仮面ライダーツルギ・外伝 ~甲賀、見参~ (ロンギヌス)
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第1話 失った者
今回は大ちゃんネオさんが執筆する作品『仮面ライダーツルギ』のオリジナルライダー募集で採用して頂いた、【
物語自体はそこまで長く書いていく訳ではありませんが、本作を読んで頂く事で、少しでも大ちゃんネオさんの『仮面ライダーツルギ』の物語を楽しむのに役立てて貰えたら嬉しいなと思っています。
それではどうぞ。
始まりは、一瞬だった。
気付けば私は、空を見上げていた。
雲一つ存在しない、青く広がる空を。
私はただ、見上げていた。
『君、大丈夫か!? しっかりするんだ!!』
『誰か、急いで救急車を……!!』
『樹ちゃん、しっかりして!! 樹ちゃん!!』
いろんな人の声が聞こえる。
薄ぼんやりとした視界の中、いろんな人が、私に呼びかけてきているような気がした。
それを認識した時、私はようやく、自分が今置かれている状況に気が付いた。
どうしてだろう、体が動かない。
どうしてだろう、体中が痛い。
どうしてだろう、友達の泣いている声がする。
どうして……あぁ、そっか。
私、事故に遭ったんだ。
そう、あの日あの時だった。
私の運命が、全てが狂い始めたのは……
「―――ふあぁ」
聖山高等学校。全校生徒が千人近くにまで及ぶこの学園は現在、授業が行われている時間帯だった。
右手にチョーク、左手に教科書を持った数学の教師が、黒板に白いチョークを走らせている中、生徒達はその授業内容を真面目にノートに書きまとめている……かと思えば、実際はそうではない。
もちろん、真面目にノートを取っている生徒もいるにはいるが、居眠りしている生徒、教科書で見えないようにしてから読書している生徒、小さな声でお喋りをしている生徒などが大半だった。
そしてそれは、今回のお話の主役であるこの少女―――
(はぁ、授業だる……)
窓際の席に座っていた彼女は、教科書にノート、筆記用具など必要最低限の物は机に置いていたものの、教師のペラペラ喋っている言葉などまるで耳に入っていない。
こんな退屈な授業が早く終わらないものかと、堂々とあくびをかますほどだった。
窓の外に視線を移してみると、グラウンドでは他のクラスの生徒達が、体育の授業の一環としてサッカーをしているのが見えた。
二つのチームに分かれた生徒達が、たった一つのサッカーボールを奪い合う中、1人の男子生徒がサッカーボールを奪い取り、相手チームのゴール目掛けて勢い良く蹴り飛ばす。
大きく飛んだサッカーボールが、それを受け止めようとしたゴールキーパーの横をすり抜けていき、そのままサッカーゴールへと突っ込んでいった。
ふぅん、やるじゃん。
見事シュートを決めた男子生徒が、同じチームの生徒達と笑顔でハイタッチをしているその様子を、樹は心の中でそう呟きながら眺めていた。
(……皆、嬉しそう)
彼女の視線の先に映るのは、シュートを決め1点を取った男子生徒の姿。
彼は同じチームの生徒達の期待に応え、彼等を笑顔にしてみせた。
本人もまた、彼等と同じように笑ってみせていた。
その笑顔が、樹にとっては眩しく感じていた。
「―――峰、おい黒峰!」
「! はい」
ハッと気付いた樹が正面を向くと、教師が呆れた様子で小さく溜め息をついていた。
その様子から、何度も私の名前を呼んでいたのだろう。
周りからはクスクスと笑っている女子生徒の声も聞こえてきた。
「今は授業中なんだ。ちゃんとノート取ってるのか?」
「はぁい、取ってまーす」
「ほう、ならこの問題お前が解いてみろ。ちゃんとノート取ってるんだから解けるんだろう?」
(……めんどくさ)
教師がチョークで小突く黒板には、記号がいくつも並んだ難しそうな問題が書かれていた。
めんどくさそうな表情で席から立ち上がり、教師からチョークを受け取った樹は、黒板に書かれた問題の答えをわかりやすく正確に書き記してみせた。
「これで良いですか、先生」
「……あぁ、正解だ」
結構難しめの問題にしたつもりだったのだろうが、樹からすれば関係のない話だった。
あっさり解かれた事で口元が僅かに引き攣っている教師を放置し、問題が正解だった事に対して樹は特に喜ぶ様子も見せる事なく、スタスタと自分の席に戻っていく。
「はぁ、全く……あとは授業態度さえ良ければ、優等生として
「……」
本人は樹に聞こえないよう、小声で呟いたつもりだったのだろう。
しかしその教師の呟きを、樹は聞き逃さなかった。
(……んな期待されても困るし)
期待。
樹にとって、それは最も嫌いな言葉であり、最も重く感じる言葉でもあった。
「……はぁ、最悪」
誰かに期待されたくない。
彼女がそう思うようになったのは、果たしていつからだっただろうか。
樹がまだ明るい小学生だった頃から、彼女の家にはピアノが置かれていた。
そのピアノは元々、彼女の母親が趣味で弾いている物だったのだが、母親がピアノを弾いている姿を見て、樹もそれを真似しようと思ったのが全ての始まりだった。
母親からピアノの弾き方を教えて貰い、毎日ピアノの練習を繰り返し続けた樹は、いつしかその才能を開花させ、大人も顔負けの演奏を行えるようになっていった。
母親と父親は、そんな樹の事を心から誇りに思っていた。
樹もまた、二人が自分の演奏を褒めてくれる事を嬉しく思った。
もっとピアノが上手になれば、二人はもっと自分を褒めてくれる。
二人をもっと笑顔にしてあげられる。
そう思った樹はある時、両親に自身の夢を告げた。
『パパ、ママ、私ね。大きくなったら、世界一のピアニストになりたい!』
『せ、世界一のピアニストかぁ……流石にそれは難しいんじゃないか?』
『何言ってるのよあなた、樹なら絶対になれるわよ。ねぇ樹?』
『うん!』
『……わかった。パパとママも応援するから、練習いっぱい頑張るんだぞ』
『もちろん! 絶対なってみせるもん!』
それからというもの、樹はひたすらピアノの練習を繰り返し続けた。
おかげで、学校のクラスメイトとの付き合いも次第に減っていってしまった彼女だが、本人はそんな事など微塵も気にしていなかった。
やがて、ピアノのコンクールでも入賞してみせた彼女は、類い稀なる才能を秘めた天才ピアニスト少女として、テレビにも取り上げられ始めた。
プロの業界からも一目置かれるようになり、多くの人間から期待を寄せられるようになった。
樹の心は、大きな喜びに満ちていた。
この調子なら、夢が叶うまでそうかからないだろう。
父も、母も、そして樹自身も、そう信じて疑わなかった。
だからこそ。
その願いが踏みにじられた時の絶望も、樹にとってはとてつもなく大きい物だった。
『樹、大丈夫か!? しっかりしろ!!』
『お願い、死なないで樹……!!』
中学生となり、天才ピアニストへの道を歩み続けていた樹。
そんな彼女を突然襲ったのは……バイクによる轢き逃げ事故だった。
すぐに救急車が呼ばれ、医師達の迅速な対応もあったおかげで、樹は何とか一命を取り留める事ができた。
両親も、当初はその事に安堵していた……しかし。
『そんな、どうにかならないんですか!?』
黒峰家に告げられた医師の言葉は、あまりにも残酷過ぎる内容だった。
『……残念ですが。日常生活においては支障はなくとも、これまでのようにピアノを演奏するとなると……』
傷の後遺症が残った事が原因で、樹はピアノをまともに弾けない腕になってしまった。
その後遺症を治そうにも、莫大な手術代を支払えるほどの余裕は、今の黒峰家にはなかった。
世界一のピアニストになるという樹の夢は、こうも簡単に失われる事となってしまったのだ。
今まで夢への道を駆け上がろうとしていた樹にとって、その現実はとても受け入れられる物ではなかった。
『ッ……何で……どうしてよ……!!』
夢を諦め切れなかった樹は、何度もピアノを弾こうとした。
しかし最初は上手く弾けても、途中で指が上手く動かなくなり、それ以上の演奏ができなかった。
『動いて……動いてよ……お願いだから……ッ!!』
腕の包帯が赤い血で滲む中、樹は動かない指を無理やりにでも動かそうとした。
しかしどれだけ頑張っても、彼女の指は思い通りに動いてくれなかった。
苛立ちのあまり、樹が両手を鍵盤に強く叩きつけてしまうのも無理のない話と言えよう。
そんな彼女を必死に励ましたのは、ガーンと強く鳴り響く音を聞いて駆けつけてきた、父と母の二人だった。
『樹、もう良い、無理をするな!!』
『そうよ樹!! あなたは今まで、たくさん頑張ってきたじゃない!! その気持ちだけでも充分よ!!』
『充分……?』
その言葉は、樹にとって一番聞きたくない言葉だった。
『そんなはずない……そんなはずあるもんか!! だってまだ、あたしの夢は叶ってない!! 夢を叶えなきゃ、あたしは―――』
『樹ッ!!!』
それ以上、樹は言葉を発せなかった。
父と母が、樹の事を強く抱き締めたからだ。
『樹……ごめんな……ッ!! 俺達が、手術代を払えないばっかりに……!!』
『辛かったでしょう、樹……もう良いのよ……これ以上、無理はしないで……ッ!!』
『ッ……う、ぁ……うわぁぁぁぁぁぁぁん!!!』
樹はただ、泣き叫ぶ事しかできなかった。
夢を失った事だけじゃない。
父さんと母さんの期待に、応えてあげられなかった。
二人を笑顔にしてあげられなかった。
その無念が、樹の心に重くのしかかるようになってしまっていた。
それからだった。
彼女がピアノを弾けなくなったという事実はすぐ周囲に広まり、彼女に期待を寄せていた者達は皆、一斉に彼女への興味をなくしていった。
それ以降、樹が明るい表情を失っていくのも、そう時間はかからなかった。
これまで練習に使っていたピアノも、両親に頼んで売り払って貰う事にした。
ピアノを見るだけで、夢を失ったという事実を嫌でも思い知らされる。
それが嫌だったからこそ、樹はそうするしかできなかった。
それから月日が経ち、高校生となった樹が入学したのが、聖山高校だった。
授業中は退屈そうに過ごし、休み時間中は音楽を聴きながら過ごし、どの部活にも所属しない。
学校生活をただのんびり過ごしているだけの今の彼女に、かつての天才ピアニスト少女としての面影はなかった。
そんな彼女は今……誰もいない音楽室の中で、ただ1人静かに佇んでいた。
(あれ……あたし、何でまたここに……)
校舎が夕闇へと沈んでいく中、樹は無意識の内に、音楽室へとやって来ていた。
樹にとって、こんな事はこれが初めてではない。
これまでも何度か、音楽室に足を運んでしまう事があった。
そしてそのたびに、音楽室に置かれているピアノの目の前まで近付いている事がしょっちゅうだった。
何故だ。
もうかつての夢は失われた。
今更、こんな所に来る理由はないはずなのに。
それでも樹は、ピアノから離れる事ができなかった。
「ッ……何で……」
私は周りの人間達の期待に応えられなかった。
両親を、笑顔にしてあげられなかった。
そんな自分に、かつての夢を思い出す資格なんてない。
あっていいはずがないんだ。
樹は自分の心に、何度もそう言い聞かせる。
それなのに、彼女の体は動かなかった。
彼女はピアノを視界に映したまま、その目を逸らせなかった。
「何で……どうしてなの……あたしの夢は、もう……ッ!!」
夢なんて、必ずしも叶う訳じゃない。
理不尽な形で、夢を奪われる事だってあるのだ。
その事に、もっと早く気付くべきだった。
それに気付けていたなら、最初からあんな夢を抱く事なんてなかったのに。
そんな気持ちが、今もなお呪いとして、樹の心に残り続けていた。
そんな時だった。
やり切れない思いを抱きながら俯いていた彼女の耳に……謎の声が聞こえてきたのは。
「はーい皆さんこんばんは~! 私はアリス。鏡の国からやって来ました~♪」
「―――ッ!?」
突然聞こえて来た声に、思わず顔を上げる樹。
彼女の視界に入ったのは、音楽室の窓ガラス……その表面に映り込んだ1人の少女だった。
さらりと流れる絹のような髪。
見るものを惹き付ける大きな目。
そこらのアイドルなんて目じゃないであろう、どこかお淑やかな雰囲気さえ持っている美少女。
樹は一度後ろを振り返ってみた……が、後ろには誰もいない。
しかし窓ガラスには少女の姿が映っている。
樹はますます困惑を深めた。
「何……あんた、誰?」
「おぉっと、反応が思ったよりうっすーい! そこはもうちょっと驚いてくれてもいいでしょう!? ……と、そんな事はまぁ良いとして」
樹が思っていたほど驚きの反応を見せなかった事に対し、わざとらしくオーバーリアクションを見せたその少女―――アリスはコホンと咳き込んだ後、改めて笑顔を浮かべてみせた。
その不気味な笑顔に、樹は僅かながら警戒を強めた。
「黒峰樹さんですね? あなた、とても大きな願いを抱えていますねぇ」
「……急に何さ」
「いえいえ、誤魔化さなくて良いんですよぉ? 私にはわかります。自分はあくまでその願いを捨てようとしているつもりでいる。しかし、本当はかつての栄光を忘れられず、その願いを捨て切れないでいる」
「ッ……」
樹が息を呑む。
アリスから告げられた言葉が、彼女の心に突き刺さったからだ。
そんな樹の様子に構わず、アリスは続けた。
「そんなあなたに朗報! 実はですね、かつてあなたが失ったその願いを、再び叶えられるようにする為の方法が存在しま~す♪」
「!?」
「その方法は実に簡単!」
「あなたもなっちゃえば良いのです……“仮面ライダー”にね♡」
運命の歯車は、再び狂い始める。
To be continued……
今回は樹ちゃんが仮面ライダーとなる前のお話。
彼女が仮面ライダー甲賀として戦うのはまた次回になります。
お楽しみに。
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第2話 戦う者
今回はツルギ本編の『?-5 騎士乱舞』にて繰り広げられた、仮面ライダー甲賀vs仮面ライダーカノン(考案:人見知り様)の本格的な戦闘シーンを描いてみました。
それではどうぞ!
鏡の世界、ミラーワールド。
全てが左右反転したこの異世界には、本来なら生物など存在しないはずだった。
しかし、ある少女が戦いの開始を宣言。
それにより、このミラーワールドで壮絶な戦いが始まってしまうのだった。
雲一つない、満月の夜……
「危ない!!」
「うわっ……!?」
ミラーワールド、聖山港の埠頭エリア。
複数並んだコンテナ、貨物を吊り上げる為の巨大クレーンなどが存在するこのエリアで、既にライダー達の戦いは始まっていた。
ある巨大クレーンの上では、一人のライダーが地上にいるライダー達を狙い撃とうとしていた。
地上で狙われている二人のライダーの内、青いライダー“アイズ”が狙撃して来るライダーの位置を特定してから、もう一人の白いライダー“ツルギ”を突き飛ばし、銃弾が地面に着弾する。
「へぇ。目がいいんだ。あの青いの」
クレーンの上から二人を狙撃していた、藍色のアンダースーツに艶消しの黒の鎧が特徴的なライダー“カノン”は仮面の下で笑みを浮かべ、自身が構えていた銃のスコープを覗き込む。
覗き込んだスコープに映っているのは、こちらを見上げながら武器を構えているアイズの姿。
月明かりがあるとはいえ、こんな真っ暗な中でよくこちらの居場所を把握できたものだと、カノンは少しだけ感心した様子で銃の引き鉄に指をかけ、そして狙撃する。
アイズには華麗に避けられたが、もう一人のツルギはと言うと、とにかく銃弾を回避するので精一杯といった様子であり、先程から彼の足元を銃弾が何発も掠めている。
見たところ、狙いやすいのはあの白いライダーの方か。
ボディが白い分、この暗い夜でも位置を把握しやすいと判断したカノンは、ツルギの方に対して銃撃の回数を増やしつつ、さりげなくアイズの方も狙うといった形で、二人を一方的に翻弄し続けていた……その時。
「!? ぐっ……!!」
スコープを覗き込んでいたカノンの背中に突如、強い衝撃が襲い掛かった。
それなりに強めの衝撃を受けたカノンは体勢が崩れ、すぐに後ろに振り返る……が、後ろには何もいない。
「な、何が……!?」
困惑した様子で周囲を何度も見渡すカノン。
その時、カノンを照らしていた月明かりがフッと消え、それによってカノンはようやく気付く事ができた。
何者かが、宙を高く跳び上がっている。
驚くカノンを前に、そのライダーは空中でクルクル回転しながら、カノンが立っているクレーンの向かい側にある別のクレーンへとシュタッと着地、その場で静かに立ち上がる。
(ッ……忍者……?)
深緑色のボディを持ち、黒いマフラーを風に靡かせたそのライダーは、まるで忍者のようだった。
「結構動けるもんだね、変身しただけで」
気怠そうな様子で、拳を握り締める動作を何度か繰り返したそのライダー“
「あなたもライダーなんでしょ? ライダー同士はさぁ……殺し合うんでしょ!!」
「……ッ!!」
甲賀がクレーンから跳躍し、それを見たカノンが素早く銃口を向ける。
再び発せられる銃声を合図に、ライダーの戦いは激化していく。
時は遡り、聖山高校校舎の音楽室……
「……仮面ライダー?」
樹の前に突然現れた謎の少女―――アリスの口から告げられた、仮面ライダーという名前。
樹はその名前に聞き覚えがあった。
ここ最近新しく噂になり始めている、鏡の中に存在しているとされる異なる世界。
そこに巣食う怪物達が、獲物と見なした人間を捕食し、それにより失踪する人間が絶えずにいた。
その怪物達と戦っているのが、仮面で素顔を隠し、全身に鎧を纏った戦士……それが仮面ライダーだという。
以上が都市伝説の大まかな全容なのだが、樹はあくまで単なる都市伝説だと考え、これまでは興味すら全く抱いていなかった。
SNSやネットなどで出回っている情報に関しても、仮面ライダーを目撃しただとか、自分が仮面ライダーだとか、信憑性の薄い呟きばかりであり、後者に至っては樹も「馬鹿じゃないのコイツ」と思うくらいだった。
しかし、こうして非現実的な現象が目の前で起こっているとなれば、流石の彼女も考えは変わってくる。
「……そんなのになって、何をすれば良い訳?」
「うわぁ、ものすっごくテンションの低い人ですねぇ……まぁ何をするのかと言えば実にシンプル。仮面ライダーになって、ライダー同士で戦えば良いのです!」
「ライダー同士で……?」
「そう、いわば殺し合い。そしてライダーに選ばれるのは若い少女のみ。ライダー同士が戦い合い、最後の一人まで勝ち残る! どうです、シンプルイズベストでしょう?」
「……!」
殺し合い。
それを聞いて、樹は眉を顰めた。
突然現れて何を言い出すのかと思えば、仮面ライダーとかいうのになって、殺し合いをしろ?
ふざけてるのかと言いたくなる樹だったが、言う事はできなかった。
そのふざけているかのような発言をしている張本人が、明らかに普通の存在じゃない事。
そして何より、それを告げている時のアリスが、実に楽しそうで、胡散臭そうで、そしてとてつもなく不気味な笑顔を見せてきているからだ。
「もちろん、ただで戦わせるような事はないのでご安心を! もし最後の一人になるまで勝ち残る事ができたら、その時好きな願いを一つ、叶える事ができます!」
「……!?」
好きな願いを叶えられる。
樹が一番食いついたのはその発言だった。
樹の目が見開いたのを見て、アリスは口角を更に釣り上げる。
「どうですか? あなたにとっても、決して悪い話ではないはずです。あなたにもあるんでしょう? どんな手段を使ってでも、叶えてみせたい大切な願い事が」
「……あんたが何を知ってるのさ」
「私にはわかりますよぉ~? だってあなた、こうやって私の話を真面目に聞いている時点で、何か訳ありな事情を抱えてるって、自分で証明しちゃってるようなものじゃないですか~♪」
「ッ……!!」
樹の表情が歪む。
図星を突かれ、何も言えなくなった彼女にアリスはさらに畳みかける。
「まぁでも、別に断っちゃっても構わないんですよ~? こういうのはちゃんと、ご本人の了承も得ないといけませんからねぇ~♪」
「……いの」
「うん?」
その時だった。
アリスに不審そうな目を向けながら、樹が口を開いたのは。
「そのライダーになるのって、どうすれば良いの」
「……ほぉ。受けるんですね?」
アリスがニヤニヤ笑っている顔に妙な苛立ちを覚える樹だったが、そんな事は今はどうだって良い事。
彼女が先程告げた、最後に勝ち残った一人が叶えられる願い。
樹にとって、それは無視する訳にいかない話だった。
彼女にとって、夢を取り戻す最大のチャンスだったのだから。
「さっさと答えて。その仮面ライダーとやらになるのに、何をすれば良い訳?」
「……良いですねぇ、その目。私が見たかった目をしてますよぉ、今のあなた」
アリスは懐から取り出したある物を放り投げ、それを樹が両手でキャッチする。
「あなたがそれを手にした、今この瞬間……あなたの戦いは始まりました。もう後戻りはできませんよ~♪」
「……これが」
アリスから樹に投げ渡された物。
それは無地の、深緑色をしたカードデッキだった。
樹がこれを手にした時、アリスが悪魔のような笑顔を見せていた事を、樹は今後も忘れる事はないだろう。
そして現在……
「「―――はぁっ!!」」
聖山港のとある廃工場にて、掴み合いになった甲賀とカノンが天井を破壊し、その工場内部へと落下して地面に叩きつけられる。
普通の人間なら死んでもおかしくない衝撃なのだが、甲賀とカノンはピンピンした様子ですぐ立ち上がり、戦闘を再開する。
カノンが向けようとした銃を甲賀が蹴りつけ、逆に甲賀が振り下ろして来た忍者刀をカノンが屈んで回避。
そこから両者同時に左手で拳を突き出し、お互いに大きく吹き飛び地面を転がされる。
「へぇ……やるじゃない君、楽しくなってきたよ! 君、名前は?」
「……甲賀」
「ふぅん、変わった名前。アタシはカノン、よろしく。じゃあ存分に楽しもうよ、この最高のゲームをさ!」
「……ゲーム、ねぇ」
テンションの上がってきたカノンが銃を連射する中、逆に甲賀は低いテンションのまま、素早い身のこなしで工場内を駆け抜ける。
銃弾が次々と飛んで来る中、甲賀は工場内部のあちこちに存在するドラム缶や木箱、金網などの障害物を利用し、カノンの銃撃を華麗に回避していく。
銃弾がなかなか当たらず、カノンは小さく舌打ちしながら銃の装填口を開き、カードデッキから引き抜いたカードを装填する。
「チィ、すばしっこい!!」
≪SHOOT VENT≫
「ッ……!!」
カノンはトカゲの頭部を模した大型のランチャーを召喚し、甲賀の走ろうとしている方角を先読みして砲弾を発射。
爆発に怯んで動きが止まる甲賀だったが、彼女もすぐに忍者刀の装填口にカードを装填する。
≪TRICK VENT≫
「「「ふっ……!!」」」
「おっとぉ!?」
電子音と共に、駆け出した甲賀の姿が三つに分かれ、分身が次々と生成されていく。
次々と分身を増やしていく甲賀に驚くカノンだったが、慌てずにランチャーを放り捨て、再び銃を構え直す。
「へぇ、君もそういうのできるんだ……でも負けないよ!」
障害物を利用し、死角からカノンに襲い掛かる甲賀の分身達だったが、それで簡単に追い詰められるほどカノンも甘くない。
カノンはその場に倒れ込みながら甲賀の攻撃を回避し、銃撃を決めて甲賀の分身を一人消滅させる。
そしてすぐに立ち上がったカノンは二人目の分身にも銃弾を命中させ、そこから順番に甲賀の分身達を攻撃しては、一人ずつ確実に消滅させていく。
そして最後の一人を消滅させるカノンだったが、そこで彼女は気付いた。
「? いない……」
いつの間にか、本物の甲賀は姿を消していた。
一体どこに隠れたのか、カノンは銃を構えながらゆっくりと工場内を探して回る。
周囲を何度も見渡しながら、真っ暗な工場内を探し続ける中……背後から僅かに感じ取れた気配に、カノンは素早く反応してみせた。
「はいそこぉ!!」
「うぁっ!?」
反射的に振り返ったカノンの銃撃が、背後から跳びかかろうとしていた甲賀の胸部に命中した。
体勢が崩れた甲賀が落下して地面に倒れ込み、そこにすかさずカノンが銃口を向ける。
「はい、残念でした」
「くっ……」
「分身を使うのは悪くない手だったけどさ、アタシに同じ手は二度も通じないよ。戦いの鉄則ね」
今回が初めての戦闘になる甲賀に対し、カノンはこれまでも何度か戦闘経験がある。
過去に同じような戦法を使って来るライダーがいたのか、その経験を活かしたカノンは甲賀の分身攻撃を冷静に対処し、あっという間に甲賀を追い詰めてみせた。
「じゃ、残念だけどお別れだね……さよなら」
せっかくライダーになったばかりなのだろうが、初心者相手だろうと情けをかけるつもりはない。
それがライダーバトルなのだからと、カノンは銃の引き鉄をゆっくり引こうとした……が。
シュルルルルッ
「ん?」
何かが巻き付く音がした。
何だろうと思い周囲を見渡すカノンだったが、自分の足元を見て気付いた。
自分の右足に、ピンク色の何かが巻き付いていた事に。
「なっ……うわぁ!?」
カノンが対処するより前に、巻きついていたピンク色の何かが彼女の右足を強く引っ張った。
引っ張られたカノンが空中で大きく回転しながら地面に倒れ込み、その際に彼女の手から銃が離れてしまう。
「今のは……!?」
「アタシのモンスター」
カノンが困惑する中、少し離れた所で立ち上がっていた甲賀が口を開く。
すると甲賀のすぐ隣に、1体のモンスターがシュタッと着地した。
「ゲコココココ……!」
深緑色のボディ、ピンク色の長い舌、そして背中に大型の手裏剣を装備した、蛙のような二足歩行型の怪物。
甲賀の契約モンスター“ステルスニーカー”は低く鳴きながらカノンを睨みつけ、再度暗闇の中へと身を潜める。
「ッ……なるほど、いつの間にか召喚してた訳ね」
甲賀がトリックベントで分身を生成した時の事である。
甲賀の分身達がカノンに襲い掛かっている間、本体はカノンに見えない所で、かつ彼女に聞かれないようにこっそりステルスニーカーを召喚していた。
そこからステルスニーカーを物陰に潜ませた後、カノンに隙ができるまで待機させていたのである。
「良いねぇ、ほんと面白いよ君。今回もまた、面白いゲームになりそうかも」
「……あのさぁ」
楽しそうに笑うカノンに対し、甲賀は今もなお気怠そうな口調のまま、静かに問いかけた。
「アンタ、この戦いをゲームだと思ってる訳?」
「うん? そうだけど、それが何?」
「……別に」
甲賀の問いかけに対し、カノンはそれが当たり前の事であるかのような態度で返す。
その返答に甲賀が黙り込み、質問の意図が読めないカノンは首を傾げた後、すぐに思考を切り替える事にした。
「今の質問に何の意味があったのか知らないけどさ……取り敢えず隙あり!」
「!? くっ……!!」
「ほらほら、せっかく楽しいゲームなんだから気を抜かない!」
銃を拾い上げたカノンがすかさず銃撃し、体を斜めに倒してギリギリ回避する甲賀。
構え直した忍者刀で銃弾を弾き、そこから再び二人のバトルが再開されようとした……その時。
ドガァァァァァン!!
「「ッ!?」」
突如、別方向から飛んで来た光弾が、甲賀とカノンの足元に着弾。
爆発の衝撃に対応できず、甲賀とカノンが同時に倒れ込む。
「何……!?」
「グルルルルル!!」
ドラム缶や木箱を押し退け、パイプ管を破壊しながら突っ込んで来たのは、イノシシのような怪物・ワイルドボーダー。
唸り声をあげながら突っ込んで来たワイルドボーダーの突進を、甲賀とカノンはそれぞれ左右に転がって攻撃を回避する。
「グルァ!!」
「「うわぁっ!?」」
しかしすぐに振り向いたワイルドボーダーが、胸部から光弾を発射して二人のいる地面を爆破。
体勢が崩れた甲賀をワイルドボーダーが突進で突き飛ばし、そのままカノンにも容赦なく襲い掛かっていく。
「ッ……こんな時に邪魔者とか、すっごい萎えるし……!」
忌々しげにワイルドボーダーを睨みつけた甲賀は、ベルトに装填しているカードデッキから次のカードを引き抜こうとする……が、ここで甲賀は気付いた。
カードを抜き取ろうとした右手が、少しずつ粒子化を始めていた事に。
「……はぁ、最悪。もう良いや、帰ろ」
≪CLEAR VENT≫
甲賀は忍者刀にカードを装填し、その姿が少しずつ透明になっていく。
そして甲賀の姿は完全に見えなくなり、その場にはカノンとワイルドボーダーだけが残される。
「あ、アイツ……!?」
「グルルルルァッ!!」
「チッ……まぁ良いや。ひとまず、ゲームの邪魔してくれたお礼はさせて貰うよ!!」
先程まで戦っていた相手に、野良モンスターの相手を押し付けられた挙句、そのまま逃げられてしまったカノン。
その苛立ちを発散するべく、戦いの邪魔をしてきたワイルドボーダーに標的を変更したカノンは、ワイルドボーダーの突進を回避した後、その背中目掛けて銃弾を乱射するのだった。
その後。
無事に戦闘を切り抜けた甲賀はミラーワールドから脱出し、とある建物の窓ガラスから飛び出した。
甲賀の全身が鏡のように砕け散り、その姿が樹の物へと戻る。
「……ふぅ」
初めての戦いが終わり、建物の壁に寄りかかる樹。
彼女は額の汗を拭いながら、先程まで自身が戦っていたカノンの事を考えていた。
正直、かなり危なかった。
もしあそこでステルスニーカーの援護が無かったら、あのまま倒されて自分は負けていた事だろう。
ライダーになったばかり故、まだ勝手がいまいちわかっていないのもあるとはいえ、考えなしに戦うのはハッキリ言って無謀だったなぁと、樹は自分でも驚くくらい冷静に分析できていた。
自分が変身する甲賀の能力やスペックも踏まえて、今後は戦い方を工夫した方が良いかもしれないとも考える樹だったが……それよりも今は、カノンが戦闘中に言っていた台詞が、頭から離れずにいた。
『じゃあ存分に楽しもうよ、この
『ほらほら、せっかく
「……ッ!!」
苛立ちの感情が湧き上がり、樹は壁に拳を叩きつける。
ふざけるな。
何が最高のゲームだ。
何が楽しいゲームだ。
こっちは殺すか殺されるか、覚悟を決めた上でかつての夢を取り戻そうとしているのに。
アイツはただ、殺し合いをゲームと称して楽しんでいるだけ。
樹はそれが気に入らなかった。
本気で命懸けの戦いに挑んでいる身からすれば、カノンのような遊び感覚で戦っているライダーは、見ていて不愉快極まりない物だった。
(決めた……アイツ、いつか潰す)
だからこそ、樹は決意した。
あんなふざけたライダーは、いつかこの手で必ず潰すと。
今回の勝負は実質、自分の負けに等しい。
しかし負けは負けでも、得られた物はたくさんあった。
この戦いで得られる物、その全てを利用して、なんとしてでもこの戦いを勝ち残ってやる。
そんな思いを胸に抱きながら、樹はその場を後にし、両親の待つ自宅へと歩みを進めていくのだった。
「おやおや、苛立ってますねぇ彼女。良いですよぉ、その怒り……その怒りを糧にして、更にライダーバトルを盛り上げちゃって下さいな! フッハハハハハハハハハハハハハハ!!」
To be continued……
甲賀vsカノン、如何だったでしょうか?
ここから樹ちゃんがどのようにして戦闘スタイルを確立していくのか、その様子を今後も少しずつ描いていきたいと思っております。
それではまた次回!
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第3話 苛立つ者
今回はツルギ本編の『?-8 夕陽と宵の間で』及び『?-9 歪む、歪む』で
それではどうぞ。
仮面ライダーカノンとの戦いから翌日。
聖山高校ではいつも通りの時間が過ぎていくのだが、生徒達の間では現在、一つの楽しみが生まれつつあった。
文化祭。
それが始まるまであと一ヵ月程度となり、どのクラスもホームルームの時間にて、文化祭の出し物について様々な話し合いが行われるようになっていた。
さらには、文化祭実行委員の会議で急遽決まったとされる一大イベント―――男子女装コンテストは、生徒達の興味を引き付けていた。
それに対して生徒達は、純粋に文化祭を楽しみにしている女子生徒もいれば、文化祭すらもめんどくさいと思いやる気を見せない不良生徒、他にも女装を嫌がる男子生徒など、その反応は様々だった。
そして彼女、黒峰樹はと言うと……
「~♪」
……文化祭に対し、全く興味を示していなかった。
明るい性格だった中学生時代であれば、文化祭の出し物に対しても、積極的に取り組んでいた事だろう。
しかし例の事件が起きて以来、何事に対しても熱意が湧かなくなっていた現在の彼女は、クラスの話し合いにすら碌に参加しようとしなかった。
しかもこの時、彼女はライダーバトルの方に意識が向いていた。
自分の願いが無事に叶うかどうか。
他のライダー達はどんな戦法で戦っているのか。
あの銃使いのライダーにリベンジできる日は来るのか。
ライダーバトル以外の要素は全く頭にない樹は、その日の放課後、屋上行きの階段に座ってから音楽に聴き入り、その音楽に乗るように鼻歌を歌いながらのんびりと過ごしていた……が。
「―――はぁ」
現在、彼女は少し機嫌が悪かった。
好きな音楽を聴いているにも関わらず、それに乗るように鼻歌を歌っているにも関わらず、彼女は心の中の苛立ちが晴れずにいた。
それも全て、昨夜のカノンとの戦いが原因だった。
樹にとっては、あの戦いが仮面ライダー甲賀としての初戦闘だった。
トリックベントによる分身や、クリアーベントによる透明化など、甲賀が持つ能力は非常に便利な物だった。
それなのに、カノン相手には終始劣勢気味だった。
相手が手練れだったのもあるとはいえ、それだけ便利な能力を使えるにも関わらず、彼女は戦闘で優位に立つ事ができなかったのだ。
(……アイツの言う通りかもね)
戦闘中、カノンは言っていた。
同じ手は二度も通じないと。
確かにあの時、自分は先の事をよく考えないままトリックベントのカードを使用し、分身達を囮にして背後から騙し討ちを仕掛けようとした。
しかし、過去に同じ能力を使うライダーと戦った事があったであろうカノンは、甲賀のそれをあっさり見抜いて的確に対処してみせた。
あんな遊び感覚で戦っている奴に言われるのは非常に悔しい物があるのだが、言っている事は確かにその通りなのだから、ぐうの音も出ない。
カードを使うタイミングや、相手の不意を突く方法など、もっと戦い方を研究する必要がある。
カノンとの戦いでそれを学ぶ事ができたのは、樹にとって充分な収穫だったと言えよう。
だからと言って、カノンのライダーバトルに対するスタンスを認めてやった訳ではないのだが。
次は昨日みたいな戦いにはするまいと、その思いを胸に秘めつつも表情には出さない樹は、外したイヤホンをカーディガンのポケットにしまい、教室まで戻ろうと階段を下りていく。
しかし廊下を歩いていたその途中、樹はある人物を発見し、すぐさま廊下の曲がり角に隠れた。
(! あれは……)
曲がり角から覗き込んだ先にいたその人物は、樹にとって顔見知りとなる女子生徒。
さらによく見ると、その女子生徒が視線を向けている先の窓ガラスにも、ある物が映り込んでいた。
それは、ライダーとライダーが戦っている姿。
そして、その戦いが映り込んでいる窓ガラスを、ハッキリと見据えているのがその女子生徒……まぁ、つまりは
まさか彼女までもがそうだったとは……と内心少しだけ驚く樹だったが、やはりそれを表情には出さず、樹はその女子生徒の前に姿を現す事にした。
「あれが見えてるって事は、あなたもライダーってことで良いんでしょう? 影守さん」
「ッ……樹さん……!」
黒髪を団子ヘアに結んだその女子生徒。
彼女―――
そして、樹と同じ境遇の持ち主でもあった。
『影守美也……ねぇ』
影森美也の過去について、樹は風の噂で聞いた事があった。
かつて剣道部に所属し、その業界では“神童”と呼ばれた少女がいた。
しかしその少女もまた、
最初にその噂を聞いた時、樹は自分でも意外に思うほどに、その話に食いついていた。
自分と同じ境遇の人間がいた。
他者に夢を踏みにじられた人間が、自分以外にも存在していた。
それを知った時、少しだけ共感のような感情を抱いた事を、樹は覚えている。
そしてある時、学校帰りにたまたまCDショップに寄った樹は、その当人と初めて対面する事となった。
『あれ? あなたは確か……』
『んぅ?』
それは本当に偶然だった。
同じCDを借りようとした二人の手が重なるという、まるでフィクションのような出会い方だった。
その一件を切っ掛けに、樹と美也は学校でも何度か顔を合わせるようになった。
と言っても、友達なのかと言われると、別にそういう訳でもなかった。
校舎の廊下を歩いていたら、たまたま出会った。
二人の通学路が、途中までたまたま一緒だった。
樹と美也のクラスが、体育でたまたま合同授業を行った。
二人が顔を合わせた回数なんて、本当にそれくらいしかない。
会話らしい会話も、ほとんどした事がない。
それでも樹は、美也という存在を決して無視する事はできなかった。
美也の姿を見かけては、彼女を目で追う事も何度かあった。
その内、明るい表情で友達と話している彼女の姿を見ていた樹は、こう思うようにもなった。
私と彼女は、同じようでいて違う。
そんな気がしてならないと、樹の中の勘がそう告げていた。
そして今、その勘は確信へと変わる事となった。
「ライダーって事は、何? あなたもかつての栄光を取り戻したいって訳?」
美也もライダーだった事を知り、樹は内心驚きつつも、同時に納得もしかけていた。
あぁ、なるほど。
私と同じく、夢を失っている彼女だ。
彼女もきっと、このライダーバトルに勝利して、かつての夢を取り戻そうとしているのだろう……と。
当初、樹はそう予想していた。
しかし、美也の口から飛び出た言葉は、樹の予想とは全く違っていた。
「違う……私は、戦いを止める為に戦う」
「……は?」
樹は思わず呆けてしまった。
一体何を言っているのだこの女は、と。
「戦いを止める? ふざけないで。そんな事したら、アタシの夢が叶わないじゃん」
そもそも、何故そんな事の為に戦っているのだろうか。
せっかく夢を取り戻せるチャンスが来たというのに、何故彼女はそれをどぶに捨てるような真似をするのか。
樹には、全く理解ができなかった。
「あなたが戦うというなら私は止める。だってあなたと私は同じだから」
……あぁ、そうか。
その一言を受けて、樹は悟った。
やはり、自分と彼女は違うのだと。
「はっ! 勝手にそんな風に思わないでくれない?」
彼女は逃げたのだ。
かつて自分が失った夢を、取り戻そうとすらしない。
彼女の夢に対する熱意なんて、所詮その程度だったのだと、樹は美也を睨みつけながらそう判断した。
「確かにアタシとあなたは同じ境遇かもしれない。だけど、戦いを止めるなんて綺麗事言って、自分の夢から逃げたあんたとアタシは違う!!」
「ッ!? 違う、私は……」
「良いからさ。戦おうよ」
美也が何か言おうとしたが、樹が意図してそれを遮った。
自分の夢から逃げるような奴の言葉なんて、いつまでも聞いてやるつもりはない。
後はもう、当初の目的を果たすまでだ。
「止めたいって言うなら止めれば良い。だけど、アタシはそうはいかない。戦って、あんたを倒して、他のライダーも皆倒して、願いを叶える」
自身のカードデッキを見せつけながら、樹はそう言い放った。
それを聞いて苦悩する美也だったが、もう戦うしかないと理解したからか、彼女もカードデッキを取り出し、樹と共に窓ガラスへと向き合う。
二人はカードデッキを向け、出現した銀色のベルトが、二人の腰にそれぞれ装着される。
樹はカードデッキを下ろし、忍者のように指を立てた右手を前に突き出しながら。
美也はカードデッキを下ろし、唐竹割りを彷彿とさせる手刀を振り下ろしながら。
戦いの合図となる台詞を、二人は同時に告げた。
「「変身ッ!」」
そして樹が変身した甲賀と、美也が変身した朱色のライダー“グリム”は戦いを繰り広げた。
高い機動力と、忍者らしいトリッキーな戦法を駆使し、グリムを翻弄する戦いを見せた甲賀。
実力はあのカノンほどではないと判断した甲賀は、一気にグリムを追い詰めようとした……が、そこで彼女は別のライダーの妨害を受けた。
白いアンダースーツの上に青い鎧を纏ったライダー“ヴァール”と、白い鎧を纏ったライダー“ツルギ”が姿を現した事で、興醒めした甲賀はクリアーベントを使い、その場は撤退する事となった。
そして、帰宅した樹は……
「……ふぅ」
両親と共に夕飯を食べた後、風呂場にてシャワーを浴びていた。
スベスベした白い肌の上に、お湯に濡れた長い黒髪がかかる中、樹はこの日の戦いを思い返す。
『あなたが戦うというなら私は止める。だってあなたと私は同じだから』
『あなたと私は同じだから』
あ な た と 私 は 同 じ だ か ら 。
「……ッ!!」
目の前の鏡に、ガンッと拳を叩きつける。
樹は苛立ちを隠せなかった。
戦いをゲームと称し、遊び感覚で戦っているカノンも。
失った夢を取り戻そうとせず、戦いを止めるなどとほざく美也も。
自分が出会うライダーは何故、どいつもこいつも自分を苛立たせる者ばかりなのか。
自分はこんなにも必死な気持ちなのに。
本気で戦おうとしているのに。
「あぁもう……ほんとに、ムカつく……ッ!!」
鏡に叩きつけた拳が、苛立ちと共に強く握り締められる。
鏡に目を向けた時、樹の目は怒りに満ちていた。
その怒りの矛先は、カノンや美也だけではない。
そのムカつくライダー達を相手に手こずっている、自分自身に対しても向けられていた。
(駄目だ……このままじゃ、勝ち目は薄い……!!)
美也こと仮面ライダーグリムとの戦いを経て、樹はいくつか理解した事がある。
自分が変身する甲賀は、やはりパワーが足りない。
並の攻撃では、ライダーをまともに怯ませるのも簡単ではなかった。
おまけに機動力重視である為、甲賀は他のライダーに比べて装甲が薄い。
故に耐久面にも不安があり、パワーが高いライダー相手だと、パンチを一発喰らうだけで致命傷になりかねない。
(どうする……どうすれば良い……?)
募りに募った苛立ちから、かえって自身の脳を冷静にさせていた樹は、この先の戦いを生き延びる為の方法を必死に考え始める。
その際、樹は思い出した事があった。
グリムと戦っている最中、自分を妨害して来たヴァールとツルギ。
その二人の存在を思い浮かべた時、樹は一つだけ案が思い浮かんだ。
それは、他のライダーと手を組む事。
火力と耐久が心許ない自分が生き残るには、それが最善の道なのではないかと樹は考え始めた。
しかし、こういったサバイバルにおける同盟は、裏切りが付き物だ。
手を組む相手を間違えれば、逆に自分の命を危険に晒す。
だからこそ、樹は誰と手を組むべきか、慎重に考える。
もちろん、戦いを止めようとしている美也は論外だ。
それ以外では……意外にもカノンが、自分が手を組むライダーの候補として挙がっていた。
カノンのあの性格は嫌いだが、カノンが持つ能力やスペックは決して馬鹿にはできない。
おまけにカノンは戦闘経験が豊富である。
そう分析した樹は、自分が手を組むライダーの最終候補として、カノンの存在を頭の隅に置いておく事にした。
できる事なら組みたくないというのが、彼女の本音ではあるのだが。
何にせよ、まずは他のライダー達の情報をもっと多く集める必要がある。
その方が考えを纏めやすくなるし、敵対した場合でも、相手の戦法や弱点を把握する事ができる。
「まぁ……やるしかないよね」
明日以降は、少しばかり忙しくなる事だろう。
シャワーのお湯を止めた樹は、濡れた前髪を掻き上げてから、再度目の前の鏡を注視する。
「明日もよろしく、ステルスニーカー」
『ゲココココ……』
樹の言葉を理解したのか否か。
鏡に映り込んだステルスニーカーはただ、低く鳴きながら樹を見つめているだけだった。
それから少しした後。
樹が手を組もうと考えるライダー……その最有力候補は、意外にも早く見つかる事となる。
「行こうか、レオキマイラ。この私を、あるべき
『グルルルルル……!』
To be continued……
如何でしたか?
同じ境遇の樹ちゃんと美也ちゃんですが、ライダーバトルに対するスタンスと、かつての夢に対する想いは全く違います。
樹ちゃんの視点からだと、失った夢を取り戻せるチャンスなのにそれをしようとしない今の美也ちゃんは、「夢に対する熱意がない」ように見えてしまっているようです。
ここから始まった彼女達の因縁が、果たしてどのような展開を繰り広げていくのか?
今後もツルギ本編から目が離せませんね。
さて、ラストシーンに登場した謎のライダー。
その正体は……ツルギ本編を見た方は、お分かりですね?
次回もお楽しみに!
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第4話 恐れる者
今回はツルギ本編にて脱落者を出したあの男・
彼が仮面ライダーヘリオス(考案:kajyuu1000000%様)と戦う姿を見た時、樹ちゃんがどんな反応を示すのか?
それではどうぞ。
ミラーワールド。
風が吹かず、生物もおらず、環境音だけが常に鳴り響く反転した世界。
「グガァァァァァッ!?」
その異世界で、聞こえるはずのない大きな爆発音が響き渡る。
とある横断歩道橋の上で、ガゼルのような特徴を持った怪物・ギガゼールが、その胴体を鋭利な刃に貫かれ跡形もなく爆散。
爆炎が小さくなっていく中、そこから浮かび上がってきた光の球を、どこからか飛来した大きな人魚のようなモンスターが咀嚼した後、まるで実際に水中を泳いでいるかのような優雅な動きで、空中を飛び去って行く。
「……」
その様子を見届けていたのが、ギガゼールを倒した一人のライダーだった。
両腕に魚のヒレのような装飾を持ち、下半身の腰布を靡かせた、瑠璃色の仮面ライダー。
その人魚のライダーは、手に構えていたトライデントのような武器の刃先をツーッと撫でた後、まだ僅かに燃えている地面の炎に背を向け、立ち去ろうとした……
「隙ありぃ!!」
「……ッ!!」
……が、それはできなかった。
すぐさま振り向いた人魚のライダーがトライデントを振るい、ガキィンと甲高い金属音が鳴り響く。
人魚のライダーに不意打ちを仕掛けて来たのは、両腕に鉤爪を装備した別のライダーだった。
エメラルドグリーンの装甲を持ち、蜘蛛の顔を模した胸部装甲が特徴的なそのライダーは、不意打ちを防がれた事に驚きつつも華麗に着地した。
「ふぅん、こんな所にもライダーがいたのね。悪いけど、アンタもここで倒させて貰うわ。アタシの願いを叶える為にもね」
「……」
「……ねぇ、何か言いなさいよ。喋ってるこっちが馬鹿みたいじゃない」
「……」
「だんまり決め込むつもり? はぁ、じゃあ良いわ……嫌でも悲鳴を聞かせて貰うから!!」
何も喋らない人魚のライダーに対し、蜘蛛のライダーは跳躍して再び接近し、両腕の鉤爪を人魚のライダー目掛けて振り下ろす。
人魚のライダーもそれをトライデントで防御し、それを合図に二人のライダーによる激しい戦いが始まった。
その様子を、歩道橋から少し離れた位置から眺めている者もいた。
(あ、ここでもやってる。ライダーって割といろんな所にいるのね)
その者の正体は、クリアーベントで姿を透明化させていた甲賀。
たまたま二人のライダーの戦いを目撃した彼女は、その戦いの様子をじっくり眺めていた。
あれからというもの。
黒峰樹は現在、他のライダーを発見しても、戦闘は極力避けるようにしていた。
悔しいが、今の自分では他のライダーと正面から戦ったところで、勝てる望みはかなり薄い。
そう思った彼女は、他のライダーを発見した際、その戦いの様子を隠れて監視する事にしたのである。
使える能力や戦法、変身者の声や口調など。
ライダーに関する情報を得る事で、自分がどのライダーと手を組むか、それを決める為の判断材料になる。
手を組まない場合であっても、そのライダーの能力や戦法の欠点を把握しておけば、いざ敵対した時に存分に役立てる事ができる。
その為、今は相手側から襲われでもしない限り、自分から攻撃を仕掛けに行くような事はしないつもりでいた。
もちろん、そのライダーが弱りに弱り切っていた場合は、トドメを刺すくらいならやるかもしれないが。
このライダーバトルの主催者であるアリスからは、積極的に戦いを挑まないこのやり方に何かしら文句を言われそうだが、そんなのは知った事じゃない。
別に他のライダーとの戦いを完全に放棄した訳ではないのだ。
真面目にライダーバトルを勝ち残ろうとしているだけ、まだありがたい方だと思って貰いたい。
そういうのもあって、樹はカノンやグリム、ヴァールやツルギ以外にもまた、数人ほどのライダーの存在を把握しており、それらの情報を全てメモ帳に収めていっていた。
中には、既に変身者の素性まで特定できているライダーもおり、そういったライダーは今後、手を組んだライダーと共に仕留めていく方針だ。
全ては、この過酷なライダーバトルを勝ち残る為。
命の奪い合いである以上、卑怯だの何だのとのたまう精神は樹にはなかった。
しかし、そんな彼女にも当然、休息は必要である。
「~♪」
そんなこんなで、とある土曜日。
学校が休みで、部活にも所属していない樹はこの日を利用し、CDショップ「ハイパーレコード聖山店」を訪れていた。
この「ハイパーレコード」は、国内各地に店舗が置かれている有名なCDショップだ。
その店舗の一つであるこの聖山店もまた、様々なジャンルの楽曲が揃えられており、おまけに専用の試聴コーナーまで用意されている。
樹もまた、CDの試聴ができて、かつ学校帰りに気軽に立ち寄れるこの店舗をかなり気に入っていた。
試聴機から繋げられているヘッドホンを装着し、流れて来る音楽に聴き入りながら目を閉じる。
リズムに乗るあまり、彼女の頭も僅かにだが左右に揺れていた。
いろんなCDの楽曲を聴いては、その中からお気に入りの曲を発見し、そのCDをレンタルして気に入った曲だけを自分の音楽プレイヤーに入れる。
特別気に入るような曲がなくても、色々な曲を聴いて回るだけで、あっという間に時間が過ぎていく。
今の樹にとっては、これが何よりもの至福の時間だった。
他のライダーとの戦いを避けるようにしてから、苛立たせられる回数も少なくなったからだろうか。
この時の樹は珍しく、普段は滅多に見せる事のない、穏やかな笑顔を浮かべていた。
こうしている間だけ、自分の世界に入り込んでいられる。
悲しい事も、ムカつく事も、全部忘れていられる。
「フンフン、フンフ~ン……♪」
ご機嫌な様子の彼女は、流れて来る曲に合わせて、鼻歌まで交え始める。
できる事なら、今日という日はこのまま楽しい時間を過ごしていたい。
聴いていた曲が終わりを迎える中、樹は心の中でそう願っていた。
まぁもっとも。
キィィィィィン……キィィィィィン……
ライダーである以上、それは叶わない願いなのだが。
「―――チッ」
曲が完全に終わると同時に聞こえて来た、今この時間には必要のない耳障りな雑音。
しかしそれは、始まりを知らせる合図だった。
せっかくの時間を邪魔され、笑顔が一瞬で消えた樹は小さく舌打ちしてからヘッドホンを外す。
よりによってこんな時にか、と。
ライダーとしての宿命を受け入れた彼女ではあったが。
今ぐらいは空気を読んで欲しいと、そう思わずにもいられなかった。
「こんにちは~!!!」
戦いが始まる合図を聞きつけ、ミラーワールドに突入していくライダー達。
ライダー達が聞きつけたのは、ミラーワールド全域に響き渡る、このライダーバトルの主催者の声。
「ライダーの皆さーん! 皆のアイドル、アリスですよ~!!!」
「今日は、アリスからのボーナスタイム!」
「モンスターのレベル稼ぎの為に、こんなにたくさんモンスターを用意しましたよ~!!!」
それは戦いに刺激を求めた主催者の、ちょっとした“祭り”の開催を宣言する物だった。
「……うっわキモ」
他のライダーと同じようにミラーワールドに駆け付けた甲賀は、仮面の下で嫌そうに表情を歪めた。
何故なら、彼女の視界に広がっていたのは……
「ウッヘ」
「「ウッヘウッヘ」」」
「「「「ウッヘウッヘウッヘ」」」」
「「「「「「「「ウッヘウッヘウッヘウッヘ」」」」」」」」
白い体色をしたヤゴのようなモンスター・シアゴーストが、街中のあちこちを埋め尽くす勢いで蔓延っている光景だったからだ。
「いやいや、これはないでしょ」
確かにモンスターを倒せば、そのモンスターの魂を喰わせて自分の契約モンスターを強化できる。
しかしそれでも、この数は明らかに多過ぎる。
いくら倒してもキリがないであろうこのシアゴーストの大群を前に、甲賀はできる事なら今すぐ撤退……しようとは考えなかった。
「ま、何とかなるでしょ……たぶん」
モンスターがレベルアップすれば、そのモンスターと契約しているライダーも比例して強化される。
自分のスペックに不安があった甲賀にとって、これは実にありがたい状況だった。
この状況を上手く利用すれば、自分とステルスニーカーのスペックを同時に高める事ができる。
シアゴーストの尋常じゃないその数には流石にドン引きこそしたが、だからと言ってこの場から逃げる理由も彼女にはなかった。
≪ADVENT≫
「行くよ、ステルスニーカー」
「ゲココココ……!」
忍者刀を構えた甲賀は、召喚した自身の相棒と共に素早く駆け出し、シアゴーストの蔓延る街中を駆け抜ける。
他の場所でも、他のライダー達が同じようにそれぞれの武器を構え、戦い始めていた。
ある者は、侵攻するモンスターから人々を守る為に。
ある者は、自分が死なないようにする為に。
ある者は、自身の契約モンスターを強化する為に。
ある者は、戦いという名の快楽を楽しむ為に。
事情こそ違えど、どのライダーも皆、己の目的の為に、己の意志で、この戦場を駆け抜けていく。
そしてそれは……
「雑魚ばかりだな。数を喰えば腹の足しにはなるか。なぁ、レオキマイラ」
世界の頂点を目指すこの男も、例外ではなかった。
「はっ!!」
「エウゥ!?」
道路を素早く駆け抜けながら、すれ違い様にシアゴーストを大型手裏剣で斬り裂いていく甲賀。
斬り裂かれたシアゴーストが次々と爆散し、出現する光の球を片っ端から舌で絡め取り、咀嚼していくステルスニーカー。
意外にも、甲賀とステルスニーカーのレベルアップ作業は順調だった。
シアゴーストは数こそ多いものの、一体一体のレベルは低く、手裏剣で斬りつけるだけでも簡単に倒せてしまうほどだった。
口から吐き出して来る糸は厄介だが、それも甲賀とステルスニーカーの機動力があれば、下手な油断でもしない限り捕まる事はない。
今の自分の火力でも問題なく倒せるシアゴーストの存在には、甲賀も内心少しだけありがたいと感じていた。
「ふぅ、ちょっと休憩っと」
最初は倒したシアゴーストの数も律儀に数えていたが、段々面倒になってきたのか、途中から数えるのをやめた甲賀。
一旦休憩を挟む事にした彼女は、歩道に生えている街路樹に背を預け、周りにシアゴーストの姿が見当たらない事を確認してから息を整え始める。
シアゴーストを狩り続けている内に、学校の正門前までやってきていた甲賀。
休憩に入った事でやっとその事に気付いた彼女は、現実世界での光景を思い浮かべる。
今もまだ、学校では部活動が平和に行われているのだろうか。
自分達がこうして命懸けで戦っている間も、何も知らない生徒達は平穏な時間を過ごせているのだろうか。
(……って、何考えてるんだか私)
この状況下、そんな事を呑気に考えていられる余裕は今の自分にはない。
早いところモンスター狩りを再開しようと、甲賀が休憩を終えて移動しようとした時だった。
ドズゥゥゥゥゥン……
「……!」
正門前にいる甲賀へと伝わってきた、大地がほんの僅かにだが揺れる音。
甲賀はそれが、学校のグラウンドから聞こえてきた物である事を悟った。
「もしかして、ライダー……?」
≪CLEAR VENT≫
突然起こった地響き。
その原因を探るべく、甲賀は学校のグラウンドへと素早く移動する。
念の為、クリアーベントで姿を透明化させておく事も忘れずに。
グラウンドに到着した甲賀は、そこで地響きが起こった原因を発見した。
(! あれは……)
透明化しつつ、校舎の陰から覗き込んだ甲賀が目撃したのは、グラウンドを覆うほど蠢いているシアゴーストの大群の中、契約モンスターを従えて相対する二人のライダーだった。
片方は、頭部の二本角が特徴的な赤いライダー。
その赤いライダーの後ろには、巨大な赤いマンモスのようなモンスター・ダイナエレファスが佇んでいる。
この赤いライダー“ヘリオス”の事は、これまでに目撃したライダーの一人だった為、甲賀も一応は知っていた。
そのヘリオスの変身者が、聖山の演劇部で起きた事件の犯人である可能性が高いという事も、独自に調べ上げた事である程度は把握している。
甲賀にとって問題なのは、ヘリオスではないもう片方のライダーだった。
(アイツも、ライダーなの……?)
黒いアンダースーツの上から身に纏った、赤紫色の豪奢かつ重厚無比な装甲。
吼える獅子を思わせる、頭部の王冠のような装飾。
毛皮のような紫色のマントを翻し、気圧されるシアゴースト達の中を堂々と歩むその姿は、まさに皇帝と呼ぶに相応しい物だった。
あんなライダー、今まで見た事がない。
その威圧感は、物陰から覗き見ている甲賀すらも、思わず圧倒されてしまうほどだった。
「……何、あんた?」
「仮面ライダー、吼帝」
「その声……あんた男? どうなってんのよ。ライダーバトルは女しかいないって言ってたのは嘘だったの? 昨日の奴も男だったし、マジ意味分かんない」
(……それは私も同意見ね)
ヘリオスの疑問には、甲賀も内心で同意する。
この皇帝のようなライダー“
樹が初めて甲賀になった時も、アリスは確かに言ったはずだった。
この戦いに参加しているのは女、しかも若い年齢の少女だけだと。
それから、ヘリオスの言う
(男が変身してるライダーが、二人いる……?)
本当に、一体何がどうなっているのか。
疑問が尽きない甲賀が考え込む中、対峙する吼帝とヘリオスの話は次の段階に進もうとしていた。
「ほぉ、私以外にも男がいたか……まぁ良い。いずれ相まみえるだろうが、今はお前だ。喜べ女。お前は私が屠る最初のライダーだ」
「……ふざけるな……ッ!!」
(っと……考え事してる場合じゃないよね……!)
紫色の体毛に赤黒い鎧を纏い、山羊の角と蛇の毒牙を持った獅子のような怪物・レオキマイラを従えた吼帝は、相対するヘリオスをまっすぐ指差し、彼女を最初の標的として屠る事を宣言。
その威厳のある物言いに、シアゴースト達すらも思わず後ずさる中、獲物扱いされたヘリオスだけは怒りを露わにし、吼帝に向かって駆け出していく。
これから戦いが始まる事を察知し、考え事をひとまず中断した甲賀は、二人の対決を一部始終見届ける事に集中する。
特に吼帝は、甲賀が今まで一度も姿を見た事のないライダーだ。
どんな能力を持っているのか。
どんな戦法で戦うのか。
まずはそれを一通り把握しなければならないと、当初の甲賀はそう考えていた。
そんな彼女が見たのは……彼女の想像を、遥かに上回る光景だった。
(ッ……何なの、アイツ……)
戦いの一部始終を見届けた甲賀は、戦慄していた。
彼女の目の前で始まった、吼帝とヘリオスの戦い。
その戦いは……もはや戦いですらなかった。
怒りのままに挑みかかったヘリオスを、吼帝はパンチ一発で大きく吹き飛ばした。
カードも使わずに、吼帝はそれをあっさりとやってのけたのだ。
その後も、吼帝はヘリオスの繰り出す攻撃を難なく捌き、周りにいたシアゴースト達すらも巻き添えになるほどの蹂躙劇を見せた。
そして彼は倒れたヘリオスに対し、彼女が……否、全てのライダーが最も恐れている事を、躊躇いなく実行した。
「見てみたいものだな、
それは、ヘリオスから奪ったメモリアカードを、彼女の目の前で破り捨てる事。
メモリアカード。
どのライダーも必ず持っている、そのライダーの“願い”が書かれた大切なカード。
それを破り捨てられる、燃やされるなどの事をされると、その願いは反転し、二度と叶う事はないという。
それは願いを失うという事であり、そのライダーの脱落を意味する。
「やめ……やめて……ッ」
「何だ? 途端に雌らしい声を出すようになったな。今更媚びても無駄だぞ、雌」
メモリアカードを奪われた途端、ヘリオスは先程までの攻撃的な態度を一変させ、弱々しい声を挙げていた。
しかし一方的に叩きのめされた今のヘリオスに、反撃する気力は残っていなかった。
そんなヘリオスを冷たく見下ろしながら、吼帝は彼女から奪ったメモリアカードに手をかける。
それを見て、ヘリオスの焦る声が更に大きくなった。
「野蛮な奴だな君は。私の世界に、君は必要ない」
「待っ……待って!! お願いだからっ!! 私、あんたの為に何でもするから―――」
「くどい」
それは、あっさり破り捨てられた。
その時に起こった出来事を、甲賀は確かにその目で見た。
(!? 消えた……!?)
倒れたまま、メモリアカードに向かって空しく手を伸ばしていたヘリオスの全身が、一瞬でその場から姿を消してしまった。
何が起こったのか理解できないまま、甲賀は周囲を何度も見渡した。
「さて、どうなる? ……なんだ、どうなるかは見せてはくれないのか。つまらん」
吼帝は興が醒めた様子でクルリと背を向け、どこかに立ち去って行く。
周りにいたシアゴーストを全て喰らい尽くし、ダイナエレファスをも難なく仕留めたレオキマイラが、その後ろに続いていく。
吼帝とレオキマイラがいなくなった後、その一部始終を見届けた甲賀は、これまで感じた事のない恐怖心を抱いていた。
(ッ……あれは……流石にヤバいよね。あの赤いライダーには悪いけど、様子見に徹して正解だった。乱入していたら私もやられてただろうし……)
吼帝の戦う姿を見たからこそ、甲賀は悟った。
あの男には勝てない。
あの動きは、明らかに武術に精通している動きだった。
あの男には、トリックベントも、クリアーベントも通じる気がしなかった。
ただでさえ、他のライダー相手でも苦戦しているくらいなのだ。
小細工抜きであの男に真正面から戦いを挑むなど、ハッキリ言って自殺行為に等しいだろう。
吼帝に恐れを抱いたからこそ、甲賀は冷静にそう分析する事ができた。
甲賀は自身のデッキから、1枚のカードを引き抜く。
それは彼女が一番大切にしているメモリアカード。
そこに書かれているのは【
もし、このカードを失ってしまったら……その時、自分はどうなる?
その先を考えただけで、甲賀は身震いが止まらなかった。
嫌だ。
絶対に嫌だ。
失いたくない。
この願いだけは絶対に。
「ッ……スゥゥゥゥゥ……ハァァァァァ……!」
メモリアカードを大切そうに持ちながら、甲賀は大きく息を吸い、そして吐く事で自分を落ち着かせる。
そうだ、落ち着け自分。
今は恐怖している暇などない。
ライダーになったその時から、覚悟は決めたはずではないか。
ならば、迷う必要もない。
自分はただ、するべき事をすれば良いのだ。
「……よし」
いくらか落ち着きを取り戻した甲賀は、すぐにその場から移動を開始する。
彼女がこれから果たしたい目的は、彼女一人では達成できない物だ。
だからこそ、彼女は会う必要があったのだ。
自身が一番恐れを抱いたあの男―――吼帝の元へと。
「はーい! 皆さんご参加、ありがとうございました!」
「ミラーワールドから強制退出されて、びっくりしちゃったかな? イベントはこれで終了でーす!」
「少しは強くなれたかな? 強くなって、もっともーっと派手に殺し合ってくださいね! それじゃあ皆さん、またいずれ~」
モンスター狩りという名の祭りは、再び主催者のアナウンスが響き渡ると共に、あっさりと終了した。
シアゴーストの大群と戦っていたライダーは皆、ミラーワールドから一人残らず強制退出させられる事となった。
しかし、それで終わりではない。
ミラーワールドから現実世界に戻って来た樹は、再び学校へと移動し、ある一室へと向かおうとしていた。
それは生徒会室。
本来、樹のような一般生徒はそうそう訪れる機会のない部屋だった。
(いた……!)
その扉の前までやって来た樹は、ちょうどその扉に手をかけようとしていた人物を発見した。
樹は速足で接近し、生徒会室に入ろうとしていたその人物も、樹の存在に気付いた。
「あなたでしょ? 生徒会長さんって」
ポニーテール状に結んだ黒髪に、鋭い切れ目が特徴的な長身の男。
その男の声を聞いて、樹は確信した。
その声は、あの吼帝の放つ声と一致していたからだ。
「あぁ、私がそうだが……君は?」
「私は黒峰樹。あなたに用があってここに来たの」
だからこそ樹は、生徒会のトップに君臨するその男に対し、ある事を提案したのだった。
全ては、己の願いを叶える為に。
「私をさ、あなたの手下にして欲しいんだ」
「どうかな? ライオンのライダーさん」
To be continued……
如何でしたか?
鐵宮こと吼帝の圧倒的な力を前に、樹ちゃんが下した決死の決断。これが吉と出るか、それとも凶と出るか、それはまだ私にもわかりません。
まぁ話の原作が龍騎な時点でなぁ
そして脱落したヘリオスはどうなったのか?
その末路は、ぜひツルギ本編にてご確認を。
次回……たぶんもうそろそろ、樹ちゃんが【一線を越えてしまう】かもしれません。
それでは!
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第5話 越える者
リアルが忙しくてなかなか執筆できず、小説を覗きに来る機会すら減っていた自分ですが、ようやく執筆作業が再開できました。
という訳で5話目の投稿。今回は今までで一番長いです。
それではどうぞ。
ジリリリリリリリ!
「―――ん、みゅう」
時刻は朝6時。
目覚まし時計がうるさく鳴り響く中、布団に包まっていた樹が、ゆっくり目を覚ます。
(……朝か)
布団から顔を出した彼女は、まだ眠たそうな表情を浮かべている。
今日は日曜日なのだから、できる事なら二度寝してしまいたいと思う樹だったが、残念ながらそうはいかない。
彼女にとって、今日という日は非常に重要な一日だからだ。
(……起きなきゃ)
ウトウトしつつも、まずはうるさい目覚まし時計を黙らせた樹は大きく欠伸をした後、布団を捲り上げてから体を大きく伸ばし、ベッドから起き上がって部屋を出る。
パジャマ姿のまま降りて行く彼女は、まだ眠気が残っているのか時折フラフラする事もあったが、何とか階段を転げ落ちるような事態にはならず、1階のキッチンへと到着する。
そこで樹が見たのは、キッチンで朝食を作っている母の姿だった。
「あら、おはよう樹」
「ん、おはよう……」
「珍しいな、樹がこんな早く起きるなんて」
リビングルームでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた父が、物珍しげな様子で呼びかける。
彼の言葉通り、樹は基本、日曜日はこんなに朝早くから起きる事はほとんどない。
それなのに、何故樹が朝早くから起きたのかと言うと……
「ん、ちょっとね。見たい映画があるからさ」
「あぁ、前にテレビでCMに出てた恋愛系の奴か? 樹はそういうのには興味ないと思ってたが」
「失敬な。私だってたまには見る時あるし」
「あらあら、樹ちゃんの新しい一面が見れた気がするわね」
「何それ……変なの」
ウフフと微笑ましそうな母を他所に、樹は自分用のマグカップに冷蔵庫から取り出した牛乳を注いでいき、グイっと口に含む。
冷たい牛乳を口の中で味わいつつ、樹は父と母に視線を向ける。
(……新しい一面、ねぇ)
映画を見に行くなど嘘だ。
本当は恋愛映画など微塵も興味はない。
樹がわざわざそんな嘘を付いたのには、ある理由があった。
『私をさ、あなたの手下にして欲しいんだ』
『どうかな? ライオンのライダーさん』
『……ふむ』
それは、生徒会室の前での出来事。
わざとらしく「ライダー」の名前を出した樹に対し、最初は穏やかそうだった表情が一瞬にして、感情のない冷徹な物へと切り替わる鐵宮武。
獣のような鋭い目付きに変わった彼は、自身の下顎を指先で触れながら、落ち着いた口調で樹に問い返す。
『そのような言い方をするという事は……君もそうなんだね?』
『うん、そういう事』
落ち着いた口調であるにも関わらず、凄まじい圧を感じさせる鐵宮。
樹は内心恐怖を感じつつも、決してそれに臆する事なく、自身のカードデッキを取り出して答えを示してみせた。
『名前を聞こうか』
『黒峰樹。1年E組の帰宅部。よろしく』
『黒峰樹……ん? 黒峰……ふむ、黒峰か……』
『?』
樹の名字である「黒峰」と聞いた時、鐵宮は何か引っかかりのような物を感じたのか、まるで考える人の石像のように考え事をし始めた。
鐵宮の様子に樹は首を傾げる。
『何、どうしたの?』
『……あぁいや、すまない。ここで立ち話をするのもなんだ、中で話をしようじゃないか』
樹に呼びかけられた事で、一旦考え事を中断した鐵宮は生徒会室の扉を開く。
それを見て、どうやら入室を許可されたようだと樹は判断した。
鐵宮は一足先に生徒会室へと入って行き、樹もそれに続くように中へと入室していく。
初めて入る生徒会室を前に、樹が思ったのは……
『……無駄に豪華ね』
部屋全体が綺麗なのは別に何の疑問もない。
一番目を引いたのは、校長室にあるのと同じようなサイズのテーブルとソファ。
ただの生徒会室に何故そんな豪華な物を、しかも場所を大きく取ってしまうような備品を置いているのか。
樹は色々と突っ込みたいところだったが、残念ながらそれは叶わなかった。
『!? あなたは……ッ』
部屋に入った際、既に生徒会長専用のテーブルの近くに立っていた1人の女子生徒。
樹もまた、その女子生徒に見覚えがあった。
『あれ、副会長さん……?』
生徒会の副会長を務めている、鐵宮の右腕とも呼べる存在。
品行方正にして成績優秀、まさに全生徒の見本とも言える人物。
そんな佐竹だが、彼女は部外者であるはずの樹が生徒会室に、しかも生徒会長である鐵宮に連れられてやって来た事に対して驚く反応を見せていた。
そして樹もまた、その佐竹がいる生徒会室に自身を連れて来た鐵宮の行動に、少なからず疑問を抱いていた。
これからライダーに関する話をしようというのに、どうして無関係の人間がいる場所へと連れて来たのか。
不思議に思う樹だったが、その疑問はすぐに解決する事となる。
『会長、彼女は一体……』
『安心したまえ佐竹君。彼女は別に、こちらと敵対したい訳ではないそうだ』
『……あぁ、そういう事』
佐竹も同じくライダーか。
それかライダーでなくても、ライダーの存在を知っている人間か。
鐵宮が告げた一言から、樹はすぐにそれを察する事ができた。
『コホンッ……まぁひとまず座りたまえ、黒峰君』
小さく咳き込む動作をした後、豪華なソファに座り込んだ鐵宮に促され、樹も鐵宮と向かい合うようにソファへと座り込む。
『さて、自己紹介と行こうか。私は鐵宮武。この聖山高校の生徒会長を務めている』
うん、知ってる。
樹からすれば、この学園で一番有名な生徒である鐵宮の事は、いちいち自己紹介を聞くまでもなかった。
『そして、仮面ライダー吼帝でもある。良い名前だろう?』
『……私は少し意外だったよ。男である会長さんが、ライダーになっていたなんてね』
『あぁ、佐竹君から聞いている。このライダーの戦いに参加しているのは女だけだとね。佐竹君には心から感謝しているよ。彼女のおかげで、私もこの戦いに参加する事ができているのだから』
あぁ、なるほど。
彼のデッキは、元々は副会長さんの物だったのだろう。
それを会長さんが奪ったと……だからさっきから副会長さんは会長さんを睨んでいて、陰でこっそり舌打ちしているのか。
鐵宮に聞こえないよう小さく舌打ちしたつもりなのだろうが、耳の良い樹はもちろんそれを聞き逃さなかった。
というか、品行方正で通っている彼女の本性が、まさかこんなだったとは。
樹は少しだけ意外に感じていた。
『では、先程の話の続き……と行きたいところだが、その前に1つ思い出した事がある。黒峰君。君はかつて、ピアノを演奏していたんじゃないかな?』
『! ふぅん、知ってるんだ。アタシの事』
『テレビでも取り上げられていたのを覚えている。その手の業界からも一目置かれていた、稀代の天才ピアニスト少女として』
鐵宮は先程までの冷たい表情が一旦鳴りを潜め、穏やかな笑顔で語り続ける。
『私も、テレビで初めて君の演奏を聴いた時は、思わず最後まで聴き入ってしまったよ。あんなにも素晴らしい音色を奏でられる人間がこの世に存在していたのか、とね』
『はぁ……』
『将来、君がプロのピアニストとして活躍する事を私も楽しみにしていた……だからこそ、残念に思っているよ』
鐵宮は自身の膝の上に両肘を立て、両手を組みながら悲しげな様子で首を横に振る。
『君がピアノを辞めたと知った時はショックだったよ。そして、君が辞める原因を作った事故についても、到底許せない話だとも思った』
『……』
『あれほどの素晴らしい才能を持った人間が、何の才能もない無能な俗物如きに踏みにじられてしまうなど、絶対にあってはならない事態だというのに……君もそう思うだろう?』
両手を組んだまま顔を伏せ、目元が見えなくなる鐵宮。
その姿は一見、とても悲しそうなようにも見える雰囲気だったが……樹は知っていた。
これらの言動や表情は、どれもそんな感情など込められていない事を。
テレビでも取り上げられていたのを覚えている?
先程まで私の顔を見ても思い出せなかった奴が何を言っている。
あんなにも素晴らしい音色を奏でられる人間がこの世に存在していたのか?
今じゃまるで見る影もないとでも言うかのような台詞だ。
君がピアノを辞めたと知った時はショックだった?
私の顔を見て思い出せない奴がそんなショックを受けるとは到底思えない。
鐵宮が発する台詞の1つ1つが、樹からすればどれも裏があるようにしか聞こえなかった。
その証拠として、先程から横で話を聞いていた佐竹もまた、胡散臭げな感じで鐵宮を見ているほどだ。
『……と、すまない。話が逸れてしまったね。それじゃあ本題に戻るとしようか』
組んだ両手で目元を隠していた鐵宮が、一瞬で表情を切り替えて無感情な顔に戻る。
ほらこれだ。
吼帝として戦う姿を見た限りでは、どう考えてもこちらが彼の本性だ。
先程までの穏やかな表情は、あくまで生徒会長としての表向きの姿に過ぎないのだろうと、樹は考えていた。
『さて、君は先程こう言ったね。自分を私の手下にして欲しいと』
それを聞いて、佐竹が再び驚く顔を見せていたが、樹はそれを無視して口を開いた。
『アタシね、実は見たんだ。会長さんがライダーとして戦っているところをね』
『ふむ』
『あんなにもあっさりライダーを倒すんだもん。正直、見ていてゾっとした』
これは間違いなく本音である。
今の樹からすれば、カードも使わずしてライダーを一方的に圧倒できる吼帝のパワー、そして鐵宮の技量は敵に回すと恐ろしいものだった。
だからこそ、樹は考えたのだ。
この男と手を組めば、自分がこの戦いを生き残れる確率が少しでも上がるのではないかと。
『ライダー同士で手を組みたい、か……なるほど。話自体は至って単純な物のようだね……しかし、私としては少し疑問に思う。何故そこは同等の立場ではなく、敢えて手下になる道を選んだのかな?』
『そこは簡単な話。会長さん、人から命令されるの嫌いでしょ』
『……ほぉ?』
両手を組んでいた鐵宮の指先が、僅かにピクリと反応する。
『あの赤いライダーと戦っている会長さんの話を聞いてて思ったの。会長さんはたぶん、世界の頂点に立つ事が夢なんじゃないかなって』
―――喜べ女。お前は私が屠る最初のライダーだ
―――野蛮な奴だな君は。私の世界に君は必要ない
どこまでも傲慢な鐵宮の言動。
ライダーの名称として、わざわざ吼帝と名乗った事。
そして政治家一家である鐵宮の家系。
それらの要素から、樹は推測できたのだ。
この男は恐らく、今の生徒会長としての立場にも納得していない。
いずれは鐵宮家の家督を継ぎ、この国の頂点に立ち全てを支配するという、底知れない野心を抱いていると。
『同等の立場だと、組んでいる相手から偉そうに命令される可能性だってある。それだと会長さんにとってもあまり良い気分にはならないでしょ?』
それ故に、樹は敢えて手下になる道を選んだのだ。
自分は手下として従うから、好きなだけ命令すれば良い。
いずれはこの国の頂点に立ち、国の支配者になろうとしている鐵宮にとっても、別に悪い話ではないはずだ。
そう考えた上で、樹は敢えて危険な賭けに出る事にしたのである。
『……確かに、他人がこの私に命令して来るなど、我慢のならない話だ』
鐵宮は小さく頷きながら、樹の話を最後まで聞き入れていた。
すると彼はソファから立ち上がり、両手を後ろに組みながら生徒会室の窓に視線を向けた。
『それで君は、敢えて私の手下になる事を選んだという訳か……』
窓の鏡面に映り込む、鐵宮の笑う姿。
そして彼は、衝撃の一言を口にした。
『良いだろう』
『『―――ッ!?』』
良いだろう。
そのたった一言に、樹と佐竹は目を大きく見開いた。
『黒峰君。私の傘下に下ろうという君の判断は、実に素晴らしい物だ。快く歓迎しようじゃないか』
『よろしいのですか会長!? そんなあっさり受け入れるなど……』
『すまないが、佐竹君は少し黙っていたまえ。私は今、黒峰君と話をしているんだ』
『……ッ』
反対意見を出そうとした佐竹を、鐵宮は重く冷たい言葉で容赦なく黙らせる。
苛立った様子で俯く佐竹だが、彼女のその反応は決して無理のない物だろうという事は、樹もわかっていた。
というか樹からしても、鐵宮の告げた一言に疑問を抱いていた。
一体どういうつもりなのか。
自分から手下にして欲しいという人間を、そんなあっさり受け入れるなど普通ならあり得ない。
何か裏があるはずだと、樹は鐵宮に対して疑心の目を向ける。
『……良いの? アタシから提案しといて言うのも何だけど、普通なら疑うところじゃない?』
『君が言ったんじゃないか。私の戦う姿を見てゾッとした、と』
鐵宮はクルリと振り向き、ソファに座っている樹に笑顔を見せる。
しかし笑顔を向けられた樹は、思わずゾクリと体を震わせた。
その笑顔が、とてつもなく獰猛な物に見えてしまったからだ。
『それはつまりだ。仮に君が私と相対したとして、君はこの私を相手に負ける可能性があると、そう考えたのではないかな? この私に勝てると踏んだのならば、わざわざ手下になどならず、同等の立場で組もうという考えになってもおかしくないはずだ。そうなのだろう?』
『……ッ!!』
『その反応、肯定と見なそうか』
樹は戦慄した。
見抜かれている。
樹の考えは、この男には全てお見通しだったのだ。
鐵宮は樹が座っているソファの後ろまで移動し、彼女の肩にポンと手を置く。
手を置かれた樹が思わずビクッと反応するも、鐵宮は構わず話を続けた。
『だが安心したまえ。自ら私に従おうとする者の意志を、無下にするつもりはない。裏切るような真似でもしない限りは、私の傘下として、手厚い待遇を約束しようじゃないか』
どこまでも感情のない鐵宮の言葉に、樹は冷や汗を流す。
そして彼女は理解させられた。
この男は、どこまでも他者を見下している。
誰がかかって来ようとも、この自分には敵わないのだと。
自分をあっさり迎え入れると言ってのけたのも、その余裕から来ているのだろう。
樹はそんな鐵宮の事が恐ろしく、同時に一種の安堵もあった。
あの圧倒的強さを誇る吼帝が味方になるというのなら、これ以上ないほど頼もしい存在だ。
だからだろうか。
鐵宮のとてつもない威圧感に対しても、まだ何とか心が完全には屈さずにいられたのは。
願いの為にも、ここで屈する訳にはいかない。
その執念とも言える強い意志が、辛うじて樹の心を支えていた。
『……しかし困ったな。君は私のライダーとしての力を知っているのだろうが、私はまだ、君のライダーとしての腕前を全く知らない。そこでだ』
鐵宮は樹の肩から手を離し、再びソファに座り込む。
今度は足まで組み始めた彼は、樹にある提案を行った。
『少しばかり、君の事をテストさせて欲しい』
『テスト?』
『そう難しい内容ではない。もしこれをクリアできれば、正式に私の配下として迎え入れようじゃないか』
その言葉で、樹は察した。
鐵宮は確かめたいのだ。
彼にとって、自分が使える存在であるかどうかを。
クリアできればそれで良し。
ではもし、使えない存在だと見なされた場合は……。
『構わないね? 黒峰君』
相変わらずニコニコと笑顔を浮かべている鐵宮。
ここへ来た以上、拒否などさせないぞとでも言うかのような表情だった。
しかし、これは樹にとって想定内だった。
むしろこうして試される事を覚悟の上で、彼女はここへ来たのだから。
樹には、それを拒む理由はなかった。
そして現在……
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ミラーワールド、少し大きな交差点。
現実世界でならたくさんの人が行き来するこの交差点も、ミラーワールドでは誰1人として人など存在しない殺風景と化す。
そこでは今、とあるライダーが蹂躙されようとしていた。
「がは、げほ、ごほっ……!!」
空中を大きく吹き飛び、近くの建物の壁に激突してから地面に落ちる1人の仮面ライダー。
蜘蛛の顔を模した装甲に、エメラルドグリーンで配色されたボディが特徴的なそのライダー“アルケニー”は咳き込みながら、自身をこんな目に遭わせた張本人のいる方角を見据え、仮面の下でキッと強く睨みつけた。
「どうした? この程度か」
「ッ……お前ぇ……!!」
アルケニーを吹き飛ばした張本人―――吼帝は自身の右手を軽めにブンブン振ってから、つまらなさそうな様子でアルケニーを見据える。
この両者が相対しているのには理由がある。
吼帝はこの交差点付近まで移動し、そこにちょうど襲って来たモンスターを狩っている最中だった。
そしてモンスターを倒し終えたその直後、アルケニーが不意打ちで吼帝の背後から襲い掛かって来たのである……しかし。
「全く、雑魚狩りをしている時に後ろから不意打ちとはな。戦術としては決して間違いではないが、大声を出しながら攻撃するなど、かわして下さいと言っているようなものだ」
アルケニーも標的を見つけてテンションが上がっていたからか。
彼女はこれまで自分以外のライダーを襲った時のように、掛け声を上げながら飛びかかったのだ。
その結果どうなったかと言うと、掛け声を聞いて素早く振り返った吼帝により、カウンターの形で拳を喰らい、大きく吹き飛ばされる羽目になったのである。
「ッ……その声、まさかとは思ったけど男だったなんてね」
「ふむ、やはり男が変身するライダーというのは珍しいようだな。まぁそれは良いだろう……喜べ女。お前は今日この場で地に沈む事となるだろう」
「ふざけんな……誰がお前なんかにぃ!!」
≪STRIKE VENT≫
アルケニーは鉤爪型の武器を両腕に装備し、吼帝に向かって勢い良く飛びかかる。
しかしそれで怯む吼帝ではなく、時には体を反らし、時には手で弾くなどして、アルケニーの振るう鉤爪を的確に捌いていく。
そして一瞬の隙を突いた吼帝の右手が、アルケニーの横腹目掛けて掌底を炸裂させた。
「がはぁっ!?」
「……つまらん、やはりこの程度か」
「舐めんじゃないわよ!!」
≪ADVENT≫
『キシャアッ!!』
地面を転がされたアルケニーは、すかさずカードを装填して自身の契約モンスターを召喚。
ターコイズブルーのボディを持つ、蜘蛛のような2足歩行型のモンスター“アイスパイダー”が出現し、吼帝はアイスパイダーが振り下ろして来た鉤爪をかわす。
するとアイスパイダーの鉤爪が斬りつけた電柱が、パキパキと音を立てながら少しずつ凍りついていき、それを見た吼帝は「ほぉ」と声を漏らす。
「攻撃した物体を凍らせるか。面白い能力だな。ではこちらも……」
≪ADVENT≫
『ガオォォォォォォン!!』
吼帝も同じようにカードを装填し、彼の背後に現れたレオキマイラが高い咆哮を上げる。
その迫力ある咆哮に圧倒されるアルケニーだったが、彼女は仮面の下でニヤリと笑みを浮かべた。
「かかったわね!!」
≪FREEZE VENT≫
アルケニーはすぐさまカードを装填し、電子音が鳴り響く。
それを合図に、吼帝と共に動き出そうとしたレオキマイラの身に、突如異変が起こった。
『!? グガ、オ、ォ……ッ……』
「! 何……?」
レオキマイラの吠える声が少しずつ弱まっていったかと思えば、突然レオキマイラの全身が凍りついたかのように硬直し、その場で停止したままピクリとも動かなくなってしまった。
この事態に、流石の吼帝はレオキマイラの方へと振り向いた。
「ほぉ、これが
「ほらほら、余所見してる場合!?」
そこへすかさずアルケニーとアイスパイダーが跳躍し、連携して吼帝に攻撃を仕掛ける。
吼帝はアルケニーの振るう鉤爪を屈んで回避した後、アイスパイダーの胸部を蹴りつけてから、停止して動かないレオキマイラに目を向け、クククと興味深そうに笑ってみせる。
「全く動かないか……なるほど、能力はなかなか面白いじゃないか」
「いつまで余裕ぶってるのかしら。それとも、自分の立場がわかってないの?」
「あぁ、もちろん余裕さ。
「ッ!?」
吼帝の告げた名前を聞いた時、攻撃を仕掛けようとしたアルケニーがその場で立ち止まった。
アルケニーは驚いた。
それは他でもない、アルケニーの本名だったからだ。
「しかし残念だな。いくら能力が優秀であったとしても、肝心の本人の実力が伴っていないのではな。確か君は、
「な、何で……何でお前なんかが、アタシの事を知っている……!?」
「何故知っているか? その答えならば、すぐにわかるさ」
「はぁ? 何言って―――」
≪SWORD VENT≫
「がぁっ!?」
『キシャアッ!?』
突如、アルケニーとアイスパイダーの背中に強烈な痛みが襲い掛かった。
地面に倒れ込んだアルケニーが後ろを振り向くと、そこには巨大な手裏剣を構えた甲賀の姿があった。
「な、もう1人……!?」
「どう? アタシの情報、役に立った?」
「君の情報通りだったようだ。良いだろう、1つ目のテストは合格だ」
アルケニーは予想していなかった。
まさか、2人のライダーが手を組んでいたとは。
驚くアルケニーを他所に、吼帝の横に甲賀が並び立つ。
この時、吼帝の口からは“テスト”という言葉が発された。
「んじゃ、まずは1つ目クリアね」
「ッ……な、何よ、どういう事なの!?」
「頭の悪い君にも教えてあげよう」
話が全く読めていないアルケニーに対し、吼帝はわざわざわかりやすく説明を開始する。
「彼女だよ。君に関する情報を、私に提供してくれたのは」
この日、樹が外出しようとした理由……それは他でもない。
鐵宮と共に、ライダー狩りを行う為だった。
そのライダー狩りを行う中で、鐵宮は樹に対し、3つのテストを行う事にしたのだ。
その内の1つ目。
樹が鐵宮に対して、どのような形で役に立つのか。
それを証明する事が、樹に課せられた最初のテストだった。
これに関しては、樹からすれば何の問題もなかった。
何故なら既に、数多くのライダーの情報を集めてみせていたのだから。
『黛寿葉。松生高校の3年生で、普段は同じ松生の不良達と屯してるみたい。後輩の女子をパシリみたいに扱ってるところを見た人もいるって』
『松生高校……低能な猿共の溜まり場か』
樹が調べたライダーの中には、既に素顔や住所、通う学校などの情報まで特定できている者もいる。
この時、松生高校の名前を聞いた鐵宮が不快そうに眉を顰めていたのは、樹の記憶に新しかった。
『普段からモンスター狩りをしたり、他のライダーに対しても積極的に喧嘩売ってるみたい。戦い方も大体わかってるし、今回のターゲットとしては最適なんじゃないかなって』
『……まぁ良いだろう。それならば明日、こちらから出向いてやるとしようじゃないか』
樹が提供した情報は、鐵宮にとっても実に有益な物だった。
アルケニーの不意打ちを駆使した戦闘スタイル。
アイスパイダーの物体を凍らせる能力。
フリーズベントがもたらす効果。
それら全てを事前に聞かされていたからこそ、吼帝は常に余裕の態度を示していたのである。
「最初から、アタシを罠に嵌める為に……!?」
「そういう事。ていうか、会長さんも堂々とし過ぎ。いくらアンタでも、契約モンスターがやられたら一気に面倒な事になるんだから、余計な手間かけさせないで」
「私に何かあれば、君がフォローしてくれるのだろう? しかし、確かに君の言う通りでもあるな。今回ばかりは私も反省しよう」
(本当に反省してるんだか)
まるで反省の意志が感じられない吼帝の態度に、甲賀は若干苛立ちつつもそれを抑え、改めてアルケニーの方へと振り返る。
「じゃ、そういう事だから。ここで大人しくやられてくれない? パパッと終わらせたいしさ」
巨大手裏剣の刃先を向けて来る甲賀。
それを見たアルケニーは、この状況に焦っていた。
目の前にはライダーが2人いる。
状況は圧倒的にこちらが不利。
このまま戦えば、負けるのは自分。
負ければ、自分はここで死ぬ事になる。
(このアタシが、ここで負ける……?)
「ッ……ふざけんじゃないわよ!!」
「! おっと……!」
アルケニーは立ち上がり、甲賀に向かって両腕の鉤爪を振り下ろす。
甲賀はそれを巨大手裏剣で受け流し、アルケニーと互いの武器で打ち合い始める。
ちなみに吼帝はと言うと、気付けば離れた位置に移動して観戦していた。
「黙って聞いていれば調子に乗りやがって!! アタシがこんな所で、死ぬ訳がないんだ!! アタシが最後まで勝ち残るんだぁっ!!!」
「ッ……!!」
アルケニーの振るった一撃が、甲賀の巨大手裏剣を弾き飛ばした。
そのままアルケニーは甲賀目掛けて、鉤爪を力強く振り下ろす。
「死ねぇ!!!」
しかし、それでも甲賀も慌てずにいた。
≪TRICK VENT≫
「「ふっ……!!」」
「!? 何……がっ!?」
鉤爪が甲賀の頭部に当たる直前。
甲賀は召喚機である忍者刀にカードを装填し、分身を生み出して2人に分裂する。
アルケニーは驚く間もなく2人の甲賀の攻撃を受け、それを皮切りに甲賀は更に分身を生み出していき、合計で6人に増殖する。
「分身を生み出す能力か、まさしく忍者だな……む?」
戦いを呑気に眺めていた吼帝はと言うと、甲賀の戦闘スタイルを冷静に分析していた。
そんな時、彼はある事に気付き、仮面の下で小さく笑みを浮かべる。
「……なるほど。それが君の戦い方か」
「ッ……このぉ!!」
「くっ!?」
一方、甲賀の分身達に囲まれたアルケニーも、ただやられてばかりではなかった。
分身の振り下ろして来た忍者刀を受け止めた後、その腹部を蹴りつけてから鉤爪で強烈な一撃を加え、まず1人目の分身が消滅する。
その近くではアイスパイダーも分身達を相手取っており、口から吐く糸を分身の胴体に巻きつけ、引き寄せたところを鉤爪で斬りつけ消滅させる。
それを見た別の分身も忍者刀で斬りかかろうとしたが、アイスパイダーはそれを右腕の鉤爪で受け止め、左腕の鉤爪で分身を攻撃し消滅させてみせた。
そしてアルケニーの方も、両腕の鉤爪で×字に斬りつけた分身を消滅させ、気付けば分身達は消滅して甲賀は1人だけになってしまっていた。
「これは、ちょっと想定外かも……!!」
「はぁ、はぁ……残念だったわね、これでもそれなりには戦える方なのよ」
「え、さっき実力が伴ってないとか言われてたのに?」
「喧しいっ!!!」
≪FINAL VENT≫
『シャアッ!!』
「!? ぐあぁっ!!」
甲賀の挑発に苛立ったアルケニーは、左足に付いている蜘蛛のような形の召喚機にカードを装填。
するとアイスパイダーが跳躍して一気に甲賀との距離を詰め、甲賀のボディを鉤爪で何度も斬りつけ始めた。
「が、あぐ、ごぁ……ッ!?」
アイスパイダーの能力で、斬りつけられた甲賀のボディがどんどん凍りついていく。
そしてアイスパイダーが攻撃をやめた後、そこには完全に凍りつき、氷の彫刻と化してしまった甲賀の姿があった。
そこにアルケニーが近付いて行き、凍って動かない甲賀の前に立つ。
「これで……終わりよ!!!」
バリィィィィィンッ!!
アルケニーが回し蹴りを繰り出し、甲賀のボディに炸裂する。
氷の砕け散る音が豪快に鳴り響き、アルケニーの周囲には、砕け散った甲賀の欠片が散らばった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ふむ、見事だ」
甲賀を殺害し、息をついているアルケニーに、吼帝が拍手を送る。
「なかなかやるじゃないか、黛寿葉君」
「……残念だったわね。アンタのお仲間さん、たった今ここで死んじゃったわ。これで残るはアンタだけね」
甲賀を殺害した事で、いくらか余裕が戻って来たのだろう。
強気になったアルケニーは、吼帝に対して鉤爪の先端を向けたが、それでも吼帝は冷静な態度だった。
それどころか……
「ク、ククク……クハハハハハ……!」
拍手をやめた吼帝は、その場で静かに笑い始めた。
「何よ、何が可笑しい訳」
「ハハハ……いやぁ、すまない。ここまでくると逆に笑えてしまうものでね」
「はぁ? 何言ってんのアンタ」
「だってそうだろう?」
「死んでもいない彼女を、既に殺したつもりでいるのだから」
≪FINAL VENT≫
その時だった。
誰も鳴らしていないはずの電子音が、その場に響き渡って来たのは。
『ゲコォ!!』
『ギ、ギシャアッ!?』
「!? なっ……」
どこからか長く伸びて来たステルスニーカーの舌が、アイスパイダーの右足に巻きつき、引っ張る事でアイスパイダーをその場に転倒させた。
ステルスニーカーの不意を突いた攻撃に驚くアルケニーだったが、そんな彼女の視界に、更に驚くべき光景が映り込んだ。
「はっ!!」
どこからか跳躍して来たのは、アルケニーが殺したはずの甲賀だった。
彼女はその手に巨大手裏剣を構えたまま跳躍し、空中で複数の分身を出現させる。
「な、馬鹿な……!?」
何故彼女が生きている。
自分が確かに凍らせて蹴り砕いたはずなのに。
そんな彼女の疑問が晴れるよりも先に、甲賀は動き始めていた。
甲賀とその分身達が見据えているのは、地面に倒れているアイスパイダー。
そして今、それらの手で投げられようとしている巨大手裏剣。
それらを見て、アルケニーはようやく察した。
最初から、これが甲賀の狙いだったのだと。
「ま、待って……やめてぇ!!!」
「「「「「はぁっ!!!」」」」」
『ギ、ガ、グギッ……ギシャアァァァァァァァッ!!?』
アルケニーの叫びも空しく。
甲賀と分身達は一斉に巨大手裏剣を投擲し、標的であるアイスパイダーに次々と炸裂させていく。
立ち上がろうとする最中だった為に、その攻撃を1つも避けられなかったアイスパイダーは断末魔を上げ、その場で大爆発を起こしてしまった。
そして爆炎の中から浮かび上がる光の球を、ステルスニーカーが舌で引き寄せて捕食し、ステルスニーカーは瞬時にその場から姿を消す。
「あ、あぁっ……そんな……」
アルケニーは絶望した。
自身の契約モンスターが倒された。
その意味がわからないほど、彼女とて馬鹿ではなかった。
「!? あ、うぐぅ……ッ!!」
アルケニーが突如、その場に膝を突く。
すると彼女の全身の鎧が、エメラルドグリーンから薄い灰色へと変化。
左足の召喚機は、何の特徴もない普通の形状となり、彼女がベルトに装填していたカードデッキは、中央にあった蜘蛛のエンブレムが消失する。
契約モンスターを失った事で、アルケニーは“ブランク体”と呼ばれる形態へと弱体化してしまったのである。
「そ、そんな……嘘よ……こんな事が……ッ!!」
「よっと」
絶望に打ちひしがれるアルケニーを他所に、甲賀は余裕のある様子で地面に着地し、分身達がその場で消滅する。
胸部装甲の汚れを手で払う甲賀に、吼帝が再び拍手をしながら歩み寄って来た。
「素晴らしいよ黒峰君。実に見事な作戦だった」
「……どうも」
そう、全ては甲賀のシナリオ通りだった。
それは、甲賀がトリックベントで分身達を生み出した後の事。
『分身を生み出す能力か、まさしく忍者だな……む?』
≪CLEAR VENT≫
『……なるほど、それが君の戦い方か』
アルケニーとアイスパイダーが分身達を相手取っている中、本体は既に、離れた場所でクリアーベントを使い透明化していた。
アルケニーが凍らせて蹴り砕いた甲賀は、ただの分身に過ぎない。
その後はアルケニーが完全に油断しているタイミングで必殺技を発動し、アルケニー……ではなく、アイスパイダーの方に狙いを定めたのだ。
契約モンスターを失ったライダーは弱体化する。
その性質をアリスから聞いていた彼女は、アイスパイダーを倒す事で、アルケニーの弱体化に成功したのである。
「卑怯、だなんて言わないよね?」
「言わないさ。これで2つ目のテストもクリアだ」
樹に課せられた2つ目のテスト。
それは樹の、甲賀としての実力を見せる事。
それも無事に合格判定となり、甲賀は内心ホッとしていた。
何せスペックの低い甲賀にとっては、このテストが一番難易度が高かったのだから。
「さて、では最後のテストと行こうか」
「今度は何をさせる気?」
「今までで一番簡単だ。しかしある意味で、一番できなければならない事でもある」
吼帝はそう言うと、今も絶望のあまり膝を突いているアルケニーに近付いて行く。
それに気付いたアルケニーは「ひっ」と小さな悲鳴を上げて逃げ出そうとしたが、その前に吼帝が右足で彼女を蹴り倒し、彼女の胸部を力強く踏みつけ逃げられなくさせた。
「ぐえ、ぷっ……!?」
「最後のテストだ、黒峰君……この女にトドメを刺せ」
「……ッ!!」
トドメを刺せ。
つまり、甲賀の手でアルケニーを殺せ、という事だった。
「トドメの刺し方は君に任せよう。直接君の手で殺しても良いし、何なら彼女のメモリアカードを破いてしまっても良い。どうだ、一番簡単だろう?」
「ッ……」
仮面ライダーは願いの為に殺し合う。
その戦いに参加した以上、
だからこそ吼帝は試そうとしているのだ。
甲賀に、
「ライダーになったからには、その覚悟はできているはずだ。まさか、できない訳ではあるまい?」
「……わかった」
甲賀は忍者刀を抜き取り、それを見た吼帝はアルケニーの胸部から足を退ける。
アルケニーは甲賀が近付いて来るのを見て、再び怯えた様子で後ずさりしようとしたが、その前に甲賀の忍者刀の刃先がアルケニーの眼前へと向けられる。
「ひぃ!? ま、待って、お願い、殺さないで!! 私が悪かったから……ね、ねぇ、お願い待って!?」
先程までの強気な態度が消え失せ、ただ死の恐怖に怯えながら命乞いをするアルケニー。
そんな情けない姿を見ていた時、甲賀は忍者刀を構えていた自身の右手が、僅かに震えている事に気付いた。
(ッ……アタシは……)
何故、自分の手は震えている?
殺す事を、本能的に躊躇っているからか?
甲賀にはわからなかった。
「そ、そうだ!! ねぇ、アタシ達、手を組んでみない!? アタシ達3人が手を組めば、案外上手くやっていけるんじゃないかしら!!」
「……アタシを殺そうとしたじゃん。今更何言ってんの」
「あ、あんなの、ちょっとした
「……は?」
「お、お願い、アタシにも叶えたい願いがあるの!! こんな所でまだ死にたくないの!! その為ならアンタ達の命令も何だって聞いてあげる!! だから……!!」
「……じゃあさ」
甲賀は忍者刀を下ろし、アルケニーに告げた。
「変身解いてよ」
「へ……?」
「アタシ達の言う事、何でも聞いてくれるんでしょ? まさか聞けない訳じゃ……」
「わ、わかった、わかったわ!! 今変身解くから!!」
アルケニーは慌てて自身のカードデッキをベルトから抜き取り、その変身を解除する。
変身を解いたアルケニーは、松生高校の制服に身を包んだ茶髪の少女“
それを見た甲賀は黛の前でしゃがみ込み、彼女の肩に左手をポンと置いた。
「……大丈夫、心配はいらない」
「! 何……?」
一体何を考えているのか。
まさか、この期に及んで助けるつもりか。
吼帝が仮面の下で眉を顰める中、甲賀の言葉を聞いた黛は嬉しそうな表情を浮かべた。
「た、助けてくれるのね!? 嬉しい、ありが―――」
ザシュウッ!!!
「―――と?」
何かを斬りつける音。
その音がどこから出た物なのか、黛は一瞬、理解が追い付かなかった。
そして今、何故か首元に痛みを感じる理由もわからなかった。
「大丈夫、心配はいらない」
しかし、それもすぐに理解させられる事となった。
何故なら今、黛の首元からは……
「
「が、ごぼぉ……ッ……!?」
「アンタの手を借りなくても、アタシはアタシの願いを叶えてみせる」
数秒遅れて、ようやく首を斬られた事に気付いた黛。
何で?
どうして?
言う通りにしたのに?
そんな絶望の表情を浮かべたまま、彼女はドサリと倒れ伏した。
僅かにビクン、ビクンと痙攣している黛を見下ろしながら、甲賀は忍者刀に付着した返り血を振り払い、腰の鞘へと納める。
そんな彼女の耳に、大きな拍手が聞こえて来た。
「素晴らしい、素晴らしいじゃないか黒峰君」
先程までとは打って変わり、満足気な様子で甲賀を讃える吼帝。
彼は当初、甲賀がアルケニーにトドメを刺せなかった場合の事も考慮はしていた。
しかし甲賀は、自分の想定以上の結果を見せつけてくれた。
これには吼帝も、拍手を送る以外の選択肢はなかった。
「おめでとう。これで君は全てのテストに合格した。正式に、私の配下として迎え入れようじゃないか」
吼帝から合格と見なされ、晴れて彼の傘下となる事が決定した、甲賀こと黒峰樹。
彼女は今、違う事を考えていた。
(……あの時の震え)
忍者刀をアルケニーに向けた時の、彼女の右手の震え。
その震えの原因を、彼女は今、改めて理解していた。
あれは、人を殺す事を躊躇うような、人としての良心から来る物ではない。
遊び半分でライダーバトルに参加しているとわかった、黛に対する怒りから来る震えだったのだ。
『あ、あんなの、ちょっとした
その台詞を聞いた時。
樹の脳裏には、両親の笑っている顔が浮かび上がっていた。
その瞬間、彼女の中で何かのスイッチが切り替わった。
そして気付いた頃には、彼女は黛をその手にかけてしまっていた。
(……あぁ、そっか)
にも関わらず、彼女の心は不気味なほどに冷静だった。
そこで樹は、初めて気付かされたのだ。
願いの為なら、自分の中のスイッチを一瞬で切り替える事ができてしまう、そんな己の異常性に。
(アタシも、狂ってたんだなぁ)
返り血で赤く染まった己の姿を見ながら、樹はこの日、その事実を強く思い知らされる事となったのだった……
To be continued……
願いを叶える事に、両親を喜ばせる事に深い執念を抱き続けていた樹ちゃん。結果として今回、遂に越えてはならない一線を越えてしまいました。
時系列的には、ツルギ本編で言うと『?+1ー15 揺らぐもの』から『?+1ー16 流転する』の間。
そう、樹ちゃんが美也ちゃんに「赤いライダー(ヘリオス)が倒された」という情報を伝えに来た頃には、樹ちゃんは既にライダーを1人殺めてしまっていた訳です。
これから先、彼女はどのような道を辿って行くのか……ツルギ本編も必見です。
ちなみに、↓に黛寿葉/仮面ライダーアルケニーの設定を載せてみました。もし使いたいという方がいたら、(もちろん大ちゃんネオさんにも一応確認を取った上で)ぜひお使い下さいませ。
まぁそもそも、この子を使える場面があるかどうかはわかりませんが(ォィ
黛 寿葉(まゆずみ ことは)/仮面ライダーアルケニー
詳細:松生高校3年生の女子生徒。18歳。得意科目は現代文で、苦手科目は理科。
中学生時代は写真部に所属し、この時は写真を撮る事が好きだった。彼女の撮る写真は綺麗で、周囲からも高い評価を得ており、黛自身も将来はフリーのカメラマンになる事を夢見ていた。
しかし、彼女の写真を妬んだ先輩女子部員に、これまで撮ってきた写真が破かれたり落書きされたりなど滅茶苦茶にされた挙句、「後輩の癖に調子に乗ってんじゃないわよ」と脅された上で、愛用していたカメラを目の前で壊されてしまう。その時のトラウマが原因で、今までのように写真を撮る事ができなくなってしまい、最終的にカメラマンになる夢を捨てる事になった過去を持つ。
樹や美也とはまた異なる形で、他者の悪意によって夢を踏み躙られた人物と言える。
その後、夢を失った事で荒れに荒れた結果、高校に上がる頃にはすっかりグレてしまい、他の不良男子達とつるんで動くようになった。自分が気に入らないと思った後輩男子を不良男子達と共に虐めたり、後輩女子をパシリとして扱ったり、挙句の果てには相手の大切な物を目の前で壊したりなど歪んだ性格になってしまった。仮面ライダーの力を手に入れてからは、その傲慢さが更にエスカレートしている。
他者の悪意を踏み躙られた結果、自分が他者を踏み躙る側に回ってしまった彼女だが、かつての「カメラマンになりたい」という願いに対しても中途半端に未練が残っており、ライダーバトルで勝利した暁には【過去のトラウマを克服する】事を強く願っている。
メモリアカードは【OVERCOME】で、意味は【克服】。
仮面ライダーアルケニー
黛寿葉が変身する仮面ライダー。基本カラーはエメラルドグリーン。
黒いアンダースーツの上に、蜘蛛の顔と手足を思わせるエメラルドグリーンの装甲を纏っている。フェイスシールドのスリッドは蜘蛛の巣の形状。
黛自身の戦闘能力があまり高くない為、標的を襲う際はアイスパイダーと連携して行動する事が多い。
顎召糸(がくしょういと)アイスバイザー
アルケニーの左足に装備されている、蜘蛛の頭部を模した召喚機。ベントイン方法は仮面ライダーベルデのバイオバイザーと全く同じ。
アイスパイダー
オニグモ型ミラーモンスター。基本カラーはターコイズブルー。ソロスパイダーに似た外見をしており、頭部・両肩・脚部に氷のツララを思わせるトゲが生えているのが特徴。
口から吐く糸で獲物を捕食する他、両腕の鉤爪は斬りつけた部分を冷気で凍りつかせる能力を持つ。
・デッキ構成
アドベント
アイスパイダーを召喚する。4000AP。
ストライクベント
アイスパイダーの両腕の鉤爪を模した武器『スパイダークロー』を召喚する。2000AP。
フリーズベント
特殊カードの一種。相手の契約モンスターを凍らせ、動きを封じる。1000AP。
ファイナルベント
アイスパイダーが両腕の鉤爪で敵を何度も斬りつけ、凍りついて動けなくなった敵にアルケニーが近付き、回し蹴りでバラバラに粉砕する『スパイディングフリーズ』を発動する。5000AP。
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第6話 働く者
今回は樹ちゃんの働き者な一面をご覧あれ。
それではどうぞ。
ライダー狩りを終えてから翌日。
初めてライダーを自らの手で殺めた事は、樹の心に少なくない影響を与えた。
かと言って、彼女の普段の生活が大きく変わったのかと言われると、別にそういう訳ではない。
朝早くに目覚め、朝食を食べ、顔を洗って歯を磨き、制服に着替え、忘れ物がないかカバンの中身を確認し、そして登校する。
ここまでの一連の流れは、普段の日常と全く変わりのないものだった。
「そういえば樹。文化祭での出し物はもう決まってるのかしら?」
「うん。うちのクラスはカキ氷で決まった」
「ほぉ、カキ氷か……そういえばしばらく食べてなかったな。メロン味のシロップかけると美味いんだよなぁ」
「ここ数年、夏祭りとかに行く回数も減っちゃったものねぇ。お母さんはやっぱりイチゴ味が一番ね」
「良かったね2人共、うちのクラスに来たらどっちも頼めるよ。でもカキ氷ならブルーハワイ一択でしょ」
「……見事に意見が割れたな。カキ氷はメロン味こそが至高だろう?」
「あら、何を言ってるのかしらあなた。イチゴ味が良いに決まってるじゃない」
「ブルーハワイだってば。いくら父さんと母さんが相手でも、それは絶対譲らないから」
朝食を食べながら、樹は普段通りのテンションで両親と会話を行っていた。
会話の内容については、カキ氷のシロップはどの味が一番美味しいかという非常にしょうもない物だったが、そんな会話すらも樹にとっては楽しいものだった。
こんな楽しい日常が、これからも続いていって欲しい。
そんな気持ちを抱いているからこそ……樹は両親に対し、何も話さないでいた。
自分がライダーになった事も。
自分がライダー同士の戦いに参加している事も。
自分が既に、ライダーを1人手にかけてしまっている事も。
両親に隠し事をしている事、そして両親の知らないところで人の道を踏み外してしまった事に、樹は罪の意識を感じていた。
(知ったらきっと、2人は悲しむよね)
だからこそ、今後も両親には話す事はないだろう。
2人には、変わらず笑顔でいて欲しいから。
自分の願いが叶ったその時は、飛びっきりの笑顔で迎えて欲しいから。
そう思っているからこそ……樹は両親と話している今もなお、ライダーバトルの事を頭から決して離さずにいた。
(そう……願いの為だもんね)
白米を口にしながら、樹は箸を持っている右手にさりげなく視線を下ろす。
事故で後遺症が残ってしまった自身の右腕。
その後遺症を直し、またピアノを弾けるようになりたい。
それが樹の切なる願いだった。
そんな彼女の願いは……思わぬ形で、叶うチャンスが増えようとしていた。
『アタシへの報酬?』
『あぁ。その事で、君に話しておこうと思ってね』
それは先日、ライダー狩りを終えた直後の事。
ミラーワールドから帰還した樹は正式に、鐵宮の配下として迎えられる事が決定した。
その際、鐵宮が樹に対して告げた報酬の内容は、彼女にとって決して無視のできない物だった。
『情報通な君の事だ。私の家が政治家一家である事はもう知っているのだろう?』
そんなのは既に分かり切った話である。
急にそんな話を持ち出してきて、一体何だと言うのか。
鐵宮の意図が読めない樹だったが、次に鐵宮が語る内容を聞いて、その表情に変化が起こる事となる。
『いずれ国のトップに立つ者として、私はその身を大事にしなければならない。故に鐵宮家には、どんな怪我や病気でも治せるよう、この国において最高の腕を持つ名医が手配されるようになっているのだよ……ここまで言えば、君もわかるのではないかな?』
『……ッ!?』
そこまで聞けば、その報酬の内容を察するのは容易だった。
樹への報酬。
それはズバリ、彼女の右腕の治療。
右腕を治すチャンスが巡って来た事に、思わず息を呑んだ樹は、左手で自身の右腕の裾を掴む力が強まっていた。
にこやかな笑みを浮かべている鐵宮の視線もまた、彼女の右腕をまっすぐ正確に捉えていた。
『私の悲願が達成されたその時は、君の腕を治して貰えるよう、こちらから取り計らってあげようじゃないか。どうだね? 君とっては願ってもない話だろう?』
『ッ……どういうつもり?』
いくら何でも話が美味過ぎる。
彼が自分にそこまでしてくれるメリットが一体どこにあるのか。
自分を都合良く利用する為に、適当な事を言っているのではないか。
樹からそんな疑いの目を向けられる事は想定済みだったのか、鐵宮は終始笑みを崩す事なく語ってみせた。
『それ相応の働きを見せた者には、それ相応の報酬を与える事で、その者の心を掴む。人心掌握など、支配者ならば持っていて当たり前のスキルなのだよ。ただ暴君なだけの愚者になど、誰も付いて行こうとは思わない。君もそうだろう?』
『……それはまぁ、確かに』
鐵宮の言う事はもっともではある。
どれだけ冷徹で、どれだけ傲慢であっても、そこは政治家一家の息子。
表の顔も、真の顔も、トップに立つだけのカリスマをきちんと持ち合わせている事は確かなようだった。
しかし、それを理解したところで今の樹には、気を緩めていられる余裕など全くなかった。
それ相応の働きを見せた者には、それ相応の報酬を与える……言い換えれば、それ相応の働きができない者に、くれてやる報酬は何もないという事。
もし鐵宮から「使えない手駒」と見なされてしまえば、その時はいとも簡単に切り捨てられてしまう事だろう。
特に自分なんかでは、反逆したところで勝ち目はないだろう。
ヘリオスを一方的に屠った吼帝の強さを知る樹にとって、それだけは絶対に避けなければならない事態だった。
『……わかった。報酬はそれでお願い』
『ふむ、契約成立だな。よろしく頼むよ、黒峰君』
だからこそ、樹はその報酬でOKを出す事にした。
鐵宮の考えがどうであれ、この状況は彼女にとって大チャンスだった。
上手くやれば、鐵宮の願いを達成させつつ自身の願いも叶えられる。
仮に嘘だと発覚しても、その時はその時で鐵宮を出し抜く術を考えるだけ。
状況がどのような方向に転がっても良いように、樹は人生で一番と言って良いほど、様々な思考を張り巡らせ続けていく事となるのだった。
(―――ま、ひとまず今は授業だね)
そうして今に至る訳である。
どれだけライダーバトルの事を考えたところで、樹はあくまで高校生。
学生の本分が勉強である以上、授業にはきちんと出席しなければならないのが現実である。
しかし勉強をそつなくこなせる樹にとって、授業はとても退屈な時間だった。
古典の授業中、教師がペラペラと語りながら黒板に白いチョークを走らせ、生徒達は黒板に書かれている事を必死にノートに書き留めていく。
その一方で、樹は周囲とは全く違う事をしていた。
教師に見えないよう教科書で上手く隠れながら、小さなメモ帳にいくつもの文章を書き記し、そこにこの学園に通っている生徒の顔写真を貼り付ける。
そしてそのページをメモ帳から切り取り、別に取り出したファイルのページにまたペタッと貼り付けていく。
そう、彼女が現在作成しているのは、これまで発見したライダーの情報を纏めたファイルだった。
そのライダーの見た目の特徴。
そのライダーが使うカードや、契約しているモンスター。
そしてそのライダーに変身している、もしくは変身している可能性が高いと思われる生徒の素性など。
それらの情報をできる限り集めて来るよう、鐵宮に依頼された樹は、自分にとって退屈で、かつ教師が指名をして来ない授業の時間帯を利用し、入手したライダーの情報をファイルに纏める作業を行っているのである。
と言っても、たった1人で何でもかんでも情報を集められるほど、樹も流石に万能ではない。
この作業については、実は副会長の佐竹も共同して行っていた。
ライダーの使う能力などについては樹が。
ライダーの変身者の素性などについては佐竹が。
2人が分担して情報を集める事で、それらを1つに組み合わせた時、それはより有力な情報として鐵宮に提供されるのである。
(これで、また1人作成完了っと)
ファイルに纏められたライダーの情報は、既に1人や2人どころではない。
これまで遭遇した、もしくは発見したライダーの内、多くのライダーの情報が彼女によってファイル内に纏められつつあった。
ヘリオスやアルケニーのような、既にライダーバトルから脱落しているライダーに関しても、項目の上から赤ペンで大きな×字が刻まれている。
ここまで真面目に、かつ集中して作業を行っている樹の姿は、普段の彼女を知る面々からすれば非常に珍しい光景に見える事だろう。
「その真面目さを勉強に活かせないのか?」という突っ込みは、残念ながら彼女に対しては無意味である。
(さて……いよいよ今回の本命ね)
ここで、樹はまた新たなライダーの情報を書き記し始めた。
それはこのライダーバトルにおいて、鐵宮と同じイレギュラーとされている存在。
それは現時点で2人しか確認されていない、男子生徒が変身した仮面ライダーの内のもう1人。
(……
クラスは1年A組、部活は新聞部。
特になんて事ない、普通の特徴しかないと思われるその少年。
彼こそが、少し前のグリムとの戦闘中に目撃したライダー“ツルギ”の正体なのではないかと樹は推測していた……というかほぼ確信していた。
何故そのような考えに至ったのか。
それは、ある女子生徒の存在が鍵となった。
この聖山高校における有名人の1人で、その冷たく近寄りがたい雰囲気から“氷の女”などと呼ばれている。
そして、彼女もまた仮面ライダーである。
樹はこの日の登校中、燐と美玲が2人一緒になったところを目撃。
その2人が通学路を外れてどこかに向かって行くのを不審に思った樹は、もしやと思い2人の後をこっそり尾ける事にした。
そして向かった先にあったドラッグストアの駐車場にて、樹は2人の会話をこっそり盗み聞きしたのである。
『僕のどこが馬鹿なんですか!』
『決まってるでしょう! あの時、消滅しかかっていたのにモンスターの群れに突っ込んで行って……急にミラーワールドから締め出されなかったら今頃、あなたここにいないのよ! 分かる!?』
(……へぇ)
人のいない場所で、2人だけで話している。
モンスター、ミラーワールドと言った単語に、燐は聞き慣れた様子を示していた。
そして美玲が告げた「モンスターの群れに突っ込んで行って」という発言。
それだけで、樹は簡単に答えを導き出す事ができた。
燐こそがツルギの正体なのだと。
結局、その時はそれ以外に有力な情報は得られなかったが、男子が変身するライダーの素性を特定できたというだけでも、彼女にとっては充分な収穫だった。
彼のより詳しい素性については、佐竹に全部丸投げしてしまえば良いだろう。
そう考えながら、樹は1年A組の女子生徒から譲り受けた燐の写真を、顔の部分だけ切り取ってからファイルのページに貼り付けていく。
「―――あぁ、いたいた」
なお、樹の仕事はファイル作成だけでは終わらない。
鐵宮から言い渡された仕事は他にもある。
その仕事をこなすには、ある人物に出会う必要があった。
その人物と会うには、昼休憩の時間帯がベストタイミングだった。
何人かの生徒が立ちながら談笑している廊下を歩きながら、目的の人物を発見した樹は、慌てた様子でどこかに向かおうとしているその人物に、後ろから声をかける。
「影守さん」
「! あなたは……」
振り向いたその人物―――影守美也は樹の姿を見て驚く様子を見せた後、すぐに敵意の混ざった目を樹に向けた。
少し前、自分はライダーとして彼女と敵対した身である。
その敵対した相手が、再び目の前に現れたのだ。
敵意を向けられるのは無理もないだろうと樹は思っていた。
「少し、時間取れるかな」
「……何か、用?」
「そんな怖い顔しないでよ。別に今日は戦おうと思って来た訳じゃない」
それを聞いて、美也の表情から少しだけ敵意が薄れたのを感じ取った樹は、用件をさっさと伝える事にした。
「あなた達が追ってる赤いライダーなら倒されたわよ」
「え……」
「私、見たのよ。赤いライダーが紫のライダーに倒されるところを。メモリアを破られて、何処かに消えてしまったわ」
樹が告げた内容に、美也が目を見開いた。
どうやら、ヘリオスが既に脱落している事を美也達はまだ知らなかったようだ。
「何でその事を私に……ううん、何で私達が追ってるって……」
「戦いは情報戦ってね。私、これでも色々知ってるんだ~。あなた達が知らないライダーとかも含めてね」
実際、美也達よりも樹の方が多くのライダーの情報を握っている。
これに関しては、嘘をつく理由は樹にはない。
「それで、何であなたに教えたかだけど……もういないライダーの事なんて気にしても徒労じゃない。倒された敵より、まだいる敵の事について考えたらっていう親切心」
そう口にする樹だが、もちろん単なる親切心だけではない。
情報を知っているのと知らないのとでは全く違う。
情報を知っている者は、知らない者をある程度だがコントロールする事ができる。
それもまた、ヘリオスの脱落を他のライダー達に伝えるよう、鐵宮が樹に言い渡した理由の1つだった。
「へぇ、親切なんだね……けどもしかしたら私達は、次はあなたを狙うかもしれないでしょ」
「ぷっ何それ。戦いを止める為に戦うとか言ってたあなたが、私を襲う? 冗談言わないでよ」
「ッ……」
あれだけ戦いを止めたいだの何だのと言っていた奴が、何をアホな冗談を言っているのか。
そもそも、自分が既にライダーを1人殺めている事を彼女は知らないのか。
いや、彼女の事だ。
どうせ知る訳がないだろう。
何せヘリオスが脱落した事すら、たった今初めて知ったようなのだから。
樹からすればとんだ笑い話だった。
一方の美也は図星だったのか、言葉に詰まり何も言えない様子だった。
「まぁ、負けた奴のことなんて気にせずやらないと。次やられるのは自分かもしれないんだから。お互い気を付けましょう?」
樹がクルリと背を向けて歩き去ろうとすると、その後方から廊下を走り去る足音が聞こえて来た。
その足音が、今聞いた話を他のライダー達に伝えようと先を急ぐ美也の物である事は、樹からすれば振り返らなくてもわかり切った事。
これでまた1つ仕事をこなした樹は、その事を報告するべく次は生徒会室へと足を運ぶ。
そしてそれが終われば、恐らくまた他のライダーの情報収集を言い渡される事だろう。
(面倒臭いなぁ……)
こなさなければならない仕事がいちいち多くて困る。
しかし、鐵宮の配下になると決めたのは他でもない自分自身だ。
自分からそうしたからには、どれだけ面倒な仕事であっても真面目にこなしていくしかない。
(帰り、またハイレコに寄ろうっと……)
ストレスを発散するには、やはりCDショップで新しい曲を試聴するのが一番だろう。
そう決めた樹はさっさと鐵宮に報告を済ませるべく、歩くスピードを少しずつ上げて生徒会室へと向かって行くのだった。
それから翌日……
「黒峰君に紹介しておこう。本日より、彼女達も我々の陣営に加わる事となった。仲良くしたまえ」
「イエーイ! 放送部の玄汐夏蜜柑でーす♪ 仮面ライダーテュンノスやってまーす、よろしくねー☆」
「新島陽菜、仮面ライダーグリズ。よろしく」
「……は?」
これまで以上にストレスを抱えていく羽目になる事を、樹は嫌でも思い知らされる事となる。
To be continued……
樹ちゃん働き過ぎじゃない?←
そんな樹ちゃんの前に、夏蜜柑ちゃんという胃痛悪化要因マスコット要員がやって来てくれました。
これで樹ちゃんのストレスが和らぐよ!
やったね樹ちゃん!
それはさておき、もうほとんどツルギ本編にも追いついてきちゃいました。物語的にもこの辺が一区切りになりますかね。
という訳で、次回は番外編的な何かでも載せてみようかな~なんて思っていたり。
それではどうなる?
また次回!
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番外編 満たされない者
今回は『第5話 越える者』で儚い犠牲になった、あの子の視点からお送りします。
それではどうぞ。
夢を持って良いのは強い人間だけ。
アタシがそう思うようになったのは、中学1年生の頃だった。
昔は写真を撮るのが好きだった。
小学生の頃、動物園や遊園地に行くたび、両親に写真を撮って貰っていた。
時には自分が両親の写真を撮る事もあった。
それが、アタシが写真を撮る事を好きになる切っ掛けとなった。
いろんな景色を、いろんな人の表情を、綺麗な写真に収めたい。
そんなアタシが、カメラマンを目指すようになったのは自然の流れだろうか。
それから中学生になった後。
どの部活に入るか悩んでいた時、たまたま目に入ったのが写真部の部室だった。
その時点で、アタシは迷いなく写真部に入る事を決めていた。
他の部員達と一緒に写真を撮るのは楽しかった。
入部したばかりでまだカメラに詳しくない同級生に、カメラの手入れの仕方、綺麗な写真を撮る方法など、色々伝授するのも楽しかった。
アタシの撮った写真が綺麗だと、他の部員や顧問の先生からも称賛された。
この頃は本当に楽しかった。
そう、この頃は本当に……
『ッ……何よ、これ……!?』
ある日。
これまでアタシが撮ってきた写真を載せたアルバムが、滅茶苦茶にされた状態でゴミ箱に捨てられていた。
ビリビリに破かれ、落書きをされ、それはもう悲惨な状態だった。
一体、誰がこんな酷い事をやったのか。
その犯人はすぐにわかった。
『アンタさぁ、周りから随分チヤホヤされてるわよね』
『後輩の癖に調子乗ってんじゃないわよ』
『!? ま、待って、やめ―――』
アタシが撮った写真を妬んだ、一部の先輩部員達の仕業だった。
加えて、アタシが大切にしていたカメラも、彼女達の手で容赦なく壊されてしまった。
それはもう、目も当てられないほどグシャグシャに。
あの時の光景は、今でもアタシの脳裏に残り続けている。
その一件が原因で、私はこれまでのように写真を撮る事ができなくなってしまった。
あの先輩部員達は先に卒業して以降、一度も顔を合わせてはいないが、彼女達に刻み付けられたトラウマは、今も私の心に消える事なく残っていた。
また、あの時みたいに滅茶苦茶にされるのではないか。
私の大切な思い出が、何もかも蹂躙されてしまうのではないか。
そんな不安と恐怖に押し潰されそうになり、結局アタシは写真部を退部した。
カメラを手入れする為の道具も全て処分した。
カメラを壊された以上、持っていたって何の意味もないからだ。
そして高校生になってから、アタシはグレにグレていった。
不良ともよくつるむようになり、一緒になって後輩を虐めるようになった。
後輩の男子は暴力で痛めつけ、ストレス発散用のサンドバッグにした。
後輩の女子はパシリとして扱き使い、時には他の不良達に
これで良い。
下手に良い子ちゃんぶったところで、どうせ悪い人間に蹂躙されるだけだ。
ならばいっその事、自分もその悪い人間になってしまえば良い。
そうすれば自分は蹂躙されないで済む。
だから私は、不良グループのリーダーに媚びに媚びへつらった。
幸い、不良グループのリーダーから見て、アタシは割と好みの部類だったらしい。
おまけにアタシはスタイルも良い方だったから、すぐに気に入って貰えた。
アタシがリーダーに少し体を売ってあげると、それだけで翌日からアタシは他の不良達からも、不良仲間の1人として見なされるようになった。
リーダーはそっちの行為も凄く上手かったから、気持ちの良い思いもできて一石二鳥だった。
これでもう、アタシを虐める者はいない。
もう誰にも、アタシの楽しい日常を踏み躙る者はいない。
そのはずなのに。
それでも、私の心は満たされずにいた。
楽しいはずなのに、何かが足りない。
理由はわからないが、そんな気がしてならなかった。
そんな時だった。
キィィィィィン……キィィィィィン……
『? なに、この音……』
『ギシャア!!』
『え……きゃあっ!?』
本当に突然だった。
校舎の窓ガラスから、青い体色の蜘蛛みたいな人型の化け物が飛び出して来た。
何が何だかわからないまま、アタシはその蜘蛛の化け物に襲われそうになったのだ。
この化け物は一体何だと言うのか。
何で自分が襲われなければならないのか。
またしても、自分の人生は簡単に踏み躙られる事になってしまうのか。
嫌だ、死にたくない。
アタシの楽しい人生を、簡単には終わらせたくない。
そんなアタシの願いが通じたのか否か。
アタシの耳には、あの化け物の唸り声だけでなく、別の声も聞こえてきた。
『はいどうも~、こ~んに~ちは~! 皆に幸せを運ぶ天使、アリスちゃんで~す♪』
窓ガラスに映り込んだ謎の少女。
その少女―――アリスとの邂逅が、アタシの人生をまた大きく変える事となった。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「あっははははは!! ほらほらどうしたのぉ!? アンタの力はそんなもん!?」
それからというもの。
アタシは今、最高に楽しいゲームをしていた。
と言っても普通のゲームではない。
女子高生が“仮面ライダー”という仮面の戦士に変身し、ミラーワールドという鏡の世界で、ライダー同士が本物の殺し合いを行うゲームだ。
最後の1人になるまで勝ち残れば、自分が叶えたい願いを叶えられるという。
アタシにとっては実に都合の良い話だった。
ライダー同士の戦いは、アタシの中に溜まっていたストレスを発散できる。
アタシは積極的にライダー狩りを楽しんだ。
相手をいたぶればいたぶるほど、アタシの心は歓喜に満ち溢れていく。
これほど楽しいゲームは他に存在しないだろう。
それなのにだ。
それなのに、アタシの心が満たされる事はなかった。
何が足りないのだろう。
カードデッキと一緒に渡されたメモリアカード。
これには英語で『
克服。
これが何を示しているのか、イマイチよくわからない。
何をどう克服すれば良いのか。
もっとライダーを倒し続ければ良いのだろうか。
心が満たされない理由がわからないまま、アタシはひたすらライダーを狩り続けた。
ライダーを倒し続ければ、もしかしたら何か変わるかもしれないと、そう思ったからだ。
でも、ライダー同士の戦いをしている内に気付いた事がある。
ライダー同士の戦いも、決して楽しい事ばかりではないという事に。
「ねぇ、どうしたのよ? もっと全力で戦いなさいよ。これじゃ張り合いがないわ」
「ッ……やめて下さい……!! 私は、ライダー同士で戦う気はないんです……!!」
「はぁ? ふざけてんのアンタ?」
中にはライダー同士の殺し合いを好まず、モンスター狩りにだけ専念している奴もいた。
アリスによると、ライダーになってからもなお、そういった思考でいる輩がちょくちょくいるらしい。
アタシからすれば、そんな奴はただただ不快な存在でしかない。
アタシは気に入らなかった。
今、アタシの目の前で日和っているコイツを、全力で叩き潰してやろうと思った。
「ライダーは殺し合うもんでしょう? アンタもそれをわかっててライダーになったんじゃないの?」
「ち、違う!! アタシはあのアリスって子に騙されて……」
「関係ないわよそんな事。ライダーになった以上は戦うしかない……そういう宿命なのよ!!」
「きゃあぁっ!?」
これだけ言ってもなお、目の前のコイツはアタシと戦おうとしない。
気に入らない。
本当に気に入らない。
コイツはこの手でぶっ殺してやらないと苛立ちが収まらない。
「あぁもう腹立つ……アンタはここで殺してあげる!!」
≪STRIKE VENT≫
「や、やめて下さ……あぐぅ!?」
アタシは両腕に装備した鉤爪で、目の前の馬鹿を何度も斬りつけて痛めつけた。
何度も。
何度も。
何度も。
何度も。
相手が何か言いたげにしているが知った事じゃない。
気付けば、相手は既に満身創痍になっていた。
「はぁっ!!」
「ぐ……あぁぁぁぁぁぁっ!?」
何度も斬りつけてやった後、気付けば相手は変身が解けて生身の姿に戻り、地面を転がっていた。
その際、彼女の首元にかかっていた物が、アタシの目に入り込んだ。
それは……
「! カメラ……?」
それも、形状からして一眼レフカメラだろうか。
アタシは一目見ただけで、それがきちんと手入れされている物だとわかった。
何となくアタシが拾って奪い取った時、目の前で倒れていた女が、焦った表情で手を伸ばしてきた。
「ッ……返、して……それは……パパと、ママに貰った、大切な……!!」
「……ふぅん、こんなのが大切なんだぁ。ねぇ、これ返して欲しい?」
「か、返して、お願い……アタシは、そのカメラで、いっぱい、写真を撮りたいの……だから……だから……ッ!!」
「何? アンタ写真家にでもなりたいの?」
「ッ……そうよ……だから、お願い……!!」
「そっか、そんなに返して欲しいんだぁ。そんな風に言われちゃったらアタシ……」
ますます壊したくなっちゃうじゃない。
グシャアッ!!
「!! あ、あぁっ……」
カメラが踏み潰される音。
それを見せつけられた女が絶望する顔。
この瞬間だけ、アタシは最高に気分が良くなったような気がした。
「写真家になりたい? アンタも馬鹿よねぇ。アンタみたいな弱い奴が夢を持ったところで、もっと強い奴に踏み躙られて終わるだけよ。夢を叶えたいなら、もっと強い奴になって蹂躙し返すしかない。そうでしょう?」
そう、この世は弱肉強食。
ただ夢を持ったって、悪意を持った強い人間に踏み躙られる。
そうならないようにするには、より強くなって、相手を蹂躙する側に回れば良い。
そんな簡単な話なのに、それを理解していない奴がこの世には多過ぎる。
今、目の前で絶望しているこの馬鹿もそうだ。
そうすれば楽なのに、何でそれをやろうとしないのか。
アタシには全く理解できなかった。
「……ねぇ、ちょっとアンタ聞いてるの?」
「あ、ぁ……パパ……ママ……ごめん、なさい……」
コイツ、アタシの話をまるで聞いちゃいない。
それどころか、バラバラに破壊されたカメラに手を伸ばしながら、自分の両親にひたすら謝り続けているだけ。
目の前で夢を破壊され、絶望しているからなんだろうが……これはこれで気に入らない。
「はぁ……もう良いよ。アンタはここで死んで」
≪FINAL VENT≫
『ギシャアァッ!!』
「!? ひっ、嫌、助け―――」
怯えた様子で助けを求めてきたこの女を、アタシの契約モンスターであるアイスパイダーが無理やり起こし上げ、その鉤爪で女を容赦なく斬りつける。
生身で喰らったから、斬られた箇所から血が噴き出ているが、それもアイスパイダーの能力によって一瞬で凍り付いていく。
アイスパイダーが何度も斬りつけた後、女は絶望した表情のまま、物言わぬ氷の彫刻と化していた。
「じゃ、さようなら。来世ではもっと賢く生きなよ」
そう言ってから、アタシはそいつを粉々に蹴り砕いてやった。
これでまた1人、ライダーを倒した。
これで少しは満たされるだろうと思っていた。
でも……本当に少しだけだった。
それからしばらく時間が経過すると、また心に穴が空いたような感覚に陥り始めた。
一体何故だろう。
原因がわからない。
何にせよ、少しでも満たされたい気持ちに駆られていたのは事実だった。
「あぁっ凄い……気持ち良い……ッ」
翌日。
放課後になってから、アタシは学校の体育倉庫まで移動していた。
もちろん、アタシ1人ではない。
アタシがつるんでいる不良グループも一緒であり、今日もまた1人、不良グループのターゲットにされていた後輩女子が無理やりここまで連れて来られていた。
体育倉庫の中で後輩女子が不良達によって
「おいおい、今日はヤケに激しいな。そんなに相手して欲しかったのか?」
「えぇ……何だかアタシ、凄くあなたとヤりたい気分だったの……」
アタシは今、制服の上着を脱ぎ、シャツのボタンを全開にした状態で、リーダーと正面から向き合うようにして優しく抱いて貰っている。
もちろん下着は上も下も着けていない。
そうした方が、彼も喜んでアタシを抱いてくれるからだ。
「他の奴等を誘う事だってできただろ。そんなに俺が良かったのか」
「当然よ。アタシの相手はあなたしか考えられない」
「そりゃ嬉しいねぇ。まぁ、お前は結構可愛いからなぁ。アイツ等にくれてやるには勿体ねぇ」
「そうよ。アイツ等だって、今も1年の女子を相手してるんだから。アイツ等にはあぁいうので充分でしょ?」
「はは、違いねぇ」
アタシ達がこうして話している間も、体育倉庫の僅かに開いている窓からは、色々な声が聞こえてくる。
不良仲間達の楽しんでいる声や、気持ち良さそうにしている声。
不良仲間達に可愛がって貰っている、後輩女子の
それらの声は、アタシ達がヒートアップする為のBGMとして凄く効果的だった。
「ねぇ、続けましょう? アタシもう我慢できないわ」
「あぁ良いぜ、お前がそこまで言うなら。たっぷり可愛がってやるから覚悟しな」
「嬉しい……ん、あぁっ……!」
その後も、アタシはリーダーといっぱい愛し合った。
足腰が立たなくなるくらい、長い時間をかけて抱いて貰った。
とても気持ち良かった。
これほど、自分が可愛い顔に生まれた事をラッキーに思った事はない。
凄く幸せな気分になれた。
それなのに……どれだけ淫らな行為に及んでも、アタシの心に空いた穴が埋まる事はなかった。
アタシはそれが、何故だか余計に腹立たしかった。
その苛立ちをぶつける為だけに、アタシはその後もいろんなライダー達と戦い続けた。
「ふぅん、こんな所にもライダーがいたのね。悪いけど、アンタもここで倒させて貰うわ。アタシの願いを叶える為にもね」
「……」
「……ねぇ、何か言いなさいよ。喋ってるこっちが馬鹿みたいじゃない」
「……」
「だんまり決め込むつもり? はぁ、じゃあ良いわ……嫌でも悲鳴を聞かせて貰うから!!」
ライダーは徹底的に倒していくつもりだった。
しかし、それでも毎回上手くいく訳ではなく、時には倒そうと思った相手に逃げられる事もあった。
それに苛立ったアタシは、後日また不良グループのリーダーに抱いて貰った。
いっぱい気持ち良くして貰ったのに、アタシの中で苛立ちは日に日に募っていく一方だった。
今一度、メモリアカードの中身を確認する。
何度カードを見直してもわからない。
何故だ?
何故アタシの心は満たされない?
何が足りない?
何をどう克服すれば良い?
どうすればアタシは自分の心の穴を埋める事ができる?
どれだけ考えても、答えらしい答えは一向に出る事はなかった。
答えが出ないまま、アタシはその後もライダー同士の戦いに没頭し続けた。
(いたいた、また1人)
それから、またある日の事。
アタシが縄張りとしている交差点に、また1人、見た事のないライダーが侵入してきた。
アタシの縄張りに侵入してきたのなら、誰だろうと例外なくアタシの獲物だ。
アイツを倒せば、ちょっとは満たされた気分になれるかもしれない。
(あんなボーッと突っ立っちゃって、可愛い事するじゃない♪)
交差点のど真ん中で1人棒立ちするなど、襲って下さいと言っているようなものだ。
優しい人間なら襲うのを躊躇するかもしれないが、アタシは違う。
獲物が隙だらけなら、遠慮なく喰らいついてやるだけだ。
今日もまた、アタシの狩りが始まる。
「うふふ……隙ありぃ!!」
まずはその背中に一撃入れて、驚かせてやるとしよう。
そう思ったアタシは、アイツが背を向けた瞬間に素早く接近し、右腕の鉤爪を振り下ろした。
「これまたどうも~♪ 皆の素敵で美しい女神、アリスちゃんで~す♪」
「ここまでどうでしたか~? 彼女、黛琴葉さんこと仮面ライダーアルケニーのちょっとした小話、皆様楽しんで頂けたでしょうか~?」
「ちなみにこの後、彼女が一体どうなるか……まぁ、もう皆さん分かり切ってますよねぇ~♪」
「ほんと、あの子も相当なお馬鹿さんですよねぇ~。メモリアカードに書かれている事こそが、そのライダーが本当に叶えたい願いなのに。その言葉の意味にも気付けないようじゃ、心が満たされる日なんて来る訳がない」
「まぁ、別に良いですけどねぇ。あの子も自分から望んでライダーになった訳ですし? あの子の結末がどんな形になろうとも、それは彼女の自己責任ですから」
「おっと! つまらないお話はこの辺にして、今回はこの辺でお別れの時間です」
「それじゃあ皆さん、素敵なライダーバトルをこれからもぜひ楽しんでいって下さいねぇ~♪」
「ふふ、あはは、あはははははははははははははは!」
END……
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