」

 

「なぜ踏みつけにする?」

 

 

炭治郎に詰め寄られる堕姫は、妙な感覚に襲われていた。そして問い詰められている間になんとか足を再生させる。

 

 

「(この言葉、どこかで聞いた…)」

 

 

堕姫の脳裏に映る、額に痣のある耳飾りの侍の姿。

 

 

『何が楽しい、何が面白い?命をなんだと思っているんだ』

 

 

「(誰? 知らない…)」

 

その姿が、目の前の炭治郎と重なる。

 

 

「『どうしてわからない?どうして忘れる?』」

 

 

「(これはアタシじゃない、アタシの記憶じゃない・・・細胞だ、無惨様の、細胞の記憶、いや…それだけじゃない、童磨と猗窩座の記憶も…)」

 

堕姫は無惨の血を介して見た童磨の記憶を見ており、一夏の姿形は知っていた。介して見ていただけのはずが、その姿は誰か…継国縁壱の姿と重なった。無惨はその剣士にだけは厳重に警戒する様に言い渡したほどだった。実際自身より格上だった童磨はその剣士に手足も出ず負け、猗窩座も何も出来ず敗退した。

 

 

「人間だっただろう、おまえも。痛みや苦しみにもがいて、涙を流していたはずだ」

 

 

堕姫は、炭治郎と脳裏に映る侍の言葉をかき消すように、地面を殴りつけた。

 

 

「ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃ五月蝿いわね!昔のことなんか覚えちゃいないわ!アタシは今、鬼なんだから関係ないわよ!鬼は老いない!食うために金も必要ない!病気にならない!死なない!何も失わない…!そして、美しく強い鬼は、何をしてもいいいのよ……!!」

 

「…わかった、もういい」

 

 

 話にならないことを悟った炭治郎は、物凄い勢いで、堕姫の間合いへ走り出す。

 

 

 ーー血鬼術・八重帯斬り

 

 

 堕姫はすぐさま帯を格子状に展開し、炭治郎の上空から広範囲を覆う。

 

 

 炭治郎は、いわば、投げ網漁で捕らえられる寸前の魚同然だ。そんな一方的な状況に、堕姫はニヤリと笑みを浮かべる。

 

 

「(さぁ、止まれないでしょ、馬鹿だから。逃げ場のない交叉の一撃…花街を支配するために分裂していた私の体、一つに戻ったら、その速度は今迄の比じゃないのよ。血鬼術でもない攻撃で手一杯だったアンタじゃもう無理・・・お終いね、さよなら。その(ナマクラ)ごと斬ってあげる…アタシは柱の方に行くから)」

 

しかし、堕姫の思惑は叶わない。今の炭治郎は異常だった

 

 

 ーーヒノカミ神楽・灼骨陽炎

 

 

 ヒノカミ神楽で斬られた帯が、バラバラと散っていく。これには、さすがの堕姫も目を見開いた。

 

 

「(痛い!! 何、この痛み!?斬擊を受けた所、灼けるように痛い!!上手く再生できない!!コイツの傷も深いはずなのに、こんな激しい動きをしたら、そこから体が裂けるわよ、普通?!そもそも、なんで私の帯が斬られるの?硬度もあがってるのよ!?指先が震える…これは私? 無惨様?)」

 

 

 この時の炭治郎は、ヒノカミ神楽に水の呼吸を併用しておらず、純粋な日の呼吸を使っていた。容赦なく追撃する炭治郎により、先ほどとは一転、圧される側に立った堕姫は焦りの色が見え始める。

 

ーーヒノカミ神楽・陽華突・龍王

 

炭治郎は堕姫に火を纏った神速の斬撃を九つ堕姫に叩き込む。堕姫はあまりの速さに回避が遅れ幾つかの深い斬り傷を負う。

 

「(速い⁉︎コイツ、確実にさっきより更に速くなってる…おかしい、おかしい!!痛みを感じないの?人間なの!?それに…あいつの刀が…赫く)」

 

 

ーーヒノカミ神楽・円舞

 

     碧羅の天

 

     烈日紅鏡

 

     灼骨炎陽

 

 

 

炭治郎はどんどん技を繋げていく。堕姫は帯を使い炭治郎の攻撃を防ぐことしかできず、次第に追い詰められていく。

 

「(ふざけんじゃないよ!私が、こんな不細工に手も足も出ない⁉︎それに、あいつの姿が…柱の耳飾りの剣士と重なって……!)」

 

そして、日輪刀の色が黒から少しずつ赫くなり、そして、ついに炭治郎の刃が、堕姫の頸にかかった。けれど、一筋縄ではいかなかった。

 

 

「アンタなんかに、アタシの頸が、斬れるわけないでしょ…!!」

 

ぐにゃっ、と堕姫の頸が、帯のようにうねり、炭治郎の刃を通さない。

しかし、炭治郎は冷静に分析する。

 

「(柔らかいんだ、柔らかすぎて斬れない。しなって、斬擊を緩やかにされた)」

 

 

 その隙をついて、堕姫が攻撃に転じた為、炭治郎は素早く後ろへ間合いを取る。

 

 

「(逃がさないわよ、醜い糞餓鬼!!)」

 

 

 更に増えた堕姫の帯が、炭治郎を襲う。

 

 

「(帯が増えた、十三本。避けるとまた、被害が広がるかもしれない。でも、なんだろう、凄く遅いな…)」

 

 

ーー日の呼吸黒式 弐ノ型・炎陽紅焔

 

 

 

高速の連撃を繰り出し、激しくぶつかる金属音ーーー頸に刃が届いただけでなく、自身の攻撃速度に追い付く炭治郎へ、堕姫は苛々と焦りを更に募らせる。

 

 

「斬らせないから、今度は!!さっきアタシの頸に触れたのは偶然よ!!」

 

 

そして、怒り任せの攻撃を、炭治郎は冷静に受け流す。そして、受け流された帯が、一ヶ所へと集められた。

 

 

「!?」

 

 

 怒りに身を任せていた分、堕姫の反応が遅れた。

 

 

「(鎬で受け流された帯が一ヶ所に…)」

 

 

 こうして一ヶ所へ集めた帯の上から、炭治郎が刀を杭のように突き立てた。

 

 

「それで止めたつもり!?弾き飛ばしてやる!!」

 

 

堕姫が帯を引っ張る。けれど、帯を炭治郎の刀から引き抜けず、しなっていた帯がピンと張った。

 

 

「(帯を張ってしならせずに斬るつもりか。まばたきする間に、帯は伸ばせるのよ。そんな一瞬でこれだけの距離を、どうにできるわけ…)」

 

 

「ヒノカミ神楽・円舞一閃」

 

 

そんな堕姫の思惑をよそに炭治郎は高速の剣を振るう、まばたきする間もない程に。

 

 

 

 

 

「(えっ? 斬られた?…速)」

 

 

 墜姫の反応を上回る速度は、堕姫の思考が追い付く間を与えない。そのまま炭治郎は、再び堕姫の頸へと刃を振るう。

 

 

「(単純なことだ、しなるよりも尚、速く刃を振り抜いて斬ればいい。今度はいける、斬れる)」

 

ーーヒノカミ神楽……

 

 

そんな炭治郎の脳裏に、妹の竈門花子の姿が映る。

 

 

『お兄ちゃん、息をして、お願い!!』

 

 

 泣きそうな顔で、懇願する妹の姿に、炭治郎は今まで息をしていなかったことに気づかされた。

 

「ゴホッ!!」

 

 

 息をした途端、今まで羽でも生えたかのように軽かった体に、全ての重みと、痛みと、苦しみが返ってくる。

 

 

「ゲホッ!ゲホッ、ゲホッ・・・グッ、ゴホッ、ガハッ…!」

 

 

 人間には、二つの限界がある。『体力の限界』を迎えると、人は苦しくて動けなくなる。目から血を流すほどの強い怒りで、苦しみや痛みを忘れていたとしても、次に来るのは『命の限界』。

 

当然ながら、これを超えると人は死ぬ。炭治郎は今、その一線を超えかけた。

 

 この限界値を一秒でも伸ばし、鬼と渡り合うために人は、幾星霜幾星霜、血反吐を吐くような努力をしているのだ。

 

 怒りという感情だけで勝てるならば、もうこの世に鬼は存在していないだろう。

 

 

 そんな炭治郎を、堕姫が見下す。

 

 

「惨めよね、人間っていうのは本当に。どれだけ必死でも、所詮はこの程度だもの。気の毒になってくる…」

 

 

 圧で分かる。炭治郎の本能が、危険だと警告する。

 

 だけど、無理やり動かした反動と純粋な日の呼吸を使っていたことから、呼吸すらままならない。

 

 

「(咳が止まらない、苦しい…息が…。とっくに俺は体力の限界を超えていたんだ…それにさっきの俺は水を併用していなかった。まずい、目の前が真っ暗だ、自分の心臓の音しか聞こえない…)」

 

 

「そうよね、傷も簡単には治らないし、そうなるわよね」

 

 

「(構えろ、刀を…)」

 

堕姫は、ゆっくりと炭治郎に帯を伸ばす。

 

「お返しに、アンタも頸を斬ってやるわよ…」

 

その直後、物凄い爆音と共に、堕姫の顔が吹き飛んだ。

 

 

「ゲホッ!ゲホッゴホッ」

 

 

 動けない炭治郎を庇うように立つ。

 

 

「ヴーーーーーーーッ!」

 

 

 そこには、うなり声をあげ、堕姫を睨む禰豆子の姿があった。怒りに、拳をギュッと握り、髪がぶわっと広がる。

 

 

「ヴーーーーッ!ヴーーーーッ」

 

 

 そんな禰豆子の脳裏に浮かび上がるのは、家族が次々と殺されていったあの最悪の日の出来事……

 

 

 記憶が揺さぶられ、禰豆子は血眼になる。堕姫は上弦……つまり、無惨の血の濃度が、今まで禰豆子が遭遇したどの鬼よりも高かった。

 

 

「よくもやったわね、アンタ…!!そう、アンタ…アンタなのね…あの方が言っていたのは、アンタなのね!」

 

 

 そう言って、堕姫は禰豆子を睨み付ける。

 

人間には限界があるが、では、鬼なら、禰豆子は……

 

 その激しい怒りが無限に体を突き動かす、敵の肉体がこの世から消えて無くなるまで。

 

禰豆子と対峙していた堕姫もまた無惨とのやり取りを思い返していた。

 

 

『堕姫、私の支配から逃れた鬼がいる、珠世と同じように…見つけて始末してくれ、お前にしか頼めない。麻の葉紋様の着物に、市松柄の帯の娘だ…』

 

 

 堕姫は構える。

 

 

「ええ勿論、なぶり殺して差し上げます、お望みのままに…!!」

 

 

 咳で苦しんでいた炭治郎が、意識を飛ばした直後、禰豆子の怒りが頂点に達し、堕姫へと突進する。

 

 

 

鬼殺隊の鬼と、十二鬼月がぶつかる



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上弦の兄妹鬼

おそらく今年最後の投稿になります。

2020年はコロナで大変なこともありましたが、読者の皆様も、気を抜かずに来年も頑張っていきましょう!


気を失った炭治郎を見て禰豆子はそのまま勢いよく、怒りに身を任せ堕姫の顔面目掛けて足を振り上げる。

 

「(蹴るしか能が無いのか!!)」

 

堕姫は、すぐさま禰豆子の足を斬り落とす。

 

「雑魚鬼が!!」

 

そのまま、禰豆子の胴体を真っ二つに引き裂きながら、遠くへ吹き飛ばした。

 

 

激しい轟音の中、意識を飛ばした炭治郎は、とある夢を見ていた。

 

 

『兄ちゃん。兄ちゃんと姉ちゃんは、よく似てるよな。優しいけど、怒ると怖い。姉ちゃん、昔…小さい子にぶつかって怪我させたガラの悪い大人にさ、謝ってくださいって怒ってさ…その時は周りに大人が大勢いたからよかったけど、怖かった、俺。人のために怒る人は、自分を顧みない所があるから、そのせいで、いつか、大切なものを無くしてしまいそうだから、怖いよ…』

 

 

 

────────

────────────────

 

 

 

 

 炭治郎が夢を見ている間、禰豆子を吹き飛ばした堕姫は、無惨が命じた通り、彼女の息の根を止めるべく、飛ばした方へ降り立った。

 

 

「弱いわね、大して人を喰ってない。なんであの方の支配から外れたのかしら?」

 

 

 壊れた家の瓦礫の中から、禰豆子が這い出ようとする。

 

 

「可哀想に…胴体が泣き別れになってるでしょ、動かない方がいいわよ。アンタみたいな半端者じゃ、それだけの傷、すぐには再生できないだろうし。同じ鬼だもの、もういじめたりしないわ。帯に取り込んで、朝になったら日に当てて殺してあげる…鬼同士の殺し合いなんて時間の無駄だし……」

 

 

 そう言いかけた堕姫は、自らの目を疑った。

 

 

 「ふうっ、ふうっ……!」

 

そこには、足を再生させた禰豆子が、自らの足で立つ姿があったからだ。

 

 

「(は? ちょっと待ってよ、なんなの?足が再生してるんだけど、足どころか…なんで立ってるの?さっき体、切断したわよ…手応えがあったもの。斬ったのは間違いないし…)」」

 

 

 左腕から血が滴り落ちていた禰豆子は、物凄い早さで腕を再生させた。その回復再生の速度は、上弦に匹敵するものであった。

更に、禰豆子の口から、ミシミシと音を立て、口枷が外れた。

 

それを皮切りに、禰豆子の体が、大人の体ほど大きくなり、片角が生え、手足に葉のような紋様が浮かび上がった。この時、堕姫の全身に嫌な感覚が走った。

 

 

「(何、この圧…威圧感、急に変わった!?)」

 

 

「グルルルル!」

 

 

 うなりながら猛進した禰豆子は、再び堕姫へ足を振り上げる。

 

 

「(また蹴り…)」

威圧感に、一瞬怯んだものの、単調な禰豆子の蹴撃に、堕姫は、ニヤリと笑みを浮かべ、禰豆子の足を再び斬り落とす。

 

 

「(馬鹿の一つ覚えね)」

 

そして、堕姫の帯が、禰豆子の頸へと迫る。

 

 

「次は頸よ!!」

 

 

しかし、次の瞬間、堕姫の体は、斬ったはずの禰豆子の足に、地面へ叩きつけられていた。

 

 

「げぅっ…!!」

 

 

 あまりの衝撃と激痛に、顔を歪める。

 

 

「(何で斬り落とした足が、アタシの背中を貫通してるのよ!)」

 

 

禰豆子は、堕姫の背中から、足をズポッと引き抜き、一瞬にして再生させる。

 

 

(一瞬で再生した!?そんな!! だったら、アタシの再生速度を上回ってるじゃない!!)

 

 

 そんな堕姫を見て、禰豆子は笑みを浮かべた。その笑みは、狂気じみており、殺戮を楽しむ鬼と同じ目をしていた。

 

 

 

 

『兄ちゃん、助けて!姉ちゃんが、姉ちゃんじゃなくなる!!』

 

 

その瞬間、意識を失っていた炭治郎は慌てて飛び起きた。

 

 

 

 

 

 

 

「どけ!!ガキ!!」

 

 

 怒りで頭に血が上った堕姫は、禰豆子の手足や頸をバラバラに切断した。

 

 

「(細かく刻んで、帯に取り込んでやる)」

 

 

 さらに細かく刻もうと振り下ろす帯を、禰豆子の斬られた手が受け止める。

 

「(止めた!? 切断した肢体で!?いや、切断できてない、血が固まって…)」

 

堕姫の頸が帯状になった時のように、禰豆子の血が、切断された肢体を繋ぎ止めている。

 

 そして、禰豆子の血を全身に浴びた堕姫の肢体は、激しく燃え上がる。

 

 

「ギャアア!!」

 

堕姫は禰豆子の"血鬼術・爆血”の炎に取り込まれてしまったのだ。

 

 

「(燃えてる…返り血が!! 火…火…!!)」

 

 

 堕姫自身の遠い記憶…火炙りにされた嫌な記憶が呼び起こされる。

 

その間に、まるで磁石で引き寄せられるかのように、手足が体の元へと戻った禰豆子は、火だるまにされて苦しむ堕姫を何度も何度も何度も何度も蹴りつける。

 

 

普段の優しい禰豆子の行動とは思い難い一方的な蹂躙である。そして、禰豆子はそのまま勢いよく堕姫を蹴り飛ばした。

 

壁を突き破り、家の中へと飛ばされた堕姫を追って、禰豆子が壁穴から部屋へ入る。すると、壊れた家の瓦礫で怪我をした女性が、震えながら禰豆子を見ていた。

 

 

「……」

 

「…ひっ!?」

 

目があった途端、禰豆子は、女性目掛けて飛んでいく。

 

 

「ガァアアアッ!」

 

「キャァァァッ!!」

 

 女性を襲おうと手を伸ばした瞬間、後ろから羽交い締めにされ、口に刀の鞘を宛てがわされた。

 

 

「禰豆子…!」

 

 

 間一髪で止めた炭治郎は、今までのように禰豆子をなだめる。

 

 

「だめだ!! 耐えろ!!」

 

「グアアッ!!」

 

「だめだ!! 辛抱するんだ、禰豆子!!」

 

 

 けれど、禰豆子の抵抗は収まらない。必死で抵抗する禰豆子を、炭治郎も負けじと必死で止める。

 

 

「ガゥア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァ!!ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」

 

 

 制御が利かず、炭治郎の頬を禰豆子の爪が裂く。

 

 

「ごめんな、戦わせてごめんっ!」

 

 

 そんな禰豆子に、炭治郎は必死で謝った。

 

 

「(そこら中、禰豆子の血の匂いがする……俺が気を失っている間、どれだけ傷つけられたか分かる)」

 

 

「痛かったろう、苦しいよな…ごめんな、でも大丈夫だ。兄ちゃんが誰も傷つけさせないから、眠るんだ禰豆子、眠って回復するんだ」

 

「ヴアアア゙ッ!」

 

「禰豆子!」

 

 

 なれど、炭治郎の声は、なかなか禰豆子に届かない。羽交い締めにする炭治郎を背負うように立ち上がった。

 

 

「禰豆っ…!」

 

 

その瞬間、禰豆子は真上に飛び上がった。炭治郎もろとも、天井を突き破って、上の部屋へ突き抜けていった。

勿論、上の階にも人が複数人おり『下から誰か突き破って…』と騒ぎになるけれど、禰豆子で手一杯の炭治郎には、どうすることもできない。

 

炭治郎は禰豆子を眠らせんと、懸命に妹へ声をかける。

 

 

「禰豆…子!!眠るんだ!!」

 

「ガゥアアッ!グワア゙ッ!」

 

 

そんな最悪の状況の中、災厄がやってきた。

 

「よくもまぁ、やってくれたわね。そう…血鬼術も使えるの、鬼だけ燃やす奇妙な血鬼術。しかもこれ、なかなか治らないわ…もの凄く癪に障る……もの凄くね……!」

 

 

「(まずい、人がいる!!守らないと、考えろ!考えて動け!!すぐ攻撃がくるぞ、建物ごと切断される!!禰豆子を放して大丈夫か?いや!!…どうする、まず周囲の人を…!)」

 

 

 窮地に立たされた炭治郎……そんな彼の視界に、ド派手な装飾が、飛び込んできた。

 

 

「おい、これ竈門禰豆子じゃねーか!?派手に鬼化が進んでやがる」

 

「っ!?うっ!?」

 

「お館様の前で大見栄切ってたくせに、なんだこの体たらくは?」

 

 

 気配を感じた堕姫が、口を挟む。

 

 

「柱ね、そっちから来たの、手間が省けた…」

 

「うるせぇな、お前と話してねーよ、失せろ。お前、上弦の鬼じゃねぇだろ?弱すぎなんだよ、俺が探っていたのはお前じゃない」

 

 

 そんな堕姫の、視界が傾く。

 

 

「え?」

 

 

 直後、堕姫はぺたりと座り込む。その手に、すとんと頸が落ちた。

 

 これには炭治郎も、思わず目を見開く。

 

 

「(斬った!!頸が落ちてる!!宇髄さんが斬ったのか!?すごい…!!)」

 

驚きと安堵を滲ませる炭治郎に、天元が口を開く。

 

 

「おい、戦いはまだ終わってねぇぞ、妹をどうにかしろ」

 

「グアアッ!!」

 

「禰豆子!」

 

 

 ジタバタと暴れもがく禰豆子……そんな禰豆子を見ていた天元は、

 

「ぐずりだすような馬鹿ガキは、戦いの場に要らねぇ。子供には地味に子守唄でも歌ってやれや」

 

と言い放つ。それと同時に、また暴れ始めた禰豆子は炭治郎ごと二階の窓から、外へ向かって飛び降りる。

 

 

「うぐっ!」

 

 

 禰豆子を抑えるのに精一杯だった炭治郎は、受け身もとれずに背中から落下した。

 

 

「ゲホッ、ゲホッ…!」

 

「ウグウヴッ…!」

 

「禰豆子…!」

 

 

 まだまだ禰豆子は止まらない。

 今までにない鬼化の様子に、炭治郎も焦る。

 

 

「(だめだ、俺の声が届かない…全然聞いてくれないよ、どうしよう、母さん…)」

 

 

『子守唄でも歌ってやれや』

 天元の言葉が、脳裏に浮かんだ。

 

 

「こんこん…」

 

「ガアァ!!」

 

「小山の、子うさぎは…なぁぜにお耳が、長ぅござる」

 

「グアアッ!」

 

「小さいときに、母さまがっ」

 

 

 禰豆子に抵抗されながらも、何とか子守唄を唄い紡ぐ。

 

 

「長い木の葉を食べたゆえ、そーれでお耳が長うござる…」

 

 

すると、今まで炭治郎の声すら届かなかった禰豆子は、母親に包まれている感覚に囚われた。

 

 

『禰豆子』

 

 

 そんな禰豆子の脳裏に、小さな頃の記憶がよみがえる。

 

 

『こんこん小山の子うさぎは、なぁぜにお目々が赤ぅござる、小さい時に母さまが、赤い木の実を食べたゆえ、そーれでお目々が赤ぅござる』

 

 

 母と山菜採りに行った帰り道、ぐずる弟を寝かす子守唄……その歌を聞いていた禰豆子が、笑顔で母に問いかける。

 

 

『お兄ちゃんのお目々が赤いのは、おなかの中にいた時に、お母さんが赤い木の実を食べたから?』

 

 

 そんな禰豆子の問いかけに、母は、優しく、微笑んだのだ……。

 

「わーーーーん!」

 

「禰豆子…」

 

やっと抵抗しなくなった禰豆子は、母を思い出し、まるで赤子のように、大声で泣き始めた。

 

「うわあーーん!」

 

 

 身体中にあった葉のような紋様が、少しずつ消えていく。そして、体も木箱に入る時と同じ小さな体へ戻った。

 

「すぅ、すぅ、すぅ……」

 

涙を浮かべながら、やっと寝息を立ててくれた禰豆子に、炭治郎は安堵の表情を浮かべた。

 

 

「寝た…母さん、寝たぁ…寝ました、宇髄さん…」

 

 

 

 

 

炭治郎が禰豆子を寝かしつけてる一方で、堕姫は、己を放置し去ろうとしていた天元を、騒ぎながら引き留めていた。

 

 

「ちょっと待ちなさいよ、どこ行く気!?」

 

 

 天元はチラッと無言で堕姫を見やる。

 

 

「よくもアタシの頸を斬ったわね、ただじゃおかないから!」

 

「まぁだ、ギャアギャア言ってんのか。もうお前に用はねぇよ、地味に死にな」

 

「宇髄さん、お待たせしました」

 

「おお来たか、こっちは終わったところだ。状況は?」

 

「被害は大きいです。建物の一部は切り裂かれて死傷者も出ています。今はまきをさんと須磨さんが、付近の人達の避難誘導をしています」

 

「そうか、ありがとよ」

 

「…………彼女が上弦の鬼ですか?」

 

「いや違うだろ、俺様に呆気なく斬られたんだ。ただ単に気配を隠すのが上手いってだけの鬼だ」

 

「ふざけんじゃないよ!だいたいアンタ、二度も上弦じゃないとか言ったわね!!」

 

「(…おかしい、何故頸を斬られても消滅しないんだ。それにこいつ、脳と心臓が二つも…まさかこの鬼…)」

 

 

一夏は透き通る世界で堕姫の体の中の異様に気づく。その間も天元に噛みつく堕姫に対して、彼は真顔で答える。

 

 

「何度でも派手に言ってやろうか?地味な!お前は!上弦じゃ!ねぇ!」

 

「アタシは上弦の伍よ!!」

 

「だったら、なんで頸斬られてんだよ?弱すぎだろ、脳味噌爆発してんのか?」

 

 

 天元からの罵倒に負けず堕姫は言い返す。

 

 

「アタシはまだ、負けてないからね、上弦なんだから!」

 

「負けてるだろ、一目瞭然に」

 

「アタシ本当に強いのよ。今はまだ伍だけど、これからもっと強くなって…」

 

「説得力ねー」

 

「宇髄さん、流石に可哀想ですからやめてください。それにこの鬼が言ってるのは事実で「うわーーーーん!」……え?」

 

 

 

天元の言いぐさに、ついに堕姫が泣き始めた。

 

「(…泣いた)」

 

これには、一夏と天元もギョッとする。

 

 

「本当にアタシは上弦の伍だもん、本当だもん!数字だって貰ったんだから!アタシ凄いんだからァッ!」

 

「(なんでだろう…すごく悪いことした気分になるな……)」

 

泣き喚く堕姫を見ながら、一夏は少しかわいそうと思い、天元は困惑する。それに対し一夏は心臓と脳が動くのを見て警戒体制に入る。

 

 

「(ギャン泣きじゃねぇか、嘘だろ?いやいやいや、それよりコイツ、いつまで喋ってんだ?)」

 

「宇髄さん、構えてください。あなたが狙っていた鬼が出ますよ……いるんだろう、いつでもこい」

 

「はぁ?それってどう言う…」

 

 

「死ね!!死ね!!みんな死ね!!うわああああっ、頸斬られたぁ、頸斬られちゃったぁ…お兄ちゃあああん!!」

 

 

 一夏は日輪刀を抜く。堕姫がそう叫んだ瞬間、堕姫の体から、もう一体ナニカが出てきた。

 

 

「うぅううん…」

 

 

 今までに無かった気配に、天元は咄嗟に日輪刀を振るうも、虚空を斬るだけに終わった。

 

 天元から距離を取った“お兄ちゃん”と呼ばれた鬼は、堕姫の傍にしゃがみこんで、優しくあやす。

 

 

「泣いたってしょうがねぇからなぁ。頸くらい、自分でくっつけろよなぁ」

 

そう言って、堕姫の頭を撫でながら頸をつける。

 

 

「おめぇは本当に頭が足りねぇなぁ…」

 

 

 そんな二人を、天元が冷静に分析する。

 

 

「(頸を斬り落としたのに死なない…織斑は気づいていたみてぇだが、背中から出てきたもう一体は何だ!?反射速度がさっきの女の鬼と比じゃねぇ)」

 

「(やはりもう一人いたか)」

 

「顔は火傷かぁ? これなぁぁ、大事にしろ、顔はなぁ…せっかく可愛い顔に生まれてきたんだから」

 

ごしごし擦って火傷を再生させる。

 

「何、呑気にしてんだテメェらは」

 

「っ!宇髄さん、だめだ!」

 

 

そんな鬼に向かって、一夏の静止を聞かず天元は再び刃を振るう。しかし、もう一体の鬼は天元の攻撃を受け止め反撃に出てきた。かろうじて、天元はそれを防げたが……

 

 

「へぇ、やるなぁあ…攻撃止めたなぁあ。殺す気で斬ったけどなぁぁ、いいなあお前、いいなあ…」

 

先程の攻撃で天元の装飾がバラバラと落ちる。一夏との手合わせにより動体視力も鍛えられていた為、天元は兄鬼の一撃を受けても無傷で済んだようだ。

  

 

兄鬼は、じとっと天元と一夏を見る。

 

 

「お前いいなぁあ、その顔いいなぁあ、肌もいいなぁ、お前はシミも痣も傷もねぇんだな。それに比べてお前は痣があるんだなぁ…ひひっ!愛着が湧くぜ」

 

「「……」」

 

「肉付きもいいなぁ、俺は太れねぇんだよなぁ。上背もあるなぁ、縦寸が六尺は優に越えてるなぁ…女にも嘸かし持て囃されるんだろうなぁあ」

 

 

 そう言いながら兄鬼は、自分を掻き毟りながら天元を恨めしそうに見る。

 

 

「妬ましいなぁ、妬ましいなぁあ、死んでくれねぇかなぁ…そりゃあもう苦しい死に方でなぁあ!生きたまま生皮剥がれたり、腹を掻っ捌かれたり、それからなぁ…」

 

 傷を再生させた堕姫は、兄鬼に告げ口する。

 

「お兄ちゃん、コイツだけじゃないのよ、まだいるの!! アタシを灼いた奴らも殺してよ絶対!!」

 

 

 堕姫は、わんわん泣きながら、訴える。

 

 

「アタシ一生懸命やってるのに……凄く頑張ってたのよ一人で……それなのに、みんなで邪魔してアタシをいじめたの!! よってたかって いじめたのぉお!!」

 

「そうだなあ、そうだなあ、そりゃあ許せねぇぜ…俺の可愛い妹が、足りねぇ頭で一生懸命やってるのを、いじめるような奴らは皆殺しだ。取り立てるぜ、俺はなぁ…やられた分は必ず取り立てる。死ぬ時ぐるぐる巡らせろ、俺の名は妓夫太郎だからなあ!!」

 

 

 そう言うと、手に持っていた鎌を投げ飛ばす。その鎌は屋根をも突き破り、外へ放たれる。

 

 その凄まじい音に、禰豆子を木箱へ運ぼうとしていた炭治郎は、思わず立ち止まり、空を見上げた。

 

 

「っ!?(な、何だあれは、鎌か?)」

 

 

 鎌はある程度まで飛ぶと、物凄い勢いで回転しながら、今度は屋敷の方へと逆戻りしていく。

 

 

「(鎌が回転して戻っていく!さっきの帯鬼とは武器が違う、どういうことだ、新手の鬼か?宇髄さんと一夏さんは…俺も、加勢に行かないと!!)」

 

 

 そんな焦る炭治郎の耳に、安心する声が聞こえてきた。

 

 

「俺が来たぞコラァ!!御到着じゃボケェ!!頼りにしろ、俺をォォ!!」

 

「伊之助!! 善逸…は、寝てるのか!?」

 

すると、伊之助と眠っている善逸が駆けつけた。

 

 

 

「そうだ、宇髄さんを加勢してくれ、頼む!!」

 

「任せて安心しとけコラァ、大暴れしてやるよ、この伊之助様がド派手にな!!」←影響を受けやすい男

 

 

 けれど、炭治郎を落ち着かせるのに効果は十分だった。

 

 

「すまない、俺は禰豆子を箱に戻してくる!少しの間だけ許してくれ!」

 

「許す」

 

「ありがとう伊之助!」

 

それを見た炭治郎も走り出した。

 

炭治郎が禰豆子を箱に戻しに行っている間、一夏と天元は一般人を庇いつつ、妓夫太郎の攻撃を受け流していた。

 

 

「妬ましいなぁあ、結局、痣持ちもなんだかんだいい男じゃねぇかよなぁあ、人間庇ってなぁあ、格好つけてなぁあ、いいなぁ。そいつらにとって、お前らは命の恩人だよなあ、さぞや好かれて感謝されることだろうなあ」

 

 

「(…こういう言い回しをする人は身内にもいるとはいえ、キツいな、これは。)」

 

ネチネチと話す妓夫太郎に一夏は、蛇柱の伊黒を思い浮かべた。それを意に介するでもなく、天元は真顔で答えた。

 

 

「まぁな、俺は派手で華やかな色男だし当然だろ、女房も三人…しかもな、お前が嘲笑った痣持ち様も恋人(イロ)持ちだぜえ?それもかなりの女だぜぇ」

 

「えっ!?宇髄さん!それは今言うことじゃ…」

 

 

すると、妓夫太郎の目の色が変わった。そして再び自身を掻き毟りだす。天元としては、忍の極意の一つ、喜怒哀楽そして恐怖を操り、相手の隙を生み出す五車の術、その中の“怒車の術”のつもりであった。

 

「はぁ?はぁ?!はぁ!? ふざけるなよなぁ!! なぁぁぁ!! 許せねぇなぁぁ!!」

 

 

ーー 血鬼術・飛び血鎌

 

 

 天元目掛けて無数の斬撃が飛んでくる。ある意味、逆効果だったようだ。

 

 

「(薄い刃のような血の斬撃、そしてこの数!!まずい、俺の技じゃ庇いながら捌ききれねぇ)」

周りには一般人もおり、守りながら戦っている。その為、あまり激しく動くことはできなかった。この時、一夏は日輪刀を鞘に納刀する。

 

「………」

 

ーー日の呼吸黒式 肆ノ型・日影

 

 

「(っ⁉︎あの痣持ち…俺の血鬼術を全てかき消しやがったぁ。そうかぁ…あのお方が警戒していた耳飾りの剣士はこいつかぁ)」

 

 

一夏は妓夫太郎の攻撃を全て無力化すると、天元は瞬時にとある行動に出た。

 

この爆発音には、妓夫太郎も更に驚く。

 

「!!(何だ、爆ぜたぞ? 一階へ落ちたなぁ)」

 

 

 床が抜け、天元達は守っていた一般人ごと真下へと降下する。

 

 

「早く逃げろ!! 身を隠せ!!」

 

「はっ、はい!」

 

 

 男の人は、女の人を連れ、その場から急いで立ち去ろうとするが、それを妓夫太郎は許さない。

 

 

「逃がさねぇからなぁ。曲がれ、血鎌」

 

 

 妓夫太郎がそう言うと、血の斬撃が、方向転換し、天元達の方へ向かっていく。

 

 

「日の呼吸改・円舞螺旋撃」

 

円舞螺旋撃……その一撃は灼熱の竜巻を発生させ、鎌を防ぐと同時に妓夫太郎に斬り傷を与えた。

 

しかし一夏は、

 

「(相変わらず妙な違和感を感じる!これから先、七つの型も必要になる。早く解決策を見つけないと)」

 

内心何処か納得していない様子だった。

 

 

「っ!いてぇなあ…ホントに再生しねぇ。お前…誰かと重なって見えてムカつくなぁ!」

 

火の斬撃を受け再生する様子はなく、一夏を見る妓夫太郎の表情は汚物を見る顔に変わった。そんな中でも一夏は冷静に状況を把握していく。

 

「(兄鬼の方は斬撃自体操れるみたいだな。敵に当たってはじけるまで動く血の斬撃…おそらく毒もふくまれている。あの兄妹、妹の方は宇髄さんが頸を斬っても死ななかった…。おそらく一人斬ったとしても倒せない。倒す方法は、本体の兄鬼の…頸を斬れば一緒に消滅、もしくは…)」

 

 

一夏が兄妹鬼を倒す方策を考えている間、天元は懐から火薬玉を取り出した。

 

 

「(かなりまずい状況だが、どの道やるしかねぇ、あの音からして上の階の人間は殆ど逃げてる…)」

 

 

 そして、天元は玉を取り出し、一夏にアイコンタクトで何をするか伝えた。一夏が頷くと、その玉を妓夫太郎の方へ投げ飛ばした瞬間、一夏は退避し、素早く日輪刀で斬りつけた。

玉は爆発し、外から天元達の様子を窺っていた伊之助は、慌てて飛び退いた。その後すぐに二階へと戻った天元と一夏の前の光景に、ニヤリと笑った。

 

 

「…まぁ、一筋縄にはいかねぇわなぁ」

 

「相手は上弦です。気を抜かないでください。今回ばかりは面倒な相手ですよ」

 

 

「俺たちは二人で一つだからなぁ」

 

爆煙が晴れると、そこには帯で爆破を防いだ鬼兄妹の姿。

 

「(二人で一つ?やはりこの鬼…)」

 

「お前達違うなぁ、今まで殺した柱と違う」

 

 

一夏が考えていると、妓夫太郎が、突然、天元と一夏に向かってこう言った。

 

 

 その言葉の意味が分からず、天元はキョトンとする。そんな天元に、妓夫太郎はこう続ける。

 

 

「お前らは生まれた時から特別な奴だったんだろうなぁ、選ばれた才能だなぁ、妬ましいなぁ、一刻も早く死んでもらいてぇなぁ」

 

「…才能?」

 

「………」

 

その言葉に、一夏は無言で、天元は鼻で笑った。

 

 

「ハッ、俺に才能なんてもんが、あるように見えるのか?俺程度でそう見えるなら、テメェの人生幸せだなぁ!何百年生きていようが、こんな所に閉じ込もってりゃあ、世間知らずのままでも仕方ねぇのか」

 

「……」

 

「この国はな、広いんだぜ?凄ェ奴らがウヨウヨしてる…得体の知れねぇ奴もいる!刀を握って二月で柱になるような奴もいる。選別後に俺より年下で、テメェらより格上の上弦を無傷で倒した奴がいる」

 

そう言いながら、天元は妓夫太郎を睨む。

 

 

「俺達が選ばれてる?ふざけんじゃねぇ。俺の手のひらから、今までどれだけの命が零れたと思ってんだ!?」

 

天元の脳裏に、杏寿郎の姿が映し出される。

 

「(そう、俺は煉獄や織斑のようにはできねぇ)」

 

そんな天元に対し、妓夫太郎は納得いかない顔をする。

 

 

「ぐぬぅう…だったら、どう説明する?お前がまだ死んでない理由はなんだ? 俺の血鎌は猛毒がある、こいつを喰らえばお前は死ぬんだよぉ!!」

 

 

 その言葉に、天元は言い返す。

 

 

「情報ありがとよ、俺は忍の家系なんだよ、耐性つけてるから毒は効かねぇ」

 

天元の言葉には、堕姫が反論した。

 

 

「忍なんて江戸の頃には絶えてるでしょ、嘘つくんじゃないわよ」

 

「(嘘じゃねぇよ、忍は存在する。姉弟は九人いた。十五になるまでで七人死んだ。一族が衰退していく焦りから、親父は取り憑かれたように、厳しい訓練を俺たちに強いた。生き残ったのは、俺と俺の二つ下の弟のみ…そして弟は、親父の複写だ。親父と同じ考え、同じ言動、部下は駒、妻は跡継ぎを産むためなら死んでもいい、本人の意志は尊重しない、ひたすら無機質。俺は、あんな人間になりたくない)」

 

「宇髄さん…」

 

 

堕姫の言葉を、天元は頭で否定した。一夏自身も天元達の事情はあらかた聞いている。

 

『つらいね天元、君の選んだ道は。自分を形成する、幼少期に植え込まれた価値観を否定しながら、戦いの場に身を置き続けるのは、苦しいことだ。様々な矛盾や葛藤を抱えながら君は、君たちは、それでも前向きに戦ってくれるんだね…人の命を守るために。ありがとう、君は素晴らしい子だ』

 

 

「(俺の方こそ感謝したい、お館様、貴方には。命は懸けて当然、全てのことはできて当然、矛盾や葛藤を抱える者は、愚かな弱者…ずっとそんな環境でしたから、それに…こいつのおかげで…少なからず俺も未来を見ることができたからな)」

 

天元は無意識に隣にいる一夏を見る。初めて会った時の印象は「地味な奴」だった。未来から来た人間だと到底信じられなかった、到底今の時代では作れない代物(スマホ)を見るまでは。

合同任務があった際、一夏の使う日の呼吸の技は、天元にとって派手を通り越していた。その一太刀は美しくまるで本当の神がいるかの様な剣舞だった。

そんな一夏は『そんな大層な事ではないです』と一点張り、一度任務でまきを達が負傷した際も三人は一夏に救われたこともあり、その後一夏は的確な応急処置で治療をしていた。

三人にも一夏が未来人である事はその後に話したが、まきを達は受け入れ、まるで弟のように可愛がっていた。その時の一夏は14で思春期でもあった為か、表情の変化は少なかったが恥ずかしそうにしていた。

 

天元は未来の時代の事を聞いたり、未来の日本で当たり前のように使われている外来語を教えてもらったりした。「未来に鬼はいない」と知り、天元も少なからず鬼がいなくなったその先の人生について考えるようになった。

 

 

そんな中、天元の変化に気づいたのは、他でもなく妓夫太郎だった。

 

 

「ひひっ、ひひひっ、何ダァ?お前怖いのかぁ?俺達の前で虚勢張って、みっともねぇなぁあ、ひひっ」

 

 

 そんな妓夫太郎に、天元は笑って答える。

 

 

「いいや怖かねぇ…むしろ気分がいいぜ。踊ってやろうか。絶好調で天丼百杯食えるわ!ド派手に行こうや…… “イチ”!!」

 

「ふっ、はい… “天”さん!」

 

 

二人は互いに名で呼び合い、同時に攻撃に転じる。すぐに帯で応戦する堕姫の帯を一夏は赫刀で斬り、天元は堕姫の腹へ蹴りを喰らわす。それを見た妓夫太郎が鎌を振り、堕姫もすぐに帯の攻撃で猛追する。

 

 

「俺の妹を蹴んじゃねぇよなあ」

 

「この糞野郎!!」

 

 

 そんな妓夫太郎達へ、先ほどの火薬玉を投げる。咄嗟に気づいた妓夫太郎は、寸前で躱せたが、堕姫の帯は、火薬玉に触れてしまった。

 

 

 

ドドドンッ!と、凄まじい勢いで爆発する。なんとか回避出来た堕姫は再生を始めるが

 

「月の呼吸 壱ノ型・闇月・宵の宮」

 

一夏は青い斬撃を放つと、堕姫の頸がまた飛び、悲鳴が上がった。

 

 

「ギャッ!」

 

天元は、そのまま妓夫太郎の頸へと日輪刀を伸ばす。妓夫太郎は、そんな天元の攻撃を躱しながら分析する。

 

 

 

「(特殊な火薬玉だなぁ、鬼の体を傷つける威力。斬撃の僅かな摩擦で爆ぜる…気づかねぇで斬っちまって、喰らっちまったな…すぐ攻撃喰らうからなぁ、アイツは。それにこの感じ…なんであいつが壱の奴の技使ってやがるんだぁ)」

 

 

 妓夫太郎は一夏の技に、十二鬼月最強の鬼を思い浮かべるが、避けたはずの日輪刀が、すぐそばにあることに気づき、目を見開いた。

 

 

「(刀身が伸びっ…)」

 

妓夫太郎は、更にその先を見て驚いた。

 

 

「(刃先を持ってやがる!!どういう握力してやがる!?)」

 

 

 二刀の天元の日輪刀は、柄が鎖で繋がってるため、それを利用し、指先で刃先を持ち、刀身の距離を伸ばしたのだが、あと少しのところで妓夫太郎に気づかれ、躱されてしまった。

 

   

「(やはり単独で斬るだけじゃ駄目なのか、さっき兄鬼が言っていた二人で一つ…もしかして、この二人の頸を同時に斬らないといけないのか)」

 

一夏は二人を倒す方法を推測しながら考えていたが、堕姫は赫刀で斬り落とされた頭を持つ。

 

「うううう…痛い!!また頸斬られた!!糞野郎!!糞野郎!!絶対許さない!!それよりも…なんであんたが “黒死牟”の技を使ってるのよ⁉︎」

 

「っ⁉︎こ…くし、ぼう?」

 

一夏はその名前に激しく反応し、堕姫は自身の頸を付けながら喚く。

 

 

「悔しい、悔しい、なんてアタシばっかり頸斬ら「お前今なんて言った?」…っ⁉︎」

 

「知っているのか、黒死牟を…」

今の一夏から幻視する程の何かが溢れ出ており、堕姫は冷や汗が背筋に流れる。

 

「(な、何よこいつ…気配が変わって、殺気?威圧?なんなのよ…こいつぅ⁉︎)」

 

「知っているのか…黒死牟の居場所を」

 

一夏は縁壱の記憶で、兄である継国巌勝を思い出している。記憶で多く出たのは、特にうたと、兄と過ごした時間が多かったからだ。

 

 

「黒死牟は……何処にいる?」

一夏は縁壱の兄が鬼になった事も記憶で知っており、鬼の名前も知っている。

 

「教えるわけがないでしょ!あの男と会ってどうするつもりよ!」

すると一瞬にして一夏の威圧が鎮まった。

 

「……わからない」

 

「……………は?」

 

「俺は、別にその鬼が憎いわけじゃない。けど、会わなければならないんだ。そうしなければならない、気がする…」

 

「(なによ、なんなのよ…こいつは⁉︎)」

 

 ぞわりと、堕姫の背筋に冷たいものが走った。解らない。この男は何を言っているのだろう。会わなければならない?

 

「っ……!」

 

 喉がひきつるのを自覚する。背後に下がろうとするが、一夏の瞳が突き刺さり、それをさせてくれない。その瞳が言っている。

 

「なんなのよ、お前は……!」

 

 何一つ、堕姫は一夏を理解できなかった

 

「……鬼殺隊の柱だ。頼む、黒死牟の…… “兄上”の居場所を、教えてくれないか…?」

 

「兄上?何言ってんのよお前?ふざけるのも大概にしな!!あんたはあのお方ですら警戒している人間!!教えるわけないでしょ!お前はここで死ね!!」

 

堕姫は辺りを覆い尽くす程の帯を一夏に向けて放つ。

 

「……そうか」

 

一夏は小さく頷き、

 

「では……もういい」

 

ーー月の呼吸 我流ノ型・無月一刀

 

堕姫は勝ちを確信したと思ったら、チンッ、とまるで刀を鞘に納めるような音が聞こえた。それと同時に、全ての帯が斬り裂かれていた。

 

「(え…今、あいつ何したの?反応すらできなかった)」

 

一夏は紅蓮に染まった日輪刀を振り抜いていたのだ。一振りの居合で帯を斬られた堕姫は、何をされたか分からず呆然としていた。

 

「生憎、俺は女だからと言って容赦はしない…覚悟していろ…悪鬼」

 

その表情は「無」、一夏が完全に目の前にいる鬼を敵として捉え、赫い日輪刀を堕姫に向けて言い放った。





良いお年を!


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日の音

新年あけましておめでとうございます!

2021年初投稿です。

未だコロナ禍でもありますが、これからも頑張っていきましょう!!

今年もよろしくお願いします!


 

 

ーー血鬼術・飛び血鎌

薄い刃のような血の斬撃は、鎌鬼の意のままに軌道が変わり、何かに当たるまで追いかけ続けるのだ。

 

「ちっ!しつこい鎌だなぁ!」

 

ーー音の呼吸 弐ノ型・玲瓏音車

 

空中で血鎌を回転させながら弾き、一気に妓夫太郎の頭に向けて叩き下ろす。

 

しかし妓夫太郎は、血の斬撃で防御壁を作り天元の剣を受け止め防いだ。

 

 

「(術の発動が早い!流石上弦だけのことはあるわこれは…煉獄のやつ、こんな化け物と一人同等に戦ったのか…………四年前無傷で倒したイチはなんなの、いや、マジで)」

 

「んな攻撃じゃぁ俺にはとどかねぇよぉ」

 

妓夫太郎が放った鎌の斬撃を天元は受け流していくが、距離も距離だったため手足にかすり傷を負ってしまう。

 

距離を取る天元だが一瞬だけふらついてしまった。

 

天元の様子に、妓夫太郎が勘づいた。

 

 

「…くらったなぁ俺の鎌を、お前は段々毒に侵され死んでいくだろうし、こうしてる間にも、俺たちはじわじわと勝ってるんだよなぁ」

 

妓夫太郎はボリボリと自身を掻き毟りながら挑発してきた。けれど、その言葉を否定するように……

 

 

「それはどうかな!?俺を忘れちゃいけねぇぜ、この伊之助様と、その手下がいるんだぜ!!」

 

ドンドンボムボムが止んだため、ここぞとばかりに、伊之助と寝ている善逸が、その場に飛び出した。

 

 

「なんだァ?てめェら・・・」

 

 

 そんな中、天元は上からパラパラと破片が降ってきた事にいち早く気づいた。

 

二階から、炭治郎が降りてきたのだ。天元の前に着地した炭治郎は妓夫太郎達を見据えた。

 

「遅くなりました、宇髄さん!」

 

 

そう言いながら、炭治郎は日輪刀を構え、ギッと妓夫太郎達を睨み付ける。外では、まきを達が避難誘導をしている声が聞こえる。この状況には、さすがに妓夫太郎も苛々を募らせる。

 

 

「下っぱが何人来たところで、幸せな未来なんて待ってねぇからなぁ、全員死ぬのに、そうやって瞳をきらきらさすなよなあぁ」

 

 

 この様子に、先ほどまで堕姫と対峙していた炭治郎は、息を整えながら日輪刀を構え直した。

 

 

「(鬼が二人になってる、どういうことだ?そして、帯鬼も死んでない…どっちも上弦の伍なのか?分裂している?だとしたら…本体は、間違いなくこっちの男だ。匂いが違う、匂いの重みが・・・喉の奥が麻痺するようだ。手が震える…疲労からだろうか、それとも…恐れ、いやそれでも、俺は…俺たちは…)」

 

 

「勝つぜ、俺たち鬼殺隊は」

 

 

 後押しするような、力強い天元の声に、震えていた炭治郎の手が止まった。

 

 けれど、その言葉を堕姫が遮る。

 

 

「勝てないわよ!頼みの綱の柱の一人が、毒にやられてちゃあね!!」

 

 

「(毒……!?)」

 

「よそ見をしている暇があるのか?」

 

 

ーー日の呼吸改・炎舞疾風

 

一夏は、一気に堕姫へ接近し、神速の速さで移動して帯を斬り裂き、振り下しつつ堕姫を斬りつけるがギリギリの所で躱された。一夏に背後を取られた堕姫は帯の防御の甲斐なく頬に斬り傷が生まれた。

 

 

「再生しない?再生しない!再生しない!?あんた…やってくれたわね!私の顔に!アタシのカオにィッ!」

 

一夏の赫刀で出来た傷は死ぬまで治らない。堕姫の自負する誇りを二つの意味で傷つけたのだ、その怒りはかくの如し。

 

 

「(今は違和感なんて考えるな!この鬼兄妹を倒すことだけを考えるんだ…)」

 

一夏は炭治郎達と合流し天元の隣に立つ。堕姫の言葉に、炭治郎は天元を見た。けれど、そんな不安を天元は一掃させる。

 

 

「一夏に斬撃喰らっておいてよく言うぜ、俺達は余裕で勝つわボケ雑魚がぁ!!毒回ってるくらいの足枷あってトントンなんだよ、人間様を舐めんじゃねぇ!!」

 

「宇髄さん……」

 

さらに天元は言葉を続ける。

 

 

「こいつらは三人共、優秀な俺の“継子”だ!逃げねぇ根性がある!」

 

 

 その言葉に、伊之助が気を良くする。

 

 

「フハハ、まぁな!」

 

「(俺は一夏さんの継子なんですけど、今は言わないでおこう。)」

 

「(うち一人は俺の継子なんですが……)」

 

 

空気を読みあえて沈黙した一夏と炭治郎を他所に、妓夫太郎へ視線を戻した天元は、余裕の笑みを浮かべる。

 

「手足が千切れても喰らいつくぜ!!そして、てめぇらの倒し方は、既に俺が看破した!」

 

 

「「(杏寿郎/煉獄さん)」」

 

 その堂々たる態度を見ていた一夏と炭治郎は、天元の姿に、揺るがない杏寿郎の姿が重なって見えた気がした。

 

「同時に頸を斬ることだ、二人同時にな、そうだろ!!そうじゃなけりゃ、それぞれに能力を分散させて、弱い妹を取り込まねぇ理由がねぇ!!ハァーッハッハ、チョロいぜお前ら!!」

 

 

 その言葉には、伊之助も高笑いを浮かべる。

 

 

「グワハハハ、なるほどな簡単だぜ。俺たちが勝ったも同然だな!!」

 

 

 それに対し、妓夫太郎も負けずにニヤリと笑った。

 

 

「その“簡単なこと”ができねぇで、鬼狩りたちは死んでったからなぁ…柱もなぁ、俺が十五で妹が七、喰ってるからなぁ」

 

「そうよ、夜が明けるまで生きてた奴はいないわ。長い夜はいつもアタシたちを味方するから、どいつもこいつも死になさいよ!!特に“痣柱”は、五体引き裂かれて内蔵引き千切られて血反吐撒き散らしてのたうち回って死に晒せ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 そう言うと、帯の攻撃で撹乱し、二手に別れようと屋根へと移動する堕姫を、瞬時に気づいた善逸が追う。

 

 

「善逸!!」

 

そこに、すかさず一夏が対応する。

 

「帯鬼は俺と嘴平、我妻に任せろ!炭治郎は、天さんと鎌鬼を倒せ、わかったな!!」

 

「派手に気をつけろよ!」

 

「わかりました!そちらも気をつけて!」

 

「了解!」

 

 

 それだけ言うと、一夏は善逸の後を追って堕姫の方へと向かった。

 

 

「……妹はやらせねぇよ」

 

 

 距離を取ろうとしていた堕姫は、善逸に追い付かれ、屋根の上へと着地した。

 

 

「お前…!! あの時の!!」

 

 

「(これは…寝ているのか?しかし、普段の我妻と雰囲気も違う)」

 

 一夏も善逸に追いつき、いつでも対処できるように構えるが、善逸の今の状態が気になって仕方なかった。

 

 

 

 

「俺は君に言いたいことかある。耳を引っ張って怪我をさせた子に謝れ」

 

 

 

その言葉に、堕姫はきょとんとする。

 

 

「たとえ君が稼いだ金で衣食住与えていたのだとしても、あの子たちは君の所有物じゃない。何をしても許されるわけじゃない」

 

善逸の言葉に、堕姫は眉間にシワを寄せる。

 

 

「つまらない説教を垂れるんじゃないわよ、お前みたいな不細工が、アタシと対等に口を利けると思ってるの?この街じゃ女は商品なのよ。物と同じ。売ったり買ったり壊されたり、持ち主が好きにしていいのよ。不細工は飯を食う資格ないわ。何もできない奴は人間扱いしない」

 

 

「…ある人が言っていた。『全ての女性は等しく美しい』と、対等なんて関係ない… 自分がされて嫌だったことは、人にしてはいけない。お前の過去がどうかは知らないが、お前もわかるんじゃないのか?その気持ちが……」

 

 

そんな堕姫へ、一夏は正論を返す。すると、堕姫の口調が変わった。

 

 

「……知ったような事言ってんじゃないよ、人にされて嫌だったこと、苦しかったことを、人にやって返して取り立てる。自分が不幸だった分は、幸せな奴から取り立てねぇと、取り返せねぇ」

 

顔をあげる堕姫の額に『伍』の目が逆さに浮き出る。

 

 

「それが俺たちの生き方だからなぁ、言いがかりをつけてくる奴は、皆、殺してきたんだよなぁ。お前らも喉笛掻き切ってやるからなああ……!」

 

 

妓夫太郎と対峙する炭治郎は、その殺気に当てられていた。

 

 

「(すごい殺気だ!!肘から首まで鳥肌が立つ…当たり前だろ、相手は上弦の伍だぞ! しっかりしろ、宇髄さんは毒を喰らってる。俺が守らないと…アイツが動いた瞬間に刀を振れ!ほんの少しでも、動いた瞬間に…!)」

 

 

 そんな炭治郎へ、まばたきする間も与えず、妓夫太郎が間合いを詰める。喉元に鎌が迫る。

 

 

「(っ!ヒノカミ神楽・幻日虹!)」

 

炭治郎はヒノカミ神楽の技でなんとか迫る鎌を回避し天元が攻撃を仕掛ける。

 

 

「へぇ、今の攻撃をよく避けたなぁ」

 

「当たり前だ!俺の継子ならこんな事容易い事だ!」

 

 

瞬時に天元の攻撃を妓夫太郎は鎌で止める。攻撃を避けた炭治郎は避けられたものの、屋根から離れた為、地面までバランスを取りつつ着地する。

 

 

「(何をしてるんだ。このままじゃ逆に足を引っ張ってる……!!)」

 

 

 そんな炭治郎は、背筋がゾクッとして宙を見上げた。

 

「……!!」

 

 

「(上から…無数の帯が…)」

 

 

炭治郎たちの真上で、堕姫の高笑いが響く。

 

 

「アハハハハッ!あんたら二人の動きが全部見えるわ、あんたたちの動き……兄さんが起きたからね、これがアタシの本当の力なのよ!!」

 

 

 帯の攻撃によって 無数の斬り傷を負った善逸,伊之助の姿が見えた。

 

 

「うるせぇ!! キンキン声で喋るんじゃねぇ!!」

 

 

 この状況には、妓夫太郎も笑った。

 

 

「クククッ、継子ってのは嘘だなあ。お前らの動きは統制が取れてねぇ、全然だめだなぁ…」

 

 

 そして、統制の取れてない一夏達とは違い、一心同体の鬼兄妹の連携攻撃は凄まじく、堕姫の帯と妓夫太郎の血鎌の攻撃が炸裂する。

 

 

 

 帯の攻撃と血鎌の攻撃を躱すほど、受け流された攻撃によって、家屋が悲鳴をあげる。

 

 

「(倒壊する!!瓦礫で周囲が見えない…)」

 

 

「くそっ!面倒な事を!」

 

咄嗟に天元は、火薬玉を使って瓦礫を吹き飛ばす。その隙を狙う妓夫太郎だが、天元はすぐさま攻撃を受け止める。

 

 

「(速い、本当に蟷螂みたいな奴だ、なんだこの太刀筋は…)」

 

 

 そんな天元の背後から迫る血鎌の攻撃が襲う。

 

 

「(不味い!この攻撃は避けられねぇ…)」

 

逃げ道を塞がれた 天元の背中に迫る血鎌にもう無理だと悟った瞬間……

 

 

ーー日の呼吸改・輝輝恩光・緋空斬

 

 

「(…炎の斬撃波?…こ、胡蝶?)」

 

迫る血の鎌は火の斬撃により弾き飛ばされる。天元が見たのは、鞘に手を添えながら日輪刀を振り抜いた一夏の姿だった。髪が長いのもあったのか、天元はその姿が元花柱のカナエと重なって見えた気がした。

 

輝輝恩光・緋空斬は輝輝恩光に花の呼吸の要素を取り入れた技である。渦を巻くように回転して斬撃波を放つのだ。天元はこの好機を見逃さず技を出す。

 

 

「音の呼吸 伍ノ型・鳴弦奏々」

 

斬撃と爆撃で、妓夫太郎へ猛攻する天元に対して、妓夫太郎は絶えず笑みを浮かべる。

 

 

「(騒がしい技で押してきた所で意味がねぇんだよなあ)」

 

 

今度は、堕姫の帯で行く手を阻む。その攻撃を、炭治郎が最初に対峙した時の方法で、帯を一纏めにし、杭のように日輪刀で刺し止めた。

 

 

「(役に立て!!少しでも攻撃を減らせ、勝利の糸口を見つけろ!!)」

 

 

 炭治郎の思わぬ動きに、天元も目を見張る。

 

 

「(アイツ、もうやべぇぞ…動けているのが不思議なくらいだ……多分、肩の傷が相当深い、止血はしてるようだがギリギリだ…俺も毒を喰らってあまり長くはもたねぇ!早くカタをつけなけねぇと、イチ一人に負担をかけちまう!!)」

 

 

天元達が兄鬼と対峙してる一方で、一夏達は、

 

 

「アハハハハッ、死ね不細工共!!」

 

 

「日の呼吸黒式 弐ノ型・炎陽紅焔」

 

 

帯による攻撃と血鎌の斬撃を赫刀で受け流していた。

 

血の鎌と帯の連携攻撃によって妹鬼に近づくことが難しい。これには、意気込んでいた伊之助も苛々し出す。

 

 

「ぐおおおおおっ!帯に加えて、血の刃が飛んでくるぞ、何じゃこれ!! 蚯蚓女に全然近づけねぇ!!」

 

「落ち着け嘴平、冷静に動けば避けられない攻撃じゃない」

 

「わかってるわ!んな事!」

 

「(…しかし、これは不味いな、上手く連携が取れない。このままでは奴の思う壺だ)」

 

攻め手に欠けた状態が続くのは、精神的な焦りを生む。

 

 

「くそォォォ!!特に血の刃は やべぇ!! 掠っただけでも死ぬってのをビンビン感じるぜ」

 

 

「(あの血の刃の色…この世の物とは思えないくらいの邪気に覆われている。まずくらったらアウトだ。一瞬の油断も隙も許されない)」

 

 

「ちっ!いい加減にくたばりな、不細工共!!」

 

ーー血鬼術・八重帯斬り

先ほどよりも早く、帯には鎌による斬撃も混じっている。

 

 

「日の呼吸 肆ノ型・ 灼骨炎陽」

 

一夏は堕姫の血鬼術を難なく無力化する。

 

「くっ!痛い!(今の斬撃…さっきの不細工が使っていた技…けど、さっきのやつより桁違いの威力)」

 

 

「(距離があるから同時に頸を斬るのは至難の技。なんとか天さん達に合わせて頸を切らなければ)」

 

 血の刃と帯の攻撃を躱しながら連携して戦うのは、流石の一夏でも、初めて組む二人だと骨が折れるのだ。ましてや鬼二体の頸を同時に斬るとなるとタイミングもあり様子を窺いながら戦わなければならない。

 

 

 

 

 

そして、迫る帯と血鎌の攻撃に、炭治郎も限界が迫っていた。

 

 

「(苦しい、猛攻で息が続かない…意識が飛びそうだ…!回復の呼吸を…なんとか、呼吸を…!!)」

 

 

 そんな時、雛鶴がクナイを仕込んだ銃のような武器を放つ。クナイの雨が、妓夫太郎に降り注いだ。

 

 

「(柱を前にこの数全て捌くのは面倒だなぁ、ちまちまと鬱陶しいぜ…ヒヨコの鬼狩りも三人いるしなあ…まぁ、当たった所でこんなもの…)」

 

 

 そう思いかけた妓夫太郎は、とある綻びに気づく。

 

 

「(いや、そんな無意味な攻撃、今するか?)」

 

 

 嫌な予感を感じた妓夫太郎は、血鬼術を放つ。

 

 

「血鬼術─跋弧跳粱」

 

その血鬼術に、雛鶴は息を飲んだ。

 

 

「(斬撃で天蓋を作ってる!!)」

 

 

 そんな雛鶴の切り開いた隙を狙う。

 

 

「(オイオイオイ、何だ何だコイツは、突っ込んで来るぞ、刺さってんじゃねぇかテメェにもクナイが…)」

 

 

 そこで妓夫太郎は、あることを思い出す。

 

 

「(そうか、忍だ。剣士じゃない、元々コイツは…感覚がまともじゃねぇ)」

 

 

 天元へ斬りかかった妓夫太郎だが、天元はしゃがんで避け、そのまま鎌鬼の両足を切断した。天元に気をとられてる隙に、クナイが刺さる。このクナイの意味を、妓夫太郎はすぐに理解した。

 

 

「(足が上手く再生しない…やはり何か塗られていた、このクナイ…おそらく藤の花から抽出されたもの、体が痺れ…)」

 

 

 

「(好機!)

 

ーー音の呼吸 参ノ型・爆烈遠声

 

 

天元は距離を取り、刀を地面に叩きつける。刀から放たれた衝撃は地割れを起こしながら同心円状に拡散していく。

 

そして妓夫太郎の真下を通った所で爆裂が起きダメージを与える。

 

 

「ヒノカミ神楽・円舞!」

 

 

すかさず炭治郎も追撃する。

 

「(やるじゃねぇかよ、短時間で統制がとれ始めた…おもしれぇなぁあ)」

 

 

天元の爆破斬撃を受けるがすぐには再生せず、雛鶴の使った藤の花から抽出した毒は、数字を持たない鬼なら半日、下弦の鬼ですら動きを封じることを可能にする。

 

 

「(お願い効いて、ほんの僅かな間でいいの。そうしたら、誰かが必ず頸を斬れる!!)」

 

 

 天元と炭治郎の刃が、妓夫太郎へと迫る。

 

 

あと少しで刃が届く…そんな僅かな時間すら、待ってはくれない。

 

 

「(っ!もう再生して…!)」

 

「(傷と足が再生!!畜生、もう毒を分解しやがった!!)」

 

 

「いやぁ、効いたぜ、さっきの爆撃とこの毒は……。血鬼術 円斬旋回・飛び血鎌!!」

 

 

 

腕の振りも無しに血の刃が発生した。

天元は、炭治郎を蹴り飛ばして庇い、すぐに技を切り返す。

 

 

「音の呼吸 肆ノ型・響斬無間」

 

 

 

 すると、天元の目の前から、妓夫太郎の気配が消えた。

 

 

(消え・・・)

 

 

 天元は、すぐに屋根の上へと目を向ける。

 

 

 

「雛……」

 

「天…元様、私に構わず鬼を、斬ってくだ…」

 

 

 雛鶴が最後まで言葉を発することは出来なかった。妓夫太郎によって首を絞められていたからだ

 

 

「雛鶴さん!」

 

「お兄ちゃんのところへ行かせないよ、痣柱!」

 

 

堕姫と戦っていた一夏もすかさず雛鶴の救援に向かおうとするが、堕姫の帯により阻まれる。

 

 

「よくもやってくれたなあ、俺はお前に構うからなあ」

 

「雛鶴ーーーーっ!!」

 

「(不味い!この距離じゃ間に合わ……)」

 

 

助けに行こうにも、帯が邪魔して、雛鶴の所まで行けない。

 

 

そんな中、必死に炭治郎が足を動かす、もう二度と、目の前で人の命を奪わせないために。

 

 己の体力の限界と思考の狭間で、炭治郎は何とか雛鶴を救うために、道を切り開こうと頭を働かせる。

 

そして、今の俺に出来ることは──・・・。

 

「ヒノカミ神楽・陽華突・虚空!」

炭治郎は柄を両手で握り、突きの虚空を放ち、妓夫太郎の腕を貫き斬り離した。

 

「(いっ…たい!!一夏さん自身も制限するほどの技!ここまで負担が大きいとは!今の状態で放ったから…間違いなく骨にヒビが入った!)」

 

 

 

 

『日の呼吸改・陽華突・虚空』

一夏が炭治郎に日の呼吸と改の技を教えていた時のこと。場所は山の中、一夏が放った虚空は大岩に風穴を開けた。

 

『今の技は、無限列車の時の…』

 

『陽華突・虚空、見ての通り…突き技というよりは大砲に近いな。ただしこの技は腕に大きな負担がかかる。その為、両手含め三発が限界だ』

『さ、三発…合計六発、もしそれ以上使ったら…』

 

『間違いなく自分の骨が砕ける。三発打ったら激しい筋肉痛に襲われる』

炭治郎は顔を青くし、使い所を考えなければと思う。

 

『今の炭治郎だと、両手で柄を握って放つのが精一杯だ。万全な状態を考えて…二発が限界ってところだな。戦いで怪我を負ったのを含めると、一発だけでも相当な負担がかかるはずだ。取り敢えず覚えておいて損はないと思う。いざと言う場面で役に立つ技だ』

その後、しばらく、一夏は腕を中心に鍛えた後、虚空を教えるが一回も成功することはなかった。つまり、今回、土壇場で成功させたのだ。

 

 

妓夫太郎は、腕を斬られた怒りから、炭治郎へ向かって攻撃に転じる。

 

その時だった。

 

 

「竈門炭治郎、お前に感謝する!!」

 

「(炭治郎の奴、今の技で骨にヒビが…)」

 

 

一夏は透き通る世界で腕の骨にヒビが入ったのを確認した後、堕姫に集中し、その隙をついて、天元が妓夫太郎の背後から、刃を振るった。

 

 

 

そして堕姫を相手にしている一夏達は、

 

 

「だあああ、クソ!!向こうは頸斬りそうだぜ!」

 

なかなか攻撃へと転じられない。

 

 

「ぐわあっ!」

 

「伊之助!」

 

伊之助は持ち前の身のこなしで、帯を躱す。

 

「チクショオ、合わせて斬らなきゃ倒せねぇのによ」

 

そんな焦る伊之助に、一夏は声をかける。

 

 

「落ち着け、全く同時に頸を斬る必要はない。二人の鬼の頸が繋がってない状態にすればいい。向こうが頸を斬った後でも、諦めず攻めていこう」

 

 

「はん!言われなくてもわかってるわ!蜥蜴野郎が再生出来なくなるまで食い千切るまでだ!」

 

 

「その意気だ。いくぞ… “伊之助” 、“善逸”!」

 

「おうよ/はい!」

 

 

  

 

 

一方、あと一歩で妓夫太郎の頸を斬れそうだった炭治郎達は、兄鬼の鎌に刃を阻まれていた。

 

 

「今のお前らが俺の頸を斬るなんて、無理な話なんだよなあ」

 

 

 炭治郎の刃が、妓夫太郎の鎌に取り込まれたように動かなくなる。

 

 

「(刃が動かない!!)」

 

すかさず背後から天元が頸を狙う。けれど、頸をねじって、歯で刃を受け止めた。

 

 

「(頸を真後ろにぶん回すんじゃねぇよ、バカタレェ!)」

 

 

 そんな妓夫太郎は、血鬼術を放つ色を纏う。

 

 

「(またアレか!)」

 

 

「竈門、踏ん張れ!!」

 

 

その瞬間、血鬼術を放った妓夫太郎は、天元ごと吹き飛ぶ。

 

 

「宇髄さん!!」

 

助太刀に入る余裕もなく、血の刃で阻まれる。そんな炭治郎の元へ、伊之助の声が響く。

 

 

「あぶねぇぞおおお!!」

 

「!!」

 

 

「日の呼吸黒式 肆ノ型・日影」

 

炭治郎と雛鶴の前に、放たれた帯の攻撃を、一夏が防ぐ。

 

 

 

「すみません!!」

 

 

そんな中、伊之助が炭治郎に状況を説明する。

 

 

「作戦変更!!蚯蚓女に全然近づけねぇ!!こっち四人で蟷螂男をオッサンに頑張ってもらうしかねぇ!!」

 

「鎌の男よりも、まだこちらの方が弱い。まずこっちの頸を斬ろう。炭治郎、まだ動けるか」

 

 

「動ける!!ただ宇髄さんは敵の毒にやられているから危険な状態だ、一刻も早く決着をつけなければ…」

 

「わかってる、少しでも早く頸を斬って宇髄さんに加勢しよう!」

 

 

 とはいえ、堕姫もそう簡単にはいかせない。

 

 

「アハハハハ、段々動きが鈍くなってきてるわね、誰が最初に潰れるのかしら?」

 

 

 そんな中、先に堕姫と対峙していた炭治郎が叫ぶ。

 

 

「この鬼の頸は柔らかすぎて斬れない!!相当な速度、もしくは複数の方向から斬らなくちゃ駄目だ!!」

 

 

 すると、伊之助が名乗り出た。

 

 

「複数の方向なら、二刀流の俺様に任せておけ、コラァ! 四人なら勝てるゼェェェエ!!」

 

「そう言う事なら、俺もやらないわけにはいかないな。俺が道を切り開く…お前達三人は奴の頸を斬れ…いいな?」

 

 

「了解です!」

 

「わかりました!」

 

今の俺がやる事は…天さんを信じて、三人の道を切り開く事……!

 

 

 

立ちはだかる帯を断ち切りながら進む。

 

 

「獣の呼吸 捌ノ型・爆裂猛進!!」

 

「ヒノカミ神楽・日暈の龍・頭舞い!」

 

「雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃・八連!!」

 

 

その後ろを、伊之助と炭治郎、善逸が猛進する。

 

 

「日の呼吸改・円舞回天」

 

 

一夏が、横からの帯の攻撃を受け流しながら斬る。そして一夏は初めて見る雷の呼吸に感心していた。

 

「(あれが雷の呼吸、まさに雷鳴の如し、だな。)」

 

 

「(コイツ、防御を一切せず直進のみに集中してる!)」

 

 

 そして、鬼の前で伊之助達に道を空けた。

 

 

「今度は決めるぜ、陸ノ牙・乱杭咬み!」

 

「ヒノカミ神楽・碧羅の天!」

 

「雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・神速!」

 

 

炭治郎は炎の円の斬撃を描き、伊之助の放った刃はノコギリのように削り、善逸は雷の一閃で、堕姫の頸を斬り落とした。

 

「よし!」

 

「やった!!」

 

「やった、伊之助!!」

 

伊之助はそのまま、堕姫の頸を掴む。

 

 

「頸、頸、頸!!くっ付けらんねぇように 持って遠くへ走るぞ!!」

 

 

 そう言うと伊之助は、体から引き離すように持って走り出した。

 

 

「とりあえず俺は頸持って逃げるからな!!赤羽織達はオッサンに、加勢しろ!!」

 

「ありがとう伊之助!」

 

「気を付けろ伊之助!頸を斬ったとはいえその鬼の本体は生きてるからな!」

 

「おうよ!!」

 

これには堕姫も黙っちゃいない。

 

「糞猪、離しなさいよ!!」

 

「!!」

 

 

 体のない堕姫は、髪の毛を操り、伊之助に絡み付こうと抵抗するが、伊之助に髪を切り刻まれた。

 

「グワハハハ!攻撃にキレがねぇぜ!!」

 

「何ですって!?」

 

「死なねぇとはいえ、急所の頸を斬られてちゃあ、弱体化するようだな、グハハハ!」

 

次の瞬間、風が揺らいだ。何が起きたのか、分からなかった。

 

 

分かるのは、いつの間にか伊之助の真後ろに兄鬼がいることと、妹鬼の頸を取られ、倒れる伊之助の姿であった。

 

 

 嫌な感覚がよみがえる。

 

 

 

「伊之助ぇっ!!」

 

「伊之助ーーーーッ!!」

 

どうして!? なんで兄鬼が…っ兄鬼は宇髄さんが……。

 

 

炭治郎は天元の姿を探す。そして、振り返った先に、大量に血を流し、倒れ込んだ天元の姿があった。

 

「伊之助!天さん!」

 

一夏は仲間が目の前でやられる姿を見るが直ぐに切り替えようと視線を堕姫に変えようとした時…

 

 

「あ………?」

 

そして一夏は天元の様子に違和感を持ち、すぐに切り替え炭治郎に告げる。

 

 

「……炭治郎、善逸、今すぐ伊之助を連れてここから退け…伊之助はまだ生きてる、急げばまだ間に合う」

 

「い、一夏さん、でも!」

 

「行け!今の伊之助を助けられるのはお前達だけだ。それに炭治郎、お前はもう…限界のはずだろ?」

一夏の言葉に炭治郎は二の句を継げなかった。今の炭治郎は誰がどう見ても重症でいつ倒れてもおかしくなかった。

 

一夏が確認できたのは疲労、出血や斬撃による傷に加え、禰豆子の暴走を止めた時に出来た打撲、両腕の骨のヒビ、もはやここまで戦っていたのが奇跡というくらいだ。

 

 

「わかったか…今すぐ禰豆子も一緒に連れてここから離れろ。前にも言った筈だ… 『鬼を殺すことよりも、戦場で生き抜くことを第一とする。決して無理はしない事だ』と、お前らは充分よくやったさ、流石俺の継子だ。善逸達も含めて、誇りに思う」

 

「一夏さん…」

 

「後は“俺達”に任せろ…まきをさん達と合流して避難誘導を頼む、避難誘導よりも…炭治郎はまずは手当を受けろ、いいな?」

 

「っ!はい!……ご武運を!」

 

「無茶はしないでくださいよ!」

 

「…ああ、任せろ」

 

炭治郎は善逸と一緒に、倒れている伊之助と箱の中に眠っている禰豆子の回収に向かおうとするが、

 

「逃がすわけないだろぉ…!」

妓夫太郎は炭治郎達に向けて、血鎌の斬撃を放つ。

 

炭治郎達に直撃すると思われた瞬間、一夏が一瞬にして炭治郎の後に立っていた。

 

 

「日の呼吸改・飛輪陽炎・業炎撃」

 

一夏は日輪刀を強力に振り下ろし、血鎌の斬撃を一刀両断し燃やし尽くした。

飛輪陽炎に炎の呼吸を取り入れた技、飛輪陽炎をより強力に振り下ろし、焼き尽くす。

 

「嘘!お兄ちゃんの血鎌の斬撃を…たった一振りで、燃やしやがった…!?」

頭がくっついた堕姫は信じられないような表情だった。

 

「悪いな、ここから先へは行かせない」

 

「まさかお前ぇ、俺達兄妹を一人で相手をするってのかぁ?俺達は一心同体、頸を同時に断たれなければ死なねぇんだよなぁ」

 

 

「一人?勘違いしてもらったら困る。俺は一人じゃない」

すると隣にもう一人の剣士が一夏の隣に立つ。

 

「おうよ、俺達二人が…テメェらの頸を派手にぶった斬るんだよ!」

すると隣に傷だらけの天元が一夏の隣に立ち鬼兄妹に強く告げる。

 

「天さん、本当に大丈夫なんですか?」

 

「テメェが持っていた解毒剤のおかげでなんとかって所だが、長くはもたねぇよ」

天元の容体を透き通る世界で見ると、止血の呼吸で出血は止め、致命傷は避けてはいるものの毒によりあまり長くは動けないだろう。今回の鬼の毒は濃度が高く、一時的にしか効かないと察せられる。

 

「その顔、完成したんですね?」

 

「ああ、『譜面』が完成した!! 勝ちに行くぞ…イチ!!」

 

「はい!」

 

 

「そんな状態で何ができるって言うのよ?どう足掻いても私達には勝てはしないのよ!」

 

 

「イチ、よく聞け、勝つためには一撃で決める。俺に合わせることはできるか?」

 

「出来ますけど、まさか天さん……終ノ型を?」

 

「ああ、これしか方法はねぇ、頼めるか?」

 

「……わかりました。今はそれしか奴らを同時に斬る方法はないですからね。」

 

 

「そうかい、お前にも出来ないことがあってホッとしたぜ。さぁて、この一撃が勝負だ!ド派手にいくぜ!!」

 

 

ーー音の呼吸 終ノ型・鳴動爆心!

 

天元は音の呼吸によって限界以上に心臓の心拍数を上げて身体能力を爆発的に上昇させる

 

「(チャンスは一度きり、これで決める)」

 

一夏は日輪刀を刀を頭の右脇に構える。

 

「いくぜ、イチ!」

 

「はい……ド派手に決めましょう!」

 

一夏も天元の言葉に賛同する様に同時に駆け出す。

 

音の呼吸 陸ノ型・音響交差!

 

「日の呼吸改・円舞鳳凰」

 

「っ⁉︎はや……」

 

「血鬼術・円斬旋回 飛び血鎌!」

 

堕姫と妓夫太郎は全力を込めた術を放つ。

 

天元は二刀の刀を交差させ、一夏は全てを燃やし尽くす鳳凰を飛ばし前進する。

 

そして全力を込めた血鬼術の無力化されるとは思ってもいなかった上弦の鬼兄妹は慌てて回避しようとするが、既に遅く二刀の刃が頸に迫り、

 

 

「「旭日衝天!」」

 

 

天に昇るような激しい勢いの合技が放たれ、兄妹鬼の頸は同時に宙高く舞い上がった。

 



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終わりと始まり

「いやあああ!死なないでぇ!死なないでくださぁぁい天元様あ~~!せっかく生き残ったのに!せっかく勝ったのに!!やだやだあ!!」

 

 

 戦いは終わったが、払った代償は大きかった。毒に蝕まれた天元の身体は出血も酷く、須磨はだだっ子のように咽び泣く。

 

「鬼の毒なんてどうしたら良いんですか!?解毒薬が効かないよぉ…ひどいです神様、ひどい!!」

 

もう長くないと悟った天元が、口を開く。

 

「最期に言い残すことがある、イチにも伝えてくれ、俺は今までの人生……」

 

「天元様死なせたら、あたしもう、神様に手をあわせられません!!」

 

 

 辞世の句は、泣きわめく須磨にかき消された。

 

 

「絶対に許さないですからぁ!!!」

 

「ちょっと黙んなさいよ、天元様が喋ってるでしょうが!」

 

 

 須磨を止めるため、まきをが口を開くものの、騒ぎは酷くなり、終息しない。

 

「どっちも静かにしてよ…!」

 

雛鶴がなだめるも、二人には届かない。

 

 

「口に石詰めてやる、このバカ女!!」

 

「うわあああ、まきをさんがいじめるうううう゛オ゛エ゛ッ?!ホントに石入れたぁ!!ギャアアアッ!!!」

 

 

 天元は薄れゆく意識の中で後悔した。

 

 

「(嘘だろ? 何も言い残せずに地味に死ぬのか俺?毒で舌も回らなくなってきたんだが、どうしてくれんだ…言い残せる余裕あったのにマジかよ?派手に終ノ型決めて、イチとド派手な技決めて、派手に別れを告げて、華々しく散ろうって覚悟決めてたのによぉ……ああ…チクショウ…花畑が見えてきやがった……すまねぇ、愛しき女たちよ!!!)」

 

そんな騒ぎの中、天元の体に触れ、血鬼術を”天元へと放った”者あり 。愛する亭主が火だるまになり、三等分の嫁達は慌て出す。

 

 

「ぎゃあああああっ⁉︎何するんですか⁉︎誰ですかあなた?!いくらなんでも早いです、火葬なんて、まだ死んでないのに焼くなんて!!」

 

 

 須磨達がぎゃあぎゃあ喚くも、その“焼かれた”はずの天元が止めに入った。

 

 

「ちょっと待て、こりゃ一体どういうことだ?毒が、消えた……!?」

 

 

 その言葉に、須磨達は一斉に天元へ飛び付いた。そこへ、遅れてやってきた炭治郎が声をかける。

 

 

「禰豆子の血鬼術が、俺と伊之助の毒を燃やして飛ばしたんだと思います、俺にもよく分からないのですが…傷までは治らないので、もう動かないでください…御無事で良かったです」

 

 

 ぽかんとしながら、天元も返事をする。

 

 

「こんなことって有り得るのかよ、混乱するぜ…だが、煉獄が認めたのも納得だわ」

 

 

 「動かないで」と言った炭治郎本人は、どこかへ行こうとするので、天元が止める。

 

 

「いやいや、お前も動くなよ、死ぬぞ?」

 

「俺は鬼の頸を探します。確認するまでは、まだ安心できない」

 

 

「それはイチが確認しに行った。だからテメェも隠が来るまでおとなしく待機してろ……また蝶屋敷で胡蝶(おに)が出るぞ」

 

 

「わっ……わかりました」

 

「(竈門の妹のおかげで助かったが、俺も派手に危なかったわ、一瞬花畑が見えたぜ)」

 

「(血の回収をしようと思ってたけど、一夏さんに任せよう)」

 

炭治郎はしのぶに叱られた時のことを思い出したのか、顔を青くし禰豆子に背負ってもらいながらもその場で待機した。

一夏と炭治郎は珠世の依頼を受けている為、炭治郎は鬼の消滅を確認するのと同時に血の回収に向かったのだと判断した。

 

 

しかし天元は知らなかった、本当の地獄がここから始まることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、血の回収はこれで大丈夫だ。後は……」

 

 

天元が復活する少し前、彼の指示で鬼兄妹の首を探していた一夏は、途中で鬼の血溜まりを見つけ、上弦の鬼の採血に成功した。

 

 

 

一夏が気配を辿っていくと、言い争う声が聞こえてきた。

 

 

「なんで助けてくれなかったの!?」

 

「二人の柱を相手してたんだぞ!!ましてやあのお方が警戒していた耳飾りの剣士もいたんだぞ!!」

 

「だから何よ!?」

 

 

「(喧嘩、か?)」

 

一夏はしばらく様子を見守っているが、二人の兄妹喧嘩は止まない。

 

 

「そもそもお前は、何もしてなかったんだから、柱にトドメくらい刺しておけよ!」

 

「じゃあ、そういう風に操作すれば良かったじゃないアタシを!それなのに何もしなかった!!油断した!!!」

 

「うるせぇんだよ、仮にも上弦と名乗るんならなぁ、手負いの下っぱ三匹くらい一人で倒せ馬鹿!!」

 

 

 兄の言葉にカチンときた堕姫は、売り言葉に買い言葉で……

 

 

「……アンタみたいに醜い奴が、アタシの兄妹なわけないわ!」

 

 

 言い出したら止まらない、止められない。思っていなくても、嫌な言葉がどんどん溢れてくる。

 

 それを妓夫太郎も、黙って聞いてはいられない。そして、醜い言い争いは泥沼と化す。

 

 

「出来損ないはお前だろうが!?弱くてなんの取り柄もなくて、お前みたいな奴を庇ってきた事が心底悔やまれるぜ。お前さえいなけりゃ、俺の人生もっと違ってた、お前さえいなけりゃなあ!!」

 

 

 兄の言葉に、堕姫はボロボロと涙を溢す。止める術はないのだろうか。

 

 

「お前なんて、生まれてこな……」

 

 

 その言葉を、一夏が止めた。

 

「その先は言ったらダメだ。本当は、そんな事思ってない、全部嘘の筈だ。俺も血の繋がった家族が姉一人だけだ。だから、君たちの気持ちも、少しはわかるつもりだよ。仲良くしよう…この世でたった二人の兄妹なんだろ?君たちのしたことは誰も許してくれない。殺してきたたくさんの人に、恨まれ憎まれて罵倒され、味方してくれる人なんていない。だからせめて二人は、お互いを罵り合ったら駄目だ。二人にも悲しい過去が、人間と決別したいことがあり、人間と共存する道は有り得なかったんだろう……だけど、君達は鬼であり兄妹だ、その絆が本物だってのもわかる。だからせめて……最期まで笑い合ってくれ」

 

一夏の瞳からは慈悲の念が汲み取れた。

 

「変な奴、なんで……私達に、そんな顔できるのよ……」

 

「正直、兄に甘えてる君が羨ましかった。俺は姉に甘えられない環境で育った。この痣のせいで周りからは汚物を見られるような視線を当たり前のように向けられていた。数え切れないほどの罵声を浴びたよ。」 『織斑の汚物』,『なんでお前みたいな奴が存在しているの?』,『千冬様の存在の邪魔』,『忌み子』………「……もしかしたら、君達と同じように人を信じられなかったかもしれない。でも、少なからず俺を理解してくれる人達がいたから、人を信じようと思えたんだ……今では、俺には勿体無いくらい、かけがえのないものがたくさん増えたんだ」

 

そして、一夏の言葉に、堕姫は涙を流しながら一夏に笑みを浮かべた後、

 

「そっか、お前、お兄ちゃんと……似てるとこあるんだ。私達も、そんなみちが……あったのかなぁ、お兄、ちゃん、ごめん……なさい、酷いこと……言って、ごめん…なさ」

 

 

先程の言葉を撤回しながら、後悔しながら、堕姫は崩れて消えた。

 

 

「梅!!」

 

その瞬間、妓夫太郎は全てを思い出した。

 

妹の名前は堕姫ではなく、梅だったと。それも、母親の病名から付けられた名前であることも。

 

 

「お、オレ……梅に……なんてことを……」

 

「大丈夫だ。兄妹なんだろ?兄妹なら、喧嘩くらい心配ない。『喧嘩するほど仲がいい』とも言うからな、何度でもやり直せる。いくら仲がいいとはいえ、喧嘩も偶にはするものさ」

 

一夏がそう呟く。そして妓夫太郎が思い出すのは、人間だった頃、『梅』と過ごした日々だ。

 

 

『お兄ちゃん……寒い……』

 

『俺たちは二人なら最強だ、寒いのも、腹ペコなのも、全然へっちゃら。約束する、ずっと一緒だ、絶対離れない。ほら…もう、何も怖くないだろ?』

 

「……そうだと、いいなぁ、なあ、痣柱…いや、織斑のイチさんだったか?冥土の土産に、ダンナの名前聞かせてくんねぇかなぁ」

 

「織斑一夏、君と同じ…生まれつき痣もちの人間さ」

 

「おり、むら、いちか、織斑一夏か……ははっ、やっぱ愛着が湧くなぁ…いい男なのに、いい男過ぎて気持ちが良すぎらぁな!まぁ、せいぜい死なねぇよう気をつけるんだなぁ、“一夏のダンナ”」

 

妓夫太郎は、両瞳から涙を流していたが、声は穏やかだった。妓夫太郎は、妹の後を追うように消滅する。

 

 

「…もし…生まれ変わることができたら、いつか未来で会おう」

 

 

一夏は夜空に向け、告げる。

 

ザァァア。

 

 

その時、ほんの少しだけ風が吹き、一夏の髪と耳飾りが揺れる。そして小さな何かが一夏の中に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

『『ありがとう』』

 

その夜風はまるで二人が感謝の言葉を伝えているように感じた。

 

 

 

 

遊郭での戦いが、終わりを告げた時でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上弦の伍の討伐を終え、宇髄夫妻、意識を失い隠に背負われた炭治郎,禰豆子,善逸,伊之助は蝶屋敷に向かう。

 

 

一夏は一度、藤の屋敷に戻った。理由は上弦の血を珠世の元に届ける為だ。猫の茶々丸に血の入った短剣を渡すと、茶々丸は姿を消し、珠世の元に戻っていった。

 

そして一夏は、そのまま朝まで藤の屋敷で休み、蝶屋敷へと帰路を急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいッ⁉︎…こっ、これは…あの時の!?」

蝶屋敷に戻ると、任務時にふと感じた邪気を放つドス黒いオーラが屋敷内を充満していた。そして出迎えてくれたのはカナエと真菰、そして蜜璃の三人だった。

 

「お、お帰りなさい、一夏」

 

「任務…お疲れ様、一夏」

 

「こ、こんにちわ一夏君」 

 

 

「た、ただいま。あの、これは一体…、それになんで蜜璃さんと真菰が…」

三人はかなり疲れている様子だった。一夏は意を決してこの充満している邪な気配について問うた。

 

「あの、このドス黒い邪気は…もしかして」

 

「うん、一夏の予想してる通りよ」

 

「ご、ごめんね一夏君…」

 

「私達も踏ん張って説得はしたんだけど、治る気配もなくって」

 

 

「…俺、しのぶに何かしたのか?」

しのぶが怒る時は一夏自身も基本自覚はしていたが、今回ばかりはしのぶを怒らせる要因に心当たりがなかった。

 

 

「実は……」

 

 

 

 

 

◇時は数日前

 

一夏達が遊郭に向かった翌日の事である。蝶屋敷ではある人物により邪気が充満していた。

カナエとカナヲ、薬をもらいに来た真菰と、様子を見にきた蜜璃、四人は、それを発している存在の部屋の前に立っていた。

 

「カナヲは悪くないのよ、だから気にしないでいいのよ?」

 

「…けど、私がしのぶ姉さんに兄さん達が向かった先について話したから……」

 

「確かに気持ちもわからなくはないけど…流石にこればかりは異常よ……」

 

「カナエさんに事情を聞いて状況はわかったけど、しのぶちゃん……大丈夫かしら?」

 

良くも悪くもこれは言う機会を間違えただけ。「遊郭に行く」といってもそこで遊郭本来の姿を堪能してくる一夏の姿を全く想像出来ないカナエと蜜璃、真菰は、しのぶが異常な程苛立っていることに驚いている。

一夏は遊郭へ遊びに向かったのでは無く、音柱の宇髄天元と一緒に遊郭の任務調査へ出向いただけのことだ。

 

「(一夏に限って、しのぶ以外の女性とあんな事やそんな事はしないだろうけど……)」

 

「(一夏君に限って浮気するような子じゃないのは直ぐにわかる。一夏君はしのぶちゃんに一途だから…絶対にそんな事はない…)」

 

 

 

一夏がこの時代に来た時から、二人の関係を見守っていたカナエは知っている。一夏としのぶの関係は、周りから見ておしどり夫婦と見えるくらい仲がいい。

 

蜜璃は杏寿郎の紹介で一夏と二人で話した際、悩みを聞いてくれたりと、胡蝶家の事を話すと、表情が一変して笑顔で話してくれた。特にしのぶの事を話した時の一夏の表情はまた違った。

 

しのぶ以外の女性との反応の差は歴然で、蝶屋敷の少女達の場合は家族愛に近い。カナヲやアオイ、三人娘達にとっては兄のような存在、一夏は蝶屋敷の太陽的な存在なのだ。

 

 

「(一夏の場合、昔あったものが一夏の時代じゃなくなってるって言うし、遊郭自体も聞いたことがないかもしれないわね)」

 

「とにかくカナエさん、しのぶをまず説得しないことには流石にまずいですよ」

 

「真菰ちゃんの言う通りですよカナエさん!一夏君は絶対に浮気するような男子じゃないですから!」

 

「そ、そうね、蜜璃ちゃん、真菰ちゃん。しのぶをなんとか説得しましょう。カナヲ、私達に任せてアオイを手伝ってあげて」

 

カナヲは「うん」と返事をしアオイの元に向かう。それを見届けたカナエが襖を開けると、部屋の奥にある作業台の前にしのぶは立っていた。どうやら鬼に有効な毒の研究をしているらしく、試験管の中の毒々しい色をした液体をクルクルと回していた。

 

「あら、 姉さん、蜜璃さんに真菰?どうしたの三人共?」

 

「え、っと、しのぶ…あのね」

 

「昨日から苛々してた事を聞きにきたのかしら? だとしたらごめんなさいね二人共。けど大丈夫よ、落ち着いてきたから」

 

 

しのぶは笑顔で告げるが、目は笑っていないし、邪気が治まる気配は全くない。「どこが?」と言いたい性分をなんとか真菰は抑える。しのぶの周囲は昨日から邪気が充満しており、カナヲとアオイ、三人娘達はカナエと一緒に寝るほど怖がる始末だ。

 

 「しのぶちゃん、今回はいつもの毒にしては違う気がするけど、新しい藤の毒かしら?」

 

蜜璃が話題を変え、しのぶの手に持つ試験管の液体を指差して問いかけると、彼女はそれを見ながら問いに答える。

 

「違います。これは主に痺れ効果を発揮する薬です。揮発性にするか悩んでるんだけど、三人はどうかしら?」

 

真菰とカナエ、蜜璃はしのぶの言った事を整理する。まず違うと答えた時点で鬼に使うつもりは無い。そしてわざわざ揮発性にするかを考えている。

 

「しのぶ、ハッキリ言うわよ」

真菰は、早めに釘を刺しておこうと決めた。今回ばかりは、暴走の一歩手前だ。

 

「一夏が遊郭で女性と逢瀬を楽しむなんて全く無いから、物騒な考えは止めよう」

 

「真菰ちゃんの言う通りよしのぶ、一夏は偶然任務先が遊郭になっただけで遊びに行ったわけじゃないわ」

 

 

その言葉にしのぶは折れることなく常に笑顔を浮かべカナエ達に告げる。

 

「何を言ってるの二人とも? 私は一夏が遊郭で女性と逢瀬をする事に苛立ってる訳では無いの。ゼッタイニネ」

 

「「…ひっ!」」

カナエと蜜璃はしのぶの最後の方の言葉に恐怖を覚えた。今までのしのぶからはあり得ないほどの冷たく低い声だったのだ。

 

「(うん。コレは、もう無理だ……一夏に任せるしか手がない、一夏、早く帰ってきて……!)」

 

真菰は諦めた。よって、一夏が帰ってくるまで、蝶屋敷の乙女達は邪気が充満した世界で過ごす羽目になったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……一夏、あなた、今回の任務の行き先は?」

 

「?遊郭に潜んでいる鬼の調査、発見し次第討伐…」

 

「一夏、遊郭がどんなところか知ってる?」

 

「最初は天さん達に説明されただけでよくわからなかっ………そう言うことか」

一夏は理解した。天元や善逸に説明された際、遊郭はいわば現代で言うキャバクラみたいな所と考えていた。「おそらくしのぶは俺がしのぶ以外の女性と絡んでいると考えてしまったのだろう」と。

 

「わかった、なんとかしてみる。遊郭を知らなかったとはいえ、連絡しなかった俺にも責任があるか「おかえりなさぁい、イ・チ・カ」…っ!!!???」

 

一夏は背筋が凍る感覚に襲われ、後ろを振り向くと、満面の笑みのしのぶが一夏を出迎えていた。しかしその眼は笑っているようで笑っておらず、一夏は無表情のまま、冷や汗がどんどん流れる。

 

「た、ただいま…しのぶ?」

 

「おかえりなさい、イ・チ・カ」

 

「その、しのぶ……え、笑顔が怖くないか?」

 

いつもと同じような笑顔を浮かべているようで、その笑顔の裏に見え隠れする黒いナニカが溢れ出ていた。

 

「そんな事ないわよ、ねぇ、姉さん、蜜璃さんに真菰?」

 

「わ、私、患者の診察に行ってくるわねっ!」

 

「わ、私達は任務に!行こっ!真菰ちゃん!」

 

「は、はい!」

 

 

 

逃げ出すカナ姉と蜜璃さん、真菰をしのぶは止める事なく、笑顔のまま俺に迫ってくる。

 

「一夏、任務お疲れ様。楽しかったかしら?」

 

「な、何を言っているんだ…俺はただ」

 

 

「部屋でお話聞くわ?」

 

蝶屋敷の廊下からしのぶの自室へと場所を移すことになった。俺は覚悟を決めしのぶについて行く。

 

そして、しのぶの部屋に入ったその直後、俺はしのぶを背後から抱きしめた。俺としのぶは身長差があり、俺の顔はしのぶの肩に置くことができる。

 

しのぶは俺の手に触れてくれるが、目を合わせてはくれない。その体は僅かに震えており、その目は少し潤んでいるようにも見える。

 

 「……一夏は、私のこと、好きなんでしょ?」

 

「当たり前だろ…」

 

「なんで…何も言ってくれなかったのよ?」

 

「ごめん。そこは俺も軽率だった。知らなかったとはいえ、連絡しなかった俺にも責任がある。本当にごめん、しのぶ」

 

一夏は更に強くしのぶを抱きしめる。すると屋敷内を充満していた邪気がみるみる浄化されていく。

 

 

「馬鹿、連絡してくれるだけでもよかったのに、私、一夏が他の女性と……」

 

しのぶを悲しませてしまった。しのぶの彼氏として、やってはいけないことをしてしまった。

 

「今度からそう言う場所に任務に行く際は連絡する。けど、忘れないでほしい、俺はどんな事があろうとも…しのぶ、君しか見ていないと」

 

「………一夏」

 

 その姿をみて、愛おしさが溢れてくる。今度はしのぶが正面から俺を抱きしめた。華奢な体だけれど、柔らかく暖かい。とても落ち着く。そして俺もしのぶの背に手を回し抱きしめる。

 

「ごめんな…しのぶ、」

 

「私も…ごめんなさい、こんなめんどくさい女で。大好き、一夏」

 

 

お互いに見つめ合い、二人は唇を重ねた。



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懲りない音・繋ぐ日と違和感の正体

遊郭の任務から二週間が経過した頃、蝶屋敷の病室では

 

 

「宇髄さん、あなたは今何をしようとしていたのですか?私達の屋敷でここは病室ですよ?今すぐあなたをそのまま追い出してもいいんですよ?」

 

「(なんだろう、前にも似たようなことがあった気が…)」

 

説教が始まろうとしていた。

 

任務の際に自ら毒を飲んだ雛鶴は、様子見で一週間入院したが、身体に異常はなく退院した。そんな雛鶴は天元の見舞いに来ていたのだが、愛の営みを始めようとしたのが不味かった。経過を見に来たしのぶは、青筋を浮かべながら笑顔で苦言を呈する。その隣で立つ一夏は黙って様子を見守っていた。

 

「…も、申し訳ありません、胡蝶様」

 

「んだよ…夫婦同士なら別にいいだろ?」

 

「人目がないのならまだいいですが、私達が入室した途端に中断するのはやめてもらえませんか?あなた達なら私達が来る前に中断するくらいできたでしょう?」

 

「お前らだって派手にあんなことやそんなことしてるだろ?だからお互い様じゃね?」

 

「天元様!!あなたも反省してくだ「宇髄く〜ん」ひっ⁉︎」

 

 

「……え?」

ガシッと頭を掴まれる感覚がし、雛鶴の向かい側に強引に振り向かせられた先には、黒い笑みを浮かべ、天元の頭を鷲掴みしているカナエの姿があった。

 

「お、お前…いつそこに?」

 

「うふふ、こんにちは宇髄くん、話は聞かせてもらったけど、一夏としのぶはあなたと違ってちゃんと自重しているの。あなたは自分がやっていることに自覚があるのかしら?こうやって手当を受けて入院させてるのは誰のおかげかしらね?」

カナエは懇々と諭すが、その手に入った力はどんどん強くなっていく。

 

 

「イダダダダダッ!?こ、この痛みは…イチのやつと同じ…お前、引退したんじゃなかったのかよ⁉︎」

 

「あらあら、確かに引退はしたけど呼吸はまだ使えるのよ?そんなに長くは使えないけどね。」

 

「ちょ、オイ!どんどん地味に力を強くすんな⁉︎俺、怪我人だぞ⁉︎」

 

「うふふ、怪我人?アオイ達にあんな事しておいてよく言えるわね?本当は日輪刀で斬り刻みたいとこだけど、“奥さんの前では”やめておくわ。しのぶ、出番よ」

 

「うふふ、了解よ…姉さん」

しのぶはカナエの隣に立ち、懐から何かが入った紙袋を取り出す。

 

「お、オイ、コラ、胡蝶妹!…!?こっ、胡蝶大先生?そっ、そりゃあなんだ?」

 

「これですか?これは開発した新薬で、とてもニッガ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜イお薬です。効果は保証しますので大人しく口を開けてください…ね、派手柱?」

天元は顔を青くし冷や汗がどんどん流れる。雛鶴は二人を止めるどころか諦めている。二人がここまで天元に対し怒りを抱いているかは事情を聞いている為自業自得と思っているからだ

 

「お、オイ、イチ…助けぎいやぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~っ‼」

 

「(この二人だけは絶対に怒らせないようにしよう。さようなら天さん……どうか死なないで)」

 

一夏は胡蝶姉妹を絶対に怒らせてはいけないと心に誓う。天元の悲鳴と、頭から鳴ってはならない音が二重奏で響き渡った。脳天締めに加え薬を無理に飲まされた天元は……燃え尽きたように真っ白になって倒れ、一歩も動くことはなかった。

 

 

 

 

———————–––––

 

————————

 

—————

 

 

◇その夜

 

 

「ここは…」

一夏はふと目を覚ます。辺りは木々に囲まれていた。そして一夏は…この場所に覚えがあった。

 

「この場所、炭吉さんの……けど、どうしてこの場所に…」

久しぶりに見る夢の中で一夏は少し動揺していた。あの後、一夏は蝶屋敷の仕事を手伝った後、報告書をまとめてから、部屋で眠りについたのだが、いつのまにか炭吉の家の付近にいた。

 

「夢か…血鬼術ってわけでもなさそうだな…って、いけない。はぁ、夢だけでも血鬼術と疑うとは、情けない」

一夏は己の情けなさを反省する。そして再び辺りを見渡すと一軒家が目に入った。

 

「ん、誰かいる」

赤ん坊を背におぶった男性と隣に立って女の子を抱えている女性、そしてその先には…一夏が知っている人物がいた

 

「…縁壱さん」

一夏の内の世界にいる継国縁壱だった。そして赤ん坊を背負っている男性は竈門家先祖の炭吉だった。

 

縁壱は炭吉に何かを託した。それは、一夏には遠目だったが渡したものに見覚えがあった。

 

「あれは……炭治郎の耳飾り!そうか、この時に、耳飾りを…」

 

一夏は少しずつ今の夢の内容の記憶を思い出し始める。

 

縁壱はその後、軽く頭を下げ、何も言わず踵を返し歩き始め、一夏を透けて通る。

 

その後ろ姿は…何処か寂しくて悲しい感じがした。

 

『縁壱さん!後に繋ぎます。貴方に守られた命で…俺たちが!貴方は価値のない人なんかじゃない!!何も為せなかったなんて思わないで下さい!!そんなこと絶対誰にも言わせない!この耳飾りも日の呼吸も後世に伝える、約束します!!』

 

 

炭吉は涙を流しながら約束する、離れた場所から縁壱に聞こえるように。

 

 

そして縁壱は炭吉に振り返った。

 

 

『ありがとう』

 

 

一夏が見たのは、穏やかに微笑む縁壱の姿だった。

 

 

 

「……」

 

パチリと一夏は目を覚ます。視線だけを周りに向け確認する。周りは明るく日が昇っている

 

 

「……はは」

一夏は瞳から涙を流す。あの穏やかな微笑みの縁壱、一夏は炭吉との関係を全て思い出した。縁壱の心の底からの笑顔を見た途端に、流れ込んできたのだ。

 

 

「(縁壱さん…日の呼吸は、今もちゃんと伝えられてるよ。俺の時代じゃどうなってるかわからないけど、今も、しっかり受け継がれてる)」

 

一夏は意識をハッキリさせた後、自身を確認すると隣に一人の少女が眠っていたことに気づく。

 

「ふふっ、しのぶはまだ寝てるか…」

 

しのぶは顔を一夏の方に向けて添い寝をしていた。

 

 

 

「(そう言えば、那田蜘蛛山の時に言う事をなんでも聞くって約束してたな)」

 

あの時からだいぶ事が落ち着き、どんな事を頼まれるかと身構えたが、まさか「夜は一緒に寝て欲しい」と頼まれた時は驚いた。偶に一緒に寝ることはあったが、しのぶ自ら一緒に寝て欲しいと言われたのは初めてだったからだ。

 

「すぅ、すぅ」

 

「(……可愛い)」

 

一夏はしのぶの寝顔に表情を綻ばせる。

 

「しのぶには悪いけど…そろそろ起こさないとな、しのぶ、そろそろ起きろ…朝だぞ」

 

「う〜ん、姉さん…あと五分」

しのぶは起きる気配はなく毛布を頭を隠す様に潜ってしまい、起きる気配はない。どうやら二度寝をするようだ。

 

「カナ姉じゃないぞ俺は。起きろしのぶ、二度寝は良くないぞ」

一夏が強引に毛布を剥ぐと、しのぶは布団の中で蹲っていた。

 

「(……まるで猫みたいだな)起きろしのぶ……仕事に遅れるぞ?」

 

「あと一時間!」

 

「何故に時間が伸びる?起きないなら、こうするまでだ」

 

一夏はそのまましのぶに顔を近づけ、彼女の唇に自身の唇を重ねる。

 

「…ッ⁉︎」

しのぶは突然の感触に目をパッ!と見開き一気に顔を赤くする。一夏は十秒経つと唇を離し、しのぶをじっと見つめた。

 

「おはよう……やっと起きたか、俺は先に行くからな」

 俺は今日、杏寿郎と稽古の約束をしている。準備を始めるため、寝室から退室した。部屋の中でボン!と何かが破裂した様な音がしたが、気にしないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ!」

 

ある場所で、二人の剣士が汗を流しながら木刀をぶつけ合っていた。そして互いに距離を取ると深く呼吸を行い、炎と日の技を放つ。

 

 

「炎の呼吸 壱ノ型・不知火!」

 

「日の呼吸改・炎舞疾風」

 

激しく燃え滾る斬り払いから生じた炎と灼熱の斬撃が交差する。

 

 

「(今の技、一夏の使っていた円舞一閃よりも早く威力が強い!透き通る世界の練度は上げたとはいえ、反応速度は一夏が断然上!)」

 

「(杏寿郎、無限列車の時よりも更に腕を上げている。透き通る世界での反応速度も早くなってきている。少しだけギアを上げてもいいかもしれないな、しかし、やはり違和感は感じるな…)」

 

遊郭での戦いから一ヶ月が経過したが、継子である炭治郎、そして伊之助はまだ目を覚ますことはなかった。善逸はと言うと、技の反動による足の骨折だけで済んだが、療養が必要なのは変わりない。故に、一夏は現在杏寿郎と木刀を打ち合っていた。

 

 

「炎の呼吸 伍ノ型・炎虎!」

 

「日の呼吸改・碧羅の天・残月」

一夏は居合の構えから抜刀するように、烈火の猛虎を斬り裂く。

 

日と炎の剣撃が繰り広げられ、二人の攻防はもはや異次元だった。互いに透き通る世界に至っているため、杏寿郎も筋肉組織の動きで何をするのか判断出来る様になっているが、一夏よりは未だ反応速度は遅い方だ。一夏は僅かな動きで対応できる。

 

 

 

「日の呼吸改・輝輝恩光・緋空斬」

 

「炎の呼吸 肆ノ型・盛炎のうねり!」

 

 

「日の呼吸改・陽華突・無想覇斬」

 

 

「炎の呼吸 拾ノ型・加具土命・焔星!」

 

 

 

一夏が火の斬撃を杏寿郎に向けて放つと、杏寿郎は自身を中心にして渦巻く炎のように前方広範囲を薙ぎ払い、炎の障壁を作り斬撃を防ぐ。

 

 

ーー日の呼吸改・烈日紅鏡・紅葉切り

 

一夏は炎の壁を突破し、すれ違いざまに杏寿郎を斬りつけようとするが、杏寿郎はなんとか斬撃を受け流し距離を取る。呼吸を整え、幻視するほどの炎が杏寿郎にまとわりつく。

 

 

「炎の呼吸 絶技! ─」

 

一夏はその気迫、杏寿郎から感じる闘気で、彼を見据える。

 

「(この感じ……無限列車の時の、いや、それ以上の…まさか杏寿郎、己の限界の殻を破ろうとしているのか?幻視するほどのこの炎の闘気……だが、なんだ…この高揚する気持ちは……合わせてはいけない。俺も、相手に応えないと!)」

 

ーー日の呼吸改ー

 

一夏も構えを取る。杏寿郎と一夏は互いに炎と火を纏い同時にその場から駆け出す。

 

 

玖ノ型 煉獄!!/炎舞鳳凰!)」

 

 

二人の一撃は進化した煉獄の炎龍と火の鳳凰の衝撃波と化し、土埃が舞う。

 

土埃が少しずつ薄れてゆき……そこに映ったのは、木刀を振り抜いていた一夏と杏寿郎の姿。

 

 

 

「………」

 

 

 

 

「…はは、限界の殻を破ったか……杏寿郎」

 

そう言うと、“一夏の木刀だけ”刀身が粉々に砕けてしまった。

 

 

「っ!……一夏、俺は」

 

「ああ、杏寿郎の勝ちだ」

 

「よもや!俺は…一夏に勝ったのか⁉︎」

 

「俺も杏寿郎に全力を込めて鳳凰を放った……杏寿郎はそれを上回った。俺もまだまだ精進しないとだな」

 

杏寿郎は一夏に模擬戦とは言え勝利したことに驚き、そして、心の底から笑みを浮かべた。

 

 

「(それに気のせいだろうか、炎の呼吸の奥義にしては別物だったような……一瞬だけ炎が青く見えた気が……)」

一夏は先程のぶつかり合いで杏寿郎が放った“煉獄”に違和感を持ったが、一夏は今回相談することがあった為、すぐ彼に問いかける。

 

 

「杏寿郎、さっきの打ち合いでおかしな点はなかったか?」

 

「む、一夏の言っていた七つの型か?特にない!動きに無駄がなく威力も申し分なし!それがどうしたのだ?」

 

「俺が独自で五大呼吸,花と虫,月を併用した改の技、螺旋撃,疾風,業炎撃,紅葉切り,残月,緋空斬,無想覇斬、この七つの技の違和感を感じてな」

 

「猗窩座の時にも使っていたな。よもや…違和感か、それはどのような感じだ?」

 

「その七つの技を使うとしっくりこなくてな…馴染まないと言うか……技の威力も精度も問題はない。だけど納得いくような気持ちにはなれなくてな…」

 

「うむ、成る程…となると、通常の刀ではその技は向いていないのかもしれぬな」

 

「向いていない?」

 

「ああ、呼吸のように、武器も人によっては合う合わないがある。悲鳴嶼殿は鎖で繋いだ斧、宇髄に伊黒と甘露寺の呼吸は特殊な日輪刀で独自に技を補っている。胡蝶妹が毒殺に長けた日輪刀を使っているようにもな」

 

「己の技に合う武器……か」

一夏は顎に手を当て考え込む。七つ以外の日の呼吸の技は問題なく使えているが、他の呼吸を併用した七つの型は違和感があったのも頷ける。

 

「一夏、少しここで待ってはくれぬか、すぐに戻る!」

 

「え、ちょっ… 杏寿ろ––––」

 

一夏が名前を呼ぶ前に杏寿郎は一気に駆け出し、一瞬にして姿が見えなくなってしまった。

 

 

「最後まで聞いてから行ってくれ……」

 

 

一夏は杏寿郎が戻るまで瞑想を始めた。しばらくすると周りには鳥や動物が集まってきた。

 

 

 

 

 

「待たせたな、一夏!」

杏寿郎の大声で一夏に集まっていた動物達は一斉に逃げ出し、一夏はゆっくり目を開け立ち上がる。

 

「杏寿郎、いったい何をしに「これを使ってみるといい!」おっと、これは……木刀か?いや、木刀にしては長いような」

杏寿郎が一夏に投げ渡した木刀は、普通の木刀にしては長かった。

 

「その木刀は太刀型の木刀だ。中には太刀を使う隊士もいる!試してみるといい、俺の推測が正しければおそらく…一夏の七つの型は太刀が適している筈だ!」

 

「……太刀」

一夏は太刀の木刀を握りしめ、杏寿郎から少し離れて深く呼吸を行う。

 

ーー日の呼吸改 円舞・螺旋撃

 

その一振りは灼熱の竜巻を発生させた。一夏は即座に構えを変え、

 

「炎舞・疾風」

 

神速のスピードで移動して斬り刻み、

 

「飛輪陽炎・業炎撃」

 

業炎を纏い両手で振り下ろし、

 

「烈日紅鏡・紅葉切り」

抜刀する様に斬り込む。その剣速は優れた精密精度で音をかき消すかのような太刀筋だ。そして、

 

「碧羅の天・残月」

居合の構えから抜刀する様に斬り上げ、

 

「輝輝恩光・緋空斬」

燃え盛る斬撃を直線にして放ち、

 

 

「日の呼吸改・陽華突・無想覇斬」

横一閃に振るい、業火を纏い一瞬の居合いで無数の斬撃を放つ。一夏の近くに落ちていた葉が全て斬り裂かれた。

 

全ての技を放った一夏は、

  

「………これは」

あまりの手応えに驚き、木刀を見つめる。

 

「うむ!どうやら手応えがあったようだな!」

 

「ああ、驚くくらいしっくり来た。この技は…太刀に向いた技だったみたいだ。杏寿郎…ありがとう、お前に相談して正解だった」

 

「うむ!力になれたようでよかった!」

 

 

その後、一夏は太刀で日輪ノ神楽を、問題なく技を繋げることが出来るのを確認した後、杏寿郎と一緒に夕食を済ませて、蝶屋敷に戻り、ある人物に手紙を送ったのであった。




杏寿郎が放った《煉獄》は、透き通る世界にいたり、更に腕を上げ、技も進化させています。

その為、煉獄は奥義から絶技へ進化しています


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目を覚ますヒノカミ

 

 

日柱・織斑一夏の継子、竈門炭治郎は長い長い夢を見ていた。

 

 自分に似た男の人、そして、一夏と同じ額に痣があり、自分と同じ耳飾りを着けた侍との、別れ際の夢──

 

 

 眠ってしまった妻に代わり、赤ん坊をあやす客人の侍に、炭治郎に似た男の人はお茶等を運ぶ。

 

 

 すると侍は、お茶に手を伸ばしながら

 

「これを飲んだら出ていく、ただ飯を食い続けるのも忍びない」

 

と言った。その言葉に、赤ん坊を受け取った炭治郎に似た男性は、悲しげに顔をしかめる。

 

 

「そんな!あなたは命の恩人だ、あなたがいなければ俺たちどころか、この子も生まれていなかった!」

 

侍は無言で茶をすする。

 

『それならば、この事を後世に伝える』と言い張る炭治郎に似た男性の言葉に、侍は『必要ない』と一蹴する。

 

 

「“炭吉”、道を極めた者が辿り着く場所は“いつも同じ”だ。時代が変わろうとも、そこに至るまでの道のりが違おうとも“必ず同じ場所に行きつく”。お前には私が、何か特別な人間のように見えているらしいが、そんなことはない。私は大切なものを何一つ守れず、人生において成すべきことを成せなかった何の価値もない男なのだ…」

 

 

 あぁ、そんなふうに、そんなふうに言わないで欲しい…どうか、頼むから自分のことをそんなふうに…悲しい、悲しい…

 

 

 

 

────────

────────────────

 

 

涙を浮かべた目が、ゆっくりと開かれる。

 

 

「(夢…か……?ここは、俺は……?)」

 

 

 暫くぼーっとしていると、側で陶器の割れる音がした。

 

 

 

──バリン

 

「炭、治郎?」

部屋の扉の前で花瓶を落としたカナヲが驚いた様子で炭治郎を見つめ、そして弾けたように炭治郎に近寄り、手を握る。

 

「……大丈夫?戦いの後、二ヶ月間意識が戻らなかったのよ」

 

「そう…なのか……そう…か……」

 

「目が覚めて、良かった……」

 

そう言って、カナヲは涙を浮かべた。

 

 

 

 

その頃、一夏は蝶屋敷の屋根で瞑想を行なっていた。そして一夏の周りには鳥が集まり、肩や頭に乗っかっているものもいた。

 

「(手紙は送ったが……鋼鐵塚さんからはあれ以来一切返事が来ない。大丈夫だろうか……鋼鐵塚さん)」

 

杏寿郎との鍛錬の末、一夏が独自で編み出した七つの型は太刀が適していると判明した。太刀の見た目を描いた手紙と一緒にその件について送ったが、三日後に「今は無理だ。お前が満足する太刀を必ず打ってやるから待ってろ」の一言だけ返ってきた。それから一ヶ月半が過ぎ、未だ返事もないため心配していたのだ。

 

 

「おい、一夏!」

 

「伊之助…?そんなに慌ててどうしたんだ…」

 

遊郭の戦いから二ヶ月が経ち、伊之助は七日前に目を覚ました。突然慌てたように一夏の前に現れた伊之助は、ソワソワしながら、こう叫んだ。因みに伊之助はしのぶと一夏の名前はしっかり言える。理由は伊之助がしのぶや一夏の名前を呼んだ際、間違えた場合には、しのぶが伊之助を叱り名前を覚えさせたからだ、半強制的に……。

 

 

「蒼八郎が、目を覚ましたらしいぜ、いくぞ!!」

 

「…!炭治郎が目を覚ましたのか!」

 

「おう!」

 

それだけ言うと、伊之助と一夏は、急いで炭治郎の個室へと向かった。

 

 

 

────────

────────────────

 

 

 

 一夏達より、一足先に炭治郎の元へとたどり着いたアオイは、目覚めた炭治郎にわんわん泣きながらすがり付いた。

 

 

「意識が戻って良かった~~~~!!わたしの代わりに行ったから、みんな……ううっ!!」

 

泣きじゃくるアオイの背中をカナヲが擦る。

 

 

「ありが…とう…他の…みんなは…大丈夫…ですか……?」

 

その言葉には、炭治郎となんやかんやで縁のある隠の後藤が口を開いた。

 

 

「黄色い頭の奴は一昨日だっけ?」

 

「はい」

 

「復帰して、もう任務に出てるらしいぜ…………嫌がりながら」

 

 

 合いの手を入れるように、すみが答える。

 

 

「善逸さん、炭治郎さんが運ばれた翌日には目を覚ましたんですよ」

 

「音柱は自分で歩いてたな、嫁さんの肩借りてたけど…隠は全員引いてたよ、頑丈過ぎて……凄い引いてた。何故か怒っていた胡蝶様達の監視付きで診察していたが……」

 

「そうか…伊之助と一夏さんは……?」

 

「一夏さんは無傷です。ですが、伊之助さんは一時危なかったんです」

 

すみの言葉に、涙を拭いながらアオイが、伊之助達の状況を説明してくれる。

 

 

「伊之助さん、すごく状態が悪かったの…毒が回ったせいで呼吸による止血が遅れてしまって…本当に危なかったの・・・」

 

「そうか…じゃあ…天井に張り付いてる伊之助は、俺の幻覚なんだな…」

 

 

 その言葉に、その場にいた全員が上を見上げて、目を見開いた。

 

 

「うわーーっ⁉︎」

 

「キャアッ!」

 

 

 騒ぎの中、伊之助の高笑いが響く。

 

 

「グワハハハ、よくぞ気づいた炭八郎!!」

 

「俺…あお向けだから…」

 

 

 そんな炭治郎の上へ、まふっと伊之助が着地した。

 

 

「俺はお前よりも七日前に目覚めた男!」

 

「良かった、伊之助はすごいな……」

 

「へへっ、うふふっ、もっと褒めろ!そしてお前は軟弱だ、心配させんじゃねぇ!!」

 

そんな騒ぎの中、伊之助から少し遅れて、一夏が炭治郎の部屋へとたどり着いた。

 

 

「炭治郎!!」

 

「一夏…さん」

 

「良かった…本当によかった」

 

「す、みません。心配を……おかけ…して」

 

一夏はそのまま、寝てる炭治郎の頭を撫でる

 

「なんで謝る?謝る必要なんてないだろ?それに、無理をして話さなくてもいい。本当に、目が覚めてよかった。アオイ、俺はカナ姉を呼んでくる。あとは頼んでもいいか?」

 

「はい、わかりました!」

 

一夏はカナエを呼ぶため炭治郎の病室から退室する。その時、炭治郎は一夏の後ろ姿が、夢で見た耳飾りを付けた侍の姿と重なって見えた気がした。

 

 

 

 

その後、炭治郎は問題なく意識が戻り、しばらくは絶対安静で、様子をみて、リハビリを始めるそうだ。二ヶ月も眠っていると体はバキバキになり思うように動くことはできない。

そして一夏は蝶屋敷の仕事を終わらせ、縁側で休憩をとっていた。

 

「ふぅ……とりあえず一安心かな」

一夏はお茶を飲みながら、炭治郎が無事に意識を取り戻したことに安堵する。

 

「また無茶しないか心配でもあるけどね」

 

「はは、確かにそうだな」

 

視線を向けると、お盆を持ったしのぶがいた。

 

「お疲れ様一夏、これ…よかったら一緒に食べましょ。」

 

お盆の上に乗っていたのは、炭治郎が意識がない間、任務から帰る際に買ったカステラだ。

 

「カステラか、たまにはいいかもな」

 

「偶にって、これは一夏が買ってきたやつでしょ?本人も食べないと意味がないじゃない」

 

「それもそうか…善逸にはバレなかったみたいだな」

 

「ええ、棚には鍵をかけるようにしたから、つまみ食いするのは不可能よ、まぁもしやったらやったでキッツーーーーいお仕置きを“ご馳走”するけど」

一夏はカステラを一口食べながらしのぶの言葉に息を呑む。しのぶは怒らせると一夏でも手がつけられない

以前善逸は蝶屋敷にある菓子を黙って食べることがあったため、アオイに叱られた。対策として、善逸が蝶屋敷にいる間、菓子をしまっている棚には鍵をかけるようにしたのだ。

因みに任務の後、少し高めの菓子を善逸に奢ると、善逸は嬉しそうに菓子を平らげた。

 

「それにしても一夏…あんた、かなり髪が伸びたわね」

しのぶが一夏の髪を見ながらそう呟く。一夏の髪は腰の近くまで伸びていた。

 

「言われてみれば、全く気にしてなかったからな」

一夏は苦笑いをしながら自身の髪を触る。しのぶもつられ一夏の髪に触れる。

 

「しのぶ、どうした?」

 

「一夏の髪、ちゃんと手入れしてるからサラサラしているわね、冨岡さんとは大違い。なほ達が触りたがるのもわかる気がするわ」

 

「はは、冨岡さんは冨岡さんだよ。あの子達からはよく髪をいじられていたからな……カナ姉を含めて」

 

「ふふ、あの時一夏が姉さんの髪飾りをつけていた時は笑ったわ」

一夏は眠っていた際、何度かいたずらでカナエの蝶の髪飾りをつけられたことがあり、アオイや、しのぶには笑われた過去がある。

 

 

「そうだ!一夏がよければだけど、髪…切ってあげようか?」

 

「…そうだな、そろそろいいかもしれないな、頼んでもいいか?」

 

「任せなさい」

 

カステラを食べ終えると、しのぶは道具を取りに行くため縁側から離れていった。

   

しばらくすると何故かカナエと一緒に戻ってきた。

 

「なぁ、しのぶ…なんでカナ姉まで?」

 

「あらあら、いたらいけなかったかしら?」

 

「いや、そうは言ってない」

 

「一人じゃ時間がかかりそうだから姉さんにも頼んだのよ」

二人は過去に、カナヲを引き取った当初、髪を切っていたのを見たことがある。カナヲの今の髪型は二人が仕上げたものだ

 

「うふふ、それじゃあ始めましょうか、ちょっと切るのは残念な気はするけど……」

 

「きっと一夏なら短い髪も似合うはずよ。姉さんはただ一夏の髪をいじりたいだけでしょ?」

胡蝶姉妹はそのまま手際良く準備し、整えた後、一夏の髪を切り始める。二人は息が合いどんどん髪を切っていく。  

 

「(髪を切るなんていつ以来だろう。俺が過ごした時代以来だろうか…)」

 

そして時に髪を見ながら切る箇所を変える、数十分すると、姉妹は満足したのか鋏を止める。

 

「「出来た!」」

その声に一夏は目を開ける。

 

「えっと、どんな感じになったんだ?首元がスースーするんだが」

 

「はい、これを見ればわかるわ」

一夏はしのぶから渡された手鏡を覗く。

 

「これは…」

そこに映っていたのは、前髪はそのままにある程度短くなった一夏の姿だった。

 

「前髪はあえて残したわ、少し切ってはいるけど」

 

「うん、久しぶり黒一色を見たわ。やっぱり一夏は黒髪じゃないと……」

 

「あはは、しばらくしたらまた赫みかかるかもしれないが……けど、ありがとう。なんだかスッキリした気分だ」

 

「うふふ、とても似合ってるわよ、ね…しのぶ?」

 

「ええ、短い髪の一夏も素敵よ」

 

 

一夏は久しぶりの短い髪に慣れず、しばらく首周りがスースーしていたためくしゃみをすることが多かった。アオイや真菰、蜜璃達には好評価だったが、三人娘達からは少し落ち込まれてしまった。

 

 

 

 

そして髪を切って三日後に、髪先は再び赫みを帯びてしまったとさ。

 

 

 

 

 

 

 




一夏のプロフィールその伍

織斑一夏 18歳

身長 178cm

見た目は髪型はリィンと同じで髪先は赫みかかっている

生まれつき額に陽炎の形の痣がある。

使用呼吸 日の呼吸

階級・日柱

スペック 縁壱同等  透き通る世界の透視、日輪刀の赫刀化可能
 日の呼吸独自の型を編み出す

趣味  写真を撮ること 鍛練 音楽を聴く 個人鍛錬

特技 家事全般(原作と変化なし)

好きな物 蝶屋敷の皆んな しのぶの作る料理 仲間

お気に入り しのぶと撮ったツーショットと、胡蝶家、蝶屋敷のみんな、煉獄家、産屋敷家を含めた柱との集合写真 カナエとしのぶからプレゼントされた耳飾り 槇寿郎の日輪刀


女性関係 しのぶとは恋仲(四年近くの仲)


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ヒノカミは刀鍛冶の里へ

刀鍛冶編での一夏の出番はほぼないかもしれないです

炭治郎や一夏によって強化された柱達がメインになります


炭治郎が目覚めて一週間、炭治郎は無事に完全復活し、歩けるようになるくらいに回復した。そして伊之助も驚異の回復力を見せ任務に復帰した。

 

「んーー悔しい、やっぱりなかなか体力戻らないなぁ、お腹がペタッとつかない〜」

目が覚めて三週間後、炭治郎は機能回復訓練に明け暮れていた。三人娘達に柔軟をしてもらいながら、地道にこなしていたが、自分の体力がなかなか戻らないことを嘆く。

 

「あっ、そうだ!俺が眠っている間に刀届いてない?」

 

「うっ!刀ですか?刀……」

 

「鋼鐵塚さんからお手紙は来ています。ご…ご覧になりますか?」

 

きよはお茶を準備しながら鋼鐵塚の手紙を炭治郎に渡してくれたが、それは一枚だけではなかった。まるで呪詛を唱えているように大文字で書かれていた。

 

『お前にやる刀はない』『ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない 呪う』 『呪ってやる 憎いにくい憎い』

 

「これは…まずいぞ…」

 

「ですよね…」

 

「因みに一夏さんからも手紙もあって、内容はこれです」

 

なほは一夏宛の手紙を炭治郎に手渡してくれた。

 

『今は無理だ。お前が満足する太刀を必ず打ってやるから待ってろ』

 

達筆の文字で書かれていた。

 

「え……なにこの差」

 

「えっと、一夏さん、鋼鐵塚さんに太刀を依頼していたみたいで、手紙を送って三日後にそれが来たんです。知っての通り、一夏さんも、炭治郎さんと同じ鋼鐵塚さんが担当刀鍛冶になっていて、一夏さんの日輪刀は、鬼殺隊入隊当時から使い込んでいます」

 

「……あっ」

 

『現に日柱なんかなぁ!あいつの刀を最後に見たのは、刀に『悪鬼滅殺』の文字を彫った時だけだ!』

 

炭治郎は鋼鐵塚の言葉を思い出し、更にショックを受けたような顔になる。

 

「そうだった。一夏さんは一度も刀を折ったことがなかったんだ。そりぁ対応も違うはずだよ……って、太刀?」

 

「はい。炭治郎さんが眠っている間のことなんですが、継子である炭治郎さんはご存知かわかりませんが、一夏さんの技の一部に違和感があったらしいんです」

 

「技の違和感?」

 

「はい。一夏さんが違和感を持った技は、日の呼吸に他の呼吸を併用していた技みたいなんです」

 

「呼吸の併用技…」

炭治郎は、拳鬼,遊郭の鬼兄妹との戦いで一夏が使っていた日の呼吸が、基本技からかけ離れていた事を思い出す。

 

『日の呼吸改・飛輪陽炎・業炎撃』

 

業炎を纏い両手で振り下ろす技──

 

『日の呼吸改・炎舞疾風』

目視が難しい神速の速さで移動しながら斬りつける技──

 

『日の呼吸改・輝輝恩光・緋空斬』

炎の斬撃波を放つ技──

 

 

「(そういえば、猗窩座の戦い、遊郭の時も、技を使っている時に複雑そうな匂いがしたのは気のせいじゃなかったのか…)」

 

 

「一夏さんは鬼殺隊に入隊する前から編み出していたんですけど、違和感があってこの四年の間封印していたみたいです。そしてこの先必要になるとおっしゃっていて、炎柱様と稽古を行ったんです」

 

「煉獄さんと?」

 

「はい。炎柱様と稽古が終わって帰ってきた時は、悩みを解決していたんです。それと、炎柱様は一夏さんに勝利したらしいです」

 

「煉獄さんが一夏さんに⁉︎」

 

「はい、「杏寿郎に見事に負けた」と仰っていました。」

 

「凄い!煉獄さんが一夏さんに!」

 

「因みにしのぶ様も一夏さんに一度勝っています」

 

「しのぶさんも⁉︎」

 

炭治郎は一夏が鬼殺隊最強の剣士なのは関わるうちにいやでもわかっていた。仮に誰か柱の中で一番強いのはと、聞いても、迷わず一夏と答えるだろう。

 

「お話を戻しますが、二ヶ月あったんですけど刀は届いていなくて…」

 

「う、うーん…、今回は刃毀れだけだったんだけどなぁ、一度は刀を折って、前回は刀をなくしてるからなぁ」

炭治郎は頭を抱えながら自分がダメにしてしまった刀に、申し訳なさそうに唸っていた。

 

「刀が破損するのはよくある事なんですけど… 鋼鐵塚さんはちょっと気難しい方のようですね…」

 

「(一夏さんは、鋼鐵塚さんの事を信頼しているんだ。何せ鬼殺隊最強の刀を担当しているんだ。刀をダメにしてしまう時点で、俺がまだ未熟な証拠だ)」

 

「だったら、刀鍛冶の里に行って直接会って話してみてらどうかしら?」

 

「「「カナエ様!」」」

すると道場に元花柱のカナエが入ってくる。

 

「お疲れ様、三人とも…」

 

「カナエさん、里って?」

 

「刀鍛冶の皆んなが住む里のことよ」

 

「えっ、行っていいんですか?」

 

「ええ、その為には色々準備しないといけないから、数日くらいは待ってくれないかしら?」

 

「わかりました!よろしくお願いします!」

カナエは鎹鴉を使い、お館様に許可をもらう為手紙を送った。

 

 

 

 

◇数日後

出立の時、炭治郎は蝶屋敷の外から出ると、女性の隠が待っていた。

 

「はじめまして、お館様より許可が出ましたので、私がご案内します」

 

「はじめまして!竈門炭治郎です。よろしくお願いします」

 

「案内役の事情で名乗ることはできませんが、よろしくお願いします。早速ですがこれを…」

女性隠は布を取り出し炭治郎に手渡すが炭治郎は頭にハテナを浮かべる。

 

「?これは……」

 

「目隠しと耳栓です。里は隠されています。それと私があなたを背負って行きますので」

 

「は、はい!」

炭治郎は手短な説明になんとか返事をし、耳栓と目隠しを身につける。

 

「それと、あなたは鼻も利くようなので鼻栓もしてもらいます」

 

「ふがっ!」

炭治郎は鼻栓を突っ込まれ変な声が出たが、ともかく準備は整った。炭治郎は隠の背におぶさる。

 

「いってらっしゃい炭治郎君、禰豆子ちゃん!」

 

「「「いってらっしゃい!」」」

 

炭治郎はなんとか声を聞き取り片手を上げて手を振る。

 

 

刀鍛冶の里の場所を知る者はごく僅かである。鬼に襲撃されるのを防ぐ為だ。勿論炭治郎を背負っている女性隠も場所を知らない。 

 

その上、道順の鴉も隠の人々も頻繁に変更するのだ。隠は次の隠の所まで鴉に案内され、その鴉も同じで頻繁に入れ替わる。刀鍛冶同様、産屋敷も複雑な方法で隠されている。

数百年前、一人の鬼殺隊士が鬼側に寝返り、当時の産屋敷当主を惨殺された事が原因だが、この事実を知るのは産屋敷家と、縁壱の魂を宿している一夏のみ──

 

 

 

「ありがとうございました!お疲れ様です!よろしくお願いします!」

 

刀鍛冶に向かう道中、交代の隠に引き渡しの際、炭治郎は必ずお礼を言う為、隠達はほっこりしていた。

 

そして……

 

 

「到着しました。目隠しを外しますよ」

 

炭治郎は隠の背から下り地面に降り立つと、隠の人が目隠しを取る。

 

 

「わ———————–––––!!!」

 

 

そこは森林に囲まれ、周囲には立派な木製の家が点在している雄大な地であった。

 

「凄い建物ですね!!しかもこの匂い、近くに温泉があるようだ」

 

「ありますよ。あちらを左へ曲がった先が長の家です。一番に挨拶を」

 

「はい!わかりました!」

炭治郎は鼻栓を外し、隠の説明を聞き元気よく返事をする。

 

「私はこれで失礼します」

 

「はい!ここまでありがとうございました!!」

 

そして炭治郎の感謝の言葉は、やまびこのように響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、今の声は……」

 

「感謝のやまびこが聞こえたわ、誰か来たのかしら、なんだがドキドキしちゃう、そう思わない…真菰ちゃん?」

 

「あはは、そうですね(今の声は炭治郎かな…僅かにだけど炭治郎の匂いがする)」

湯船に浸かっていた二人の美女は、新たな来訪者に、一名はドキドキしながら、もう一人は匂いで誰がきたのか特定していた。

 

 

 

 

 

 

「どうもコンニチハ、ワシ…この里の長の鉄地河原鉄珍、よろぴく」

 

炭治郎が正座している対面の座布団の上に座っているのは、ひょっとこのお面をつけた里の長・鉄珍と、その側近二人である。見た目は小さく子供のような見た目であるが、正真正銘の刀鍛冶の里の長だ。

 

「里で一番小さくって一番偉いのワシ。まあ畳におでこつくくらいに頭下げたってや」

 

「竈門炭治郎です!よろしくお願いします!」

 

 炭治郎は、鉄珍に言われた通りに、畳におでこをつける勢いで頭を下げる。その間、ゴンっ、と音が鳴るが、炭治郎の頭は石頭の為、問題はない。

 

「まあええ子やな。おいで、かりんとうをあげよう」

 

「ありがとうございます!」

 

炭治郎は、鉄珍から渡された深皿に入っているかりんとうを右手を使い口に運んで咀嚼する。

 

「蛍なんやけどな、今行方不明になっててな、ワシらも探しているから堪忍してな」

 

「蛍?」

 

「そうや、鋼鐵塚蛍、ワシが名付け親」

 

「可愛い名前ですね!」

 

「可愛すぎ言うて本人から罵倒されたわ」

 

「それは悲しい」

 

鋼鐵塚は現在は行方不明であり、その為炭治郎の刀の研磨はすぐに取り掛かれないらしい。

 

「あの子は小さい時からあんなふうや。すーぐ癇癪起こしてどっかに行きよる。すまんの」

 

「いえいえそんな!オレが未熟ですぐに刃毀れさせたりするからです!それに鋼鐵塚さんは一夏さんも担当していて、刀の話をする時は鋼鐵塚さんの事を自慢げに話していました!」

 

「あやつも鬼殺隊最強…始まりの呼吸を使う柱の担当になって、ワシも誇りに思うが、お前さんにそのような鈍を作ったあの子が悪いのや」

 

鉄珍の威圧が、炭治郎の背筋を凍らせた。その後、炭治郎は、体の疲れを癒す為に鉄珍に温泉を薦められて、一足先にこの場を後にした。

 

「この坂の上が温泉です。私は下でお食事の準備をしておきますので」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「あ———————–––––っ!!!炭治郎君だ!炭治郎く———ん!!」

 

「蜜璃さん走らないでください!零れ出ますよ……乳房がッ!!!」

 

「まっ、真菰さん!どうして此方に?」

炭治郎の前に現れたのは、恋柱・甘露寺蜜璃と、水の呼吸の使い手にして一夏の同期であり、炭治郎の姉弟子、階級甲・鱗滝真菰の姿だった。

 

「聞いてよ聞いてよ〜、私達そこで無視されたの〜!挨拶したのに無視されたの〜!」

 

「(あれは無視っていうよりも、緊張して何もいえない状態だったし、何より恥ずかしそうな匂いもしてたからな〜あれは)」

蜜璃は炭治郎に泣きつきながら先程の出来事について愚痴を垂れていた。一方、真菰は無視した人物の心情を匂いで察していた……。

 

「(いい匂い、今夜は松茸ご飯かな?)」

真菰は漂う香りに今夜の夕餉を予想していた。

 

「もうすぐ晩ご飯が出来るみたいですよ。松茸ご飯だそうです」

 

「え—————––っ!!!ほんとォ⁉︎」

蜜璃は松茸ご飯と聞くと、パァッ!と表情を明るくし、歌を交えながら階段を下っていった。

 

「(食いしん坊)」

 

「久しぶりだね炭治郎、元気だった?」

 

「はい!お久しぶりです真菰さん!」

 

「ふふ、元気そうでよかった。禰豆子も元気?」

真菰は箱の中にいる禰豆子にも問いかけると、カリカリ、と音を立て、「元気だよ」っと言うように返事をする。

 

「炭治郎達はどうして此処に?」

 

「えっと、日輪刀が届かなくて、直接この里に足を運んだんです。でも担当の刀鍛冶さんは消息を断っていて、現在捜索中らしいです」

 

「あはは、炭治郎も大変だね」

 

「いえ、真菰さん達に比べたら、平気です!」

 

「そっか、この先に行けば温泉があるけど、先客もいるから失礼の無いようにね?」

 

「わかりました!」

 

「それじゃあ、また夕食の時に…」

真菰はそう言うと、階段を下り、蜜璃を追いかけ始めた。そして、炭治郎は階段を駆け上がる。

 

 

 

「(わー、広い!!)」

温泉に到着した炭治郎はあまりの広さに驚き温泉を眺める。

 

「あいたっ」

眺めていると、炭治郎に何かが飛んできたので、それを拾うと、先ほど抜けたばかりの前歯が落ちてきた。

 

「(前歯⁉︎歯の落とし物)」

炭治郎は飛んできた方角へ視線を向けると、側面の刈られた特徴な髪型の青年がいた。炭治郎はその姿を見て、すみに言われた事や名前を思い出した。

 

「不死川玄弥!!」

玄弥は炭治郎の声に振り向き気づくと、青筋をいくつも作りながらこう叫んだ。

 

「死ね!」

 

「………」

炭治郎は玄弥の言葉を意に介さず、無言のまま服を脱ぎ捨て湯船に入る。

 

「久しぶり!!元気でやってた⁉︎風柱と名字一緒だね!!」

 

「話しかけんじゃねぇ!!」

炭治郎は玄弥に頭を鷲掴みにされ湯船に顔面から叩きつけられた。そして、玄弥は温泉から上がった。

 

その後、温泉内は竈門兄妹のみで堪能した。充分に堪能して湯船から上がり、食事部屋へ向かうと、蜜璃と真菰が食事をしており、蜜璃は普通では信じられない量を平らげていた

 

「凄いですね!」

 

「そうかな?今日はそんなに食べてないけど…」

 

「俺もいっぱい食べて強くなります‼︎」

 

「炭治郎、確かに食べることも大切だけど、この量は蜜璃さんにしか無理だから…」

真菰は蜜璃の体質を知っている為、炭治郎に真似しないように注意をする。

 

「あっ、そうだ。甘露寺さん達が温泉で会ったのは不死川玄弥と言う俺の同期でしたよ」

 

「不死川玄弥…やっぱり」

 

「不死川さんの弟さんでしょ?でも弟はいないって不死川さんは言っていたの。仲悪いのかしら、切ないわね」

真菰は匂いで察していたようだ。蜜璃は何故兄弟の仲が悪いのか考察するが、不死川兄弟にしか知らない事情である為、何とも言えない。

 

「そうなんですか……どうしてだろう」

 

「私のうちは五人姉弟だけど、仲良しだからよくわからなくて、不死川兄弟怖っ!…て思ったわ〜」

 

「あはは、その気持ちはわからなくもありません」

真菰と蜜璃は寝転がる禰豆子と戯れ出した。禰豆子は蜜璃にくすぐられ、そのうち抱き締められる。禰豆子は蜜璃のことも気に入ったようだ。

 

 

「甘露寺さんは何故鬼殺隊に入ったんですか?」

 

「(それ聞いちゃうの炭治郎?)」

 

「えっ?私?恥ずかしいな〜、えーどうしよう聞いちゃう?あのね…」

蜜璃は恥ずかしそうにもじもじしながら迷うが、

 

「添い遂げる殿方を見つける為なの‼︎」

 

「……」

蜜璃はそう告げるが、炭治郎は目を点にしながら唖然としていた。

 

「やっぱり強い人がいいでしょ!女の子なら守って欲しいもの!偶にしのぶちゃんと一夏君の関係が羨ましくなるわぁ〜、まるで理想的なオシドリ夫婦みたいだもの‼︎」

 

「大丈夫、炭治郎。私も同じ気持ちだったから」

 

「で、ですよね……」

決して悪い意味で捉えていたわけではないが、いたって普通の女性が考えそうな事だった。

 

四人は玄弥のおにぎりを部屋に持っていくが、玄弥は部屋にはおらずどうしようかと迷っていた時、

 

「甘露寺様、間もなく刀が研ぎ終わるそうです。最後の調整のため工房の方へ来ていただきたく……」

 

「あらー、もう行かなきゃいけないみたい」

隠が蜜璃の刀の報告に来た。本人が足を運ばなければならないようだ。

 

「気になさらず!」

 

「お見送りしましょうか、蜜璃さん?」

 

「いいのよ、多分深夜までかかることになるから」

 

「わかりました」

 

「そうですか…うーん」

 

「炭治郎君、真菰ちゃん、今度また生きて会えるかわからないけど、お互い頑張りましょうね。炭治郎君は上弦の鬼と戦って生き残った。それは凄い経験よ」

 

「蜜璃さんの言う通りだよ、炭治郎。実際に経験して得たものはこれ以上ないほど価値がある。今の炭治郎は前よりも強くなってるよ。姉弟子として、こっちも負けてられないから!」

 

「甘露寺蜜璃は、竈門兄妹を応援してるわ!」

 

「……ありがとうございます。でも、俺はまだまだです。俺は一夏さん達と最後まで戦えず、結局足を引っ張って、一夏さんと宇髄さんが倒しました。俺も、もっともっと頑張ります。鬼舞辻無惨に勝つために!」

 

「炭治郎……」

 

「………!」

炭治郎の言葉に蜜璃は胸をキュンとさせ頬を赤くする。

 

「炭治郎は長く滞在する許可が出てるのよね?」

 

「あっハイ、一応は…」

蜜璃はもじもじしながら、待たせている隠をチラ見し、炭治郎に耳うちをする。

 

「この里には強くなるための秘密の武器があるらしいの、時間が有れば探してみてね♪」

蜜璃はそう言うと炭治郎から離れ、隠と共にこの場から離れていった。

 

「みんなじゃあね!真菰ちゃんも今日はありがとね!」

 

「はい、また」

 

「………」

 

「ムー」

禰豆子は寂しそうに手を振っているが炭治郎はお盆を持ったまま無言の状態だった。

 

「炭治郎?どうしたの?」

 

 

「…………」

炭治郎はお盆を持ち上げた途端ブ————ッと鼻血を吹き出した

 

「わぁーッ⁉︎炭治郎!急にどうしたの⁉︎とにかく血!血を止めないと!」

 

突然鼻血を吹き出した炭治郎を見て真菰は慌てて布を出し炭治郎の鼻を塞ぐことで、辺りが血の海になることを回避出来たのであった。




新たに活動報告に太刀を使う技の募集をしています。興味がありましたら見てみてください


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霞と日輪の様子

蜜璃が工房に行ってから一日経ち、真菰も日輪刀の調整の為、担当の刀鍛冶の元に向かった。

 

「甘露寺さんの言っていた武器って何だろうな?」

 

「うー?」

禰豆子は「わからない」と言うように唸る。

 

「やっぱり刀かな?埋まっていたりするのかな?宝探しみたいでわくわくするなあ」

 

「ムー!」

 

竈門兄妹は現在、蜜璃に言われた凄い武器を気にしながら山中を歩いていた。

 

「すごくいい所だけど、温泉の匂いが強いなぁ。うーん、体力が万全じゃないのも鼻が利きにくい原因だ、真菰さんは実際温泉の匂いからも俺がきていたことに気づいたみたいだし。鋼鐵塚さんを早く見つけたいけど…ん?あれは、子供…ともう一人は」

炭治郎の視線の先に、二人の子どもが何やら言い合っている姿が映った。

 

「あれ?確か柱の…なんて言ったっけ…そうだ。霞柱・時透無一郎……」

 

 

 

 

 

 

「どっか行けよ!!何があっても鍵は渡さない!使い方も絶対に教えねぇからな!!」

 

炭治郎は、その様子を見て、二人が揉めていることを察した。どうしようかと一瞬迷ったが、仲裁に入ることを決めたその時、

 

 

無一郎が、「火男」と刺繍された羽織を纏う子供に手刀を食らわせた。そして無一郎は容赦なく男の子の胸ぐらを掴んで持ち上げたので、炭治郎は駆け出す。

 

 

「やめろーっ!何してるんだ!!手を離せ!!」

 

「声がとてもうるさい…誰?」

 

「子供相手に何してるんだ…!!手を離…えっ?」

炭治郎は無一郎の手を無理に引き離そうとするが、びくともしなかった。その体格からは信じられない程の力があったのだ。

 

「君が手を離しなよ」

 

「…ッ⁉︎」

すると無一郎は左肘で炭治郎の鳩尾を狙うが、炭治郎は察知し、なんとか片腕で防御を取る。

 

「(あ、危なかった。一瞬でも遅れていたら間違いなくくらっていた)」

 

「へぇー…君、よく止めたね。ん?その箱、変な感じがする。鬼の気配かな…何が入ってるの…それ?」

 

「触るな」

無一郎が禰豆子の入った箱に触れようとしたので、炭治郎は彼の手を全力で払う。

 

「………あ」

無一郎がビリビリしている手を見つめている隙に、炭治郎は男の子を助けていた。

 

「(とられた…)」

 

「はなせよ!」

 

「目が回っているだろう、危ないよ「あっち行け!!」」

助けられた男の子は、震えながら、心配して差し伸べた炭治郎の手を払う。

 

「だ、だっ誰にも鍵は渡さない。拷問されたって絶対に、あれはもう次で壊れる!!」

 

「拷問の訓練受けてるの?大人だってほとんど耐えられないのに君は無理だよ。度を超えて悪い子みたいだね」

無一郎の容赦のない言葉が次々と言い放たれる。まるで全てがどうでもいいと言わんばかりに、無一郎は言刃(ことば)を振りかざす。

 

「柱の時間と君達の時間は全く価値が違う。少し考えればわかるよね?刀鍛冶は戦えない。人の命を救えない武器しか作るしか能がないから、ほら…鍵、自分の立場を弁えて行動しなよ。赤ん坊じゃないんだから」

 

すると、炭治郎は無一郎の手のひらをパァン!と叩いた。

 

「何してるの?」

 

「一夏さんからあなたのことは聞いてはいますけど、こう…何かこう…すごく嫌!!何だろう、配慮かなぁ⁉︎配慮が欠けていて残酷です!!」

炭治郎は手をもぎもぎさせながらなんとか浮かんだ言葉を出す。炭治郎は弁が立つ性分ではない為、無一郎の行動になんと言えばいいかはっきりとはわからなかったのだ。

 

「この程度が残酷?君…「正しいです!!」」

 

「あなたの言っていることは概ね正しいんだろうけど!間違っていないけど!刀鍛冶は重要で大事な仕事です!剣士とは別の凄い技術を持った人達だ!実際刀を打ってもらえなかったら俺達は何もできないですよね!?」

 

 

「(竈門炭治郎……)」

炭治郎の言葉は周囲に響き渡った。その近くの影に鋼鐵塚の姿があり、炭治郎達を見守っていたが、誰も彼に気づくことはなかった。

 

「剣士と刀鍛冶はお互いを必要としています!戦っているのはどちらも同じです!俺たちはそれぞれの場所で日々戦って…「悪いけど」」

 

「くだらない話に付き合ってる暇はないんだよね」

無一郎はそう言うと、炭治郎が目視できないほどの速さで首に手刀を食らわせた。炭治郎は意識が落ちる前に、鋼鐵塚の姿を見た気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇一方場所は変わって蝶屋敷

 

「猪突猛進!」

 

 

「………」

蝶屋敷の道場内では二人が木刀をぶつけ合っていた。一人は二振りの木刀を持った嘴平伊之助、もう一人は太刀型の木刀を器用に使いこなしている日柱・織斑一夏だった。

 

 

「獣の呼吸 参ノ牙・喰い裂き!」

 

「……」

 

交差した二刀を外側に一夏に向けて左右に振り抜くが、一夏により簡単に受け流される。

 

「クソッ!ぜんっぜん、当たらねぇ!!どうなってやがんだ!?」

 

「炎の呼吸 弐ノ型・昇り炎天」

 

「危ねぇっ⁉︎」

伊之助はなんとか一夏の炎の一振りを回避するが、ギリギリと言ってもいいくらいの様子だった。

 

「なんでテメェがギョロギョロ目ん玉の技使ってんだ⁉︎」

 

「心得があるだけだ。それよりも、呼吸を落ち着かせろ。息があがっているぞ」

 

「わかってるわ、んな事!!」

伊之助は一夏に果敢に攻めるも一太刀も浴びせることができず、避けられ、受け流されるばかりだった。伊之助は攻めあぐねて、焦りを見せ始めた。

 

「(クソ!まるでわからねぇ、こいつが早すぎなのもあるが、見る目が一点すぎて的が絞れねぇ!一夏は俺の何をみていやがる⁉︎)」

伊之助の持つ五感は自然、野生の中で生きてきたからこその殺気に対する反応速度、更には広域探知の技を有している。その戦闘能力は高い次元でバランスが取れているが、柱程ではなかった。

 

 

「肆ノ牙・切細裂き!!」

 

「日の呼吸 肆ノ型・灼骨炎陽」

 

 

素早い六連撃により、前面広範囲に強力な斬撃を放つが、一夏は太陽を描くようにぐるりと振るい、斬撃を相殺する。

 

「クソッタレ!「隙ありだ」…なっ⁉︎」

一夏は伊之助の背後に回っており、首先に刀身を突きつける。

 

「(は、はえー、突きつけられるまで全く気づかなかった。あの一瞬で俺の背後に回ったのか?こいつのいる場所は、異次元だ…)」

伊之助は被り物越しからも冷や汗が止まらなかった。一夏は伊之助の状態を見て敵意がないことを確認して木刀をゆっくり降ろすと、伊之助は距離を取る。

 

 

「うん、だいぶ動きは良くなってきたが、まだまだ呼吸が荒い。持って二十分って所だな」

 

「はぁ、はぁ、うるせぇな、わかってるわ!」

伊之助は距離をとった後、座り込んでしまい、息を荒立て汗を吹き出していた。伊之助は自身の全力を出し切ったが一夏に一太刀も浴びせることができなかった。そんな一夏はと言うと、気になって仕方ないことがあった。

 

「伊之助、お前はなんで俺に鍛錬なんて頼んだんだ?僅かな関係しかないが、お前の性格は理解しているつもりだ。どう言う風の吹き回しだ?」

 

「はぁ、はぁ、目的が、出来たんだよ……」

 

「目的?」

 

「ああ、あのミミズ鬼どもと戦った後、俺がぐっすり寝てる間…夢ん中で、母ちゃんにあった」

 

「伊之助の母親……」

 

「赤ん坊の時の記憶を思い出した。母ちゃんは俺を逃すために、川に落とした。殺した奴を鮮明に思い出したんだよ!鉄のなんかを持った上弦の鬼だった。母ちゃんを殺した鬼を食い千切るまではどこまでも強くなってやる」

 

「(ん?鉄の何かを持った鬼…そして上弦、鉄のなにかは扇のことか?……………あいつかぁ…)」

一夏は思い出したくない奴を思い出してしまった。カナエを死の淵に追い詰めた元上弦の弐……四年前、一夏が倒した上弦の鬼だった

童磨は歪んだ性格をしていて、一夏がこの世ではじめて怒りを抱いた相手だった。既に伊之助の仇相手を倒していることに気づいた一夏は気不味そうにしながら伊之助に真実を伝えようとするが

 

「一夏!もう一回相手しやがれ!」

 

「え?伊之助、少し話を…「猪突猛進!!」……聞いてくれ!」

伊之助は一夏の話を聞かず、再び木刀を一夏に向けて振るう。一夏は今の伊之助に何を言っても、無駄だと判断し、伊之助と再び打ち合った。

 

 

その後、打ち終わった後、伊之助に母親を殺した鬼を既に倒していることを話すと、伊之助は急に静かになり、いきなり一夏に木刀を振るってきた。その動きは今までの伊之助とは思えない動きで一夏を攻めていた。

 

その時の伊之助の動きは、柱に近い動きだったことを付け加えておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と言うことがあったんですよ」

 

「そうか(大変だったんだな)」

義勇と外食に来た時に、一夏は稽古内容のことを話した。因みに二人が食べているのは鮭大根だ。

 

「大変と言うよりも、最近他の柱方とも暇さえあれば打ち合っていますよ。毎日のようにやられると疲れも溜まります」

 

「お前は(鬼殺隊最強の剣士だ)俺とは違う」

 

「俺だって人の子ですよ?昼間くらいゆっくりする時間も欲しいですよ…………あの、口周りについてるご飯粒をどうにかした方が」

 

最近、しのぶと杏寿郎、義勇を除いた柱は時間がある限り稽古をする日が頻繁に増えて来た。蜜璃や小芭内、悲鳴嶼は約束をした上で稽古をしているが、毎日のように申し込む人物もいた。

 

何しろ杏寿郎が一夏に勝ち、同じ透き通る世界に至ったことを聞くと、言わずとも不死川は一夏と打ち合いになり、木刀を弾かれると拳と拳の戦いになってしまう。その時、一夏は“日の呼吸無手の型”で対応した。

 

一夏は最近ゆっくりする暇が少なくなっているのだ。その様子を心配した姉妹は稽古は一回勝負と限定した。

 

「今日も正直、天さんと小芭内さんも来たんですけど、カナ姉としのぶは天さんを追い返したんですよ。小芭内さんとは元々約束していてして仕方なかったんですけど、天さんは、蝶屋敷を出禁になっているので…」

 

「……(宇髄は)何をしたんだ?」

 

「あの姉妹を怒らせた……と言えば理解出来ますか?」

 

「………」

口数の少ない義勇は更に無口となり、顔を無表情ながらも真っ青にしていく。義勇も怪我をした際、我慢していたところをカナエにバレてしまい、無理やり治療をしてもらい説教を食らったことがあるのだ。

 

 

「ところで冨岡さん、真菰を最近見かけないんですが、心当たりはありませんか?」

 

「真菰なら、刀鍛冶の里に行っている」

 

「…刀鍛冶の里、今、炭治郎も行っているですよ、何しろ刀が届かないみたいで。俺も刀の依頼をしているんですけど、二ヶ月半も来る気配もなくて」

 

「そうか…(お前は太刀を)依頼していたな」

 

「はい、今はどうなっているかわかりませんが、俺は待つつもりです。鋼鐵塚さんならきっと、すごい刀を打ってくれるって」

 

一夏は鋼鐵塚を信じて待ち続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、炭治郎が里に滞在して……七日が経過した日

 

 

「俺に任せろって言っているだろうが!!」

 

「うわあああ!大人のすることじゃない!!」

 

ムキムキなひょっとこの面をつけた刀鍛冶が、古い刀を振り回し、大人気ない行動をしていた。

 

 



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上弦ノ鬼襲来

炭治郎達が刀鍛冶の里に赴いてから八日が経過した。現在、部屋では、竈門兄妹がぐっすり眠っている。

 

里に到着した初日を除いて、炭治郎は、刀鍛冶の里に存在する“縁壱零式”という六本腕の絡繰人形を使い鍛錬をしている。何でも、腕を六本装着しないと本人の剣技の再現が出来ないらしい。炭治郎は一夏を相手にしているような感覚で挑んだが傀儡に意思はなく、最初はやられているばかりだった。しかし、炭治郎はどんどん勘を取り戻しはじめ、動きについてこれるようになって来た。三日ほどで攻撃を受け流せるようになり、後の四日は全て鍛錬に当たった。

 

しかし、その傀儡は戦国時代から使用されている為、老朽化が進んでいて、炭治郎の鍛錬を最後に壊れた。

炭治郎が頭部を破壊すると、そこからは三百年前に使用されていたと思われる刀が埋め込まれていることが判明し、それを見た鋼鐵塚が現在研磨している。

 

「んがっ」

 

「鉄穴森っていう刀鍛冶知らない?」

眠っている炭治郎の鼻をつまみ、彼を眠りから呼び戻したのは無一郎であった。炭治郎は突然の事にガバッと目を覚ます。

 

「わぁ!時透君⁉︎今俺の鼻つまんだ?」

 

「つまんだ。反応が鈍すぎると思う」

 

「いやいや!敵意があれば気付きますよそんな」

 

「まあ敵意を持って鼻はつままないけど」

 

「鉄穴森さんは知ってるけど…どうしたの?」

 

「鉄穴森は僕の新しい刀鍛冶、君なら場所もわかると思って、鉄穴森はどこにいるの?」

 

 無一郎が、ボーっとしながらそう呟く。すると、炭治郎が口を開く。

 

「鉄穴森さんなら、多分、鋼鐵塚さんと一緒にいるんじゃないかな?一緒に探そうか?」

 

 

と、無一郎に提案する。炭治郎は、筋骨隆々で姿で戻って来た鋼鐵塚に、絡繰人形の頭部から現れた刀をに渡した時のことである。鋼鐵塚は「鋼鐵塚家に代々伝わる研磨術で刀を研ぐ」と伝えると、共に居た鉄穴森と一緒に何処かに姿を消したのだ。

 

「……何でそんなに人を構うの?君には君のやるべきことがあるんじゃないの?」

 

無一郎は疑問に思う。炭治郎はお節介が過ぎると思ったのだ。

 

「人の為にすることは結局、巡り巡って自分の為にもなってるものだから。それに…俺も行こうと思ってたからちょうどいいんだよ」

 

無一郎は笑顔の炭治郎の言葉を聞いて、珍しく目を見開き丸くする。

 

「え?……何?今何て言ったの?今、今……?」

 

「へっ?ちょうどいいよってイデッ!」

 

「ウー!」

 

どうやら炭治郎の両膝の上で眠っていた禰豆子が目を覚まし、頭を上げると同時に、ゴンッと炭治郎の顎に直撃したようだ。

 

「禰豆子!起きたか」

 

 

「……」

 

炭治郎は顎を押さえながら元気な姿を見て笑顔になるが、無一郎は禰豆子の姿を見て首を傾げる。

 

「……その子、何か、凄く不思議な生き物だなぁ」

 

「えっ、変ですか?」

 

「うん、凄く変だよ。何だろう、うまく言えない。僕は前にもその子に会ってる。前もそうだったのかな…何だろう」

三人は同じポーズをとりながら考え込んだりしていた。炭治郎は茶々丸に禰豆子の血の変化を調べてもらっているため無一郎の前に出てくるのか心配だった。

 

そんなことを考えていると

 

「……(この感じ)」

 

「んっ?誰か来てます?」

 

「そうだね……そんなので誤魔化してるつもりなの?」

 

ーー霞の呼吸 肆ノ型・移流斬り

 

 

「ヒィィィ!!」

 

一瞬にして刀を抜いた無一郎が放った一太刀は、襖を斬り裂いた。すると、鬼が飛び上がり天井に張り付く。鬼は顔面半分を斬られていたが、すぐに再生させた。

 

「(速い…仕留められなかった)」

 

「(時透君が技を放つまで全く気づかなかった!それにこの鬼、上弦の鬼だ!鬼舞辻の匂いが濃い!大勢の人を殺している鬼だ!!そうでなきゃ柱の攻撃を避けられない!)」

 

 

鬼は涙を流し何か言っていたが、炭治郎は無一郎に少し遅れて日輪刀を抜刀する。

炭治郎が持っている日輪刀は鋼鐵塚が打った刀だ。縁壱零式の特訓で体力も遊郭の時の状態の近くまで回復しているため、何かあればすぐに行けるように準備をしていたのだ。

 

「(ヒノカミ神楽・陽華突!)」

 

「ヒィィィ!」

炭治郎の突きは鬼の左腕を貫くも、腕を犠牲にし攻撃を避け、畳の上に落ちる。

 

「(外した!だが、何で反撃してこない?)」

 

するとそれを見た禰豆子は姿を子供から大人の姿に変える。その姿は遊郭の時の姿と同じ姿だった。

 

「ムーっ!!」

禰豆子は鬼に強烈な蹴りをくらわすと、鬼はその威力に部屋の壁まで吹き飛ばされた。

 

「禰豆子!!その姿になるな!」

炭治郎は元の姿に戻るよう促している中、

 

 

「これで終わり…」

 

無一郎は鬼の頸を斬り落とした。

 

「ヒィィィ…斬られたぁぁ」

 

「(きっ、斬った!!上弦の鬼の頚を!!速い!!でも、あの時の上弦の兄妹みたいに死なない場合がある、何らかの条件がついたり!)時透君、油断しないで!」

 

無一郎が斬り飛ばした鬼の頸から、体が再生するようにもう一体の鬼を形作りはじめた。

 

「(分裂!!一方には頭が生え、もう一方には体が…!!)」

 

そして、頸から形成された鬼が草の団扇を振り上げる。

 

 

「後ろは俺が!!」

 

無一郎は団扇を持った鬼に刀を振り上げて、斬り込もうしたその寸前で団扇が煽られる。その瞬間、周囲の障害物を破壊し、無一郎を外へ飛ばしてしまった。ゆっくり煽られたのが信じられない威力であった。

 

「禰豆子……!!時透君っ!」

 

 禰豆子は半壊した家の壁にしがみつき、炭治郎の左手を掴んだ為、襲ってくる暴風で吹き飛ばされることはなかった。

 

「カカカッ、楽しいのう…豆粒が遠くまでよく飛んだ、なぁ…積怒」

 

「何も楽しくはない、わしはただひたすら腹立たしい。可楽……お前と混ざっていたことも」

 

「そうかい、離れられて良かったのう」

「積怒」と呼ばれた錫杖を持った鬼は不機嫌そうに、「可楽」と呼ばれた鬼へ話す様子に炭治郎は刀を構える。すると、積怒が錫杖を床に突いた。その途端、積怒を中心に雷撃が放たれる。

 

「グゥッ!!(何っだこれは⁉︎あの錫杖……!!まずい、意識が……飛びそうだ!!)」

意思が飛びそうな中、炭治郎は屋根の上にいる人の姿を確認できた。

 

「(あ、れは……玄弥⁉︎)」

 

 

屋根の上にいたのは、南蛮銃を構えた、不死川玄弥の姿だった。

 

 

 

 

「(かなり飛ばされた。早く戻らなければ)」

 

暴風に飛ばされた無一郎は、何事もなかったように地面に着地した。しかし飛ばされた家からここまでの距離はかなりあるため無一郎は急いでいた。

 里に戻り、長の鉄珍の安全を確保しなければいけない。里での最高技術者の損失は、鬼殺隊にとっても刀鍛冶の里にとっても大打撃或いは致命的な損失に成りかねない。

 

「うわあああ!!」

 

里に戻る途中で無一郎は、異形の形をした金魚と、縦横無尽に刀を振り回す少年が目に入った。

 

「(鬼と子供?)」

無一郎は一目で状況を判断する。襲われている子供は刀鍛冶として未熟なので優先順位は低いと判断し、異形の鬼は術で生み出されたものと判断した。

無一郎は足を止めず、技術や能力の高いものを最優先にした矢先、

 

ーー人のためにすることは巡って自分のために

 

ーー人と人との繋がりは、何より大切な物なんだ。

 

 無一郎の脳内に二人の言葉がよぎり、無一郎は少年の元に向かって飛び、異形の鬼の背中についている壺を切ると、鬼は消滅をはじめる。

 

「あっ!」

 

「大丈夫?」

すると無一郎を助けた子供が無一郎に抱きつく。抱きついている子供の名前は小鉄…炭治郎が修行をしている間、一緒にいた職人だ。

 

「うわあああ!ありがとう〜!!死んだと思った、俺死んだと…怖かった!うわあああ!!昆布頭とか言って悪かったよう!ごめんなさい〜〜!!」

無一郎は抱きつかれているにもボーっとしていた。

 

「昆布頭って僕のこと?」  

 

「すみませぇん!嫌いだったんです!」

 

「こんなことしてる場合じゃないや、僕はもう行くから…あとは勝手にして」

 

小鉄は歩き出す無一郎を呼び止める。

 

「待って!!鉄穴森さんも襲われているんです!鋼鐵塚さんが刀の再生で不眠不休の研磨をしてるから…どうか助けてください!お願いします!」

小鉄は土下座をして嘆願する。そんな無一郎はと言うと、

 

「……いや、僕は」

 

──君は必ず自分を取り戻せる……無一郎

 

「……!(なんだ?)」

突如、頭痛が走り、頭を押さえると、霞かかった光景が晴れていく

 

──混乱しているだろうが、今は生きることだけを考えなさい。生きてさえいればどうにかなる。失った記憶は必ず戻る。心配いらない。きっかけを見落とさないことだ。ささいな事柄が始まりとなり、君の頭の中の霞を鮮やかに晒してくれるよ

 

「………」

 

「あ、あの…「行くよ」え?」

無一郎は小鉄を抱えると、駆け出し始める。小鉄はあまりの速さに驚き、大声を出してしまう

 

「うわああ!ちょっちょ…!!もうちょっとゆっくりで!!あともうちょっとだけゆっくりお願いします!!」

 

「喋ってると舌を噛むから黙っていたほうがいいよ」

 

「ヒィィィ!」

無一郎は小鉄を抱えながら、一緒に鉄穴森と鋼鐵塚の元に向かう。

 

「(これは正しいのかな?こんなことしてたら里全体を守れないんじゃ……いや、できる。僕はお館様から認められた……鬼殺隊霞柱・時透無一郎だから)」

無一郎は耀哉の言葉を胸に、小鉄を抱えながら鉄穴森を探して森を駆ける。

しばらくすると鉄穴森も小鉄と同じように鯉のような鬼に襲われているのが目についた。無一郎は小鉄を抱えながらも鬼の壺を斬り裂いた。

 

 

「鉄穴森さん!!」

 

「小鉄少年!!無事で良かった。時透殿も、ありがとうございます」

 

「あなたが鉄穴森というひと?俺の刀用意してる?早く出して」

 

「おやっ!これは酷い刃毀れだ!」

鉄穴森は無一郎が使っていた刀を見て驚いた。

 

「だから里に来てるんだよ」

 

「なるほどなるほど、では…刀をお渡ししましょう」

 

「……随分話が早いね」

 

「炭治郎君に頼まれていたんですよ。あなたの刀の事を、そしてあなたをわかってやってほしいと」

 

「……炭治郎が?」

 

「だから私は時透殿を最初に担当していた刀鍛冶を調べて…あっ、そうだ!鋼鐵塚!!」

鉄穴森は我にかえり鋼鐵塚の安否を確認するため、無一郎達と共に鋼鐵塚のいる小屋へと急いで向かう。

 

 

「良かった!!魚の化け物はいない!!あの小屋で作業していたんです!時透殿に渡す刀もあります!!それを持って長の所へ…「いや駄目だ」えっ、何でですげうっ!」

 

「痛ってぇ、腹立つ!!」

 

「来てる」

無一郎は二人を止め、茂みに視線を向けると、壺が一人勝手に現れた。

 

「ヒョッ、よくぞ気付いたなあ…さては貴様柱ではないか。そんなにこのあばら屋が大切かえ?こそこそと何をしているのだろうな?ヒョッヒョッ!」

 

中からヘビやミミズのような細長い体、本来両目がある部分に口、口がある部分と額に目がある鬼が出てきた。頭などから小さい腕が複数生えている。人の姿を保っている者が多い鬼においては、完全な人外の姿をした鬼だった。

 

そして眼球には、上弦肆と刻まれていた。

 

 

「うーわ!キッショ!!」

 

「キッショ!!絶対独身だよ…」

 

「………」

 

 

 

 

刀鍛冶の二人は異形の姿にゾワゾワしながら震えていたが、無一郎は無表情で上弦の鬼を見つめていた。

 

 

「ヒョッヒョッ……初めまして、私は玉壺と申す者。殺す前に少々よろしいか?今宵三方のお客様には是非とも私の作品を見ていただきたい!」

 

「作品?何を言っているのかな」

 

 

「では、まずこちら」

 

無一郎が問うと、玉壺の隣には別の壺が現れる。そして、壺が揺れると、中から赤い……血が溢れ出て来た。

 

「鍛人の断末魔で御座います!!」

 

その光景はおぞましかった。五人の里の刀鍛冶が繋がれており刀も刺さり、到底まとも作品などではない

 

「ご覧ください、まずはこの手!刀鍛冶特有の分厚い豆だらけの汚い手を!あえて私は前面に押し出しております!」

 

 

 

「金剛寺殿、鉄尾さん、鉄池さん、鋼太郎…」

 

「あああ、鉄広叔父さん…!!」

残酷な姿に変わり果てた職人達の姿を見た鉄穴森と小鉄は、震えながらも名を呼ぶが、既に生命の息吹はない。

 

「そう!おっしゃる通り!!この作品には刀鍛冶を贅沢に!!ふんだんに使っているのですよ!!それほど感動していただけるとは!!」

玉壺は手をパチパチ拍手させながら、刺さっている刀に手を触れる。

 

「この刀を捻っていただき「おい」……ヒョッ⁉︎」

 

「いい加減にしろよクソ野郎が」

 

「(はっ、はや…ッ⁉︎)」

作品の説明をする玉壺に、無一郎は神速で接近し刀を振るうが、玉壺は顔を半分斬られるものの、壺に潜り込み、小屋の屋根の上にあった壺に移動していた。

 

「まだ作品の説明は終わってない!最後まで聞か…「うるさいなあ」」

 

無一郎は一瞬にして飛び上がり、屋根の上にあった玉壺の頸を狙いながら壺を斬り裂く。

 

「(早いな、また逃げられた。そして次はあそこだ。気づくと壺がある。どうやって壺が出てくるんだ?)」

無一郎は玉壺の動きについて考察する中、視線の先にある壺から怒りをあらわにしらながら玉壺が出てきた。

 

「よくも私の頭と壺を斬りましたね!審美眼のない猿めが!!貴様らには私の作品を理解する力はないのだろう。それもまた良し!!」

玉壺は無一郎に斬られた頭の半分を一瞬にして再生させる。

 

「(これだけ逃げるってことは、こいつはさっきの分裂鬼とは違って頚を斬れば死ぬんだ)」

無一郎は玉壺の考察を終了した。そんな中、玉壺は手から壺を形成したと思うと、中から二匹の金魚が出てくる。

 

「(金魚?なんだ)」

 

 

──千本針・魚殺!!

二匹の金魚は口を膨らませ、その個体からはありえない数の針を発射してくる。

 

 

「わああ!!」

 

無一郎は反対の屋根に移動し攻撃を回避し、地面に降りるが、金魚の狙いが鉄穴森と小鉄に向く。金魚は二人に向け針を放つと、鉄穴森は小鉄を庇うように覆い被さった。

 

しかし二人にいつまで経っても痛みは来ない。鉄穴森が振り向くと、頬にかすり傷を負ったものの、無一郎が全ての針を弾いていた。

 

「邪魔だから隠れておいて」

 

「時透殿/さん!!」

金魚は再び針を放つが、無一郎は技を使わず針を全て相殺する。その間に鉄穴森は小鉄を抱えその場から離れた。

 

「ヒョヒョヒョ、全ての針を斬り落とすとは。やりますねぇ、しかしどうです?かすり傷でもそのうち毒が手足をじわじわと麻痺していくでしょう。本当に滑稽だ…つまらない命を救ってつまらない場所で命を落とす」

 

『いてもいなくても変わらないようなつまらねぇ命なんだからよ』

 

「(なんだ、誰だ?思い出せない、昔同じ事を言われた気がする。誰に…言われた?)」

無一郎の脳内に浮かんだのは夏の暑い日のだった。戸を開けており、気温が高く暑すぎたのか夜になっても蝉が鳴いていた。

 

玉壺は壺を形成し身構える。

 

「ヒョヒョッ、しかしあなたは柱ですからねぇ、どんな作品にしようか胸が「うるさい」……ッ⁉︎」

 

ーー血鬼術・水獄鉢

 

無一郎は玉壺の頚を跳ね飛ばす寸前、玉壺の生み出した壺の形をした水牢に閉じ込められてしまう。

 

「いやはや危ない、危うく頚を跳ね飛ばされる所でしたよ」

 

「(駄目だ、斬れない)」

無一郎は脱出を試みるが、剣は水の壁を貫く事ができず鬼殺隊の生命線である呼吸を塞がれてしまった。

 

「鬼狩りの最大の武器である呼吸を止めた。もがき苦しんで歪む顔を想像するとたまらないヒョヒョッ!里を壊滅させ、鬼狩りを弱体化させれば産屋敷の頚はすぐそこだ!ヒョッヒョッ」

 

月夜に照らすなか、玉壺の笑いが響く。

 

 

 

 

 

 

 

しかし里から離れた場所で、二羽の鎹鴉が二人の隊士を先導していた。

 

「まさか里に上弦の鬼が…炭治郎と時透君、里の皆も無事だといいけど」

 

「けど、私の担当してる地区から刀匠さん達の里がすごく近かったし、真菰ちゃんも帰る最中だったみたいだし、私びっくり!!」

 

「ええ、私もです。気を引き締めていきましょう…蜜璃さん!」

 

「うん!よーし…頑張るぞぉ!!」

 

恋柱と狐面を身につけた少女達は速度を上げ、森の中を駆け出し、里に向かっていた。




原作の時透無一郎の違い

未だ無一郎は物事を忘れがちですが、実力は一夏との鍛錬により原作の無限城の無一郎よりちょい上。完全に記憶を思い出したらさらにすごくなる予定

一夏ほどではないが、気配感知は一夏の次に鋭い


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爆血刀

「敵襲—————!!!」

真夜中の里にカン!カン!カン!と、小型の釣鐘である半鐘の音をあたりに響き渡らせる

 

「鬼だー!!敵襲ーっ!!各一族の当主を守れ!!柱の刀を持ち出せ!長を逃がせ—————!!」

 

里は金魚の化け物に襲撃されており、住民は逃げ惑っていた。

 

「ギャッ!!!」

 

「鉄悟郎ー!!」

 

「気をつけろ!この化け物の爪は刃物みたいに鋭いぞ!!」

 

「一旦建物の中へ逃げろ!」

 

里の者たちは槍や刀で対抗しているが、化け物との戦力差は明らかだ。

応戦するも力の差は歴然である。

 

 

──水の呼吸 肆ノ型・打ち潮

 

すると刀鍛冶の間に水が舞い降りた。淀みない動きで斬撃を繋げ、化け物を倒していく。

 

 

「大丈夫ですか、皆さん!」

 

「遅れてごめんなさい!みんなすぐに倒しますから!!」

 

 

「うおおお!柱がきたぞ!凄エ!!」

 

「強……」

 

「あの狐面は…鱗滝殿の!」

 

「可愛いから忘れていたけど、強いんだよな…あの二人」

 

里に駆けつけたのは、恋柱の甘露寺蜜璃、甲の鱗滝真菰だった。

 

「蜜璃さん、ここは任せて長の所へ!」

 

真菰は一体の化け物壺を滅してから、蜜璃と共に鬼を切り裂いていく、しかし数が多くてキリがないため

 

「わかったわ!里の皆は真菰ちゃんに任せるわ!」

 

「任せてください!道を切り開きますので、蜜璃さんは一気に駆けてください!」

 

「了解!」

 

──水の呼吸 参ノ型・流流舞い

 

 

水流のごとく流れるような斬撃で道は開かれ、蜜璃は一気に駆け出し鉄珍の屋敷へ駆ける。

 

「ここから先は行かせないし、この人達は指一本も触れさせない。君達から感じるのは邪の匂い……私、人に害なす存在には容赦しないから…!!」

 

真菰は刀を化け物に向けて言い放ち、里の者からは目視が難しい速さで水の斬撃を浴びせながら化け物壺を斬り刻んでいく。

 

 

 

 

 

 

「お…長…」

 

一方長の屋敷では鉄珍が巨大な金魚の化け物に体を掴まれ持ち上げられていた。鉄珍は血を吐き、息はあるようだが、このままでは死に至る。

 

「(里を常駐で警護していた鬼殺隊員があっけなくやられてしまった。里で最も優れた技術を持つ長を死なせるわけにはいかない……しかし、この化け物には攻撃がまるで効かん、異常に動きも速い)

 

鉄珍の側近は長を助けるべく立ち上がろうと力を入れるが、

 

「動かない方がいいですよ!多分貴方は内臓が傷ついているから」

 

動かない様に促す少女が側近の前に現れた。日輪刀を抜刀している蜜璃が音もなく現れたのだ。

 

 

「かっ…甘露寺殿…!!(っ!なんだこの刀は、長が…鉄珍様が打ったものか?噂には聞いていたが、なんと奇妙な」

蜜璃の日輪刀は鉄地河原鉄珍自らが打った特殊な日輪刀であり、その薄鋼は布のようにしなやかでありつつも、達人が扱えば決して折れることの無い一刀である。

 

一夏の過ごした時代で例えると、スポーツで新体操に使われるリボンのような感じになっている

 

 

「モォオオオオオオ!」

金魚の化け物は蜜璃に襲いかかるが、蜜璃は日輪刀を構え、側近の視界から消える。

 

「私、いたずらに人を傷つける奴にはキュンとしないの」

 

「モ?」

 

蜜璃は既に金魚の化け物の背後に立っており、技を使わず、金魚の化け物を斬り裂いていた。

 

「ああっ…」

 

「鉄珍様!!」

 

金魚は消滅し、鉄珍を握っていた手が消え、落下し、蜜璃は刀を投げ捨て鉄珍を受け止める。

 

 

「大丈夫ですか鉄珍様!!しっかり…!!」

 

「う……」

 

「鉄珍様!聞こえますか!!」

 

「若くて可愛い娘に抱きしめられて何だかんだで幸せ……」

 

「やだもう!鉄珍様ったら!」

 

 声は掠れていたが、鉄珍は仮面越しにとても幸せそうにしていた。同時に里の住民の避難と金魚の化け物の殲滅を終えた真菰が遅れて到着する。

 

「(……うん、無事みたいだね。鉄珍さんから幸せそうな匂いがする……)」

真菰は鉄珍と共に鬼に握りしめられていた側近の元に駆け寄る

 

「大丈夫ですか?私の声、聞こえますか?」

 

「な、なんとか…大丈夫、です」

 

「よかった。手当を始めるからじっとしてて…」

 

「(ああ、天女だ。天女がおる)」

 

真菰の笑みを見た側近は真菰の笑みに安心し、眠りについた。

 

「よ…良かった……」

薙刀を持った側近も、長が無事なのを確認すると、気絶した。

 

 

 

 

 

 

「(…何だ?何だろうこれは、この匂いは……)」

意識が朦朧としている中、ふわっとした匂いを感じとり、

 

「ちょこまかと逃げるなァァ!!」

 

「………っ!」

炭治郎は声にパッと意識を回復させ、禰豆子は炭治郎を抱え、積怒の雷の攻撃を躱していた。

 

「ぐはっ……(そうだ、俺は団扇の鬼の攻撃を受けて気を失った…!!禰豆子が先に意識を取り戻したんだ)」

ここまで竈門兄妹は頚を斬られると分裂して若返る分身体を生み出す血鬼術に苦戦していた。

不死川玄弥も戦闘の場に入ったが、舌に喜怒哀楽の文字が刻まれた四体の鬼…空を自在に飛び音波攻撃を放つ空喜,錫杖から電撃を繰り出す積怒,三叉槍の使い手の哀絶,八つ手の葉の団扇で突風を起こす可楽を生み出してしまった。

 

玄弥は自身が持つ特異体質を駆使しながらも猛追するも、鬼は倒せずにいた。

 

 

炭治郎は意識を完全に覚醒させ、状況を整理するも、積怒の雷をくらい倒れ込み、空を飛ぶ鬼、空喜が迫りくる中、炭治郎は攻撃を回避し禰豆子を抱え廊下へ逃げ込み姿をくらますが、

 

「可楽!!この建物を吹き飛ばしてしまえ」

 

「カカッ!言われなくてもそのつもりじゃ!」

可楽が団扇を建物に向けて振るうと、建物は強風に煽られ、どんどん崩れ始める。

 

「(考えろ!!考えるんだ!!敵に大打撃を与える方法、すぐに回復させない攻撃)」

 

──この状態の日輪刀は、お前ら鬼の再生能力を阻害する力がある──

 

 

「(っ!今のは…)」

脳裏に、無限列車の任務で、一夏が言っていた事がよぎった。その時、禰豆子が炭治郎の日輪刀の刀身を掴むと、建物は完全に崩壊した。

 

 

「カカカッ、随分見晴らしが良くなったのう」

 

「これでちょこまかと隠れる場所はない」

 

建物は瓦礫と化し、炭治郎は無事だったが、禰豆子は瓦礫の下敷きになっていた

 

 

「禰豆子、大丈夫だ!見捨てたりはしない!刀から手を離すんだ!!瓦礫をどかすから、禰豆子やめろ!指が切れる!!」

 

炭治郎の目には禰豆子の手から血が滲み出ており、刀を強く握って離さなかった

 

すると、炭治郎の日輪刀は禰豆子の燃える血により紅色の炎を纏う。

 

「(禰豆子の燃える血で刀が燃え…っ⁉︎この色は…一夏さんと同じ⁉︎赫くなってる!いや、これは赤色…禰豆子の爆ぜる血を纏って……これは、爆血刀!!)」

 

 

 

──赤くなるんですねぇ

 

「(っ⁉︎誰だ?)」

 

 

──お侍さまの刀、戦う時だけ赤くなるねぇ。どうしてなの?不思議ねぇ。普段は黒曜石のような漆黒なのね。とっても綺麗ですねぇ

 

「(禰豆子?いや違う。これは遺伝した記憶だ。お侍さまというのは、あの耳飾りの剣士のことか?あの剣士の刀も、一夏さんや俺と同じ黒刀だ。俺の刀も赤くなった。色が変わった)」

 

 

 

 

 

 

炭治郎は遺伝した記憶を見るが、すぐに炭治郎は一夏と蝶屋敷での事を思い出す。

 

 

時は無限列車の任務から数ヶ月後の事、炭治郎は一夏に稽古をつけてもらう都合から、任務がある際も、蝶屋敷を拠点としていた。

 

『ふぅ(一夏さんとの稽古はかなり手応えがある。カナヲや柱のみんなが強いのも納得だ。けど、腕をあげたからと言って慢心はいけない、油断が命取りになる!)』

炭治郎は休憩している中、廊下を歩きながら一夏との稽古の内容を復習しながら改善点を挙げていく。

 

『た、炭治郎…』

 

『あっ、カナヲ!任務帰りか?』

 

『う、うん、炭治郎は、兄さんと稽古?』

 

『うん、そんな所かな。やっぱり一夏さんは凄いよ。最初なんて動きすら見えなかったし、カナヲが強い理由も今ならわかるよ』

 

炭治郎は稽古をしながら一夏と任務で同行する機会なども増え、炭治郎は一夏の太刀筋を見て技術を学ぼうにも、一夏の剣は美麗の剣撃だった。まるで日の神が舞うように鬼を斬る姿に炭治郎は到底敵わない領域に一夏はいた。

 

 

『(炭治郎がいるって、カナエ姉さんの鴉から連絡がきたけど…大丈夫かな?汗臭くないかな?炭治郎、嗅覚が優れてるから…臭わない…よね…?)』

 

カナヲは任務帰りで内心かなり身だしなみを気にしていた。家族以外興味を示さなかったカナヲは、あの一件で炭治郎を気にするようになっていた。

 

『それに、カナヲからかなり頑張ってる匂いがする。俺も負けてられないな!俺、訓練場に行くから…また後で!』

 

炭治郎は笑顔でそう言うと道場に向かって行った。

 

『(頑張ってる匂いって何だろう?でも……炭治郎も頑張ってるんだ。でも、何だろう…この感じ……)』

 

カナヲはなんとも言えない感情が渦巻くが、彼女自身その正体に気づくことは……まだ先の事である。

 

 

道場で個人訓練を済ませた炭治郎は涼むため、風にあたろうと縁側に足を運ぶと一人の先客がいた。

 

 

それは自身の師である日柱・織斑一夏だった。彼は刀の手入れをしており、柄を強く握ると、漆黒の色から燃え上がるように紅く変化する。その刀身はまるで太陽を連想させるようなものだった。

 

 

『炭治郎、どうしたんだ?』

 

『あっ、すみません!一夏さんの日輪刀は、普段は漆黒色なのに、赫く変化するんですね…』

 

炭治郎は一夏の隣に座ると、赫く染まった日輪刀を見つめながら呟く。

 

『まぁ、俺みたいに簡単にできる状態じゃないが…この状態の日輪刀…赫刀とでも言おう。赫刀で鬼に傷を入れると…鬼の再生能力を阻害出来る』

 

『再生能力の阻害⁉︎』

炭治郎が驚くのも無理はなかった。鬼の恐ろしさは再生能力だ。上弦の鬼であると瞬きする間に再生させるが、その力すら阻害出来るとなると仕方のない事だ。

 

『赫刀で解明できた一つだが……今は、この状態にどう至るか探っている状態だ』

 

『そ、そうなんですか?』

 

『ああ、赫刀の発現方法がわかれば、杏寿郎達も上弦の鬼と優位に戦えるかもしれないからな』

 

一夏は手を止めず刀の手入れをして、満足すると刀を鞘に納刀する。

 

『さて、炭治郎、最近はどうだ?』

 

『は、はい!正直自分でも驚くくらい手応えを感じています。無限列車の後から確実に強くなっているのは嫌でも自覚できます』

 

『そうか、黒式の方はどうだ?』

 

『はい、壱と弐は掴めては来ましたが、他はまだいまいちです』

 

『そうか』

 

『その、一夏さんは…どうしてそんなに強いんですか?』

炭治郎は一夏に問うと、一夏は少し考え込みながら口を開く。

 

『俺はそんな大層な存在じゃない。俺だって人の子、怪我をしたら痛いものは痛いし、死ぬ時は死ぬ存在だ。俺は一人でここまで強くなったわけじゃない。しのぶやカナ姉、蝶屋敷の皆んなや仲間がいたから…俺は強くなれた。心もな』

 

『一夏さん……』

 

『俺は、覚悟を超えた先にある…希望を信じてる』

 

『覚悟を超えた先の…希望』

 

炭治郎から見た一夏の横顔は、とても穏やかな表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「(覚悟を超えた先の希望、俺の刀は…禰豆子の血の力で赤くなった。強くなったと思っても鬼はまたさらに強くなる。生身の体は傷を負いボロボロになる。でも、その度に誰かが助けて繋いでくれる。俺は…答えたい!俺に力を貸してくれるみんなの想いは一つだけ、鬼を倒すこと、人の命を守ること。俺は…それに応えたい!!)」

 

炭治郎は仲間の想いを胸に、呼吸を整え、紅色に燃え盛る日輪刀を構える。

 

 

「小細工をした所で儂には勝てぬ、斬られたとて痛くも痒くもないわ」

空喜は炭治郎に高速接近するが、積怒は炭治郎の燃え盛る爆血刀を見つめる。

 

 

「(燃える刃…赫刀、これは、無惨様の記憶…いや、それだけではない、童磨や猗窩座、堕姫と妓夫太郎の記憶も……、童磨と伍兄妹を葬り、無惨様と猗窩座を追い詰め、その頚を斬りかけた剣士と、耳飾りの柱と…姿が重なる)」

 

 

「“日の呼吸” 陸ノ型」

 

炭治郎は踏み込み、神速で駆け出し日の龍を象るように戦場を駆け巡りながら刀を振る。

 

 

 

 

「日暈の龍 頭舞い」

 

 

 

 

炎を纏った紅の刃は、三体の分裂体の鬼の頚を一瞬にして斬り裂いた。

 

 



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悪鬼

「(よし、三体斬った!あと一体、一度に四体斬らないと…あと一体は…)」

 

炭治郎は、禰豆子の血鬼術によって炎を纏った紅の日輪刀で、積怒,可楽,空喜の頸を一瞬にして斬り裂いた。そしてもう一体を探していると、頚を斬り、鬼を槍で木に串刺しにし、頭を持っていた玄弥の姿が見えた。

 

 

「(斬ってる!!やった…同時か⁉︎同時に斬れていれば…)玄……」

炭治郎は玄弥の名を最後まで呼べなかった。

 

 

「ふーーーーーーーっ、ふーーっ!」

 

振り向いた玄弥の瞳の色は変化しており、鋭い牙が生え、顔にはいくつもの血筋が浮かび、息を荒くし涎を垂らしていた。

 

 

「(玄弥か?なんだあの姿は、まるで…)」

 

 

「ガアアア!何だこの斬撃は!!再生できぬ!!灼けるように痛い!!」

 

「落ちつけ見苦しい!遅いが再生自体はできている!」

鬼の方は炭治郎の斬撃に痛みにもがいており、少しずつ再生をさせていた。

 

「(攻撃は効いてる!!だけど、正規の方法じゃないと……一夏さんのように赫くしないと完全な阻害はできない!玄弥の状態はわからないが、一体斬ってくれたことでわかった)」

 

分裂した鬼はいくら頚を斬った所で意味はない……疑惑は確信へと変わった。戦いの最中、五体目の鬼の存在に気づいたからだ。可楽の団扇の風のおかげで、温泉の匂いは流され、五体いる事に気づけたのだ。瓦礫の下敷きになった禰豆子を救出し、五体目の鬼を探そうとした時……

 

「鬼殺隊最強の継子だからって図に乗るなよ……!上弦を倒すのは……俺だ!!!」

 

「玄弥!うわ…っ」

 

息荒く涎を垂らしながら、炭治郎の首を突然玄弥が握ってきた。

 

「上弦の伍を倒したのはお前じゃない「うん、そうだよ!」」

 

「お前なんかより先に俺が……」

玄弥の握力が強くなるが、炭治郎はなんともないようにしていた。

 

「玄弥!!涎が出てるぞ、どうしたんだ!!俺の首を絞めてるし」

 

「柱になるのは俺だ!!!」

 

「なるほど!わかった!!俺と禰豆子が全力で玄弥を援護する!!三人で頑張ろう!!場所はまだわからないけど、五体目の鬼がいる!探すから時間を稼いでくれ!!」

炭治郎の真っ直ぐな言葉に玄弥は黙ってしまう。荒れていた玄弥も少しずつ落ち着きを取り戻し始める。

 

「………お前の魂胆はわかってるぞ、そうやって油断させ………」

玄弥の言葉は続かなかった。玄弥を見つめる炭治郎の目は曇り一つ無かった。

竈門炭治郎と言う少年は嘘をつくことができない真面目で馬鹿正直な少年だ。

 

「危ない!!」

炭治郎は玄弥を突き飛ばす。二人が立っていたところに雷が落ちる。

 

「五体目を見つけたらすぐに教える!!禰豆子だけは斬らないように気をつけてくれ!俺の妹だから!」

禰豆子は、玄弥のそばに寄って、手を上げ、“よろしく”と挨拶をするような仕草をとった。

 

「(もう再生したのか!!やっぱり一夏さんのようにはいかない!とにかく急げ!)」

炭治郎は自身が持つ嗅覚で、辺りを探る。可楽の団扇のおかげで、温泉の硫黄の匂いが飛んでいた為、探すのには手間取らなかった。

 

「(見つけた!!)玄弥ーっ!!北東に真っ直ぐだ!!五体目は低い位置に身を隠している!!向かってくれ、援護する!!」

 

 「(北東!!)」

 

 

「禰豆子!!玄弥を助けろ!!鬼に玄弥の邪魔をさせるな!」

 

 

炭治郎と禰豆子は、玄弥が本体を探す中、四体の鬼を近づけさせないよう援護を始める。

 

──日の呼吸改・円舞回天

 

炭治郎は、積怒の雷撃を、錫杖を持っていた腕ごと斬り裂き、空喜の羽も斬り落とした。

 

「(あの童……さっきよりさらに速くなった。いや、会った時点であの方からの情報よりも。桁違いの反射、戦いへの適応、瀬戸際での爆発的な成長……!)」

 

 

積怒が炭治郎の実力を分析する間も、炭治郎の動きはどんどん速くなっていく。

 

 

「ぐあッ!」

 

 禰豆子が三叉槍を扱う哀絶を抱き着くように締め上げる。それと、同時に血鬼術により身体を炎に包む。

 

 

「(まずい、可楽!!)」

 

 

可楽は団扇で風を起こすが、

 

 

──日の呼吸 拾壱ノ型・幻日虹

 

 

炭治郎は幻影と化し、地面には風で団扇の跡が出来る。

 

 

「(なっ⁉︎消え……)」

 

その瞬間、可楽の顔が二つに裂かれ、団扇を持つ腕が斬り落とされる。

 

 

 

「日の呼吸 拾ノ型・火車!」

 

炭治郎が円を描き、日の斬撃を浴びせたのだ。

 

 

「ガッ!(は、早い!全く動きが見えん!)」

 

 

「このガキィ!!」

 

 

「玄弥!!右側だ、前に移動している!探してくれ!!」

 

 

可楽は斬られながら炭治郎に蹴りを入れるが、容易く避けられる。追撃を躱した炭治郎は玄弥に本体の位置を知らせた。

 

 

「(探してんだよずっと!!また何かの術か!?何処だ!?長引けば長引くほどこっちが消耗しちまう……!)」

 

 

「西だ!もっと右!!近くにいる、低い!」

 

 

「(何処だ、どっ……)」

 

 

その瞬間、玄弥は本体……であろう鬼を見つける。だが、その鬼はあまりにも小さかったのだ。

 

 

「ヒィィィ!!!」

 

 

「(ちっさ!!!!小さすぎだろ!?本体こいつか!?こいつがか⁉︎)」

 

 

玄弥が鉛玉を放ち、刀を振るう。そのどれもが半天狗を捉えられない。

 

 

「(今まで鬼殺隊の人間がやられてきた構図が見えたぜ……ふざけんな、小賢しい!!憤懣やる方ねぇ!!)」

 

 

文句に近い怒りを覚えながら、玄弥が刀を再び振るう。その刀はとうとう頚を捉えた。

 

「ギャッ!」

 

 

 「(よし行ける!勝っ……)」

 

するとパキン!と音が鳴り響く。損傷したのは半天狗の頚ではなく、玄弥の日輪刀であった。

 

 

「(きっ…斬れねえ!!馬鹿なっ!!こんな…指一本分位の太さの頸だぞ!?)」

 

 

玄弥は銃の引き金を引くが、砂煙が晴れたそこには、何も変わった様子のない半天狗がいた。

 

 

「ヒィィ」

 

「(効かねえ!!)」

 

 

すると後ろから玄弥の首に錫杖を向け、積怒がやってくる。

 

 

「(しまった、もたつき過ぎた。避けられねえ、やられる、首は再生出来ねえ………)」

 

 

玄弥は絶望する。そこで思い浮かべたのは、一人の人物……風柱・不死川実弥の姿だった。

 

「(兄貴……俺は柱になって兄貴に認められたかった。そして、あの時のことを謝りたかった……)」

 

 

玄弥は過去のことを思い出す、兄妹家族と暮らし、兄と家族を守ろうと約束したことを……

 

『これからは俺たちでお袋と弟たちを守るんだ、いいな?』

 

『………兄ちゃん、これからは、じゃなくて…これからも、だろ?』

 

『……ははっ、そうだったな』

 

 

そして約束をした最中、母親が鬼になり、自分と実弥以外殺されたことを、その母親を実弥が殺したことを、その実弥を“人殺し”と罵ってしまったことを……。

 

「(ごめん兄ちゃん、謝れないまま俺は死ぬ。兄ちゃんに笑いかけてもらったあの時の都合のいい走馬灯を見て。俺、才能なかったよ…呼吸も使えない、柱にはなれない。柱にならないと会えないのに、頑張ったけど無理だったよ)」

 

 

『テメェみたいな愚図、俺の弟じゃねぇよ。さっさと鬼殺隊なんて辞めちまえ。』

 

 

「(なんでだよ!!俺は兄ちゃんの弟なのに!)」

 

 

積怒の杖が玄弥の首を掠める。しかし、玄弥の命を絡め取るには至らなかった。

 

 

「玄弥————っ!!諦めるな!!もう一度頚を斬るんだ!!諦めるな!!次は斬れる!!俺が守るから!!頚を斬る事だけを考えろ!!」

 

 追いついた炭治郎が、積怒の腕を斬り裂いたからだ。

 

 

「柱になるんじゃないのか!!不死川玄弥!!」

 

 

しかし、その後ろから槍を持った分裂体の鬼、哀絶が追いついてくる。

 

 

「(しまった、後ろ……!!)」

 

 

──激涙刺突

 

「(まずい!これじゃあ間に合わない!)」

 

 

炭治郎は黒式を使い防御をしようにも、呼吸が間に合わず、放たれる無数の突きその全てが炭治郎に襲いかかる。

 

 

「(喰らった……もろに……あれっ…?)」

 

 

いつまで経っても痛みは来ず、自身を確認すると、炭治郎は一切の傷を負っていなかった。

 

 

 

「行け……」

 

「っ⁉︎玄弥!!」

 

 

無数の刺突から身体を張って炭治郎を守った玄弥、その身は穴だらけであった。

 

 

「俺じゃ斬れない。お前が斬れ、今回だけはお前に譲る。」

 

 

炭治郎がすぐさま本体の元へ駆け出すと、穴だらけだった玄弥の身体は少しずつ塞がりはじめる。そして、玄弥は銃を放ち、足止めを始めた。

 

「(いた!!小さい……!!)」

 

 

炭治郎の刀は半天狗の頚を捉え、刃を喰い込ませる。

 

「(よし!!いける!!このまま……)」

 

 

「ギャアアアア!!!」

 

 

半天狗は鼓膜を貫くような悲鳴を上げる。炭治郎は刀を握る手に力を込めた。

 

 

「(なんで声だ!!でも、いける⁉︎このまま斬れ……)」

 

その時だった。炭治郎の後ろに何かが現れる。

 

 

「(何だ!?俺の後ろに何かがいる!!この匂い、喜怒哀楽のどれとも違う匂い!何が来た⁉︎とにかく頚を!斬ってしまえばきっと……!!)」

 

しかし炭治郎の日輪刀はこれ以上半天狗の頚を斬る事はなかった。炭治郎の刃は赤から黒色に戻り、禰豆子の血の効力が途切れてしまったのだ。 

 

 

「炭治郎、避けろ!!」

 

 

玄弥は銃を構えるも、そこから何も出来ない。ここで撃ったら炭治郎にも当たるため、引き金を引く事ができなかったのだ。

 

「(まずい、攻撃がくる…!!)」

 

 

ドン!と鼓のような音が鳴ったと思った瞬間、

 

 

地から木の龍が炭治郎に襲いかかる。

 

 

「禰豆子……!」

 

 

飲み込まる寸前で、間一髪、禰豆子が脚を犠牲にしながらも炭治郎を救出する。遊郭の時のように、上弦に匹敵する再生速度ですぐさま脚は生え変わったが、落ちるように着地してしまった。

 

 

「禰豆子!大丈夫か!?」

 

 

「フゥ、フゥ……」

禰豆子は息を吐いて整えているが、血を使いすぎて疲労が見える様子だった。

 

 

 

「弱き者を痛ぶる鬼畜」

 

 

「はっ!」

 

 

「不快、不愉快、極まれり、極悪人共めが」

 

 

「(六体目…!! もういい加減にしてくれ!!)」

 

 

突如現れた鬼が炭治郎の方へ振り向く。そこには子供のような背丈の鬼がいた

 

 

「(どうなってやがんだ⁉︎アイツ、さっきまで怒りの鬼だった。炭治郎が頚を斬りかけた途端、両手を掲げたら喜と楽の鬼が引き寄せられ、槍を持った奴も吸収しやがった!!)」 

 

 

喜怒哀楽、全ての鬼が一つとなり新たな鬼が誕生した。

 

そしてドン!と鼓を鳴らすと半天狗が木に囲まれる。

 

炭治郎は本体に向かって踏み込もうとする。

 

「待て!!」

 

炭治郎が半天狗にそう怒鳴ると、喜怒哀楽が合体した鬼…憎珀天が睨み付ける。それは息が詰まる威圧感だった。

 

 

「(なんて威圧感だ、このまま本体に向かっていたら、確実にやられていた!)」

炭治郎は、一夏との鍛錬で、ある程度の殺気や威圧への耐性を身につけている。それ故に、なんとか踏みとどまる事ができたのだ。

 

「何ぞ?貴様、儂のすることに不満でもあるのか?のう、悪人共めら」

 

半天狗はこれまでに何度も窮地に追い込まれ、そしてその度に、己の感情を血鬼術で具現化、分裂させ鬼殺隊に勝ってきた。

 

追い込まれれば追い込まれるほど、強くなる鬼なのである。

 

 

「ど……どうして、俺達が悪人なんだ?」

 

 

「弱き者を痛ぶるからよ。先程貴様らは手の平に乗るような小さく弱き者を斬ろうとした。なんという極悪非道。これはもう鬼畜の所業だ」

 

 

「小さく弱き者?誰が……誰がだ、ふざけるな、お前たちのこの匂い、血の匂い!!喰った人間の数は百や二百じゃないだろう!!」

 

 

憎珀天の言い草に、炭治郎は激しい怒りを露わにする。そして柄に信じられないくらいの力が入り、炭治郎の痣の形が変化し、日輪刀が黒から赫く染まっていく。

 

「(っ⁉︎なんだ、炭治郎の刀が……赫く…織斑さんと同じ)」

 

玄弥はなんとか憎珀天の威圧から鼓動を落ち着かせた。そして、先程とは違い赫く染まった炭治郎の日輪刀に驚く。その日輪刀はまるで、太陽を連想させるようなものだった。

 

「悪鬼め……!お前の首は……俺が斬る!!」

 

 

 

半天狗との戦いはさらに、激しさが増そうとしていた。

 



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無限の無

無一郎と玉壺の戦いはこの話で終わらせます


「(肺に残っている空気で、まだ何とか一撃だせる)」

 

──霞の呼吸 壱ノ型・垂天遠霞

 

無一郎は玉壺の血鬼術により水牢に閉じ込められ、脱出出来ずにいた。なんとか肺に残った酸素で技を繰り出し、垂直に一突きを放つが、破れる様子はなかった。

 

 

「(破れないか、こんな刃毀れした刀じゃ当然か。だめだな……終わった。応援が来てくれるといいけど、お館様……俺は死ぬからせめて二人の柱を頼みます)」

 

 

——どうしてそう思うんだ?先のことなんて誰にもわからないのに

 

 

「(炭治郎?違う、炭治郎にはこんなこと言われてない。言ったのは誰だ?)」

 

無一郎は、炭治郎らしき幻影が見え始めた。彼から言われた記憶のない呼びかけ、そして少し雰囲気が違うことに、無一郎は混乱していた。そして、無一郎の意識はどんどん落ち始めていく。

 

 

 

「(視界が狭窄してきた。死ぬ…空気が尽きた)」

 

 

 

——自分の終わりを自分で決めたらダメだ

 

 

「(君からそんなこと言われてないよ)」

 

 

炭治郎では無い別の誰かが言った励ましを炭治郎が言っていることに、無一郎は違和感しか覚えない。

 

 

——絶対どうにかなる、諦めるな。必ず誰かが助けてくれるから

 

 

「(何それ…結局人任せなの?そんなの一番ダメだろう)」

 

 

——一人で出来ることなんてほんのこれっぽっちだよ。だから人は力を合わせて頑張るんだ

 

 

「(誰も僕を助けられない。みんな僕より弱いから。僕がもっとちゃんとしなきゃいけなかったのに判断を間違えた。自分の力を過大評価していたんだ。柱だからって)」

 

 

——無一郎は間違ってない。大丈夫だよ

 

 

「(いくつも間違えたから僕は死ぬんだよ……)」

 

 

水牢に閉じ込められてから、炭治郎に似た幻と押し問答を続ける無一郎に助けの手を差し伸べようとしている者がいた。

 

 

「死なせない!!時透さん頑張って!!絶対出すから!!俺が助けるから!!くそォ!!なんだこれ!ぐにぐにして気持ち悪い!」

 

突如、水に刃物が突き立てられる。刃物を握っているのは小鉄だ。無一郎を救う為に水牢を破ろうとしていた。

 

  

「(僕が斬れないのに君に斬れるはずがない。僕なんかよりも優先すべきことがあるだろう。里長を守れ、いや、そんな事君には無理か……せめて持てるだけ刀を持って逃げろ)」

 

 

「このままじゃ息が……息、あっ、そうだ……!」

 

小鉄は夢中で刃を突きつけるが、水牢は破れる事はない。そんな中、何かを思いついた様子の小鉄だったが、背後に小さめの金魚の化け物が迫っていた。

 

 

「(何してる後ろだ!気づけ後ろに……!)」

 

 

化け物が小鉄に飛びかかり、刃を振るう。それに気づくことのなかった小鉄から鮮血が飛び散る。

 

 

「痛っ……!うわあ血だ!!」

 

 

「(何してる何してる!!早く逃げろ!!)」

 

 

無一郎の思いも虚しく、ハサミのようなものの先端が小鉄の胴体を捉える。

 

 

「(鳩尾、急所を刺された、死ぬ。君じゃダメなんだ、どうして分からない。傷口を押さえろ、早く逃げろ!僕のところに来るな!助けようとするな!君にできることはない!)」

 

 

小鉄はよろよろとしながら、力を振り絞り、水の塊に顔を寄せる。そして、小鉄は空気のない水牢に空気を送り込む。

 

 

「………」

 

——人のためにすることは巡り巡って自分の力になる

 

 

炭治郎の周りに霞がかかり、晴れていくと姿が変わりはじめる。それは、無一郎にとって見覚えのある人物だった。

 

 

 

——そして人は自分では無い誰かのために、信じられないような力を出せる生き物なんだよ、無一郎

 

 

小鉄が送った空気を無一郎が肺に取り込む。そして……

 

 

「(うん、知ってる)」

 

 

──霞の呼吸 弐ノ型・八重霞

 

 

 

小鉄が吹き込んだ空気で呼吸を行い、水の鉢から脱出する。

 

 

「ガハッ!ゴフッ!グッ……ゲホッゲホッ!」

 

しかし息は絶え絶えで、口から入り込んだ水を吐き出す。

 

「(くっ……痺れが酷い、擦り傷でもこの毒、水の鉢から出られた所で僕はもう……)」

 

 

——杓子定規にものを考えてはいけないよ無一郎、確固たる自分を取り戻した時、君はもっと強くなれる

 

無一郎はお館様の言葉を思い出して、すぐさま小鉄の元に駆け寄る。

 

「(お館様の顔だ…病が進行して痛ましい)こ……小鉄、くん」

 

小鉄を傷めつけた金魚の使い魔が襲いかかるが、無一郎は一撃で仕留める。

 

「時透さん……お、俺のことはいいから、鋼鐵塚さんを……助けて…刀を…守って……」

 

 

「(両親が死んだのは十歳の時、僕は一人に……いや、違う、一人になったのは十一歳の時だ。僕は……双子だった)」

 

 

無一郎は無くした記憶を全て思い出していた、

 

両親のこと、双子の兄である時透有一郎がいたこと、両親が亡くなってから兄と二人で暮らしていたこと、そこに産屋敷あまねがやってきて自分達は始まりの呼吸の剣士の子孫だと言われたことを。

 

そして、その双子の兄も鬼により殺されたことも兄の最期の言葉も……。

 

 

 

——分かっていたんだ…本当は……無一郎の無は…… “無限”の“無”なんだ

 

 

 

波打つ心拍、上昇する体温。

 

 

 ——お前は自分では無い誰かのために、無限の力を出せる選ばれた人間なんだ。

 

 

 

『無一郎の無はな、沢山の可能性を込められているんだ。人は大切な人の為なら、限界を超えて、無限に……どこまでも強くなれるから』

 

無一郎の額と両頬に浮かび上がる霞のような痣。無一郎は己の変化を感じ取っていた。

 

 

 

 

「(一夏さんの言っていた事、今ならわかるかも……こういう時こそ、高鳴る鼓動を落ち着かせろ)」

 

 

思い出される日々の記憶、一夏に鍛えられた日々、未来の事や、未来の知人の事を聞いた時の会話なども。

 

そして波打つ心拍を無意識心臓に意識を巡らせ、落ち着かせる。心拍を落ち着かせ、状態を維持したまま、刀を片手に駆け出す。向かう先は鋼鐵塚がいる小屋だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(此奴!!此奴!!この男!!この人間!!)」

 

 

小屋の中では先程から玉壺が暴虐の限りを尽くしていた。鋼鐵塚はそれを意に介さずに刀を研ぎ続けていた。普通の者から見れば異常の光景だった

 

 

「(これだけやってもまだ研ぐのをやめない!!片目を潰した時ですら声を出さず研ぎ続けるとは……!)」

 

 

鬼である玉壺も驚きを隠せなかった。ただの刀鍛冶に過ぎない人間がある程度加減しているとはいえ、上弦の肆たる自分の攻撃を耐え続けていた。

 

玉壺はなんとか鋼鐵塚の集中力を切らせたかった。芸術家としてのプライドが許さなかったからだ。ここまで攻撃を続け、片目を切っても声を上げる事なく、鋼鐵塚は手を止める事なく刀を研ぎ続けていた。

 

その姿は正に、一つの作業に没頭する職人の姿だった。

 

 

「う…ぐ…」

 

 

「(そうだ、あいつを殺すといえば…)」

 

 標的を壁側に倒れ込んでいる鉄穴森に目を向けたその時だった。玉壺の背後から迫って来た刃を間一髪で壺に潜り回避する。

 

 

「(“水獄鉢”を抜けている!!一体どうやって……わからぬ、間もなく死ぬと思った向こうには意識をやってなかった。いやしかしだ、逆に言えばそれだけ私が集中していたと言うことだ!!よし!!)」

 

 

ニヤリとする玉壺は無一郎と正面から向き合う、しかし無一郎に起こっていたその異変を玉壺は目にした。

 

 

「(ん?待て待て待てなんだあの痣は?無惨様からいただいた情報では耳飾りの柱と子供も似た痣があった)」

 

 

無一郎の顔に浮かぶ、先程までは無かったはずの痣……玉壺は日柱とその継子にも同じような痣があったということを思い出す。

 

 

「(それよりも、何を涼しい顔をして出て来てるんだ。お前は身体が麻痺しているはずだろうが。かすり傷でもかなりの毒の効き目があるはずだ、なぜさっきよりも尚早い動きで私に傷をつけた)」

 

 

──血鬼術・蛸壺地獄

 

無一郎は蛸足に刀を振るうが、限界が来たのか容易く折れてしまう。

 

「時透殿!!」

 

壺から巨大な蛸足が湧き出て、小屋は破壊された。

 

「ヒョヒョッ、どうだこの蛸の肉の弾力は!これは斬れまい!」

 

 

外に投げ出される鋼鐵塚は刀を手放すことなく、起き上がり作業を再開し、その手は刀を研ぐことをやめなかった。

 

「(まだ刀を研いでいる。馬鹿か?真面ではない……)」

 

 

流石の玉壺も鋼鐵塚の姿に引いている様子だっだ。玉壺は蛸足に視線を移す。無一郎と鉄穴森は蛸足に囚われていた。

 

 

「それもまたよし、あの刀鍛冶より先に柱だ。先程は少々手を抜きすぎた。今度は確実に潰して吸収するとしよう。」

 

 

が、その瞬間に蛸足が斬り刻まれる。着地する鉄穴森と無一郎……鉄穴森の持っていたのは刀を抜かれた鞘だけだった。

 

「俺のために刀を作ってくれてありがとう……鉄穴森さん」

 

 

無一郎の手には《悪鬼滅殺》の文字が彫られた新たな日輪刀が握られていた。

 

そして、刀の色は赫く染まり、月の光を浴びて反射していた。

 

 

「…!!いや、いや、私は…時透殿の最初の刀鍛冶の書きつけ通りに作っただけで…っ(と、時透殿の刀が…赫く染まって、そうか、鋼鐵塚さんが言っていた赫い日輪刀、この事だったのか…)」

 

 

「そうだったね。鉄井戸さんが最初に俺の刀を作ってくれた。心臓の病気で死んでしまった……」

 

 

 

無一郎は最初に刀を打った刀鍛冶、鉄井戸のことを思い出していた。

 

 

『儂はもう長くはない、命を惜しむ歳ではないが…どうにもお前さんが気がかりじゃ』

 

 

「(鉄井戸さん…ごめん、心配かけたなぁ)」

 

 

 

思い返せば、最後の最後まで心配されていたと、無一郎が心の中で感謝する。そして蛸足が迫り、無一郎は紅蓮に染まった日輪刀を手に駆け出す。

 

 

「(俺はもう、大丈夫だよ)」

 

 

──霞の呼吸 伍ノ型・霞雲の海

 

 

辺り一面を大量の霞で覆うように斬り裂き、迫る蛸足を捌いてみせた。

と同時に、玉壺は木の上にあった壺に移動する。

 

「素早いみじん切りだが、私の壺の高速移動にはついてこれまい」

 

「そうかな?随分感覚が鈍いみたいだね。何百年も生きてるからだよ」

 

「何?」

 

気がつくと、玉壺の腕は全て斬り落とされていた。

 

「(いつの間に!!それになんだこの焼けるような痛みは⁉︎腕が再生しない⁉︎どうなっている⁉︎)」

 

 

 

「今のは新しい刀の試し斬り、次でお前の頚確実に斬るから、お前のくだらない壷遊びにいつまでも付き合うくらいなら、一夏さんの話を聞いていた方がマシ」

 

 

「……舐めるなよ小僧」

 

 

「事実を言ってるだけ、どうせお前はすぐに消える。なんだか凄く調子がいいんだ、どうしてだろう?」

 

 

「その口の利き方が舐めていると言っているんだ糞餓鬼め、たかが十年やそこらしか生きてもいない分際で」

 

「そう言われても、君には尊敬できる所が一つもないからなぁ、見た目も喋り方もとにかく気持ち悪いし」

 

「私のこの美しさ、気品…優雅さが理解できないのはお前が無教養の貧乏人だからだ。便所虫に本を見せても読めないのと同じ」

 

 

「一夏さんの日輪ノ神楽のほうが綺麗で美しいよ、忘れがちな僕でも覚えてるくらいだったし。君の方が便所に住んでいそうだけど?」

 

「耳飾りの柱は目障りだ、いいから黙れ便所虫、お前のようなちんちくりんの刃は私の頚には届かない」

 

「言っただろ、さっきは試し斬りだって、お前の腕、再生してる気配がないけど?ああ、もしかして自分に対して言っている独り言だった?だったらごめんね、壺の鬼」

 

無一郎と地面の壺に移動した玉壺が煽り合いを繰り広げる。

 

「ヒョヒョッ、安い挑発だのう、この程度で玉壺様が取り乱すとでも?」

 

その煽り合いに終止符を打ったのは首を傾げている無一郎だった。

 

 

「うーん、うーん」

 

「ヒョヒョッ、何だ?」

 

 

「気になっちゃって……なんかその壺形歪んでない?左右対称に見えないよ、へったくそだなあ。」

 

 

「それは貴様の目が腐ってるからだろうがアアアア!!!私の壺のオオオオ!!何処が歪んでいるんだアアア!!!」

 

 

──血鬼術・一万滑空粘魚

 

 

玉壺の複数の壺から一万匹の魚が無一郎に襲いかかる。

 

 

「一万匹の刺客がお前を骨まで喰い尽くす!!私の作品の一部にしてやろう!!!」

 

 

 

「(遅いなぁ)」

 

 

──霞の呼吸 陸ノ型・月の霞消

 

 

無一郎は一瞬にして魚を覆うように斬り込む。一万匹の魚を一切討ち漏らすことなく仕留めた。

 

「(ぜ、全部斬りおった!!奴の太刀筋が全く見えん!それにあの赫い刀、無惨様を追い詰めた剣士と同じ刀⁉︎しかし、問題はない…粘魚が撒き散らす毒は経皮毒…浴びれば終わり…)」

 

 

斬られた魚は消滅する前に体液を撒き散らす。しかし無一郎は構わず技を放つ。

 

 

「(この液体…邪魔だなあ)」

 

 

──霞の呼吸 参ノ型・霞散の飛沫

 

 

円を描くように魚の体液は全て斬り払われる。

 

「(何ィィィ!!回転で全て弾き飛ばされた!!)」

 

 

驚く玉壺はすぐさま木の上に避難する。

 

 

「あーもう、面倒くさいな、さっさと斬られてくれないかな」

 

 

「お前には私の真の姿を見せてやる「はいはい」この姿を見せるのはお前で三人目「結構いるね」黙れ」

 

玉壺の身体の形がみるみるうちに変わりはじめる。

 

「私が本気を出した時、生きていられたものはいない「すごいねー」口を閉じてろ馬鹿餓鬼が!!」

 

そして先程の姿よりは若干の人間に近くなりはじめた。

 

 

「この透き通るような鱗は金剛石よりも尚堅く強い。私が壺の中で練り上げたこの完全なる美しき姿に平伏すがいい」

 

人の姿は上半身だけであるが、下半身は魚の尾のようになっている。一夏が玉壺の姿を見たら「魚人だ」と間違いなく口に出すだろう。魚人は一夏の時代では空想上の生物となっているからだ。

 

 

「…………………」

 

対して無一郎は無表情でボーッと玉壺を見つめていた。

 

「何とか言ったらどうなんだこの木偶の坊が!!!本当に人の神経を逆撫でする餓鬼だな!!!」

 

 

「いや、さっき黙ってろ言ったのはあんただろ?それにそんなに吃驚もしなかったし……」

 

玉壺は無一郎に殴り掛かる。無一郎が刀を振り上げた時、玉壺は攻撃を避けた。地面は玉壺の拳に触れた箇所が魚に変わる。

 

 

「木の上に逃げるなと己が言わなかったか?面倒な事だのう」

 

 

「……」

 

無一郎は無傷の状態で木の上に飛び上がっていた

 

 

「どうだねこの私のこの神の手の威力、拳で触れたものは全て愛くるしい鮮魚となる。そしてこの速さ!!この柔くも強靭なバネ、さらには鱗の波打ちにより縦横無尽ら自由自在よ。震えているな、恐ろしいか?先程の攻撃も本気ではない」

 

 

「あのさ、お前頚……もう斬ってるけど?」

 

 

「はっ、何を馬鹿な事……」

 

地面に着地し、無一郎がそう言い放った瞬間、玉壺の頚が地面へと落ちた。

 

──霞の呼吸 捌ノ型・霞隠れ

 

霞隠れは相手の視線が刀に向いてる隙に音を立てずに視覚外から素早く近づき頸を断つ技である。玉壺が殴り掛かる際、刀を振り一瞬視線が刀に向いていた時、無一郎は既に刃を頚に通していた。

 

 

「(は?何だ?何だ?天地が逆だ、何か起きている?感覚が消えた。奴は一体何をした)」

 

 

「言ったはずたよ、次で斬るって。お終いだねさようなら、お前はもう二度と生まれて来なくていいからね」

 

 

 

「くそオオオ!!!あ、あってはならぬことだ!!!人間の分際で!!この玉壺様の頚をよくもォ!!悍ましい下等生物めが!!この蛆虫共めが!!この化け物があ!!」

 

「お前にだけは言われたくないよ」

 

「がっ」

 

 

頭のみとなって最後まで喚くことが出来なかった玉壺を斬り刻み、上弦の肆を撃破した。単騎での上弦の討伐は、織斑一夏が上弦の弐を討伐した四年前以来の快挙だ。

 

「ごちゃごちゃうるさい。早く地獄に行ってくれないかな」

 

その後、玉壺は消滅し、鉄穴森は無一郎に駆け寄る。

 

「時透殿!!大丈夫ですか⁉︎」

 

「大丈夫大丈夫、凄く今気分がいいんだ。それにすぐ炭治郎たちの所へ行かないと」

 

「顔色が悪いですが、本当に大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だってば、僕のはなしきいてる?」

無一郎は身体が震えはじめ、顔色も悪くし始める。

 

「んっ?体震えていませんか⁉︎ちょっあなた…」

 

「いいからさ、かなもりさんは…こてつくんのところへ…」

 

無一郎は最後まで言えず地面へバタンと倒れ込んでしまった。

 

 

「うわあああ!!時透殿————っ!!!」

毒が回っていた為全然大丈夫ではなかった。命に関わるほどではないがそれでも身体を動かすことができなかった。

 

「やばいやばい!!何をすればいいんでしょう⁉︎ちょっ…誰か!!鋼鐵塚さん!!」

 

鋼鐵塚は刀を磨ぎ続けている。こんな状況で助けに来ない事に鉄穴森はついにキレた。

 

「くっそアイツ来なぇな!!私が殺されかけていた時もガン無視でしたからね!!」

 

「たた、かないで……いたい」

 

「うわああ!ごめんなさい!!どっどうしましょ「横向きにした方がいいですよ」うわ————!!小鉄少年の亡霊!!」

鉄穴森の背後に傷口を押さえている小鉄が立っていた。鉄穴森は顔を真っ青にし、小鉄に南無阿弥陀仏と唱える。

 

 

「いや、死んでないので、鳩尾の血は斬られた腕の方の血なんですよ。押さえたからついちゃって、後腹の方には」

小鉄はお腹の中に手を入れゴソゴソ探るとある物を取り出す。

 

「炭治郎さんから預かってた鍔を入れていたので助かりました。新しい刀につけてほしいって言われたんですよ」

 

小鉄が取り出した鍔は花びらを連想させる鍔だった。小鉄が持っていた鍔はカナエが現役の時に使っていた日輪刀の鍔だ。

 

鬼殺隊を引退した際、カナエは羽織をしのぶに託し、鍔は一夏に託そうとしたが、一夏曰く、「耳飾りをもらっているから充分」と言われ受け取らなかった。そして炭治郎が刀鍛冶の里に向かう前、カナエから託されたのだ。

 

自分と似た思想を持った炭治郎に、カナエは自分の夢を託したのだ。

 

 

 

「(カナエさん、小鉄君を、守ってくれたんだ)」

 

 

『ほら全部上手くいった。』

 

 

「(父さん…母さん)」

 

無一郎は家族の幻が見えていた。父に母、兄もいる。

 

 

『…頑張ったなあ、無一郎』

 

「(兄さん……)」

 

 

兄、有一郎に労いの言葉をかけられ、その優しさに無一郎は涙を流す。

 

 

 

そして、安心したように、無一郎は意識を手放す。

 

 

 

 

 

 

 

 

十二鬼月上弦の肆・玉壺、霞柱・時透無一郎の戦いは、無一郎の勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 

 




原作の時透無一郎の違いその弐

実力は一夏との鍛錬により原作の無限城の無一郎より上。

完全に記憶を思い出し、痣を発現させた状態であれば日輪刀を赫刀化可能、透き通る世界にはまだ至れていない

上弦の肆となった玉壺を本気を出さず、ほぼ無傷に近い状態で倒す。

一夏ほどではないが、気配感知は一夏の次に鋭い



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反撃

「日の呼吸 肆ノ型・灼骨炎陽!」

刀を両腕で握り、太陽を描くようにぐるりと振るい木の龍を薙ぎ払う。

 

 

──日の呼吸黒式 弐ノ型・炎陽紅焔

 

迫り来る木の龍を超高速連撃で、斬り裂く。血鬼術で生まれた木龍は炭治郎の赫刀で再生する気配はなかった。

 

「(あの童、先刻よりも動きが速くなっている⁉︎それに付けられた傷の再生が出来ん!何故だ…奴の姿が…耳飾りの柱と、姿が重なる!)」

 

 

「日の呼吸黒式 参ノ型・白日波濤!」

 

居合斬りで下から上へ斬り上げ、ダメージを与える。炭治郎は憎珀天に攻撃を当てながら血鬼術で作られた木の龍を分析する。時には憎珀天に接近し斬りつけるが、音波による攻撃で退避を余儀なくされた。

 

 

「(木の龍の頭は五本!伸びる範囲はおよそ66尺だ!!まずは一つ分かったぞ!!)」

 

──日の呼吸 弐ノ型・碧羅の天

 

技で木の龍を斬り、地面に着地する。

 

 

「(っ!不味い!突風の攻撃がくる!)」

 

 龍の咆哮と共に、突風が巻き起こる。その突風は地面の形を変える。

炭治郎は、咄嗟に前方へ飛び、攻撃を回避する。

 

「くっ!!(やっぱりそうだ!喜怒哀楽の鬼の力を使える上に威力が上がっている。呼吸を落ち着かせろ!高鳴る心拍を落ち着かせるんだ……!)」

 

 

激しく波打つ心拍を落ち着かせ、一旦距離を取る。

 

 

「(66尺以上離れれば何とか、ここなら!)」

 

 

しかし、龍の口から龍が次々と伸び、66尺(約20m)以上の長さとなる。

 

「(なっ⁉︎伸び…)」

 

 

為す術もなく呑み込まれようとしたその時、

 

 

「水の呼吸 肆ノ型・打ち潮」

 

 

その瞬間、龍が水の斬撃により一瞬で裂かれ、炭治郎は何者かに抱き上げられる形で救出された。憎珀天は何が起こったか、何者の仕業かをしっかり把握していた。

 

 

「……柱か」

 

 

「キャー!すごいお化け!一夏君から借りた本で見た“木龍”ね!」

 

「ふぅ……何とか間に合いましたね」

 

 

 「!?」

 

 

「大丈夫!?ごめんね遅れちゃって、ギリギリだったね!」

 

「無事、炭治郎?」

 

 

「真菰さん⁉︎甘露寺さん!」

 

 

「休んでていいよ!頑張ったぞ、偉いね!」

蜜璃は炭治郎を下ろすとすぐに憎珀天に向かっていく。

 

「あっ!甘露寺さん、待って下さい!」

 

「炭治郎、あの鬼が蜜璃さんに気が向いているうちに状況を……」

 

「は、はい!」 

 

 

蜜璃は炭治郎の元を離れ、真菰は炭治郎から戦況を聞いた後、憎珀天と対峙する。

 

 

「ちょっと君!おいたがすぎるわよ!!禰豆子ちゃんと玄弥君を返してもらうからね!」

 

 

「……黙れあばずれが。儂に命令して良いのはこの世で御一方のみぞ」

 

 

「(あばっ⁉︎あばずれ!?私!?私の事!?)」

 

「初対面の女性に失礼じゃないかな…悪鬼?(蜜璃さんに鬼の事を伝えたいけど、どうやら悠長に話している暇はなさそうだね)」

 

蜜璃は自らの弟とそう変わらない背格好の鬼に罵倒され、動揺を隠せない中、真菰は冷静に状況を分析をする。

 

──血鬼術・狂鳴雷殺

 

 

雷と超音波が同時に蜜璃へと襲い掛かる。

 

 

「真菰さん!!甘露寺さん!!」

 

 

すぐさま意識を切り替え、攻撃へ対処する為、二人は高く跳び上がった。

 

 

──恋の呼吸 参ノ型・恋猫しぐれ

 

──水の呼吸 陸ノ型・ねじれ渦

 

真菰は全方位の攻撃を受け流し、蜜璃は雷の攻撃を斬り裂く。

 

 

「私達、怒ってるから!たとえ見た目が子供でも許さないわよ!」

 

 

「あなたは容赦する必要はないみたいだね。お前は弟弟子を傷つけ、多くの人を殺めた。私達は……お前を斬る!!」

 

 

「(この小娘共、攻撃自体を斬りおった)」

 

 

次々と攻撃を仕掛ける憎珀天に対し、蜜璃と真菰はそれを一つ残らず対処し、木龍をも斬り裂く。

 

 

「(ちっ!この速さでもついてくるか、ならば術で埋め尽くす)」

 

──血鬼術・無間業樹

 

 

「(キャ───!!広範囲の術!!だけど!)」

 

「(私と蜜璃さんにかかれば)」

 

 

──恋の呼吸 伍ノ型・揺らめく恋情・乱れ爪

 

 

──水の呼吸 拾壱ノ型・凪

 

 

「「(どうってことない!!)」」

 

 

辺り一帯を木の龍で埋め尽くされるも、蜜璃は後方に宙返りしながらそれらを斬り尽くし、真菰はその場にとどまったまま斬り裂いてゆく。

 

そのまま甘露寺の刀が憎珀天の首を巻き付くように捉えた。

 

「(しまった!)蜜璃さん!そいつは本体じゃない!本体は別にいます!!」

 

 

「(えっやだほんとに!?真菰ちゃん、そう言う事は早く言ってよぉ!)」

 

 

──血鬼術・狂圧鳴波

 

 

憎珀天の口から放たれる超音波が蜜璃を襲う。本来ならば身体の形は保っていられないはずの威力であるが、蜜璃は直前で全身の筋肉を硬直させることで耐えてみせた。

反射神経も、一夏、そして彼より鍛えられた杏寿郎の師事で上がっている為、意識を飛ばされる事もなかった。

 

蜜璃は特殊な肉体を持つ女性である。筋肉の密度が常人の八倍なのだ。見た目は女性のか細い腕だが、実際は筋肉モリモリマッチョマンの変態と同じくらい筋力がある。

 

 

それはさておき、硬直した瞬間を狙って、憎珀天が拳を振るってきた。

 

「(ま、まずい…身体が動かない…)」

 

「させない!」

 

拳を振るう憎珀天と蜜璃の間に真菰が入り込み、鬼の腕を斬り落とす。憎珀天は後ろに退かざるを得なかった。

 

 

「(凄い!あの距離を一瞬で!)」

 

真菰の速さにに炭治郎は驚いたのも無理はない。一夏との鍛練の末、真菰は水の呼吸を極め、柱と同格の実力を持っているのだ。

 

蜜璃を介抱するため、炭治郎,玄弥,禰豆子は駆け寄る。

 

 

「(あの小娘、至近距離で食らってもなお意識を保つとは……あの狐面の女も速い……まずはあの女共からだ)」

 

 

背中の太鼓を叩き、雷を放つ。

 

 

「甘露寺さんを守るんだ!!甘露寺さんと真菰さんが希望の光だ!!二人がいれば絶対に勝てる!!」

 

 

三人が身を呈して蜜璃を庇おうとする。蜜璃はすぐさま持ち直し、真菰と一緒に迫る攻撃に対処する。

 

 

「みんなありがとう!もう大丈夫!ヘマしちゃってごめんね!鬼殺隊は大切な居場所だから!みんな、私が守るから!!」

 

 

蜜璃は一夏と初めて会った日を思い出す。

 

 

 

 

『会わせたい人、ですか?』

 

『うむ!俺なんかよりも凄い奴だ!一夏ならば甘露寺の悩みに良い助言を出してくれる筈だ!』

蜜璃が杏寿郎の継子だった頃の話だ。ある日、煉獄邸に一夏が来る事になり、二人は一夏の到着を待っていた。

 

『兄上!一兄さんが来られました!』

 

『来たか!こちらにいると伝えてはくれぬか』

千寿郎は嬉しそうに一夏の到着を杏寿郎に伝えた後、一夏のところに向かう。

 

『一兄さん?千寿郎君に煉獄さん以外のお兄さんが?』

蜜璃は疑問符を浮かべる。彼女の記憶だと、煉獄家は四人家族であり、長男の杏寿郎と次男の千寿郎以外にもう一人兄弟がいるはずがないと知っていたからだ。

 

『修行時代、一夏はこの屋敷に滞在していたからな!幼かった千寿郎にとっては、もう一人の兄のような存在だ!』

 

そしてしばらくすると千寿郎が一夏を連れて縁側にやってきた。

 

『来たか!久しいな一夏!』

『ああ、半年振りくらいか?そっちも元気そうでよかった』

 

『…………』

当初、蜜璃は、織斑一夏という男を「怖い人」だと思っていた。元炎柱であった杏寿郎の父…槇寿郎を凌ぐ実力の持ち主で、最強の鬼の一角を担う十二鬼月の上弦を無傷で倒すと言う快挙を成した隊士と聞いていたからだ。しかし実際の一夏は、蜜璃の想像とは裏腹に美青年だった。

 

黒髪に赫みを帯びた髪先、赫い瞳、額には綺麗な形をした陽炎の痣、スラッとした体型だった。

 

『杏寿郎、その人は?』

 

 

『(はっ!いけない!ここは私から挨拶をしなくちゃ!)はじめまして。甘露寺蜜璃です』

 

『あっ、はじめまして。織斑一夏です。こう見えて年は十六歳です』

 

 

『えっ⁉︎私より年下⁉︎』

 

大人びた見た目とは裏腹に、まさか自分より年下だったとは……。

 

『はは、よく言われます……』

 

『あっ、ご、ごめんなさい!』

 

『大丈夫です、慣れているので…えっと、甘露寺さん、でしたね?気にしなくても大丈夫ですから』

 

『やはり甘露寺も思ったか!父上も初めて会った時には甘露寺と同じ事を言っていたぞ!甘露寺、此処からは二人で話すといい!一夏、甘露寺の相手は任せたぞ!』

 

『え?杏寿郎、今日は稽古をするんじゃ……』

 

その後、杏寿郎は千寿郎を連れて縁側から去っていった。

 

『あ、あのぉ……』

 

『えっと……状況が飲み込めないですけど、とりあえずお話は聞きます』

 

無茶振りにも程がある。しかし、一夏は、とりあえずお互いの自己紹介を済ませたので、話を進めることにした。

 

 

蜜璃と話した一夏は、「とても天真爛漫な女性」と感じた、「カナ姉と同じで一緒にいると楽しいタイプの女性」だとも。

 

 

『甘露寺さんの髪は…染めているんですか?』

 

 

『この髪は地毛なの、桜餅を食べ過ぎてこうなっちゃって……変だよね、こんな色の髪』

 

『いえ、全く変じゃありませんよ。そんな事を言えば俺のこの額の痣が異様ですよ』

 

『え⁉︎そんな綺麗な形をしてるのに?』

 

『………この痣は周りから見れば気味が悪いみたいで、周りからは汚物のような視線を当たり前のように向けられていました』

痣が綺麗な形といわれ少し驚いていたが、そこから一夏はなるべく未来の事を伏せながら蜜璃に話した。蜜璃は口に手を当てていた。

 

『そっか、一夏君は…私と少し似てるね』

 

『似てる?』

 

『うん、私ね……』

 

蜜璃はそう言うと、ぽつりぽつりと本当の事を話し始めた。

 

 

蜜璃は一般家庭の出であるが、特異体質により筋力が常人の八倍はある。普通に生活しているだけでも常人の八倍のエネルギーを使う彼女の体は、それを補うだけの食事が必要だったのだ。

 

どのくらいかと言えば、力士3人分である。

 

そんな異常性故に、蜜璃の今までの見合いは全て破談に終わった。

 

『破談って、甘露寺さんみたいな優しい女性がどうして……』

 

『お見合いした男性の中に、こんな事を言った人がいたの……』

 

──君の様な女性と結婚できるヤツなんて熊か猪くらいでしょう。それにそのおかしな髪の色も子供に遺伝したらと考えるとぞっとしますよ。

 

蜜璃が身の上話を終えた時、それを聞いていた一夏の表情は珍しく怒りの色で染まっていた。

 

『なんだよ……それ』

 

『一夏君?』

 

『甘露寺さん、俺から言わせればその男性がどうかしてますよ。こんな綺麗な人で初対面で俺の痣を綺麗な形だって言ってくれた優しい女性なのに、むしろこう言い返せばよかったんですよ。『お前みたいなヤツ、こっちから願い下げだ!』って!周りの目を窺って、甘露寺さんが我慢する……そんなのおかしいですよ。俺の知人にだって派手な髪の人はいます、槇寿郎さんに杏寿郎や千寿郎……世界にはもっと色んな人がいますよ。それに、甘露寺さんのその力は、大切なものを沢山守れる力です。もっと自信を持ってください。甘露寺さんも充分素敵な女性です。それに、甘露寺さんの髪と体質が、運命の人を連れてくるかもしれないですよ』

 

『私の髪と体質が…運命の人を?』

 

『はい、俺自身を受け入れて……織斑一夏を好きになってくれた女性がいます。今は…その人と二年間付き合っています』

 

『えっ!一夏君、付き合っている子がいるの⁉︎』

 

『はい……』

一夏は急に恥ずかしくなったのか、頬を赤くし…穏やかな表情をしながら返事をする。その姿に蜜璃は……

 

『(か、可愛い!)』

胸をキュンとさせた。その後、一夏は杏寿郎との稽古が終わると、二人は蜜璃に指導を始める。後に蜜璃が柱に上り詰めると、一夏は確信したからだ。

 

この時、蜜璃は、本当に運命の人が現れるのをまだ、知らなかった。

 

 

 

 

 

「(お父さん、お母さん、私を丈夫に産んでくれてありがとう。鬼殺隊ではみんなが私を認めてくれたの。鬼から守った人たちはね……涙を流してお礼を言ってくれた。伊黒さんは、私に縞々の長い靴下をくれたの)」

 

雷を薙ぎ払う。再び迫る木の龍から炭治郎達を守るために駆ける。

 

「(女の子なのにこんなに強くなっていいのかなって、また人間じゃないみたいにいわれるんじゃないのかって……だけど、一夏君は……強い女性は悪い事じゃないって。未来じゃ私のような強い女の子はいるって、“その力は大切な物を掴める力だ”って言ってくれた……!)」

 

 

 

「炭治郎!ここは私たちが!!」

 

「炭治郎君達は本体を!!こっちは私達がなんとかするから!」

 

 

蜜璃と真菰が憎珀天と対峙する。その隙に炭治郎達は本体を仕留めにいく。

 

 

「(赫い刀、一夏君しか至れていない日輪刀の状態。一夏君は柄に力を入れているだけって言っていたけど、普通の力じゃ赫くならない、だったら、私が持つ全ての力を…柄にこめる!!)」

 

蜜璃は自身の持つ力で、日輪刀の柄を強く握りしめる 

 

 

 

「(もっと速く、強くもっと!!血の巡りを早く……)」

 

 

 

「(童共が……)」

 

 憎珀天の術は強大だ。蜜璃と真菰の相手しつつ炭治郎達にも襲いかかることは容易である。

 

 

しかし蜜璃と真菰が素早くそれに反応することで、炭治郎達にそれが届くことは無い。

 

 

「(この二人、先程よりも速っ⁉︎な、何故だ、石竜子が再生しない⁉︎一体何を……)」

 

蜜璃と真菰に目をやると、あることに気づく。蜜璃の日輪刀は赫く変化し、真菰は頬に先程までは無かった痣が発現していたのである。

 

 

「(狐面の女に痣⁉︎それにあのアバズレの女の刀の色…無惨様を追い詰めた刀⁉︎しかし、狐面の女の痣、鬼の紋様と似ている)」 

 

 

「(体が熱い!!心音がうるさい!落ち着かせろ、状態を維持したまま…心拍を落ち着かせるんだ!!)」

 

 

「(絶対に炭治郎君達の邪魔はさせない!ここで長く足止めをするんだ!!)」

蜜璃と真菰は憎珀天の攻撃をもろともせず果敢に攻める。

 

 

──水の呼吸 玖ノ型改・水流飛沫・朧

 

水流飛沫・朧は、日の呼吸の幻日虹における高速の捻りと回転を取り入れた事で重心の移動がよりスムーズとなり、高速化した上に軌道もより複雑化した玖ノ型の改良型である。

 

一歩踏み出す毎に細かい飛沫が飛び散る。次第に真菰の姿が霞んだ様に見えてくる。目が良い相手には攪乱効果も加わる事から接近しながら相手の隙を作る事も可能だ。

 

「(此奴、無間業樹を…だが儂には無意味)」

 

──血鬼術・狂圧鳴波

 

憎珀天の口から放たれる超音波が真菰を襲うが、直撃した途端、真菰が霞んでしまった

 

「(何⁉︎消えただと!一体どこへ……)」

 

 

──水の呼吸 拾弐ノ型・浪裏

 

真菰は憎珀天の腕を斬り裂いた。

 

「(っ!いつの間に背後に⁉︎)」

 

浪裏は斜陽転身を原型とするカウンター技である。正面から接近する事で敵の攻撃を誘い、その攻撃を敵ごと飛び越えて回避すると共に逆さに宙返りした状態から一回転捻った後に遠心力の乗った横薙ぎを放つのだ。

 

 

「(真菰ちゃん、凄い!私も負けてられない!)」

 

 

 

 

 

水と恋の反撃がここから始まる。



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決着と新たな夜明け

「ぐあああ!振り落とされるな!頑張れ、頑張れ!木の……竜みたいのがこっちへ来ない内に!」

 

 少し間があったが、炭治郎,禰豆子,玄弥の三人は、本体が隠された樹に振り落とされないように蔦を必死に掴む。

 

「甘露寺さん達が鬼の動きを止めている内に!」

 

 

振り回されながらもしがみつくが、本体を包み込んでいる木の塊は高い位置にある為、刀を振ることが出来ない。

 

 

「(刀が振れない!本体はまだ上にいる!このままじゃ体力を奪われるだけだ………そうだ!しがみつく必要なんてないんだ!)」

 

すると、炭治郎は木から手を放した。

 

「何落ちてやがるんだ、炭治郎⁉︎」

 

「玄弥!禰豆子!この木を根本から斬る!!衝撃に備えてくれ!!」

 

空中で体勢を整えた炭治郎は赫色に染まった刀を上段に構えていた。

 

「(この技なら……!!)」

 

 ──日の呼吸黒式 壱ノ型・零日白夜

 

落下しながら樹の根本を斬りつけ、一刀両断すると、樹は折れ始める。そして炭治郎はすぐさま構えを変えた。

 

「日の呼吸改・炎舞鳳凰!」

 

 

半天狗が隠れているであろう中心部の樹を縦に斬りつけると、衝撃波が起き、樹の蔦ごと吹き飛ばした。空中にいた玄弥と禰豆子は着地し、切断された樹を支える。

 

 

だが、樹の内部に半天狗はいなかった。

 

「(いない!また逃げた!どこだ!どこだ!近い……)」

 

 

「ヒィィ」

 

炭治郎が匂いを追った先には、叫び声を上げながら逃走する半天狗の姿があった。そんな姿を見て、炭治郎は青筋を立てる。

 

「貴様アアア!逃げるなアア!責任から逃げるなアア!お前が今まで犯した罪、悪業!その全ての責任は必ず取らせる!絶対に逃がさない!!」

 

炭治郎の言葉に、半天狗の脳裏にある町奉行の言葉がよぎる。

 

 

──貴様のしたことは他の誰でもない、貴様が責任を取れ。この二枚舌の大嘘吐きめ

 

 

「(儂は生まれてから一度たりとも嘘などついたことがない。善良な弱者だ。これほど可哀想なのに誰も同情しない)」

 

半天狗は自分の行いを、悪くない,可哀想な弱者などと内心で正当化するが、ただの屁理屈でしかない。

 

「いい加減にしろ!この、バカタレェェェェ!」

 

 長い“鬼ごっこ”に嫌気がさした玄弥は、近場に生えていた木を根っ子から引き抜き、投げ飛ばした。

 

「(き、木…ぶん投げたー⁉︎)」

 

 

「ガアアアア!クソがァァァ!いい加減死んどけ、お前…空気を、読めえええ!!」

 

 そう言ってから、玄弥はどんどん根っこごと引き抜いた木を半天狗に向けて投げつける。

 

「ギャアア!」

 

木を避けながら、半天狗が声を上げる。玄弥の投げた木が逃げ道を塞いでいく中、禰豆子は走り出し、半天狗に鋭い右爪を振り下ろす。

 

「ヒィイイ!」

 

半天狗は禰豆子の攻撃を躱して、声を上げながら前方に逃走する。その速さは、通常では考えられない速度だ。

 

「足くそ速ェェ!何だアイツ!速すぎるだろ⁉︎クソがァアア!追いつけねェ!」

 

 

「ヒィィィ!」

 

「(逃がさない!夜明け前には斬る!絶対に……!)」

 

 

──日の呼吸改・円舞一閃

 

炭治郎は半天狗の頸に日の一閃を繰り出し、刀を喰い込ませる。

 

「(斬る!今度こそ!渾身の力で……)」

 

 

「お前はああ!儂があああ、可哀相だとは思わんのかァァァァア!弱い者いじめをォ、するなああああ!!!」

 

 突然巨大化した半天狗が炭治郎の口と鼻を塞ぐように鷲掴みにする。

 

「(まずい…呼吸が!)」

 

呼吸ができない中、玄弥が半天狗の腕をガシッと掴み、炭治郎の頭部を潰そうとするのを抑える。

 

「テメェの理屈は全部クソなんだよ!ボケ野郎がァアア!」

 

半天狗は、玄弥と炭治郎を蹴散らす為に口を開き、口内に高出力の光を溜めようとする。

 

「ギャッ!」

 

しかし、禰豆子が燃える血の炎を半天狗にかざし、燃やす。

 

「うおおおおおお!」

 

玄弥が半天狗の力が弱ったところを狙い、両腕を引き千切って拘束を解き、炭治郎を解放する。しかし半天狗の腕は燃えており、玄弥に燃え移ってしまう。

 

「熱っ!!(そうか、この火は俺も燃える!鬼を喰ってるから…)」

 

 

「うわっ!」

 

 刀を半天狗の頸に喰い込ませた炭治郎と、勢いに乗った禰豆子が崖から勢いよく落ち、ドォン!と激しい落下音が鳴り響いた。

 

「炭治郎……禰豆子ー!」

 

禰豆子の炎により、鬼化状態から戻った玄弥が崖から見下ろし叫ぶ。

地面へと落下したのは半天狗と禰豆子だけであり、炭治郎は崖付近に茂る木に引っ掛かっていた。

 

「(まずい、再生が遅くなり始めた。憎珀天が力を使い過ぎている。しかも押されているな。早急に人間の血肉を補給せねば)」

 

半天狗の腕は再生しておらず、炭治郎達を見向きもせず人間を探しながら前方へ移動する。

 

「(近くに…人間の気配が)「待て」」

 

 

「逃がさないぞ……地獄の果てまで逃げても追いかけて頚を斬るからな……!!」

 

 炭治郎の言葉に半天狗はゾッとする。そして半天狗の視線の先には刀を背負う里の者たちがいた。

 

「(見つけた!まず先にあの人間を食って補給してから……)」

 

 

半天狗は炭治郎の日輪刀を頚に食い込ませたまま、里の者に向かう。

 

 

「(まだあんな速度で走れるのか⁉︎まずい、円舞一閃じゃ間に合わ…)」

 

しかし、炭治郎の刀は半天狗の頸に喰い込んだままであり、炭治郎が動けたとしても頸を斬る手段が無い。

 

その時、ドスッ!と炭治郎の目の前に刀が直立に刺さる。

 

「(刀⁉︎)「使え!!」

 

「炭治郎、それを使え!」

 

 刀を投げたのは、崖の上に居る無一郎だ。その隣には、無一郎に食ってかかる重症の鋼鐵塚、そして、その暴挙を止める鉄穴森と小鉄の姿があった

 

「返せ!ふざけるな殺すぞ!まだ第一段階までしか研いでないんだ、使うな!返せ!」

 

「夜明けが近い!逃げられるぞ!」

 

「くそガキ!」

 

「いたいっ!」

 

 

 

 

 

「(時透君、ありがとう!)」

 

 内心でそう呟き、炭治郎は刀を拾い、足に力を溜め加速する。その速さは先程の速度を上回っていた。

 

 

この時、炭治郎は、お館様から刀鍛冶の訪問の許可が出るまで蝶屋敷で待っていた際に一夏と交わした会話を思い出していた。

 

 

『七つの型を?』

 

『はい、確か一つは水の呼吸を併用しているんですよね?』

 

『ああ、よく覚えてるな』

 

『あの、宜しければ…見せてもらう事はできませんか?』

炭治郎は今後の体力を取り戻した際、一夏に教えを請おうとしていた。

炭治郎はカナエから一夏が独自で編み出した七つの型の詳細を聞いていた。そして、その中に日と水の呼吸を併用している技…遊郭の時に見た技が一番気になっていたのだ。

 

 

『構わないけど、何か隠してないか?』

 

『い、いえ!何も……』

 

『はぁ……炭治郎、嘘を吐く時は何かお面でもかぶるか?大方万全の状態に戻った際に会得しようと考えているんだろ?』

 

『うっ……』

 

『見せる事は構わない。だが、七つの型はお勧めはしない。通常の日の呼吸の型より負担がかかる技だからな…』

 

『負担……』

 

『炭治郎も知っているように、負担はあるがカナヲは日の呼吸の壱と玖の型を使える。そして玖ノ型に花の呼吸を併用した輝輝恩光・緋空斬が使えるようになったが……負担はその倍だ』

 

『ば、倍⁉︎』

炭治郎は顔を真っ青にする。ただでさえ一夏以外が日の呼吸を使うと負担があるのに関わらず、一夏の使う七つの型はその倍の負担がかかると言うのだ

 

『カナヲが使用した際、腕が痙攣を起こしてしばらくはまともに動かせなかったからな』

 

『か、カナヲは大丈夫なんですか⁉︎』

 

『いや、蝶屋敷にいるから分かるだろ?だがらカナヲには、日の呼吸を極力使わないように注意はしている』

   

炭治郎はよかったと胸を撫で下ろす中、一夏は立ち上がった。

 

『見たいんだろ?ついてきなさい……』

 

 

 

一夏は背を向け道場に向かう。炭治郎は慌てて一夏の後をついていく。そして一夏は太刀型の木刀を手に取って構えを取り、設置していた丸太を一瞬にして斬り裂いた。

  

 

その技の名は

 

 

 

 

 

──日の呼吸改・炎舞疾風

 

 

一振りで半天狗の頸を刎ねる。

 

 

「グゥッ!(い、一回だけでもこれほどの痛みが!一夏さんはこの七つの型を当たり前のように使えているのか?)」

 

足の激痛に何とか耐えるが、問題はもう一つあった。

 

「(まずい、夜が明ける!!開けた場所じゃ、禰豆子が…………!早く日陰に)」

 

炭治郎は技の反動により声がうまく出せず、後ろを振り向くと、禰豆子は炭治郎の元へ走り寄ってきた。

 

「逃げ、ろ!禰豆子……!日陰になる所へ!」

 

「うううっ!ううう!」

 

 禰豆子が後方を指差すと、頸を刎ねた筈の半天狗が活動を続けている。奴が手を伸ばす先には、半天狗から逃げる里の者たちがいる。

 

「うわああああ!」

 

「逃げろ!逃げろ!」

 

「死んでない!!頸を斬られたのに!」

 

 

 

「(なん……で……)」

 

炭治郎が頸を刎ねた半天狗の頭を見ると、舌には恨みと刻まれていた。

 

 

「(恨み⁉︎本体は“怯え”だったはず…舌の文字が違う!!)止めなければ……アイツに止めを!」

 

 炭治郎が半天狗の方を振り向いたと同時に、太陽が完全に上がろうとする。

 

「ギャッ!」

 

「っ⁉︎禰豆子!!」

 

太陽が禰豆子の皮膚を焦がす。炭治郎は日に当たらないよう禰豆子へ覆い被さるが、眩い陽の光は禰豆子の皮膚をどんどん焦がしてゆく。

 

「体を小さくするんだ!!縮むんだ!!」

 

「ううっ…」

 

「(まだ陽が昇りきっていなくてもこれほど…!)」

 

「わあああ!」

 

「(まずい!!里の人達が!誰か、誰か!だめだ、崖の上からここまでなんて無理だ。禰豆子を抱えての移動じゃ間に合わない!ああ…ああ!!駄目だ…決断ができない、どうすれば……)」

 

炭治郎は迷った、禰豆子を助けるか、里の者たちを助けるかを。まさに苦渋の選択だ。

 

「………」

 

その時、禰豆子が炭治郎を前方に蹴り飛ばす。

 

 

「ッ⁉︎禰豆っ……」

 

 

 名前を最後まで言えなかった。禰豆子は太陽に焼かれていながらも微笑んでいた。それはまるで「いって……お兄ちゃん…」と言われているようで……

 

 

そして、炭治郎は着地し、涙を流しながら半天狗を見据え着地する。

 

「(嗅ぎ分けろ、遠くには逃げてない。本体がいきなり遠くへ離れたら匂いで気づくはず。近くにいる、どこだ、匂いで捉えろ)」

 

炭治郎は嗅覚を集中させ本体を探る。

 

「(そこか。まだ鬼の中にいるな。そうか、もっともっと鮮明にもっと)」

 

そして炭治郎は半天狗の身体が透けて見え始めた。

 

そして、心臓の中に本体の半天狗の姿を見つけた。

 

 

「(いた!見つけた、心臓の中、今度こそお終いだ、卑怯者。悪鬼!)」

 

しかし炭治郎はその事には気づかず呼吸を整え、全ての力を足に集中させる。

 

 

 

「うあああああ駄目だ!!捕まる!」

 

「追いつかれ…」

 

 

 

 

 

「日の呼吸改・炎舞………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前方では、半天狗が里の者に襲い掛かかろうとする。炭治郎は地を蹴って加速し、一瞬にして里の人達を掴もうとしていた半天狗の腕を斬り裂き、前に立つ。

 

「命をもって罪を償え!悪鬼!!」

 

──裏疾風・鳳凰

 

 

半天狗の心臓に向けて頸ごと横に斬り裂く。炭治郎が使った裏疾風は炎舞疾風に追撃するように、炎舞鳳凰を繰り出す。周囲には幻視する程の炎の余波が広がった。

 

 

──貴様が何と言い逃れようと事実は変わらぬ。口封じしたところで無駄だ。その薄汚い命をもって、罪を償う時が必ずくる……!

 

 

 

 

心臓ごと怯えの鬼…半天狗の頸を斬り落とし、完全に消滅を確認した炭治郎はその場で両膝を地につける。

 

 

 

 

「うっ、ううっ、うっ……!」

 

 

技の反動の痛みは今の炭治郎には感じなかった……半天狗には勝った、禰豆子を…家族を犠牲にして。炭治郎はただ涙を流すことしかできなかった。鬼は陽の光に当たると跡形もなく消滅する。

 

 

「禰豆子っ、うっ…ううっ!」

 

 

「竈門殿!竈門殿!」

 

「…っ?」

 

里の者が後方を指差している。炭治郎が後方を振り向くと、禰豆子が太陽の下で……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佇んでいた。

 

 

「………禰豆、子⁉︎」

 

 

「お、お、おはよう」

 

禰豆子は陽の光を克服していた。炭治郎は禰豆子の元まで走り寄る。

 

「禰豆子……よかった、大丈夫か?お前……人間に」

 

「よ、よ、よかった。だい……だいじょうぶ。よかったねぇ、ねぇ」

 

 

「(これは、まだ人間に戻ったわけじゃない。目と牙がまだそのままだ)」

 

 

「二人共ありがとうなぁ、俺達のために…禰豆子ちゃんが死んでたら申し訳が立たなかったぜ」

 

里の人達は炭治郎達に感謝すると、炭治郎は禰豆子に勢いよく抱きしめる。

 

 

「うあああああ!!よかった…!!よかったああ!禰豆子が無事でよかったああ!!」

 

「よかったねぇ」

 

 

「グスッ」

 

「うんうん」

 

「ううっ、ええ光景や…」

 

兄妹の姿にもらい泣きする里の人達、 

 

 

 

「……良かったな…炭治郎…禰豆子」

 

 

玄弥はその様子を優しく見守っていると、炭治郎はその場で力尽きたよう倒れた為、里の者たちが慌てて支える。

 

 

 

 

 

 

こうして上弦の参・半天狗との戦いが終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうっ!いつまで再生するのよぉ!!私の刀赫くならなくなっちゃったよぉ!」

 

「蜜璃さん!もうすぐ陽が昇ります!最後の力を振り絞りましょう!」

 

 

「(ちぃ!しつこい!)」

 

蜜璃は涙目で声を上げる。しかし蜜璃の日輪刀は赫くなく、元の状態に戻っていた。真菰も頬にあった痣も消えてしまっていた。

 

憎珀天はかなり焦っている様子だった。血鬼術の竜を斬り裂きながらの足止めに苛立っているのだ

 

蜜璃と真菰はかなりの疲労を蓄積している。もう長くは戦えないだろう

 

「こうなったら…私のとっておき、見せてあげるんだから!」

 

蜜璃はその場で構え、自身が持つ最大の力を絞り出す。そして蜜璃の日輪刀は再び赫く変化する。

 

 

「(恋の呼吸 奥義!)」

 

 

身体を捻った構えから闘気を練り上げる。臨界に達した瞬間、

 

 

 

 

 

捌ノ型・真実一路

 

蜜璃の日輪刀がその場から放たれ、憎珀天を切り裂く。

 

「(な、何っ⁉︎この小娘からどこにそんな力が!!)」

 

 

 

「(す、凄い!一瞬にして血鬼術ごと斬り裂いた⁉︎)」

 

 蜜璃は自身の奥義で血鬼術ごと斬り裂き憎珀天を攻撃し頚や四肢を斬り裂く姿は、真菰ですら目視は何とかできた程であった。

 

「(けど、こいつは本体を倒さないと再生する!攻撃を続けないと……)」

 

 

真菰が技を繰り出そうとしたその時、憎珀天が消滅し、血鬼術も消え去る。

 

「え、消えた?」

 

「もしかして…炭治郎達が……」

 

「きっとそうよ!炭治郎君達が本体の頚を斬ったんだわ!」

 

 

蜜璃の言う通り、炭治郎たちが半天狗の本体の頸を刎ねた事で、憎珀天や血鬼術が消え去ったのだ

 

「お、終わったぁ……」

 

真菰は安全を確認すると崩れ落ちる。

 

「真菰ちゃん⁉︎」

 

蜜璃はすぐさま駆け寄り真菰を支える。

 

「大丈夫、真菰ちゃん!?」

 

「だ、大丈夫、です。…すみません。安心したら急に力が……」

 

 

「いいのよ気にしなくて!真菰ちゃんがいなかったら私はここまで戦えなかった!」

 

「あはは、私も、蜜璃さんやしのぶみたいに体力をもっとつけないとなぁ、今後の課題ですね」

「これからも一緒に頑張りましょ!背負ってあげるから…炭治郎君達の所に行こ!」

 

「すみません、お願いします……」

 

蜜璃は、自身の日輪刀と真菰の刀を納めた後、真菰を背負い、炭治郎達の元へ駆け出した。

 

しかし炭治郎と合流した二人は炭治郎の無事を喜ぶのと同時に驚くことになった。

 

 

禰豆子が陽の光を克服し、陽の下を歩いていたからだ。

 

 

 

 

 

 

刀鍛冶の里には被害も犠牲者も出てしまったが、里の襲撃を阻止することに成功したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、禰豆子が陽の光を克服した事実により、その平和は嵐の前の静けさへと転じる。




原作の甘露寺蜜璃違い

一夏との会話により自分の体質に自信を持つようになる。

一夏から未来の本を借りてある漫画にハマっている

杏寿郎と一夏の指導により原作より実力を上げている。実力は原作で痣を発現させた状態の蜜璃より上

そして長く維持することはできないが蜜璃の持つ力を柄に込めると赫刀化が可能

恋の呼吸奥義を編み出す(読者からのアイディアです!)


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痣と万力の力

二体の上弦の鬼による刀鍛冶の里襲撃から四日経過した。

 

現在産屋敷邸では緊急柱合会議が開かれている。禰豆子が陽の光を克服した事が報告されると、一夏を含めた蝶屋敷の者達は驚きを隠せなかった。

 

そして、その翌日から鬼による被害がピタリと止んだのだ。柱たちが集まる中、実弥が右頬に手を添える。

 

「あーあァ。羨ましいことだぜェ。何でオレは上弦と遭遇しねェのかねェ、その中で一夏は二体も倒してやがるしなぁ」

 

「そうは言われましても……」

 

「うむ!こればかりは相手が都合よく現れるわけではない!しかし、柱が誰も欠けず生きているのは素晴らしい事だ!」

 

「俺の場合はイチがいたからこそ派手に勝てたもんだからなぁ。下手すりゃあ、俺はこの場にはいなかったかもしれねぇ」

 

 

実弥は一夏や杏寿郎、天元と無一郎、蜜璃を見やる。一夏は、上弦の弐の先代と当代、伍の兄妹の四体と遭遇し、その内先代の弐と伍を倒している。

天元は一夏と共に伍を討伐した。肆は無一郎が単独で倒しており、参は蜜璃が炭治郎達と力を合わせて倒している。

 

「甘露寺と時透、体の具合はどうなんだ?」

 

 蜜璃と無一郎はまだ本調子ではないが「問題ない」と答えた。

 

「煉獄の言う通り、誰も欠けずに上弦二体を倒したのは尊いことだ」

 

 行冥がそう言った所で前の襖が開き、そこから産屋敷あまねが姿を現す。

 

「本日の柱合会議、産屋敷耀哉の代理を産屋敷あまねが務めさせて戴きます。そして、当主の耀哉が病状の悪化により、今後皆様の前へ出ることが不可能となった旨、心よりお詫び申し上げます」

 

 あまねの言葉を聞いた柱たちは、バッと前に両の手をつけ姿勢を正す。

 

「承知……。お館様が一日でも長くその命の灯火を燃やして下さることをお祈り申し上げる……。あまね様も御心を強く持たれますよう……」

 

 行冥が柱を代表して答えると、あまねは両目を一旦閉じた。

 

「柱の皆様には、心より感謝申し上げます」

 

 あまねが会議内容について話し始める。

 

「既にお聞き及びとは思いますが、日の光を克服した鬼が現れた以上、鬼舞辻無惨は目の色を変えてそれを狙ってくるでしょう、己の太陽に弱い体を克服する為に。だからこそ、大規模な総力戦が近づいております」

 

 禰豆子が太陽を克服したことで、鬼の出現がピタリと止まったのだ。これぞ、嵐の前の静けさというものだ。

 

鬼と人……お互いに、全てをぶつけ合う刻限が近づいてきている。それは、どちらかが滅ぶ程の壮絶な戦いだ。

 

「上弦の参,肆との戦いで、時透様、そして、この場にいない鱗滝様に独特な紋様の痣が、そして甘露寺様は一夏様のように赫刀を発現したという報告が挙がっております」

 

蜜璃が知らなかったのか「痣?」と呟くと、あまねは一度頷き言葉を続ける。

 

「戦国時代、鬼舞辻無惨をあと一歩という所まで追い詰めた始まりの呼吸の剣士たち…彼ら全員に、鬼の紋様に似た痣が発現していたそうです」

 

 痣者は、普段以上の力を引き出すことが可能になるのだ。そして、一夏と杏寿郎を除いた柱たちは驚愕で息を呑む。

 

「伝え聞くなどして、御存じの方は御存じの筈です」

 

「………」

 

「一夏」

 

一夏は沈黙にて答えた。杏寿郎は一夏の心情を察しておりあえて追及はしなかった。煉獄家の面々は、一夏から痣について聞いている為、杏寿郎も知っていたのだ。

 

 

 

「オレは初耳です。何故伏せられてたのです」

  

あまねにそう聞いたのは、実弥だ。

 

「痣が発現しない為、思い詰めてしてしまう方が随分といらっしゃいました。それ故に、痣については伝承が曖昧な部分が多いのです。当時は重要視されていなかったせいかもしれませんし、鬼殺隊がこれまで何度も壊滅させられかけ、その過程で継承が途切れたのかもしれません。ただ一つ、はっきりと記し残されていた言葉があります」

 

 あまねは一度言葉を切ってから、再び口を開く。

 

「痣の者が一人現れると、共鳴するように周りの者たちに現れる」

 

 そして、この世代で最初に痣を発現したのは、竈門炭治郎だ。

 

「ですが、上弦の伍との戦闘に於いて、音柱・宇髄天元様には現れなかった。しかし里の一件で、霞柱・時透無一郎様、甲・鱗滝真菰様が発現させた。時透様、宜しければ御教示願います」

 

 「痣というものに自覚はありませんでしたが、あの時の戦闘を思い返してみた時に、思い当たること、いつもと違うことが幾つかありました。その条件を満たせば、恐らく痣が浮き出す。今からその方法を御伝えします。前回の戦いで、僕は毒を喰らい動けなくなりました。呼吸で血の巡りを抑えて、毒が回るのを遅らせようとしましたが、僕を助けようとしてくれた少年が殺されかけ、以前の記憶が戻り、強すぎる怒りで感情の収拾がつかなくなりました。その時の心拍数は、二百を超えていたと思います。更に体は燃えるように熱く、体温の数字は三十九度以上になっていたはずです」

 

「!?そんな状態で動けますか?元々体温の高い一夏さんならまだしも、普通の人なら命にも関わりますよ」

 

「心拍数って所は、俺の音の呼吸・終ノ型の状態に地味に似てるな」

 

「だからそこが篩に掛けられる所だと思う。そこで死ぬか、死なないか。恐らく痣が出る者と出ない者の分かれ道です」

 

 

そんな無一郎の言葉に、あまねが問いかける。

 

「心拍数を二百以上に…体温の方は、何故三十九度なのですか?」

 

「はい。胡蝶さんの所で治療を受けていた際に僕は熱を出したんですが、“体温計”なるもので計ってもらった温度三十九度が、痣の出ていたとされる間の体の熱さと同じでした」

 

「(そうなんだ…)」

 

「(成る程…ようやく痣についてわかった。どうりで縁壱さんの記憶で見た発現者の剣士達の心臓の鼓動が激しかったわけだ。だが、俺や縁壱さんの体温は生まれつきのもの、心拍数も正常だ。やはり、心拍が鍵を握るのか)」

 

「チッ。そんな簡単なことでいいのかよォ」

 

「これを簡単と言ってしまえる簡単な頭で羨ましい」

 

「何だと?」

 

「何も」

 

義勇の言葉に実弥が噛み付くが、義勇は素知らぬ顔だ。

 

 

「わかりました。次に甘露寺様、赫刀の御教示を……」

 

あまねの頼みに、蜜璃が「はい!」と意気込み、力強く頷いた。

 

 

「あの時はですね、え―っとえ―っとぐっと握ってぐあああ~っドカーン!ってきました!グッとしてぐぁ―って!手がメキメキメキイッて!」 

 

 

沈黙が屋敷を包み、一夏を含め、この場に居る者全員行冥を除いて目が点になる。

 

「………」

 

流石の小芭内もフォローができず頭を抱えた。

 

「「(蜜璃さん、あなたも姉さん/カナ姉と炭治郎/君と同じタイプですか……)」」

 

一夏としのぶはカナエや炭治郎を思い浮かべ頭痛を覚える。

 

「…………すいません、穴があったら入りたいです」

 

蜜璃は気まずい雰囲気を感じ取り、恥ずかしさの余りに上体を倒し、畳に顔を埋める。

 

「使ってください。蜜璃さん、赫刀を発現させた時、柄をどう握っていましたか?」

 

「ふえ?あ、ありがとう一夏君。えっと、あの時は無我夢中で…覚えてるのは…私が持つ力を柄に込めただけで……」

一夏がハンカチを渡すと、蜜璃は涙目になりながらも、柄をどう握っていたかを説明する。そして一夏の考えは確信へと変わった。

 

 

「そうか、どうりで蜜璃さんが発現できたわけだ」

 

「何かわかったんですか、一夏さん?」

 

「ああ、俺の赫刀は普通に柄に力をいれると赫くなる。それに対して蜜璃さんは自身が持つ力で柄を握ると赫くなった……」

 

「つまりどう言う意味だ一夏!わかりやすく言ってもらえると助かる!」

 

「特別な事はいらないって事だ。ただ………」

 

一夏は周りに見せるように、自身の日輪刀を抜くと、漆黒の刀身が、熱を帯び始める。

 

「万力の力で、柄を握る」

一夏は柄を初めて全力で握ると、漆黒の日輪刀が赫く染まりはじめる。今までの赫と違い、更に濃く赫くなり、漆黒の色がわからなくなるほどの濃さとなった。

 

「なっ⁉︎漆黒の色が、派手に染まりやがった⁉︎」

 

「今まで見た赫刀よりも、遥かに濃くなってる…」

 

他の柱は、濃い赫色に変化した一夏の日輪刀に驚く。

 

「赫刀にするには万力の力…簡単に言えば火事場の馬鹿力ってやつです」

一夏は日輪刀の柄に込めた力を抜くと、色は薄くなり通常の漆黒色が見える赫刀へと戻った。そして納刀すると一夏は座る。

 

 

「では、痣の発現、日輪刀の赫刀化が急務となりますね」

 

「御意。何とか致します故、お館様には御安心召されるようにお伝え下さいませ」

 

しのぶと行冥がそう言うと、あまねが小さく頭を下げる。

 

 

「ありがとうございます。ただ一つ、痣の訓練につきましては、皆様に御伝えしなければならないことがあります」

 

「…なんでしょうか?」

 

「もう既に痣が発現してしまった方は選ぶことができません。痣が発現した方は、どなたも例外なく二十五歳を超えるまで生きられないとされています…」

 

 

あまねが言うには、痣を発現した者は例外なく――――二十五歳までしか生きられない、とのことだった。

 

しかし、

 

 

「あまね様、その代償を乗り越えられる方法が一つだけあります」

 

「…⁉︎本当なのですか?」

 

「みんなに稽古をつけている際によく言っている事なのですが、説明します……」

 

 

一夏がその代償を乗り越えられる方法をみんなに話すと、あまねは退室し、部屋の中には十人の柱が残った。

 

 

 

「あまね様も退室されたので、失礼する」

 

突然義勇が立ち上がる。

 

「おい待ちやがれ、地味に失礼すんじゃねぇ」

 

 

「今後の立ち回りも決めねぇとならねぇだろうが」

 

「残りの九人で話し合うといい、俺には関係ない」

 

「関係ないとはどういう事だ。貴様には柱としての自覚が足りぬ。それとも何か?自分だけ早々に鍛錬を始めるつもりなのか、会議にも参加せず」

 

「不死川の言う通りだぞ冨岡!竈門少女が陽の光を克服した今、今後の事も決めていかなければならないのだぞ!」

 

他の柱の叱責などどこ吹く風か、義勇は反応せずに出ていこうとする。

 

「テメェ、待ちやがれェ」

 

「冨岡さん、理由を説明してください。さすがに言葉が足りませんよ」

 

「……俺は…お前たちとは違う。」

 

「気に喰わねぇぜ…前にも同じこと言ったなァ冨岡。俺たちを見下してんのかァ?」

 

「(まだ言葉が足りませんよ、冨岡さん!)」

 

心配そうに見る一夏と止まらない義勇……一夏は義勇の言葉を理解出来ているが、他の者は義勇の事を理解出来ていない為、無駄な軋轢を生んでしまっているのだ

 

「待ちやがれェ!」

 

 

今にも殴り掛かりそうな実弥に蜜璃は間に入り止めようとするが…

 

「動くな……」

 

静かな一言で二人とついでに蜜璃は動けなくなる。その声は静かながら威圧がこもっていた。義勇は余りに静かで威圧のある声でその場から動く事ができなかった。殴りかかろうとした実弥も同じで、他の柱は冷や汗をかいていた。

 

「冨岡さんも座ってください。悲鳴嶼さん、何か提案はありませんか?」

 

「ああ、一つ、提案がある…」

 

 

 

 

 

 

その後義勇も大人しく指示に従い会議は進む。そして出た提案は柱稽古をするという内容だった。

 

 

 

 

 

鬼殺隊と鬼との全面戦争は、確実に迫り始めていた。



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日輪の太刀

緊急柱合会議から数日が経過した。刀鍛冶の里で上弦と戦った炭治郎と玄弥は、病室にて療養生活を送っていた。炭治郎は技の反動による足の骨折で済んだが、玄弥は様子見で一週間は入院する事になっていた。真菰は既に三日前には退院している。現在、見舞いにやって来た隠の後藤が、炭治郎に刀鍛冶の里の現状を話していた。

 

「そうなんですね。もう拠点を移して……」

 

「“空里”って言うのをいくつか作ってんのよ。何かあったらすぐ移れるようにな」

 

「へぇー」

 

「つーか、お前、七日も意識なかったんだろ、そんな食って大丈夫か?カナヲちゃんも心配してたぞ?」

その話をしてる間にも、炭治郎はおにぎりをどんどん口に頬張っていく。

 

「はい!甘露寺さんもいっぱい食べるって言ってたんで!」

 

「口の中の物(もん)、飲み込んでからしゃべれよ……あの人はちょっと原理の外側にいる感じだけどな。後、恋さんと霞さんは二日眠って三日でほぼ全快だったって?」

 

「はい!尊敬します!」

 

「(こいつ、自覚はないんだろうが……一夏の継子だけあって同じ域にいるのに気付いてねぇんだよな)」

炭治郎とは裏腹に後藤は彼がますます人間離れしていく姿に少し引いていた。

 

「……まぁ、元気になるならいいけどよ」

 

「はい?」

 

「なんでもない、みんな生きてて良かったなっ、って、そうだ!これが一番聞きたかったんだわ!妹がなんかえらい事になってるらしいが大丈夫なのか?」

後藤は禰豆子の変化について気になっていた。何せ鬼が陽の光を克服したなどという異常事態を聞くと、いくら隠でも気になるのだ。

 

 

「はい!太陽の下をトコトコ歩いてますね」

 

「今後どうなるんだよ。鬼の被害がなくなったし、妹さん、どう言う状態なんだよ?」

後藤も隠故に鬼の動向については知っている。言わずとも、途轍もない何かが迫っていることもわかっていた。

 

「今、調べてもらっているんですけどわからなくて……人間に戻りかけているのか鬼として進化しているのか……」

 

「胡蝶様が調べてくれてんの?」

 

「いや、珠世さんが「たまよさんて誰だ?」ゲホッ⁉︎」

 

「うわあ⁉︎きったねぇな!!やっぱ食いすぎだろうが!病み上がりなんだから控えろよ!!」

秘密にしていた珠世の名前をうっかり口に出してしまった炭治郎が咳き込むと、慌てて後藤が背中を摩る。

 

「それで、チビ三人組と妹はどこにいんだよ?カナエ様とアオイちゃんもいねぇしよ」

 

「今は重い怪我の隊士もいないらしいのでずっと禰豆子と遊んでくれてるんですよ。そのおかげで少しずつ喋れるようになってきて」

 

 

「ああそうなのか、平和だなぁ……ただあの黄色い頭のハナタレが来たらえらい事になるんじゃねぇの?」

 

「えっ?」

 

後藤の予言は一分もせずに当たる事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギィィヤァァァァァァァァァ!!!!」

 

「うるさい!」

 

「あらあら、元気がいいわね〜」

 

「お、おかえり!」

 

「えらいわ、禰豆子ちゃん!ちゃんと言えたわね。えらいえらい!」

 

「え、えらいね」

 

庭でカナエとアオイ、三人娘が禰豆子の相手をしている最中、蝶屋敷に戻ってきた善逸の奇声は音波兵器並みの破壊力を持っていた。アオイと三人娘が耳を塞ぐ中、カナエは禰豆子がしっかり「おかえり」と言えた事に喜び、頭を撫でる。禰豆子は気持ちよさそうに笑顔を浮かべていた。

 

 

「可愛すぎて死にそう!!!!どうしたの⁉︎禰豆子ちゃん喋っってるじゃん!!俺のため?俺のためかな?俺のために頑張ったんだね!とても嬉しいよ!俺達ついに結婚かな⁉︎」

 

「あっち行ってください!!カナエ様も見ていないで止めてください!」

 

「若いわねぇ〜♪」

 

「今それは関係ないでしょ!」

 

側から見ると、今の善逸は、息を荒立てた変態のおっさんのソレだった。アオイはカナエのあまりにもズレた発言に突っ込む。しかし善逸の奇声奇行が止まる気配はなかった。

 

 

「月明かりの下の禰豆子ちゃんも素敵だったけど太陽の下の禰豆子ちゃんもたまらなく素敵だよ!!素晴らしいよ!!結婚したら毎日寿司とうなぎ食べさせてあげるから安心して嫁いでおいで!!」

 

 

「おかえり、オリムー!」

 

禰豆子が発した人の名前らしき単語を聞いた善逸は驚くほど静かになった。

 

「「「「ふふっ!」」」」

 

「あらあら……」

 

カナエとアオイ、そして三人娘は、禰豆子の言う「オリムー」と言う人物を知っている為、笑みが溢れる。一方、知らない善逸は……。

 

そいつどこにいる?探し出して殺してくるわ……

 

 

「物騒なこと言わないで!!…と言うか返り討ちにあうのが目に見えてますからね!」

 

実は、上弦の参討伐後、禰豆子にはまず名前を覚えさせたのだが、一夏の場合、「オリムー」とあだ名っぽくなってしまったのだ。一夏本人は満更でもない感じだった事をつけ加えておく。ちなみに、蝶屋敷の少女達と伊之助はひたすら躍起になって自身の名前を禰豆子に覚えさせた結果、ちゃんと言えるようになったことも付け加えておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(庭が騒がしいな、こんな声を出すのは…いや、あんな声を出すのは彼くらいか)」

 

一夏は蝶屋敷に戻っていた。柱合会議で柱稽古が決定したので、鎹烏を使って参加可能な者から随時参加していく流れとなった為である。

 

一夏は義勇の柱稽古参加説得のために、あまねから手紙を渡された。手紙の宛て主はお館様で、炭治郎に渡すよう依頼をされた。

  

 

「(しのぶは大変だろうな……)」

 

しのぶは稽古には参加しない。とある人と共同作業をする事になったからだ。内容は俺としのぶしか知らされていない。

現在収容されている患者については、症状は安定しているためカナエやアオイ達だけで十分対応できると判断したのが一番の理由であろう。

 

「(時が来たら……か、縁壱さん、あなたはこうなる事がわかっていたのですか?)」

 

一夏は内にいる縁壱の言葉を思い出す。

 

そして、一夏は、炭治郎と玄弥に柱稽古のことを伝えるために病室を訪れた。

 

「炭治郎、玄弥、入るぞ……って、鋼鐵塚さん!?どうして此方に?と言うか大丈夫ですか⁉︎」

 

「い、一夏さん!?」

 

鋼鐵塚の姿を見て、一夏は驚く。鋼鐵塚は鬼による攻撃で片目を喪い体中傷だらけの重症と聞いていたからだ。

一夏は透き通る世界で鋼鐵塚を見ると、今の状態でこの場に来ている事が奇跡としか言いようがないくらいの状態だった。相当痛みがあったであろう。

 

「全然大丈夫じゃねぇ!やっと来やがったか!お前を待っていたんだ!これを渡すためになぁ!」

 

鋼鐵塚は寄ってきた一夏に木箱を渡す。一夏は突然の事で戸惑うが木箱を受け取る。

 

「っ!鋼鐵塚さん、これってもしかして……」

 

「お前が依頼した太刀だ。見た目もこだわっていたみたいだが、手紙と一緒にあった正確な作図のお陰でやりやすかったぜ。ほら、開けてみな」

 

一夏は空いているベットに腰をかけ、木箱の蓋を開けると、中には太刀が入っていた。見た目は紫色と白を基調とし、柄,鵐目の部分には赤い紐があり、鎺は変わった造形をしていた。

 

「凄い、俺が頼んでいた見た目とそのまま…」

 

「刃!刃を!!刃を見ろ!!!」

 

「は、はい、わかりましたから、無理はしないでくださいよ!?」

鋼鐵塚は痛みに耐える様子で太刀を抜くように促したので、それを嗜めた後、一夏は太刀を抜く。そこは銀色に輝く刃があった。すると色は染まり始め、刀身全体の色が深い漆黒色に変わる。

 

「凄い、一夏さんの太刀、今俺が持ってる日輪刀以上の漆黒の深さ……」

 

「断言してやる。俺が打った刀の中じゃ生涯最高の出来だ!文句あるか!あるって言うのならしばき倒す!」

 

「鋼鐵塚さんが最高と……なら、文句なんてあるわけないじゃないですか!」

 

鋼鐵塚は今まで担当した剣士に担当刀鍛冶から外される事が何度もあった。そんな中、一夏は四年もの間、鋼鐵塚の刀を使いこなしてくれたのだ。鋼鐵塚は一夏の言葉に仮面越しだが嬉しさに満ち溢れる。

 

一夏は太刀を納刀すると息を荒だてている鋼鐵塚に駆け寄る。

 

「話を戻しますけど、鋼鐵塚さん、やはり、体の方は……」

 

深い傷を負っており動けているのが不思議で仕方なかった一夏は鋼鐵塚の容体を再確認する。

  

「今もまだ痛くて痛くてたまらないんだよ!!」

 

「わかりました。これを打つので、大人しくしててください」

 

「おい!何をするつもりだテメェ!」

 

「痛みは一瞬です。大人しくしてください、ね?」

 

「……はい」

 

一夏が少しどすの利いた声で言うと、鋼鐵塚は静かになって従う。一夏は懐から注射をだし、袖をまくりアルコールで拭き、しのぶ特製即効性の鎮痛剤を打ち込んだ。

 

「はい、終わりです」

 

「お前、すげぇな……」

 

「まぁ、慣れているので…」

 

「スゲェ!痛みが引いてきやがった!!」

 

「しのぶ製の薬は即効性があるのですぐに効きます。痛み止めの薬も処方しますから、痛みが出たら飲むように」

 

一夏は炭治郎達に見えないように懐に手を入れスマホの拡張領域から薬を取り出し、鋼鐵塚に手渡す。薬を受け取った鋼鐵塚は徐に立ち上がると炭治郎に顔近づけ、髪の毛を掴み、面の口の先っちょを炭治郎の頬に食い込ませた。

 

「いいか炭治郎、お前は今後死ぬまで俺にみたらし団子を持ってくるんだ?いいなわかったな?」

 

「は……はい、持っていきます!後、口が刺さって痛いです!」

 

「よし!それでいい!俺は帰るからな!!」

 

「あ、ありがとうございました!お大事に」

 

鋼鐵塚はそのまま病室から退室し、一夏は顔を炭治郎に向ける。

 

 

「炭治郎、体調はどうだ?」

 

「はい!この通り大丈夫です!」

 

「そうか、刀鍛冶の里が襲撃を受けたと聞いた時は驚いたが、無事でよかった。お前が目覚めるまで毎日カナヲが看病していたんだぞ?」

 

「はい、後藤さんからも言われました。カナヲが来たらちゃんとお礼を言わないと」

刀鍛冶の里から意識を失った炭治郎を毎日カナヲが看病していたのだ。カナヲが家族以外の人物をこれほど心配をする事はなかったのだから蝶屋敷の面々も驚いたものだ……。

 

カナヲが炭治郎と話している際、カナヲは何処か嬉しそうに会話に花を咲かせていた。カナヲはまだ自分から他人に話すのは得意ではないが、少しずつ自ら話すようになってきていた。

 

「(……炭治郎と一緒にいる時は俺やしのぶ達と一緒にいる時と同じかそれ以上に笑う事が多いからな……まぁ、自分の気持ちに気付くのはまだ先の事になりそうだが…)」

炭治郎は正式に一夏の継子になった事で、蝶屋敷に滞在する機会が多くなった。それは蝶屋敷の少女達と話す機会が必然的に多くなるという事だ。カナヲと炭治郎の会話を見た際には、胡蝶姉妹も一夏達も優しく見守っていた。

 

 

 

「炭治郎……その刀は」

 

「あ、はい!俺の新しい日輪刀です」

炭治郎が見せた新たな日輪刀はカナエが現役に使っていた鍔が使用されており、刀身には滅の一文字が刻まれていた。

 

「カナ姉…いや、カナエ様の鍔をつけて戦うんだ。情けないところ見せたらしのぶも俺も承知しないからな?」

 

「は、はい、肝に銘じます!」

 

「よろしい。それにしても、その刀、鋼鐵塚さんが打った訳じゃなさそうだな?」

 

「凄い、見ただけでわかるんですか?一夏さんの言う通り、この刀は戦国時代の業物です。見つけた時は錆びていたんですけど、鋼鐵塚さんが研磨をして今の状態になりました。鋼鐵塚さん曰く、この刀の持ち主は、相当強い剣士だったと…」

 

「戦国時代の刀……道理で異様な雰囲気を放つ刀なわけだ」

一夏の時代でも刀鍛冶はいるが、大昔の技術を再現するのは現代でも難しいと言われるほどだ。そんな代物が纏う気だけで、一夏は凄い刀だと一眼でわかった。

 

「あの……すみません」

 

炭治郎のベットの隣で玄弥が気まずそうに声を出す。

 

「ああ、すまない玄弥君、煩かったかな?っと、そうだった。炭治郎、それから君にも言う事があるんだった」

 

「え、俺もですか?」

 

「ああ、明日から……」

 

本来の目的を伝えようとしたその時、

 

バリーン!

 

「うおおおお!!?」

 

窓ガラスをぶち破って乱入してきた伊之助に邪魔をされた。

 

「ああ————!!伊之助…!!何してるんだ窓割って…!!」

 

「お前バカかよ⁉︎胡蝶様達に殺されるぞ!!」

 

「ウリィィィィィ!!」

 

「黙れっ!」

 

「(部屋を別にして欲しっ…⁉︎な、なんだ…この圧は…)」

 

後藤は伊之助の頭を叩くが、彼の興奮は収まる気配がなかった。また、玄弥は背後に感じる何かを感じ取り、振り向く事ができなかった

 

「強化強化強化!!合同強化訓練が始まるぞ!!強い奴らが集まって稽古をつけて…何たらかんたら言ってたぜ!」

 

「?何なんだ、それ?」

 

「分からん!」

 

「わ、わからないって、っ⁉︎い、伊之助……」

 

炭治郎の疑問に、何も分からずどこかで聞きかじったことを言いに来たようだ。しかし炭治郎は顔を真っ青にさせ指を伊之助の背後に指す。

 

「ああ?後ろがどうしたんだよ檀治ろ……!?」 

  

ガラスの破片を踏み、ジャリッという音と共に伊之助の頭をガシッ!とかぶり物ごと掴んだ人物がいた。その手によって強引に振り向かされた頭からは鳴ってはならない音が鳴り、伊之助は被り物越しから涙が出た。

 

「伊之助、何故こんなことをした?普通に入ってきなさい……もし後藤さん達が怪我をしたらどうするつもりだった?」

 

一夏は怒っていた。その姿に炭治郎と玄弥,後藤は戦慄しており、何も言う事ができなかった。

 

「イギャアアアアアアッ!!!!ゴ、ゴメンナサイ!ゴメンナサイ!」

 

「ごめんで済むなら警察も鬼殺隊も必要ない。お前の事だから興奮するのはわかっていたが、ここまでする必要はなかったはずだ…」

 

「い、一番強い奴と戦えんなら良い!このよくわからん気持ちが抑えられなかった!」

 

伊之助の頭から手を離し、一夏はサクッと釘を刺す。

 

「やる気を出してくれるのは大いに結構!その前に、カナエ様としのぶからの“御小言”は覚悟しておけ。逃げたら、虎の尾を踏むようなもんだぞ?今からでも良いからお叱りを受けてきなさい」

 

「自首してこいや」と促すと、伊之助はプルプルと震えだして一夏の羽織の裾を握ってきた。

 

 

「(ああ、怖いのか。普段温厚な二人を怒らせることほど怖いものはない。正直言うと怒らせた二人はある意味鬼よりも怖いからな…)」

 

一夏は二人が怒っている姿を思い出した。特に一夏は過去にしのぶからは怒られた事が何度もある。

 

「後藤さん、悪いんですけどガラスの破片を片付けていただけますか? 俺は伊之助を連れてカナエ様としのぶにこの事を報告してきます」

 

「あ、ああ……」

 

「お手数をおかけします……炭治郎、玄弥君、すまないが伊之助が言った事は後で説明する。それで構わないか?」

 

「う、うす」

 

「わ、わかりました」

 

「っと、そうだ。炭治郎にこれを…」

 

一夏は手紙を炭治郎に手渡す。

 

「?これは、誰宛ですか?」

 

「お館様からの手紙だ。内容は俺も知らないが、後で読んでおいてくれ」

 

一夏は炭治郎に手紙を渡した後、伊之助が逃げないように縛り上げてカナエとしのぶの所に向かい、「最後のガラスをぶち破った」と報告をした。

 

案の定、胡蝶姉妹は笑みを浮かべた状態で怒るものだから、伊之助はずっと震えていた。

 

伊之助は夜まで怒られ、二度と蝶屋敷では問題を起こさないよう心に誓った。

 

 

 

 

そして、翌々日、伊之助、ついでに善逸は準備が整った宇髄のところへ向かい柱稽古を開始した。

 

 




一夏の太刀の見た目は英雄伝説のリィンと同じ見た目の太刀です


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覚悟

今回少し彼のキャラが変わっていますが、こうした方が良いというところがあればご指摘よろしくお願いします


「………」

一夏は今、蝶屋敷から少し離れた裏山で一人、二振りの刀を前に置いて、瞑想をしている。この時、一夏は縁壱の言葉を思い出していた。

 

 

——今はまだその時ではない。近いうち、いずれはまたこの場で会うだろう

 

「(縁壱さん、今がその時じゃないんですか?)」

一夏は、意識を自身の内面に集中するが、なかなかその場に意識を持って行く事ができなかった。

 

「(……俺には、まだ、何かが足りないのか?)」

一夏は内面の世界へ入り込めない事に焦り始めた。一夏は柱稽古には遅れて参加する事になっている。一夏の柱稽古は義勇と同じで最後の方になっており、どちらに参加するかは各柱稽古を終了させた隊士の自由となっている。

 

 

「(鬼との決戦が迫ってきてるのに……このままじゃ……!)」  

 

「何をそんなに焦っているんだ…一夏」

 

豪胆な声が聞こえ、目を開けると…目の前には杏寿郎と似た男性が木刀を携え、佇んでいた。

 

「し、槇寿郎さん……」

槇寿郎は無言で一夏の隣に座り込む。

 

「こうやって二人で話すのも久しいな」

 

「そう、ですね。槇寿郎さんはどうしてこちらに?」

 

「君に用があってな、胡蝶からここにいると言われ足を運んできたわけだ」

 

「そうですか…わざわざすみません」

「気にするな…」

 

一夏はわざわざ裏山まで足を運んできた事に申し訳なさそうに謝る。

 

「槇寿郎さん、用件はなんでしょうか?」

 

「そうだな。君も知っての通り……鬼と人…… どちらかが滅ぶ程の壮絶な戦いが迫っている。俺も、杏寿郎と共に柱稽古に参加するつもりだ」

 

「そうですか……千寿郎は?」

 

「千寿郎には補助に回ってもらうつもりだ……千寿郎もそこらの隊士には勝てる実力を備えているからな」

 

「そうなると、煉獄家総出で稽古をするみたいですね」

 

「実質そうなるな…」

 

一夏は煉獄家が隊士に稽古をつけている姿を想像すると、かなり精神的に鍛えられる姿が想像できた。

 

「一夏、先週打ち合った時の話だが……君は、何処か迷いを抱いていないか?」

 

「!それは……」

 

「打ち合っていればそれくらいはわかる」

 

「…流石、元炎柱、ですね。杏寿郎達には気づかれなかったのですが……」

 

「年の功というやつだ。その悩み、君が今しようとしていることに関係があるのか?」

「それもあるかもしれませんが、おそらく…別の事だと思います」

 

「ふむ……悩む時ほど、複雑な時ほど、力を持つものとして成すべきことは単純だ。己が技を振るい、己が大事なものを守る。その為の武であろう」

 

「槇寿郎さん………」

槇寿郎は言い終わると立ち上がり、一夏に一振りの木刀を投げ渡す。

 

「構えろ一夏、今から技を放つ。君はそれを木刀で受け止めろ」

 

「……わかりました」

一夏は何も問わず木刀を構える。何か考えがあるのだと察したからだ。すると、槇寿郎から炎の闘気が溢れ出る。

 

「(……来る)」

一夏はいつでも受けられるように木刀を構え、神経を研ぎ澄ませる。

 

 

「炎の呼吸 壱ノ型」

槇寿郎はその場から凄まじい勢いで真正面に一夏に突っ込む。

 

「不知火!」

一筋の炎の一撃を放ち、一夏は槇寿郎の技を受け止めるが、あることに気づく

 

「(…!なんだこの一撃…たった一太刀の技なのに、今まで打ち合った中で比べ物にならないくらい……重い!そうか、俺は……)」

槇寿郎はゆっくりと構えを解き、木刀を下ろす。

「今の一撃、君にはどう見えた?」

 

「……今ままでと比べ物にならないくらいに、重い一撃でした」

 

「そうだ、その様子だと…わかっているようだな?」

 

「はい……」

一夏は重い一撃に、大切なものを思い出した。

 

「剣は形あるものに非ず、自らの内に宿るものだ。己が形を掴めば……剣の形なり」

 

「己の……形」

 

一夏は右手を自身の胸元に置いて、目を瞑り、しばらくしてゆっくりと目を開ける。

 

 

 

「ありがとうございます… 槇寿郎さん。俺は…危うく一番大事な事を忘れる所でした」

 

「礼は不要だ。今の君ならば……大丈夫だろう」

 

槇寿郎は一夏に背を向け、その場から去っていった。

 

「……よし!」

 

一夏は再び目を瞑り意識を縁壱のいる内面世界に集中する。すると鳥の鳴き声や風により揺れる木の音が聞こえなくなり、一夏は目を見開く。

 

 

 

 

「………」

あたりを見渡すと、そこはどこまでも果て無く続く澄んだ水面──そして空は、初めてこの空間に来た時と同じ夕焼け空が広がっていた。そして一本の藤の木があった。そして目の前には……

 

「来たか……一夏」

 

「…縁壱さん」

 

藤の木に背を預けていた人物がいた。陽炎の痣が刻まれた額、結われた長い髪の先は赤みを帯びており、耳には耳飾り……一夏の内にいる継国縁壱だった。

 

「お久しぶりです、縁壱さん。事情は言わずとも、この場所で見ていたのなら……わかりますよね」

 

「ああ、あの鬼の少女が陽の光を克服した今、無惨も確実に動き出すだろう……未だかつてない大きな戦いが迫っていることも」

 

「約束通り……今がその時じゃないんですか?」

 

「ああ、だが……やる前に。まずは私の質問に答えてもらう」

何故ここで?──縁壱の返答に一夏は疑問符を浮かべるが、縁壱が真剣な表情をしていた為、黙って聞くことにした。

 

「なぜ、鬼と戦う?」

 

「鬼舞辻無惨を倒す為──鬼殺隊全員の悲願です」

 

「私の望む答えとは少し違うな。鬼殺隊としてではなく、お主自身……織斑一夏として戦う理由を教えてほしい」

 

「俺自身が……戦う理由」

 

「それがなければ、兄上を止める事も、無惨を倒すこともできない。五百数年前の私は……ただ、無惨を倒す為に生まれた存在としかいえなかった」

 

一夏は、今の縁壱からは悲しい気配しか感じ取れなかった。何も言えずただ黙って聞くことしかできなかった。しかし縁壱は呟き続ける。

 

「私はそれだけの理由で無惨と戦い、取り逃してしまった……一夏、君自身に強い思いがなければ、無惨を倒すことはできないだろう」

 

「俺自身の、思い……」

 

「あるならば、それを答えよ。ないのならば———」

 

すると縁壱は腰に差してあった刀を抜き、一夏に剣先を向ける。突然の事に一夏は一瞬動揺した。

 

「よ、縁壱さん?」

 

「その身体を…明け渡してもらう」

 

「………⁉︎」

 

「身体を明け渡せ」──それを聞いた途端、理解ができた。縁壱と一夏は見た目は違うが、生まれ変わりであり、魂を二つ、一つの肉体に宿している。内に宿していたからこそ一夏はその意味を理解していた。

 

 

「今の私、いや……俺には個人として戦う理由がある。無惨を逃がし、兄上が鬼に堕ちることも止められなかった。俺のせいで……罪のない大勢の命が喪われた。珠世は数百年もの間、孤独を味わった。俺は……犠牲になった者達の無念を晴らす為にも……無惨を斬る!斬らなければならないのだ、この手で……!」

 

縁壱の決意に、一夏は目を瞑り、胸に手を当て口を開く。

 

「……俺にも、戦う理由はあります。全てが始まる前、何も知らない子供で、何もかもがどうでもいい……そう思っていました。だけど、束さんや箒達、この時代で、しのぶやカナ姉、胡蝶夫妻に出会い、煉獄家と出会い、仲間達と出会った……守りたいものが沢山できました」

 

一夏の言葉に縁壱は向けていた刀を下げる。縁壱は一夏から内に秘める何かが溢れ出でいるのを感じ取れた。

 

「それを守る為なら、なんだってやってみせる!」

 

「(あの瞳は、覚悟を決めた者の、その瞳……一夏、お主は、“守る”と言うその意味がわかっているのだな)」

一夏は内に秘めた想いを口に出し、そして縁壱に視線を合わせる。縁壱はその言葉が本物の覚悟の証と感じ取っていた。

 

「縁壱さん……俺は、あなたにも感謝しているんです」

 

「感謝……?」

 

今度は縁壱が疑問符を浮かべる中、一夏は言葉を続ける。

 

「たとえ俺があなたの生まれ変わりじゃなくても、俺は誰かの為に剣を取るはずだ。縁壱さんのおかげで、今の俺には、大切なものを守れる力がある」

 

「一夏……」

一夏は少し間を置き再び口を開く。

 

「俺は……俺は守るべき者のために、自分の意思で剣を取り戦う!!茨の道でも、仲間と共に乗り越えて見せる!!俺は、一人じゃないから……!!!」

 

一夏は自身の決意を縁壱に全てぶつける。一夏が示した覚悟を聞いた縁壱は少し笑みを浮かべていた。

 

「……いい答えだ。その強さが、昔の俺にもあったらな」

 

「満足しましたか、縁壱さん?」

 

「ああ、お前の覚悟、確かに響いた。だが一夏、ここからが本題だ。今から戦うのは俺であって俺ではない。お前には、お前自身の剣と力を、この場で完成させてもらうぞ……!」

 

縁壱は日輪刀を再び構えると、もう片方の手に光が集まり、もう一振りの刀が現れる。

 

「……分かりました」

 

一夏は二振りの日輪刀を構えた縁壱の言っていることを理解し、自身も二振りの日輪刀を抜剣し構える。

 

「その意気や良し……織斑一夏」

 

すると、揺れていたはずの藤の木が静かになる。二人は剣を構える。静かなはずの水面は激しく波紋が広がっていく。二人の神経が異常にまで研ぎ澄まされていく。

 

「汝の名は?」

 

「織斑一夏」

 

「汝の求める日の型は?」

 

「……終ノ型・《暁》……闇を切り裂き、光をもたらす」

 

「彼は我、我は彼」

 

「我は彼、彼は我」

 

「汝、剣の至境に至らんがため、自らを“無”とせしめんか?」

 

「否——我は彼と存り彼等とあり、梵と共にある。それが我が求めたる剣、“理”に通じたる始まりの剣」

 

すると縁壱の周りには炎が渦巻き始める。

 

「示してみせよ……己が行き着く先の閃を、我と、汝自身を乗り越える事によりて……!」

 

縁壱は炎に包まれる。暫くして炎が晴れると、そこにはもう一人の一夏が立ちはだかっていた。違いがあるとするなら、髪は長く、瞳の色が以前の一夏の元のえんじ色の瞳という点だった。

 

 

「「おおおっ!!!」」

 

二人は同時に駆け出し、剣を、日を纏った剣を振るう!

 

 

──日の呼吸 壱ノ型・円舞

 

 

互いに二振りの剣が衝突し、鍔迫り合いとなり、火花が飛び散る。互いに距離を取り、技を繰り出していく。

 

 

戦国の日輪と未来の日輪……二人の日が

 

 

 

 

火蓋を斬る──

 

 



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設定集

今話は設定集です!


名前:織斑一夏

 

誕生日:9月27日

 

身長:178cm

 

体重:65kg

 

趣味・特技:身体を鍛える事 ハーモニカ 家事全般 読書 音楽鑑賞

 

宝物:スマホのアルバムにある写真 しのぶとカナエからプレゼントされた耳飾り 槇寿郎の日輪刀

 

好きな食べ物:肉料理 しのぶとアオイが作る料理

 

好きなもの:家族 仲間 

 

使用呼吸・日の呼吸

 

階級・日柱

 

見た目:髪型は『英雄伝説 閃の軌跡』シリーズのリィン・シュバルツァーより

 

 

CV:内山昂輝

 

 

 ご存知『インフィニット・ストラトス』の主人公であるフラグ建築家織斑一夏本人だが、本作では全くの別人と言える。髪型が違う上、生まれつき体温は高く、額には痣がある。

 

家族構成は原作と変わらず千冬と一夏の二人。千冬は生活費を稼ぐために毎日バイトをしており、一人でいることが多かった。額の痣のせいで周りからは気味悪がられ、いじめられていた。千冬に負担をかけるまいと、いつも作り笑顔で千冬を誤魔化していた。

 

千冬と一緒に篠ノ之道場に通い始め、暫く経った頃、当時はまだ知らなかった継国縁壱に関する夢を見るようになった。記憶を頼りに“全集中の呼吸”を覚え、日の呼吸を会得する。しかし、全集中の呼吸を会得して間もない頃、篠ノ之道場の先生の内一人と打ち合うと、目に見えない速さで竹刀を振るい先生に怪我をさせてしまう。

 

これを見た千冬と篠ノ之箒、そして、箒の父親は驚きを隠せず、一夏はその日を境に剣道を止め我流で鍛え始める。

当時の一夏はほぼ感情を出すことのない幼少期を過ごしたが、束と出会い、家族以外で初めて自分の痣を綺麗と言われ、少しずつ感情が芽生え始める。

本作一夏と篠ノ之束は仲が良く、一夏は束の作る発明品は好きで、束の夢を一夏は一番応援している。一夏のスマホは束の改造によりISの拡張領域機能が搭載された。

 

一夏は束により、ある程度の学力は叩き込まれている。本作一夏は学校で授業を受けるよりも束の独特な授業が好きだった。

 

原作通り、五反田弾達とは友人である。鳳鈴音との関係も原作通りで、告白された時、一夏は告白と気づかなかった。「一生食べてほしい物」が“味噌汁”だったら流石に察していたが、鈴は原作通り“酢豚”を選んだ為、致し方無し。

 

ISの時系列は変わっており、一夏が10歳の時には第二回モンドグロッソが開催された。そして、原作通り誘拐されたが、謎の空間の亀裂に吸い込まれ明治終わり近くの時代にタイムスリップした。

 

胡蝶家と出会い、一夏は家族の温もりを知り、心を癒しながら過ごしていく内に、内面の世界にいる縁壱の存在に感付き始める。

 

夜中の散歩に出た際、日輪刀を拾う。 

幸せは長くは続かず鬼により胡蝶夫妻は殺され、一夏は胡蝶姉妹を守る為、無我夢中に技を繰り出し鬼の頸を斬り落とした。その直後、一夏は意識を失い、内面の世界で縁壱と対面する。

 

その後は姉妹と鬼殺の道へと歩み、成長した一夏は次第に鬼殺隊・柱の中心的存在となっていく。

 

 

 

 

 

 

 

現時点で柱(元を含め)・五感組や鬼殺隊関係者に対する一夏の評価

 

・胡蝶カナエ→この時代の姉で家族。天然だけど優しくて、一緒にいると楽しい。

 

・胡蝶しのぶ→家族で特別な存在。少し天然な所も可愛い。一緒にいると陽だまりのように心地がいい。笑顔が素敵だ。

 

・煉獄杏寿郎→いい意味で声が大きい。時々会話が噛み合わない時があるけど、面倒見が良く正義感も強い大切な親友。

 

・伊黒小芭内→字が綺麗。真面目な人。柱に就任した際、「心頭滅却」と書かれた掛け軸をもらった。蜜璃さんが好きらしい。

 

・煉獄槇寿郎→情熱のある熱心な人。大人の中では尊敬している。

 

・冨岡義勇→友人。コミュ障な所は束さんそっくりで、勘違いされがちでほっとけない。言葉が足りなさすぎる。どことなく縁壱さんに似てる。

 

・悲鳴嶼行冥→体格が凄くて日本人離れをしている。猫好きな可愛い一面を持っている。未来に行けるなら猫カフェへ連れて行きたい

 

・不死川実弥→怒りっぽいけど意外と面倒見のいい人。よく稽古をする仲だけど限度を知って欲しい。さりげなく弟を気にかけている。そして、カナ姉のことが気になってるようだ。

 

・宇髄天元→とにかく派手な人。素はイケメン。奥さんが三人いると聞いた時は驚いた。女性関係での相談相手。

 

・甘露寺蜜璃→天真爛漫で明るい女性。カナ姉と同じで一緒にいると楽しいお姉さんタイプ。小芭内さんが好きらしい

 

・時透無一郎→僅か二ヶ月程で柱に上り詰めた凄い子。継国家の子孫のためか、身体の構造が誰かに似てる。記憶が戻ってからは更に強くなった。

 

・鱗滝真菰→同期の女性の中では親友。嗅覚が異常に鋭い。動きが軽やかで頼もしい。

 

・竈門炭治郎→真菰と同じく嗅覚が鋭い。家族思いで純粋な善い子。努力家で馬鹿正直で真面目故に嘘をつくのが下手。カナ姉に似てるところがある。

 

・栗花落カナヲ→兄と慕ってくれる可愛い妹。炭治郎が気になっているらしい。

 

・我妻善逸→性格はアレだが潜在能力は高い。眠っているのにあれだけ動けるのは逆に感心する。

 

・嘴平伊之助→本物の野生児。素顔は女の子みたいで驚いた。世話が焼けるけど、偶に予想外なことをするから面白い。

 

・不死川玄弥→鬼を喰らいながらも戦い、覚悟を持った隊士。縁壱の記憶で過去に同じ隊士もいたようだが同じ運命を辿らないか心配。

兄の不死川さんとは話し合いたいようだ。

 

・煉獄瑠火→千冬姉に雰囲気がどことなく似ている。初めて会った時、声を聞いて、本当に千冬姉かと思った。煉獄家の大黒柱。

 

・煉獄千寿郎→瑠火さん譲りの器用さを持っている。家事能力は俺と同じくらいで息が合う。常識人でしっかり者。弟のような存在。

 

・神崎アオイ→真面目で業務的、未来で言えば将来就職先では有望。作るご飯が美味しい。妹のような存在。

 

・きよ、なほ、すみ→髪をいじられる事があるが悪い気はしない。時間がある時は一緒に遊んだりしている。三人とも妹のような存在。

 

 

 

 

現時点で一夏に対する柱(元を含め)・五感組や鬼殺隊関係者の評価

 

・胡蝶カナエ→血は繋がってはいないけど大切な家族で弟。太陽のような存在。日の神様を体現した子。そして、女子力が高い……女として負けた気分になるわ〜。

 

・胡蝶しのぶ→綺麗な形の痣があり日の神様みたい。家族で特別な存在。お日様みたいに温かい。時折見せてくれる笑顔が愛おしい。

 

・煉獄杏寿郎→親友!!全てにおいて凄い!剣筋が綺麗過ぎて息を忘れるほどだ!剣技がもはや舞そのものだ!

 

・伊黒小芭内→良く話す。信頼できる。鏑丸がよく懐く。

 

・煉獄槇寿郎 →瑠火の恩人。偶に打ち合っているが、勝てる気がしない。家事能力が凄い。

 

・冨岡義勇→話しかけてくれる。話すことを理解してくれる。友達。過去に上弦を単独で倒した凄い剣士。

 

・悲鳴嶼行冥→柱の重心。誰とでも打ち解ける人柄。偶に無茶をする。胡蝶と話す時の一夏は幸せそうな雰囲気を出す。

 

・不死川実弥→いい奴。無表情なのは冨岡と似てムカつくが、しっかり話すからマシな方。いくら打ち合っても勝てる気がしない。怒った時は胡蝶姉妹によく似てる。

 

・宇髄天元→派手を通り越してマジの神!日の神様なら俺は祭りの神だ!そこだけは負けねぇ!胡蝶妹とはよ夫婦になれや!怒った時のイチ、マジで姉妹そっくり。イチの脳天締めだけは絶対受けたくない。夫婦関係についての相談相手。

 

・甘露寺蜜璃→とってもかっこよくて優しい!私の体質に自信を持たせてくれた。痣の形がとても綺麗。時折見せる笑顔が素敵!しのぶちゃんに一途でキュンとしちゃう!千寿郎君や蝶屋敷の女の子達からも好かれていてお兄さんみたい!

 

・時透無一郎→日の神様みたい。未来の事をよく話してくれる。よくわからないけど一夏さんの痣をみると何か引っかかる。

 

・鱗滝真菰→同期で親友。凄く器用。とても物静かで何を考えているか匂いでもわかりづらいが、時折お日様のような温かい匂いがする。

 

・竈門炭治郎→面倒見が良く尊敬する人。剣技は精霊が舞っているかのように凄い。時折よくわからない単語を話す。周りからは信頼されている。蝶屋敷にいる時の一夏さんはお兄さんみたいだ。

 

・栗花落カナヲ→お日様のように温かい。名付け親で兄。よく頭を撫でてくれる。笑顔が太陽みたい。

 

・我妻善逸→とんでもなくヤベェ人。色男。美形。偶然一夏さんとしのぶさんが接吻しているところを目撃したけど二人の音を聞くと何故が悔しくはなかった。

 

・嘴平伊之助→一番つえー奴!勝てる気がしねぇ!

 

・不死川玄弥→悲鳴嶼さんより凄い人。初めてあった時は雰囲気で話しかけづらかったけど思いの外話しやすかった。俺の心情を察してくれる。

 

・煉獄瑠火→私の命を救ってくれた恩人。日の神様を体現した子。

 

・神崎アオイ→優しくて暖かい人。仕事もそつなくこなし器用。偶に女として負けた気分になる。カナヲのように「兄さん」と呼びたいけど、恥ずかしくてなかなか言えない。

 

・きよ、なほ、すみ→髪が綺麗。時間がある時は仕事を手伝ってくれたりよく遊んでくれたりする。自慢のお兄さん。

 



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神気の焔

戦闘描写かなり難しい。おかしなところがあればご指摘やアドバイスよろしくお願いします。


「日の呼吸・火車」

 

「日の呼吸 拾壱ノ型・幻日虹」

 

幻想的な世界の中で、あれから数時間、いや…時すらわからないくらい二人は打ち合っていた。目視できる程の日の気を纏わせた二人は、苛烈な攻防を繰り広げている。

 

「日の呼吸 参ノ型・烈日紅鏡」

 

「日の呼吸・火車」

 

 

宙を舞い、重力に従って地面へと着地する。鬼にも負けず劣ら…いや、もはや次元の違う戦いが繰り広げられていた。その様は視認するのが難しいほどである。

 

「日の呼吸黒式 弐ノ型・炎陽紅焔」

 

「日の呼吸黒式・日影」

 

二刀流の一夏は、たった三秒弱で三十連撃、そして焔の衝撃波を超高速で飛ばすも、縁壱は日影で無力化する。

 

──日の呼吸 壱ノ型・円舞

 

一夏がその間に加速して繰り出した一撃は簡単に受け止められ、刀の鍔競り合いとなる。

 

──日の呼吸黒式 参ノ型・白日波濤

 

一夏は刀を弾き、右手に持っている日輪刀を逆手に持ち替え、その勢いで下から上へ刀を振るう。

 

──日の呼吸・灼骨陽炎

 

 縁壱は周囲に自身を守る斬撃を放ち、焔の衝撃波と化した一夏の斬撃を受け止めると、甲高い金属音が響き、お互い距離を取る。

 

「………」

 

「………」

 

二人は言葉は発さず、水面の中、縦横無尽に動き、刀の合わさる金属音を響かせる。

 

 

この攻防はもはや……神の領域だった。

 

──日の呼吸改・陽華突・龍王

 

──日の呼吸・輝輝恩光

 

 一夏は、相手の動きを止めることが出来る部位に神速の九連撃を放つが、縁壱は体ごと渦巻くように回転しながら、周囲に炎の斬撃を放ち、凌いでしまった。

 

ガキーン!と金属音が鳴り響く中、縁壱は、背後に着地する一夏へと身体を反転させた。着地とほぼ同時に放たれた剣が互いに迫るが、二人は突きを受け流すと、一瞬姿を消し、再び現すと同時に鍔迫り合いとなる。刀身からは摩擦が起き、火花が弾けた。

 

「(これが…本当の始まりの剣士太刀筋!相手は俺自身であって、縁壱さんでもあるわけか……剣の重みが比べ物にならない!)」

 

「(これ程とは……一夏、君は間違いなく俺と同じ領域にいる…だが、まだ自分の中に眠る力を出し切ってはいないな……)」

 

一夏は、縁壱の剣の重みを悟る。一夏も負けじと左に持っている刀を逆手に持ち変えた。

 

「日の呼吸 参ノ型・烈日紅鏡」

 

「日の呼吸・輝輝恩光」

 

「日の呼吸 拾ノ型・火車」

 

「日の呼吸・幻日虹」

 

縁壱は、迸る日の斬撃を、同じ日の斬撃で受け流す。一夏は技を立て続けに繰り出すも縁壱は残像と化し、攻撃を躱した。

 

──日の呼吸 㭭ノ型・飛輪陽炎

 

──日の呼吸・炎舞

 

──日の呼吸 拾弐ノ型・炎舞

 

 

縁壱が繰り出した炎舞を一夏も同じ技で相殺する。二人は距離を取り、体制を立て直すと、ほぼ同時に相手を錯乱するように左右に動き、刀を振るう。

 

──日の呼吸 参ノ型・烈日紅鏡

 

 

──日の呼吸・烈日紅鏡

 

 一夏が放った左右広範囲の水平斬りの斬撃を、縁壱も同じ技で相殺した。互いに受け止めた刀の甲高い音が道場に響く。刀を弾き、縁壱は刀を構える。

 

──日の呼吸黒式・炎陽紅焔

 

「(……っ⁉︎こ、これは!)」 

 

一夏は目を見開いた。炎陽紅焔は本来日の呼吸の拾参ノ型の簡略版である。しかし、縁壱が繰り出した炎陽紅焔はもはや拾参ノ型・円環そのものだったのだ。流石にまずいと思った一夏は二振りの刀を即座に納刀し、一振りの刀に右手を添える。

 

「日の呼吸改・無想覇斬!」

 

 一夏は周囲に業火を纏い一瞬の居合いで無数の斬撃を放ち、縁壱の攻撃を防ぐ。

 

「(!……これを防ぐか)」

 

流石の縁壱もまさか防がれると思っていなかったのか、少しだけ目を見開き驚く。そして斬撃が止んだ瞬間、

 

──日の呼吸改・円舞一閃

 

 

一夏は鞘に納刀していたもう一振りの刀を逆手で握り、腰に刀を回して加速した。縁壱の刀を落とす為に右腕を狙い、一閃を放つが、縁壱は飛び上がって何とか躱し刀を振るう。一夏はそれに刀を打ち当て相殺させた。

 

縁壱は着地し、持ち前のバネのような体を駆使し、そのまま上るように剣技を繰り出す。

 

──日の呼吸・円舞

 

縁壱が斬り上げで放つ日の斬撃を、一夏は後方に移動して紙一重で躱す。それからも、お互いが譲らない攻防を延々と繰り広げていた。

 

 

 

「………」

 

「………」

 

互いに透き通る世界を極めている二人にとっては何をするか手にとるようにわかる。

 

 

 

 

 

 

 

しかしそんな二人は……笑みを浮かべていた。

 

 

「(こんなに全力で剣を振るうのは初めてだ。こんなにも気持ちが高揚するのは、杏寿郎の時以来だな)」

 

「(ここまで高揚する気持ちは……初めてだ。これが、剣で語るということなのか……)」

 

二人は今まで自分の全力をぶつけたことがなかった。縁壱は自分と対等に並べる実力者はおらず、無惨を逃し他の柱達からは自刃を要求され、鬼殺隊を追放された。

 

一夏も炎柱との打ち合いを除くと、自分の全てを出し切った事はなかった。そして一夏は今、もう現実では存在しない相手とは言え、本当の意味で初めて対等な実力を持つ相手と戦っていることに気持ちが高揚していた。

 

 

「日の呼吸改・円舞回天!」

 

「日の呼吸・斜陽転身」

 

一夏の円舞回天を縁壱は躱しながら宙で身体の天地を入れ替えた。それと同時に、水平に刀を振るい、相手の攻撃を躱しながらの鋭い一薙ぎを放ったが、一夏はそれを防ぐ。

 

──日の呼吸 弐ノ型・碧羅の天

 

一夏は防ぐのと同時に、そのまま腰を回す要領で空に二つの円を描く。縁壱がその威力に一旦距離を取った時、一夏は追撃を行う。

 

 

──日の呼吸 伍ノ型・陽華突

 

一夏は一振りの刀で縁壱に突きを放つが、縁壱は二振りの刀身で正面から受け止めた。そして縁壱は一夏の突きにより後方へ押し出されるも、何ともなかったように一夏を見据える。

 

 

「一夏……もう、わかっているはずだ。君自身の中に眠る力の事を…」

 

「はい」

 

「覚悟を決め、迷いのない今のお主ならば、解放出来るはずだ。己の中に眠る力を……今、ここで見せてみよ!」

 

「………」

 

 

一夏は目を瞑る。

 

 

 

「(……俺の中には恐れがある)」

 

一夏は恐れを抱いていた。最終選別を乗り越え、数百年成し遂げられなかった上弦の弐を単騎で討伐し、鬼殺隊になった自分を、心ない一部の隊士達から気味悪がられ、まるで人間ではないかのような視線を向けられたこともあった。当時階級・癸だった隊士が上弦の鬼を一人で討伐とはあり得ないことだったからだ。

 

「(縁壱さんは俺と違って、自身に恐れなんて…全くない……)」

 

 

—— 君は、何処か迷いを抱いていないか?

 

槇寿郎の言葉がよぎる。そして一夏は自身の意識をさらに奥深く集中する。

 

「(俺は、今まで気づかないふりをしていたのかもしれない)」

 

一夏は今まで剣士としてではなく、己自身の力を恐れていた。

 

「(だが俺は、この力を否定する事はできない。自分が自分自身でなくなるのを……恐れていたんだ)」

 

 

『一夏は一夏だもの』

 

一夏の脳裏にしのぶの言葉がよぎる。これは過去にしのぶに贈られた言葉だ。その言葉で、一夏は救われた。

 

 

「(……俺は、一人じゃない。いかなる時も、自分を失う事はない…… どんな姿の俺も…俺なのだから)」

 

一夏から何かが溢れ出始める。

 

「日の呼吸 “無”ノ型━━」

 

一夏は目を開き、腕を眼前に寄せ、

 

 

 

「神気合一!」

 

誰からも視認できるほどの焔の闘気が溢れ出る。

 

「………これ程とは!」

縁壱は一夏から放たれる焔の闘気に驚きを隠せなかった。まさか一夏がそこまでの力を秘めているとは思ってもいなかったからだ。一夏は一振りの刀を縁壱に向ける。

 

 

 

「本当の戦いはここからです。俺は、あなたを超えてみせる。織斑一夏として、一人の剣士として!」

 

 

 

 

 

「………ふっ、ならば俺も、全力を出すとしようぞ…!」

 

一瞬笑みを浮かべ、呼吸を整えた縁壱から発せられたのは圧倒的な威圧感であった。一夏はそれを感じ取り、透き通る世界で心臓を見ると、心拍の回数も早くなり縁壱の首元から頰にかけて炎のような痣が発現した。

 

 

「仕切り直しとしよう。ここから先は、言葉は不要」

 

 

「ええ……お互い全てを出し切る。それだけです」

 

二振りの刀を両名とも構え、張り詰めた空気が雷のように肌を刺激する。

 

 

 

「いざ………」

 

 

「尋常に………」

 

 

 

 

 

「「勝負…………ッッ!!!」」

 




一夏と縁壱の戦いは一旦ここまでにし、次回からは柱稽古に突入します。

因みに見分けやすくする為、縁壱の日の呼吸は一夏の様に日の呼吸〜ノ型ではなく、日の呼吸・円舞、型番なしでやっています。


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繋がる日輪の蝶

今話初めて描写する場面がありますが、おかしなところがありましたらご指摘よろしくお願いします


柱稽古─柱より下の階級の者が柱を順番に巡り稽古をつけてもらう事を言う。柱は基本的に継子以外には稽古をつけない。理由は単純に忙しいから……柱は警備担当地区が広大な上に鬼の情報収集や自身の更なる剣技向上のための訓練その他にやることが多かったからだ。

 

禰豆子が太陽を克服し、現在嵐の静けさを迎えていた。そのおかげで柱は夜の警備と日中の訓練にのみ焦点を絞ることができたのだ。

 

 

「遅い遅い遅い遅い!!何してんだお前ら意味わかんねぇんだけど!まず基礎体力が無さすぎるわ!!走るとかいう単純なことがさ!こんなに遅かったら上弦に勝つなんて夢のまた夢よ?!ハイハイハイ、地面舐めなくていいから!まだ休憩じゃねぇんだよ、もう一本走れ!」

 

隊服ではなく私服姿の天元の地獄のしごきに隊士達は地に伏せている。中には吐いてしまっている者もいる。

 

まずは音柱宇髄天元によるしごき…もとい基礎体力向上が第一の試練である。

 

霞柱時透無一郎による高速移動の稽古。

 

恋柱甘露寺蜜璃による地獄の柔軟。

 

蛇柱伊黒小芭内による太刀筋矯正。

 

先代及び当代炎柱である煉獄親子による戦闘時の耐久力向上。

 

風柱不死川実弥による無限打ち込み稽古。

 

岩柱悲鳴嶼行冥による筋肉強化訓練。

 

“水柱”冨岡義勇による精神統一訓練。

 

日柱織斑一夏による呼吸,基礎能力向上に係る剣術指南。

 

水柱と日柱の方は、他の柱の稽古を済ませた後のどちらかの参加となっている。どちらの稽古を受けるかは個人の判断による。

 

 

 

「ごめんくださーーーい!冨岡さーん。こんにちはー!すみませーん!義勇さーん」

 

外出の許可をもらった炭治郎は松葉杖を携えながら水柱邸の門の前にいた。現在、炭治郎は義勇の名を呼び続けている。

 

「俺です、竈門炭治郎ですー。こんにちはーじゃあ入りますー」

 

「(入ります?いや…帰りますだな、聞き間違いだ)」

 

ヒョコー!と道場に顔を覗かせた炭治郎は鼻を頼りに義勇のいる場所にたどり着いた。

 

 

「こんにちは義勇さん!」

 

「(………)」

 

なんとも言えない表情となった義勇に対し、炭治郎は現状を説明する。

 

「俺、あと七日で復帰許可が出るから、柱稽古つけてもらっていいですか?」

 

「つけない」

 

「どうしてですか?…じんわり怒ってる匂いがするんですけど、何に怒ってるんですか?」

 

「お前が水の呼吸を極めなかったことを怒ってる。お前は水柱にならなければならなかった」

 

「それは申し訳なかったです。自分の呼吸が一夏さんと同じ日の呼吸とわかってからは一夏さんに指導されっぱなしでした。だけど、俺は水を併用しないと日の呼吸はうまく扱えません。使ってる呼吸を変えたり新しい呼吸を派生させるのは珍しいことじゃないそうなので…特に水の呼吸は、技が基礎に沿ったものだから、派生した呼吸も多いって……それに水の呼吸なら真菰さんが……」

 

「真菰には、(今の俺から柱を継ぎたくないと)拒絶された。(水柱が不在の今、一刻も早く)誰かが水柱にならなければならない」

 

「……?義勇さんがいるじゃないですか?」

 

「俺は水柱じゃない、帰れ」

 

ここまで彼を追い詰めている原因は何なのだろうか……頭を悩ませる炭治郎だったが、お館様の手紙の内容を思い出し、自身の頬を叩く。

 

「根気強く…はい!」

 

お館様の言葉を額面通りに受け取った炭治郎は、昼夜問わず義勇につきまとい話しかけまくった。

 

「冨岡さん!」

 

「……」

 

「冨岡さん!」

 

「……」

 

「冨岡さん!」

 

「………」

 

四日後、義勇は根負けし、話を始めた。

 

「…俺は、最終選別を突破していない。」

 

「え?最終選別って藤の花の山の、ですか?」

 

「あの年に俺は、“錆兔”と共に、選別を受けた。十三歳だった。同じ年で天涯孤独、すぐに仲良くなった。翌年引き取られた真菰とは、3人で兄妹のように育った。錆兔は、正義感が強く、心の優しい少年だった。あの年の選別で死んだのは、錆兔一人だけだ」

 

義勇は自身の最終選別の事を黙々と話し始める。一夏から義勇自身はあまり喋る人ではなく、言葉が足りず誤解されやすいと聞いていた炭治郎は、彼がここまで話すのはかなり稀の為、ただ義勇の話を黙って聞くことしか出来なかった。

 

「彼が、あの山の鬼を殆ど一人で倒してしまったんだ。錆兔以外の全員が、選別に受かった。俺は、最初に襲いかかってきた鬼に怪我を負わされて、朦朧としていた。その時も錆兔が助けてくれた。錆兔は俺を別の少年に預けて、助けを呼ぶ声の方へ行ってしまった。気づいた時には選別が終わっていた。俺は確かに七日間生き延びて選別に受かったが、一体の鬼も倒さず助けられただけの人間が果たして選別に受かったと言えるのだろうか。俺は水柱になっていい人間じゃない」

 

 

「鬼を一体も倒さずに鬼殺隊に入った人達だと聞いたことがあります!義勇さんはそこから這い上がったんですよね!?」

 

「そもそも他の柱たちと対等に肩を並べていい人間ですらない。俺は彼らとは違う。本来なら鬼殺隊に俺の居場所はない……稽古なら柱につけてもらえ、それが一番いい。俺には痣も出ない、錆兎なら出たかもしれないが…もう俺に構うな、時間の無駄だ」

 

しばしの沈黙が訪れた。義勇は歩み出した時、炭治郎は、暫く考え込んだ後、口を開いた。

 

「義勇さんは……義勇さんは、錆兎さんって人から託されたものを繋いでいかないんですか?」

 

「………!」

 

その言葉に義勇はハッとして何かを考えているようだった。

 

 

──繋いでくれた命を、託された未来を…お前も繋ぐんだ、義勇

 

義勇は左手を自身の頬に置く。錆兎の言葉を義勇は思い出していた。

 

 

『冨岡さんは、何か欠けているものがあるんです。自分の大事な何かを……忘れてしまっているんです』

 

 

 

義勇は過去に一夏に言われた事を今になって理解した。

 

 

「(そうか、織斑の言っていたのは、そう言う事だったのか。何故忘れていた?錆兎とのあのやりとり、大事な事だったろう…)」

 

そして、気まずくなった炭治郎も何かを思いついたようだ。

 

 

「炭治郎、遅れてしまったが俺も稽古に…」

 

「義勇さん!ざるそば早食い勝負、しませんか?」

 

「(なんで?)」

突然の炭治郎の提案に義勇はただ、呆然とすることしかできなかった。

 

結局二人はざるそばを早食いしただけで一日が終わった。

 

その後、柱同士の稽古の際、義勇は一夏にこの事を話すと笑われた。

 

 

 

 

 

義勇が本格的に加わり、柱稽古は順調に進み始めた。一方蝶屋敷では……。

 

 

「帰ってこないわね、一夏」

 

「心配しすぎよ姉さん、いつもの事じゃない…」

 

「いくらなんでも裏山に行っただけで三日も屋敷に戻らないなんて事はなかったわ」

 

胡蝶姉妹は仏壇のある部屋で胡蝶夫妻に色々と報告をした後、一夏のことについて話していた。

 

『俺には……俺個人ですべきことができたんだ』

 

 

「(あの時の一夏は、いつもと雰囲気が違った)」

 

しのぶは一夏がただならぬ雰囲気を纏っていたことから、何か重要な事をしに向かうことはすぐに察した。

 

「一先ず一夏の様子は後で見に行くとして、私は傷薬や包帯を準備したら実弥君の所へ届けに行ってくるわ。怪我人も多いみたいだしね」

 

「わかったわ」

カナエは立ち上がり、準備をする為、部屋から退室する。部屋に残されたしのぶはあることに気づいた。

 

「(あれ?今、姉さん、不死川さんの事を下の名前で……まさかね)」

 

「しのぶ姉さん、お戻りでしたか。私はこれから風柱様の稽古に行ってまいります」

 

「そう」

 

「姉さんの稽古は岩柱様の後でよろしいですか?」

 

「ごめんなさいカナヲ、私は今回の柱稽古には参加できないの」

 

「え…ど、どうして……」

 

「カナヲ、こっちへ」

しのぶはカナヲを手招きし、向かい合うように座った。カナヲはもじもじさせながら恥ずかしそうに口を開く。

 

「あの…あの、私……もっとしのぶ姉さんと兄さんと一緒に稽古をしたいです」

 

カナヲの素直な気持ちにしのぶは笑みを浮かべる。カナヲは他人とも話す様になり、特に炭治郎と話している時は何処か嬉しそうな様子を見せていることにしのぶは気づいていた。

 

「……ふふっ、カナヲも自分の気持ちを素直に言える様になりましたね。カナヲには…話しても大丈夫そうね」

 

「……?」

 

「私は、柱稽古が行われている間……「カァー!おい蟲柱の姉ちゃん、大変だぜ!!」」

突如と乱入したのは一夏の鎹鴉であるブイだった。何やら慌ただしい様子を見せている。

 

「ど、どうしたのよブイ、一体何があったの?」

 

「一夏のやろぉが屋敷の前で倒れてんだよ!!ワリィが手ェ貸してくんねぇか、起こそうとしても起きねぇんだよ!」

 

「っ!い、一夏が⁉︎」

しのぶ達が慌てて屋敷の前に向かうと、一夏がうつ伏せ状態で倒れていた。側にはアオイや三人娘もいた。

 

 

「一夏!!」

 

「兄さん!」

 

 

「「「お二人ともお静かに!」」」

 

三人娘達から沈黙を促され、二人は口を閉じる。

 

「えっと、一夏さん……眠っています。ほら……」

 

アオイに促され、しのぶとカナヲが一夏の顔を覗くと、ぐっすり眠っており……寝息を立てていたのだ

 

 

「………ふふっ、何よ…心配かけさせて」

何処か満足した様な表情で眠っている姿を見てしのぶは少し呆れながらも、笑みを浮かべる。その後、しのぶはカナヲと共に一夏を部屋まで運びベットに寝かせた。

 

そしてその夜、月の光が部屋を照らしてる中、しのぶは一夏の部屋へ訪れ一夏の手を取る。その手はお日様の様な温もりを持っていた。

 

「一夏、起きてるんでしょ?何かいいことでもあったの?」

 

しのぶの手を一夏は握り返す。起き上がり、ゆっくり目を開けた一夏がしのぶに顔を向けると、しのぶは目を見開いて驚いた。

 

「ああ、そんなところかな。いつから気づいてたんだ?」

 

 

「部屋に入った時によ…それまでは本当に眠っていたみたいだけど、それよりも一夏、その左眼……」

 

「…?俺の左眼がどうしたんだ?」

しのぶは近くにあった手鏡を一夏の顔が映るように向けた。一夏の左眼は金色の瞳に変化していたのだ。

 

「ああ、そう言う事か……」

 

「そう言う事って、なんでそんなに冷静なのよ?」

 

「縁壱さん関係って言ったら…納得してくれるか?」

しのぶは縁壱の名を聞き、納得する。一夏の内にはもう一人の人物“継国縁壱”がおり、元々黒一色だった髪の変化はその縁壱が宿っていることが影響していると教えられていた為、すぐに把握出来たのだ。

 

「はぁ、もう慣れてるから何も言わないけど……」

 

「取り敢えずゆっくり休んだら柱稽古の様子を見に行くよ……それとすまない、心配かけてしまっ……」

 

一夏は最後まで言えなかった。しのぶは一夏に口付けをしており塞がれてしまっていたからだ。

 

「ん……ちゅう……」

 

「んん!?」

 

吸いつくように接吻し、そのまま一夏の口の中に舌を入れようとするしのぶに対して、一夏はすぐにしのぶの両頬を指で挟み離れる。

 

「しのぶ……それ以上はダメだ」

 

「何でよ……」

 

しのぶは頬を膨らませて拗ねるが一夏は呼吸を整える。

 

「そんなに拗ねるなよ。誰かが入ってきたらどうする?」

 

「その時はその時よ。別に私は……一夏になら……何されたって構わないわよ」

 

そういうとしのぶは一夏の額の痣を優しく触り始めたが、今回は何故か妙にくすぐったいらしい。

 

一夏も負けじとしのぶの頸から肩、鎖骨あたりを優しく撫でる。

 

「はぁ……あ」

 

お互いに息が荒くなってくる。二人の頬は赤く染まり、言葉数が減ってきた。この部屋に待ったをかける人間はいない──

 

「んっ」

 

一夏の手は自然としのぶの着物の中に伸びていく。しのぶの体はびくっと揺れたが、一夏を拒絶する様子はなかった。

 

一夏の手はしのぶの素肌を、背中を撫でる。

 

それに対抗するようにしのぶが一夏の隊服のシャツのボタンを外し、手を中に入れてくる。一夏の隊服中はシャツ一枚だけであり、しのぶの服装は寝着である。

 

「しのぶは……俺とで後悔しないのか?」

 

しのぶの耳にしか聞こえないぐらいの小さい声で言う。

 

「どうして?好きな殿方とするのを後悔しなくちゃいけないのよ?私は、一夏となら、いいよ……」

 

「しのぶ……」

 

俺はしのぶの唇に吸い付いた。どちらからともなく唇を重ねた。いつものように唇を重ねるだけの軽めの接吻を終えて唇を離す。

 

普段ならこの位の接吻を数回ほどしたくらいで、切り替えはできるが、今回はお互い顔を合わせるのが難しかった。しのぶも俺も物足りなかったようで、俺はしのぶを抱き寄せてもう1度唇を重ねた。

 

「んんっ!?いっ、いち…」

 

先ほどとは違い、一夏が舌でしのぶの唇をこじ開け、口の中に舌を入れてきたので、しのぶもお返しにと言わんばかりに一夏の舌を自身の舌と絡ませる。

 

「んっ、んぅ」

 

しのぶも初めは驚いていたが、嫌がることもなく、すぐに俺を受け入れてくれた。

 

お互いに相手を求めるように舌を絡ませて唾液を交換する。そのため、接吻の音と水音が部屋中に響く。

 

途中で息が続かなくなると一旦唇を離してもう一度重ねる。これを何度も繰り返した。濃厚な接吻を終え、ゆっくりと唇を離す。一夏としのぶの口の間に糸がかかっていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「はぁ……はぁ、はぁ」

 

これだけ濃厚なのは今回が初めてだ。しのぶは頬を赤く染め、トロンとした目で一夏の顔を間近で見つめている。一夏の耳と顔も真っ赤に染まっている

 

今のしのぶを見た瞬間、プツン、と何かが切れる音がした。そう、決定的な何かが──

 

「(これは……もう、無理だ)」

 

一夏の理性が完全に崩壊した瞬間だった。

 

「しのぶ、俺……」

 

「ええ………来て…一夏…」

 

俺はゆっくりと、しのぶ抱きしめながらをベッドに押し倒した。

 

 

「愛してる…しのぶ」

 

「うん、私も……」

 

────それから先は二人だけの世界────



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柱稽古

 

──チュンチュン

 

朝日が昇り、スズメの囀りを目覚ましに、陽の光が優しく見守るように二人を照らす。

 

部屋には二人の男女がお互いを抱きしめながら眠っていた。

 

 

「う、うーん……」

 

朝の光でしのぶは目を覚まし、上半身だけを起こす。

 

「……一夏」

 

隣では愛する人がまだ眠っていた。その表情はとても穏やかであった。そして、しのぶは気付く。一夏の上半身が何一つ身にまとっていないことに、自分はボタンを止めていない一夏のシャツを着ていたことに……それから、昨夜での出来事を思い出し……

 

「……〜〜〜っ!!?」

 

サッとしのぶは肌を隠す。自身の頬が見る見るうちに赤く染まっていくのが分かる。一夏としのぶは昨夜忘れられない夜を過ごした。

 

 

 

「(わ、私……い、一夏と、一夏とシちゃったの?あの一夏と?)」

 

夜での出来事を徐々に思い出し、遂には頭から蒸気が出るほど顔を真っ赤にしていく。

 

「(と、とりあえず落ち着かないと……感情の抑制をできないのは未熟者!)」

 

しのぶは気持ちを落ち着かせようとするが脳裏に焼き付いてしまった光景が鮮明に見え始める。

 

『しのぶ……』

 

「(違うっ!!なにを思い出しているのよ私は⁉︎)」

 

耳元で名前を囁かれた時を思い出してしまい、頭をブンブン横に振って雑念を祓おうとするが簡単にはいかなかった。

 

「くっ、くふふふ……」

 

すると隣から笑い声がした。しのぶは寝ているはずの一夏を見やる。彼は寝ながらカタカタ震えていた。そう、彼は起きていたのだ。

 

「ふ……あっはっはっはっ!」

ふいに一夏は笑い出した。しのぶは顔を紅潮させたまま額に青筋を浮かばせ、一夏を指で突き始める。

 

「何が可笑しいのよ一夏!?まさかとは思うけど、あなた、私が起きる前から……!」

 

「あははっ、いてて!ごめんごめん……」

一夏は起き上がり謝るものの、しのぶは突きを止める気配はなかった。

 

「一夏のバカ!バカバカッバカーッ!」

 

少し涙目のしのぶは起きた一夏の胸板を高速で叩く。

 

「すまない、確かに…くふ、面白かったけど……違うんだ、しのぶ」

 

「笑ってるじゃない!何が違うって言うのよ!!」

 

突きをやめたしのぶは怒鳴るが、一夏も頬を赤くさせいたことに気づいた。

 

「それよりも凄く、しのぶの事が愛しいって思ったんだよ」

ハッキリ告げた一夏の言葉にしのぶは顔をさらに真っ赤にした。その顔は林檎の様に赤かった。

 

「一夏……」

一夏の表情と言葉にしのぶはドキッとする。

 

「それと……」

 

 

一夏はそんなしのぶに顔を近づける。しのぶは言葉を発せなかった。一夏がしのぶにキスをしたからだ。

 

「!?……」

 しのぶは、一夏の行動に驚いたものの、目を瞑り、一夏の唇を受け入れた。数秒しかしていなかった接吻が何時間と感じた。

 

 

「おはよう、しのぶ……」

 

「……ふふ、おはよう…一夏」

 

しのぶから一切の怒気も雑念も消え、笑みだけが残った。そして、二人を照らした影は再び繋がったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏はあの後、事後処理と準備を済ませ…柱稽古が行なわれている屋敷を目指した。まず一夏が向かっているのは煉獄邸…炎柱が稽古を行なっている場所だ。

煉獄邸に入ると、洗濯物を干している瑠火の姿が確認できた。

 

「瑠火さん、お邪魔します」

 

「一夏……久しぶりですね。息災でっ!?あなた…その左眼は……」

 

瑠火は一夏の姿を見ると目を見開き驚く。一夏の左眼が金色に変化している事に動揺を隠せなかったのだ。

 

「ああ、この眼ですか?大丈夫です。身体には異常はありません」

 

「……わかりました。あえて追求はしませんが、何かあったらすぐに胡蝶さんに相談なさい。よろしいですね?」

 

「はい」

 

 

その後、煉獄邸の道場に着き、顔を覗かせると隊士は数人しかいなかった。他の柱稽古をなかなか通過してこられないのだろう。

 

炎柱の稽古内容は、千寿郎→杏寿郎→槇寿郎の順に試合をし、一撃ずつ入れるという勝ち上がり式の単純なものだった。繰り返しの説明になるが、千寿郎は、一夏や槇寿郎に鍛えられる事があった為、実力は稽古を受けている隊士達よりも上なのだ。

 

しかし、千寿郎、杏寿郎になんとか一撃を入れられても、休む間もなく疲労の溜まった身体で槇寿郎に立ち向かうと、たちまち打たれて振り出しに戻る……。

 

「一人倒したからと気を抜いていては、長期戦で生き残れまい!全力で向かえっ!」

 

 

「(気合いが入っているな、槇寿郎さん。流石元鬼殺隊年長者、衰えなんて全く感じない……)」

 

 

引退したとはいえ、槇寿郎は、動きにキレがある。それもそのはず、槇寿郎は、一夏と、時間がある時は月に数回は打ち合っている。その為、実力は劣るどころか現役以上なのだ。

 

「座っていないで早く立て!才能がない者は努力するしかないんだ!戦いの途中で座るなど言語道断!!あっという間に命はなくなるぞ!」

 

若くキレのある槇寿郎が、バッシバシと隊士を打ち倒していく。槇寿郎は零れていった命を想い、指導に熱が入っているので、杏寿郎よりも厳しかった。

 

「父上のあの姿は久しぶりに見る気がします」

 

「そうだな!父上が楽しそうで何よりだ!」

 

 

そんな様子を嬉しそうに見る杏寿郎と千寿郎……誰も槇寿郎の勢いを止める者はいない。

 

「(先代と当代…2人の炎柱を相手にするなんて、稽古とはいえ隊士たちに勝ち目はあるのだろうか…いや、そうそう無いな、これは。鬼殺隊ではないとは言え、千寿郎もそこらの隊士より強いからな)」

 

一夏は少しだけ、稽古に参加している隊士に同情しながらも道場内に入る。

 

「やっているようだな、杏寿郎、千寿郎…」

 

「あっ、一兄さん…!?」

 

「来たか!いちっ⁉︎い、一夏…お前、その左眼は……!?」

 

二人は俺を見て瑠火さん同様驚いていた。つい最近までは赫の瞳だったのに、左が金色になったら驚くのも仕方のない事か。

 

「はは、心配するな、別に異常があるわけじゃ無い。大丈夫だ」

 

「……うむ!承知した!一夏が問題ないと言うならば大丈夫だろう!」

 

「ほ、本当に大丈夫なんですか、一兄さん?」

 

「心配は無用だ。むしろ気分はいいほうだ」

 

「確かに!今思えば一夏、どこか吹っ切れた様にも見えるな!何かあったのか!」

 

「ああ、槇寿郎さんががきっかけをくれてな……本当にあの人には敵わないよ」

 

「そうか、流石は父上!俺が一夏の心情に気づけぬとは、親友として情けない!俺はまだまだ父上には程遠いみたいだ!」

 

杏寿郎は「ワハハハ!」と笑い、一夏もつられて笑みを浮かべる。一夏は武人としてのあり方を教えてくれた槇寿郎の事を尊敬している。

 

 

「グハッ!!」

 

「ゲボォッ!!」

 

「ガハッ!!」

 

稽古を受けていた隊士は吹っ飛んでいく。槇寿郎に挑んでいる隊士達は、それを見て、手を止めてしまうが、槇寿郎はその隙を逃さず、一瞬にして隊士達を戦闘不能にさせた。

 

「誰が手を止めろと言った!!お前達はこれで三度は死んでいるぞ!!」

 

「(邪魔はしない方がよさそうだ…)」

 

槇寿郎の容赦のない剣撃に隊士達は吹っ飛ばされたり、鳩尾に一撃を喰らったりとどんどん倒されていく。

 

「む、もう行くのか?」

 

「ああ、他の柱稽古の様子も見ておきたいからな…」

 

「そうか!では次に会うのは柱同士の稽古の時だな!」

 

「そうだな、千寿郎も、無理はしない様にな…」

 

「はい!一兄さんも、稽古、頑張ってください!」

 

そして、一夏は煉獄邸から離れ、別の柱の屋敷へと向かう。

 

 

 

場所は山中、この場所は音柱の天元が稽古を行なっている場所だ。すると遠目から隊士達が這いつくばっている姿が見えた。

 

「ハイハイハイ、何度も同じ光景見ましたよぉ、地面舐めなくていいから!まだ休憩じゃねぇんだよ、後もう二・三本走れ!」

 

 

「(天さんにしごかれてる隊士達、足腰の筋肉も未熟……体力が無さ過ぎるな…。天さんの稽古内容は今の隊士達にはうってつけの内容だ…)」

 

遠目ながら透き通る世界で地に這いつくばっている隊士達を見て一夏は分析する。

 

 

「お?イチじゃねぇか!」

 

「「「(ひ、日柱様!⁉︎)」」」

 

これには、地面へ這いつくばってた隊士達も目を見開いた。まさか鬼殺隊最強と呼び名の高い柱がこの場に来るとは思ってもいなかったからだ。

 

「お疲れ様です、天さん。稽古はどうですか?」

 

「遅すぎるわ、基礎体力が無さすぎるわ、走るとかいう単純なことがド派手に出来なさすぎだわ…」

 

「そうですね…隊士達を見てわかったんですけど、彼らは呼吸以前にも、基礎ができてなさすぎますからね。天さんの稽古が最適でしょう」

 

「だろ?」

 

須磨達も一夏がいる事に気づくと、笑顔で駆け寄ってきた。

 

 

「いっくーん!」

 

「須磨さん…って、うわぁ!?」

 

「久しぶり~!元気だった!」

 

「ちょっ⁉︎須磨さん…あの…」

 

「こーら、須磨!」

 

「元気そうね、イチ」

 

「まきをさん、雛鶴さん、ご無沙汰してます。後、須磨さん、離れてくれませんか?その……」

 

「いいじゃん!それに相変わらずいっくんはあったか〜い〜」

 

一夏はわちゃわちゃと、もみくちゃにされる。まきを,雛鶴,須磨にとって一夏は弟の様な存在だ。とは言え、大人の色気を纏ったボディランゲージは流石の一夏も恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。ちなみに須磨は一夏の事を束と同じいっくんと呼び出した。

 

 

そんな成り行きを、傍にいた隊士達は色んな感情の中、その様子を見ていた。

 

「(日柱様が……いっくん、イチ?なんかえらく音柱様達と仲がいいな……)」

 

「(てか、日柱様、初めて見たけど。めっちゃ美形だな!?ありゃ女も寄るよな)」

 

「(てか、音柱様の奥さん達と仲良すぎじゃね!?一人抱きついてるし!)」

 

 

色んな感情が入り交じる中。天元は、一夏から須磨を引き剥がした。

 

「離れろ須磨、イチのやつ恥ずかしそうにしてるじゃねぇか。これじゃイチと話が出来ねェだろーが!」

 

「いひゃい、天元しゃまぁ~」

 

そして、天元が一夏の瞳を見てニカっと笑いながら一夏に話しかけた。

 

「それにしてもよイチ、お前どうしたその左眼!えらくド派手な色してるじゃねぇか!?」

 

「わー!綺麗な眼!」

 

「確かに綺麗だけど…前見た時は赫だったろ?」

 

「大丈夫なの…イチ?」

 

天元と須磨は一夏の金色の左眼を褒め、まきをと雛鶴は少し心配そうに問うが、

 

「大丈夫です。むしろ逆に気分がいい方です」

 

「ま、派手なお前が言うくらいだ。問題はねぇ。ただ違和感あったらすぐに胡蝶妹に相談しろよな。怒らせたあいつはド派手に手におえねぇからなぁ……」

 

「わ、わかっていますよ…それより、何か手伝えることはありませんか?今俺の所には誰も来ていなくて、柱稽古の様子を見て回っていたんです」

 

「そうだな、だったら……」

 

 

────────

────────────────

 

 

 

 

 

 

 

「何度か作る様子を見たことがあったけど、いっくんやっぱり凄い!」

 

「このくらい朝飯前ですよ」

 

一夏は須磨達と一緒に炊き出しを手伝っていた。一夏は包丁を手に持ち、目にも留まらぬ速さでどんどん野菜を切っていき、鍋に具材を入れていく。今作ろうとしているのは豚汁だ。

 

「須磨、口より手を動かして」

 

「えー、まきをさんも見てくださいよ~!いっくんの包丁さばき!!」

 

「いや、見れば分かるから!」

 

「まきをさん、味見お願いしてもいいですか?」

 

一夏はまきをに味見を依頼し、まきをは一夏から皿を受け取り、味を確認する。

 

「美味しい!相変わらずすごいわね、一夏。なんか女として負けた気分になるわ」

 

「はは、未来じゃ千冬姉が全く家事ができませんでしたから…まぁ、自然と…」

 

「以前にも千冬さんの事は聞いたけど、そこまで酷いの?いっくんのお姉さん?」

 

「ええ、もう何かの呪いでも掛けられているんじゃないかと思うほど酷いです。部屋は綺麗にしたと思ったら数日でゴミ屋敷になったり、料理に関しては簡単に作れるものや俺の手伝いを受けながらでも暗黒物質(ダークマター)とかゲル状の何かとかを生み出すんですから」

 

「そ、そう……だったんだ(ダークマター?ゲル?……なんだっけ?)」

 

「一夏…あんたも苦労したんだね」

 

一夏の話を聞いたまきをと須磨は顔を引きつらせた。そして、まきをは一夏の頭を優しく撫でる。

 

 

 

そんな中、雛鶴がおにぎりを握りながら、笑顔で口を開いた。

 

 

 

 

「こんなにいい人がしのぶ様の殿方だったら、きっと幸せね……」

 

 

その後、完成した料理を天元や隊士達に出すと、食欲があった隊士達からは「この飯美味い!」と、声に出す程好評価を受けていた。

 

 

 

 

 

 



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柱稽古・弐

「(ここからだと蜜璃さんの屋敷が近いな……)」

 

あの後、一夏は天元達と昼食を済ませ、暫く稽古を見守ってから、一夏は次に訪れる目的地へ向かう。

向かう先は恋柱邸、そして近づいていく内に、蜜蜂が飛び回り、甘い匂いが漂い始める。

 

「(蜂蜜の匂い。そっか…確か蜜璃さん、養蜂していたんだったっけ…)」

 

甘露寺邸につくとパタパタと駆け寄る足音が聞こえてきた。

 

「あっ、一夏くーん!」

 

一夏の姿を見つけると、蜜璃は彼に駆け寄る

 

「蜜璃さん、お疲れ様です」

 

一夏の傍まで来ると、蜜璃は一夏の手を取った。

 

「いらっしゃい一夏くん!今日はどうしたのっ⁉︎い、一夏くん、その左眼……」

 

どうやら俺の変化には柱達も驚きを隠せない様だ。蜜璃さんはとても心配そうに俺を見つめていた。

 

「はは、大丈夫です。別に呪いとか鬼とかにやられたわけじゃありませんので」

 

「そっか、だけど一夏くんのその左眼…とても綺麗だわ!伊黒さんと似て親近感が湧いちゃ〜う!」

 

「それはどうも。ところで蜜璃さん、小芭内さんとはどうなんですか?何か進展は……ありましたか?」

 

「えっ⁉︎いや、あの〜それはその〜」

 

「(この様子だと進展無しか。こればかりは気持ちの問題かな。小芭内さん……まだ、過去の事を引きずってるか……)」

 

蜜璃と小芭内は互いに文通をしている仲だ。小芭内は蜜璃と一緒に出かけたり食事をすることが多い。側から見ると、恋人同士に見えるが、実は二人はまだ付き合ってはいない。蜜璃は小芭内といる時はいつも以上に笑顔で楽しそうにしていた。小芭内は蜜璃の事となると少し変わる。蜜璃が一部の他の男性と話しているところを見ると少し殺気立つし、一緒にいると雰囲気が穏やかになる。現在両片想い中というじれったい仲だ。しかし小芭内は過去が過去の為、自分の気持ちに素直になれないのであろう。

 

 

「そ、それよりも、もうすぐ三時になるわ!今は休憩の時間なの!一緒にお話しましょ!」

 

「良いですよ。俺も個人稽古で暇でしたので」

 

蜜璃は何かを思い付いたのか、目を輝かせながら傍まで来ると、一夏の手を取った。

 

 

「一夏くん、もし良かったら休憩の準備に行きましょう!」

 

「はい?」

 

一夏は訳もわからず、そのまま引っ張られる。そして、そのまま蜜璃に引き摺られるようにして、休憩室の隣にある台所へとたどり着いた。

 

 

「ようし!一夏くん、お手伝いよろしくね!」

 

 

蜜璃の言葉に、一夏は納得する様に笑顔を浮かべた。

 

「成る程、わかりました」

 

一夏は隊服の上着を脱ぎシャツだけになると、そこからは二人はパンケーキを作り始めた。蜜璃は、食に対する好奇心が強く、西洋の料理を沢山知っていた。過去にスマホにある写真付きのレシピ本を見せると、蜜璃は目を輝かせながら興味を示していた。食文化も未来ではかなり進化している為、蜜璃からすると羨ましかったのだ

 

 

「相変わらず手際がすごいわ一夏くん!」

 

「パンケーキは束さんによく食べさせてました。お菓子作りはあまりしない方なんですけど、束さんが美味しそうに食べてるのを見てると……こっちも嬉しくなって。それに、ある人が言っていたんです、『食べると言う字は人が良くなると書く』って」

 

「おー、なんだが説得力がある格言ね!」

 

「一時期、食堂関係でバイト…働いたことがあるんです。変わった店主だったんですけど、その人の作る料理がすごく美味しくて、特にサバの味噌煮は一番美味かったです」

 

「へぇー!あっ、もしかして一夏くんが料理上手なのって…」

 

「まぁ、手の凝った料理はその人から教えてもらいました。見込みがあるって言われて」

 

 

小麦粉や卵、牛乳、砂糖など幾つかの材料を混ぜた生地を、焼いていく。ひっくり返すといい焼き具合となっていた。二人の焼くパンケーキはどれも均一にそして売り物のような美しさがあった。

 

 

「(天道さん、元気かな。たまに店に来てた加賀美さんも…)」

 

 

一夏は過去を思い出しながら、買ってきた果物を拡張領域から出し、切り分けてから盛り付けていく。パンケーキの見た目は少し未来風に近づいてきた。

 

 

「凄い!もしかして一夏くんの未来風のパンケーキかしら?」

 

「はい、まぁ、あるものだけでなんとか出来たものですけど……うまく出来ました」

 

 

蜜璃は一夏の料理をする姿にキュンキュンしていた。そんな時、ふと、蜜璃の目には、一夏の首筋が目に留まった。

 

「一夏くん。その首筋の痣、どうしたの?虫刺されかしら…?」

 

「ッ!!?」

 

その指摘を聞いた途端、シュバっ!!と一夏は勢いよく上着を着込む。

 

「………」

一夏は顔を真っ赤にさせ、無言の状態が続き、蜜璃も察したかの様に赤面する。

 

「あの、えっと、ふ、二人は仲が良いのは知ってるわ!そ、それはとても素敵なことよ!うんうん!」

 

蜜璃はなんとかフォローするも、しばし沈黙が場を支配した。

 

「と、とりあえず出来たものを運びましょう」

 

「そ、そうね」

 

それから一夏は、せかせかとパンケーキを運び、蜜璃は紅茶を淹れた。

 

 

 二人で焼いたパンケーキを頬張り、蜜璃の淹れてくれた紅茶を楽しんだ。

 

「ふぅ、ごちそうさまでした」

 

「ふふっ、夕食も一緒に作りましょうか?」

 

「もちろん!!私ね、一夏くんにお料理のこと…もっと教えてほしいの!!」

 

 

身を乗り出すようにお願いする蜜璃に、一夏は笑顔で快諾した。

 

「はい、俺なんかで良ければ…」

 

 

「(笑った!やっぱり一夏くん、しのぶちゃんの様に笑顔が素敵だわ!)」

 

 

蜜璃は心の底からそう思った。そして、二人は紅茶を飲みながら、会話に花を咲かせたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

休憩が終わった後、一夏は次の柱の元へと行こうとした時のことである。

 

 

「あ、一夏くん、少しお願いしても良いかしら?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「伊黒さんに渡してもらいたいものがあるの!!」

 

そう言いながら、蜜璃は一夏に重箱を手渡した。

 

 

「これって、おにぎりですか?」

 

「伊黒さんはね、とろろ昆布が大好きなの!私の代わりに渡してもらえるかな!?」

 

ふふっと照れくさそうに笑う蜜璃を見て、一夏には断る理由は欠片も無かった。

 

「わかりました。小芭内さんにはしっかり渡しておきます」

 

そう言うと、一夏は重箱を受け取りスマホの拡張領域にしまう

 

 

 

 

 

一夏が蛇柱邸に向かう最中、日は傾き始めていることに気づく。

 

「(もうすぐ夕方か……小芭内さんのところで最後にするか)」

 

小芭内の屋敷に着くと、玄関先で彼が立っていた。

 

「遅い」

 

「すみません小芭内さん……って、あれ?どうして小芭内さんは、俺が来るって分かったんですか??」

 

 

すると、一瞬間が空いたあと、小芭内さんは口を開いた。

 

 

「甘露寺から先ほど、文が届いた。お前が来るから、出迎えるようにって」

 

「蜜璃さんが?あ、小芭内さん、これを…」

 

 

そう言って、件の重箱を手渡した。

 

 

「なんだこれは?」

 

「蜜璃さんから小芭内さんに差し入れです。小芭内さんに渡すようにって」

 

「!」

 

 

蜜璃からの手作りの差し入れだと聞いた途端。小芭内の纏う気が嬉しい色へと変わった。

 

「(小芭内さん、嬉しそうだな……)蜜璃さんからは、小芭内さんによろしくと伝言をもらっています」

 

「……ああ」

 

 

小芭内は暫く手渡した重箱の入った風呂敷を見つめていたが……

 

 

「入れ、茶くらいは出す。それからお前には相手をしてもらいたい」

 

「あ、はい。構いません」

 

「…ついてこい」

 

それから一夏は屋敷内に入り、小芭内に道場へと案内される。

 

「小芭内さんの稽古内容は太刀筋矯正でしたね」

 

「お前にも、稽古をつけている隊士達とで同じ条件で相手をしてもらう。お前の方がより実戦に近い打ち合いができるからな。それよりも一夏、貴様…その左眼は…」

 

「色々ありまして、身体には問題はないので心配は無用です」

 

「……ふん、せいぜい体調管理には気をつける事だな…」

 

道場にたどり着くと、その光景に唖然とした。そこら中、ぐるぐる巻きにされた隊士達が、木の柱に巻き付けられ青い顔をしている。

 

「(処刑場?)」

 

「説明するからよく聞け。お前には、この“障害物”を避けつつ、太刀を振るってもらう」

 

「……内容は分かりましたけど、一つ聞いてもいいですか?隊士達は一体何をして、縛られてるんですか?何か悪いことでも……?」

 

すると、じっと見ながら、小芭内は口を開いた。

 

「ああ、こいつらはある意味罪人だな」

 

「え、一体どんな罪を?」

 

「そうだな。弱い罪、覚えない罪、手間を取らせる罪、イラつかせる罪……と言った所だ」

 

「は、ははは、そうですか(えらいこっちゃ…)」

 

一夏は乾いた笑いしか出なかった。

 

「早速始める。さっさと準備しろ」

 

「はい、わかりました。あっ、小芭内さん、俺が使う木刀なんですけど……」

 

そうして日柱、蛇柱の柱同士の訓練を開始した。

 

 

一夏は、隊士達の間をぶつからないよう進む。因みに一夏が使っているのは太刀型の木刀だ。

 

当たれば大怪我は必定。この可哀想な隊士達の間を縫って、小芭内の攻撃が来る。

 

その瞬間、一夏に小芭内の放った木刀が迫るが、一夏は蛇の様な一撃を受け流す。

 

「(異様な曲がり方する太刀筋……流石は蛇柱、以前よりも太刀筋が早い。さらに腕を上げたみたいですね、小芭内さん)」

 

一夏も負けじと反撃し、小芭内に向けて木刀を振るう。

 

「(っ⁉︎木刀が揺らいで…!こいつ、長物を使いながらここまで…!?)」

 

小芭内はなんとか一夏の反撃を回避するが、一夏は攻撃を緩めず連撃を加える。持ってるのは同じ木刀、狭い隙間でもぬるりと入ってくる攻撃!小芭内の太刀筋はまさに蛇だ。一夏は狭い中、太刀型の木刀を使っているのにも関わらず狭い隙間にどんどん木刀を振るい小芭内へ確実に当てていく。

 

「(㭭ノ型・飛輪陽炎を応用した剣技、これは良い訓練になるな)」

 

それに加えて、この隙間を狙おうとした時の、縛られている隊士達の声が聞こえるような気がする。

 

 

「(お願いします!! お願いします!! お願いします!! お願いします!!お願いしますうううう!!お願いします!当てないでください!!」

 

「(これは普通の隊士達だと精神をえぐるな…ほんとに声が聞こえてくる)」

 

正確な太刀筋で刀を振れないと、大惨事だ。ましてや柱の一撃となると大怪我では済まないだろう。

 

 

それから陽が沈むまで、ひたすら二人は木刀を振り続けた。何度も何度も、隙間から木刀を通して攻撃を繰り返し、この勝負は一夏の勝利に終わった。



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ヒノカミの柱稽古

炭治郎、全快!!念願の柱稽古に大参加!!怪我が治ったばかりの参加だったが、炭治郎は衰えを感じることなく天元の基礎体力向上訓練をこなしていく。炭治郎が来たことに気づいた隊服姿の天元は、笑顔で彼を出迎えた。

 

 

「よォよォ!久しいな!お前また上弦と戦ったんだってな!流石はイチの継子だぜ、ド派手にやるじゃねぇか。ま、今はここで、鈍った体を存分に叩き起こしな」

 

「はい、頑張ります!」

 

そんな炭治郎の声に気づいた須磨たちも、笑顔で声をかける。

 

 

「あらーー!!おひさ!」

 

「やっと来たのか!」

 

「たくさん食べてね」

 

そんな久しぶりの再会の後、炭治郎は雛鶴,まきを,須磨の作った食事を食べ終え、天元から合格をもらい、次の柱稽古へと向かった。

 

 

「次はここ?確か時透君の所だよね?」

 

「ココヲ真ッ直グ進ンデ次ノ角ヲ曲ガレバ目的地ダ!!」

 

 

歩いて数十分後、鴉の道案内によって、時透邸へとたどり着いた。

 

「着いた!!」

 

炭治郎は時透邸の前に立つと、戸を叩いた。

 

 

「すいませーん!」

 

返事はなく、シーンとしていた。

 

「うーん。時透君の匂いはあるけど……(宇髄さんの稽古は外だったから、すぐに気づいてもらえたけど、中でやってるから聞こえないのかなぁ??)」

 

そんな事を思ってると、戸が開いた。

 

「あ、炭治郎!!」

 

中から出てきたのは霞柱・時透無一郎だった。

 

「時透君!この間ぶりだね!!」

 

わあっと二人で笑顔で再会を喜ぶ。

 

「炭治郎、暫く寝込んでたって聞いたけど、体は大丈夫?」

 

「うん!この通りもうばっちりだよ!!宇髄さんの稽古で大分体力もどってるから!」

 

笑って答える炭治郎だか、あることが気になり、すぐに話題を切り替えた。

 

「あれ?時透君はなんで俺が来たって分かったの??」

 

「ああ。自慢になるかもしれないけど、僕は一夏さんの次に気配感知が鋭いみたいで……」

 

「一夏さんの次に⁉︎凄い!そっか、だからあの時いち早く鬼の気配に感づいたんだ」

 

そんな炭治郎を見ていた無一郎は、少し複雑そうな表情をしていた。

 

 

「ねぇ、炭治郎」

 

「ん、どうしたの時透君?」

 

「下…名前で呼ばないの?」

 

唐突にきた質問に、炭治郎はキョトンとしたまま無一郎を見る。

 

 

「僕、炭治郎より年下でしょ?」

 

「えっ、で、でも、年下でも時透君は柱で先輩だから、苗字で呼んでたんだけど……」

 

 

 ちょっと寂しそうな表情の無一郎を見て、炭治郎はすぐに理解した。

 

「(この匂い、拗ねてる時の匂い…)」

 

 

 懐かしさを感じる匂い……弟達に構ってあげられない時に、よく感じた匂いだった。

 

 

「わかった!じゃあ…無一郎君!」

 

「!」

 

パアッと無一郎は嬉しそうな表情へと変わった。

 

 

「(無一郎君、凄く嬉しそうな匂いがする)」

 

 

 思わず笑みが溢れる。

 

 

「よし!じゃあ、道場に行こう!みっちり鍛え上げるから、覚悟してよ!」

 

「ああ!望むところだ!」

 

 そう言って、無一郎に案内され、少し早い足取りで道場へと向かった。

 

 

 

道場に着くと、一部を除いて項垂れている他の隊士達の姿が見えてきた。彼らは、ここ一・二週間ずっと、時透邸から出ることを許されず、延々と基礎練習をしている。

 

 

「君たち……素振りは終わったの?」

 

先ほど、炭治郎と話していた声から一転、低い声で、他の隊士達を指摘する。

 

そんな無一郎の声に、隊士達は慌てて視線を外し、竹刀を振り始めるのであった。

 

 

 

 

するとそこへ、打ち込み台で練習していた一人の隊士が炭治郎の姿を見つけ、嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

 

「あ、炭治郎!」

 

「真菰さん!」

 

 

 三人が集まった途端、

 

 先ほど氷のように冷たかった空間が、ほわほわとした花畑のような空間へと変貌を遂げた。

 

 

「炭治郎も稽古始めたんだね」

 

「はい!宇髄さんの稽古を合格をもらって今日から無一郎君の稽古に参加します!」

 

「そうなんだ。私ら時透君の稽古で七人目だから、この稽古が終わったら岩柱様のところに行く予定かな……(“無一郎君”か……もっと仲良くなれて良かったね)」

 

「凄い、もう六人の柱稽古を終わらせたんですか!?」

 

笑顔の真菰に、無一郎も笑顔で返す。

 

 

「真菰さん、打ち込み終わったの??」

 

「あ、そうだった!時透くん、打ち込み台壊れちゃったんだけど、どうしたらいいかな…….?」

 

申し訳なさそうに謝る真菰に対し、無一郎は更に笑顔へ変わった。

 

「もう壊れたんだ、さすがです!じゃあ、次は僕と打ち込みをやりましょう!」

 

「うん!わかった!」

 

無一郎の太刀筋の凄さはよく知っている。刀鍛冶の里で絡繰人形と対峙していた無一郎を見ていたからだ。直に手合わせ出来るとあって、炭治郎の目は輝いていた。

 

「え⁉︎無一郎君と相手をするんですか!」

 

「炭治郎はまだ駄目だよ。真菰さんも、昨日は一日素振り、その後は今まで打ち込み台で練習していたんだから!」

 

「ああ、そ、そうだよね」

 

無一郎の言葉に、炭治郎はすぐ笑顔へと変わった。

 

「よし!それなら俺も真菰さんに追い付けるように頑張らないと!」

 

「ふふ、姉弟子としてこっちも負けないよ!」

 

ほんわかな雰囲気にもそぐわない内容のえげつなさに、他の隊士達は顔面蒼白だったと言う。

 

真菰は一夏との鍛錬により柱と同じ実力を備えているため、指導をしている柱にとっては柱同士の稽古となんら変わりない感覚となる。その為、今の真菰だと、一週間も満たないうちに数人の柱稽古を合格するだろう。

 

無一郎と真菰の打ち合い……まさに光速と言っていい程の打ち合いを見た隊士達がドン引きしたり、空いた口が塞がらなかったりしても不思議では無い。唯一二人の動きが見える炭治郎は、その様子を素振りしながら、目を輝かせて見守っていた。

 

 

そして真菰は翌日には、無一郎の課題の稽古を終わらせたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある竹林の中から静かに佇む、殺気じみた空気が纏わりついていた。

 

 

「「…………」」

 

 

そこでは日柱・織斑一夏と風柱・不死川実弥が、じっと木刀を片手に見合っていた。普通の木刀を構える実弥に対し、一夏は太刀型の木刀を構えている。

 

 

そして、遂に、実弥が動き出した。

 

 

 

「風の呼吸 壱ノ型・塵旋風・削ぎ!」

 

 

 普通の者では目に追えぬ速さで間合いを詰め、一夏へ容赦なく攻撃を仕掛ける。

 

「日の呼吸 拾壱ノ型・幻日虹」

 

 

一夏は冷静に実弥の攻撃を見据え技を躱した。

 

 

「日の呼吸 伍ノ型・陽華突」

 

 

 

実弥は一夏の陽炎を纏った鋭い突きをなんとか受け止めるが、その攻撃の衝撃で、持っていた木刀にヒビが入った。

 

 

「(チィ!今までより重い一撃だなぁ…煉獄のやろォが言っていたのは強ち間違いじゃねぇみてェだなぁ)」

 

 

「(前より更に反応がよくなってきたな、実弥さん……呼吸と動きに無駄が減ってきている)」

 

 

実弥はどんどん猛攻し、追撃するが一夏は難なく受け流して反撃に転じる。実弥はその一夏の反撃をなんとか躱す。

 

 

「風の呼吸 肆ノ型・昇上砂塵嵐!」

 

 

「日の呼吸改・円舞螺旋撃」

 

 

低い姿勢で地上から空中に向けて、舞い上がる砂塵のような斬撃を一夏は灼熱の竜巻で相殺する。

 

 

「オラオラァどうしたァ!!俺はまだいけるぜェッ!!」

 

実弥の連続攻撃を受け流したり、受け身を取っていた一夏も、実弥の隙をついて技を繰り出した。

 

 

「日の呼吸 陸ノ型・日暈の龍・頭舞い」

 

 

そんな一夏の技を、実弥はひらりと躱す。

 

「(っ!これを避けるか、確実に決めるつもりだったが…)」

 

 

「いつまでもテメェの知ってる俺だと思ってんじゃねぇぞ……一夏ァ!!風の呼吸 捌ノ型……」

 

 

「日の呼吸改……炎舞」

 

 

 

「初烈風斬り!」

 

「裏疾風!」

 

 

二人か同時にすれ違い力がぶつかり合った瞬間、

 

 

──バキバキッ!

 

 

互いの木刀が、威力に耐えきれず 粉々に砕けた。

 

 

「………まさか引き分けとは」

 

一夏は実弥の木刀がボロボロの状態にも関わらず、自身の木刀が砕けたことに内心驚いていた。

 

そして、木刀が使い物にならないと理解した瞬間、実弥は持っていた柄の部分を捨て、ボキボキと指の骨を鳴らした。

 

 

「よォし、じゃあ次は素手で()り合うかァ?流石にこの結果は納得できねぇしなぁ!最後まで付き合えやぁ、一夏。テメェの無手の型を見て、俺も新しい型を編み出したからなぁ!!」

 

 

「『や』り合うの字が違う気はしますけど……わかりました。最後まで付き合いますよ、実弥さん」

 

 

素手と素手のやり合いは結果は一夏の勝利で終わった。

 

 

 

「実弥さん、カナ姉とは最近どうなんですか…?」

 

 

「はぁ?」

 

柱同士の手合わせを終え、おはぎを食べながら休憩してる中、一夏は実弥に問いかけた。

 

「いや、二人とも最近お互い名前で呼び合っているみたいですし…何か進展があったのかなぁと…」

 

「テメェには関係ねェだろぉ…」

 

「(この感じ……何かあったな。実弥さん、自分が思っている以上に隠し事ができないからな)」

 

 

 

 

 

 

二人はその後、稽古やお互いの課題点について話し合った。その後、蝶屋敷に戻り、カナエに実弥のことについて聞くと、「意外と激しかったわよ♪」と答えが返ってきた。そして、一夏は察し、それ以上は聞かなかった。

 

 

 



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ヒノカミの柱稽古・弐

大変長らくおまたせしました!鬼滅の刃は久しぶりの投稿です!

遂に遊郭編の放送日が決まりテンションが上がっています!

頻度は遅いですが投稿は続けていきます!


炭治郎が無一郎邸に来て一週間ほど経った頃。炭治郎以外の隊士は素振りや打ち込み台での練習。真菰は炭治郎が無一郎の柱稽古を始めて翌日に課題を終わらせて次の柱稽古である岩柱の悲鳴嶼の元に向かった。

 

 

 そして、炭治郎は無一郎と高速移動の稽古に勤しんでいた。

 

 

「そうそう!」

 

 

 今日も、無一郎の楽しそうな声と、木刀を打ち合う激しい音が、道場内に響く。

 

 

「(やっぱり速い!俺も速く振るっているけど、無一郎君もどんどん太刀筋が早くなってる!)」

 

 

「炭治郎、さっきより速くなってるよ。筋肉の弛緩と緊張の切り替えを滑らかにするんだ」

 

 

「わかった!」

 

木刀のぶつかる音が響き渡る中、目の前で繰り広げられる光景には、他の隊士達も、息を飲む。何しろ二人の太刀筋は全く見えないからだ。無一郎はともかく、炭治郎は鬼殺隊最強、織斑一夏の継子の為、炭治郎もこれまでの戦いで真菰に次いで柱に近い実力を身につけている。体力も無一郎の稽古で万全な状態になっている。

 

 

 

「そうそう、そうしたら体力も長く保つから」

 

 

「(凄い、更に速くなっていく……!)」

 

ペースをさらに上げていく無一郎に炭治郎は何とか食らいつく。

 

 

 

「(流石炭治郎、一夏さんに鍛えられたことだけはある。僕の剣筋にもしっかりついてきてる。ちょっとだけ意地悪しようかな…)」

 

 

無一郎は笑みを浮かべると、深く呼吸を行う。炭治郎も無一郎が何かするのを匂いで感じ取り警戒する

 

 

ーー霞の呼吸 漆ノ型・朧

 

朧は動きに大幅な緩急をつけ敵を攪乱する歩行術。 これにより炭治郎は思惑している。

 

「(姿が消えた⁉︎これはまるで……霧の中にいるような感覚!)」

 

炭治郎は無一郎が技を使ってきた事に驚くも、すぐに冷静に分析する。呼吸を整え無一郎の気配を辿る炭治郎

 

「そこ!」

 

炭治郎は木刀を振るうも、無一郎の姿は揺れ動き、霧と化してしまい不発に終わる

 

「(落ち着け、来るのは一瞬、集中するんだ、集中!)」

 

漆ノ型・朧は姿を見せる際は亀のように遅く、姿を消す際は瞬き一つの間という形で動く事で敵を翻弄する。

 

炭治郎は翻弄されながらも持ち前の嗅覚で無一郎の動きを読み取る

 

 

 

「(そこだ!)」

 

炭治郎が防御姿勢を取ると、そこには木刀を振り下ろしていた無一郎の姿があった

 

「っ……⁉︎」

 

 

朧はその最高速度は並の上弦に匹敵する筈だが、それを受け止められた無一郎は驚いていたが、すぐに笑みを浮かべ木刀を下ろす。

 

 

「うん、ばっちりだね。次の柱のところに行っていいよ、炭治郎」

 

 

無一郎のこの言葉には、炭治郎も思わず目を見開いた。

 

「えっ、もういいの?今ので?」

 

「うん!いいよ」

 

そんな炭治郎に、無一郎はニコッと笑いかける。

 

「けど、まだ一週間も経ってないよ?」

 

 

 腑に落ちない炭治郎に対し、無一郎は笑顔のままその理由を話始めた。

 

 

「だって、炭治郎言ったことちゃんと出来てるもん。それにさっきの攻撃、本気で炭治郎に当てるつもりだった。それを炭治郎は受け止めた。合格以外なにもないよ!流石一夏さんの継子だね」

 

「ありがとう、無一郎君。それに無一郎君の攻撃も凄かったよ!今回は偶然受け止められだけど、一歩遅かったら確実に攻撃を喰らってた。俺もまだまだ頑張らなきゃ…!」

 

「あはは!お互いこれからも頑張ろう、炭治郎!」

 

 

そんな無一郎に、炭治郎は笑顔を浮かべた。

 

 

そんな和やかな空気の中。炭治郎に便乗して、先輩隊士達が手をあげる。

 

 

「じゃ…じゃあ、俺たちも……もう二週間いるので…」

 

 

 あわよくば、この素振りと打ち込み台地獄の二週間から解放されるのでは・・・と勇気を振り絞り、話しかけてきた。

 

 

 けれど、その淡い期待も すぐに砕けて消えた。

 

 

「何言ってるの?君たちは駄目だよ。素振りが終わったなら打ち込み台が壊れるまで打ち込み稽古しなよ」

 

 

 炭治郎に対しての、優しい笑顔から一転。低い声と厳しい言葉には、隊士達も肩を落とした。

 

 

「(((落差が凄い……)))」

 

 

これには、炭治郎はあわあわと見守るしかなかった。

 

 

 

 

 

「炭治郎、忘れものはない?」

 

「うん!大丈夫!」

 

炭治郎は屋敷の玄関の前に最後の確認をしていた。

 

「次は甘露寺さんのところに行くんだよね?ちょっと変わった稽古内容って聞いてるから頑張ってね」

 

「うん!ありがとう無一郎君、それと言い忘れてたんだけど…俺が寝込んでいる間、禰豆子の相手になってくれてありがとう!」

 

「平気だよ。なんだかんだで僕も楽しかったから……」

 

無一郎は炭治郎が寝込んでいる間、禰豆子と紙飛行機を作り遊んでいたことがあるのだ。

 

禰豆子は無一郎のことを「むいくん」と呼び、無一郎は満更でもなかった。同い年の友達がいない彼にとっては新鮮な感覚だったのだ

 

 

「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。無一郎君も、稽古頑張って!」

 

「うん!炭治郎も気を付けて…」

 

無一郎は炭治郎の姿が見えなくなるまで見送った。

 

 

 

 

「そろそろ出てきてもいいですよ、一夏さん……」

 

「気づいていたのか…」

 

すると無一郎の後ろに一夏が姿を現した。

 

 

「気配を完全に断っていたんだが、前より鋭くなってきたな、無一郎…」

 

「記憶がない時も一夏さんに何度も打ち負かされていたから…」

 

 

一夏と無一郎は記憶がない時も稽古をする時があり、無一郎は何度も一夏に打ち負かされた。記憶障害のあった時の無一郎はその内容も忘れていたが、身体が覚えていた為、腕も上げていたのだ。

 

今では記憶も戻り、一夏の知っている以上に腕も上げているのだ。

 

しかし、唯一忘れがちの時の無一郎も、一夏の日の呼吸で行う舞、日輪ノ神楽だけはしっかり覚えていたのだ

 

 

「それより一夏さん、その左眼は……」

 

「そっか、この状態で無一郎に会うのは初めてだったな。大丈夫、別に鬼による物じゃないから心配は無用だ」

 

無一郎は一夏の変化に驚くも、嘘はついていないとわかり、無一郎は追求はしなかった

 

 

「それで、稽古はどうだ?」

 

「炭治郎の友達や真菰さんは問題はないけど、二週間いる隊士たちは全然ダメです。あれでよく生きていたと思いますよ」

 

「あはは、そうか」

 

容赦のない言葉に一夏は苦笑いすることしかできなかった。事実一部を除く隊士たちは基礎や力不足で、全くできていないものが多い為、柱たちも呆れるしかないのだ

 

 

「それより、一夏さんはどうしてここに?」

 

「ああ、今俺の所は誰もきていないんだ。個人稽古や他の柱同士の稽古をやっていて、今は様子を見に来てな。多分数日もたったらカナヲか真菰が来る予定だ」

 

 

「なるほど、納得です」

 

現状、日柱の一夏と、水柱の義勇の稽古は、8人の柱の稽古を終えた後に受けるようになっている。

 

どちらの稽古を受けるかは隊士たちの自由となっている。カナヲと真菰は一夏の稽古を受けると事前に言われている為、一夏は現状二人を待っている状態だ

 

 

「一夏さん、よければですが、今…暇ですか?」

 

「ああ、暇だが……」

 

「今は休憩の最中ですけど、よければ相手をしてくれませんか?」

 

「ああ、もちろん構わない。内容は?」

 

「まずは将棋からしませんか?」

 

「いいよ、構わない」

 

 

 

その後無一郎の休憩は一夏と将棋をし、時間を潰した。その後は一夏と無一郎の柱同士の稽古を行った。

 

その剣戟を見た無一郎の稽古を受けている隊士たちは、もはや実戦に近く、異次元の領域にいる二人に、空いた口が塞がらず、見えない剣や動きにただ呆然と見ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「炭治郎君久しぶりー!おいでませ、我が家へ!」

 

「ご無沙汰してます!お元気そうで良かった!」

 

一方恋柱邸にたどり着いた炭治郎はペコッと一礼する炭治郎に、蜜璃はキラキラの笑顔を向ける。

 

「炭治郎君もね!」

 

そんな中。炭治郎の鼻にふわりと香る甘い香りが掠める。

 

 

「養蜂してらっしゃるんですか?蜂蜜のいい香りがします」

 

 

炭治郎の問いに、蜜璃は嬉しそうに頬へ手を当てた。

 

「あっ、分かっちゃった?そうなのよー!巣蜜をねぇ、パンに乗っけて食べると、超絶美味しいのよ~~」

 

 

そんな蜜璃に手を引かれ、甘露寺邸へ入った炭治郎。彼の手を引きながら、蜜璃は楽しそうに話を続ける。

 

 

「バターもたっぷり塗ってね!三時には紅茶も淹れて、パンケーキも作るから、お楽しみに!」

 

 

 蜜璃から放たれる聞き慣れない言葉に、炭治郎は ただただ笑顔のまま疑問符を浮かべていた。

 

 

「(ばたー?こうちゃ?ぱんけぇき??)」

 

 

恋柱・甘露寺流の訓練では、全員レオタードと呼ばれる西洋由来の競技用の服を身に纏い、音楽に合わせて踊ることもしばしば。

 

 

柔軟は地獄、ある意味殆ど力業によるほぐしだった。

 

 

「ガンバ!」

 

「ギャアアアアアッ!!」

 

また一人、蜜璃の力業によるほぐしを受け、悲鳴をあげる声が 道場内にこだまする。

 

炭治郎はこれを一夏が見ていたら、苦笑いする姿が浮かび上がるのが想像出来ていた

 

 

 

 

 

蜜璃のほぐしを受けてない者は、音楽に合わせて踊るように言われていたが、大半の隊士が 地獄のほぐしの悲鳴に震え、まともな修行にはなっていなかった。

 

 

鈍い炭治郎は格好も特に気にせず、蜜璃の稽古を難なくクリアするのであった

 

 

 



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日、炎と水


タイトルは少し適当過ぎたかもしれません。

場合によって変更する可能性もありますのでご了承下さい


音、霞、恋柱の柱稽古を終わらせた炭治郎は次の柱稽古の場所である伊黒邸へと着いていた。

 

しかし伊黒邸へつくと小芭内に待ち構えられていた。

 

 

「竈門 炭治郎、俺はお前を待っていた」

 

「よろしくお願いしま…「黙れ、殺すぞ」ええっ!?」

 

 急な言いがかりに驚く炭治郎。そんな炭治郎を無視し、小芭内は話を続ける。

 

 

「甘露寺からお前の話は聞いた。随分とまあ、楽しく稽古をつけてもらったようだな」

 

 

 蜜璃と小芭内の二人は文通をしており、蜜璃の稽古での出来事は蜜璃の手紙を通して知っていた。

 

 

「俺は甘露寺や一夏のように甘くはないからな」

 

 

そう言いながら、炭治郎を睨む。

 

 

「は、はい!(初っぱなから、とてつもなく嫌われている)」

 

道場へ案内された炭治郎は、その光景に唖然とした。

 

 

「(処刑場?)」

 

 

一夏と同じことを思った炭治郎、そこら中、ぐるぐる巻きにされた隊士の人達が、木の柱に巻き付けられ青い顔をしている。

 

「説明するからよく聞け。お前には、この障害物を避けつつ、木刀を振るってもらう」

 

ただでさえ木の柱によって、入り組んだ環境になっている道場内は、誰もが動きづらい。

 

 その上に人が縛られてるともなれば、一太刀で人に当たってしまう可能性は大いにある。

 

 

これには、さすがの炭治郎も口を開いた。

 

 

「あの、この…括られている人たちは何か罪を犯しましたか?」

 

すると、じっと炭治郎を見ながら 小芭内は口を開いた。

 

 

「…まぁ、そうだな、弱い罪、覚えない罪、手間を取らせる罪、イラつかせる罪と言う所だ」

 

「(もう、えらいこっちゃ…)」

 

 

 内心でそう呟くしか出来なかった。

 

小芭内のその目はまるで“お前らも出来なければこうなるぞ”と脅し含んだ目をしていて、炭治郎は思わず震え上がった。

 

 

世にも恐ろしい、蛇柱による地獄の訓練を開始した。

 

 

 

隊士達の間をぶつからないよう進む炭治郎。

 

 使うのが木刀だとしても、当たれば大怪我。この可哀想な隊士達の間を縫って、小芭内の攻撃が来る。

 

 

「(これが本当にやばい。だって この人の太刀筋、異様な曲がり方するんだもん)」

 

 

その瞬間。炭治郎に小芭内の放った木刀が当たった。

 

 

「ぐああっ!」

 

「のろい」

 

 

 激痛に涙する炭治郎。一夏により鍛えてきた炭治郎だが、現柱との差はまだまだある為、一方的に痛め付けられる程の追い込まれた状況

 

 

持ってるのは同じ木刀なのに、どうしてこんなに曲がるんだ。狭い隙間でも、ぬるりと入ってくる攻撃。

 

 まさに蛇そのもの。本当に蛇から攻撃されてる感覚だ

 

「一夏は太刀の木刀を使いながら、正確な攻撃をしているぞ?」

 

「(この狭い空間の中で太刀⁉︎)」 

 

炭治郎は一夏が太刀形の木刀を使って小芭内と稽古を行っていた事に驚く。あの長さの刀身で括られている隊士たちに当たらず攻撃を当てるのは至難の技、それを一夏は容易く行っている事に炭治郎はただただ驚くことしかできなかった

 

それに加えて、やっぱり この隙間を狙おうとした時の、仲間の心の声!!

 

 

(頼む!! 頼む!! 頼む!! 頼む!!頼むうううう!!頼む、当てないでくれ!!)

 

 炭治郎にもこれが本当に聞こえて精神をえぐられていた。今までにない緊張感で、彼の手はブルブル震えた。

 

これは相当、正確な太刀筋で刀を振らないと、大惨事となる。しかし炭治郎は一夏に鍛えられているのもある為、括られている隊士たちも普通の怪我では済まないだろう

 

「ギャッ!!」

 

「あっ!ごめんなさい!!」

 

炭治郎の一撃を食らった括られている隊士は泡を吹いて気を失ったが、しばらくの間放置された

 

 

 

 

 

 

 

 

そして伊黒邸での稽古四日目

 

 

 

カン!パァン!と木刀のぶつかり合う音が、道場内に響き渡る。

 

四日目ともなれば 殆どの攻撃を躱し、炭治郎からも攻撃を仕掛けることができるようになっていた。

 

炭治郎は冷静に小芭内の隙が生まれるのを待っていた。

 

 

「!」

 

 

「(浅い!)」

 

「(この太刀筋……)」

 

 

一瞬の隙を狙い攻撃したが、木刀の当たりが甘かった。小芭内はそんな炭治郎の姿を見て、一瞬だったが一夏の姿が重なった

 

 

 「(今だ!)」

 

次の攻撃より先に、全力を注いだ一振りを小芭内に当てた。

 

 

炭治郎の一太刀が小芭内に当たった瞬間。炭治郎は訓練終了と言われた。

 

 

「じゃあな、さっさと次の稽古に行くんだな。それから馴れ馴れしく甘露寺と喋るな」

 

 

「ありがとうございました(なんで?)」

 

何故蜜璃の名前が出てくるのかわからない炭治郎は最後まで嫌われていて悲しかった。

 

こうして、炭治郎は蛇柱との柱稽古は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

「ふっ、あの太刀筋、一夏と似てきたな。あいつとは遠く及ばないだろうがな…」

 

 

炭治郎の指導を終えた小芭内は、彼の太刀筋を見て、少しだけ炭治郎のことを認める事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かに佇む竹林の中、とてつもない空気が纏わりついた。その場にいるのは一夏、杏寿郎、義勇の3人だった

 

 

 

「準備はいいか、杏寿郎、冨岡さん」

 

 

「…問題ない」

 

「同じく!いつでも行けるぞ!しかし、本当に俺たちに本気で相手をするのか?一夏の口からそんな言葉が出るとは、よもやよもやだ!」

 

「ああ、他の柱も誘ったけど、稽古が忙しくて断られたからな、この際、俺のことを鬼舞辻無惨と思って二人がかりできてほしい、当然、重い怪我をさせないよう努力はする」

 

今いるのは少し開いた竹林にある広場、この場には太刀の木刀を持つ一夏と、羽織を脱いでいる杏寿郎、義勇が片手に木刀を構えていた。

これから柱同士の稽古が行われようとしているが、都合が良いのは杏寿郎のみで、義勇の場合は一夏同様誰もきていない状態の為、個人稽古や柱同士の稽古のみしている状況だ。

 

 

 

「うむ!そちらも全力で来るのならば……こちらも全てを出し切るまで!冨岡と組む機会もそうそうないからな!よろしく頼む!」

 

「(足を引っ張らないよう)努力する」

 

「うむ!頼りにしてるぞ!」

 

杏寿郎の言葉に義勇は少し嬉しそうだ。杏寿郎は義勇に話しかける数少ない相手なのだ。

 

 

「その意気やよし、早速始めますよ」

 

一夏は太刀の木刀を上段に構える。すると一夏から目に見えるほどの何かが溢れ出し、二人は警戒する。

 

 

「こおおおおおっ……」

 

余りの鬼気に二人は冷や汗が流れる。そして

 

 

 

 

 

 

「神気合一!」

 

「「!!?」」

 

 

 

すると一夏から信じられないほどの焔の闘気が溢れ出て、左目の金色の瞳が光っていたのだ

 

目を見開く杏寿郎と義勇。それと同時に、一夏が動き出した。

 

 

 

「日の呼吸改・炎舞疾風」

 

「(なっ⁉︎消え……)」

 

 

その瞬間一夏の姿が消え、瞬きする間に二人の間合いを詰め、容赦なく攻撃を仕掛ける

 

 

すると、その攻撃の衝撃で 義勇は吹っ飛んだ

 

 

「冨岡!!「心配する暇があるのか?」っ⁉︎」

 

「(はっ、速いっ!!!!)」

 

杏寿郎はなんとか攻撃をうけとめるが、威力が高い為、そのまま押し出されてしまう

 

 

「くっ!(透き通る世界でも反応出来ないとは……これが……一夏の本気の剣。いや、鬼舞辻無惨はこれほどの化け物と言うことなのだろう。だが、ここで怖気付くわけにはいかない!)」

 

 

ーー全集中 炎の呼吸 壱ノ型・不知火

 

 

体制を立て直し、目視の難しい速さで一瞬にして距離を詰めた杏寿郎は、その勢いのままに一夏に迫ったが

 

 

 

「………」

 

一夏はその場から動かずに杏寿郎の技を簡単に無効化した。

 

 

「っ⁉︎(受け流された⁉︎)」

 

 

一夏はそのまま杏寿郎に向け、木刀を振おうと構えを取ると、真上から気配を感知した。

 

 

「水の呼吸 捌ノ型・滝壷」

 

 

滝から流れ落ちる水流の斬撃が迫る。

 

 

一夏はその場からすぐに離れ距離を取る

 

 

「冨岡、無事だったか!」

 

 

「………」

 

義勇は無言のままだったが、隊服は土で所々汚れていた

 

 

「(冨岡さん、なんか怒ってる?)」

 

一夏は義勇の珍しい感情に少しだけ驚いていると、義勇が口を開く

 

 

「織斑、俺は今頭にきてる。体中猛烈に痛いからだ」

 

 

そんな義勇の言葉に対し、杏寿郎も少し驚いていた。

 

 

「(やっぱり怒っていたかか、珍しいこともあるんだな)」

 

「煉獄、(上手く合わせろ)生半可でかかれば(俺たちはすぐに)やられる」

 

「承知した!」

 

 

ーー水の呼吸 参ノ型・流流舞い

 

ーー炎の呼吸 拾ノ型・加具土命・龍焔

 

 

二人は水と炎、同時に技を繰り出し、撹乱させながら木刀を振るう。一夏は透き通る世界で二人の攻撃を受け流し、必要最低限の動きで避けていく

 

「(攻撃が……!)」

 

「(全て見切られている!これは透き通る世界だけではない!まるで……どこにどう来るのか見抜かれているこの感じ…!)」

 

 

義勇は柱二人がかりで攻撃をしても、全く一夏には通じない事に驚く、この二人も一夏により腕を上げているのは自覚出来るほどわかっていたが、一夏の本気に全く通用しなかった

 

 

杏寿郎も杏寿郎で、透き通る世界での練度も上げていたつもりが、一夏の早さについていくことができず木刀を振るう。

 

 

 

「水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き」

 

波紋の中心を狙うように一夏に突きを放ち、一夏は刀身で受け流し、木刀をを振るい、義勇はギリギリで一夏の攻撃を躱す

 

 

「肆ノ型・打ち潮」

 

潮の如く淀みない動きで斬撃を繋げ一夏に繰り出すも、全て避けられる。

 

 

「水の呼吸 改陸ノ型・ねじれ渦・流流」

 

回転し、その勢いを利用して斬りつけるも一夏は距離を取る。そのまま義勇に走りながら接近する

 

 

「全集中…水の呼吸・拾壱ノ型・凪」

 

刀の届く範囲内に入った対象全てを斬り刻む技だが、一夏は止まることなく迫り、居合の構えを取る

 

 

 

「日の呼吸改 烈日紅鏡・紅葉切り」

 

その場から一夏の姿が消えると、一夏はすでに義勇の背後に立っていた。

 

 

 

 

音を立てないその剣速は凄まじく、一夏は凪の隙を掻い潜り、義勇にすれ違いさま斬りつけたのだ。

 

義勇は一夏の動きが捉えられず、何をされたのかわからないまま地面に倒れ伏した

 

 

「冨岡!!(よもや、何をされた?全くわからなかった!!あの冨岡がいとも簡単に…!)」

 

 

「大丈夫だ。すぐに目を覚ますよう加減はしてある。後はお前だけだ、杏寿郎……」

 

 

「ッ⁉︎」

 

まるで別人と感じるような一夏の剣気、殺気にも近い感覚に杏寿郎はその場から動けなかった。無闇に動けば一瞬にしてやられるのは肌で感じずとも目に見えていた。

 

 

「(落ち着け!!俺は炎柱…煉獄杏寿郎!!この程度で怖気つけば無惨に勝つなど夢のまた夢だ!!)」

 

杏寿郎は自身を鼓舞し、木刀の柄に力を入れ、構えを取る

 

 

「炎の呼吸 絶技!」

 

 

杏寿郎は炎の闘気を纏う。しかし一夏から見る杏寿郎の闘気に変化があった

 

 

「(刃に纏う蒼い炎の闘気……成る程、更なる領域に踏み入れたか)」

 

 

「玖ノ型・煉獄!!」

 

その龍は今までの赤ではなく、蒼い炎へと開花していた。蒼炎の龍はそのまま一夏へ襲い掛かる。

 

 

「やっぱり凄い奴だよ…お前は」

 

 

一夏は居合の納刀するような構えを取る。

 

 

 

「──の呼吸・奥義」

 

一夏は神速の速さでその場から動き、斬り付ける。すると既に一夏は杏寿郎の背後に立っており、一夏は太刀の木刀を横に振るうと、杏寿郎はその場に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数十分たち、義勇がパチッと目を覚ました。

 

 

 

「……!」

 

ガバッと体を起こした義勇は、キョロキョロ辺りを見渡すと、自身の屋敷の和室に寝かされていることに気づく

 

 

すると、隣で膝を抱えるように座る一夏に気づいた。

 

 

「冨岡さん」

 

状況が掴めない義勇に気づいた一夏は話を始めた。

 

 

「織斑……そうか、俺は」

 

「身体の調子は如何ですか?痛みとかは何か違和感はありませんか?」

 

「……問題ない」

 

「よかったです」

 

「煉獄はどうした?」

 

「杏寿郎なら、先に目を覚まして「次もよろしく頼む!」と言って帰りました」

 

 

「そうか……」

 

 

「……冨岡さん、やっぱり何処か吹っ切れたようですね」

 

「……?」

 

「大方、炭治郎がきっかけになったのはわかりますが、おそらくあなたの兄弟弟子である錆兎さんが関係していたんですよね?」

 

 

「っ!何故お前が錆兎の名を…」

 

「真菰から聞いたのと、義勇が羽織っている半羽織で……」

 

「真菰の奴め……」

 

一夏は真菰から義勇の事は聞いており、もう一人の兄弟子である錆兎の事も聞いていた。義勇の羽織も半分は錆兎が着ていたものをそのまま使用しており、もう半分は義勇の姉からだ

 

「その様子だと、欠けていたもの、思い出したんですね…」

 

「ああ、思い出すたび頬に痛みを感じる……」

 

「そうですか……」

 

「その後稽古に参加しようと声をかけようとしたら、何故か炭治郎とざるそばの早食い勝負をすることになった…」

 

「ブフッ!!ざ、ざるそばの早食い勝負って……クフフ、アハハハハッ!!何をどうしたらそんな考えに辿り着いたんだ炭治郎のやつ…!」

 

 

一夏は炭治郎の予想外の行動に笑い出した。しばらく笑った一夏はなんとか落ち着きを取り戻す。

 

 

「ははは、ふぅ、やっと落ち着いた」

 

「織斑は(声を出して)笑う事もあるのだな」

 

「そう、ですね…しのぶからも珍しいなんて言われるくらいでしたから」

 

「そうか……」

 

「冨岡さん、久しぶりに結構話しますね…」

 

 

「俺は「元々よく話す以外でお願いします」………」

 

義勇は何も言えず、しばらく無言が続いたが、何かを思い出したのか口を開いたら

 

 

「織斑、一つ聞く。稽古の際にお前が見せた技、神気合一…と言ったか?あれはなんだ?」

 

「そう、ですね、杏寿郎には話せませんでしたけど、冨岡さんになら話しても良さそうです。長くなりますけど、聞きますか?」

 

「……構わない」

 

「わかりました。まず、俺自身についてお話しします」

 

一夏は自身の事、一夏の内にはもう一人の人物“継国縁壱”の生まれ変わりであり、内で宿っていることを話す。初めて参加した柱合会議の際は独自で編み出したと説明しているため、胡蝶姉妹しかこの事実は知らないのだ。

 

「始まりの呼吸の剣士の……」

 

「俺は柱稽古の間、個人稽古で…内面にいる彼と……一戦交えたんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想的な世界の中で、日による斬撃による剣撃が繰り広げられていた。

一人は焔の闘気を纏わせながら、もう一人は首元や額に陽炎の痣があり、互いに二振りの日輪刀を構えていた。

 

 

 

「日の呼吸 陸ノ型・日暈の龍 頭舞い」

 

「日の呼吸黒式・日影」

 

 

目視できる程の日の気を纏わせた二人は、苛烈な攻防を繰り広げている。

 

「日の呼吸 玖ノ型・輝輝恩光」

 

「日の呼吸・幻日虹」

 

日による攻撃を連続で残像と化し避ける侍、その場は張り詰めた空気が雷のように肌を刺激していた

 

 

 

 

 

その人物は現鬼殺隊日柱・織斑一夏と、一夏そっくりな姿をした継国縁壱だった。

 




あえて言いますと、一夏の繰り出した奥義は日の呼吸ではありません。


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終ノ型

色々と内容を考えた末、一夏と縁壱の闘いはここでやることに決まりました


幻想的な世界の中で、二人の剣士が熾烈を極めていた。

 

「日の呼吸黒式・炎陽紅焔」

 

「日の呼吸 肆ノ型・灼骨炎陽!」

 

 

二人のいる幻想的な世界は夜空が広がり、時すらわからないくらい二人は打ち合っていた。

 

片方は幻視ではなく、誰が見ても見える焔の闘気に覆われている剣士と、額と首元には陽炎の痣がある。

 

苛烈な攻防を繰り広げている。

 

「日の呼吸 参ノ型・烈日紅鏡」

 

「日の呼吸・炎舞」

 

日を纏わせた剣がぶつかり、火花が散る。姿が見えなくなると一瞬にして離れた場所に現れた、消えるの繰り返しで、もはや次元の違う戦いが繰り広げられていた。その様は視認するのが難しいほどである。

 

 

ーー日の呼吸黒式 伍ノ型・極赤夕焼

 

一夏日は陽華突を上回る超高速の突きを放つ。

 

 

「日の呼吸・灼骨陽炎」

 

縁壱は一夏の突きを日の渦で防御を取る。

 

 

 

本来極赤夕焼は黒式参ノ型・白日波濤を衝撃波として飛ばすのではなく、敢えて日輪刀に留めた状態で超高速の突きを放ち、刺した状態で焔を開放するという技だが、縁壱には通用しなかった。

 

この突き技の参考は、しのぶの蟲の呼吸『蜂牙ノ舞 真靡き』を元にした技だ。

ただ日輪刀に対する負荷が大き過ぎる故、あまり多く多発できず、刀身が砕けてしまう可能性もあるのだ。使用者より刀に負荷のかかる技だ。

 

 

「日の呼吸改・炎舞鳳凰」

 

「日の呼吸 炎舞鳳凰」

 

 

二人が放った鳳凰は刀身がぶつかると、互いを吹き飛ぶほどの衝撃波が発生する。

二人は吹き飛ばされながらもバランスを整え、衝撃を軽減し踏みとどまることに成功し、そして一夏はすぐさま攻撃を仕掛ける

 

 

「日の呼吸 壱ノ型・円舞」

 

──日の呼吸 ・円舞

 

一夏は上段から放たれる円舞を、縁壱は下から円舞を放つことにより斬撃を受け止める。

 

一夏が速して繰り出した円舞は簡単に受け止められ、刀の鍔競り合いとなる。

 

──日の呼吸黒式 白日波濤

 

縁壱はそのまま刀を弾き、右手に持っている日輪刀をその勢いで下から上へ刀を振るう。

 

──日の呼吸 拾壱ノ型・幻日虹

 

一夏は技で縁壱の攻撃を回避し、技を連続で繰り出す

 

 

「日の呼吸 拾ノ型・火車」

 

 

日暈の龍・頭舞い

 

飛輪陽炎

 

輝輝恩光

 

炎舞

 

 

二人は言葉は発さず、ただただ、刀の合わさる金属音を響かせていた

 

 

──日の呼吸改・陽華突・虚空

 

──日の呼吸・陽華突・虚空

 

 

二人は大砲並みの突きを放ち威力は互角、その間に縁壱は一夏に迫る

 

 

──日の呼吸・陽華突・龍王

 

神速の九連撃を放つ。

 

 

「日の呼吸黒式 弐ノ型・炎陽紅焔」

 

 

一夏は高速の炎の斬撃を放ち、凌く

 

ガキーン!と金属音が鳴り響く中、一瞬姿を消し、再び現すと同時に鍔迫り合いとなる。赫の刀身からは摩擦が起き、火花が弾ける

 

「はぁぁぁぁぁッ!!!」

 

「ふっ…!」

 

 

一夏は、縁壱の剣の重みを悟る。一夏も負けじと左に持っている刀を逆手に持ち変えた。

 

「日の呼吸 参ノ型・烈日紅鏡」

 

「日の呼吸・輝輝恩光」

 

「日の呼吸 拾ノ型・火車」

 

「日の呼吸・幻日虹」

 

縁壱は、迸る日の斬撃を、同じ日の斬撃で受け流す。一夏は技を立て続けに繰り出すも縁壱は残像と化し、攻撃を躱した。

 

──日の呼吸 㭭ノ型・飛輪陽炎

 

──日の呼吸・炎舞

 

──日の呼吸 拾弐ノ型・炎舞

 

 

縁壱が繰り出した炎舞を一夏も同じ技で相殺する。二人は距離を取り、体制を立て直すと、ほぼ同時に相手を錯乱するように左右に動き、刀を振るう。

 

──日の呼吸 参ノ型・烈日紅鏡

 

 

──日の呼吸・烈日紅鏡

 

 縁壱も同じ技で相殺した。互いに受け止めた刀の甲高い音が響く。刀を弾き、縁壱は刀を構える。

 

──日の呼吸・飛輪陽炎

 

揺らぎを加えた斬撃を放ち一夏は髪の毛スレスレでなんとか躱す。この技で少しだけ一夏の髪の毛が切れた

 

 

「(っ!ギリギリか……)」

 

 

ーー日の呼吸 漆ノ型・斜陽転身

 

躱しながら宙で身体の天地を入れ替えながら二刀を水平に刀を振るう

 

 

──日の呼吸・幻日虹

 

縁壱これを高速の捻りと回転により生まれる残像と化し回避した。

 

縁壱は距離を取り刀を構え直した途端羽織の袖に切り口が入った

 

「(!……羽織が)」

 

流石の縁壱もまさか羽織を切っていたとは思っていなかったのか、少しだけ目を見開き驚く。そして斬撃が止んだ瞬間、

 

──日の呼吸改・円舞一閃

 

 

一夏は鞘に納刀していたもう一振りの刀を逆手で握り、腰に刀を回して加速した。縁壱の刀を落とす為に右腕を狙い、一閃を放つが、縁壱は飛び上がって何とか躱し刀を振るう。一夏はそれに刀を打ち当て相殺させた。

 

縁壱は着地し、持ち前のバネのような体を駆使し、そのまま上るように剣技を繰り出す。

 

──日の呼吸・円舞

 

縁壱が斬り上げで放つ日の斬撃を、一夏は後方に移動して紙一重で躱す。それからも、お互いが譲らない攻防を延々と繰り広げていた。

 

 

 

「(あれから、どのくらい時間が経った……)」

 

「………」

 

二人は時間を忘れるほど剣を撃ち合っていた。

 

ここまで二人は数日は経っていると感じていた。

 

 

「日の呼吸改・円舞回天!」

 

「日の呼吸・斜陽転身」

 

一夏の円舞回天を縁壱は躱しながら宙で身体の天地を入れ替えた。それと同時に、水平に刀を振るい、相手の攻撃を躱しながらの鋭い一薙ぎを放ったが、一夏はそれを防ぐ。

 

──日の呼吸 弐ノ型・碧羅の天

 

一夏は防ぐのと同時に、そのまま腰を回す要領で空に二つの円を描く。縁壱がその威力に一旦距離を取った時、一夏は追撃を行う。

 

 

──日の呼吸 伍ノ型・陽華突

 

一夏は一振りの刀で縁壱に突きを放つが、縁壱は二振りの刀身で正面から受け止めた。そして縁壱は一夏の突きにより後方へ押し出されるも、何ともなかったように一夏を見据える。

 

そして二人の額には汗が流れ出ていた

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ、はぁ、ゴホッ、ゴホッ!」

 

一夏は息を立てて咳き込んでいた。今まで無我夢中で…時間すら忘れるほど縁壱と打ち合っていた。そして焔の闘気は薄れ始めていた

 

 

「ふぅ、ふぅー」

 

縁壱も息を立てていた。縁壱自身も疲れを見せる息を立てたのは記憶の中ではなかったはずだった。証拠に首元の痣も薄くなっていた

 

 

「(……あの様子だと、見えているようだな…日の呼吸の境地が)」

 

 

 

縁壱から見る一夏は集中力が異常に研ぎ澄まされていた。一夏から発される焔の闘気も更に練り上げられいた

 

 

「(今なら見える気がする…拾参ノ、その先が……)」

 

 

 

一夏は目を瞑る。そして二人は二振りの日輪刀を構え、同時に動き出し、双方の赫刀が振るわれる。

 

 

ーー円舞

 

ーー碧羅の天

 

ーー烈日紅鏡

 

ーー灼骨炎陽

 

ーー陽華突

 

ーー日暈の龍・頭舞い

 

 

「(もう一人の俺自身……か、今更ながら…変な感じだ)」

 

 

一夏は日の呼吸を壱ノ型から繋げながら、改めて自分が剣を交えている一夏の姿をした縁壱を見据える

 

 

 

 

 

ーー斜陽転身

 

ーー飛輪陽炎

 

ーー輝輝恩光

 

ーー 火車

 

ーー幻日虹

 

ーー炎舞

 

 

 

 

 

「(本来拾参ノ型は…円舞から炎舞、二つの『えんぶ』で円環する十二の型全てを連続で行うこで完成する型)」

 

 

一夏はここまで日の呼吸の極めてきたが、それで満足するような事はなかった。

 

それで一夏は思った、始まりがあるなら、終わり、「締めを括る型もあってもいいのかと…」それが始まりだった

 

日の呼吸の新たな型を編み出すのは他の呼吸よりも難易度もはるかに高い。

黒式の場合はどれも一撃必殺技級の型で、日の呼吸から派生し、戦いの幅を増やしたりすぎない

 

 

「(……一は全、全は一……)」

 

━━拾参ノ型・円環

 

そして一夏と縁壱は、日の呼吸の十二の型が円環を成し、太陽を夜の世界に顕現させる

 

 

自身の意識をさらに奥深く集中する。

 

 

「(縁壱さんは、誰もが同じ領域に踏み入れる。そう言っていた。確かに辿り着く場所は同じで、繋がっているかもしれない……けど、形は違う。 俺は……俺なりの形で…その高みを目指す)」

 

 

 

そして一夏は円環から違う構えを取り、縁壱はそのまま日の呼吸を継続し、刀身を一夏に目掛け振るう

 

 

 

「(……無明を斬り裂く閃火の日)」

 

 

 

 

そして……長い剣戟も…終わりを告げる

 

 

 

 

 

 

 

「日の呼吸 “終”ノ型━━」

 

 

 

閃火を纏った二振りの日輪刀で神速の連撃を浴びせ

 

 

 

 

 

 

 

 

「暁!」

 

 

 

二振りの日輪刀を納刀し、無明を切り裂き夜空を暁に染めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふふ、見事だ」

 

その途端縁壱の持っていた二振りの刀の刀身が砕け、縁壱は膝をつき、一夏から放たれた閃火の斬撃に笑みを浮かべる。すると縁壱の姿は一夏の姿から元の姿へ戻る

 

 

「…………」

 

 

そして一夏も焔の闘気を消失させ、縁壱に振り向くと、彼も一夏に歩み寄る

 

 

「お前自身の剣と力……しかと見届けた。暁…だったか?この夜空の広がる空間が…夜明けが訪れたような技だった」

 

「ありがとう、縁壱さん。あなたの日の呼吸全てと、俺自身の力が…今ようやく己が血肉となった気がする」

 

 

「そうか…本気で相手をした甲斐があると言うものだ」

 

縁壱は言葉を一夏にかけながら頭を優しく撫でた。すると縁壱の体は足下から粒子状になり消え始めた

 

 

 

「…………嗚呼、そうか」

 

「よ、縁壱さん、体が!?」

 

「…どうやら、私は消えるみたいだ。初めて会った時にも言ったが、いずれにせよ、私は消える存在。いつかは一夏と同化し、私と言う存在は消えるだろう…と」

 

「あ……」

 

一夏は初めて会った時のことを思い出しながらがら縁壱の言葉を聞く

 

 

「一夏」

 

「…なんですか?」

 

「兄上を討ってくれ。兄上を……鬼と人との、戦いを…終わらせて欲しい。兄上は、俺にとって…暗闇から光を照らしくれた太陽のような存在だった……」

 

「…わかりました」

 

すると縁壱の姿はどんどん薄れていく。

 

 

「俺の力と、記憶の全てを託す。鬼舞辻無惨を倒してくれ。今のお前と、仲間にしか…できないことだ」

 

「ああ、必ず…鬼と人との戦いを終わらせると、約束する」

 

 

「約束……か」

 

 

 

━━縁壱さん!後に繋ぎます。貴方に守られた命で…俺たちが!貴方は価値のない人なんかじゃない!!何も為せなかったなんて思わないで下さい!!そんなこと絶対誰にも言わせない!この耳飾りも日の呼吸も後世に伝える、約束します!!

 

 

 

 

一夏の言葉に縁壱は炭吉の言葉を思い出す。

 

 

「ありがとう、一夏」

 

 

縁壱の姿はどんどん薄くなっていくが、縁壱は一夏の心臓あたりに手を添える

 

 

「最後に、珠世に伝えてはくれぬか?俺の約束を…数百年も守ったこと……ありがとう、と」

 

 

 

そして縁壱は消え、その光の粒子は一夏に吸い込まれるように消えていった

 

 

 

 

「ああ、しっかり伝えるよ…縁壱さん」

 

 

 

一夏は瞑っていた目を開けると、左眼は金色の瞳に変化していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これが神気合一を編み出した経緯です」

 

「そうか、お前の(瞳の)変化もそれで…」

 

一夏は自身の変化について義勇に話し、ようやく終えた

 

「縁壱さんの記憶も混じってしまっていますけど、俺は俺です。みなさんが知っている織斑一夏には、変わりはありませんから…」

 

 

「そうか……」

 

義勇は納得するようにこれ以上は追求はしてこなかった

 

「さて、話はこれまでにして、そろそろ日が暮れます。話を聞いてくれたお礼に、夕食でも食べにいきませんか?俺の奢りで…」

 

「いいのか?」

 

「はい」

 

 

「(鮭大根が)美味しい店を知っている。そこに行こう」

 

「わかりました。いきましょうか、それにしても本当に好きですね、鮭大根…」

 

「俺の好物だ」

 

義勇はムフフと言わんばかりに笑みを浮かべ、新しい表情を見た一夏は

 

 

「(冨岡さん、本当に変わりましたね)」

 

 

 

 

義勇の変化にうれしく思いつつ、一夏は鎹鴉のブイに夕食は済ませて帰るとアオイに伝えるように頼んだのち、義勇が勧た店で食事を取り、義勇と同じ鮭大根を頼み食事をすませるのだった

 




今回ガイア・ティアマートさんの黒式 伍ノ型・極赤夕焼と

投票数の多かった白銀刀さんの日の呼吸 終ノ型・暁を出しました。

アイディアありがとうございました!



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嵐の無限打ち込み稽古

「炭治郎、お前は一体何をやったんだ?」

 

「アイダダダダダダ!!い、一夏さん!一夏さん!話を…!」

 

とある一室にて炭治郎は一夏から脳天締め(アイアンクロー)食らっていた

 

「既に善逸から事情は聞いたが、見た時は地獄絵図のような光景だったぞ」

 

「あの!一夏さん!こ、これ以上は!あ"…頭がぁ!!」

 

 

 

 

時は数時間前に遡る

 

 

 

 

恋柱の稽古を終わらせた炭治郎は不死川邸へと向かっていた。

 

 

「えーと、不死川さんの道場 こっちだっけ?」

 

「違ウ!!ソコノ角ヲ右ダ!!鳥頭!!」

 

鳥に鳥頭と言われながらも、気にすることなく前を向く炭治郎は鴉の指示に従いながら進む

 

 

「ああ、あそこを右ね!」

 

 

そんな時だった。

 

──ヌ゙ッ

 

 

突然、炭治郎の視界いっぱいに 人の顔が現れた。

 

あまりの一瞬のことで、人の気配を嗅ぎ取れていなかった炭治郎は、思わず大声を出して飛び上がった。

 

 

「うわあああああ!!」

 

 

その光景はホラーと言ってもおかしくないものだったが、すぐに見知った人物だと言うことに気がづいた。

 

 

「あああああ、善逸!?」

 

 

すると、善逸は炭治郎に飛び付いて乞い始めた。

 

 

「ににににに、逃がしてくれェェェ、炭治郎炭治郎何卒!!」

 

 

そんな今にも目が飛び出しそうな血眼状態の善逸の言葉に、炭治郎は小首を傾げた。

 

「逃げる?一体何から?」

 

今は、鬼の出没も止んでる上に、時刻は昼前。追手の検討がつかず、聞き返す炭治郎の疑問に対し、心に余裕の無い善逸は 震えながら必死に置かれた状況を説明する。

 

 

「ややや、やっとここまで逃げてきたんだ。塀を這ってきたんだ、気配を消してヤモリのように、命にかかわる、殺されるっ!!」

 

「あっ」

 

 

──ガシッ

 

そんな善逸の背後に忍び寄る影と炭治郎の言葉とほぼ同時に、善逸は頭を掴まれた。

 

善逸を追いかけてきた人物の、殺気に近い怒気を含んだ空気が ビリビリと体に伝わり、これには善逸だけでなく炭治郎も目玉が飛び出るほど見開いた。

 

 

 

 

選べェ、訓練に戻るか俺に殺されるか

 

「ギャア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」

 

 

 汚い高音を発しながら、善逸は精一杯炭治郎に抱きつく。

 

 

「勘弁してェェェ!!」

 

「おちついて」

 

「ギャッ!!ギャモッ!!ギャアアアアンヌ!!!!」

 

 

 汚い高音で悲鳴を上げ続ける善逸に対し、痺れを切らした実弥は、怒号と共に善逸の首の後ろへ手刀を入れた。

 

 

「うるさい!」

 

「げうっ⁉︎」

 

手刀を入れられ、気絶してしまった善逸。そんな彼を支える炭治郎へ、実弥はぶっきらぼうに 声をかけた。

 

 

「運べ」

 

「あ、はいっ」

 

 

 従わなければ どうなるか即座に悟った炭治郎は、返事を返すと善逸を背負った。

 

 

「(ごめんな、善逸。一緒に頑張ろうな)」

 

 

 そして、実弥の少し後ろを歩きながら 炭治郎は挨拶をするために口を開く。

 

 

「ご無沙汰しています。今日から訓練に参加させてもらいます、よろしくお願いします!」

 

 

 そんな炭治郎を、実弥はギロッと睨みつける。

 

 

「調子乗んなよォ、一夏のやろォの継子だからって俺はテメェを認めてねぇからなァ」

 

「全然大丈夫です!俺も貴方を認めてないので!未遂とはいえ、禰豆子刺そうとしたんで!」

 

 

 そんな実弥に対し、炭治郎もキリッと答え、不死川邸へと向かう。

言いたいことを言え、すっきりした顔のまま進む炭治郎の後ろ姿を見ながら、実弥は苛々を募らせた。

 

 

「いい度胸だ……心置きなく()れそうだァ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ!」

 

 

「オラオラァ!んなもんかテメェの実力はよォ!!」

 

 

 

不死川さんの訓練は、善逸がああなるのも分かるキツさだった。

 

とにかく不死川さんに斬りかかっていくという、単純な打ち込み稽古だったが、反吐をぶちまけて失神するまでが一区切りで、それまで休憩なしだった。伊黒さんですら もっと休憩くれた。

 

 

善逸は目覚めると、親の仇の如く俺を責めた。余計な攻撃を喰らった気もするけど…

 

 

不死川さんは、特に俺への当たりが強く、一瞬でも気を抜いたら大怪我して治療に逆戻りだ。今までの経験でなんとか動きは見え、攻撃を受け流せる。負けじと反撃もするが…不死川さんには一撃も当てる事が出来ない。

 

一夏さんから、不死川さんとは時折稽古をするくらいの仲と聞いてるだけあって強い。俺は見えてるけど、そこらの隊士なんて何が起こったかわからないまま地に倒れ伏したり、宙へと舞ってしまってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

柱稽古を始めて数時間、炭治郎は疲労困憊な表情で厠から出てきた。

 

 

「(初日でこの内容、善逸が逃げたがるのもわかる気がする……でも、これも実際よく考えられてる。長期戦を想定した実戦形式の訓練……当たりが俺にだけ強いのは心当たりはあるけど、頑張ろう!)」

 

今になって善逸の気持ちを理解し前向きに考えながら歩き訓練場へと戻る炭治郎の耳に、話し声が聞こえてきた。

 

 

「待ってくれよ、兄貴」

 

 

「(この声、玄弥の声)」

 

 

 炭治郎は その声に、聞き覚えがあった。クンクンと匂いを嗅ぎながら、声のする方へ向かう炭治郎。その先に、玄弥と実弥が立っていた。

 

 

「話したいことがあるんだ…」

 

 

 懸命に言葉をかけて、繋ぎ止めようとする玄弥。そんな彼に対し、青筋を浮かべ睨む実弥。

 

 

「しつけぇんだよ、俺には弟なんていねェ。いい加減にしねぇとぶち殺すぞォ」

 

「………」

 

 

そんな実弥の辛辣な言葉に、青ざめ言葉を失う玄弥。更に、そんな玄弥を実弥が追い立てる。

 

 

「馴れ馴れしく話かけてんじゃアねぇぞ。それからテメェは見た所、何の才能もねぇから 鬼殺隊辞めろォ。 呼吸も使えないような奴が、剣士を名乗ってんじゃねぇ」

 

「………そんな……」

 

 

 今までの努力を無にする、兄からの悲しい言葉。そんな言葉に、言い返すことが出来ない玄弥。

 

 

「(う、うちの兄妹喧嘩と全然違う)」

 

 

 そんな実弥の言葉に、二人のやり取りを聞いていた炭治郎でさえ、顔を青ざめる。すると、玄弥が無言になったためか、実弥は玄弥に背中を向けた。そのまま立ち去る兄を、なんとか引き止めようと 玄弥が懸命に言葉を紡ぐ。

 

 

「ま…待ってくれよ兄貴、ずっと俺は兄貴に謝りたくて…」

 

「(頑張れ玄弥、玄弥負けるな!)」

 

そんな彼の背中へ、気配を消して見守る炭治郎も懸命に応援する。

 

 

「心底どうでもいいわ、失せろォ」

 

そんな炭治郎の応援も虚しく、実弥はアッサリと切り捨てた。

 

 

ずっと、兄に謝りたいと思っていた玄弥。謝って、もし許してもらえれば、また昔のように笑いかけてくれると思っていた。だからこそ、柱である兄に近づけるように努力してきた。そんな玄弥の気持ちを、ことごとく切り捨てる実弥の背中を見ながら、玄弥は泣きそうな顔で声を漏らした。

 

 

「そんな…俺…鬼を喰ってまで…戦ってきたんだぜ…」

 

 

ポロっと出た玄弥の一言。鬼を喰ってまで戦ってきた、その言葉に、これには実弥も表情を変えた。そのまま足を止めると、玄弥の方を振り返った。

 

 

「何だとォ?今、何つった? テメェ・・・・・・」

 

次第に広がる怒りと言う名の威圧感。

 

「鬼をォ?喰っただとォ?」

 

「(っ⁉︎まずい!あの匂い、本気だ!!)」

 

その瞬間。実弥が風を揺らす前に動いた。それをまずいと感じた炭治郎も同時に動き出した

 

 

「(消え…?)」

 

「玄弥!」

 

 

実弥の動きに気付いた炭治郎が、急いで飛び出した。次に玄弥が目にした景色は、自分の目へ向かってくる指。

 

その指が実弥の指だと理解するよりも先に、炭治郎によって体勢が崩された。そんな玄弥の目を狙った実弥の指は、玄弥の頬を横切った。

何とか玄弥は無傷ですみ、そのままの勢いで障子を破りながら 炭治郎達は外へと転がり出た。

 

 

 

「うわあああああ!!」

 

ドゴオッとその音には、誰よりも音に敏感な善逸が飛び上がって驚いた。

 

 

「戻ってきた、戻ってきた!! 血も涙もない男が!伏せろ、失神したふりだ!!」

 

 

 慌てて他の隊士達と共に失神したふりをする善逸。けれども、いつもと様子が違うことに気づいた善逸は、恐る恐る顔をあげた。

 

 すると、目の前に居たのは実弥ではなく 炭治郎と玄弥だった。

 

 

「あれっ? 炭治郎か?」

 

 

 一瞬、ほっとしたのも束の間。実弥のいない所で、炭治郎達が障子を蹴破って出てきたと言う目の前の状況に、善逸の方が顔を青ざめた。

 

 

「(えええーーー!?殺されるぞ炭治郎、何してんだ 建物ぶっ壊して…)」

 

 

 すると、すかさず炭治郎が声をあげた。

 

 

「やめてください!」

 

 

 玄弥を庇うように仕草の炭治郎。そんな彼へ一歩ずつミシ、ミシと床の軋む音だけが、妙に響く。

 

 

「!?」

 

その中に善逸しか聞き取れない混じる異様な音。

 

 

「(何だこの捻じ曲がった禍々しい音は…)」

 

 

 その音の正体を、善逸はすぐに理解した。吹き飛んだ障子の所から出てきた顔に、善逸は更に顔を青ざめた。

 

 

「(うわあああああ!!おっさんが暴れてんのね!!稽古場じゃない所でもボコられるのかよ!!)」

 

 

 青ざめる善逸。そんな異様な空気の中、炭治郎が声をあげた。

 

 

「どういうつもりですか!!玄弥を殺す気か⁉︎」

 

「殺しゃしねぇよォ。殺すのは簡単だが、隊律違反だしよォ」

 

そう言いながら、縁側からトンッと実弥が降りてきた。

 

 

「再起不能にすんだよォ。ただしなァ、今すぐ鬼殺隊を辞めるなら許してやる」

 

 

 玄弥の話を聞こうとしない一方的な態度。これには、さすがの炭治郎も怒鳴り始める。

 

 

「ふざけんな!!あなたにそこまでする権利ないだろ!!辞めるのを強要するな!」

 

 

 完全に怒りの沸点を越えた炭治郎は、実弥を睨み付けながら言葉を続ける。

 

 

「さっき、弟なんかいないって言っただろうが!!玄弥が何を選択したって口出しするな!才が有ろうが無かろうが、命を懸けて鬼と戦うと決めてんだ、兄貴じゃないと言うんなら、絶対に俺は玄弥の邪魔をさせない!!玄弥がいなきゃ、上弦には勝てなかった!!再起不能なんかに させるもんか!!」

 

 

 炭治郎の言葉に、ぴきぴきと青筋を立てていた実弥もまた、ギロッと炭治郎を睨み付けた。

 

 

「そうかよォ。一夏の継子だから多めに見ていたが、決めたぜぇ、まずテメェから再起不能だ」

 

 

 ジリジリと詰め寄る実弥。少しとはいえ、実弥の稽古を受けていた炭治郎は、その動きを見逃さないよう 目を見張った。

 

 

「(来るぞ…来る…)」

 

 

 その瞬間。音もなく実弥が間合いを詰めてきた。そのまま、炭治郎の鳩尾を狙って拳を振り上げる。

 

 

ドスッと鈍い音が鳴り、瞬く間に拳が鳩尾へと入ったように見えたが

 

「嘘だろ!!?」

 

 

 けれど、周りの反応に対し、違う反応を見せたのは実弥の方だった。

 

 

「(コイツ!!)」

 

 

その拳を炭治郎が余裕で受け止めていた。これには実弥も思わず目を見開く。

 

 

「(止めやがった!!今のは一夏の奴と相手にするときの動きだぞォ⁉︎)」

 

 

そんな実弥へ、今度は炭治郎が反撃する。

 

 

「ふんがァ!」

 

「!!」

 

 

そのままの炭治郎は実弥の腕を掴み綺麗に持ち上げ実弥を地面へと叩きつけた

 

これには善逸も目玉が飛び出す勢いで驚いた。

 

 

「(背負い投げ〜〜!!マジか⁉︎一本入れたァァァ!!)」

 

 

しかし、即座に体勢を立て直した実弥によって、炭治郎の体は宙へと投げ飛ばされた。

 

 

投げ飛ばされた炭治郎は、すぐ体勢を整えながら着地し、善逸の方を見ながら叫んだ。

 

 

「善逸ーーーーっ!!!玄弥を逃がしてくれ、頼む!!」

 

 

 炭治郎からのド直球の指名に、善逸は真っ青になりながら心の中で文句を言いまくった。

 

「(ちょっ…バッ、バカお前…バカ!!名前呼ぶなバカ!!もっと上手いこと合図出来るだろう!!)」

 

 

 そんな善逸の心などお構い無しに、実弥の炭治郎への猛追は止むことはない。その事に、いち早く気づいた玄弥が思わ叫んだ。

 

 

「炭治郎!!」

 

 

「っ⁉︎」 

 

ーー日の呼吸・幻日虹

 

 

善逸へ合図するのに一瞬隙を見せた炭治郎へ、実弥がしゃがんだ体勢から蹴りを入れる。

 

玄弥が叫んだこともあり、炭治郎は回避技を行い、そのまま距離をとる

 

 

「(なんで速さだ!!もし食らっていたら目を切られてた!!)」

 

 

先程の実弥の蹴りは顔面を狙い、しかも完全に目を潰すつもりで放ってきた。

炭治郎は一夏から日の呼吸だけではなく、戦いの際武器を失った時の対策もしていた。そんな炭治郎に対し、完全に切れた実弥は 怒りの矛先が完全に玄弥から炭治郎へと切り替わった。

 

 

「いい度胸ォしてるぜテメェはァ。死にてェようだから、お望み通りに殺してやるよォ」

 

 

「待ってくれ兄貴、炭治郎は関係ない!」

 

そんな実弥を止めようと、玄弥が必死に叫ぶその時だった。

 

「うわっ」

 

急に腕を引かれた玄弥は、思わず声をあげた。そのまま、玄弥の腕を引きながら その場を離れる善逸に対し、玄弥は抗議する。

 

 

「誰だお前、離せよ!!」

 

「揉めてる人間は 蹴散らすといいんだ、距離を取る!!」

 

 

 そうは言っても、相手は血も涙もないと善逸が言うほど容赦しない実弥。弟にすら牙を向こうとした兄を持つ玄弥に対して、青ざめた顔のまま、善逸は同情の声をかけた。

 

 

「アレお前の兄貴かよ!?完全に異常者じゃん、お気の毒に……」

 

 

しかし、玄弥にその言葉は逆効果でしかなかった。

 

 

「俺の兄貴を侮辱すんなぁ!!」

 

「アベシ⁉︎俺、味方なのに!!」

 

 

玄弥に殴られ吹き飛ぶ善逸。

 

 

「うわっ⁉︎ぜ、善逸⁉︎どうしたんだいったい…」

 

「お、織斑さん⁉︎」 

 

玄弥は殴り飛ばされピクピクしながら倒れている善逸の側に、丁度曲がり角から風呂敷を手に持ち、びっくりした様子の日柱の一夏が姿を現した。

 

「玄弥、これいったいどう言う事だ?なんで君がここにいる?悲鳴嶼さんからも実弥さんとの接触は許されていないはずだろ?」

 

「そ、その……」

 

「い、一夏さん、そ、それより、し、不死、川邸に…行ってください…」

 

「実弥さんの所に?いったいなにがあった…」

 

殴られた善逸は一夏になんとか事情を説明し、内容を聞いた一夏はため息を吐き、不死川邸へと向かう。

 

 

 

 

二人の殴り合いは熾烈を繰り広げていた。

 

そんな二人を皮切りに、この乱闘の中へ他の隊士達も立ち向かっていった。あるものは今までの鬱憤が溜まった腹いせに。また、別のものは乱闘を必死に止めようと奮闘するも、まるでゴミのように簡単に吹き飛ばされてしまう。そして互いに一撃一撃を喰らわせており、実弥の口元には切り傷ができ、軽く出血していた。

 

その光景は地獄絵図だった。

 

 

「ぺっ、まだまだ動けるだろォ、死に損ない?」

 

「当たり前だ!!」

 

血の混じった唾を吐く実弥と顔が腫れている炭治郎は同時に駆け出す2人両者は雌雄を決するべく互いの一撃を打ち出した。

 

「日の呼吸無手の型・陽華突!」

 

 

「風の呼吸無手の型… 塵旋風・削ぎィ!!」

 

 

 

 

 

 

「そこまでだ」 

 

 

 

2人の間に突如姿を表した一夏

 

「一夏!?テメェ退きやがれェ!!」

 

「い、一夏さ…」

 

 

一夏は動じることなく対処する。勢いよく突っ込んできた2人の右手首を掴み取り、二人の勢いを殺すことなく両者を逆方向へと投げ飛ばした。

 

実弥と炭治郎は一夏に投げ飛ばされ、実弥は近くにあった庭の池に、炭治郎に至っては木造の塀に頭から突っ込んでしまい頭のみが外に貫通してしまった。

 

 

「ぷはぁ!テメェ…何のつもりだ一夏ァ?」

 

池から上がってきた実弥は一夏に圧を向けるが、一夏は動じる事なく炭治郎の方へ向かい、頭を塀から引っ張り出す。

 

「い、一夏さん…ど、どうしてここに」

 

「うん、頭に異常はなさそうだな。俺はカナ姉から届け物を頼まれてここにきただけだ…そしたらこの状況…」

 

一夏は透き通る世界で炭治郎の脳に異常はないとわかるとすぐに辺りを見渡す。周囲には泡を吹いて白目を向け倒れている隊士達で溢れかえっていた。

 

 

「実弥さん、一室お借りしてもよろしいですか?」

 

「待てや、テメェ勝手に「よろしいですね?」……」

 

実弥は一夏の表情に言葉が詰まった。一夏の表情は笑っているようで凄い圧が向けられていた。

 

「あ、あの、一夏さっ⁉︎」

 

一夏は炭治郎の頭を鷲掴みにすると、その頭がなってはいけないほどの音が鳴り始める。

 

「イダダダダダダッ⁉︎い、一夏さん!な、なんでぇ⁉︎」

 

「お前はこっちだ。実弥さんも後で御小言は覚悟しておいてください…流石にこれは無視はできませんからね」

 

そのあと頭を鷲掴みにされた炭治郎は屋敷の中へ連れ込まれ、屋敷内からは悲鳴や何かが軋む音が響き渡った。



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