人が嫌いな人 (豆ミルク)
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プロローグ
人が嫌いな人


話の筋書きは簡単な設定に肉付けをしたものですので書き溜めはないです。
エタることだけはないように書いていきます。


俺はポケモンが好きだ。

 

彼らは主人や仲間と認めた者を裏切ったりしない。

 

嘘をつくことはあるが悪意が込められたものではなく精々がつまみ食いを隠そうとする程度の嘘でそのくらいなら可愛いものだ。

 

彼らは恩を仇で返すようなことはしない。

 

仲間想いで情に厚い生き物なのだろう。決して受けた想いを裏切らないでいてくれる。

 

彼らは卑怯な手を使わない。

 

彼らにもコミュニティがあり、その中で長を決めようとする性質があるが、その際に卑怯な手を使って相手を蹴落とすようなことはしない。相手を引き摺り下ろすのではなく自分が高みへ登ろうとする姿勢はすばらしい。

 

そして俺は人間が嫌いだ。

 

大多数の人間はポケモン達のような義理堅さもなければ真摯さもない。

 

賢い生物ではあるのかもしれないがそれを自分の欲望にしか使わず、挙句人間以外の生物を利用することを賢さの象徴とするような姿勢や他人を蹴落とすことを美徳とするような姿勢は賢いというよりは小賢しいという感想しか沸いてこず反吐が出るほど嫌いだ。

 

そもそも人間は賢いという認識すらあくまで人間が決めた価値観でしかなく、自分達より劣っているものを見つけて、それに比べて人間は賢いと言っているのは、他の知能ある生物からすれば馬鹿にしか見えないだろう。

 

人間の嫌いな部分については他にも幾らでも沸いてくるが、長くなるから纏めると、やはり俺は人間という生き物が嫌いだ。

 

正直に言えば、自分でも分かってはいる。

 

ポケモンが好きと言いながら、ポケモンを人間と比べて、人間の嫌いなところを持っていないポケモンに行き場を求めているだけだということも。

 

自分では嫌いになれないし直す気にもなれないが俺のひねくれた考えが決して人として生きていくには良いことではないことも。

 

結局は俺も人間だ。何だかんだと理由をつけたところで、結局は人とポケモンを比べて、賢いだ何だと比べている人間と大差はないだろう。

 

でもそんな自分でも受け入れてくれたポケモン達だけは裏切ることは出来ない。

 

自分のポケモンだから贔屓目に見ているということもあるだろう。

 

それでも俺は彼らが好きだ。彼らの為なら何だってしてやれる。

 

俺の名は。異世界であるこのポケモン世界にいつの間にか来てしまったポケモンを家族としている唯のポケモン好きな男だ。

 

 

ポケモン達についても少しだけ話をしたい。

 

彼らを見ていると本能なのか群れの中での上位者を決めようとしていることが分かる。

 

しかし人間がコミュニティの中にいた場合、不思議と彼らは群れの中で上下関係をはっきりと決めるものの最上位者であるボスを決めようとしない。それは伝説と呼ばれるようなポケモンが含まれていたとしてもだ。野生のポケモンは人間をそもそも仲間や主人と認めていないから一度は闘いをすることになるがそれに勝てば、ほとんどのポケモンが人間に付き従おうとする姿勢を見せる。

 

世間一般の研究者達は、やれ野性の本能で強い奴に従おうとしているだの、やれ愛玩動物のような性質があって何かに飼われることを望んでいるだのということを謳っているが、ポケモンと一緒に生活している俺からすれば彼らが非常に情に厚いだけとしか思えない。

 

幾ら的確な指示で勝負に勝ったからといっても、それはトレーナーが育てたポケモンが強かったのであり、トレーナー本人と野生ポケモンが勝負すれば勝てる可能性があるのはスーパーマサラ人くらいのものだろう。

 

強さが全てという考えでは無いが群れを守るためにも長にとって強さは重要なファクターだ。その強さを度外視してでも人間に従おうとするのは、おそらく彼らが認めた者の個々の技能を尊重してくれているだけでしかない。

 

トレーナーの役割といえば、ポケモンの育成や戦闘中の指示が主に挙げられる。

 

彼らは自分が認めたトレーナーを尊重し、トレーナーがその役割を遂行できるように付き従い補助してくれているに過ぎないのではないだろう。

 

ポケモンが指示を聞かないというトレーナーがたまにいるが、それは彼らに一度は認められておきながら彼らにとって許しがたいことをして失望されたのだろう。

 

彼らはとても賢い生物だ、同じポケモン同士であれば、鳴き声も全然違うというのに十分な意思疎通が図れるし、当然のように人間の言語も理解している。それはバトルの最中にトレーナーの指示に従っていることからも間違いないだろう。そんなポケモン達に理不尽な命令を繰り返したり、悪巧みに利用したりしようとすれば、失望されるのも当然のことだ。

 

強いトレーナーはポケモンとの絆が強いというが、そもそも命令を聞きたくない奴に命令されて渋々行動するのと、信頼できる相手に頼まれて自発的に行動しているのではやる気にせよ勢いにせよ差が出るのは仕方の無いものだろう。

 

だからこそ俺は自分を信頼して尽くしてくれている彼らの為に愛を注いで尽くしてやらなければならない。

 

俺はポケモン達と暮らしているがトレーナーではない。当然歴戦のトレーナーと比べれば指示も拙いものしか出来ない。

 

ポケモン達の中には好戦的で積極的に強い者に挑もうとするポケモンもいれば、戦いを好まず穏やかに暮らすことを望むものもいる。何とかしてやりたいが俺一人で全てのポケモン達の願いをかなえてやることは不可能だ。戦いを好まない性格や好戦的にしても他者を守ることに誇りを感じるような性格のものはどうにか面倒を見ることが出来たとしても好戦的で強者に突っかかっていくような性格では俺は実力不足でしかない。いつかは俺の手元を離れてそれぞれが認めた者に付いていくだろうと想像は付く。

 

それだと育て屋と呼ばれる他人のポケモンを育てるブリーダーのようだが生憎と俺はそんな高尚なものでもない。そもそも自分が指示して戦わせるポケモンを一時でも他人に育てさせるなんて考えが気に入らない。

 

少し話が逸れるが現状についても話したい。

 

俺は愛するポケモン達の為にひたすら考えた。どうすればより多くのポケモン達を幸せにすることが出来るのか。どうすれば性格の違うポケモン達の多くを喜ばせることが出来るのか。おそらく元の世界にいた時を合わせても人生で一番本気で考えた。

 

半日本気で考えて俺は島を手に入れることにした。

 

一応、行き詰った時に考え付いたことは碌な結果にならないという過去の経験もあったので一回寝て起きてから再度考えたが、やはり自分程度の知能で思いついたことは島を手に入れてそこをポケモン達の住処にしてやるくらいしかなかった。

 

だから俺は島を手に入れた。

 

ここは穏やかに暮らしたいポケモン達が静かに暮らし、守りたいポケモン達が彼らを守り、戦いを求めるポケモン達は寂しいが島を出て自分で自分が認めるトレーナーを見つけ出してくれる島だ。もし認められるだけのトレーナーがいなければいつでも帰ってきてくれればいい。

 

この島で最後を迎え、骨を埋めたポケモン達の墓は俺自身が骨を埋めるまで見守ろう。

 

この島に骨を埋めていいのは俺とポケモン達だけだ。ポケモン達が認めない限り、侵入者はどんな手段を使ってでも排除する。

 

ここは俺の島ではない。ポケモン達のための島「彼岸島」そして俺は「墓守」だ。

 

 



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転移直後
人が嫌いではなかった人


転移直後のお話。
主人公の設定資料とも言う。


俺の名前は逸見誠。現代日本生まれ、現代日本育ちの27歳。ある日いきなりポケモン世界に来ちゃった男だ。

 

なんでポケモンって分かるかというと何故かモンスターボールを持っていたからというのと何故か今いる森の中でスピアーっぽいどでかい虫が突っ込んできたからだ。

 

あれにはびびった。何もできず咄嗟に蹲ったらどっか行ってくれたから助かったけど。

 

ほんとに何でこんなことになっちゃったのかまったく理解できない。

 

別にトラックに撥ねられて死んだなんてこともないし、死んだ後に神様にあったりもしてない。ただ会社に出勤して自分の席でぼけっとしていたらいきなり森の中にいた。

 

俺の生まれにも育ちにも特別なことは特になかったと思う。

 

普通の自営業の飲食店を営む家族の下に生まれて、忙しかった両親におばあちゃんの家に預けられることは多かったが、普通に小中高と真ん中より少し上くらいの成績で無難に卒業した。ちなみに誠って名前は誠実な人間になって欲しいってことらしい。

 

中高と部活は柔道部に入っていたが別に特別強いわけでもなく県大会でベスト8か16辺りをちょろちょろしていた程度だ。

 

高校を卒業した後は警察官になったがこれも何か理由があったわけじゃなく公務員なら生活が安定しているな程度の考えでしかない。

 

結局、警察官も給料が低くて3年で辞めてしまい、保険会社に入ってみたが警察だったからとかいう理由で契約者を調査する探偵みたいな部署に入れられてそこでまた数年勤めてみた。

 

給料は良かったけどめちゃくちゃ忙しくて勤務4年目にして500連勤の記録を達成して大連勤術士になってしまった記念にそこも辞めることにした。

 

社会に出て分かったことだが、俺はなんとなくのニュアンスで仕事が出来るっぽい。初めてやる仕事でも書類でも結果として求めていることだけ分かっておけばそれなりにできる。

 

ただそれも、まあこれくらい出来れば十分って程度のものでしかなくて、それを専門にしている人からすれば半端な出来にしかならず、何をやらせても平均点。何でもそれなりにできるけど、ここ一番という場面で頼るにはいまひとつな男。使い勝手は良いから手の空いてる奴がいなければとりあえず逸見に振っとけとか言われていた。

 

それで俺は飽き性だった。今までの人生で大きな挫折もなく、そんなに怒られることもなく、何でも程々になあなあで乗り切ってきた。新しい仕事を任されても結局は大して教わらなくても程々の労力で程々の出来で仕上がって目新しく感じるものも何もない。

 

それでやる気が無くしてしまえば、別の仕事に移っても何とかなるだろうと思って、新しい仕事をしたくなって辞める。そんな雇う側から言えばなんとも無責任な男だった。

 

そんな俺でも今までの人生でそれが一番良かったとは思わないが、別に後悔しているなんてことはない。今までの仕事は常に悪人を相手にする仕事ばかりだった。犯罪を犯して捕まった者、保険金詐欺をしようと嘘をつく者、そんな人間ばかり見ているといつの間にか人なんて一皮向けば欲の皮の突っ張った悪人ばかりで、犯罪をしない人なんてのもそれを理性で押しとどめているだけだとしか思えなくなっていた。

 

いつからそんな考えになったのかは思い出せないが、そんな奴らに騙されて馬鹿を見る可能性が低くなったと思えば、今までの自分の人生だって悪くなかったんじゃないかと思う。

 

仕事を辞めると忙しくて金を使う余裕もなかったので貯金額は8桁にもなっており、しばらくは仕事をせずに遊ぼうと思って手を出したのがゲームだった。学校の頃なら友達とでも遊んでいたかもしれないが数年もまともに連絡なんか取っていない友達を遊びに誘う勇気は無い。そもそもその数年遊びに誘う連絡もくれなかった友人にいきなり連絡するとしたらヤバい奴か金を借りたいとしか思われないんじゃないだろうか。

 

いくつかのゲームをやって、最近のゲームは画がすごくきれいだなと思ったが3D酔いなるものを体験してしまいFPSやオープンワールド系のゲームからは手を引いてしまった。ゲームを巡っているうちにたどり着いたのは俺が子供の頃にやっていたゲームでその中でもポケモンやテ○ーのワン○ーランドなんかのモンスターを育てるゲームにはまっていた。

 

やっぱり思い出補正ってすごい。子供の頃に買ってもらったゲームボーイやカラーで赤とか金とかやってた記憶をまだ覚えてるもん。

 

ポケモンも再び赤から始めて、金、サファイア、パール、ハートゴールドとやって新しいのが出ると聞いて間を飛ばしてウルトラムーンとかいうのを買ってみた。

 

最初は151匹のポケモンを集めるとかいう話だったけど、いつの間にかポケモンも数が増えすぎて訳わかんなくなってる。ウルトラムーンをやった時なんか新しいポケモンばっかりで、どのポケモンが進化するのか分かんないから目新しいのを見つけたら、とりあえずゲットしてたし。

 

そんなグダグダした生活をしてた訳だけど、さすがに半年もすれば家でゲームをしている生活にも飽きてくる。別に飽き性なのは仕事だけじゃなかったってのは自分でも少し予想外だったけど、人間仕事をしている間が華みたいな言葉もあったと思うから仕事を探すことにした。

 

でも前の仕事がくっそ忙しかったし、貯金額もそれなりにあるし、まだ積んでるゲームもいくつかあったから給料安くて良いから楽な仕事を探したところ、ビルの管理なんて仕事があってそれに応募したら人手が足りないとかでとんとん拍子に仕事は決まった。

 

まあ結論から言えば、本当に楽な仕事だった。作業着を着て自分の席に座って何かあれば対応するなんて言うが、結局座ってるだけなんてのが仕事の大半で携帯ゲームも捗った。

 

そしていつもどおり出勤した俺はいつもの作業着を着て、いつもの席に座ると今は森の中。

 

人から見れば割と糞野郎な人間かもしれないが、別にいきなり場所も分からない森の中にほっぽり出されるような悪いことをした人生でもないと思う。誰か助けて。

 

「誰かいませんかー!」

 

返事は無かった。

 

 



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人と出会う人

 とりあえずこの世界はポケモンっぽいし、何故か作業着のポケットに入っていたポケモンでも確認しようと思う。

 

(こういう時は大抵すごい強いポケモンを持っているとか自分が育てたポケモンを持っているっていうのを二次創作で呼んだことがある。間違いない、俺は詳しいんだ。

 

 それより他に入れるところが無いからって作業着のいくつもあるポケットに一個ずつボールが入ってるのは何なんだ。胸ポケットのところに入ってるボールがチャックに引っかかって取りにくいんだよこれ。てかポケットに入れてたスマホと社用携帯どこいったんだ)

 

 気を取り直して、俺は手に持つ六個のモンスターボールをばら撒く。

 

「いでよ! 俺のポケモン達」

 

 ボシューン! 

 

「うおっ! うるせっ! まぶしっ!」

 

 アニメとかのなんか白い光出るあの演出もボール六個分合わせるとすげえなとか思いつつ、目を開けてみるとボールを撒いたところには六匹のポケモンがいた。

 

 キリンリキ、ベロベルト、ピクシー、ビーダル、ミルタンク、エネコロロ

 

「なんだこの面子!?」

 

(おかしいぞ自分が育てたポケモンとかじゃないのか? 面子的にはウルトラムーンじゃ絶対ない。ネット対戦は努力値がどうとかVがどうとかが敷居高すぎてネタ面子並べることはしたがこんな面子選んだ覚えはない! じゃあ金銀か? でも金銀の時はベロベルトいないはずだし……ハートゴールドっぽいな……でもなんか見たことあるなこの組み合わせ…………! これアカネのパーティーだ! 思い出した! 殿堂入り後にコガネ百貨店で再戦するときに遊びで相手と同じポケモン選んで持っていって、そのまま次のゲーム始めたんだ多分。

 

 旅パにも入れてない面子だし……レベルは50~60くらいだったと思うけどステータスとか特性なんか覚えてないよ。

 

 ハートゴールドでの俺の相棒であるドサイドンやヤドランはボックスにいるのだろうか? いなかったらこいつらと旅するのか。いやかわいいし嫌なわけじゃないけど。てか結構でかいなこいつら)

 

 そんなことを考えている間、ポケモン達はこっちをじっと見つめてくる。

 

(やめてくれよ。こちとら平々凡々な平社員だぞ。誰かに熱心に見られることに慣れてないんだ)

 

「皆元気か?」

 

 コクリとただ頷いてこちらを見てくるポケモン達

 

(おいっ! どうしたんだ俺。今まで数多の悪人達を相手にしてきた話術はどうした!? 何でそんな後にも続きそうに無い話題出してんだ俺!? くっそここまで自分の話術が役に立たないとは。トークには結構自信があったのに)

 

「皆は俺の育てたポケモンってことで間違いないかい?」

 

 また頷くポケモン達。

 

(まあボックスから出して適当にレベル少し上げただけでほとんど育てたとは言えない気がするが、とにかく俺のポケモンってことで良いらしい。こいつらの技なんか全然覚えてないから確認したいけど、さっきみたいにポケモンが急に襲ってきたら対処なんか出来ないし、さっさとこの森から出よう。一番強いのは……アカネのパーティーだしミルタンクかな)

 

「じゃあミルタンク以外はまたボールに戻ってくれ」

 

 また無言で頷くポケモン達。違和感がある。

 

(こいつら全然喋んないけどゲットしたポケモンってこんな感じなのか?)

 

 まあいいかとミルタンク以外をボールに戻す。ボールからは赤い光が出てそれぞれがボールに戻っていく様子を見ているとあのビームが人に当たるとどうなるのかちょっと気になるがそんなどうでもいいことよりまずはさっさと森を出ようと思い直し、ミルタンクに先導してもらい森を歩くことにした。

 

 森は雑草が膝より少し低いくらいの位置まで生えており、人が殆ど立ち入らない場所なのだろうと思いながら5分も歩けばすぐに森の端が見えてきた。意外と小さい森だったらしいが怖いものは怖いのだからポケモンに先導してもらっているのも仕方ないだろう。

 

 落ち着いたつもりであってもこの世界に来たばかりでまだ混乱しているのだ。日本で転生ものの本を読んで転生したらハーレムは無理でも女の子の一人でも口説いてやるぜみたいなことを考えていても、いざ転移してしまうとその後のことを考える余裕もなくなる。

 

 森を抜けると見えてきたのは集落といっていいほどの小さな村だった。家か納屋かも分からない木造の建物が見える限りで10軒、孤を描くような位置に建っており、その中央に大きな焚き火跡のようなものがある。

 

(ハートゴールドにこんな町あったっけ? 一通りクリア後イベントもやったけどこんなのなかった気がするな。もしかして攻略サイトのイベント見過ごしてたか? それともゲームの世界通りじゃなくて微妙に町とかも違うのか?)

 

 なんて考えながらもとりあえずは村に入ることを決める。

 

(ポケモン相手は無理でも相手が言葉の通じる人間なら口先でどうとでもなる。確認事項は現在地、この世界の簡単な常識くらいか? いやそもそも日本語通じるのか? 廃墟っぽくはないから誰かは住んでるんだろうけど人が住んでるかどうかも分からんな。

 

 深く考えるのはやめよう。情報もなしに判断するのはだめだ。悪人の相手をしてたときを思い出せ。相手の好むキャラを読み取って作れ。情報を引き出すんだ)

 

「すいませーん。誰かいませんかー」

 

 とりあえず大声を出してみたところ、右から三件目の建物の扉が開き、中から見た目70歳くらいの爺さんが出てきて、近づいてくる。

 

「どうかされましたか?」

 

 意外と若々しい声で爺さんが尋ねてくる。肌もかさかさではなく、若干の水分を含むつやがあり、70代くらいと思っていたがもしかするともう少し若いのかもしれないなと思いつつも返事をする。

 

「私は旅をしている逸見と申します。森に入ったところで道に迷ってしまいまして、お時間があればこの辺りのことをお聞きしたいのですが。少々お時間いただけないでしょうか」

 

「はー、それは大変ですな。わしは形だけの村長をしとります。何もないところですがお話ならいくらでも。この村は四方を森に囲まれてまして、旅の方が来ることもあまりないのでむしろこちらからお話をお願いしたいくらいですわ」

 

 なかなか感触の良い返事が貰えたのでまずは場所について聞こうとしたところで、村長から立ち話もなんだと家に歩き出したので俺も後に続いて家に招かれる。

 

 村長の家は山小屋とでも言えばいいのかワンルームの部屋に生活環境の全てが纏められており、壁には農具なんかが吊り下げられている。

 

「狭いところで申し訳ないですが」

 

「いえいえ、こちらこそ急にお邪魔することになってしまって申し訳ありません」

 

 軽い社交辞令を交わしてそろそろと話を切り出す。

 

「この地域について教えて欲しいのですが」

 

「あーそれなんですが、実はこの村のことはともかく周辺のことも詳しくは分からんのです。なんでも何百年か前のご先祖様がここに村を作ったそうなんですが、周囲を森に囲まれて野性のポケモンも出ますんで村を出ようにも出れませんでな。村におるのは生まれてから村を出たことのないもんしかおりませんで」

 

「そう……なんですか」

 

(まいったな。情報ゼロじゃん。村から出たこと無い奴に一般常識なんか聞いても意味ないだろうし、ここがどこかすら分からないのは予想外だ。せめて空を飛べるポケモンがいれば何とかなったのか? いや。野生ポケモンが人を襲うって分かっただけマシか)

 

 そんなことを考えていれば村長はばつの悪そうな顔で言葉を続ける。

 

「いやいや、そんな思い悩むような顔はされんでください。悪いことばかりでもないでもないですわ。森の深くに入らなければポケモンも襲ってきたりはしませんでな。森の恵みを分けてもらって畑を耕して生きていくってのも悪くないもんです。村を出たいと言っとるのは若い衆だけでそれも年をとれば落ち着きますわ」

 

(俺が村を出れないことを同情したとでも思ったのか。まあ別に訂正しなくてもいいな)

 

「ありがとうございます。それと……本当に図々しいお願いなんですが明日には村を出ますので泊まれる場所を教えていただければ……」

 

「それならわしの家でよければ泊まって構いませんわ。森の外から来た人は十数年ぶりですし、村の中にも話を聞きたがるもんはおりますんで、話をしてもらえるんなら何日でもおってもらって構わんですよ」

 

(別に話せる話題なんてねぇよ。現代日本の社畜の闇でも語ってやろうか)

 

「ありがとうございます。その程度でよければお話させてもらいますので本日はお世話になります」

 

 こうして俺は村に一晩泊めてもらうことが決定した。

 

(そういや村の名前結局聞いてないけど、村には興味ないこととかばれて印象悪くなってないかな。まあいい、それより話す内容をどうするかだな。アニポケのみたことあるストーリーの話を適当にごまかしつつ話すくらいでいいか)

 

 そこからまた村長と社交辞令のようなやり取りをしてミルタンクを外に出したままだからと村長宅を出た俺が見たのは、ミルタンクの周囲にいる村の人だった。

 

 なんでもこの村の人はポケモンを持っておらず、森のポケモンも縄張りを抜けて村には入ってこないので村の中にポケモンがいるのは珍しかったらしい。

 

 そこで俺は一晩村長宅でお世話になるということを伝えて大人たち全員に(といっても30名もいないが)挨拶をして、子供に囲まれるミルタンクをボールに戻してやった。

 

(なんでミルタンクは子供に囲まれても全く反応しないんだ? 身じろぎ一つせずに無言で突っ立ってるのも怖いわ。モンスターボールってもしかして入れたポケモンを洗脳でもしてんじゃねぇだろうな。まあ別にいいけど。

 

 今は……時間ははっきり分からんが日の位置は山に掛かるかどうか、気温的には春か秋っぽいし、森の木が黄色がかってないのを見ると春と仮定して午後5時前後くらいだろうか、暇だな。少しでも印象を良くしとくか)

 

 ミルタンクを回収した俺は村長の家に戻り、尋ねる。

 

「何かできることがあるならお手伝いさせていただきたいんですが何かありますか?」

 

 俺は村長の返事を聞いて後悔した。

 

「お恥ずかしい話なんですが、冬が明けたばかりで村に食料の備蓄がほとんどありませんで、おかまいするのが少々難しくてですな。一度森に入って木の実でも集めたいところですが春は野生のポケモンも多くて危険がありまして」

 

(一介の旅人に言う話じゃねぇだろ! バトルもしたことねぇのに護衛でもしろってのか!)

 

「いえいえ私のことでしたらお気になさらず。食事については……そうですね(そういやミルタンクって乳出るんだろうか。モーモーミルクって栄養あるんだったよな)

 

 ちょっと確認してきますので待っててください」

 

 外に出た俺は戻したばかりのミルタンクをボールから出して、乳が出るか確認しようとしたが、

 

(ポケモンとは言っても乳の出を確認するってなんかあれだな。元の世界でも乳絞りなんかしたことなけりゃ、女の乳に触れたこともねえし……このミルタンクってメスなのかな。俺の初おっぱいはミルタンクになるんだろうか)

 

 と雑念が沸いてきてミルタンクに触れるのを躊躇する。

 

(いや、なんでポケモンに触れるのを躊躇してんだノーカンだノーカン。モーモーミルクの農家さんだっているんだ。何も変なことじゃない。行け! 俺!)

 

 そして俺は勇気を振り絞ってミルタンクの乳に触れる。少し力を強めると白っぽい液体が出てきた。さすがに直に口をつける勇気はなかったので指で液体を掬って舐めてみると味は濃くておいしい牛乳だった。

 

(村長にはこのミルクをいくらか渡せばいいだろう。さすがにいきなり森に入るのは怖すぎる。てかほんとにポケモンなんの反応もしないのって怖いな。さすがに今まで反応なかったのに乳搾って反応されたらそれはそれで困るけど、乳搾ってんのに威風堂々と仁王立ちされるとそれも怖い)

 

 とにかく村長には食料ではないが栄養価の高い飲み物をいくらか都合できるということを放すと大層喜ばれ、借りたビンに辛い思いを隠してモーモーミルクを詰めていく。

 

(くっそしんどい。まともに体を動かすのなんて警察辞めてから殆どねえぞちくしょう)

 

 なんて思いも隠して乳を搾る。なんだかんだで人に弱みを見せたくない見栄っ張りである。

 

 乳を搾ること約1時間を乗り越え、村長にモーモーミルクを渡した誠はすっかり疲弊し、夜まで休ませて貰うと告げて少々眠ることにした。

 

 



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人を騙す人

書きたい内容ははっきりしてるのにうまく文章に落とし込めない自分の文章力の無さにイライラします。


(気がつけば朝になっていた。どうもおはようございます)

 

 目を覚ました誠が見たのは窓から差す太陽の光だった。日が落ちかけた時に寝たはずなので、窓から差し込む太陽光はどう考えても一晩を越えたから見えるものだろう。

 

 久しぶりの重労働、急な転移、そして短時間とは言え森からの脱出があったと考えると自分が思っていた以上に疲労があったのだろう。

 

(旅の話を聞きたいんじゃなかったのかよ。まともな食べ物とかないにしても起こせよ。夜まで寝るつったろうがあのじじい。まあいい、体に気を使って起こさなかったとか言われたらそれまでだし、何より起きなかった俺が一番悪い。……よし、この件は蒸し返さない方針でいこう。目覚ましや携帯のアラームが欲しいなほんと携帯どこいったんだろ。てかもう村出るし、話ができなかったのは悪いけどもう会うことも無いだろうしモーモーミルクあげたんだからチャラでいいだろ。挨拶だけして出て行くこう)

 

 しかし見渡したところ村長はいない。ここにいないということは外にいるんだろうと家から出るとそこにいたのはミルタンクと村の大人達だ。

 

 威風堂々と仁王立ちしているミルタンクは村人達に乳を搾られてモーモーミルクを出している。当然ポケットに入れていた筈のボールは無い。

 

(なんだあいつ。勝手にボールから出るとかアニメにあった気がするけどアニメ仕様か? てか乳絞りするならトレーナーに一言くらい声かけろよ、常識ねぇな。ん? よく考えたら昨日乳搾りした後にしまってなかったか? まあ出て行く前の最後の餞別だ。もう少し待ってやろうか)

 

 そうして待つこと20分、鼻歌を歌いながら待っていたがさすがに長い。それに鼻歌を歌うにも、もう思いつく歌はなくなった。

 

(さすがにもういいだろ。でも鼻歌程度でもこっちの世界にない曲なら金になるだろうか。譜面なんか書けないし楽器も弾けないけど、歌詞は覚えてるの書けばいいし、曲も鼻歌程度で楽器弾ける人でも探せばなんとかなりそうな気がする)

 

 なんて村を出た後のことを考えながら、見つけた村長に声をかける。

 

「おはようございます村長さん。起きて早々申し訳ないのですがそろそろ村を出ようと思いまして声をかけさせてもらいました」

 

「おや、これはこれは。こちらこそ何もお構いも出来ませんで。よろしければまたこの村にお越しください」

 

「はいぜひ。なのでそろそろミルタンクを返してもらえませんでしょうか」

 

「? なにを言っているんです? これはこの村のポケモンですよ」

 

「は?」(なに言ってんだこいつ。昨日村にポケモンがいないってのは聞いてんだぞ)

 

「逸見さんも同じポケモンをお持ちなのですか? いやーこれも今朝捕まえたばかりでして偶然ってのはあるもんですな」

 

「いえいえご冗談を。この村にポケモンもいないのにどうやって野生のポケモンを捕まえるんですか? そもそもモンスターボールを売っている店すらないようですが、それでどうやって捕まえるのか聞きたいくらいですね」

 

「いやなに。森の入り口に空のボールが落ちてましてな。それを野生のポケモンに投げたらゲットできたってわけですわ。やー本当に運が良かったんでしょうな」

 

(嘘だな。明らかに嘘を付いたような動揺はないが、どう考えても都合が良すぎるし、突然嫌疑をかけられてるのに気負いが無さ過ぎる。これは事前に答えを用意したとかの雰囲気でもないな。偶にいるんだよなこういう嘘を吐き慣れてたり、人と接するのに別のキャラを作ってるから嘘吐いてる雰囲気が分かりにくい奴。こういう奴はその場その場で息を吐くように自然と嘘を吐けるからな。

 

 状況証拠しかないのはもやっとするが、この手の奴は話の矛盾を突いてものらりくらりで鬱陶しいし、嘘に慣れてるから結構リアルなカバーストーリーを考えてくるからな。まともに相手をする必要もない)

 

「いい加減にしろよじじい。こすっからい真似しやがって。てめえの適当な法螺話に付き合うほど暇じゃねぇんだからさっさと返せつってんだよ」

 

「? なん……」

 

「喋んな。行動で示せ。10秒以内に盗んだボールを出せ。はい行動!」

 

 ここまで言っても村長は微笑むような顔でこっちを見ている。

 

(周囲には村人。大人もいて喧嘩になるようならどうあがいても勝てない。大人は一人なら何とかなっても、二人以上は無理だ。……ポケモンを出すか……)

 

 誠はポケットに手を伸ばし、そこで初めて気づく。

 

(!? 無い!? 他のボールも無い!?)

 

 日ごろから各ポケットにボールなんて入れることのない誠は作業着のポケットにボールが入ってないことこそが日常だ。当然起きたときにポケットにボールが無くてもそれに違和感が生じることは無い。違和感がないのだから自分の命綱が外れていることに気づくはずも無い。その結果が易々と全てのボールを盗まれてしまった今だ。

 

 慌てている誠を見て尚も微笑んでいる村長は告げる。

 

「いやー。怖いですな。トレーナーさんがポケモンをよこせと急に脅してくるとは。これは村の一員として対応しませんとな。なあ皆」

 

 周囲にいる村人共が持っているのは農具、包丁、モーモーミルクの入ったビン、石等どれも当たれば怪我ではすまないだろう。

 

(くそ! ふざけんな! 最初っから全部グルか! おかしいと思うべきだった! 大人ばっかり集まってガキが全くいないのもこれが理由だったんだろどうせ!)

 

 周囲は村人に包囲されている。それぞれ武器を持っている。なのに自分は丸腰。ポケモンもいない。どうすればいい。じじいにタックルでもかまして逃げるにもその間に誰かに攻撃される。でも何もしなければこのまま殺される。どうしようもない。そんな思考がぐるぐる回り、どう行動するかも決められない。

 

 所詮感性は日本に住んでいた時から僅かも変化しておらず、先に手を出したら負け、手を出せば警察に捕まる、揉め事があっても手を出すことはない、なんて勝手に思い込んだ常識に染まっている日本の青年でしかない。人を疑うだの悪人を相手にしてただのと言ってもそれは暴力とは無縁の立場から話をしていただけ。罪も罰も恐れないような相手に権力もなく無手で渡り合えるような度量もなしに自らの能力を過信して、何の根拠も無いまま自分は悪人には騙されない、自分は手出しをされないと考えるような甘い考えで行動した結果がこれだ。

 

(なんなんだよ! ちくしょう!!)

 

「……誰か助けてくれよ」

 

 誠も誰か助けてくれると思ってこの言葉を吐いたわけではなく、思考も纏まらず咄嗟に出た言葉だったがそんな言葉で態度を翻すような甘さはこの場にいる人間にはない。村長の朗らかな笑顔が胡散臭く鬱陶しい。村人達からの敵意を感じるまでの視線が怖い。誰一人として俺の助けを求める声に手を差し伸べてくれる人はいない。

 

「嫌だ……くそ……」

 

 だがこの場には救いの手を差し伸べてくれるたった一人がいなくとも、一匹はいた。

 

  ミルー!

 

「いぢっ!?」

 

「あん? ぐっ!?」

 

 ふと人の痛がる声が聞こえ、その方向を反射的に振り向いた誠が見たものは、2人の村人を前足で踏みつけ、押さえつけたミルタンクの姿だった。

 

「なっ!? こいつ」

 

 とっさに鍬でミルタンクを殴りつける村人。ミルタンクはその一撃を躱そうともしない。土を掘るような音が聞こえ、鍬の金属がミルタンクに突き刺さるがミルタンクは痛みを感じた様子もなく鍬が突き刺さったまま誠に駆け寄っていく。

 

 そんな様子を見ても誠はまだ状況が判断できず混乱したままだ。何が起こったのかも理解できずに目前に駆け寄って自分に覆いかぶさろうとするミルタンクを見つめることしかできない。

 

 この状況で最も早く状況を理解し、行動を起こしたのは村長だった。

 

「もういい! 早く殺せ! 牛も一緒でいいから急げ!!」

 

 その言葉に我に返る村人達。さすがに近づく勇気はなく、それぞれが手に持つ石を投げ、長物の農具を持つものはミルタンクに突き刺そうとする。

 

 ここで誠はようやく我に返り、ミルタンクに指示を出す。

 

「ミルタンク! よけろ!」

 

 しかしミルタンクは動かない。農具で殴打され、刺突され、投石を浴び、出血してもなお言葉を発することなく誠に覆いかぶさったまま動かない。

 

 このときミルタンクが攻撃を避けるようなことがあれば、それはそのまま誠への攻撃となるのだが、未だ冷静になれていない誠にはそこまで頭が回らない。誠の頭の中にあるのはこの場からなんとか逃げ出すことだけ。そのためにミルタンクが戦闘不能になればもうどうしようもないという考えだけだ。

 

 この期に及んでも尚、自分が攻撃を受けてもすぐには死なないだろう、攻撃を受けても怯まずに指示が出来るという楽観的な考えがその根本にはあるのだが、これは本気で殺す気の攻撃を受けたこともない誠では気づくことはできない。それが分かっていないのはこの場では誠だけだが。

 

「ミルタンク! 早く!」

 

 改めて指示を出してもミルタンクは動こうともせず、誠に覆いかぶさったまま動かない。

 

(くそ! なんで言うこと聞かないんだ!? バッチもってないからレベル高いポケモンは言うこと聞かないのか!?)

 

 そんなことを考えているうちにもミルタンクは確実にその体に傷を増やし、出血も増えていく。

 

「くっ! 逃げるぞ!」

 

 その瞬間、今までの反応が嘘だったように、ミルタンクが反応する。

 

 誠を口に銜え、その四本の脚で地を叩く。進行方向にいた村人数人を跳ね飛ばし、誠を地にぶつけ引き摺りながらも速度を落とすことなく、森まで一直線に駆けていく。

 

「いぢっ! ぐっ! ぐぎぎ」

 

 歯を食いしばって耐える誠。村から離れるにつれて起伏も増え、岩に木の根にと体をぶつける物も増えていくが、それでもミルタンクの疾走はやむ気配はない。

 

 村人達は森の中にまでは追いかけてこないのか、ミルタンクに引き摺られながらも聞こえてきていた村人達のことはもう聞こえない。

 

 今はただ、この引き摺られるだけの痛みに耐えるしかすることもない。

 

 

 

 

 

 ~村人サイド~

 

「くそ! あの野郎、森の中に行きやがった!」

 

「やめろ馬鹿。落ち着けって。森には入るな」

 

「馬鹿はお前だろうが! せっかくの牛を逃がすのかよ!」

 

「だから落ち着け! ポケモンの縄張りに入ったら俺らが殺されるかもしれねぇんだぞ!」

 

「やっぱり寝てる間に殺しとけばよかったんだよ!」

 

「それは話し合って決めただろうが! あいつのポケモンが襲ってくるかもしれねぇから諦めたんだろ!」

 

 森と村の境界で十数人の男達が口論をしている。それは誠を逃がし、追いかけるかどうかで揉めている村の男衆だ。女達はそれぞれの家庭で家事や子供の世話に戻っている

 

「声が大きい。静かにせぇ」

 

 村長の声が掛かれば、男衆は不満げな様子を見せながらも意見の対立は徐々に収まり、村長に判断を仰ごうとする。

 

「とりあえず追っかけるのは無しじゃ。ポケモンの縄張りに入って襲われでもしたら村の男手がおらんようになるでな」

 

 村長は言うがその意見が気に食わない者もいる。

 

「でもよ。牛だぜ牛。ここで逃がしちまったらもう一生手に入らねぇかもしれねぇんだぞ」

 

「阿呆か。あの様子じゃ、もうなんかの縄張りに入っとるわ。縄張りからあの牛を抱えて戻る間にポケモンに殺されるならまだしも村にまで付いてきたらどないするんじゃ」

 

 何名かは不服そうな顔をしているが反対意見はない。

 

「あれは放っておいても死ぬるやろ。そんなことよりもあいつのほかのポケモンをどうするかじゃ」

 

「村で飼うんじゃなかったのか? 昨日の話でそう決まったじゃねぇか」

 

「そう思っとったが、話が変わった。あの牛のポケモンは飼い主の言うことを聞いて逃げたじゃろうが。あれじゃあ他のポケモンも言うことを聞くか分からん」

 

「じゃあどうするんだよ」

 

「逃げるかも襲われるかも分からんもん置いとくくらいならなら殺すしかないじゃろ」

 

「でもよ。大丈夫なのか? ポケモンに暴れられたら被害も出るぜ?」

 

「ボールに入ったポケモンは人を襲わんと爺さんから聞いたことはある。それにあの牛も命令されるまでは動きもせんかったから大丈夫じゃろう」

 

「……まあ。あの牛みたいに動かねぇならなんとでもなるけどよ」

 

「ではここで決を取る。殺すことに反対の者はおるか? 反対の者がおるならどう管理するかも一緒に言いなさい」

 

 反対意見を言う者はいない。

 

「では殺処分に決定じゃ。全員準備せぇ。終わったら肉が食えるぞ」

 

 その言葉には男衆のテンションも否応無く上がる。厳しい冬を越えて村では食料は不足している。さらには森の恵みも村との境界から幾ばくかの距離からしか取れないのだ。この村では村人全員が腹一杯になるまで食事が出来ることなどない。ましてや肉なんぞ数年前に森から村に出てきた小さな野兎を狩って以来、この村でお目にかかったことなど無いのだ。

 

 彼らはその日の食事の為になら他人のポケモンを殺すことなど罪とも思わない。

 

 




おかしい、下書きじゃこんなにあっさり逃げれるはずじゃなかったのに


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人から逃げる人

初投稿の勢いで筆が進んだので続きを書きました


 ミルタンクに引き摺られること体感およそ10分。誠は痛みに歯を食いしばりながら考える。

 

 一体どこで間違えたのかと。

 

 最初に森を出たことは間違いではなかった。村に辿り着いて情報収集と休憩をしようとしたのも間違いではなかった。しかしそこで気を抜いてしまったのが間違いだった。

 

 なぜ俺が襲われることなんて無いと思い込んでいたのか。あの村では俺はよそ者でしかなかったのに自分の立場を理解しようともしていなかった。村のためとなれば真っ先に切り捨てられるのは村と関係の無い俺なのに。

 

 なぜ戦力の確認をしていなかったのか。ポケモン達は自分の命綱同然なのに、戦力確認どころか扱いの実験すらしていなかった。自分に何ができるかはどんな状況でも最優先でしておかなければならなかった筈だ。そうしていればポケモンが指示を聞くかどうかも分かっていた筈だ。それなのに確認を怠って挙句の果てにポケモンを奪われるなんて馬鹿でしかない。

 

 何よりもなぜ俺は会って間もない村長や村人のことを信用してしまったのか。日本でも散々学んできたはずだった。人なんて一皮剥けばどいつもこいつも自分のことばかり。相手をしてきたのなんて悪人ばかりだった。同僚だってなにか問題があればいかに自分が責任を取らないように人に擦り付けるか隠すかを考えていた。人を信じるなんて社会に出たことも無いガキくらいだと馬鹿にしていたのに。人を信じて馬鹿を見た奴なんて散々見てきたのに。よりにもよって会って間もない信用できるかも分からない奴を信用してたなんて。

 

 なんで、どうして、その考えは止まらない。今まで致命的な失敗を経験したことのない誠は自分が騙されたということが信じられなかった。結局は立場も無ければすぐに悪人の餌になる程度の能力しかないのだ。普通なら自分が騙されたというだけで終わるはずのことだが、自分を過信する誠は自分がその程度の人間でしかないということが受け入れられないからこそ、そこに触れることは無い。答えから目を逸らしているのだから答えを導き出せるはずも無い。誠はなぜ、どうしてと答えから目を逸らしたまま自分の行動の一つ一つを振り返ることしかできない。

 

 しかし誠の考える時間は唐突に終わりを告げる。考えるのは勝手だがどんな時でも時間は過ぎていく。世界は答えが出るまで何も起こらないようなようには出来ていない。

 

 徐々にミルタンクの速度は落ち、引き摺られる痛みが少なかったからこそ考えに没頭できていたが、ミルタンクがまた急激に速度を上げる。当然考えに没頭する誠はそれに対応できず、急な痛みに声が出る。

 

「いづっ! 痛って! おい! ちょい止まれ! おいっ!」

 

 ミルタンクが速度を落とすことはない。誠の視界は生い茂る雑草とミルタンクの体で殆ど機能していない。耳に聞こえるのも雑草を掻き分ける音と体を引き摺る音しか聞こえていなかった。

 

 そんな誠の耳に徐々に聞こえてくる一つの音があった。

 

 ブブッ……ブブブブブ

 

 虫の羽音のような音が徐々に大きくなっていく。しかし視界が遮られ、草木を掻き分ける音を捉えている聴覚ではその正体に気づくことは出来ない。

 

 この場で誠だけが自分が虫ポケモンに追いかけられていることを理解できていないのだ。

 

「くっそ! いてっ! おい! 止まれよ!」

 

(何で言うこときかねぇんだこいつ! いてっ!)

 

 そんな誠を尻目にミルタンクは走り続ける。ミルタンクは命令に忠実に従っている。逃げろという指示が出された以上、誠に害をなすもの全てから誠と一緒に逃げなければならない。追いかけてくるポケモンはスピアー一匹。戦えば勝利することは出来るだろうが誠から逃げろと指示を受けたのならその指示を遂行しなければならない。その一心でミルタンクは走り続ける。

 

 しかし、ここは森の中、足場も悪ければ生い茂る木々も走るには邪魔だ。なにより誠という荷物を咥えたまま逃走している。当然、空から襲い来るスピアーから逃げ切れる筈も無く距離は近づいていく。

 

 そして遂にそのときは訪れる。

 

 追いついたスピアーはミルタンクに攻撃を開始する。ミルタンクの体に両手の針を刺し、尻尾の毒針も突きたてる。

 

 それでもミルタンクは速度を落とさない。スピアーからの攻撃を受けて傷を増やしても、村で受けた傷から血を撒き散らそうとも、うめき声一つ上げることなく誠を咥えたまま全力で走る。それが誠からミルタンクが受けた命令だからだ。

 

 ミルタンクの背中ではスピアーが執拗に攻撃を繰り返している。ここにきて尚、誠は現状に気づくことは無い。戦闘の指示が出ないならミルタンクは安全な場に辿り着くまで命の限り走り、逃亡するだけだ。

 

 そのミルタンクの必死の努力も実り、スピアーはミルタンクから離れていく。スピアーの縄張りを離れたためだ。しかし必死のミルタンクにはそんなことは関係ない。ミルタンクはただ安全な場所を目指して逃げる。

 

 そんなミルタンクが森を駆け抜け、遂に森が開けた先に見えたのは絶壁だった。周囲は森、目前には絶壁。しかし森を抜け、視界が開ければ、周囲に生き物がいないのが確認できる。

 

 遂に一時的でも安全な場所を見つけたミルタンクは誠を下ろし、即座に前足で絶壁に穴を掘っていく。

 

 3メートルほどの横穴を掘ったところでミルタンクは限界に達した。誠を横穴の奥にやり、ミルタンクは横穴の入り口近くに体を横たえた。

 




なんか主人公、いてぇしか言ってねぇな

そして複数人の視点で文章が書けないせいで急に誰かが空気になる。
改善はしていきたいと思います。今後もこんなのが続くと思いますがどうか見限らないでください。


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現実から逃げられなかった人

まだ投稿初日なので初投稿です


 誠はミルタンクとの逃走もひと段落してようやく落ち着いていた。

 

 ミルタンクに引き摺られるがままにして、ようやくミルタンクが安全と思う場所までこれたが、未だに森から出ることが出来ていないのは誠には予想外だった。

 

(すぐに村に出れたから小さい森だと思ってたけど、偶然村に近かっただけで結構大きい森だったっぽいな。そう考えたら村に着くまでに野生のポケモンにも会わなかったし、意外と運が良かったか……いやあの村に着いた時点で運は最悪だな)

 

 とにかく誠はこれからのことを考えようとする。誠は人並みはずれた優れた能力は無くとも、要領だけは悪くない。冷静にさえなれば今やらなければならないのは過去の失敗を悔やむよりも生きて森を出るために考えることだと分かっていた。実際には自分の失敗を正面から受け止めることも出来ず、他の考えの優先順位を上げているだけではあるが。

 

 まずは自分の状態を確認する。正確な時間や距離は分からないがおそらく数十分と引きずられていたのだ。体は擦り傷と手足を中心とした打撲が大量に、首も多少痛いのでむち打ちにでもなっているのだろうが動けないことはない。多少の疲れ、だるさは感じるが十分に動けるだろう。しかし、山歩きなんぞしたことも無い身で慣れない森の中を自由に動き回れるとも思えない。

 

 作業服はところどころが擦り切れ、破れて土の付いてないところが殆ど無い状態だが着れないことはない。全てのポケットの中を確認するが何も入っていない。こんな森の中で何も持っていないことに不安を感じる。

 

 そばにいるミルタンクを見る。全身傷だらけの血まみれであり、とても戦闘が出来そうな状態には見えない。背中には村人共に付けられた傷以外にもドリルでも突き刺されたような大きな穴が開いていて正直見ていて痛々しい。過去に死体の解剖に参加した経験が無かったら吐いていたかもしれない。おそらくだが逃走中に急に速度を上げたのはこの傷を野生のポケモンにやられたからだろう。ポケモンも傷が化膿するのかは分からないので出来れば綺麗な水で洗っておきたいのだが生憎と水はない。現状一番の問題はこのミルタンクの体力の回復だ。ミルタンクの体力さえ回復すれば、この森の中で行動することができる。しかし体力を回復する傷薬はおろかモンスターボールさえない状況でこのままミルタンクを放っておいて体力が回復するのかが分からない。最悪の場合、このままミルタンクが弱って死んでしまうようなことになれば運に身を任せて一人で方角も分からない森を突っ走ることになる。

 

(ミルタンクが回復することに賭けて休むか? アニポケなら休めば多少は回復しそうではある。でもリアルならこの傷と出血を考えると放置でよくなるとも思えない。それにもしゲームみたいな設定だった場合、時間経過で体力が回復することもない。もしミルタンクを失えば運任せに野生ポケモン会わないことを祈って森を突っ切るしかなくなる。よく考えろ。失敗してもリカバリーが効く問題じゃない。ここで判断を間違ったら全部終わる)

 

 誠は今後の方針を考えるが、結局のところ正しい判断ができるほどの情報がない以上、運否天賦にしかならないことに気づけない。何の情報もない状況で考えたところでそれは全て想像でしかなくどれだけ正しいと思える根拠を積み重ねたところで、妄想の積み重ねにしかなりえない。

 

 しかしここで誠は打開策を閃く。

 

(回復アイテムがあればな……傷薬、回復の薬、サイコソーダ……! モーモーミルク! そうだ! それがあった!)

 

 モーモーミルクはゲーム中であれば回復アイテムだ。ミルタンクからミルクを絞ってそれを飲ませれば体力が回復できるかもしれない。それにミルタンクの技にミルク飲みなんて技もあった気がする。覚えさせているかは分からないが。

 

 とにかく現状考え付く限りでも最も安全で且つ勝率の高そうな手段を思いついた以上、即座に行動に移さなければならない。

 

「ミルタンク! ミルク飲みだ!」

 

 しかし、ミルタンクに反応はない。

 

(そうだった。そういや命令聞くときと聞かないときがあるんだった。いやもしかするとミルク飲みを覚えてなかったのかもしれん。しゃあない。ミルク絞って飲まそう)

 

「ミルタンク、また乳絞りするから体勢変えてくれ。うつ伏せは絞りにくい」

 

 誠は声をかけるがミルタンクは反応しない。それどころかピクリとも動かない。誠の脳裏に嫌な予感がよぎる。確認しなければならない。

 

 誠はミルタンクの顔を確認する。瞼は閉じられ穏やかな顔をしている。ダメージで気絶したのか眠っているだけだろう。もしかしたら森で何かに眠り粉でもかけられたのかもしれない。

 

 前足を手に取る。脈は感じられないが人間同様に手首で脈を測ることができるのかわからないので参考にならない。したくない。

 

 首元に手を当てる。脈は感じられない。先ほど前足を確認したとき同様だ。きっと皮下脂肪が厚くて確認できないだけだろう。

 

 腹を見る。上下運動はないがミルタンクの生態を知らないのできっと呼吸のときに腹が上下しない生態なのだろう。

 

 口元に手を当てる。掌に呼吸は感じられない。もしかすると呼吸が不要なポケモンなのかもしれない。もしくは魚のえら呼吸のようにどこか別の呼吸器官があるかもしれない。

 

 顔色を見る。元々のミルタンクの顔色が分からない。判断基準にならない。

 

「おい! ミルタンク! 返事しろよ! おいっ!」

 

 ミルタンクは目を開かない。微動だにしない。その様子と先ほどの確認が全てを物語っている。

 

 




おかしいな、下書きだと主人公がミルタンクに愛着を持つ期間を与える予定だったのに


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現実に押しつぶされそうな人

(くそ! なんなんだよ一体! なんで動かないんだこいつは!)

 

 動かなくなったミルタンクを前に体を動かすことができない。今の誠にできるのは思考を動かすことだけだ。

 

(落ち着け。慌てて行動しても碌な結果にならないのは良く分かってるはずだ。冷静に、冷静に。ミルタンクが動けなくなったという状況が現状に追加されただけだ。一つの情報として捉えろ。俺とは無関係の他人の事柄として考えろ。落ち着け。落ち着いて考えれば何とかなる)

 

 誠は考える。そうしている間にも時間は流れていく。時間は全てのものに平等に流れるのだ。思考に没頭していても、命が刻一刻と失われていても。今まで命がけで迅速に行動しなければならない事態を経験したことがなかったがゆえに考える。その考えるという行為に時間を割いた結果が今の状況だとしても。時には考えるよりも先に行動しなければならない状況があるということを誠は理解していない。誠は意識出来ていないが転移直後に考えなしに動いたゆえの失敗が誠には楔として残っている。楔は誠を一層考えることから逃がさず、思考の渦に巻き込んでいく。

 

(まずは最終目標を考えろ。……まずは……森からの脱出。これだ。

 次に現状把握。俺の持ち物は服一着だけ。体には傷と打撲。多分骨は大丈夫。行動に支障なし。でも俺が森歩きで役に立てる場面はおそらくない。

 次、ミルタンク。現状は……気絶……眠り……瀕死の重傷……瀕死? ……! これか! ゲームでいう瀕死かこれ。よしよしポケモンセンター行けば回復できるんだな! いや落ち着け落ち着け、現状には関係ない。現状ではミルタンクが行動不能。これだけだ。

 次、現在地。不明。情報がないから判断不可能。でもミルタンクが森の中を数十分走っていたことを考えると広い森なのは間違いない。野生ポケモンに襲われたら対応不可能。運悪くさっきの村にでも出たらおそらく殺される。

 次、脱出手段。ミルタンクが行動不能且つボールもない状態で一緒に行動するのは不可能。なんらかの手段で回復しない限り俺一人での行動は決定事項だ。案その1、一人で森を突っ切る。却下。危険性が高すぎる。案その2、今いる絶壁を登る。高さは目測7~8m、可能だが森を出れる保障はない。案その3、ミルタンクの回復に賭ける……却下。回復に数日掛かれば俺の体力が持たない。最悪餓死もありえる。

 現状で可能な対応は崖を少しずつ削って崖を登っていく。これしかないか……くそ。選択肢が消去法でしか選べねぇじゃねぇか……)

 

 ひとまず、考えを終えた誠は行動を開始する。自身の体力を考えれば時間との勝負だ。幸いにも崖を崩すための石なんかはその辺に転がっているものを使えば問題ない。

 

 一度方針を決めて行動してしまえば雑念が入る余地などない。体がだるくとも命が掛かっているのだ。誠は黙々と崖を斜めに削っていく。時計もない今、何時間崖を掘っていたのかは分からないが、気がつけば日が落ちてきている。完全に日が落ちてしまえば明かりもない森の中で崖を掘ることはできないだろう。

 

(暗くなってきたな。今日はこの辺にしとくか? いやもう少しだけやろう。できれば明日には崖を登りたい)

 

 そう考えていたものの思った以上に周囲が暗くなるのが早く、そこから数十分ほどで日は落ちた為、誠は作業を終了し、横穴に戻る。作業をしている間はあまり気にならなかったが喉が渇いた、腹も減った。よくよく考えれば転移からおよそ1日半もの間何も飲み食いしていなかったのだ。現状食料も水もない。

 

(ミルタンクって瀕死でもモーモーミルク出るのかな)

 

 そう思いつけば行動あるのみ。うつぶせになっているミルタンクを仰向けにする。もっと重いと思っていたがミルタンクは想いの外軽かった。(参考:ミルタンク75.5kg)誠は少し躊躇ったが入れるものもない以上は直に口にするしかない。誠はミルタンクの乳に口を当て強く吸えばじんわりとだがモーモーミルクが出てくる。常温で非常に濃厚なモーモーミルクは渇いた喉にまとわりつき少々気持ち悪かったが、他に口にする物もない。それになぜかやさしいと感じる味がする。数分も飲めば喉も渇きも収まっていった。空腹感は残るがあまり大量に飲むと腹を下すかもしれない。

 

(今日はもう寝よう。色々ありすぎた。何も考えたくない)

 

 しかし誠は横になるが全く寝付けない。体は疲れて休みを求めているのに、頭は休みを拒否している。何も考えたくないというのは疲れからくるものではなく彼自身の心からの想いだ。明日になり崖を登ったとして森から脱出できるのか、森から出てもこの世界で生きていくことができるのか、そしてミルタンクはポケモンセンターで回復させることができるのか、そういった不安が頭から離れない。不安が渦巻くうちに思いつく不安も多くなっていく。村に置いてきたポケモン達は無事なのだろうか。最悪の場合、ミルタンクを失い、村に置いてきたポケモン達まで失ってしまえば、俺にはもう何もない。この野生ポケモンがいる世界でポケモンもなく、知り合いもなく、戸籍もなく、職もなく、常識もなしに生きていくことになるかもしれない。一度不安に頭を支配されればもう止まらない。生きて森を出るという目標すら不安にかき消される。本当に森から出たほうがいいのか。ここで死ぬほうが今後の苦労もない分幸せなのかもしれない。瞼の裏に描き出されるのは日本の街並み、自分の家。そうなるともう目も瞑っていられない。しかし瞼を開いても周囲に灯りはない。暗闇に慣れた目が捉えるのは動かないミルタンクのみ。

 

(帰りたい……寂しい……怖い……)

 

 不安が頭の中を支配する誠はミルタンクに近寄っていく。自分を咥えて走っていたとは思えないほどミルタンクは小さかった。立っていた時にはもっと大きく感じていたミルタンクが今ではとても小さく感じる。

 

 誠はミルタンクを抱きしめる。乳を搾ったときに感じた体温はなく、手に帰ってくるのは冷たさだけだ。

 

誠はまだ眠れない。

 

 




将来の不安ってふとしたときに来るよねって話

あとこれ授乳になるんでしょうか?R-15くらい入れといたほうがいいんですかね?


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逃げ道をつぶす人

アンケート機能を使ってみたかったので最後にアンケートを置いています。
投稿頻度と文章量についてのアンケートなのでよろしければご回答お願いします。


(眠れない)

 

 暗闇の中で誠は考える。体は疲れている。そんなことは分かっている。寝ないと体力が持たない。それも分かっている。でも眠れない。意識ははっきりしている。

 

 目を閉じる。日本のことを思い出す。家族のこと、友人のこと、そこまで仲良くないと思っていた友人のことすら頭に浮かんでくる。涙が勝手に溢れてくる。瞼に映る平和な日本の光景に耐え切れなくなる。

 

 目を開ける。暗闇になれた目に映るのは涙で滲む岩肌と血まみれのミルタンクだけ。こんな辛い現実は見たくない。衝動的にまた目を閉じる。瞼に浮かぶのはポケモン達と過ごす自分の姿。なぜこうならないと悲しみと怒りが湧いてくる。目を開ける。

 

 目を開けても、目を閉じても、見えてくるのは見たくないものだけだ。誠は目を開けては閉じてと不毛な時間を過ごす。

 

 そんな不毛な行動を繰り返すうちに時間は曖昧になり、もはやどれだけの時間そうしていたのかも分からなくなる。何時間もそうしていた気がする。もしかすると10分も経っていないかもしれない。まだ日は昇らない。

 

 徐々に瞼が重くなっていく。意識も曖昧になり、頭が働かなくなっていくのが分かる。眠っている間は何も考えなくていいと嬉しくなった。今は何も見たくない。何も考えたくない。やっと眠れそうだ。

 

 誠はまどろむ。眠りには落ちられない。しかし起きている訳でもない。その微妙な感覚が心地いい。

 

 しかし、誠の平和な時間は唐突に奪い去られる。

 

 ビキッ ビキキッ メギ

 

 何か聞こえてくる。しかし何の音か分からない。誠は落ちかけた意識で嫌な音を聞くがすぐに反応することができない。

 

 ガンッ「ぐえっ!!」

 

 誠は不意に腹に衝撃を受け横穴の奥に飛ばされる。その瞬間だった。

 

 ガガガガガガ

 

 横穴の入り口が土砂に塞がれるが誠は何が起きているのか理解できない。唐突な衝撃を受けた腹の痛みに耐えるだけで精一杯で周囲の確認まで意識が向けられない。

 

 それほどの時を待たずに痛みは治まる。誠は周囲を見渡す。暗闇には目が慣れていたはずだが何も見えない。恐る恐る手を伸ばす。ごつごつとした岩が手に触れる。反対側に振り向き手を伸ばす。岩のような感触が帰ってくる。90度の方向に手を伸ばす。やはり触れるのはごつごつした感触。そうなれば現状が嫌でも理解できる。落盤に巻き込まれて閉じ込められた。

 

 しかし現状を理解しても誠は慌ててはいない。現状が危機的状況だとは理解できている。だが先ほどまでまどろんでいたところを急な落盤にさらされ、まだ頭が十分に働いていないため危機を正確に把握できてない。

 

(なんで落盤の可能性を考えなかったんだ俺は。崖を数mとはいえ掘ったら崩れる可能性くらい考え付いただろ)

 

 この期に及んで過去の失敗を振り返る。現実が理解できてもどうしようなない時はある。

 

(もう無理だ。掘って出ようにもどっちが外かも分からん。それに掘ってたらまた崩れるかもしれん。望みは薄いけど落盤の音を聞いて誰か来る可能性にかけるくらいか。いや食べ物の水もないし、よく分からんけど酸素とかの問題もあるだろ。それに人が埋まってるなんてわからんもんな。はぁ……)

 

 誠は自力での脱出を諦めていた。

 

(あとは……ミルタンクが復活してる場合か。多分落盤の時に俺を突き飛ばしたのはミルタンクだ。あいつならもしかすると俺を掘り返してくれるかもしれん。……というかミルタンクは無事なんだろうか。俺を庇って落盤に巻き込まれてるかも。……呼んでみるか)

 

「おーい! 聞こえるかー! ミルタンクー!」

 

 声が狭い空間で反響する。しばらく待つも返事はない。

 

「おーい! 聞こえたら返事してくれー!」

 

 しばらく待つ。やはり返事はない。

 

(返事はないか。どうなんだこれ? 助けてくれたってことはそのときには意識があったはずだ。なのに今返事がないってことは落盤でまた瀕死になったか? それとも俺を突き飛ばしたのはミルタンクじゃなかったのか? いや、ボーっとしてたけどあの状況で俺を突き飛ばせるのは多分ミルタンクだけだ。最初に瀕死になったのが今日の昼頃で回復したのが夜なら大体回復するのが半日か? それならもう半日耐えればまた復活してくれるかもしれん。それまで待つか。いや待つしかないな)

 

 誠はミルタンクの復活を待つことに決めた。自分ができることはない。勝手にそう思い込んで。ミルタンクの状態も不明であるのに。

 

 この世界に来て、ここまで僅か1日半程の間にこれだけの失敗をしているにも関わらず、誠は自分の今までの人生経験を、考え方を疑えない。色々と考えているようで結局は自分の考えた可能性から確立が高いと思えるものを経験則で選び、他の可能性を切り捨てる。あらゆる可能性に備える最善の対応を考えることができず、自分に都合のいい想像を予定に組み込み、自分の思い通りに事が進むと思い込む。行動によるメリットだけを見て、デメリットから目を逸らしている。

 

 だからこそ致命的な過ちを犯す。

 

 



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自分と向き合う人

アンケートはしばらく続けますが、現状で文章量を増やして欲しい派が多そうなので次回からは文章量を増やします。
なので次回投稿まで1~2日間隔が空くことを予定しております。ご了承ください。

追記:更新間隔開けてそのままエタるのだけはしないようにします。
   あと更新間隔1週間以上開くことはないようにがんばります。


誠は崩落した横穴の中で横になって時の経過を待つ。

 

時計もなく、日の明かりもないこの場所では正確な時間は分からない。ミルタンクの回復を待つと決めてからしばらくは指折り数を数えていたが、途中で今いくつまで数を数えていたか分からなくなり止めてしまった。

大まかにでも時間を把握するために歌でも歌おうかとも思ったが無駄に声を出すと酸素消費が増えると漫画で読んだことがあるので我慢する。喋ってはならないとなると余計に声を出したくなった。人はやはり暗闇の中では生きていけないのだと分かる。音も光もないこの空間が辛い。聞こえるのは自分の息をする音だけ。自分の声でいいから何かを聞きたい。声を出して気分を紛らわせたい。しかしそんなことができる状況でもない。そんなことを考えると余計に声を出したくなってくる。

 

ならばと眠りに付こうとするも目は冴えている。半端にまどろんだせいか眠気もないが気休め程度に目を瞑る。今は目を開けても目を瞑っても何も見えてこない。しかし視界が封じられたからか余計に自分の息遣いが耳に入ってくる。人の五感はどれかを失うと他の五感が敏感になるというのは本当らしい。敏感になっているのは聴覚だけではない。先ほどまで気にしていなかった地面の凹凸を背中に感じる。ずっとかいでいた土の匂いが改めて鼻につく。味覚は分からないが口の中が乾いている感覚はある。

 

五感とは関係ないが思考も回りだす。しかし、今後の行動などの建設的な考えは浮かんでこない。

孤独感、不安、恐怖、

頭に浮かんでくるのはマイナスのイメージだけ。

 

本来の誠はネガティブ思考だ。その本質は臆病で寂しがり屋、そんな自分が大嫌い。他人と関わりたいが拒絶されるのは耐えられない。本来の性格の自分を好きになってくれる人なんかいないと思っている。だからこそ人に接する時には自分に自信を持ったキャラを作って対応する。そんなことをずっと続けて生きてきた。周りに人がいる限り。日本では家族や友人、同僚に隣人だっていた。本当の性格を表に出す機会は殆ど無く、ずっと作り物のキャラを演じてきた。作り上げたキャラが自分の本来の性格だと思い込むほどに長く。

しかし今は周りに誰もいない。誰も自分を見ていない。何をしても他人からの評価に変化はない。本物の孤独。大嫌いな本来の誠になれる時間。抑圧された自信のない自分が出てくれば、必然的に思考も本来の誠に引き摺られネガティブなものになっていく。

 

なんで自分一人だけこんな目に遭っているのか。どうして自分の周りには誰もいないのか。なんで誰も助けてくれないのか。どうして誰にも知られずに死ななければならないのか。自分が死んでも誰も悲しんでくれないんじゃないか。

考えれば考えるほどに不安は大きくなっていく。いつの間にか誠は自分の死が決定事項であるかのように考えていた。

 

だが長年演じてきてキャラは完全には抜け切らない。

自信のある自分に思考が引っ張られていけば徐々にマイナスイメージが抜けていく。

次に感じたのは怒りだ。

なんで俺がこんな目に遭っているのか。簡単だ。あの村の連中が俺を嵌めたからだ。

どうして俺の周りに誰もいないのか。あの村の連中が俺のポケモンを奪ったからだ。

なんで俺が死ななければならないのか。死ぬ必要なんかない。あの村の連中が俺を殺そうとしてるだけだ。

なんで、どうしてと考えていたことの答えが埋まっていく。全てあの村の連中の所為だと答えが埋まっていく。

怒りが先行している誠は村の連中が悪いという答えを先に出してから現状の不満を当てはめているだけに過ぎないため、少々乱暴な理屈も含まれるがほとんど間違ってはいないため、違和感を感じることのない整合性のある答えに辿り着くことができている。

自分の判断にミスがなかった訳ではないが、基はと言えば全てあの村の連中が原因なのだ。なのに俺が死んであの村の連中がのうのうと生きていくなんて許されない。

 

そうだ自分が死ぬ必要なんかないんだ。俺がこのまま死ねばあの連中の思い通りになってしまう。あの連中の思い通りになるなんてごめんだ。あんな連中に負けたまま死んで堪るか。俺は死なない。絶対にあの連中に罪を償わせてやる。

 

俺のポケモンも絶対に取り戻す。あんな連中に利用されていい奴らじゃない。ミルタンクは俺を守ってくれた。他の奴らだって言う事を聞かないことはあるかもしれないけど信じてもいいと思う。しばらくは皆と旅をするのもいいかもしれない。

 

生きる気力が湧いてくる。

(そろそろ出よう)

どれだけの時間考え事をしていたかは分からない。だが、なんとなく今なら出れそうな気がする。勘と気分の問題でしかないが今を逃すともう出れない。そんな予感がある。

誠は立ち上がり、ミルタンクに指示を飛ばす。

「ミルタンク!俺をここから出せ!」

可能な限り声を張り上げる。喉に痛みを感じた。あまり大きな声は出せなかったかもしれない。

 

ガゴッ(ゴゥーーーーゥン)

 

岩をハンマーで殴ったような音が狭い空間に反響する。

 

ガゴン ザリ ガギ

 

誠が背中を向けていた方向から連続した音が聞こえる。

 

ゴバンッ

 

そんな音と共に壁に穴が空く。空いた穴からうっすらとした光と共に見える一本の腕。たったの二日間しか見ていないが、見間違うはずがない。ピンクの肌に黒い蹄。間違いなくミルタンクの腕だ。

ミルタンクはがりがりと蹄で空けた穴を押し広げている。すぐにでも誠が出られるまでの大きさになりそうだ。

(ここを出たらまず町に行ってミルタンクを回復してから村にポケモンを取り返しに行こう。やることも決まっている。ミルタンクもいる。迷う必要はない。

いや、その前にポケリフレみたいなことをしてミルタンクを褒めてやろうか。俺に褒められて喜ぶのか?まあ褒められて嫌な顔することはないだろ)

 

そんなことを考えている間に穴は広がり、誠が通れる大きさになっていた。もう穴からミルタンクの顔も見えている。これで外に出れる。

 

「よくやった!ミルタンク!回復したら一緒に皆を取り戻しに行くぞ!」

 

いつものようにミルタンクからの返事はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本来の誠君はダウナー系構ってちゃん。しかも周りに頼れる人がいないとポケモンにであっても依存しようとするメンヘラ気質。もし女の子だったらギャルゲにいそうなキャラ


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代償を払う人

お待たせして申し訳ありません。
続きが書きあがりましたのでお納めください。

それと改めて文章量に関するアンケートを置いてるのでよければお答えください。
参考に今回ので大体6300字くらいです。

追記
すいません。どうもアンケートが重複して変になっていたようで新しいアンケートが表示出来てませんでした。今は新しいのが表示されています。


今なら何でもうまくいきそうな気がする。

それが今の誠の気持ちだ。今までも同じような感覚を感じた経験が何度かある。仕事やゲームをしている時に自分の予測通りに物事が進んでいくのだ。こうなりそうだと思えばその通りになる。相手がこういう動きをしそうだと思えばその通りに動く。手持ちの情報で予測した筋書きが綺麗に嵌っていく感覚。相手を理解し上回ったという感覚。いい流れがきているのを感じる。流れを断ち切ることの無いように行動するべきだろう。

 

時間の感覚もないがようやく外に出ることが出来る。それに今なら今後の行動に関してもいい判断ができそうだ。ミルタンクが空けた穴を通って外に出る。穴は直径1m程で穴の中を這うようになるが窮屈には感じるほどでもない。2mも進めばもう外だ。

ミルタンクは穴を掘ってすぐに外に出たのだろう。まあミルタンクが穴の途中にいたら詰まってしまって出れないが。

 

外に出ればもう日が昇っている。太陽の位置はほぼ真上。おそらく正午くらいの時間だ。今まで閉じ込められていた崖を振り返れば横穴の崩落によって崖の一部が崩れて上ることができそうだ。昨日に引き続いて崖を掘る覚悟をしていた身からすればありがたい。

昨日は考え付かなかったが崖を上れば森の全景も見えるかもしれない。そうすれば森を出る為に進む方向も分かる。

 

それになによりも嬉しいのはミルタンクの回復だ。今までのことを考えれば、正直ミルタンクがいてくれるなら何とかしてくれそうだと思える。

(やっぱり信頼できる仲間がいるのは良い。二次創作とかで何も疑わずに猛獣レベルで危険なポケモンを初対面で信頼してパートナーとか言ってるの見て馬鹿じゃねぇかとか思ってたけど、実際にいるとつい頼っちゃうな。

おっとそうだった。ミルタンクを褒めてやらなきゃな。喜ぶかどうかは分からんが今はやろうと思ったことに従ったほうがいい気がするし、単純に褒めてやりたい。それにどれだけ回復したかも見ておきたいしな)

 

誠はミルタンクを褒めてやろうと周囲を見渡す。崖を背にした今、周囲を見渡せば目に入るのは森ばかり、そして目に入るのはピンクと黒の塊。

それは昨日見たミルタンクよりも小さく見える。そこで誠は気付く。原因は目を凝らすまでもなく一目見ただけで分かってしまう。

 

ミルタンクの腰から下がない。

 

気付いた瞬間、一気に血の気が引き呼吸すら忘れる。何も考えられない。

しかし体は勝手に動き、ミルタンクに走り寄る。

「おい!ミルタンク!大丈夫か!」

大丈夫なはずがない。そんなことは見れば分かる。しかし問い掛けずにはいられない。

「ミルタンク!目を開けろって!おい!」

返事はない。動きもない。そして目を開くことも無い。

周囲を見る。どこかにミルタンクの下半身があるはずだ。だがミルタンクの下半身はどこにも見当たらない。

ミルタンクを見る。無いはずの下半身から血が出ていない。体を引き摺った筈なのに血の跡がない。

再び周囲を見る。脱出した横穴の近くに血溜まりがある。

誠は理解する。ミルタンクは崩落に巻き込まれて下半身を押し潰されたのだと。下半身はあそこに埋まっているのだと。

 

誠は血溜まりに向けて走る。

血溜まり近くの土を掘る。道具を使うなんて考えは頭にない。ひたすらに素手で土を掘る。

爪が割れた。気にならない。

皮膚が擦り切れる。関係ない。

石で手を切った。どうでもいい。

土を崩した先から零れ落ちた土で穴が埋まる。鬱陶しい。

誠は考えない。ただひたすらに土を掘る。

指先に他の土とは違う湿り気を感じる。目指すものは近い。

指先に柔らかいものが触れる。なぜか分からないが分かる。これだ。

触れたものを力の限り引く。途中で腕に掛かる力が弱くなる。腰と片足しかない。千切れた。

また土を掘る。見つけた。

残る片足を土から引き抜く。揃った。これで治せる。

 

徐々に思考が戻ってくる。

どうすればミルタンクを助けられるのか。ポケモンセンターに行くしかない。

ポケモンセンターが見つかるのか。見つけるしかない。

ミルタンクを抱えたまま町まで辿り着けるのか。置いていくことはありえない。

本当にミルタンクは助かるのか。考えている暇はない。

 

ミルタンクの下半身を抱え、千切れた足は落ちないようにズボンのポケットにしまう。血がないからかあまり重くない。作業着の上着を脱いでミルタンクの上半身を背負い、作業着の腕の部分で体に縛り付ける。脱力しているからか少し重い。

 

ミルタンクの全身を抱えて崩れて坂になった崖を駆けあがる。広がるのは草原だが整備された砂利道がある。道に沿って視界を右に向けるが道が続いているだけしか見えない。左を見る。道の先に建物が見える。

 

誠は走り出す。ただ建物に向けて。

その速度はポケモン一匹を抱えているとは思えない速度だったが、誠の身体は速度についていけない。砂利に足をとられ転けそうになる。ミルタンクの下半身を落としそうになる。縛っていたミルタンクの上半身がずり落ちる。意識に体がついていかない。それでも誠は走り続ける。

 

そんな誠の前に現れたのは一匹の野生ポケモン。ニドラン♂だ。誠の進行方向に現れたニドランはこちらを認識して一丁前に威嚇のような姿勢を取っている。しかし誠の足を止める理由にはならない。誠は構わず走り続ける。

その姿が臨戦態勢にでも見えたのだろうか。ニドランは誠に向けて毒針を放つ。狙うは回避の困難な胴体だ。ニドランは野生のポケモンとして生を受け、今まで闘い生き残ってきた。時には同じ野生のポケモンと縄張りや食べ物を巡って。時には襲い来るポケモンを連れた人間と。だからこそ自分の棘に毒があることも、人間を攻撃すれば痛みで怯み逃げ出すことも知っている。なのに目の前の人間は毒針を躱そうともしない。ただ自分に向けて走ってくる。その姿にニドランは困惑する。

そして放たれた毒針は見事に誠の正面を捉える。しかし本来なら誠に突き刺さるはずの毒針は誠の抱えるミルタンクの下半身へと吸い込まれるように突き刺さる。だが例え威力の低い毒針とはいえその威力は人間にとっては馬鹿にならない。正面から毒針を受けた誠は強制的にその歩みを止められ、たたらを踏んで数歩後ずさる。

 

ここで初めて誠は目の前のポケモンを障害だと認識する。先ほどまではニドランが視界には入っていても横を駆け抜けるつもりで障害だとは認識していなかった。

しかしニドランの行為は誠の怒りに触れた。今はミルタンクを回復させるために僅かな時間でも惜しい。それを邪魔するということはミルタンクを殺そうとする行為、ひいてはミルタンクを失えば何も残らないかもしれない自分を殺そうとする行為だ。これだけで十分な怒りが湧く。

それだけでなくニドランはミルタンクに直接攻撃したのだ。村での村人の攻撃、森でのスピアーの攻撃、崖での崩落による肉体の損傷。これらの傷はどれもミルタンクがいなければ全て誠が負っていた筈の傷だ。今のミルタンクの状態は誠の判断ミスが招いた全てを誠に代わって引き受けた故のもの。それに誠も気付いている。ミルタンクが今以上に傷を負うということは誠の判断ミスの代償を更にミルタンクに押し付けるということだ。それが自分に自信を持つ誠には許せない。

そして何よりも命を賭けて自分を守って動けなくなっているミルタンクを攻撃する行為そのものが許せない。

 

怒り、責任感、焦り、様々な感情が誠の中で渦巻いているが、誠の思考はシンプルそのもの。

 邪魔をするなら殺す。

これに尽きる。ミルタンクと自分の命の為に必要なら他の命を奪うことに躊躇いはない。襲ってくるなら殺せばいい。逃げても追いかけてくるなら後ろから撃たれる前に殺せばいい。後で復讐される恐れがあるなら殺せるうちに殺せばいい。目的のために障害は排除しなければならない。

幸いにもポケモンとはいえニドランの大きさは50cmほどだ。誠でも殺せる可能性はある。誠はミルタンクの命と野生のポケモンの命を天秤にかける。答えも覚悟ももう決まっている。

その覚悟が、誠の嫌うあの村の人間達と同様のものであることに気付けないまま。

 

誠は抱えていた下半身を地面に置き、上半身を縛り付けていた作業着を解く。上半身が地面に落ちる。それと同時に誠はニドランに向けて走り出す。誠とニドランの距離は5m程、全力で走り出せば1~2秒で接触する距離だ。突然の接近にニドランは反応しない。

「死ねや!このゴミカスが!」

感情を吐露しながら誠は全力のサッカーボールキックでニドランを蹴り上げる。ニドランの全身に生える棘が足に突き刺さるがここで怯んで手を緩めることはしない。地面に叩きつけられたニドランの足を掴む。10kgもないだろう、誠でも振り回すことができる重さだ。ニドランの両足を両手で掴み、持ち上げて地面に振り下ろす。掌に棘が刺さり、振り下ろすたびに棘が食い込むが誠は攻撃を止めない。三回地面に叩きつけたところで動かなくなった。

だがまだ安心できない。ミルタンクも動けない状態から回復したのだ。ポケモンがこの程度で死ぬはずがない。確実に殺さなければ邪魔をされるかもしれないのだ。近くの地面におあつらえ向きの岩が生えている。頭を潰せば流石に死ぬだろう。

誠は動かなくなったニドランの足を掴んで岩に叩きつける。

1回、頭に生えていた角が折れて甲殻のような外皮が割れる。外皮が意外と硬い

2回、甲殻のような外皮と血が飛び散る。まだ壊せたのが外皮だけだ。

3回、グチャリという音と共に血が飛び散る。外皮の割れた場所を当てれたらしい。

4回、大量の血が噴き出す。ようやく頭がなくなり、傷から血が吹き出る。

5回、念のための一撃。打ち付けた身体は頭より外皮が硬い気がする。

6回、怖いのでもう一撃加える。流石に死んでいるとは思うが怖い。

7回、8回、9……

気がつけば周囲に肉片と血が飛び散っている。手に持っていたニドランは体の半分ほどがなくなっており、流石に死んだと断言できる。野生のポケモンが獣の様に血の匂いに惹かれるのかは分からないが、こんなところでゆっくりする必要もない。

 

誠はミルタンクに駆け寄り、上半身をおぶって下半身を抱える。町はもう目に見える距離だ。誠は再び駆け出す。徐々に町の輪郭が見えてくる。村なんて規模じゃない。間違いなく町といえる規模はある。野生のポケモンがそこらにいるのに町の周囲を壁で囲ったりはしていないのは無用心な気もするが、今は関所のような場所で時間をとられないのありがたい。ひたすらに駆ける。町はもう目の前だ。安心からか抱えている下半身に重みを感じてきた。足と体にも気だるさを感じる。だがここで休んでミルタンクを助けられなければ後悔じゃすまない。今だけは、今だけは何がなんでもがんばらなければいけない時だ。

 

町に足を踏み入れる。周囲にはいくらかの人がいる。もう足が棒のようだがここで力尽きるわけにはいかない。あらん限りの声で叫ぶ。

「すいません!!誰かポケモンセンターの場所を教えてください!!」

周りの人が俺を見ている。全身血まみれで千切れたミルタンクを持っているのだから当たり前だろうが誰も近寄ってきてはくれない。

「お願いします!!もう時間がないんです!!誰かお願いします!!」

意を決したのか2人の男性が寄って来てくれた。事情を説明したいが時間が惜しい。

「事情は後で話します!ミルタンクが死にそうなんです!助けてください!」

男達は何か言っているが上手く聞き取れない。だが必死の想いが通じたのか案内してくれそうだ。先導して道を走っていく。

辿り着いたのはポケモンセンターと書かれた建物だ。良かった。これでミルタンクは助かる。

建物に入れば周囲は騒がしくなる。血まみれの男が入ってくればそうもなるだろうが、今は周りを気にするときじゃない。建物に入って正面にジョーイさんとラッキーが見える。すかさず走り寄ってカウンターにミルタンクの下半身と上半身をそして片足を置く。

「お願いします。助けてください…」

ジョーイさんが何か言っているが耳に入ってこない。体がだるい。ミルタンクも無事に預けることができた。少しだけ休みたい。よく考えればこっちに来て禄に寝てないんだ。流石に限界なんだろう。20歳くらいのときは2徹くらいしてたけど年かな。等と考えるうちに誠は意識を落とす。その顔はミルタンクを救うことができたという達成感から非常に穏やかなものだ。

 

 

 

 

~町人サイド~

誠は意識を失った。しかしゲームではないのだ。誠の意識がなくとも時間は進む。

誠の周りで三人の人間が話をしている。ジョーイとここまで誠を連れてきた二人の男性だ。

男A「なぁ、ジョーイさん…これって」

ジョーイ「えぇ…このミルタンクは…治せません。もう完全に死亡して時間が経ってます。血も全く出てないですし…少なくとも完全に死亡して1日以上経過してないとこうはなりません」

男B「馬鹿!それよりこっちだ!こっちもヤバいぞ!熱がすげぇ!」

男A「!おい!腕を見ろ!なんか変な色になってんぞ!」

ジョーイ「!待ってください!確認しますから腕を触らないでください!」

誠の腕は紫がかった色に変色している。そしてズボンで見えていないが足も同様の状態だ。これはニドラン♂の特性「毒の棘」が原因であり、誠がニドランに触れた箇所を中心に広がっている。

ジョーイ「これは…毒ですね。すぐに治療をします!集中治療室に運んでください!」

指示を受けたラッキーが誠を抱えていく。ジョーイも慌てて後を追おうとするが、二人の男性に呼び止められる。

男性A「なぁ!ジョーイさん!ミルタンクはどうするんだよ!」

ジョーイ「その子は…もう治せません…安らかに眠らせてあげるしか…」

男性AB「…」

ジョーイ「とにかく!今は助けられる命を助けます!話はそれからです」

男性B「なあ、ジョーイさん。このミルタンクこのままにしとかなきゃ駄目かな。痛々しくて見てらんねぇよ…」

ジョーイ「そう…ですね。さっきの人はこの町の人じゃなさそうですし、お墓に埋めるのは…流石に駄目ですね」

男性B「じゃあよ、火葬して骨にするのは駄目かな」

ジョーイ「本当ならトレーナーさんに確認しないと駄目ですけど…さすがにこんなひどい遺体は見たことがないですから、確かに置いておくわけにも」

男性A「じゃあよ、俺らが勝手にやったってことにしてくれねぇか。なんかあったら俺らが怒られるから」

男性B「だな。トレーナーにゃ悪いけど、意識戻ってこんな遺体を見るのも辛いだろうからな。俺らが怒られるだけなら大したことじゃねぇよ」

ジョーイ「いえ…それなら私も一緒に怒られます。この子は早く眠らせてあげましょう」

男性B「悪いな。ジョーイさん」

ジョーイ「いえこちらこそすいません。でも今はとにかくあの人の命を救ってきます!」

男性A「おう!がんばってくれよ!」

ジョーイ「はい!」

 

彼らに一切悪気はない。100%善意からの行動だ。行動も人道的に見ればあながち間違ったものでもないだろう。しかしそれを他人がどの様に受け取るかは分からない。

 

そして誠の与り知らぬところでミルタンクの処分も決まる。誠が自分の身を賭けてでも守ろうとしたものがこの世から完全に消える。誠の失敗の代償をその身に刻んだまま。 

誠は忘れている。少し上手く事が進んだからといってもそれまでの失敗がなくなる訳ではない。失敗の代償は必ず降りかかる。ミルタンクは誠の失敗の代償を限界を超えて引き受けた。そして誠も今まさに自らの失敗の代償を支払っている。

誠はミルタンクを救ったつもりでいるが現実は物語のように甘くない。

 




上げて落とすのは基本


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現実に翻弄される人

大変お待たせ致しました。
朝起きたらお気に入りが300くらい増えてないかなと思いながら書きました


 誠が目を覚ましたのは暗い部屋の中だった。

 部屋の照明は切っており、窓から差す月明かりだけが室内を照らしている。部屋の暗さに一瞬、あの横穴の中を思い出し体が固まるが、月明かりに照らされる室内を見て安堵する。周囲を見れば点滴や用途不明の機械が置かれている部屋のベッドに寝かされているようだ。機械はよく分からないが点滴があることからおそらく病院のような施設だろう。

 あの横穴の中の暗さはこんなものではなかった。周りに何があるかも分からないどころかいつまでもいれば自分の輪郭すら朧げになるような一切の光のない闇。そして自分の呼吸音がやたらと響く無音の空間。まるで悪夢の様な場所だった。もう二度とあんなところには戻りたくない。

 

 そんなことを考えた所為で嫌な考えが浮かんでしまう。本当に今が現実なのだろうか。もしかすると昨日一日の体験全てが夢で目を覚ましたら横穴の中にいるなんて考えが頭をよぎる。それは胡蝶の夢だ。証明する手段なんてない。夢の中だと痛みを感じないなんて言うがそんなこと本当かどうかも分からない。ニドランとの戦いでは棘が刺さり痛みを感じた筈だが、どのくらい痛かったと聞かれるとどんな痛みだったか覚えていない。不安は拭いきれない。

 

 左腕を見れば点滴の針が刺さっている。試してみよう。

 左腕に刺さった針を引き抜く。血が滲み玉になるが痛みはない。不安が湧いて出る。

 ゆっくりと刺さっていた箇所に針を刺していく。針を持つ右手に針が肉を掻き分けて刺さっていく感触が伝わる。左腕に痛みはない。不安は大きくなる。

 慌てて針を引き抜いて左手首を刺す。つい慌てて強く刺しすぎてしまった。長さ的に手首を貫通する直前まで刺してしまったかもしれない。しかし痛くない。なんで? どうして? 

 こうなればもう不安どころではない。もし今が夢の中ならまたあの横穴に戻ることになるかもしれないのだ。同じように行動しても横穴から出られるか分からない。ミルタンクを助けることもできないままあの横穴の中で一生を終えるなんて絶対に嫌だ。

 左手首の針を抜いて右の太ももに全力で衝きたてる。

「いっ! てっ!」

 痛い。痛みを感じている。それが今ここが夢ではないと証明する材料になるかは分からないが他に手段もない。

 針を抜く。左の太ももを刺す。痛い。

 なんの生産性もない行為だと頭で理解できているが止められない。

 また針を抜く。腹を刺す。やはり痛い。

 どれだけ自分を刺せば夢が覚めるのかは分からない。だが痛みを感じ続けても夢が覚めないなら、それが今が夢ではないことの証明になる。そんな支離滅裂なことを考えながら、誠はまたも自分の体に針を刺していく。痛みを感じることだけが今が現実であることを証明できると信じて。

 

 しかし、そんな時間は唐突に終わりを告げる。

「何をやってるんですか!」

 部屋に入るなり、大声を上げたのはジョーイさんだった。あのピンクの髪に二つのチュロスをくっつけたような髪型の人間は他に知らない。ジョーイさんを見て急に頭が冷えていく。

(俺は何をしてたんだ? 馬鹿なのか俺は? 今は他に確認しなければならないことは山程ある。自分の容態の確認にミルタンクの容態の確認、現在地の確認に常識の把握。他の人がいるならできることなんていくらでもあるのになんであんなことを夢中でやってんだ俺は?)

「あ、あの、大丈夫ですか!?」

 ジョーイさんは慌てて誠に駆け寄り、誠の体を調べ始める。

(いや、今はこっちだ。ジョーイさんの中だと今の俺は血まみれで現れて倒れ、目を覚ましたと思ったら自分の体を針で刺し始めるやばい奴だ。話を聞くにもまずはまともな人間だと理解してもらわんといかん)

「あ、どうもすいません。ちょっと混乱してしまって。もう大丈夫です」

 そう返事する誠を心配そうな目でじっと見つめるジョーイさん。当然だ。まだどんな人間かも分からない関係でさっきまで自分に針を刺しまくっていた男が急に落ち着いて話しかけてきたらそっちのほうが怖い。実際は一人になったことで本来の誠の性格が出ていたところにジョーイさんが現れ、人と接する用に作った誠に切り替わっただけのことだが、他人から見れば情緒不安定な危ない人だ。

「そうですか。まあ……大丈夫と言うなら……」

 じっと誠の目を見つめて様子を見るジョーイさん。目を見てくる人間は苦手だ。人と話し慣れている人間は目を見て感情を予測したり、嘘を見破ったりする。これから事情を説明するなら嘘も吐くことになるのにこういう人がいると目も意識しないといけなくなる。何より観察されているようで嫌いだ。

「はい。申し訳ないです。ところで時間が大丈夫ならちょっと聞きたいことがあるんですが」

「あ、はい。あっ、私は大丈夫なんですけど、ジュンサーさんが話を聞きたいと言ってたので色々話をするなら呼んできますけど。(二人で話をするのはちょっと怖いし)」

「はい。問題ないです。できれば話をしたいので呼んでもらえますか?」

(ジュンサーさんか。こっちの警察だな。どうなんだろうな。職業柄嘘を付く人間見てるだろうし、嘘を見抜くのに長けてたら色々ばれるかもしれん。いや、それよりも身分の問題があるな。旅人って言えばごまかせるか? 免許みたいなもん出せって言われても何もないし、戸籍みたいなもんがこの世界にあったら身元不明とか不法入国みたいなので逮捕されるかもしれん。できれば呼んで欲しくないけどここでジュンサーさんは呼ばないでなんて言ったら余計に怪しい。最悪の場合すぐにジュンサーさんを呼ばれて署に連れて行かれるなんてこともありえるし、ここはしょうがない)

「じゃあ呼んできますからちょっと待っててください。くれぐれも安静にしててくださいね」

 そういってジョーイさんは部屋を出て行く。

 

 さてこれからしなければならないのはまず設定作りだ。ジュンサーさんも来る以上は怪しまれないような身の上話を作っておかなければならない。

(まずは自分の設定だな。名前はそのままでいいだろ。次に出身地。これは確認を取れないように山奥にあるニホンタウンとでもしよう。あの村みたいでイラつくが警察やポケモンセンターもない山奥にあって他の町と交易がなかったってことにすれば確認もとれないだろうし常識を知らなくても身分証がなくても誤魔化せる。次、家族構成、父は誠一、母は恵美子とかでいいか。兄弟なし、独身、ポケモンの有無は……どうするかな。これはジュンサーさんにポケモンを奪われたって言うかどうかにも関わるからな。あの村人が死刑になるような法律があるなら任せてもいい。それなら俺は安全にあの村人に報復できるしポケモンも帰ってくる。でも、もしこの地方に死刑制度がないなんてことになるなら警察に任せずになんとかあの村の奴らを殺したい。……これは話の中で決めよう。次、旅の目的……世界を見て回るとかだと他の町について聞かれたら困るし、足取りを追われたら一発で嘘がばれる。理由を聞いて納得してしかも突っ込みにくい話題が良いな……よし嫁探しにしよう。村に若い男が俺だけで若い女がいないから旅に出ることが村で決まったってことにすれば突っ込みにくい話題だろう。次、旅の道程は……えーと……よし、ここは村を出て二つ目の町にしよう。名前は分からないけど、一つ目の町を出た後にポケモンに襲われて、逃げていたところを崖崩れに巻き込まれた。何とか脱出してこの村に来るときにニドランに襲われたけど返り討ちにして何とかここに辿り着いた。これでいこう。この辺りは事実を混ぜないと怪我と話の内容が矛盾したときにカバーしきれない。他には……)

 

 それからも誠が設定を考えていたところ、部屋の扉が開く。立っていたのはジョーイさん、ジュンサーさん、そして2人の男性。

(ジョーイさんとジュンサーさんは分かるけど、あとの2人は何だ? 警備員か? 暴れたら取り押さえるとかだろうか? その割りに2人とも私服だな。非番の警察でも連れてきたか? てかこの世界ジュンサーさん以外の警察っているのか?)

 等と考えていたところ、ジョーイさんからポケモンセンターに案内してくれた2人だと教えられた。感情を顔に出してしまった様だ。迂闊だった。気を引き締めないといけない。

 

 そこからはまず、こちらの質問より先にジュンサーさんに聞かれた質問に答えていった。先に事情を説明したほうがこちらから質問する時に余計な質問が入らなくていいし、相手の反応でその人の雰囲気が把握できる。ジュンサーさんからの質問は設定で作った範囲を超えるものではなかったので淡々と進んだ。横穴から脱出したときのことを説明している時に何故かジョーイさんが怪訝な目をしてきたので何かおかしかったかなと思いながらも今更訂正できないので、感情を込めて落ち込んだ雰囲気を出してみればそれだけで効果は覿面だった。完全に同情を買えたとみていい。本当はちょっと本気で泣きそうになったので満更嘘でもない。

 というかジュンサーさんは話を聞いてメモを取るのに集中しすぎてほとんどこっちを見てなかった。仮にも警察やってんなら相手の目と仕草をしっかり見ろ。なんなら後ろからこっち見てるジョーイさんと男二人の方に嘘がばれないかとひやひやしたくらいだ。

 

 でも収穫はあった。少なくともこの地方には戸籍という概念はないらしい。ほぼ全ての人がポケモンを所持しているので、そのために必要なトレーナーカードの登録を戸籍の代わりにしているのだとか。そのトレーナーカードの登録も警察でしているとのことで後でジュンサーさんが登録してトレーナーカードを発行してくれるそうだ。身分の問題が解決するのはありがたい。

 それと俺がこの町に来て倒れてからもう4日経っているらしい。ポケモンの毒を喰らっていたそうで血を抜いて綺麗にする血液透析? とかいう治療をしようとしたが今までに見たことの無い血液型だったらしく輸血ができないのでポケモン用の毒消しを使って何とか回復したらしい。だが結果として症状の早かった左腕だけは壊死寸前で、何とか切り落とす前に治療できたが恐らく障害が残るそうだ。確かに今左腕が動かせない。指先をぴくぴくさせるのが精一杯だった。さっき針を刺しても痛くなかったのもこれが原因だろう。

 残念ながら話の中で死刑制度について聞けそうなタイミングがなかったのでそこは聞くことが出来なかった。なのでポケモンが奪われたあの村のことは話していない。

 あとは恐らくだがこの人達は嘘を吐かれ慣れてない事を雰囲気で感じる。警察であるジュンサーさんでさえ、ちょっと話をしただけの相手を自分の懐に入れるのが異常に早い。相手を疑ってかかる様子もなく説明不足にもツッコミを入れずに相手の言うことを信じて親身になって話を聞く雰囲気だった。この町の人間が特殊なのかもしれないがちょろいと言っても過言ではないレベルのお人好しって感じだ。男2人は直接言葉を交わしてないからはっきりしないが話をしている時に見ると、大変だったなみたいな顔でこっちを見ていたから多分同レベルだろう。

 

 左腕の障害は辛いがとにかく最大の難関だと思っていた身分の問題は解決したのは嬉しい誤算だ。身の上話も確認の取りようがない以上信じざるを得ないだろうし、ここで通用するなら今度もこのカバーストーリーは使える。あくまでも俺は不幸な事故に巻き込まれた世間知らずの旅人ということになっているからこの世界だと変な質問をしてもそう怪しまれない。今までこちらの事情を説明したのだから今度はこちらが質問する番だ。ここまでの会話で相手の属性も大まかに掴んだし、こちらが失言してもカバーできるような複線も張ってある。カバーストーリーも信じているようだし、一部の問題も解消、ここまでは順調すぎるくらい順調だ。それに相手がこれなら上手いこと話を進めれば要望を通すこともできるかもしれない。現状は衣食住も金も何もない状態だ。宿泊先の確保を第一に職の紹介か一般的な金儲けの方法を教えてもらうのが理想ってところか。

 

(やることは多いがなによりもまず確認しなければならないのはミルタンクの容態だ。あいつは信頼出来る。あの横穴の出来事からこの街に来るまでに何となく絆が出来たというかあいつのトレーナーに慣れた気がする。今この世界で俺が完全に信頼しているのはミルタンクだけだ。あいつさえ回復してくれればこんな世界で左腕が動かなくても何とかやって行けると思わせてくれる。あいつがいなかったらこんなもんじゃ済まなかった。そう考えるとあいつがいないと不安だな。回復してるなら一緒の部屋にいてもいいか聞いてみよう)

「それで、その……ミルタンクはどうですか。回復にまだ時間が掛かったりしてますか? できるなら一緒の部屋にいたいくらいなんですけど」

 まだ最初の質問だというのにジョーイさんの渋い顔が帰ってくる。まだ回復しきっていないのだろうかなんて考えていると、ちょっと待っててくださいとジョーイさんと男2人は部屋を出て行く。ミルタンクの様子を見に行くのかと思えば、ほんの10秒程で30cm四方くらいの箱を持って帰ってきた。どうぞと言われ箱を渡される。なんだこの箱? モンスターボールにでも入れているのだろうか。それなら箱なんか入れずに直接渡してくれればいいのにと思いながら箱を開く。

 

 中に入っているのは角と骨。

 

 なんだこれ? 骨? あとは……角? 渡す箱間違えたのか? だとしても縁起悪いな。骨を渡すって。

「あの、箱間違えてますよ。俺は別に気にしないですけど、普通の人は骨渡されたら怖いでしょうから気をつけてくださいね」

 そう答えて箱を返そうとするが、誰も受け取ろうとしない。

「兄ちゃん、辛いとは思うがちゃんと受け止めてやれ。それは兄ちゃんが連れてきたミルタンクの骨と角だ」

 返事はジョーイさんではなく今まで黙っていた男から返って来た。

「は?」

(は? ミルタンクの骨? 何言ってんだこいつ。なんで回復したミルタンクの骨を持ってくる必要があるんだ? 下半身は回復で生えてくるからその分の余った骨とかなのか? そんなもん渡されても困るだろうが。規則で渡さないといけないみたいな常識でもあるのか?)

 言葉の意味が理解できない誠は骨の1本を手に取る。まるでガラガラが持ってそうな骨だなんて関係のないことを考えながら。そんな誠に現実は追い討ちを掛ける。

「その……あのミルタンクはここに着いた時にはもう亡くなってました。もう回復ができない状態で。勝手ながらせめて骨だけでも思って埋葬ではなく火葬という形にさせて貰いました」

「なぁ兄ちゃん、ジョーイさんを責めてくれるなよ。俺らが弔ってやりたいって言ったんだ」

 そんな言葉が耳に入るが、まだ言葉の意味を理解できない。

(骨? ミルタンクの? 骨? なんで? 回復できなかった? 弔い? え? なんで? かそう? 下層? 仮想? 仮装? かそうってなんだ? 医療用語? この世界の言葉? 無くなってたって何? 何が無くなってたの? え? 下半身を集めたときにどこか足りなかった? 意味が分からん。俺にも理解できる言葉で話して欲しい)

 混乱する誠に今度はジュンサーさんから声が掛かる。

「誠君、辛いとは思うけどしっかり受け止めなさい。ミルタンクはあなたを守ってくれたのよ」

(ミルタンクが守ってくれた? お前なんかに言われんでも知っとるわボケ。お前がミルタンクの何を知っとんじゃ。お前より俺のほうがミルタンクを分かっとるわ)

 そう思うも言葉は出ない。骨から目を離せない。

「考える時間も必要でしょうから。私は部屋から出て行くわ。何かあったら呼んでちょうだいね」

 そう言ってジュンサーさんが部屋を出て行く。

「あの、近くの部屋にいますから何かあったら呼んでください。すぐに来ますから」

 ジョーイさんも後に続く。

「兄ちゃん、勝手して悪かったな。俺らもなんかできることがあったらするから呼んでくれや」

「あんまり気を落とすなよ誠君。何かあったら力になるから声を掛けてくれ」

 2人の男も部屋を出る。

 

 静かになった部屋で誠は思考に没頭する。いつまでも言葉の意味を理解できないほど馬鹿ではない。もう言葉の意味は理解できている。だが理解は出来ても納得は出来ない。なんで? どうして? どこで間違えた? 考える時間は沢山ある。思考を止める人もいない。

 また独りぼっちの夜が始まる。

 




なんか誠君が二重人格みたいになってきちゃった。

第一章はあと3話で終了予定です。その後、閑話を一つ挟んで第二章に入ります。


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備える人

続きが描き上がったのでお納めください。
キリのいいところまで書こうとしたら過去最高の文字数になりました。なんと一万字超えです。


 病室で誠は一人考える。

 

(ミルタンクが死んだ。これは事実として受け止めるしかない。本音を言えば信じたくない。しかし実際に今この手の中にミルタンクの骨がある。ジョーイさん達がグルになってミルタンクが死んだことにした可能性もゼロではないが限りなく低い。あの村とは状況が違う。わざわざ手の込んだ真似をしてまでミルタンクを手に入れるメリットが思いつかない。骨の中に角もある。はっきりと覚えている訳ではないが確かミルタンクの角はこんな形だった。他のミルタンクの骨を用意してまで俺のミルタンクの生存を隠さなければならない状況が思いつかない。やはりミルタンクが死んだのは事実だろう)

 

 誠はミルタンクが生存している可能性を考えるが幾ら考えても死を肯定する考えしか出てこない。

 

 

 

 誠の人生において他人の死とは縁のないものでは無かった。祖父母はベビーブームと呼ばれる世代の人間だったためその兄弟姉妹は多く、今までに参加した親族の葬儀は2桁になる。また警察や保険会社という職業柄、事件や事故による遺体なんてものは見飽きるほど見ており解剖に参加したのも一度や二度ではない。当然家族を失い、残された者はそれ以上にもう数も覚えていない程に見てきた。そして何より、罪を追求する仕事をしてきたため、自分に罪を暴かれて自殺した人間もいる。最初は自分が追い込みすぎて殺してしまったのだと気に病んだ。しかし自殺した者の遺族と話して責められた時にふと気付いたのだ。

 

(なぜ俺が謝る必要があるのか。そもそも罪を犯したのは相手だ。そしておとなしく逮捕されればいいのに死を選んだのも相手だ。俺は真実を明らかにしただけで悪いことはしていない)

 

 自分の行いは間違っていない。間違っているのは相手の方だ。一度気付いてしまえばもう気にならなくなった。直接的に死に誘導するようなことこそしなかったが、最終的に相手が死を選択したとしても、その後の事務処理が面倒だとしか感じなくなった。結果として他人の死はより身近なものになっていく。直接的に殺した訳でもなければ殺意があったわけでもない。それでも間接的に他人を殺めることに慣れてしまえば死への忌避感も薄れていく。そうなれば学生時代の友人だろうが警察の同期だろうが親族だろうが死んだとしてもまあ悲しいかなという程度にしか感じられなくなった。

 

 普通の人よりも多くの死を見てきた。様々な死因の遺体を観察してきた。周りの者の死を受け入れても動揺しない精神を身に付けた筈だった。

 

 なのにミルタンクの死を受け入れることができない。

 

 

 

 しかし誠にはミルタンクの死を受け入れられない自分を受け入れることもできない。誠は今までの自分の人生に自信を持っている。両親と一緒に過ごせなかった幼少期、大した思い出のない学生時代、人を疑うことばかり覚えた警察時代、他人を追い込み間接的に死に追いやることを経験した会社員時代、その全てが今の自分を作り上げている。ミルタンクの死を受け入れられない自分がいれば、昨日までの他人の死を受け入れてきた自分を否定することになってしまう。今までに出会ってきた、家族を失って悲しみにくれるだけで今後の建設的な話がなにもできないと馬鹿にしていた遺族達と何も変わらない。たった一つの出来事で今まで積み重ねてきた自分が崩れ、変わってしまうことが許せない。優秀ではない自分の判断ミスでミルタンクを失ったのだと認める訳にはいかない

 

 

 

 だが考えれば考えるほどに今までの自分が崩れていく。冷静で優秀だったはずの自分の根本が揺らいでいく。本当に優秀だったなら今なぜ自分は一人なのか。本当に冷静な判断ができていたのか。なぜ大切な者を失ったのか。ひたすらに自問自答を繰り返す。建設的な考えなどかけらもなく過去の後悔をただひたすらに。そしてようやく考えは収束していく。

 

 

 

 なぜ瀕死の重傷を負ったポケモンが回復すると思っていたのか。

 

 なぜ会って間もない村人を信用してしまったのか。

 

 なぜ今の自分が独りなのか。

 

 答えは簡単だった。

 

 

 

 この世界を甘くみていた。それだけの事だ。

 

 所詮は子供向けゲームやアニメの世界だと思って、自分の大切な物が失われるはずがないと勝手に決めつけていた。

 

 ロケット団みたいな悪の組織ですら命までは奪わないと考えて、それ以外の人達を勝手に善人と思い込んでいた。

 

 この世界にはポケモンがいるが元の世界との違いはそれだけだ。この世界には元の世界となんら変わらない人間が生活している。

 

 元の世界と変わらない人間と文明があるのに悪人が居ない訳がなかったのだ。根本から勘違いをしていた。

 

 急にこんな世界に来た所為で忘れていた。人間は嘘をつく生き物だと。人間は規律で縛られているだけで根は悪なのだと。

 

 ここは日本となんら変わりない現実だ。ゲームやアニメのような生優しい世界ではなかったのだ。

 

 

 

 誠の答えは間違いではない。常識を知らずに人を大して疑うこともない社会の悪意も知らない青年なんて者がいれば悪人からすれば格好の餌だ。しかしこの答えはミルタンクの死の責任を受け止めきれない誠が他の何かに責任を転嫁するための言い訳に過ぎない。ポケモンの死が自分だけの責任ではないと思うことができればその対象は何でも良かったのだ。誠はその責任の対象に世界を選んだに過ぎない。自分だけの責任ではない。今の誠が欲していた答えはこれだった。

 

 

 

 だが誠なりの答えは出た。悶々としていたミルタンクの死の責任の所在が明らかになったことで誠は後悔に一先ずの区切りをつけた。これからの事を考えなければならない。

 

 

 

 そんな誠がまず真っ先に考えたのは復讐ではなく自己保身だ。ミルタンクという唯一の支えを失ったことは誠自身が考える以上に大きな傷跡を残している。誠は奪うことよりもこれ以上奪われないことに重きを置く。

 

 考えた末に出した結論はまずこの世界の知識を得ることだ。何も知らずに行動した結果がこれだ。対象を知らなければ予測も出来ない。

 

 

 

 思い込めば単純な誠は行動を開始する。まずはジョーイさんを呼んだ。本当に近くの部屋にいてくれたのだろう。少し大きい声で呼んでみればまだ日も上らない時間なのにすぐに駆けつけてくれた。それだけの事で誠にはこのジョーイさんを信じてもいいかもしれないという考えが浮かぶが即座にその考えを振り払う。この世界に来て今までの自分を曲げて人を信じた結果が今なのだ。日本にいた時の自分通りならこうはならなかった。やはり今までの自分は間違っていなかったのだ。人を信じて大切なものを奪われるような阿呆に戻るわけにはいかない。信頼するのは利益で繋がれる相手だけで十分だ。

 

 心配してくれるジョーイさんに若干の罪悪感を抱きつつも落ち着いたことを告げて、自分の治療とミルタンクを弔ってくれたことに礼を述べる。礼を口に出せばもうミルタンクが戻ってこないことを実感するが今は感傷は後回しだ。

 

 

 

 まずは確認しなければならないことがある。そう治療費の問題だ。今の自分は正真正銘の一文無し。退院時に高額の治療費を払えなんて言われた場合、無銭で治療を受けたとして逮捕なんてことになりかねない。が、これはジョーイさんに聞けば無料とのこと。有難いことだがなんの理由もなしに無料ですと言われても信じ難いので理由を聞いたところ、ポケモンリーグの支援を受けてポケモンセンターの利用料金を無料になっているらしい。この世界は社会も経済もポケモンがいなければ成り立たない程にポケモンと密接に関わっているらしく、そのポケモンの治療や回復の技術を独占して金儲けをしようものなら社会そのものが破綻するそうだ。それに金の話をすると旅をしているトレーナーというのは旅先の町に金を落とす収入源であり、経済の循環という観点からポケモンリーグから保護の対象として扱われているらしい。問題点としては旅を推奨することで小さな町では少子高齢化が進んでいる事だそうだ。

 

 実際にどこかの組織から金が出ていると分かれば安心できる。真っ先に金の話というのは情けない限りだが。

 

 

 

 次に確認するのは現在地だ。これもジョーイさんに聞けば直ぐに分かった。現在地はクチバシティだそうだ。クチバシティと言えば豪華客船の港があることとジムリーダーがマチスであること、あとはおしょうというカモネギを交換してくれる人がいることしか覚えていないが……いやこの考えは駄目だ。ここはゲームじゃないきちんと確認しなければならない。なのでジョーイさんに町のことを聞いてみたところ町の特徴としては港があることとマチスがクチバシティのジムリーダーだということを教えて貰えた。そういう情報がゲームと現実をごちゃ混ぜにしそうなので以後気をつけよう。

 

 

 

 そして難問はここからだ。今後の身の振り方を考えなければならない。最終目標はあの村の奴らを全員殺すこと、そしてこの世界で生き抜いて、可能なら元の世界に帰ることだ。だがそのためには先立つものが必要になる。戦力と金だ。戦力はポケモンを捕まえればなんとかなる。問題は金だ。一般的なトレーナーの金策を聞かなければならない。しかしこれには至極当然の無慈悲な回答が待っていた。町で金を稼ぐなら働くしかないと。当たり前の回答だった。働き口を紹介して貰えないかと聞いてもポケモンセンターはきちんと知識を持った人にしか手伝える仕事もないらしいし、そもそもジョーイさんの雇う権限もないと断られた。医療の仕事なのだからご尤もなお言葉だ。

 

 一応トレーナー同士のバトルで金銭を掛けれるそうだが俺にはポケモンがいない。いたとしてもバトルの強さの基準が分からないので気軽には手を出せないだろう。

 

 一応退院まであと一週間程を予定しているのでそれまでは問題ないとの事だが、今はそれが外にほっぽり出されるまでの期限にしか聞こえない。それまでになんとかしなければ。

 

 

 

 今後を思い悩むとジョーイさんから他にポケモンは居ないのかと質問が飛んできた。よく考えるとボックスにポケモンがいるか確認していないことに気付く。恐らくボックスはないだろう。この世界の人間では無いのだ。だがこちらに来た時にポケモンを持っていたのだからもしかするとボックスもあるかもしれない。これは後ほど確認ということでジョーイさんには後で確認すると告げる。もしポケモンがいれば今後がかなり楽になるのだがあまり楽観的に考えない方がいいだろう。

 

 

 

 最後にジョーイさんにこの地方のことを知りたいのでそういう事が書かれた本がないか尋ねると図書館があるとのことだった。図書館に行っていいかと聞くとあと3日は絶対安静と言われたので代わりに本を借りてきて欲しいとお願いしたところ夜はしっかりと眠ることを条件に了承してもらえた。知識は絶対に裏切らない力だ。勉強しておいて損をすることはない。特に法律関係の本は読んでおきたい。法律というのは作る奴と勉強している奴の味方だからだ。法律を知れば自ずと法の抜け道も分かる。どういった行為が罰せられるかを知ることはどこまでの行為なら罰せられないか、どんな行為なら罰に問うことができないかを学ぶことと同義だ。法や規則で身分が保障されている以上、法も規則も破りたくない。法を破っておきながら法の恩恵に与るのは難しいのだから、法を破るのは法で得られる権利を全て捨ててでも行動しなければならないと覚悟が決まった時だけだ。それに法律を学べば過去にどのような事件があってその法律が制定されたかも見えてくるものだ。法律が多いということはそれだけ過去の悪人が新しい手法の悪事を働いたということに繋がるので大まかな悪人のレベルと治安が分かる。日本のように六法全書や裁判の判例集、あとは裁判の判決に対する新聞社の反応の切り抜きなんかがあれば理想だ。だからこそ法令関係は自分の目でしっかりと見定めて本の選別をしたいので、これは退院してから自分で探すことにする。

 

 

 

 ジョーイさんも部屋を出ていった。日が昇ればやることが舞い込んでくる。寝ぼけて間違った知識を覚えるなど唯の阿呆だ。日が昇るまで少しだけ横になろう。今なら少し眠れそうだ。

 

 誠は自覚なく骨を抱えたままベッドに横になる。夜が過ぎていく。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 日が昇る。結局、誠はあれから一睡もできなかった。これまで4日間も眠っていたのだ。色々あったが結局は起きてから僅か数時間のこと。再び眠ることができる程ではなかった。

 

 だが朝になれば状況が変わる。夜のようにおとなしくベッドに入っていなければならない訳でもない。点滴を付けたままベッドから立ち、体を動かす。背中が痛い。寝すぎて体が固まっている。後は左腕だ。言われていた通り殆ど動かないのに痒みとも痛みともつかない感覚だけは残っている。他に異常は感じない。筋肉痛がないのは意外だが4日もベッドで寝ていればその間に過ぎるものなのだろうか。

 

 

 

 そんな病室を最初に訪れたのはジュンサーさんだった。夜のうちに登録をしてくれたそうでトレーナーカードを持ってきていた。ありがたく受け取る。トレーナーカードはカードというよりは手帳だった。写真と名前や出身地等が書かれ空いているスペースは多分バッジをつけておくのだろう8つの穴が空いている。トレーナーIDという10桁の数字が書かれている。何に使うのか聞くと各種施設の利用の時の身分証明とボックスを使用する際のログインに使用するらしい。このIDは今日発行されたばかりのものでこれをパソコンに打ち込むことで未使用のボックスを紐付けされて、以降はこのIDとパスワードでログインできるようになるそうだ。これでボックスの中にポケモンが入っているという可能性はなくなったが、新規開通のボックスには餞別として傷薬が一つ入っているらしいので退院したら取っておこうと思う。御礼を言うとジュンサーさんは何かこまったことがあれば言ってねと去っていった。もし法律に関して本を読んで分からないことがあれば聞きに行く事を選択肢に入れておく。

 

 

 

 次に病室に来たのはジョーイさんだ。10冊くらい本を抱えている。なかなかに分厚い本もあるが何故かクチバシティの観光雑誌も混じっている。ジョーイさんなりのジョークかと思ったが、町の簡単な歴史なんかが書いてあるから持ってきたそうだ。だが流石に港の成り立ちなんかは覚えても役に立ちそうにない。もっと現代社会の成り立ちとかポケモンリーグの活動と歴史みたいな本が良かったのだが伝え方を間違えただろうか。よくみればほとんどがクチバシティの歴史に関するものだ。クチバシティの町会議の議事録が一番分厚いがこれは役に立つのだろうか。目を通さずに返却するのも悪いので流し読み程度には目を通そうと思うが、今後もジョーイさんに借りる本を任せるのは流石にまずいと分かる。1週間しかないのに港の歴史なんか学ぶ余裕はないのだ。何とかジョーイさんに頼み込んでリハビリということで介助にラッキーを一匹連れて行くことを条件に図書館に行くことを許可してもらえた。

 

 とりあえず午前中はジョーイさんの借りてきた本を流し読みしてみたが、見事なまでに収穫はない。港の創設の歴史や豪華客船の停留地になるまでの外回りの努力なんかは読み物としては面白いのだが、今欲しい情報ではない。議事録も予算だの漁獲量と言った情報や港に停留する豪華客船に収益の大半を依存する町の経営が危険だという議論がある程度だった。強いて収穫を言うなら町長の罷免なんて話がなかったので町の中で派閥争いはなさそうだと分かったくらいだろうか。

 

 

 

 とにかく図書館に行こう。ジョーイさんの借りてきた本とにらめっこしても収穫がない。ジョーイさんに声を掛けてラッキーを貸してもらい、ラッキーに案内されて図書館に行く。クチバシティの町並みは思ったより町って感じだった。客船が停泊する港があるのだから当然なのだが飲食店と土産物屋が多く、店の建物の二階が住居になっている建物が殆どだ。どうしてもゲームの町並みを思い出してしまうが、この考えは早く捨てないと致命的な失敗を犯してしまいそうな気がするので忘れるように努める。

 

 目的地である図書館はちょっと大きめのプレハブ小屋だった。図書館というよりは役場の資料倉庫って感じだろうか。中に入れば申し訳程度に司書さんがいたが暇なのかうたた寝をしている。本を盗もうとする人がいたらこの女性だけで何とかできるとは思えないが口を挟むことでもないだろう。司書さんを起こして法律や歴史書の棚を教えてもらい本を探すがここで予想外の自体が起きた。歴史書はいくらかあるのだが、法律に関する本が二冊だけしかなかった。一冊は六法全書のような法令を纏めた本なのだがこれも数年どころではないくらい年季を感じるボロボロの状態だ。法律なんて毎年何かしら改定される。何十年も前の法律を勉強しても役に立たないわけではないがやはり最新版のものでなければ実践には堪えられない。何とか最新のものが欲しいので司書さんに最新のものがないか尋ねたところで更に驚愕の事実が判明する。この本が30年程前に発行されて以降、一度も法律が変わっていないらしい。法令に関する本は最新の物が発行されると各町に配布されるそうなのだが少なくとも今の司書になってから13年間は配布が来てないそうだ。ポケモンリーグ公認のジムがあるこの町に届かないということはありえないので30年前から法律が変わっていないということになる。そこまで言われるといっそ興味が湧いてくる。30年もの間何一つ変える必要のない法律というのがどのようなものなのかと。法令の本と歴史書を借りて病院に戻る。じっくりと腰を据えて法令を確認して穴を探しておかなければならない。頭の良い奴は法律の穴を上手く突いてくるのだから、そういう奴に騙されないようにこちらも穴を見つけておかなければならない。

 

 

 

 それから3日間はとにかく本を読んだ。途中どれだけ恐怖を感じる内容があったとしても、難解な内容があったとしても目を皿にして全文に目を通す。

 

 まず、歴史に関してはポケモンリーグの成り立ちについて学べた。ポケモンリーグの発足時期は明らかになっていないが当初の発足目的は簡単に言えば戦闘に意欲を示すポケモンの遊び場だ。トレーナーは黎明期には狩人として人に協力的なポケモンを従えて野性のポケモンを狩る狩人のようなことをしていたそうだ。その中で狩った野生ポケモンの中からトレーナーに付き従うポケモンが現れたが、そういったポケモンは定期的に戦闘をさせないと暴れることがあったらしい。その戦闘意欲解消の場として作られた会合が後のポケモンリーグとなっている。長い歴史の中でポケモンリーグはポケモンのストレス発散の場から真剣勝負の舞台となり、今では名誉あるチャンピオンを生み出す場となっている。主役がポケモンから人間に代わっていっている点を考えれば裏では結構な額が動いていそうだ。そしてポケモンセンターと警察機構はポケモンリーグの下位組織だ。ポケモンセンターはポケモンリーグからポケモンの回復手段の使用を委託され全国で活動しており、その費用は満額上位組織であるポケモンリーグから出ている。警察機構は元は狩人をしていたトレーナーが集まってできた自警団のようなものがポケモンリーグからの支援を受けるようになり、いつの間にか管理下に置かれた形だ。この二つの組織は日本で言えば全国展開の国営病院と公務員って認識でいいだろう。

 

 

 

 次に問題の法律だ。これは本当に危うい。読めば読むほど理解し難い内容だった。

 

 まずポケモンに関する法律だ。これはポケモンの飼育や取り扱いに関しての法律が大半だった。ポケモンの飼育に関して成長できる環境を用意することや面倒を見ること、簡潔に言えば捕まえたら放置なんかせずに責任持って育てましょうって内容を事細かに書いてあった。これは別にいい。

 

 取り扱いに関しては工事や発電にポケモンを使う際の申請や労働時間。街中での飼育に伴うサイズ重量の上限設定。空を飛ぶや怪力を使用する際にジムを突破してトレーナーとしての力量を示すことなどが書かれている。これも別にいい。

 

 というよりポケモンに関する法律はそれほどおかしくない。法的に人と同レベルの権利があるわけでもないが無機物レベルに権利が無い訳でもない曖昧でグレーな立ち位置なのが気にかかるが生き物を扱うなら法令の過大解釈がしにくいこのくらいの法律でいいだろう。

 

 

 

 問題は人に関する法律だ。これがやばい。

 

 はっきり言えば犯罪の要件も罰則もほとんど記載がなく、皆で助け合いましょうとか悪いことはしないようにしましょうとか幼稚園のお約束みたいな事が小難しい言葉で書かれているだけだ。これでは犯罪の線引きなんか有って無いようなものだ。過大解釈もやり放題でジュンサーさんやポケモンリーグのお偉いさんが黒と判断したら有罪。白と判断したら無罪だ。もし悪の組織がポケモンリーグのお偉いさんになればなんでもやりたい放題の凄い法律だ。しかも罰則の記載もない。死刑制度は無さそうだが文脈を見る限りは反省するまで拘留し続けますだ。極論を言えば、食い逃げみたいな軽微な犯罪でも反省してないと判断されれば終身刑もありえるし、殺人や国家転覆みたいな重罪でも反省したと判断されれば一日で外に出る可能性すらある。それの判断をするのもポケモンリーグと警察だ。そりゃ法律変えれるような権力者からすれば思い通りになんでも出来るこの法律を弄る必要なんかないだろう。

 

 

 その上で判断に困るのはこの法律が人の善性に基づいたものかポケモンリーグという圧倒的強者の力で作られたものかだ。元の世界なら確実に後者だ。独裁国家にこういう法律はあるだろう。ただそれだとあまりにも町の人達が呑気過ぎる。どの世界にも現状に不満を抱く奴はいるだろうし、この世界にいるかは分からんが自称有識者みたいな奴がいればこんな爆弾放って置かないだろう。そういう奴は消されてる可能性もあるがさすがにこれはあまりにもだ。そうなれば前者の可能性もあるがそっちの方が国としては心配だ。下手したら法律として機能しないレベルだ。場合によってはできる限り人の世を離れて山奥で生活する方がいい可能性すらある。

 

 

 

 悩ましいが流石に法律を変えるなんてのは無理だ。ポケモンリーグが強権を持っているのは分かったがその内部の組織図すら情報がない。この町に町長がいるくらいだから下手したら三権分立みたいになってて別組織が法律を作ってる可能性すらある。これはどうしようもない。

 

 

 

 だがとりあえずあの村の事でジュンサーさんに相談するのは無しだ。襲われてポケモン奪われたとなれば逮捕は確実だが反省の判断をするのはあのジュンサーさんだ。生きるために仕方なくとか泣き落としでこられたらあっさり釈放しかねない。

 ポジティブに考えればあの村を滅ぼしても奪われた仲間を取り戻すためとかミルタンクの仇討ちと泣きながら言えばあっさり釈放してくれる可能性もあるが。

 とにかく法律については考えるのはやめよう。知識は得れたけど使えそうになかったで終わりだ。

 

 

 

 法律があんなのだった所為で疲れが出てきた。まだ今後のことも何も決まってないのにこの有様だ。こんな様で本当にミルタンクの仇が取れるのだろうか。もう絶対安静の期間も終わって町に出る許可も出ている。本来なら賃金のために急いで仕事を探さなければいけない時期だ。今日はもう夕方だが明日からは一先ず目先の生活の為に仕事を探さなければならない。気が滅入る。

 

 そう考えながら伸びをした誠の手に触れたのはトレーナーカードだ。何気なくトレーナーカードを眺める。ポケモンも持っていないのにトレーナーの証明書を持っているなんてのもおかしな話だ。バッジを付ける穴は8つあるが一つも付いているバッジがないのか物悲しい。ふと思う。本来なら皆とバッジを集めるために旅をして、この穴を埋めていったかもしれないと。現実にそうはならなかったのは理解しているが想像は膨らんでいく。やはり諦めきれない。あの村を滅ぼして皆を取り戻せばまだやり直せる。ミルタンクがいない以上あの頃には戻れないがまだやれることを全てやった訳では無い。なんならまだ何も行動してすらいないのだ。ミルタンクの骨を手に取る。この骨を見ると後悔と怒りが湧いてくる。まだやれる。どんなことをしてでもやってやる。

 

 

 

 誠は決意を固め直してトレーナーカードを手に取る。まだボックスを確認していなかった。ポケモンはいなくともせめて使い方は確認するべきだろう。僅かな時間も無駄にしてはいけない。時間を無駄にした所為でミルタンクは死んだのだ。同じ失敗を何度も繰り返すつもりは無い。

 

 

 

 ボックスを操作するパソコンはポケモンセンターの入口付近に設置されている。何故かキーボードは元の世界と同じ物だ。日本のことを思い出すが、それよりも文字が読めないから教えてくださいなんて聞く羽目にならなくて良かったという安堵が勝る。元の世界ではパソコンのケーブルを電話線に繋いでいた時代からパソコンに触れていたのだ。一応のプライドはある。

 

 

 

 IDを打ち込みパスワードの設定をすればポケモン預かりシステムが起動する。ボックスを整理するのボタンを押す。

 

 表示されたのはボックス1。

 

 そこには大量のポケモンのアイコンが並んでいた。




誠君は一人では生きていけない兎系男子。でもそんな自分が嫌いでつい強がっちゃう。
可愛いですね。

作中の法律や機関の設定は大雑把に作ったものです。法律ガチ勢、ポケモン世界ガチ勢の方からすれば穴だらけだと思いますが、そこは二次創作ということでお目こぼし頂ければと思います。
でも矛盾についてはガンガン指摘してください。


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精算する人

投稿が遅くなってきていて申し訳ありません。
年末が近く仕事が忙しくなっていると言い訳させてください。
それでも時間掛かった分、文章量は増えてます。12000字くらいになりました。


 誠はポケモンで埋め尽くされたボックスを眺める。

 

(なぜボックスの中にポケモンがいる? この世界に来た時にポケモンを持っていたのだからボックスにポケモンが入っていてもおかしくないかもしれない。でもこのボックスに入るためのIDは今朝ジュンサーさんが作ったものだ。ボックスの紐付けをする時にだれか別の人のボックスに紐付けされたか? それかIDを間違えて別の人のボックスにログインしたかもしれん。多分どっちかだと思う)

 

 戻るボタンを押す。項目を見ればだれかのパソコンと書かれている。もし間違ってログインしてしまっているならすぐにログアウトするべきだ。不正アクセスなんて言いがかりを付けられたら洒落にならない。

 

 だがこれはチャンスだという思いも捨て切れない。あれだけのポケモンがいるのだ。おそらくだが全部のポケモンを把握しきれていないと思う。それにゲットされたポケモンにしても使われないまま一生をボックスの中で過ごすのはかわいそうだ。もしIDを間違ってこのボックスに入ったんだったらもう二度とこのボックスにログインできないかもしれないし、間違った紐付けだったとしても修正されるかもしれない。これがこの町でポケモンを手に入れる最後のチャンスになるかもしれない。別にボックスの中のポケモンを根こそぎ持っていくとか強いポケモンを選んで連れて行くなんてつもりはない。そのままだと日の目を浴びそうにない弱いポケモンを2,3匹拝借するくらいにしようと思っている。

 

 しかしと誠はリスクを同時に考える。

 

 最大の不安はなんといってもこのボックスの所有者が分からないことだ。研究者のような人が研究などの目的で集めていた場合はばれる確立が上がるし、ポケモンに愛着があってゲットしたポケモンを把握しているトレーナーならすぐにばれる。そうなればシステムのログを辿ればすぐに自分が盗んだことが分かるだろう。もしそれが高名なトレーナーや研究者、最悪の場合ポケモンリーグ関係者なんてことになればどのような報復が来るか分からない。お上の機嫌を損ねたら一生檻の中の可能性もある。仮にトレーナー資格の剥奪で済んだとしても他に身分証明のない自分の場合は以降の登録不可能なんて事になれば致命傷だ。そうならなかったとしてもトレーナーが直接ポケモンを奪い返しに来た場合、抗えば指名手配、抗わなければ犯罪者のレッテルを受けてポケモンもいないなんて状態になる。覚えている限りでは法律に犯罪として明記されていたわけではないがどう考えてもジュンサーさんは悪事として認定するだろう案件だ。このポケモンを借りてあの村に行き、自分のポケモンを取り返してから謝って返すということもできるが、ボックスの持ち主がそれを許してくれる人かも分からないのでこれも危険性は変わらない。

 

 このボックスからポケモンを手に入れることができるなら恩恵は間違いなく大きい。しかしリスクの大きさが分からない。今の自分には逃げる場所も手段もない。今の不安定な立場で罪に問われるようなことはできる限りしたくない。しかしいつかはポケモンを手に入れなければならない。このまま町で生活してポケモンを手に入れるにしてもいつになるか分からないし、そもそも手持ちポケモンがいなければ野性ポケモンを手に入れる取っ掛かりも掴めない。そう考えればここは危険を承知でポケモンを引き出した方がいい気もする。

 悩ましい。どうせいつかばれるくらいならボックスのポケモンを全部引き出してしまおうかなんて開き直った考えすら湧いてくるがこの考え方はまずいと考えを振り払う。そんなことをすれば言い逃れのしようもない確信犯だ。無駄な抵抗かもしれないがもしもの時に言い逃れが聞くかもしれない。

 

 切実に相談相手が欲しくなるが、事情を説明して相談できる程信用できる人もいない。

(ミルタンクがいればこんなこと考える必要もなかったのにな)

 そう考えたときふと気付く。ポケモンを引き出したとしてもポケモンが言うことを聞いてくれる保障がないと。ミルタンクは自分がボールから出した訳でもないのに指示を聞いてくれたのだ。人のポケモンを手に入れたからといっても正当な持ち主でない自分の言うことを聞いてくれるとは限らない。最悪の場合、ポケモンに殺される可能性すらある。モンスターボールがどのような仕組みでポケモンをゲットして言うことを聞かせているか分からないがミルタンクの例を考えればここでポケモンを引き出すのは危険しかない。そうと分かればポケモンを引き出すメリットもない。

 

 そしてポケモンを引き出さないと決めたと同時にあることに気付いてしまう。自分のやろうとしていたことはあの村の連中と変わらないことに。気付いてしまった。なんだかんだと理由を付けたところで結局は他人のポケモンを奪おうとしていたのだと。後悔が押し寄せる。一体自分は何を考えていたのだろう。自分が信じられなくなる。最終的に引き出さなかったとは言ってもそれもリスクを恐れただけで自分の意思で止めたわけではない。止めたのではなく諦めただけなのだ。

 

 ボックスからログアウトして病室へと戻る。

 

 何とかボックスのポケモンのことを頭から振り払おうとする。そうだ今は後悔している時間なんてないのだ。図書館から借りてきた本もまだ沢山ある。ジョーイさんに怒られるまでは今日は本を読んで知識を蓄えよう。そう決心して手近にあった本を手に取る。今手にした本はバトル初心者向けの指南書だ。他に必要な知識がありポケモンもいない今読むべき本ではないがつい借りてきてしまった。食い入るように本を読む。本に書かれているのはタイプ相性やポケモンをゲットするには弱らせてボールを投げよう等の初心者向けに恥じない内容だった。今更確認し直す程の内容ではないがこの世界でゲームやアニメの常識を信じていては痛い目に遭うのを体験したばかりなので念の為に本を読む。考え事をしながら流し見する分にはちょうどいい本だが今読むには最悪の本だ。必死に本に目を通すが内容が頭に入ってこない。頭に浮かぶのはあのボックスの事そして自分が奪おうとしたポケモン達のことだ。何とか忘れようとするのに頭から離れてくれない。読んでいた本を乱雑に投げ捨て、箱にしまわれたミルタンクの角を手に取り強く握る。手に食い込む角の先端が傷みを与えてくるが更に力を込める。この痛みがポケモンから自分への罰のようで心地いい。角が食い込んだ手から血が零れる。思考がクリアになっていくのが分かる。

 

 落ち着いて考えれば自分は考えただけで実行はしていないのだ。人なのだから悪い事を考えるというのはおかしなことではない。大切なのはそこで実行に移すか止めることができるかだ。どんな理由であったとしても自分は止めることができた。そしてあの村の奴らは止めることができなかったのだ。あいつらと自分は全く違う。

 

 そう考えることで落ち着きを取り戻す。手の力を緩めればミルタンクの角に血がついてしまっていた。部屋に備え付けられているタオルで血を拭き取って箱に戻す。

 

 自覚はなかったがどうやら大分可笑しくなっていたらしい。元の世界にいた時は自分を傷つけることなんてしなかった。こっちに来て本気で殺されかけたのは初めての経験。帰る場所すらないのも初めての経験。そんな世界にほっぽり出されるのも初めての経験。初めて尽くしの中でなんとか上手くやろうと焦っていたんだろう。落ち着いて元の自分を取り戻さないといけない。

 誠は日本の事を振り返る。嫌な思い出に集中して。実家から離れて祖父母に預けられていた所為で学校の友達と遊べなかった幼少期。部活動の大会でそこそこの結果しか出せなかった学生時代。警察時代の特にムカついた取調相手。会社員時代の自分を責めていた遺族達。かなりイラついてきた。ストレスが溜まって人を信じられなくなっていく。そんな自分こそがあるべき自分なのだ。気分がいい時よりもイラついた状態の方が良い結果を出してきたのだから今こそそうあるべきだ。

 

 ストレスに晒されて攻撃的になった頭で考える。あの村の事を思い出すがそれは最終目標なので今は除外だ。今考えるべきはあのボックスのこと。これを解決しておかなければ後々尾を引いてしまう。だが解決法は簡単だ。もう一度正しいIDを入れて何もいなければそれで解決。もしポケモンがいてもジュンサーさんに言ってボックスの紐付けを直してもらえばいい。自分が使えない物を手元に置いていても邪魔になるだけだ。

 それにさっきはリスクを考えてポケモンを引き出すことを見送ったが、実は自分のポケモンだったという可能性もゼロではないのだから一応確認する。ポケモンにどんなニックネームを付けたかは全然覚えていないが見ればこんな名前を付けたなと思い出せる筈だ。うじうじ考える暇があるなら最初に最良と思った行動をするべきだ。

 

 誠は病室を出てパソコンに向かう。途中ジョーイさん会ってもう遅いから寝てくださいと言われたが少しだけ時間を下さいと頼み込んで許してもらった。ジョーイさんは心配そうにこちらを目を見ながら、トレーナーを辞めるなんて言わないでくださいねと言いながらモンスターボールを一個くれた。そんなことがあったがこのままボックスを放置して時間が経てばまたうじうじと悩んで考えが変わってしまうかもしれない。早く解決しておかなければ何日も悩んでしまいかねない。

 

 パソコンの電源を入れて一文字ずつ確認しながらIDを打ち込んでいく。覚悟を決めたはずなのに緊張してきた。だれかのパソコンのアイコンをクリックしてボックスを整理するの項目を選ぶ。表示されたのはボックス一杯のポケモンのアイコンだ。IDを打ち間違えていた線は消えた。ポケモンの情報を確認していくがデフォルトネームのポケモンばかり。捕まえて直ぐにボックスに送られたポケモンだろう。続いてボックス2、3と確認していくも同様にデフォルトネームのポケモンばかりだ。無駄な時間を過ごしている気がするがボックス5、6と確認を続ける。変化があったのはボックス7からだった。ボックス7の半ば辺りからボックス9までが全てサイホーンで埋まっている。俺の相棒は何となく見た目が気に入ったドサイドンとヤドランだった。個体値厳選というのをネットで見て試し、途中で辞めてしまったがその過程でサイホーンは大量に卵から孵化させている。思い出してきた。ドサイドンのニックネームはドザエモン、ヤドランのニックネームはヤドナシだ。なんでそんな巫山戯た名前にしたのかは覚えていないが。もしこの二匹がいるならこれは俺のボックスなのかもしれない。ボックスの確認を進める。もう一匹一匹の情報は見ずにドサイドンとヤドランのアイコンだけを探す。ボックス15を開いてようやく見つけた。ドサイドンとヤドランのアイコンが並んでいる。まずドサイドンのアイコンにカーソルを合わせる。表示されたニックネームはドザエモン、そしてヤドランのアイコンにカーソルを合わせれば表示されるニックネームはヤドナシだ。期待していなかったと言えば嘘になるが出来るだけ期待しないように努めていた所為で上手く反応が出来ない。反応は出来ないが理解出来た事はある。今表示しているボックスは俺のボックスだ。

 

 今後の事を考えれば色々と思いつくことがあるがそれよりもまずやらなければいけないことがある。それはボックスのポケモンを全て引き出すことだ。俺にはこのポケモン達が俺のポケモンだと分かるが他人からすれば新しいボックスに何故か入っているポケモンだ。管理者に見つかればバグと思われて別のボックスと変えられるかもしれない。そんなことはさせない。こいつらは俺のポケモンだ。

 

 そして急いで全てのポケモンを引き出したのだか慌てていた所為で気付かなかった問題が三つあった。

 

 一つはその数だ。ボックスには500を超えるポケモンがいたがそれを全て引き出した所為で持ち運びが出来ない。せめて運ぶ手段くらいは確保してからやるべきだった。

 

 もう一つはボールの種類だ。ゲームでは色々なボールを使ってポケモンをゲットしたはずなのだが引き出したボールは全てモンスターボールだった。どのボールにどのポケモンがいるか全く分からない。預かりシステムの仕様かもしれないが見分けがつかなくなることは全く考えていなかった。バトルで使えるポケモンの数が6匹というルールはバトルの回転率以外に把握出来る限度を考えて作られたのかもしれない。

 

 最後の一つはこのボールの中のどれかに伝説と呼ばれるポケモンが混じっている事だ。ホウオウと三鳥、三犬、ミュウツー、カイオーガ、ラティアスがいたのだが急いでポケモンをボックスから引き出していたので他のボールに混じって分からなくなってしまった。ゲームだと戦闘で使っても何も無かったがこの世界で出した場合どのような反応があるか分からない。トレーナーが奪おうとしてくるくらいならまだなんとかなるが、悪の組織的なのに付き纏われたり、お偉いさんに目を付けらたりなんかすれば個人ではどうしようもなくなってしまう。どこか大きな組織の庇護下に入れば安全かもしれないが結局は上手く使い捨てられるかポケモンを奪われて終わりだろう。伝説ポケモンについてはボックスに入れておくと何処から情報が漏れるか分からないので手元に置いておくしかないがあの村の事を考えると持ち歩くのも躊躇われる。何処か安全な場所を確保したらそこに保管するということで今後の議題にするしかない。

 

 受付にいたラッキーにボールを入れるものを貸して欲しいとお願いしたら洗濯カゴを貸してくれた。ボールは洗濯籠3つに収まったのでラッキーに見張りをお願いして一つずつ病室に運び込む。ボール一つなら野球ボールくらいの重さなのだが籠一つに170個くらいのボールがあるので結構重たいが運べない程ではない。左手はこの数日で多少回復して握るくらいはできるようになったのだが力が入らないし、先ほどミルタンクの角で傷つけた右手の傷も痛んで籠が運びづらい。こうなるから自分を傷つけるなんて嫌なんだ。ポケモンを出して一緒に運んで欲しいところだがホウオウなんか出てきたら言い訳できないので諦めて地道に籠を運んでいく。

 

 病室に全てのボールを運び込んでようやく一心地ついた。ポケモンが手元にいるというだけで安心できる。とりあえず明日はボックスを利用してポケモンの選別をしないといけない。手持ちとして使用するポケモンと予備として持ち歩くポケモン、あとは持ち歩くが使用できないポケモンだ。その他のポケモンについてはどうするか。ボックスをいじられる可能性がある以上はボックスには預けにくい。しかし置いておくにも安全な場所がない。ジョーイさんやジュンサーさんにお願いすれば一時的に預かってはくれそうだが、ポケモンの出所やボックスを使わない理由を聞かれる可能性が高い。山奥の村から出てきたばかりのトレーナーカードも持っていなかった奴が急に500を超えるポケモンを所持していたなんて知れたらどう考えても疑われるだろう。

 

 そうなるとポケモンを逃がすということも視野に入れる必要がある。管理できないなら手放すしかない。もしもの時のために残しておくポケモンを選んで他を逃がせば数は50から100くらいまで絞れるだろう。だがもしもという状況を考えればできるだけポケモンは所持しておきたい。ゲームみたいにどれだけ捕まえても6匹しか持てない訳ではないのだから数が多ければそれだけ対処できる状況も増えるし、そもそもトレーナー戦以外なら1対1で戦う必要もない。1匹1匹は弱いポケモンでも数がいればそれだけで強いポケモンに勝つことも出来るだろう。でも結局管理できないなら数がいても意味はないし下手したら数が増えた分邪魔になることもあるかもしれない。やはり選んだポケモン以外は逃がそう。いつまでも出番のないままボールに閉じ込めておくのもかわいそうだ。

 

 明日やることも決まったし、今日はもう少し本を読んでから寝よう。そう思ったのだがジョーイさんが部屋の明かりに気付いて、また寝なさいと怒られたのでおとなしく眠ることにした。

 

 

 

 

 ────────────────────-

 

 

 

 俺は今、クチバシティを出て北にある6番道路にいる。

 

 今日はまず朝起きてすぐにタオルに付いた血がジョーイさんにばれて事情を説明して怒られることから始まった。自分を傷つけたことも怒られたが、怪我をした後の処置について放っておいて化膿したらどうすると滅茶苦茶に怒られた。昨日は傷を放っておいて悪化することを全く考えていなかったがご尤もな意見だった。怒られてから傷を出せと言われたが1日経ってもう瘡蓋になっていたので次からはしっかり報告しろとお叱りを受けただけで終わった。

 

 そこからは決めていた通りにボックスを使ったポケモンの選別作業をしていたのだが、一人でパソコンを占有すると他の人が使えないとまたジョーイさんに怒られた。町にパソコンが一つしかないのも問題だろうと思ったが、口には出せない。普通なら一日占有するような奴はいないから問題ないのだろう。それでも取り急ぎやらなければいけないことなので他の人が来たら交代すると約束してパソコンを使わせてもらった。大量のボールを抱えてパソコンを操作する姿を見られたときには焦ったが、そこに触れなかったのには助かった。

 

 そんな5時間に及ぶ選別作業を終えて俺は今ここにいる。ここでやるべきことは戦力の確認と大量のポケモンを逃がすことだ。

 

 戦力の確認については対象はゲーム時代のレギュラーだったポケモン達に絞っている。ボックスでレベルの確認ができなかったのでおそらくこの世界ではレベルの数値化はできていない。ならばポケモンの強さは目で見て確認するしかないのだがゲーム時代のレギュラーメンバーなら少なくともレベル90には育っているし、何体かはレベル100になっている。ゲーム時代のレベルが直接この世界での強さに変換されているか不明なので戦力の確認は必須だ。それに水鉄砲や火炎放射なんかはともかく地震やいわなだれ、なみのりなんかの効果範囲の広い技は周りにどのくらいの影響を与えるのか、水のない場所で波乗りをどう使うのかは確認しておかなければいざというときに困る。そもそもポケモンの覚えている技についてはボックスで確認することができなかった。今までに覚えた全ての技を使えるのか、それともゲーム時代同様に4つの技しか使えないのかも重要だ。なにせレギュラーメンバーですらどんな技を覚えさせていたか覚えていないのだ。記憶に抜けがあれば使える技が1つか2つしかないなんて事態もありえる。レギュラーメンバーをモンスターボールから出す。レギュラー全員は覚えていなかったのだが、多分レギュラーと思えるポケモンにはニックネームが付いていたので判別は簡単だった。

 

 ドサイドンの「ドザエモン」  ヤドランの「ヤドナシ」

 デンリュウの「デンチュウ」  ヤミラミの「ユカイ」

 ケンタロスの「ぎゅうかく」  ドードリオの「つくね」

 

 この六匹がレギュラーメンバーだったポケモン達だ。我ながら他にもっといい名前がなかったのかと思うが当時の俺はこういう名前を付けたかったのだろう。

 

 そしてそれぞれの技や動きを確認しているときに3つ分かったことがある。一つはニックネームをつけているポケモンはニックネームで呼んでやらないと反応してくれないことだ。こんなことになるくらいならもっとまともな名前をつけてやるべきだった。人前でドザエモンとかヤドナシとかはあまり言いたくない。

 

 二つ目はポケモンへの命令に関して。基本的にはきちんと命令すればその通りに行動する。ジャンプしろと言えばジャンプするし、殴れと言えば目の前に何も無くても拳を振るう。鳴いてみろと言ったら手加減抜きの本気の大声でレギュラー6匹の大合唱が始まって鼓膜が破れるかと思った。逆になんかやれとか頑張れみたいな曖昧な命令をすると全く動かない。とにかく自分で判断をすることをせずに命令に愚直に従う。つまり俺が指示を間違えれば攻撃を躱すことも無く防御もせずにまともに直撃を喰らう。正直に言えば今まで戦闘経験なんかないからまともな指示を出せる気がしない。一度まともに指示が出来ずにミルタンクも失っているのだ。それにもし離れて指示が出せない状況になったらこいつらは只の的になってしまう。一応ミルタンクが命令を無視してでも俺を守ろうとしたという事実があるので何らかの要因があれば命令を無視して行動することができるだろう。何とかこいつらには自我が芽生える方法を見つけておきたい。

 

 そして三つ目らポケモンの技についてだ。まず恐らくだが今までに覚えた全ての技を使える。どのポケモンがどんな技を覚えるかあまり覚えていないため全部は試せないが少なくとも4つ以上の技を使えることを確認できた。これは後で確認した技をメモしておく必要がある。あとはポケモンの覚える技を書いた本がないかも探しておこう。そして広範囲技についてだがこれは乱用を控えた方が良いと判断した。近くの木に向けてドサイドンに地震を撃たせたら辺りが滅茶苦茶揺れて木があった場所の地面が爆発した。いわなだれを撃たせれば地面を角で大きく抉りとって飛ばし標的の木以外の木も纏めて吹き飛ばした。挙句の果てに地割れを撃たせたら地面を思い切り踏みつけて木と全く関係ない場所の地面に亀裂が出来た。一撃必殺は伊達じゃないのは分かるがあの亀裂が出来たのが自分の足下だったら自分が死んでしまう。だから封印だ。そして水のない場所でヤドランになみのりを指示してみたらヤドランの尻尾に付いている貝が凄まじい量の水を吐き出して辺りの倒れた木を攫っていった。ほぼ津波だ。ドサイドンとヤドランの技を試しただけで辺りは大災害に見舞われたかのような有様だ。この辺りの広範囲の技は封印するしかない。

 

 そしてまだまだ試したいことはあるが流石にこの惨状は不味い。責任を取れなんて言われてもどうすればいいかも分からない有様だ。だから逃げる。逃げる時にずっと気になっていたドードリオの空を飛ぶを試してみた。ドードリオに乗って首にしがみつくとドードリオはスピードを上げてそのまま空を走り始めた。本当に空を走るとしか表現がなかった。首を回してヘリコプターみたいに飛ぶかなと思っていたが、こっちの方が格好良くて好きだ。

 

 

 場所を移動出来たので今度はポケモンを逃がそうと思う。パソコンからポケモンを逃がせると思っていたのだがそのような項目がなかったので、町を出て逃がすことにした。400匹を超える様々なポケモンを同じ場所で逃がすと付近の生態系が崩れたり、特殊な環境でしか生きられないポケモンだと死んでしまいそうなのが懸念事項だが、生態系まで気にしている余裕はないのでそこは考えないことにした。環境に適応出来そうにないポケモンは放置は心苦しいので生きていけそうな場所を見つけるまでは持っておこうと思う。

 

 ボールからポケモンを出す。最初に出てきたポケモンはピジョンだ。空を飛べるポケモンは貴重だが手持ちに空を飛べるポケモンが充実しているので逃がすことにした。

 

 ボールから出てきたポケモンは相変わらずの不動で鳴き声も上げずにこちらをじっと見てくる。実はこのポケモンの様子も確認しておきたかったことの一つだ。野生のポケモンは鳴き声も上げるし、自然に振舞うとでもいえば良いのか少なくともこんな直立不動で待機するようなことはしなかった。町にいるポケモンもそうだ。ポケモンセンターのラッキーもそうだし他に町で見たポケモンもこんなに不自然な状態ではなかった。最初はモンスターボールで捕まえたポケモンはこうなるのかと思っていたが、飼い主に話を聞けば町中にいるポケモンもモンスターボールでゲットしたポケモンらしい。

 

 つまりモンスターボールに原因がある訳じゃない。なら考えられる原因は思いつく限りは二つだ。一つは俺のポケモンが特別な可能性。こっちに来た時に何故か持っていたミルタンク達もボックスの中に突然現れたドサイドン達も元々はゲーム上のデータでしかないにも関わらず、今は肉体を持ってこの世界に生きている。元々世界を移動するとかいう原理も原因も不明な事に巻き込まれているのだから理屈で考えても仕方ないのかもしれないが、その世界の移動が原因なら世界の移動の際に言語機能や行動を決める脳の機能が破壊されたと考えられる。もしそうなら逃がしたとしても生物としての機能が破壊されているのだから今の状態のまま変化はないだろう。

 

 もう一つは俺か俺が持つモンスターボールに問題がある場合だ。俺自身が何か変わったという感覚はないがこの世界に来てしまった時に何か変な異常が出ていてもおかしくない。それに元々この世界の人間ではないからこの世界の人間と何か違いがあってそれが影響している可能性もある。あとはモンスターボールだ。俺のモンスターボールは最初からポケモン達が入っていた物だがこの世界に来た際になんらかの理由でいきなり出現したのだからこの世界で作られたモンスターボールと何か違うところがあっても不思議ではない。もし俺かボールに原因があるのならポケモンを逃がした時点で言語機能や判断力が回復する可能性がある。そしてボールが原因なら昨日ジョーイさんに貰ったモンスターボールがある。これで再度ゲットして自然な状態ならボールが原因だ。金を稼いだら今のポケモンを全てこの世界で買ったボールで捕まえ直せばいい。問題はボールに問題がなかった場合だ。そうなれば俺自身に何か問題があるという結論になってしまう。この結論が出てしまえばどうしようもない。今のポケモン達に自我を持たせることを諦めるか、この世界の野生ポケモンを捕まえてみて自我がある可能性を祈るしかない。

 

 ボールから出したピジョンを逃がそうと思うがどうすれば逃がすことができるのか分からない。とりあえずお前を逃がすとか好きにしろとか色々言ってみたが反応してくれない。それでも解放するようなことを言い続ける。反応を示したのは逃げようとしないピジョンに業を煮やして言った「お前はもう自由だ」という言葉だった。ピジョンはこの言葉を聞いた途端に鳴き声を上げて翼を広げて飛んでいってしまう。面食らって気がつけばもうピジョンは空の彼方に小さく見える程度になっている。どうやら自由という言葉で逃がすことができるらしい。自由と聞いてすぐに去ってしまった辺り捕まったことはやはり不服だったのだろうか。ミルタンクだったらどんな反応をしただろう。もしかするとミルタンクもゲットされたから渋々従っていただけで自由だと言われていれば自分を置いて逃げていたのだろうか。今のレギュラーメンバーはどうだろう。ゲーム時代の記憶があるのかは分からないが皆弱い時に捕まえたか卵から育てたメンバーだ。それでも自由だと言えば俺の元を去っていくのだろうか。

 

 考えが逸れてしまっていた。悪い癖だ。この癖も直しておかないといつか痛い目に遭うだろう。とにかくポケモン自体に異常が起きていたわけではなく俺かボールのどちらかに異常があることは分かった。次はすぐにいなくなることのできない足の遅いポケモンでボールの異常を確認しよう。次にボールから出したポケモンはビードル。こいつなら足が速くてゲットし直すことができないなんてことはないだろう。ビードルにお前は自由だと告げる。

 

 その瞬間ビードルは鳴き声を上げて俺に飛び掛かってきた。

 

 やばい。咄嗟のことに体が反応できない。自由と告げた瞬間に襲いかかってくるとは考えていなかった。ポケモン達はボールの中に仕舞ったままだ。せめて攻撃能力の乏しいトランセル辺りにするべきだった。よりにもよって毒のあるビードルを選んでしまったことを今更ながら悔やむ。

 

 悔やんでいる暇はない。ひとまず殴るか蹴るかして距離を離してポケモンを出す。そうすれば勝ちだ。一撃は甘んじて受ける。俺は一度ニドランを殺したときに攻撃を受けている。ビードルの一撃なら耐えられる。体に力を込めて一撃に備える。

 

 ビードルが力を込めた体に接触した。毒針を刺される前に投げ飛ばす。距離は離れた。懐に仕舞っていたボールを掴んでポケモンを出す。レギュラーの誰が出るか分からないがレベルの低いビードルに勝てないようなポケモンはいない。出てきたのはヤミラミのユカイだ。

 

「ユカイ、俺を守れ!」

 

 命令を受けたユカイは腰を落として臨戦態勢に入る。投げ飛ばしたビードルはピーピーと鳴き声を上げながら近づいてくるがこちらにはユカイがいる。

 

 しかしユカイは俺に近づくビードルを素通りさせた。

 

「はぁ!?」

 

(なにやってんだこいつは!? もしかして俺を守れという指示が抽象的過ぎて反応できなかったのか!? ミルタンクはこれで反応したぞ!? くそ! 技の指示を出すべきだったか!)

 

 ユカイの脇を抜けたビードルはもう目と鼻の先だ。再び飛び掛ってくる。

 

(くそ! 技の指示をするか? ナイトヘッド、でんげきは、駄目だ。巻き添えを食らうかもしれん。さすがにレベル90を超えるポケモンの技を食らうのは駄目だ。多分ビードルなら何とかなる。もう一度投げ飛ばしてからでんげきはの指示を出す。これでいく)

 

 再びビードルを受け止める為に体に力を込めるが衝撃は訪れない。

 

 ビードルは誠の手前に着地して誠の足に頭をこすり付けている。頭の棘が刺さりそうで怖い。

 

(どういうことだ? 攻撃じゃないのか? それとも頭の毒針を使った攻撃か? 蹴り飛ばしてユカイに攻撃指示を出すか?)

 

 困惑する誠を尻目にビードルはピーピーと鳴きながら誠の足に体を擦り付けている。攻撃には見えない。

 

(分からん。でも攻撃じゃないとは限らないから安心もできない)

 

「ユカイ! さいみんじゅつだ!」

 

 命令を受けたユカイは臨戦態勢のまま正面に催眠術を放つ。誠とビードルがいるのはユカイの背後だ。ユカイは何もない空間に向けて催眠術を放っている。

 

(くそ! 融通がきかない!)

 

「ユカイ! ビードルに催眠術を撃て!」

 

 振り向いたユカイはビードルに催眠術を放つ。波紋のように広がる謎の光がユカイの手から放たれ、ビードルを眠らせる。当然その光はビードルと接触している誠も対象とした。

 

(やっぱり俺も巻き添え喰らうのかよくそ!)

 

「ユカイ……俺が起きるまで……俺とポケモンを守れ」

 

(くっそ……眠い! 今の指示で大丈夫か? 頼むぞほんとに)

 

 その思考を最後に瞼が下がっていく。意識を保てない。

 

 

 

 

 

 




ポケモンを捕まえたからといっても必ずしも信頼関係を築けているとは限らないというお話。


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選ばれる人

三話前のあとがきであと三話で第一章を終わりますと言ったな。あれは嘘だ。

まだ第一章なのにコロコロと予定変えてすいません。矛盾がないようにって気を使って書いてたらいつのまにか予定が変わってました。
書き溜めなしでやっているのでこういうこともあるということで一つ多めに見てください。


 誠が目を覚ましたのは日が沈む直前だった。

 

(あん? どこだここ? えーと……あー思い出したユカイの催眠術をくらったんだった。くそまだ眠い。今何時だ。日が沈むくらいだからまだ午後6時くらいか。どっちだ。ポケモンを逃がしてたのが大体午後3時から4時くらいだから寝てたのは数時間くらいか? それとも丸1日寝てたのか? 分からん。ポケナビが欲しいな。ポケナビじゃなくてもいいけどとにかく時間が分かるものが欲しい。ハートゴールドの最初の博士って誰だっけ。売り込んだら貰えたりせんだろうか)

 

 周りを見回せば眠りに落ちる前と変化は無い様に見える。ユカイも変わらず臨戦態勢のままだ。

 

(あれもどっちだ? 俺の寝る前の指示に従ったのか? それともその前のビードルと対峙した時の指示のままなのか? ……そうだ! ビードル!)

 

 慌てて立ち上がろうとすると何かを踏みつけた。そちらを見るとビードルの尻尾が足の下にある。尻尾を踏まれたビードルはピーピーと鳴きながら怒っている様子だが攻撃はしてこない。足を退ければビードルはしばらく鳴いた後に足に寄って来て体を擦り付ける。

 

(攻撃してこないのか? 寝てる間に攻撃しようと思えばできたはずなのに特に攻撃を受けた様子はない。ユカイが素通りさせたのももしかしてそれが原因か? 守れって言ったから攻撃意思が無い奴は無視した?)

 

 ビードルを抱き上げてみる。言葉は分からないがさっきよりも嬉しそうに鳴いている。なんかぷにぷにしてわらびもちみたいだ。

 

(個体差か? 必ず逃げるんじゃなくて逃がしても着いて来てくれる奴もいるのか?)

 

 ビードルを抱きかかえているとふと背後からの視線を感じて振り向く。ユカイが直立不動でこちらをじっと見つめていた。

 

(こわっ! あっ! もしかしてあれか、俺が起きるまでって指示して俺が起きたから次の指示待ちってことか。ビードルは安全そうだし次のポケモンを出すまでボールに戻してもいいけど……褒めてやるか。結局ミルタンクは褒めてやれないままだったしな。褒めれる時に褒めてやろう)

 

「よくやったぞユカイ」

 

 反応はない。やはり命令以外に対しては反応しないのかもしれない。もしかしたら俺に褒められても全く嬉しくないから反応しないのかもしれないが。もしそうなら少し悲しい。まあとりあえず今はビードルと意思疎通を試みたいからユカイはその辺にいてくれさえすればいい。

 

「ユカイ、少しビードルと話すからその辺で自由にしてていいぞ」

 

「ウィィィィィ!」

 

 何も考えずについ自由をいう単語を使ってしまった。その瞬間ユカイが鳴き声を上げて走り寄ってくる。

 

 しまった。そう思った時にはもう遅い。高レベルのステータスに裏打ちされた素早さは尋常ではない。3m程あったはずの距離は既に殆ど残っていない。そのあまりの素早さに体が反応できないにも関わらず誠の目はユカイの動きを捉えている。しかし動きが見えているからといってもできることは何もない。なまじ見えている分恐怖感が増すだけだ。体当たりされるだけでも十分な威力になるだろう速度が出ている。距離は更に狭まっていく。1m……80cm……60cm……50cm。先程のビードルの時とは訳が違う。一撃耐えるとかそんな次元の話じゃない。ユカイの動きでそれが理解できてしまう。湧いてくるのは諦めの感情。45cm……40cm……35cm……35cm。ユカイの速度が下がっていき35cm程の距離で停止した。ユカイが手を伸ばす。

 

 ユカイは抱きかかえていたビードルを掴み投げ捨てる。そのまま誠へと飛び掛りビードルを抱えていたままの形になっている腕に収まる。

 

「ウィィ! ウィッウィ! ウィ!」

 

 何か言っているが意味が分からない。理解が追いつかない。ユカイが胸に顔を擦り付けてくる。ダイヤモンドの目が肌に擦れて痛い。

 

「ピ! ピピ! ピー!」

 

「ウィウィウィ! ウィィ!」

 

 投げ飛ばされたビードルが戻ってきてユカイと何か言い争いをしているようだが内容はさっぱり分からない。言い争い? の様子を眺めているとビードルも飛び掛ってきて肩に取り付かれた。まだ何か言い合っているが手の中と肩の上で騒がれるとうるさい。

 

 ひとまずユカイとビードルを降ろす。ビードルは素直に降ろされてくれたがユカイは服にしがみついて離れなかったので降ろすのに手こずった。最終的に我侭言ってると嫌いになるぞと言ったら渋々降りたが、降ろされてからも滅茶苦茶こっちを見てくる。とりあえず攻撃意思がないという事とユカイは俺を気に入ってくれているだろうという事は分かった。言葉が通じるかは分からないが少しだけ話をしてみたくなった。

 

「お前らはもう逃がしたんだ。それは分かるか?」

 

 ユカイは頷いている。ビードルはピーと鳴きながら体を左右に揺らしている。ビードルはこれ本当に分かってるのか? 

 

「俺と一緒にいたら人やポケモンを殺すことになるぞ。それでも一緒に来てくれるか?」

 

「ウィィィ!」「ピィ──!」

 

 ユカイとビードルがまた飛び掛ってきた。ビードルは受け止めれたが今回のユカイは勢いが違った。頭突きを受けた腹から空気が押し出され息ができなくなる。1mくらい吹き飛ばされた。二匹して体を擦り付けているから多分ついてきてくれるのだろうと思う。でもユカイのさっきのは拒絶の意思表示じゃないだろうな。もしこれが愛情表現ならちゃんと教えとかないと勢いあまって殺されるかもしれん。いやユカイでよかったと思おう。これがもっとでかいそれこそドサイドンとかだったら愛情表現で殺される。

 

 ともあれユカイとビードルは俺についてきてくれることは分かった。それにピジョンで分かってはいたが、ポケモンを逃がせばそのポケモンは自我を取り戻すことも分かった。最初は今後使う予定のないポケモンだけを逃がすつもりだったが予定変更だ。ポケモンは全部一回逃がしてポケモンの判断に任せよう。俺についてきてくれるならどれだけ数が多くても連れて行こう。俺から去っていくならそれも仕方ない。

 

 だがその前に確認しておかなければならないことがある。ボールの異常についての確認だ。今はユカイとビードルがいる。ジョーイさんから貰ったこの世界のボールもある。これでゲットし直して自我があれば問題なし。もしそれで自我がなくなったとすれば別の問題があることになるが、それを今解き明かすのは難しいだろう。幸いにも自我が失われたとしても自由という言葉で自我は取り戻せる。自分の意思で俺について来てくれることを選んだポケモンなら問題は起こらないはずだ。

 

 ユカイとビードルを見る。どっちにするか。今後のことを考えればユカイのほうがいいだろう。戦闘に耐えられる自我があるポケモンが一匹はいたほうがいい。よしユカイにしよう。

 

「ユカイ、もう一度俺にゲットされてくれるか?」

 

「ウィ!」

 

 ユカイはコクコクと頷いてくれる。ユカイにモンスターボールを投げる。

 

 ここで予想外のことが起きた。なんとビードルがボールの射線に飛び込んできたのだ。

 

「なにやってんだお前!」

 

 ボールはビードルに当たりしばらく揺れてから動きを止める。ビードルを捕まえてしまった。実験という観点からすれば別に問題ないのだが予想外の事態につい声を上げてしまった。まあなってしまったものはしょうがない。新しく捕まえたことでニックネームを付けれるようだ。愛着も湧いてきているしせっかくだからニックネームをつけてやろう。

 

(わらびもちみたいな感触だったしわらびもちにするか? いやでもいつかはスピアーになるしな。そっち関連のニックネームにするか? どうしようか。蜂……蜂……蜂蜜……甘い……みたらし。これだ。今の見た目もみたらし団子みたいだし。みたらしにしよう)

 

 みたらしでニックネームの登録を行う。たがこれは些事だ。本題はここから。これでみたらしに自我があるかを確認しなければならない。みたらしのボールを投げる。

 

「出てこい! みたらし!」

 

 どうだ。ボールから出てきたみたらしを見る。みたらしは不動で誠を見ている。その様子は先程まで自分に取り付いてきたポケモンと同一個体には見えない程の変化だ。駄目だった。

 

 結局ポケモン達の異常の原因は分からないままだ。ジョーイさんがくれたボールがたまたま不良品で偶然同じような症状が出たとは流石に考えられない。ボールに異常があったという腺も消えた。これで可能性が最も高いのは俺になんらかの異常があることだろう。それか俺のポケモンがボールと相性の悪い体になっているという可能性もあるが、どちらにせよ解決策が分からない。みたらしをボールに戻す。あと一つだけ試しておく。

 

「出てこいみたらし! お前は自由だ!」

 

 ポケモンを出すと同時に自由という言葉を放つ。どうなるか。

 

「ピィ──!」

 

 良し。これなら自我をもたせて出すことができる。が不安要素がある。扱い的には野生のポケモンになっていることだ。抵抗はしてくれると思うがもしボールを当てられたらゲットされる可能性がある。それだけは気をつけておかないといけない。一度に大量のポケモンを出して目の届かない範囲に行かれるのは避けたほうがいいだろう。

 

 とにかく実験は終わりだ。あとはポケモン達を逃がしてそれぞれの意思を確認していこう。

 

 もう日が落ちてきた。本当なら一度町に帰ったほうがいいだろうがまだ逃がしたポケモンは3匹だけだ。ポケモンはあと500匹以上残っている。やり方は分かったからここからは効率よくいけるだろうがそれでも時間が足りない。

 

 まずはレギュラーメンバーからだ。ユカイとビードルは結果として問題なかったから助かったが攻撃してくるポケモンがいないとは限らない。ユカイがいれば大丈夫だとは思うが自衛手段は多いほうがいい。本音で言えばレギュラーが離脱するようなことになれば今後にも影響するからできれば逃がしたくない。だが自我がない状態で上手くやっていけるとは思えない。かといって土壇場で自由にしたら逃げていきましたなんてことになれば冗談じゃ済まない。ユカイがあれだけ懐いていたんだから他のレギュラーも多分大丈夫だと信じるしかない。ユカイにいざという時はポケモンに催眠術を使うように指示を出しておく。

 

 まずはドザエモンからだ。ボールから出したドザエモンに「これからお前を逃がす」「一緒にいたら敵討ちのために人やポケモンを殺すことになる」「それでも一緒に来てくれるなら意思表示をしてくれ」「でも抱きつこうとしたり突っ込んできたりはするな」の4つの事項を伝えてから「お前は自由だ」と告げる。言葉を聞いたドザエモンは俺にゆっくりと近づいてくると服の袖を軽く握る。これはついてきてくれるってことでいいのだろうか。そう聞けば頷いて袖から手を離し、俺の前に立つユカイの隣に並ぶ。

 

 次にヤドナシ。ドザエモンの時と同様の内容を告げてから自由を告げる。ヤドナシは俺に近づくと足元に落ちていたボールに触れてボールの中に入っていった。これは……どうなんだ? 逃げる意思はなさそうだが。もう一度ヤドナシを出してついてきてくれるなら右手を上げて、そうでないなら左手を上げてくれと指示してから自由を告げる。ヤドナシは右手を上げてからまたボールに触れてボールに帰っていく。ついてきてくれるらしい。

 

 次はデンチュウ。デンチュウは自由を告げたら空を見上げてそのままぼーっとするだけで反応をしなかった。ついてきてくれるか考えているのだろうかとひやひやしながら見ていたが、空を見上げるのを止めて俺を見れば近寄ってきて尻尾を手に巻きつけてきた。電気攻撃でもしてくるかと身構えたがユカイもドザエモンも反応していないのでひとまず安心と思って確認すればついてきてくれるようだ。

 

 次にぎゅうかく。今までの4匹がついてきてくれる判断をしたから安心しきっていたのだが、ぎゅうかくは自由を告げてから俺の目の前で行ったり来たりを繰り返している。先程のデンチュウとは様子が違う。ぎゅうかくは迷っているのだと分かる。何が原因で迷っているのかは分からないが判断を任せると決めたのだから余計な口は挟まない。ぎゅうかくは強い。野生に戻ったとしてもそこらの野生ポケモンに負けることはないだろうし、あの村のような場所に迷い込んでしまったとしても自力で逃げ切る強さはあるだろう。目の前で行ったり来たりを繰り返していたがその距離が徐々に開いていく。時折足を止めて俺の方を振り向くが距離は縮まらない。呼び止めたい。もしモンスターボールに入れてしまえれば自我は失ってしまうが一緒にはいられる。一匹くらいなら自我がないポケモンの面倒を見ることもできるだろう。そんな考えが頭に浮かぶがなんとか振り払う。ぎゅうかくの決めたことに口は出さない。ぎゅうかくとの距離はどんどん離れ森に入ろうとしている。森に入れば完全に見失ってしまうだろう。止めるならここが最後のチャンスだ。ぐっと堪える。ぎゅうかくが森に入っていくのを見届ける。涙が出てくる。「ぎゅうかく! 元気でな!」できる限り大きな声を出したが聞こえただろうか。森を見てもぎゅうかくは戻ってこない。少しだけ泣こう。やることは多いけど少しだけだから許して欲しい。ドザエモンが頭に手を置いて撫でてくれる。余計に涙が出てきた。デンチュウが尻尾を手に絡めてくる。大丈夫だから優しくしないでくれ。ユカイが背中におぶさって鳴いている。お前は重いから降りてくれ、あと耳元で鳴くな。

 

 3分くらい泣いていただろうか。だいぶ落ち着いてきた。皆が選んだ答えを受け入れると決めたのだ。やることもある、いつまでも泣いてはいられない。次はつくねを出して自由を告げる。つくねは3つの頭で互いに相談をしているように見える。あの頭はそれぞれ別人格を持っているのだろうか。それなら体を動かすときにどの頭が電気信号を出すのだろうか。流石にそれぞれが電気信号を出すから意思統一をしないとまともに動けないなんてことはないと思うが。そんなことを考えている間につくねは辺りを走り回っていた。行ったり来たりを繰り返して悩んでいたぎゅうかくの行動が脳裏を掠めるがよく見れば様子が違う。子犬が走り回るのが楽しくて走り回っているような感じがする。一緒にいてくれるならこっちに来てくれと声を上げれば走り寄ってきて、3つの頭に滅茶苦茶に舐めまわされた。くさい。体を洗いたくなるがヤドナシに頼んだらどれだけ水が出てくるか分からない。それにまだまだポケモンを逃がしていかないといけないのだからずぶ濡れはまずいだろう。

 

 もう日も落ちている暗くなってきているのでドサイドンのメガホーンで木を一本倒してユカイの鬼火で火をつけてもらう。鬼火で物理的に火が点くか分からなかったがついて良かった。明るさも確保出来たので今日は徹夜でポケモン達を逃がしていこう。

 

 そこからはポケモンを五匹ずつ出して自由を告げていく。レギュラーが五匹なので数を合わせた。ついてきてくれるなら目の前のボールに入る。そうでないなら好きにしてもらっていい。環境が悪くて別の場所が良いなら手を挙げてもらう。そう言ってから自由にすれば思ったより早く進んだ。結果として300匹ちょっとのポケモンがついてきてくれる事を選んだ。あと50匹程はついてきてくれる訳では無いが別の場所がいいらしいのでボールに戻ってもらっている。残りの150匹程は去っていった。思うところが無い訳でも無いがそう選んだのなら仕方のないことだ。むしろ今まで束縛してしまった事を謝るべきだろう。

 

 ただ逃がすことを選べなかったポケモンもいる。伝説と呼ばれるポケモン達だ。彼らがどんな反応をするのか分からないがもし逃がすとしてもその方法はよく考えないといけない。三犬なんかの徘徊型は何とかなるかもしれないがホウオウみたいな住処がはっきりしているポケモンはこの世界のホウオウと鉢合わせたりする可能性がある。そうなればどうなるか分からないから今の時点で逃がすことは諦めた。そもそもこの世界にホウオウがいるのかは分からないがその辺を確認しないことには迂闊なことは出来ない。もし望むのならこの世界に元からいるホウオウを殺してから俺のホウオウを逃がしてやることも視野に入れておく。

 

 そして個人的に最も諦めるのを躊躇ったのはミュウツーだ。映画やアニメの知識だがもしかしたら話すことが出来るボケモンかもしれない。だが人間に作られて人間を恨んでいるという設定の筈なので逃がすことになれば戦闘になる確率が高い。レギュラー五匹で勝てそうな気もするが伝説となると補正みたいなものがかかっていて理不尽に強い可能性が捨てきれなかったので諦めた。

 

 

 心残りもあるが、色々と得るものがあったし当初予定していた戦力確認とポケモンを逃がすことも無事に終えれた。今日は町に帰ろう。細かい時間は分からないが月の位置を見る限り日付が変わって2,3時間ってところだろう。ポケモンを大量に持っている以上、あの町で誰かに目を付けられる可能性もある。もうあの町も安心できる場所じゃない。明日準備をしたら明日の夜か明後日には町を出て、あの村を焼く。とりあえず大量のボールを入れるためのリュックと水と食料を準備しなければならない。そのための金は明日トレーナーとバトルをして稼ぐ予定だ。この世界のトレーナーの強さが不明なのが不安だが、野生のニドランや多分捕まえたままの状態のみたらしは俺でも殺せる程度の強さだったのでレギュラー陣がいればこの辺りのトレーナー相手なら勝てそうな気がする。バトルというかポケモンの指示にもなれておきたいのでいつかはバトルをしなければならないしちょうどいいだろう。つくね以外のポケモンをボールに戻して、つくねに跨る。

 

「つくね、空を飛ぶでクチバシティまでいこう」

 

 指示を出せばつくねは空を駆けていく。昼に乗ったときよりも走りが荒々しく、しっかりと捕まっていないと振り落とされそうだ。これがつくねの本来の空を飛ぶなのだろう。風を切って走ればバイクに乗っているような気分になるが速度が速い。多分時速100kmくらいでている。あと暗い。月明かりに目は慣れていたがスピードが出ると光がないのは不安になる。つくねって鳥目じゃないよな。事故とか大丈夫だろうか。

 

 そんなことを考えていればクチバシティに辿り着く。ご丁寧にポケモンセンターの前に着地した。結構遅い時間になってしまった。ポケモンセンターの入り口にはジョーイさんがいる。つくねに乗った状態のまま目が合う。絶対怒られる。考えてみればこの町にきてジョーイさんには怒られてばかりだ。かなり面倒臭い患者だろう。町を出て行く前に一言詫びてから出て行かないといけない。うわジョーイさんがこっち来た。

 

「誠さん! 大丈夫だったんですか!」

 

 いきなり心配される。何か心配されることをしただろうか。いや帰りが遅かったら心配もされるか。まるで言うことを聞かない子供みたいな扱いだ。

 

「近くでポケモン災害があったから心配してたんですよ!」

 

「ポケモン災害? (なんだそれ?)」

 

「誠さんは知らないかもしれませんがポケモン災害っていうのは地割れみたいな被害の大きいポケモンの技を使うことで起きる災害です。6番道路で災害があったんですけどまだ技を使ったポケモンが見つかってないんです。私は誠さんが帰ってこないからてっきり災害に巻き込まれたのかと」

 

 冷や汗が出てくる。心当たりがありすぎるがここで自分のポケモンですなんて言えばどうなるのか分からない。というか法律の本に地割れが禁止技だなんて記載はなかった筈だ。危険なのは当たり前だが災害認定するくらいなら法律にも禁止技をして記載しておいて欲しかった。

 

「いや……ちょっと迷って帰るのが遅くなっただけです」

 

「そうですか。空を飛ぶで帰ってきたみたですけどマチスさんにはもう勝ったんですか?」

 

「え? いや……ジムには挑戦してないですけど」

 

「あっもしかして知らなかったですか? 人を乗せて空を飛ぶのは危険なのでジム挑戦してバッチを貰わないと駄目って決まってるんですよ。今回は知らなかったみたいだから黙っておきますけど気をつけてくださいね」

 

「あっはい。気をつけます」

 

「じゃあ今日はもう遅いですからシャワー浴びたらちゃんと寝てくださいね。起きてるの見つけたら怒っちゃいますよ」

 

「すいません。すぐにシャワー浴びて寝ますんで」

 

 病室にそそくさと帰りながら考える。空を飛ぶが使えないのはまずい。マチスも倒す必要がでてきた。明日一日じゃ準備が足りないかもしれない。どうやらまだまだ学ぶことは多そうだ。が、ジョーイさんが怖いから今日はおとなしく寝ることにしよう。

 




当作品のアンケートにご協力いただきありがとうございました。
文章量については7000から10000字くらいが安定して書けるようになって置いていたアンケートの参考文字数が目安になっていなかったので終了させていただきました。
作者のスキルの上達でいきなり文字数が前後するかもしれませんが、ひとまずはこの数話くらいの文章量で続けさせて頂くことにしましたので今後とも宜しくお願いします。


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託される人

丸3日くらい更新空いてすいませんでした。
今回の分は出先から携帯で入力したものなので読みにくい部分があるかもしれません。


 俺の名は逸見誠。新米ポケモントレーナーだ。

 そんな俺はクチバシティの東にある11番道路でトレーナーを見つけては勝負をふっかけて金を巻き上げ、今はクチバシティに戻っている最中だ。

 

 そんなことをしていた理由は幾つかある。まず一番の理由はシンプルに金が必要だった事だ。生きていく上で食事や飲料水の確保、宿の確保、着替えも幾らか必要だ。人が生きていく上でどうしても金は必要になる。更には俺は300匹以上のポケモンを持っているのだ。原理は不明だがボールに入れているポケモンは飲食が不要になるため食料が必須という訳では無いが嗜好品として食事を摂ることは可能だ。今は金がないので我慢してもらっているが余裕が出来たら食事くらいは与えてやりたい。一応町で普通に働けば給金は貰えるのだが一日働いて貰える給金はたかが知れている上にそもそも働き口がない。基本的に町に住んでいる人間で働き手は足りている。港町ということで土産物屋の呼び込みのバイトくらいはあったがそれも基本的に町の人間の紹介、早い話がコネがないと仕事に付けない。数日で町を出るので一日か二日雇って下さいと言って就けるような職はない。手っ取り早く稼ぐにはこれしか無かった。

 

 二つ目の理由はこの世界のトレーナーのレベルの確認とバトル技能の向上だ。この世界で生きていく上でポケモンバトルは切っても切り離せない。トレーナーとして生活しなくても旅をすれば野生のポケモンと戦闘になるのが日常だ。ポケモンもトレーナーもレベルが高くなければ町から出ることすら出来ない。町から出ずに生活するならバトルが弱くてもあまり問題はないのだが俺には町から出なければならない理由がある。あの村を滅ぼしてミルタンクの仇を討ち、奪われた俺のポケモン達を取り戻す。この思いはあの日から忘れたことは無い。それに今は一部のポケモン達を住みやすい場所に逃がしてやるという約束もある。更にいえば一つの町に滞在していては300を超えるポケモン達をあまり自由に行動させてやれない。町から出ないなんてことになればどの目的も果たせない以上旅をすることは決定事項だ。

 そこで目安を測るためにトレーナーとのバトルだ。地域によって差はあれど町の外でバトルを仕掛けてくるトレーナーはその地域である程度のバトルを経験している言わば先輩。トレーナーとバトルすればその地域の野生ポケモンに勝利する為の最低限の実力を測ることが出来る。そしてそんなトレーナー達と幾らかバトルして確信を持てたが俺のポケモン、というよりレギュラー陣は強い。それも相手の強さを測るのが難しいレベルでだ。この辺りのトレーナーのレベルがこの世界でとの程度のものかは分からないが他に基準となるものがないのでここら辺のトレーナーを基準にするしかない。だがそれでもトレーナーとしての技量は間違いなく相手の方が上だ。同レベルのポケモンを使えば間違いなく負けるだろう。まずは判断力から違う。こちらがポケモンに声を出して指示を出せばその指示を聞いている途中に対抗の指示を出してくる。例えば体当たりをさせようとして、たいあまで言ったところで横に避けろとかジャンプしろと指示を出してくる。ポケモンの覚える技や各技の頭文字なんか把握してないとこうはいかない。片や俺はポケモンがなんの技を使えるかも把握出来ておらず覚えている限りの技で闘っている有様だ。たがこれは工夫でどうにか誤魔化せた。いくつかの技の指示を出す時パターンAとかBと呼称することを事前に決めれば相手は反応できなかった。これは知識と工夫でどうにかなったが如何ともし難いのが動体視力だ。トレーナーは今のところ全員動体視力が元の世界に比べてとてつもなく高い。それこそ俺だと目で追えないレベルの技もしっかりと見て反応してくる。一瞬で相手に到達する速度のデンチュウのシグナルビームを躱された挙句に直線的な攻撃なら怖くないなんて言われた時には正気を疑った。バトル後に話を聞くとデンチュウの目線や手の向きを見て技の方向を判断したそうだが、そもそも俺には近くでデンチュウの目を見てもどの方向を見ているのかすら判断できなかった。他には技の組み合わせだ。かぜおこしで砂をまきあげてこちらのポケモンの目に砂を入れてきたり、みずでっぽうで足場を泥にして動きを阻害してきたりする。これも幾つか考えて練習する必要があるだろう。そして何よりも勉強しなければならないと感じたのがトレーナーの立ち回りだ。こちらは流れ弾が怖くて正面にしか攻撃できないのに対して相手のトレーナーは流れ弾に当たらない位置に動き回るから色々な角度で技を出してくる。中には自分に向けて技を撃てなんて言う奴までいた。正直トレーナーとして勝っている部分が何も無い。それでも勝てたのはポケモンの強さに圧倒的な差があったからだ。相手の技を喰らってもこちらは大したダメージがないが相手はこちらの技一つで致命傷。それだけの差があったから勝てた。対戦したトレーナーに「負けた身で言うのもなんだけど君はブリーダーとしては一流だがトレーナーとしてはまだまだだね」なんて言われたが返す言葉もなかった。

 

 結果としてはポケモンは一流だがトレーナーは三流以下のど素人ってところだろう。その証拠に試しに自由に闘えと言ってユカイを任せたバトルでは開幕5秒で勝利した。だがポケモンに任せると戦法がその場で相手が避ける前に技を出して沈めるという固定砲台一択だったので相手が強くなれば任せきりにするのは危険だと思う。とにかく身体能力とバトル技能の向上に関しては学ぶことが多すぎて一朝一夕で改善出来るレベルではない。仮で予定を立てるなら最低でも3ヶ月は時間をかけて勉強と練習をしたいところだがあまり時間はない。

 なにせ今日一日でブリーダーとしてそれなりに顔が売れてしまった。今日対戦したトレーナーの中にもポケモンを交換して欲しいと言う奴やポケモンを預けるので面倒を見て欲しいなんて言う奴がいたのだ。丁重にお断りしたのだが午後になると流浪の凄腕ブリーダーがいると噂が噂を呼んで対戦を申し込んでくる人が増えた。中には君のセンスでは強いポケモンを活かせないから譲れなんて言ってくる奴までいた。俺のポケモンをなんで譲らなきゃならないんだ阿呆が。ともあれ今はまだ断れる範囲なので何とかなっているがこれがもし社会的地位のある有名なトレーナーや権力者となれば迂闊に断ることも出来なくなる。実力も伴わないのにポケモンを押し付けられて死なせでもしたら代わりにと俺のポケモンに手を出してくるかもしれない。そもそもそんな回りくどい手を使わずにポケモンを直に狙う奴もいるかもしれないのだ。こちらはバトルに関してはズブの素人。実力行使に出られたら幾らポケモンが強くても負ける可能性があるし、奇襲なんかされれば為す術もない。あとは権力者がお抱えのブリーダーにしようと動き出すパターンも最悪だ。そんなことになれば迂闊に身動きも取れなくなってあの村に行く事すら難しくなる。それに経歴もマズイ、町で説明した経歴なんて権力者が本気で調べれば幾らでも粗が出てくるし手持ちのポケモンについても説明できる要素がない。なんならボールに製造番号なんかあれば不法なボールを使った捕獲だなんだという話になる恐れまである。流石に今日に明日にいきなりそんなことにならないと思うがこの世界の情報伝達速度が分からないので油断はできない。今日中に準備を済ませて町を出た方がいいだろう。幸いにも挑戦してくる人は多かったので懐はそれなりに潤った。まだ時間も昼と言える時間だし、旅の準備をしてクチバジムに挑むくらいの時間もあるだろう。

 

 町に戻ってまずは旅の準備だ。旅の道具とボールを入れるために大きいカバンを買って、食料と水後は着替えを少しにライトとコンパス、テント、鍋、ナイフ位だろうか。流石に車なんかの足も無しで一人旅をしたことが無いから必要な物がよく分からない。ポケモンがいるから火を起こしたりは問題ないし、飲めるか分からないが最悪水が無くなっても水技で水分補給はできるだろう。それにそらをとぶを使うことが出来れば何とか何処かの町に辿り着けそうな気はする。

 

 そしてクチバジムリーダーのマチスへの挑戦。これが問題だ。マチスはトレーナーが越えるべき壁として立ちはだかるジムリーダーだ。さっきまで闘っていたようなトレーナーとは桁違いの強さがあるだろう。対してこちらはそこらの凡百のトレーナー以下の素人。普通に考えれば勝てる存在ではない。だが恐らくポケモンの強さ自体はこちらの方が上だ。それにバッジを一つも持ってない奴を相手に全力で叩き潰すような真似はしないだろう。そうなればポケモンの差で勝機が生まれる。それでも明確な指針はないので安全策を取るならレギュラー陣だろう。ボックスの強めのポケモンも基本育成してないから強くても50から60レベル。しかも見ただけでは強さが分からない上に使える技すら把握していない。さすがに無理がある。

 しかしもう一つ問題がある。それはジムがポケモンリーグの管轄組織ということだ。そんな場所に経歴不明の素人が異常なまでに強いポケモンを使って挑戦する。そんな怪しい奴をポケモンリーグに報告しないはずもない。そうなれば俺の経歴やボックスを調べるなり何らかのアクションを起こす可能性がある。かといって強すぎるくらいのポケモンを使わなければ勝機すらない。この世界にドーピングの概念があるかは分からないがそういう不正を疑われるかもしれない。結局は挑戦した時点で勝っても負けても問題が残る。ならば挑戦しないと言う選択肢も候補に上がるがそうすると大っぴらにそらをとぶが使えなくなってしまう。旅の経験が浅い以上いざという時に使える手段は一つでも増やしておきたい。緊急時なら誤魔化せるかもしれないがもう11番道路の件で顔を見ている人がいるので村から出たばかりの世間知らずという言い訳も使えるか分からない。

 

 結論としてデメリットの無い完璧な対応は考えつかない。ならばどのデメリットを呑むかだ。まず挑戦しないというのは却下だ。追い詰められた時に選べない選択肢があるというのは避けたい。ならば挑戦することになるが負けるくらいなら挑戦しない方がマシなので勝ちの目がある面子で勝負することになる。そうなるとレギュラー陣だ。明確に俺という存在を把握されることになるが11番道路の件を考えればこれは時間の問題。何戦かバトルしただけで口コミで噂が広がるくらいだ。ならばまだ噂が広がっていないうちにマチスを倒して以降はできるだけ噂が立つような真似は控える。これが一番良いと思う。

 

 そうこう考えている間にクチバシティに戻ってきた。マチスに勝とうが負けようが今日でこの町を出ることは決まっている。一週間程度の滞在だったがもうここに帰ってこないと思えば感慨深いものがある。まずは旅の準備をする。旅の用品店に向かい、一番大きいカバン、ナイフ、鉈、コンパス、ライト、鍋等の必要品を買う。旅の初心者だと店員に言うとロープも持っておいた方がいいと言われて一緒に購入した。同じ店に食料品もあったので干し肉や缶詰、携帯食料を買い込んだ。水は川の水を煮沸すれば問題ないらしいので水筒だけ購入した。

 

 その足でポケモンセンターに向かう。真っ直ぐ病室に向かいベッド下に隠しているボールを確認する。自分で持ち歩いているボールを含めて372個間違いなく全部揃っている。混ざらないように伝説ポケモンのボールを小袋に分けてからボールを鞄に詰めていく。ボール一つは50g程度なのだがこの数になると結構な重さになる。そして鞄にミルタンクの骨が入った箱をしまう。これはいつか永住する場所を決めたら埋葬してやりたい。あとはジョーイさんに挨拶して退院するだけだ。ジョーイさんに旅に出ることを伝えれば特に退院手続きも必要なかったので淡々と退院することはできた。最後に何か困ったことがあればポケモンセンターにいる他のジョーイさんを頼ってくれと言われた。なんでもポケモンセンターはすべてジョーイさんの一族が経営しているそうで見た目も似ているから見ればジョーイさんと分かるそうだ。やはりアニメやゲームの様に同じ見た目をしているらしい。ジョーイさんの一族は凄まじい優性遺伝子でも持っているのか、はたまた全員同じ顔になるように整形でもしているのか少し気になるが別に首を突っ込んでも利がある問題じゃないので気にしないことにする。

 

 ポケモンセンターを出てジュンサーさんに挨拶に行く。色々と世話になったお礼を告げてから旅に出る事を話すと快く送り出してくれた。ただ別れ際に同期のジュンサーさんの中に結婚をしたがっているやつがいるから紹介しようかと言われた時はちょっと焦った。そういえば結婚相手を探す旅をしている途中という話にしていたことを思い出して、結婚相手は辺鄙な町に来てもらうことになるから自分で探すと断った。他人に結婚相手を紹介されるというパターンは考えていなかったがこんなことになるならもう少しまともな言い訳を考えておくべきだった。やはり嘘のエピソードは細かい部分に設定漏れがある。細かい部分を指摘されても大丈夫なように設定を練っておかなければ。

 

 あとはポケモンセンターまで案内してくれた男2人にもお礼を言っておきたかったが、住所どころか名前も勤め先も分からないので諦める。目を覚ました日に何かあれば言ってくれと言っていたがそれは社交辞令で言ったに過ぎなかったんだろう。以降見舞いに来ることもなかったので会うこともなかった。

 

 ひとまず旅に出る準備は整ったと思う。あとは最大の問題であるジム挑戦だけだ。

 クチバジムの門を開く。ゲームみたいにいあいぎりが使えないとジムに入ることができないなんてことがなくて良かったが、普通に人が暮らす世界と考えれば当たり前のことだった。出入りの度に木を切り倒さないといけないなんてことになれば毎回育った木を植えなおさないといけないし、切り倒した木の処理も面倒だ。ジムに入ってみれば中は屋内テニスコートみたいな感じだった。さすがにゴミ箱を漁ってスイッチを探すギミックはなく。テニスコートみたいな枠が一面だけあってその周りに何人か人がいる。その中の一人から声をかけられる。顔をはっきり覚えていないが、たぶん俺をポケモンセンターに案内してくれた男だ。

 

「おっ。誠君じゃないか。元気になったんだね」

 

「その説はお世話になりました」

 

「いやいや、気にしないでくれ。どうしたんだい? お礼でも言いに会いに来てくれたのかい?」

 

「いえ、今日はジムへの挑戦に来ました。会いに行きたかったんですけど名前も聞いてなかったので」

 

「あー。そういえば言う機会がなかったね。僕の名前はシンっていうんだ。本当はお見舞いに行きたかったんだけどジムトレーナーの仕事があってね。どうしても面会時間に行けなかったんだよ。ごめんね」

 

「私も外に出ていることも多かったんで気にしないでください」

 

「そうかい? 悪いね。いやーそれにしてもポケモンを連れてたからトレーナーだとわかってはいたけどジム挑戦に来る程とはねー。誠君はいくつバッジ持ってるの?」

 

「バッジは持ってないです」

 

「初めての挑戦かー。ならシステムを簡単に言っとくよ。ジムリーダーに挑戦するにはジムトレーナーに勝たないといけないんだ。バッジ無しなら一勝。そこからバッジ一個増える毎に一人ずつ勝たないといけない人数が増えるんだ。他のジムは分からないけどうちのジムはそういうルールだからね」

 

「バッジが多いほうが戦う数が増えるんですか? 強さを確かめるわけに戦うんじゃなくて?」

 

「そうだよ。初心者は連戦の経験も少ないからあんまり無理させるわけにはいかないでしょ。でもバッジをいくつか持ってる人になればどうしても連戦での集中力なんかも必要になるからトレーナー数人と戦ってもらうことになってるんだ。あと連戦になれば戦い方の癖なんかも分かるからね。対策されても大丈夫なような人じゃないとバッジは渡せないってことで連戦するようになってるんだよ」

 

「なるほど。わかりました。じゃあ挑戦お願いします」

 

「うん。誠君の相手は僕がするから頑張ってね」

 

「はい。胸をお借りします」

 

「ははは。もっと気楽にいこう。緊張して固くなってると変なミスしちゃうよ」

 

 そんなやり取りをしてから試合場の端にある円形の枠に入る。たぶんそこから指示を出して戦うんだろう。枠に入るとシンさんが声をかけてくる。

 

「さあ誠君。準備はいいかい? 僕の使うポケモンは一匹だから頑張って突破してくれよ」

 

「はい。大丈夫です。よろしくお願いします」

 

「じゃあやろうか。いけ! ビリリダマ!」

 

「出てこいユカイ! お前は自由だ!」

 

 対面はビリリダマとヤミラミ。相性的には良くも悪くもないと思う。そしてトレーナー経験の少ない俺の弱さがばれない方法は一つ。ステータス差を利用した瞬殺。これしかない。

 

「ユカイ! Bだ!」

 

 放たれるのはサイコキネシス。指示をアルファベットにしてトレーナーに指示を読まれることを防ぎ、目視では空間が僅かに揺らぐ程度の視認しにくいサイコキネシスで不意を打つ。

 

(どうだ? これでいけるか?)

 

 当たった。ビリリダマが後方へ吹き飛ぶ。あとは逆転の芽を摘むだけ。

 

「ユカイ! そのままD」

 

 ユカイの手から放たれたシャドーボールが吹き飛ばされたビリリダマに向かう。

 

(11番道路のポケモンなら一撃で終わった。ジムトレーナーのポケモンでも二発食らわせれば)

 

「戻れ! ビリリダマ!」

 

 しかしシャドーボールが当たる直前、ビリリダマは赤い光となってシンのボールへと戻り、シャドーボールは地面を大きく抉るに留まった。

 

「誠君! 君は何をやってるんだ!」

 

 シンさんが突然怒りながら近づいてくるが心当たりがない。

 

「なんとか言え! 最初の一撃でもう勝負はついていただろう! なんで追い打ちをかけた!」

 

 言葉を聞くにどうやら最初の一撃でビリリダマは瀕死だったらしい。正直に気づかなかったと口を開こうとしたがシンさんに胸倉を掴まれて言葉が詰まる。

 

「おい! どうなんだ! ビリリダマを殺す気だったのか!」

 

「い、いや、そんなつもりじゃなくて」

 

「じゃあなんなんだ! 言え!」

 

「いや気づかなくて……その……逆転されたら困るから……」

 

「気づかなかった!? そんなわけないだろうが!」

 

 胸倉を掴んだまま凄い剣幕で怒鳴ってくるがここで他のトレーナーがシンさんを引き離してくれた。事情を聴かれたので瀕死に気づかずに追撃の技を打ったことを説明していると少し落ち着いたのかシンさんが戻ってくる。落ち着いてはいるがまだ怒っているのがなんとなく分かる。

 

「誠君。ちょっと僕の目を見てくれるかい」

 

 至近距離で互いの目を見る。真正面から目を見られるのはやはり嫌いだ。緊張する。

 

「誠君。本当に気づかなかったのかい?」

 

「は、はい。どうもすいません」

 

 頭を下げようとするとシンさんに顔を掴まれた。そのままじっと目を見つめられる。

 

「嘘じゃないんだね」

 

「はい」

 

 しばらく目を見てから何か分かったのか顔から両手が離される。

 

「嘘じゃないみたいだね。ごめんね。怒鳴ったりして」

 

「いや、はい、大丈夫です」

 

「そうか。うん、とりあえずはトレーナー戦突破おめでとう。強いね誠君は」

 

「いや、強いのはポケモン達で」

 

「それも強さだよ。強いポケモンを育てるのは大変なことだからね」

 

「はい」

 

「でもね、誠君一つだけ覚えておいてくれ。君のポケモンは強い。僕のビリリダマを一撃で瀕死にするのはマチスさんでも簡単にできることじゃない。そのポケモンを使っているのは誠君だ。君が正しくポケモンの強さを把握しないと今回みたいなことになってしまうんだ。それだけのポケモンを育てているんだからポケモンを見る目はあると思う。でもちゃんと相手のポケモンを見て強さや限界を知っておかないといつか取返しのつかないことになる。誠君にはそうなってほしくないんだ」

 

「……はい」

 

「今回は初めてのジム挑戦で緊張していたのかもしれない。それを見抜けなかった僕にも責任はある。すまなかった」

 

「いや、シンさんは悪くなくて」

 

「いや謝らせてくれ。初めてのジム挑戦で緊張しないわけがないんだ。越えるべき壁でないといけない僕が弱かったことにも責任がある。本当にすまない」

 

「……はい」

 

「説教みたいなことを言っちゃったけどトレーナー戦は終わりだよ。このカードを奥にある扉のカードリーダーに通せばジムリーダーに会えるから。頑張ってね」

 

「はい、どうもすいませんでした」

 

「はは。もう謝らなくていいさ。まあさっき言ったことは覚えててほしいけどね」

 

「肝に銘じておきます」

 

「だからそう固くならないでいいよ。マチスさんは強いけど誠君と誠君のポケモンならきっと勝てるからリラックスして頑張って」

 

「はい、ありがとうございました」

 

「うん、マチスさんに勝ったらご飯でも奢るよ。まだポケモンセンターにいるのかい?」

 

「いや、もう退院しました。このジム挑戦が終わったら旅に出ます」

 

「うーん、そうなのか。じゃあ代わりじゃないけどこれをあげるよ。磁石って言ってポケモンに持たせたら電気技の威力が上がるんだ」

 

「いや、もらえないですよ。そんな」

 

「いいんだよ。持って行ってくれ。君ならチャンピオンにだってなれるかもしれないからね。そんな人にアイテムをあげたんだって自慢したいんだよ」

 

「いや、でも……僕は旅をしてるだけで」

 

「旅をするならポケモンは強くないとだめだよ。誠君のポケモンなら大丈夫だろうけどお守りだと思って。ね」

 

「んー、まあ、はい。分かりました。貰っておきます」

 

「頑張ってね。未来のチャンピオン」

 

「いや……チャンピオンになるとかは……あー行っちゃった」

 

 シンさんは走ってトレーナーの中に戻っていってしまった。手の中にはカードと磁石。集中力が切れた気がするがマチスとのジムリーダー戦をしなければならない。

 

(そうだ。まだ何も終わってない。ここからが本番だ。一度嫌なことを思い出して気分を悪くしてから挑んだほうがいいかもしれない)

 

 そんなことを考えながら誠はマチスが待つ部屋への戸を開ける。

 

 



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誘われる人

続きが描き上がりましたのでお納めください
次回投稿は明明後日位を予定しています


 誠が開いた扉の先にはジムリーダーの部屋へとつながる通路が伸びている。10mほど先にはもう一枚扉があり、その先におそらくマチスがいるのだろう。誠は目を瞑り気分を落ち着かせる。今しなければならないのは気持ちの切り替えだ。つい今しがた人のポケモンを殺しかけた。シンさんの剣幕で動揺してうやむやになったが、こういった経験は清算しなければしこりになって残ってしまう。この先にいるのはジムリーダーだ。動揺一つで勝ちを逃すこともあるだろう。今だけでもこの動揺と罪悪感を取り払わなければならない。

 

(大丈夫。何も問題はなかった。結果として殺しかけはしたが命を奪ったわけじゃない。気に病む必要はない。そもそもポケモンをバトルに使うことを推奨している組織がポケモンリーグだ。バトル中に死ぬようなことがあったとしてもそれは不幸な事故。誰が悪いということもない。しいてどこかに責任を問うとすればそれはバトルという運用方法を確立したポケモンリーグだ。事故があってもそれは真剣勝負の結果。仮に命を奪ったとしても俺が悪いわけじゃない。さっきのことも俺に落ち度はない。法律にもバトル中のポケモンの死は故意でなければ罪に問うことができないと書いてあった。俺が悪くないから先程も許された。気にする必要はない。次の相手はジムリーダー。殺す気でいかないと負けるのは俺だ。負けたらそらをとぶを公に使えなくなる。あの村を滅ぼして仲間を取り戻すためにも必要なことだ。手加減なんかいらない。徹底的に勝ちを狙う)

 

 目を開く。気持ちはもう落ち着いている。勝った後、負けた後のこともその時に考えればいい。まずは目の前の勝ちを取りに行く。通路を越えて扉を開く。扉の先の応接室にいたのは迷彩服に身を包む一人の外国人。

 

(この人がマチスか。たしか軍人の設定だった筈だし、服装から見ても軍人の経験があるのは間違いないだろう。思っていたよりもガタイも良い。顔つきも自分に自信を持っている雰囲気がある。この手のタイプは真っ向勝負を挑んでくる好戦的な気質が多いがマチスはどうだろうか。こういうタイプの中には徹底的に戦力を削って完膚なきまでに相手を潰すことを楽しむやつもいる。軍の経験があるなら策に相手をはめることを好むかもしれない。……情報不足だ。少し話をしてから人間を判断しよう)

 

「オー、マコトサン。ゴ挨拶遅クナリマシタ。クチバジムリーダーノマチスデス。宜シクオ願イシマス」

 

(っ! こいつ俺の名前を呼びやがった。シンさんから聞いたか? それとも別で名前を知られたか? いや動揺するな。名前を呼ばれただけだ。それは話の中で聞いていけばいいんだ。落ち着け)

 

「初めまして、誠といいます。こちらこそよろしくお願いします」

 

「OK! 早速バトルシマショー。ト言イタイデスガ、ヒトツ相談デス」

 

「相談ですか?」

 

「Yes。モニターデバトルヲ見セテ貰イマシタガ、マコトサンハ随分トオ強イミタイデスネ」

 

 マチスが指さしたモニターを見れば先程のバトルフィールドが映っている。

 

(なるほど。強いトレーナーを連戦させる理由はこれか。連戦の集中力がどうとか対策たてられてどうこうなんて理由をつけて、ジムリーダーがバトルを観察して対策を考えるためか)

 

「いやいや私なんかまだまだですよ」

 

「NO。謙遜ハイケマセン。アレダケノ早業ハナカナカ見レナイデス。デスガマコトサンハ一戦デココマデ来タカラマダバッジハ持ッテナイゴ様子。ソウナルト私モ決マリデ初心者用ノポケモンを出サナイトイケマセン」

 

「それで相談とは?」(願ったり叶ったりだ。こちとらそれを期待してたんだよ)

 

「相談トイウノハ使用ポケモンノ事デス。マコトサン相手ニハ初心者用ノポケモンデハ危ナイカラ私個人ノポケモンデ戦ッテミタイノデス」

 

「流石にジムリーダーのポケモンに勝てる程強くないですよ」(ふざけんな絶対認めないからな)

 

「勿論タダトハ言イマセン。コノ勝負ヲ受ケテクレルナラ勝敗ニ関係ナクバッジハ差シ上ゲマス」

 

(それは……悩む。バトルをしても勝てる保証はなかった。でもこの勝負を受ければその時点でバッジが手に入る。普通なら受けるところだがバッジを渡してまでそんな提案をする意味がわからない)

 

「……幾つか質問していいですか」

 

「構イマセーン。ドウゾ好キナダケ質問シテ下サイ」

 

「じゃあまずなんで俺の事を知ってたんですか?」

 

「オー、モシカシテ、マコトサンゴ存知無イデスカ。今朝カラ町ノ噂ニナッテマスヨ。凄腕ノブリーダーガ見ツカッテ、ソノ人ガクチバノポケモンセンターニイルッテ」

 

「そんな噂が?」

 

「YES、私モ半信半疑デシタガマコトサンノバトルヲ見テ確信シマシタ。噂モ馬鹿ニ出来ナイデスネ」

 

(思った以上に情報の伝達速度が早い。これは本当にあまり時間が無さそうだ)

 

「じゃあなんでマチスさんのポケモンで戦うってことになるんですか? 初心者用じゃないジム挑戦者用のポケモンもいるでしょう」

 

「ソレハ私ガポケモントレーナーダカラデス。今デコソジムリーダーシテマスガ私モ元ハチャンピオン目指テマシタシ、マダソノ夢ハ諦メテマセン。マコトサン程ノ強者ト戦エル機会ハナカナカアリマセンカラ逃シタクアリマセン。言イ方ヲ変エレバ練習相手ニナッテ欲シイトイウコトデス」

 

「噂を聞いたなら知りませんか? 俺はポケモンが強いだけでバトルは全然ですよ」

 

「問題アリマセン。バトルが上手イダケノトレーナーナラソコラ辺ニモイマス。私達ガ求メテイルノハ一撃デ全テガヒックリ返サレルヨウナ強イ相手トノバトルノ経験デスカラ」

 

「じゃあ最後に……本当にバトルに応じたらバッジをくれるんですね? それはちゃんとしたバッジですか?」

 

「嘘ハ吐キマセン。ソモソモバッジハジムリーダーガソノトレーナーヲ認メタ証トシテ渡ス物デスカラ本来ハ勝敗モ目安デシカナイデス。マコトサンニハポケモンヲ育テル希少ナ才能ガアリマス。少ナクトモ私ハソノ分野モトレーナーニ必要ダト認メテマスカラバッジヲ渡シテモ問題アリマセン」

 

(どうする? 受けるか? でもなんというか嘘はついてないけど本当の事を言ってないみたいな感じがする。言ってる事は筋が通ってるし真摯な感じで嘘じゃないのは分かるのに何か違和感がある。どこだ? どこに違和感を感じた? マチスの提案は俺と全力で戦うこと。マチス側のメリットの説明はあったけど何か引っかかる。多分ここだ。直感だがここに何か別の理由がある気がする。でも直感だ。他の部分も何かありそうな気がする。……カマかけるか)

 

「分かりました。私はそのお話を受けようかと思っています」

 

「オーサスガマコトサン話ガ分カル」

 

「でもねマチスさん。私って実は隠し事とか嘘っていうのが大嫌いなんですよ」

 

「whats? ドウイウ事デスカ」

 

「どういう意味かは自分が一番分かってるでしょう。今のままだと契約は進まないですよ」

 

「マコトサンハ私ガ嘘ヲ吐イテルト?」

 

「嘘はついてないでしょうね。そのくらいは分かります。でも何か他に言うことがあるんじゃないですか?」

 

「む……」

 

(やっぱりどこかに説明してない場所があったな。反論する時に落ち着きすぎだ。無実で疑われた演技をするならもっと怒れ。なんでそんな理不尽に巻き込まれるのかっていう心情を吐露するか少なくとも不満げな様子くらい見せろ。挙句言葉に詰まるなんて認めているようなもんだ。でもよかった。これで何もなかったら、ただの自意識過剰で立場を悪くするだけだった)

 

「マチスさん第一印象って大事ですよ。今後の関係にも響いてきますからね」

 

(ほら言え。正直に話せばやり直せる雰囲気出したぞ。ここではっきり言わないと取返しつかなくなるって分かるだろ?)

 

「……どこで気づきました?」

 

(馬鹿野郎お前そこは釈明するところだろうが。質問できる立場か。というかさっきまでの片言も演技か。それは気付けなかった。でもまあ雰囲気だよ雰囲気。具体的に言葉にできないんだからしょうがないだろ。とりあえず全部分かってるみたいな顔して優位に立ち続けないと。実際の立場だとこっちの方が圧倒的に弱いんだからそれに気付かれないように進めないといけない)

 

「さあ? どこからでしょうかね」

 

「そういう才能があればこういう経験も有ったんでしょうね。観念します。申し訳ありませんでした」

 

「じゃあ改めて質問しますね。まず私を知った経緯は?」

 

「それはさっき話した通りです」

 

「じゃあ私と戦いたかった本当の理由は?」

 

「まずさっき言った戦いたいという理由も嘘じゃありません。でも他にも理由がありました。理解していると思いますが誠さんのポケモンを強く育てる才能はとても貴重です。その才能は正しく使えば間違いなく素晴らしいものですが使い方を間違えればとても危険なことになります。それこそ誠さんの育てたポケモンを手に入れれば実力が足りなくてもチャンピオンになれるでしょうし、もし悪人の手に渡ればとてつもない被害を出すでしょう。今はまだ誠さんの存在は噂程度にしかなっていませんが、ちょっとした噂程度でも凄腕のブリーダーがいるとなれば探し出そうとする人は多いのです。私も噂を聞いてジョーイさんのところに話を聞きに行きました。誠さんは他の町と交流のない町から来ていて常識もあまり知らないと聞いています。そういう人を騙そうとする人もいますから、誠さんにその気がなくても、ポケモンを奪おうとする人は今後増えるでしょう」

 

(これは保護の名目で管理したいってところか)

 

「だからどうにか管理しようとしたと? それとバトルに何の関係が?」

 

「言い方は悪いですがその通りです。申し訳ないですが誠さんに直接会うまでの誠さんの印象は危うい才能を持った世間知らずです。だから私は誠さんとバトルをしてから技量不足を理由に弟子にならないか誘うつもりでした。流石にジムリーダーの直弟子に手を出そうとする人は殆ど居ません。ですがジムトレーナーとの戦いを見てジム挑戦者用のポケモンで勝つことは難しいと判断して自分のポケモンで全力で戦おうとしました。流石に完膚無きまで負けて弟子入りを勧めれませんから」

 

(ほら見ろやっぱり管理したいだけだ。だがこれがどこの判断かによって対応が変わるな。ポケモンリーグに報告してるなら組織的に動かれるかもしれない。そうなればもうポケモンセンターを使うのも難しいだろう)

 

「それは本当にマチスさんの判断ですか? もしかしてポケモンリーグからの指示じゃないですか?」

 

「誠さんの話は真偽不明の噂でしか無かったのでまだポケモンリーグには報告はしていません。もし誠さんがジムに来てなければ今日の夜にでもポケモンセンターに誠さんに会い行って確認する予定でした」

 

「もしポケモンリーグに報告したらどうなると思いますか?」

 

「私もハッキリとは分かりませんが、おそらく誠さんを保護するように指示があるでしょう。その後はポケモンリーグの何処かの施設に保護され続けるか監視兼護衛が付いて旅を続ける事ができるかといったところですか」

 

「やっぱりそうなりますか」

 

(ポケモンリーグ邪魔だな。本部の場所調べて本気のポケモン災害起こしてみるか? 潰せなくても混乱はするだろうし最終手段として候補に入れておこう)

 

「おそらくは。なのでそうなる前に弟子になって貰いたいのです。ジムリーダーの弟子なら既にポケモンリーグ関係者も同じですから無駄に監視をつけたりはしないでしょう。もしかしたらポケモンリーグから何か指示される事はあるかもしれませんが私ならそれも殆ど握り潰せます」

 

「……そこまでやってマチスさんに何の利益が?」

 

「一言でいえば責任です。ポケモンリーグが誠さんの才能に目をつければ間違いなく誠さんの人生を歪めるでしょう。ポケモンリーグ関係者として、そして同じポケモンを扱う者として誠さんにはできる限り良い環境を整えたいのです。弟子になれば私が監視兼護衛になるでしょう。それなら誠さんの行動も殆ど制限しなくて済みます」

 

(ああ。やっとさっきの違和感の正体が分かった。話がうますぎるんだ。マチスだけがデメリットを引き受けて俺にデメリットがない。さっきまで無かった胡散臭さをまたマチスから感じる)

 

「マチスさん。俺は嘘が嫌いだって言いましたよね」

 

「っ! Sorry。嘘という訳ではないですが説明不足でした。誠さんが弟子になるなら最低限はジムにいてもらいます。当然バトルも教えますがその時に出来ればポケモンを育てるコツをちょっとだけでも教えてもらいたいです。give-and-takeですね」

 

(これが本音だな。変に取り繕わずに最初っから本音で話せよ。元々の原因はおまえらポケモンリーグだろうが。恩着せがましい。やっぱり何だかんだ言っても結局は恩恵を受けたいだけじゃねぇか。あーすっきりした。もう違和感はない。やっぱり人間はこうじゃないと)

 

「あー、マチスさん。一つ提案があります。これはジムリーダーのマチスさんじゃなく一人のポケモントレーナーのマチスへの提案です」

 

「なんですか?」

 

「私にも旅の目的があります。ポケモンリーグと敵対するような内容じゃありませんが、邪魔されるなら敵対しても仕方ないと思うくらいの目的です」

 

「……誠さん、あまり早まった考えは……」

 

「マチスさんとしては私が人に襲われるか騙されるかしてポケモンを奪われることを懸念してるみたいですね。簡単に騙される人間かどうかはここまで話して分かったと思います。個人的に強くなりたいっていう欲は今は置いといてください。そうなるとあとは実力の問題ですね。そこで提案です。マチスさん1対1の真剣勝負でケリをつけましょう」

 

「1on1ですか……」

 

「そうです。マチスさんのポケモンを使って本気で来てもらって構いません。本気のマチスさんに勝てる実力があれば安心もできるでしょう。私が負ければ素直にマチスさんの弟子になります。ですが私が勝ったら何も言わずバッジを渡して私のことをポケモンリーグに報告せずマチスさんの胸の内に秘めてください」

 

「バッジはともかく報告は流石に……」

 

「もし条件を呑めないなら私はジム挑戦は諦めて目的の為に今すぐどんな手を使ってでも町を出ます。そして今後ポケモンリーグ関係者が接触してきても首を縦に振ることはありません。法に触れる事を覚悟してポケモン災害を起こしてでも逃げ延びてみせます」

 

「誠さん。ポケモンリーグのやり方が強引なのは認めますが流石にそういうことを言うのは……」

 

「いいえ。私は目的を達成するためには命を懸ける覚悟をしています。もしそれを邪魔するのなら命がけで障害を排除する覚悟も決めてます。もし今ここでマチスさんが障害になるのならこのお世話になったクチバシティを壊してでも逃げ延びます」

 

「……それは流石に聞き捨てならないですよ」

 

「なら邪魔をしなければいいんです。目的を果たした後のことを決めているわけじゃありませんからその時になればマチスさんの弟子になることも考えます。とにかく目的を果たすまでは私はポケモンリーグに拘束されるつもりはありません」

 

「…………分かりました。勝負を受けましょう」

 

「では先程の条件を呑むということでいいですね」

 

「……構いません」

 

「ルールは1対1でアイテム禁止。持ち物も禁止で戦闘不能になった時点で負け。これでいいですか」

 

「問題ありません」

 

「じゃあ気が変わる前に勝負をしましょう」

 

 

 

 マチスの案内で応接室から出ればジムトレーナー戦で使ったものより一回り大きいフィールドが用意されている。それぞれの所定位置に着く。バトルするまでが長かったがポケモンリーグの反応を関係者から聞けたのは大きい。良い感じにイラつくこともできていて調子も悪くない。それにマチスが選出してくるのはおそらく電気ポケモンだ。選出されそうなのはライチュウ、ジバコイル、エレキブル、マルマイン辺りだろうか。だがこちらには天敵といえるドサイドンがいる。マチスには俺がドサイドンを持っているのは知られていないだろうし、仮に土対策として電気以外のポケモンを選出されたとしてもそれは電気ポケモンが本業のマチス本来のポケモンではないのだからレベルも劣るだろう。特性はハードロックだと思うがそれでも水や草のポケモンが来ると苦しい。一応れいとうビームやでんげきはが使えるのは確認しているのでもしもの場合はこの技にレベルの暴力を乗せるしかない。あと懸念としてはじしんが使えないことか。そうなると地面タイプの技で俺が覚えているのがあなをほるしかない。マッドショットを使えないか試したが反応しなかったので多分覚えないんだと思う。多分岩技でごり押しする展開になる。

 

「誠さん準備はいいですか」

 

「問題ありません。始めましょう」

 

 ビ──ー

 

 開始のブザーがなる。いざとなれば全ての判断をドザエモンに任せてでも勝つ。

 

「GO! ビリリダマ!」

 

「行けドザエモン! お前は自由だ!」(ビリリダマ?)

 

 マチスの選出はビリリダマ。進化前のポケモンだが、この場面で出してきた以上油断はできない。とにかく相手が反応できないうちに潰してしまえば関係ない。

 

「ドザエモン! ストーンエッジ!」

 

 ドザエモンが足を踏みしめると地面が隆起し、その隆起はビリリダマへと向かう。開幕がんせきほうは避けられたときに対応ができなくなる。あなをほるは対面からの不意打ちには向かない。ロックブラストは威力が低い。アームハンマーは近づくのが怖い。ならば遠距離技でタイプ一致のストーンエッジだ。だが躱された時のことも考える。

 

「ドザエモン! 相手が避けているうちにロックカット!」

 

 ロックカットで素早さを上げる。自分の腕で体を抱きしめるようにくねくねして体を磨くドザエモンの姿は傍から見ると結構シュールだが勝つためだ。相手はビリリダマ、ドザエモンが電気技無効の時点でソニックブームか体当たり系の攻撃くらいしか相手の選択肢はないはず。相手に攻撃が当てられるだけのスピードがあれば勝ちは揺るがない。その間にもストーンエッジの地面の隆起はビリリダマに迫っていく。直撃しそうに見えるがどうにかして躱すのだろう。

 

「Comeback! ビリリダマ!」

 

 地面の隆起がビリリダマに到達する前にマチスがビリリダマをボールに戻す。

 

(何で戻した? 公式ルールだとそういう回避手段があるのか? 勉強不足だったか。でも今がチャンスだ)

 

「ドザエモン! 今のうちにかげぶんしん!」

 

(こういう攻撃不可の緊急回避には大抵制限がある。秒数か回数か。今回は1体1のルール。おそらくは時間だ。出てくるまで何秒かは分からないが出てくるまで積み技を使わせてもらう。出てきたらその瞬間アームハンマーをぶち込む。今の速度なら回避は難しいだろう。一撃当ててしまえば動きも鈍る。そうなれば後は戦闘不能になるまで技をぶち込むだけだ)

 

「誠さーん! もう終わりでーす。ポケモンを戻してくださーい」

 

 マチスの声が聞こえる。もう終わり? 毒でもくらって緊急回避の時間で勝負がつくのかと思い、ドザエモンを見るがドザエモンは未だにかげぶんしんを積んでいる。状態異常には見えない。ならこちらが知らないルールを逆手にとって失格にするための作戦か? そういう番外戦術もありなのか? 

 

「誠さーん。降参で私の負けでーす。約束通りバッジを渡すので応接室に戻ってくださーい」

 

 そう言うなりマチスはフィールドを離れ、歩いて応接室に戻っていく。たしか所定位置から離れると失格と聞いていたがジムリーダー戦が同じとは限らない。一応あと10秒待ってみたがマチスは戻ってこない。狙いが分からない。

 

 しかしこのままだと話が進まない。一応マチスが降参を宣言したのは聞いている。いちゃもんをつけてくるようならそれを盾に何とかするしかない。場合によってはここで地割れを撃つことも覚悟しておく。

 

 ドザエモンを出したまま応接室に戻ればマチスはバッジを片手に俺を待っていた。何かあった時のために身構える。相手は軍人。揉み合いになれば押さえつけられるだろう。幸いこちらのドザエモンはレベル100しかも今は早さ重視の積み技もしている。何かあっても対応できるだろう。

 

「Oh……誠さん勝負はもう終わりました。ポケモンを戻してください」

 

「本当に終わったんですね? 私の勝ちで間違いないですか?」

 

「はい間違いありません。お約束のバッジもお渡しします」

 

 そう言って手渡されたバッジを受け取る。本物か偽物か見分ける手段もないが流石にこの状況で偽物を渡してくることはないと思いたい。

 

「何故降参を?」

 

「あの技をくらっていればおそらくビリリダマは死んでいました。なのでビリリダマでは勝てないと思って降参したのです」

 

「あのビリリダマは本気のポケモンだったんですか?」

 

「本気も本気でしたよ」

 

「3回目ですよ。俺は嘘が嫌いです」

 

「Ah,Sorry。確かに全力のポケモンではありませんでした」

 

「何故ビリリダマを出したんですか? 手を抜いたんですか?」

 

「それはNoです。あーなんと言えばいいか……とにかく私は誠さんを勝たせたくなりました」

 

「私は負けたら本当に弟子になる覚悟をしてたんですよ?」

 

「それは申し訳ありません。ですが私のどのポケモンを出しても今の誠さんには勝てなかったと思います」

 

「答えになってませんよ」

 

「私も言葉にできませんが、とにかくそれが答えです」

 

「そうですか。じゃあ約束は守ってくださいね」

 

「Of course、約束は守ります。これはポケモントレーナーマチスとして誓います」

 

「分かりました。じゃあ私はこのまま旅に出ます」

 

「はい。クチバジム制覇おめでとうございます」

 

「ありがとうございます。それじゃあ」

 

 ドザエモンをボールに戻して、そのボールを手に持ったまま退出しようとするとまだマチスが声を掛けてきた。

 

「誠さん」

 

「まだ何か?」

 

「ポケモンリーグと私の対応について不手際を謝罪します。ですが覚えておいてください。私達は決して貴方の敵になりたい訳じゃありません。何か困ったことがあれば何時でも相談してください。少なくとも私は貴方の味方です」

 

「そうですか」

 

「あとこれは忠告です。誠さんの目的は分かりませんが、今の誠さんと同じ目は何度も見てきました。恐怖と後悔を何か大切なもので押さえ込んだ初めて戦場に立つ新兵の目です。戦場では心を無くして殺すことに慣れた者から死んでいきました。誠さんはそうならないでください」

 

「……ご忠告感謝します……目的を果たしたら弟子になるか返事に来ますので。いつかまた会いましょう」

 

「はい。お待ちしております」

 

 ドアに手をかけて部屋を退出する。退出の間際「Good Luck!」と流暢な英語が聞こえたがそのまま戸を閉める。

 

 長いようで短かったジム挑戦も終わりだ。終えてみればジム挑戦は大成功だ。ジムは制覇してバッジも手に入れた。俺の存在もポケモンリーグに伝わらない。仮に伝わったとしても見せたポケモンは2匹だけ。ようやく準備が整った。まずは目的の一つを果たしに行こう。

 

 




本当はマチスとガチバトルさせたかったんですよ。でも書いてたらドカーンバリバリバリみたいな子供の落書きのような何かの応酬が始まりました。そんでこうなりました。

マチスさん途中悪役みたいにしてごめんなさい。貴方も間違いなくこの世界の善人です。


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計画する人

 クチバシティを出て、ディグダの穴に入ってから早数時間。俺は今、ディグダの穴の出入口近くの岩に身を潜めて出入口を見張っている。理由は簡単。追手の有無の確認といた場合に始末するためだ。クチバジムで俺の存在が噂になっていることは分かった。そしてこの世界での強いポケモンの価値もだ。当たり前の話だ。この世界はポケモンが人の生活に多大に関わっている。それこそポケモンに依存していると言っても過言ではない。強いポケモンを持っているだけで就ける仕事も役職も大幅に増える。人一人を襲うだけで強いポケモンが手に入るなら警察に捕まるリスクを天秤にかけても実行する奴はいるだろう。悪の組織や既に同様の犯罪をしたことのある者なら尚更だ。マチスの態度を見る限りクチバジムから情報が漏れることはないとは思うが11番道路で顔を合わせた人間から間違いなく情報が拡散するだろう。

 

 一応追いかけてくる人間を撒くのはそう難しい話じゃない。何せ俺の情報は殆どが噂に過ぎない。そらをとぶで数箇所経由するだけで足取りを追うことはほぼ不可能だ。だがこの世界の技術やポケモンを利用した追跡となると俺にはノウハウがないのだから油断はできない。それに追う事が難しくなることと追う事を諦めることは別だ。諦める奴もいるだろうが強いポケモンを本気で求めている奴はそこで諦めないだろう。中には本気で強くなりたいとか何かを守るためとか尤もらしい理由があるやつもいるかもしれない。正義と欲は簡単に人を変える。正義の名分があれば簡単に悪事に手を染められる。欲に目が眩んだ奴はそもそも悪事を恐れない。そういう奴が一番怖い。手段を選ばないし手心を加えることもない。噂が湧く度に出張って来るだろう。話し合いになったとしてもこちらが断れば自分の理不尽さを棚に上げてこちらを悪人扱い。そんな奴らに追いかけ回されるのは御免だ。それならさっさと精算した方がいい。

 

 ここなら出入口は一つだけ。そこを見張れば後に着いてくる奴は分かる。そしてそいつは不幸にも落盤事故に巻き込まれるだけだ。あんまり人数が多いようなら偶然地震が起きてディグダの穴の入口が塞がれるかもしれないがそこまでのことが起きればきちんとした調査機関が出てくるかもしれないから出来ればやりたくない。幸いにも俺の後に入ってきたのは5人。そのうちあからさまに人を探している素振りをしている者は2人だけ。そいつらはカブトプスとユレイドルに後を追わせて既に2匹とも戻ってきている。怪しい動きをしたらいわなだれを喰らわせろとしか指示してないので事故に巻き込まれたか穴を抜けたかは分からないが2匹が帰ってきているので問題が解決したことだけは間違いない。

 

 あと少しここで待機したら、そらをとぶで三箇所ほど経由してあの横穴でしばらく休むつもりだ。そして明日、あの村を滅ぼして奪われたポケモンを取り戻す。これを人に見られたら間違いなくそれを脅しにポケモンを要求されるだろう。目撃者が居れば纏めて始末するつもりだがそもそも見られていることに気付けるか分からないので安全策を取らなければならない。

 

 あの村で殺されかけてから今日まで凡そ1週間。たったの1週間だが何ヶ月も待たされた気分だ。あの村を滅ぼす手段は時間があれば勝手に頭に浮かんできたが使えそうな案はあまりない。村を滅ぼすだけなら簡単だ。なみのりで村を蹂躙するか、じしんで建物を倒壊させればいい。生活基盤をなくして村人の半数でも失えば例えその場で死ななくともいずれ餓えるか森に入って野生ポケモンに殺されるだろう。だがこれではダメだ。まずあの村人共が生き残る可能性がある。十中八九死ぬだろうがもし生き残った場合、クチバシティからポケモン災害の調査か何かであの村に人が行く可能性がある。そうなれば生き残りは保護され何かの拍子に俺の情報が出る恐れもある。俺が求めているのは村の壊滅ではなく全滅だ。あいつらは心情的にも今後の為にも誰にも知られず全て殺す必要がある。それに纏めて始末しようとした場合、奪われたポケモンを取り戻すことが困難だ。建物の倒壊ならまだしも波に攫われたり地割れに巻き込まれでもしたらまず見つけることが出来ない。

 

 あの村を滅ぼすために守らなければならない条件は三つ。村人を一人も逃がさず殺すこと、周りの町にバレないように大規模な技を使わないこと、ポケモンの情報を吐かせて回収すること。あの村は森に囲まれているが空を飛べば村を確認するのは難しいことじゃない。なので離れた場所から見て異常に見えないように静かに村人を始末して回らなければならない。逃走者が出るだろうがそれはポケモンの数でカバーする。行動に時間がかかれば外部にバレる可能性も上がるが立地を考えれば外部からの助けはあまり考える必要も無いだろう。もし正義漢みたいな奴が近くにいて乱入してきても纏めて殺してしまえばいい。理想は誰にも気付かれずにあの村を滅ぼすことだが、無理なら最後に証拠隠滅としてなみのりで全て押し流すかじわれで全て土の中に落とせばいいだろう。

 

 色々考えている間に日も暮れてきた。あの村の事を考えるとどうも時間の流れが早い。ディグダの穴の入り口に射す光が弱くなってきている。日が暮れれば出入りする人影も見えなくなってくるのでここらが潮時だ。ディグダの穴から出てポケモンをボールから出す。現れたのはムクホーク。そらをとぶ要因の一人だ。本来ならつくねのそらをとぶで移動するところだが、今は追手の炙り出し中。移動速度の速すぎるつくねのそらをとぶを使うのは炙り出しが終わってからだ。ムクホークに跨って周囲を警戒しながら空を飛んで移動する。周囲は目視の範囲だとそらをとぶを使っているポケモンはいない。手近な山に下りて木に登り、自分が飛んできた方向を確認する。しばらく待ってみたが空を飛んでくるポケモンはおらず、地面を走ってくるポケモンもいない。ひとまずは追手はいないと判断していいだろう。ムクホークをボールに戻して、つくねをボールから出す。つくねに跨って別の山にそらをとぶで移動する。しばらく待機したが追手はなし。もう一度移動して待機したがやはり追手はなし。ここまですれば問題はないだろう。もう一度つくねに跨ってそらをとぶの指示を出す。移動する先はかつて閉じ込められた横穴。そしておそらくミルタンクが最後を迎えた地でもある。そんな横穴に辿り着いて一つ気になったことがある。それはつくねが正確にこの場所に移動してきたことだ。確かに行先は指示した。しかしつくねは俺とミルタンクがこの横穴で過ごした時にはボックスにいてこの横穴の存在自体を知らないはずだ。仮に町なんかなら誰が見ても一目で分かるから納得もできなくはないが、ここはがけ崩れに巻き込まれて既に横穴ですらなく、つくねがここに横穴があったと判断できる要素がない。既に俺の記憶の中にしか存在しない横穴があった場所につくねが移動できた理由が分からない。が今考えることではないと頭から考えを追い払う。今はあの村のことに集中する必要がある。大まかな計画は決まっているが詳細を詰めている訳ではない。油断して失敗しましたで許されないこともある。今がその時だ。計画を練って粛々と行動する。今必要なのはこれだけだ。戦力は十分にある。計画に穴がなければ何の問題もなく進めることが出来る筈だ。自分の戦力の把握は概ね終わっている。あと必要なのはあの村の戦力に変わりがないか調べる事だ。それなら今出来ることは殆どない。今日はもう休んで明日に備える。決行は明日の夜だ。昼だと村を出て森に入っている者がいるかもしれないし、バレないように殺して回るなら寝静まった夜の方がいい。

 

 ユカイをボールから出してテントへの侵入しようとする者がいた場合、催眠術で眠らせて俺を起こすよう指示を出してからテントに入って横になるも興奮からかなかなか寝付けない。みたらしをボールから出す。少し小さいのと時たまピーピー鳴くのが難点だが抱き枕には及第点だった。そのまま寝ようとするとテントの中が少し明るくなったのに気づく。テントの入り口を見ればユカイがこっちを見ている。ヤミラミの目は暗闇の中で光ると多分ゲーム時代に見たことがあったが、闇夜に浮かぶ光る二つの宝石は思った以上に怖い。そういえば初めてみたらしを抱っこした時にも同じようなことがあった。侵入者がいるまでは近くにいていいと言えば音も無く忍び寄ってきて抱き付かれた。横を向いて寝ていたので正面にみたらし。背面にユカイがくっついている。侵入者が来たら頼むぞと言って瞼を閉じる。明日もまた忙しくなる早く体を休めないといけない。

 

 

 

 

 

 ────────────────────-

 

 

 

 

 

「ピー! ピピッピー!」ドスッ

 

「うっ!」

 

 誠の一日はみたらしの体当たりで始まる。

 

(痛ってぇ……こいつ)

 

 誠はみたらしの尻尾を左手で掴んで宙づりにするがみたらしは嬉しそうにくねくねしている。

 

(こいつ一回教育した方がいいか。いやこいつだけじゃないな。他の奴にもしっかりと攻撃するなって教えとかないといつか事故が起きるかもしれん。まあ明日以降に考えよう)

 

 みたらしを離してから体を動かす。テントで寝たのは初めてだったが思ったより寝心地は悪くなかった。ほぼ土の上みたいな寝心地の割には体もガチガチに固まってない。ただ寒い。寝袋だと何かあった時に対応出来ないから次の町に行ったら毛布の一枚でも買っておこう。

 

「ゲゲ、ゲゲゲゲ」

 

 テントの中にいるもう一匹のポケモンに目をやる。いびき? をあげながら口を半開きにしてヨダレの池を作っているユカイだ。瞼がないから宝石の目が全開になっていて一瞬見ただけなら倒れて痙攣しているようにも見える。でも多分これは寝てるだけだ。

 

(こいつは……これで侵入者が来た時に対応できるのか? 無理だろ。ヨダレ垂らして寝てるだろこいつ。毒とか麻痺喰らってないよな? 死にかけに見えないことも無いぞ)

 

 パンッ! 

 

「ヴィ!? ヴィヴィィ!」

 

 手を叩いて音を出せばユカイは飛び起きて周囲を見回し始める。

 

(やっぱり寝てただけか。これは夜の作戦の時は指示が届く数匹以外は自我がない方がいいかもしれん。想定外の動きを取られたり寝落ちされるとまずい。それにユカイが俺の命令を無視して寝てたってことは人を殺せという指示を無視する可能性がある)

 

「ヴィ!」

 

「なんかやり遂げましたみたいな顔してるけどお前寝てたの見てるからな」

 

「ヴィィ!?」

 

 周囲を見渡してからこちらを見てきたユカイにありのままを見ていたことを伝えてやると驚いている。

 

(何で驚いてるんだこいつ。誰がお前を起こしたと思ってるんだ。怒った方がいい気もするが夜のことを考えると士気の低下が怖い。ユカイは夜に目が光るので少し目立つがそれでも夜目は利くし、使い勝手も悪くない。今夜も直接指示を出す為に自我を戻す予定のポケモンだ。何となくユカイは気分屋みたいなところがあるから怒られるとひきずりそうな雰囲気がある)

 

 怒るか怒らないか考えているとみたらしが寄ってきて、ユカイに何かピーピー言って揉み合いを始めた。

 

(あっ喧嘩し始めた。仲良いなこいつら。でもユカイは手加減しろよ。見てる分には微笑ましいけどお前らのレベル差で本気出したらみたらしなんかほんとにみたらし団子くらいの強度だからな)

 

 ユカイとみたらしが落ち着くのを待ってボールに戻す。なんだかんだで昨日から気を張りっぱなしだったのでこういうのも悪くない。いつまでも気を張り続けられるわけではないのでたまにはリラックスしておかなければ。今日は大切な日なのだからここ一番で集中力が途切れるなんて洒落にもならない。ともかく今日やるべきことをやらなければならない。まず日中の間に空を飛べるポケモンに乗って森を抜けてカクレオンを村に侵入させる。そしてポケモン達の居場所を確認して可能ならそのままポケモンとボールを回収させる。先にポケモンを取り返すことができればいざというときに大規模な技を使って村を一掃する手段も取れる。俺がカクレオンと一緒に姿を消して一緒に侵入することができれば一番良かったが残念ながらカクレオンは自分の姿しか隠すことができなかったのでカクレオンに任せるしかない。

 

 行動を開始する。つくねに乗って村の近くの森の中に移動してカクレオンを放つ。カクレオンに自我を取り戻させるか迷ったが今回は見送った。姿を消しても鳴き声でばれることがあるかもしれない。その点自我がない状態のポケモンは鳴き声を上げないので都合がいい。カクレオンを信用していないわけではないが目的も行動もはっきり決まっている以上は個々の判断で動く自我のある状態よりも命令に忠実に従う自我がない状態の方がいい。カクレオンに指示した内容は【姿を消して村に侵入し人が身に着けていない全てのモンスターボールを口に入れて回収すること】【ポケモンを発見した際に周囲に人がいなければ俺のところに連れてくること】【村を出て俺に会うまで決して姿を消すのをやめないこと】の3つ。周囲に人がいなければという条件付きの命令に関しては支障があるかもしれないが失敗したら失敗したでカバーはできる。

 

 カクレオンを見送ってムクホークをボールから出す。これで護衛は自我のないつくねとムクホークだ。戦力的にはつくね一匹で問題はないが、今の俺は村の様子を監視するために村の近くに陣取っている。ここで野生のポケモンに襲われれば戦闘音が村にまで聞こえてしまうだろう。そのためにいかくの特性を持っているムクホークだ。ゲームでのいかくは相手の攻撃力を下げるだけの特性だったがこの世界では野生のポケモンとの戦闘を避けるのにも役立つ。強いポケモンのいかくは弱肉強食の世界を生きる野生のポケモンを近寄らせない。縄張りのボスみたいなポケモンやムクホークより強いポケモンがいれば突っかかってくるかもしれないが、そのためにつくねも配置している。これだけで野生のポケモンはほとんど寄ってこない。それでも野生のポケモンが来た場合は仕方ない。速やかに排除する。既にムクホークには【森の方向に向けて全力で威圧する】つくねには【近寄ってきた野生ポケモンを全力で手早く静かに殺す】を指示した。

 

 あとはカクレオンが戻ってくるまで村の様子を眺めるしかないのだが、これが実に代わり映えがない。まず村の人間がほとんど家から出てこない。たまに農具を持った成人男性が家を出入りするだけで女子供は家に籠りっきり。町と交流がなく食料を自給自足で賄うしかない村は普通春先ともなれば野菜を植えたり、実り始めた果実を回収したりとやることはいくらでもありそうなものだが何か食糧事情を解決する手段でもあるのだろうか。もしそんなものがあって且つ持ち運べるようなものなら大量のポケモン達の食糧事情が解決するかもしれないので回収して利用したい。もしかすると元の世界にあったような野菜がこっちの世界にないからこの時期にはまだ何もすることがないだけかもしれないがそれならどうでもいい話だ。この村は今日消えてなくなるのだから食糧事情に悩む必要もなくなる。

 

(それにしても家から出てくる連中はどいつもこいつものほほんとした面をしてやがる。襲われるなんて絶対に考えてない顔だ。村から出なければ安心とでも思っているんだろうが虫唾が走る。人から奪っておいて自分は何も奪われないなんて事がまかり通るほど世の中甘くない。好きなだけ油断してればいい。社会ってのは油断した奴から足元を掬われていくんだ。精々自分の行いを後悔しながら人の恨みの怖さを知って死ね)

 

 考えが逸れた。あいつらを殺すのは決定事項だ。その感情は夜にぶつければいい。今はどんなことも見逃さずに情報を収集しなければならない。ひとまず村の状況は一週間前とほとんど変わりないだろう。家の数は増えていないし、出入りする人間の持ち物も農具くらい。見える限りだとポケモンもいない。仮に家の中にポケモンがいたとしても一週間前までいなかったポケモンなんてどれだけ育てようと俺のポケモンに勝てる筈がない。怖いのは奪われた俺のポケモンが村の人間の言うことを聞く場合だがそれでもレベル50から60程度のノーマルタイプポケモンが5匹。レギュラー5匹を当てれば殺さずに無力化することはできるだろうし、こちらにはゴーストタイプのユカイもいるから致命的な問題にはならない。最悪の想定は村に外部のトレーナーが滞在している状況。トレーナーの実力次第でポケモンが足止めされている間に村の奴らが逃げる恐れがあるし、何よりの脅威はモンスターボールを所持していること。逃がした状態のレギュラー陣を一匹でも捕獲されるようなことになれば形成が一気に傾く。それだけは何があっても避けなければならない。もし外部のトレーナーが滞在しているなら延期もありうる。予定が綱渡りにならないように外部の人間の有無だけははっきりさせておかなければならない。なのだが本当に人の出入りが少ない。これだけ家に籠られると情報の集めようが無いのでもう少し何らかの行動を起こして欲しい。

 

 ふと思いついたがいっその事考え方を変えてみるのもいいかもしれない。攻め込むために情報が必須だと思っていたが、情報を得るために軽く攻め込んでみるのも悪くない。村の様子がこれだと安心出来る程度の情報を集めるのも時間がかかりそうだ。食糧の備蓄は余裕があるがあまり一箇所に留まると面倒事が起きる可能性がある。それなら軽く襲撃をかけて相手の戦力を確認するのもいいだろう。トレーナーがいれば迎撃に参加するだろうから手持ちのポケモンを確認できる可能性もある。デメリットとしては村人が村を安全ではないと判断して村を捨てる可能性がある事だが森に入る危険が増すように日暮れ寸前を狙って村への被害を殆ど出さないようにすれば、少なくとも今日中に村を出ることはないだろう。いや悪くないどころか結構良い案だ。これでいこう。そうと決まればポケモンの選定だ。今回必要なのはトレーナーが出てきても逃げ切れる素早さがあって且つ森に生息してそうなポケモン。この森ではスピアーしか見た事がないが虫ポケモンを選んでおけば問題ないだろう。手持ちの中で素早そうな虫ポケモンはテッカニン、メガヤンマ、ストライクがいる。多分レベルはメガヤンマやストライクの方が高いと思うがどちらも見た目が攻撃的で怖いので今回は見た目に弱そうなテッカニンの方がいいだろう。まあそれもカクレオンが戻ってからのことだ。もしかするとここから襲撃をかける必要がない程情報が集まるかもしれないし、とりあえずはじっくり村の様子を観察しよう。焦ってもいいことはない。

 

 それからも村の動きを観察していたが進展はないまま、カクレオンが戻ってきた。進展のないままこの村を眺めているのは辛かったが、イライラして考えは捗ったので良しとしよう。戦果の確認をすればカクレオンは口から四つのモンスターボールを吐き出した。四つ。つまり最後の一個のボールは誰かが身に付けていたかカクレオンの見つけられない場所に隠しているのだろう。理想は五匹すべて取り返すことだったがそれは流石に高望みだ。カクレオンは良くやってくれた。ともかく一度ここを離れてポケモンの様子を確認しよう。四匹を確認すれば相手の手元に残っている最後の一匹も分かる。一匹だけ隠すか身に付けるかしているポケモンだ。そのポケモンは村人の言うことを聞いて敵になると思って行動した方がいいだろう。

 

 つくねに乗って横穴のあった場所まで移動する。つくねに空を走らせれば数分だ。ここでポケモンの確認をしようとしたのだが問題が発生した。ポケモンが出てこない。最初はボールの故障かと思ったがボール自体は作動している。ボールを投げれば開きはするのだがその中にポケモンがいないのだ。これはまずいかもしれない。これが俺から奪ったポケモンのボールなら良い。中のポケモンをボールの外に出しているのだろう。そうなるとあの村人の言うことを聞いていることになってしまうがそれなら想定の範囲内だ。だがこれが俺から奪ったものではない空のボールだった場合、誰かがあの村を訪れていることが確定する。今も滞在しているかは分からないが、既に村を離れていたとしてもボールを置いていっていることが問題だ。これで俺はポケモンに自我を戻すことはできなくなった。それにあの村の奴らが独自に野生のポケモンを捕まえて戦力を所持している可能性も出てきた。ボールを持っていないと思ってポケモンの姿を探していたがボールがあるなら姿が見えなくても不思議はない。そうなるとあの村を襲う危険度は跳ね上がる。当初は村をポケモンで囲んで逃げ場を無くしてから一軒ずつ回って殺していこうと思っていたがポケモンがいるなら話は別だ。予定を変更して全ての家の窓や出入口をポケモンで固めてレギュラーニ匹を突入させて家人を広場に引っ張り出し、残りのレギュラー三匹で順番に処刑していく。これなら相手のポケモンが抵抗しても問題ないだろう。とにかくこの情報が知れてよかった。知らずに家に飛び込んで返り討ちなんて冗談じゃない。

 

 まだ日暮れには早いが一度村を襲っておこう。トレーナーの有無も重要だが村人が持っているポケモンについても確認しなければならない。最初はテッカニン一匹に任せようと思っていたが状況が変わった。テッカニン、メガヤンマ、ストライクの三匹を村に向かわせる。三匹いれば何かあっても逃げ出すことはできるだろう。できれば交戦させて相手の実力も見たいところだが数十人の村人全員がポケモンを持っていれば数に囲まれて逃げる事も難しくなるかもしれない。さすがに戦力を測るためにポケモンを犠牲にするつもりはない。ある程度の数さえ分かればそれを上回る数のポケモンで圧し潰せばいい。それに杞憂の可能性もある。あくまで最悪の想定、これが俺のボールなら問題はない。三匹の襲撃にどう反応するかで答えは分かる。迎撃に出るのが俺のポケモンだけだった場合は先程の考えは杞憂で終わる。

 

 つくねに乗ってまた村の近くに移動する。つくねとムクホークに護衛を任せて、テッカニン、メガヤンマ、ストライクを出す。三匹を自由にして【村に入り大声で鳴き声を上げる】【村人が来たら威嚇しながら村の上空を旋回する】【5分程度旋回するか攻撃されたら撤退する】この三点を指示して村に向かわせる。今回は村に近すぎない距離で様子を見る。撤退したポケモンは俺の元に戻ってくるのだからあまり近すぎると俺の存在がばれてしまう。一応撤退が難しい場合に乱入できるようにつくねに突入準備はさせているがどうなるか。

 

 三匹の鳴き声が聞こえる。村の連中がわらわら出てくるのが見える。何か喚いているが遠くて何を言っているかは聞こえない。どうなる? ポケモンを出すか? トレーナーは出てくるか? そう思いながら様子を見ていたが、村人は農具を手にもって喚いているだけでポケモンを出す気配はない。

 

(なんでポケモンを出さない? 農具なんか出す暇があればポケモンを出すはずだ。それをしないってことはポケモンは持っていないと判断していいのか? 俺のポケモンはどうした。あいつらも出せない状況ってことか? それとも積極的に攻撃をしないだけで言うことを聞くわけではないのか? よく考えてみればあいつらは俺から自由という言葉を聞いていない。なら自我のない状態のままの可能性も十分ある)

 

そんなことを考えているうちに三匹は撤退してきた。もう一度襲撃させるか? 今度は家の一つでも攻撃すれば本気の抵抗が見えるかもしれない。しかし一度撤退したポケモンが再度襲撃するのも不自然かもしれないし、何よりあまり恐怖を与えすぎると村を捨てる判断をさせてしまうかもしれない。ここは我慢しよう。少なくともポケモンに抵抗するためにすぐにポケモンを出してくるわけじゃないことは分かった。数が少なくて貴重とかの理由かもしれないが数が少ないなら問題ない。懸念事項として頭の片隅に入れておけば対応はできる。

 

 今度は横穴には戻らずここで村を見張る。夜になるまで誰も村から出ないなら襲撃を開始する。それまでに村を出て森に入るやつがいればその都度殺していく。さっきまでと違って村の連中に動きがあって見ていて飽きない。狼狽えろ狼狽えろ。もっと慌てろ。混乱する姿を見るのは気分が良い。もうすぐ日も暮れる。今日の夜がお前達の最後だ。襲撃の時は近づいているが想像以上に気分は落ち着いている。大丈夫だ。何も問題はない。目的達成までの道筋は分かっているのだからあとは粛々とすべきことをしていくだけで結果は着いてくる。今回は十分に情報も集めた。イレギュラーに対応できるだけの戦力だってある。予定通りに行動すれば予定通りに事が進む。ずっとそうやって生きてきた。これが俺の生き方だ。それを曲げなければ失敗はない。

 

 

 

 

 

 




いい加減村を攻撃しろよと思っている読者様には散々お預けくらわせて申し訳ない。
次回ようやく誠君が村を襲撃します。まさか準備だけでここまで文字数を使うとは。


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対峙する人

続きが書きあがりましたのでどうぞご覧ください。
そんな大したレベルじゃありませんがちょっと残酷描写があります。


 暗い森の中でただ時が経つのをじっと待つ。既に日は暮れた。あとは村が寝静まるのを待つだけだ。つい口元がにやけてしまいそうになるがまだ早い。まだ何も成し遂げてはいない。

 

(喜ぶのは後でいい。心配もいらない。余計な思考と感情はもう邪魔になる段階だ。考えるのはイレギュラーが起きた時だけ。作戦に落ちはない。今までと同じ様に予定通りに行動すれば望んだ通りの結果が出る)

 

 誠は自分に言い聞かせる。自分の考えに間違いはない、あの村に抗う手段はない、俺の方が一枚上手だった。そう自己暗示を重ねていく。自信を持てる自分を作り上げる。どんなことでも飄々と淡々と片付けていく自分を思い浮かべる。かつてのなんでも要領良く平均的にこなしていた自分では足りない。今回は優良ではなく完璧でなければならない。何も知らず力の無かったあの日の誠を隅に追いやり、作り上げた誠を誠にしていく。作戦を思い返す。懸念はあるが落ち度はない。

 

 既に月は頭上に登っている。準備を始める。少し村から離れた位置に移動して150匹のポケモンを順に出して指示を出していく。今出したポケモンは保険として村を包囲する為のポケモン。細かい選別はせず手についたボールから順に出していった。出していく途中でイワークのような大き過ぎるポケモンが出た時にはボールに戻す。自我は戻さずに【5匹一組で行動する】【村の周囲の森に潜んで村から出ようとした人を全て殺す】【殺害の邪魔をする者も殺す】の三点を指示して音を殺して移動を開始させる。

 

 次に100匹のポケモンを出す。こちらは各家を囲むためのポケモン。あの村の家の数は10棟。家一つに10匹のポケモンを付ける。体が大きくて潜伏に向かないポケモンはこちらに配置する。こいつらへの指示は【10匹一組で一つの家を取り囲む】【俺の指示以外で家から出た人を威嚇して家に戻す】【威嚇を無視して逃げようとした場合は殺す】の三点。残りの50匹程のポケモンはいざという時のためにボールに入れたままにしておく。伝説のポケモンについては意思確認すらできていないので今回使うつもりはない。

 

 村の周りに潜伏するポケモンもそろそろ配置についた頃だろう。つくねに跨り、家を囲むためのポケモン達と一緒に村に向かう。極力音を立てないように指示はしたがやはり数が多いと足音が響いてしまう。気づかれる前に行動する方がよさそうだ。【音を殺して移動する】の指示を取り消して【最大速度で所定位置に着く】の指示を新たに出す。空を飛んでいるポケモンは翼を羽ばたかせ、地に足をついているポケモンは駆け出していく。その音は地響きの様に辺りに響く。早まったかもしれないが既に行動を開始した以上は後には退けない。つくねも既に駆け出しており、ものの十数秒で村に辿り着く。家を囲むポケモンは足の速いものが既に家の近くに待機して足の遅いポケモンがそれを追っているところだが各家に一匹以上のポケモンはもう付いている。村の周囲は既にポケモンで包囲している。問題はない。

 

 つくねを除くレギュラー陣をボールから出す。相手がモンスターボールを持っている可能性を考えて自我は戻さない。ヤドナシに【俺への攻撃を全て防げ】と指示をする。まずは勝手に村人が逃げないように警告からだ。あまり声が大きくなりすぎない様にかと言って家の中にいる村人に声が聞こえるように声量を考えて声を上げる。

 

「村は既に包囲した! 今から家を一歩でも出たやつは殺す!」

 

 辺りに声が響く。思った以上に声が出てしまった。周辺の森に関係のない人がいないことを祈るしかない。だがもう一度警告はしておく。

 

「もう一度だけ言う! 勝手に家から出てきた奴は殺す! おとなしくしてろ!」

 

 今度はいい感じの声量だったと思う。これで二回警告したので一回目の警告を聞き逃した者にも聞こえただろうか。そんなことを考えている間に一件の家の玄関が開く音がする。そちらを見れば男が家から出てきてポケモンに威嚇されていた。

 

(状況確認をするのは良いけど自分の状況が分からないのに行動するのは軽率だな。見せしめに一人殺しておいた方が話を進めやすいし殺しとこう。どうせ早いか遅いかだ。目の前にいるのはレアコイルか)

 

「レアコイル! 目の前の男に10万ボルト! 殺せ!」

 

 レアコイルは指示に従って10万ボルトを放つ。レアコイルと男の距離は2m程度、回避するそぶりも見せないままの男に10万ボルトが直撃する。

 

 ジジジジジパァンジジジジ 「がっぎぎぎいぎぎぎぎgg」

 

(うわ……すっげぇ火花。てか人に電気通すとあんな音するんだ。ビリビリいわないんだな。ん? もう一人出てきた。あの家の前の何だ? ドククラゲか? さっきの火花の所為でせっかく慣らした目がまた見にくくなったな)

 

「ドククラゲ! 出てきた奴を絞め殺せ!」

 

 ドククラゲは触手を伸ばして男を捕らえ、そのまま締め上げる。触手の力に耐えきれず男の胴が二つに千切れる。

 

 ブチュチュ バツンッ 「ひぎっいっつあああぁぁああ」

 

(人が千切れる時ってあんな音するんだ。知らんかった) 

 

「ああああぁぁぁぁああぁぁ!」

 

「ドククラゲ! うるさいから頭を踏み潰せ!」

 

 バン プチュ

 

 ドククラゲの触手が男の頭を潰せば辺りに響くのは10万ボルトが人体を感電させる音のみ。既に男の感電する声も聞こえない。

 

「レアコイル! もうやめていいぞ!」

 

 ジジジ……ジ

 

 レアコイルが電気の放出をやめれば、その先にあるのは全身に裂傷が刻まれた黒焦げの死体。

 

(久しぶりに見たな感電死体。前見たのはこんな黒焦げにはなってなかったけど。まあこれで二人。わざわざ聞こえるように大声で指示出したんだから本気で殺すって分かっただろ)

 

 静寂の中、各家から喚いている声が聞こえるが出てくる者はいない。これで予定を進められる。

 

「とりあえず二人殺したが次に出てきた奴も殺す! 無駄な事は止めて家の中で大人しくしてろ!」

 

(さて俺のポケモンについて聞かなきゃならんがどの家からにするか。村長なら知ってると思うがあれはこんな場面でも嘘を混ぜて身を守ろうとする可能性があるから先に幾らかの情報を得てから相手したい。反抗してきそうな成人連中の数も減らしておきたいし適当な奴をニ,三人痛めつけて話を聞いてから村長を相手にしよう。合間合間に悲鳴を聞かせてやれば村の奴らが冷静になるまでの時間も稼げるだろ。いやその前に人質を取ろう。子供と女だな。村長にも家族がいればいいが。誰か捕獲にいいのが居ないかな。おっウツドンとゴーリキーがいる。あいつらにしよう)

 

「今から何人か家の外に出す! 抵抗すればその場で殺す! ウツドン! ゴーリキー! 来い!」

 

 駆け寄ってきたウツドンとゴーリキーに指示を出す。

 

「ウツドン。お前はこれからゴーリキーとデンチュウと一緒に家に入ってつるのむちで家の中にいる人間全員の手足を縛れ。

 

 ゴーリキー。お前はウツドンが縛った人間をここに連れてこい。各家から一人。子供がいれば子供を。子供がいなければ女を。男一人の家なら誰も連れてこなくてもいい。

 

 デンチュウ。お前は二匹の護衛だ。邪魔をする人間がいたらシグナルビームで頭を撃て。でも殺しても二人までだ。それ以上はでんじはで麻痺させろ。あとポケモンが出てくるようならそれもでんじはで麻痺させてここに連れてこい。皆できるか?」

 

 三匹がそれぞれうなづくのを確認して送り出す。そこからは作業が始まった。ウツドンが拘束してゴーリキーが運ぶ。一往復するたびに俺の前には人が増えていく。途中一度だけシグナルビームが家の壁を貫いて空に飛んで行った。これで一人情報源が減ったがまだ人はいるから問題ない。結局10軒の家を回って集まったのは七人。子供が四人女が三人だ。騒がれても面倒なのでウツドンのつるのむちで猿轡を嚙ませている。猿轡をしたばかりの頃はむーむー言っていたが無駄に喋ったらああなると言って先程の死体を指さしてやればそれで黙った。身の程を弁えて最初から黙ってろ。見張りは先程活躍してくれたドククラゲとレアコイルだ。手足を縛っているから動けはしないが用心はし過ぎても困るものではない。これで残った奴らも拘束済み。それに人質もいるから口も割りやすいだろう。

 

 デンチュウにポケモンと遭遇したなら右手を上げて、ポケモンと遭遇してないなら左手を上げろと言えば左手を上げた。ポケモンを出して抵抗しなかったのも分かった。やはり村の戦力になるポケモンはいないと考えていい。それにここまでやってポケモンが出てこないということはポケモントレーナーもいないだろう。つまりあの空のボールは俺の物だったわけだ。

 

(そうなると俺のポケモンはどこだ? 一匹はボールに入ってるとして残りの四匹はどこに行った? もし言うことを聞かないから逃がしたとか言ったらぶっ殺して……いや殺すのは決定事項だった)

 

 だがそれはこれから聞いていけば分かることだ。そのために俺を直接襲った当事者の男連中を残したんだ。口を割らなかったら痛い目を見てもらおう。

 

 ゴーリキーに拘束している男を連れてくるように指示を出す。護衛にデンチュウとつくねもついて行かせたので仮にここまでトレーナーが隠れていたとしても大丈夫だろう。デンチュウとつくねにはトレーナーを狙って確実に殺す様に指示している。如何にベテラントレーナーだとしてもトレーナーを直接狙ってくるレベル100のポケモン二体とのバトル経験はないだろうし、一瞬でバトルの決着が付く訳じゃないので戦闘音が聞こえたら追加で応援を出せばいい。そう思っていたが三匹は何事もなく男を連れて帰ってきた。どうにも用心し過ぎる余り、思考がマイナスに偏ってきている気がする。上手くいっているのは良いことなのだが上手くいきすぎるとそれはそれで誰かの筋書きに乗せられてるんじゃないか心配になってくる。まあ罠だとしてもここまで来れば力ずくで潰せるだろうから上手くいっているのは立てた予定が良かったからだと思うことにする。

 

 ともかく目の前に尋問対象がいる。目の前の男は手首と足首を蔓で縛られて正座したまま俯いて一言も言葉を発しない。自分の立場が分かっている殊勝な態度だ。まあ流石に馬鹿でも立場は分かるだろう。俺の後ろにはドザエモン、左右斜め前にヤドナシとユカイがいる。対面に男がいてその背後にはデンチュウ、つくね、ゴーリキー。野生のポケモンがいる森に囲まれて育ってきたんだ。ポケモンの怖さはよく分かっているだろう。その態度のまま質問にも素直に答えれば痛い思いはしないように殺してやるぞ。

 

「質問するから正直に答えろ。まず俺が誰か分かるか?」

 

「ちょっと前に村に来てた旅人……さんです」

 

「そうだな。お前は俺を襲った時の中にいたか?」

 

「……はい」

 

「何しに来たか分かるか?」

 

「……」

 

「いや、今の質問は答えなくていい。でもここからの質問には答えろ」

 

「……はい」

 

「俺のポケモンをどこにやった?」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「答えろ。殺すぞ」

 

「いや、その……良く分からないです」

 

(分かりやすいなこいつは。本当に知らないなら最初っから知らないって言うだろ)

 

「じゃあお前を殺して別の奴に聞こう」

 

「えっ!?」

 

「別にお前じゃなくてもいいんだよ。知らんならそのまま死ね。デンチュウ!」

 

「いや、待ってください。実は知ってて」

 

「じゃあさっさと答えろ。次に嘘吐いたら甚振ってから殺す」

 

「それは……」

 

「次に答えなかったら、そうだな。あの中に家族はいるか?」

 

「……はい」

 

「どいつか知らんが答えなかったらまずそいつを殺す。だからさっさと言え」

 

「っ! 待ってください」

 

「質問の答え以外喋るな。次は関係ない言葉を発してもアウトだ」

 

「……」

 

「……ユカイ。シャドークローで首を刎ねろ」

 

「待っ!」

 

 ズッ ブチ

 

 ユカイの右手が振りかぶられ男の首をもぎ取る。首を取られた勢いで頭を失った体は横に吹き飛んで頸部からは血が流れだしている。

 

(馬鹿が。喋らせるための脅しだとでも思ってたのか。態度的には喋らせやすそうなやつだったがお前じゃなくてもいいんだよ。お前なんかに無駄に時間を掛けられるか)

 

「ん-! むー!」

 

(人質が騒ぎ出したな。あっちも誰か殺すか……いやまだ早いか。次の相手の家族だったら話も聞かずに喚くかもしれん。殺すとすればさっきの奴の家族だがどいつか分からん。聞いとくべきだったかな。いや別にいいか。多分急にもがきだしたあの女。あれがさっきの奴の嫁だろ)

 

「おいお前ら。これからお前らの中から誰か一人殺す」

 

「!?」

 

「さっきの奴の家族がいるならそいつを教えろ。視線を向けるだけでいい。そうじゃないと別の奴を殺すかもしれんぞ」

 

 そう言った瞬間に六人の視線が一人に集中する。やっぱり急にもがき始めた奴だった。

 

「ドククラゲ。こいつの頭を叩き潰せ」

 

 ドッ グシャア

 

 指示通りにドククラゲの丸太の様な触手が振り下ろされ地面をしっかりと叩く。触手と地面の間にあったものは既になく赤い血だまりが広がっているだけだ。

 

「騒いだ奴はこうなる。分かったら黙って這いつくばってろ」

 

「……」

 

(よし。静かになったな。そのまま大人しくしてろよ)

 

「ゴーリキー次の奴を連れて来い。デンチュウとつくねは護衛だ。一緒に行け。指示はさっきと同じだ。分かるか?」

 

 頷く三匹を見送るが直ぐに戻ってきた。ゴーリキーの肩には担がれた男は何やら喚き散らしており、俺の前に降ろされれば憎々しげに睨み付けながら罵詈雑言を並び立てている。

 

(これまた気の強そうな奴だが立場が分かってないな。感情が先走ってるだけなら心折ればいけそうだが)

 

「デンチュウ。死なないように電気を流せ。一瞬でいい」

 

 バチンッ「痛っで!」

 

 デンチュウの尻尾が男に触れて子気味のいい音と共に男の体が跳ね上がる。まだまだ元気そうだからもう少し強くても良かったが。

 

「質問するから答えろ」

 

「痛ってぇ……」

 

「俺が誰か分かるか?」

 

「知るかよそんなもん」

 

「じゃあ死ね。デンチュウ本気で電気を流せ」

 

「あ? あがががかかが!」

 

(感情が制御できないタイプの馬鹿が。代えがいないなら口を滑らすのを待ってもいいが控えがいるなら立場を分からせる分だけ手間だ。というかデンチュウの電気凄いな。レアコイルの10万ボルトより強そうだ。なんか体の周りにスパーク漂ってるし、体の表面が焼け爛れるというか一部溶解してる)

 

「デンチュウもういいぞ。ゴーリキーとつくねと一緒に次の奴を連れて来い」

 

 三匹を見送って、人質達に目を向ければ先程の様に暴れ出すやつはいない。殺した男に家族がいなかったのか脅しが効いているのかは分からないが大人しいのは良い事だ。ゴーリキー達も戻ってきた。今回はゴーリキーの両肩に若い男女がそれぞれ担がれている。

 

(夫婦っぽいな。二人いるってことは多分人質は子供だし、子供か相方を痛めつければもう片方が喋るだろうからやりやすい。人数減らしすぎる前にここらでまともな情報を聞いとこう。さてどっちを狙うか。女の方は勝ち気な感じだな。気分が落ちてるっぽいけどそういう雰囲気が滲んでる。男の方は……何だ? 弱気っぽいけどなんか余裕が……いや違うな。これはもしかして緊張感がない感じか? 周りに死体があるこの状況で? 状況に頭が追いついてないだけか? よく分からんな)

 

「今からお前らに質問をする。答えなければ殺すし嘘を吐いても殺す。お前らの横の死体がそれだ。そうなりたくないなら正直に答えろ」

 

「あっはい」

 

「……あの」

 

「あん?」

 

「その……私が答えますから夫と子供だけはどうか」

 

(方針決定。男を攻撃して女から情報を抜く。大事なものは自分が守りますってか。このタイプは自分が傷つくのは耐えれても大切なものが傷つくのは耐えれないのが多い。大事なものを盾にするだけですぐ屈する。逆に男の方は大事なものを傷つけられると不貞腐れて損得勘定無視して行動しそうだから的にだけなって貰おう)

 

「つくね。つつくで男の足に一つ穴を開けろ」

 

 ドスッ「いだあぁぁあ!」

 

「!! なんで!?」

 

「つくね。もう片方の足にも一つ」

 

 ドスッ「ああぁぁあぁ!」

 

「っ! やめて!」

 

「もう一つだ。つくね」

 

 ドスッ「がぁああいだぁあああ!」

 

「っ……」

 

「それでいい。立場を考えて行動しろ。お前の行動次第で穴が増えると思え」

 

「……はい。すいません」

 

「あだあああぁああ!」

 

「うるせぇな。ウツドン! こいつの口にもつるのむちを噛ませとけ!」

 

 痛みに騒ぐ男の口を塞いで転がしておく。猿轡をしてもまだうるさいが話すのに支障はない。

 

「聞きたいことは一つだ。俺のポケモンは何処だ」

 

「それは……」

 

「まだ穴が足りないか?」

 

「待ってください! 答えますから!」

 

「当たり前だ。早く言え。次はないぞ」

 

「貴方のボケモンは……その……」

 

「つくね」

 

「っ! 食べました! 村の皆で食べました!」

 

(? 今なんて言った?)

 

「もう一度言え」

 

「ですから皆で食べたんです!」

 

「食べた? 俺のポケモンを?」

 

「そうです! 皆で食べたんです!」

 

(馬鹿かこいつ。嘘ならもう少しまともな嘘を吐け。冗談にしても笑えん)

 

「つくね。今度は腕に穴を開けろ」

 

 猿轡を噛まされ呻き声をあげる男の腕に容赦なく嘴が突き刺さり呻き声が大きくなる。

 

「っ! どうして! 答えたのに!」

 

「もう少しまともな嘘を吐け。次は殺す」

 

「ホントなんです! 嘘じゃないんです! 信じてください!」

 

「この後に及んで嘘を吐くな! もういい! ユカイ! こいつの首を刎ねろ!」

 

 ユカイが腕を振り抜き物言わぬ死体が一つ増える。

 

「つくね! そいつもだ! 頭を踏み潰せ!」

 

 誠の指示に従ってまた一つ死体が増える。

 

「ゴーリキー! 次を連れてこい!」

 

(次の奴に吐かせる。嘘ばっかり吐きやがって。もう面倒くせぇ真似は無しだ。聞きたいことだけ聞く。俺のポケモンを何処にやったか、これさえ聞ければもう村の奴らに用はない。どうせ殺すからと甘い態度で対話してやったらこれだ。どいつもこいつもつけ上がりやがって。次嘗めた真似しやがったらたっぷり痛つけてやる)

 

 次の村人が来る。それを殺せばまた次の村人がやって来る。尋問は徐々にエスカレートしていき既に拷問の域に達している。骨を折り、電気を流し、体を潰す。しかし得られる答えは皆同じ。ポケモンを食べた以外の回答が得られない。

 

(なんなんだよこの嘘吐き村は! どいつもこいつも同じ嘘吐きやがって! まともに会話出来る奴はいねぇのか! くそ! こんなことなら最初の気弱そうな男を殺すんじゃなかった! あれなら痛めつけりゃあどうにでもなったのに!)

 

 誠の拷問は続く。村人を呼び出しては殺していく。ふと辺りを見回せば死体が散乱しており、その数は既に十を超えている。

 

(なんなんだよ。なんでどいつもこいつも同じ事言うんだよ。情報の擦り合わせをする時間もチャンスも与えてないのになんで同じ事が言えるんだ。本当に食ったのか? ポケモンを?)

 

 誠はまだ自分のポケモンが食料として扱われたことを受け入れることが出来ない。しかし村人が嘘を言っているわけではないことは薄々理解出来ていた。

 

(落ち着け。もうだいぶ殺してる。そろそろ情報精査の段階にいかないと不味い。流石にハイペースで殺しすぎた。あと何人残ってる? まだ村長は相手してないしもう残ってないってことは無いが人数が分からん。いやもういいか。このまま続けても埒が明かん。村長を呼んではっきりさせよう。あれは保身の嘘を吐く可能性はあるが生き残るための選択肢を間違えるようなタイプじゃない)

 

「ゴーリキー。村長……じゃなくて右から三番目の家の奴を連れてこい」

 

 最初に村に来た時に村長が出てきた家を指定し、ゴーリキーを向かわせる。程なくしてゴーリキーに抱えられた村長が現れる。村長は顔が青ざめており小刻みに震えている。村で襲われた時の飄々とした様子は面影もない。

 

(冷静になれよ。カッとなって殺すようなことだけは避けないと)

 

「お久しぶりですね村長。死ぬ前に質問に答えろ」(やべ、つい毒吐いちゃった)

 

「ひぃっ!」

 

「俺のポケモンを食ったってのは本当か?」(こんな小心者にしてやられたのか俺は)

 

「……」

 

「答えなければどうなるか周りを見れば分かるだろ?」

 

「た……食べました……」

 

「理由は?」

 

「しょ、食料がなくてそれで……」

 

「何匹食った?」

 

「四匹です……」

 

「そうやって素直に答えれば痛い思いをしなくて済むぞ」

 

「は、はい」

 

「あと一匹はどうした?」

 

「その、一匹だけ言うことを聞くポケモンだったんで、その……子供にやりまして」

 

「はぁ?」

 

「いや、その、ポケモンがいるなら村を出たいという圧力があって……」

 

「どのポケモンだ?」

 

「いや、名前は分からなくて……」

 

「特徴は?」

 

「体がピンクで太っててベロが長いやつです」

 

「ベロベルトか。連れてったガキの名前と年は?」

 

「な、名前はユウで年は確か12になります……」

 

「いつ出ていった?」

 

「三日ほど前になります」

 

「……」

 

「……」

 

「嘘はないな」

 

「は、はい! 誓って嘘はありませんっ!」

 

(本当に嘘じゃなさそうだな。この必死さが嘘とは思えんし。はぁ……本当に食ったんだろうな。なんだろ。分かったのにあんま怒りが湧いてこない。なんかもうどうでも良くなってきた)

 

「あ、あの、それでこの村のことは……」

 

「ちょっと黙ってろ」

 

「は、はい。すいません」

 

(とりあえずこいつらは全部殺すけど一人村から出てんのか。しかも俺のポケモンを連れてか……殺しに行かないとな)

 

「そのガキはどこに行ったか分かるか?」

 

「い、いえ、その、この村の外のことが分からんので全く」

 

「そうか……」

 

(もういいや。なんか知らんけど頭が働かなくなってきた。さっさと片付けよう)

 

「じゃあもう用はないから死ね。ドザエモン。手足を踏み砕いてしばらく苦しませてから頭を踏みつぶして殺せ」

 

 村長をそれを聞いて何か叫びだしたが、すぐにドザエモンに左足を踏み砕かれてその内容が絶叫に変わる。あんなに憎かったはずなのに何故か村長の苦しむ様を眺めようとは思わなかった。

 

「家を囲んでるポケモン達! 【五匹は包囲を続けて残りで家の中に入って中の人間を殺せ!】【家具の中、天井裏、床下全部探して隠れてる奴も殺せ!】【家の中に人がいなくなったら出てこい!】【ポケモンが全員出てきたら建物を攻撃して崩せ!】」

 

 指示通りにポケモン達が各家に突入していく。悲鳴が聞こえてきたがあまり耳に入ってこない。どこか遠くで悲鳴が上がっているような気がする。しばらくしてポケモンが家を壊していく光景が散見されるが現実味がなくまるで映画を見ている気分だ。そんなことを考えている間に家の破壊は終わる。

 

「あー。村を囲んでいる奴と家を破壊した奴は俺のところに戻ってこい!」

 

 そういえばわらわらとポケモン達が近づいてきたので、それをボールに戻して鞄に入れていく。こうしていれば終わったという実感が多少湧いてくるが多少消化不良な気持ちも残っている。

 

(あとはこの人質共を殺して終わりか。証拠隠滅はどうするか。なみのりで一掃するのが早そうだが最初の予定だとどうだったっけ? なみのりは使っちゃ駄目なんだっけ? やばいな。本気で頭が働いてない。とりあえず殺そう。あと一人村から出ていったガキのことは後で考えよう)

 

「じゃあドザエモン。ここにいる縛った人間を殺してくれ。それぞれ頭を踏みつぶせばいい」

 

 指示を聞いたドザエモンが人質に近づいていく。全員もがいているが手足を縛られている上にレアコイルとドククラゲの見張りも健在だ。死の足音が近づいてくるのを受け入れるしかない。

 

(ひとまずこれで区切りだな。最後くらいちゃんと見とこう)

 

 誠が見守る前で一歩また一歩とドザエモンが歩いていく。あと数歩で処刑が始まる。それを働かなくなった頭でぼーっと見守る。

 

 しかし人質まであと三歩というところで突然ドザエモンが横に吹き飛んだ。それに驚いている間にドザエモンが歩いていた位置に一匹のポケモンが立っている。人質達を背にするのは四本足で茶色い体をしたウシ型のポケモン。

 

「ケンタロスか」

 

 突如現れたケンタロスはたった一匹で誠とポケモン達に対峙する。

 

 

 

 



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選ぶ人

思ったより早く続きがかけました


 誠は自分達と対峙するケンタロスを見据える。

 

「ケンタロスか」

 

 言葉少なな態度とは裏腹にその脳内では思考が飛び交っている。異常事態が発生したと働かない脳に鞭を入れ急速に思考を巡らせる。

 

(ケンタロスの乱入。これ自体は別にいい。いや良くはないがどうとでもなる。警戒してなかったとはいえ俺のドサイドンを吹き飛ばす実力の高さは脅威だがこちらには数がいるしいざとなればポケモンを自由にすれば勝つことはできる。問題なし。

 

 人質についてもケンタロスが障害にはなるが手足を縛って動きは封じているので逃走は困難。脇にはレアコイルとドククラゲもいるし、いざとなれば追加でポケモンを出せば殺すことは容易。これも問題なし。

 

 問題なのはケンタロスの背後が分からないこと。まずケンタロスが野生の可能性。これはゼロではないがほぼありえない。まず野生のポケモンが村の連中を守る必要がない。周囲のポケモンをしまったタイミングで偶然現れて、そこにいた俺に偶然戦いを挑んできて、偶然村人を守る位置に立ったなんてのも可能性としてはほぼゼロに近い。偶然が二つも三つも重なるなんて誘導でもしなければ無理だ。ならば背後には十中八九トレーナーがいる。目的はなんだ? 俺の殺害、俺のポケモンの強奪、村人の保護この辺りだろうか。だが目的が何であれ最もまずいのはトレーナーという目撃者がいることだ。このタイミングで手を打ってきたということは村の異常に気付いて近寄ってきたか、こちらが周囲のポケモンを仕舞うまで待機していたかどちらかだろう。村の異常に気付いたということなら一人とは限らないし更に応援を呼ばれる可能性もある。待機していたなら村人を殺すところをばっちり見られてる。急いで村人を殺して逃げてもいいが、もし現時点で複数の目撃者がいたらしらばっくれるのも厳しい。

 

 いや今考えるのは対処だ。目先のやることは村人の殺害、ケンタロスの殺害、トレーナーの殺害。この三つだけ。優先度が高いのはトレーナーの殺害。応援を呼ばれでもしたら詰みだし、追加でポケモンを出してくる恐れもある。もうこうなったら大規模な技は禁止なんて言ってられない。次に村人の殺害。俺の名前を憶えているかは分からないが流石に顔は覚えられている。こいつらを生かしておけば後々詰む。最後にケンタロスの殺害。これは前二つ達成できればどうでもいい。人の言葉を話せない以上どうとでもなる。だが前二つの目的の為にケンタロスは邪魔だ……よし決めた)

 

「ユカイ! ドザエモン! お前たちは自由だ! ケンタロスと戦闘しながら村の奴から引き離せ! 時間を稼ぐだけでいいが可能なら倒せ!」

 

 ユカイとドザエモンの二匹に自我を戻してケンタロスと戦闘を行わせる。その様子を観察するがケンタロスが村人達から離れないよう立ち回っているためか短時間では殆ど引き離せてない。

 

(ケンタロスの様子を見る限りだと目的は村人の保護っぽいな。ケンタロスのタイプは覚えてないがノーマル単色だったか、ノーマルにいわかじめんの複合だったはず。ゴーストを持つユカイなら有利に戦えるしドザエモンもいれば力で押し込まれることも無いだろう。その隙に次だ)

 

「レアコイル! ドククラゲ! 人質を見張ってろ! 一人も逃がすな! デンチュウ! 俺の指差す方向にシグナルビームを撃ち続けてそのまま右に180度薙ぎ払え!」

 

 誠が指差したのはケンタロスがドサイドンに突撃してきた方向から左に90度の位置。指示に従って放たれ薙ぎ払われたビームにより森の木々が切り倒されていく。

 

(シグナルビームの正確な射程は分からないが家を突き破って空に飛んで行ったのを見る限りでは結構な射程と貫通力がある。これで死んでればいいがしゃがむだけで躱せるからな)

 

「ヤドナシ! シグナルビームで薙ぎ払った方向に全力でなみのり! 何もかも押し流せ!」

 

 指示を聞いたヤドナシの尻尾の貝が水を吐き出し、その水は意思を持ったように動いて高波を作り出す。かつて技の確認をした時とは違う全力のなみのりの勢いは凄まじく高さ10mを越える津波が森を蹂躙する。シグナルビームで切り倒された木々だけでなく生い茂る草木も地面に生える岩もそして野生のポケモンすら飲み込み全てを破壊する。

 

(凄いな。災害指定される技なだけある。こんなもんそこら中のトレーナーが使ったらそれこそ水ポケモン以外は全部滅ぶんじゃないだろうか。でも野生のポケモンには悪いけど俺ももう引けない。これだけ目立つ行動をしてしまった以上は早々に終わらせて痕跡を消して逃げるしかない)

 

「ヤドナシ! あと二回同じ方向に全力でなみのりを撃て! もしその中で動く奴が見えたらサイコキネシスで消し飛ばせ! デンチュウ! お前はその間に崩れた家にかみなりを撃って全部消し炭にして来い!」

 

(死亡確認ができないのは不安だが流石になみのりを三回食らえば死ぬだろうし、もし生きてても頭を打って混乱してるんじゃないかとか言い訳つけて誤魔化せるかもしれん。家も今焼き払ってるし最後になみのりで一掃すればどうにかなるか?)

 

 思考を巡らせながらも周囲を確認することは怠らない。ユカイとドザエモンペアとケンタロスの戦いは凄まじい速度であり、しっかりと見ていても時折姿を見失う程だ。それ程の速度での闘いであるにも関わらず村人との距離はそれほど離れていない。

 

(本当に強いな。あの二匹とあれだけ闘えるポケモンは少なくとも11番道路のトレーナーにはいなかった。どうするか。ケンタロスは村人を守っている上、こちらには数の利がある以上はいずれ倒すことはできるだろう。だがあまり時間を掛け過ぎると人が来る恐れがあるからあまり時間はかけたくない。つくねを増援として出せばもう少し早く終わると思うが周囲にトレーナーがいる可能性を考えれば一人は護衛として近くに置いておきたい。そうなると指示を出すか? しかし邪魔になる恐れもある以上は軽々に指示もだせない)

 

 誠は観察する。ケンタロスの強みは何か。二匹はケンタロスの何に手古摺っているのか。ただ観察する。

 

(ケンタロスは積極的に攻撃はしてきてない。時間稼ぎが目的か? なら防御を捨てて攻撃に集中すればいけるか? いや難しいか。かなり早い。二匹が固定砲台になっていることもあるが結構躱されてる。どうする? どうやればケンタロスの足を殺せるか。直接的に足を潰すのは無理だ。そもそも攻撃が当たってない。回避方向を潰すのも俺の指示では無理だ。速度についていけない。ヤドナシがなみのり終わるの待って足場に水かけて泥にするか? 泥にすれば機動力を多少は奪えそうだがケンタロスが泥の上でも走れたら意味が無い……足場か……そうだな。足場を破壊しよう。ケンタロスは飛べるわけじゃないし身軽でもない)

 

「ユカイ! 少しの間一人で相手をしてくれ! ドザエモン! あなをほるでケンタロスの周囲を穴だらけにしろ!」

 

 ドザエモンが鼻先のドリルを使い地面に潜航していく。これで足場を崩せば無力化出来る、そう誠は考えていた。しかしここでケンタロスは誠の想像を超えた行動を取る。前足を振り上げ地面を踏み締める。行動にすればただこれだけ。しかしその直後景色が揺れる。

 

「なっ!?」

 

 じしん。ゲームなら一般的に使用される技だがこの世界では違う。なみのり同様に周囲に多大な影響を与えるために使用を禁じられている災害指定技だ。

 

(じしんか!? 災害指定技じゃねぇか! そこまでトレーナーは本気なのかよ! じゃない! ドザエモンは無事か!?)

 

 ドザエモンが潜った穴の方を見れば這う這うの体で穴から這い出してきている。その姿はポケモンの様子を見るのが苦手な誠から見ても弱っていると分かる。

 

(くそ! 判断ミスだ。ここまでやるなんて思ってなかった。ちょっと指示した途端にこれか!)

 

 しかし悔しがっている暇はない。ドザエモンが戦闘に参加出来ない以上は新たな手を取る必要がある。

 

「ドザエモン! すまん! 戻れ!」

 

 ドザエモンをボールに戻す。混乱した誠に手段を選ぶ余裕は既にない。ドザエモンが倒れたショックで人質というアドバンテージを忘れ、戦闘の指揮を執ることをやめてただ数の利に縋る。

 

「ヤドナシ! デンチュウ! つくね! お前達は自由だ! ユカイと連携してケンタロスを殺せ!」

 

 そしてまた一つ判断を間違える。

 

 パアアァン

 

 ヤドナシが放った水鉄砲がユカイに直撃し、ユカイが弾き飛ばされる。

 

「!? 馬鹿! 何やってんだヤドナシ! 狙うのはケンタロスだ! ユカイじゃない!」

 

 そう言葉を飛ばすもヤドナシはその言葉に反応せずにケンタロスの隣に立つ。まるで村人を守るように。そして誠と敵対するように。

 

「何やってんだよ! 早く戻ってこい!」

 

 その言葉に返事は無く、代わりにヤドナシの口からみずでっぽうが放たれる。その矛先は誠に向いている。

 

「!! くっそが!」

 

 腕を顔の前に上げて何とか堪えようと力を込めるが衝撃はない。飛び出して来たユカイが代わりにみずでっぽうを防いだからだ。

 

「ヤドナシ! 俺を裏切るのか!? お前も!」

 

 誠は叫ぶがヤドナシに戻る様子はなく返事も帰ってこない。その態度が全てを物語っている。

 

「……」

 

「……」

 

 しばしの沈黙が流れる。ごちゃごちゃと複雑に絡まった糸が紐解かれるように頭がクリアになっていく。ポケモンにまで裏切られたんだと理解してしまう。そんな状況を理解して尚恐ろしい程に冷静な自分がいる。

 

「ああ分かった。分かったよヤドナシ……いやヤドラン。それならそれでいい。お前を自由にしたのは俺だ。それがお前の自由ならその判断を尊重するよ。でも邪魔をするなら例えお前でも殺す。逃げるなら追わない。もし闘うなら右手を逃げるなら左手を上げろ」

 

 ヤドランは静かに右手を上げる。決定的な決別の瞬間だった。

 

「そうか分かったよ。あとケンタロス。今になって気付いたけどお前ぎゅうかくだな。そうなら頷け。違うなら首を動かさなくていい」

 

 誠の言葉に頷くケンタロス。

 

「そうか……お前みたいに強いケンタロスはそう居ないからな。むしろなんで気付かなかったんだろうな。お前達にも意思があるってのに……良いトレーナーには出会えたか?」

 

 ケンタロスは首を横に振る。

 

「俺を殺したかったのか?」

 

 また首を横に振る。

 

「一人になってでも俺を止めたかったのか?」

 

 静かに頷くぎゅうかく。

 

「そっか……でも俺はもう止まれないよ。だから引いてくれないか?」

 

 ぎゅうかくはじっと誠の目を見据えている。動く気配はない。

 

「そうだよな……ごめんなぎゅうかく、ヤドナシ。俺はお前らを殺すよ」

 

 ぎゅうかくとヤドナシはしっかりと誠の目を見つめている。目を見られるのは嫌いだった。透かされているようで、観察されてるようで。でも二匹に目を見られても不思議と嫌ではなかった。

 

 ぎゅうかくとヤドナシを待たせて誠は静かに呼吸を整える。今からやるのは目標を邪魔する障害の排除。トレーナーもいないのに辺りを破壊したからそう経たないうちに誰か来てしまうだろう。時間はあまりないと思った方がいい。相手も強い。何せレベル100のポケモンだ。まともに戦っても勝てるか分からない。でもやらなければならない。村人を殺す為にぎゅうかくとヤドナシを殺す。そうしなければ未来はないのだから。

 

「ユカイ、つくね、デンチュウ、お前達はまだ俺に着いてきてくれるか?」

 

「ヴィ!」

 

「ドー!」

 

「りゅー!」

 

 力強く頷く三匹。こんな俺でもついてきてくれるポケモンはいるらしい。

 

「そうか。じゃあ殺ろう。相手は元仲間だけど目標の為だからね。指示はいる?」

 

 また力強く頷く三匹。望まれてるなら仕方がない。拙い指示を出してみよう。今度は間違えないから。

 

「デンチュウとユカイはヤドナシの相手だ。技の指示は適宜出すけど回避の判断は任せる。つくねは悪いけど二匹の闘いが終わるまでぎゅうかくを足止めしてくれ。足を使ってスピードで撹乱してくれればいい。辛いかもしれないけど頑張ってくれ」

 

 方針を決めてぎゅうかくとヤドナシに向き直る。

 

「待たせてごめん。先に謝るけど俺は弱いからは卑怯な手を使ってでも全力でお前達と村人を殺すよ。ごめんな。最後になるけど今まで俺についてきてくれてありがとうな」

 

「ヤァン……」

 

「ブモッ」

 

「フゥ……ユカイ! でんげきは! 確実に当てていけ!」

 

 操作性の高いでんげきはがヤドナシを襲う。ヤドナシはあえて躱さず、反撃としてデンチュウにみずのはどうを放つ。

 

「躱せデンチュウ! でんじはで麻痺させろ! 動きを奪え!」

 

 でんじはでヤドナシの動きを鈍らせる。俺の使っていたヤドナシはどわすれとなまけるを多用する耐久擬きだった。この世界では更にでんじはやあくび、めいそうなんかも使ってくる相手にしたくないポケモンだ。状態異常にされたら容赦なく積み技を使ってくるだろう。幸いなのは物理受けのつもりで育てていたので特殊技の多いデンチュウ等は相手にしやすい。そして俺はどんなに卑怯な手だろうと全力でやり遂げる。

 

「デンチュウ! 村人に向けて10万ボルトを撃て!」

 

 デンチュウは一瞬躊躇ったようだが、村人に向けて10万ボルトを放った。そしてヤドナシにとってこの村人への攻撃は無視できないものだ。咄嗟に村人とデンチュウの間に体を滑り込ませて10万ボルトを受ける。

 

「デンチュウ! 10万ボルトで村人を追撃! ユカイもでんげきはで続け!」

 

 容赦なく放たれる10万ボルトとでんげきは。その全てを受けるヤドナシ。なまけるで回復しようにもそんな隙はなく、仮に使用出来ても体力の減少の方が早い。

 

「ごめんなヤドナシ……」

 

 十数秒に渡る電撃によりヤドナシは表面が炭化した死体となる。謝罪の言葉が漏れたが闘いはまだ終わっていない。

 

「つくね! 待たせてすまん! 攻撃を躱しながらこうそくいどう! デンチュウはでんじは! ユカイはシャドーボールをぎゅうかくの足場にばら蒔いて地面を抉れ!」

 

 ぎゅうかくの速さのポイントは地面を蹴る四本の強靭な足だ。身軽なのではなく強靭故の速さ。直線を早く走る事に特化している為足場に深い穴が出来てしまえばその素早さを殺すことが出来る。更にでんじはを食らい、足場の悪さも相まってもはや自由に走り回ることも出来ない。そこに更に追い討ちをかける。

 

「つくね! トライアタックで村人の近くに吹き飛ばせ!」

 

 トライアタックでぎゅうかくを吹き飛ばす。着地の際に何人かの子供が下敷きになり命を落とす。

 

「デンチュウ! あの村人の範囲にかみなりを落とせ! ユカイは村人の範囲を薙ぐようにあくのはどう! つくねはスピードスターを広範囲に! 村人を巻き込んで攻撃しろ!」

 

 ぎゅうかくは必死に村人を守る。落ちてくる雷から、拡がる波動から、迫り来る高速の星から。時にその身を晒し、時に覆いかぶさり必死に守る。村人が既に息絶えていることにも気づかないままその死体を守り、攻撃を受け続ける。しかし徐々に体の動きが鈍っていく。それでも誠は攻撃の手を緩めることなく技を撃たせ続ける。それはぎゅうかくが動かなくなるまで続いた。

 

「ぎゅうかくごめんな……」

 

 動かなくなっていくぎゅうかくを見届ける。もうピクリとも動かなくなった。ようやく闘いは終わった。

 

 誠は目を瞑って黙祷を捧げる。自分の未来の為にその命を奪ったぎゅうかくとヤドナシに向けて。別に神様を信じたことは無い。こんな都合の良い時だけ神様を信じようとする訳でもない。只々命を奪った二匹に対して謝罪と冥福の祈りを込める。そんな静寂の時間を打ち砕く様に突如として声が響く。

 

「Freeze! ソコノ男! 動クナ!」

 

 どうやらもう少し掃除が必要らしい。

 




牛と和解せよ


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人と人

大変お待たせいたしました続きになります。
そして前書きからいきなりで申し訳ありませんが年末年始と仕事が忙しく投稿間隔が不安定になって数もすくなくなるかと思います。どんなに長くても一週間以内には次を出しますのでしばらくの間はご容赦頂きたく思います。


 自らが命を奪ったポケモン達への黙祷を邪魔した者を見据える。

 

「マチスか」

 

 そこに立っているのはクチバジムリーダーマチス、そして脇に控えているのは相棒と思われるライチュウ。

 

(一人だけか? 先行して来たならありえない話じゃないが周りに他にもいると考えた方がいいか。一人来れる時間があったなら二人来てても三人来てても不思議じゃない。さてどうするか。一番後腐れがないのは殺すことだがマチスか。流石にジムリーダーを殺したら問題が大きくなりすぎるし、殺すにも本気のジムリーダーとなれば時間が掛かりそうだ。時間を稼がれてその間に応援を呼ばれたらアウト。逃げるか? でもそうなれば指名手配は固い。ポケモンセンターが使えなくなるのは今後に響く。やっぱり殺すしかないか)

 

「もしかして誠さんですか!? 何があったんですか!?」

 

 誠を認識したことで先程警告してきた時の態度が嘘のように慌てたマチスが誠に駆け寄る。

 

(失敗したな顔見られる前なら逃げきれたかもしれん。殺す方向に思考を裂きすぎて他の選択肢をないがしろにしてた。どうも手段と目的が混ざってきてる。殺すのは目的達成の為の手段であって目的そのものじゃない。目的と手段が逆転したら必ず失敗する。間違えるな。考えろ。殺す以外だと逃げるか対話か。逃げるのはもう無理だ。顔を見られたし俺の事を知ってるから逃げるなら殺すしかない。じゃあ対話だがどこから見てるかだ。一部始終とは言わないがあの村の連中を殺しているところを見られているならもう駄目だ。今後にどんな影響があるか分からないが全部殺して逃げるしかない。だが無防備に近寄ってくるってことはいけるか? もしあれを見てたら警戒してないとおかしいが……分からん。とりあえず友好的に演じてあとは相手を見て流れで決める)

 

「マチスさん。来てくれたんですか」

 

 誠からもマチスが駆け寄ってくるのに合わせて駆け出す。ポケモンを出したまま距離を詰められることに警戒を示すようなら不意打ちで殺すと決めて。しかしその危惧は外れマチスは警戒するそぶりを見せず互いの距離が1mを切る程に近づき、マチスは誠の肩を掴んで問いかける。

 

「誠さん! 大丈夫ですか! どうしてこんなところに!」

 

(どっちだ? 言動からすれば見ていない風で近寄る時に警戒の雰囲気もなかった。だが過去にマチスの片言の演技を見破れなかったことがある。俺が気付けないだけで演技の可能性は捨てきれない。それに距離が近すぎる。技を使えば俺まで巻き込まれる距離だ)

 

「私は大丈夫です。マチスさんこそどうしてここに?」

 

「ここで大規模なポケモン災害が起きました。それでジムリーダーである私に出動要請があったのです。誠さんは?」

 

(さて来たぞ。正直まだ判断できてないからもう少し話したいところだが理由を言わずに引き延ばし続けるのは怪し過ぎる。見てないことに賭けてみよう。駄目だったら駄目で殺すだけだ)

 

「ポケモン災害があったのは知ってます。私はあれを使ったポケモンと戦っていました」

 

「what's? どうしてそんなことに?」

 

「順を追って説明しますから聞いてください。私は先日クチバシティを出てから洞窟に入ったんですがそこで不意を打たれてポケモンを奪われてしまったんです」

 

「誠さんのポケモンをですか!?」

 

「はい。あれだけマチスさんに注意されてたのにすいません。しかも奪われたポケモンの中には全力で戦う時に使う長い間育ててたポケモンもいたんです。マチスさんにもポケモンの事は言われてましたし、奪われたポケモンも苦楽を共にしてきた相棒ですからなんとか取り戻そうと必死に追いかけてこの村まで来たんです」

 

(どうだ? 即興で作ったエピソードだから細かいところまで練れてないが大筋は通ってるはずだ)

 

「……」

 

(悩んでるな。やはり見てたか? いや見てたならこんな悠長な態度は取らないはずだ。もう戦闘になっててもおかしくない)

 

「……それでこの村の状況は?」

 

(よし聞く姿勢に入った。まず一つ状況説明クリアだ)

 

「逃げた犯人を追っていたらこの村に入ったんですがそこで犯人がポケモンを出して時間稼ぎだと村の人達を襲い始めたんです。時間稼ぎと分かってても見捨てる訳にはいかなくて。私も何とか村の人達を守ろうとしたんですが……ポケモンに足止めされて、すいません。守れませんでした」

 

「……その犯人は?」

 

「逃げられました。あいつ足止めの為に俺から奪ったポケモンを出してきて……」

 

「? 誠さんのポケモンがそいつの言うことを聞いたんですか?」

 

(やべ、ボールから出した人の言うことを聞く訳じゃないのか)

 

「……はい。どんな手を使ったのか分かりませんが俺のポケモンがあいつの言いなりになって……」

 

「そのポケモン達は?」

 

「……殺しました……」

 

「!?」

 

「……仕方なかったんです。俺だって殺したくはなかった。でも向こうはあいつの指示に従って本気で攻撃してきて……なみのりだって禁止してた筈なのに……それで結局あいつには逃げられて……ポケモンも救えずに……村の人達だって……」

 

「誠さん!」

 

「!?」

 

「誠さん、あまり考え過ぎてはいけません。悪いのは誠さんじゃないんです。誠さんに責任はありません!」

 

(焦った。急に大声出すからバレてて我慢の限界にきたかと。でもこれで分かった。マチスは何も見てない。村を襲った責任も押し付けれたし即興の割にはいい感じの話が作れた)

 

「……でも……」

 

「でもも何もありません! 。自分のポケモンを手にかけて辛いのも、ポケモンを奪われて責任を感じるのも分かります! ですが誠さんが悪い訳じゃないんです!」

 

「……はい……」

 

(やっぱりこいつは好きになれないな。勝手に理解した気になって同情して。俺は覚悟決めてやったんだ。何も分かってないのに同情されるのも理解した気になられるのも不愉快だ。別にお前らに寄り添って貰いたい訳じゃないんだよ)

 

「誠さん。辛い思いをしている時にこんなことを聞くのは心苦しいのですが、犯人のことを教えてください。これだけのことをする人です。何としても捕まえなければなりません」

 

(あー、まだ犯人役まで設定作ってないよ。えーと何があるかな。性別、年齢、身長、体格、髪型、顔つき、服装、あとは持ち物というか持ちポケモンくらいか? そんなもんでいいか。もうロケット団とかでいいか。どうせ悪人の集団だし罪が一つ増えても変わらんだろ)

 

「えーと、何から言えばいいのか」

 

「大丈夫です。質問しますからそれに答えてください」

 

「分かりました」

 

 そこからは犯人についての事情聴取が始まった。犯人についてはゲーム版のロケット団を参考に全身黒ずくめの服と帽子を被った男性といった内容で名前や顔つき等は分からない事、奪われたポケモンは二匹でその二匹は既に殺した事、後は男が元から持っていたポケモンとしてレアコイルやドククラゲがいた事を伝えたのだが何やらマチスは顎に手をやって悩んでいる様子。

 

(何かまずかったかな。ロケット団もアニメ版だと白い服だし、というか下手したらこの世界にロケット団がない可能性もある。どうもゲームとは違うと分かっていてもゲームを参考にしてしまう。本気で治さないと)

 

「分かりました。誠さん御協力感謝します。私は犯人を探してみます」

 

 そう言うマチスにホッとする。どうやら問題ないらしい。

 

「それで誠さんの奪われたポケモンの遺体なんですが……」

 

 前言撤回。まだ難は去ってないらしい。

 

「犯人がどんな手段を使ったのか分かりませんが人のポケモンに言うことを聞かせるというのは異常です。遺体を調べれば何か分かるかも知れません。ですから誠さんには辛いでしょうがポケモンの遺体を預からせて欲しいのです」

 

「それは……」

 

(それは流石に……。? 流石になんだ? もう死んだ、なんなら道を違えて俺が殺したポケモンだ。事件があれば死体の解剖なんか珍しくもないし、それを別に死者の冒涜とか言うつもりもない。もしかすると遺体を調べることで俺のポケモンが自我を失う原因が分かる可能性だってある。即決で受けるべき話の筈だ。未練も無くはないがもう割り切れてはいるし嘘に組み込むことだってした。なのになんで言い淀んだ? なんで受け入れるべきじゃないと思ってるんだ?)

 

「……」

 

「……」

 

「……すいません。言い過ぎました。今するべき話ではなかったです」

 

「いえ……大丈夫です」

 

「とにかく私は犯人を探します。誠さん。先程の話も含めて話したいこともありますので出来ればクチバジムで待っていて欲しいのですが」

 

「いえ、私は目的があって旅をしていますから。話があるなら今終わらせましょう」

 

「……そうですか。なら単刀直入に言います。誠さん私の弟子になりなさい」

 

「……急ですね。それは強制ですか?」

 

「その辺も含めてじっくり話したかったのですが仕方ありません。貴方の旅の邪魔も出来るだけしないようにしますし、上からの命令からも私が守ります。だから弟子になってください」

 

「その話は待ってくれるんじゃなかったんですか?」

 

「私もそう思っていました。今では後悔しています。まだ貴方にバッジを渡すべきではなかったと。私は貴方の強さを認めました。貴方とポケモン達ならきっと大丈夫だと私自身甘い判断を下しました。ですが今回のことで誠さんにも分かった筈です。貴方の価値も貴方のポケモン達の価値も。今の実力のままではきっと貴方自身の価値に貴方は潰されるでしょう。強制はしたくありませんがもし嫌だと言うのなら、誠さんに敵だと思われようと今度は本気で戦ってでも弟子になってもらいます」

 

「……本気で勝てると思ってるんですか」

 

「勝てるかは分かりませんが私も本気です。誠さんが覚悟を持って旅を続けるように私も覚悟を持って誠さんを弟子にします」

 

「……抵抗するかもしれませんよ」

 

「今度は私も諦めません。誠さんが抵抗するなら私もそれに抗います。今回は本気です。それにもしこの話を受けてくれるなら先程話したポケモンの遺体のことも私の胸の内に秘めておきましょう」

 

「……」

 

(どうする? この話受けるか? もうマチスが現場を見ていたとは疑う必要はないだろう。交渉次第でほとんど干渉を受けない様にすることもできそうだ。それならこちらはポケモンリーグ関係者としての立場だけ得る事もできる。良い話な気がするけど話が旨すぎる気もする。でもここでチャンスを逃したらおそらくこれ以上の好条件は望めない。多分マチスが本気って言うのも嘘じゃない。断ってバトルしてからとなれば条件はいくらか悪くなるだろう。それにポケモンの死体のことだ。これはメリットを考えれば解剖なりなんなりすれば良いと思うのだが、なぜかそれをしては駄目な気がする。理由は分からないがどんなにメリットを考えても受けるべきじゃないと思ってしまう。違和感を感じた訳でも引っかかる部分があったわけでもないのに。直感かと思ったがそれも何か違う気がする。しかし死体を調べさせないようにするなら弟子入りの話を受けるかマチスの口封じをするかしかない。どうするか。直感を信じるか思いついたメリットを信じるか。どっちが正解か)

 

「誠さん。どうかお願いします」

 

(分からん。こうなりゃ直感だ。今までの自分の人生経験を信じるしかない)

 

「……詳細を詰めましょう」

 

「!! ありがとうございます! ですが話すことが多いですからクチバジムで待っててください!」

 

「分かりました」

 

「では待たせて申し訳ありませんがお願いします。私はこの辺りを確認してから向かいます」

 

「はい。ではまた」

 

「はい! 待っててください!」

 

 そう言うや否やマチスは森へと駆け出していく。村のことで罪に問われるのは避けられたとみていいだろう。なんだかんだあったがとりあえずの目標は達成できた。村から一人出ていったガキがいたのとポケモン達が既に殺されていたのは予想外だったが、ガキはいずれ殺しに行くから問題ない。問題点は多かったが、いずれしなければならなかった問題点の炙り出しをついでにできただけでも収穫だ。ひとまず目標の一つをやり遂げた、今はそれでいい。気付けば空も明るくなってきている。もうすぐ日が昇ってくる。

 

(ゆっくりしたいところだが、まずはクチバジムで話をするための条件と話したエピソードの補強をしないといけない。それが終わったらもう一度ポケモン達に意思の確認をしよう。ヤドナシの件でポケモンの意思が変わることがあると分かった。今回村を襲撃したことでまた数は減ってしまうだろうがそれも仕方ない。今後はもう少しポケモン達の望むこともしてやろう)

 

 そんなことを考えている内に太陽が山から顔を出す。今日も忙しくなりそうだ。

 

 

 

 




ここで第一章終了です。
次回からは第二章カントー編が始まります。


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カントー編
進む人


一章という名のプロローグが終わってようやくゲーム本編に絡める第二章に突入です。


 誠は待つ。誠がいるのはクチバジムのジムリーダー室。そして待ち人はジムリーダーのマチスだ。

 

 村の襲撃を終えた誠はマチスとの約束通りクチバジムにて話し合いの時を待つ。戦闘になる可能性も考えてクチバジムへの道中にポケモンセンターに立ち寄り既にポケモンの回復も行っている。

 

(ポケモンセンターで回復ができて良かった。俺のポケモンはこの世界のポケモンと一緒か分からないからダメだったら道具屋で傷薬を買って使うしかなかったがそうなるとポケモンの数が多すぎて破産する。最悪はポケモンセンターの回復も道具の回復も効かないっていうパターンだったがそうならずに助かった。まあそれより俺がポケモンセンターに行った時のジョーイさんの顔よ。退院して町を出たはずなのに僅か三日で戻ってきたからかすっごい微妙な顔してた。やっぱり入院中に散々迷惑を掛けたのが効いて厄介な患者が戻ってきたとでも思われたんだろうか。……あんまり顔合わせたくねぇな。マチスの弟子ってなったらここが拠点になるだろうから顔合わす機会は多いんだろうけど。てかシンさんともあんな別れ方してるからなぁ。今日来たときはいなかったけどあんまり顔合わせるのもなぁ……別に悪いことじゃないけどなんかなぁ)

 

 そんなことを考えてしまうが今考える事ではないと思考を振り払う。

 

(いや、今考えるべきはそんなことじゃない。とりあえずはマチスの弟子になる条件を考えておかないといけない。メリットデメリット、妥協点と譲れない点、これを決めておかないと半端な結果になる。まずは最低条件の確認。これは村から逃げたユウとかいうガキの殺害と俺に付いてこないポケモンを望む場所に逃がすこと。次点でポケモンの自我がなくなる原因の究明。欲張るなら静かに暮らせる場所の捜索。できれば日本に帰る手段を見つけたいがこればっかりはどう行動すればいいいかも分からないから一旦保留。これを満たす条件を考えなければならない。

 

 とりあえず弟子になるかどうかだがこれは弟子になるのは決定でいいだろう。居場所と行動を把握されるデメリットはあるがそれ以上にメリットが大きい。まず身分が保証される。ジムリーダーの直弟子というのがどの程度の権力を持つか分からないが少なくとも軽々に手を出すバカは減るだろう。そして何よりポケモンリーグの末席に加わることが出来る。末席とはいえ権力のある組織となれば加わるチャンスはそうないだろう。立ち回り次第では自分が権力を振るう立場にまで登れるし、そうならなくても部外者よりは向こうの動向を探れる。マチスが嘘の条件を話す可能性はあるが俺の価値と危険性を考えればここで心象を悪くする真似はしないだろう。マチスの理想は俺を飼い殺しにすることだろうがそこは条件次第でどうとでもなる。

 

 次に妥協しない点として旅をするというのは決定事項。あとマチスの庇護下にある状態で人を殺すのはリスクが高すぎるので最低限は監視のない自由は必須だ。ガキを見つける手段についてはマチスの権力を上手く使えれば楽だが伝手を使ってわざわざ探した相手がその直後に死んだとなれば怪しまれるので出来れば自分で見つけたい。しかし顔や体格すら分からないのは辛い。勢いであの村の連中を殺してしまったがもっと特徴を聞いておくべきだった。勝手に男だと思っていたがもしかしたらユウって名前だと女の可能性すらある。これは失敗だな……今は良いか。反省は後でしよう。とりあえず日数的には週の半分くらいは監視のない自由が欲しい。あとはポケモンの扱い。これも問題だ。まず俺のポケモンを提供することは却下。次にポケモンを育てる様に言われた場合。これがきつい。よく考えたらマチスは俺をブリーダーと思って勧誘してるんだから一緒にいたらポケモンを育てる才能がないこともいずればれる。そうなる前にさっさと免許皆伝を受けて距離をとるくらいしか手が思いつかない。話し合いの時に免許皆伝の条件をはっきりさせておく必要がある。旅を続ける条件と免許皆伝の条件を実現可能なものに落とし込むこと。ひとまずはこれができれば最低条件は達成できる。しかし妥協できる点がほとんどないってのは辛い。交渉の時に一部妥協することで条件を呑ませる手は使えない。

 

 次に次点目標についてだがこれはマチスの弟子になるメリットがでかい。ジムリーダーの伝手となればポケモン研究の権威みたいな奴と話すこともできるだろう。だがこの要求は難しい。村での様子を見る限りは弟子になることを条件にいくつかの要求を呑ませることもできそうだが、それはあくまでこちらから提供できる要素があるということが前提だ。実際はポケモンを育てる才能なんてないんだからあまり要求を吹っ掛けすぎて向こうの要求が断りにくくなるのは致命傷になる。人と人の関係で一番大切なのは利益の有無だ。利益のない関係なんかちょっとしたことで簡単に崩れ去る。相互利益の関係が一番後腐れがなく裏切りの心配もない。だが現状差し出せるものがない。危険を承知で手を打つなら凄腕のブリーダーということになっている俺を保護したことを大々的に発表して組織の実績にするということはできる。当然デモンストレーションは必要だがそれなら組織的として大きな実績を上げたことになるし、実際に関わったマチスの評価も上がる。だがこれをやるには俺が矢面に立つ必要があるので俺の顔が一般に知られて俺の危険性があがる。可能性で言えば俺に付いてくることが嫌になったポケモンの中でマチスに付いていきたいというポケモンがいれば打てる手は増えるが流石にポケモン達に確認もできてない状況でそれは出来ない。

 

 いっそのこと俺が野にいることの危険性を前面に押し出して無理矢理要求を呑ませるという案もなくはないが、匙加減を間違えたら拘束どころか排除される危険すらある。向こうが俺をどの程度の価値と判断しているか分からないが要求の価値が俺の価値を超えるかもしれない。自分の価値を過大評価した奴に待つのは破滅だけだ。そんな博打は打ちたくないのでこれは他に打つ手がなくなった時の最後の手段)

 

 それからも色々と考えながらマチスを待つ。結局マチスがやってきたのは誠がジムを訪れてから三時間が経過した後のこととなった。

 

 マチスが待たせたことを謝罪して誠が受け入れればそこからは互いの頭脳と口を使った戦いの時間。互いがメリットとデメリットを提示してそれぞれの主張をぶつけ合う討論が始まる。誠が旅を強行すると主張すればマチスは誠が野にいることの危険性に言及する。マチスが誠の身の安全について提案すれば誠はポケモンリーグへの不信を主張する。互いに相手に歩み寄ることはなく一方的に自分の主張の正当性を弁舌する。短くない時間が経過して尚話は平行線。そして双方の主張をぶつけ切ったところで討論は議論へと推移していく。互いに妥協案を提示して双方が妥協できる答えを導き出すためにまた意見をぶつけ合う。そして凡そ半日にも渡る議論の末にようやく双方が納得する結論が出る。

 

 結果として

 

 ・誠がマチスの直弟子であることを双方共に認めて内外に公表する事

 

 ・弟子入りに伴い、誠をポケモンリーグ特別職員として登録する事

 

 ・ポケモンリーグ及びマチスからの命令に対しては誠の意見を優先する事

 

 ・誠は三日に一度はマチスへの定期連絡を行い、週に一度はマチスに直接会う事

 

 ・定期連絡及び訪問を行う限りマチスは誠の旅に一切関わらない事

 

 ・誠は異常があった場合には速やかにマチスへの連絡を行い内容を報告する事

 

 ・誠及びマチスの同意があった場合にのみ戦闘訓練を行う事

 

 ・誠は必要最低限のポケモンを除くポケモンをクチバジムで保管する事

 

 ・マチスは誠の同意なく預かったポケモンを使用、貸出、接触しない事

 

 ・誠から預かった荷物をジムリーダー室において保管し、希望の際に返却する事

 

 ・ヤドラン及びケンタロスの遺体を火葬し骨はジムリーダー室に保管、希望の際に返却する事

 

 ・誠がジムバッジを七つ集めた場合、免許皆伝とし定期連絡等の義務は消滅する事

 

 ・誠がこれらの決まりのいずれかを破った場合、マチスの指示に従い保護を受ける事

 

 ・マチスがこれらの決まりのいずれかを破った場合、誠による報復を受け入れる事

 

 の内容で書類を作成して原紙をマチスが写しを誠が保管する。誠は契約書の写しを見て内心でほくそ笑む。

 

(終わってみれば何とかなるもんだ。条件は悪くないどころかこちらが有利。定期連絡や訪問は面倒ではあるがあくまで面倒で済む範囲。もっと束縛が厳しくなると思っていたが結構あっさりと束縛を諦めたのは拍子抜けだった。これは束縛するよりも心象を良くした方がメリットがあると判断されたな。きついのは免許皆伝の条件くらいだがこれもどうにもならない条件ではない。ポケモンの強さを考えればジム制覇はなんとかなるだろう。唯一心配なのは契約を破った時の罰則の履行だ。これは互いに保証がない。マチスが保護しようとしても契約を破れば俺は抵抗することは可能だし、俺が報復しようとしてもマチスも抵抗は可能だ。あくまで個人間の取り決めだしこの世界には訴えるような裁判所なんかもない。一応ジムリーダーという役職を考えれば契約を破った時にこの内容を流布すれば社会的に殺すことができるかもしれないがその前に権力で握る潰されそうな気もする。悩んでも仕方ないが罰則を受ける保障だけは何とかしたかった)

 

「誠さんお疲れ様でした。有意義な話し合いでした」

 

「マチスさんこそお疲れ様です。本気で人と議論するのは久しぶりでしたから私も楽しかったですよ」

 

「HAHAHA楽しかったですか。私はひやひやしてましたが中々肝が据わってますね」

 

「まあマチスさんに比べればこっちは重責がないですから」

 

「HAHAところで早速ですがお願いがあります」

 

「契約通り命令で構いませんよ。言うことを聞くかどうかは内容を聞いて決めますが」

 

「そうでしたね。じゃあ師匠命令です。私と一緒にポケモンリーグ本部に来てもらいます」

 

「……何をするかによりますね」

 

「なんてことはありません。職員として登録するための書類の提出と関係者への挨拶ですね。特殊な立場になるので流石に私からの口頭報告だけとはいきません」

 

「ああまあそうでしょうね。具体的にはどんな役職の人に挨拶するんですか?」

 

「そうですね……代表であるチャンピオンや四天王までいかなくても大丈夫でしょうが、せめて他のジムリーダーには会ってもらいます」

 

「……代表ってチャンピオンなんですか?」

 

「おや? ご存じなかったですか? ポケモンリーグはチャンピオンを代表に四天王、ジムリーダー、ジムトレーナーで構成された組織です。あとは事務職や営業職がいるくらいですね」

 

「役員や会長なんかはいないんですか?」

 

「強いて言うなら引退した四天王やジムリーダーがご意見番ってところですが余程でない限りは何か言ってくることはないですね」

 

「四天王やジムリーダーだけですか? 引退したチャンピオンは?」

 

「チャンピオンが代表ということにはなっていますが、どちらかといえばポケモンリーグを取り仕切っているのは四天王です。チャンピオンは言わば組織の看板役、強さの象徴です。流石に強いだけで組織運営の経験もない方に組織は任せられません」

 

「四天王はどうやって選ばれるんですか?」

 

「おや? 四天王に興味がありますか?」

 

「ないですね。ご意見番になるってことなので一応聞いとこうかと」

 

「そうですか。何かあればどんどん聞いてください。私は誠さんの師匠ですからね。まあ四天王は基本的に任命制です。ポケモンリーグ職員の中から前四天王か現役四天王の推薦を受けた者がいれば現役四天王が協議して任命します。ちなみにジムリーダーもこれは同じです」

 

「ジムトレーナーは?」

 

「ジムトレーナーはジム挑戦した挑戦者をスカウトする場合が多いです。欠員が出た場合には本部に登録してあるトレーナーの中からジムリーダーが選んで応援に来てもらったりもしますがね」

 

「そうですか」

 

(ちょっと当てが外れたな。もっと権力闘争と欲望が渦巻く政府組織みたいなのを考えてたんだが強いトレーナーの集まりが主って感じだ。警戒して敵視し過ぎてたか? しかしまいったな。そうなると権力に頼らずに強さによる名声で力を持った組織ってことだ。他の組織についての本を見つけられなかったがおそらく立法機関や政府機関なんかは別の組織だろう。警戒する相手を間違えてたかもしれん)

 

「それで誠さん。一緒に来てもらえますか?」

 

「勿論です。必要なことですからね。別に何も言うことを聞かないわけじゃないですよ私は」

 

「HAHAHA、ところで誠さん」

 

「まだ何か?」

 

「誠さんは私の弟子になりましたからね。私の事を師匠って呼んでもいいですよ」

 

「分かりました。マチス師匠」

 

「……やっぱり先生でお願いします」

 

「はい。マチス先生」

 

「……やっぱり今まで通りでいきましょう」

 

「そうですねマチスさん」

 

「では今日はもう遅いですから休んでもらって結構です。ジムリーダーに召集を掛けるので本部に行くのは明後日にしましょう」

 

「分かりました。ところでマチスさん」

 

「なんですか? 他に聞いておきたいことがありますか?」

 

「いや大したことじゃないんですけど、この町の宿って相場はどれくらいですかね?」

 

「宿ですか?」

 

「こんなに早くこの町に戻るつもりがなかったので宿泊先を決めてないんですよ」

 

「そうですか、でも多分この時間に新しく宿をとるのは難しいですから今日はポケモンセンターに宿泊されては?」

 

「あーやっぱりそうなりますか」

 

「ポケモンセンターならトレーナーの方は無料で利用できますし部屋が埋まることもないと思いますが、何か問題が?」

 

「いや大丈夫です。じゃあポケモンセンターに宿泊しますんで」

 

「はい。じゃあ明後日の朝にポケモンセンターに迎えに行きますので待っていてください」

 

「分かりました。じゃあまた明後日に」

 

「ええ、また明後日によろしくお願いします」

 

 マチスの見送りを受けてクチバジムを出る。誠は日が暮れた町を歩きながら考える。

 

(さてどこに泊まろうか。順当に考えればポケモンセンター一択だ。金を無駄にする意味もないしセキュリティ面でも問題はないだろう。でも今朝のあのジョーイさんの顔はなんかちょっとなぁ。マチス師匠の家に泊めてくださいってごり押しすればよかったかな。いやそうなると明日出かける時がまずいか。どこ行くか聞かれそうだ。どうすっかな。明日はポケモン達の中に心変わりした奴が居ないか確認する予定だから野宿でも別に良いけど襲われたら困るしやっぱり宿に泊まりたい。滅ぼしたあの村なら襲われることはなさそうだけどあれだけ殺した場所で寝泊りは流石に嫌だし捜査してる奴はいるかもしれん。いっそつくねのそらをとぶで他の町のポケモンセンターに行っても良いけど距離が分からないからどれだけ時間が掛かるかも分からんしなぁ。やっぱりポケモンセンターかなぁ……)

 

 物憂げに町をぶらつきつつたまに視界に入るホテルを見れば高級そうな雰囲気を醸し出している。流石は豪華客船の停泊地にあるホテル、旅の準備で大半を消費した誠の所持金で泊まれそうにない外観だ。自然と足取りも重くなる。

 

(まいった。部屋が取れるかどうか以前に金が無い。明日ポケモンの意思確認した後にまたトレーナー狩りでもして金を稼ぐか。前回は11番道路で荒稼ぎしたから別の場所に行った方がいってみるのもいい。でもまた噂が立って変なのに追いかけられても困るしな。別に無駄に殺したい訳でもないし。一応マチスに一言言ってからの方がいいか。やっぱり何らかの金策手段は確保しないと駄目だな)

 

「あっ! 誠君おかえり〜」

 

「は?」

 

 思い足取りで歩く誠は自身を呼び止める声に振り向く。視線の先にいたのは私服姿のジュンサーさん。

 

(ジュンサーさんか。いきなり名前呼ばれるから焦ったわ。俺の名前知ってる奴なんてほぼ居ないからな。というかやっぱり仕事に休みってあるんだな。私服も持ってるし……それは当たり前か人間だもんな)

 

「誠君。帰ってきたんだってね。ジョーイさんに聞いたよ」

 

「はは、お恥ずかしながら早くも出戻りですよ」

 

「全くもー、帰ってきたんなら私にも声掛けてくれればいいのに」

 

(なんで挨拶に行かなきゃいけねぇんだよ。ジョーイさんも人の事ペラペラ話すなや)

 

「いやーまだ戻るつもりはなかったんですけどマチスさんに呼ばれまして」

 

「へーマチス君に呼ばれたんだ。珍しい事もあるね」

 

「珍しいかどうかは分からないですけどまあ光栄ですね」

 

「そんで? どうしたのよ? 元気なさそうだけど」

 

「いや大した事ないです。どこに泊まろうかなって思ってただけで」

 

「泊まる場所探してんの? 良いところ紹介してあげよっか?」

 

「あんまり予算とかないですよ」

 

「へーきへーき。ついてきなさいよ。連れてってあげるから」

 

「はぁ、じゃあお言葉に甘えて」

 

 先導するジュンサーさんについて行く。道中なんでマチスに呼ばれたかしつこく聞かれた為に弟子になるためという事を吐かされた。そのしつこさはこんな場面ではなくて悪人に取り調べする時にこそ活かして欲しい。そして辿り着いた先はポケモンセンター。

 

「ここよ。旅してる人なら無料で利用できるからここにしなさい」

 

(やっぱりか。薄々そんな気はしてたんだよ。ジュンサーさん見てるし、今更入らない訳にもいかない。別にやましい事はないけど嫌だって言える様な理由もないし。仕方ないポジティブに考えよう。どちらにせよ今後ここは利用することになるし切っ掛けを作ってくれたと思おう。うわ、中のジョーイさんと目が合った)

 

「どうもありがとうございます。今回はここに泊まろうと思います」

 

「そうしなさい。治安は良いけどあんまり夜に町に出ない方がいいわよ」

 

「ありがとうございます。気をつけますんで」

 

 やだな、入りたくないな、そんな気持ちを押し殺してポケモンセンターへと足を踏み入れる。

 

 

 

 




マチスとの交渉はカット。全部書こうとすると交渉だけで三話分くらい使うから仕方なかったんや


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話す人

遂に評価バーに念願の色が着きました。今後ともよろしくお願いします。


「もう朝か。本部行きたくねぇな」

 

 マチスとの話し合いから二日。今日はポケモンリーグ本部に挨拶と書類作成に行く日だ。昨日はマチスにトレーナーとの戦闘許可を貰いに行ったらせめてあと一日だけ目立つ事は避けて欲しいと言われたので一日をポケモンセンターで引き篭って過ごす羽目になった。

 

 ポケモンセンターで誠に割り当てられたのは入院中も使っていた例の個室。慣れた部屋の方が過ごしやすいだろうと言われたが医療用の機械が入り乱れる個室にいるとまるで自分が怪我をしたかのようで気が滅入る。だが唯でさえ印象が良くないだろうジョーイさんに文句を言うことも出来ず、甘んじてこの部屋を使っている。

 

 バトルは出来なかったが個室ということを利用してポケモン達の意思確認だけは出来ている。やった事を考えれば半数程度が離脱することも覚悟していたが、いざ確認してみれば当初の予想に反して離脱する事を選んだのは極少数。僅か十数匹が離脱の意思を示しただけに留まった。これらのポケモンは旅の途中でそれぞれが望む環境の場所に逃すことになっている。

 

(今日は書類を書いたら俺がやるのは挨拶だけで交渉や説得はマチスの領分。俺が変に口に出して拗れさせることも無い。一応シュミレーションだけはしてるが無駄になることを祈ろう。俺の基本的な対人スタンスは1体1。相手が好きそうなキャラを作って対応するから複数人相手は苦手だし、仮に1体1だとしてもジムリーダーには心を読むエスパーとかいう絶対相対したくない奴がいる。是非ともマチスに頑張って貰いたい)

 

 ポケモン達をリュックに詰めてポケモンセンターの入口でマチスを待つ。覚悟と準備は万端。もし戦闘になっても何人か殺して建物に大打撃を与えて逃げるくらいは出来るだろう。

 

 そんなことを考えている内にマチスはやってきた。相変わらず迷彩柄の軍服を着ている。スーツとか持ってないんだろうか。

 

「お待たせしました誠さん。準備は出来てますか」

 

「私は大丈夫です。今日は宜しくお願いします」

 

「こちらこそよろしくお願いします。移動手段は準備できてますので」

 

 そう言ってマチスが出したのは二匹のオニドリル。マチスが電気ポケモン以外のポケモンを持っていることに意外性を感じたが移動の利便性を考えれば当然の話かもしれない。

 

「道はポケモンが知っていますから誠さんは指示はせずに乗るだけで結構ですので。くれぐれも指示を出してルートが逸れない様に気を付けてください。特定のルートを外れると野生のポケモンやトレーナーに攻撃されます」

 

「飛んでいけば誰でも入れるわけじゃないんですね」

 

「当然です。ポケモンリーグ本部ともなれば色々な情報があります。誰でも自由に出入りできるような甘いセキュリティではありません」

 

「分かりました。大人しくマチスさんの後に付いていきますんで」

 

「ええ、そうしてください。では行きましょう」

 

 オニドリルに跨れば、誠を乗せたままオニドリルが大きく翼をはためかせる。あっという間に地面が離れ視界に広がるのは地平線。今まで周囲の景色すら確認できないつくねの高速の空中走行かムクホークの低空飛行しか経験したことがなかったので分からなかったが下を見れば思った以上に怖い。

 

 自然とオニドリルに跨っている足に力が入る。今までは移動手段として便利くらいにしか考えていなかったが考えを改めた方が良いかもしれない。空を飛んでいる最中に攻撃を受ければ何もできそうにないし、地面に落とされただけでもおそらく死ぬ。

 

 今この瞬間もずり落ちたら死ぬと考えながら下を見ない様にして正面を見据える。本来ならルートを確認して覚えておくつもりだったがそんな余裕はない。頼むから早く着いてくれ。それか周りが見えないくらいの速度で飛んでくれ。

 

 次回からは絶対につくねに乗って移動すると決めてひたすら恐怖に耐えること凡そ一時間。ようやく目的地が視界に入る。力を入れっぱなしだった太ももがプルプルして痛い。バイクに乗ってなかったら耐えれなかった気がする。

 

 辿り着いたのは荘厳な神殿を思わせる大きな建物……の横にある無駄にでかいだけの簡素な事務所のような建物。入り口には守衛と思われるトレーナーが二人立っているが正直セキュリティがガバガバな気がする。ここに来るまでが厳しいというのは分かるのだが最後の砦がこれで本当に大丈夫なのかポケモンリーグ本部。金の使い道を間違っている気がしてならない。

 

 外観はともかくマチスの先導で守衛に声を掛けて建物に入る。中も外見に違わず安っぽい雑居ビルのような内装をしている。大きさだけは中々のもので飾りっけのない無駄に長いだけの廊下を歩き、辿り着いた一室の前でマチスが足を止める。

 

「誠さん。この部屋にジムリーダーを集めてますからここからは私は師匠らしく振る舞います。どうかお願いします」

 

「心配しなくても分かってますよ。余計な口は挟みませんから」

 

「本当にすいません。他のジムリーダーにも誠さんの事は伝えたんですがやはり今まで名前も聞いたことがないブリーダーとなると半信半疑でして」

 

「大丈夫ですよ。別に喧嘩したいわけじゃありませんから。少々の事なら気にしません」

 

「ありがとうございます。それと誠さんの紹介以外についても話すことがあるのでしばらく立って待ってもらうことになると思いますがそれも我慢してください」

 

「問題ありません。マチスさんも説得頑張ってください」

 

「はい。では行きましょう」

 

 マチスがドアノブを掴み音もなく扉を開く。扉の先には折りたたみの机と椅子がコの字型に並べられており、そこに座るのは9人の男女。

 

(多い。ジムリーダーだけじゃなくて四天王も普通にいる。興味を持たれたか嵌められたか。これが俺を袋叩きにして拘束するためのマチスの策だったら大仰過ぎる)

 

「それが弟子? えらく物騒な事考えてるじゃない」

 

「っ!」

 

 口を開いたのはジムリーダーのナツメ。思考を読まれた。警戒レベルを上げて余計な事を考えないように先程のそらをとぶの恐怖を思い出して頭の中を塗り潰す。

 

「……へぇ」

 

「ナツメさん、いきなり心を読むのはやめてください。弟子が怖がります」

 

「怖がってはなさそうだけどね。まあいいわ」

 

「ん。では気を取り直して。この人が私の弟子になる誠君です。誠君挨拶を」

 

「ご紹介に与りました誠と申します。この度マチスさんに拾っていただき弟子に加わる事となりました。若輩者ではございますが宜しくお願い致します」

 

「あんたマチスの弟子なんでしょ。私らがよろしくすることなんてないわよ」

 

 挨拶を聞いたカスミから皮肉が飛ぶ。

 

(別にこっちもよろしくされたくないわ。社交辞令も分からんのかこいつは)

 

「そう言うなって。ちゃんとした挨拶の出来る良い青年じゃないか」

 

「うん。挨拶は大事だ。いいじゃないか」

 

 反面、タケシとカツラからはフォローが入る。そしてジムリーダー達が各々の紹介に入る。

 

「挨拶が遅れたね。俺はタケシ、ニビジムのジムリーダーをしてる。よろしく」

 

(これは優しいというよりは厳格って感じか。許容されるラインを把握して適切な節度と距離を保っていれば問題なさそうだ)

 

「私はハナダジムのカスミよ。覚えときなさい」

 

(こいつはプライドが高いのか? 無駄に自意識が強い。自分事にも平気で巻き込んできそうなタイプだ。できるだけ距離を置いた方がいい)

 

「私はタマムシジムのエリカと申します。あんじょうよろしゅうに」

 

(ずっとニコニコしてて表情が読めん。偏見だけどこういうニコニコしてて京都弁の奴は腹黒くて足元掬われそうだ。評価保留)

 

「私はヤマブキジムのナツメよ。よろしくねお弟子さん」

 

(何か人を下に見てる感じがする。特殊な能力があるからこその傲慢なのか自分だけが特殊な能力を持ってる故のコンプレックスの裏返しか分からんが孤高というか孤独というか。付け入る隙はありそうだが能力が厄介過ぎる。出来れば距離を置きたい)

 

「私はグレンジムのカツラだ。よろしく頼むよ青年」

 

(こいつが一番話が通じそうな気がする。個人の変な主義主張もなさそうだし、目的の為なら犠牲も許容するタイプな感じ。でもなんかコウモリっぽいんだよな。複数の陣営をフラフラして漁夫の利を持っていくタイプというか)

 

「拙者はセキチクジムのリーダーアンズと申します。以後お見知り置きを」

 

(この子だけなんか浮いてるな。新参というか、まだ場の雰囲気に馴染めてない感じがする。確かキョウの娘だったか。二代目の重圧を受けて頑張ってんだろうな。こいつは御しやすそうではあるが親がどうか分からんな)

 

「俺はグリーンだ。トキワジムのリーダーをやってる」

 

(やっぱりリーダーはサカキじゃないんだな。こいつはなんだろうな。無気力? 違うか、興味を示す対象が狭いんだろうか。興味無いものにはとことん無頓着。うん多分これだな)

 

 互いに自己紹介を終えて、ジムリーダー達は誠のマチスへの弟子入りについて協議する。マチスが率先して会話しているため誠は口を出す必要もなく壁のしみに徹しながらその様子を観察する。

 

 今この場での懸念事項は二つ。一つはこの場にいながら自己紹介にも参加していない四天王の二人、イツキとカリンについて。カリンは全く表情に変化がないし、イツキに至っては変な仮面のおかげで視線すら分からない。今のところ動きはないが何故ここにいるのかが分からない以上は注意する必要がある。

 

 そしてもう一つは先程思考を読まれたナツメについて。初手の言葉がブラフということはないだろうから思考を読む事ができるというのは真実と考えていい。問題はどこまで読むことが出来るかだ。考えたことをそのまま読むのか考えてない深層まで読むことが出来るか。事と次第によっては最悪の状況を考える必要がある。

 

 出来れば原理を知りたい。原理が分かれば対策も取れる。目を通じて脳波を読み取るような能力なら視界を潰せばいいし、耳を通じて何か聞いているのなら聴覚を奪えばいい。流石にテレパシーでどうこうなんて話になるとなんらかの手段でナツメの精神を乱すくらいしかなさそうだが対策を考えて損はない。

 

 いや考えるのは後にしよう。ナツメの能力の効果範囲も不明だ。もしかしたらこれも全部読まれている恐れがある。今は壁の染みに徹するべきだ。

 

 誠は思考を止めてジムリーダーの協議を眺める。それぞれの意見はマチス、カツラ、タケシが賛成、エリカ、ナツメが条件付き賛成、グリーン、アンズが中立、カスミが反対となっている。条件付き賛成の条件はマチスが誠の所在や行動の管理をして何かあった場合の責任を取ることだがマチスはこれを了承。これで賛成意見が五名で過半数を超えているので多数決なら決定なのだが、カスミがそれに食い下がる。しかし反対を主張するものの大した根拠は出てこない。精々がジムリーダーの弟子にふさわしくないという程度のものだがカスミが誠の事を理解しているとも思えないという理由で反対意見は袖に振られ、結局は誠のマチスへの弟子入りが決定された。

 

(なんだろうな。カスミのあれは気に入らないからってことでいいのか? 俺個人かマチスに対してかは分からんがあんまりいい感情を持ってないから反対してる感じだ。感情が先行するタイプか。やっぱり関わるのは危険だな)

 

「誠君だったわね」

 

「! はい」(やべ、ぼーっとしてた)

 

 協議が終わって誠に声を掛けたのは今まで関わってこなかった四天王のカリン。

 

「先程の話し合いを以て貴方をクチバジムリーダーマチスの弟子と認めるわ。これからも精進なさい」

 

「はい。ありがとうございます。精一杯精進致します」

 

「あとは貴方をポケモンリーグ特別職員として雇用することに関してだけど、これについては私達四天王は認可出来ないわ」

 

「!? そんな! カリンさん! それについて理由は話した筈です!」

 

「マチスは黙りなさい。これは現時点での四天王の総意です」

 

「イツキさん! あなたはどうなんですか!」

 

「うん? 凄いブリーダーがいるとは聞いたよ。でも確認も無しってのは流石に難しいよね」

 

「マチス。私は黙りなさいと言ったのよ。これ以上邪魔をするなら出て行ってもらうわ」

 

「っ!」

 

「まったく。それで誠君。現時点では私たちにはあなたが特別職員にふさわしいかどうか判断できないから試験を行うわ」

 

「試験ですか?」

 

「そうよ。誠君はポケモンは強いけどバトルの腕はそこまでじゃないってマチスから聞いてるからマチス以外のジムリーダーの誰かを指名して貰って戦ってもらうの。それでポケモンの強さを確認して特別職員に相応しい人物と判断できれば雇用するわ」

 

「そうですか」

 

「ええ。あくまでポケモンの強さを測る為の試験だから勝敗は気にしなくていいわよ」

 

「分かりました。少しマチスさんと話をさせて頂いてよろしいですか?」

 

「別にいいけど私達も暇ってわけじゃないから五分以内に試験を受けるかを決めてちょうだい」

 

「はい。申し訳ありませんが少々お時間いただきます。マチスさんちょっと」

 

「……ええ」

 

 ジムリーダーと四天王を部屋に待たせたまま、誠とマチスは部屋を出て廊下で対峙する。

 

(正直ポケモンリーグに加入できないならできないでいいんだよな。実態は分かったし思っていたメリットもない。せめて少しでもメリットを増やさないと加入する旨味がない)

 

「マチスさん。契約は覚えていますか?」

 

「すいません誠さん。私の力不足です」

 

「そんなことはどうでもいいんですよ。契約は覚えていますか?」

 

「はい……覚えてます」

 

「私は別にポケモンリーグの職員になることを望んだ訳じゃありません。それを望んだのはむしろマチスさんでしたよね」

 

「……そうです」

 

「その契約に新たな条件を追加するっていうのはどういうことですか?」

 

「……私の力不足でした。本当に申し訳ありません」

 

「力不足は契約不履行の言い訳にはなりません。それはマチスさんの都合です」

 

「……」

 

「マチスさん、私は貴方を信じて契約を交わしました。もしこのまま試験をするというなら私は契約が不履行になったと判断してこのまま帰ります」

 

「そんな事を言わずにどうか」

 

「マチスさんの中ではあの契約はそんな事かもしれませんが私にとってあの契約は絶対です。これを裏切るのなら私は契約に則って報復を行います」

 

「……」

 

「どうしますか?」

 

「契約内容は更新できませんか?」

 

「……」

 

「……すいません。忘れてください」

 

「……いや、いいでしょう。契約を更新しましょう。詳細は帰ってからでいいですか?」

 

「! それで構いません」

 

「分かりました。しかし横紙破りをした事は無かったことにはなりませんからね。それを忘れないでください」

 

「……勿論です」

 

「では試験を受けましょう。……言っておきますがこれ以上は一方的な契約更新は受け付けません。過剰な命令でもある様なら警告無しで行動します。それだけは覚えておいてください」

 

「……分かっています。今後は気を付けます」

 

(条件も決めずに契約は結ばない方がいいぞ。後でふっかけられても何も言えなくなるからな)

 

 扉を開いて部屋に戻ればカリンが時計を凝視している。五分を超えていたらどうなっていたんだろうか。

 

「お待たせしてすいません。試験を受けさせて頂きます」

 

「まだ五分経ってないから問題ないわ。それじゃ試験相手は誰にする?」

 

「はーい! 私! 私が相手しまーす!」

 

 唐突にカスミが試験相手に立候補する。

 

「えーと、この場合カスミさんに試験してもらった方がいいんですか? (別に誰でも良いし)」

 

「そこは自分で選んでちょうだい。別にカスミじゃなくてもいいわ」

 

「じゃあ誰にしましょうかね」

 

「ちょっとあんた! 私を選びなさい! ジムリーダーの強さを教えてあげるわ!」

 

「(うるせぇなこいつ)……カスミさんを選んで何かメリットがあるんですか?」

 

「何言ってんのよ。生のジムリーダーの強さが見れるのよ。メリットしかないじゃない」

 

「それは誰選んでも一緒ですよね」

 

「いいから私を選びなさい。マチスの弟子なんかボコボコにしてやるわ」

 

「それが本音ですね(マチスと仲悪いのか、せっかくだから利用するか)」

 

「そんなことないわ。良いから私にしときなさい」

 

「じゃあカスミさん全力で構いませんから俺が勝ったらバッジくれますか?」

 

「いいわよ。私に勝てたらブルーバッジをあげるわ」

 

「それでいいですかねカリンさん」

 

「うーん試験なんだけどなー。まあいいわ。カスミはちゃんと戦いなさいよ」

 

「分かってるわ。大口叩いたことを後悔させてやるんだから」

 

「じゃあよろしくお願いしますカスミさん(感情的な奴はちょろいな)」

 

「カスミってことはステージは水ね。誠君ついてきて、ステージに案内するわ」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 カリンの先導でステージへと移動する。そんな誠は内心でほくそ笑んでいる

 

 

 

 

 

 




なんか誠君が調子に乗ってきたな。再教育しないと


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試される人

遂に来てしまいました。今まで何とか避けてきたバトル展開です。
拙い文章になりますがお納めください。


 誠が案内されたのはマチスと戦った基本的なステージの周囲をプールに囲まれたステージ。その周りには観客席があり、先程の話し合いに参加していたジムリーダー達とイツキの姿がある。

 

(やっぱりジムリーダーに有利なステージがあるんだな。格上で挑戦を受ける立場なのに有利なステージまでは用意するのはせこい気がする。マチスは何もないステージだったのに……でもマチスは監視カメラで戦いを観察してたし同レベルか)

 

「審判は私四天王のカリンが務めるわ。勝負は試験ということを考慮して三体三のトリプルバトル。ポケモンの制限はなしでアイテムの使用と持ち物は禁止。ポケモンの交代は三体の内一体を一度だけ交代可能。場に出ている三体のポケモンが全て瀕死になったら終了よ。質問はあるかしら」

 

「大丈夫です」

 

「問題ないわ。それと私はハンデとして交代なしでいいわよ」

 

「じゃあポケモンを出して。私の開始の合図で初めてちょうだい」

 

「行きなさい! スターミー、ヌオー、ランターン!」

 

「行け! デンチュウ、ユカイ、つくね! お前達は自由だ!」

 

 それぞれのポケモンが姿を現す。ヤドナシとぎゅうかくを失った誠が四体のポケモンを選出するとなれば今回選出した三体とドザエモンしかいない。水のジムリーダー相手に水が四倍弱点のドザエモンを選出することを避けた為に選出に選択肢はなかった。

 

(水のジムリーダーならデンチュウでどうとでもなると思ってたが電気対策にランターンとヌオーか。草ポケモンがいれば良かったが今更どうしようも無いな)

 

「準備はいいわね。それじゃ始めるわよ。試験開始!」

 

「デンチュウは相手を囲うようにかみなり! 狙いは甘くていいから乱射して閉じ込めろ! ユカイはヌオーに鬼火! つくねはかみなりを抜けた相手に蹴りを入れて中に押し戻せ!」

 

 先手を取ったのは誠。ポケモンの強さで勝っているため正面切っての直接対決に持ち込むもうと水に潜られないことを優先して指示を出す。ステージ上に所狭しとかみなりが降り注ぐ。

 

「ヌオー! スターミーを守りながら水に飛び込みなさい! ランターンもじゅうでんしながら盾に!」

 

 ヌオーがスターミーを抱いて水辺へと駆ける。その頭上ではランターンが浮遊しており、かみなりは全てランターンが受け止め、頭の提灯へと吸収される。水に潜ろうとするポケモンを阻止するためにつくねが動くが降り注ぐかみなりで近寄ることを阻止され、ヌオー、スターミー、ランターンの姿は水の中へと消えていく。

 

「あら? 簡単に潜れちゃったわ。自分達の技が邪魔で動けなくなるなんてまだまだね」

 

(最悪だ。スターミーだけでも落としたかったのに技の選択をミスった。全く効かないのを見る限りあのランターン多分特性がちくでんだ。あいつ徹底して電気対策してやがる)

 

「デンチュウ! プールに全力でかみなりを落とせ! 全部感電させろ!」

 

 デンチュウは尻尾を震わせて電気を起こし、先程までと明らかに威力の違うかみなりを放つ。しかし激しい轟音と共に降り注いだかみなりはプールの水面に触れるなりなんの反応も起こさず霧散する。

 

「あーら、その位の対策してないと思ってるの? その水は純水。電気は通さないわ」

 

(チッ、ステージで弱点対策すんなや。水の中ってなると貫通力のある攻撃じゃないと勢いが死ぬ。面倒な真似しやがって)

 

「デンチュウ! 水中を掻き回すようにシグナルビーム! ユカイはシャドーボール! つくねはそらをとぶで警戒! 敵が顔を出したらそのまま空に連れ去れ!」

 

 指示に従って三匹は行動を開始する。デンチュウとユカイがそれぞれ技を打ち続け、つくねは空を走り回り、カスミと誠はその様子を眺め続ける。

 

(クソが、なんで行動を起こさない? 舐めてかかってんのか? それとも消耗狙いか?)

 

「技の威力は中々のものだけどトレーナーがあんたじゃ宝の持ち腐れね。お手本を見せてあげるわ。皆! 各個撃破! まずはドードリオよ!」

 

 カスミが声を上げればスターミー、ヌオー、ランターンがそれぞれ別の場所から水面に顔を出す。つくねは最も距離が近いヌオーに反応して突撃するがヌオーはそれをみずのはどうで迎え撃つ。つくねはみずのはどうを回避するが回避した先でランターンの放った十万ボルトが直撃し、感電して足が止まったところにすかさずスターミーのれいとうビームがつくねの頭の一つを撃ち抜く。

 

「つくね!」

 

「あら? ポケモンが強いのは本当みたいね。戦闘不能にするつもりだったんだけど」

 

 つくねは頭の一つを項垂れさせ、足を震わせながらもヌオーへの突撃を再開する。

 

「つくね! もういい! 戻れ!」

 

 咄嗟につくねをボールに戻す。(しまった咄嗟に戻しちゃった。出せるポケモンなんかそういないのに)

 

「もう交代かしら? まあ何を出しても結果は変わらないけどね」

 

 カスミの挑発が耳に響く。

 

(ムカつくなこいつ。自分に有利なステージで弱点を補っておいてこの言い草。このステージじゃなけりゃもう少しやりようがあるのに……ステージか。そうだなステージを有利なものじゃ無くしてやる。相手に有利な場所で戦う必要なんかない。ポケモンの力を過信し過ぎて力押しにこだわり過ぎた)

 

「ドザエモン! お前は自由だ! いけ!」

 

「ドサイドン? 私は水ポケモンのエキスパートよ? 舐めてるの?」

 

(馬鹿にしてろ。すぐに後悔させてやる)

 

「デンチュウ! ほうでんで全面を攻撃し続けろ! 誰も顔出せないようにしてやれ! ユカイはドザエモンの後ろに!」

 

「皆! 水の中に潜りなさい!」

 

 デンチュウが力を貯めて全身から電気を放出する。電気が到達する前に既にカスミのポケモンは水中に身を潜めており、電気は水面を撫でるだけに終わる。

 

「電気の無駄遣いだわ。これだから電気タイプは嫌いなのよね。電気を出し切ったらまた一匹づつ倒してあげる」

 

「(次なんか与えるか)ユカイ! どくどく! 直接水の中に流し込んでやれ!」

 

「!! ランターン! ヤミラミに十万ボルト! 水辺に近寄らせちゃ駄目!」

 

「ドザエモン! ユカイを庇え!」

 

「ヌオー! みずのはどう!」

 

「ドザエモンそのままヌオーにがんせきふうじ! 先に潰せ!」

 

 水に毒を混ぜられることを嫌がったカスミは何とかユカイを止めようとするがそのことごとくをドザエモンがカバーする。その間にもユカイはプールにどくどくを流し続ける。

 

(やっぱり毒は嫌か。でも水の量を考えるとどくどくだけだと厳しいからそっちは囮だ。そのまま毒に意識を向けてろ)

 

「あーもう! ヌオー! うずしおよ! 毒を一か所に纏めて! ランターンも一回潜って!」

 

「ドザエモン! そのままがんせきふうじを打ち続けろ! ユカイに攻撃が来るかもしれないから警戒も怠るな! デンチュウは頑張ってほうでんを続けてくれ!」

 

 誠の指示に従ってドザエモンは水面に岩を落とし、ユカイは毒を流し、デンチュウは電気を放出する。対してカスミのポケモンはヌオーがうずしおを起こしているだけ。互いに進展の無い硬直状態に陥る。しかし既に水面の凡そ半分に毒が浮かび、落とされた岩は一部が水面に顔を覗かせている。

 

「(さて上手くいくかな)ドザエモン! 水面の岩に上から打ち付けるようにがんせきほう!」

 

 ドザエモンの放ったがんせきほうが重ねられた岩にぶつけられ、岩の山が崩れて水中へと消えていく。誠が試そうとしているのは石打漁と呼ばれる漁法を真似たもの。水が持つ音や振動を伝播しやすいという性質を利用し、水中の石に別の石をぶつけることで音響と振動を伝播させて水中の魚を気絶させる日本では禁止された漁法である。本来は水中の岩を使用するが、今回は岩がなかったため、がんせきふうじで岩を重ねることで石打漁を行う状況を作り上げている。

 

(どうだ? 岩に隙間があっても効果あるか? これが駄目なら次の策だが)

 

 しばらく待てばうずしおが徐々に小さくなっていく。更に待てば水面に一つの影が浮かぶ。その影は気絶したヌオーだった。

 

「ランターン! 戦闘不能!」

 

「っ! ランターン戻って!」

 

 審判であるカリンの合図と共にカスミがランターンをボールに戻す。これがスターミーだった場合デンチュウのほうでんによる追い打ちが待っていただろう。

 

(一匹か。もう一回やるか? いや同じ手を使うと邪魔されそうだ。次にいこう)

 

「なかなかやるじゃない。ちょっとだけ見直したわよ」

 

「(勝手に喋ってろ、戦闘中だぞ)ドザエモン! ロックブラストをステージに撃て! ユカイは鬼火でその石を炙れ! デンチュウはもう少し踏ん張ってくれ!」

 

 デンチュウが周囲に電気を撒き散らす中、ドザエモンの両手から射出された岩がステージにめり込んでいく。それをユカイが鬼火で炙り、コツコツと焼けた石が量産される。

 

(頼むぞデンチュウ何とか凌いでくれよ。このプール無駄に広いからどれだけ石がいるか分からん)

 

「無視なんていい度胸してるじゃないの! ヌオー! デンリュウにマッドショット!」

 

「デンチュウ! パワージェムで迎撃!」

 

「かかったわね! 今よスターミー! サイコキネシス!」

 

「ユカイ! サイコキネシスで迎撃!」

 

(ヌオーを特攻させてほうでんが収まったところをスターミーで攻撃か。危険を承知で水から出したってことは大分追い詰められてるな)

 

「ドザエモン! ヌオーがいる辺りに焼けてる石を投げろ! その辺の全部投げていい!」

 

 ドザエモンは周囲の焼けた石を拾って腕の穴に装着、それを射出する。水面に触れた石から温度を奪った水は大量の蒸気をあげながら一瞬で沸き立つがそれも一瞬。熱湯は周囲の大量の水と混ざり合いすぐさま温度を下げる。しかしデンチュウとユカイを相手に技を打ち合っている間に次々と焼けた石が放り込まれ徐々にその温度を上げていく。遂にはプールからは湯気が立ち始めたがそこで焼けた石は打ち止めとなった。

 

「チッ、ドザエモン! ヌオーにロックブラスト!」

 

「潜って!」

 

「ユカイ! 戻ってきて石を焼け! デンチュウはほうでん!」

 

「スターミーも潜りなさい!」

 

(よしパターン入ったか。また電気が効かないヌオーが邪魔しにきたら同じように対応するだけ。これをプールが熱湯になるまで続ければいい。熱湯の中でも動けるようなら少しづつどくどくを流し込む。それも駄目なら壁をぶっ壊すか穴を掘るかして水を外に流すくらいしか思いつかんが打開策を打ってこない限りはこれを続ける。もし途中でヌオーを仕留めれたらスターミーは電気で封殺できるから完全に詰みに持っていける)

 

「ドザエモン、ユカイ、どんどん焼いていけ。デンチュウはまだ電気出せるか?」

 

「りゅっ!」

 

「よし! じゃあもうちょっと頑張ってくれ頼りにしてるぞ!」

 

「りゅー!」

 

 デンチュウの余裕綽々な様子を見て、ドザエモンとユカイに視線を戻す。石は幾らか溜まってきているがプールを沸騰させるにはまだまだ少ない。炎タイプの技が使えるポケモンも用意しておけば良かったなんて考えているとカスミが声をあげる。

 

「はぁ、もういいわ。私の負けよ」

 

「(降参? 打開策が思いつかなかったか?)降参ってことですか?」

 

「っ! そうよ! 何度も言わせないで!」

 

「カリンさん、問題ありませんか?」

 

「分かりました。ジムリーダーカスミの降参を認めます。誠君の勝利で試験は終了です」

 

「はいありがとうございました」

 

(最後はあっけなかったが無事に終わったか。カスミが諦めが悪くなくて良かった。あのまま続けて何か打開策を思いつかれると逆転されたかもしれん。それにデンチュウも余裕そうに見えるが石を用意し終わるまで体力が持つか分からんかったしな)

 

「お疲れ様。これからさっきの試験を参考に雇用について協議してくるわ。そんなに時間はかからないけどどこか休める部屋でも用意する?」

 

「いや大丈夫です。ここで構いません」

 

「そう? じゃあちょっと待っててね。すぐに戻ってくるわ」

 

「はい。待ってます」

 

 ステージを離れるカリンを見送る。階段を上っているということは観客席のジムリーダーやイツキと協議するのだろう。

 

(今回は思ったよりバトルっぽいバトルしたな。バッジ賭けてたから勝たないといけなかったけど試験として見るとちょっとあれだ。ポケモンの強さを見せるのが目的だったのに作戦に頼って普通のバトルになったのは不味かったかもしれん。しかもレギュラーを全部見られてる。早めにレギュラーの空いた枠の補充と育成をした方が良さそうだ)

 

「ちょっとあんた!」

 

「はい何でしょうか? (うるせぇのが来たな)」

 

「約束よ。持っていきなさい」

 

 そう言ってカスミは何かを放り投げる。受け取ってみればそれはジムリーダーに認められた証であるジムバッジ。

 

「ありがとうございます」

 

「ふん、まあまあ強いみたいだからね。そこは認めてあげるわ」

 

「いえいえ作戦が上手くいっただけですよ。実力じゃあまだまだ敵いません」

 

「当然よ。それよりあんた、マチスの弟子じゃなかったの? 電気ポケモン一匹しかいなかったじゃない」

 

「本業はブリーダーですからね、タイプのこだわりはないですよ」

 

「そういうことね。じゃああんた水ポケモンは育ててるの?」

 

「ええ、勿論育ててますよ」

 

「じゃあちょっと見てあげるわ。出してみなさい」

 

「すいませんが育成途中のポケモン達は今クチバジムに置いてきてるんですよ。今日連れてきたのは育成が終わってるポケモンだけです」

 

「……育成が終わってる水ポケモンはいないの?」

 

「数日前まではいたんですが……死にました(ヤドナシのこと聞いてないのかこいつは)」

 

「……そう……そういえばマチスが言ってたわね。ヤドランだったかしら」

 

「……はい(聞いてんじゃねぇか。もっと気を遣え)」

 

「悪いこと聞いたわね。忘れて頂戴」

 

「大丈夫ですよ、一応は吹っ切れてますから」

 

「……まあいいわ。あんた今度うちのジムに遊びに来なさい」

 

「ハナダジムにですか?」

 

「そうよ。ちゃんと水ポケモンも連れてくるのよ。私が直々に見てあげる。それとちょっとだけなら戦い方を教えてあげてもいいわ」

 

「分かりました。時間が出来たら是非お邪魔させてください(行きたくねぇ)」

 

「でも私も忙しいからスケジュールを調整しないといけないのよ。いつなら空いてるの?」

 

「すいません。私も色々とやることがありまして。日程については後日決めさせていただけるとありがたいです」

 

「そう、仕方ないわね。じゃあ早めに連絡してきなさい。あんたの水ポケモンが見れるのを楽しみにしてるわ」

 

「はい。私も楽しみにしておきます」

 

「……ねえ……」

 

「はい?」

 

「あんたは自分のポケモンを奪った奴が憎い?」

 

「そりゃあ……まあ」

 

「……そう……そうね……私に勝った貴方にもう一つ教えてあげる。できるだけ早くタマムシジムのエリカを訪ねなさい」

 

「エリカさんですか?」

 

「ええ、貴方の巻き込まれた事件についてはマチスから聞いてる。おそらく貴方のポケモンを奪ったのはロケット団と呼ばれる組織よ。近くその組織のアジトに攻撃を仕掛ける予定があるわ」

 

「……それは私に言ってよかったんですか?」

 

「分からないわ。でも私はエリカを訪ねなさいと言っただけ。そこからは自分で考えて行動しなさい」

 

「……情報感謝します(厄ネタだなぁ)」

 

「気にしないで。私は他のジムに行ってみなさいと言っただけ。他には何も言ってない。そうでしょ?」

 

「あぁなるほど。そうですね、何も聞いてないです」

 

「それでいいのよ、うちに遊びに来るのは遅くなっても構わないわ……でも後悔するような事にだけはならないように行動しなさい」

 

「……分かってます」

 

「それじゃあ私は貴方の雇用会議に参加してくるから行くわ。良い結果を待ってなさい」

 

「ええ、そちらは楽しみにしておきます」

 

「私に勝ったんだから大船に乗った気でいなさい」

 

 そう言って立ち去るカスミを見送りながら誠は思う。

 

(まったく、このタイプはこれがあるから嫌なんだ。ちょっとした事ですぐ距離を詰めてきやがる。遊びに来いって世の中お前の都合で回ってんじゃねぇんだぞ。しかもロケット団とか厄ネタ持ってきやがって。大方実力を多少認めたのと同情ってところか? めんどくせぇ、放っておいたら騒ぎ出すんだろうな。どうせジム巡りはしないといけなかったからタマムシジムには行くし、遊びに行くのはマサキに会いに行く予定があるからその時に顔だけ出せばいいが)

 

 だが約束はともかくとしてあの態度なら今回は反対に回ることはないだろう。些細な事で自分の味方に回るような奴はまた些細な事で簡単に裏切る。それは今までの人生で十分すぎる程学んできた。気分や感情で基準が変わるような奴を信用するような馬鹿な真似をするつもりはない。

 




カスミを一回バトルしたらもう友達みたいなサトシっぽいさっぱりした性格にしたかったのに、なんか自分の文章読んでると高飛車系チョロインみたいになってる。なんでだ?


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価値ある人

大変お待たせいたしました。前投稿から4日もお待たせして申し訳ありません。
年が明けて少しすれば仕事も落ち着くと思いますのでもうしばらくご辛抱ください。


 俺は逸見誠。新米トレーナーにしてポケモンリーグ本部所属ポケモン育成監督外郭特別職員だ。職務内容はポケモンを育成するトレーナーに対してアドバイスを送る事らしいが多分明日には役職の正式名称すら忘れてると思う。この役職になったのは試験後の協議の結果。直ぐに結果が出るから待っていろなんて言われていたにも関わらず協議は揉めに揉め、結局は俺も協議に参加することになった。

 

 まず雇用については保護の観点もかねて即決で決まった。個人的にはポケモンの強さを見せられたが不安だったのだがポケモンが戦闘中に放った技の威力やデンチュウの電撃を維持する体力が異常だったためにポケモンの強さは伝わったらしい。

 

 しかし問題になったのが俺の職務内容について。以前マチスが言っていた通り、俺のレギュラークラスのポケモンがトレーナーの誰かの手に渡れば、そのトレーナーがチャンピオンに相応しいレベルに達していなくてもその座に就く事が可能だろうというのがポケモンリーグの共通見解。

 

 軽々に誰かにポケモンを譲られるようなことがあればポケモンリーグの意味が崩壊するし、四天王やジムリーダーにポケモンを譲ればチャンピオンに相応しいレベルの挑戦者まで蹴散らすことになる。だからといって自由に行動させていいレベルの危険性でもなく、拘束するとなれば全力で抵抗する扱いにくい存在。

 

 しかし雇用するためには建前であっても何らかの仕事を割り振らなければならない。拘束して何もさせないか隔離して有事の際に使用する為のポケモンを延々と育て続ける事という意見も出るには出たが、これには俺だけでなく参加者の大半も難色を示した為当然の如く却下。

 

 散々話し合った結果がポケモンを育てるトレーナーに対して育成のアドバイスをするという職務内容。だがこれは雇用するための建前で実際には出来るだけトレーナーとの接触は控えて欲しいとのこと。更にポケモンを譲渡する際にはポケモンリーグ本部の許可を取る事とポケモンを奪われた際には即座にジムリーダーの誰かに報告する事を条件に雇用が決定した。トレーナーとの勝負も緊急時を除いて控えるということで月給30万円がマチス経由で振り込まれることになっている。

 

 雇用についてはっきり決まれば次は四天王とジムリーダーからの質問攻め。トレーナーへのアドバイスは雇用上の建前だといっていたのは何だったのかと思う勢いだった。どいつもこいつもバトルをしようだの育成のコツは何だのと鬱陶しいことこの上ない。しかも特に勢いが凄かったのはまさかのグリーン。試験前の俺は興味ないなんて態度はどこに行ってしまったのか。何かアドバイスをしないと解放されない雰囲気だったが、流石に戦ってれば強くなるからトレーナー狩りをしろとは言えず、ポケモンの個性を見極めてそのポケモンに見合った能力の取捨選択をする事と適当な答えでお茶を濁して、それぞれのジムに挑戦に行くということで何とか場を収めた。

 

 協議も終わってはっきり認識できたのはポケモンリーグが想像以上にクリーンな組織だったということ。力自慢の集まりとでも言えば良いのか政治的なしがらみとは無縁な人間の雰囲気しかしない。協議してる姿にしても一応四天王が少し立場が上っぽいがそれぞれの力関係がどうのとか派閥がどうのという事もなさそうで全員がほぼ対等。所属する組織がクリーンなのは悪いことではないがそうなると利権をちらつかせたり弱みを握ったりして無理に意見を通したりすることはおそらく無理だ。いなかった他二人の四天王が他組織との折衝をしている可能性はあるが他の面子の雰囲気を考えるとそういう汚れ仕事担当が組織内にいるとも思えない。

 

 当初のポケモンリーグへの俺の警戒は一体なんだったのか。結局は臆病な自分が敵を大きく見せていただけという結果に終わった。

 

 ポケモンリーグでのあれこれを終えてクチバシティに戻れば続いてはマチスとの契約の更新。相手に引け目があるため滅茶苦茶な理不尽を突き付けても良かったが、現状の契約内容にそこまで不満があるわけでもないし、無茶が過ぎると相手が契約自体に不満を持つ可能性がある。あまりに一方的すぎる相互利益のない契約というのは大抵長続きしない。程々の落としどころとしてポケモン研究やモンスターボール開発、ボックス管理の権威と話をしてみたいのでセッティングをお願いして後は貸しということで契約を更新した。

 

 そしてレギュラーの空いた枠を補充。相性補完よりも汎用性を重視して水枠にドククラゲ、炎枠にブーバーンを採用する。明確なレベルは分からないが進化系なのでそこそこのレベルはあるだろう。最後に定期連絡の手段としてマチスから携帯電話を受け取る。時代を感じるPHSだった。

 

 マチスとの契約更新を終えてようやく一人になれたところで早急に決めなければならない事と確認しなければならない事がある。

 

 まずロケット団のアジト攻撃に参加するかどうか。確かゲームセンターの地下だったので一人であっても殲滅できる策自体は考えてあるが参加して得られるメリットとデメリットを考えた場合、参加するかどうか決めかねているのが正直なところ。カスミがこの作戦について教えてきたのはおそらくポケモンを奪われたことに同情してのことだが、実際の所ロケット団に恨みはかけらもない。一応殲滅することで今後ロケット団に襲われる危険性が下がる事とポケモンリーグの信頼を多少なり得られることはメリットだろう。しかしアジトが一つと限らない以上は攻撃に参加することで俺に復讐の矛先が向いたり、立て直しに必要な戦力を補充する為に必要以上に襲撃を受ける恐れがある。ジムリーダーが参加する作戦なら、サカキを取り逃すかもしれないがおそらく一定の成果は得られると思うので放っておいても問題もないように思う。この問題については確認すべきことを確認した上で決めたいところだが時間的猶予がどの程度あるか分からない以上は早めに決断しなければならない。

 

 そして確認したいのは、この世界にゲームにおける主人公的存在がいるかどうかとゲーム同様のイベントが起きるかどうかの二点。この世界はゲームとは違うと言っても今までに会った人間がゲームと一致し過ぎているため、それら二点は早急に確認しなければならない。もしマサラタウンに行って主人公的存在がいるのが確認できればそれがいずれロケット団を潰すだろう。もしサトシなんて名前の人間がいてピカチュウを連れて旅に出たって話が聞けるようならいざという時のために関係を持っておくのも一つの手だ。アニメやゲームの主人公がこの世界でどのような立ち位置になるのかは分からないが敵対しないに越したことはない。

 

 ひとまずは早急にマサラタウンに移動して主人公存在の確認。次いでタマムシジムでエリカと対話。これが現状とるべき行動だろう。ポケモンの異常を考えればオーキド博士、シルフカンパニーの研究者、マサキ等との対話もしたいがこれは即座にどうにかしなくても何とかなる問題。村から逃げたユウとかいうガキを殺してベロベルトを取り戻すのも早いに越したことはないが、これについては情報がなさすぎるのですぐにどうこうはできない。むしろ強いベロベルトを使うトレーナーがいるという噂が立つのを待った方が早いかもしれない。そして日本への帰還については手の打ちようがない。これはまず生活基盤と目の前の問題を片づけてから最終的に解決する問題だ。

 

 思い立ったが吉日。マチスに出かける旨を伝えてクチバシティを出る。目指すはマサラタウン。つくねに乗ってそらをとぶを使えば一時間もかからずに辿り着くことができた。

 

 マサラタウンは町と銘打っているがその実態は村、なんなら集落と言っても過言ではなかった。馬鹿でかい研究所が一棟あるが他にはたいして大きくない家が十棟程度あるだけ。あの村でも思ったことだがポケモンセンターも買い物ができる店もないのにこの町の人や研究所の人はどうやって生活しているのだろうか。流石に生き物である以上は飲食不要というのはありえない。可能性としては異様に燃費が良くて極小量の飲食で生きていけるか、少量で必要な栄養が取れる完全食が存在するかだが、クチバシティでは完全食と言えるものは存在せず、人は普通に食事をしていた。小さい町の人間だけが低燃費で生きていけるような進化をしているのだろうか。考えて分かることでは無いのだがつい考えてしまう。考えても答えの出ない問題があるということが最高に気持ち悪い。

 

 まあ今考える事でもないのでそれは置いておいてマサラタウン内を捜索したのだが、驚く事にどの家にも表札がない。集落規模だからといっても表札くらいは掛けていて欲しかった。仕方がないので一軒ずつ家を回って聞き込みをする。言い訳は旅のトレーナーですがこの町にトレーナーはいませんか? でごり押した。恐ろしいことにマサラタウンの人間は俺を怪訝な目で見ることもなく質問に答え、きのみやお菓子までくれた。人を疑うという事を知らないのだろうか。

 

 聞き込みの結果としては今この町にトレーナーは一人もいないが元チャンピオンのレッドとジムリーダーのグリーンが住んでいたという話を聞くことが出来た。しかしレッドの家族は既に町から引っ越していて今どこに住んでいるのかは分からないらしい。レッドという名前と元チャンピオンという経歴を考えればおそらくレッドは初代主人公で間違いない。

 

 だがここで問題なのが今いる世界が初代ポケモンの世界線ではなさそうなこと。初代ポケモン世界線でイベントがその通りに起きているならレッドがチャンピオンになっている時点で既にロケット団が壊滅していないとおかしい。それにこの世界に来た際の手持ちのポケモンのこと、グリーンがジムリーダーにいること、四天王にカリンやイツキがいることを考えればやはり初代世界線ではないと思う。

 

 そしてそうなれば更に問題が発生する。初代のイベントは何度かやり返して結構覚えているのだがリメイク版のイベントはあまり覚えていないことだ。所詮は一回やっただけのゲーム。大筋は初代と一緒だったと思うが細かい部分の変化はほとんど覚えていない。

 

 あまりゲームの世界線を気にし過ぎるのは良くないと分かってはいるのだが、起こる事件が分かる可能性があるのなら希望を捨てきれない。できればオーキドにも会って話を聞きたいが相手はポケモン研究の権威。突然の訪問で機嫌を損ねる可能性も考えなければならない。後日マチス経由でアポイントを取ることを考えれば今回はスルーだ。

 

 色々と確認不足気味ではあるが少なくとも初代主人公レッドが存在することとサトシというトレーナーが存在しないことが確認できた。HGSS世界線の可能性を考えればできればジョウト地方の最初の町に行って主人公の存在の有無も確認しておきたいが、他地方に出向くとなればポケモンリーグから反対意見が出るだろう事は想像に易い。それに主人公のデフォルトネームも分からない。多分シリーズの色の名前を付けられるからゴールドかシルバーかどっちかだとは思うが自信がない。

 

 ひとまずの収穫もあったしマサラタウンで現状確認できるのはここが限界だろう。このままイベントが起きるかどうかも確認したいところだが、この近辺でのイベントを憶えていない。覚えているのはロケット団がどこかを占拠するくらい。お月見山の化石を巡って戦うとか金玉橋でロケット団の勧誘があるとかもあったがこれがHGSSであったか覚えてない。というかタマムシのゲームセンターの地下ってサカキいただろうか。サカキと戦うのはもっとゲーム後半のイベントだった気もする。

 

 まだ時間は夕方だが午前中にポケモンリーグにいた事を考えれば今からタマムシジムに行ってもエリカに会えるとも限らない。今日はこの辺で終わりにしてまた明日タマムシジムに向かおう。他の町の雰囲気も見ておきたいのでマチスに連絡して今日はタマムシシティのポケモンセンターに泊まることにする。予想通りタマムシシティのポケモンセンターにも全く同じ顔をしたジョーイさんがいた。

 

 

 

 ──────────────────────―

 

 

 

 ポケモンリーグ育成なんちゃら職員に職員になって翌日。やはり正式名称が一晩で頭から抜けていた。

 

(とりあえず今日はタマムシジムに行こう。ロケット団アジト攻撃には参加する方針だ。いつかは勝手に潰れると思うがポケモンリーグ関係者の心象は良いに越したことはない。参加を断られるにしても声掛けだけはしとかないとカスミが五月蠅そうだし心象も違ってくる。どちらにせよジム挑戦もしておかなければならない)

 

 身だしなみを整えてタマムシジムに向かう。タマムシシティは日本の都会のような雰囲気の町だ。タマムシデパートやゲームセンター、ビルが立ち並び、人の往来も多い。ジムリーダーがエリカだからかゲームでもう少し和風な街並みのイメージがあったがそんなことはなかった。

 

 タマムシジムまで来て門をくぐれば、ジム内はタマムシシティの雰囲気とは打って変わって緑一色。草木や花々が辺り一面に生えており、町の雰囲気との落差も相まって余計に緑が深く見える。しかし手入れが行き届いているのか森の中というほど乱雑な雰囲気はなく、木々の多い植物園といった様相を醸し出している。

 

(草のジムリーダーだからこの内装のコンセプト自体は分かる。カスミの事を考えると有利なステージは用意してあるはずだがこの植物園みたいな場所で草ポケモンがどう有利になるんだ? 空気中の酸素が多いと有利になるとかか? でも草ってむしろ二酸化炭素が多いほうが光合成とかしやすいんじゃないか? 戦闘になったらブーバーンで辺りを火の海にするとかでいけるだろうか。そんな誰でも思いつきそうなこと普通に対策されてるか)

 

 ジムトレーナーの女性が近寄ってきてジム挑戦のルールについて説明してくれたが残念ながら今回はジム挑戦が本筋ではないので謝罪して、ポケモンリーグ所属の人間であることとエリカに用があることを伝え、応接室へと案内を受ける。ソファを勧められたのでしばらく座って待つ。案内された応接室を見渡すが植木がちょっと多いかなと思う以外は何の変哲もない。

 

「お待たせいたしました」

 

「!!」

 

 近づいて来る音もなく背後から声を掛けられ、驚いて振り返ればエリカが立っていた。

 

「ようこそタマムシジムへ。私ジムリーダーのエリカと申しますわ」

 

「んん゛、すいません驚いてしまって。マチスさんの弟子をやってます逸見誠です」

 

「まあ、マチスさんのお弟子さんなんですか」

 

「(ん?)それはそうと昨日はお時間取っていただいてありがとうございました」

 

「あ~昨日の、失礼。誠さんこそ昨日はお疲れ様でした」

 

「(顔忘れてたのか? 冗談だろ昨日の今日だぞ)本日は急な来訪ですいません。本来なら先に訪問する旨を伝えたかったのですが急ぎで伺いたい要件がございまして」

 

「ええ大丈夫ですわ。何でしたら約束通りジム挑戦していかれても構いませんわよ」

 

「ありがたい申し出ですがそれは日を改めさせてください。流石に昨日と今日とでジムリーダーの方への連戦はつらいものがありますので」

 

「それは残念ですわ。ではまたの機会に致しましょう。ところで伺いたいこととは何でしょう?」

 

「少々踏み込んだお話になりますが、この部屋は防音等に問題はございませんでしょうか」

 

「問題ありませんわ。ジムはジムリーダーの城。そう易々と聞き耳を立てられるものはおりません」

 

「では単刀直入に。ロケット団のアジトに攻撃を仕掛けるとお聞きしたのですが、それは本当ですか?」

 

「何のことでしょうか?」

 

「(全然表情が読めんが雰囲気は分かる。大きい話題に動揺もなく即否定は怪しまれるぞ)少々小耳にはさんだもので。もしロケット団に攻撃を仕掛けるなら私も参加させて頂けたらと」

 

「おっしゃる意味が良く分かりませんわ。ロケット団への攻撃とは何のことでしょうか」

 

「私もロケット団には思うことがありましてね。それなりに情報を集めてるんですよ」

 

「マチスさんからお話は聞いておりますわ。大変な目に遭われたそうで」

 

「そうですね。マチスさんからどんな話を聞いてるかは分かりませんが、自分のポケモンを殺さなければならない羽目になりました」

 

「……このお話はマチスさんから?」

 

「流石に情報源についてはお話できませんが、やはり襲撃はあるんですね?」

 

「……」コクリ

 

「では私も参加させて頂けませんか? 作戦の規模までは分かりませんが私も戦力にはなります」

 

「……誠さんはロケット団を憎く思いますか?」

 

「憎んでないと言えば嘘になりますがポケモン達の事は何とか吹っ切れていますよ」

 

「ではどうして作戦に参加したいと?」

 

「恨みもないとは言いませんが……他の人に俺と同じ目に遭って欲しくないからですね」

 

「……」

 

「……」

 

「……分かりましたわ。内容はどの程度聞いていますの?」

 

「聞いているのは襲撃作戦がある事だけで場所や人数、時間、行動なんかは聞いてないです」

 

「そうですか。ではお伝えします。場所はタマムシゲームコーナー地下の元ロケット団アジト、私と数名の少数精鋭で突入し、ロケット団員を捕まえる事が目的ですわ」

 

「元アジト?」

 

「ええ、そのアジトはある少年の活躍で一度放棄されていますの。ですが残党の事を考えて敢えてそのまま残しておりました。最近になってまた地下の元アジトを使い始めたようなのでこの作戦が決まりましたわ」

 

「その少年はレッドという名前じゃないですか?」

 

「よくご存じですね。レッド君と知り合いなんですか?」

 

「いや、一方的に知ってるだけですよ。ファンみたいなものです」

 

「レッド君は強かったですからね。お気持ちは分かりますわ」

 

「ところでロケット団側の人数については分かってますか?」

 

「正確には分かりませんがそれほど多くはないとしか」

 

「……損害についてはどの程度を考えていますか?」

 

「損害ですか?」

 

「はい。相手のアジトに突入するとなればそれなりの抵抗はあるでしょう。相手の戦力をどう見積ってるか分かりませんがトレーナーの負傷、ポケモンの負傷、現場から持ち帰らなければならないものの損壊、現場の損壊、相手の負傷、民間人への影響、それ等はどの程度の想定でどの程度を許容範囲にしていますか?」

 

「やってみなければ分かりませんが、私達は多少の被害が出ても諦めません。負けたりはしませんわ」

 

「それじゃ駄目です。見積もりが甘すぎます。相手の人数が圧倒的に多かったら? 何らかの武器を用意していたら? 致死性の罠が仕掛けられていたら? 追い詰められて施設ごと自爆でもされたら? そこまで考えてますか?」

 

「……流石にそこまでは」

 

「だから甘いんですよ。私の話も聞いたでしょう。もしポケモンを奪われたらエリカさんは自分のポケモンを殺せますか?」

 

「それは……」

 

「難しいでしょうね。心情的にも現実的にも。もしエリカさんか私のポケモンが奪われたと仮定して戦わなければならない場合に心情は別にして他のトレーナーは勝てそうですか?」

 

「……難しいでしょうね」

 

「そうでしょうね。少数で突っ込むっていうのはそういうリスクに対応出来ないって事です。ところで仮に突っ込んだとして無力化した相手はどうするつもりだったんですか? 護送用の人員は用意してたんですか?」

 

「……」

 

「まさかとは思いますがポケモンを倒したら放置する予定でしたか?」

 

「……ポケモンを倒せば流石にそれ以上の抵抗はしないかと」

 

「目の前に誰かいるならそうなるかもしれませんがそんなにアジトは狭いんですか?」

 

「いえ、以前調べたことがありますがかなり広いです」

 

「じゃあ目の前に誰もいなければ簡単に逃げられますね。ナイフでも持ってれば外に出て関係ない人が人質に取られるかもしれないですし」

 

「!?」

 

「考えてなかったんですか? 相手は悪の組織ですよ。私から逃げる為に村を襲って村人を全員殺したような相手もいるかもしれません」

 

「……ですが」

 

「人を増やすならそれで解決は出来そうですが」

 

「それは……難しいでしょう。人数を増やしすぎると動きがバレるかと」

 

「そうですね。じゃあ何か代わりの策はありますか?」

 

「いえ……すぐには……」

 

「決行予定はいつなんですか?」

 

「それが……今日の夜でして……もうトレーナーも集まってます」

 

「……」

 

「……」

 

「……分かりました。私に考えついた手段はあります」

 

「! 本当ですの?」

 

「その前に聞きますが何かアジトから持ち出さなければならないものはありますか?」

 

「特にありせんわ」

 

「……資金源に関する資料とか奴らなりの研究資料、盗まれたポケモンとか思いつきますけど本当にないですか?」

 

「……ありますわ」

 

「そうですね。でも私の策を使うならそれは基本的に全部諦めてください」

 

「! そんな! ポケモン達もですか!」

 

「そうです。ボールに入っていたら無事かも知れませんが生身のポケモンは無理でしょうね」

 

「……どんな手を使うつもりなんですか!」

 

「先に話を聞いてください。もう一つ相手の負傷ですけど何人か死亡する可能性がありますが宜しいですか?」

 

「良い訳がありませんわ!」

 

「何でですか?」

 

「何でって! 人を殺すなんて!」

 

「はぁ、素晴らしい考えですね」

 

「なっ! 馬鹿にしてるんですか!」

 

「馬鹿にはしてませんよ。本当に素晴らしい考えだと思います。でも私なりに優先順位を付けた結果です」

 

「人の命に優先順位だなんて馬鹿な事を言わないでください!」

 

「人としてはその考えが正しいと思いますが良く考えて下さい。無策で突っ込めば善良なトレーナーとポケモンがまず傷つきます。まあこれはいいです。覚悟の上での事ですからね。でも他の人は違うでしょう。今の策で突っ込めば必ず逃げる奴は出てきます。そいつらが狙うのは誰かと言えば無力な一般人。何の罪も無い人達はポケモンを奪われ、私の時と同じなら時間稼ぎの為に殺されるか人質に取られるかもしれません。今回は逃げるだけだったとしてもいずれは前と同じようにポケモンを奪ってそのポケモンで誰かに迷惑をかけるでしょう。それでも悪人と何の罪もない人達の優先順位が本当に同じですか?」

 

「っ! それとこれとは話が違います!」

 

「そうかもしれませんね。あくまでこれは私個人の考えで優先順位なんて人によって異なりますから。エリカさんの捉え方が私と違うだけの話です。別に私だって自分のやり方が正義だとは思ってませんが私は善良な人の為なら自分の手を汚してでも悪人を追い詰めます。その為の必要な犠牲です」

 

「だからって……そこまで……」

 

「エリカさんは優しい人ですね。確かに正しくはないでしょう。悪人が更正しないとも限らないですし」

 

「その通りですわ! お話すれば分かって貰える筈です!」

 

「勿論分かってます。ですが更正することの無い悪人がいることも分かってください。エリカさんが更生を望んで逃がした悪人が誰かを害します。別にその責任が貴方にあるとは言いませんが被害者はそうは思わないでしょう。なんであの時捕まえてくれなかったのか、何故中途半端に犯人を刺激したのか、貴方はそう言われた時に最善を尽くしたと胸を張って言えますか?」

 

「……当然最善は尽くします」

 

「最善を尽くすというのは難しいですよ。行動を始めてから最善の行動を取るだけでは駄目なんです。前段階で犠牲を出さず確実に悪人全員を捉える作戦を練って、行動の際にはイレギュラーをものともせずに作戦を粛々と完遂する。そこまでやっても最善と言えるかは分かりません。今から夜までに最善の策を考えることは出来ますか?」

 

「……やってみせますわ」

 

「分かりました。そこまで言うなら私から作戦に口は挟みませんが一つだけ。貴方が立てた作戦が失敗すればそれで人が傷つきます。その責任の一旦は半端な作戦を考えた者にある事を忘れないで下さい」

 

「誠さんはなんでそこまで……?」

 

「そこまでの意味が分からないですね。悪人を殺す考えのことですか? それとも責任という言葉でエリカさんを追い詰めていることですか?」

 

「……どちらもですわ」

 

「私が自分のポケモンを殺した事は聞いてますよね?」

 

「ええ」

 

「殺したポケモン達はまだ弱かった頃から育て上げ苦楽を共にした相棒です。でもあの二匹とは道を違えることになり敵になりました。だから私は自分の命とあいつらの命を天秤にかけて、自分が生きる為に命に優先順位を付けて殺しました。別に私だって悪人を全員殺すなんて言うつもりはありませんし、なんなら積極的に殺すつもりもないです。でも最善の為に殺さなければならないなら殺します。それが私なりの責任の取り方です」

 

「でも殺さなくても……」

 

「殺さないで済むなら殺しません。でも殺さなくてはならない状況というのは覚悟してなくても突然来ます。殺さなくて済む方法もあったかも知れませんが、私はその時思い付く限りの最善を尽くしたと思ってます。後悔は……ありません。貴方にこれだけ言うのも貴方が状況を甘く見てるからです。私はそれなりのポケモンを持つトレーナーですがジムリーダーではありません。ジムリーダーが持つ権利を考えればそれに見合うだけの責任もあるでしょう。切り捨てる覚悟も開き直る覚悟も無しに責任を負って生きていくのは辛いですよ。人なんか簡単に潰れます」

 

「……辛い思いをされてきたのですね」

 

「別に理解してもらおうと思って話した訳じゃないですから同情は結構です。貴方を見ていて人と殺し殺されする経験がないのも潰されるような責任を負った事が無いのも何となく分かりました。貴方の優しさは間違いなく美徳だと思いますが、全ての人に貴方の優しさが伝わるとは思わないでください。優しさと甘さは違います。悪人はその甘さに付けこんで付け込んできますよ」

 

「それは……」

 

「認められないんでしょう? 言っていることが間違いじゃないのも分かるけど、なにか間違っているとそう思うんじゃないですか?」

 

「……その通りですわ」

 

「それは私の言い分が正しくないからです。間違っていないと正しいは違います。大勢を守るために少数を殺すのが正しくはないけれど間違っていると言えないのと同じです」

 

「正しくないという自覚はあるんですのね……」

 

「当然です。その自覚が無くなった奴は只の殺人鬼です。私は正義の味方ではありませんが殺人鬼でもありません」

 

「私もいつかその様な考えになるのでしょうか?」

 

「なって欲しくはないですね。個人的には貴方にはそんな汚れた現実を知らないまま綺麗な人生を歩んでもらいたいと思います。ですが今後もジムリーダーとして悪人と対峙するなら私のような考え方も知っておくのは必ず貴方の役に立ちます。知らなければいつか足元を掬われますよ」

 

「……そうですか……」

 

「……これは提案なんですが、作戦の指揮権を私に譲ってもらえませんか?」

 

「どうしてですの?」

 

「はっきり言えばエリカさんが心配だからです。私なりにエリカさんの役に立つだろうと思って悪人相手の心構えをお話しましたが今話すのは逆効果でした。今のまま作戦に当たれば成功しても失敗してもエリカさんは責任や疑問を抱え込む事になるでしょう。エリカさんがその重圧に耐えられるか分かりませんが自力で解消できるとは思えません。その原因を作ってしまったのは私です。それなら全ての責任を私に押し付けてください」

 

「誠さんが責任を感じる事はありませんわ。覚悟が足りなかったのは私の責任ですもの。ですが私はタマムシジムのジムリーダーとしてそのような無責任なことはできませんわ」

 

「原因の私が言うのもなんですが今の精神状態は相当悪いと思いますよ。勢いだけで言ってませんか?」

 

「大丈夫ですわ。私は最善を尽くします。その上で発生する責任も私のものですの」

 

「そうですか。じゃあこれ以上は言いません。それと覚悟を決めたなら私の案を聞くだけ聞いて参考にしてください。採用するかどうかはお任せします」

 

「ええ、お願いしますわ」

 

「私の考えた案は水攻めです。出入口がいくつあるか分かりませんが出入口の一つに戦力を集結させて他の出入口から水を流し込みます。あとは出入口から逃げようとする残党を一網打尽にするだけ、相手の戦力が分からないなら出入口に罠を仕掛けておくのも良いかもしれません」

 

「出入口は一か所しか確認されておりませんが」

 

「問題ありません。ポケモンに穴を掘ってもらって水の流入口を作るだけです。部屋を作るのに石か鉄か使っているでしょうが私のポケモンならその程度簡単に穴を開けられます」

 

「案としては悪くないと思います」

 

「この案の利点は水の流入量を緩やかにすれば死者を抑えられる事、相手は逃走という状態に焦って本来の力を出せない事、厄介な武器があった際に機械類なら故障に持ち込める事です。危険な状況になるなら流入量を一気に増やすことで一掃することも可能です。ちゃんと逃げてくれれば基本的に死者は出ないと思いますが、完全密閉の防音室に居たりとか逃げる方向を誤った奴は逃げ遅れて溺れる可能性があります」

 

「そこは何とかなりませんか?」

 

「攻撃を受ける危険性はありますが水を入れた時に水ポケモンを入れるくらいでしょうか。流石に研究資料とかはどうにもならないと思いますが奪われたモンスターボールや捕らわれたポケモン、気絶してる人の救助くらいはできるかと」

 

「水ポケモン……カスミさんに相談してみますわ」

 

「この案でいくならですよ。私は見取り図なんか見てないですから作戦にも穴があると思います」

 

「いえ、大丈夫だと思いますわ」

 

「まあその辺の判断はお任せします。この案を採用するも良し改良して使うも良し、何なら新しくいい考えがあったらそれでも構いません。私の案について何か質問はありますか?」

 

「いえ大丈夫ですわ。この案を採用したいと思います」

 

「人死にが出る可能性はありますよ? 覚悟はできてますか?」

 

「そうならない様に動くだけですわ。もしものことがあっても私が責任を持ちます」

 

「じゃあ色々忙しくなると思いますが頑張ってください。私はタマムシのポケモンセンターにいますから作戦に疑問があれば連絡してもらって構いません。私を作戦に参加させて貰えるなら連絡をください。私を使わないなら連絡は結構です。その場合明日の朝には町を離れますので」

 

「いえ、是非ご協力いただきたいと思います」

 

「じゃあ私は一回クチバシティにポケモンを取りに戻ります。何かあれば携帯に連絡してください」

 

「はいご協力感謝致しますわ」

 

「その感謝は作戦が終わった後でお願いします。互いに全力を尽くしましょう」

 

「勿論ですわ」

 

「では作戦の時間等決まったら教えてください。連絡をお待ちしています」

 

 別れの挨拶を述べてタマムシジムを後にする。ドククラゲだけで水量が足りるか分からないので一度クチバジムに戻って水ポケモンを補充しなければならない。

 

(エリカは優しかったな。あれは相当恵まれた環境で育ってる。理想論と綺麗ごとばっかりが詰まってる頭お花畑、頭の中まで草タイプだな。ニコニコしてんのも演技じゃなくて素なのは恐れ入った。でもそんな奴は感情論の話でいけばのせやすいから助かる。論点がころころ変わってるのにも気付かないし、あっさり会話の主導権も奪えた。貴方のことが心配ですとかどの口で言ってんだって感じだったけどまあ効果があったから良いだろう。あの様子なら作戦も安全なものを押し付けられただろうし、最悪人が死んでも責任をかぶってくれる。二回しか会ったことのない奴の言葉なんて信じるなよ。普通に心配になるレベルのチョロさだったわ)

 

 そんなことを考えながら誠はクチバシティへと飛ぶ。

 




誠君も三下ムーブが板についてきましたね


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こなす人

お待たせいたしました。おそらく年内最後の投稿になると思います。


 クチバジムを訪れた誠は預けていたボールから十個を選んで持ち出す。今回持ち出すポケモンは作戦に必要な水タイプのポケモン。水を注入するだけの役割なら誰でも良いのだが、アジトに突入する役割を請け負う可能性があるため一定の戦力が求められる。手持ちには未進化のポケモンがかなり多いが未進化ポケモンはまず間違いなくレベルが低いため選出対象外として、レベルが高いだろう進化系ポケモンだけを選出する。

 

 ゴルダック、ニョロボン、ジュゴン、パルシェン、キングラー、ギャラドス、カブトプス、ルンパッパ、トドゼルガ、シザリガー

 

 数が多くて困ることはないため念を入れて以上の十匹を選出。クチバジムを後にしてタマムシシティのポケモンセンターに向かう。わざわざポケモンを取りにクチバシティまで戻るのが手間なので一度マサキと会ったらマサキの性格次第でボックスを使用することを視野に入れてもいいかもしれない。

 

 タマムシシティに戻ってくれば時間は既に昼過ぎ。作戦は決めているのだが柄になく緊張しているのか食欲も湧かない。作戦が夜ということを考えて一眠りしようかとも思ったがエリカからの連絡を寝ていて気付けないなんてことになっても困るので寝ることも出来ない。せめて体だけでも休めようとベッドでごろごろするだけ無駄な時間を過ごす。

 

 緊急時とそうでない時のメリハリを付けなければ簡単に集中は途切れる。常に周囲を警戒して気を張って生きていくことが出来るのはそういう環境で育った人間だけ。それが分かっているから体を休めたいのに、体がうずうずして心が休まらない。

 

 休んだり寝たりすることが好きだった筈なのに、休む暇はないと、こんなことをしている暇はないという考えが頭から離れない。確かにロケット団アジトへの攻撃の参加という行動自体が無駄かもしれないという自覚はある。ポケモンの異常の究明、逃げたガキの抹殺、日本への帰還方法の捜索、やるべきことはいくらでもある。この世界での生活基盤と立場の確保はそれなりに出来ているし、組織に媚びを売るにしても他にやり方はあった。何なら作戦を考えた時点で相応の恩は売れている。

 

 作戦を提案して参加自体は見送る。今にしてみればこれが最も効率の良い進め方だったのではないかと思う。確かに自分が参加しても安全だと思う作戦を押し付けることはできたが、結局は責任感を刺激して場の勢いで認めさせただけ。責任者があれでは実際の現場でやはり殺せないと心変わりをする可能性は否定できない。今更だが緊急時に指揮官権限を預かる様にしておくべきだった。自分でも分からない内に甘くなってる。普通ならあんな甘ちゃんの指揮下に入る事に同意なんてする筈が無い。

 

 きっとこれだ。さっきから何かしないいけないと感じるのも何故か寝付けないのも、甘い奴の指揮下に入ることを不安に思っていたからだ。悩みの正体が分かれば解決は簡単。作戦を煮詰め、作戦が失敗する状況を想定してリカバリー案を考える。こんなことならリカバリー用のポケモンも持ってくるべきだった。

 

 人は考える生き物だと聞いたことがあるがその言葉を考えた人は偉大だ。作戦を考えていれば余計な不安に思考を割くこともなくそれに集中できる。考えるという誰にでもできることでこれだけの効果が見込めるのは素晴らしいことだ。唯一の欠点は時間の経過が分からなくなることだろうか。気が付けば空が赤らんでいる。

 

 携帯を確認すれば既に時刻は午後6時。作戦の立案までした人間にこの時間まで連絡しないというのは如何なものだろうか。仕方なくエリカに電話をかければ普通に連絡はついた。忙しくしているのかと思い、何処にいるのかを尋ねれば今はジムでお茶を飲んでいるらしい。メリハリが大事なのは分かるが気を抜きすぎている気がする。今朝の雰囲気が霧散しているようなら再度思考を誘導しておかなければならない。作戦詳細の擦り合わせを理由にタマムシジムに向かう。

 

 タマムシジムのジムリーダー室に入った誠を出迎えたのは二人の女性。エリカとカスミだ。

 

(厄介な奴がいるな。手心を加えない様に釘を刺しておきたかったがカスミの前でロケット団を殺す方向に誘導するのは無理だ。自分が認めない事は理屈を無視して感情で全部突っぱねてくるぞ絶対。相談するとは言ってたがまさか本人が来るとは思ってなかった。いや、よく考えれば俺にこの件を教えたのもこいつだったか)

 

「どうもエリカさん今朝ぶりです。カスミさんも昨日ぶりですね」

 

「ええ、誠さんも座ってください。今お茶を入れますわ」

 

「作戦は聞いてるわよ。水ポケモンを使おうなんてあんたなかなかやるじゃない」

 

「水ポケモンは他の生き物が自由に動けない水中で動けるっていう強みがありますからね。多数を相手取る事が想定される今回みたいな作戦には最適です」

 

「分かってるじゃないの。そうよ、他の生き物が生きられない水の中を優雅に泳ぐ水ポケモンこそ最強。それを弱点が多いだのなんだのって言う方がどうかしてるわ。あんたやっぱり見る目あるわ。マチスの弟子なんか辞めて私の弟子にしてあげてもいいわよ」

 

「あらあら、それは流石に聞き捨てなりませんわね。あくまで誠さんの作戦で今回は水ポケモンが使いやすかっただけのお話ですの。強さにおいても優雅さにおいても草ポケモンに勝るものはありませんわ」

 

「はあ? 水ポケモンの優雅さが分からないなんて可哀そうな人ね。ちょっと相性が良いからって勘違いしてるのかしら」

 

「そんな嫌ですわ。私は事実を言っているだけですもの。立ち振る舞い一つとっても荘厳さと可憐さを併せ持った草ポケモン程美しいポケモン達はおりませんのよ」

 

「そもそも水ポケモンの美しさっていうのは~~」

 

「いえいえ、草ポケモンの素晴らしさは~~」

 

 何の気ない挨拶のはずがちょっとした一言でそれぞれのポケモンの素晴らしさについて討論を始める二人。それを誠は傍目から冷めた目で見ている。

 

(面倒な話題引いたかもしれん。エリカはそういう毒をロケット団に向けてくれればなぁ)

 

 正直言えば個々人の主張に首を突っ込んで巻き込まれたくはないが、今は大事な襲撃作戦前だ。作戦のすり合わせもせずに作戦に臨むような事はしたくないので渋々仲裁に入る。

 

「その位にしておきましょう。これから大事な作戦なんですからそっちの話をしましょうよ」

 

「でもエリカが……」

 

「カスミさんが……」

 

「作戦の擦り合わせをしましょう。それを怠ってミスをしたら只の馬鹿です。それにエリカさん、今朝のお話をもう忘れましたか? カスミさんも私の方が上だ上だって言ってるようじゃ優雅さの欠片もありませんよ」

 

「……」

 

「……」

 

「じゃあ作戦について話しましょう。エリカさん作戦について変更はありますか?」

 

「いえ、今朝お話した通り誠さんの作戦を採用いたします。変更はありませんわ」

 

「分かりました。ところでカスミさんがいらっしゃるのはどうしてですか?」

 

「? あんたが考えた作戦なんでしょ? 私が突入して指揮を執るのよ」

 

「突入?」

 

「? そうよ。侵入するポケモンの指揮を執る人が必要でしょ?」

 

「……ちなみに何人程で?」

 

「あたしがいれば問題ないわ」

 

「もしかしてお一人で?」

 

「? そうよ。何か問題があるかしら?」

 

「エリカさん。今朝の話はもう忘れたみたいですね。俺は言いましたよね。突入の危険性を」

 

「カスミさんなら問題ありませんわ」

 

「チッ、いや失礼。もうちょっと厳しく言っておくべきでした。結構はっきり言ったつもりでしたが、つもりになってただけの私の判断ミスでしたかね」

 

「なによ。あたしの強さを疑ってるのかしら」

 

「いえいえ、カスミさんの強さは戦った私は良く分かってます。水場という環境も考えればカスミさん以上の適任はいないでしょう」

 

「その通りよ。あたしに任せておきなさい」

 

「私が言いたいのはですね。散々少数での突入の危険性を教えて、犠牲を最小限にしつつ突入しないで済む作戦まで考えて、それを一緒に協議までしたのに、相談も無しに勝手に一人で突入するって作戦に変えた人は何を考えてるのかなってことですかね。エリカさん」

 

「私なりに最善を考えての事ですわ」

 

「これがどう最善に繋がるのか是非お聞きしてみたいですね」

 

「私にはやはり人の命もポケモン達の命も捨てきれませんの。その為にカスミさんに来ていただきましたわ」

 

「一人である必要がどこにありましたか? 言いましたよね? 少人数で無謀に突っ込む危険性は」

 

「あたしなら大丈夫よ。むしろ他の人がいたら邪魔になるかもしれないわ」

 

「大丈夫の根拠がないです。相手が自爆覚悟で水に電気を撃ってきたら? 機械がショートして水に電気が流れたら? 最悪、水の中のポケモンが一網打尽になる可能性があるの分かってます?」

 

「そのくらい考えてるわ。電気対策は万全。それはあんたも分かってるでしょ?」

 

「じゃあ相手が百人くらいいても問題ないですか? その中に私みたいに名前が知られてないけど強い人もいるかもしれませんよ? 施設ごと自爆でもされた時にポケモンを連れて脱出できますか?」

 

「水の中なら何人いようが関係ないわ。あんたくらいのがいたとしても逃げるだけは出来る。自爆は……流石にないと思うから対策してないけど」

 

「じゃあ最後の質問ですけど……人質がいたとしても攻撃できますか?」

 

「それは……無理ね」

 

「この際だから言っておきますが、もし貴方が負けて人質に取られるようなことがあれば私は貴方諸共ロケット団を殲滅します」

 

「そう……まあ仕方ないわね。その時はその時。私が弱いのが悪いだけよ」

 

「……不満を言うかと思ってましたが」

 

「そんなわけないじゃない。あんたの言うことは間違ってないわ」

 

「失敗したら死ぬ覚悟は出来てると?」

 

「失敗する筈がないんだからそんな心配はいらないわ。でもそうね。もしそうなったら作戦立案者として責任もって助けて頂戴」

 

「私は貴方ごと殺すと言いましたが?」

 

「それは最悪の場合でしょ? あんたとあんたのポケモンならそのくらい出来る筈よ。一度はあたしに勝ったんだからもっと自分に自信を持ちなさい」

 

「……覚悟ができてるなら良いです。エリカさんは変更点があるならちゃんと言ってください。じゃあ擦り合わせの続きをしましょう」

 

「あんたなんでそんなに自信ないのよ。あんた結構強いわよ」

 

「私はバトルしたわけじゃありませんが確かに誠さんのポケモンは強いと思いますわ」

 

「性分です。強いのはポケモンであって私じゃないですから」

 

「あんまりそんなこと言ってると嫌味に聞こえるわよ」

 

「どう思ってもらっても結構です。慢心して死ぬより遥かにマシです」

 

「人間早々死なないわよ」

 

「そう思って死にたければどうぞ。私は御免です」

 

「あんた結構言うじゃないの。そっちがあんたの素なの?」

 

「別に言わなくていいなら言いませんよ。あと性格悪い自覚はありますけど直しませんよ」

 

「面倒くさい生き方してるわねぇ」

 

「無駄話はもういいでしょう。やることは沢山あるんですから」

 

「はぁ~、マチスも大変な弟子取ったわね」

 

(うるせぇな。お前みたいなお気楽思考に分かってたまるか。まあ最悪の覚悟してるだけエリカよりはマシか? いやどっこいどっこいだな)

 

 まだ言いたいことは幾らでもあるが時間は幾らも無い。とにかく今は作戦を煮詰めていかなければならない。事ここに至ってはカスミとエリカの価値観をいじるのは無理だ。時間が足りるかどうか分からない。今更作戦から降りるのも無理。何とかこのお気楽共のフォローをするしかない。軍隊指揮みたいな経験はないがこいつらよりはマシだろう。決行時間、人員配置、突入タイミング、緊急時の対応、全部聞いておかないとこいつらに任せるのは不安で仕方がない。

 

 なんでこんな面倒な事に首を突っ込んでいるんだろうという考えが頭を過ぎるが今更どうしようもない。無駄な事を考えるのは後回しにしてやるべきことをやる。夜も更けていく中、時間ギリギリまで不確定要素を排除して作戦を洗いなおす。唯一幸運だったのは突入者がいること以外に変更はなかったことだろうか。

 

「じゃあ情報共有はこれで終わりです。決めた通り、決行時間になったら私は水攻めを開始します」

 

「ええ、私もタマムシゲームセンターに戦力を集めて待機しますわ」

 

「あたしはあんたについて行って水が溜まったら突入するわ」

 

「はい。カスミさんは一緒に行きましょう。エリカさんは何かあれば即座に連絡を」

 

 それぞれの役割を確認して移動を開始する。作戦決行まであまり時間はない。もう少し時間に余裕をもって行動したいが思った以上に確認に時間を取られた。場所を指定されている訳ではないので穴をあける場所はどこでもいいのだがおそらく目的地に到着して周囲の安全を確認するのが精いっぱいだろう。

 

 最終的に選んだのは町はずれの街道脇。本来なら野生ポケモンやトレーナーに襲われる心配のない町中の方が良かったが流石に一般に知られない作戦を町中でやれば邪魔されそうなので仕方なく人目のない町はずれに決めた。

 

「ドザエモン、シザリガー、カブトプス出ろ。今からあなをほるで地下にあるアジトに通じる穴を開けてこい。ドザエモンとカブトプスは二つ、シザリガーは一つで良い。鉄か石に阻まれて破壊が困難ならドザエモンを頼れ。行ってこい」

 

 命令に従って頷き、行動を開始する三匹。決行時間まであと五分もない。三匹が戻り次第注水を開始する。

 

「じゃああたしも準備しとこっかな~。出ておいで皆」

 

 カスミがボールを投げれば姿を現したのはランターン、ヌオー、スターミー、フローゼルの四匹。

 

「四匹だけですか?」

 

「そうなのよ。本当はラプラスなんかも連れてきたかったんだけど大きすぎて入らないから諦めたわ」

 

(四匹……四匹だけか。どうするか。流石に戦力不足な気がする。俺のポケモンを貸すか? でも失敗されたらたまらんからな。でもカスミに死なれても困るか。俺的には別に死んでも良いけど。どうするか……聞くか)

 

「お前達は自由だ。出てこい」

 

 投げたボールから姿を現したのは今朝回収した残りの八匹。ちょうど穴を掘っていた三匹も戻ってきている。

 

「よく聞いてくれ皆。この人は水ポケモンのエキスパートだ。皆の中でこの人の指揮で一緒に戦ってみたい奴はいるか? 先着三名までだ」

 

 ゴルダック、ニョロボン、ジュゴン、パルシェン、キングラー、ギャラドス、ルンパッパ、トドゼルガ、カブトプス、シザリガーの十匹に質問すれば、その言葉に反応を示したのはキングラー、ジュゴン、トドゼルガの三匹。

 

「よし。カスミさんあと何匹なら現場でポケモンに指示出せますか?」

 

「ん~……二匹ってところかしらね。でも人のポケモンを上手く使えるかは分からないわよ?」

 

「そこは大丈夫です。俺のポケモンは最悪自分の判断で戦えます。一緒に連れてってくれますか?」

 

「任しときなさい!」

 

「キングラー、ジュゴン、トドゼルガ、お前達はカスミさんの指示に従って一緒に突入しろ。もしカスミさんが指示できないくらいの危険な状態に陥る様なら、その原因は排除していい」

 

「ちょっとちょっと! それは流石に聞き捨てならないわよ!」

 

「保険……いや見張りです。カスミさんが指示できないほどの危険状態にならなければいい話ですから」

 

「もっとあたしを信用しなさいっての!」

 

「じゃあ護衛ってことでお願いします。お前達頼むぞ」

 

「あーもう! しょうがないわね、分かったわよ。ちょっと挨拶させて頂戴」

 

「これから注水に入るので問題ありません。その間に挨拶しといてください。キングラー、ジュゴン、トドゼルガはカスミさんの所に。残りの皆はそこの地面の穴にみずでっぽうを撃ち続けてくれ。辛くなったら休憩していいが誰か五人は水を流し込むように交代で休憩してくれ」

 

 これで俺の仕事はひとまず終わり。後は緊急時にエリカから連絡が来た時に対応するだけ。

 

「デンチュウ、つくね、ユカイ、ドザエモン、お前たちは自由だ。つくね、ユカイ、ドザエモンは俺の護衛。ドザエモンとつくねで相手を抑えてユカイはさいみんじゅつで邪魔者を眠らせろ。デンチュウは穴の見張りだ。水を突っ切ってくるポケモンが奴がいたら十万ボルトをお見舞いしてやれ」

 

 これで俺の安全も問題なし。このまま何もなければ作戦が終わるまでこのままだ。今頃水を流し込まれたアジト内は阿鼻叫喚になっているだろうかと思うが特に何も感じることはない。俺に関係のない赤の他人が何人死のうがどうでもいい。なんなら後腐れの無いように殺しておけなかったのが唯一の心残りだ。

 

「じゃああたしも行ってくるわ。何かあったら頼むわよ」

 

 ようやくカスミが突入するらしい。できれば不確定要素になるようなことは謹んで欲しいが今更どうこう言えることでもない。

 

「何事も無いように頑張ってください。本当に最悪の場合は敵に利用されない様に責任もって私が介錯しますから」

 

「あんたはほんとに。憎まれ口ばっか叩かず本音で喋りなさいよ。そんなんじゃモテないわよ」

 

「善処しますよ。俺のポケモンを傷つけないように頑張ってくださいね」

 

「ほんと素直じゃないわね。まあいいわ。後は任せなさい」

 

「ええ行ってらっしゃい」

 

「行ってくるわ」

 

 そう告げてカスミとポケモン達は穴の中へと消えていく。ようやく一人になれた。今は周りに誰かいて困る事はないがやはり誰かといるとそれだけで息が詰まる。一人でいた方が気が楽で良い。

 

(後は何があるだろうか。突入したカスミが失敗して捕まるか、人数が多くてエリカが何人か取り逃すかってところだろうか。まあそうなったらそうなったでやりようはある。俺に危害を加えるまで追い込まれるようなら注水に電気を流してやろう。カスミ含めて人は死ぬかもしれんがポケモンは耐えられるだろう。エリカの方は知らん。まあ逃げられたとしても俺の顔を見られている訳でもないから最悪放置でも良いだろう)

 

 注水を初めてから一時間、二時間とただ時間だけが過ぎていく。今の所エリカからの連絡もない。ある意味求めていた平和な時間なのにポケモンの様子を眺める事しかやることがない。暇だ。そんなことを考えていると突然携帯が振動する。

 

(エリカか。緊急事態が終了宣言か、さてどっちになるか)

 

「はい誠です」

 

「誠さん、エリカです。作戦は無事完了致しました。タマムシジムで待ってますのでお越しください」

 

「分かりました。注水の穴だけ塞いでタマムシジムに向かいます」

 

「はい、それでは」

 

(何も起きなかったか。いや、エリカから内容を聞くまでは安心できないか。何人か取り逃してそうな気もする)

 

「皆お疲れ。もう水は入れなくていいぞ。ドザエモンはロックブラストで穴を塞いでその上に土をかけといてくれ」

 

 後処理をしながら、ポケモン達をボールに戻していく。作戦自体は終わったがこの後はロケット団への尋問もあるだろう。本職がいるかもしれないが俺だってその道のプロだった。憂さ晴らしにちょっとくらい協力しても良いだろう。顔は見られたくないので覆面でもあればればいいがなんて他愛無いことを考えながら誠はタマムシジムに向かう。

 

 




三下かと思えば良い人っぽいことも言える誠君。しかし小物臭は拭えない。
別に誠君はツンデレではありません。


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託す人

新年あけましておめでとうございます。
活動報告に書いてますが急に会社が消えて無くなったのでしばらくの間、更新が遅れます。
更新は続けますが私事で遅れが出る事をご容赦ください。


 後始末を終えてタマムシジムに向かう。

 

(作戦完了か。本当に完了してるのか? 問題の有無を聞くまでは信用できん。いや問題の有無って聞き方は駄目だ。エリカとカスミだと問題を問題として認識してない可能性がある。面倒だが一から十まであったことを聞いておかないと安心できない)

 

 タマムシジムはもう目と鼻の先。どんな問題が待ち受けているかとひやひやしながら扉を開く。その先で待っていたのはエリカとカスミ、そして複数のポケモン達。ひとまず預けたポケモンの元気な姿を目にして息をつく。

 

「ただいま戻りました。作戦お疲れ様でした」

 

「ええ。お疲れさまでした。これも誠さんのおかげですわ」

 

「遅かったわね。待ってたわよ」

 

「お待たせしてすいません。それで、成果をお聞きしても?」

 

「はい。作戦は成功ですわ」

 

「まあ、当然よね。あたしも手伝ってあげたんだから」

 

「いや、成功は分かってますから内容をお聞きしたいんですけど」

 

「内容ですか?」

 

「そうです。とりあえずこちら側の負傷と損害の有無、確保した物、捕獲した人数、そいつらからの情報の有無、取り逃した相手の有無と人数、このくらいは教えてください」

 

「そこまでしなくていいんじゃないの?」

 

「カスミさんそれは違います。これくらいは最低限必要です」

 

「そうですか。誠さんが必要だとおっしゃるならお答えしますわ。まずこちらは多少ポケモンが負傷しておりますがポケモンセンターで治療を受ければ回復する程度ですので実質的な損害はありませんわ。捕獲した方達も取り逃した者はおりません。全て捕まえております。確保した物についてはカスミさんの方がお詳しいですわね」

 

「捕まえた奴らはどこに? あと尋問は誰が担当するんですか?」

 

「捕まえた方達は既にジュンサーさんに引き渡しておりますのでお話もそちらで聞くことになりますの」

 

「じゃあジュンサーさんが尋問を?」

 

「ええ、誠さんから何か確認したいことがございましたか?」

 

「いや、そういう訳じゃないですから大丈夫です(ジュンサーさんで本当に大丈夫か?)」

 

「それなら良かったですわ。では後はカスミさんお願いします」

 

「面倒くさいわね~。まあいいわ。アジトに入ってポケモンを結構救出したわね。細かい数は覚えてないけど三十はいたわね」

 

「ああ、細かい数までは結構です。他に何か持ってこれたものはありますか?」

 

「他は特にないわ。研究資料みたいなのを見ても私には分からないからどれを持ってくればいいか分からないもの」

 

「まあそれでよかったと思いますよ。半端に危険な物持ち出す危険もありますし」

 

「そうでしょ。やっぱりあたしの判断は間違ってなかったのよ。それをエリカったらぶちぶちと」

 

「あら、酷い仰り様ですわ。私は何か持って帰ってこれなかったかお聞きしただけですのに」

 

「はぁ? あんたそんな言い方してなかったじゃない。せっかく突入したのに何も持って帰ってこれなかっただのなんだのって」

 

「嫌ですわそんな。淑女としてそのような言葉遣いをするわけがありませんもの」

 

「あんたねぇ~」

 

(ちょくちょく喧嘩するなこいつら。仲は悪くなさそうだからライバル意識か、それかこういうスキンシップがこいつら的には普通なのかどっちかってところだな)

 

「その辺にしときましょう。カスミさんは熱くならないでください。エリカさんも作戦を最初に決める時に持ち出すものは何もないとか言ってたの忘れてませんからね」

 

「……」

 

「なによ。あんただって何を持ち出すかわかってなかったんじゃないの」

 

「カスミさんもあんまり煽らないでください。そういうのはやることやってからです」

 

「あたしはそのくらい分かってるわよ」

 

「じゃあ続きです。突入した時に内部で確認できてない場所はどのくらいありますか?」

 

「できる限りは調べたつもりだけど全部ってわけにはいかなかったわ」

 

「そこに人かポケモンが取り残されている可能性もありますし、何か特別な資料とかが保管されてるかもしれません。まずはこれをどうするか決めていきましょう」

 

「あたしの出番ね。もう一度水ポケモンに行ってもらえばいいわ」

 

「それも手ですがいくつか問題がありますね。まず密閉空間だとしたらドアを開けた瞬間人もポケモンも溺れて資料が駄目になる事が一つ。中にいるのが敵じゃない保証が無い事が一つ。あとポケモンだと必要な資料の判別ができないのもマイナス点です」

 

「じゃあどうすればいいのよ?」

 

「それを考えないといけないんです。別に私は何でも思いつく訳じゃないんですから。あんまり頼らないでください」

 

「それでは機械を使って水を抜くのは如何でしょうか」

 

「水量を考えると結構日数が掛かりそうですね。時間があればそれも良いですけど密室の酸素とか考えると微妙なところです」

 

「じゃあやっぱり水ポケモンに行ってもらえばいいんじゃない?」

 

「カスミさん、それは思考放棄です。それは答えが出なかったときの最終手段です」

 

「あたしはほら。こういうの得意じゃないのよ。こういうのはあんた達に任せるわ」

 

「まあ得手不得手はありますからあまり強くは言わないですけど、いざ自分しか作戦考える人がいない時に苦労しますよ」

 

「大丈夫大丈夫。何とかなるわよ。いざとなったらあんたに連絡するから協力して頂戴」

 

「まあ可能なら助言くらいはしますけど。あんまり頼らないでくださいよ。今のこれだって私の職務外ですからね」

 

「あんまりお堅いこと言ってると女の子にモテないわよ~」

 

「まあモテようとも思わないですから。んー、一つ思いつきました。あっ、でもこれは無理ですね」

 

「どういう作戦ですの?」

 

「ポケモンに穴を掘らせて水を抜こうと思いましたけど、この辺に町より標高低い崖かなんかあります?」

 

「申し訳ないですがこの辺りには無かったかと」

 

「ん~、それでもできなくはないんですが。ちょっとこのやり方は」

 

「いいから言ってみなさいよ」

 

「そうですわ。やりようがあるならおっしゃってください」

 

「じゃあ言いますけど怒らないでくださいよ。じわれで亀裂を作ってその側面に穴を開けて水を抜く方法です」

 

「あ~、それは駄目ね。流石に認められないわ」

 

「そうですね。流石にそれはいけませんわ」

 

「だから無理だって言ったじゃないですか」

 

「あんたの事だから何か凄い作戦を思いついたか期待したのよ」

 

「私を何だと思ってるんですか。そんなこと言うならカスミさんが考えてくださいよ」

 

「無理よ!」

 

「自信満々で言わないでくださいよ。エリカさんは何かありません?」

 

「期待しておりますわ。誠さん」

 

「今のはちょっとイラっときましたよ。本来ならエリカさんがすべき仕事ですからねこれ」

 

「ですが誠さんの方が向いているのも事実ですもの」

 

「向いてる向いてないじゃなくて考えるのを辞めるなって話ですよ。人一人で考えられることには限度があるんですから」

 

「それもそうですわね。申し訳ありません」

 

「とはいえどうしましょうかね」

 

(火で蒸発……は無理。水量が多いし熱の問題もある。場所が無いからどこかに流すのも無理。何かで水を移動させる……無理。その手段がない。水を何かに吸い込ませる。これならどうだ? そういう素材は思いつかないけどこの世界の何かがあるかもしれん。というかなんで俺がアフターケアの方法を考えてるんだ? こっちから話さなければこいつら気付かなかったからスルーできたのに。今更考えても仕方ないけど気付いた瞬間面倒になってきた。どうでもいいことはさっさと切り上げたい)

 

「何か水を吸収できるようなポケモン知りませんか? 水ポケモンか草ポケモンにそういうポケモンいません?」

 

「水ポケモンは水の中で過ごせるけど水を飲むようなのは聞いたことないわね」

 

「申し訳ありませんが草ポケモンにも大量の水を吸い取れるようなポケモンはおりませんわ」

 

「じゃあもうすぐには思いつかないですね。とりあえずは機械で少しづつ水を出しましょう。その間に何か思いついたらってことでいきませんか?」

 

「それしかありませんか……」

 

「あたしのポケモンを行かせてもいいわよ?」

 

「人やポケモンがいるとも限りませんし、それは止めておきましょう。中途半端な事をして人やポケモンが溺れる方がまずいです」

 

「そう? まああんたがそう言うんならそうするわ」

 

「ええそうしてください。手配についてはエリカさんにお任せします」

 

「かしこまりましたわ」

 

 ひとまずの方針は決定した。事後処理は面倒くさそうだがそれはエリカの仕事。そこまでサービスしてやる義理はない。俺は俺の役割は果たした。手を貸してやるのはここまでだ。後はポケモンを回収しておさらばするだけだがせっかくなのでレギュラー以外の強さを確認しておきたい。

 

「ところでカスミさん私のポケモンは役に立ちましたか?」

 

「そう! それよ! あんたに聞きたかったのは! あんた前に育ち切った水ポケモンはいないって言ったじゃない!」

 

「え、ええ、確かに言いましたけど」

 

「あれでも育ち切ってないわけ!?」

 

「そうですね。私が育て切ったと判断したポケモンは六匹だけです。今はもう四匹になってしまいましたが、それ以外のポケモンはまだ全員育成の途中です」

 

「それでも十分強かったわよ。特にあの青いポケモン。この辺じゃ見ないポケモンなんだけど」

 

「青? ああ、トドゼルガの事ですか。あれでもまだ育成中です」

 

「ほんとあんたのポケモンおかしいわよ。あたしのポケモンと大差ないくらい強かったわ」

 

(進化三段階目ともなるとジムリーダーのポケモンレベルか。大体レベル50代か60代ってところかな。参考にしよう)

 

「お役に立てたなら幸いです。キングラー、ジュゴン、トドゼルガよくやったな。戻っておいで」

 

 呼びかけに答えたキングラーとジュゴンが誠の元に戻るがトドゼルガだけはもじもじと体をくねらせるだけで近寄ってくる気配がない。

 

「? トドゼルガ?」

 

 トドゼルガに目を向ければトドゼルガの視線は誠とカスミを行ったり来たりしている。体をくねらせている様子とは裏腹にその視線は真剣そのもの。そしてその眼には見おぼえがあった。

 

(……まずい。俺から離れていったポケモン達と同じ雰囲気だ。よりにもよってカスミとエリカの前でか。無理矢理にでもボールに……無理か。俺のポケモンは一旦逃がさないと普通になれない。ボールを投げてボールから抜け出されるのを見られるのだけは避けないといけない。一匹の損害で隠し通せるなら……ちっ……仕方ないか)

 

「トドゼルガ、俺よりもついていきたいと思える人が出来たか?」

 

 トドゼルガは返事もせずにカスミの方をちらちらと見ている。その態度だけで答えは分かり切っている。

 

「俺はお前らの幸せを願ってるからお前が望むなら俺がその願いを叶えてやる。でも一つだけ忘れないでくれ。俺の行く道を遮る事だけはするな。その時はお前でも容赦はしない」

 

「ヴォ!」

 

 こんな形で仲間を手放すのは惜しいが状況を収めるためには仕方ない。トドゼルガとの決別の覚悟を決めてカスミへと振り返る。

 

「よし……カスミさん少し良いですか?」

 

「見てたんだから大体分かるわよ」

 

「話が早くて助かります。それでお返事は?」

 

「あたしとしては構わないんだけど……本当にいいの?」

 

「私が育てるポケモンは私についてくる事を望んだポケモンだけです。そのポケモン達が私よりもついていきたいと思える人に会えたなら私はそれを止めることはしません」

 

「……嘘ではないみたいね」

 

「まあ思うところも無くは無いですがポケモンの意思が一番です。私にはトレーナーの才能はありませんからね」

 

「本当に良いのね?」

 

「ええ、ただ一つだけお願いがあります。いや二つですね」

 

「何かしら?」

 

「一つはトドゼルガの意思を大事にしてやってください。もし言うことを聞かない時が来てもそれはトドゼルガなりに最善を考えて行動してるってことですから。あと一つはあれです。ポケモンを渡す前のポケモンリーグの審査的なのが事後承諾になるので報告をそちらでお願いします」

 

「そのくらいならいいわよ」

 

「お願いしますね。報告の事もトドゼルガの事も。私はこれで帰りますから。エリカさんもまたお会いしましょう」

 

「ええ、勿論ですわ。誠さんもお時間がありましたらタマムシジムに遊びに来てください。タマムシジムはいつでも貴方を歓迎致します」

 

「今度来る時はジム挑戦になると思いますからお手柔らかに」

 

「ふふ、楽しみにしておりますわ」

 

「それでは。ああそうだ、もし今回の作戦について事後で何かあればご連絡下さい。助言程度ならいつでも出来ると思いますので」

 

「何かあればご連絡させていただきますわ」

 

「今度はハナダジムにも遊びに来なさいよ」

 

「ハナダ方面に寄る際にはお邪魔させて貰います。その時にトドゼルガの様子も見せてください」

 

「楽しみにしてなさい。あんたでも認めざるを得ない様に育ててみせるわ」

 

「ええ、楽しみにさせて貰います。それではまた」

 

 キングラーとジュゴンをボールに戻して、タマムシジムを出る。

 

(ちっ、俺としたことがまんまとポケモンを奪われた。他のトレーナーに近づける危険性に気付けなかった俺のミスだ。他のトレーナーがいなくてもポケモンの意思だけで俺から離れるくらいなんだから他のトレーナーを近づけたらそっちに流れるのは当たり前の事だった。今後は俺のポケモンの指揮権を他の奴に預けるような事態は避ける必要がある。そして何より前例を作ってしまったのが痛い。そうならない様に立ち回るとは言っても同様の状況になれば面子によっては断り切れないかもしれん。何ならできるだけ人前に出さない方向で対策を考えておいた方がいいか)

 

 ひとまずクチバシティに戻ろう。まだ朝だが昨日は眠れなかったから流石に眠い。目先の問題を解決したと思えば新しい問題を抱え込んでしまった。今後の慎重な行動を取らなければ。

 

 




なんだかんだ言いつつも人に頼られてご満悦な誠君


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躓く人

皆様お久しぶりです。三週間ぶりの投稿です。
とりあえず新しい就職が決まりましたので投稿を再開します。
今までと勤務時間とかも変わって慣れるまで投稿頻度は下がるかもしれませんがそこは目を瞑っていただきたいと思います。
一応次回投稿までの間隔は1週間を目途に考えています。


 タマムシシティでのロケット団アジト強襲を終えて翌日。俺は今、再びマサラタウンを訪れている。マチスに要望していたオーキド博士への対談要望が通ったからだ。ポケモン研究の権威と呼ばれる程の人なので対談が叶うまでもっと時間が掛かると思っていたのだが、まさかマサキやシルフカンパニーよりも早く対談ができるとは思わなかった。

 

 しかし実情を知ればそこまで不思議なことでもなかった。オーキド博士はポケモン研究の黎明期に結果を出してポケモン研究の先駆けとなった研究者だが、はっきり言って黎明期以降の研究の発展についていけていない。

 

 個人的に唯一の成果と考えていいのはポケモン図鑑の開発くらいだ。ポケモンはそれぞれの種類によって内容の異なる微弱な電磁波のようなものを常に放出しているらしく、ポケモン図鑑はその電磁波を読み取り、図鑑内のデータを参照して表示する機械らしい。

 

 ポケモン図鑑開発以外の研究の内容は科学的、技術的な観点は殆ど無く、根性でポケモンの生活をひたすら観察するというもの。ポケモンリーグの歴史を考えれば遥か昔からポケモンはいた筈だが、一緒に生活するとかひたすら観察するということをやった研究者がオーキド以前にいなかったのが驚きだ。当然、書かれた論文や研究内容も各ポケモンの生態や習性に関するもの。俺が知りたかったのはポケモンという生き物が遺伝子上どのような生物なのかという事とモンスターボールがどのような原理でポケモンを捕獲するかであって、ポケモンの習性ではない。

 

 事前情報でがっかりしながらも実際に会ってみたが、実態は研究者というよりもポケモン大好きおじさんだ。ポケモンの習性を観察するためと称してポケモンと一緒に生活してそれをレポートとして書いているだけ。正直に言えば隠居した爺さんがポケモンと生活して日記を書いているだけにしか見えない。話をしてみてもポケモンの生態は興味深いだのポケモンは不思議に包まれているだの言うだけで実になる話どころか分かっていることすら殆ど無い。

 

 ポケモンの育成について話をさせられることも想定していたが、ポケモンはそれぞれが望む環境で伸び伸びと育てるのが良いという方針らしく、ポケモンを育てて強くするということに関しては研究対象としていなかった。なんでもポケモンを育てることに関しての研究は研究者の中では禁止事項という暗黙の了解があるらしい。ポケモンの成長の原理や強くする手段を確立してしまうとそれ以降のトレーナーがその育て方しかしなくなり、ポケモンの個体差や本来の習性などを無視する可能性があるからだとか。

 

 ポケモンリーグの理念と相反している気もするが、それでもオーキド博士とポケモンリーグにつながりがあるのは、オーキド博士が強いトレーナーを見出す能力に長けていると言われているからだ。元チャンピオンのレッドと現ジムリーダーのグリーンを見出したということでポケモンリーグからも一目置かれている。個人的にはたまたま研究所をマサラタウンに立てたオーキド博士よりも数少ない子供の中からレッドとグリーンを輩出したマサラタウンという土壌に目を付けた方が良いとは思うが。

 

 結局、事前情報で薄々分かっていた通り、確認したい事は全く聞くことが出来ずに対談は終了した。望む情報が得られるのなら二日でも三日でも話をするつもりだったし、何なら研究の手伝いもできる範囲でするつもりだったが、結果は半日程度で対談は終わり。もうオーキド博士に会う事も無いだろう。

 

 強いて成果と言えるのはポケモン図鑑を貰ったくらい。便利は便利だが既にルビーサファイアくらいまでのポケモンの大半を憶えている身としてはそこまで必要な物でもない。そのポケモン図鑑も既にデータが入った誰かのお古。しかもデータを確認した中に一匹だけ気になるデータが登録されている。

 

 No000 けつばん

 

 初代ポケモンではバグを使った場合にのみ入手できたポケモンだ。もしかすると未発見のポケモンを図鑑に読み取らせた場合に表示されるのかもしれないがオーキド博士に尋ねれば未発見のポケモンでもこのような登録にはならないらしい。ならば図鑑の元の持ち主は誰かと聞けば元チャンピオンレッドがチャンピオンを辞めた際に返納されたものだそうだ。

 

 考えられる可能性は三つ。一つはこの世界にけつばんというポケモンが存在している可能性。だがこの可能性はほぼゼロ。そもそも図鑑を作ったオーキド博士が知らない時点で図鑑に登録することなんてできない。

 

 二つ目はポケモン同様に俺が図鑑を持ったことで何らかの影響を与えてバグが発生した可能性。特に問題はないがもしこれならポケモンの異常を解決するための手がかりになるかもしれない。

 

 最後はレッドが図鑑に何かをしていた場合。機械をいじって壊しただけなら問題は無い。しかしもしレッドが何らかの手段でけつばんを出現させたなら話は変わってくる。けつばんは本来この世界にいないだろう存在。ゲームにおけるバグをこの世界で出現させるとすれば手段も影響も一切が不明。望み薄ではあるが元の世界に帰るヒントが得られる可能性はある。現状では根拠と言えるものもないが、けつばんを知るレッドがもしかすると同じ境遇である可能性もある。そうなれば協力体制が敷けるかもしれない。あくまで可能性でしかないが。

 

 少々気にかかることはあったが、オーキド博士との対話は大した結果が得られずに終わったのは事実だ。ポケモンの謎の不調に関しては他の研究者やマサキ、シルフカンパニーなどに期待するしかなくなった。

 

 今の時刻は正午前後。できることは色々とあるがせっかくマサラタウンまで来たのだから近くのジムへの挑戦だろうか。南に行けばグレンジム、北に行けばトキワジムとニビジムがある。近さだけならグレンジムかトキワジムだがゲーム終盤のイメージの所為かどうも強いイメージがある。いずれは挑戦しないといけないが今である必要はない。ただしグレンジムもトキワジムもそれぞれメリットはある。

 

 まずグレンジムはリーダーのカツラが元研究員という設定であること。うろ覚えだがミュウツーを生み出すための研究に参加していたとかだったはずだ。オーキド博士と違ってポケモンを遺伝子的に研究していたなら望む話が聞ける可能性がある。ただし話をするにも基礎知識がないので最低でも数日から数週間、場合によっては数か月単位で通って勉強する必要があるかもしれない。

 

 トキワジムに行くメリットは地面タイプのポケモンの使い方の確認。ゲームならじしんやじわれなんかの使える技があったが、この世界だとそれらの技が封印されている。覚えている範囲だとまともに使えそうな技があなをほるとすなあらしくらいしかない。個人的に地面タイプは相手の有利なフィールドを破壊するという点ではかなり重宝しそうな気がする。ドザエモンがいるので地面タイプの戦い方というのを確認しておきたい。ただしこれはトキワジムに限った話ではない。グレンジムなら炎をニビジムなら岩をセキチクジムなら毒をそれぞれの使い方を知りたい。

 

 暫く悩んだ末に出した行先はグレンジム。相応の時間が掛かるとしても今ある悩みの一つを解消できる可能性を考えた結果だ。つくねを出してグレンタウンに飛ぶ。

 

 数十分空を飛んで辿り着いたグレンタウンは言葉を繕わなければ寂れたとか廃れたという言葉がしっくりくる。いくらかの民家はあるが生活感どころか人の気配すらなくポケモンセンターが一軒建っているだけ。かつてはそれなりに人がいたが廃れて人が離れていった雰囲気が漂っている。そして一番の問題は目的のジムが無いことだ。グレンジムというからにはグレンタウンにあるはずだがどういう事だろうか。

 

 仕方なくポケモンセンターに入ってジョーイさんに話を聞けばグレンジムは火山の噴火で消滅したので今はふたごじまに移設したらしい。そんな噴火の記録のある火山の麓にポケモンセンターを残しているとはその決定をした人は何を考えているのだろうか。そんな場所で笑顔で接客ができるジョーイさんも何か思うことはないのだろうか。

 

 ともかくジムが移設したのならもうこんなところに用はない。ジョーイさんに礼を言って今度はふたごじまへと飛ぶ。最初はカツラに話を聞きつつジム挑戦をするだけのつもりだったが、ふたごじまとなれば確認しておきたいことがある。

 

 ゲームでは固定エンカウントだった伝説と準伝説のポケモンがこの世界ではどうなっているのかだ。ふたごじまの洞窟の内部構造なんか覚えてないのでしらみつぶしに探すことになるが、もしかするとフリーザーがいるかもしれない。もしフリーザーがいるのであれば既に誰かが発見していそうな気もするが一応確認しておきたい。今はまだ確認すらできていないがいつか俺のフリーザーが自然に生きたいと望むならふたごじまのフリーザーは邪魔になる恐れがある。その時に始末する為にも存在の確認は必要だ。当初の予定からは外れるがいつか直面する問題の解決策を事前に用意できるならしておいた方がいい。

 

 そんなことを考えながら空の旅を楽しんでいる内にふたごじまに到着した。これがまた見事に何も無い。一応グレンジムと数件のプレハブ小屋があるが後は山だけ。他のジムはそれなりの大きさの町に建てられて自治のような活動をしていたがこんな場所でそんな活動ができるとも思えない。ジムの設立場所に関して規定があるのかは分からないがグレンタウンやふたごじまのような辺境の地を選ぶ理由が分からない。グレンジムだけ他と比べて異質な感じがするがジム設立当時の担当者が金でも握らされたのだろうか。

 

 そんなどうでもいいことを考えつつもグレンジムに入れば視界に広がるのはむき出しの岩。粗削りの鋭い石柱が立ち並ぶ様は鍾乳洞に近い。

 

(岩? 炎のジムだから最悪溶岩があるくらい想像してたが……洞窟内部でも表現してるのか? ゲームでもこんなんだったか? なんかもっと研究所みたいなイメージがあったが)

 

 ジム内の様子をまじまじと眺める誠に白衣を着た一人の男が声をかけてくる。

 

「やあ、ジム挑戦かい?」

 

「ああ、はい、まあそうですね」

 

「そうかい。じゃあルール説明をしてもいいかな?」

 

「お願いします」

 

「このグレンジムには五人のジムトレーナーがいるから、皆が出す問題に答えてね。正解するかバトルで勝てば先に進めるよ」

 

「はあ、問題ですか」

 

「そうだよ。簡単な問題ばかりだし、間違えてもバトルで勝てばいいからね」

 

「分かりました」

 

「じゃあ早速第一問! キャタピーは進化するとバタフリーになる! はいかいいえで答えてくれ!」

 

「間にトランセルが挟まりますけど最終的にはバタフリーに進化しますね」

 

「はいかいいえで答えてくれ!」

 

「じゃあ、はいで」

 

「正解! 先に進んでいいよ!」

 

「……あの……」

 

「なんだい?」

 

「さっきみたいな言葉遊び交えた問題っておかしくないですか? 進化したらトランセルだとか言ってバトルになりそうなんですけど。そんな問題ばっかりなんですか?」

 

「まあ……言いたいことは分かるんだけどね。僕らもカツラさんが考えた問題を出してるだけだから……」

 

「……大変ですね」

 

「そうなんだよ。カツラさんは良い人で尊敬できるんだけどセンスに関してはちょっとね……」

 

「……じゃあ先に進みますんでこれからも頑張ってください」

 

「あぁ、ごめんね愚痴を言っちゃって。君もジム挑戦頑張ってね」

 

「はい、それじゃあ」(ジムトレーナーも大変だな。ジムリーダーが変な奴だと下にも影響が出るのか……いやそれは普通の会社でも一緒か)

 

 そこからもグレンジムトレーナーの出す問題に答えつつ、ジムの奥へと進んでいく。二問目以降の問題はひっかけ要素はなく認定バッジの数、タイプ相性、技マシンの種類に関する問題だったが〇×の二択でなくとも答えられるレベルの問題しか出なかった。

 

(戦わなくていいのは嬉しいが問題はもう少しどうにかならんのか。元研究者ならもう少し何かあるだろ)

 

 そんな不満を抱えながら岩肌に沿って進んでいたところで唐突に視界が開く。岩肌がむき出しなのに変化はないが地面だけはきれいに舗装された広々とした空間。そこにサングラスとスキンヘッドがトレードマークの男性が立っている。

 

(カツラ……この世界イケメンばっかりだからなんか親近感が湧くな。日本なら間違いなくイケオジではあるがこの世界だとあんまり……やっぱり髪か。俺も最近おでこが気になってきてるからな。この世界育毛剤とかあるんだろうか。生え際の後退を遅らせるとか謎技術とかないかな)

 

「うおおぉいっ! よくぞ来た挑戦者!」

 

「お久しぶりです。カツラさん」(うるせぇな。本部の時とキャラ違いすぎだろ)

 

「君が来るのを待っていたぞ! さあ熱い戦いをしよう!」

 

「聞きたいこともあったんですけど、まあお話は勝負の後ででも」(どっちが素だ?)

 

「うむ! 儂のポケモンは全てを焼き焦がす強者ばかりだ! さあかかってきなさい!」

 

「ルールの方は?」

 

「む? ルールは……そうだな。うむ! オーソドックスな三対三のシングルス! アイテムの使用は三回までだ!」

 

「分かりました。ステージはここで?」

 

「そうだ! ここは特別頑丈に作ってある! 遠慮はいらんぞ!」

 

「はい。では始めましょう」

 

「うおおーす! やけどなおしの準備はいいか! いくぞ!」

 

 話し合いの余地もなくジム挑戦が始まったが問題は無い。どちらにせよ戦う予定だった。バトルと話し合いどちらが先か変わるだけだ。

 

 事前の確認は無かったが選出予定はドザエモン、ユカイ、つくねにする。ドザエモンは弱点を突く事が出来るので確定として後は状況次第でユカイかつくねをデンチュウに切り替える。

 

(まずは様子見だ。カスミで良く分かった。ジムリーダーは大抵苦手属性をカバーするポケモンを用意してる。弱点を付けるドザエモンは温存する。先発は……ユカイも捨てがたいが……素早さのあるつくねにするか)

 

「つくね! お前は自由だ! 行ってこい!」

 

「行け! マグカルゴ!」

 

 つくねを選出した誠に対して、カツラの先発はマグカルゴ。溶岩がカタツムリの形を成して岩を背負ったような生き物の体は常に流動していて想像以上に見た目が気持ち悪い。

 

(マグカルゴ、見るからに体が溶岩だな。直接攻撃だとこっちもダメージが来そうだ。近接の多いつくねより遠距離多めのユカイにすべきだったか)

 

「マグカルゴ! スモッグ!」

 

 カツラが指示した瞬間、マグカルゴの背負った岩のような殻から一目で有害と分かる紫色の煙が大量に噴き出す。

 

(いきなりだな。相手の姿も見えん。かぜおこしでも使えれば……できない事は今はいい。ひとまずはできることをしなければ)

 

「つくね! 一旦下がってこうそくいどう! 備えろ!」

 

「マグカルゴ! かたくなる!」

 

(ちっ! 積み技かよ。様子見するつもりが裏目に出た。積み技を重ねられたら最悪三縦……ドザエモンに交代するか? いや、まだ一回だ。レベル差を考えればまだ問題ない。交代で技を重ねられる前に倒す)

 

「スピードスターだ! とにかく数を撃ち込め!」

 

 つくねの三つの口から放たれた星がスモックの中に飛び込み、破砕音を響かせる。カツラに動きはない。

 

(回避の指示は無し。もう煙の中から移動したか? 位置を見失ったか)

 

「つくね! やめ! こうどくいどうをしつつ周囲を警戒!」

 

「マグカルゴ! かたくなる!」

 

 双方が積み技の指示を出す硬直状態。違いは一つ。方や位置を補足され、方や相手を見失っていることのみ。

 

(落ち着け。位置を見失ったがどうせ攻撃の瞬間には姿を現す。こちらのポケモンの方が強い。姿を見せてからで十分対処できる)

 

 誠は周囲を見渡すがマグカルゴの姿は見えない。その間にもカツラはマグカルゴにかたくなるとドわすれの指示を出し、つくねはこうそくいどうを続ける。

 

(どこから来るか考えろ。相手の戦法は視界を奪ってからの積み技。俺が好む戦法に近い。俺ならどうする? 強さの差を考えれば正面は避ける。側面、後方、頭上、足元のどれかだ。側面と後方は俺の視界に入ってる。頭上は確認してるが姿はない。なら足元か? マグカルゴってあなをほる使えたか? 使えると仮定しよう)

 

 誠は周囲を警戒する。一か所に焦点を合わせずにステージ全体に目を向けマグカルゴの体色である赤色を探す。しかしステージ上で動くものはつくねと漂うスモッグのみ。

 

(やっぱりいない。何処行った? 視界に入らない場所……は地中かスモッグの中か。カツラは回避指示は出してなかったがスモッグの中か? カツラは移動の指示も出してない。積み技の時間を稼がれた可能性はある。確認しなければならない。この際多少のダメージは無視だ)

 

「つくね! スモッグに突っ込め! 何かいればトライアタックでぶっ飛ばせ!」

 

「ほう、ようやく気付いたか。でも勇敢と無謀は違うぞチャレンジャー。ジャイロボール!」

 

「! 避け」

 

 誠は咄嗟に指示を出すが、既にスモッグに突っ込もうとしたつくねはマグカルゴのジャイロボールを受けて弾き飛ばされている。よりにもよって素早さの値で威力が変わるジャイロボール。つくねが相手の方向に疾走していた事に加えてこうそくいどうで素早さの底上げまでした事までも裏目に出ている。

 

 だが攻撃を受けたつくねは即座に立ち上がり戦闘態勢に入っている。むしろ攻撃を受けた憤りからか攻撃を受ける前よりもやる気を感じる。

 

「くそが」

 

 上手く嵌められた事で誠はつい本音を口に出してしまう。

 

(一番嫌なカウンター食らった。幸いにもつくねはそれなりのダメージは食らったが様子を見る限りだとまだ戦える。手玉に取られた感じはあるが状況は悪くない。相手の位置も確認できた。つくねもやる気になってる。あれだけの好条件で技を食らっても戦闘可能な時点で相手のレベルはそこまで高くはない。相手のシナリオ通りに進んでるのは不安要素だがここはレベル差でごり押す。最悪つくねは使い潰す想定で一匹だけでも道ずれにする)

 

「つくね! スモッグに向けてはかいこうせんを一発!」

 

「むっ! マグカルゴ! まもる!」

 

 つくねの首の一つからはかいこうせんが放たれる。残る二つの頭からも放たれる事が分かったとしてもスピードスターのように受けることは出来ない。

 

(まもるか。避けると思ったがそれならそれでいい)

 

「もう一発はかいこうせん!」

 

「避けろ! マグカルゴ!」

 

「逃がすな! 回避先にもう一発!」

 

「まもるだ!」

 

(回避を挟めばまもるが使えるのか。でも別に構わない。既に一発目を撃った頭は反動から回復済みだ。反動で動けなくても固定砲台にはなる)

 

「もう一発」

 

「躱せ!」

 

「もう一発」

 

「くっ! まもる!」

 

「もう一発」

 

「ぐぬっ! 回避しながらスモッグ!」

 

 回避行動を取りながら再びマグカルゴの殻から煙が噴出し、その姿を覆い隠す。

 

「(同じ手にかかるかよ)続けろ! もう一発!」

 

「いわなだれ!」

 

「(回避を捨てて相打ち狙いか? つくねは反動で動けない。受けるしかない)耐えろ!」

 

 頭上から落ちてくる岩の雪崩につくねが押しつぶされる。自分が食らっている訳ではないのに岩に閉じ込められる光景を見てあの横穴で感じた恐怖が頭を過ぎる。バトルと割り切って耐えろとは言ったものの気分の良いものではない。

 

「無事か!」(強化されたジャイロボールに弱点のいわなだれ、これは流石に無理か)

 

 誠は積み重なった岩山へ呼びかけるが反応はない。

 

「駄目か」(戦闘不能か。マグカルゴを倒せていればいいが、もし倒せてなければきついかもしれない。巻き返しはできると思うが気を引き締めなおさないと。それにしてもたかが目隠しと思ってたが相手にすると厄介だ。次は上手くやらなければ)

 

 誠はつくねが戦闘不能になったことを理解して次の段取りを考える。もし巻き返しが難しいようなら今回の勝利を諦めて戦力確認を重視する方向に舵を取ることも視野に入れなければならない。

 

「何をしとるんだ馬鹿者!」

 

 突然聞こえてきた叱責に強制的に考えを止められる。今はジム挑戦の最中、集中しなければならない。考え事をすると没頭する癖は直さなければならないと分かってはいるがこればかりはどうにも治せそうもない。

 

「すいません。考え事をしてまして」

 

 誠は自身の態度について謝罪をするが、そんな態度を見て更にカツラは怒気を強める。

 

「お前っ! もういい! ブーバーンいけ! いわくだきだ!」

 

 カツラの出したブーバーンがつくねを押しつぶしている岩を砕き始める。その行動を見てようやく誠もカツラの怒りの理由に気づく。そして同時につくねの状態が危険であることにも。

 

「(やば、考え事してる場合じゃなかった)ドザエモンお前は自由だ! いわくだきで岩を砕け!」

 

 崩落に巻き込まれたあの日のミルタンクの姿が頭を過ぎる。ブーバーンが既に大半の岩を砕いていたため、ドザエモンが僅かに残った岩を砕けばその下からつくねの姿が見えてきた。血まみれではあるが体に欠損が無いことに内心でほっとする。

 

「戻れ!」

 

 モンスターボールから放たれた光線がつくねに当たり、つくねの姿がフィールドから消える。モンスターボールの仕組みは分からないが、ボール内のポケモンはボールに入った状態のままになる。ひとまずはこれ以上状態が悪化する心配はなくなった。

 

(どうするか。とりあえずボールに入れたから時間の問題は無い。問題は無いが……ジム挑戦を続けていいものか。ボールに入ったということは死んではいないと思うが。どうする? できれば早めに回復してやりたい。だが現状で相手の手持ちの確認もできてない。次回のジム挑戦を見据えるならここは続行すべきか……)

 

「もういい。挑戦は中止だ。帰りなさい」

 

「え?」

 

 唐突なカツラのジム挑戦中止宣言に呆気にとられて間抜けな声が出てしまう。しかし理由は何でもいい。悩んでいた内容の答えを向こうから切り出してくれたのだから便乗すればいいだけだ。

 

「すいません。こちらから切り出そうと思っていたところでした」

 

「勘違いするなよ若造。言いたいことは幾らでもあるがもういい。出ていきなさい」

 

「ええ、それでは」

 

「さっさと出なさい。お前の様な奴はポケモントレーナー失格だ。ジム挑戦の権利もない」

 

「また日を改めて挑戦に来ます(確かにつくねの事は俺の失敗だがそこまで言われることか。お前がいわなだれなんて危険な技を使ったんだろうが)」

 

「ジム挑戦の権利も無いと言っただろう! お前のような奴を認めることは無い!」

 

「(まずいな)確かにつくねの事は俺の失敗でした。ですがまた挑戦に来ますよ」

 

「……問題だ。君はポケモンの事をどう思っているんだね。言ってみなさい」

 

「……」(意地の悪い質問だ……求めている答えは何となく分かる。家族や仲間、友達、おそらく求められている答えはこの辺りだ。だが今その答えは言えない。岩に押しつぶされたつくねを即座に助けようとしなかった俺が今言っても説得力がない。かといって道具や戦力なんて答えられる質問でもない。答えが分かってるのに答えられない質問だ)

 

「これは儂から君への問題だ。宿題にしておくから次に来るまでに答えを出しなさい」

 

「……はい」

 

「おほん。少々興奮してしまったが過ちを恐れぬのも若者の特権。ポケモンと向き合い、しっかり考え、大いに悩み、躓いたら相談して、そして答えが出た時にまた来なさい」

 

「ええ今日はすいませんでした」

 

「その言葉は儂ではなくポケモンにかけてやりなさい」

 

「……そうですね」

 

「起きてしまった過ちは変えることはできん。大事なのは過ちを過ちと認めて次回に生かす事だ」

 

「……はい。考えてみます」

 

「うむ。君が答えを見つけられることを祈っておるよ」

 

 グレンジムから外へと出る。まだ日は高い。

 

(カツラとの話し合いも出来ず、ジム挑戦も失敗、次回挑戦に条件まで付けられた。対して得たものはカツラが使用するポケモンの一部と戦闘法が確認できただけ。明らかなマイナスだ。オーキドからも碌な話は聞けてないし、上手くいかない事は重なるもんだ。まあこうなった以上は仕方ない。とりあえずポケモンセンターでつくねを回復させよう)

 

 ポケモンセンターの無いふたごじまからグレンタウンへ移動するためにつくねのモンスターボールに伸ばしかけた手を止める。つくねが戦闘不能になっているため空を飛ぶことのできるポケモンを所持していない。

 

(やばい。つくねの代わりがいない。誰も空を飛べない。一応メンバーに入れたドククラゲはいるが海上で襲われることを考えると海は渡りたくない)

 

 このまま諦めてドククラゲで海を渡るか、グレンジムでカツラに頼み込んでつくねをどうにかして回復してもらうか、また一つ悩みが増えた。

 

 




暫く書いてなかったせいで誠君がどんな思考してたか思い出せない。
まあその日の気分によって思考に多少の変化はあるということで。


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悩む人

続きが書けましたのでお納めください。
最近思考パートが少なかったので今回はそれです。物語は進んでないです。

あとちょっと短めです。


 場所は変わってグレンタウン、そこが誠の現在地だ。結局あんなやりとりの後にカツラに回復を頼むことは出来ず、ドククラゲで海を渡るはめになった。野生ポケモンが近寄らないようにデンチュウにドククラゲが耐えられる程度の弱い電気を周囲に放ってもらいながら移動したのが功を成したか野生のポケモンに襲われることはなかったのが幸いだった。

 

 そしてグレンタウンのポケモンセンターでポケモン達を預け、誠は今悩んでいる。

 

 考えることは多々ある為、誠の思考も定まらない。今後の行動、自身の身の振り方、カツラの質問の回答、早めに答えを出さなければならない目近な問題だけでも三つ。そこにポケモンの自我の問題の解決、あの村から逃げたガキの殺害、日本への帰還手段、この世界で一時的に目指すべき将来像、伝説のポケモンの扱い等々の解決策が見いだせない問題が混じってくる。はっきり言って日本で一会社員をやっていた誠に処理出来る許容量を超えている。

 

 直近の行動や身の振り方を決めるためには最終的な目標が定まっていない。ならば流されるままに人から与えられる目先の目標を達成すればいいかと言えばそうではない。何も考えずその場その場で適当な対応をしていては最終的な将来像を定めた時に挽回不可能な足枷になる恐れがある。

 

 ならばどうなりたいかを決めればいいのだがそう上手くはいかない。誠には夢が無い。子供の頃からそうだった。具体的に何かになりたい、何かをしたいという夢はなく、進学も就職も仕事の内容だって周りの意見に流されて決めてきた。自分の意見が無いから周りの人間の望む人間を目指して生きてきた。だからこそ目指すべき将来の自分を思い描くことが出来ない。周りが自分に求めているものが分からないから、そしてこの世界には自分に意見をくれる信頼できる人がいないから。

 

 そうして思考の袋小路から出られなくなる。一度落ち着いて考える時間を設けたことで今までの行動の全てが悪かったというネガティブ思考に陥る。短絡的な思考の全てが嫌になる。

 

 まず思い浮かぶのは先程の失態。何故無策でジム挑戦に挑んだのか。相手の行動を見てからそれに合わせて策を考えられる程、自分は優れている訳では無い。ならば事前に策を考えてそれを遂行し、相手に合わせても微調整に留めるべきだった。敗北の原因ははっきりしている。自身の能力の無さ、これが全てだ。ポケモンの強さは十分。ポケモンはポケモンの仕事を果たしている。なら自分はどうか。状況を見極めて指示を出す。その仕事を放棄している訳では無い……がそれでも足りない。自分の情けなさを痛感する。

 

 悪いことに限って思考は溢れてくる。何故利益がが薄いポケモンリーグ職員になったのか、何故他にやるべきことがあるのに呑気にジム挑戦に挑んでいるのか、何故今……何故あの時……何故もっと……。

 

 今まで誰かに向けてきた責任の矛先が全て自分に向かってくる。これはまずいと頭では理解している。必死に責任を押し付けられる何かを探すが何も思いつかない。何も考えたくないのに頭が考えるのを止めてくれない。

 

 負の感情は泥のようなもの。本能的に目を逸らしたくなるが目を逸らせばその間にどんどん溜まっていく。発散して掃除をしなければ自分の中でその重さを増す。溜まりきる前に掃除をしなければ処理が間に合わなくなって溢れ出してしまう。

 

 負の感情の蓄積が限界に近いのが自分でも分かる。マイナス思考に偏る原因の一つは間違いなくこれ。早急に処理しなければならない。

 

 誰かを攻撃して発散するか、誰かに押し付けて負担を軽減するか、誰かに相談して分割するか。

 

 誰かを攻撃したい欲求はあるが直接的な攻撃がしたい訳では無い。舌戦で相手の弱みを抉りズタボロにして優越感を得たい。それしか発散の仕方を知らない。しかしそのためには相手を知らなければならない。そこらを歩いている適当な奴に仕掛ける訳にはいかない。

 

 誰かに責任という形で負担を押し付けて感情の矛先を作る。結局は特定個人への攻撃と変わらない。これも候補者が必要になる。

 

 ならば誰かに相談して負担を分け合うか。これが一番難しい。信頼して全てを話すことの出来る仲間、この世界にそんなものは居ない。

 

 そもそも移動手段であるポケモン達は現在回復中であり、孤島であるグレンタウンから出る事も出来ない。現在グレンタウンで確認できている人間は誠を除けばジョーイさん一人だけ。生命線であるポケモンの回復を担うジョーイさんに悪感情を抱かれる訳にはいかない。

 

 誰の目にもつかない様に持ち歩いている伝説のポケモンを使えば移動する事は可能だが流石にそこまで錯乱してはいない。そんなことに使うために隠し通している訳ではない。使うなら慎重に慎重を重ねてその上でやむを得ない状況に陥った場合だ。しかし頭の中に伝説のポケモンを使用するという選択肢が浮かんだ時点でかなりやばい。普通なら頭の片隅に僅かも浮かばないような案を思いつくような状態ということになる。

 

 誰かに相談したい。誰かに指示してほしい。思考が徐々にシフトしていく。信頼できる人物を欲する考えが脳を占めていく。この世界で出会った人物を一人ずつ思い浮かべては消していく。求めているのは口が堅く、清濁構わず受け入れることが出来て、尚且つ裏切らない保証のある者。

 

 まずジムリーダー共は駄目。組織に属する以上は命令によって口を開く恐れがある上に清濁併せ持つ気質の持ち主はいない。唯一カツラが清濁併せ持つ候補ではあったが挑戦の際の態度を見れば情熱的というか誠実で真っ直ぐな思想だと考えられる。

 

 クチバシティの人間共もアウト。頻繁に会話した人物が殆どいないこともあって腹の中では何を考えているか分からない。ジョーイさんとジュンサーさん、シンさんくらいは何となく分かるがあれは間違いなく正義感の強い人間なので論外。

 

 今まで人との関わりを避けてきたのが裏目に出て候補として挙げられる人間すらいない。人間以外であれば自分のポケモン達がいるが言葉が分からない。しかも離れていく恐れがある。

 

 結論として誰も信用するに足る者はいない。

 

 信頼できるものを作るという線もあるが、これも難しい。既にコミュニティが出来上がっている人に取り入ったところで一番になる事は難しい。ぽっと出の自分と旧来の友人とを天秤に掛ける状況になれば簡単に自分が切り捨てられる。その程度の人間と関係を持ったところで利用される機会が増えるだけだ。スラムでもあれば孤児でも見つけて恩と情で縛ることが出来そうだが生憎とスラムどころか孤児も見かける機会は無かった。この世界の善性を考えれば孤児と言っても誰からも助けて貰えないという環境ではないだろう。

 

 考えれば考える程に八方塞がりの状況だけが見えてくる。何故自分だけがこんなことを悩まなければならないのだろうか。挙句の果てに信頼できる人を作るために物心がつく前の子供を攫って育てるという案まで浮かんできた。

 

 考えても考えても何の答えも出ない。ポケモンが回復した後どう行動すればいいのかも分からない。こんなことになるのならいっそ考える時間なんて無いほうが良かった。

 

 何も悩みも無く生きていきたい。全ての悩みと不満を声の出る限り喚き散らしてやりたい。日本に帰って幸せな生活を送りたい。叶わないと分かってはいても諦めきれない。でもどうすればいいのか分からない。

 

 この世界に来てしまった原因も分からない。何かを果たせば帰れるのならどんな手段を使ってでも目的を果たす。

 誰か元凶がいて、それを殺せば日本に帰れるなら目につくものを無差別に殺し回ってもいい。何かを壊せばいいのならどれだけの被害が出ようとそれをぶち壊す。でも原因が分からないのだからどう行動すれば良いかも分からない。

 

 現状にはうんざりする。できる事なら全て放り出してしまいたい。でもそれは出来ない。日本に大切な者を残している訳でもない。家族や友人はいるがそこまでの愛情は無い。この世界が嫌いな訳でもない。この世界ならどうとでも立ち回ることは出来る。詐欺師にでもなれば体が動くうちは食べていくことは出来るだろう。

 

 でもこんな危険な世界で一生を終えたくはない。一歩町を出れば野生のポケモンに警戒しなければならない。犯罪者は力づくでポケモンや金目のものを奪う強盗犯ばかりで捕まっても少しすれば牢から出てくる。トレーナーは馬鹿みたいに戦闘を吹っ掛けてくる戦闘狂ぞろいで挙句に能力が高い。今は良くても体が老いていけば必ずどこかでどうにもならない状況に陥る。

 

 そして元の世界に似ているからこそ、こんな世界に居たくない。同じ人間の形をしているこの世界の者が自分と同じ人間だとは思えない。同じ形をしていても自分だけが違う存在だという感覚、それを知っているのがこの世界に自分しかいない。どれだけ似ていてもこの世界に自分と同じ生き物は存在しない。いっそ人間とは似ても似つかない見た目の生き物しかいない世界の方が良かった。それなら関わりを持つことをすっぱり諦めることも出来た。

 

 悩みが尽きない。カツラは悩むのも失敗するのも若者の特権と言ったが正確には違う。その特権を持つのは責任を肩代わりする者がいる場合に限る。誠には責任を肩代わりしてくれる者はいない。悩んで答えを出すのは自分。悩んだ末の失敗の責任は自分に返ってくる。そしてその失敗がまた悩みとなる。一度の失敗で悪循環に陥る。故に失敗は許されない。

 

 明るい未来が描けない。明日の命の保証も無いこの世界に嫌気が刺す。絶対に日本に帰らなければならない理由は無いがこの世界よりはマシだ。この世界から逃げられるなら何でもいい。

 

 考えない様にしていたことが頭の中をちらついて離れない。これほど悩んで生きるくらいなら死んだ方がマシなのではないか……と。別に死後の世界を信じてはいない。自害することに抵抗はあっても絶対に許されないものだという意識は持っていない。痛い思いをして死ぬくらいなら生きていた方が良いと思っていたから、死んで周りに迷惑を掛けたくないから惰性で生きてきただけ。生きていて長く苦しむのなら僅かな時間の痛みに耐えて死んでしまった方が楽なのではないか。そんな考えが何度振り払っても頭から離れない。

 

 元の世界の様に自害することで迷惑が掛かる親族もいない。死にたい理由は見つかるのに生きたい理由が思い付かない。冷静ではない頭が自分で冷静に考えて決めた答えだと判断を下そうとしている。知識があっても見知らぬ土地に飛ばされ、信頼できる人もいない。そんな環境が精神を蝕んでいく。

 

 積極的に死にたくはないが、どうしても生きたい目的も思いつかない。苦しい思いを続けてまで生きる価値があるのだろうか。答えは出ない。

 

 死ぬのならどんな死に方が良いだろうか。苦しい死に方や痛い思いはしたくない。痛みもなく一瞬で死ぬ方法は何だろうか。思いつくのはポケモンを使う事。寝ている間にドザエモンに頭を踏みつぶしてもらえば痛みを感じる間もなく死ぬことが出来るだろう。だが自分を殺すとなれば言う事を聞いてくれるかは分からない。自我の無い状態ならやってくれるかもしれないが死んだあとに自我が戻るかは分からない。流石に一生を自我のない状態で放置するのは憚られる。

 

 ふと思う。そうだ、まだポケモンを逃がして無かった。俺が死んだらポケモンは多分ポケモンリーグが回収するだろう。別に俺が死んだ後ならどうなっても良い気もするが、誰かの手に俺のポケモンが渡るのは何か嫌だ。俺が悩んでいる間にのうのうと生きている奴の手に強いポケモンが渡るのは嫌だ。俺のポケモンを手に入れて勝ち誇るトレーナーを想像すればイラついてくる。新しいトレーナーの元で嬉しそうにするポケモンを想像すれば嫉妬心が湧いてくる。自分の死を食い物にして生きていく奴がいると思うだけで殺したくなる。

 

 少しだけ生きようとする意志が湧いてきた。自分の死で喜ぶ奴が、利益を得る奴がいる。死んでそいつらを喜ばして良いのか。絶対に嫌だ。良い悪いじゃなくて気に入らない。誠という存在がその程度のハイエナ共に負けていいはずがない。今まで悪人を相手に生きてきて最後の最後で悪人の食い物になって死ぬことは許されない。

 

 死ぬなら全てのポケモンを逃がしてから死ぬ。それか俺の死を喜ぶ全てを殺してから死ぬ。今決めた。人生の勝者になれなくても敗者になるつもりはない。今までの生き方に間違いはない。俺から何かを奪おうとする奴がいればそいつから何かを奪えばいい。俺を殺そうとするなら逆にそいつを殺してやればいい。俺だけが損をする必要はない。

 

 弱気になっていたが俺は今まで通りに生きていけばいい。今までだって周りに流されるままに生きてもどうとでもなった。ならこれからもどうとでも出来る。失敗したらリカバリーすればいい。それが出来たからここまで大きな失敗もなく生きてこれた。リカバリーできるだけの能力はある。

 

 あの村での失態だって村を滅ぼして精算した。身分だって手に入れた。立場ある組織にも入った。全て俺の判断、俺の力で手に入れたものだ。カツラに負けたのだってこれからどうとでもなる事だ。俺なら出来る。失敗しても最後に俺が笑っていればそれでいい。その為なら頭だって下げるし、人だって殺す。どんな手段を使ってでも良い。どうせいつかは日本に帰る。なんならこの世界が滅んだって構わない。

 

 そう決めればやはりまだ死ぬわけにはいかないと思える。ならこれからの事を考えなければならない。今解決できないことはひとまず放置。将来が分からないなら目先の行動でピースを埋める。そのピースを組み合わせてその時出来る最善の未来を組み立てる。今はこれでいい。

 

 とりあえずジム挑戦は続ける。やるべきことはあるがそれはそれ。ジムリーダーはそれなりの権力がある。仲良くしておいて損はない。俺の仕事はトレーナーへのアドバイス。恩を売るために真面目にアドバイスっぽいことを言ってやればいい。ポケモンバトルは駄目でも人を見る目には自信がある。そいつの欠点を指摘して改善案を教えればいい。ついでにその時ねちねち言ってストレス発散に利用してやる。

 

 まずはジムリーダーの中でも心が弱そうな奴でストレスを発散したい。精神的に脆そうな奴と言えばやはりアンズだろう。それかグリーンでもいい。あれも精神が強い様に見えるだけでそこまでじゃなさそうだ。ナツメもトラウマ持っていそうだがあれは心読まれるので保留。カツラはちょっと後回し。ちょっと時間を置いて自分を見つめなおしたとかの方が印象が良さそうだ。

 

(よしよし、なんだか楽しくなってきた。俺はやるぞ。俺の不満の一部でも皆に分け与えてやる。まずはアンズだ。あれは精神脆そうだからな。いじりがいがありそうだ。)

 

 ポケモンを預けた時の憂いはどこに行ったのかという程に気分は明るい。この世界に来てから一番機嫌が良いかもしれない誠はうきうきしながらポケモンの回復を待っている。

 

 




もう完全に情緒不安定な人になってしまった。作者の迷走状態が文章に表れたみたいだ。
書きたいことははっきりしてるのに文章力が追いつかない


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苛つく人

投稿頻度が不定期で本当に申し訳ない。
次回はもう少し早めに投稿できると思います。


 セキチクシティにあるセキチクジム。誠は今そのジムの入り口に立っている。

 

 ポケモンを回復してから即座に移動を開始したためセキチクシティに辿り着いた時には夜中になっていた。本来ならポケモンセンターにでも宿泊するべきだったのだがどうも気が逸ってセキチクジムの前で待機し、うとうとしている間に一夜を明かしてしまった。

 

 どうやら自分で考えていた以上にストレス発散の機会を求めているらしい。今回の一番の目的はジムリーダーに勝利することでも、ジムリーダーに認められることでもない。言葉の刃で相手の心を抉って、マウントを取ること。すなわちストレスの発散だ。

 

 だから今回は自分で思いつきながらも流石に使うことを躊躇った禁じ手を使う。ルールに則ったポケモン勝負で誰も使うことを選ばないであろう最悪の手段。確実に勝ちを拾うことは出来るだろうが、認めてもらわなければならないジムリーダー相手に使ってはならない真っ当ではない戦術。

 

 どれだけストレスが溜まっていようが流石に負けておいて偉そうに説教をかます度胸は無い。だからこそ確実に勝てるであろう手段を使う。アンズからは何か言われても問題は無い。何か言われても口論でなら絶対に勝つ自信がある。

 

 正直に言えば今の自分が正常な思考をしていない自覚はある。衝動で行動して後から後悔するのは目に見えている。だが仕方のないことだ。今は一秒でも時間が惜しい。少しでも早くストレスを発散してしまいたい。

 

 ポケモンの強さだけで勝てる程ジム挑戦は甘くないのは理解している。真っ当な戦術を考えても勝てる保障は無いし、今は戦術を考える時間すら惜しい。また負けてストレスを発散する機会が先延ばしになれば次はどんな手段を取るか自分でも分からない。

 

 うとうとしている間にジムは既に開いている。ジムを開けるときにジムの前で寝ている自分に誰も声を掛けてくれなかったのは思うところはあるがどうでもいい。今だけはただ目の前にぶら下がっている楽しみだけに目を向けて行動する。

 

 逸る気持ちを抑えきれずにジムに入れば目に映るのはだだっ広い空間とそこに立っている数人の人、そして一枚の立て看板。他のジムではジム挑戦の説明をしてくれる人がいたが今回は誰も声を掛けてこない。

 

 立て看板に目を向ければ【心の目で真実を見極めよ】と意味の分からない言葉が書いてあるだけで何をすればいいかも分からない。

 

(何すればいいんだよこれ。変な言い回しなんかせずにはっきり書けやボケ。……ゲームだとどうだったかな。覚えてないけど初代のキョウの時は見えない壁があってその迷路をクリアするとかだったけどそれか? 面倒くせぇ)

 

 少し歩いてみれば確かに何も見えないのに壁のようなものがある。本当にイライラする。意気揚々とジムに入ってみればやらされることは迷路探索。今はジムトレーナーと戦う事すら億劫だ。出来るならこのジムを破壊してアンズを引きずり出してやりたい。でもこれがこのジムのルール。ルールと契約は守るために存在する。ルールが決まっているなら仕方がない。

 

 見えない壁に手を当てて壁沿いに進んでいく。迷路内の人影は良く見れば全て同じでジムリーダーのアンズが全部で五人。この五人の中から本物を見つけなければならない。出来れば本物を引き当てたいので観察するが見た限りでは髪型、服装、身長、体格、表情まで全員同じ。流石に声までは変えられないのか誰も声を発していない。普通に考えればジムの中央付近にいる奴が本物っぽいがそこまで行く経路も分からない。

 

 暫く壁沿いに進めば一人目のアンズに辿り着いた。だが目の前に立ってはいても見事なまでに無反応。こちらから声を掛けるまで反応しない事を徹底しているようで腕を組んで目を瞑ったまま棒立ちしている。身動き一つしないのは立派だが全く動けないのは辛そうだ。

 

 識別できるほど本物を見た訳でもないが近くで姿を見ても本物か偽物かが分からない。話をすれば本物かどうかを識別できるだろうが偽物なら無駄な戦闘を行うことになるだろう。会話して揺さぶりをかけてやりたいがそれすらも出来ない。仕方がないので渋々声を掛ける。

 

「ちょっといいですか?」

 

「わっはっは! そうだよ! 僕がアンズだよ!」

 

 突如目を開き高らかに宣言するがその声は明らかに男のもの。どんな声をしてたかすら覚えていないが絶対に偽物だと分かる。

 

「男性の方だったんですね」

 

「そうさ! 僕は男さ! 別にいいだろ! 男がアンズさんに変装したって!」

 

「いや……まあ別に悪いとは言ってませんけど」

 

「皆そうだ! どいつもこいつも同じ反応ばっかり! 君も本当は変だって思ってるんだろ!」

 

「まあ……趣味趣向は人それぞれですし」

 

「ふん! やっぱりそうだ! でもいいさ! 君は俺をアンズさんだと思って話しかけたんだ!」

 

「そう……ですね。変装お上手ですね」

 

「ふふん! まあ大したことないよ。君の目が節穴ってだけさ!」

 

「は? (節穴? 俺の目が節穴だと?)」

 

「そりゃあそうだろう! だって君は俺をアンズさんだと思って声を掛けたんだからね!」

 

「あんまり調子乗んなよ。カマ野郎が」

 

「何とでも言えばいいさ! 君が俺を女だと思ったのは変わらないからね!」

 

「もういいわ。さっさとバトルするぞ。ボコボコにしてやる」

 

「おお怖い怖い。目が節穴だと器も小さいみたいだ」

 

「もうそれでいい。さっさとポケモン出せ。死んでも文句言うなよ」

 

「わっはっは! なかなか言うじゃないか! いけ! ニドキング」

 

「(殺す)ドザエモンいけ」

 

 対峙するニドキングとドザエモン。一見して普通のポケモンバトル。相手のトレーナーの頭の中でも普通のポケモンバトルと思っている事だろう。その光景を違う視点で見ているのは誠唯一人。誠は頭の中でどうやって相手のポケモンを殺すかを考える。中途半端に瀕死にすればそこでバトルは終わってしまう。途中で邪魔をされないように試合中の事故で殺さなければならない。

 

 所詮はジムトレーナーだと、真面目に相手をする価値も無いと思っていた。ムカついたのも節穴と言われた程度のこと。その程度どうでもいい奴の戯言と気に留めないのが正解だ。ここでジムトレーナーのポケモンを殺せば後々の印象は悪くなる。それは分かっているがムカついたのだから仕方がない。相手がどう受け取ったかは知らないが死んでも文句を言うなと忠告はした。有言実行。あのニドキングは殺す。

 

「ドザエモン相手を捕まえろ」

 

 今のドザエモンに自我は無い。ダメージに目もくれず淡々と命令に従ってくれる。殺し方にこだわりなんか無い。シンプルな脅威である純粋な力で捻り潰してやればいい。

 

「力勝負かい? それなら僕のニドキングも負けてないよ! 受けて立とうじゃないか!」

 

 ニドキングは何の躊躇も無くドザエモンとの距離を詰め、組み合う。バトル中のポケモンはトレーナーの命令に従ってくれる。それがどれだけ愚かしい命令でもだ。だからこそトレーナーはポケモンの力量を見定めて適切な指示を出してやらなければならない。トレーナーの指示一つでポケモンの命はあっけなく散るからだ。

 

「ドザエモン全力で抱きしめろ。全力でだ」

 

「負けるなニドキング! やり返してやれ!」

 

 両トレーナーの指示を受けてドザエモンとニドキングが互いに相手を抱きしめる。とてもバトルをしているとは思えない異様な光景だがその結果はすぐに出る。

 

 ニドキングの背しか見えない位置にいる相手には見えないだろうがほんの数秒の締め付けに耐えきれず既にニドキングは泡を吹いている。命令を遂行としようとしたのか偶然かは分からないがニドキングの両手はドザエモンの体に巻き付いたまま。相手には力比べの真っ最中にでも見えているのだろうかニドキングに無駄な声援を送っている。このままいけば事故で処分できそうだ。

 

 メリメリと音を立ててニドキングの胴の甲殻に皹が入っていく。思った通りに事が進まない事に更に苛立ちを感じる。一気に真っ二つになると予定だったのに思ったより頑丈なようでひと思いに抱き潰すことが出来ない。異常に気付いて止められる前に一気に決めなければならない。

 

「ドザエモン、ギガインパk「その試合そこまで!」

 

 舌打ちが出そうになるのを堪えて声のした方向を見れば何も無いように見える空間をちょろちょろと左右に走りながらアンズが近寄ってきている。結構な距離があるが試合を止めたということは全部見えていたのだろう。圧倒的な動体視力の差を感じてまた苛立ちが募る。本物を炙り出せたので結果としては良かったのかもしれないがやはり口惜しい。

 

「ドザエモン放してやれ」

 

 ドザエモンが手を広げれば支えを失ったニドキングはその場に崩れ落ちる。多分まだ死んでないだろう。

 

「ニドキング!?」

 

(ポケモンが死ぬ寸前だったのに気付けないなんて俺の節穴と違って随分良い目をしてるな)

そう言ってやりたいのをぐっと我慢する。これを言ってしまえば死ぬ寸前だったことに俺が気づいていたことがばれる。あくまで死にかけたのは故意ではなく事故でなければならない。

 

「まだポケモンはいるか? いるなら出していいぞ」

 

「いや、もういない……僕の負けだ」

 

「そうか。じゃあ俺の勝ちだな」

 

 これでこいつとのバトルは終わりだ。名前も聞いてないがもう会うことも無いだろうから別にいいだろう。せっかく本物っぽいのも来ているし、役には立ったという事で調子に乗った事は手打ちにしてやろう。

 

「誠殿、あのような事を為さるなんて一体何をお考えなのですか」

 

「(そりゃ聞いてくるよな)どうもアンズさんお久しぶりです」

 

「あ、どうもお久しぶりです……じゃなくてなんであんな戦い方を為さったんですか!」

 

「あのような戦い方とは?」

 

「気づかなかったとでも言うんですか! あんな嬲るような戦い方を!」

 

「(嬲る? 殺すじゃなくて?)嬲るつもりなんてありませんでしたよ。ひと思いに決めるつもりだったんですが思ったより頑丈だったのでドザエモンも力加減が分からなかったようで」

 

「でも勝負がついた事は分かっていた筈です!」

 

「(ああ殺すとまでは思ってないから嬲ってるように見えたのか)ドザエモンが手を緩めなかったという事は反撃の可能性があると判断したんでしょう。私は実際に戦っていたポケモンの判断を信じます」

 

「それを判断して止めるのもトレーナーの仕事です!」

 

「その結果ドザエモンが傷つく可能性が僅かでもあるのなら私は止めません」

 

「あのままでは相手は死んでいたかもしれないんですよ!」

 

「(別に構わないよ)そう言われると弱いですけど、私の中で優先順位が高いのは私のポケモンです。私のポケモンが傷つく危険性は全て排除する。それが私のやり方です」

 

「ですがそれは「アンズさん、それはここでする話ではありません。皆それぞれに戦い方がある様にそれぞれが違った信念を持つのは当たり前の事です。それともアンズさんのやり方は誰が見ても絶対に正しいものですか? 百人いれば百人、千人いれば千人全員が諸手を上げて正しいと言える、そんな信念をお持ちですか?」

 

「それは…「違うでしょう。何故ならそんなものは存在しないからです。この世界の全ての人に認められるものなんてありません。少なくとも私はそんなもの認めません」

 

「……」

 

「アンズさんが自分のやり方こそが正しいのだと相手に押し付けて他のやり方を全て塗りつぶしたいのなら私は止めません。ですがそうでないならもう少し考えてください。アンズさんは立場あるジムリーダー、普通のトレーナーなら自分の意見を殺してアンズさんに従うでしょう。例えそれが正論だとしても立場も考えずにそれを振りかざしてはいけません。正論は振りかざすのではなく諭さなければならないものです」

 

「……ごめんなさい。あたいが間違ってました」

 

「そこは謝る必要はありません。貴方は正しいと思うように行動したのです。結果は結果として受け止めても自分だけは自分の正しさを疑っては駄目です。非を認めるにしても自分の正しさまで否定してはいけません。そこを間違えると貴方の信念に陰りが出てしまいます」

 

「ごめん、あたいはそこまで考えてなくて」

 

「例えやる気が空回りして結果が失敗だったとしても貴方は正しいことをしたのです。他の何を間違えたとしてもそこだけは勘違いしないでください」

 

「……はい」

 

(ちょっと煙に巻いただけでこれか。自分の正義を貫けって言ってんだからここは俺への糾弾を再開するところだぞ。多分自分なりの信念を持ってないか自分に自信が無くて信念を低く見積もってるタイプ、それか誰か他人の信念を自分の信念と思い込んでるタイプだ。だから判断基準が曖昧で他人から何か言われただけで何が正しいか分からなくなって行動がぶれる。こいつの自信なさげな性格とも合致する。多分これだ。少し声高に主張すれば引き下がる、相手取るには実にやりやすいタイプだ)

 

「いきなりきついことを言いましたが、私の要件を伝えます。一つはジム挑戦。もう一つは仕事です」

 

「仕事?」

 

「忘れているかもしれませんがポケモンリーグで決められた私の仕事はトレーナーの方へのアドバイスです。制限の所為でジムリーダーくらいしか相手にできませんが、流石に仕事もせずにお給料を貰う訳にもいきませんのでお伺いさせて貰いました」

 

「あぁそういえば……そういう事なら改めて挨拶するね。あたいがセキチクジムのアンズよ」

 

「ではこちらも改めてポケモンリーグ所属の逸見誠です。今日はよろしくお願いします」

 

「こちらこそ」

 

「ちょっとお聞きしたいのですが、また本物のアンズさんを探す方が良いですか? 必要なら一旦ジムの外に出てやり直してもいいですよ」

 

「そこまでしなくていいよ。実力は分かってるから」

 

「それは助かります。ではまずはジム挑戦という事で一戦お願いできますか? その内容も含めて試合後にお話しする時間をいただきたい」

 

「それでいいよ。じゃあフィールドに案内するから後ろをついてきて」

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

 移動を開始するアンズの後を追って移動する。アンズなりに気を使っているのか移動速度はそれ程早くないのだが少し小走りしなければならない場面がある。身体能力の差を見せつけられているようで腹が立つ。

 

「ついたよ」

 

 案内された場所は見た目には先程まで歩いていた場所と何ら変わりない空間。バトル可能なように広い空間が設けられているのだろうが傍目には全く分からない。

 

「バトルの前に間取りを確認しても?」

 

「えーと、それも試練の一つだから」

 

「ならいいですけど壊しても怒らないでくださいね」

 

「安心していいよ。壊れないように作ってあるから」

 

「壊しても弁償出来ないって前もって言っときますからね」

 

「ははは、四天王の攻撃でも壊れないから大丈夫だよ。シバさんがここの壁を壊せないって凄い悔しがってたから」

 

「ならいいんですけどね。じゃあルールはどうしますか?」

 

「ルールは3対3のシングルス、アイテムは自由だよ。見えない壁があるからそれは気を付けてね」

 

「分かりました。トレーナーの位置は?」

 

「それは基本通りに枠があるからそこから出なければいいよ。あっ、あと相手の枠を巻き込んだ攻撃は当然禁止だからね」

 

「ええ、勿論です。私は何時でもいいですよ」

 

「じゃあ始めよっか。あたいはあっちの枠に行くからこっちでいいよね」

 

「構いませんよ」

 

 アンズが移動して、両者が定位置に着く。今日やることはもう決めている。アンズに説教という名の八つ当たりをかます。そのために勝たせてもらう。

 

「じゃあ始めるからね」

 

「お手柔らかにお願いしますね」

 

「じゃあ、行きなさい! アリアドス!」

 

「ユカイ、お前は自由だ」

 

 対面はアリアドスとユカイ。だがユカイは様子見のために出したものだ。勝とうと思えば何時でも勝てる。しかし仕事をしに来たというのも嘘ではない。アドバイスをするためには相手の戦い方を見もせずに勝つのは都合が悪い。

 

「アリアドス! どくどく!」

 

「躱せユカイ」

 

 先手はアリアドス。どくどくのユカイに向けて放つがユカイは難なく、どくどくの液を回避する。

 

「まだよ! どくどく!」

 

「躱しておにびだ」

 

「躱してどくどく!」

 

「躱してあくのはどう」

 

「躱してどくどく!」

 

「躱しておにび」

 

 互いに様子見なのか未だバトルに大きな進展はない。誠はそのことに違和感を感じる。

 

(何かを狙ってるのは分かる。現状で使っている技はどくどくのみ、しか射線もワンパターンで当てる気があるのかも怪しい。流石にジムリーダーともあろう者がどくどくを当てて逃げ回るだけってのは考えにくい……試すか)

 

「どくどく!」

 

「ユカイ! 無視して飛びつけ! ほのおのパンチ!」

 

 ユカイがアリアドスの放った毒液を食らいながらもほのおのパンチを放つ。誠からすれば相手が攻め込んでこないから動き出す機転を作ってやろうとわざと罠に嵌まるつもりでの行動だった。しかしユカイの攻撃はアリアドスを直撃し、吹き飛ばされたアリアドスは動かなくなる。

 

「は?」

 

「え!?」

 

 互いに目の前の光景が信じられず、間の抜けた声を出してしまう。アンズは自分のポケモンが一撃で倒されたことが、誠は攻撃に対して何の対処も無かったことが互いに受け止められない。思考が戻るまで数秒の時間を要したが先に沈黙を破ったのは誠だった。

 

「えーと、大丈夫ですか? 早くボールに戻してあげた方が良いのでは? (結局アリアドスで何がしたかったんだ? あいつそこら辺に毒撒いただけだぞ?)」

 

 その言葉を聞いてアンズも思考が追いついたのか、すぐさまアリアドスをボールに戻し、次のポケモンを出す。その切り替えの早さは若年とはいえ流石ジムリーダーと言える。

 

「マタドガス! お願い!」

 

 アンズの二番手はマタドガス。ユカイは毒を食らっているだけで現状では大したダメージがない為、続投だ。

 

「マタドガス! スモッグ!」

 

 マタドガスが体の突起から紫の煙を噴出してその身を煙の中へと隠す。その光景がカツラとの戦いを思い出させて誠を苛つかせる。

 

「ユカイ! あの煙の中にサイコキネシス! (それはもう見た。やるなら見たことない事やれ)」

 

 ユカイから謎のエネルギーが放たれ、煙の中からマタドガスがはじき出される。全く動かない所を見るとこれも一撃で戦闘不能になったのだろう。アンズが即座にマタドガスをボールへと戻し、最後のポケモンを出す。

 

「行って! モルフォン!」

 

(モルフォンか。マタドガスも浮いてるポケモンだし、アリアドスが撒いた毒はあれか? なんか毒を地面に撒いて動きを封じるとかそんな感じだったのか? 飛んでる相手が出てきたら意味無いし、どくびしを一回使えばそれで代用できるだろ。いやHGSS時代にはどくびしはまだ無かったか?)

 

「モルフォン! しびれごな!」

 

 モルフォンが羽をはためかせてしびれごなを辺り一面にばら撒く。毒を食らっている状態で麻痺を食らうのは厄介ではあるが相手の戦い方を見るために誠はユカイを切り捨てる覚悟を決める。元々一匹で完封する戦略を考えていたのだからユカイが使えなくとも問題は無い。だが一応の対処だけはする。

 

「ユカイ! フラッシュ!」

 

 ユカイの目から唐突に光が溢れる。目を瞑ったがそれでも眩しいと感じる程の光量だ。モルフォンに効いたかは見た目では分からないがアンズは目を擦って苦しんでいる。だが代わりにユカイは麻痺を受けた。毒と麻痺の二重状態異常では戦いを続けるのは辛いだろう。

 

「くっ、目が! モルフォン! サイケこうせん!」

 

 目が見えないながらも戦闘を続けようとする姿勢は立派だが、その技選択に誠は内心で首を傾げる。攻撃技を使うならせめて視力が回復してからだ。目が見えない状態で攻撃しても簡単に回避されて隙を晒すだけでしかない。

 

「避けておにびだ」

 

 案の定、狙いの甘いサイケこうせんは簡単に回避され、返すおにびがモルフォンに直撃してモルフォンは火傷を負う。

 

「ユカイ! 交代だ! 出ろドザエモン! お前は自由だ! (戦い方を観察したかったが流石にモルフォンがここからユカイを倒すのは無理だ。もういいだろ。幸いにも叱責するマイナス点は今の時点でいくつもあるし)」

 

 状態異常を負ったユカイをボールに戻し、代わりにドザエモンを場に出す。これからやるのは当初予定していた手段。普通に戦っても勝てそうではあるがジムリーダーがこれからやる手段に対してどのような反応をするのかを論破が簡単なアンズで確かめるためだ。

 

「モルフォン! ぎんいろのかぜ!」

 

「ドザエモン! 出来るだけ大きくストーンエッジ! モルフォンとトレーナーの間だ!」

 

 モルフォンが大きく羽ばたきドザエモンに銀の粒子の乗った風を送るがドザエモンにダメージを追っている様子は無い。その間にドザエモンは強く地面を踏みしめアンズとモルフォンを分断する10メートルはあろうかという岩の壁を生み出す。

 

「なっ! これは!?」

 

(よし。これでまともに指示は出せない。ルール上ギリギリではあるがトレーナーに攻撃した訳じゃない。壁を壊すような攻撃をすればトレーナーにも被害があるから壊せない。かと言って壁を避けようにも所定の枠から出る事もできない。完璧だ)

 

 誠の作戦。それはトレーナーとポケモンの分断。ポケモンの強さで勝っている以上、怖いのはトレーナーの差だけ。その差を無くすための手段である。トレーナーの指示が無ければ戦えないポケモン等怖くはない。仮にトレーナーが指示を出したとしても視界が奪われた状態で出すことのできる指示なんてたかが知れている。本来ならこれを一匹目のポケモンの時に行う予定だった。そうすれば壁がボールの光線の邪魔になって戦闘不能になったポケモンをボールに戻すこともできなくなる。ルール上、壁を壊すために二匹目のポケモンを出すことも出来ず、戦闘不能になったポケモンを回収するには降伏して枠の外に出るしかない。トレーナーが所定の位置から移動できないルールのある試合でしか使えない情と良心に付け込む手段だ。

 

「(視覚の次は聴覚を奪う)壁に壊れない程度の威力で撃て! ロックブラストだ!」

 

 ドザエモンの腕の発射口から連続して拳大の石が放たれストーンエッジで作られた岩の壁へと衝突する。その音は数十メートルは離れている誠をしてうるさいと感じる騒音。より距離の近いアンズは堪ったものではないだろう。

 

 これでもうアイテムの使用もポケモンの交代も戦況の判断も出来やしない。後はトレーナーの指示も無いポケモンを倒すだけ。正々堂々戦えと吠える者もいれば、卑怯だと罵る奴だっているだろう。でも勝利は勝利。何を言われてもそんなものは負け犬の遠吠えでしかない。

 

 見れば哀れなモルフォンはトレーナーの指示が無くなりどうして良いかも分からずその場で宙を漂っている。ロックブラストを撃っている間に攻撃できるチャンスは幾らでもあったのにそれをしない時点でまともに戦うことが出来ないのが分かる。

 

「アームハンマーだ」

 

 ドザエモンが両腕を合わせて殴りかかり、やや遅れて回避行動を取ろうとしたモルフォンを地に叩きつける。どうやら指示が無くても回避行動くらいは取るらしいがそれもトレーナーの指揮下にある時と比べれば圧倒的に反応が鈍い。それだけトレーナーの指示を信頼しているのだろうが分断された時点でその信頼は邪魔にしかならない。

 

 地面に叩きつけられたモルフォンはピクピクと痙攣しているが、再び飛び立とうとする気配はない。わざわざジムリーダーのポケモンを殺すつもりも無いしジム挑戦はこれで終わりで良いだろう。

 

「モルフォン! 頑張って避けて!」

 

 壁の向こうでアンズが何やら言っているが、既に戦闘終了した今となっては無駄でしかない。その指示を出すのなら壁で分断された時点で行わなければならなかったのだから。

 

「アンズさん! もうモルフォンは戦闘不能ですから枠から出ていいですよ! 邪魔ならこの壁壊しますから返事して離れてください!」

 

 そう声を掛ければ10メートル近い壁を飛び越えてアンズが姿を現す。壁を飛び越える跳躍力といい、落下に耐える耐久力といい、この世界基準でも人間とは思えないが伊達にくノ一のコスプレをしている訳ではないという事だろうか。

 

「モルフォン!」

 

「戦闘不能になってるだけです。早くボールに戻して回復させてあげてください」

 

 アンズがモルフォンをボールに戻して、誠へと向き直る。流石はジムリーダー。その顔は多少沈んではいるが誠が想像していたよりも切り替えが出来ているように見える。

 

「あはは、あたいの完敗だよ。これピンクバッジ、持ってって」

 

 アンズはそう言ってピンクバッジを差し出すがその手は震えている。

 

「(顔つきだけ見れば切り替え出来てるかと思ったけど違うな。やっぱりこういうところに人間性が出る。俺の目もまだまだだな)頂戴します。あと予定通りこれから話をさせて頂きたいのですがすぐやりますか? 時間が欲しいなら今日中なら出直しますが」

 

「それなら一旦……いや、うん、大丈夫。やっぱり今からでいいよ」

 

「そうですか。きついこと言いますけどここでいいですか? 他のトレーナーも見てますけど」

 

「うん。大丈夫」

 

 正直に言えば周囲に人がいる環境は望ましくは無いが、荒唐無稽な内容でこき下ろすつもりはないので誠はそのまま八つ当たりをすることを決める。

 これを楽しみにここに来たのだ。ここまではポケモンの腕の見せ所、ここからが俺の腕の見せ所だ。

 

 

 

 




お待ちかねの説教は次回になります。


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誘う人

続きが書けましたのでどうぞ。
やっぱり対人のやり取りをしてるのが一番筆が進む。


 今、誠は正座をしているアンズと向き合っている。話をするのに正座をする必要は無いと言ったのだが目上の人から教えを受ける時には相応の姿勢を取るのだと父親に教え込まれているらしい。自分が教えを受ける立場だということをキチンと理解しているようで少し気分が良くなる。最もこれからやる事に手心を加えるつもりは微塵も無いが。

 

「では、これから貴方の戦い方の反省会をして、そのままアドバイスを行います」

 

「よろしくお願いします」

 

 頭を下げるアンズに先程までの幼い言動はない。怒られている時の方がしっかりしているというのは如何なものだろうか。

 

「まず今日の戦いについてですが、あれは誰かに学んだ内容をそのまま使ってませんか?」

 

「あれはあたいが父上から、四天王のキョウから習ったことです」

 

「まあそうでしょうね。内容としては毒を地面に撒いて移動手段を封じてから空を飛べるポケモンで状態異常にかけるってところかと思いますが合ってますか?」

 

「はい」

 

「仮にですが相手が空を飛んでるポケモンだったらどうするんですか?」

 

「その時はアリアドスで糸を張って動きを奪います。見えない壁は本来そうやって使うつもりでした」

 

「ではアリアドスがやられた後に飛べるポケモンが来た場合は?」

 

「モルフォンのちょうおんぱを当てます。周囲の壁は音を反響する様に作ってありますから」

 

「やたらと相手を状態異常にすることにこだわりますね」

 

「それが父上の教えでしたので」

 

「状態異常にした後はどうすると教えられましたか?」

 

「その後は回避に専念するように教わってます」

 

「理由は?」

 

「そうすれば相手に焦りが生まれ動きも雑になります。そこを攻撃する様に教わりました」

 

「毒が効かないポケモンが出てきた場合は?」

 

「麻痺や混乱にしてから相手をします」

 

「……もしかして対応は全部マニュアル化して覚えてます?」

 

「はい! 父上から教わったことは全て覚えております!」

 

「(だからマニュアルに無い事があるとあんなにグダグダになるのか)……なるほど……ちなみにですが私を相手にする時にマニュアル通りならどうするべきでしたか?」

 

「強さを見誤っていました。アリアドスにはもう少し回避に重点を置かせるべきでした」

 

「(その程度の認識か)今そこにある岩ですけど、あれを一匹目の時点でやられたらどう対処しますか?」

 

「えーと……それは……」

 

「マニュアルに無いですか?」

 

「申し訳ない。父上から教わった中にはそのような対応は無く」

 

「それが貴方の弱点です。マニュアルに無い事には対応できない。想定外の事が起きた瞬間にすべてが崩れて何も上手くいかなくなる。まずはそこを直すだけで大分マシになるでしょう」

 

「申し訳ありません」

 

「謝罪は求めていません。今は貴方に足りない部分についての説明です。必要なのは欠点の洗い出しと改善方法の模索です。改善としてはマニュアルに頼った戦い方を捨てる事ですが……難しいでしょうね」

 

「重ね重ね申し訳ありません」

 

「あと個人的には聞きたいんですが私の戦い方をどう思いますか? 戦術と言えるのを使ったのはモルフォンの時だけですけど」

 

「あたい程度が言うのもなんですが良く練られた策だと思います。トレーナーとポケモンを分断して指示の受けられないポケモンを倒す。ポケモンを倒せるだけじゃなくて相手に自分の手の内を見せないというのも強みだと思います」

 

「……(へぇ、手の内を見せないとかまでは考えてなかったな)」

 

「後は相手の不安を煽るというのも作戦の内でしょうか。やはり突然戦況が見えなくなると動揺してしまってうまく指示を出せませんでした。それに視界を塞がれて壁の向こうから何かをぶつけられる音がしましたがその音がまた不安を煽りました。それで咄嗟に指示を出すことも忘れてしまいまして。後は~」

 

 そこまで聞いて、誠は脳内のアンズの評価を改める。今までのアンズの評価は能力も無いままに父親の後を継いでその重責に押しつぶされそうなガキだった。でも少なくとも戦況を見る能力はありそうだ。そして何よりもあの戦い方の否定をしなかった。一般的には姑息と呼ばれる戦い方を否定しない。もしかすると清濁併せ持つ気質を持っているかもしれない。言ってはいないが誠はアンズの問題の根本はキョウへの依存だと考えている。もし気質を持っていれば依存の対象を自分に移し替えればいい。そうなれば地位、能力、裏切らない保証をクリアした協力者が作れるかもしれない。可能性があるならそれを踏まえて動く必要がある。

 

「~とあたいが思いつくのはこれくらいです。まるで父上の様な見事な策でした」

 

「いやいや十分です。それと私はアンズさんに謝らなければいけません」

 

「?」

 

「厳しい言い方をしますが私はアンズさんをあくまで二代目キョウと見てました。血筋だけでジムリーダーを継いだキョウの劣化コピーでしかないと」

 

「……それは……否定できません」

 

「否定しなさい」

 

「え?」

 

「貴方の欠点の一つがその卑屈な姿勢。教わったマニュアルに従う事しか出来ないのもその性根の問題です。今の自分がジムリーダーに相応しいとは到底言えない。そう思ってるんでしょう?」

 

「っ! なんで……」

 

「なんで分かるのかですか? それは私がポケモンブリーダーであると同時に人を見ることを生業としてきたからです。私も貴方と話して気が変わりました。荒療治ですがこれから貴方にカウンセリングを行います」

 

「なんで……」

 

「今度のなんでは何でそこまでしてくれるかですか? 分かりますよ。不安なんでしょう? 自分にそこまでする価値があるのか、人の時間を取ってしまっていいのか。後はそれで自分が変われなかったらっていう不安もありそうですね」

 

「!?」

 

「そんなに怖がらないでください。無理矢理思想を曲げる事はしません。チープな言い方ですが貴方が勇気を持てるように手助けをしてあげます。その為にこれから貴方に一つだけ問題を出します」

 

「問題……ですか?」

 

「問題です。貴方はこれからロケット団のアジトへの侵入作戦を行います。参加者はあなた一人。相手は五人。人質は攫われたポケモン一匹。順調にロケット団を倒している時、相手の一人がやけになって人質を攻撃しようとしていますが幸いにも貴方の攻撃はロケット団に届きそうです。攻撃すれば相手は死ぬでしょうが人質は助かります。さて貴方はどうしますか?」

 

「それが問題ですか?」

 

「そうです。貴方の本音を聞かせてください」

 

「むむ……」

 

「制限時間は、そうですね五分くらいにしましょう。五分後にまた声を掛けますからそれまでに答えを決めてください」

 

 アンズに五分の時間を与えて誠はアンズから一旦距離を取って観察する。五分という時間はアンズが答えを出すための時間であると同時に誠が考えを纏めつつ、アンズを見定める為の時間でもある。しかしアンズを観察する誠の目は期待に曇っている。答え次第ではあるがずっと求めていた協力者が手に入る可能性が目の前に転がっているのだから期待するなという方が酷だろう。

 

(さあ頼むぞ。答え次第でお前への接し方を変える。殺さないなら残念ながらそこまで、適当にお前のコンプレックスを弄り回して終わりだ。でももしも殺すと答えたら合格だ。お前のコンプレックスは俺が全力で取り除いてやる。キョウへの依存のレベルが分からないのは不安だが手間は必要経費として受け入れてやる。あんまり期待はしないが頼むぞ)

 

 答えを出すために真剣に悩んでいるアンズを観察する。観察を目的としているのに情報が全然頭に入ってきていないがそれすらも今の誠は気付かない。内心では早く五分が過ぎて欲しいなんて考えながら期待八割、達観二割でアンズをただ眺めているだけだ。

 

 そして遂に待望の五分後。未だ悩んでいるアンズに対して一秒でも早く答えを聞きたい誠が口火を切る。

 

「五分経ちました。時間を守るのも大事なことです。答えを教えてください」

 

 そう言いながらもどのような答えを出したかは大凡理解出来ている。この質問は自分の中にしか答えのない質問。本音で答えを出すなら必ず即答できる。もしどのような場面であれ人を殺せないなんて言う考えなら殺せないと即答している筈だ。エリカがそうだった。悩むという事は殺すと答えを出した上でモラルやらなんやらを考慮しているということ。アンズの場合はそこから更にキョウならどう答えるかを考えていそうだが本音では殺すという答えを出している筈だ。

 

「あの……もう少し時間を」

 

「駄目です。決断すべき時に決断をしなければなりません。それに答えはもう出てる筈です。自分の答えが正しいのかとかキョウさんならどう答えるかなんて考えずに貴方の思った通りの答えを聞かせてください」

 

「……」

 

「……」

 

「……あたいなら……攻撃……します」

 

「その理由は?」

 

「……ポケモンを助けるためです」

 

「そのためなら悪人は死んでもいいと?」

 

「そうじゃないです。説明はできないですけど……でもそうしないといけないなら……あたいは攻撃します」

 

「(嘘を吐いてる気配は無い。まあここで嘘を吐ける度胸があるとも思えんが)分かりました。それが貴方の答えですね」

 

「あの……」

 

「なんです?」

 

「正解とかは……」

 

「あぁ、この問題は正解はないとも言えますし何答えても正解とも言えますね。あくまで貴方を知るための問題です。でも個人的感想を言うなら好みの答えです」

 

 個人的には正解、花丸をあげても良いと誠は考えているがそれを口に出すことは無い。殺すと言えなかったのはやや不安ではあるがアンズは自ら攻撃するという答えを口にした。利を取るためにモラルを振り払ってその答えを口に出したというその事実だけが重要なのだ。心の中でどのような葛藤があったとしてもそれがアンズの本質であることは間違いない。だから誠も覚悟を決める。自らの全力を以てアンズを口説き落とすと。

 

「ではここからが私から貴方へのカウンセリングですが……改めて聞きますが場所はここでいいですか? これから貴方は自分の弱みを見せることになります。誰かに見られたくないなら場所を変える事をお勧めしますが」

 

 気遣っている風な事を言っているが本音は別。誠はこれからアンズの心の傷を全力で抉ると決めている。その姿をできれば人に見られたくないし、邪魔が入る可能性があるための提案だ。その為に弱みを見せまいとしているアンズの心を見透かしての提案であったが。

 

「いえ、ここで問題ありません。あたいは自分の弱さを受け入れます」

 

 失敗した。思った以上に心が強いのか、怒られることに慣れているのか。でもやる事は変わらない。

 

「分かりました。でもその前に一つ」

 

 そう言って誠は大きく息を吸い、

 

『今からやる事に邪魔立ては許さん! アンズさんの為を思うなら何もするな! 声も出すな!』

 

 ジム全体に声が響くように声を張り上げる。音が反響する壁を使っているのは本当の様で想像していたよりも反響した声が耳に痛いがこれで邪魔が入る可能性は減った。

 

「では始めます。まずは貴方の欠点について自分で思うものを上げてください」

 

 まずやるべきことは今現在の根幹を揺さぶる事。揺さぶれば傾く、傾けば倒れる。既に構築された人格を補修するのは大変でも一度壊してから補修するのは簡単だ。一度根幹を破壊して今までの自分が間違っていたと認識させてから望みををかなえてやれば、正しい道に導いたという恩という名の依存で縛ることができる。今日の最終目標は自己認識の改善と父親への依存の解除。そして将来的な誠への依存の種を植え付ける。

 

「えっと……あたいの悪いところ……」

 

「……」

 

「……全部……」

 

「(まあ想定内だな)戦う前に言った筈です。全てを否定してはいけません。欠点と認めるのは正しく欠点だけでなければいけません。思いつく限りのものを詳細に羅列しなさい」

 

「うぅ……えっと……強さと……判断力と……あっ性格も……後は……」

 

 逃げ道を潰されたことでぽつぽつと自分の欠点を羅列していくアンズ。その様子を見て誠は考える。

 

(なんか違和感があるな。キョウを神格化してそれと比べて自分を劣ってると思い込んでると想像してたがこれは逆か? 自分の自信の無さを埋める隠す為に誰かに成りきろうとしてるタイプか? いやなんかそれもちょっと違う感じがする。自分の欠点を探してるというより何かと比較してる感じだけどコンプレックスじゃない……なんだこれ?)

 

「えっと……後は「そこまでで結構です」あ……はい」

 

「アンズさん、嫌われるのがそんなに怖いですか?」

 

「え?」

 

「貴方、ずっと本音を言ってないでしょ」

 

「えっと……」

 

「誰かに成りきろうとしてません? 貴方はどう頑張っても貴方ですよ?」

 

「っ!」

 

「やっぱりそうですか(誰かに成りきろうとしてるっぽいけどその理由が分からんな。コンプレックスじゃないし。何だろうか……変身願望って事は自己否定ではあると思うが)」

 

「何のことでしょうか」

 

「その答えは自白と一緒ですよ(コンプレックス全般は違う。何らかの罪悪感とかもなんか違う。何だ? 自分の意思じゃないとか? 生き方を強制された? しっくりこないけどなんか近い感じがする)」

 

「……貴方にあたいの何が分かるんですか」

 

「分かりますよ(何らかの強制が怪しいが何に対してだ? 血筋で期待背負わされただとコンプレックスだしな。周りが自分より弱い……これもなんか違う。自分の意志を無視された……うん? 感覚的にはこれっぽいか? 言動的にも理解者を求めてる感じはあるし)」

 

「貴方には分かりません!」

 

「うーん……なんで自分の事を理解して……いやちょっとニュアンスが違うな。なんで本当の自分を認めてくれないのかかな」

 

「は!?」

 

「(あぁやっぱりこれか……なら理由は疎外感だな)私の戦い方を受け入れたこととさっきの質問の答えで分かりました。貴方は感情を切り離して利を優先する事が出来て、物事を客観的に観察する視点もある。だから周りの人と考えが合わない。そんな異常な自分は本当の自分を出してはいけないと思っている」

 

 さも全て分かってましたと自信満々にふるまうのが肝だ。人は自信を持った人に引き付けられる。例え正解が一部だとしても自信を持って断言されると心は揺らぐ。そうすれば最初に話した事と言ってることが違っても勢いで誤魔化せる。

 

「……く」

 

「急に口を閉じてどうしました? 何も分からない私が貴方の事を理解していて驚きました?」

 

「……」

 

「沈黙は肯定と変わりませんよ? なんで私が貴方の事が分かるか不思議ですか?」

 

「……どうでもいいです」

 

「そうツンケンしないでくださいよ。私も貴方と同じ様な考え方をしてるんですから。この世界で唯一かもしれない理解者ですよ?」

 

「え?」

 

「本当の自分を隠して生きるのは辛かったでしょ? 私だって辛かったですよ。自分が正しいと思ってる事を周りは誰も理解してくれない。理屈を付けて説明しても大した説明も無しで頭ごなしにお前は間違ってるなんて寄って集って怒られる。だから仕方なく本当の自分を隠して生きる。その指標にするために周りにいる中で一番認められている人の真似をする。私も経験がありますよ」

 

「……」

 

「今なら貴方も私の考えが分かるんじゃないですか? 貴方が今まで出会えなかった理解者が目の前にいるように、私も今まで出会えなかった理解者が目の前にいるんですよ?」

 

「嬉しい……ですか?」

 

「そうです。私は貴方に会えて本当に嬉しかった。今まで誰にも理解してもらえなかったんですよ。嬉しいに決まってるじゃないですか。でもその理解者が目の前で別人を装って理解者では無い様に振舞って生きている。貴方はそれをどう思いますか?」

 

「……寂しい……です」

 

「正解です。私は本当の貴方と会話出来ないのが心から悲しい。ようやく出会えた世界で唯一かもしれない理解者がいなくなってしまうかもしれない。貴方が今まで通りに誰かを装って生きていくことを選んだら私はまた一人になってしまう。出来ればこんな話はせずに貴方の本質を引き出して仲良くしていきたかったですが、この際仕方ありません。勿論選ぶのはアンズさんです。私だってもうこの自分を装って長い事生活してますから今更理解者が得られないからと言って暴れる真似はしません。ですが私が見る限り貴方はまだ不完全です。仮初の自分を装っても本来の貴方の気質と反発して上手くいかない。まあまだ若いですからこれから何年もかけて仮初の自分を慣らしていけばそれなりに振舞うことは出来るでしょうがね」

 

「……あたいは……」

 

「もし今の自分を続けるなら私はそれを否定しません。まあ慣れてくれば今の貴方にそれなりの交友関係は出来るでしょう。でもそれはあくまでも仮初の関係。貴方の場合は貴方が被ってる父親の皮に寄って来る人です。本当に辛いですよ。自分を抑える努力をしているのに誰もそれを理解していない。本当の自分を誰も見てくれない。自分が本当に正しいと思っている事は誰も認めてくれない。そうやって一生を過ごして死ぬ最後の時には本当の自分を知ってくれている人は誰もいない。それを受け止める覚悟があるならそれが貴方の本質という事で私も受け入れます」

 

「あたいだって! ……あたいだって本当は正直に生きたい……です」

 

「それの何がいけないんですか? 正直に生きればいいじゃないですか。貴方は真面目過ぎるんですよ。キョウさんを真似る時に行動を真似るだけでいいのに本質まで真似ようとするからそうなるんです。他者を真似て生きるのと自分の本質を捨てるのは別の話なのに。それを理解してないから本質同士がぶつかって中途半端にしかなれないんですよ」

 

「……」

 

「ふむ、ここら辺が限界ですかね。いきなり色々と話しましたから考えを纏める時間もいるでしょうし。あぁでも最後に私情を別にして仕事だけしていきます。似たような内容も含まれますが貴方へのアドバイスを聞いてください」

 

「……はい」

 

「アンズさん、貴方は賢い人です。だから周りに合わせることはやめてもっと我儘に生きなさい」

 

「我儘?」

 

「そうです。人の言う正義だの悪だのは私に言わせればどちらも欲でしかありません。たまたま今の時代の正しさがそれだっただけ。時代によっては人を殺して奪う事が正義と呼ばれることもあるでしょう。だからこそ本当の正義なんてのは自分の中にしかないものです。周りに正しくはないと言われようともそれはその人なりの正義です。貴方は物事を俯瞰して見ることに長けている。それを疑ってはいけません。周りに流されてはいけません。貴方の正義は貴方の中にだけあるものです。その正義から目を逸らすのを辞めた時、貴方は本当の意味でジムリーダーに相応しい人間になれます」

 

「あたいに……なれるでしょうか」

 

「それは私が保証します。貴方の視点は人の上に立つ時に必要なもの。感情に左右されず、自分の正義に呑まれない、そんな人こそが上に立つべきなのです。貴方が自分の正義を確立した時、贔屓目を抜きにしても貴方こそが今のジムリーダーの中で最もジムリーダーに相応しいと私は思います」

 

「あたいなんかが」

 

「そうやって自分を疑うのは止めなさい。本当の自分に自信を持ちなさい。自分の本質を疑うことができる人はそういません。貴方の周りにいた人はそれが出来なかったから貴方の考えを否定したのです。どうしても自分が信じられないならその才を認める私を信じなさい。理解者としてではなく一人の人間として私は貴方の才能を肯定します。多様性も認められず自分の信じるものしか見えない奴に足を引っ張られるには貴方の才能は惜しい」

 

「あたいは……」

 

「それでも吹っ切れないんでしょう? 周りの期待に応える事が正しいんじゃないかと思ってるんでしょう?」

 

「はい……」

 

「ふむ……好かれたい……いや誰にも嫌われたくない。本当の自分を出したらきっと嫌われる。こんなところですかね?」

 

「そうです」

 

「はっきり言いますけどそれは諦めなさい。万人に好かれる人なんて存在しません。万人にそれぞれ違う顔を見せてたら本当の自分が分からなくなりますよ」

 

「本当の自分……」

 

「誰も自分なんか好きになってくれない。そんなのは思い込みです。少なくとも私は本当の貴方を否定しません。それでも不安なら本質はそのままに行動だけ誰かを真似なさい。それが出来なければ貴方はいつか潰れます」

 

「……」

 

「以上でアドバイスは終わりです。今後貴方がどのような生き方を選ぶのか私は楽しみにしています」

 

「……はい。ありがとうございました」

 

「最後に一応伝えておきますが、もし貴方が仮初の自分として生きていくなら私は貴方と極力接しない様に生きていきますので」

 

「え?」

 

「何も驚くことは無いでしょう。私としても理解者を失う事は忍びないですが、それが貴方の選択なら私はそれを肯定すると言いました。でも私が貴方と会ってしまえば多分諦めきれずにまた貴方を理解者にしようとしてしまうでしょう。それは仮初の自分として生きる事を決めたアンズさんの害にしかなりません。だからそうなった時には私は貴方と出来る限り距離を置きます。出来るなら一生会うことなく過ごすつもりです。それが貴方の為ですから」

 

「そんな……そこまでしなくても」

 

「これは必要な事です。私は他の誰の生き方を歪めたとしても貴方の生き方だけは歪めたくありません。そうなるくらいなら……私はこの地方を出て別の理解者を探す旅に出ます」

 

「それは……私が理解者だからですか?」

 

「それが大きな理由の一つではありますが、これは私の為でもあります。貴方に執着し続けたら多分私の本質も歪むでしょう。そうならない様に距離を置かないといけません」

 

「誠さんの本質って……何なんですか?」

 

「それは私がアンズさんになら教えても良いと思った時に教えます。それか私がアンズさんにした様にアンズさんが私の本質を見抜いてみてください」

 

「……ずるい」

 

「何とでも言ってください。誰に何を言われようとも私は私の信念に従って行動します。貴方なら分かってくれると思いますが、もしそれを邪魔するなら私は例えアンズさんでも排除します」

 

「……」

 

「じゃあまた会えることを祈ってますから」

 

「……」

 

 沈黙するアンズを放置してセキチクジムを後にする。途中方向転換はあったものの感触としては悪くは無い。少なくともアドバイスという点では悪くないものをしたつもりだし、小さくない依存の芽を植え付けることも出来た。これで靡かないなら俺の実力ではどうにもならないと受け入れるしかない。そう考えながらポケモンセンターに向かう途中でふと頭の中が切り替わる感覚に陥る。

 

(それにしても気持ち悪い。どう考えてもキャラじゃないのにあんなにクサイセリフをペラペラとよく言えたもんだ。なんだよ理解者って。今更になって鳥肌が立ちそうになるわ。どうも気分がノると考えるより先に場の雰囲気に合わせた言葉が出ちまうし。あーほんとやだ。あんなキャラ二度としたくねぇのに覚えとかないといけない内容だしなぁ。というか俺はなんであんなに熱くなってたんだ?)

 

 場が切り替わったことで一気に気分が萎え、つい先程までの気持ちもまるで嘘だったかのように霧散している。ストレスを発散して冷静になった頭で考えれば、場の雰囲気に流されるままに舌を回した結果あの変なキャラが付いたことに早速後悔している。どうにも無駄な一日を過ごした気分しか残っていない。

 

(あの時は名案だと思ったがそもそもあいつ役に立つのか? 俺の問題であいつに相談して解決しそうな話題ない上に判断力は低くて親まで権力持ち。気質云々以前に条件として最悪じゃね? 変に気分が盛り上がってたけどなんかこのまま疎遠になるのが一番な気がしてきた)

 

 タッタッタッタッタ

 

 冷静になったのを見計らったように後方から走っている足音が聞こえてくる。嫌な予感がする。

 

「待ってください!」

 

 声に振り返れば案の定アンズが立っている。冷静になった自分と違って先程までの会話の熱がまだ残っているのが伝わってくる。

 

(やっぱ嫌な予感って当たるもんだな。でもせめて来るなら冷静になる前に来て欲しかったよ)

 

 そんなことを考えても全ては自業自得。せめて今の自分を捨てないという答えを返して俺から離れてくれと心の中で祈りを捧げる。

 

「あたいに時間を下さい!」

 

「? 答えを出すのに期限はないですけど」

 

 変わるか変わらないかの二択を与えたはずのアンズから予想外の答えが返ってきた為に考えることも無く咄嗟に言葉を吐く。即座に言葉を返す自分の舌を自分で褒めてやりたい。

 

「答えは出しました! あたいは自分に正直に生きます!」

 

 答えを聞いて頭を抱えたくなる気持ちをグッと堪える。頭の中では徐々に距離を取ると決意を固めるが、今は自分の行動の責任を取らなければならない。

 

「では時間とは?」

 

「あたいは変わります! でもどうやればいいか分かりません! だからあたいに生き方を教えて下さい! 師匠の時間をあたいに下さい!」

 

 そう言って頭を下げるアンズを見て、つい目元に手を当ててしまう。考えうる限りで最悪の答えが返ってきた。があれだけ言っておいてここで逃げる訳にもいかない。

 

「(師匠とか言い出したぞこいつ)分かりました。常に一緒にいることは出来ませんが連絡先を教えておくので相談は受け付けます」

 

「ありがとうございます!」

 

 尚も頭を下げたままのアンズを見て後悔が募る。感情的に行動した結果がこれだ。やっぱりこの世界は何も思い通りにいかない。




これもうアンズもオリキャラな気がしてきた。独自設定とか独自解釈の域を超えた気がする。こんな性格にするプロットは無かったのに。

あと誰とは言わないですが今回のアンズへの説教?がもろに突き刺さる人が作中にいますね。


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競う人

続きが書けましたのでどうぞ。


 誠はクチバシティのポケモンセンター内にある宿泊施設で頭を抱えて蹲っている。

 

 その原因は昨日口説き落としたセキチクジムのジムリーダーアンズにある。連絡先を教えてしまったせいでまだ24時間も経っていないのに何度も何度も馬鹿みたいに電話が飛んでくるのだ。

 

 対応するのが面倒だからセキチクシティを離れたというのに、やれこういう時はどうすればいいかだの、こんな戦法を思いついただのと一時間に一度は連絡してくる。おかげでまともに眠ることも出来ずに一夜を明かす羽目になってしまった。

 

 一番最初にアンズの本質は他者への依存だと思ったのは間違いではなかったと今なら思う。結局キョウのマニュアルに従っていたのが俺のマニュアルに切り替わっただけの気もする。自分に依存させようとした目的は達成したが今はその成功こそが失敗だったと分かる。感情に流されて変な行動をしていたのに目的を果たしているのは我がことながら中々凄いのではないかとも思うが。

 

 まあアンズの気持ちも分からなくは無い。この世界においてアンズの持っている思想はかなり異質なもの。狙ってやった事とは言え、誰にも理解されなかった思想に賛同者が現れれば浮かれる気持ちは理解できる。でも感情は別だ。あくまでアンズの思想の賛同者であるのは作ったキャラの一つでしかないので本音としては個々人の思想とかはどうでもいい。なのに対応するたびにあのキャラを思い出してそれに成りきるのは面倒くさい。

 

 先程の電話からそろそろ三十分くらい経つのでそろそろまた電話がかかってくるんじゃないかとひやひやしてくる。仕事で徹夜は幾らでも経験してるので一徹や二轍したくらいで動けないという事は無いが興味のない事の為に眠れないのは辛い。

 

 prrrrr

 

(また来た。くそっなんで俺が電話に怯えなきゃならないんだ)

 

 出来れば通話を諦めて切って欲しいと思いながら三十秒ほどPHSの画面を眺めるが呼び出し音は一向に止まらない。休日に会社から電話がかかってきた時の嫌な気分をぼんやりと思い出しながら通話ボタンを押す。

 

「はい、誠です。どうされましたかアンズさん」

 

 アンズに対するキャラを演じるのも昨日から何度も思い出す羽目になっているのでもう慣れたものだ。むしろ普段の生活をしている時にこのキャラが顔を出して変なキャラになるのを心配しなければならない。

 

「師匠、朝早くからすいません。少し御時間を下さい」

 

 毎度同じこの挨拶も俺を苛立たせてくれる。御時間よろしいですかならまだ我慢できるが御時間下さいだ。こちらが断るなんて微塵も思っていない。肯定してやるとは言ったが迷惑を掛けていいとは言ってない。このガキは人に迷惑を掛けてはいけないと教わってないのだろうか。唯一の救いは言葉遣いくらいだろう。幼さの残る物言いの方が素らしいが教えを乞う人相手にはこういう言動をするように習慣付いているらしい。でもこっちの方がビジネスライクな感じで多少は苛つかなくて済む。

 

「勿論構いませんよ」

 

 当然嘘だ。本当は僅かでも時間を割くのが嫌でしょうがない。昨日の今日で態度を変えるのは流石に醜聞が悪すぎるので我慢しているだけ。今はもう少しずつ距離を取っていきたいとしか思っていない。

 

「実は少し前から頼まれている仕事があるんですがあたいには荷が勝ちすぎるので師匠に手伝って頂きたく御連絡しました」

 

 このクソガキは定期的にストレス以外に厄ネタまで持ってくるらしい。

 

「時間がかかりそうな内容ですか? (巫山戯んなよ手前の仕事くらい手前で片付けろ)」

 

「師匠ならあまり時間は掛からないかと」

 

「内容は?」

 

「持っていたポケモンが亡くなって調子を崩したトレーナーを立ち直らせて欲しいという依頼です」

 

「まあ確かに似たことは出来ますけど私も立ち直らせるとかは専門ではないですからね(いつから俺はカウンセラーになったんだよ)」

 

「師匠ならきっと大丈夫です!」

 

「それは今のアンズさんでも無理なんですか?」

 

「あたいも会ったんですけど殆ど話を聞いて貰えなかったんで今のあたいでも難しいと思います」

 

「話を聞いて貰えないっていうのはどんな感じで?」

 

「なんて言えばいいか分からないんですけど話しかけても無視されるんです」

 

「(茫然自失か? いやその状態は長続きしないか)流石に見てみないと分からないですね」

 

「はい。あたいは上手く言葉にできませんけど師匠なら見れば分かると思います」

 

「(お前は俺を何だと思ってんだ)分かりました。私にも予定がありますが一週間以内には時間を作ります。それで間に合いますか?」

 

「ありがとうございます。特に期限がある訳では無いので大丈夫です」

 

「なら予定が決まったら私からアンズさんに連絡しますので」

 

「はい、お待ちしております」

 

「それとアンズさん。私も予定がありますし周りに人がいるとちょっとあれなんで電話出れないこともあるかもしれませんけど、気にしないでください」

 

「はい! 分かりました!」

 

「数日中には連絡しますからそれまでは出来るだけ私への相談を我慢してみてください。自分で考えて自分で行動して自分で責任を取る。それも勉強です。仕事の話とかどうしてもって相談は受けますから」

 

「ありがとうございます! 御期待に答えてみせます!」

 

「では切りますね。頑張って下さい」

 

 通話終了のボタンを押すと同時にPHSをベッドに投げ捨てる。一時の気の迷いで行動した結果がこれだ。面倒な奴に懐かれてしまった。本当にあの時だけは失敗すれば良かったのにと思ってしまう。

 

 prrrrrr

 

 ビクッ(嘘だろ!? たった今暫く電話してくんなって言ったばっかだぞ? なんか伝え忘れか?)

 

 電話をかけてくる者が殆どいないため、どうせアンズだと思いつつも無視する訳にはいかず渋々PHSを手に取る。

 

「はい、誠です」

 

「何よその元気ない挨拶。朝からやる気ないわね」

 

(この番号知っててこの言いぐさはカスミだろうがちゃんと名乗れよ。それでも社会人か)

 

 電話に出て早々にこんな事を言われれば腹も立つ。言い返してやろうかと思ったが相手はジムリーダーだ。権力に弱い誠は矛を収める。

 

「すいませんね。昨日はちょっとバタバタして殆ど寝れてなくて」

 

「あらそう、まあいいわ。ところであんたアンズを弟子に取ったって本当なの?」

 

「(情報の伝達が早いな)ええまあ、アンズさんの希望でそういう形にはなりました」

 

「あの子はいい子なんだから変な事教えるんじゃないわよ」

 

「まあ相談を受ければ答える程度ですね。自分のやり方を押し付けたり、何から何まで世話を焼くつもりはないですけど(出来れば関わりを断ちたいけど)」

 

「あんた今まで弟子取ったことあるの?」

 

「部下や後輩の教育くらいはしたことありますけど弟子とまではいかないですね」

 

「じゃあ気を付けなさいよ。あんたが考えてる以上に弟子にとって師匠は絶対なの。あんたが間違った事教えたらアンズはそれを一生引き摺るかもしれないんだからね」

 

「それは重々承知してますよ」

 

「弟子に取ったんならちゃんと責任持って面倒見るのよ。特にあの子は素直過ぎるからそこも気を付けなさい。一回教えた事を修正するのは難しいと思った方が良いわ」

 

「(信じたら一直線な性格は昨晩十分体験したよ)ええそこは特に気を付けます」

 

「相談があれば聞いてあげるから電話してきていいわよ。ああ、あと早めにうちのジムにも遊びに来なさいよね。じゃあ切るから、ちゃんとやりなさい」

 

 最後は言いたいことを一方的に言って切られてしまった。

 

(まあカスミ的には弟子になったアンズが心配なんだろうな。あれは依存対象に言われた事を聞きすぎるきらいがあるし。あとは初めて弟子を取る俺への心配……も二割くらいはあるか? でもまいったな、さっさとアンズを距離置きたいのに釘刺されたじゃん。しかもアジト攻撃の時に会ったから遊びに行く約束は流れてると思ったのに。やっぱいかないといけねぇのか。やだなぁ、あいつ感情的だからキャラの細かいところ空気で変えないといけないし、ぐいぐい来るから聞かれたくない事も平気で聞いてきそうだし)

 

 その場その場の空気に合わせて会話する度に追い詰められていってる気がする。でもやってしまった事は仕方がないのでリカバリーをしていかなければ。

 

 prrrrrr

 

 未だ手の中にあるPHSがまた鳴り始めた。

 

「(なんだよ朝っぱらから! ピーピーピーピーうっせぇな!)はい誠です」

 

「どうも誠さん、マチスです。今少し話せますか?」

 

「(なんだマチスか)ええ大丈夫ですよ」

 

「それは良かった。以前お願いされてた件でマサキさんの都合がついたので誠さんの都合をお聞きしたくてですね」

 

「あー、そうですね。向こうから日付の指定ってされてますか?」

 

「今日から二、三日中なら予定が空いているとは言ってました。本当ならもう少し余裕を持って予定を聞きたかったんですがマサキさんもお忙しい人ですから」

 

「いえいえ私は構いません。可能なら明日にでも伺うと伝えて貰えますか?」

 

「分かりました。マサキさんには明日と伝えておきます」

 

「お願いします。ところでマサキさんの家ってハナダシティの北としか知らないんですけど行けば分かりますかね?」

 

「確かハナダシティの北にある橋を渡って道なりに行けばマサキさんの家しかない筈です」

 

「そうですか。分かりました。じゃあ明日行くと伝えてください」

 

「はい。あっ、ところで誠さん」

 

「どうかされました? (なんだ? お前も仕事押し付けるとかだったら怒るぞ)」

 

「いえ、大したことじゃないんですけど、そろそろ一回くらいクチバジムに来てもらえないかなと思いまして」

 

「ジムに?」

 

「まあ、その、曲がりなりにも師匠という事になってますし、一度くらいバトルの方を」

 

「契約の時にその話しましたよね」

 

「いやー、まあ、そうなんですが……やっぱり一度くらいは師匠としてそういうことをしておきたいと言いますか」

 

「もしかしてアンズさんの事聞きました?」

 

「…えー……そのですね」

 

「聞いたんですね」

 

「……聞きました」

 

「耳が早いですね」

 

「実はジム挑戦を突破した人はポケモンリーグの方で記録されるようになってまして。それで誠さんがセキチクジムを突破したと情報が来たのでアンズさんに連絡してみまして」

 

「(情報伝達はそうなってるのか)アンズさんからはなんと?」

 

「いえ、私も詳しくは。でも誠さんのアドバイスで生まれ変われたみたいな事を言ってまして」

 

「それで一度試してみたいと思った訳ですね」

 

「お恥ずかしながら」

 

「ならそう言ってくださいよ。最初に言ったじゃないですか嘘は嫌いだって。素直に言えばいい内容なのになんで嘘で取り繕うんですか」

 

「いやー、何といいますか。私も一応師匠ということになってますし」

 

「(はいはいプライドね)その辺はお願いしますね。なら近日中にと言いたいんですがちょっといくつか予定入ってまして」

 

「それはもう。誠さんの都合の良い時で構いませんので」

 

「まあ、そうですね。一週間以内には連絡入れますから」

 

「ええ、お待ちしてます」

 

「はい。じゃあマサキさんへの連絡の方お願いしますね。それじゃあ」

 

 通話を終えてPHSをポケットに仕舞う。日本からこっちの世界に来て会社員でも無くなったのに、電話で次々と予定が入ると会社員時代を思い出してしまう。もっと優先しなければならない事があるのに頼まれるとどうも駄目だ。

 

(いや、これは仕方ない。生きるために職はいる。職場の同僚と良好な関係を作るのは大事な事だ。無駄な事じゃない筈だ)

 

 思考がネガティブ方面に行きそうなので一旦考えを別方向に向ける。いくつか予定を入れられたがとりあえず今できる事をしなければならない。とりあえず今日できる事はジム挑戦かポケモンを逃がす為に各地を行脚するかだ。

 

 しかしポケモンを逃がす為にはクチバジムにポケモンを取りにいかなければならない。さっきの電話の直後にクチバジムに行くのはなんか気まずい。

 

 ならジム挑戦なのだが、一つ心配事が生まれてしまった。ジムの突破情報がジムリーダーで共有されている事だ。カスミとマチスが知っていた以上は全てのジムリーダーにアンズとのやり取りが知られているという前提で動く必要がある。

 

 流石にアンズも自分の本性がこんなので実は誠も一緒だったみたいな詳細は言ってないと思うが、また別のキャラを作った時に話を聞いていたら違和感を持たれるかもしれない。最悪アンズの為に作ったキャラに成りきり続ける必要がある。

 

 それが無かったとしても多分アドバイスは求められる。アンズは性格的に分かりやすかった上に話術と相性が良かったからどうにでもなったが全ジムリーダーに同じくらいの内容のアドバイスを送れと言うのは無理だ。

 

 一応アドバイスの密度に目を瞑りさえすれば出来ない事は無い。完璧な人間なんていない以上は欠点を見つけることは出来るし、一般的に長所と言われる事も言葉を変えれば短所に言い換えることは出来るので欠点の指摘自体は可能だ。ただ変に期待されてもアンズのように生き方を変える程のアドバイスをするのは難しい上にアドバイスを成功させてアンズみたいに執着されても困る。

 

 せめてそこに何らかの悪意か欲でもあれば罪悪感を突いて増幅してどうとでも処理できるがそうでなければ無情に突き放すことも出来ない。たった一回の行動でここまで行動を縛ってくるアンズが疫病神に見えてくる。

 

 ポケモンリーグに所属している以上はジムリーダーとの関係は避けては通れない。絶対に避けられないなら早めに処理をした方が良いのは分かる、分かるのだがどうにも気が重い。だが仕事は仕事と割り切ってやるしかない。欲求に流されずに仕事をするのは社会人の必須技能だ。

 

 やると決めたなら今日は誰を相手にするかを考えなければならない。とりあえずアンズは終了でカスミとエリカはやり取りをしたことがあるからまだ放置してもいいだろう。マチスとカツラも後回しでナツメは論外。ならタケシかグリーンかだ。

 

 グリーンの方はレッドに勝てないというコンプレックスを抱えているだろうからどうとでもなりそうだがタケシはまだ詳しく分からない。殆ど会話をしていない現状で分かるのはあれが真面目過ぎることくらいだ。だなら真面目になった原因や環境を知る必要がある。自分の正義に酔ってるダブルスタンダード野郎ならどうとでもなるけどあれはガチっぽいから面倒だ。一応そういう相手用の手札もあるにはあるがはっきりした信念を持ってる奴は根本的に話術とは相性が悪い。

 

 でもだからこそ、ここはタケシを選ぶ。ここでグリーンのコンプレックスを突いていい感じになってしまたら更にアドバイスへの期待度が上がる恐れがある。一度タケシに程々のアドバイスを挟んで効果に個人差がある事をはっきりさせ、期待値を下げておきたい。

 

 決まったなら次は行動だ。このまま少々頭を悩ませたところで全てが解決するような完璧な考えが浮かぶことは無い。なら今この場に残る意味は何もない。

 

 PHSをマナーモードに設定してジョーイさんに見送られてポケモンセンターを出る。今回は珍しく一度も怒られなかったからかいつもよりも二割増しくらい笑顔だった気がする。

 

 つくねに乗って空を走ればニビシティまで大した時間はかからない。ニビシティは特筆することも特に思いつかないくらい、良くも悪くも普通な町だった。強いて言うなら博物館があるが、町の名物になるものが博物館くらいしかないとはなんとも娯楽の少ない町だと思う。そもそもカントー地方全部含めて博物館が一つしかないというのも如何なものだろうか。他の町で生まれたら旅が出来るトレーナーを護衛をお願いしないと見に来ることも出来ない気がする。

 

 目的のニビジムもまあこれと言って特筆することは無い。内装は露出した土に岩が点々と生えているだけ。岩のジムと言うならグレンジムの方が岩っぽかった。あとタケシと戦う前のジムトレーナー二人も特筆することは何も無かった。

 

 生意気な事を言っていた子供が出したサイドンは何の捻りも無く突っ込んできたからドサイドンのアームハンマー一撃で沈んだ。もう一人のおっさんが出したゴローニャも真っ直ぐに転がってきたからユカイのサイコキネシスでその辺の岩に叩きつけた。どちらも真っ直ぐ突っ込んできたのを迎撃した。この言葉が全てで他に言いようもない。

 

 あっさりと勝負を終わらせてから少し気になる事も出来た。おそらく自分の反射神経やらが高くなっている。気付けなかったのはジムリーダーを相手にしていたからか先入観からかは分からないが、ジムトレーナー相手なら相手の指示を聞いて反応することも出来るし、ポケモンの動きを見失うことも無くなっている。ごく自然に相手の技の出を見てから回避指示を出していたから気付けなかったが、少なくともアンズと戦った時にはもう相手の技を見てから反応していた気がする。慣れかとも思ったが流石にこの短期間で慣れたとは思えないし、自分にそういう才能があったとも思えない。それならこの世界の空気中になんらかの物質が漂っていて人類を進化させるとかの方がまだ可能性がある。また考えても答えが出ない問題が出てきたが放置してもマイナスになる事ではないのであくまでも気になる程度の事。なんなら嬉しい誤算と言ってもいい。

 

 この世界を生きる上での最大の問題にして必須技能だった強さを断片的にでも手にしたことに気づけた事で必然的に気分も軽くなる。もうこの事実だけを胸に秘めてタケシと戦わずに帰りたい。

 

 だがそうもいかない。いくつか生えている岩以外に遮蔽物の無いこのジムは隅からでも反対側を見通せる。入り口に入った時から一番奥にいるタケシの姿は見えているのだから当然タケシからも俺は見えている。ジムトレーナーだけを全滅させておいて、はいさようならという訳にはいかない。ここまで来たら諦めて足を進める以外に選択肢はないのだ。

 

 声を掛けても自然な距離まではあと数歩。タケシは腕組みをして待ち構えている。どうでもいいけど上半身裸じゃないんだな。

 

「どうもタケシさん、お久しぶりです」

 

「よく来たな誠君。自己紹介はいるかい?」

 

「いや大丈夫です。でも今日はジム挑戦と仕事に来ましたから話す時間はバトルの後で下さい」

 

「勿論だ。俺も話を聞いて楽しみにしてたんだ」

 

「あぁアンズさんですか」

 

「ん? いや俺はエリカから聞いたんだが」

 

「エリカさんから?」

 

「誠君はエリカとロケット団のアジトを攻撃したんだろ? その時の事を楽しそうに話してたよ」

 

「あぁなるほど、あっちの話ですか」

 

「その様子じゃアンズちゃんの方も世話になってるみたいだ。あの子は俺たちにとっても妹みたいなもんだからな。感謝するよ」

 

「いえいえ私は私の仕事をしただけの事ですから」

 

「謙遜しなくていいさ。まあその辺の話は後で詳しく聞かせてくれ」

 

「流石に個々の方にしたアドバイスの内容までは教えれませんよ。同僚であると同時にライバルでもありますからね。詳細が気になるなら本人に聞いてください」

 

「はっはっは。なるほど、それもそうだ。じゃあ俺も後でアドバイスを貰う事にするよ。さてそのためにもまずは勝負しようか。このニビジムはポケモンの強さを測るジムだ。ちょっと特殊な勝負に付き合ってもらうよ」

 

「ルールの詳細は?」

 

「ルールは一対一で交代もアイテムも無しだ。それとトレーナーはポケモンに指示を出すことは出来ない。純粋にポケモン同士で戦ってもらう」

 

「つまりポケモンを一体選んだらトレーナーの仕事は終わりで後はポケモンが自分で判断して勝負するって事でいいですか?」

 

「その通りだ」

 

「勝負の前にそのルールをポケモンに説明する事は?」

 

「それは勿論だ。いきなりだとポケモンも混乱するからね。そのルールで挑戦するかい?」

 

「勿論挑戦させてもらいます(むしろ俺に有利なルールだ)」

 

「じゃあポケモンを選んで、決まったら声を掛けてくれ」

 

(さて誰を出したもんか。相手が何を出してくるかは分からないがおそらくは岩タイプか地面タイプ。手持ちで弱点を突くならドククラゲだがおそらく複合属性か技で弱点補完をしてくる。それに交代も無しとなるとレギュラー以外を出すのは心許ない。つくねとデンチュウは相性が悪いから除外。ドザエモンかユカイだとどっちがいいだろうか。多分どちらを出しても弱点を突かれることは無いと思うが、力負けしないって点で考えるとドザエモンかな。地面タイプと岩タイプに水技や草技は多分無いだろうし)

 

「タケシさんもう決めました」

 

「じゃあフィールドはそこのを使おうか。一応俺が審判もするけど危ないと思ったら声を出してくれ。そうしたらバトルは止めるからな」

 

「そうしてください。でも最初に状況説明で一声だけ掛けますからね」

 

「それは構わないけど、前もって作戦を伝えるのは禁止だから気を付けてくれよ」

 

「分かりました。じゃあ、ドザエモン! お前は自由だ!」

 

「じゃあ俺も。イワーク! いけ!」

 

 それぞれの出したポケモンがフィールドにその姿を現す。タケシが出したのはイワーク。蛇の様にとぐろを巻いたような状態なので全長は分からないが、体を起こしている部分だけでも5mは優に超えている巨漢のポケモンだ。

 

(イワークか。俺も持ってるけどでかいな、ゲームだと攻撃力か何かの数値がポッポと同レベルとか馬鹿にされてたけどこれだけでかいと力も強そうだ。やっぱり攻撃力と膂力は別なんだろうな)

 

「ドザエモン! 敵はそのイワークだ! 俺は指示を出せないから自分の判断で戦闘不能にしろ!」

 

 指示を伝えると同時にドザエモンが両手の発射口をイワークに向けて岩を射出する。イワークはドザエモンが岩を数発発射したのを見て頭から地面へと潜っていく。潜っている最中に初弾の岩が尻尾を掠めたが大したダメージも無い様で地面の中へと消えていった。敵の姿が見えなくなった事でドザエモンの動きが止まる。

 

(今ドザエモンがじしんを使ったら俺の責任になるんかな。ちょっと試してくれねぇかな)

 

 地面から飛び出してきたイワークがドザエモンに巻き付き締め上げるがドザエモンはその拘束を力任せに振り解き掴んで投げ捨てる。そして再び岩を射出するがイワークもまた地面へと身を潜ませる。

 

 そんなバトルの様子を誠は無表情で眺める。誠からすればこのバトルは気楽に眺めていられる見世物でしかない。指示が無いと固定砲台のような戦い方しかしないという欠点はあるが、それを加味しても自分のポケモンの強さには絶対の自信がある。だから誠はバトルの様子を視界に収めつつもその焦点をタケシに向けている。

 

(思った以上に冷静で感情の動きが無い。審判を務めているから努めて冷静に振舞ってる、は違うな。まだ余裕があるだけか。大まかな性格判断は出来てるが補強材料にもう少しこいつの事を知りたい。このバトル形式だと戦術に関するアドバイスは難しいし、自己の確立が出来てるから適当な性格アドバイスはそもそも必要としてない。追い込まれたらもう少し本質を見せてくれるだろうか)

 

 バトルは動き自体はあるものの実質的には膠着状態に近い。イワークが攻撃を躱して接近し巻き付く。それをドザエモンが力づくで引き剝がして攻撃する。一見すると一時的にでも巻き付く事で徐々にドザエモンの体力が削られているように見えるがドザエモンは全く堪えた様子は無い。イワークの方も投げ飛ばされてもダメージを受けている様子は感じられない。

 

 何度か投げ飛ばされたイワークが尻尾を振って数センチ程の石を周囲に巻いているが、その石は地面に落ちるかどうかというところでその姿が見えなくなる。おそらくステルスロックではないかと思うがドザエモンは最初の位置から一歩も動かずに攻撃を行っている為、全く効果を発揮していない。

 

(これは相手のイワークは作戦のテンプレートは教え込まれてるな。あなをほるで攻撃を回避してステルスロックとしめつけるで徐々に相手の体力を削る。こっちのタイプ次第ではすなあらしも使ってきそうだ。多分あっさりと終わったジムトレーナー二人も仕込み。ジムトレーナーの猪突猛進な戦い方と純粋なポケモンの強さを試すって言葉で真っ向勝負だと刷り込んでおいて、イワークの攻撃力の低さも織り込み済みでのこの搦め手。おまけにポケモンへの指示を禁止されているから打開策を思いついてもそれを実践できない。特殊ルールという枷が前提だが戦略としては素晴らしい。耐久力があってすなあらしが効かないドザエモンを出してなかったら俺のポケモンでも負けてたかもしれん。想像してたよりも遥かに強かな性格してやがる)

 

 何度も同じ行動を繰り返すドザエモンとイワークから目を離してタケシを見るが相変わらず焦りや動揺は感じられない。

 

(千日手に陥ってるって事は相手はあの戦い方以外の手札は無いと思っていい。ドザエモンが戦い方を変えれば状況を動かす事が出来るが俺のポケモンにそれは無理だ。どこかで相手がミスをして攻撃が当たるのを待つくらいしかない)

 

 進展の無い状況を歯がゆく感じてしまう。相手の動きは分かっているのだから幾らでも対抗策を思いつけるのにそれを伝える事が出来ない。

 

(指示を出せたら巻き付くために顔を出したところに攻撃を喰らわせるなり、拘束を解いたときに尻尾を掴んで地面に叩きつけるなりさせる事が出来るのに。俺のポケモンには指示なんて邪魔なだけだと思ってたが案外そうでもなかった。強いことは強いが欠点はある)

 

 そこからもまだ千日手は続く。そこでようやくタケシにほんの僅かに反応が見られる。

 

(あいつ表情が読みにくいけどさっきのは動揺か? 今までの攻撃がちょっとくらいは効いてると思ってたのにまだ倒れるどころか動きが鈍りもしないから……違うな。動揺にしては様子が大人しすぎる。あれはもっとネガティブ方面に傾いた感情だ。多分低度の恐怖。全く攻撃が効いてないのに怖気づいたな。それか自己嫌悪も線もあるか? ドザエモンに攻撃が通用しない程度の育て方しかできない自分の不甲斐なさに嫌気が差した。こっちもありそうだ)

 

 尚も戦闘が続いているがタケシは先程の僅かな反応以降は特に反応を見せない。しかしその雰囲気に違いが生じた事を誠は読み取っている。

 

(さっきまでの自信が滲んだような余裕の雰囲気はもうない。おそらく今のタケシは冷静になる事に努めてる。普通に立っているようでも全身に多少力が入ってるし、表情も少し硬くなった気がする。イメージとは違うが予定が崩されると案外脆いのかもしれん。ドザエモンに攻撃が通じないのはもう分かってるから不安要素も無い。イワークがミスって攻撃を受ければ反応もあるだろ)

 

 誠はもう見る価値も無いとばかりにバトルから視線を外し、タケシを直視する。褒められた行動ではないがもう勝ちは揺るがないので問題は無い。バトルに向けていた意識を捨てて、タケシの一挙手一投足を見逃すまいと観察に集中する。

 

 その時ふとタケシがバトルから視線を外して誠の方を見る。目が合った。

 

「ふぅ、分かった。これでジム挑戦は終了だ。おめでとう誠君。後でグレーバッジを渡すよ」

 

 一つため息を吐いてタケシがジム挑戦の終了と突破を宣言する。タケシがイワークをボールに戻したのを見てから、誠もドザエモンをボールに戻す。

 

(なんか終わったけどもうちょっと見ておきたかった。でもこれはあれだ、タケシも攻撃が効いてないって分かって終わらせるタイミングを探してたんだろうな。そこで俺が見てたのをもう勝負はついてるから早く止めてやれって視線で催促したみたいに思われてるな。強キャラムーブしたみたいでなんかやだな。というかどうしようかなアドバイス。話の中でなんか探さないと本当に言うことないぞ)

 

 



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正しい人

続きが書けましたのでお納めください。




(さて一体どうしたもんだろうか)

 

 誠は今ニビジムの応接室でジムリーダーであるタケシと向き合って座っている。ジム挑戦を終えてジム突破の証であるグレーバッジを受け取り、これからアドバイスをしなければならないのだがその内容が思いつかない。

 

「じゃあタケシさんへのアドバイスをさせてもらいますね」

 

 しかし何も思いついていないからと言ってもこのまま帰ることは出来ない。偉そうに挑戦の後に話をすると言ったのだから何かしらいい感じの事を言わなければならない。話の中で話題を見つける必要がある。

 

「ああ、よろしく頼むよ」

 

「まあアドバイスと言っても大したことは出来ませんけどね。タケシさんは私が思ってた以上の人でしたから。戦略にしても人間性にしても私から言える事は殆どありません」

 

「そんな事はないさ。俺なんてまだまだだ。今日それがよく分かったよ」

 

「まあ……そうですね、気持ちは分かりますけど相性とかもありましたから。ドザエモンは私の手持ちの中で一番膂力と防御力に優れたポケモンです。他のポケモンを出していたら何も出来ずに負けていたかもしれません」

 

「いや慰めはよしてくれ。結果は結果。君が勝って俺は何も出来ずに負けた。ならせめて勝った君には自信を持って欲しい」

 

「(思ったよりショック受けてるな。自信喪失してる方が付け入りやすいからありがたいけど)分かりました。ではまず今日のバトルを振り返って改善点を模索します。タケシさんから見て今日のバトルでの良かった点と悪かった点を言ってみてください」

 

「そう……だな。何も出来なかったとは言ったが……全体的に悪くは無かった。イワークも教えた通りに動けていた。悪かったのは俺の判断だけだ。君のポケモンにそもそも攻撃が通らないとは思ってなかった」

 

「まあ自分から出てくる考えはそんなところでしょうね。では私目線からの意見です。良かった点から言いますけど、これは結構あります。まずイワークの習性をよく理解している戦い方です。イワークは攻撃が不得意であることを理解して一撃に頼らず徐々に相手を弱らせる戦い方を選んだのは素晴らしい。その指示を遂行できるようにイワークを育て「ちょっと待ってくれ」

 

「どうかしました? とりあえず全部聞いて欲しいんですけど」

 

「いや話を遮って悪かったが、イワークは攻撃が苦手というのはどういう事だろうか」

 

「あ~、な~るーほど……はい(知らなかったのか? 種族値とかの数値は分からないにしてもあんな戦い方してるから知ってると思ったが……いや……うん、なるほど。イメージと合わないと思ったのはこれか)」

 

 気まずい沈黙が流れる。先程のタケシの発言と感じたイメージとの乖離から誠の頭の中でタケシの正しいイメージ像の組み立てが行われる。

 

「ちょっとすいません。質問に質問で返すようで申し訳ないですけどちょっと整理させてください」

 

「ああ、こちらこそすまない」

 

「まずここのルールについてですけど、あれはタケシさんが考えたんですか?」

 

「いや、あのルールは先代から引き継いでる。何代前からこのルールだったかは分からないが少なくとも先々代の時からルールは変わってない」

 

「……あのルールでイワークを出した理由は?」

 

「俺の持ってるポケモンの中で一番強いのがあのイワークだ。トレーナーに成りたての頃からの相棒ってのもあるが」

 

「あの戦い方を選んだ理由は?」

 

「理由? ……理由か……」

 

「じゃあ聞き方を変えますけどあの戦い方の目的というか想定していた結果は?」

 

「ん? 相手に近づいてイワークの体格と力を生かして相手を押しつぶすことだが」

 

「じゃあ偶にステルスロックを撒いてたのは?」

 

「力負けしたり、早くて攻撃が当たらない相手の為に使うように教えてたんだ」

 

「その戦い方はタケシさんが考えたんですか?」

 

「いや……なんていえばいいのか分からないがイワークと修行している時にな、なんとなくイワークがこの戦い方をしたがってると感じる事があったんだ」

 

「なるほど、分かりました。すいませんけど考えてた事とちょっと違ったんで少し考える時間を下さい」

 

「ああ、いや、こっちこそ悪かった。時間は気にしないでくれ」

 

「すいませんね」

 

(つまりは俺が勝手に相手を過大評価してただけか。勝手に色々考えてたけど事実は体の大きさで相手を潰すことを目的としただけの正面突破。この分だとジムトレーナーが一直線に突っ込んできたのも仕込みじゃないな。やっぱ最初のイメージ通りで合ってたわ。それなのに深読みして事実と全然違う事を素晴らしいとかべらべら喋って、もうくっそ恥ずかしい奴じゃん。……まあ仕方ない。割り切っていこう。幸いにもこれでアドバイスのネタは出来たし。でもどうすっかな。あんまり種族値だのなんだのみたいな話はしない方が良い気もするけど……まあ良いか。タケシだし。人間的に出来てるし他の奴に話すにしても良い感じに話す内容は選んでくれるだろ)

 

 ここで誠はタケシの人間像の構築を終える。厳格で自他共に厳しい、勝敗や利益よりこだわりを優先する気質有り、搦め手より力押しを好む等の人間像から適切な話し方と内容を想定し、相手の好む人間を演じるためにキャラを作る。

 

(多分こだわりを突き詰める求道者的な気質がある。最終目標を定めずに自分の出来る事をやって、最終的にどうなるかよりも過程を大事にするタイプ。尚且つ厳しい言葉を優しさと混合しがちで他人に優しさより厳しさを求める。禅問答みたいな自身への問いかけも多分好き。うん、しっくりくる)

 

「お待たせしました。時間取らせてすいません」

 

「もういいのか?」

 

「ええもう決まりましたから。それではどちらかを選んでください。当たり障りの無い優しい慰めが欲しいか、今までの貴方を否定する厳しいアドバイスが欲しいか。慰めが欲しいなら今の貴方のまま多少は強くなれる方法を教えますが私には一生勝てないと思ってください。厳しいアドバイスが欲しいなら望む通りに今までの貴方を否定します。こっちはどれだけ強くなるかは分かりませんが合わなかったら弱くなる恐れもあります」

 

「……そうか……」

 

「今度は私が待ちます。時間は気にしないで答えを出してください」

 

「……聞いてから決めることは出来ないだろうか」

 

「辞めておいた方がいいですね。内容が否定と肯定で正反対ですから。自分のやり方を続けるか続けないか悩み続けることになって中途半端に弱くなるだけだと思います。後でどちらかを選ぶにしても答えが決まった時に私がいるとは限りませんので調整もしてあげられないかもしれません」

 

「……君ならどっちを選ぶ?」

 

「それは答えが出た後で言います。自分の事はしっかり悩んで自分で決めてください。私は貴方に選択肢を示すだけです。自分の進む道は自分で探すと言う答えならそれも構いません。私は何も言わずに帰ります」

 

「すまない。少し時間をくれないか」

 

「勿論です。考える時間が足りないなら日を改めても構いません。でも一つだけ言わせてもらいますが人生の選択肢というのはいつまでも目の前に転がっている訳ではありません。決める時に決めなければ選択肢がいつの間にか消えて無くなっているかもしれないということは忘れない様に」

 

「そこまで時間は取らせるつもりはないさ」

 

「安心しました。ならこのままお待ちしますね」

 

 再びの沈黙。誠はこの時間が好きだ。相手が必死に苦悩しているのを上の立場から悠々自適に観察する。人が悩んでいる姿を見ているのは本当に楽しい。

 

 悩んだ結果、流されるままにこちらの提示した選択肢に食いつくのか、他人の意見を聞くことなく我が道を行くのか。人生を左右する選択をする瞬間にこそ今まで自分で考えて生きてきたか、自分で判断して生きてきたかが分かる。別にどっちを選んでも構わない。どうせどちらも正解でどちらも不正解だ。どちらにせよいつか、躓いた時にあの時反対の選択をすればと思う事がある。その逃げ道を潰す為に自分で選択させるだけの話だ。

 

 顔がにやけそうになるのを堪えて、あくまでも真顔で答えを待つ。五分、十分と時間が経ち、十五分程度の時間が経過したところで遂にタケシは答えを口にする。

 

「頼む。俺に厳しい言葉をくれ」

 

「一度始めたらもう変更は受け付けませんが本当にいいんですね? (思ったより決めるのに時間かかったな。これは信念があるって評価も変えた方が良いな)」

 

「ああ、頼む」

 

「分かりました。じゃあ望み通りに厳しい事を言いますね。因みに私の場合どうするかって質問ですけど私ならアドバイスを聞いた上で自分で取捨選択するが答えです」

 

「……そうか」

 

「質問はどんどんしてください。順番は話の流れで前後しますけど出来るだけ答えますから」

 

「分かった」

 

「ではまずはさっき質問にあったイワークの事についてお話しましょう。イワークは確かに体は大きく膂力もあります。ただ膂力の強さと攻撃力の高さは必ずしもイコールではありません」

 

「そこがよく分からないんだが、どう違うんだろうか」

 

「私もポケモンの全てを知っている訳ではありませんので所見も入りますが……そうですね。これから話す事は扱いには気を付けて下さい。タケシさんなら悪用することはないと信じるから伝えることです」

 

「肝に銘じよう」

 

「お願いしますね。それでタケシさんはポケモンの成長の限界について考えたことはありますか?」

 

「限界か……考えたことはなかったな」

 

「私が言う限界というのは経験による行動の最適化とかではなく単純な能力とでも言いますか。攻撃力、防御力、あと素早さとかですね。そういう純粋な能力がそのポケモンの限界に達する事を言います。私の力不足の可能性はありますが経験からすれば限界とか成長率みたいなものは確かに実在します。得手不得手と言いかえても構いません。例を言えば同じくらい育ててもイワークとドードリオだと防御力はイワーク、素早さならドードリオに軍杯が上がる感じです」

 

「ふむ」

 

「これは多分生物の進化みたいなのが影響してると考えられます。防御力や素早さを高めることで生存競争に勝ち抜いたり、周囲の環境に適応した結果、今のそれぞれのポケモンの形になったと。イワークの場合は防御力を得ることで外敵による脅威を退けたのでしょう。あとは見た目なんかもそうですね、イワーク以外だとイシツブテなんかもそうですが岩山や洞窟を好んで生息していることから周囲に擬態することで外敵に備えています。これがどういう意味か分かりますか?」

 

「争いを好まない……か」

 

「正解です。擬態というのは基本的に戦闘力が低い生き物が争いを避けたり、身を守る為に使うもの。イワーク程の体格と膂力がありながら擬態を身に付けているという時点でイワークという種そのものが争いを好まないのでしょう。温厚なのか臆病なのか、もしかすると狡猾という可能性もありますが、まあ攻撃的な進化をしていない事は分かりますよね」

 

「ああ」

 

「あとはシンプルに比べたことがあるからです。同程度に育てた場合、他のポケモンに比べてイワークは攻撃にあまり適性がありませんでした。岩山辺りに同じ技で攻撃させたら破壊力の差は見れますから。進化云々は推察ですがこれは実際に確認した事実です。これがイワークが攻撃に不向きだと言った根拠です。なにか質問は?」

 

「……いや、大丈夫だ」

 

「……割とあっさりしてますね。ちょっと不安なんでこの話題の危険性について認識を擦り合わせましょうか。タケシさんはこの話題が広がることでどんな影響があると思います?」

 

「……そうだな……影響か……強いポケモンが優先される世の中になる、そんなところだろうか」

 

「そうですね。正解は正解ですけどその回答だと部分点しかあげられません。貴方には想像力が足りない。何よりも人の欲と悪意に対する認識が甘過ぎます。まあ分かってはいましたけどね。簡潔に言えばそんな甘い世界なんか来ませんよ。絶対に」

 

「まるで見た事があるように言うんだな」

 

「流石に未来を見る事は出来ませんが、その代わりに人を見る事は出来ますからね。ナツメさんみたいに心を読めなくても、人の本質を読む事は出来ます。そんな私が出した結論は、この話が広まった場合に少なくない種類のポケモンが絶滅します」

 

「っ、なぜそう思う?」

 

「その質問が出たって事は多分貴方と私だと見ている期間が違いますね。貴方が考えているのは精々が数年先、数十年先くらいでしょう。でも私が言っているのはもっと先、数百年後の事です。数年先なら確かにこのポケモンが強いみたいな噂が独り歩きするくらいでしょう。数十年先には研究も進んでその噂が信憑性を帯びてくるでしょう。そして数百年後にはその情報は当たり前の事として皆が知っていて当然の事になるでしょう。そうなったらどうなるでしょうね。私は強いと言われるポケモンが乱獲され、弱いと言われるポケモンが見向きもされない時代が来ると思いますよ(オンライン環境みたいに)」

 

「だが、そうなるとも限らないだろう」

 

「その考えが甘いって言ってるんですよ。貴方は人の承認欲求を甘く見過ぎです。この情報が広がればいつか必ずこの情報を基に結果を出す人間が出てきます。そんな人が年を取ってトレーナーを辞めた時に弟子か私塾の生徒にでも言うんですよ。勝ちたいなら強いポケモンを使いなさいと。それを言うのがチャンピオンとかだったらどうです? それを聞いたライバルや子供達は強いポケモンを我先に捕まえに行くでしょう。まずそうやって強いと言われるポケモンが野生から姿を消します。そうなれば今度は生態系が崩れます。強いと言われるポケモンに捕食されるようなポケモンは天敵が居なくなって数を増やし、少ない食べ物を取り合う。そうやって徐々に数を減らしていくんです」

 

「……」

 

「そこまでの事にはならないと思うでしょう? なりますよ。人の欲に際限なんてありませんからね。例え禁止されたとしても悪人はそんなこと無視するでしょう。そして善人も自分が捕まえる一匹くらいはなんて軽い気持ちで手を出すんですよ。先人がやってたことだから大丈夫だろうってね。そうなればもう手遅れ。哀れな種はこの世からいなくなるでしょう。分かりますか? 貴方に教えた情報の大切さが。貴方には分からなくても聞いたら分かる人はこの世に幾らでもいますからね。軽々しく口に出せば、その一言で将来のトレーナーの生き方を決め、結構な数のポケモンを滅ぼす言葉ですよ」

 

「……すまない」

 

「まあ私も大分暈して言いましたからね。聞いた時に思ったんじゃないですか? 得手不得手があるなんて当たり前の事だって。でもね、その当たり前に疑問を持つのが難しいんですよ。考えた事ありませんか? 当たり前の事がなんで当たり前なのか。当たり前と言われることにはどんな理由と起源があるのか。当たり前と言われることがどういう理屈でそういう事象を引き起こすのか。考えたことなかったでしょ?」

 

「……ああ……ない」

 

「そもそもね。皆ポケモンの事を知らなさ過ぎなんですよ。それでポケモントレーナーとして強くなりたいとか馬鹿言うなって感じです。どいつもこいつも強いポケモンを育てるとか簡単に口にしますけどね。どの口で言ってんだって思ってますよいっつも。ポケモンを限界まで育てたことも無い奴が人のポケモンを見て強いだのなんだのって馬鹿じゃねぇの? そう思うんならさっさと自分のポケモン育てろってんだよ。ていうかイワークが使ってたステルスロックとかも何ですかあれ? 発射口もないのにどこから発射してるんです? 体の表層だとしても体積が減ってる感じも無いし、そもそも地面に付く瞬間に姿が消えるってどういう原理? 貴方はその辺を疑問に思った事あります?」

 

「……すまん」

 

「ああ、いや、謝る事じゃないですけど。こっちもすいませんね。(わざと)ちょっと興奮して口が悪くなってました。話がずれましたけど、ポケモンを育てるって事はポケモンの可能性と限界を知る事です。とりあえずは貴方が思ったよりも大事な話をした事と扱いを間違えると危険だって事だけは覚えておいてください。私がこの話をしたのタケシさんが初めてですからね。情報広がってたら出所は一発で分かりますよ」

 

「気を付けるよ」

 

「後は戦い方についてでも話したいところですけど、これは今回は難しいですね。ルールが特殊過ぎて私も今回みたいなバトルのノウハウが分かりませんから。でもさっきの話で私があの戦い方の何が素晴らしいと言ったかは分かるでしょうから戦い方も見えては来るでしょうし、今回は割愛ですね。いつかまた真剣勝負の後にでもお話しましょう」

 

「ああ、今日の事を参考にさせてもらうよ。ありがとう」

 

「じゃあ質問の回答はここまでにしましょうか。時間が結構経ってますし、そろそろ本題に入りましょう」

 

「まだあるのか?」

 

「当たり前じゃないですか。まだ私は質問に答えただけですよ。これから話すのはポケモンバトルとかではない、貴方自身の問題点です」

 

「聞かせてくれ」

 

「その前にまず貴方の夢を教えてください」

 

「夢?」

 

「そう夢です。目標でもいいですけどね」

 

「夢か……そうだな俺はこのジムを、ポケモンバトルを盛り上げていきたいな」

 

「あっ嘘吐いても分かりますから御為倒しは結構です。建前じゃない貴方の夢を聞かせてください」

 

「嘘じゃないさ」

 

「嘘じゃないだけでしょ。分かるんですよそういうの。貴方の本当の願いを聞かせてください」

 

「どうして嘘だと思うんだ?」

 

「その態度で十分ですよ。言ったじゃないですか、私は人を見てきたって。それに私が嘘吐かれるのが大嫌いですから」

 

「どうも君は俺を嘘吐きにしたいらしいな」

 

「事実ですからね。それでも分からないならヒントをあげます。私はね、タケシさんと話してるんですよ。別にニビジムのお堅いジムリーダーと話したい訳じゃないんです」

 

「……」

 

「追求されただけで黙るのもマイナスですね。ジムリーダーとしての仮面を被るならもっと細かいところまで決めて最後まで仮面を脱がないでください」

 

「……どこまで知ってるんだ?」

 

「さあ? 他人の事ですからね。何でもかんでも分かる訳がないじゃないですか」

 

「……」

 

「このまま押し問答しても時間の無駄だから言いますけど、夢とか目標とか無いでしょ」

 

「……」

 

「話をしてみるまでどうも性格と行動が一致しなかったんですよね。ジムのルールとは言ってもあのルールは貴方の性格に合わないし、会話してても全体的にどこか他人事。しかも一番強いって言ってるイワークをジム挑戦用に育ててるのも気になりましたね。どう考えても真剣に強くなるとかチャンピオン目指すとかそんなんじゃないじゃないですか。それで挙句の果てにはジムを盛り上げるですからね。その為にはあの特殊過ぎるルールを変えないと無理でしょ? これが馬鹿ならまあ分かりますけど貴方は馬鹿じゃないですからね。本気ならジムのルールくらい変えますよ」

 

「……」

 

「本当は夢とか目標とか無いんでしょ? でもジムリーダーとしての立場があるから何かは言わないといけない。だから小綺麗な言い訳を用意してるんでしょ?」

 

「……さぁな」

 

「別に気を張らなくても良いですよ。本当の自分を曝け出すなんて分別の分からない子供か本物の馬鹿、後は一部の特殊過ぎる天才くらいです。誰だって仮面を被って生活してるんですからね。隠すのが上手いか下手かだけの話です。その点では貴方は中々ですよ。私も最初は見抜けませんでした」

 

「そうか」

 

「まあ問題としてはモチベーションを上げる何かが無いのが最大の問題ですね。限界を定めないとか綺麗な言い方も出来ますけど、私に言わせれば今の貴方ははっきりとした目標も無くふらふらしてるだけです。それで強くなれる訳はありませんよね」

 

「つまりどうしろと?」

 

「逆切れしないで下さいよ。貴方の人生を何で私が選んであげなくちゃいけないんですか。どうせ今までもそうやって何にも決めずに生きてきたんでしょ? 特に目標も無いから適当に生きて、本当にやりたいことも見つからないから周りに流されるままにジムリーダーになって。ジムリーダーになってからも目標なんて無いから決められたルールだけを守って適当に務めを果たしてきたんでしょ?」

 

「……」

 

「私は私の仕事をするだけですから、貴方の問題点を指摘しました。それを貴方がどう捉えて、どう生きていくかまで面倒は見れませんし興味もありません。偶には自分で生き方を決めてみるのも良いじゃないですか。その結果がどうなっても本当はどうでもいいんでしょ? だって望みなんか無いんですから。貴方なら失敗しても破滅する過程をきっと楽しめますよ」

 

「随分な物言いじゃないか」

 

「私は嘘吐きは大嫌いだって言ったじゃないですか。仮面被って嘘吐いてる奴に優しくする道理なんてありませんからね。それにこれでも結構手加減してるんですよ。一度理解した相手なら仮面をボロボロにして本性を暴くのなんて簡単ですからね。まあここまで言っても変わる気が無いならそれでもいいですよ。そしたら貴方を見捨てて他のジムリーダーの所に仕事に行くだけですからね」

 

「……」

 

「まあ別に目標を持てとかそんな月並みな事は言いませんよ。貴方の人生です。貴方が望むように突っ切ってみればいいじゃないですか。そうやって誰かに与えられるものを待ちながら適当に生きて適当に死ぬのが望みなら別に文句はありませんし。なんなら応援しますよ。それが貴方が本当に望む幸せならね」

 

「……どうすればいい?」

 

「まだそんな事言ってるんですか? 知りませんよそんなもん。どうすればいいか聞きたいならどうしたいかを教えてくれないと。私は貴方の人生なんか背負うつもりはないんですから」

 

「……俺はどうすれば変われるだろうか?」

 

「どう変わりたいのか言わないと分かりませんよ。どうせ何も決められない自分は嫌だけど、そんな自分が嫌いって訳でもないんでしょ。だからこの期に及んでそんな質問するんですよ」

 

「……俺は変わりたい」

 

「そうですか。頑張ってください」

 

「……どうやれば良いのか分からないんだ……」

 

「そりゃ目標が無いのにどうやればいいか分かる訳ないでしょ」

 

「……教えてくれ」

 

「もっと考えなさい。頭を悩ませなさい。考える事を放棄してはいけません」

 

「……分からないんだ」

 

「当たり前でしょ。人生なんてそんなもんです。全ての選択肢で正解の人生を選べる人なんかいませんよ」

 

「……」

 

「はぁ……もうそれで良くないですか」

 

「なに?」

 

「思ったより筋金入りみたいですからね。あんまりやると影響が残りそうだから少しだけ助け舟を出してあげます。まずこの程度の悩みは何も特別なものじゃありません。誰だって生きる上で経験して答えを出すものです。まあ特に決めないで生きている人も珍しくないですけどね。どうしても自分で決められないなら特別に私が貴方の目標を決めましょう」

 

「……頼む……」

 

「本当はここで奮起して答えを出して欲しかったんですけど、まあ良いです。では貴方の目標を伝えます。貴方の目標は【自分の目標を見つける】です」

 

「……どういう事だ?」

 

「どうもこうもありません。好きに生きてください。そして日々経験し、考え、悩み、そして貴方の目標を見つけてください」

 

「俺はどうすればいい……」

 

「だから好きにしてください。はっきり言って夢なんて大人になれば捨てるもんですからね。夢の無い大人なんて珍しくも何ともありません。でも貴方の場合はそれが強くなるための重しになっているのは事実です。夢とか目標なんてモチベーションになればなんでもいいんですよ。どうせ人の生き方なんか簡単には変えられませんからね。今まで通り適当に何かを経験するくらいなら、目標を決める為の糧になるように観察しながら経験をする方がまだマシです」

 

「そうか……」

 

「納得いってないみたいですけど、これが私なりの最大の妥協ですからね。文句があるなら自分で答えを出してください」

 

「いや……そうだな……それも悪くは……無いのかもしれん」

 

「いいじゃないですか。生涯の目標を見つける為に生きるって。決められる人には一瞬で終わる目標ですけど、決められない貴方には一生の目標になると思いますよ。それに私の見立てだと貴方の性分にも合ってると思いますし」

 

「……そうか」

 

「じゃあこれで決定です。貴方の目標は【自分の目標を見つける】です。文句は言わせません」

 

「文句なんか無いさ」

 

「さっき不満げな態度取ったばっかりでそれは説得力が無いですよ。まあ一時的な目標ですけどね。これからの人生答えが出るまでは毎日毎日考えて悩んで生きてください。そして出た答えを私は尊重します」

 

「ああ、ありがとう」

 

「とりあえずこれで貴方へのアドバイスは終了です。今日の話を活かすも殺すも全てあなた次第。もし今日の事を忘れて惰性で生きていくならそれでも構いません」

 

「肝に銘じよう」

 

「あとこれは仕事ではないですけど、もし答えが出たなら私にまた連絡をしてください。貴方の人生がより良いものとなるように、貴方が望む目標に至る為の選択肢を提示します。その時は絶対に貴方に選んでもらいますけどね」

 

「そうか。分かった必ず連絡するよ」

 

「私はその時はお待ちしています。どうか後悔しない人生を選べますように」

 

「……最後に一ついいかい?」

 

「どうぞ」

 

「君の目標を聞かせてくれないか?」

 

「それは貴方が答えを出した時に言わせてもらいます。聞きたかったら早く答えを出してください」

 

「まいったな。それじゃあ一生聞けないかもしれない」

 

「それならそれで仕方がありません。私が貴方の目標を聞けないのだからイーブンって事で我慢してください」

 

「ははは、なら頑張って自分の目標を見つけないといけないな」

 

「私はいつだって貴方を応援してます。何か相談があれば連絡してください」

 

「ああ、すまなかったな。色々と恥ずかしいところを見せた」

 

「今日の事は誰にも言いませんから安心してください」

 

「ああ。重ね重ねすまない」

 

「これが私の仕事ですから」

 

「そうか。君も何かあれば連絡をしてきてくれ。今度ニビに来ることがあったら食事でも行こう」

 

「ええ楽しみにしています」

 

 誠が右手を差し出すとタケシは両手でその手をがっしりと掴む。無言のまま数十秒続いた握手を終えて誠はニビジムを後にする。

 

(はぁ~くっそ疲れた。読みにくい奴はめんどくせぇわほんと。でもタケシががあんなんだったのは意外だったな。目標がないとか適当だったのにあんなに刺さるとは。どうせああいう真面目なタイプは実際の自分がどうかとは別に周りからそう見られてるってのも気にすると思って二割くらい合ってればいいやと思って、それっぽい事ぶっこいただけなのに。いやそこはそれを見抜いた俺の目が良いのか。俺の目もなかなか捨てたもんじゃないな。アドバイスの時にはもうちょっと直感に頼ってもいいかもしれんな。それに明日はマサキとの対談だし、ストレス発散出来てよかったとでも思っとくか)

 

 

 

 




いやータケシは強敵でしたね。ポケスペとかゲーム資料とか見たけどほんとに人間的欠点が少ないです。

そして誠君のアドバイスはいつもブーメランですね。周りに流されて生きてきた人間がどの面下げて同類に説教かましてるんでしょうか。

しかも書いてる内に勝手に調子に乗り始めたし。


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理解する人

投稿頻度がどんどん下がっていって本当に申し訳ない。

続きがようやく書けました。


 ところ変わってハナダシティのポケモンセンター。誠は現在その待合所でコーヒーを飲んでいる。

 

 本当なら朝一番で予定していたマサキの家に向かいたいところだったが、時間の指定をしていなかったことに気づき、常識的な時間に訪問するために時間を潰している。出来る事ならカスミがいるハナダシティに滞在したくなかったがハナダシティに来てから時間を決めていなかったことに気づいたので仕方が無かった。

 

(マサキはどこまで話をしてくれるかな。出来ればポケモン預かりシステムとかモンスターボールについて話がしたいけど教えてくれるだろうか。皆当たり前に使ってるけど生き物をなんか粒子みたいにしてボールに入れるとか理屈がさっぱり分からないし、預かりシステムの方もボールとポケモンを粒子みたいにして転送するとか訳が分からない。マサキはどんな奴だろうか? 何かこちらからも出せる情報があれば良いけど、オーキドみたいに興味を持たれなかったらきついな)

 

 ポケモンセンターにある壁掛けの時計を見ながら手にしたコーヒーをちびちび飲んでいく。今日は朝から一本も電話がかかってきていない。つい一昨日まで当然だったことでこんなに気が休まるとは思いもしなかった。平和は失ってからその大切さが分かるという言葉をしみじみと実感する

 

 時刻は午前9時30分。マサキの生活習慣は分からないが午前10時くらいなら一般的に常識的な時間と言えるだろう。場所の確認をしてないのでそろそろ向かえばちょうどいいだろうと思い、手に持ったコーヒーを飲み干して席を立つ。

 

 一応訪問する立場なので念の為に数本のコーヒーとお茶を購入した。本来なら菓子折りでも持参するところだが、そういったことを賄賂と受け取って好まない人もいるので今回は飲み物を持っていくに留める。

 

 そういう奴は数こそ少ないもののいる事にはいるのだ。特に研究者や教授なんかに多い。変人とまでは言わないが周りに理解されないこだわりのようなものを持つ変わり者。その中でも変わり種の研究をしていたり、独自の研究成果を持つ者は更に注意が必要だ。人によっては、自分を特別だと思いたいのか知らないが人に理解されることを積極的に拒むような歪んだプライドを持つ奴すらいる。

 

 今日会うマサキには特に警戒しなければならない。科学者だか研究者だか知らないが、わざわざ町から離れた場所に家を立てて人も雇わずに研究する変わり者。頭が良すぎて補助が出来る人間が存在しないか、人に自分の研究課程を見せるのが嫌いか、自身の研究成果を人に奪われるのを恐れているか、もしかすると人そのものが嫌いってタイプかもしれない。はっきり言って会話のどこに地雷が埋まっているか分からない。挙句の果てにポケモン預かりシステムの構築で相応の発言力もある。最低でもカントー地方全域、場合によっては他の地方まで顔が効くかもしれないと考えた場合、ポケモンリーグよりも高い発言力を持つ可能性がある。

 

 そんな奴が欲しい情報を持っている可能性が高いというのが厄介なところだ。どれだけ面倒くさい奴だとしても、出来る限り友好的に話を進めたい。最悪の場合は脅して情報を聞き出しても良いが、口封じが困難なのでそれは文字通り最後の手段にすべきだろう。

 

 そんなことを考えつつもマサキの家へと向かう。細かい位置も分からないので今回は徒歩だ。ハナダシティを出て北にある24番道路を道なりに進んでいく。野生ポケモン対策に護衛としてつくねを出して飲み物などの荷物もつくねに持たせる。町を出る時にかの有名なゴールデンボールブリッジを渡ろうとしたら何人かのトレーナーがバトルを申し込んできたがブリーダーだからと言って断った。金の玉が欲しい訳でもないのでこいつらを相手にするメリットがない。

 

 体感で十数分ほど歩けば一軒の家が見えてきた。傍から見れば少し大きい普通の家が一軒ぽつんと立っているだけで贔屓目にも研究所には見えない。周辺には腰の高さ程度の草むらがあるだけで人の気配が一切無い。防犯の面で言えば最悪と言っていい環境だ。これで建物に防犯措置が無ければ人に研究成果を奪われることを恐れているという線は無いと考えていいだろう。

 

 家の前まで来たがドアの周りにインターフォンが見当たらない。

 

「すいませーん。マサキさんいらっしゃいますかー?」

 

「鍵開いとるから勝手に入ってええよ~」

 

 仕方なしにドアをノックして声を掛けると家の中から返事が返ってきた。入って良いと言っているので問題は無いのだろう。

 

 ガチャ「お邪魔します」

 

「邪魔しぃやったら帰って」

 

「(大阪って挨拶こんな感じなのかな。新喜劇でしか聞いたことないけど)はいよー」バタン

 

「ちょ待ってや! 冗談やからほんまに帰らんでええて!」

 

 ガチャ「まだツッコんでないんですからボケ潰さないでくださいよ」

 

「いや、ほんまに帰る思わんもん。焦るわほんまに」

 

 掴みは上々だ、ありがとう新喜劇。そう思いながら室内に目をやる。一際目を引く大きいカプセル二つをチューブでくっつけたような機械があり、その周辺には本やノートパソコン、資料のような紙が数える気も起きないほどに散らばっている。そんな室内で一匹のニドリーノがこちらを見ているだけでマサキの姿は見当たらない。

 

「マサキさーん? どこですかー?」

 

 内心で首を傾げながらもマサキを呼ぶが、返答は目の前のニドリーノの口から発せられる。

 

「ここやここ。目の前におるやろ」

 

 ニドリーノの口から人の言葉が発せられた事で一瞬戸惑いが生まれたがすぐに納得し、立て直す。

 

「(ゲームみたいに合体事故でも起こしたのかこいつ。懲りないな)これはどうも。マチスさんから連絡があったかと思いますがご約束させて頂いた誠と申します」

 

「なんや自分。あんまり驚かへんのか」

 

「噂はお聞きしたことがありますからね。以前もポケモンと合体したところをレッドさんが助けたとか」

 

「さよか。やったら話が早いわ。今から機械に入るからこのスイッチ押して」

 

 そう言ってニドリーノは手に持っていたスイッチが一つだけ付いたリモコンを渡すと、返事を聞くことも無く、部屋にあったカプセルの一つへと入っていく。蓋が閉まってから念の為五秒ほど待ってスイッチを押すとギギギという不安を感じる音と共に機械が稼働を始める。そこから本格的に機械が稼働し、ゴンゴンという騒音と家を揺らす程の振動を撒き散らすこと十数秒。チーンという間の抜けた音と共に機械が停止して二つのカプセルからマサキとニドリーノがそれぞれ出てくる。

 

「おおきに。戻れんようなって困っとったんや」

 

 へらへらと笑いながらマサキが近寄ってくる。以前に同じ失敗をしておきながら同じ事を繰り返すのは如何なものだろうか。

 

「私が来てちょうどよかったですね。前も同じ失敗したって聞いた事がありますけど」

 

「阿呆! わいを誰や思てんねん。ポケモン預かりシステムを構築したあのマサキやぞ。改良したに決まっとるやろ!」

 

「(情緒不安定かこいつ)戻れなくなってたんじゃなかったんですか?」

 

「せやからリモコンでスイッチ押せるようにしたんや」

 

「でも私が押しましたよね」

 

「せや。あのカプセルの中からスイッチ押そうとしたら反応せんかったんや。天才でも誤算くらいあるわい」

 

「まあ……別に良いですけど。安全性の確保くらいしてから実験しましょうよ」

 

「そんな暇あるかい! 科学の進化は日進月歩! そんな細かい事気にしとったらあっちゅう間に置いてかれるわ!」

 

「そうですか……そうですね。科学の進化は早いですからね」

 

「おっ、分かるか? マチスがなんや言うとったけど結構話せるやん」

 

「どんな事言ってたんですか?」

 

「なんや怒らせると危ないから気ぃ遣えーみたいなこと言うとったわ」

 

「(あの野郎)別に私はそんなんじゃないですから気楽に接してください。私が怒るのは喧嘩売られた時か嘘吐かれた時くらいですから」

 

「おう。わいはマサキや。よろしゅう」

 

「改めまして誠と申します。今日はお時間取って頂いてありがとうございます」

 

「固いって。もっと気楽にいこうや」

 

「そうですか? じゃあよろしく……お願いします」

 

「ん-、もうちょっとやけどまあええやろ。そんで何を聞きたいん?」

 

「今日はポケモンの事を「あっ、ちょい待って、茶くらい出すわ。その辺適当に座って待っとき。確かこの辺に飲みもんが……」

 

 会話を打ち切ってマサキが机回りの本や書類をバサバサと散らかしながら飲み物を探し始める。

 

「(そんなところにあるいつのもんかも分からないもん飲ますつもりかこいつ)マサキさん、一応飲み物は買ってますから大丈夫ですよ。何本か有りますからマサキさんもどうぞ」

 

「なんや自分、隠さんと早う出しいや。散らかしてもうたやん」

 

「(お前が勝手に散らかしたんだろうが)すいません。お茶とコーヒーどっちが良いですか」

 

「じゃあ、コーヒー貰おか」

 

「どうぞ。安物の缶コーヒーで申し訳ないですけど」

 

「そんなん気にする事あらへん。わいが入れるより百倍マシやからな」

 

 カラカラと笑うマサキにコーヒーを渡しつつ、誠はマサキを観察する。

 

(今のところ常識は無い、防犯意識も薄い、実験の為に危険を顧みない。これはもう絵に書いたような変人研究者って認識で良いか? それなら一人なのも周りの人間が人格的な意味で付いてこれないで納得できるし。嫌なんだよな、本物の変人の相手って。こっちの常識も知識も通用しないし。でもそれとは別になんか怖いな。何だろうか? 躁鬱というかテンションの上下が激し過ぎて上手く読めない。可能性としてこのアホみたいなテンションが作り物と考えておいた方がいいかもしれん。揉め事回避するために意図的にこうなってるのか、無自覚に人に恨みを買わないようにこうなってるかは分からんが)

 

「そんで? なんの話しとったっけ?」

 

「まだ特には。ポケモンの事についてお話聞きたいって言ったくらいですね」

 

「あぁ、そやそや。そんでポケモンの事ってどういう意味? わいは科学者であって研究者ちゃうよ?」

 

「んー、言葉にするのは難しいですけど……ポケモンがどんな生き物かみたいな感じですかね」

 

「なんやあんた? 宗教の人? そういう話やったらうちより別の場所で話した方がええよ?」

 

「いや、そういう哲学的などうこうみたいなのは私も興味ないです。上手い事言えないんですけど、科学的、遺伝子的な観点から見てポケモンがどういう生き物みたいな話です」

 

「あーはいはい。それならそうと最初に言ってや。そんでどういう事聞きたいん?」

 

「できれば質問したいんですけど、私の場合は事前知識がまず足りないんですよね。そもそもポケモンがどういう理屈でポケモンって分類されてるのか分からないですし。コイキングとかポッポとか見た目には魚類と鳥類じゃないですか。それを一括りにしてポケモンって分類してるのがまず理解しがたいですし。まあ進化するからポケモンはポケモンですけどどんな基準を満たせばポケモンなのかも良く分かってないですから」

 

「なんや。まずそこからかい。そのくらい勉強しときや」

 

「勉強したかったんですけど、そういう本とか無かったんですよ。あと生まれた場所があんまりその辺の知識無くてポケモンはポケモンだみたいな感じだったんで」

 

「ほんならポケモンが独自の電磁波出しとるのは知っとる?」

 

「それは前にオーキド博士から聞いたことがありますね」

 

「それや」

 

「……電磁波ですか?」

 

「せや。他にもいくつかあるけど一番の理由はその電磁波や。自分他に電磁波を出す生き物知っとるか?」

 

「まあ……他だと発電器官を持つウナギとかナマズとかくらいですかね」

 

「そりゃ生成した電気が漏れとるだけや。ポケモンとはちゃうで」

 

「じゃあ独自の電磁波を放っている生き物の総称がポケモンって認識で良いですか?」

 

「そうなるな。後は電子化しやすいって特徴もあるで」

 

「電子化?」

 

「これはわいにも理屈がはっきり分からんねん。でもモンスターボールとかで見た事あるやろ? あんな感じで特殊な条件下だと簡単に粒子化するんや」

 

「分からないって事は預かりシステムとは別の技術なんですか?」

 

「全く関係ない訳やないけどちょっとちゃうねん。まあこれは詳しゅうは言えんのや。モンスターボール作っとる会社があるねんけどそっから言うのは止められとんよ」

 

「でしょうね。モンスターボールの製法に関わる話でしょうし」

 

「まあそう言うこっちゃ。悪いけどそれは諦めや」

 

「いえ、そこは大丈夫です。ポケモンがどういう生き物かは大まかに分かりました」

 

「さよか、もうええか?」

 

「時間の都合が良ければもう少しお話はしたいですね。あまりこういう機会もありませんから」

 

「ならその前に今度はわいの質問に答えてくれるか?」

 

「ええ勿論です。何でも……とは言いませんが答えられる事なら」

 

「ほならさっきの答え聞いて、ポケモンちゅうもんをどういう生きもんやと思う?」

 

「……そうですね……(情報としては特殊な電磁波を放つ事と特殊な条件下で粒子化する事。そんな生き物いるか? いや、いないからポケモンで一括りにされてんのか。どういう生き物……粒子化が出来て元に戻る事も出来るって事は粒子サイズの生き物の集合体とかか? 違うな。それだと質量は変わらないからボールに収まったり出来ない。ならなんだ? 真面目に考える程生き物かどうか怪しい。かと言ってそういう不思議な生き物で済ませるのは質問の答えとしては駄目だ。コアみたいなものがあってそれが外に出ると特殊な電磁波で空気中の何かが反応して形になるとかか? でもそれだと死んだときにコアは見つかりそうだし、そもそも空気中にそんな都合の良い成分あるか? マジで意味分からん生き物だな)難しいですね」

 

「そやろ? いきなりポケモンって何ですかって言われても困るやろ?」

 

「……ですね。一応私が考えた答え聞きます? 素人考えなんで根拠は無いし、破綻もありそうですけど」

 

「一応聞いとこか」

 

「とりあえず粒子になったり元に戻ったりする時点で個体というよりは微生物か何かの集合体みたいな生き物だと思いました。でもそれだと質量的にボールに入らないので元に戻るときに数が足りなくなります。なので私の考えとしてはコアの役を担う生物がいて、それが特殊な電磁波を放つことで空気中の何かを変質させて鎧のような形でポケモンの皮を被る生き物かなと」

 

「でもそれやったらコアの生き物が見つからんとおかしいやろ」

 

「そこはコア役が極小の微生物と仮定してます。少なくとも人の目には映らないサイズかと」

 

「コアがそれぞれ別個体ならもっと個体差がでるんやないか? 同じ見た目のポケモンは多くおるで?」

 

「そこは進化の過程で省かれたんじゃないですか? 優れた形態を見て育つ事で同じ形態を取るみたいな感じで。火山とかそういう環境に適応しようとしたらどうしても同じような熱に強い進化するでしょうし。それか本能みたいなもので自我が芽生えた段階で目に入った同族と同じ形に変形するとか」

 

「ポケモンの卵も見つかっとるやろ」

 

「卵か……こじつけですけど生まれた時には発することの出来る電磁波の容量が少ないから複雑な形態はとれないとか?」

 

「じゃあタイプはどうなるん? 水中で生きる奴もおれば水中におれん奴もおるで?」

 

「それこそ進化の過程じゃないですか? 人だって進化の過程で人種とか個体差がありますから、その差が大きい生き物ならありえなくはないかと。それか蛙みたいに水陸どちらでも活動できるから、個々の好みで陸空海それぞれ生きる場所を決めるみたいな感じで」

 

「進化とかはどう説明するんや?」

 

「さっきの卵の話みたいになりますけど電磁波の容量が増えて複雑な形態を取れるようになったり、操作に慣れたりしたから体を扱いやすいように変換するってのでどうでしょう。私ブリーダーですからポケモンを育ててますけど、強くなったり進化したりするのってバトルの経験を積むとか訓練を積んだ時ですし、バトルか訓練で電磁波の扱いに慣れた事で形態変化してたとかなら納得できなくはないです」

 

「特殊な条件下でのみ進化するポケモンは?」

 

「あー、それがありましたねー……んー……特殊な環境とかアイテムが近くにあることで電磁波に何らかの影響を与えるとかでしょうか」

 

「……一応筋は通っとるんか?」

 

「いや、筋も何もないですよ。無理矢理理由こじつけてるだけで一切の根拠は無いですからね。考えてみたらこの説だとモンスターボールを預かりシステムで転送した時に核の生き物も電子化して転送してる事になりますし。モンスターボールとかのポケモンを電子化する特殊な環境とかが分かればもう少し考えれることは増えますけど妄想の域は出ません」

 

「そうやな」

 

「次は私からの質問に戻っても良いですか?」

 

「いや……ちょお待って。もう一個聞きたいことあんねん」

 

「なんですか? (さっきまでと雰囲気が違うな。何か地雷を踏んだか?)」

 

「もうはっきり聞くけどな、自分一体何なん?」

 

「質問の意味が良く分からないんですけど……何って言われたら人間、誠、ブリーダー、ポケモンリーグ職員くらいしか答えられないですね」

 

「そういう意味ちゃうねん。いや、ちゃうわけでもないわ」

 

 誠にはマサキの質問の意図が読めない。どこかで地雷を踏んで怒りを買ったか? どこかで不自然な事を言ってしまったか? そんな疑問ばかりが頭の中を渦巻いている。そんな誠にマサキは確証を持った口調で言葉を発する。

 

「自分、ポケモンやろ」

 

「はい? (どういう意味だ? 隠語か?)」

 

「隠さんでもええて。もう分かっとるから」

 

「いや……え……ポケモン?」

 

 唯々意味が分からない。誠はどこからどう見ても人間であってポケモンでは無いし、別世界とは言っても日本で純粋な人間として生まれて人間として育った。そもそも元の世界にポケモンなんて存在しない。なのにマサキは自信を持って誠をポケモンだと言っている。意味が分からない。

 

「俺、人間ですよ? 両親普通にいますし、生まれた時のへその緒とかありますし、生まれた病院も分かりますよ?」

 

「色々大変やったやろうけど隠さんでええ。わいは大丈夫や」

 

「いや大丈夫も何も……俺のどこがポケモンです?」

 

「隠さんでええて」

 

「(キチガイかこいつ?)話聞いてくださいよ。人間の両親から生まれた純潔の人間ですよ俺」

 

「まあ、気持ちは分かるわ」

 

「(何も分かってねぇわ)何も分かってねぇっすよ」

 

「いやいや分かるって」

 

「そもそも俺のどの辺がポケモンなんです?」

 

「ん? 気になる? 自分が最初に来た時にわいポケモンになっとったろ? そしたらな、見えんねんで。ポケモン特有の電磁波」

 

「それと何の関係が?」

 

「体からめっちゃ出とったで。自分じゃ分からんの?」

 

「(まじかよ)いやいや、言わせてもらいますけど私の生まれは絶対に人間ですよ。これは断言できます。なのでもし本当に私から電磁波が出ていたなら機械の故障か、何らかの理由で私が電磁波を放出していたか、後天的に私がポケモン化したかのどれかです」

 

 内容があまりに突飛過ぎて一周回って頭は働いている。それよりもようやくポケモンの自我喪失のヒントが……いや根拠は無いが確信に近いものがある。一度そう思えば、自分の体はポケモンになっていると何故か感覚的に理解できる。

自分が一番分かっている筈の自分の体に対して違和感は随所にあった。数日間呑まず食わずでも活動可能な事、後遺症が残るとまで言われた腕がすぐに完治した事、運動量の割に筋肉痛にならなかった事、動体視力や反射神経の異常な速度での上昇、おそらくどれも体の変化やレベルアップで説明がつく。そもそも異世界に転移するという状況が一番の異常だ。その際に体から電磁波が出る体になっていようがポケモンになっていようが相対的に考えればありえない事ではない。

記憶の限りだとユンゲラーかフーディンかどっちかが人間からポケモンになったみたいなゲームテキストもあったと思う。

 

「機械の故障はありえへんけど、人がポケモンになるってのも御伽噺でしか聞いた事ないで?」

 

「ですが私は人間です。これは人として育ったから感情的にはとかそういう話ではなく出生の記録がはっきりしているからです。何なら私が生まれた地域にはポケモンは存在しません。こっちに来て初めてポケモンを目にしたくらいです」

 

「……ポケモンおらん地域とかあんねんな」

 

「ありますよ。というか私がポケモンって事で話進めようとしてますけど、ポケモンかどうか分からないですからね。私の地方の人間がたまたまポケモンと同じような電磁波を出す人間とかの可能性も考えてください」

 

「そんな偶然ある?」

 

「分かりませんけど全部可能性の話ですからね。機械の故障が本命ですよ」

 

「いやそれはない。なんせわい自身が何度となく体験しとる事や」

 

「故障とか以前にそもそもあれどういう装置ですか? ポケモンと合体するらしいですけど、それもうポケモンの研究とかはなくて人でもポケモンでもない新種の生き物作る機械じゃないですか?」

 

「あれはそういうんちゃうねん。確かに本来はポケモンと人を合体させるために開発した装置なんやけど、まだそこまで上手くいっとらん。今出来るのはポケモンの体を分解して、その粒子を外皮として人の体にくっつけるのが精いっぱいや。着ぐるみと変わらへん」

 

「着ぐるみ程度じゃないでしょ。実際にポケモンの電磁波が見えるって事は視覚情報に影響がありますし、そもそも見えてるのがポケモンの電磁波かどうかも怪しいですよ」

 

「なんとなしに分かんねん。知識というか本能みたいなもんも一部共有しとるみたいで、何となく自分がどういうもんになっとるかとか同族を感じる電磁波みたいなもんを理解できるんや」

 

「それマサキさんの主観っぽいですけど、マサキさん以外にあの機械実験した人います?」

 

「おらん。今まで頼んだことはあったけど全員断られた」

 

「それ検証不足じゃないですか。実験体一人ってデータなんか無いようなもんでしょ」

 

「せやから今日話を聞きに来る自分に付き合ってもらおうと思っとったんや」

 

「嫌ですよそんなん。ただでさえ人だかポケモンだか分からないみたいな事言い出してるのに、そんな検証不足の機械の実験台なんか協力すると思ってたんですか」

 

「お願いやて」

 

「お願いにも限度がありますよ」

 

「ほんま頼むわ。助けると思って」

 

「人を助けて自分が死ぬとかそういう高尚な態度を俺に求めないでください」

 

「別に死ぬわけやないって」

 

「そんなん分からないでしょ」

 

「大丈夫やって。試してくれる人はおらんかったけど、ポケモン同士ならあんねん」

 

「え?」

 

「やから大丈夫や。そのポケモンらも無事に戻れとる」

 

 予想外の返答に急遽マサキの評価を改める。知的好奇心が暴走しがちな人間と判断していたが、その程度の評価では温かった。嬉々として生物実験を行うマッドサイエンティストへと評価を変更する。

 

「……」

 

「な? 心配することなんてあらへん。ほんのちょっと手伝ってくれるだけでええんや」

 

 誠の沈黙を好機と捉えたのか尚もマサキは実験への協力を要請している。しかし誠の脳内の天秤に掛けられている議題は別。協力するかしないかではなく、殺すか殺さないかだ。

 

 マサキの立場を考えれば殺す事によるリスクは大きい。しかも誠がここに来る予定はマチスを通じて取ったもの、所在がはっきりしているため間違いなく嫌疑が掛かる。

 

 しかし生かしておくリスクも少なくはない。マサキは誠がポケモン化しているという弱みを握った。それを公表した場合、一般人には荒唐無稽と捉えられるだろうが、分かる者の間では間違いなく自分は研究対象になる。仮に誰にも信じられなかったとしてもポケモンとの合体装置を公表すれば人の評価は変わる。それに公表せずとも弱みに付け込まれて研究に参加させられ、幾度の研究の末にどこかで事故が起きるのは想像できる。

 

 異常者に倫理を説いて諦めさせることを早々に諦めて、天秤にそれぞれのリスクを加えていき、殺すべきか生かすべきかの答えを出す。

 

「分かりました。そこまで言うなら建設的な話をしましょう」

 

「お、手伝ってくれる気になったん?」

 

「その為の条件の擦り合わせをします。興味が無い訳じゃないですから」

 

「っしゃ! 言ってみるもんやな」

 

 結果として誠はマサキを生かす答えを出した。立場のある人間を殺す事を恐れ、その場を凌ぐためだけの答え。ただし可能な限り危険性を排除する事は忘れない。

 

 

 

「私と契約をしましょう。マサキさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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体感する人

本当に遅くなりまして申し訳ないです。
続きが書けましたのでどうぞ。

展開自体は思いつくんですが如何せん文章に落とし込むのに苦戦しております。
今後もその時の筆のノリ次第で投稿頻度が前後すると思いますがご容赦頂きたく思います。


「私と契約をしましょう。マサキさん」

 

(口に出したからにはもう引き返せない。どうせ殺しても生かしてもデメリットしかない。最大限可能な限りの条件を付けてメリットを増やす。幸いにもマサキにとって俺という存在は世界に唯一の貴重な実験体。自分を大きく見せれば幾らでも値を吊り上げられる)

 

 実験に協力的な姿勢を見せたと思っているマサキは機嫌よさげに嬉しそうな笑顔を浮かべている。一見すると無邪気に喜んでいるようにしか見えないが、一皮むけばポケモンを使った生物実験を行うマッドサイエンティストだ。それを理解していると笑顔を見ても噓臭さしか感じられない。

 

(さてやるか。相手は知的好奇心に狂った奴だ。狂った奴には狂った奴をぶつけてやる。損得を考えずに何か一つの事に執着するだけで狂って見えるから楽でいい)

 

「とりあえず実験には協力する方向で話を進めますけど、いくつか条件……というか保障をお願いしたいと思います」

 

「おう、なんでも言うてや」

 

「まずこれからやる実験の結果についてですが、この結果の公表はしないでください」

 

「構へんよ」

 

「個人的な伝手を使って他人に伝えるのも一切禁止で、出来ればデータとか紙媒体で資料を残すのも止めてください」

 

「メモ書きくらいはええやろ?」

 

「何らかの形で残したいなら他人に理解できない様に暗号化でもして残してください。私のデータが外部に流出して実験動物扱いを受けるのは御免です」

 

「分かった分かった」

 

「それと実験に関して隠し事は無しです。過去のデータは見せてもらいますし、説明が必要と思われる情報も事前に説明してもらいます。勘違いと称して一部の情報を隠したり、言い回しでミスリードを狙ったとこちらが判断した場合でもアウトです。その場合には相応の措置を取らせてもらいます」

 

「相応の措置ってなにするん?」

 

「それは後で決めます。次に保証です。私個人的には人間ですけどマサキさんの言を信じるなら私がポケモンの可能性もあるわけです。ポケモン実験なら大丈夫だったと言ってましたが私の場合は人間に当てはまるのか、ポケモンに当てはまるのか、もしかすると全く別の生き物なのか不明ですので私としても安心できる保障が欲しい訳です」

 

「補償ってどうすりゃええの? 金払うとかか?」

 

「金銭面も含まれますが一番欲しいのは失敗した場合の治療と保護の確約です。失敗したら私がどのような外見になるのか、五感とか運動能力とか諸々どうなるか一切不明ですのでどのような状態になろうと保護と治療をお願いします」

 

「勿論分かっとるよ」

 

「あくまでも保護と治療ですからね。元に戻す為の検査と実験くらいなら仕方ありませんけど、知的好奇心を満たすために更に実験行為を行うのは当然禁止です。もし失敗した時は私を元の状態に戻すことにのみ全力を注いで貰います」

 

「大丈夫やって失敗なんかせぇへんから」

 

「根拠がないでしょ。それと私にもメリットを貰います。実験の参加で主にメリットが発生するのはそちらですからね。そうですね……知識を貰いましょう。先程答えてもらえなかったモンスターボールの知識も含めて私の聞きたい事を教えてもらいます」

 

「いやいや、そりゃあかんて。わいかて預かりシステム作る言うたから教えて貰えた話やで。そんなん勝手には言えんわ」

 

「当然それを分かった上で言ってます。一応伝えておきますが、私はポケモンという生き物を知るためにその知識を求めているだけなので決して外部にその知識を漏らすつもりはありませんので」

 

「そないな事言うてもなぁ」

 

「もしこの条件のどれか一つでも守れないなら交渉は決裂ですから、私は実験に協力せずに帰ります」

 

「他の事でどうにかならんか?」

 

「私は金には困ってませんし、女とか食事とか酒とかも別に執着はありません。ポケモンを育てる事に関しては私の専門分野ですから強いポケモンとか珍しいポケモンとかも不要です。それと著名人との縁とかも自力で入手できますし、権力とか名誉とかにも魅力は感じませんね。そんな私にマサキさんは知識以外の何を出せますか?」

 

「厳しぃなぁ」

 

「別に何を提示されても意地になって拒否するとかじゃありませんよ? 私が納得できるものを差し出せるなら私は構いませんから」

 

「そないなこと言うて自分絶対納得する気ないやん」

 

「そんなことありませんよ。もしそう思うなら認識の違いです。マサキさんはこの実験を珍しい実験体を使える実験くらいに考えてるかもしれませんけど、私からすれば成否次第で残りの人生全てを棒に振る覚悟をしてるんですよ。ですから貴方が差し出すものが私の残りの人生全てを賭けてでも欲しいものなら私は拒みません。それを聞いた上で何か出せるものはありますか? ジムリーダーを弟子にするくらいのブリーダーの人生全てと同価値だと思うものでですけど」

 

「無いなぁ」

 

「なら選んでください、と言いたいところですけど最後にもう一つだけ決めておく事があります。契約を破った場合の罰則についてです。希望があれば一応聞きますよ? 文字通り人生を賭けた契約を破った場合の罰則を」

 

「いや、そこまで言われたらわいには決められへんから好きに決めてくれてええ」

 

「じゃあ、マサキさんも私と同じように残りの人生でも賭けますか? 流石に命を奪うとまでは言いませんけど……人生で大切なものでも禁止しましょう。研究とポケモンとの接触辺りですかね。それを禁止して違反が見られたら死んでもらいましょう」

 

「別にそれで構へんけど、中々厳しい事言うやん」

 

「当然じゃないですか? 私は問答無用で人生を賭けるリスクを背負うんですよ? 実験の失敗と裏切りの二つの条件を挟むマサキさんのリスクが軽かったらフェアじゃないじゃないでしょ?」

 

「はぁ……マチスの言うとった意味がよう分かったわ。自分と話しとったら肝が冷えるわ」

 

「何も怖がることなんてありませんよ。契約を守る限り罰則はありません。契約する以上は利益もリスクも平等に。どちらか一方が搾取する関係なんて長続きしませんからね。もし私のリスクに比べて貴方のリスクが大きいと考えているなら言ってください。一考しましょう」

 

「いや、それでええよ。そこまで言われたら文句付けられへん」

 

「じゃあこの内容で契約を締結しましょうか。もし言う事があれば今のうちに言っておいてくださいね」

 

「あー、せやなー」

 

(歯切れが悪いな。圧かけ過ぎて怖気づいたか? そんな玉じゃないな……恐怖……違う。気後れ……は絶対違う。罪悪感? は何か惜しいな、後ろめたさか? これもちょっと違う。言いくるめる言葉でも選んでるのか? 契約内容に達成できないものでもあるか?)

 

「一方的に進めましたけど、何か要望とかありますか? 後になって何か変更を言っても聞く気はありませんし、不履行があれば実験なんか無視して全力で貴方の人生を奪いにかかります。あとは……最初に言いましたけど私は嘘は嫌いですからね。契約段階で嘘があったらうっかりやり過ぎるかもしれませんけど、それは許してください。嘘も隠し事も無ければ何も問題無いですから」

 

「せやなー」

 

「(絶対なんかあるな)最後通告です。今なら許してやるから隠してることを言ってください」

 

「あー、隠しとるわけやないんやけどなー」

 

「全部曝け出せよ。覚悟も無しに俺と契約しようとすんな」

 

「そない熱ぅならんでええやん」

 

「さっさと言え、次に軽口で返したら腕をへし折るぞ」

 

「いやー、その、な? やっぱりモンスターボールの情報とか色々厳しいやん?」

 

「(そんなん気にする玉じゃないだろ、分かってんだよ)ならそう言え。あと俺を甘く見るな、まだあるだろ」

 

「いや、大したことやないんやけどちょっとな」

 

「大したことじゃないかどうかは俺が判断する。お前はただ包み隠さずに情報を吐け(脅してもへらへらしてるな。笑顔で受け流されるのが一番読みにくくて困る。ちょっと引いてるけどどっちだ? 作り笑いか? それとも素か? このままキレたままでいいのか? 一旦落ち着いて緩急をつけるべきか?)」

 

「そのな。ほら、実験に使ったポケモンの話なんやけど」

 

「……(キレたままでいいか? 今は契約に異常なまでに拘るキャラだし)」

 

「ほんまはな。分離が出来てないねん」

 

「俺に嘘を吐いてたな? ぶち殺されてぇか? (嘘による信頼の低下、殺すメリットプラス1。3……いや立場を考慮して5だな。そこまで行くなら殺そう)」

 

「そんな怒らんといてや、許す言うたやん」

 

「ああ、約束だからな。正直に言ったから許してやるよ。それで? なんで隠してた?」

 

「そりゃあ、なぁ、それ言うたら断られそうやん?」

 

「実験に使ったポケモンはどうなった?」

 

「いや、それがな、混ざったはずなんやけどな。片方のポケモンがそのまま消失するだけで、もう片方は見た目もそのままにぴんぴんしとんねん」

 

「全く変化がないと?」

 

「少なくとも見た目に変化はあらへん。経過観察でも性格や行動に異常は無かったわ」

 

「でも分離はできないと」

 

「そうなんよ。完全に取り込まれとるんか、混じっとんかはよう分からんけど分離できんのや」

 

「お前、俺をこの実験で消そうとしてたのか?」

 

「ちゃうちゃう。そんな訳ないがな。毎回ベースに入れた方は変化無いねんて。そっちをお願いしたかったんや」

 

「じゃあ消えるポケモンはどうするつもりだったんだ? 俺のポケモンを犠牲にするつもりだったか?」

 

「いやー、そこはほら、信頼関係とか関係あるかもしれんやん?」

 

「(俺のポケモンへの害、プラス1)……じゃあ条件の追加だ。混ぜるポケモンはお前が用意しろ。念の為人型の奴だ。ゴーリキーとかバルキーとか。人型でもカポエラーみたいにひっくり返ってる奴とかケッキングみたいに変なデメリット有りそうな奴は駄目だ」

 

「んー? おったかなぁ?」

 

「それと今回の契約での実験協力は今日の一回だけだ。次回以降の協力要請は再度契約しろ」

 

「えー、一回やったら二回も三回も変わらんやろ」

 

「お前は次回を考える前に今回の契約を受けるかどうか判断しろ。許しはしたがさっきの嘘でお前の信頼は下がってんだ。条件の緩和も諦めろ」

 

「あー、もう、これなら最初から正直に話しとったら良かったわ」

 

「嘘が嫌いだっつってんのに嘘を吐く選択をしたのはお前だ。自分の選択の責任を取れ」

 

「んー、ちょっと電話して来てええ?」

 

「駄目だ。俺が他にその情報を漏らさないのは契約に組み込んでも良いが、情報を話してでも契約するかどうかはお前が今ここで決めろ。お前の覚悟を示せ(相談で情報を漏らす可能性有り、プラス1)」

 

「厳しいなぁ……」

 

「……」

 

「……」

 

 悩むマサキを後目に誠は腰に着けたモンスターボールに手を伸ばす。

 

「ドザエモン、デンチュウ、つくね、ユカイ、お前達は自由だ。出てこい」

 

 そしてポケモンに指示を出す事で、脅しでは無いことをはっきりさせる。

 

「俺はこれからこいつの研究に付き合う。その中でこいつが俺に害を与える素振りを見せたら拘束しろ。抵抗するなら手足くらい砕いても構わん。殺さなければ何をしてもいい」

 

「そんなことせんて」

 

「お前が嘘を吐くからだ。良かったな今で。契約を結んだ後だったら罰則の対象だったからな」

 

「そんなこと言われたら怖いわぁ」

 

「怖いっていうならそのにやけ面を止めろ。あとさっさと契約するか決めろ」

 

「あっ、それはするわ」

 

「(こいつ最初から答え決まってたな。徐々にやり取りを面白がり始めてる。脅すのは逆効果だったか?)ならさっさと過去の資料を持ってこい。あとポケモンの準備をしろ」

 

「ほいほい、ちょっと待っとってや」

 

 そう言ったマサキは机の上にあった一つのファイルを持ってきて誠に手渡す。そして準備してくるわと言って背を向けるマサキを無視して誠は手元の資料に目を通していく。

 

 差し出されたファイルには【ポケモン融合実験】とタイトルが振られているが、その厚みはA4用紙十数枚程度しかない。どう考えても少ないが一応中身を検める。内訳は一度の実験につき用紙二枚。一枚目に実験に使用されたポケモンの情報、二枚目には実験結果と経過観察の内容が記載されている。しかし二枚目に記載されている内容は原因不明の消失が起きた事と経過観察で行動に異常が無いという内容のみ。参考になる情報は無いに等しい。

 

(これ信じていいのか? ダミーかメモ書きじゃないよな。もしかしたらマサキ本人が記憶しておけるから紙には最低限の事しか書いてないのか? これが本当なら一応ポケモンの選抜に関してはタイプとかも含めてランダムっぽいな。でも消失が起きるって分かってるなら機械に計測器でも付けるか内部を見れるカメラでも付けろよ。経過観察もこれ、普通に行動してて今までと見た感じ変わりませんって馬鹿にしてんのか? 解剖までしろとは言わないけど投薬とか特殊環境下の観察とかして耐性の変化なり確認しろ。遺伝子情報とかは……この世界ではそこまで科学が発展してないってことでいいか。

 いやもしかしたらやってるか? 生物実験なんてしてる奴だ。都合が悪い部分を紙媒体で残してない可能性は十分にある。でもあれがそこまで考えてるか? 頭が良いとは思うが好奇心が自制できない故の賢さであって小賢しい事が得意な感じはしない。立場を失う事を恐れてるとかそういうのは多分無い。堂々とポケモンと人の合体実験をやって人に助けを求める時点でそれは間違いない。この世界の倫理観が俺とずれてるのか? 人が飼ってたらペットでも野生なら害獣って扱いなのかもしれん。それならさっきまでの態度も分からなくはない。治験実験用のモルモットを殺すくらいの感じなら分かる。でもそれなら解剖くらいやりそうだしな)

 

 他の資料があるか聞くべきか聞かないべきかがまた悩ましい。他の資料があるなら見落としは致命傷になりかねない。しかしこの内容が全てだった場合、中途半端に投薬やら解剖やらの知恵を与えると実験体である自分に危険が降りかかる恐れが出てくる。マサキは絶対に信用してはいけないタイプの人間だ。あれだけ釘を刺しても好奇心を満たす為なら損得も命も投げ捨てて事を起こしそうな怖さがある。そんな奴に余計な知恵を与えたいとは思えない。

 

「おーい、おったでー」

 

 考え事をしている間にマサキがゴーリキーを連れて帰ってきた。要望通りではあるがもう少し考える時間が欲しい誠からすれば、その行動の速さが恨めしい。

 

「ゴーリキーを連れてきたって事は契約を受けるということでよろしいですか?」

 

「勿の論や、ところでさっきまでと雰囲気ちゃうけどどっちが素なん?」

 

「どっちも素ですよ。わざわざ嘘吐いて怒らせなかったらこんな感じです」

 

「まだ怒っとるん? あんまりイライラしとったら禿げるで?」

 

「じゃあイライラさせないで下さいよ。僕だって怒りたくて怒ってる訳じゃないんですから」

 

「すまんすまん。ほんで? もう資料は読んだん?」

 

「読みましたけどこれで全部ですか? なんか研究っていう割には内容が滅茶苦茶薄いんですけど」

 

「いやいや、そうは言うけどな、他に書ける事無いねんて。原因以前にポケモンがどんな生き物かも分からへんもん。それで書けっちゅうのは無理な話や」

 

「でも経過観察はもう少し書けることあったんじゃないですか? 生活習慣とか食べ物とか睡眠時間とか能力的な面とか何か書ける項目あったでしょ」

 

「その辺も確認したんやけど生活面に関しては変化はなかったんや。能力面に関してはわいは畑違いやから大まかにしか確認しとらんけど違いは分からんかった」

 

「変化無いなら各項目を設けてそれぞれに変化無しって書いてくださいよ。事前情報無い人が読んで内容分からないとかそんなものメモ書きであって、書類として落第点ですよ」

 

「分からんの一言で片付くのにグダグダ書く方が無駄やん」

 

「研究なんて無駄の積み重ねでしょうよ。最初っから一発で成功する奴なんていませんて」

 

「分かっとらんなぁ。おるやん、目の前に不世出の天才が」

 

「何が鬱陶しいって満更嘘言ってるわけじゃない事ですよね」

 

「さっきから当たり厳しゅうない?」

 

「むしろここまでやって優しくして貰えると思ってたんですか? しかもこの状況楽しんできてるでしょ。掛け合いが楽しいのか怒られるのが珍しいのか知らないですけどね。分かるんですよそういうの」

 

「あーあ、嫌われてもうた。辛いわー、ほんま辛いわー」

 

「嫌われることをした上に好かれることなんもしてないですからね。好かれたいならこっから頑張って挽回してください」

 

「契約なら守るで」

 

「それは当たり前の事です。破ったら好感度マイナスにぶっちぎりますからね」

 

「手厳しいなぁ」

 

「むしろこんな状況で俺に嘘吐いて生きてるだけでラッキーと思ってください。タイミング悪かったらこの辺一帯が更地になってますよ」

 

「そんな怖い事言わんといてや。よっ色男」

 

「そっちが筋を通してくれればこっちも筋を通すんですから怖くはないでしょうよ。僕を知って僕を怖がるって事は不誠実の証みたいなもんです」

 

「ふーん。そんなもんかなぁ」

 

「もう無駄話はいいでしょ。さっさと実験を済ませて話をしないといくら時間があっても足りませんよ」

 

「おお、せやせや、さっさとやろ。ほな左の機械に入ってや」

 

「はいはい、分かりましたよ」

 

 席を立って機械に向かう前にポケモン達の方を振り返る。疑うわけではないが指示無しの状況で全て思い通りに行動してくれるかというと不安が残る。

 

「俺にもしもの事があったら絶対にあいつを殺さない様に捕まえて俺を元に戻させてくれ。お前達だけが頼りだ」

 

 こいつらなら俺を裏切らないという安心感はある。しかし信頼はしていても安心して全てを任せられる程ではない。

 

「そんな心配せんでも失敗なんかせぇへんて」

 

「うるせぇ! お前は黙って準備してろ!」

 

 遠目から目ざとく発言を聞いていたマサキは反論をするが即座に一喝して黙らせる。そもそもこいつがもう少し信頼できる人格をしていればここまで頭を悩ますことも無かったのだから少しくらい厳しく当たっても許されるだろう。怒ってみても冷静に対応してみてもうまく空振りをさせられている気分が抜けないこいつは嫌いだ。

 

「本当に頼むぞ。もし俺が回復不能か……最悪死んだとお前達が判断した時はクチバジムの俺のポケモンを解放してから好きに生きろ」

 

 ポケモン達に一通り伝えたいことを伝えて室内に置いてる機械へと向かう。人やポケモンが入るのだから当然の事だがそれなりの大きさがあり、近づいてみると威圧感が凄い。

 

「裏切ったら殺す」

 

 入る前にマサキにギリギリ聞こえる程度の声量で呟いてから扉の開いている機械へと足を踏み入れる。カプセルの内部は鉄ではあるが綺麗に舗装がされており、無機質ではあるが機械的な感じはない。プシュッという軽い音が鳴って扉が閉まる。上を見ればカプセル間を繋いでいる金属製のチューブの接続部が目に入る。ふと野良犬の殺処分の時に密閉空間に毒ガスを流すというどこかで聞いた話が頭を過ぎる。

 

 だがここまで来たら大人しくするしかない。一応ではあるがマサキの能力への信頼はある。途中で聞き出すことは諦めたがあれは間違いなくどのような結果になるかを把握している。好奇心が強すぎるのが不安要素ではあるが、世界でただ一人かもしれない実験対象を使い捨てにする程馬鹿ではない筈だ。幾度となく繰り返した実験失敗はあり得ないという弁も嘘を言っている気配は無い。自信過剰である線は否定しきれないが、自分に出来ることと出来ないことを見誤る程のものではないだろう。

 

 賭けではあるが危険な橋を渡るという程勝率が低い訳ではない。この期に及んでまだ隠し事をしているのは気に入らないがまあ悪い結果にならないだろう。おそらくマサキの目的はこの実験の結果ではなくその後の何か。実験を行った者にしか理解できない何かがあるのかもしれない。

 

 それに個人的にもこの実験には興味がある。人とポケモンの融合を行う装置という事は将来的に人とポケモンの分離にまで至る可能性がある。自分がどのような存在か分からないが上手く使えばポケモンの因子のようなものだけを分離することも出来るかもしれない。元の世界に帰る為に邪魔になるかもしれない要素を排除できる可能性を確保する、その為にはマサキを上手く扱わなければならない。

 

 機械が稼働を始めたのかゴゥンゴゥンという音が全方位から聞こえ始め、徐々にその音が大きくなっていく。音が聞こえ始めて五秒、マサキとニドリーノの分離に要した時間が十数秒であったため同様程度と思われるが未だに体に変化はない。

 

 更に五秒程経過した段階で変化が表れ始める。まず正体不明の青白い粒子? 光の粒? のようなものが見えるようになった。仮に粒子と呼ぶが隣のカプセルと繋がっているチューブから出てくるこの粒子が体に吸い寄せられ、全身に付着して体表から吸収される。どう表現すればいいか分からないが粒子を吸収する度に徐々に体が出来上がるような変な感覚と共に充足感のようなものを感じる。

 

 そして思考にも変化が現れる。マサキはポケモンがどんな生物か理解できるようになると言っていたが頭に入ってくる思考はそんなに良いものでは無い。生きるために戦え。消えたくなければ戦え。これだけだ。だがこの思考汚染もそこまで激しいものでは無い。闘争そのものを求めているというよりは生存の為の手段として闘争を選んでいるという感じがする。言葉にするなら生存本能だろうか。

 

 それ以上の変化は無いままに稼働音が小さくなっていき、カプセルに取り込まれる粒子量も少なくなっていく。自分の体を見れば手足が青白く光って見える。粒子の流入が止まったところでチーンという音が聞こえ、カプセルの扉が開く。

 

(自覚できる範囲だと視覚情報に変化有り。ポケモンの生存本能かゴーリキーの思考か不明な思考は入ってきたが平時の思考を妨げる程ではないので多分問題なし。目に見える範囲での身体的な変化は謎の青みがかった発光のみ。成功か?)

 

 カプセルを一歩出れば世界は一変していた。風景は実験前と何一つ変わらない筈なのに空気中に漂う青白い粒子の所為で全体的に青みががって見える。より正確に言えば今まで通りに色づいた景色が見えるのに青い粒子みたいなものも見える。視界が二重になってるわけではないのに重なったものが両方見えるような気持ちの悪い感覚。普通に考えれば見づらいと感じる筈なのに特に視界が悪いと感じないことに違和感がある。

 

 そして青みがかった世界の中で一際輝く生物が目に入る。カプセルに入る前に出したポケモン達とニドリーノだ。そいつらもよく見なくても色合いに違いがある。ニドリーノは全体的に青の色合いが強いが、俺の出した四匹のポケモンは白く発光しているところに僅かな青さを足したような色合いをしている。ポケモンの種類かレベル差の問題だろうか。再度自分の手を見ればポケモンと似たような発光症状がある。色合い的にはニドリーノよりは白に近いが四匹に比べれば遥かに青いくらいだ。

 

「どや? 見えんかったもんが見えるようになったやろ?」

 

 相変わらずのにやけづらを張り付けたマサキが声を掛けてくる。ポケモン達とは違って見た目や色に変化はない様に見える。どう考えてもこの結果が分かっていたような態度に突っ込みたいが今はそれよりも話をする方が得策だ。

 

「そうですね。色々見えるようになりましたけど、これが私だけなのか実験に参加したら皆こうなるのか分かりませんから情報の擦り合わせをしましょう。どうせ私の実験結果よりもその後の話の方が目的だったんでしょ?」

 

「ありゃ、バレとった?」

 

「何となくですけどね(本来なら殺すところだが今回は殺すのは保留だ)」

 

 明らかにこの結果を知っている態度を取るという事は何か隠していただろうに、このような軽い態度を取れる事には素直に感嘆する。話術で負けたつもりは無いがキャラクター込みでの対人能力では格上と判断した方が良いだろう。未だに素で異常なのか、異常を自覚した上で敢えてそのまま振舞っているのかすら分からない。

 

「ほな話そか。いやー、だーれも協力してくれへんからようやく話出来る相手が出来て嬉しいわ」

 

「その前に私の見た目に変化とか無いですか? 目に見える範囲は確認しましたけど、顔とか。というか鏡あります?」

 

「ん? ほい」

 

 唐突に投げ渡された手鏡を片手でキャッチする。咄嗟の行為だったが慌てる事無くキャッチ出来た。実験直前の反射神経は確認していないが少なくとも日本にいた時よりは身体能力と反射神経が向上していると思っていいだろう。

 

 渡された手鏡で顔を確認するが特に造形の変化はない。案の定青白く発光しているがカプセルに入る前にポケモンが青白く見えなかった事を考えるとおそらく人間にはこの発光は知覚できないのだろう。

 

「どうも。ところでマサキさんから見て俺の体発光とかしてないですよね?」

 

「おー、見えとるみたいやな。でも今のわいから見たら普通の人となんも変わらんよ」

 

「そうですか。なんなんですかね、この、なんかその辺を漂ってる青白いの。あの装置の中でも見ましたけど」

 

「詳しくは分からへん。けどそれがポケモンの体を構築しとることはなんとなしに分かるやろ?」

 

「そうですね。電磁波とか言ってましたけど、これ電磁波とかって感じじゃなくて粒子とかそんな感じです。実験前にあてずっぽうで仮説を言いましたけど、割と合ってたかもしれません」

 

「わいもそう思う。条件は分からんけど、ポケモンはその粒子の集合体やないかとわいは睨んどる」

 

「ちょっと気になることもありますね。あの装置の中だとこの粒子が体に吸収されてたんですけどその辺に飛んでる粒子は体に吸収されてないです。何か思い当たる事あります?」

 

「悪いけどわいにも分からん。逃げ場があると駄目なんかと思て家の密閉してみても吸収されん。でも一個だけ吸収できる手段は確認できとる」

 

「それは?」

 

「聞くより見た方が早いわ。おーいニドリーノ、こっち来いや」

 

 マサキが室内にいたニドリーノに声を掛ける。駆け寄ってくるニドリーノに合わせて、今まで待機していた俺のポケモンも近寄ってくる。危害を加える可能性を考慮してのことだろうか? 思ったより思考能力は高いのかもしれない。

 

「ほな、このニドリーノにデコピンしてみ」

 

 マサキの言に従ってニドリーノの額の角付近にデコピンをする。固い外殻と爪がぶつかってカンと軽い音がするが中指の爪に痛みは無い。そしてデコピンをした箇所から青白い粒子が立ち上がり、デコピンをした中指に付着、吸収された。

 

「どう思う?」

 

「……ダメージを与えたことで粒子が飛散。その粒子はダメージを与えたものに吸収されるって感じですかね(これゲームでいう経験値か? あの生存本能みたいなのはこれを指してるのか? ポケモン同士の粒子の奪い合いがポケモンの生存競争? でもこの空気中に有り余ってる粒子はなんだ? いや経験値ではないな。それだと攻撃されたら粒子を放出してレベルが下がるってことになる)」

 

「わいはこれがポケモンが好戦的な理由やと思うんや。ポケモンと融合する時に誰かの考えみたいなもんが入ってこんかったか? わいの時は戦わんと消えるみたいな考えが入ってきたんやけど」

 

「私も同じような思考が入ってきました。消えたくなければ戦えとか生きたければ戦えみたいな感じの。多分闘争本能か生存本能みたいなものかなと思います」

 

「自分、元からポケモンっぽかったけどそういうのなんか無かったん?」

 

「無かったですね。相手が私の許せるライン超えた時とか苛ついたりしてる時は攻撃的にはなりますけど普通の人と変わらないレベルだと思います。それも反撃とか八つ当たりとかであって生きるために戦うとかそんな感覚はありませんでした」

 

「さよか」

 

「あと今になると私がポケモンって説も怪しいですよ。言われたらそうかなとか思いましたけど私がポケモンだったら粒子が見えなかった事や生きるために戦うみたいな本能が無かったのに説明が付きません」

 

「でも実験結果的にはポケモンやで。人の場合はポケモンを粒子化しても吸収出来ずに体表に纏う感じになるんや。粒子化したポケモンを吸収するのはポケモンの特徴と一致しとる」

 

「だとしても今のところ人とポケモンの要素は一対一です。可能性で言うならポケモンの粒子に適性がある特異体質の人間か、人間からポケモンになったことで普通のポケモンと異なる特徴のあるポケモン、人間でもポケモンでもない新しい生物辺りになりますかね」

 

「いや、言葉を翻すようで悪いけどまだ相性の問題も残っとる。わいら以外に試した人間はおらんから、個人とポケモンの種類による相性なんかも否定できん」

 

「……ですね。情報というか検証の数が圧倒的に足りないです。俺の話はこの際置いといて分かる話からしていきましょう」

 

「せやな。まずポケモンがどういう生き物かでええか?」

 

「そうしましょう。一応私はポケモンに近い特徴があって人語を話せるのでいくらか参考になる話は出来そうです」

 

「まず変化はどうや?」

 

「とりあえず一番変化を感じるのは視覚情報です。実験前まで見えなかった粒子が見えるようになりました。言葉にしにくいんですけどそこに漂う粒子も形があるように見えるのに、その粒子の先の景色なんかもそのままの色合いとか形状で見えるから凄い違和感があります」

 

「それはわいの時も同じや。過程とか感覚はどうやった?」

 

「とりあえず機械の中で音が聞こえ始めた時は変化無し。音が鳴り始めて十秒程度で徐々に粒子が見えるようになりました。それでその粒子は俺の体に付着して、見た目と感覚からすれば体表から吸収されてました。その時はなんかこう、体が作られるというかなんか生えてくるというか、言葉にしにくいけどそんな感じがありましたね。あとその時に充足感みたいなものがありました」

 

「他には?」

 

「その時に例の思考に混じってきましたけど思考汚染とかそこまでのレベルでは無かったですね。気にはなるけど気になる以上ではないというか、普通に頭の中を過ぎるくらいでした」

 

「今はどうや?」

 

「今は……別に何も感じないですね。感覚的には生存本能みたいな感じだったので平時はなにも感じないのかもしれません」

 

「ふーむ」

 

「あと視覚の話に戻りますけどポケモンと自分が発光して見えますね。色も違いがあります。ニドリーノが青っぽい色で俺のポケモンが白にちょっと青を足した様な色、そんで俺がニドリーノよりは白いけど俺のポケモンよりはかなり青い色です」

 

「ん……」

 

「マサキさんの時はどうでした? ポケモンの色みたいなもんは見えてたと思いますけど色の違いとか」

 

「一応考えとる事はあんねん。憶測の域は出んけどな」

 

「どんな?」

 

「その前にわいの考えとる仮説聞いてぇな。わいはポケモンちゅうのは核なんか無しにあの粒子の集合体やと思うとる。個体差とかタイプとか性格みたいなもんはまだ証明できひんけど分かっとる事から言うたらそうとしか思えへん。そんで自分が見とる色の違いはその粒子の密度やないかと思うんや」

 

「密度だったら逆じゃないですか? 普通密度が濃くなるほど色も濃くなると思うんですけど。俺のポケモンの方がそこのニドリーノよりは間違いなく強いですよ?」

 

「そこは既存の認識を捨てた方がええんちゃう? わいの手元のポケモンの限りやけど弱いポケモン程青く、強いポケモン程白く見えるっちゅうのは確認しとる」

 

「んー、まあそれなら……でも考える程に難しいですね。他のポケモンから粒子を獲得するってことは全種類のポケモンが元は同じ種類の粒子って事でしょ? 同じ粒子が色々な種類のポケモンに変化するって万能過ぎません?」

 

「それはわいとしては分からんでもないんやけどな。自分プログラムとか勉強したことある?」

 

「詳しくは無いですけど触り程度の知識なら。C言語はちょっとできます」

 

「そのC言語? っちゅうのは知らんけどプログラムに例えたら分かると思うで。プログラムかて一文字だけやと何の意味もない文字をくっつけて作るんや。どっか一文字でも抜けたり場所が変わるだけで意味は変わってくるからな。同じようなもんやろ」

 

「(そうか、遺伝子情報みたいなもんか。そりゃそうだ)あー、なるほど」

 

「ポケモンもプログラムみたいに規則性でもあればええんやけどなぁ……」

 

「……(規則性……プログラムか……俺のポケモンも元はゲームデータ……生物という固定観念を捨てて考えたらどうだろうか。電気関係で人の目に見えない粒子……いや粒子って考えが良くない。空気中にあるもの……酸素、二酸化炭素、窒素……原子、電子、素粒子。電子と素粒子は一緒なんだっけ? まあいいや。原子とかなら他の原子と混じって変化はする。なら技は化学反応か? 筋は通ってるのか?)」

 

「まあそんな簡単に分かったらつまらんのやけどな」

 

「ちょっといいですか?」

 

「ん? どないしたん?」

 

「ちょっとさっきの話で考えたことあるんですけど聞いてくれます?」

 

「ええよええよ。どんどん言うて」

 

「専門じゃないんでツッコミどころがあったら言ってください。あの粒子なんですけど未発見の電子とか原子みたいなもんの可能性あります?」

 

「んー?」

 

「人の目に見えないけど空気中にあるものでしょ。他の原子と組み合わせれば色んなものに変化するけど電子配置組めば決まったもの以外生まれないからポケモンが決まった形になる説明になりそうです。衝撃で原子か電子のレベルまで分解されるのはどうかなと思いますけどそれならポケモンが取り込んでも元は同じだから害は無いでしょう。転送とかモンスターボールの時の電子化はまあ簡単でしょうね。結合が緩いなら。色のことも密度って言いましたけど電子が持つ熱量とかエネルギー量と見れば低くて青、高くて白になるのは分からなくもないです。あとポケモンの技ですけど空気中の水素と化学反応させれば水は出せるし、酸素に反応すれば火も出せます。衝撃波とかもエネルギーを変換出来るなら出せるでしょうし、体の大きさ関係なく出力が高いのも説明できます」

 

「……でもポケモンは人の目に映るやろ」

 

「純粋な単一の原子の集合体じゃなくて、最終的に空気中の水素とか酸素とかそういう原子が綺麗な配置で組み合わさればあり得ますよ。空気中のこの粒子そのものが核になるなら核が見つからなくてもおかしくは無いです。水素と酸素も目に見えないですけど合わさって水になれば目に見えるようになりますようなものと考えれば」

 

「うん……うん? んー、うん……うん……ん?」

 

「そういえばあの装置でポケモンを粒子にするのってどうやってます? それが原子分解みたいなものならこの説の補強になるんですけど」

 

「ん? あぁ、あれはわいのオリジナルなんやけどな。専門的な事を省いて簡単に言うたら特殊な電磁波を浴びせてんねん」

 

「(原子分解する電磁波?)……特殊ってどんな? もしかしてですけどエネルギーを高めた電磁波じゃないですよね」

 

「あれ? 言うとったっけ?」

 

「……まじか……最悪じゃん」

 

 つい本音を口に出してしまう。本来なら口に出すつもりではなかったが内容が内容だ。エネルギー量の高い電磁波については工業高校の授業中に余談で聞いた事がある。放射線の一種だった筈だ。X線やガンマ線辺りなら健康に影響はないかもしれないが流石に分類までは分からない。仮にX線やガンマ線だったとしてもポケモンの分解に成功しており、その分解されて異常をきたした可能性のある粒子を体内に取り込んでしまっている。どんな影響があるか分からない。

 

「まじかぁ……」

 

 本格的にまずいかもしれない。何かあって手遅れになる前に治療手段を探さなければならないが問題は山済みだ。

 まず自分が人だった場合。これはもう絶望的だ。マサキですら放射線の知識が無いという事はこの世界に放射線という概念がないと考えていい。当然治療方法なんて無いだろう。

 まだポケモンの体になっている方が可能性はある。原理を確認していないがポケモンセンターの治療や薬でポケモンの怪我や状態異常は治る。つまり体内の粒子を正常な状態に戻すか一新する効果があると思われる。放射線に効果があるかは分からないが可能性が残るだけまだマシだ。

 

「どないしたん? 何か気になること言うた?」

 

「(実験なんかするんじゃなかった。せめてやる前に原理を聞いておくべきだった)親切心で言いますけど、その電磁波使うのもうやめた方が良いですよ。僕の知識の限りだとそれ人体にも影響がありますから」

 

「そうなん?」

 

「それね、確かに原子だか電子だかの分解にも使えますよ。でも僕のいた地域だとそれ以上に細胞を破壊したり変異させることの方が有名でした。さっき配列がどうこう言いましたけど人の体も似たようなもんですからその細胞の一部が壊れたり変質したら影響が出ます」

 

 うろ覚えの放射線の知識を語りながら考える。この説明はあくまで思考を邪魔しない程度の場繋ぎの会話。今何よりも優先して考えるのは治療法の確保だ。考えなければ比喩無しで死ぬ可能性があるのだから必死に頭を回す。

 

 最善はポケモンセンターでポケモンとしての治療を行う事だがいくつも関門がある。まずモンスターボールに自分が入れるかどうかの確認。モンスターボールから出た時に異常があるかどうかの確認。ボールをポケモンセンターに持っていく協力者の確保。自分のポケモンの様にボールから出た時に逃がす言葉を言わなければ自我を失う可能性すらあるのだから絶対に裏切らない協力者の確保は絶対条件。

 

 裏切りそうにないという点ではアンズ辺りが候補に挙がるが流石に自分がポケモンかもしれないと伝えるのは危険性が高すぎる。事情を知る人間としては目の前のマサキがいるが、こいつの場合は裏切らないという確信が持てない。

 

「えっ? 自分それ大丈夫なん?」

 

「まずいかもしれないですね。少なくともポケモンを分解する強さの放射線を受けた粒子を取り込んでますから(そうだ。結果だけじゃなくてポケモンを粒子に分解するって過程をよく考えるべきだった。まさかこの世界で放射線とは)」

 

「死ぬるとかは嫌やで。せっかく話が出来る相手が出来たんやから」

 

「ちょっと考えてるんで黙っててください(この状況で話し相手の心配か)」

 

 頭を悩ますが答えは出ない。普通なら放射線を浴びたとしても直ぐに死ぬような事は無いだろうが今の自分は未知の生物。体内に取り込んだゴーリキーの粒子から崩壊や変質が広がるような事があれば今この瞬間にも死に至る危険性がある。場合によってはポケモン用の傷薬となんでもなおしが効果を発揮する事を期待して賭けに出るしかない。

 

「……なぁ」

 

「あ゛?」

 

 黙ってろと言ったマサキが声を掛けてきたので遂々ドスの効いた声を出してしまう。

 

「治療なんやけどな。幾つか案があんねんけど……」

 

「……どうぞ」

 

「ポケモンセンターで治療受けてみんか?」

 

「どうやって? 俺はポケモンだからポケモン用の治療してくださーいって馬鹿正直に言ってみますか? それで俺をゲットするとか言う阿保が出てきたらそいつら皆殺しにしますよ」

 

「そこはモンスターボールに入って貰っとってやな」

 

「じゃあそのモンスターボールを誰がポケモンセンターに持って行くんですか?」

 

「それは……ほら……な、わいとか」

 

「……(行動自体は願っても無いが……どうするか)」

 

「いや、わいが信用できんっちゅうのは分かっとるんよ。さっきも嘘吐いとった訳やし。でも今回だけは信じてや。そしたら今後は無理言うて付き合わせたりもせぇへんし、聞きたい事あったら何でも教えたるさかいに」

 

 ここに来て初めて真面目な顔を作るマサキ。状況的にも心情的にも信用したいところではあるがまだ信用しきれない。嘘を吐くときに相手の弱い部分を突くのは常套手段だ。この真面目な顔もここ一番の為に温存していた可能性を否定しきれない。

 

「俺の目を見て質問に答えろ」

 

 真っ直ぐに目に視点を合わせてきたマサキを観察する。今回は文字通り命懸けだ。先程の実験のように大丈夫だと思うという様な曖昧な感情で判断を下した時とは訳が違う。

 

「お前は自分で言ったように俺に嘘を吐いてたな」

 

「ほんまにすまん」

 

 日本に居た時には相手を見誤っても精々が会社に迷惑が掛かる程度だった。仕事をクビになってもどうとでもなると思ってたから半分くらいは楽しみながら相手の事を読んできた。多分この世界に来ても今まで全力で相手の事を読もうとしたことは無かった。だから早々に失敗もした。

 

「そんなお前を俺が信用すると思うか?」

 

「そこは信用してくれと頼むとしか出来ん」

 

 今回だけは命懸けで相手を読む。一挙手一投足、僅かな動きも空気感も全てを全力で捉える。

 

「お前は協力の対価に何を要求する?」

 

「そんなもんいらん」

 

 嘘は吐いてない。隠し事も無い。本心の様にしか感じられないが納得できるメリットも無い。

 

「駄目だ。協力に対する対価を言え。それで判断する」

 

「ん……ほなら今後も定期的に相談相手になって貰おか。週二回、いや一回でええわ」

 

 場繋ぎの会話は要らない。体に無駄に籠った力を抜く。過去全ての経験を活かして、ただ見て、読む。それだけに集中する。

 

「……(視線のブレ無し、瞳孔の拡大縮小無し、呼吸間隔の変化無し、表情の変化無し、体の震え無し、無駄な力み無し、雰囲気の変化無し……無し……無し……嘘は無いな)」

 

「……」

 

「……(対価は……理解できるな。ポケモンの感覚や視点を人語で伝えられる世界に一人の貴重な実験材料を手放したくはないだろう。後は寂しさもあるか? ……無いな。手離したくないみたいな雰囲気ではあるけど惜しいの感情が近い。凄いなこいつ。誰とも相談も検討も出来ないのに寂しさが無いのか。人とあまり関わらない生き方をして感情が欠落……じゃないな。こいつの寂しいの感情はもう見た。というかこいつの目の感じは心配……いや憐憫か? なんなんだこいつ? 雰囲気と顔つきと目つきと言動で感じる印象がちぐはぐ過ぎる)」

 

「……」

 

「……(なんかこいつ怖いぞ。異常を自覚せずに本能に従ってる感じがするのに言動は異常を自覚して正常を演じてる人のそれってなんだ? 嘘吐いたり本性隠してる雰囲気も無いのに。ほんとに人間を相手にしてるのか怪しいレベルだ。感じたのは誠実、憐憫、惜しい辺り。人と言うより可愛がってるペットに向ける感情に近い。理解できない価値観だから断言はできないがおそらく生き物に対する感性に異常を抱えてる。人も虫も全ての命は平等とか言いそうな感じがする。いやこの際そこはもういい。異常者の感性を読み切るのは無理だ。理解できないから答え合わせができない。大事なのはこいつから感じる全てに害意がない事だ。自分の目を信じろ)」

 

「……」

 

「分かった。お前を信じて一度だけ命を預ける(これで駄目だったら大人しくポケモンに敵討ちしてもらおう)」

 

「ほな急いでボール用意するわ」

 

「いや、その前に確認です。もう同じ失敗はしたくないからボールの原理を教えてください(この切り替えの速さも怖いな)」

 

 返事を聞くと同時に立ち上がろうとするマサキを制止して座らせる。これでモンスターボールも同じような原理を使っているなんて言われたら別の方法を考えなければならない。

 

「んーむ、まあええやろ。モンスターボールはな、簡単に言えば特殊な光浴びせる事でポケモンを電子化するんや」

 

「電子化というか電子レベルにまで分解してるが正しそうですけどね。もうちょっと詳しく教えてください(光による分解ってあったっけ? 破壊光線じゃないよな)」

 

「わいの専門ちゃうから又聞きの話になるんやけど、物質を結合しとるエネルギーよりも強い光のエネルギーを当てたら電子化する言うとったで」

 

「聞いといて何ですけど私も分からないですね(電子レンジの原理もなんか光当ててどうこうだったと思うけどそれか? あれはマイクロ波みたいなやつだっけ? 強いエネルギーで分解するって放射線での分解と一緒な気もするけど違いが分からん。もうちょっとそういう事勉強しとけばよかった)」

 

「なんや光のエネルギーで崩すみたいなこと言うとったわ」

 

「まあ……分からなくてもやってみるしかないですかね。そもそもボールに入れるかも分からないですから。もしこれで治らなかったら最初の契約通りに治す為の研究をしてくれる人もいますし」

 

「大船に乗った気持ちでおりぃや」

 

「そこは嘘でもポケモンセンターできっと治るって言って欲しかったですね」

 

「そうなん? 次から気を付けるわ」

 

「(一応常人を演じようって理性はあるんだよな)いや、私には気を使わなくていいですよ。むしろ取り繕われた方が理解するのに苦労するんで」

 

「自分かてそう変わらんやん」

 

「(人に興味ない訳ではないんだな。よく見てる。まあ途中からキャラボロボロになってたのもあるか)心外ですね。俺はいつだって真っ直ぐですよ」

 

「……まあそう言うならそれでええけど」

 

「その態度はちょっと気にかかりますけど今は私の性格よりもやる事を決めましょう。私の要望は私をボールに入れてポケモンセンターでの治療を行ってから私を自由にすること。もし出てきた時に私の様子がおかしいなと思ったら私に自由だという単語を言ってみてください。対価として私は週一で研究に関する検討に参加します。どうしても都合がつかない時には翌週に二回参加する事にしましょうか。一生って訳にはいかないので期限は決めたいですけどね」

 

「えー、期限あるん?」

 

「そりゃそうですよ。私はこの地方の生まれじゃないんですから。帰れば両親だっているのにそういうものを全部捨ててこの地方に骨を埋めるのは流石に承諾出来かねます」

 

「んー、それもそうやな。ほな研究がひと段落するまででどないや?」

 

「それだと研究内容次第ですね。ポケモンの全てを解明するとかだとそれこそ一生ものの研究になりかねないので。かと言って簡単な研究だと即終わるでしょうからやっぱり期限を切りましょう。私としても得るものはありますし、その時の状況によりますけど期間の延長に関しては出来るだけ前向きに考えますから」

 

「ほな一年。一年にしよ。それくらいは欲しいわ」

 

「一年か。まあ妥当でしょうかね」

 

「あ、やっぱりちょっと待って。もし検討した翌日に話したい事あったらどうすればええ?」

 

「そうですね……私も用事がありますから翌週まで待って欲しいです。間隔も含めて週一ってことで私も予定組むんでマサキさんを何よりも優先して予定を崩すってことをするつもりはないです」

 

「ほなら回数にできんか? ノッとる時に一週間も間隔あったら上手くいくもんもいかんようになる」

 

「回数が52回のままなら、まあ良いですよ。でもそれとは別に期限も決めますからね。残り一回を残したまま何年も放置されたら堪りませんから。有効期限一年の間に52回。どちらかを達成したら再度延長の契約をするということでどうでしょう」

 

「それでええで」

 

「じゃあ後は裏切った時の罰則ですね。これは実験による変化の治療だから罰則も継続で良いでしょう。異常が出るの条件を達成したから後は裏切るの要件を満たしたらさっきの契約の罰則を適用しましょう。とりあえず他の研究とかは禁止です。それを破ったら私のポケモンが命も家も持ち物もポケモンも貴方の全てを滅ぼします。私と心中したいなら裏切っても構いませんが」

 

「わいのこともうちょい信用してくれてもばちは当たらんのんとちゃうか?」

 

「これでも結構信用してますよ。命を預けるって言ったじゃないですか。もし信用に値しなかったらそもそも契約を持ち掛けませんからね」

 

「そうなん? なんか生き生きして見えるんやけど……まあ歪んだ愛情表現として受け取っとくわ」

 

「俺から見たら貴方も結構歪んでるんだからいいじゃないですか。捻くれ者同士仲良くやっていきましょう」

 

「わいはそこまで歪んどらんで」

 

「(十分歪んでるよ)別にいいじゃないですか。隠すのが上手いか下手かの違いであって人間なんてどっか歪んでるくらいで正常ですよ」

 

「なんか自分と話しよったらほんまにそう思えてくるから怖いわ」

 

「私としては楽しいんですけどね。まあ無駄話はこの辺にしてやる事やりますか。話すのに夢中になってタイムアップなんて馬鹿みたいですし。これが最後の会話になるかは貴方次第ですけど、何も無ければ話をする時間なんて後で幾らでも作れますからね」

 

「よっしゃ。ほなボール持ってくるわ。ボールに出入りする時の事とボールの中の事も聞きたいからちゃんと感覚とか覚えとってや」

 

「(なるほど乗り気の理由はそれもあるのか。普通に考えたら分かりそうだけど、頭回ってないのかな。さっきの判断もちょっと心配になるわ)ええ分かりました。私はポケモンに指示を出すのでゆっくり準備してください。一匹は監視兼執行者として一緒に行かせますから」

 

 マサキが席を離れるがモンスターボール一個持ってくるだけなのでそれほど時間は掛からないだろう。その間に指示を出しておく。振り返れば四匹のポケモン。自我はある筈だが無駄に鳴くことも無く大人しく立っている。ポケモンを吸収したが、見た目が白っぽい発光物体に見えるだけで、向ける感情に変化はない。

 

「俺がポケモンだって知ってたか?」

 

「ヴォ」

 

「ヴィ」

 

「リュー」

 

「クケ」

 

 それぞれが返事をするが何を言っているのかは分からない。ポケモンの言葉が分かるようになってるかと期待していたがどうやら無理らしい。言語が分からなくても意思が伝わってくれば良かったがそれも無い。ユカイとデンチュウが返事の時に頷いているので肯定と分かるだけで融合前と比べて変化はなさそうだ。

 

「俺に他のポケモンが混じったけどまだついてきてくれるか?」

 

「ヴォ!」

 

「ヴィ!」

 

「リュー!」

 

「クケ!」

 

 全員が頷きながら先程よりも語気の強い鳴き声を返してきた。聞く限りだと先程の肯定と同じ鳴き声に聞こえるが内容が同じかは分からない。

 

「ならさっきの話の通りだ。俺はこれから治療を受けるから、つくねはマサキを連れて近くの町まで飛べ。裏切るようなら拘束して俺を自由にさせてくれ。もし俺が死んであいつが普通に研究とかしてたら上空に連れ去って落とすなりして殺しちまえ。それで要件が終わり次第ここに戻ってきて他の三匹と合流しろ。ドザエモン、ユカイ、デンチュウはここで待機。つくねが戻ってきてマサキも俺も死んだという話だったら、クチバジムの俺のポケモンを解放して好きに生きろ。内容を理解したなら返事をしろ」

 

「ヴォー!」

 

「ヴィヴィ!」

 

「リュー!」

 

「ケー!」

 

「任せたぞ。あとは俺の無事でも祈っててくれ」

 

 言葉も分からなければニュアンスも今一つであるが、ここまで来てこいつらが裏切る事はないだろう。それくらいにはこいつらのことは信用している。せっかく騙しやすいカモが多い世界に来たのに信用できるのがポケモンだけというのは情けないが仕方ない。手っ取り早く地盤を固めたいが焦って全部失うよりはマシだろう。

 

 指示出しをしてる間にマサキも戻ってきている。手に持っているのは赤と白の普通のモンスターボール。どうせならゴージャスボールに入ってみたかったが、まだこの世界では見たことが無い。もしかすると普通のモンスターボール以外は開発されてないのかもしれない。

 

「ほないくで」

 

 そう言うなりマサキがいきなりモンスターボールを投げつけてきた。一声かけて心の準備くらいさせて欲しいがマサキにそこまで期待するのは酷なのだろうか。

 

 結構な勢いのモンスターボールが体にぶつかるが痛みはない。モンスターボールが開き、赤っぽい光線が体に向けて飛んでくる。光線が体に触れるがこれにも痛みは無い。

 

 僅かな浮遊感。そして目も瞑っていないのに一瞬で視界が切り替わる。立っているのは今まで見た事の無い一面真っ白な空間。そんな空間に一つだけ顔位の大きさの青白い穴のようなものがある。手を伸ばせば届く距離だ。何となしに穴に手を伸ばして触れる。手で触れると穴は大きくなり、手を離すと縮む。特に理由は思いつかないが何となく手で触れておきたくなる。穴が徐々に大きくなっていき体の大きさを超えるかどうかのサイズまで広がったところでまたしても視界が切り替わる。立っているのは先程までいたマサキの部屋だ。

 

「うぉ!」

 

 声がした方を見ればマサキが驚いた顔でこちらを見ている。マサキの驚いた顔を見るのは初めてだ。出来れば会話で引っ張り出したかった表情だ。

 

「やっぱりあかんかったんか!?」

 

 ほんのわずかな間に自分の身にあった出来事なので光景は見られなかったがなんとなく想像は付く。多分あれがモンスターボールで捕まえようとしたポケモンの抵抗だろう。

 

「俺どうなってました?」

 

「大丈夫なんか!? 自分は自由やで!」

 

「いや別に大丈夫ですよ。どんな光景だったか教えてください」

 

「自分がボールに入った思ったらすぐに出てきたんや! まだ数秒も経っとらん!」

 

「ああ、じゃあもう一回お願いします。次は問題ないと思うんで」

 

「ほんまに大丈夫なんか? 止めてもええで?」

 

「大丈夫です。お願いします」

 

「ほんまにいくで? ええんやな?」

 

「どうぞ(最初の時にそれくらい確認しろよ)」

 

「いくからなぁ!」

 

 再び投擲されるモンスターボール。先程と同じ浮遊感の後に視界が切り替わる。今度は目の前の穴には触れずに徐々に小さくなっていく穴を見守る。僅か数秒で穴は消えて無くなり一面の白い世界に自分だけが立っている。

 

「モンスターボールの中ってなんも無いんだな。精神と時の部屋みてぇ」

 

 それが唯一の感想だった。

 

 




一応素人目には筋が通ってるのかなくらいには見直しましたがあまり化学分野に詳しくないのでこのような内容になりました。
化学分野に詳しい方からすれば穴だらけだと思いますが、ご容赦ください。
これがおかしいってところがあればコメントかメッセージを頂ければ修正はしたいと思っております。


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変わらない人

続きが書けましたのでどうぞ。
今回は全然お話進みませんので読み飛ばしたって構わないくらいの内容になっちゃいました


 誠は走る。ただ闇雲に全力で走る。全ては自分の体の変化を確かめるためだ。

 

 モンスターボールに入ってどれくらいの時間が経過したかはもう分からない。最初は外との時間の差を確認しようと数を数えていたのだが300を超えた辺りで時間の無駄と気付いて数えるのを止めた。

 

 数を数えるのを止めたら現在地の確認をした。上下左右前後全方向に一切のものがない真っ白な世界。自分には確かに地に足を付けている感覚があるのに地面すらない。しゃがんで足元に手を触れようとしたが見えない壁なんかも無く手は空を切る。どっちが上でどっちが下なのかも分からない。

 

 体の変化を確かめる為に最初はシャドーボクシングをしてみた。パンチの速度は上がっているのかもしれないが動体視力もそれに伴って上昇しているのか全く速度が上がっている気がしない。周囲に相対出来るものも無いせいで速度が上がっているのか確認する指標も無い。パワーを試そうにも殴れそうなものも無い。腕に爪を立てて引っ搔いてみたが傷は付かないし、痛みも無い。体が頑丈になったから引っ掻く程度で傷が付かないのか場所による影響なのかは不明だ。

 

 次に走ってみた。最初は軽くジョギング感覚で走ってみたが景色に変化がない上に風も感じない。自分が走っているのか足踏みしているのかすら分からなくなる。それが気持ち悪くて全力で走った。景色は一切変わらない。最初の位置から移動出来ているのかも分からない。そんな感覚が嫌で足を動かす。走っている時の足の回転数は若干上がっている気がするし、足も軽い。でもどれだけの速度で走れているのかはやはり分からなかった。ただ分かったのは疲れることがなく、呼吸が荒くなることもないだけ。

 

 呼吸について考えた時、ふと呼吸を忘れている事に気づいた。だから意図的に呼吸を止めてみた。五分が経過したところで全く息苦しくはなかったが呼吸を再開した。肺活量が成長している可能性を考えて、息を止めたまま全力疾走する。一分間の全力疾走でも呼吸を必要としなかった。どうやら呼吸は必要ないらしいがこれはモンスターボールの中だけなのか、元の世界でも同じなのかは分からない。

 

 そもそもモンスターボールの中に酸素があるのかも怪しい。見渡す限り一面の白。外の様に青白く光る粒子も存在しない。モンスターボールに入れていたポケモンが食事を必要としていなかったことから時間が停止しているのかと思っていたが、自分が動くことも考えることも出来るからそういうわけではないのだろう。

 

 一度腰を下ろして考えを纏める事にした。何も無い筈なのに腰を下ろした瞬間、最初からそこに地面があったかの様に座る事が出来る。何かあるのかと思って腰の下から手を回したが尻に手が振れただけ。やはり何もない。

 

(とりあえず色々と整理しよう。

 

 まず状態について。腕力やスピードについては確認できる指標が無いから謎。分かっているのは呼吸が不要な事、疲労感が無い事、引っ掻いても傷が付かない事だけ。あとポケモンの事を考えたら空腹でも動きは鈍らないと思う。ただし全部も自分の特徴なのかこの空間の特徴なのかは不明。外に出られたら再度確認しよう。

 

 次に場所について。モンスターボール内であること以外は不明。分かっているのはここに入れたポケモンは空腹が進まない事。あと確かアンズがボールに戻しておけば治療は後回しでも大丈夫みたいなことを言ってたくらいか。それと捕まる時に抵抗可能ってのもあったか。推察としてはポケモンの時間を止めて保管するだったが違うな。外に比べて時間の流れが遅い可能性はあるが詳細は不明。これは後でマサキと検証しよう。分からない事は多いが時間が余ったら考えるくらいでいいだろう

 

 次、ポケモンについて。これも少し纏めておこう。ゴーリキーに放射線を浴びせる事で欠片も残さず完全に分解が出来たってことは、ポケモンが粒子の集合体であると認識していいだろう。今の所分かってる分解手段は放射線、モンスターボールの出す強い光、ポケモン同士の攻撃。共通点は……エネルギー量の高い攻撃ってところだろうか。あの村でミルタンクが攻撃されてダメージを負った事とその移動中に殺したニドランの事を思えば人間でも一定以上の威力があればポケモンにダメージは与えられる……駄目だ、あの村の事思い出しただけで苛つく。あの村の生き残りのユウとかいうガキも絶対にぶち殺してやる……まあ今考えても仕方ない。とりあえずポケモンはエネルギー生命体なり特殊な原子の集合体くらいに仮定しておこう。

 

 仮定が正しければ色々とやれることが増える。おそらくこの粒子の保有量がポケモンのエネルギー量そのものであり、ゲームでいう体力兼ステータス兼経験値に該当する。俺のポケモン四匹が何度か戦闘不能になっているのに全員同じ程度の白さだったことを考えると戦闘不能になってもレベルが下がらない可能性は十分にある。もしかするとポケモンセンターの治療は失った粒子を補充するのかもしれない。ならレベルは多分エネルギー保有の容量だ。経験値である粒子を一定まで集める事でレベルという名の容量が拡張される。この世界は独自のルールはあるもののゲームの頃との共通点は少なくない。ゲームの知識とこの世界で確認した事象の二つの観点からすればこれが正解に思える。

 

 しかもこの粒子はポケモンを倒さなくても傷つけるだけで獲得が可能。つまり仲間同士の模擬戦でも経験値が獲得できる。気は進まないが自我を奪ったポケモンにフレンドリーファイアを繰り返すだけでレベル最大のポケモンを量産することも可能だろう。

 

 後は俺自身のレベルも上げておきたい。粒子を吸収可能な体で動体視力やら反射神経から体力面やらに伸びがあるって事はおそらく俺にもレベルの概念がある。どの程度強くなれるかは未知数だが強くて困る事は無い。レベルが上がったタイミングは不明だが俺が傷つけることが条件ならその条件を満たしたのはニドランを殺した時くらい。戦闘についていけるようになった時期とは合わない。だから多分ジムリーダー戦の時だ。ダブルバトルみたいな感じで俺にも経験値が入ったか、レベル百のポケモンを使ったからこれ以上入らない粒子が俺の方に来たか、それか近くのポケモンに粒子が向かうようになっていてお零れを貰ったか。この辺は粒子が見える今ポケモンバトルをすれば分かるだろう。近くにいるだけでいいなら自分のポケモンの模擬戦を近くで見るだけでもレベルが上がりそうだ。

 

 でもまあメリットもあればデメリットもある。楽観的に考えてばかりはいられない。マサキとの話で自分がポケモンだとは何となく分かったが、ポケモンという生き物に対する知識はまだ足りない。ポケモンが粒子の塊なら今の俺も粒子の塊。小さいモンスターボールに俺の体が入っている事が何よりの証だ。つまりポケモンが分解される条件を整えた場合は俺も分解される。どんな条件で分解されるのかははっきりさせておかないといけない。いつかは人に戻らなければ下手したら元の世界に戻れた瞬間に霧散なんてオチに繋がる可能性もある。そんなことにならないためにも仮説を立てるだけじゃなくて仮説を検証する手段も考えていかなければならない。

 

 でもとりあえずポケモンセンターでの治療を受けて回復する事を前提とすれば今回のマサキとの対談は大成功と言っていい。自分の変化、ポケモンという生き物の知識、ポケモンの自我喪失の原因の可能性、モンスターボールの体験、予想よりも遥かに有意義だった。マサキの研究に実験体として参加するのは要注意だが検討や相談という形なら暫く付き合ってもいい。あれはまだまだ有用な情報を出してくれそうだ。読めない人間ではあるが信頼が得られるならさっきの仮説を話してもいい。出来れば検証も一緒にやっていきたいところだ)

 

 ここで一旦考える事を止めて伸びをする。腰を据えて考えを纏めたら若干落ち着く事が出来た。入るまでは不安だったがボールの中というのも悪くはない。今いるのは絶対に他人が入ってこれない安全な空間。自分以外何もないから他に気を回す必要が無い自分だけのパーソナルスペース。考え事には最適だ。なんだかんだ言っても外では常に気を張っていたんだと分かる。娯楽と話相手でも居れば一生……は無理だが週に何度かくらいはここで過ごしたいと思える。

 

 今なら少しだけ人と一緒にいるポケモンの気持ちも分かる。別に忠誠を誓っている訳ではないのだろう。一度捕まってボールに入れば、そこは外敵もいなければ空腹もない好きな事をして生きていける絶対安全な空間。命の危機を感じる野生よりも居心地が良いから進んでトレーナーから離れる理由がないだけだ。

 

 ただし非常に退屈だ。好戦的なのはあの生存本能だけが理由かと思っていたが、多分ボールの中の環境も影響している。こんな何もない空間にずっと閉じ込められていたら好戦的になるのも仕方ない。今はまだ居心地良く感じるが、入って数時間も経ってない筈なのにもう時間の感覚が曖昧になってきている。こんな場所に何日もいて正常を保てというのは無理だ。多分俺なら一週間も閉じ込められたらどこか狂ってしまうだろう。

 

 ユカイがボールから出てきた時にじゃれついてきた気持ちも良く分かった。捕まえたポケモンにとって外に出るタイミングは他の誰かと触れ合える貴重な機会だ。次にいつ出られるかも分からないどころかトレーナー次第では一生出られないとなれば外に出た機会に誰かと触れ合いたくもなるのは当然だろう。

 

 だからこそ、俺についてこない事を選んだポケモンは相当なストレスを溜め込んでいたんだと分かる。安全な生活と危険な野生を天秤に掛けてもなお危険な野生に帰る事を選ぶとなれば並大抵の事ではない。環境を知ってしまった以上はポケモンに定期的に外に出してやる時間を設けたい。この環境が続くとなるとたった一日の差で野生に帰る事を選ぶポケモンもいる筈だ。ずっと閉じ込めたままの伝説のポケモンにも早い内に向き合わなければならないだろう。

 

(でも安全な場所か……外敵になる人もポケモンも寄ってこなくて、百を超えるポケモンの食料が安定して確保できる環境。最悪そこに元からいるポケモンは皆殺しにすればいいが、人の目に付かない無人島とかあるかな。ハナダの洞窟とかでも良いけどあそこは食料なんか無さそうだ。他にどこがあるだろうか。人の寄らない場所で洞窟以外ってなると、山、森、島くらいか。山も森も駄目だろうな。いつかは絶対に人目に付く。なら島だけど。無人島ってどうやって買えばいいんだろうか? いや、買えるような島は危ないな。少なくとも誰かがそこに行って見つけてる訳だし。空を飛んで人が来ないか、死んでも誰も気づかないような場所にある無人島でも探してみるか)

 

 考え事をしている内に体育座りの姿勢が辛くなってきたので横になる。その瞬間腰に異物感を感じた。

 

 ゴリュッ「ん?」

 

 異物感を感じた位置を見れば原因は明らかだった。眠るとき以外は肌身離さず腰のポーチに付けていた六個のモンスターボール。そのうちの二個が腰の下敷きになっている。慌てて起き上がりボールを確認する。一通り確認したがひび割れや変形などは無いように見える。ボールが壊れてなかった事に安堵する。もしボールが割れでもしたら中のポケモンがどうなるか分からない。

 

(良かった。ボールが割れでもしたら……どうなるんだ?)

 

 再度腰を下ろして胡坐をかく。もう少し考えるべきことできた。

 

(ボールが割れた場合か……中のポケモンは死ぬ、中のポケモンが排出される、体の再構築に不具合が出る。ぱっと思いつくのはこれくらいか。うん、考えてなかったな。ボールに入る時には体が粒子に分解される。これは何となく分かるからいい。問題は出てくるときの体の再構築だ。一度分解されたものが外に出てくるときに再構築されるプロセスを考えてみよう。

 

 考えられるのはボールから出た時にボールに入ってた粒子と外気の粒子が化学反応を起こしての肉体を再構築。ボールから出てくる時の発光はこの化学反応によるものとしよう。発光する化学反応って何があるか……スチールウールに火を点けるくらいしか出てこない。保留だ。マサキと相談しよう。

 

 というかここでポケモン出したらどうなるんだろうか…ボールを持ってこれたという事は一緒に電子化されたって事であると思うが。今試すのは怖いからいずれ実験する段階でやる事にしよう)

 

 一旦深呼吸をする。呼吸を必要としないと環境なので脳に酸素を送る為の深呼吸も無意味な気がするが気分の問題だ。どうも考えが先走ってしまう。手がかりが得られたことが自分で思っている以上に嬉しいらしい。どれもこれも未確認の仮説でしかないのにそれを事実と認定してしまっている事に気付く。これは絶対に駄目だ。境界が曖昧になっている確認事項と未確認事項を分けて裏の取れた確認事項だけで物事を判断しなくてはならない。一を聞いて十を知った気になってしまうのは悪い癖だ。

 

(最近ジムリーダーの性格診断とか裏付けも取らずに直感で判定すること多かったからかな。思い込みに引っ張られてた。でもここで気付けて良かった。事実と予想を混合すると碌なことにならん)

 

 どれだけ筋が通ろうが予想は予想でしかない。裏付けも取らず、検証も行ってない情報なんか判断の段階では無いほうがいい。落ち着いて情報の仕分けをしなければならない。

 

(確定情報は大気中に粒子がある、ポケモンは放射線や強い光で粒子化が可能、ポケモン同士の攻撃で粒子が飛散する、ポケモンの体は粒子が見えれば発光して見えるくらいか。色々考えてたけど確定情報で考えると情報が少ないな。マサキとはどこまで話したっけか。やばいな。未検証の仮説を土台にしてを仮説を進めるなんて碌でもない事してる。普段の俺なら未確定情報だけでそこまで話を広げたりはしない筈なのに……疲れかな? それか劣化してきてるのかもしれない。この世界に来てから日本に居た時よりも人を疑って見なくなったし、全ての事に裏付けを取るってこともしてない。一日サボったら取り戻すのに三日かかるって言うしな。温い環境に変わって考え方も変わってきてるのかもしれん。それはまずい。一度本格的に日本でのことを詳細に思い返して、毒された思考を元に戻さないといけない)

 

 腰の異物感を無視して横になる。今一度感情と目標と行動の擦り合わせを行って方針を決めておかなければならない。考えるべきことは多々あるがそれらを一旦放置して第三者視点で自分を読む。

 

(さて、今感じているのは……すべきことが沢山ある、出来る時にしておかなければならないっていう焦りだな。我が思考ながら当然のことだ。それとここにいる限り他に出来る事が無いからってのも……いや出来る時に何もせずいざという時に手遅れになるのが怖いだな。うん、焦りで感情的になりやすくなってる自覚もある。感情を優先してちょっと流されやすくなってる点は要注意か。焦りの元は……まあ不安だろうな。やっぱり日本に帰る手段が何も思いついてないってのが大きい。それに今の自分が人間じゃなくなったのもある。今後の目標に人間に戻るも付け加えよう。いや、今はそれよりもポケモンセンターの治療か……まあこれはいいか。これは俺の行動でどうにかなる問題じゃない。

 

 次は目標か。ポケモンを奪ったガキを殺してから人間に戻って日本に帰るだろうか……

 

 だろうか? だろうかって考えたか今? だろうかってなんだ? なんで帰るで断言できなかった? おかしい。

 

 ユウとかいうガキを殺す。これはいい。俺の命を狙った挙句にポケモンを奪った奴を殺すのは間違いなく俺がやりたい事だ。

 

 次、人間に戻る。これもいい。一生をこんな訳の分からない体で過ごす気はない。自分が何か分からない存在として一生を終えるなんて論外だ。

 

 次、日本に帰る。これもいい。今はどうとでもなっているが年を取って体が動かなくなればこんな危険な世界で生きていくのは厳しい。

 

 ならなんだ? 何が引っかかったんだ?)

 

 目を閉じてゆっくりと考え直す。言葉の綾かと思いつつも考えれば考える程に何かある様な気がしてくる。曖昧な目標は過程も結果も曖昧にしてしまう。以前考えた時には手段は思いつかなくとも確かな目標はあった。それが揺らいでいるのかもしれない。修正箇所が見つけられないのなら、一度過去の考えを捨てて目標を立て直すべきなのかもしれない。

 

(直近目標。ユウとかいうガキを殺す。これは確定。一度でも他人の命を奪ってでも何かをしようとした奴は同じ条件になれば必ず同じ選択をする。俺の命を狙う可能性があるなら排除しなければならない。

 

 中間目標。人間に戻る、俺のポケモンの今後を決める。どちらも確定事項。両方とも果たさなければ日本に帰る事が出来ない。日本に戻ってから人間じゃないなんて事になれば実験動物一直線だ。ポケモンを連れ帰るのも駄目だ。実験動物にされるし入手経緯なんて話になれば俺じゃ誤魔化しきれない。元の世界の悪意と権力の強さはこっちの比じゃない。マサキとは訳が違う。

 

 最終目標。日本への帰還。手段は不明だがこちらに来たという事は帰る手段もある筈だ。こちらの世界が気に入らない訳じゃないが、日本の方が良い。日本なら日本で事故なりなんなりの危険性はあるが、こちらの世界に比べれば遥かに危険性は少ない。少なくとも町の外に出ただけで野生動物に襲われるなんて事はない。

 

 結論。目標の殺害、人間に戻る、ポケモンを逃がす、日本に帰る。これでいい。以前と大差ない結論を出したという事は思考もそこまで変わっていない証拠だ。

 

 最後に以前の目標との比較。目標の殺害、人間に戻る、日本に帰るは一致。ポケモンの今後の措置について抜けていた。これは元から考えていた事だから思考や価値観に変化はないだろう。単純に抜けがあったことに違和感を感じていただけ……うん、しっくりくる)

 

 大きく息を吐いて脱力する。呼吸不要だと分かっていてもこういった事をしてしまうのは本能のようなものだろう。本来ならここから目標を達成する手段を考えなければならないのだが今は止めておく。今でこそ行動も思考もその場の勢い任せになっていた自覚があるがさっきまでそんな事にも気付けなかった。一度時間を置いてから考えた方が良い。今後は定期的に目標を見直すことで価値観の変化についても考えた方が良いだろう。

 

 眠れるかどうか分からないが一度睡眠をとった方が良いだろう。睡眠は取ってはいたが、日本に居た時より睡眠時間は減っている。不安や焦りがあったので仕方ないが、誰にも睡眠を邪魔されない場所に来たのだからせっかくならぐっすり眠りたい。

 

 瞼を閉じれば僅かではあるが眠気を感じる。どうやらこの空間でも眠ることは出来そうだ。目を瞑った事でまた色々な考えが頭を過ぎりだすが敢えて無視する。全てを解決する素晴らしいアイデアを思いつくのは起きた後の自分に任せる事にする。どうせ男一人、健康な体と強いポケモンもいるのだから多くを望まなければどうとでも生きていけると思いながら。




主人公が自分と向き合うシーンってルート分岐ありそうだよねって話。


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落ち着いた人

続きが書き上がりましたのでお納めください。


「……ぃ……ぉぃ……おい! はよ起きぃ!」

 

 耳元で叫ぶ声に目が覚める。まだ瞼が重い。状況が頭に入ってこない。

 

「うっせぇな……」

 

 咄嗟に出た一言はこれだった。多分こっちの世界に来て吐き出す数少ない本音の言葉。瞼を擦って目を開く。

 

「大丈夫なんか!? 自分自由やで! ワイが誰か分かるか!?」

 

「ん……んん……んん~、はぁ……マサキ」

 

「よっしゃ! 大丈夫そうやな! 体に痛いところとか変なところないか!?」

 

 本当にうるさい。起きたのに音が止まらないなんて最悪の目覚まし時計だ。

 

「ちょい待って。まだ頭が働かんけぇ。数分でええから……」

 

「おお! もちろん待つで。でも日が暮れる前には目ぇ覚ましてや」

 

「大丈夫。うん。大丈夫、数分でええから……」

 

 マサキが黙ったのを確認して首を鳴らして大きく伸びをする。肩や背中の骨がポキポキと音を立てている。骨を鳴らすのは体に悪いみたいな話も聞いた事があるがこうまで綺麗に音が鳴ると気持ちいい。しばらく柔軟をして周囲を確認する。

 

 場所はマサキの家だろう。

 資料や本はともかくポケモンの融合に使った大仰な機械は他の場所でお目にかかれない。周囲にいるのはマサキと発光体となっているポケモンが四匹。もう発光体にしか見えない体になってしまったが、形状と色からすれば俺のポケモンで合っていると思う。

 形状を確認する為に眺めているとポケモン達が寄ってきた。外見が普通のポケモンだった時には何とも思わなかったが、発光体になった状態で距離を詰められると不気味に感じる。

 

「無事……かは分からんが戻ったぞ。指示は解除だ」

 

 多分護衛的な命令が効いたままなのだと思い、指示を解除するが尚も距離を詰めてくる四匹。

 発光の強さを考えれば近づかれるだけで眩しく感じそうなものだが、眩しく感じないのはどういう事だろうか。そういう反応を示す原子があるのかもしれないが分からない。

 こんなことならもう少し化学分野の雑学を学んでおくべきだった。

 

「? うぶぇっ!?」

 

 油断した腹にユカイの体当たりが決まる。一瞬息が詰まった。痛い。

 デンチュウが尻尾を頭にべちべちと叩きつけてくる。尻尾に付いている硬くて丸い玉が当たっているので鈍器で殴られているのと変わらない。痛い。

 つくねも三つの頭をゴシゴシと擦り付けてくる。毛がゴワゴワしていてたわしで削られている感覚。これも痛い。

 ドザエモンは肩に手をやって握ってくる。軽くやってるつもりかもしれないが膂力が半端ないから骨が軋む。これがダントツで一番痛い。

 

「やめっげほっ、やめろこら! おい!」

 

 むせながらも何とか制止命令を下すが無視されて尚も責め苦が続く。やろうとするならとっくに死んでいるだろうから攻撃意思が無いのは分かる。スキンシップの一環と思われるが攻撃意思が有ろうが無かろうが圧倒的な身体能力の差が無くなるわけではない。

 やめろと言ってもやめてくれないのだから、いつ終わるとも知れない責め苦を諦めて受け入れるしかない。

 

 幸いにも痛みに耐えかねて涙が滲み始めた頃にはポケモン達も手を止めてくれたのでみっともなく泣き喚く羽目にはならずに済んだ。

 もはや眠気なんて欠片も残っていない。先程マサキの事を最悪の目覚まし時計だと思ったが即座に最悪が更新されてしまったのであれは既に第二位だ。

 

 今はユカイが胡坐をかいた足の上に陣取り、つくね、デンチュウ、ドザエモンは後ろに立っている。ただし距離が滅茶苦茶近い。つくねの頭の一つは俺の頭の上に乗っかっているし、デンチュウの尻尾は俺の首に巻き付いている。ドザエモンだけは唯一体への接触は無いがその分距離が近く、僅か数センチの余裕もないので身じろぎをするだけで体が接触して岩の感触を味わえる。

 

(これは本当に好意的なスキンシップと認識して良いんだろうか。なんとなく攻撃する意思がないのは分かるが人間と違うから感情が読めない。そもそもこいつらが俺をどう認識しているのかもよく分からない。モンスターボールを経験した上で言うなら住処を与えてくれる存在って感じだがそこまでビジネスライクな感じでもない。

 本当に一から育てたならパートナーの絆的なものがあるのかもしれないがこいつらの場合はどうなんだろうか? ゲーム時代の記憶とかあるのか……もしあるなら俺とゲーム時代のトレーナーでは見た目やら何やらの違いがありそうだけどその辺どうなってるんだろうか)

 

「なぁ、もうええか?」

 

「ん? ああ、すまん」

 

 わちゃわちゃしていた所為でその存在をほぼ忘れていたマサキに声を掛けられて思考を中断する。

 返事をしてからキャラを作っていない事に気付いたが別に良いかと考え直す。ボールに入る前からキャラがぶれていたのだから今更取り繕っても仕方がない。今更対応する顔が一つ増えたところで大差ないだろう。

 

「それでそっちの首尾は?」

 

「ボールの中やと分からへんのか? ポケモンセンターでちゃんと回復したで」

 

 その言葉を聞いてつくねの方に視線を向けるとつくねの頭の一つが頷いている。

 

「分かりました。申し訳ないですけど途中から寝てましたんで。少なくとも起きてる間は特別変化を感じませんでしたね」

 

「なに寝とんねん! 話聞ける思て期待しとったんやぞ! どないしてくれるんや!」

 

 案の定文句を付けてきたがその程度で怯むような精神はしていない。俺がポケモンかもしれないという情報は握られているが、今の俺にはその程度の弱みを覆せるだけの武器がある。

 

「どないもしませんよ。それにそんな態度取って良いんですか? ボールに入る時の事とか中の事とか色々と気付けたこともあって話そうと思ってた事沢山あるのに。僕繊細なんでそんな言い方されたらショックでうっかり内容忘れちゃうかもしれませんよ?」

 

「ジョークに決まっとるがな。ワイと自分の仲やろ? そんな酷い事本気でいう訳無いやん」

 

 こちらの言葉一つで表情も態度もころころ変える様を見るのはやはり楽しい。とはいえこれは別に楽しいだけでやっている訳ではない。

 表情には人を読む上での情報が詰まっている。表情の変化には表情筋が必要であり、慣れ親しんだ表情筋の動きは皺として顔に残る。若い場合はやや見ずらいが表情を変えた時の皺の深さを見れば普段どのような感情を表に出してどんな顔をして過ごしているのかが分かる。

 マサキの場合は喜怒哀楽の表情への移行は極めてスムーズで皺の深さを見ても感情を隠すことなく表に出しているようだ。やや哀の感情が弱いように思うが、これは弱みを見せないというよりも性格だろう。哀の感情が欠落気味な楽観的か哀の感情が弱いポジティブかは微妙なところではあるが。

 しかし絶対に本気で怒っていたのに欲しいものを目の前に垂らすだけでこうも態度が変わる欲の深さを見るとマサキも価値観がおかしいだけでちゃんと人間なのだなと思える。

 

「まあ正直な所を言うと寝てたのはボール内と外で時間の流れが同じか分からなかったからですね。こっちだと短時間でもボールの中だと数日なんて恐れもありましたから途中で起きてるのは諦めましたよ」

 

「あー、なるほどな。それもそうか。先に試しとくべきやったな」

 

「というかこれ先に検証しときますか? ボールに入ってからきっかり十秒くらいに時間決めて」

 

「せやな。やっとこか」

 

「それなら物の持ち込みが出来るか試したいんでストップウォッチかなんか貸してください。ボールとかは持って入れましたけど普段から身に付けている物以外も持ち込めるか試したいんで。壊れるかもしれないんで安物があれば」

 

「どっかにあったと思うから持ってくるわ」

 

 やると決めたら行動だけは早い二人だ。マサキが探し出したちょっと高そうな腕時計を渡された時は遠慮の言葉を掛けたが構へんからという言葉に押し切られて腕時計を持ったままモンスターボールに入る。

 ボールに入っても手に腕時計を握っていたので物の持ち込みは出来るようだが、触れている物質を纏めて分解したことでますますボールの原理が分からなくなった。その後腕時計の秒針が九秒進んだところでボールから解放された。

 

「どやった?」

 

「物の持ち込みは可能ですね。時間としては九秒程でしたけど多分測定開始時間の違いだと思うんで時間の流れは外と変わらないと思います。

 ただこれ言ったら服とかボールもそうなんですけど入る時に所持品まで纏めて分解して、外に出る時に一緒に再構築されてる原理が全く分かりません」

 

「身に付けとるもんも体の一部認定されとるんやないか?」

 

「それはきつくないですか? 

 分解だけならあらゆるものを分解する光線ってことでどうにかなりますけど再構築は無理ですよ。ポケモンの肉体だけなら分解と再構築が容易な特徴を持つ生き物だからでギリギリ説明できますけど、服とか腕時計は繊維とか機械部品の塊ですから電子レベルまで分解された後に元に戻る機能は存在しません。

 体の一部認定って簡単に言いますけど、言葉を換えればポケモンは触れている物の特性をポケモンと同じものに変化させるか、ポケモンと同じ特性を付与するってことになっちゃいます。

 触れるだけで物の特性を自分と同じものに変化させるってのは流石にちょっと」

 

「そうは言うても実際に目の前で起きとることやからなぁ」

 

「(ポケモンの持ち物もよく考えたらそうか)……ですね……すんません。半端に他分野の知識があるせいで事実から目を逸らして否定ばっかしてますね俺……」

 

「いやいや、悪いことちゃうで。そういう意見も大事やから。バンバン言うてくれてええから」

 

「ちょっと新しいこと見つけるの一旦止めて確定事項と未確定事項に分けて情報整理しません? 

 そんで今ある情報の検証の仕方を考えましょうよ。なんか仮説に仮説を重ねて収拾つかなくなってきましたし」

 

「せやな。自分と話しとると楽しいんやけどつい引っ張られてまうわ」

 

「私の所為にしないでくださいよ。まあ俺も一度こうだって答え出したら突っ走る癖はありますけど、マサキさんだって似たようなもんじゃないですか」

 

 そう言ってはみるが満更間違っている訳でもないだろう。俺は基本的に相手の会話から相手に好かれる人間像を想定して、全肯定しない程度に会話の流れに乗っかった発言をする。そうやって相手を必要以上に場の空気に乗せて情報を引き出すのが俺の仕事のやり方だった。これは習慣付いているのでそう簡単には変えられない。相手が冷静なら行き過ぎた結果にはならないが、場を整えられた上で自分の好きな事にストッパーを掛けられる人はそうはいない。

 

 だが今回のマサキとの対談の場合はもう情報を引き出す段階は超えている。今は既に関係の強化及び議論と検証による事実の解明の段階だ。ならばここでこちらからストップをかけて建設的な手段を出していかなければならない。

 マサキは欲求に素直な面はあれど、感情に流されて本筋を見失う程の馬鹿ではないと思う。なので楽しい流れを無理に切っても建設的な話し合いが出来るなら好感度が過剰に下がる事は無いはずだ。

 

 そこからは互いに知りえる情報を出し合い、確定事項と未確定事項の分別を行った。その結果は分かっていた通り確定事項は極めて少なく、互いに夢中になって推論を重ねていた事を反省した。

 この時、自分が別の世界から来た人間だと、ポケモンというゲームがあったと伝えるか一瞬迷ったがやはり言わない事にした。

 マサキなら嬉々として受け入れそうではあるし、好奇心を満たす為に帰還の手伝いをしてくれそうでもあったが、やはりまだ信用するには不安がある。

 

 正直に言えばマサキに対して、一瞬でも日本の事を話すか迷う程に好感を抱いている自分に疑問が無い訳ではない。

 冷静にマサキのやった行動を並べれば、自分の好奇心を満たす為に情報を隠して俺を実験に誘導した敵と言っても過言ではない。だが今はそこまで怒りを感じない。

 リターンで得られた情報が有意義なものだったからか、ボールの中で眠ったことで落ち着くことが出来たからか、もしかするとボールにはゲットした者に愛着を沸かせる効果があるとかの可能性もある。

 だがそれを踏まえてもマサキは能力面では間違いなく有能だ。友好関係が良いものであることはマイナスにはならないだろう。

 

 互いに情報を出し合って、本来なら検証手段について検討すべきなのだが、マサキとは暫く他愛のない雑談に興じてみた。これも俺からの提案だ。

 こう言った事は突発的な閃きも大事だが、一度時間を置いて検討するのも大事だと説明して納得してもらった。

 空気の軽い雑談ということもあってポケモン達は当然のように俺にくっついている。

 

 ユカイは胡坐をかいた足の上がお気に入りらしい。ただ多分十キロくらいの重さがあるので実は下敷きになっているふくらはぎが痛い。

 デンチュウは俺の首に尻尾を巻き付けるのがお気に入りなのかもしれないがうっかり力を入れられたら握りつぶされそうなので本当は止めて欲しい。

 つくねは俺の頭と両肩にそれぞれ頭を置いてくつろいでいるが多分頭一つが七、八キロくらいあるので首と方への負担が凄い。

 ドザエモンだけはやはり接触は無いがちょくちょくユカイに視線を向けているのが分かる。何となく羨ましがっているのは分かるがドサイドンを足に乗せたら足が潰れそうなので我慢してもらうしかない。自分の体格を理解して自制してくれているのは好印象だ。

 

 マサキとの雑談の中で俺のポケモンの話が出た時には、当初俺のポケモンを実験体にしようとしていたことを思い出してやはり殺しておこうかと思ったが、謝罪を入れてきたので次は無いと警告するに留めた。

 

 というのも雑談をしている内にマサキの人格が凡そ分かってきたからだ。想像していた通り性格に裏表はない。ただし全体的に物事の見方がおかしい。

 全ての物事にプログラムの様な法則があり、その全てを解明したいと言っている時点で頭がおかしいと思う。人との会話の際にテンプレートを用意すれば相手は大体似たような対応をすると言っている内はまだ理解が追いついたが、人の行動や思考は人に刻まれた法則に則ったものだと言われた時には宗教かなにかに思えてどう反応を返せばいいのか分からなかった。専門分野と職業は機械技師兼プログラマーという事なので、おそらく趣味と職業がかみ合ってしまった上に人とのコミュニケーション不足が加わって、プログラマー視点以外でものを見ることが出来なくなったのではないかと思われる。

 当然命に対する価値観もやばい。生命の法則(多分遺伝子配列的なものと思われる)を知ることが出来れば死んだ人を解析して全く同じものを作る事が可能になるので過程で犠牲が出ても復元できると言い切っていた。もはやサイコパスだ。

 唯一の救いは人よりもポケモンに興味を持ったことだろう。もし人の方に興味を持っていた場合は人体実験を行う危険な科学者として排除されていた可能性が高い。

 

 ただそんな危険人物と一緒にいても、これが意外と居心地は悪くない。命を軽く見ているし、相手を嵌めようとするところもあるが、それもリカバリー可能と思った上での事であり、一線を越えない様に踏みとどまるだけの理性もある。

 理解できない思想の持ち主ではあっても、それも視点や感性の違いから来るものという前提があれば受け止められなくはない。そして何よりも悪意が無い。嘘にしても相手の全てを奪うとか相手の足を引っ張ろうとする類のものではないというのは大事な事だ。

 メリットもデメリットもでかい爆弾の様な人間ではあるが人格さえ把握しておけば扱いを間違えて暴発することもないだろう。

 

 最終的に雑談を続けている内に日も暮れてきたことで今回の対談はお開きという事になった。

 泊まっていけだの徹夜で語ろうだのと言われたが他にもすべき事があるので丁重にお断りした。ぶーたれていたが数日中に連絡を入れることを約束して解放してもらった。

 次回の対談までに双方で未確定事項の検証方法を考えておく宿題付きなのが面倒だが自分の為でもあるので仕方ない。そんな別れ際にふと思いついた。

 

(そうだ。今後も付き合っていくなら少しだけ意識改革を測るか。価値観をいじるのは無理だが種だけは植えておこう。多分研究する上でも役に立つ知識だし、欠点である特異な視点の改善にもつながるかもしれん)

 

「マサキさん、帰る前にちょっと話聞いてくれません?」

 

「なになに? もしかして泊まっていく気になったん?」

 

「いや、そうじゃなくてマサキさんについてです。一緒にポケモン研究する上で必要になりそうなことについて先に言っておこうと思いまして」

 

「勿論聞くで。言うてみて」

 

「僕よりもマサキさんの方が頭良いと思うから、最終的には僕の言葉をマサキさんなりに解釈してくださいね。

 そんでマサキさんはもう少し色んな視点を持つというか、専門分野以外の知識も触る程度は学んだ方が良いと僕は思います」

 

「いやいや無理やって。興味湧かんもん」

 

「それでもポケモン研究するならせめて化学と生物学は学んでおいた方が良いと思いますよ。お話の中でも何度か専門じゃないから分からんみたいなこと言ってましたし。

 専門の人に相談出来るなら良いですけど、あの実験は誰彼構わず話せない内容だってことはマサキさんも理解はしてるでしょ?」

 

「わいは別に悪い事しとるつもりはないんやけどな。そんでも中々理解してくれるもんがおらんのは分かっとる。天才っちゅうのは理解されんもんやからな」

 

「どっちかって言うと才能的な話じゃなくて倫理的な話な気もしますけど、まあ天才と言われる人は独特な感性してる人が多いって聞きますし間違いではないでしょうね。

 何か一つの視点を突き詰めた事で新たな発見があったって話も聞きますから」

 

「せやろ? ワイはワイの観点からポケモンっちゅうもんを解き明かして見せるで」

 

「まあその分、詰まる時はとことん詰まるでしょうね。他の分野の知識があったら当たり前に分かる事を知らない訳ですから。

 それに一つの観点から見たら完璧に見えても、他の知識の観点からすれば全然説明つかないみたいなこともありますから答えを出した後も要注意ですね。

 一応俺が浅く広くで知識を学ぶタイプなんで補助はしますけど専門と言える程詳しい分野も無いっすからね」

 

「そないなこと言われてもワイは考えを曲げるつもりはあらへんで。ワイはワイのやり方でやっていくんや」

 

「(これアプローチミスったな……好奇心に勝る芯があったか。一つの事に拘って狂ってる奴なんだから当然考えとくべきだったな)

 分かりました。ならマサキさんはその道を進んでください。その一つの事に特化した熱量が解明に繋がると信じましょう。他分野の視点は私が出来るだけカバーしてみます」

 

「おおきに。今後もよろしゅうな」

 

「ええ。良い関係でいましょう。それと言っておきますけど最初に言ってた嘘とか騙されるの大嫌いってのは忘れないでくださいね」

 

「ワイが嘘なんか吐く訳ないやん」

 

「私は恩も仇も忘れないタイプですからね。嘘吐かれたらそいつが死ぬまで一生引き摺りますし、関係築くときの参考にもしますよ」

 

「すまん! もう嘘は吐かんから許してや!」

 

「許してなかったらまた会う約束なんかしませんよ。貴方の嘘が貴方の利益を超えるまでは仲良くしましょう」

 

「やっぱ怒っとるやん!」

 

「怒ってなくてこれなんですよ。貴方の嘘を吐かないという言葉を信じて、契約書は交わさずに口約束で済ませます。これが私なりの信頼の証だと思ってください。逆に言えば契約書を作るって言いだしたら、もう関係改善は諦めてください」

 

「ワイの目を見てみい。これが嘘吐く男の目に見えるか?」

 

「そういうのは結構ですから行動で示してください」

 

「ノリ悪いなぁ。俺の目を見ろ言うとった時の方がなんや熱があったで」

 

「じゃあキリが良いし、場も白けたんでお開きにしましょう。また二、三日中に連絡しますんでそこで次回の予定を決めるって事で」

 

「おう。またきいや」

 

「それじゃあ、また。次回も有意義な話し合いにしましょう」

 

 しっかりと握手をしてからマサキに見送られ、マサキの家を離れる。有意義ではあったが疲れた。

 

 しかし急いですべきことはまだある。まずは安全の確保。ポケモンセンターで治療をしたと言っても健康体であるかもまだ分からないので、いざという時の為にフレンドリーショップで傷薬となんでもなおしくらいは購入しておかなければならない。

 

 次に体の確認とポケモンとの面談。自分の体がどのように変化をしているか確認しつつ、ボールに入れたままのポケモン達に一度構ってやる必要がある。

 今まで目を逸らしてきた伝説のポケモン達も一度ボールから出してみなければならない。場所は人がいないだろうハナダの洞窟かグレンタウン辺りにするとして一度クチバシティでポケモンを回収しなければならない。

 

 そして優先順位は数段落ちるが約束事としてマサキとの対談、マチスとのバトル、アンズの仕事の手伝い、ハナダジムの訪問。その次にジム挑戦だ。

 自業自得ではあるがポケモンを逃がす為に旅をしたり、クソガキを探す時間を削る羽目になっている。何かを片付けようと行動する度に行動を縛られていっている気がしてならない。

 

 モンスターボールの中で寝たので問題は無いが、とりあえず今夜は眠れそうにない。




これでようやくマサキとの第一回対談は終了です。
途中駆け足気味になりましたが全部書くとあと二話くらい続きそうだったので。
書いてるうちに早く展開を進めたい欲に負けてしまいました。


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向き合う人

投稿が遅くなりまして大変申し訳ございません。
所用の関係であって、別に書くのに飽きた訳ではありませんので失踪予定もありませんです。はい。


 急がなければならない。時間は有限、いつだって平等に流れている。どれだけやる事があっても、どれだけ暇でも時間の流れが止まる事は無い。

 

「さっさと出ろや。あのクソカスが」

 

 だから忙しい時に無駄な時間を取られると非常に苛つく。誠は今マチスの携帯電話に鬼の様に発信を繰り返している。

 

「ちっ、寝てんのか? ジムリーダーなら電話位取れるようにしとけや」

 

 事の発端は単純。急いでポケモンを預けているクチバジムに戻ってきたというのにジムが閉まっていたのだ。時刻は既に深夜0時を回っているので仕方ないのかもしれないが、そんなことは行動を止める理由にはならない。

 

「次出なかったらバトルの約束反故にしてやろうか、あの似非外人」

 

 別に本心から約束を反故にするつもりは無いがついそんなことを口に出してしまう。営業時間外にジムを開けろと言っている自分に非があるのは分かっていても止められそうにない。これで連絡が繋がらなければ窓でも壊して侵入するかと思い始めたところで電話口から応答が返ってきた。

 

「もしもしマチスです」

 

「どうも夜分遅くにすいません。誠です」

 

 電話が繋がったので先程までの苛立ちを隠し、即座に口調を取り繕う。非常識なことをしてるのは自分なのにここで態度悪く八つ当たりまでするわけにはいかない。

 

「こんな時間にどうしました? 何かありましたか?」

 

「いえ、緊急事態で連絡した訳じゃなわけなくて、ちょっとクチバジムの鍵を開けて欲しいと思いまして」

 

「何故です?」

 

「(黙って従えや。時間がもったいねぇんだよ)ポケモンが入ってるボールを預けてますけど、偶には構ってやらないとポケモン達が拗ねるんですよ。預けてる期間的にそろそろ構ってやらないとまずそうだなと思いまして」

 

「ああ、なるほど。でもそういう事なら前もって連絡があればありがたかったんですが」

 

「(言われんでも分かっとるわ)いやはや大変申し訳ない。マサキさんとのお話が大分盛り上がって、実験協力やらなんやらをしてたらこんな時間になりまして。その帰りでポケモン達に最近構ってやれて無い事を思い出して慌てて戻ったんですが」

 

「いや失礼。別に責めている訳ではないですから。それで鍵ですけどジムの前の鉢植えの下にありますからそれで入ってください。終わったら鍵を閉めて元の場所に戻していただけると助かります。それとジムリーダー室の扉のカードキーは入って左の更衣室に予備が置いてあるんでそれを使ってください」

 

 返ってきた言葉に一瞬で毒気を抜かれた。バッジやらトレーナーの情報やらあるジムがそんな田舎の家みたいな管理で大丈夫なのか心配になる。そして徐々に苛立ちが湧いてきた。そんなザル警備の場所を安全だと思ってポケモンを預けていた俺が馬鹿だった。

 

「分かりました。でもそのセキュリティだと心配なので今後は俺のポケモンは俺が管理します。というかポケモン預かりシステム使いますんでもう預かってもらうのは大丈夫です」

 

「ああ、マサキさんとは気が合ったようですね。良かったです」

 

「(何が良かったんだこのボケ。もしボール一個でも減ってたら町ごとぶっ潰してやるからな。今晩中に始末してやるからもう太陽は拝めないと思えよ)まあ私もあれも変わり者ですからね」

 

「ははは、いや誠さんにも友人が出来たみたいで良かったです。私も紹介した甲斐がありました」

 

「そうですね、感謝してますよ。それとついでみたいで悪いですけどバトルとアドバイスの方は明後日……あーもう日付変わってるから明日の昼ですかね。その時間空いてますか?」

 

「おお、ありがとうございます。基本的に挑戦者が来てない時は暇してますから大丈夫です。もし挑戦者が居たら少し待ってもらうかもしれませんが」

 

「それで大丈夫です。では明日の正午位に伺いますのでよろしくお願いします」

 

「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします」

 

「じゃあ夜分遅くに失礼しました。おやすみなさい」

 

「はい、誠さんも疲れを残さない様に早く寝てください」

 

「善処します。では」

 

 通話を終了してジムの前の鉢植えを持ち上げると本当に鍵が置いてある。鍵を開けてジム内に入れば全くの無人。防犯カメラくらいは動いているかもしれないがトラップも無ければ、音が鳴るようなセキュリティすら無い。不用心極まりない。

 

(この世界の善性というか治安の良さを甘く見ていたかもしれん。こんな世界でどうやってロケット団なんて過激派組織が誕生するんだ? おそらくは根が純粋故にサカキに先導されたんだろうが、この世界の思想の中で一から悪の組織を作るのは並大抵の苦労じゃない気がする。

……いやそうでもないな。元の世界の一般人並みの悪意があればほとんどの奴は簡単に騙せそうだ。現に俺の設定の甘いその場しのぎの嘘で切り抜けられた場面が結構ある。

……嘘か……補強しといた方がいいかな。適当なロケット団見つけて殺してあの村を滅ぼしたのはこいつですって切り出すか。凄い抵抗したからやむなくとか言って泣き真似すれば仕方ないにもっていけるか? あ、ナツメがいたか。無理だな)

 

 ジム内を捜索しながら、ふと思いついた考えに思考を巡らせてみたがどうも上手くいきそうに無い。無駄に過去の傷を掘り返して立場を危うくするくらいなら余計な事をしないのが一番良いのだろうか。

 

 そんなことを考えてる内に捜索は終わった。ジムリーダー用の応接室の端に俺が預けた鞄が無造作に置かれているのを見つけたからだ。誰が入るとも分からない応接室に鞄を放置してあった事に苛つくが大事なのは中身だ。

 

 ボールの数はいずれ逃がす予定のポケモンも含めれば全部で368個。そこからトドゼルガが抜けて367個。そこから持ち歩いているレギュラー6個、伝説のポケモン10個を除外して残るは351個。数を間違えない様に十個一括りにして慎重に数を数える。数えた数は351。念の為もう一度数えなおすが十個一纏めにして35と端数1。とりあえずボールの数に抜けは無い。後は出した時に空のボールが無ければ問題なしだ。

 

 カードキーと鍵を元の場所に戻してクチバジムを離れる。ポケモン達を出す場所はハナダの洞窟にした。グレン島でも良かったがあそこは荒廃しているとは言っても人がいる可能性があるし、偶然空を飛んでいる者がいれば姿が丸見えになってしまう。

 

 ゲーム時代の知識ではあるがハナダの洞窟なら野生のポケモンが強いため人は入ってこないだろう。洞窟内という事で崩落の危険性はあるが、それはグラン島の洞窟を使っても同じ。それならば人のいる可能性の低い方を選びたいし、可能ならこの世界のミュウツーの存在も確認したい。決して夜の海の上を飛んでいくのが怖い訳ではない。

 

 ゲームだと洞窟の入り口をふさいでいる人がいた気もするが問題は無い。ポケモンリーグ職員且つジムリーダーの直弟子という立場を活用すれば通れるだろう。もしそれでも邪魔されるようでユカイの催眠術で眠ってもらう。いっそのこと遠目に人がいると分かった時点で催眠術でもいいかもしれない。

 

 つくねに乗って来た道を戻る。凡百のポケモンのそらをとぶに比べればよっぽど早いのは分かっているが、やはり移動時間を勿体なく感じてしまう。ゲームの様に一瞬で移動する手段が欲しい。そんな思いが態度に出ていたのかつくねの速度が少し上がって、受ける風圧が強くなる。

 

(悪いことをしたな。ハナダシティに着いたら少しだけ撫で回して……そういえばレギュラー陣には望むことをしてやるって約束してたな。どうするか。ハナダの洞窟で一緒にやってもいいけどちょっと危ない気もするし。でも早めに約束守ってやらないとあいつらが離反したらやばいしな)

 

 つくねが頑張ってくれた事もあり、ハナダの洞窟の近くまで想定より十数分早く到着する。これだけ短縮できたという事は結構無理をしたんじゃないだろうか。労いの言葉を掛けて撫でてやる。最初は頭を撫でたのだが三つの頭を平等に撫でる事が出来ず、一つの頭を撫で終わったら次の頭が出てくるというローテーションを三回程繰り返した後に胴を撫でてやった。三つの頭がそれぞれ別の思考を持っているのか、そう見せかけて長時間撫でられようとしたのは定かではないが、そのくらいの嘘なら可愛いものだ。後で洞窟の中で望むことをしてやると言えば大人しくボールに入ってくれた。

 

 少し離れた位置からハナダの洞窟の入り口に目を凝らせば男が立っているのが見える。夜で周囲に明かりも無いので暗いには暗いが空気中の発光する粒子のおかげで昼と大差なく見る事が出来ている。ボールからユカイを出して催眠術を仕掛ければ抵抗無くあっさりと崩れ落ちた。

 

 近づいて見れば眠っている男性の服装に見覚えがある。クチバシティで見かけた警察もしくは警備員の服だ。何処の依頼かは分からないが洞窟の入り口を見張っていたらしい。姿を見られる前に催眠術を掛けて正解だった。引継ぎの時に居眠りを叱られるかもしれないが、問答の末に殺し合いをするよりはマシという事で我慢してもらおう。

 

 洞窟の周囲に他に人影が無いのを確認して入口を潜る。洞窟の中で夜中となれば一寸先も見えない暗さだろうが、空気中の粒子で明るさが確保されるポケモンの目には関係ない。もし洞窟内に粒子が無かったら場所を考え直さなければならないので助かった。

 そして入るまで身構えていたがハナダの洞窟と言っても見た目には他の洞窟と大差ないように見える。強いて言えば外よりも粒子の量が若干多い様に感じるくらいだがこれはどこの洞窟でもそうなのか、ハナダの洞窟の特徴なのかは分からない。

 

 視界の範囲にはポケモンの発光が見えないのでおそらく今は周囲に野生のポケモンはいない。だが、この目になってまだ野生のポケモンをはっきりと見ていないので念の為、ドザエモン、ユカイ、デンチュウを出し、護衛を任せる。

 

 入口付近だと人目に付く可能性があるので、危険性は高くなるが奥へと進む。道中に野生のポケモンと思われる発光体は結構な数いたが、どれも近寄ってこようとしない。当然の事だろう。護衛であるレベル100のポケモンが三体いて襲ってくる方がどうかしている。そもそも野生のポケモンが戦闘を望むのは他のポケモンの粒子を取り込む事で強くなろうとする生存本能に起因する可能性が高い。どうあがいても勝てない相手に挑むのでは本末転倒だ。

 

 そして思っていた以上に洞窟にいるポケモンが青い。ゲームだとクリア後に入れる洞窟なのでレベル50~60程度はあったと思うが色合い的には自分の体よりも少し白い程度。凡そのレベルの目安として色を憶えておく。

 

 暫く歩けば多少開けた場所があったので腰を下ろして休憩する。洞窟の中で高低を度外視して移動したが息は乱れていない。この体になって体力が上がっているのを感じる。ただしやはり呼吸は必要だし、足にだるさもある。息を止めて歩くと一分程で苦しくなったので呼吸が不要なのも疲労が無くなるのもモンスターボールの特徴らしい。

 

 念の為つくねを護衛に追加して、仮初の安息地帯を作ってから確認作業を開始する。

 まずは体の丈夫さ。腕に爪を立てて強く引っ掻けば皮が割けて血が滲む。当然痛みも感じる。そして血と共に少量の粒子が空気中に流れ出ていく。しばらく粒子を行方を目で追ってみたが、空気中の粒子に紛れ込んで目で追う事が出来なくなった。

 傷に買ってきたスプレータイプの傷薬を吹きかける。噴射された霧状の傷薬は僅かに青白く発光しており、腕に付着すると同時に何かを取り込むような奇妙な感覚を与え傷を消した。推察ではあるがポケモンの回復にはエネルギー的な何かの獲得が必要であり、傷薬はそれを補充する効果があると思われる。吸収される特徴や色合い的に粒子を想像するがレベルが上がるわけではないので似て非なるものだろう。

 

 次に筋力。日本に居た時の鈍りきった体では腕立てを十回もすれば腕がプルプルしてきたが五十回やっても僅かに腕に疲れを感じる程度だった。試しに近くにある岩を軽く殴ってみたら接触した箇所の皮が擦り剝けた。全力で殴っていたら指の骨が折れていたと思う。脚力を確認する為に跳躍してみたがまあ多少は高く飛んだな程度にしか飛ぶことは出来なかった。

 

 結論としてポケモンになって強くはなっていてもあくまで人間の範囲内。反射神経や動体視力は別として身体能力自体は体を鍛えていた十代の頃に戻ったくらいに認識しておけばいいだろう。身体能力が上がっているのは嬉しいし、レベルによってまだ身体能力が上がると分かっているのも嬉しい。しかし反面悲しくもある。

 この洞窟のポケモンの色とマサキの家で見たニドリーノの色、そして自分の体の色を見れば大まかな自分のレベルが分かる。色的に自分のレベルはおそらく40前半くらい、高くても50に至らない辺り。レベル40~50と言えばジムリーダーのポケモンに少し劣るくらいのレベルの筈だ。

 なのに自分は岩を砕くパワーも無ければ、目で追うのも難しいスピードも無く、衝撃に耐えられる頑強な体も無い。種族値が馬鹿みたいに低いだけの可能性もあるが、レベル40代でこれではレベル100になったとしても、滅茶苦茶体を鍛えているスポーツ選手レベルだろう。

 

 大して努力もしてない自分には十分すぎる強さではあるが、元の世界ならともかく数mの高さをジャンプするようなアンズの身体能力を見た身としてはもう少し強さが欲しいと思ってしまう。どうせポケモンの特徴を得るなら身体能力という形で表れて欲しかった。そもそもポケモンの特徴を全て知っている訳ではないので他にも気付いてない能力がある可能性は否めないが。

 

 少し思考しただけでまるで何かに誘導されるように、またしてもポケモンがどういう生き物かという議題に思考が吸い寄せられていく。

 

(考えることが多過ぎる。しかも考えれば考える程に沼にハマっていく堂々巡り。情報不足って分かってるのに考えるのを止めれないのが辛い。いや、辛いというよりも厄介だ。他にやる事があるのに思考を持ってかれるのは困る。これは先に解決……というよりも感情の整理をして折り合いを付けないとまずい。中途半端に上の空の状態で伝説ポケモンに接して殺されたじゃ目も当てられない)

 

 まずポケモンの生態に思考を持って行かれる理由について考える。考えられるのは二つ。一つは心の底ではそれを一番に解決するべきと考えてるパターン。二番目はやるべき事、今回の場合はポケモンとのコミュニケーションを避けたくて他の事を優先しようとするパターン。その二種類の理由を考え付いたが、正直なことを言えば両方とも当て嵌まる。

 

(一つ目のパターンは自分の体に関する事なのだから考えて当然。自分に何が出来て、何が出来ないのか、何をして良くて、何をしてはいけないのか、それを理解していないというのは怖すぎる。これは間違いなく現状への焦りと自分がどんな存在か分からない恐怖が原因だろう。

 内容が内容なのでちゃんとした研究者に任せればいいと言えばそれまでの話だが、ポケモンの発見から今日までに大した進捗が無い事を考えれば期待は出来ない。分からないなら仕方ないで受け入れられないのはポケモンの視点を手に入れたからだろう。この情報があれば研究が進むという確信がある。しかしこの情報は使いどころを誤れば自分が実験動物になってしまう諸刃の剣。だから実験協力を言い出す事も出来ないのに諦める事も出来ない。

 解決策としては信頼できる研究者とのコネの入手だが半端にコネを広げると必ず裏切る奴が出てくるのでひとまずはマサキとの研究を進めていくしかない。

 

 もう一つのパターンはもっとシンプル。結局はポケモンが離れていくのが怖いのだ。ポケモンの存在はこの世界における自分の価値そのものと言っても過言ではない。ポケモンリーグ職員になれたのも強いポケモンの価値を認められただけでしかなく、俺自身の価値で勝ち取ったものなど何もない。その上この世界では生きるだけでも戦力が必要になる。手持ちのポケモン全てが必要という訳では無いが数が減れば減るだけ出来る事も減っていく。

 利益だけで言うなら自我を縛って手元に置いておくのが正解だろうが俺にも情はある。今日この日までモンスターボールに閉じ込めたまま一度も出してないポケモンがいるのにどの面下げてと思われようとポケモンには自由に生きて欲しい。本音で言えばポケモンの方から俺と一緒にいたいと望んでくれるのが理想だが、俺にはポケモンに返せるものもない。我ながら我儘で身勝手な願いを抱いていると思うがその面倒臭い欲求こそが偽らざる本音なのだから仕方がない)

 

 自分の心持ち一つでしかないならどれだけ考えてもどうしようもない。自分と向き合って折り合いをつけるなんて言ったところで実際はやりたくない事から逃げている事を自覚しただけだった。

 一つ予想外だったのは思った以上にポケモンに対して情が湧いていた事。駒として使い潰すつもりはなかったが、いざとなったら簡単に切り捨てることが出来ると思っていた。

 自分がポケモンになった事で仲間意識が湧いたか、ポケモンを一匹の生き物と理解したのかは分からないが自分の思考も結構変わってるらしい。

 

(やりたくない……いやポケモンとのコミュニケーションは取りたい。でもなぁ……。もういいかな、伝説のポケモンが自我を失った状態で言う事を聞くって分かればそれで。伝説のポケモンが望んだとして、その辺に野放しにしたらそれはそれで問題が起きそうだし。他のポケモンも逃がすの手間だし。でも約束しちゃったからな……いざという時ちゃんと殺せるかな……。

 考えるより先に行動して自分を追い込むのが正解だったかもしれない。何も考えずに決めた事をさっさとやっていれば場の空気に任せて行動出来たと思う。考えたら二の足を踏むってわかりそうなもんなのに。失敗したなぁ)

 

 もたもたと伝説のポケモンを入れているボールを一つ取り出し、投げやりにボールを放り投げる。ボールを外から見ただけでは誰が入っているのか分からないが、ひとまず行動を起こした。とりあえず何でもいいから行動しないと、納得するまで考えるなんてしてたら運良く躁の気分になるまで始められる気がしない。

 

 出てきたポケモンを見る。発光体にしか見えないのでぱっと見で何のポケモンか判断できないのが困る。だいたい高さ2mくらいの人型、持っている伝説のポケモンの中で人型はミュウツーだけなので多分ミュウツーだろう。色はほぼ白。捕まえてから使った記憶が無いのでレベル70の筈なのに、レベル100のレギュラーメンバーと大差ない、というかレギュラーメンバーより白く見える。色がレベルだけを現している訳ではないのかもしれない。また疑問が増えてしまった。

 

 しかし確率十分の一とは言え、よりにもよってなのが出てきた。自分が人間かは謎だが設定的に一番人間に対して攻撃的で、レベルもレギュラーを除けば多分一番高い。種族値を考えると多少のレベル差だと負けそうな気がする。場所もあまり良くない。視界は問題ないが狭い洞窟の中となるとこちらのレギュラー陣の数の利を活かしにくい。しかもハナダの洞窟だ。この世界のミュウツーが居たらここに居たら、それが戦闘に混ざってくる可能性がある。戦力的には劣っていないがミュウツー二体を相手にしたいとは思えない。カイオーガみたいなでかい奴が出てくるよりはマシかもしれないが、それでもあまり出てきてほしくなかった奴だ。

 

 とはいえ思うところがあっても、いつかは向き合わなければならない事だと覚悟を決める。既に出してしまった以上はもうやるしかない。最初からこうしておけば良かった。

 どうせいくら考えたところで人間ならまだしもポケモンを手玉に取るには経験が足りない。どうせ気を抜いていようが、ばっちり気合を入れようがなるようにしかならないだろう。

 

「ずっとボールに閉じ込めててごめんな。今からお前を自由にするから。顔も見たくないって程嫌いならすぐに離れて良いけどできれば少しだけ話をさせてくれ。ミュウツーお前は自由だ」

 

 本当なら何かあった時に対処するようレギュラー陣に命令を出しておきたかったが、それをするとミュウツーに信頼していない様に捉えられそうだったので止めた。それに何かあれば命令していなくても守ってくれると思う。

 

「ミュウツー、少しだけ俺と話をしてくれ。話したくもないなら俺がここから出て行ってもいい。でも俺にはまだやる事があるから攻撃は止めてくれ。攻撃してくるならこっちも容赦なく対処する」

 

『構わない。時間を取ろう』

 

 言葉を発するという音の振動ではなく耳に直接言葉が送り込まれるように声が聞こえる。その返事に驚くが表情は崩れない。期待をしていなかった訳ではないが、本当に理解できる言葉が返ってくるとは思ってなかった。

 言葉が通じるなら聞きたい事は山ほどある。ポケモンの生態や成り立ち、ゲームからこの世界に来たポケモン達の記憶や変化、考えれば考える程に確認したい事が思い浮かぶ。そのあまりに多い質問を掻き分けて、最初に口にしたのは咄嗟に思い浮かんだ質問。

 

「お前は俺の事をどう思ってるんだ?」

 

 想定より遥かに情けない声色になってしまった。ポケモンと言葉が通じないのをいい事に有耶無耶にしていた問題。不平不満が言葉として返ってくると思うとやはり怖い。ミュウツーが出てきて嫌だと思った理由には言葉を返してくる可能性もあったのかもしれない。

 

『……くだらんな、そのような事を聞くために時間を取らせるとは……なんと情けない事か』

 

 分かってはいてもはっきり情けないと言われると心にくるものがある。ちょっとでもポケモン達に認められてるんじゃないかと思った自分が阿保だった。そしてポケモンからそのように思われているのだと分かると一緒にいてもらうのが心苦しくなってくる。自分はここまで心が弱かっただろうか。

 

『そのような顔をするな。一度は私に勝利したお前がその様では、お前を主人と認めた私まで情けなくなる』

 

「失望したろ? こんなのがお前らのトレーナーを名乗ってたんだから。お前が望むならすぐにでも元の生活に戻ってくれていいぞ」

 

 つい口に出した言葉を即座に後悔する。情けない態度が嫌いだと言っているんだから自信満々に振舞うべきだ。たったそれだけでミュウツーを繋ぎとめる事が出来るならそうしなければならない。でも言葉を止める事が出来なかった。自分の吐く言葉まで制御できなくなるなんて情けない事この上ない。

 

『む……そうか、そういえばお前に私の事を話したことはなかったな』

 

「人工的に作られたポケモンだろ。強いポケモンだか新しいポケモンだかを作ろうとして生まれて施設に閉じ込められてたってのは知ってる」

 

『ふむ。話した記憶は無いがなぜ知っているかはこの際置いておこう。それを知っているなら話は早い。私にとって人とは悪であり、悪とは人だった。自らの欲を満たす為に命を弄び、望まぬ生命を生み出しては失敗と断じて捨てていく。私と同様に生まれた命は私を残して皆捨てられた。生み出した人間曰く私自身もとあるポケモンを作る過程で生まれた失敗作だそうだ。私はいずれ皆の様に捨てられるであろう境遇に我慢ならず施設を破壊して逃亡した』

 

「そんなん怒って当然だ。俺だって俺が殺されかけたり、俺のポケモンを奪われたり殺されたりしたら、その関係者全員ぶっ殺して逃げる」

 

『……ともかく私にとっては人間とは悪の象徴だったのだ。だから私は隠れ住む様に人間と距離を置いた。そこに現れたのがお前だ。最初に感じたのは嫌悪と怒りだった。なぜ人間は私の平穏を邪魔するのか、なぜ過ぎた力を求めるのかを理解できず、お前を排除しようとし、そして敗れた』

 

「……それは悪いことしたな」

 

『話は最後まで聞くものだ。お前に敗れた時に私は考えた。私は人間の手を離れる事すら出来ないのかと、望む様に生きる事すら許されぬのかと。人間の望む様にしか生きられないなら、何故私に自我を与えたのだと。私を生み出した人間を恨み、不甲斐ない己の身を恨み、遂には世の無常を恨んだ。何故望んでもいないのに私を生んだのかと』

 

「……」

 

『幸いにもお前に与えられた空間は考えるのに適していた。人の影を気にすることの無い空間で考えに没頭する事が出来た。そして分かったのだ。私は何の為に生まれ、何を為す為に生き、どこへ行くのかを。それはお前のおかげだ』

 

「俺はお前を捕まえただけで何もしてないだろ」

 

『それは違う。失敗作として誰にも望まれず生まれた私を唯一お前だけが必要としたのだ。お前だけが私を一匹のポケモンとして必要としてくれた。お前に必要とされた事で初めて、私は誰かのコピーではなく本当の意味で私になれた。私は私であれば良かったのだと気づかせてくれたのはお前だ』

 

「……そんな深い事考えてなかったよ。ただお前が欲しかっただけで」

 

『どのような形であれ私を私と認め、必要としてくれた。それが私には嬉しかった。そして先の質問にも答えよう。私にとってお前は唯一認めた人間であり、私が私である為に必要な存在だ』

 

「そうか」

 

『そうだ。私はお前に救われた。私以外にもお前に救われたポケモンもいるだろう。だから先程の様な情けない顔をするな。お前がそのような顔をしていたら私まで苦しくなる』

 

「もう一つだけ聞かせてくれ。これからも俺と一緒にいてくれるか?」

 

『お前は……本当に話を聞いていたのか? 私は私である為に、私の意思でお前と共にありたいのだ。そのような事も理解できないとは……』

 

「いや、分かってる。分かってるけど直接聞きたかっただけだ」

 

 つい口元が緩む。ちょっと嬉しい事があっただけで先程までの憂鬱な気分が吹き飛ぶなんて本当に単純だ。でも嬉しいものは嬉しいんだから仕方がない。ただ嬉しいは嬉しいのだが別に涙は出なかった。何となく普段の自分なら目元がうるっとくるくらいはありそうなものだが。

 

『そうか。人間はそういうものなのか』

 

「ポケモンも同じだろ。答えが分かってても聞きたい言葉ってのはある」

 

『ふむ。それは私には分からない感情だ』

 

「そうか? ならそれはお前の性格だ。お前がお前である証拠だよ」

 

『そう言われれば悪い気はしないが』

 

「照れるな。お前はお前だ。俺もお前には感謝してる。いやお前だけじゃなくてポケモン皆に感謝してる。お前が俺に必要とされたことを存在意義にしているように、俺にとってはお前達ポケモンの存在が俺の価値だ。今の俺があるのは全部お前らのおかげだよ」

 

『……なるほど。互いに互いを必要としているという事か』

 

「そう。うん……そうだな。一つだけお願いだ。あんまり僕に執着するな。いや、やっぱり執着するのはいいや。それがお前の幸せならそれは自由だ。でも執着で判断を間違えるのだけはやめてくれ。俺といるよりも離れる方が幸せだと思ったならすぐに離れてくれ。

 俺が捕まえた事でお前が救われたんならそれは素直に嬉しいが、俺にはお前を救いたいという意図は無かったし、お前達を必要としてるのも少なくない打算がある。だから恩に感じる事もない。自分の幸せだけを考えてくれ」

 

『……』

 

「まあなんだ。好きに生きろって事だ。俺がお前を捕まえたみたいに、世界を探せばお前を必要とする奴は幾らでもいるよ。俺みたいに半端な気持ちじゃなくて本当に心の底からお前を必要にしてる奴もいるかもしれんし。だから判断は間違えるなよ」

 

『……良いだろう、だが一つだけ条件がある。いや違うな、お前の言葉を借りて私からも一つお願いをさせて貰おう』

 

「いいよ別に。俺が出来る事なら。でも死ねとかは勘弁してくれ」

 

『そのような事を言うつもりはない。願いというのは名だ。私に名を付けてくれ』

 

「ん? 名前? ニックネームか?」

 

『私はミュウツーなどと呼ばれているがそれは種族名、私にとってはあの忌々しい研究所で付けられた識別番号に過ぎん。私が私である証として名が欲しいのだ』

 

「あーはいはい、そう言う事か。でも名前かぁ」

(なんかミュウツーはミュウツーって感じで名前って言われてもあんま思いつかないな。しかも理由が理由だから適当な名前も付けにくいし。ミュウツー、ミュウ……ツー……プルツー、なんか聞いたことあるなプルツー。でも駄目だな。ミュウの二号機でミュウツーだろうからミュウって言葉もツーって言葉もどう考えてもアウト。なんかミュウスリーって思い浮かんだけど絶対駄目だし。

 名前をもじるのは駄目なら見た目なんだけど、それもなんかなぁ。しゅっとしててかっこいいんだけど人に近い形だし。発光体にしか見えんからインスピレーションも湧かん。あと特徴はエスパータイプくらいか。エスパー……伊藤、魔美。それもなんかヤダな。

 いっそ響きだけの訳分からん名前にしてしっくりくるの探してみるか? ドドンガスとか……なんかそんなポケモンいそうだな。というか適当な名前は駄目だった。自分が自分である為に名前が欲しいなんて重い理由なのに変な名前を付けるのは可哀そう過ぎる)

 

『お前が付ける名なら何でもいい』

 

「馬鹿言うな。お前がこれから一生名乗るかもしれん名前だぞ。そんな適当に付けれるか」

(とは言っても本当に思いつかん。色は確か白っぽかったと思うし、あの尻尾とか伸びた餅みたいだけどおもちなんて捻りの無い名前も面白くないな。というか既存のものの名前は避けた方がいいな。何かから名前を取ったよりも世界にこいつだけっていう名前の方が喜びそうだ。

 でもそうなるとやっぱ訳分からん擬音語みたいになるしな。元の世界にあったけどこっちの世界には無いみたいなものの名前が無難かな)

 

『考えるのはいいが客が来ているぞ』

 

「あん?」

 

 ミュウツーの言葉を聞いて即座に辺りを見回す。色々と考える事があり過ぎてここに来てから口に出した内容の全ては覚えていないが元の世界の事を口に出していたかもしれない。そうでなくてもミュウツーを出している時点で目撃者は始末しなければならない。

 

 周囲を見渡して初めて異常に気付く。先程まで周囲で様子を窺っていた野生のポケモン達が一匹もいなくなっている。その代わりにほぼ白色の発光体が一つ少しづつ距離を詰めてきている。距離は大まかに30~40m、人間くらいの大きさと形状、色はレギュラーと変わらない程度の白色。場所を考えれば間違いなくこの世界のミュウツーだろう。

 武道の達人みたいに気配とか殺気でも感じられればいいがそんなことは出来ないので戦闘意思があるかは分からない。ただ速度的には歩いて近寄っている様子なので強襲を仕掛けてくる感じではなさそうだ。表情でも見えればもう少し分かりそうだが生憎ポケモンが発光体にしか見えないので表情なんてもう全く分からない。

 俺が洞窟に入った事でなんらかの異常を感知したか、もしくはミュウツーを出したから同族の何かを感じて近寄ってきたのかもしれない。

 

「名前は後で決めるわ」

 

『仕方あるまい』

 

 相手が理知的なら二匹目のミュウツーを捕まえるチャンスだ。喋れるポケモンは何体いても良い。戦闘になるか話し合いになるかは分からないが、やっぱり自分の目の前に避けられない目標が出来ると楽で良い。他の考えを放っておけるし頭がクリーンになる

 

 こちらは同レベルのミュウツーにレベル100のポケモンが四匹、多分負ける事は無い。ミュウツーと話した後だから何となく殺すのは避けたいと思うが、それも相手次第だ。

 

 




ミュウツーの設定はゲーム版と劇場版で大きく違うのですが、誠君のミュウツーは劇場版を参考にしております。
実写映画の方も性格は似ているのですが、設定に少々違う点がありますので、作中には実写映画版ミュウツーとは異なる設定が出ます。


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立ち向かう人

続きが出来ましたのでお納めください。
年度の境という事で若干忙しくなっておりましてもうしばらくは週一回から十日に一回くらいの頻度になります事をご容赦下さい。


 ハナダの洞窟で野生のミュウツーと向かい合う誠は考える。

 

(果たして目の前に現れたミュウツーが何を目的としているのか。考えられる可能性は三つ。

 一つはこの洞窟に入ってきた異分子の排除。なんらかの索敵手段で良く分からない存在である俺かレベル100のレギュラーに気付き、縄張りに異分子が入り込んだと判断して排除に動いた可能性。

 俺が人間としてカウントされているなら大嫌いな人間が入って来たとして殺しに来るのは十分考えられる。ただ戦闘は避けられないので出来ればこの理由じゃない事を祈りたい。

 二つ目は俺のミュウツーに反応した可能性。個人的にはこれが一番可能性が高いと思っている。原理は不明だが何か同族の気配的なものが感じられるのかもしれない。俺のミュウツーと性格が変わらないとするなら、自分を自分と定義できる存在を求めて、同族に会いに来る可能性が高い。

 敵対にしてはゆっくり近づいてきているのもそれなら納得がいく。個人的にも交渉が出来そうなこのパターンが一番ありがたい。

 三つ目は偶然の遭遇。縄張りの巡回か適当に洞窟内を過ごしている時にこちらの存在に気付いて近寄ってきている可能性。可能性は他二つに比べて低いが洞窟の奥まで来ているのであり得ない話ではない。

 交渉の余地はあるが、俺の見た目が人間なのがネックになるかもしれない。俺が向こうからも発光体に見えているならポケモンと認識してもらえる可能性もあるが、本物のポケモンの目から他のポケモンがどう見えているか不明だし、ミュウツーは人工的なポケモンなので他と違うかもしれない。期待し過ぎない方が良い)

 

 ひとまず会話が成立するかどうかは置いておいて、敵対する意思が無い事をはっきり伝えなければならない。会話が出来るなら御の字、会話が出来なくともポケモンは人語を理解しているからこちらの意思だけは伝わる。

 

「縄張りに入って悪かったが少し話を『破壊する』

 

 声を掛けた瞬間、ミュウツーとの間に漂っていた粒子が歪む。続いて視界がぶれたかと思えば天井に近い位置から景色を見下ろしていた。襟首に違和感を感じて振り返ればつくねの頭が見える。

 

(攻撃されたのをつくねが助けてくれたか?)

 

 突然の攻撃には驚いたが頭は回る。粒子の動きを見た感じだとねんりきかサイコキネシスの様な不可視系の遠距離攻撃だと思う。ただし見えたからと言って自力で避けられる攻撃ではない。遅ればせながら自分が直接狙われたことに恐怖を感じる。

 

「つくね! 俺を乗せろ!」

 

 つくねの首の力に引っ張られ胴に着地、振り落とされない様に首にしがみつく。またしても粒子が歪む。

 

「回避!」

 

 再び視界がぶれて相手と目線の高さが同じになる。今度は地面に移動したらしい。急な移動でまだ体から浮遊感が抜けない。胃がせりあがってくる感じがして吐き気もある。でも死にたくないので我慢する。

 

「相手の背面に移動!」

 

 指示した瞬間、目の前に発光体が出現する。面喰らいながらも咄嗟に指示を出す。

 

「下がれ!」

 

 今度は少し離れた位置に発光体が見える位置に来た。まさか背面に移動しろと言って直近に移動するとは思わなかった。どうせならついでに攻撃した方が良かったかもしれない。攻撃したら完全に敵対関係になってしまうだろうが、向こうが開幕で殺そうとしてきたのだから仕方ない。殺すにしても話すにしてもまずは無力化しなければどうにもならない。

 

 だがひとまず追撃に備えて目を凝らす。形としては野生のミュウツーの正面側にドザエモン、ユカイ、デンチュウ、ミュウツー、背面側に自分とつくね。危険度は断然正面側が上。これでどちらを攻撃するかで目的がある程度絞れる。

 

「全員その場で待機! 攻撃が来たら避けろ!」

 

 粒子が見えるようになってポケモンの位置や強さが分かるのは利点だが、こういう時に困る。ミュウツーがどっちを向いているのか分からないのだ。横から見れば尻尾でどちらを見ているか分かるかもしれないが、正面と背面だと見分けがつかない。

 

『破壊する……』

 

 今度は先程の様な粒子の歪みは無く、粒子で形成された三日月状の刃物が飛んでくる。空気中を漂う粒子に焦点を合わせていたので少し反応が遅れたが、つくねが当たり前の様に回避してくれた。

 

 そしてこれで相手の凡その目的も分かった。最初の不意打ち、回避して空中に移動した時、そして前後を挟まれた今回、そのどれも危険度の高いポケモンを無視して自分を狙ってきた。人間だからか、司令塔を潰そうとしているのか、弱そうな奴から削ろうとしているのか、多分このどれかだろう。だが理由が何であれ囮をたてれば一方的に攻撃できそうなのが分かったのはでかい。

 

 個人的にはもう始末する事は決定事項として手段を考える段階に入っている。言葉を話せるポケモンは惜しいがあの凶暴性を考えると時間を置けば懐いてくれるとは考えにくい。ボールから出すこともできない上に所持が知られるだけで問題になりそうな危険物を持ち歩くくらいなら、ここで始末するべきだ。あれさえ始末出来れば今後も偶にこの場所を使う事も出来る。

 

 だがその前に自分のミュウツーの意思確認が必要だ。始末する方向で進めたいがミュウツーからすれば世界に唯一存在する同族。それを始末したからと言って敵対することはないと思うが、離反される可能性を考えると意思確認くらいはしておきたい。もしかすると相手の説得に一役買ってくれるかもしれない。

 

「ドザエモン! ユカイ! デンチュウ! 足止めしろ! 倒すな! 攻撃は牽制のみで回避と防御に専念! ミュウツーはこっち来い!」

 

 指示を出す間に空間が歪めながらまた攻撃が飛んでくるが、つくねが難なく回避してくれる。ドザエモン、デンチュウ、ユカイが牽制で攻撃を開始すれば、それをミュウツーはそれを難なく回避し、三匹に向けて攻撃を始める。流石に攻撃されたらそちらに意識を向けるらしい。

 

『来たぞ』

 

 ミュウツーも移動してきた。声を掛けてくれたから良かったが、形が同じなので一瞬野生の方のミュウツーに近寄られたかと思った。もしそうだったらつくねが勝手に回避行動を取ってくれるだろうからそうでないのは分かるが見分けがつかないのだから仕方がない。

 

「お前はあいつをどうしたい?」

 

 本来なら顔を見て話したい内容だが、戦闘中に相手から目を離すのが怖いので、顔を向けずに質問する。

 

『それはお前が決める事だ』

 

 返ってきた答えは少々想定外だった。もっと同族に対する情や執着があるかと思っていた。もしかすると殺すとまでは思っていないのではないだろうか。

 

「俺に任せたらあれを殺すけどいいのか? 多分この世界で唯一の同族だぞ?」

 

『構わん。私はお前の決めた事に従おう』

 

「お前はそれを何とも思わないのか? あれもお前と同じかもしれんのに」

 

『私は私で、あれはあれだ。所詮は同じ様に作られたに過ぎない。決して私と同じではない』

 

「そうか」

(これは危ない傾向だな。ミュウツーの思考が思ったより危険な方向に傾いている気がする。ミュウツーの生い立ちからして救える同族に対してこの態度は変だ。自己を確立したって言ってるがそれに拘り過ぎて色々見失ってる感じか?過去も含めて自分を認めたというよりも開き直って過去を捨てたの方が近いな。人間の思考基準になるが、この手の奴は今あるものに執着し過ぎるから手放さないためなら損得を無視して変な行動を取りかねない。今すぐ危険があるわけではないが適度にケアをする必要がありそうだ)

 

『それにあれはもう駄目だ。何度か思念を送ったが反応が無い。闘争本能以外を失ってしまっている』

 

「そんなこと分かるのか?(ああ理由あるのか、なら大丈夫か?)」

 

『ああ、あれは過去にお前と出会った時の私とも似て非なるものだ。そのように造られたのだろう。もはやあれを救う手段はない』

 

「分かった。ならミュウツーのトレーナーである俺があいつに引導を渡してやる。お前は今回のバトルには参加するな。見るのが嫌ならボールに戻してやる」

 

『いや、私も見届けよう』

 

「それでもいい。それとこんな場面で言うのも何だがお前に名前を付けてやる。お前の名前は【あけび】だ。不満があれば後で考え直してやるから言え」

 

『不満はない。が、あけびか……どのような意味の言葉だ?』

 

「お前を見て感覚的に思い浮かんだ名前を付けただけだ(適当に色がそれっぽいものの名前付けたとは言えんし。まあ感覚的に思い浮かんだってのも嘘じゃないし、おもちとかなすびよりは良いと思って我慢してくれ)」

 

『そうか……これからは私の事はあけびと呼べ』

 

「ああ分かってる。じゃあ戦ってくるからあけびはここで待機。もし負けそうになったら加勢してくれてもいい。つくね、もう少し近づくぞ。俺が囮になるから攻撃が来たら回避してくれ」

 

『了解した』

 

「ケー!」

 

「よし、行こう」

 

 つくねに乗ったままゆっくりと戦闘中のミュウツーに近づいていく。足止めを任せた三匹は上手いこと仕事をやっている。偶に牽制の遠距離攻撃を撃って攻撃が来たら回避。見た目では怪我の有無は分からないが粒子が漏れ出している様子は無いので多分怪我はないだろう。

 

 逆にミュウツーの方は多少だが体から粒子が漏れ出している。戦闘を見る限り、偶に回避行動を取ってはいるものの基本的に攻撃行動を優先しているようなのでいくらか攻撃を喰らっている。数とレベル差を考えると自殺と変わらない戦い方だが、あけびがあのミュウツーには闘争本能しかないと言っていたのでその影響かもしれない。これはわざわざ囮にならなくても攻撃を当てるように指示変更するだけで勝てそうだ。あけびに啖呵切った手前少し恥ずかしいが、見栄を張って危険に飛び込む必要もない。

 

 それに多少近づいてもこちらに見向きもしない。人間か指揮官か弱い奴を優先的に狙うと思っていたが、今一つ行動理念が分からない。普通の生き物の様に目先に更に危険度が高いものがあればそちらを優先するのか、もしかすると最初に話しかけたのを敵対行動と取られて自分がターゲットになっただけかもしれない。だが理由は何にせよもう囮になって自分に攻撃を集中させるのは難しそうだ。

 

 もはやあわよくばゲットしようという欲は無い。持ち歩くだけで管理に気を使い、ボールから出せば闘争本能に支配されて暴走、更に説得も不可能となれば捕まえるメリットが無い。強いて使うとすれば逃げる時の足止め兼置き土産か付近一帯滅ぼす時に放逐するくらいしかないがそれも一回だけの使い捨てだ。もう何の価値を感じない。心置きなく始末出来る。

 

「つくね、やっぱりあけびの所まで戻ってくれ」

 

 囮になる作戦を中止して、元居た場所まで戻る。案の定あけびに声を掛けられた。

 

『どうした?』

 

「いや、作戦を変更するだけだよ。俺が混じって場を混乱させるよりこのままの方が安全そうだ」

 

『そうか……』

 

「不満かもしれんが我慢してくれ。皆が無駄に傷つくより良い」

 

『不満などない』

 

 そんな会話をするがどう聞いても声色? に不満が感じられる。格好つけて引導を渡してやるなんて言っておきながら舌の根の乾かぬ内に戦闘に参加しないと言っているのだから仕方ない事ではある。

 

「昔、他のポケモンに言った事があるけど、俺は目標を達成する為ならどんな卑怯な手も使うんだよ。今回の目標は仲間を極力傷つけずに敵を倒すこと。誰がやっても結果は一緒だ。その為に俺が邪魔になるならどんな状況でも俺は出ない」

 

『不満は無いと言っているだろうが』

 

「本当にそうか? 声色に出てるぞ? 思ってることがあるなら言ってくれ。不満だって言うなら俺は考えを変える。なんならあけびとあいつで一対一にしても……やっぱ危険だからそれは駄目だ。他の奴が補助をすることを認めるなら戦ってもいいぞ」

 

『問題無い。お前の決定に従おう』

 

「まあ、それでお前が納得できるならいいよ。でもあんまり我慢して溜め込むなよ。ドザエモン! デンチュウ! ユカイ! 命令変更! 回避が最優先だが攻撃を当てていい! もう倒せ!」

 

 命令を変更した効果は即座に現れた。回避行動を疎かにして無謀な攻撃を繰り返すだけのミュウツーに次々と攻撃が命中していく。ドザエモンとデンチュウが遠距離から岩と電気で攻撃し、ユカイが近距離で拳に黒い何かを纏って攻撃している。回避が最優先という命令が効いているのか即戦闘終了とはならないが着実に一方的にダメージを与えている。

 

 こうして戦闘を見ていると色々と気付くことがある。まずポケモンが攻撃に技を使う時に周辺の粒子に動きがある。ドザエモンが岩を手の穴から発射する時には手の平に、デンチュウが体表から電気を発する時には尻尾の玉に、ユカイが拳に何かを纏う時には拳に周囲の粒子が集まっているように見える。そして粒子が集まった場所を起点にして技を放出している。

 発射された岩も放出された電気も拳に纏っている黒い靄の様なものもどれも放出された時点で粒子ではなくそれぞれの物質に見た目が変わっている。原理は不明だが、空気中の粒子を収集、何等かの手段で物質に変換、放出という段階を経て技を使っている。これの原理が分かればもしかすると自分もポケモンの技を使えるかもしれない。

 

 次にミュウツーが攻撃を受けて吐き出している粒子の行方。これはなんとも微妙だ。空気中に放出された粒子はしばらく漂った後に空気中の粒子の中に消えていく。放出された直後にはその場でしばらく漂うから一部だけ靄が掛かったようになるのだが、ほんの数秒で風に吹き散らされるように四方八方に飛散していくのだ。

 そして粒子が飛散してから数秒の間隔を経て、距離が離れている自分とあけびの体に付着して吸収される粒子がある。ただしその量はミュウツーの体から漏れ出る粒子の量に比べて圧倒的に少ない。大半が空気中に飛散して一部が付近のポケモンに吸収されるという感じだろうか。空気中に保有できる量に上限があって、その粒子の余剰分をポケモンが吸収するのかもしれない。

 

(本当にこの粒子は謎だ。引っ掻き傷程度でも分解が可能で、空気中に存在するかと思えば、ポケモンに吸収されることもある。技を使う時のエネルギーになるかと思えば、ポケモンが成長するエネルギーにもなる。知っている既存の何かに当てはまるものがないか考えてみてもこれだというものは思いつかない。

 もはやこれはこの世界で知られてない何かとかではなく、元の世界にも無かった新種の何かでいいんじゃなかろうか。特徴を羅列して新しいエネルギーとして名前を付ける方が正解な気がしてくる。今にして思えば自分もマサキもこの粒子を既存の何かに結び付ける事に拘り過ぎてた。マサキの場合は全ての物事をプログラムの世界に当て嵌めて解明するという謎の目標があるから仕方ないが、それに引っ張られていたのかもしれない)

 

 そんな考察をする余裕があるくらいにミュウツーとのバトルは一方的になっている。三匹がかりで散々痛めつけられても正確に相手を狙って攻撃をしている様は流石と言えるが、相手取る立場からすればむしろ読みやすい。自分なら周囲に適当に攻撃をばら撒いて洞窟が崩落している最中に逃げる事を選択するがそんな知性も無いらしい。もはや増援でもない限りこの戦況が崩れる事はない。

 

(伝説のポケモンっていうネームバリューと粒子の色で警戒をしていたが杞憂だった。バトルの様子をじっくり観察できたことを考えれば、ここでミュウツーと出会えてよかったかもしれない。普通のポケモンだとバトル吹っ掛けてこないし、伝説のポケモンも普通に倒す事が出来る事も分かった。

 ただミュウツーを伝説のポケモンにカウントしていいのか微妙なのがネックだな。伝説のポケモンの定義は分からないが、多分希少性と特異な能力辺りだろう。ミュウツーもゲームでは伝説のポケモンとしてカウントされてたが実際には人工的に造られた伝説のポケモンのコピー。研究が中断されなければ量産されてた可能性もあるから希少と言えるかは微妙。他の伝説のポケモンみたいに時間を操るとか空間を操るとかそういう逸話や能力がある訳でもなく、単純に戦闘力が高いだけ。はっきり言って一般に知られてないポケモンというだけで伝説って言える要素がない)

 

 そうこうしている内にバトルは終わる。ミュウツーの全身に傷が増える事で漏れる粒子が増えていたが、倒れ伏してからは漏れる粒子の量が徐々に減っていき、遂には漏れる粒子が止まった。体内の粒子が枯渇したのだと思うが、その状態になってもミュウツーの体は発光体のままで色にも変化はない。発光が収まっていないという事は完全に粒子が枯渇していないということだろうか。流石に死んだふりで粒子を操作することは出来ないと思うが念には念を入れる。

 

「ドザエモン、がんせきほうを撃て」

 

 一度がんせきほうを当ててみると、ミュウツーの体から漏れる事を止めていた粒子が再び立ち上る。続けるように指示を出し、三度目のがんせきほうが当たったところでミュウツーの体から光が消え、見知ったミュウツーの体が目に入る。とどめのがんせきほうとそれまでの戦闘で体の一部が潰れたりしているが、まだ全体像が分からなくなるほどの損壊ではない。しかし続く四度目のがんせきほうが直撃したことでそれまで形を保っていたミュウツーの体はそれまでの耐久力が嘘の様にあっけなく潰れ、血だまりに沈む原型の無い肉片へと変わる。

 

(見えるようになったら見えるようになったでグロいな。さっきのが瀕死と死亡の境界線だろうか。生命維持用の粒子と活動用の粒子が体内にあって、ダメージを受けるとまず活動用粒子が減少。それがゼロになったら瀕死で、そこから更にダメージを受けると今度は生命維持用の粒子が減少。それがゼロになるのが死亡って感じか?

 でも粒子の集まりなら生命維持用って言い方もなんかちょっと違うな。粒子を変質させて器を作ってる感じか。その粒子で作った器に活動用粒子を入れる。活動用粒子の容量というか圧縮率がレベルでそれに応じて色が白に近づく……でも色とレベルはイコールじゃないんだったか……そこは伝説とか種族値とかの関係かもしれんな。他の伝説のポケモンをボールから出した時に確認すればいいか)

 

「ドザエモン、もういい」

 

 指示を出しつつ、あけびの様子を窺う。完全にとどめを刺す為に必要だったとはいえ、瀕死の相手に肉片になるまで追い打ちをかけたのはやりすぎだったかもしれない。ただでさえ戦い方に不満を持っていたあけびの様子が気になってしまう。しかし全く分からない。つい癖で顔色を窺おうとしたが発光体なので表情どころか目線すら把握することができない。

 

(あの時はメリットの方がでかいと思って実験協力したけど失敗だったかもしれん。粒子が見えるようになったのは良いけど、ポケモンの事を発光体にしか認識できないのはコミュニケーションを取る上で結構きつい。

 分離して元に戻れればいいけど、今の所マサキの実験だと吸収されたポケモンの分離は出来てないし。粒子を吸収して一つになってるなら無理に剝がしたら何か不具合出そうだしな)

 

『……何か用か?』

 

「別に。あけびのこと見てちゃ駄目か?」

 

『……構わん。好きに見るがいい』

 

「(声色的にはそんな機嫌悪くはなさそうだがちょっと歯切れが悪い。努めて装ってんのか? 腹の中だとどう思ってるか分からんな。この死体さっさと片付けたほうがいいか)人のやり方で悪いがせめてこいつも弔ってやろう。ブーバーン出てこい。お前は自由だ」

 

 ボールからブーバーンを出す。よく考えるとブーバーンを出すのも進退を確認した時以来だ。こっちの世界での最初の仕事が火葬というのは気分を悪くしないか心配だが大丈夫だろうか。

 

「ブーバーン。悪いけどこいつの死体をかえんほうしゃで焼いてやってくれ。死体蹴りに思うかもしれんが人間なりの弔いの仕方だから我慢してくれ」

 

 洞窟内で火を使うと酸欠の不安があるが、血と肉片しか残ってないから他に方法がない。埋めるか場所を移すか出来ればいいが血まみれになったら今後困る。本当は放置してどうなるかを観察してみたいが時間が無いし、あけびの心象もあるので弔うしかない。

 

 ついでにブーバーンの攻撃の様子も観察する。見た限りでは他のポケモンが技を使うのと同じで攻撃の起点となる手に粒子を集めて火に変換、そしてかえんほうしゃとして放出の流れ。それを見て自分も出来ないかと思い、手に粒子集まれと念じてみたが何も起きなかった。コツがあるのか自分には出来ないのか分からないが、しばらく暇な時間があれば練習してみるしかないだろう。

 

 無事にミュウツーの残骸が骨を残して燃え尽きたのを見届けて、骨を地面に埋める。既に血も蒸発しているから汚れても煤が付く程度、その位なら気にならない。あけびに骨の一本位持っておくか確認したが『いらん』の一言で断られた。最後まで同族の事をどう思っているのか理解できなかったがもう他のミュウツーと会う事は無いだろうから考えない事にする。

 

 埋葬を済ませて場所を移動。他に良い場所があるかは分からないが、流石にミュウツーを殺した場所でポケモン達とのコミュニケーションは取りづらい。幸い洞窟は広く、適当に歩いていけばいい感じに広い場所はすぐに見つかった。ただ完全に道が分からなくなったので洞窟から出るのに最低でも二~三時間くらいかかる事を見越して動かなければならなくなってしまった。

 

 携帯電話を開いて確認したところ時刻は午前5時20分。マチスとの約束が明日の正午でこの洞窟からの脱出とクチバジムまでの移動を五時間くらいと考えるとここで過ごせる時間は残り25時間40分。ポケモンは逃がす予定のものを含めて367匹。ついてくるかどうかを聞くくらいならどうにかなるがそれぞれが望むコミュニケーションを取るには圧倒的に時間が足りない。しかもミュウツーの様な微妙な存在ではない正真正銘の伝説ポケモンも9体残っている。

 

(出来れば優先順位は付けたくないけど、まずは伝説のポケモンとの接触、次にレギュラー陣と伝説ポケモンとのコミュニケーション、最後に残った時間で可能な限り他のポケモンとのコミュニケーションになるかな。他のポケモンには悪いけど伝説のポケモンを外で軽々に出すわけにはいかないからどうしても優先度が上がる。レギュラー陣も洞窟の中で構うって約束したからしょうがない。これでいこう)

 

 優先順位を決めて伝説のポケモンのボールを適当に一つ取り出す。あけびも含めてポケモンは出したままだ。あけびには通訳をお願いしないといけないし、レギュラー陣には自分の身を守って貰わなければならない。一度は捕まえているとしても伝説のポケモンとなれば自我を失う縛りを自力で乗り越えてくる恐れがある。

 

 ボールを投げて出てくる様子を観察する。粒子が見えるようになってからじっくり見るのは初めてだがこれが結構気持ち悪い。ボールが開いて大量の粒子が飛び出したかと思えば、これがうねりながら増殖するように体積を増やしてポケモンの形を形作るのだ。マグカルゴの時もそうだったが自分はこういう流動体の様なものが苦手なのかもしれない。

 これで分かったのが周囲の粒子を取り込んではいない事。つまりボールの中にポケモンを形作る粒子は全部収まっているという事になる。

 そしてポケモンが形を作っている時に少量ながら外部から吸収している粒子があった。その粒子の出所は俺の腕だ。周りのポケモンからは粒子を吸収していなかったのでボールを出した者から粒子を奪うのか、俺の体がポケモンじゃない何かだからだと思われる。そして多分これがポケモンの自我を奪う原因だと思うので後で実験することを覚えておく。

 

 ボールの原理は置いておいて、出てきたポケモンは大きさ1.5mくらいでふわふわと浮かんでいる。突起のようなものが背中から二本、側部から二本、正面に一本生えている。形状を見て一瞬サニーゴかと思ったが、サニーゴは伝説とは別にしてあるから多分ラティアスかラティオス。粒子の色はこの洞窟にいるポケモンより少し白の色合いが強いのでレベル換算で60~70程度と思われる。ゲームでは育てた覚えはないが捕まえた時のレベルは覚えていない。それでもレベル60~70は高すぎる気がするので伝説のポケモンはやはり白の色合いが強くなるのかもしれない。

 

(ラティアス? ラティオスだったか? 確か持ってるのは赤い奴だったけど。赤いのって名前どっちだっけか。間違えるのは不味いけど思いだせん。確か青いほうが雄だから名前にオスが入ってるんだったと思うが逆だった気もする)

 

「ずっとボールに閉じ込めてて悪かった。少し話をさせてくれ。お前は自由だ」

 

「ひゅあん」

 

「(鳴き声聞いても分かんねぇな。ニックネームでも付けて誤魔化すか)あっ」

 

 判別手段を思い付き、オーキド博士から貰って一度も使っていなかったポケモン図鑑を取り出す。ポケモン図鑑をラティアスかラティオスか分からないポケモンに向ければラティアスの情報が表示された。役に立たない爺だと思っていたオーキドに少しばかりの感謝が芽生える。

 

(ラティアスか。温厚なイメージがあるが実際はどうだろうか。図鑑にテレパシーで気持ちを通わせるってあるけどこれもどうなんだ? 心を読むとかそんな感じのことが出来るのか?)

 

「ひゅあ」

 

「ああ、悪い。単刀直入に聞くけどこれからも俺についてきてくれるか? もし嫌なら好きな場所で解放するぞ?」

 

「ひゅああん」

 

「……あけび、すまんがなんて言ってるか教えてくれるか?」

 

『知らん』

 

「え?」

 

『知らんと言ったのだ。私とて全ての生き物に言葉が通じる訳ではない。分かるのは大まかな意思だけだ』

 

「……そうなんだ」

 

 いきなり計画が頓挫してしまった。皆の望みを聞くのはあけび頼りだったので、これでは何を望んでいるか確認するだけで結構な時間が掛かってしまう。この世界は本当に望んだこと程上手くいかない。

 

「ラティアス、悪いけど俺に付いてくるなら右手を、俺から離れるなら左手を上げてくれ。あんまり出してやれる機会はないかもしれんが出来るだけお前が望むことはしようと思うから」

 

「ひゅあん」

 

 挙げたのは左手。ショックはあるが仕方ない。ポケモンが何を基準についていくかを決めるか分かればどうにか取り繕う事が出来るが、頼みの綱のあけびも言葉が分からないらしい。

 

「そうか、分かった。今までありがとう」

 

 とりあえずラティアスは温厚そうなので別れの挨拶と一緒に抱きしめておく。逃がすポケモンにこんなことをする必要は無いのだが最後の愛情表現だ。少なくともレギュラー陣はこういう接触を含むコミュニケーションを好む。他のポケモンも同じかは分からないが振り払われないという事は悪感情は抱いてないだろう。

 

「どうする?どこか望む場所があるならそこまで連れ「ひゅああん!」

 

「うおっ!?」

 

 別れの挨拶を告げたら、こちらの申し出も聞かずにラティアスは飛び立った。洞窟の壁を避けてスイスイと飛んでいき、すぐに見えなくなる。方向的には出口があると思われる方向に飛んで行ったが大丈夫だろうか。洞窟から伝説のポケモンが飛び出していくのを誰かに見られるとまずいかもしれない。

 

 急いで次のボールに手を伸ばす。異常に気付いて人が集まっては堪らない。伝説のポケモンの意思確認だけでもここで済ませたい。

 ボールを投げれば出てきたのは自分の身長より少し小さいくらいの大きさの鳥。羽が棘の様な形状をしているのでどう見てもサンダーだ。鳥としては十分でかいがイメージより小さい。色はラティアスよりも白の色合いが強いくらいなのでレベル換算で70くらい。確かゲームだと捕まえた時レベル40か50くらいだったと思うので伝説のポケモンはレベル以上に白く見える事は確定でいいだろう。自由を与えた瞬間に雷が飛んで来たら確実に回避できないのでドザエモンに斜め前の位置に立ってもらってから声を掛ける。

 

「よし、じゃあサンダー悪いけど少し話をさせてくれ。もし俺が気に入らないなら────

 

 悠長にしている時間は無くなったが、焦って言葉を間違えない様に気を付ける。自分から声を掛けているのに圧迫面接を受けている感覚だ。これが伝説だけであと9匹。普通のポケモンを含めると359匹もいる。やるべきことを小まめに片付けておくべきだったと後悔しながら、誠はかける言葉を選んでいく。

 




野生のミュウツーはゲームテキストの設定を参照しております。
ちなみにゲームテキストは
HG【きょくげんまで せんとうのうりょくを たかめられたため めのまえの てきを たおすことしか かんがえなくなった】
SS【たたかいで ちからを さいだいげんに だせるように ふだんは すこしも うごかず エネルギーをためている】
となっています。
喋っている事に関してはゲーム設定ではなく独自設定です。初代とかだと鳴き声は「みゅう!」という表記なのですがHGSSでは鳴き声のテキストがありませんので勝手に喋らせました。


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修正する人

お待たせいたしました。続きが書けましたのでお納めください


「頑張れユカイ、多分もう少しだ」

 

 誠は狭い穴を垂直に登りながら、短絡的な行動を後悔している最中だ。ポケモンとの邂逅とコミュニケーションを終えるのに、滞在可能な時間の大半を使った結果である。

 

 邂逅は結果だけを言えば、伝説のポケモン十匹の内の、ラティアス、エンテイ、ライコウの三匹が離脱した。ラティアスはともかく、エンテイとライコウに至っては話をさせてくれと言ったにもかかわらず、碌に話も聞かないまま逃亡していった。

 

 他にも意味不明な行動を取ったポケモンがおり、その最たる例がスイクンだ。ボールから出して自由を与えた瞬間に逃亡したかと思えば、しばらくして戻ってきて自らボールを差し出し、その中に納まるという謎の行動を見せた。

 

 そんなイレギュラー的な行為を捌きながらも七匹の伝説ポケモンがついてきてくれることとなったが、当然良い事ばかりではない。ポケモンが何を望むかを確認しなければならなかったからだ。通訳として期待していたあけびに頼る事が出来なかったのでこれが困難を極めた。

 

 ユカイ等は露骨に構って欲しい、遊びたいという態度なので分かりやすいが態度に出ないポケモンの望みが本当に分かりにくいのだ。三鳥やホウオウなどはまだ立ち振る舞いで何とか分かるが、カイオーガとスイクンが難関だった。

 

 一般的な欲求と思われる遊び、食事、戦闘を提示しても碌に反応がなく、否定も肯定もしてくれない。結局ニュアンスだけは分かるというあけびに頼み込んで時間を掛けて意思疎通を図り、なんとか望みを聞き出した。

 

 そして言葉が通じるのでスムーズに話が進むと思っていたあけびの望みを聞くのが一番手間取った。なにせ何を言っても望みは無いとしか返ってこない。最初はそう言うならそのまま放っておいてやろうかと思ったが、そうなると自分だけ望みを叶えるのが気まずいのかドザエモンやホウオウが遠慮し始めるのだ。

 

 それを避ける為に何とか望みを聞き出そうとするが、そうすると今度は一緒にいるだけでいいなどと言い出し、余計にドザエモン達が遠慮するという悪循環が出来上がってしまった。最終的には素直になれないだけだと判断して無理矢理遊びを望む組にぶち込んだ。その際にも命令なら従うと可愛くない言動を見せたが、明らかに嬉しそうな声色になっていたので問題は無いだろう。今後の扱いの指標にもなった。

 

 ただ、叶えることが困難な願いをしてくるポケモンもいる。それぞれの願いは、

 

 ドザエモン:思いっきり抱き付きたい(単純に腕力がやばい。命の危険大)

 

 ユカイ:体力の続く限り遊びたい(スタミナ次第でとんでもなく時間が掛かる)

 

 つくね:じっくりトリミングして欲しい(良識の範囲内、良い子)

 

 デンチュウ:俺を抱き枕にして寝たい(可愛い願い事、良い子)

 

 ブーバーン:火山に行きたい(火山の目途はあるので難しくない、問題なし)

 

 ドククラゲ:海で狩りをしたい(簡単に達成できる、了承)

 

 あけび:望みはない(照れてるだけなので強制的に遊び組に参加)

 

 ホウオウ:しばらく大空を飛び回りたい(人目に付くので出来ればやめて欲しい)

 

 カイオーガ:海で自由に泳ぎたい(せめて水面に出てこないなら)

 

 フリーザー:寒い場所に行きたい(シロガネ山が候補だが満足してくれるかどうか)

 

 ファイヤー:身体的接触を含むスキンシップ(体が火なので近づくだけで熱い、命の危険有)

 

 サンダー:お腹一杯食事をしたい(電気が食料らしいのでデンチュウの電気を食わす)

 

 スイクン:俺を背中に乗せて全力疾走で走りたい(場所の選定を誤らなければなんとか)

 

 となっている。特に困難なのがドザエモン、ホウオウ、カイオーガ、フリーザー、ファイヤーの五匹だ。二つは命の危険、二つは人目に付く危険、一つは満足するか分からないという問題がある。それでも望みを叶えると言ってしまった手前無下にすることも出来ない。

 たった一日でこれをあと351匹分やろうとしていたのは今にしてみれば馬鹿としか言いようがない。今ならこの世界の人間がポケモンを大量にゲットしないのが面倒を見切れないからだと分かる。

 

 そんな中で出来たのは必ず叶えるから待って欲しいと頼み込む事だけだった。どちらにせよ場所の関係で即座に願いを叶えられないポケモンも多かったのでその頼みは受け入れて貰えた。ただその場で叶えることの出来る望みは叶えてやりたかった。

 

 だから手持ちの傷薬に望みを託して、まずドザエモンとファイヤーの願いに挑んだ。結果生き残った。ドザエモンは思いっきり抱きしめるとの事だったが流石に手心は加えてくれた。呼吸は出来ないし、右肩も外れたし、何なら体から粒子が漏れるくらいのダメージはあったが能力差を考えればそれでも手加減されてるのは分かる。思いっきりといっても潰す程の全力を出す筈が無いと考えれば分かる事だった。ドザエモンがちょくちょく見せる態度を見ていると自分を庇護対象かなにかと思っている節があるが、実際に自分の事をどう思っているのか気になるところである。

 

 ちなみにドザエモンに食らったダメージは傷薬で治った。傷薬を吹きかけただけで外れていた肩が音も無く元の位置に戻ったのは正直怖かった。歪んだ位置でくっついてないか確認したが見た目に問題はなく、動かしても違和感すら無い。疑似粒子を獲得するという事は体積が増えるという事なので欠損した部位が生えてくるとか傷が埋まるくらいなら理解できるのだが、外れた骨が音も無く元の位置に戻るというのはさっぱり理解できない。

 

 何となくだが起きた現象的には傷が治癒するというよりも正常な状態に戻るというのが近い気がする。粒子を獲得したら器が再形成されるという感じだろうか。これなら進化以外でポケモンの見た目が変わらないのも説明が付く気がする。

 実際に自分は腕力も体力も学生時代くらいになっているが腕は細いままで体系もビール腹のまま。この世界に来た時点と体系が全く変わっていないということは、その時の状態が正常な状態として登録されたのかもしれない。せめて腹が出る前の状態が良かった。

 若くて元気な体を保てるというメリットはあるが、何十年と見た目が変わらないとなると不審がられるだろうから一か所に定住することは難しくなるデメリットもある。だが考えても仕方ないので保留にする。

 

 続いてファイヤー。ファイヤーは体が火だからか近づくだけで熱を感じる。危ないと思ったらかけてくれとあけびとユカイに傷薬を渡して、全身火傷する覚悟で挑んだがこちらも何とかなった。

 何というか熱を感じるのに熱くはないのだ。確実に周囲に熱を放っているし、触れた感じ体温も滅茶苦茶高い。しかし火に触れたような熱さではなく火傷する事もない。上手く表現出来ないので結局は熱いけど熱くないという変な表現になってしまう。そもそもファイヤーの体が発光体に見えていた時点で実物の火を纏っている訳ではなかったのだろう。

 なのでファイヤーとのスキンシップで怪我をする要素は無かったのだが、スキンシップ中につくねに尻を突かれて少し粒子が漏れた。ポケモンに嫉妬という感情があると知れたので安い授業料だ。

 

 傷を癒しつつ、つくねが望むことをしてやるがこれが気まずい事この上ない。護衛の為に出したままにしているポケモンの視線が気になるのだ。今の自分にはポケモンの表情すら見えないので実際の所はどうだったのか分からないが、どうしても恨みがましい視線を向けられている気がする。

 なにせ望みはいずれ叶えると言いつつ、明確に優先順位を付けて放置したまま他のポケモンの望みを叶えるのを見せつけている形だ。これまでボールに閉じ込めたままだったこともある。自分がその立場だったら間違いなくキレる。

 

 そんなポケモンに囲まれながらやる毛づくろいはもう気が気でない。なのに一分も十分も分からないくらいの緊張の中で周りを気にしながら毛づくろいをしていたらつくねに頭を齧られた。毛づくろい中に回りを気にする度に頭を齧られて、つくねが意外と嫉妬深い事を体に教え込まれた。

 しかも毛づくろいをするのにブラシなんか無いから素手で撫でる羽目になった。何十分撫でさせられたか分からないがたわしの様な剛毛を撫で続けたおかげで掌が真っ赤になってひりひりする。

 

 続くユカイも負けてなるものかと手間を掛けさせてくれた。遊ぶと言っても何をするのか分からなかったが、望んだのは鬼ごっこだった。ただし逃げるのがレベル100のポケモンで場所が洞窟の中という問題付き。尋常じゃない速度で逃げ回り、岩陰に隠れ、天井に張り付き、見失うと背後から飛び掛かったり、地面から顔を出したりと好き放題。そして目を離したらまたどこかに消えていく。

 こちらは洞窟内のポケモンに備えて護衛のポケモンを出したままにしているから迂闊に走り回ることもできないのにだ。いきなり飛び掛かられたり、足元でいきなり鳴き声を上げられたりした時に野生ポケモンと勘違いして攻撃命令を出したのも五回や十回じゃ済まない。しかもそれすらも楽しみの一つと感じたのか積極的に俺にちょっかいを掛けにくるようになって途中からは狩りの獲物にされた気分だった。

 洞窟の中でいつ襲われるか分からないという精神的負担を、レベル100に相応しいスタミナで存分に味わわせ続けてくれた。最早どれだけの時間付き合わされたのかも分からない程に狩りごっこに付き合わされて、最後にはつくねに乗って移動する始末。それでも尚ユカイは遊ぶことを止めず、ユカイが満足した時にはもう俺は一歩も歩きたくなかった。

 

 そしてどのくらい時間が経ったか確認しようと携帯を開けば、時刻は日付も変わった午前10時20分。マチスとの約束までニ時間を切っている。

 伝説のポケモン10匹との接触、ポケモン13匹の望みの聞き出し、ポケモン4匹の望みを叶える、これだけの作業でほぼ丸一日使ってしまった。しかもミュウツーとの戦闘やユカイの狩りの所為で最早洞窟内のどこにいるのか見当もつかない。ならばマチスに遅れると連絡しようにも携帯は圏外。

 

 約束を守るためには一時間以内に洞窟を脱出して、つくねに40分でクチバシティに移動してもらう必要がある。おそらく遅刻しようがすっぽかそうがマチスは許してくれるとは思う。しかし口約束とは言え互いに了承したならそれはもう契約だ。それを一方的に破棄するような不義理は自身のプライドが許さない。なんとか一時間以内に脱出する方法を考えた時、真っ先に浮かんだ案を採用した。

 

 それはドサイドンのあなをほるで壁に穴を開けて地上まで出る方法だ。そもそも入って来た入口から出る事を考える方が無謀だったのだ。この洞窟でラティアス、エンテイ、ライコウを既に逃がしている。

 その三匹が入口から出て行ったとすれば、入口に人が集まっているどころか、誰かが洞窟内の確認に来ていてもおかしくない。そんな状況で正面から出ていけば確実に事情聴取が待っている。ついでに警備員を眠らせて侵入したこともバレるだろう。

 

 だからドザエモンに穴を掘らせたのだが、この穴が想像より小さかった。直径は1m程あるので通れないなんてことはないのだが中腰か這って移動するかしなければならない。なので少し屈む程度で移動できるユカイを護衛に残し、他のポケモンをボールに仕舞って穴に入ったのだが想定が甘かった。

 地上まで穴を掘っていったドザエモンを追って穴の中を移動している内に勾配がどんどん急になっていき最終的にはほぼ垂直になっていったのだ。未だ穴の先に光が見えない状況だがドザエモンが穴の先にいる以上、今更引き返すことは出来ないし、誰かに穴を掘り直させて別の場所に出るのも避けたい。しかしこの場でこいつを出せば穴を登れるというポケモンも思いつかない。

 

 結局、ユカイに押し上げて貰いながら垂直な穴をよじ登る羽目になっている。幸い穴が小さいので両腕を伸ばせば体を支えられる。水場の近くだからか土も粘土質でボロボロ崩れないのもありがたい。最早自力でよじ登るというより、よじ登るユカイの頭の上に立っているという方が正しいが、時間に余裕が無い責任の半分くらいはユカイにあるので責任を取ると思って我慢してもらう。

 

 何とか垂直な穴を登り切り、急勾配の穴を進んでいく内に触れる土に湿り気が出てきた。近くに水場があると分かる。よく考えればハナダの洞窟は水場に囲まれた位置にあった。今更ながらドザエモンが掘った穴が湖の底に繋がったら洞窟内で溺死していた事に気付きゾッとする。

 今回は何とかなったが、この世界に来てからこういう短絡的な行動をしての失敗が多すぎる。未だに生きているのは運が良かっただけだと再認識する。

 

 穴を抜けた先は林の中。周囲を見渡せば何となく見覚えのある道が目に入る。位置的にはハナダシティとマサキの家の間のどこかだろう。穴からポケモンが出てこない様にドザエモンのロックブラストを数発撃ち込んでから土をかける。この穴は通るのがしんどいので二度と使うつもりは無いが、今後はハナダの洞窟に入るのに適当な場所から穴を掘って入るのも良いかもしれない。

 

 PHSで時間を確認。時刻は午前10時52分。30分程度で洞窟から出ることが出来た。ユカイとドザエモンをボールに戻してつくねを出す。ここでまた問題が発生した。つくねが俺を乗せる事を渋ったのだ。

 こんなことは今までに無かったので理由もさっぱり分からず、何とか乗せてもらえるように説得しているとつくねに上着をはぎ取られ、ズボンにまで嘴を掛けられた。服を剥ぎ取られ、何が気に障ったのかと考えているとシャツを嘴で咥えられ、つくねの背中に乗せられた。一度降ろしてもらって鞄に仕舞っていた別の服に着替えると今度は問題なく乗せてくれた。どうやら土で汚れた服のまま乗るなということだったらしい。

 しょうもない事で時間を取られたが、その分つくねが急いでくれたので無事正午前にはクチバシティに辿り着く。

 

 クチバシティに到着して、まずはポケモンセンターに行き、ポケモンを回復する。ミュウツーとの戦闘でダメージは食らってなかったと思うが念の為だ。

 今のところ問題になったことは無いがゲームでいうところのPPがどうなっているのか気にかかる。空気中の粒子を使って技を使っていたのでPPという概念が無い気もするが、こじつけるとしたら粒子を物質に変換する際に使うエネルギーとかだろうか。これもいずれ検証が必要だろう。

 

 回復を終えてクチバジムに急ぐ。時刻は12時3分。正午くらいと言っておいたから三分くらいはセーフだ。クチバジムに入れば前の時と同じように数人のジムトレーナーがいる。どうせマチスに繋いでもらうから誰でも良かったがこちらより先に向こうから声を掛けてきた。

 

「やあ誠君、久しぶり」

 

「あ、どうもお久しぶりです(うわ、今日シンさんいるんか)」

 

「今日はどうしたんだい? あ、もしかして前に約束した食事のお誘いかな? 悪いけど仕事中だから少し待って欲しいかな」

 

「(コミュ力たけぇ)それはまた都合を合わせます。今日はマチスさんと約束があって来ました」

 

「ん? ああ、そういえばマチスさんが昼にお客さんが来るって言ってたけど誠君だったんだ」

 

「まあ多分私ですね。正午くらいって約束してましたんで」

 

「そうか。じゃあカードを渡そう。使い方覚えてる?」

 

「大丈夫です。それと都合聞くのに連絡先教えて貰えますか?」

 

「そういえば教えてなかったね。これは悪いことをした。何か書くもの持ってないかい?」

 

「じゃあ番号言ってください。その番号に電話かけるんでそれを登録してもらえれば」

 

「それでいいなら番号を教えるよ。番号はxxx-xxxx-xxxxだよ」

 

 聞いた番号をPHSに打ち込み電話を掛ける。目の前のシンが手に持っている携帯が振動したのを確認して通話終了のボタンを押して、発信履歴から電話番号を登録する。

 

「うん。この番号だね。じゃあ登録しとくよ」

 

「はい、また連絡します。もうちょっと話したいところですけどマチスさんをあんまり待たせても悪いんでそろそろ行きます」

 

「わかった。またいつでも連絡してくれよ」

 

「ええ、それじゃあまた」

 

 シンと別れ、ジムの奥へと進む。歩きながら性格を切り替える。これからやるのは自分に割り振られた仕事。今だけはポケモンの生態調査も今後やるべきことも数々の疑問も全て忘れて職務を全うする。マチスとバトルし、観察し、弱みを見つける。ただそれだけに集中する。

 やはりやるべきことが決まっている方が楽で良い。我ながら根っからのサラリーマン気質だと思うが、その方が性に合っている。そもそもバトルは考えることが少なくて楽なのだ。きっちりとした勝敗があるから、単純にどうやれば勝てるかだけに考えを絞ればいい。ストレス発散になっていい事づくめだ。

 この世界が日本より平和なのはこういう直接的な戦闘があるからかもしれない。バトルするだけで純粋な武力の優劣を簡単につけられるから、暴力を禁じられてる日本の様な互いの足を引っ張って優劣を競うしょうもない争いがないのだと思う。

 

 ジムリーダーの部屋に進むこの廊下を渡るのも四度目だ。もう緊張することもない。ジムリーダー室の扉を開ければマチスが待っていた。

 

「すいません。少し遅くなりました」

 

「正午頃と聞いてましたから問題ありませんよ。お待ちしてました誠さん」

 

「ええ今日はよろしくお願いします。早速ですけど準備の方はどうですか?」

 

「私は問題ありませんがさっそく始めますか?」

 

「そうですね。バトルの後のお話がどのくらいかかるか分かりませんし、始めましょう」

 

 ジムトレーナー室を出て、以前のバトルでも使用したフィールドに移動する。何の変哲もないフィールドだが電気タイプが有利になるフィールドが思いつかなかったのだろうか。

 

「それじゃあ三対三でアイテム禁止、持ち物禁止。交代は自由で全員戦闘不能になったら負けでいいですか?」

 

「それで構いませんよ(今回の選出どうしようか。いやどうするも何もないな。つくねが相性悪いから残りの三匹しかいない)」

 

 ルールを確認して互いに所定の位置に移動する。ミュウツーとの勝負を除けば、しばらくバトルをしていないだけなのにすごく久しぶりにバトルをする気分。自分はこんなにバトルジャンキーみたいな思考をしていたかと疑問を感じる。

 

「では、GO! マルマイン! ライチュウ! ジバコイル!」

 

「いってこいデンチュウ! お前は自由だ!」

 

 互いのポケモンがボールから姿を現す。誠の選出はデンチュウ。圧倒的に有利な相性を持つドザエモンがいるが、今回は戦い方を見るのが目的なので敢えて先発からは外している。そしてそんなことよりも気になるのはマチスが三体のポケモンを出している事。

 

(なんで三体出した? 先に面子を開示するルールでもあるのか? それとも三対三ってトリプルバトルの事だったか? トリプルバトル用の戦い方は考えてきてないんだけどな)

 「あー、とすいません。三対三ってトリプルバトルのことでしたか?」

 

「いえいえ、シングルバトルで合ってますよ。三体出ているのはこちらの都合ですのでお気になさらず」

 

「そうですか(面子がばれてでも出す意味はなんだ? 出鼻をくじくのが目的……はメリットが弱いな。いかくみたいな出してるだけで効果ありそうな特性持ちもいないし。俺ならどうするか。……全員ステージ際に置いてローテーションでステージに入って遠距離技を撃つとかかな。狙われた奴を離脱させて別の奴が相手を狙う。それか狙われた奴を急いでステージ外に出して反則狙いもできるか。俺ならこっちを狙うな)こっちが技を撃ったの見てから場外に出して待機狙いで反則だとか言わないでくださいよ?」

 

「そんな事はしません。交代の宣言より先に技を出していたら技の方が優先されます。正々堂々戦いましょう」

 

「そうですね」

 

「ではブザーを鳴らしますので、それで試合開始です」

 

「はい。どうぞよろしく」

 

 悩んでも仕方ない。どんなやり方でも所詮は試合の範囲内。ポケモンの色もハナダの洞窟にいた近づく事すらしてこなかったポケモンと大差ないのでおそらくレベル60程度。それなら問題なく対処できる。どんな戦い方をするかを見るのも目的だし、良さげな戦い方なら引き出しの一つにするつもりでブザーを待つ。

 

 ビ──

 

 開始のブザーが鳴る。マチスのポケモンは全員マチスの背後に控えている。どれを出してきても大差無いがひとまずは相手の出方を見る。

 

「ジバコイル! マグネットボム!」

 

 マチスの背後から飛び出してきたジバコイルが粒子を集めて球状の物体を飛ばしてくる。数は四。選択肢は回避か迎撃だが、マグネットボムはまだこの世界で使っているのを見た事の無い技。爆発の範囲が分からないから回避しきれない可能性がある。

 

「シグナルビームで迎撃!」

 

 デンチュウが両腕を合わせ、線のようなビームが発射する。数はきっちり四発。マグネットボムとシグナルビームがぶつかり爆発を起こす。爆発の範囲は小さいが爆発の衝撃で金属片が周囲へと飛び散り、デンチュウとジバコイルへと向かう。

 

「デンチュウ! でんきショックで防げ!」

 

 デンチュウが尻尾に粒子を集めるが防御は間に合わない。でんきショックが放たれた時には既に飛散した金属片がデンチュウに命中し、デンチュウの体の前面からほんの僅かに粒子を漏らしている。ジバコイルの方はというと粒子の漏れは見られない。腕であるU字磁石の先に金属片がいくつか張り付いている事を見るに磁力を使った防御が出来るのだろう。

 

「もう一度です! マグネットボム!」

 

 またしても四発のマグネットボムがデンチュウに向かって放たれる。

 

(同じやり方は駄目。かと言ってあの攻撃範囲だと回避もきつい。あれは爆発より装甲を飛ばして攻撃する物理メインの手榴弾に近い。対物理で効きそうな技……ひかりのかべは物理と特殊どっちだったか)

 

「回避して爆発の方向にひかりのかべ!」

 

 誠は破片は回避できずとも直撃よりはマシと考えて回避を選択。そしてひかりのかべを指示。デンチュウは飛びずさりながら正面に薄黄色の壁が生み出す。そしてデンチュウがいた位置にマグネットボムが着弾。金属片が飛散する。

 

(どうだ?)

 

 しかし誠の期待を裏切り、金属片は光の壁を素通りしてデンチュウの体に突き刺さる。

 

(くそっ、リフレクターの方が正解だったか。リフレクターは使えたか?)

 

 技の選択を悔やんでいる内に、デンチュウがステージに着地する。その瞬間、デンチュウの着地した地面が爆ぜた。

 

「あれ?」

 

 一瞬見間違いかと思ったがデンチュウの右足から粒子が漏れている様を見て見間違いでない事を再確認する。よく見ればデンチュウの右足付近から白い煙が立ち上がっているのも見える。

 

(攻撃された? 爆発ってことはマグネットボムか? いつだ? フィールド全体を視界に入れているからジバコイルも見てた。マチスの攻撃指示も聞き逃すことなんてない。別のポケモンの攻撃か? いや、それだと反則になる。一発だけ別軌道で撃ったのを見落とした?)

 

「まだまだ! マグネットボム!」

 

 ゆっくり考える間もなくマグネットボムがデンチュウに飛んでくる。馬鹿の一つ覚えの様に同じ技を使ってきているが、こちらに完璧な対抗策が無い以上、同じ技を使い続けるのは理に適った選択だ。やられる側からしたらこれほど嫌な選択も無い。

 

「ほうでんだ! 電気を出し続けろ!」

 

 デンチュウを中心に四方八方に電気が撒き散らされる。もし先程の攻撃が一発だけ軌道を曲げたものであれば全方位攻撃で対処することが出来る。ひとまず多少の金属片を喰らいつつも正面から飛来しているマグネットボムの迎撃には成功した。そして正面からの攻撃を迎撃しつつも電気を出し続けるデンチュウの周囲に目を凝らす。

 

(どこだ? 左右? 上下? 今回は撃ってないのか? 全方位攻撃で体力消耗が狙いか?)

 

「ロックオン!」

 

 デンチュウが電気を放出している間にもマチスのポケモンは行動する。使用された技はロックオン。ゲームでは次の攻撃を必中にする技。この世界でも似たような効果を及ぼすだろう。

 

(ロックオン。命中上げるって事は大技を使ってくるか。どうも技の相性が良くないし交代するか? ん?)

 

 その時、異音が聞こえた。ボバンッという鈍い爆発音。音のした方に目を向ければフィールドの一部に穴が開き、白い煙が上がっている。

 

(なんだあれ。攻撃か? さっきマグネットボム撃ってたの迎撃したか? でもなんか音が……地中? 地中から攻撃して……地雷か!)

 

「デンチュウ! かみなり! ステージにでかいの一発落とせ!」

 

「ジバコイル! ラスターカノン!」

 

 デンチュウがステージに特大のかみなりを落とし、ジバコイルがデンチュウにラスターカノンを放つ。技の隙を狙われたデンチュウにラスターカノンが直撃し吹き飛ばされるが、何事も無く立ち上がる。多量の粒子漏れがあるがその量は想定より遥かに少ない。

 

 そして誠の想像した通り、かみなりが落ちたステージの数ヶ所で鈍い音と共に地面が爆ぜる。本物の地雷かマグネットボムのような技かは分からないが、いくつかの地雷が埋められているのは、間違いない。

 

「マチスさん、これはルール的にどうなんです?」

 

 試合前に正々堂々を謳っておきながら、事前にステージに細工をしていたのだ。自然と誠の声にも苛立ちが混じる。しかしその苛立ちが伝わっているにも関わらずマチスの返事は飄々としたもの。

 

「説明していませんでしたが、これがクチバジムのステージギミックですから問題にはなりませんね」

 

「今回はジム挑戦では無いですけど?」

 

「いや申し訳ない。いつ挑戦者が来てもいいようにセットしてそのままにしてました」

 

「前にここで戦った時には無かった気がしますけどね(白々しいな)」

 

「ははは、そうでしたそうでした。前にここで戦ったことがありましたね。じゃあ正直に言いましょう。私も本気で勝とうとしてるってことです。相手の懐で戦うっていうのはこういうことですから我慢してください」

 

「ちっ。分かりました。じゃあ続きをしましょう」

 

「はい。正々堂々勝負です」

 

 今更どの口が言っているのかと思うが、相手の懐で勝負を挑んだ事は事実なので文句を飲み込む。自分も同じ立場なら似たような事をするだろう。やり口は汚いと思うが、言い方を変えれば勝負に勝つための事前準備をしたとも言える。そう思えば多少は怒りも収まる。少しだけマチスの評価を修正しなければならない。それに致命的な小細工という訳でもない。地雷が埋まっていると分かればやりようはある。

 

「(マチスがここまでやってくるとは思わなかったけど、そっちがその気ならこっちもそれなりの対応をしてやる)戻れデンチュウ。ドザエモンお前は自由だ」

 

 誠はデンチュウをボールに戻し、ドザエモンを出す。ドザエモンならば地雷を踏んでもダメージは殆ど無く、マチスのポケモンのメイン技である電気技を無効化する事が出来る。鋼技は要注意だがそれはきっちり迎撃していけば問題にならない。本当は誠はドザエモンを使うつもりは無かった。出せば一方的に勝つことが決まっている。そしてドザエモンを出さずともデンチュウとユカイの二匹だけでマチスに勝つ自信もあった。しかし現実に起きたのはデンチュウが一方的に攻撃を受ける事態。今の誠はマチスの評価を上げ過ぎて安全策以外取れなくなっている。

 

「マグネットボム!」

 

「ロックブラスト!」

 

 マグネットボムとロックブラストが空中でぶつかり合う。ただし一点だけデンチュウの時とは違いがある。迎撃に使う技が電気のような形の無いものではなく、岩という形あるものだということこと。迎撃の際に飛散する金属片も迎撃に使われた岩に阻まれドザエモンに届かない。そして仮に届いたとしてもドザエモンの岩の装甲を貫通するには至らない。

 

「ドザエモン! 攻撃を迎撃しつつ距離を縮めろ!」

 

「ジバコイル! 距離を取ってミラーショット!」

 

「ストーンエッジを壁にしろ!」

 

 距離を詰めようとするドザエモンから逃げながらジバコイルが光線を放つ。それを地面を強く踏み込む事で生み出したストーンエッジを盾にする事で回避する。マグネットボムにはロックブラスト、ミラーショットにはストーンエッジ、ラスターカノンにはがんせきほうと鋼技を的確に迎撃しながら距離を詰める。ノーマル技と電気技はそもそも殆どダメージを与えられないので眼中にない。

 

「くっ! いやなおと!」

 

「無視して突っ込め!」

 

 ジバコイルがいやなおとを放つがドサイドンはその音に一切怯まない。いやなおとを使った事で更に距離が縮まり、ドザエモンの技が届く射程にジバコイルを捉えた。

 

「ジャイロボール!」

 

「っ! アームハンマー!」

 

 ジバコイルが高速で回転しながらドザエモンに迫る。ドザエモンは手を組んで腕を振り降ろす。

 誠は一瞬悩んで攻撃を選択した。ここまで戦闘の主導権をマチスに取られ続けた。まだ何か隠している可能性がある状況で勢いづかせれば厄介な事になるのは目に見えている。なればこそ誠は回避では無く、カウンターを受ける覚悟で攻撃を選択した。

 

 軍杯はドザエモンに上がった。ジバコイルは地に沈み、ドザエモンは立っている。ジバコイルの体からは粒子が出ていないので瀕死状態だろう。一瞬攻撃指示を躊躇ったからかドザエモンも攻撃を受けており、それなりの量の粒子を漏らしている。

 

 誠はとりあえず一体倒せたことを確認してほっと息を吐く。バトルの最中に見せた隙。その隙をマチスは見逃さない。

 

「Go! マルマイン!」

 

 マチスは即座にジバコイルをボールに戻してマルマインを突撃させる。事前にステージ脇に控えさせていただけにスイッチが早い。しかし誠の不意を打てるほどのものではない。即座にマルマインに意識を向ける。

 

「ドザエモン! 受け止めろ!」

 

 マルマインはドザエモンに向けて直進している。誠の反応が遅れた事とマルマインの予想以上の速度で既に距離は殆ど無い。半端な回避を試みるよりも腰を据えて受け止める事を選択する。何故なら相手の使ってくる技は見当が付くからだ。

 

 マルマインの使う技を想定した場合、電気技もノーマル技も脅威にはならない。唯一有効打になりそうなのはジャイロボールだがそれも距離を詰める必要がある。本来なら相手に有効な攻撃手段のない遠距離で戦いたいと思っていた相手。だからこそ隙を付いて距離を詰めてきたと考えられる。しかしジャイロボールの発動には回転が必要だ。回転に勢いが付いているならまだしも回転が加速する前であればドサイドンの膂力で受け止められる。そう判断したが故に受け止めるように指示を出した。

 

 そこまで考えて出した誠の指示を聞いてもマチスからマルマインへの指示はない。そのことに違和感を感じながらも距離が縮まっていき、すぐにゼロになる。ドサイドンが真っ直ぐに突っ込んできたマルマインを抱えるように受け止めた。

 

「よし!」

 

 一度掴んでしまえばドザエモンの膂力でどうとでも料理出来る。ここまでは誠の想定通り。しかし続くマチスの言葉で想定は崩れる。

 

「だいばくはつ!」

 

「な!? え? あっ、蹴り飛ばせ!」

 

 事態を飲み込み慌てて指示を出すも既に遅い。マルマインは空気中の粒子を取り込み体の色がどんどん白くなっている。ドザエモンはそのマルマインを受け止めた体勢のまま。続く轟音。爆風。大量の砂煙と粒子が飛散する。

 

「ドザエモン! (やられた! くそ! ここまでするなんて!)」

 

 土煙が晴れた先にいたのは二つの発光体。どちらの体からも粒子は出ていない。共に戦闘不能という事だろう。

 

「お疲れ様でしたマルマイン」

 

「……すまんドザエモン。戻れ」

 

 互いに瀕死になったポケモンをボールに戻すがその様子は対照的。マチスのポケモンは予定通りの仕事をしたのだろう。それはマチスの淡々とした様子を見れば分かる。片や誠は自己嫌悪に陥っている。あまりにも不甲斐ない戦いぶりを振り返って自身を客観視した結果だ。

 

(なんで調子に乗ってたんだ俺は。相手は現役トレーナーのトップ層であるジムリーダー。最近上手くいってたからってジムリーダーを下に見るなんて。自爆されてそこまでやるなんて思ったことがまずおかしい。マチスがそこまで……いやこの世界でポケモンを犠牲にする戦い方が出来る奴がいると思ってなかった。いつからだ? いつからそんな考え方になった? 俺が思いつくことくらい相手が思いついてもおかしくないだろ。使えるものを使うのも当たり前だ。どうせ回復できるんだから負けるくらいなら全員自爆させて引き分けに持ち込んでもいいくらいだ。考えを修正しろ。相手は格上。ポケモンの差も無いものと思え。ポケモンの強さに頼るな。相手を見て、力を奪って、潰す。どうせ回復するんだから被害なんか考えるな)

 

 誠は必死に自己暗示をかけて気分を盛り返す。マチスが相手ならレギュラー一匹で三縦出来ると考えていた。何かあればドザエモンを出せばそれで勝負が終わると思っていた。それが蓋を開けばドザエモンは倒され、デンチュウは傷を負っている。

 普段のマチスとのやり取りで誤った認識をしていた。自分の方がマチスより上だと勘違いしていた。その思考を正さなければならない。マチスが上、自分が下。強さも立場もマチスの方が格上なのだ。冗談でも舐めてかかって良い相手ではない。

今やるべきは自分のやり方を貫くこと。相手の強みを潰して自分の領域に引きずり込む。自分の力を出すよりも相手の力を出せないようすることを優先する。

 

「いけ、ユカイ。お前は自由だ」

 

「ライチュウ! 出番ですよ!」

 

 相手は残り一匹。しかしこの場で出てくるという事は相当に鍛えているだろう。色的にはレベル60程だと思われるがそれも勝敗を測る基準にはならない。レベルよりもどうやって勝つかを考える。

 

「ライチュウ! かげぶんしん!」

 

「ユカイ、かげうち」

 

 ライチュウは体から粒子を出しながら高速で移動する。その体から出した粒子がライチュウの型を形どっていく。対してこちらは命令を出すも自分で想定していたよりも小さい声になってしまった。気分を切り替えなければならない。しかしユカイはそんな小さな声も拾って行動に移す。

 分身の数を増やすライチュウに高速で近づき、その一つに突きで攻撃する。攻撃されたライチュウから粒子が飛ぶが本物を攻撃できたかどうか判別できない。ポケモンの目を以てしても影分身と本物を見分けられない。

 

「ユカイ! こっちもかげぶんしん!」

 

「ライチュウ! もう一度かげぶんしん!」

 

 ユカイにもかげぶんしんを使わせる。こちらの積み技に相手も乗ってきてくれた。この指示の狙いは相手にかげぶんしんを重ねさせることにある。ユカイはみやぶるが使える。相手にかげぶんしんを使わせただけ手損を負わせることが出来る。だがいつ相手が別の積み技や攻撃に手を出すか分からないのが現実。欲張りすぎても良い事はない、二手損を負わせただけで十分だろう。

 

「ユカイ! みやぶる!」

 

「っ! でんじは!」

 

 トレーナー目線では分からないがユカイからすれば違うのだろう。分身のいくつかを見ていた状況と打って変わってライチュウの中の一匹に顔を向けて逸らす事が無くなった。対するライチュウのでんじはは残念ながらユカイの分身の一つを狙って不発に終わった。これで三手損。

 

「あやしいひかり!」

 

「でんじは!」

 

 再び放たれたでんじはだがこれもまたユカイの分身に向かう。これで四手損。追い打ちにユカイの手から放たれた光がライチュウの目を焼く。混乱まで追加された。

 

「ライチュウ! あなをほるで一旦退避です!」

 

「逃がすな! シャドーボール!」

 

 ユカイがシャドーボールを放つがライチュウの方が動きが早い。ライチュウが地面に潜った事で攻撃は回避される。しかし問題はない。

 

「わるだくみ!」

 

 攻撃できないなら積み技を重ねるだけ。ユカイは指示を聞いてから口元に手をやって何やらゲッゲッゲッと笑っている。笑い声と良い、見た目と良い、ここまでわるだくみの似合うポケモンも中々いないのではなかろうか。どんな顔をしているのか興味はあるが残念ながら表情を見ることが出来ないので諦める。

 

 ライチュウが退避の指示を受けたことで次の攻撃チャンスまで時間が掛かると思っていたが、ライチュウは予想より早く出てきた。地面から上半身を出して辺りをキョロキョロと見回している。

 

「ライチュウ!?」

 

 マチスの反応を見るに本来の意図とは違う行動を取ったのだろう。喰らったことがないのでどういう状態になるのか分からないが混乱の状態異常はこういう変な行動を取るのだろうか。

 

「ユカイ! シャドーボール!」

 

「ライチュウ! 潜りなさい!」

 

 ユカイが放つシャドーボールがライチュウへと近づいていく。ここでまたしてもライチュウを混乱の状態異常が襲う。ライチュウは土を掘るように手を動かしているがその手は空を向いている。視界か方向感覚に影響が出ているのだろう。ここまで運が無い様を見ると流石に可哀そうになってくる。

 

 当然ユカイが攻撃を外す事は無くライチュウの頭にシャドーボールが直撃。穴から上半身だけを出していた所為で吹き飛ぶことも出来ず、穴に引っかかって体がくの字に折れ曲がる。攻撃が当たった瞬間、粒子が爆発的に放出されしばらく漂った後に空気中に溶け込んでいく。もうライチュウの体からは粒子は出ていない。

 

(勝った。けど内容は最低だ。散々翻弄された挙句、最後のライチュウに至っては運の無さを咎めた感じになった。マジで良いところが一つも無い。このザマでこの後なにを言えばいいんだ……むしろ本来の師弟関係通りに俺が小言を受けなければいけないくらいだ)

 

「お疲れさまでした。誠さん。流石ですね」

 

 ライチュウをボールに戻したマチスが誠へと寄ってくる。対する誠はマチスの顔を見ることが出来ない。今までのマチスとのやり取りを思い出すと散々見下していた記憶しかない。それが戦ってみればこの有様。絶対に馬鹿にした顔をしていると決めつけてしまう。今流石ですなんて言われても皮肉としか思えない。

 

「マチスさんもお疲れさまでした」

 

「それでは部屋に戻りましょうか」

 

「ええ、そうですね」

 

 何とか言葉を返すがそこに勢いはない。言うべきことは考えてあっても今の自分の言葉に説得力が無い事は自分が一番分かってしまう。

 今までの人生、口先だけを武器に生きてきたが相応のキャラを作ってハッタリに説得力を持たせてきた。だが今回は自分の実力を露見させられた上で対応を迫られている。今更キャラを作ろうが、良い事を言おうが口先だけのハッタリ野郎にしかなれない。

 

 でも逃げることも出来ない。過去最高に気分の乗らない対談に望まなければならない。

 

 




今回のバトルは試しにダメージ計算を使ってみました。
その場のノリで多少前後はあると思いますが、今後も攻撃に耐えれるかどうかの基準に使っていきたいですね。
ちなみにダメージ計算したらジバコイルのマグネットボムでデンチュウは乱数21発、ラスターカノンでも乱数11発でした。直撃避ければもっと耐えれるのでごり押ししたら勝ててましたね。
最後を一撃で終わらせたユカイの特攻二段階アップシャドーボール急所はライチュウに割合400%越えで余裕の確一でした。


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嫌な人

お待たせいたしました。
キリの良いところまで書こうと思ってたらちょっと文字数が多くなってオソクナリマシタ(言い訳)


 クチバジムジムリーダー室で誠とマチスは向かい合っている。

 うだうだと失敗を引きずっている内にジムリーダー室に戻ってきてしまった誠はまだ気持ちの切り替えが済んでいない。

 

(どうすっかなほんと。気持ちを切り替えて対応すればいいんだろうけど、それが出来れば苦労しないし……いっつもこんな時どうやって立て直してたっけか?)

 

「改めてお疲れさまでした。今日は勉強になりました」

 

「(よく言うよ)こちらこそありがとうございました。僕も色々勉強させてもらいました」

 

「それと先程は申し訳ありません。幾ら勝つためとはいえ少々やり過ぎました」

 

「ああ、いや、別にそれは気にしてませんよ。勝つために必要な事をしただけですし、俺も同じ立場なら似たような事をしますから」

 

「そうですか。それなら良かった」

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙が下りる。誠が嫌いなタイプの空気だ。本来この時間は誠からマチスへのアドバイスの時間。当然場を仕切るのは誠の仕事だ。しかし何を言えばいいのかまだ決めかねている誠は口を開けない。今の誠の頭の中はマチスに何を言うかよりも如何にして自分の気持ちを立て直すかに向いている。

 

「……」

 

「……誠さん」

 

「……なんですか?」

 

「いや……大丈夫です」

 

「……」

 

「……」

 

 なんですかもなにも誠にも分かっている。自分が話を進めなければならないことは。この沈黙の時間が無駄な時間だと理解はしているのだ。だが切っ掛けが掴めない。

 

「ふぅ……すいませんねどうも。ちょっと時間を下さい」

 

「ええ。大丈夫です。時間の事なんか気にしないでください」

 

 誠は何らかのキャラを造らなければ人と接することが出来ない。それが15年近く続けている生き方だ。だがキャラを造るには相手の事を知らなければならない。相手を見て、会話して、そして好かれるキャラを造る。相手の事を知らなければそれ用に造ったキャラを演じてそれを徐々に好かれるキャラに寄せていく。ずっとそうやって生きてきたのだ。

 

 マチスの事は既に知っていたつもりだった。損得勘定が出来て判断力も行動力もある。ただし現実を見ている様で意外と夢想家なため冷徹な判断は下せない。ここ一番では損得より感情を優先する傾向もあり、詰めが甘い。これが誠のマチスへの評価だった。

 しかし先のバトルでその評価は変動している。詰めが甘い事に変わりが無いが、ステージへの細工や自爆戦法は完全に誠の見たマチス像から外れたもの。ただし違和感も残る。非道、外道な手段が取れるなら地雷ではなくもっと致命的な罠を仕掛けることも出来た。そして今までのマチスの行動と性格に齟齬が生まれてしまう。

 だから誠にはもうマチスの事が分からない。どういうキャラで接すればいいか判断できない。

 

 何よりも自分の中で確定した評価を大きく外してくる人間が怖くて仕方がない。多少の誤差なら許容するし、何らかの理由があって想定を外してくるのも認める。例えば命の危機に追い込まれたり、何か大事なものを賭けた状態で想定外の行動を取る事は理解が出来る。

 だが自力だけでこちらの見立てを外すのは認められない。今回の場合は誤差の範疇を超えている。マチスの根幹を見誤ったとしか思えないほどの行動の変化、それだけの変化をしなければならない理由が見当たらない。行動のブレが良い方向だろうが悪い方向だろうが関係ない。想定を外してきたのが意図的だろうがそうでなかろうがどうでもいい。ただ自分の見立てを外させるだけの擬態能力を持っている事が問題なのだ。そんな理解できない存在を身近なところに置いておきたくはない。人は理解できないものを恐れるとはよく言ったものである。

 

(駄目だ。どう考えても今のままじゃ建設的な方向に思考が向かない。ポケモンリーグに所属する以上マチスとの距離を離すのは難しい。折角手に入れた上等な生活基盤を不確定要素一つの為に捨てるのは惜しい。

 今やるべきは確認。俺が今まで見てきたマチスが本物なのか、それとも今日のマチスが本物なのかを見極めなければならない。物事には必ず背景がある。今までどんな事をしてきたか、その時にどのような事を考えて選択したか、それを知れば人と成りが見えてくる。今までのマチスの行動にも今日のマチスの行動にも絶対に理由と背景がある。この際今までの関係は忘れよう。このマチスは初見の相手だ)

 

 誠は開き直ってキャラを作る。作るキャラは日本で一番使ってきたもの。誰が見ても本当の誠ではない、社会人としてのキャラを無理矢理被せたようなキャラ。相手の好みに寄せていくことを素を出しているように見せかける事に特化したものだ。

 

「時間を取らせてすいません。いいように転がされたのが堪えましたけどもう大丈夫です。話をしましょう」

 

「……申し訳ありません」

 

「謝らないで下さい。わざわざ備えている相手の思惑通りを外すのは当然の事です。それが本気を出すって事ですから。それに正直嬉しかったですよ。私に勝つためにあそこまで準備が必要と判断してくれたんですから。それだけマチスさんが私を認めてくれたんだと。私はそう思ってます」

 

「……分かりました。もう謝る事は止めにしましょう」

 

「それでですね。どうしても先に聞いておきたいことがありましてね」

 

「なんです?」

 

「あれがマチスさんの本当の戦い方ですか?」

 

「……」

 

 会話を再開して若干笑顔が戻って来たマチスの顔が誠の質問で一気に曇る。どう見ても自分で望んで行動した人間の顔には見えない。

 

「(表情的には後悔、いや罪悪感が近いか)どうなんですか?」

 

「……お察しの通りです」

 

「何故か皆さんそういう風におっしゃるんですけど、私別にナツメさんみたいに心読めませんからね? 察しろって言われても結構困るんですよ? (態度的には今までの見立てがあってる気がするが……なら今日のあれはなんだ? 望んでない行動を取るだけ理由が思いつかない。バトルの時だけ出る二面性でもあるのか?違う、前はそんなことなかった)」

 

「……確かにあれは私の戦い方ではありません」

 

「ならなんであんなことを? 今日のバトルはマチスさんへのアドバイスの参考にするためのものだったんですよ? そこで戦い方を変える理由がありました?」

 

「……誠さんは今まで誰かに師事したことはありますか?」

 

「指示? それなんか関係あります?」

 

「答えてください」

 

「聞いてんの僕なんですけどね。まあありますよ。これでも過去に部下を持ってたこともありますし」

 

「ん?」

 

「なんですか? 僕は答えましたから次はマチスさんの番ですよ」

 

「その、師事ですよ? 誰かに教えを乞うたことがあるかって質問だったんですが」

 

「ああ、そっちの師事ですか。まあ何に対してかは分かりませんが人の観察とかに関してはありますね。でもポケモンに関しては無いです。そっちは全部独学です」

 

「やはりそうでしたか」

 

 誠の答えにどこか納得した様子を見せるマチス。まだ質問の意図すら理解していない誠からすれば、その意味深な態度が腹立たしい。

 

「勝手に納得してるとこ悪いですけど、まだこっちは質問の答え聞いてないですからね」

 

「ええ、勿論答えます。私はですね誠さん。貴方に強くなって欲しかったんです」

 

 マチスから答えが返ってくるが、その答えが質問と結び付かない。意味が分からず誠は顔をしかめる。

 

「どういう意味です?」

 

「先に言っておきますが私にも考えがあったとはいえ、今日のようなやり方が許されるとは思っていません。その上で誠さんには今日のような戦いを経験して欲しかったのです」

 

「じゃあ、あれは私の為にやった事だと。そういう認識で良いですか?」

 

「そうです。勿論私より誠さんの方が強いということは分かっています。その上で私は誠さんの歪な強さを正したいと思いました。結果として誠さんが弱くなってしまう可能性も考えましたがそれでも私の力で正したいと」

 

「歪? ああなるほど。ポケモンの強さに頼った戦い方を止めさせようとしたと」

 

「率直に言えばその通りです。誠さんが自分で言っているように本業がブリーダーだというのも分かっています。ですが身を守る為にも最低限の強さは必要です。ポケモンの強さだけに依存した強さではどこかで必ず破綻します。そうなる前にトレーナーの大切さを知って欲しかったのです」

 

「(納得……出来なくはないか? 。理由としては師匠としての面子辺りだろうか。それに俺を心配してっていう善意を合わせて考えても……マチスが自分を曲げる程かって言われると少し弱い)それならそうと口で言って貰えば私は直しましたよ?」

 

「どれだけ完璧な理屈でも一度の実体験の方が上に立ちます。誠さんには今の強さだけでジムリーダーに勝ったという経験がありますから私がどれだけ知識として教えたとしてもその経験には勝てません」

 

「ならそれも含めて言えばよかったじゃないですか。私はどちらかと言えば行動より理論を大切に思ってますし、別に今の強さに固執してる訳でもないですよ。駄目なものは駄目だと言われたら受け入れるくらいの度量はあるつもりです」

 

「まずそこが問題です。誠さんは今の強さと言いました。以前の誠さんの口からは出なかったであろう言葉です」

 

「……まあ……否定は出来ないですね(そう言われれば否定は出来ない。確かに以前の自分であればハッタリで強さを誇示することはあっても、無意識に強さを語るようななかった。バトルの中で慢心を自覚したつもりだったがまだ足りないらしい。致命的なミスをする前に気付けたのは行幸だ)」

 

「バトル中にも感じていた事ですがようやく確信が持てました」

 

「何がです?」

 

「誠さん、貴方は初めてこのジムを訪れた時より弱くなってます」

 

「そうですかね? これでも経験を積んで多少は強くなったつもりでしたけど」

 

「そこです。経験を積んで欲しいと言ったばかりでこう言うのもなんですが、経験が誠さんを弱くしてしまっています」

 

「そう言われると耳が痛いですね。確かに慢心がないと言えば嘘になります(経験を積んで弱く……慢心だな。つまるところ降って生えた力に溺れたと。今まで取り柄と言えるものがなかった自分がこの世界ではいきなりトップクラスの強さを持ってる。そしてなまじ強くなるための知識もあるから自分の力だと勘違いしたと。成程、噛み砕いて考えればそう難しい話でもない。自覚できるならまだ大丈夫な筈だ)」

 

「私は今でこそジムリーダーをしていますが元は軍で少佐をしていました。自分で部隊を率いて現地で戦うこともあれば司令部の構成員として戦場を見渡したこともあります。そこに至るまで幾度となく戦場に出て、数えるのも馬鹿らしくなるくらいの仲間を見送ってきました。誠さんは戦場でどんな人が一番死亡率が高いか分かりますか?」

 

「私は戦場に出た事は無いですからあくまでも聞いた話になりますけど、戦場に慣れた人が一番死亡率が高いって聞いたことがあります」

 

「その通りです。まず最初に死ぬのは新兵です。戦場で敵を殺せない者から真っ先に死にます。ですがこれは殺さなければ殺されるという戦場の空気もあってそれ程多くはありません。

そして戦場を経験した新兵はどれだけの肝が据わっていても不安を取り憑かれます。命を奪ったショックと命を狙われるストレスを味わって不安を感じ、常に周りを気にするようになります。ここは生存率が高いですね。

そしてその状態で何度かの実戦を生き残る事で不安が消えていき、今度は神経質になって周りを全て敵と思い込み攻撃を繰り返すようになります。その過程で幾つかの戦場を生き残った自負と相手を甘く見る油断が合わさり大半の人間が死んでいきます。まあその前に同じ軍にいる先達に喧嘩を売って叩きのめされる者も少なくないですがね。そういった経験を経てようやく一流の軍人になるわけです」

 

「言いたいことは分かりますよ。私がその三段階目に似た状態になってて危険だってことでしょう? でも私は軍人になりたいわけじゃないですから進んで命の危険に飛び込んだりしませんよ。死ぬのは怖いんで」

 

「確かに軍人とトレーナーでは違いがあります。ですが共通することも少なくありません。私からすればトレーナーは司令塔、ポケモンは兵士です。屈強な兵士が無能な司令官に使い潰されるというのは見ていて決して気分の良いものではありません」

 

 誠としてもマチスの言いたいことは十分に理解できている。マチスが敢えて厳しい物言いをしている理由も分かっているのだがそれでも言葉選びにもう少し注意して欲しいと思ってしまう。

 

「……自覚しててもそうはっきり無能と言われるとイラっと来ますね。ですが私の強みはそこではないですからね。あくまで私はポケモンを育てるのが本職。軍の事は良く知りませんけど訓練教官みたいな立ち位置ですから戦闘の指揮は専門外です」

 

「それが分かっているなら良いんですが今の誠さんはそこが曖昧になっています。ブリーダーならブリーダーとしての誇りを持ってポケモンを育てる事がメインだと意識しなければなりません。少なくとも最初にこのジムに来た時の誠さんはそれを十分に理解して自分よりどんな相手にも全力で勝負を挑んでいました」

 

「まあその通りですね。確かにあの時はバトル経験が殆ど無くて基準も分かりませんでしたから誰にでも全力で戦ってました。今は幾らかの経験をして戦う時に多少なりとも手を抜くようになったのも認めますし、それが慢心で危険だってのも理解しました。

 でもマチスさんも見てたんじゃないですか? 僕が初めてこのジムに来た時にシンさんと戦った時どうなったか。全力でいってポケモンを殺しそうになったんですよ? また全力で戦って相手を殺しかけろと?」

 

「それはまた別の話です。必要なのはその時に必要なだけの力を出す事であって常に全力を出す事ではありません。そして今の誠さんにそれをする能力はありません。今の貴方は相手を見下してしまっています。本来の相手の力を判断できず痛い目に遭うのは目に見えています」

 

「まあ、それでさっき痛い目に遭いましたからね。いい勉強になりましたよ。相手を舐めてかかると痛い目を見るって」

 

「本当は誠さんを負かして理解して欲しかったのですが私では力不足でした。私の力では誠さんにそういうこともあると教えるのが精一杯です」

 

「いや私なりに理解したつもりですよ。ドザエモンが戦闘不能になってデンチュウも傷を負いました。それでその後のユカイの時には私が出せる本気を出したつもりでしたがあれでも駄目でしたか?」

 

「……良くなったと思いますが、それでも最初にジムに来た時と比べると」

 

「自分でも言っててそう思います。確かにあの時は私も余裕が無かったですからね。正直言うとあの時本気でマチスさんのポケモンを殺すつもりで戦ってました。でも今はそこまでしようと思いませんから」

 

「……そうですか。いや人としては良い傾向だとは思いますよ」

 

「あの時の私は一番気が立ってた時でしたからね。そう考えると私の本性はあっちなんでしょうけど、普段はああいう感じじゃないですから。あの正常じゃない時の私を基準にされるのはちょっと」

 

「それを制御してこそですよ。誠さんならそれが出来る筈です」

 

「感情はそれなりに制御してるつもりですけど、これで結構キレっぽいですからね。無理に本気を出そうとすると今度は一切の手加減が出来なさそうです」

 

「いえ、それを望むならすぐにでも出来る筈です。誠さんからは私と同じ軍人の才能を感じます」

 

「(軍人の才能ってなんだよ。話の流れ的には相手戦力の見極めと手加減の精度ってところか? 生き汚いみたいなイメージにあるんだけどな)ちょっと軍人の才能っていうのが良く分からないですね」

 

「この際ですから以前言えなかったことも含めて全て話してしまおうと思います。これは私が誠さんを私が弟子に取ろうと思った理由にも関わってくる事です」

 

「それは前に聞きましたけどまだ隠し事してたんですか? なんか後出しで言われる事多いですけどいい加減にしないとマジで怒りますよ?」

 

「隠してたと言われればそれまでですが、これに関してはちょっとニュアンスが違います。あの時誠さんを弟子にしなければならなかった理由は当時説明した通りですが、正確に言えば私の弟子にする必要はありませんでした。それこそカツラさんやタケシさん、ジムリーダーに限らなければカリンさんやシバさんにお任せする道もありました」

 

「……どれも融通は利かなさそうな人ですね」

 

「そうでもありませんよ? この人達は身内には結構甘いところがありますし、私と同じ様に契約をすればそれを違えるような人ではないですからね」

 

「あぁ、言われてみるとそんな感じはしますね」

 

「ともかくそういう道もあった訳です。でも私は自分こそが誠さんを弟子にするべきだと思いました。これは初めてジムに来た誠さんと会った時から思っていた事です」

 

「何故です? あの時の私はどう見ても扱いにくかったと思いますよ?」

 

「あの状態の人は見慣れています。誠さんが持っていたのは初めて戦場に出た新兵が纏っている不安に押しつぶされそうな雰囲気。だからこそ私も安心して誠さんにバッジを渡しました。周りを気にして慎重になっている状態なら大丈夫だろうと。これを克服するには相応の経験か多大な時間を要するからです。きっと克服の途中で行き詰って誠さんの方から私に頼ってくるだろうと思っていました」

 

「……(これは不味いか。軍属って経験を軽く見過ぎた。少なくとも命のやり取りの経験をしたってのはばれてる。問題はあの村で村人を殺したことまでばれてるかどうかだが楽観視は出来ない)」

 

「そこで私も見誤りました。次に会ったのはあの滅ぼされた村です。この時既に誠さんは不安を克服して次のステージに進んでいました。即ち周りのあらゆるものを敵と認識して無差別に攻撃する段階です。私は慌てましたよ。ここまで早く不安を克服することが出来るとは思ってませんでしたから。たった数日でどのような経験をすればそうなるのか私には分かりませんし、聞こうとも思いませんが」

 

「……(……ばれてると見ていいな。わざわざ地雷になりそうなあの時の話をする時点で確信はあるんだろう。でもこれはどうなんだろうか。分かった上で黙認するってことでいいのか? でも見逃す理由も無い。直接戦闘で勝つ自信が無いにしても俺を捕まえるタイミングはあった筈だ。黙認するにしてもそれを仄めかすだけでもっと有利に交渉を進められる。本命が確信はあるけど証拠がない、対抗であの村の事を黙認してでも俺との関係を繋ぎたい、大穴で俺が殺しをした経緯を知っていて黙認辺りになるか。とりあえずこの辺を暫定の答えにするか)」

 

「だから私は急いで誠さんを抑える為に動きました。誠さんに弟子になってもらう為に話をした時の事です。急な事で他の人に話を通すことが出来なかったのでこの時点で私が誠さんの師匠役をすることは確定でした。そして私がはっきりと誠さんに才能を感じたのはここです」

 

「……申し訳ないですけど、ちょっと分からないですね。不安の克服が早いとかですか?」

 

「違います。私が驚いたのは誠さんが私と普通に会話出来た事です」

 

「……あんなことの後で普通に会話出来るくらい落ち着いてたとかそういう事ですか?」

 

「惜しいですが正解は切り替えの早さです。訓練をした者でも命懸けの戦闘の後にいきなり日常への切り替えが出来る者はそういません。普通ならどれだけ意識しても、日常の中に戦場を感じてしまって命を狙われる不安や敵に対する殺意を隠せなくなります。それが出来るのは相応の訓練と戦場を経験した一流の軍人か感性が壊れている者だけです」

 

「じゃあ僕は感性が壊れてるんじゃないですか?」

 

「そこは大丈夫だと思いますよ。感性が壊れている者は大抵戦場と日常の区別がないですから日常の中でも平気で人を殺そうとします。少なくとも相手を殺さない様に手加減が出来る人間にはなることは出来ません」

 

「実は結構心の中では殺してやろうかって思ったりしますよ」

 

「それは珍しい事ではないと思いますよ? 倫理、損得、理性と理由が何であれ実際の行動に出ていないなら。心の中で思うくらい誰でもあります」

 

「まあご尤もですね」

 

「話を戻しますが、私はその切り替えを見て誠さんの才能を感じました。同時に他の人に預けるのは危険だとも」

 

「どこが危険なんですか?」

 

「その切り替えの早さは戦場から日常への切り替えだけでなく逆の方向にも働くからです。個々人の抱えているスイッチをうっかり押してしまったら一気に臨戦態勢に入りますが普通の人にそのラインの見極めは困難です。

 本来なら誠さんのレベルになるには相応の時間と経験が必要なので自分である程度感情の制御は出来ますが、誠さんの場合は過程を飛ばして成長してますからその辺りが不十分になっている可能性があります」

 

「まあ思い当たる節はありますね(成程、確かにこっちの世界に来て感情的になった自覚はある。こっちの世界そのものが俺にとって安全地帯じゃないから常に戦闘中気分で気が立ってたと。うん、理論立てて言われると納得できる)」

 

 誠は内心で胸を撫で下ろす。この世界に来てから本来の自分と変わってしまったように感じていたが何も変わってはいなかったのだ。常に周りを意識して何かを演じてきた弊害。本来の自分の思考と演じていた自分の思考のズレ。それが不快感の正体だと認識できた。

 

「こればっかりは本人の認識の問題なので明確な解決方法はありません。一応軍のやり方というか慣例としては喧嘩程度の安全な戦いと実戦という危険な戦いを体験させてその場の温度差を分からせ、切り替えが可能な様に体に覚えさせますが効果があるかは人それぞれです。それも理解している人でなければラインを誤って事故を起こしかねません」

 

「(うん理解はできる。理解は出来るけどあと一つだけ。これが納得できるなら少しだけ信用していい)大体言いたいことは分かりました。私を弟子に取った理由も今日あのような戦い方をした理由も理解できました。でも最後に一つだけ聞かせてください。マチスさんからすれば私を排除した方が楽だったと思いますが、そうしなかったのは何故ですか?」

 

「……そうですね。一言で言えば誠さんの才能が惜しいと思ったからです。以前私が言った事に嘘はありません。私が強くなるために誠さんを利用できると思ったのが始まりです。気分を害されるかもしれませんが私なら誠さんをコントロールできると思っていました。命のやり取りを経験して不安定さを克服できない誠さんなら形だけの師弟関係を作ってしまえば私に頼ってくると。まあその結果がこれですがね。誠さんを甘く見てむしろ私が良いように使われる側になりましたよ」

 

「分かりました。その答えで十分です(良い答えだな。自分の評価が下がるのも厭わない本音の答え。こちらの事なんかお構いなしに自分のメリットだけを追い求める姿勢。ここまではっきり言われるといっそ清々しい。あの戦い方の理由にもなる。自分の価値を俺に示して関係を繋ぎ止めたいと。実にしっくりくる。納得出来る理由があるならそれで十分。やはり俺の見立てに間違いはない)」

 

「幻滅したでしょう? 誠さんを守りたいなんて言ってましたが実際はこんなもんです。まあ誠さんを守りたいって気持ちも全く嘘って訳でもないですが」

 

「いえいえ、むしろ私的には好印象です。タダより高いものはないなんて言葉もあるくらいですからね。何のメリットも無しに危険物を懐に抱えたいなんて言ってる奴よりよっぽど信用できます。それにようやくマチスさんの本音を聞けた訳ですからね。本来なら私の本音もマチスさんにお話しするのが筋なんでしょうが、それは私が嫌なんで諦めてください」

 

「……そうですか。やはり私は師匠としては力不足ですね」

 

「そんなことはありません。本当に私好みの師匠です。馬鹿みたいに本音でしか喋らない奴は嫌いですし、かといって状況を判断できずにいつまでも見苦しい嘘を吐き続ける阿呆も嫌いです。マチスさんくらいがちょうどいいんです。それに私の事を理解してくれているのも嬉しかったですよ。先程私に言った事はどれも私が悩んでいた事で合ってます。それをド正論をぶつけて無理矢理改善させようとしなかった手腕も好みです。そんな師匠なら私も少しくらい利用されてもいいかと思いますよ」

 

 これは誠の本心からの答えだ。損得勘定で貴方に近づきましたなんて言われて気を良くする人間なんていない。だからこそ綺麗事で取り繕った言葉よりも遥かに信用に値する。マチスは誠に嫌われる覚悟で自身が得ようとしたメリットを提示した。そこまでの覚悟を持って関係を構築しようとするのなら誠としても互いに利益を生む関係を構築するのも吝かではない。

 

「! そうですか」

 

「ではこの話はここまでにしましょう。ここからは講師交代です。マチスさんは折角の機会を僕の為に使ってくれましたし、お話の方でも色々勉強させて貰いましたからね。僕としてもそれに見合うだけのお返しをしたいと思います。それでいいですか?(これなら別にポケモンのレベルについて教えてもいいかな。俺との関係を維持する為に殺しを黙殺出来るくらいだし)」

 

「勿論です」

 

「では今日お話しするのは二点。マチスさん自身の問題点とポケモンを強くする方法です。戦い方についてはマチスさんのやり方が良く分からないのと僕よりもマチスさんの方が詳しそうなんで今日は割愛です。それで? どちらから聞きたいですか?」

 

「……では問題点の方から」

 

「分かりました。敢えて自分の欠点を先に克服しようとする姿勢も素敵ですよ。で、問題点ですがとりあえず見つけたのは二つ。諦めの早さ、詰めの甘さです。あっ、言っておきますけど僕から見てって話ですからね。解釈はお任せします」

 

「分かりました」

 

「ではまず諦めの早さです。これに関してはマチスさんの長所がそのまま欠点になってる様に思いますね。マチスさんは状況判断能力に優れていて決断力も行動力もあります。軍で少佐って事は中隊長か大隊長でしたっけ。まあそれか司令部って事でしたけどその経験からか戦いを大局的に見ている節があります。

 だから不利を悟った瞬間に見切りをつけて攻め切る事よりも被害を抑える方に意識が向いている感じがしますね。状況が僅差で押し切ればどうにでもなる状況でも、不利と感じただけで勢いを失ってしまう。

 軍の司令官としては優秀かもしれませんがそういうのは撤退した後の次がある戦いでやってください。戦いを大局で見るならポケモンの事も駒と見て、必要なら切り捨てる覚悟を持ってください。それが出来ないならその視点は欠点です。

 まあ今日の自爆戦法とかあのくらいの思い切りがあればそこは問題にならない気がしますが、あれを普段から誰にでも出来る様にするのは無理でしょう。ちなみに最初からドザエモンを自爆で退場させる算段組んでました?」

 

「はい、私の手持ちであのドサイドンを突破しようと思うとそういう手段を取らざるを得ませんでした」

 

「そこもマイナス点ですね。当初の計画を予定通りに遂行するのも大事ですがその場の状況を見て計画を変更する柔軟性が欲しいです。あの場の最適解はジャイロボールでドザエモンを攻撃、それがもし受け止められるようなら大爆発です。もしジャイロボールでドザエモンを倒せてたならそれでポケモン一匹を無傷で残せました。まあ慣れない戦い方で判断を誤ったのかもしれませんが」

 

「それに関しては私がドサイドンの耐久力を見誤ったのが問題ですね。私はあそこでドサイドンを攻撃しても倒せないと踏んでいましたから邪魔される前に大爆発を選びました」

 

「ライチュウ一匹で僕の残りのポケモン二匹に勝てる算段があるならそれでも良かったですが、もう少しその場の勢いに任せた行動を取っても良いと思いますよ。分の悪い賭けをしろとは言いませんが、ローリスクハイリターンなギャンブルが目の前にあるなら手を出すのも悪くないです。

 何となく試合を将棋の盤面か何かみたいに見てるのに駒を取られるのを嫌がって攻め切れないみたいな感じがしますから、場の雰囲気というか勢いをもっと大事にしてください」

 

「そうですね。私も鈍りました。戦場に居た時はこんなことは無かったんですがね」

 

「まあ人は慣れる生き物ですからね。特にジムリーダーってなるとジム挑戦用のポケモンを使って試験をする事が多いでしょうから本気の戦いもあんまりないでしょうし。ジムリーダー同士で交流試合とかしないんですか?」

 

「そういうのは無いですね。皆さん多忙ですから中々そういう機会はありません」

 

「今度提案してみたらどうですか? 多分他の皆さんも本気で戦う機会なんかあんまりないでしょうし。賛同してくれるかもしれませんよ」

 

「それも面白いですね。機会があれば提案してみましょう」

 

「まあ話を戻しますが、諦めの良い人って完璧主義かネガティブ思考、飽き性の人が多いですけど、マチスさんの場合はどれでしょうね。まあモチベーションを維持できない飽き性って事はなさそうですから、個人的には完璧主義かネガティブ辺りって感じがしますけど。戦闘中に失敗した時の事とか考えたりしますか?」

 

「あまり考えない様にしていますがつい考えてしまう事はありますね。そうならない様に事前に決めたことを出来る限りやるようにしてますが」

 

「じゃあやっぱり完璧主義とネガティブ思考の合間ですね。予定通りに事が進まなくなった時点で納得がいかなくなる。違うな、失敗を極端に嫌うって方が近そうですね。これは人を動かしてた戦場の経験かな? 失敗することを恐怖してる感じがします。周りからの評価を気にしてるんでしょうか。そこに自己評価の低さも混じって、予定から外れた時点で自分じゃ目標を達成できないって思っちゃう感じですかね」

 

「思い当たるところはあります」

 

「これは性格と経験に基づく行動理念の話になりますから私がどうこうするのは難しいですね。荒療治なら出来なくもないかもしれませんが。マチスさんなら自分で処置する方が良さそうですけどどうします?」

 

「いえ、ありがたい申し出ですが話を聞いて納得できました。自分でやってみて無理そうならまたお願いしていいですか?」

 

「勿論それで構いませんよ。じゃあ諦めの早さについてはここまでで次は詰めの甘さですね。これはマチスさんと会ってからの諸々を見ての判断ですけどいっつも最後で躓いてるイメージがあるんですよ。

 見切り発車が多いのか分かりませんがもう少し周りの人間がどう動くかを想定した方がいいと思います。どういう行動がどんな結果を生むのか、マチスさんの行動に対して相手がどういう行動を取るのか、これを繰り返して想定して勝ちまでの道筋を作るんですがマチスさんはこれがちょっと苦手なのかもしれません。

 今日のバトルでも試合が進んで最終局面になった時に一気に雑になった印象を受けました。ちなみにライチュウ一匹でどうやって残り二体のポケモンを倒すつもりだったんですか?」

 

「事前に埋めた地雷の位置は把握してましたからそこに誘導しつつ戦うつもりだったんですがね。上手くいきませんでした」

 

「それは作戦の柔軟性の無さが原因ですね。その場の判断で作戦を変えれるのが一番いいですが、性格的に難しそうなんで、もう少し失敗した時の動きとか相手の動きを読んだ作戦を考える事をお勧めします。相手が何を出してくるか、どんな動きをするかを事前に想定して幾つかの作戦を準備するだけで大分変わるんじゃないかと思います。

 経験に基づくものとは言え、私の事を理解できていた訳ですから相手を見るのが不得意って事もないでしょう。戦闘が始まってから相手の動きやトレーナーの好む戦い方を見て幾つか用意した作戦の中から実行する作戦を選んでいく感じで良いんじゃないですかね。

 まあそれでも人は駒じゃないですからどんな動きをするか分かりませんのでやっぱりその場の判断を出来る様にするか、もっと人を見る訓練をするかした方が良いですね。

 それにこっちの問題は理由が分かりやすいです。作戦を決めないと不安を感じるのに最後の詰めが甘いって事は根拠のない自信を持ってるか、ミスしてもいいやっていう楽観的思考を持ってるって事です。

 まあマチスさんの場合は自分に無駄な自信を持ってるって事はなさそうですから、経験に対する自信でしょう。どうもお話の中でも軍人経験に誇りを持ってらっしゃるように感じましたんで、命のやり取りを経験したことがある分自分の方が上っていうプライドがあるんだと思います。

 あと楽観的思考もあるかもしれませんね。負けたら死ぬ戦場に出てたから負けても死ぬわけじゃないっていう思いがどこかにあるんじゃないですか?」

 

「……考えたことはなかったですが……そうかもしれません。誠さんに相手を甘く見るなと言っておきながらお恥ずかしい限りです」

 

「これに関してもマチスさんの根幹に関わりそうな問題なので、自分で解決方法を考えてみてください。多分命が掛かったり、どうしても為したい事があれば解決すると思いますがこの辺の事はマチスさんの方が詳しいと思いますんで。一応僕は全力を出すときは自己暗示で無理矢理ストレスを溜めてスイッチを入れたりしてます」

 

「お言葉ですけどそのやり方だと少しづつストレスに耐性が付いて切り替えが不安定になると思いますからやめた方が良いかと。出来れば本気を出すときは何か決まったものを身に付けるとか決まった行動を取るといったルーティーンを作るのが良いと思います」

 

「ああ、成程。やっぱりそういう事はマチスさんの方が詳しいですね。まあ習慣付けるのが大変そうなんですぐにとはいきませんけど僕も何か考えておきます」

 

「ええ、そうしてみてください。こういうことに関しては私の方が詳しいと思うので何かあればいつでも聞いていただければ」

 

「はい、頼りにさせて貰います。それで欠点の指摘についてはここでひとまず終わりますが何か質問はありますか?」

 

「じゃあ誠さんの考える理想的なバトルの進め方を教えてもらえませんか? おそらく感性的に私と近い戦い方をすると思うんですが」

 

「別に良いですけど……私のやり方がマチスさんに上手く噛みあうと思えないんであくまで参考に聞いてください。

 事前に仕掛けを作れないっていうルールと仮定しますけど、私はまず相手を見て戦い方を判断します。流石にどんな戦い方をしてくるかまでは分からないんで、まずトレーナーの表情や態度、話し方、立ち振る舞い、諸々を観察して相手がやらないだろう戦い方を割り出して消去法で戦い方を推測してます。人と成りを見れば嫌う戦法っていうのは出てきますからね。

 でもこれも大まかな分類しか割り出せません。直球勝負か搦め手かくらいが判断出来れば十分です。そこからは相手の出したポケモンを見て、そのポケモンに何が出来るかを考えてそれに対応して行動を潰していく感じです。

 ポケモンの強さが前提にあるんでこういう後出しじゃんけんみたいな戦い方も出来ます。まあ今日の自爆とか地雷みたいに予想外のことが起きると混乱しますけど」

 

「なるほど、確かにそれは真似できそうにないですね」

 

「でしょう? あくまで私の戦いはポケモンの強さでこっちが勝っていることを前提に組み立てた受け身の戦い方になります。相手がどんな手を使って来てもそれに対応さえすればポケモンの地力で押し返せますからね。

 僕の場合はポケモンを無駄に傷つけたくないから何かしら作戦を立ててるだけであって、勝つだけなら相手に対応するだけでいいんですよ。素の強さが対等じゃないから一手二手の差は遅れになりませんから。ポケモンの強さっていうアドバンテージに胡坐をかいた戦い方です」

 

「まあそれが誠さんの強みですからね」

 

「それが強みというかブリーダーの僕からしたらバトル自体が弱みですからそれしかないんですよ。他の武器がないからそれを軸にしてるんです」

 

「私の伝えたかった事がきちんと伝わっている様で何よりです」

 

「そりゃさっきは憎まれ口叩きましたけどあれだけ良いようにされたら嫌でも理解しますよ。最初はマチスさんの事を舐めてたから一匹で全滅までもっていけると思ってましたからね。それが蓋を開けてみれば一番相性の良いドザエモンが戦闘不能、次に相性が良いデンチュウがそれなりのダメージを受けるって結果ですよ。最後の最後で慌てて認識改めてようやく勝ったのに、そこから何も学ばないなんて阿保みたいじゃないですか」

 

「その気持ちを忘れないでください。そうすれば誠さんが負ける事はそうないでしょう」

 

「まあ僕の話はいいんですよ。で、えーと、そうだ。相手を見る事についてですけど実はこれはそんなに難しくはないから安心してください。要は慣れの問題だけです。人と話す時に相手の答えの理由や背景を考える様にしてください。どう考えてその答えを出したか、どんな背景があってその答えを選んだか、その答えを出す事でどういう結果を望むか、これを意識していれば人を見てると、その人が次にどんな事をしようとするのかなんとなく分かる様になります。例えばですけど、マチスさんは私が真っ向勝負を好むと思いますか?」

 

「いえ、どちらかというと真っ向勝負よりも仕掛けを好むタイプだと思います」

 

「その通りです。私は自分が優れてるとは思ってないので真っ向勝負は避ける様にしてます。出来れば勝負が始まるまでの事前準備の段階で勝利を確定させたいと思ってます。今マチスさんは僕の事を読んで戦い方を絞った訳です。慣れれば誰が相手でも似たようなことは出来るようになりますから頑張ってください」

 

「努力します」

 

「じゃあそろそろ次の話に進みましょう。マチスさんが私と会った時から聞きたがっていた強いポケモンの育て方です」

 

「はい!」

 

「その待ってましたって感じに水を差して申し訳ないですけど、実をいうと未だにマチスさんにこの情報を教えていいのか迷ってます。これは決してマチスさんを信用してないとか、これを盾に何か要求するとかそんなんではないんで、そこは勘違いしないでください」

 

「……そうですか」

 

「そんなに露骨にがっかりしなくていいですよ。一応私的には教えるって事は決定事項で良いと思ってます。でもその前に注意事項を二つ、警告を一つ。その後に一つ質問をするのでそこでマチスさんがこの話を聞くかどうか決めてください」

 

「分かりました」

 

「ではまず一つ目の注意点ですが扱いには本当に気を付けてください。この内容は信頼できる人であっても教えた事の無い、おそらく世界で私だけが知っている情報です。しかもこれは特別な才能も必要とせず、誰にでも実践可能な内容です。それこそポケモンリーグが懸念していた通り、チャンピオンに相応しくない人間でもこの情報を知ればチャンピオンになることが出来るでしょうし、悪人が知れば多大な被害を出すでしょう。だから流布しないでください。この内容を教えてマチスさんが実践した場合、僕だけでなく他のジムリーダー、四天王であってもマチスさんを実力で止めることは出来なくなるでしょうから、絶対に調子に乗ったり心変わりしたりしない様に注意してください。まあさっきマチスさんが僕に言った事ですから大丈夫とは思いますがね」

 

「肝に銘じます」

 

「そうして下さい。それで二つ目はこの情報を実践したマチスさんに勝てる人は殆どいなくなることです。聞く分には良い事の様に聞こえますが実態はそうでもありません。

 私の様にブリーダーの適正がない者なら兎も角それなりの適正があるならまず苦戦することなくチャンピオンを目指せるようになります。ただしそれはポケモンの強さに絶対的な差があるからこそです。それこそ自分は全力なのに相手はジム挑戦用の弱いポケモンを使ってる感じになりますから、今後は一切本気の真剣勝負をする事が出来なくなると思って貰って結構です。それが許せないなら最初からこの話を聞かない事を選んでください。

 それとこれは先の話ですが多分本来の実力以上の地位になった時にポケモンの強さと自分の力量に吊り合いが取れてないことに気付いて本当に自分が必要なのか悩む時が来ます。ポケモンだけでもチャンピオンを目指せる強さになってるからですね。

 その時に回りを強くする為に情報を広めたりしないでください。例え信頼できると思った方でも駄目です。その人も同じような悩みを感じて徐々に情報が広がり始めますから。これが二つ目の注意事項です」

 

「……分かりました」

 

「次に警告です。もしこの情報が外部に漏れるようなら私がマチスさんと関係者全員を殺して口封じをします。その時に周りに被害が出るのも関係ありません。町一つだろうが地方全部だろうが殺し尽くしてでも情報を知った者を殺します。

 そして実際は知らなくても知っている可能性がある者も消していきます。そうしなければならない情報だという事を理解してください。そしてマチスさんも同じようにする覚悟を持ってください」

 

「……そこまでやるほどですか?」

 

「そこまでの事です。少なくとも軽い気持ちで手を出していい事ではありません。例えば教える人を絞ったとしてその過程でロケット団みたいな組織に伝わればその大半がチャンピオンに匹敵する強さになります。逆に一般的な情報として多くの人に教えたら今度は私みたいなポケモンの強さに振り回されて慢心するトレーナーが大量に生まれます。その果てにあるのは今の社会制度の崩壊です。

 私がマチスさんに話して良いと思ったのは増長しないだろう性格や感情より損得を優先出来るだろう気質、ジムリーダーという社会的立場で変な組織と接点がない事、そして私との約束を守ってくれるという信頼、その諸々を見たうえでの判断です。どれか一つでも問題があったなら、どれだけ脅されようが、恨まれようが絶対に教えません。この情報を抱えるという事はそれだけの覚悟が必要だという事を理解してください。情報を教えた者の責任として無為に情報を広める輩は私が消します」

 

「……」

 

「それで最後に質問ですがこの質問はマチスさんの本心を聞かせて貰います。この質問の答え如何で教えるのを止めるという事はないので安心して答えてください。私にしては珍しく他人を気遣ってする質問ですからね。それで、マチスさんは何の為に強くなりたいですか?」

 

「……何の為にですか……」

 

「強いポケモンを育ててどうしたいのかでもいいです。ただチャンピオンという名誉が欲しいみたいな名誉欲、皆から賞賛される強さが欲しいみたいな承認欲求ならそれでも構いません。それなら情報を独占しようとするでしょうし私も快く私の知る全ての情報をお教えします。

 でも自分の力を証明したいとかなら私はこの話を聞くのは止めておく事を勧めます。さっきの注意点でも似たような事言いましたが、強くなるのは貴方のポケモンであって貴方ではありません。あくまでも貴方自身は強くなったと錯覚できるだけです。個人の力量以前の問題として、ポケモンの強さというハンディキャップを相手に押し付けることになりますから、正当な貴方の力の証明する機会も無くなります。

 ポケモンを育てるのも才能と他人になら言い訳できるかもしれませんが、それも私が教えた事をそのままやってもらう事になるので自分の力とは言えないと自分で理解してしまうでしょう」

 

「……」

 

「では答えをどうぞ。貴方は何の為に強くなりたいですか?」

 

「……考えた事もなかったですね」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……少しお時間を貰えますか?」

 

「勿論です。後悔しない選択をして下さい」

 

「……因みに内容を聞くだけ聞いて実践するかどうかを後で決めるというのは……」

 

 何とも情けない質問がマチスから返って来た。行動の先にどんな答えがあるか想像しろとアドバイスしたばかりなのにこんな質問が返ってくるとか思っていなかった。

 

「はぁ……さっき言ったアドバイスは伝わってなかったですか? マチスさんの選択でどんな結果が来るのかちゃんと考えてください。絶対に後悔しますよ? 

 強くなる手段が分かってるのにそれをしないって葛藤するにしても、重圧に負けて曖昧な気持ちで実践して本当にこれを望んでいたのかって悩むのも。

 しないと出来ないは別ですからね。僕が教えなくて出来ないなら僕に不満をぶつければいいし、出来ないならしょうがないで割り切れますよ? でもしないってなると一切の弁明の余地なくマチスさん自身の責任になりますからね。

 最終的に良い結果になるとも限らないですし、中途半端に苦しむくらいなら決心がつくまでマチスさんには出来ないの状態でいて貰います」

 

「……」

 

「もうちょっと先の事を考える力があると思ってたんですけどね。まあ勢いで決めても良い結果にはなりそうにないですし、私は今日は帰ります」

 

「!? 待ってください!」

 

「別に教える気が無くなった訳でも、見限った訳でもないですよ。ただマチスさんに未来を想像する時間を作るだけです。一週間……いや五日で十分でしょうかね。五日後の正午にまた来ます。それまでに答えが出ても連絡はせずにギリギリまでそれぞれの選択の未来をシミュレートしてください。

 聞く方が良いのか、聞かない方が良いのか、両方の未来を想像して貴方が幸せになれる答えを出してください。それじゃあまた」

 

 答えを聞かずにさっさと応接室を後にする。マチスは何も言ってこない。これでマチスが即座に答えを出す可能性もあったが、そうなったとしても聞く気はないので関係ない。誠としても自分の存在価値とも言える情報を教える以上半端な真似は出来ない。教えるならば一蓮托生。何があっても自分のやり方を肯定して貰わなければ困る。

 

(あのくらい言っとかないと不安だったとは言えどうなっかな? なんか流れ的に聞かないって選択しそうなんだよな。まあ別に聞かないなら聞かないで今まで通りだから別にいいんだけど。

 聞くってなったらどっかで人を殺させて共犯にしたいし、なんか仕込みしといた方がいいかな。とはいえ誰かに情報を教えるのは拡散が怖いから無理だし、そもそも俺しか知らない情報だから情報源の問題もある。適当に捕まえたポケモンをロケット団のアジトにでも投げ込むとかが限界だけど取り返したら解決だし殺す理由には弱いな…早まったかな?もっと確実にマチスを取り込む予定を立ててから情報を教える様にした方が良かったな多分。

 でも大丈夫だとは思うんだよな。少なくとも俺の持っている情報の価値を理解して殺しを黙認してる感じだし。一度腹割って話した以上裏切るとも思えないんだよな。まあ情報を聞かないって可能性も十分あるし、その時になったら考えればいいか)

 

 ひとまずマチスについては五日間の猶予が出来た。その間にレギュラーと伝説のポケモンの要望を叶えつつ、まだ聞き取りが出来ていないポケモンの要望も確認しなければならない。アンズの仕事の手伝いにハナダジムへの訪問、まだ行っていないジムへの挑戦、マサキにもそろそろ連絡を入れなければならない。やる事が詰まって来た。

 

(とりあえずマサキとアンズへの連絡はそろそろ期限が近いから今日しとこう。ハナダジムは後回しだ。ポケモンは隙を見てちょっとづつ済ませていくしかないな。

 はぁ……そろそろどっかに家でも欲しい。この世界に賃貸ってあるのかな? 金も払わずにポケモンセンターに泊まるのもいい加減気まずいし……定住する場所決めた旅人ってどうしてんだろ?

 まあいい、とりあえず電話しよ。マサキからでいいか)

 

 誠はポケットから携帯電話を取り出す。50件を超える着信履歴が目に入った。

 



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悪い人

続きが出来ましたのでお納めください。


「うわぁ……」

 

 誠が開いた携帯電話には不在着信のマークが、そしてその不在着信マークの横に53という数字が並んで表示されている。最後に携帯を開いてから凡そ4~5時間でここまで連絡が来る心当たりはない。

 

 しかも着信の詳細を見ると全てエリカからの着信だった。これがマサキやカスミならまだよよかった。どちらも感情的な人間だからこちらが電話に出なかったとしてもお構いなしに掛けてきそうな雰囲気がある。

 しかしエリカだ。多分悪く思われてはいないと思うがわざわざ連絡してくる程仲良くした覚えはない。そして至急の用件でなければここまで連続で連絡してくるような性格でもない。どう考えても厄介事だろう。

 

(考えられるのは前回参加したロケット団のアジト襲撃の事辺りだが、今更何かあるか? 水抜きが上手くいってないとかだろうか? でもそれなら至急とは言えないし。

 それかまたアジトにロケット団が集まって来たから襲撃するとかだろうか。前回も人を集めるの急だったし今日中に攻めるとかならあり得るか? まあ電話すりゃ分かるけど)

 

 携帯電話を操作してエリカに連絡を返せば、ワンコールで即座に繋がった。

 

「あ、どうもエリカさん。お電話のお返し遅れて申し訳ありません。誠です」

 

「あら誠さん、こちらこそお忙しいところ突然の連絡申し訳ありませんでした」

 

「いえいえ、ちょっとマチスさんと会っててマナーモードにしてただけなので。それで? 急ぎの用件かと思いますが何かございましたか?」

 

「そうですわ。また誠さんのお力を借りたいと思いまして連絡させて頂きましたの」

 

「(お前も俺に仕事振ってくるのか。そこまで仲良くねぇだろ)それは構わないんですが急ぎですか? ちょっと別で頼まれてる仕事あるんですが」

 

「そうですね……出来ればお知恵を貸して頂きたいと……」

 

「まあ、分かりました。とりあえず状況を教えて貰えますか?」

 

「それが……その……」

 

「(歯切れが悪い。言いにくいレベルの厄介事か?)どうしました? 電話だと不味い内容ですか? 必要ならそっちに行きますけど」

 

「いえ……そういう訳ではありませんが……」

 

「じゃあとりあえず言ってください。状況分からないとどうしようも無いですよ」

 

「……以前ロケット団のアジトを攻撃した時の事を覚えてらっしゃいますか?」

 

「覚えてますよ。何度も経験してる訳でもないですから忘れようもないです」

 

「あのですね……その時捕まえたロケット団の者が、その……」

 

「なんです?」

 

「……逃げ出したそうですの」

 

「(はぁ? 何やってんだよジュンサーさん)それで?」

 

「その……怒っておられませんか?」

 

「(なんで俺が怒るんだ? 別に関係ないだろ)何故です?」

 

「いえ、その、以前反省しない者に情を掛けるなと教わったものですから、つい」

 

「(あーそういえばそんな事言ったな。あの時どんなだったっけ? 悪人は殺しちまえみたいな感じのキャラだったか。じゃあ信賞必罰がモットーみたいなキャラだな)

 そこはまた時間がある時にじっくり話をさせて貰います。今はそれよりも事態を解決するのが先決です。なので状況と最終目的を」

 

「分かりましたわ。あの作戦の後に逮捕された者はタマムシシティの方で檻に入れていたのですが人数の関係で他の場所に移す事になりましたの。ですが移動の最中に二名が逃走。逃走した者は付近にいた子供を人質にして他の団員の解放を要求。結果捕まえた全員が逃走致しました」

 

「逃げた奴らの人数と人質の数は?」

 

「逃走したロケット団員は全部で25名、人質は最初の子供含めて全部で3名ですわ」

 

「向こうにポケモンはいますか?」

 

「いえ、彼らのポケモンはこちらで管理しておりますのでポケモンはおりません」

 

「逃走先は分かってるんですか?」

 

「逮捕された者は全員タマムシゲームセンターの地下に逃げ込んで立てこもっていますわ」

 

「向こうは何か要求してきてるんですか?」

 

「それが今のところは何の要求もございませんの」

 

「ふむ、考えられるのは逃走手段ですかね、それか長期戦の構えで来るなら食料品辺りでしょう。食料品の要求があれば大人しく渡してください。でも逃走手段を要求してきたら上手く引き延ばしてください。準備に時間が掛かるとでも言っておけばいいでしょう。今から私が行きますからそれまでもたせてください」

 

「何か考えがございますの?」

 

「相手にポケモンがいないなら僕のポケモンの一匹を出します。姿を消せるカクレオンなら最低でも人質の位置を掴めますから。可能ならそのまま救助。もし人質が別々の場所に置かれて見張りがいるようならカクレオンの持ち帰った情報を基にポケモンに穴を掘らせて同時攻撃を仕掛けます」

 

「成程……」

 

「もし逃走手段を渡さなければ人質が危険なら逃走手段を用意してもいいですが、それを渡すのは僕が行くまで何とか引き延ばしてください。最悪人質全員が目の届く範囲に来たら強硬手段で奪還します」

 

「分かりましたわ」

 

「それと人質は助けますがロケット団の方は一応殺さない様に注意はしますけど負傷位は負うかもしれません。それも了承して貰います」

 

「……出来れば無傷の方が」

 

「出来ればですね。相手が抵抗するなら戦意を折る為に幾らかダメージを喰らわせます。エリカさんのジムリーダーとしての立場とかを考慮して最大限譲歩した上でそれです。本当なら一人見せしめに殺してこうなりたくないなら投降しろっつって恐怖で縛って解決するところですけど流石にそこまでやると風聞が悪いですからね」

 

「……」

 

「まあ納得しろとは言わないですけど理解はしてください。何の罪もない人質と捕まっても尚悪事を働く事を選んだロケット団、どちらを優先するか考えるまでもありません。私が考える中で一番安全に人質を奪還する方法がそれだってことです」

 

「……」

 

「とにかく今からそちらに向かいますから。ジムと現場どっちに行きましょう?」

 

「では直接タマムシゲームセンター前にお願い致します。それと他に何かやっておく事はありますでしょうか」

 

「じゃあカクレオン用に人質の写真とアジトの地図を用意しておいて下さい。それから終わった後で滅茶苦茶説教しますから覚悟をしといて下さい」

 

「……分かりましたわ」

 

「ではまた後で」

 

 通話を終了して携帯電話をポケットに仕舞う。本来の仕事の範囲外なのに、また仕事を安請け合いしてしまった。どうも頼られると虚勢を張ってしまう。これも日本での社会人経験の弊害だろうか。

 

 ともかく内容は急を要する。一度ポケモンセンターに向かいポケモンを回復して、即座につくねに乗ってタマムシシティに向かう。幸いにもクチバシティとタマムシシティの距離は遠くない。体感距離でで30㎞位はありそうだがつくねであれば十数分あれば移動可能だ。やはり空を飛べば障害物関係なく直線距離で移動できるのがでかい。

 

 少し空を飛べばタマムシシティへの移動は問題なく終わった。、町の様子を見た感じ町民は普通に生活を送っている。以前来た時に比べると人通りが少ない気もするがそれも誤差と言われれば納得できる程度の違いでしかない。同じ町で立てこもり事件が起きているのにこの雰囲気を維持できるのは異常だと思うが情報規制でもしているのだろうか。

 

 ともかく小走りでタマムシゲームセンターに向かう。タマムシゲームセンターに近づいて見えてくるのは両手で数えられるくらいの人数の人だかり。その中に制服姿のジュンサーさんと話している特徴的な黄色の着物姿が見えたので少し足を速めて駆け寄る。

 

「お待たせしました」

 

「あら誠さん、来て下さって感謝致しますわ」

 

「はいどうも。それで中の様子はどうなってますか?」

 

「現在タマムシゲームセンターは閉鎖しております! 内部にはロケット団員25名、人質3名が入って以降出入りは確認できておりません!」

 

 エリカにした質問だったが答えはジュンサーさんから返って来た。突然現れた部外者の質問に律儀に答えてくれるとは思ってなかったが、エリカの様子を見て即座に判断したのだろうか。それなら好印象だが、誰にでも馬鹿正直に事件の事を話しているのなら印象が180度変わる。

 

「これはどうもご丁寧に。私はポケモンリーグ所属の誠と申します。本日は協力者と思って頂けたら幸いです」

 

「いえ! ご協力感謝します!」

 

「(声でかいなこいつ)それで内部の様子は分かりますか?」

 

「申し訳ありません! 犯人を刺激しないように閉鎖に留めておりますので分かりかねます!」

 

「分かりました。じゃあカクレオンを入れさせます」

 

 タマムシゲームセンターの入り口は自動ドアになっている。もし地下アジトでは無くゲームセンター内に見張りがいた場合はドアが開いて怪しまれるかもしれないが、姿の見えないカクレオンなら自動ドアの誤作動で誤魔化しが効く筈だ。

 リュックから取り出したボールを投げてカクレオンを出す。格好悪いが判別の為にボールにポケモンの名前を手書きしているので取り違える事はない。

 

「出てこいカクレオン。お前は自由だ」

 

 ボールから出たカクレオンは周囲をきょろきょろと見回す行動を取っており、誠の方を見ない。ポケモンについてくるか意思確認をした時に何度か見た誠に興味を持ってないポケモンの行動だ。

 よく考えればカクレオンを最後にボールから出したのはあの村を襲撃した後についてくるか聞いた時以来だ。この世界に来て関わったのも最初の意思確認、村への偵察、その後の意思確認の三回だけ。愛想を尽かされるには十分な対応だろう。

 

「(やばいな、放置し過ぎたか。しかしよりにもよってこのタイミングで)あんまり出してやれなくて悪かったな」

 

 カクレオンを抱きかかえて撫でまわす。露骨なご機嫌取りだが周囲の目もある状況で怪しまれず出来る事は限られているので仕方がない。エリカやジュンサーさんが見ている前に作戦のキーマンであるカクレオンに逃げられる様な失態を見せる訳にもいかない。幸いカクレオンは拒絶の姿勢は見せず大人しく撫でられている。完全に愛想を尽かされている訳ではないらしい。

 

「いっつも頼みがある時ばっかり呼んでごめんな。今日は悪い奴に捕まってる人を助けたいんだ。力を貸してくれないか?」

 

 表情は分からないがカクレオンは抱きかかえられたまま誠を見上げている。その後静かに一度だけ頷いた。

 

「ありがとうな。今度お前の願いを叶えてやるから、これからもずっと一緒にいてくれよ(危なかった。カクレオンみたいな特殊な能力持ちは色々と使い道もある。やっぱり早めにコミュニケーションを取らないと駄目だな。どうでもいい事はさっさと終わらそう)」

 

 人質の写真を見せて貰おうとエリカの方を見るとニコニコした顔で誠の方を見ていた。

 

「なんですか? 現場でそんなニコニコして。もっと緊張感を持ってください」

 

「いえ、何だか微笑ましく感じまして」

 

「(俺のイメージどうなってんだろうか。冷血漢じゃねぇんだぞ)そんなことはいいから人質の写真を見せてください」

 

「はい! こちらに!」

 

 良い返事と共にジュンサーさんから三枚の写真が手渡される。写真の内訳は女の子一人に女性二人。態々非力な女性を人質にしているのが偶然だろうか。女の子はともかく女性二人の方は私服姿のロケット団という線も考えておいた方が良いかもしれない。

 

「いいかカクレオン。この三人が人質だ。まず姿を消してあの建物に侵入して建物内一階を確認。地下への入り口があるがそこまでは行かずにここに戻ってきてくれ。持ち帰って欲しい情報は一階にいる人数と人質の有無、それと念のため出ているポケモンがいるかどうかだけでいい。いけるな?」

 

「クー」

 

「よし行ってこい」

 

「クー!」

 

 力強い返事と共にカクレオンがゲームセンターへと向かっていく。誠の目には普段通りの粒子の塊に見えているが傍目から見れば姿が消えて見えるのだろう。まあ正確には景色への擬態の筈なので粒子が見える自分なら見えても何もおかしい話でもない。

 建物に入ったカクレオンもニ分少々で戻って来た。建物内を一周するだけなので当然の事ではあるがやはり早い。

 

「お帰りカクレオン。じゃあ質問に答えてくれ。人がいたなら右手をいなかったなら左手を上げてくれ」

 

 カクレオンが右手を上げる。まあ流石に見張りのくらいは立てていてもおかしくはないだろう。

 

「ポケモンがいたなら右手、いなかったら左手を上げてくれ」

 

 今度は左手が上がる。事前情報通りポケモンはいないらしい。これで人数が少なければ簡単に制圧できそうだ。

 

「人数が五人以上なら右手をそれ以下なら左手を上げてくれ」

 

 左手が上がる。中で何をしているのかは知らないが人質の見張りや交代要員も考えればそう多くはないのは納得できる。

 

「じゃあ三人以上なら右手をそれ以下なら左手を上げてくれ」

 

 またしても左手を上げるカクレオン。思ったより見張りは少ないらしい。地下への伝達手段が分からないのだけが不安要素だ。

 

「じゃあ二人なら右手、一人なら左手を上げてくれ」

 

 上がったのは右手。

 

「……その二人の内に人質がいるなら右手、二人とも人質じゃないなら左手を上げてくれ」

 

 左手が上がる。建物内で見張りをしているのは二人らしい。二人なら力づくでどうとでもなる。

 考えられる地下への情報伝達手段は一人が足止めしてる間にもう一人が走る、大声で叫ぶ、無線の使用辺り。カクレオンと誰か一人、それこそつくねかユカイなら情報伝達させる間もなく速攻で引き摺り出せるだろう。後は引き摺り出した奴から情報を聞き出せばいい。計画変更だ。

 

「見取り図を出してください」

 

「どうぞ!」

 

 やたらと元気の良いジュンサーさんから地図が差し出される。さっきからエリカは何もしていないが何のためにここにいるのだろうか。

 

「どうも。カクレオンその二人がいる位置を指さしてくれ」

 

 カクレオンは見取り図の二点を指し示す。指したのは入口付近の地点と地下通路の入り口近くの二ヵ所。

 

「(配置的には異常に気付いたら地下通路に近い奴が伝令に走る形っぽいな。奥の奴の近くにカクレオンを配備して、つくねが突っ込むタイミングで同時確保で良さそうだ。問題は地下通路入ってすぐの辺りに見張りを置いている場合だが……まあ大丈夫だろう。人質が生命線ってことは流石に理解してるだろうから危害を加える可能性は低い。大人数で気が大きくなって変な行動をする可能性もあるがそこまで気にしてられない)

 エリカさんあのゲームセンターの自動ドア壊しちゃってもいいですか?」

 

「それが必要なら仕方ありませんわ」

 

「了解。つくね出てこい。お前は自由だ」

 

 ボールからつくねを出す。先日望んだ通りに毛づくろいという名の撫で回しを行ったばかりなので、首をピンと張ってやる気をアピールしている。やはりカクレオンと違ってレギュラー陣は安心感が違う。

 

「つくね、カクレオン。これから悪人を捕まえて俺の目の前に連れてこい。まずカクレオンは姿を消して地下通路に近い奴の近くに待機。つくねが突っ込んだタイミングで口を塞いでここまで引っ張ってこい。つくねはカクレオンが入って一分後に突っ込んで地図のここら辺にいる奴を俺の所まで引き摺り出せ。声を出す間も無いように全力でやれ。邪魔になるドアは破壊していい。お前たちの能力なら問題なく出来る。やってくれるか?」

 

「クー!」

 

「ケー!」

 

「よし。それとエリカさん今ポケモンは連れてきてますか?」

 

「勿論ですわ」

 

「じゃあ中にいるロケット団を引き摺り出したら代わりにゲームセンターの中に入ってください。それでもし異常に気付いた奴が地下通路から出てきたら捕まえて、絶対に声を上げない様に猿轡をしてください。つるのむちで口を縛っておけばいいです」

 

「かしこまりました」

 

「じゃあ、まずはカクレオン。頼むぞ」

 

「クー!」

 

「行ってこい」

 

 再びゲームセンター内に入っていくカクレオンを見送って時計を確認する。うっかりしていたが尋問の方法も考えなければならない。ポケモンを前にして勝手に喋ってくれれば話が早いが相手がどの程度の人間か分からない。

 もし予想以上に根性があったり、仲間想いで口を割らない場合は拷問が必要になる。ただし町のど真ん中でジュンサーさんの目の前だ。評判も考えるとここで拷問をする訳にもいかない。

 時間を掛ければ説得する自信はあるが時間が勿体ないので真面目に説得するつもりはない。そんなことを考えている内に一分が経過した。ひとまずは引き摺り出したロケット団員を見て決めるしかないだろう。

 

「つくね、行け。エリカさんも行ってください」

 

「ケー!」

 

「はい!」

 

 つくねが建物に飛び込む。その速度は目で追うのも難しい程で当然開き切らない自動ドアは粉々に砕け散る。十数メートル程離れている誠の位置にも破砕音が聞こえる程なので建物内だともう少し大きく聞こえるだろう。これでは見張りに声を出させなくても意味が無かったかもしれない。

 

 そして突入から僅か二、三秒でつくねが出てきた。ロケット団員の両足を二つの嘴で咥えて引き摺っている様は引き摺り出すという命令をこれ以上ないほど見事に遂行している。そのまま足元に投げ出されたロケット団員を見下ろす。

 

「なんだてめぇ!」

 

 投げ出された姿勢のまま文句を言うロケット団員を観察する。

 

(とりあえず今の状況を引き起こしたであろう人間に噛みつく姿勢を見せてるが、安全地帯から引き摺り出す力のある相手に噛みつく時点で状況を理解できてないか後先考えない馬鹿かのどちらかだ。組織の下っ端という立場であるにも関わらず強気な姿なのは自分を大きく見せようとしているようにしか見えない。典型的な弱い者に強いタイプ。大きな組織に入って自分が強いと勘違いしたタイプだろう。こういう奴は後ろ盾が使えないとなれば簡単に心が折れる。軽く甚振って自分が安全じゃないと分かれば直ぐに情報を吐きそうだな……いや痛みで変に錯乱する可能性もあるからもう一人を甚振ってお前の番とてでも言ってやった方がいいかな。直接的な痛みを感じるよりも確実に迫ってくる痛みの方に恐怖を感じそうな気がする。まずは立場だけ先に分からせとこう)

 

 左足で一歩踏み込んで右足を振りかぶる。這いつくばっているおかげで顔に蹴りを入れるにはちょうどいい位置だ。そのまま右足を振り抜いて左頬に蹴りを喰らわせる。仰け反ったところで胸倉を掴む。

 

「これから俺のする質問に答えろ。答えなかったり関係の無い事を喋れば少しづつ罰を重くする。死なない内に全部吐け」

 

 警告をしてから地面に投げ捨てる。ロケット団員に浮かんでいる表情は啞然。組織の後ろ盾があるからか、こちらが立場がある人間だからか根拠は不明だが暴力は振るわれないと高を括っていたのだろう。犯罪を犯す割にいざという時の想定が甘い。

 

「ちょっと! やりすぎですよ!」

 

 まだ大したことはしていないのにジュンサーさんからストップが掛かった。わざわざ脅しをかけたのに危害を加えられないと判断されても困るから黙っていて欲しかった。本当に殺す気はない事くらい分かるだろうから放置しても問題ないと思ったが失敗だった。さっさと終わらせたくて気が急いていたが故に管理を怠った自分のミスだ。こんなことならエリカと一緒にゲームセンターに行かせるべきだった。

 

「つくね。そいつを咥えて空を散歩してこい。たっぷり揺らして怖がらせてやれ」

 

「ちょっと誠さん!」

 

「犯罪者の前で名前を呼ぶなボケ! つくね行け!」

 

 つくねがロケット団員の両肩を嘴で咥えて空へと消えていく。カクレオンがもう一人を連れてくるまでにジュンサーさんの方に口を出さない様に説得しなければならない。

 

「はぁ……困りますよジュンサーさん。せっかく脅しをかけたのに侮られたら台無しじゃないですか」

 

「あんなことするなんて聞いてません!」

 

「(エリカと似たようなタイプか、面倒だな。さっさと言い返せない状況を作って終わりにしよう)そりゃ言ってないですからね。でも必要だからやってんですよ」

 

「そんな必要は無いはずです!」

 

「必要です。はっきり言いますけどね、こちとらそっちが犯罪者逃がした尻ぬぐいしてんですよ。挙句人質まで取られて。あんたに人質の気持ちが分かりますか? いつ助けが来るのか、本当に助けが来るのか心細くて仕方ないでしょう。小さい子もいましたね。これがトラウマになったらどう責任取るんですか?」

 

「それとこれとは……」

 

「一緒ですよ。今我々がしなければならないのは他の何を置いても人質を迅速に救出することです。それ以外の一切は些事ですよ。心配しなくても本当に殺すつもりはないですから安心してください。心を折って情報を引き出す為に必要な事をしているだけです。これは私の専門分野ですから黙っていてください。気に入らないなんて個人的な理由で邪魔をするならエリカさんと一緒にゲームセンターに行って見張りでもしててください。もし下手打って貴方が人質にされたら助けてあげますから」

 

「……ですが」

 

「もう分かってるんでしょ。私が正しいって。最初の勢いもないですし。まあこれで私が舌戦が得意ってのも分かったでしょうから安心して任せてください。治療不可能な傷をつけるつもりもありませんから。人質を早く救出したいなら黙っててください。ほら次も来ましたし」

 

 ジュンサーさんを説得している間にカクレオンも戻って来た。ロケット団員はカクレオンの舌で顔をぐるぐる巻きにされたまま引き摺られている。こちらも引き摺り出すという命令を忠実に守っているようだ。

 

「まだ言いたい事あります? カクレオンが来るまでの間なら聞きますよ?」

 

「……」

 

「ご理解いただいたようで。じゃあそのままそこで黙っててください。私が何をしても邪魔しないように」

 

「分かりました……」

 

「出てこいドザエモン、ユカイ。お前達は自由だ(理論武装も無しに噛みつくからそうなるんだ。役に立たないならせめて黙って邪魔にならないようにしていればいいものを。どうもこの世界の人間は正義感が強いのに倫理観が緩い。日本みたいに捜査権限ががちがちに決まってる訳じゃないんだから人質を助ける為に泥を被るくらいしてもいいだろうに。必要悪ってもんを理解して欲しいもんだ)」

 

 カクレオンがロケット団員を連れてきたので念の為新しく護衛を出して次の尋問に移る。今度の奴はつくねに連れてこられた奴みたいに一瞬の事ではないので自分が捕まったという状況を理解できる筈だがどういう反応をするだろうか。別につくねと空の散歩をしている奴に喋らせればいいだけなので重要度は低いが擦り合わせ用の情報は欲しい。

 

「お疲れカクレオン。放していいぞ。ドザエモン、ユカイ逃がすなよ」

 

 指示に従ってカクレオンが顔に巻き付けていた舌を解く。その瞬間、捕縛されていたロケット団員は全力で駆け出す。しかしレベル百のポケモンには及ぶはずも無くあっさりと飛び掛かっていったユカイに押し倒された。

 

「やあこんにちわ。少し話を聞かせてくれ(逃げるって事は状況は理解できてるらしい。拘束が解ける瞬間に全てを賭けて逃げようとした判断も悪くない。まあ一度捕まってるんだからそれ相応の戦力があるってところまで読むべきだったと思うが……いや、だから不意を突いて心象が悪くなるのも気にせず逃げようとしたのか。少なくとも空を飛んでるあいつと違って後ろ盾が役に立たない事は分かってるんだろうな。そこまで考えてるかどうかは分からんが馬鹿ではなさそうだ)」

 

「お前こんなことしてただで済むと思ってんのか!」

 

「(前言撤回、こいつも馬鹿だ。にしてもまた過大評価か。なんか多いな過大評価。やっぱり自覚はないけど不安があるんだろうか。こういう過大評価と現実の落差の積み重ねが慢心に繋がるんだろうな)ただで済まないのはお前の方だ。これからする質問に答えろ。沈黙と嘘、それと関係のない発言には罰を与える。尋問が拷問になる前にちゃんと答えろよ」

 

「何言ってんだ! さっさと放せ!」

 

 とりあえず挨拶替わりに頬に蹴りを打ち込む。取り押さえられている体勢だからサッカーボールキックをするにはちょうどいい位置に顔があった。手加減はしたが口の中を切ったのか口の端から血が漏れ始めた。そしてこいつも最初の奴と同じ様な阿保面をしている。

 

「これがレベル1の罰だ。一つずつレベルを上げていけばレベル20くらいで死ぬだろうからそれまでに情報を全部吐け(表情的には驚愕かな? どうしてどういつもこいつも暴力を振るわれて驚くんだ? 確かに少々過激かもしれんが驚くほどでもないだろうに)」

 

「いじっ、ぐっ」

 

「まずは宣誓でもしとくか? ちゃんと情報喋りますって。そんで嘘吐いたら殺されても文句言いませんって」

 

「おばえ! ふさげんなよ!」

 

「まだ余裕があるな。レベル2いっとくか? 今大人しくするなら見逃しても良いぞ?」

 

「……くそっ!」

 

「最初からそうしてれば無傷で済んだのにな。まあレベル10くらいになったら腕の一本位千切ってたからその程度で済んでラッキーと思っとけ」

 

「……うるせぇな」

 

「どうも反抗的だな。まだ立場が分かってないのか? じゃあレベル2だな」

 

 誠はリュックから鉈を取り出す。山に入る事を考えて購入したが大抵つくねで移動しているのでまだ使ったことは無い。初使用の対象が木ではなく人になるとは思ってなかった。

 

「待て!」

 

「言葉遣いがなってないな」

 

「っ! 待ってください!」

 

「そうだな。直ぐに直したから今回は目を瞑ろう。質問には答えろよ?」

 

「…はい」

 

「最初からそう言え。じゃあまず人数から聞こうか。お前らの人数と人質の人数だ。俺は嘘が嫌いだから嘘吐いたら一気にレベルを二つ上げる」

 

「細かくは……」

 

「刺激を与えたら思い出せそうか? 幾らでも手伝ってやるぞ?」

 

「っ! 30人くらいです!」

 

「仲間の人数も思い出せないのか? 薄情だな。ちょっと刺激が欲しいか?」

 

「本当です! 30人いないくらいです!」

 

「仲間の人数も分からないのか? お前ら寄せ集めか?」

 

「普段はそれぞれ行動しててあの地下はには情報交換に集まるだけです!」

 

「声がでかいぞ。そんな叫ばんでも聞こえる。声を落とせ」

 

「……分かりました」

 

「じゃあ人質はどうしてる? 怪我させてないか?」

 

「人質はアジトの一室に押し込んでます」

 

「同じ部屋か? 分けたりしてないか?」

 

「全員同じ部屋です。中が水浸しで使える部屋があんまりないんです」

 

「成程な。その部屋はどこか分かるな?」

 

「……」

 

「沈黙はレベル1アップだな。レベル2は切り傷だ。足でいいな」

 

「や!知りません!」

 

「嘘だな。沈黙と嘘合わせて一気にレベル4だ。指切りげんまんって言うし小指でも切るか。左右どちらの手がくらい選ばせてやる」

 

「すいません! 分かります!」

 

「そうか。罰の後で聞いてやるからさっさと手を出せ」

 

「すいません! 謝りますからやめてください!」

 

「お前が自分で嘘を吐くこと選んだんだろ? けじめをつけろよ」

 

「すいませんすいません」

 

「そんなに喚くなよ。俺が悪人に見えるだろ。まあそこまで言うならチャンスをやってもいいか」

 

「ありがとうございます!」

 

情けない。別に悪党としてプライドを持てとは言わないがもう少し何とか粘ろうという気は無いのだろうか。こちらからすれば楽でいいが、こんな奴に時間を使っていると言うことに腹が立つ。

 

「もう面倒だからいちいち確認はしない。地図があるから人質の場所を教えろ。俺が怖くないなら嘘を吐け」

 

「嘘は吐きません!」

 

「まあ信じてやろうか。俺の信頼は重いぞ? 嘘だと分かったら後でレベル2から20まで全部やってから殺してやるから心して答えろよ」

 

「はい!」

 

 ここまで言っておけばいいだろう。ここで嘘を吐く度胸は無い筈だ。罠に嵌めて殺す自信があるなら嘘を吐くかもしれないが相手にポケモンがいないなら打てる手も高が知れている。

 

「ジュンサーさん地図を」

 

「……どうぞ」

 

 明らかに不満げなジュンサーさんから地図を受け取る。事前に言った通りに蹴り一発以外は手を出さずに情報を引き出したのだからむしろ褒めて欲しいくらいだが、感性の違いはどうしようもない。

 

「おい、人質を入れてる部屋を指差せ」

 

「こ、ここです!」

 

「部屋に見張りは?」

 

「部屋の中にはいません! ドアの外に立ってるだけです!」

 

「そうか。じゃあ縛るから大人しくしてろ。暴れたら制圧してやる」

 

 今度はリュックからロープを取り出して尋問を終えたロケット団を縛る。まず右足首に固結び、次に少しゆとりを持たせて左足首に固結び、最後に胴体を腕ごとぐるぐる巻きにして端を結び目に通す。これで逃げ出しても早くは走れない。脅しが効いたのか暴れなかったので楽にできた。

 

「じゃあ、ジュンサーさんとりあえずこいつをお願いします。走れないと思いますがそのロープは放さない様に。ポケモンに持たせても良いですよ」

 

「……ご協力感謝します」

 

「まだ私が言った事悩んでるんですか? 別に納得せんでもいいんですよ。やり方なんて人それぞれなんですから」

 

「……いえ」

 

「まあどうぞ。もう一人同じように尋問するんで預かっといてください」

 

「分かりました」

 

 ロープをジュンサーさんに預けてひとまずは一人終了だ。後はもう一人から同じように情報を抜いて擦り合わせをするだけ。二人目も同じようなやり方で問題はないが正直同じような問答をするのも面倒臭い。なので視覚的恐怖を与える為に少し小細工をする。

 

「おい、お前口の中切ってるだろ。その血をこの鉈に垂らせ」

 

「えっ?」

 

「さっさとしろ。唾でも吹きかけようもんならこの鉈でお前の腕ぶった切って血糊に使ってやる」

 

「は、はい!」

 

 口から血を流すロケット団員に下を向かせて血を鉈に塗していく。多少なり涎も垂れていて汚いが後で洗えば良い。しばらくすれば立派な血濡れの鉈の出来上がりだ。人を切ったにしては不自然な血の付き方な上に周囲に血痕も無いのでよく見れば分かるだろうが、血濡れの鉈を前に正常な判断は出来ないだろう。これで脅しを掛ければ切られる恐怖を与えられる。これで準備は万端。

 

「おーい! つくねー! そろそろ戻ってこーい!」

 

 目に見える範囲に飛んでないので出来るだけ大声で呼べばつくねが戻って来た。連れ回されたロケット団員は脱力して完全にグロッキーだ。変に脅さなくても十分に答えてくれそうだが嘘を教えられても困るので念には念をだ。

 

「よう。そんじゃあ質問だ。もう一人みたいに切られる前に答えろよ」

 

「あん? ひっ!」

 

「ルールは簡単。さっきの蹴りがレベル1の罰で関係ない言葉を話すか沈黙でレベル1アップ。嘘吐いたらレベル2アップだ。正直に答えれば無傷で終わるぞ」

 

「お、おう」

 

「言葉遣いにも気を付けろよ。そんじゃあ質問。人質がいる部屋をこの地図で指差せ。あとは見張りの有無だな。答えろ」

 

「こ、ここだ! 見張りは部屋の中にはいない!」

 

 鉈を目の前にちらつかせてやるだけであっさりと情報を吐いた。指差した部屋は先程のロケット団員が指さした場所と同じ。見張りの有無についても答えは一致している。別々に聞いてこれなら、この答えが真実か、いざという時の為のダミーの答えを共有しているかだろう。

 

「そうか。もし嘘だったらこの鉈で頭カチ割って殺すけど本当にその答えで良いんだな」

 

「本当だ! 嘘なんかつかねぇよ!」

 

「ならお前ももう用済みだ。つくね、そいつ縛るから抑えとけ」

 

 先程と同じようにロケット団員を縛り上げてジュンサーさんに渡す。暴れる用なら一発喰らわせてやろうと思っていたが大人しくしていたのでスムーズに終わった。これで尋問は終了。後は人質の救出だ。人質さえ奪還すればポケモンもいない烏合の衆相手に苦戦することも無い。そこまでいけばエリカに任せても問題は無いだろう。

 

 ゲームセンター一階の見取り図と地下の見取り図を見比べる。期待していなかったがキチンと同じ縮尺で図面が書いてある。図面にミスが無ければ狙った部屋に穴を掘る事ができる。垂直に掘った穴を登る苦労はあるが斜めに掘って間違ったところに穴を開けるよりはいいだろう。

 

 余ったロープを自分の身長175㎝の長さに切って測量を行う。出来れば計算の簡単な1mや2mの長さが良かったが今この場にちょうどいい目安が無いので我慢する。175㎝なら二回で350㎝なので計算も楽な方だ。地下通路の入り口を基点に計算ミスが無いよう図面に計算を書き込みながら慎重に測量を繰り返して部屋の座標を割り出す。面倒だが大切な作業だ。結果人質のいる部屋の真上は道路のど真ん中だった。真上に家があれば家の床に穴を開ける事になったので助かった。

 

「ドザエモン。この地点で真っ直ぐ下に向けて穴を掘れ。出来るだけ広めにやってくれ。つくねと……そうだな。ユカイ、デンチュウ出てこい。お前達は自由だ」

 

 救助要因としてユカイを追加でボールから出す。ドザエモンが穴を掘って、ユカイとつくねが人質を救助して穴から脱出。これが一番安全な策だろう。相手にポケモンがいないらしいの突入させたポケモンを暴れさせて入口から堂々と脱出させる手もあるが、空のモンスターボールは持っているかもしれない。レギュラー陣が遅れを取るとは思えないが、何かの間違いで一匹でもゲットされた時が洒落にならないのでこの案は没だ。

 

「改めて指示だ。ドザエモンはこの地点で真っ直ぐに下に穴を掘れ。その穴にユカイとつくねが突入。この写真に写ってる三人を連れて掘った穴から脱出してここに戻ってこい。デンチュウはこの三人を連れて戻ってくるまでここで俺の護衛だ。理解できたなら手を上げろ」

 

 ドザエモン、ユカイ、デンチュウが手を、つくねは右足を上げる。

 

「よし、行ってこい」

 

 ドザエモンが掘った穴にユカイとつくねが入っていく。どんな手段で垂直な穴を登ってくるかは分からないが、この三匹であれば何とかするだろう。

 

(これで人質を救出して戻ってくれば俺の仕事は終了だ。人数は多いが人を捕まえるだけならここまで何もしてないエリカとジュンサーさんにでも任せればいい。どうせ俺のやり方でやってまたやり過ぎだなんだと顰蹙を買うなら出来ることくらい任せればいい。一度失敗しているならもう同じ失敗はしない筈だし。それにもう面倒になって来た。無駄に頭使わされたし、時間も労力も無限じゃない)

 

 目的の完遂間際にになって急激にやる気が無くなっていくのを感じる。最近こういう事が多い。元から飽き性の気はあったが慣れた事なら兎も角、途中で行動の途中で飽きるような事は無かった。

 

(なんだろうな。俺の性格的に考えて出来ると分かったから興味が無くなったとかかな。やっぱ環境が変わって俺も変わってるのかな。過激とか日本で言われた事そんな無いし。いや、でも思想は変わってないと思うんだよな。前から犯罪者に人権無いほうが取り調べとか楽だと思ってたし。やっぱ行動かな。前は思ってても行動には移せなかったからな。心に留めてたことがやれるようになってどう変化があるか、こういうの自分じゃ分からないって言うしな。

 まあ今はいいか。とりあえず人質助けたら仕事終わりだし。後で考えよう。エリカに電話で突っ込めって言って、アンズに手伝いの日程伝えて、マサキと会談の日程決めて、ポケモンの願い叶えて…エリカにも説教するって言っちゃったな。めんどくせ。マチスも五日後に会わないといけないし、カツラもそろそろ再戦した方がいいだろうな。どうすっかな。カスミのとこにも遊びに行かないとだもんな。グリーンとナツメんとこにも挑戦しないといけないし)

 

 どんどん人質救出への興味が薄れていくのを感じながらも、ちらっと横に立つデンチュウを見る。命令通り護衛として穴に注意を向けている。そういえばレギュラーの中でデンチュウだけまだ願いを叶えていなかった。願いは一緒に寝たいだった筈ので今日の夜はデンチュウを出して一緒に寝ることにしよう。

 

「皆早く戻ってこないかな」

 




エリカとのやり取りくらいまで書こうと思ってたけど文字量が予想以上になったので今回はここまで。
次回は早めに投稿したい(願望)


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善い人

遅くなりまして申し訳ありません続きです。



 結局拍子抜けする程に呆気なく事件は解決した。

 

 人質の救助に向かった三匹が予定通りに人質を救出、後に待機していたエリカとタマムシジムのトレーナー、ジュンサーさんとその同僚が突入して、最初に捕まえた二名を除く二十三名のロケット団員がきっちり捕まった。

 

 予定通りに事が進むのは喜ばしい事ではあるのだが、あまりに予定通りになるとそれはそれで不安になる。

 事件に歯ごたえを求めるのは不謹慎かもしれないが、相手が何も反撃してこないとかえって気持ち悪い。相手が何かこちらの気付いていない罠を仕掛けているんじゃないか、ここから逆転出来る一手を準備しているのではないかという気持ちを捨てきれない。

 

 今回は突発的な脱走である事、逃げ込んだ先が水害で機能不全である事、戦力となるポケモンがいない事、人質という唯一の盾を失っている事を加味すれば大した反撃が出来ないのは当然ではあるのだが、どうも何か見落としている気持ちを拭いきれない。

 増援以外に逆転の手は思いつかないがどうも気になってしまう。推察になるが捕り物の指揮をした経験が少ないので緊張が残っている、若しくは自信の無さの表れではないかと思われる。

 

 だが感情的にはすっきりしなくとも結果としては上々。人質は無事救出され、ロケット団は全員再逮捕。逮捕したからといって何らかの刑罰が科せられるわけでもないのは不満だが、裁判なしで即座に檻に閉じ込めておくなら禁固刑と言えない事もない。

 

 個人的には二度と同じことをしない様に全員腕一本落とすくらいしてもいいと思うが改心して真面目に生きる可能性もあるので極端な事も言えない。他は知らないが情報を聞き出した見張り役の二名だけは改心するかもしれない。

 

 そしてここからがある意味で本業。エリカへの説教だ。

 本来ならポケモンの育成に関するアドバイス目的で雇われているが、今までもジムリーダー本人に関するアドバイスばかりしているので今回も同じようにする。少なくとも人間的な成長に繋がっているとは思うので悪い事ではないだろう。

 そもそも向こうが勘違いしているだけでこちとらポケモンに関しては素人なのだからポケモンに関するアドバイスなんて出来る筈もない。

 

 今回は話題に悩む必要もない。エリカに対してなら言うべきことは幾らでもある。後は言い方だけの問題だ。正直エリカへの説教は面倒だし、手間に対してリターンは少ない。仮に矯正が出来なくとも別に害はない。しかし事前に説教をすると申告している以上は時間を割かなければならないので、どうせなら有意義な結果が欲しい。

 

 既に目の前にエリカはいる。事件協力の為にポケモンを使ったジムトレーナーに休みを言い渡したのでジムは休業となりエリカの時間が空いたのだ。

 個人的には顔を見られたこともあって捕まえたロケット団に更生という名の脅しを掛けようと思っていたのだがジュンサーさんに断られた。この世界の悪人なら更生させる自信があったのだがそれはポケモンリーグの仕事の管轄外と言われると強くは出られない。結局自分に害を与える悪人を一人でも減らすためには抑止力であるエリカを厳しい人間にするくらいしかできない。

 

「じゃあ事前に言っていた通りお説教です。でもその前に今日はお疲れさまでした」

 

「いえ私など、誠さんには何から何まで面倒を見て頂いて」

 

「まあそうですね。最後に突入を任せたのもエリカさんとジュンサーさんの顔を立てる為でしたから。本当なら私が行けばそれで解決した話ですし。これで疲れましたとか言ってたらぶち切れもんですよ」

 

「……申し訳ありません」

 

「まあそれはもう良いんですよ。解決したことですからね。やった事にも間違いはないでしょう。自分で解決手段を考える事を放棄したのは少々思うところがありますが、自分の力だけで解決できないと判断して人に頼ったのは悪い判断じゃありません。あとそこで主義主張が合わない私に協力を求めてくれたのも嬉しかったですよ。個人的に結構嫌われてるんじゃないかと思ってましたから」

 

「そのような事はありませんわ」

 

「はははっ、でもこれから嫌われそうなことするんですけどね。以前は諦めましたけど今回はもう少し厳しく言いますよ」

 

「甘んじてお受けします」

 

「揚げ足取る様ですけどその甘んじてって良い意味の言葉じゃないですからね。仕方なくとか嫌だけど我慢するって意味ですからこういう時に言わない方が良いですよ。まあそれが本音なんでしょうが」

 

「そのような訳では……」

 

「別に良いですよ。私だって人の性格を無理くり変えたいわけじゃないですし。ただ貴方がジムリーダーをしていく上で、というより人の上に立つ立場でいる上で必要な事を教えるだけですから。それをどう解釈しても構いませんし、なんなら聞き流してもらっても構いません。まあ余りにも都合の良い解釈されるとそれはそれで困るんですけどね」

 

「気を付けますわ」

 

 とりあえず先制攻撃はこんなものだろう。エリカは全体的に受け身な姿勢の癖に無駄に意思が強い。頭ごなしに思想が間違っていると言って聞くような性格なら前回話した時に矯正している。

 まず以前助言した通りの失態をやらかした事を突いてエリカの主義を揺るがせる事が前提。そこからエリカの好みそうな言葉を選んで少しづつ価値観を誘導。最終的に人を罰する事自体が正しい事だとエリカに誤認させる。

 

「まあ説教とは言いましたが頭ごなしに貴方を否定するようなことはしません。折角の機会ですから有益に時間を使いましょう。とりあえず今回の様な事が二度と起こらないようにするにはどうすればいいかを検討することから始めましょうかね。まず貴方の意見を聞かせてください」

 

「やはり移送体制に問題がございました。ポケモンが居なければ何も事を起こさないだろうという驕りがどこかにあったかと思いますわ」

 

「そうですね。どういう体制を敷いていたのか分かりませんが逃げられるって事は警戒が甘かったんでしょう。でもそれはジュンサーさんというか警察側の問題ですね。今求められてる内容がそういう事じゃないっていうのは分かってますよね?」

 

「……」

 

「黙るって事は分かってはいるんですね。単純に自分の非と感じて言い辛いのか、もう少し先まで考えて自分の主張が間違っていたと認められないのか、どっちか知らないですけど黙ってても何も解決しませんよ。今ここにいるのは私と貴方の二人だけです。都合が悪いことから目を逸らしても話は進みませんし、誰も助けてくれません。諦めて現実見ましょうよ」

 

「……はい」

 

「そんで、どうすればよかったと思います? エリカさんが何をしておくべきだったかですよ?」

 

「……きちんと説得をするべきでしたわ。もうこのような事はしないと約束して下さるまで」

 

 エリカは苦々し気にそんなことを言っているが、この期に及んでそんな返事をしてくるのは想定外だ。流石に苦し紛れの言い訳をしているだけと思いたいがそんな雰囲気も無い。少なくとも嘘は吐いていない。それが正しいと本気で思っている。

 

 賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶという言葉がある。愚者は自分で経験しないと学べないので学ぶために莫大な労力や時間を必要とするみたいな意味だったと思うが、失敗をしても何も学べていない奴の事は何と言えばいいのだろうか。思った以上にやばい奴かもしれない。

 

「……そうですね。まあそれでいいです。でも僕の意見も聞いてもらってもいいですか?」

 

 計画を変更する。これを正攻法で正すのは自分の能力的に難しい。そもそもエリカの根幹が良く分からなくなってきた。今までのイメージとしては博愛主義を語る自分にも他人にも甘い奴。実態は善悪よりも自分の周りの人間関係が円滑であること優先。義務感や帰属意識も低くマイペースに生きている奴だと思ったが微妙に違う気がする。

 何となくだが事なかれ主義、若しくは周りで起きている事全て他人事な無責任な人間というイメージが湧いてきた。しかしそうなると無駄に面倒事に首を突っ込むおせっかいな姿勢や頑なに自分の主義の捨てない姿勢と矛盾する。

 おそらく根幹は事なかれ主義に近しいものだが、そこに何らかの理解できない要因が入って行動が歪んでいる。一貫性を感じられない所を見るにその要因が根拠あるものだとは思えない。妄信する思想、根拠のない自信、過度の楽観、何らかの感情の欠落辺りが候補に挙がる。

 これを片手間で直そうとすると絶対に変な方向に捻じ曲がる。それならば今後の活動の邪魔にならない程度に留めておく方が良い。幸い話題のすり替えみたいな誘導や感情論には弱い。この程度ならどうとでも料理できる。

 

「まず勘違いしないで欲しいんですが私は悪人相手なら何をしても良いと思ってる訳ではありません。多分エリカさんが私の思想を受け入れられないのは悪人相手にやりすぎだと思うからじゃないですか?」

 

「……その通りですわ」

 

「じゃあなんで私が悪人相手に実力行使をする事を好むと思いますか? 正直にどうぞ」

 

「以前おっしゃっていましたが善良な方に被害が及ばないようにするためではないのですか?」

 

「前回話したのは全力で事に当たる理由です。最善の為に優先順位の低いものを切り捨てるっていう話ですから、私が普段から悪人に対して実力行使を好む理由にはなりません」

 

「でしたら……好みでしょうか……」

 

「まあ性格が悪いっていうのは自覚ありますけど流石に好き嫌いだけで相手を甚振るようなことはしませんよ。ちゃんと理由があります(結構鋭いな。八割方当たりだよ)」

 

「……そうなると……申し訳ありませんが私には分かりかねますわ」

 

 元から自分の考えている理由をエリカが答えられるとは思っていない。やはりエリカにはマチスの様に人を見る能力は無い。多少測りかねる部分はあるが話す事にかけては間違いなく自分が上だ。現に相手はこちらの答えを想定できていない。

 

「エリカさんはなんで悪人に罰を与えるんだと思います?」

 

「それは悪いことをしたからではないのですか?」

 

「あー、上手く意図が伝わってないですね。んー、なんて言えば良いんだろ。何のために……いや、えーと、そうだな。誰の為に悪人に罰を与えると思います?」

 

「それは被害に遭った方々の為ではないでしょうか」

 

「やっぱそう思うんですね。そこら辺の認識が僕はちょっと違います。私は罰を与えるのは悪人の為だと思ってますよ」

 

「えっ?」

 

「エリカさんはなんで悪いことはしちゃいけないと思います?」

 

「それは人に迷惑をかける行為だからですわ」

 

「そうですね。じゃあ子供が悪い事、例えばジムの壁に落書きとかしたらどうします?」

 

「叱りますわ」

 

「ですよね。じゃあそれは何の為ですか? ジムを汚された恨みを晴らす為ですか?」

 

「いいえ。子供をきちんとした道に進ませるためにですわ。大人としてきちんと駄目なことは駄目と教えて差し上げなければいけませんもの」

 

「その通り。まさにそれです。では悪いことをした人に罰を与えるのは何のためですか?」

 

「あっ……」

 

「結局一緒なんですよ。まあやる事の度合いも違いますし、悪いことを悪いと認識できない子供と悪い事と理解してやってる悪人を一緒くたにするのもどうかとは思いますけど。でも似たようなもんでしょ。悪いことをしたら罰を受けるんです。罰っていうのは自分の罪の重さを悪人に自覚させるためのものですよ。お前はこれだけの罰を受けるだけの事をしたんだよと教えてあげないといけません。だから罰は怖いものでなければならないんです。普通の子供なら叱るだけで良いでしょうけど大人はそれだけじゃあ変われません。更生にはやったことに見合うだけの罰を与えてけじめをつけさせる。これは必要な事なのです」

 

「……」

 

「だから私はエリカさんの考えが好きではありません。私に言わせれば、貴方は悪さをする子供を叱ることも出来ないだけの無責任な人間です。ジムリーダーという権限を持つならそれに相応しい行動を取りなさい。ただ厳しくすればいいという訳でもありませんよ。厳しすぎず緩すぎず、中立の視点から正確に罪に見合うだけの罰を与えるのです。これがただ相手を許すよりも遥かに難しい。まず罪に対する適切な罰の判断が難しいですね。そして何よりもこちらの想いが相手に伝わることがないってのが辛いところです。大抵はなんでそこまでなんて言われて恨まれて終わりですからね。他人から見ても同じです。関係ない人からすれば私刑にしか見えませんから。人の為に自分は恨まれ役をしなけりゃならないんですよ。心当たる節あるんじゃないですか?」

 

「……はい。申し訳ございません」

 

「ちょっと意地悪い聞き方でしたけど謝罪は結構ですよ。私が望んでやってることですからね。全ては世のため、人のため、平等のため、正義のため、弱者のため、そして何より私のために私は悪人に適切な罰を与えるんですよ」

 

 これでエリカにも罰を与えるという行為は悪い事ではないと認識させられたと思う。しかし油断は出来ない。ただ正しくあろうとするだけの人間ならこれで良いがエリカの場合は事なかれ主義に近しい本質がある。自分の主張と違うやり方を黙認させようとするならもう一押し欲しい。

 

「ただね、私としても色々と思う訳ですよ。私はそれを正しいと思ってるんですが誰も理解してくれないんでね。本当にこれが正しいのか不安になることもあるんです。エリカさんはどう思います? 人の為を思っての事とはいえ恐怖と暴力で悪人を縛ろうとする僕は善人ですか? 悪人ですか?」

 

「……私には測りかねますが悪い事ではないかと」

 

「じゃあ善人だと思います? 遠慮せずに本音で言ってください。それによって私も今後の事を決めます。もしエリカさんが正しくないと言うなら私は今後悪人に罰を与えることは止めましょう。辛い思いをしてまで正しくない事をしたくありませんから」

 

「……私が決めるのですか?」

 

 エリカからは戸惑いを感じるがそれも想定内。自分だって既に持論を持ってる人間の生き方をお前が決めろなんて言われた答えられないし答えたくもない。でもエリカはこの流れで回答を断れるような人間じゃない。人がどう生きようと関係ないと割り切れる人間じゃない筈だ。

 

「そうですね。お願いしていいですか? エリカさんは私にちゃんと反論するくらいに自分の正義を持っているようですし、正しさに関する判断を間違える事も無いでしょう。いやほんとこういうことを相談できるくらい信頼できる人って中々いないんですよ。判断する能力と正しさと両方が必要になりますからね」

 

「……そうですか」

 

「深く考えなくていいですよ? 確かに生き方に関わる問題ではありますがあくまでも貴方には意見を求めているだけ。そこからの選択で生じる責任は私にあります。だからただ私が善人であるのか悪人であるのか。エリカさんが思った通りの事を教えてくれるだけで構いません」

 

「……」

 

「考えてる間に私の夢の話でもしましょうか。判断材料にもなりますしね。私はね、いつか悪人のいない世界ってもんを作ってみたいんですよ。悪人全部殺すとかじゃないですからね。全ての悪人を改心させた後の世界です。平和だと思いません? それでどうやったら悪人を改心させられるかなって考えたら今の考えになったんですよ。もっと良い方法あればいいなと思ってるんですけどね。ははは」

 

「……」

 

「うるさかったですか? 僕ほんとはおしゃべり好きなんですよ。色んな人を見て、色んな意見を聞くのは面白いですからね。それに僕の事話すのも好きなんですよ。どうせ何かするならやっぱり認められたいですからね。僕の考えが人にどう思われるかって結構気になるじゃないですか」

 

「……」

 

「そんな考えなくていいですよ。考えるよりも直感の意見が欲しいですからね。話を聞いてどう思ったかを言ってくださいよ」

 

「あの……少々お聞きしたいことがあるのですが……」

 

「どうぞどうぞ、何でもは答えないですけど出来るだけ答えますよ」

 

「なぜ誠さんはそこまで出来るのですか……お辛いなら止めても良いのではないでしょうか」

 

「んー、何ででしょうね? 認められないのが辛いだけで別に行為自体はそこまで苦じゃないんですよ。上手く言えないですけど考えを纏めずに思いついた事を言うと、悪人……というか人の足を引っ張る奴が嫌いだからそういう奴がのうのうと生きてんのが気に入らない……んー、駄目ですね。これだと意味が違う。取り繕った言葉だと上手く言えませんが実際は私のキャラに合わない小っ恥ずかしい理由が一つだけです」

 

「それはなんでしょうか?」

 

「小っ恥ずかしいって濁したのに遠慮なく聞いてきますね……まあ……あんまり人に話したことは無いですが……せっかくだから答えましょうか。私は人もポケモンも好きなんですよ。愛してると言ってもいいです。だから皆幸せであって欲しいんですよ。そこで邪魔になるのが自分の幸せの為に人の幸せを搾取する奴。悪人です。それを減らすことは私にとって喜びです。私が言うと胡散臭く聞こえるかもしれないですけど詰まるところ愛ですね。善人には無償の愛を悪人には更生のための愛のムチを。そしていつか私はこの世界を愛で包まれた世界にしたいんですよ」

 

「素晴らしいお考えだと思いますが……そのやり方では誠さんがお辛いのでは?」

 

「これは私のエゴですから。人の幸せを搾取する悪人を裁くってことはその悪人の幸せを私が潰すってことです。なら幸せを奪っておいて私だけが幸せになる事なんて許されない。悪人の幸せを奪う私は同じ様に幸せを捨てなければならないんです。私じゃない誰かがやってくれるならそれでもいいんですけどね。誰もやってくれないから私がやってるだけです」

 

「……それは」

 

「イメージと違いましたか? それとも私が狂ってるように見えますか? でも平和な世界を作る為には汚れ役が必要なんですよ。悪人に罪を気付かせ、改心しない悪人を恐怖で縛り付け、それで善良な人間が幸せを享受できるなら私が恨まれようが傷つこうがなんてことはありません。むしろ私一人の犠牲で平和な世界が作れるなら安いもんです」

 

「その……御考えは御立派だと思いますが……」

 

「まあ僕のキャラじゃないんであんまり口に出しませんけどね。だってちぐはぐに見えて胡散臭いでしょ? 愛だなんだって言いながら悪人に暴力を振るってるのを見たら。それに私はね、辛くてもいいんです。むしろ辛くないと駄目です。だって私は悪人の幸福を奪ってるから。そんな私が幸せになっちゃ駄目なんです」

 

「そんなことはありませんわ」

 

「いえいえ、これだけは何と言われようと譲れませんね。だって私はこの理屈を基に悪人に罰を与えてきたんですから。自分だけはその決まりの外になんてしたら平等じゃありません。もしここで自分だけ幸せになろうとしたら今まで悪人の幸せを奪ってきた責任をどう取ればいいのか分かりません」

 

「それは誠さんが抱える事ではありませんわ」

 

「いいえ、これは私が抱えるべき問題です。誰かに言われたわけじゃなく自分の意思でこのやり方を選択した瞬間責任が生まれたんです。私には選択の責任を負う義務があります」

 

「それでは誠さんが不幸です」

 

「別に私も不幸なだけじゃありませんよ。私の不幸が皆の幸せになるのなら素晴らしいことです。それが私にとっての完全な幸せと言い切ることは出来ませんが少なくとも完全な不幸ではありませんから」

 

「……」

 

 このくらい言っておけばいいだろう。自己犠牲のやり方は受け入れられないだろうが理論だけを言えば悪人ではない。これで一度でも善人と認めたら言質を盾に邪魔させない様に立ち回れる。

 エリカ用に感情に訴えて勢いだけで押し切るキャラを造ったがこのキャラは案外実用性が高いかもしれない。勢いがあるから少々の失言も矛盾も全部誤魔化せる。ただこのキャラの思想はあまりにも自分の普段の行動とかけ離れているので矛盾が出てきそうだ。会うのが一度限りの相手なら良いが何度も会いそうな相手にはあまり使わない方が良いかもしれない。

 

「話が逸れましたがそろそろ聞かせてください。私は悪人ですか? それとも善人ですか?」

 

「決めました。誠さん、こちらをお持ちください」

 

 そう言ってエリカが手を差し出してくる。その掌にはバッジがある。自分のやったことを考えれば実力を認めるという趣旨に適うのかもしれないが、このタイミングでバッジを渡す理由が分からない。質問に答えたくないからバッジを渡して有耶無耶にしたいという意図だろうか。

 

「なんでこのタイミングで? 言っておきますけど質問には答えて貰いますよ?」

 

「ですからこのバッジを渡すのです」

 

「? ちょっと意味が分からないですね。バッジと質問の答えがどうしても繋がらないんですが」

 

「マチスさんから聞いておられないんですの?」

 

「なんでマチスさんが出てくるのかも良く分からないですね(あの野郎まだなんか言ってない事あんのか。一回本格的に焼き入れるか)」

 

「それぞれのジムにはバッジを渡す際に見るべき事があるのですが聞いておられませんか?」

 

「いや、聞いてないです(五日後に会う時に言いくるめて丸坊主にでもしてやろうか)」

 

「そうですか。でしたらこのタマムシジムの基準について御教え致します。当ジムで見定めるのは慈愛の心。強さとは別にこちらを見させていただいておりますわ」

 

「慈愛の心ですか……(見る目無いな。慈愛の心とか俺から一番かけ離れてるのに。言った事も価値観の押し付けであって慈愛なんてほど遠いが違いが理解できないのか)」

 

「そうですわ。やり方はともかくとしてその御心には感服致しました。実力に関しても問題はありません。ですのでこのレインボーバッジをお渡ししますわ」

 

「……じゃあ私は善人だと。私の行いは正しいと認めてくれるってことで良いですか」

 

「そう思って頂いて構いませんわ」

 

 問題は……ないな。バッジを出してきた時は何かと思ったが成果としては上々だ。今後の活動に首を突っ込まれない様に言質も得たし、ついでにバッジまで貰えた。ここで終わりにしてもいいくらいだ。でもバッジを貰った以上もうここに来ることも無い。エリカにだけ何のアドバイスも無しってのも可哀そうだし、助言位はしてやろう。

 

「そうですか。良かった。私の行いはやはり正しかったんですね。これで心置きなく活動できます」

 

「……その……やり方については変えるつもりはございませんか? あまりにも……」

 

「ないですよ。だってそれが正しい行いなんですから。私は平等に愛を振りまきます。全ての人とポケモンが幸せになる為に必要なんですから」

 

「……そうですか」

 

「他人事じゃないですよ? 貴方も私が愛を送る対象です。胸の支えも取れましたからね。恩返しも含めて貴方が幸せに生きられるように言葉を送りましょう」

 

「え?」

 

「何も不思議じゃないでしょう? 私は貴方も愛しています。なら貴方が幸せになれるように助言をしてもいいでしょう? お節介だと言われてもやりますよ。だって正しいんだから。貴方は受け入れてくれますよね?」

 

「その……えっと……」

 

「私を否定しますか? 私の考えを肯定してくれたのは嘘だったんですか? ……私に嘘を吐いたのですか?」

 

「いえ……そのような事はありませんが」

 

 エリカは感情に訴えられると弱い。時折無駄な意思の強さを見せるが基本的には流されるタイプだ。軽く感情を乗せるだけでそれが本音だと信じるなんて社会で擦れた人間なら考えられないがこれで土台作りは完了。俺が善人であるという前提を埋め込んだなら後は勢いだけの力押しでどうとでもなる。本当にちょろい。

 

「じゃあ聞いてください。貴方はこのままだと不幸になります。ですから私からの助言です。申し訳ないですが一番良いのはジムリーダーを辞めることです」

 

「それはどういう意味でしょうか」

 

 言葉を聞いたエリカは怒りの感情を滲ませている。怒らせるような事を言っているのだから当然のことだがそう言ってくるだけの手札があると考えて欲しいところだ。

 でも少し違和感がある。普通はなんでそんなことを言われないといけないのかという理不尽に対する怒りを見せると思うが、怒りの中に戸惑いみたいなものが見え隠れしている。急に言葉が厳しくなったから対応できなかったのだろうか。

 

「どうもこうもそのまんまの意味ですよ。だって貴方は性根は正しくても自分に甘いですから。貴方がジムリーダーでいる事で貴方の不幸は周りにも伝播します。貴方だけの不幸なら私もこんな言い方はしませんが他人の幸せを奪うなら見過ごせない。今回の事で分かったはずですよ? やるべきことをやらない人間がジムリーダーに向いてないって事は」

 

「……」

 

「ほらそうやって都合が悪くなると直ぐに黙る。それはただの逃げです。非を認めたなら今後どう改善するかを検討しなければなりません。ここで誤ちを正そうとする姿勢を見せられないなら貴方はやはりジムリーダーに向いてない」

 

「……申し訳ありません」

 

「ほら、また逃げた。改善方法を模索するより先に考える事を放棄しましたね。時には自ら厳しい道を進まなければなりませんよ。これは貴重なチャンスです。これを逃せば一生辛いことから逃げ続けるだけの人生を歩むかも知れませんね」

 

「……」

 

「黙ってても駄目ですよ。今後このような事が無いように解決策を聞いてるんです。貴方はマイペースな人かと思ってましたけど実際は違いますね。マイペースは周りの環境に流されずに自分のやるべきことをやる人のことです。貴方のは事態が動くまで逃げてるだけ。その証拠に自力で解決できそうなこと、前回のアジト襲撃の時なんかは行動早かったですし、今回も私に即座に連絡してくれましたしね。今は……僕が諦めて優しい言葉を掛ける事を期待でもしてんですか?」

 

「いえ……そのような事は」

 

「ありますよ。私は貴方が思っている以上に貴方の事を分かります。だって私は人が好きだから。だから誰よりも人を見てきました。おかげでどんな時どんな表情をするか、どんな声を出すか、どんな事をするか何となく分かるんですよ」

 

「……」

 

 エリカは言葉を聞いて消沈しているが、やはりどこかおかしい。怒りが死ぬのが早すぎる。これはどうなんだろうか。

 感情が刹那的というか、話の前後にあった感情を全く引き摺っていない。こちらの言葉に合わせてそれに対応する感情を出しているようにも見えるが、そんな器用な真似ができるようには見えないし、そもそも作り物の雰囲気って感じはしない。

 周りと衝突しないための処世術として相手に合わせているにしては雰囲気を読むのが下手過ぎる。

 

「それにまだ状況を甘く見てるみたいですね。私は愛を振りまくと言いましたが、貴方みたいに甘やかしたりしませんよ。罪には罰が必要なんですから。貴方は罪を犯した自覚がまだ足りないみたいなんでまずそこから言いましょうかね」

 

「罪ですか?」

 

「そうです。貴方の罪は怠慢です。すべきことをせずにのんべんだらりと生きている。貴方がジムリーダーじゃなければその生き方も良かったでしょう。でも貴方は責任あるジムリーダーです。ジムリーダーとして得られる権利だけじゃなくしなければならない義務も一緒に受け取ってるんですよ。例えば足元のロケット団のアジト。今更言うのもあれですがあんなアジトを足元に造ってる最中に潰せばよかったでしょ? まあ作られたのがエリカさんがジムリーダーになる前だったかもしれませんが、気付いたなら潰しておくべきでしょう。あんなもんが足元にあるから悪人がぞろぞろ集まってくるんですよ。悪人の再起の場を残してどうするんですか」

 

「あれはロケット団の残党を集める為に敢えて残しておりますの」

 

「餌にするならもっときっちり管理すべきでしょうよ。出入りが分かるように監視を立てるとか、中に入った瞬間に捕らえる罠を置いておくとか出来たでしょ。一網打尽にするにしてもそういう仕掛けを前もってつけておけばいい話ですし」

 

「なるほど。そのようにしておけば……」

 

 怒られているのに考え事をし始めた。普通この状況ならそれは表に出さずに頭の中でやることだ。これは明らかにこういう経験が少ないと考えていい。とはいえこちらの言葉一つ一つに顕著に反応するのに感情の移り変わりが早い様子は経験不足という言葉だけでは納得できない。

 飽き性か適当に対応してるかが疑われるが飽き性は違うだろう。かといって適当に対応する性格にも見えない。一番タイムリーな話題を選んだのに、この話題に興味がないとかだろうか。

 

「思いつかなかったんですね。まあそれも怠慢でしょ。だってそれ以外の方法でも誰かに相談して対策たてておけば良かったんですから。なのに何もしてなかった。どうやら傲慢なところもある様ですね。どれだけ人がいても自分がいれば大丈夫とでも思いましたか?」

 

「……」

 

「図星ですね。言葉で言って理解できるか分からないですけど人の悪意ってのを舐めない方が良いですよ。実力で劣ってる人間でも手段さえ選ばなければそれなりのことが出来ますからね。弱くても闇討ちなり数を揃えるなりすれば強い人にでも勝てますから。今回だって人質を取られて手が出せなくなった訳ですしね」

 

「……その通りですわ」

 

「僕が力づくで奪われる恐怖とかそういうのを与えてもいいんですがそれは好みじゃないので出来ればしたくないですね。まあ今回は言葉に留めましょうか。次があったら強制的に体験してもらうという事で。それで話が逸れましたけど、貴方の罪の話でしたね。結論だけ言えば貴方の怠慢で今回人質という被害者が出たことです。助かったから別に良いとはなりませんよ? まず人質に取られた三人。怖かったでしょうね。しかも子供もいました。今回の事がトラウマになってないか心配でしょうがないですよ。それに人質の家族、友人。心配でしょうがなかったでしょうね。その責任はどこにあると思いますか?」

 

「……」

 

「分かりました? 貴方だけの責任とは言いませんが貴方の立場ならこれは防げたことなんですよ。貴方が地下のアジトを潰しておけば、アジトに入る人間を捕らえるような土壌を作っておけば、悪人を改心させようと強く罰を与えておけば防げたことです。しかもそれの原因が自分なら何とかなると慢心しての事となればもう弁明の余地もないですね。まあ私だって悪かったですよ。このことを前回の時に言っておけば良かったと反省してます。だから今回は直接足を運んで解決に当たりました」

 

「……」

 

 深刻に受け止めている雰囲気は出ているが何となく実感が湧かないって感じだな。

 成程。分かってしまえばなんてことはない。読み切れてなかった部分は危機感の欠如だ。悪意に晒された経験がないから危険に対するアンテナが低いし、理解も浅い。この分だと殺意や敵意といった強い悪意だけじゃなく、嫉妬なんかの弱い悪意も経験が薄そうだ。実感が湧かないからどこか他人事に感じるのだろう。この話題に興味が湧かないの頷ける。

 この歳まで悪意を向けられることも無く育つとは相当大事にされていたか敵を作らない性質故か。確かに無害そうな雰囲気があるから敵は作りにくそうだ。

 ここまでいけば才能といってもいいかもしれない。実力も伴ってるから挫折の経験もあまりないだろう。社会に出て悪意に晒される経験なく育つ人間なんているとは思わなかった。

 

「まあぶっちゃけて言えば貴方の本質が今の立場に合ってないって話ですね。本当はそんなに平和とか興味ないでしょ?」

 

「そんなことありえませんわ」

 

「ああ失礼。正確に言えば自分の周りの平和以外に興味がないですね。正直に言っていいですよ。本当は自分と自分を取り巻く環境だけ平和なら他の事は他人事だと思ってるでしょ?」

 

「……そのような事はありません」

 

 エリカは露骨に嫌な顔をしている。当たっていなければ荒唐無稽な事を言っている相手に向かって怒りを感じるところだろう。自分でも本音を理解出来てないタイプかと思っていたがぼんやりと理解はしているらしい。これなら自分か周りの人間、ポケモン辺りを害される実体験があれば意識は変えられるだろう。

 

「私には分かるんですよ。本当の貴方は自分の目の届く範囲が平和ならそれで良いんです。その範囲がジムの中くらいなのか町の中くらいなのかは分かりませんが平和な箱庭の中でのんびり暮らしたいんでしょうね。悪人を裁くのも嫌がるわけですね。そんなもんを自分の手の届く範囲に入れたくないんでしょ。他人事は他人事のまんま終わらせたいってところでしょうね」

 

「違います」

 

「別に責めやしませんよ。それがエリカさんの望む幸せなんですから。でもその幸せの為に誰かの幸せが消費されるのは見過ごせません。だから私は選択肢を提示したい」

 

「なんですの?」

 

「そんなに怒らないでくださいよ。貴方に提示する選択肢は二つ。一つはジムリーダーを辞める事。これは楽ですよ。だってジムリーダーの責務に追われることなく好きに生きていくことが出来るんですから。まあジムリーダーの特権なんかは無くなりますがエリカさんの実力なら生活に苦労することは無いでしょう。もう一つの選択肢は補佐を付ける事です。貴方が出来ないことに特化した人が良いですね。頭が回って悪意にも敏感、そんな人が良いでしょう。ポケモンバトルの強さを求めないならそういう人材は探せばそれなりにいると思いますよ。これが私が提示する選択肢です」

 

「……」

 

 エリカは黙って話を聞いている。表情的には悩んでると言うところだろうか。

 しかし反応は分かりやすいが反論の一つも飛んでこないのは面白くない。そして相手が何も言わないからこちらとしてもどこまで言えばいいのか分からなくなってきた。話の落とし所が見つからない。

 そもそも話題を間違えた。自分の目の届く範囲にしか興味のない相手に対して、周りを不幸にするなって言っても興味持つ筈がない。こんなことならバッジを貰ったところで円満に話を終わらせるべきだった。

 

「一応言っておきますが別にこの二つから選べと強制はしませんよ。だって人に生き方を強制されるなんて幸せじゃないですから。私はあくまでも起こりえる事象とその解決になりそうな手段を提示しただけ。貴方はこの選択肢のどちらかを選んでも良いし、他の手段を取ってもいい。なんなら何もせず今まで通りに生きても構いません。ただしどの道を選択したとしても選択した以上そこに責任は生じます。もし周囲にあんまり不幸を撒き散らす様なら私は貴方を止めに来ます。その時は力尽くになるのも覚悟しておいてください」

 

「……なぜ……」

 

「どうしました? 何故って聞こえましたけど……んー? なぜそこまで言われないといけないのか辺りですか?」

 

「……」

 

「ああ、当たりですかね。何故って本当に分かんないですか? もう説明しましたよね?」

 

「私が……」

 

「私が? なんです?」

 

「私が望んだ訳ではありません!」

 

 びっくりした。エリカがここで急に大声を出すと思ってなかった。追い込み過ぎて爆発してしまったのだろうか。ヒステリーを起こされると話が成立しなくなるので出来ればそういう怒り方だけは避けて欲しいがどうなるだろうか。

 

「何を?」

 

「私だってジムリーダーであろうと……そうお婆様も……それが責務だと……それなのに……誰が望んでなんか……勝手に背負わされて」

 

 何だか面倒そうな話題が出てきた。途切れ途切れで言葉は繋がっていないが頭の中が整理できないくらいだから相当感情が高ぶっているのだろう。ともかく自分で望んでジムリーダーになった訳ではなさそうだ。あとは家の教育が厳しかったとかそんな話だろうか。もしかしたら先代ジムリーダーが祖母とかそんな話かもしれない。身内だの育ちだのの話は地雷が多いから関わりたくない。

 

「そんなもんどうでもいいでしょ」

 

「どうでもよくなど!」

 

「いや、マジでどうでもいいです。ジムの決定権がそのおばあさんにあるとかなら兎も角、関係ない貴方のおばあさんの話とかされても困りますよ」

 

「くぅ……!」

 

「マジで切れてるじゃないですか。なんすか? 本当はジムリーダーになりたくなかったんですぅーとでも言いたいんですか?」

 

「……」

 

「そうすか。まあ貴方の家庭環境やら教育やらには首突っ込むつもりも無いんすけどね。でもそんなもん俺にも他の人にも関係ないんすわ。あんたがどう育ってようがジムリーダーになったんなら仕事しろってだけの話なんで。それが嫌なら最初っからジムリーダーになんかならんけりゃえかったし。それかさっさと後継に後譲って引退すりゃいいんすよ。結局それをしないのも周りの目がどうとかでしょ? そんなもんどうでもいいんであんま甘えたこと言わんでくださいよ」

 

「……」

 

 態度に苛ついて、つい言葉遣いが荒くなってしまったが別にいいだろう。先に相手が声を荒らげてきたのだからそれに見合う対応をしただけだ。

 

「言葉かけて貰えんの待つな。お前も言いたいことあんなら言えや」

 

「……」

 

「……ちっ、もうええわ。とりあえず今日の話が理解できたんなら返事してください」

 

「……分かりましたわ」

 

 どこからどう見ても分かったという顔はしていない。それこそ甘んじて聞いたって表情がありありと浮かんでいる。

 別にエリカがどういう生き方をしようが知ったことじゃないがこの態度はちょっといただけない。怒られて不貞腐れるのを隠そうとしないとは社会人としてどうなのだろうか。擦れてない性格も相まって小学生くらいの子供の相手をしている気分になってくる。

 

「本当ならこんなことを言う為に僕がいるんじゃないんですがね……ああ、それと僕の仕事は貴方のポケモンが強くなるための助言をすることですが今回は強いポケモンを育てる方法を教える気はありません。貴方に教えたところで誰も幸せにならないですから。成長を望まない貴方は過剰な強さを得るのに相応しくない。今の貴方には自分の力で管理できる箱庭の長がちょうどいいでしょう」

 

「……そうですか」

 

 少しは不貞腐れているのを隠して欲しいところだ。こんな奴が上の立場に着く社会制度をどうにかしたくなってくる。もし元の世界に帰れないとなったら真っ先にそこを変えるように動こう。もう相手をするのも面倒くさい。

 

「これ以上貴方にいう事はありません。今日の話を貴方がどう捉えようが、どういう行動に繋げようが私はそれを否定しません。ただ貴方が今いる立場は人を導く立場だという事だけは努々忘れる事の無いように」

 

「……」

 

 最後まで碌に返事をしない態度に苛立ちを感じる。最後なんだからお礼の一つくらい言えないのだろうか。本当にクソガキだ。

 

「じゃあ私は帰るんで。さようなら」

 

 さっさと帰りた過ぎてつい広めの歩調になりながらタマムシジムを出る。前回会った時から性格的に合わないと思っていたがここまでとは思っていなかった。態度、思想、言動、行動、どれをとってもそこまで悪いとは思わない。ただ自分でも理由が分からないが何故か気に入らない。要素一つ一つをばらして嚙み砕いていけば理由も分かりそうだが今は駄目だ。今はあれのことを思い出したくも無い。

 演じたキャラや話題選びが悪かったのかとも思ったがジムバッジを渡してきたのでそこはおそらく間違ってはいない。多分おかしくなったのはバッジを貰った後だ。バッジを貰って気が抜けたのが原因かもしれない。思い返せば後半はちょっとおかしかった。内容はともかくもっとあいつを上手く丸め込める言い回しは幾らでもある。なのにあいつをどういう方向に修正するか決めずにただ欠点を羅列した感じになっていた。無意識的にあいつの事嫌っていたのかもしれない。

 一般常識や意識の差もでかかった。今までに会ってきた人やジムリーダーと話が嚙み合わない事が無かったから油断していた。エリカが特殊なのか今までに会った人が特殊なのか分からない。世間一般の人間がどんな感じなのか一度確認しておくべきだ。ちょうど世間一般の反応が見れそうな仕事もある。アンズに日程の連絡をしておかなければならない。

 

 ああ、駄目だ。やる事があるのにやる気が無くなっていく。本当になにもかも面倒くさい。

 

 

 

 ────────────────────────────────────────────

 

 ~エリカサイド~

 

 何も言い返すことが出来なかった。

 

 先代ジムリーダーであるお婆様の人を愛し、人を許す事が強さだという教えに感銘を受けて早十数年。才能を見出され、お母様を差し置いてジムリーダーとしての教えを受けてジムリーダーを引き継ぎ早数年。

 

 私はどこで間違えてしまったのでしょうか。私にはあの方の正しさは理解できないけれど、あの方の言っていることが間違っていない事は理解できてしまう。私が信じたお婆様の教えは間違っていたのでしょうか。私にはもう何が正しいのか分からなくなってしまいそうです。

 

 人を愛すると言うあの方なら私のこの思いも解消して下さるのでしょうか。いえ、きっとあの方なら解決に尽力して下さるでしょう。しかしこのような事でこれ以上の負担を背負わせるのは申し訳なく感じてしまいます。

 

 私だけではこの思いを解消できそうにありません。誰かにお話ししたい、誰かに導いて欲しい。そう思う私は弱い人間です。きっとこの弱い心は見抜かれていたのでしょう。やはりお婆様の様にはいきません。

 

 しかし誰に相談すれば良いのでしょうか。今までは何かあればお婆様に相談をしていましたが今回は相応しくないと私にも分かります。

 

 お友達ならカスミさんですがカスミさんに相談しても「そんなこと気にする必要ないわ!」と言われるだけのような気がします。カツラさんなら答えをお持ちの様な気がしますがあの方は何を相談しても「悩むのは若い者の特権だ!」としか答えてくれません。マチスさんは誠さんのお師匠様ですし、アンズさんは誠さんのお弟子さんになったそうですから相談すると誠さんにお話しがいってしまうかもしれません。タケシさんかナツメさんなら相談に乗ってくださるでしょうか。

 

 それともやはりお婆様に相談するべきでしょうか。お叱りは受けるでしょうが、一度お婆様に誠さんとお話して頂けば答えは出るでしょう。お婆様と誠さんにお手間をお掛けすることになりますがなんとかして償えば許して下さるかもしれません。一度お婆様に連絡してみましょうか。

 

「突然ご連絡して申し訳ありませんお婆様。……はい。是非一度お会いしていただきたい方がおりまして。……はい……はい……。誠さんという男性の方でして……はい。……え? 連れてこいですか? はい…日程については追って…はい」

 

 




今回何故か難産になりました。もっとあっさり書けるはずだったんですがエリカの事を書くのが予想以上に難しかったです。
そしてちょっと主人公以外の視点も付けてみました。


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壊す人

続きが書けましたのでお納めください。


「面倒だなぁ……」

 

 つくねに乗って移動中につい独り言ちる。今はアンズの仕事の手伝いの為に待ち合わせ場所であるシオンタウンに移動している真っ最中だ。エリカとの対面を終えてアンズに連絡したところ、治療相手はシオンタウンで喪に服しているらしいので翌日の朝にシオンタウンで待ち合わせにしたのだ。

 

 宿泊については悩んだがタマムシシティで一泊して当日シオンタウンに向かう事にした。

 何と言ってもシオンタウンだ。別にオカルトは信じていないがポケモンの目を持っている場合、ガラガラの霊みたいな本来見えない何か(残留した粒子か何かだろうか)が見える可能性がある。害があるかどうかは関係なしに何となく気持ちが悪い。

 そして夜の時間をポケモンの為に使わないといけないという理由もある。ポケモンの墓がある場所でポケモンとスキンシップを図るなんて御免だ。心情的にも嫌だし、墓参りに来ている奴にスキンシップを見られて悪感情を持たれる可能性もある。

 

 なのでタマムシシティに一泊したのだがポケモンとのスキンシップがまた疲れるのだ。人を相手にするのとは訳が違う。まずこちらが見捨てられないようにする立場だから機嫌を損ねる訳にはいかない。

 だが言葉が通じないので意思疎通が難しい。ちょっとでも嫌だなと雰囲気に出してしまえば敏感なポケモンには直ぐに気付かれる。なんならスキンシップを面倒に思っているのも見抜かれているかもしれない。

 なのに言葉が通じないから口先だけの言い訳も通じない。出来るのは誠心誠意ポケモンを幸せにすると自己暗示をかけてスキンシップを図る事だけだ。

 不安もあるがこれはもうこまめにやっていくしかない。纏めてやろうと思ったら一年くらい山に籠る羽目になる。

 

 進捗を考えれば徹夜でポケモンの相手をすべきだったが昨日はデンチュウと一緒に寝るという約束があったので早々に切り上げて就寝した。

 ポケモンの体である事を自覚したからか眠らなくても問題はないと感じるようになったが、人間だった時の名残か、ポケモンにも睡眠が必要なのか眠気は感じる。

 眠らなければ気分の切り替えも難しいので今後も出来る限りは睡眠は取ろうと思う。

 

 そして仕事について。こちらは解決する段になったので改めて情報を聞いたところ、本人は相変わらず快復に向かってないようで、容体については要領を得ない情報しかないが経緯については追加情報が得られた。

 

 対象は30台女性。流れのトレーナーとして相方のブビィと旅をしていたらしい。進化もさせてないという事は大して強くもなさそうだが数年は旅を経験しているそうだ。その途中で野生のポケモンと戦闘を行ってポケモンを失ったらしい。

 個人的にはこの世界ならそれくらいの事故はありそうだと思うが結構稀有な例だそうだ。聞けば納得できる理由があった。

 

 まずトレーナーが野生のポケモン相手に負ける事が少ない。野生のポケモンは日夜粒子獲得合戦に明け暮れているから強いというイメージがあったが基本的に人が立ち入りできるような場所にいる野生ポケモンは弱い。

 野生ポケモンは群れを作らない限り、傷を負っても誰も治療をしてくれないので戦闘に負ければ死に、勝っても傷が深ければ死ぬ。運良く怪我無く勝ち抜いて強くなれば今度はトレーナーだ。周りより少し強いポケモンなんてトレーナーからすれば格好の標的。育成もして体力も万全、補助アイテムに控えポケモンとの交代までやってくるトレーナーに野生のポケモンが勝つのは難しい。

 野生ポケモン同士の争いとトレーナーによる間引きの二枚の壁があるのだから人の立ち入りできる範囲に弱いポケモンしかいないのも仕方ないだろう。

 突然変異レベルで強いポケモンと遭遇、場所に対してトレーナー側が明らかに実力不足、相次ぐ戦闘で弱っているくらいのどれかでもなければまずトレーナーが負けることはない。

 

 次に瀕死になったポケモンをボールに戻せば野生ポケモンが人間に興味を失う可能性が高い事。理由は不明だが手持ちのポケモンが全て瀕死になった場合、野生のポケモンはトレーナーに対する興味を失う事が多いらしい。縄張り意識やら食糧問題を考えればトレーナーも十分外敵と認識されそうなものだが、そういう事例は少ないそうだ。

 個人的に理由を考えるなら人間を脅威と認識していないとかだろうか。同じ粒子を持つ存在だけを敵と認識しているのならトレーナーが持つポケモンに反応しているということで説明が付きそうな気がする。

 

 ともかくその二点の理由があるのでこういう事件は殆ど無いらしい。ならば何故今回はこうなったのかが気になるところだがそれは聞き出すことが出来ていないので詳細は不明。

 とりあえず思いつくのは何らかの理由でポケモンを回収できなかったため失敗を悔やんでいる、若しくは恐怖に駆られて正常な判断が出来ずにポケモンを見捨てて逃げたので自責の念を感じている辺りだろうか。

 本人を見てみないことには何とも言えないが結果を聞く限りこのどちらかではないかと思う。

 

 考え事をしている間にシオンタウンに到着する。遠目にも高い塔が見えていたので近づいているのは分かっていたがいざ着いてみるとなかなか近寄りがたい雰囲気の町だ。言葉での表現が難しいが敢えて言葉にするなら陰鬱の一言。とにかく気持ち悪い。まだ朝なのに夜の廃病院みたいな雰囲気がある。

 

 それと俺だから分かる事だが何故かシオンタウンだけ空気中の粒子が極端に少ない。全く無い訳ではないがタマムシシティやクチバシティと比べると確実に半分以下。もしかすると四分の一もないかもしれない。粒子の少なさによる影響の有無も分からないのでちょっと気にかかる。

 場所が場所だけに戦闘が行われないから飛散する粒子が少ないとかだろうか。粒子を集めて技は使うけどそれをポケモンに向けないみたいなことを延々続ければこうなるのかもしれない。

 

 何となく近寄りたくないが仕事と割り切って町に向かえば町の入り口には明らかに場違いな忍者が立っている。服の色は黒と紫なので遠目に見れば喪服っぽく見えなくも無いがやたら明るい紫のマフラーで全てが台無しだ。

 周りの人間に特に気にした様子はないが、こんな場所に来るなら無駄な装飾を外すくらいの礼儀は持って欲しいと感じる。

 

「ししょー! お久しぶりでーす!」

 

 まだ距離があるのに声を掛けてきた。突然の大声に興味を示したのか何人かの人の視線がこちらに集まる。こんな町にいる人間は陰鬱な人間ばかりかと思っていたがこちらに視線を向けてきた人間は見た限りは普通だ。

 

(こいつは……。元気な挨拶は美徳かもしれないがもう少し雰囲気というものが読めないのか。それとも周りを気にせず自分らしく生きろとアドバイスしたからこんな感じになったのか)

 

「ししょー! こっちです!」

 

 大声で返事したくなかったから敢えて無視していたのにアンズは関係ないとばかりに叫んでいる。距離が縮まるまでの数秒がどうして待てないのか。

 年相応と言われればそれまでかもしれないがどうも変なところで過度な幼さが見られる。成長過程で我慢し続けた反動で抑圧していた幼児性が表に出ているのか、単純に人との距離の取り方が分からないのかどちらかだとは思う。

 とりあえず大声は出したくないので軽く手を振って距離を詰めていく。十歩も歩けばもう声を上げなくても声が届く距離だ。

 

「お久しぶり……と言う程でもないですが元気にしてましたか?」

 

「はい! 師匠もお元気そうで!」

 

「アンズさんもお元気そうで何よりです。でも大声を出すなら場所は選びましょうね。お墓では静かにしないと駄目ですよ」

 

「はい! すいませんでした!」

 

 ちょっと幼さが目立つが電話しまくってた時とあまり変わらないという事でいいだろうか。ジム挑戦当時のアンズを見ているから問題は無いと思うがどの程度性格的な変化があるか分からないのが怖い。開き直って性格が全然別物になっているならプロファイリングをし直さないといけないかもしれない。

 そんなことを考えていると唐突に背後から声が聞こえてきた。

 

「そいつがあんたの師匠かい?」

 

「はい! 師匠の誠さんです!」

 

「そうかい」

 

 急に近づいてきてアンズに声を掛けた人物に顔を向ければ、薄めの金髪にやたらと鋭い目つき、年齢は60前後くらいの紫色の服を着た老婆が杖を突いて立っていた。

 パッと見た感じ四天王のキクコに見えるが本人だろうか。初代だと四天王だったがHGSSだとどこにいたか覚えていない。でもイメージ的にシオンタウンにいたような気もする。

 

「どうもご紹介に預かりました、ポケモンリーグ所属の誠と申します」

 

「ふん、あんたのことは聞いてるよ。あたしはキクコだ。好きに呼びな」

 

 立ち振る舞いや顔の皺の位置や深さを見て何となく性格悪そうだなと思ったが、思った通りきっつい性格をしているようだ。初対面の人間に対する態度ではない。

 

「(ゲームだとどんな感じだったか。確かオーキドの知り合いだか元カノだかそんな感じだった気がするがゴーストタイプ使ってくるくらいしか記憶にない)ええ、私もお話だけは。元四天王のキクコさんにお会いできて幸栄です。私のことも好きに呼んでください」

 

「言われなくても好きにさせて貰うさね」

 

 会話している最中もキクコはこちらを探るようにじろじろと観察している。そういうことをするのは構わないがもう少し態度に出さない様にして欲しいところだ。

 しかしこれはどうなのだろうか。初対面の人間全員にこんな態度を取っていると言われれば納得できる雰囲気もあるがちょっとやりすぎな気もする。

 もしかするとアンズの師匠というのが不味かったかもしれない。変な奴がアンズを上手い事手懐けたくらいに思われたのだろうか。

 

「ふーむ」

 

 しまいには会話が途切れたと見てこちらの周囲を回りながら露骨な観察までされ始めた。これは流石に失礼過ぎるので怒っても良いかもしれないが何を見られているのか少しだけ気になるので次の言葉を待ってみる。

 

(杖を持ってるけど本当に杖が必要なのか。観察している様子を見ていると背筋も伸びているし、杖に体重をかけている素振りもない。性格もおそらく攻撃的で高圧的だし、人を叩くように杖を持っている可能性もあるな)

 

「あんたあんまり強そうには見えないね。学者かなんかかい?」

 

 正面に戻って来たかと思えば出てきた質問がこれだ。この質問で何を見ていたかも分かろうと言うもの。どうせ体つきだか筋肉の付き方だかを見ていたんだろう。もっと観察されている時の反応を見ているとかそういうのを考えていたので肩透かしを食らった気分だ。

 

「あながち間違ってはないですね。私はブリーダーですが知識を重視してますので学者もどきみたいなことをすることがあります」

 

「そうかい。つまらない男だね」

 

 中々に辛辣だ。でも話をしていて思い出してきた。確かゲームでトレーナーだった頃のオーキドは良い男だったけど研究者になって駄目になったみたいな事言ってた気がする。つまりポケモンは戦わせてなんぼって思想の人間だ。戦闘狂の一種と思っておけばいいだろう。

 

「ははっ、これは手厳しい。まあ別にバトルが嫌いな訳ではないですがね。どうも性に合わないみたいで」

 

「ふん。まあいいさ。それで? あんたがあたしの依頼を解決してくれるのかい?」

 

「キクコさんの依頼ですか? 私はアンズさんの仕事で解決できないのがあるって聞いたから来たんですが」

 

「察しの悪い男だね。それがあたしの依頼だよ」

 

「成程。なんで元四天王の方がおられるかと思ってたらそういうことですか。ならそうですね。私がキクコさんの依頼を受けるかもです。ちょっと見てみないと解決できるか分からないですが」

 

「それならついてきな。アンズ、あんたも来な」

 

「はい!」

 

 言いたいことを言ってキクコがさっさと歩いていったのでその後をアンズと並んで歩く。

 

(どうもファーストコンタクトではあまり良い印象は与えられなかったな。個人的にはあの性格の人とはあまり仲良くなりたくないがポケモンリーグOB、というか元四天王の権力はどんなものだろうか。引退して一切の権力がないなら放置で良いが、現ポケモンリーグの運営に口を挟めるくらいの権力があるなら付かず離れずくらいの距離は取っておきたい)

 

 キクコの後について歩くこと数分、ポケモンタワーへと足を踏み入れたがこれがまたひどい。塔の中は見渡す限り墓しかない。区画整理でもされていれば少しは印象が変わりそうだが、見た感じは墓が乱立しているようにしかみえないのでよく分からない不気味さがある。

 しかも光源が少なくて全体的に薄暗いし、何となく霊安室みたいにひんやりした空気もある。血の匂いなんかは無いが石と蝋の匂いが混じったような匂いが全体に漂っているのも気持ち悪い。

 これだけで視覚、嗅覚、触覚の三つに不快感を与えてくるのに、更に聴覚にも不快な要素がある。

 

 それがこの塔に出入りする人間だ。当然だが陽気な人間なんか一人もいない。墓と面向かっている奴は神妙な空気を出しているし、横を通ってみればすすり泣く声も聞こえてくることもある。最早響いている足音すら陰鬱に感じる程だ。

 墓なのだから明るい雰囲気にしろとは言わないがもう少しどうにかならないのだろうか。個人的意見だが俺ならこんな環境の墓には絶対に入りたくない。

 

 味覚以外の五感全てにダメージを受けながらポケモンタワーを登っていく。

 もう三階まで来たが未だにポケモンとの戦闘はない。ちょくちょくポケモンの姿は見えているのだが向こうの方から襲ってこないので放置しているのだ。

 そして塔を登っている内に気付いたが空気中の粒子量が少なくなってきている。一階は町の中と大差なかったのだが二階、三階と登っていくにつれて徐々に粒子量が減っていき、三階まで来ればポケモンの技を使った時に不発にならないか不安になる量になっている。

 もしかすると塔の頂上か上の方のどこかの階に何か原因があるのかもしれない。

 

 そのまま三階の一角へと歩を進めていけば徐々に目に入る人が少なくなっていく。

 どういう基準で墓の位置を決めているのか分からないが見通せる限りでは目指している方向に見える人間は一人だけ。墓石を前にして両膝を地面に付けて俯いているので顔は髪で隠れているが髪の長さ的に女性だろうとは分かる。

 

「あの子だよ」

 

 十メートル程距離を開けた位置でキクコが止まったので同じように足を止める。その位置から対象を観察するが距離が開いている以上に表情が見えないのが痛い。分かるのは服装くらいだ。一応雰囲気的には懺悔という感じだろうか。

 

「あの人ですか」

 

「そう言ってるだろ。どうにか出来るかい?」

 

「いえ。この距離だと何とも、最低でも表情くらいは見ないと判断できません」

 

「じゃあ行ってきな。あたしはここで待ってるよ」

 

「そうですね。とりあえず一度様子を見てきます。話は出来ないんでしたよね」

 

「そうだよ。声を掛けても耳に入ってないみたいでね」

 

「食事とかはどうしてるんですか? ずっと食事をとらないにしては時間が経ちすぎてますが」

 

「何回か倒れてるからその度にポケモンセンターに連れて行って点滴を打ってるのさ。目が覚めたらすぐにここに戻ってくるけどね。意識がある時に連れ出そうとすると暴れて手が付けられないんだよ。食事を置いたりしてみたけど手を付けようとしないしね」

 

「分かりました。アンズさんもここで待っていて下さい。ちょっと見て一度戻ってきます」

 

「はい。師匠」

 

 キクコとアンズを置いて一人で対象の元に向かう。今の状態になった経緯が分からない以上、まずは観察してみないことには始まらない。一応足音に反応しないか確かめる為に一歩一歩足音が聞こえるように歩くが対象に反応はなかった。

 

 距離を詰めれば幾らか分かることもある。まず髪。全く手入れがされてないようでぼさぼさだ。ところどころ汚れが付いているし、寝ぐせの様に潰れている箇所もある。服装はTシャツとジーンズだが皺と汚れが目立つ。というか臭い。髪か服か知らないが雨ざらしになった雑巾みたいな匂いがする。

 

「どうもおはようございます」

 

 声を掛けるが対象に反応はない。普通なら自分かどうか分からなくても振り向くくらいはしそうだが、声に反応しないというのは確からしい。もう一度、今度は肩に手を掛けて声を掛ける。

 

「少しお話大丈夫ですか?」

 

 肩に手を置いて声を掛けたのに一切反応がない。いきなり体に触れられれば無視しようとしても体が勝手に反応するものだが、そういう反応すらない。無意識化の反応すら封殺する程集中しているとなると相当だ。

 そしてここまで近づいて初めて気づいたが何か言っている。無作法だが耳を顔に近づけて聞き耳を立てる。

 

「ごめん……さい……ビィ、本当に……なさい。痛か……ねブビィ、あの時私が……ば……れたのに。私……ば……なさい」

 

 顔に耳を近づけても声量の弱さと喉が擦れたような聞き取りづらい声が相まって上手く聞き取れない。これが聞き取れれば幾らか話しやすかったのだが。

 

(どうせリピートしているだろうからずっと聞いていればいつかは聞き取れそうだ。まあ時間が掛かりそうだからそんな事するならアンズに任せるけど。とりあえず私がという単語が出ていたのでこいつの行動がブビィの死に繋がった可能性が高い。やはり懺悔、後悔、自責のどれかな感じだ。後は表情を見て一旦戻ろう)

 

 対象の正面に回る。表情を見るだけならわざわざ正面に回る必要は無いが敢えて対象と墓石の間に体を入れる。この行動に対する反応如何で感情の矛先が分かる。

 死んだポケモンへの懺悔の気持ちが強いなら懺悔を邪魔するこの行為には怒りの反応を示す筈だ。もし無視されたならポケモンへの懺悔よりも自分の行いに対する後悔や自責の念の方が強く、自分の世界に籠っているだけの可能性が高くなる。

 

 対象と墓石の間に体を入れて数秒待つ。下を向いていても誰か来たと分かる位置に足を置いているが反応はない。しゃがんで顔の高さを合わせて髪を除ける。手を触れた髪は油分を多く含んでいて少し粘つく感じがする。髪のベタつきを我慢して見えた表情は中々のものだ。

 

 まず目に付くのは焦点の合ってない目とその目の周りにある深い隈。事件から一週間程度殆ど眠ってもいないのだろう。焦点が合わないどころか瞳孔もちょっと開いていて怖い。

 唇も肌もガサガサで手入れなんかした気配はなく、目の前で自分の顔を見られているのにまるでそれが見えてないかの様にぼそぼそと口を動かしている。口の端には涎が泡になっているのも中々見れない状態だ。自分が周りからどう見られるかなんて一切気にしてもいないのだろう。

 見た感じだと典型的な心神耗弱の状態の状態だがちょっと違和感を感じる。精神的ショックを受けて心神耗弱になる場合はあるが、後悔や自責といった自分で自分に向けるタイプの感情でここまでの状態になるのは見たことがない。どうも別の感情が混じっている感じがする。

 

(参ったな。表情を読み取る以前の問題だ。正常じゃないわこれ。なんか似たような奴は見た事あるけど何だったかな。旦那が自殺して生命保険請求してた女か? 違うな。忘れかけてるってことはもっと古い。警察の時か……ノイローゼで自分の子供の首絞めて即110番してきた母親がこんなだったか? あれはやばいくらい取り乱してたけど日を跨いだらこんな感じだった気がする。でもここまでじゃなかったな。荒治療でもいけるか分からん。真っ当に悲しんでるならやり様もあるが、こういう現実を捨てて空想の世界に入り込んでる奴は通常の感性で測れないし。……よくもまあポケモン死んだだけでここまでなれるもんだ。死んだポケモンとの関係性は家族くらいに設定しとこう。家族を自分のミスで死なせたら……こうなるかな? 俺には良く分からんところだ)

 

 兎も角見極めは終了したので手を放して、キクコとアンズの所に戻る。状態も分かったし、情報も多少得られた。要は後悔か自責辺りの感情で自分を苦しめてるだけの自己満足だ。根本さえ解決すればあとは連鎖的に解決出来る。その為にキクコとアンズに余計な手出しをしない様に言っておかなければならない。

 

「師匠どうでしょうか?」

 

「どうなんだい?」

 

 戻るや否や二人から質問が飛んでくる。大まかな方針は既に決まっているので問題は無いが少しは考える時間を与えようという優しさが欲しい。

 

「まず結果から言いますがあれを元の状態に戻すのは私には無理です」

 

「師匠でも無理ですか」

 

「話が出来るくらいに回復させることは出来るかもしれませんが、私がやると多分人間性に変化があります。元の性格が分かってれば時間を掛けて矯正も出来るかもしれませんが今ある情報だと元に戻すのは不可能ですね」

 

 そう言いつつキクコに視線を向ける。依頼主の意向が分からない以上変な事はできない。

 

「治すことは出来るんだね?」

 

「今よりマシにすることは出来るかもしれません。確率としては70%くらいですが」

 

「そうかい。じゃあ頼むよ」

 

「分かりました。それなら出来る限りの事はさせて貰います。でもやる前にお二人に一つだけお願い、というか守って欲しい事があります」

 

「なんだい?」

 

「あたいは師匠の言う事に従います」

 

「私が治療を終えるまで一切の邪魔はしないでください。手を出すのは当然として声を掛けるのも駄目です。それを守って頂きたい」

 

「分かりました師匠」

 

「あんたどんなことをするつもりだい?」

 

「上手くいくかは分かりませんがあの人には罪と向き合ってもらいます。その過程で少し厳しく接するつもりなので余計な助け船を出さないでください」

 

「それは本当に必要なことなのかい?」

 

「それは分かりませんが早く治そうと思ったらそれしかないと思います。時間さえかければあの人の症状が落ち着く可能性はあるので、そういう意味では不要と言えなくもないですが」

 

「……分かったよ。やってみな」

 

「畏まりました。じゃあちょっと直してきます」

 

 キクコから承諾を得たところで改めて対象の元へ向かう。今一つ気乗りしないが仕事は仕事だ。依頼を受けるという契約を結んだ以上失敗はしたくない。今度は様子見じゃなく全力だ。

 

(さて、やるか。最終目的は…そういやあいつの名前聞いてなかったな…まあいいか。とりあえず対象の自責の念、若しくは後悔の除去。他の感情も混じっている気もするがとりあえず根本の治療をすれば問題ない。問題なのは会話が成り立たない今の容体だけだ。これを会話可能な状況に持って行けるかどうかだけが唯一の賭け……しかし思いついたやり方がこれか……昨日作ったキャラを引き摺ってるのかな)

 

 足音も歩き方も一切気にせず自然体で対象に近づいていく。しかし対象は相も変わらず無反応。折角時間を割いてやっているのにこうも反応が無いのも腹立たしい。そもそもカウンセラーでもない自分が頭を悩ませている今の状況の理不尽さを再確認する。良い感じに苛ついてきた。

 

 距離を詰めて対象の横に立つ。そのまま左手で髪を掴み顔を引き上げ、右手で顔面にビンタを叩きこむ。とりあえず三回。そこまで力は込めていないが水分を失っている唇が切れて血が滲み始めた。左手で髪を掴んだまま、右手で顎を鷲掴みにして無理矢理こちらに顔を向けさせる。

 

(瞳孔が収縮して焦点も合ってるな。これでやっとこちらを認識できただろう。表情がいまいち読みにくいが驚愕か? まあ多分状況を理解できてないから反応が薄いってところか。涙が出ているのは鼻っ面を叩いたからだな。危険を経験して日が浅いから恐怖の可能性もあるが恐怖の表情はしてないから違うだろう。しかしなんかあっけないな。結構酷いかと思ったが身体的に衝撃を与えてやればこんなもんか)

 

「許されたいか?」

 

「えっ? 何が……私は……え?」

 

 顎を掴んでいた右手を外してもう一度顔面にビンタを叩きこむ。

 

「いぢ!? え?」

 

「これは罰だ。ポケモンを死なせた罰を甘んじて受け入れろ」

 

 更にもう一発ビンタを打つ。結局のところ自責も後悔も自分自身の意思で自分に向ける感情でしかない。今回の場合はポケモンの死亡の原因が自分にあるから自分で自分を許す事が出来ないだけ。それを解消するなら納得できるだけの罰を与えて、清算の機会を与えてやれば良い。

 

 至極単純な解決方法だがこの世界でこの解決法を思いつく奴はそうはいないだろう。全体的に善性が高い世界でポケモンを失った奴相手に追い打ちで罪を問える奴はいない。精々が気に病むなとか事故だったとか言って半端に慰める程度が関の山だ。そんなことでは罪の意識は晴れない。こういう奴には明確にけじめをつけたと認識できる何かが必要だ

 

「懺悔しろ。お前のやったことを」

 

「私……わだじが……」

 

 状況を聞きたかっただけなのに声色に泣きそうな気配が見えたのでもう一度ビンタする。悲しい事を思い出して泣きそうになる気持ちは分かるが泣かれると聞き取りづらい。

 

「泣くな。泣いても事実は変わらない。声に出してお前のやったことをきちんと噛み締めろ」

 

「ぐずっ……はい……」

 

 そこからはところどころ嗚咽混じりながらも罪の独白という形で経緯を説明し始めた。その独白を聞いてみると内容はこうだ。

 まず手持ちのブビィと二人旅をしている最中に他のトレーナーからヤマブキシティの近くで珍しいポケモンの目撃情報を聞いた。その情報を頼りにヤマブキシティとタマムシシティの間でその珍しいポケモンを探していたところを野生ポケモンに襲われる。そして戦闘に入るも実力不足であっさり劣勢に陥ったところで戦っていたブビィがトレーナーに体当たりをしてトレーナーを川に突き落とした。しばらく流されながらも必死に川から脱出して急いで戻ったが、戻った時にはブビィは既に死んでいた。

 これが今回の事件の経緯だ。今はもう一通り経緯を話したので内容がリピートし始めている。

 

 ひとまず情報は十分。残念ながらブビィの話題になると泣きそうになるのでブビィとの関係性は分からなかったが問題は無い。

 ただブビィがトレーナーを川に突き落とした理由だけはよく分からない。好意的に見れば劣勢になったからトレーナーだけでも無事に逃がそうとしたとも取れるが、逆に戦闘でトレーナーの指示を足を引っ張る要素と考えて戦場から排除した線もある。その場の判断で良いと思う方をぶつけようとは思うが分からない事があるのはちょっと気持ち悪い。

 

「私は……判断を間違えたの。珍しいポケモンがいるって聞いて……それで……」

 

 気持ち悪いと言えば、独白の際に頑なにブビィの事を悪く言わないのもある。どうも死んでしまったブビィの事を思い出補正で美化しているのか、何が何でも自分が悪いと言い張っている。

 確かに自分の実力の及ばない地域に足を踏み入れたというミスはあるが、どう考えても最後の一押しはブビィがトレーナーを川に落としたことだ。それさえなければ仮に負けたとしてもボールに戻せばこんなことにはなっていない。

 それを理解しているのか、無意識なのかブビィの責任に言及することを避けている節がある。

 

「私はポケモンと戦って……でも勝てなかった。見たことも無いポケモンだったけど……凄く強くて歯が立たなかった。それでブビィが私に体当たりをして川に落ちて……急いで戻った時にはもう……。せめて私がいれば一緒に逃げれたかもしれないのに……」

 

 そして独白の中でここの話題は頻繁に出てくる。頭の中で整理して言葉を発している訳ではなさそうなので同じ話題が出るのは別に良いのだが、明らかにこの場面だけ話に出てくる頻度が高い。

 つまりは最も頭に浮かぶ場面がここだという事だ。内容だけ聞けば自分がその場にいれば何とかなったかもしれないという後悔の言葉に聞こえるのだが、何度も聞かされているとどうも後悔とは別の感情も感じられる。なんというかこうしていればと言ってはいるもののそこに感じるものがない。後悔しているのは嘘では無さそうだが今一つ真に迫るものがないのだ。

 

(あっ、分かったかも。いや分かったわ。こいつあれだ。なんか変だと思ったら先の事なんも見てねぇや。依存じゃないけど情が深すぎるタイプだ。ブビィが死んだから生きる意義を見失ってる感じだこれ。多分一緒にいれば逃げれたかもとか言ってるけど本音は別。絶対一緒に死にたかっただけだ。だから今も死にたいけどブビィに助けられた命を捨てる勇気がなくて死ねないからこんなんになってんだ。なんか変に弱ってておかしいと思ったのはこれが原因だな。ちょっと叩くだけであっさり正気になったし。何もしない事で緩やかに衰弱死でもしたかったのかな。……でも危なかった。これ多分後悔を解消したら満足して死ぬやつだ。方針変えないと)

 

 分かってしまえばなんと言う事はないが新たな問題が浮上してしまった。おそらくこいつにとってのブビィは半身に近い存在だったのだろう。その半身を失って生きる意義を失っている。罰せられることを望んでいるタイプかと思ったがそうではなく、今後どうしたいという望みがないから過去だけを見ていたタイプだ。そうなると後悔も自責の念も懺悔も全部取っ払う訳にはいかない。罪を背負わせたまま贖罪に生きるようにしないとダメだ。新しい目的を見つけさせるのが一番手っ取り早いがそこまで他人の人生に踏み込みたくもない。

 

「(参ったな一気に話の落としどころが分からなくなった)お前の罪が理解できたならもういい。それで? お前がこれからどうすればいいか分かるか?」

 

「私は……どうすればいいんだろう?」

 

 ちょっと間を置いて落ち着いたらしいが思考力の低さが目に付く。生きる目的がないなら仕方ないのかもしれないがちょっと面倒だ。場の雰囲気を作るために右手を振りかぶって少し強めに頬にビンタを喰らわせ、胸倉を掴む。

 

「甘ったれんな。お前ほんとに分かんねぇのか? 大事な大事な相棒がお前だけでも助けようと命張ってお前を逃がしたんだぞ。それで分かんねぇならトレーナーなんか辞めちまえ」

 

「……」

 

「都合悪いからって黙ってんじゃねぇよ。お前の事なんか全部分かんだよ。お前を助けようとしたブビィに懺悔でもしてんのかと思えば、あの時どうすればよかっただなんだっててめぇのことばっかうだうだ考えやがって。なーにがあの時に一緒にいたらだ。お前なんかいてもいなくても結果は変わらんわ。自惚れんなボケ」

 

「……」

 

「分からねぇと思って適当ぶっこきやがって。ブビィがいなくなったからって死にてぇならそのまま死んじまえ。ブビィが命掛けて助けたのを全部無駄にして死ね。自分で死ぬ勇気がねぇなら俺が殺してやる」

 

「……」

 

「ちっ。この世界で自分が一番不幸ですみたいな顔してんじゃねぇよ。不幸なのはお前よりブビィだよ。せっかく命懸けで助けた奴がこんなに腐りやがって」

 

「ごめん……なさい」

 

「ごめんじゃねぇだろ。お前がしないといけないのは謝ることじゃなくてちゃんと自立して生きることだろうがよ。ここまで言っても分かんねぇならそのまま腐ってろ。そうなるならお前なんかもう知らん。そのまんま衰弱死でもしてろ」

 

 胸倉から手を放すと同時に突き飛ばして距離を取る。しかしどうも今一つ響いている気がしない。これが最善かと思ってやり方を変えたがもし駄目ならどうしようか。今更最初の予定に戻すのも難しいし、一応会話可能に戻したからこれで良しとはならないだろうか。

 

「何も知らないくせに……」

 

「あ?」

 

「……貴方には私の気持ちは分からないわ」

 

 離れていた距離を一気に詰めて顔面を拳で殴る。予定になかったが苛立ってつい拳が出た。ようやく自発的に言葉を発したと思えばこの言い草だったので色々思い出してついカッとなってしまった。

 

「お前、俺がここまで生きてくるのにポケモンを殺された事がないとでも思ってんのか。お前の経験なんか比にもならんわ。あるポケモンは俺を危険から逃がすために殺され、あるポケモンは悪人に食われ、あるポケモンは俺が直接手に掛けたんだぞ? お前に分かるか? 体が半分になったポケモンを背負って命からがら町に辿り着いて手遅れだった時の絶望感が? 奪われたポケモンを取り戻すために悪人のアジトに乗り込んだら既に食料として殺されてた時の喪失感が? 手塩にかけて育てたポケモンを殺さないといけなくなった時の覚悟の辛さが? なあ? 本当に分かんのか? おい」

 

「……」

 

「分かんねぇだろ。命懸けで救ってくれた相棒の想いすら理解できないお前なんかに理解できるわけねぇよなぁ。皆の犠牲の上に俺は立ってんだ。俺は寿命で死ぬまで絶対に生きてやる。俺も俺のポケモンも絶対に幸せになってやる。俺が死んだり不幸になっちまったら犠牲になったポケモン達に申し訳が立たねぇんだよ」

 

「……」

 

「お前はどうなんだ? ブビィの最後の想いを汲んで生きていくか? 誰かの思いを抱えて生きていくのは生半可な気持ちじゃ務まらないぞ? お前の死はブビィの死だ。お前の不幸はブビィの不幸だ。それでもお前は死を選ぶか? もう一度ブビィを、今度はお前の意思で殺すのか?」

 

「……嫌……」

 

「そうだ。もうお前の人生はお前一人のものじゃない。お前の人生はブビィの犠牲の上に成り立ってる。お前がブビィの事を本当に大事に思ってるならブビィの事を忘れるな」

 

「……うん」

 

「ブビィの犠牲はお前の為だ。そしてブビィを犠牲にした罪もお前のものだ。でも謝るべきブビィはいない。お前がブビィに贖罪をしたいならブビィの想いを汲んで死ぬまで生きろ」

 

「……うん」

 

「ただ生きるだけでも駄目だ。ブビィはお前に不幸な人生を与えるためにお前を守ったんじゃない。ちゃんと幸せに生きろ。お前がブビィに感謝しているなら幸せになってその幸せを与えてくれたブビィに感謝しろ」

 

「……うん」

 

「さっきからうんしか言ってないがちゃんと聞いてるのか?」

 

「……うん」

 

 うっかり強めに殴ってしまったので不安になり、顔を引っ掴んで髪を掻き分け表情を確認する。呼吸も正常だし、表情になんらかの強い感情も浮かんでいない。肌の状態や隈は相変わらずだが、瞳孔や焦点にも問題はない。むしろ視線は今までで一番力強く、面を合わせているこちらの目をしっかりと見返している。少なくとも殴った事による影響はなさそうだが当たり所が悪かったかもしれない。なんだか変な感じがする。

 

「さっきは殴って悪かった」

 

「……うん」

 

「……」

 

「……」

 

 顔から手を放すがこちらへの視線を外そうとしない。少々雑な終わり方ではあるがこれで目的達成と認識していいだろう。今後こいつがどういう生き方をするかは分からないが少なくとも自殺を図る事は無い筈だ。そう思い背を向けたところで急に背後から声を掛かる。

 

「待って」

 

 声に反応して振り返ってみれば対象の女が立ち上がっている。結構身長が高い。というか自分より身長は上だ。180㎝くらいはありそうだ。

 

「私分かったの」

 

 呼び止められた時点で分かってはいたがまだ何かあるのだろうか。もうこの案件は終わったと認識しているのでこれ以上余計な手間を掛けないで欲しいところだ。

 

「あの時はごめんなさい。助けられなくて、一緒にいてあげられなくて。でも大丈夫。もう離さないわ」

 

「何言ってるんだ?」

 

 こちらの質問を無視して墓石の前に置かれていたモンスターボールに手を伸ばす女を見守る。何か変な事をしようとしている気がするが何をしようとしているのかが分からない。そして手に取ったボールをこちらに差し出してきた。これはどういう意味だろうか。

 

「貴方のボールよ」

 

 この行為の意味を考えるが答えが見つからない。解決のお礼にボールをくれるという事だろうか。しかし死んだポケモンが入っていたボールなんか貰っても縁起が悪い。普通は遺品として大事に保管しておくべきなのではないだろうか。

 

「ごめんなさい気付けなくて。でも姿が変わっても私には分かるわ。貴方ブビィなんでしょ?」

 

 聞き取った言葉の意味は理解できるのに、理解が追いつかない。ブビィとはどういうことかと考えていると突然手に持ったボールが投擲される。

 

「うお!?」

 

 咄嗟に飛んできたボールを避ければ避けたボールはカンカンと音を立てながら床を跳ねていく。顔に飛んできたので何も考えずに回避したが避けられてよかった。アンズやキクコも見ている前でボールに入ろうものなら面倒になる事は確実だ。

 

「怒ってるの? ごめんね駄目なトレーナーで。これからは大事にするから戻ってきて?」

 

 その言葉でようやく状況に思考が追い付く。理由は不明だが自分の事をブビィだと思っているらしい。全くもって意味が分からない。壊れた人間の思考を完全に理解するのは不可能とは分かっているが余りにも思い当たる節が無い。

 

(やべぇ! 壊れた!)

 

 即座に背を向けて逃走を図る。しかし敵も然る者、走り出しの足に抱き付かれて転倒してしまった。その隙に女が一度は外したボールに向けて走り出す。もしボールを取られてしまえば逃げる先に待ち構える女と対峙する羽目になる。そんなことは御免だ。

 

「アンズ! ボールを回収しろ!」

 

 視線の先にいるアンズに指示を出すが、アンズは急に声を掛けられると思っていなかったのか硬直している。会話が聞こえていなかったのかもしれないが忍者なら俺が襲われた時点で助けに入るくらいの判断をしろと言いたい。

 

「くっ!」

 

 腰に付けたボールからつくねを出して即座に跨り指示を出す。

 

「逃げろつくね! 下に降りろ!」

 

 自我のないつくねは忠実に指示に従って階段に向けて走り出す。

 

「なんで逃げるの!? 怒らないでブビィ!」

 

 壊れた女が何か言っているが関係ない。他の奴ならボールを当てられたくらい笑って済ませられるかもしれないが自分の場合は冗談では済まない。ボールに入るのを見られるだけでも面倒なのに罷り間違ってゲットでもされようものなら取返しが付かない。

 

 走って追いかけてくる女を尻目にポケモンタワーを脱出する。そのままつくねに追加指示を出し、シオンタウンから少し離れた草原まで移動。追いつけるとは思わないが念の為周囲を確認して女がいないのを確認してようやく一息吐く。

 

「ふぅぅー……やべぇ……」

 

 色々思うところはあっても、もうまともに言葉も出ない。ポケモンを手にしてから最大のピンチだった。まさか人の見た目をしている自分相手にモンスターボールを投げてくるような奴がいるとは思わなかった。

 ふとポケットの中で振動している携帯電話に気付き、画面を見ればアンズからの連絡が来ている。

 

「やっべぇ……」

 

 急いで言い訳を考える。一応立ち直らせるという依頼的にはギリギリセーフな気もするが依頼主であるキクコがどう捉えるか微妙なところだ。ああなった責任を取れと言われたらどう回避すればいいか分からない。いっそ開き直って前向きに生きられるようにしたと言い張るのはどうだろうか。

 

(これだから壊れた奴の相手は嫌なんだ。どこに地雷があるか分かったもんじゃない。アンズといい、あれといいなんで依存体質の奴にばっか会うんだ俺は)

 

 悔やんでも仕方がないのだが悔やまずにはいられない。とりあえずは未だに呼び出しを続けている電話に出なければならない。

 

「もしもし誠です」

 

「師匠!アンズです!」

 

「分かってます。あれからどうなりました?」

 

「それがですね「代わんな」あっはい。師匠キクコさんに代わります」

 

 出来れば会話せずに済ませたかったがやはりそうはいかないらしい。こうなったらお叱りは甘んじて受け入れて、何とかあれの面倒を押し付けられるのだけは回避しよう。

 

「もしもし」

 

「あ、どうも。…すいませんでした。流石にああなるとは思ってなくて」

 

「何を謝ることがあるんだい。あんたは出来る事をやったんだろ?」

 

「はい。とりあえずあれで死のうとしたり、墓から離れないとかにはならないとは思いますが」

 

「ならいいさね。あんたは出来る事をやったんだ。その結果なら仕方ないさ」

 

「いや、それでも結果があれですからね。あれからあの人どうなりました?」

 

「今頃ポケモンセンターで食事でもしてるだろうさ。あんたを探しに行くって聞かなかったけどポケモンはいないし、体も弱ってたからね。ちゃんと治療を受けたら一匹ポケモンをやるって言えば大人しいもんさ」

 

「そのー…勘違いを解いてくれたりは…」

 

「それはあんたがやりな。依頼を受けたんだから最後までやるんだよ」

 

「…」

 

「不満かい?」

 

「いや、そりゃあまあ…私の言葉が通じるかどうか」

 

「別にボールくらい受け止めてやりゃよかったじゃないか。そうすりゃあの子だって勘違いって分かっただろうに」

 

「(出来ねぇんだよ!)まあそうなんですけど…でも僕をブビィだと思う事で精神の安定をしてたら、僕がブビィじゃないって分かった段階でどうなるか分からないんで」

 

「そう思うならちゃんと話をしな。時間を置けばあの子も落ち着くだろうからそれまで依頼は保留にしとくよ」

 

「…了解」

 

「後であたしからあんたに連絡するから番号を登録しときな。何か聞きたいことがあれば連絡するんだよ」

 

「…了解です」

 

 情報伝達が済んだのか電話が切られた。電話が終わって数秒後に登録の無い番号から電話があったがこちらが電話に出る間もなくワンコールで切れた。一応これでやる事は終わったが何も終わった気がしない。変な厄介事が一つ増えてしまった。

 

(どうすっかな…まあいざとなれば殺せばいいんだけど…一応あれがシオンタウンを出るくらいのタイミングで接触して…ちゃんと話せれば放置、もしまだ俺にボールを投げてくるようなら殺すか…うんそれでいこう。次何をしないといけないんだっけ?なんかインパクト強くて頭の中全部吹っ飛んだな)

 

 とりあえずアンズにも帰ると連絡を入れよう。一仕事終えて何となく今は誰かに褒められたい気分だ。アンズならきっと流石師匠ですくらい言ってくれるだろう。そう思いながら電話を弄る。

 



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答える人

続きが書けましたのでお納めください。


 誠はふたご島に向けて空を飛んでいる。目的は勿論グレンジムへのジム挑戦だ。

 

 以前の挑戦から凡そ一週間。もう少し間隔を開けた方が良かったかもしれないが余り期間を開けすぎても印象が悪い。

 実際はそんなこと欠片も思ってないが、答えが出たからその答えを直ぐに聞いて欲しくて来たとでも言えば可愛げを感じて貰えるかもしれないという打算もある。

 

 他にもやる事はあるのだがこのジム挑戦が一番ゴールが近いからまずはジム挑戦を終わらせることを決めた。

 まだ残り回数が減っていないマサキへの研究協力も数が多すぎるポケモン達とのコミュニケーションも全く情報のないガキの殺害もゴールが遠すぎる。自分にはあれもこれもと並列で物事を処理できる能力はない。それならば直ぐに終わることから一つずつ終わらせるべきだ。

 

 まだバッジを貰っていないジムも残るは三つだけ。

 カツラ、グリーン、ナツメの三人を倒せば済むとなれば、躓かなければ三日で終わる。三日かけてバッジを集めてマチスとの面談で免許皆伝を貰えばひとまず一つ厄介事を処理できる。

 

 ナツメだけは出来れば避けたいところではあるが、どうせポケモンリーグに所属していれば遅かれ早かれ関わることになるだろうからもう諦めた。ただし関わりたくない事実は変わらないのでナツメは最後に回す。

 しかしカツラもグリーンも問題が無い訳ではない。カツラは答えを考えてきたとは言えジム挑戦を受けてくれるか分からない。グリーンも過去にチャンピオンになった経歴があるので単純に強さで負ける恐れがある。

 自分で選んだ事とはいえ、残るべくして残っていた相手ばかりだ。

 

 ふたご島に到着すれば目に入るのは相変わらず何もない島。交通の便も悪いし、何故こんなところにジムを建てたのか未だに分からない。疑問を残しながらも島唯一の立派な建物に向かう。

 

 グレンジムの中も以前来た時のまま。むき出しの岩肌にしょうもないクイズを出してくるジムトレーナー。以前愚痴を言っていた白衣のトレーナーもいて前回と全く同じ問題を出してきた。

 当然間違える筈もなくクイズに正解し、一回の戦闘も行わずにカツラの元に辿り着く。カツラも以前と何も変わらない。むき出しの岩が立ち並ぶ洞窟の中、唯一綺麗に整地された空間で一人ぽつんと立っている。このような何の娯楽もないジムでどうやって暇を潰しているのか気になるところだ。

 

「うおおぉいっ! よくぞ来た挑戦者!」

 

 近づいたところでカツラが大声を上げるがこれはどうなんだろうか。以前の別れ方を考えれば自分を挑戦者と認めているこの発言は間違えているようにしか思えないが、自分が誰か認識できていないのだろうか。

 火を使う際の眩しさ対策かもしれないがこんな場所でサングラスをしているから視力が下がっているのかもしれない。老眼の線も捨てきれないが。

 

「一週間ぶりですね。誠です、カツラさん」

 

「ん? ああ君だったか」

 

 やはり自分の事を認識できていなかったらしい。こんなざまでよくもジムリーダーが務まるものだ。数多くいる挑戦者の顔なんか覚えるまでもないという意思表示だろうか。確かに覚えるに値しない挑戦者はいるだろうがそれにしてもあんまりだろう。

 

「はい。今回は改めて挑戦者としてここに来ました」

 

「待ちなさい。私はまだ君の事を挑戦者と認める訳にはいかない」

 

「それは重々承知しています。ですのでまずは私の答えを聞いてもらいたい」

 

「うむ。では聞かせて貰おう。君にとってポケモンとは何かね?」

 

 ここからが本番だ。この答え次第でジム制覇、ひいてはマチスの弟子の脱却が不可能になる。確か問題はポケモンの事をどう思っているかだった気もするが大差はないだろう。要はポケモンとの関係性を知りたいという話だ。

 

「私と私のポケモンは互いの望みを叶えるために協力して生きる共生関係です」

 

「ほう?」

 

 こんな答えだがこれでも結構考えたのだ。まず前提として嘘はアウト。何となくだがカツラには経験による審美眼が備わっていそうな気がする。もし嘘がバレでもしたら完全に挑戦資格を失う。

 そしてカツラを納得させられるだろう友達、家族、戦友等の選択肢は色々と考えてみたがどれもしっくりこない。かと言ってペット、部下、道具なんて答えを言える筈も無く、実際そう思っている訳でもない。そして自分とポケモンの関係をじっくり考えた結果がこれだ。

 自分は自分の目的の為に、一緒にいてくれることを選んだポケモンの力を貸してもらう。その代わりにポケモンの望みを叶える。得られるものの大きさが対等かは分からないが一方的な搾取ではない正当な取引だ。人によってはドライな関係に見えるかもしれないが糾弾する程悪い関係でもない。

 

「私のポケモンは全員私についてきてくれることを選んだポケモンです。私はそのポケモンの望みを叶える。強くなりたいなら強くし、戦う事を望めば戦わせ、遊ぶことを望むなら一緒に遊ぶ。その代わり私は彼らの力を借ります。それが私とポケモンの関係です」

 

「ふむ、意外だな。てっきりもっと聞こえの良い答えが返ってくるかと思っていたが」

 

「これでも色々と考えました。確かに聞こえの良い答えで言えば家族や友人というのもあったでしょう。でも私はポケモンのことをそうは思えません。ポケモンの事は信用していますが家族の様に無条件に信頼して一緒に居ようとは思えない。友人の様に損得を抜きに対等な関係を深めようとは思わない。互いの望みを叶えるという関係性が無ければ私は怖くて仕方がないんですよ」

 

「怖いとはどういうことかね?」

 

「お恥ずかしながら私は自分に自信がありません。だからどうしても不安なんですよ。私はポケモンの力を借りているのにその対価がポケモンと一緒にいるだけで良いのかと。一方的に力を借りるだけの関係をしていたらいつかポケモンが愛想を尽かせて去っていくんじゃないかと。だから私はポケモンの望みを叶えます。そうした対価を払って初めて私とポケモンは対等です。嫌な言い方をするなら契約と言っても構いません。ポケモンは私と一緒にいて力を貸す。その対価として私は可能な限りポケモンの望みを叶える。それが私とポケモンの関係です」

 

「そうか……」

 

「これ以上私に言えることはありません。この答えがカツラさんにとって正しくないものであれば私は挑戦を諦めるしかありませんが如何でしょう?」

 

「うむ……そうだな。その答えに偽りはないか?」

 

「もし嘘を吐くならもっと良い答えを用意しますよ。それこそどんな人から見ても素晴らしい関係に感じられるような答えを。でも人によっては受け入れられないだろうこの残念な関係が私の答えです。私に原因があるのは分かってますがこればっかりは性分でしてどうにも」

 

「そうか……」

 

 こちらの答えを聞いたカツラが黙り込んでしまった。感触としては悪くないと思うのだがどうだろうか。もし駄目だったら改めて対応を考えなければならない……ポケモンの事を知る為の研究ということにしてこのジムに入り浸るのはどうだろうか。内弟子未満客以上の感じでジムに出入りしていれば多少の情は生まれるかもしれない。

 ポケモンを強くする方法を教える事を条件にする手もあるが乗ってくるか分からない。それならまだポケモンがどういう生物かという情報の方が食いつきそうな感じがする。

 

「……いいだろう。誠君、私は君を挑戦者と認めよう」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

「礼を言う事はない。私は君とポケモンとの関係を聞いただけだからな」

 

「いえ、それでもです。自分の事を見つめ直すいい切っ掛けでした。きっとこういう事が無ければ自分を見つめ直すこともなかったでしょうからこういう機会を下さった事には感謝しています」

 

「うむ。そういうことなら礼は受け取ろう。しかしバトルでは気を抜かない様にな」

 

「勿論です。今日は前回の様にはいきません」

 

 そう告げてカツラに背を向け、挑戦者の所定位置に向かう。

 少し緊張したがどうにかなったようで何よりだ。緊張して少し、というかかなり余計なことまで話してしまったが、話したのは知られたくない情報であって知られて困る情報ではない。結果良ければ全て良しだ。

 

 バトル用スペースの所定位置に着いて振り返れば、カツラも準備万端とボールを構えている。

 最初の難関は越えて次は第二の関門だ。一度対カツラ戦を経験しているが確認できているのは目くらましから積み技を使う戦い方だけ。積み技を重ねた先の行動は分からないし、他にも引き出しがあるだろう。油断は出来ない。

 

「ルールは以前と同じだ! 全力で掛かってきたまえ!」

 

「ええ、今回は本気で勝ちにいきます」

 

 今回の選出はドザエモン、ユカイ、そしてドククラゲだ。ジムリーダー戦で目算レベル50前後のドククラゲを使う事に不安はあるがやはり一度レベルアップの瞬間を確かめたい。そしてジムリーダー相手に同レベル帯でどの程度通用するか試しておきたい。

 一応タイプ相性は悪くないし、もし何も出来ずに負けたとしても残るレギュラーを全力で使えば勝つ自信もある。炎ポケモンは水ポケモン相手の弱点補完がしにくいというのも良い。

 本気で来いと言われておいて実験を優先することに負い目はあるがそれはこちらの勝手だ。正直に言えば前回いいようにやられた意趣返しをしたいというのもある。

 

「行け! マグカルゴ!」

 

「出てこいドククラゲ。お前は自由だ」

 

 カツラがマグカルゴを選出したのを見てドククラゲを出す。色を確認したところマグカルゴの色はドククラゲよりほんの僅かに白い程度。ハナダの洞窟の野生ポケモンより少し白い程度なのでレベル50台後半、高くても60には達していないといったところだろう。

 レベルでは劣るが属性相性は断然有利。水が四倍弱点のマグカルゴなら十分に勝機はある。

 

「マグカルゴ! スモッグ!」

 

 カツラが先手を打って指示を出し、マグカルゴの殻から放出された紫色の煙が視界を遮る。前回通じたからと同じ手を打ってくるのは悪手としか言いようがない。ジム挑戦者全員に同じ様な戦法を取っているのかもしれないが舐め過ぎだ。

 

「ドククラゲ! 天井にハイドロポンプ!」

 

「?」

 

 指示の意図が分かっていないだろうカツラを尻目にドククラゲが天井に向けてハイドロポンプを放つ。威力的に少しだけ崩落を心配していたが無事にハイドロポンプは天井の岩に弾かれ周囲に大量の水を撒き散らす。そして水の大半が地面に落ちる頃にはスモッグは晴れ、紫色の水溜まりに佇むマグカルゴの姿が見える。

 

 想定通りだ。そもそもポケモンの技で何かを生成する場合、岩にせよ、水にせよ、炎にせよ実在の物質と大差ない物質が生成される。

 ならばスモッグという名前の技で何が生成されるかと言えば答えは大気汚染物質だ。普通なら火山灰やガス性物質などの成分で構成されるが完全に視界を奪う程の濃さや紫という色の大気汚染物質は聞いたことが無いので詳細な成分は不明。しかし一般的な大気汚染物質と同じ特徴を持った物質であれば雨に溶けて酸性雨になる。

 

 つまり雨さえ降っていればスモッグは機能しない。雨ごいでも良かったが屋内だと意味がないので今回はハイドロポンプで疑似的な雨を再現した。今も天井に残った水は雫となって降っている。雨というには少々弱いが水溶性の粒子を地面に落とすには十分。自分もびしょぬれになるがそこは我慢だ。

 

「突っ込んでからみつく!」

 

「躱してスモッグ!」

 

 触手を器用に動かして接近するドククラゲに対して、見た目にそぐわぬ機敏な動きで飛び跳ねるように離脱するマグマッグ。伸ばされたドククラゲの触手は空を切るが、躱した先でマグカルゴの放出したスモッグは先程より薄く煙の中に姿がぼんやりと見えている。もう見失うことは無い。

 

「相手の足元にれいとうビーム!」

 

「かえんほうしゃで迎撃だ!」

 

 れいとうビームとかえんほうしゃが空中でぶつかり、大量の水蒸気が発生して一瞬視界が白く染まる。収まって尚白い蒸気が周囲を覆っているが粒子の色で判別しているこちらにはギリギリポケモンの姿が見える。

 白い粒子の塊であるレベル100のポケモンを出していたら蒸気に混じって見失っていたかもしれないので結果としてはむしろ色に青さが混じるドククラゲを選出して良かったのかもしれない。

 

「からみつく!」

 

「ふんえん!」

 

 ドククラゲが触手を伸ばし、マグカルゴを捕らえると同時にマグカルゴの殻から赤い火花が混じったような灰色の煙が噴出する。視界の悪いカツラなら反応が遅れるかと思ったが当てが外れた。こちらのからみつくの指示を聞いて接近戦を読んで反応されたというところだろう。

 しかしマグカルゴは捕まえた。もう何をしても無駄だ。

 

「ハイドロポンプをぶち込め!」

 

「耐えるんだ!」

 

 触手で縛り上げているマグカルゴに向けて別の触手から飛び出した水流が襲う。拘束されているが故に直撃を受けても吹き飛ぶことが出来ないマグカルゴにハイドロポンプの衝撃を直に与える。

 そして同時に止め時を見逃さない様に目を凝らす。辺りを漂う蒸気とハイドロポンプの水しぶきの所為で分かりにくいが見えない程ではない。

 

「放水止め! 下がれ!」

 

 五秒ほど水流をぶつけ続けたところでマグカルゴから飛散する粒子量が減って来たため攻撃を止めて下がるよう指示を出す。放されたマグカルゴは地面に落ちてピクリとも動かない。戦闘不能になったと見ていいだろう。

 

 続けてドククラゲの様子を確認する。マグカルゴから飛散した粒子の大半を現在進行形で吸収しているが体の色が変わった感じはしない。レベルが1上がっても気付けない程度しか変化がないのか、今回の戦闘ではレベルが上がらなかったのかは分からない。

 なのでドククラゲにはこのまま頑張ってもらう。今のところ喰らっているのは効果いまひとつのふんえん一発だけ。マグカルゴを掴んだことでやけどもあるかもしれないがまだいける筈だ。

 

「戻れマグカルゴ! ギャロップ、出なさい!」

 

 ドククラゲを観察している間にカツラはマグカルゴをボールに戻し、ギャロップを出す。ギャロップの色的にレベルはマグカルゴと大差ないか僅かに上。高めに見積もってレベル60に達しているかどうかというところだろう。

 

 動きが素早いポケモンを相手にするのには苦手意識があるが、状況は悪くない。そこまで広くない洞窟の中で、地面は先程撒いた水で水溜まりだらけ、おまけに徐々に晴れてきたとはいっても未だに蒸気で視界は悪い。加速力がどの程度か分からないが最高速で動き続けることはできないだろう環境だ。

 ただギャロップがくるなら捕まえて動きを封じるやり方をマグカルゴ相手に使ったのは勿体なかったかもしれない。

 

「ドククラゲ! 足元にれいとうビーム!」

 

「躱せ! こうどくいどうだ!」

 

 ドククラゲがギャロップの足元にれいとうビームを放つが、ギャロップは素早い動きで光線を回避する。今のところ目で追える速度だが速度を上げられると厄介だ。

 しかしギャロップの様に速度が脚力に依存している生き物は踏ん張ることが出来る足場を奪うだけで速度を奪う事が出来る。なら地面に多数存在する水溜まりにれいとうビームを撃ち込んでところどころに氷の張った速度を上げにくいフィールドを作ってやればいい。

 いっそ最高速を出したところを氷で滑って、頭でも打って戦闘不能になってくれれば楽だが流石にそこまで阿保な負け方はしないだろう。

 

「そのままれいとうビーム維持! 薙ぎ払え!」

 

「ジャンプして回避!」

 

 地面を薙ぎ払うれいとうビームをギャロップは軽々と躱す。正確な高さは分からないが五、六メートルはあるだろう天井間近まで飛んだ。結構な重量がありそうなあの体でそこまで飛べる脚力は流石ポケモンとしか言えない。

 しかしこれで足元に広がっている水溜まりに氷が張り、水が薄いところにも霜が降った。ついでに身動きが取れない空中に飛んでくれたのも好都合だ。

 

 ただ気がかりなのは、水ポケモンが炎ポケモン相手に効果いまひとつの氷タイプの技を使ったことに違和感を感じているだろうに反応がない事だ。

 未来予測が苦手なだけならいいが、分かっていて放置しているなら何らかの対策があるだろう。炎で氷を溶かすくらいなら問題無いがこちらの思い付いていない起死回生の一発があると困る。

 

「撃ち落とせ! バブルこうせん!」

 

「天井を蹴ってとっしん!」

 

 ギャロップが後ろ足で天井を蹴り、バブルこうせんを突っ切ってドククラゲを弾き飛ばす。万が一にも外れないように拡散して軌道の読みにくいバブルこうせんを選択したのが裏目に出てしまった。こんなことならハイドロポンプを選択するべきだったと悔やむが既に遅い。

 

「手を休めるな! ふみつけだ!」

 

 吹き飛ばされたドククラゲに追撃を与えようとギャロップが迫る。ドククラゲの体からはまだ粒子が出ているので戦闘不能ではないが、もう一撃耐えられるかは微妙なところ。しかしここから距離を取る作戦は思いつかない。適当に攻撃しても当たるか分からない。仕方なくギャロップの一撃に耐える事に賭ける。

 

「ドククラゲ! からみつく!」

 

 耐える事が出来れば拘束で身動きの取れないところに攻撃、もし耐えられなければドククラゲはここで退場だ。次のポケモンでギャロップを倒す。

 

 倒れたまま触手を伸ばすドククラゲにギャロップの両前足が振り下ろされる。ズグンと鈍い音がして大量の粒子が拡散するが触手はギャロップの足に絡みついている。耐えたか分からないがこの機は逃せない。

 

「ハイドロポンプだ!」

 

 ドククラゲの触手の一本が動きギャロップに向けられる。内心で賭けに勝った事を喜ぶがすぐにその喜びは霧散した。動いた触手が水を出すことなく地に落ちたからだ。残念ながらギャロップの攻撃には耐えられなかったらしい。本当に残念だ。

 

「ふぅー……」

 

 一度息を吐く。ドククラゲは負けたが勝負自体はまだ中盤。ドククラゲで三縦が出来るなど最初から思っていない。むしろ弱点属性を突いた事を考慮しても、相手よりレベルが低いポケモンでジムリーダーのポケモンを倒せたなら大金星と言ってもいいだろう。レベルアップの瞬間を見れなかったのは残念だがそこは仕方がない。

 

「すまんドククラゲ、戻れ」

 

 戦闘不能になったドククラゲをボールに戻し、次の手を考える。次に使うのはユカイだ。炎相手に弱点を突けるドザエモンは最後の砦。それこそ後が無いというくらい追い詰められてから出さないと変に慢心してやられかねない。油断しなければ済む話なのだがどうも慢心というのは完全には消せないものだ。

 

「行けユカイ、お前は自由だ」

 

「ギャロップ! ほのおのうず!」

 

 こちらがポケモンを出した途端、待ってましたと言わんばかりに炎技が飛んでくる。ユカイの実力ならほのおのうずに取り込まれても力尽くで突破することは出来るが喰らわないに越したことはない。そもそも力尽くで突破出来るから躱さなくてもいいという考えが僅かでも出た事自体が慢心している証拠だ。今一度油断を捨てて、いつも通り確実に相手を詰ませていかなければならない。

 

 そして威力の低い技と思っていたがほのおのうずが結構熱い。それなりの距離があるのに熱風がこっちまで飛んできている。ドザエモンなら兎も角、ユカイの場合は可能な限り避けた方が無難だろう。

 

「躱してあやしいひかり!」

 

「目を閉じろギャロップ」

 

 ほのおのうずを躱したユカイが額の宝石を光らせるが、ギャロップは目を閉じることで回避する。目を閉じた程度で無効化できるのかと思わないでもないが、光を通じて相手を狂わせる技だから仕方がないのだろう。運用法として考えてはいなかったが、戦闘中に目を瞑らせて隙を作ることが出来るならダブルバトルでも活躍できそうな使い勝手の良い技だ。

 

 ただ欠点もある。自分の体がポケモンだからか、人にも効くのかは不明だが先程の光を見た時に僅かだが頭の中がぼんやりする感覚があった。指向性はあるのかもしれないがあまり何度も見ていると自分でも分からない内に混乱に巻き込まれそうだ。

 

「近づいていけ! 目を開いたらあやしいひかりを撃て!」

 

「下がれ、壁を使え」

 

 ユカイが距離を詰めればギャロップはその分下がる。ギャロップの背後に壁が迫ればその壁や天井を利用して飛び回る所為で中々距離が詰まらない。合間にあやしいひかりを使っているので相手に攻勢に移るタイミングを渡すことなく一方的に攻めてはいるがこのままでは延々追いかけっこが続いてしまう。

 

 普段ならそれでもいいがあやしいひかりを何度か直視したからか頭がぼんやりする。適当なところで技を撃とうと思っていたが回避されて攻勢を渡すくらいならと確実に相手の手を止められるあやしいひかりを使ってしまった。

 出来るだけ見ない様にしようとは思っていたが戦闘から目を離すことも出来ず、何度か目を避け損ねた結果だ。上手く頭が働かないどころか少し頭痛も感じる。このまま追いかけっこを続けたらポケモンより先に自分がダウンしかねない。

 

「戻れ! ユカイ! ドザエモン! お前は自由だ!」

 

 見切りをつけてユカイをボールに戻し、ドザエモンに交代する。交代のタイミングで攻撃が飛んでくるかと思ったが、ギャロップはカツラの所まで下がって傷薬を吹きかけられている。戦闘中に傷薬なんかどう使えばいいかと思っていたがこういうタイミングで使うらしい。

 

「いけ! ドザエモン! 捕まえろ!」

 

「ふふふ、熱くなってるな。下がれギャロップ」

 

 ドザエモンが距離を詰めるがギャロップはユカイを相手にしていた時と同様に距離を取る。

 ユカイよりも鈍重なドザエモンを出せば相手の方から攻めてくるかと思ったが、どうやら自分から攻めるつもりはないらしい。何を狙っているか知らないが攻撃もせずに逃げ回ってるだけでは勝てない事を教えてやる。

 

「逃がすな! 追え!」

 

「壁を上手く使うんだ。翻弄しろ」

 

 相も変わらずドザエモンから距離を取ろうとするギャロップが壁に後ろ足を掛け天井に向けて飛ぶ。ここまで上手い事翻弄されておいてなんだがレパートリーが少なすぎる。ポケモンを変えたことで今のやり方が通用しなくなるという発想はないのだろうか。

 

「ストーンエッジ! 天井ぶち抜く気でいけ!」

 

「! 壁を蹴って下がるんだ」

 

 ドザエモンが地面を踏みしめれば壁を蹴ったギャロップの目の前に岩の壁が出現する。そのまま大人しくぶつかっておけばいいものを前足で出現した壁を蹴って躱された。しかしこれでギャロップは壁と岩の壁に挟まれた状態。自慢の脚を使うスペースはない。

 

「かいりき! 押し込んで潰せ!」

 

「いかん! とっしんで壁を壊せ!」

 

 かいりきで押し込むことでストーンエッジで生み出した岩の根元が崩れ、天井まで伸びる壁はそのままギャロップを圧殺する武器となる。カツラも回避は困難と見て岩を破壊するように指示を出すが、迫っている岩はレベル100のポケモンの技で生まれたもの。レベル60程度のポケモンの、しかもタイプ相性の悪いノーマル技で破壊できる程軟ではない。

 壁に立ち向かったギャロップは抵抗むなしく迫りくる岩に弾き飛ばされ無防備な状態のまま壁との間に挟まれる。

 

「岩持ったまま下がれ!」

 

「ギャロップ!」

 

 ドザエモンが岩を持ったまま下がってみれば、ギャロップは足をぷるぷると震わせながらも立ち上がろうとしている。

 岩で挟み込んだだけなので戦闘不能になるかは分からなかったがなんとか耐えたらしい。まだ戦うというならもう一、二回岩で挟んでもいいがやりすぎも怖いのでカツラに確認を取る。

 

「カツラさん! まだ戦わせるならもう一発挟みますがどうですか!」

 

「戻れギャロップ!」

 

 こちらの質問に返事を返す前にカツラはギャロップをボールに戻す。

 追撃可能な状況で敢えて見逃したのだから戦闘不能扱いだとは思うがルール的にはまだ交代と言えないこともない。カツラがそんな不義理な事をするとも思えないが一応確認だけはしておかなければならない。

 

「無駄に傷つけたくないのであそこで止めましたけどギャロップは戦闘不能扱いでいいですか?」

 

「ああ、勿論だ。気を使わせて悪かった」

 

 カツラからは予想通りの答えが返ってくる。

 これで交代だと言い張る様ならこれから出てくるポケモンは完全に粒子が出なくなるまでぐちゃぐちゃにしなければならなかった。素直に負けを認めてくれるならこちらとしてもありがたい。

 

 そしてあやしいひかりの効果が未だに消えていないのが辛い。今のところ行動に異常は出てないが頭痛が酷くなってきているし、頭の中がぼんやりする症状も残っている。そして僅かではあるが吐き気もしてきた。もしこのまま症状が治らないならバトルの後に時間を貰って一度ボールに入るか、なんでもなおしを使ってみた方がいいかもしれない。

 

「ギャロップの事には感謝するが勝負は別だ! ここからが本番だぞ挑戦者よ!」

 

 カツラが勝手に盛り上がってヒートアップしているが微妙に頭に入ってこない。マジで頭が痛い。戦闘をしている間は気にせずに済んだが、中途半端に戦闘を止めたせいで意識がそちらに向いてしまった。もうさっさと終わらせて回復したい。

 

「出番だブーバーン!」

 

 カツラの出した最後の一体はブーバーン。どんな手段を使ってくるかは分からないがギャロップの様に素早い動きで翻弄するような戦い方には向いていない。力勝負ならタイプ的にもレベル的にも負ける要素はない。

 

「ロックブラスト! とにかく数を撃て!」

 

「躱してほのおのうず」

 

 足を止めてロックブラストを放つドザエモンに向けてブーバーンの両手から炎が放たれる。放たれた炎はドザエモンを左右から包み炎の竜巻を作り上げ、その姿を隠す。竜巻からは岩が断続的に放たれブーバーンを襲っているが尽く躱されている。

 ほのおのうずに巻き込まれて継続的なダメージは受けるかもしれないがタイプ的に効果はいまひとつ、おまけにダメージの大きい技でもない。むしろ相手が余計な手出しをしない分プラスと見てもいい。

 

 このまま戦っても相手に決定打が無い以上負けることは無いが、今回は駄目だ。ほのおのうずの熱さを感じる余裕もないくらいに頭痛が酷くなってきている。あまり時間を掛けることは出来そうにない。

 

「ふふふ、熱くなってきたな! 誠君!」

 

 カツラが何か言っているがもうそんなことはどうでもいい。とにかく早く倒す。

 

「どうした? 顔色が悪いが熱にでも当てられたかな?」

 

 心配するようなセリフとは裏腹に挑発するような態度でカツラから声が掛かる。何か言葉を返した方が良いのだろうが、頭が働かず上手く言葉が選べない。

 

「慣れてないときついだろう?」

 

「ストーンエッジ! かいりきで潰せ!」

 

「おっと、いわくだきだブーバーン」

 

 ストーンエッジで作った壁を倒して圧し潰そうとしたが、ブーバーンが拳で岩を砕いたことであっさり阻止される。

 加速度的に頭痛が酷くなってきて、本気で中断を申し込みたくなるほどに調子が悪い。頭が痛くて考えることが出来ない。吐き気だけでなく耳鳴りもしてきた。

 

「もう一度だ!」

 

「無駄だ! いわくだき!」

 

 続けてもう一度岩の壁を倒すが同じ様にいわくだきで破壊される。

 

「もう一回!」

 

「いわくだき!」

 

 再度岩を倒しても結果は同じ。ブーバーンにダメージは与えられない。

 

「もう一回だ!」

 

「何度やっても無駄だ!」

 

 カツラの言葉通り、何度岩を倒してもブーバーンに破壊される。確かにダメージを与える事を目的とすれば全く意味のない行為だが、生憎と目的は別。ブーバーンのいわくだきでは倒れてくる壁に体より少し大きい穴を開ける程度の破壊しかできない。四度に亘って倒した岩の壁の残骸はブーバーンを取り囲むように残っており、その高さは既に胴の位置にまで達している。

 

「(最善を言えば、もう一、二回同じ事をしたいところだが、これ以上やると相手も何らかのアクションを起こすだろう。自分の体調を考えてもここが限度。勝負に出る)捕まえろ! 飛んだらいわおとしで撃ち落とせ!」

 

「焦っても良い結果は出ないぞ! 飛べ!」

 

 ブーバーンは移動しようと飛び跳ねるがその高さは二メートル程度。ギャロップの様に天井や壁を利用して飛び回る事の出来る位置ではない。指示に従ったドザエモンが足を止めて飛んだブーバーンにいわおとしを放つ。

 

「ブーバーン! 噴射!」

 

 飛び上がったブーバーンが両腕をあらぬ方向に向けたかと思えば、両腕から炎が噴射し、その勢いで射線から外れる。平素ならそんな手がと感心したかもしれないが今は余裕がない。

 

「(ここで決めないと本格的にまずい)絶対逃がすな! ここで決めろ!」

 

「指示はきちんと出したまえよ。いわくだき!」

 

 策もなく真っ直ぐに突っ込むドザエモンにブーバーンのいわくだきが直撃する。ハードロックの特性の効果も合わさってかドザエモンは弱点属性の攻撃を受けてもビクともせず、捕獲しようと腕を振るう。しかしブーバーンはいわくだきを喰らわせた手から炎を噴射することで距離を取り、捕獲は失敗に終わる。

 

「ストーンエッジで囲え!」

 

「飛べブーバーン!」

 

 ストーンエッジで壁を作り、逃げ場を制限するも炎を噴射して頭上を飛び越えられる。一撃で大ダメージを与えられるような決め手がない以上、ヒットアンドアウェイの戦法を取るのは当然だが、このタイミングだと不快感しか沸かない。

 

「(ちょこまか逃げ回りやがって)飛んだら全力でいわおとし! 地面に降りたら全力でストーンエッジ! ステージ諸共ぶっ飛ばせ!」

 

「む! 避けるんだ!」

 

 ドザエモンはブーバーンが宙に浮けばいわおとし、地面に足が着けばその瞬間にストーンエッジとブーバーンの位置に合わせて技を乱発する。ブーバーンもそれに対応し、地上に空中にと器用に動きを切り替えながら攻撃を躱していく。

 

 しかしながら全力と指示を出したことでドザエモンの放つ技の規模は遥かに大きくなり、いわおとしならステージの半分程の範囲に岩を降らせ、ストーンエッジならステージを三分の一に該当する質量の岩を生み出す技となっている。

 どれだけ上手く立ち回ろうと逃げ場は直ぐになくなり、既にステージの半分以上がストーンエッジで生み出された岩の壁に埋め尽くされた状況。いわくだきでなら壁を破壊することが出来るかもしれないがその隙にストーンエッジが確実にブーバーンを捉える。もはや逃げ場はない。

 

「くっ! きあいパンチ!」

 

「(くっそ頭がいてぇ、体に力も入らん、何なんだマジで)捕まえろ!」

 

 逃げ場を失って攻撃に転じたブーバーンのきあいパンチがドザエモンの腹を打つ。しかしレベル差のあるドザエモンは攻撃を物ともせずブーバーンの頭を掴む。

 

「叩きつけろ!」

 

「きあいパンチだ!」

 

 カツラが捕まって身動きの取れないブーバーンにきあいパンチの指示を出すが、ドザエモンは一足早くブーバーンの体を持ち上げ地面に叩きつける。

 

「(ぶっ殺す)ぶっ潰せ! がんせ! おぇ! ぶふ、うぇほ、ごほっえほっ、うぇぐぇぇ!」

 

 折角のチャンスに声を上げたところで吐き気がピークに達した。吐き気だけが実際にものは出てきていないが指示が出せなくなる。何とか指示を出そうにも咳と吐き気が止められない。

 

「誠君!」

 

「うぇえぇええ! がん……えほっぐ、はぁ、がんせきほうぇえ! ぐっおぼぇぇぇ!」

 

 口から出てくる胃液を吐きながらも指示を出せば、ブーバーンの頭を地面に押し付けたままのドザエモンの掌から特大の岩が射出され、ブーバーンの上半身を圧し潰す。

 涙ではっきり見えないが岩の隙間から僅かながら粒子が出ているように見える。戦闘不能か分からない以上、念を入れてとどめを刺さなければならない。

 

「ぐぅ、こっ……はぁはぁ、そのまま、はぁアームハン「そこまでだ! 誠君! 私の負けだ!」……止め! えほっ」

 

 カツラが降参を宣言したので攻撃を止める。今は一刻も早くここを離れて回復しなければならない。最悪ポケモンセンターでの治療を視野に入れなければならないがそうなるとマサキのところに行くか、場所を伝えてマサキを呼び出してボールに入っておくか。どちらにせよボールに入るならマサキに連絡をしなければならない。

 

「(喉熱い、頭痛い、体だるい、なんかもうやべえ)ドザエモン! うぐぇ、ごほっごほっ、いわくだきでその岩砕け!」

 

 ドザエモンが指示通りに岩を砕くのを見て、膝を折る。立っているのも辛い。こんな事になるならもう二度とあやしいひかりは使えない。跪いた姿勢のまま呼吸を整えているとカツラが駆け寄ってくる。また日を改めるように言ってジムを出なければならない。

 

「はぁ、はっ、はっ、すいません」

 

「すまない誠君! 今空調を入れる! 少しの辛抱だ!」

 

「はぁ、おぼっ! うぇっほ、はぁ、はぁ」

 

「横になるんだ! 鼻で息を吸って口で吐いて!」

 

「あぇ?」

 

「話は後だ! 少し待ってなさい!」

 

「はぁ、はぁ、げほっ」

 

 カツラが走り去っていったのを見て、指示通りに横になって深呼吸を繰り返す。息を吸う度に頭痛が増し、口から息を吐く度に吐き気がする。仰向けよりもうつ伏せの方が楽と思い、蹲って深呼吸をする。最後の食事がいつだったか思い出せないが、胃液だけは幾らでも出てくる。口から流れ出る胃液を眺めていると足音が聞こえてきた。音のする方を見ればカツラが駆け寄ってきている。

 

「空調を入れてきた。しばらくすれば落ち着くはずだ」

 

「はい……ふぅー、すぅー、ふぅー」

 

「すまない。私の計算ミスだ。ここまでの症状が出るとは」

 

「ごほっごほっ、ぺっ……はぁ。この症状の原因を知ってるんですか?」

 

「酸欠だ。このジム内で炎タイプの技を使うと酸素が……ああ、炎と言うのは空気中の酸素というものを燃やすんだ。それが無くなると人の体に不調が出るんだが」

 

「それは知ってます。ん゛んっ! ぷっ……ふぅ、でも息苦しくなかったんで……」

 

「人が息苦しくなるのは空気中の二酸化炭素が増えた時だ。このジムは有毒ガスや二酸化炭素が充満しないように空気の排出環境は万全に整えているから息苦しさは感じない様になっているんだ」

 

「……成程……」

 

「すまなかった。いつもジム挑戦用のポケモンを使っていたから火力を見誤ってしまった。本来なら気分が悪くなる程度で済むはずだったんだが……」

 

「いえ、ちょっと待っててください。回復したら話をしましょう」

 

「ああ……そうだ、辛いかもしれないが場所を移そう。大したところじゃないがゆっくり休んでくれ」

 

「ええ、はぁ……もう少しここで休ませてください。動けるようになったら動きます」

 

「そうか。本当に悪かった」

 

「原因も分かったんで大丈夫です……多分」

 

 カツラとの会話をしている間に多少は調子が回復してきた。まだ吐き気も頭痛も残っているが先程に比べれば遥かにマシ、思考も大分戻って来た。

 

(酸欠も酷いと何らかの障害が残ると聞いたことがあるが今の所は大丈夫……まだ体に力が入らないのが怖いな。どのくらいで酸欠の症状が治るのか分からないけど三十分くらいか? 体に障害とか残ったらどうしよう。ポケモンセンターの回復で治るか? 次にマサキのところに行ったら一応ポケモンセンターに連れて行って貰うか。というか先にカツラとの話だけど全然カツラの様子見てなかった。何話すか……とりあえずジム挑戦のこのやり方についてから話すか。他のジムに比べて色々危険過ぎる。いつか事故が起きるぞ)




バトル内容については何となく書き慣れてきたけど表現が難しい。
レベル100のポケモンの技の効果範囲とかどっかに纏めてないもんだろうか。


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物語を作る人

続きが書けましたのでお納めください。
最近文字数増えていく症候群にかかりました。


 ジム挑戦終了から凡そ一時間。これが誠の体調回復に要した時間だ。

 

 今、誠はグレンジムの一室でカツラと対峙している。胃液と泥で汚れた服を着替え、顔を洗い、頭痛が収まるまで待ってと一時間掛けてようやっと話が出来る状態になった。

 

(しかし何を話したもんか。とりあえずジム挑戦でやってることの危険性について話をして……後は流れかなぁ。プロファイリングもまだ出来てないし。でもまあ学者気質って感じはするから、まずはそれに応じたキャラでいいだろう。年取って丸くなったマサキとでも思えば……ちょっと違うな。感覚的には教師……念を入れて大学教授みたいなのを相手にしてる感覚かな? でもその割に自分が蓄えた知識をひけらかす感じでもない。どっちかっていうと色んな人の出した答えを聞くことを楽しみにしてる感じ……これか? 人を導くみたいなのが好きなのか、悩んでるのを見るのが好きなのかで評価は変わるな。注意すべきは質問ははぐらかすより時間掛けてでもきっちり答えを言うくらいか。後は説明に根拠を付けた方が感触はいいかな)

 

 とにかくこちらから口火を切らなければ話は始まらない。カツラは先程のジム挑戦でのミスを反省してか神妙な顔をしてこちらの回復を待っている。こちらから声を掛けないと向こうから話は切り出し辛いだろう。

 

「いやはやお待たせして申し訳ありません。それじゃあ話をしましょうか」

 

 口に出してから嫌味とも取られかねない言い方をしてしまった事に気付いたが別に変な事は言っていないので大丈夫だろう。もし嫌味と取られたら訂正すればいい話だ。

 

「すまなかった。わしのミスで苦しい思いをさせてしまったな」

 

「いえいえ、本当に気にしてないんですよ。確かに苦しい思いはしましたけど必要な事だったでしょうし。障害が残る様なら恨んだかもしれませんけど別に大丈夫そうですからね」

 

「そう言ってくれると助かる」

 

 案の定、こちらのセリフを嫌味と取ったらしい。そういう意味を込めて言った訳じゃなく自然と出た言葉だったが、自分は嫌味を言うタイプに思われているんだろうか。外れてないから否定は出来ないが外面は良いほうだと思っていただけに少しショックだ。

 

「でも言わせてもらうならあのやり方は見直す余地もあると思いますね。どういう要素を見ようとしたのかは分かりませんが他のジムに比べて危険過ぎる気がします」

 

「うむ。わしも少し思うところがあった。もう少し安全面を考慮することにしよう」

 

「そういえばあれは何を見ようとしてたんですか? 不調でも諦めない根性か頭が働かなくても冷静に戦況を判断する精神とかですか? それとも危機に晒された時に出てくる本性とか?」

 

「いや、あそこまで酷い症状になったのはわしのミスだ。本来は気分が悪くなる程度の症状しか出ないようになっている。そこで見せてもらうのは不調なんぞで挫けないバトルにかける情熱だ。まあ言い方は色々あるが、闘争心や負けん気、夢への熱意なんかが当て嵌まるところだろう。君の言う諦めない根性もあながち間違いではない」

 

「成程。確かに後々問題にならない方法で相手を不調にしようとするとああいうやり方になりますか……まあ事故対策がきちんとできてるなら良いやり方ではありますかね」

 

「うむ。そう思っていたんだがどんな理由であれ、事故があったとなればな……一度見直した方が良いだろう」

 

 中々に難しい話ではある。確かに安全性を確保して戦闘中でもコントロール可能、且つ外聞を大きく損なわないやり方で相手を不調にしようと思えば酸素量をいじる以上の代案は思いつかない。

 相手に事前に告知して良いなら弱い毒やら下剤やらを飲ませるのもいいが、告知しないなら勝負前に毒を盛るなんて外聞が悪いどころじゃ済まない。

 グレンジムの部外者である自分が代案を考える必要はないのだが、一応は同僚で当事者だ。今のやり方を否定するなら最低限の義理は果たしておきたい。

 

「そうですね。今回のはミスにつながった原因でもありますけどやっぱり酸素量を完全に調整するのは難しいんじゃないかと思います。炎技で酸素を奪うならバトルが長引いたり、相手も炎技を使ったりしたら消費酸素が増えて今回と同じような事になるんじゃないですかね」

 

「そうなんだがやり方を変えるとなると代案がなければな。わしも一つのジムを任される身ではあるがあまり勝手に何もかもを変える訳にもいかんのだ」

 

「ですよね。申し訳ないですけど私もこれだって代案は出てこないです。ただ実際に事故を経験した当事者としての意見だけはお伝えしますので参考にしてください」

 

「うむ、頼む」

 

 新しいやり方も改善策も思いつかないが、せめて事故の経験だけは伝えておく。その程度で義理を果たしたと言えるかは分からないがやはり経験者の感想というのは改善に必要だ。

 必要な事なのだから嘘を吐く必要も気を使って言葉を選ぶ必要もない。ただ思った通りの事を伝えればいいのだから楽だ。

 

「まず何を置いても一番に思い出すのは頭痛ですね。最初は頭がぼんやりするなってくらいだったんですが途中から頭痛が出てきて、最後は頭痛と吐き気でまともに考えることも出来ない状態になってました。あとは耳鳴りもしてましたけど頭痛が酷すぎてそっちまではあまり意識は回りませんでした」

 

「それほどか……」

 

「です。でもきつくはあったんですけど症状はそれだけなんですね。だから今にして思えば、今回のトラブルで僕が一番危ないと思うのって挑戦者の体調じゃないんですよ」

 

「む……」

 

 カツラがそれは何なのかみたいな顔をしているが本当に分からないのだろうか。確かに挑戦者の身も危険ではあるがそれは直ちに命の危険があるものでは無い。一時中断でもして空調を入れればいずれ回復するだろう。

 だから怖いのは判断力が低下して本性むき出し状態の人間がポケモンという戦力を持っている事。そんなものキチガイが武器を持っているのと大差ない。一番危ないのは間違いなくそれと対峙している側だ。

 

「僕的に一番危ないと思うのってポケモンとカツラさんなんですよね。判断力が低下して状況が良く分からないから止め時が分からなくなりますし、人にもよると思いますけど感情的になる人も少なくないと思います。だから自分のポケモンがやられても気付けないし、カツラさんのポケモンを倒してても気付かずに追撃をしかねない。最悪の場合はカツラさんをポケモンと誤認して攻撃したり、感情的になってカツラさんを巻き込むことも厭わずに攻撃するかもしれません。僕の場合はギリギリでカツラさんの声が聞こえましたけど多分もう少し時間が経ってたらカツラさんの声も聞こえずにブーバーンに追撃してたと思います」

 

「そうか……たしかに思考が曖昧になるとそういう問題もあるか」

 

「それでその……えー、どう表現して良いか分からないんですけど判断力というか自制心というか、それも結構個人差がありますからちょっと体調崩すだけで凄い影響出る人もいると思うんですよ。特に元から攻撃的な性格してる人なんかはタガが外れて何するか分からないです。実を言うと僕も結構危ないところでした」

 

「ああ、確かに最後は口調も荒くなっていたな」

 

 確かにちょっと感情的になっていたがそれを今言うだろうか。元はと言えばカツラがジムの取り決めで変な小細工を弄した上に全力のバトルで使うポケモンを使った事が原因なのだからここは気を使って意外な面を見たとでも言うべきではないだろうか。

 

「お恥ずかしながら私も中々に気が短くてですね。原因不明の体調不良が進行していく中でバトルが思い通りに進まず、ついあんな感じになってしまいまして」

 

「人間思い通りにいかなければ多少なりとも腹が立つものだ。そこに原因不明の体調不良もあったとなれば焦りから粗雑になるのも仕方あるまい」

 

「そう言って頂けると有難いです。それで、あの時はこちらの技で相手がどうなるとかそういったことは全く頭になくて、とにかく一秒でも早くバトルを終わらせることしか考えてませんでした」

 

「その結果があの戦い方というわけか」

 

 最後はバトルというには大味な戦い方であったことは認めるが、そうもぬけぬけと言われると腹が立つ。どちらかと言えば最後の戦い方が本来の自分の戦い方なのだから、それを否定されるのは気分が悪い。

 

「……こういうことを言っては大変失礼なんですが……いや……この際だからはっきり言いましょう。私がジム挑戦に挑む時には私自身はともかくポケモンは全力と指示を出さない限り全力を出しません。決してジムリーダーの方を侮るわけではないのですが実力差を判断してやり過ぎないように手心を加えるようになってます。私みたいなポケモンだけが強くてトレーナーの指示がストッパーになってる人は少ないとは思いますが、もし同じ様な人がいたら判断力を低下させる今のやり方の危険度は跳ね上がります」

 

「そうか……薄々分かってはいたがやはりわしでは君の全力を出させることは出来ないか……」

 

「申し訳ありません。バトルの最後を見て分かったかと思いますが私のポケモンが全力を出すとバトルの体をなさなくなりますし、周りへの影響も大きいです。ただ相手の逃げ場が無くなって攻撃が当たるまで、耐久力にかまけて相手の技を無視して延々と技を撃つだけのものをバトルとは言うのは流石に。それに私の仕事的に相手の方の戦い方を見るというのもありますので、基本的に誰が相手でも最初から全力を出させることはしないんです」

 

「……そうなんだな……いや、仕方あるまい。わしの力が足りなかったばかりに君に言いづらいことを言わせてしまったな。わしの方こそ悪かった」

 

 意趣返しの言葉は思ったよりも効果があったらしくカツラを項垂れさせる。望んでいた反応ではあるのだがどうもカツラの感情の揺れ幅が想定より大きい。理知的な様でいて意外と感情的な人間なのかもしれない。

 そして一番の問題はちょっと腹が立った程度でその場の感情に任せた余計な発言をしてしまった事だ。しっかりとキャラを造っていればこうはならない。素の感情がキャラに滲んでくるなんて日本に居た時には無かった。感情に訴えるキャラばかり演じていた弊害かもしれない。

 そんな悩みが産まれたが、今やるべきはフォローの言葉を入れてから、さっさと次の話題に行く事。既に話す内容は決めている。悩み事は早めに仕事を終わらせた後ですればいい。

 

「(やだな、こういう奴。見た目の割に女々しい感じがなんかキモイ)いえ、そう卑下しないでください。カツラさんは十分強かったです。自分で育てたポケモンだから贔屓目もあるかもしれませんが多分ポケモンの強さだけなら私が世界一です。そんじょそこらのトレーナーなら私のポケモンにまともにダメージすら与えられません」

 

「そうか、君が世界一か……なら良い経験をさせて貰ったな」

 

「そうですね。なので折角ですから世界一強いポケモンとバトルした経験と一緒に知識も持っていってください。ここからは仕事としてカツラさんが強くなれるようにアドバイスをします。……が、カツラさんは私から見てもトレーナーとしての形はほぼ完成してるように見えますから何を教えようか迷ってます。なのでカツラさんが聞きたいことをお教えしましょう。ポケモンを強くする方法、ポケモンという生き物なんなのか、カツラさんの持っているポケモンの適正、バトルのやり方、人間的欠点、なんでも構いません。カツラさんが望む事を教えてくれればそれに見合うアドバイスを送りたいと思います。でも私の知ってること全てをってなると時間も掛かりますし、他のジムリーダーの方と比べて不公平なので質問の数は絞ります。それと一から十まで全部教えるともいきません。あくまでもアドバイスとさせてもらいます」

 

「ほう。それはなんでもいいのかな?」

 

 先程までの落ち込みはどこに行ったのか中々に図々しい質問をしてくるカツラにため息が出る。普段の態度の所為で分かりにくいがやはり感情の起伏が激しい。

 

「(マサキと同じように欲求や感情に素直な感じがするな。マサキの場合は何を言っても堪えないからニュアンスが違うけど興味を持つと前のめりに来るところはよく似てる)聞くのは自由ですけどそれに対して答えるかは保証できません。それと内容によっては注意点や警告もあるのでそれを聞いた後に本当に聞くか確認する場合もあります」

 

「なら最初に会った時、いやカスミ君とのバトルを見てからだな。聞いてみたかったことがあるんだ」

 

「なんです?」

 

 急に真面目な顔になったカツラに合わせて、真面目に話を聞く姿勢に入る。何を聞かれるかは分からないが考えられる質問への回答は粗方想定が済んでいる。想定外の質問が来たとしてもその場凌ぎの会話は得意分野なので問題は無い。

 

「わしはな。君の事を知りたいんだ」

 

 カツラからの質問は誠自身に関する事。いずれ誰かに聞かれるだろうと思っていたので大まかなエピソードは考えているが今この場で聞いてくる理由が分からない。態々こちらの与えた質問権を使って、何を聞いてもいいかの確認まで取る念を入れ様に警戒心が湧いてくる。

 

「(なんでだ? 何か疑われたか? それとも単純に興味を持たれたか? いや、突然噂も聞いたことの無い強い奴が出てきたら疑いも興味持ちもするか。しかし嫌な質問だ。答えられないってなると途端にやましい事があると思われる。かと言って本当の事を言えるもんでもない。エピソードを作るにもあんまり事実とかけ離れたエピソードだと後々齟齬が出てくる。結局ある程度は真実を話す事になる)私の事ですか? 別にいいですけど勿体ないですよ。ここ含めて残るジムは三つなんですけど今のところ誰も強いポケモンの育て方とか聞いてないですからね。ポケモンという生き物の生態に関してもです。それを知るチャンスが目の前にあるのに、それを捨ててこんなブリーダーの事なんか聞きます?」

 

「構わない。君の事をぜひ聞かせて欲しい」

 

 わざわざ他の道を提示したのに意見を頑として変えないカツラに不信感が増す。重要な情報を捨ててまで自分の事を知りたがる理由が思いつかない。理由が知りたい。

 

「……ではその前に一つ質問させて頂きます」

 

「なんだろうか? なんでも聞いてくれ」

 

「カツラさんのその質問は本当にカツラさんが聞きたいことですか? もしそうなら私も答えましょう。でも強くなる、というか変化ですかね。変化を恐れて強くなる道から目を逸らした代案として僕の事を聞こうって話なら私にも考えがあります。そこのところどうですか? 本当に僕の事を知るのがカツラさんの望みでいいんですか?」

 

「悩ましいところではあるが、わしとしてはポケモンの事よりも君の事を知りたいと思っている」

 

「そこまで言うなら構いませんが、後で後悔はしないでくださいね。カツラさんがそれを選んだんですからね」

 

「ふむ。君はあれだな? わしが何故君の事を知りたいか理由が分からないんだろう?」

 

 こちらの意図を見透かした言葉に反応しそうになる体を何とか抑え、冷静を装う。今の発言はこちらを観察していたと自供したようなものだ。自分の事を聞きたいという質問もきているとなれば、理由如何で殺害も視野に入れなければならない。

 

「どうでしょうね。情報の価値なんて人それぞれですから。私が大したことないと思ってることがカツラさんにとっては大事な事かもしれませんし。逆にカツラさんにとって大したことない話でも僕にとっては重要な事かもしれませんからね」

 

「どうやら君は君自身の価値がまだ分かっていないらしい」

 

「私の価値ですか? これでも理解しているつもりですよ。それこそ死にかけるような痛い目に遭った事もありますからね。強いポケモンを育てる知識だって迂闊に漏らせばどうなるか分かってるから今まで誰にも言わなかったんですから」

 

「確かに君の持つ知識は全てのトレーナー、いやポケモンに関わる者ならば誰でも知りたいものだろう。しかし大事なのはそこではないのだよ」

 

「じゃあなんでしょうか? 私が人に誇れるものなんてポケモンの強さとそれに付随する知識くらいですよ。一応対人の会話についてもそれなりだとは思っていますが、それはそこまで他人に求められるスキルでもないでしょう」

 

「ふむ。本当に分からないか。本来なら自分で理解して欲しいところだが敢えて言おう。わしが評価しているのは知識の内容ではなく、その若さでその答えに辿り着いた行き着いた感性と頭脳。そして実際に成し遂げてみせた実行力だよ」

 

 そこまで言われてようやく疑問が氷解する。自分の持つポケモンの情報の価値は理解していたが、その情報の出所までは考えが及んでいなかった。誰も知らない情報を自分だけが知っているとなれば自然とその情報は自分が導き出したという話になる。言われてみれば当然の話だ。

 

「(あー、そういう事か。確かに言われてみれば誰も答えに到達してない分野を一人で開拓して答えに辿り着いたみたいになるのか。それは盲点だったな)なるほど、確かに人から見ればそうなるんですね」

 

「理解出来たようだな。ポケモン研究は日夜進んでいるが君はその若さでトレーナー、ブリーダー、研究者全員を超えてポケモンという生き物を誰よりも理解しているようだ。そんな君に興味が湧かない筈はないだろう?」

 

「言われてみればその通りかもしれませんね」

 

「きっとポケモンを育てるのに掛かる時間まで考えれば君の出した答えに辿り着いたのは今よりも更に若い頃だろう。だからわしは君の事が知りたいのだよ。君が何を志し、どんな経験をして、どのような考えを持ち、どんな視点で世界を見ているのか。その興味が他の質問への興味に勝ってしまった結果だな」

 

「(まあ理解できる。カツラの中で自分はポケモン育成の第一人者と認識されてるってことだ。そういう先達の意見というか考え方みたいなものを知りたいと。上手い事誤魔化せるかなこれ)分かりました。そういう事なら役に立つかは分かりませんが私の事について御話ししましょう」

 

「おお、納得してくれたか」

 

 質問された時はどうかと思ったが相応の理由があるのならば問題は無い。考えておいたエピソードを話すだけだ。人に話すのは初めてなので穴があるかもしれないがどうせカツラに事実を確認する手段はない。大事なのは如何に嘘の部分を事実と誤認させるかだけだ。

 

「別に隠してる訳じゃないですからね。ただ僕自身の事を話したとして、それがカツラさんにとって益になると思えなかったから確認しただけです。ちゃんとした理由があるなら何も渋る事なんかありません」

 

「ありがとう。助かるよ」

 

「いえいえ、とは言ってもそういう話すると思ってなかったですから記憶を探り探りで話しますし、そもそも僕は誰かに昔話をする程大した人間でもないですからね。どこを重要視するかも分かりませんし、ちゃんとした発表みたいなのも出来ませんから何か確認したい事があるなら都度質問してください」

 

「そうさせてもらおう」

 

 これでいざという時の為の保険も万全だ。多少言い淀んだり、細かい矛盾があっても記憶違いで誤魔化すことが出来る。決定的な矛盾さえなければ問題は起こらない。

 

「じゃあまずは生い立ちから話しましょうかね。私は元々この地方とは別の地方で生まれました。その地方は日本という名前です」

 

「ふむ、聞いたことがないがどんな場所なんだ?」

 

「そうですね。この地方と色々違いはありますが、一番の違いはポケモンがいないことでしょう」

 

「ポケモンがいない!?」

 

「そうです。日本にはポケモンという生き物は存在しません。僕にとってポケモンというのは物語の中だけの架空の存在でした。一応物語があったのは過去にポケモンのいる地域から来た人がいたからじゃないかと思ってます。あとはこの地方に比べて土地が広いくらいですかね。気候的には大差ないですし」

 

「待ってくれ。それならポケモンがやっている仕事はどうなるんだ? 町を移動するだけでも一苦労ではないのか?」

 

「ポケモンがいない分だけ別の技術が発達しています。特に科学技術の分野ですね。分かりやすい例だと……こっちだとポケモン無しなら人の乗れる最速の乗り物は自転車だと思いますが、僕の生まれた地方では機械の力を使って人が殆ど力を込めなくてもポケモンレベルの速度で移動できる乗り物はいくつもあります。仕事に関しても機械で簡略化したり、簡単作業は機械任せだったりしますね」

 

「……そのような地方があるのか」

 

 まさかポケモンがいない場所があるとは思っていなかったのだろう。日本の情報に結構な衝撃を受けているようだ。

 日本の情報については隠す必要はない。一から十まで設定を考えて架空の地方を作ってもいいが、どうせ調べても日本の情報は出て来ないのだからぼろが出ない分正直に話した方が得だ。別の世界という事を別の地方と言い換えるだけで話は成立する。むしろこちらに来てからの自分の行動に嘘が多い分、日本の事は正直に話した方が話にリアリティーが出る。

 問題点としては日本という地方について聞いた事のある者すらいないという点だがそこも納得できる理由を付ければいい。海を含めてこの世界に存在する全てを完璧に把握しているという奴がいればこんな嘘は通じないがそんなことはどう考えても不可能なので考える必要もない。

 

「閉鎖的な地方ですから知らないのも無理はないでしょう。基本的にその地方の人間は他の地方に行きませんし、他の地方の人間も入れませんから」

 

「そんなに辺鄙なところにある地域なのか?」

 

「いえいえ、距離的な問題とは別の理由ですよ」

 

「むぅ……そうなると……いや、すまないが思い付かない。理由を教えて貰えないだろうか」

 

「理由は簡単ですよ。取り繕った言い方をしないなら皆が臆病な地方ってだけです」

 

「臆病?」

 

「私的に一番しっくりくるのはその表現って話ですけどね。でも分からない話じゃないと思いますよ? 例えばですけどこの島に見た事もない生物、それか空想の世界のものと思ってた生物がいきなり現れたらどうします?」

 

「ふむ……まずは対話を試みるが……あぁ成程、そういう事か」

 

「多分カツラさんが思いついた通りの理由ですよ。私の地方の人間にとってはポケモンがまさにそれです。身近に接していると分からないかもしれませんがポケモンって知らないと怖いですからね。何も無いところから火を出し、水を出し、岩を出し、雷を出し、毒ガスを出し、なんなら光線みたいな何で出来ているのか分からないものまで出すんですから。知らない人からすれば完全に化け物ですよ。理解できないもの程怖いものはないですからね」

 

「……否定はできないな」

 

「まあ、僕の地方はそういうものに対して対話ではなく排除を選ぶ考えが一般的と思ってくれればいいです。その地方だけで生活が完結してるからわざわざ理解できない生き物のいる外に出る人もいません。他の地方の人間を入れないのも自分達の生活に変化があるのを防ぐためですね。だから勝手に入ろうとすると防衛と称して地方総出で攻撃されます。外敵も普通の人も一切をひっくるめて部外者認定して徹底的に排除することで自分達の身を守るって文化ですね。ポケモンの縄張りって言えば分かりやすいかと思います」

 

「理屈は分からないでもないがな……」

 

「言いたいことは分かりますし、僕もそのやり方が一番良いとは思いませんけどそういうやり方で発達した場所ですからね。むしろポケモンの力を借りられない分、技術力はこの地方よりも遥かに発達してますよ。この地方でポケモンがやってることも人と機械の力で大体できますし、研究だ分析だっていう技術もこの地方よりは大分進んでます」

 

「ううむ。世界は広いな」

 

 まるで日本が鎖国している地方の様になってしまったがカツラも納得しているようで何よりだ。

 我ながら中々完成度の高いエピソードだと思う。今でこそ多少考えが変わったがポケモンを危険な生き物だと思っていること自体は紛れもない事実だ。実際に日本にそんな不思議生物が現れたとなれば、捕獲して危険性がないものは研究対象に、危険性の高いものは殺すだろう。危険物であるポケモンを持ち込もうとする人間だってきっと殺す。

 少なくとも自分と同じような人間ばかりの国であればそういう対応を取ると思う。

 

「話がズレたんで戻しますけど、ともかく私が生まれ育ったのはそういう場所です。物事の捉え方が皆さんと少々異なるのは感性とか常識の違いが原因でしょうかね」

 

「折角話を戻したところ悪いんだが、誠君はどうしてその地方から出ようと思ったのかね。そこがどうも分からないんだが?」

 

 一番悩んで考えた部分について質問が飛んできた。この世界に転移してきたことについてどう言うかをどれだけ考えた事か。しかしこれだけはどうしても答えを出すことが出来なかった。

 何か夢を持って故郷を飛び出したとすればその夢を聞かれるだろう。そうして行き着く先は何か行動する度に一々その夢に見合った理由を用意する面倒な作業。どうしても行動に制限が掛かるし、いずれぼろが出るのは目に見えている。

 何らかの理由で故郷を追われたとしてもいいが、そうなると犯罪か問題を起こしたという目で見られる。無駄に監視が付く可能性があるので当然却下。

 故郷が滅んだとか住めない環境になったまでいけば自分に問題があったと見られる事にはならないだろうが、そこまで行くとじゃあここに定住すればいいとなってしまう。新しくこの地方を離れる理由を考えるのも面倒だ。

 結果としてここも変に誤魔化さずに正直に言えばいいとなる。調べれば自分が正規の手段でこの地方に来た記録がないことは簡単にバレる。直ぐにバレるような嘘を吐く必要はない。

 

「あーやっぱりそこは気になりますよね。でも実は僕もその答えは持ってないんですよ。この地方に来た原因も方法も私には分からないんで」

 

「なに? それはどういうことだ?」

 

「それが気付いたらこの地方にいたんですよ。内容を端折ってるとかじゃなくてそうとしか言いようがないんです。私は日本で普通に仕事してたんですけどね。それが気付いたらカントーの森の中ですよ。本当に何にも心当たりがないんですけどね」

 

「それは……ううむ……」

 

「今にして思えば幾つか候補だけはあるんですよ。例えば僕がいた日本で空間転送みたいな技術を研究してて、その事故で僕が飛ばされたとか。それかポケモンの仕業ですね。日本にポケモンはいない筈ですけど姿を消せるポケモンが僕を眠らせて攫ったとか。ロケット団みたいな組織がポケモンを隠して持ち込んで僕をこっちの地方まで攫ったっていうのも可能性としてはありますね。まあ普通の会社勤めだった僕を攫う理由なんか思いつかないんですけど」

 

 何やら考え込んでいるカツラを見て笑いが出そうになる。

 実に良い言い訳だ。まず嘘ではないのでどれだけ問い詰められようが嘘だという証拠は絶対出ない。この地方に入った記録がない理由になり、この世界の常識を知らない理由になり、特異な考え方の理由にもなり、そしてこの地方を離れる理由にもなる。

 全て真実なのだからリアリティーだって当然ある。嘘を考えなくていいというのは実に楽だ。

 

「そうなると君は自ら望んで故郷を離れた訳ではないんだな?」

 

「そうなりますね。それでついでみたいに言いますけど、私の目標は日本に帰る事です。私にも家族がいて友人がいますからね。どこにあるのかも分からないって問題もありますけど、帰る手段は考えてます」

 

「……」

 

「……黙らないで下さいよ。辛気臭い話だとは思いますけど」

 

「いや……すまない。まさかそういう事情だったとは……浅慮な事を言ってしまって申し訳ない」

 

「いえいえ、それで続きはどうしましょうかね。僕が日本で生活してた時の話でもしましょうか? それともこっちの地方に来てからの話が聞きたいですか?」

 

「……それはわしが聞いてもいいのかね」

 

 流石のカツラもこういった辛気臭い話に無遠慮に足を突っ込むのは躊躇うらしい。しかしここまで聞いたのだからどうせなら最後まで話を聞いてエピソードの完成に協力して欲しい。ついでに他のジムリーダー辺りに話してくれるなら万々歳だ。

 過去を調べる方法がない以上、例え嘘であろうが広まった情報が真実と認識される。本人の口から言うよりもこういうのは人を介した方が信憑性が高くなる。その役にカツラは打って付けだ。ジムリーダーという社会的地位、ジムリーダーの中でも年長者、情報を話す相手を選ぶと非の打ちどころがない。

 

「別に隠してる訳じゃないって言ったじゃないですか。ただあまり聞いていて気持ちのいい話じゃないから今まで話さなかっただけです。カツラさんがもうここまでで十分って言うなら終わりにしますけど、聞きたいって言うなら全然構いません。それでどうします? もう興味は失われましたか?」

 

「……いや……今の話を聞いて更に君の事を知ってみたくなった。苦じゃないなら日本という地方の事も聞きたいと思っている……」

 

「ならそれでいいじゃないですか。流石にホームシックになりそうな話題はあれですけど、話したくない事はちゃんと話したくないって言いますから」

 

「ありがとう……今の話を聞いてわしとしても君の力になりたいと思う。しかし残念ながらわしには日本という地方の事も似たような特徴の地方も心当たりはないんだ。知り合いにも当たってみようと思うが、出来ればもう少し教えてもらえると助かる」

 

 少し話が変な方向に向いてきている。同情心を煽るつもりではあったがそれが協力者を募るという方向に向くのは不味い。何と言っても世界が違うのだからこの世界の情報をどれだけ集めたところで自分が求める日本の情報は絶対に集まらないのだ。協力者をどれだけ増やそうと無駄に情報を拡散する以外の効果はない。

 自分が思いつく限り日本に帰る方法はアローラ地方の別世界と繋がるウルトラホールに突撃するか、伝説のポケモンで別世界に行ける可能性があるパルキア、ソルガレオ、ルナアーラ、ネクロズマを捕まえるくらいだろう。それで駄目なら何処にいるか全く分からないアルセウス、可能性が低いがゼロではないギラティナを探すしかない。

 協力者を増やすとなれば人との関わりを増え、自分の行動を見る目も増える。伝説のポケモンの捕獲等の行動に制限を掛ける事に繋がってしまう。

 それに純粋に好意で協力する者もいるだろうが、話を聞いた中に必ず興味を持つ人間も出てくる。邪魔なだけでなんの得もない人間を周囲に置きたくはない。殺すのは訳無いが準備と後始末は手間だし、自分で自分を追い込むようなことも出来ればしたくない。それだけは阻止しなければならない。

 

「話をするのは構いませんよ。でも一つお願いがあります」

 

「何でも言ってくれ。協力は惜しまないつもりだ」

 

「じゃあ申し出はありがたいんですけど、私の話はカツラさんの胸の内に秘めておいてください」

 

「何故だ? 君は故郷に帰りたいんだろう?」

 

「確かに私は日本に帰る事を目標にしています。ただ帰るだけなら誰彼構わず話を聞いて情報を集めるのも良いかもしれません」

 

「わしらに気を使っているのか? そんなことは気にしなくていい」

 

「いいえ。それもないではないですが気を使って言っている訳じゃありません。こんなことを言うのは失礼ですが私はカツラさんが相談しようとしている人間を信じられないだけです」

 

「それなら安心してくれ。ちゃんと口の堅い者に相談するつもりだ」

 

「絶対にダメです。それがどれだけ善良な人間であっても関係ありません。カツラさんがそう言うくらいですから信用に値する人間なのは分かりますがね。それでも私は私が見て信頼できると思った人間しか信用しません」

 

「なら一度会ってみるといい。皆気の良い連中だ。君もきっと気に入る」

 

「気に入るとかそんな問題じゃないんですよ。分かってくださいよ。確かにその人は信用できるかもしれませんよ? でもその人が相談する人はどうですか? 更にそこから相談を持ち掛けられる人は? そうじゃなくても酒でも飲んでうっかり漏らさないと断言できますか? メモに取ったのを見られる可能性は?」

 

「しっかりと注意するとも」

 

「そもそも人の情報伝達能力を過信し過ぎです。噂に尾ひれが付くみたいに情報は個々の解釈や記憶違いでズレていくもんです。聞いた人の中に日本に興味を持って都合良い部分だけ聞いた人がいたらどうします? この地方より遥かに進んだ科学技術があればこちらでやっている研究なんか劇的に進みますからね。そうやって話が広まった時に興味の矛先はどこに行くと思います? そんなん情報の出所で日本出身な僕でしょう? ただでさえポケモンの知識を広めない様に頑張りながら日本に帰る手段を探している僕にこれ以上負担を増やしますか?」

 

「そのようなつもりはない!」

 

「ないでしょうね。あったらとっくに話止めて帰ってますよ僕は。今言ったのはあるかもしれない可能性の話です。僕だって日本で生まれ育った人間ですからね、相応に臆病なんですよ。メリットが大きくてもデメリットも大きいなら避けることを選びます」

 

「しかしそれではいつまで経っても!」

 

 止めてくれと言っているのに尚も食い下がってくるカツラに苛立ちが湧く。悪意が無いのは分かるが善意の押し付けも同じくらい迷惑だという事が何故分からないのだろうか。良かれと思ってやっているのだろうがこちらからすれば自己満足の善意が暴走しているようにしか見えない。

 

「勘違いしないで下さい。僕はカツラさんが話を聞きたいというから僕の過去を話しただけです。別に手伝って欲しいと相談している訳じゃありません。それにどうすればいいか考えもあります。僕の事を本当に思っているなら邪魔をしないでください」

 

「……そうか……わしのやる事は君にとっては邪魔か……」

 

 先程までの勢いが嘘のように意気消沈してしまったカツラを見る。こういう厳しい言い方はしたくなかったが仕方がない。こちらの意見を聞かずに勝手に盛り上がった結果なのだから自業自得だ。

 感情に素直な人間は扱いやすくはあるが一度自分の中で答えを出すと勝手に突っ走るから嫌いだ。面倒だがしっかりと釘を刺しておかなければならない。

 

「申し訳ありません。少し言い過ぎました。でも分かってください。事故でこの地方に来た私はこの地方にずっといる訳じゃありません。皆の興味を惹くような情報を無責任にばら撒いても良い事なんかないんです。もし興味本位で日本に来ようとした人が日本まで辿り着いたら絶対に殺されます。それを止めようとする私も遠からずこの地方を離れるでしょう。だからこの話はカツラさんの胸の中に留めておいてください」

 

「……分かった。ならばこの話はわしの胸に仕舞っておく。だが何かあればわしを頼ってくれ。出来る限りの手は尽くそう」

 

「ありがとうございます。何かあれば頼らせて貰います」

 

 これでいい。一見便利な手駒が出来たようにも思えるが、あまり頼るつもりは無い。少なくとも日本の話をするまでカツラはこちらを観察していた。それにどうも性格が決めきれていない。科学者という先入観がある所為か感情の揺れ幅が大きい今のカツラの性格がイメージに合わない。理解出来ないものは信用に値しない。

 

「いつでも言ってくれ。本当ならその考えとやらを聞いて、無理があるなら諌めるべきなのだろうが君なら無茶はしないだろう。わしは君を信じることにするよ」

 

「私も無謀なだけの挑戦はしませんから安心してください。きちんと考えて、ある程度目処が立つまではこの地方でゆっくりさせて貰います」

 

「それがいい。それとこれは経験からの言葉になるが、この地方を離れるなら知り合いにはしっかりと挨拶をしておきなさい。アンズ君は勿論の事、カスミ君もタケシ君も君の事は好ましく思っている。マチス君やエリカ君も君の事は信頼しているようだしな。別れはきちんとしておかないと後悔する事になるぞ」

 

「分かっています。アンズさんに至っては弟子に取っていますから半端に投げ出したりはしないつもりです」

 

「分かっているならいい。それと誰彼構わず頼れとは言わないが全てを自分で抱えても上手くはいかないものだ。君ももう少し周りに目を向けてみると良い。君が思っている以上に君の力になってくれる者はいる筈だ」

 

「はい。それとお言葉を返す様ですけど私はカツラさんが思っている以上に人を見てますよ。見る基準は違うかもしれませんがね」

 

「そうか。それならもうわしから言うことはないさ。君の行動は君が決めなさい。君が故郷に帰れる様に陰ながら応援するとしよう」

 

 カツラはそう言って満足げな顔で椅子に深く腰掛ける。

 良い事を言っているが、その良い事言ったぞ感満載のどや顔で台無しだ。そういうことはもっと自然な感じで、如何にも自分の人生で学んだという雰囲気で話さないと説得力がない。

 そしてもう話すことは全部話したみたいな雰囲気になっているがもう話は終わりでいいのだろうか。聞きたいと言っていたストーリーはまだプロローグにも達していないがカツラは満足そうな顔をしている。

 

「どうも。それで、なんか終わりみたいな雰囲気出してますけど終わりで良いんですか? ちょっと変な方向に行きましたけど、私の話はまだ前置きくらいのところですよ?」

 

「……君はあれだね。もう少し雰囲気というものを大事にする感性をだね」

 

「いやいや。雰囲気に流されて必要な話が出来ないよりはいいでしょうよ。それで聞くんですか? 聞かないんですか?」

 

「……聞こうか……」

 

 どうやら言いたいことを言って満足した気になっていたらしい。自分の言いたい事が一段落すれば満足感が出るのは分かるが余りにも単純すぎやしないだろうか。そんなシングルタスクしか出来ない頭でよく研究者なんてできていたものだ。

 持って回った言い回しもするだけで根は素直なのかもしれない。そうなると返ってくる言葉も心配症故のものだろう。近いものを言うなら過保護、過干渉とかだろうか。自分のような赤の他人、ましてや成人に対してそういうのは変な表現だと思うがイメージに一番近いのはこれだ。

 イメージに合うような合わないような微妙なラインだが大きく外れてもいない気がする。もしかすると研究者をしていた若い頃は尖っていたが歳をとって丸くなったとかで性格に変化があったのかもしれない。

 

「まあ、そうは言ってもここから話せる事って苦労話くらいなんですよ。身一つで森の中に投げ出されたわけですから。初めて見たポケモンはスピアーでしたけどね。震えましたよ。あんなでかい蜂に刺されたら死にますもん。怖がって蹲ってたらどっか行ってくれたんで助かりましたけどね。それでも食べ物もない、寝床もない、武器もないのないない尽くしでした。崖を掘って横穴に住んで、雨水を呑み、草を食べる、所謂サバイバル体験でしたね」

 

「どこか町を目指さなかったのか?」

 

「いやー、町は避けてましたね。まずポケモンっていう架空と思っていた生き物に会ってましたから町に住んでるのが人かどうかすら分からないじゃないですか。それに仮に住んでるのが人だったとしても日本の常識だとよそ者は即刻排除です。その時はそれが私の常識でしたから人里に近づこうなんて思いませんよ。町に行って寄って集って殺されるくらいなら森の中に隠れ住んでる方が安全です」

 

「そうか、そうだったな」

 

「だから森の中で隠れ住んでました。人が見えたら速攻で隠れてましたね。今にして思えば良い思い出……ではないですけど、まあ一番必死だった時期じゃないでしょうかね」

 

「そうなるとポケモンはどうしたのかね。君は多くのポケモンを連れているようだが?」

 

「初めてのポケモンはニドラン♂でしたね。縄張りを追われたのか私の住処にまで来ました。それで私の食料を食おうとしましたから本気で戦って半殺しにしました。そうしたら命乞いするから仲間にしました。当時はモンスターボールの存在も知らなかったんで正式にゲットは出来なかったですけど」

 

「ポケモンと素手で戦ったのか……」

 

「あの時は食糧問題は文字通り命懸けの問題でしたからね……。まあそれが僕が仲間にした最初のポケモンです。残念ながらもういませんけどね。一緒に森の中に食料を探しに行った時に別のポケモンに殺されました」 

 

「っ……そうか……」

 

「正直それがどのくらいの期間続いたかも覚えてないんですよ。最初数日くらいは数えてましたけど途中からそんな余裕も無くなりました。ただ食料を確保して弱いポケモンと縄張りを争う生活。でもニドランとかキャタピーとかそういう私でも勝てるポケモンばっかりでしたけど偶に私についてくる事を選ぶポケモンもいました」

 

 本当はサバイバル経験なんか無いが、こういう話を作っていると命懸けで村から逃げて横穴に閉じ込められた時の事を思い出す。あの時はミルタンクがいたからどうにかなったがもしミルタンクが居なければどうなっていたか分からない。そもそもミルタンクが居なければあの村から逃げる事も出来なかったし、あの村に行く前に森の中で死んでいたかもしれない。本当にミルタンクには感謝しか……罪悪感もあるな。絶対に仇は取ってやるからな。

 

「そんなある日森の中でモンスターボールを見つけました。中にポケモンは入っていませんでしたが偶然それにポケモンが入ったのを見てそういうボールがある事を知りました。そこからですね。ポケモンを集めてあの森を脱出して安全な拠点を求めて色んな場所に行ったのは。基本ポケモンを連れ歩いていた所為で色んな人に戦いを挑まれました。勝って負けて勝って負けて、勝ったらボールを貰ったりしてポケモンをボールに入れて。そういうトレーナーを見てやっぱり好戦的な人が多いんだと勘違いして、町を避け、森の中、山の中、名前も分からない場所を転々としました。人を避けてはいましたけど結構人には会いましたね。中にはボールに入れなくてもついてくる僕のポケモンに興味を持って近寄ってくる奴もいました。仲良くなって、騙されて、争って、最終的にやっぱり人を避けて生きる事を決めました。ポケモンが傷付いたら回復手段が無いから何匹ものポケモンを捕まえては死なせてを繰り返して、その中で生き残ったのが今の私の仲間達です。多分こっちに来て一年も経ってないと思いますが戦った数だけは圧倒的ですね。実際は逃げるための戦いの方が多かったですが」

 

 多くのポケモンを持っている理由はこれで良いだろう。モンスターボールを手に入れる経緯もレベルが高い理由もこれで説明が付くと思う。ボックスの利用履歴とか見られたら一発アウトだがカツラに調べる権限はあるんだろうか。そこだけは不安だ。一度マサキの家を破壊してポケモン預かりシステムのサーバーを壊せばデータが消えたりしないだろうか。

 

「その生活の中で一緒に生活したポケモンの事を色々学びました。私にとって分からないという事は最も怖い事ですから。こちらの地方で唯一信じられる仲間達を怖がらないために必死に観察しました。どんな生き物なのか、何が出来るのか、何を考えているのか。ずっと観察して、ずっと考えて、仮説を立てては検証して、ようやく辿り着いた持論が今の私の育て方です。具体的にいつくらいかって言われると分からないですけどポケモンが強くなっているって気付いたのもその時の事ですね。確か野生のポケモンを片手間くらいの感覚で追い払った時にあれっ? こんなに弱かったかなって思ったのが最初でした」

 

 本当は未だにポケモンの事は怖い。どんな生き物かも分からないし、言葉も通じない。なのに簡単に俺を殺す事が出来る力を持っている。今でこそ俺についてきてくれているポケモンだっていつ離れるか分かったもんじゃないのだから怖くない筈が無い。

 

「それだけ色々やってきた結果が今の私です。結局最後は全力戦闘用のポケモンと別行動している時に野生のポケモンとの戦いに負けて命辛々クチバシティに逃げ込んだんですけどね。まあ旅の間の諸々を除けば私の人生はそんな感じです」

 

 カツラは黙って話を聞いているが良く見るとサングラスの隙間から涙の筋が見える。どこが泣くポイントだったのかは分からないが、おそらく若くして苦労しているとか道中で何匹ものポケモンを失って生きていたとかその辺がツボだろう。苦しい人生を送ってきたと認識して貰えたなら理由は何でもいい。しかしこれくらいで泣くとは、相当に感受性が高いらしい。

 それにしても我ながら悪くないストーリーだと思う。今後も自分の過去の大筋はこれでいくことにする。突っ込みどころはあると思うがこの地方に来た経緯や旅の途中で何度も仲間を失ったという話を随所に入れておけば気を使って中々突っ込みを入れられないだろう。細やかな部分は都度肉付けしていけばいい。

 

「カツラさんは私がどういうものの見方をしているか知りたいと言ってたから答えましょう。私は分からないものを分からないまま放置しません。全て自分が理解できる言葉でどんな現象かを解明するようにしているだけです。例えばポケモンがどんな生き物なのか。この地方ならポケモンはポケモンだで済むかもしれませんがポケモンを知らなかった私からすれば不思議な事が多すぎます。どうやって何もないところで火や水を出しているのか、明らかに体積より小さいボールに何故入れるのか、どういう原理でパソコンで転送できるのか、そういったことをどういう原理でやっているのかを常に考えているだけです。と、これで私の話は終わりです。参考になりましたか?」

 

「ああ……その……重ね重ねすまないな。辛い話だろうに」

 

「いえいえ、後悔はないと言えば嘘になりますがもう過ぎたことですから。私はその時その時全力でやれることをやって生きてきたつもりなんでどれも仕方無かった事と一応は割り切れてます。確かに辛い経験はありましたが悪いことばかりでもありませんでしたからね。だから私の過去を辛い話と一括りにして否定することだけはしないでください。今の僕は犠牲になったポケモン達や死にかけた経験の上に成り立ったもの、それを否定することは例えカツラさんでも許しません」

 

「すまない。そんなつもりではなかったんだが……ふふ、本当に君には謝ってばかりだな」

 

 謝罪しながらもカツラは薄く笑っているが一体何がおかしかったのか分からない。少なくとも笑い話のつもりではなかった。雰囲気的には違うと思うがおちょくっているのだろうか。嘘の話だから許すが、もし事実を話した時にこんな風に笑われたら手が出ていただろう。

 

「笑ってるのは気に入りませんが謝罪は受け取ります。それと悪意がないのは私にも分かりますが不用意な発言が人を傷付けるという事も分かってください。発言に込められているのが善意だとしても人によっては逆鱗ということもありますから」

 

「すまないね。それとな誠君、こんな時に言うのもなんだが、いや、今だからこそ言うがわしはもう一つ君に謝らなければならないことがあるんだ」

 

 突然真顔になるカツラに頬が引き攣る。この期に及んでまだカツラは何か謝ることがあるらしい。ジム挑戦での事故と人の過去に無遠慮に突撃する無礼は許したので他に何があったかと考えるが思いつかない。心当たりとしては前回のジム挑戦の時にきつい事を言って追っ払ったくらいだろうか。

 

「なんでしょう?」

 

「わしはな……話を聞くまで君の事を疑っていたんだ。君に興味があると言ったのも嘘ではないんだが、それ以上に君の事を知らなければならないと思っていた」

 

 真面目な顔で何を言うかと身構えていたが、出てきた言葉に安堵のようながっかりしたような微妙な気持ちが湧いてくる。

 カツラが言っていることは至って当然のことだ。最大まで強化されたポケモンを持つ経歴不明の男がいきなり自分より弱いジムリーダーの弟子になって組織に入って来たなんて怪しい要素しかない。おまけに行動を束縛されることを嫌って普段は何をしているか分からないとなればそれはもう疑ってくださいと言っているに等しい。

 それくらいで怒る事はない。ただ信用から遠ざかるだけの話だ

 

「……まあ……そうでしょうね。分かりますよ。突然名前も聞いた事ない人が四天王より強いポケモンを何匹も連れて姿を現したら疑うのは当然です。ましてやトレーナーの力量がポケモンの強さに明らかに見劣りする上に、マチスさんの弟子になっても弟子らしいことは何もしてないとなれば余計にでしょう」

 

「それもあるが、わしは君の人心掌握の手管が気になってな。初めて君の事を知ったのはマチス君が弟子を取ったと聞かされた時だが最初はそこまで気にしていなかった。しかし君は僅かな期間でアンズ君を弟子に取り、タケシ君やカスミ君、エリカ君と親交を深めた。それだけなら悪い話ではないのだが、以前君がこのジムに挑戦した時の様子を見た身としてはどうも気になってしまってな。年を取っている事を自慢するわけではないがそれなりに人を見てきた年長者として君が信頼できる人間か確認したいと思った訳だ」

 

 言われるまで気付かなかったが、交友関係に関しては確かに怪しさに拍車を掛ける結果と言えるだろう。突然入って来た新人がその組織の幹部みたいな連中に尽く好かれるなんて普通はあり得ない。ましてやジムリーダーはそれぞれが個性の塊のような人間だ。表面上は仲良くしていても苦手な人はいるだろうし、どうしても好きになれない者もいて当たり前。人によって対応を変えるにしても限度がある。間違いなく怪しい人間だ。

 

「ご尤もな意見ですね。それについては私の落ち度です。あまり広めたくない話だから話してきませんでしたけど幾らかは私の事を話しておくべきでした。素性が分からないと疑われることは分かっていましたが、他のジムリーダーの人が聞いてこない事に甘えて黙っていた私の責任です」

 

「それも仕方あるまい。事情が事情だ。それに今更言うとカスミ君辺りが怒るんじゃないか?」

 

「あぁ……怒りそうですね。あんたなんでそんな大事な事言わないのよとか相談しなさいよ馬鹿とでも言うんじゃないですか?」

 

「……光景が目に浮かぶな」

 

「……ですね。それにマチスさんとエリカさんも、あとタケシさんにもなんか言われそうですね。アンズさんは多分直接苦言は言わなさそうですけどなんか……というか全員に何か言われるんじゃないでしょうか」

 

 間違いなく何かしらのアクションがあるだろう。アンズやマチス、タケシ辺りは説得すれば退くだろうから別に良いが、カスミとエリカ辺りが厄介だ。アプローチの仕方は違うだろうがあの二人はこちらの意にそぐわない行動をしそうな気がする。グリーンとナツメは感じ的には大丈夫だと思うが、これも話をしてみないと分からない。四天王も微妙なところだ。ストイックなイメージのあるシバとキョウはあまり興味を持たない気もするがカリンとイツキは全く分からない。チャンピオンのワタルも話したことがないので良く分からない。

 

「まあそれは置いておいて、君を疑っていた事を謝りたい。許してくれ」

 

「いえいえ、別に気にしてませんよ。疑われて当然ですから。むしろ何でもかんでも信じる人よりも自分の目利きで物事を判断する人の方が私は好きです」

 

「そうか、ならこれを受け取ってくれ。わしなりの信頼の証だ」

 

 そう言ってカツラが差し出してきた手にはバッジが乗せられている。バッジを貰えるのはいいが詫びみたいな感じで渡されるのにはちょっと思うところがある。バトルにも勝っているし、ジムの要件も満たしただろう自分には元からこのバッジを受け取る権利がある。それを態々詫びの品みたいな感じで出されるとあまり気分が良くない。しかしここでそれを口に出して場を荒げても良い事はないので有難く貰っておくことにする。

 

「助かります。マチスさんの弟子の免許皆伝条件がジムバッジを全て集める事だったんでこれがないと困るところでした。流石に面倒見て貰っておいて免許皆伝を受けずにこの地方を離れるのも心苦しいんで」

 

「マチス君も彼なりに君の事を思っての事だろう。彼にもいつか君の事を話してあげるといい」

 

「そうしたいのは山々なんですけどね。やっぱり僕の話は眉唾物というか、不思議な事が多すぎて自分で聞いても作り話みたいだって感じるくらいですから」

 

「そんなことはない。確かにこちらに来た原因は分からないが君が嘘を言ってない事は話を聞けば分かる。君が思っている以上にジムリーダーというのは人を見る目を磨いているものなのだよ」

 

 ジムリーダーが人を見る目を持っているという言葉を聞いて鼻で笑いそうになるのを堪える。その程度で人を見る目を磨いているなんて言われても苦笑いしか出てこない。やはりこの地方の人間は日本では生きていけそうにない。しかしちょろいのは良い事だ。精々良いように使わせてもらおう。

 

「(よく言うよ節穴が)機会があれば話すのも良いかもしれませんね。いっその事……いや……これはカツラさんに悪いですね」

 

「なんだ? 何かあるなら言ってくれ。協力は惜しまないぞ」

 

「じゃあ申し訳ないんですけど、カツラさんの方からお話を通してもらう事は出来ますか? 対象はカツラさん以外のジムリーダーと四天王の11人。この地方にいる間、最低限の筋は通したいと思ってる方達です」

 

「別に構わないがいいのか? そういうことは君から話した方が良いと思うが」

 

「その方が良いのは分かってるんですがちょっと怖いんですよ。グリーンさんとナツメさん、それと四天王の方とはまだまともにお話したことないですから。それに経歴不詳の私から言うよりは今までの実績があるカツラさんからお話してもらった方が皆信用してくれると思うんですよね。実際私はカツラさんに疑われてた訳ですから他の人にも疑われてるかもしれないんで」

 

「しかしな、わしとしてもどう説明したものか」

 

「それこそ話を通して貰うだけで構いません。さっきした話を一から十まで全部してくれなくても私の出身だったり、事故でこっちに来た事だったり、旅の目的だったり、簡単な事だけでも構いません。私としてはあくまでも経歴不詳で疑われるのが嫌ってだけの話ですから信頼できる共通の知人を仲介するくらいの感覚でいいです。皆さんの中で帰る為の良い案が出そうだと思ったら全部話して相談してもらっても構いませんが、無駄に話が広がるのだけは注意して下さい」

 

「むぅ……分かった。そういう事なら話はしておこう。数日中にジムリーダーの招集をして話をするがそれでいいか?」

 

「ありがとうございます」

 

「なに。わしとしても君には色々と無礼を働いてしまったからな。これで許してくれると助かる」

 

「詫びなんか不要ですよ。私としてもカツラさんとのバトルやお話で色々と気付くものはありました。これは詫びを求めている訳ではなく純粋なお願いです。だからカツラさんが望むなら、まあ私に出せる対価は情報と力くらいしかないですが何かあれば言って頂ければ出来る事はします」

 

「気にする事はない。こちらにとっても興味深い話だった。それに協力を惜しまないと言ったのはこのわしだ。これからも何かあれば言ってくれ」

 

「じゃあお互い様ということにしておきましょう。細かいことは全部チャラで。私は今後何かあればカツラさんにも相談させて貰うかもしれません。だからカツラさんも何かあれば私を頼って下さい。良い関係でいきましょう」

 

「ああ、よろしく頼むよ」

 

 笑顔で手を差し出せばカツラも笑顔で手を握り返してくる。実にちょろくて本当にありがたい。行動に矛盾が出ない様に無理矢理理由付けした話をしただけで、何一つそれが事実だと証明するものを提示した訳でもないのにそれが事実だと認識している。客観的視点から言えば俺が怪しまれる要素は何一つ潰せていないのにこれだ。人の話を裏取りもせずにそのまま信じるなんて馬鹿のする事だ。

 しかしお陰で結果は上々。カツラからの話でポケモンリーグ内での自分の居場所を確立できるだろう。ジムリーダーを招集して話をするというのも良い。荒唐無稽な話であってもカツラの話に併せてマチスやアンズの援護射撃が期待できる。好感度や性格を考えればカスミ、内容的にエリカの支援も期待できるかもしれない。

 あと頼る機会は訪れないだろうがいざという時に使える手駒が作れたのはありがたい。代わりに何か要求される可能性はあるがそれも日本に帰る手段を探すのが佳境とでも言えばバックレることは可能だろう。

 後は自分が不要と判断されるほど価値を落とさなければ問題ない。ポケモンとのコミュニケーションを取りつつ、幾つかの実験をしてポケモンのレベルアップ手段を確立する。やる事が決まっているなら実行すればいいだけだ。ひとまず身分の問題は完全解決一歩手前。本当に嘘吐きに優しい世界だ。



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遠慮しない人

続きが書けましたのでお納めください。
そして今後の事について少しだけあとがきに書いてます。


 時刻は深夜。横殴りの雨が吹き荒び波が荒れ狂う嵐の海を前にして、脇に二匹のポケモンを連れて崖の淵に立つずぶ濡れの男。完全に自殺一歩手前にしか見えない行動を取っているその男こそ生きる事を諦めない男、誠である。

 

 誠の眼下には荒れ狂う海で遊びまわる水ポケモンが集っている。見る人によっては水ポケモンの人類への反乱に見えるその光景こそ誠が生み出した光景だ。その理由は至極単純。カイオーガを含めた水ポケモンの願いを叶える為である。

 

 元より人の少ないふたご島にまで来たのだから、夜には他の場所で出せないポケモンの願いを叶えるつもりでいた。そこにカツラとの話を終えてジムを出たところ雨が降っているのを見てカイオーガの願いを叶えることを思いついた。他の水ポケモンはついでだ。

 

 考えてみればここを逃せばカイオーガの自由に海を泳ぎたいという願いを叶えられる場所はほぼない。居住者の少ない孤島、夜にはジムが閉まりポケモンセンターも何も無いから立ち寄る者も少ない、襲い掛かってくる野生のポケモンもいないとどこまでも好条件。

 更に元から降っていた雨はカイオーガを出した事で肌に痛みを感じる程の大雨となり、空を飛ぶ旅人の行く手を阻む。嵐の影響で波も高くなっており、なみのりでこの付近に近寄ることは最早自殺行為に等しいと条件は最高に限りなく近づいている。

 

 唯一予想外だったのはカイオーガを出した時の雨が強過ぎることくらいだろう。カイオーガには目の届く範囲を泳いでくれとお願いしたのだが強い雨と荒れた波の所為で姿が殆ど見えない。時折海から顔を出す鯨程の大きさの粒子の塊は見えているのだが、カイオーガと一緒にカイオーガの三倍くらいの大きさがあるホエルオーも出しているので雨と波の隙間を縫って海上に出てくる頭だけを見ているとどちらか良く分からない。

 

 ついでに時間を決めていなかったのでいつまで待たされるかも分からない。夜が明けるまでに帰ってきてくれると嬉しいがポケモンにこちらの常識を押し付けるのは難しい。伝説のポケモンがどのくらいの年月生きているのか分からないが長生きしているイメージがあるので、放っておいたら一週間とか一か月とか平気で泳ぐような時間感覚で生きている可能性は十分にある。流石に夜が明ければ強制的にボールに戻すが、印象が悪くなりそうなので出来れば自分から返ってきて欲しいところである。

 

 そして海ではしゃぎまわっているポケモン達を尻目に誠が何をしているかと言えば警戒と観察だ。

 まず警戒。幾ら場所や天候が好条件と言っても人が近づいてくる可能性はゼロではない。接触して大人しく離れるなら良いが、ポケモンに手を出そうとしたり、カイオーガを見られてそれを言いふらしそうなら殺さなければならない。

 その為に雨の中つくねとデンチュウを傍に置いている。デンチュウは雨に打たれても何も無いように突っ立っているが、つくねは時折体を振るって水を弾いているのを見るに多少なりとも不快感を感じているように見える。後でまたあのたわしの様な毛の毛づくろいをしてやらなければならないと思うと気が滅入るが必要経費だ。

 

 そして観察。海に離したポケモン達は必ずしも遊んでいる訳ではない。ただ泳いでいる者、口に水を含んでは噴き出している者、この辺りは遊んでいると判断していい。しかし中には遊ぶよりも戦闘を望んでいる者もいるのだ。他の遊んでいるポケモンから少し距離を開けて暴れているギャラドス、オーダイル、サメハダー、ニョロボン、シザリガーの五匹。偏見かもしれないがなんとなく武闘派なイメージがある面子だ。

 この五匹はバトルロワイヤル形式で噛みついたり、体当たりしたりと互いを傷付けあっている。そしてその戦いに付随して粒子の移動も起こっている。互いに攻撃し合っているので攻撃して獲得する粒子と攻撃を受けて失う粒子が吊り合ってレベルが上がらないかもしれないが確認する価値はある。

 戦っている全員のレベルが上がれば最良。勝敗に関係なく獲得した粒子が累積していくなら仲間内での模擬戦を繰り返すだけで手持ちのポケモン全てをレベル100まで育てることが可能になる。だが誰か一匹のレベルが上がるだけでも十分な成果と言える。勝者だけレベルが上がるとしても仲間内の模擬戦を繰り返せば、どうしても勝負に勝てない何匹かを除いてレベル100に到達させることが出来る。

 

 そんなことを考えながら一時間にも及ぼうかという長丁場のバトルを見届けた結果、最後はギャラドスの尻尾の一振りを躱して頭にパンチをぶち込んだオーダイルの勝利で幕を閉じた。

 

 そして肝心のレベルアップはといえば、おそらく最良だろうという結果が見て取れる。戦いの最中にオーダイル、サメハダー、シザリガー、ニョロボンの四匹の色に変化があったからだ。

 何度か検証は必要になるだろうが真っ先に戦闘不能になったシザリガーのレベルが上がっている事を見るに獲得した粒子と飛散する粒子は別カウントの可能性が高い。最後まで生き残っていたギャラドスのレベルは上がらなかったが、これはおそらく粒子獲得量がレベルアップに満たなかったのだと思われる。

 飛散する粒子と獲得する粒子の違い、傷つけた際に獲得できる粒子と獲得できない粒子の違いにも興味はあるがそれは今後の検証で粒子を流れをじっくり観察すればいいので保留だ。

 

 それと今回の戦闘では俺自身には粒子が流れてこなかった。今までのポケモンの戦闘でこのような事はなかったので違いを考えてみたところ、一定の距離を離れている、若しくは指示を出すという行為をしていなかったのどちらかが原因と思われる。普通に考えれば距離の線が有力だが、ポケモンという謎生物を構成する粒子なので指示出しの線も捨てきれない。これも要検証だ。

 

 知りたかった事も知れたので戦闘不能になったポケモンをボールに戻して、ポケモン達の様子を見ながら周囲の警戒に戻る。そして時計を確認しつつ人が起きてきそうな午前五時まで遊ばせたところでポケモン達をボールに戻す。海を名残惜しそうに見ているポケモンもいたが我慢してもらうしかない。

 

 そして回収の際には残念ながらモンスターボールに二つ余りが出てしまった。

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────────────────────―

 

 

 

 そんなポケモン達との一夜を過ごせばすぐに日は昇ってくる。昼は人、夜はポケモンの為に時間を費やす二重生活だ。全てから解放されて自分の時間を取る事が出来るのはいつになるのかを考えると頭が痛い。

 

 そんなどうしようもない悩みを抱えながら向かうのはトキワシティ。

 かつて訪れたマサラタウンよりは僅かに発展しているが田舎と言っても差し支えない閑散とした町だ。町に足を踏み入れれば見えるのは点在する民家、そして少し離れた位置にぽつりと建つフレンドリーショップ、そして町唯一の大きな建造物トキワジム。それがこの町の全てだ。

 全てのトレーナーが目指すべきポケモンリーグがすぐ近くにあるのだから、それを売りにすればもう少し町として発展できそうなのに実に勿体ない。

 

 この町に来た理由は当然ジム挑戦の為だ。カツラを通じて素性を共有してもらう様にしたので、それが終わるまで待つ選択肢もあったがやはりさっさと終わらせておくことにした。

 理由は素性を知ったジムリーダーの動きが予想出来ないからだ。別にジムリーダー共がなんだかんだ言ったところで何が出来る訳でもないが時間は取られる。

 それにマチスとの契約のこともある。向こうが契約を完璧に守っているとは言い難いが出来るだけ守ろうとはしているのだ。仮にも契約と銘打っている以上こちらから故意に破る事はしたくない。素性を知られて何らかのアクションを起こされる前にバッジを全部集めて円満に契約満了としておきたい。

 

 大して広くも無い町なので少し歩けば目的地に着くのは直ぐだ。目の前にあるクチバジムは一言で言えば馬鹿でかいプレハブ小屋といった風体。作りが雑という訳ではないのにしっかりした作りとも言えない何とも絶妙なラインを突いている。最低限戦闘に耐えられる建物を急ごしらえで作ったという表現が一番近い。

 ポケモンリーグ本部も似たようなプレハブだったことを考えるとポケモンリーグも金がないのか、それかこの町の有力者との折り合いが悪いから立派なものを造れなかったかといったところだろうか。

 

 そんなトキワジムも入ってみれば内装は中々に立派なもの。足元には矢印の書かれた謎の板が敷き詰められ、見えている範囲では四人のジムトレーナーらしき者が立っている。

 ゲームにあった動く床がどのように表現されているのか気になって矢印床に一歩足を踏み入れるが反応はなく、代わりに板に書かれている矢印以外の方向にはセキチクジムにあったのと似たような透明の壁が設置されていた。

 言い方は悪いがこれでは案内板付きのセキチクジムとしか思えない。

 

 内心でがっかりしながら矢印に従って歩を進めればジムトレーナーとの戦闘だが、そこは流石にポケモンリーグに一番近いジム。ジムトレーナーの出してくるポケモンはどれもレベル50程度はあるだろう色合いをしていて、トレーナーの練度も高い。

 

 最初に戦ったオドシシやケンタロスを使ってくるエリートトレーナーは突破力を生かし、こちらの技を無視して一気に勝負を決めようとしてきた。

 残念ながら俺のポケモン相手にその戦い方は相性が悪く、圧倒的レベル差から放たれる技を喰らってあっさり沈んだが同レベル帯のポケモンを使っていたらペースを崩されていたかもしれない。

 

 二番手のエリートトレーナーはヤドキングとベロベルトを使った耐久戦を挑んできた。

 しかしレベルの暴力には耐えきれずヤドキングはデンチュウの前に倒れ、ベロベルトもユカイの前に散った。最後の最後でベロベルトがはらだいこからのだいばくはつをユカイ相手に使った時は驚いたが、エリートを名乗るならタイプ相性くらいは勉強しろと言いたい。

 ちなみにベロベルトが出てきたのでトレーナーカードを見せて貰ったが残念ながらアキエという名前だった。もしこいつがユウだったら諸々の罪に俺の前でベロベルトを自爆させた罪も追加するところだった。

 

 三番手もエリートトレーナー。パッチールとウソッキーという取り合わせで挑んできた。

 先発のパッチールがフラフラダンスやトリックルームで場を掻き乱し、交代したウソッキーが攻撃を担当する戦い方は見ていて面白かったが如何せんドザエモン相手では決定打が足りていない。少々時間は喰ったが大した損害も無く勝負は終った。もしアタッカーがウソッキーではなくもっと攻撃能力の高いポケモンならもう少し損害を受けただろう。

 

 四戦目はマリルリとポリゴン2を使ってくる二人組とのダブルバトル。

 組み合わせ的にどう見てもマリルリがアタッカー担当だったのでデンチュウとユカイの二人掛かりで速攻で潰した。その後じこさいせいで体力を回復したり、まもるを連発して遅延戦闘をするポリゴン2を追い込んでいると相手が降参。ダブルバトルでポリゴン2をどのように運用したかったのか良く分からないまま戦闘が終わった。

 

 最後以外はどのようにバトルを進めたいかというトレーナーの意図は見えていたし、ポケモンのレベルもそれなりに高かったのだが如何せんポケモンのレベル差は残酷だ。

 更に言えば俺自身のレベルアップも要因としては大きい。動体視力も上がり、技を使う前の粒子を集める動作も見えるので攻撃が来るタイミングが筒抜けなのだ。最早戦闘に目が追い付かなかったことが昔の事のように感じられる。何ならこの四連戦で更にレベルが上がった。その結果が大したダメージも無いままの四連勝。受けてしまった僅かなダメージも傷薬で回復済みだ。

 

 万全な状態でジムの最奥に向かえばグリーンが微笑みながら立っている。しかしその笑顔は決して万人が好むような人好きのするものではない。笑顔一つ取ってもどことなく人を見下している思いが滲み出ている。かつてはチャンピオンにまで上り詰めたのだから相手を見下す気持ちも分からないでもないが良い気分はしない。

 

「よう、待ってたぜ」

 

「どうもお久しぶりです。幾つかジムを回って顔出すのが遅くなりました。申し訳ありません」

 

「話は聞いてる。もう六個のバッジを集めたんだってな」

 

「ええ、このジムで七つ目です」

 

「そうか。本当ならこのジムの挑戦条件は満たしてないけど……まあさっきまでの戦いを見れば強いのは分かるし、同じポケモンリーグ所属だし別にいいよな」

 

「え? 条件とかあるんですか?」

 

「ん? 知らなかったのか? このトキワジムはポケモンリーグ挑戦の最終試験だからな。本当なら他の七つのバッジを持ってないと挑戦させちゃ駄目って決まってんだ」

 

 そんなことをいきなり言われても寝耳に水だ。そんな条件があるのなら事前に何らかの告知をするか、せめてジムの入り口にでも書いておいて欲しい。

 しかしそんな条件があるのなら他のジムに比べてジムトレーナーが強いのも納得できる。トキワシティ生まれのトレーナーが初めてのジム挑戦でこのジムに来たら誰にも勝てそうにないと思っていたがそんな条件があったとは。

 

「……いや、それは初耳です……どうしましょうか。何なら今からナツメさんのとこ行ってバッジ取ってきますけど」

 

「別に良いだろ。強いのは分かってんだし。それに目の前で何度も勝負見せられて俺も久しぶりに燃えてきてんだ。うちのジムのトレーナー相手に一方的に勝てるような奴は久しくいなかったからな。このまま帰るなんてつれない事言うなよ」

 

「まあそれならそれでいいんですけど。仮に挑戦したとしてバッジの方はどうなるんでしょう?」

 

「俺に勝てたらバッジはやるよ。他のジムと違ってここで必要なのは強さだけだからな。だから細かいルールも無い。六対六のフルバトルでアイテムでもなんでも好きに使ってくれ」

 

「じゃあこのジムで見るのは総合的な強さって事ですか」

 

「そうだ。要は俺に勝てばいいんだ。シンプルで分かりやすいだろ?」

 

「へぇ……つまりルール無用、勝てばなんでもいいって事ですね」

 

「そうそう。トレーナーの力量だとかポケモンの強さとか色々建前はあるけど簡単に言えば実戦で勝てるってことを見せてみろってだけの話だ。例えばアイテムを馬鹿みたいに使ってくるトレーナーとかもいるぜ。財力だって力だからな。まああんな戦い方じゃあチャンピオンにはなれないだろうけど」

 

 ルール無用となるとそれは殺し合いという事だろうか。細々した条件が有ったり、正々堂々と戦うよりも余程やりやすい。確実に不満を言われるだろうから封印していた戦い方はいくつもある。それを使っていいなら負ける気はしない。流石に限度があると言われそうだがそこはルール無用を提示した向こうの責任だ。口先の勝負になれば確実に勝つ。

 

「分かりました。では挑戦させて貰いましょう。それでグリーンさんはどうします? 私はジム挑戦する身であると同時に指導する身でもありますからね。ジム挑戦用のポケモンを使っても本気で戦う用のポケモンを使っても構いませんよ?」

 

「いやいや、強いのは分かってるけどそれは無茶だろ。今でこそジムリーダーなんかやってるけど、俺はチャンピオンになったこともあるんだ……まあほんの僅かな期間だったけどな」

 

「それは知ってます。その上で私はこの提案をしてるんです。むしろ他のジムリーダーから僕の話を聞いてないんですか? 変則的なルールなら兎も角、ルール無用の実戦で私に勝てるとでも?」

 

「へぇ……面白いこと言うじゃんか。本気の俺より強いって言いたいのか?」

 

「そう言ってます。というかルール無しの勝負なのに本気を出した程度で私に勝てると思っていることが驚きですよ」

 

「いいぜ、そこまで言うなら俺様も本気でやってやるよ。でも負けても落ち込むなよ。俺様が強すぎるだけなんだからな」

 

「その言葉はそっくりそのままお返ししますよ。負けても挫けないでください。貴方が弱い訳じゃありませんから」

 

「よし、じゃあ勝負だ。俺様が世界で一番強いって事を思い知らせてやる」

 

「んふふ、精々頑張ってくださいね。期待してますよ」

 

 互いに試合の定位置に移動する際にグリーンを観察する。

 

(あれだけ煽ったのに足取りに乱れも無く、歩き方に怒りも感じない。こちらが何を言おうと本気を出した自分が負けるなんて露程も感じてないんだろうな。大した自信だ。煽りに怒りを見せなかった事を鑑みるに才能だけで勝ってきたような挫折を知らない高慢ちきじゃなくて、相当な努力の裏打ちで揺るがない自信を作っているタイプの可能性が高い。それなら以前ポケモンリーグで積極的に絡んできた姿勢とも合致する。

 それに「相手が弱い」ではなく「俺が強い」と言えるタイプ。意味合いは同じだがこの言葉選びには性格が出る。俺みたいに「相手が弱い」という言葉を使うのは大抵が相手を落とすことで相対的に自分を上にする。逆にグリーンのような「俺が強い」というタイプは自分を高めて上を目指す傾向にある。

 産まれ付きか環境かは分からないが高いプライドが良い方向に噛み合ってるっぽい。ただ視野が少々狭い感じ。人の努力に目を向けないタイプにも見えないが、それでも自分が世界で一番努力しているみたいな考えがありそうだ。最初の人を見下した様に感じた笑い方もこの影響だろう。

 レッドに負けている筈だがそんなことを微塵も感じさせずに俺が世界一強いと断言する胆力は見事だけど負けを認めない考え方を長所と見るか短所と見るかは人それぞれだな。少なくともその考え方が悪い方向に向いてる訳じゃないのが救いか。

 結論としては良くも悪くもプライド、というか負けん気が強いタイプ。口は粗野だけど悪い奴ではないだろう。人間的な修正は必要ないけど戦いとなると得手不得手がはっきり別れるんだろうな。正々堂々ルールで縛った王道のバトルなら強いけど邪道には弱そうだ。まあ何事も経験だし折角だから徹底的に邪道を味わってもらおう)

 

 観察と考察をしている間に開始地点への移動が終わり、振り向けばグリーンは既に準備万端とばかりにボールを手に持っている。

 自分ならルール無用なんだから背後からポケモンをけしかけて、準備をする間も与えずになし崩し的に戦闘に持ち込んで一体くらい倒す事を選ぶがそうしなかった。

 やはりグリーンの性格を考えるに一番力を発揮できそうなのはルールを決めた正々堂々の勝負のような気がするが、何故このルールなのだろうか。相手の小細工を自分の力で打破するとかそういう意図なのだろうか。

 

「勝負は六対六。全滅か降参で勝負は終わり。それだけだ。準備は良いか?」

 

「最後に念押しですが本当にルール無用で良いんですね? 後で文句言わないで下さいよ?」

 

「文句なんか言わないから安心しろ。そんじゃあやるぞ」

 

「ええ、やりましょうか」

 

 互いに先発のポケモンのボールを手に取る。今回の戦いの先発はドザエモンに決めている。

 ルール無用と聞いて既に戦い方は決まっているのだからそれをなぞるだけで終わりだ。むしろそうでなければルールの変更を申し込んだだろう。六対六のバトルともなれば育成が出来ていないポケモンを二匹メンバーに入れる事になる。

 僅かな期間とは言えグリーンはチャンピオンになった事がある男だ。その元チャンピオンのフルメンバー相手にレベルで劣るポケモンを使って勝てるとは思えない。

 

「行け! ピジョット!」

 

「ドザエモン! お前は自由だ!」

 

 グリーンが先発に選んだポケモンはピジョット。色合いから見たレベルは70台前半と言ったところだろうか。自分のポケモンやこの世界で見たミュウツーを除けば最もレベルが高い。流石は元チャンピオンと言ったところだろう。

 しかしピジョットとは嫌なところを突いてくる。タイプ相性だけを見ればドザエモンに軍配が上がるが実際の戦闘となると空を飛ぶ相手は捕まえにくくて面倒くさい。動きの速いポケモンに並んで相手をしたくない手合いだ。ドザエモンに対する決定打が無いだろうから早々に交代してくれるとありがたい。

 

「おっと、ピジョット戻れ! ナッシー! 出ろ!」

 

 願いが通じたのか早々にポケモンを交代するグリーンを見て笑顔が浮かぶ。ピジョットのような空を飛ぶ相手には使いにくかった手段が使える。ナッシーも見たところレベル70台前半というところだが馬鹿正直に一匹ずつポケモンを出している時点でもう勝負は終わりだ。

 

「ドザエモン! トレーナーとポケモンの間! 全力でストーンエッジ!」

 

「なにっ!?」

 

 ドザエモンが指示に従って地面を踏みしめればグリーンとナッシーの間に10メートルはあろうかという岩の壁が出現する。かつてアンズ相手に試した戦法だ。

 しかし今回はここで終わりではない。なにせルール無用なのだからグリーンが指定場所を離れて戦闘を継続するかもしれない。それか二体目のポケモンを出せばあの岩を破壊して戦闘を再開することも可能だ。その前に次の手を打つ。

 

「つくね、ユカイ、デンチュウ、お前らは自由だ。つくねとユカイはドザエモンと一緒にあのナッシーを倒してこい。デンチュウは俺の護衛。敵が近づいたらでんじはを撃て」

 

「ナッシー! とにかく攻撃を避け続けろ! 出てこい! ドサイドン!」

 

 グリーンの反応を見るにドサイドンを出して岩の壁を破壊する事を選んだらしい。グリーンも二体目のポケモンを出した以上、こちらが複数のポケモンを出したことも合法と見ていいだろう。

 しかしレベル100のポケモン三体を相手に多少でも持ち堪えられると思っているのは甘い考えだ。それにまだこちらのやる事も終わりではない。

 

「出てこいカクレオン。今から姿を消してあの岩の裏にいる奴の持ってるモンスターボールを口に含んで回収してこい。持ってるだけ全部取ったらここに戻って口からボールを出せ」

 

「いわくだきだ! ドサイドン!」

 

 自我を持たないカクレオンが姿を消すのに合わせて、グリーンのドサイドンがストーンエッジで出現した岩にいわくだきを当て始める。

 一発では壊れず、二発で皹が入り、三発目でようやく穴が開いたが、既にナッシーはつくねに咥えられて宙吊りにされたところをユカイのシャドーボールとドザエモンのロックブラストで狙い撃ちにされて戦闘不能になっている。

 特に戦い方の指示は出さなかったのだが、映画で見たことのある吊るした死体にナイフで的当てするシーンを彷彿とさせる悪辣な戦い方だった。

 しかし、今まで戦闘を任せたら固定砲台のような戦いしかしなかった筈だがこの戦い方はどういう事だろうか。レベルとは別に成長する要素があるのかもしれない。

 

「ナッシー!戻っ」

 

 ストーンエッジに開いた穴からステージを見たグリーンは戦闘不能になったナッシーを戻そうとボールを掲げる。その瞬間、手に持ったボールに向けて伸びた紐状のものがボールに絡みつき、引っ張られたかと思えば宙に消えた。

 どうやら指示を出したカクレオンがちょうどグリーンに到達したらしい。このまま残りのボールも回収してくれれば後は出ているドサイドンを四体で囲んでボコって終わりだ。

 

「なっ!? ボールが!?」

 

 グリーンは突然ボールが消えた事で驚いた顔をしているが無理もないだろう。冷静な頭なら何らかの攻撃を受けていると理解できたかもしれないが追い詰められた今の状況で正しい判断が出来るものでは無い。ボールを探して足元を見回しているグリーンの腰のポーチに再びカクレオンの舌が伸びる。

 グリーンの近くにいるドサイドンに気付かれると厄介だったが幸いドサイドンはステージの方を向いている。カクレオンに気付いていないのか、ステージ上の三体の方が危険だと思っているのかは分からないが、結果として邪魔にならないならどちらでも構わない。しかし位置的に危険なので少し距離を空けてもらおう。

 

「ほらほら、ぼけっとしてたら巻き込まれますよ! 次はあのドサイドンだ! アームハンマー! シャドークロー! トライアタック! やれ!」

 

 ステージ上の俺のポケモンとドサイドンの距離を考えれば遠距離攻撃の方が良かったが、遠距離攻撃だと本格的にグリーンを巻き込みかねないので近接技の指示を出す。流石に反則が無いとしてもトレーナーに直接攻撃をするのは危険すぎる。

 それに三体のポケモンが接近してくるとなればその威圧感は相当のものだ。ポケモンとの距離を離さなければ巻き込まれるとなればまずそれを優先するのは人の本能だ。追加のポケモンを出すような判断を取るのは難しいだろう。

 

「くっ! ドサイドン! いけ! ロックブラストで距離を取って時間を稼げ!」

 

 案の定グリーンが攻撃に巻き込まれるのを嫌ってドサイドンをステージ上に向かわせる。これでカクレオンに危険はない。ついでにグリーンの視線は完全にステージに向いた。カクレオンの舌は変わらずポーチを弄っている。これで後詰めのポケモンはいなくなる。

 ドサイドンも距離を取る戦いを選んだからといって三体の格上相手に何時までも逃げ回れるものではない。素早さに特化したポケモンか空を飛べるポケモンなら話は別だがドサイドンでは捕まるのは時間の問題だろう。

 

「クソッ! 今応援を……っ!?」

 

 腰のポーチに手を伸ばしたグリーンが驚愕の目でポーチに視線を向ける。

カクレオンの舌が未だにポーチに伸びているのを見るにある筈のボールが無い事と無い筈のカクレオンの舌に手が接触した驚きが混じったものだと想像が付く。しかしこれでカクレオンの存在はバレた。どれだけ奪えたか分からないが欲張って取り戻されても困るので長居はさせない方が良い。

 

「戻ってこいカクレオン!」

 

 指示に従って舌を口の中に戻したカクレオンが戻ってくる。姿を消したカクレオンが見えるのは粒子が見える俺とポケモンだけ。グリーンの目でカクレオンを捉える手段はないのだから邪魔する事は不可能だ。

 戦闘しているステージ中央を避けてこちらに戻って来たカクレオンは口から10個のボールを吐き出す。ボールの数が多いのはジム挑戦用のポケモンも含まれてるからだろう。ジム挑戦用と本気用で兼用がいないなら数は12個、予備を考える更に数が居てもおかしくはない。奪ったボールの中に本気用のポケモンが何体か含まれているかが気になる。

 

 奪ったボールの数を見て幾つか新しいやり方を思いついたがルール的にどうなのか微妙なところだ。六対六というルールを考えればこの奪ったポケモン達をボールから出せばそれで数は六体を超える。そうなればグリーンの反則負けだ。

 しかしグリーンのポケモンとは言え、出すのがこちらならこちらのポケモンとカウントされてこちらが反則負けとなる可能性がある。このポケモン達を一体ずつ順番に出して計六体を戦闘不能にしても良いが、こちらが出したポケモンにカウントされる可能性を考えるとそれも出来ない。

 

「グリーンさん! ルール確認です! このボールのポケモンを出して倒したらそちらの一体カウントですか!」

 

「お前ぇえええぇ!」

 

 どうやらこちらのやり方がお気に召さなかったようでグリーンは問いかけにも答えずに怒りの形相で吠えている。ルール無用を提示したのだからこのくらいの事は良い経験とでも思ってくれないだろうか。

 視界に捉えているドサイドンとのバトルも既に佳境なのでその勝負が付くまでに答えが欲しい。ドサイドンも頑張ってはいるが、既にユカイとつくねはドサイドンに接近して攻撃を行い、ドザエモンも間もなくドサイドンとの距離を完全に詰める。どう長く見ても十数秒もあれば戦闘は終わりそうだ。

 

「さっさと答えろよ! ほら! もうドサイドンも倒れるぞ! ナッシーも早くボールに戻さないと巻き込まれるかもなぁ!」

 

「っ……!」

 

「こいつらを倒したら貴方の負けでいいのか! はい答えは!」

 

「ギリッ……!」

 

 再度の問いかけにもグリーンは歯ぎしりをするだけで答えは返ってこない。こんなやり方で負けるのが認められないとでも思っていそうだ。それならそれでグリーンの残りのポケモンを倒してやればいいだけなので問題は無いのだが。

 

「答えたくないなら結構! では残りのポケモンをどうぞ! 尽く粉砕しましょう!」

 

 大仰にそう言ってやるがグリーンは追加のポケモンを出そうとしない。そんなグリーンを傍目に粘っていたドサイドンも遂にはドザエモンのアームハンマーを受けて戦闘不能に陥る。

 これでステージ上にいるのは殆ど無傷なドザエモン、ユカイ、つくねの三匹、そして戦闘不能になったまま倒れているナッシーとドサイドンの二匹だけ。

 

「……けだ」

 

「次のポケモン出さないんですか! 早くしてくださいよ!」

 

「クソッ! ……俺の負けだ!」

 

 唐突な降参宣言をしたグリーンを見れば、正に断腸の思いという表現が相応しい表情でこちらを睨んでいる。

 

「はい了解。デンチュウ、つくね、ドザエモン、ユカイ、戻れ。カクレオンもう口の中のボールは全部出したか? 見せてみろ」

 

 戦闘が終了したのでさっさとポケモン達をボールに戻していく。カクレオンだけは口の中にグリーンのボールを入れていたら不味いので念の為に口の中を確認してからボールに戻す。

 この後はグリーンへの指導をして今日の用事は終わりだ。そうしたら次はポケモン達とのコミュニケーションが待っている。ジム挑戦という無駄な時間はさっさと終わらせるに限る。

 

 足元にあるグリーンから奪ったボールを持ってグリーンに近づけば、それはそれは怖い顔でこちらを睨んでいる。やり方が悪かったのは認めるがルールの範囲なのだから親の仇を見るような目で見るのは止めて欲しい。

 

「どうもお疲れ様でした。ボールはお返ししますね。一応数と中身は確認しておいてください」

 

「……満足か?」

 

「? 何がですか?」

 

「あんなやり方で勝って満足かって聞いてるんだ!」

 

 質問の意図が分からず考えていたところで急に声を荒げられたので一瞬びくりと体が反応してしまった。当然と言えば当然ではあるが、あのやられ方は相当腹に据えかねたらしい。もしかしたらそういった悔しいという感情ではなく、あんなやり方をしたこちらへの叱責なのかもしれないが、その怒りの矛先をこちらに向けるのは違うだろう。

 

 何故ならこちらは何もルールを破っていない。事前に何をされても文句を言うなと忠告しておいたのだから、文句が出るような戦い方をするのは分かる筈だ。それに気付けなかったのはグリーンのミス。悪いのはグリーンだ。

 

「満足もくそもグリーンさんがルール無しって言ったんじゃないですか。要はルール無用の殺し合いをお望みって事でしょ? 本当ならグリーンさん諸共攻撃してさっさと終わらせても良かったのに温情でそれを避けたんですから、感謝はされても文句を言われる筋合いはありません」

 

「お前よくもぬけぬけと!」

 

 グリーンに胸倉を掴まれるが敢えてそのまま受け入れる。組み合った素人を投げるくらいは訳無いがこんなことで怒りを発散させてくれるなら別に良い。殴られそうになったら抵抗してやろう。

 しかし口論は別だ。ルール上の正当性はこちらにある。今後の為にもこちらの非を認める訳にはいかない。それに口で負けることだけは許されない。

 

「お前あんなルール提示しといて殺される覚悟も無かったのか? お前とポケモンを殺しても何も文句言えないルールだぞ? ジムリーダーだか何だか知らんが甘えんなよクソガキが」

 

「あん!? 今なんつった!」

 

「何されても納得できる覚悟も出来てないのにあんなルールで戦ってんじゃねぇっつってんだよクソガキ。むしろ感謝しろ。お前の為にかなーり敷居を下げたルール無用の勝負を経験させてやったんだ。これが本気の殺し合いならお前もお前のポケモンも皆殺しって言えばこのルールの危険性が分かるだろ?」

 

 無表情のままそう言ってグリーンの目を見つめてやる。表情的に未だ怒りの感情がメインだが、若干の困惑と僅かな恐れが見える。理解できない考えだろうから恐れは分からなくもないが困惑はどういう事だろうか。

 

「っ! もういい! 約束だからバッジはやる!」

 

 突き放すように胸倉から手を離したグリーンはポケットに手を突っ込み、取り出した何かを放り投げてくる。それをキャッチして確認すれば緑色の羽のようなバッジ。形状なんか覚えてないがおそらく本物のグリーンバッジだろう。

 

「はいどうも。じゃあここからは私の仕事をしましょうか。貴方が強くなれるようにアドバイスをしますからとりあえずはナッシーとドサイドンをボールに戻してあげたらどうですか?」

 

「そうだ! ナッシー! ドサイドン!」

 

 ボールを受け取って掛けていくグリーンを眺める。本気で慌てている様に見えるのでどうやら本気で忘れていたらしい。目の前で倒れているのに忘れるとはどういう事だろうか。もしカツラのジム挑戦ならこの態度だけで失格にされそうだ。

 

 しかしまあジム挑戦という無駄な時間だったとは言え、学ぶものはあった。元チャンピオンのポケモンでもレベルは70台前半程度。多分現チャンピオンも同じか少し高いくらいだろう。敵に回すつもりはないがポケモンの強さでこちらが上と知れたのは収穫だ。レッドはもう少し高いかもしれないがシロガネ山に籠っているだろうから会いに行かなければ大丈夫だろう。

 そして何よりこの世界の人間は甘い。ルール無用なんて言うくらいだからどんな事をしてくるかと思ったが結局は普通に戦っていた。こういう正規の勝負から離れて生きているような悪人なら兎も角、正規のバトルを生業としている奴が相手なら命を脅かされるような怖さがない。もし都合が悪いことがバレてジムリーダーと敵対する事になってもこの程度の相手なら二人同時までは消すことが出来そうだ。

 

 




いつもこの作品を読んでいただきありがとうございます。
普段から書き溜め無しで勢いのまま書いているんですが、最近は自分でも文章が適当になってるなって自覚があります。
なので大変申し訳ありませんが少々書き溜めをさせて頂きたいと思います。
それほど長い期間空けるつもりはありませんので寛大な心でお許し下さい。多分一月もしない内に寂しくなって戻ってきます。
とりあえずエタることだけは絶対にしませんので。


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弱い人

長らくお待たせいたしました。
作品の全体像を見直したり、新しい作品書きたい欲を抑える為に色々してたらなんだかんだ一か月程間隔が空いてしまいました。
書き溜めも少しだけ出来たので見直しつつ適度に更新していこうと思います。


 場所はトキワジムの一室。いつも通りのジムリーダーへのアドバイスの時間がやって来た。今回のゲストは元チャンピオンで現トキワジムリーダーのグリーンだ。

 

 多少落ち着いた方が良いという事で時間を置いたが、最初に向かい合った時の態度はそれはもう酷いものだった。とにかく嫌悪の感情を隠そうともしない。もはや悪の組織に所属する因縁の相手とか親の仇なんかにぶつける様な態度と言って相違ないレベルだ。

 

 時間を置いて少しはマシになったがそれでも未だに表情からは嫌悪と怒り、猜疑心が漂っている。確かにやり方は悪かったかもしれないがグリーンにとっても勉強になる内容だった筈だ。しかもルールには違反していないし、最終的に犠牲も出ていないのだからここまで嫌われる言われはない。

 

 しかしグリーンの場合は何故嫌われたのかを一つずつ理由付けすれば案外分かりやすい。要は取った行動がグリーンの持つ行持に致命的に合わないのだ。

 

 嫌悪の感情は強い奴が卑劣な手を使うのが気に入らないのだろう。

 弱い奴が同じ戦い方をすればグリーンの性格なら弱い奴が勝つために策を練ったと解釈して納得する。この発想が出るとしたら自分の信じる何かを汚された場合が当て嵌まる。

 強い人は模範であるべきという強さの理想像があるのか、対等の相手との戦いを崇高なものと認識しているかのどちらかだろう。だからグリーンの中ではまともに戦える強さがあるのに正攻法以外の戦い方をする奴は卑怯な人間だと認識される。初手で悪感情を抱かれると修正が面倒だが、グリーンの場合はきちんとした理由さえあれば納得はするだろうからどうとでも捌ける。

 

 怒りの感情は俺に向けたものと自分自身に向けたもので半々くらい。

 強いポケモンにあんな戦い方を指示した挙句、ポケモンを人質に取るという最悪の手段を使った俺に対する怒りが半分。もう半分はそんな手を使う相手に負けた自分に対する怒りだろう。

 比率は違うかもしれないが多分怒りの内容は合っている。怒りの感情は所詮一過性のものなのでそこまで気にしなくてもいい。

 

 猜疑心についてはアドバイスが本当に役に立つものかどうか疑わしいとかだと思われる。

 勝負に勝ってはいるがちゃんとした力比べもせずに卑怯な手を使うくらいなのでトレーナーとしての力量は疑わしい。ポケモンの強さに関しても集団で倒しているので正確に測れてない。そこにあの戦い方を選んだ性格の不一致が合わされば、本当にこいつはちゃんとしたアドバイスをするのか怪しいという猜疑心の出来上がりだ。これはちゃんと話をすれば解消できる。

 

 そして読み取れた性格とここまでの行動を総合的に考えればグリーンという人間のイメージは高潔で生真面目な努力家といったところ。強くなる事にひたむきであると同時にその過程で生じる義務や責任に人一倍真摯に向き合っている。その分、義務や責任を果たさない人間には厳しいだろう。

 努力や勝負を高尚なものとする盲信がみられるのもマイナス点。多分人間死ぬ気で努力すればなんでも出来るみたいな思想を持っている。才能がある奴を上手く引っ張れる代わりに、その過程で多くの凡人を潰してそれを努力不足として切り捨てる。この手の人間は好き嫌いがはっきり別れる。

 強くあろうとする姿勢だけ見れば真摯な人間にも見えるが、その根本は強い自分を周りに知らしめたいという見栄か、弱い自分を許せないプライドのどちらか。人間的な好みは努力を怠らない人間と困難に挑戦する人間辺り。逆に嫌いな人間は努力をせず不満を言う人間と義務を果たさない人間辺り。おそらくこの判断で間違いない。

 この手のタイプは嘘を嫌う。特に自分を偽る嘘は大嫌いだ。嘘を吐く事は自分を否定する事に繋がる事を本能的に理解している。隠し事はするかもしれないが嘘を警戒しなくていいのは大変有難い。

 

 しかしそうなると一つ問題がある。ここまでプロファイリングが出来れば好かれる性格を演じるのは簡単だが、残念ながら先程のバトルで既に別のイメージが付いている。ここで急に好かれる人間を演じても方向性が違いすぎて胡散臭さが増すだけだ。

 なので今回演じる立ち位置は『越えられない壁』だろう。グリーンのような人間は思想が違っても認めた相手になら敬意を払う。『思想が違うけど実力は拮抗する相手』でもいいがそうなるとライバル関係みたいになるので今後の絡みが面倒臭い。やはり今後の無駄な関わりを少なくする為にも上下関係ははっきりさせておきたい。

 

「さてさて、大分落ち着いたみたいですしそろそろお話をしましょうかね」

 

「……ああ」

 

 多少時間を置いた程度では感情が収まらないのか、グリーンは不機嫌さを隠そうともしない。あれだけ無様に負けておいてこの態度がとれる負けん気の強さは見事なものだが教えを受ける立場の人間が取る態度としてはマイナスだ。

 

「そんなに睨まないでくださいよ。嫌うのは結構ですけどお話しが終わった後に考えが変わったら僕に理不尽に怒りをぶつけた分だけ恥ずかしい思いをすることになりますよ」

 

「……フンッ」

 

 返事代わりに鼻で笑うグリーンに僅かな苛立ちを覚えたが難なく耐える。既にバトルで一度痛めつけている上に、性格のプロファイリングも終了済み。苛立ちを感じた分だけ口でやり返せる状況だ。どちらにせよ上下関係をはっきりさせる為に口撃してやる予定だったので、苛ついている方が舌が回る分ちょうどいい。

 

「まあいいでしょう。とりあえずは貴方が強くなる為に必要な事をしていきましょうか。まずは三つ大事な質問をしますから答えてください。まず一つ目。グリーンさんは今日の勝負で実力を発揮出来ましたか?」

 

「……言わなくても分かるだろ」

 

「(まあ口に出して認めたくはないだろうな)出せなかったと。はい結構。それでは二つ目です。私が何の為にあんな戦い方をしたか分かりますか?」

 

「そんなこと知りたくもない」

 

「駄目ですよ。さっきのバトルも含めてこれは指導なんですから。ちゃんと質問には答えてください。思ったことそのまんま言ってくれればいいですから」

 

「……あのルールの危険性を教えるため」

 

「……まあさっきチラッと言っちゃったから何となくは分かりますよね。でも残念。少し違います」

 

「あん? さっきそう言ったろ」

 

「確かに言いましたけど一番伝えたかったところが伝わってないみたいですね。私は貴方にああいう戦い方やあんな強さがあるということを知って欲しかったんです」

 

「あんなものが強さと言えるか! ただ卑怯なだけだ!」

 

 グリーンが我慢できずに立ち上がって激昂するが、その程度の事で怯むほど軟ではない。グリーンにとっては譲れないものであったとしてもこちらからすれば何の関係もないのだから話に応じようとも思わない。

 

 そしてこれでまたプロファイリングの補強材料が得られた。

 グリーンは先の発言で戦い方ではなく強さに言及した。ここから分かるのは、卑怯な戦い方をしたことそのものが問題なのではなく、卑怯なやり方を強さと表現する事を問題視している事。自分の思い描いた理想の強さを絶対視して他を認めないタイプだろう。意外と夢見がちなところがあるらしい。

 思い返してみれば戦いの前に大量のアイテムを使う奴もいたと発言していたので、一定以下の強さであればどんなやり方でも問題ないのだろう。もしかすると格下との戦いをバトルではなく手解きみたいに考えているのかもしれない。

 

「否定はしません。貴方の言う通り卑怯な戦い方です。でもよく考えてください。今回は相手が私でジム挑戦だったからそう言えるだけです。もしこれが悪人を相手にした負けられない勝負だったらどうですか? それで負けた時に今と同じ様に卑怯だとかそんなものは強さじゃないなんて言えますか? 無理ですよ。負けは負けなんですから貴方も貴方のポケモンもきっと死んでいる。そうならないために貴方にこういう戦いを経験して、こんな強さもあると知って欲しかった」

 

「なら口で言えよ」

 

「じゃあ聞きますけど口で言っただけで本当に理解出来たと思います? 大して気心も知れてない奴から気に入らないやり方が強いって言われて本当にそれで納得出来るって言えますか? なんて返事するかは知りませんけどどうせ腹の中では認めやしなかったでしょうね。さっき体験して負けたばっかりなのに未だに認めてないのがその証拠です。そうなるのが分かってるから実際に体験して貰ったんですよ。これでも事前に何か変な事をしてくると察せる様にやたら念押ししたつもりなんですけどね。はっきりこういうことやるって言うと訓練気分になると思って言わなかったのが裏目に出ました」

 

「チッ……分かったよ。でも俺はあんなもんを強さだなんて認めねぇからな」

 

 言い訳にひとまずの納得を見せるグリーンに内心で舌を出す。実際のところあの戦い方を選んだ理由はその方が勝てそうだったからの一点のみだ。

 しかし言っている事は嘘ではなく、本心で思っている事だ。クチバシティからずっと思っていたがこの世界の人間は基本的に甘過ぎる。内心でずっと思っていた事なのだから何を言い返されても反撃できるくらいには理論武装している。

 

「まあ今はそれで構いませんよ。別にグリーンさんにあんな戦い方をしろと言っている訳じゃありませんし。ただ対戦相手がグリーンさんみたいに正攻法だけで立ち向かってくる訳じゃないと理解して下さい。本当の殺し合いだったらポケモンだけじゃなくてグリーンさんだって狙われますし、中にはバトル関係なしに寝込みを襲ってくるような奴だっていますから」

 

「……まあ、気を付けよう」

 

「本当に気を付けてくださいね。取返しの付かない場面で失敗して大切なものを失ったら悔しいじゃ済みませんから」

 

「……分かったよ」

 

 未だに納得しない様子のグリーンだが正論相手では言い返すことは出来ないらしい。

 だがその態度は少し気にかかる。この様子だと過去にそういう汚い手を使ってくる悪人を相手にしたことが無いように見える。特殊な環境だったとは言え、普通の村人ですら寝込みを襲うという発想が出てきたのだから悪人も当然同じような発想に行き着きそうなものだが違うのだろうか。

 

「じゃあ三問目に行きましょうか。元チャンピオンにする質問ではありませんが勝つ為に必要な要素が二つあります。一つは貴方が持っているもの、もう一つは貴方が失ったものです。それが何か分かりますか?」

 

「……勝つ為に必要なものか……」

 

「そうです。勝つ為に必要な要素。無くても勝ちは拾えますけど、勝ち続ける人は皆この二つの要素を兼ね備えてます」

 

「そうだな……まずはトレーナーの力量だな。どれだけポケモンが強くてもトレーナーが弱かったら話にならない。もう一つはポケモンを知ることだろ? 相性、技の組み合わせ、そしてそのポケモンの強さ。勝つ為に必要なのはこれだ」

 

 どうやらようやくまともに質問に答える気になったらしい。しかし少し意外な答えだ。グリーンの事だからもっと熱い精神論みたいなものを言うと予想していたのに思ったよりも現実的な答えだった。

 でも個人的には好きな意見なのでその能力をどうやって伸ばすかも後でアドバイスを送ることにする。他のジムリーダーに比べて内容が少々贔屓になってしまうが偶には真面目にアドバイスをするのもいいだろう。

 

「それは確かに大事ではありますけど必須ではありませんよ。現に私はポケモンが強いだけでトレーナーの力量は並以下なのにジムリーダーに勝てるんですから。それに私は一つは貴方が持っていてもう一つは失ったものだとヒントを出しました。貴方はトレーナーの力量かポケモンの知識のどちらかを無くしましたか?」

 

「いやそれはない。しかしそうなると……俺が失ったものか……」

 

「考えるのを待っても良いんですけど沢山教える事があるんでもう答え言っちゃいますね。正解は『努力を怠らない事』と『勝利への執念』の二つです」

 

「どっちも無くしたつもりはないが」

 

「そう思ってるんでしょうね。でも私は貴方から『勝利への執念』を感じませんでしたよ」

 

 こちらの意見にグリーンは想定通りの返事を返してくれた。確かにグリーンからすれば的外れに感じる意見だろう。グリーンは真面目な努力家だ。ジムリーダーという職業に就いたからといって強くなるための努力は止めるとは思えないし、勝負を軽んじるとも思えない。しかし残念ながら勝利への執念が強いかと言われれば話は変わってくる。

 

「実を言うとね。僕は今日のジム挑戦結構楽しみにしてたんですよ。なにせ元チャンピオンですからね。僕は別に強くなることを目的にしてはいませんがそれでも強くなる機会は大事にしてます。だから今日はさぞ素晴らしいトレーナーと戦えるんだろうと、学ぶことも多いだろうと期待してたんですよ。でも蓋を開けて正直ガッカリしてます。バトル自体は……まあ相性もあるからいいでしょう。でも何よりがっかりしたのはバトルに望む姿勢です。それとバトルの後ですね。貴方は僕に負けた事を悔しいと思ってはいるけど、それは負けた事よりもあんなやり方をする相手に負けたからっていう気持ちが強いでしょ?」

 

「……そうだな」

 

「それが惜しい。本当ならジムリーダーになる前の、出来ればチャンピオンになる直前の貴方に会いたかったです。……グリーンさん、今からでもジムリーダー辞める予定とかあります?」

 

「は? 何言ってんだ?」

 

「断言してもいいですけど、グリーンさんはこのままジムリーダー続けてると弱くなる一方ですよ? トレーナーの力量もポケモンの強さも上がっていくかもしれませんがそれでも弱くなっていきます」

 

「何が言いてぇんだ」

 

「いや、だってさっきから聞いてれば負けた理由を僕に押し付けてるじゃないですか。戦い方が卑怯だなんだって、僕が蹴散らしてきた有象無象と同じ様な負け惜しみを言ってますよ? どんなやり方だろうがどんな相手だろうが貴方に勝つ実力がないから負けただけじゃないですか。なのに戦い方がどうのこうのって、どうでもいいでしょそんなもん。貴方は負けたんですよ? なんで負けた事そのものを悔しいと思えないんですか?」

 

「……」

 

「そもそも気分の良い負け方ってなんですか? 負けは負けでそれ以上でもそれ以下でもないただの結果です。私が正々堂々と戦うか、貴方が実力を出し切って負けたら貴方は満足出来たんですか? そんなしょうもない満足感を求めるくらいならあの時どうすれば勝てたかでも考えるべきです。どうせ負けるのは別にいいとでも思ってたんでしょ。馬鹿馬鹿しい。貴方はバトルに何も賭けてない。誇り、利益、命、何かを賭けている人間のバトルはあんなもんじゃない。常に気を張ってどんな手を使われても勝ちの目が見えなくても絶対に諦めない。卑怯な手を使おうが相手にどう思われようが勝つ為に何が何でも食い下がってくる。さっき戦った時の貴方に本当にそこまでの覚悟がありましたか?」

 

「……」

 

「はっきり言いますけど貴方には負け癖が付いてます。本気じゃないから負けた理由を自分以外に求めて言い訳をする。全力で戦ってないから負ける事に対する忌避感も緊張感もない。だから敗北から何も学ぼうとしない。私が卑怯? 馬鹿言わないでください。貴方が私を舐め腐っている間に私は勝つ為の最善を尽くしただけです。なら正々堂々の勝負なら勝てた? それこそあり得ない。負けた理由を相手に押し付けるような奴に俺が負けるなんてありえない。勝負に何も賭けてないようなお前が俺に勝てる筈も無い。仮に手持ちのポケモンの強さが逆だったとしても勝負の結果は変わらない。そんなことも分からずにうだうだ言ってる限り貴方は永遠に勝者の踏み台にしかなれません。ジムリーダーの職務を全うする為に本気の戦いをしてこなかった弊害を諸に受けましたね。まあ我が身を削ってでもジムリーダーの義務を全うしたのは素晴らしい事ですが残念ながら貴方には合わなかったんでしょう」

 

 この指摘も嘘ではない。全力の戦闘をする機会がないのはジムリーダー制度の欠点だ。その欠点がグリーンには諸に刺さっている。挑戦してくるトレーナーの力量を図るならジムリーダーも全力で受けて立てばいいのだ。なのに実際にやっているのは態々弱いジム挑戦用のポケモンを使ったジムリーダーを踏み台にして適当な戦いを経験させているだけ。これでは指導する事で成長できる人間以外をジムリーダーにしても害にしかならない。

 今後のバトル業界を担う人材を育てたり、業界全体の強さの底上げをする事が目的なら悪くないかもしれないが、その為に実力も伸び代もあるジムリーダーを犠牲にする意味が分からない。カツラくらい年を取っているならまだいいが、他のジムリーダーは試験官をさせるより互いに全力で戦わせて伸ばした方が強くなれるだろう。

 ジムリーダーに全力で戦闘をさせるように制度を変えたら、弊害として上位陣だけが強くなって、新人が参入する隙間は狭くなるだろうがそれは競争社会なのだから当然の事だ。それに本当に強い奴ならそこに無理矢理頭を突っ込んでくる。おそらくだが競争社会の癖に敗者を切り捨てられないから色々と中途半端になっているのだと思う。

 

「……」

 

「私の憶測ですけどきっと昔の貴方はそうじゃなかった筈です。なにせチャンピオンにまでなった男ですからね。何をモチベーションにしていたかは分かりませんが勝ちに拘り、その為の努力をしてたんでしょう。そのくらいは貴方を見れば分かります。私の見立てだと貴方は勝利そのものより、力の応酬、技術の応酬、そんな激戦の上で相手を上回る事を至上にするタイプだ。バトルの内容が激しくなる程、相手と拮抗する程にエンジンがかかって強くなっていく。その分対等以上の相手に恵まれないと一気に駄目になる。どう考えても格下を相手にする機会が多く、本気で戦うことも出来ないジムリーダーには向かないでしょうよ」

 

「……」

 

「どうしました? 黙ってるって事は心当たりがあるんでしょうか? それとも私の話を聞いて自分が弱くなっていく未来でも思い浮かべちゃいましたか? ほんとなんでこうなったんでしょうね。多分負けて折れるって事はないでしょうから、チャンピオンになった事で自分が一番と思って満足しちゃったのか……それか強くなるモチベーションが無くなっちゃったんでしょうか? 惜しいですね。ジムリーダーだったとしてもそこに対等なライバルか越えるべき壁でもいれば今もまだ強くなり続けていたでしょうに。なまじ実力が高いからちょうどいいライバルも見つからないんですかね。いやはや本当に惜しい」

 

 グリーンは黙って話を聞いているが、膝の上で変色する程強く手を握りしめているのが見える。自身の堕落に対する怒りか何故そんなことを言われないといけないのかという理不尽への怒りのどちらかだろう。一応可能性が高いのは前者。グリーンのような高潔な人間に刺さるだろう言葉を選んだのだから何か感じている筈だ。

 おそらく指摘している内容は大きく間違ってはいない。そしてグリーンもそれが正しいと理性で理解することは出来ている。ただ嫌っている相手に欠点を指摘されて納得できる者はそういないので感情的には受け入れられないかもしれない。

 

 ここから先はグリーンの反応次第でこちらの出方も変えていく。何か言い返してくるようならもう少し厳しく欠点を指摘してグリーンの価値観を揺るがしていく。もしも指摘を受け入れて大人しくするなら話を進めればいい。

 

「知った風な口をきくな」

 

「それだと図星ですって言ってるようなもんですよ。それに知った風も何も私は何も知りません。ただ貴方を見た感想を述べているだけです。つまり貴方は知らない人から見たらそう見えるって事ですよ。まあ普通なら言葉を選ぶんですが今回はちゃんと貴方に理解して欲しいから出来るだけ直接的で分かりやすい表現を選んでますがね」

 

「チッ……」

 

「それで私の三つの質問を聞いてどう思います? ここからの話は先程の三つの答えを前提としていますので間違いがあるのなら今の内に訂正してくださいね?」

 

「いや……ない」

 

 もう少し噛みついてくるだろうから言い負かしてやろうと思っていたがグリーンの返答で賺された。グリーンの生き方を否定するような発言だったので、理性で理解できても感情で納得するのにもう少し時間が掛かると予想していたが思ったより立ち直りが早い。強くなるという意思で無理矢理感情を抑えつけたか、内容が諸に刺さって納得せざるを得なかったか、どちらにせよ思ったより感情的な人間ではないらしい。少しだけ評価を修正しよう。

 

「おや? 思ったよりすんなり受け入れますね。もっと何か言うかと思ってましたが」

 

「……否定できる材料がない」

 

「……うん、私も少しだけ評価を改めましょう。どうあがいてもジムリーダー辞めるくらいしかないと思ってましたが……ちなみにどういった心境の変化で?」

 

「俺は未だにお前に対して思うところはある。そこは変わらない。でも感情的になっても意味がない事も分かってるつもりだ。だから感情を別にして考えたら……お前の言い分を否定できなかっただけだ」

 

「へー、素直っていうか理論的なんですね。……んー、手の施しようがないかと思ってましたが……うん、とりあえず今の貴方にならもう少しアドバイスができますね。強くなるための道筋でも説明しましょうか。あっ、でも今回はポケモンを強くする手段は残念ですけど諦めてください。貴方はそれ以前の問題なので先にそっちをどうにかします」

 

「それは……いや……そうだな。今の俺がポケモンを強くする方法を教えて貰っても持て余しそうだ」

 

「本当に考えてるんですね。いや馬鹿にしてる訳じゃありませんがもっとごねるかと思ってました。でもいい兆候ですよ。感情より理性を優先できるのは一種の才能です。今の貴方は嫌いじゃないですよ」

 

「俺はお前の事は好きになれないがな」

 

 嫌いではなく好きになれないときた。多少は自分の事を認めてきたという事だろう。まだ溝はあるし、憎まれ口も健在ではあるがそこは未だに感情を御しきれていないだけ。あのバトルから大して時間が経ってない現状で嫌いの枠組みからは外れたなら十分だ。

 

「それならそれで構いませんよ。それもグリーンさんの持ち味ですから。それに全ての人に好かれる人なんて存在しませんからね。私の事を嫌う人だって少なくないでしょうし。でも差別はしませんよ。私も仕事でやってますから私の事を好いてくれる人にも嫌っている人にもちゃんと指導します」

 

「……そういうところは嫌いじゃない」

 

 グリーンの声色はバツの悪そうなもの。表情的にも怒りなどの敵意は殆ど感じない。憎まれ口を叩くのは当初の感情の残滓が残っているのか、ここまでの態度を振り返って素直になれないだけだろう。そう思って見てみればその態度も中々に可愛げがある。

 

「はは、ありがとうございます。それじゃあ話をしていきましょうかね」

 

「ああ」

 

「じゃあ一つ確認しますけど、貴方が求める強さというのは何でしょうか? 私個人の見解としては曖昧な表現になりますけど絶対的な強さとでも言えばいいのか、王道的な……なんというか、こう、どんな相手であっても完膚なきまでに勝つというか。蹂躙する訳ではないけど相手を圧倒するみたいな感じかなと思ってるんですけど」

 

「俺としても言葉にするのは難しいがそれで間違いはない。相手が得意分野で挑んできても捩じ伏せて勝つ……そんな感じだな」

 

「了解、大体分かりました。じゃあ話をしていきましょうかね。とりあえずさっき散々弱くなるとか言いましたので、今のグリーンさんの強さがどのくらいかって話をします。まずポケモンについて。私はポケモンを見たら凡その強さが分かるんですが、私が今まで出会ってきた中でポケモンの強さだけなら一番です。四天王の人とかチャンピオンのポケモンは見たことがないですが他のジムリーダーの人を基準にしたら頭一つ抜けてます。それに能力だけが高い訳でもないですね。私は真っ先に貴方が指示を出せない状況に追い込みましたが、それでも思ったより粘られました。多少なら自分の判断で動けるんでしょう。ただ能力を上げただけのポケモンだとこうはいきません」

 

「……ちなみにあんたのポケモンとはどのくらい差があるんだ?」

 

 これは普通に答えにくい質問だ。明確な数値が見れたゲームなら兎も角、この世界だとちょっと説明が難しい。いっそレベルの概念を教えてもいいが、強さの説明に必要なのはステータスの方だ。レベル差は30程度だがその差を表現するちょうどいい説明が出てこない。

 

「具体的な数値で表せるものではありませんがそうですね……積み重ねた経験を考えずに単純な能力差で言えば……大体ですけどグリーンさんの全力のポケモンとここのジムトレーナーのポケモンくらい。もうちょっと差があるかもしれませんが大体それくらいでしょう。無理矢理数値で表すなら1.5倍くらいじゃないでしょうか」

 

「……数字だけ聞くと何とかなりそうな気がしてくるな」

 

「まあ、何か良い策があれば逆転できなくもないでしょうね。でも結構厚い壁でもあります。強さって一概に言ってるから分かりづらいですけど攻撃力も耐久力も素早さも全てが1.5倍って事ですからね。実際に戦うと数字以上の差を感じると思います。例えですけど私と貴方が同じポケモン、ああドサイドンが居ましたね。じゃあドサイドンで真正面から同じ技、今回はストーンエッジにしましょうか。それを撃ち合って相打ちにする為には多分5倍くらいの手数差が必要になると思います」

 

「……それは高い壁だな」

 

「私との差を言ったから実感は湧かないかもしれませんけど貴方のポケモンも相当ですよ。それこそ他のジムリーダーのポケモンと比べて1.2か1.3倍くらいの強さはあると思います。タイプ相性は無視して考えれば、絶対的ではないけど無策だとかなりきつい差ですね」

 

「俺の質問が原因とはいえ、本当に実感が湧かないな」

 

 軽く苦笑いを浮かべているグリーンを見るに、自分の強さに疑問を持っているのかもしれない。俺のポケモンは特殊例と言ってもグリーンは納得しないだろうし、この話は無理矢理流して次の話でこの話を忘れさせた方が良さそうだ。

 

「……私との差は置いときましょう。とりあえず貴方のポケモンは世界でも有数の強さを持っているくらいに認識しといてください。それで次、トレーナーとしての力量です。さっきの戦いで見れたのはほんの僅かではありますがそれでも分かる事はあります。何より目を見張ったのは状況判断の早さ。私の攻撃に対するリカバリーは中々見事でした。普通は視界を遮られると狼狽えるくらいでまともに反応も出来ません。最初にタイプ相性を見て即ポケモンを交代した判断も良かった。まあポケモンを奪われるとかまでは流石に視野の外だったようで反応できなかったですが十分です。個人的にはこの要素だけで十分優秀なトレーナーだと思います」

 

「いや、俺は何も出来なかった」

 

「今は素直に褒められといてください。この状況判断能力っていうのは中々身に付くものじゃありません。ただ反応するだけなら誰でも出来ますが最適な行動を取るとなると話は別です。様々な状況を想定して反復練習を繰り返し、実際に経験してまた対策を考える。そういった経験と努力を繰り返した先で身に付くものです。それだけで今まで貴方の努力が並のものじゃないことは分かります。少なくとも私の目には貴方の努力を怠らない姿勢の片鱗が見えました。きっと他の能力もそれに見合うだけのものはあると感じるくらいには貴方の努力が伝わってきます」

 

「……そう素直に褒められるとこそばゆいな」

 

 先程のポケモンの強さの話で失敗したので過剰に褒め過ぎたかもしれないが満更嘘でもない。比較対象がマニュアル頼りのアンズというのが微妙なところだが実際にアンズよりは対処が早かった。そこから先の努力の片鱗やらはリップサービスだが、多分グリーンの性質的に努力はしているだろうから的外れな意見ではないだろう。

 そしてグリーンの反応を見るにこの対応は間違っては無かったらしい。他の話題に比べて素直に受け入れたところを見るに努力を人に認められるのは好きなようだ。努力している事を人に知られるのを嫌がるタイプだったらちょっと面倒だったので助かった。今後も困ったらこの話題を出しておけばいいだろう。

 

「思ったより私に悪いイメージが付いてるみたいですね。よく勘違いされますけど私は良い所も悪い所も隠さずに、必要な事を必要な分言ってるだけです。あくまでも私が見て判断したことですから主観も入ってて偶に外れますけど、それでも出来るだけ正確な評価をしているつもりですよ」

 

「ああ、悪い。そんなつもりじゃないんだが……いや全く思ってないってこともないか」

 

「まあ私の評価は別にいいです。とりあえず纏めると貴方はポケモンの強さとトレーナーの力量の二つを高いレベルで兼ね備えたトップクラスのポケモントレーナーです。私だって普通のルールで正々堂々戦えば一方的に勝つとはいかなかったでしょう」

 

「俺が勝つとは言ってくれないんだな」

 

「さっき説明した通りです。過去の貴方だったら分かりませんが今の貴方では絶対に勝てません」

 

「そこまで言われると試してみたくなるな」

 

 グリーンは軽く微笑みながら勝てるか試したいなんて言っているが、ほんの数分前にボコボコにされておきながら何を試すというのだろうか。少し意識改革をしたくらいで勝てる程勝負は甘くない。そんなこと当然知っている筈なのにこういう発言をするのはまだ余裕がある証拠だ。もうちょっとボロクソに言って価値観を揺るがせた方が良かったかもしれない。

 

「まあ今やっても結果は同じですから再戦はそのうちですね。今日の話の後の貴方の成長次第でしょうか。まあ私がこの仕事を続けてる限りはチャンスは幾らでもありますから、そんな焦らなくてもいいんじゃないですかね」

 

「そうか……そうだな、焦る必要は無いか」

 

 グリーンは焦る必要が無いと言いながら何か納得したように頷いているがその様子が少しだけ気にかかる。何だろうか? 特に変な話はしていなかったし、会話に違和感を感じた訳でもないが、焦る必要は無いという言葉に籠ったグリーンの意思が読み取れなかった。何か焦りを感じるような事情があるのかと思ったがその割には普段の様子に焦りが見られない。追い詰められて焦っているような人間には見えないのにその言葉によく分からない感情が乗っていた気がする。何か地雷があったら困るので少しだけ警戒しておいた方が良いかもしれない。

 

「そうですね。まあ僕も色々と厳しい事も言いましたが、そんなに間違ったことは言ってないと思います。その欠点に向き合って成長するか、目を逸らして今のままで行くかはお任せします。でも私としては貴方は壁を乗り越えることができる人間だと思ってますよ。貴方はどんなに高い壁を前にしてもそれに怯まないし、どれだけ相手が強くても勝つ為に努力できる人間です。ただ高い壁だけを見据えるだけじゃなくてたまには足元にある小石も見て下さい。それが出来てないと私みたいな小石に躓くことになりますからね」

 

「小石というには大きすぎないか?」

 

 あのやり方を否定していたからもっと評価は低いと思っていたが、意外と評価は高いらしい。どうやら話の中でまともにやっても戦える人間だと判断したのだろうがちょっと評価の上がり幅が高すぎやしないだろうか。真っ直ぐでちょろい性格も嫌いではないがいつか悪い奴に騙されないか心配だ。

 

「そんなことはないですよ。確かに私のポケモンは大きな壁です。しかし決して勝てないことはありません。なにせ私自身は決して優れたトレーナーではありませんからね。それに比べて貴方はトレーナーとしての力量全てが高いレベルで纏まっている。トレーナーとしてなら私が勝っているところなんてほぼありませんよ」

 

「でも俺は負けた。いや、それだけじゃない。相手の方が強い勝負なんて今まで何度も経験してきた。ただポケモンが強いだけのトレーナー相手にあんな負け方はしない筈だ」

 

「そこは相性の問題ですね。貴方は私にとって一番やりやすいタイプでしたから。だって貴方は強いですが怖くない。私からすればカツラさんやマチスさんの方が余程怖いです」

 

「怖くない?」

 

「そうです。私より強いのに怖くありません。怖くないから私も躊躇わずに踏み込める。そうなれば後はポケモンの強さ勝負です。私が足を引っ張らない限り私のポケモンに勝てる人はいません。で、怖くない理由ですが、さっき言った勝ちへの執念が無い事が一つ。そしてもう一つは貴方の高潔さです」

 

「高潔? それがどう繋がるんだ?」

 

 グリーンの様子を見る限り本当に言葉の意味が分かっていないのだろう。確かに分かりづらい言い回しをしている自覚はあるが、少しは自分で考える癖をつけて欲しい。

 

「貴方の武器は純粋なポケモンの強さ、トレーナーとしての力量、あとは試行錯誤や努力による成長でしょうか。人間的に素晴らしいとでも言うか、理想の強者とでも言うか。それこそ貴方が目指す強さの通り、正面から正々堂々と相手を圧倒する横綱相撲って感じです。そしてその戦い方に誇りを持っている事も分かります。でもだからこそそれしかしてこないと分かってしまう。なんというか悪意がない。変な搦手も無しで絶対に綺麗な手を使ってくるって分かるから手を読んで対応もできるし、先んじて潰すことも簡単に出来る。だから自力が上の相手には潰されるし、搦手有りなら格下にも足元を掬われる。私みたいに相手に実力を出させないタイプからすれば非常にやりやすい相手です」

 

「そういうことか」

 

「そうですね。僕も自分の戦い方を最初っからこう表現するべきでした。貴方が自分の実力を発揮して相手を上回るタイプなら、私は相手の実力を発揮できない様にして相手を自分より下にするタイプです。人から見れば卑怯かもしれませんが、言い方を変えれば相手を自分の土俵に引き摺り込んで得意分野で勝負をしてるという言い方も出来ます。言い方一つで納得して貰えるとは思っていませんがどうですか? そういう言い方をすれば、そういう強さもあると少しだけ受け入れられませんか?」

 

「……そうだな。はっきり言って受け入れたくはないが……理解は出来る。ただ俺が気に入らないだけだ」

 

「そう言って貰えると私としても色々話した甲斐があります。別に受け入れなくても理屈で理解できていれば結構。色んな強さがあると頭で理解していれば貴方の視野も広がる筈です」

 

「そうだな。少し意固地になってたのかもしれん」

 

 まさかグリーンの口から意固地になっていたなんて言葉が出るとは思わなかった。どの話がどういう心境の変化を与えたのか分からないが、良い傾向だ。別に強くなろうが弱くなろうがどうでもいいが、せっかく話をするのだから、そうやって素直にアドバイスを受け入れて強くなって欲しいものだ。

 

「いいですね。素晴らしい理解力です。自分では分からないかもしれませんが今貴方は一つ壁を越えました。今までの貴方は自分の求める強さ以外を不要なものとして切り捨てていましたので自分と対等以上の、しかも気に入った戦い方をする相手と戦わなければ何も学ぼうともしなかったでしょう。でも強さの多様性を理解したなら話は別です。今の貴方ならどんな相手からでも何か学ぶ事がある筈です」

 

「そういうもんか……」

 

「例えばですけど私と戦う前にアイテムをたくさん使う人がいたって話をしてましたよね? そこからだって学ぶ事はありますよ。バトルの最中にアイテムを使う隙を見つけるのはなかなか大変な事です。それなのに何度もアイテムを使えたって事はその人は相手の隙を見つけるのが上手かったんじゃないでしょうか。そのアイテムを使う為に見つけた隙を攻撃に使う事ができたら強いと思いませんか?」

 

「そう言われると確かにいつの間にかアイテムを使ってた気がするな」

 

 グリーンは感心したように納得しているが、その様子を見るに本当に自分より弱い人に興味が無かったのだと思う。視野が狭いのか心が狭いのか、自分の求める強さ以外のものには目もくれなかったのだろう。

 若くしてチャンピオンになっているのだから当たり前ではあるがグリーンは才能にも恵まれている。才能のない人間なら妬むという形で人の良い所には簡単に見つけ出せる。チャンピオンになる程の戦闘経験を経てもグリーンが他人の長所を見出せないというなら、きっと周りの人がその他凡百に見えるくらいには才能が有ったのだろう。

 

 しかし、何から何までイメージ通りで意外性が欠片もない男だ。自分はなりたいとは思わないがこういう分かりやすく裏表のない人間が人から好かれるのだろうか。ここまで本当の自分を曝け出して生きていけるなら人生も楽しそうだ。そう思うとほんの少しだけ羨ましく感じる

 

「まあ今の貴方ならそういう見方も出来るって話です。それが出来るようになればジムリーダーを続けながらでも成長できるでしょう。それで最後は貴方の成長方針に関してです」

 

「方針か。一応決めているつもりなんだがな」

 

「じゃあお聞きしましょう」

 

「俺には勝ちたい奴がいるんだ」

 

 聞きたかったのは成長方針であって目標ではないのだが……まあ問題ない。この質問にそんな曖昧な返答をする時点で成長方針が決まってないと言っているようなものだ。

 

「私が聞いたのは成長方針ですが……まあいいでしょう。それでその後は?」

 

「……その後? ……それは……」

 

 またグリーンという人間が分かってきた。おそらく勝ちたい相手がいるという思いを持っているのは本当だろう。グリーンは隠し事は出来ても嘘が吐ける程器用ではない。

 しかしその思いが本気かどうかとなると多分違う。勝ちたいと心の底から思っているならもっと本気でどうやれば勝てるかをイメージする筈だ。汚い手を使うのは信条的に出来ないかもしれないが、それでもどのように成長すれば勝てるか、どういう手を使えば勝てるか、どのような不安要素を排除すれば勝てるかをもっと本気で考える。

 それが出来てない結果が中途半端な今だ。勝ちたいと言いつつも本気で勝つ自分をイメージしていない。だからどういう成長をすれば良いのかイメージが出来ない。結局のところ勝ちたいであって勝つではないのだ。本人が気づいているかは分からないが、本心はいつか勝てたらいいな程度でしかないだろう。

 

「なんとなく分かりますよ。何も無いんでしょ? というかその人にどうやって勝つかのビジョンも見えてないんじゃないですか? 勝つイメージが湧かない、いや、本心ではきっと勝てないって思ってるのかもしれませんね。だからその人を倒した先の事なんて考えもしない」

 

「……」

 

「強くなりたい。それは結構。でも貴方の目標は不明瞭なんですよ。貴方はある人に勝つ強さが欲しいと言った。でもそれがどんな強さなのか、どうやればその強さを得られるかを言葉には出来ない。つまりは目指すべき未来の自分の姿が定まってないんです」

 

「……」

 

「私の言葉が心に刺さりますか? それはそうでしょう。自分でも薄々気付いてたはずですよ。本当は勝てると思ってないって。自分でもそれが分かってるからこの言葉が心に刺さるんです。ちなみにですが勝ちたい人ってどんな人なんですか?」

 

「……あいつは……俺の唯一のライバルだ。俺と同い年で。同じ日に旅に出て、互いにポケモンを育てて、偶に戦って……最後にはチャンピオンの座を賭けて戦った。それをあいつ、俺に勝ってチャンピオンになった癖に直ぐに辞退してどっか行きやがって。昔から何考えてんのか分からない奴だったが未だにどこにいるのかも分からねぇ。本当に無責任な奴で……その癖バトルだけ馬鹿みたいに強いから手に負えねぇんだ」

 

「うん? それってもしかしてレッドって名前じゃないですか?」

 

「! あいつを知ってるのか!?」

 

「ええ、まあ。知ってはいますね。戦ったことは無いですけど」

 

「あいつ何処にいた!?」

 

「私もよく分からないです。この地方の出身じゃないから地理が分からずに適当に放浪してた時期が長いんですよ。その時にどっかの山の中で会いましたけどそれも結構前の事ですからね」

 

「そうか……まあ仕方ないか」

 

「お力になれず申し訳ないです」

 

「いやいいんだ。あいつがこの地方にいるって分かっただけありがたい。それで俺とあいつだったらどうだ? どっちが勝つと思う?」

 

 どちらが勝つも何もレッドの情報が無い事には何とも言えない。ただイメージ的に強いのはレッドだ。ゲームのイメージが先行するがレッドには最強というイメージがある。

 それにしても話を聞けば聞くほどレッドという存在が化け物に思えてくる。思い出を誇張している可能性はあるが、それでも高レベルのポケモンを使う上に負けん気の強いグリーンの心を折るとなると相当だ。しかもエリカもレッドを認めていた。性質の違う二人に好かれる人間性というのが今一つ分からない。ゲームに会話テキストの一つでもあれば性格を想像できるのにそれすら無いから性格の想像すらもできない。本当にどんな人間なのだろうか。少しだけ話してみたくはある。

 

「さあ? 私はレッドさんと戦ったことは無いですから。でもどっちが怖いかで言うとレッドさんですね」

 

「……そうか……まあそうだろうな」

 

「まあまあ、まだ若いんですからこれからですよ。まだ人生折り返しすら来てないんですから」

 

「……そうだな……なあ、俺は強くなれると思うか?」

 

「きつい事言ってもいいですか?」

 

「今更構わないさ。好き放題言ってくれ」

 

「じゃあまあ。とりあえず私は私なりのやり方で強さの多様性を伝えました。これで貴方に成長できる環境を示せたと思っています。そしてこれからの貴方の成長方針について話します」

 

「頼む」

 

「まずこれは理解しておいて下さい。グリーンさんも薄々分かってると思いますが貴方は天才にはなれません。天才っていうのはレッドさんみたいな一人だけの力でどこまでも進んでいける人のことです。貴方の場合は秀才です。秀才とは天才が切り開いた道を模倣して進む人、はっきり言えば覚えが早いだけの優秀な凡人です。まずそれを自覚してください。そして秀才が天才には勝つにはどうすればいいのかを考えなさい。秀才が天才の切り開いた道を進む間に天才は更に新しい道を切り開いて進んでいます。何も考えられないならば秀才の貴方が天才のレッドさんに勝つことは永久にありません」

 

「……」

 

「これは凡人の私なりの答えですけど、私がバトルの強さを三つに分けるなら、トレーナーの力量、ポケモンの強さ、戦略になると思ってます。貴方の場合は全て70点、レッドさんは全て90点と思ってください。貴方なら勝つ為に何をしますか?」

 

「……鍛える?」

 

「話聞いてました? 普通に鍛えてたら追い付けないって言ったんですよ。貴方が全て71点にした時にはレッドさんは全て92点になってます。それが才能と執念の差です。貴方が考えなしに全て60点から70点にしてる間にレッドさんは70点を90点にしたんです。漠然と訓練だの努力だの言ってたら一生追いつけません」

 

「ならどうすればいい?」

 

「本当なら自分で考えろって言いたいところですが今回はお教えします。これはあくまでも私の意見ですが貴方がやるべきは長所と短所の把握。そして長所を特化して鍛える事です。長所を伸ばしながら短所も克服する。そんな風になんでもかんでも手を伸ばして成功するのは一部の天才だけ。残念ながら私も貴方もその一部の天才にはなれない。なら天才が全てを1ずつ、合計3伸ばす間にこちらは何か一つに集中して2伸ばす事で天才にも負けない絶対の武器を作ればいい」

 

「絶対の武器……」

 

「そうです。私の場合はポケモンの強さが100、戦略が70、トレーナーの力量は40です。私のトレーナーとしての力量は並以下。だから自分の力量を弱点だと把握して、ポケモンの強さと戦略で補うことを選びました。これが凡才の私が秀才の貴方に勝てた理由です。要はトータルの成長速度で勝てないから相手に勝つ要素を作ってそれを押し付けるってことです」

 

「む……」

 

「私には貴方がこの考えを受け入れられるのかは分かりません。もし欠点を放置する事を良しと出来ないなら他のやり方を探します。受け入れられるかどうかは自分で決めてください」

 

「少し考えさせてくれ」

 

「もう少しなんで折角なら全部聞いた後にしてください。戦闘に必要な要素の三つの内どれか一つを選んで鍛えるという言いましたが、より正確に言うならその三つの強さも更に細分化することが可能です。ポケモンの強さは攻撃、防御、素早さ。戦略ならポケモンの技や特性を中心に組み立てるか、地形を中心に組み立てるか、特殊なものを言うならトレーナーを主軸にするものもあります。トレーナーの力量も動体視力や反射神経、動線の予測、ポケモンの生態の知識なんかに分けることが出来ます。どの要素も細かく分ければそれぞれが何十という項目に分かれていて、その分けた項目の合計値が総合的な強さになります。才能がある人って言うのはそのどれかの数値が最初から高いか上昇率が異常な人、それか上限が高い人の事を言います。ただ凡人でも適性があるものに限ればそれなりの伸びが期待できるものもいくつかあるんです。だから愚直に適性のある武器を研ぎ澄まして天才や秀才を出し抜く。時間を掛けて短所を1伸ばす暇があったら、同じ時間で長所を2か3伸ばす。本当に強くなりたいなら曖昧に強くなりたいで特訓せずに常に細分化した項目を意識してみてください。それぞれ個別に伸ばした能力を統合するときに少し手間取るでしょうが漠然と鍛えるよりは遥かに良いでしょう。このやり方を受け入れるかどうかは別として、一度自分の考える限りに細分化した才能を紙にでも書いてみてください。きっと貴方の役に立ちます。これで言いたいことは言いましたが内容は理解できましたか?」

 

「ああ、分かった」

 

「ではこれでアドバイスを終了します。今の貴方に伝えるべきことは伝えたので、これからどういう成長を選ぶかはご自身で決めてください。質問があれば受け付けますが何か聞いておきたいことはありますか?」

 

「じゃあ一つ聞いていいか?」

 

「どうぞ、何でも答えるとは言いませんが答えられる範囲でなら答えますよ」

 

「仮に俺が長所を伸ばしたら……レッドやあんたに勝てるか?」

 

「そこは貴方次第です。でも上がり幅を考えたらいつか私になら勝てるかもしれませんね。私も努力はしますがポケモンの強さはもう頭打ちです。私自身の力量は短所だから伸ばすのに時間が掛かるし上限も近い。戦略の方も限度がありますからね。悔しいですが今の強さがほぼ私の限界値です。それとレッドさんの方は残念ながら分かりません。さっきも言った通り私はレッドさんと戦った事がありませんから判断するだけの情報がないです」

 

「そうか。ありがとう」

 

「いえいえ。これが私の仕事ですから。それに教えたのも今の貴方が強くなる方法です。いずれ貴方が成長して、また次の要素が必要になった時は何か別のアドバイスを送るでしょう。出来れば私無しで自分で見つけてくれるのが一番ですがね」

 

「そうだな。そうなれるように俺も努力する。その時はまた……いや、その時こそ本当の意味で俺と戦ってくれるか?」

 

「勿論です。貴方がどれだけ強くなるのか私には分かりませんが、いつか私に怖いと思わせるくらいに成長したら私も全力で叩き潰しましょう」

 

「言ってろ。その時は大口叩いたことを後悔させてやる」

 

「まあ楽しみにしておきます。それで他に質問はありますか?」

 

「いや、大丈夫だ」

 

 質問は無し。ならこれでアドバイスは終了だ。グリーンの現状の把握に問題点の指摘、そして成長方針についても話した。今までで一番まともなアドバイスをしたんじゃないだろうか。

 というよりも今までのジムリーダーにやってきたことは問題点の指摘や性格矯正ばかりだったので、ちゃんとしたアドバイスをしたのは初めてかもしれない。グリーンだけアドバイスの密度に差が出てしまったので他のジムリーダーにも何かした方が良いだろうか。面倒だが仕事は仕事。給金を貰っている以上はやることはやらなければならない。本当に面倒だ。

 

「では私はこれでお暇します。後はご自身で今後の事をしっかり考えてみてください。悩んで、考えて、試して、偶に自分の本質を思い出してください。その先に貴方の目指すものがある筈です。私は貴方が貴方の望む姿になれることを祈っていますよ」

 

「ああ、今日は時間を取らせて悪かったな。また何かあれば連絡をくれ」

 

 グリーンが手を差し出してきた。最初の態度からは考えられない程友好的だ。

 

「そうですね。グリーンさんも何かあれば連絡を下さい。私に出来る範囲でなら力になります」

 

 差し出されたグリーンの手を両手でしっかりと握り返す。最初の批判的な態度を指摘してやろうかという悪戯心が湧いてくるが、それをしても得るものが無いので我慢する。そういう弱みは小出しにせず、ここ一番の頼み事なんかで使う為にストックしておいた方が良い。

 

「なら近いうちに再戦でもどうだ? ルールは今日と一緒でも「結果の見えている勝負はしません」……そうか、残念だ」

 

 少し甘くしてやったらこれだ。むやみに再戦を申し込んでこない様に厳しくしたつもりだったが、もう少し上下関係をはっきり躾けた方が良かったかもしれない。

 

「焦っても良い事はありません。しっかりと地に足付けて強くなってください。私は貴方が強くなるのを待ちましょう」

 

「……直ぐに追い付くさ」

 

「そこは追い抜くと言って欲しいですね。たしかに貴方なら直ぐに私を追い付けるでしょう。でもそこまでです。私のアドバイスを実践しただけだと私に追い付くのが精一杯。私を超える事は出来ません。そして私は対等な人間に負ける程甘くもありません。私に勝ちたいなら私を超えてください」

 

「……そうだな……分かった。俺はお前を超える。それまで待っていてくれ」

 

「お待ちしています。それでは今度こそ私は帰ります。もう少し話しても良いんですが鉄は熱い内に打てと言いますから、私の話を聞いた熱が残っている内に色々と考えてみてください。それで落ち着いてからもう一度じっくり考えて答えを出して下さい」

 

「分かった」

 

「それじゃあ、また。今度はお互い本気で戦いましょう」

 

「ああ。後悔はさせないからしばらく待っていてくれ」

 

 真面目な顔をして見送るグリーンを尻目にトキワジムの門を出る。

 今日は実に良い仕事をした。やはり何か指針があると考える事が少なくて楽だ。あまり時間を取られるのは困るが偶の息抜きにはちょうどいいかもしれない。

 

 しかし最後までよく分からなかったのがグリーンの「待つ」「待たせる」「焦る」という言葉に対する反応だ。最後のやり取りで無理矢理話に押し込んでみたがやはり何がある。反応的には余り良い感情では無さそうなのでトラウマ辺りが有力だが一体どういうトラウマだろうか。誰かに置いていかれて何かあったか、逆に誰かを置き去りにして何かあったかが濃厚だがしっくりくる詳細が思い付かない。

 知らないなら知らないでどうにかなるが、やはりそういう弱みは知っておいた方が何かと都合がいい。大事な場面で変な地雷の踏み方をしても困るし、逆に心を折りたい時にも使える。詳細を知っていそうなのは祖父であるオーキド、マサラタウンにいるだろう姉、次点で同僚のジムリーダー辺りだが、グリーンの性格を考えると他人に自分のトラウマを話す可能性は低い。それに他人の過去のトラウマを聞くとなると聞き方も考えないといけない。

 むやみに他人の過去を聞いて回って評判を下げるくらいなら本人にカマを掛けた方が良いだろう。今回でグリーンとの関係も作ったので、次回会った時に少し話をしてみればいい。とりあえずは保留だ。

 

 本来ならこの後は徹夜でポケモンとコミュニケーションを取らなければならないが、今日は適度なところで切り上げて睡眠を取ろう。今日の仕事が上手くいった褒美と明日への備えだ。明日は最も警戒すべきジムリーダーとの戦いと面談が待っている。明日を乗り越えればようやく一段落付く。その為にも対策は考えておかなければならない。

 

 

 

 ────────────────────────────────────―─────―

 

 

 グリーンサイド

 

 

 どうでもいい男。それが誠に対する最初の評価だ。

 

 マチスが弟子を取ると言って連れてきた時には何の興味も湧かなかった。

 経験からか、一目見ればそいつが強いかどうかは雰囲気で分かる。強者特有の雰囲気を持っていない何処にでもいる普通のトレーナー。そんな相手に一々関わっている暇は無かった。

 

 だがカスミとの試合を見て気が変わった。

 決して強くない平凡なトレーナーの身でジムリーダー相手に本気の勝負を申し込んだ時は身の程知らずかと思ったが、戦いの中で雰囲気が変わり、カスミから勝利をもぎ取った。

 本人はポケモンが強いだけだと言っていたがそれだけじゃない。バトルの最中ほんの僅かだが自分にはない、どこかレッドに似た雰囲気を放っていた。今にして思えばあれが勝利への執念だったのだろう。

 それにポケモンの強さは過去に見たことがないレベルに達している。今の俺のポケモンはおろかレッドのポケモンも超えているかもしれないと思ったのは初めての経験だった。

 

 だからあいつと戦う事を楽しみにしていた。

 あいつは今日という日を楽しみにしていたと言っていたがそれは俺も同じだ。レッドに近しい雰囲気を持つトレーナーでありながら、レッドすら超えるかもしれないポケモンを育てたブリーダー。きっとあいつとの勝負は俺をもっと強くしてくれると、そう思っていた。

 

 それがバトルをして一気に嫌いな奴に変わった。

 ポケモンバトルというのは互いの全力をぶつけ合う場である筈だ。なのにあいつは恥ずかしげもなく汚い手を使う。そんなものを認める訳にはいかなかった。なのに俺は負けてしまった。一方的に、何も出来ず、あっさりと負けた。

 

 正直に言えば好感が持てる部分はある。

 やり方は認めたくないし、人間的にも苦手な部類だが、その力は素直に尊敬できる。直にあいつのポケモンの強さを見れば並大抵の努力で得られるものでは無いことが分かる。

 だからこそ余計に気に入らなかった。努力を積み重ねた果てに掴んだ強さなのに、間違った使い方をしている様は見ていられなかった。

 

 だから噛みついた。そんな強さは認めないと、お前のやっていることは間違っていると。だが俺の言葉は一切届かなかった。

 どんな態度を取ってもあいつは揺るがない。唯一引き出すことが出来たのは怒りくらいだ。

 そして何を言っても反論が返ってきて、言い返せないまま最後には逆に納得させられる始末だ。

 認めたくはないが人としての役者が違った。俺の中であいつが嫌いな奴から嫌な奴になった。

 

 ……何度やっても勝てそうにないと思ったのはいつ以来だろうか。今でこそ数少ないが、かつては格上との勝負なんて日常茶飯事だった。

 しかしいくら記憶を掘り返しても勝てないと思った相手は記憶している限り一人だけ。チャンピオンの座を賭けて競い合った唯一のライバル。尽く俺を超えて、最後には俺を置いていった男。

 あいつの言っていたことは間違っていない。本当は全部分かっている。俺はレッドがいたから強くなれた。レッドに負ける度に次は負けまいと勝つ為の努力を重ねた。そしてチャンピオンの座を賭けたレッドとのバトル。あの戦いこそが俺の人生の頂点だった。

 あの戦いで負けた時も次は自分が挑戦者だと、次こそはレッドに勝つと、そう思っていたのにレッドは俺を置いて一人で行方をくらませた。俺にとってレッドは強くなるために必要な存在だったのに、レッドにとっての俺はそうでは無かったのだと突き付けられた気がした。 

 本当は気付いている。レッドに置いて行かれたのではなく、自分が立ち止まっただけだという事は自分が一番分かっている。チャンピオンになっても尚も強さを求めて進んでいったレッドと立ち止まった自分。一から十まであいつの言う通り、強さへの執念の差が如実に表れている。

 しかしそれを認めたくはなかった。それを認めてしまったらもう自分はレッドのライバルを名乗れない。だから自分の本心から目を逸らして、強者として振舞ってきた。本当はレッドに勝つことを諦めている癖にレッドのライバルである事に固執する俺の醜いプライドだ。

 

 ジムリーダーになったのも何処までも自分本位で身勝手な理由だ。レッドには勝てないという本心を隠しながら、また新しいライバルに出会える事を願っていた。自分だけでは強くなれないから、自分をレッドと戦えるまでに成長させてくれる好敵手の存在を求めた。なのにやって来るのは好敵手と呼ぶには足りないトレーナーばかり。

 俺はそこで腐ってしまった。いつかレッドに勝つと言いながら、自分より弱いトレーナーを倒しては自分は強くなったと自分に言い聞かせる毎日。勝ちたいと、負けたくないと最後に感じたのがいつだったかも思い出せない。今の俺にあの頃の強さはもう無い。

 

 そして今日、俺の本心が暴かれた。悔しかった。でもそれ以上に嬉しかった。ずっと分かっていても認められなかった心の内を誰かと共有できた。

 あいつのことは苦手だが、俺の本心を暴いてくれたのがあいつで良かったとも思っている。どうせ知られるなら俺より強い奴が良かった。

 唯一の不安はレッドに似た雰囲気を持つあいつが、いつかは俺を置いてどこかに行ってしまうだろう事。でもあいつは俺を待ってくれると言った……いや、おそらくは俺が待ってくれと言うように仕向けられた。レッドが居なくなる時に同じことが言えたならどうなっていただろうか。

 あいつの事だからきっと俺の気持ちを分かって言わせたんだろう。本当に嫌な奴だ。

 

「とりあえず紙を探すか。書類以外を書くのは久しぶりだ」

 

 あいつは俺にレッドと戦えるようになる道を示してくれた。あいつが居れば俺はかつての様にレッドと戦えるかもしれない。今度こそレッドに勝てるかもしれないと思えば沸々と熱が湧いてくる。その為なら嫌な奴の言う事を聞くことも受け入れられる。

 

 




グリーンの口調が意外と難しい。
あんまり口調荒くしたらクソガキになるし、口調を真面目にさせるとグリーンっぽくないし。


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苦手な人

続きが出来ましたのでお納めください。
最近投稿頻度が下がっており申し訳なく思っております。


(遂に来てしまった)

 

 何とか回避できないか考えたがどうしても良い案が思い付かずに、重い足取りで地を踏んでいるここヤマブキシティ。

 今まで入ったカントー地方の町の中でも一二を争う活気のある町だ。

 他の町に無い建物は、町のど真ん中に堂々と建つシルフカンパニー、町はずれにあるヤマブキジム、そしてヤマブキジムに併設するように建てられている格闘道場くらいだろう。

 

 町の特徴としては民家がやたらと多いが、それに反して人通りは少ない。他の町と違って画一的な造りの建物が隙間なく立ち並んでいるのを見るにおそらくはシルフカンパニーの社宅と思われる。道路もコンクリートのような石で舗装されており、舗装された道を画一的な建物で挟んでいるおかげで町全体に何となく整然とした作り物みたいな雰囲気がある。ただ画一的な建物の中に明らかに雰囲気の違う民家が数件ある所為で何となく統一しきれてない気持ち悪さも残る。

 

 しかも雰囲気の違う民家を見れば『エスパーおやじの家』とか『モノマネむすめの家』という謎の看板がでかでかと掲げられている。親父と娘くらい漢字で書けばいいのにひらがなになっているのは何か変人特有のこだわりでもあるのだろうか。ある意味観光名所と言えなくも無いが、個人的には区画整理をして町を開発するなら真っ先に潰したい建物だ。

 エスパーおやじの家はゲームだと技マシンが貰えたので入ってみようかと思ったが、ゲームの様に適当に入ったら普通に不法侵入なので諦めた。チャイムを鳴らせばいい話だがでかでかと掲げられた看板が目に入ってチャイムを鳴らすだけでも二の足を踏んでしまう。どう考えても出てくるのは変人だ。そもそもこの世界で技マシンを見たことが無い。時間を掛けて技マシンも貰えず変人と仲良くなるなんて結果になれば目も当てられない。

 

 なのでフレンドリーショップで凄い傷薬と元気の欠片、ゴールドスプレーを幾つか購入してヤマブキジムに向かう。どうでもいいが凄い傷薬という名称もどうにかならないのだろうか。ゲームなら特に気にならなかったが現実になると商品名がどうしても陳腐に感じる。分かりやすさ優先なのかもしれないがもう少し商品名に拘っても良い気がする。

 と、現実逃避でアイテムの商品名への不満を考えている内に直ぐにヤマブキジムに到着してしまう。覚悟はしてきたがジムを前にするとどうしても足が重い。

 

 一応申し訳程度の対策だけは考えてきている。考える度に情報不足の壁にぶつかり、別の問題に逃げたりもしたが何とか考えた。

 

 以前ポケモンリーグ本部で会った時、思考を読まれないように空を飛んだ恐怖で思考を塗り潰せばナツメは僅かに反応を示した。有効だったかは分からないが、あれで対処ができていたとするならば、ナツメの能力は心を読む能力ではなく、その時考えている事を読む能力、即ち思考の盗聴の類の可能性が高い。

 

 思考は体内電流の伝達が云々だった筈なので、原理としては何らかの手段による電流の感知辺りが怪しい。思い付くのは特殊な視覚で体内電流を見る、特殊な音が聞こえる聴覚で何かを聞く、触覚で相手の体から漏れた電流を感知する、体から電磁波みたいなものを発して相手の体内電流と同調する、この辺りが候補になる。どれも現実的では無いのは分かっているがそもそも思考を読む超能力という時点で非現実的なのだから仕方ない。

 

 一応現実的な可能性を言えば、洞察力が異常発達していて人を見るだけでどのような事を考えているか予知レベルで推測できるというメンタリストの究極系みたいな能力の可能性もある。もしそれなら最高だ。厄介な事には変わりないが思考を読んでいる訳ではないので対処ができる。

 

 だが半分諦めてもいる。この世界のナツメはどうか分からないがゲームだと未来予知やら念動力みたいな能力があるからだ。未来予知は読心能力同様に感覚の異常発達で説明出来なくはないが、念動力となるともう完全に超能力としか言えない。そんな能力を持っている奴の読心能力が科学的に解明できるものだとは思えない。

 

 なので今回の最低目標はナツメの能力の確認だ。やるからには勝つつもりだが、最悪能力さえ把握出来れば負けても構わない。目的の為に思考を読まれるのも致命的なもの以外は未来への投資として甘んじて受け入れるしかない。

 

 しかし考えれば考える程に悲しくなってくる。どれだけ考えても所詮はたらればの話であり、全て希望的観測に過ぎない。なのに可能性を一々考えているのはそれが心の安定に必要だからだ。心を読む相手なんて怖くて仕方がない。無駄と分かっていても対策を考えて備えをしておかなければ不安でまともに対応も出来ない。

 

(てか超能力ってなんだよほんとに。理解できねぇよ……俺が言うのもなんだけどマジで人間じゃねぇだろ)

 

 とはいえ悩んでも何も始まらない。ナツメの能力が深層心理まで読めるとなればお手上げなので、どうかナツメの能力が都合の良いものでありますようにと願いながらジムの門を潜る。

 門を潜って目に入るのは部屋の隅に二つの台座が置かれた全面市松文様の小部屋。天井、床、四方を囲む壁の全てに白と黒の二色の四角が交互に並ぶチェス盤のような模様が張り付いている。目測だと部屋の広さは12mか13m四方だが模様の所為で目測に自信が持てない。

 

(趣味が悪いな。床と壁が同じ模様で境目が分かりづらいし、模様の所為で目の錯覚が起きているのか遠近感が狂って変な気持ち悪さがある。この模様がジムのギミックか? ジムのコンセプトがいまいち良く分からん。空間把握能力とかが思い当たるけど他のジムは慈愛とか情熱みたいな精神的な感じだったから多分違うだろうな。環境に左右されずに実力を出す精神力とかか?)

 

 明らかに何かある台座は放置して、まずは部屋の歩測を行う。自分の普通の歩幅は前の足のつま先から後ろの足の踵まで凡そ75㎝。頻繁に歩測をしていた頃から身長に大きな変化はないのでそれほどの誤差は出ない。結果、部屋の一辺を移動するのにかかったの普通の歩幅12歩と少し縮めた歩幅1歩。一歩ごとに数㎝くらいの誤差がある事を考えればおそらく部屋の広さは10m四方だろう。

 

 続いて部屋に二つ置かれた台座を確認する。台座は一辺が1mと少しくらいの四角形、面する壁に赤いスイッチが一つ付いている。流石にジム挑戦で説明も無しに怪我をするようなトラップがあるとは思えないので、このボタンが他の部屋に移動する為の手段だと思うがどうなるのか分からないのが怖い。突発的に何かあるのは嫌いだが、何かするタイミングを自分に任せられるのもあまり好きじゃない。

 

 渋々台座に乗ってスイッチを押せばギギッと嫌な音を立てながら台座が床ごと下がり、次の部屋の様子が視界に入ってくる。次の部屋も前の部屋と同様の広さで一面の市松文様も同じ。ただし土台の数は増えている。自分が下りてきた台座を含めて四つの台座が部屋の四隅にある。

 

 ここまで来ればジムの仕組みも分かる。この台座のエレベーターで階層を上下してナツメの元に辿り着けという事だろう。そしてはずれを引けばおそらくジムトレーナー戦だ。一応乗って来たのとは別の台座を確認するが特に違いは見られない。戦闘に巻き込まれて損傷しそうなものだがどの台座も傷一つ無い。

 

 考えてもどうしようも無いので降りてきた台座から一番離れた台座を選ぶ。地下がある時点で建物の形状は当てにならないがやはりジムリーダーは最奥か中央にいるイメージがある。なので入口から最も離れた台座を選んでスイッチを押す。すると台座は更に地下へと下がっていく。もしかすると下に下に降りていく構造なのかもしれない。

 

 降りた先は前二つと造形は同じだが照明が弱く薄暗い部屋。光源の無い夜であっても目が見える自分には何の効果もないギミックだ。手早く室内を確認すれば台座の数は降りてきたものを含めて二つ。そして部屋の中央には両手に蝋燭を持って白い羽織を羽織った老婆が一人座っている。格好的にゲームでも出ていたイタコだろうか。

 

「どうもこんにちは。私は挑戦者ですがジムトレーナーの方でよろしいですか?」

 

「ふふふ……見える……見えるぞ! お主の心の中がはっきりと見えるのじゃ!」

 

 気を使って先に声を掛けてみたがどうも変な奴に声を掛けてしまった。エスパー親父といいモノマネ娘といい、この町にはこういう奴が多いのかもしれない。しかし本当に心を読めるのならナツメの予行演習にちょうどいいので少し話をしてみたい。

 

「(うさんくせぇな)では私が何を考えているか分かりますか」

 

「信じておらんな? 儂には見えるぞ! お主の心が!」

 

「(ミルタンク)では私が今心の中で思い浮かべたポケモンを言ってみて下さい」

 

「ふふふ、心とはそのようなものでは無い! 心というのは自然と同じ! 天を知り、地を知り、人を知り、理を知る。さすれば心の内は見えてくる!」

 

「(? 何言ってんのか分かんねぇな。言ってることはプロファイリングだけど、これは外れか?)何を言ってるのか良く分かりませんのでもう戦いましょうか」

 

「お主の心は荒れておるな! 心を静めねば儂には勝てぬぞ!」

 

 ひとまずはイタコの婆さんを特殊な能力を持たないが危ない奴と仮定する。そもそも会話が通じているのかも怪しい。とりあえず戦闘中に心を読んだような対応が見られたら改めて話をすることにして戦闘を開始する。

 

「出ろユカイ。お前は自由だ」

 

「ゆけい! ヤドン!」

 

 こちらの先発はユカイ、相手はヤドンだ。エスパータイプのジムなのでエスパー技を無効化できるユカイを先発に選んだ。ヤドンのレベルは色的に50あるかどうかというところ。レベル50ともなればそれなりの強さなのだろうが、グリーンのポケモンを見た後だとどうしてもレベルが低く見えてしまう。

 

「け──っっ!!」

 

「ユカイ、だましうち」

 

 何やら叫んでいる老婆を放っておいて攻撃指示を出せばユカイの存在感が一気に薄くなる。原理は良く分からないのだがだましうちを使うと姿が見えているのに認識しづらくなるのだ。粒子をどのように使えばこの現象を起こせるのか不明だがこれが気配を消すという事なのだろうか。

 

 そして相手のヤドンを見れば……こちらは特に動きは見られない。わざわざ馬鹿でかい叫び声を上げていたので何かの技を使うように事前に決めたサインかと思ったがそうではないらしい。もしかするとこちらが認識できていないだけでどわすれのような積み技を使っているのかもしれないが、こちらは倍のレベル差で弱点属性の技を使っている。一撃で沈む状態が一撃ギリギリ耐えれる程度になったところで問題にはならない。

 

 ユカイが無造作に距離を詰めて殴りかかれば、それを受けたヤドンは壁に叩きつけられ動かなくなる。案の定一撃で戦闘が終わった。

 

 そして放出された粒子の一部は俺に吸収される。最近は戦闘が終わるたびに自分の手を確認するのが習慣になって来ている。色を見る限り自分のレベルは50台後半といったところ。この世界に来た時の自分のレベルは分からないが戦闘回数を考えればレベル1からレベル50まで上がったとは考えづらい。多く見積もっても十数レベルだろうがそう考えると1レベル毎の能力の上昇幅が凄い。十数レベルで戦闘に目が追い付かなかった状態から今の状態にまでなったと考えるとレベル100になる頃にはどのような状態になっているのか、不安半分期待半分といったところだ。

 

「いでよ! ヤドラン!」

 

 今考えるべきでもない事を考えている内に相手は次のポケモンを出してきた。相手の次発はヤドラン。レベルは最初に倒したヤドンと大差はない。それにヤドランの事は知識としてよく知っている。なにせ真面目に育てた数少ないポケモンだ。この世界だと役割に応じて特殊な育成が施されたポケモンはほぼ存在しないので、物防と特攻が高いオーソドックスな成長をしているだろう。

 

「のろいじゃ!」

 

「(のろい?)かげうちだ」

 

 ユカイの足元から影が伸び、ヤドランの股下を潜った所で実体化してヤドランの背を突き刺す。

 

 今までレベルによるごり押しばかりさせていたが本来ユカイの使う技はこういった不意打ちや搦め手に向いた技が多い。同程度のレベル相手だと威力不足が目に付くが、倍のレベル差があれば回避や対策が困難な技の危険度は一気に跳ね上がる。自分の能力が上昇している事も鑑みて、そろそろポケモンにあった戦い方をさせていくべきなのかもしれない。やはり実際に体験してみないと問題点は分からないものだと感じる。

 

 続けて背に影が刺さったヤドランを見るが、こちらは動きが見られない。

 

 一撃で倒せなかったがそこは技の威力の低さもあるだろう。だがそれ以上にヤドランの様子に疑問が湧く。ヤドランのタイプ的にのろいの効果は素早さを下げて攻防を上げる技だ。しかしヤドランに周囲の粒子を吸引した様子は見られない。見た限りでは技を発動させてない様に見える。

 ついでに言えばのろいという技の選出にも疑問がある。ヤドランの主な技は水とエスパー、どちらも特殊技が多く物理技が少ないタイプだ。エスパー技が無効だから切り捨てたとしても、ヤドランの物理技となればユカイに無効化されるノーマル技が大半なのだから、素早さを犠牲にしてまで攻防を上げる理由が分からない。

 

「(あれ言う事聞いてないんじゃないか?)シャドーボール」

 

「トリックルーム!」

 

 ユカイが手に粒子を集め黒い球を作っている間にヤドランを中心として球状に広がる謎の空間が部屋全体を包む。このトリックルームの発動でようやくのろいを使った意図も分かった。トレーナーの異常性に目が向いていたが、戦法自体は以外とオーソドックスなものを使っているらしい。

 

「ゆけい! しねんのずつきじゃ!」

 

 指示を受けたヤドランは予想していたよりもずっと素早い動きでユカイへと向かっていく。しかし技の選出が悪い。どれだけ早く動こうとユカイにはエスパー技は効かない。しかも既にその手にはシャドーボールが出来上がっており、あとは撃つだけの状態だ。そんなユカイに向けて直進してくるなど自殺行為でしかない。

 

 トキワジムでも思った事だがユカイに対して効果の無い技を撃つ人間がいるのを見る限り、この地方にはヤミラミがいないのかもしれない。個人的にはどう見てもゴーストと悪の複合という感じの見た目をしているので見れば分かると思うのだが、一体なんのタイプに見えているのだろうか。

 

「(あっ、速い。けど見えなくはないな)そのまま撃て!」

 

 突進してくるヤドランに向けて、ユカイの手から放たれたシャドーボールが衝突する。ほんの一瞬だけ競り合ったが、直ぐにヤドランはシャドーボールに弾かれ宙を舞う。そのまま地面をぼてぼてと何度かバウンドし、倒れて動かなくなった。放出される粒子を見る限り死んではいないだろうが、ここまでの戦闘経験から二撃喰らえば戦闘不能だと判断して追撃はせずに相手の出方を窺う。

 

「手の内分かっても負けは負けーっ!!」

 

 次に何を出すかと思って様子を窺っていたが、髪を振り乱して叫び出した老婆に内心でドン引きする。これがキャラ付の為にやっている狂人の振りなら良かったが、体の負担も考えずに全身を使って髪を振り回す様子を見る限り本物としか思えない。ナツメの予行演習になる可能性を考えていたが、もうその考えは捨てる。今はとにかく関わりたくない。

 

「戻れユカイ」

 

 未だに髪を振り乱している老婆を無視してユカイをボールに戻す。戦闘には勝ったのだから先に進む権利は得た筈だ。相手が錯乱している内に手早く横を通り過ぎて台座に乗りスイッチを押す。

 

「見える! 見えるぞ!」

 

 背後で叫んでいる声が聞こえるがそちらに目を向ける勇気はない。危ない奴には関わらないというのは平穏に生きていく上で大事な事だ。ゆっくりと上昇していく台座の速度が今は恨めしい。無駄だと分かっていてもこの部屋を離れたい気持ちが強過ぎて何度か足元の台座に足を打ち付ける。

 

「け──っ!」

 

 老婆の叫び声をバックに部屋が切り替わっていく。次の部屋は再び四つの台座が置かれた部屋でジムトレーナーはいない。とりあえず一つ息を吐いて心を落ち着ける。もはやこのジムのイメージは特殊な人間の巣窟になってしまった。次にどんなジムトレーナーが出てくるかは分からないが最初の一人のインパクトが強過ぎる。

 

(なんかナツメに会ってないけどもう帰りたいな)

 

 だが気は進まなくても進むしかない。来た道を戻るとなればまた先程の老婆と出くわすのだから最早戻るのも億劫だ。訳の分からない部屋の模様に、閉鎖的で息が詰まる空間、そして精神的ダメージを与えてくるジムトレーナーとくれば、やはりこのジムのコンセプトは精神力を図る事だと当たりを付けて台座に乗る。

 

 そこから先もまあどこから見つけてきたのかと言いたくなるほど濃ゆい面子が出てきた。

 

 まずは「超能力は心の力!」とか叫びながらも特に超能力的な事は何もしてこなかったサイキッカー。ユンゲラーとキリンリキを使って執拗にスキルスワップを仕掛けてきたが、ユカイ相手に有効打がなくあっさりと勝利できた。

 

 そして「お主の倒して来た者達の力が私に流れ込む!」とか叫んでいたイタコ。ドーミラーとスリーパーを使ってきたが、精々ドーミラーの鋼技が鬱陶しかったくらいでこちらもあっさりと終わった。どうでもいいが、倒してきた者の力が流れ込むとしても、トレーナーに力が流れ込んだら意味がないのではないだろうか。

 

 そんな濃ゆい面子を撃破し、彷徨っている内に最初のイタコの部屋に迷い込むというトラブルを経て、ようやくナツメのいる部屋に辿り着いた。部屋は目測で20m四方程度と他の部屋に比べて広めに作られているがそれ以外に他の部屋との目立った違いは無い。そして部屋の中央にいるナツメはと言えば片手を腰に当てて何やらポーズのようなものを取っている。

 

「いらっしゃい。今日来るのは分かってたわよ」

 

「どうもお久しぶりです(未来予知かな……どういう原理なんだろ。生まれつき五感が発達してる人は他の人が知覚できない情報を感じて、人に分からない事を予測するみたいな事聞いたことあるしそれかな。でも連日ジム挑戦しててここが最後の一つだから普通に考えても今日か明日って分かりそうなんだよな)」

 

「あら?」

 

 突然疑問の声を上げたナツメを見れば、何やら本気で困惑している様子が目に入る。まだ考えてきた対策を何もしていないのでなにがなんだか分からないまま、ナツメが目を閉じて額に指先を当てる行動を取るのを見守る。

 

「どうかしました? (なんだ? あの行動に意味があるのか? 心を読むための条件? でも前はそんなのしてなかった。前回との違いは……環境? 向こうの用意した場所だから多分違う……なら俺か? マサキの実験か? それくらいしか心当たりがない)」

 

 声を掛けてもナツメは反応せずに目も開かない。ナツメの行動の意味は分からないが、もしかすると最大の懸念が解決されるかもしれないと思うと少しだけ気分が軽くなる。

 

「ふぅ……ごめんなさいね。こんな事初めてだったから時間が掛かったわ」

 

「いえいえ、でも急に黙ったから何かあったか不安になりましたよ。一体どうしたんですか?」

 

 時間にして十数秒が経過した所でナツメが口を開いたのを見て、何があったか確認を取る。この質問の返答如何によって対応を変えなければならない。本当は深層心理でも読んでいたってオチだったら本格的に不味いので、その時はもう腹を括ってジム挑戦中に事故に遭ってもらわなければならない。

 

「期待してるところ悪いけど考えてることは分かるわよ」

 

「それは残念。色々僕の事知っちゃいました?」

 

「そこまでは分からないわ。私が分かるのは貴方が考えてることだけ。何か知られたくない過去があるのは分かるけどね」

 

「(見た感じ嘘じゃないんだろうけど微妙だな。まだ性格の判定とかもしてないからかどうも読み辛い)そうですか。ところでさっきの何だったんです?」

 

 ひとまずはナツメの言葉を信じて話を進める事にする。仮にナツメがこちらの心やら記憶やらを読んだのだとすれば流石に反応が薄い。自分の過去は色々な意味でこの地方の人間には刺激が強い。それを読んでこの程度の反応しかないとは思えない。

 

 それよりも重要なのはナツメの能力について少し知れたことだ。ナツメの言う事が嘘ではないとすれば能力はやはり今現在考えている事を知る能力。これが知れただけで大分出来る事が増えた。

 

「貴方の事が分からなかったから少し集中してたのよ。一体どうやったらそんなことになるのか気になるんだけれど?」

 

「さあ? でも集中すれば私の心が読めるんでしょ? なら答えも分かるんじゃないですか? (マサキの実験くらいしか心当たり無いな……あいつマジでやばい実験してたんだな)」

 

「なら少し時間を貰うわよ」

 

 そう言ってまた目を瞑り集中するナツメを眺める。自分限定だが読心にこの集中の動作が必要だと分かったのはでかい。この動作を警戒しておけばナツメの読心を封じる事も可能だ。慣れてないから集中が必要だと言っていたので、いずれは普通に心を読まれるかもしれないが、二回目の集中でも一回目と同程度の時間集中しているのを見る限り、今日に明日にもう慣れたとはならないだろう。なんならもう一度マサキの実験に協力してまた何かを取り込めば読心の妨害になるかもしれない。

 

「ふぅ……なるほどね。実験がどんなものかは分からないけれど、マサキ君がやったのね」

 

「それが原因かは分かりませんけどね。でも私的にはその位しか心当たりがないんで多分そうなんじゃないでしょうか」

 

「あんまり危ない事に手を出さない方が良いわよ。マサキ君の事だからあんまり危険な事はしないと思うけど、彼もちょっと変わった子だから」

 

「まあそうですね。それでナツメさんの疑問が解消されたところで今度は私の疑問を解消したいんですがよろしいですか?」

 

「何かしら?」

 

「(心が読めないってなれば急に怖くなくなるな。能力について聞きたいが……素直に教えてくれるもんかね)ちょっとナツメさんの能力について聞きたいだけですよ」

 

「それは難しいわね」

 

「でもそれじゃアンフェアですよ。心を読んだだけとは言ってもそちらの疑問を解消したんだから、今度は僕の番です。私だってナツメさんの事知らないと仕事が出来ないんでね」

 

「答えたくないって意味じゃなくて答えたくても答えられないのよ。だって私にも分からないんだもの。貴方だって息の仕方を教えてくれって言われても困るでしょう?」

 

 一応答えてくれる気持ちはあるが自分でも原理が分からないらしい。だが読心を意識して行う行動に例えず、息の仕方と例えたという事は、能力の使用は息をするのと同じように無意識化で発動している可能性が高い。射程範囲などの制約はあるかもしれないが常時発動型の可能性が高まった。

 

「ああ、成程。自分でも原理は分からないから説明できないと」

 

「そうなるわね。あれはいつだったかしら? まだ幼い頃に食事をしていたら手に持ってたスプーンが曲がったのよ。それからかしらね。私が自分の力に気付いたのは」

 

「念動力もあると。じゃあそれと読心、あと予知能力……因みにですけどバトルで使ってきます?」

 

「そうね。意図して使うつもりはないけれど……どうしてもね」

 

「ああ、心を読むのがずるいとかそういうのじゃなくて念動力の方です。ナツメさんの能力でポケモンとか僕に直接何かはしないですよね?」

 

「そこは安心していいわ。直接何か出来る程の力はないもの」

 

 実際の所はどうか分からないが念動力の出力はそこまでではないらしい。ただこれはルール的にグレーなので使わないという言質さえ取れればそれでいい。

 

 それよりも読心の方だ。意図して能力は使わないと言う事は意図せず発動する能力は使うということだろう。つまり読心か予知能力、若しくは両方は常時発動の能力で確定。ただそれを言う時の態度を見る限り本人的には不本意なのかもしれない。

 

 厄介なことには変わりないが対策も思いついた。能力のオンオフが出来ないならきつい思考を送ってやれば動揺を誘えるかもしれない。日本で見てきた腐乱死体の解剖とかぐちゃぐちゃになった事故現場、糞尿に塗れた首吊り死体なんかダメージが大きそうだ。

 

「そうですか……この際はっきり聞きますけどどこまで読めるんですか? さっきの言葉的に考えてることが分かる感じかと思うんですけど」

 

「さあ? 私が感じているのがなんなのかは私にも分からないわ。でも分かるの」

 

「(そりゃそうか。人の心が読めたとしても確認のしようがないもんな)見えるんですか? 聞こえるんですか? それとも感じるとか?」

 

「……分からないわね。聞こえるようで感じるようでもある。でもその三つの中で言うなら感じるって言うのが一番近いかしら」

 

「じゃあもう一回僕の心を読んでもらっていいですか?」

 

「簡単に言うけど貴方の場合は結構疲れるのよ……」

 

「じゃあ後一回だけ協力してください。その後バトルしましょう」

 

「仕方ないわね……」

 

 再び目を閉じて集中するナツメを見て、この地方には無いだろう単語と映像を思い浮かべる。何度も思考を読ませていると慣れが早まる恐れはあるがそれ以上に今はナツメの能力についての情報が欲しい。

 

「すいませんねどうも(モンテスキュー……どんな顔だっけ? ルソーと混じるんだよな。これか? なんか違う感じもするな)」

 

 合っているかは分からない曖昧な知識の中から頭に思い浮かんだ過去の偉人とその顔を思い浮かべる。単語だけが読み取れるのか、映像まで読み取ることが出来るのかはこれで分かる。

 

「……モンテスキュー? ……ルソー……聞いたことないわね。地名? それとも人の名前かしら?」

 

 目を瞑ったままのナツメがこちらが思い浮かべた人名を当てていく。本人は感じているものが何か分からないと言っていたがこちらに存在しない筈の偉人を読み取れたという事は相手の思考を読んでいるという事で間違いない。そして地名か人か分からないという事は思い浮かんだ映像までは読み取れないということだろう。

 

 ショッキングな映像でも送り込んでダメージを与えようと思ったが、映像が見えないなら文字だけで動揺を誘わなければならない。……文字だけでダメージを与えようと思うとド直球のセクハラくらいしか思い浮かばないが。

 しかし対策は兎も角として大分情報が集まって来た。後は能力の発動条件だけ聞ければ今日の主目的は達成と言っていい。

 

「どうもありがとうございます。ちなみにその二人は私の地方の過去の偉人ですよ」

 

「……そう……思ったより疲れたわ……」

 

「お疲れ様です。それと協力のお礼という訳ではないですが、貴方が感じてるそれは他人の思考ですよ。良かったですね。自分が感じてるものが何か分かって」

 

「……そうね……こんな力を持ってると色々と不便もあるのよ。初めて感じた時は自分がおかしくなったかと思ったくらいだわ。パパもママもそれは幻聴だって言って信じてくれなかったもの」

 

「ああ……ご両親はそういう感じだったんですね。僕としては欲しい能力ですが」

 

「そんなに良いものでもないのよ。望む望まぬも無しに人の心が知れて良い事なんてないもの」

 

「まあオンオフが出来ないのは不便でしょうね。話しかけられてるのか心を読んだのか分からない時とかあったりします?」

 

「そういうのは無いわね。子供の頃は偶に勘違いして周りに怖がられたけどもう慣れたわ」

 

「それってどうやったら感じるんです? 距離とかですか?」

 

「私にも正確な事は分からないのよ。距離が近くても感じない事はあるし、距離があっても感じる事もあるわ。でも視界に入ってない人から感じた事は無いわね」

 

「じゃあ目を閉じれば大丈夫なんじゃないですか?」

 

「それがそうでもないの。一度視界に入れたら目を瞑っても感じるのよ。多分そこに人がいるって意識しちゃったら駄目だと思うの」

 

「(距離も視覚も関係なしで、存在を認識するだけで発動する能力か……なんだろう? 人体の発する電磁波とか体温、呼吸……いや、もういいか。多分科学的に当て嵌めるのは無理だ。能力の概要は分かったし、俺にその能力を使うには集中が必要って分かっただけで十分だ)そうですか……そういう事考えるって事はやっぱりその能力を捨てようとした事とかあるんですか?」

 

「……そうね。そう思った事もあるわ。今はもう諦めてこの力と上手く付き合ってるけど、子供の頃は嫌だったわね。私だって好きで心を読んでる訳じゃないのに皆私を避けるんだもの。嫌にもなるわよ」

 

「……すいません。ちょっと無神経でしたね。聞けば答えてくれるんでどうも調子に乗ったみたいです」

 

「別にいいわ。私だって普段は勝手に心を読んで、人の知られたくない事を勝手に感じてるもの。私には貴方を責める資格は無いのよ」

 

 ナツメは自嘲気味な笑みを浮かべているがその気持ちは理解できる。子供が自分の望まぬ能力を得て、それを理由に避けられれば心に傷を負うのは当然だ。周りがそれをフォローしようにも、そのフォローをする人間の心まで読んで、本音では恐れられているなんて事になれば人間不信になってもおかしくはない。この世界の人間の善性が強いとは言っても、人間である以上は未知のものに対する恐怖の感情は絶対に存在する。

 

 ただ同時に勿体ないとも思ってしまう。自分が対象外だったから掌を返すようでなんだが、超能力だって生まれ持った才能だ。生まれつき反射神経なり運動神経なりが驚異的に高い人間と大差は無い。その能力で傷付く事もあるだろうが、誘導尋問をすれば欲しい答えを知れるし、嘘だって暴ける。詐欺だって避けられるし、交渉となれば相手の求めるものも分かるから有利に話を進められる。観察と経験だけで人を測る自分からすれば最高の才能だ。おそらくだが成長過程で疎外されてきた経験の所為でデメリットばかりが目に付いて、メリットの方には目が向いてない感じがする。

 

「そこまで気にするような事ですかね? 僕だって心を読む能力ないけど似たようなことはしますし。人の事を知ろうとするのは別に悪い事じゃないでしょ。ただそれを口に出すから避けられるんですよ」

 

 今まで能力にばかり目を向けて、ナツメの性格について考えていなかったが何となく性格や生い立ちについても分かって来た。詳細に違いはあるがアンズと似通った部分がある。アンズはこの世界では特異な価値観を、ナツメはこの世界でも特異な能力を持って生まれて互いにそれを周りに受け入れられなかった。あとはそこから取った行動の違いだ。アンズは周囲に合わせる為に他人を真似る事を選んで、ナツメは周囲に合わせずにそのままの自分でいる事を選んだだけだ。

 

 先程、戦闘に能力を使うと言った時の申し訳なさそうな感じを見る限り、互いに公平、平等でいる事を望んでいる節がある。自分だけが相手の手の内を知れる事をアンフェアだとでも考えている感じだろうか。超能力をあまり良い様に思ってないからこその悩みだ。持って生まれた者故の悩みというやつは今一つ理解できない価値観がある。個人的には超能力だって才能なのだからルールの範囲内でなら使っても問題は無いと思うが、負けた奴の心でも読んで卑怯だなんだと僻まれてきたのかもしれない。

 

「そう単純でもないのよ。私もこの能力を黙っていた時期はあるけど、でもいつかはバレるの。その時にいつも言われてきたわ。今までずっと心を読んでたんだろうって、自分の事を騙していたんだろうって。そんなつもりが無くても黙っていたことは事実だから言い返すことも出来ない。だから最初から分かるようにしてるのよ」

 

「(あー、自己防衛の類か。嫌われるのが嫌だから先に自分の短所を言っとく感じだな。気持ちは分かるわ)成程ね。まあ難しい問題ですけどその程度で破綻する関係なら別にそれでいいんじゃないですか? そりゃ心読まれるのはあんまり気分良いもんじゃないでしょうが、人なんて多かれ少なかれ……うーん……いや、やめときましょうかね。何言っても慰めっぽくなるんで」

 

「ええ、別に私も今更この力をどうこうしようなんて思ってないの。幸い今はこの力を知っても一緒に働いてくれる人もいるから」

 

「(その結果がこのジムのキチガイと中二病共か)ええ、差し出がましい事を言いました。ではバトルに移りましょう。ジム挑戦用のポケモンでも本気のポケモンでも構いません」

 

「そうね。私は戦いは好きじゃないけれどバッジを相応しい相手に渡すのはジムリーダーの務め。貴方の強さは分かっているから本気でいかせてもらうわ」

 

「ではルールはどうしましょう? 他のジムみたいに特殊なルールがあるならそれに従いますが」

 

「ここのルールは三体三のシングルバトル。交代は自由だけどアイテムの使用は禁止よ」

 

「了解です。ではよろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしくお願いするわ。良い勝負をしましょう」

 

 ひとまず話を終えてそれぞれ部屋の両端に移動する。他の部屋でもそうだったがこのジムには枠線が無いので部屋全体がフィールドという事なのだろう。流石にトレーナーを巻き込むような攻撃は禁止だろうが、まあそれは常識だから言わなかっただけだと思う。でも危険な状況になったら聞かされていないという事を盾にしてトレーナーにも影響を与える技を使う事も視野に入れておく。

 

「準備はいいかしら」

 

「ええ、大丈夫です」

 

「なら始めるわよ。行きなさい! バリヤード!」

 

「デンチュウ! お前は自由だ!」

 

 こちらの先発はデンチュウ。最初はユカイを先発にして早々に勝負を決めるつもりだったが、読心能力を戦闘中に使うのは困難だと判断して先発を変えた。特殊技が多めなのでエスパータイプ相手には辛いかもしれないが、いざとなればシグナルビームでエスパーの弱点を突ける。真面目に仕事をするための情報収集にはちょうどいい。

 

 対するナツメの先発はバリヤード。見た目のレベルは60に達しているかどうかというところ。タイプ的にはエスパー単色ではあるがなんとなくバリアを張って搦手をしてくるイメージがあるので今一つ攻め方が分からない。

 

「デンチュウ! でんじは!」

 

「しんぴのまもりよ!」

 

 どう攻めていいか分からなかったのでひとまず状態異常にするためにでんじはを使ったが、それを見越した様に状態異常対策を取られた。思考を読まれて対策されたとは思えないが、どうも気持ちが悪い。

 

「でんきショック!」

 

「まねっこ!」

 

 デンチュウがでんきショックを放てば、一拍遅れてバリヤードもまねっこで同じ様にでんきショックを放つ。それぞれの放った電気が空中でぶつかりバリヤードに近い位置で小さな爆発を起こす。何となくバリヤードの運用目的が分かって来た。

 

「じゅうでん!」

 

「じこあんじよ!」

 

 デンチュウが粒子を尻尾に吸収するのに併せて、バリヤードはその両手に粒子を吸収する。

 ここまで見ればバリヤードの運用目的にも察しは付く。状態異常技にはしんぴのまもり、特殊技はまねっこで相殺、積み技にじこあんじと来れば、バリヤードの運用はこちらの技に対応する技を使うカウンター型。距離があったから特殊技のでんきショックを使っていて助かった。もし迂闊に物理技でも撃とうものなら多分カウンターを使ってくる。

 

 思考が読めないから指示に僅かな遅れが出ているが本来なら完璧に同時くらいのタイミングで対応する技が出てきた筈だ。読心能力を使う事を嫌がっていた割にきっちり戦闘に読心能力を組み込んでいるところがいやらしい。技の相殺ができるこの世界且つ相手の使う技が分かるナツメならではの有効な運用だ。

 

「(カウンター型でも倍近いレベル差がある俺のポケモンなら力押しで突破できる。ひかりのかべでも使われて特殊技の威力を抑えられる前に潰す)でんげきはだ! 相殺させるな!」

 

「ひかりのかべ!」

 

 デンチュウが放つでんげきはが蛇行しながらバリヤードへと向かうが、バリヤードはその間に目の前に光る壁を作る。そのまま壁にぶつかったでんげきはが威力を弱めつつバリヤードに直撃するが撃破には至らない。

 

「(落ちねぇか、でもそれなりのダメージはある)シグナルビーム!」

 

「ごめんなさい……あやしいひかりよ!」

 

 デンチュウが手を合わせてシグナルビームをを放つ瞬間、バリヤードも体から光を放つ。自分にも効果があるかもしれないのでナツメの指示が耳に入った瞬間に咄嗟に目を閉じて腕で目を覆った事で何とかあやしいひかりを直視する事は避けられた。余裕を持って一秒程してから目を開けばバリヤードは倒れ、ユカイは立っている。どうやら無事にバリヤードは撃破できたらしい。

 

「デンチュウ戻れ! つくね! お前は自由だ! (バリヤードはもう駄目と判断して最後に状態異常残していきやがったな。結構ドライだな)」

 

「出てきなさい! ソーナンス!」

 

 混乱したデンチュウを下げて、どんな相手でも素早さで翻弄できるつくねを出したが、ナツメの次発を見て内心で辟易する。

 

 出てきたソーナンスのレベルは先程のバリヤードよりも低く、見た感じではレベル50台前半。しかし問題はそこではなくソーナンスというポケモンにある。ソーナンスが覚える技は四つだけ。物理技を倍にして返すカウンター、特殊技を倍にして返すミラーコート、状態異常技を無効化するしんぴのまもり、そして自分を倒した相手を戦闘不能にするみちづれだ。攻撃技が無く、完全なカウンター型としてしか運用出来ないが相手の使う技が分かるなら無類の強さを発揮する。

 

 ナツメの能力を考えれば非常に相性の良いポケモンなのは認めるが、能力を前提にしたこの選出はあまりにも性格が悪すぎる。バトル前に能力を使う事に申し訳なさそうな顔をしていたのは何だったのか。僅かでも同情して損をした気分になる。

 

「さあ! かかって来なさい!」

 

「(誰がそんな危険物にかかっていくか馬鹿)つくね。こうそくいどう、つぼをつくを繰り返せ。まだ近づくな」

 

 待ち構えるソーナンスを尻目に延々と積み技を重ねていくドードリオの図式が出来上がっているが、カウンターしか出来ないポケモンを出した時点でこうなるのは当然のことだ。それに対して普通ならポケモンを交換するべきだがナツメは動かない。

 

(積み技を重ねられてもカウンターで沈めればいいと考えそうだけどカウンターしかできないソーナンスを完封する手段なんて幾らでもある。技が使えないなら直接捕まえて壁にでも叩きつけてやるだけでいい。確実に相手の行動が分かる読心能力を身に付けた分、相手の行動を予測する能力が退化してるのかもしれんな)

 

 そう思いながらナツメを見れば、目を閉じているナツメの姿が目に入る。その姿を見た瞬間、さっきまであったはずの余裕が一瞬で吹き飛ぶ。

 

「(やべっ、心読んでる)つくね! 相手を掴んで壁に叩きつけろ! 動かなくなるまでやれ!」

 

 少し余裕が出来ただけで油断する馬鹿な自分を呪いながら急いで指示を出す。戦闘の最中に心を読まれるとは思っていなかったがそれはあくまでも集中する時間を与えなかった場合に限る。ナツメに集中する余裕を与えれば心を読まれてもおかしくないのにその可能性を排除して余裕をかました自分の失態だ。

 

「ソーナンス! 戻りなさい!」

 

「チッ!」

 

 結果、折角の戦力を削る機会をみすみす見逃した。次にソーナンスが出てきても無傷で完封する自信はあるが、それでも慢心して倒せる相手を逃がした事実は消えない。

 

 思わず舌打ちが出る。平素なら兎も角一度苛立ってしまうとどうも感情を制御できない。日本ではそうでもなかったのにこちらに来てからどうも怒りに関する感情表現が素直になってきているのが自覚できる。自覚があるのに制御できない事に更に苛立ちが募る。

 

「少しいい?」

 

「……どうぞ」

 

 苛立っているところに突然声を掛けられたが、荒げそうになった声を抑えて返事をする。戦闘の最中に声を掛けてくる理由が降参以外に思いつかないが降参なら降参で別に良い。今日の主目的はもう達成しているし、この後のアドバイスの内容ももう考えてある。

 

「未来が見えたけど聞きたいかしら?」

 

「ええ、是非聞かせて欲しいもんですね。負けるのが見えたから降参でもしますか?」

 

「いいえ、負けるのは貴方。これは確実に訪れる未来よ」

 

「(苛つくなぁ……)ではこの状況から是非その未来を掴んでください」

 

「ええ、ここからは全力で行かせてもらうわ。行きなさい! フーディン!」

 

 まるで先程まで全力を出していなかったのようなナツメの言葉にまた少し苛立ちを募らせつつ、手早く状況を確認する。

 

 まずナツメはフーディンを出してから目を瞑ったままだ。その状態でどうやってポケモンに指示を出すつもりか知らないが何かしら考えがあるのだろう。とりあえず何らかの手段で集中を乱さない限りは心を常に読まれていると考えていい。

 

 次にフーディン、こちらは最初のバリヤードに比べて僅かにレベルが高く大体レベル60といったところ。それ以外に読み取れる特徴は無い。今まで出してきたカウンター型のポケモンから一転して攻撃特化のポケモンが出てきたが、こちらは無傷のポケモンが三体残っている。内一体はタイプ相性も良く、別の一体は何度か積み技を積んでいる状況。

 

(この状況を一体で覆せるとは思えない。ナツメの発言は能力のミスかブラフのどちらか。あまり気にする必要も無い)

 

「残念だけど私の見た未来は外れたことが無いのよ」

 

 こちらの思考を読んで煽ってくるナツメにまた一つ苛立ちが募る。挑発だと分かっていてもつい反応してしまう。暴発する前に戦闘を終わらせる為に戦闘に集中する。

 

「ドリルくちばしでぶち抜け!」

 

「……」

 

 自分の動体視力を以てしてもかろうじて影が見える程の素早い動きでつくねがフーディンに突進する。フーディンと共にナツメも視界に収めているがナツメは未だに目を瞑ったまま微動だにせず、声すら上げない。

 

 そのままつくねの嘴がフーディンに突き刺さるかというところで突如フーディンの体を構成する粒子がほどけ、その姿が視界から消える。攻撃を外したつくねも立ち止まり、三つの頭で周囲を索敵している。

 

(なんだ今の? どこ行った?)

 

 フーディンとナツメに集中していた焦点を一旦外して、フィールド全体に目を向ける。しかしフーディンの姿は見えない。

 

「(あの回避の仕方は何だ? 分解? 転送? ……テレポートか? あんな感じなのか。指示は出てない感じだったけど自分の判断で回避行動取ったのか? ……まあいいや。出てきた瞬間にぶち抜けば)つくねその場で待機!」

 

 フーディンの回避行動をテレポートと仮定して、姿を現した瞬間に攻撃する事だけに集中する。消えた様子を考えればその実態は粒子化しての移動。体を実体化するのに掛かる時間は分からないが空気中の粒子に必ず動きがある。それを見逃さなければ問題は無い。

 

 しかし粒子の動きに集中した隙を突くようにつくねの背後に粒子の歪みが生じる。過去にミュウツーと戦った時に見たエスパー系の攻撃の歪みに酷似しているが実体化せずに攻撃できるとも思えないので実体化の予兆の可能性が高い。位置的に嘴を向けるには難しそうなので他の攻撃手段を取る事にする。

 

「後ろに蹴り!」

 

 指示に従ってつくねが粒子の歪みに向けて右足を突き出す。その瞬間、周囲に粒子が散るがそこにフーディンの形をした光源は無い。代わりに突き出したつくねの右足から粒子が飛散している。

 

「(攻撃!?)チッ! 走り回れ! 止まるな! 壁も使え!」

 

 つくねが右足を負傷したとは思えない程の速度で床も壁も関係なしに室内を縦横無尽に走り回る。右足から粒子を漏らしながら走り回っている為、室内の粒子の動きも乱れに乱れている。粒子の動きで出現先を特定するのは困難になったが、今はとにかく考える時間が欲しい。

 

(勝手に無理だと判断して思考から外していたが粒子化した状態のまま攻撃されたとしか思えない。攻撃が当たらない状態から一方的に攻撃できるならナツメの自信も頷ける。さっきみたいに攻撃を設置されると走り回るのは悪手だが、一か所に留まって狙い撃ちされるわけにもいかない。どうする? ……いや、そもそも本当にテレポートなのか? だましうちみたいに存在感を消す技か、それか粒子化して攻撃する技かもだがフーディンの使える技でその条件を満たす技は思いつかない。いっそ部屋全体を攻撃する技、もしくは室内の空気そのものを汚染する技……は自分も巻き込まれるから駄目か。面倒だな)

 

「つくね! 攻撃が来たら避けろ! 姿を現したらドリルくちばしを喰らわせろ!」

 

 考える時間を確保する間に相手に動きがあった用の指示だったが、その指示を聞いた瞬間、つくねが方向を変えてこちらに嘴を向けて走ってくる。その迫力を前に声を出すことも忘れて一歩後ずさる。接近してきたつくねはぶつかる直前で飛び上がり、俺の頭上に嘴を向ける。そちらに視線を移せば、不自然に多い粒子が空気中に飛散しており、その粒子も急速に薄れていく。

 

「クソ! (騙された。俺の後ろに移動してやがった)」

 

「……」

 

 このバトルではトレーナーの所定位置もポケモンのバトル範囲も定められていない。つまりは相手トレーナーの背後にポケモンが移動してもルール的にはなんの問題も無いという事になる。まんまと嵌められた。まだ粒子化した状態のまま攻撃できる可能性は消えていないがほぼゼロだ。もし粒子化したまま攻撃可能ならバトルが終わるまで実体化する必要は無い。態々実体化していた事実が実体化が必要であるなによりの証拠だ。

 

 まずは死角を減らす為に部屋の隅に向けて走り、そのまま部屋の角の壁に背を預けて出来るだけ部屋全体を眺められる状況を確保。真っ先に死角である真上を確認してフーディンがいない事を確認してから部屋全体を目を移す。いつの間にかフーディンはナツメの近くで実体化している。

 

 未だにナツメには何の動きも無いが思考を読む以外にも何かしているだろう。先程の失態は自分の勘違いが原因なので、今のところは何かされた感じはしないがあれだけ啖呵を切って何もせず突っ立っているだけとは考えにくい。声もサインも出している様子は無いが何かはしている筈だ。

 

(落ち着け。焦る必要は無い。相手はこっちの死角をついて不意打ちしただけで何も大したことはしていない。さっきのはただの自爆。落ち着けば対応出来た。それに失敗はしたが相手が何をやっているかは分かった。何も問題は無い。ナツメが何かしていようが、フーディンの判断で戦ってようが結果は変わらない。当たれば一撃だ。次はどこに移動しても確実に当てる)

 

 こちらから下手に攻めれば先程と同様にテレポートで回避されるので、相手の出方を窺っている隙にフーディンが周囲の粒子を集め始める。何の技かまでは分からないが体の一部ではなく全身に粒子を吸収している様子を見るに積み技の可能性が高い。フーディンの技を考えればめいそうかスプーン曲げ辺りだろう。

 つい先程ソーナンス相手にやった事をそのままやり返されている。合理的なやり方ではあるが、このタイミングでやられると当て付けのように感じられて腹が立つ。

 

「チッ……(つくねじゃきついか……交代して流れを変えるか? でもつくねの積み技は惜しい。それにデンチュウに変えても電気を撒き散らして部屋全体を攻撃するくらいしか思いつかないし、ユカイなら攻撃は無力化出来ても攻撃を当てれるか分からない。もし駄目だった時に積み技が消えたつくねで対処出来るかは微妙……このまま行こう。死角は潰したから対処できる筈だ。積み技を積まれる前に潰す)ドリルくちばし! 行け!」

 

 つくねの突撃に合わせて再びフーディンの体が粒子化して空中へと消えていく。一度見た戦法に今更驚くことは何もない。今度は冷静に対処する。

 

(一、二、三、四、五、六、七、あれか?)

 

 回避されて周囲を警戒するつくねの右前方に粒子が集まるが見えたのでその様子を確認する。粒子が集まり始めてから一秒にも満たない僅かな時間で粒子はフーディンの形を取る。

 

「右前方! 行け!」

 

 フーディンが姿を現したのを確認して攻撃指示を出す。粒子が形を成すまで待った甲斐あって今回はトラップではない。しかしフーディンは即座に体を粒子化して回避する。

 

「ステージ中央に戻って待機! (クールタイムは無しか……でも姿を現す予兆は分かった。形成にかかる時間は短いが隙を突けない程でもない。後は粒子化していられる時間。さっきは七秒だったが最低と最大が何秒か)

 

 フーディンの次の出現に備えてステージに全体に意識を向ける。テレポートは回避手段としては優秀だが結局のところ回避行動でしかない。こちらから攻撃を続けて、テレポートから先の攻撃行動に繋げさせなければ何も出来ない。

 

「(一、二、三、来た)右後方!」

 

 フーディン出現の前兆である粒子の集まりを確認して即方向を伝える。つくねも即座に右後方に向けて走り出し、フーディンの体が構成されると同時にその体を突き刺す。

 

「よし!」

 

 つくねの攻撃が当たると同時に今のやり方で正しかったと確信する。そして一撃で戦闘不能にしたと思いつつも念を入れて追撃しようとしたところでつくねの周囲の粒子が急速に歪んでいく。

 

「え?」

 

 粒子の歪みに気を取られて視界が広がった為に視界の端に青白い物体が見え隠れしている事に遅れて気付く。突然の事に回避の指示も出せないままつくねを取り巻く粒子の歪みが大きくなっていくのを見つめる事しか出来ない。

 

「っ! つくね!」

 

 咄嗟に名前を呼ぶと同時につくねの全身から粒子が吹き上がる。それと同時につくねの嘴にぶら下がっていたフーディンが霧散していく。よく見ればその粒子の集合体はフーディンの形をしているが色が明らかに青く、レベル換算すれば20レベルにも満たない色合いをしている。

 次いで視界の端に映ったフーディンを見ればこちらは今までに戦っていたフーディンと同じ色合い。ここでようやく偽物を攻撃させられて不意を突かれた事に気付く。

 

「戻れつくね(なんだよそれはっ! 分身? 粒子を操作して偽物を造ったのか? ……偽物、分身体、変わり身……みがわりか! やられたくそっ! 攻撃の瞬間に視野が狭まったの狙うってなんだよ! ポケモンの癖に頭良すぎだろ)」

 

「……」

 

 二回の攻撃を受けて全身から粒子を噴き出しているつくねをボールに戻す。無理をすればまだ戦闘を継続できるだろうが確実に動きは鈍っている。フーディンの手の内を見る為の捨て駒に使う事も考えたが、余裕を与えて積み技を重ねられる可能性があるので交代を選ぶ。

 

「(くそ! なんなんだ一体! くそっ! クソッ! 調子乗りやがって!)いけ! ユカイ!」

 

 またしてもいいように転がされた怒りに任せてユカイをボールから出す。特に考え合っての行動ではない。ただ相性が有利な事とデンチュウでフーディンを倒す目途が立たなかった故の行動だったが、その行動に今まで目を瞑って動きの無かったナツメが反応を示す。

 

「あら?」

 

 発した言葉はそれだけだったが、集中を始めてからナツメが見せた初めての反応だ。怒りの感情を乗せたままナツメに視線を向ける。見ればナツメは再び目を瞑って集中を始めている。

 

(今度は何だ? あらって声を出したな。何かあったか? いや、ブラフの可能性もあるから今はいい。ひとまずフーディンだ。あれの戦い方はヒットアンドアウェイ。攻撃を回避して不意を突く。出来るのはそれだけ。どうすればいい? つくねで試した速度で翻弄は無理。体力的にみがわりもまだ二回使える。なら不意打ちの瞬間に不意を突く。これも無理。ナツメが心を読んでるから狙ってもバレて裏をかかれるだけだ。ならどうするか……出てくる場所が分かれば一撃で仕留めるのに。こんなことなら岩でテレポート先を塞げるドザエモンを選出するべきだった。……いや、ユカイならエスパー技のダメージはないからごり押しも行けるか。でも攻撃を当てる手段がない……テレポートを封じる手段……も情報無いから無理。とりあえず一撃狙いは諦めて状態異常にしてみよう。あやしいひかりなら光速だ。流石にそれは避けられないだろう……まずはそこからだ)

 

 ナツメの反応は気に掛かったが今はそんな事を気にしている余裕はない。相手のちょっとした反応から弱点を見つけて勝負に勝つなんて都合の良い展開は漫画の世界の話だ。ここは現実。幸いにも勝てるだけの戦力があるのだから勝ちにつながる情報を一つずつ集めていけばいい。

 

「ねこだまし!(テレポートで回避されるだろうが勝負はそこから。今度こそ対応してやる)」

 

 指示に従ってユカイがフーディンへ奇襲をかける。それと同時にフーディンが粒子化する。

 

「その場で待機!(今度はどこだ? どこに出ても良い。光の速さより早く粒子化は出来ない)」

 

 ステージに集中する。僅かな粒子の動きも見逃さないように集中しているとナツメの真後ろに粒子が集まっているのが見える。考えられるのは自分を盾にしてあやしいひかりを防ぎつつ、遠距離技の使用を躊躇わせる事だろう。ナツメを巻き込む位置に移動させることで遠距離攻撃を躊躇させつつ、近距離攻撃を選べばその間にテレポートして不意打ち。相手の善意を利用した本当に性格の悪い戦い方だ。

 

「ナツメの後ろ! シャドーボール! (自分を盾にする作戦ね。マジ性格わりぃな。でも性格の悪さならこっちも負けてねぇんだよ)」

 

「っ……!? シャドーボール!」

 

 危険性は重々承知の上で勢いに任せて攻撃指示を下す。ナツメを巻き込む攻撃指示だが、おそらくフーディンが間に割って入る。割って入らなければナツメが死ぬのでそれ以外の選択肢は無い。本当はこんなやり方をするつもりは無かったがナツメは自分を盾にして戦闘を有利に進めようとした。そんな戦い方をするのならこちらもそれに見合った戦い方をするだけだ。

 

 流石にトレーナー諸共攻撃されるとは思っていなかったのか、ナツメも遂に声を発する。そして指示に従ったフーディンがナツメとシャドーボールの間へと移動してシャドーボールを放って相殺を狙うが威力はユカイのシャドーボールの方が上。技を出すタイミングがユカイより遅かった事もあり、フーディンの至近距離で互いのシャドーボールが爆発し、フーディンを爆風が襲う。

 

「(まともに喰らやいいのによ)だましうち!」

 

 フーディンが爆風で体勢を崩している様が確認できたので一気に攻め立てる。そもそも一度トレーナーを狙った時点で勝負は短期決戦に持ち込まなければならない。相手がこちらを見習って、こちらを盾にするようにテレポートを使用し始めたら本当に攻め手が無くなってしまう。ここで決めきれなければ降参も視野に入れなければならない。

 

 ユカイが存在感を薄くしてフーディンへと駆けていくが未だフーディンは体勢を立て直せていない。本来ならこういう緊急事態の為にナツメがこちらの思考を読んでいたのだろうが、ナツメも急に自分が攻撃を受けた上に爆風に煽られて集中できている様には見えない。テレポートを使えば緊急回避は出来るかもしれないがテレポートをした場合、位置的にユカイの攻撃がナツメに当たる恐れがある。勝つ為に自分の身を犠牲にする覚悟が無い限り、この攻撃は躱せない。

 

(殺れ。殺っちまえ)

 

 ユカイとフーディンの距離が近づくにつれて期待が胸に溢れる。ナツメの能力を考えれば思考は抑えるべきなのだが、散々手を焼かされたフーディンを倒せるとなればどうしても感情が溢れてしまう。

 

(いけ、もうちょっと)

 

 ユカイがフーディンに飛び掛かって腕を振りかぶる。上から下に殴り落とすような形を取っているのはユカイなりに近くにいるナツメを巻き込まないよう配慮しているのかもしれない。

 

(よし、さっさとやれ。決めろ)

 

 ユカイが拳を上から下に振り下ろす。フーディンやナツメの意識が近くにいるユカイに向いている様子は見られない。そのまま降り抜いた拳がフーディンを地に叩きつける。

 

「しゃっ!」

 

 ようやく一撃当てる事が出来た喜びに手に力が入る。タイプ相性を考えれば一撃だろうがあのフーディンには散々手古摺らされている。僅かでも体力を残して逆転されては堪らない。

 

「シャドークローで追撃だ!」

 

「待ちなさい!」

 

 気分良くとどめを刺そうとしていたところにナツメが水を差す。戦闘不能になっている可能性があるポケモンに追撃するのを止めたい気持ちは分かるが一撃くらい我慢して欲しいところだ。

 

「なんすか? (もしこれで後からフーディンが戦闘可能ってなったらどうするか……追撃の機会を潰したって事で言い包めれるか?)」

 

「勝負は終わりよ」

 

「降参っすか?」

 

「そうよ。私の負けを認めるわ。だからもう攻撃は止めて頂戴」

 

「ふぅ~~~(勝った)……了解です」

 

 戦闘終了と聞いて、長い息を吐きながら緊張を解く。このジムの最大の懸念はナツメとの対話であって、ジム挑戦自体はおまけ程度に考えていたがそんなに甘くは無かった。少なくともこの地方の全てのジム挑戦を振り返っても今日の戦いが一番苦戦した戦いだったと思う。

 しかし、フーディンを落とした時点で降参されるとは思わなかった。残るはソーナンスだけだが何かやらかしてくると思っていただけに肩透かしを食らった気分だ。ここまで煮え湯を飲まされたのに変にさっぱり終わったからどうも不完全燃焼な感じがする。

 

「はぁ~…………お疲れさんでした」

 

「そうね。お疲れ様」

 

「そんじゃ何個か聞いていいですか?」

 

「私が答えるのかしら? アドバイスをしてくれるって聞いてたのだけど」

 

「……その為に確認するんですよ。戦い方とか、俺には理解できないところがありましたから」

 

「そう。なら立ち話もなんだし移動しましょうか。休憩用の部屋でいいかしら?」

 

「別にどこでもいいっすよ」

 

「じゃあ移動しましょう。ついてきて頂戴」

 

 そう言って踵を返したナツメは部屋の隅へと歩を進める。向かう先に二つ部屋移動用の台座があるのを見るに、そのどちらかが休憩室に繋がっているのだろう。大人しくついていってもいいがその前に一つだけ言っておきたい事がある。

 

「ああ、先に一つだけいいですか?」

 

「なにかしら?」

 

「残念でしたね。未来予知が外れて」

 

「問題ないわ。私の見た未来は必ず訪れるの」

 

「でも勝ったのは僕ですよ?」

 

「なら私が見た未来は今日じゃなかったのよ。貴方はまたいつかこの場所で私と戦って、そして負けるの。これは必ず訪れる未来よ」

 

「そうですか(どうせ外れるよ。もう絶対お前とは戦わねぇんだから)」

 

「もう大丈夫かしら?」

 

「ええ、邪魔してすいません。とりあえず移動しましょう」

 

 ちょっとした意趣返しのつもりで予知が外れた事を指摘してみたがまんまと言い返された。既にナツメの中ではこの場所で自分と再戦するのは確定事項らしいがその未来は絶対に回避したい。そして目先のアドバイスについても考え直さなければならない。

 

(疲れた……こっからナツメと話すんのは気が重いなぁ。てか何言えばいいんだろ? 戦い方についてはそこまで文句は……いや文句はあるけど非の打ちどころはそんな無いんだよな。なんなら個人的には好きな戦い方だし。相手の攻撃を待つ戦い方が多いとは思うけど、能力考えたらその選択は間違いじゃない。というか俺がアンズとかグリーンにやったのってこういう感じの事なんだよな。あの二人凄ぇな。俺だったら絶対キレるわ。そんな相手に教えを乞うとか考えられん。同族嫌悪かな……まあ、今はいいや。マジで何話すかな。レベルの話するか? でも戦闘中に思考読まれてるからレベルやら粒子やらの話もぼんやり伝わってそうだ。どうすっかな……聞きたいことがあれば答えるでいいのかな。でも思考読まれて変なことばれても困るから会話の主導権は渡したくないからな。まじめんどくせぇなこいつ)

 




この作品もいつの間にかお気に入り件数が100件を突破しました。
皆様の応援をモチベーションに頑張っていきます。
まだ作品としては序盤もいいところですが、今後とも飽きるまでお付き合いいただければ幸いです。


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相性の悪い人

続きが出来たのでお納めください


(さて、こいつはどうしたもんか)

 

 ヤマブキジムの最下層に設けられた休憩室。壁に埋め込まれたテレビと冷蔵庫と事務机だけが置かれた簡素な空間。そこで向き合う相手は先程バトルを終えたナツメだ。

 

 このナツメという人間、はっきり言って接し方が分からない。超能力という理解できない能力を持っている事も厄介だが、それと同時に性格が今一つ分からないという問題もある。性格が分からないと演じるべき性格が作れない。

 心が読める相手にそんなことをする必要があるかと言われれば微妙なところだが、そこは癖だ。話の中で素の様な話し方をした方が良いと判断すれば予定を変えるが、ひとまず人と対面する時にはそれ用の性格を演じると決めている。そのルーティーンを崩して失敗はしたくない。

 

 一応現状で分かることもあるのだが、どうも得られた情報に合致しない部分が多い。

 まずナツメの人格形成に影響を与えてきた生い立ち。これはナツメの言葉通りだろう。それっぽいストーリーを適当に造った可能性はあるが、少なくとも聞いた限りでは不自然な点は無く、納得も出来る内容だった。それにナツメが態々エピソードを作ってまで嘘を吐く必要が無い。

 きっと超能力を快く思っていないというのも嘘では無いだろう。そうでなければ自分を責める卑下の言葉は出ずにもっと周りを責める言葉が出てくる。

 

 だからこそ超能力前提の戦い方をしてきた事に違和感しかない。もし超能力を快く思っていないなら可能な限り能力に頼らない戦い方を模索する。そう思っていたのに蓋を開ければ超能力を前提にした戦法で挑んできた。ナツメの中で割り切りが出来ているにしても中々そうはならない。今は能力を捨てる事を諦めて能力と上手く付き合っていると言っていたが限度がある。

 トラウマを完全に克服して超能力は自分の才能だと声高に言えるような奴なら兎も角、そうでないなら超能力を前提にするような戦い方は普通選べない。一番最初に自分の一番悪い部分を見せてから徐々に好感度を上げていく手法もないではないが、そんな挑戦者の殆どに嫌われるようなやり方をするとも思えない。

 

 戦闘前の会話の時は間違いなく良く思っていなかったのに戦闘には超能力を多用する。行動と言動が相反する人間は幾らでも見てきたが、その相反する内容がどちらも嘘ではない様に感じる。

 自分の様に短所を短所として認めつつもそれを嫌いになれないような人間かとも思ったが、そういう人間にも見えない。戦闘前に超能力の事を知った上で一緒にいてくれる人もいると言っていたので、単純に考えればありのままの自分を見せてそれを受け入れてくれるか試しているという線もあるが、これも何となくしっくりこない。

 

 性格の面についても微妙に読み切れない。戦闘前の会話の印象では人に対等である事を求めるタイプ、これが戦闘で不意打ちや弱みを突く事を躊躇わない姿勢と今一つ噛み合わない。普段の会話でも思考を読んでいる事を仄めかす発言をするような人間なのでバトルの時だけ割り切って容赦ない戦いをしているというのも違う気がする。得られた情報に矛盾しない様に消去法で性格を割り出すことも出来なくは無いが、そこまでいくと根拠がないのであまり当てにならない。

 

 結果として情報があってもそれに合致する答えが出てこない。一つ一つの情報だけを見れば理解出来るのに、組み合わせると何も分からない非常に奇妙な人間。理解出来るのか出来ないのかすら分からない。直接会って話しても分からない人間というのは初めてではないが、ここまで分からない人間も珍しい。一番怖いのは全く理解出来ない人間だが、こういう答えが出そうで出ない人間が一番危ない。

 

(駄目だな。能力だけに注目してたがどうもそれ以外の相性も悪い。これだと半端に推察した情報を持ってても判断の邪魔になる……欲張る必要は無いか。とりあえず能力の情報が手に入っただけで御の字……考えてみたらこいつとは今後の関係も出来る限り避けたいし、無理して性格は把握する必要は無い。ただビジネスライクに仕事を全うしよう。嘘を吐く必要も持って回った言い回しも不要。もし可能ならその中で性格を読めばいい)

 

 ひとまずの指針を決める。指針が決まれば行動も決まる。行動さえ決まれば悩む必要は無い。予定通りの行動を淡々とこなせば望む結果が出る。ずっとそうやって仕事をしてきたことを思い出す。

 

(そうだ。仕事の時はいっつもそうだった。事前情報なんて無い初対面の相手を言い負かしてきた。今日も一緒だ。人間性を把握した上で面談出来る機会なんて普通はない。昔と同じようにただ淡々と仕事をこなすだけでいい。別に嘘を暴く必要も、失言をさせる必要もないんだから何も難しい事はない)

 

 決まった事をこなすのは得意分野だ。色々と頭を使ったが、そもそも緊張するような事ではないと思い直す。

 今日の目的はただナツメが強くなる為のアドバイスを送るだけ。嘘を見抜く必要も目的を隠して達成する必要もない。仕事に愚直にこなす分には何一つやましいことがないのだから、過去以外の思考なら幾ら読まれても問題にならない。そう思えばで気持ちが大分楽になる。

 

「じゃあお話をしていきましょうか」

 

「ええ、よろしくね」

 

「先に言っておきますけど、どうせ思考を読めば分かるんで持って回った言い回しとかはしません。思った通りに言いますので理解できない部分があればそちらから質問してください」

 

「私もその方が助かるわ」

 

 口火を切ってみたがナツメの様子は穏やかなもの。あまり意識しないようにしていてもどうしても思考が気になる。先程のバトルの様子と今の様子が頭の中で一致しない。

 

「それじゃあまずは今日の戦いについてですね。正直に言えば私からアドバイスを送る必要があるのか分からないくらい完成された戦い方でした。個人的には結構好みの戦い方です」

 

「そうかしら? 私が言えた立場じゃないけど不評なのよ」

 

「まあ確かにジムリーダーらしいかと言われると違うでしょうね。相手の思考を読んでのカウンターに不意打ちにトレーナーを盾にする。まあ不意打ちは戦法ですし、思考を読むのはナツメさんの能力だから心象を別にして考えれば問題ないとして、トレーナーを盾にするのだけはルールギリギリですね。受け入れられる人は少ないでしょうし、私もやられてる時にはかなり苛つきました。(グリーンとか滅茶苦茶嫌いそうだな。今はどうか分からんけど)」

 

「私も分かってはいるんだけどね。それでも本気となるとああなっちゃうの」

 

 頬に手を当てて溜息を吐いているナツメは本当に辟易しているに見える。自分で選んだ戦い方でこんなに態度を取られても困る。嫌々使っている様には見えなかったが、そうしなければならない理由があるという事だろうか。

 

「(全力となると超能力込みのものじゃないと相手に失礼になると思って仕方なくって感じか? それか本気で戦おうとするとタガが外れて感情が制御できなくなる……これは違うな。タガが外れるタイプだったら降参はしない)そこは個性じゃないですかね? 僕だって本気ってなったらそれこそルール違反すれすれの事をしますし。グリーンさんとの戦いの時なんかナツメさんのやり方が可愛く見えることしてますから」

 

「そう言ってくれる子は少ないのよねぇ……」

 

 ナツメは自虐するように苦笑いを浮かべているがその態度や口調は嘘には見えない。そこまで無理をする理由があるのだろうか。今する必要のある質問では無いが知れる機会があるなら知っておきたい。

 

「……これはアドバイスとは全く関係ない事ですけど、自分で気に入らないなら他の戦い方をしてもいいんじゃないですか? 思考を読むのは自動で発動するって聞いてますけど、使い方を変えればもう少し印象良くは出来ると思いますよ?」

 

「貴方の言いたいことは分かるわ。でも無理なの」

 

「理由を聞いても良いですか?」

 

「例えだけれど頭の中に最善の戦い方が思い浮かんだとして、貴方は戦闘の最中に瞬時にそれを捨てて別のやり方を考える事が出来るかしら?」

 

 質問には至極もっともな意見が返って来た。言われてみればその通りだ。

 相手の手の内が分かってこちらにそれを確実に迎撃する手段があれば誰でもその戦い方を選ぶ。自分の印象の為に別の戦い方を選んで被害が拡大したり、負けるなんてことになるくらいなら嫌われてでも最善手を選ぶだろう。それに別の戦い方をしようにも頭の中にその最善手がちらついている限り、他の手を考える思考も鈍る。二番目に良い手を考えるというのは最善手を考えるよりも余程負担が大きい。いくつもの戦い方を瞬時に考え付くような頭脳を持ってない限り不可能な芸当だ。

 更にポケモンの信頼を失うというおまけ付き。トレーナーとしてはこちらの方が致命的かもしれない。いつだって最善手を取らず二番手、三番手の策ばかり取っていれば被害も受けるし、思考が追い付かなければあっさり負けかねない。そんな環境でポケモンの信頼を得られるかと言えば、当然否だ。そう考えれば悪評を得ないというメリットの為だけに戦い方を変えるのはデメリットが大きすぎる。

 

「……無理ですね(能力的に他に選択肢が無いだけだったか。性格や人間性を重視し過ぎた。こっちの人間は感情が行動に直結する奴が多いから、行動の根元に何かしらの感情があるっていう変な先入観を持ってたな。後は超能力者を過大評価し過ぎた。なんとなく心が読めるなら頭の中で全部整理出来るような凄い頭脳があるような気になってたけどあくまでも変な能力があるだけで脳の働きなんかは普通の人間らしい。少し評価を下げよう)」

 

「そうでしょう?」

 

「ええ、すいません。しょうもない質問をしました(戦闘があれな理由は……筋が通ってる。じゃあ戦闘外で感じた性格が素と判断していいか……失敗したな)」

 

「気にしないでちょうだい。私にとっては十分マシな質問よ。あんな戦い方は変えろって頭ごなしに言われるより何倍も良いわ」

 

「流石に言いませんよ。私もそれを言える程綺麗な戦い方をする訳じゃないですから」

 

 出来るだけ穏やかを装って話しているが内心では歯噛みしている。理由があったとしても、あの様な戦い方をするくらいだから似たような感性を持っていると思って汚い戦い方を肯定した。しかし理由を聞いた今ではその判断は間違いだと分かる。まさか信条と関係のない理由であの戦い方を選んでいたとは考えもしなかった。

 だからと言って、今更修正するわけにはいかない。そもそもアンズやグリーンに確認を取れば直ぐに自分の好む戦い方はバレる。仕事で普段使いしていた性格の所為で、無意識的に相手の共感を得る方向に舵を取ってしまった。こんなことなら変に性格を作らない方がマシだったかもしれない。

 

「それで話を戻しましょう。と言っても質問ですがね」

 

「ええ、なんでも聞いてちょうだい」

 

「私なりにバリヤードとソーナンスの戦い方については何を狙っていたかは分かります。でも最後のフーディンの事だけは良く分かりませんでした。どういう戦い方をしたかったかは分かるんですが、あの時のナツメさんの行動とかについて説明を貰えますか?」

 

「そうね……貴方はエスパータイプのポケモンを育てた事はあるかしら?」

 

「ありますね。純粋なエスパータイプってなるとそこまでいませんけど、複合タイプならそれなりの数を育てました。もういませんけど私が育て切ったポケモンの中にもヤドランがいましたね」

 

「……そう。なら分かると思うけれどエスパータイプのポケモンは他のタイプに比べて、人の心の動きに敏感なの。中には私の様に心を読むポケモンもいるわ」

 

「? あー……じゃあフーディンが心を読んで戦っていたと?」

 

「そうよ。言ってなかったけど私が考えを感じ取るのは何も人だけじゃないの。ポケモンだって心があるのだから考えは私に伝わってくるわ」

 

「ん? ごめんなさい。ちょっと整理したいんで過程を教えて貰えます?」

 

「分かりやすく順番に言うと、まず私が貴方と貴方のポケモンの考えを感じるの。次にフーディンが私からその感じた考えと私が考えた対策を読むのよ。その内容をフーディンが検討してフーディンが出した対策を私がまた感じるわ。そうやって私とフーディンでお互いの考えを何度もやりとりして最終的に出した結論を行動に移すのよ」

 

「じゃあ、あの時フーディンとずっと脳内会議をして戦い方を決めてたんですか? (マジかよ……やっぱ普通の人間と同じじゃないわ。そのやり取りに集中したとしても戦闘で使おうと思ったらどんな速度で思考すりゃいいんだよ)」

 

「そうなるわね。ポケモンに戦い方を決めさせるなんて一人のトレーナーとしてどうかとは思うのだけれど……」

 

 確かにトレーナーとして正しいかは微妙なところだろう。普通はトレーナーが全部判断して指示を出すと考えればトレーナーとポケモンが相談して戦い方を決めるというのは少し狡く感じる。ただ認められない程かというとそうでもない。言い換えればポケモンと正確に意思疎通が出来る利点を活かしただけ。才能だと言われればそれまでの話だ。

 そもそもルールで縛ったとしても、完全に平等な戦いなんて存在しない。トレーナーの才能、ポケモンのレベルや個体差、ポケモンのタイプ相性に得意地形、それらを全て公平にした勝負なんかできる訳がない。超能力が狡いなんて言いだせば、戦いになんらかの才能を使っている奴は全員狡い事になる。

 なんなら一番狡いのは自分だ。レベルが倍近いポケモンを使って勝負している時点で公平さの欠片も無い。しかもそのポケモンも自分で育てたとは言い難い。それに比べればナツメの方が遥かにまともだろう。

 

「別にいいんじゃないですか? ポケモンと意思疎通出来るのは才能でしょ。それ言いだしたらバトルになにかしらの才能使う奴は全員狡い事になりますよ? 私だってそうです。私の場合は強いポケモンを育てる能力があるから常に相手より強いポケモンで戦ってます。それと何も変わらないでしょ?」

 

「それは違うわ。貴方のポケモンが強いのは貴方とポケモンの努力に裏打ちされたものよ。貴方は自分の才能を自分の意思で使ってる。生まれつき持っている超能力に振り回されているだけの私とは違うわ」

 

「そりゃ違うのは当然ですよ。才能なんて人それぞれ。生まれつき運動神経がずば抜けた奴がいれば、頭が良い奴もいる。要領よく生きていける奴もいれば、何もしなくてもポケモンに好かれる体質の奴だっている。皆が皆、自分の才能を自覚して使いこなしてる訳でもなし。それでもそれぞれの才能を活かして生きてるんですから超能力をバトルに活かす人がいても良いでしょ」

 

「貴方の言いたいことも分かるわ。確かに人がそれぞれ生まれ持った才能をバトルに活かしているのは認める。でもそれを使うのはその人の意思に基づいたものでないといけないの。私は自分の能力を御しきれなかっただけ。自分の意思で決めた訳じゃなくて、他の道を選べなかっただけなの」

 

「それも別に変な事じゃないんじゃないですか? 持って生まれた才能で生き方が決まるなんてそこまで珍しくもないですよ。それにナツメさんもただ流されてる訳じゃないでしょうし。最初のバリヤードとかソーナンスみたいに相手の手の内を読んでそれに対応する技を使うくらいだったらあれですけど、フーディンの使い方は本当に超能力を最大限に活かした戦い方でした。他の道を選べなかったとしても、そこで腐らずに能力を活かそうとした成果です。それが出来てる時点で自分の意思で能力を使ってるって事になりませんか?」

 

「それは諦めて開き直っただけなの。他の道を選べなかったから選んだ事に変わりはないわ」

 

「(ああ言えばこう言う……あれか? なにか他の夢があったけどその道を行くのが超能力の所為で難しいみたいなパターンかな? それか好きな人に超能力の所為で振られた……家族のパターンもあるな。超能力の所為で家族仲が壊れたとかありそうだ。なんとなく周りに疎外されてきたって言うより自分の超能力で自分の周りの環境を壊したみたいな感じがする……感情の矛先が自分を責める方向に向いてるしそっちっぽいな。流石に聞けないけど)……これは慰めじゃなくて純粋な疑問ですが、なんでそこまで自分の才能を嫌うんですか? いや、まあ気持ちは分からなくもないんですよ? 超能力の所為で人から避けられたり、知りたくも無い他人の汚い心の内を見たりもしてきたんでしょうから。でも悪い事ばっかりでも無かったでしょ? 人の心の内を知れたからこそ学べたこともあるでしょうし。それに普通は分からないポケモンの望みなんかも分かるんですよ? 良い能力じゃないですか」

 

「そうね……実際に経験してみないとそう思うかもしれないわね。でもこればっかりは言葉で説明しても伝えきれないわ。こんな力は無いほうがいいの……」

 

 返事をするナツメの声のトーンが少し下がっている。そろそろこの話題は限界かもしれない。

 それにして本当に良く分からない人間だ。なんとなく手応えは感じるのに全く響いている感じがしない。理詰めで論破するだけならどうにか出来そうだが、どうあがいても納得はさせられそうにない妙な雰囲気がある。それらしい作り話をすればどうにか出来そうだが、途中で思考を読まれると簡単に嘘がバレて状況が悪化するので軽々にそういう手も取れない。

 別にナツメのトラウマを解消する必要は無いが、なまじどうにか出来そうなだけにもやもやする。力試しの気持ちもあるが、恩を売る事も含めてなんとか出来るならしてやりたい。あまり自分の周りにはいなかったが、放っておけない人間というのはこういう人間の事を言うのだろうか。

 しかしこれ以上深入りするのも不味い気がする。中途半端に手を出すと何が出てくるか分からないのでここらが潮時だ。探るのはこの辺で止めて真面目に仕事をした方が良いだろう。

 

「分かりました。当の本人がそう言うならそれが一番良いんでしょう。本当はどうにかしようと思ってましたがナツメさんが望まないなら無理してどうこうはしません。いつかナツメさんが望んだらその時にまた時間を取りましょう。でも僕はその力を嫌っては……まあ、相手にする分には思うところもなくはないですが、別に嫌ってる訳じゃない事だけは理解しておいてください」

 

「ふふ……ありがと」

 

「じゃあ話を脱線させて申し訳なかったですが、本来の私の仕事を始めます。ナツメさんを強くするためのアドバイスをしますので聞いてください」

 

「ええ、どんな事を教えて貰えるのか楽しみだわ」

 

 話題を変えただけでナツメの声色が一気に元に戻った。薄々感じていたが切り替えの早さが凄まじい。話をする分には感情を引き摺らない方が楽なのでありがたいが、その手の人間は扱いには注意しなければならない。人は感情の生き物と言われるくらいには感情に逆らえない様に出来ている。その中でも特にマイナスの感情をあっさり切り替えられる人間は異常だ。

 可能性は三つ。一つは感性に異常がある可能性。これは人の思考を強制的に読むという能力持ちと考えれば十分にあり得る。二つ目はキャラを作っている可能性だがこれは微妙。普段使いしているキャラだとしてもどうしても嘘臭さが残る。今一つ噛み合わないのを嘘臭さと見るかどうかだが嘘って感じでもない。

 最後の三つ目は話題に一切の興味がない可能性。可能性としてはこれが一番高い。ナツメの態度を見れば超能力について人から聞かれる事に慣れているのが分かる。当然その性格やら行動やらを治せなど幾度となく言われてきた筈だ。もしこれならこちらが何を言ってもまた関係ない奴が何か言ってるくらいに思われていた可能性が高く、さっさと感情を切り替えられるのも納得できる。ただ、これの場合はなにか自分の中で譲れない信念や理由がある筈だがそれが読めないので確定とも言えない。

 

「(……まあいいか。話をする分にはこっちの方が楽だし)まず戦い方についてですが、これは先程も言ったように私からアドバイス出来る事はあまりありません。というか戦いの前提に超能力がある時点で全容が分かってない私には的確なアドバイスは無理です。なので相手から見て、よりやりにくい戦い方を教えます。その為にはまず待ちの姿勢をどうにかしましょう」

 

 これは嘘ではない。心情的なものを別にすればナツメはアドバイスを送る必要が無い程の強さがある。戦法に自身の長所である超能力を組み込んでいるし、その使い方も悪くない。ただしそれは初見殺しの強さだ。初見で最も手を焼くのはナツメだが、対策をすればジムリーダーの中で最も簡単に倒せるのもナツメだ。

 

「言い訳をさせて貰えるなら、相手に合わせて戦う方が確実なのよ。私の方から攻めると咄嗟の動きに反応できないこともあるから。相手が先に動いてくれた方がその隙を突ける分安全なの」

 

「(反射には対応できないのか。まあ、狙ってできるもんでもないけど)それが安全策だって事は僕も分かってます。でもソーナンスみたいにそれしか出来ないポケモンは状況次第では無力です。パッと思い付くだけでも幾つかありますが、まず直接攻撃以外には無力ですね。僕がやろうとしたみたいに優しくつかんで壁に投げつけるとか、少しずつ体重掛けて踏みつぶすとか。それと持久戦仕掛けてくる相手にも弱いでしょう。やどりぎのたねとか喰らったら完封されますし、スモッグやどくづきみたいに状態異常と直接攻撃を組み合わせた攻撃にも対応できないですね」

 

「そういう時もあるわね」

 

「要は特定の場面にしか対応できないって事ですが、これは好みというより癖ですかね? ナツメさんの能力を考えたら仕方ない事ではありますけどちょっと選出に癖があります。個人的には弱点と言えるレベルですけど分かりますか?」

 

「……少し集中してもいいかしら?」

 

「分からないなら言葉で説明するんで大丈夫です」

 

 一言告げて、目を閉じようとするナツメを制止する。別に今なら思考を読まれても構わないが気分的によろしくない。しかし戦闘中に結構な時間、思考を読まれていたがまだ集中が必要らしい。それが知れたのは収穫だ。

 

「今日戦ったナツメさんの三匹のポケモンだけ見て判断するのは早計ですが、いずれも役割が決まってるとでも言えばいいか、あまり多彩な戦い方ができないポケモンばかりでした。バリヤードとソーナンスは耐久系カウンター型、フーディンは回避系カウンター型です。何が問題なのか分かりますか?」

 

「申し訳ないけど分からないわ。さっきの話を聞く限りだとどうしても打開できない場面があるとかかしら?」

 

「そうですね。まずそれが一つです。ナツメさんの超能力がカウンターに向いているのは認めますが全員をカウンター型で固めた場合、カウンター対策をしたポケモンが一匹出てくるだけで何もできなくなります。それともう一つがポケモンを見ただけでナツメさんが何をしようとしているのか即理解出来る事です」

 

「それの何が問題なのかしら?」

 

「ナツメさんは思考が読めるから実感が湧かないかもしれませんが、僕なんかがバトルで気にしてるのは相手が何を狙っているかとかどのタイミングでどの技をどんな使い方をするかです。相手の狙いが分かれば対策を立てられますからね。その上でナツメさんの今回の選出ですが、これがまあ分かりやすいです。決定力に掛けるから搦め手をしてくるだろうバリヤード、種族的にカウンターしか出来ないソーナンス、耐久力に難があるから速攻かヒットアンドアウェイしか出来ないフーディン。全員が何かに特化したポケモンばかりなので一目見ただけで何を狙っているか分かりますし、対策も立てやすいです」

 

「そうなのね。あまり考えたことが無かったわ」

 

「(そりゃ思考読めたらそうなるだろうな)でしょうね。僕らは相手の動きやら技やらを見て狙いを探ったりしますけど、ナツメさんは思考を読めば一発ですから。まあそんな感じでナツメさんの選出したメンバーは良く言えばエキスパート、悪く言えば融通が効かない面子ばかりです。適正に合わない育て方をしてたら予測は外れますが、それならそれで大して強くないから問題にならないですしね」

 

「面白い見方ね」

 

「多分普通の人なら大なり小なり考えてると思いますよ? ちょっと言い方は悪いですが、ナツメさんは相手の思考が読める分、普通の人より相手の狙いを読み取るとか相手を自分の狙いに嵌める能力が低い……いや、関心が薄いの方が表現的に正しいですかね。相手に合わせる事だけに意識を向けて自分なりの戦いの流れを構築出来てないんですが言いたいこと分かります?」

 

「もっと私の方から攻めた方がいいって事かしら?」

 

 バトルの流れを掴むなんて言葉で表現しにくいからニュアンスだけでも伝わればと思っていたが、ナツメの様子を見るに全く伝わってないらしい。マチスの時はなんとなく伝わったのだが、一体どう表現すれば伝わるのだろうか。いっそ思考を読んでもらった方が話が早いかもしれない。

 

「……微妙ですね。なんというかバトルの流れを掌握出来てないんですよ。ある程度強い人って大抵がバトルの中で自分の有利な場を作ったり、得意な盤面に持っていったりっていう必勝パターンみたいなものがあるんですけど、ナツメさんからはそういう目指すべき流れや意図を感じませんでした。説明しにくいんですけど、バトルの流れが全部相手任せなんですよ。相手が体勢を崩して、本来なら一気に追い詰めるべき場面でも相手が立て直して攻めてくるのを待つみたいな。対応の一つ一つを見れば最適解なんだけど全体で見たら微妙って感じです」

 

「そうかしら? あまり問題は感じたことが無いのだけれど」

 

「安定を重視するならそれでもいいと思いますが、それは格下相手に足元を掬われない戦い方です。ミスが無いから格下相手に勝利を取りこぼすことは無いけど、格上相手だとミスをしてくれないと勝てないやり方ですね。……そうですね……これは僕なりのバトルのイメージを例え話にした場合ですけど、ポケモンバトルがポイント制だったとしましょうか。最適解を取れば一点貰えて先に十点取ったら勝ち。そこにポケモンの強さで前もって幾らかのポイントを持ってるとしましょう。ナツメさんの初期ポイントを二点としたら僕は大体七点くらいですね。どうやれば勝てるか分かりますか?」

 

「相手が最適解を取ろうとするのを邪魔するしかないんじゃないかしら?」

 

「その通りです。でも今のナツメさんは相手の邪魔はせずにコツコツ一点ずつ積み上げる事しかしてません。相手が最適解を取るのを邪魔しないといけないのに先手を譲るから邪魔をしきれないし、差も縮められない。格下には確実に勝てるけど、格上にはミスを待たないと勝てないって言ったのはそういう事です……一応勘違いしないように言っておきますが貴方がカウンターを最善と判断したこと自体に文句はありません。超能力も含めれば貴方はカウンターに関しては相当のものです。問題なのは対応がテンプレ化していること。状況による変化もなく、この技が来たらこう返すって事前に決めたやり方に固執してるだけだとバトルの流れは掴めません。状況に応じた手札を持ってない人間は一度対策が確立したら後は負け続けるだけですからね。この言い方だったら伝わりますか?」

 

「……そう言われると心当たりはあるわね」

 

 どうやら今度は伝わったらしい。本当に意味を理解できているかは分からないが、これ以上分かりやすく説明できそうにない。これ以上話したら多分別方向の話も混じって纏めきれなくなる。

 

「なんとなくでも伝わったようで良かったです。それで、改善については私に幾つか案がありますがどうしますか? 自分で考えたいと言うならその意見を尊重しますが、一応聞きますか?」

 

「そうね。教えて貰えるとありがたいわね」

 

「では改善案を伝えておきますがあくまでも私の意見なのでその通りにする必要はありません。参考意見として聞いてください」

 

「ええ、分かったわ」

 

「本当なら一番欲しいのは新しい手札ですが、これは一朝一夕でどうにかなるものではないので将来的な課題にしましょう。もう相手の出方を窺う癖が付いてると思うので短期間で新しい戦い方を身に付けるのは多分無理です。ポケモンの選出だったり、バトルの流れだったりの話もしましたが結局のところ、ナツメさんが相手に関係なく一つの戦い方しか出来ないのが全ての原因ですね。だからまずは対応のテンプレ化を無くしましょう」

 

「どうすればいいのかしら?」

 

 ナツメが何気なく聞き返してきたが少しは自分で考えて欲しい。テンプレを無くせと言っているのだから状況に応じて対応を変化させろと言わなくても分かりそうなものだ。あまりごちゃごちゃ口を挟まれても困るが、ただ聞くだけの姿勢というのはどうも教え甲斐が無い。

 

「やって欲しいのは状況に応じた変化を身に付ける事です。はっきり言ってナツメさんの戦い方は初見殺しなだけで対応策さえ立てれば割とやり易いです。バリヤードなら状態異常技にしんぴのまもり、物理技にカウンター、特殊技にまねっこでしたか。こんなものでんげきはみたいな相殺困難な遠距離技を撃ってるだけで倒せます。次のソーナンスも一緒ですね。戦ってはないですが特殊技に対する反応がミラーコートに変わるだけ。それなら状態異常にして放置するか技を使わずに圧殺して終わりです。そもそもこの二匹は自分から積極的に攻めてこない時点で脅威を感じません。最後のフーディンだけは少しマシですがそれでもテレポートによる回避から攻撃という決まった行動をしてるだけなので岩技でテレポートできる場所を無くしたり、回避から攻撃に移るタイミングを広範囲技で潰せば勝ちの目を無くせます。これは全て決まった行動を取り続けているのが原因ですので変化を付けることで克服できます」

 

「成程ね」

 

「メンバーを変えないのであればバリヤードは待ちの間に攻撃を挟む様にしてください。当たらなくても攻撃すればそれだけでプレッシャーを与えられます。今の状態だとカウンター対策に集中できますが、直接攻撃も混じってくるとそちらも警戒しないといけなくなるので意識が分散します。ソーナンスは自分からは攻撃できないので環境を整えてから出すようにしてください。毒か火傷でも与えておけば相手も持久戦は狙わないでしょう。そういう風に相手が攻めるしかない環境を整えてから出すようにしてください。将来的にメンバーを変えるってなったら戦い方に幅があるポケモンか他のポケモンの為に場を整える補助が出来るポケモンを入れると良いと思います」

 

「分かったわ。フーディンはどうかしら?」

 

「フーディンは無理に戦い方を変えなくても大丈夫だと思います。あの戦い方はタイムラグ無しで距離も障害物も関係無く妨害不可能な指示が出せる時点で既に強いです。そして何より相手に出した指示が伝わらないというのが大きいですね。今日のバトルでもトレーナーの背後を取れなんて声に出してくれたらあっさり対処出来たんですが声に出ないだけで対処が一気に困難になりました。耐久性が低いフーディンというポケモンの戦い方としてはほぼ満点です。まあ、より特性を活かしたいならブラフを混ぜ込むと良いでしょう。本当の指示は思考で出しながら、相手に聞こえるように偽物の指示を声に出せば対応はより困難になります。ソーナンスの時に場を整えるって言いましたが、カウンターを使うなら相手の動きを誘導する事も覚えた方が良いです。声で偽の指示を出して動きを誘発させてから思考でその動きに対応した本物を指示を出すみたいな感じですね。私だとそのくらいしか改良点は思いつきません」

 

「ありがとう。参考にさせて貰うわ」

 

「それとこっちも要訓練ですが、相手の意図を考える事もやって欲しいですね。ナツメさんの場合は相手の思考を読めるというアドバンテージがありますけど、そこから一歩進んでなぜその選択をしたのかを考えてみてください。直接攻撃を狙っているのか、先々の布石を狙っているのか、そこを考えれば相手の狙う戦い方は見えてきます。その狙いを潰す戦いを覚えてください」

 

「私にできるかしら?」

 

「(戦闘中に脳内会議出来る奴が何言ってんだ)できます。予測するっていうのは人間なら誰でもやっている事です。例えばですがフーディンを使っている時に相手が他の効果的な技を使わずに敢えて効果の薄いサイケこうせんを撃ってきたとしましょう。どう思いますか?」

 

「どうと言われてもそうなってみないと分からないわ」

 

 即答で返事が返ってきたが、せめて考える素振りくらいは見せて欲しかった。無駄に時間を使わされるのは嫌だが、思考を放棄する姿勢を見るのも好きではない。

 

「それじゃあ駄目です。やっぱり思考を読むのが癖になって相手の意図を予測する想像や分析の能力が衰えてますね。他に有効な攻撃があるのに効果の薄い技を使うって事は何かしらの理由があるからです。例えばですが回避させてその先で有効な攻撃を当てる、攻撃が当てられないからわざと効果の弱い技を使って相手に受けさせる、もうちょっと複雑化していくとわざと効果の薄い技を使う事でなにか狙いがあると思わせて揺さぶりをかけるなんてのもあります。そういう意図を読んで、事前に潰せるようになればカウンター使いとして一気に化けるでしょう」

 

「……先は長そうね」

 

「当然です。ちょっと話をしただけで劇的に強くなれるなら苦労はしません。強くなりたいならその程度の努力は受け入れてください」

 

「ごめんなさい……そういうつもりじゃなかったのだけど」

 

 突然謝られたからなにかと思ったが、どうやらこちらが怒っていると思ったらしい。特に怒っていた訳ではないがちょっと言い方がきつかったかもしれない。苛ついているつもりはないが声色も怒っているように聞こえたのだろうか。自分でも意識しないところで苛ついていたのかもしれない。

 

「別に怒ってる訳じゃないんで大丈夫です。それでどうですか? とりあえずこれで私のアドバイスは終わりですが、さっき言ったやり方を受け入れられますか? 無理なら別の方法を考えますが」

 

「ええ、大丈夫よ。まずは試してみるわ」

 

「そうしてください。私はナツメさんの超能力について正確に把握してる訳ではないので実際にやってみないと分からない事もあります。その上でどうしても合わないと思ったら連絡下さい」

 

「それじゃあ連絡先を教えて貰えるかしら?」

 

 ナツメがそう言って携帯電話を出してきたのでこちらも携帯電話を出して連絡先を交換する。しかしナツメの着ている服にポケットが見えないのだが一体どこから携帯電話を出したのだろうか。そして今更気付いたがジムバッジをまだ貰ってない。アドバイスの真っ最中に催促するのも気が引けるが、ちゃんと貰えるのかどうか気に掛かる。

 

「はいどうも。それじゃあ最後に何か質問ありますか? 答えられる範囲でなら答えますよ」

 

「なら二つ聞きたいことがあるわ」

 

「(二つか……一つは粒子とかレベルについてとしてもう一つはなんだ? さっきのアドバイスの分からない所とかだと良いんだけど、個人についてとかは嫌だな)どうぞ」

 

「貴方が最後に出したポケモンは一体なに?」

 

 想定していたのとは全く別の質問が飛んできた。何故そんな質問をされるのか分からない。もしかするとこの地方では本当にヤミラミがいないのだろうか。それなら他のジムでもヤミラミについて聞かれそうなものだが今まで聞かれたことは無かった。本当に意味が分からない。

 

「? えーと、最後ですか? この辺だと珍しいんですかね? ヤミラミっていうポケモンなんですが……」

 

「そういう意味じゃないの。私はポケモンの心も感じられるって言ったでしょ?」

 

「ええ。言ってましたね。それがなにか?」

 

「あのポケモンからは命令に従わないといけないという思いしか感じなかったわ。あれはどういうこと?」

 

 ナツメの返答に頭を回転させる。どういうことも何も心当たる節が無い。確かにユカイはこの世界由来のポケモンかどうか分からないが、それはユカイだけに限った話ではない。今日の戦いで使ったつくねとデンチュウも含めて手持ち全員がそうだ。ユカイだけに異常が出る理由にはならない。やはりユカイにだけ異常が発生する心当たりがない。

 しかもよりにもよってユカイだ。これが比較的従順なドザエモンならまだ分かるのだが、見張りの命令を無視して寝落ちしたり、命令してないのにじゃれついてくるあのユカイだ。イメージ的にはレギュラー陣の中で最も命令に従うなんて思考とかけ離れている。

 

「どうと言われても心当たりがないですけど……様子がおかしかったのはヤミラミだけですか?」

 

「そうよ。出てきた時も、攻撃する時もずっとそのことだけを考えてたわ。あんなポケモンは見たことがないの」

 

「……いや……本当に心当たりがないですね。それって他のポケモンじゃなくて本当にユカイでしたか? あいつ私のポケモンの中でもトップクラスに人懐っこい奴ですよ?」

 

「あの時は私達しか部屋にいなかったから他のポケモンと間違うことはないはずよ」

 

 咄嗟に思い付いた事を言ってみたがその意見は即座に否定される。確かにあの部屋には自分とナツメとそれぞれのポケモンしかいなかった。そうなるとナツメの言う通りにユカイになんらかの異常が発生しているということになる。しかし原因が分からない。昨日のグリーン戦では異常は感じられなかった。今日のジムトレーナー戦もナツメ戦も同様だ。自分の目では分からない異常なのか、異常を見落としただけなのかすら分からない。

 悩んでも答えは出ない。そもそも自分は本職のトレーナーでもなければブリーダーですらない。ポケモンという生き物の正体についての特殊な知識を持っているだけの一般人だ。ただでさえ発光体にしか見えないポケモンを見ても体調なんて分からない。

 自分で分からないなら誰かに相談するしかない。幸いかどうかはともかくちょうど目の前にユカイに異常があると言っている人物もいる。ナツメ見せて異常を確認すればいい。その後の治療は直ぐに解決できるものなら良し、駄目ならマサキに相談する事も検討しなければならない。

 

「……申し訳ないですけどもう一回出しますからちょっと見てもらってもいいですか?」

 

「ええ、お願いできるかしら」

 

「出てこいユカイ。お前は自由だ」

 

 腰に付けたボールからユカイを出す。出てきたユカイはいつもの様にヴィーヴィーと鳴きながら周囲を見渡している。素人目で見る限りではいつも通りにしか見えない。

 ナツメはそんなユカイの目をじっと見つめている。知らない人に見られて居心地が悪いのかユカイがナツメから目を逸らしてこちらに目を向けた。助けを求めているのだろうか。

 

「後で撫でてやるから我慢して、ナツメさんの目を見とけ」

 

 ユカイにはこれが褒美になると思って何気なく言った言葉だったが効果は劇的だった。言葉を聞いたユカイは軽く風圧を感じる程の速度で首を回し、ナツメの顔を直視している。子供なんていたことはないが医者の診察を嫌がる子供を見ている気分だ。

 

「どうですか? 僕にはいつも通りにしか見えないんですが……」

 

「……おかしいわね……」

 

「どうおかしいんですか?」

 

「いえ、おかしいっていうのはそういうことじゃないわ。何もおかしなところがないの」

 

「異常はないってことですか?」

 

「そうなるわね。バトルの時は様子がおかしかったのだけど、今はどこにでもいる普通のポケモンと変わらないわ」

 

 ナツメの返答を聞いて再度頭を捻る。ナツメの言からすれば戦闘中だけ様子がおかしくて、その後ボールに戻したら異常は回復した事になる。

 そうなると考えられるのは戦闘中のユカイは普段から命令に従う事だけを考えている、若しくはボールに戻せば回復する混乱の様な状態異常を受けていた辺り。しかし今回の戦闘でユカイは一切の攻撃を受けていない。そうなるとユカイは戦闘中ずっと命令に従う事だけを考えているという事になる。イメージと違うが戦闘中と日常生活で切り替えているとするならあり得ない話ではない。

 ナツメの能力が正常に作動せずに誤った思考を読んだ可能性もあるが、ナツメの能力の原理が不明なので、これについては何とも言えない。

 

「(マジで分からんな……戦闘中はそう考えてるのか? でもユカイってのがな)超能力が正常に働いてなかった可能性とかはありませんか?」

 

「分からないわ。バトルの前にも言ったけれど私が感じているものがなにか私にも良く分かってないもの……でも感じた時にはいつもと違う感覚は無かったと思うわ」

 

「(参ったな。比較対象が無いから読心能力が正常かどうかも分からん。今までに間違った思考を読んだことがあるか分かれば精度も分かるんだが)……ちなみにこいつ今は何考えてます?」

 

「早く撫でて欲しいらしいわよ」

 

「(仕方ないなこいつは)ほらユカイ。膝に乗っていいからこっち来、ぐっ……」

 

 ひとまず異常が無いならそれでいいと割り切って、約束通り頭を撫でてやろうとしたらユカイが突っ込んできた。胸に頭突きが炸裂した所為で一瞬息が詰まる。いい加減この癖を治すように教育したい。

 後で教育方法を考える事を決めつつ、膝に乗せたユカイの頭を撫でてやる。こちらを向いて抱き付いてくるユカイの腕が脇腹にめり込んできて非常に痛い。この世界に来た当初だったら骨が折れるんじゃないかと思うくらいの力加減だ。やはり早急に手加減を覚えさせる必要がある。

 

「話を続けてもいいかしら?」

 

「ああ、すんません。ちゃんと質問には答えますんでこのまんまでもいいですか?」

 

「大丈夫よ。それで二つ目の質問なのだけど、バトルの時に感じた粒子とかレベルってなんのことかしら?」

 

 一つ目の質問は想定外のものだったが、二つ目の質問は想定通りのものがきた。ただ想定通りの質問とはいっても決して答えやすい質問ではない。この情報は現状で自分の価値を保証する唯一のもの。軽々に広める訳にはいかない。

 だからといって情報を独占し続ければいいというものでもない。今のところはこの情報を伝えずにアドバイスをして回っているがそれにも限度がある。いつまでも頑なに情報を隠し続ければそれは不信感に繋がり、知ることが出来ない情報なら実質的に価値がないということに周りが気付き始める。

 ならばこそタイミング誤る訳にはいかない。いずれは情報を渡して信頼を得るとしても今ではない。ポケモンリーグ内で確固とした立ち位置を確立するか、ポケモンリーグに所属する全員を超える強さを身に付けたタイミング。その上で全員に恩を売る最適なタイミングで情報を公開しなければならない。

 ジム挑戦は全て達成したので今後避けられない戦いは無いが、まだ始末しなければならない人間が一人残っている。敵対する可能性が残っている以上ジムリーダーと四天王に強くなられては困る。

 

「そうですね……思考が読めるって聞いた時から聞かれるかなとは思ってましたよ……」

 

「言いにくいことだったかしら?」

 

「そうですね……それなりに言いにくいことです。別にやましい気持ちがあるとかではなくて、単純にこれを教えた場合の弊害を考えてですけどね」

 

「そこまで大事な話なのね……」

 

「私が持ってる最大の秘密の一つですね。話す相手を間違えただけで今のポケモン研究の常識もポケモンとトレーナーの関係性も変えかねない程の爆弾です。そして僕のポケモンの強さの理由でもあります。僕の本来の仕事を考えればジムリーダーの皆さんにはこの内容を話すべきなんですが、それでも躊躇うくらいには影響力のある情報ですね。ナツメさん以外の七人のジムリーダーにも教えてない、私が知る限りでは私だけ……一部だけならマサキさんも知ってますが、全部を把握してるのは多分私だけです」

 

「そうなのね……」

 

「それでも聞きたいですか? ナツメさんに話すなら他のジムリーダーと四天王にも話さないと義理を欠くので出来れば話したくはないですね。ナツメさんは兎も角、他のジムリーダーにちょっと危ない人がいるんで(うっかり口滑らせそうなカスミと良い教えは広げるべきみたいに言いそうなエリカが危ないな……アンズもちょっと……誰かの口車に引っかかってぽろっと言いそうなんだよな。カツラも研究関連で情報を広めかねないし……グリーンも見込みがある奴とかに教えそうで怖い。タケシは良く分からんし、マチスもあいつ結構抜けてるとこあるからな……ジムリーダー全滅だな)」

 

「そこまで言われると寧ろ気になるわね」

 

 危険だと言っているのに興味半分みたいな口調で話してくるナツメの様子に少しだけ苛立ちが湧く。情報を教えない本当の根拠は不純なものだが、建前で言っている話だって嘘ではない。

 この情報が拡散すればトレーナーは粒子を獲得する為に積極的にバトルをするようになる。最初はトレーナー同士のバトルで済んでもいずれは野生のポケモンにまで手が伸びていき、最終的に待っているのは資源である野生ポケモンの枯渇による破滅だ。

 

「そうですか。まあ詳細は言えないんですが弊害だけ教えときます。まずこの知識を得ればジムリーダーの皆さんのポケモンは総合的に見て今の1.5倍から2倍くらい強くなって、本気のジムリーダーに勝てる挑戦者が極稀に現れるような規格外の天才を除いてほぼいなくなります。その後は自分達だけで知識を独占するのを良しとしないようなジムリーダーが出てくるか、それか引退の時とかに弟子に知識を託すかみたいな流れで情報が流出して一般に普及するでしょう。その後に待ってるのはポケモンの強さに振り回されるクソみたいなトレーナーが増えたバトル業界と無駄に強くなった所為で大きい被害を出すようになった悪人に振り回される社会です。ついでに野生のポケモンもとある理由で激減しますので生態系が狂います。失策に失策を重ねたらいずれはポケモンという種が絶滅する可能性もあります」

 

「……本当にそうなるのかしら?」

 

「私にはナツメさんの様な未来を見る能力はありませんから断言は出来ません。でも私にだって未来を予測することは出来ますから。私なりに考えた起こりうる可能性の高い未来の一つがそれです。まあ私が内容を話した全員が誰にも話さないまま寿命を迎えたらそういう未来はこないと思いますよ。ただジムリーダーと四天王が強さが集中し過ぎるので新規参入者が減ってバトル業界は衰退すると思います。誰だって勝てないと分かってるものに挑みたくはないですから。後は全員が引退した後にあの世代は黄金世代だったみたいな感じになって以降の四天王やジムリーダーの評価が不当に下がったりするくらいでしょうか」

 

「……」

 

「思考を読んでも構いませんよ? まあその憂いが全てって訳じゃなくて、私が苦労して見つけて独占している情報を簡単には教えたくないっていう低俗な思いもありますけどね」

 

「……そこを疑ってる訳じゃないの。少し考え事をしていただけよ」

 

「(どんな未来がくるかとかか? そういう時こそ未来予知だと思うが、そこまで便利なもんでもないのか?)そうですか。とにかくそういう訳で私はまだ粒子に関する話をするつもりはありません。もし私にこの話をさせたいなら……そうですね、最低でも四天王とジムリーダー全員が先程の警告を聞いた上で満場一致で話を聞くことを選ぶ事、もし情報が洩れたら関係者を殺す覚悟をして情報を厳重過ぎるくらい徹底的に管理する事を誓うくらいはして欲しいですね。

 

「そう……」

 

「私にこの話を聞いてくる人は結構いますけど全員に似たような警告を出しています。その上で聞きたいって言った人はまだいませんが、もし条件を呑んででも聞きたいっていうなら当然命を懸けてもらいます。もしその情報が漏れたなら、情報を教えた私が責任を持って殺しに行きます。それが例えジムリーダーだろうが四天王だろうがチャンピオンだろうが関係ありません。男でも女でも大人でも子供でもどれだけの被害を出してでも一切の例外なく必ず全員を殺します」

 

「……」

 

「一応言っておくと私だって死ぬまでこの情報を隠して生きるつもりはありません。いずれはこの情報は信頼できる人に伝えるべきだと思ってます。私に代わって情報を適切に管理して、必要があれば世の為に人を殺す事を厭わない人間にこの情報を伝えます。他人の思考を読めるナツメさんもその候補に入ってますがどうですか? 聞きたいですか?」

 

「……さっきの質問は忘れて頂戴」

 

「(思考さえ読まれなければナツメ相手でもなんとかなるもんだな。まあ別に本命じゃないだけで嘘でもないから思考読まれてもいいけど)賢明だと思いますよ。もし思考を読んで情報を不用意にばら撒こうとしてるなら殺さないといけないところでした」

 

「……貴方は辛くないの?」

 

「なにがですか?」

 

「そうやって一人で抱え込んでいるのは辛いでしょ?」

 

 そう言われて少し考えてみるが別に辛くはない。確かに影響の大きい情報ではあるが、結局は何かを隠して生きているだけだ。清廉潔白な人間には辛いのかもしれないが自分は隠し事程度だと何も感じない。無駄に情報を漏らした結果、周りが強くなって自分の価値が貶められる方が遥かに辛い。

 

「別にそうでもないですよ。人間生きてりゃもっと辛い事なんて幾らでもあります。隠し事して生きるくらいなんともありません」

 

「そう……分かったわ」

 

「それじゃあ他に質問はありますか? 無いなら話はこれで終わりです。ああ、そうだ。そう言えば近日中にカツラさんがジムリーダー集めて話をするって言ってましたからその時にでもさっきの話を提案してみたらどうですか? さっきの話をしてもらって結構なんで、警告を聞いた上でポケモンを強くする事を選ぶか決を採って満場一致なら僕も本気で教える事を考えましょう」

 

「そうね。相談してみようかしら」

 

「そうしてください。それと最後の最後で催促するみたいで申し訳ないんですが、私はバッジは貰えるんでしょうか?」

 

「え? ああ、バッジね。忘れててごめんなさいね」

 

 ナツメは少し慌てたようにバッジを差し出してきた。どうやら本気で忘れていたらしい。しかし先程の携帯電話もそうだがどこから出したのだろうか。どこかに取りに行った訳でもないので、ポケットもない服からバッジを出した様にしか見えなかった。もしかするとテレポートみたいな超能力もあるのかもしれない。

 

「どうも。そう言えばこのジムのコンセプトってなんだったんですか?」

 

「このヤマブキジムはトレーナーの精神力を測るジムよ。何があっても動じない精神力を見せてもらうの。貴方の場合はちょっと変わってたけど、諦めずに打開策を考えていたから十分合格よ」

 

「この模様とかもなんか関係あるんですか?」

 

「この模様は先代の趣味よ。本当は私に代替わりした時に変えようとしたんだけど先代の頃からいるジムトレーナーがこの模様が良いって反対したからそのままにしてあるの」

 

「あー……年上の部下ってのも大変ですね……」

 

「そうなのよ。私にはこの模様が趣味が良いとは思えないのだけど……」

 

「私もこれはちょっとって感じですね。一周回っておしゃれみたいなのがあんまり理解できないもんで」

 

「そうでしょ? もうちょっとおしゃれにしたいのに皆受け入れてくれないのよ」

 

「へぇ、まあ僕はあんまりセンスがないんであれですけどどういう感じにしたいんですか?」

 

「これを見てくれる?」

 

 ナツメはそう言って事務机の引き出しから一つの人形を取り出す。緑がかった黒の長髪に紫のリボンが付いた白い帽子、紫と白の二色で構成されたワンピース調の服を着た西洋人形だ。人形には詳しくないので良い物かどうかは分からないがなんとなく高級感と不気味な存在感を感じる。

 

「人形ですか。あんまり詳しくないんで型とかはわかりませんが」

 

「ふふ、可愛いでしょ。これは私が作ったの」

 

「かなり綺麗に作ってますね。思い入れがあるんですか?」

 

「そうね。私はこの人形を沢山置きたいのよ」

 

「人形をですか?」

 

「可愛いと思わない?」

 

 どうなのだろうか? センスに自信は無いがあまり趣味が良いとは思えない。こういうのは一体なら良いが沢山あったら不気味さが勝つ気がする。一体ぽつんと置いてあるのもそれはそれで怖いが、どちらにせよ印象としては怖いか不気味の二択だろう。

 ジムトレーナーが反発する気持ちも分かる。自分でも全面市松文様か全面に人形が並んでいるのかで好きな方を選べと言われたら市松文様の方を選ぶ。ただ精神力を試すというジムのコンセプトを考えれば一面人形というのも有りかもしれない。

 

「まあ……でも危なくないですか? バトルに巻き込まれて壊れそうですけど」

 

「他のジムで使ってる見えない壁を置けばいいわ。この人形を沢山置いてその前に壁を設置すればいいのよ」

 

「そうですね……まあいいんじゃないでしょうか。僕のセンスとは違いますけど」

 

「あら、それは残念ね。説得を手伝ってくれると嬉しかったんだけど」

 

「僕はポケモンリーグに所属はしてますけどジムには所属してないですからね。そういうのはジム内で話し合って解決してください。僕が口出してジムトレーナーが辞めても責任取れないですし」

 

「その時はジムトレーナーの穴埋めをしてくれてもいいわよ?」

 

「僕がジムトレーナーやったら誰一人通れなくなりますよ。それに僕はタイプの拘りもないんでタイプが決まってるジム所属はやっぱりきついです」

 

「それはどのタイプも使えるって事でしょう?」

 

「使えると使いこなすは別ですからね。やっぱり僕はタイプを使い分ける方が性に合ってます」

 

「あらそう。残念ね」

 

 ジム内のしょうもないいざこざに巻き込もうとしているがこの態度は友好的なものと見ていいのだろうか。こんなどうでもいい雑談が出来る程関係が深まったと見るか、良い様に使われてるだけと見るか。話を終えても未だにナツメという人間が分からない。何故だか話しているとどんどん深みに嵌まって行っている気がする。

 

「すいません。一応異常ないって事ですけどユカイの事を早めにポケモンセンターに連れていきたいんでこの辺でお暇させて貰っていいですか?」

 

「ええ、大丈夫よ。時間を取らせてごめんなさいね。そこから上がったらすぐ横にある台座を使って頂戴。入り口まで直通で繋がってるわ」

 

「それはどうも。ここに来るのに手間取ったから助かります、じゃあ急ですいませんが私は帰ります。何かあれば連絡下さい」

 

「気にしなくていいわ。貴方はまたこのジムに来るもの。その時にゆっくりお話ししましょう」

 

「(もう来ねぇよ)ええ、その時はゆっくりお話ししましょう」

 

 適当な挨拶を交わしながら台座を使ってヤマブキジムを出る。ナツメのいる部屋に行くまでに結構時間を使ったが出るのは直ぐだ。台座を降りてから一応確認してみたがやはりスイッチを押しても反応がない。当然だがこちらからナツメの部屋に行くことは出来ないらしい。

 

 しかしようやく長かったジム挑戦も終了した。これで大手を振ってマチスの弟子を卒業出来る。そうなれば残るのは同僚としての付き合いだけ。今後は何かあっても過度な干渉は断ることが出来る。

 実際に体験して感じた事だがマチスは暫くは弟子を卒業させるつもりは無かったんじゃないだろうか。幾らポケモンが強くてもジム挑戦では戦闘力以外の要素も見る。だから敢えて各ジムにコンセプトがある事を伝えず、ジム挑戦に失敗する事を望んでいたんだと思う。

 ちゃんとした実力を身に付けて欲しかったのか、自分との繋がりを手放したくなかったのか。どちらかは分からないが本当に腹が立つ。不当に情報を隠して契約を結ばれてしまった。契約を結んだ以上、今更文句を言うつもりはないが不満はある。

 

(はぁ……なんか疲れた。ジム制覇祝いも兼ねて少し寝るか……起きたらポケモンの世話だな。てかマチスんとこ行くの明日だっけ? 明後日だったか? 日付と曜日の感覚がぶっ壊れてきたな。えー……ああ、エリカの阿呆が電話してきた日か。後で着信履歴見よ。あとなんだっけ? マサキんとこもそろそろだし、カスミもいい加減片付けないと。よく考えたらカスミって戦っただけでちゃんとアドバイスしてなかったし……エリカもか。まあエリカは良いや。後はシオンタウンのキチガイも様子見ないとだし、アンズも連絡位入れた方がいいな……四天王って契約に入ってんのかな? マチスに確認しなきゃ。なんか終わった筈なのになんも終わってねぇ気がするな。今日どこ泊まっかな)

 



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流す人

続きが書きあがりましたのでお納めください。



一切の飾り気がない廊下でコツコツと足音だけ響く。聞こえてくる足音の間隔がいつもより長い。自分の足取りの重さが手に取る様に分かる。目的地である一室の扉が目に入るが、心の中は今すぐにでも引き返したい気持ちで一杯だ。

 

(あの役立たず共が。ほんと使えねぇな。珍しく人を使ったらこれだ)

 

目的地の前に辿り着き、ドアノブに手を掛ける前に一度深呼吸して気持ちを切り替える。気分的には取り調べだ。今まで数多くの悪人を取り調べてきたが、自分が受ける側に回るのは初めてだ。ここまで気が重くなるとは思わなかった。過度のストレスを感じる。この気分の悪さなら十分に舌が回るだろう。

 

「ふぅ~…っし」

 

扉を三回ノックして返事を待つ。どうぞという声が聞こえてきたので扉を開く。場所はポケモンリーグ本部。これが最後の正念場になる事を祈って室内へと入る。

 

「(大丈夫だ。俺なら出来る)失礼します」

 

そもそも何故ポケモンリーグ本部に呼び出されたか。その原因は正午過ぎに受けた電話にある。

 

マチスとの面談に備えて昨夜から宿泊しているクチバシティのポケモンセンターの一室。マチスの弟子という立場から抜け出せるとあって、晴れやかな気分で今日は何を話そうか等と考えを巡らせつつ、ポケモンのご機嫌を窺っている最中に三本の電話が掛かってきた。

 

まず一本目、これはカツラからの連絡だ。本日ジムリーダーを集めて話し合いを行っているのでこれから俺の生い立ちについて話したいと連絡してきた。これは良い。報告を入れてくるとは流石はジムリーダー最年長だと内心で褒めていたくらいだ。

 

続く二本目、マチスから会う時間をずらして欲しいと連絡があった。これも良い。もう少し余裕を持って連絡して欲しかったが理由は分かる。ジムリーダーの招集となれば個人的な用事で断れないし、会議が予想外に長引くのも別にマチスが悪い訳ではない。

 

問題は三本目の連絡。これはナツメの馬鹿野郎からだ。曰く先日話した内容を皆に話したいと言う。そこまでなら別に良い。どうせ聞かれる度に一人一人警告をしないといけなかったのでこういう機会に全員に情報共有してくれた方がありがたい。

 

ただここでナツメが馬鹿な事を言い出した。どうせなら会議に参加して本人の口から直接話した方が良いと。更にその意見に便乗した裏切り者がカツラとマチスだ。カツラがそれならこの地方に来た経緯についても本人の口から話した方が良いと便乗し、マチスが今日会う予定だったから予定は空いている筈とこちらのスケジュールを口にした。その結果、電話口から他の面子(特に声がでかいアンズ)の承諾の声も聞こえ、あれよあれよと召集される事が決定した。

 

当然、抵抗は試みた。時間が空いたならやりたい事があるだの、ポケモンリーグに向かう経路を覚えてないだのと言い訳を重ねた。しかし、その抵抗も電話口の相手が変わった事で潰された。電話口に出てきたのはまさかのワタルだ。四天王も交えてチャンピオン代理として一度話がしたいと言われるともう断り切れない。少しだけ言い訳をしてみたが全員が集まれる機会は滅多にないと言われれば、それに勝る理由を思い付けなかった。可能なら一対一、それが無理でもせめてナツメがいない場で話をしたかったが、ここまで場が整ってしまってはどうしようもない。

 

その結果が今だ。迎えに出されたオニドリルに乗って訪れたポケモンリーグ本部の一室。扉を開けばコの字型に設置された机椅子に13名の男女が座っている。

 

「お待たせして申し訳ありません(多いな。ジムリーダーに四天王にチャンピオン勢揃いか。前居なかったのはワタルとシバとキョウだな。ナツメは…よりにもよって端か。出来れば視界に入れておきたいのに)」

 

急遽呼ばれたのだからこちらに非は無いがマナーとして謝罪から入る。それと同時にナツメの位置を確認。ナツメは死角になりやすいコの字の右端の位置に座っている。今のところ集中してはいない様だがいつ思考を読むか分からないので注意しておかなければならない。

 

「いや、こちらこそ急に呼び出してすまなかった。要請に応じてくれて感謝するよ誠君」

 

メンバーを代表してワタルが口を開く。初手で謝罪を返してきたという事はビジネスマナーは出来ているらしい。若しくは本当に非を詫びているのかもしれない。強引という程では無かったが急に呼び出した事に対する引け目だろうか。いざという時に弱みとして使うには少々パンチが弱い。

 

「いえ私の方は大丈夫です。それと初めましての方もいらっしゃいますので簡単にご挨拶だけ。今はマチスさんの弟子としてバトルやらに関するアドバイスをして回っている誠と申します。一応本業はブリーダーをさせて貰ってます」

 

「俺は四天王のシバだ…」

 

まずは何故か目を閉じて腕を組んで座っているシバが口を開く。こちらを見ようともしていないし、口に出したのは最低限の情報だけ。雰囲気的には初めて会った時のグリーンを彷彿とさせる態度だ。ジムリーダーを全員倒しているにも関わらず興味の対象外ということはおそらく他になにか基準があるのだろう。

 

「わしは四天王のキョウという。娘が世話になっとるようだな」

 

続いて無表情のキョウが自己紹介をするが、お世話というのはどう捉えるべきだろうか。自分への依存をどうにかしたことに対する感謝か、娘を悪い道に引き摺りこみやがってという皮肉か。声色的には良い方面だと思うが微妙なラインだ。せめて表情になんらかの変化を見せて欲しい。

 

「俺はドラゴン使いのワタルだ。四天王の大将だが今はチャンピオン代理をやってる。よろしく頼むよ」

 

最後に紹介をしたのが人好きのする笑みを浮かべているチャンピオン代理のワタル。チャンピオン代理になるくらいだからもう少し高圧的かと思っていたが意外と軽い。年上の従兄弟みたいな親しみやすさがある。しかし本性は別だろう。今のワタルからは親しみやすさは感じても、ついて行きたいと思うような威厳やカリスマのようなものを感じない。

 

そもそも四天王というのはジムリーダーとは役割が違う。ジムリーダーが挑戦者の素質を測りつつ経験を積ませる役割だとしたら、四天王はチャンピオンに相応しい人間を選別する為に挑戦者を手加減無しで潰す役割だ。夢の達成を目前にした挑戦者を潰すことを生業としている時点で甘い人間の筈はない。恐ろしいくらいに職務に忠実か、チャンピオンという立場を重要視しているか、いっそのこと感情が死んでいるくらいでないと辛い仕事だ。

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

「ふむ…ところで誠君はチャンピオンに興味はないのかな?ジムを制覇した君には挑戦する権利があるが」

 

質問をしているワタルの表情は先程と同じ笑顔だ。ただし先程とは少々雰囲気が違う。声色もそこまで変わらないが僅かな威圧感を感じる。しかしこの態度はどうだろうか。仮に興味があるとしてもまだ挑戦権を得ただけの段階なのだから威圧する事もないだろう。もしかすると事前にジム挑戦の内容をジムリーダーから聞いて、チャンピオンに相応しくないと判断されているのかもしれない。それならきつい当たり方をされてもおかしくないが、どちらにせよ大人げない事だ。

 

「今のところありません。これからお話させて貰いますが私いずれはこの地方を離れる身です。そうなればチャンピオンの席が空席になりますので」

 

「えっ!?あたいそんな話聞いてないですよ!?」

 

質問に答えるとワタルより先にアンズが反応を示した。確かに言っていなかったがこの状況で口に出すのは止めて欲しい。アンズになにか言い訳をしようとしたがそれより先にワタルがアンズに声を掛ける。

 

「アンズ君、今は俺が話してるから少しだけ静かにしててくれ」

 

「あっ…すいません…」

 

「それで誠君、君がチャンピオンに興味を持ってない事は分かった。だが先程の事を聞くと興味が無いだけでチャンピオンになる事は出来る様に聞こえたが?」

 

「(結構突っかかってくるな。興味が無いって言ってるんだからそれでいいだろうに)そういうつもりじゃありませんよ。ただ可能性があるというだけの話です。私自身は弱くても私のポケモンはそれを覆すくらい強いですからね」

 

「ポケモンの強さだけで俺達に勝てると?」

 

「(しつけぇな。舐められてると思ったか?)寧ろ逆です。勘違いさせたなら謝りますが、私はポケモンの強さだけで貴女方に勝てると言ってるのではなく、ポケモンの強さしか貴女方に勝っている要素がないと言っています。それは四天王だけでなくジムリーダーも変わりません。トレーナーとして見れば劣っているのは私です。ただし一点だけ、ポケモンの強さだけは確実に私が上です。チャンピオン代理を相手にしても私の弱さを補えるだけの強さを私のポケモンは持っています」

 

「随分な自信だね。俺のドラゴン達より君のポケモンの方が上だと言いたい訳だ」

 

「(言動的には自分の強さに対する自負なんだけどなんかそういう雰囲気でもないな。チャンピオン代理だし、本物のチャンピオンがいない間はその座を守らないとって使命感でもあるのかな?)気分を害されるかもしれませんが事実です。チャンピオン代理のポケモンは見たことがないのでグリーンさんの本気のメンバーより少し強いくらいと想定していますが、それでも私のポケモンの方が強いです。私が育て切ったと判断したポケモンはタイプ相性なんかを抜きにした単純な強さならチャンピオン代理どころか現チャンピオンや他の地方のチャンピオンのポケモンと比較しても上を行きますので」

 

「俺も君の事は事前に聞いているが正直に言えば疑っていたんだ。ポケモンの強いだけのトレーナーにジムリーダー達が負けるとは思えなかったからね。でも君を見て分かった。君はジムを制覇しているが立ち振る舞いからはトレーナーとしての才覚は感じられない。つまりそれを覆すだけのポケモンの強さがあるって事だ」

 

「(俺の話聞いてねぇのかこいつは)私はずっとそう言っています。強いのはポケモンであって私ではありません。私がジムリーダーの方に勝てたのは私のポケモンが相手より強かったからです」

 

「俺が聞きたいのは何故その知識を皆に伝えようとしないかだ。ナツメ君が言うには理由があるらしいが、その理由を聞かせて貰いたい」

 

「勿論です。私が今日ここに来たのはそれと私の過去についてお話するためですからね。誰かさんが余計な茶々入れなければとっとと話してますよ」

 

キツめの物言いにワタルがムッとした顔をするがこのくらいは言い返して良いだろう。急に呼び出しておいていきなりこんな態度を取られたら苛つきもする。ジムリーダーとはそれなりの関係を作ったつもりだが、四天王からの信頼はまだ得られていないらしい。重要な情報を伝えていないのだから当然かもしれないが、それならそれでもう少し接し方を考えるべきだ。先程のやり取りでこちらが臍を曲げるとは考えられないのだろうか。

 

「…なら話を聞かせて貰おうか」

 

「(そこは話をしてくださいだろうが)分かりました。分かりやすい様に順序立てて話すので全員最後まで黙って聞いてください。途中で質問時間を設けるので質問はそこで受け付けます」

 

とりあえずこれで話をする環境は整った。今日話すべき内容はまず自分の過去。ナツメがいて嘘が吐けないのでかなり内容が薄くなってしまうが、その後の質問のタイミングで補強すればいい。

続いてポケモンの事を教える前の警告。これが少々扱いに困る。今後の事を考えればまだ教えたくはないが、先程のワタルの様子を見るに引き延ばせる時間はあまりないかもしれない。もしも警告を聞いた上で満場一致で話を聞きたいとなればなんらかの契約を結んだ上で教える事も視野に入れておく。

 

「まずは私の事についてお話します。私の出身はこの地方とは別の地方、他の地方からどう呼ばれているかは分かりませんが、住んでいた私達が日本と呼んでいる地方です。日本の特徴としては他の地方に比べて圧倒的に科学技術が発展している事とポケモンが存在しないことでしょうか。私はその地方では一介の会社員として…「待ってください。ポケモンがいないとはどういう事ですか?」

 

カツラに話した時と同様にポケモンがいないというところが引っ掛かったらしく、カツラ以外の全員が良く分からない顔をしている。そんな中でマチスだけが真っ先に声を上げた。答えてやっても良いが一度質問を受け付けたら、何度も質問が飛んでくるだろう。一々質問を受けていたら話が進まない。

 

「まだ質問は受け付けていませんので黙ってて下さい。それで続きですが…「すまないが少し良いだろうか」なんです?」

 

今度はカツラが話を遮る。既にカツラには一度話しているので質問という事はないだろうがそうなるとなぜ話を止められたのか分からない。

 

「これは提案なんだが、ポケモンがいないという事だけはもう少し詳しく話してもいいんじゃないか?君にとっては普通の事でも我々にとっては想像が付かない環境なんだ」

 

「(まあそうだな。カツラの理解が早かったから割と受け入れられるもんだと思ってたが)…ああ、そうでしたね。ならそこだけもう少し詳しくお話しましょう。まず日本にはポケモンという生き物はいません。一応ポケモンが出てくる物語はありましたがそれでもポケモンは架空の存在という認識でした。そしてこの地方ではポケモンがやっている事は基本的に人か機械が全てこなしています。電気とかは機械を使って作りますし、移動なんかも機械ですね。並のポケモンよりも早い速度が出せるものが結構あります。…後はなんかありますかね。何か質問のある方はどうぞ」

 

「いいですか?」

 

「はいマチスさんどうぞ」

 

「日本という地方は聞いたことがないのですが何処にあるんでしょうか?」

 

何処にあるかはこちらが聞きたいくらいだ。こことは違う世界なのだから場所の把握なんてやり様がない。

 

「ああ、そういやそれもありましたね。もう少し後で話す予定でしたがまあいいです。私にもこの地方と日本がどのくらい離れているかは分かりません。何故なら私は原因不明の事故で何が起きたかも分からずにこの地方に来たからです。日本で普通に仕事してたらある日いきなり森の中にいました。なので私にも日本が何処にあるのかは分かりません」

 

「ちょっといいかしら?」

 

「はいナツメさん」

 

「私も日本という地方について噂すら聞いた事がないのだけどそれっておかしくないかしら。それ程技術が進んでるなら噂くらいは聞くと思うのだけど」

 

当然だ。この世界に日本の噂なんて広がり様がない。もし日本という地名の噂が広がったとしたらその情報源は自分と同じ様な日本人だろう。そんな奴がいるなら草の根分けても探し出して情報交換をしている。

 

「それは日本が閉鎖的だからでしょうね。地方の特徴と言うよりは住んでいる人の特徴なんですがほぼ全員が良く言えば慎重、悪く言えば臆病です。自分達より力が強いものとか理解出来ないものを無条件で怖がるので、外部から入ってくるものに敏感に反応して排除するんですよ。ポケモンなんかは諸に該当しますね。自分の知らない謎の生き物ってなるとそれだけで恐怖の対象になるので。一応日本では外の知識も学びますが、少なくともカントー含めてこの辺にある地方の事は聞いたことが無いので多分この辺りとは交流そのものがないです」

 

「そんな場所があるのね…」

 

「はい!」

 

「(なんでこんな元気良いんだこいつは)どうぞアンズさん」

 

「ここを離れるってどういう事ですか!」

 

今聞くべき事では無いが中々に鋭い質問だ。アンズ自身は深いところまで考えてないだろうが割と答えにくい。やはり単純だが馬鹿じゃない。だがその程度の質問は想定内だ。当然答えは考えてある。

 

「具体的にいつとは決めてませんが私は日本に帰りますよ。ただ勘違いしてるかもしれませんがここに戻ってこないとかじゃないです。さっき言った通りいきなりこの地方に飛ばされましたから色々とやり残したことがあるんですよ。仕事は…まあクビになってるでしょうが、家族や友人もいますし、戸籍やらどうやらと色々気になる事があるんでその辺を綺麗に清算してきます。まあ家族の墓は向こうにありますから死ぬ間際とかになったら完全に帰るかもしれませんが」

 

色々考えてみたがこれが良いだろう。

まず日本に帰った場合、変に戦闘に巻き込まれたりする危険は避けられる。ただ日本に帰れるかどうかがまず不確定。仮に帰ったとして自分の体がどうなっているのかも分からない。下手を打てばなんらかの研究施設送りの可能性だってある。ポケモンも連れて帰るのは難しいからどこかに逃がすしかないだろう。

そしてそれらの問題が解決したとしても帰ってどうなるというのか。時間の流れすら分からないので帰った時には家族も死んでいるかもしれない。仮に生きていたとしても自分の知っている住所で暮らしている保証も無い。

それに急に失踪していきなり帰って来た三十路近い奴が良い就職先に就職できるとも思えない。保証人が無ければ住む家だって大したものは借りられない。待っているのは経歴が適当でも入れる会社で適当に仕事をしていつか死ぬだけの生活だ。

 

それならばこちらで生きた方が良いんじゃないかと最近では思えるようになってきた。こちらの世界なら強いポケモンがいるというだけで相応の地位が得られ、知識を広めれば金銭だって得られる。この粒子が見える目を上手く使えばポケモン研究の権威として名誉だって得られるだろう。

元々なにがなんでも日本に帰りたかった訳でもない。ただこちらの世界が日本に比べて危険だから比較して安全な日本に帰りたかっただけだ。今はその懸念も多少は払拭された。この世界のポケモンのレベルを考えれば、多少注意しておけば生きていく分には困る事は無いだろう。日本への帰還は保険として用意しておきたいだけだ。

 

「分かりました!」

 

また戻ってくると言っただけであっさり受け入れたアンズを見ていると溜息が出そうになる。色々考えてもその意図がアンズに伝わることは無いだろう。アンズがこの質問をしたのだってどうせ依存相手が急にいなくなりそうだったからだ。いずれはこの依存もどうにかしてやらないといけないが依存の治療はどうやれば良いのだろうか。そういう方面の知識を調べるためにも日本と行き来する手段は確保しておきたい。

 

「はい次。もう無いですか?」

 

「帰る目処は立っているのか?」

 

今度はワタルからの質問だ。帰る目途は無くはない。伝説のポケモンを探すか、アローラにあるウルトラホールを通るか、そうすれば日本に帰れる可能性はある。しかしどれも不確定だ。伝説のポケモンが見つかるか分からないし、捕まえても日本に帰れる保証はない。ウルトラホールに至ってはどこに流れ着くか分からないから論外だ。

 

「微妙なところですね。一応これなら帰れるかなって方法は幾つかありますがどれも可能性の段階です。ある程度の目途が立つまではこの地方で情報を探しますよ。今日も時間が空いたから出来る事をしようと思ってたところです」

 

「そうか…それはすまなかった」

 

「別にいいですよ。それで?他に何かありますか?無いなら次の話に進みますが」

 

向こうから声を上げてくる質問に一通り答えたので確認を取るが新たな質問は出てこない。簡単な説明になってしまったが伝わっただろうか。話の邪魔にならないなら伝わってなくても別に構わないが、改めて聞かれるのは面倒なので折角なら伝わって欲しい。

 

「じゃあ質問が無いようなので次に進みます。とりあえず、日本にはポケモンはいない、日本の人間は排他的、原因不明の事故でこの地方に来たって事だけ把握しておいてもらえば結構です。その後は日本に帰るために放浪してました。それである日下手打って死にそうになったんでクチバシティに駆け込んでマチスさんに拾われました。これが今まで話していなかった私の生い立ちです」

 

「…何故話してくれなかったのですか?」

 

マチスかエリカ辺りが突っ込んでくるだろうなとは思ったが、案の定マチスから質問が来た。仮にも師匠と言う立場だから当然だろう。

 

「そうですね…まあ隠す事でもないんで言いますが一番の理由は私が皆さんを信用してなかったからです」

 

「…私達では信用に値しませんか?」

 

「いいえ、今はそれなりに信用してますよ。だから話す事にしたんですから。でも私の事も考えてください。私の故郷は身分の分からない部外者を排除します。そんな常識の中で育った私がいきなり別の地方に投げ出されたんですよ?ただでさえポケモンという未知の生物がいる場所で、常識が同じかも言葉が通じるかも分からない周りの人間に私は原因不明の事故でこの地方に飛ばされてきた人間ですって言えると思いますか?身分も無く、頼れるものも無く、常識も、住居も、食料も何も無い環境に放り出されてたった一人で生きていかないといけなくなった僕が簡単に人を信用すると思いますか?」

 

「…」

 

「それにマチスさんと会う前から私はこの地方にいたんですよ?人に会ってない訳ないでしょ?マチスさんは本当にこの地方の人間が全員信用に値する人間だとと思いますか?ポケモンに殺されかけて、人にも騙され、ポケモンを奪われ、ポケモンを殺され、僕自身も殺されかけて、そんな経験を僕がしてないと本当に思ってますか?」

 

「…すいません…私が軽率でした」

 

マチスを論破したところで参加者の顔を眺めるが、ジムリーダーは大体が悲痛な顔をしている。四天王は反応が薄いがカリンだけはちょっと哀れみを感じたような表情をしている。ついでにナツメの様子を窺うが見た感じは普通に話を聞いている様にしか見えないので多分大丈夫だろう。

 

「これでも感謝はしてるんですよ。それが僕のポケモンの知識目当てだったとしても僕に生活基盤を与えてくれたのはマチスさんですからね…まあ、私の生い立ちについてはそんな感じです。それで次は強いポケモンの育て方を教えない理由について話しましょうか」

 

誰か質問の一つくらいするかと思っていたが特に質問の声は上がってこない。先程の話が効いていると見ていいだろう。やはり感情に訴えるのは強い。

これで生い立ちに関する話は流せた。少し余計な事も言ったが、この流れならこれ以上この地方での活動について話をする必要も無いだろう。結果としてはマチスが口を挟んでくれたのは良いフォローだった。

 

「まず私の実践する強いポケモンの育て方ですが、これはポケモンのとある生態を利用してポケモンの能力を急成長させる、若しくはそのポケモンが持っているポテンシャルを最大限まで引き出すものです。特別な才能も必要なく、話を聞けば誰だって実践可能。どのくらいの期間が必要かは環境によりますが皆さんなら一年も掛からずに僕のポケモンと同じくらいの強さにまで育てる事が出来るんじゃないかと思います」

 

説明していた思ったが、ここだけ聞くと本当に良い育成法だと思う。最初は相手のポケモンを戦闘不能にしなければならないかと思っていたが、実際は相手のポケモンに傷を付けるだけで粒子が獲得できると分かったのでより手軽になった。難点は粒子を見れる目を持ってないと実感が湧かないことくらいだろう。

 

「と、ここまで聞けば欠点の無い良い情報だと思います。実際僕から見ても手法自体に欠点はありません。非合法な手段を取る訳でもなく、ドーピングみたいにポケモンに負荷をかけることもありませんからね。ではここまで聞いての感想を皆さんから聞きたいと思います。まずはワタルさんからお願いします」

 

「いいんじゃないか?欠点も無いんだろ?」

 

「(こいつほんと駄目だな)次はキョウさんお願いします」

 

「それは本当に誰にでも出来るのかね」

 

「誰にでも出来ます。なんならポケモンを捕まえたばかりの子供でも出来るやり方です」

 

「ふむ…そうなると懸念もあるな」

 

「(誰でもが気になってるって事は懸念はポケモンの強さに溺れて傲慢になるトレーナーの出現かポケモンを扱いきれないトレーナーの出現かな?ワタルよりよっぽど優秀だな)そこまでで結構です。次はシバさん」

 

「…」

 

「シバさん?」

 

「それで本当の強さが手に入ると思っているのか?」

 

「シバさんの強さの定義は知りませんがポケモンの身体能力が上がることは確かですね。戦いの経験とかは別で習得させる必要がありますが」

 

「くだらんな」

 

「(なんとなく言いたいことは分かるな。実践の中で身に付けた強さじゃないと駄目って感じの人か)分かりました。じゃあ次はカリンさん」

 

「詳細を聞かないと何とも言えないけど誰にでも出来るのは問題ね」

 

「(カリンも問題は認識してる。ワタルの株がどんどん下がるな)はいオッケーです。イツキさんはどうですか?」

 

「うん?僕?僕はノーコメント。駄目?」

 

「(こいつは良く分からんな。エスパー使いってこんなんばっかなのかな)まあ…まあ良いでしょう。じゃあ次はカスミさん」

 

「別にいいんじゃない?ここにいるメンバーなら悪用することなんてないし」

 

「(なんでここの面子限定なんだこいつは。もう少し先を考えろ)はい。じゃあ次はエリカさん」

 

「私からはなんとも。聞きたくない訳ではないのですが」

 

「(少しは成長したのか?決められないだけか?)はい、じゃあ次はアンズさん」

 

「師匠が聞けと言うなら!」

 

「(なんかこいつ幼児退行して行ってないか?会う度に知能が下がってる気がする)…今する話じゃないですけど、その依存癖は治しましょうね。自分で判断する癖を付けましょう。で次はカツラさんどうぞ」

 

「そうだな。それに条件を付けたりはできんのかね?」

 

「無理ですね。これって実際はポケモンの生態に関する情報なのでいじる事はできません。しかも基本的な事なので分割も出来ませんからヒントだけ教えるとかも出来ないんです」

 

「むぅ…そうなると問題があるな」

 

「(やっぱカツラは良いな。話が早い)そうなんですよ。だから軽々に人に話せないんです。じゃあ最後はグリーンさんお願いします」

 

「俺はいい。ポケモンだけが強くても扱えそうにない」

 

「(こいつってこんなだったっけ。元からストイックな感じはあったけど)分かりました。ではこれで質問は終了です」

 

他の四天王やジムリーダーの反応を見ても大丈夫なんて答えを出した奴がいた事が驚きだが、とりあえず満場一致で話を聞くとはなりそうにない。これで安心して続きを話すことが出来る。それになんとなく四天王組の属性も分かった。

 

「とりあえず何人かは問題点を認識しているようで良かったです。まあ私の意見ですが私はこの情報は世に出すべきではないと思っています。この情報を広めれば確かにポケモンバトルのレベルは上がるでしょう。ただそれはポケモンが強くなるだけでトレーナーのレベルは上がるどころか下がります。まずポケモンの強さを自分の強さと勘違いして努力を怠るトレーナーとポケモンの強さについていけずに振り回されるトレーナーが大量発生します。その後はポケモンに見捨てられるトレーナーも出てくるでしょうね。なまじ簡単に強さを得られるだけに色々勘違いしてポケモンを粗雑に扱う奴なんかがそうなるでしょう。そうして強すぎるポケモンが野生に帰って今度は生態系が破壊されます。それと並行してロケット団とかのポケモンも強くなって滅茶苦茶でかい被害を出すでしょう。どれだけ素晴らしい知識でも使うのは人間ですからね。ここまでは理解して貰えますか?」

 

きちんと説明をしてからしっかりとワタルを見る。エリカやカスミ辺りが危ないと思っていたが先程の回答からすれば一番危ないのがワタルだ。最初に質問したこともあるが自力で弊害を理解出来ていない時点で要注意だ。そんな人間に迂闊に情報は与えられない。

 

「君が今まで言わなかった理由は分かった。だが本当にそうなるだろうか?」

 

こちらに視線を合わせてワタルが何か言っているが、最早相手をするのも馬鹿馬鹿しくなってきた。これだけ言っているのに何故危険性を理解してくれないのだろうか。こんなのが大将をやっている様では四天王も底が知れる。

 

「…なると思いますよ。実際に育ててきた私でも扱い切れていません。ポケモンの成長が早すぎてトレーナーの成長が追い付かないんです。仮に成長が早いトレーナーがいたとしても最終的には持て余すんじゃないでしょうか。現役の四天王とかジムリーダーくらいの技量があっても難しいレベルになりますからね。以前私の元からカスミさんのところに行くことを選んだポケモンは育成は六割程度しか済んでませんでしたが、それでもカスミさんのポケモンに匹敵するらしいですからね、別に他のトレーナーを下に見る訳じゃないですけど大半はポケモンに振り回されて終わりでしょう。私はポケモンが望むことを極力叶えるようにしてますが、それでも私についてきてくれるかを定期的に確認する度に幾らかは野生に帰る事を選んでるくらいです」

 

実際に試した訳ではないがおそらく無理だろうとは思う。なにせポケモンの身になって異常な成長をしている自分にも扱いきれない強さだ。今の自分はバトル慣れはしてなくとも、身体能力や思考能力だけならジムリーダーにそこまでおとってはいないだろう。幼少期からの教育や低レベルから徐々にレベルを上げる過程で多少の慣れは生まれるだろうが、それでも足りない。それにそのポケモンを扱うのは人間だ。身の丈に合わない強さを手軽に手に入れた人間がどうなるかは自分が一番分かっている。

 

「…確かに一時的に今言ったような弊害はあるかもしれない。だがその先にポケモンバトルの未来があるんだ」

 

「…その未来は破滅ですけどね。過ぎた知識は身を滅ぼします。皆さんみたいな強い人間には実感が湧かないかもしれませんが弱い人間が不相応な力を得たら怖いですよ。必ずとは言いませんが大半は性格に変化が出て暴走します。子供の頃からそういう知識を与えていけばいつかは順応するかもしれませんがその未来はいつ来るんでしょう?十年後?五十年後?百年後?その間のトラブルはどうするつもりですか?というか貴方達が無駄に数が多いロケット団とか相手に出来てるのってそれこそ貴方達のポケモンが相手より強いからですからね?同レベルの相手が数で攻めてきたら普通に負けますよ。それを防ぐ手段は考えてるんですか?」

 

「だがそれではいつまで経っても成長出来ない。成長には革新が必要なんだ」

 

良く分からない熱弁を振るっているワタルに評価を付ける。じっくり様子を観察出来てないので言動が判断の中心になるが大凡は分かった。どんなタイプかと思っていたが結局はただの夢想家だ。実現可能かどうかすら考えず、リスクを無視して理想論を追い求める馬鹿。会話に籠っている熱は感じられるし、悪意が無いのもなんとなく分かるが、それでも絶対に頭にしてはならない人間だ。

 

「ですからね…いやもういいや、分かりやすく言いましょう。私としても皆さんになら教えるのは吝かじゃありません。ただ勘違いしないで欲しいのは、私が情報を話す理由は皆さんの為じゃないという事です。私がお話する理由は危険な情報を管理する人を増やす為。その管理者として相応しくある為に副次的に強さを得るだけです。情報を教える者の責任としてその管理については口を出させてもらいます。拒否権はありません」

 

「世を良くする情報を管理する必要が何処にある?」

 

こういう自分が正しいと思っている人間を見ていると本当にイライラする。どんな理想を抱いているのか知らないが、理想だけじゃなく弊害も生まれるとどうして理解出来ないのだろうか。タイプ的にはエリカと似たり寄ったりの筈なのにワタルの場合は倍は苛つく。ここは感情を抑える場面だと理解出来ているのに怒りが溢れてくる。

 

「だからさぁ弊害まで説明して管理する必要があるつってんじゃん。なんなのお前?本当に弊害を理解してないのか?それとも弊害を理解した上でそれ言ってんのか?なんで理解出来ないんだ。てかお前こっちの質問には答えてなかったな。お前強くなったロケット団とかどうやって取り締まるつもりだ?目先の話じゃない遥か先。それこそお前が死んだ後の時代までの未来を考えてもの言ってんのか?」

 

「無論だ。確かにロケット団の様な組織が力を得るのは不味い。だがそういった道に走る者はトレーナー全体から見ればほんの一部だ。トレーナー全体が力を付ければそういった組織への十分な抑止力となる」

 

「最っ低の答えだな。お前はやっぱ駄目だ。ジムリーダーとかならまだしも戦う義務のないトレーナーまで駆り出すなんざ有り得ない。結局のところ人任せじゃねぇか」

 

「違う。俺は信じてるんだ。辛い時こそ皆が一丸となって苦難を乗り越える。それこそがあるべき姿だ」

 

本格的に話が通じない。あるべき姿もなにもそんなものはワタルの妄言でしかないと理解出来てないからこんな言葉が出てくるのだろう。こういう現実より理想を追うような人間は、論破は出来ても納得はさせられない。なんで揺るがない自我を持ってる奴はこんな奴ばかりなのだろうか。こんなのに権力を任せる方も任せる方だ。制度があるかどうかは分からないが是非ともチャンピオン代理の不信任案を出してやりたい。

 

「あるべき姿ね…はぁ…時間の無駄なんでもういいや。やっぱ俺間違ってなかったし。なんも考えずに情報を広める馬鹿が混じってると困るから黙ってたけど、それで正解だったわ」

 

「何を言ってるんだ?」

 

「それすら理解出来ないならもう黙ってろよ。ああ、でもしつこそうだからここで決めるか」

 

自分が情報を出さないと言えばそれで話は終わりだが、ワタルは絶対に食い下がってくる。それならここでカタをつけたほうがいい。難しそうな顔をしてる四天王も状況についていけてないジムリーダーも全員巻き込んで多数の意見で封殺しない限りワタルは納得しないだろう。

 

「さて皆さんこの空気じゃ決め辛いかもしれませんけど皆さんの意見を纏めましょう。エリカさんにも提示した条件ですからね。ここにいる13人で決を取ってください。もし満場一致で話を聞きたいと言うなら私は情報をお話します。ただし条件付きでです。この情報が広まれば先程の様な弊害が考えられますから情報は厳重に管理してください。四天王とジムリーダーの代替わり時の引継ぎくらいは認めますが他は認めません。もしこの情報を漏らした馬鹿がが居たら、その馬鹿と情報を聞いた哀れな被害者を必ず始末してください。それが絶対条件です」

 

「誠さん!」

 

マチスが慌てた様子で席を立つ。きっとこういう場で殺すだのなんだのという言葉を使わないとでも思っていたのだろう。気持ちは分かるが今は邪魔をしないで欲しい。

 

「どうしましたかマチスさん。僕言いましたよね。迂闊に危険を広げるような馬鹿がいたら殺すって。これだけは譲りませんよ。情報を聞くならその情報を管理する責任を負ってもらいます。この条件が認められないならこのお話は無しです。これで僕がポケモンリーグに相応しくないと言うならそれも結構。辞めろと言うなら今すぐにでも辞めましょう。そして僕はどこへなりとも消えますよ」

 

「師匠!」「誠君!」

 

アンズとカツラがマチスと同じ様に声を上げる。アンズは最後のセリフが原因だと思うが、カツラはどうなのだろうか。タイプ的には若者が苦労して得た場所を捨てようとしているのを止めたいとかだと思うが。とはいえ口にした以上はもう戻れない。

 

「さあ皆さん決を取ってください。皆さんで話を止めると誓うなら僕も喜んで情報を教えましょう。まずは賛成の方挙手をお願いします」

 

手が上がるのを待てば挙手したのはワタルとマチスとカリンの三人だけ。ワタルは兎も角マチスとカリンはよくこの空気で挙手が出来たものだ。

 

「はい、この時点で満場一致どころか過半数を割りました。まあ一応意見は聞きましょう。カリンさんは何故賛成に入れましたか?」

 

「その情報が危険なものだからよ。いつか自力でその手段を見つけるトレーナーが出てきた時の為にも内容を知って対処する組織が必要になるわ。幸い貴方は理屈を説明できるのでしょう?なら同じ事が出来るけど理屈は分からないトレーナーが出てきてから話を聞くよりも貴方に聞いて備えておいた方が有意義だわ」

 

考えうる限り満点の回答だろう。確かに戦えば強くなるなんて当たり前のことを実践しないトレーナーの方が少ない。ただ理屈まで説明できる人間がいるかと言えば否だ。もしこの答えがカリンの本心ならば情報を教えても良いと思えるくらいには良い回答だ。

 

「私のお話を十分に理解して貰えているようで嬉しいですね。是非管理を任せたいと思うくらい百点満点の回答です。続いてマチスさん。どうして賛成に入れたか教えて下さい」

 

「申し訳ないですが私にはカリンさん程の考えはありません。今この情報を知るのは誠さん一人ですがこの話は誠さん一人が抱えるには大きくなりすぎました。誠さんなら一人で全てを解決する事を望むでしょうが私にはそれが耐えられません。誠さんは既に我々の仲間です。トレーナーを守るべきジムリーダーとして、私は一トレーナーである誠さんの負担を減らしたい。そう思って賛成に入れました」

 

想定していたものとは少し違う回答だが、理由としてはちゃんとしてる。ただ気持ちは嬉しいが、感情が理由というのは微妙なところだ。結局のところ気持ちの問題でしかない以上、その場その場で意見が変動する。

 

「…情で判断したんですね」

 

「申し訳ありません。ですが誠さんは私にとっては同僚であり、可愛い弟子でもあります。師として少しは役に立ちたい見栄っ張りな私を許してください」

 

「いや…なんか、そこまで気にかけて貰ってるとは思ってませんでしたが。うん、まあ、素直に嬉しいですよ。…それでは最後に、まあ聞く価値はないと思いますがチャンピオン代理。何か言いたいことあるなら言ってもいいっすよ」

 

「俺からは何も言うことは無い」

 

不満なのを隠そうともせずに明らかに何か言いたげな顔をしているワタルはそう口にしている。そんな顔をしてそんなことを言っても説得力の欠片もない。最早何を言っても気分が悪いと感じるのは自分の中で完全にワタルを嫌っているからだろうか。

 

「そう言うのは少しは隠す努力をしてから言えよ。なんもないって顔じゃねぇだろ。さっさと言え」

 

「…顔に出ていたか?」

 

「寧ろあれで隠してたつもりだったのが驚きだよ」

 

「…そうか…なら言わせてもらってもいいかな」

 

「そう言ってんだろうが。さっきからどんだけ話聞いてねぇんだお前は」

 

「本当に残念だよ。俺には君の持つ情報の価値は分からない。だが君の情報はバトル業界に革命をもたらせたかもしれない。なのにどうしてなんだ?何故理解出来ない…俺はいい…素養があって良いポケモンとも巡り会えた。だが皆が皆そうじゃない。どれだけ才能があっても良いポケモンと巡り会えないトレーナーだっている!君はそんな人達の気持ちを考えたことがあるのか!君次第でそんな不遇なトレーナーを救えるというのになんで救おうとしないんだ!答えてくれ!埋もれていった彼らに申し訳ないと思わないのか!」

 

ワタルの主張は不遇で埋もれた才能あるトレーナーの発掘。成程納得だ。皆に知識を共有して幸せになんてお花畑な回答よりは遥かに理解できる。それでも馬鹿馬鹿しい。

 

「知らんよそんなもん。才能があっても環境に埋もれるなんざ珍しくもない。それで埋もれるなら所詮はその程度だったって事だろ。不平等なんて当たり前なんだよ。その中で自分が持ってるものを活かせねぇ奴が周りに頼ってどうにかしようとするのがまず気に入らねぇ。てめぇもだ。手の届く範囲で我慢すればいいものを無理に広げようとして俺に頼りやがって。チャンピオン代理だかなんだか知らねぇがこっちの忠告を理解せずに調子こいて出来もしねぇ事をうだうだうだうだ。そもそも出来るとやるを混合するのがおかしいんだよ。俺が出来るからってなんで俺がやってやらねぇといけねぇんだ。だから俺はトレーナーってのが嫌いなんだ。どいつもこいつも誰もが戦いを望んでると勘違いして喧嘩売りやがって。その癖無様に負けたら二言目には俺の方が上手く扱えるだの、バトルの腕は俺の方が上だの、強くする方法を教えろだの。知るかそんなもん。なんで対価も無しに俺が知ってることを全部教えて貰えると思ってんだ。ただ適当に生きてるだけの屑に生きるために必死に学んだ情報をどうして分け与えねぇといけねぇんだよ。弱いのはてめぇの所為なのに調子こいてナメた口ききやがって。どいつもこいつも扱えもしないもんを俺から奪おうと、そんな奴らぶち殺したって別に「誠さんっ!」…っ!」

 

マチスに声を掛けられてハッとして言葉を止める。自分はいったいどうなってしまったんだろうか。感情の一部が制御できないというのは本格的に不味い。マチスが止めてくれたが変な事を口走ってしまった。しかも複数人のいる場でだ。話が通じない相手は嫌いだが、普通ならどれだけ苛ついてもこうはならない。

 

「失礼…最近ホームシック気味でして偶にこんな感じになるんですが気にしないでください。とりあえず答えは俺からの助力がないと埋もれるような奴に対して申し訳ないとは思わないですね。心の底から塵ほども」

 

言い訳にしては苦しいが一番突っ込まれにくい話題を使う事にする。ドライな人間には効かないが、この世界の甘ちゃん相手なら故郷をだしにするのは有効な手段だ。多用すれば完全に言い訳にしか聞こえなくなるので頻繁には使えないが大体の事はこれで乗り切れる。

 

「…君の気持ちは分かった。最後にこれだけは聞かせてくれ。君の前に不遇に悩むトレーナーがいたとして、もしなんの弊害が無かったとしたら君はそのトレーナーを助けるか?」

 

「…その人の属性の問題はありますが、弊害が無くて且つその一回で助かるなら助けるでしょうね。でも一度助けたからって理由で長期に亘って寄りかかってくるようなら見捨てます。私に寄りかからないと生きていけないような人間を救う程お人好しのつもりはありません」

 

この時チラッとアンズの方に目を向けてみたがアンズは成程みたいな顔をして頷いている。どうやら自覚はないらしい。

 

「そうか…まあいい。ひとまず納得しよう。いや納得はしてるんだ。皆が話を聞くことを望まないならきっと間違ってるのは俺だからな」

 

上から目線の物言いにまた感情が高ぶってくるがなんとか抑えつける。納得しているなら黙ってろと言ってやりたいが、言いたいことがあるなら言えと言ったのは自分だ。そこで怒りをぶつけるのは流石に理不尽過ぎる。

 

「っ…そうですか。分かりました。では今まで通り、この知識は私が一人で管理します。もし皆さんの気が変わって先程の条件付きでも満場一致で情報を聞きたいとなったら教えてください」

 

「そういえばさ、満場一致って言うのはここにいないジムリーダーも含めた方が良いのかな?」

 

ふと思い出した様にイツキが意見を上げる。ここにいないジムリーダーとは誰の事だろうか。流石に他地方のポケモンリーグに連絡を取って迄意見を纏めろというつもりはないが。

 

「ここにいる以外にもジムリーダーがいるんですか?」

 

「そうだよ。ここにいるのはカントー地方のジムリーダーだけ。知らなかったかもしれないけど陸続きのジョウト地方にもジムリーダーがいるよ」

 

「(ジョウトか…忘れてたな)知識としてなら知ってましたけど、そのジョウト地方のポケモンリーグもここになるんですか?」

 

「ジムはそれぞれ別だけどポケモンリーグは一緒だよ。本部がこんな辺鄙なところにあるのもちょうどカントー地方とジョウト地方の間だからだしね」

 

「…ジョウトか…そうですね。それは皆さんで決めてください。結構な格差が産まれちゃいますが、もし今ここにいる面子だけで情報を管理する事を良しとするならジョウトのジムリーダーの意見は不要です。ですがジョウトのジムリーダーにも情報を共有するならそちらのジムリーダーの意見も含めてください。教える段になれば私も一度顔合わせをしたいと思います」

 

「うん分かった。そこはこっちで話をしてみるよ」

 

「お願いします」

 

ひとまずこれで話は終了で良いだろう。途中で訳の分からない暴走をしてしまった事についても考えておきたいのでこれ以上余計な事は言う前に話を終わらせたい。

しかしジョウト地方の事を忘れていたのは迂闊だった。知識にある事にすら意識が回っていないのは問題だ。今後そちらとの接触についても考えておかなければならない。

 

「とりあえずはこれで私から皆さんに伝えたいことは終わりです。私個人に対して言いたいことはあるでしょうがそれは後回しにして、先程お話した事に関して何か質問はありますか?無いなら私から一つお聞きしたいことがあります」

 

問いかけてから少し待ってみたが質問の声は上がらない。ただ代わりといってはなんだが顔を見るだけで何か言いたい事があるのだと分かるジムリーダーがいる。マチスとカスミ、特にカスミに至ってはよくこの場で言いたい事を我慢できたものだと感心する程に表情に出ている。明らかに溜め込んでいる様子なので、後で一発殴られるくらいは覚悟しておいた方が良いかもしれない。

 

「質問が無いようなので私から一つ質問をさせて貰います。この場にいる人に聞くのが正解かは分かりませんが私の今後の職務に関してです。私は本来皆さんのポケモンを強くする目的で雇われました。ですが今後も皆さんの意見が纏まるまで私は知識を教えるつもりはありません。なので今後私に求める職務についてお聞きしたいと思います。所謂契約の見直しですね」

 

「ちょっといいかしら」

 

「はいカリンさん」

 

「内容までは聞いてないけれど皆貴方からアドバイスを貰ってるって聞いてるわ。その知識を伝えてないとしたら貴方は皆に何を教えていたのかしら?」

 

「人によりますがこれまでは戦い方に関するアドバイスか精神的な問題を解決するアドバイスをして回ってました。一応私なりに今後トレーナーとしてやっていく上で必要だと思う事についてお話をしています」

 

「ふむ。少しいいだろうか?」

 

「どうぞキョウさん」

 

「その助言というものがどのようなものか聞かせて貰う訳にはいかんだろうか?すまんが言葉で聞いても実感が湧かぬのだが」

 

「分かりました。ちょうど今まで戦ったジムリーダーの方がいらっしゃいますので、今ここで皆さんにアドバイスをさせて貰います」

 

「うむ。娘の師となる者の指導を見せて貰いたい」

 

急な流れでジムリーダーにアドバイスを送る事になったがそれはそれでいいだろう。仕切り直しの為にもなんらかのキャラを作りたかったところだ。慣れない多対一で上手くキャラが作れないより、既にキャラが確立している指導用のキャラを演じる方が良い。

それにジムリーダー間のアドバイスの内容の格差も気になっていたところだ。カスミなんかはバトルするだけしてアドバイス出来ていないし、他にも最初の方のジム挑戦をした相手にはまともなアドバイスを送れていなかった。調整をするにはちょうどいい機会だ。

 

(しかし頭が痛くなってくるな。折角マチスの弟子から脱却できるってなったのにこれか。この地方で出来る事もなさそうだし、もう切り捨てるのも手かもしれん。定期収入は無くなるがその辺の野良トレーナー狩りで生計は立てられそうだし。いざという時に戻れる場所を確保したかったがちょっと本気で考えた方が良いな)

 

「では、折角なので私の今までの仕事風景を見て貰いましょうか。じゃあまずタケシさんからいきましょう」




思った以上に長くなってしまったのでこのお話は分割になりました。
どんどん文章が長くなっていく…


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指導する人

続きが書けましたのでお納めください。
長々書いてますが物語は進んでないので読み飛ばしても大丈夫な話です。ただのジムリーダー強化パートです。


 頭の中で急いでキャラを作る。作るのはこちらの世界で何度も使った指導用のキャラだ。最早作るというより仕舞っていたものを引き出すという表現の方が近い。さっきまでの苛立ちも少しだけ落ち着く。多重人格の様にキャラを変えたら感情まで一気に切り替われば楽なのにと何度も思ってしまう。

 

「では、折角なので私の今までの仕事風景を見て貰いましょうか。じゃあまずタケシさんからいきましょう」

 

「ん? 俺からか?」

 

 誰からでも良いがとりあえず手近にいたタケシから指導を行う。なんとなくだがゲームで戦う順が一番収まりがいい。それに以前タケシに送ったアドバイスは自分的にはかなり不完全燃焼なものだ。戦った当時はまだ戦い方に口を出せる程バトル慣れしてなかったので適当な弱みを突いて誤魔化しただけ。他のジムリーダーへのアドバイスの内容を考えれば、吊り合う程度の事はしてやりたい。

 自分がバトルに関しても指導出来ると証明するこの展開は渡りに船だ。ポケモンの強化法を教えられない以上は別の形で自分の価値を証明しなければならない。逆に言えばここで自分の価値を証明できなければお払い箱の可能性もある。

 

「ええ、とりあえず今回はプライバシーの観点から精神的なものをどうこうは無しにします。他の人も聞いてますから戦い方に関する助言だけとしましょう。ただ全員他の人へのアドバイスもよく聞いておいて下さい。そして自分にもそのアドバイスを適用できないか、私がアドバイスしたような事を相手が使ってきた場合にどう対処するかをよく考えてみてください」

 

 一度ジムリーダーを見渡して見れば先の言葉に反応した者がチラホラいる。タケシやアンズ、エリカ辺りが反応しているのを見るに、過去に話した時と同じ様に性格を指摘されると思っていたのかもしれない。流石にプライバシーを配慮するくらいの気配りはできるので安心して欲しい。

 

「ではタケシさん。タケシさんと言えばやはり岩ポケモンでしょう。タケシさんが考える岩ポケモンの長所と短所を教えてください」

 

「ふむ。長所と短所か……そうだな。やはりなんといってもその堅牢さだ。並大抵の攻撃では揺るぎもしない。短所はその代償として動きが遅い事だろうな」

 

 タケシへのアドバイスはもう決まっている。タケシの全力戦闘での戦術がどんなものかは分からないが、ジム挑戦の様子や性格を考えれば防御を捨てて積極的に攻撃するようなタイプではないだろう。良く言えば慎重、悪く言えば臆病だ。それならば長所を伸ばすには防御面に関する指導をしてやれば良い。

 

「はい。その通りです。岩ポケモンは基本的に防御力が高く、素早さが低いポケモンが多いですから今回はその防御力の高さをより活かす戦い方についてお話しましょう。ところでタケシさんは防御力を活かす為になにか工夫はしてますか?」

 

「工夫か……工夫と言えるかは分からんが可能な限り攻撃を避けるようにはしている。頑強とはいってもダメージはあるからな」

 

「まあどうしても躱さないといけない攻撃っていうのはありますが、あまり良いやり方とは言えませんね。攻撃を避けるっていうのは反撃のチャンスを犠牲にしてダメージを抑える事です。防御力が高くて受けに向いた岩ポケモンに敢えて素早さが求められる回避をさせるのは無駄が多いですよ。回避しようと中途半端な姿勢を取った所為でより大きいダメージを受ける恐れもあります。

 なので私からは攻撃の受け方についてアドバイスをします。まず受けるという行動の意味について考えてください。勘違いしてる人も多いですが受けるというのはただ真正面から直撃を受ける行為ではありません。相手の攻撃の威力を殺してダメージを最低限に抑える事です」

 

「なんとなく分かるが……」

 

「受けると一言で言っても種類があります。基本的なものとしては受け止める、受け流す、受け潰すですかね。

 まずは受け止める。多分これが一般的に思い浮かぶやつです。これは体に力を込めて硬化する事で威力を抑える行為ですが、岩ポケモンがやるのは微妙です。人間の場合は筋肉に力を入れて固める事でダメージを抑えるんですが岩ポケモンって力入れて体の硬度が上がると思えないんで、あくまでもダメージを受ける覚悟をするとかその場に踏み止まる目的で使うものです。ダメージそのものはそのまま受けることになるので出来ればこれは最終手段にしたいですね。

 次に受け流す。これは力の向きを逸らす事です。ポケモンの技で例えるとハイドロポンプみたいな直線方向に力が向いているものと相性がいいですね。あれは水圧で相手を圧し潰す技ですから角度を付けて力の向きを逸らしてやれば大したダメージも与えられずに変な方向に飛んでいきます。

 最後は受け潰す。これは少し説明しにくいですが相手の技が最大の効果を発揮する前に潰してしまう事です。ジャイロボールを回転が緩い内に抑え込むとか、体当たりを加速する前に止めてしまうみたいなのがこれに当たります。

 これらを場面に応じて使い分ける事でダメージを最小限に抑える。そうやって相手の消耗を狙うなり、相手の攻撃後の隙を突くなりに繋げていく。それが攻撃を受けるということです。言いたい事は伝わりますか?」

 

「まあ……言いたい事は分かる。だがそれが出来るかと言われるとな」

 

「そればっかりは要練習ですね。相手の技とか状況によって受け方は変わりますから一概にこの技はこう受けろとは言えません。ですが今はそれで十分です。大切なのは受けるという行動にどういう意味があるのか理解すること。どうやれば相手の技の威力を殺せるか、どうやってダメージを最小限に抑えるか、その本質さえ間違えなければ自ずと受け方は分かってきます」

 

「ふむ、分かった」

 

「頑張ってものにしてください。これを身に付けると相手に結構なプレッシャーを与えられます。攻撃は当たってるのになぜか大したダメージを与えられない、幾ら攻撃しても倒れないっていうのは相手からしたら恐怖です。盤外戦術になりますがそういう分からないものへの恐怖っていうのは判断を鈍らせますからね。それに分かったところでシンプルに対処が難しいです。原理が分かったとしても相手の攻撃を受ける姿勢までコントロールするのは無理がありますからね。まあとりあえずはダメージを抑える事を意識して戦う事を試してみてください」

 

「ああ、まずは試してみよう」

 

 とりあえずタケシはこれで終わり。自分でも出来ない事を指導するのもどうかと思うが、才能溢れるジムリーダーなら出来るんじゃないだろうか。

 

 次はカスミだ。カスミの場合は使用ポケモンが水ポケモンなので、アドバイスは盤面の制圧を主にすべきだろう。戦場を水中にしてしまえば相手がどんなタイプであっても関係なく勝てる。

 

「はい、では次はカスミさんにしましょう。以前バトルしてからなんだかんだでアドバイスを出来てませんでしたし」

 

「だからさっさとうちに来いって言ったじゃない」

 

「ええ、それに関しては申し訳ありませんでした。まあ折角ですから聞いていって下さい。と言ってもまずは質問ですがね。カスミさんにとっての水ポケモンの強みはなんですか?」

 

「色々あるけど一番は水中での動きね。水中での変幻自在な動きは他のタイプにはない強みよ」

 

「流石は水ポケモンのエキスパートですね。その通りです。まず他のタイプが実力を発揮できない環境で力を発揮するという時点で強いです。水中に引きずり込まれたらそれこそ他のタイプのポケモンでは太刀打ちできません」

 

「ふふん。よく分かってるじゃない」

 

「ですのでカスミさんへのアドバイスは場の制圧に関してです。私の好みもありますが自分に有利で相手に不利な環境を用意するのは戦いの基本ですからね。水中で有利な代わりに陸に上がると本領を発揮しにくい水ポケモン使いなら覚えて損は無いと思います」

 

「言われなくてもフィールドの重要性は分かってるつもりよ」

 

「まあ偶に水中じゃないとまともに動けないポケモンもいますからね。ですがまだ不十分です。やって欲しいのは既にある場を利用するだけではなく、新たに自分に有利な場を作る事。私が水ポケモンを使ったり、水ポケモンを相手にする時に意識してるのは陣取りゲームなんですよ。如何にして相手の有利な場を削って自分の有利な場に変えるかを常に考えてます。以前カスミさんとバトルした時に水に毒を流したり、熱したりしていたのがそれです」

 

「あれには手を焼いたわ」

 

「私なりの意見ですがどちらかが陣取りを完了した時点でもう勝負はついてると思ってます。自分の得意な場を一方的に制圧される程追い込まれてるって事ですからね。なのでカスミさんにはもっと相手の場を支配する術を学ぶといいと思います。と言ってもフィールドの形状次第なんでこれもああしろこうしろって話じゃありません。ただ相手の活動範囲を奪うだけで勝負が決まるって事を意識して戦ってください」

 

「ちょっとあたしの事、タケシに比べて適当すぎない?」

 

「適当なんじゃなくて指摘事項があんまりないんですよ。水タイプは他のタイプと毛色が違いますからね。自分に有利な場を作ればまず負けないから、盤面制圧に長けた相手が一番強いんです。でもまあ言葉を付け足すなら場を支配する方法は基本は二つ、引きずり込むか侵食するかがありますね。引きずり込むはそのまんまですが、相手を引きずり込みやすい位置に誘導したりとか考えると中々奥が深いです。侵食の方は足場を削り取っていったり、水嵩を増やして相手の足場を奪ったりするのが該当します。ただこれは戦う環境次第で答えが変わるから具体例でもないと説明しにくいです」

 

「じゃあ前にあたしと戦った場所だったらどう?」

 

「ああ、その手がありましたね。じゃあ前に私がカスミさんとバトルした状況を例にしましょう。とりあえず私ならポケモン三匹を水中に潜らせて水中でハイドロポンプを撃って水嵩を増やします。水嵩が増えていけば水ポケモンが自由に動ける範囲が増えますし、感電を恐れて迂闊に電気技も使えなくなりますからね。そうやってトレーナーの腰くらいまで水嵩を増やしたら、後はデンリュウとヤミラミとドードリオを一匹ずつ水深の深い場所まで引っ張って行って溺れるまで待てば完封です。それか被害を度外視するならフィールドを破壊して無理矢理水中に引きずり込むかですね。そうなるとトレーナーも巻き込むので壊し方を工夫しないといけませんが」

 

「情緒もへったくれもないわね」

 

「戦いなんてそんなもんですよ。相手の攻撃できない場所から一方的に攻撃できるならそれが最善です。カスミさんだってそれが分かってるから前の私との戦いで水中に潜んで攻撃をしてきたんでしょう。だから私はあの戦いで水の中に籠られない様に水を汚染する事を選びました。あれは別に勝負を決めるつもりじゃなくて、相手を水から外に出す為の手段でしたからね。ドサイドンで水場を埋めてしまう事も考えましたがそうなると水嵩が増えちゃうんでああいう手を使ったんです。他だとあれもそうですね。タマムシシティでロケット団のアジトを攻めた時のやつ。密室ならではですけどあれだって相手の場を自分の有利な場に作り替える侵食です。雑な言い方ですけど相手の活動範囲を全部水で埋めればそれでほぼ勝ちが確定します」

 

「分かったわよ。とりあえずあたしの方でも色々考えてみるわ」

 

 ここで終わりの予定だったがどうもカスミはしっくりきていないらしい。確かに言っている事は基礎の基礎だが、それだけしてれば勝てるのならそれでいいではなかろうか。倫理的な面を考慮すれば取れる手は限られるが、それでも盤面制圧に重きを置けば水ポケモンの強さは際立つと伝えたかったのにどうも上手い事伝わっていない。ここで終わりにして指導力に難があると思われるのも御免なので、もう少し何か伝える事にする。

 

「ん~……まあ基礎の基礎だったからなんとなくもやっとしてるみたいですね。じゃあここまで待たせてしまった詫びも兼ねてもう一つアドバイスをしましょう。主にダブルバトルなんかで使う手段ですが、水技の破壊力を高める方法も教えておきます」

 

「あんたね……そういうのを教えなさいよ」

 

「私なりにそのタイプを使う上での重要度を考えての事だったんですがね。まあこっちだって基本的な事です。私の勧める水技の破壊力を高める手段は何かを巻き込む事です」

 

「もうちょっと分かりやすく言って貰えない?」

 

「勿論です。これはみずでっぽうとかハイドロポンプみたいに水圧で攻撃する技で使うやり方ですが水の勢いだけで攻撃するのではなく、その中に何か含む事で破壊力が増します。例えば岩とか木を巻き込めばその質量を相手にぶつける砲弾になりますし、電気を纏わせれば触れただけでダメージを与える水になります。イメージ的には木や岩を巻き込んだ洪水とかですが言ってる意味分かりますか?」

 

「そのくらい分かるわ」

 

「ちなみにこれで苦手な属性相手にも有効打を打つことも可能になります。例えば相手が電気ポケモンだとしましょうか。普通にハイドロポンプを当てても効果は今一つですが、目の前にある岩を巻き込んだハイドロポンプを当てれば物理的なダメージが見込めます。直接岩を水で弾いて当てるのも良いですね。私の地方だと運動エネルギー弾とか質量弾って言い方をするんですが聞いたことありますかね?」

 

「聞いたことないわね。でも言ってることは分かるわ。要は岩を投げてぶつけるみたいなもんでしょ?」

 

「その通りです。誰でも思い付きそうなことですが意外とこういうことをするトレーナーはいません。まあカスミさんの場合は水ポケモン限定でメンバーを揃えるので岩とかは準備しにくいかもしれませんが、代わりに私のところからカスミさんのところに行ったトドゼルガも居ますからね。ハイドロポンプを撃って、それにれいとうビームでも当てて氷にすれば即席の質量弾の完成です。まあ水ぶっ掛けてれいとうビームを直に当てて凍らせた方が強いかもしれませんが」

 

「使いどころは限られるけど便利は便利ね」

 

「そうですね。とりあえず纏めると水は直に当ててもそこまで破壊力は高くないから氷にしてぶつけたり、固形物を巻き込んで威力を高めた方が痛いよって事です。当たり前の事ですが人はそういう当たり前に目を向けるのが苦手なんです。ポケモンが出す水も自然にある水も大して違いはないのにポケモンの技だからってだけで特別なものだと勘違いする。ポケモンの技だろうが自然現象だろうが関係なく破壊力ってのは物理法則です。水ポケモンの技の威力を高めたいならそういう分野に目を向ける事をお勧めします」

 

「色々面倒な事考えてんのね」

 

「そこは育った環境と性格の所為でしょうね。皆さんにとってはポケモンがやる事は至って普通で当たり前の事なんでしょうが、私からすれば何もないところから火やら水やら出してくるのは異常な事です。そういう原理不明なものが不明なままっていうのが怖いんですよ。だから観察しながら何か知ってるものに当て嵌まらないかって考えてたら、結局は普通の水と変わらないなって結論になりました」

 

「あんたも難儀な性格してるわね」

 

 これでカスミも終わり。二人目にして早くも面倒になってきた。せめて今だけでもいい感じの事を言わないといけないのでここで緊張感を途切れさす訳にもいかないのに、こういう場面で緊張が切れそうになるのはどういう事だろうか。明らかに集中力を保てなくなってきている。

 

 続くマチスには既に一度アドバイスをしているがこの場で何も言わない訳にもいかない。とはいえ電気ポケモン固有の立ち回りというのもそうはない。強いて言うなら状態異常がある事と電気そのものが強いくらいだ。いっそ電気の知識を教える事が頭を過ぎるが上手く説明できる自信もない。

 

「じゃあ次はマチスさんいきましょう。電気ポケモンの強みはなんですか?」

 

「そうですね……あまり考えたことがありませんでした。戦場にいた時には電気が入り用だったこともあって愛用してましたが、強みと言われると……」

 

「まあいいでしょう。身も蓋も無い言い方になりますが、電気ポケモンは適当に技をぶっ放すだけで十分強いです。水や岩みたいなそれそのものには害がないものを勢いよく飛ばして質量や運動エネルギーで攻撃するわけじゃなく、技そのものがエネルギーの塊で殺傷力があるから触れて受け流すことも出来ない。速度も速いし、軌道もある程度操作できるから相殺や回避も難しい。しかも当てれば麻痺っていう副次効果まであるとなれば弱い訳がありません。下手な応用をするくらいなら適当に技を撃ちまくる方が強いくらいポテンシャルが高いです。

 弱点を上げるなら実体が無いから壁とかを破壊するのが困難な事と地面タイプみたいな苦手な相手にはとことん弱いくらいじゃないでしょうか」

 

「確かに。戦っていて電気の強さを感じる事は多いですね」

 

「とはいえ技を適当に撃てばいいじゃあアドバイスになりませんがどうしましょうか。日本では電気関係も学問の一つとして研究されてるんですが、私も十年ほど前に齧る程度にしか学んでいませんからね。流石に基礎知識のない人に理解出来る様に説明する自信がありません。かと言って電気の応用は理論が分かってないと使いこなすのが難しい分野です。

 なので受けたい内容を選んでください。一つは電気ポケモンを使う際の立ち回り。もう一つは電気の特徴に関する知識です。電気の知識の方はある程度原理を無視してこういう使い方が出来るよくらいの話になりますが」

 

「では立ち回りの方をお願いしていいですか? 電気の知識の方は興味はありますが私としても理解できる自信がありませんのでまたの機会に」

 

「じゃあそれでいきましょうか。とりあえずさっき言った通り電気技っていうのは出し得です。直撃させずとも掠るだけで相応のダメージと麻痺の状態異常を付与することが出来るからです。なので最初はとにかく直撃させる事よりも手数を増やす事。

 電気そのものの特徴としては直線に走らないし、周囲に拡散するというのがありますから近くを通るだけで多少の影響を受けます。ギリギリで回避を狙うなら少しずつ影響を受けていくし、影響を受けない様に大きく回避してくれるならその隙を狙えばいい。そうやって相手を弱らせたところで最大火力の攻撃を当てるのが私なりの電気ポケモンの定石です」

 

「それは分かるんですが、相手が地面タイプのポケモンを使ってきた場合はどうするんです?」

 

「そこなんですよね。どのポケモンにもタイプ相性はありますけど電気ポケモンは苦手な相手にはとことん弱いですから。私だったら相手が地面タイプの時点で電気タイプは選択肢から外します。

 電気タイプしかいない状況で地面タイプを倒そうと思ったら電気技以外の技を使うか、それかもう接近戦で殴り合いをするかですね。幸いにも地面タイプには強力な技がありません。弱点を付ける技って言ったらあなをほるくらいだから接近戦の殴り合いに持って行きやすいです。

 まあ一部のポケモンが使う技を含めるならマッドショットとかホネこんぼう、あと禁止技を解禁するならじしんとじわれがありますが、この辺は除外しましょう」

 

「他のタイプの技は勿論ですが殴り合いですか……」

 

「殴り合いもそこまで悪くはないですよ。電気ポケモンの中には特性で触れた相手を麻痺させるのもいますし、接触した状態で電気を直に流し込んだりも出来るので相手が地面タイプじゃなくても接近戦は選択肢として十分に有りです。

 それに接近戦って殴り合いだけじゃないですからね。人が使う関節技とか格闘術みたいなものだってポケモンはきちんと学習してくれます。マチスさんのメンバーだとジバコイルとかマルマインは無理かもしれませんがライチュウならいけるんじゃないでしょうか。エレキブルみたいに人の形に近いほうが教えやすいですけどね」

 

「ふむ……それは盲点でした。格闘術ではないですが確かにいつの間にか技術を覚えてるポケモンはいますね」

 

「まあポケモンだって黙って言う事を聞いてるだけじゃなくて、戦いの中でちゃんと学ぶべきことは学んでるって事です。

 だからこそ注意して見ておかないと変な事覚えてるかもしれません。ポケモン独自の価値観があるのかもしれませんが、トレーナーからすれば無駄な技術を習得してたり、自分の戦い方とか形状に合ってない技術を覚えたりもしますからね。そういう技術の取捨選択はトレーナーがやらないと中途半端になりますからを付けてください」

 

「分かりました。ポケモン達の事をよく見てみようと思います」

 

 これでマチスも終わり。終わらせ方が雑になったが為になる話は出来たと思うので良いだろう。

 

 次はエリカだが、ここはどうでもいい。なにせどんな戦い方をするのかも、選抜しているポケモンすらも分からない。おまけに草タイプのポケモンだ。草タイプも弱くは無いのだろうがはっきり言って決定打に掛けるイメージがある。レギュラーメンバーの中に草タイプがいない事もあって良い感じの運用方法が思い付かない。

 

「そうしてください。じゃあ次はエリカさんなんですが、ちょっと困ってます」

 

「困っているとはどういう事でしょうか?」

 

「私はエリカさんのところには二回行ってますけど、結局一度も戦ってないし、戦ってるところも見てないですからエリカさん個人へのアドバイスができません。それなら草ポケモンの戦い方についてアドバイスをすればいいのかもしれませんが、実は私は草ポケモンの運用は苦手です。それこそエリカさんには合わないだろうなっていう自然に隠れて罠を張るみたいなゲリラ戦術くらいしか思いつかないので教えられることがありません」

 

「そうなのですね……」

 

「ですから申し訳ないですが保留にさせてください。近い内に一度ジムに行きますので、そこで戦い方を見てからなにかアドバイスをさせて貰います。適当なアドバイスをして弱くなられても困るんで今日のところは了承してください」

 

「畏まりました。そう言う事でしたらお待ちしております。ちょうど会って欲しい人がいますので場所と時間は後程」

 

 エリカには悪いが今日のところは我慢してもらう事にする。流石に大勢の前で的外れなアドバイスをすることは避けたい。

 しかし会って欲しい人とは誰だろうか。ここにいる面子ではないので個人的な知り合いか仕事の依頼者だとは思うが面倒だ。本当なら断りたいところだが、ここで断るのも気が引けるし、何より印象が悪い。本当に面倒だが人に会うくらいなら我慢出来る。会ってみてそれ以上のなにかを押し付けられそうなら断ればいい。

 

 そして次はアンズだ。アンズの場合はアドバイスがそれこそ山ほどある。ただそれはアンズの人間性に関するものが多いのでバトル関連となれば一気に減る。ただし減っても他のジムリーダーより指摘事項は遥かに多い。ポケモンに触れて日の浅い自分が言うのも何だが本当に未熟だと思う。

 

「本当にすいません。時間と場所は極力そちらに合わせますのでまた連絡を下さい。それで次はアンズさん」

 

「はい!」

 

「アンズさんは毒ポケモンとか以前に改善すべき点があるのでそちらから。まず私と以前戦った時に指摘したマニュアル頼りの戦いは治せましたか?」

 

「……あたいなりに頑張ってはいるんですが……」

 

「分かりました。まあ一度身に付けたものを治すのは大変だから仕方ないでしょう」

 

「力及ばず申し訳ありません……」

 

「大丈夫ですよ。焦ってやっても良いことないですから気長に確実に直していきましょう。それじゃあ今日のアドバイスはそれにしましょうか。何故マニュアル頼りの戦い方を治さなければならないかと治す為にどうすればいいかです。理由も分からずに治せって言われても難しいでしょうからね」

 

「分かりました!」

 

「まず相手の出方に応じて決まった対処を取ること、所謂マニュアルを持つことについて。実を言うとそれ自体は悪い事ではありません。戦闘中の無駄な思考を削って対応に動けるので反応が早くなります。その場その場の判断が苦手な人や不測の事態で慌てやすい自覚のある人の場合はマニュアルを作ることは必須と言っても良いでしょう。

 ではなんで私がアンズさんにマニュアル頼りの戦い方を止めろと言っているのか。それはそのマニュアルが自分で考えたものではなく他人が考えたものだからです。自分で考えたものなら別にマニュアル通りでも構いません。少なくとも相手の出方を予測する能力とそれに対応する手段を考える能力があることの証明ですから、イレギュラーがあっても時間を掛ければ対応できるし、状況による変化も付けられる。例えそのマニュアルが拙いものだったとしてもそのマニュアルを改善することで成長していくことも出来るでしょう。

 でも他人の作ったマニュアルに乗っかっているだけだと話は別です。決まった事を決まった通りにやるだけだからイレギュラーに対応できないし、状況による変化も付けられない。マニュアルを改善する為の思考も育たないからマニュアル以上に成長することもない。マニュアルの内容がバレて対策されれば後は永遠に負け続けるのが他人のマニュアル頼りの人間です。これが他人のマニュアルに従うだけの戦い方を止めろと言っている理由です。ここまでは理解できますか?」

 

「はい!」

 

「ではそれを治す為にはどうすればいいか。答えは簡単、自分で考えればいいだけです。結局のところ、人のマニュアルに頼るっていうのは自分に自信がないか失敗を恐れているかが大半です。自分が考えるよりも頭の良いこの人の考えの方が正しいだろうみたいな感じですかね。まあ適材適所という言葉もありますし、人によって得意分野もありますから人の模倣を止めろとは言いません。

 しかしそれが自分の成長を阻害するようでは話になりません。模倣をするならしっかりと見て、その技術を真似るのではなくどのような訓練をすればその技術を模倣できるか考えないと意味が無い。そうやって技術を取り込むのが模倣です」

 

「えっと……つまり誰かの模倣をしろってことですか?」

 

「ああ、すいませんね。話がズレました。話を戻しますが考えるということについてです。

 他の人にも言えることですが考えることを難しいと思ってるなら、その認識を改めてください。私の言う考えるは目標に至る道筋を導き出すこと。それ自体は普段からやっていることです。目的地に向かう為に歩く、肉を食べる為に火を通す、火を消すために水をかける、日常生活でやること一つとっても必ずそこに目的を達成する為の手段を選択する行為を挟んでいます。

 バトルにおける考えるも同じです。やる事はたった二つ、目的を決める事と目的に辿り着く道を決める事だけです」

 

「簡単に言いますが……やはり難しいかと……」

 

「なにも難しくなんてありませんよ。難しいと感じるならそれは自分で問題を複雑化させてるからです。バトルにおける勝利なんて要は自分の体力が尽きる前に相手の体力を削りきる事だけ。

 ならどうやれば体力を削れるか、それは攻撃を当てればいい。どうやって攻撃を当てるかとなれば回避先を読む、逃げ場を奪って回避させない、虚を突いて回避する前に当てる等限られた選択肢の中から行動を選ぶしかありません。

 アンズさんはバトルに勝つ方法で考えたから難しいと思ったかもしれませんが、攻撃を当てるってだけなら幾らか手段が思いつくでしょう?」

 

「それはまぁ……」

 

「それが出来るなら考える能力はあるってことです。というか日常生活が送れる時点で考える能力は誰しもが持ってる能力です。バトルだって日常生活だって何も変わりません。

 色々なものを一纏めにして一つの行いだけで目的を達しようとするから難しいんです。目的の為に必要な要素を一つずつ順番に噛み砕いていけばなにも難しい事なんてありませんよ」

 

「でもバトルは相手がいることですから……」

 

「それが考えを複雑化させるということです。確かにバトルは相手が居なければできませんが、相手がどう動くかに意識を割きすぎて自分が何をするかを疎かにしてるようでは本末転倒です。まずは自分が勝つ為に必要な行動を組み立ててそれを実行する。自分なりの戦い方を見つけると言われるのがこれです」

 

「自分なりの戦い方ですか……」

 

「その言い方をするとアンズさんが苦手意識を持ってしまいそうですが、要はどういう流れをたどれば勝てるか組み立てるだけです。まずは相手の動きに合わせて行動を修正するよりも自分がどういう動きをすれば勝てるかを決める事から始めましょう。

 あとアンズさんの場合は相手の事を過大評価し過ぎです。相手をなにか理解出来ないものみたいに思うから怖いだけで、相手だって自分と同じトレーナーなんですからそこまで理解不能な事はしてきません。バトルで勝つ為に攻撃、防御、妨害のどれかをするだけ。そのどれにも関係ない事をしてきたらそれはこちらのペースを乱す為の奇策でしょうから、その無駄を突いて有難く自分のやる事を進めればいいんです」

 

「そう言われると出来そうな気もするんですが……いざやってみないと出来るかどうかは……」

 

「まあ、言われただけで出来る人なんてそういませんから気長にやっていきましょう。今は理解出来なくてもふとしたきっかけで理解出来るもんですからね。

 それと私がこのアドバイスをアンズさんにした理由についても話しておきます。それは毒タイプのポケモンを使うトレーナーは他のタイプよりも戦闘の組み立てが大事になるからです。毒タイプには状況を一転させるような火力がありません。大きい一撃を狙って一気に逆転なんて無く、確実にリードしてじわじわと差を広げていかないといけない。その間に逆転の一撃を喰らってしまえば折角のリードがひっくり返される。だからこそどうやって勝つかをしっかりと考えて立ち回る必要があります。

 今のアンズさんの場合は具体的な戦い方をアドバイスするとそれをそのまま採用しそうなのでこういうアドバイスに留めました。理解出来ますか?」

 

「はい……」

 

「本当に理解出来てますか? 私は一度教えた事は二度と教えないって事はないですが、一度理解したと言ったのに理解できてなかったら二回目は少し厳しくなりますよ?」

 

「大丈夫です。理解は出来てます……」

 

「……一つだけ。これはアドバイスじゃなく助言です。ポケモンリーグ職員としてではなく、曲がりなりにも師をしている者としての言葉ですが焦って中途半端な知識を身に付ける事だけは許しません。

 私から見てアンズさんには十分なポテンシャルがあります。客観的な視点と思考、類稀な身体能力にそれに見合う反射神経や動体視力。僕の考えるトレーナーに必要な要素を高いレベルで兼ね備えてます。そして何が原因で燻っているのかも、何を身に付ければ一気に化けるかももう分かってます。ただそれは教える時期を間違えばアンズさんにとって害になるので今はまだ言えません。

 でもいつか必ず私はアンズさんに納得できる強さを与えます。才能がないとか思った通りに育たないなんてことで見捨てる事もありません。覚えが悪かろうが察しが悪かろうが、理解出来るまで教えます。私からアンズさんに教える事は全てアンズさんに必要になる知識です。理解出来ないなら幾らでも質問しても構いません。私に気を使っての事なら尚更です。だから中途半端な理解だけは止めてください」

 

「はい……」

 

「本当に理解は出来てるんですね?」

 

「そこは本当に大丈夫です」

 

 まだ少し不安はあるがアンズもこれで終わりでいいだろう。早足で大事な事を教えてしまったが能力は低くないから大丈夫な筈だ。実際考える能力も俯瞰して物事を捉える能力も低い訳ではないのだから、後はその自分の考えを採用できるように自信を付けさせてやれば一皮剥ける。

 しかしどうやって自信を付けさせるか考えておく必要がある。アンズ相手なら口先だけで仮初の自信を持たせることは出来そうだが、根拠が伴わない自信は必ず身を滅ぼす。自信を持つというのは、何かが出来るという事実、何かを成し遂げたという達成感、これだけの事をやってきたという経験、そういう思い出や経験が自分を支えている状態だ。内容は二の次で根性論全開の厳しいだけの訓練でもさせるか、強敵と言われる相手に勝たせるか。出来れば模倣先だったキョウ辺りと勝負させたいところだ。

 

 そういった事も追々考えないといけないが、とりあえず今はナツメだ。正直昨日の今日で言いたいことが何も無い。最後のジム挑戦だった事もあってアドバイスもそれなりのものをしているし、他のジムリーダーとの釣り合いを考えると特にアドバイスをする必要もない。

 

「分かりました。なら今日のアドバイスはここまでです。次はナツメさんです」

 

「あら? 私にもアドバイスをくれるの?」

 

「ちょっと悩んでます。昨日のアドバイスで言いたいことは概ね言ってるのもありますが、既にそれなりにアドバイスをしてますからね。私が気にする事じゃないのかもしれませんがここでナツメさんにアドバイスをしたら他の人とアドバイス量に差が出て釣り合いが取れないんですよ」

 

「簡単にでいいわよ。昨日言われた事もまだ試せてないもの。あまり一度に言われても身につかないわ」

 

「簡単にっていうのが一番難しいんですよ……その人のやり方を歪めないまま強くするって結構難しいですからね。戦い方のアドバイスにしてもナツメさんは既に自分なりのやり方を持ってるから昨日言った以上の事を手直し感覚で説明するのは無理です。改善案自体はありますが、それがナツメさんに合うかどうか分かりませんからナツメさんの今後の成長を見てどうするか決めるつもりでした」

 

「そんなに先のことまで考えてたの?」

 

「そうですね。僕のやり方を押し付けた劣化コピーを作る教育なら兎も角、その人をその人のまま強くしようと思ったら、性格やら好みやら信条やら色々確認しないといけません。一度戦って話しただけでその人を一気に成長させるのは僕には無理です。だから最初の指導でやるのは可能性を示して方向性を決めるだけ。その後に成長過程を見て指導方針を修正していくのが僕のやり方です。まあ最初っからこういう風になりたいっていうのを言ってくれたら多少は踏み込んだ話もしますが」

 

「そんなことまで考えてるのね」

 

「そりゃさっき考える事の重要性を話した僕が常日頃から考えてないなんて言えませんよ。バトルだけじゃなくて人を育てるのだって一緒です。どんなトレーナーに育てるかを決めて、その為に必要な要素を教えていく。その為には僕の中でそのトレーナーの完成像をイメージしないといけませんからね。そこがズレたらどうにもならないから間違える訳にもいかないし、中々大変ですよ」

 

「なら本人に聞けばいいじゃない」

 

「それでちゃんと答えが出ればいいんですけどそうもいかないんですよ。自分の目指すべき姿が想像出来てないくらいならいいですが、憧れやらトラウマやらで明らかに向いてない完成像とか確実に駄目になる未来を望む人が結構いますからね。先に自分なりに分析して人間像を作ってからじゃないとそれを訂正できませんから」

 

「本人がそれを望んでても?」

 

「取り返しが付くものなら放っておきますけど、それで人間性が完成しちゃったらもう取り返しがつかなくなりますからね。あまり他人の人生に関わりたくは無いですけどそれを回避させられるなら僕なりに手を加えますよ。まあ僕のエゴというか自分ルールみたいなもんです」

 

「へぇ……そうなの」

 

「まあ、それは今は良いんですよ。とりあえずナツメさんへのアドバイスをどうするかです。ナツメさんが望むなら何かアドバイスを送ります。でも昨日のアドバイスをまず身に付けたいと言うなら今回はアドバイスは保留にします。どちらが良いかナツメさんが選んでください」

 

「そうね……今回は遠慮しておくわ。まだ機会もあるしね」

 

「了解です。では今回はナツメさんへのアドバイスは保留です。時期を見てナツメさんの戦い方を確認しますのでその際に次のアドバイスをさせて貰います」

 

「分かったわ。いつでも来て頂戴。戦えるように準備しておくわ」

 

「いや、別に私と戦う必要は無いですよ。寧ろ第三者目線で見た方が良いくらいです。ジムトレーナーと戦ってるところを見せて貰うとか、なんなら映像でも構いませんよ」

 

「あら、そんなこと言わないでよ。私結構負けず嫌いなの。貴方がうちに来たら絶対に戦ってもらうわ」

 

「はぁ、そうですか。それなら勝負するのも良いですが、私は相手の戦い方を把握してからが本領ですから、もう初見殺しは効きませんよ。今度は徹底して対策立てていきますんで前と同じだとは思わないでください」

 

「その言葉はそっくりそのままお返しするわ。今度は私もジムリーダーとしてではなく一人のトレーナーとして勝負を挑ませて貰うの。前と同じだと思わないで欲しいわね」

 

 ナツメはこれで終わり。言える事が無いのは指導する側としてはどうかと思うが先を見据えての事となれば文句は言われないだろう。いつかまたナツメと戦わないといけない感じにはなってしまったが、それも日程を決めてないので先送りにしてしまっていい。態々思考を読む奴のところに行きたくない。

 

 そして次はカツラだ。グリーンはナツメと同様なので実質的に最後と言っていい。カツラの場合は他のジムリーダーとは異なる教え方を試したい。他のトレーナーは地頭は良くても知識に対する興味が薄い様に見えるが、カツラだけは別だ。カツラだけはこちらからああしろこうしろというよりも知識を教えて、それをどのように活用するか自分で考えさせる。カツラの性分を考えるとこちらの方が良いだろう。

 

「楽しみにしておきますが、その話はまた後でしましょう。話を戻しますが次はカツラさんです」

 

「むっ、ようやくわしの番か」

 

「そうですね。カツラさんは以前アドバイスよりも私個人の話を聞く事を優先しましたから普通にアドバイスをさせて貰います」

 

「うむ。君はわしとは違う視点で物事を見ている様だからな。期待させて貰うとしよう」

 

「あまり期待されても困りますが仕事はしますよ。多分ですがジムリーダーの中で私のやり方と一番相性が良いのはカツラさんです。他の方はどことなく直感型みたいなところがあるんですがカツラさんは理屈型ですからね。私の思想を理解しやすい筈です」

 

「君の言う直感型と理屈型というのはどういう意味かね」

 

「直感型は本能的に物事の本質を捉える事の出来る人間です。現象を何となくで理解する能力が高く、戦術の組み立てなんかも本能的に得意なものを選択できる。ただしなんとなくで本質を理解出来るから過程に興味を持たない部分があって詳細な知識を必要とする応用は苦手な傾向にあります。あまり好きな表現ではないですが一般的に天才肌と言われるのがこのタイプです。

 理屈型はその逆で現象を起こしている理由や過程を科学とか他の分野に落とし込んで追及するタイプ。有り体に言えばあらゆる物事に理由を求める人間です。こちらは知識を利用する応用は得意ですが、理解出来ない事象を戦闘に取り込む事をしないので、発想力とか柔軟性では直感型に劣る事が多いです。学者気質とでも言えば分かりやすいでしょうか」

 

「成程、理解した。それならばわしは君の言う通り理屈型だろう」

 

「だと思います。別にどちらが優れてるって事は無いですが、私が理屈型だから同じ理屈型の方が私の言ってることは理解しやすい筈です。カツラさんの場合は私からこういう風にしろって言うよりも、知識を学んで貰ってそれを自分なりに応用してもらうのがいいでしょう。なので今回のアドバイスでカツラさんには炎についての理解を深めて貰います」

 

「ほう。わしに炎について話したいとは。これでも研究者としても一家言あるのだがな」

 

「まあそうでしょうね。炎を単純な火力として使うんじゃなくて酸素を奪う術として使っていたのは驚きました。別にこの地方の科学技術を馬鹿にしてる訳じゃありませんが、他のトレーナーはそういう遠回しな手は使ってきませんでしたから、そういう知識がないのかと」

 

「確かにそう言う事をするトレーナーは少ないが別に知られていない訳ではないからな。直接攻撃した方が早いから直接攻撃しているだけだ。まあ中にはそういった事に興味のない者もいるとは思うが」

 

「そこなんですよね。実を言うと炎って直接的な攻撃力はそこまで無いのに皆さん直接攻撃に拘るからどう認識してんだろうって思うんですよ。というかカツラさんはどうなんですか? カツラさんは炎ってどういうものとして認識してます?」

 

「簡潔に言えば何かを燃やした際に発生する現象だな。可燃物に熱が加わる事により発火して、周囲の酸素を取り込んで燃焼する。その際に二酸化炭素が生成されるという事は分かっているが」

 

「どちらかというと燃焼に関する説明っぽかったですがまあいいでしょう。酷な事を言いますが日本ではその程度の知識は10代の子供でも知っている事です。

 もう少し進んだ知識を言うと、炎とは熱と光を伴った状態に変化した気体の一種です。より正確に言うと気体が電離してプラズマが生じている状態なんですが、意味わかりますか?」

 

「……すまないがもう少し詳しい説明を貰えないだろうか。プラズマは聞いたことがあるが電離という言葉は聞いたことも無い。それと気体だというのは分かったが、気体とは空気のようなものだろう? それと炎が同じと言うのがどうにも分からん」

 

「電離って言葉を使ったのは確認みたいなものなので気にしないでください。とりあえず一個ずつ説明していきましょう。まず私たちの周りにある空気には色んなものが含まれています。成分として多いのは酸素、二酸化炭素、窒素、後は少量の水素とかアルゴンとかになりますが、そういったものを更に細かく分割していくと日本で原子と呼ばれている目視不可能な粒子みたいなものがあります。この原子の中にはプラスの電気とマイナスの電気がエネルギーとして内包されてます。名前はどうでもいいですが意味は分かりますか?」

 

「エネルギーを内包した原子という粒子がある事は分かった」

 

「それで十分です。詳細を言うと凄く面倒になるので簡単に言いますが、この原子にエネルギーを加えると内包されている電気エネルギーが移動して他の原子にくっついたりします。その際の電気エネルギーの分解や結合によってエネルギーが生まれて熱を持つプラズマになり、そのプラズマのエネルギーが周りの原子に作用してどんどん大きくなってそれが可視可能な強さまで大きくなったものが炎です。

 なので空気も炎も、なんなら煙もですね、エネルギー量……というか温度が違うだけで実は同じものです。厳密には少し違いはあるんですが、分かりやすく言うと炎の正体は滅茶苦茶熱い空気ってことですね」

 

「むぅ……」

 

「私がこの話をしたのは炎の運用について考えて貰うためです。

 確かに可視化する程のエネルギー量ですから炎にもそれなりの殺傷力はありますがその殺傷力の根底はあくまでも熱だという事を知っておいてください。物体を破壊する過程についても少々特殊です。一気に大きいエネルギーを叩きこんで物を破壊するのではなく、熱で体を構成する物質を破壊するのが熱の特徴です。熱を奪う特徴を持つ水を他より多く含む水タイプや体を構成する物質の繋がりが強固で破壊しにくい岩タイプに効果が薄い理由がこれですね。

 全てを焼き切るくらいに熱量を上げた熱線とかなら話は変わりますが、普通の炎だったら一瞬触れる程度なら人間でも案外耐えられます。この知識をどう使うかはカツラさんが考えてください」

 

「ふむ……因みに君ならどう使うかね?」

 

「私ですか? 相手によりけりなんで一概には言えませんが、基本は熱風扱いで運用しますね。気体であることを利用して、相手の息を吸う瞬間に炎を浴びせる事で高熱の気体を体内に入れて防御力も関係なく内臓や呼吸器を焼くとか酸素を奪って行動を鈍らせるとかです。

 呼吸してるのか怪しい奴や内臓の有無がよく分からない奴相手の場合は熱で体温を上げてじわじわと体力を奪うみたいな使い方が主になりますね。岩とか相手なら熱してから急速に冷やすとかも出来ますが、どれをとってもあまりトドメの一撃って感じの運用じゃありません。どちらかと言えば毒に近い使い方をしてると思います」

 

「うむ、分かった。本来ならその化学反応の詳細も聞いてみたいところだが勉強させて貰ったよ。しかしあれだな。ポケモンバトルだけに使うには君の知識は本当に惜しいな」

 

「偉そうに言ってますがそんな大したもんでもありませんよ。あくまでも他の誰かが発見した事を知識として知ってるだけで、証明の仕方もなにも分かりませんから。

 まあ証明出来たとしてもあんまりいろんな場所に知識を広めるつもりはありませんけどね。平和利用すれば一気に生活が便利になる知識も沢山ありますが、別の使い方をしただけで大量破壊兵器が作れたりもしますからね。ものによっては空気とか土壌とかを数百年単位で汚染するものもありますから、そんな危険物をおいそれと一般公開は出来ません。知識だってそこに住む人のレベルに合わせた程々が一番です」

 

「そうまで言うなら無理には聞くまい。君が教えても良いと思った事を聞けただけ良かったとしよう」

 

「そう言って貰えると本当に助かりますよ。扱えもしない碌な事にならない知識を広めろって言われたらブチギレそうになりますから」

 

「……まあ、なんだ。別にワタル君も悪気があって言ったわけじゃないんだから、その辺にしときなさい」

 

「いえいえ、別に怒ってないですよ。怒ったらあんなもんじゃ済みません。あれはちょっと苛ついただけです」

 

「……まあ程々にな」

 

 これでカツラも終わり。内容が合ってるかどうか自信はないが多分合ってるはずだ。原子云々は工業高校の電気の授業で嫌ってほど習った。

 しかし自分で言っておいてなんだが原子というのは中々面白い着眼点ではないだろうか。ポケモンの技は粒子を何かに変換するものだと思っていたが、もしかすると原子を組み替えて物質を生成しているのかもしれない。そうなると空気中に見えている粒子は原子だか電子だかという過去に考えた仮設とも合致する。次回マサキと会う時にこの話をしてもいいかもしれない。

 

 そして指導も残すところグリーンだけになったが、グリーンも既に粗方の指導は済ませている。どうしても新しい事を聞きたいと言うならなにか考えないといけないが多分大丈夫だろう。

 

「ええ、それじゃあ最後はグリーンさんですね」

 

「俺もか?」

 

「グリーンさんはナツメさんと同じで言いたいことは一昨日に大体言ってますから、私の中では経過待ちの状態です。一昨日の指導と今日他の人にした指導を聞いた上で、まだ足りないなら何か言いますがどうしますか?」

 

「俺はもういい。これ以上聞いても消化しきれん」

 

「分かりました。ならグリーンさんも今日のところは保留です。時期を見て成長を見に行きますので、是非私が驚くような成長をしておいてください」

 

「言ってろ。次に勝つのは俺だ」

 

 グリーンも終了。これで今日の仕事は終わりだ。後は四天王とのやり取りと……俺個人ヘの言いたい事も聞かないと駄目だろうか。指導という形で話をしたし、勢いで誤魔化して退室に持っていきたい 

 

「楽しみにしてますよ。それじゃあ今日の指導はこのくらいで終わりにして「ちょっと待ちなさいよ」……どうしましたカスミさん? 何かありましたか」

 

「黙って聞いてたけど差があり過ぎるわよ。理屈型だかなんだか知らないけど贔屓よ贔屓。あたしにもなんかそういうのないの?」

 

 態々話を止めるから何かと思ったがアドバイスの内容が気に入らないらしい。心情的には自分へのアドバイスは目新しさのない基本的な事なのに、カツラへのアドバイスは他で聞けない目新しい知識なのはずるいってところだろう。気持ちは分からないでもないが得手不得手やら性格やらを考えて話す身にもなって欲しい。

 

「別にそういうのが聞きたいならそっち方面でもいいですけど本当に聞きたいですか? 水を分解して発生させた分子に着火する水素爆発とか蒸発時の体積の増大を利用した水蒸気爆発とかそんな感じの話になりますけど」

 

「分かるように説明してくれるんでしょ?」

 

「やることはすごい簡単ですよ。水と私のポケモンがいれば今この場でも出来ます。でも水関連の化学反応の中に私が知る中でトップクラスにヤバイのがありますから出来れば教えたくは無いです。それでも一度を聞きたいなら私の知る限りの知識を徹底的に叩き込んで事故が起きないようにして貰わないと」

 

「ヤバいってどのくらいよ」

 

「うっかりでも再現しちゃうと取り返しがつかないやつですよ。まあ偶然で出来るものとは思えませんが水に含まれる重水素ってのを使った化学反応で熱核反応ってのがあります。これはエネルギーの素となる重水素を増やしたら増やしただけ上限無く破壊力を増す特徴があるんですがそれを利用した水素爆弾っていう兵器は一撃で都市を丸ごと一つ消し飛ばすとかそんなレベルですからバトルで再現しちゃったら戦ってるポケモンやトレーナーは軽く消し飛ぶでしょうね。規模しだいではカントー地方を消し去ることも出来ます。日本でも禁止されている私の知る中で最強の破壊力を持つ化学反応ですね。

 せめて私が完璧に把握してるなら教えても良かったんですが、流石に兵器ともなると僕も詳しいところは分かりません。禁止事項が分からないまま教えて再現でもされると目も当てれません」

 

「……やっぱり止めておくわ」

 

「賢明です。仮にカスミさんが使いこなせたとしても、それを見様見真似で真似して事故を起こすトレーナーもいるでしょうからね。あと水関連の化学反応は色んな使い道がありますけど、元になる水素も酸素も火と反応しますから、戦いで使うとなると基本的には爆発になります。当然爆発となると破壊力に特化してますので戦闘に組み込むのは過剰火力ですよ。ポケモンをポケモンセンターでも回復不可能な肉片になるまでバラバラにしたいなら話は別ですが」

 

「だからもういいって言ってるじゃない」

 

「さっきも言いましたが過ぎた力は身を滅ぼします。私の指導が気に入らなかったのかもしれませんが、私なりに皆さんが扱っても事故が起こらないだろう知識を選んでますからね。そこのところ理解をお願いします」

 

「分かったって言ってるでしょ! たくっ!」

 

「それと私が皆の前で特徴を説明するのは別にいいことばかりじゃないですよ。炎がどうやって生まれるか知るということは炎がどうやれば生まれないかも分かりますからね。一定以上の温度で炎が生まれるなら温度を下げてしまえば炎が生まれないということです。自分を高める知識を求めるのもいいですが、相手に本領を発揮させない方法についても学ぶといいですよ」

 

「分かったわよ! しつこいわね!」

 

 少々イラっときて嫌味ったらしい言い方になったが納得して貰えたようで何よりだ。邪魔が入ったがこれで本日の指導は終了。今日のやり取りは反省点も多いが、苦手な多人数を相手にして致命的なぼろを出して敵対しなかっただけで良しとしよう。後は話が終わったどさくさに紛れてさっさとここを離れるだけだ。

 

「とりあえずこれで終わりですがどうでしたか? 私の仕事風景を見た感想は」

 

「なんというか……意外と普通なんだな……」

 

 ワタルが口を開くが普通という言葉が引っ掛かる。一体どんなイメージを持っているのか知らないが変な事を教える程馬鹿じゃない。もっと邪道寄りの戦い方を教えるとでも思われているのだろうか。

 

「私に対してどういうイメージを持ってるのか分かりませんが、そりゃあ普通ですよ。私の仕事は皆さんを皆さんのまま強くすることであって、性格や戦い方を歪める事じゃないんですから」

 

「いや悪かった。そういう意味で言った訳じゃないんだ。ただ思ったよりも基本的な事も教えるんだなと思っただけだ」

 

「皆さんの戦い方を歪めずに強くなってもらおうと思ったらどうやったって基本か個々の才能の話になりますよ。奇抜な発想やら不意の突き方なんて教えたところで、使える場面なんて限られますからね。場を読んで相手の行動を読んでその上で状況に応じた手を打って上手くいっても相手のペースを乱すだけ。読みを外せばただ無駄に手を浪費するようなギャンブルを主な戦い方にするのは馬鹿か天才だけです。そんなもんを時間を掛けて教えるくらいなら、どんな状況でも腐らない基本を教えた方が出来ることの幅は広がりますからね」

 

「ご尤もな意見だ」

 

「それでどうしましょうか。私は今後もこの仕事を続ければいいんでしょうか。それと続ける場合、四天王の方も対象に入れた方が良いんですかね?」

 

「そうだな。仕事は今のままで構わない。だが四天王を対象にするかの返事は悪いが保留にさせてくれ。個人的に受けたい気持ちはあるが、チャンピオンを選別しなければならない四天王の立場を考えると強くなるのも一概に良いとも言えないからな」

 

「まあ別に絶対に受けて欲しいって訳でもないんでそこはお任せします。これで要件が終わりならもう帰って良いですか? 僕もやりたい事あるんで」

 

「ああ急に呼び出してすまなかった。この埋め合わせはいつかさせて貰う」

 

「じゃあ給金増やしてください。今後の為にも金を溜めないといけないんですけどトレーナーとのバトルを禁止されたから金がないんですよ。今の時点で手持ちも殆ど無いです」

 

「そうか……分かった、考えておこう」

 

「ではこれで失礼します。何かあれば連絡下さい」

 

「ああ、また会おう」

 

 帰っていいと言質は取った。後は時間との勝負。しかし急いで駆け出してはいけない。如何にも自分が帰るのは自然な事だと周りに認識させる為に、急ごうとする足を抑えて落ち着いて踵を返す。そうすれば後はたったの数歩。急ぐのはその数歩を乗り切って一度部屋を出てからだ。

 

「ん? ちょっと待ってくれる?」

 

 扉に手を掛けるまであと一歩というところで背後から声が掛かる。この微妙に聞き覚えの無い声質と、絶妙に距離間を測り間違えた馴れ馴れしい話し方はイツキだろう。呼び止められるにしてもイツキに呼び止められるとは思わなかった。まともに会話しようとしない事もあってどうもイツキという人間を測りかねる。

 

「どうしました? まだなにか?」

 

「いやいや、別に今言う事でもないんだけど一つだけ言っとこうかと思って」

 

「聞くだけなら聞きますよ」

 

「なんかね。君の待ち人は半年後に現れるんだってさ」

 

「? 待ち人って誰ですか?」

 

「僕も分からないけど君に言わないと駄目な気がしたんだよ」

 

「? はぁ……要件はそれだけですか?」

 

「うんそれだけだよ。ごめんね呼び止めて」

 

「まあ、はい。誰か知らないですけど、半年後に誰か会いたい人に会えるって事ですよね?」

 

「うん。僕も良く分かんないけど、そう感じたんだ」

 

「根拠の無い話ってあんまり好きじゃないんで、話半分に聞いておきます」

 

「急にこんなこと言ってごめんね」

 

「別に良いですよ。じゃあ僕帰るんで。なんか用がある人は事前に連絡してくれれば日程の都合付けるんで連絡して下さい」

 

 イツキの発言についてもう少し聞いてみたかったが、今は我慢する。ここで時間を掛けて話が広がるのはよろしくない。そういう話をするなら一対一の場面だ。しかし待ち人とは何の事だろうか。自分が会いたいと思っている人間と言えば、あの村の生存者であるユウか日本への帰還のヒントになりそうな人間くらいしか思い当たる節が無い。

 

 既に扉まで一歩の距離をキープしていた為、今度は誰の邪魔も入ることなく部屋を出ることが出来た。扉を閉めると同時に早足で外を目指す。無駄に長い一本道の廊下に後ろから声を掛けられるんじゃないかと焦りが産まれ、最後には小走りになっていたが無事に外に出られた。後はつくねに乗って大空に逃げ出すだけで済む。

 

(ふぅ……長かったけどなんとかなった。とりあえず面通しはしたって事で義理立ては出来たから今後はこういう会議は絶対に断ろう。何言われても故郷に帰る手がかりを探してるとか言やいけるだろ。でもどうすっかな。とりあえずマサキとの契約もあるから一年はここにいるとして、その後の事も考えとかないと……やっぱ金だな。とりあえず何とかして金を集めないと話にならん。

 というかイツキのあれはなんだ? 待ち人って誰だよ。イツキってどんな設定だっけな? ネイティオ使ってたイメージ有るからエスパータイプの四天王だろうけど、超能力者って設定あったっけか。ポケスペの敵でブルーにトラウマ見せてた記憶しかないけどあれもネイティオの力だったし。まあエスパーならナツメと似たようなもんと仮定すると未来予知になんのかな? そうなると不味いな。日本への帰還のヒントになる様な人間なら兎も角、ユウとかいうガキの方だったら、そのガキを探してる理由まで読まれてる恐れがある。もしもナツメの上位互換みたいな超能力持ちだったらそこまで読めるのか? でもそれならあの場でなんらかの手を取る筈だ。止めなかったということはそこまでは読めてないのか? 

 ……まあいい、あんまり好きじゃないし距離取って様子見だ。今後の事考えないといけないし、イツキに気を回すのは後にしよう。折角ジム挑戦も終わったし、一度状況を整理して短期、中期、長期の目標を立てて行動を決めて……とりあえずさっさとここを離れよう)

 

 誠は思考を切り上げてつくねをボールから出す。目指すは誰にも邪魔されない場所。ハナダの洞窟だ。

 

 

 

 

 ──────────────────────────────────────────―

 

 四天王会議

 

 

 

 誠が去った後、幾つかの協議を行いジムリーダーも去った会議室。そこでは五人の男女だけが残り、互いに言葉を交えている。

 

「はぁ……嫌われたかな……」

 

「だから言ったじゃん。ああいうの絶対嫌いだよって」

 

「そうよ。ジムリーダーからの話を聞いて分かってたじゃない」

 

 室内で行われているのは一見すれば会議と呼べるようなものではなく、雑談に近い。

 入って日の浅い新任が含まれていようともそれぞれが異なる信念を持とうとも、共通の目的を持って職務に励む四天王の心は同じ。そこに上下関係は無く専ら雑談混じりの会議となってしまう。

 

「いや、エリカ君やカツラ君から意外と熱い部分があると言っていたから言葉を尽くせば分かってくれるんじゃないかと思ったんだが」

 

「それは無理だな。彼は常に最悪を想定するタイプだ。憂いが残っている限り絶対に首を振らないだろう」

 

「……あれは戦士ではない」

 

「そうみたいだ。俺とした事が完全に見誤ったよ」

 

 今回の議題は必然的に誠に関するものとなる。聞いたことも無い日本なる地方からやって来た一人の男が僅か二週間ばかりで八つあるジムを制覇した。それだけなら他の地方で名を馳せたトレーナーが来ているで話は終わりだが誠は例外だ。

 なにせジムリーダーの一人が凄腕のブリーダーを見つけたと報告して来たかと思えば、そこから連日の様に誠に関する報告が上がってくる。曰く今までに見たことが無い強さのポケモンを育てている、曰く誠のポケモンを奪った者が村を一つ滅ぼした、曰くジムリーダーの一人を弟子に取った、曰くジムリーダーと協力してロケット団の残党を捕まえた、曰くジムリーダーに指導出来る程の知識量を誇る、そんな報告が毎日の様に上がってくるのだ。

 

 そして誠本人に関する所見も報告に上がるがこれが見事に一貫しない。直接会っているイツキとカリンを以てして警戒されて殆ど会話が出来なかったので分からないと報告している。過剰な強さと豊富な知識、そして不明な人間性、この三つが揃ってしまえば必然的に警戒の対象となる。

 そんな善人か悪人かも分からない相手に漸く会えたかと思えば、初対面でチャンピオン代理が喧嘩腰の対応をする始末。遠慮のない同僚たちからは当然の様に非難される。 

 

「それにしたってあれはないわよ。挑んで欲しいならそう言えばいいのに。第一印象から最悪じゃない」

 

「あれは俺が悪かった。つい焦ってしまって」

 

「それよりどうすんのさ。彼に頼むんじゃなかったの?」

 

「それなんだがな……」

 

 現在、ポケモンリーグはある重大な問題を抱えている。其れは象徴たるチャンピオンの不在だ。

 元来チャンピオンという立場が不在となる事は稀だ。トレーナーを志す者なら誰しもが一度は挑戦に立つことを夢見る。その頂点足るチャンピオンに上り詰めた者が自らチャンピオンを辞することがまず少ない。時に求道者の様な人間がチャンピオンになる事もあるがそのような者からしてもチャンピオンという立場は捨てがたい。最高クラスのトレーナーである四天王やジムリーダーが組手の相手を勤め、修行に集中出来る環境も提供し、挑戦してくるトレーナーまでもが四天王を突破した一流のトレーナー、これを超える環境はそうそう用意出来ない。それこそチャンピオンが不在になるのはチャンピオンが事故に巻き込まれて亡くなった時くらいだろう。

 

 しかしまさに今チャンピオンの不在に陥っている。理由も告げずに出奔したレッドを連れ戻そうと画策したが、最後に目撃情報のあった場所が不味い。目撃情報のあったシロガネ山は生息するポケモンはジムリーダーにも劣らぬ強さを持ち、年中吹き荒れる吹雪は人の立ち入りを徹底して拒む。嘗ての四天王が協議した結果、ポケモンリーグで殿堂入りを果たした者にしか立ち入りを許していない正に死の山だ。

 そんな場所にレッドが立ち入ったと聞いて早数年。以降の目撃情報が無いことを考えれば、未だにシロガネ山にいるか……既に死亡した可能性が高い。一度グリーンを送り込んだがレッドの存在を確認出来ないまま中腹辺りで捜索を断念して以降、確認に送る人材を確保することも出来ないまま手をこまねいているのが現状だ。

 

 流石に年単位のチャンピオンの不在は不味いと皆が分かってはいる。実務に影響は無いとはいえ、トレーナーの代表であり、ポケモンリーグの象徴となるチャンピオンが長年不在で良い筈も無い。新たにチャンピオンを立てなければと分かってはいるが、なまじレッドの強さを見てしまっただけに半端なチャンピオンを立てようとも思えない。その結果新たにシロガネ山に入る事の出来る者も生まれない悪循環に陥っている。

 

 そんな状況で現れたのが誠だ。短期間にジムを制覇する実力に豊富な知識、もしかすると新たなチャンピオン足り得る人材かもしれないと期待を持った。あわよくばレッドを連れ戻す事も出来るかもしれない。もし駄目だとしても本業であるブリーダーとしてジムリーダーのポケモンを育ててくれればシロガネ山の探索も可能となる筈だった。

 それが蓋を開けてみれば、チャンピオンに興味が無いばかりか、本人も故郷に帰る手段を探している遭難者ときた。さりとてポケモンの育て方を聞くことも出来ず、挙句の果てにワタルの焦りが空回りして不興を買う始末だ。誠の対応を見れた為、悪いことばかりでもないが、それだけの為に頼ろうとしている当の本人の信頼を失っては元も子もない。

 

「……みんなはどう思う? 引き受けてくれると思うかい?」

 

「難しいんじゃないかしら。率先して危険な仕事を引き受けてくれるとは思えないわ」

 

「マチスから規律を重んじると聞いとるからの。依頼となれば引き受けてくれるのではないか?」

 

「あれは規律っていうより自分の中で基準があるんだと思うよ。でも依頼したら何か条件を付けてくるかもだけど、それさえ飲めばやってくれると思う」

 

「分からん」

 

「じゃあとりあえず頼むだけ頼んでみようか。それで誰から言うかなんだけど……」

 

「貴方がチャンピオン代理なんだから貴方から言いなさいよ」

 

「いや、俺は今日の事で嫌われてるだろうから……」

 

「僕はパスね。多分僕の事あんまり好きじゃないだろうから」

 

「わしから言うのもな……娘も世話になっておるし、これ以上頼みごとをするのは心苦しい」

 

「……」

 

 会議と銘打って入るが結末はいつも同じだ。チャンピオン代理という立場を都合良く使われ、いつもワタルが面倒事を押し付けられる。ワタルも思うところはあるが弁が立つ他の四天王に言い包められ、最後には諦めて面倒事を引き受ける。

 

「……俺しかいないか……カリンの方が良いと思うんだが」

 

「折角だから仲直りしときなさい。あの子結構危ういわよ」

 

「そうだね。組織のトップとして職員とは仲良くしときなよ。怒らせてカントー地方吹き飛ばす爆弾とか作られたら笑えないし」

 

「うむ。完全にこじれる前に一度話しておいた方が良いだろう」

 

「やりにくい手合いではある」

 

「はぁ……分かったよ。俺から話をしてみる。ところで皆は誠君をどう見た?」

 

「そうね。しっかりしてるし、悪い子じゃないと思うわよ。ただ不安定というか、過激に思える一面があるわね」

 

「どこかに所属しておれば大それたことはしないだろう。おそらく自分に自信が無い部分もあると思うぞ。以前の娘と似たような雰囲気がある」

 

「うーん……僕はちょっと違うと思うなぁ。自信が無いにしては他人の意見をあんまり受け入れてなかったし。本当は結構自信家じゃないかと思うね。でも感性の違いはあっても悪人じゃなさそうってのは否定しないよ」

 

「見どころはある」

 

 それぞれが誠に対する印象を述べるが、総括すると悪人ではなさそう以外の部分はやはり一致しない。気持ち悪さは残るが、それぞれが育った環境や二面性という形で納得しており、五人全員が悪人ではないと判断するならば問題にはならないと判断している。

 

「うん。それを踏まえて彼への依頼の仕方について一緒に考えて欲しい」

 

「そこは普通でよくない? 素直に頼むのが一番だと思うよ?」

 

「やましい事を頼むわけではないのだからきちんと話せばよかろう」

 

「寧ろ半端は駄目ね。中途半端にお願いで通すより厳格に命令か依頼にした方が良いわ」

 

「礼を尽くせ」

 

「厳格な命令ってなるとやっぱり俺よりもカリンから言った方が……」

 

「は? 私の方がなに? 性格がキツいって言いたいの?」

 

「いや、別にそんな訳じゃ……」

 

「じゃあワタルから正式に命令か依頼するって事で決まりね」

 

「「「異議なし」」」

 

「……分かった。俺から言う。とりあえず理由を説明して、ジョウトのジム挑戦とポケモンリーグの挑戦を依頼しよう」

 

「その後のシロガネ山の捜索も言わないと」

 

「……少し間をおいて連絡する」

 

「まあ良いでしょう。それじゃあもう話すことは無いから今日の会議はここまで。次回の会議は一週間後にします。ワタルはそれまでに連絡しといてね」

 

「……そうだな。連絡の結果は来週の会議で伝える」

 

「そうね。じゃあ今日はこれで解散。職務に励みましょう」

 

「「「「了解」」」」




どうでもいい豆知識

誠の一人称について
私:取り繕ってる時に使用する外行き用の一人称。仕事や初対面の時はこれ。
僕:比較的リラックスしてる時に出る普段使い用の一人称。油断すると出てくる。
俺:感情が高ぶってる時に出る一人称。殆ど素の状態。


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討論する人

遅くなりました。続きが書けましたのでお納めください。


 ポケモンリーグに呼び出しを喰らってから早一週間。時間換算で168時間、秒換算にして604800秒、これだけの時間が全てのものに平等に流れるが、その時間を長いと感じるか短いと感じるかは人によって違うだろう。

 

 自分個人としては特に用事の入らなかったこの一週間を実に有意義に過ごせた。無駄はあっても無意味では無い検証の日々。それもこれもポケモンリーグに呼び出しを受けてジムリーダーへのアドバイスを行ったおかげだ。深く考えず口から出る言葉に任せたアドバイスだったが、その発言の幾つかが自分を見つめ直すヒントを与えてくれた。この世界に毒されていた自分に自分の最大の武器は日本で培った知識と視点だという事を思い出させてくれたことには感謝しても良い。無駄な事だとばかり思っていたが人生何が役に立つか分からない。人生万事塞翁が馬とはよく言ったものだ。

 

 今まで放置していたこの世界の当たり前を当たり前として放置せず、その現象を起こす理屈を考える事を自覚しただけで視点は変わる。今までポケモンという生き物についてなんだかんだと考えていた仮設を検証出来るこの機会にこの思考を取り戻せたのは運が良かった。

 

 

 そしてハナダの洞窟に籠って検証と思考を繰り返した。ボールへの出し入れ、技の試し撃ち、技で生成される物質の確認、戦闘における粒子の飛散や獲得の様子、自我の有る状態と無い状態での差、野生のポケモンを完全に殺した場合の様子、考えられる限りの様々な状況を試した。その結果、日本で培ってきた常識とポケモンの生態が良い様に噛み合い、おそらく間違いないだろう予想は割り出せた。

 

 

 まずポケモンという生き物について。これは予てから考えていた通り粒子の集合体でほぼ確定。体の作りはまず粒子が集合して粒子の塊が産まれ、その後に集まった粒子が外に漏れださない様に粒子の一部を変質させて外殻を構成、最後に外殻を保護するために更に粒子を纏うという手順で出現している。生体情報の記録された核となるものがあると思われるが、残念ながらその核の存在は確認できなかった。もしかすると核となっているのも粒子の一粒かもしれない。

 

 

 次に強い程白く、弱い程青い理由について。これは外殻を保護している粒子の密度が反映された結果だと思われる。この色の事をゲームで言うところのレベルの様なものと判断していたが、その発想もあながち間違いではない。

 恐らくこの粒子一粒一粒にエネルギーが内包されている。粒子を多く獲得した個体が強いのはこれが理由だ。体の大きさはそのままに内部に取り込んだ粒子を圧縮してエネルギーに変換。それならば見た目を一切変化させずに出力が上がっても矛盾は無い。一定量の粒子を獲得しないと色が変化しないのも、粒子総量が増えるにつれて纏う粒子を一段階強靭なものに変質させる辺りで説明は付く。

 

 生命維持すら出来ない程に粒子を放出して死亡したポケモンが粒子の光を失うのも、粒子を失った途端に体が脆くなるのも、この纏っている粒子が理由だと考えられる。保持した粒子を完全に放出する事で外殻を保護していた粒子まで失い外殻がただの物質になる為、粒子の発光が消えて脆くなる。死ぬ寸前まで色が変わらないのは纏っている粒子が剥がれたら即座に内部の粒子を消費して纏う粒子量を一定に保つ機構を持っている為だろう。

 保持しているエネルギー総量を表しているという線もあったが戦闘中に粒子を飛散しても色に変化が無いのでこちらは除外した。

 

 

 そして戦闘でしか粒子が獲得できない理由だが、これはポケモンの意思だ。あけびを出して話しながら検証した時になんとなくそうしなければならないと本能的に理解しているような事を言っていた。纏う粒子の強化か体に粒子を圧縮して留めるのどちらかに粒子操作の慣れが必要な為、空気中の粒子を無制限に獲得する事を本能的に拒んでいるのだと思う。普段は吸収しない空気中の粒子を技を撃つ時にだけ吸収する為に操作しているのを見るに粒子の獲得についてはコントロールできるのだろう。多分粒子を許容限界を超えて吸引し続けた場合は自壊する。その自壊寸前で放出する粒子を変換する技が自爆と大爆発だ。

 

 技の使用や戦闘で傷付いた器の修復で少しづつ粒子操作に慣れながら保持できる粒子を増やし、徐々に纏う粒子量を強化する事で強くなる生き物。これなら戦闘で発生した粒子を全て吸収しないのは操作できる許容量を超えているから、戦闘で粒子を失っても弱体化しないのは保持上限がそのままだからで説明が付く。レベル100のポケモンがそれ以上に成長しないのも保持できる粒子総量か器の強化に上限があるからだろう。

 

 そして普通のポケモンより白い伝説のポケモン。これの正体も何となく分かってくる。伝説のポケモンであってもポケモンである以上普通のポケモンと体の作りは同じ、何が違うかと言えば個々が特異な能力を持っているくらいだ。そしてポケモンは生命力、身体能力、特性、技とあらゆる面で粒子を利用している。つまり伝説のポケモンが持つ特殊能力も粒子由来の可能性が高い。その特殊能力の分だけ普通のポケモンより保持可能粒子が多く、その保持粒子を閉じ込める為の粒子の密度も高い。恐らくこれだ。

 

 

 続いてポケモンの技について。これは周囲の粒子を吸収して、その粒子をなんらかの物質に変換しているという表現が最も近い。様々な種類のそれぞれ質感も特徴も異なるポケモンの外殻に変質している事からも分かるように、この謎の粒子は変化の幅が異常に広い。岩になり、水になり、炎になり、植物になり、エネルギーにもなる万能さだ。その粒子を体に溜め込み、ポケモン自身の持つ変質能力を使って形を変えた粒子を技として撃ち出している。

 

 変質させる能力がポケモン由来だという根拠はゲームで言うところのPPが存在しているのを検証中に気付いたからだ。火炎放射の火力の調整が出来ないかとブーバーンに火炎放射を撃たせ続けていた時に突然ブーバーンが火炎放射を撃てなくなった。空気中の粒子が枯渇している訳でもない状況で火炎放射が出なくなったという事は、変換に使用するエネルギーがブーバーン由来でそれが枯渇したか、空気中の粒子にも幾つか種類があってその内の炎用の粒子が枯渇したの二択になる。そこで他のポケモンを出して火炎放射を撃たせてみると問題なく火炎放射は発動した。しかしそのポケモンも15発で火炎放射は打ち止めになり、更に他のポケモンで試せばまた火炎放射は発動する。タイプの違う他の技でも同様の現象が見られたため、ポケモンが粒子を技に変換するエネルギーであるPPの存在が確認できた。

 

 そんなポケモンの能力で変換された物質は炎なら炎、水なら水、岩なら岩と、既存の物質そのものの特徴を持ったものに変換される。ただ既存の物質との違いもあり、この変換された物質は時間経過で粒子に戻るという特徴がある。粒子に戻る時間はその物質によって変わるが炎なら燃え尽きると同時に粒子に戻り、水なら蒸発と共に徐々に粒子が散り、岩なら半日ほどで忽然と粒子化する。これは原理が分からないので強引な理由付けも上手くできず、ひとまずそういうものと理解するだけで諦めた。

 

 

 そしてこのポケモンを説明する上で必要不可欠な粒子だが、この粒子の正体だけは依然として不明だ。空気中に常に存在して、どんなものにもなる万能粒子。特徴だけを言えば当て嵌まるのは原子くらいだろう。空気中どころかこの世のどんな場所にでも存在し、原子配列を弄ることが出来ればどんな物質も生み出すことが出来る。寧ろ最初はそれだと思っていたが少し考えれば絶対に違うと分かる。

 

 まず空気中の粒子を原子とするなら明らかに数が少な過ぎる。数えるのは不可能な量の粒子が漂っているとはいっても原子となればこんなものでは無いだろう。そしてなにより、もし粒子の正体が原子なのだとしたら、自分の目に移る全てのものが発光していないとおかしい。洞窟に転がっている岩も、川を流れる水も、ポケモンの死骸や技で変質した物質も、その辺を歩いている人間だって、原子配列が違うだけで全てが原子の塊だ。そんなあらゆる原子の塊の中でポケモンと空気中の粒子だけが発光して見えるというのでは説明が付かない。よって粒子の正体は謎。今のところは詳細不明な粒子として受け止めるしかない。

 

 

 そして粒子に関しては問題点が後二つある。一つはポケモンの強化に次ぐ重要度を誇る自分自身の強化について。先に考察した通りならポケモンは戦闘の中で粒子の操作法を学び、保持可能な量の増やしていく。ならば直接戦闘で傷を負う事も技による粒子操作も出来ない自分はどうやって保持可能な粒子が増やせばいいのかが分からない。検証当初に野生のポケモンを殺して回っていた時はそれなりの粒子を獲得していたのだが、検証後半になると獲得できる粒子が目に見えて減少している。一応戦闘の指揮を取ったり、出来る限り距離を近づけてみたりと試せることは試してみたが獲得粒子の減少に歯止めは掛からなかった。馬鹿みたいに戦闘を繰り返していたおかげで自分の体の色はレベル70台前半くらいの色にはなっているが、この数日は野生のポケモンを殺しても殆ど粒子は獲得できない状態になっているので、いずれは向き合わなければならない問題だ。

 ただし優先度は低めだ。レベルが上がって得た反射神経と身体能力は既にかなりのレベルにある。ハナダの洞窟に生息するレベル50程のポケモン相手なら動き始めを見てからでも十分に対応出来る反射神経、垂直跳びで3m近い高さを飛ぶ跳躍力、手の平サイズの石なら握って砕ける握力、岩を殴って痛みは感じるものの皮が割けもしない頑丈さ、ポケモン達と遊んでも尽きない体力。レベル70台のポケモンとしては弱いが人としては化け物レベルのフィジカルだ。レベル20位のポケモンなら素手で殺すこともできるだろうし、人相手ならまず負けることのない強さはある。なので優先度は低めに設定する。

 

 もう一つは問題になるのか分からないが、この粒子をポケモンが視認出来ない事。粒子について考えている時に当の本人であるポケモンなら何か分かるのではと思い、あけびに質問してみたのだがあけびはこの粒子について、戦っている時に何か力が入ってくるような感覚はあるがそれを視認したことはないと回答した。なのであけびを通じて他のポケモン達にも確認したが、皆が似たような認識しかしておらず、誰一人として空気中に舞う粒子も戦闘中に飛散する粒子も視認出来ていない事が判明した。

 

 ならば粒子が視認できる自分は一体何になったのかという話になるがこれは深く考えない事にした。この粒子が見える目はマサキの実験で得たものでポケモンと合体したマサキも同様の目を持っている事から、粒子を視認できる目自体は実験の副作用である可能性が高い。マサキと初めて会った時点で自分はポケモンと同じ身体特徴を持っていたらしいが、そもそも別の世界からこちらの世界にやって来たという時点で自分の体がどんなものに変化していようと不思議ではない。そんな状態で自分が一体何なのかという事を考え始めるとこの世界に飛ばされた理由を明らかにしなければならないのでいくら考えても答えが出る訳がない。よって保留、なんならこれについては答えを出すことを諦めている。

 

 

 ついでに重要度は低いが、モンスターボールについてもなんとなく理解出来た。モンスターボールとはボールに入れたポケモンの状態を保存する装置だ。ポケモンがデータ、モンスターボールはUSBと言い換えれば分かりやすい。モンスターボールにポケモンというデータを保存して、必要な時にモンスターボール内のデータを読み込む事で最後に保存された状態のポケモンをそのまま呼び出す。気になるのは毒や麻痺や火傷といった状態異常は一緒に記録されるのに、混乱やのろい、ステータス変化が記録されない理由だが、そこはなにか違いがあるのだろう。まだ検証は出来ていないが、毒系統はバグの様に粒子に直接異常を書き込むから一緒に記録される、混乱系統は粒子以外の部分に異常を与えるからボールに入る為に体を分解した際に一緒に消えるとかではないかと思う。

 

 

 以上がポケモンというものについての自分なりの仮説……もとい決定事項だ。説明に穴がないではないし成分分析の様な事も出来ていない決め付けでしかないが、観察して分かった特徴から割り出せるのはこれくらいだ。考えて全てが分かるものでもないので、いずれ仮説から外れる現象が見つかるまではこれを決定事項として扱う事にする。

 

 一週間の三分の二程度をポケモンとのスキンシップに取られ、そこから更に睡眠時間を除いた生活の中でこれだけ確認できたなら十分だろう。ナツメ戦の失態を考えれば、覚えている限りの技がどのような仕組みの技かも把握しておきたかったが時間が足りなかった。ポケモンとの付き合いに時間の大半を割かなければならないのが痛い。とはいえ無いものねだりばかりしていても仕方がない。

 

 

 そんな有意義な一週間も一旦終わりが見えてきた。この一週間の間に馬鹿みたいな量の電話が掛かって来た所為でスケジュールを埋められてしまったからだ。

 入った予定はまず本日がエリカの祖母との面談。面倒だが先週の呼び出しの際に言質を取られているので致し方ない。あのエリカの思想の元凶となれば相性は悪そうだが、別にその婆さんの思想を変える訳でもないので適当に話をして終わりで良い。寧ろその後のエリカとのバトルとアドバイスをどうするかが悩みの種だ。

 

 明日の予定はマサキとの議論。これは別にいい。向こうも色々調べているらしいが、こちらからも話したいことは山の様にある。自分の体の事を知っている相手というのも気兼ねが無くていい。なんならちょっと楽しみに思っている自分がいる。

 

 明後日はシオンタウンに放置しているキチガイとの面談。これはとある理由で急遽予定に入れた。個人的には放置しておきたいがキクコの婆が五月蠅いので、この一日でカタを付ける。回復して正常な判断が出来るならそれで良し、もしも未だにとち狂って自分を捕まえようとするなら死んでもらう。そこはあの女次第だ。

 これは数時間で終わる予定なので、その後一応カスミのところに顔を出す。何をさせられるか分かったものではないので、訪問は夕方くらいにしておきたい。

 

 そして最も苛つくのがその後に控えるジョウト地方への出張だ。ワタル直々に連絡してきたかと思えば、「悪いがジョウト地方のジムリーダーを対象に加えて欲しい」ときた。あの呼び出しの事に一切触れないまま、いきなり要件を伝えてくる態度にまず腹が立った。しかもその内容がジョウト地方にいるジムリーダーの強化だ。

 確かに自身の職務内容を鑑みれば、同じポケモンリーグ所属のジョウトのジムリーダーの強化をすることはおかしい事ではない。ただしそれは事情を知らなければの話だ。故郷に帰る為に日夜忙しくしていると説明したのに遠方の仕事を増やすなど精神がイカれているとしか思えない。

 

 とはいえその指示を受ける事にした。受けてやる義理も無いが受けられない理由も無い。別にカントー地方に居座る理由もないのだから遠方に送られようが困る事も無い。強いて言うならジムリーダーとの繋がりが増えることが今後にどう影響するか分からないくらいだが、ナツメの様な危険人物もいない上に普段活動するカントーから離れた別地方ということもあって問題にはならないと思う。そして何よりあんなのでも一応は上司だ。腹は立つが指示を無視して職を追われるのも馬鹿馬鹿しい。

 

 

 

 そんな一週間を過ごしてきたが現在地はタマムシシティの一角に建てられた家の前でインターフォンを鳴らすかどうか迷っている最中だ。

 エリカから送られてきたメールの住所を頼りに辿り着いた家は周囲の家に比べれば二回りは大きく、広めの庭もある立派な家だ。しかしイメージに合うかと言われればそんなことはない。イメージ通り日本風の作りではあるし、立派は立派なのだが全体的にこじんまりしている。イメージ的には土地の余った田舎に建てられた少し大きめの家、なんなら最初に抱いた感想は田舎のおばあちゃんの家だ。

 メールに書いてある住所通りなら間違いない筈だが、本当にこの家があのエリカの家かと言われればどうしても首を縦に振ることが出来ない。勝手なイメージだがあの如何にも名家の生まれですという雰囲気のエリカだ。誰が見ても金を持っていると思うような日本屋敷風の家に住んでいるとばかり思っていた。

 

 とはいえカントー地方という限られた土地でポケモンの生息域である自然に手を出さないとなれば、人間が使える土地が狭くなるのも致し方ない。そんなカツカツの土地事情の中でこれだけの家を建てられる土地を確保したとなれば凄い事なのだろうが、日本で育んだ感性がある所為でどうしてもこの田舎の一軒家に住んでいるエリカを想像出来ない。たかが住居とは言え、自分にとってイメージとは大事なものだ。一つイメージを外した以上、他の部分もイメージから外れている可能性も捨てきれない。生活環境と人間性は別だと言えればいいのだが、個人的には人間性は周囲の環境に大きく影響を受けると思っているのでここを外すとは思っていなかった。

 

 しかしイメージと違って気持ち悪いといってもいつまでも悩んでいる訳にもいかない。イメージを外したのはこの地方の住宅事情を見誤ったという事にして、インターフォンを押す。数秒待てばインターフォンからは何度か聞いた声が返って来た。

 

 

「今出ますのでしばらくお待ちいただけますか」

 

 

 別に間違っていて欲しかったわけでもないが、やはりというか当然というか聞こえてきたのはエリカの声だ。そしてインターフォンから声が聞こえて十数秒程で玄関が開き、エリカが顔を出す。服装はいつも通りの黄色っぽい着物に赤い腹帯。普段から着物で生活しているイメージはあったが、家の規模の所為でどうにも場違いに感じる。

 

 挨拶を済ませて玄関を潜り、和室へと案内されるまで屋内を軽く見てみたがやはり落ち着く。インテリアからして何と書いてあるのか良く分からない掛け軸や一見不気味な市松人形、七五三で使うようなサイズの小さい鎧兜に馬鹿でかい仏壇と見慣れたものが多い。何より匂いが良い。日に焼けた畳の匂いに線香と古い桐箪笥の匂いが混じったような懐かしさを感じる匂いがする。案内された和室に座布団が敷いてあったので大人しく座ったが、出来るなら畳に直接寝っ転がりたい。こういう家を見ると自由にいじれる拠点が欲しいという欲求が湧いてくる。

 

 

「本日は御時間を取って頂いてありがとうございます。祖母を連れてまいりますのでもう少々お待ちください」

 

「ええ、お願いします」

 

 

 少々物思いにふけっている間にお茶とお茶菓子が出したエリカが祖母を呼ぶために部屋を出ていく。今なら少しくらい寝転んでもバレないんじゃないかという考えが頭を過ぎるが、エリカが直ぐに戻ってくる可能性を考えてぐっと我慢する。呼びに行くのに時間が掛かりそうな豪邸だったら横になる誘惑に抗えなかったかもしれない。

 

 案の定十数秒程度でエリカが祖母を連れて戻って来た。エリカが連れてきたのは染めたような黒髪をきっちりと整え、何かの花が描かれた淡いピンクの着物に白い腹帯を付けた厳格そうなつり目の女性。腰が曲がっているという事も無く、歩く姿からは年齢を感じられない。祖母とは言っていたが見た目的には40代後半から50代前半くらいに見える。実物は知らないが人がイメージするThe家元が具現化したような風情の女性だ。

 

 そして明らかにこちらを値踏みするような視線を向けてきている。面倒そうな性格ではあるが、分かりやすくて何よりだ。視線一つで感情が分かる相手と分かり、少しだけ安堵する。

 

 

「誠さん、こちらが私の祖母です。御婆様、この方が会って欲しいと言いました誠さんです」

 

「初めまして誠さん。エリカの祖母のサガリと申します。いつも孫がお世話になっております」

 

「こちらこそ初めまして。ポケモンリーグ職員の逸見誠と申します。以後お見知りおきを」

 

「イツミマコトさんですか? 申し訳ありません。エリカからは誠さんとしか伺ってなかったもので」

 

「ああ、それで結構です。私の地方では家名と個人名を繋げて名前とする風習でして。逸見が家の名で誠が個人の名ですので誠で大丈夫です」

 

「そうでしたか。でしたら誠さんとお呼びさせて頂きます」

 

「ええ、私もサガリさんとお呼びさせて頂きますので」

 

 

 サガリが深々と頭を下げたので、こちらも90度のお辞儀で返す。こういったちゃんとした挨拶は久しぶりな気がする。名刺の一つでも作っておくべきだっただろうか。

 

 

「それで誠さん。本日はお話があるという事でしたが。どのようなご用件でしょうか?」

 

「? いえ、サガリさんの方からお話があるんじゃないんですか? 私もエリカさんから会って欲しい人がいると言われて来たんですが」

 

 

 挨拶も終えて、そろそろ話を進めていこうとした矢先、いきなり食い違いが出てきた。発言を聞くとサガリはこちらから何か話があるように聞いている様だが、こちらは人に会って欲しいと言われて来ているだけだ。明らかに仲介役のエリカのところで話が食い違っている。

 

 

「エリカ。どういうことですか?」

 

「エリカさん、すいませんが何を話せばいいんでしょうか?」

 

 

 サガリと二人してエリカの方に視線を向けるがエリカに動じた様子は無い。片や思想の違いから相性の宜しくない人間、片や自分の思想の基となった人間の両名から視線を投げかけられて動じないとなるとこうなる事が分かっていたんじゃなかろうか。そんな事をする人間には見えないがこういう一面もあったのか、若しくは自分と話した事で人間性に多少の変化が生まれたか。

 

 

「説明不足で申し訳ありませんでしたわ。本日はお祖母様と誠さんにお互いの持つ正しさについてお話して頂きたいのです」

 

 

 エリカが口にした主題は想像しないではなかったがやはり面倒そうな案件だった。どうせ自分の主張と祖母の主張のどちらが正しいか判断できないから互いに話し合わせて答えを出したいといったところだろう。自分の信条くらい自分で決めろで済む話にしか思えない。

 

 

「何を言ってるのですかエリカ? 交際の挨拶だったのではなくて?」

 

「「え? (は?)」」

 

「……違ったようですね……」

 

「お祖母様……何故そのような勘違いを?」

 

「貴女の所為ですよ……会って欲しい男性がいるなんて言うから……てっきりぽやぽやしてる我が孫にも遂に春が来たとばかり」

 

「まさかそんな。そのような事でお祖母様に頼み事は致しませんわ」

 

「……まあいいでしょう。誠さん、勘違いとはいえ不躾な視線を向けてしまい申し訳ありません」

 

「ああ……はい。大丈夫です」

 

「エリカ、それもこれも貴女が説明をしないからです。人を呼び付けるなら要件くらいはきちんと伝えなさい」

 

「はい……申し訳ありません。誠さんも申し訳ありませんでした」

 

「いや……まあ大丈夫ですよ」

 

 

 エリカにキツめの説教でもしてやろうかと思ったが、完全にタイミングを透かされた。というより毒気を抜かれてしまった。流石に狙ってやった訳ではないだろうが、急にそんな話に持っていかれると勢いについていけない。

 

 

「えーと、すいませんが話を戻させてください。とりあえずエリカさんとしては私とサガリさんとで互いの正しさについて討論して欲しいということで宜しいですか?」

 

「はい、その通りです」

 

「それは私が以前エリカさんに話した思想が正しいかどうか分からないからってことでいいですかね?」

 

「そうですわ……今まで信じてきたお祖母様の考えも誠さんの考えも間違っているとも思えませんの。お恥ずかしながら考えても答えは出ず、それなら御二方に話をして頂こうと思った次第ですわ」

 

「(思った通りだな。自分の信条を持たずに婆さんの信条に乗っかってたから自分で決めれないんだ。誰かの考えが正しいと盲信してそれを軸に話してたからいざ問われると判断ができない。気に入らないと思ってたのはこの思考の放棄が原因か?)まあそれでもいいですが、それで答えが出るとは思わないでくださいね。正しさというのは十人十色、その人の中にしかないものです。私とサガリさんが互いの正しさについて話したとして最後にどちらが正しいか、若しくは全く別の正しさを見つけるかを判断するのはエリカさん自身です。そういうつもりで話を聞いてください」

 

「はい、分かりましたわ」

 

「じゃあサガリさん。すいませんが少しだけお話に付き合って頂けますか?」

 

「ええ、事情はなんとなく分かりました。孫の不出来で……いえ、私の不始末でお世話を掛けるのは心苦しいですがどうかよろしくお願い致します」

 

 

 素直に頭を下げているのを見るにサガリの察しは悪くない。自分の不始末をあげたって事はエリカの教育について思うところがあったってことでいいだろう。話が早くて助かる。

 

 

「じゃあ状況が分かってる私が話を進行を務めます。まずエリカさん、議題についてですが平和な世を作るというのは共通だと思うので、平和な世を作るために何をすべきかが論点でいいですか? 気になってるのはそこ、というか悪人の扱いについてでしょう?」

 

「仰る通りですわ」

 

「分かりました。ではサガリさん、サガリさんの思想についてはエリカさんから何となくお聞きしています。細かい部分の違いはあるかもしれませんが、とりあえず私はサガリさんの思想を大まかに把握しているものとして話をします。だからまずは私の思想について話を聞いて貰えますか?」

 

「畏まりました。でしたらまずは誠さんのお話を拝聴します」

 

 

 これで話をする環境は出来たが一つ問題がある。どこまでやって良いかだ。

 なにせこのサガリは元ジムリーダー、元ジムリーダーや四天王の権限がどの程度のものか分からない以上、自分の思想について赤裸々に話すのは危険が伴う。以前あった元四天王のキクコの事を考えれば権利は兎も角、多少の発言力は持っているだろう。

 

 ここであまりきつい事を言って危険人物と判定されれば今後の活動に支障が出かねない。とはいえサガリの意見に迎合しようにもここには自分の思想を幾らか話しているエリカがいるので急に思想を曲げるとそれはそれで怪しい。仮に危険認定を受けてもポケモンリーグ本部まで話がいけば生まれ故郷が違う故の感性の違いと理解してくれるかもしれないが、元ジムリーダーの意見を突っぱねてまで自分を庇ってくれる保証はないので過度の期待は出来ない。とりあえず予防線を張る事から始めていこう。

 

 

「とりあえずお話しする前に一つ。私は生まれも育ちも別の地方でしたからサガリさん達とは学んできた常識が違います。なので突拍子の無い事を言うかもしれませんがそれは許して下さい」

 

「もし分からない事があったら質問をしても構いませんか?」

 

「それは構いません。話が通じない事の方がよほど問題ですからね。で、前置きはこのくらいにして私の思想についてお話しましょう。実現可能かどうかはさておき私の理想は悪人のいない世界です。人に迷惑を掛け他人の幸福を搾取する人間のいない世界。素晴らしいですね。その為に私は悪人を裁きます。他人に迷惑を掛けて幸福を搾取した分だけ、それに見合った罰が与えて自身が奪った幸福の重さを教え込む。そうやって悪人に罪を気付かせ、改心しない悪人を罰という恐怖で縛り付け、善良な人間が幸せを享受する。それが私の思想です」

 

「そうですか……私の考えについてはエリカから聞いているのでしたね?」

 

 

 明確にサガリの思想を聞いた訳では無いが、エリカの性格や発言を考えればエリカの思想とほぼ同じだろう。もしかすると綺麗な部分だけを教えて、汚い部分は隠しているなんて可能性もあるにはあるが可能性としては低い。

 

 

「正確には私が聞いたのはエリカさんの考えです。ただエリカさんの考えの源流はサガリさんだと聞いていますから、エリカさんの性格を考えてそう大きく外れてはいないでしょう。確か悪人であっても話せば分かる、人を許す事が美徳みたいな考え方でしたね」

 

「そうですね。間違いではありません。人は互いの思いを汲み取る事の出来るものです。だからこそ言葉を尽くし、互いの思いをぶつけ合えば分かり合えると、私はそう信じています。その過程で力を振るう機会がある事は否定しませんが、そこに相手を傷つける意思はあってはならないのです」

 

「成程。理解しました。つまりは人の持つ良心を信じる思想ですね。相手の状況や理由なんかを互いに汲み取る事で双方が納得して物事が円満に解決するって感じですかね」

 

「その通りです。それこそが人としてあるべき姿です。誠さんの考えも一定の理解は出来ますが、その考えには理解が足りません。悪人が悪事を働く時、そこには必ず事情があるのです。その事情を無視して力で抑えつけても根本的な解決には至りません。憎むべきは人では無く、悪事を働くことを選ばせるその理由にあります。なにより人が人を裁くなど許されることではありません。そんな権利は誰にもないのですから」

 

 

 サガリが自身の思想を説明するが、聞く限りでは性善説支持者且つ平等主義者というところだろう。倫理的な面で言えば正しい思想と言えるがあまり好きではない思想だ。綺麗事過ぎて実現する行程が全く思い付かない。個人的には性善説と平等主義を唱えるのは社会に出て人の汚さを学んでない青臭い人間か綺麗事を並べて人を騙そうとする人間、若しくはそれを本気で信じている宗教家染みた異常者のどれかだと思っている。この世界だとまた話は変わるのだろうが、それでも話が合う気がしない。

 

 

「その思想は私の故郷にある性善説という思想を用いた考えっぽいですね。人の本質は産まれながらに善であり、理由が無ければ悪事をなさないという考え方です。そういう考えが基にあるから人の良心を信じるという考えになったんでしょうかね」

 

「その性善説という名前は聞いたことがありませんが良い教えだと思います。誠さんもその教えを学ばれたのですか?」

 

「いえ、私の故郷だと有名な思想ですから知ってるだけです。寧ろ私の思想はその真逆の性悪説っていう思想です。人は産まれながらに悪、というか欲望に塗れた存在であり、規律や教育を用いる事でようやく社会を形成できるっていうのが私の考えです」

 

「何故そのような考えになったのかお聞きしても?」

 

「私は故郷だと悪人を捕まえたり、取り調べしたりする仕事をしてたんですよ。それで色んな悪人、それこそ何百人、何千人と悪人を見てきましたが、殆どの悪人はどいつもこいつも大した理由は持ってません。ただ金が欲しい、楽に生きたい、人より恵まれた生活をしたい、そんな理由で自身の立場を変える努力をしようともせずに人を騙し、誰かを傷つけて利益を得ようとする人間ばかり。そういう嘘を吐く人間ばかり見てると分かる様になるんですよ。普通の人間の大半もそういう欲求を持ってるって。そういう人間はただメリットとデメリットを天秤に掛けてデメリットが大きいから法を守ってるだけです。悪いことをしたら捕まるから悪いことをしない、人に迷惑を掛けると周囲の人間に爪弾きにされるから迷惑行為をしない、結局のところ悪事に罰を与える法律が無ければ善人でいられない。だから私は罰則を肯定しています」

 

「誠さんの言いたいことは分からなくもありません。ただそれは誠さんがそういう環境にいたというだけの話です。全ての人間がそうだという事ではありません」

 

「それは私も分かってます。私の過ごした環境が悪人が集まってくる特異な環境だという事は理解していますし、全ての人間が悪ではないという事も分かっています。法で縛られての事とはいえ、欲望より理性を優先する人間は善人と言っても良いでしょう。しかしだからこそ目に見える罰というのは必要です。罰というのは悪人に罪の重さを自覚させると同時に人が容易に悪に落ちる事を引き留める鎖でもあります」

 

「そのような話ではないのです。誠さんの考えは決め付けに過ぎません。悪を見過ぎて感覚が麻痺し人を信じられなくなった疑心暗鬼で人を疑っている。そのような状態で人と話しても心は通じません。誠さんの価値観で他者を否定しているだけです」

 

「私の価値観で他者を否定しているですか。そうですね、そうかもしれません。でもサガリさんの考えだって同じ事ですよ。悪人にも事情があるのだと決めつけ、一方的に理解した気になっている。挙句に罰を与える事もせずに許すんでしたっけ? 先程人に人を裁く権利は無いと言いましたが、貴方は誰の許可を得て許しを与えてるんですか? 私としては無責任に人を許す事こそ傲慢に思えますが?」

 

「ただ許すのではありません。人に罪を自覚させるのに暴力を用いる必要は無いと言っているのです。罰を与えずとも人は過ちに気付き償う事が出来るのです」

 

「へぇ……まあ言いたいことは分かりますよ。倫理観の高い人間や小心者ならそう言う事もあるでしょう。突発的に罪を犯したものの後からとんでも無い事をしたと後悔する人間は幾らでも見てきましたからね。でもそういう問題じゃないんですよ。要は罪を犯すという選択をした事が問題なんです。他にも選択肢がある筈なのにそちらよりも犯罪を犯すという選択肢を選ぶ。そこにどんな事情があったとしても関係ありません。追い詰められたら犯罪という選択をするのがその人の本質、同じ状況になれば同じ事をするでしょう。それを防ぐためには罪を犯したら罰を受ける事がセットだと教えて、罰への恐怖を抑止力とするべきです」

 

「追い詰められた人間が誤った選択をするのは咎められるものではありません。確かに犯罪という選択肢を取った事は咎められるべきことではありますが、ただ咎めるのではなく、そこに至る事情を理解し、その事情を生み出した原因こそを問題とするべきなのです」

 

「話になりませんね。それはなんらかの事情がある事が前提条件。人というものに夢を見過ぎです。人というのは容易に易きに流れる生き物、そんな御大層な理由を持ってる奴なんてそうはいません。それに罪を犯すという事は周りの誰かに不利益が生じているんですよ? 貴方のその加害者に寄り添った考え方では被害者が報われません。悪人の更生も重要ですが被害者の心の傷を癒す事の方がもっと重要です。加害者に罪を自覚させ、けじめを付ける事で更生を促すと同時に再犯の確率を下げる。そして正式に罰を与える事で被害者の心情が正しかったと証明して留飲を下げる。その点で罰を与えるという事は許す事よりも遥かに優れています」

 

「当然被害に遭った方の事を無視するわけではありません。被害の補填は当然の事ですし、その被害者の要望も常識の範囲で叶えられるべきです。しかしそれは当事者同士が決める事であり、我々が関与すべき事ではないのです。そして被害者の留飲を下げる為に罰を与えるということですが、その様な個人的な事情で人を罰するのは私刑と何ら変わらないではないですか?」

 

「そうは言いますが現に被害に遭う人っていうのは立場や力の弱い人間が大半ですからね。ロケット団相手にジムリーダーが出張る事から分かるように自らの手で加害者を罰する手段が無い事が多いです。私のやっている事は謂わば力無き被害者の代弁ですよ。まあ部外者である私が罰を与えるものではないという事に関しては私自身悩んでいる事ではありますね。だから私がこの地方に来て罰を与えたのは私が被害者になった時くらいです。他は今のところ警告に留めてます」

 

「そのようなやり方では復讐の連鎖を生み出すだけです。双方が話し合いをして心通わせ納得してこそ真に解決するのです」

 

「その理屈はよく聞きますけど復讐は何も生まないなんて事はありません。確かにプラス方面の何かが生まれる事はありませんが、復讐って言うのは被害者の受けたマイナスと加害者の得たプラスをゼロにする行為です。少なくとも被害者からすれば復讐によって精算できるものはあります。それを無理矢理止めるのは、被害者が持つ加害者への恨みをより強くし、尚且つ邪魔をした者への新たな恨みを生む事に繋がります。逆恨みならまた話は変わりますが、正当な復讐の理由があるのなら私は復讐は推奨されるべきだとすら思っています」

 

「そのような考えが新たな争いを生み出すのです。たとえ難しくともどこかで争いの連鎖を止めなければなりません。その為に言葉を交えるべきなのです」

 

「んー……分かってはいましたが平行線ですね。人は善であるから分かり合えると信じてる貴方と人は悪であるから縛らなければならないと信じる私が分かり合えないのも当然ですが」

 

「その考えこそが互いに分かり合えない理由ではないですか。自身の正しさを過信し、相手の考えを否定する。そのような事では互いに歩み寄ることもできませんよ」

 

「それを言ったらサガリさんも同じでしょう? 自身の考えこそが正しいものだと信じて私の考えを否定する。というか私達が分かり合えないのは歩み寄りがどうこうじゃなくて目指すべき未来が似てるようで違うからです。貴方が目指すのは互いに互いを理解し尊重し合う世界で私が目指すのは法や規則で人を縛って悪いことが出来なくなる世界です。倫理的には正しいのは貴方の目指す世界かもしれませんがそこに至る手段を思いつかないならそれはただの妄想です」

 

「しかしそれでは……「はいストップ」」

 

 

 これ以上は話を続けても水掛け論にしかならない。そもそも目標も手段も異なる二人が互いに好き勝手言ったところで絶対に結論は出ない。

 

 それにサガリの事は十分すぎる程理解出来た。己の行いだけを肯定して、その他全てを否定する。自分の行いが正しいと思ってるから反省どころか悩みすらすらしない。どこまでも自分勝手。その点だけ見れば自分も変わらないが自分はそれが良いことではないと理解した上でやっている。だがサガリは分かってない。

 

 嫌いにもなる。何が嫌って自分の言葉に人の人生を変えるだけの力があると分かった上でこれをやっている事だ。これが言葉に力がないことを知ってのことならまだいい。どれだけ生き方に口出ししようが人の本質は変えられない、精々がしばらくの間性格に多少の変化を促す程度と思っての事ならまだ可愛げがある。

 

 だがサガリは歪めることを躊躇しない。なのに歪めた人生の責任を取ることも考えていない。こいつからすれば人を正しているつもりかもしれないが実態は他人の人生を歪めているだけだ。傲慢、無責任、なのに芯はある、悪い意味でのエリカの上位互換と言っていい。

 エリカのはっきりしてるのかしてないのか分からない態度も納得だ。意志薄弱な人間がこういう自分を持ってる人間に近づくと大抵感化される。他人の思想に中途半端に毒されたのならあんな育ち方をする。

 

 

「これ以上言いたい事を言い合っても決して結論は出ません。なので私から幾つか例題を出します。その例題に答えて頂けますか?」

 

「良いでしょう。その例題とやらを聞かせて貰えますか?」

 

「では第一問。貴方は殺人を犯したAさんという人を捕まえました。そこに被害者の親族であるBさんが現れ、家族を奪われたBさんがAさんを殺そうとしました。貴方はこの状況をどう納めますか? ちなみに周囲に目撃者はいないものとします」

 

「人を殺したAさんを捕まえてジュンサーさんに引き渡しますが、その前に双方で話し合う機会を設けます」

 

「では話し合いの末にBさんはAさんを殺す以外だと納得できないと言い張ってAさんに襲い掛かったとしましょう。どうしますか?」

 

「当然止めます。加害者を恨む気持ちは分かりますがその為に被害者が犯罪を犯すのを黙って見過ごす訳には参りません」

 

「ならどうやってBさんを納得させるつもりですか? 被害の補填とは言っても人の生き死にとなればそう簡単に補填できるものじゃありませんよ?」

 

「そこは当事者同士で話し合って納得できる条件を決めて貰うしかありません。私が行うのはあくまでも対等に話を出来る場を整え、互いに理解出来る様に後押しをする事だけです。その最中に新たな犯罪が起こる様なら止めはしますがそれ以上の事は出来ません」

 

 

 想定通りの答えを返してきたサガリの評価を頭の中で一気に下げる。最早嫌いを超えてきたかもしれない。ただただ気持ち悪い。何年生きているのか知らないが、何を見て育てばこんなお花畑思考の婆さんが生まれるだろうか。

 

 

「……まあ想定通りではありますが考えうる限り最低の答えですね」

 

「最低ですか……では誠さんの考える最良とは何でしょう?」

 

「私の考える最良は放置です。BさんがAさんを殺すと言うのならそれを止めるつもりはありません。その後でAさんを捕まえて罪を償っては貰いますがね」

 

「……理解出来ませんね。理由をお聞かせいただいても?」

 

「まず私が貴方の答えを最低だと言った理由から話しましょう。どこが悪いって言うならその全てが悪いです。まあ今回は例題で状況が指定されてましたが被害者と加害者を直接話させるのがまず駄目です。家族を殺されて冷静な判断が出来ない被害者と加害者を会わせてまともな話が出来る訳がない。無駄に火種を煽っているも同然の行為です。次に無責任過ぎる行動。話し合いの場を強制的に作っただけで場を仕切るでもなくただ放置する。加害者からすればそれも良いかもしれませんが被害者からすれば最悪です。被害の補償もなく、怒りをぶつける先すら勝手に奪って、思い通りにならなければ力ずくで介入する。貴方がやっているのは被害者から復讐の権利を奪っただけでそれ以外の事は何も出来ていません。そしてなによりそれが正しいと思っている貴方の精神が理解できません。どのような形の終結になるにせよ当事者同士で話が進んでいるところに横槍を入れて場を掻き乱す。かと思えばそれをより良い方向に誘導する事もせず、いざという時になると一歩引いて無関係を装う。一体何がしたいんですか? 正義のヒーローごっこがしたい様にしか思えません」

 

「誠さんの言い分は分かりました。しかし誠さんの言う最良が最良足る理由にはなりません。誠さんのやり方では片や命を落とし、片や罪を背負う。そのような結末のどこが正しいというのですか?」

 

「確かに言葉にすれば誰も幸せにならない様に聞こえますがそれは違います。まず加害者、これについては不幸と言えば不幸ですが自身の行いに対する当然の報いです。どのような事情があれ人一人の人生を奪うと言うのはそういうことです。それに罪を自覚してその後の人生を罪の重さで苦しむくらいなら敢えて罰を与えることで救われることもあります。罰を与えるのは加害者の為でもありますからね。次に被害者、こちらは大切な人の一生を奪った加害者の一生を奪う事で自身の感じた不幸の清算が出来ます。ただこちらも加害者同様に人一人の人生全てを奪う訳ですから相応の報いを受けます。最後に他の第三者、加害者は別の選択肢では無く殺人という選択肢を選べる人間です。そこに事情があると言いますがそれは言い換えれば事情さえあれば殺人を行うという事。今回の場合はAさんの死亡によって今後Aさんがその可能性を選ぶことは不可能になりました。これは後に被害に遭うかもしれない第三者全員に訪れる不幸を事前に潰したという事になります。更にAさんを殺そうとするBさんも同じ穴の狢ですから行動を放置する事で社会から危険分子を二つ排除する事が出来ます」

 

「それこそ決め付けではありませんか。一度過ちを犯した者がまた過ちを犯すと決めつけて行いを正当化しているに過ぎません」

 

「私からすれば貴方こそ人は更生出来ると決めつけている様に思えますけどね。でも分かりましたよ。私と貴方では優先順位が違います。貴方の優先順位は被害者も加害者も対等、全てを救いたいんでしょうね。でも私は違います。私の最優先はいつだって善良な人間。罪を犯した加害者は二の次です。救えるなら救いますがその為に善良な人間を害があるなら救おうとも思いません。だから貴方からすれば私は加害者をないがしろにしている様に見える」

 

「確かに私が被害者も加害者も同列に見ている事は否定しませんが、それと誠さんの行いの是非は関係ありません。それにここまで話せば私にも分かる事はありますよ?」

 

「ようやく私達は分かり合えないと理解して貰えましたか?」

 

「いいえ違います。誠さん、貴方は本当は世を良くする気等無いのでしょう? 本当は自分の幸せしか考えていないのではありませんか?」

 

 

 サガリの言葉に一瞬どきっとしたが表情には決して変化は出さない。日本での悪人を相手する時の必須スキルだ。最近は感情が制御できない程不安定になる事も多いが、本当に核心を突かれた時に出来てこそのポーカーフェイスだ。

 

 

「そういう言い方をされたのは初めてですがそうかもしれませんね。悪人のいない世界を実現するのが望みと考えれば、それを実現するの為の行動はある意味、自分の幸せだけを追い求めているとも言えます」

 

「詭弁はもう結構です。良き世を作るという考えがそこに暮らす人々の幸福を願って生まれるもの。ですが貴方の行いは人を人として見ていない。まるで罪を犯した者を危険分子として排除することこそが目的の様にしか思えません。いつかその矛先が自分に向く事を恐れて排除したいというのが本音ではありませんか?」

 

「(鋭いな。無駄に色々言ったからばれて当然か。だがそうか、平和な世界を作る理由、作った先の事を考えてなかった。今後の注意点だな)別の感性を持つ人からすれば僕の行いはそう見えるんですね。勉強になりました。でもそれこそ目指すものの違いでしかありません。貴方の平和は全ての人がより大きな幸福を得られる事、私の平和は善良な人間に理不尽な不幸が訪れない事です。似ている様で全く違う。目標が違うなら手段が異なるのも当然の事です」

 

「それは誠さんの行いが正しいという説明になっていませんよ。貴方は自身の行いを正当化する為に言葉遊びをしているだけです」

 

「言葉遊びをしているのはサガリさんの方です。私が罰を与えるべきと言っているのは加害者、被害者、第三者の事を考えてそれが一番良い方法だと思ってるから。そこに隠された理由があるんじゃないかと勘繰って言い掛かりをつけて自分の正当性を主張しているのは貴方です。挙句の果てには私の様に具体的な例すら出さずに唯々自分は正しいのだと喚き立て、どのように実現するかのビジョンも無いままに理想を垂れ流す。人の汚さから目を背け、自分の見たいものだけを見て都合が悪くなればそういう例もあるのだと逃げ出し、また妄想を垂れる。正直エリカさんの頼みとは言え、貴方の相手をするのも面倒になってきました」

 

「それは誠さんの考えが正しくないからです。私は自身の考えに固執している訳ではありませんのでより良い考えがあるのなら考えを改めます。ですが私は誠さんの考えには全く心を揺さぶられません」

 

「それが自身の考えに固執しているという事です。貴方が求めるより良い考えというのは、自分の思想に寄り添った都合の良い考えの事でしょう。私の考えの中から少しでも自分の教えに役立つものを盗もうとせず、ただただ否定しているのがその証拠です。まあこれを言っても無駄でしょうね。貴方の事を理解して、これから出そうとしていた例題も言おうと思っていた事も全部どう答えるか想像が付きます。結果は互いになにも響かず話すだけ時間の無駄。エリカさんに見せるという理由さえなければもう終わりにしたいくらいです」

 

「奇遇ですね。私も誠さんの事は理解出来ました。個人として言いたいことはありますが、時間の無駄と言うのは同意します」

 

 

 これで終わりにしたいと言うのは本音だ。まあ討論なんて互いに自分の意見をぶつけるものだから答えが出なくてもいい。折角なら論破して言い返せなくなるまで付き合ってもいいが、価値観が違うからそれも難しい。この地方の人間や社会常識は日本と全く違う。それを説き伏せるとなると準備が足りない。

 

 

「どうですかエリカさん? 貴方が正しいと思った二つのやり方でも掘り下げるとここまで食い違うんですよ。結局正しさなんて自分で決めるしかありません。私達はもう話の終わりまで予想出来てるんでこれ以上は互いの予想をなぞるだけになりますが、まだ見たいですか?」

 

「……いえ、もう結構ですわ」

 

 

 エリカも納得してくれたようで何よりだ。引き際としてはちょうどいい。今はまだ問題点の指摘に留まっているが、最初に比べて言葉に棘が増えてきた。互いの情報も知れてきたので、予想だとあと二つ、三つ互いの問題点を挙げた辺りで矛盾を突くだけの完全な揚げ足取りに発展。一度そうなれば、あとは数度やり取りをすれば人格否定を含めた罵りあいになってくる。そんな醜い言い争いなんて見たところで罵倒のボキャブラリが増えるだけだ。

 

 

「そうですか。ではここで話は終わりにしましょう。サガリさんお疲れさまでした」

 

「……ええ、お疲れさまでした」

 

 

 サガリからも討論終了の返事は得られたが不満を隠しきれていない。気持ちは分かる。

 だがこういう言い合いは久しぶりだったので個人的には少し楽しかった。もう少し準備期間があれば討論用の材料を用意できたのだが、それが出来なかったが惜しい。当初の予定である自身の情報を極力出さないというのは守れていないが、気分的には悪くないのでストレス解消に役立ったという事でプラマイゼロという事にしておこう。

 

 

「じゃあ、次は僕の本業の方にいきましょう。エリカさん、バトルはどこでやりますか?」

 

「え? ……ああ、そうでしたわね。すいません、すっかり頭から抜けておりましたわ」

 

 

 カントー地方で残っている数少ない仕事の一つを片付ける為にエリカにバトルを提案したが、エリカは本業の方は完全に忘れていたらしい。藪蛇だった。ここで素直に立ち去っておけば仕事を一つしなくて済んだのに余計な事をしてしまった。

 とはいえバトルをしたい思いもある。ハナダの洞窟のポケモン相手に通用する能力がジムリーダー相手にどの程度通用するかは試しておきたい。それ如何で今後のレベル上げの重要性が変わってくる。

 

 

「まあ気持ちは分かります。どうしますか? また日を改めますか? 数日したらジョウト地方に行くので次会えるのはいつになるか分かりませんけど」

 

「でしたら今日でお願いしますわ。場所に関してはジムに行けばステージは空いていると思いますので御心配には及びません」

 

「了解です。じゃあ行きましょう。エリカさん用にちょうどいいやり方も考えてますから」

 

「ええ、よろしくお願い致し「それは私も拝見させて頂いてよろしいですか?」」

 

 

 順当に仕事を片付けようとしているところにサガリが口を挟む。最早視線からは不満どころか敵意すら感じるが、それも致し方ない。過激派思想で心象も悪い人間が、折角教育した孫娘を指導すると言って連れ出そうとすればその態度も当然だ。

 

 

「(気持ちは分かるけどやだなぁ、なんかもういちゃもん付ける気満々って感じだし。しかもやろうとしてるのってあんまり人に見せたくないやり方だしな。でも断る理由もなぁ)余計な口出しをしないなら別に構いませんけど、見ててあんまり愉快なもんじゃないと思いますよ?」

 

「構いません。私と誠さんの思想の違いはこの際置いておきます。これはタマムシジムの元ジムリーダーとして現ジムリーダーの成長を確認する為のものです」

 

「それこそ別の機会にされては? 私は指導者をしてますが、ポケモンが強いだけでトレーナーとしては三流、甘めに見積もっても二流です。成長を確かめる相手として私はあまり向いてないと思いますよ?」

 

「それでもジムリーダー相手に指導役をするだけの実力はある事に変わりはないのでしょう? ジムリーダーともなれば同格以上の相手など望んでも得られるものではありません。この貴重な機会にそういった相手に挑む姿勢を見せて貰いたいのです」

 

「(これ以上はキツイか)……まあ……まあ良いでしょう。でも余計な口は本当に挟まないでくださいよ? 唯でさえエリカさんはサガリさんに考えを委ねてる部分があるんですから。指導にまで口を挟まれるとエリカさんの成長に繋がりません」

 

「ええ、指導に口は出さないと誓いましょう」

 

「なら良いでしょう。とりあえずタマムシジムに行きましょうか(どうすっかな、この婆さんが付いてくるならあんまり変な戦い方はしない方がいいか。どうせエリカの成長の確認なんて建前だし、明らかにこっち目当てだもんな。やっぱ険悪になる寸前で中途半端に話を止めたのが悪かったか。いっそ爆発するまで付き合った方が今後の事を考えると良かったかもしれん。てか戦い方もそうだけどアドバイスも気を使う事になるな。……いっそ本格的にフィジカル頼りの真面目な戦いをしてみるか? 今の俺ならジムリーダー相手でも多分見てから反応できるし、勝つだけならどうとでもなる。でも対人戦ってなると野生のポケモンとは勝手が違うからな。やっぱこの状況はあんまりよろしくないな)」

 

 互いに席を立ち、タマムシジムに向かう為に玄関を出る。どうでもいいがエリカが家の鍵を扉の横にある鉢植えの下に隠すという庶民的な一面はちょっと見たくなかった。




エリカの祖母 サガリ
オリキャラ。名前の由来はツツジ目サガリバナ科から。本当はエリカ属と同じツツジ科の花から名前を取りたかったが名前にし易そうなのは既に原作で大体使われていたのでツツジ目から名前に使われてないサガリバナを選んだ。
エリカから紹介したい男がいると聞いて、遂に孫にも春が来たと喜んでいた人。実際来たのはクソ野郎でガッカリ。

この世界の結婚適齢期って何歳くらいなんだろうか。そもそもエリカって何歳なんだろうか。なんかアニメの推定年齢だと15から17歳と推定されてるらしいけど、そうなると誠君は中学、高校生相手にイキってたって事になってしまう。


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説き伏せる人

続きが出来ましたのでお納めください。


 不気味な程の静寂、エリカとサガリと共に入った無人のタマムシジムの感想はそれに尽きる。

 整った芝と手入れされた木々や花々に溢れるタマムシジムの内部には今一切の音が無い。風がないから木々のさざめきも無く、人はおろか虫の鳴き声の一つもない。バトルをする為の防音仕様の建物は外部の音を室内に通さず、完全な無音が実現している。目の前に緑が広がっているのに本来あるべき音が無い為に生じるギャップが気持ち悪い。

 

 

「こちらにジムリーダー用のステージがありますのでついてきてください」

 

 

 言葉少なに語るエリカの言う通りにジムの奥に進んでいるが、ジム内の雰囲気も相まって気分は森に誘い込まれる獲物だ。進むにつれて色鮮やかな花々が徐々に減っていき、大きく育った樹木の数が増えていくものだから余計に危ない場所に迷い込んでいく気分になる。ついでに進む度に目線の高さの位置に伸びている枝を避けるのが面倒くさい。

 

 

「ここですわ」

 

 

 そう言ってエリカが立ち止まるのに併せて立ち止まったが、目に映るのは乱雑に生えている樹木しかない。樹木はそれぞれ2mから3m程の間隔で植えられており、数はそれほど多くないのだが枝が伸び放題な上に青々とした葉が茂っている所為で実際の本数よりも多く見える。流石に森と言える程の本数は無いので、ちょっとした林といったところだろうか。

 

 

「どこですか? 遠目に壁は見えてますけどあの辺ですかね?」

 

「いいえ、今私達が立っているここがステージの中心ですわ」

 

 

 言われて足元を確認すれば植えられている芝に隠れた地面に白い線が引かれている。ただでさえ目の前の枝に気を取られているのに、芝で隠れた白線に初見で気付けというのは無理がある。

 

 

「成程、因みにこのステージの広さはどのくらいなんですか?」

 

「ステージの広さは他のジムと同一ですわ。ただ障害物があるだけですの」

 

「んー、戦闘中にこの木を倒すのは大丈夫ですか? 流石に火を放つまではしませんが、技の巻き添えで木が倒れるのは避けられそうにないんですが」

 

「ご心配なく、木に見えるかもしれませんがこのステージ内にあるのは全て作り物ですの。他のジムでも使われている頑丈な素材に色を付けたものなのでそう簡単に壊せませんし、燃えることもありません」

 

「触ってみても?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 

 木に触れて見るとその感触はまるで硬質なプラスチック。幹どころか葉っぱの一枚一枚まで同じ手触りだ。おそらくトキワジムやセキチクジムにあった透明な壁と同じ素材だろう。ひとまず破壊は不可能と認識しておく。

 

 しかし前はそこまで気にしていなかったがポケモンの技に耐えられる素材の存在も、それをここまで加工できる技術も相当にやばい。これで武器やら防具やら作れるならポケモンの技の幾らかが無力化できそうな気がする。入手経路を聞いたら教えて貰えないだろうか。

 

 

「ただその素材を使っているのはこのステージの周りだけで、他は普通の木ですので其方への攻撃は遠慮して頂きたいのですが」

 

「分かりました。その辺は気を付けることにします」

 

「それで如何でしょうか? こちらのステージで問題はございませんか?」

 

「多分大丈夫です。あとステージの広さが分かりづらいですが場外とかはどうなってますか?」

 

「意図的に出たものでなければ多少は目をつぶっていいかと思っておりますわ」

 

「なら大丈夫です。ルールはどうしますか? 三対三でもフルメンバーでもダブルバトルでもそちらの要望に合わせますが」

 

「でしたら三対三のシングルバトル。アイテム禁止で交代の制限無しでは如何でしょう?」

 

「じゃあそれで。指導ですのでジム挑戦用じゃない本気のメンバーを出してくださいね」

 

「かしこまりました。胸をお借りしますわ」

 

 

 ルールを決めたところで戦い方について考えながら所定位置に向かう。トレーナーの所定位置に立ってみればそこまで見通しは悪くない。気になるのは対戦相手のエリカの姿が木の陰に隠れて見えないのと、死角が多数ある事くらいだろう。ひとまず情報収集は終了だ。

 

 

(んー、木が邪魔で照明が届いてない場所も多いし、視界もそこまで悪くないとはいえ結構邪魔な位置に木がある。林の中での野生ポケモンとの戦闘でも想定した作りっぽい。ジムのコンセプトは思いやりって言ってたけど、慣れない環境での戦闘スキルとかそういうのだな……

 まあいいか、俺には暗いのはデメリットにはならないし、ハナダの洞窟で障害物のある戦いも十分経験してる。身を隠されても粒子の動きで大体の場所も分かるからとりあえず壊せない遮蔽物があって直線的な攻撃は当てにくいのと障害物が壊せないならあんまりでかいポケモンだと引っ掛かって動けそうにないくらいに認識しとけばいいか。

 障害物が多いとつくねも動きにくそうだけど、草四倍のドザエモンは使いたくない。どうすっかな、ユカイとデンチュウは確定としてあと一匹。ちょっとレベル上がってるしブーバーン出してみるか。いや最後の一枠はエリカの戦い方を見て決めよう。ポケモンの数も多いし、多分メタ張れる奴はいるだろ。

 問題はエリカの方がこの環境に慣れてることくらいだけど、草タイプでこの環境はどうなんだ? 打点になりそうなソーラービームとかはっぱカッター、エナジーボールみたいな直線系の飛び道具は使いにくそうだけど、そうなるとつるのむちと状態異常の粉辺りしか残らない。ああ、ギガドレインとかマジカルリーフももあるけど……あんまり決定打になりそうな攻撃がないからどんな戦い方してくるかも何を警戒して良いかも今一つ分からないのが怖いな。

 一応ポケモンの強さ、環境への適応力はこっちが上。悪知恵やら反射神経やら含めたトレーナーのスペックも多分勝ってる。あんまり負ける要素は無いんだけどどうも不安だな)

 

 

「始めてもよろしいですか?」

 

「大丈夫です。双方がポケモンを出したらそれが始まりでいいですか?」

 

「それでは始めましょう。行きなさい! ダーテング!」

 

「(ダーテングか、身軽そうだな)デンチュウ! お前は自由だ!」

 

 

 こちらの先発はデンチュウ、エリカの先発はダーテングらしい。らしいというのはエリカの出したポケモンの姿が木の陰に隠れて見えていないからだ。流石に別の種類のポケモンの名前を付けてかく乱するという手段は取らないだろうから、おそらく出ているのはダーテングなのだろう。

 

 僅かに木の陰から青白い光が漏れ出て見えるが思っていた以上に分かりづらい。そこにいると分かってみれば僅かな粒子の色の違いに気付けるが、場所が分からない状態で見つける自信はない。粒子を見て隠れている場所を見つけるという案を頭の中から消しておく。

 

 

「ダーテング! あなをほる!」

 

「(嫌な技使ってくるな。足元に芝生えてんだからもっと自然を大事にしろよ)デンチュウ! その場でじゅうでん! 指示した方向に飛んで躱す準備しとけ!」

 

 

 地面に潜られた以上は相手が出てくるまで様子を見るしかない。その場で使える補助技を指示しつつ、デンチュウを中心とした広範囲に目を向け集中する。

 

 

(直接デンチュウを狙ってくるなら躱して、可能なら反撃もすればいい。でも穴を掘って別の木の陰に移動されたらだるいな。残った穴を利用して死角から死角への移動ルートを確立されると一気に面倒な事になる。さっきのエリカの指示的にそういう回りくどい行動は出来ないと思うが、この環境なら二体目以降を使う布石として初手あなをほるは悪くない。もしデンチュウが落ちるならドザエモンで地面を穴だらけにしてユカイで勝負を掛けるのも有りかもしれ……来たっ!)

 

 

「後ろ! そのままシグナルビーム!」

 

 

 デンチュウの足元の地面が盛り上がる一瞬を見逃さず、後退と反撃の指示を出す。指示通りにデンチュウは後方に飛び退き、両手を合わせて今まで立っていた場所に向けてシグナルビームを放つ。飛び出したシグナルビームに併せるようにダーテングも地面から飛び出し、そのままシグナルビームの直撃を受けて自らの掘った穴の中へと落ちていった。

 

 

「(やっべ、穴に落ちた。多分倒してるよな? タイプ不一致だけど弱点技だし)エリカさーん! ちょっと中止! ダーテングが危ないです!」

 

「!? ダーテング! 止まりなさい!」

 

 

 エリカがダーテングを制止する声が聞こえてくるが、そういう方向性の危機ではない。言葉が足りてなかったのでその判断も分からないでもないが、そんな事よりも早くダーテングをボールに戻して欲しい。事故とはいえジムリーダーのポケモンを殺したなんてレッテルを貼られるのは真っ平御免だ。

 

 

「違います! 倒したダーテングが掘った穴に落ちたんです! 早くこっち来てボールに戻してください!」

 

「ダーテングが!?」

 

 

 事態を把握したエリカが駆け寄ってくるが、着物姿に履物が草履という事もあってその速度は非常に遅い。アンズなら二、三秒で駆けてきそうなところだが、こういった普通の人を見るとやはりアンズの身体能力が異常だったのだと分かる。

 

 

「ダーテング!」

 

 

 ダーテングの落ちた穴に辿り着いたエリカは服が汚れる事も厭わずに穴の近くに跪き、穴に体を差し入れて穴の底に向けてモンスターボールから光を飛ばす。その光景を黙って見ていると直ぐにエリカは穴から体を抜いて、着物に付いた土を掃いだした。落ち着き様を見るにダーテングの回収は成功したと見ていいだろう。

 

 

「いやほんとすいません。勝手に中断しちゃって。ちょっと危なかった気がしまして」

 

「いいえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。中断して下さって感謝致しますわ。おかげでダーテングも無事に戻ってきましたもの」

 

「じゃあ再開しますか? 次のポケモンを出す声が聞こえたらそこからこっちも動きますんで(墓穴を掘りましたねって言ったら怒るかな? ……流石のエリカでも怒るか。やめとこ)」

 

「ありがとうございます。お待たせして申し訳ないのですがもう少々お待ちください」

 

 

 そう言ってパタパタと所定位置に戻っていくエリカを見送りつつ、情報を整理する。先程のエリカの様子を見て、この地形での戦い方は理解出来た。

 

 

(思ったよりこの地形は厄介だな。ダーテングがやられたのにエリカが反応しなかったって事は、当たり前だけど死角で戦うと状況が分からなくなるって事だ。迂闊に相手の方に突っ込んだら状況が見えないからまともな指示は出せそうにない。

 かと言って遠距離技は障害物で防がれるから相手に近づかないままだと勝負がつかない……ある程度自分の陣地を決めてそこから出ないのは必須として、後は相手をこっちの陣地に引き込む方法か。……延々と積み技を積むか、毒か火傷を負わせるくらいか? 相手が攻めてくるしかない状況ってそのくらいしかない気がする。相手の方から突っ込んできてくれればいいけどダーテングの事もあるし慎重になりそうだしな)

 

 

「出なさい! モジャンボ!」

 

 

 エリカの声が聞こえてきたところで思考を一旦止めてバトルに集中する。エリカの言葉を聞くに次発はモジャンボなのだろう。そこそこの体躯を誇っている様で、ダーテングの時とは違い木の陰から体の一部がはみ出しているのが見える。モジャンボの詳しい種族値までは覚えていないが、素早さは低めで耐久寄りの運用が多いイメージがある。そしてこの世界の場合はそれに加えて全身の触手と微妙に大きめの体躯を利用した戦い方も選択肢に入るだろう。

 

 

「モジャンボ! つるのむち!」

 

「動くな! つるのむちを掴む事に集中しろ! (さっきのダーテングの反省を活かして遠距離攻撃にしたんだろうがデンチュウ相手につるのむちは悪手だ。じゅうでんで溜め込んでる電気を直接流し込んでやる)」

 

 

 エリカの指示を聞いて対策を決定する。つるのむちは今の環境で有効に使える草技を考えた際に真っ先に思い付いた技だ。操作性の高い遠距離攻撃可能な技で、鞭の特性を利用すれば周囲の障害物に当てて攻撃の軌道を変える三次元的な攻撃も出来る。そんな使い勝手の良い技の対策を考えない訳がない。

 

 しかしエリカの指示を聞こえて数秒が経過しても未だにつるのむちは飛んでこない。それでも意識を切らさずにデンチュウの周辺に目を向けるが流石に違和感を感じ始める。

 

 

(……多分攻撃目的じゃないな。つるのむちは勢いを付けてぶつける事でダメージが出る技なのに、木の隙間に高速移動するものは見えないし、風切り音も無い。多分死角を利用してゆっくり近づいてきてる。流石に慣れてるだけあって死角の位置くらいは熟知してるか……そうなるとゆっくり近づいても達成出来る目的……捕獲辺りが候補にっ!?)

 

 

 エリカの指示の目的について考えていたところで目の前にいた筈のデンチュウの姿が地面に吸い込まれるように消える。油断を突かれたならまだしも集中している状態で突如起こった異変に一瞬硬直するが、デンチュウが姿を消した後を見れば、そこにあるのは先のダーテングがあなをほるで掘った穴。穴からつるのむちを通してデンチュウを引き込んだのだと即座に理解する。

 

 異常の原因を理解したことで急速に頭が回る。レベルが上がって上昇した思考速度を活用して対抗策を導き出す。理由さえ分かれば対抗策を組み立てるのは容易だ。どのようなルートを通ろうともデンチュウの体とモジャンボの体がつるのむちで繋がっている事実に変わりはない。

 土中にいるデンチュウに聞こえるようにあらん限りの大声で指示を飛ばす。

 

 

「デンチュウ!! ほうでん!!」

 

 

 指示した瞬間に目の前にある穴から轟音と共に可視化する程の電流が幾つも飛び出す。光量に目を焼かれ一瞬視界が白く染まり、聴覚も一時的に役割を放棄する。今までよりも目に見えて増しているほうでんの威力に慄きつつ、徐々に色が戻る視界を馴染ませるように何度か瞬きを繰り返しているデンチュウが穴から頭を出す。その姿を見て、想定通りにモジャンボを撃破したことが分かり一息吐く。

 

 

「ふぅ……(後一体か……)」

 

 

 幾らか回復した視力と未だまともに機能していない聴力を回復する為にも時間が欲しいところだが、生憎とまだバトルの最中。エリカが戦闘不能になったモジャンボを回収して次のポケモンを出すにはもう少し時間が掛かると想定しつつも、念の為デンチュウに視線を向ける。

 

 その瞬間、視界の端を青白く光る物体が過ぎる。僅かに緩んだ気を一気に引き締めそちらを見れば、体から鞭の様に粒子を伸ばしたポケモンがその鞭を木に引っ掛けて急速に迫ってきている。種類までは分からないが粒子の集合体である見た目はポケモンに間違いない。

 

 

「シグナルビームで撃ち落とせ!」

 

 

 デンチュウが両手を合わせてその先からシグナルビームを放つが、二本の触手を使って宙を移動するポケモンは触手の伸縮で器用にシグナルビームを躱し、デンチュウの真上を通過してそのまま遠ざかっていく。

 

 

(逃げた? ヒットアンドアウェイに切り替えたか? せめてあのポケモンがなにか分かれば使う技も幾らか絞れるのに……いや形で幾らか判断出来る。形状的に人間型じゃない。なんかでかい茄子みたいな形で大きさは大体1.5mくらい。両脇に葉っぱか羽みたいなのが付いてて、その根元から触手が生えてる。それでエリカの使いそうな草ポケモンとなると……ウツドンかウツボット。ただウツドンにしてはでかいからウツボットか? なんかそんな感じの見た目してたな。とりあえずウツボットだとすれば草技以外にもようかいえきとかの毒技もある。さっきみたいに移動しながら攻撃してくるならいっそ穴の中で方向を絞って迎撃する方が安全か?)

 

 

「デンチュウ、もう一回穴の中に……デンチュウ!?」

 

 

 一度形勢を立て直す為に避難するよう指示を出そうとデンチュウを見れば、デンチュウは穴から出した上半身を地面に投げ出しぐったりと横たわっている。一瞬交差した瞬間に戦闘不能になるような技を喰らったかと不安になったが良く見れば体が僅かに上下している。戦闘不能になったポケモンには見られない症状だ。

 

 更によく見ればデンチュウの周りの地面に青白い小さな粒が散乱しているのが見えてくる。一瞬宙に舞っている粒子かと思ったがデンチュウを中心として狭い範囲に集中している粒には見覚えがある。ハナダの洞窟に居た野生のパラセクトが何度か使ってきた技だ。

 

 

(粉系の技か……戦闘不能じゃないのに倒れてるって事はしびれごなかねむりごな。毒じゃなくて良かったと思うべきか一体を戦闘出来なくされたと思うべきか……まあいいか。聴力が回復するまでの時間稼ぎにちょうどいい。エリカからは状態異常が決まったかどうか分からないだろうし、多分もう一回くらい粉を撒きに来る。その後で追撃に来ると思うが、エリカの見通しの甘さを考えると次の接触で攻撃してくる可能性も否定できない……次の接触でデンチュウは交代するか? しかしこの戦法結構面倒だな。相手が突っ込んできたタイミングで潰さないといけないけど割と回避性能が高い。この戦法に拘ってくれるならつくねにこうそくいどうを積ませて潰すか……いやちょうどいいのがあるな)

 

 

 作戦を決めたところで腰に付けたボールをデンチュウに向ける。もしウツボットが攻撃してきた時に即座にボールに戻す為だ。デンチュウの位置を考えればウツボットが接近戦に出た際に穴の中に引き摺り込まれる恐れがある。動けるようになる可能性に賭けて返り討ちを狙う手もあるが、失敗すれば穴の中で嬲り殺しにされるのでそれは最終手段にする。

 

 未だに耳の奥でゴンゴンと耳鳴りが響く事に苛立ちながらステージ全体を視野に入れる。相手の指示が聞こえない事がバトルに与える影響の大きさを再確認するが、同時にタイミングの良さには感謝する。聴覚を失った状態での戦いは経験としては悪くない。その経験をする機会を得たのが、視覚だけでも多少は戦えるようになった今で良かった。もしこの戦いが一週間早ければ敗北の可能性すらあっただろう。

 

 落ち着いてステージを見ていると視界の端に青白い物体が近づいてくるのが見える。念の為に色も確認するが色的にはレベル50後半、60には届かないだろうというところ。そして形状的にウツボットであることは確定。それを確認しデンチュウをボールに戻して次の手を打つことを決める。

 

 

「戻れデンチュウ」

 

 

 デンチュウをボールに戻せば、ウツボットはまたしても目の前を通過して林の中へと姿を消す。その姿を見送って次のポケモンを出す。

 

 

「ユカイお前は自由だ、指示に対応できる準備しとけ。すぅ……デンチュウ!! 動くんだ!!」

 

 

 ポケモンを交代した事をエリカに知られないように小声で指示を済ませ、仕込みとして未だにデンチュウが動けないと勘違いさせる偽の指示を大声で出しておく。相手の姿が見えないからこそのやり方だ。

 

 現時点でエリカは目に届く範囲に籠る事よりも相手の陣地に攻め込む選択をしているが、ポケモンを交代したとなれば別の戦術を取ってくる可能性がある。敢えて大声で交代を知らせる事でもう一度粉技を誘発する案も考えたが確実性が無い。どちらの方が今の戦い方を維持する可能性が高いかを考えた結果がこの偽の指示だ。

 

 

(さて乗って来るかな? ウツボットが三体目だから交代される心配は無いが、今のやり方で効果が薄いと判断すれば別のやり方に変える可能性はある。危険性が高いのは目の前の穴から不意打ちを仕掛けてくるくらいだがそれはダーテングの時の事を考えれば選びにくい。目の前の穴につるのむちを通して引き摺り込むのもさっきのモジャンボの時に潰した。こっちがデンチュウのままだと思ってるならそれは絶対に選べないし、こっちも穴の事は十分警戒してる。ウツボットはあなをほるを使えないから新しい穴を警戒する必要もない。地上からの攻撃なら俺の目に映る。相手から攻撃を仕掛けてくるなら考え付く限りは問題ない。自分のエリアに籠られさえしなければどうとでも出来る)

 

 

 ユカイの近くにある穴と地上の両方を視界に収めていると、想定通りウツボットが姿を見せる。今回は先程までと別のルートを使い、更に今までの二回よりも僅かにスピードが速い。しかし移動手段は過去二回と同様で触手を枝に引っ掛けて移動しているだけ。直前に受けた指示通りに行動しているのだろうが相手の動き次第で行動を変えられないようでは芸が無い。木を盾にしつつ枝から枝へと飛び移る事で速度と回避性能の両立は出来ているが三回も見れば対処法の一つくらい思い付く。

 

「ユカイ! 左前! あやしいひかり!」

 

 ウツボットの動きを確認し、ユカイの方向に向けて移動する瞬間に併せて指示を出す。如何に素早くとも目で追う事の出来る速度であれば光の速度には敵わない。指示通りにユカイの目から謎の光が放たれ、ウツボットは光に包まれる。光を浴びたウツボットはなんとか体勢を維持しつつ木から木へと移動するが、その速度は目に見えて下がり、遂には枝に伸ばした触手を掴むのに失敗し落下する。その瞬間を見逃す程優しくはない。

 

「ほのおのパンチ!」

 

 ユカイが手に集めた粒子を炎へと変え、地面へと落下していくウツボットに殴りかかる。事前に指示を受けていたのかウツボットも上部にある口から紫色の液体を吐き出す。

 

「(色的に毒技。半減のユカイなら問題ない)躱さなくていい! 突っ込んで決めろ!」

 

 吐き出された液体を全身に浴びながらもユカイの速度は衰えない。そのまま距離を詰めたユカイが腕を振り抜き、ウツボットを地面へと叩きつける。ウツボットから飛散した粒子がユカイとウツボットを覆い隠すが、体勢の想像は付く。

 

「ひっかくだ!」

 

 念の為ユカイの使う技の中で思い付く限り最も威力の低い技を使う様に指示を出す。一撃で倒せる保証も無いのでもう一撃入れたいが、既に瀕死になっている可能性もあるのであまり強い技を出すと完全に殺してしまう恐れがある。ハナダの洞窟で瀕死になったポケモン相手に追撃を加え、瀕死になった状態からどの程度攻撃すれば死ぬかの実験はしているが、ゲットされたポケモン相手の実験はしていないので念の為だ。

 

「こっちに戻れ!」

 

 追い打ちでひっかくを当てたユカイを呼び戻して様子を窺う。飛散した粒子が空気中に散っていけば、そこにはピクリとも動かない粒子の塊が落ちている。瀕死状態に留まっている事に安堵しつつ、死んだふりの可能性を考慮して少しだけ時間を置く。十秒程様子を見て僅かな動きも無い事を確認したところでようやくバトルが終わった実感がようやく追い付いた。

 

 

「ふぅ……エリカさーん! 倒したんで早く回収お願いしまーす!」

 

 

 軽く息を吐いて緊張をほぐしてからエリカを呼ぶ。またしてもパタパタと走り寄ってくるエリカの姿が目に映るが今回は何を言っているのか聞こえない。なにかを言っている事は分かるのだがその内容までは聞き取れないのだ。未だに耳が機能していないらしい。特に痛みは無いので鼓膜が破れたりはしていないと思うが少し不安になる。

 

 なのでウツボットに駆け寄っていくエリカの様子を横目に見ながら鞄から傷薬を取り出し、こちらを見ていない事を確認しながら耳の穴にノズルを突っ込んで傷薬を噴きつける。とりあえず左耳にやってみたところ左耳に響いていた耳鳴りが消えた。そのまま急いで右耳にも傷薬を噴きつけて空き容器を鞄にしまう。傷薬で治ったということは本当に鼓膜が破れていたのかもしれない。

 

 

「戻れユカイ」

 

 

 とりあえずユカイをボールに戻してエリカを見れば、エリカもウツボットをボールに戻していた。ついでにエリカの後ろからサガリが歩いてきているのが見える。ジムに来るまでも全く口を出さなかったのでちょっと存在を忘れかけていた。しかし、バトルは無事に終わった。次はいつものアドバイスの時間だ。

 

 

「エリカさんお疲れ様でした」

 

「いえ、誠さんこそお疲れ様でした……お恥ずかしながら手も足も出せませんでしたわ」

 

「そんなことありませんよ。環境を上手く利用した面白い戦い方でした。結果だけ見ればあっさり終わったように見えますが思ってるより追い詰められてましたよ(主に自爆でだけどな)」

 

「ありがとうございます。ですが気を使って頂かなくても結構ですわ」

 

「……割と本心なんですがね……まあそう思うならそれでもいいでしょう。とりあえず私から今日のバトルを見てアドバイスをしておきます」

 

「拝聴致します」

 

「まず苦言から言わせて貰いますが、もうちょっと普通のステージで出来るやり方で勝負して欲しかったですね。自分の一番得意な戦い方で実力を見せてくれるのは良いんですが、あの戦い方はこのタマムシジムのステージだから出来る戦い方であって普通のステージで出来る戦い方ではありません。それとも普通のステージで今日みたいな戦い方をする秘策でもあるんですか?」

 

「……いえ……申し訳ありません。そこまで考えておりませんでしたわ」

 

「そうですか。今日みたいな戦い方がエリカさんの一番得意な戦い方と認識しても良いですか?」

 

「そうですわね。草タイプのポケモンは本来は争いごとに向いているとは言い辛く、どうしても真正面からの戦闘は避けがちになってしまいますので……」

 

「その発想は実に良いことですから大事にしてください。足りない部分を別の形で補うと言うのはとても重要な事です。自分に足りていない部分を把握して、それを補う手段を考える。この二点は簡単な様で中々出来るものじゃありません。惜しむらくは補うための手段を事前に用意したステージに頼ってることでしょうかね」

 

「お恥ずかしい限りです……」

 

「別に責めてる訳じゃありませんからね。幸いにも求められる条件は少ないでしょうし、ポケモンの自重に耐えられる障害物を生み出すだけならポケモンの技でどうとでも出来ます。ただ思ったんですけどあの戦い方って草ポケモンである必要ありました?」

 

「……」

 

 

 純粋に疑問に思った事を聞いただけだったが、エリカはその質問を聞いてまさかの俯いて黙り込むという反応を見せる。あまり草ポケモンの特色を活かした戦い方だと思えなかったが、そこに理由すらないとは思っていなかった。

 

 

「(嘘だろ……あんまり草って感じじゃなかったけど理由が無いのにあの戦い方に行き着くのは流石に……いや逆か? あの戦い方に向いてるから草ポケモンを使ってるんじゃなくて、草ポケモンを何とか運用しようとしてあれに行き着いた感じか? それなら……まあ分からなくもないか……俺だってポケモンに応じて戦い方決めるし別に変ではないよな)……ああ、ごめんなさいね。ちょっと気になっただけなんで別に答えなくても良いですよ。とりあえず幾つか質問しますから答えてください」

 

「……畏まりましたわ」

 

「まずなんでこの場所を選んだんですか? ここの障害物はこっちからしても邪魔でしたけどエリカさんからしても邪魔だったでしょ? 直接戦闘が苦手って言うなら遠距離攻撃を封じて近接戦を強要するこのステージは相性が悪いと思うんですが?」

 

「このジムは何代も前のジムリーダーが作ったものでして、私も子供の頃から訓練に用いていたステージですの。私の全力を見せるなら慣れている場所が一番かと思いまして」

 

「つまり戦略的な意味でこの場所を選んだんじゃなくて戦い慣れてる場所を選んだってことですか……まあそれも選択肢としては悪くはないんでしょうが、慣れてるなら慣れてるでもうちょっとやり方は考えて欲しかったですね。エリカさんにとってこのステージでの戦い方ってなんですか?」

 

「このステージは自然の中での戦いを想定したものになっていますわ。ですから障害物を陰にして相手の攻撃を防いだり、死角からの不意打ちを警戒する事に重きを置いておりますの。他にも普段気にしている左右だけでなく木の上からの強襲などにも対応しなければなりませんわね」

 

「それはまあそうなんですけど、私としてはトレーナーの管理できる領域内での戦闘に重きを置いて欲しいですね。実際にやってみて思った事ですけど、無策で相手の方に突っ込むとトレーナーから戦況が分からなくなる。そんな状態で相手のエリアに行くっていうのは、半減した戦力で全力の相手と戦う事と同じです。エリカさんのやった自分から相手のエリアに攻め込む戦い方は自分のポケモンが相手よりも絶対的に強いか、ポケモンが自分の判断であらゆる戦況に対応出来るかのどちらかの条件を満たして初めて機能するものです。それとも半端な指示を与えただけのポケモンで私が直接指示するポケモンに勝てると思いましたか?」

 

「いえ……そのような事はないのですが……」

 

「じゃあなんであんな戦い方をしたんですか? 私のポケモンがエリカさんより強いのは前情報で知ってたことでしょう? なら自分の目の届く範囲にポケモンを留めて、攻めてきたところを返り討ちにした方が良いのはエリカさんにもわかるでしょう?」

 

「……実は以前はその様な戦い方を試していた時期はあるのですが……」

 

「その時に上手くいかなかったからやめたんですか?」

 

「いいえ、その時は上手くいっていたのですが……」

 

「はっきり言ってください? 上手くいったならその戦い方を止める理由なんて無いでしょ?」

 

「その……私のポケモン達には今の方が合っているようでして、あまり待ちの姿勢を取りたがらないのです。お恥ずかしい話なのですが指示次第では、私の指示と異なる行動を取る事もありまして」

 

「……成程。ポケモンが今のやり方を好んでるからそういう戦い方は出来ないと……(草ポケモンってそういうイメージじゃないんだけど意外と好戦的なのか? まあそれは個体差か)」

 

「申し訳ありません。私も今のままで良いとは思っていないのですが」

 

「いえ、事情も知らずに失礼しました。そういう事でしたら仕方ないでしょう。無理に命令してポケモンに愛想尽かされる訳にもいきませんものね(そんなでかい爆弾は隠しとけよ。いや隠されても困るけど、それ解決しろって言われても無理だぞ)」

 

「その……失礼な事をお聞きしますが、誠さんにもそのような経験はございますか?」

 

 

 ポケモンが言う事を聞かなかった事が有るか無いか。そんなものは有るに決まっている。少し毛色は違うがポケモン達が自分の元を離れていったのもそれに当て嵌まるだろう。そして何より忘れられないのがあの村でのぎゅうかくとヤドナシの二匹。おそらく人を殺す事を許容できなかったのであろうあの二匹との戦いは今でも覚えている。あの時の気持ちを忘れられる訳がない。

 

 

「……ええ、ありますよ……」

 

「その時は一体どうなさったのですか? 差し支えなければお聞きしたいのですが?」

 

「(言えないよ、殺したなんか)その話はちょっとしたくないので勘弁してください。でもエリカさんのその悩みを解消する手段は三つです。一つは新しいポケモンを育て直す事。二つ目はポケモンの不満の原因を把握して解消する若しくはポケモンに無理矢理言う事を聞かせる事。三つめは今のポケモンの気持ちを優先して戦い方を変える事です」

 

「やはりそうなってしまいますか」

 

「私としてもどうにかしてあげたいところですが、流石に何でも出来る訳じゃありません。ですが、その異常は早めになんとかしないといけませんね」

 

「それは私も分かってはいるのですがどうすればいいのか」

 

「……一つお聞きしたいんですが、それを解消するためにエリカさんはどんな事をしましたか? 参考になるかは分かりませんが私の場合はポケモンに力を貸して貰う代わりにポケモンの望みを聞くようにしています。遊びたいというなら一緒に遊んで、走り回りたいというなら好きに走らせて、中にはお腹一杯食事したいとか私を思いっきり抱きしめたいってのもいましたね。そういうケアは試してみましたか?」

 

「出来る限り話しかけたりはしているのですが、やはり言葉の壁がありますので。身振り手振りで凡その気分程度ならなんとか分かる程度ですわ。誠さんはどのように意思疎通を行っていますの?」

 

「(そっか、普通は意思疎通なんてそこまでできないんだった)私も身振り手振りですね。幸いにも私のポケモンは比較的愛情表現が分かりやすいのでなんとかなってます。隙あらば抱き付いてきたりとか、それを羨まし気に見てたりとかですね」

 

「そうですか。やはりまだ精進が足りないのですね」

 

 

 エリカはポケモンとの意思疎通の技術が未熟なのだと渋々納得している様子だが何か引っ掛かる。何が引っ掛かるのかは分からないが、そう感じたという事は何かある。

 

(なんだ? ポケモンが言う事を聞かない条件……まず許せない一線を越えた場合だが多分これはない。それこそ人を殺すとかそういう場面でない限り言う事を聞く。エリカがその手の行為をするとは思えない。他はなんだ? 明らかに間違った指示をしたとかか? でもちょっと前までの俺も明らかにミスみたいな指示したりしたけどポケモンはそれを実行してた。これも多分違う。トレーナーが気に入らないってなると普通に逃げるからこれもない。そもそも自分を捕まえるだけの実力を示したからトレーナーと認められてるっていう前提がある。その認めた奴の指示を無視する状況……そんなんあるか?)

 

 

「誠さん?」

 

 

 少し考え込んでいるとエリカが声を掛けてきた。これは反省点だ。思考に意識を集中し過ぎて目の前の対応を疎かにし過ぎた。最近はあまりなかったが久しぶりに悪い癖が出た。

 

 

「いや、すいません。ちょっと考えてみましたがやっぱり何かしら原因はあると思います。私も色んなポケモン持ってますが戦闘中の指示を聞かないっていうのはあまり経験がありません。ポケモンなりの譲れない一線を超えない限りは大抵言う事を聞いてくれます(落ち着いて情報を整理しよう。俺の持ってる情報はあくまでも自分の経験だけ。過去を振り返って該当する情報を探そう)」

 

「そうなのですか?」

 

「私の見解なんで断言は出来ませんがこれでも三百匹を超えるポケモンと一緒にいる身です。私のポケモンの場合は基本的に個々の性格で指示と違う行動はしません。明らかにミスだと分かる様な指示でもいつもそれを実行してくれます。ポケモンなりに自分を捕まえる実力を見せたトレーナーを信頼してくれてるらしいです(今までに明確に命令を無視された事はそこまでない。一番に思い浮かぶのはぎゅうかくとヤドナシだが、あれはトレーナーの非が許容限界を超えたパターン。これ以外で命令を無視された事……を外れた行動も対象にすればあるな。多分だけど分かった)」

 

「……私はポケモン達に認められていないのでしょうか……」

 

「それも違います。ポケモンは認めてない人の元に留まったりはしません。私も経験がありますが愛想を尽かされたら普通に逃げられます。エリカさんの元から離れてない時点で認められてないって可能性としては限りなくゼロに近いです(村から逃げる時にミルタンクに止まれと言っても止まらなかった事、洞窟が崩れる瞬間にミルタンクに突き飛ばされた事、洞窟から助け出された事もあるか。ユカイが見張りの命令を無視して居眠りこいたのは除外でいい。あとはハナダの洞窟でつくねがミュウツーの攻撃から俺を守ったのもある。そう考えると答えは一択だな。トレーナーから離れて戦闘するって聞いたから頭から抜けてた。もしこれが違ったら俺じゃどうにも出来ん)」

 

「では一体何故……」

 

「一つだけ心当たりがあります。確認なんですが、そのポケモン達が待ちの姿勢を嫌がり始めた時期にエリカさん怪我したか、バトルに巻き込まれたりしてませんか?」

 

「どうでしょうか。怪我は無かったと思いますが、バトルに巻き込まれそうになるのはそれほど珍しくもありませんので」

 

「思い出してください。とても大事な事です」

 

「そうは言いましてもなにぶんにも時間が経っている事ですので」

 

「サガリさんはどうですか? エリカさんがバトルで怪我したとか記憶にありませんか?」

 

「申し訳ありませんが私にはなんとも。ジムの事をエリカに引き継いで一線を引いていたもので」

 

「(役立たずが)そうですか……じゃあエリカさんの記憶に頼るしかないですね」

 

「あの……」

 

「なんですか?」

 

「何故突然そのような事を? 何か理由あっての事だとは思うのですが」

 

「これは私の経験則なんですがポケモンが指示を無視して何かする時で思い当たるのがトレーナーの危機しかありませんでした。仮説ですがエリカさんのポケモンはエリカさんが戦闘に巻き込まれたりしないように出来るだけエリカさんから離れた場所で戦おうとしてるんじゃないかと思います。なので嫌がり始めた時期になにか切っ掛けがなかったか確認しました。もしこれが違ったら僕にはもう思い当たる節はありません」

 

「そうでしたか……察しが悪く申し訳ありません」

 

「いや、謝罪は別にいいんで思い出してみて下さい。一体だけならまだしもメンバー全員が待ちの戦いを嫌がっているとなれば性格やらで片付けるのは無理があります。多分ですが全員似たような時期に待ちの戦いを嫌がり始めませんでしたか?」

 

「……お察しの通りです」

 

「じゃあ、その時期になにかあった筈です。私はエリカさんの身を守りたいという思いが原因だと思いますが断言は出来ません。もしかすると別の理由があるかもしれませんが、それを把握する為には切っ掛けを知らないとどうにもなりませんのでどうかお願いします」

 

「お世話をお掛けします……」

 

「じゃあ事故だけに絞らずに切っ掛けとなりそうなものを考えておいてください。ちょっとしたことでも構いません。エリカさんにとっては些細な事でもポケモンからしたら重大な出来事っていうのもありますから。それとサガリさんちょっといいですか?」

 

「私ですか? 先程も言いましたがエリカのジムでの様子は把握しておりませんが」

 

「いえ、それ以外でも構いません。ああは言いましたがそれが正しいと確定した訳でもありませんからね。エリカさんと生活してて、なにか急に変わったとかそういうのが無かったか確認したいだけです」

 

「……特に思い当たる節は無いのですが……そうですね。一度だけジムリーダーの職責について聞かれた事がありました」

 

「それはいつの事ですか?」

 

「いえ、これは関係ないかと。それこそ一月程前の事ですので」

 

「(もしかしてロケット団のアジト潰した時か?)ああそれなら多分関係ないですね。他には?」

 

「他には特に……元から手の掛からない子で相談というものを受けた事も殆どありませんので」

 

「そうですか。そうなるとやっぱり本人の記憶頼りですね」

 

「……随分とあの子の事を気に掛けるのですね」

 

「別に普通ですよ。私の本来の仕事からは外れてますけど、どうにか出来るならしたいですからね。その後にあんまり過度に寄りかかって来るならまた対応は変わりますが」

 

「そういった一面もお持ちだったのですね」

 

「誰だって二面性を持ってるもんです。寧ろ私は分かりやすい方だと思いますよ? 善良か悪か、敵か味方かで向ける面がはっきり決まってますからね」

 

「……そのお考えには賛同出来ませんが理解は示していますよ」

 

「なんですか? さっき終わらせたのにまだ僕と論争をしたいんですか? 相手になりますよ?」

 

「いえ、それはもう結構です。どれだけ言葉を尽くしても我々は相容れる事は無いでしょう」

 

「その通りです。でも安心してください。私だってこの地方の常識を捻じ曲げたり、私の常識を押し付けたりするつもりはありません。変わろうとしていないものを無理に変える必要はありませんからね。この地方にいる間は分を弁えて限度を超えた事はしませんよ」

 

「そうですか。その言葉が聞けただけで十分です。これ以上私から言う事はありません」

 

「ええ、そうして頂けると助かります。互いの領分は犯さずにやっていきましょう」

 

「あの……」

 

「ああエリカさん。どうですか? 何か思い当たる節は有りましたか?」

 

「切っ掛けというには些細なのですが一度だけバトルの最中に技に巻き込まれた事がありましたの。とは言ってもねむりごなをうっかり浴びて眠ってしまっただけなので大事には至っておりません。記憶のお話になりますので少々曖昧ですが、時期的には近かったと思いますわ」

 

「切っ掛けとしては十分ですから他に心当たりがないならそれでしょうね。一般的にポケモンがトレーナーに向けている感情は敬愛なんかが多いです。自分を捕獲する強さを見せたとか自分を必要としてくれたこの人に応えたいとかそんな感じですね。その敬愛するトレーナーを技に巻き込んだってなるとまあポケモンからすれば心苦しい事でしょう」

 

「ええ、感謝致します。まさかこのような形で解決できるとは思ってもいませんでした」

 

「いやいや、まだ解決してませんよ。あくまでもまだ可能性が高いの段階なのでポケモンを出して確認してみて下さい。私を巻き込まない為に突っ込んでいってるんですかって聞けば多分答えてくれる筈です。違ったらまた別の可能性を考えますんで」

 

「それもそうですわね。でしたら失礼して。キレイハナ出なさい」

 

 

 エリカがボールを投げてポケモンを出す。出てきたのは小柄なポケモン、いつもの癖で色を確認したところレベル60弱といったところだろう。先程のような突撃の戦い方をするならこの位小柄なポケモンの方が厄介に思うが、何故ウツボットにしたのだろうか。

 

 

「キレイハナ、教えて下さい。貴方達は私を傷つけない為に私から距離を取っているのですか?」

 

 

 エリカの質問に対してキレイハナは短い手足をパタパタと動かしながらハナハナと鳴き声を上げている。なんとなく手足を動かしているのは分かるがその動きにどのような意味があるのかは分からないし、声色からも感情は読み取れない。表情が見えればもう少し感情を読み取れそうなものだが、粒子の塊にしか見えない自分にはさっぱり分からない。次回マサキに会う時にこの目の利点と欠点をそれぞれ報告してなんとか切替が出来ないか相談してみよう。

 

 

「誠さん、どうなのでしょうか?」

 

 

 キレイハナと向き合っていたエリカが突然振り返ったかと思えばそんな質問を投げかけてきた。どうもこうもポケモンの情報を得にくい自分にそんな事を聞かれても困る。あけびを出せばキレイハナの言葉を聞くことも出来るが、流石にこんなところで伝説のポケモンを出す訳にもいかない。

 

 

「いや、どうと言われましても私のポケモンじゃないんでなんとも」

 

「そうですか……理由が分かるかと思ったのですがまだ難しいようです」

 

「質問の仕方が悪いんですよ。言葉が通じなくても意思を確認する手段はあります。キレイハナ、貴方達がバトルの時に相手の陣地に突っ込んでいくのはエリカさんを巻き込まない為ですか? もしそうなら右手を、そうでないなら左手を上げてください」

 

 

 そうキレイハナに声を掛けるがキレイハナはびくとも動かない。無視されているらしい。そのあんまりな態度に少し苛立ちが湧いたが、他人のポケモンなので仕方がない。

 

 

「こらっ、キレイハナ。無視はいけません」

 

「まあ、私のポケモンじゃないから仕方ないでしょう。とりあえずそういう風に目に見える形で意思表示をする様に言ってください。これを繰り返せばポケモンの言いたいことは大体分かります」

 

「はい。キレイハナ、戦いの時に私から離れるのは私の身を守る為なのですか? もしそうなら右の手を上げてください」

 

 

 エリカの問いかけに対してキレイハナはまた手足をパタパタを動かしている。しかしエリカはキレイハナから目を離さず、その様子をじっと見つめている。やがてキレイハナはおずおずと右手を上げた。なんとなくだが様子を見るに誤魔化そうとしていたのかもしれない。

 

 

「キレイハナ、何故そのようなことを?」

 

 

 そのままエリカはキレイハナにさらなる質問をしようとしているが質問の仕方が悪い。その質問の仕方ではポケモンに責められていると受け取られかねない。しかも先程目に見える意思表示を心掛けるように言ったのに、動作で答えが表現出来ない質問だ。

 

 これは放っておいたら確実に長くなる。円満に会話が進む様にフォローに回るか、原因だけ突き止めたので後の事は丸投げするかの二択が頭の中を過ぎるが悩むまでもない。そもそも自分の職務はジムリーダーとポケモンの悩みの解消ではなく、ジムリーダーの強化だ。自分の時間を削ってまで付き合ってやる理由がない。

 

 

「エリカさんとりあえず今はその辺で。細かい事はキレイハナだけじゃなくて他のポケモンとも一緒に話をした方が良いです。それにそんな聞き方は酷です。責めている訳じゃないとはっきりさせておかないとまた関係がこじれますよ」

 

「ですが……いえ、誠さんがそう仰るならその方が良いのでしょう」

 

「少し時間を置くべきです。一度質問事項や話す内容を考えてからポケモンと話し合って下さい」

 

「畏まりました。ごめんなさいキレイハナ。ゆっくり休んでくださいね」

 

 

 エリカがキレイハナをボールに戻すのを見て軽く息を吐く。とりあえず問題の原因を突き止めたという事で悩みは解消したと見ていいだろう。本来ならここからバトルに関するアドバイスの続きをしなければならないのだが少し疲れてきた。適当なところで話を纏めたい。

 

 

「誠さん、ありがとうございます。おかげでポケモン達と向き合う事が出来そうですわ」

 

「それは良かった。それでどうしましょうかね。本当ならここからバトルの総評の続きを話すべきなんでしょうが、今にしてみればさっきのバトルの内容も不満でしょう。散々後回しにして申し訳ないですが、問題を解消した後に再度バトルをしたいと思いますがどうですか?」

 

「ええ、それで構いませんわ。もう十分に手を尽くして頂きましたもの」

 

「僕の職務を考えればあんまり良くないんでしょうがとりあえずそうしましょう。それでどうですか? バトルに関するアドバイスは出来ませんが他に何か悩みがあれば相談くらいなら受けますよ?」

 

「……では一つだけ」

 

「(え? あんの?)なんでしょう?」

 

「先程のお話を蒸し返すようですが誠さんとお婆様のお話についてですの」

 

 

 もうこれ以上頼まれごとは無いと高を括って他の相談事について口に出したのは藪蛇だった。思想に関して話すだけなので大した労力でもないが、納得するまでとなると面倒くさい。

 

 

「あー、あれですか。それで? 一体何を聞きたいんですか?」

 

「折角お話を聞かせて下さったのですが、残念ながら私にはまだ誠さんとお婆様、どちらのお考えが正しいのか答えが出ないのです。ですが誠さんはアンズさんに生き方について説いたと聞き及んでおります。どうか私にも一度説法をお願いできないでしょうか?」

 

「……勘違いの無いように言っておきますが、私はそこまで大した人間じゃありません。詳細は言えませんがアンズさんの場合は自分なりの信念というか人間性というか、兎も角そういうものは既に持っていました。私はただ無理に抑圧されて歪んでいたそれを治しただけです。人に生き方を説くような事は出来ません」

 

「……そうですか……御無理を言ったようで申し訳ありません」

 

「でもそうですね。なりたい理想が決まってないので正直やりにくいですが、エリカさんが私とサガリさんの思想のどちらかを選ぶための手助けなら出来なくもありません」

 

「そうなのですか?」

 

「もしも望むなら私は答えを出す為に必要な経験を教えましょう。エリカさんが普通に生きていたらおそらく知る事の無いであろう経験。ただこれを知りたいを言うなら中断は認めません。途中で止めて欲しいと言おうが許して欲しいと言おうが私は最後まで行動を全うします」

 

「……どのような事を為さるおつもりで?」

 

「事前に説明すると意味が無いので言えません。というか言葉で伝わるものじゃないです。きっとエリカさんに嫌われ、サガリさんには怒られるでしょうがエリカさんが答えを出す為には必要になるだろう経験とだけ言っておきます。とても残酷でとても理不尽、それこそこれを経験して性格が変わったり、心を壊した人間も見たことがあります。それでも経験したいと言うのなら私もお手伝いします」

 

「……やりますわ」

 

「本当にそれでいいんですか? この経験で性格が変わったり、心が壊れても後悔しませんか? トラウマになっても私は責任を取りませんよ?」

 

「覚悟の上ですわ」

 

「一応保護者確認ですがサガリさんも良いですか?」

 

「エリカが決めた事です。現ジムリーダーの決定に意を唱える様な事は致しません」

 

「そうですか。じゃあ私が何しても邪魔しないでくださいね?」

 

 

(これだけ脅したのにやるのか……でもいつか向き合う問題だし無駄にはならないだろう。エリカがサガリの思想で生きていくならいつか必ず被害者の感情を理解出来ずに失敗する時が来る。力の無い人間が理不尽な状況に遭遇した時に感じる怒り、無力感、恨み、これは実際に経験してみないと分かるもんじゃない。

 エリカみたいに才能ある人間がそういう悪意に晒される機会はそうは無い。ジムリーダーより強くて悪意を持った人間なんてこの世界には多くないし、その手の人間はジムリーダーを狙うリスクも考えるから多分そういう経験とは無縁で生きられる。きっとジムリーダーの中に本気の被害者の気持ちを味わった人間はいない。それを教えられるのはジムリーダーより強くて、そういう被害を受けた事があって、それを他者に与える事に抵抗の無い人間、この世界だと何人いるかって程少ないだろう。

 しかしエリカが耐えられるかどうか……日本の感性なら全然耐えられると思うけどシオンタウンのあの女を見る限りこっちの世界の人間は悪意に弱いし、ポケモンへの愛着が強いからな)

 

 

「それではエリカさんには私と一体一でバトルをして貰います。それと危害は加えませんからポケモンを一体。そうですねさっきのバトルで使ったモジャンボでいいです。ボールも一緒に貸してください」

 

「それは何の為に……いえ、分かりました。どうぞ」

 

「お預かりしますね。ああ、態々ステージに戻らなくてもそこにいて下さって結構です」

 

 

 ボールを渡してトレーナーの所定位置に向かおうとするエリカを押し留めて、鞄を漁り必要なボールを取り出す。ついでに体を陰にして先程預かったモジャンボのボールは鞄に仕舞っておく。

 

 

「では準備をしますね。出てこいつくね、お前は自由だ。それとサイホーン出ろ」

 

 

 まず今回のバトルで使うつくねをボールから出して自我を戻す。続いて自我を失った状態のサイホーンをボールから出してサイホーンの足の下に鞄から取り出した空のボールを設置する。エリカ側から見れば先程預かったモジャンボのボールにしか見えないだろう。

 

 

「はい準備完了です。では先に説明しますがルールは至ってシンプル。このつくねを一対一で倒して貰います。もし私が勝ったらあのサイホーンにボールを踏みつぶさせます。はいスタート」

 

「え?」

 

 

 笑顔で語りかけてやればエリカは泡を食ったような顔をして返す言葉を失っている。サガリの方に目を向ければ落ち着いた様子でこちらを見ている。怒りださない様子を見るにこちらはボールをすり替えているのに気付いているのかもしれない。

 

 

「もう始まってますよ? あと五秒以内にポケモンが出なければ踏みつぶします。頑張って私に勝ってくださいね」

 

「え……あ、い、行きなさいキレイハナ!」

 

「ドリルくちばし」

 

 

 エリカは慌ててキレイハナを出すが、既につくねは臨戦態勢に入っている。ボールから出て体を構成する間につくねがキレイハナに接近し、体の構築を終えると同時にその体をつくねの三つの嘴が貫く。これでバトルは終わりだと思うが念の為追撃を入れておく。

 

 

「蹴り飛ばせつくね」

 

「キレイハナ!?」

 

 

 嘴を引き抜いたつくねがおまけとばかりにキレイハナの体を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされたキレイハナは粒子を振り撒きながら宙を舞い、進路上にあった木にぶつかって崩れ落ちる。本当なら即座に終わらせるよりも時間を掛けて甚振って状況を理解させる方が良いのだが、負けてしまっては元も子もないので仕方がない。

 

 

「あらら、もうちょっと粘ると思ってたのに案外呆気なかったですね。じゃあルール通りボールは砕きましょう。サイホーン!」

 

「お、お待ちください!」

 

「……なにか?」

 

「どうしてこのような事を!?」

 

 

 エリカの表情を見れば中々に必死だ。これは空のボールをモジャンボのボールと勘違いしていると見ていいだろう。このままボールを破壊して無力さを味合わせてもいいが、状況の変化に理解が追い付いていないのかまだ必死さが足りない。もう少しだけ会話に付き合うことにしよう。

 

 

「ルール通り貴方が負けたからあのボールは破壊するだけです。さっき言ったじゃないですか?」

 

「何故そのような事になるのですか!」

 

「それは貴方が負けたからです。折角チャンスをあげたのに……弱いっていうのはそういう事ですよ? 弱いから守れない、弱いから奪われる。強者がこうあれと望んだら弱者には止められない。戦いって言うのは本来こういうものです」

 

「だからといって!」

 

「もういいでしょう? 貴方は負けた。それだけです。サイホーン!」

 

「待ってください!」

 

「嫌です」

 

「やめて!!」

 

 

 どんな反応をするかと観察していると叫びながらエリカが飛び掛かって来た。混乱して変な行動をするのは想定していたが自らが飛び込んでくるのは想定外だ。咄嗟に手が出そうになったが今の自分の膂力を考えれば殺しかねないので出かかった手を止めて回避する。ポケモンの戦闘を目で追える反射神経と運動能力は伊達ではない。

 

 そうして躱してやれば標的を失ったエリカは受け身も取らずに地面へと突っ込んでいった。頭からいったが怪我をしていないだろうか。

 

 

「うっ、く……」

 

「(うわっ、痛そ)じゃあ最後にもう一回チャンスをあげますよ。戻れつくね。みたらし出ろ」

 

 

 内心で心配はしながらもエリカをいたわる事はせずに、つくねをボールに戻して代わりにみたらしを出す。申し訳ないが自我は奪ったままだ。進化もしていないビードルなので何かできる訳でもないがこれからやる事を考えたらその方が都合がいい。

 

 

「今度は何を!」

 

「このビードルはみたらしと言います。私の大切な仲間の一人ですね。このみたらしは私が指示をしない限り無抵抗です。この子を殺す事が出来たらボールを返してあげましょう」

 

「くっ、そんな事出来る訳……」

 

「じゃあ当初のルールに従いましょう。サイホーン!」

 

「待って!」

 

「気が変わりました?」

 

「こんなっ! 何故こんな酷い事が出来るんですかっ!」

 

「そういうのはいいんで決めてください。みたらしを殺すか、ボールの破壊を受け入れるか。貴方に選べるのはどちらか一つです。敗者である貴方に他の選択肢を作る権利はありません」

 

「……出来ません」

 

「そうですか。じゃあボールを破壊しましょう」

 

「待ってください! お願いします!」

 

 

 

「じゃあ殺しますか? 僕の可愛い可愛いみたらしを?」

 

「それは……」

 

「なんなんですか貴方は? 物事を解決する強さも無い癖に理想だけはいっちょ前。そんなに自分の手を汚したくありませんか? そんな人間が本当に大切なものを守れると思ってるんですか?」

 

「しかし……」

 

「……十……九……八……七……」

 

「私は……」

 

「……六……五……四……三……」

 

「私には出来ません……」

 

「二……一……はい残念。サイホーン! ボールを踏みつぶせ!」

 

「そんな!?」

 

 

 サイホーンが少しだけ上げていた前足に体重を掛ければパキンという軽い音と共に前足が完全に地面に落ちる。とりあえずこれで試験は終了。ちょっとやり過ぎたかなという思い三割と思ったより楽しかったなという思い七割だ。

 

 

「あぁ……そんな……私は……」

 

 

 直ぐに種明かしをするのもなんなのでもう少しエリカには被害者の気分を味わってもらう事にする。呻き声とも嗚咽とも分からない声を発しながら、地面に蹲って芝を握りしめているエリカの様子は中々に悲惨だ。良い感じに理不尽さを感じて貰えただろうか。ほんの僅かに心が痛む気がしないでもない。

 

 

「サイホーン悪かったな憎まれ役を頼んで。みたらしも済まんな。ゆっくり休んでくれ」

 

 

 エリカが気持ちを吐き出している間にサイホーンとみたらしを戻して、ボールを鞄に仕舞う。代わりに鞄に仕舞っていたモジャンボのボールを取り出しながら、エリカとサガリの様子を確認。

 エリカは相変わらず地面に向けて何やら呻いている。多分まだ無力感と後悔が胸を渦巻いている頃だろう。これから時間経過でその感情が怒りと恨みに代わる迄は放置でいい。

 

 サガリの方はと言えばそれはもう凄い顔をしてこちらを睨んでいる。これはどうなのだろうか。ボールのすり替えには気付いていたがそれでもやり過ぎと判定されたか、もしかするとボールのすり替えに気付いておらずフリだけで本当にボールを破壊するとは思ってなかったパターンかもしれない。もう少し様子を見たかったが今の感情で自分の印象を固定される前に動く事にする。

 

 

「お疲れ様でしたエリカさん。これでテストは終了です」

 

「どの口が!」

 

 

 顔を上げると同時に罵声をあげたエリカの顔は涙と鼻水と泥で汚れてぐちゃぐちゃ、なのにその目は鋭く吊り上がり明確な敵意を感じさせる。分かりやすくて大変良い事だ。割とあっさり目に終わらせたから心配だったが、思った以上に効果があったらしい。

 

 

「この口ですよ」

 

「お前がっ……」

 

 

 まさかエリカがお前なんて言葉を使う程怒っているとは思わなかったが、ここまで効果があったなら十分だろう。ここまでの思い通りになるとやった甲斐があるというものだ。

 

 

「じゃあこれ預かってたモジャンボのボールです。改めてお疲れ様でした」

 

「は?」

 

「ボールを受け取る時に約束したじゃないですか? 危害は加えないから貸してくださいって。私は約束は守ります。さっき破壊したのは空のボールですよ」

 

「ずっ……何故このような真似をしたのですか……」

 

 

 ボールを差し出した時の間抜け面から一転して表情を引き締めたエリカが鼻を啜りながら意図について質問してきた。表情を取り繕う速度は大したものだが視線にはまだ敵意を感じる。狙ってやったとはいえそういう目を向けられると少し後ろめたい気持ちが湧いてくる。

 

 

「それはエリカさんに被害者の気持ちを知って欲しかったからです。ただ強い奴がそう望んだというだけの理不尽な理由で大切なものを奪われる。その際に感じる怒り、悲しみ、恨み、無力感、それを体験して貰う為ですね。本当の被害者の気持ちを味わってどうでしたか?」

 

「とても……とても悲しいものでした。今まで積み上げて来た筈のものが何も通じず……何故このような事をなったのかも分からないまま大切なものが掌から零れ落ちていく……こんなに悲しい事があっていいのかと……」

 

「それが被害者の痛みです。こればっかりは経験してみないと分からないでしょうから言葉で説明するのは無理でした。でも大分優しめにしておきましたよ。本当ならモジャンボは返ってこないし、相手も態々会話に付き合ってくれたりしません。なんでこんなことをされたのかも分からず、被害の回復すらなく、さっきの感情をずっと抱えて生きていくことになります。今なら私が加害者よりも被害者を優先する気持ちも分かるんじゃないですか?」

 

「……そうですわね……ですが何故私にこのような経験をさせたかったのですか?」

 

「その経験が正しい判断に必要になるからです。真に正しい判断は被害者の気持ちを知り、加害者の思考を知る事で初めて出来るものだと私は考えています。でもエリカさん含めてジムリーダーや四天王の皆さんは所謂力のある人間に分類されます。自分で物事を解決出来る人間には本当の弱者の気持ちは分かりません。知らず知らずの内に自分なら救えるとか自分なら解決出来ると自信を持って傲慢になりますからね。ぶっちゃけ人を救えるとか思い始めたらそれは危険信号です。まあそういう強い人間が弱者の気持ちを分かったつもりになって接するのは弱者からすればとても腹の立つ行為なんですよ。公平と言いつつそういう個人的な感情は無視されがちですからね」

 

「……確かに私は甘かったのかもしれません。人の気持ちは分かっていたつもりだったのですがつもりだっただけで何も分かってなどいなかったようです」

 

「それが分かれば上等ですが念のため二つ忠告をしておきます。

 一つは被害者の立場に自分を重ねて悪人を罰するという結論にはならないように。私がやったのはあくまで被害者の心を理解して寄り添って貰う為の行為です。被害者の気持ちは大事ですがそこを重視し過ぎると公平な判断が出来なくなります。

 二つ目は悲劇に酔わない事。今回被害者の気持ちを味わって貰いましたが、それはあくまで形だけです。それだけで真に被害者の気持ちを分かったかの様に振舞ったら必ず失敗します。

 本当なら加害者の思考とか被害者の思考についてもう少し説明したいところですが、私の見解で語ると思想の押し付けになりそうなので経験だけにしておきました。自らが経験して感じた被害者の思考を踏まえてここからどういった結論を出すのかはエリカさん次第ですから頑張って答えを出してください」

 

「……分かりましたわ」

 

「まだ悩みはありますか? 私なりのやり方になりますが他にもあるなら解決のお手伝いくらいしますよ?」

 

「いえ、もう大丈夫です。お手数お掛けしました」

 

「そうですか。それじゃあ今日の指導は終わりです。後日ゆっくりと自分の正義について考えたり、ポケモンと向き合ったりしてください」

 

 

 エリカとのやり取りはこれで終わりだ。後はサガリに声を掛けて退散するだけ。サガリに何を言われるかを考えると少し憂鬱になるが無視して帰る訳にもいかない。

 

 

「サガリさんも今日はお疲れ様でした。色々と目に付くところはあったと思いますが、これも一つのやり方という事で目を瞑って頂けると幸いです」

 

「この結果もエリカの選択です。指導に口出ししないと言った以上、私から言う事はなにもありません」

 

「そうですか。それは失礼しました。それとこれは僕からのお願いなんですが暫くはエリカさんの事を良く見てあげてください。どうも悩みを溜め込むタイプの様ですから自分から助けは求められないと思うので」

 

「私は既に一線を引いた身です。それこそ誠さんが見てやってはくれないのですか?」

 

「(なんで俺が見るんだよ、てめぇの孫だろうが)そうしたいのは山々ですが私も多忙でして。数日後にはジョウト地方に仕事に行くので暫くこっちには戻れませんし、故郷に戻る為の手がかりも探さないといけません。おまけに戻ってきても他の仕事もありますし、他のジムリーダーや正式な弟子に気を配る必要もあるのでエリカさんに付きっ切りにはなれないんです」

 

「左様ですか。そういう事なら暫くは気に掛けておきましょう」

 

「(左様じゃねえだろ。身内の事くらい自分らで面倒見ろや)お願いしますね。それじゃあ私はこれで帰りますので機会があればまたお会いしましょう」

 

「ええ、本日は孫娘の為に時間を作って下さって感謝致します」

 

「いえいえ、これも仕事っちゃ仕事ですからお気になさらず」

 

 本来なら追い詰めたエリカのケアや詳細説明をしなければならないのだろうが、いい加減面倒になって来たので早々に別れる事にする。未だにショックが抜けきっていない様子のエリカを見ていると今後の経過に少し不安は残るが、結果的には被害を出していないので後は時間が解決してくれるだろう。立ち直り方次第では失う事に恐怖を抱いて自分の物に過剰に執着する様になるかもしれないが、事前に性格が変わるかもしれないと説明しているので許容範囲だろう。

 

 ジム内にエリカとサガリを残して外に向かう途中で、キレイハナを瀕死のまま放置していた事とみたらしを殺そうとするかどうか試した理由を言っていない事に気付いたが、今更戻ってまた話をするのも面倒なので放置してタマムシジムを出る。自然の中から都会の喧騒に場面が切り替わるが、不気味なジムの中よりは遥かに居心地が良い。

 

 そしてようやく仕事が終わったと実感が湧いたところで今日の仕事ぶりを振り返る。収穫もあったが反省点も少なくないのでトータルすればギリギリイーブンといったところだろう。

 

 まずバトルについてだがこれは良かった。エリカに出来る最善の戦い方をしてこなかったとはいえジムリーダー相手に一方的に勝利した事実は大きい。自分の方が強いと理屈では分かっていてもやはり経験しなければ実感は湧かないものだ。今の自分の実力がこちらの世界で十分以上に通用すると分かったのは大きな収穫だ。

 

 そしてサガリとエリカとの問答。こちらは少しやり過ぎたが面と向かって糾弾される程ではなかった。結果が良かっただけな気もするが、要は結果さえ良ければ過程で少々やり過ぎても誤魔化しが効くと分かったのは収穫だ。この世界の善性の強い人間の思想が理解出来たのも悪くない。

 

 その反面、自分の歪んだ人間性を見せすぎた。これは明らかなマイナスだ。ちょくちょくボロは出していたがここまではっきりと思想を語ったのは多分初めて。サガリとエリカならその思想を危険視して排除しようという結論にはならないと思うがどこから情報が洩れるか分からない。そう考えればかなり危険な手札を与えてしまった事になる。これが当初の予定であったことを考えれば、隠しとおせなかった時点でどれだけ収穫はあってもマイナスかもしれない。

 

 情報を纏めてみるとやはり冷静さを失いつつあると結論が出る。ただ原因はなんとなく分かっている。おそらく環境の変化に自分がついていけていないのだ。自分は元々一社会人、しかも下っ端の中でようやく中堅程度に収まる人間だ。

 

 それが今やジムリーダーを易々と撃破出来る力を手に入れ、本来なら雲の上の立場のジムリーダー相手に指導する立場まで得た。そこに人の操作する、より厳密に言えば自分より下の立場の人間を追い詰める事に悦を覚える歪んだ性格が噛み合っている。その欲求を充たす力を急に得て調子に乗っているから、雰囲気次第でどこまでも増長する。早急に直さないと手痛いしっぺ返しが来るのは目に見えているのだが分かっていても簡単に改善できないから癖というのだ。

 

 エリカにも言ったが強くなったと驕れば簡単に足下を掬われる。卑屈過ぎるのも問題だが増長よりはマシだ。寧ろ調子に乗りやすく、雰囲気に飲まれやすい性格を考えると卑屈なくらいで丁度いい。次に誰かと会う時は新人時代を思い出して卑屈過ぎるくらいの態度を練習した方が良いかもしれない。

 

 

 

 




早いものでこの作品を書き始めてもうそろそろ一年になります。書き始めた当初は一年経って未だにカントー地方の話を書いているとは思っていませんでした。

この作品を書き続けるモチベーションを維持できているのは読者の皆様の応援のおかげです。今後ともよろしくお願いします。

ちなみにリアルタイムで一年が経過していますが、作中ではまだ一か月程しか経っていません。偶に過去の事にも触れるので簡単に纏めました。

1日目 ポケモン世界へ転移 例の村で一泊

2日目 村で騙されポケモンを奪われる 夜 洞穴に閉じ込められる

3日目 洞穴で一日過ごす  

4日目 洞穴脱出 クチバシティに移動

5~8 昏睡状態 クチバシティ滞在

9日目 復活 ミルタンク死亡確認 身分証獲得 

10~12 ポケモンセンターに入院 図書館へ行き勉強漬けの生活

13日目 ボックスのポケモン発見 ポケモンの確認

14日目 クチバジム制覇 バッジ獲得1個目

15日目 村の確認  夜 村襲撃&壊滅

16日目 マチスに弟子入り

17日目 ポケセンで待機 ポケモン意思確認

18日目 ポケモンリーグ就職 カスミ撃破 バッジ獲得2個目

19日目 タマムシシティでロケット団アジト襲撃

20日目 オーキドと対話 グレンジム挑戦失敗

21日目 セキチクジム制覇 アンズが弟子入り バッジ獲得3個目

22日目 ニビジム制覇 バッジ獲得4個目

23日目 マサキと会話 ポケモンと融合する

24日目 ハナダの洞窟へ ミュウツー殺害

25日目 クチバジム制覇 ハナダ人質事件解決 バッジ獲得5個目

26日目 シオンタウンでカウンセリング

27日目 グレンジム制覇 バッジ獲得6個目 

28日目 トキワジム制覇 バッジ獲得7個目

29日目 ヤマブキジム制覇 バッジ獲得8個目

30日目 ポケモンリーグ呼び出し 

31~37 ハナダの洞窟で検証 

38日目 タマムシシティでエリカ、サガリとお話


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超える人

続きが書き上がりましたのでお納めください。


 今日は朝から実に気分が良い。

 

 懸念事項の一つであったシオンタウンの女の容態が回復したとキクコから連絡があったからだ。念の為詳しい容体を聞いてみれば過去の事を傷として残しながらもなんとか立ち直ったらしく、自分と接触する事で変に刺激を与えない方がいいだろうとキクコは判断している。

 聞いた限りの情報にはなるがその対処は間違っていないだろう。

 

 大事なのはこの傷を残したまま立ち直ったという部分。これが過去ときっぱり決別したや一見して完璧に立ち直っているの場合は大抵無理して取り繕っているだけなので切っ掛けがあれば過剰にショックを受ける。その点傷を傷として残したまま克服しているのは良い傾向だ。

 この世界の人間はそういう機微に疎い傾向にあるが、キクコほどの人生経験があればそれくらいは判断出来るらしい。

 場合によっては殺す事も考えていた相手なのでどうなろうと自分には関係ないが余計な用事が減ったのは素直に嬉しい。台風で学校が休みになった小学生の気分だ。

 

 そもそもの話この世界の人間は人に頼る事に躊躇が無さすぎる。自分の力で解決出来ない事に他人の力を借りるのは悪い事ではないがその敷居が極めて低い。

 困ってる人を助けるという考えが基本理念にあるので分からなくもないが、そうなると人に頼るのが苦手な人間は延々と便利に使われることになる。今受けている仕事は仕方ないが今後は仕事を受ける時に明確に対価を要求しなければストレスが溜まっていく一方だ。

 

 そしてもう一つ。今日はマサキとの面談をセッティングしている。

 別にマサキと会いたくて仕方ない訳ではないが、自分なりに纏めた情報の精査してくれる人間は貴重だ。それが迂闊に人に話せない内容ともなればその重要性は更に上がる。おまけに話す時に倫理面を気にする必要がないのも嬉しい。

 

 反面、欲求に素直過ぎるマサキの人間性が懸念事項だ。ポケモンと人間を合体させる実験を行っている事もそうだが、初対面の相手を騙して実験台にしようとした価値観はこの世界でなくとも異質過ぎる。

 これが自分の価値を示せば良い付き合いを出来る相手なら分かりやすいのだが、マサキの場合は人とポケモンの両方の特徴を持っている自分の価値を理解した上で何をするか分からない危うさがある。感覚的に貴重なサンプルだから大事に扱うではなく、貴重なサンプルだからこそ徹底的に使い切るという発想を持っていそうなのでいつ敵対行動を取ってもおかしくない。

 

 そんなマサキの家は以前来た時から何も変わっていない。二週間程しか経ってない当たり前ではあるがマサキの場合は実験に役立つとなれば即座に家の改築くらいはする。この二週間での心情の変化や好奇心を刺激されたなんて理由でいきなり捕獲するような罠を仕掛ける可能性もあるので注意が必要だ。

 

 罠が仕掛けられている可能性を考えて念の為ドククラゲを出してインターホンを押させる。

 

 

「鍵開いとるから入ってええよ~」

 

 

 インターホン越しではなく、扉から直接聞こえるマサキの声に違和感がある。イントネーションや間の取り方的にはマサキなのだが、以前に会った時よりも声が低い。またポケモンと合体しているのかもしれないと思いつつ、ドククラゲに扉を開かせる。

 

 

「いらっしゃい」

 

 

 開いた扉の真ん前でボディビルダーの様なポーズを取ったポケモンが話しかけてくる。シルエット的に人間型で四本腕なのでカイリキーだろう。初見ならまだしも二度目なのでそこまでの新鮮味はない。

 

 

「どうもマサキさん、お久しぶりです」

 

「……」

 

「マサキさん?」

 

「……ノリ悪いなぁ。なんかもっとあるやろ。ポケモンがしゃべっとる!? とか」

 

「二回目ですからね。またポケモンと合体したんですか?」

 

「驚かせよ思たんやけどな。まあええわ。ほんじゃワイが入ったらスイッチ押してな」

 

 

 ぶつぶつ言いながらリモコンを渡して機械に入るマサキを確認して分離のスイッチを押す。パシッパシッと以前に聞いた時とは異なる鞭を叩くような音を上げながら機械が作動しているが、今にして思えばマサキはよくこんなものを作れたものだと思う。

 

 ポケモンが粒子の集合体だと分かっていても、それを分解して人と合体させよう、ポケモン同士を融合させようとは普通なら考えない。例え考えたとしてもそれを実行して成し遂げる人間なんて一握りもいない。

 

 そしてその無駄に見える実験が結果としてポケモンという生き物の解明に一役も二役も買っている。運が多分に絡んでいる事は間違いないが、人から忌諱される実験に手を足して結果を出したのは事実だ。成功する人間というのはこういう者を言うのだろう。

 

 

「ふぃ~、あかんな。思ったよりしんどいわ」

 

「何がしんどいんです?」

 

 

 稼働を終えた機械のドアが開き、出てきたマサキの言葉に質問を返す。今後もお世話になる可能性のある機械に自分の知らない副作用があるなら聞いておきたい。

 

 

「なんて言うたもんか……こう、感覚の違いがでかいねん。ポケモンの体でおる時に感じるもんが人の体では感じられんやろ? 健康な体から不健康な体になるっちゅうか、とにかくなんか変な感じやねん」

 

「(強靭なポケモンの体から貧弱な人の体に戻った事による感覚の相違か。今の俺がやったら立てなくなるくらい反動がありそう)なんとなく分かりますよ」

 

「自分もやるか? どうなるか分からんけどもしかしたらゴーリキーと分離するかもしれんで?」

 

「多分無理だと思います。分解した粒子を体表に纏っているだけのマサキさんと違って、僕の場合は完全に粒子を取り込んでますからね。それにゴーリキーを取り込んだ以外にもバトルで散々色んなポケモンの粒子を吸収してますから」

 

「それやったら体ん中で混じったもん吐き出したら新しいポケモンとか生まれるんとちゃう?」

 

「やりませんからね。安全性が確保されたら少しは考えますが」

 

「さよか。ほんでどうしたんや今日は? なんや乗り気で電話してきたけど」

 

 

 マサキのペースに乗せられてどこで会話を切り出そうかと思っていたがマサキの方から切り出してくれた。こういう察しの良さと話の早さはマサキの美点だ。

 

 

「伝えないといけない事がありましてね。ちょっと仕事の関係でジョウト地方に行くことになったんですよ。多分一か月も掛からないとは思いますが念の為報告です。それとポケモンについて色々と分かったんでそれをジョウトに行く前に擦り合わせしたいと思いまして」

 

「はー、真面目やなぁ。そんなもんちょちょいと電話で言うてくれてえかったのに」

 

「まあ、正式に契約を交わしてる身ですからね。電話で話しても回数は減りませんし」

 

「こっすいなぁ……感心して損したわ」

 

「狡くても私の情報は貴重だと思いますよ。粒子が見えるトレーナーの目線での情報ですからね。自分で言うのもなんですが結構色々と分かりました」

 

「ほな聞かせて貰おか。態々会って話そうとするくらいやからおもろい話もあるんやろ?」

 

 

 口でこそ憎まれ口を叩いているが見た限りではマサキの機嫌は悪い様には見えない。多少鼻につくがこのくらいはスキンシップなのだろう。そういうスキンシップを取るくらいには気に入られたともとれるが、良く考えればマサキの性格なら誰に対してもこんな態度を取りそうな気もする。

 

 

「それじゃあまずポケモンの体の構造から────―」

 

 

 そこから始まるのは情報の擦り合わせという名の一方的な報告。ポケモンの体の構造、体色の変化条件や死亡条件、技の仕組みに粒子の獲得条件、粒子が見える目が研究の副産物であること等多岐に渡る情報を時にはツッコミを受けながら、時には肯定や否定を受けながら説明していく。

 

 自分の価値を保持する為に情報を温存する事も考えたが三つの理由で温存は止めた。

 一つは『まだ情報を持っていそう』と思わせるよりも『短期間にこれだけの情報を集めた』の方がマサキが価値を感じると判断したから。

 二つ目は自分では証明できない情報を渡して検証した結果をこちらに教えてくれるなら結果的にはプラスになるから。

 三つめは価値を失ったと判断されて敵対されても殺す力があるからだ。

 流石に伝説のポケモンについては話していないがそれ以外の事は大体伝えた。それこそ粒子の上限に説明する為にレベルの概念すら説明した。

 

 対するマサキの方は目新しい情報を持っていなかったが致し方ない。長年ポケモンについて独力で研究をしてきたのに僅か二週間で新しい発見をしろというのは無理がある。

 マサキみたいなタイプはちょっとした切っ掛けで一気に研究を進めそうな感じはするが、自分との出会いではその切っ掛けに成りえなかったのだろう。もしかするとマサキならと期待していた部分はあるがそう都合良くはいかなかった。

 

 

「────―以上が僕が得た情報と考察です」

 

 

 情報を説明しきるのに一時間程掛かったが伝えるべき情報を全て伝えて軽く伸びをする。対するマサキは途中から話のメモを始め未だに集中して紙に何かを書いている。話の途中でちらっと見てみたが良く分からない図形の様なものを書いていたので理解は諦めた。

 

 

「とりあえず僕から見た情報は話しました。また私も自分なりに検証やら発見やらしていきますので、マサキさんの方もお願いします。何かあれば連絡してくれれば協力は致しましょう」

 

 

 マサキはこちらの言葉には反応せずにひたすらに紙に何かを書き綴っている。本当なら考察に対して色々と話したかったのだがこの様子だとまともに会話も出来ないらしい。情報を出すだけ出して得られるものが無いのには思うところがあるが、これも将来の布石と思って我慢する。

 

 

「じゃあ集中してるみたいなんで帰りますね。次回の対談については連絡下さい。こちらも面白い情報があったら連絡しますんで」

 

 

 返事は無いが一応形式的に別れの挨拶だけして席を立とうとしたところで、立ち上がる為に机に置いた手をガっと掴まれた。見ればマサキが右手で何かを書きながら、左手でこちらの手首を掴んでいる。反射的に振り払いそうになったが特に危険性を感じなかったのでそのままにさせておく。

 

 

「……なぁ……」

 

「なんですか?」

 

 

 相変わらず視線と右手を紙に向けたままのマサキから声を掛けられる。どういった事を言うのか声色で判断しようとしたがその声色は極めて無機質で感情を読み取れない。唯でさえ読みにくい表情もこちらに向いていないので得られる情報が無い。印象がちぐはぐな事が多いとはいえ、感情を読み取りやすいマサキから何の感情を読み取れないのが少し悔しい。

 

 

「自分ポケモンの保持粒子に上限がある言うたよな」

 

「そうですね。粒子を保持する器が成長に伴って大きくなり多くの粒子を吸収できるようになるのか、多くの粒子を吸収することで器を拡張するのか、順序は分かりませんがレベルと保持上限に関連性があるのは間違いないでしょう。それに私が育て切ったポケモンはこれ以上粒子を吸収しませんので種としての限界もあると思いますね」

 

「それってほんまに限界なんか?」

 

「言いたいことは分かりますよ。僕が上限だと思ってるだけで本当はもっと上があるかもしれないって事ですよね?」

 

「せや。おかしいと思わへんか? 絵本の中の話やけど伝説とか言われるポケモンは大地を作るやら時間を操るやらなんや色々出来るって言われとる。同じポケモンの筈なのにそこまで差があるのは変やないか?」

 

「それは特殊能力に特化したとかじゃないですか? 確かに伝説と言われるポケモンは不思議な力を持っていますが、劣化の行為は他のポケモンでも出来ます。時間や空間の操作はトリックルームなんてものがありますし、大地を作るのは海底火山の噴火ですからじしんやふんかを使えば不可能ではないでしょう。天候の操作だってあまごいやにほんばれで出来ます。それか突然変異ですかね。生物ですから進化の過程で突然変異体が生まれてもおかしくありません。普通の個体よりもより多くの粒子を獲得できる個体が産まれてそれが長い年月を生きる事で通常とは一線を画す力を得る可能性はあります。もしくは古代種の可能性もありますね。昔はそれなりの数いたけど環境の変化やらなんやらで絶滅、その環境の中で特に優れた個体だけが生き残ったとか。まあこれは今のポケモンよりも過去のポケモンの方が優れていたっていう事が前提ですが可能性としてはあり得るでしょう」

 

「そういう意味ちゃうねん。いや、満更関係無い訳でもないけどちょっとちゃう。ワイもこんな性格やけどポケモンの事は好きやねん。そんで色々と昔話やら地方の伝承やらいうもんを調べ取った時期もある。そん時に思った訳や。こいつらはほんまに同じポケモンなんかってな」

 

「気持ちは分からなくもないですよ。私が知ってるだけでも大地を作る、海を増やす、天候を操る、時を操る、空間を操る、別次元の世界に移動する、後は世界を作ったとか変わり種だと島の守り神をするポケモンもいます。確かに同じポケモンとは思えない差がありますがポケモンという生き物の幅を考えれば理解出来る範疇です。キャタピーみたいな昆虫やコイキングみたいな魚類、オニドリルみたいな鳥類にカイリューみたいなドラゴン、挙句にはマグマッグみたいなどう分類していいか分からない生き物まで一緒くたに同じ種として見てる時点で今更でしょう?元々ポケモンという種族が多様性に富み過ぎているので、特殊な能力や生態を持ってるとか言われてもそういうポケモンもいるんだな程度にしか思いません」

 

「自分の話を聞いとって理解出来へんかったのはそこや。前々からポケモンについて話す時に違和感はあった。最初はポケモンがおらんとこから来た言うてたからそういう認識なんか思っとったけどそれじゃ説明でけん。度を超して慎重でよう分からんもんを怖がるあんたが強いポケモンを怖がらん筈があらへん。なのに伝説のポケモンについてはこれっぽちも話題にせず、知ろうともせぇへんのはおかしいと思わんか?」

 

 

 唐突に伝説のポケモンの話題を振って来た事に疑問を覚えたがここでようやく意図を理解する。話の前後に関連性が無かったので気付くのが遅れたが要は疑われているという事だ。確かに自身の性格を考えれば伝説のポケモンを危険視していないとおかしいだろう。他人の事を見ているのか見ていないのかよく分からない。

 

 

「……そりゃ伝説のポケモンですからね。伝説の定義の話になりますが特殊能力と強さよりも先にその希少性があります。世界に一匹しかいないか、それか何匹か現存してても人の目に付かない所にいるんでしょう。そんな出会う確率が低いポケモンの事を調べるより目の前にある問題を先に処理しようというのは不自然ではないでしょう?」

 

「他の誰かさんならまだしも自分はちゃうやろ。そのくらい分かんねん。ワイは好奇心やから自分とはちゃうけど知らんもんを知ろうとする姿勢だけは分かっとるつもりや。そんな自分が目撃情報もある伝説のポケモンの事を知ろうともせんっちゅうのはあり得へん。それこそ実物を見とるか、倒す手段があるか……いや、ちゃうな。そのくらいならそこまで自信は持っとらん筈や。実物を持っとるか、もう倒しとるかってとこやろ。ちゃうか?」

 

「さぁ? 私もこれで多くの野生ポケモンやジムリーダーと戦ったりしてますからね。その中で自分の強さがどの程度なのかを理解したのかもしれませんよ? 実際、私は強いか弱いかで言えば強い部類に入りますからね。伝説のポケモンが相手でも勝てるって自惚れてるだけかもしれません」

 

「そういうのはもうええて。ワイかて当てずっぽうで言うとる訳やあらへん。理由もあるわ」

 

 

 顔を上げたマサキの表情を窺うがその表情は真剣そのもの……に見える。マサキなのでカマかけの可能性も否定できないがここまで言うからには確信は無くとも疑うだけの根拠は本当にあるのだろう。しらを切り通しても良いが、ある程度の確信を持っているなら逆効果だ。相変わらず油断ならない。

 

 

「……はぁ、まあ良いでしょう。じゃあ建設的な話をしましょうか。仮に私が伝説のポケモンを所持していたとして、貴方は私に何を望みますか?」

 

「そんなもん決まっとるやろ。流石にくれとは言えんからまずは見せて貰うところからや。実験に協力してもらうにしても見んことには何も始められんわい」

 

 

 マサキの要求は思っていたよりも軽いものだったが初回の要求としては妥当なものだろう。ここでいきなり伝説のポケモンを寄越せと言うような相手ならば殺さなければならなかった。

 しかし見せるかどうかは別問題だ。本来なら所持している事を知られた時点で殺すところを、変に言いふらさないだろうマサキの性格と頭脳を考慮して免除しているに過ぎない。相応のメリットを貰わなければ協力する意味が無い。

 

 

「ではその見返りに貴方は私に何を差し出しますか? まさかとは思いますが何の益も無い協力を私に頼むつもりじゃないですよね?」

 

「分かっとるがな。ちゃんと考えとる」

 

「一応言っておきますが私が持っている中に次元を超えるとか時や空間を操るポケモンはいません。ですが複数の伝説ポケモンの所持している事は私の持つ秘密の中でも上位です。それを踏まえて見合うだけの利益を提示できますか?」

 

「せやな……まあ言うとこか。ワイに出来るんはポケモンの強化や。特殊な能力なんかはどうにもならんがポケモンを強うする事は出来る。それで手を打たんか?」

 

「それは私にはメリットにはなりませんね。私のポケモンは既に強さの上限に達してますし、他のポケモンをそのレベルにする事も難しくありません。手間の肩代わりは魅力ですが利益と言うには弱いですね」

 

「いや、そうはならん。が、こればっかりは見て貰った方が早いやろ。これから出すポケモンを見て判断して貰おか」

 

 

 マサキはそう言って机の上に置かれていたモンスターボールを放る。大して期待を持たずに出てきたポケモンを見たが、その瞬間一瞬だけ思考が止まった。

 ボールから出たのは1.5m程の身長で全身が刺々しいフォルムの二足歩行のポケモン、形状的には何の変哲もないニドキングだ。しかし気になるのはそこではない。ボールから出てきたニドキングは他のポケモンとは決定的に違う点が一つだけあった。

 

 

(なんだこれ? 白い? なんだこの色? 俺のポケモンより白いポケモンなんているのか? 形状的にニドキングなのに俺のポケモンより白い。レベル100の白さじゃない。こんな形状の伝説のポケモンなんていたか?)

 

 

 出現したニドキングが自身の持つレベル100のポケモンより白い。これが伝説のポケモンならば分かる。しかし目の前にいるのは伝説でもなんでもないニドキングだ。そんな普通のポケモンがレベル100のポケモンより更に多くの粒子を保持している特徴を表している。

 

 

「どうや? 興味出てきたんやないか?」

 

 

 マサキがどや顔で話しかけてくるが今はそれどころではない。今すべきはこの情報の価値を正確に測る事、そして取引の為に足元を見られない事だ。

 当然この技術に興味はある。レベル100の上限を超える技術は単純な戦力の増強に直結するものだ。それをポケモンだけでなく粒子を獲得してレベルを上げている自身にも使えるとなればその価値は計り知れない。

 

 

(どういう感じだこれは? 考えられるのはレベル100の上限を超えてレベル101以上になってるか、レベル100の壁を越えて伝説化した辺りが怪しい。保持粒子の上限を超えて能力がどの程度上がるかも未知数。普通にレベル1上がった程度で伸びるステータスは高が知れてるが上限突破となるとその倍率も当てにならない。粒子量的に強くはなってる筈だが、もし伝説化なら変な特殊能力を習得してる可能性もあるから強くなってるとも限らない。直接戦闘と関係ない方面の成長だったら使い勝手が悪くなる可能性もあるな)

 

「……うん、そうですね。興味が有るか無いかで言えば大いにあります。このポケモンの保有粒子は私が限界だと判断したポケモンを超えてます」

 

「そうやろ? ワイは天才やからな。なんもこの二週間遊んどった訳やない」

 

「ええ、素直に賞賛しましょう。私では超えられない壁を超えてます。どうやったんです?」

 

「んふふふ、知りたいか? 知りたいよな?」

 

「想像はつきますけどね。あの機械でしょ? 僕にできなくてマサキさんに出来るアプローチはそっち方面ですからね。あれで上限以上の粒子を取り込ませたのか……いや違いますね。必要以上の粒子は取り込まない筈なんで器を改良しないといけません。体を改造したんですか?」

 

「おっと、これ以上は只じゃ教えられへん。こっちとしてもそれなりのもんを貰わんとな」

 

「自信満々なところ悪いですけど今どちらかと言えばマイナスに傾いてますよ? 興味はあるけどデメリットとか手段とか何も分かってないですし。やり方が問題あり過ぎてポケモンが受け入れないとか成功率が低いとかで僕に使えない技術なら必要ないですから」

 

「そう言うのは分かっとるから安心しい。問題は……まあ無いとは言えんが安全性は保障したる。今のところ成功率は百パーセントや」

 

「それ一回だけで百パーセントとかだったら怒りますからね? 何回試したんですか?」

 

「今んところニドキングと同じくらいの奴は五体やな。ほんまはもうちょいやりたかってんけどワイのポケモンの数的にそれが限度やった」

 

「ポケモンの数が問題になるってことはやっぱり合体っぽいですね。どういう原理でしょうか? ポケモン同士を混ぜて器が拡張されるってなると、普段吸収する粒子とは違う粒子を吸収する関係で圧縮率や粒子操作に関する機能を持つものを一緒に取り込んでるのか……それか核そのものを取り込むことで器の数を二つに増やすとかもありそうですね。そうなると人格とかどうなるのか分かりませんけど」

 

「せやんなぁ……そこはやっぱ、っ!? あかん! その手には乗らんで! これ以上は言えん!」

 

 

 自然な流れで情報を抜ければ楽だったがそう簡単にはいかなかった。反応を見る限り手段は機械によるポケモンの合体だろうが、条件やデメリットが分かるまではこの情報の価値を確定できない。他の相手なら脅せば吐くだろうがマサキの場合は脅しても微妙に言葉遊びで躱そうとするだろう。

 

 

「じゃあそうですね。僕からは僕が持ってる伝説のポケモンのラインナップを教えましょう。その代わりに現在判明しているデメリットだけでも包み隠さずに教えてください。流石に手段を教えろとは言いませんので」

 

「んん~……デメリットなぁ……」

 

「そうです。最低限そのくらいは教えて貰わないと契約もくそもありません。メリットだけを教えて契約するのは常套手段ではありますが、僕はそれには乗りませんよ。僕が欲しいのはメリットであって、メリットかデメリットか分からないものじゃないですから」

 

「ちゅうてもそんなデメリットらしいデメリットも無いねんけどな」

 

「そんな筈ないでしょ。ポケモンの数云々って事は一体作るのにポケモンを消費するでしょうからそれがまずデメリットです。せめてニドキング一匹作るのに何体のポケモンを消費するのか教えてください。他にもありますよ。人工的に作る手段がポケモンに受け入れられるレベルかどうか。最終的に合体したポケモンの人格の問題。粒子の操作が難しくなって運動能力や技の使用が制限されないのか。その後の成長がどうなるのか。最低でもこのくらいははっきりしてないとメリットになり得るかどうかも分かりません」

 

「せやなぁ……まあええやろ。手段についてはもう分かってもうてるやろけど、このニドキングと合体した数はそう多ゆうはない。精々十匹くらいや。それをポケモンが受け入れるかどうかは正直分からん。他のポケモンを犠牲にしとうないっちゅう性格やと難しいかもしれん。それと人格的な面については断言できん。なんとのうこいつの元の性格のままや思うけど喋れるわけや無いからな。癖やらなんやらは残っとるし、捕まえたばっかりのポケモンを使っても反抗的にはならんから大丈夫やとは思うけどな。負担については苦しんどらんから大丈夫や思うけど実際どうなんかは保証はでけんな……あとなんやっけ?」

 

「運動能力や技、体質の変化とその後の成長ですね」

 

「ああ、せやったな。運動能力やら技については特に問題は感じられんけど自信を持って断言は出来んな。目に見えて弱うなるっちゅうことは無かったけど、最後の方は細かい違いが分からんくらい強うなっとってワイじゃ判断付かん。成長の方も正規の手段は分からんな。いつまでもポケモンの体のまんま過ごす訳にもいかんからちょくちょく見るくらいやけど、合体の度に色が白うなっていっとるくらいや」

 

「合体以外での粒子の獲得はどうですか?」

 

「軽い小突きあいで互いの粒子を吸収しとんのは確認しとる。そのくらいしかさせとらんから自分の言うレベルっちゅうのが上がっとるんかは分からんけどな」

 

「ふむ……なんとも言い難いところですね」

 

 

 言葉通りになんとも価値が確定しにくい。現状分かっているのはレベル100の粒子保持量の壁を超えられる事だけだがこれも明確にメリットになり得るかは分からない。明かな弱体化が無い事は分かったが不明な点が多すぎる。一見して異常が無いだけで一皮剥けば以上の塊の可能性もある。なんとも評価し難い博打の様な実験だ。

 

 

「それよりもワイに言う事があるやろ? こっちは分かっとる事教えたんやから」

 

「ああ、そうでしたね。じゃあラインナップを教えましょう。まずはこの地方でも知られているだろうファイヤー、サンダー、フリーザーという三匹の鳥ポケモンです。それぞれ炎、電気、氷を操るポケモンですね。それとホウオウ、同じく鳥ポケモンですがこっちは聖なる炎を操ります。次にスイクン、見た目はでかくて神秘的な犬って感じですけど確か水を清めたりするポケモンです。最後にカイオーガ、5mくらいの鯱みたいな奴で止まない雨を延々と降らせて海を広げるポケモンです。あと一匹希少性っていう意味では伝説みたいなのが居ますけどまあこいつは除外ですね」

 

「なんや気になる言い方するやん。そのもう一匹はどんなポケモンなん?」

 

「伝説のポケモンの遺伝子をベースに色んなポケモンの遺伝子を使って人工的に生み出された戦闘能力に特化してるポケモンです。多分残っているのは私が持っている一体だけなので希少性が高くて戦闘力も伝説のポケモンレベルです。こいつは人の言葉をテレパシーで話したりと色々便利ではあるんですがマサキさんに会わせるのはちょっと無理ですね」

 

「なんでや。人の言葉を話せるとか最高やん」

 

「性格が問題なんですよ。多くの同族を犠牲にして作られた上に廃棄されそうになった所為で人間という生き物を滅茶苦茶恨んでます。一応真っ向から勝利した僕の事は認めてくれてるんですが、それ以外の人間、特に研究者ってなると僕が止めても殺しかねません。マサキさんの場合はポケモンを犠牲にするような研究をしてますから余計にです。マサキさんと僕のやってる事を知られたら僕ですら敵視されるかもしれません」

 

「それは……惜しいなぁ……」

 

「流石にマサキさんの前では出せないです。言葉も話せるし頭も良いんで、その生い立ちさえなければ研究のパートナーに最適なんですがね」

 

「……もうその話は止めよ。聞けば聞くほど惜しゅうなる」

 

 

 自分から言っておいてなんだが本当にあけびを実験に使えないのが痛い。人語を話せて頭も良いとなれば実験には最適なのだが生まれを考えると相談すら危うい。人造なので伝説のポケモンと言っていいのか分からないが、それならそれで普通のポケモンと違う存在として使い道はある。

 

 

「ああ、そうだ。あと見る奴を選ぶならカイオーガもきついですね。デカ過ぎて場所が取れないですし、出てきた瞬間に大雨を降らせるんで出し続けてたら周りへの被害が半端ないです」

 

「ん? ちょい待ちぃや。選ぶってなに? 全部見せてくれるんとちゃうの?」

 

「全部は見せませんよ。わざわざラインナップを言ってあげたんですからその中から一匹選んで下さい」

 

「えぇ……そりゃないやろ。一匹て」

 

「妥当では? 貴方が私に差し出そうとしてる見返りは強さとは名ばかりの効果不明瞭な実験です。安全性も微妙な上に強くなれる保証もない。寧ろ一匹見せてあげるのも今後に期待してです。十分に破格だと思いますが?」

 

「せめて二匹にならんか? 一匹だけやと比較すら出来ひんやん」

 

 

 マサキの提示した実験を考慮して見せるのは一匹としたが確かにマサキの言い分も一理ある。実験を行う上で比較検証は大事な事だ。一匹だけでは伝説のポケモンの特徴なのか、個体そのものの特徴なのかの判断も難しくなる。

 だとしてもこちらが折れるのは納得がいかない。実際有効だとしてもごねればなんとかなると思われるのは心外だ。微妙な利益を提示してきたのはマサキの方なのだから、契約の釣り合いが取れるように少しでもこちらに有利な条件を引き出したい。

 

 

「んー……でもそれが限度ですね。なにせ代わりの利益があれですから。これでもサービスしてるんですよ?」

 

「そうは言うても生殺しはきついて。意地悪せんと頼むわ」

 

「僕に利益がありませんから明確に利益を提示しても貰わない事にはなんとも。もっと出せるもんあるでしょ?」

 

「これ以上出せるもんなんか無いて。自分なら強うなれるなら乗ってくる思っとったしな」

 

「ありますよ。実験に必要なものがありますから」

 

「……いや、ちょい待ちぃや。言いたいことは分かるけどそれは」

 

 

 敢えて主語を付けなかったが流石はマサキというべきかこちらが実験で消費するポケモンを要求することは分かるらしい。

 しかしその態度には少し違和感がある。マサキはとてもではないが実験に消費するポケモンを惜しむような性格ではない。既に五体の実験成功例がいるのがその証拠だ。ニドキングに十体程合体させたというならその五体を生み出す為に五十体以上の犠牲を許容してきた事になる。そのような人間が今更ポケモンの身を案じる訳がない。

 

 

「今更何を悩むんですか? ここまで来るのに散々ポケモンを犠牲にしてきたのに。実験をもう一回したと思えば惜しくはないでしょう?」

 

「……そう簡単にはいかん。五体もおるやのうて、五体しかおらんのや。やりたい事も少のうないし、新しゅう集めるにも時間が掛かってまう」

 

 

 マサキの返答を聞いて少し納得する。まだ何か隠している事でもあるかと思ったが、数が少なくてもったいないということなら分からなくもない。しかしそれならもう一押しで落とせる。

 

 

「じゃあ後押ししてあげます。今回の実験で取り込まれるポケモンを出してくれるなら私が合体基になりましょう。ついでに伝説のポケモンも三匹、比較しやすい様に同格のファイヤー、サンダー、フリーザーをお見せします。流石に実験参加はさせませんが少し調べて、後は羽の提供位ならしてもいいです」

 

「……ほんまか?」

 

「これは契約です。貴方が契約を守る限り、こちらも契約を守りましょう。私は伝説のポケモン三匹をお見せします。代わりにマサキさんは私を合体基とした実験で犠牲になるポケモンを提供する。その際のポケモンは限界を超えた五体の内の誰かをお願いします。あともしもの場合はまた僕をポケモンセンターにでも連れてってください。異論はありますか?」

 

「ほんまに自分がやるんか? そういうのせんと思っとったんから提案せんかってんけど」

 

 

 確かに自身の性格を考えればこの選択は取るとは思えないだろう。だが選択肢としてはこれがベストなのだ。

 

 まずこの世界において一番に恐れるべきはポケモンの喪失だ。自身がどれだけ強くなったところである程度育ったポケモンには敵わない。だからこそポケモンの質と数を確保する事は何よりも重要視しなければならない。

 

 この実験でポケモンが強くなるのか、特殊な能力を得るのか、はたまた弱体化するのかが分からない以上、四匹のレギュラーを使う事は出来ない。弱体化も恐ろしいが、なにかが琴線に触れて反抗されたらレギュラーは三匹になり、基本の戦闘形式である三対三のバトルにおいて選択肢を失ってしまう。

 

 ならばレギュラー以外のポケモンを出すという選択肢があるが、こちらは信頼関係に問題がある。レギュラー陣よりも付き合いの薄いポケモンを強化しても逃げられては丸損だ。下手を打てば逃げた後で他人の手持ちポケモンや野生ポケモンとして対面する可能性すらある。

 

 そうなると危険を冒してまで実験に参加する価値が無い様に思うがそんなことはない。なにを得られるか分からないもののポケモンの保持可能な粒子量を増やすこの実験自体は素晴らしいものだ。頭打ちになった上限を超えられる可能性というのは見過ごすには惜し過ぎる。

 

 だからこそ自身の身を実験に捧げるという選択肢が出てくる。完璧な意思疎通が出来ないポケモンに任せて変化に気付けないよりも自身で体感して変化を理解する方が良い。その結果、害が無ければレギュラー陣も対象にする事が出来る。

 

 更に実験の結果、強くなるならそれで良し。一匹のポケモンを強化するよりもそのポケモンを指揮するトレーナーが強くなる方が総合的な戦力は高くなる。

 伝説のポケモンの様に特殊な能力を得るならそれも良し。グラードンやカイオーガの様に常に天候を固定するような能力を身に付けると不便だが、どんな能力でもなにかしらの使い道はある。

 万が一弱体化したとしても多少なら問題にならない。マサキの目に見えた弱体化はないという言を信じる前提だが、自分の今のレベルは70台前半、これが実験でレベル100になり、そこから弱体化してもレベル90台、最低でもレベル80台の能力は維持できるだろう。それだけの能力が残るなら戦闘に支障はない。最近の粒子吸収量の低下を考えれば悪くない。

 

 唯一の懸念は他のポケモンの粒子を取り込む事でそのポケモンの人格の様なものが混じる事だが、これは可能性が低い。過去の実験でゴーリキーを取り込んでいるが特に問題は発生していない。今回取り込むのは十数匹のポケモンの融合体だがゴーリキーを取り込んだ時の感覚が十数倍になったところで大した問題ではない。そこまで考えれば自分の身を実験台にするのも十分選択肢に入る。

 

 

「確かに私の性格とは合わないでしょうが考えた上でそれが最良だと判断しました。不満なら内容を変えますかがどうしますか?」

 

「嫌な訳あらへんやん。自分が納得しとるならええんや」

 

「じゃあ実験しましょうか。一応僕が取り込むポケモンを見せてください」

 

「おお、せやな。気が変わる前にやってまお。ポケモンも選んでええで」

 

 

 そう言ってマサキが五個のボールを差し出してくる。面子を聞いたところ、ニドキング、キマワリ、リングマ、チルタリス、ベトベトンの五匹だ。どれを選んでも変わりは無いのだろうが取り込むのが気分的によろしくないベトベトンを真っ先に候補から除外。続いてなんとなく強いイメージの無いキマワリも除外。

 残る選択肢はニドキング、リングマ、チルタリスだが見た目に多少の影響が出る事も考えて人型じゃないチルタリスを除外。最終的に見た目が刺々しいニドキングを除外して取り込む相手はリングマに決定した。念の為ボールから出して色を確認したが、きちんと限界は超えていた。

 

 取り込むポケモンを選んだら即実験に移る。本当なら説明の一つでも受けたいところだが不明な点が多すぎるので聞くだけ無駄だ。マサキも気が変わらない内に実験を済ませてしまおうという魂胆を隠そうともせずに急かしてくる。互いにさっさと実験に移りたいのだから無駄な会話もなく準備は進み、早々に機械に押し込まれた。

 

 機械の内部は以前からそうは変わっていない。相変わらず綺麗に鉄板で舗装された無機質な空間。唯一前回との違いがあるとすればストロボの様な機械が壁に複数埋め込まれているくらいだ。きっとこのストロボからモンスターボールの様な光を放ってポケモンを分解するように作り替えたのだろう。マサキとカイリキーを分離する時の稼働音が前回と違っていたので改良したのは分かっていたが、電磁波から光へと根本から異なる技術に変えるとは思っていなかった。前回放射線の危険を説明したのは無駄ではなかったらしい。

 

 

(自分からこの機械に入るとは思わなかったな。不安はあるがどう転ぶか。既に一回経験してるから分の悪い賭けじゃないけど心配は心配だな。というか分離用だろうけどこっちにも分解用の装置が付いてんの怖いな。もし裏切って分離かけられたらやばいかもしれない。流石にやらないと思うけどマサキだからな。まあされたらされたでマサキぶっ殺してからまた分離した奴と合体すればいいんだけどマサキを殺すのも惜しいしな)

 

 

 少し怖くなったのでマサキの裏切りを警戒して上着を脱いで端に座り込み、頭から上着を被る。この程度で光を遮断できるのか分からないが何もしないよりはマシだろう。理論上は光を直接浴びさえしなければ分解はされない筈だ。

 

 服を被って暫くするとパシッパシッと機械の稼働音が聞こえてくる。内部に音が籠るのか外で聞いた時よりも何倍も大きい稼働音が耳に響く。外から聞く分には何とも思わなかったが内部で聞くと中々に不気味だ。

 

 この稼働音も直ぐに止み、今度は服と床の隙間から大量の粒子が流れ込んできた。念の為頭だけを服から出して周囲を確認したところ視界が不便になる程の粒子が舞っている。そのまま立ちあがってみたが未だに空気中の粒子はその場で漂ったままだ。一考に体が粒子を吸収する気配は無い。

 

 

(これはどうなんだろうか? レベルによる上限があるだろうから粒子を吸収できないのは分からないでもないが……とりあえず無理矢理粒子を吸収させて成長させてるって線は消えたか。となるとなにか上限を超える為のキーがある筈だ。前の時は勝手に体に粒子が吸収されてたからな。やっぱり核みたいなのがあってそれを取り込むことで体内の器を二つにする辺りが怪しいか? でもそうなると何匹も合体させる理由にならないんだよな。核一つにつき器一つあるんなら二体を混ぜるだけでレベル200になる。十体混ぜたら上限はレベル1000だ。仮に一体一体が弱くとも十体混ぜたニドキングがあの程度って事は無いと思う。それかレベル100を超えたら色の変化が緩やかになるとかそんな特徴があるのか? ……いやレベル換算じゃなくて粒子量換算ならあり得なくもないのか。レベル1から2にする粒子量とレベル99から100にする粒子量は桁が違う。そう考えたらレベル30から40くらいのポケモン十体分の粒子でようやく101とか102になる可能性はある。……違うか。それならこの実験そのものがおかしくなる。やっぱりレベル上限と保持上限は別に考えた方が良い。今吸収を邪魔してるのがレベル100の壁じゃなくて単純に保持上限だとすれば……いややっぱりおかしい。それならマサキの実験で使ったポケモンも保持上限を超えられない気がする……なんかごちゃごちゃして分かんなくなってきた)

 

 

 煮詰まった思考に苛々しつつ頭を掻く。考えれば考える程答えが分からなくなる。一度そうなってしまえばなんとなく自分が答えだと思っていたポケモンの生態にも疑問が生じてくる。分からないという事がここまで腹立たしく感じるのも久しぶりだ。

 

 

(苛つくなぁ……とりあえず今考えるべきことだけ考えないと。チッ……なんだっけ……まずは……まずは……そうだな。とりあえずはレベル100の上限は放っといて今の保持粒子の上限を超える手段だ。これ自体はこの実験で必ず出来る事。そうなるとやっぱり粒子の操作とか圧縮率に関する何かがある。核でもなんでもいいけどまずはこれを獲得しないと始まらない。てか俺の考え穴だらけだな。もう分かんねぇで放っとくか? マサキに経験とか情報だけ与えたら向こうで答えだしてくんねぇかな……)

 

 

 苛々したまま機械内の粒子に目を凝らす。核や特別な役割の粒子なら色や動きに特殊なものがあると見込んでの行為だったがこれは無駄に終わった。どれだけ見ても機械内を粒子が舞っているだけでそこに特別なものを見つけられること等出来そうにない。

 

 仕方ないので機械内を歩いて回る。最早仮説もボロボロだが、もし核や特別な粒子が存在するのならこの機械内のどこかに存在する筈だ。立ち止まっていてもその内吸収できるかもしれないが歩いていた方がその粒子と接触する可能性が高いだろう。

 

 

(……除外してたけどもしかすると俺は上限突破出来ない可能性もあるな。良く分からんけどレベル上限の突破ってポケモンの核の融合の可能性もある。純粋なポケモンじゃない俺の核とポケモンの核は混ざらないとかあるかもしれない。まあそれならそれで体を構成する粒子だけ獲得してレベル100まで上がるだけとかでも全然良いんだけど。でもそれだと上限突破の原理が分かんないまんまなんだよな……適当にポケモン捕まえまくって実験に使ってみるか? 俺のポケモンでこの実験に使うとしたら誰になるか……誰なら受け入れるかだな。レギュラー以外となるとドククラゲかブーバーン辺りになるか?)

 

 

 気分の赴くままに思考を巡らせながら機械内を歩く。そこまで広くないので何度も踵を返して往復を繰り返していると突如として機械内の粒子が自分に殺到してきた。一瞬で視界内にあった粒子が消えたのに驚き足を止めても尚視界内の粒子がどんどんと集まってくる。

 

 視界に入っていた粒子が急速に動き回る所為でまるで視界そのものが高速で移動しているように感じる。しかし動いているのは粒子だけで景色そのものは動いていない。その両方が同時に視界に映るせいで脳が混乱する。

 

 

(気持ちわりぃな。もうちょっと目を凝らしておけばなんか見えたかもしれないのが惜しい。まぁいいや。やっぱり粒子操作に関するなんかがあるのは確定。というか粒子保持上限って粒子の操作技術とかじゃなくてこれの数とかで決まってるのかもしれん。バトルで相手を倒したら出てくる粒子の中から粒子圧縮の役割がある粒子だけを吸い取って他の粒子は空気中に飛散。こっちの線も考えておいた方がいいな)

 

 

 一応全身の粒子の吸収の様子を確認しておく。どこか一部に粒子が集中するなら核の位置も分かるかと思ったが残念ながら特に粒子を集中している箇所はなく、腕、足、胴と満遍なく粒子を吸収している。ついでにいうと体色の変化が思ったよりも気持ち悪い。腕が白くなったかと思えば青くなりと忙しなく変化し続けている。レベルアップの瞬間を見たことが無かったが、纏っている粒子量が増したり減ったりを繰り返しているのを見る限り、単純な増強というよりも体を再構築しているという表現が近い気がする。体の再構築となると元の人間だった自分が良く分からない生き物に変わっていっていると自覚してしまい少し悲しくなる。

 

 

(今のところ前にあった思考汚染みたいなのもないな。生存本能みたいな感じだったし命を脅かされる危険が無いくらい強くなった個体にはないのかもしれん。色の変化も収まって来たけどどうなるか)

 

 

 いつ吸収したポケモンの思考が流れ込んできても良い様に覚悟を決めて手を眺める。周囲を舞っていた吸収可能な粒子を目に見える速度で吸収するにつれて徐々に色の変化も落ち着いてきた。具体的には白くなったり青くなったりしていた体の色が真っ白と僅かに青みがかった白の二色にしか変化しなくなってきている。最終的に変化が収まった時の体の色次第で自分のレベルが分かる。現時点で変化を繰り返している色が既に実験参加前の自分よりも白いので弱体化する事は無いだろう。

 

 

(一応強くはなってるっぽいから今回の実験で損は無しだな。あとはレベル100の壁を超えられるかどうか。今のところ不具合は無いし、結果次第でポケモン達にもこれをさせてもいいな。ユカイとデンチュウ、つくね辺りは命令したら普通に受けてくれそうだけどドザエモンはどうだろうか? あいつは微妙に真面目というか気遣いするところがあるからな……他三匹も微妙か? あの三匹は無邪気って感じだからな。ユカイは命令したら訳も分からずに受けてくれそうだけど無邪気故の勘の鋭さって侮れないからな……? あぁ、やっと来たか)

 

 

 自分の手を眺めながら考え事をしていると突然頭の中に良く分からない思考が入ってくる。前回ゴーリキーを取り込んだ際に感じたものに比べればかなり弱弱しいが数が多い。悲しみ、喜び、怒り、そしてそれらの感情を塗りつぶす程の多幸感、以前の様な具体的な思考では無く感情が流れ込んでくる。

 

 

(なんだこれ? 自分の感情みたいな感じもするけど自分の感情じゃないみたいな異物感みたいなのも感じる。数も良く分からんけど結構多いな。なんか喜怒哀楽全部一緒くたにしたみたいな感じ。言葉にしにくいけど弱い感情の方はただ理由も無く湧いただけって感じか……いやそれよりこの満足感? これが一番分からん。一つになれた喜びみたいな? ……脳内麻薬の分泌的ななんかか?)

 

 

 自身の内から湧いたとも外部から入って来たとも分からない感情について考えていたが、突然プシュッと軽い音がしたので思考を中断する。音のした方に視線を向ければいつの間にか密閉されていた機械の扉が開き、マサキがこちらを覗き込んでいた。ちらっと自身の手に視線をやれば色の変化は既に収まり、その色はレベル100を超えた白さだ。気が付けば先程まで感じていた多幸感を中心とした様々な感情も綺麗さっぱり消え失せている。

 

 

「どやった?」

 

 

 マサキがにやにやしながら声を掛けてくる。表情的と声色から察するに早く話を聞かせろというところだろう。一応実験は成功なので喜ぶべきなのだろうが最後の最後に感じた謎の多幸感に以上に気を惹かれる。ちょうど相談相手がいるので感じた事を説明して相談に乗ってもらおう。

 

 

 




なんだかんだで本日で初投稿から1年が経ちました。
未だにカントー地方の話をうだうだやっておりますが何年か掛けて完結まで頑張ります。
稚拙なものではありますがこれからも宜しくお願い致します。


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導く人

お待たせ致しました。続きが出来たのでお納めください。


 穏やかな昼下がり、雲一つない空には燦燦と太陽が輝き、目の前で柵に入れられたポケモン達が惰眠を貪っている。多くの自然に囲まれたのどかな雰囲気の町セキチクシティ。そんな長閑な環境とは相反する最低の気分で歩を進める。

 

 原因ははっきりしている。一つは昨日のマサキとの面談だ。実験を終えて体の変化等を話す前に、マサキの嘆願を受けて三鳥を見せてしまったのが全ての間違いだった。マサキは事も在ろうに実験結果よりも三鳥の方に興味を持ったのだ。何を報告しようが碌に反応せず、上の空で三鳥を眺めてはべたべたと触れてメモを取る。

 ポケモン擬きの実験結果より伝説のポケモンに気持ちが向くのは分からないでもないが危険な実験を行った協力者に対してこの態度は礼を失し過ぎだ。挙句の果てには羽を置いて追い出されるようにマサキの家を出る始末。不愉快極まりない。

 

 実験そのものが成功したのは喜ばしいし、一日経っても不具合が無いのも僥倖だ。しかし相手の都合で碌に話も出来ないのは腹が立つ。マサキだから仕方ないという思いはあるが、苛つくものは苛つくのだ。こんな事なら実験に関する話を終えるまで伝説のポケモンを見せなければ良かった。これが完全な想定外ならまだしも、微妙に想定出来る範囲の対応だったから余計に悔しい。結局昨日はそのまま夕方まで不貞寝した。

 

 もう一つは夢見の悪さだ。子供っぽい話だが本当に嫌な夢を見た。かつてポケモンリーグでカスミと試合をした場面でカスミに手も足も出ずに負けて、就職出来ずにポケモンリーグを追い出される夢だった。

 それだけならまだ良かったのだが、夕方というちょうどいい時間に起床してしまった事とハナダシティのポケモンセンターに泊まっていたこともあって、つい夢の鬱憤を晴らそうとジムに遊びに行ったのが間違いだった。

 

 折角来たんだから水ポケモンの使い方を見てやると言われて水ポケモン限定でのバトルをする羽目になったのだ。ジムリーダーよりレベルの劣るポケモンで、こちらは弱点を突く事も出来ず、相手は水ポケモンのエキスパート、オマケにランターンで一方的に弱点を突かれる有様だ。

 

 今ならそれでも勝てるんじゃないかと思っていたがその鼻っ面をへし折られた。水ポケモン同士ということで水中戦になったのだが、これがなんとも見えづらい。唯でさえ粒子と景色が同時に見える視界に苦労しているのに、動体視力が上がった所為で集中して見ると水面の波に写る景色だの反射する光だのの一つ一つまでがはっきり見えてしまう。

 一点に集中せず脱力して全体を見ればマシになるが、気を抜いた状態で戦う事に順応出来ず、水中の様子をまともに把握する事が出来なかった。そんな状態でも何とか一匹は倒したが二匹目のランターンに蹂躙されてそのまま敗北。

 

 その時のカスミの勝ち誇った顔が夢で見たカスミの表情と被ってしまいまた苛立ちを増した。実際にやったことを言えば八つ当たりをかまそうとして返り討ちにされただけなのだがタイミングが悪い。

 レギュラーの投入か普通のフィールドでなら勝つ自信があったので、ムキになって再戦を申し込んだが戦えるポケモンの準備が出来ないだの個人的な理由でプールを占領するのは悪いだの言い訳されて断られた。こんなこともあるなんて言っていたがあの面は仕返しの機会を伺っていた面だと確信できる。ジョウト地方から帰ったら真っ先に叩き潰しに来ようと誓ってハナダジムを後にした。

 

 そんな嫌な事が続けば機嫌も悪くなる。カスミとのバトルで自分に苦手な状況がある事も自覚できたので、そのままハナダの洞窟に向かい身体能力を確認した。その結果分かったのは過剰な力を得た所為で感覚が追い付いていない事。これが苛立ちの三つ目の理由だ。

 合体時の謎の充足感についても気にはなるがこちらは後回し。ある意味これも苛立ちの原因だが今は其方に気を割くよりも確認で分かる事項を優先した。

 

 

 試して分かったのは岩や地面を殴れば多少の痛みと粒子の飛散と引き換えに拳が埋まる腕力と頑丈さ。垂直飛びをすれば5、6mは跳び、走れば100mを五秒程度で走り抜けられる脚力。幾ら走っても疲れず、その気になれば三十分息を止めても軽い息苦しさしか感じない肺活量。集中すれば遠方の小石の一粒まで見える視力に数十m離れたポケモンの息遣いまで聞こえる聴力、今までよりも土の匂いを強く感じる嗅覚や歩くだけで空気の抵抗や埃っぽさを感じる触覚。どれも人の限界は超えていると確信できる程に発達しているが、残念ながら上手く制御が効かない。

 

 軽く力を込めたつもりでも石を砕き、野生のポケモンの攻撃を跳んで躱そうとすれば想定の数倍の距離を跳ぶ。だがそれはマシな方で少し集中しただけで一気に最大限の状態に至ってしまう五感が特に不味い。

 見る必要のないものまで詳細に見える視力はどうでもいいものを視界に捉えて意識を割く。聞く必要のない極小の音すら聞き取る聴力は対峙しているポケモンとは別のポケモンの発する音すら捉えて関係の無い方向に意識を向けさせる。普通の人間では感じられない匂いを嗅ぎ取る嗅覚は地味に集中力を削ぎ続ける。歩いただけで空気の抵抗や空気中の埃等を感知できる触覚は少し動いただけで何かに触られたように錯覚させる。集中すればする程に感覚は鋭敏になっていき、自分を取り巻く全てが集中力を奪っていく。

 

 ならばと脱力をしてみれば、まるでスイッチを切った様に一気に性能が落ちる。それでも実験前以上の能力はあるのだが、戦いに集中し過ぎてはならないという枷は予想以上に戦力を削る。現状で出来るのは負荷を覚悟で集中して速攻を決めるか、大して集中せずに片手間感覚でバトルに挑むかの二択。直線的に攻撃を仕掛けてくる野生のポケモンならどうとでもなるが、色々と戦術を組み立ててくるトレーナー戦は考える事も増えるので厳しいだろう。

 

 唯一の救いは常にその状態な訳では無く、一定以上集中しなければその状態にならないので日常生活で不便は感じない事とだが、集中状態というのは戦闘だけでなく思考も範囲に含まれている。うっかりでも本気で思考に没頭したらその瞬間に大量の情報が叩き込まれるのでおちおち考え事も出来ない。改善方法としては出来る限り集中状態を維持してマックスの状態に感覚を慣らす位しかないがどれだけ時間が掛かるか分からないのが不安の種だ。

 

 感覚を慣らせば確実に強くなる保障が出来たのは嬉しい。強くなれるかどうか未知数な状態よりも確実に強くなれるという確信がある状態の方が気は楽だ。しかし折角強くなるために危険を冒したというのに一時的とはいえ弱体化ギリギリの状態になってしまったのはやはり残念でならない。楽して強くなろうとした罰だろうか。

 

 そして時期も悪い。今必要なのは暫く戦闘を控えて体に感覚を慣らす事だが時間が無い。ワタルから依頼を受けた時に既にワタルを通してジョウト地方のジムリーダーに話は通させているし、カントーのジムリーダー達にも暫くジョウト地方に行くと連絡を入れてしまっている。

 なんとか理由を付ければ一週間程稼げるかもしれないがその期間でどこまで慣らせるは分からないし、下手をすれば動きを不審視されて接触名目で監視が来る可能性がある。ジムリーダー以上が来ることは無いとは思うが、時間に余裕がある元四天王や元ジムリーダー、最悪の場合はナツメが送り込まれる可能性もゼロではない。なので予定は崩さず明日にでもジョウト地方に行くのは決定事項。しかしその前にやっておかなければならない事がある。

 

 それはアンズと会って話す事だ。本音を言えばジムリーダーなんぞに関わらず慣らしを優先したいところだがアンズだけはどうにも放っておけない。錯乱していたとはいえ曲がりなりにも弟子に取った、要は師弟関係になると契約を結んだ子供だ。それなのに何も教えずに放置したままというのは流石に後味が悪い。人生の師匠なんて柄では無いが多少の人生相談はしなければならない。ついでにジムリーダーの師匠というネームバリューは色々と利便性が高いので保持しておきたいという打算もある。

 

 しかしそうなるとアンズをどう教育するかという悩みが生まれる。実際のところ大した軸を持たない上に認めた人間に依存するアンズの性格を考慮すれば、人格の矯正自体はそこまで難しくない。本質的には自己愛が強い傾向にあるが、今のままならこうあれと命令するだけで倫理観に欠ける効率人間にする事も日和見主義の無害な善人にする事も可能だ。

 

 とはいえ、どうにでも出来るからといって好きにしていい訳では無い。アンズの望みは何か、どうすればアンズの幸福に繋がるかを考え、強制しない様に選択肢を増やす必要があるのだがこれが難しい。ただでさえその手の話は大なり小なり思想に影響を与えるのに、その対象が依存相手の言葉に人一倍影響を受け易いアンズだ。どうあがいても思想に影響を与える事は避けられないだろう。利も無いのに思考を誘導して他人の人生を決めるのは流石に人として思うところがあるのでやりたくない。考えれば考える程に教育というものの難しさを感じる。

 

 

(どう扱ったもんかな……本質をそのまま育てるのは楽だけど、アンズは依存傾向があるから多分それをやると人に頼らないとなんも出来なくなるか、教育をそのまんま真似する。まずどうなりたいかを決めさせないといけな……それよりも先に自分の考えを纏めさせる方が先か。自分なりの意見を持つように言って……駄目だな。その言い方だとまた委縮する。自分の考えを纏めて次回迄に言語化しておくように……もあんまり良くない。自分に自信が無いから人に意見を言えないんだし、先になんとかして自信を持たせるか? でも裏付けのない自信は脆いしな。俺にだけ打ち明けろとかで言ってくれればいいが、教育に悪影響になると考えて黙る方に転がる可能性があるのが怖い……いっその事今日はアンズ個人を肯定するだけに留めて後はジョウト地方から返るまで時間を置いた方が良いか?)

 

 

 頭の中で幾つもの案を提案しては否定を繰り返しながらもセキチクジムに向かう足を緩める事は無い。結局のところ幾ら考えたところで全ての問題が解決するような妙案が出ない事は薄々分かっている。一度アンズと会って話を聞かなければ進展が無いと分かっていても考え事を止めないのは只の癖だ。面談前に相手のキャラクターから回答を想定して想定外を出来る限り減らしておく。今の思考にはそれだけの意味しかない。

 

 大して広くも無いセキチクシティを止まらず歩いていけばすぐに目的地に到着する。セキチクジムに来たのは二回目だがどこのジムも似たり寄ったりな見た目をしている為なんとなく見慣れた印象がある。ジムの扉を開く寸前になって事前連絡を失念していた事に気付いたが、気を取り直して扉を開く。留守だったらどうしようも無いが、それ以外ならどうとでもなる。用事が無ければアンズが面談を拒否する事は無いだろうし、ジム挑戦者がいるならバトルを観察すれば良い。

 

 扉を開けば一見何も無い屋内に以前と変わらず五人のアンズが立っている。遮蔽物の少ない場所での集中状態を試していなかったので、集中力を高めてみると見えないものが見えてくる。五感を高めても尚、特殊素材で作られた壁は目視出来ないが、見えない壁に付着した僅かな土埃や違和感程の歪みは見える。その歪みや僅かな土埃が何重にも重なった景色が思った以上の負担になり気持ち悪さを感じて脱力する。

 

 一度目頭を揉み解し、五人のアンズを順に見ていくと三番目のアンズと目が合った。その瞬間、目の合ったアンズが5m程の高さに飛び上がり、何も無い宙を飛び跳ねる様にして駆け寄ってくる。恐らく見えない壁を足場にして移動しているのだと思うが、その身体能力は人間とは思えない。最初見た時は忍者だから特殊な訓練をしているくらいに思っていたが、ポケモン化してレベル100の壁を超えた自分と同等以上の身体能力は明らかに訓練でどうにかなる域を超えている。

 

 

「師匠! お疲れ様です!」

 

「どうもアンズさん。急に来ちゃったんですがお時間空いてますか?」

 

「大丈夫です。ところで今日はどうされたんですか?」

 

「ちょっと明日からジョウト地方に行くことになったんでその報告ですね。電話でも良かったんですが都合が合えば少し話もしておきたいと思ったんで訪問させて貰いました」

 

「そうでしたか。今日は予定も入って無いので飛び入りの挑戦者が来なければ大丈夫です」

 

「では少しだけお話しましょうか。そういう部屋とかありましたっけ?」

 

「はい。あまり使ってませんけど私室がありますのでそちらで」

 

 

 先を歩くアンズに案内されたのは出入口のすぐ隣にある私室。エリカの実家とはまた違った雰囲気の純和風といった小部屋だ。木の質感を全面に出した板張りの壁にやや小振りな九畳の畳が敷かれた和室には掛け軸や屏風、何が書かれているのかは分からないが丸められた巻物や刀剣等が置かれており、まるで時代劇のセットの様な作りになっている。

 

 アンズは部屋の隅からちゃぶ台を出して、いつの間に用意したのかその上に湯飲みを二つ置く。審美眼がなくとも立派な湯飲みだと分かるが、何故か湯飲みの中で真っ黒な液体が湯気を上げている。軽く礼を言って湯飲みを口に近づけると珈琲の匂いがする。口に少量含んでみたがやはり味も珈琲だった。何故と思うがマサキじゃあるまいしツッコミ待ちではないだろうから無視して話を進める事にした。

 

 

「それで最近はどうですか?」

 

「どうとは?」

 

「私と出会って考えに色々変化があったと思います。そこからの生活はどうですか? 楽しいですか?」

 

「そうですね。色々と考えてはいるのですが中々上手くいかなくて……あまり楽しいとは……」

 

「それはいけませんね。まあ人生楽しい事ばっかりじゃありませんが楽しい事が無いってのは良くありません。その様子だとまだ自分なりの芯は見つかってないみたいですね」

 

 

 既に見極めの済んだ相手なら僅かな会話しかしていなくても様子を見るだけでどんな状態かは分かる。今は優柔不断な面が目立つがそれでもこの若さでジムリーダーを務めるだけの能力とアンズ本来の愚直な面は多少なり見え隠れしている。一度方針を決めればそれを信じて一心不乱に突っ走るか、そうでなくとも自分に相談してから突っ走るだろう。それをせずに悩んでいる時点でまだ自分なりの信念を見つけられていない事は分かる。

 

 

「お恥ずかしながら……やはり一朝一夕では中々」

 

「アンズさんって今幾つでしたっけ?」

 

「あたいですか? あたいは今年で12になります」

 

「(12……中学生じゃん。もうちょい上だと。てか去年までランドセル背負ってた年か。小学校卒業したらいきなり部下を持ってジムをやれってそりゃ無理だ……いやこっちだと普通なのか? 十歳そこそこの奴がポケモンマスターになるとかで一人旅する世界だからな。でも一人旅とジム経営はまた違うよな。これキョウの判断ミスじゃないか?)まあ12でそこまで自分の事を考えられるなら上出来です。私が同い年の頃なんてなんも考えずにプラプラしてましたし」

 

「師匠がですか?」

 

「どんなイメージを持ってるのか分かりませんが、私だって生まれつきこういう性格だった訳じゃありませんよ。当たり前ですが純粋無垢な幼少期もあれば、夢とやる気に満ち溢れてた少年時代もあります。当然未熟を自覚せずに偉そうに振舞ってた時期くらいありますよ。そこから色んな経験をして今の私になっただけで」

 

「……」

 

 

 アンズは想像もつかないといった様子で神妙な顔をしているが気持ちは分かる。今の性格しか見てないのだから、今と性格が違った頃のイメージをしろと言われても困るだろう。だが自分のキャラと違うのは分かっていても、そこまで考え込まれると傷つくからやめて欲しい。

 

 それよりも問題なのがアンズの年齢だ。もう少し上だと思っていたがまさかの12歳。個人差はあるが順当にいけば思春期に突入する年齢だろう。自身のあり方に悩むアンズの姿は性格由来のものとばかり思っていたが、思春期が原因の可能性が出てきた。本質が大きくズレることはないが細かな修正は必要かもしれない。

 

 

「まあ私の事はいいんですよ。それでは話をする前にアンズさんの立ち位置について考えてみましょう」

 

「立ち位置ですか?」

 

「そうです。考える前にまず情報の整理をしましょう。アンズさんは自分を客観的に見る事は出来ますがその価値観に問題がある、というか自己評価が低いですからね。まずは正確に自分の立ち位置を理解してみましょう」

 

「……んー? 良く分かんないです」

 

「まずアンズさんは若干12歳にして既にジムリーダーとして仕事をこなしています。私もジムリーダーの仕事を全て把握している訳ではありませんが大きな問題を起こしていないという事は最低限は出来ているという事でしょう。当然先代ジムリーダーが父親だったというのも一つの要因ですが血筋だけでどうにかなるもんじゃないのは私でも分かります。これはジムを任せても良いと判断されるだけの社会的信用があるってことです。

 精神面も12歳でそれだけ未熟を自覚しているなら破格です。普通ならそのくらいの年齢の子供は束縛を嫌い、自由の意味を勘違いして好きに生きるもんです。大抵は自分を客観視出来ないから自分の器を測り間違えて勝手に増長して手痛い失敗をしますけどね。12歳でそこまで老成した考え方が出来るのは優秀過ぎると言っても良いです。

 それと強さ。経験的に未熟な面はありますが年齢を考えたら十分以上です。作戦だのなんだのを除いた単純な強さだけなら決して他のジムリーダーに劣ってませんからね。年齢的に他のジムリーダーよりも自由に使える時間が短かったのに対等にまで追い付いてる時点で相当です。そのまま成長すれば数年で四天王にも届くでしょう」

 

「……」

 

「自分の事だからいまいち実感が湧かないかもしれませんが良く考えてください。貴方の同年代で貴方より社会的信用の高い人、貴方が心から負けを認められる程強い人、貴方が感心するような崇高な考えを持っている人、どれか一つでも持っている人に会った事はありますか? あったとしたらそんな人は何人いましたか?」

 

「そう……ですね。すぐに思い当たるのは何人か」

 

「ではその何人かの人間は全てを兼ね備えていましたか? 社会的地位が高いだけ、ただ強いだけ、立派な理想を持っているだけのどれか一つじゃなくて全てにおいて貴方を上回っていましたか?」

 

「……あまりそういう方は」

 

「つまり同年代という条件は付きますが総合的に見ればアンズさんは間違いなくトップ層にいるわけです。世界中探せば貴方より上の人もいるでしょうがそれでも多くはありません。大人を含めれば全てにおいて上回る人もいるでしょうがそういうのはアンズさんの何倍もの時間を掛けた末の結果です。赤ん坊の時期を考えて自由に使えた年月が精々七、八年くらいのアンズさんと、二十年、三十年という年月を積み重ねて多くの経験をしてきた大人を比べるのは前提条件が違いすぎます」

 

「……」

 

「まあアンズさんは客観的に見て優れた人間という事です。まずはそこを理解しておいてください」

 

「あたいはそこまで……」

 

「事実は事実です。どれか一つならまだしも総合点で見た場合アンズさんを超える12歳は殆どいないでしょう。少なくとも私はアンズさんより優れた12歳を挙げろと言われてもぱっとは出てきません。12歳の頃の私なんかじゃあ比べるのも烏滸がましいレベルです」

 

「……12歳の頃の師匠……」

 

 

 一つずつ情報を口にして再確認する事でふと納得したことがある。キョウがアンズにジムを任せた理由だ。十歳程で他のジムリーダーに匹敵する強さを得た娘の才能に期待をかけるなというのは酷だろう。てっきり自立を促す為の荒療治かと思っていたが、キョウの性格的に不勉強な娘の教育の為だけにジムを任せるとは思えない。個人的には優秀だからといって放任はどうかと思うが気持ちは理解出来る。

 

 

「ではそんな優秀なアンズさんの問題点ですが私が思うに失敗を恐れ過ぎです。失敗して周りに失望されるのが耐えられないんでしょう。優秀で失敗の経験が少ないのも原因かもしれません」

 

「どういう事でしょうか?」

 

「失敗しないのは良い事ですが周りの期待を集めますからね。その期待に応えなきゃって気持ちが強い人程、失敗を恐れて無難を求めます。例えて言うなら99%の確率で100点を取れるのに、100%の確率で60点しか達成できない方を取り続ける。だとちょっと違うか……本気を出せば100点を取れるのに今一つ踏み込めないから80点……まあいいや……とりあえず失敗を恐れて自分のポテンシャルを発揮できてないって話です。でも実際に失敗したなら兎も角、まだ失敗してもないのに気分が沈むようならそれは考え過ぎです」

 

「それは……いえ、その通りだと思います」

 

「ついでに言うとこれはキョウさんの真似をしていた理由の一つじゃないかとも思ってます。『優秀な人を真似したら失敗しない』で真似してるんじゃなくて、仮に失敗しても『失敗したのは仮初のものであって本当の自分じゃない』って思う事で自分を守る。人に嫌われない様に誰かを真似るのと似たような感じです。なんというか徹頭徹尾本当の自分が傷付かないように行動してるってとこですかね」

 

「……そうかもしれません」

 

「一応全部私の憶測ですからね。もし違うと思ったら正直に言ってください」

 

「はい。いえ、あまり考えた事は無かったですけど多分合ってると思います。考えてみると自分でも驚く程、そうだったんだって思いました」

 

 

 指導という形で話しておいてなんだが少しだけ親近感が湧いてきた。自分を守る為に誰かを演じる、他人に受け入れて貰う為に誰かを演じる、その行動理念は共感できる。お前は臆病者だと言っているに等しいが12歳にしてそれを受け入れるのも流石だ。同い年の頃の自分なら同じことを言われても決して受け入れなかっただろうし、そもそも意味を理解する事も無かっただろう。

 

 だがその優秀さが仇になっている。ほんの少しでも思春期特有の幼い全能感があればここまで自己評価が低くなることも無かった筈だ。近くにいた比較対象がキョウだったのも運がない。四天王が抜けた際の補充に選ばれるという事はジムリーダーの中でも特に優秀だったのだろう。十歳そこそこでその後釜に納まれと言われても重荷にしかならない。

 

 

(そう考えると俺も同じだな。キョウとかがアンズの才能を過信したって言うけど俺もアンズに多くを求め過ぎてる。12歳の女の子に将来を決めろとかまだ難しい。中一の頃か……周りから期待を掛けられ過ぎた中学生……今まで散々才能云々言ってるから期待してないは駄目としてどんな言い方をすれば気が楽になるかな? アンズ個人の価値観を好んでるだけで能力はどうでもいいとかか? でもそれはそれで腐る可能性があるしな)

 

 

「少し昔話をしましょう。今から10年程前、私が18くらいの時の話です。当時の私は簡単に言えば陰気で周りに合わせることでしか生きていけない少年でした」

 

「え?」

 

「イメージと違いますか? でも事実です。当時の私は大層寂しがり屋でしてね。常に周りに誰かが居ないとまるで自分が誰にも必要とされないんじゃないかと考えるような人間でした。だから周りの人間に必要とされる、というか受け入れられる人間ですね。それを演じて人の輪に入る事を第一に考えてました」

 

「師匠がですか……」

 

「この間までの自分と同じだと思いましたか?」

 

「はい」

 

「でしょうね。まあ私にもそんな時期があったんですよ。私の場合はそれを解消したのは23歳か24歳くらいの頃でした。当時の仕事が思った以上に自分に合ってたようで仕事にのめり込みまして、自分で言うのもなんですがそれなりの実績を出しました。そしたらもうどうでも良くなったんですよね。どう言えばいいか分かりませんけど仕事で実績を出してる事で自分の価値を周りに証明したつもりになったというか、別に都合の良い人間を演じてまで人に好かれなくても会社が私を求めてるから満足したというか。きっと私は自分を必要としてくれるものさえ出来ればなんでも良かったんだと思います。別な言い方をするなら私自身の居場所が出来ればそれで良かったとも言えます」

 

「……」

 

「その結果が今の私です。私の至った結論は『どう振舞ったとしても利益さえ提供し続ければ自分の居場所を作れる』です。当時の仕事が悪人を相手にするジュンサーさんみたいな仕事だった事もあって、利害関係の無い者からの無償の愛みたいなのは信じられなくなりましたが満足しています。歪んでるでしょ?」

 

「いえ、そのような事は……」

 

「気を使わなくていいですよ。自分でも歪んでる自覚はありますからね。まあ他人からどう見られようと私は自力で作った居場所があればそれで幸福って事です」

 

「……そうなんですか」

 

 

 アンズは今一つ納得できていない様子だが、この話には一切の嘘は無い。幸せの形は人それぞれだ。一見すると不幸に見える生き方であっても当の本人が納得できるならそれが一番良いに決まっている。ここで人の善意を信じられない様な生き方は不幸だとか言われたら決別が選択肢に上がるところだ。

 

 

「今の話を聞いて貰った上で三つ大事な事を教えます。一つは幸せの形は本人にしか分からない事。例え他人から見て不幸だと思える生き方だとしても本人がそれに幸せを感じているならその生き方こそがその人の幸福です。そこに個人の価値観で口出しをするのはその人の幸福を否定する事です。だから私は助言はしても人の生き方を強制的に決める事はしません。アンズさんにも最後の選択は必ず自分でして貰います」

 

「はい」

 

「二つ目は生き方というのはあくまでも幸福を求める為の手段でしかない事です。アンズさんは自由な生き方というものを難しく考えているかもしれませんが、そんなことはありません。結局のところ幸福な人生とは満足する事。自分が幸せになる様に行動する事こそが自由な生き方です。大事なのはどう生きるかではなく何の為に生きるか。何をするかよりもどうなりたいかです。そこが逆転してどう生きるかだけを考えてたら一生満足する答えは出ません。俗に言う目的と過程が逆転するというやつです。だからどう生きるかを決めたいのなら、まずは自分にとっての幸せは何なのかを考えてみてください」

 

「分かりました」

 

「三つ目、これは直ぐには出来ないかもしれませんが過去を否定しない事です。さっき僕の昔話をしましたが、実を言うと僕自身はそれらの過去を後悔していません」

 

「そうなんですか?」

 

「自ら進んで人に話そうとは思いませんが後悔はありません。今の私を構成しているのは私が今日まで生きて経験した全ての出来事のおかげです。生きるのが嫌になる様な失敗も恥ずかしくて人に言いたくない過去も辛いだけだった経験も、どれか一つでも欠けていたら今の私はありません。今の私の生き方、そして幸せはそれらの過去があったからこそ生まれたものです」

 

「……本当にそうなのでしょうか? 言いたいことは分かりますが後悔は後悔だと思いますが」

 

 

 言いたいことは分かる。本来なら失敗や悩みを良き経験として消化しろなんて子供に言うような事ではない。アンズなら理解してくれるんじゃないかと思ったがもう少し分かりやすく言わないといけないらしい。

 

 

「そうですね……アンズさんは私との出会いが自分の幸せに繋がったと思いますか?」

 

「はい」

 

「もし私と出会わなければアンズさんが今抱えている悩みも無かったでしょう。それでも幸せだと思いますか?」

 

「はい。もし師匠と出会わなければ私はあのまま腐っていたと思います」

 

「それがアンズさんの過去があるからこそ得られた幸せです。自分との出会いを幸せ扱いするのはこっ恥ずかしいですが、もし貴方の感性がもっと普通の人寄りなら、もし貴方が自分を偽るという選択を取っていなかったら、もし貴方がそのあり方を悩んでいなかったら、もし貴方が私を頼らなかったら、どれか一つでも欠けていたら私はきっと今程アンズさんを気に掛ける事は無かったでしょう。それらの悩みや葛藤、選択の全てが無ければ今とは違う結果になってた筈です」

 

「……成程です」

 

「まあ、もしこうだったらとかあの時こうしていたらって考えても過去は今更変えれませんしね。せめて有効活用した方が得ですし、そういう心持ちの方がずっと楽です。アンズさんからすれば本当の自分を隠してキョウさんを演じていた過去は失敗という認識でしょうが、見方を変えれば幾つかあるやり方の一つを試して自分に合わないやり方を潰したともとれます。それにそのおかげで私はアンズさんを弟子にしましたしね。当時は失敗だと思ってたけど、それが成功に繋がった。そう考えたら少しは受け入れられませんか?」

 

「確かに……そう考えると少しは……」

 

「あくまでも気の持ちようですし、アンズさんにその考えが必ず合うとも限りませんから無理にそうしろとは言いません。でも大切なのは失敗しない事じゃなくて失敗から何を学ぶかです。失敗を反省して次は失敗するなって話じゃありませんよ。人生なんて不条理の連続ですから正しい選択肢がそもそも無い事だって少なくありませんからね。ただ何度失敗しても良いからその失敗を無駄だったで終わらせずに自分の糧になる様に事実そのままに受け入れろという話です。成功も失敗も、その全てが得難い経験です。そのどれか一つでも欠けていたら今のアンズさんはありません」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

 

 我ながら良い事を言ったとちょっぴり満足していると、アンズがもじもじしているのが目に入る。口を開くかどうか迷っている様で口をもごもごと動かしているが何か聞きたいことがあるのだろうか。今の時点で言うべきことは一通り言ったと思うが、話が横道に逸れると最初の話を忘れたりするので言い忘れた事もあるかもしれない。

 

 

「何か質問があるならどうぞ」

 

「あの……じゃあ一つ聞いても良いでしょうか?」

 

「なんです?」

 

「その、ちょっと気になったんですがどうして師匠はあたいに色々と教えてくれるんですか? さっき師匠は利害関係の無い相手は信用しないって言ってましたけどあたいは師匠に何もできてませんし……なのに人に言いたくない昔の話までしてくれて」

 

「そうですね……弟子の事を想うのは師匠として当然、とでも言えば格好良いんでしょうけどそこまで大した理由はないです。私の昔話を聞いたら分かると思いますけど、なんかアンズさん見てると昔の自分みたいでちょっと気になるというか。あとさっき言ったのもあくまで基本方針であってそれに固執してる訳でもありませんからね。結局のところは幸せの為にどうするかなので私個人の好みや状況によって真逆みたいなこともします。今回の場合は自分の事を理解してくれる人がいる方が嬉しいですから手助けしたって感じですね」

 

「そうでしたか」

 

 

 ひとまず納得は得られたようだが、この流れは少し不味い。実を言えば先程のアドバイスは全て自己を肯定していることが前提のアドバイスだ。今の自分を認めているからこそ、それを構成している過去を肯定する事ができる。逆に今の自分を認めていなければ、あれもこれもと思考が悪い方に回り、過去を含めて全てを否定する悪循環を生む。

 

 そうならないように立ち位置の確認を先に済ませたが、アンズの自己評価が低さを甘く見すぎていた。多少でも自信を持てたならなんで自分に色々教えてくれるのかなんて言葉は出てこない。教えて貰って当然という態度を取られたらそれはそれで腹が立つが、ここまで自分を卑下するのはちょっと異常だ。教育の一環で徹底的に尊厳を破壊されでもしたのだろうか。

 

 

「今日はここまでにしておこうと思いましたが気が変わりました。本当ならジョウトから帰ってきてからこの話をするつもりでしたが、先に今のアンズさんに絶対に必要なものをお伝えしておきます」

 

「必要なものですか?」

 

「そうです。本当なら自信を持てと言いたいところですが、さっきの立ち位置の話をしても尚自信が持てないならそれが性分でしょうからね。だから私から伝えるのは一つ。誇りを持ってください」

 

「誇りですか……自信とはまた別なのでしょうか?」

 

「自信と誇りは似ている様で違います。自信は読んで字のごとく自分を信じる事。能力、思想、経験、なんだって構いませんが自分の持つ何かを拠り所に自分を疑わない事です。分かりやすく言うならこういう経験をしたからこの位は出来るとか自分の能力的にこの位は容易いとかです。

 そして誇りは役職や異名みたいな外部からの評価に名誉を感じ、その名誉に付随する責任を果たす事。ニュアンス的な話になりますが自分ではなく外的要因を信じる事ですね。こちらはジムリーダーならこの位はしないといけないとか自分が受けてる評価を考えればこの位は大丈夫みたいな感じです。私が何を言いたいか分かりますか?」

 

「えっと……すいません。分からないです」

 

「アンズさんは自分の内面的なものを信じるのが苦手そうだから外的なものを信じれば良いって事です。自分の能力を客観的に把握出来ても正当な評価ができないならそうするしかありません。一つ聞きますがジムリーダーの座に自分が座っていることをどう思いますか?」

 

「……正直に言うと……あたいには重いです。父上の仕事を見てたからなんとかやっていけてますけど、出来てるのは最低限だけで父上の様に上手くは出来ません」

 

「足りない事を知るのは良い事ですが度が過ぎてますね。もう少し自分の立場を弁えなさい。別に一般トレーナーを見下せと言ってる訳じゃありませんがその最低限が出来ない人間が世の中の大半を占めてるのが現状です。最低限の事しか出来ないんじゃなくて最低限をする能力があるから貴方はジムリーダーに選ばれたんです」

 

「……でもやっぱりあたいがジムリーダーに相応しいとは思えないんです。きっとあたいよりもずっと相応しい人がいる筈で……あたいは父上がジムリーダーだったから……」

 

「確かに経験不足はあるでしょうね。今後の成長を抜きにして今の貴方を見た場合、ジムリーダーに相応しいかどうかと言われれば……二番目……いや、三番目くらいにジムリーダーに相応しくないと個人的には思います。ですがそんなアンズさんより相応しい人を見つけろと言われたらそれこそ地方全部を探し回ってようやく数人見つかるかどうかです。ジムリーダーに求められる最低限は他の人に求められる最上位と変わりありませんからね」

 

「……しかし……」

 

 

 煮え切らない態度に少しだけ苛立ちが湧いてくる。子供と見れば仕方ないとも思えるが、どうしてもジムリーダーとして見てしまう。仮にも師と仰ぐ者がこれだけ言っているのだから素直に受け入れればいいものを。あまり生々しい言い方はしたくなかったが仕方ない。

 

 

「じゃあジムリーダーなんて辞めたらどうですか?」

 

「え?」

 

「簡単な話です。ジムリーダーの立場が重責にしかならないなら辞めればいい。それが貴方の幸せに繋がるならそうすべきです。周りからしても良い事ですしね。ジムリーダーになりたくてもなれない人間なんて探せば幾らでも居ます。アンズさんが選ばれた時に次点でジムリーダーになれなくて涙を流した人もいるかもしれません。そんな人からすればなりたくてしょうがないジムリーダーの席が空いて幸せ、貴方はジムリーダーの重責から解放されて幸せ、周りの人も渋々ジムリーダーをやってる人よりやる気に溢れた人がジムリーダーやるなら納得するでしょう。強いて不幸になると言うなら貴方が抜けた穴を調整するポケモンリーグ職員が大変なくらいですが、それも次点を連れてくるだけなら手間が掛かる程度で済みます」

 

「……」

 

「ここで考えないといけないのは貴方が何故ジムリーダーをやっているか。貴方より優秀な人はいなくても、ジムリーダーが務まる能力を持った次点はそれなりにいる筈です。中には強さ、知恵、信念、どれかがアンズさんより上の人もいたかもしれません。でも選ばれたのはアンズさんです。それはアンズさんが多くの次点の人間より優れていたから。熱意が今一つでも優秀なアンズさんとやる気はあるけど能力はアンズさんに劣る人達を天秤に掛けて皆がアンズさんを選んだから貴方はジムリーダーの座にいます。ジムリーダーとはそういう多くの劣った人間の想いを踏みつけて漸く手が届く役職です」

 

「……」

 

「言い方は悪かったですが気に病むことはありません。貴方は他の人より優れていただけです。アンズさん本人はそう思ってないかもしれませんが少なくとも周りはそう評価しています。それだけの評価を得て、そしてジムリーダーの重責に耐えられると判断された人間だけがジムリーダーという特別な役職に就き、その恩恵を受けて義務を負う。多少の身内贔屓なんて気休め程度、精々が身元がはっきりしてるくらいにしかならないでしょう。貴方はそれをどう思いますか? 貴方にとってジムリーダーに推されるだけの評価というのは只の重圧にしか感じませんか?」

 

「光栄なことだとは思いますが……」

 

「それが誇りです。寧ろ貴方はそれを誇らなければなりません。ジムリーダーという役職は云わば数多のトレーナーとの競争に勝利した証。強さ、知恵、人柄、観察眼、全てにおいて相応以上の能力があると四天王やジムリーダーから保障された役職です。そうでなければこの地方にいる全てのトレーナーを審査する役割を預けられませんし、守るべき町の人からの信頼も得られません。もしそれが出来ないならジムリーダーなんて辞めてしまいなさい。悪いのは重責に耐えられない貴方ではなく出来もしない子供に不相応な役職を押し付けた大人です。幼い才能に目が眩んで貴方を推薦したキョウさんやそれを認めた四天王と他のジムリーダーの見る目が無かっただけ。もし一人で断れないなら私も口添えします」

 

「……」

 

「では最後に質問、これは宿題です。期限は私がジョウト地方から戻るまで……いや、私がこの地方にいる間にしましょう。貴方にとっての幸せは何か? そしてそれはジムリーダーでいなければ得られないものなのか、それともジムリーダーでいる必要がないのかです。期間が遅れても咎めませんのでよく考えて答えを出してください」

 

 

 少々きつい言い方をしてしまったがアンズ相手ならこのくらいで良いだろう。優しく言って理解出来ないなら厳しく言うしかない。これで自己評価を改めるなら良し、もし本当に辞めると言い出したら少し面倒だが、その時は口先で誤魔化してしまえばいい。

 

 

「あの、もしも……もしもなんですけどあたいがジムリーダーを辞めるってなって、それに師匠の口添えをお願いするのはご迷惑にはなりませんか?」

 

 

 なんて思っていたら面倒な方に舵が切れた。だが少しだけ良い傾向も見える。自己評価が最低なら自身の進退が周りの迷惑になるとは考えない。少なくとも自分が居なくなる事が組織に影響を与える事だとは理解しているらしい。

 

 

「別に構いませんよ。そりゃ有望なジムリーダーを誑かして辞めさせたなんて言われるかもしれませんが、そんな事を言うような奴の評価なんて、アンズさんの幸せを壊してまで守る程のもんでもありません。それにジムリーダーを辞めた人は二度とジムリーダーになれない訳でもないでしょうから、一年か二年か、そのくらい勉強してからまたジムリーダーに戻っても良い訳です。見分を広める為の休職とでも言っときゃ納得するしかないでしょうよ」

 

「……師匠はどう思いますか? あたいがジムリーダーを辞めて、そうすれば皆が幸せになれるんでしょうか?」

 

「それはまた少し違いますね。確かに私はジムリーダーを辞めた時に喜ぶ人の事を話しましたが、それはあくまでも予測です。考えても見て下さい。アンズさんが辞めて次にジムリーダーになるのは元々アンズさんに劣るからジムリーダーになれなかった人です。そんな人がジムリーダーの重責に耐えられる保障なんてどこにもありません。最初こそジムリーダーになったって喜んでいても、最低限の仕事すら上手く回せないかもしれませんし、いつか重責に耐えきれなくなってトレーナーの道を捨てたり、最悪の場合は自らの命を絶つ恐れだってあります。逆に次の人がジムリーダーになったのを切っ掛けに才能を開花させて、過去最高のジムリーダーなんて呼ばれる可能性だってあります」

 

「……」

 

「分かりますか? 貴方が辞めれば皆が幸せになる保証なんて一つもないんです。貴方の選択が皆の幸福になるのか不幸になるのかはその時になってみないと誰にも分かりません。だから私はアンズさんの幸福に選択を委ねます。そうすれば続けるにしても辞めるにしても、最低でもアンズさん一人の幸福は保障されますからね。私が自分の幸せになる道を選べって言ってるのはそう言う事です。何を選んでも周りが幸福になるか不幸になるか分からないなら、せめて一人だけでも幸福が約束されている道を選べという事です。言いたいことを理解出来ますか?」

 

「はい……理解しました」

 

「なら良かった。これで今日の私の話は終わりです。後はさっき言った宿題の通り、貴方の幸せについて考えてください。自分がどんな時に幸福を感じるのか、何をした時に不幸を感じるのか、それを並べてみればアンズさんなら自ずと自分の幸せがどんなものか理解出来るでしょう。もし分からなければ相談は受け付けますが……とりあえず私がジョウトから帰ってくるまでの期間くらいは自分で考えてみてください。まだ何か聞いておきたいことはありますか?」

 

「じゃあ師匠の……いや、やっぱり大丈夫です」

 

「なんです? 前に言いましたよね? 分かんない事あったら聞けって、中途半端だけは絶対許さないって」

 

「えっと、じゃあ師匠にとっての自信と誇りってなんですか?」

 

 

 なんとなく煮え切らないから聞き出してはみたもののすぐに後悔する。自信と言われても困るのだ。性格は致命的に悪いし、身体能力は人並み、口先と器用さだけは少し自信があるがそれでも上位互換は幾らでもいる。今でこそ特異な体と強いポケモン、得意の口先で誤魔化しているが、どちらかと言えば自分は自分に自信が持てない部類だ。誇りの部分が実績を並べるだけで何とかなるが自信の方は説明に困る。

 

 

「そうですね……実を言うと私も自分に自信があるかと言われると微妙なところですが少なくとも私には誇りがあります。自分に自信を持てない代わりに誇りを支える能力を自信にしているタイプですね。例えば私は故郷でこの頭脳と口先、この二つだけで多くの悪人に罪を認めさせる仕事をしていました。その自白させた悪人の数は私の誇りであり、それを為してきた能力には自信を持っています。

 次に私はポケモン達と共にこの地方のジムリーダーを全て倒しました。元チャンピオンのグリーンさんですら一方的にです。その実績は私の誇りであり、その実績を支えるポケモンを育てた能力には自信を持っています。そして私は選び抜かれたジムリーダーに教鞭を執る立場に就きました。これは私の知恵や経験がジムリーダーを上回ったと周りに判断された証です。この役職は私の誇りであり、その役職に就くために必要となった経験や知恵に自信を持っています。まあこれは対悪人で培った部分も多いので一つ目とそう変わりありません……

 ……うん。言い方を変えましょう。私の自信は全て実績を基にしています。私の自信を支えているのは今までに倒してきたトレーナーや頭脳戦で追い込んだ悪人に勝利したという事実。自分の力で勝ち取った勝利こそが私の誇りであり自信です。取り繕わずに言うなら私が踏みにじって来た他人の数こそが私が優れた人間だという証です」

 

「……えーと……その何と言えばいいのか……」

 

「別に何も言わなくても構いませんよ。でも分かり易くていいでしょう? あの人よりも自分の方が頭が良い、あの人よりも私の方が強いで判断するだけです。自分一人だと自分の立ち位置が分からないから、自分の下に何人の人間がいるかで自分の立ち位置を証明するのが私の価値の測り方。上から何番目じゃなくて下から何番目で数えてるだけです。でも口にしないだけで皆同じですよ? ジムリーダーを目指していたその他大勢より自分が優秀だと証明する事でジムリーダーの座を勝ち取る、多くのトレーナーの夢を踏みつぶして最後に勝ち残った人がチャンピオンになる。その評価を個人でやったか組織ぐるみでやったかの違いでしかありません」

 

「そういうものなのでしょうか……」

 

 

 一通り話を終えた途端に新しく言いたいことがどんどん思い付く。しかし今更言っても仕方なかったり、今言うのが正解か分からないものが多い。こんなことならもう少し考えて話を進めていけばよかった。

 

 

「それが競争社会というものです。優秀な人が上にいき、能力の無い者が下にいる。上にいる人も下にいる人も何かしら理由があってそこにいます。まあ最後に一つ。さっきから最後最後って言いますがこれが本当に最後です。アンズさんは上ばかり見ていますが偶には下を見てみると良いでしょう。確かに貴方より上の人はいますが、下を見たらその何百倍、何千倍もの人がいます。ジム挑戦に来る挑戦者、ジムで働くジムトレーナー、町で暮らしてるそこらの人、自分より下の人なんて態々探さなくてもそこら中にいますから困る事は無いでしょう。上と下の両方を見て自分がどれだけ優れた人間かを知ってください。そして貴方が自分を卑下するということは貴方の下にいる何千人という人間、そして貴方より劣ると判断されたライバル達全てを扱き下ろす行為だという事を忘れない様に」

 

 

「はい……」

 

 

 アンズにこの言い方をすると蹴落としてきた人に対する罪悪感を抱くんじゃないかとも思ったが結局言ってしまった。だがいずれは知る事なので問題は無いだろう。この世界の人間は競争社会に対する理解が今一つ薄い。戦闘行為を日常的に行っている所為で勝敗の重要性が分からなくなっているのかもしれない。勝てば得て、負ければ失う、そんな当たり前の事をジムリーダー相手に説明するとは思っていなかった。

 

 

「色々言いましたがこれ以上の情報はアンズさんに影響を与えすぎるので今度こそ今日は終わりです。次回は私がジョウトから帰って来てからにしましょう。その時のアンズさんの様子を見て話す内容も決めます。異存はありませんか?」

 

「あっ、はい。大丈夫です。今日は本当にありがとうございました」

 

「ええ、それじゃあまた。少しこの地方を離れますがアンズさんが幸せになれる答えを出せるように祈っています。どうか後悔しない選択をしてください」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 

 これでアンズへの指導は終了。これ以上残ってやることもないので早々にジムを出る。そしてこれでカントー地方で今やるべきことはひとまず終了だ。最後の最後が子供の世話というのはなんだが、これはこれで悪くない。

 教師の経験なんてないので子供の教育としてこれで良かったのかは分からないが、多分そこまで間違った事は言っていないと思う。大人になるにつれていずれは知る事を少し早く教えただけなので問題は無い筈だ。

 

 明日からはジョウト地方で新たな仕事が待っている。だがその前にまずは主人公存在の確認からだ。カントー地方ではレッドとグリーンの役職を見て赤緑青版の時系列じゃないと分かったがジョウト地方の方は見てみなければ分からない。

 もしも主人公存在がいて、それが旅立ち等のタイミングならゲームと同様のストーリーもあるかもしれない。ルビーサファイア以降と違って悪の組織に自由にさせても即世界滅亡とならないのは救いだが、ポケモンリーグが出て潰すレベルの話になれば、どうせ自分にも声が掛かるだろうから出来れば大きくなる前に潰してしまいたい。

 

 知識に不安もある。一応ストーリーは覚えているつもりだがカントー地方に比べると記憶に曖昧な部分も多い。ジムリーダーも名前を覚えてない鳥使いと虫取り小僧とアカネとヤナギとミカンの5人しか自力で思い出せないくらい記憶が怪しい。

 原作終了後の世界だと嬉しいが……こちらの地方でデフォルトネームと思われるゴールドとシルバーの名前を聞かない時点で原作終了はしてないんじゃないかと思う。もしかするとデフォルトネームがゴールドとシルバーじゃないかもしれないが、それでもチャンピオンになるようなトレーナーがいれば名前くらいは耳に入る。それが無い時点でHGSSのストーリー開始前、若しくは開始してからあまり時間が経ってない可能性が高い。

 

 仕事をこなしながらになるが、早めに主人公存在の確認、焼けた塔で三犬が出たか、ロケット団によるヤドンの井戸での尻尾の乱獲事件、デンリュウのあかりちゃんが回復してるか、赤いギャラドスの目撃情報辺りの覚えてる原作イベントについて確認して時系列を探らなければならない。

 もし主人公存在が居ないのにそれ等の事件が起きてたら地元のジムリーダーとでも連携して解決をしないといけないかもしれない。正義の味方ごっこはあまり好きではないがどうなるだろうか。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

あたいの師匠は凄い人だ。

 

幼い頃から訓練をしていた訳でもないのに強い。師匠はポケモンが強いだけだって言うけど、師匠にはそういった手合いとは違う、何度戦っても勝てない雰囲気がある。しかもその強さをこの地方に来てからの期間で得たというから驚きだ。

でもそれ以上に凄いのは自分の価値を皆に認めさせてポケモンリーグに新しい役職を作らせた事だ。事故でこの地方に来て何も無い状態から勝ち取った、文字通り師匠の力だけで勝ち取った師匠だけの居場所だ。ただ周りに流されるままにジムリーダーになったあたいとは全然違う。

あたいじゃあ師匠みたいにどんな場所に行っても生きていけるとは思えない。あたいが突然別の地方に行くような事になったらきっとあんなに上手く振舞えない。

 

 

あたいの師匠はなんでも知っている。

 

ナツメさんみたいに心が読める力がある訳でもないって分かるのに、気が付いたら心を読んだんじゃないかと思うくらい何もかもを知られている。隠し事をしてもバレるし、質問をする前に聞こうとした事を言い当てられたりもする。自分の全てを知っていると思える姿を見ていると時折怖くなる事もある。

詳しく聞いた事は無いけれど、きっと他にも色んな事を知っている。ポケモンリーグで戦い方の指導をしているのを聞いた時には習った事の無い話を沢山していたし、今日も色んな事を教えてくれた。きっとあたいがどんな質問をしても師匠なら答えを持っているんだろうなと思う。

 

 

あたいの師匠は優しい人だ。

 

師匠はなんでも出来るのにいつも周りの人を気に掛けている。きっと師匠に言ったらそんなことはないなんて言うだろうけど、傍から見ているといつも誰かの為に動いている。仕事以外の時はどう過ごしているのか分からないけど、休みを取らずにずっと仕事をしているイメージしかない。

それに誰かと向き合う時の師匠はいつも真剣だ。厳しい言葉も言うけれど、それもその人の為を想って言ってくれている事だと分かるし、出来るだけその人を傷つけない様に言葉を選んでいる事だって伝わってくる。そうやっていつも正解に導いてくれる。最初から答えを教える方が楽なのに、それが人の為にならないと思えば時間を掛けて自分で正解に辿り着けるように考えてくれる。これは誰よりもその人を見ていないと出来ない事だ。

 

 

あたいの師匠はとっても悲しい人だ。

 

師匠はいつも気丈に振舞っているけど、ずっと周りにいる人の顔色を見ていたあたいにはあれが強がりだと分かる。師匠は周りの事は気にしないって言いながら、誰よりも周りの人を気にしている。一人で生きていける師匠が本当に他人への興味を失っていたら自分の居場所なんて必要とせずどこかに行ってしまう。

きっと誰よりも正解を知っているのに、誰にも理解して貰えないから、誰にも期待しなくなったんだと思う。あたいも師匠に会わなければそうなっていたかもしれない。師匠に救われたあたいにはそんな師匠の姿を見るのが辛い。

 

 

師匠には言えなかったけどあたいにも誇りがある。

 

それはあたいが師匠の唯一の弟子だって事だ。ジムリーダーは沢山いるけど師匠の弟子はあたいしかいない。その席は世界で唯一のあたいだけの居場所だ。あたいの行動一つ、考え方一つで起こる事が全て師匠の指導の結果だと思われる。世界で唯一人だけ本当のあたいを認めてくれた優しい師匠の顔に泥を塗る真似だけはしたくない。

師匠にこんな事を言えば気にするなって言うだろうけどこれはあたいの心の問題だ。師匠に認められて弟子となった身として師匠に失望されない様にあたいは結果を出さないといけない。そしていつかは師匠に理解して貰った人間として、心優しい師匠の全てを理解してあげたい。

 

いつかは師匠に救って貰ったようにあたいが師匠を救ってあげたい。それがあたいの今の望みだ。

 

 




 アンズ12歳 公式設定で年齢は言及されてないが、アニメ版のサトシやカスミが10歳、タケシでも15歳なのでこの年齢に。
なんならアニメサトシより下にしたかったけど9歳とかは流石に……ということで12歳。改めて思うがジムリーダー若過ぎじゃない? 本当にちゃんとした教育受けてる?


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ジョウト編
傲慢な人


投稿が遅くなり申し訳ございません。続きが書けましたのでお納めください。


「どうもすいませんでした」

 

 

 新しい地方ということもあって心機一転頑張ろうと思っていたが出鼻を挫かれて警備員に叱られている最中だ。それはもう傍から見て引くくらい怒られて頭を下げている。かれこれ二時間近く拘束されており、もういいだろうと切り出したいところだが叱られる立場でその言葉を出せない。

 

 因みに叱られている理由はジョウト地方への不正侵入の疑いと公務執行妨害になる。

 事の始まりはジョウト地方への移動中の事。ジョウト地方でどう動くか考えつつ、つくねに乗って空を飛んでいたのだが、その道中で攻撃を受けた。幸いにも感覚を慣らすために集中状態に入っていたので回避出来たが、てっきり野生のポケモンが襲ってきたかと思って迎撃してしまった。今叱られている事から分かる通り、この迎撃してしまったのが地方間の境界を守る警備員の一人だ。彼らの仕事は地方間を勝手に行き来する者の取り締まりとシロガネ山から高レベルのポケモンが出ない様に管理する事。

 

 基本的にこの世界の人間は自身の生まれた土地で生活する為、他の地方に行くことは少ない。偶に他地方に移動する人もいるがそういう人間は空を飛んでいる時に野生のポケモンに襲われることを警戒して、普通に歩いて移動するそうだ。特にジョウトとカントーの境界にはシロガネ山という一級の危険地帯があるので、その付近を飛んで移動する事は自殺行為だと、旅をするなら子供でも知っている常識があるらしい。

 

 そんな場所を空を飛んで移動するポケモンが居たならそれは悪事を働いて別地方に逃げようとしている悪人か、野生のポケモンかのどちらかと判断されて攻撃されるのも致し方ない。落下していくポケモンから人の叫び声が聞こえて何とか救助出来たのは幸いだった。これで迎撃した警備員が死んでいたら叱られるだけでは済まなかっただろう。

 

 その後は迎撃した警備員に詰め所に連れていかれて、身元確認の為にポケモンリーグに連絡を取ったり、事情を説明したりと身の潔白を証明して、漸くお説教のスタートだ。やれ常識を知らないだの、やれポケモンリーグは普段から自由に振舞い過ぎだのと、中には本気で腹が立つものや自分に言うなと思うものもあったが、規則を破って警備員を撃ち落とした負い目があるので我慢している。

 

 

「まったく、知らなかったみたいだから今回は大目に見ますけど今後はお願いしますよ!」

 

「はい、申し訳ありません。今後は気をつけますので」

 

「本当にお願いしますからね!」

 

 

 そして漸く解放の時間がやってきた。攻撃する前に警告の一つでもしろと言いたいが、言い返すと説教が長引きそうなのでひたすらに謝罪だけを繰り返す。実際、規則を破ったのは自分の方で警備員側は職務を全うしただけなので文句を言っても逆恨みにしかならない。最終的に今後は関所を通りますと念書を書かされて、ジョウト地方へと入る事が出来た。

 

 

「チッ! (今日中に調べをしておきたかったけど時間は……ちょっとキツイか? ワタルも事前に話通しときゃいいものを。気が利かねぇ奴はこれだから)」

 

 

 携帯電話を開いて時計を確認すれば既に時刻は11時。時系列を確認する為に早めにカントー地方を出たのに、余剰分の時間を潰されてしまった。午前中に主人公存在と時系列を測るイベントを確認して、夕方にはジムリーダーへの指導を済ませる予定がパアだ。移動時間を考えればこなせる予定はどちらか一つだろう。

 

 

「はぁ……(主人公存在の確認は必須だからそこからだな。町に着いた瞬間にちょうど旅立ちとかで主人公を確認出来たら近くのジムに行く時間も取れるけど……まあ無理かな。とりあえずワカバタウンにゴールドかシルバーの家があればそれで良し。そうじゃなかったら、オーキドポジションの博士の所に挨拶って名目で顔出して話を聞いてみよう……主人公の見た目ってどんなだっけな? ポケスペでビリヤードのキュー持ってた奴だと思うけど見た目って言われるとあんまり自信ない。写真とかあれば良いけどいきなり写真見せてくれってのも怪しいな。シルバーの方は確か赤髪で黒い服着たサカキのガキだからこっちは覚えてるんだけど)」

 

 

 溜息を一つ吐いて地図を開きワカバタウンの位置を確認する。都合の良い事にワカバタウンは境界の関所に最も近い町だ。大した距離も無いのでつくねに乗って移動すれば数分で到着出来る。シロガネ山の麓に程近い位置にジムリーダーもいない町があるのは危険じゃないか思うが、町なんだからなにか成り立ちはあるんだろう。もしかすると昔はシロガネ山の監視の前線基地とかだったのかもしれない。

 

 

(考えても仕方ないし、とりあえずワカバタウンに行くか。もし主人公がいたら旅立つ前でも仲良くしときたいしな。ライバルの方はサカキのガキだし、厄ネタっぽいからスルー……サカキの子供ってポケスペだけの設定だったか? まあいいや。博士の方は……あそこの博士って名前なんだっけ? オダマキ? ナナカマドってのもいたけどそっちはもっと新しかったと思う。まあ建物の前に看板くらいあるか)

 

 

 地図を仕舞ってつくねに乗る。境界を超えたのでここからなら空を飛んでも文句は言われないだろうが、一応地を走って移動してもらい、ついでに集中状態を維持しておく。これが訓練にはちょうどいいのだ。

 

 かつては移動するつくねに乗ると周囲の景色一つまともに見えなかったが、集中状態になれば十分に周囲の状態を確認できる。集中状態で次々と移り変わる景色を眺めるのは負担も大きいが、その場に留まって集中状態になるよりも気持ち悪くならない。言葉にしにくいがちょうどいい塩梅なのだ。移動中だと高速で流れる景色が目に入るくらいで、普通の人なら感じ取れないようなそこら中に舞う埃や空気の流れなんかを感じられなくなる。情報量が多すぎて細かい情報を脳がシャットアウトしてちょうど良くなっているみたいな理由ではないかと思う。本来感じ取れないものを感じられるという事が思ったよりストレスになるらしい。

 

 そんな訓練兼用の移動もすぐに終わる。何もしない数分は長く感じても、何かしている数分はあっという間だ。木々を躱すように道なき道を進み、視界が開けたと思えば既にワカバタウンが目前に見えている。

 

 が思った以上に栄えていない。あのマサラタウンを上回る閑散具合だ。一応新しい建物が多いからか廃れているという印象は無いが、兎に角建物が少なく人がいない。大きな建物が一軒と普通の一軒家が三軒あるのみで店屋も宿泊施設も無く、町自体の面積も狭い。悪い意味でゲーム通り。もし建っている家が小汚かったら開拓の前線基地と言われても納得する。

 

 

(凄えな。こんな環境でも人って生きていけるんだ。てか4軒って……田舎だとしても建物が少な過ぎる。新しい建物が多いし最近できた町なのか? そうじゃなかったらシロガネ山から下りてきたポケモンに町が滅ぼされて再開発中とか? まじで町の成り立ちが分からんな。まあ確認する家が少ないから見落としが無いのは良いけど)

 

 

 ひとまず一軒ずつ家の表札を見て回る。まず一軒目がヒビキ、二軒目がコトネ、三軒目がチサトだった。とりあえずゴールドの家は無かったがまだ確定は出来ない。正確な名前は憶えていないが初代を除くポケモンの主人公には色に関する名前以外のデフォルトネームが存在するからだ。ルビーサファイアの女主人公にハルカというデフォルトネームがあるように、この地方の主人公のデフォルトネームがヒビキかコトネかチサトの可能性が残っている。

 

 そして一つ、表札を見ている最中に思い出したがシルバーは別にワカバタウンの出身ではなかった。記憶にある他のシリーズでは主人公とライバルが同じ町出身なので勘違いしていたが金銀は違う。主人公が旅に出るタイミングで研究所にシルバーが忍び込みポケモンを奪うという出会い方をするだけで出身地は明確になっていない。あまり覚えていないとは思っていたがライバル枠のシルバーの事すら大して覚えていなかった。

 

 とはいえ、ゴールドの家が無いのは確認できたので研究所に向かう。名前を間違えてはいけないので看板を見たら『ウツギ研究所』と書かれていたのでこの地方の博士はウツギなのだろう。それほど重要なキャラではないが最初に出てくる博士の名前すら憶えていないのは本格的にやばい。ストーリーに関わる気満々だったがこの程度の記憶で関わると事態を悪化させそうな気がする。主人公の存在を確認出来たらストーリーを壊さない様に極力関わらない方が良いかもしれない。

 

 

「すいませーん。ウツギ博士いらっしゃいますかー?」

 

 

 出入口付近を捜してもインターホンが無かったので直接研究所に入って声を上げる。しかし返事は返ってこない。ウツギ博士が留守にしていても研究所なら他に人がいると思ったが休みなのだろうか。

 

 

「んー? どちらさんですか?」

 

 

 出入口の前で待ちぼうけをしていると白衣を纏ったおじさんが出てきた。見るからにモブ顔というか、特に印象に残らない顔立ちをしている。というか見覚えがある。グレンジムでなぞなぞ出てきた研究者と似た顔だ。ジュンサーさんといい、ジョーイさんといい、この世界には瓜二つの人間が多すぎる。圧倒的な優勢遺伝子が十数種類くらいあってそれ以外の人間は駆逐寸前なのかもしれない。

 

 

「ああ良かった。私ポケモンリーグ所属の誠と申します。ウツギ博士はいらっしゃいますか?」

 

「あ、もしかして何か約束されてましたか? すいません。ウツギは今出かけてまして。いつものフィールドワークだと思うのでそこまで遠くには行ってないと思いますが」

 

「いや、別に約束してた訳でもないので。ただ近くに寄ったのでご挨拶に来ただけでして」

 

「そうですか。いや、良かった。ウツギは約束があってもふらっと出掛けることが多いもので我々も困ってまして」

 

「褒められた事ではないですが研究者って変わった方も多いですからね。急に来たのも私の方ですしお気になさらずに」

 

「そう言って貰えると助かります」

 

「ところで博士はどちらに行かれたんです? 今日は顔を見るくらいのつもりだったんで出先でも会えたらと思うんですが」

 

「ああ、多分29番道路だと思いますよ。この町を西に出てすぐです。最近はあの辺りのポケモンの生態を見てるみたいなんで」

 

「そうですか。じゃあそっちの方に顔出してみます。突然すいませんでした」

 

「いえいえ、寧ろ博士にもっと研究所に居ろって言っといて下さい」

 

「ははは、分かりました。遠回しに言っときますね。じゃあどうもありがとうございました」

 

「はい、ポケモンリーグの方なら大丈夫と思いますがお気をつけて」

 

 

 丁寧且つ程よいフレンドリーさを見せてくれた研究員に礼を伝えてウツギ研究所を後にする。別れてから気付いたが研究者を相手にして研究者に変わり者が多いという言い方は失礼だった。マサキを筆頭にオーキドやカツラ等の変人を見てきて感覚が狂っていたが、少なくとも初対面でちょうどいい距離感を見せてくれた相手にする言い方ではない。

 

 心の中で軽く反省しつつ西へ向かう。カントー地方へと繋がる東方向が未開拓同然の山道なのに比べ、西方面は綺麗に整備された平原といった様子。カントーとの交流の要である東をそのままにしておきながら、数軒の建物しかないワカバタウンとジョウト地方との道をここまで綺麗に開拓する理由が分からない。

 

 暫く歩いてみれば、平原の真ん中で辺りをキョロキョロと見回している白衣の男性が目に入る。茶髪を短く刈り込んでいるのに前髪の辺りだけ爆発したように髪の伸ばした特異な髪形をした三十代程の男性に僅かばかりの見覚えがある。

 

 分かり易くて助かるが研究者としてはどうなのだろうか。周囲は視界の開けた平原で野生のポケモンも弱いとはいえ無防備過ぎる。流石に護身用のポケモンくらい持っているだろうがそれを出している様子も無く、服装も一般的な服装の上に白衣を羽織っているだけ。本職のトレーナーならまだしも極普通の研究者なら身を守る為に警戒用のポケモンを出すか、身を守る装備くらい身に付けておくべきだろう。

 

 とはいえまずは話しかける。見た目の印象としては下がり眉で目付きも緩い、口元の皺的にも気弱、若しくは温厚辺りが当て嵌まる顔つきをしている。最初に出てくる博士という事もあってゲーム内ではあまりキャラが立っていたイメージも無いので見た目通りの人間性をしている可能性は高い。だが気になるのは結構パンクな髪形している事。髪型で自己主張をするタイプなら意外と自己顕示欲が高い可能性もある。

 

「すいません。ウツギ博士でよろしかったですか?」

 

「え? ああ、はい。ウツギは僕ですが……」

 

「やっぱり。お会いできて光栄です。私はポケモンリーグ所属で主にジムリーダーへの指導なんかを仕事にさせて貰ってる誠と申します。以後お見知りおきを」

 

「あ、どうもご丁寧に。僕……いや、私はポケモン研究家をやってますウツギと言います……えっと、私に何か御用でしょうか?」

 

「畏まらないでください。ちょっと仕事の関係で近くに寄ったので高名な研究者のウツギ博士にご挨拶に伺った次第です」

 

「いや、そんな、何も大した事は……」

 

「ご謙遜なさらずに。ポケモンに携わる者として博士の事は伺っております」

 

「はぁ……どうも」

 

 

 接し方が分からないのでとりあえずヨイショから入ってみたがどうも反応が芳しくない。やはり事前連絡も無しの初対面だから警戒されているのだろうか。こちらの世界に来て出会う人間がフレンドリーな者ばかりだったのでこういった人見知りみたいな反応を見たのは久しぶりだ。

 

 

「おっと、失礼しました。お会いできたのが嬉しくてつい。お忙しかったですか?」

 

「いや、まあ忙しいって程でも無いですが」

 

「それは良かった。いや良かったって言うのも失礼ですが……そうだ。お詫びって訳じゃありませんが私のポケモンでも見てみますか? 確かフィールドワークに来られたんでしょ?」

 

「はぁ……まぁ……」

 

 

 ヨイショが駄目ならと興味を持ちそうなものを提示してみたが反応が悪い。ひとまず話した感じウツギ博士は大人し目な人見知りという印象だがどうもそれだけじゃなさそうな気もする。強く警戒を抱かせる様な情報を出した覚えは無いが、距離の詰め方を間違えた気がする。なんとか主人公存在の情報を引っ張りたかったが機会を改めた方が良さそうだ。どうも研究者となるとマサキ辺りのイメージが強すぎてそっちに感性が引っ張られる。

 

 

「あっと失礼。また私が一方的にお話しちゃいましたね。いやはや悪い癖で。兎も角お会いできて嬉しかったです。私もポケモンについて研究者紛いの事をしておりますので機会があれば是非お話させて貰いたいもんです」

 

「ええ、そう言う事なら是非。ところで専門はなにを?」

 

「専門ですか?」

 

「はい。僕は主にポケモンの進化に関する研究をしてますけど誠さんは?」

 

「ああ、そういう。私の場合は専門は決めずに色々やってますけど、その中でも特にポケモンという生き物の体の構造に関してですかね。ポケモンがどのように体を形作って、成長に伴ってどう変化して、どのような現象を起こすのか。多分進化について研究されてるなら被る部分も多いと思います」

 

「体の構造ですか。それは中々厳しいところに目を付けましたね」

 

「そうですか? 私としてはポケモンの事を知る為にまず真っ先に目を向けないといけない部分だと思いますが?」

 

「ほう、それはまたどうして?」

 

「だってポケモンの進化にしても身体能力の変化にしても、あとポケモンの技とか特性に関してもですね。結局のところポケモンという一生命体がやってることですから、まずは土台としてその研究対象がどんな生き物なのかを把握しないと。空を飛ぶ鳥ポケモン、水中を泳ぐ水ポケモン、炎の中に生きる炎ポケモン、謎の力を使うエスパーポケモン、特殊な物質で体を構成するゴーストポケモン、これだけの多様な特徴を持つ生き物をポケモンだからと一括りで片付けてるようじゃその内躓きます」

 

「うーん……成程ね。言いたいことは分かるけど、それは研究者の多くが持つジレンマだ。確かにポケモンの肉体について知れば色々な謎が解明されるだろうけど、そのポケモンの肉体こそが最大の謎になってるからね。君が土台だって言うポケモンの肉体の秘密こそが僕達が求める答えの終着点の一つだよ」

 

「そこは考え方の違いですよ。確かにポケモンの肉体構造と言えば謎の塊ですが、いずれは調べなければいけない分野です。全ての元である肉体を放置してそこから派生する進化やらを調べても、後で肉体について調べたらそれまでの研究成果を全否定なんてことになりかねません。それに謎だ謎だって言いますけどポケモンという種が持つ共通の特徴は多くありますから、まずはその特徴を満たす条件を考えて検証していけばその正体だってある程度は見えてきます。実際、私はポケモンという種がどのように肉体を形作って、どうやって成長していくかについてはある程度検証済みの仮説を持ってます」

 

「へぇ、興味深いね。それならどうだろう? こんな所で話すのもなんだし、僕の研究所に来ないかい? あっ、時間は大丈夫かな?」

 

「時間についてはそれなりに。今日中に一つくらいジムに行かないといけないので幾らでもとはいきませんけど数時間くらいなら」

 

「そうか。なら少し話を聞かせてくれると嬉しいな。僕の研究者はワカバタウンにあるから直ぐに着くよ」

 

「知ってます。実はさっきそこに寄ってウツギ博士がここにいるって聞いてきました」

 

「それは悪かった。まあ時間は有限だし、とりあえず僕の研究所に行こう。案内するよ」

 

 

 ちょっとした切っ掛けで先程までの煮え切らない態度をコロッと変えて研究所に誘われた。棚から牡丹餅とはこの事だ。ファーストコンタクトを失敗したから出直すつもりだったが想定外のところでツボを突けた。

 次回会う為の布石くらいのつもりで研究者紛いと言ったがまさかそこに興味を持つとは。知識か議論する相手か、興味を持つのがそっち方面な辺り流石は研究者といったところだ。次回からの参考にさせて貰おう。

 

 そしてウツギ研究所に向かう事になったが、その間ウツギ博士は先程までの態度が何だったのかと思う程喋り続けた。こちらが意見など言わずとも自分が語れるだけで満足なのか、それはもう楽しそうに一方的にひたすら喋る。聞いてもいないポケモンとの出会いから始まり、研究者を志した切っ掛けや今までの研究の苦労。聞きたい話も聞く価値の無い話も勝手に話してくれた。

 

 その中には主人公存在の情報も含まれる。最近旅立ったヒビキという男の子にヒノアラシを譲ったと。その後に研究所からワニノコが盗まれるという被害があったと愚痴っていたので、まずこのヒビキが主人公存在で間違いないだろう。残念ながら旅立ちの時期については聞けなかったが主人公存在の存在が知れただけで十分過ぎる。

 

 余談だが何故新人トレーナーにポケモンを譲るのか聞いてみたところ、研究所を持った博士としての風習が理由との答えが返ってきた。実はこの世界、ゴーリキーの運送業の様にポケモンをなんらかの仕事で使う者は多いが、ポケモンに関する事柄を専業にするトレーナーやブリーダー、研究者の数は少ないらしい。幼き頃は誰もが未来のチャンピオンや四天王、ジムリーダーを目指して旅に出るがその殆どが夢敗れて別の仕事に就くからだ。

 

 トレーナーで言えばチャンピオンが一人、四天王が四人、ジムリーダーが八人、そしてそれに劣るが全体で見れば最上位のほんの僅かな上澄みだけがポケモンリーグに所属してジムトレーナーになれる。トレーナー全体の1%前後だが、それで専業トレーナーの枠は終わりだ。極稀に地方の大会やコンテストで日銭を稼ぐ者もいるが、大会で勝ち続けるだけの実力があればジムトレーナーにスカウトされるのでそれを専業にしている者は余程の変わり者らしい。

 

 研究者も同じだ。特に知性が優れた者だけが博士となり、その博士に見初められた者だけが研究所に所属する。時折ポケモンに関わる仕事を諦めきれない者が独自に研究者を志すこともあるが、大抵は結果を出せずに生活が苦しくなり別の仕事との兼業になる。

 

 お陰でトレーナーも研究者も専属は殆どいない。そんな環境を打破する為に一人でも多くの才能を見つけようと子供にポケモンを持たせて旅に出す。この人材確保を目的とした子供への投資こそが研究所を持った博士の風習らしい。

 

 話を戻すと、他にもポケモンはトレーナーに似るから連れ去られたワニノコがちゃんと育っているか心配だとか色々と言っていたが、その辺りはどうでもいいので聞き流した。既に欲しい情報が得られた以上、ウツギ博士に構う価値は無くなった。が、聞きたい情報が聞けたからといって、はいさようならとはいかない。互いの研究成果について意見を交わしたいと言って近づいたのに、今更研究所に立ち入りもせずに去っては要らぬ疑念を生む。だから諦めて研究所に招待されたのだが、ここで一つ問題が発生した。

 

 折角時間を取って説明をするのだからちゃんとした情報を与えてやろうとしたのだが、ウツギ博士はポケモンの体を構成する粒子の存在を認識していない。話の大前提である粒子の存在を既に認識しているマサキとは違い、まず粒子の存在から説明をする必要があるのだが、その説明の対象がマサキと自分の二人しか存在を確認出来ない粒子だ。

 

 マサキの実験について説明すれば理解出来るだろうが流石にそこまでしてやる義理も無い。なのでマサキの実験について言及せずに粒子について説明するが、その粒子は本当に存在するのか、存在したとしてそれは一体何なのかという当然の疑問は解消できない。ひとまず粒子が存在すると仮定して諸々の検証結果について説明してみたが、大前提である粒子の存在が仮定の状態ではどれだけ説明しても妄想扱いだ。

 

 事実存在するものについて説明しているのに妄言扱いされれば腹も立つ。つい熱くなり、時間の都合も忘れて議論する事で、なんとかポケモンの体がなんらかの集合体の様なものと考えさせることは出来たが、結局は粒子の存在を認めさせる事は出来なかった。粒子の正体は謎なので満更間違いでもないが釈然としない。

 

 結果として煮え切らない気持ちでウツギ研究所を出る事になった。おそらくもうこの研究所に来ることは無い。ポケモンの体について分かったような大口を叩いておいて大した情報を出せなかったのだから仕方無い事だ。険悪になった訳ではないが内容が期待外れだったので興味を失ったのだろう。連絡先の交換も無かったのがその証拠。そこまではっきりと態度で示されるといっそ清々しい。

 

 

(軽く見られたのはムカつくけど、必要な情報は抜けたから良し。いつか事実が解明された時にあの時の話を聞いとけばって後悔すればいいんだあんな奴。主人公存在であるヒビキ、ついでにライバル枠の存在を確認出来ただけでワカバタウンで果たすべき目的は全て達成した。こんな集落とも言えないようなド田舎の町にもう用はない)

 

 

 思うところはあるが目的を果たした以上はどうでもいい感傷でしかない。気を取り直して、次はキキョウシティへと向かう。本当ならアサギシティであかりちゃんの様子を見て時系列を確認したいところだが残念ながら時間が無い。熱くなって無駄な時間を使った自業自得だが、ジムの営業時間内に辿り着けそうなのがキキョウシティかフスベシティしかない。

 

 その二択ならキキョウシティ一択だ。フスベシティは地方間の境界に近いので今日のところはその辺りを空を飛んで移動したくないし、在住のジムリーダーもゲームで最後に挑戦するドラゴン使いのイブキ。対してキキョウシティのジムリーダーはゲームで最初に挑戦する飛行使いのハヤト。飛行タイプ相手ならレギュラーのドザエモンとデンチュウで弱点を突ける上に、空中戦になってもつくねがいる。感覚を慣らす為にどちらが向いているか等比べるまでもない。行動を決めたなら後は実行に移すだけだ。時間が無いと嘆いても時間は生まれない。決めたらさっさと実行に移すのが賢い時間の使い方だ。

 

 初めて行く場所なので念の為つくねにも地図を見せ、方向を指定して移動を開始。既に時刻は15時を回っている。キキョウシティまでの移動に一時間弱、ジムの閉館は季節による日の長さによって変動するが凡そ17時、ジムに面倒なギミックがあったりジムトレーナーが多いと間に合うか微妙なラインだ。あまりやりたくはないがギリギリになるようなら権限を行使して即ジムリーダー戦も視野に入れなければならない。

 

 なので道中にあるヨシノシティ付近までは全力の集中状態を維持、その後はジム戦に備えて脱力状態で体を休める。未だ扱いに慣れない集中状態を僅かでも慣らすか、体を休めてジム戦に挑むか、どちらが万全か判断が付かないので折衷案でいくことにした。ジムに行くのを後日に回すという選択肢もあるが、自分の性格的に一度その選択肢を選んでしまうと、なんだかんだと理由を付けていつまでもずるずる先延ばしにするのが目に見えている。こういう事は締め切りに追われるくらいがちょうどいい。

 

 そしてキキョウシティまでの移動なんて直ぐに終わる。体感速度と時間を考慮すれば100㎞近い距離があったと思うがつくねにしてみれば大した距離ではない。以前バイクに乗って時速100㎞位の速度なら出していたがそれよりも遥かに早い。そんな速度で直線距離を移動すれば100㎞程度直ぐだ。一時間弱と見積もっていたが40分も掛からなかった。

 

 辿り着いたキキョウシティは一言で言えば古風な街並みだ。モデルになった町が奈良だったか京都だったかは忘れてしまったが正にそんなイメージ。豊富な自然に囲まれながら、景観を壊さない程度に建てられた建物とボコボコとした石畳、町はずれには五重の塔の様な建物も見える。

 

 

(あれがマダツボミの塔か。ゲームと同じ様に塔が揺れ動いている様に見えるけど物理法則どうなってんだ? 中心にゴムみたいな支柱を置いてそれにツリーハウスみたいに各階を付けたら……それだと階段とか付けれないか。そもそも重みで倒れるしな。柔らかい形状記憶合金みたいなのを支柱にして戻る力と建物の重みを釣り合わせたらけるか? 見た目木造っぽいし、接地面の摩擦で火が起きたら全部燃えそうな気がする。たしか伝承だと馬鹿でかいマダツボミの根っこを支柱にしてるとかだっけか。もしそのサイズのマダツボミが本当にいるなら捕まえてみたい。やってないけど確か最新のゲームだとダイマックスとかいう巨大化技術があった筈だ。何地方か知らんけどそっちの地方から紛れ込んだポケモンなら巨大化能力を持ってる可能性はあり得る。強さがインフレしてるような後々の設定を取り込んだポケモンは是非欲しい)

 

 

 マダツボミの塔の構造はどうでもいいがそれを支えるという巨大マダツボミの存在が気に掛かる。そんなものが存在するなら伝説のポケモンよりも遥かに希少だ。ジムの閉館までそれほど猶予はないが、僅かばかりの余裕が出来たので焦る必要も無い。

 

 

(まあ明日だな。今日はハヤトをしばき倒して、そのまんま指導。明日の午前にマダツボミの塔に行って支柱がポケモンか確認してから午後にアサギシティに……いや、もしポケモンだったら捕まえたい。人の少ない夜にマダツボミの塔に行く方が良いか。夜でも人が居たら面倒だな。まあとりあえずは確認が先か。もし支柱が巨大ポケモンだったらその時に考えればいい。地下に潜って戦うのか、地表に引き摺り出して戦うか。レベル次第それなりの準備も必要になるしな)

 

 

 後ろ髪を引かれながらキキョウジムに向かう。一度別の事を考えだすとそちらに意識が向くのは悪い癖だ。キキョウジムでのバトルについて考えなければならないのに、頭の中では巨大マダツボミの運用について考えてしまう。進化させて巨大ウツボットになれば回避不能な広範囲に溶解液を放ち、木の様に太いつるのむちを振り回す最強クラスのポケモンが生まれると思えばそちらに意識が向いてしまう。ジム戦を大した脅威と思えないので其方に思考を向ける必要性も感じない。

 

 

「うげぇ……」

 

 

 巨大ウツボットの事を考えている内にキキョウジムへと辿り着いたが、見たくないものが見える。キキョウジムは入口に近い半分は普通の建物だが、もう半分、入口から離れた方の半分には屋根が無い特異な造りだ。その屋根の無い部分に高さ10mはある二本の物見櫓の様なものが立っている。まるでサーカスの空中ブランコで使う土台だ。ジムにあんなものがある時点であれを使って戦うと言われているようなもの。本当は少し離れた位置からも見えてはいたが、近づくまではジムの後ろにある建物だと思っていた。

 

 

(ポケモンをあの上に乗せても意味無いから、多分あれにトレーナーが乗って戦う事になるんだろうな。倒れない様にしっかり作ってあるだろうけどポケモンの技の余波に巻き込まれたら流石に壊れる。そうなると上空からフィールドを眺めながらの戦い。いや、相手は鳥ポケモンだから上と下を同時に見ながらの戦いになるか。つくねで空中戦でも良いけど、普通に高いとこ怖いんだよな。てかせこ過ぎるだろ。水場が無いと本領が発揮できない水タイプとかならまだ納得できるけど、あれは相手を委縮させて実力を出せなくするだけのもんじゃん。高所恐怖症の人とかどうすんだよ)

 

 

 一気にモチベーションが下がってたが致し方ない。今日のところは避けられたとしてもいずれまたキキョウジムに来る事になるだけだ。それならば嫌な事を先に片付けると思ってやるしかない。出来る事ならジム挑戦では無く、指導だからと理由を付けて普通のフィールドで戦いたいところだが、他にフィールドが無ければあれを使う事になるだろう。

 

 陰鬱な気持ちのまま扉を開く。その瞬間、キキョウジムの様子が目に入るがこれがまた酷い。床が丸ごと抜けてそこにS字の一本道が設置されている。一本道の道中には二人のジムトレーナーが待機しており、一本道から逸れた位置にバトルフィールドがあるがこれも天井からワイヤーで吊るされているだけだ。

 

 

(マジで馬鹿かよ。落ちても怪我しない様にはしてんだろうけどこれは。安全対策しても底が見えない深さって落ち方悪かったら普通に死ぬだろ。これをやろうと思ったジムリーダーも認めたポケモンリーグも気でも狂ってんのか。酒飲んで酔った勢いで決めたんじゃねぇだろうな)

 

 

 戦わずして連続でモチベーションが下がっていく。本当なら今すぐにでも回れ右して引き返してしまいたい。だがジムに入った時に一本道に待機しているジムトレーナーとジムの奥にいるジムリーダーのハヤトに姿を見られた。今更引き返す訳にもいかない。

 

 つくねに乗って移動したい欲に駆られながらも一歩ずつ歩を進めていく。一本道の道幅は2m程あり、人が歩く分には問題ないが両脇に底が見えない深さの穴があるだけで恐怖が湧く。途中ジムトレーナーに声を掛けられたが相手をする余裕はない。時間の問題以外で権限を行使するつもりはなかったが、今回ばかりはジムリーダーに用事があるだけでジム挑戦ではないと説明して道を譲って貰った。

 

 ジムの最奥で腕を組んでこちらを見ているハヤトの視線が痛いがこんな場所で戦うなんて御免だ。慣らしとして戦いを挟みたい気持ちはあるがここは慣らし以前に無視できない危険性がある。ワイヤーで吊るしただけのフィールドなんてドザエモンがストーンエッジを撃つ為に地面を踏みしめるだけで落ちかねない。そうでなくても相手は飛行タイプ。かぜおこしの余波に煽られるだけで高所から落下する危険性だってある。そんな場所で戦うなんて正気の沙汰ではない。

 

 それに本来の職務を考えればジムトレーナーと戦う義理は無い。ジムバッジを集めなければならなかったカントーとは違ってジョウト地方ではジムバッジは不要。ジム挑戦では無いのだからジムトレーナーを無視してジムリーダーと戦っても文句を言われる筋合いはない。

 

 

「どうもハヤトさん。私はポケモンリーグの誠と申します。チャンピオン代理か四天王からお話がいってるかと思いますがよろしくお願いします」

 

 

 無事に戦闘無しでハヤトまで辿り着けたのでまずは挨拶だ。ハヤトは伸びた青い髪で片目を隠しているが、見えているもう片方の目は中々に鋭く、一目見るだけで気の強そうだと分かる顔つき。服装は青い袴だが両手両足の部分を短く切って動きやすそうに改造している。本来は動きにくそうな服を態々動きやすい様に改造しているという事は活発に動き回るようなタイプ。最初から動きやすい服装をすればいい話だが、きっとなにかポリシーがあるんだろう。

 

 

「あぁ、君が。話は聞いてる。俺がキキョウジムのジムリーダーハヤトだ」

 

「話が早くて助かります。本当ならもう少し余裕を持って来たかったんですがなにぶん始めて来た地方でしたので遅くなりました」

 

「そうか。それで今日は何をしに来たんだ?」

 

「? お話が通ってませんでしたか? 私はジムリーダーの方を指導する様に言われて来ましたので、まずはバトル、それからバトルの内容に応じてお話させて貰うつもりでしたが」

 

「ん? 聞いてた話と違うぞ?」

 

「おや? 私はワタルさんからジムリーダーを指導するようにとしか言われてないんですが」

 

「いや、待て。俺はそんな話聞いてない。俺はワタルさんからカントーのジムを制覇した誠って奴が来るから、ジム挑戦の後に話をしろとしか言われてない」

 

「ジム挑戦ですか? 私はジムリーダーの指導に来ただけでジム挑戦をするつもりはありませんが……あー、成程。何をしに来たってそういう事ですか。確かに挑戦に来た奴がジムトレーナー素通りしてきたらそうなりますね」

 

「そうだな。ジムトレーナーが君を素通りさせてたら何してるのか疑問に思ってたところだ。だがおかしいな。伝達ミスってことは無いと思うが……」

 

「それなら私からワタルさんに電話して確認取ってみます。ここで電話しても良いですか?」

 

「電話は好きな場所でしてくれていい。もし守秘義務のある話をするなら場所を用意するがどうする?」

 

「大丈夫です。確認取るだけなので問題ありません」

 

「そうか。じゃあ任せる」

 

「ええ、じゃあすいませんけどちょっと待ってて下さい」

 

 

 ハヤトから少し離れて携帯電話を取り出し、登録されているワタルの番号に電話を掛ける。

 

 

(ワタルから直に聞いてる風な事言ってるから、誰かを間に挟んで情報が歪んだ可能性は無し。そうなるとワタルがきちんと情報を伝えてないくらいしかないな。考えられるのはジムリーダーのプライドを配慮した辺りか? 会った事も聞いた事も無い奴を指導者として送るって言われても納得しない奴がいてもおかしくない。それでプライドを刺激しないように強いのが行くとだけ伝えたとかの可能性が高いか。チャンピオンならその位は呑ませろって感じだけど対人関係は無理矢理だと禍根が残るからな)

 

 

 携帯電話から幾度もコール音が鳴るが電話は繋がらない。チャンピオン代理となれば仕事もそれなりにあるだろうから仕方ないが、電話が繋がらないと困ったことになる。

 

 

(出ないな。どうしようか。改めてジム挑戦の手順を取るか、説得して指導を受けさせるか……いや、繋がらないなら繋がらないで今日のジム戦を無しにすればいいか。寧ろそっちの方が良いな。自分で理由を付けて後回しにしてる訳じゃなくて、相手側の都合だし。理由があるなら仕方ない)

 

 

 いつまで鳴らしても繋がらない携帯電話を仕舞い、再びハヤトの元へ向かう。残念だが今日の指導は中止だ。

 

 

「ハヤトさん、ワタルさんに電話が繋がりませんでした」

 

「ああ、見てたからな。連絡が付かなかったのは分かってる」

 

「それで申し訳ないんですがワタルさんに連絡を取ってから改めて訪問させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「なんだ帰るのか? ワタルさんが態々連絡してくるくらいだから興味があるんだが」

 

「すいません。私は本業がブリーダーなのであまり戦いは好きじゃなくて。一応仕事としてジムリーダーの指導をしているだけですので内容が変わってるようなら確認してからにさせて貰いたいです」

 

「ブリーダー? でもカントーの地方のジムは全部回ったんだろ? こっちではそうしないのか?」

 

「それは師匠にジム制覇を免許皆伝の条件にされたからやっただけです。ジョウト地方のジムはその条件に入ってないので今回は完全に仕事で来てます」

 

「ふーん……そうかい。そんな理由で戦ってる訳だ」

 

「聞いてるどうかは分かりませんが私にも事情がありまして。気分を害したなら謝罪します」

 

「いや、別にいい。でも興味が湧いた。今から俺と一戦しよう」

 

「遠慮しておきます。私は仕事でこちらに来ただけですので職務外で戦いたくはありませんから」

 

「は? 君は俺と戦いに来たんだろ?」

 

 

 面倒な事になってきた。言い回しを間違えた所為で無駄に拗れた気がする。恐らくだが免許皆伝の為にジムを制覇したという部分で琴線を刺激してしまった。これはジムリーダーのプライドを考慮して正しい依頼内容を伝えられなかったという説が正しかったのかもしれない。

 

 とはいえ拗れてしまうと扱いに困る。今更態度を翻して誇りを賭けて戦いましょう等と言っても胡散臭いだけ。かといってこのままの態度を貫いても良い結果には繋がらない。どうにか丸く収めたいがどうすればいいだろうか。

 

 

「まあそうなんですがちょっと状況が変わりました。ジム挑戦と指導だとまたやり方が変わって来るので、一度確認してからにさせてください」

 

「やる事は一緒だろ?」

 

「いえ、一緒ではないです。ジム挑戦ならこのジムのルールに則って全力を出しますが、指導ってなると相手の出方を見たりしないといけないので。その辺を決める為に依頼の方を確認させて貰います」

 

「じゃあ俺から改めて依頼だ。俺と戦ってくれ」

 

「……依頼ならお受けしますが報酬の方はどうしますか?」

 

「俺に勝ったらウィングバッジをやる。それでどうだ?」

 

「(要るかそんなもん)やはりお断りさせて頂きます。私は別にバッジに興味は無いので」

 

「じゃあ何が欲しいんだ? 言ってくれ」

 

「(欲しいものか……身分はあるし、立場も十分。力に関してはこいつじゃ当てにならない。金くらいだけど金を寄越せは心象が悪い。ハヤトの出せるもので欲しいものは……無いな)……やはり日を改めましょう。私は仕事で来ているだけです。ワタルさんに確認を取ってからその依頼内容に応じてお相手します」

 

「逃げる気か?」

 

「別にそんなんじゃありません。逃げる必要がないので」

 

「じゃあ俺と勝負しろ。本当のジムリーダーの強さを見せてやる」

 

「ですから私にはハヤトさんと戦う意味が無いって言ってるじゃないですか」

 

「駄目だ。今日勝負しないなら俺はもう君とは戦わない。もしポケモンリーグから戦えって指示を受けても無視する」

 

 

 直情型だとばかり思っていたが、意外と頭は回るらしい。確かにそれは困る。性格相性が悪いので仕事を達成できませんでしたなんて事になると評価は下がるだろう。だがその程度の浅知恵で出し抜けると思ったら大間違いだ。

 

 

「別に良いですよ。そうなったらポケモンリーグに指導拒否するジムリーダーがいたと報告するだけです。貴方以外のジムリーダーが強くなっていくのを指を咥えて眺めていて下さい」

 

「一々癪に障る言い方をするじゃないか」

 

「癪もなにも私は間違った事は言ってません。貴方は戦いたいけど私は戦いたくない。そして貴方は私に戦いたいと考えを変えるような報酬を提示出来ない。それだけの話です。ポケモン持ってるからって誰もが戦闘狂な訳じゃありません」

 

「トレーナーとしての誇りは無いのか!」

 

「誇りと戦いを避ける事は関係ありません。私からすれば勝負を挑まれたからと誰彼構わずに潰して回る方が異常だと思ってますからね。あと私はトレーナーじゃなくてブリーダーです」

 

「ならそれを見せてみろ! ジムリーダーを一蹴するというその強さを!」

 

「別に貴方に見せる義理はありません。一応仕事だから相手はしますけど本気で戦うまでもありませんし」

 

「戦いで手を抜くつもりか!」

 

「だって本気出したら指導も糞もなく瞬殺しちゃいますからね。仕事の為です」

 

「もういい! 見せる気が無いなら無理にでも見せて貰う! ピジョン!」

 

「……おぅ……」

 

 

 評価を訂正しなければならない。ハヤトは完全な直情型だ。

 

 ハヤトの呼ぶ声に併せて空からピジョンが滑空してくるのが見える。だがレベルが低い。色を見る限りレベル20未満、この程度なら集中状態に入っていなくても動きを捉えられる。

 

 まさか直に人を狙うような馬鹿な真似をするとは思わなかったが、目的はこちらに敵意を抱かせてそのままなし崩しでバトルに持ち込む事だろう。その証拠にピジョンのレベルは低いし、ポケモンを出して迎撃出来る程度の速度しか出していない。

 

 有効な手だが度を越している。配慮は感じるがそれでもだ。目的を果たす為にポケモンを使ってこちらを傷付けようとしている。相手がそんな手段を取るならこちらも応じざるを得ない。

 

 軽く息を吸って腹に力を込め、感覚を研ぎ澄ませる。こうなれば向かってきているピジョンの速度など人が歩く速度に等しい。レベル20にも満たないポケモンなら自力で回避も迎撃も容易だ。

 

 集中状態を維持したまま一歩踏み込み、ハヤトの腹に前蹴りを喰らわせる。全力で蹴るとどうなるか分からないので、膝を曲げたまま腹に足裏を当てて一気に膝を伸ばして押し飛ばす。突き飛ばされる様な形になったハヤトは大の字の姿勢のまま後方へと飛んでいく。放物線的に5、6mくらいは飛ぶだろう。

 

 蹴られた瞬間に唖然とした顔をしていたが反撃されると思っていなかったのか、ポケモン並の速度で動くと思っていなかったのか。少なくとも迎撃より反撃を優先したのは想定外だろう。確かに攻撃を優先した所為でもうポケモンを出す余裕は無くなった。だがレベル20未満のピジョン程度ならポケモンを出すまでもない。

 

 これで司令塔を失ったピジョンが止まってくれれば良かったが、ピジョンに視線を向ければ尚もこちらに向かって来ている。心做しか先程より速度が上がっている気もするが敵討ちのつもりだろうか。ハヤトの直前の指示を思い出すが、極めて簡潔なものだったので複雑な動きは出来ないだろう。

 

 突撃してくるピジョンを待ち構えて、ぶつかる寸前で横に一歩体をずらして体当たりを回避。回避したピジョンの頭を脇に挟んで、勢いそのままに体を後方に倒しピジョンの頭を地面へと叩き付ける。地面に頭を叩き付けた瞬間に脇を緩めて後転を一回、再び一歩踏み込んで利き足でピジョンの首筋辺りに全力のローキックを叩き込む。パキパキと骨の折れる子気味良い音が聞こえ、粒子を撒き散らして力を失ったピジョンの体が地面へと落ちる。動かなくなったがまだ体に粒子の色が残っているので死んではいない。

 

 念の為空を含めて別のポケモンが居ないことを確認してから、軽く息を吐いて脱力すれば元の感覚が戻ってくる。試してみて分かったがポケモンバトルで使うより肉弾戦で使う方が精神的負担が軽い気がする。この使い方に限れば今の状態でもそこまで使い勝手は悪くない。

 

 最後にピジョンを一瞥してハヤトに視線を向ければ、こちらは受け身に失敗したのか膝を着いたまま背中側に手を回して咳き込んでいる。苦しさからかとんでもない事をしたからか、その表情は最初に比べて少し弱々しい。安易に暴力で解決しようとするからこんなことになるのだ。

 

 

「げほっ……ぐぅ……」

 

「まさかジムリーダーともあろう者が思い通りにいかないからって暴力で解決しようとするとは思わなかったですね。暴力は駄目ですよハヤトさん」

 

「がっ、……はぁ……はぁ……うぇっ……」

 

「まあ今回はこちらも煽った様な形でしたから一回だけ見逃しますけど、次やったら殺しますからね」

 

「っ……はぁ……はぁ、すまなかった……」

 

「いえいえ、じゃあどうしましょうか。見逃すとは言いましたけど、さっきの結構ムカついたんで戦いたいって言うなら相手してあげますよ?」

 

「……いいのか?」

 

「勿論。どうせ指導にしても挑戦にしてもいずれは戦わないといけませんでしたし。良かったですね。私にポケモンをけしかけた事で私にも戦う理由が出来ました。目的通りでしょう?」

 

「……すまない……」

 

「謝るくらいならやらないで欲しかったけどまあいいです。さっさとそこのピジョンを仕舞ってステージに立ってください」

 

「……分かった、ならそこにある台に上ってくれ」

 

「そういうのはジム挑戦者にでもやってください。ジムリーダーはどいつもこいつも変なルールで戦ってばっかだから変な癖付いて普通のステージで戦うと弱いんですよ。ステージはここで良いですけど、トレーナーは台の下で戦う。これは決定事項です。文句はありますか?」

 

「しかしこのジムでは……」

 

「私が見たいのは舞台装置込みの実力ではなくて、ハヤトさんの素の実力です。試験目的の訳の分からんルールは身内のお遊びだけにしてください」

 

「……分かった。従おう」

 

「じゃあそれで。私は先に待機してますから準備が終わったら所定の位置にお願いしますね」

 

 

 ハヤトに背を向けて所定の位置に向かう。どう対応するか決めかねていたが流れに任せて正解だった。今日のところは退散しても、どうせ数日もすればハヤトと試合をしなければならない。僅か数日程度慣らしをするよりも有利な条件を引き出せる時に戦う方が得だ。普通なら何を言ってもあの高台に乗せられて戦う事になっただろうが、今のハヤトには生身の人間相手にポケモンを嗾けた負い目がある。集中状態もさっきの感覚を忘れなければある程度は使えるし、タイミング的には今戦うのがベストの筈だ。

 

 所定の位置に着いてからステージの方を眺めてみればハヤトは明らかに左足を庇った歩き方で所定位置に向かっている最中だ。どうやら先程の蹴りを受けた際に左足を負傷したらしい。バトルに入れば所定位置から動く必要は無いので大した障害にはならないが一応覚えておく。

 

 

(本当にこれで良かったのかな? 元々負けるつもりは無かったけど勝ち方にも拘らないといけなくなった……まあ過ぎた事は仕方ない。前向きにいこう。まずは軽く纏めておくか。とりあえずはプライドの高い勝気な性格。これは確定。プライドの根幹はジムリーダーって役職に誇りを持ってる感じかな。あとトレーナーの誇りとして挑まれた勝負から逃げないってのもあるか。あんまり強硬手段に出るタイプじゃないと思うんだけど、この二つのどっちかが我を忘れるくらいの特大の地雷か? 行いを咎められても構わないと思う程の理由があるか、この程度の揉め事なら揉み消せるって思ってる傲慢か、多分前者だろうな。ああ、もしかするとトレーナー同士ならこのくらい揉め事の内に入らないって可能性もあるか。まあプライド高いタイプなのは間違いないし、戦闘も真っ向勝負な感じだろうな。大口叩いた手前圧倒しなきゃならんし真っ向勝負の方が都合は良いけどどうだろ? 鳥使いなら空から一方的の方が強いと思うからそっち系の可能性も考えとくか。空飛んで一方的に飛び道具ってなると飛行技ならエアスラッシュ、エアカッター、かぜおこし、その辺はドザエモンのストーンエッジで壁を作れば全部防げそうだから警戒するなら複合タイプの方の技だな。真っ向勝負を挑んできた時の事も考えて先発はドザエモンにしとくか)

 

 

 頭の中でハヤトが使ってくる可能性のある戦い方を想定しながらメンバーを決めていく。ひとまず近距離戦闘も遠距離攻撃にも対応できるドザエモンは先発で確定。残りは相手のメンバーと戦い方次第で決めていく。もしも完全に空中に逃げて降りてこない場合は空中戦可能なつくね。素早いヒットアンドアウェイで動きを捉えられないなら相手を混乱させられるユカイか広範囲に電気を撒いて迎撃出来るデンチュウを選出すれば対応可能だ。

 

 ハヤトの方も漸く所定位置について何度か深呼吸をしている。そして深呼吸を終えれば先程までの弱々しかった雰囲気はある程度消えて、最初に会った時の強気な顔に戻っている。気持ちの切り替え速度だけは中々だ。

 

 

「すまない。待たせた」

 

「どうぞお構いなく。では詳細を決めましょう。シングルかダブルスか、一対一か三対三かフルバトルか、アイテムの使用とポケモンの交代をどうするか決めてください」

 

「オーソドックスな三対三のシングルス。アイテムの使用は無しで交代は自由でどうだ?」

 

「問題ありません。ではそれでお願いします」

 

「ああ、改めて名乗ろう。俺はキキョウジムリーダーのハヤト! 大空を華麗に舞う鳥ポケモンの本当の凄さを思い知らせてやる!」

 

「……じゃあ私も。ポケモンリーグ本部所属ポケモン育成監督外郭特別職員の誠です。力の差を思い知ってください」

 

「飛べ! ムクホーク!」

 

「ドザエモン! お前は自由だ!」

 

 

 ハヤトが先発で出したのはムクホーク。複合タイプだと面倒だったが飛行ポケモンを出してきた。色を見る限りレベルは50前後。覚えている限りではドサイドンへの打点になりそうな技がはがねのつばさくらいしかないがどう戦うつもりだろうか。念の為、いつでも集中状態に入れるように呼吸を深くして相手の出方を窺う。

 

 

「かげぶんしん!」

 

 

 ハヤトの指示でムクホークが粒子を振り撒きながら飛び回り、次々にムクホークの形をした影分身が生成される。様子見をするとすぐこれだ。自分が積み技を使う時には何とも思わないが、相手に使われると本当に鬱陶しい。

 

 

「ドザエモン! ストーンエッジ! 左右に撃って壁を貼れ!」

 

 

 ドザエモンが地面を踏み締める度に次々と石柱が生まれていく。きちんと伝わるか不安だったがドザエモンは想定していた通りの位置に岩の柱を出して、ドザエモンを挟み込む即席の谷が完成した。岩の高さは3m程で空を飛んでいるムクホークの動きを制限するには心許ないが行動制限には十分。これで左右の岩を破壊しない限りは正面か真上の二ヵ所からしか攻撃は通らない。

 

 

「かげぶんしん!」

 

「ロックカット!」

 

 

 尚も影分身を増やすムクホークに対抗するためにこちらも積み技を使う。互いに攻撃を回避できない様に自ら行動範囲を狭めたのでかげぶんしんをしても大した効果は無い。出来るなら防御力を上げる積み技を使いたかったが残念ながらドザエモンには防御力を上げる積み技が無いので攻撃を受ける前に素早く迎撃できるロックカットを採用した。

 

 

「いくぞムクホーク! インファイト!」

 

「がんせ……あなをほる! 地中で待機!」

 

 

 多数の影分身を出して準備万端とばかりにハヤトが攻撃指示を出す。指示を聞くまでは迎え撃つ気満々だったが選んだ技が不味い。レベル差約二倍でタイプ不一致とはいえ弱点属性で高威力のインファイトは喰らいたくない。一発は確実、二発でもおそらく耐えられるだろうが、三発も喰らえば沈みかねない。迎撃の一撃で倒せるなら良いが耐えられる可能性があるなら危険な博打は避けるべきだ。ムクホークがインファイトを覚えるとは知らなかった。

 

 ドザエモンが地中に潜った事で、空を滑空して谷間に沿って突撃してきたムクホークの攻撃は空を切り、再び空へと舞い上がる。とっしんやはがねのつばさくらいならストーンエッジで壁を作れば止められそうだがインファイトとなると分からない。もし岩壁をぶち抜かれると一方的にダメージを受ける事になるのであまり試したくはない。

 

 

「こうそくいどうだ! 出てくるのに備えろ!」

 

「(また積み技か。さっきダメージ覚悟で潰した方が良かったか)出てこいドザエモン!」

 

「いけ! インファイト!」

 

 

 ドザエモンが地中から出てくると同時にまたしてもムクホークが突っ込んでくる。こうそくいどうを積んで先程よりも速度は速いがまだ見える。見えるのだが数が多い。本体と影分身が纏めて突っ込んできている所為でどれが本体か分からない。体が粒子にしか見えない事もあって一つの巨大な粒子の塊が突っ込んできているかの様だ。ストーンエッジで壁を作って本体を炙り出すか、がんせきほうで分身諸共本体を迎撃するか、どちらを選ぶべきか判断に困る。

 

 

「(がんせきほうでいけるか? いや他の等倍のジムでも一撃でいけた。なら弱点相手ならいける)がんせきほう! 纏めて消し飛ばせ!」

 

 

 狭い谷間を奔る粒子の塊に向けてドザエモンががんせきほうを放つ。岩石の砲弾が実体の無い分身を消し飛ばして進んでいくが途中でその動きを止めた。分身だけを正面から突っ込ませて本体は別方向から奇襲する可能性も考えていたが、どうやら分身に混じって本体も突撃していたらしい。

 

 

「ぶち抜けぇ!」

 

「(弾き飛ばせると思ってたけど拮抗してるな。追撃したいけどがんせきほうの反動で動けない。ロックブラストの方が良かったか)」

 

 

 一見して動きを止めているがんせきほうだが、少しだけ目を凝らせば徐々にだがムクホークを押している。上か下かにでも躱した方が良いと思うのだが、真っ向勝負がお望みらしい。出来る事ならもう少し、がんせきほうの反動が収まるまで拮抗していて欲しい。そこまで時間を稼げれば追撃でさっさと終わらせられる。

 

 

「いけぇぇ!」

 

「(うるせぇな。お前が叫んでも意味ねぇだろ……そろそろいけるか)ストーンエッジ!」

 

 

 ムクホークとがんせきほうが一騎打ちをしている隙にドザエモンが地面に足を振り下ろせば地面から一本の石柱が天に伸びる。先端の尖った石柱が動きを止めていたムクホークを見事に貫き、瀕死のムクホークを晒すように堂々と聳え立つ。百舌鳥の早贄の様になったが思ったよりもグロく感じない。

 

 

「ムクホーク!?」

 

「早く戻した方が良いですよ(何が起きたかくらいわかるだろ。まああれだけ叫んでたら俺の指示なんて聞こえなかったかもしれないけど。やっぱ叫ぶのは駄目だな。相手の指示が聞こえなくなる)」

 

「くっ……! 戻れ……オオスバメ! 飛べ!」

 

 

 ハヤトは戦闘不能になったムクホークをボールに戻し、続けてオオスバメを出す。先程ムクホークを貫いた石柱の陰に隠れて僅かにしか見えなかったが、空を飛ぶときに一瞬見えた色を見る限りではムクホークとそれほどレベルは変わらない。

 

 

(オオスバメか。飛行単色か飛行ノーマルかどっちかだったな。こいつもあんまりドザエモンへの打点無い気がするけどどうだったか。覚えてないだけで厄介な技覚えてるかもしれないし、ちょっと警戒を上げとこう)

 

「エアスラッシュ!」

 

「さっきの穴に入ってそのまま待機!」

 

 

 左右を岩の壁で塞ぎ、正面も石柱で塞いだ事で既にドザエモンを攻撃出来る位置は真上の一方向に絞られている。代わりに視界が悪くなってしまったがハヤトの声を聞けば攻撃のタイミングが分かるのでそれで十分だ。

 

 

(態々効果の薄いエアスラッシュを使ってきたって事は有効な技が無いって判断していいのか? それか有効な技が近距離技に集中してるから使いにくいのか。どっちもありそうだな。とりあえず穴から出した時の反応次第。一番攻撃が当たりやすいタイミングで何を使ってくるかで判断しよう。そこでエアスラッシュが来たら有効な遠距離技は無いと判断していい)

 

「かげぶんしんだ!」

 

「(またか。好きだなかげぶんしん)出てこいドザエモン!」

 

「今だ! はかいこうせん!」

 

 

 穴から出てきたドザエモンに向けて、空を飛ぶオオスバメの口からはかいこうせんが放たれる。これがオオスバメの持つ最大威力の遠距離攻撃なのだろうが、ドザエモンに撃つには相性が悪い。タイプ一致で高威力のはかいこうせんであっても半減属性ならそこまで怖くない。攻撃の隙とその後の反動の間に決める。

 

 

「無視しろ! 相手の動く先に狙いを付けてロックブラストだ!」

 

 

 ドザエモンはオオスバメから放たれたはかいこうせんをその身に受け止めながらも全く倒れる気配は見せず、光線の勢いに押されてよろめく事も無い。その反面、はかいこうせんを放ったオオスバメの動きは鈍い。空は飛び続けてはいるが、羽ばたく事も方向転換をする事も無く、勢いのまま滑空しているだけだ。ドザエモンの手から拳大の岩弾が計五発放たれ、内一発は外れたが残る四発がオオスバメの体に刺さり、勢いを無くした体を墜落させる。これで二匹目だ。

 

 

「くそっ……! 戻れオオスバメ!」

 

 

 墜落していくオオスバメをボールに戻すハヤトの悔しそうな声が聞こえる。何度も撃ったストーンエッジの所為で姿は見えないのが残念だ。実際のところは別として、行動だけを見ればドザエモン一匹で二人抜き、更に言えば二匹を失って尚はかいこうせん一発を当てる事しか出来ていない。最初はどうなるかと思っていたが良い感じに強者感を出せている気がする。

 

 

「っ……! まだだ! まだまだ飛べる! ピジョット!」

 

 

 ストーンエッジの陰に完全に隠れた位置にポケモンを出されたので姿は見えないが、ハヤトは最後の一匹としてピジョットを出したらしい。切り札である最後の一匹だとしても、ここまでの二匹のレベルを見る限りだとレベル60もあれば良い方だろう。

 

 

「はがねのつばさ!」

 

「あなをほる! 地中で待機!」

 

 

 相手が似通ったポケモンを出してくるのなら取るべき行動も同じ。対応出来る攻撃にのみ対応して、厄介な技が来たら安全圏に逃げる。卑怯だが有効な手段だ。あまり同じ手を使い続けると相手に対策を練られるので本来なら様々な行動を取るのだが、鳥ポケモンに拘って空中戦にのみ特化したハヤト相手なら問題無い。

 

 地中に潜ったドサイドンを無視して、ピジョットは鋼と化した翼をぶつけ、地表に伸びた石柱を破壊していく。どうやら一度障害物を破壊して場をリセットする事を選んだらしいが場を整えるなんてのは一体目で済ませておくべき事。三対一になった今になってそんな事をしても手遅れだ。

 

 とはいえ面倒な行動には違いない。障害物が破壊されたなら、また新しく障害物を作るか、拓けた環境で戦うかを選ぶ必要がある。新しく障害物を作っていたらその隙を突かれるし、何よりワンパターンだ。なら拓けた環境で戦うかといえばこれも今ひとつ。はがねのつばさやインファイトの様な近距離技なら迎撃で済むが、効果が薄いのを承知で遠距離戦に徹されると都合が悪い。

 

 ならばポケモンの交代が選択肢に入るがこれは心情的に悩ましい。今の自分に求められるのはただの勝利ではなく圧倒的な勝利だ。一匹で三縦を達成するのと、二匹で三匹を倒すのでは重みが違う。交代したなら交代したでどのポケモンを使っても強いという証明にはなるが、どちらの方が強く見えるかは微妙なラインだ。

 

 

「……穴に引きずり込め!」

 

「こうそくいどうだ! 空に逃げろ!」

 

 

 石柱を破壊する為に低空を飛んでいたピジョットに向けて地中からドザエモンが襲い掛かるが、紙一重の差で空へと逃げられる。この感じだともう簡単には攻撃範囲に入ってきてくれないだろう。人の事は言えないがハヤトも中々に狡い。

 

 このままだとそれぞれが空と地中に留まって、互いに決定打が無いまま千日手に入るだろう。持久戦に応じても良いが、無駄に時間を掛けて万が一の事が起きても困る。対抗策が無いと思われるのは癪だがスムーズに勝つ為にポケモンを交代させてもらう。

 

 

「戻れドザエモン。つくね、お前は自由だ」

 

 

 ドザエモンをボールに戻して次発としてつくねを出す。選出出来る中で現状を打開出来るのはつくねだけだ。仮にデンチュウやユカイを出したところで空を飛ぶピジョットへの有効な攻撃手段がないという問題は解決しない。寧ろタイプ相性と硬い外殻で遠距離攻撃を無視出来たドザエモンを出していた時よりも状況が悪くなる。だからこそのつくねだ。相手の土俵に上がるのは癪だが降りてこないならこちらから行くしかない。

 

 

「つくね! そらをとぶ! 叩き落としてやれ!」

 

「ピジョット! 空はお前のフィールドだ! 返り討ちにしろ! エアスラッシュ!」

 

 

 粒子で不可視の足場を作って空を駆けるつくね。ピジョットも羽ばたく事で粒子の刃を飛ばすエアスラッシュで応戦するが、次から次へと足場を作って宙を自在に動くつくねには掠りもしない。機動力の差が如実に現れた結果だ。レベル差もあるがドードリオとピジョットでは飛行のプロセスが違う。

 

 ハヤトが今までに使用したムクホーク、オオスバメ、ピジョットに共通するが、空を飛ぶために普通の鳥と同様に羽ばたいて空気を捉える動作を必要とする。高度を維持するにせよ方向転換をするにせよ必須になるのが羽ばたくという動作だ。今のピジョットは攻撃の為の羽ばたきの他に方向を変えて狙いを微調整する為の羽ばたきと高度を維持する為の羽ばたきを同時に行っており、羽ばたきの数と攻撃の数が明らかに釣り合っていない。これは一つの動作で攻撃と方向転換や回避を同時に出来ないことを意味している。

 

 対してドードリオのそらをとぶは粒子で作った不可視の足場を利用した移動だ。羽の代わりに足を使うのでメガトンキックの様な蹴り技は同時使用できないが、それでも回避、方向転換、攻撃を同時に行うことが出来る。三つの動作を並列で行うピジョットと一つの動作に集中するドードリオ、更にそこに倍近いレベル差も入るのだから攻撃が当たらなくて当然。寧ろこれで簡単に攻撃を当てられたら其方の方が異常だ。

 

 

「逃げろピジョット! こうそくいどう!」

 

「逃がすな! 羽を掴め!」

 

 

 確実に詰まっていく距離を見て流石に危険と判断したらしいがもう遅い。レベル差以前に風に乗って徐々に加速するピジョットと足場を蹴って最初から最高速を出せるドードリオでは初速に大きな隔たりがある。人の目で見て危険と判断する頃には既に射程圏内に入っている。

 

 ピジョットが攻撃を取りやめて離脱の為の羽ばたきを行うがその一動作が命取り。一度羽ばたく間に残った距離を詰めたつくねが上を取り、片足と嘴の一つでピジョットの両翼を掴む事で推進力を失ったピジョットの降下が始まる。

 

 その真下には先程のはがねのつばさで砕かれた石柱の残骸が残っている。力任せに砕かれた石柱の断面は綺麗なものでは無く、攻撃的な刺々しさを残した形状だ。そこを着地点にすれば、ピジョットとつくねの二匹分の体重による凡そ5m程の高さからの落下ダメージに加え、岩の棘による追加ダメージが見込める。一撃で撃破できるかは微妙なところだが、傷口の中の岩の欠片でも入り込めば動きの阻害も期待できる。

 

 

「もう1m右! そこに叩きつけろ!」

 

「はがねのつばさだ! 抜け出せ!」

 

 

 つくねがピジョットを掴んでいない方の足で粒子の壁を蹴り落下位置を微調整する隙にピジョットは己の両翼を硬質化させ拘束を抜け出そうと藻掻く。だが翼を硬質化させても翼に食い込んだつくねのかぎ爪と嘴は揺るがず、拘束から抜け出すことは出来ない。

 

 拘束を解くために技を使う発想は悪くないが技の選定が惜しい。はがねのつばさは硬質化した翼を飛行の勢いのまま叩きつける事で威力を発揮する技。身動きが取れない状態で使っても翼が硬質化する以上の効果は無い。もう少しレベル差が少なければ食い込んだかぎ爪と嘴を押し返せたかもしれないが残念ながら力不足だ。

 

 

「っ……! はかいこうせん!」

 

「無視! 絶対に離すな!」

 

 

 拘束から抜け出せないと分かったハヤトの判断は早い。即座に離脱を諦め落下地点である石柱に向けてはかいこうせんが放たれる。落下方向に向けて高出力の技を撃つことで僅かばかり落下の勢いが落ちた。そして放たれたはかいこうせんは残った石柱の残骸を更に破壊し地面を大きく抉ると共に大量の土埃を周囲に撒き散らす。

 

 この技の選択は正解だ。技の反動で落下の勢いを和らげ、落下地点の障害物を取り除く。ついでに土埃を巻き上げる事で落下後の指示を出しにくくする目的もあるかもしれない。惜しむらくは反動のある技を使ったことくらいだ。これで反動の無い技であれば落下の瞬間に別の技を使って落下の衝撃を受けきれたかもしれないが、残念ながらこのままだと反動で動けないまま諸に地面に叩きつけられる。

 

 おまけにつくねにも絶対に離すなと指示を出している。これはなにも落下するまでの指示ではない。改めて別の指示を出すか離せと指示をするまでは何があろうとも絶対に離さない。力尽くで振り払われればその限りではないが、素の能力で劣る上に両翼を抑えられているピジョットには不可能な選択だ。

 

 

「ピジョット……っ!」

 

 

 土煙の中から落下音が聞こえたが追加の指示はまだ出さない。落下によるダメージは未知数だが悪足掻きは出来ない様に体は抑えてある。既に僅かな時間差で勝敗が左右される段階は過ぎた。今は状況が不明な状態で適当な指示を出すよりも、状況を判断してから的確な指示を出す方が有効な状況だ。

 

 ジムの天井が無い事もあってジム内の風通しは良好。ほんの数秒で土煙は風で流れ元の見晴らしが戻ってくる。そこにはクレーター状に抉れた地面に抑えつけられて藻掻く青白い粒子の塊とそれを抑えつける白い粒子の塊がいる。ダメージの程は分からないがまだ動けるのならトドメの一撃を入れて終わりにしよう。

 

 

「「はかいこうせん!!」」

 

 

 ハヤトと指示が被る。片やトドメの一撃、片や最後の悪足掻きだがその指示に籠める気迫は同じだ。

 ピジョットの両翼を両足で抑え口からはかいこうせんを放つつくね。対して首を180度曲げてはかいこうせんを放とうとするが何も出せないピジョット。どうやらまだはかいこうせんの反動から抜け出せていないらしい。結果、つくねの放ったはかいこうせんがピジョットを飲み込み、先程の土煙の倍以上の土煙が巻き起こる。

 

 おそらく勝負は決まったが、念の為まだ警戒は解かず、徐々に晴れていく土煙を眺めておく。数秒して一際強い風が吹き、土煙が晴れればそこに立っていたのはつくね。足元に抑えつけられたピジョットは粒子の色を残しているがピクリとも動かない。

 

 

「ピジョット!」

 

「おつかれさん。ゆっくり休んでくれ」

 

 

 所定位置を離れてピジョットに駆け寄るハヤトを見て、バトルの終了を察しつくねをボールに戻す。最初はどうなるかと思ったが蓋を開けてみれば圧勝と言ってもいい結果に終わった。結果良ければ全て良しだ。

 

 

「……ちくしょう。父さんが大切にしていたポケモンが……」

 

 

 バトルが終わったので指導に入ろうかと思ったが、聞こえて来た言葉に近寄る足を止める。ハヤトは動かないピジョットを前にして膝を付いて涙を流している。聞こえて来た言葉的にあまり良い方向を向いているとは思えないが、バトルの感傷に浸っている相手に即座に声を掛ける程野暮ではない。

 

 暫くは膝を付いて泣き言を漏らす姿を眺めていたが、ハヤトは徐に立ち上がり、ピジョットをボールに戻して真っ直ぐにこちらに視線を向けた。その眼は僅かに充血して赤くなっているが先程まで泣いていたとは思えない程力強い。泣き言を吐き出して気持ちの切り替えをするタイプなのだろうか。

 

 

「まずは非礼を詫びさせて欲しい。本当に済まなかった」

 

 

 歩み寄って来たハヤトは近づくなり、謝罪の言葉と共に頭を下げる。この反応は想定外だ。

 

 

「いえ、お気になさらず(どういう心境の変化だ? 声色的に本気で謝ってる感じはするけど……バトル前にポケモンを嗾けて来た事か? でもなんかそういう感じの声色じゃないんだよな。バトル前の謝罪は負い目を感じて恐る恐るって感じだったけど、今は堂々としてるっていうか……これは何に関して謝ってるんだ?)

 

「いや、そうはいかない。俺は君の、いや、貴方の強さを疑っていた。そして事も在ろうに貴方を信じられずピジョンに襲わせる愚行まで犯してしまった。本当に申し訳ない」

 

「まあ仕方ないと思いますよ。いきなり来て好き勝手言った僕も悪かったんで(そっち系か。強い人には敬意を払うって感じの。それとあれだ。相手が本当の事言ってたのにそれを勝手に疑って短慮な事をしたってのもありそうだな。なんとも体育会系というか脳筋というか。気質的にはグリーンが近いか)」

 

「それでもだ。ジムリーダーとして然るべき対応を取らなければならなかったというのに……我ながら情けない真似を……」

 

「分かりました。謝罪は受け取らせて頂きます。だから頭を上げてください(結構面倒な性格してんな……不器用の方が正しいか。誇り高いって言えばそうなんだろうけど、ちょっと自分を責める方に進む癖がある)」

 

「感謝する……それと……こんな事は今更頼めた義理でもないんだが……恥を承知で頼みたい。どうか俺にも指導をお願いできないだろうか」

 

「まあ元からそのつもりで来てましたから、別に構いませんけど(なんかここまで態度変わるとちょっと気持ち悪いな)」

 

「そうか! ……ならどうすればいい? もう一度試合をさせて貰った方がいいだろうか?」

 

「別に大丈夫ですよ。一度戦えば癖とか色々見えてきますから。失礼ですがさっきの戦い方も指導半分みたいな感じだったので後はお話だけさせて貰えれば(まあ勝つだけで良いならもっと簡単なやり方もあったし嘘ではないな)」

 

「そうだったか。全くそんな風には……いや、そうなんだろうな。今日の勝負は俺の完敗だ。あらゆる面で負けていたと痛感させられた」

 

「まあ、これでもジムリーダーの指導をする立場に就いてますからね。それで弱かったら話にならんでしょうよ(ちょっと悩んだな。まあ本気っちゃ本気だけど、全力って訳でもないからな。本気で集中状態込みならつくねで即三縦出来ただろうし)」

 

「それもそうか……おっと済まない。ずっと立ち話もなんだ。ちょうどジムも閉める時間だし、今から少し時間を貰えるだろうか」

 

「勿論です。そこまで長くはならないと思いますが、ハヤトさんの都合が良いなら今からでも少しお話させて下さい(納得すんなよ。名選手が名監督じゃないって言葉を知らんのか。強いからって教えるのが上手いとは限らんだろ)」

 

「分かった。ならジムを閉めてくる。そこの扉の先が応接室になってるからそこで待っていて貰えるか?」

 

「分かりました。では先に部屋で待ってますので」

 

「俺もすぐに行く。棚に飲み物があるから好きなものを取ってくつろいでいてくれ」

 

「お気遣いどうも。それとゆっくりでいいですよ。足怪我してるんですから悪化しない様に気を付けてください」

 

「……バレていたか。なに、大したことはないさ。少し捻っただけ。愚行を犯した罰にしては軽過ぎるくらいだ」

 

「……まあその辺は自己判断でお願いします。私は先に部屋に行きますから」

 

「ああ。少し待っていてくれ」

 

 

 ジムの入口に向かうハヤトを見送って、ハヤトが指差した応接室に向かう。目的の達成という観点で見れば大成功の筈だがどこか気持ちが悪い。矛盾を感じた時の気持ち悪さとは別種の居心地の悪さを感じる。

 

 

(なんかなぁ……。あの手の体育会系っぽいのは転がしやすくはあるから嫌いではないんだけど……ノリというかツボがなんか俺と違うから苦手なんだよな。真面目なのも良いけど真面目の種類的に微妙に反りが合わない。真っ直ぐに本気の感謝とか謝罪を入れる奴はどうも苦手だ。多分気持ち悪いのはこれだろうし。でもああいうのは適当に流すのもなんか悪い気もするんだよな。嫌いじゃないんだけど扱いに困る)

 




早いものでもう十二月ですね。ワクチンの副反応で苦しんでいたのがもう遥か過去の事の様に思います。

投稿頻度は下がってしまっていますが、なんとかエタらずに今年一年書き続ける事が出来ました。これもひとえに稚作を読んでくださる皆様のおかげです。

これが年内最後の投稿になると思います。また来年もよろしくお願い致します。


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不自由な人

明けましておめでとうございます。

新年一発目から遅くなって申し訳ありませんが、続きが出来ましたのでどうぞ。

本年もよろしくお願いします。


「では指導を始めますが、私なりのやり方でやりますから情報の取捨選択はハヤトさんにお任せします。あくまでも私の指導は進む道を強制するものではなく、進める道を増やすものと認識しておいてください」

 

「宜しく頼む」

 

 

 キキョウジムに設けられた応接室。これといった特徴も無い極々普通の応接室でソファに座り、ハヤトと向き合い指導を始める。最初こそごちゃごちゃとしたがきっちり纏めてあるべき形にまで持ってこれた自分の手腕を褒めてあげたい。

 

 

「ではまず総評からお伝えします。ハヤトさんは有利な相手にはとことん強いけど、不利な相手にはとことん弱い。典型的な嵌まれば強いタイプです」

 

「そういう評価になるか」

 

 

 当然の評価だ。なんならメンバー全員に一貫した弱点を放置している愚か者というのが本当の評価だが一応オブラートに包んだ言い方をしておく。最初からいきなり愚か者扱いしていては関係性が悪くなる。それは指導する側として望むところではない。

 

 

「はい。なんと言ってもメンバー全員同じ様なタイプの鳥ポケモンですからね。長所も短所も完全に一貫してますので、選出の時点で出来る事と出来ない事がある程度決まってます。同じ様にタイプ統一してる他のジムリーダーと比べても得手不得手の影響を強く受けるでしょう。メンバーの選出に関しては、拘りもあるでしょうからあまり口出ししたくありませんが、そのメンバーを変えるつもりが無いなら結構厳しい部分はあると思います」

 

「そうだな。そこは否定できない」

 

「参考までにお聞きしますがもし六対六のフルバトルだったら残りの三体は何がいますか? もしかして他の三体も似たタイプですか?」

 

「今日の三匹以外となるとぺリッパー、ドンカラス、ヨルノズクだな。場合によってメンバーを変えることもあるが基本的にはその六匹が固定のメンバーになる」

 

 

 残りの面子を聞いて軽く眉を顰める。弱点を補完できるポケモンが居たのにそれをメンバーに選出しない理由が分からない。ゲームなら兎も角として、現実では空を飛んで水技を使えるペリッパーなんてドサイドンの天敵に近い。

 

 

「……聞きたいんですが今日の選出なんであの三体だったんですか? 普通なら相性を考えてぺリッパーやドンカラスを入れません? 少なくとも私なら相手がドサイドンを出してきた時点でぺリッパーは確実に出しますが」

 

「そう言われると言い返せないが……未熟を承知で言わせて貰うなら意地だろうか。最初はスピードで撹乱するつもりでムクホークを出したが、思った以上に手も足も出なかった。それを認められずオオスバメを出したんだが……その判断が失敗だったと気付いた頃には後の祭りだ」

 

「スピード勝負って狙いがあったならまだ良いです。特に狙いも無しにあの選出だったなら擁護出来ませんが、狙いがあったならそれはただの判断ミスで済みますからね」

 

「ミスはミスなんだがな」

 

「それはそうですが治せる範囲って事です。指導しようにも個人の思想とかが絡んで治す気がなかったらどうしようもないですから。あと一番嬉しいのは自分でミスだと自覚している事です。自分の判断をミスと自覚して治そうとする事は中々出来ません。そういう人の方が私もやりがいがあるってもんですよ」

 

「そう言って貰えると助かる」

 

 

 ちょっと納得いかないが理由があるなら良いだろう。プライドの為に勝ちを捨てるのは愚かだが理解は出来る。自分にだって意地を張って最適解から外れた行動を取った経験があるので強くは言えない。

 

 

「では今後の方針について決める為にハヤトさんの長所と短所についてお話します。まず長所、これは言わずもがな空という得意フィールドがある事。飛行ポケモンを使うなら誰もが持つ長所ですが、私が見る限りハヤトさんにはそれを使いこなす為に必要な適性があります」

 

「適性? それがどんなものか聞いても?」

 

「一言で言うなら空間認識能力、別な言い方だと距離を測るのが上手いとか視野が広いって言い方になりますかね。フィールドを平面的に捉えるだけなら普通のトレーナーにも出来ますが、ここに空を加えて三次元的になると一気に難易度が上がります。この適性が無くても飛行タイプを使えない訳じゃありませんが使いこなすってなると必須の適性です」

 

 

 本当にそういう適性があるかは謎だが多分ハヤトには空間認識能力に近しい技能はあると思う。実際につくねを使っている身で問題に感じるのは戦闘中に距離感を測るのが難しい事だ。比較的目測に慣れている自分であっても戦闘中の距離感は曖昧にしか分からない。

 

 ポケモン化で得た身体能力とほぼ相手に突っ込むか退くかしかさせない戦い方で補っているが、空を飛んで相手との距離を調整しなければならない鳥ポケモンはまともに使える気がしない。そんな鳥ポケモンを使ってジムリーダーにまでなったハヤトならその手の技能を持っていても不思議ではないだろう。

 

 

「あまりそういう事は考えた事がなかったな」

 

「嫌味な言い方になりますけど考える必要が無いのは適性があるからでしょう。人間の身体構造の話になりますが人の目っていうのは構造的に横を見やすい様に出来てるんで縦を見るのは苦手なんです。横に並んだものを同時に見るのは簡単だけど、縦に並んだものを同時に見るのは難しいって言えば分かりやすいですかね。なので空にいる飛行ポケモンの位置を把握しながら地表にいる相手ポケモンの位置を把握するってのは視野が狭い人間には出来ません。一つの場所に集中を向けやすい人なんかは特に無理でしょうね。これが視野の広さです」

 

「そういうものか」

 

「そうです。それでもう一つが距離を測るのが上手いってことについて。これは実例を挙げましょうか。ハヤトさんはこの手の位置をすぐに言葉に出来ますか? ハヤトさんから見て何mくらい離れた位置で地面から何mくらいの高さかでいいです」

 

 

 そう言って右手を握り、顔の横に近づける。ハヤトとの距離は自分の身長より短いくらいなので凡そ1.5m前後、地面からの高さは座高的に1m前後だろう。

 

 

「大体になるが俺からだと1.5m弱、高さは1mより少し高い位じゃないか?」

 

「じゃあこれはどうですか?」

 

 

 今度は席を立ってハヤトから離れた位置で拳を握る。先程まで座っていた位置から横に一歩、ハヤトから離れる様に四歩移動して、立ったまま顔の高さで拳を握った。自分の歩幅は一歩が凡そ75㎝、大まかな計算になるが先程に比べて3m少々離れただろう。そして高さは身長から考えて凡そ1.7m程度だ。

 

 

「俺から大体4.6m、高さは1.7mくらいだな」

 

「結構です。ではその位置を割り出す時に何か基準にしましたか? 例えば距離を出す時に机や部屋の大きさを基準にしたとか、高さを出す時に身長や周りの家具の高さを基準にしたとか」

 

「いや、そこまではしてないな。勘だ」

 

「この程度の距離なら私も大雑把に把握できますが、それでも基準が無いと距離と高さを正確には出せません。ハヤトさんは空を飛んでるポケモンを見た時にそのポケモンの位置がすぐに理解出来ますか? 大体何m離れた距離で大体何mの高さを飛んでいるかくらいで良いです」

 

「? 勿論そのくらいなら出来るが」

 

 

 本当に空間認識に高い能力を持っているらしい。無いなら無いで上手い事言って誤魔化すつもりだったが、やはり持っていた。羨ましい事だ。

 

 

「それが距離を測るのが上手いって事です。距離が短いなら誰でも出来るでしょうが距離が開くごとにそれは困難になっていきます。地面に立ってるものでも距離が開くとその距離感はどんどん曖昧になる。それが空を飛んでるものなら尚更です。横軸で何m離れていて、縦軸で何mの高さにいるのか、これを知る為には見えている対象の大きさや見上げている首と視線の角度から色々と考えないといけませんが当然戦っている時にそんなことをする人はいません。だから皆感覚で位置を把握してますけど遠近感や距離感が優れてる人と優れてない人では把握出来る情報に大きな誤差があります」

 

「そういうものなのか?」

 

「私自身ドードリオを使っているから分かる事ですが、空と地上の両方を視野に収めて戦うっていうのは結構難しいです。その中で空を飛んでるポケモンの位置まで正確に把握する事は私には出来ません。他にも理由はありますがこれは私が接近戦を好む理由でもありますね。私はどちらかと言えば視点を一点に絞って集中するタイプですから、極力相手のポケモンと自分のポケモンを近づけて視野の広さや細かな距離感を必要としない状況を作らないと空中戦では本領を発揮できません。私と戦って全体的に近接戦を狙ってるなって感じしませんでした?」

 

「そういった片鱗はあるにはあったが特に不思議には思ってなかったな。鳥ポケモンってだけで地面に降ろせば弱いと考えるトレーナーは多い。はっきり言って殆どが一度は接近戦を狙ってくる」

 

「ああ、成程。まあ、とりあえず長所についての説明は以上です。才能に起因する部分なので実感は湧かないかもしれませんが」

 

「いや、勉強になった。ちょうどうちのジムトレーナーにも射程の合わない技をよく使う奴がいるんだ。てっきりセンスの問題だとばかり思っていたがそういう理由もあったのかもしれん。今度そいつには距離の測り方を教えてみようと思う」

 

「そういう人には近接戦を教えた方が良いですよ。距離の測り方なんて結局は才能の話になりますから、その才能の無さをカバーする戦い方を教えないと大半が潰れます。私なら相手との距離の詰め方とか乱戦になった時の離脱の見極めなんかを教えますね」

 

「そうか。参考にさせて貰おう」

 

 

 ひとまず長所のついては理解して貰えたようだが評価に困る。教わった事を自分なりに理解して使おうとしている点をプラスと見るか、自分の長所として教わった事なのに自分に活かすよりも先に他人に活かす事を優先して考えている点をマイナスと見るか。せめて自分にどう活かせるかを考え抜いた上で他人に活かすことを考えて欲しい。

 

 

「ちょっと話がズレましたが話を戻します。次は短所ですね。決定力の無さに備えの不足、弱点の放置。……と分割すれば色々な要因がありますが、纏めると長所を活かせていないの一言で片付くでしょう。個人的にはメンバーの選定というのもありますが、これは好みや拘り、適性の問題もありますから目を瞑ります」

 

「待ってくれ。長所を活かせてないとはどういうことだ?」

 

「それを今から説明します。まずハヤトさんの戦いにおける欠点について説明しましょう。本来の飛行ポケモンの長所は先程言ったように空という自身のフィールドがある事です。ですが今日の戦いでハヤトさんがそれを活かせたかと言えば答えはノー。

 まずムクホーク。空を飛んで距離を取ったまでは良いです。問題はここから。まず私の出したドサイドンに対して有効な遠距離攻撃がありませんでしたね。タイプ相性と純粋な強さの問題もありますがそれだけで全ての技が通らなくなるなら準備不足です。ついでに地中に潜られた際の対処も後手後手でしたしね。それでその後が一番の問題です。折角距離を取って自分の領域である空に居たのに、有効な技が無いからといって無暗に突っ込んでドサイドンの得意分野で勝負を挑んできました。これは相手の土俵に乗る行為です。

 続いてオオスバメ。近距離戦は不味いと思ったのかはかいこうせんによる遠距離戦を狙っていましたが技の選定が駄目です。オオスバメは空を飛ぶ事で技を回避出来るだけの距離を強制的に相手に押し付ける事が出来ていました。それに前後左右上下斜め、地上にいると重力や地面という壁で遮られるあらゆる方向への回避が可能でしたし、地に足が着いてないので単純な物理攻撃なら衝撃を受け流す事も出来ました。なのに破壊力があるってだけの理由で反動のある技を使って相手に付け入る隙を作った。これは空を飛んでいる事の長所を真に理解出来ていないからの行動です。

 最後にピジョット。最初のムクホークで学んだ教訓を忘れたのかここでまた接近戦です。まあ捕まらない自信があったのかもしれませんが、あの程度ならやろうと思えばドサイドンでも倒せます。なにせドサイドンを倒す為に有効な技が何も無いですからね。でもそれじゃあ芸の無い長期戦になるのでドードリオに交代しました。そしたら態々足を止めて攻撃してくれましたから簡単に地面に叩き落とせましたよ」

 

「……」

 

 

 思い返して言葉にしてみると中々に酷い内容だ。相性や実力差もあったがそれでもやり様はある。真っ向勝負に拘らずに遠距離戦に徹すれば多少は勝負になった。近距離戦をするにしても速度に任せて玉砕覚悟で突っ込めば一矢報いる事は出来た筈だ。そうならなかったの中途半端な選択をしたハヤトに問題がある。

 

 が言い方は配慮しなければならない。心を抉る為に言葉を鋭くする事は幾らでも出来るが、それで反感を買っては台無しだ。ハヤトの黙りこくった顔を見ていると心の中で加虐心が疼くがあまり虐めても仕方がない。

 

 

「ハヤトさんがさっきの戦いをどう見ていたかは分かりませんが、この相手側からの意見を聞いてみてどう思いますか? 本当にハヤトさんは自分の長所を生かした戦い方をしたと言えますか?」

 

「……いや、返す言葉も無い」

 

「でしょうね。では何故そんな事になるのか理由を考えないといけません。空を飛ぶ事に特化したポケモン達がいて、その戦い方が出来る適性をハヤトさんは持っている。フィールドは空を飛ぶ事を妨害する環境でもなく、相手の行動にもポケモンを地に縛り付ける要素は無いと長所を活かすのにこれ以上ないほど好材料が揃っています。なら何が駄目なのか。答えは使い方です。如何に良い材料があっても使用用途を間違えば望んだ結果は出せません」

 

「……」

 

 

 言葉を聞いたハヤトが何やら考え込んでいるが分かりにくかっだろうか。自分的には簡潔に言いたいことを言えたつもりだが、聞き手側からすれば分かりにくいのかもしれない。

 

 

「難しかったですか? ……じゃあ別のもので例えます。貴方は茹で卵が作りたくて、手元には湯が入った鍋がある。ついでに卵に熱を通して作るものだと知っている。なのに貴方は湯を捨てて鍋で卵に火を通して目玉焼きを作った。材料も環境も知識も揃っているのに使い方を間違えた所為で望んだ結果とは別の結果が出た訳です。分かりやすいでしょ?」

 

「ああ、すまない。別に理解できなかった訳じゃないんだ。ただ長所を理解してないと言われて、どうすればいいかが思い浮かばなくてな。ちょっと考え込んでしまった」

 

「ああ、そういう……。まあとりあえず長所を活かせてない事は理解出来たとします。それで丁度気になってるみたいですから次の議題は長所を活かす戦い方がなにか模索するにしましょう。私から答えを言っても良いですがこれは一緒に考えましょうかね」

 

「恥ずかしながら分からないんだ。いや、自分なりにこうすれば良かったという考えはある。だがそれが正しいのか自信が持てない」

 

「まずは言ってみればいいんじゃないですか? 違うなら違うって言いますよ」

 

「それもそうか。……なら、俺が考えていたのは間合いだ。認めるのは癪だが俺のポケモンは決して耐久力に優れる訳じゃない。さっきの欠点の話にもあったが本来はスピードを活かして相手の攻撃を躱してこそだ。だからもっと距離を取って……いや、ひたすら距離を取り続けて戦うべきだった」

 

 

 大体正解だ。別に遠距離と近距離のどちらを選んでも構わない。遠距離でも中距離でも近距離でも必要なのは距離に応じた戦い方に徹する事。勝利へと繋がるやり方を決めてそれを達成するように物事を進められるなら作戦だって何でもいい。ただその中でも遠距離が一番合っていると個人的には思う。

 

 

「間違ってはいませんが五十点ですね。確かに防御の面で間合いは重要です。空という相手の手の届かないエリアで機動力を存分に使いひたすらに攻撃を躱すのは飛行ポケモンの常套戦術の一つと言えるでしょう。でも逃げるだけでは勝つことは出来ません。攻撃面に関してはどうお考えですか?」

 

「俺が悩んでいるのはそこなんだ。今までにも何度かその悩みにはぶつかる事があった。障害物を盾に攻撃を無力化されたり、地面に潜って攻撃を躱されたのも今日が初めての事じゃない。だが今までは力押しでどうにか出来た。相手が反応出来ない程の速度でどうとでもなっていたからな」

 

 

 今までにも弱点を狙うような相手に会った事があるだろうとは思っていたが対抗策が力技過ぎる。相手が対応できない速度で攻撃するのは武器を活かしていると言えなくもないが、もう少しやり方があるだろう。レベル差によるステータス差でのごり押しが有効なのは認めるが、そんなやり方をしていては同格以上には勝てない。それは誰よりも自分が分かっている。

 

 

「別に悪い事じゃないでしょう。力押しであっても解決策は解決策です。ただ根本の解決が出来ている訳じゃないから格上には通用しないでしょうね」

 

「その通りだ。最初に言われた通り、俺のやり方は通用しない相手にはとことん通用しない。自分でも分かってはいるんだ。同格以上の相手になると俺は相性の悪い相手にはいつまでも勝てない」

 

「まあそうなるでしょうね。自覚してるようですが嵌まれば強いってのはそういうもんです。上手く嵌まる相手になら勝利を取りこぼさない。反面、嵌まらない相手には中々勝てません。少し違う言い方をするなら実力はあるけどそれを十全に発揮できる相手や環境が限られてるってところでしょう」

 

「そうとも言えるか……だがそれが分かったとしてもな」

 

 

 とりあえずの指導方針は決まった。実際に戦った時も薄々感じていたが、ここまでの言を聞けばハヤトにはこれといった得意戦術、必勝パターンが無いのはほぼ確定。その場その場で最適と思う判断をして戦い方を決めていると言えば聞こえは良いが、どちらかと言えば場の雰囲気や感情に振り回されているという表現が正しい。

 

 感情に突き動かされやすい人間は簡単に罠に嵌まる。それを回避するためにも得意戦術は作っておいた方が良い。得意戦術や必勝パターンとは、簡潔に言えば勝利への道筋を簡略化するものだ。開戦から勝利までの道筋を正確に予測できないからこそ、得意戦術を決めてその盤面に持って行けば勝ちという状況をあらかじめ作っておく。そうすれば一から十まで全てを予測しなくても一から五まで予測するだけで済む。

 

 逆を言えばその状態でジムリーダーに登り詰めたハヤトにはポテンシャルの高さを感じられる。ポケモンのレベルの高さもあるだろうが、本能的に最善手を掴むことに長けているのかもしれない。この手の人間は少し戦術を覚えるだけで一気に化ける。相手の事が分からない前半を本能で乗り切って得意な盤面に持って行き、後半は必勝パターンをなぞらえて勝つ。そういう方向に育てたいところだ。

 

 

「ではここまで話した事を踏まえてハヤトさんには二つの選択肢からどちらか一つを選んで貰います。一つは長所を伸ばすやり方、もう一つは短所を補うやり方です。今のハヤトさんの実力を10とすれば、有利な相手にならその10の力で戦える、でも苦手な相手には半分の5の力しか出せないのが現状です。長所を伸ばすのは苦手な相手にも10に近い力を出せるようにするもの。短所を補うのは相手の力を5以下にするものです。好きな方を選んでください」

 

「両方って訳にはいかないのか?」

 

「無理とは言いませんがお勧めはしません。長所を伸ばすか短所を補うかだと全く別の戦い方になりますので、いきなり両方に手を出しても中途半端になる恐れがあります。状況によって戦い方を使い分ける自信があるなら両方やっても良いですがまずはどちらか一つを身に付ける方が良いでしょう」

 

「まずは内容を聞かせて貰えないだろうか? 選ぶにしても中身を知らない事には何とも言えないんだが」

 

「まあそうですね。じゃあとりあえず両方教えておきますけど中途半端が一番駄目になるので実行するのは片方だけにしてください。まずは長所を伸ばす方向。こちらでは間合いに拘る事と遠距離での立ち回りについて学んで貰います」

 

 

 鳥ポケモンの長所を活かすならどうしても遠距離戦が主軸になる。火力がそこまで高くなく、耐久面においても堅牢とは言い難い。優れているのは得意なフィールドがある事と飛行速度の速さ位だが、その速さだって近距離戦になれば事故の元になりかねない。時には近距離戦が必要になる事もあるだろうが全体的な勝率を考えれば事故の少ない遠距離戦に軍配が上がるだろう。

 

 

「それとこれは共通の事なので先に言っておきますが、まずは自分の土俵で戦うというのがどういう事が理解してください。自分の土俵で戦うとは自分の得意な環境で戦う事、そして相手に戦いにくい環境を押し付ける事です。最適解は相手によって変わるんですが、これについては自分と相手の使っているポケモンが逆だと考えた時に一番やられたくない行動を考えてください。今日のバトルで私が壁を作って遠距離攻撃を妨害したり、地面に潜って相手が攻撃出来ない環境に逃げたのがこれです」

 

「分かった」

 

「ではそれを踏まえて遠距離での立ち回りについて。遠距離での戦いにおいて最も優先すべきは安全です。例え有効な遠距離技がなくても、有効な近距離技を叩き込める隙を見つけても、何よりも優先して攻撃を回避出来るだけの安全な距離を保ち続ける事。一発逆転を捨てて、安全圏から相手を削る事だけを考えて下さい。飛べないポケモン相手なら空に逃げるのも良いです。飛べるポケモン相手ならついてこれない様に敢えて地平すれすれを飛ぶのもありでしょう。ただ一つ、相手の攻撃を回避できるだけの距離さえ開ける事だけ忘れなければどのような行動を取っても構いません」

 

「だがそれで本当に勝てるのか? さっきのバトルみたいに攻撃が通らない時はどうすればいいんだ?」

 

「効果が薄いと効果が無いは違います。有効打でないとしても僅かなダメージも受けてない訳じゃありません。僅かなダメージの蓄積も大技一発の大ダメージ同じです。安全圏から一方的に攻撃を当て続ける堅実な戦い方が最も勝利に近い立ち回りです」

 

「……しかしジムリーダーとしてそういう戦い方はな……」

 

「別に私の言う事を一言一句そのまま実行する必要はありません。私が教えた事をハヤトさんが納得出来るやり方に変えればいいだけです。それとなんか話を聞いただけで出来る風な雰囲気出してますけど多分出来ませんよ? 安全圏としか言わなかったから簡単に聞こえるかもしれませんけどその見極めは困難です」

 

「そうなのか?」

 

「相手のコントロールにも関わる話ですがただ距離を取れば良いって話じゃありません。遠すぎても近すぎても駄目。攻撃を回避できるギリギリの距離を見極めてその距離を維持する必要があります。例えばですけどハヤトさんなら相手のポケモンとの間に500mくらい距離があったら攻撃しますか?」

 

「……いや、流石にその距離は無理だ。やるとしても牽制目的だな」

 

「でしょう? まあ500mってのは流石に言い過ぎましたがそれぞれに射程距離ってのがあるんですよ。攻撃が当たる距離、攻撃の威力が減衰しない距離の事ですね。その射程距離に入れば攻撃を受ける、でも射程距離から離れすぎると相手は攻撃を諦めて守りに入る。だからこそ相手の射程距離ギリギリの距離を保たないといけません。そうやって相手に守りに入られない様にコントロールしつつ、確実に削るのが遠距離での戦い方です。その見極めがハヤトさんに出来ますか?」

 

「……難しいだろうな。距離を取ったり距離を詰めるだけなら出来るが一定の距離を保つのは難しい。相手との速度差があればある程難しくなる」

 

「有名な対策は相手を中心に円を描く様に動く事です。相手に対して真っ直ぐ進むか退くかだけだと速度差でどうしても距離が狂うから円形に動く事で一定の距離を保つんです。まあ相手も動きますし、攻めの時と守りの時で射程距離も変わるので微調整は必要になりますがただ真っ直ぐに進むか退くかよりは遥かにやり易いでしょう」

 

「むぅ……言うのは簡単だが……考えれば考える程難しいな」

 

「誰でも簡単に出来るならもっと世に広まってますよ。でも私は出来もしない事は教えません。間合いを見極めて適性な距離を維持するに必要な才能をハヤトさんは持ってます。空間認識能力が低いと距離を見誤って射程圏内に入ったり、過剰に距離を取ってただ逃げ回るだけになります。ハヤトさんなら出来ると思ったからこういうやり方を指導してるんですよ」

 

「……そんな言い方をされると……頑張って身に付けざるを得ないじゃないか」

 

 

 なにやら気合を入れているが乗せられ易過ぎやしないだろうか。戦闘における視野は広いのに、どうも性格面は視野が狭い。性格と適性が一致しないのは珍しくもないが、どうも違和感が残る。本当に自分の見立てが正しいのか心配になる様な態度を取らないで欲しい。

 

 

「気合入ってるとこ申し訳ないですけど、まだもう一つのやり方が残ってるからそっちを聞いてから決めてください。次は短所を補う方向。こちらは二つ学んで貰います。一つは距離に拘らない事、もう一つは近距離での立ち回りです」

 

「待ってくれ。そうなると長所を活かすというのはどうするんだ?」

 

「その得意な環境でないと長所が活かせないって考えがそもそもの間違いです。長所なんて所詮は戦いを有利にする武器の一つに過ぎません。長所があるからってそれに拘って不利になるなら本末転倒でしょう? ハヤトさんにも言えますが苦手な相手にとことん弱いタイプの人って長所以外に武器が無いと思い込んで他の事をしないからそういう発想になりがちです。その考えは早めに治したほうがいいですよ? 癖になったら冗談抜きで一生勝敗を相性に振り回されます」

 

「……」

 

「まあ黙るって事は自覚があるんでしょう。続けますけど、このやり方は相性を意識する相手にこそ有効な手段になります。何も考えずに戦いを挑んでくる相手には今まで通りでも構いません。そして相性を意識して近距離戦を狙い、且つ間合いを詰める程の実力がある相手には不意打ちで奇襲を仕掛けます。如何にも遠距離戦しか出来ませんよと長所をひけらかしておいて、いざというタイミングで先手を打って接近戦を挑む。そこできつい一発を入れてやれば相手は迂闊に近距離戦を挑めなくなりますから、また離脱して得意な距離で戦う。そうやって遠近をスイッチする事で相手を威圧して、相手の苦手な距離を押し付けられるのが距離に拘らない強みです」

 

「……そういう考え方もあるか。敢えて得意を囮にする訳だな」

 

「その通り。私が言ってるのは長所を捨てろではなく、長所に拘るなです。例えば私が水ポケモン……トサキント辺りにしましょうか。水場があるのに敢えて陸にトサキントを出したらどう思いますか?」

 

「……チャンスとは思わないだろうな。露骨に苦手な場所に出されたら何かあると警戒する」

 

「この例えだと場の有利を捨てる事で相手に警戒を抱かせ攻撃する機会を潰したって事になります。まあこの例えだとその後が続かないので下策ですが、ニュアンスが伝われば良いです。ハヤトさんの場合は空を主軸に戦うポケモンが敢えて地に降りるとか、明らかに遠距離戦向けのポケモンが突然近距離戦を挑むって使い方になりますかね」

 

「だがそこからはどうする? 苦手な戦い方を挑むのはリスクが大きすぎる。それなら最初から得意な環境で戦う方が良いんじゃないか?」

 

 

 何故今更になってそんな質問が出てくるのか分からない。その質問への答えは数秒前に言ったばかりだ。ここまで話した感じだとハヤトの理解力は決して低くはない。なのに数秒前に話した答えと質問が結び付いていない。話を聞き流しているという線は無いだろうから、遠距離の話と内容が混ざっている辺りが濃厚だろうか。

 

 

「何言ってんですか? さっき言ったでしょ? 不意打ちしたら自分の得意な距離に戻って良いって。長所に拘るなってのは苦手な戦いを続ける訳じゃありません。苦手な状況、というかどんな状況でも打てる手があるって相手に錯覚させて得意な戦い方に持ち込ませない事が目的です。そもそもバトルにおいて戦えなくなる条件が相手にバレた時点で殆ど負けですからね。障害物を置くだけで無力化出来る、地面に潜るだけで無力化出来るなんてバレた時点でほぼ負けが確定します。そういう戦えない状況で使える引き出しを一つでいいから持っておけって話です」

 

「ああ、そうか、確かにそう言っていたな」

 

 

 返事を聞いて分かったが多分キャパオーバーだ。おそらく長所の話と短所の話、両方の話を聞いて内容がこんがらがっている。よくよく考えてみると短所の話をし始めた時に、初っ端で長所をどうするか聞いてきた辺りからちょっと怪しかった。話す側としてはしっかりと話に区切りを設けたつもりだったが、聞く側からすれば急に真逆の話をされたから内容が混合したのだろう。

 

 

「もしかして俺の話適当に聞いてます? 真面目に聞かないならもう終わりにしますよ?」

 

「いや、すまない。そういう訳じゃないんだ。ただちょっと覚える事が多すぎて混乱してしまったんだ」

 

「だから言ったじゃないですか。どうせ長所の話と短所の話から良いとこ取り出来たらと思って頭の中で混合してるんでしょ? どっちか選べって言ったのに欲張るからそうなるんですよ。考えてること当ててあげましょうか? 基本は長所で言った様に遠距離戦に終始して、いざという時には短所の方で聞いた事を実行しようとしてるんでしょ?」

 

「……」

 

「沈黙は肯定と受け取ります。ハヤトさんの考えてるそれは無理です。いざとなれば近距離戦に移行出来る距離は大抵が相手の射程範囲ですから遠距離戦に終始出来ません。逆に遠距離戦に終始してて近距離戦をしないと危ないなって感じる距離まで詰められたらもう手遅れです。それぞれ適正距離が違いますから切り替えは出来ても両立は出来ません。それが理解出来ずに半端に齧った知識を都合よく解釈したら、中途半端な戦い方しか出来ない奴の完成です。そうなりたいですか?」

 

「……いや」

 

「ちょっと気になってたから言いますけど、もう少し立場を弁えてください。私がやっているのは助言進言ではなく指導です。その年齢でジムリーダーになった実力を認めて目を瞑ってきましたが、実力的にも立場的にも貴方は指導を受ける側。教えている私が駄目と言う事には全て理由がある。だから私がやるなと言ったらやってはならない。理解できますか?」

 

「……すまない」

 

「謝らなくていいので理解出来たか理解出来てないのか回答して下さい」

 

「理解した。もう勝手はしない」

 

「それでいいんです。実力も知識も経験も劣る貴方は出来ない事を出来ないと認める事から始めないといけません。俺なら出来るなんて根拠も無い自信で調子に乗って教えを歪めてはならない。駄目な理由が分からなければまず考える。それでも分からないなら聞く。そうすれば私もきつい事言わないで済む。分かりましたか?」

 

「……分かった」

 

「まあジムリーダーの人なら上手く折り合いを付けるかなって過度な期待をした私も悪かったです。だから方針を変えましょう。最初に考えていた通りにハヤトさんにはどちらか一つの戦い方を選んでもらいます。そしてもう言葉を濁しません。貴方にどう思われようがはっきりと言うべき事を言いましょう。文句はありませんか?」

 

「ああ……」

 

 

 キツイ言い方になってしまったが仕方がない。どうもハヤトには言葉の節々に自意識過剰な点が目立つ。一見遜ったように見えても、その裏側でジムリーダーである自分が優れているというプライドが透けて見えている。

 

 この手の人間は上下関係だけははっきりさせておかなければならない。しっかりと上下関係を示して言い含めておかねば、無駄に高くなった根拠の無い自信の下、教わった事を独自に改良しようとして失敗する。一見要所を抑えて最適化した様に見えるやり方を生み出すことは出来ても、自分で気付いていない肝心な要素を切り捨てた内容の薄いものにしかならない。身の丈に合わない自信を持つ人間は大抵一度はこの失敗を経験する。

 

 

「では続けましょう。本当なら近距離の立ち回りについても教えるつもりでしたが、これ以上は毒になりそうなので一旦教えるのは止めておきます。で、これから一つ質問をしますので答えてください。質問は貴方がどんな戦い方をしたいかです。回答をどうぞ」

 

「その……早速の質問で悪いんだが、その質問にはどういう意図があるんだ?」

 

「長所を伸ばすか短所を補うかって聞き方だと間違った解釈をしそうなので方針を変えました。ハヤトさんの望む戦い方が聞いて、どちらの選択肢の先にあるかを私が判断します。これは別にハヤトさんが悪い訳じゃなくてトレーナーとしてのタイプの問題ですから気に病まないでください。ハヤトさんみたいな直感タイプの人に理論だなんだを押し付けるよりこっちの方がいいでしょう。だからどういう戦い方をしたいかを正直に答えて貰って構いません」

 

「……俺の望む戦い方か……」

 

「はい、じっくり考えて貰って結構です」

 

「お言葉に甘えて少し考えさせて貰う」

 

 

 ハヤトが長考に入るが、はてさてどんな答えが返ってくるだろうか。幾つか候補は考えているが残念ながらしっくりくるものはない。

 

 例えば強くなりたい、負けたくないという答え。真っ先に思い付いた答えだが、どうもハヤトからそんな感じはしない。そもそも本気で勝ちたいなら鳥ポケモンに拘ろうとしないだろう。勝率やらを考えて他の飛行ポケモンを入れない時点で鳥ポケモンに拘るなんらかの理由を勝敗より上に置いている。

 

 では鳥ポケモンが好きでその好きなポケモンで勝ちたいという答え。心情的にありそうな気はするが、その割には強さへ信奉が過剰だ。少なくとも強さを疑問視した程度の問題でポケモンを人に嗾ける様な余裕の無い真似をするとは思えない。どうせ戦うなら勝ちたいだろうが、その程度の理由ではハヤトの行動を説明するには弱い。

 

 強さを求める理由と鳥ポケモンを使う理由が別という線もあるが、その場合はもう少しどちらかに偏るだろう。強さを求めて飛行ポケモンの範疇で組み合わせに拘るか、好きな鳥ポケモンに拘って強さを追う姿勢を多少弱めるか。それぞれが別々の理由だとすればより強く望む方に天秤が傾いてしかるべきだが、どちらも譲れないポイントとして揺らいでいない感じがする。ならばその両方を抑えた一つの理由である可能性が高い。

 

 その条件全てを充たす理由が浮かばない。なんとなく取っ掛かりを掴んでいる感じはするし、喉元まで出かかっている気もするが、ぴたりと嵌まる感触がない。

 

 

「……」

 

「……」

 

「……一つだけ……」

 

 

 三十秒程続いた沈黙を破ってハヤトが口を開く。もう少し時間が掛かると思っていたが、掛かった時間的には悪くない。自分の理想の戦い方を言えと言われて何十分も長考するようなら未来のビジョンが見えていない、逆に即答するようならそれは考え無しだ。そう考えれば三十秒という時間は悪くない。少々短いが自分の思い描く理想の戦い方を再確認するだけなら丁度良い時間だ。

 

 

「一つだけ言ってない事があるんだ。俺のポケモンを見てどう思ったか聞かせて欲しい」

 

「……質問をしろとは言ってませんが?」

 

「すまない。だが大事な事なんだ」

 

 

 想定外の返し、というより質問の回答と全く関係の無い事を言われても困る。質問を質問で返すのはマナー違反だと聞いた事があるが、言っていたのは誰だっただろうか。マナーなんてそこまで気にしないが、このマナーを提唱した人は尊敬できる。質問を質問で返されると確かに苛つく。

 

 それに質問も返答に困る類のものだ。ポケモンを見てどう思うも何も、他人のポケモンを見て感じる事は何も無い。普通の生き物に見えるなら愛着も湧くかもしれないが、自分の目から見ればただの粒子の塊、愛着どころか生物と見るのも困難だ。自分のポケモンならまだしも相手のポケモンなんぞ倒すべき敵としか見ていない。

 

 

「どんな答えを期待してるのか知りませんが、自分のポケモンならいざ知らず相手のポケモンの事までは分かりませんよ」

 

「……そうか。実は今日見せたあの三匹は元々俺のポケモンじゃないんだ。先代のジムリーダーだった父さんが引退した時に譲り受けたポケモンなんだよ……」

 

 

 そう言えばバトルを終えた時にボソッとそんなことも言っていた。しかし唐突に昔話を語り出したが、どう返すべきか反応に困る。父親から譲り受けたからなんだというのか。まさかとは思うが自分が育てたポケモンじゃないから言う事を聞かないとか、弱くても仕方ないなんて言い訳するつもりではないだろう。もしそれを言い訳にするなら叱り上げる必要がある。

 

 

「それがどうかしましたか? 今はハヤトさんのポケモンでしょ?」

 

「……ああ……どうだろうか? 俺はあいつらを持つのに相応しかっただろうか? 俺は本当にあいつらの望む様に戦わせてやれてるのかいつも不安になるんだ……」

 

 

 真面目に返答に困る質問だ。ポケモンを持つのに相応しいかどうかは別に良い。ポケモンが逃げ出していない時点で少なくとも一緒にいる事は認められている。それは身を持って体験している。

 

 ただ望む様に戦わせられたかについてはどうとも言えない。あけびに通訳でもさせれば分かるかもしれないが、他人のポケモンの望みなんて知る訳がない。急にこんな話をされて意味が分からなかったが、この感じだとポケモンの望む戦い方が自分の望む戦い方とでも言うつもりだろうか。もしそうならポケモンを扱うという意識が足りていない。

 

 

「まあ、相応しいかどうかについては良いんじゃないですか? ポケモンは嫌いなトレーナーの元からは普通に逃げますから、一緒にいてくれる時点でポケモンには認められてると思います。でも望む様に戦わせてるかは知りません。私に聞かれても困ります」

 

「……そうだな……すまない……」

 

「で、回答に戻りますが貴方の望む戦い方はなんですか?」

 

「俺にとっての理想の戦い方は俺の父さんなんだ……俺は子供の頃から鳥ポケモンが好きだった。父さんもそうだ。大空を羽ばたく鳥ポケモンの美しさや力強さも戦い方も全部父さんから教えて貰った。俺は空を飛ぶ鳥ポケモンを眺めている父さんが好きだったんだ」

 

「私はハヤトさんのお父さんの戦い方を知らないんでなんとも言えませんね。というかお父さんが憧れならもうお父さんに指導して貰えば良いんじゃないですか?」

 

「……それは無理だ。父さんは俺にジムを託してから旅に出てる。今どこにいるのか、何をしてるのかは分からない」

 

「呼び戻せばいいじゃないですか? 携帯くらい持ってんでしょ?」

 

「いや、二年程前までは繋がってたんだがな。今はもう繋がらなくなったよ。父さんの事だから元気にはしてると思うが」

 

「自由ってか無責任ですね。現役を退いたからって何かあれば元ジムリーダーとして呼び出しとかあるかもしれないのに」

 

「……そうだな。まあそれも込みで父さんの魅力だ。本当に自由な人だよ父さんは」

 

 

 これは思った以上に面倒臭いパターンだ。ハヤトの生真面目な性格を考えると普通なら責務を放り出した父に対して苦言の一つでも出る筈。しかし苦言どころか出てきたのは苦しいフォロー。良く分かった。どうもしっくりこないと思ってた最後のピースはこのファザコンの気だ。

 

 鳥ポケモン縛りも多分父親の所為。好みもあるんだろうが、大元に父親に憧れているから同じ様なポケモンを使うという拘りがある。それどころか憧れの人物本人が実際に使っていたポケモンを譲り受けたのが悪い方に影響して、そのポケモンを使う事に固執している。おそらく託された俺がしっかり使いこなさなければみたいな思考回路になっている。

 

 強さを求めるのも同じだ。父親への憧れが大きくなり過ぎて、多分頭の中では父親が絶対者になっている。所詮は四天王にすらなれないジムリーダー止まりのトレーナーで、使っていたポケモンも今のハヤトが使っている三匹の弱い頃なのだから大して強くもないのに、思い出補正で過剰に強い人だと認識して超えられない壁だと思い込んでいる。これが託されたポケモンを使いこなさないといけないという想いと絡んで、負けるのはトレーナーの自分が弱いからみたいな思考になっているのだろう。

 

 多分だが試合前にポケモンを嗾けてきたのもこれだ。ジムリーダーとしてのプライドもあるんだろうが、それよりも父が務めていた誇りあるジムリーダーの職を侮辱されたという想いの方が大きい。性格と合わないと思っていた疑問が気持ち悪い形で次々と氷解していく。

 

 本人がいるならハヤトの目の前で完膚なきまでに叩き潰すかハヤトと戦わせれば良いが、いないのでは手の出しようがない。せめて父親の情報があれば手の打ちようもあるが、情報すら無い状態ではハヤトの幻想を崩すのも難しい。

 

 カントー地方ではとても戦闘なんて教えられそうになかったので、この手のカウンセリングに頼っていたが、その結果弟子が出来たりして面倒な事になった。出来ればジョウトではカウンセリングはせずに戦闘技術だけを教えるつもりだったのであまり手を出したくない。

 

 アンズにしてもエリカにしてもそうだが、先代と血縁関係にあるジムリーダーにはこういう先代を過度に想う奴が多い。最も身近にいる強者なのだから当然といえば当然だが度が過ぎている。更に言えばハヤトの場合はアンズよりも数段厄介だ。アンズの場合は主体性がない故に父親を真似ていたが、ハヤトの場合は確固たる意思を持って父親に憧れを抱いている分だけ質が悪い。初手でこの手のタイプを引きたくはなかった。

 

 

「ん~……まあはっきり言うって言いましたから言っちゃいましょうか。お父さんを尊敬してるのは良いですけど、あんまり固執しない方が良いですよ? お父さんをゴールみたいに思ってたらそれ以上にはなれなくなりますし」

 

「分かってはいるんだがこればかりはな……やはり父さんは俺の憧れなんだ」

 

「まあ……まあ、じゃあもう少しはっきり言いますけどお父さんの真似は止めた方が良いです。お父さんを見たことないんで断言は出来ませんが、多分ハヤトさんとお父さんだと適性やら性格やらが違いますから、あんまり固執してると弱くなりそうな気がするんですよね。お父さんってどんな戦い方してました?」

 

「父さんの戦い方はまさしく圧巻だった。圧倒的な速度で相手に影も踏ませずに勝利を収める姿を何度も見てきたよ」

 

「ぶっちゃけそれだけ聞くとポケモンの強さでごり押ししたみたいにしか聞こえないんですよね。まあその速度についていける反応速度はありそうなんで、それが適性っちゃ適性ってとこでしょう。ちなみに遠距離と近距離だとどっちが多かったですか?」

 

「どちらかと言えば近距離になるだろうか。普段は空を飛んで攻撃の時だけ相手の懐に入って攻撃する事が多かった印象だ」

 

「じゃあ相手の隙を見つけるのが上手いって適性もあったかもしれませんね。普通に突っ込んだら返り討ちに遭うでしょうから。後は相手に恵まれたってのもあります。私ならその手の相手は完封できそうですし」

 

「ほう……父さんを完封すると?」

 

「はい。私からすればスピード勝負やらパワー勝負やらの真っ向勝負を挑んでくる相手は全員カモです。私が育て上げた四匹のレギュラーなら一匹で勝とうと思えば勝てるでしょう」

 

「……負けた俺が言える事じゃないが甘く見過ぎじゃないか? 現役を引退してはいるが俺よりも優れたジムリーダーだぞ?」

 

「甘く見てんじゃなくて事実として私より弱いんですよ」

 

「なぜそう言える? 父さんの戦いを見た事もないだろう?」

 

「戦い方は見たことないですけど、使ってたのが今日の三匹で好むのがスピード特化の近距離戦でしょう? まあ他の手札もあるかもしれませんが、そもそもあの三匹で私が使う私のポケモンを突破する方法がありません。ドサイドンにはまともに通じる攻撃が殆ど無い。ドードリオには速度を含めてフィジカルで劣る。デンリュウなら全方位攻撃で近寄った時点で倒せるし全ての攻撃を迎撃できる。ヤミラミなら身軽さで攻撃を躱し状態異常にすれば本領を発揮する前に潰せる。この四体の内の三体に勝てると思いますか?」

 

「反応できない程の速度を出せば……」

 

「言ってませんでしたけど私にそれは通じません。ハヤトさんの適性が空間認識能力なら私の適性はフィジカルです。バトル前にピジョンを嗾けた時に見たでしょう? 私は動体視力と反射神経が数段、その二つには少し劣りますが身体能力も普通の人より優れていますから相手の動きを見てから判断しても間に合うんですよ。今日使っていたピジョットの動きを見る限り、こうそくいどうを数回使っても私が反応出来ない速度で動くのは不可能です。視界外からの不意打ちならチャンスはありますが今日戦ったみたいな障害物の無いステージで出来る事はありません」

 

「……」

 

「考えても無駄ですよ。今日の三体の選出で私が選出する三体に勝つ可能性はほぼゼロ。私がひたすらに判断を誤って、相手が私が予想だにしない手を幾つも打って漸く対等な勝負になるくらいの差があります。それが貴方のお父さんが私に勝てないと判断した理由です」

 

「……もし逆だったらどういう手を打つ?」

 

「逆? ……ああ、私と使うポケモンが逆だったらですか? それでも勝つ可能性はほぼゼロです。私なら絶対に近づかずに遠距離でひたすら攻撃を避けて戦いますが、それでも一体倒せれば上々。相手が真っ向勝負オンリーならドードリオさえ出てこなければ何とかなるかもしれませんが、ちょっとでも頭使ってくるタイプだったら三匹全部自爆特攻させてなんとか一体を相打ちに持ち込むのが関の山です」

 

「つまりは最初から勝負にならなかったと」

 

「戦う前から勝敗が決まっている事なんて珍しくはないでしょう? ハヤトさんだってジム挑戦でどう足掻いても負けそうにない相手と戦った事ありませんか? そもそも。真に対等な勝負なんてこの世には殆どありませんからね。お互いにポケモンの数だけ揃えても、手持ちのポケモンの強さや相性、トレーナーの適性や頭脳、フィールドの得手不得手、戦い方の相性、そこに違いがある以上は対等な勝負にはなりません」

 

「だが最初から勝敗が決まっていては勝負とは言えないんじゃないか?」

 

「何らかの手段で競って勝ちと負けが決まるならそれは勝負です。まあ確実に勝つと片方だけが理解してても相手が理解してなければ納得できないでしょうし、相手に理解させる為なら勝負をする必要はあるんじゃないでしょうか」

 

「そういう意識で勝負をしていて楽しいか?」

 

「私にとっての勝負は何かを得たり、自分の価値を示す為の手段なので勝負そのものを楽しいと思った事はないですね。まあ勝てば安堵しますし、負けたら……うん……まだ負けた事無いんで分かりませんけど悔しいどころじゃないと思います。多分想像してるよりも凄いですよ? 死ぬ気で強さを求めると思います」

 

「……俺と戦った時はどう思ったんだ?」

 

「特には。強いて言うなら想定通りとしか思いませんでした。バトル前に鳥ポケモンの凄さを見せるって言った通りに選出は鳥ポケモンばかり、ポケモンのレベルも他のジムリーダーと大差ないから想定通り、戦い方も鳥ポケモンならこういう戦い方をするかなって想定した範囲から抜け出さない。他には特に思う事はありません」

 

「俺じゃあ真剣勝負の相手としても見て貰えないか」

 

「強かったとは思いますよ。私に負けたからといってハヤトさんがトップクラスのトレーナーだという事実は変わりません。私の事はイレギュラーとでも思ってください。タイプ相性を抜きにしたら私のポケモンに真っ向勝負で勝てるポケモンはいません」

 

 

 受け答えを繰り返す度に徐々にハヤトの目つきが鋭くなっていく。上手い言い訳が思い付かなかったから普通に受け答えしてしまったが明らかに失言ばかりだ。しかしバトルの前に理由も無ければ戦わないと言ってしまっているので、今更綺麗な理由付けは出来ない。事情を知るカントー地方のジムリーダー相手ならこの物言いでも良かったかもしれないが、事情を知らないハヤトにこの説明はアウトだ。

 

 

「だとしてもな……勝負の相手とすら思われないのはなかなか堪える。馬鹿にされてるのかとな」

 

「一応言い訳しとくと私は気質に問題がありまして、本気で相手を敵と認識した場合にはついついやり過ぎるんですよ。こちらに来たばかりの時に野生のポケモンやらポケモン目当ての人やらに命を狙われる生活を経験した所為で、どうも敵イコール命を狙ってくる相手と認識する癖があるんです。だから前もって相手を敵じゃないって思う事でやり過ぎないようにしてるんですよ」

 

「……そういう悩みもあるのか……」

 

「ええまあ。我ながら悪癖だとは思ってるんですが、そうしないと生きていけない環境にいたので。一応これでもマシにはなったんですよ。もしひと月くらい前だったらピジョンを嗾けてられた時点でピジョンとハヤトさんを敵認定して殺してたと思います」

 

 

 冗談抜きでこちらに来た直後、若しくはあの村を出た直後の余裕が無かった時期にポケモンを嗾けられていたら殺していた可能性がある。当時の実力を考えればジムリーダーの肩書の時点で逃げ出していた可能性もあるが、確立としては半々だろう。

 

 ただ、恐らくその頃ならジムリーダー相手に喧嘩を売るような物言いはしていない。そう考えると余裕が生まれるのも考え物だ。ジムリーダーを脅威から外せるだけの力があるから多少の事を許せる余裕を持てている。以前の様にジムリーダーを脅威と認定すれば態度は治せるだろうが、代わりにちょっとした敵対行為も許せなくなると思う。寛容だが嫌な奴と経緯を払うが沸点の低い奴だとどちらの方がいいのだろうか。

 

 

「まあ僕の話はいいんですよ。流石に話がズレすぎたので話を戻しましょう。お父さんの戦い方が理想って事ですが、やっばり話を聞く限りだとハヤトさんには向いてないと思います」

 

「話を聞いただけでそこまで分かるのか?」

 

「話を聞くにお父さんの戦い方は典型的なヒットアンドアウェイです。スピードに自信があるけど火力や耐久面に不安がある人に向いたやり方ですね」

 

「なら問題無いんじゃないか? まさに俺に向いた戦い方だと思うが」

 

「確かにハヤトさんのポケモンには向いてますが、ハヤトさん向きかと言われると微妙なところです。ハヤトさんは良くも悪くも真っ直ぐですからね。チャンスがあれば向かっていくし、真っ向勝負を求められると分が悪くても受けて立つ。ヒットアンドアウェイは自分の弱味を理解した上でその弱味をカバーする為に行き着く戦い方なので、ハヤトさんはヒットアンドアウェイをやるには向いてないです」

 

「その位は直してみせる。努力を惜しむ気は無い」

 

「それだと弱体化した後に今の強さに戻るだけなんですよ。今ある10の力を捨てて、別の10の力を得る為に努力してるだけ。今のやり方が頭打ちで別のやり方に変えないとこれ以上強くなれないってんなら分かりますが、どっちかって言うとお父さんのやり方の方が10で頭打ちになりそうなんですよね。私の仕事はジムリーダーを強くする事なんて、弱くするのはちょっとやりたくないです」

 

「父さんの戦い方が弱いと?」

 

 

 弱くなるという部分を聞いて軽く怒りをにじませているが何故そうなるのか。向いてないと言っているだけで弱いとは言ってない。本当に父親が絡むと駄目な男だ。

 

 

「弱いんじゃなくてハヤトさんに向いてないだけです。ヒットアンドアウェイは普通の近距離戦や遠距離戦よりも観察したり考える事が多いです。自分の動きと相手の動きを把握して、その先の動きを予測してから攻撃の誘発やブラフを織り交ぜ、攻撃が当たらないタイミングを見定めて攻撃に移る。途中で危険を感じたら技を変えたり、離脱したりって判断も必要になります。それだけ学ぶことがある上に一番の問題がハヤトさんの性格です。ヒットアンドアウェイで一番大事なのは一発攻撃を喰らったら終わり、攻撃を喰らうくらいなら無様だろうと逃げるって考え方なんですけど、ハヤトさんは感情と場の雰囲気に振り回されて真っ向勝負を挑む性格ですからね。格下相手なら何も考えない特攻でどうにかなるでしょうが、格上相手だと相手に誘い込まれて何も出来ずに負けます。あんまり才能だけでものを言いたくはありませんが、ハヤトさんがその辺を経験で補えるようになるのにどれだけ掛かるかも分かんないです」

 

「つまり時間を掛ければ出来るんだな?」

 

「出来るかもしれませんけどちょっとなあって感じです。弱くなる未来しか見えないんで」

 

「だがそれが俺の望む戦い方だ。俺は質問に答えた。次は貴方がそれに応える番だ」

 

「いや、望む方向が間違った方向だったら止めるのは当然じゃないですか。ハヤトさんだってこっちが正しいって言って崖に向かって走ろうとする人見たら止めるでしょ?」

 

「だが貴方の見立てが合っている保証はない」

 

「まあそうですね。私が見誤ってる可能性はありますし、実際にやってみたら今まで自分でも気付いてなかった才能に目覚めて急成長する可能性だってゼロじゃありません。でもゼロじゃないだけで決して確率は高くないです。僕から見れば大負けに負けても失敗率九割五分ってとこですね」

 

「それは貴方の感想だろう?」

 

「そうですよ。あくまでも私の見立てです。ただその見立てが見当外れかどうかはなんとなく分かるでしょう? 私が見立てたハヤトさんの評価やアドバイスに何か一つでも間違えてるところがありましたか? なんならもう少し当ててあげましょうか? ファザコンなところとか」

 

「ファザ……っ。しかしここまでの評価が合っていたからと言って全てが合っているかは分からないだろう。他が合っていてもその見立てが正しいとは言えない筈だ」

 

「それを言い出したらキリがないですね。一回それを認めると都合の良い部分だけは合ってて、都合の悪い部分は間違ってるで際限なく自分を誤魔化せるんで止めてください。出来るもんは出来る、出来ないもんは出来ないと認めないと強くなれませんよ?」

 

「それは諦めているだけだ。確かに才能の壁はあるだろうがそれだけが全てじゃない。才能を覆す努力は存在する」

 

「それは勿論。私は経験で疑似的な才能なら身に付けられる事を知ってます。才能なんて細かく分解すれば幾つかの要素の塊ですから。ただ今回問題視しているのはそれを成すだけの力量がない事です。夢を見るのは良い事ですが、叶えたいならそれに見合う力量が必要です。残念ながら今のハヤトさんにそれだけの力量はありません。もしやるとしても今やるべきはお父さんの戦い方の中から学べるものだけを選んで身に付ける事であって今のやり方を全部捨てて別の誰かの真似をする事じゃありません。まず人は人で自分は自分だと理解して土台を固めないと……まぁ、ここまで言ってもやりたいって言うんでしょうね? 正直ここまで言っても尚やりたいなんてのは阿保の所業ですよ」

 

「阿呆で結構。それで駄目になるならそこまでだったというだけの話だ」

 

 

 本気で頭が痛くなってくる。思考回路は理解出来るが打開策が思い付かない。強くなりたいという癖に自分の意思でそれを阻害する壁を作っている。指導をする上で割と苦手なタイプだ。

 

 まずハヤトの中で父親が絶対の存在になってるのは確定。多分成長に伴って父親との差が埋まってくる時期に父親がいなかった所為で実際の父親の強さを理解出来てないのが原因だ。ハヤトの歳の程は分からないがまだ二十にはなってないだろう。二年前まで連絡が着いていたという事はそれ以前、おそらくハヤトが十五歳前後の頃には旅に出ている。その時の力量差がそのまま今も続いてると勘違いしてるパターンだ。

 

 親離れする時期に父親がいなかったから思い出補正が掛かってる部分もあるだろう。そうなると本当に話が通じない。幾ら説明しても、ハヤトの中では父親の方が強いと認識してるから、父親よりも弱い奴がなにか言っているくらいにしか思わない。どうにかする為にはまず父親への幻想を破壊しなければならないが、自分が見てきたものを信じるのは人の性だ。どれだけ言葉を尽くしても、その言葉が通じる事はまずない。

 

 頭の中で改めてハヤトにヒットアンドアウェイを教えた場合の成長を想定してみるが、やはりプラスになりそうにない。そもそもハヤトのイメージしている父親の戦い方がヒットアンドアウェイと呼べるかすら怪しいのが一番の問題だ。一応順序立てて教えていけばヒットアンドアウェイを教える事は出来る。しかし正式に戦い方を教えたとしてもハヤトの思い出の中にある父親の戦い方に引っ張られて、高速で攻撃して高速で離れるだけの戦い方に歪んでいき、レベルのごり押ししか出来なくなる姿が容易に想像できる。

 

 そうならなかった場合でも、性格を考慮すると良くてタイミングも読まずにレベルとスピードにかまけた突撃、悪ければ真っ向勝負に酔って離脱もせずに近接戦を挑む、このどちらかしか出来なくなりそうな気がして仕方がない。繰り返した失敗の中から改善点を見つけ、徐々に自分流のヒットアンドアウェイに近づけそうならやる価値もあるが、父親への妄執を鑑みると難しそうだ。父親ならこれで上手くやっていたとでも思いながらレベルとスピードだけに偏重していきかねない。

 

 やはり一度頭の中にある父親像を破壊しなければどうにも出来そうにない。ハヤトが満足する答えを与える事は出来るが、それで悪化しては本末転倒だ。無駄だとは思うが、実際の父親の立ち位置について説明してみて、それで駄目なら少し時間を置くしかない。

 

 

「もう面倒臭いんではっきりいいますけど、お父さんを大きく見過ぎです。多分今のハヤトさんと大差ないですよ」

 

「そんな訳無いだろう。見た事もないのに勝手を言うな」

 

「見たことなくても分かりますよ。だって過大評価し過ぎですもん。凄く速いってそれハヤトさんが子供の頃の話でしょ? 所詮ジムリーダー止まりだった人で、使ってたポケモンも今日のポケモンがもう少し弱かった頃。戦術だけは今のハヤトさんより上かもしれませんが、その程度の人は探せば幾らでもいます」

 

「……貴方のその態度は気になっていた。強いからと言って相手を見下すのはどうなんだ? 貴方からは先達への敬意が感じられない」

 

「そりゃ私に先達はいませんから。私の事情は……まあ聞いてないでしょうね。簡単に言えば私はポケモンがいない地域で生まれて育ちました。それがしばらく前に事故でこの地方に来たんですよ。そんで誰にも頼らず一人でポケモンを育てて戦い方を学び、今ではいろんな面で最先端を走ってます。実際に私は今の私より強い人にはまだ会った事がありません。皆さんがどれだけの研鑽を積んだが知りませんが、私から見れば少しの期間本気で訓練した素人に遅れを取ってる人達です」

 

「それがなんだというんだ。どんな経緯があろうと人を見下す理由にはならない。それは個人の問題だ」

 

「別に見下してはいませんよ。ジムリーダーって時点で全トレーナーの中でもトップクラスの強さを持っているのは理解しています。その上で私から見ればそこまで偉大でもないと事実を述べてるだけです。事実を言ったからってキレられても困りますよ」

 

「強い事は認める。だがその態度はなんだ? 強いならそれに見合う態度がある筈だ」

 

「強さを鼻にかけずに弱い人を労われって言いたいんでしょう? それは分かりますが、下手な謙遜は自分より弱い人をも貶める行為です。いやいや俺なんて大したことないですよとか今日の勝負は中々冷や冷やしましたとか言ったら、俺に一方的にボコられたハヤトさん含むジムリーダー達は一体なんなんだって話でしょう? 今この場では事実を伝えてあげるのが優しさです。大体自分を強いと思ってるって話ならハヤトさんだって似たようなもんですよ。自惚れて上から目線でお前の強さを見せろとかほざきながらポケモンに人を襲わせるような奴が何言ってんすか? 自分より強い人が現れて自分が言われる側になったら態度を改めろとか最低ですよそれ?」

 

「違う! そうは言ってない! どうして理解出来ないんだ!」

 

「筋が通ってないからじゃないですか? ハヤトさんの言い分は結局のところ役職を持ってる人、即ちジムリーダーに敬意を払えです。私が他のトレーナーを下って言っても怒らなかったのに、ジムリーダーを下って言ったら怒りましたもんね。それを人を見下すなって綺麗な言い方で誤魔化そうとするから筋が通らなくなるんですよ。ジムリーダーだから偉いって傲慢さが滲み出てます。まあ厳密には大好きなお父さんを侮辱すんなってのが本音でしょうけど」

 

「っ……確かにそういう意図があった事は否定しない。だがそれが分かっていながらなんで相手を怒らせるような真似をする!」

 

「分かった上で事実を教えてあげてるんですよ。どうせここで私が貴方のお父さんを凄いみたいに言うと余計にお父さんの面影を追うでしょう? 自分よりも強い人にすら認められるお父さんは凄い人だって。てかそう言わせたいだけじゃないですか? 言いませんよそんな事。戦ったことないから断言はしませんが、さっき言った理由で貴方のお父さんは私にとって大した障害にはなりません。本気を出した私と私のポケモン相手にして勝てる人なんて世界中探しても殆どいませんし」

 

「それは慢心だ! 世界には貴方より強い人だって少なくない!」

 

「別に私が世界最強って訳じゃないんで探せばいるでしょうよ。でもその中に貴方のお父さんが入ってる確率はほぼゼロです。あと私はそんな話がしたいんじゃないんですよ。私が世界でどれだけの位置にいるかはどうでもいいです。今この場は私の態度をどうこうする場じゃなくて貴方を指導する場。ジムリーダーだかなんだか知りませんが調子こいてうだうだぬかすのはその辺にして貰えますか?」

 

「いや! 教えを受ける側だとしても言うべきことは言わせて貰う! 貴方が考え方を変えないなら俺も教えを受ける気はない!」

 

 

 折角父親が大した事と教えてやっているのにこの態度。だからこの手の話は嫌なんだ。元々期待していなかったとはいえ、やはり理屈云々を説明しても本人に認める気が無いから何を言っても無駄だった。感情でものを言う奴なんて珍しくもないが流石に苛ついてきた。

 

 

「あのねぇ……それが調子こいてるって言ってんすよ。なんで一方的に教えを乞うてる立場のお前が対等の立場で交渉してる気になってんすか? お前に俺の事をどうこう言う権限はないし、俺の考えを変える交渉材料もない。別にお前が俺の指導を受けないなら受けないで良いよ。自分を弱いって認められないならそれでも良いし、そのまんま別の奴にジムリーダー成り代わられても俺はなんも困んねぇ。俺の仕事はお前を強くすることだけで、お前が指導を受ける気にしてやる事じゃねぇんだぞ? あんまり図に乗んなよ」

 

「何と言われても言を曲げるつもりはない。貴方から教わるくらいなら今のままで結構だ」

 

「散々話して今更よくそんな事言えたな。まあいいよ。お前に足んないのは必勝の形だ。これをやれば勝てるっていう得意な形がないから相手のやり方に引っ張られて、苦手な土俵に乗せられてあっさり負ける。だから多少は無い頭を絞って得意戦法を考えろ。はいこれで終わり。とりあえず仕事は果たしたって報告しとくから」

 

「好きにすればいい」

 

「はいはい。じゃあおつかれさん。もう会わねぇだろうけどお元気で」

 

「こちらのセリフだ。もう会わない事を祈る」

 

「別にそれでいいよ。俺も会いたくねぇし」

 

 

 席を立ち、背中にジムに来た当初以上の睨みつける視線を受けながら応接室を出る。

 応接室を出てから気付いたが既にジム内の照明は落とされ、出入り口のドアも施錠されていた。今更応接室に戻って鍵を開けて欲しいとは言えない。一瞬ドアか壁を壊して出る事も考えたが、天井が開けているのでつくねに乗って空からジムの外へと出る。

 

 苛つきはするが、そこまで本気で怒っている訳でもない。なにせ自分以上に可哀そうなのはハヤトの方だ。自分からすれば数いるジムリーダーの一人に嫌われたに過ぎない。だがハヤトは折角得られる筈だった、この地方にいるかも分からないジムリーダーを指導出来る指導者を失った。ハヤトにとっての人生を左右する選択肢になり得たかどうかは分からないが、少なくとも強くなれるチャンスの一つは逃したのは間違いない。そう考えれば怒りよりも先に憐憫が来る。

 

 だがそれと今後の付き合いは別だ。ゲームの先入観を抜きにしてもハヤトと性格が合わないのは理解出来た。欠点的な意味ではエリカとグリーンの中間みたいな人間。性格的には生真面目になったカスミという表現が一番近いだろう。誠実ではあるのだろうが強情で、理性より感情が勝り、信条と妄執の区別のつかないタイプ。利よりも感情を優先するこの手の人間は苦手だ。なんなら喧嘩別れして、今後関わらなくて良いと分かってほっとしている部分もある。

 

 結果の善し悪しはさておきとりあえずハヤトの指導は終了。出来ることはやった。ハヤトについては今後どうこうはしない。もし上からの命令でどうにかしろと言われたら、まずハヤトの父親を捜して完膚なきまでに叩きのめし、ハヤトの目の前に連れていく事からだ。個人的にも次代のジムリーダーがあんなことになる原因を作って、余計な手間を掛けさせてくれた先代には仕置きをしてやりたい。

 

 それに学んだ事も多い。自身の性格に傲慢さが増していたのは気付いていたが、カントー地方のジムリーダー相手に大丈夫だったので別に良いと思っていた。だがそれはマチスとアンズの二人をそれぞれ師と弟子にする事である程度の人間性を保証されていた事、強いポケモンを育てる知識という餌をぶら下げていた事、そして最終的には同情を誘えるような事情を説明していた事から許されていただけだったのだろう。久しぶりに自分の立場や境遇を知らない人間のニュートラルな反応が見られた。今後の参考にはちょうどいい。

 

 

(どうしよっかな……ちょっと苛ついてはいるし、一旦ポケモンセンターで寝て気分をリセットするか……マダツボミの塔に行ってもいいな。明日の事も……明日どうしよっか。時系列を測る為に灯台のあかりちゃんイベントを確認したかったけどあそこのジムリーダーミカンだし。確か気弱なガキだった筈だけど、なんか今日があれだったから連続でガキの相手はしたくない。でも他に時系列確認出来そうなイベントがな。怒りの湖で赤いギャラドス探すのもゲームみたいにアイコン無かったら無理ゲーだし……ロケット団がどっか占拠するイベントとかあったかな……なんか電波塔を占拠するイベントあったけどこの地方だっけか? ……微妙だな。そうなるとやっぱりあかりちゃんなんだけど、きのみ喰わせるか薬飲ませるかのどっちかだった筈。どこにあんのか覚えてないけど灯台行ったらミカンが教えてくれんのか? いや、治す方法分かってんなら自分で取りにいくよな……そう考えるとゲームイベントが強制で起きるかどうかの目安になるか。普通なら自分でどうにでも出来るのに灯台に籠ってるならゲームのイベントは強制で起きると思っていい。治す方法が分からない場合が怖いけど……まあ薬かきのみって分かってるだけましか。明日アサギシティに行くならマダツボミの塔は今日の内に行ってまずはポケモンかどうかの確認だけでも済ませとこう)

 

「つくね。あそこにある塔に行こう」

 

 

 跨っているつくねの首筋を叩いて指示を出す。気分転換の為にも観光も悪くない。キキョウジムに入った時と同じ様に巨大マダツボミに思考を切り替えてマダツボミの塔に向かう。

 

 

 

 

───────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 不愉快な男だった。

 

 ある日突然ジムに現れた男は誠と名乗り、自身はジムリーダーの指導をする者だと告げた。だがジムリーダーを指導する者が来る等という話は聞いていない。そもそもジムリーダーを指導する役職がポケモンリーグに存在するという事自体が初耳だ。用事が重なって、この数回、三か月程ジムリーダー会議に出ていなかったが、その様な役職が作られたのなら当然連絡が来る。ジムリーダーである自分の耳に話が通ってない時点で信用出来る話ではなかった。

 

 だがそれでも追い返さなかったのはその態度が気に掛かったからだ。ジムリーダー相手に臆す事も無く、自身がジムリーダーに何かを教える事になんの疑問も覚えてないかの様な自然体。どれだけの実力があるのか分からないが、ワタルさんが態々連絡してまで誠という名を告げていた事も相まって少し興味を抱いた。

 

 帰ろうとした時につい呼び止めてしまったのも仕方がない事だろう。ジムリーダーになり早数年、全力を出す機会は限られている。挑戦者の夢を潰さない為にジム挑戦用のポケモンを用意して手加減して戦う日々。全力で戦う機会なんて滅多に無いジムリーダーか四天王との練習試合くらいしかなく、その面子にもこの数年変化はない。そんな中で新たに全力で戦えるトレーナーが現れたとなれば興味を惹かれるというものだ。

 

 だからこの機を逃すまいと試合を申し込んだ。ジムリーダーに指導をするという役職を得た者の力を肌で感じ、必要なら指導を受けても良いと思っていた。なによりジムリーダーに指導をする程の実力者ともなれば対等に戦える相手も限られる。同じ悩みを共有する者として仲良くやっていけるとも思っていた。

 

 しかし事も無げに断られた。曰く戦いは好きではない、曰く仕事以外で戦いたくないと。なんだそれはと思う。戦いたくないのならそれに見合う職業に就けばいい。自由にジムを渡り、本気を出しても良い相手と自由に戦える立場はジムリーダーからしても魅力を感じて止まないものだ。その立場に就いておきながら戦いたくない等と宣う神経が理解出来ない。

 

 一度疑念を抱けば最初は興味を惹くだけだった態度すらも目に余る。本気でジムリーダーを歯牙にも掛けていない余裕の雰囲気はジムリーダーを見下す態度に、ジムリーダーにものを教えて当然という気負わない姿勢は傲慢の表れに見えてくる。当然そんな事を認められる筈がない。ジムリーダーは何代にも渡って技術を研磨してきた存在だ。次代に自身の持てる全てを託し、代を経る毎に強くなっていく。その積み重ねは一トレーナーが唾を吐いて良いようなものではない。

 

 だからつい戦わせてやろうと短絡的な手段に走ってしまった。軽く驚かすつもりでピジョンを嗾けたが、結果仲良く返り討ちだ。ピジョンの動きを完全に見切られ、自分まで攻撃を受けた。ピジョンにどう対処するか観察するつもりで油断していたところに貰った蹴りはかなり効いた。だが今にして思えばそれで良かったと思っている。相手を怒らせ、値踏みしようと企むなどジムリーダーの行いではない。対処を誤って相手が大怪我を負う可能性だってあった。そんな事をした自分を罰してくれた事だけは感謝している。

 

 そしてなんとか漕ぎ着けたバトルは一方的の一言だ。油断していたつもりは無かったが負けるつもりは無かった。実力者であろうとは思っていても、こちらも多くのトレーナーの中から選ばれた選りすぐりのジムリーダー、安易に負ける事は無いと高を括っていた。だが倒すどころかまともにダメージを与える事すら出来ず、行動を起こす度に確実に追い込まれていく。苦し紛れの行動は全て潰され、自信のあったスピードすら上回られる。ポケモンの強さ、トレーナーの資質共に疑いようの無い結果をまざまざと見せつけられれば、その強さを認めざるを得ない。

 言葉にこそしなかったがその強さには父さんに抱いた幼き頃の憧れに近いものを感じていた。飄々とした態度に隠された圧倒的な力、ジムリーダー相手にすら個の信念を貫こうとする周囲を恐れぬ立ち振る舞い、威厳は少々物足りないがジムリーダーを指導するに足る者である事は疑いようはない。この人なら自分をもっと高みへと連れて行ってくれるのでは思ったのは嘘ではない。

 

 だがそれは誤りだった。

 指導を始めた当初は良い。考え方の違いか面白いと思う内容も多く、流石は指導者を名乗るだけは事はあると思わされる。事ある毎に失態を突き付けてくる点には思うところがあるが、自身の失態には違いない。自らの不甲斐なさを甘んじて受け入れるべきと思えば耐えられた。

 

 しかし許せない事もある。事も在ろうに戦いを茶番だと言い切った事だ。勝負を挑むには実力不足ではあっただろうが、俺もポケモンも足りないなりに全力を出して戦った。にも拘わらず戦う前から勝負は決まっていた等と言われて腹を立てない程大人ではない。

 時に相手を慮って実力を抑える事の重要性は理解しているが、今回の戦いにそんなに上等なものは無い。ただ手を抜かなければ勝負にもならないから手を抜いただけ、そこに相手を思いやる意思はない。ふざけている。勝負において全力を尽くすのはトレーナーとして最低限の礼儀であり義務だ。理由も無くその義務を放棄する人間などトレーナー失格だ。

 

 それだけでも許せないというのに、更にはジムリーダー、そして父さんへの侮辱だ。事実としてジムリーダーよりも力がある事は認めよう。それどころか四天王、代によってはチャンピオンすら超えるだけの力は見せて貰った。

 だからなんだと言うのだ。力があるからといって何をしても良い訳ではない。寧ろ力があるからこそ、それを正しく振るわなければ意味が無い。人であれば誰であっても超えてはならない一線がある。戦いを穢し、人を貶し、夢を否定する。その様な事が許される権利は誰にだってありはしない。

 

 俺は認めない。認められるはずもない。どれだけの強さを得てもあの様にはならないと誓う。剛腹だがヒントは貰った。俺は俺の力で強さを手に入れ、必ずやあの男に本当の強さを認めさせてみせる。

 

 

 



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もどかしい人

遅くなりましたが続きが書き上がりましたのでお納め下さい。


 ハヤトへの指導を終えた後に向かったマダツボミの塔は残念ながら空振りだった。塔に入って最初に目に入った蠢く木に粒子の光が無かったのだ。では何故あの木が巨大なマダツボミと思われているのか。それはポケモン図鑑を向けると何故かマダツボミの情報が表示される所為だ。理由は不明だがマダツボミが放つ電磁波に近い何かを放っているのだろう。ポケモンではないのにポケモンと同様の電磁波を出す蠢く植物、興味はあるが足を止める程でもない。

 

 そして今は集中状態で頭を回転させながら、つくねに乗ってアサギシティへと向かう最中だ。集中状態で空を移動していると、風切り音が耳に痛いが我慢できる範囲に収まっている。考えているのは今後の事。最初は日本の事を思い出していたがいつの間にか今後の事になっていた。

 

 最初はいつもの様にかつての仕事の事を思い出して当時の感性を取り戻そうとしていたが、ふと自分が居なくなった際に生じた影響に思い当たってしまった。自分が日本から消えてどうなったのか。家族や友人が心配しているかどうかよりも、急にボイコットした仕事の穴埋めは無事に出来たかの心配が先に来たのが悲しいが色々と考えることはあった。

 

 だが自らの人生を思い返してみると仕事以外に思い返す事が無いのも事実だ。幼き頃から高校を卒業するまでの期間に特別な事があるかと言われれば何も思いつくことが無い。多少人付き合いが苦手だった以外には極々一般的な普通の生活を送ってきた。何らかのイベントも一応は参加していたが特別な思い出足り得るものは無く、名前を憶えている同級生も両手の指で足りる程しかいない。仕事を始めてから数年程は家族とも連絡は取っておらず、友人と顔を合わせるのも年に数回あるかどうか。まだ過去の職場の同僚と顔を合わせる方が多いくらいだ。趣味と言えるものもなく、ある意味仕事こそが生き甲斐の人生を送って来た。

 

 それはこちらの世界に来てからも変わらない。ポケモンという生き物の生態を調べたり、ポケモンとのコミュニケーションを取る為に洞窟に籠ったりはしているがそれ以外には仕事しかした記憶が無い。ワーカホリックになったつもりは無いが他にやるべきことを見つけられなかった。随分と寂しい人生を送っている。

 

 そうやって自分の人生を思い返してみれば、やはり気になったのが最近の自分の立ち振る舞いだ。本来の自分は特に才能らしい才能に恵まれる事もない一般的な小市民として生まれ、名誉や権力とは無縁に生きて来た人間。人に誇れるようなものはなく、自分が吹けば飛ぶような矮小な存在だと理解していたからこそ、常に自分を偽り人の弱みを見つけて生きる術を身に付け、その武器を磨いてきた。

 

 良くも悪くも変わってしまったものだと思う。幾つかの職を転々として最終的に中小企業の一社員だった自分が、こちらの世界では世界トップクラスの力を持ち、名実共にエリートであるジムリーダー相手に指導をする立場だ。はっきり言って荷が重い荷も程がある。

 

 宝くじが当たって人生が狂っただの、権力は人を変えるだのと聞いた事があったが、その手の言葉を余り信じてはいなかった。人が変わったと言われるのはそれこそがその人の本性なのだとばかり思っていたが、いざ経験してみると分かる。積み重ねもなく身の丈に合わないものを得た時、人は簡単に引っ張られる。

 

 この変化が良いものではないという自覚はある。思い出すのは昨日の事。ハヤトにも言われたが、本来格上である筈のジムリーダーの事を格下として扱った。ハヤトの方もこちらを見下した様な態度だったので腹が立ったというのもあるが、それなら尚更我慢するべきだった。されて嫌な事を人にしないなんて殊勝な事は言わないが、この態度が絶対に他人から好かれない事は分かる。少なくとも他人の顔色を伺って自分を偽って生きてきた自分なら絶対にやらない行為だ。特に権力を持つ相手、今後も会う可能性のある相手には絶対にやらない。能力的に考えれば、それが必要であったとしても怒らないギリギリのラインを見極める事は出来る。そのラインを超えるくらいなら嘘を吐いて有耶無耶にする事だって出来た筈だ。

 

 そろそろか漸くかはさておき本格的に身の振り方を考えるべき時が来たんだろう。自分の心情に変化があるのは分かっていたが、日本の感性を保つべきと思えば保てるので、まだ大丈夫だと思っていた。だが、まだ保っているでは無く、保つべきと思わなければ保てない時点で既に破綻している。その証拠に日本にいた頃の記憶を辿れば感性を取り戻す事は出来るが、それも徐々に難しくなってきた。安易に変化を受け入れるのは危険だが、それは変化を拒み過去に固執する理由にはならない。

 

 この世界で生きていくだけの力を得て、生活も落ち着いてきた。ポケモンの事についてもある程度理解して、この地方の常識にも慣れ、日本に帰らずともこの世界で生きていける基盤も用意できている。今後どう生きるか、どういう人間として振舞うかを考えても良い頃合いだ。

 

 職に関しては力を誇示してチャンピオンや四天王、ジムリーダー等の何らかの役職に就くのも良い。人間性に難はあっても実力と観察眼、指導力を見れば資格はあると思う。逆に表舞台には立たずに裏方に徹するのも悪くない。表に殆ど顔を出さない今の役職すら持て余している事を考えれば、色々と抱え込まなければならない表舞台よりも裏方の方が良い気もする。他にこれといった技能がないので、バトルからは逃れられない生活になるだろうが、それなり以上には選べる選択肢がある。

 

 だが職業選択以上に問題なのがどう振舞うかだ。日本に居た時やこの地方に来たばかりの時の様に相手に合わせて生きるのか、それとも最近の自分の様に強さに自信を持って好きに振舞って生きていくか。

 

 楽に生きられるのは後者だ。前者を選べば今後も自分の本性を隠すという苦行を続ける事になる。力が無いからそうしなければ生きていけなかった時と違って、今は好きに生きてもなんとかなるだけの力がある。その状態で自分を偽り、相手に合わせて生きるのは今まで以上に苦痛に感じる事だろう。

 

 より良い人生を送りたいなら前者だ。自分の性格の悪さは誰よりも自分が一番分かっている。その本性を露わにして好き勝手に生きれば、特異な人間以外は離れていく。一度その失敗をして今の生き方になったのだから間違いない。誰にも頼らずに一人で生きていくならそれでもいいが、流石にそんな生き方が出来ると思う程自惚れてはいない。

 

 既に失敗経験のある後者よりは前者の生き方を選びたいのだが不安もある。自分の人を見る目がいつまで保つかだ。この世界の人間は日本に居た人間に比べて悪意が無く、非常に分かりやすい人間が多い。そういう人間ばかりを見て、簡単に人を見透かす事を続けていればいずれ能力は衰えていく。日本の感性が抜けきってない今はまだ良いが、この先十年、二十年もすればほぼ確実に、下手すれば数年もしない内にこの人を見る目を失うだろうと予想出来る。そうならなかったとしても一度その可能性に気付いてしまえば、まだ自分に人を見る目が残っているかという疑問がずっと付いて回る。

 

 これはやはり強さを得たというのが大きい。人を見る時には、その人に成りきってどういう思考をするかを想像するが、この相手の思考を読む技能は自分が弱いからこそ得られたもの。相手が自分より強いから弱みを握らないと対等に振舞えない、相手が怖いから本心を知っておかなければ接する事も出来ないという考えを失い、この程度の相手ならどうとでもなると慢心すれば一気に精度が下がる。

 

 そんな状態で相手に合わせる生き方なんて出来る筈もない。相手の人間性を見間違えているのに、それに気付く事も出来ず、全てを見透かしたかの様に見当違いの接し方をする。そしていつか必ず小さくない失敗をする事になるだろう。

 

 なら後者の生き方を選ぶかと言えばこちらも問題がある。人が離れるというのも勿論あるが、それ以上に身の丈に合わない。今までそれが出来ずに自分を偽って生きてきた人間がいきなり自由に振る舞えと言われても、羽目を外して横暴に振る舞うか、上手く振る舞えずに逆にストレスになるのが関の山だ。

 

 自分の性格に自分より下の者を踏みにじってマウントを取る事に悦を感じるというものがあるのも問題だ。ある程度抑える事は出来ても、好き勝手に振舞って生きていけばいずれ表面化するのは避けられない。今はまだ暴力を手段として考える事が出来ているが、これがいつか暴力を振るう事そのものを目的とする様になったら人として終わりだ。ポケモンバトルのあるこの世界なら多少は発散できるだろうが、エスカレートしていけば行き着くのは戦闘狂か殺人鬼のどちらかになる。

 

 強者の力があるのに弱者の感性しかないのが問題なので、時が経てば弱者の感性が薄れて性格も丸くなるかも知れないが、そうなってくれる保証もない。一か十かの両極端ではなく、その中間の程良い生き方が一番良いが、それが出来れば苦労しない。その程良い生き方が出来ないから、自分を偽って生きる方法を選んだのだ。社会経験の無い学生の頃に選んだ道だが、十数年続ける事が出来たこの生き方は自分には合っていたと思う。

 

 

(……ああ、もう着いたか。あれがアサギシティだな。今回はここまでにしよう)

 

 

 思考を一旦打ち切って視界に入ったアサギシティに目を向ける。今後の立ち振る舞いは、いつまでも先延ばし出来る問題では無いが焦って答えを出す問題でもない。寝て起きて、昨日の考えを検証して、それを何日も何か月も繰り返して答えを出すくらいがちょうどいい。目の前にやるべきことがあるのなら一旦棚上げして良い問題だ。

 

 アサギシティの入り口に着地したつくねから降りて地を踏み締める。長時間の飛行の後にはこうして地面の感触を確かめておかなければ浮遊感が抜けない。それにつくねに乗って移動するのにも慣れてきたが、未だに多少の恐怖は残っている。やはり地面に両足がついていると安心感が違う。

 

 

(ちょっと寂れた港町って感じか。クチバシティになり損ねた港町ってところかな? まあとりあえずジムに行くか。そこにミカンが居れば良し。イベントが既に終了しているか、ジムの営業時間外だけ灯台に行っているのかは話の中で確認すればいい。もしいなかったらそれも良し。どうせ灯台にいるだろうからそっちに行って状況を聞こう)

 

 

 アサギシティはそこまでの広さの無い町だ。港があり、灯台があり、幾つかの宿泊施設や商店も並んでいるが、同じ様に港のあるクチバシティに比べれば今一つ活気が足りていない。それなりの人通りはあるが、道行くは観光客というよりも現地民といった風情の者ばかり。船乗りの集団が酒でも嗜んでいれば、それが町の収入源かとも思えるがそういう者も見かけない。船が多く来訪する時期や時間帯であればまた印象も違うかもしれないが、現状を見る限りでは観光地になり損ねた港町といった表現が似合う。

 

 暫く歩けば見えてきたアサギジムもなんとも言い難い。手入れは行き届いているので小綺麗ではあるが、特筆すべき点が何も無い。強いて特徴を挙げるなら今まで見て来たジムに比べて一回り程小さい気がするが、それも誤差の範囲程度なのでやはり特徴を言えるものは無い。

 

 扉を開いてジム内に入り、内部を確認するも外観同様に特に変わった仕掛けは見当たらない。壁一面に鉄だか鋼だか分からない金属が隙間なく張り付けられているが、床面は剥き出しの地面があるだけで遮蔽物の一つも無い。そこに三つのバトルフィールドの枠が描かれ、手前の二ヵ所に男女一名ずつ、最奥のフィールドには白いワンピースを着た女子が立っている。ステージ的にもギミック的にも今まで回って来た中で最も特徴が無いが、ここまで特徴が無いと、いっそそれが特徴になるのかもしれない。個人的には無駄に迷路なんかを作られるより遥かに潔いので好感が持てる。

 

 

(てか、ミカンいるな。あの茶髪のロングヘア―で二本角みたいな変な髪の結び方は他にいないだろうし。どっちだろ? もう主人公が来てイベント終わらせたか、営業時間外だけ灯台に行ってるか……自力で解決した可能性もあるか。薬か木の実かを自力で取りに行ったか、ボールに入れてポケモンセンターで回復した可能性もある。先に灯台の様子だけ見とけば良かったか? 夜の間に来て灯台から光が出てるか確認するだけでも良かったな……もうちょい早く気付いてれば良かったけど……まあ、過ぎた事か……とりあえず仕事するか)

 

 

 ジムリーダーの所在が確認できたところで仕事に移る。どちらでも良かったが今回は慣らしの為に道中のジムトレーナー二名も相手にした。男の方はレアコイル一匹、女の方はフォレトス一匹と手持ちの数は少なかったが、その分レベルは40台中盤と高い。しかし強かったかと言われるとそうでもない

 

 レアコイルを使っていた男は中距離からでんきショックやソニックブーム、マグネットボム等の遠距離技を放つだけ。ドザエモンのストーンエッジで逃げ道を塞いで、唯一の有効打であるマグネットボムだけをロックブラストで撃ち落としながら距離を詰めていけばあっさりと倒せた。中距離戦はそこそこだったが、接近された時にはほぼ無抵抗状態になっていたので近接戦の引き出しが一つも無かったのだろう。個人的にはジャイロボールやだいばくはつを警戒していたがそれらの攻撃は無かった。

 

 続くフォレトスを使っていた女の方は男の方とは打って変わってジャイロボールとすてみタックルでひたすらに特攻を仕掛けてくるだけだ。むし、はがねタイプ故に半減出来る技が多く、防御力も高いフォレトスの運用法としては正解なのかもしれないが、相手が悪い。必死に近接戦を挑んできたが直線的な動きばかりなので、何回か躱してからがんせきほうで早々に撃墜した。変則的な動きを混ぜるか、相手の間合いを狂わせる手段でもあればもう少し戦えただろう。

 

 ポケモンのレベルはそれなり以上で、それぞれが自分なりの戦い方も身に付けているのだが、どちらも勝つ為のあと一歩が足りていない。指導対象ではないので態々アドバイスを送る事はしないが、それぞれが視野の狭い近距離特化と視野の広い中距離特化なのだから、この二人でダブルバトルのペアを組めば互いの弱点を補完出来て良いんじゃないかと思う。

 

 

(次はミカンなんだけど、何か対処してくるかな? ゲームの記憶だけどハガネールは確定としてあとの二匹は何が出てくるか。パッと思い付くのはさっき戦ったレアコイルとフォレトス、あとはハッサム、クチート、エアームド。イメージと違うのを含めたらボスゴドラとメタグロス、ルカリオ辺りが候補か……普通に強い面子だ。他は……テッカグヤとかもはがねタイプだけど流石にないから除外だな)

 

 

 最奥のステージで待つミカンに目を向ければ、真面目な顔でこちらの戦いを見ている。大して広くも無いジム内で目の前でバトルをしていれば見るのは当たり前だ。一応それを見越してドザエモン以外のメンバーは見せていないが、そもそもレギュラー陣では誰を選んでもはがねタイプとの相性がよろしくない。

 

 ドザエモンなら格闘技と地面技と炎技を網羅しているので弱点を突けるが、代わりに鋼技が弱点になる。攻撃を回避するよりも受け止めるやり方に向いているドザエモンには少々厳しい。互いに相打ちを繰り返すダメージレースをすれば勝てるだろうがあまりやりたくない。

 デンチュウなら格闘技、ユカイならほのおのパンチと格闘技で弱点を突けるが有効なのが近接技ばかりで、遠距離技は殆どが半減なので攻め手の幅が狭い。しかもそれは相手がはがね単色ならの話で複合タイプになってくると更に面倒だ。エアームドの様な格闘技が届かない相手が出てきたら輝くが、そうでないなら今一つ攻め手に欠ける。

 つくねに至っては覚えている技の殆どが半減される上に、大抵の鋼タイプが弱点である岩技を使えるので論外。そうでなくてもジバコイルやレアコイルが選出に入る可能性もあるので、まず出せない。

 

 レベル差を考慮すれば等倍攻撃であっても十分なダメージを与えられると思うが、はがねタイプは防御力に優れたタイプなので甘く見る事は出来ない。ブーバーンを選出に入れれば一貫して弱点を突けそうだが、分かりやすい弱点である炎ポケモン相手の対策が無いとも思えない。結局のところレギュラーどうこう以前に弱点の少ないはがねタイプが強い。

 

 

(まあ、考えても仕方ないか。とりあえず初手は既に見せてるドザエモンで残りはユカイとデンチュウだな。ユカイなら状態異常と身軽さで攻撃を避け続ければなんてことないし、デンチュウだって雷等倍の複合属性ならなんとかなる。後はミカンの出方を見て変更を加えていこう)

 

 

 頭の中で考えていたミカンへの対策を一旦止める。ミカンの手持ちや戦い方が分からない状態で作戦を考えても机上の空論にしかならない。出たとこ勝負は好きではないが仕方がない。

 

 ミカンの方へと視線を向け足を進めていけば、先程の真面目な顔から一転して人懐っこい笑みを浮かべて、こちらの動きを待っている。他意はないのだろうが先程まで真面目な顔で観察されていた事を考えるとどうしても嘘臭さを感じてしまう。だが少なくとも笑顔を向けているという事は仲良くするつもりがあるという事。ハヤトの時の様に喧嘩にはならないだろう。

 

 

「……あ、あのう……ようこそアサギジムへ……挑戦者の方で宜しかったですか?」

 

「ええ、まあ。似たようなもんです」

 

「で、では……こほん……あたしはジムリーダーのミカン。使うポケモンは、シャ……シャキーン! は……はがねタイプです……はがねタイプってご存じですか? とっても硬くて、冷たくて、鋭くて、つ、強いんですよ? ほんとなんですよ?」

 

「これはご丁寧にどうも。私はポケモンリーグ所属の誠と申します。特に使うタイプに拘りはありません。以後お見知りおきを」

 

 

 挨拶を返しつつ、何やら恥じらいながら一昔前の戦隊ものの様なポーズを取りつつ自己紹介をするミカンを観察する。言葉遣いにしても態度にしても気弱というイメージしか感じられない。しかし恥ずかしいなら変なポーズを取ったり、シャキーンなんて言葉を使う必要はないと思うが、何か信条があるのだろうか。最後にほんとに強いんですよみたいな事を言っている辺り、性格面か年齢かで不当に侮られた過去があって、舐められない様にしようと本人なりに考えた結果がこれなのかもしれない。流石にその理由でこのポーズに行き着く事はないと思うが子供の思考は時に突飛な跳躍をするので有り得なくもないのが怖いところだ。

 

 

「え? ……貴方が誠さんなんですか?」

 

「ええ、まあ、どの誠さんの事を言ってるかは分かりませんが、ポケモンリーグ経由で知った逸見誠の事を言ってるなら私だと思います」

 

「わぁ! 来てくれたんですね! 一度お会いしてみたかったんです!」

 

 

 名前を聞いてぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んでいるミカンに怪訝な目を向けてしまう。何やら自分に会えた事を喜んでいる様子だが、ここまで喜ばれる理由が分からない。ハヤトの様にプライドは高くないだろうから、ワタルから正しい情報を得ていると仮定してもだ。一体どんな説明を受ければこんな反応になるのだろうか。

 

 

「今回はワタルさんからジョウト地方のジムリーダーを指導するように言われて来たんですが……話は通ってますか?」

 

「あ、はい。お話は伺ってます。新しくジムリーダーに戦い方を教える役職を作ったからその人を送るって」

 

「そうですか。それなら話は早いですね。ワタルさんからどう聞いてるかは分かりませんが、そんなに喜んで頂けると私としても仕事のし甲斐があります」

 

「あっ……えと、そうじゃなくて……ワタルさんからもお話は聞いてたんですけど、誠さんの事はエリカちゃんが教えてくれたんです」

 

「……エリカさんですか……」

 

 

 意外な名前が出て来た事で一瞬硬直する。普通に考えれば他地方であってもジムリーダー同士で交流がある事になんら可笑しな点は無い。ただ情報元がエリカとなると少し不安が残る。態度を見る限りだと悪い話を聞いた訳ではなさそうだが、今までエリカにやって来た事を考えるとあまり良い噂が流れるとも思えない。一体エリカからどんな話を聞けばこんな反応になるのか流石に気に掛かる。

 

 

「……その、エリカさんから私の事をなんて聞いてるんですか? 私としてはそこまで喜ばれるような事をした記憶はないんですが……」

 

「そうなんですか? でもエリカちゃんすっごく尊敬してるって言ってましたよ? 色んな事知ってるし、何でも解決出来る人だから困った事があったら相談したらいいよって」

 

 

 光栄な評価だが買いかぶり過ぎだ。確かにエリカに教えた事はこの地方ではあまり教える人はいないだろうが、なんでも知っている訳ではない。解決の部分はロケット団のアジトを攻撃した時やロケット団員が逃げ出した時の事もありそうだが、それだって運もある。

 

 だがそれ以上に問題なのが何でも出来る便利屋みたいに認識されている事だ。確かに相談を受ければ多少は助力するが、それはこちらの善意によるもの。そこに付け入って困ったことあればこいつに相談しとけば良いと思われるのは心外だ。しかも困ったことがあれば相談したらいいとまで言ったとは……それは相談を受ける本人が言う事であって赤の他人が言って良いセリフではない。どのタイミングでそれを言ったのかは分からないが流石に苛つく。

 

 エリカはもう少し厳しく躾けておくべきだったかもしれない。態々恥を晒してまで頼み事をするというのを能力を信頼した故とも取れるが、個人的にそこまで好意的に解釈する事はできない。

 

 

「……そうですか。まあ、困ったことがあれば相談には乗りますが……まあいいでしょう。とりあえず今日はミカンさんの指導に来ましたから一回戦って、その後に少し話しましょう。ミカンさんの都合が良ければですが」

 

「はい。あたしは大丈夫です。あっ……でもお話するのは別の場所でも大丈夫ですか? ちょっと離れたところなんですけど」

 

「(……灯台かな? まだ解決してないパターン……いや、でもジムにいるし、全く別の問題を抱えてる可能性もあるか)……ええ、まあそのくらいなら構いませんよ」

 

「ほんとですか? じゃあ大丈夫です」

 

「じゃあとりあえず戦いましょうか。ルールとかあります? 別にジム挑戦に来た訳じゃないんで変なギミックは勘弁して欲しいですけど、シングルかダブルか、数をどうするか、アイテムの有無は自由に決めていいですよ?」

 

「じゃあシングルの三対三でアイテム無しで良いですか? あっ、交代も無しで」

 

「(交代も無しか。メンバー不明で其れは痛いけど……まあいい)構いません。じゃあそれで。勿論ジム挑戦用のポケモンじゃなくて全力で戦う時のポケモンでお願いします」

 

「あたしじゃ役不足かもしれませんけど……お噂は聞いてますから本気でいかせて貰います!」

 

「光栄ですが私の本業はブリーダーなのでお手柔らかに」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 

 ミカンと別れ、バトルの所定位置に向かいながら作戦を修正する。最初は既に見せているドザエモンを先発にする予定だったが、交代不可のルールが追加されて状況が変わった。交代可と交代不可では先発の役割が異なる。

 

 交代可のバトルであれば多少のダメージを喰らってでも相手を先に倒す事が先発の役割だ。相手より先にポケモンを倒して、使える選択肢を減らし、相手より多い選択肢から常に相手に有利なポケモンを出す事で勝利に繋ぐ。この役割ならば他より多くの有効打を持つドザエモンが適任だ。

 

 だが交代不可になるとより多くのポケモンを倒してアドバンテージを取る事が重要になる。傷を負いながら相手の先発を倒したとしても、次に出てくるのはこちらの先発に有利に戦えるポケモン。その二匹目に即倒されれば有利を取れたとは言えない。相手の二体目を見てこちらの二体目を決められるというメリットはあるが、先発が弱っているのを良い事に積み技でもされたら最悪三縦もあり得る。可能なら先発で二体撃破、最低でも二匹目にある程度の深手を与える必要がある。その為にはどんな相手にも戦える器用さと同じくらい継戦能力が重要視される。

 

 よって先発はユカイに決定だ。ユカイなら混乱や眠りの状態異常技と身軽さで継戦能力があり、格闘技とほのおのパンチでそれなりの火力を出せる。主な攻撃手段であるゴースト、あく、エスパータイプの技の効果が薄いのは懸念事項だが他に選択肢も無い。

 

 当初予定していたドザエモンは相手が誰であっても戦えるが、タイプ相性が悪く、攻撃を避けるのではなく受けるスタイル故に継戦能力に難がある。デンチュウは回避や耐久というよりは迎撃に重きを置いているのではがねタイプの耐久力に頼った突貫をされると少々辛い。つくねは回避タイプだが、火力的に今回は使いにくい。

 

 

「誠さーん! 準備はよろしいですかー?」

 

「大丈夫です! 始めましょう!」

 

 

 先発について考えている内に所定位置への移動は完了し、ミカンからバトルを開始して良いかの声が掛かる。今のところ決定事項が先発を誰にするかだけだが、これ以上を決めるには情報が不足している。まずはミカンの先発を確認して作戦を考えなければならない。

 

 

「よーし……行きます! メタグロス!」

 

「ユカイ出ろ! お前は自由だ!」

 

 

 互いにボールを放り、先発として選出したポケモンを出す。ミカンの先発ははがねとエスパーの複合属性のメタグロス。色的にレベルは50台中盤といったところ。メガシンカはしないだろうが、それでも強力なポケモンには違いない。

 

 

(メタグロスか……ミカンがメタグロスを使うイメージは無かったけど相性は悪くない。メタグロスの主力技は鋼技、エスパー技、ノーマル技の三種。エスパー技とノーマル技を無効化出来るから鋼技といくつかの他タイプの技に候補を絞れる。タイプ的にゴースト技と悪技も効くし、積み技を積んで三縦狙いでいくか?)

 

「メタグロス! でんじふゆう!」

 

「……かげぶんしん!」

 

 

 ミカンの指示に従ったメタグロスが磁場を発生させてその場に浮き上がる。対するユカイは体から粒子を放出して複数の分身体を作っていく。態々貴重な初手を潰してまで使う理由があるのだろうが、地面技を使わないユカイを相手にでんじふゆうを使う理由が分からない。

 

 

「コメットパンチです!」

 

「技を迎撃! ほのおのパンチ!」

 

 

 コメットパンチを放つ為に四本ある腕の一つに粒子を溜め込みながらメタグロスが移動を開始する。でんじふゆうで浮かんでいる為、まるで滑る様に動いており、その速度は想定よりも速い。向かっている先もユカイの分身体ではなく本体だ。本体が最初の位置から一歩も動いていなかった上に、唯一拳に炎を灯して迎撃準備をしているので流石に見間違う事は無いらしい。だがメタグロスの動きを見て、でんじふゆうを使った理由は理解出来た。

 

 

(成程。どんな作戦かと思ったけど腕と脚兼用の四足歩行だからパンチ系統の技と移動の両立が出来ないのか。一本の足に粒子を充填しながら三本足で移動したら速度が落ちるし、四本足で接近してから充填を開始したら接近から攻撃までにラグが出来る。その移動問題を解消する為にでんじふゆうか。サイコキネシスみたいな手足を使わない技が使えれば必要ないかもだけど、ユカイ相手だと効果が無い。相手のタイプによってある程度戦い方は決めてんだろうけど、ユカイが出たのを見て即座にその判断が出来たんなら優秀だ)

 

 

 頭の中でミカンの評価を上げている内にメタグロスはユカイへの接近を終える。メタグロスが腕を光らせコメットパンチを放ち、ユカイは拳に炎を纏わせてほのおのパンチでコメットパンチを迎撃する。

 

 予想ではユカイの技がメタグロスをあっさり吹き飛ばすと思ったが、以外にも拮抗している。移動で勢いが付いている分コメットパンチの威力が増しているのかもしれない。だがレベルによるステータス差は残酷だ。僅かな時間拮抗したが目に見える速度でユカイの拳がメタグロスのコメットパンチを押し込んでいく。

 

 技に対する迎撃では無く、ダメージ覚悟のクロスカウンターで本体を攻撃すれば一撃で倒せるかもしれないが、まだ早い。ユカイの役割はメタグロスを倒して終わりではなく、後に続くユカイに対して有利に戦える次発を倒す事も含まれる。折角有利な相手が出て来たのなら積み技の起点として利用し尽くしてから倒したい。

 

 

「もう一回コメットパンチです!」

 

「お?」

 

 

 その油断の隙を突いてミカンが再度指示を飛ばす。メタグロスはコメットパンチを押し込まれながらも、空いている別の腕に粒子を充填し、ユカイの顔面に向けてコメットパンチを放つ。回避の指示も無く迎撃に集中していたユカイは避ける事も出来ず、顔面にコメットパンチを受けて吹き飛ばされるが器用に空中で回転して両足で着地。足取りはしっかりしているので大したダメージでは無いだろうが、顔の位置から少なくない粒子が舞っている。今まで技を使っている最中に技を同時使用する相手がいなかったので、この可能性は考えていなかった。

 

 

(ダメージ的にはまだ大丈夫……てか技の同時使用って出来るのか……集中してれば回避が……いや、技を使ってる最中に同時使用で技を使うって発想自体が無かったから無理だったかもしれん。でもそっか……積み技を維持したまま別の技が使えるんだから、理屈的には同時に別の技も使える……考えてみりゃそりゃそうだ。別の技が使えるなら同じ技二回くらいいけるわ。後ろの二本は届かないから兎も角、浮いてるから前足二本が自由になってんの見りゃ分かりそうなのに……)

 

「てっぺき!」

 

 

 頭の中で先程の反省をしている間にメタグロスは粒子を吸収し自身の強化を行う。積み技まで許してしまった。マサキの実験を受け入れてからバトル中の雑念が多くなっている。あまり集中し過ぎると負荷の高い集中状態に入ってしまうので脱力してバトルをしている弊害だ。油断、慢心も確かにあるが、それ以上にバトルに集中出来ないのが枷になっている。集中していないと、どうでも良い事が気になって思考が明後日の方向を向いてしまう悪癖が出てしまう。

 

 僅かに躓いただけで本来の性格に引っ張られてネガティブな方向に思考が寄っていく。力を得たのにそれを上手く使えない自分が嫌になる。気にすべきでもない小さな躓きに目が行って思考を引っ張られる自分が嫌になる。なにより自分はそれでいいと思っている自分が一番嫌になる。

 

 

(ほんと嫌になるな。始まって早々にこれか。反省……は後にしよう……集中だ。集中状態にも多少は慣れてきてる。未だに動かない状態での集中状態はきついけど短期決戦なら大丈夫。仮に耐えれないってなっても気持ち悪い位だし、我慢すればいける)

 

「すぅ……はぁ……すぅぅ……ふぅぅ……んん゛……」

 

「こうそくいどう!」

 

 

 先程までの反省と雑念を頭から追い払う為に、浅い呼吸から入り徐々に呼吸を深めて精神を落ち着かせる。バトル中にする事ではないが必要な事だ。浮き沈みの激しい性格をしているとはいえ、即座に精神を立て直せるほど優れた精神構造はしていない。その間、指示の無いユカイは棒立ちになっており、ミカンはこれ幸いと積み技を重ねている。

 

 集中状態に入れば、今まで気にならなかったあらゆる事象が集中力を掻き乱す。空気中に舞っている極小の土埃が嫌でも目に入る。メタグロスの関節部の擦れる音が聞こえ、自分の息遣いすらも耳に五月蠅い。ほんの僅かな空気の流れが全身を撫でてこそばゆい。周囲のあらゆる環境が気分を苛立たせる。

 

 

(状況整理。現状メタグロスはノーダメージ、ユカイはコメットパンチ一発分のダメージ。多分あと二、三発は耐えられる。状態変化はユカイがかげぶんしん一回、メタグロスはてっぺき一回とこうそくいどう一回。レベル差はほぼ倍。まだ巻き返せる……いや余裕で巻き返す……よし!)……ユカイ! 距離を詰めろ! 左右に振って分身と混ざって的を絞らせるな!」

 

「! しっかり見てバレットパンチで迎撃して下さい!」

 

 

 指示を受けたユカイは待ってましたとばかりに行動を開始する。しっかりと指示を守り、分身体を織り交ぜて左右に移動する動きは素早いが、集中状態に入った動体視力を以てすれば目で追える。だがユカイの撹乱は予想以上に上手く、目で追えていても尚騙されそうになる。特に分身体との接触する際の動きが上手い。右から分身体、左から本体が接近し、互いの体が重なった瞬間に本体が方向転換して元来た左の方向に戻るという撹乱の動きが何度も織り交ぜられており、ギリギリ目で追える程度では本体を見失いそうになる。

 

 当然ミカンの動体視力で捉えられる筈がない。メタグロスも本体を捉えようとキョロキョロ左右を見渡しているが、本体を視界から外して分身体に目を向けている事も多いのでおそらくは本体を追えていない。かく言う自分も目で追っているユカイが本体か自信が無い。

 

 

「ほのおのパンチ! 殴り落とせ!」

 

「迎撃中止! てっ、てっぺきです!」

 

 

 迎撃が難しいと判断したミカンが守りの指示を出すと同時に、メタグロスに近付く複数のユカイの内一体が拳に炎を灯して殴りかかり、メタグロスを地面に叩き付ける。守りに入るのであればかげぶんしん一回は心許ないが、攻める分には一回で十分かもしれない。

 

 本来ならこの一撃で戦闘不能の可能性もあるが、今のメタグロスはてっぺきで防御が二段階上昇している状態。先程のミカンの指示が間に合っていたなら更にもう二段階上昇している可能性もある。元の防御力と状態変化から考えれば、弱点を突いたとはいえタイプ不一致のほのおのパンチ一撃で倒せるとは思えない。既に瀕死ならご愁傷様だがもう一撃追撃を喰らって貰う。

 

 

「もう一発!」

 

「っ! バレットパンチ!」

 

 

 地に伏せたメタグロスに向けて、先程殴った腕とは逆の腕に炎を灯したユカイが殴りかかるが、同時にメタグロスも腕の一本を突き出す。拳を振り下ろすユカイと最短距離で腕を突き出すメタグロスでは、メタグロスの方が速い。メタグロスの腕に突き飛ばされたユカイの拳がメタグロスの胴を掠る。

 

 

「もう一回!」

 

「アイアンヘッドです!」

 

 

 ユカイはバレットパンチを喰らい体勢を崩しつつも大きく飛び込み拳を振り下ろす。それに合わせてメタグロスは浮いた四肢で強く地面を叩き、体ごとユカイへと突撃。拳と頭がぶつかり合い、結果ユカイに軍配が上がる。メタグロスは強く地面に叩き付けられピクリとも動かない。これで漸く一体。時間は短いながらも反省点の多いバトルだ。

 

 

(集中すればこんなもんか……相性悪いと思って考え過ぎた。最初っから真っ向勝負してたら問題なかっ……いや、この考えは不味い。慢心を捨ててより良い選択を考えろ。さっきのもカウンターを喰らう恐れのあるほのおのパンチより下がりながら遠距離技で良かった。熱くならずにさっさと終わらす選択をしないと)

 

「メタグロス戻って! ドータクンお願い!」

 

 

 湧きそうになった慢心を強引に押さえ込んで戦いに集中する。戦闘不能になったメタグロスを戻し、ミカンが次に選んだポケモンはドータクン。メタグロス同様にはがね、エスパーの複合タイプであり、ユカイとの相性は良い。色的にはメタグロスより僅かにレベルが低くレベル50前後だろう。

 

 

「(ドータクンか……メタグロスと一緒だな。エスパー技は効果が無いから有効打は鋼技中心、アイアンヘッド、ジャイロボール、ラスターカノン、後はシャドーボールとかか……他は何が出来るか……ゲームの印象になるけどトリックルームの起点くらいか? ありそうだな。ドータクンも遅いポケモンだし、三体目をハガネールと仮定したら可能性は十分。想定される反撃も対処可能。要らん事される前に潰す)かげうち!」

 

「さいみんじゅつ!」

 

「っ、躱せ!」

 

 

 ユカイの影が伸びるのと同時にドータクンから輪っか状の光線が放たれる。慌てて回避指示を出したが攻撃モーションに入ってしまっていたユカイの反応は遅い。ドータクンの足元まで伸びた影が実体化して背中に突き刺さるのとほぼ同時にユカイが光線に当たり地面へと倒れ込む。早々にドータクンを退場させようと攻撃指示を出したのが裏目に出てしまった。

 

 

「ちっ……」

 

「今の内にてっぺき! 次にリフレクター!」

 

 

 思わず舌打ちが出てしまう。状態異常の強さは分かっていたが、交代不可のルールでこれは厄介過ぎる。しかも眠らせて即攻撃ではなく、積み技を積んでくる辺りがいやらしい。

 

 だが、それ以上に苛立つのは選択肢から状態異常技を外していた事だ。普通に考えれば一対一で交代不可のルールの場合、相手の行動を封じる状態異常技は真っ先に警戒しないといけない選択肢の筈。だというのにそれを考えずにダメージになり得る攻撃技だけを警戒していた。

 

 折角払い除けたネガティブな感情が再び湧き出し、集中を邪魔し始める。いつからこんな杜撰な戦い方しか出来なくなったのか。これでは今まで馬鹿にしてきた雑魚トレーナーと何も変わらない。今考える事ではないと分かっていても振り払う傍から頭に湧いてくる。

 

 

「ユカイ! 起きろ! (ほんと何なんだろうな。調子こいて攻撃受けて眠らされて。相性とか関係ない落ち度ばっか……もうユカイは捨てて次で勝負する事を考えないとなんだけど……)」

 

「めいそう! それからひかりのかべ!」

 

 

 心の中で無駄だと思いつつもユカイに声を掛ける。だがユカイが地面に横たえた体を起こすことは無い。分かっていた事だ。トレーナーが声を掛けた程度で目を覚ます様ではさいみんじゅつは技として成り立たない。お門違いと分かっているが湧いてきているネガティブな感情が徐々に攻撃性を持ったものに変化していく。天狗になって相手に上手く転がされたのは自分が悪い。だが手玉に取ったミカンに対する腹立たしさもある。

 

 ミカンの対応がその苛立ちを助長させる。眠らせてすぐに攻撃に移らない姿勢に最初こそ感心したが、今はその姿勢が心底鬱陶しい。確かにミカンの選択は正解だ。自力で劣る相手に勝つ為に状態異常技を使って時を稼ぎ、積み技で強化を繰り返す。今までジムリーダー相手に力任せの真っ向勝負に拘るなと散々言ってきた身としては、その正しさは認めなければならない。だが分かっていても苛立ちは止められない。

 

 

「もう一回てっぺき! めいそう! その後にトリックルーム!」

 

(てっぺき二回、めいそう二回、ひかりのかべ、リフレクター、まだ積めるけどトリックルーム使うってことはもう攻撃に移るか……ミカンの思い通りに進んでるんだろうか……鬱陶しいな、こっちがなんも出来ないからって調子こきやがって)

 

「シャドーボールです!」

 

 

 ドータクンの放つシャドーボールが地面に倒れ伏したままのユカイへと向かう。当然眠っているユカイに回避出来る筈もなく、体を吹き飛ばされ再び地に落ちる。その衝撃で目を覚ましてくれればと期待したが一向に体を起こす気配は無い。ダメージを負っても尚、目を覚ます事の出来ないさいみんじゅつの効能には恐怖を覚える。

 

 そして恐怖と共に怒りが湧いてくる。ミカンの行った行動に落ち度はない。これは戦いだ。目の前で眠っている相手を一方的に攻撃するのは何一つ可笑しい事などない普通の事。自分でも逆の立場なら同じ事をする。

 

 だが自分のポケモンが目の前で何も出来ずに嬲られているのを見て何も感じない程達観している訳でもない。何も出来ずに一方的に攻撃を受ける光景を見ていると腹の底から言葉に出来ない感情が溢れそうになる。

 

 

「もう一回シャドーボール!」

 

さっさと起きろ!!!! 

 

 

 再びシャドーボールを放つ姿に堪えきれず、ユカイに向けて叫ぶ。声を荒らげる気はなかったが我慢も限界に近い。自分でも予期せぬ程の声量を出してしまい、自らの声で身が竦んでしまう。

 

 だが、それが功を為した。大声に併せて今まで寝入っていたユカイの体がびくりと跳ねる。声を荒げただけでユカイが起きると思っていなかった故に眼前にまで迫っていたシャドーボールを回避する事は叶わなかったが、シャドーボールに跳ね飛ばされたユカイが両足で地面に着地する。

 

 

「っ! あやしいひかり!」

 

「背中を向けろ!」

 

 

 それなりのダメージを受けている対戦相手、流れは既に掴み、十分な量の積み技を積んでいる、それだけの優位を得ているにも関わらずミカンの立ち回りは変わらない。焦って勝負を決めようとせずに確実な勝利の為に状態異常技を使用する。

 

 

(焦る必要は無い。集中が続く間に倒せなくても、それで戦えなくなる訳じゃない。もう油断はしない。油断なく、慢心なく、ただ冷静に対処する。それで勝てる)

 

 

 昂った感情を殺す。幸い叫んだお陰で少しだけ気分も落ち着いた。本音を言えば感情に身を任せて力ずくで殴り倒したい気持ちはあるが、先程それをやって痛い目を見たばかりだ。感情を殺して、冷静に勝利への道筋を進ませるのがトレーナーの役割。その役割をただ無感情に全うする。

 

 

「チャージビーム!」

 

「ジャンプして回避!」

 

「シャドーボール!」

 

「シャドークロー! バックブローで振り抜いて相殺!」

 

 

 あやしいひかりを避ける為に背を向けたところにチャージビーム、それを跳んで避ければシャドーボール。敢えて明確な隙を作ってみたが、ミカンは遠距離攻撃に終始して接近戦を挑んでこない。かといって流れを変える為に無理に攻撃しようとすれば、また状態異常技が来るだろう。厄介な事この上ない。

 

 

「(じゃあ状態異常をお返しだ)あやしいひかり!」

 

「ふういんです!」

 

 

 ならばと状態異常技で流れを掴もうとするが、それも潰される。ふういんは自身の覚えている技を相手に使用出来なくさせる技。覚えられる技が四つに制限されているゲームでは面倒で済むが、覚えられる技の多い現実では厄介さが跳ね上がる。

 

 ふういんなんて技もあったなと思いながら技の選定を行う。ヤミラミの覚えている技とドータクンの覚えている技、その両方を全て把握している訳ではないがある程度なら分かる。少なくとも使う予定だったあやしいひかりとさいみんじゅつの二つの状態異常技、そして遠距離攻撃で使用予定だったシャドーボールは使えない。更にはエスパー技も使えそうな技はほぼ封印。補助技もユカイとドータクンでは使える技が似通ってる為ほぼ封印されている。

 

 なので距離毎に使用する技を絞る。攻撃手段を限定するのはよろしくないが、ここ一番で空振りが出るよりはマシだ。近距離技はけたぐりとほのおのパンチ、シャドークロー、遠距離技はあくのはどう、この四つの技はおそらくドータクンには使えない。他の出るかどうか怪しい技は捨てて、攻撃手段をこれだけに限定する。

 

 ミカンがそこまで理解してふういんを使ったのかは分からないが、それぞれの使用可能な技を把握した上での選択ならば見事と言う他ない。今まで9人のジムリーダーを相手にしてきたが、超能力やジムの設備を除いた実力だけで、ここまで上をいかれたのは初めてかもしれない。

 

 

「さいみんじゅつ!」

 

「大きく避けて少しづつ距離を詰めていけ!」

 

 

 こちらの攻撃手段を封じ、技の選定について考える一瞬の隙を突いての状態異常技。厄介だが対処は出来る。トリックルームでユカイの機動力が落ち、ドータクンの機動力が上がっているが、技自体の速度に変わりはない。一気に距離を詰められないもどかしさはあるが、少しずつならば距離を詰める事は出来る。その間に焦って無理な攻撃をしてくれれば隙を突いて攻撃。もし無理な攻撃をしてこなくてもそれならそれでゆっくり距離を詰めていけば良い。

 

 接近したところで不意打ち気味の状態異常技を使われるのが一番怖いが集中状態ならば問題ない。ミカンの指示を聞き逃さなければ、指示の出し始めの段階で回避の指示を出せる。相手の動きに対応するだけならば何も問題は起こらない。こちらが攻撃モーションに入っている所へのカウンター以外は対処可能だ。

 

 

「あやしいひかり!」

 

「前転!」

 

 

 ドータクンの目と思われる部分が光を放つが、前転で目を逸らしつつ距離を詰めるユカイには効果が無い。あやしいひかりは文字通り光速で放たれる技。光故に照射範囲が広く。技の速度も速いが、代わりに技の持続時間が極端に短く破壊力も無い。指示を先取りして反応できる反射神経さえあれば回避は容易だ。

 

 それに攻撃が当たらないと判断して状態異常技に頼るのも想定の内だ。なんとなくだがミカンの戦い方も分かってきた。メタグロスが真っ向からの殴り合いを挑んできたので勘違いしていたが、この慎重な立ち回りもミカンの武器なのだろう。第一に状態異常で戦力を奪う、第二に積み技で自己強化を重ねる、第三に堅実に削るの順で優先順位を立てていると見た。対格上においてこれ以上なく正しい戦い方だ。

 

 

「いわなだれで押し流して!」

 

「足を止めるな! シャドークローで砕いて前進!」

 

 

 ドータクンから放出される粒子が大小様々な岩を形作り雪崩となって押し寄せるが、ユカイは両手に纏った粒子の爪でそれを砕き着実に前へと歩を進める。点での攻撃は躱されるだけと理解して、面での攻撃に切り替えた判断は良いが威力が足りていない。いわなだれの様な技は攻撃範囲を優先した分だけ岩の密度が下がる。レベル差のある相手に威力より攻撃範囲を優先した技は使うだけ無駄だ。

 

 

「あやしいひかり!」

 

「岩を掴んで盾にしろ!」

 

 

 性懲りも無く状態異常を狙ってきたが、来ると分かっている技を喰らう筈もない。いわなだれで生まれた岩の一つを盾にして光を防ぐ。そして掴んだ岩は盾だけではなく武器にもなる。

 

 

「投擲!」

 

 

 ユカイの手に捕まれた岩がドータクンの頭に向けて飛ぶ。技ですらない攻撃だが、レベル100の腕力で放たれる岩の速度は尋常ではない。流石にドザエモンのロックブラスト程の速度は無いが、並のポケモンの技よりは余程速い。

 

 

「躱っ……! いわくだき!」

 

「けたぐり!」

 

 

 ここまで明確な隙を見せなかったミカンが漸く隙を見せる。これまでの攻防でユカイとドータクンの距離は殆ど無い。投擲された岩を目隠しにして接近すれば既に近接技の射程圏内に入っている。ドータクンが飛んできた岩を砕くと同時にユカイの蹴りが宙に浮いたドータクンの下半身を蹴り抜き、空中で半回転したドータクンがうつ伏せで地面に倒れ込む。

 

 

「背後に取り付いてほのおのパンチ!」

 

「ジャイロボールで払って!」

 

「構うな! 動かなくなるまで殴れ!」

 

 

 ドータクンを蹴り抜いたユカイが反転し、うつ伏せになったドータクンに飛び掛かり馬乗りになる。ドータクンもただでは殴られまいと体を丸めて回転を始めるがユカイの方が一手速い。両手に炎を灯したユカイがひたすらにドータクンの体を殴る。丸まって回転する対象を殴るのが難しいのか、何度かパンチの軌道を逸らされているが数で補う。散々積み技を使っている相手を自由にさせる訳にはいかない。

 

 

「ごめんなさいドータクン! トリックルーム!」

 

 

 パンチの数が二桁に届くこうというところでミカンから指示が飛ぶ。その最後の指示はトリックルーム。ドータクンの生存は諦めて次のポケモンに繋ぐ腹積もりだろう。回転を徐々に緩めていくドータクンにほのおのパンチのラッシュがクリーンヒットしていくが、残念ながら最後の最後でドータクンを中心とした謎の空間が広がっていく。

 

 

「ちっ……ユカイ! もういい! 一旦下がれ!」

 

「ドータクン! 戻ってきて!」

 

 

 パンチを止めたユカイが腕の炎を消したのを見て一旦下がらせる。可能ならトリックルームの発動前に潰せればと思っていたが、そう上手くはいかなかった。せめて対物理の積み技が少なければと考えが過ぎるが、その積み技の猶予を与えたのが自分の失策なので自業自得だ。

 

 ミカンに目を向ければ、ドータクンをボールに戻してこちらを見ている。残るは後一体、ドータクンが最後にトリックルームを使った事から素早さの低いポケモン、おそらくはハガネールだろう。さっさと出して、さっさと倒されて欲しい。

 

 

「ま、まだ勝負はこれからです! 鍛えられた鋼はこのくらいじゃ錆びないの! 頑張って! ハガネール!」

 

 

 ミカンはまだ勝負を諦めない姿勢を見せるが分かり易く強がりだ。例え最後の一匹がエースポケモンだとしても三対一、しかも残る二匹の情報も無い状態から勝利するのは無理がある。勝利を諦めないというよりも勝負を捨てないと自分に言い聞かせて鼓舞する意味合いでの口上だろう。

 

 そんなミカンの選出最後の一体は想定通りのハガネール。実物を見たの初めてだが想像以上にでかい。全長10mはあろうかという蛇型のポケモンが体を起こしている姿は見る者に圧迫感を与える。見た目が粒子なので実感は湧かないが体が鋼で構成されているなら体重も100㎏や200㎏では利かない、それこそ1トンに迫っていても不思議ではない。レベルも60前後と先の二体より一回り高く、エースポケモンと呼ぶに相応しい。

 

 その姿を見れば、先程のドータクンにトリックルームを使われた事が悔やまれる。質量の大きさはそれだけで武器だ。ハガネールの体格と体重、硬度を考えれば、体重を乗せて尻尾を振るうだけでも技レベルの威力になる。そこにトリックルームによるスピードが加われば更に威力が増す。一挙手一投足が全て攻撃になると認識しておかなければならない。

 

 

「てっぺきです!」

 

「かげ……あくのはどう!」

 

「あなをほる!」

 

 

 矢張りというべきか真っ先に積み技を指示してきた。硬度を上げる事で防御力を上げると同時に攻撃力を上げる腹積もりだろう。そこに牽制を兼ねて遠距離技を放つ。何もさせずに速攻を決める事も考えたが、その短慮で受けた被害を考えて一旦様子見を選んだ結果だ。ハガネールの積み技に対して、うっかりかげぶんしんの指示を出しそうになったがふういんを受けている事を思い出して急遽攻撃に切り替えた。

 

 だがトリックルームの影響下ではハガネールの速度に軍配が上がり、ユカイの放つあくのはどうが到達する前にハガネールは地中へと姿を消す。耳を澄ませば土中を掘り進むくぐもった音が聞こえるが、その音の出処はハガネールが潜っていった穴だ。地面の振動の強さと音の大きさでハガネールのいる深度はなんとなく分かるが位置までは特定できそうにない。

 

 

「ユカイ! 指示出したらすぐに動ける準備しとけ!」

 

 

 ユカイに声を掛けてから少しだけ視界を広くして、より深く集中する。耳に響いていたハガネールが土中を掘り進む音がより大きくなり、振動で揺れる砂利の一粒まで詳細に見える。負担は大きいが必要経費だ。

 

 正直言ってミカンがここからどう攻めてくるか予測が付かない。一体目のメタグロスの様に真っ向勝負を仕掛けてくる可能性もある。トリックルームが持続している間に短期決戦で勝負を決めるならこちらだ。ここまでの戦いで遠距離攻撃は躱されることを学んでいれば、必然的にハガネールの体格を活かし易く、攻撃を当て易い近距離戦を挑む事になる。こちらを選ぶとトリックルームが切れた途端に厳しくなるが、勝利を諦めてユカイだけを倒して一矢報いるつもりなら十分だろう。状況を見るならこちらを選ぶ可能性が高い。

 

 だが二体目のドータクンの様に搦め手と積み技を駆使して長期戦を挑んでくる可能性も捨てきれない。穴を掘って距離を取り、積み技を重ねて戦力が整ってから本格的な戦闘をする道。途中でトリックルームの持続時間が終われば不利になるが、それまでに相応の積み技を積んでおけば今の戦闘力を維持する事も出来なくはない。勝利を諦めずにここからの三縦を狙うのなら次発以降の戦闘力を確保出来るこちらを選ぶ可能性が高くなる。ここまで見てきたミカンの得意戦術的にはこちらの方がしっくりくる。

 

 要はミカンが何処を落とし所に決めているかだ。ユカイを倒して目的達成なら勝負を捨てて有利な内に近距離戦で暴れ回る、もし勝つつもりなら一時の有利を捨てて堅実に戦う。そういった理屈が通じない本能型の馬鹿もいるにはいるがここまでの戦いを見る限り、ミカンがそのタイプである可能性はほぼゼロ。何を選ぶかで心積りも読めてくる。

 

 

(まあ考えても仕方ないか。どっちにしてもやる事は変わらない。ただ相手の動きを見て最適解の対応をするだけだ)

 

 

 僅かに感じていた振動と音が徐々に大きくなっていく。ハガネールが少しづつ浅い部分に移動してきている証拠だ。もしこれがサンドの様な小さなポケモンだったらここまではっきりと深度も分からなかったかもしれない。その点だけはハガネールの図体の大きさに感謝だ。

 

 

(そろそろ来るな。さて何処に出てくるか)

 

「いきます! ハガネール! アイアンテール!」

 

 

 ミカンの指示を聞いて広めていた視界をユカイの近辺に絞る。アイアンテールを使うという事は近距離戦を選んだという事。次発以降の戦いよりもユカイを倒す事に重点を置いたのだろう。ずっと続いていた振動が収まり、ユカイの足元の地面が僅かに隆起する。視認が困難な真下からの襲撃だ。

 

 

「バックステップ! あくのはどう!」

 

 

 地面から鋭利な尻尾が真っ直ぐ飛び出しユカイを串刺しにしようとするが、ユカイは後方に飛び退く事で余裕を持って回避。そのまま地面から飛び出した尻尾に粒子を集めた両手を向ける。

 

 

「かみくだく!」

 

「っ、踏みつけて飛べ!」

 

 

 ユカイの手から光線が放たれると同時にユカイの後方の土が隆起し、口を開いたハガネールの頭が地面を突き破って姿を現す。反応したユカイがハガネールを踏み台にして飛ぼうとするが位置が悪い。ハガネールはユカイの回避先に大口を開けて出現した為、ハガネールの口に入るまで足場に出来るものが何もない。

 

 せめて技が万全に使えるのであれば、技の反動を利用して空中で軌道を変える事も出来るが、技の大半を封じられている所為で使用可能な技がすぐに思い浮かばない。更には尻尾に向けて攻撃を放った直後の為、即座に技が使えるのかも怪しい。

 

 またしてもしてやられた。相手の指示は聞き取れ、攻撃しようとしている姿も見え、何をしようとしているのかも理解出来るのに、その対処を実行に移す事が出来ない。もどかしくて叫び出したくなるくらいイライラする。

 

 

「そのままりゅうのいぶき!」

 

「ばくれつパンチを連撃!」

 

 

 後方に飛んだユカイが待ち構えていたハガネールの口内に消える。そこで終わりなら何とかなったかもしれないが、口内にりゅうのいぶきを発生させるという追い打ち付きだ。かみくだくという物理的な攻撃を加えつつ、りゅうのいぶきという特殊技で全身を炙る。ここまでの戦闘で多くのダメージを受けたユカイでは耐えられるとも思えない。

 

 若干の申し訳無さを感じつつも最後の命令を下す。口内に取り込まれた事を逆手に取って、回避できない相手に火力を叩きこむ。ゴガンッとトラック同士がぶつかったような音と共にハガネールの頭が一度跳ね上がったがそこまでだ。続く動きは無く、地面から這い出したハガネールの口の動きに合わせて火の粉が漏れる。

 

 二度、三度と咀嚼するような動きをしたハガネールの口から炎と共にユカイが吐き出された。その姿を見て本日最高の怒りが込み上げる。文字通り吐き出されたのだ。まるで唾を吐く様にして口から吐き出されたユカイの体が地面にバウンドして横たわる。戦っている相手を丁重に扱えとは言わないがこの扱いは駄目だ。

 

 

「(~~っ! ……駄目だ。落ち着け……冷静に……冷静に殺す)このクっ……戻ってこい……」

 

 

 喉まで出かかった悪態をなんとか飲み下してユカイをボールに納める。怒りでどうにかなりそうだが、その怒りを表に出す事に何の意味もない。ハガネールの行動に落ち度はないのに怒りをぶつけるのは只の八つ当たりだ。

 

 本当ならミカンがユカイを倒して満足しているかも観察したかったが今は駄目だ。もしもこの展開に喜びを表現していたら、それこそ我慢が出来なくなる。

 

 

「……ドザエモン、お前は自由だ。手加減は無し、全力でやるぞ」

 

 

 怒りに支配されそうになってもまだ思考能力は正常だ。相性は悪いが最短で勝負を決めるのにドザエモンが一番都合がいい。多少ダメージは負うだろうが、ここまで来たらダメージレースをしたくないなんて個人的感傷は捨てる。

 

 

掛かってこい! 受けて立ってやる! 

 

 

 敢えて声を張って宣言する。この程度で戦い方が変わるとは思わないが、気弱であればある程、誠実であればある程に真っ向勝負の誘いを受けると断りにくい。この程度の労力で搦め手に踏み切る前に僅かな戸惑いでも生まれてくれれば御の字だ。

 

 それに一対一の勝負とはいえジム内で戦う以上はジムトレーナーの目がある。今後もジムリーダーをやっていく上で同僚からの想いは無視できないだろう。ジムリーダーなのに挑まれた真っ向勝負を避けたと思われるんじゃないかと思い当たってくれれば真っ向勝負になる可能性が高まる。

 

 

「ロックブラスト!」

 

「ストーンエッジを壁にして!」

 

 

 牽制で放ったロックブラストはストーンエッジで作られた壁で受け止められる。遠距離技への対応はこれで大体分かった。記憶を探り探りになるがハガネールの使える技は大体分かる。思い付く限りでは遠距離技は殆ど無く、決定打になり得るのは近距離技ばかり。仮に有効な遠距離技があってもストーンエッジで壁を生み出せば防ぐ事は可能、いざとなればまもるでその場を凌ぐ事も出来る。

 

 

「つるぎのまい! 指示に反応出来るように気を張っとけ!」

 

「アイアンテール!」

 

 

 ストーンエッジで生まれた壁が砕け散り、破片がドザエモンへと向かう。面白い使い方だと思うが効果は今一つだ。ユカイならまだしもドザエモン相手に技ですらない岩の破片を飛ばした所で大したダメージはない。精々目くらましが良い所だが、それも分かっているなら引っ掛かりはしない。

 

 

「無視しろ! つるぎのまい!」

 

「いやなおと!」

 

「っ!? ぐ……」

 

 

 ハガネールの口元から耳が痛くなる程の高音と全身が震える程の低音が入り混じった嫌な音が放たれ、周囲に広がっていく。ゲームの時は何故音を聞いただけで防御力が下がるのかと思っていたが、実際に体感すると分かる。原理は分からないが強制的に相手を脱力させる、若しくは筋肉を弛緩させる類の技だ。ハガネールの使用してくる技として知識には入っていたが、いざ使われると辛い。

 

 

「りゅうのいぶき!」

 

「ロックブラストで押し返せ!」

 

 

 ハガネールの口元から炎が吐き出されるが、ドザエモンの放つロックブラストがその炎を打ち消していく。りゅうのいぶきなんて大層な名前が付いていても所詮は炎を吐く技。質量のない炎と質量のある岩がぶつかれば岩が勝つのは自明の理だ。

 

 

「いやなおと!」

 

「くそが……っ」

 

 

 再び放たれるいやなおとに気を張って耐える。脱力自体は耐えられるが、体の脱力に引っ張られて解けそうになる集中状態を維持しなければならない。平気で多用するという事は人間のミカンには影響が無いのだろうが、ポケモンの自分には効果覿面だ。

 

 

「がんせきふうじです!」

 

「いわくだきでぶっ壊せ!」

 

 

 ハガネールが粒子を集めた尻尾を振るい、飛び散った粒子で形作られた無数の岩が広範囲に飛来する。ドザエモンは拳を振るって直撃しそうな岩を砕いていくが全ての岩を砕くことは出来ず、周囲に多くの岩が突き刺さり、ドザエモンの移動範囲を狭めていく。

 

 

「(移動範囲を狭めるって事はそろそろ勝負に出るか?)ドザエモン! もういい!」

 

「ストーンエッジ!」

 

「足元にいわくだき!」

 

 

 足元が隆起するのと同時にドザエモンの拳が振り下ろされる。地面からせり上がろうとする岩が出て来た傍から砕かれ周囲に細かな岩の破片が撒き散らす。

 

 ダメージは最低限に抑えたが、よく見ればドザエモンの手から僅かに粒子が漏れ始めている。そろそろ予定を変更しなければならない。遠距離技を使っても無駄と分からせれば寄ってくると思っていたが未だに距離を取ったまま。技に対応する事は出来ているがこのままではジリ貧だ。

 

 

「あなをほる! 捕まえに行け!」

 

「てっぺきです!」

 

 

 ドザエモンが地面に潜るのに合わせて、ハガネールが粒子を吸収して硬度を上げていく。だがどれだけ防御力を上げても、一度捕まえてしまえば戦闘不能にする案は既に考えてある。しかし積み技もここまで連発されると用心深いだけではなく、他にも何か理由がある気がしてくる。

 

 一拍置いて地面からドザエモンが姿を現す。理想を言うなら土中から腕だけ出して尻尾を掴んで欲しかったが、残念ながら土中からハガネールに体当たりをする様に全身で地面を突き破って来た。きちんを指示を出せばこうはならないのだろうが、あまり詳細に指示を出すと今度は相手トレーナーに警戒される。この辺りの融通の利かなさはどうにかしたい。

 

 

「アクアテールで振り払って!」

 

「っ! 受け止めて尻尾を掴め! 絶対離すな!」

 

 

 予想外の技に一瞬躊躇いが生まれたが、ここで勝負に出る。普通なら四倍弱点の水技など絶対に受けたくないがそうも言っていられない。ここで距離を空ければまた先程の焼き増し、距離を詰めてもまたアクアテールを使われれば距離を取る事になる。いずれはダメージ覚悟でアクアテールを受ける必要がある。それならば万全の体力が残っている今が最大の好機だ。

 

 なによりこれ以上ミカンの好きにさせたくない。最早ミカンの実力は疑えない。相手に苦手を押し付けて戦力を削ぐ手腕は今まで会ってきたジムリーダーの中で断トツトップだ。自分の考える自分を倒しうる相手の要件を満たしている。そんな相手に余計な事をさせる訳にはいかない。

 

 高速回転する激しい水流を纏った尻尾を振り抜くハガネール。その尻尾をドザエモンは腹で受け止めて、そのまま両手でがっちりと掴む。思ったより飛散する粒子が少なかったのは嬉しい誤算だ。

 

 

「よし! 振り回してやれ!」

 

「あなをほるで退避して!」

 

「逃がすな! 釣り上げろ!」

 

 

 地面に潜って体制を立て直すつもりだろうがそんな真似を許すはずもない。地面に潜ろうとするハガネールを釣り上げて、その巨体を宙に浮かせる。

 

 

「そのまま叩き付けろ!」

 

「こおりのきば!」

 

 

 退避できないなら反撃をと体をくねらせて噛みつこうと迫るが、その程度は想定内だ。ドザエモンがハガネールを地面に叩き付ける様に振り下ろせば、遠心力に引かれたハガネールの体がピンと張り、そのまま地面に叩き付けられる。

 

 ハガネールの形状は尻尾が細くて掴みやすく、頭が大きくて遠心力が乗りやすい。当然、叩き付けた時に最も強い衝撃を受けるのは先端、生物の急所である頭だ。相応の筋力が求められるが、それさえ満たせばこれ程振り回しやすいポケモンはいない。

 

 

「耐えて! 隙を見てしめつける!」

 

「振り回せ!」

 

 

 ドザエモンの動きを封じるつもりだろうが甘い想定だ。ここまで来て隙を見せるつもりは無い。ハガネールをハンマー投げのハンマーに見立てドザエモンが回転を繰り返す。二回三回と回転を繰り返す度に確実に遠心力が強まっていき、ハガネールは体を曲げる事すらも出来なくなっていく。せめて重量が頭では無く尻尾の方に集まっていれば少しは抵抗出来たかもしれないが、体の作りに関しては言っても仕方ない。

 

 

「叩き付けろ!」

 

「アイアンヘッドで耐えて!」

 

 

 振り回して生まれた遠心力を乗せたまま、ハガネールの頭を地面に叩き付けるが想定より飛散した粒子が少ない。アイアンヘッドを防御に使用するとは思っていなかったが今現在の状況を考えれば良い判断だ。多少余裕を持ってみればミカンの戦い方は勉強になる。

 

 

「アイアンヘッドで突っ込んで!」

 

「ほのおのパンチ!」

 

 

 ハガネールを叩き付けて動きが止まったと見るや、即座に反撃のアイアンヘッドが飛んでくる。だが叩き付ける為に振りかぶる瞬間と叩き付けた直後、消す事の出来ないこの二つの隙に反撃を仕掛けてくるのは想定している。片手でハガネールの尻尾を掴んだまま、片手に炎を灯したドザエモンが迫って来たハガネールの横っ面を殴り飛ばす。

 

 

「もう一度振り回せ!」

 

「てっぺきで耐えて!」

 

 

 再び両手でハガネールの尻尾を掴んだドザエモンの旋回が始まり、ハガネールの体が遠心力で伸びていく。ミカンも反撃と脱出は諦めた様でてっぺきで硬度を上げるように指示を飛ばす。一撃でも多くの攻撃に耐えて反撃の隙を伺っているのだろう。最後まで勝負を諦めない姿勢には敬意を表すが無駄な事だ。

 

 

「振り回したままかえんほうしゃ!」

 

 

 指示に従ってハガネールの尻尾を掴んだからドザエモンの両手から炎がチラつき始める。ドザエモンのかえんほうしゃの発射口は両手の掌にある穴だ。発射口と尻尾が直に触れているので酸素を取り込めない炎の威力は低く、ダメージを与えられるのも末端である尻尾だが多少の効果はある。

 

 

「アクアテールで消火!」

 

 

 しかしその炎はハガネールの尻尾に渦巻き始めた水流で即座に鎮火される。そしてこのアクアテールが思ったより厄介だ。水で濡れた程度でドザエモンの手が滑るとは思えないし、大したダメージを与えられるとも思えないが、使い方如何によっては脱出に使えそうな気がする。今の体勢に持って行った時点で同じ事を繰り返すだけで良いと思っていたが、早めに決めた方が良いかもしれない。

 

 

「(ここまでのハガネールのダメージはばくれつパンチが一回、叩き付けが二回、もう一撃大技を入れれば……いけるな)……ドザエモン! 真上に投げろ!」

 

 

 ドザエモンが回転の勢いをそのままに大きく振りかぶって、ハガネールを真上に放る。覚えている限りではハガネールに空中で軌道を変える技は無い。仮に使えたとしてもハガネールの巨体を移動させる程の出力は出せない。このまま落ちて来たところを迎え撃って試合を終わらせる。反撃は受けるだろうが、最悪相打ちでも三匹目が残っている自分の勝ちだ。

 

 

「! ジャイロボールです!」

 

 

 ぐんぐんと上昇していくハガネールが体を丸めて回転を始める。ここまで多様な戦い方を見せて来たミカンが漸く訪れた絶好の反撃の機会に選ぶ技にしては妙だ。確かにハガネールは素早さが低く、ジャイロボールに向いたポケモンではあるが、それはあくまでも相手の素早さが高い場合に限る。幾ら弱点属性とはいえ、同じく素早さの低いドザエモンに使うだろうか。そんな疑問が湧いてくる。

 

 

「(いや、別に良い。集中すれば反応出来る。相打ちでも良い。ここで決める)きあいパンチで仕留めろ!」

 

 

 湧いて出た疑問を振り払って迎撃に備える。ポケモンとしての強さはドザエモンの方が数段上、体勢も宙に投げ出されて踏ん張りの効かないハガネールよりも地面を踏み締めているドザエモンの方が有利だ。何も迷う事は無い。ただ粛々と決めた事をやり通すだけだ。

 

 上昇が緩やかになり、重力に引かれたハガネールの落下が始める。ミカンの早めの指示が功を成して、ジャイロボールの回転も技として成立するまでになっている。丸まっても尚3m近いサイズと1トンは在ろうかという体重、そこに高さによる位置エネルギーも相まって相当な威力が出るのは想像に難くない。

 

 対するドザエモンは拳に粒子を集め、全力で拳を振り抜くために腕を引いて体勢を整える。最高威力の格闘技を放つ為の予備動作だ。ダメージを負っている状態のハガネールがこんな技を喰らえば死ぬ可能性もあるが、それならそれで仕方がない。試合中の事故だ。

 

 

「ぶち砕け!」

 

「今です! アイアンテール!」

 

 

 落下してきたハガネールに向けてドザエモンが渾身の拳を振るう。距離があっても尚風切り音が聞こえる程の見事なパンチだ。だがその瞬間、回転する球体から尻尾が飛び出し、ドザエモンを側面から襲う。

 

 考えれば分かりそうなものだ。ここまで臆病と言える程に慎重な戦い方を続けていたミカンが、如何に反撃のチャンスを得たとはいえ、真っ向勝負を挑む筈もない。本命はジャイロボールによって威力を底上げしたアイアンテールによる意識外からの攻撃。当たって倒せれば良し、倒せないまでも弾き飛ばして距離を取れれば良し、回避されても距離を取れれば良しの三段構え。

 

 こうなればトレーナーに出来る事は無い。片や高速回転から放たれた尻尾の一撃、片や最短距離を行く全力のパンチ。互いに回避は不可能故にどちらの攻撃が先に当たるかの勝負を見守るしかない。

 

 結果先に攻撃を当てたのはドザエモン。落ちて来たハガネールに強烈な一撃を加え、その体を再び宙に弾き飛ばす。それとほぼ同時にハガネールのアイアンテールがドザエモンの側頭部に直撃。本来ならドザエモンの体を捉える筈だった攻撃の狙いが、宙に浮いた事で高くなった結果だ。頭に攻撃を受けたドザエモンは空中で横向きに一回半回転して、頭から地面に落ちる。そして時を置いて宙に打ち上げられたハガネールが地面へと落下する。

 

 

「立てドザエモン!」

 

「負けないでハガネール!」

 

 

 声に応じてドザエモンが立ち上がる。ダメージは受けている様だがその足取りに乱れはない。対してハガネールはミカンの声にピクリとも反応しない。体から粒子の色が抜けていないので死んではいないのだろうが、甚大なダメージを受けて戦闘不能になっているのだろう。攻撃がまともに当たれば倒せると踏んでいたので驚きはない。

 

 

「っ! ……あたしの……負けです……お見事でした」

 

 

 ミカンの敗北宣言を聞いて軽く息を吐いて脱力する。その瞬間に一気に疲労が押し寄せてくる。集中状態を長く維持した為か頭に、目に、耳に、そして全身に鈍い痛みと倦怠感が押し寄せ座り込みそうになる。もしかするとまだいやなおとの影響も残っているかもしれない。

 

 体に力が入っていた所為で固まっていたのか、全身に血液が巡るじんわりとした温かさを感じながら、痛みと気怠さを感じる体に鞭を打つ。本音を言えば大の字に寝っ転がってしまいたいが、ジムリーダー相手に指導をするという役職がそれを許さない。楽勝ではなくともある程度の余裕を見せなければ指導を受けるものは不安になるものだ。せめてジムリーダーの前だけでも虚勢を張らなければならない。

 

 

(……まじで疲れた。普通に今まで戦ったジムリーダーの中で一番強かった気がする……こんなに苦戦したのっていつ以来だ? カスミと初めて戦った時以来か? ……いや、自業自得だな。油断慢心調子乗り、普通に戦えば普通に勝つと思い込んで何も考えずに挑んだ結果がこれか……どうにか前の感性を、ジムリーダーを脅威だと思っていた時の感性を取り戻すか? 暫くレギュラーの使用を控えて弱いポケモンを使えば何とかなりそうな気もする。それかいっそ開き直って戦いを戦いと認識せずにただの作業と認識して気負わないようにした方がいいか? どうすればいい?)

 

 

 頭の中で反省をしつつ、ミカンの下へ歩を進めていく。これからミカンへの指導もしなければならないのだが、良い内容が思い付かない。戦い方に関しては変にテコ入れをする必要は無い。個人的にジムリーダーにやって欲しい戦い方のほぼ理想形だからだ。

 

 人間的な部分に関しては言える事はあるが、それは出来ればしたくない。自信なさげな態度と徹底的に自己強化や相手の弱体化を繰り返す戦い方を選んでいるのを見ただけで凡その性格は分かる。感覚的にミカンからはアンズに近いものを感じる。変に助言をして懐かれたら面倒だ。

 

 出来るならばこの後向かう事になる灯台で、あかりちゃんの病気を治すというイベントをこなす事で有耶無耶にしたい。そうなる様に願いながら力の入らない両足を一歩ずつ踏み出していく。




アルセウスが楽しすぎてやばい。もう自分が書きたかった世界観が大体アルセウスで満たされる。なのになんとなく参考資料として見て、今ひとつ楽しみきれない自分がいる。

そして書きたい内容は決まってるのにそれを文章で表現出来ないもどかしさよ。誰か文章の上手い人がリメイクとかしてくんねぇかなと思う今日この頃。でも失踪はしない。


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恐ろしい人

お待たせ致しました。続きが出来上がりましたのでお納めください。


 抜けるような青い空、底抜けに透き通った湖、自然本来の荒々しさを保った岩の数々、リゾート地にも負けず劣らずの素晴らしい環境だ。だがそんな環境に囲まれても気分は宜しくない。

 

 

「ったく……どこいんだよ畜生が」

 

 

 化け物じみた身体能力で地を駆ける。行く手を阻む崖を乗り越え、草木をなぎ倒し、川を飛び越える。ポケモンが現れても無視し、時に石を投げて気を逸らしてはひたすらに走る。現在地はタンバシティの北にあるサファリゾーン。持てる知覚の全てを行使して、あるポケモンを探しているのだが一向に見つからない。

 

 なぜこんな事をしているのかと言えば、アサギの灯台に居たあかりちゃんの所為だ。ミカンとのバトルを終えた後に移動する事になった先はやはりアサギの灯台。その最上階にいるあかりちゃんが病気で弱っているからどうにかして欲しいというのがミカンからの相談だ。

 

 そこまでは別に良い。イベントが終了していなければ、その解決を依頼される事は想定していた。ただこちらはあかりちゃんの事を知らない体で話さなければならないので、灯台であかりちゃんの容体を確認してからゆっくり話をするつもりだった。

 

 道中で簡単に事情を聴くと、あかりちゃんは元々は灯台守が飼っていたデンリュウだったが灯台守が年で亡くなった後も一匹灯台に残って明かりを灯し続けていたらしい。それが数年続いたある日、灯台に明かりが灯らない日が続き、不審に思って見に行ったらあかりちゃんが病気で弱っていたというのが事の顛末。

 

 ポケモンセンターに連れて行って回復すればと思ったが、なんでもあかりちゃんは決して灯台から離れようとせず、モンスターボールにも入らない、無理矢理連れて行こうとすれば放電までする始末で移動させることは不可能。ならばとアイテムを使って治療を試みるも、なんでもなおし等の状態異常回復アイテムを使用しても効果は無く、きずぐすりやかいふくのくすり等の体力回復アイテムを使っても一時的に体調が回復するだけで時間を置くとまた体調が悪化するらしい。

 

 ゲームの頃はこのイベントの事を感動秘話みたいに思っていたが、現実で聞いてみると多少思うところがある。灯台守が死んだ後に灯台の明かりを任せたと言っているが、それが本当にあかりちゃんの望みだったのかは疑問だ。もしも自分がポケモンに何かを命令して死んだ場合、死ぬまでその命令を果たし続ける奴が何匹かいると思う。もしかするとあかりちゃんも前トレーナーへの義理か何かで、やりたくもない灯台守の仕事を続けている可能性もなくはない。なのにそれをあかりちゃんの望んだ事だと周りの人が認識しているのならなんとも報われない話になってくる。

 

 そもそも灯台に明かりが点かなかったから様子を見に行ったという時点で碌でもない話だ。そんなもの灯台守が死んでからの数年間、あかりちゃんが倒れるまで碌に食事も持って行かずに灯台に閉じ込めていたと言っているに等しい。なのに病気で倒れた今になってあかりちゃんを治したいなんて虫のいい話だ。捻くれた見方になるがあかりちゃんを灯台のバッテリーかなにかと勘違いしてるんじゃないかと思ってしまった。

 

 流石にそんな事は言えなかったが、話を聞いてあかりちゃんの治療をするのが本当にあかりちゃんの為なのか疑問を感じたのも事実。ひとまず本人を見てから決めようと思って何も言わなかったが、どうも気持ち悪い。ミカンは如何にも死んだトレーナーと残されたポケモンとの絆の美談であるかの様に語ってきたが、この世界の人間は変なところでポケモンと人間との信頼関係を過信している節があるので実態は謎だ。

 

 そして事の始まり、異常が起きたのは灯台の最上階に近づいた辺りからだ。全六階からなる灯台の最上階に向かおうと、階段の上り下りを繰り返しをしている時に突如として体に怠さが生まれた。てっきりミカンとのバトルで長時間の集中状態を続けた反動か、いやなおとを喰らった後遺症、若しくはそれらの後に運動をした故の疲れが原因だと思って放置していたが、そこで異変に気付くべきだった。

 

 アサギの灯台の最上階にいるあかりちゃんに会ってみれば、体から粒子を垂れ流しながら床に伏していた。その症状は体から粒子が自然と抜けていく、体に貯めるべき粒子を維持出来ないという、まるで毒で継続ダメージを喰らっている様な謎の症状。粒子が見えない人間からすればどれだけ薬で回復させても自然と弱っていく原因不明の奇病だろう。現に粒子が抜けていく様が見える自分ですら、その正体は分からない。

 

 そしてその謎の症状を回復する為の薬はタンバシティの薬屋にあるらしい。実際のミカンの言は「海の向こうのタンバには凄い薬屋さんがいるそうで……もしかしたら……」という自信無さげなものだったが、ここでその情報が出たという事はそういう事だろう。記憶でも薬か木の実かのどちらかだった筈なのでまず間違いない。

 

 薬の場所が分かっているならばミカンが自分で行けば良いとも思うが、一応理由はあった。弱ったあかりちゃんを放置して行くのが怖い、ジムリーダーとして町の管理を任されているので私用で町を離れるのが難しい、タンバ行きの船の時間がジムの営業時間と被る、タンバの薬屋も噂の域を出ないので無駄足に終わるかもしれないと四つの理由を並べられれば理解出来なくはない。あかりちゃんよりも仕事の方が優先なんだなと思ったが、他人のポケモンと自分の仕事なら仕事を取るのは当たり前だろう。

 

 そうやって根掘り葉掘り悠長に情報を集めていたのだが、場所が問題だった。真横には謎の奇病を患ったデンリュウ、そしてこの灯台の最上階はそんな病気のデンリュウがずっと閉じ籠っていた階層だ。当然だが病気には原因がある。環境や遺伝、細菌やウィルスと様々あるが、必ず病気が発症する原因が存在する。原因如何によっては接触や飛沫、空気感染等の様々な手段で感染する事もある。

 

 結果を言えば感染した。のうのうとミカンと話していた時に変な動きの粒子が目に入ったのが始まりだ。空気中に漂っている粒子とは別に下から湧き上がる様な動きをする粒子が混じっていた。疑問に思って下を向けば体から粒子が漏れ始めている。慌てて手を見れば、手からも粒子が漏れていた。微量過ぎて目を向けるまで気付けなかったが、気が付いた時には手遅れだ。

 

 ここで初めて、考えてもいなかった感染の可能性に気付いた。ミカンが何度もここを訪れていると言っても、ミカンは人間。粒子が漏れていくという症状からして、ポケモンのみに感染する病、若しくは人間に感染しても影響が出ない類の病だったのだろう。一体いつ感染したのかは分からないが、感染したと気付いてしまえば頭の中は一気にパニックだ。

 

 この病気の致死率はどれ程か、どういった経路で感染したのか、感染からどの程度の時間で動けなくなるまで弱るのか、そしてどうやれば治るのか、様々な考えが頭を過ぎるが情報が足りていない。分かるのはこの問題を解決しないという選択肢が無くなった事だけ。

 

 ミカンに薬を取ってくるからジムで待ってろと吐き捨てて、即座につくねでタンバシティに飛んだ。感染の恐れのある場所でつくねをボールから出したとか、触れたつくねに感染の恐れがあるなんて言っていられない。文字通り命懸けだ。自分とつくねの体から粒子が漏れる度にきずぐすりを噴き付けながらタンバシティに向かった。

 

 そしてタンバシティで道行く人を捕まえて薬屋の場所を聞き、そこに走った。だというのに店の扉には臨時休業と書かれた札が掛かっている。恥も外聞も捨てて、扉を叩き、声を上げて呼び掛けるも反応すら無い。最終的に扉を蹴破って後で謝ろうと覚悟を決めたところで町人に声を掛けられて薬屋の居場所を教えて貰えた。なんでも最近サファリゾーンが開園したので、そちらに遊びに行っているらしい。

 

 そうと分かれば再びつくねに乗って猛ダッシュだ。タンバシティの西にあるゲートを潜れば、そこがサファリゾーン。なのだが、いざサファリゾーンに入る前に案内板を見ると思いの外広かった。サファリゾーンには12もの区画があり、タンバシティのある島の凡そ半分を占めている。

 

 そんな島の半分を占める場所から顔も知らない一人の人間を探すのは不可能だ。手あたり次第に声を掛けていけば、いずれは見つかるかもしれないが、すれ違いになる可能性の方が遥かに高い。なので逸る気持ちを抑えて入口で出待ちをした。サファリゾーンは入場に金を取るだけあって、入場時間は厳正に管理されている。制限時間を迎えて出てきた全員に声を掛けていけば確実に薬屋を発見する事は出来る。

 

 これが見事に嵌り、出待ちをして十数人目で薬屋の男を見つけ、ジムリーダーからの依頼である事を伝えて薬の作成を求めた。内訳までは伝えていないが、最低でも自分とつくねの分二つ、次点で念の為の予備を二つ、最後にあかりちゃんの分を一つの計五つだ。だが薬屋は首を縦には振らなかった。半殺しにしてでも薬を作らせようかと思ったが、聞けば納得せざるを得ない理由がある。その薬の作成に必要な原料がないから造ろうに造れないらしい。

 

 その原料というのがフカマルの体液で、今日サファリゾーンに来たのも原料となるフカマルを捕まえようとしてのもの。だが残念な事に捕まえようとしているのが専業トレーナーでもない一介の薬屋だ。サファリゾーンでフカマルを捕まえたトレーナーがいると聞いて訪れたはいいものの、草むら一つ抜けるのも苦労する有様。フカマルを探すどころかパーク内の捜索すら遅々として進んでいない状況らしい。

 

 そんな状況で薬を作りたいが原料を手に入れられない薬屋と急ぎで薬が欲しいトレーナーが揃えばやる事は一つ。薬を無償で作成して貰う事を条件に、代わりにフカマルを捕まえて来る事が決まった。

 

 そう依頼を受けたが入場でまた一悶着あった。金を払ってそのまま入場しようとしたところで職員に止められたのだ。入場の際には専用のボールを受け取り、手持ちポケモンは全て受付に置いていく規定があるらしい。そこに例外は無く、護身用の一匹すらも持ち込めない。職員曰く、人間に危害は加えない温厚な個体を集めているから大丈夫、寧ろポケモンを連れて行くと縄張りを荒らされたと思って凶暴化する恐れがある、だから安全の為にポケモンを置いていけとの事だ。

 

 正しい事を言っているのだろうが冗談ではない。ポケモンの病気に感染した事で、自分が生物的にはポケモンだと証明されている。だというのに手ぶらで凶暴化の恐れがあるポケモンの住処に行く等ありえない。だからポケモンリーグでの役職、ジムリーダーからの依頼で必要だという事、挙句には情に訴えようとポケモンの命が掛かっている事まで懇々と説いてみたが駄目だった。如何様な理由が有ろうとも特例は作れないと至極当然の切り替えしをされただけだ。もし俺が襲われたら責任取れるのかとキレても、一人の臆病さの為に入場している全員を危険に晒すわけにはいかないと言われては返す言葉も無い。

 

 規則を破ろうとしているのはこちらなので、そうまで受け入れられなければ折れざるを得ない。襲われる不便はあってもレベル20、30のポケモンなら一人でも倒せなくはない。レベル40、50になると厳しいが機動力に優れたポケモンでないなら逃げるだけなら何とかなる。時間の猶予か説得できそうな気配のどちらかがあればもう少し粘っても良かったが、なにせ時間が無い。無駄な問答をする一刻一秒の間にも体から粒子が漏れ続けている。

 

 だから諦めてポケモンを渡し、鞄から回復の薬を二つポケットに突っ込んでサファリゾーンに突貫した。フカマルの居場所なんて見当もつかないが、ポケモンのいずれかのシリーズで滝のある洞窟に出現した記憶があるので、水辺の岩場エリアを中心に捜索を始める。

 

 水辺の岩場エリアは読んで字のごとくのエリアだ。ど真ん中に直径数kmの湖があり、その周囲にゴツゴツとした岩が多く設置され、その岩場を囲うようにして林と森の中間くらいの量の木が植えられている。洞窟エリアでもあれば其方と迷ったが他に水と岩が設置されているエリアはなかったので多分ここだろう。

 

 職員の言っていた通り、縄張りに侵入されたと認識したポケモンが襲ってくる事もあったが無視だ。というよりも想定よりレベルが高い所為で逃走以外の選択肢を取れない。サファリゾーンに出てくるポケモンなんて高が知れていると甘く見積もっていたが、レベル40~50とジムトレーナークラスのポケモンがごろごろいる。

 

 そんな紆余曲折のお使いイベントの最中が今だ。エリアに当たりを付けてフカマルを探しているのだが、これが本気で見つからない。フカマルが隠れられそうな高さの草を見つけては踏みつぶして視界を確保し、邪魔な岩を見つければ影まで探し、穴を見つければ水を流し込みと隈なく探しているというのに見つかるのは別のポケモンばかり。

 

 

(マジでいない……水辺が生息地じゃない? 生息に必要な環境は水じゃなくて洞窟の方だったか? そうなると日光が射さないか岩の多い環境が条件……進化後のガブリアスがドラゴン、地面タイプだから岩場エリアにいる可能性もあるけど……でもフカマルって多分鮫に分類されるんだよな。明らかに水生っぽいヒレがあるし、名前もフカヒレが由来だと思うし……水中の線もあるか。ミニリュウみたいに水中で成長して、カイリュウに進化したら水に潜れなくなるパターン……それか土中もあり得るな。セミみたいに土中で幼年期を過ごして成長したら出てくる生態、どっちかというとナックラーがそれっぽいけど同じドラゴンなら生態が似てる可能性はある……いや、手足の発達が未熟でヒレが発達してるって事はやっぱり水生の方が可能性高いな。こんだけ探して見つけれないって事は生息域が人の活動圏と被ってないと思う。崖の上まで探しても巣を見つけれてないし、あと探してないのは水中と土中……ポケモンがいれば簡単なんだけど捜索が難しいな)

 

 

 周囲に気を配りながらフカマルの生息域を絞る為に情報を整理する。如何に常識の通じない生態をしているポケモンという種であっても、外見や名前、特徴は生息域を絞るのに役に立つ。まず鮫由来と思われる名前と水生生物特有の発達したヒレ、これは生息地が水に関連する事の裏付けだ。陸上で活動できる様に手足もあるが、陸上を主な活動場所にしているにしては未発達、あれでは外敵に襲われても逃げられない。どちらかと言えば陸上移動では無く、泳ぐ際に使う水掻きとして見た方が納得出来る。身体特徴から見れば、陸上でも活動できる水生の生き物。他の生物に当て嵌めるならペンギンや亀に近い。

 

 

(……やっぱり身体特徴的には水辺に生息する可能性が高いけど……どうするか。この辺の水っていうと湖みたいのがあるからそこに居そうだけど水中はな……水中で襲われたら抵抗手段がないから水に潜るのは論外。かと言って悠長に出てくる個体を待つのは時間的にきつい。デンチュウが居れば水にかみなりでも落とすんだが……さっき見かけたメリープを捕まえて水に電気を流してみるか? ……いや駄目だ、中途半端に攻撃して水中のポケモン達がわらわら出てきたら対処出来なくなる。逃げ切れないレベルのはいないと思うけど、水中になんのポケモンがいるか分からない内にそれをやるのは危険過ぎる。もしフカマルの進化系のガバイトとかガブリアスが混じっていたら多分逃げ切れない……てか地面タイプ入ってるから電気は効かないか。肝心のフカマルが出て来ずに他の水タイプばっかりが襲って来そうだ。外敵と認定されて近寄りにくくなったら困るし絶対駄目だな)

 

 

 一旦行き詰まった思考を止めて、ポケットから取り出した回復の薬を全身に吹き付ける。まだ体力的には余裕があるが念の為だ。本当ならもう少し弱るまで温存すべきなのだろうが、急に動けなくなるんじゃないかという不安には勝てない。

 

 普通の生き物ならダメージを負えば動きが鈍るが、ポケモンはその特徴が薄く、戦闘不能直前までそれなりには動ける。疲れで動きが鈍らないのは利点だが、逆を言えば動きだけでは残り体力が分からないという事だ。まだ大丈夫と感覚だけで動いて、気が付いたら瀕死でしたなんて笑い話にもならない。

 

 特に今いるのはサファリゾーン。人を襲わない様に教育されたポケモンを集めていると言っても、自分からすれば野生のポケモンと何一つ変わらない。そんな危険な生物がうようよいる場所で動けなくなれば、待っているのは死だ。安全地帯にいる感覚でいては本気で殺されかねない。

 

 

(……どうするかな……回復の薬もあと一本。一度アイテムを取りに帰るか? でもその間にフカマルが出たらと思うと……そもそも水中のポケモンを誘き寄せる方法を考えないと薬がどれだけあっても意味無い……釣りは厳しいか。護衛も無しに呑気に釣りしてたら襲われかねない……湖をどうにか……蒸発は手段がない、毒も同じ、電気も駄目、水を掻き出すのも無理がある。となると埋めるくらいしかないが問題は何で埋めるか。大きさはともかく深さが分からんから、どれくらいの土砂がいるか謎。崖を切り崩して土砂を調達するにも道具がいるからこれも無理……そうなると湖そのものをどうこうするのは諦めて水中に攻撃して誘き寄せるしかないんだけど……岩でも投げ込んでみるか? 住処を荒らされたとなれば多分様子見くらいはしてくるだろうし……やるか……他のポケモンも出てくるだろうからあんまりしたくないけど他に手もない)

 

 

 方針を決めたなら次は行動だ。効果の程が分からなくとも何もしないよりは遥かにマシ。本当なら安全が確保されていない真似はしたくないが他に方法を思い付かない。

 

 まずは場所の選定から始める。第一に岩の投擲が可能な距離である事。第二に湖から出て来たポケモンに水中に引き摺り込まれず、且つ遠距離攻撃を撃たれても対応出来るだけの距離か高さがある事。この二つは最低条件だ。理想を言うなら岬や高台の様な形状の地形が望ましい。

 

 湖周辺をぐるりと見渡せば理想ではないものの、最低限条件を満たす箇所は何ヵ所かある。選ぶのはその中で最も見晴らしの悪い場所だ。あまり見晴らしが良過ぎると湖から出て来たポケモンに見つかるし、上空から飛行ポケモンに襲われる危険性がある。飛ぶ生き物を管理するのが難しいからから、今のところ飛行ポケモンを一匹も見ていないが念には念を入れておく。

 

 

(本当にこれで大丈夫か? ヒレがあるって事は泳ぐんだから回遊してる可能性もある。それなら変に水場を荒らすよりも網を作って仕掛けた方が……いや網がないな。木で簡易的なダムを作っても良いけど時間が掛かるし、木をへし折って回ってたら森の方に住むポケモンにも狙われる。とりあえずは最初の案を試して、その結果次第……でいいよな? ……うん、とりあえず試そう。それで駄目ならもういい。島の反対側からつくねで空飛んで侵入して捕まえる。これでいこう)

 

 

 手直にある小石を拾い集めてポケットに突っ込み、遠距離から投げられそうなサイズの岩を探す。作戦はシンプルに岩を投げ込んで、顔を出したところに小石をぶつけて誘き寄せるだ。これを試してフカマルが出てこなければ、一度岩場エリアの捜索に切り替える。

 

 そして投げ込む岩だが、これにも条件がある。形状は何でも良いが、水中にいるポケモンが攻撃を受けたと認識する、即ち脅威を感じるサイズでなければならない。だがあまり大き過ぎると重量が嵩んで投げる事が難しくなる。投擲可能な重さ且つ明らかな脅威と分かる大きさの両立が難しいが幸いな事に岩の数には困らない。水辺の岩場エリアと呼ばれるだけの事はあり、岩だけは幾らでもある。

 

 最低限の大きさを決めて、基準を満たした岩を一つ一つ持ち上げて投擲可能かどうかを確認していく。結果投擲出来そうな岩の大きさは大体30㎝四方のものとなった。出来れば50㎝四方くらいは欲しかったが、そのサイズになると投擲どころか持ち上げるのにも苦労するので、少しずつ目標を下げて投擲できるギリギリがこの大きさだ。抱えて放るだけならもう少し重くてもいけるがそうなると飛距離が出ない。当初の予定よりも小さいが、持ち上げた感じだと30㎝四方でも50㎏はあるので攻撃認定の基準は満たしていると思う。

 

 

「っんん゛!」

 

 

 選別した岩を選定した場所に運び込んだら次は漸く作戦開始だ。集めて来た岩を湖に向けて投擲する。流石に広い湖の端から端までは投擲範囲に出来ないので近場にだが、届く範囲にまばらに岩を投げ込む。力を篭める為に掛け声の一つでも上げたいところだが、危険地帯故に声を押し殺す。六個程投擲したら一旦体を地に伏せて湖の様子を窺う。

 

 静かな湖面に立った六本の水柱と波紋が収まれば、漸くポケモン達が顔を出す。ある者は湖面に顔を出し、ある者は沖に上陸しと反応は様々だが全体的に臨戦態勢ではなく、あくまでも様子見といった雰囲気。迎撃の為に即座に姿を現さず、多少間を置いて出て来た事から見ても基本的に臆病、少なくとも好戦的な性格ではないのは間違いないだろう。

 

 

(結構出て来たな……あのでかいのはラプラス、その近くのはなんだ? 丸っこい頭の……ヌオーかヤドン辺りか? まあフカマルじゃない……沖に出て来たのは……とりあえずあのでかい鋏の奴はキングラー、周りにクラブと……あの小さいのがフカマルか? ……いや頭の横の丸っこいやつが動いてる。あっ開いた……ヘイガニか?)

 

 

 姿を現したポケモン達を観察するが、残念ながら目的であるフカマルの姿は見当たらない。場所が悪かったのか、フカマルが水中を生息域としていないのか、偶々今回は姿を見せなかったのか、どれもありそうで判別が付かない。

 

 結局三つの可能性を全て考えた上で、時間をおいてからもう一度投擲を行う事にした。水中のポケモン達が出てきている状態で攻撃しては居場所がバレるので、ほとぼりが冷めて水中に帰っていくのを待つ。命が掛かっているからと焦って別の命の危機を背負い込んでは本末転倒だ。時間に追われている時こそ冷静に、無用なリスクは避けなければならない。

 

 

(落とし所は……あと二回ってとこか。それで出てこなければ場所を変えて二回。その後にもう一度場所を変えて二回。それで駄目なら土中かな。持ち上げられるギリギリの重さの岩を高所から落として振動を与えてみよう。それでも駄目ならエリア変更……の前に薬の補充と……いや、そこまでいったらもう出よう。そんで島の裏から侵入。これで決定だ)

 

 

 引き際を考えつつ、息を潜めて湖の様子を見守る。暫く待てば徐々にポケモン達も水中へと戻っていく。ラプラスだけは水中に戻らず、優雅に水上を漂っているが、沖に上がってきたキングラー達や頭だけ出していた謎のポケモンは水中に戻って行った。

 

 背後からの強襲まで視野に入れて常に気を張っているが不思議と疲れはない。この点だけは今回のイベントに感謝だ。やはり意識して気を張るのと必要に迫られて気を張っているのとでは経験値が違う。面倒なばかりのお使いイベントと思っていたが、集中状態を体に慣らすという意味ではこれ以上ないイベントかもしれない。

 

 そしてここに来ると忘れかけていたポケモンの恐ろしさを身をもって実感出来る。如何に人の管理下に在ろうが所詮は獣。一皮剥けば人間なんて簡単に殺す事の出来る能力を持った危険生物に過ぎない。トレーナーに従っているポケモンばかり見ていると忘れそうになるが、それこそがポケモンの本性だ。

 

 

(ラプラスが残ったか……レベルは……45くらいか。れいとうビームとふぶきにハイドロポンプ、距離を考えればこの辺ならどうにかなるけど、うたうとあやしいひかりが怖い。かといって一々潜るの待つのもな。確実に潜るなら兎も角ずっと潜らない可能性もある訳だし……いくか?)

 

 

 湖面に浮かぶラプラスを視界に捉えたまま、岩を手に取り構える。首の向きを見る限り、今のところは気付かれた様子はない。あやしいひかり対策に目を瞑って投擲、一つだけ投げ込んで即座に地に伏せて様子を窺う。

 

 

(ラプラスがこっち向いたな。やっぱり顔出した状態だとバレるか。これでフカマル出てこなかったら場所を変えて……岩は置いとこう。他の場所で投擲して、またこっちに戻ってくればいい。一回毎に場所を変えれば捕捉されにくい筈だ)

 

 

 既に姿を見せているポケモンの動向に意識を向けながら、湖の様子を窺う。今回は投擲した岩の数が少ない為か出てくるポケモンの数は多くない。片手で数えられる程のポケモンが湖面に顔を出し、こちらも片手で数えられる程のポケモンが沖に上がって来ただけ。一回目との違いは沖に上がって来たキングラーが少々興奮気味なくらいだ。

 

 案の定フカマルは出てこなかったが落胆は無い。つい先程六つの岩を投擲して出てこなかったのだから、たった一つの岩を投擲したくらいで出てくるとはそもそも思っていない。この一発が偶々フカマルのテリトリーに落ちたのなら話は別だが、そんな幸運は早々ない。

 

 周囲に気を配りながら移動を開始する。次に向かうのは湖の対岸にある崖だ。湖のどの辺りにフカマルが生息しているのかは分からないが、虱潰しに岩を投げていけばいずれは姿を現す。実際は湖どころかこのエリアに生息しているかすら分からないが、そう信じて進むしかない。

 

 

「ん?」

 

 

 その移動の最中、あるものが目に入った。先程まで岩を投擲していた崖の断面に幾つかの横穴が空いている。場所の選定をしている時には気付かなかった。流石に穴を見ただけでその中にポケモンがいるのかまでは分からないが、無性に気に掛かる。

 

 

(あの穴怪しいな……土中で水も近い。今のところフカマル以外に土に潜りそうなポケモンとその進化系は見てないし……土に潜るって事は虫か爬虫類系統? 水辺に横穴って事は蛙とか蛇とかその辺か? ニョロモ系統かアーボ系統がいるならそっちかもだけど。アーボはあんまり水辺の印象ないな。じゃあニョロモ系統なんだけど見てない……いや、さっき顔だけ出してたのがニョロモ系統の可能性はあるか……産卵場所の可能性もあるな……あんな感じで陸地に産卵する両生類か爬虫類がいた気がする)

 

 

 明らかに何かありそうな横穴を調べたいが踏ん切りが付かない。あの横穴がポケモンの巣穴でも産卵場所でも調べるにはリスクが高い。生態にもよるが幼体や卵を狙われると、それを守ろうとして凶暴化する生き物は多い。そうでなくても巣穴にちょっかいを掛ければ外敵の排除に動くだろう。迂闊に執念深いポケモンに手を出してしまえば、延々と追いかけ回される危険性がある。

 

 しかし無視をする事も出来ない。フカマルの生息域の情報は身体特徴から導き出した水辺とゲームの記憶から割り出した洞窟の二つのみ。そして目の前にその要件を満たす横穴がある。偶然の一致と一蹴して、結局そこでしたなんて事になれば目も当てられない。

 

 

(どう調べるかな。入るのは論外として、やっぱ岩の投擲か? 遠距離から岩をぶつけて反応を見る。でも遠距離とはいえ一回限りだ。それをやると住んでるポケモンが怒り狂って暫くはあの辺に近づけなくなるから、このエリアから出る事になる……なんかで中の奴をおびき寄せたり出来んもんかね。攻撃じゃなくて平和的に)

 

 

 思考をシフトして、水中にいるポケモンをおびき寄せる方法では無く、穴倉に潜むポケモンをおびき出す手段を考える。水中に比べれば出来る事は多いが、思い付くのは崖に岩をぶつけて衝撃を与える、高所から岩を落として地面を揺らす、岩同士をぶつけて音を出す、崖を崩して炙り出す等の実行に移せば敵対は避けられない攻撃的なものばかり。

 

 手持ちのポケモンを護衛として連れて来れるのであれば、その様な手段も使えるが、身一つで実行するにはリスクが高過ぎる。一匹、二匹が相手なら怒らせても逃げ切れるが、これが群れになると難しい。更に最悪を想定するならば、環境を破壊する外敵を排除する為にエリア内の殆どのポケモンが一致団結して襲ってくる可能性だってある。その可能性に至った上で、無謀を実行するのは自殺と大差ない。

 

 

(まあ平和的に巣穴から引き摺り出すってなったら餌をぶら下げるくらいしかないけど……餌なぁ……フカマルって何喰うんだろうか。というかこの環境で飼われてるってことはこの辺に餌があると思うんだけど、この辺に生物ってポケモンしかいないんだよな。岩とか土を齧ってる訳じゃないと思うし、やっぱ共食いしてんのかな。流石に木の幹を齧って樹液啜ってはなさそうだし)

 

 

 平和的に横穴からポケモンをおびき寄せる手段を思い付きはしたものの、それにも問題はある。まず餌が何か分からない。環境的に考えれば他のポケモンを食べている気はするが、適当なポケモンを穴の前に放置したら、敵対行動と捉えられ凶暴化する恐れがある。

 

 ついでにポケモンを餌にするとしても、その調達が難しい。サファリゾーンに生息するポケモンは見た限りだと弱くともレベル40。人間なら襲われる事はないのでレベルなんて関係無く気軽に挑戦できるのだろうが自分は違う。ポケモンに襲われる立場からすればポケモンの捕獲は闘争だ。我が身一つでポケモンを捕まえるとなれば、負傷覚悟で殺し合いに身を投じ、半殺しにしたポケモンを捕まえるしかない。

 

 フカマル一匹を捕獲するという、一見お気楽なお使いイベントであってもそれは変わらない。見つけ出した後は荒事になる覚悟を、最悪肉体の一部が欠損する覚悟すら持たなければならない。そうなったらそうなったで何とかなりそうな気もするし、それを見越して回復の薬を一つ残してはいるが、可能なら避けたいところだ。

 

 

(餌か……あるにはあるんだけど……悩むなぁ)

 

 

 実を言えば一つだけ餌になるものは持っている。言わずと知れた我が身だ。いざ対峙するまで獲物扱いされるか敵扱いされるかは分からないが、ポケモン一匹を巣穴からおびき寄せる役目は果たせるだろう。

 

 ただしリスクは途轍もなく大きい。まず身一つでポケモンの巣穴か産卵場所に赴く時点で危険だ。幾つかある横穴の全てからポケモンがわんさか出てきたら流石に殺される。仮に何事も無く近づけたとしても、穴の中からポケモンをおびき寄せる為にリスクを承知で更にワンアクション必要だ。

 

 これを実行するなら、穴の中に手を突っ込んで噛みつかれたところを一本釣り、そのまま腕にフカマルを付けたまま邪魔の入らない所に移動してフカマルを撃破するが理想だが、そう上手く事が運ぶとも思えない。追加でポケモンが一匹出てくるだけで破綻する。

 

 

(……無しだな。流石に無理だ。まだ死にたくない)

 

 

 そして即座にその考えを捨てる。まだあの巣穴がフカマルの生息域と確定した訳ではない。仮に手を突っ込んで、状態異常を使うようなポケモンが住んでいれば終わりだ。ポケモンに限った話ではないが、縄張りに籠って近寄って来た獲物に毒を撃ち込んで巣穴に引き込む生き物は少なくない。虫タイプや毒タイプならそういう生態のものも普通にいるだろう。

 

 

(とはいえ餌で釣り出せないならもう攻撃しかない。ないけど……そうだ、釣り出すだけならなにも攻撃じゃなくても良いのか……いや、やっぱり脅威じゃないと効果が薄い……でも試すだけなら……考えても埒が明かないな……やるしかないか)

 

 

 時間は有限、グダグダ悩んでも状況は好転しない。平和的な手段と攻撃的な手段、両者を実行した場合に生じるリスクを天秤に掛ければ、安全性が僅かでも高いのは攻撃的な手段だ。ただし実行するのは更に安全性を高めたもの。

 

 釣り出しの効果を高める為に岩を崖にぶつけるのも悪くは無いが、それでは無駄に数が増えたり、関係の無いポケモンまで寄ってくる恐れがある。なので効果は薄いかもしれないが、一つの横穴に的を絞り、その横穴に全力で小石を投球する。小石であれば投擲距離も伸び、安全圏からの攻撃も可能だ。

 

 デメリットとして小石程度では脅威を感じず釣り出すに至らない可能性もあるが拳大の石であれば気を引くくらいは出来るだろう。コントロールの問題で狙った横穴に石が飛ばないかもしれないが、これは数でカバーするしかない。

 

 

(よし、決まった。決めたらやる、それでいい。これが駄目ならもうポケモン連れてくる。そんときゃもうルールなんか知らん。俺に利点がなんもないルールより俺の命の方が大事だ。はい決定、行動開始)

 

 

 煮詰まってきた思考を無理矢理纏めて行動指針を決定する。深掘りすれば作戦に穴があるだろうが、今切れる手札で全ての懸念事項を解消した完璧な手を考えられるとは到底思えない。深く考えて何も行動出来なくなるくらいなら、一瞬でも自分が納得出来た策を実行した方がマシだ。

 

 一度決めた事を決めた通りに実行するだけなら簡単だ。湖をぐるりと見回して、場所の選定を行い、石を拾いながら移動。目的地に着いたら、拾い集めた石を適当に置いて作戦を実行する。

 

 狙いの横穴のある崖からの距離は凡そ150m前後。もう少し離れても届く事は届くだろうが、勢いが死んだ石を横穴に放り込んでも意味が無いし、とても横穴をピンポイントで狙えそうにないのでこの距離だ。命中率を考えればもう少し近づきたいが、他に良い場所が無く、何が出てくるかも分からないのでこれ以上は近寄れない。

 

 

(あんまり球技得意じゃないんだけどな……届きはすると思うけど……届くよな? まあ駄目元だ。位置調整は投げてから考えればいい)

 

 

 拳大の石を握り、大きく振りかぶる。正しい投球フォームなんて知らないが、力の限り投げればそれなりに飛ぶ筈だ。一歩踏み出した左足で強く地面を踏み締め、全力で右腕を振るえば石が飛んでいく。しかし石は目標である横穴を大きく外れ、聳え立つ崖すらも飛び越えて、崖の上にある木々の中に消えていく。野球ならホームランだ。

 

 飛距離は問題ないが狙いが高過ぎたと調整を加えて二度目の投擲を開始する。一度目の投擲の反省を活かして、少し狙いを下げれば今度は崖の根元に飛んだ。方向と飛距離はいいが、高さの調整が難しい。今度は少し狙いを高くと思いつつ放った三投目はまたしても崖越えのホームラン。続く四投目、五投目も思った通りには飛ぶ事はなく、狙った位置にかすりもしない。

 

 

(……参ったな……運動神経を計算に入れてなかった。筋力やら反射神経が付いても体の動かし方は……こればっかりは元が悪いからどうしようもない。もうちょい上手くいくと思ったんだが)

 

 

 自らの身体能力を過大評価していた事を反省しながらも投擲を続ける。今更作戦を変更したところで、より良い案が思い浮かぶとは思えない。どうせ案と一緒に欠点も思い付いて、元の鞘に収まるのは目に見えている。ならば、このまま続けるだけだ。

 

 六投目、七投目と続けざまに投げてもやはり上手くいかない。狙い通りの場所には届かない。何度か繰り返す内に次第に焦りを感じ始める。

 

 

(……我が事ながら苛つくな……)

 

 

 当たらない事にではなく、当てられない自分に腹が立つ。当たらない原因が分かっていても、それを解決する方法が見つからない。八投目、九投目と連続で投げるが結果は変わらず。苛立ちの所為か投げる度に精度が下がっていく気がする。それでも他に出来る事がない以上愚直に石を投げ続ける。

 

 思いが実ったのは投げた石が二十になろうかという時。狙っていた穴とは別の穴に石が飛び込んだ。それを見て急速に頭を冷やし、慌てて岩陰に身を潜める。

 

 

(やべ、熱くなりすぎた……大丈夫だよな)

 

 

 岩陰に身を潜めながら周囲に気を配る。時間にすればそう長くないが、岩を投げる事に集中し過ぎた。普段からリスクを避ける事を念頭に置いて危険を避けていた弊害か、いざ危険地帯に踏み込んでいるにも関わらず警戒を怠ってしまった。幸いにも近寄ってくるポケモンはいなかったが、それは運が良かっただけだ。

 

 

(気付かれては……ないな……。地上……良し。空……良し。地中も大丈夫。危ねぇ……)

 

 

 軽く息を吐いて横穴へと視線を向ける。狙いは逸れたが横穴に石を投げ込むという目的は達成出来た。これでポケモンが出てくれば良し、出て来なければ投擲を再開しなければならない。

 

 そんな心配を余所に横穴の入口に一匹のポケモンが姿を現す。距離があるので詳細には分からないが、大きさは横穴の凡そ半分程度なので凡そ50~80cm。シルエットは全体的に丸っこいが頭の上に鶏冠の様な出っ張りと頭の横に二つの丸い何かが付いている。シルエット的にヘイガニにも似ているが、ヘイガニの様な多足は無い。

 

 十中八九フカマルだ。遂に目的のポケモンを見つけた喜びに頬が緩むが、警戒心まで釣られて緩まないよう気を引き締める。居場所を割り出して峠を一つ越えたが、本番はこれからだ。ここから目当ての一匹だけを誘い出して捕獲しなければならない。

 

 その為の手順は既に頭の中に浮かんでいる。過程で幾らかのリスクを冒す事になるが、どうせどんな手段を選んでも大なり小なりリスクがある。熟考している間に折角掴んだ目の前のチャンスを逃す事に比べれば、多少のリスクには目を瞑るくらい訳はない。

 

 

(よし、やるぞ。ここからは一気に行く。不確定要素が出ても、懸念事項が出てきても迷わず突っ走って、目標を達成する。俺ならそれが出来る)

 

 

 手直に転がしておいた石を手に取って、姿を現したフカマルに向けて投擲する。案の定、少し外れた位置に向けて飛んで行くが問題は無い。命中するのが理想ではあるが、フカマルがこちらの存在に気付きさえすれば目的は果たせる。懸念事項はその最中に他のポケモンに存在を認識される事だけだ。

 

 機を逃さぬうちに二投目、三投目と続けざまに投げる。どれも外れるが、五投目が岩で跳ねてフカマルの近くに飛んだ。それに反応したフカマルは周囲をキョロキョロと見回した後、真っ直ぐにこちらへと向かって来る。

 

 

(よっしゃ、掛かった)

 

 

 狙い通りの反応にほくそ笑みながら、隠れていた岩陰からフカマルを観察する。どの程度の速度を出すかと不安を感じていたが、思ったよりもフカマルの移動速度は遅い。フカマルの移動方法は歩行ではなく、両足に力を溜めて地面を蹴って移動する跳躍だ。飛び跳ねた際の瞬間速度には目を見張るものがあるが、逃げる者を追って継続的に移動するには向いていない。

 

 辺りに散らばっていた石を持てるだけ拾い集めながらフカマルとの距離が縮まるのを待ち、隠れていた岩陰から駆け出す。フカマルはそれを見て一瞬だけ動きを止めたものの直ぐに追いかけて来た。大方、姿形が人間だったので攻撃対象かどうか迷ったというところだろう。

 

 周囲への警戒を続けながら追いかけてくるフカマルから逃げれば、その距離は徐々に開いていく。瞬間速度だけを見ればフカマルに軍配が上がるが、長距離を継続して走るのであれば自分の方が速度は上だ。出来るだけ見晴らしの良い場所を選び、フカマルが自分を見失う事の無い様に注意しながら少しずつ距離を離していく。

 

 

「ふんっ!」

 

 

 ある程度の距離を確保したところで、振り向き様に石を投げつける。石はフカマルの体に当たって弾ける音がするが、フカマルの足を止めるには至らない。ただの石を投げつけたところで大したダメージにはならないらしいが、僅かでもダメージが蓄積するなら十分だ。

 

 フカマルとの距離が縮まった事を確認して再び背を向けて走り出す。そして距離が開けば立ち止まり石を投げつける事を繰り返す。跳ね回る対象に石をぶつけるのは難しいが、先程横穴を狙っていた時に比べれば距離も短く、当てる事にそこまで苦労はない。

 

 そこからもフカマルとの間に付かず離れずの一定の距離を保ちながら逃亡と攻撃を繰り返す。フカマルが自分を追いかけ回す限り、このやり方は通用する。出来る事ならフカマルが動かなくなるまで延々といたちごっこを繰り返すのが理想だ。

 

 だがポケモンは命令された行動を愚直に繰り返すだけの機械ではなく野生動物。それも野生動物特有の本能と確りとした知性を併せ持つ特段厄介な生き物だ。如何に住処を脅かされた怒りがあろうとも、目の前にその怒りをぶつける対象がいようとも、生存に関する判断を間違える愚は犯さない。

 

 逃亡と攻撃を幾度となく繰り返し、フカマルの徐々に動きが僅かに鈍ってきた頃、想定していた最も厄介な動きを見せる。今まで愚直に追跡を続けていたフカマルが突如背を向け、元来た方向に今まで追跡していた以上の速度で飛び跳ねていく。

 

 

(ちっ! こうなる前に動けなくさせたかったのに……だが逃がさん!)

 

 

 フカマルが逃げ出した方向へ自分も走り出し、逃げるフカマルに追いつく為に更に加速。両手に大きめの石を握り締め、接近戦の覚悟を決める。出来れば起きて欲しくなかったが想定していた事態には変わりない。フカマルに追い付かれた場合や逃げ出した場合の事は当然考えている。

 

 フカマルが逃げる先は恐らく巣穴や集落。そこに入ってしまえば取り返しがつかない。そうでなくとも道中で他のポケモンの縄張りに侵入し、それを押し付けられたらフカマルを追う余裕は無くなる。

 

 幸いにも速度は未だこちらが上。徐々に距離は縮まっていき、フカマルとの距離はもう目と鼻の先。次に跳躍した瞬間に手に持った石を叩き付けて地に落とす。そう思いながら最後の一歩を踏み出したその瞬間、背を向けていたフカマルが空中で方向転換を行い、こちらに向き直る。

 

 

「ギアァッ!!」

 

「っぶねぇ!?」

 

 

 不意に振り返ったフカマルが、威嚇の鳴き声を上げつつ口を大きく広げ跳躍する。咄嵯に身を翻して回避したが、真横で歯と歯の噛み合うガチンッという甲高い音が聞こえて体が震える。逃げ切る事が不可能と判断して攻撃に移ったのか、攻撃のチャンスを掴む為に敢えて逃げるふりをしていたかは分からないが勢い余って地面に転がるフカマルを睨みつける。

 

 フカマルは再び地面を蹴り上げ、そのまま一直線にこちらへと突っ込んで来た。先程は不意を突かれたが、攻撃が来ると分かっていれば恐れることはない。隙を見せたのに逃げ出さないところを見るに本格的に逃げる事は諦めたらしいがこれはチャンスだ。逃げる相手を追う想定が追い付かれた時の想定に変わったに過ぎないのでやる事は変わらない。寧ろ逃げ切られる可能性を潰せた分、状況的には好転したと言っても良い。

 

 突進してくるフカマルに対し、こちらも真正面から迎え撃つ構えを取る。フカマルは移動手段が跳躍なので一度飛び跳ねれば出来るのは直進のみ。そんな単調な動きを動きを見切るのは難しくない。フカマルが真っ直ぐに飛び込んで来るのに合わせて、半身になりながら左斜め前に一歩踏み出す。身体を傾ける事で噛み付きを回避し、すれ違い様にフカマルの横っ腹に拳を打ち込む。

 

 

「ギィアッ!」

 

「痛っつ!?」

 

 

 フカマルは悲鳴を上げて吹っ飛び、地面を跳ねながら転がるが、こちらも打ち込んだ拳に痛みが走る。一瞬攻撃を受けたかと拳にチラリと目を向けるが病気で漏れる以上の粒子漏れは無く、触れても血の滑りも無い。ただ単に下手くそな殴り方をした所為で拳を痛めただけの様な気もするが、知らないだけでフカマルの肌に毒がある可能性もある。ほぼ上限まで上げていた警戒度を更に上げ、倒れているフカマルに向けて駆ける。

 

 

「ギアアァッ!」

 

「うぉっ!?」

 

 

 起き上がったフカマルが雄叫びと共に大きく口を開け、その口から炎が広がる。咄嗟に横に転がり避けるが、先程まで自分が立っていた場所を見ると火が燻っている。技を使う事を想定していなかった訳ではないが、ここまで噛みつきしかしてこなかったので判断が遅れた。

 

 

(かえんほうしゃ? りゅうのいぶきか? 思い出せ、あと何がある? タイプ的に地面技、岩技、ドラゴン技、ノーマル技辺りか? トレーナーがいないと急に技が来るな……野生なら地震なんかも使うか……さっさと潰す)

 

 

 フカマルの使う技を冷静に分析しながら急ぎ突貫する。純粋な肉弾戦で負けるつもりは無いが、そこに技が入ってくると勝負の行方は分からない。それに派手な技を使われると、その音を聞きつけた他のポケモンが寄ってくる恐れも出てくる。技の相殺も阻止も出来ないなら、技を使われる前に倒すしかない。

 

 

「ギァア! ……ッ!?」

 

 

 フカマルが再び火の粉を散らす口を開くのを見て、その口に右手に持った石を投げ込む。コントロールが悪いと言っても手が届くほどの距離ならば外さない。急に口に異物が飛び込んで驚くフカマルを尻目に、左手に持った石を右手に持ち替えつつ距離を詰める。そのまま右腕を大きく振りかぶって、手に持った石をフカマルの頭に向けて振り下ろす。

 

 

「ギァ!?」

 

 

 殴られたフカマルが悲鳴を上げるが、一度掴んだチャンスを逃すつもりは無い。空いた左手でフカマルの頭にあるヒレを掴んで地面に押し付け、右手に持った石で殴打を繰り返す。何とか起き上がろうと藻掻いているのがヒレを通して左手に伝わってくるが、それもフカマルの残り体力を測る指標に丁度良い。この左手に伝わってくる抵抗がなくなった時がゲットの瞬間だ。

 

 

「ギッ……」

 

 

 殴打の数が10を超えた辺りで左手に伝わる抵抗も徐々に弱々しいものになっていく。それでも動かなくなるまでは殴打を止める事は無い。殴打を止めたのは殴打の数が30を超えた辺り。左手に伝わる抵抗が殆ど無くなった事を確認し、死んだふりで無い事を確かめてから、フカマルから手を離すとドサリと重い音が響く。粒子の色は残っているし、僅かに痙攣もしているので死んではいないが、動く事は出来ないだろう。

 

受付で受け取ったポーチからサファリボールを取り出してフカマルに押し付ければ、ボールの効果でフカマルの体が分解されてボールに取り込まれていく。そこから数秒、ボールから揺れ動くような振動が伝わってきたが、それもすぐに収まる。

 

 

「ふぅ~っ……」

 

 

 息を吐き出して額の汗を拭う。目的を果たしたと理解した瞬間に心身共にどっと疲れが湧いてくるが、考えてみれば当然の事だ。無駄に苦戦したミカン戦で身体を酷使し、そのまま日を跨がずにポケモン相手に肉弾戦をする等負荷を掛け続けた。精神的にも命の危険のある病気を患った心的ストレスを抱えたまま、危険地帯であるサファリゾーンに飛び込み、時間との兼ね合いの中で行方の分からないポケモンを探し続けた事で精神が摩耗している。これで疲れない方がどうかしている。

 

 

(とりあえず回復して……休憩は……止めとこう。今休んだら本格的に集中力が保てなくなる。とりあえずはサファリゾーンを出て薬屋だ。休むのはそこでフカマルを渡してから。あくまでもフカマルの捕獲は最終目標じゃなくて病気を治す為の手段だから、まだ目的は果たしてない。休むのは終わってからにしよう)

 

 

 急激に重くなった体に回復の薬を噴き付けて、出口に向けて走る。フカマルを捕獲するという目的を達した以上、もうサファリゾーンに用はない。休むのは野生のポケモンに襲われない環境と病気を治す薬を得てからだ。

 

 

(しんど……どうすっか。自分とつくねの分だけ薬使ったら、こっちで一泊してから帰っても良いかな。なんかもうあかりちゃんとかどうでもいいし……ミカンのアドバイスとか今更やる気にもならん……てか大丈夫かなフカマル。あんな捕まえ方だと言う事聞く気がしない……まあいいや、ここから出りゃポケモンがいるし、逆らったら叩きのめして躾けりゃなんとかなるだろ。あとは薬を作るのにどれだけ掛かるかくらい……いや、よく考えたらフカマルも病気が感染してるかもしれん。感染したフカマルの体液で薬作れんのか? っとそういやこのサファリゾーンでも何匹かポケモンに触れたな。あいつらも感染してんのか? そうなったらサファリゾーンでパンデミックが……近寄らなけりゃいいか。念の為薬を貰う時に薬投与後の再感染の話だけ聞いとこう)

 

 

 頭の中に新たな疑念が湧いてきたが、今はそれを無視して薬屋に向けて走る。何はともあれ依頼の品を薬屋に届けるのが先決だ。問題点があればその時に解決策を考えれば良い。少なくとも頭の働いていない今よりはマシな考えが出来る筈だ。

 

 

(あぁ~! もう面倒くさい! なんで俺がこんな面倒な事しなきゃならんのじゃ。ったく、今度マサキに相談してポケモンの病気について確認して、予防接種みたいなの作らせよう)

 

 

 頭の中で別の事を考えながらも周囲への警戒だけは怠らず、サファリゾーンを走り抜ける。面倒なお使いイベントはまだ終わっていない。




今回はアルセウスをやって書きたくなったお話。
知人にもなんで新しいポケモン捕まえないのって聞かれたので、ポケモン探したり、捕まえるたりするのが大変なんだよってお話です。
ミカンとのお話は次回に持ち越し。


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優しい人

お待たせいたしました。続きが書きあがったのでお納め下さい。




「うぐぇ……くっそ気持ちわりぃ。まじ吐きそう」

 

 

 腹の中に感じる異物感に翻弄されながら、横になって体を休める。こうしてゆっくり休める時間がこれほど嬉しくないのは初めてだ。とはいえ結論を言えば目的だけは達成出来た。薬屋にフカマルを渡し、薬の入手と病気の治療は果たしている。その点で言えば気分は良いのだが、薬が不味過ぎた。

 

 液状の飲み薬だったのだが、まるで錆の様な淀んだ赤茶色の時点で口に入れるのが躊躇われる。おまけに味も、甘味と苦味と酸味が同時に舌を刺激する癖に一切の旨味が無いという言葉に出来ない凄まじい味だ。そして何よりのどごし、フカマルの体液が原因なのか他の原料が原因なのかは分からないが粘度が高い。一気に飲み下そうにも口の中や喉の奥にへばり付き、水で流し込んでも腹の中でいつまでも存在を主張する。他のもので例えるなら不味いローションと言ったところだ。

 

 因みにこの薬は秘伝の薬と言うらしいが、効能はあらゆる病気を治し病気に対する抗体を作るという頭のおかしいものになっている。あくまでも薬屋の言なので、薬屋の把握していない未知の病気に対しては無力だろうが、どう考えても一介の薬屋が作れるレベルの品ではない。病気に掛かるポケモン自体が少ないのでそこまで有名じゃないそうだが、やっている事を考えれば世界一の名医を名乗ってもいい気がする。

 

 とはいえ効能と引き換えに味と食感は最悪。吐いてスッキリしてしまいたいのが本音だが、消化前に吐いてしまっては病気が治らない可能性がある。おかげでアサギシティに帰ろうにも帰れない状況だ。今つくねに乗って空を飛んだら、その振動で多分吐く。完全消化とは言わないまでも、せめて胃の中の異物感が抜けるくらいまでは待たなければまともに動けない。

 

 心身の消耗を考えれば休息を取る必要もあったので、休息を取ること自体に不満は無いのだが、どうも上手く言葉に出来ない不満はある。ただそれが何に対する不満かは自分でも分からない。病気をうつしたあかりちゃん、その原因を作ったミカン、この地方に来る理由を作ったポケモンリーグ、面倒な依頼をした上に不味い薬を作った薬屋、そもそもそんな仕事を受けた自分、諸々の自身を取り巻く環境等の候補は幾らでも思い付くが、何処に不満の原因があるか考えてみるとどれもピンとこない。

 

 

(やっぱ強制的な休息は気分が悪いな。自由意志での休息なら兎も角、理由があっての休息だとやる気があるのに無理矢理足を止められてる気がして……もやもやするのはこれか? ……いや、なんか違う……駄目だな。どうもあんまり良い思考が出来てない。他に考えるべきことがあるのに、ただ単に機嫌が悪い理由とかそんなどうでも良いもんについて考えてるのがその証拠だ)

 

 

 余談だが、薬屋の店主が少々おかしいタイプの人間だったのも心労の一つかもしれない。つい依頼を果たす事に夢中になって、うっかりポケモンセンターでの回復を忘れたまま瀕死寸前のフカマルを渡してしまった時の感想が「弱ってたから材料の採取が楽だったよ」だ。言いたい事は分からないでもないし、合理的だとも思うのだが倫理的にちょっと思うところがある。

 

 恐らくだがマサキと同様にポケモンを生き物としてではなく物として、今回の場合は薬の原料として見ているタイプだと思う。この手の人間は、自分がポケモンもどきとバレた時にどう動くか分からないのが怖い。善良な人間ならば人間の見た目と会話可能という点を見て人間として扱ってくれると思うが、このタイプにそれは期待出来ない。人間ではなくポケモンだというただ一点だけで物として見られる。これがどうでも良い相手であれば、どんな性格をしていようと関係ないのだが、残念ながら今後も関係を持っておきたい相手だ。回復アイテムで治せない病気を治す製薬技術を持っている人間はそうはいない。

 

 今まで会ってきた中での判断になるが、この世界では独自の価値観を持っている者程、何かしらの卓越した技能を持っている傾向にある。マサキ然り、薬屋然り、替えのきかない技能を持っている者は大抵癖が強い。恐らくではあるが、モンスターボールの開発者もその類だ。生き物を一度分解して閉じ込めるという発想を生み出しただけでなく、それを商品化して大々的に発表している点を見るに、少なくともポケモンを家族や友達と言うタイプの人間ではないだろう。

 

 

(感性の問題なのかな……この世界において倫理観に欠ける、日本の価値観に近い人間を優秀だと感じるだけで。でも実際優秀なんだよな。なんか役に立つ人間だけ集めていったら変人のコミュニティが出来そうだ。類は友を呼ぶって言うし……いや、変人ってのは言い過ぎか。価値観がこの地方の普通とズレてるだけで変人呼びは失礼だ。俺もそっち寄りだけど、普通に……まあ普通に過ごしてるな)

 

 

 多少引っ掛かる部分はあるが、ひとまずは普通に過ごしていると仮定しておく。この普通の生活を送るというのが簡単な様で存外難しいのだ。育った環境も学んだ知識も育んだ価値観も何もかもが違う所為で、この世界での普通が分からない。価値観の相違と言葉にするのは単純だが、だからこそ如何ともし難い。

 

 この世界の常識や価値観を徐々に把握してきてはいるが、それも把握しているだけで理解している訳ではない。未だに理解出来ない思想はあるし、ふとしたところで価値観の相違も感じる事も少なくない。この世界に馴染む為に出来るだけ行動や言動を合わせているが、それも表面を取り繕っているだけで根っこの部分はそう簡単に変わらない。本気で変えようと思えば変えられなくも無いが、正直に言えば変えて良いかどうかも分からない。

 

 今持っている自分の価値観は、この世界においては貴重な、今までの人生で培ってきた自分だけの武器だ。それを捨てる事は自分の持つ価値の一つを捨てる事、ひいては自分の身を守る武器の一つを捨てる事に繋がる。だが後生大事にしておくと逆にデメリットにもなりかねない。この価値観がある限りは本当の意味でこの世界に馴染む事は出来ず、結果として異常な行動をして作る必要のない敵を作る可能性がある。

 

 この世界で生きると決めたのなら、郷に入っては郷に従えと言う様に価値観を変えて適応すべきとは思っている。しかし切り捨てるとしても今ではないだろう。カントー、ジョウト地方に籠って、時折ジムリーダーや四天王の相手をしながらのんべんだらりと過ごすだけなら不要かもしれないが、恐らくそうはならない。

 

 何と言ってもこの世界はポケモンの世界。当然の様にゲームに出て来た悪の組織がそのまま存在している。カントー、ジョウト地方を縄張りにしているロケット団はまだ良い。既にレッドに壊滅させられているし、再起を図ってもおそらくゴールドが潰す。仮にゴールドが失敗しても控えとして自分もいる。それに目的が世界征服なので、いざ目的を達成されても取返しは付く。

 

 問題は先のシリーズに出てくる悪の組織だ。ルビーサファイアのアクア団かマグマ団、どっちが出てくるか分からないが、どちらにしても世界規模で海面の上昇か干ばつが起きる。その地方の主人公が潰してくれれば良いが、万が一にも失敗すればかなり辛い。そこから急いで向かっても、解決までに取返しが付かないレベルで環境が破壊される可能性が高いだろう。一応何処にカイオーガとグラードンが封印されているかは知っているので、復活に間に合いさえすれば待ち伏せで一網打尽に出来ると思う。

 

 ダイヤモンドパールのギンガ団は更に危険だ。目的が世界を消滅させて作り直すの時点でやり直しが効かない。一発勝負で主人公がしくじれば全てが終わる。これに関しては情報が入った時点で積極的に関わるつもりだ。可能ならどさくさに紛れてディアルガかパルキアを掠めとりたい。それが無理なら復活前にボスと幹部を殺害してイベントそのものを潰す。ディアルガ、パルキアはレベルやステータスだけを見れば勝てそうな気もするが、流石に空間や時間を操るポケモンは相手にしたくない。

 

 そしてウルトラサンムーンのエーテル財団。世界中にウルトラホールを開けて、人間に敵対的なウルトラビーストを呼び込む筈なので、これも無視は出来ない。主人公が負けてウルトラホールが開きっぱなしになれば、どれだけ出てくるのかも分からないウルトラビーストを相手にどちらかが絶滅するまで総力戦をすることになる。しかも出てくるのが一芸を持つ厄介な相手ばかり。どうやってウルトラホールを閉じるのかは忘れてしまったので、いざとなればウルトラホールが開く前にホール生成設備のあるエーテル財団の建物と一緒にルザミーネとウツロイドを粉砕しなければならない。

 

 そこから先の新作のストーリーは分からないし、シリーズの間にあるブラックホワイトとXYもやってないので詳細は分からないが、徐々に悪の組織の目的が物騒になっている事を考えれば楽観視は出来ない。ギンガ団の様な世界消滅系の目的を持つ組織がいるかもしれないし、伝説のポケモンが危険過ぎる能力を持っている可能性もある。

 

 そもそもポケモンリーグに所属している時点で、いざとなれば戦力として出向くのはほぼ確定している。流石に世界の危機となれば情報伝達くらいはしてくる筈だ。その段階で様子見や応援を出すならおそらく自分に白羽の矢が立つ。一人でも十分な戦力であり、状況を見て現場判断で動け、いざという時に非情な判断を下せて、自由に動ける、その要素を兼ね備える人間はそうはいない。

 

 そういった世界の運命を左右する状況に飛び込むのなら、この価値観が必要になる場面は出てくるだろう。変に甘さを見せて世界が滅ぼされるくらいなら、何かする前に殺す。例え咎められようとも生き残る為、そして守る為に殺害を選ぶ。そんな判断をしなければならない時がきっと来る。

 

 

(……うん、今考える事じゃねぇわ。というかこれ今後どう振る舞うかと大差ない問題だ。まだ今後どうするかも曖昧なのに他の地方の事考えてる場合じゃない。なんだかんだ目的さえ見失わないなら何でも良いんだ。どうせ追い込まれたら頭は回る。今うだうだ考えるよりも情報が出てから考えた方が絶対良い。やらなきゃいけない事はあるから、とりあえずそっちに足掬われない様にして……後のことはそん時になったら考えよう)

 

 

 随分と逸れてしまった思考を止めて、今為すべき事に意識を向ける。気が付けば腹部に感じていた液体の重さも大分マシになっていた。動けない間の暇つぶしのつもりで考え事をしていたのだが、思った以上に思考に没頭していたらしい。既に体から漏れる粒子も無い。

 

 

(良し。とりあえず目下の危機は回避出来たと思っていい。後はアサギジムに帰ってミカンに薬を渡して適当に喋ったら依頼は終了。今日はゆっくり寝て、明日は……どこ行くかな。まあ一個だけ離れにあるしタンバジムにするか。薬の効きの経過次第ではまた薬屋に行かないといけないし……折角ならもう一個依頼しとこう。そうすりゃとりあえずレギュラー全員分の薬が確保出来る。フカマルもくれてやったし、その代金としてあと一個くらい引き受けてくれるだろ)

 

 

 少し前に出て行ったのにまた来たのかと思われるだろうが、仕事の依頼ならば邪険にされる事はない筈だ。未だに重さの残る足でタンバの薬屋を目指す。随分とマシにはなったが、いざ歩いてみると倦怠感が酷い。動けない程の疲労ではないが、早めに為すべき事を為して休息を取らないと明日に響きそうな気がする。

 

 そんな早く休みたいという気持ちを持ったまま、薬屋で秘伝の薬の追加注文を申し込んだのだが、まあ案の定渋られた。別に料金を払えと言うなら払っても良かったが、効能を考えるととんでもない値段になりそうだったので、後一本おまけしてくれでごり押したのが原因だ。

 

 とはいえ交渉は得意分野。薬の原料を取ったら返して貰っても良かったフカマルをあげたのだから、それが代金という事で我慢しろと強気で交渉して追加の薬をもぎ取った。代わりにいつか必要なポケモンが出てきたら捕獲してくると約束させられたが、得られる薬の効能を考えれば必要経費だ。今後の交友関係も考えれば断る理由はない。

 

 そして薬の追加注文を終えた今、漸くタンバシティとおさらば出来る。時間にすれば半日にも満たない僅かな時間だったが、とても半日とは思えない濃密な体験をさせて貰った。同じ事をしろと言われれば二度と御免だが、貴重な体験が出来た思えば悪い気はしない。そんな気持ちでタンバシティを後にする。

 

 

 ────────────────────────────────────────────

 

 

 場所は変わってアサギシティ。必要以上の苦労を強いられた紆余曲折のお使いイベントも、ミカンに薬を渡す事で漸く終了する。そう思えば体は重くとも心は軽い。つい数時間前まで命を賭けていたのが既に過去の事に思えてしまう。体の節々に感じる僅かな違和感や倦怠感がそれを否定しているが、それを加味しても気分は良い。

 

 

(なんだろ? 多分ハイになってるだけだろうけど。徹夜で仕事を終わらせた時とかそんな感じに近い……達成感……でいいのか? 多分そうなんだろうけどあんまり良いテンションの上がり方じゃないな。ただでさえ雰囲気で行動しやすいのに、ハイになってたら変な方向に流れる時があるからな)

 

 

 アサギジムに向かいながら思考を纏めていく。決めなければならないのはミカンへの対応だ。本来なら前もって考えておくべき事だったがどうも思考の調子が悪く、いざアサギシティに戻ってくるまで頭が回らなかった。

 

 ただ、そもそもの目的を見つめ直せば対応を考えるのはそこまで難しい話ではない。まだ自分の立場を確立していなかったカントー地方ではもう少し果たすべき目的があったが、今や対ジムリーダー出果たすべき目的は二つだけだ。

 

 まず主目的である仕事の完遂。これは義務だ。ジムリーダーと戦って改善点を指摘するのが職務なのだから果たさなければ職を失う。今回は薬の調達というイレギュラーが混じったが、これは職務とは無関係。一度だけなら言い訳も出来るが、その手の仕事と関係ない部分を前面に押し出して肝心の仕事部分を有耶無耶にする事を続けていては信用を失う。

 

 次点で友好関係の構築。これは個人的な目標だ。この地方で生活する上でジムリーダーとの関係は切っても切り離せない。過半数程度のジムリーダーと良好な関係を築いておけば、何かあった時に融通が利く。いつの世も生活を快適にするには権力者と仲良くなるのが一番だ。ただ既にカントー地方である程度の関係構築をしているので優先度は低め。最悪ハヤトの様に仲良くなれないと思ったら、ジョウト地方の何人かは切り捨てても問題はない。

 

 

(どれがいいかな? 目標二つを達成するやり方は幾らでもあるけど……ミカンの性格がな。凡そは理解出来るけど根本部分がどっちか微妙なラインだ。自分に自信が無いのは確定で良いけど、その上で譲れない思想を持ってるかどうか。態度的にも戦い方的にもどっちとも取れるからな)

 

 

 頭の中で対応を数種類に絞りながらも最後の判断に苦心する。まず気弱である事は確定事項。自分に自信が無いから周りの判断、周囲の目を気にして自分の判断を表に出す事が出来ない。あの態度が演技でない事くらいは一目見れば分かる。

 

 問題はその先、自信の無さがどの程度の度合いかだ。これが軽度なら表に出さないだけで自分なりの線引きや価値観は確りと存在する。この手の人間は琴線に触れてしまうと本当に面倒臭い。感情を爆発させる癖に普段自己主張をしない所為でそれを上手く言語化出来ず、互いに分かり合えないまま関係が悪化していく。エリカをもう少し面倒にしたのがこのタイプだ。

 

 逆に重度なら周りに強く言われればその価値観や線引きは簡単に揺らぐ、有り体に言えば主体性が全く無い人間になる。こっちはこっちで対応を間違えると依存先に認定される。自分で判断が出来ないからこの人に判断を任せればいいと認定されてしまえば、距離感も糞も無しに必死に懐に潜り込もうとしてくる。アンズが諸にこのタイプだった。

 

 見た限りではミカンもこのどちらのタイプに当て嵌まると思えるが、判断が難しい。本気で自信無さげな振舞いはやや後者寄り。しかしあかりちゃんの治療の為のフットワークの軽い動きは前者寄り。戦い方を見れば分かるかと思ったが、状態異常と自己強化、相手の弱体化を狙う戦い方はどちらとも取れてしまう。相手と自分の強さを計算して弱体化させているのか、自信が無いから無駄に自己強化するという自信の無さの現れなのかで評価は180度変わってくる。

 

 ジムリーダーという役職に就いている事を考えれば表に出さないだけで最低限の自信は持っていると思うが、アンズという実例がある。ジムリーダーという役職で保証されるのは能力と人格だけ、ジムリーダーだからといって人間的に優れているとは限らない。

 

 

(……きついな……情報が無くて答えが出ないのは仕方ないで片付くけど、情報があるのに答えが出ないのが一番辛い……あんなに分かり易い奴の事が分からないなんて……まだいけると思ってたけど、思った以上に対人能力が低下してる……ちょっと急いだ方が良いな。これ以上低下する前に少なくともジムリーダーと四天王の性格だけは掴んどかないと本気で不味い)

 

 

 内心焦りを感じながらも時間は止まらない。気が付けばミカンの待つアサギジムは目の前だ。ふとした拍子に思考が悪い方向に向くのは良くある事だが、感覚的に良くない流れに入っている気がする。偶にある何をやっても裏目に出るタイミングや失敗を重ねた所為で思考が悪い方向にしか向かない時期の兆候を感じる。

 

 

(やべぇ……これ駄目な時のやつだ。偶にある駄目なタイプの鬱期のやつ……なんだってこんな時に来んだよクソが……マジでこの手の気分の時の仕事で上手くいった記憶がねぇ……なんでだ? 行動は順調な筈。上手くいってるのにこれになるなんて。確かに体調は悪いけどそんなの珍しい事でもない。どっかで躓いてんのか? ……いや、それは今は良い。それよりどうするかだ。一旦出直すか? でも薬を届けないと。薬屋に聞かれたら薬を受け取ってからミカンに渡すまでのタイムラグがバレる。多少の誤差ならまだしも日を跨ぐのは流石に言い訳が付かない……てか薬の有効期限の問題もある。詳細は聞いてないけどフカマルの体液とかがっつり生もの使ってる時点でどんだけ鮮度が持つか分からん。一日経ったら効果が薄れるとかあるかもだ……行くしかないか?)

 

 

 アサギジムの扉に手が届く距離で足が止まる。たかが気分の問題だが、それがたかがで済まないのが自分だ。自身の行動が気分で大きく左右されることは自覚している。気分が乗ればそれに任せて簡単に暴走し、気分が乗らなければ本来の能力を全く発揮出来なくなる。

 

 今までもその悪癖に悩まされたり救われたりしてきたが、最近は少々目に余る。気分の上下があるのは人として当たり前だが、それが頻繁に起こり過ぎて平常である時間が短くなってきている。元々情緒不安定な部分があったがここまで酷くはなかった。環境の変化に精神が追い付いてないのかとも思えるが、それだと具体的にどう影響して今の状態になっているのか説明が付かない。

 

 

(……落ち着け。いや、逆か。盛り上げないと……違う。盛り上げるもの駄目だ。ニュートラルにしないと。そう、いつも通り。平常心だ。感情の起伏をフラットにしろ。俺なら出来る)

 

 

 ゆっくりと深呼吸をしてから思い切ってジムの扉を開く。まだ心の準備も半場だが、ここで立ち止まってしまうと思考が変な方向に向かって本格的に動けなくなる。荒療治だが強制的に集中しなければならない環境に追い込めば人間なんとか適応出来るものだ。

 

 扉を開いてみれば遂半日前に訪れた時と何一つ変わりはない。今朝来た時と同じステージに同じ面子。ミカンだけは入口に目も向けずにそわそわと歩き回っているが気持ちは分からないでもない。薬を取りに行く様に依頼を出したのにまだ帰ってこないのかとでも考えているのだろう。それ以外だと、本当にこんな個人的な事を頼んで良かったのかとか、時間が掛かり過ぎているけど何かあったのかとか考えているのかもしれない。

 

 今朝戦ったジムトレーナーに軽く会釈をしつつミカンの下へ歩いていくが、ミカンはこちらが入って来た事すら気付いて無いようで同じところを行ったり来たりしている。その様子を一目見れば様々な情報が分かってくる。情報を纏めて分析する能力は下がってきているかもしれないが、直接面と向かっている相手の情報を収集する能力はまだそこまで衰えていない様で少し安心した。

 

 

「お待たせしました。ミカンさん」

 

「うぇっ!? ……あっ……お、お疲れ様です!」

 

 

 ミカンに声を掛けるとびくりと身体を震わせてからおずおずとこちらを見る。その視線には何故か不安の様な感情が見えるが、そんな感情を向けられる心当たりがない。薬を取りに行くだけにしては無駄に時間が掛かっているので薬が入手出来なかったとでも思われているのだろうか。

 

 

「あ、あの、えっと、薬は……」

 

「(開口一番に薬の心配か)大丈夫です。ちょっと材料集めに時間が掛かりましたが無事に手に入りました」

 

「そうでしたか。良かったぁ……」

 

 

 真っ先に薬の心配をするミカンに多少思うところはあるが、反応を見るに不安気な目付きは薬の所在についてで合っているのだろう。何せ案件はあかりちゃんの命に関わるもの。ついでに言えば、まさか薬を入手する為にトレーナーが命懸けの行動をしたとは普通思わない。

 

 とはいえ分かってはいても気分の良いものではない。事情が事情なので命懸けの仕事をしたと伝えられはしないが、もう少し感謝や労いの言葉があっても良いだろう。少なくとも仕事と関係ない頼み事をしておいて、お疲れ様の一言で終わりにされるのは腹が立つ。

 

 

「それと朗報ですが私が取って来たこの薬であかりちゃんが患っている病気が治るのは確認出来ました。体力面の問題は別ですが、とりあえず薬を飲めばこれ以上の悪化は無いと思います」

 

「本当ですか!?」

 

「はい、本当です。実際にこの薬を飲ませて病気が治るのを確認しましたので間違いありません」

 

「? えっと……すいません。もうあかりちゃんにお薬をあげたって事でいいんですか?」

 

「ん? ……あぁ……ごめんなさいね、勘違いさせたみたいで。あかりちゃんとは別のポケモンです。私のポケモンにこの薬を飲ませて完治を確認しました」

 

「……誠さんのポケモンもあかりちゃんと同じ病気に掛かってたんですか?」

 

「いえ、違いますよ。まあ違わなくもないんですが、私のポケモンが病気に掛かったのは灯台であかりちゃんに会った時です。私が薬取りに行くって言って出したドードリオがいたでしょう? あいつですよ。ウィルス性の病気かなんかだったみたいで他のポケモンにも感染するみたいです」

 

「えっ? 本当ですか!?」

 

「私がそんな嘘吐く必要ありますか?」

 

「ど、どうしましょう! それなら急いで灯台を閉めないと!」

 

「……確かに(そうか……いや、確かにそうだ。なんで考えてなかったんだ俺……へこむわ)」

 

 

 ミカンはあかりちゃんの病気が感染するものと知って慌てているが、これが正常な反応だろう。寧ろミカンの様子を見るまで自分は何故その事を考えに至らなかったのかが不思議に思える。灯台に行くまでは感染するタイプの病気だとは知らず、その後灯台に入った時には自分が感染してそれどころではなかった。フカマルを捕まえに行く時も色々考える事が有り過ぎてそこまで考えは回らなかった。ここまでは致し方ない。ただそこから先はどうだろうか。薬を入手してから考える時間は幾らでもあった。自分がその場にいなくともミカンに連絡して感染症だと伝えるくらいの時間は捻出できた筈だ。

 

 普通に考えれば感染症の拡大の防止は急務だ。あかりちゃんの問題が解決したとしても、既に感染したポケモンが他に一匹でも残っていればそこから感染は拡大する。仮に他に感染したポケモンが居なかったとしてもウィルスが残っている灯台をそのままにしておいては新た感染するポケモンもいるだろう。そもそもウィルスがどの程度広まっているのかが分からない。自分は灯台に入ってから異常を感じ始めたが、もしかすると既にアサギシティ全体にウィルスが広まっている可能性もある。

 

 唯一の救いは治療薬が存在している事だが生憎と作れるのは一人だけ、それも感染が広まってしまえば焼け石に水だ。仮に製法を公開して量産体制を作り、各地のトレーナーの持っているポケモンを全て治療しても野生のポケモンはどうしようもない。片っ端から野生のポケモンを捕まえて薬を飲ませていったとしても必ず洩れが出てくる。そうやって広まっていけば最終的には野生のポケモンの絶滅だって有り得る。

 

 

(……考えてみるとかなりやばい。ついゲームのイベントと侮って何か一つ目標があってそれを果たせば全てが解決する気になってた。もやもやしてた正体はこれか……いや、今はそれよりどうするかだ。まずはウィルスがどこまで広がってるかの調査か? もしウィルスが町全体に広がってたら町の閉鎖……いやその間にも感染が拡大する。てか調査は無理だ。町の奴全員にここ最近のバトルやら野生ポケモンとの接触とか聞いてもまともな情報が集まるとは思えないし、旅人みたいに既に町にいないのがいたらどうしようもない……ほんとにこれ人にうつらないのか? 人に潜伏してポケモンに感染するタイプだったら本格的に……いや、あかりちゃんに普段から会いに行ってるミカンのポケモンが大丈夫なら大丈夫か)

 

「ミカンさん。焦る気持ちは分かります。でもちょっと落ち着いて下さい。これからの動きを検討しましょう」

 

「で、でもそんな暇は……!」

 

「いいから。今更焦って灯台を閉鎖しても手遅れです。今必要なのは広まってるかもしれない病気を一切の抜け無く確実に潰す事。その為に話し合いましょう」

 

「……分かりました……」

 

「……では、まずポケモンリーグ本部、というか四天王に電話を繋ぎましょう。今は一人でも多く知恵が欲しいですし、内容的にも報告しとかないと不味いです。感染の規模次第では協力も求めないといけません。出来れば他のジムリーダーとも連絡を取りたいですが……いや、とりあえず四天王だけでいいです。映像でも音声でも良いんで繋ぐ事出来ますか?」

 

「は、はい。やってみます」

 

「それと内容が内容なので場所を移しましょう。混乱されても困りますからまだ公には出来ません。応接室みたいなのありますか?」

 

「あ、それならそっちの壁にあるドアの向こうです」

 

「了解。じゃあ行きましょう」

 

 

 ミカンの返事を待たずに振り返り、応接室へと足を進める。感染状況の確認、感染拡大防止の措置、治療手段の確保、上司への報告と考える事が多すぎる。これが過去に経験した事であれば行動の取捨選択も出来るのだが、生憎と感染症の対策など経験した事が無い。

 

 そしてそれらの対策よりも先に思考が向くのは保身だ。正直な事を言えば四天王への報告をするかどうかは大いに悩んだ。だが責任の問題を考えれば報告しないという選択肢は無い。あかりちゃんから自分に空気感染している事を考えれば、恐らくは自分からサファリパークのポケモンの何匹かにも感染している。その何匹かから更に感染症は広まるだろう。それがサファリパーク内で完結するなら良いが、サファリパークはポケモンを捕まえる施設。トレーナーの誰かが感染したポケモンを捕まえてサファリパークの外にも感染が広がっていくのは確実だ。

 

 その時になって責任の所在を追及して行けば、間違いなく自分に行き当たる。現状アサギシティであかりちゃん以外に同じ病気に感染したという情報はミカンから聞いていないので、恐らくはウィルスの生息域はまだアサギの灯台内に収まっている。ではそのアサギの灯台からサファリゾーンへの感染経路はどうかとなれば自分以外に無い。

 

 感染症だと知りませんでしたで誤魔化したいところだが、ここで問題になるのが薬屋への依頼だ。依頼した薬の数は五本。サファリゾーンに入る前にこの数を依頼した事実は、依頼時点で既に感染症である事を把握していた裏付けになってしまう。感染症だと知らないのであればミカンに頼まれていた一本、予備を考えても二本か三本で良い。保険だと訴えたところで、五本となるとあかりちゃん用の一本と自分のレギュラーの四体用でちょうど五本になってしまうので嫌疑が残る。

 

 サファリパークに入る以前に感染症である事を把握していたのなら、それに応じた行動を取らなければならない。だというのに徒に感染症をばら撒くような行動をしているのだから責任を追及されれば逃げられない。そうでなくても感染症と判明した時点でミカンや四天王に報告を上げなければならなかったので、責任を問われる謂れはあるのだ。ならばもう素直に上に報告するしかない。ここで白を切って取り返しが付かない程に感染が広まってから責任を問われるくらいなら、まだ被害が拡まっていない内に上に報告して責任と対応を押し付けるのが最善だ。

 

 それに一応反論出来る武器もある。今の状態になった原因はミカンがポケモンを灯台の中に放置して病気を発生させた所為、そしてミカンがあかりちゃんの病気を感染症だと見抜けずに自分をそこに連れて行った所為だ。少なくともこれを盾にすればミカンにも責任を押し付ける事が出来る。それにまだ被害が拡がる前に感染症だと見抜いた功績もある。これらを上手く使いつつ、さも巻き込まれましたという態度で臨めば全ての責任を負えと言われる様な事態にはならないだろう。

 

 

(まあ責任云々は言われた時に考えるとして対応をどうするかだ。何をすればいい? 感染状況の確認はミカンの報告を全面的に信じるとして何が必要だ? 町の閉鎖? 薬の増産体制の確保? ……いや、これは俺の裁量で判断する事じゃなくて四天王やジムリーダーの領分だ。なら何が出来る? 感染者の見極めくらいか?)

 

 

 脳内で対応を考えては各々の理由で却下してを繰り返す。出来ること自体は少なくない。感染症対策など元の世界でお偉方がやっていた対応くらいしか知識にないが、なんとなくの方向性くらいは理解出来る。方向性が理解出来ていればやるべきことも見えてくる。

 

 しかしそれらの対応は全て決定権を持っていた場合の対応だ。自分もポケモンリーグ所属してはいるが実際に持っている権限は殆ど無い。与えられた役割はあくまでもジムリーダーの指導。その為に必要であれば多少の逸脱も許されるが、今回はどう考えても管轄外の案件だ。

 

 

(そもそも俺がやる事か? 俺の役割はなんだ? 四天王の様な決定権は無いし、ジムリーダーみたいに町の治安を維持する義務も無い。巻き込まれはしたけど感染症の対策なんて本来は俺が考える事じゃない。命令されたらやるけど……そうだな。命令待ちでいこう。俺が主導権を取ろうとしちゃ駄目だ。後で問題が起きたら主導者の責任になるし。……となると報告か。報告内容だけ考えて意見を求められたら……でいいよな?)

 

 

 ミカンの準備が完了するまでに、ひとまずの方針を決めてそこに思考を向ける。ミカンが四天王に連絡を取って対策会議が始まるまでに報告内容を考えなければならない。殆ど真実を告げるつもりではあるが、一部修正が必要な都合の悪い部分がある。しかし都合の悪い部分を隠して事実と余りにも乖離した話をしてはその抜けから感染症が拡がる。真実に近く、都合の悪い部分を隠して、且つ矛盾の無いカバーストーリーが必要だ。

 

 

(とりあえずウィルス発生経緯の説明はミカンの担当だ。その後の灯台に行くまでの経緯もそのままで良い。問題はどの段階で感染症だと判明したか。それとどうやって気付いたかだな。粒子について説明出来れば楽だけど……いや、それも有りか? この目はこっちの世界に来てから手に入れたもんだし、入手経緯も……まあ問題はあるがこっち由来の技術だ。粒子が見えるのがイコールでポケモンだとは繋がらんし、バレて損をするものでもない。今はまだ知られてないけどナツメに思考を読まれたらいつかは粒子を認識してる事はバレそうだし、自分から言った方が心象的には良い……なら良い機会か? ナツメの超能力みたいな個人の特殊能力と認識されれば……)

 

「あ、あの、準備出来ました!」

 

「ああ、はい。分かりました(早いな。もう少しゆっくりでいいのに)」

 

 

 思考を止めて気持ちをリセットする。応接室には自分とミカンの二人だけ、そして机の上には一台のノートパソコンが置かれており、その画面にはイツキが映っている。携帯電話は未だにPHSなのに、パソコンによる映像通話はあるらしい。

 

 しかし何故イツキ一人だけなのだろうか。内容を考えれば四天王全員とまでは言わないが二、三人は出てくる案件だと思う。この地方では感染症の流行など珍しくもなくて、自分が一人慌てているだけかと不安になる。

 

 

「久しぶりだね。元気してた?」

 

「イツキさんお久しぶりです。すいません突然」

 

「いいよいいよ。これも仕事だからさ」

 

「はい。それでちょっとお聞きしたいんですがイツキさんだけですか? 他の四天王の方は?」

 

「ん? そんな大きい問題なの? まだ内容とか聞いてないんだけど」

 

「あー、そういう事でしたか……そうですね。僕の価値観での話でこの地方ではどうなのかはあれなんですが、ちょっと手に余ります」

 

「そっかぁ。まあ話聞いてからにするよ。じゃあ報告して貰える?」

 

 

 画面に映っているイツキと挨拶を交わしてから本題に入る。本来なら自分よりも一緒にいるミカンに報告させる方が正しいのだろうが状況が状況だ。情報を手早く報告するのであれば自分の方が向いている。

 

 

「はい。報告内容は感染症の発生です。一応発生源と思われるのはアサギシティの灯台ですが、発症時期は不明瞭で現在の正確な感染拡大状況も分かっていません」

 

「……それは……ちょっとあれだね」

 

「判明している感染症の内容ですが、とりあえず症状としては何もしてなくても徐々に弱っていく、ポケモンの状態異常の毒に近い感じです。私は感染初期と末期のポケモンしか見てないので潜伏期間や動けなくなるくらいまで弱るのにどのくらい時間が掛かるのかは分かりませんが、最終的には命を落とす類の病だと思われます。感染対象はポケモンのみで人には感染しないと思われますが、ポケモン同士であれば空気感染します」

 

「うーん……ごめんね。纏めてくれるのは有難いんだけどもうちょっと詳しい状況聞かせてくれない? なんでそう判断したのか分からない部分が多いからさ」

 

「分かりました。まず症状についてですが、本当に毒に近いです。感染したらポケモンの体を構成する粒子が抜けていって徐々に弱り、体を動かせなくなります。その後の死亡に関しては推測ですが、あの状態が続けば恐らくは……「ちょっと待って。粒子って何?」……失礼しました。正式名称はありませんがポケモンの体を構成している粒子上の物質の事を粒子と呼称しています」

 

「いや……呼称とかじゃなくてさ、その粒子って何? 何って聞き方じゃ駄目か……いや、でも何それ? 聞いた事ないんだけど」

 

「ご存じないのも仕方ないかと。私もマサキさんの研究に参加して最近見つけたものですので。詳しく説明すると滅茶苦茶長くなるので省きますが、粒子はポケモンの体を構成する物質であり、生命力であり、強さの指標であり、技の使用にも使われる粒子状の何かです。ポケモンという生き物が粒子の集合体と言った方が分かり易いかもしれません。何故それが分かるかですが私はその粒子を目視出来る目を持っています。ナツメさんの超能力みたいな個人の特殊能力と思って下さい」

 

「……初耳なんだけど」

 

「言う機会もありませんでしたし、絶対に伝えないといけない事でもありませんでしたので。まあそういう訳で私にはそのポケモンの生命力の源である粒子が見えます。なので今回の感染症の症状も分かりましたし、他のポケモンに感染したかどうかも分かりました」

 

「……詳しく聞きたいところだけど、それは後にするよ。報告を続けて」

 

 

 画面のイツキが渋面のまま説明の続きを要求する。粒子の事を話したのは失敗だったかもしれない。自らの情報を進んで話す事でプラスの評価を貰えると思ったが逆効果だ。多分なんで今まで言わなかったのかという不信感が勝っている。

 

 

「はい。えー……じゃあ次は感染に関してです。感染源と思われるのはアサギシティの灯台で灯台守の様な仕事をしていたデンリュウです。具体的な時期は聞いてないんですが暫く前に今回の感染症を患った様でして、それをどうにか治療出来ないかとミカンさんに相談されました。それで見に行ったら先程説明した症状になっているデンリュウを発見。その灯台から出る際に僅か数秒だけ私のドードリオをボールから出したんですが、暫くしてドードリオに同じ症状が出ました。デンリュウとドードリオは全く触れさせていませんので、ここで空気感染する感染症だと判断しました」

 

「まぁ、そうなるだろうね」

 

「それでポケモンにだけ感染すると判断した理由ですが、これはミカンさんが普段からそのデンリュウの看病をしていたからです。仕事終わりにデンリュウの様子を見に行っていたらしいですが、ミカンさんの体調に異常は無く、ミカンさんのポケモンにも異常は出ていません。もしこれが人にも感染するけど症状が出ないだけのタイプなら、ミカンさんからミカンさんのポケモンにうつる筈ですが、それはありませんでした。なので状況から見るに感染したポケモンに近付いたポケモンにだけ感染するんじゃないかと思われます」

 

「それがせめてもの救いだね。もし人にもうつってたらどうしようもなかった」

 

「私もそう思います。それで感染状況なんですが、これはちょっと分からないです。今のところデンリュウと同じ症状が出たって訴えはないらしいですし、私もそれらしいポケモンは見てないんで多分灯台にいるデンリュウだけだと思うんですが。流石に野生のポケモンまでは調べ切れませんし、把握してないだけで何処かのトレーナーのポケモンが感染してる可能性もあるのでなんともいえないです」

 

「そこは仕方ないさ。分かる部分で対応していくしかないだろうね。それで分かってるのはそのくらいかな?」

 

「いえ、まだ良い情報と悪い情報が一つずつ残ってます。まず良い情報なんですが、この感染症の特効薬は既に見つけてあります。タンバシティにある薬屋なんですが、そこの秘伝の薬でこの感染症を治療出来る事を確認しました。感染源になってるデンリュウの分の薬も既に手元にあります」

 

「へぇー、それなら安心だ。それで? 聞きたくないんだけど悪い情報っていうのは?」

 

「これは私の落ち度なんですが、タンバシティに薬を取りに行くのに感染してたドードリオを使いました。道中で野生のポケモンと戦闘したり、他のトレーナーと接触したりはしてないんですがもしかすると道中で感染症を広めた可能性があります。それと薬屋の店主がサファリゾーンにいたのでサファリゾーンにも行きました。サファリゾーン内にはポケモンは持ち込めませんでしたが近くまでドードリオで移動したので万が一の可能性が捨て切れません」

 

「……それはちょっと不味いかなぁ……」

 

「はい……言い訳をさせて貰うなら、サファリゾーンに向かっている時にはまだ症状が出てなかったので感染症の可能性を考えてませんでした。それと本当ならドードリオにその症状が出た段階で感染症と報告すべきでしたが私も自分のポケモンが病になって気が動転しまして。こっちに帰ってミカンさんと話すまで対策とか諸々を失念してました。本当に申し訳ありません」

 

 

 ここらでミカンに責任を追求して押し付けるつもりだったが予定変更だ。本来ならプラスの評価を得る筈だった粒子の話でマイナスの評価を得ただけでなく不信感も持たれている。そこに責任転嫁のマイナスが加わるといよいよ不味い。それなら潔く非を認めた方がまだマシだ。

 

 

「うーん……ごめんね。気持ちは分かるし、擁護してあげたいんだけど……もうちょっと早く気付いて欲しかったかなぁ……」

 

「申し訳ありません」

 

 

 言い訳したい気持ちをグッと堪えて頭を下げ、同時に画面に顔が映らないように気を付けてミカンに目を向ける。この辺りでミカンから「元はと言えば私が」みたいなフォローがあると有難いのだが未だにミカンは置物に徹している。ミカンの性格的に人が話している時に強引に割って入る事はしたくないのだろうが、それも時と場合だ。

 

 確かに自分にも落ち度はあるが、これは元はと言えばミカンが対応すべき案件。それに巻き込まれた自分が頭を下げているのに、元凶である本人が一言も発さないのは筋が通らない。他に説明してくれる人がいるからといってだんまりを続けられると流石に腹に据えかねる。

 

 

「ごめんね。ちょっと僕だけで判断するには重いから他の皆と協議して返答するよ。他に伝えないといけない事ある?」

 

「私からの報告事項は以上です。ミカンさんからは何かありますか?」

 

「え……あ、大丈夫、です」

 

「……大丈夫だそうです」

 

 

 これで報告は終了。結局最後までミカンからの報告は無かった。多少強引に話を進めていたのは自分だし、会話に入りにくい雰囲気を作ってしまったのも自分だが、その程度で何も喋れなくなるのはジムリーダーを務める者としてどうなのだろうか。こんな奴の為に苦労している自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。

 

 

「……ん、分かった。それでここからの対応についてなんだけど考えはある?」

 

「(どう受け取るべきか。単純に意見の一つとして考えを聞いてるのか、こっちに対応を任せようとしてんのか……どっちとも取れるな。でも後者の場合はちょっと……少なくとも今は止めて欲しい。なんかミカンに面倒事押し付けられた気分なのに、ここで四天王まで仕事丸投げしてきたらマジで気分が悪い。それこそテメェらの仕事だろって感じだし……しかも俺のミスについても多分なんか罰則あるだろうしな。テメェらは仕事丸投げする癖に罰則だけは一丁前に決めんのかってなる。まあ罰則と仕事の丸投げは別問題ではあるけど)とりあえず私に出来るのは感染源の処置と感染したポケモンの見極めくらいです。それ以上になると権限的に無理があります」

 

「事が事だから権限とかは気にしなくてもいいよ別に」

 

「(この感じは丸投げか? ふざけんなよ。テメェらの仕事だろうが)……いえ、それを踏まえた上でお断りします。一応落ち着いてはいますが、正直言って自分の思考が正常になってるか自信がありません。これで適当に動いてまたタンバシティとかサファリゾーンの事みたいにならないとも限らないので」

 

「その疑問があるなら大丈夫じゃない? 混乱してる人は自分の考えが正常かどうかなんて疑問にも思わないと思うよ?」

 

「……すいません。正直に言います。期待して頂けるのは有難いですが流石に感染症対策の経験はありません。というか命に関わる様な案件は無理です。もし失敗したらと思うと耐えられません」

 

「……そっか。でもさ、君が何もしなければそれだけ被害が拡がるかもしれないよ? それは良いの?」

 

「(答えにくい事言ってくるなこいつ。やっぱ性格悪いわ)良くはありません。私が何かやってそれで全て解決するのなら私がやります。でも感情だけではどうにもなりません。失敗が誰かの命に関わる様な案件を抱えられる程私の精神は強く出来てないです。他にそれが出来る誰か、本来其れをやるべき誰かにお任せします」

 

「……そう……うん、分かった。ごめんね無理言って」

 

「(この感じはやっぱり丸投げする気だったな。出来る訳ねぇだろそんなもん)こちらこそ我儘言ってすいません。本当ならやれる事はやるべきとは思ってはいるんですが、命が懸かっているとなるとちょっと。私にはそこまでの責任は抱えきれません」

 

「そうだね。これは僕が悪かったよ。なんか君なら出来そうな気がしてちょっと期待し過ぎてた」

 

「(人の事なんだと思ってんだ。こちとら一般人ぞ)いえ、頼って頂けるのは有難い事です。ただ忘れないで欲しいんですが私はポケモンが強い以外は本当に唯の一般人です。あんまり重い責任を負わされたら耐えられませんし、出来ない事だって沢山あります。期待しないで下さいとは言いませんが、期待されてもその期待に応えられるとは限りません」

 

「うん、それは分かってたつもりだったんだけどね。ごめんねほんと」

 

 

 ひとまずこれで無理難題を押し付けられる事は避けられたと見ていいだろう。そもそも感染症の処理なんていう大きい案件を一職員に任せようとする事自体が間違いだ。どうも四天王といい、ジムリーダーといい、自分の事を過大評価している節がある。嬉しい気持ちも無くはないが、内心は少々複雑だ。

 

 もしも自分が振る舞いの通り、何でも簡単にこなせる人間なら引き受けたのだろうが、こちとらそう見せ掛けているだけの一般人。この案件に関わったのも薬を取りに行くだけの簡単なおつかいだと思ったからに過ぎない。だと言うのに話が大きくなり過ぎている。頼られたからには応えたい気持ちはあるが手に負える限度を超えている。

 

 一応大きい案件を任せても良いと思われるくらいには能力を買われて信頼も得ていると確認出来たが、それも望んでいた方向性とは違う。他の人では替えのきかない人間を目指していたのに、何でも任せていい便利屋の様な認識されている様に感じる。とりあえずこいつに任せておけば良いって考えは本当に嫌いだ。頼るのなら最低限出来る事をやってからにするか、自分にしか出来ない事だけ頼って欲しい。

 

 

「謝るのはこの位にして話を戻そうか。ミカンちゃんちょっといい?」

 

「えっ……あ、はい」

 

「とりあえず灯台を一時的に閉鎖して。それからそこにいるデンリュウに薬を投与。感染症が治っても暫くは外に出さないように。それと灯台に入ったトレーナーの手持ちを中心に感染の有無を確認していって。感染の見極めは……誠君、任せていい?」

 

「私は指示に従います」

 

「ん……。こっちでも検討して追加の指示を出すから連絡だけ取れるようにしておいて。何かあったら僕に連絡してくれればいいから。ひとまずはその方針でお願い」

 

「了解しました」「はい」

 

「それと現場判断で必要だと思ったら色々やってくれていいよ。責任とか権限の話は後でこっちに報告してくれれば良い様に処理するから」

 

「畏まりました」「わ、分かりました」

 

「じゃあ切るから宜しくお願いね」

 

 

 言うが早いか画面に映ったイツキの姿が消え、通話の待機画面に切り替わる。今になってこの対応で良かったのかと悩みが生まれるが過ぎた事は仕方がない。多少評価が下がったとしても、今まで過剰だった評価が本来あるべきものに戻るだけ。変に期待を持たれて無理難題を押し付けられる未来を避けられたと考えれば悪い選択肢では無い筈だ。

 

 

「あ、あの!」

 

「なにか?」

 

「えっと、灯台に行くのでお薬を……」

 

「ああ、そういやまだ渡してなかったですね」

 

 

 薬を要求してくるミカンに冷たい目を向けてしまう。私情込みとはいえ職務を遂行しようとしているだけなのだが、その変わり身の早さが気に入らない。自分で思っていた以上にイツキへの報告の際に黙り込んでいた事を根に持ってしまっているのかもしれない。

 

 それに全ての方針が決まった訳でもない。まだあかりちゃんの処遇の問題が残っている。イツキに判断を任せるよりはミカンの判断に任せようと思って話題に出さなかったが、多分ミカンはその事を考えていないだろう。

 

 冷静に見ればあかりちゃんの立場は酷く不安定だ。トレーナーは既に亡くなっており、他の人間の命令も聞かないポケモンなど実質的には野生のポケモンと変わりない。今までは特に害が無いから放置していても良かったのだろうが、その結果が感染症の発生だ。

 

 こうなってしまえば本格的にあかりちゃんの処遇を考えなければならない。誰かに預けるにしてもトレーナーの言う事を聞かないのでは難しい。だが今まで同様に灯台の中に放置しては新たな感染症を生む可能性もある。今回の感染症は特効薬が存在したのでどうにか出来たが次は分からない。もしも治療法の無い感染症を患った場合、感染が拡がる前に感染源として排除する選択肢だって出てくる。

 

 実際にそうなるかは分からないが、そうなってからでは遅いのだ。一度感染症が発生したならば、感染症が発生する土壌が出来ているという事。次に発生した時に同じ様に解決出来るとも限らない。それならば懸念は消しておくべきだ。

 

 

「ミカンさん。急ぐのは分かりますが薬を渡す前に一つだけ話しておかなければならない事があります」

 

「今じゃないと駄目なんですか?」

 

「分かりませんが早い方が良いと思います。ぶっちゃけ聞きますけどミカンさんは今後あかりちゃんをどうするつもりですか?」

 

「どうする? ですか?」

 

「はい。今回は良いです。イツキさんも薬を投与するって判断しましたし、病気を治せば良いと思います。でもその後はどうするつもりですか? まさかとは思いますが今後も灯台で仕事をさせるつもりじゃないですよね?」

 

「えっと……」

 

「はっきり言いますがそれはもう許されません。そもそもトレーナーを失って人間の言う事を聞かなくなったポケモンに仕事を任せていた事が間違いです。今までは害が無かったから問題にならなかったんでしょうが、今回の件があった以上は以前と同じ様にとはいかなくなります。新しく灯台守を任命するにせよ、完全に灯台を潰すにせよ、機械を導入するにせよ、必ずあかりちゃんをどうにかしなければなりません。そこのところどうお考えですか?」

 

「……どうしましょう……」

 

「それを決めるのはミカンさんです。既にトレーナーが亡くなっている以上、あの子の処遇の決定権を持つ人間はいません。ならこの町のジムリーダーであるミカンさんが判断すべきでしょう」

 

「……」

 

「とりあえず薬は渡しておきます。これを飲ませればあの子は回復するでしょう。でもよく考えて下さい。環境に問題があったのか、あかりちゃん自身に問題があったのかは分かりませんが、その組み合わせで感染症が発生したのは事実です。今回はこの薬で凌げても今まで通りにしていては同じ様な事が起きないとも限りません。事件全体で見れば、これはあくまで対処療法に過ぎず、根本的な解決にはならない事を理解しておいて下さい」

 

「……どうすればいいんでしょうか……」

 

 

 懐から取り出した薬をミカンに渡す。念願の薬を手に入れたにも関わらず、ミカンは優れない顔色でその手に握る薬に目を向け俯いたままだ。本当にこんな奴がジムリーダーで良いのかと心配になってくる。年齢を考慮したとしても今まで会って来たジムリーダーに比べて判断力が低すぎる。

 

 

「それはミカンさんが決めなければいけない事です。手段はそれこそ様々ありますが、今まであの子を見てきたのはミカンさんですから。一切の情を挟まず問題解決のみを目的とするなら私が決めて実行しても良いですがきっとミカンさんはそれに納得出来ません。さっきの報告でイツキさんにこの事を相談しなかったのもこれが理由です。あの人も四天王として厳しい判断を下せる人ですから」

 

「……」

 

「……実感が湧かないかもしれませんがあの子はとても危険な境遇にいます。トレーナーを亡くして、他の人の言う事を聞かないポケモンは一般的には野生のポケモンと同義です。そして今回の件、事情を知らずに一側面だけを見れば灯台に住み着いた野生同然のポケモンが感染症を撒き散らしたと見られるかもしれない。なのにそのポケモンが町から離れないとなれば殺処分を求める声が上がる可能性があります」

 

「そんな……」

 

「これは避けては通れない問題です。今はまだあの子の処遇に矛先が向いてませんが、いずれどこかで感染源はどうなったのかと尋ねられる時が来ます。その時になって特に対策もせずに問題が起きた時と同じ状況ですなんて言えば、あの子だけでなく、あの子を守る事の出来るミカンさんにまで追求が降りかかります。そうなればもう誰もあの子を守れません。別に今すぐでなくても良いですがいざと言う時の為に決めておかなければならない事です」

 

「……」

 

「万が一にでも次があれば今回みたいに解決出来るとは思わないで下さい。今回は本当に運が良かっただけです。偶々特効薬がある病気だった事と感染する病だと見抜ける私がいたからこの程度で済みましたが、一つ掛け間違いがあれば貴方はジムリーダーとして感染源であるあの子を処分する事も検討しなければならなかった。もし同じ様な事が再発すれば今度こそ貴方も私もポケモンリーグだって甘い対応は出来ません。どうなるかは言わなくても分かりますね?」

 

「……分かります……」

 

「辛いかもしれませんがそれが我々の責務です。優しさに身を任せて身寄りのないポケモンの世話をするのも結構、誰も傷付けない為に流れに身を任せるのも良いでしょう。ですがその選択の先には必ず結果と責任が生まれます。正しい選択が必ずしも最善の結果を生む訳ではありません。最善の結果の為に時には正しくない選択をするのが我々の仕事です。理解出来ますね?」

 

「……はい……」

 

「ではこれ以上私から言う事はありません。どうぞあかりちゃんを治してきてください。あぁ、そう言えばその薬滅茶苦茶不味いんで飲ませる時は吐き出さない様に対策を講じた方が良いですよ」

 

「えっと……一緒に行ってくれたりは……」

 

「私は少し考え事があるのでお先にどうぞ。どちらにせよ感染の有無を確かめる為に暫くはこの町を拠点にしますので時間は……いや、すいませんがやっぱり今日はもう休みます。ちょっと頭を冷やすので。今日中に灯台に入ったトレーナー探すのも無理でしょうがポケモンセンターにいると思うので何かあれば連絡下さい。お互いに自分のやるべき事をやりましょう」

 

「その、あたしだけじゃ……」

 

「俺の決定に文句あります?」

 

「え……その……な、ないですけど……」

 

「ですよね。じゃあ行ってらっしゃい」

 

 

 最後に言い捨ててミカンから視線を外す。ミカンは一人で行動したくないからか、往生際悪く視界の端でもじもじしていたが、どうあがいても視線を向けられないと察したのか諦めてジムを出て行った。

 

 そういうところが嫌いなのだ。頼み事をしようと言うのに頭の一つも下げず、うじうじと人の様子を窺う事しかしない。身の丈に合わない望みを抱えながら、望みを告げる事もせず、自分で為すべき事も為さず、僅かの代償も払おうとせず、選択すらも誰かに委ね、ただ善意に縋って誰かが事を為すのを待っている。その態度が最高に気に入らない。

 

 それだけで、困っていたら誰かが助けてくれるという温い思想が骨身に染みているのが見て取れる。人によってはその姿に庇護欲を感じるのかもしれないが自分には逆効果だ。果たしたい目的があるのに何故必死になれないのか理解出来ない。真に目的を果たしたいなら手段なんて選ばず、懇願や泣き落とし、買収、恐喝等何でもするべきだ。本当に何かを為したいならその程度の行為に躊躇は生まれない。

 

 実際に頭を下げられたらお前の頭にどれだけの価値があるのかとでも思うだろうが、意思の問題だ。そうしたいと願い、それに見合う行動をしているのならば助力の一つでもしてやろうという気にもなる。逆に自分は何もせず誰かが都合良く解決するのを待つ様な人間には力を貸す価値を感じない。その点で言えばミカンは逆方向にパーフェクトだ。力を貸してやろうという気が欠片も湧いてこない。

 

 

(……やっぱ駄目だな。前向きな思考が全く出来てない。ミカンの評価するよりも考える事なんか沢山あんのに愚痴ばっかしか思い付かん。今日はもう休むっつって正解だった……本当に大丈夫か? 今この状態で休んだら職務放棄、というか責任の放棄って言われそうな気もするが……いや、大丈夫か。俺が請け負ったのは感染症の見極めだけ。灯台に入ったトレーナーの捜索には時間かかると思うし、休める時に休んでましたって事で良い筈だ。それよりもタンバシティの方をどうするか。一応あっちの方も感染したポケモンがいないか見て回るべきなんだろうけど……サファリゾーンか……あっこには入りたくない……まあいいや、一回寝てから考えよう。ちょっと立て直したけどやばいタイプの鬱期に入ってるし。一回リセットしないとまた判断間違えそうな気がする)

 

 

 すっかり重くなった腰を上げてポケモンセンターに向かう。思考を回せばミカンへの不満と明日以降の面倒な未来しか出てこないので思考を止めてただ歩く。駄目な時は何をやっても駄目なのだから何もしない方が相対的に得だ。

 




まさかミカンにこんなに話数を割く事になるなんて…

アンズもいつの間にかあんな感じになってたし、俺はこういう気弱キャラが潜在的に好きなのだろうか…


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憂鬱な人

大変お待たせして申し訳ありません。続きです。


 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという諺がある。憎んでいる人に対しては、その人に関連するあらゆる事柄が憎く感じるという意味の言葉だ。多少ニュアンスは違うかもしれないが最近この言葉の正しさを身をもって学んでいる。

 

 感染の見極めの為にアサギシティに滞在して早四日。その間、幾度となくミカンと顔を合わせているのだが、どうしてもミカンの事を好意的に見る事が出来ない。長所とも短所とも取れる要素の全てを短所として捉えてしまう。

 

 まず自己主張をしない。それ自体は一概に悪いとも言えないが、度が過ぎれば十分過ぎる欠点だ。不必要な事を言わないだけでなく必要な事すら言わない。と言うよりも相談というものをしない。そうやって一人で抱え込む癖に助けを求める様な態度を取るのだ。なぜか日々こんな事がありましたと伝達を受けるが、なにかして欲しいと助けを乞う事は無い。当然全て無視だ。自分には何の関係も無い。

 

 次に行動を起こさない。思慮深いと言えなくも無いが、準備や相談等も含めて能動的な行動を全くといっていい程行わず、問題を一人で抱え込んでおきながら誰かが行動を起こすのを待っている。自分の判断に自信が無い指示待ち人間かとも思ったが、その手の人間なら責任を誰かに押し付ける術の一つくらいは持っている筈。そういった保身的な動きすらしないのは不可解だ。行動と印象が違い過ぎて一体何がしたいのか分からない。

 

 そしてなにより気持ち悪いのが行動理念が分からない事。人が行動を起こす時、必ずそこに理由がある。損得であったり、善悪であったりと人によって基準は様々だが、基本的には何らかの欲を充たす為に行動する。だがミカンの行動には一貫性がなく、その欲が見えてこない。

 

 ただ行動に一貫性の無いだけならそこまで珍しくはない。本音と建て前を使い分けて行動する人間やその場の感情だけで判断して動く人間ならそういう人間もいる。だが如何に隠そうとも好みや目的は見えてくる。しかしミカンにはそれすらない。

 

 感覚的には弱者の様に振舞う事で同情心や庇護欲を煽り良い様に動かしているというのが一番近い気がするが、そこまで悪辣な人間とも思えない。幾ら人を見る目が衰えようとも悪意を持って動く人間かどうかくらいは分かる。何なら感覚が鋭敏になったおかげか悪意の感知という一点においてだけは向上したと言っても良い。見てくれだけ取り繕った者は感覚で分かる。

 

 四日間だ。常に行動を共にしていた訳でなくとも四日間も一緒にいれば多少なりとも人と成りは見えてくる。なのに分からない。一つ一つの行動の理由は大まかに分かっても、それが一つに繋がらない。あれだけ分かり易いと思っていたミカンが途端に得体のしれないものに見えてくる。

 

 一度そう認識してしまえば最早全てが気持ち悪い。何を求めているのか、何を考えているのか分からない事が只管に気持ち悪い。別に全てを把握して管理しようとは思っていないが、理解出来ない異質な存在の傍に近寄りたい筈もない。

 

 そんな人間に対して取れる行動は多くない。理解する事を諦めるのであれば今後も付き合っていくという選択肢は消え、排除するか距離を取るかの二択になる。だがミカンはジムリーダーという立場ある人間、軽々に排除する事も出来ない。そうなればもう距離を取るしかない。

 

 これでも我慢した方だ。本音を言えば初日の時点で見捨てたかった。日を置けば多少は落ち着くかと思ったが、二日、三日と日を跨ぐ毎に、ミカンという人間と触れ合う度に、距離を置きたい気持ちが強まっていく。イツキから任された仕事さえなければすぐにでもアサギシティを離れたかった。

 

 その念願も漸く叶う。元々寂れた灯台に入るトレーナーが殆どいなかったことが幸いした。それでも足掛け四日掛かってしまったが、嬉しい事に新しく見つかった感染者もいない。感染源であるあかりちゃんも既に回復したのを確認し、四天王からの追加の指示も受けていないので、これで心置きなくアサギシティを離れる事が出来る。ミカンの存在を抜きにしても良い思い出が一つも無い町だ。離れたい理由はあっても離れたくない理由なんて一つも無い。

 

 最後に一応の義理立てとしてミカンに町を離れる事を告げたが、その際に寂しそうな、どこか不安気な態度を取ったのも面白くない。これで少しでも嬉しそうな態度を取るようなら、自分がミカンから恐れられ、避けられていたで納得出来そうだったというのに、更に分からなくなる。居て欲しいのか居なくなって欲しいのかすら分からない。結局最後までミカンの事を理解出来ず、スッキリしない気持ちを抱いたままアサギシティを離れる事になった。

 

 

(まあ済んだ事……なんだけど済んだ感が全然湧いてこないんだよな。なんというか腐れ縁が出来たみたいな、アンズを弟子に取った時みたいな未解決案件を懐に抱えちゃった様な感覚がある。今後距離を取れば大丈夫な気もするんだけど……どうも嫌な気持ち悪さが残ってる)

 

「なんか……はぁ……何やってんだろ俺……」

 

 

 一旦気が落ち込めば、どうしても嫌な方向に目が向いてしまう。本当ならこんな悩みを抱えることなく、もっと自由に生きている筈だった。望んだ結果になる様に、自分の幸福実現の為に行動したつもりが辿り着いた結果がこれだ。この世界に来た時には一切の柵が無かったのだから、生まれや環境を嘆く訳にもいかない。全て自分の判断と行動の結果だ。何処で間違えたのか思い返しても答えは出ない。

 

 

(とりあえず次行こう。薬も取りに行かなきゃだし、ジムもあるし、感染状況の確認もしないとだから次はタンバシティだけど……ジムリーダーどんなだっけな。タンバジム……離島のジムリーダー……どんなだったか。なんか微妙に出かかってるんだけど思いだせない)

 

「……だるっ……とりあえず離れよ」

 

 

 これ以上、アサギシティに残っても良いことは無い。ここに残っても嫌な思い出が悪い方向に思考を向けるだけなので、次なる目的地に向かうことにする。こうやって嫌な問題を後回しにして、目先の利益に飛び付いている事が現状を生み出した理由なのではと薄々分かってはいるが、そうでもしなければやってられない。如何に強さを得ても使われる立場の人間として根が完成しているのだ。人に使われて不満を持つ現状が自分には相応しいのかもしれない。

 

 

 

 ────────────────────────────────────

 

 

 四日ぶりに訪れたタンバシティには何の変化も無い。御世辞にも栄えているとは言えないが、澄んだ海に面した綺麗な街並みを往来する人々は多く、町全体に活気がある。海で遊んでいる人間も多く、その中にはポケモンをボールから出している者もいるが、その中に粒子が体から漏れ出ているものはいない。注意深く往来する人間の表情を観察し、陰鬱な雰囲気を纏った人間がいないか確認するが、見た限りではそういった人間も見当たらない。この様子であれば町に感染症が拡まっている事はないだろう。

 

 実は少しだけ心配もあったのだ。タンバシティは地理的にサファリゾーンに使用したトレーナーが利用しやすい町。当然サファリゾーンから感染が広まれば強く影響を受ける。意図してやった事ではないとはいえ、タンバシティに感染が拡まったとなれば、その状況を生み出した責任は間違いなく自分にある。流石にそれを気に病まない程破綻した感性は持っていない。

 

 

(俺があかりちゃんから病気を貰った速度と俺からつくねに感染した速度を考えると、感染から発症まで凡そ数分から数十分。四日経ってこれなら大丈夫か? ……アサギシティでも灯台から外への感染は無かったが……特定環境下でしか生きられないウィルスだった可能性もあるか。灯台の環境を考えると日光が射さない場所か湿気の多い場所、風通しの悪い場所辺りが有力。つくねに感染したのは俺との接触か灯台の中で出したからのどっちかか?)

 

 

 いざタンバシティに入り真っ先に頭に浮かぶのは感染症の事だ。アサギシティで発生した感染症の一件は一応の収束は見せているものの完全に終わった訳ではない。確かに感染源であるあかりちゃんは治療され、アサギの灯台に出入りしたトレーナーのポケモンに感染が無かった事も確認された。しかしそれが全てである保証はどこにもない。把握していないだけで感染が拡まっている可能性はある。

 

 今タンバシティに感染症が拡まっていないからと言って、それがタンバシティで感染が起こらなかった証拠にはならない。誰かが異常に気付いて薬屋に薬を依頼した可能性もある。イツキから連絡を受けてジムリーダーが感染症を抑えた可能性だってある。そうやって表に出ない様に感染症の処理がなされた可能性を捨てきれない。

 

 もしジムリーダーが感染を抑える為に動いたのであれば、イツキから事情や感染経路について聴いての行動であるのは想像に難くない。そうなればどうなるだろうか。被害が出ていないならば軽く流されるかもしれないが、もし一匹でもトレーナーが捕まえているポケモンが死んでいれば、如何に善性の強いこの世界の人間であっても恨みの一つは抱いても可笑しくない。

 

 

(どうだろうな……出来れば環境的にこっちの方で感染症が拡がらなかったってのが一番良いけど、あんまり期待するのもな……サファリゾーンで幾らかのポケモンには触れてるし、拡がったけど四天王が指示出してジムリーダーが解決したって方が自然な感じがする……面倒臭いタイプのジムリーダーだったらやだな。謝罪はするにしても、それを盾にねちねち言ってくるタイプとか許してやるから代わりに依頼を受けろってタイプだったら怠い。特に今はそういうのに敏感になってるし……行きたくないなぁ……)

 

 

 向かうのはタンバジム。薬屋に注文していた薬を取りに行くのも重要だが、今はそれより優先する事がある。今一つ気乗りしないがジムリーダーに状況確認と謝罪をしに行かなければならない。故意ではなくとも町を危険に晒したのだから当然の配慮だ。如何に気乗りせずとも通すべき筋は通さなければならない。

 

 徐々に足取りが重くなろうとも狭い町だ。少し歩けばすぐにタンバジムが見えてくる。崖の一部を抉った洞窟に全体の半分程がのめり込んでいる一軒の建物。そして何より目立つのが崖の上からジムの中に流れ込んでいる滝だ。建物自体は他の町と大差無いが、立地の所為でイロモノ感がある。

 

 

(……建物内に滝を引き込んでるって事はフィールドもそんな感じか? まさかとは思うけど滝つぼ……は水タイプじゃないから違うとして、点在する小さな岩の上で戦うとかはギリあるか? 看板は……あった。唸る拳で闘う男シジマって書いてあるけど……シジマ? 格闘タイプのジムリーダー……あぁ、いたな。ポケスペでグリーンの師匠だった奴か。カポエラー使うのは覚えてるけどエースはなんだったか……まぁラッキーだな、格闘家だか武闘家だか忘れたけどイメージ的には体育会系で脳筋の代表みたいな奴だ。一発ひっぱたかれるかもしれんがあんまりうじうじ言うタイプでもないだろ)

 

 

 気分の切り替えも出来ないまま、タンバジムの扉を開く。どんな環境で戦わされるかと冷や冷やしていたが内装は意外と普通だ。ステージは剥き出しの地面に幾つかの岩が点在しているだけのオーソドックスなもの。その点在する岩に空手胴着を着た男達が突きや蹴りを浴びせている。

 

 そしてジムの最奥、崖の上から流れ落ちる滝に打たれている男が一人。水しぶきの所為ではっきりと姿は見えないが、位置的にジムリーダーのシジマだろう。何の為にジム内に滝を引き込んでいるのかと思っていたが、滝行をする為だけにこんな建物の作りにしたのだろうか。もしそうなら公私混合ではないかと思うが。

 

 

(ジムトレーナーは……見える限りだと四人。誰で行くか。相性が良いユカイとつくねはシジマ戦に温存として、消去法でデンチュウ、若しくは完全に手の内を隠す為に敢えてドザエモンか……いや、今まで使ってなかったポケモンも有りか。格闘タイプを無効化するゴーストタイプとか有利属性のエスパータイプや飛行タイプなら多分いける。偶には同レベル帯のバトルも経験しときたいし、そろそろレギュラーの空いた二枠を埋める為の育成もしないと。もしそいつらで負けたらドザエモンかデンチュウだけど、結局誰にするか。飛行とゴーストは枠埋まってるけどエスパーも今のところユカイで足りてるんだよな。枠埋めを考えると水と炎が欲しいけど誰かちょうどいいのが居たかな)

 

 選出を考えながら歩を進める。こうして他に考える事が有れば憂鬱な事を考えなくても良い。今だけは一つの事にしか集中できない脳味噌の出来の悪さに感謝だ。

 

 そして選出について悩みながらも迎えたジムトレーナー戦だが、これが拍子抜けする程あっさりと終わった。理由はジムトレーナーのポケモンが想定より遥かに弱かったからだ。なにせ出てくるポケモンが揃いも揃ってレベル二十台。その程度なら生身でも相手に出来る。本気を出せばもう少し強いポケモンが出るのだろうがこのジムではジム挑戦用のポケモンがそのレベル帯なのだろう。

 

 まず一組目が空手王二人とのダブルバトル。同時に走り寄って来て二人同時に口を開いたかと思えば、どちらが先に戦うかで口論を始め、次第には殴り合いに発展する始末。それならもうダブルバトルで良いんじゃないかと提案してダブルバトルと相成った。出してきたのはそれぞれエビワラーとサワムラーだが、元々タッグを組んでいた訳でもない二人組だ。近接戦しか出来ないポケモンなのに、互いのトレーナーが我先に攻めようとする所為で妨害し合ってまともな戦いにはならなかった。

 

 二組目は空手王とのシングルバトル。まともな戦いにならなかった一組目よりはマシだが、レベルが低いポケモン相手のシングルバトルに苦戦する要素が無い。ワンリキーとゴーリキーを一匹ずつ使って接近戦を挑んできたが、反応出来ない動きは一切ない。移動速度も技の出も体の動きも何もかもが遅過ぎる。レギュラーではないスターミーを使ってみたが、それを苦に感じる事も無く全ての攻撃を躱して完封した。

 

 三組目も空手王とのシングルバトル。マンキ―二匹とオコリザル一匹のパーティーだ。どちらも身軽なポケモンだったので二組目よりは勝負らしい勝負になったがそれでも遅い。走ろうが跳ねようが全ての動きは見えている。タマムシジムの様な林の中でならもう少し身軽さを発揮出来たのだろうが、障害物の無いステージではチョロチョロ動き回るだけの猿でしかない。少しずつ追い込んで潰せば終わりだ。

 

 ジムトレーナー戦がその様なザマだったので、残念ながら対格闘タイプの参考にはならなかった。分かったのはこのジムのトレーナーが脳筋な人間ばかりな事だけだ。補助技を使うでもなく、場を整える事もなく、ただ真正面から殴りかかる事しかしない。そんな事で本気で勝てると思っているのだろうか。言い方は悪いがバトルを舐めているとしか思えない。

 

 

(まぁ別に良いんだけどな。ジムトレーナーが弱かろうが強かろうが……てかよく見たら分かりそうなもんだ。ジム内でトレーナーがトレーニングしてる時点で馬鹿だ。トレーナーが岩殴ったってバトルには関係ねぇんだからポケモンを鍛えろよ。トレーナーが鍛えるにしても動体視力とかもっと鍛えるべきもんがあるだろ。なんでジムリーダーは何も言わな……いや、同類か。滝に打たれてるくらいだしな。あれなんのトレーニングになるんだ? 精神力か首の筋肉辺りか?)

 

 

 頭の中でまだ言葉も交わしていないシジマの評価を下げながら奥へと進む。近づくにつれて徐々にシジマの姿を認識出来る様になってきた。一目見た感想は髭達磨だ。伸ばした髭と髪が繋がって三分の一程が毛に覆われた顔付き。上半身は裸だが下は所々破れたあずき色の胴着を履いている。一見するとだらしなく腹が出ている様に見えるが肩回りや腕の筋肉の付き方を見れば、関取やレスラーの様に筋肉の上に脂肪が付いたあんこ体型だと分かる。

 

 そのシジマだが近づいても反応がない。既に四人のジムトレーナーを倒し、滝行を行っているシジマの近くまで移動したのだが定位置で滝に打たれたままだ。これ以上近付いたら水飛沫で濡れてしまうのであまり近寄りたくない。住所不定の身なので服が濡れてしまっては乾かす場所を確保するのも一苦労なのだ。

 

 

「シジマさーん! ちょっと出てきてもらえますかー!」

 

 

 一応声を張り上げてみるがやはり反応が無い。想定していたが面倒だ。滝行なんてやったことは無いが、落ちてきている水の勢いを考えれば目を開くのも辛いだろう。その中にいるのだから水音に邪魔されて外の音が聞こえないのも仕方ない。集中状態に入って全力で大声を出せば声が届く可能性もあるが、あれは自分の耳にもダメージが来るのであまりやりたくない。

 

 一旦シジマの下を離れ、ジム内にある岩の一つから破片を採取する。折りやすそうなものを選んで端の部分をへし折っただけだが、自分でも大分人間離れしてきたなと思う。現に片手で岩の一部をへし折る光景を見たジムトレーナーは恐怖と尊敬が混じった何とも言えない表情をしている。普通なら怖がりそうなものだが、尊敬の感情が混じっているのは流石は格闘タイプのジムと言うべきか。

 

 

(さてどこを狙うか。体に軽く当てて気付けば良いが全身を水で打たれてるくらいだから気付かないかもしれん。それに力加減も難しいな。あんまり力を入れ過ぎても困る。でも周りの壁にぶつけるのもな。ちょっと音を立てたくらいじゃ気付きそうにないし……やっぱ体か)

 

 

 決して怪我をさせない様に体の力を抜いて手に持った石を構える。狙いは滝の中にいるシジマの頭のやや上。流石に体に直接叩き込むのは危ないので、山なりに投げ込んだ石が頭を叩くのが理想だ。人に石を投げるなんて褒められた行為では無いが気付いて貰えないならば仕方がない。

 

 下投げで投擲した石は狙い通りに飛び、シジマの頭に命中したが残念ながら反応はない。滝に打たれているのだから小さな衝撃に気付かないのも仕方ないが、格闘家を名乗るくらいなら衝撃の違いに気付いて欲しかった。これ以上自力でどうにかするのも面倒なのでポケモンに頼る事にする。

 

 

「はぁ……ユカイ、お前は自由だ。あの滝に打たれてる人の肩を軽く叩いてこい。軽くな。攻撃じゃないぞ」

 

 

 消去法で任せられるのはユカイだけだ。まず万が一にもシジマを傷付けない為には信をおけるレギュラーを選ばなければならない。そうなると水に濡れるのを嫌がるつくねとドザエモンは除外、万が一電気を発してしまうと危険なデンチュウも除外となり、選択肢はユカイしかいなくなる。ユカイもユカイで水に打たれるのをどう思うか分からないが、好奇心旺盛なので水浴び感覚で楽しんでくれそうな気がする。

 

 

(何が出てくるか。イメージ的には格闘タイプも一応入ってるってポケモンじゃなくてがっつり格闘に主眼を置いたポケモンが出てきそうな気はするけどどうだろうな。カイリキー、エビワラー、サワムラー、カポエラー辺りが思い浮かぶけど複合無しの格闘単色オンリーってのは考えづらい。でもバシャーモとかゴウカザルってイメージは無いしな。どっちかと言うとハリテヤマとかの方がイメージ近いけどそれも格闘単色だ。あと何が居たか……ヘラクロスとかルカリオ、ニョロボンも格闘入ってるな……ニョロボンはイメージ的に有り……後はキノガッサくらいだけどあんまりイメージじゃないな……見ないと分からんがあんまり遠距離攻撃してきそうなのはいないか)

 

 

 ユカイがちょこちょことシジマに近寄っていくのを見送りながら対シジマ戦の構想を考える。だがその考えも最初の段で躓いてしまう。シジマの使ってくるポケモンが分からないのでは作戦の立てようがない。格闘タイプと一口に言っても複合タイプを含めれば戦い方は様々だ。

 

 そうしている間にユカイがシジマの下に辿り着く。直立しているシジマの肩に手が届かない様でぴょんぴょんと飛び跳ねながら肩を叩こうとするユカイの姿が微笑ましい。粒子の塊にしか見えなかろうとやはり自分のポケモンとなれば情も湧く。感覚的にはアニマルセラピーに近い。

 

 

「むっ!?」

 

「ユカイ!?」

 

 

 僅かに良くなった機嫌が急転直下で落とされる。ユカイの手がシジマの肩に触れた瞬間、今まで反応の無かったシジマが急に拳を振るったのだ。まさか反撃されるとは思わず、宙を跳ねていたユカイにその拳を回避する手段は無い。

 

 最早服が濡れるなんて言っている場合ではない。瞬時に集中状態に入り、ユカイが吹き飛ばされた方向に先回りして、その体を受け止める。人間の攻撃を受けた程度でダメージを負うとも思えないが、完全な不意打ちで受けた攻撃だ。万が一という事も有り得る。

 

 

「こらー! 誰じゃ! 儂の修行の邪魔をしおって! 邪魔をするなと言うたろうが!」

 

 

 滝の中から姿を現したシジマの言葉に本気の殺意が湧く。開口一番の言葉が謝罪であったなら許しても良かった。条件反射で拳を振るったと弁解するのであれば話を聞いても良かった。だがシジマは修行の邪魔をしたから拳を振るったと宣っている。その言い分は非常に不愉快だ。

 

 挑戦者と応対する義務のあるジムリーダーが個人の趣味を優先して滝行を行った上に、それを止めようとした者に暴力を振るった。結果だけを見ればそれが全て。そんな理由で自分のポケモンを傷付ける事は許容出来ない。

 

 

「なんしょんじゃクソボケがぁ!!」

 

「邪魔をしたのはお前かぁぁぁ!!」

 

 

 抱きかかえたユカイを手早く下ろし、シジマに突貫する。対するシジマは右足を一歩引き背筋を伸ばして腰を落とす右の正拳突きの構えだ。握り込んだ拳と踵まで地面に着けたベタ足を見れば、フットワークによる回避や服を掴んでの投げ等を警戒する必要も無い。咄嗟にその構えを取るという事は、反射的に構えを取れるくらいに打撃系の格闘技を嗜んでいるのだろう。だが問題は無い。どれだけ鍛えようとも所詮は人間。打撃の出を見てからでも十分対処出来る。

 

 第一シジマも全力を出す事は無いだろう。如何に襲い掛かられたと言っても、普段から格闘技の腕を磨いている者であれば、素人相手に遅れは取らないというプライドや万が一怪我をさせてしまってはという恐怖、全力を出すまでもないという自負が全力を出す事を阻害する。積み重ねた時間が長い武芸者程その傾向は強い。

 

 数秒にも満たぬ間に距離を詰めれば、それに合わせてシジマが拳を振るう。拳の速度だけ見ればレベル20台後半のポケモンにも匹敵するだろうが、その程度は障害にならない。ユカイを殴ったその拳を砕いてやろうかと思ったが残った理性がその判断を否定する。如何に腹が立とうとも後遺症が残る程の怪我を負わせるのは流石に不味い。その程度の分別が付くだけの理性は残っている。あくまでも目的はシジマの抹殺ではなく、痛めつける事。それ以上の事は出来ないし、する必要も無い。

 

 風切り音をあげる右拳を避けて、その腕の外側からシジマの後頭部に左手を回す。そのまま自らの体を反転させ、左足の脹脛で一歩下がったシジマの右太ももを軽く蹴り上げながら左手で掴んだ頭を下に落とす。柔道で言うところの内股の成り損ないだ。釣り手も不十分で引き手も掴んでいない、挙句の果てには蹴り上げる位置が悪く重心すら崩せていないが、相手を背中から落とす必要がないならこれで十分。寧ろきちんとした型で投げて受け身を取れずに内臓破裂でもされたら洒落にならない。

 

 投げ技を使われたのが予想外だったのか、膂力に逆らえなかったのかは分からないが、不十分な技が面白い様に決まる。空を切った正拳突きの勢いもあってつんのめる形になったシジマを顔面から地面に引き倒し、背中に膝を置いて固定。頭と背中を押さえているだけなので振りほどこうと思えば出来るだろうが、即座に打撃技には移れない体勢だ。

 

 

「ぬぐぐ……」

 

 

 呻くシジマの頭を押さえ付ける力と指の力を無言のまま徐々に強めていく。ユカイを殴ったシジマが地べたに這いつくばっているのを見て少しだけ心が安らぐ。どうせなら痛みで無様に喚いてくれた方が尚気分が良かったが、辛抱強さは流石ジムリーダーと言ったところか。

 

 これで少し様子見だ。未だ反撃してこないところを見るにもうシジマに出来る事はないのかもしれない。仮に反撃してきても背後を取った状態なら如何様にも処理出来る。後頭部に打撃を打つ、首に手を回して絞め落とす、腕や肩の関節をキメる、シジマの反撃の強さによって相応の対応を返す事が可能だ。

 

 後はシジマの方から詫びの一つも入れてくれればそれでいい。こちらから謝罪を要求しても良いが、それで出てくる謝罪は脅して得たものにしかならない。欲しいのはシジマが自らの意思で発する謝罪だ。それさえあれば全て水に流してもいい。

 

 

「ぐっ……参った……」

 

 

 返ってきたのは謝罪ではなく降伏宣言。一瞬腕に力がこもったが、少し悩んでから頭に置いた手を外す。少々感情が昂ったがよく考えてみれば、ここで謝罪を求めるのはハードルが高過ぎた。見覚えのないポケモンがいきなり触れてきたと思えば、シジマの対応も理解出来なくはない。

 

 それに検討外れな事を言われると自制する自信も無い。頭を握り潰すまでは出来ないが、うっかり力を入れ過ぎると頭蓋骨に罅くらいは入れてしまいそうだ。そこまでしてしまうと、シジマのやった事に対して報復が重過ぎる。未だに気は晴れないが、今後の事も考えて貸し一つと思えば我慢は出来る。

 

 

「くはっ……ははは! 負けじゃ負けじゃ!」

 

 

 拘束を外して起き上がったシジマが突然笑いだす。武芸者の思考は簡単な様で意外と難しく、薄ぼんやりと思考は分かるのだがそれが正しいのかは分からない。感覚的には負ける事もまた経験とでも思っているのではないかと思うが微妙なライン。少なくとも手を出した事を気にしてなさそうだ。

 

 

「わははは! こりゃ参った! 儂が手も足も出せんのとはのう!」

 

「……お楽しみのところ申し訳ないですがよろしいですか?」

 

「おお! すまんすまん! 誰じゃったかの?」

 

「ご挨拶前に手が出てしまい申し訳ありませんでした。私はポケモンリーグ所属の誠と申します」

 

「おお! お前さんが! 話は聞いとるぞ! 若いのに大層強いらしいじゃないか!」

 

「恐縮です」

 

「しっかしシバの奴も見る目が無いのう! 研究者気取りの若造だのと言うとったからどんな奴かと思えば、良い男じゃないか!」

 

「(……言動的に強い奴が好きって感じか? でもグリーンとはちょっと感じが違うから、多分強い奴イコール鍛えた奴、鍛えてる奴イコール良い奴って思考かな)これでも鍛えてますので」

 

「うむうむ! 立ち会えばそのくらい分かるとも! 中々鍛え込んどるのう!」

 

「(これだな)なんのかんの言っても体が資本ですからね。ポケモンと共に闘うトレーナーとしてある程度は鍛えておかないといけませんから」

 

「わははは! その通りじゃ! 鍛えるのはポケモンだけに在らず! ポケモンとトレーナーは一心同体よ! ポケモンと共に鍛錬を積んでこそ見えるものもあるというもの! 若いのにしっかりしとるのう!」

 

「(ただの脳筋かと思ってたけど、割と良い事言うじゃないか)ご最もです。まあ私はそこまでの考えには至っていませんけどね。ただ弱いままでいたくないので鍛えてるだけですよ」

 

「それもまた良し! 自らの弱さを見つめ、否定する為に己を鍛えるのも立派な理由だわい!」

 

「ははっ、まあ精進します」

 

「わはは! 君はまだ若い! 鍛え続けた君がどうなるか、今から楽しみだ!」

 

「そうですね。最強……とは言いませんが、誰にも負けない様にはなりたいですね」

 

「誰にも負けたくないときたか! 結構結構! 若い内はそうでないとな! だが儂も強いぞ! よーし! 第二ラウンドといこう!」

 

「第二ラウンドですか?」

 

「儂とてジムリーダー、負けっぱなしでは終われんとも! さっきは不覚を取ったが次は負けんぞ! ポケモンバトルで勝負だ!」

 

「それは話が早くて助かります。因みに私は格闘家じゃなくてポケモンの方が本業ですので、どうかジム挑戦とは思わず本気でお願いします」

 

「うむうむ! 承った! ジムリーダーではなく一人のトレーナーとして全力を尽くそう! 良い勝負にしようじゃないか!」

 

「ええ、胸をお借りします」

 

「うおぉし! 燃えて来たぁ!」

 

 

 力強く握手を交わしてから張り切ってステージへと向かっていくシジマを見送る。バトルのルールを決めてなかったりと気になる事もあるが、態々水を差す事もないだろう。勝手に良い流れに乗ってくれたのだから、変に邪魔せずに乗せたままにしておけばいい。

 

 ユカイを殴った事に関してもまだ許したつもりはないが我慢は出来る。シジマはもう気にも留めてないだろうが無かった事にする気はない。それを切っ掛けに良い方向に進んでいるのは癪だが、感染症関連で借りがあるかもしれない状況で、いざという時に使える貸しを一つ作れたと思えば悪くないし、鬱憤もバトルにぶつければいい。ポケモンに危害を加えられたのなら、シジマのポケモンにその危害を返してやれば良いだけだ。

 

 

「ユカイ、一番手はお前だ。殴られた借りを返しに行くぞ」

 

「ヴィ!」

 

 

 降ろしていたユカイを引き連れて所定の位置に向かう。既にシジマのプロファイリングも完了した。どういった戦い方をしてくるか断言は出来ないが大まかな好みは分かる。補助技は使うかもしれないが、最後の最後、決定打になる攻撃だけは恐らく真っ向勝負で来る。格闘ポケモンの得手不得手も考慮すれば、状態異常技に拘ったり、遠距離戦に終始するタイプではない。

 

 それならば何も問題は無い。一点に集中できる接近戦、互いの攻撃の回避すら儘ならない高速の肉弾戦は得意分野ど真ん中だ。しかも相手は格闘タイプ、接近戦に秀でている反面、他の状況では実力を発揮出来ない一芸特化が多く、戦い方が読み易い。自分とポケモンの持てるポテンシャルを発揮すれば取りこぼす勝負ではない。

 

 

「準備はいいかぁ!」

 

「いつでも構いません」

 

「勝負は三対三! 交代は好きにしていいがアイテムの使用は禁止だ! 異論はあるか!」

 

「構いません。始めましょう」

 

「よーし! では勝負といくかぁ! ゆけい! チャーレム!」

 

「やるぞユカイ!」

 

「ヴィイイ!」

 

 

 シジマの先発はチャーレム。レベルは50台中盤程で格闘、エスパー複合タイプの人型ポケモンだ。格闘技による近距離戦、エスパー技による遠距離戦、そして豊富な補助技と戦術の幅が広く、ステータスもムラなく平均的、相手が何を出してくるか分からない先発に添えるに相応しい。

 

 しかし今チャーレムを出したのは悪手だ。こちらは既にノーマル、格闘、エスパーを無力化出来るヤミラミを先発にすると宣言していた。それに対してチャーレムを出すなど他に選べるポケモンがいないと言っているようなもの。それは続くポケモンの推察にも繋がる。

 

 

(ユカイ相手にチャーレム……初っ端から切羽詰まってるな。ゴースト弱点のチャーレム出すのが一番マシって事は他は多分ノーマル技か格闘技しか出来ない奴。エビワラー、サワムラー、カポエラー、カイリキー辺りか。エビワラーの三色パンチくらいしか打点がないけど……ん? ならエビワラーでもいいのか……態々ゴースト弱点のチャーレム出すって事はなんか有効打があるのか? シャドーボールくらいか?)

 

「チャーレム! めいそう!」

 

「(やっぱり特殊型か)めいそう!」

 

「かみなりパンチじゃ! ゆけい!」

 

「(物理技?)……下がりながらシャドーボール! 二回!」

 

 

 拳に電気を纏わせながら距離を詰めるチャーレムに対し、ユカイは後方に飛びながらシャドーボールを放つ。かみなりパンチを相殺させる用に一発、攻撃用に一発。シジマの狙いが分からない故に様子見を兼ねて安全策を選択しただけだったがその判断が功を成す。

 

 ユカイが最初に放ったシャドーボールがチャーレムのかみなりパンチに相殺され、それに続く様に放たれたシャドーボールはチャーレムの放った球状の粒子とぶつかり合って相殺。そして相殺時の爆風を利用してチャーレムが距離をとる。

 

 最も対処が面倒な指示外の行動を取る事の出来るポケモンだ。シジマが言葉や仕草でサインを出しているのか、ポケモンが自主的に考えて行動しているのかは判断が付かないが面倒な相手には変わりない。

 

 だが先の行動で相手の狙いが分かったのは僥倖だ。恐らくは奇襲による速攻狙い。近接戦を意識させた上で回避したところを意識外の遠距離技で間合いを狂わせて不意打ち、そのままペースを手放さずに一気に畳み掛ける。そう考えればチャーレムという選出も納得だ。不意を打てる身軽さを持ち、遠近両方の技を使える格闘ポケモンはそうはいない。

 

 

(……シジマの性格で奇襲に頼ったって事は多分正攻法での攻略手段はない。その奇襲も潰せたのはでかいな)

 

「わははは! やはりこの程度は見破るか! 慣れん事はするもんじゃないな!」

 

 

 狙いを外された筈のシジマはと言えば、これが余裕の姿勢を崩さず嬉しそうに笑っている。強がりかとも思ったが、その笑顔、笑い声にも本当に喜色が宿っている。その余裕が不気味で仕方ない。

 

 

(……なんでそんな余裕なんだ? 手の内がバレた上でそれを実現する自信があるのか、他に手があるのか……慣れん事するもんじゃないって言動的に別の手がある感じはするが、シジマの性格的に慣れてるやり方は真正面からの正攻法な気がする……正攻法で勝てる算段があるのか? ……いや、そんな手があるなら奇襲なんてせずに最初からそれをする筈だ……なにがある?)

 

「ゆくぞ!」

 

 

 出方を考えている内に相手が動く。チャーレムが指示外の行動を取れると分かった以上、最早シジマの指示も当てにはならない。チャーレムの一挙手一投足を見て対応する必要がある。

 

 

「(落ち着け、プラスに考えろ。状況はこっちが有利だ)シャドークロー! 両手に維持!」

 

 

 チャーレムが距離を詰める前に迎撃準備を整える。冷静に考えれば戦況は悪くない。ポケモンのレベルとトレーナーの身体能力で勝る自分にとって近距離戦での真っ向勝負は絶好のシチュエーション。普段はこちらが何とかして相手との距離を潰していたが、今回はこちらから距離を詰めずとも、向こうから近づいてきてくれているのだ。相手の得意距離で戦う不安はあるが、多少の策や技量で覆せないだけの能力差がある。恐れる事など無い。

 

 

「れいとうパンチ!」

 

「しゃがめ!」

 

「もう一発!」

 

「右でかち上げ! 左で抉れ!」

 

「足場にして飛べ!」

 

 

 チャーレムが突貫の勢いのまま、ユカイの頭目掛けて冷気を纏った右の拳をフック気味に振るう。ユカイがしゃがんで躱せば、返す刀で高さを調整した左のフック。その二撃目を狙って体制を崩そうとするが、下からアッパー気味に振るったシャドークローの掌を足場にチャーレムが跳躍する。

 

 想像していたよりも隙が少ない。チャーレムの固有能力か格闘タイプの特徴か訓練によるものかは分からないが、技の後隙が短く立て直しが早い。しかし回避するにしても跳躍は悪手だ。

 

 

「シャドーボールで撃ち落とせ!」

 

「エナジーボールだ!」

 

 

 空に跳んだチャーレムに向けてシャドーボールを放つが、チャーレムもエナジーボールでシャドーボールを相殺。そして相殺時の爆風を上手く利用して離れた位置に着地する。

 

 

「チッ(余裕の理由はこれか。強さよりも巧みさを突き詰めたタイプ、相手の強弱に関係なく実力を出せる戦闘スタイルだ。そうなると不意打ちは戦い方を誤認させる為のブラフか? いや多分決まれば儲けもんくらいの感じか。もっとバチバチに殴り合いするかと思って意表を突かれたが、その程度なら幾らでも対処出来る)」

 

「まだまだゆくぞ!」

 

 

 チャーレムが距離を詰めるが、三度も同じ事を繰り返されれば対応も出来る。戦い方を知る為に出方を伺っていたがもう十分だ。

 

 

「フラッシュ!」

 

「目を閉じろ!」

 

「かげぶんしん!」

 

「走れ! まだ正面におる!」

 

「シャドーボール! 地面に叩き付けろ!」

 

「くっ、下がれ!」

 

 

 距離を詰め切られる前にユカイが地面にシャドーボールを叩き付け、周囲に大量の土埃をばら撒く。それに対してシジマもチャーレムを下がらせるように指示を出す。別にこのまま突っ込んで来てくれても良かったが、好戦的な態度を取る割には慎重な戦い方だ。

 

 

「次はこっちから行くぞ! 撹乱しつつ接近!」

 

「受けて立つ! チャーレム! ヨガのポーズだ!」

 

 

 分身と本体を要り混ぜながら接近するユカイに対して、チャーレムは独特のポーズで待ちの姿勢を取る。動き回る相手に不用意に突っ込まず迎撃を選んだらしい。その程度なら予想の範囲内だ。

 

 

「シャドークロー!」

 

「かみなりパンチ!」

 

「掴め!」

 

 

 ユカイのシャドークローを相殺する為にチャーレムがかみなりパンチを放つが、その相殺の瞬間にユカイがチャーレムの拳を掴む。回避か迎撃の二択だったが当たりを選んでくれた。如何に器用に動き回れようが掴んでしまえば関係ない。一、二発攻撃を貰うかもしれないが勝利が拾えるなら安いものだ。

 

 

「甘いわ! 投げじゃ!」

 

「あ?」

 

「蹴り上げろ!」

 

 

 勝利を確信した瞬間、ユカイの体がチャーレムを掴んでいる腕を軸に180度回転、そのまま下になった頭を蹴り上げられ宙に浮く。

 

 嘗てマチスに対してポケモンは人間の格闘技を覚えると伝えた事はある。いずれは自分のポケモンにも格闘技風な動きは教えてみようと思っていた事もある。しかしそれを実践する者がいるとは思わなかった。想定外の動きに反応が遅れる。

 

 

「シャドーボール!」

 

「っ……! パワージェム!」

 

 

 宙に浮いた事を好機と見て追撃が放たれるが、ただでやられる訳にもいかない。攻撃範囲の広いパワージェムで石を撒き、苦しくも迎撃に成功。技の衝突時に発生した爆風に吹き飛ばされ、なんとか距離を取る事も出来た。

 

 だが状況は芳しくない。チャーレムの技量というステータス外の強さの所為で遠距離、近距離共に攻撃を当てる事が困難だ。一度捕まえてしまえばと思っていたが、それも格闘技で対処された。ユカイの身体能力なら適格な指示を出せば対処してくれるだろうが、指示を出すにしても出の早い格闘技相手ではどうしても一拍遅れる。

 

 

(予備動作無しであの変な投げ方は多分合気道系の技術……参るな、柔道とかレスリング系の投げならある程度分かるけど合気道は詳しくない。原理が分かれば対処法も思い付くだろうがどのくらい技のレパートリーがあるかも分からんから対処しても、それを利用した別技に繋げられる可能性もある……どうするか……遠距離は躱される、近距離も拘束が駄目となると、かげうちとかで不意を突くくらいしかないけど普通に対処されそうだ。そうなるとラッキーパンチ狙いになる。動きや攻撃をコントロール出来れば良いけど、動きの制限が得意なのは格闘苦手なドザエモンだし……格闘無効は惜しいけど……変えるか)

 

「わはは! 最初の勢いはどうした! まだ勝負は始まったばかりだぞ!」

 

「(今のはちょっとイラっときたな。悪意は感じないから素なんだろうけど)戻れユカイ。デンチュウお前は自由だ」

 

 

 豪快に笑っているシジマを無視してポケモンを交代する。選ぶのは攻撃範囲を優先してデンチュウだ。幾ら素早くても攻撃を回避出来るスペースが無ければ意味をなさない。相手のメンバーが分かっていない状態で先にポケモンを交代するのは不利だがそうも言っていられない。

 

 

「交代か! 次は何を見せてくれる!」

 

「(一撃で丸焦げにしてやる)じゅうでん!」

 

「ほう……下がれチャーレム!」

 

「(その程度で逃げれると思うな馬鹿が)正面全域! 全力! ほうでん!」

 

 

 デンチュウがその体に溜め込んだ電気を爆発させ、回避する隙間の一切ない無数の電撃がチャーレムを襲う。指向性を持たせた為かやや威力が低い気もするが、レベル100のポケモンが全力で放つ電撃が弱い筈もない。ポケモン一匹を戦闘不能にするには十分な威力だ。

 

 

「まもる!」

 

「(凌がれたけど防御技を使うって事はそうでもしないと避けれないって事だ)じゅうでん!」

 

「エナジーボール!」

 

「消し飛ばせ! ほうでん!」

 

 

 再びの電気の奔流。充電のタイミングを狙って攻撃が飛んできたが、迸る電流は一切勢いを衰えさせぬままエナジーボールを消し飛ばし、チャーレムを巻き込む。逆転の目が出ない様に暫く電気を放ち、脂肪が焦げた嫌な臭いがしてきた辺りで攻撃を止めさせる。

 

 こういう時はポケモンが粒子にしか見えないのは不便だ。攻撃が当たっているのが分かっても様子が分からないので加減に困る。やり過ぎて殺す事はなく、さりとて反撃は出来ないダメージに調整するのが難しい。

 

 

「わははは! 中々どうしてやるじゃないか! 戻れチャーレム!」

 

 

 シジマがチャーレムをボールに戻すのを見て人心地つく。どうやら無事に戦闘不能に出来ていたらしい。しかしなんとか勝ちは拾ったものの内容は酷いものだ。強いだなんだと息巻いておきながら、レベルの劣る相手に翻弄され、最後には何の工夫もない力押しに頼る。ポケモンの強さに頼りきりな自分らしいと言えばらしいが余りにも稚拙だ。

 

 

(倍近いレベル差のポケモンでこのザマ……まあ負けるよりは良いんだけど……ホント嫌になる)

 

「ゆくぞ! キノガッサ!」

 

(……レベルは50台前半くらいだけど……嫌な奴が出て来たな。電気半減だし、一通りの状態異常を網羅してる奴だ。ここまで戦った感じだとシジマのバトル観は真っ向勝負ってよりは奇襲も搦め手も含めて全部出し尽くしてこそって感じだし、絶対状態異常技を使ってくる。毒はまあ良いとしても、キノコのほうしにしびれごな、ねむりごな辺りの状態異常技をどうするか。接近戦とかしたらどさくさで吸わされそうだし、遠距離は確定。それかつくねに交代して速攻……は早計か。まだ相手の三体目を見てない状態でこっちのメンバーを固定したくない……ユカイに交代しても良いが……遠距離戦をするならこのままの方がいいか)

 

 

「じゅうでん!」

 

「つるのむち!」

 

 

 キノガッサ相手に距離を取って戦う事を選択し、まずは電気技の威力を上げるじゅうでんを行う。タイプ相性から言えば半減属性の電気技よりも他タイプの技を使う方が効率は良いが、充電をしておけば電気技でも十分なダメージが出せるようになる。相手の出方が分からない以上、タイプ相性を無視してでも対応の引き出しを増やす方が重要だ。

 

 それに対してキノガッサは腕の位置から蔓を伸ばし、デンチュウの足に巻き付ける。直接攻撃が来るかと思っていたので拍子抜けだが、何か狙っているのが丸分かりなのでこれはこれで怖い。

 

 

「(初手でやるって事はなんかあるんだろうけど何狙いだ? 普通に考えれば拘束か引き寄せ……足を狙って踏ん張り効かないところを引き寄せてそこに状態異常系の粉を浴びせる辺りか?)……シグナルビーム!」

 

「引け!」

 

 

 デンチュウがシグナルビームを放つと同時にキノガッサがデンチュウの足に巻き付いた蔓を引く。引く力が弱かったのか、転倒は避けられたものの足を引かれたデンチュウは体勢を崩し、逸れたシグナルビームは天井に向かう。

 

 

「わはは! 狙いが甘いぞ!」

 

「(……体勢をコントロールして行動を制限するのが目的? チェーンデスマッチみたいなもんか? 確かに攻撃をある程度妨害出来るし、動き回る相手を逃がさない為にも使えはするけど……こっち電気タイプだぞ?)蔓に電気を流し込め!」

 

 

 デンチュウが足に巻かれた蔓に尻尾を絡め電気を流す。そのままダメージが通れば良し、蔓を切られて電気が届かなくても相手の狙いを潰せるなら良しだ。レベル差を活かして、蔓を掴んで振り回す事も考えたが、相手の狙いが分からないので安全策を取る。

 

 

「むっ、振りほどけ!」

 

 

 そんな心配を余所に順調に電気は流れ、キノガッサへと到達。シジマが振り払う様に激を飛ばすがキノガッサが蔓を解いても、その蔓はデンチュウが尻尾で掴んでいる。タイプ相性を考慮して体感時間でチャーレムの倍程の時間、電気を流し続ければキノガッサは数秒の痙攣の後に地面へと倒れた。

 

 自分で仕掛けておいてなんだが、一匹目のチャーレム相手に苦戦しただけに驚きを隠せない。少しばかりのダメージがあれば御の字と思っていたが拍子抜けも良いところだ。

 

 

(効いちゃったよ……電気タイプ相手にそんな事するからにはもう少し対策してると思ったのに。というか自切くらいしろよ。取り外し出来なくてもはっぱカッターとかで切り落とすくらい出来たろ……てかその戦い方するなら、それこそユカイ相手に適任じゃないか? タイプ相性もそうだけどなんで最初にチャーレム出したんだ?)

 

「わはははは! 失敗失敗! 儂とした事がしてやられたわ! 戻れ!」

 

 

 呆気なくキノガッサが倒れたにも関わらず未だシジマは余裕の態度を崩さない。寧ろバトル当初よりも楽しそうにすら見える。相手のポケモンを一匹も倒す事無く二匹のポケモンを失い、その内の一匹は何も出来ずに負けている者の態度ではない。心底気味が悪い。

 

 

(なんなんだろうこいつ……負けてる癖にヘラヘラヘラヘラ余裕こいて、最後の一匹にそんなに自信があんのか? ラストは誰だ?)

 

「まだまだ負けやせん! ニョロボン! ゆけい!」

 

 

 シジマの出す最後のポケモンを観察する。口上通り出てきたポケモンはニョロボンだ。球体から筋肉質な手足が生えた様な形状で身長は凡そ1.5m、色を見る限りレベルは60弱と他二匹に比べて若干高い。形状は人とかけ離れているが、腕や脚のパーツだけを見れば人に近い為、チャーレムの様に人間の格闘技も使用出来るだろう。

 

 

(カポエラーじゃなかったか……デンチュウ相手に水タイプって事は相当自信があるんだろうが何してくる? ……水、格闘……あんまり有効打は思い付かん。遠距離の水技は躱すし、格闘狙いで近づいて来たら丸焦げにすればいいしであんまり問題は無さそうなんだけど……)

 

「じゅうでん!」

 

「ハイドロポンプ!」

 

 

 補助技の隙を突いたニョロボンが地面に向けてハイドロポンプを放つ。一瞬何をしているのか分からなかったが、大量の水がステージの表面を覆い、自分の足元にまで伸びてきたところでその狙いを理解する。

 

 電気技を使用すれば水を伝って自分とシジマにまで電気が届く状況を作られてしまった。電気の使用を制限する手段として有効であるのは認めるが気に入らない。こうなる前に速攻で仕留めてしまうべきだった。

 

 

「(そういう事すんだ……俺に言う資格は無いけど勝つ為とはいえトレーナーを巻き込むやり方されんのはどうも嫌いだな。ちょっと痛い目見てもらおう)すぅ……ふっ!」

 

「なに!?」

 

 

 軽く息を吸って全力で跳躍する。同レベルのポケモンに比べれば遥かに弱くともレベル100の限界を超えたポケモンの力は伊達ではない。天井まで10mは在ろうかという高さがあったが、全力を出せば十分に届く距離だ。跳躍の勢いのまま天井に腕を突き入れ、手探りで天井のパネルを支えている支柱を探して掴み、天井にぶら下がったままステージを見下ろす。グレーゾーンだがトレーナーの所定位置の範囲から出ている訳ではないのでルール的にも反則にはならないだろう。

 

 明らかに人の限界を超えた動きを見せる事になるが今更だ。既にハヤトにポケモンを生身で制圧する姿を見せているし、シジマに投げる石を確保する為に岩を素手で砕く姿も見られている。それにこの世界ならこのくらいの芸当は個人の特殊能力として認められる。超能力を扱うナツメや明らかに人間の限界を超えた動きをするアンズが良い例だ。

 

 

「チッ(俺の所まで水は来てるけどシジマの所には水が行ってない。狙ったのか偶然か知らないが残念だ。あいつにも電気喰らわせたかったのに……いや、前向きに考えよう。手加減の必要が無い分楽で良い)……全力! ほうでん!」

 

「下がれ! 避けるんだ!」

 

「っ……止め!」

 

 

 シジマの指示に反応したニョロボンが放電の効果範囲外に逃げる為にバックステップで大きく下がる。本来であればその程度で避けられる程デンチュウの本気の攻撃は甘くないが位置が悪い。ニョロボンの逃げた先はシジマとの距離が近く、迂闊に攻撃範囲を拡げてはシジマにまで攻撃が届きかねない。軽いでんきショック程度ならまだしも、じゅうでんで威力を高めた全力のほうでんに人間を巻き込めば良くて重症、悪ければ死亡も有り得る。そこまでのリスクは冒せない。

 

 

「(戦略っちゃ戦略なんだけどやり口が小物臭い。チャーレムがピークだったな)じゅうでん!」

 

「バブルこうせん!」

 

「ほうでんで消し飛ばせ!」

 

「何度も同じ手が通用すると思うな! みずのはどう!」

 

「しゃがんで床に電気を流せ!」

 

「跳ぶんだ!」

 

「撃ち落とせ! かみなり!」

 

「下にハイドロポンプ! 飛べ!」

 

 

 天井にぶら下がったままデンチュウとニョロボンの技の応酬を観察する。たった数合のやり取りでも十分なヒントだ。ニョロボンの技の使用タイミングは技の後隙を狙った攻撃か緊急回避のみ、どれもその後の展開に繋がらないその場しのぎの動きばかりだ。戦いの構成の拙さを見るに、近距離で戦いたいが迂闊には近寄る事が出来ず状況を打破する手段も無いから渋々慣れない遠距離戦に徹しているというのが妥当な線だろう。

 

 この場合の選択肢は二つ。一つはこのままデンチュウで力押しする事。ここまでの対応を見る限りでは最も無難な選択肢だ。シジマに状況を打破する手段が無い事が前提になるが、その場しのぎしか出来ないのなら現状を維持するだけでそう遠くない内に対応しきれなくなって破綻する。隠し玉が無いのであれば無理に冒険せずに慎重に追い詰めていくだけで、いずれは勝利する事が出来るだろう。

 

 二つ目はポケモンの入れ替え。現状でニョロボンに有効な攻撃手段はない様に思えるが、距離を詰める事が出来ず攻撃に身が入ってないという事は即座に撤退する姿勢が整っている事と同義だ。そんな状態のニョロボンと遠距離攻撃主体で動きが速い方ではないデンチュウとのバトルは必然的に長引き、予期せぬ攻撃を喰らう事も有り得る。ラッキーパンチを警戒するなら選択肢として十分に有りだ。

 

 

(どうかな……このまんまやっても負け筋はなさそうだけど、なんかこのまま終わる感じがしない。ジムリーダーならこんな状況を打破する為の隠し玉の一つくらい持ってても可笑しくないし……そういや格闘タイプの技全然使ってないな……デンチュウを失いたくないし一旦交代して様子見する方がいいか。でも他に変えるとしたら誰でいくか。こっちが戦い易いステージを形成するならドザエモンだけどタイプ相性が最悪だから駄目。格闘無効で素早いユカイもありだけどチャーレムの時みたいな技術で翻弄されるとちょっとキツイ。そうなるとタイプ相性が良くて、スピードもあるつくねなんだけど……最後の一枠だからな。相手のやり口次第ではドザエモンで環境を整えてユカイで潰すとかも……いや、ないな。水四倍の格闘二倍は流石に選択肢に入れるにはきつ過ぎる……やっぱりつくねか……格闘半減だけど一応無効じゃないし、相手の出方を見る分には悪くない。駄目でも手の内さえ分かれば、デンチュウでしとめられる……良し)

 

 

 天井に差し込んでいた腕の一本を離して腰に付けたボールを手に取る。地上にいる時には何気なく出来ていたこれだけの動作が空中だと非常にやりにくい。

 

 

「戻れデンチュウ!」

 

 

 そしてここからが本番だ。デンチュウを戻したボールを仕舞い、代わりにつくねのボールを手に取る。そして覚悟を決め、天井に差し込んでいた手を放して落下する。正直怖い。跳んだ時は深く考えてなかったし、バトルを見ている時も俯瞰視点で眺めている位の感覚だったが、いざ降りようと思うと10mという高さは心にくる。

 

 正直に言えば未だにデンチュウで力押しするか迷うくらいには怖い。だが早いか遅いかの違いはあれど、いずれは降りなければならないのも事実。それならバトルが終わって冷静になった後よりも、バトル中の軽い興奮状態にある方が少しだけマシだ。そうでも思わなければ怖くて降りられなくなる。

 

 落下が始まると同時に真下に向けてボールを投げ、つくねを出す。受け止めて貰う為だ。身体能力的には耐えられそうな気もするが、着地に失敗して自らの判断で足でも折る様な阿呆にはなりたくない。バトル中のポケモンとトレーナーの接触はルール的にちょっと危ない気もするが、シジマならその様な細かい事で勝負を止めないと信じる事にする。

 

 

「つくね! お前は自由だ! 受け止めろ!」

 

 

 指示を受けたつくねの行動は早い。三本の頭を少し下げて胴を上げ、僅かに膝を曲げる。飛んで掴んでくれるのを想像していたが、クッションとして落下の衝撃を受け止める事を選んだらしい。

 

 一瞬バウンドして怪我をするんじゃないかと思ったがその考えは即座に捨てる。ポケモンは命令に忠実だ。受け止めろと命令すれば受け止める為に全力を尽くす。例外は命令を遂行するのに能力が不足している場合だけだが、つくねに限ってそんな失態はありえない。

 

 

「う゛っ……っ……!」

 

 

 そのまま落ちてくるのを待っているつくねの上に落下。バウンドしないようにと少し足を開いて跨る様に落下したが、つくねが膝を使って上手く衝撃を逃がしてくれたらしく想定より衝撃は弱い。だが打ちどころが悪かった。尻から男の大事な部分に突き抜けてくる衝撃に息が詰まる。

 

 しかし我慢だ。同じ男なら事情を話せば少し位の中断を認めてくれそうだが、こちらにだってプライドがある。自分で天井に飛んで自分で降りておいて、金玉が痛いんで少し待ってくださいとは流石に言えない。腹の中を直接締め付けられる様な痛みを何とか堪え、バトルを再開しなければならない。

 

 

「っはぁ……ありがとうつくね……ってぇな……」

 

 

 前のめりの姿勢のまま下腹部を抑えてシジマに目を向けるが、特に動きはない。有難い事に待ってくれているらしい。落下途中や着地の瞬間にトレーナー共々攻撃するような真似はしないにしても、その間に補助技の一つや二つ使われる位は覚悟していたが、そういう手は嫌いなのだろう。

 

 実際にその手の事をされたらぶちぎれると思うが、しないならしないで甘いなと思ってしまう。だが待ってくれるならそちらの方が有難い。つくねから降りて痛みに耐えながら軽い跳躍を繰り返す。一説によるとこの行動に意味はないらしいが気持ちの問題だ。何度か跳躍している内に少しづつ痛みが治まって来た気がする。

 

 

「すいませんね。お待たせして」

 

「わはは! なーに気にするな! 面白いものを見せて貰ったからな! まさかあれ程の高さを跳ぶ様な者がおるとは思わなんだ! 儂も鍛えておるつもりだったがどうやらまだまだ鍛錬が足りんかったようだわい!」

 

「(気を遣わせない為の建前か? まあ、いいかなんでも)いえいえ、それでも待ってくれて有難かったです」

 

「ではそろそろいかせてもらおう! ニョロボン! バブルこうせん!」

 

「走れ! そのままこうそくいどう!」

 

 

 ニョロボンの放つ泡を走って躱し、こうそくいどうで更に速度を上げる。リアルなバトルでのこうそくいどうは使い勝手の良い攻防一体の技だ。速度を上げる事で攻撃のチャンスを増やし、回避率と体当たりの様な質量攻撃の威力も上がる。

 

 

「まだまだ! バブルこうせん!」

 

「足を止めるな! こうそくいどう!」

 

「軌道を読め! 相手の動く先を見極めろ! バブルこうせん!」

 

 

 つくねは攻撃を回避しながらもこうそくいどうを重ねる事で着実に速度を上げていく。それに対してニョロボンはと言えば、シジマの指示に従い只管にバブルこうせんを連射してステージに泡を撒き散らしている。攻撃速度の緩急も付けずに一つの技を連発、しかもそれが攻撃速度の遅く、攻撃範囲も広くないバブルこうせんともなれば何かを狙っている事は丸分かりだ。

 

 そしてその狙いも目の前で出来上がりつつある光景を見れば予想は付く。一定の距離を進んで勢いを失ったバブルこうせんは、一部割れて消えているものもあるが大半は泡の形を残したままシャボン玉の様にステージの中空に浮かんでいる。そしてその数はニョロボンがバブルこうせんを放つ度に数を増していく。他の技を使用せずに態々掠りもしないバブルこうせんを連発する理由など、今目の前に広がっている環境を作る以外に考えられない。

 

 

(……つくねの動きを見切れなくて牽制で撃ってるにしてはワンパターン過ぎるし、技のチョイスも微妙。見た感じだと泡で周囲を囲って逃げ場を奪うか目くらましのどっちか、若しくはその両方だな。となると場が出来上がってきたら接近戦か? 半端にハイドロポンプでも撃とうもんなら折角の泡が消えるし。ニョロボン自身の動きも阻害されそうだけど肉弾戦するレベルで近づくなら有りか? ……まあスピードタイプのつくねの行動阻害を優先するなら全然有りか……本当にこれだったらつくねは相性悪いな。それならデンチュウのまんまで良かった。あいつなら放電で全部消し飛ばせたのに考え過ぎて勿体ない事したな……一応ちょっと確認だけしとこう)

 

「スピードスター! 泡を狙え!」

 

「ハイドロポンプで相殺しろ!」

 

 

 浮かんだ泡の密集地に向かうスピードスターが横手から放たれたハイドロポンプに掻き消される。別に構わない。泡を守る行動を取った時点で、シジマの作戦に泡が必要な事は確定。それが分かっただけで十分だ。

 

 

「(やっぱりな。ちょっと見にくいが、まあ見えない程じゃない。これ以上泡を撒かれる前にやるか)そらをとぶ! 的を絞らせるな! 一気にキメるぞ!」

 

「むっ! ビルドアップだ!」

 

 

 つくねが空に駆け上がるのと同時にニョロボンが泡を撒く手を止め、ビルドアップで攻防を上昇させる。補助技の選択から見て迎撃に使う技は十中八九物理技。防御を上げているのは迎撃に失敗した時の為の保険か相打ちの危険がある程の近距離で対応する為のどちらかだろう。

 

 だが何をしようと無駄な事だ。圧倒的速度で突っ込めばどんな対応も無駄になる。遠距離技だろうが近距離技だろうが、圧倒的速度で突っ込めば力尽くで押し切る事が可能だ。

 

 

「全力で突っ込め! ドリルくちばし!」

 

「掛かったな! さいみんじゅつ!」

 

「(はぁ?!)避けろ!」

 

 

 ニョロボンの腹から波紋の様に広がる催眠効果を持った光の輪が放たれる。走り回っていた勢いそのままに攻撃に移ったつくねは既に完全な攻撃態勢に移行している。間に合う筈もなく、光を浴びたつくねは眠りにつく。だが眠りにつくだけで勢いが死ぬ事はなく、突撃の勢いそのままに地面に叩き付けられ嫌な音が響く。最悪の展開だ。

 

 

「戻れ!」

 

 

 地面に叩き付けられ姿を見て、咄嗟につくねをボールに戻す。全身が変な方向に曲がっていた様に見えたが、ボールに戻した時には体に粒子の色は残っていた。どんな負傷であっても一度ボールに入れてしまえば問題は起こらない。

 

 だが気分は最低だ。つくねが何も出来ずに倒された事もそうだが、シジマの対応を見誤ったという事実が最も気分を苛立たせる。考えれば分かる事だ。対戦相手が力に任せて突貫してきたとしてもそれに応じる義務はない。相手が捨て身同然に突っ込んでくるなら状態異常で撹乱してしまう方が効率が良い。そんな簡単な事すら頭から抜けていた。

 

 そんな状態になっていた自分が本気で嫌になる。今まで自爆するような相手を散々嘲笑って生きて来た。だが今は自分がその愚かな人間に成り果てている。場の雰囲気に飲まれ、相手の性格を見誤り、真っ向勝負を仕掛ければ必ず応じてくるだろうと過信して自爆した。

 

 こうならない様に気付くヒントも少なくなかった。シジマは真っ向勝負だけを肯定している訳ではなく、奇襲も搦め手も含めた全てを肯定していると判断したのは自分だ。冷静に考えればそんな相手が突貫なんていう絶好の隙を見逃す筈もない。一体自分は何を見て、どういう思考で、どんな判断をしていたのか、自分ですら理解出来ない。

 

 

「わはははは! 心意気は悪くないがまだまだ青いな!」

 

「はぁ~……チッ……チッ……ふぅ……んふっ」

 

 

 シジマが何か言っているが気にする余裕はない。気分がごちゃごちゃになってつい溜息を吐いてしまう。だがそれでも頭は回る。打開策は直ぐに思い付くが、これがまた酷い。一匹目のチャーレムを倒した時と全く同じ、デンチュウによる広範囲攻撃での制圧だ。能力で劣っていた筈の相手に翻弄された挙句に、思考も工夫も何も無い力押しに頼る。ここまで酷いと一周回って笑えてくる。

 

 だが笑える感情と一緒に少しだけ泣いてしまいそうな感情もある。悲しくも悔しくも無いのに目頭が熱くなる。どんな感情なのか自分でもよく分からないが、カッと爆発するような感情も沸々と湧くような感情も無く、ただ言葉に出来ない感情が何処からともなく現れる。今までに経験したことがある様な無い様な不思議な気分だが心地の良いもので無い。

 

 そんな訳の分からない感情が溢れて来れば苛立ちもする。最早全てが気に入らない。思い通りに動かない対戦相手、思考をそのまま戦いに反映出来ない自分の指示、どんどん気分を貶めていく思考、キラキラと光を乱反射して目を焼く泡、何もかもを壊してリセットしてしまいたい。溜息を飲み下し、憂鬱になっていく思考を押し殺してバトルだけに意識を向ける。

 

 

「(なんかもうどうでもいいや……)デンチュウお前は自由だ」

 

「ハイドロポンプ!」

 

 

 考える事を放棄してデンチュウを出した瞬間にニョロボンからいきなりの速攻。正しい判断だ。デンチュウが攻撃に移れば反撃する余裕はなくなり、折角撒いた泡も全て消える事になる。自分の攻撃で多少の泡を消してでも出てきた瞬間に潰すのが最適だ。だがそんなことはさせない。

 

 

「チャージビームで相殺」

 

「きあいだまだ!」

 

「きあいだまで相殺」

 

「いわなだれ!」

 

「パワージェムで相殺」

 

 

 ニョロボンから間髪入れずに飛んでくる遠距離攻撃を全て潰していく。まだ精神が落ち着いてないが迎撃をするだけなら頭を使う必要は無いから楽で良い。エネルギー系の攻撃にはエネルギー系の攻撃、質量系の攻撃には質量系の攻撃で返すだけだ。

 

 

「むぅ! ニョロボン! 覚悟を決めろ! 飛び込め!」

 

「(馬鹿が)目標正面、ほうでん」

 

 

 遠距離攻撃では埒が明かないと判断したのか、腕をクロスさせて胴体を守る体勢を取ったニョロボンが飛び込んで来る。一撃入れれば突破口が見えるとでも思っているのだろうが自殺行為だ。

 

 

「まもる!」

 

「(技で耐えながら少しづつ距離を詰める? 出来ると思ってんのか?)かみなり」

 

「躱せ!」

 

「ほうでん」

 

「あなをほる!」

 

「(それもあったな)かみなりパンチ。出てきたら相打ちで良いからぶん殴ってやれ」

 

 

 地中に潜ったニョロボンの発する音に耳を澄ます。デンチュウのかみなりパンチの電気がバチバチと五月蠅いが、地中を掘り進む音との聞き分けくらいは出来る。判断基準が音の大きさだけなので直線距離しか測れず、深い位置にいるのか、離れた位置にいるのかの判断は付かないが出てくる瞬間を判別する材料にはなる。

 

 

(? 音が小さくなってる?)

 

「バブルこうせん!」

 

 

 唐突にデンチュウを大量の泡が襲う。徐々に聞こえてくる音が小さくなっていく事に違和感を感じている隙を突かれた。咄嗟に攻撃が飛んできたであろう方向に目を向けるが、光を乱反射する泡が邪魔でニョロボンの姿は見えない。てっきり穴を掘って距離を詰めてくると思っていたが、逆に距離を取って泡の陰に出てきたらしい。

 

 

「(先に泡を全部消すべきだったか)範囲ステージ全域、ほうでん」

 

「あなをほる!」

 

 

 デンチュウから放たれるほうでんがステージの中空に残っていた泡を消し飛ばしていく。あわよくばニョロボン諸共攻撃するつもりだったが、泡が晴れて見通しが良くなったステージには既にニョロボンの姿は無い。感覚を研ぎ澄ますが、ほうでんで発生した音と衝撃が大きすぎて、地中の音も振動も感じ取る事が出来ない。

 

 

「(どうせ次は足下だろ。今度は隠れる場所もないんだから)足の下、かみなりパンチ」

 

「いかん! 止まれ! ニョロボン!」

 

 

 デンチュウの足下の地面が盛り上がりニョロボンが飛び出すと同時にデンチュウのかみなりパンチが振り下ろされる。地面から飛び出そうとするニョロボンの頭にデンチュウのかみなりパンチが直撃し、僅かに見せた姿を再び地面の中へと消す。

 

 シジマも慌てて指示を撤回したようだが既に修正不可能な段階だったのだろう。よく考えればこのバトルでシジマが焦っているのを見たのは初めてな気がする。ここまで相手の動きに合わせて対応を指示していたので先手を取られた事に驚きがあったのかもしれない。

 

 

「(このまま死ね)十万ボルト」

 

「っ! ばくれつパンチ!」

 

 

 ニョロボンが掘り進んできた穴に突っ込んだデンチュウの腕に一瞬スパークが立ち上がり、轟音と共に可視化された幾筋もの電流が迸る。シジマも反撃を指示したようだがこちらの方が速い。

 

 先程のかみなりパンチで戦闘不能になっている保証も無いのに手心を加える様な真似はしない。やるなら徹底的にやる。散々煮え湯を飲まされてきたのだから心情的にも手心なんて加えられる筈が無い。

 

 

「(終わりかな?)……デンチュウ、引き揚げてやれ」

 

 数秒続いた電気の奔流が終われば辺りに静寂が満ちる。当てた攻撃はかみなりパンチと十万ボルトの二発だけだが、レベル差と属性相性を考えれば戦闘不能にするには十分だろう。

 

 十中八九バトルが終わったと思いながらも警戒だけは残しておく。シジマの指示した反撃が飛んでこないところを見るに戦闘不能にはなっているだろうが油断は出来ない。電気技の影響で麻痺して動けなくなっているだけで急に攻撃が飛んでくる可能性だってある。

 

 デンチュウがニョロボンを埋め込んだ穴に手を突っ込む。暫く何かしていたが存外深い位置にまでニョロボンが落ちていたのか、手が届かなかったようで一度手を引き抜き、尻尾を差し込んで穴の中からニョロボンを引き摺り出す。

 

 穴から引き揚げられたニョロボンは粒子の色を体に残しているが色がやや薄い。多少ダメージを受けたくらいで色が薄くなったりしないのでかなりギリギリの状態なのだろう。恐らくだがもう少し放置すれば本格的な死を迎えるくらいのダメージだ。この分だとかみなりパンチの時点で戦闘不能になっていた可能性が高い。

 

 

「放してやれ」

 

「ニョロボン! 戻れ!」

 

 

 デンチュウが尻尾を放せば、ニョロボンが地面に落ちるよりも早くシジマがボールに戻す。危険な状態だという事は理解出来ているのだろう。判断が速い様で何よりだ。

 

 そしてこれで漸くバトルも終了だ。苦戦する要素のないバトルだった筈が蓋を開けば大苦戦だ。レベル差はもとより、タイプ相性や戦い方の相性もこちらに有利だったにも関わらずこの体たらく。振り返ってみれば褒める要素の一つもない最低のバトルだった。

 

 

「うーむ 儂が負けるとは……こりゃ まいった! よーしっ! このショックバッジはやろう! 持って行け!」

 

(確かに勝ちはしたけども……てか凄いなこいつ。負けた割にマイナス方面の感情が全く感じられない。切り替えが早いって感じでもないし、勝敗に重きを置いてないのか? それかバトルには負けたけど内容的には勝ってるみたいな皮肉……は違うな。そういう印象は無いし、やっぱり勝敗はどうでも良いみたいな……あぁ、あれか。自分の力が確認出来れば勝敗に拘らない奴か。勝っても負けても良き経験、バトルだけじゃなくて人生全てが訓練やら修行って認識してるタイプ。そういやバトル前に俺に組み伏せられた時もそんなだった。そりゃ勝敗に興味がないんだから勝負中に追い込まれても余裕を失わない筈だわ。闘技者と言うよりは修行僧とかに近い感じだな)

 

 

 バトルに負けたばかりだと言うのに豪快に笑っているシジマを観察し、改めて評価を下す。今は人を見る目に自信が無いが、シジマの行動の傾向から考えれば大きく外してはいないだろう。

 

 しかし、この後の事を考えると頭が痛い。あれだけ好き放題されておいて一体どの面下げてアドバイスしろと言うのか。仕事と割り切って適当なアドバイスを送る事は出来ないでもないが、アドバイスというのはどんな事を言ったかよりも誰が言ったかが重要になる。全く同じ内容を言うにしてもポケモンに触れた事のないド素人とチャンピオンでは言葉の重みが違う。バトルの勝者と敗者も同じだ。

 

 一応指導員としての権力は持っているが、説得力を持たせる為には実力を認めさせなければならなかった。強さを見せてジムリーダーや四天王以外にまだ知らぬ格上がいるという自覚を与える事も自分の仕事の一環だ。今回はその職務を果たせなかった。最近こんな事ばかりだ。

 

 

「申し訳ないですが受け取れません。今日の勝負は酷いものでした。それに別にジム挑戦に来た訳でもないですし」

 

「気にするな! 遠慮せずに持ってけ!」

 

「すいません……ご厚意は有難いですが……」

 

「わはは! 謙虚なのは良いがそうはいかんぞ! ジムリーダーは認めたトレーナーにバッジを渡さねばならん! そしてお前は儂に勝ったんだ! 儂に勝ったお前を認めんわけにはいかんからな!」

 

「はぁ……」

 

「そういう訳で持って行け! 要らんと言ってもやるからな!」

 

「じゃあ、まあ、そこまで言うんでしたら……」

 

「それで良い! お前は儂より強いと証明した! もっと胸を張れい!」

 

「どうも……」

 

「ふむ、どうやら力の有り方に悩んでおるようだな!」

 

 

 核心を突かれ一瞬ドキッっとする。とはいえ一瞬だけで即座に精神を立て直す。これが何の情報も無い状態で言い当てられたものならシジマの洞察力に警戒が必要になるが、今の自分は散々醜態を晒して精神が弱り、分かり易くなっている状態。誰が見ても一目瞭然とまではいかなくても、人の状態を見る事を少しでも齧った者にバレるのは可笑しな事ではない。

 

 

「……ええ、まあそうですね」

 

「わはははは! 良い事だ! 存分に悩むと良い! それは今の自分に納得しておらん証拠だ! 儂とてこの歳で未だ悩みは尽きんからな!」

 

「そんなもんですかね?」

 

「そうだとも! 今に満足しとる者は悩み等抱かん! 悩みとは己への不満! その悩みを忘れん限り、お前はまだまだ強くなるだろうな!」

 

「……覚えておきます」

 

「うむ! 素直なのは良い事だ! お前は良いな! 素直で向上心があり、地頭も悪くない! 強くなれる要素に溢れておる! 将来が楽しみだ!」

 

 

 手放しで褒められれば悪い気はしないが、どうしても素直に受け止められない。だが言いたいことは分かる。シジマの様な生きていて為す事全てが鍛錬という人間の目線からすれば、弱いというのは伸び代があるという事と同義なのだろう。きっとどれだけ弱くてもその現状に不満を抱いて強くなろうとする人間には同じ様な事を言って回っている筈だ。

 

 しかし先程のバトルの酷さを見た上でその評価を下されても皮肉にしか聞こえない。こちらは既に完成された強さのポケモンを持っている。その上で伸び代があると判断されたのなら、それはトレーナーは弱いから強くなれと言われているようなものだ。そこまで考えて発言している訳ではないだろうが、意図的にはそういうことになる。

 

 

「どうも……それでですね、本来なら少し時間を貰ってアドバイスをするのが私の仕事なんですが、ちょっと……そうですね、明日まで待ってもらえないですか? 明日が都合悪いなら明後日とかでも良いんですが」

 

「別に構わんとも! しかしアドバイスは楽しみにしておるぞ! 最近は人からものを教わる事もめっきり減ってしまってな!」

 

「そうですか。まあご期待に添えるかどうかは分かりませんが私に出来る限りの事はさせてもらいます」

 

「わはははは! では楽しみにさせてもらおうか! 明日ならいつ来てくれても構わんからな!」

 

「分かりました。では申し訳ないですが今日のところは失礼させて貰います。ポケモン達も早く回復してやりたいので」

 

「おう! また明日会おう!」

 

 

 軽く一礼をしてからシジマと別れ、ジムを出る時にも一礼をしておく。対戦相手への敬意とは別に対戦場所となった場所にも敬意を表す。実際に場所に対して敬意を持っている訳ではないのでなんとなしにした行為だが、シジマみたいなタイプには受けが良い気がする。

 

 ジムを出てみれば未だ日は頂点に輝いている。感覚的には結構時間が経ったと思っていたが、まだ昼過ぎにしかなっていない。明日までの時間をどうすれば有意義に使えるかを考える必要がある。

 

 

(なんだかなぁ……気分が最悪だから一日置こうと思ったけど、勿体ぶったみたいになって期待度上がっちゃったよ。どうしよっか……いや、今はまず気分の立て直しかな。この気分を引き摺ったままってのは流石にちょっと不味い。気分転換に使える様な趣味でもあれば良かったけど特に何も思いつかないし……寝たら治るか? ……多分無理だ。どっかで発散しないとまたぶり返すタイプのやつだ。溜め込んだ不満が堪えられなくなった時のに似てる気がする……そん時どうやったかな。確か仕事辞めて暫く遊び回ってたらいつのまにか治ってたと思うけど……流石に辞めれる仕事じゃないしな……そうなると何が出来るか。睡眠欲、食欲、性欲……はどれもこれって感じじゃない。次点は何だ? 運動、娯楽、金銭辺りか? そんなもんで気分が立て直せるか?)

 

 

 頭の中で考え事をしながら歩を進めるが、いつにもまして思考が纏まらず、目的が決められない。目的が決まらなければ行動する事も出来ない。目的が決まらないなりに出来る事をしなければと分かってはいても結局は何をしても無駄に終わりそうな気さえしてくる。思考停止してこのまま不貞寝でもしてしまえば楽かもしれないが、それはそれで嫌な予感がする。

 

 

(そもそも何だ? 何が原因でこんなに鬱になってるんだ? 今日の失態は只の切っ掛け。なら元になる原因がある筈だ。いつからだ? 表面化し始めたのは多分ミカンの所為でアサギシティに留められてる間だからその間の何かか? ……居たくもない町に拘束されて自由な時間が無くなったから……いや、それならカントーにいる間と同じだけどカントーにいる時にはもう少し余裕があった。やっぱりミカンの依頼が原因か? あれで命を懸ける羽目になったストレス? これか?)

 

 

 答えの出ない問い掛けを繰り返しながら歩いていると、気付けば町外れまで歩いていた。人通りは殆ど無く、道端で遊ぶ者もいない。聞こえる音といえば風に揺れる草木の音だけ。あと数歩も歩けば町を出て森に入る様な環境だ。

 

 だが思考は一歩前進した。問題の根幹を断つ為に原因を探るのは当たり前の事だ。そんな当たり前の事にも気付けなかった事実にも気付かず、働かない頭でまた思考を巡らせる。

 

 




主人公を強くし過ぎると対戦相手の見せ場が無くなる問題。
かといって意味も無くジムリーダーを強くは出来ないし、理不尽に主人公を弱体化させたくもないしで結局精神的に弱らせる事に。


捕捉:シジマのポケモン達

チャーレム:レベルの高い器用貧乏。ただそれだけなのだが、どんな状況にも対応出来て、こうすれば倒せるという最適解がない為、誠みたいに戦いに最適解を求める人からすればやりにくい相手。遠距離技は身軽さで躱すし、近距離になると合気とかしてくるしで、実際に相手にするとレベル以上に厄介な相手。

キノガッサ。見せ場なく退場させられたが、こと厄介さで云えば断トツのトップ。足に繋いだつるのムチを上手く使って攻防様々な妨害をしてくる。遠距離技を使えば的を外す様にバランスを崩され、近距離技を使おうとすれば攻撃に力がのらないように足を掬われ、攻撃を躱したり逃げたりしようとすればさせじと引っ張り込まれる。腕は短いけど蔓を器用に使ってチャーレム同様に合気的な格闘技も出来る上に粉技も完備なので近接に持ち込まれると普通に負ける。ユカイやつくねの様なスピードタイプに強いので、デンチュウ以外の誰かで挑んでたら多分二匹くらい落とされてた。

ニョロボン。相性問題で移動砲台と化したポケモン。本来はバブルこうせんで泡をバラ撒いてから、泡に紛れてゲリラ的な近距離戦を挑んでくる。例に漏れず人間の格闘技も使えるので一度近づかれると思うようにダメージを与えられず押し負ける。特性は貯水、自分で蒔いたバブルこうせんに突っ込めば体力を回復出来るので持久戦も出来た。なのでバブルこうせんは目眩しであり回復薬であり檻の三つの役割を持っている。本当は強いのだが、泡を消し飛ばし、近寄る事も出来ないデンチュウはタイプ相性を抜きにしても相性が悪過ぎた。

誠はシジマにやりたい放題させたと思っているが、シジマのポケモンは基本的に近距離が得意になる様な育て方をしてるので、デンチュウが出た時点で割とやりたい事を潰せてたりする。


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晴れる人

どうもお久しぶり&あけましておめでとうございます。
一年以上更新を開けてしまいましたが私は元気です。
昨年サボってしまった分今年は書かないとなと思いながらぼちぼちやっていくことにします。


 草木も眠る丑三つ時、タンバシティとサファリゾーンの半ばに位置する48番道路の森の中。そこには抉れた地面にへし折れた木々や砕かれた岩が散乱している。まるでハリケーンが通った後の様な大惨事だが、これらは全て一人の人間によって生み出された痕跡だ。

 

 

「クッソがァアアアアァア!!」

 

 

 誠の振り回した腕がか細い木々に触れる。太くも細くもない腕は見た目からは想像も出来ない破壊力を持ち、触れた木々を粉砕する。拳に擦ったようなヒリヒリとした痛みを感じるが、傷が出来るどころか赤く変色してもいない。

 

 

「アァァアアア! ッラァ!」

 

 

 一際太い巨木に前蹴りが突き刺さる。体重も碌に掛かっていない雑な姿勢から放たれた前蹴りはその脚力だけで幹の半分程まで届く靴型の陥没を刻む。

 

 一撃で折れなかった木に苛立ちを抱き、服が汚れる事も関係なく幹に腕を回して力を籠める。圧力に耐えかねた幹がメリメリと音を立てながら陥没していき、幹の太さが半分程になる頃に捩じ切れて地面へと倒れる。

 

 こうも暴れていれば当然付近に生息するポケモンも黙ってはいない。住処を荒らされた報復とばかりに倒れた木からクヌギダマが飛び出す。

 

 

「邪魔じゃボケェ!」

 

 

 誠に向けて飛びだしたクヌギダマは即座に蹴り飛ばされ、その視界から姿を消す。誠が森の中で出会ったポケモンは、その全てが蹴りや突きの被害を受け、そこかしこに転がっている。誠にとって48番道路に生息するレベル20前後のポケモンなど最早脅威にはならない。

 

 

「はっ、はっ、はっ……!」

 

 

 手を止めて呼吸を整えながら周囲を見渡すが半径5m程の範囲にあるめぼしい物は既に破壊されている。岩も木も砕けて飛び散り、誠の目線より高いものは一つも残っていない。

 

 どれだけの時間暴れまわったか正確には分からないが短い時間ではない事は確かだ。だがそれだけ体を動かしたにも関わらず、息が乱れるだけで疲れはない。やろうと思えば一晩中でも続けることができるだろう。

 

 

「ふっ、ふっ、ふぅっ……ふぅー……チッ……」

 

 

 浅い呼吸で息を整え、最後に深い呼吸と共に体に溜まった熱を吐き出す。この作業をじっくり時間を掛けて繰り返し精神を落ち着かせる。火照った心を強制的に鎮火する事は出来るが、無理矢理感情を押さえつけてしまっては熱が残る。

 

 それを繰り返せば抑圧された火種が燻り続け精神が乱れ、感情が制御できなくなってしまう。だからこそ多少無駄な時間を使ってでも、自然に落ち着くまで呼吸を繰り返す。

 

 何故こんな事をしているのか。それは昨日のシジマ戦の後にまで遡る。バトルを終え、不満の原因を探る事を思い付いてから、たっぷりと時間を掛けて過去を整理した。

 何時から自分がおかしくなっていったのか、何処から精神が不安定になっていったのか、その起点となる原因を探る為に自分を振り返った結果、候補を導き出す事が出来た。

 

 まずおかしくなり始めた具体的な時期。これについてはジョウト地方を訪れて徐々におかしくなっていったという結論が出る。この出来事が切っ掛けで一気に変わったというものを探していたので発覚が遅れたがまず間違いないだろう。

 

 ミカンの依頼を代表するような大きい事件もあるにはあったが、たった一つの出来事で精神に異常をきたす軟な精神はしていない。本気で命を懸けた経験はそう無いが、一つ対応を間違えれば破滅する経験なら無いわけでもないのだ。そもそも綱渡りな人生などこの世界に来てからはそこまで珍しくもない。

 

 ではジョウト地方の何が悪かったのか。カントー地方と陸続きなだけあって気候や環境は変わらず、やっている仕事もカントーにいた時とほぼ同じ。

 その上でカントーに有ってジョウトには無いもの、又はジョウトに有ってカントーに無いものを考えてみれば思い当たるものがあった。

 

 辿り着いた答えは承認欲求を満たせない事による欲求不満だ。自分は人の価値は他の誰かにどれだけ求められるかで決まると思っている。故に承認欲求は人一倍強く、誰かに認められ、褒められ、頼られることに悦を覚える。ジョウト地方に来てからこの欲求を満たす事が出来ていなかった。

 

 正直自分の性質に対する認識が甘かったと思う。既に分かり切っている自分の性質と上手く付き合っていると思って、欲求の強さを軽く見ていた。

 ただこの認識の誤りはカントー地方で成功したというのが大きい。本来の自分の限界はある程度分かっている。理不尽に虐げられればキレる事もあるが、周りに認められない程度で精神に異常をきたすほど軟でも無い。

 

 だがカントー地方での成功体験の後だと話は変わる。人は慣れる生き物だ。カントーの生活で周りに受け入れられた状態こそが正常であると勘違いしてしまっていた。

 だから調子に乗って甘い考えを持った。何も持たない状態でもカントー地方で成功出来たのだから、同じ文化のジョウト地方でも成功すると安易に考えていた事は否定できない。

 考えが甘くなれば行動にも甘さが出る。人に好かれる様な性格をしていない事は分かっていた筈なのに、ジムリーダーを軽く見てジョウト地方では早々に素の自分が顔を出していた。

 

 そもそも心構えからして甘えが見える。カントーにいた頃はそれこそ認めて貰う事に必死だった。何も持たない自分が生きる為に絶対に失敗できないという覚悟を持って行動していた。

 だがジョウトでは違う。既にカントーという都合の良い場所が出来た所為で必死にはなれなかった。以前アンズ相手に、自分は何処か一つだけでも自分の存在を認めてくれる場所があれば他はどうでもいいと話した事があるが正にその通りだ。

 自覚はなかったが、カントー地方を自分にとっての帰る場所と認識していたのだろう。自分で思っている以上にカントー地方、そしてカントー地方にいるジムリーダー達に愛着が湧いている。

 

 無駄に高い理想、甘い想定、温い覚悟、ここまで悪条件が揃って成功出来る筈も無い。なのにそれを理解出来ないから外部に不満を押し付ける。

 こうなれば悪循環の出来上がりだ。半端な対応をしておきながら、認められない原因を相手にあると決め付け、より不適格な対応を繰り返す。そしてより一層嫌われ、それを認める事も出来ず、更に不満が募る。

 

 昨今のバトルで下手を打っているのもこれだ。無意識の内に欲求を満たそうと無理をしていた。思い返せばミカン戦もシジマ戦も、ただ勝つ事よりも上手く戦う事を目指していたような気がする。

 実力も無い癖に実力以上の成果を求めれば失敗して当然。せめて何が何でも成し遂げるという決死の覚悟でもあればもう少しマシだったろうが、残念ながらそこまでの覚悟もなかった。

 

 しかし気付けたはいいが正直認めたくない。いい年した大人が褒められたいが為に無茶をして空回っていたなんて恥ずかしいにも程がある。だが承認欲求が原因だとすれば最近感じていた異常の殆どに説明が付いてしまうのだから仕方ない。

 同時期に急激なレベルアップでの身体能力と感覚の乖離やミカンの依頼の様な特殊な出来事があった事も要因の一つではあっただろうが根本の原因はこれなのだと認めざるを得ない。

 

 

 こうして原因が判明すれば、次は解決手段を考えなければならない。これがまた難しいのだ。承認欲求を満たすというのは簡単な様で非常に難しい。一般的なものとは違うかもしれないが自分の承認欲求は不安の裏返しでもある。

 心の底から信用され、頼られ、その人にとって自分を必要不可欠な存在にしたい。なんなら依存までさせたい。そしてその輪を広げ、多くの人に必要とされる人間になる。そうする事で自らの価値を証明し、自分は切り捨てられる事のない人間だと安心感を得たいのだ。

 

 この安心感と言うのが曲者で仮に誰かの信頼を得たとしてもそれを素直に信じられず、その信頼を保証する何かを求めてしまう。

 だからこそ信頼の元となる能力を自分の事を知らない者に示して認めさせ、自分を信頼させるという過程こそが重要になってくる。ある意味では自己顕示欲にも近い。

 

 よって解決法が分かっても一朝一夕で解決出来るものではない。原因に気付けたので今後の対応でプラスに持って行く事は出来るだろうが、解消には相応の時間が掛かる。それまでの間フラストレーションを抱えたままにしておいては、また無意識の内に変な事をしでかさないとも限らない。

 故に代替案が必要になる。根本解決が無理なら別の形でストレスを発散するしかない。

 

 そしてストレス解消の代替案としてやっているのが破壊行為だ。普段なら怒って物に当たったりする事は無いが他に手段が無いので少しでもストレス解消の助けになればとやっている。

 だがその程度の気持ちで始めた割には悪くない。ただ叫んで暴れるだけの行為だが、ある程度の効果を実感出来る。

 

 この破壊行為に至るまで色々あった。まずは三大欲求を満たしてみようと思い付いたものの、眠くないので睡眠欲は除外。そもそも悠長に眠っている暇があればもっと有意義に時間を使う。

 

 次に性欲に関してもそんな気持ちになれないので除外だ。元々の性格に起因する事だが、自分は人よりも性欲が薄い。他人が自分のパーソナルスペースに入ってくるのも嫌なので、誰とも知らない赤の他人と肌を触れ合わせる行為はどうも好ましく思えない。

 序でに言えばこの世界は性産業が発達していないのか、未だ風俗店どころかその手の本の一冊も見た事がないのも理由の一つだ。

 

 最終的に行き着いたのは食欲だったが、これが間違いだった。折角だからとちょっと高そうな店に入って食事を楽しんでいる内は良い。普段から寝床は野宿かポケモンセンターだったのできちんとした店で豪勢に食事をする機会が無かったというのもあるだろう。

 味自体は悪くなかったので、この白身魚は臭みがなくて旨い、このステーキも脂身が少なくて好みだなんて思っていたが、評価が一変したのは刺身が出てきた時。

 出てきたのはコイキングの御造りだった。それを見て何を喰わされたのか理解した瞬間、食べたものが口にまで上って来た。

 

 しかも材料について聞いてみれば、魚がコイキング、肉はミルタンクときた。ただでさえ気が立っているのに、よりにもよってミルタンクを喰わされたのだ。

 店の人が自信満々に「うちのコイキングは活きが良い」だの「ミルタンクに与える餌にこだわっている」なんてほざいた時には殺意すら感じた。

 

 暴れなかったのは食用のポケモンがいる事は薄々分かっていたからだ。肉料理があるのに元となる鳥や牛を見た事がないし、農業をしている気配がないのに食料が枯渇していない時点でなんとなく分かっていた。

 酪農や畑作をせずに食料を得るのなら狩猟くらいしか残らない。ゲーム知識になるがロケット団がヤドンの尻尾を食用として乱獲するイベントだってあった。

 

 だが原型が残った状態のポケモンが目の前に出て来ればやはり思うところがある。

 ハッキリ言って気持ち悪い。ポケモンを相棒と呼んで戯れている横で同種であるポケモンを食料として消費している事に誰も疑問を覚えていないのだ。町中にある普通の料理屋でポケモン料理を出しても、誰も何も言わないくらいには当たり前の事としてポケモン食が浸透している。

 

 理屈自体は分からないでもない。元の世界でも魚をペットとして飼っている人間が魚料理を食べる事は珍しい事ではなく、犬や猫を食料として消費する地域もあった。それと同じだ。ポケモン食が普通の事だと教育されれば疑問に思う事もないだろう。

 

 ポケモンを食べないのなら代わりに食べるものが無いという理由もある。

 野生のポケモンが住んでいる所為で開発出来ない野山が土地の大半を占めているこの地方では、住んでいる人間が餓えない量の農作物を育てる事は不可能だ。そして他に食料になりそうな動物もいない。ならば野生のポケモンなり、養殖したポケモンなりを食料にするのは当然の帰結、仕方の無い事だとは思う。

 

 もっと言えば、野生のポケモンなんてどうなろうとも関係ないという暗黙の思想がある事も分かっている。結局のところ人間にとって大切なポケモンというのは人間に使役されているポケモンだけなのだ。

 役に立つから愛情を注ぐだけ。それ以外の野生のポケモンなんて旅をするトレーナーを襲う害獣でしかない。そんな害獣がほぼ唯一の食料になるのだから消費しない手はない。

 

 だが感情は別だ。この世界においてポケモンは人間がその身を守る盾になり、自らの要望を通す為の剣になり、人生における大事なパートナーにもなる生き物だ。ポケモン無しでは隣町に向かうだけでも命懸けになる危険地帯で、幾つもの産業をポケモンに依存する、最早ポケモン無しでは生活は成立しない。

 人の生活を脅かすのもポケモンだが、人間を様々な害から救っているのもまたポケモン。ありとあらゆる面で世話になっている筈の生き物を食料として消費する行為は、恩を仇で返している様に思えてしまう。

 

 それが自分の大嫌いな綺麗事だと分かってはいる。思想だけで言えば自分もポケモンを食料にする意見を肯定する側の人間だ。役に立つから、裏切らないから自分のポケモンに愛着を持っているだけ。裏切れば殺すし、自分のポケモン以外のポケモンに至っては敵としか認識していない。現に住処を荒らされて襲ってきたポケモンが今その辺に転がっている。

 

 ただ都合の良い事だけを見るダブルスタンダードと言われればそれまでだろう。しかしどの口がと思われるだろうが理屈ではないのだ。上手く言葉に出来ないが、自分はポケモンに対して恩を感じている。ポケモンが存在していなければこの世界に来た時に森の中で死んでいたかもしれない。共にいるポケモンが居なければ人並みの生活を送れなかったかもしれない。少なくとも今の様に立場の保証された人間に成る事はできなかっただろう。

 

 今の自分があるのは全てポケモンのおかげだ。散々野生のポケモンを倒して言えた義理ではないが、こんな自分でもポケモンという種に対してもそれなり以上の恩は感じている。最初の村の所為でポケモン食に忌避感を抱いているだけかもしれないが、心情的にどうもポケモンを食料として消費する事には抵抗を感じてしまう。

 

 そんな心情を別にしても、ポケモン食という文化には無視できない危険性が潜んでいる。

 ポケモンを食べるという行為を生きているポケモンがどう捉えるかだ。ポケモン食の店があるくらいなので、食物連鎖の一環程度の認識で許容しているとは思うが、実際のところは分からない。

 普通に考えれば同族が食料にされていると分かって気分の良い者はいない。同族を食べる存在はそれそのものが恐怖だ。少なくとも自分が被捕食者の立場なら、捕食者と共にあろうとは思わない。

 

 あらゆる面でポケモンに依存している癖に、よくもまあポケモン食なんて文化が出来たものだ。

 これがポケモンの生態や思考傾向などが全て判明しているか、人間に完全に管理出来る程度の生き物なら良いが、ポケモンは詳細が碌に分かってない上に人間よりも明らかに優れた生き物。何処かで地雷を踏み抜いてポケモンが大量に離反してしまえば、人間は生活の糧も身を守る術も全てを失って滅ぶしかない。

 

 この地方の人間は口ではポケモンに生活を支えられていると言うが、本気で理解出来ているのだろうか。今この時まで見逃されているので大丈夫で済ますにはリスクが大き過ぎる問題だ。ポケモンは人と共にある生き物だという決め付けが怖くて仕方がない。

 

 話が逸れたが、そんな理由で食欲を充たすどころか火に油を注がれる始末。ただストレス解消をしたいだけだというのに、いざ意識してしまうと中々上手くいかない。

 そして辿り着いたのが体を動かす事。周りの環境に左右されずに体一つと心持ち一つで誰にでも出来る一般的なストレス発散方法だ。

 

 

「(……もう少しか) ふぅ……っ! っしゃぁ!」

 

 

 破壊活動を再開する為、木の残っている方向に駆ける。気の向くままに暴れ、気が向いたら休憩を挟む。そして体を休めた際に精神状態を測り、僅かにでも引っかかるものが残っていれば、また暴れる。

 かれこれ数時間同じ事の繰り返しだ。本当にこれでいいのか疑問に思う気持ちがないでもないが、他に出来る事も思い付かない。幸い日が昇るまでまだ時間はある。その間に他の手段を思い付けば試してみれば良い話だ。

 

 

 

 

 ────────────────────────

 

 

 

 

 気が付けば時は過ぎ、再びタンバシティへと戻る事となった。もう少しもう少しと思っている内にアッと言う間に日が昇っていた。まだ暴れ足りないが、あまり長く続けては人目に付く。

 森を散々荒らして今更人目も何もないだろうが、人に見つかれば面倒事の種だ。そんなものを抱え込む必要は無い。

 

 向かうは当然タンバジムだ。時間の指定はされていないが面倒事は早く終わらせるに限る。

 オープン一番にジムへと足を踏み入れ、シジマの元を目指す。シジマは昨日と変わらず最奥に位置するステージ上だ。昨日との違いは滝行ではなくスクワットをしているくらいだろう。ジム挑戦者が来るかもしれないのに、朝っぱらから体力をのはどうかと思うが、ジム挑戦に支障が出ないならとやかく言うことでもない。

 

 

「どうも、おはようございます」

 

「おお! おはよう! 元気しとるか!」

 

「お陰様で。それと昨日はすいませんでした。こちらの都合で勝手に延期してしまいまして。お時間大丈夫ですか?」

 

「わはは! 構わん構わん! 大して用がある訳でもないからな!」

 

「それは良かったです。ではちょっとお時間頂けますか? そんなに長くはならないと思いますが」

 

「おお! よろしく頼む!」

 

 

 言うが早いか、シジマがその場でドカッと腰を下ろす。長く時間を取らせないとは言ったのはこちらだが、まさか地べたでやる事になるとは思っていなかった。来客に椅子の一つも出てこないのは流石に無作法が過ぎるのではなかろうか。

 

 

「(汚れるから座りたくないんだけど……)……ええ、よろしくお願いします」

 

 

 シジマに併せて地面に腰を下ろす。汚れたくないという思いはあれど、立って相手を見下ろしたまま話をするのは流石に気不味い。

 

 

「じゃあ何から話しましょうか。あぁ、先に言っておきますけど今日する話はあくまでも私の意見なので参考にするかどうかはシジマさんが決めて下さって結構です。あくまでもこういう意見があると思って貰えればいいので」

 

「うむ。聞かせて貰おう」

 

 

 互いに地べたに座り込んで話を始めれば、以外にもシジマは耳に痛くない程度にまで声を落として話す。ずっと馬鹿みたいにでかい声で話していたが、距離が近ければ普通の声量で話すくらいの気遣いは出来るらしい。

 

 そしていつも言っている前口上を述べて話を進めるが、ここからが問題だ。アドバイスと簡単に言うが内容に困る。実際問題シジマに指摘事項はそうはない。

 格闘タイプの長所を活かす近距離主体の戦いに専念する戦闘の運びは身に付けており、近接戦になっても力だけを頼りにしない様に格闘技を教え、格上相手でも格下相手でも変わらぬポテンシャルを発揮できる。それだけで及第点を大きく超える。

 

 欠点として接近できない相手に対する攻撃手段の少なさがあるが、タイプの強みを考えればどうしても捨て切れない欠点が一つ、二つ出るのは仕方がない。遠距離戦が出来る戦い方も幾つかは思い付くが、これは将来的な課題だ。初回でやると遠距離方面に傾倒して強みである近距離戦が疎かになる本末転倒な指導になりかねない。

 

 それにシジマの場合は欠点を放置している訳でもない。雑な部分はあるが自分なりのやり方で距離を詰めようとする工夫は見受けられる。欠点を理解した上でそれを克服する術を自分で考えられるなら、他のジムリーダーより一歩先を行っていると言ってもいい。

 

 こうなるとあまり口出しはしたくなかった選出に関する話も視野に入れなければならないだろう。実際シジマの選出は無視できないレベルの悪手ではあるのだ。ヤミラミに対してタイプ相性の悪いチャーレムをぶつけ、デンリュウに対しては戦い方の相性が悪いキノガッサとタイプ相性の悪いニョロボンをぶつけてきた。

 

 なんとなくどう戦いたかったかは分かるがもう少しやりようはあった筈だ。タイプの縛りもあるので選出は変えられなかったにしても、せめて出す順番を変えれば一匹ぐらいは落とせた可能性もある。なんらかの拘りがあるのだろうが、アドバイスする立場としては流石にノータッチで流していい話題ではない。

 

 

「ではシジマさんの評価からお伝えします。使用ポケモンのタイプ的に距離に関する得手不得手は顕著ですが、自分なりにどうにかしようとしている節は見えるので致命的と言えるほどの欠点ではありません。強いて問題点を挙げるなら工夫を凝らすが故に狙いが分かり易過ぎる事と少々マイペースな事くらいでしょう」

 

「うん? すまんがマイペースとは一体どういう意味だ?」

 

「……そうですね。ちょっとどう表現していいか分からなかったんでマイペースって言いましたけど選出とか戦闘スタイルの話になります。最初はヤミラミにタイプ相性の悪いチャーレムをぶつけて、その次は電気を使うデンリュウに相手と接触メインの戦い方をするキノガッサ、それで最後にまたタイプ相性の悪いニョロボンでしたか。個々のやりたい事は分かるんですが、ちょっとタイプ相性とか相手の得手不得手、ついでにバトルの流れを無視し過ぎだなと思いまして。なんとなく相手が誰でも関係無しに自分で決めたやり方をやるって感じかと思ったんでマイペースって表現しましたが違いましたか?」

 

「ほお、そうか。そう見えたか」

 

「はい。私個人の見解としてはシジマさんは勝敗よりも、なんというか実力の証明? 確認? まぁ、力試しを優先してる様に見えますね。勝つ為の戦い方をしてるんじゃなくて、自分の選んだ戦い方でどこまでいけるか突き詰めてるって印象です」

 

「ふむ……して君はそれをどう思う?」

 

「どうとは?」

 

「真剣勝負を穢されたと思うか? 理由はどうあれ相手を見ずに己の内面だけを見つめる行為だ。それをどう思う?」

 

「(意外だな。もっとこう、誰になんと言われても俺は俺の道を行くって感じだと思ってたけど、本気で掛かってくる相手に対する申し訳なさみたいなもんがあるのか。解釈違いって程でもないが)別に良いんじゃないですか? 戦う理由なんて人それぞれで。それにシジマさんなんて崇高なもんですよ。私なんかもっと自分勝手で酷い理由で戦ってますからね」

 

「む……」

 

「まぁ言われてみれば、シジマさんの気持ちも分からなくはないんですよ。そりゃ確かに真剣勝負を挑んでるのに強さを測る試金石、若しくは練習相手みたいに扱われれば不愉快に思う人もいるかもしれません。でもシジマさんが納得して、この戦い方をすると決めてるなら文句を言う筋合いもないでしょう。いつの間にかそれが癖になって、いざという時に本気を出せないってなれば弊害ですが、別にそういう訳でもないんでしょう?」

 

「そうだな」

 

「なら良いじゃないですか。縛りとか手加減みたいに思ってるから気になるんでしょうが、言い方を変えれば譲れない矜持とか自分なりの信念を持っているとも言えます。他人から見たら理解出来ないものでも、その人にとっては何よりも大事なものって事はありますからね。そしてその中で全力を出してるのなら、それは十分真剣です。なら何も問題は無いでしょう」

 

「そんなものか?」

 

「実際に悩んでる人からしたら言葉遊びに聞こえるかもしれませんが、結局のところ何事も好意的に捉えるか懐疑的に捉えるかのどっちかしかありませんからね。例えばどんな手を使ってでも勝ちに拘る人がいたとしましょう。これは良く言えば勝利を諦めない人、でも悪く言えば勝つ為なら手段を選ばない卑怯者です。逆に勝敗よりも拘りを優先する人、これは良く言えば信念を持った人ですが悪く言えば勝負を舐めてる人です。何事も良い点と悪い点があって、評価する人がどっちの面を見るかで評価は百八十度変わります。それで今回は私がシジマさんの事を好意的に受け止めただけ。まぁ実際にシジマさんがどういう気持ちでそれをしてるのかにもよりますが、さっき言った様な理由なら別に良いと思いますよ」

 

「そうか……」

 

 

 黙ってしまったシジマの評価を頭の中で組み直す。正直シジマ相手にこの手の話をするとは思っていなかった。

 昨日まで抱いていたシジマのイメージは『我が道を行く』だ。自分の中に絶対の基準を決めて、以降は何があっても揺るがない。他人の意見を聞かない訳ではないが、何か言われた程度では決して己を曲げず、それによって生じる諸々を受け止める覚悟ができているタイプだとばかり思っていた。

 

 だが実際は違う。性格面は大きく外していないだろうが、覚悟の弱さを読み違えていた。恐らくシジマの正しい評価は『我を通す』ではなく『自分に素直に生きる』だ。生じる弊害を受ける覚悟はあるだろうが、全てを踏み越えて我を貫く覚悟までは出来ていない。

 

 正直いい歳した大人の抱える悩みとは思えない。普通なら少年期や青年期で挫折を経験して、自分の欲に忠実に生きる事の難しさを知り、程よい生き方を身に付ける。

 だがこの世界なら有り得ない話でもない。なまじ住人の懐が深い所為で多少の人間的欠陥は個性として受け入れられる土壌がある。そこに強ければ自分の力だけで上を目指せる環境が悪い方向に組み合わさって、実力さえあれば誰にも欠陥を修正して貰えずに成長してしまう社会が出来上がる。

 

 よくよく考えてみればジムリーダーにはこの手の欠陥を抱えた人間が多い。まだ年が幼いので一概に一緒には出来ないがアンズやミカンを筆頭に、特定の基準を満たした者にしか興味を持たないグリーン、親の影響を受け過ぎて異なる考えを受け入れられないハヤトやエリカ辺りも一般的に見れば結構な欠陥を抱えた人間だ。

 

 他のジムリーダーも多少はマシだが社会不適合者の雰囲気を持っている者はちらほらいる。そういうどこか壊れている人間の方が強いのも分からないではないが、人の上に立って教え導く立場に置いていいかと言われれば微妙なところだ。今までこの制度でやってこれているが、いつかとんでもない異常者が上に立つんじゃないかと冷や冷やする。

 

 

「少し話は変わるんですがシジマさんにとってポケモンバトルってなんですか?」

 

「唐突だな」

 

「ちょっと聞いてみたくなりまして」

 

「ふむ、取り繕った言葉はいらんのだな?」

 

「純粋に思ってる事を言って貰えればそれで結構ですよ」

 

「そうだな……真剣に勝負に挑んでいる者に対して失礼かもしれんが、儂は鍛錬の場、いや、日頃の鍛錬の成果を確認する場だと思っておる」

 

「(問題あるか? 試合なんて日頃の練習の成果をぶつけ合うもんだろ)成程」

 

「逆に聞きたい。君はどう考えとるのかね?」

 

「私ですか? 私にとってバトルは唯の手段ですね」

 

「どういう意味だ?」

 

「普通の事じゃないですか? 大切なのはバトルをする動機であってバトルそのものじゃありません。誰も彼も戦う理由があってそれを叶える為にバトルという手段を使っているだけです。今までシジマさんが戦ってきたチャンピオンを目指すトレーナーだってそうです。自らの強さを証明する為、戦いの中で強さを磨く為、俗っぽい理由を言うなら金が欲しいから、立場を得たいから、尊敬の念を浴びたいからとかもありますね。他にも人それぞれ色んな理由があって戦いをしている筈です」

 

「だが真摯に戦い臨む者もおるだろう」

 

「動機が何だろうが勝たないと望みが叶えられないならそりゃ皆真剣ですよ。負けたらその日の食事すら買えない人が手を抜いてバトルをしますか? 誰かに認められようと勝負に挑んでいる人が負けを良しとしますか? そんな訳ないでしょう。まぁ、そういう動機無しにバトルそのものが好きって言う人はいますけど、本気で言ってる人はあんまり見ないですね。稀にバトルを遊びやスポーツの一種と認識して楽しんでる人とか戦うという行為そのものが好きっていう戦闘狂が該当するくらいじゃないでしょうか。もしかしてシジマさんはそういう戦いの為の戦いをする人しか認められませんか?」

 

「そんな訳がなかろう」

 

「でしょうね。因みにですが私の場合は私の利益の為にバトルをする事が多いです。互いの主張が違った時に私の意見を押し通す為、強さを見せつけて私の存在を認めさせる為、私から何かを奪おうとする者から何かを守る為、他にも必要があればバトルしますが、要は私の我を通す為にポケモンバトルという手段を利用します。戦いにそんな動機を持ち込む私を軽蔑しますか?」

 

「そのような事はせん。戦う理由は人それぞれだ」

 

「その通りです。戦う理由は人それぞれ。人と違おうが理解されなかろうが、それは他人とは違う夢や理想を持っているに過ぎません」

 

「ふむ、何が言いたいか分かってきたぞ」

 

「それは良かった。今シジマさんが理解しているそれが今まで抱えていた悩みの答えです。人と違う理想を抱えていたとしてもそれが別の人の理想に劣る訳じゃありませんし、表現方法が違うからといってイコール真剣じゃないとも限らない。皆それぞれの願いを叶える為に真剣にやってます。で、改めて聞きますけどシジマさんはどうですか? 貴方は今まで真剣でしたか?」

 

「……そうだな」

 

「シジマさんの中で答えが出たなら結構。思い返して自分が真剣であったと思うなら其れが答え、もしも真剣ではなかったなら其れもまた答えです。この問題に正解はありませんが、同時に不正解もありません。まぁ強いて言うならシジマさんが納得したならそれが正解ですかね」

 

「……礼を言おう」

 

 

 胡坐を掻いたまま頭を下げるシジマの表情は心なしか朗らかだ。アンズ然りエリカ然り、この手の話題で関わりを持つと後が面倒なのであまりやりたくないが、これでも指導者を名乗る身だ。目の前に問題があるのならそれを解消するのが役目。役目は果たさなければならない。

 

 

「だが成程。若くして指導者の立場に就くだけの事はある。よく見とるな」

 

「まだまだ若輩者ですが、これでも指導する立場にいますからね。そうあれと望まれたのであれば義務は果たします」

 

「そうあれと望まれただけで果たせる者はそうそうおらんだろう。謙遜する事は無い」

 

「まぁ、昔っからこういう仕事してましたからね。経験ですよ」

 

「そうか。しかし多才だな君は」

 

「多才? ……あ〜……まぁ、そうですね」

 

「? 何かおかしな事を言うたか? 見る目を持ち、弁が立ち、戦う才も他者を育てる才もある。これを多才と言わずなんと言う?」

 

「いえいえ、別に変な事はなにも。確かに自分でも割と器用で色々出来る方だとは思ってます。ただ多才って訳じゃないんですよ。上手い事取り繕って誤魔化し誤魔化しやってるだけです」

 

「昨日も思ったが自己評価の低さは相変わらずだな。謙遜も過ぎれば良く思われんものだぞ?」

 

「謙遜じゃなくて実際に中途半端なんですよ私は。昨日のバトルで分かったと思いますが、強いのは私のポケモンであって私じゃありません。私のトレーナーとしての実力はジムリーダーどころかジムトレーナーに劣るレベルです。人を見る目と弁が立つってのはそれなりに自信を持ってる部分ですけど、それも人の弱い部分を突く事に特化してるんで極端に刺さる人と全く刺さらない人がはっきり分かれます。結局出来る事が多いだけで、深堀していくとどこかで詰まるんですよ」

 

「そんな事はなかろう。君の役職はただ誤魔化しが上手いだけの輩に務まる立場ではない。他ならぬ君に其れが分からん筈もないだろう」

 

「確かに総合力で見ればそうかもしれません。それなり以上に強くて、それなり以上に人を見て、それなり以上に弁が立つ。でも個々の能力に目を向ければ全てにおいてその道の一流に劣ります。俗に言う器用貧乏ってやつですね」

 

「そう卑屈になる事はない。全てにおいて完璧な人間などおらんさ」

 

「そうですね。でも全てにおいて半端な人間もそうはいないんですよ。これが好き、これが得意、大抵の人にはそう言えるものが一つくらいはあるもんです。でも私にはそんなものはありません。結局は便利なだけで替えが効く。いっつもそう、色んな事を人並み以上に出来る代わりに、何をやっても一番にはなれないんです」

 

「それこそ考え過ぎだ。好きだ得意だと言うが、それで実際に頂点に立てる者など殆どおらん。多くの者が成長するにつれて現実を知り、挫折して夢を諦める。そんな中まだ頂点を諦めずに済む君がどれ程恵まれておるか。こんな言い方はしたくないが君はもっと己を知るべきだ」

 

「自分でも我儘だとは思いますよ。色んな事が出来るならそれも才能。そこで満足すべきだと分かってもいます。でも私は他の何で劣ろうともこれだけはというオンリーワンが欲しい。万人が認めるような大層なものじゃなく、誰一人として価値が理解出来ないようなしょうもないものでも、なんなら本当に一番じゃなくても構いません。ただ替えが効かない、私じゃないといけない、私が望んでいるのはそういうものです」

 

「言い分は分からんでもないが……」

 

「理解して貰おうとは思いません。私自身も言葉に出来ないくらいにはごちゃごちゃ混ざった願望ですから」

 

「ふむ……そうだ。育成に関してはどうだ? 大層自信を持っておると聞いとるぞ?」

 

「確かに私のポケモンは強いです。単純なポケモンの強さだけであれば世界最強を自負してるのは伊達じゃありません。でもそれは私の力ではなくポケモンの力です」

 

「それはおかしいだろう。ポケモンを育てたのが君ならばそのポケモンを育てる才は間違いなく君のものではないか?」

 

「見解の相違ですね。確かに私はポケモンを育てることが出来ますが、それで力を得るのは私じゃなくてポケモンです。私より好ましいトレーナーがいればそちらに行くかもしれないし、何らかの理由で命を落とすことだってないではない。結局のところ、ポケモンも一つの命ですから、何があっても絶対に私のモノってわけじゃないんです。いつ手を離れていくか分からないモノを私は私の力とカウントしません。ついでに言うと私の育成方法は教えれば誰にでも出来るものですから、あくまでも才能ではなく、人より優れた知識を持っているだけだと思ってます」

 

「むぅ……そうなると他には……」

 

 

 食い下がってくるシジマに苛立ちが湧いてくる。どうせ頭の中には悩みを解消してくれたお礼に悩みを解消する手伝いをしようという考えでもあるのだろう。悪意が無いのは分かるが、そういう粘り強さはバトルにでも使って欲しい。

 

 

「もういいんじゃないですか? 今は私がシジマさんにアドバイスをする場であって、私の悩みを解決する場じゃないでしょう?」

 

「なにを言うか。目の前に悩める若人がおれば相談に乗るのは年長者の務めだ。特に君はこういう機会でもなければ人に頼るという事をしそうにないしな」

 

「シジマさんも良く見てますね。正解です。私は人を頼るのは嫌いですよ」

 

「何故だ? 頼れば良いではないか。君の周りには君を支えてくれる者がおる筈だ」

 

「色々と理由はありますが……まずは私の好みの問題ですね。自分で出来る事で人の手を煩わせるのがまず嫌いです。それで私って出来る事の幅は広いですからね。結果として大抵の事は自分で出来るから人には頼らないって事になります」

 

「ふむ、なまじ能力があるから自分一人で完結してしまう訳か」

 

「まあ、人聞きは悪いですがそうなりますね。それと……なんていうか……ぶっちゃけると汚い話になるんですが責任問題というか。複数人でなにかした時に責任がどこにあるか不明瞭なのも嫌いなんですよ。自分のやった事で責任を負わされるなら納得できますが、誰かの失敗で連帯責任喰らうのは嫌ですし、その責任を一人で負わされるのはもっと嫌いです。そういう事を考えたら一人でやる方が気楽なんですよね」

 

「うーむ……好き嫌いはあるだろうが、それでは負担も大きかろう。幾ら一人で対処出来るとしてもその為に君が身を削るのはいかん」

 

「どうせ負担は変わりませんよ。複数人で何かするってなると打ち合わせして足並み揃えて最後には確認して不足があればフォローもしないといけない。そこまでやるなら最初っから一人でやった方が楽です。人の尻拭いするのって結構ストレス溜まりますし」

 

 

 人として信頼できる事と一緒に仕事が出来るかは別の問題だ。どれだけ善良な人間だったとしても仕事をする能力が無いのであれば同僚にはしたくない。

 そも対等の立場の同僚と一緒に仕事をする事自体好きではない。指揮系統どころか、責任や手柄の所在すら曖昧な状態で仕事をするのは嫌いだ。

 

 その辺りが適当なこの地方の人間は同僚には出来ない。自分がトップで部下が従順に命令を聞いてくれるなら良いが、思想的に反発を受けるのは目に見えている。

 部下として指揮下に加わるなんて以ての外だ。温い思想のこの地方の人間の立てる作戦なんて、周りを気遣うが故に職員が危険を一身に受けるタイプばかり。そんな奴の部下なんて怖くて仕方がない。

 

 それなら最初から一人の方が楽だ。上にいても下にいても邪魔になる同僚なんて最初からいない方が良い。しかもそんな足手まといを抱えて仕事を完遂させて、場合によっては尻拭いまでしてやっても責任と手柄は山分けだ。そんなことは御免被る。

 

 

「人を見下しておる……訳ではないか。やはり君に並ぶ者がおらんのが問題だな」

 

「能力だけ見れば頼れる人はいるんですけどね。結局一番の問題は思想です。私の故郷はこの地方に比べてもっと殺伐……は違うな。なんというかドライだったんで」

 

「どういう意味だ?」

 

「上手く言えませんが、もっと機械的に働くと言うか……それぞれの役割がはっきり決めて自分の領分の事に責任を持つことが多いですね。それぞれが自分の為すべき事を為して評価も責任も本人が受けるのが基本って感じです。まぁ、それでも梯子を外されたり、責任を押し付けられたりする事はあるんですけど。人を頼るのが悪いとは言いませんが、こっちみたいに頼り頼られるのが当たり前、手助けして貰って当然って感じになるとちょっと受け入れられないですね」

 

「……すまん。言わんとする事は分からんではないんだが、今一つ理解出来た気がせんのだが」

 

「今までシジマさんを除いて十人のジムリーダーに会って来ましたけど、私には自分の行動がどういう影響を与えるかの見通しがちょっと甘いんじゃないかって思うんですよね。まぁ私の故郷とこの地方は環境も常識も違いますから、こんな事を言うのはお門違いなんでしょうけど」

 

「君の故郷の事は儂には分からんが、君の故郷の者が優れておるという事でいいのか?」

 

「いいえ、能力的にはそこまで違いは無いと思います。ただ自分の行動が周囲にどういう影響を与えるか、その結果自分がどういう風に見られるのか、臆病だから皆そういう事を考えて生きてるだけ。それがこの地方の人と私の故郷の人との差です」

 

「……ふむ……意味は分かるが同意は出来んな。言を聞けば君の故郷の者が思慮深いというのは分かる。だが其れだけでこの地方の者の思慮が浅いと断ずるのは違うだろう。君の故郷の者には劣るのかもしれんが、儂らもまた自分の行いに責任を持っておる」

 

「そうでしょうね。でもそれじゃあ私の求める水準には満たないと言ってるんです。少なくとも行動に責任を持つと軽々しく言える時点で駄目です。今シジマさんがしてる事だってそうですよ」

 

「? 儂が?」

 

「ほら、分かってない。なら教えてあげますよ。私はね、なにもポケモンの強さだけでこの役職にいる訳じゃないんです。人を見る目と知識、この地方では特異な思想も相まって漸くこの役職に就いてるんですよ。貴方は今その思想に口を出してる訳です」

 

「何も頭から否定している訳ではない。ただその生き方を続けていつか君が潰れてしまわないか不安なのだ」

 

「勿論私にも貴方の言葉が善意から出たものだとは分かってます。でもね、もし私が貴方の言葉で思想を変えたとしましょう。そうなった時私がどうなるか考えてますか? 武器を一つ失った私にこの職が務まるでしょうか? もし思想の変化が原因で私がこの職を辞める事になったらどうしました? 私の生活を保証し、新しい生き方を見つけるように導く事が出来ますか? 私がやるべきだったジムリーダーの強化を代わりにやってくれましたか? たかが言葉一つと甘く見ていませんか? 本当にそれだけの覚悟を持って私の生き方に口を出しましたか?」

 

「っ……」

 

「そこまで重く考えてなかったでしょう? 幸い私は人の意見では揺るぎませんから良いですけどね。でも皆が皆そうじゃないんです。自分の生き方を見つけられてない人、夢砕かれて進む道が分からない人、貴方を心から尊敬して絶対視している人、そんな人は言葉一つで簡単に人生を歪められる。言葉一つでこれです。分かりますか? 行動に責任を持つという事の重さが」

 

「……」

 

「分かりますよ。話を聞いて漸く理解出来たんでしょう? 別に責めやしませんけどね。私が言ったのは極端過ぎる例え話であって、そこまで深く考えてたら何も行動出来なくなります。でも有り得ない話ではないんですよ? 貴方の助言で良い方向に転がればいいです。そうすれば貴方の言葉に救われましたって良い話でめでたしめでたし。でも悪い方に行ったら? あの時お前が誑かしたからだって言われたらどうします? 最終的にその道を選んだ本人に責任はありますが、その背中を押したのが貴方だと言われたら。責任を持てますか? それか知った事かと切って捨てる事が出来ますか?」

 

「……無理だ」

 

「そうでしょう? まぁ、流石に意地の悪い話をしたと思います。でも貴方はジムリーダーなんですよ。それこそ凡百の人の憧れの人であって、行動一つ、言葉一つで誰かの人生を左右する事の出来る人間です。流石に口に出す言葉全てに考えを巡らせろとは言いませんが、上に立つならそれに見合うだけの責任を意識しなければなりません。それが人の上に立つ者の義務です」

 

「そうかもしれんな……」

 

 

 シジマに先程までの勢いはない。人の生き方に口を出すなと言いながら人生に影響の強い話をする事になったが問題は無いだろう。人間自分の欠点を追求されている時に相手が同じ愚を犯してもなかなか意識は向かないものだ。序でに言えば気付いたとしても怒られている最中に口に出すのは難しい。

 

 

「話がズレましたね……何の話してましたっけ?」

 

「君が人を頼らない事に関してだ」

 

「ああ、そうでした。まあ何言われても治す気は無いんで私の事はもういいでしょう。もう少し話を戻して……思い返せばマイペースって話しかしてなかったですね。ならシジマさんが強くなるにはどうすればいいかでも話しますか」

 

「……」

 

「シジマさん?」

 

「君の言葉は心に深く刻もう。だがそれでも一言言わせて欲しい」

 

「はぁ……なんでしょう?」

 

「確かに儂らは君の期待に応えられる人間ではないかもしれん。だが力を貸すことは出来る。どうか儂らを頼って欲しい。この通りだ」

 

 

 頭を下げるシジマを見て軽い頭痛を覚える。頼るも何もその為に必要な能力が足りないと言っているのにこれだ。ついでに力を貸すと微妙に上からの立場でものを言っているのも気に掛かる。

 

 多分自覚はないだろうが態度を見るに当て嵌まる感情は憐憫だろう。少なくとも自分が下に付いて支えたいとか対等の立場で助け合いたいという雰囲気ではない。

 辛い生き方をしていて可哀そうだから自分が助けてあげないといけないという憐れみの感情が透けて見える。憐れみという感情は目下に向ける感情だ。生き辛い性格をしている自覚はあるが、憐れみを向けられる程落ちぶれたつもりは無い。

 

 変に干渉されたくないから突き放した物言いをしたのが裏目に出た。満更間違いでもないが、絶対に人に頼らず、自分以外を信用しない人間不信かなにかと思われていそうな気がする。別に必要なら誰かの手を借りるくらいは普通にするのだが。

 

 頭の中に天秤を出して二つの選択肢を載せる。一つは大人しく善意を受け取る事、もう一つは善意を拒否して徹底的に言い伏せる事。それぞれの秤にメリットとデメリットを追加していく。

 

 仮に善意を受け取ればどうなるか。メリットはシジマの心象が良くなる事、そしてシジマを通じてシジマと仲の良いジムリーダーの好感度を稼げる事。

 正直メリットとしては弱い。お人好しの多いこの地方では心象の良し悪しはそこまで重要ではないのだ。どれだけ心象が良くても非道が容認される事は無く、心象が悪くても正しい事を為すのであれば助力は得られる。

 寧ろ居て欲しくない時やどうでもいい時に助け舟を出そうとして邪魔になる未来しか見えない。デメリットは正にそれだ。自分が助ける側に立っていると勘違いした人間は、それを大義名分に過度な干渉をしてくる。

 

 逆に善意を拒否した場合、これに関してはシジマがどう判断するかで変わる。

 恐らく過度の干渉を抑えられる代わりに心象が悪くなると思うのだが、実際そうなるかは未知数だ。少なくとも『ここまで言っているのに分からないならもういい』と見限る事はないだろう。可能性が高いのは『考えが変わるまで様子見する』か『信頼を得る為に努力をする』だ。

 様子見を選んでくれれば良いが信頼を得るの方に傾くとどういう行動するか分からない。下手をしたら交流を深めようと積極的に干渉してくるかもしれない。

 

 とはいえ、この二択なら拒否一択。心象的な問題を差し引いても確定で過干渉を受けるより確率で過干渉を受ける方が幾分かマシだ。

 

 

「時にシジマさん。人が人を頼る時って何が大事と思いますか?」

 

「……人柄だろうか」

 

「それは大事ですね。でもそれよりもっと大事なものがあります。何か分かりますか?」

 

「……すまん」

 

「答えは能力です。人柄やらなんやらは二の次三の次、一番大事なのはその人に問題を解決する能力があるかどうかです。で、私にとっての問題解決っていうのはその場で出来る事をサッと片付けて終わりではありません。事前の備えも事後の後始末も全部含めて完遂して漸く問題解決です。そこまで出来て初めて同僚として背中を預けます。だから私は人を使う事はあっても人を頼る事はあまりありません。そこまでやってくれる人はあんまりいませんから」

 

「心掛けは立派だが、それは君のする必要のない事も含んではおらんか? 途中で投げ出せとは言わんが適材適所という言葉もある。責任感が強いのは良いが、時には任せられる事だけでも誰かに任せる事も重要だ」

 

「堂々巡りになってますよ? 確かに私が一から十まで全てをやる必要は無いかもしれませんが、後始末すら心配で任せられないと言ってるんです。もし任せるとしたら一から十まで指示をして完遂するのを見届けないと安心できません。それだけの時間があるなら自分でやった方が早いです」

 

「重ねて言うが、それは君の身を削る行為だ。頼る以前の問題として君はもう少し他人を信頼した方が良い」

 

「それこそ余計なお世話です。人を信用しなくたって別に良いじゃないですか。人を信じて仲良く生きる事に幸福を感じる人もいれば、人に頼らず自らの力で生きていくのが好きな人だっているんです」

 

「それを治せと言うとるのだ。断言しても良い。そんな事ではいずれ潰れるぞ」

 

「本望です。私は自分で考え、自分で判断して、自己責任で行動する。才能、家庭の事情、金銭的問題なんかの色んな理由で生き方を狭められる社会で自分の選んだ道を生きられるのは私にとって幸福な事です。他人の選択ではなく、自分の選択の結果で潰れるなら受け入れましょう。それが私なりの自分の選択に責任を持つって事です」

 

「……考えを曲げるつもりはないのか?」

 

「ありません。人からなんと言われようが私は私の生き方に誇りを持っています」

 

「分かった。そこまで腹を括っておるのならこれ以上は言うまい……未だ納得はできんが君の人生だ。まだ若い事だし好きに生きるのも良いだろう」

 

「それはどうも」

 

「だが君の力になりたいと思う者がおる事だけは忘れんでくれ。儂も何かあれば微力ながら力になろう」

 

「そうですね。人手が必要な時になったら相談するかもしれません」

 

「それでいい。もう君の生き方に口は出すまい……いずれ分かる時も来るだろう」

 

「ははっ、ご心配なく。私は潰れませんよ。自分の力で出来る範囲は理解してます」

 

「そうか。それも一つの生き方かもしれんな」

 

「そうそう。さっき話した戦う理由と一緒で、千差万別の戦う理由がある様に生き方だって人の数だけあります。余計なお世話かもしれませんが人の生き方に口出しする時は気を付けて下さいね。悪気は無かったんでしょうが自分の生き方を否定されるのを、それまでの人生全てを否定されたと捉える人もいます。言われ慣れてるからあんまり気にしませんが、実を言うと私もその口です」

 

「……どうやら余計な世話だったらしい。すまなかったな」

 

「いえいえ、分かって頂けたならそれで結構です。で、今度こそ話を戻しましょう。私は仕事としてシジマさんを強くする義務がありますから、お話に付き合ってください」

 

「うむ。聞かせてくれ」

 

 

 上手く話が纏まった事に内心でホッとする。上手くいかなければいかないで別のプランもあったが上手くいくに越したことは無い。

 本当にこの選択肢で良かったのかと思わないでもないが、行動した後になって色々考えても後悔しか生まれない。どうでも良い話に長々と時間を使ってしまったがさっさと仕事を済ませてしまおう。

 

 

「では改めて。シジマさんが今後どうすればいいかです。選出に関しては拘りがあるでしょうから、ネックである距離による得手不得手に関する話がいいでしょう。ポケモンのタイプ的な問題もありますが拙いままってのはいただけません。ですから私から提案するのは駆け引きです」

 

「ほう、駆け引きとは?」

 

「シジマさんのポケモンは近接戦に限れば高いレベルで纏まっています。格闘技が攻撃と防御の両面に役立ってますので、一度近付いてしまえば同じ近接戦が得意な相手であっても有利に立ち回れるでしょう。ただそういう近接戦なら負けないっていう自信の表れなのかバトル全体が前のめりというか、どんな状況でもとにかく前に出て近寄るのが第一っていう姿勢が目立ちます。良く言えば自分の得意な戦い方を把握して有利な状況に持ち込もうしてると言えますが、悪く言えば猪突猛進のワンパターンとも言えます」

 

「そうは言うが仕方あるまい。距離を開けられては有効な攻撃手段が少ないからな」

 

「そこです。勿論シジマさんの言っている事は間違いではありません。近寄った方が強いんなら近寄るのは当たり前。でも、その為の武器が一つだけでは心許ない。だからこその駆け引きです。シジマさんなりに近付く為の工夫を凝らしている事は認めますが、バトル全体を見れば近付こうとする事が必ずしも正解ではありません。敢えて距離を置く事で道を開く事もあります」

 

「むう……言いたい事は分かるんだがな……」

 

「実際にやるのは難しいと。そんなシジマさんに覚えて頂きたい手段は二つです。一つは相手を騙すブラフ、もう一つは撤退して勝負を停滞させる待ち伏せ。他にもありますが、とりあえずシジマさんが今やってるやり方にこの二つを組み合わせるだけで対応できる幅が一気に広がります」

 

「具体的にはどうすればいい?」

 

「まずブラフの方は簡単です。一例を挙げるとするなら距離を取られても無理に距離を詰めずに自信満々な態度を取るくらいでも構いません。重要なのは実際に遠距離で戦えるかどうかじゃなくて、遠距離でも戦えると相手に誤認させる事。これで相手は遠距離と近距離の両方に気を配らないといけなくなります」

 

「だがそれでは状況は好転せんだろう」

 

「案外そうでもありません。弱点を突くのと普通に戦うのでは難易度が段違いですからね。それこそ今のシジマさんを相手にするなら、シジマさんが頭を悩ませて逃げる相手を追いかけてる間に、脳死で距離を取りながら攻撃をするだけで良い。少し賢い相手ならシジマさんの接近に対して罠を張って待ち構える事もあるでしょう。しかも危なくなれば全力で逃げれば安全圏に逃げ込めるっていう心の余裕まであります。この余裕を奪うっていうのは咄嗟の判断を必要とするバトルにおいて結構大きい要素ですよ」

 

「その手のやり方はあまり詳しくないが、そういうものなのか?」

 

「そういうものです。全員が全員そうとは言いませんが、大抵の人は追い込まれた状態よりも精神的余裕がある方がミスは少なくなります。そうさせない為にここまで離れれば安全ではなく、ここまで離れたけど本当に安全なのかと思わせられないといけません。上手い事やれば判断を間違えた相手が近づいてくれることもあるでしょう」

 

「うーむ……よく分からんが難しいものだな」

 

「そうですね。ブラフって言葉にするのは簡単ですが、実際は相手の心理の裏をかく事ですから相手の性格やその場の状況を瞬時に読んで行動を選ばないといけません。完璧に使いこなそうとすると心理学とかそっち方面の知識も学んだ方がいいでしょう。でも現実には完璧なブラフが出来る人間なんて殆どいませんし、ブラフを完璧に見破る目を持ってる人だっていません。自分と相手がいて、その相手をほんの僅かでも上回って裏をかけばそれでいいんです」

 

「儂にそんな器用な真似が出来るかどうか……」

 

「その意識が駄目なんですよ。一応シジマさんが最初のチャーレムで近接と思わせて遠距離攻撃を撃ってきたのとか、ニョロボンが泡で目隠しをして穴を掘るで距離を取って視認しにくいバブル光線を撃ってきたのも系統としては同じです。奇襲もブラフも相手の意識の裏をかくって意味では大した違いはありません。自分には出来ないって苦手意識を持って勝手に難しくしているだけで、実際には既に出来てる事です」

 

「ふぅむ……」

 

「それともう一つの戦況を停滞させることについても話します。これは相手が安全圏に避難した時に自分も安全圏に避難して戦いを止める事です。分かり易く例を挙げるなら、飛行タイプのポケモンが空を飛んで降りてこないなら、こっちはあなをほるとかで地面に潜って互いに攻撃出来ない状況を作るとかですね。あんまり露骨だとジムリーダーとして少々外聞が良くないかもしれませんので、程々に加減はしないといけませんが」

 

「先程も言った事だが消極的過ぎやせんか?」

 

「積極的な事が必ずしも良い結果を生むとは限りません。引くべき時に引けないっていうのは寧ろ欠点です。だいたい相手が安全圏に逃げたとして、シジマさんから状況を打開する義理はないんですよ。逃げ回るのを馬鹿正直に追っかけ回してたら相手の思うつぼです。相手に真っ当に戦う気が無いならこっちも真面目に相手しなくても別にいいじゃないですか」

 

「君の言う事にも一理あるのは分かるが、どうも引くのは好かん」

 

「勿論好みや相性もありますから強制はしません。それにそもそもの話が前進するなって訳じゃなくて、前進だけしかないと判断されたら策を潰されたり罠を仕掛けられたりするから、幾つかの手札を使い分けて狙いを絞らせない様にしましょうって話です。常に最短ルートを目指すのも結構ですが、一つの事しか出来ないとピンポイントメタで迎撃して終わりですからね。最終的に接近戦に持ち込むにしても、そこに至るまでのルートを幾つか持っておく必要があります。その為に攻めるべき時に攻めて引くべき時は素直に引く。そこを的確に判断して実行するのもトレーナーの腕です」

 

「うーむ……しかしなぁ……」

 

 

 一応役に立つアドバイスをしているつもりだが、シジマの反応は芳しくない。確かに好みだけで分類するならシジマには合わないだろう。

 有利であろうが不利であろうが関係なく距離を詰め、得意の近接戦で相手を圧倒する。恐らく得意というよりもそれしか出来ないという方が正しい。

 

 唯一出来る事を磨き上げて武器と呼べるまでに昇格したのは立派だが、一つのスタイルに特化する事は諸刃の剣だ。攻め手の幅が狭すぎて出来ない事は絶対に出来ないという致命的欠陥がある。

 武器を潰された時の保険を用意しておかなければ、天敵が一人いるだけで格下相手にも負ける。

 

 ジムリーダーの仕事がジムで挑戦者の相手をするだけならば弱点を放置しても別に構わない。

 だがジムリーダーには悪人の確保等の治安維持関連の仕事がある。いざその時になって天敵が出てきたから勝てませんでしたでは話にならない。出来る事はやったけど負けたでも駄目なのだ。

 

 どんなに卑怯な真似をしようが信条を曲げようが絶対に勝たなければならない時は来る。負けてしまえば被害を受けた弱者が泣きを見て、悪人はその後ものうのうと生きていく。

 それを阻止するのはジムリーダーの責務だ。その責務を果たせないジムリーダーに価値は無い。

 

 

「強要はしないって言ったそばからこんな事は言いたくないですが、もう少し危機感持ったらどうですか? 向き不向きならまだしも好き嫌いで有利になる行動を取らないのは、どの選択肢を選んでも問題なく勝てる強者の特権です。今のシジマさんがすべきは使えるものは何でも使って、学べる事は全て学ぶ事ですよ」

 

「それは分かっておる。儂とて自惚れが許される程強いとは思っておらんよ」

 

「ん~……まだちょっと認識が緩いみたいですが私は別にジム挑戦みたいな綺麗な勝負の話だけをしてるつもりはないですからね? どちらかと言うとロケット団みたいな悪人の捕縛とかの負けが許されない戦い、若しくは同格や格上との戦いにこそ主眼を置いてます。そういう時に趣向を優先するのはちょっとどうかと思いますが」

 

「流石にそんなことはせん。己の主義を通せん場面くらいは心得ておる」

 

「ならぶっつけ本番で普段やらないことをやるんですか? 負けられない本番で? どうせその時になったら負けられないからこそ得意な事をって突っ込んだりするんじゃないですか?」

 

「む……」

 

「それなら尚更普段からやるべきでしょうよ。だってシジマさんにとってバトルは鍛錬の時間なんですから。鍛錬でやらない事を本番で出来る訳ないじゃないですか」

 

「……そうだな」

 

「掘り返すようですが私が皆さんを信用できないって言ってるのはそういうところですよ? なんだかんだと理由を付けても結局のところ自分のやりたくない事から逃げる為に言い訳してるだけ。練習の時には本番になったらやるって言いながら、いざ本番になったら練習してないからって言って逃げる。そうやって自分に出来る最善を尽くさずに好きなことだけやるのはそりゃ楽ですよ。成長がないだけで」

 

「……返す言葉も無い」

 

「いいですか? 得意な戦い方がある人は勘違いしがちですが、強みや得意があるからといってそれしか武器を持ってない訳じゃありません。それはあくまでも自分の持ってる色んな武器の中で一番使いやすいものの事です。今のシジマさんに必要なのは使いやすい武器を更に磨き上げる事じゃなくて、得意な武器を活かす補助的な武器の使い方を覚える事です。私の言ってる意味が分かりますか?」

 

「うむ……」

 

「勿論いざという時に自分が最も信頼出来るやり方を持つ事は構いませんが、それに固執して選択肢を狭めては本末転倒です。強みは活かすものであって拘るものじゃありません。幾ら自信があろうと、それしか出来なくなるくらいなら強みなんか捨ててしまった方がまだマシです」

 

「耳が痛い話だ」

 

「多分ですが目的と手段の順序がおかしくなってますね。本当なら勝つ為に状況に応じた武器を選ぶんですが、多くの戦いを経験すると最適解よりも一番勝率が高かったやり方を優先する様になる人がいます。で、良いのか悪いのかそれなりに強い人はそれでも勝てちゃうんですよ。そうしてる内に自分にはこの道しかないって勘違いして余計に一つのやり方に固執していく。それはそれで一つの道だとは思いますが行き着く所は決まってます。勝てる人には勝てるけど、勝てない人には一生勝てない。潰しの利かない人間の末路は大抵それです」

 

「……言い返すようだが一つの道を更に極めるというのは選択肢にはならんのだろうか」

 

「多分他を捨てて一つの事を徹底的に突き詰めるって意味なんでしょうが、この話の流れでそれが出てくるのは私の考える限り最悪の選択です。一応私が今言ってるのも近接戦の為の指導ですからね。そういう得意を活かす為の補助的な事に手を伸ばさずに、一部の限定的な得意のみを鍛えるのは……少なくとも指導者という観点でみれば到底認められません」

 

「……やはり難しいか」

 

「何か一つの事だけを集中して鍛えるってのは言葉にする分には格好良いんですが、そんな良いもんじゃないんですよ。理屈でどうこうの話じゃないから教えようがないし……いや……多分シジマさんは勘違いしてますから、まず私とシジマさんの齟齬を正しましょう。例えばシジマさんのやってる格闘技を例にしますけど、パンチが得意な人がいるとします。それである程度威力とか型が整ってきたら、普通はパンチを当てる為のフェイントとか体捌き、重心移動とかそういうの学ぶと思うんですよ」

 

「そうだな。拳一つ鍛えたとて出来る事など高が知れている」

 

「そうでしょう? それらの要素は得意のパンチを活かす為の補助です。因みにですがこれ私がさっき言った駆け引きの重要性と全く同じ話です。接近戦がパンチになって、駆け引きをフェイントとか体捌きって言葉に直しただけです」

 

「……言われてみれば……」

 

「まあ、今は別の話をしてるんで話を続けますけどシジマさんの言ってる得意だけを伸ばすっていうのは、そういう補助的な技術を学ばずにパンチの練習だけを繰り返す事です。それで強くなれると思いますか?」

 

「……無理があるな」

 

「そうですね。一応パンチの威力自体は上がるかもしれませんが、それが強さに直結するかと言われると話は別です。パンチの練習だけを繰り返して他の技術はおざなりのままでは、いざ本番ってなっても何の技術もなく真っ直ぐ相手に向かって行ってフェイントも何もない見え見えのテレフォンパンチを撃って躱されるのが関の山、少し頭を使ったとしてもその場で思い付いた小細工をするのが精一杯でしょう……ただ極稀にですがそういう一つの事ばっかり鍛えた奴の中には変な形で壁を超える奴はいるんですよ。パンチの場合はパンチの速度を上げまくって相手が認識出来ない速度でパンチを撃てるようになるとか、そういう感じですかね」

 

「そんな事が可能なのか?」

 

「いや、分かり易い様に作り話をしただけなんで普通に無理です。ただ特殊な才能を持った人とか狂気じみた執念を持ってる奴が何か一つの事に執着すると、そういう常識では説明できない進化をする事例が極々稀にあるとは聞きます。一応原理を言うと寝ても覚めても一つの事、まぁパンチにしますが、パンチだけを何十年と繰り返している内に体の造りがパンチに特化した形に変化するって感じですかね。普通ならパンチに使う筋肉が発達するとか骨が頑丈になるくらいが精々なんですが、奇跡みたいな低い確率で別種の生物レベルに骨格とかが変形する事があります。寒い環境で育つと体温を保持する為に体が大きくなるとか酸素の薄い山の上で暮らすと心肺機能が強化されるのと理屈は同じですが……まぁ普通は何百年も掛けて、そういう血統の人と結婚して子供を特別な環境で育ててっていうのを何代も繰り返して漸く辿り着く話ですから考えるだけ無駄です。シジマさんは自分がそういう理解不能な変化を遂げられると思いますか?」

 

「……不可能……とは言いたくないが……おそらく無理だ」

 

「私も同じ意見です。不可能と断定する事は出来ないけど、断定できないだけで成功する可能性は限りなく低く、そこに至る道筋すら分からない。才能が無さ過ぎて他の選択肢が一つも無い人か他の事するくらいなら死ぬってレベルで一つの事に執着してる人がやろうとするなら、まぁ仕方ないかってレベルです」

 

「……確かに……今の段階で悩んでいる様では続かんだろうな」

 

「なんか悪い方向に取ってるみたいですけど、寧ろ良い事ですからね。一つの事を極めるって言い方をすれば格好良く聞こえるかもしれませんが、実態は効率度外視の博打なんですから碌なもんじゃありません。他に出来る事があるって事は確実な伸び代が残ってるって事ですから寧ろ喜ぶべきです」

 

「そうか……そうだな……まだ出来る事は幾らでもある」

 

「ご理解頂けたようで。それでさっきの話の途中でちょっと出てきましたけど、駆け引きの重要性についても理解して貰えたと思って良いですか?」

 

「うむ。君の言っておる事は至極真っ当な事だった。儂の理解が追い付かんばかりに手間を掛けさせたな」

 

 

 納得しているシジマを見て、漸く言いたかった事が伝わったかと内心でホッとする。流れに任せて何となく思った事をアドバイスにしたが、割と的を得ているんじゃないだろうか。

 しかし言い方が悪かったのは反省事項だ。最初から長所を活かす為の補助の必要性について話しておけば、もう少し早く片付ける事が出来た。

 

 そう思えばやはり行き当たりばったりではこんなものかと感じてしまう。我ながら上手く取り繕う事は出来たが、最低限言うべき事を決めておかないと話がズレて時間が掛かる。

 

 

「いえいえ、人間当たり前の事には中々意識が向かないものですからね。それに私の説明も悪かったです。こういう事やりなさいって言う前に、意図とか必要性とかをもっと詳しく説明するべきでした。私も反省しないといけません」

 

「そんな当たり前の事すら意識しておらんかった自分が恥ずかしいわ。改めて礼を言わせてくれ」

 

「これも仕事ですからお気になさらず。それに最終的に理解してくれるだけ有難いですよ。幾ら言っても理解してくれない人だっていますから」

 

「そうだろうな。幾ら正しいと言われても今まで己がやってきた事を変えるのは難しいものだ」

 

「そうなんですよね。私としてはその人が今までやって来た事を否定するつもりは無いんですがこれが中々難しくて……あぁ、そうだ。シジマさんは私の話を聞いてどう思いました? 内容が正しかったとかそんなんじゃなくて、普通にどう思ったかで良いんですけど」

 

「……むっ……そうだな……些か人を選ぶものではあると言ったところか」

 

「やっぱりちょっとキツイと思いました? 一応自分でもちょっとキツイ事してるなって自覚はあるんですが」

 

「……否定は出来ん。言っておる事は正しいと思うが……的確に痛い所を突かれ、さりとて正しい意見故に言い返す事も出来んともなれば、やはり思うところがある。別に言い返したい訳では無いし、己が非だと分かってはいるが……素直に頷くのは難しい。教えを乞う身で言えた義理ではないがな」

 

「やっぱりそうなりますよね……まぁ、分かってんなら直せって話なんですがこればっかりはどうにも。遠回しに言えばもう少しマシなんでしょうが、あんまり遠回しだと本当に教えないといけない事が伝わりませんし」

 

「己が非を素直に認められん未熟を恥じるばかりだ……」

 

「ああ、いや、すいません。別に気にしなくても良いですよ。実際私にも結構な非はあるんで。痛い所を突くのも私の性格というか、まぁ悪癖みたいなもんですからね。私が自分の問題を治せば解決する部分も少なくありません」

 

「だとしてもだ。結果として君は己が為すべき事を果たしておる。だが儂はどうだ? 本来為すべき研鑽を忘れ、自らの過ちを認めず、教えを施す者に少なからず不満を抱いた。ジムリーダーの立場に就いておきながらこの体たらく。情けない限りだ」

 

「いえいえ、そんなことはありませんよ。確かにシジマさんは自分の好みに固執してた部分があって、それが最善の行動では無かったのは事実です。でも間違った研鑽であっても研鑽には変わりありません。ほんの少し寄り道をしただけです。間違った研鑽も一つの経験としてシジマさんが成長する糧になりますよ」

 

「そう言ってもらえると少しは気が楽になる……して実際のところはどうなのだ?」

 

「実際のところとは?」

 

「気を使わなくても良い。成長に痛みが伴う事は分かっている。掛け値なしに実際にはどう思っておるのか、君の言葉が聞きたいのだ」

 

「あーそういう……そうですね……まぁ本当に悪くないとは思ってますよ。これは私の持論になりますが私は経験というものをとても重要視しています。過去に似たような事が起きた時はこうやって乗り切ったとかの経験は知識だの訓練だのでしか学んでない事よりも余程役に立ちますからね。だから私はどんな失敗も次に活かせるのならそう悪いものじゃないと思います」

 

「……本気でそう思っとるのか?」

 

「タイミングの所為で慰めに聞こえるかもしれませんが嘘じゃないです。実際に私が体験した結果そういう結論に至りました。昔は予習や練習をしてないと何も出来ないって思ってた時期もありましたけど、実際にそういう場面に遭遇したら知識は案外役に立たないもんです。予習して得た知識はあくまでも基本でしかなく、練習で得られる経験も想像できる範囲だけ、その場その時で状況に細かな差がある現実に上手く対応出来るわけがありません。そういう対応出来ない事態を減らしてくれるのは経験だけです。その経験を積む為なら失敗の一つや二つした方が良いと思ってるくらいですよ」

 

「そういう考え方もあるか」

 

「それになんだかんだ言っても失敗も成功も全部含めて今の自分ですからね。私にだって今からでも可能ならやり直したいと思う様な失敗は幾つもあります。でもそういう酷い出来事に限って今の自分に強い影響を与えてるんだなとも思うんですよ。もしあの時に手酷い失敗をしてなかったら絶対今の自分にはなってないなって……良いか悪いかは分かりませんが私は今の自分も嫌いじゃないですからね。そう思えば失敗も大事な経験として受け入れられます」

 

「……」

 

「これは何も僕に限った話じゃありません。人の性格は成長した環境とか経験で決まります。良い事も悪い事も成功も失敗も、その人が経験したあらゆる出来事が積み重なった結果が今です。シジマさんはどうですか? 貴方は今の自分なんて消えてしまえばいいと思うくらい自分が嫌いですか?」

 

「そこまでではないな」

 

「ならいいじゃないですか。今の自分に満足してないとしても、全く嫌いって訳じゃないなら貴方の今までの人生は無駄なものじゃなかったって事です。今まで積み重ねてきた全部があっての今ですからね」

 

「本当に君には教えられてばかりだ……」

 

「それが私の仕事ですから、必要だと思ったらこの手の話もします。まぁ三十も生きてない若造がなにを生意気に悟った様な事言ってんだと思うかもしれませんがね」

 

「……君はそれで良いのかもしれんな。時に誤解を抱かれるかもしれんが、儂は君の在り方を好ましく思う」

 

「それはどうも。こんな態度なんで実際よく勘違いはされるんですよ。それと勘違いしてほしくないから言っときますけどこの手の話も出来るってだけで別になんでも出来る訳じゃないですからね。手広く出来るだけで別に万能じゃないんで、あんまり無茶ぶりとかしないで下さい」

 

「……なんと言えばいいか……君には君に任せておけば万事解決するだろうと思わせる一種のカリスマの様なものがある。それに君は望んでおらんのだろうが……助けを求めれば無下にはせんだろうという性分も感じるられるからな。頼みやすくはあるかもしれん」

 

「あー……まぁそうなんですよね。さっきは助け助けられが好きじゃないって言っといてなんですが、頼られるのはどっちかといえば好きな方なんですよ。別に無条件で人助けが好きって訳じゃなければ、色々頼まれるのも面倒で嫌いなんですけど手助けは好きと言うか……こう、何かをしようとしてる誰かの背中を押すのは好きってな感じですかね」

 

「成程な……漸く君の事が少しだけ分かった気がする」

 

「でもシジマさんも分かるでしょ? さっき悩める若者を導くみたいなこと言ってましたし、頑張ってる子の背中を押してあげたいって気持ちは。幾ら私が捻くれてるっていっても頑張ってる人を純粋に応援してあげたいって感性はありますよ」

 

「ああ、良く分かるとも」

 

「ですよね。だから私はなんだかんだで今の仕事が気に入ってます。やっぱり学ぶ意欲のある人を見てるのは楽しいですからね。学ぶ気力もなければ努力の一つもしない輩は嫌いですが、ジムリーダーの方は方向性の違いこそあれど皆さん努力家なので、そういう人は努力した分だけ報われて欲しいと思ってます」

 

「素晴らしい理念だ。儂もそうありたいものだな」

 

「頑張ってる人の望みを叶えてあげたい私としてはその望みも叶えたいところですが、それはもう少し先ですね」

 

「分かっておるとも。君の話を聞いてはもう生半可な気持ちで人の生き方に口は挟む事は出来ん。君と話しておると自分の未熟さを嫌が応にも自覚させられるからな。まだ師となるには未熟過ぎる」

 

 

 シジマの返答に軽い頭痛を覚える。これを懸念していたから責任感の強い人間にキツイ事は言いたくないのだ。如何に強くなろうとも指導が原因でジムリーダーが弟子を取らなくなったなんて事になれば指導者としてのマイナスの評価を受ける事になる。

 物分かりが悪いシジマに言葉を並べる内に、結果的としてきつく当たる事になったが、ここまで響くのは想定外だ。悪戯に心を傷付けるような事を言わなければ良かった。

 

 

「そこは程々に。さっきと言ってる事違うと思うかもしれませんが、別に教える側が完璧である必要はありません。というか、完璧な人間なんていませんから完璧を求めてたら誰にも教えを残す事無く寿命が来ます。だから皆ある程度のところで妥協するなり、自分の得意分野に絞って教鞭を取るなりするんですよ。私だって人の素質を見誤る事はありますし、あんまりその人に向いてない指導をする事もありますしね。さっきのはあくまでも私個人の見解だと思ってください」

 

「それを理解した上での事よ。己の不甲斐なさをどうにかせん事には身が入らん。ああ、何も君を責める意図はないぞ。君の言葉に切っ掛けを貰いはしたが、儂の問題だからな。遅かれ早かれ向き合わねばならん事だった」

 

「責める意図があったとしても気にしないのでお気になさらず。私は謂れのない非難は響きませんし、何ならそういう事言う人は矯正します。今回はあくまでも職務として貴方の欠点とついでに私の持論を述べただけで、それに対してシジマさんが何を感じるのかまでは関与しません」

 

「……何も悪ぶらなくてもいいんだぞ? お主が悪になる事で相手が気に病まぬようにと、そういった言葉が必要な者もおるだろうが儂には不要だ」

 

「あー……いや、失敬。こういうところが私の悪い癖なんですよね。悪ぶってる訳じゃなくて、ちょっと聞き逃せなかっただけです。どうも私は責任を押し付けられるのが大嫌いでして。さっきも言いましたけど行動の責任は全て本人に帰結するべきと思ってます。だからなんというか、責任を何処かに渡す発言というか、自分がコストを払わずに誰かに払わせようとする発言は大嫌いなんです。なんで僕が納得出来ない理由でお前が悪いみたいな事言われるとつい攻撃的になっちゃうんですよね。シジマさんにそういう意図が無いのはわかってるんですが性分なもんでどうにも」

 

「そう可笑しな事でもあるまい。誰であれ不当な非難を受ければ気分を害するものだ。それに誰しもが表に出さないだけで譲れない価値観を持っておる。少し過敏な気はせんでもないが、琴線に触れればそういった怒りを抱くのも仕方なかろう」

 

「でもやっぱり悪癖は悪癖ですよ。そういう責任の押し付けの意志だけじゃなくて言葉にも反応しちゃうんで。さっきのシジマさんの言葉だってこっちが引け目を感じない様にって気を使ってくれたのは分かってるんですけどね。ただ言葉の裏を読むというか……なんかさっきの言葉も普通の人ならお前を責めるけど、俺は気にしないから特別に許してやるよってのを遠回しに言われてる気になるんですよ。被害妄想みたいなもんなんですけど、雑談の中の言葉尻ですら反応しちゃう事がありますから」

 

「……確かにそこまでいくと悪癖と呼べるかもしれんな……どちらかと言えばありもしない言葉の裏を読む気質の方が問題な気もするが……」

 

「それは育った環境やら経験が原因ですかね。何も悪人ばっかりの環境で育った訳じゃないんですが、どうにも人を信じ過ぎてしっぺ返しを喰らった経験が尾を引いてまして。出来る限り抑える様にはしてるんですが、どっちかと言えばこっちの疑い深い性格が素ですから、襟元開いた相手と話す時とか、興奮した時なんかはそういう面が表に出ますね」

 

「……君が素を見せてくれる程に心を開いてくれている事を喜ぶべきか、その様な対応をさせてしまった己の不徳を恨むべきか悩ましい所だな」

 

 

 またしても自分の情報を吐き出す事になってしまったが、無事に話を逸らす事ができた。解決した訳ではないがこの手の問題は一過性のものが多いのでじっくりと考える時間さえ与えなければ何とかなる事が多い。特に今回は考える課題を多く与えているので後々まで尾を引く可能性は低いだろう。

 

 

「まぁ、私の事はもういいでしょう。脱線が多くなりましたが、ひとまず仕事を終わらせます。とりあえずさっきの話でシジマさんの視野は広がったと思うので、後は大事な事を幾つか覚えればシジマさんなら自力で強くなれると思います」

 

「ここまで来てまだ大事な話があると?」

 

「はい。ぶっちゃけさっきまでの話は私の予定している指導では初歩どころか事前準備。アドバイスを始める為の意識改善の段階です。一つの事しか出来ない凝り固まった考えだと成長はありませんからね。とりあえず強くなりたいなら思考を止めない事。まず最終的な目的を設定して、次にその為に必要な要素は何かを考える。そして最後にその要素を身に着けられる訓練は何かを考えて実行する。それだけで誰でも強くなれます。もし望む結果が出なければ方向が間違ってるから、どこをどう間違えているのか、どう修正すれば望む結果を得られるのかを考えてください。これが私の考える強さの秘訣です」

 

「ふむ、当たり前と言えば当たり前の話だな」

 

「その当たり前を当たり前にできる人は多くありません。少なくとも私が見て来た大半のトレーナーには出来てませんでした。皆が皆強くなりたいと言う割に最終目標、所謂自分の完成像は曖昧のまま。だから何をどう鍛えればいいか分からずに、あれもこれもと手を伸ばして、良くて何もかもが中途半端、悪ければ鍛えた事が噛み合わなくて弱体化する。普通のトレーナーよりジムリーダーが強い理由もこれにあるかもしれません。少なくとも今までに会ったジムリーダーはどういうコンセプトの戦いをするかっていう方向性だけは定まってました」

 

「言われてみれば思い当たる節はある。時折そういった挑戦者がおった」

 

「そりゃトレーナーの大半がそれなんですから分かりやすいのもいるでしょうね。まぁ、そういう訳でジムリーダーの方は第一の壁である自分の完成像を持つというのは大まかですがクリア出来てます。でも第二の壁である完成像に至る道を考えるができている人は多分いません。できてたら私から言う事なんてないですからね。他人の意見を聞くまでもなく、自分で試行錯誤を繰り返して問題点を見つけ、延々と理想に向けて成長していく筈です」

 

「……そうだろうな」

 

「でもやる事自体は難しくありません。既に自分の理想が描けているなら尚更です。今の自分と理想の自分を比較して足りない要素を探す。その足りない要素を身に付けるにはどんな訓練が必要かを考えて実行する。これだけです。理解してなければ出来ないかもしれませんが、理解すれば簡単に出来る。なんといっても当たり前と認識して意識から外すくらいには普通の事なんですから」

 

「ふむ……寧ろ何故気付けなかったのか歯痒く感じるな」

 

「そんなもんです。当たり前を当たり前としか認識できず、その当たり前が何故当たり前なのか、その当たり前の裏にどういう理屈があるのかを気にする人はあまりいません。ただ当たり前っていうのは大事だからそう呼ばれるものでもあります。詳しい原理までは知らなくてもいいけど最低限は知っておかないと話にならない事柄を当たり前という言葉で簡潔にしているだけ。格闘技で言うなら基礎ですね。その後の発展は個々人に任せるけどこれだけは絶対に知っておかないといけないという基礎は、個人の才能とか得手不得手に関係なく最初に教えるでしょう?」

 

「盲点……いや知らず知らずの内に基礎を疎かにしていたという事か」

 

「そこは考え方一つですかね。私は基礎や基本が一番大事で当たり前の事を当たり前にやるのが一番強いと思ってるからこういう基本に関する話を重視して、そういうやり方を教えてるだけです。基礎に捉われたら発展の邪魔になるから基礎はそこそこの方が良いって考えもありますし、どっちが正しいって事もありませんので最終的には個人の主義主張って話になるんじゃないでしょうか」

 

「うむ。確かにこれこそはという正解はないだろうな」

 

「ですね。また話がズレそうなので、さっさと二つ目の大事な事も教えておきます。それは自分の考えを妄信しない事。これは今話してる当たり前にも関わる話ですが、人っていうのは想像してる以上に自分に甘い生き物です。己を律して厳しい課題を課している人であっても例外はありません。寧ろ優秀な人ほど知らず知らずの内に自分が熟考して出た答えが間違っている筈がないと思い込んで、自分を疑う事ができません。シジマさんもそうです。今日私の話を聞くまで、シジマさんは自分には近距離戦しかないとか、近距離戦のスキルを磨く為に只管それをやるしかないと思い込んでいました。そしていざ指摘されるまでそれに疑問を抱く事も無かったでしょう?」

 

「……その通りだ」

 

「それが妄信です。これの一番怖い所は疑問を抱けない事。分かりやすい例としては、自分で熟考した末の答えとか経験則でしょうかね。考えに考えて悩んだ末に出した自分なりの最良の答えや一度でも上手くいった経験は切っ掛けでもない限り、そうそう疑う事は出来ません。その答えに間違いがあるとか、それ以上の案があるとか考えること自体を止めてしまうでしょう」

 

「そうだな。儂もそうだった」

 

「ではこの妄信に陥らない為に必要なものはなにか。それは根拠です。あらゆる結果には必ずその結果を引き起こす為の過程があり、根拠があります。具体例を挙げるなら筋トレ。これは負荷をかけて筋線維を破壊すると筋線維が回復する際に次回は負荷に耐えられる様にと強靭な状態で回復する人体の構造を利用しています。この場合は筋トレという過程、筋繊維の破壊と回復による強化という根拠、筋肉の成長というのが結果になります。この理屈は万物共通なので、普段から意識して下さい。難しいなら根拠があるなら正解、逆に根拠が無ければ全て不確かなものくらいの認識でも構いません」

 

「あまり意識したことはなかったな」

 

「そうでしょうね。私は敢えて言葉にしましたが普通の人はこれを無意識にやっています。さっき例に挙げた筋トレだって筋線維どうこうって理屈を知らない人は結構いるでしょうが、それでも筋トレしたら筋肉が成長するってのはなんとなく分かるでしょう。意識してないだけで誰にだって過程と結果を結びつける能力はあるんです。何せ当たり前の事ですから」

 

「……儂もそうか」

 

「シジマさんの場合は自分で問題を難しくしてた感じもします。距離の詰め方とか近接戦の技術とか分割して学ぶ分にはそれ程難しくない要素を実戦という一つの訓練で鍛えようとしたから難しかったんじゃないですかね。腕も足も全身を鍛えたいから全身運動で鍛えてるって言うと分かりやすいかもしれません。一応求めるものと同じ事やってるので必要なスキルを身に付ける事が出来ますし、実戦でしか得られないものもありますから人によってはそっちの方が向いてることもありますけど、実戦だと全部の要素が均等に鍛えられる訳じゃないので、結局は偏った成長になります。そこのところを理解して足りない部分を個別に鍛えてたら満点でした」

 

「ふぅ……悔やんでも仕方ない事だがもう少し早く君と出会いたかったよ」

 

「駄目ですよその思考は。反省するのは良いけど後悔してはいけません。先程も言いましたが何事も経験です。挫折、寄り道、非効率、そういう経験をしてきた人間にしか分からないものもあります。時間を無駄にしてたんじゃなくてそういう経験で得られるものを学んでいただけですよ」

 

「……それもそうか。儂とした事がらしくもない事を……すまんな気を使わせて」

 

「いえいえ。お気持ちは良く分かりますよ。私が価値観を壊したから少しばかり不安になったんでしょ? 今までの自分の行いは無駄だったんじゃないかって」

 

「やはり分かるか」

 

「勿論分かりますよ。私もそうでした。挫折したり価値観が変わったりして今まで自分がやってきた事はなんだったんだって思ったのも一度や二度じゃありません。でもどう思ったところで今までの行いが変わるわけじゃないんですよ。今まで自分が身に付けていた技能が消える訳でもないし、自分が為した功績も経験も全部そのまま何にも変わらず残ってる。結局無駄だと思ってた時間は、長い人生の内の数年を新しい技能を学ぶ為に使っただけでした。それで今の自分があるんだから寧ろ正解の道を選んだんだとすら思ってます。てか、これさっきも同じ様な事言いましたね」

 

「……強いな君は」

 

「そうですかね……まぁ……うん、まぁいいです。それでどうでしたか? 私の話は。為になったなら幸いです」

 

「言うまでもない。色々と学ばせて貰ったとも。一方的に世話になって悪いと思っとるくらいだ」

 

「なら良かった。私との出会いがシジマさんの為になったのなら、それは私にとっても嬉しい事です。でも一つだけ注意です。今日の話が為になったとしても決して私の教えを妄信しないで下さい。今日の話はあくまでも私が正しいと思ってる事を基準にした話でしかありません。私が言った事よりもシジマさんに合う方法があるかもしれないし、私が言ったやり方よりも効率良く強くなれる方法があるかもしれない、もっと言うなら私の理屈が間違ってる可能性だってあります。そういう考えを持って研鑽を積んで下さい」

 

「うむ。そうある事を約束しよう」

 

「お願いします。今思いついた事ですけど、近接戦をするなら場を整えたり、盾を持つっていう手もありました。私が岩タイプのポケモンを使う時にやったりするんですが岩で自分の有利な形のフィールドを作ったり、出した岩を砕いて身に付けて盾にする事で攻撃を防ぎながら接近戦に持ち込むことがあります。純粋な格闘タイプでも技の使い方次第で似たような事は出来そうですし、複合タイプならもう少し簡単に同じ様な事が出来るでしょう。これで少なくとも二つ、別のやり方が見つかりました。そういう新しい道を発見したり取り入れたりする事を忘れないで下さい。そうすれば理想が続く限りどこまでも強くなれると思います」

 

「分かった。胸に刻んでおく」

 

「ではこれで本当に終了とします。何か質問はありますか?」

 

「大丈夫だ。時間を取らせて悪かったな」

 

 

 これで漸く話は終わりだ。一晩中暴れ回った感情の高ぶりが残っていたのか不必要な事まで散々話してしまったが、故郷に帰る事の出来ない遭難者ならこのくらい感情が不安定でも可笑しくはないだろう。寧ろもっと情緒不安定になっている方が普通ではないだろうか。

 

 

「これが私の仕事ですから。それに時間掛かったって言っても今後の事を考えれば誤差ですよ。初回だから視野を広げる為の意識改革と方向性を示す程度しかしてませんし、今後もシジマさんの成長度合いに応じて都度修正を入れながら指導を続けていくんですから」

 

「ほう。して次回はいつになる?」

 

「そこは未定ですかね。とりあえずはまだ会ってない五人のジムリーダーの初回指導が優先です。それとカントーのジムリーダーもいますから、そっちの進捗確認もしないといけません。他の仕事が入ったりとか移動とかを一切考慮せず一日一人のペースで指導するとしても最短で16日後になります」

 

「ふむ。凡そ二週間か」

 

「最短でですからね。別件の仕事があればそっちに動きますし、誰かの指導で躓いて時間掛かる事もあります。それに私だって私事で使う時間は欲しいですから、諸々考えたら多くても月一回くらいの頻度が現実的だと思います」

 

「一ヵ月か……長いな……」

 

「ジムリーダーの方が16人いて私の体は一つですからね。移動する距離の問題やジムリーダー側の都合もありますし、下手するともっと間隔が開くかもしれません」

 

「むぅ……君が指導に専念出来る環境が作れれば良いが……難しいか」

 

「ですねぇ……ジムリーダーの皆さんは基本的にはそれぞれの町から離れられませんから、どうしても予定を弄れる私の方が都合を合わせる事になります」

 

「いや、流石に我が儘は言えんか。それぞれ為すべき事があるのだから仕方あるまい」

 

「まぁそうですね。とりあえず時期は未定ですがまた来ます。今回シジマさんの意識改革を行いましたので、暫くは自分で強くなる方法を考えて行動してみて下さい。次回の指導内容はその時のシジマさん見て決めます」

 

「承知した。また次に会う機会を楽しみにしておるぞ」

 

「こちらこそ、シジマさんの成長を楽しみにさせて貰います。では私はこれで」

 

「もう行くのか? まだ時間も早い事だし、余裕があるなら一戦どうだ?」

 

「遠慮しておきます。私にもやる事があるので」

 

「ふむ。それなら仕方あるまい。またいつでも顔を出してくれ。歓迎するぞ」

 

「それはどうも。なら少しでも強くなっていてください。それが指導者にとって一番の歓迎です」

 

「わはははは! あい分かった! 精進させて貰おう!」

 

「はい。期待しています。それでは」

 

「うむ! 達者でな!」

 

 

 挨拶を交わして逃げる様にジムを後にするがその足取りは重い。きっちりと良い形に着地は出来たが反省点が多すぎる。

 

 

(はぁ……ちょっと、いや結構まずったな。要らん話をし過ぎた。自分の事を話すのは今更ではあるけど明らかに必要ない事を喋り過ぎだ。あんまり人格を把握されると次回以降キャラ作った時に齟齬が出る……それ以前にシジマの交友関係の問題もあるか。シジマの性格的に変に言い広めたりは……微妙なラインだな。性格を事前に伝えておく事で変な勘違いを受けない様に気を遣って言いふらす可能性はある。口止めしとくべきだったか? ……いや、口止めすると、なんかやましい事があるって勘繰られてもっと面倒になりそうな気がする)

 

 

 指導そのものは粗は有っても悪くはない。伝えるべき事は伝えたし、何が伝えたいというテーマもはっきりしていた。最初と最後で言ってることに齟齬はあったかもしれないが、舌の滑りに任せたにしては十分な出来だと言える。

 

 だからこそ余計に失態が際立つ。伝えるべき事を伝えたなら、そこで終わりにしてしまえばよかった。話の流れで必要な情報を漏らす程度なら必要経費と納得できるが、感情に任せて自分の情報をペラペラ話すのはただの丸損だ。

 

 

(……いっそ開き直るか? どうせカントーの奴らにも薄々ばれてるだろうし、ジョウトの方も時間の問題だ。挽回するのが面倒だから第一印象は良くしておきたかったが、よく考えてみればこっちの世界だと態度を使い分けている方が印象が悪い気がする。第一印象だけ良くて徐々に性格悪くなっていくよりも最初っからキツイ性格してた方がリカバリーもし易い。今日の感じだと感性が違うとは思われたろうが、絶対相容れないとまでは思われない筈だし、良い機会か?)

 

 

 歩きながら頭の中で先を予想する。一つは今まで通り個々人に沿った性格を用意して人付き合いを続ける未来。もう一つは今日の性格を叩き台にして一貫した性格で人付き合いをしていく未来。どちらも大きな弊害を簡単に思い付いてしまう。

 

 今まで通り個々人に沿った性格を用意する場合は複数人と同時に会うだけで破綻する。何もかも正反対の性格を作る事はないにしても、相手次第では真逆の思想を持った性格を作る事はあるからだ。相手が二人までなら何とか誤魔化しも効くだろうが、三人以上になると確実に齟齬が出る。

 

 更に言えば仮に多人数と会う機会を避けられたとしても、付き合いが長くなれば徐々に化けの皮は剥がれていく。基本的にその場のノリと相手の性格に併せて即興で性格を作っているので、時間を置くとその時の性格を演じていた感覚を忘れてしまうのだ。

 だから誰かと再会するときは、大体こんな感じだったなくらいのキャラを作って、会ってから微調整を入れるのでどうしても細かい部分に差が生じる。どこか一か所に居ついて、同じ人間と何度も顔を合わせるのなら、この細かい変化の積み重ねは致命傷だ。

 

 逆に一貫した性格を用意した場合だが、こちらは恐らく一週間も経たずに破綻する。初日と二日目くらいは大丈夫だろうが、三日目くらいから一貫した性格に不便さを感じ始めて、四日目か五日目くらいには少しだけ相手に話を併せる事を意識しだし、六日目か七日目には相手に併せて性格を作る元の状態に戻っているだろう。

 

 無理して意識し続ければ多少は期間が伸ばせるかもしれないが、維持するのが限界で矯正は無理だ。それこそ思い返せるだけでも学生の頃から十年以上続けて、最早癖となった生き方を意識一つで矯正できる筈もない。

 

 性格の八割程を素の性格で構成すれば一貫した性格を維持出来るかもしれないが、それは意味が無い。素の性格が悪いから別の性格を作っているのに、素の性格を前面に押し出しては本末転倒だ。性格を作る時に少しだけ素を混ぜるか、合間合間に素を出す頻度を増やすかが妥当なラインだろう。

 

 

(難しいな。基準になる性格を作るのも、今まで通りも駄目。前は同じ相手とは会っても数回くらいの仕事だったし、普段から顔併せる同僚も対悪人の仕事してるだけあって倫理観やら感性やら変わった人が多かったから何とかなってたが……いっそ成果は出すから人間性には口出しするなの方針でいった方が良いか? 実際他のジムリーダーもどこかしら変わった所があるし、結果さえ出しておけば俺の性格も個性として受け入れられる範囲ではあるか?)

 

 

 改めて考えてみれば素を出すという選択肢もないではない。当然大なり小なり嫌われはするだろうが、人間性だけを問題視して即敵対や即解雇とまではいかない筈だ。実際にポケモンリーグに所属するジムリーダーには自分と別方向で人間性に難がある者が何人もいる。

 

 方向性の問題で危険視される可能性はあるが、なんだかんだでリーグ内での交友関係も構築している。少なくとも先程まで話していたシジマやカントーのアンズ、マチス、カツラ辺りは猫被りを止めても俺を擁護する方に回ってくれるだろう。明確な落ち度があるのならともかく、あくまでも危険視でしかない段階で、ジムリーダーの意見を封殺してまで首を切られるとは思えない。

 

 そういった情を別にしても、損得で言うならばポケモンリーグから俺を放逐する理由は殆ど無い。強さは上等、指導能力は及第点、態度もそれなりに従順と勤め人として必要な要件は満たしている。期待以上かは分からないが、少なくとも求められた内容は熟して、容易に切り捨てるのを惜しませるだけの価値は示したつもりだ。

 

 強いて口実に挙げるならリーグ内に過激な思想が蔓延する恐れくらいだが、これは在野に出しても危険性は変わらない。寧ろ組織の監視下から外れて、地方の人間に無差別に思想を広める方が危険なので、危険であれば危険であるほど野に放つ事は躊躇う筈だ。四天王の腹は今一つ読めていないが、少なくともカリンとイツキは自分を放逐する危険性を正しく理解出来ていると思う。

 

 そう考えれば素を出すのも悪くはないが、時期は少し早いかもしれない。現状の自分の価値は有益止まりだろう。居れば便利ではあるが替えは効く。多少の損を飲み込めば切り捨てる判断の出来る存在だ。攻めっ気を出すならばもう少し足場を固めて、替えが効かない存在になってからでも遅くはない。

 

 

(……よし、タイミングが来るまで今まで通りでいこう。じゃあとりあえずは予定通り仕事するとして次をどうするか。残るジムリーダーは五人。ツクシ、アカネ、ヤナギ、イブキ……と後一人……えー……マ、マ? ……マツダ? マツオ? ……なんかそんな感じの奴。誰から行くか……アカネは関西の女子高生みたいなガキでツクシは虫取り小僧みたいなガキ、イブキは高慢ちきのイメージしかないけど、多分カスミみたいな感じ。ヤナギはポケスペの悪役イメージが強すぎるけど車椅子の爺さん……あと一人は……マジで覚えてねぇな。カントーとジョウトでジムのタイプ被りは無いはずだから消去法だと……ゴーストか悪のジムリーダー? そんなやついたか? 悪とゴーストなんてカリンとキクコのイメージしかない……不確定要素潰しにこいつから行っとくか? いや、中途半端は駄目だな。手持ちとかが分かってる方から済ませつつ情報を集めてからが良いか?)

 

 

 今後の方針に頭を悩ませながら、まずはポケモンセンターに向けて歩を進める。悩みがあって、時間もあるならとりあえず一度寝た方が良い。勢い任せよりも時間を置いた方が良い考えが浮かぶ筈だ。寝て起きた自分が、今の自分には浮かばない解決策を浮かべてくれることに期待しよう。

 

 

 

 ────────────────────────────

 

 

 

 指を一本ずつ丁寧に握り込んで拳を固め、緩む事のない様に気を配りながら腰を落とし溜めを作る。そして体の強ばりを緩め、腰の捻りを加えて一気に拳を前方に突き出す。

 毎日毎日凝りもせずに、幾千、幾万と続けてきた正拳突き。基本を見直すのにこれほど相応しい事はない。

 

 力を求め武を志し幾星霜、行き詰まりを感じながらも異なる強さを求めポケモンを手に取り早数十年。基礎を守り、応用を絡め、愚直に力を磨き、強さを追い求めてきた。

 

 いや、追い求めていたつもりになっていた。目的を持って磨いていた筈の武は、時が経つにつれて決まった型を繰り返す作業になり、日々の鍛錬は習慣へと成り下がった。このような事では嘗ての己が目指していた武の頂は遠ざかるばかりだ。

 

 もう過去のように身一つで我武者羅に強さだけを追い求めていられる立場でもないと分かってはいる。歳を重ねて体も衰えた、他にやらねばならぬ事もある、気にかけて守るべき者も増えた、言い訳など幾らでもある。それらを枷だとは思わないが、どれも己が納得できるものではない。

 

 明確な目標を失ったのはいつからだっただろうか。思い返せど既に思い出す事も出来ない。それに気付かせてくれた彼には感謝している。だからこそ今の彼を見るのは辛い。在りし日の己が進んだかもしれぬ姿だからだ。

 

 単純な事実として彼に並ぶ者はそうはいないだろう。若くして力、知恵、信念、どれ一つ取っても一流の域に達している。もはや努力でどうにかなるレベルではない。本人は否定するが、どれ程の才覚を持てば若くしてそれだけ多くのものを身に付ける事が出来るのか想像も付かない。きっと常人であれば苦難と努力の果てに至るゴールですら彼にとってはそれほど難しいものにはなり得ないだろう。

 

 だがその才覚が彼自身を孤独な存在へと成り果てさせてしまっている。まだ完全ではないが既に才覚故の孤独を受け入れつつある。あのまま完成してしまえば、自分が特別な存在だと誤認して自分を理解出来る者が現れる事を諦め、孤独である事を受け入れてしまう。

 

 聡い彼の事だ。おそらく己の才覚を、己と他人との違いを既に理解している。だがそれを認めたくは無いのだろう。認めてしまえば己に並び理解できる者がいないと分かってしまう。だからこそ己を平凡だと言い張り、己より下にいる者を須らく劣った存在だと主張するのだ。

 

 そこに人を見下す意図はない。ただ自分より劣る者を同じ人間ではなく劣る者としか認識出来ないだけなのだ。自らの心を守るためにはそうするしか無かったのだろう。

 

 彼もまた一人の人間。一見して謙虚にも見える彼の望みはどこまでも平凡だ。ただ孤独でいたくないが故に、力を持っても驕らず、過ぎた結果自らの価値を、そして周り全ての価値を貶めている。

 

 込められている想いこそ違えど、嘗ての己が通った道だ。才覚に溺れ、他の者を取るに足らぬ存在だと見下していた嘗ての自分。天才故の孤独、己に並び立つ者がいないが故の諦観、それを感じたのは一度や二度では無かった。

 

 それを叩き壊してくれたのは先代ジムリーダーだ。井の中の蛙だった自分を徹底的に叩き潰し、上には上がいる事を、自分が特別な人間ではない事を身をもって教わった。そうなって初めて気付けたのだ。今まで取るに足らぬ存在だと思っていた者もまた同じ人であると、優れた才覚を持とうが特別な人間などいないのだと。

 

 だが彼はどうか。少し強い力を持っただけで思い上がっていた自分とは違う。多くの分野に才覚を持つ彼に並び、真に理解できる者がどれ程いるだろうか。仮にいたとして果たして出会う事が出来るだろうか。少なくとも自分では一つの分野で並び、超える者が幾人か思い浮かぶ程度だ。

 

 

(とはいえ誰かが為さねばならん。果たして儂が彼の期待に応えられるものか……)

 

 

 口で何と言おうが性根は隠しきれない。彼の誰かに手を差し伸べようとする意志は人一倍強い。なんのかんのと理由を付けて自立させる様に突き放す事はあれど、本気で困っている人間を見捨てたりはしないだろう。

 

 それがまた孤独を助長させている。誰かに手を差し伸べる事こそが日常で、手を差し伸べられる事に慣れていないのだろう。誰も彼もが頼るばかりで彼を心配する事など無い。

 

 強いからといってなんでもできる必要はないと彼は言うが、きっとその中に彼自身は含まれていない。彼にとっては我々ジムリーダーすら保護すべき対象としか見えていないのだ。本来であれば力になるべき我々が不甲斐ないばかりに彼は人を頼れない。

 

 対応を誤ったと理解した時には既に遅かった。優れているからと甘えてはならなかったのだ。如何に力を持とうと一人の人間。我々が何か一つでも彼に並んでやらなければならなかった。並べなくともせめて特別視すべきではなかった。特別視される事に慣れているからと言って負担にならない筈は無い。

 

 

(いかんな。若い才能に充てられるなどとらしくもない。期待に応えるのではなく期待を越えねばならんというのに)

 

 

 今まで闇雲に奮ってきた拳に力が入る。バトルにせよなんにせよ彼に勝つ事は難しい。知恵で勝つなど夢のまた夢。そんな思いを振り払うように拳を振るう。

 

 残された時間はそう長くない。彼が孤独を受け入れる何らかの出来事が起こってしまえば手遅れだ。そしてその切っ掛けは身近に潜んでいる。

 

 いつの日か彼が頂点を望んだ時がそれだ。市井を生きる者に期待する事を止め、それでも尚対等な者を諦め切れず高みにいる者に期待を求めた時、彼は四天王をも超えて頂点に立ってしまうだろう。その瞬間にきっと彼は孤独を受け入れてしまう。

 

 他のジムリーダーも四天王も決して弱くはない。だが彼は迷いを抱えた状態であの強さだ。四天王であっても迷いを吹っ切った彼には届かないだろう。いい戦いは出来ても最後には負ける。勝手な憶測だがそう思えてならない。

 

 

(きっと君は儂に期待などしておらんのだろうが……見ていると良い。儂が君から学んだように、今度は儂から君に教えてやる。君の諦めを砕くのは儂の役目だ)

 

 

 一日も欠かさず続けていた拳を振るう動作を繰り返すだけで、久しく感じていなかった手ごたえを感じる。いつの間にか失っていた目的が拳に宿るのを感じる。

 

 



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荒らす人

 ガリッ パキッ プチッ 

 

 ポケモンセンターの一室に音が響く。特別な事をしているわけではない。ただ爪を齧っているだけだ。

 

 何故こんな事をしているかと言えば検証の為。最近は日々の仕事でジムリーダーと戦ったから、今日は荒事があったからと理由を付けて学ぶべき事を疎かにし過ぎていた。

 

 ポケモンの生態についてある程度こういうものだろうという推測が出来上がってきているのもあるだろう。根拠は無くともなんとなくそういうものと中途半端に理解して、今一つ知ろうとする意欲が持てなくなってきている。

 

 だが推測はあくまでも推測。推測が正しければきっとこうなるだろうという程度では駄目なのだ。理屈が分からなくても過程と結果だけはハッキリさせておかなければ、いざという場面で使えない。使えない技術なんて邪魔なだけだ。

 

 本来の予定であればジム挑戦の為に次の町に移動する予定だったが、よくよく考えてみれば急ぐ理由はない。焦ってジムリーダーの指導を一周したところで直ぐに二週目に入るだけ。一定のノルマを熟して終わりとはならず、延々とジムリーダーのところを回るのだから、少しくらい休息を挟んでもいいだろう。

 

 更に言えば後回しにしていたのは自分の体のことなのだ。最近は仕事を優先しすぎたが、普通に考えればこちらのほうが優先度は高い。

 

 つい昨晩まで慢心と焦りで精神が不安定になっていた身だが、少しくらいは余裕を持ってもいい頃合いではあるのだ。もはや自分は嘗ての様に非力ではない。常識も知らず、帰る場所も無く、力も無いまま放浪するしか無かった頃とは違う。その気になれば一人で放浪しても困らないくらいの常識と力は得た。いざという時に帰る場所も頼る相手も作った。かつてのように死ぬ気で相手に気に入られなければ明日も分からぬ身ではなくなった。

 

 だから少し学ぶ事を優先する。今回の検証は自分の体に関して。今日まで放置してきた身で言えたことではないが割と重要な情報だ。今までも幾つかの検証はしてきたが、それは肉体のスペック確認が中心になっている。力や速さ、五感などをどの程度使えるか確認したに過ぎない。

 

 今日確認する事項はスペックとは別系統のもの。肉体の変質に関してだ。これはポケモンをポケモン足らしめる重要な要素の一つとなっている。

 ポケモンという生き物は進化以外での肉体の変化が殆ど無い。一部成長するにつれて角や牙などの体の一部が肥大化するポケモンもいるが、基本的には生まれたその瞬間から形状が完成しており、成長といえば形状をそのままにサイズが大きくなるものが大半だ。

 

 その不変の形状が自分の身体に宿っているかどうかで手札の数は大きく変わる。

 致命傷を負っても、腕や足が欠損しても薬を使用すれば回復する体はシンプルに強力な武器だ。極端な話をすれば痛みさえ我慢できるなら欠損覚悟の捨て身の行動すらも可能になる。

 

 少なくとも今日の検証で確かめる事を使う予定はないし、出来れば使わない様に立ち回るつもりでいる。特に何かきっかけがあった訳ではないし、嫌な予感がする訳でもない。だが未来の不安への備えとして知っておくべき事柄だ。

 

 とはいえ、おそらく自分の体が不変になっているとは思う。なにせこの世界に来て一か月経っても、全くと言っていいほど身体に変化が無い。

 

 まず体毛、こちらに来た当時の具体的な長さは覚えていないが髪の毛は手で触れた感じどう考えても一カ月伸ばしたにしては短い。髭なんて一日二日も放置すれば絶対に気になっていたが、触れた感じだと剃って半日経ってるかどうかの感触だ。

 

 次に体型の変化がない。こちらの世界に来てかれこれ一か月以上。その間食事を取らない日の方が多く、運動量は日本にいた時に比べればそれなりに増した。摂取カロリーは減り、消費カロリーは増えた生活を一か月以上も続けて体型に変化が無いのは、どう考えても可笑しい。

 

 

(まぁ今更か。体型どころか体質自体もう人間じゃない。汗もかかない、トイレも行かない、飲食も睡眠も出来るけど必要ではないって生き物の定理から外れてる。便利ではあるけど)

 

 

 検証方法は簡単だ。爪や髪を切って、そこにきずぐすりをかけるだけ。体毛の状態からして恐らくこちらの世界に来た時の状態だと思うが、その時の状態に自分の姿が固定されているのであれば、切った爪や髪も回復すれば元の長さに戻る筈だ。そうなれば自分の体には不変の特徴が宿っていると考えてもいいだろう。

 

 いずれは徐々に症状を重くして回復の上限も確認していきたい。最初は爪や髪といった失っても惜しくない部位の欠損、次に切傷や打撲等の怪我。

 危険性が高いので今回は見送るが将来的には指等の末端部位の欠損、腕や脚といった大きな部位の欠損、最終的には内臓等の生命維持に関する部位の回復も試していきたい。

 

 

(こんなもんかな)

 

 

 切り終えた爪を眺める。余談だが、こちらの世界では爪切りは見当たらなかった。今いるタンバシティが僻地の島なので偶々なかっただけかもしれないが、一通り見た限りでは見つからなかった。ならば鋏でと思っていたのだが、想定以上に爪が頑丈になっていた所為で鋏では削る事は出来ても切る事はできない。仕方なく歯で爪を齧ったおかげで不揃いな上に深爪気味だ。

 

 短くなった爪にきずぐすりを吹き掛ける。噴霧された粒子が体に吸収され、切ったはずの爪が瞬き程の時間で切る前の状態に戻る。切った分だけ伸びるのではなく、文字通り元に戻るという表現が正しい光景だ。

 

 

(うーん……伸びる過程はないか。回復っていうから切った分だけ伸びるのかと思ったが……少なくとも普通の人間みたいに新陳代謝で新しい細胞作って回復してる感じじゃない……自分の体の輪郭が枠として固定されてて、そこに粒子を補充して枠内の欠損を補填するとかがイメージ近いか? 回復よりも修復とか修繕って表現が正しい気がするな)

 

 

 改めて回復した爪を眺める。長さは切る前と同じ、不揃いだった先端も整った状態に戻った。

 回復の原理は不明だがひとまず軽度の欠損であれば回復する事が実証できたので第一目標は達成。そして回復の過程を見て、ここまでの情報を纏めると新たに分かる事もある。

 

 

(やっぱやってみるもんだな。なんとなく分かってきた。多分新陳代謝が無いんだ。肉体の不変も新しい細胞を作る機能がないとなれば……いや、それだけだとちょっと足りない。新陳代謝が無いというよりも細胞が劣化しないから新陳代謝の機能が必要無いだな。

 細胞劣化が無いから老化も成長もせず、細胞増減がないから毛髪や体型の変化も無い。劣化した細胞を輩出する必要がないから排泄も不要で、飲まず食わずで活動できるのも細胞の維持や生成のカロリー消費がないから。自然治癒が出来ないのもこれか。傷を塞ぐ為の新しい細胞を自分で作る機能が無いから外部から粒子を補充しないと回復出来ない。

 新しい細胞を作れないのに一定のサイズまで成長する理屈は……一生の内に生み出せる細胞の量が決まってるで説明が付くか。人間も一生の内に生み出せるテロメアだかテルミアだかの細胞の数が決まってるって聞いたことがある。規定量の細胞を生まれてすぐに作り切って一定のサイズまで成長。その後は細胞を作れないから外見の変化が無くて、傷を負っても外部からの粒子補充をしないと治癒できない……

 しかしそうなると進化が変な話になるな。細胞が劣化しないって事は成長も含めて変化そのものがないだろうし、流石に悪い変化はしないけど良い変化だけはするってのは……いや、既存の生物に当て嵌めて考えること自体が間違いか。肉もあるし血も出るけど、あれはあくまでも粒子をそういう形に構築してるだけだ。

 となると進化は細胞が変化してるんじゃなくて、粒子の配列を組み替えてそういう風に見えてるだけって感じか? 一定の粒子を吸収して上限に達したら、より多くの粒子を吸収できるように器を作り替える。レベルアップや進化で能力値が上がるのはより多くの粒子を吸収できる様に器を強化した副産物、順序が逆で逆に強くなる為に粒子を集める本能があるのかもしれないが……まぁそこはどっちでもいい)

 

 

 原理に関しては依然として不明なままだが、ひとまず薬を使えば回復可能な体になった事は証明できた。これは大きな収穫だ。

 

 ついでに仮説前提にはなるが、老化に関わる情報が得られたのは有難い。あまり考えない様にはしていたが寿命の問題もあったのだ。細胞が劣化しないということは老化がないという事、それはつまり人間的な寿命による死亡は無いという事。

 

 しかし人間的な寿命が無いとしても安心はできない。あくまでも人間とは原理が違うだけで、ポケモンに寿命が無い事とイコールではないのだ。人間の様に老化の過程を踏まないから分かりにくいだけで生き物としての限界は恐らくある。

 

 

(色々試してみたかったがどうするか。生物である以上は生きる為にエネルギーは消費してる筈だ。少なくとも体温があるから発熱のエネルギーと、多分吸収した粒子で肉体を構築するのにもエネルギーを消費してる。生命維持のエネルギーと同一かどうかは分からんが、一生に使える量か回数が決まっているタイプのエネルギーだったら枯渇が怖い。エネルギーの補充は……排泄機能が無いのに飲食できるから、飲食したものをエネルギーに変換する機能はとりあえずあるか。そういう機能の内臓があるのか?)

 

 

 生き物である以上、体温の維持や体を動かす為には何らかのエネルギーを消費するのは絶対だ。ポケモンの場合はそれがカロリーではないだけで、別のなにかを消費しているだけだろう。そのエネルギーの枯渇、またはそれを司る器官が劣化すれば生命を維持できなくなる。ある意味、それがポケモンの寿命だ。

 

 

(一度野生のポケモンを捕まえて実験するか? 攻撃と回復を延々繰り返して回復機能の上限を確認。いっそポケモンの解剖も視野に入れてみるか? 人間型のポケモンを何種類か……はあんまり意味ないか。人とポケモンだと内臓の位置も数も形状も同じとは限らない。それなら腹を切り開いて回復時の体内の粒子の流れを確認……解剖はありか? 色んなタイプのポケモンを解剖して共通の内臓を確認すれば……駄目だな。よく考えたら内臓が無さそうなのが結構いるから内臓説は違う。ゴースとかガスだし、マグマッグなんか溶岩だし、どう考えても物理的に内臓が無さそうな奴がいる。となると体を構築する粒子の中に、構築を司る核的なもんがある線が高いか?)

 

 

 たった一回の回復で多くの情報が得られたのは喜ばしい。だが収穫の代わりに一つ新たな懸念も生まれている。

 

 それが病気だ。通常の人間であれば細胞生成の過程で劣化状態で生まれた細胞やウィルスに感染した細胞が原因で病気を引き起こす。その異常のある細胞を白血球等の免疫細胞が破壊し、破壊した細胞を排泄等で体外に排出、減った分の細胞を新たに作る事で回復する。

 

 だが新陳代謝がなければそうはならない。異常をきたした細胞は排出されず体内に残り続け、何らかの手段で元凶を体外に排出しなければいつまでも病気を抱え込む。その異常をきたした細胞の所在が腕や脚ならまだいい。手荒な手段だが一度切り落として回復すればなんとかなるだろう。だが内臓、特に心臓や脳などとなれば手の施しようがない。

 

 

(細胞劣化しないなら癌みたいな細胞の欠陥系統の病気にはならないだろうけど、あかりちゃんの前例でウィルス系統の病気に罹るのは確定してる。あんまり病気に罹ったポケモンを見たことないからポケモンに感染するウィルス自体が少ないか、若しくは相当弱って免疫力が下がらないとウィルスに感染しないかだが、逆に言えば罹ったら終わりみたいなところがあるな。細胞の排出も出来ないなら病気に感染した細胞がそのまんま体内に残り続けるだろうし、体内に白血球みたいな免疫があるかどうかも分からん。少なくとも人間みたいに免疫に任せて時間が薬ってのは望み薄だ。この前飲んだ秘伝の薬の効果に期待したいが……過度な期待はしない方が良いだろうな……まぁ、いいか。これはあれだ。腰据えて対応する問題だ)

 

 

 答えの出ない問題は先回しにする。一先ず回復できるという実態が分かっただけで御の字だ。

 そして次の実験に移る。回復実験を控えるか悩んだばかりだが、一つだけ試しておきたい事があるのだ。これは時折いる古傷を持つポケモンを見た時に思い付いた事だが意図的な形状変化を起こせるかを試しておきたい。

 

 基本的にポケモンの形状は怪我一つない形状で固定されているが、稀に古傷を抱えたポケモンや体の一部が欠損しているポケモンがいる。これが野生のポケモンなら分からないではない。傷を負った後に木の実でも齧って中途半端に回復した結果、回復しきれていない傷跡や欠損が残っているで説明が付く。

 

 ただトレーナーの所持しているポケモンの中にも同じようなポケモンがいるのだ。トレーナーが態々ポケモンの古傷を残しておくためにポケモンセンターを利用せずに薬で中途半端な回復をしているとは思えない。ならば回復しても尚傷が残るなんらかの条件があると考えるべきだろう。

 

 ただその古傷が残る条件がなにかとなると正解は分からない。分からないがなんとなく程度の仮説ならば五つの候補がある。

 

 まず第一候補はポケモンの精神が肉体に影響を与えている可能性。傷があったり、欠損した状態を自分の正常な状態だと認識する事で、回復後の状態がそれになるという仮説だ。可能性としてはこれが最も高い。

 

 ポケモンはモンスターボールを出入りする時や回復する時、テレポートなどの一部の技を使用する際に体を分解したり構築したりするが、その時になにを基準にして形状を決めているのか。幾つかの候補を考えた中の一つが認識だ。古傷や欠損があるのが正常だと認識を上書きされるような強烈な攻撃を喰らった場合、その認識が肉体に反映されているのではないだろうか。

 

 実際に人間の場合でも思い込みが肉体に影響を与える事例はある。有名な話だと、目隠しをした囚人に少しづつ血を抜くと伝えて、出血したと感じる様に水を伝わせたところ、一滴の血も流していないのに失血死したという話があった筈だ。他にも精神的な問題で傷の治りが遅くなったり、全く関係のない薬を特効薬と偽って飲ませて病状が回復したなんて話も幾つか見聞きした記憶がある。プラシーボ効果やノーシーボ効果と呼ばれているが、実際に精神が肉体に影響を与える事は証明されている。

 

 形状が固定されている人間でこれだ。体を分解、再構築したり、進化したりと姿を変えられる、云わば決まった形状を持たないポケモンならば、精神が肉体に与える影響が人間より強くても不思議ではない。

 

 第二候補は形状を記録、更新するタイミングに傷を負っていた可能性。これはポケモンの回復の原理が特定時期の状態に巻き戻しであると仮定した場合の話。ポケモンには自分の形状を記録するタイミングがあり、そのタイミングで傷を負った場合、傷が治りきらなくなるという仮説だ。

 

 ポケモンの形状記憶が精神的なものでなかった場合、おそらく一生のうちに何度か形状を更新するタイミングがあるとは思うのだ。少なくとも生まれた瞬間に自分の形状を記憶している訳ではない。生まれた瞬間の状態を記録していると成長によって体が大きくなっても回復する度に小さい状態に戻ってしまう事になる。

 

 だが問題になるのは更新のタイミングだ。特定の時期の状態に巻き戻る場合、回復すると前回の更新以降の体の成長もリセットされる事になる。かと言って数十分から数時間単位で頻繁に更新されるのであれば、旅をするトレーナーのポケモンは即座に回復ができなくて古傷だらけになっていないとおかしい。

 

 それに形状記憶のタイミングがあったとして、そこで傷を負っていた場合、なぜ古傷になるかの説明はつかない。順当にいけば回復する度に傷を負った状態に戻る事になる。こじつけるなら回復しようとする作用と傷を負った状態に戻ろうとする作用が反発して古傷になるといったところだが可能性は低いだろう。

 

 第三候補は回復機能の劣化や不具合の可能性。肉体構築に使用するエネルギーの減少等で粒子を肉体に変換する機能が劣化、若しくはそれを司る器官が攻撃で破損して回復に誤作動が出ているという説だ。

 

 可能性としてはなくはない。なにせトレーナーの持っているポケモンも元を辿っていけば大半が野生のポケモンだ。どのくらいの期間を野生で過ごしたか、生まれて何年経過しているのか、その間に回復行為をどれだけ行ったのか、これを正確に把握している者はまずいない。それならばエネルギーの枯渇という線も現実味を帯びてくる。

 

 因みにこれの場合は古傷を抱えたポケモンが少ない理由の説明も付く。長い年月の間にエネルギーが枯渇したにせよ、回復器官が破損したにせよ、回復が出来ないのなら先は長くないだろう。バトルで傷を負っても上手く回復出来ずに直ぐに死んでしまうので古傷を抱えたポケモンの数が少ないのだ。

 

 第四候補は特殊なリージョンフォームの可能性。ポケモンは意外と周囲の環境に影響を受けやすい。少し気候や食べ物が違うだけで環境に適応したリージョンフォームなんてものが生まれるくらいだ。他にも天候で姿を変えるポワルンや特定の場所や時間でしか進化をしないポケモンなんかもいる。これらで分かるのは環境によって簡単に姿が変わる事。

 

 傷跡を残すのがその環境適応の一種の可能性はある。敢えて傷跡を残す事で自分が数多の戦いを生き抜いてきた猛者であると周囲に知らしめる為の形態変化だ。傷や欠損を弱者の証とする動物もいるが、自然界全体を見れば古傷を誇る習性を持つ動物だってそこそこいる。

 野生の中でも特に生存競走が激しい場所や連日バトルを繰り返すトレーナーの元で過ごすなら、そういった外見で強さを誇示して争いを避けようとするリージョンフォームが生まれる可能性はある。

 

 最後の候補は回復能力に上限がある可能性。一定以上の部位欠損や深過ぎる傷は回復しきれないという仮説だ。例を言うなら腕二本を失った状態で回復した場合、一度に回復出来る量に限度があるから腕一本しか直らないというような話なのだが、多分これはないだろう。

 

 なにせポケモンは瀕死からでも回復できる生き物だ。腹に穴が開いても、体が炭化一歩手前になってもポケモンセンターで回復出来る。つまり回復しきれない傷とは致命傷どころか瀕死すらも超えた深手ということにやる。部位欠損なども重大な傷ではあるが、角が折れただの腕が切れただのが瀕死以上の深手扱いになるとは思えない。それならまだ個体毎に再生しにくい部位があるとかの方が納得できる。

 

 さらに言えば、この説は古傷が残る理由は説明できても、回復後の正常な状態がそれになる説明はできていない。一度の回復で治らないなら二回、三回と回復すれば治る筈だ。中途半端に回復する度にニュートラルな状態がそれに更新されるなら分からなくもないが、それなら木の実程度しか回復手段のない野生のポケモンなんて傷だらけになっていないとおかしい。

 

 と回復の原理は不明だが、要はポケモンの形状を決めるのが認識依存だった場合、上手く使えば形状を意図的に変化出来るのではないかという話だ。そしてそれを確かめるのはそこまで難しくない。一発で正解を導き出すのは難しいが、仮説を一つずつ潰すのは簡単だ。

 

 それこそ先程試した回復実験と同じ事をするだけでいい。爪や髪を切って、それを自分の正常な状態であると強く認識して回復を行う。それで爪や髪が回復しなければ良い。もしそれが出来るのであれば形状固定の原理も精神的なもの、即ち認識依存である可能性が高くなる。

 

 どの程度の認識の強さが必要になるのかは分からないが、成功すれば儲けものだ。その気になれば認識一つで自分の体を好きに作り変えることが出来る。傷薬一つで整形や肉体改造も思いのままなら別人に成りすますことすら可能になる。

 

 流石に人間の形を捨てて他のポケモンになる様な大きな変化は難しいだろうが、体の一部を別の生き物や材質に変えるくらいは出来るかもしれない。使いこなすことができれば便利なんてレベルでは無い。仮に回復能力に回数制限があったとしても試す価値がある。

 

 

(爪とか髪もなんか使えそうではあるんだよな。ハサミが刃こぼれするってことは鉄レベルで硬いってことだし。爪は短過ぎて使い道が思いつかないけど、髪なんかは長さがあればワイヤーみたいな使い道がある。回復で1mくらいに無理やり伸ばせれば良いけど、流石に元の形以上、しかも今までの人生で一度もやったことが無い長さに伸ばすのは難しそうなんだよな……)

 

 

 再度齧った爪に傷薬を吹きかける。今度は今の爪を齧った状態が自然な状態だと考えながらだ。短い状態の爪は見慣れているので、それを異常だとは思わない。これも実験に爪を選んだ理由の一つだったりする。

 

 傷薬を吹きかけた爪を観察する。先程とは違い、今度は爪の長さは元に戻らない。しかし爪が伸びない代わりに形状が変わった。無理矢理齧って削った爪の先端が綺麗に整っている。

 

 想定からは少し外れたが、理解出来る結果に思わず頬が緩む。最悪、幾つかの候補の条件を満たす結果が出れば回復しても何も分からない可能性だってあった。だが出て来たのは考えうる限り、最高の結果だ。

 

 

(これは認識依存でほぼ確定かな。この世界に来てから一度もなってない状態になったって事は特定時期への巻き戻り説は否定。ただ勝手にこの状態になったのはちょっと問題か。俺は爪を齧った状態を正常だと考えてたのに、整った状態になったって事は、頭の中でこうと考える程度の認識じゃあ効果が無いって事だ。無意識に、それこそ日常生活の一部レベルでそれが自然と思えるレベルの認識が必要と考えると都合よく利用するのは厳しい。自己暗示や思い込みで…流石に無理か)

 

 

 整った爪を眺めながら活用法を考えるが、残念ながら回復以上の使い方は思い付かない。なんなら回復に使えるかどうかすら怪しい。仮になんらかの理由で腕が捥げたりした際に、そうなった原因を頭から追いやって腕がある状態が普通だと認識出来るかどうか。自己暗示には慣れているが流石に有効活用できると断言はできない。

 

 とはいえ色々と収穫はあった。碌な準備もなしの思い付きでここまでの結果が出せたのであれば上出来だ。

 

 

 本当は伝説のポケモンを討伐出来るかどうかも検証したいのだが、こちらは準備不足で諦めた。まだ猶予があるからと目を背けてきたが、各シリーズの時系列が分からないので、そろそろ視野には入れておかなければならない。

 

 自分の持っている伝説のポケモンや過去に出会ったミュウツーを見る限りでは問題なく倒せるとは思う。伝説だなんだと持ち上げられているが、希少性の高さと固有の特殊能力を除けば少しレベルが高いだけの野生ポケモンだ。

 

 ただし、自分の持っている伝説のポケモンが本来の伝説のポケモンと同一の存在かと言われれば微妙なライン、ミュウツーにしても伝説のポケモンを基に作られた人工ポケモンだ。この世界での天然物の伝説ポケモンを倒せる根拠にはならないだろう。

 

 ゲーム上の強さが大したことはないからと甘く見てはならない。そこにフレーバーテキストの能力が加われば強さの桁が跳ね上がるポケモンだっているのだ。比較的控え目な能力を持った準伝説ですら固有の能力次第で、存在するだけで災害を引き起こせる化物になる。ストーリーに絡む伝説のポケモンともなれば文字通り世界を滅ぼす事だって可能だろう。

 

 少なくとも危険視するだけの根拠はある。伝説のポケモンについて少し本を調べてみれば、詳細までは知られていなくとも名前や外観、簡単な能力について伝承が残っているものが多い。これはつまり、実際にそのポケモンを発見して能力をその目で見た者がいると言う事だ。

 

 人の歴史を考えれば実在する事がはっきりしている伝説のポケモンの討伐や捕獲を考えるトレーナーがいない筈もない。大半は出会う事すらできなかったとしても、出会うことが出来た者はいるだろう。その中には集団で動いていた者や四天王、チャンピオンクラスの者もいたかもしれない。

 

 だが討伐や捕獲に成功した記録は無い。そんじょそこらのポケモンよりは強いだろうがレベル的には40,50程度のポケモン一匹、四天王どころかジムリーダー、なんならチャンリオンロードにいるエリートトレーナーでも全力を出せば倒せる可能性のあるレベルなのにだ。ならばレベル以上の強さを持っていると考える方が自然だろう。

 

 そもそも野生のポケモン自体が侮れない。こちらの世界でも割と軽んじられているが、実際に戦うなら対トレーナーよりも対野生ポケモンの方が危険性も厄介さも遥かに上だ。

 

 野生のポケモンにとってのバトルは遊びではなく生存競争。ルールがなければ倫理もない。トレーナーへのダイレクトアタックなんて常套手段、災害指定技の使用だって当たり前、形成が悪くなればなりふり構わず逃げ出して闇討ちをしかけるなんてのもいるらしい。あくまでも外敵の排除を目的としているので変に手心を加えるなんてこともあり得ない。

 

 そういったものを抜きに純粋に戦うにしても、対トレーナー戦の様に相手の指示を聞いて判断する事も出来ないので、技が出るまで何がいつ飛んでくるかも分からない。なんなら不意打ちで死角から無言の一撃必殺が飛んでくる可能性だってあるのだ。

 

 だが危惧しているのはそこではない。如何に強かろうが倒す事が出来るのならなんとかなる。参考にならないと言っておいてなんだが、レベル40,50の伝説のポケモンがレベル70のミュウツーよりも純粋な戦闘力で上を行くとは思えない。厄介な特殊能力だって内容が分かっていれば一部を除けば対抗策はある。

 

 問題になるのは倒す事自体が不可能なパターンだ。特定のアイテム所持や時期が訪れる等の条件を満たさない限り、不思議な力で攻撃が通らなかったり、無限に復活する等のパターン。いくら強さで勝っていても倒せないなら意味が無い。しかしこれは手順を踏めば勝てるだけまだ有情だ。

 

 本当に最悪なのは血筋や生まれついての加護の様な個人では手に入れようのないものが必要になるパターン。主人公の様な選ばれた者以外では倒したり、捕獲したりできないとなればどうしようもない。どれだけ頑張ろうとも俺が俺である時点で敗北が決められている。

 

 もしもこの最悪のパターンがあるならば、気軽に他人と関わる事すら出来なくなる。適当に助けた人間が主人公の方向性を決める重要なキャラだったら? 適当に拾ったアイテムが主人公に必要な重要なアイテムだったら? 適当に解決した事件が主人公の成長に必要なイベントだったら? そんな一つのボタンの掛け違いで世界が滅びては目も当てられない。

 

 だから伝説のポケモンと戦う事が出来るか否かで立ち回りも変わってくる。戦えるのであれば別に良い。ストーリー通りにいこうがいくまいが、復活したなら討伐、捕獲すればいい。だがまともに戦えないのであれば出現の阻止に主眼を置いて、場合によっては首謀者の抹殺や組織の壊滅、復活に必要なアイテムの破壊くらいは視野に入ってくる。

 

 だが首謀者の抹殺やら何やらの動きも全て無駄になる可能性もある。原作の強制力や運命と呼ぶような力が働いてどうあがいても原作通りの事件が巻き起こされるかもしれない。首謀者を殺したら次から次に別の首謀者が出てくるなり、ウルトラホールから別次元の同一存在が出てくるなり、色々と考えられるがどれも防ぎようがない。

 

 これらの判断の為にも伝説のポケモンとの戦闘経験は必須。だが伝説のポケモンと戦うとなれば万全の準備をしなければならない。伝説のポケモンを殺し切る戦力、逃走する手段、いざという時の為に荒れたポケモンを宥める手段も必要だ。殺せない癖に執念深い相手に中途半端に手を出して死ぬまで追い掛け回されるなんて御免被る。

 

 仮に全て上手くいったとしても後始末の問題がある。順当に捕獲ないし討伐したとして、その伝説のポケモンがどのような生活をしていたのかが分からなければ要らない火種が生まれるかもしれない。

 

 ただ徘徊しているようで実は人里に近づくポケモンを追い払っていた、そこに存在するだけで何らかの事象を司っていた、そんな可能性だってあるのだ。何気なく倒した所為で生態系が狂ったり、災害が起こっても困る。

 

 ついでに対ポケモンではなく、対人間に目を向けるとこちらも問題があったりする。伝説のポケモンなんてゲームをやっていた身では大した有難みはないが、こちらの世界では伝説として語り継がれるくらいには価値が高いポケモンだ。なんなら伝説のポケモンを題材にした神話の様な本だって存在する。そんなポケモンを捕獲ないし討伐したとして反響がないはずがない。

 

 極端な例を挙げるならサンムーンで登場したアローラ地方だ。あの地方では伝説のポケモンであるカプ系統のポケモンを守護神として祀っている。そんな場所で伝説のポケモンを討伐したらどうなるかなど簡単に想像が付く。良くて私刑からの追放、悪ければ本当に死刑だ。

 

 捕獲の場合はどうなるか微妙なラインだが、神に認められた的な捉え方であればアローラ地方で軟禁、無理矢理捕獲したと判断されれば私刑からのポケモン解放か死刑辺りが妥当だろう。流石に他地方であればアローラ程過剰な反応にはならないと思うが面倒事は必ず出てくる。

 

 

 prrrrrrr

 

 

(ん? 誰だ? もう夜だぞ?)

 

 突如鳴り出した携帯電話の画面を見るが、そこには番号しか表示されていない。とはいえ、この番号に電話を掛けてくる相手なんて数えるほどだ。未だに番号を登録していないポケモンリーグの誰かだろう。

 

「はい。誠です」

 

「夜遅くにごめんなさい。カリンよ」

 

「ああ、どうもこんばんは。こんな夜分にどうかなさいましたか? 何か厄介事か、この間の感染症の事か。それともジムリーダーから指導に関するクレームでもありましたか?」

 

「申し訳ないけど厄介事なの」

 

「(なんで俺に?)分かりました。内容と場所をお願いします」

 

「ごめんなさいね。他に動ける子がいなくて」

 

「(お前が行けや)いえいえ、経緯が特殊なだけで私も職員の一人ですからやることはやりますよ。それで何があったんですか?」

 

「まだ内容がはっきりしてないんだけどコガネシティにロケット団の目撃情報があったから現地での真偽確認をお願いしたいの」

 

「(コガネシティか。確か地方の真ん中ら辺だったか……コガネシティ?)構いませんが、コガネシティにはジムリーダー居ませんでした?」

 

「アカネは今別件で町を離れてるのよ。戻るにしても時間が掛かるわ」

 

「分かりました。それで事実の場合は如何致しましょう?」

 

「まずは一報を頂戴。それで解決可能なら解決を。もし難しければ追加の人員を送るわ」

 

「(追加人員ね、ジムリーダーを送るって言わないあたり俺主導って認識でいいのか? ……小間使いレベルじゃなくてジムリーダーの代わりを求められてる?)とりあえず現状ある情報だけ教えてもらえますか?」

 

「情報は殆ど無いんだけどコガネシティのジムトレーナーがロケット団と思しき人物を見たっていうのが発端ね」

 

「その時に捕縛しなかったんですか?」

 

「最初は町に見慣れない人が多いくらいにしか思わなかったんですって。とはいえそれなりに大きな街だからそんなこともあるかと思ってたそうよ。それから数日の間にどんどん増えて、最終的にロケット団と思しき者を見つけた時には怪しい人物が増えすぎていて手が出せなくなったと報告にあるわね」

 

「規模どころかロケット団かどうかの確証もないんですね……ああ、だから町を離れてるジムリーダーを動かすのは難しいと」

 

「ええ、流石にその精度の情報で別件で動いてるジムリーダーを戻すことはできないの。かと言って規模が分からない以上は迂闊に人も送れないわ。だから貴方に頼むのよ。貴方なら引き際は分かるでしょう?」

 

「了解しました。とりあえず真偽確認が出来たら解決の可不可を含めて報告します」

 

「よろしく頼むわね」

 

「了解です。ではまた」

 

 通話を切り、地図を取り出す。本来の職務を考えれば俺のすべき仕事でもないが、突発的に発生した事案の対応なら仕方がない。

 内容を聞く限りだとゲームにあったイベントっぽいので、どうせ主人公が解決するんじゃないかとも思ったが、考えようによってはこれはチャンスだ。

 

 

(タンバシティからだと東に一直線か。結構近いな。ロケット団となるとラジオ局だかテレビ局だかが乗っ取られるイベントか? 俺がこっちにいるのに発生したって事は主人公がコガネシティに着いたか時限式でイベントが起きるかのどっちか。行ってみて主人公がいなければ時間式で確定だけど主人公がいたらどっちか判定できんな。まぁ、いたらいたで強さを見て、軽く面識を持っとこう。実在の主人公がどんな存在か確認しとかないと怖い。謎パワーで強化された理不尽な存在かもしれないし、場合によっては面倒事の押し付け先になるんだ。いざという時に声を掛けれるくらいの仲になって損は無い)

 

 

 考えながらも手早く荷造りを済ませていく。とにかく時間がない。もし主人公が町に着いたことでイベントが発生するのであれば、多少時間をおけば主人公が勝手に問題を解決してしまう。

 

 問題解決そのものは誰がやろうとどうでもいいが、今まで存在だけは確認しながらも一度も遭遇する事のなかった主人公存在に会う事の出来る貴重な機会だ。最低でも立ち去る前に顔を合わせて人間性を確認、出来れば共同で事に当たって友好を深めつつ実力を測っておきたい。

 

 

(しかし急だな。今までこの手の問題解決は俺に回ってこなかったのに……案件自体は偵察メインの凄い微妙なラインだから本気で人手不足の可能性もないではないが、もしもの場合は事態を解決する役割ってのが加わると意図が変わってくる……可能性が高いのは人間性の見極め辺りか? 俺にとっちゃ今更だが入った経緯を考えるとロケット団に恨みを持ってると思われてる節もあるからな。性格的にも現場に出したらやり過ぎると思われてそうだ。後はタイミング的にシジマが要らん気を回して仕事を回すように進言したくらいか。同じ仕事に従事する同僚って意識を植え付けるためならありそうな話だが、今日話して即ってのはな。シジマの性格的に善は急げってのもなくはないが)

 

 

 頭の中で幾つかの事柄を考えている内に準備を済ませ、ポケモンセンターを出る。元々所持品なんてリュックに一纏めにした最低限の旅支度とモンスターボールくらいだ。服を着替えてリュックを背負う程度でそこまで時間はかからない。

 

 

(一応解決手段を考えとかないとだけど結局は人数次第なんだよな。目撃したトレーナーが疑心暗鬼になって見知らぬ奴全員敵認定してるだけなら実際は数人程度って事もありえる。でもマジで怪しい奴全部ロケット団ってなるとキツイ。ゲームみたいに建物一つ占拠されてるだけなら良いけど、町の中に散らばってたら一人ずつ潰して回るのは物理的に不可能だ。絶対に大半を取り逃すし、バラバラに動かれて人質とか取られるのも困る。規模次第では応援を呼ぶしかないが動かせる人手がないって言われての俺だからな。どれだけ集まれるか……そもそも集まったとして使い物になるかも問題だ……)

 

 

 頭の中で幾つかの解決策とそれぞれのメリットデメリットを挙げていく。古今東西、一度始まった争いを終わらせる方法はある程度決まっている。となれば選択肢の中から最適な手段を選ぶだけだ。

 

 一つ目は目的や利益を潰す事。ある程度纏まった人員を動かす以上、労力に見合うだけの目的や利益が存在する。ならば達成するべき目的や得られる利益そのものを潰してしまえばいい。

 

 どれだけ頑張っても何も得るものがない状況になっても本気で動ける者はそうはいない。所詮は数頼りの有象無象だ。引き返せないところまで来ていると腹を括る者もいるだろうが、投降者が出るなり、士気が下がるなりで確実に戦力は落ちる。

 

 だが残念ながら相手の目的は不明で探る時間もない。既に潰された組織の残党が集まる理由など、新たな組織の立ち上げか潰れた組織の復活、やけっぱちの自爆テロ位しか思いつかないが、どれも目に見える形で潰したと分からせるのは難しい。

 

 二つ目はメリットを上回るデメリットを示す事。失敗する可能性を欠片も考えない馬鹿でなければ、ある程度の損得計算は出来るだろう。成功して得られる利益に対して、失敗した時の不利益が上回れば諦める者は多い。

 

 将来的な事を考えるとこれが一番だ。どうもこの世界は人を罰するという行為に忌避感を持っている様に感じる。その所為で罪に対して罰が緩く犯罪者がのさばるのだ。悪事を働いてもちょっと檻に入って反省すれば直ぐに出てこれる、外に出れば前科者のレッテルも大した重荷にはならない、だから軽い気持ちで悪事に手を染められる。その程度の人間の集まりなら、キツイ体罰を与えてやれば心折れる者も多いだろう。

 

 ベストを目指すなら適当な一人を見せしめとして半殺しレベルに痛めつける事。それが出来れば半数は心を折る事が出来ると睨んでいる。

 

 だが外聞が悪すぎるのが問題だ。被害を抑える為の最善の行動とはいっても限度がある。厳重注意で済めばいいが、下手をすれば危険人物としてこちらが追われる可能性すら考えておかなければならない。今回の様なしょうもない案件でそこまでのリスクは負えない。

 

 三つ目は物理的に黙らせる事。シンプルな理屈として我を押し通すには力がいる。向こうが数と暴力で目的を果たそうとするのなら更に強い力で押さえつければいい。

 

 それこそゲーム主人公の様に一人で突貫して、全ての戦闘員を倒すだけだ。出来るか出来ないかで言えば恐らく出来るだろう。相手の戦力は不明だが、下っ端は強くてジムトレーナークラス、幹部で試験用ポケモンを使ったジムリーダークラスと考えれば、十分に制圧は可能。しかも一々普通のバトルに応じる必要もないとなれば更に容易になる。

 

 ただしこれは他の起こりうる被害を一切無視して原因の根本解決だけを目指す手段だ。一人で動き回る都合上、複数個所で同時に暴れられると対応が出来ない。変に藪を突いた結果、余計な被害が出る可能性だってある。ついでに言えば、一人で突貫する以上は助けも期待できない。万が一の話にはなるが、戦闘不能になればそこで終わりだ。

 

 四つ目として妥協案を示して矛を収めさせるというのもあるが、これは本当に最終手段だ。この手段は一定以上の社会的信用のある相手でなければ意味がない。相手が面子や建前を重視する世間一般でクリーンなイメージの組織なら話は別だが、悪の組織の残党となると約束を守る保証がない。一度折れてやったら調子に乗って次々に新たな要求をしてくるのが目に見えている。

 

 そもそも妥協案を提示までして争いを避ける相手でもない。ロケット団はこの地方ではそこそこ有名な組織だが、結局のところ構成員の多さと一般人に混じったゲリラ的な襲撃で被害を出しているだけで実力的には大したことはない。それこそポケモンリーグが他の業務を止めて本腰を入れれば潰せる相手だ。ポケモンリーグ総出でも相当な被害が予想される様なとんでもない隠し玉でもない限り交渉のテーブルに乗せる価値がない。

 

 この四つの中からどれか一つを選択しなければならないが、実質取れる選択肢は一つだけだ。実行不可能な一番目とデメリットの大きすぎる二番目、前提が破綻している四番目を除外すれば、三番目しか選択肢がない。

 

 報告だけ上げて応援を待ち、複数人で事に当たるのもいいが応援が来るまでに時間が掛かれば、いるかもしれない主人公を逃す可能性がある。そうでなくとも応援を集める過程でこちらの動きを敵に察知されたり、指揮に従わない者が集まったりで余計に鎮圧が困難になるかもしれない。それなら報告だけ上げて一人で突貫する方がマシだ。

 

 

(ああ、あの町か。こっちだと珍しいな。ビルがあるし、夜間なのに明かりも点いてる。この地方の主要都市か? これだけ広いと町全域にロケット団が散ってたらどうしようもないな)

 

 

 そうこう考えている内に闇夜の中の夜景が目に入る。数本ではあるが他の町には滅多にないビルが立ち並んでおり、夜間に照明を点灯している建物が多い事から規模の大きい町なのが伺える。これが大した明かりも無い小さな町であれば夜目が効く分有利に立ち回れたのだが、残念ながら暗闇の有利は使えそうにない。

 

 町の入り口を越えて、暫く上空から町の様子を観察する。流石に町を歩く人々の服装なんかは見えないが、町中を歩く人々の様子を見れば分かる事もある。

 

 例えば町中を歩いている人間はそれなりに多い。ロケット団が町を制圧しているのならば町人は自分の家に籠って安全確保に走るか、どこかの建物に一纏めにされて人質にされるかが普通だろう。だが町中を歩いている人間の数はパッと見ただけでも五十は超えており、何らかの目的の為に慌てて行動している様な様子も見られない。

 

 町全体に知れ渡るような大きい行動を起こしていればこうはならないだろう。恐らくまだ事を起こしていないのか、最初から目立たない様に行動しているかのどちらかだ。少なくとも町全体を完全に支配下に置いている可能性は低い。

 

 そして町を見ていると数十人の野次馬がでかいアンテナが設置された一棟のビルを囲むように集まっている場所がある。何らかの事件が起こっているとするならば明らかにここだろう。

 

 

(どう見たもんかな。ビルの周りに集まった野次馬を放置しているのはロケット団の策略と取れなくもない。何かあった時に即座に人質を取れるように野次馬を解散させてないのか、民衆をコントロールする程の人数がいないから放置しているだけか……多分後者だろうな。もし人質を取るなら適当に捕まえて建物内で監視した方が管理しやすい。人質の管理や野次馬を散らす程度の人員も出せない少人数か、若しくは目的にリソースを全振りして他の事をする余力がないか。

 ゲームだとどうだったかな。記憶の限りだと確かロケット団は潰れてないって他の面子だかサカキだかに呼びかけるためにラジオ塔を乗っ取って放送するとかそんな感じだった気がするが。あの建物の占領と放送が目的で、それを達成したら後はどうなっても良いと考えてるなら……いや、呼び掛けで集まる増援を期待してるのかもしれんな。招集の放送をしてなんとか増援が集まるまで耐え抜けば組織復興の足掛かりになるし、もし制圧されても放送さえ出来れば残党の士気を上げることは出来る。現状が壊滅状態であることを考えればマイナスになる事はないし悪くない手だ。可能性としてはこれが一番高いか?)

 

 

 とはいえまずは情報収集だ。非常時の為都市のルールは無視してラジオ局の前につくねを着地させ、集まった野次馬に向けて声を掛ける。

 

 

「どうもこんばんは、ポケモンリーグの者です。どなたか状況を説明できる方はいらっしゃいますか?」

 

「おお、良かった! さっき子供が中に入ったんだ! 助けてやってくれ!」

 

 

 名乗った瞬間に野次馬の最前列にいた男性に肩を掴まれる。気持ちは分かるが落ち着いて欲しい。

 

 

「(子供ね。やっぱり主人公がいたか)落ち着いてください。順を追って、まず事件が起きてるのはあの建物だけですか?」

 

「おお、場所は多分ここだけだ」

 

「(根拠は無いが他の場所でなんかあった様子はないし、ここに全力を割いたと思っていいか。控えもいるかもしれんが人数は少ないだろ)では事件を起こしてるのが誰かは分かりますか?」

 

「ロケット団の連中だ。あいつらいきなり入ってきて。俺は逃げれたけど何人かはまだ中で捕まってる」

 

「(中から人が逃げられる程度にはザル警備と)ロケット団の数は分かりますか?」

 

「分からねぇけど三十人はいた筈だ」

 

「人質は何人くらいいますか」

 

「夜だったからあんまり人はいなかったけど、何人かは仕事してたはずだ。多分十人もいない」

 

「ふむ。ところで最初に言ってた子供とは?」

 

「そうだ! 俺が何とかするって言って突っ込んじまった!」

 

「それはいつ頃ですか?」

 

「ついさっきだ! まだ十分も経ってない!」

 

「分かりました。ご協力感謝します(パニック状態だと脅威が大きく見えるって言うし、実際に見たのは十から二十くらいとして……それでも見えないところにいたのを含めたら三十はいるか。最低でも三十はいると思っとこう……しかしどうするかな。真面目にバトルする義理は無いから一人ずつぶん殴って無力化すれば三十はいけるが)」

 

 

 得られた情報を元に解決策を考える。状況は想定通り。というよりゲームのイベント通りと言うべきだろう。ならばラジオ塔にいる首謀者を撃破すれば事が治まる可能性が高い。これで突貫で発生すると思われていたデメリットは更に減った。

 

 代わりに被害を出さない事を重視するなら静観という手にも一考の余地が生まれる。主人公が事態の解決、俺が建物外で起こるトラブルの解決と分担すれば、なにかあっても被害は最小限に抑えられるだろう。

 

 だが問題は周囲の目だ。主人公に事件を解決する能力がある事を知っている俺からすれば賢い選択でも周りはそうは見てくれない。傍から見ればポケモンリーグから派遣されたにも関わらず、勇気ある少年を見捨てて安全地帯に身を置いたと捉えられるだろう。外で何か起きれば言い訳も効くが何も起きなければ本当にそうなってしまう。

 

 そうなるとやはり選択肢は突貫一本に絞られる。理屈云々は別にしても、現場の雰囲気とでもいえばいいか、方向性が間違っていた時や実態が分からない時になんとなく感じる言語化できない気持ち悪さも感じない。

 

 

(まぁ、いいや。ゲームイベント同様なら戦力も何となく分かる。ロケット団潰す系のイベントなら多分ゲーム中盤から後半、バッジ換算で六個目か七個目くらいで、雑魚の数が多い分一人一人のレベルは低い。高く見積もって最奥の幹部で40前後、道中の雑魚は30から35くらいか。そのレベルなら何人いようが最悪生身でも戦える。どうせ突貫しかないんだからさっさと終わらせよう)

 

 

 懐から携帯電話を取り出し、カリンに連絡を入れる。カリンから返ってくるであろう返答や苦言も何となく想像は付くが、既に自分の中で方針が決定しているので変更するつもりはない。状況の報告と突貫作戦の承諾を得るだけだ。

 

 驕っているつもりは無いのだが、なんでも力で解決できるとこういった根回しや小細工が面倒になってくる。良くない傾向だと分かってはいるが、力押しはいざ出来るとなると本当に楽なのだ。

 

 まぁ、楽だからこそ本来なら力押しは最終手段にしなくてはならない。いざという場面で使うのは良いが、普段から楽なことばかりしていると勘が鈍って、自分の本来の強みが発揮できなくなる。

 

 

「お疲れ様です、誠です」

 

「ご苦労様。早速だけどどう?」

 

「どうやらロケット団がラジオ塔を乗っ取って立て籠もってるみたいです。正確な人数は分かりませんが目撃証言からすれば最低でも三十人前後。相手の負傷を考慮しなければ俺一人でいけます」

 

「それは勘弁して頂戴。追加人員はどのくらい必要かしら」

 

「とりあえず十人もいれば十分かと。主要箇所の制圧は私がどうにかするので町に散らばってる可能性がある予備戦力の備えと倒した奴を捕獲する人員で事足ります」

 

「……私は止めてと言ったつもりなのだけど……貴方一人で乗り込むつもり?」

 

「はい。建物内に人質が十人くらい、それと子供が俺が何とかするって言って建物内に突っ込んで、今まさに相手を刺激してるみたいです。あまり時間を掛けると良くない方向に進みそうな雰囲気なので被害が広がる前に制圧します」

 

「そう……分かったわ。そういう事なら四天王として許可します。被害が大きくならない内に騒動を鎮圧しなさい」

 

「かしこまりました。集めた人員は町の警戒とラジオ塔前待機でお願いします。制圧が終わるまで携帯の電源は切りますので連絡は不要です」

 

「いいわ。それと危険な場所に行く人にこんな事を言いたくないけれど加減はする様に」

 

「……最善は尽くします。それでは」

 

 

 これ以上余計な釘を刺されない内に通話を終了し、即座に携帯電話の電源を切る。

 本来なら加減の程度についても相談すべきではあるが、そこは現場判断だ。個人的には死ななければ良いと思うが、一応の基準としては不可逆的な傷がなければ良いくらいに思っておけばいいだろう。

 

 なんだかんだ言っても相手は重要な施設を占拠し人質を取って立て籠もる極悪人の集団。そんな相手に多対一の戦いを挑むのだから多少の怪我は大目に見てもらわなければ困る。

 

 

「良し。出ろ、ユカイ。お前は自由だ。一緒に行こう(ここまで来たら折角だし楽しもう。合法的に人を甚振れる機会は貴重だしな。人間用の力加減を確かめる丁度良い実験台だ)」

 

 

 ボールから出したユカイを伴ってラジオ塔の入り口に向かう。今回使用するポケモンは基本的にはユカイ一匹だ。屋内戦闘となれば周囲に与える被害の大きいドザエモンとデンチュウ、空間を大きく使うつくねは使えない。相性の悪い相手が数十単位で来ない限りは身軽で使える技の多いユカイ一匹で事足りる。

 

 本来なら建物内から逃げてくるとロケット団を逃がさない様に一匹くらいレギュラーを置いて行った方が良いのだろうが、万が一強い相手がいた場合の事を考えると他所に戦力を割きたくない。そうでなくても自由にしたポケモンは他の誰かに捕獲される恐れがあるので視界外で出したままには出来ない。

 

 

(主人公が突入して十分前後。一方的に蹂躙するとしても一戦に掛かる時間を1、2分として倒せて10人。負けてる事はないだろうから、音が聞こえないくらい奥に進んでるか建物の防音性が高いのか。まぁこの距離で振動が無いなら二階が終わって三階に移動してる辺りかな)

 

 

 ラジオ塔の入り口に接近して中の様子を伺う。一階部分に窓は無く、自動ドアもスモーク仕様で中の様子を目視で伺う事は出来ないが、戦闘音は聞こえない。

 

 顔を上げて二階部分を確認するが、二階の窓ガラスに振動は無い。音は防音のレベルによるのでなんともいえないが、バトルをしていれば窓ガラスの揺れや光の反射の一つくらいはあるだろう。そういったバトルをしていそうな情報が全く無い時点で二階部分は既に通過していると思われる。

 

 軽く警戒を維持しつつ入り口から屋内に入る。その瞬間目に入ったのはロビーに屯する揃いの服を着た十数人のロケット団。予想外の光景に思わず足が止まる。

 

 

「「「は?」」」

 

 

 互いに想定外の事態に空気が固まるが、一足早く我を取り戻した誠は全力で踏み込み即座にロケット団の集団に飛び込んでいく。

 

 数で勝る相手を刺激する行為だが、多対一の状況で最悪なのは相手がポケモンを出してまともな戦闘に突入してしまう事だ。如何にレベル差があろうと十倍以上の数の差があれば万が一がある。だが逆に言えばそうならなければどうとでもできる。

 

 だから一度輪に入る。距離を詰めてしまえば同士討ちを警戒して迂闊にポケモンは出せないし、手が届く距離に敵がいる状況なら呑気にポケモンを出すよりも先に自分の手を出す。なまじ数の差があるだけに複数で囲んで袋叩きにするという選択肢が浮かぶ筈だ。

 

 

「なんだこいつは!」

 

 

 距離を詰めれば必然的に再起動するロケット団も現れる。だが再起動したロケット団が行動を起こす前に誠は輪の中に潜り込んでいる。

 

 こうなってしまえば後は加減を気にするだけ。無力化しつつ不可逆的ではない程良い負傷を与えなければならない時点で加減の分からない殴打系の攻撃は禁止。流石に内臓にダメージを与えることなく戦闘不能になるような力加減はできるとは思えない。

 

 顎をかすめて脳震盪みたいな事が出来ればいいのだが、万が一が怖いのでやめておく。もしも手元が狂ったり、相手が動いたりして顔面を殴ったりしたら目も当てられない。そうでなくても本気で顎先を殴ったら顎の骨を砕きかねない。

 

 よって今回は関節を狙う。姿勢を低くしたまま手近にいたロケット団員の足と足首を掴み、それなりの力を込めて少し捻りを加えつつ引く。ボグッという鈍い音と共に手に伝わってくるなんとも言えない感触が成功を確信させる。

 

 

「いでぇえああ!」

 

 

 足首の骨を外された団員が叫んでいるが誠は手を緩めない。骨を外した足を手放し、視界に映る別の足に素早く手を伸ばす。

 

 当然敵もやられっぱなしでは無い。誠を止めようと手や足を出して攻撃する者、一度距離を取りボールに手を伸ばす者、パニックになって無茶苦茶に暴れたり呆けたりしている者と各々が何らかの行動を試みる。

 

 だが誠には通じない。無防備な背中をどれだけ攻撃されようが大したダメージは無く、体勢を崩す事すら出来ていない。寧ろ蹴られたせいで変に踏ん張ってしまい、必要以上の力を込めて足を捻っていく。攻撃を辞めさせようとする行為が逆に被害を増やしている。

 

 そして距離を取ろうとする賢い者を誠は見逃さない。足だけを見ていれば人混みの中でも動きは分かる。輪の中から離れていこうとする足を見つければ、距離に関係なく最優先で狙っていく。

 

 パニックになっている者は論外だ。呆けて無防備になった足や無茶苦茶に振り回している足を掴む事など造作もない。骨を外す度に聞こえる叫び声を聞き流しながら、まだ立っている足を見つけて黙々と骨を外していく。

 

 最終的に一分にも満たない内に制圧は終了した。そこかしこに呻き声を上げるロケット団員が転がっているが結果としては上々だ。十数人を相手に一滴の血も流さず、建物に被害も与える事もなく、ごく短い時間で制圧を行えた。

 

 

(焦ったわ。何やってんだよ主人公。もしかして負けて捕まってんじゃないだろうな)

 

 

 主人公の安否に不安を感じつつ周囲を観察する。一見した限りでは戦闘の痕跡はない。炎の技を使えば焦げ跡が、水の技を使えば水溜りが、物理系の技を使えば床や壁に傷や破損があって然るべきなのだが、そういったものが一切無く、ロビーに置いてある受付用の紙も綺麗に整ったままだ。

 

 この状況で考えられるのは主人公がここで戦闘行為を行っていないか、対戦相手の動きまで完全にコントロールして周囲に一切の影響を与えない様な戦いが出来る化け物じみた技量を持っているかの二択だが、主人公が特別な存在であることを考慮しても後者の可能性は低い。

 

 

(多分だけど主人公が見つかって逃がさない為に入り口を固められたかとか、なんかの理由で下に集まるタイミングで偶々すれ違ったかだな。捕まってないみたいで一安心だけど、もし突入が俺じゃなかったら不味かったなこれ)

 

 

 今回は偶々その集結に突入のタイミングが重なった故の事故だ。流石に入口に戦闘可能な敵が十人以上集まっている状況は想定していない。主人公が通過した後の道に敵が丸々残ってるなんて考えてもいなかった。

 

 だが少し考えてみればありえない話でもない。ゲームの様に所定の位置に突っ立っている方が可笑しいのだ。既に戦闘が終わった場所に敵が移動するのはなんら可笑しくない。寧ろ一階の人間がやられたなら人質を逃がさない為にも新しい人員を寄こすのが普通だ。

 

 そこに無防備で押し入ったのはどう甘く見積もってもミスとしか言えない。自分一人ならどうとでもなるという意識が強過ぎた。雑になったら碌な事にならないと思った傍からこれだ。まるで調子に乗るなと言われてる気分になる。

 

 

(そんでこいつらはどうするか。行動不能にはしたがボールに手を伸ばしたヤツがいたから多分ポケモンは健在。拘束するにしてもポケモンを隠し持ってたらどうとでもできる。ボール回収するにも隠し持ってるボールを探すのは時間が掛かる……手首も外すか? いや、外しただけだと自力で嵌めれる奴もいるかもしれない。仮に五体満足になっても戦力にならない様に……思いついた)

 

「ユカイ。さいみんじゅつでこいつら全部眠らせろ」

 

 

 反省は後にしてすべきことをする。ここまで出番の無かったユカイに指示を出して転がっているロケット団を一度全員眠らせる。当然それで終わりではない。眠らせただけだと誰か一人でも起きてしまえば、そこから立て直される。

 

 

「ユカイ。こいつらの着てる服を全部集めてくれ。破っても切ってもいいから技も自己判断で使っていい」

 

 

 ユカイと協力して眠らせたロケット団の服を剥いでいく。再利用の予定はないので効率優先だ。丁寧に一枚ずつ脱がしたりはせず、力尽くで服を引き裂いて集めていく。物理的に隠す場所を無くしてしまえば見落としもなにもない。

 

 ついでに行動の阻害にも一役買ってくれる。個人的な意見だが全裸で動き回るのはある意味で戦うよりも覚悟がいる行為だ。悪事を働くと決めたり、分の悪い賭けに挑む事が出来るような人間であっても、恥を晒せと言われれば躊躇する。少なくとも俺は分の悪い戦いに挑むよりも全裸で町中を歩く方が嫌だ。

 

 

「ウツドン。出ろ。こいつらの手足をつるのムチで縛れ」

 

 

 勿論締めの拘束も欠かさない。ウツドンのつるのムチで手足を縛って転がしておく。絵面は最悪だが結果は最良だ。これでこいつらは足首を外されて、服も剥ぎ取られて、ポケモンもいない。短時間でほぼ完全に無力化する事が出来た。

 

 ここまでやれば仮に運良く骨を嵌めて、服を調達出来たとしても、次に捕まったらまた同じ目に合うかもしれないと躊躇ってくれるだろう。少なくともこういう事をする敵が今此処に来ていると理解出来たはずだ。

 

 ここまでされてまだ頑張れる人間がこの中に何人いるだろうか。よく暴力に屈しないとか痛みに負けないなんて言う人間がいるが、ここまでされてそういう事を言える奴はあまりいない。実際に痛みを伴う教育をすれば動物ですら学ぶのだ。こいつらが動物以下でない限りは直ぐに直ぐ同じ事は繰り返さないだろう。

 

 

(こいつらはこれでいい。服は外に撒いとくとして、後は……脱出経路は潰しとこう。階段は無理でも、エレベーターは止めておきたい)

 

 

 ロケット団から回収した服とボールを入り口から外に撒いて、エレベーターに向かう。細かい構造までは知らないが、電気工事関連の仕事経験もあるので多少は分かる。日本にあるエレベーターと同じなら、壊さずに使用不可能にするくらいは出来る筈だ。

 

 

(他の階のボタンは反応しないな。カードリーダーっぽいのがあるからカードと使用権限が紐づいてるタイプか。コントロールボックスは……これか? 少し形が違うな)

 

 

 一応階層ボタンを押してみるが反応がない。想定の範囲内だ。カードリーダーがついているので多分カードがないと使えないのだろう。だがこれはあくまでも確認。主目的はこれではない。

 

 エレベーターの行き先ボタンの下を見れば思った通り、コントロール用のボックスと思しきものがある。蓋に鍵が付いているが薄い鉄板を取り付けただけのちゃちな鍵を壊すくらい造作もない。蓋の溝を掴んで引っ張れば簡単にボックスが開いた。

 

 中身は想像通りだ。ドアの開閉を操作するレバースイッチと鍵でオンオフを切り替える電源の二つがある。ドアの開閉スイッチを開に動かし、そのまま操作スイッチのレバーを折る。こうやってドアが開いたままにしておけば、安全装置が働いてエレベーターは動かない。

 

 

(これでよし。でも分かるやつで良かったわ。駄目だったらドアに何か詰めるかひしゃげさせるかで物理的に閉まらなくするくらいしか思いつかないし。これで安心して二階に上がれる)

 

 

 無事に退路を絶ち、階段を使って二階に上がる。踊り場まで来たところでしゃがみこみ、チラッと中の様子を伺えば、こちらは一階とは打って変わって酷い有様だ。

 

 規則正しく置かれていただろう事務机やロッカーがひしゃげて吹き飛び、床や壁のそこかしこに焦げ跡や詳細不明の紫の粘着質な液体が付着している。

 

 

(やっぱり一階では戦ってなさげだな。焦げ跡って事は炎タイプか? ヒノアラシを貰ってるらしいから、こっちは多分主人公として、紫の液体は……見た目的に毒液か消化液の類? じゃあポケモンは毒タイプ? ゲームにはないポケモン固有の特性の線もあるが……っと、いるな。二人か)

 

 

 室内の様子を伺っていると、二名のロケット団員の姿が目に入る。下の階での叫び声が上の階に聞こえて警戒されている可能性も考えていたが、無防備に二人で雑談している様子を見るに、おそらく下の階の異常には気づかれていない。

 

 

(距離は10……2、3、まあ15メートル無いくらいか。全力で突っ込めば反撃される前に潰せるけど、悲鳴が上の階に聞こえたら警戒が……別にいいか。よく考えたら上で主人公が暴れてる筈だ。今更下の階で少しくらい騒いだところで……待てよ、そう考えると……不味い)

 

 

 慌てて壁に手と耳を当てて神経を集中する。だが壁に当てた手や耳に振動や騒音は伝わらない。外観五階建ての建物でこうも静かとなるとおかしな話になってくる。

 

 もし上層階で主人公が戦っているなら、相応の振動や騒音があって然るべきだ。闇討ちの様に静かな戦いをしているならまだしも、二階の惨状を見ればそんな器用な真似ができるとも思えない。

 

 

(音も振動も伝わらない距離ってどのくらいだ? この暴れ方をしてるなら二、三階分の距離くらいなら響く。予想以上に早くて既に最上階にいると仮定しても多少は……移動中か? いや、一階で過ごした時間を考えれば間隔が長過ぎる。なら戦いが既に終わってる? ポケモンバトルをしながら俺以上の速度で進める程強いのか? ……入れ違いで一階に人を集めたからほぼ素通りで上に行ってるならありえなくはないか?)

 

 

 正解は分からないが、猶予はあまりないと思っていいだろう。主人公と面識を得る為に面倒な仕事を引き受けたのだ。別の事に気を回し過ぎて本来の目的を果たせないなど許されない。

 

 ユカイにさいみんじゅつの指示を出すと同時に全力で駆け出し、入眠と並行して足首の骨を外す。そのまま崩れ落ちる団員の服を力尽くで破り捨て、窓から外に放り投げる。最後に安全確認を行って二階での作業は終了だ。

 

 早々に三階への階段に足を向け、踊り場から中の様子を伺う。三階の様子も二階と変わらない。机や椅子等が散乱し、そこにロケット団員がいる。

 

 

(三階は見える範囲で二人。少ないが、一階にいた人数を考えればこんなもん……いや、これマジで主人公負けてないか? 今まさに暴れてるとかリーダー格を倒したにしてはこいつら落ち着き過ぎてる……まさかとは思うが主人公じゃなかったか? これで上にいって短パン小僧とかいたらキレるぞ俺)

 

 

 降って湧いた嫌な予想を振り払い、早々にすべきことを済ませる。やることは二階と同じだ。途中見えない範囲に潜んでいた一人が出てきたが結果は変わらない。三人仲良く骨を外して床に転がしておく。

 

 十数人の被検体のお陰で骨を外すコツも掴めた。重要なのは腕力よりも握力だ。中途半端に掴んだだけではいくら捻っても足全体に捻りが分散して結局は力尽くで骨を外す事になる。逆に足首と足の骨をそれぞれしっかりと固定してやれば軽く捻るだけで簡単に骨は外れる。後遺症が残らない様に配慮したつもりだったが力尽くで骨を外した一階の連中は靭帯が伸びてるかもしれない。

 

 

(次が四階か。最上階の五階にはボスがいるだろうから、人質は四階か? いや、お決まりで社長がボスと同じ階に一人取り残されてたりするな……主人公はどうなって……ん?)

 

 

 四階へ足を向けようとするが四階への階段が見当たらない。上がってきた階段以外に三階とつながっている出入口は一か所だけだが、そこにはシャッターが閉まっている。

 

 

(階段はこのシャッターの先か? 参ったな。多分道中のロケット団からシャッターを開けるアイテムを手に入れるイベントでもあったんだろうけど全員眠らせた上に服捨ててっから探すのは無理だろうな……)

 

 

 駄目元でシャッターを確認してみるが、普通に上げようとしても開きそうにない。付近の壁にコントロールボックスがないので恐らくはリモコンで操作するタイプだ。力尽くで壊すことは可能だがどうするべきだろうか。

 

 今の状況はテロリストに建物を占拠された状態なので、個人的な優先順位で言えばシャッターを壊すくらいは許されると思う。だがこっちの世界の基準でどうなるかは分からない。そこかしこにロケット団がいるこの世界だと、そこまでする程の事ではないと責任を負わされるかもしれない。

 

 責任を負わされて叱責されるくらいなら幾らでも受け入れるが、怖いのは賠償請求をされる事だ。このサイズのシャッターを壊した場合、日本基準ならシャッター扉と開閉装置の交換やらなんやらで50~100万は平気でかかる。こちらの世界だと滅多にシャッターを見かけないので、需要の低さや製鉄技術、物流等を加味すれば日本の数倍から数十倍の値段になる可能性も決して低くない。

 

 もし賠償請求された場合、仮に100万と仮定しても支払うのは難しい。野良トレーナーに片っ端から勝負を挑めば金を集める事は出来るかもしれないが、それはポケモンリーグに禁止されている。かといってまともに働いて簡単に貯められる金額ではない。悪事を働くのは論外だ。

 

 強いて実現可能な手段を挙げるなら、ポケモンリーグに泣きついて支払いを立て替えてもらうか、友好的なジムリーダーに金を借りるかだが、こんなしょうもない事で弱みを見せて紐付きになるような事態は避けたい。

 

 

(ロケット団の所為にできるならぶっ壊すけど、監視カメラとかあったら困るしな……てか、これ主人公はどうやって先に進んだんだ? シャッターを開けて進んでまた閉めた? 追っ手を妨害する目的なら分からなくもないけど、その割にはエレベーターを生かしてたまんまだったし、あんまりそういう事に頭回すとも思えないんだよな……もしかして進んでないのか? これ以上先に進めなくて一度撤退した? ここから先に進めないと高を括ってるなら、ここまで見てきた敵の落ち着き方もしっくりくる。でも主人公とすれ違ってないんだよな。別ルートがあるのか?)

 

 

 改めて屋内の様子を観察する。シャッターの降りている場所を除けば出入口は上ってきた階段しかない。壁の一部が崩れたり、散乱した机やロッカーが壁の一部を塞いでいるわけでもないので、やはり他の通路を見落としていることはないだろう。ちなみに非常階段がない事は外から建物を見た時に確認している。

 

 

(やっぱり見落としはないよな。そもそも外から見た建物の面積と室内面積が大体同じだから隠し階段的なもんも作りようがないし……しゃあない、一旦外に出て剥ぎ取った服を確認しよう。無かったら無かったで俺が入るときに話しかけてきた奴にシャッター壊す許可貰えればいいんだが)

 

 

 頭の中で方針を考えながら窓から外を覗く。心なしか突入時よりも野次馬が増えている気がするが、遠巻きに眺めているだけで建物には近づこうともしない。携帯で動画を撮ろうとしない辺り民度の良さを感じる。

 

 

(階段降りるの面倒だし、こっから飛べばいいか。ユカイを戻してつくねを……傍から見たら自殺だけど生身で飛び降りてもいいな。ポケモンリーグから送り込まれた奴が三階から飛び降りても何ともないくらいヤバい奴って分かれば、万が一野次馬の中にロケット団が潜んでた時に牽制になる)

 

「よっと……ん?」

 

 

 窓枠に足を掛けてさあ飛び降りるぞと決めた所でふと気付く。何気なく窓から飛び降りようとしたが、よくよく考えれば上層階を目指すのに屋内に拘る必要などなかった。窓から身を乗り出して上を見れば五階には窓がないが四階には窓がある。何故こんな簡単な事に気付かなかったのか。

 

 

(……なにやってんだ俺? 普通に外回って四階行けばよかったじゃん。てかなんも思わなかったけど窓開いてるって事は、主人公こっから出てったんじゃねぇか?)

 

 

 改めて四階の窓を確認する。下からの視点なので鍵が掛かっているかどうかまでは分からないが開いている窓も割れている窓もない。

 

 

(主人公がこっから出て行ったとして、上の窓を見る限りまだ戻ってきてないのか? ロケット団系のイベントで一旦別の場所に行く必要があるようなのあったかな……覚えてないけどなかった気がする。ボス戦を前に回復に行ったとかか? ……そもそも出たかどうか分からんか。主人公通った後でロケット団が逃走されない様にシャッター閉めたとか普通にありそうな気がしてきた)

 

「つくね、お前は自由だ。ユカイもつくねに乗って一緒に行くぞ」

 

 

 ボールから出したつくねに乗り込んで窓から外に出る。無いとは思うが空中で狙われた時の為の備えとしてユカイも一緒だ。つくねの真ん中の頭を足で挟むように乗り、懐にユカイを座らせる。

 一緒に乗っているユカイが真正面から俺に抱き着いてくる。最近あまり構ってやれてなかったが、こういうストレートな愛情表現を見るとまだ俺に懐いてくれていると実感する。こんな状況で言うことでは無いが少し和む。

 

 

「つくね。そらをとぶ。四階の様子を見たいから高さを合わせて少し離れた位置で止まってくれ」

 

 

 和みながらもやることはやる。つくねに乗って建物から少し離れた位置で建物内を確認。夜間であろうが距離があろうが関係ない。

 

 窓から見える限り得られる情報は二つ。四階にいるのは二名、一人はロケット団の制服、もう一人は白衣を着ている。そして部屋の中は下層同様に荒れた状態だ。

 

 

(ん? これは……どういう状態だ? てっきり主人公が三階まで攻略して出て行ったと思ったが、様子的に四階より先に進んでるのか? ならなんで人質が解放されてないんだ? 五階に敵のボスと一緒に人質もいる? ……いや、それよりも主人公が既に四階を突破してる方が問題だ。俺もさっさと……いや、後追いをするよりも先回りして上から行った方がいいか)

 

「つくね。屋上に行ってくれ。見張りがいるかもしれないから少し距離を離してな」

 

 

 つくねは指示通り、建物から距離を離しながら上へと昇っていく。

 

 屋上の様子は一目見れば分かった。自販機が一台にベンチが数本あるだけで特段大きな遮蔽物はない。そしてベンチに腰かけている男が一人いるが判断に困る。

 

 この椅腰掛けている男はロケット団の制服を着ていない。ついでに言うなら、この世界でありふれた顔もしていない。ゲームで言うところの固有グラフィックを持っている人間だ。

 

 

(……どっちだ? 人質? ロケット団? ……固有グラってのがな。取り巻きがいないのは気に掛かるがストーリー的に屋上を最奥と見れば固有グラを持ってるロケット団幹部の線はある。逆にポケモンさえ奪っとけば屋上は人質を閉じ込めとくには最適だ。一人でいるのも固有グラを持ってるくらい重要な絶対逃がせない奴を閉じ込めてるみたいな話なら筋は通る)

 

 

 時間に追われながらも頭の中で次の行動を考える。安全策でいくならば、問答無用で捕縛だろう。背後から強襲して拘束する。もし人質であれば解放すればいい。これが最も安全だ。

 

 ただし人質だった場合は印象が良くない。状況が状況なので多少は大目に見て欲しいが、感情的には苦手意識なり敵対意識なりが湧くのは避けられない。これが有象無象ならどうでもいいが、固有グラとなると変に拗れると損益を被る重要なキャラの可能性がある。

 

 ならば一声掛けて敵か味方かを判別すればいいのだが、本格的なバトルをするには環境が悪い。もしもロケット団の幹部だった場合、下の階から増援が来て挟まれる可能性がある。単純に人数が増えるだけなら、どうにかなるが、もしも人質を連れて来られたら最悪だ。

 

 

(面倒臭いなぁ……もう全部ぶっ潰して終わりにしたい。どうせなら殲滅作戦とかそういうの振ってくれればいいのに)

 

 

 頭の中に物騒な思考が混じり始めるがやるべき事を見失ったりはしない。ただやるべき事とやりたい事が一致しないのは思いの外ストレスが溜まる。

 

 別にロケット団を殺したいわけではないし、悪人に人権はないだとか悪人は殺すべきなんて過激な事を言うつもりもない。ただ悪人の為に善良な人間である自分の時間を削っているという事実が気に入らないだけだ。

 

 

(潰し方で頭を悩ませるならともかく、あんなクソゴミ共への手加減の為に頭回すのはどうも気が乗らん。そもそもカリンもカリンだ。態々言われなくても手加減くらいするわ。俺のことどう見てんだか……いや、俺なら滅茶苦茶やりかねないと見られてんだろうけどさ。だからって、いざ口に出して言われると変に気を遣うというか、寧ろ敢えて文句を言い辛いギリギリを攻めたくなる)

 

 

 無性に苛々が溜まっていく。一度こうなれば今まで気にしていなかった事すら粗を見つけてストレスの種になる。今現在だけを考えれば良い事だ。ストレスを溜めて攻撃的になった方が頭が回る。仕事中は常に苛々しているくらいが丁度良い。

 

 ただ、最近はこの気分の盛り上げ方に危うさも感じている。日本にいた頃に問題にならなかったのは、自分に力がなかったからだ。力がないから、ストレスを爆発させても大した事は出来ないと分かっているから、溜め込んだストレスをぶつけてもいい犯罪者を追い込むくらいで満足できた。

 

 だが今の自分には力がある。物理的に人を殺すくらいなら片手間で、殺した事を隠ぺいする事もタイミングを選べば多少の手間で出来る。だからだろうか。力を振るえば即座に解決できるのに好きに力を振るえないのは、全力を出せば片付く作業を手を抜いてダラダラ進めている様でもやもやする。

 

 

(……まぁいいや。別に増援来たら来たで適当にくらわして転がしとけばいい話だ。逆に増援が来てくれたら、敵が多くて手加減できませんでしたで無茶しても言い訳しやすい……てかなんか面倒になってきたし、主人公に面識だけ作れればなんでもいいわ)

 

「つくね。あの建物の屋上に静かに着地。着地後は周囲を警戒。奇襲してくるようなら制圧しろ。ユカイもだ。いつでもさいみんじゅつを撃てるように構えて周囲を警戒。奇襲があれば俺の指示を待たずにさいみんじゅつで眠らせろ。いくぞ」

 

 

 方針を決めて、それを即座に指示という形で口にする。変にグダグダ考えると絶対に粗が見つけて、行動を躊躇ったまま時間だけが過ぎるのがオチだ。さっさと決めて、さっさと動いて、さっさと帰る。それが出来る力があるのだから、最初からそうすべきだった。

 

 一度指示を出せば嫌でも状況は進む。目的のビルからは数百メートル離れていたがつくねが走ればほんの数秒の距離。あっという間に屋上に着く。

 

 

「(はてさて鬼が出るか蛇が出るか)どうもこんにちは」

 

「っ!? 誰だ!」

 

 

 声をかけた瞬間、男性は振り向きながらボールを床に叩きつける様にしてポケモンを出す。下の階にいたロケット団に比べても反応が早い。なんとなく戦い慣れている雰囲気が伺える。

 

 反応的にはロケット団の様な気がするがまだ結論を出すには早い。可能性は低いが、屋上に籠城していた社員が突然声を掛けられてパニックになっているだけの可能性もある。

 

 

「ポケモンリーグの誠です」

 

「くそっ! ロケット団は永久に不滅だ! いけ、ドガース!」

 

 

 どうやらはずれを引いたらしい。だが、目の前にいるロケット団が馬鹿で助かった。これで私は一般人ですみたいな事を言って油断した所を背後から攻撃する知能がある奴だと処理が面倒になる。ポケモンリーグの名を背負っていると、いくら怪しくとも一般人を語る相手を攻撃できないので、この手の馬鹿はありがたい。

 

 だが出てきたポケモンの弱さには驚きだ。粒子の色を見るにレベル30台半ばといったところ。見張りの雑魚の手持ちとしてなら納得できなくは無い数字だか、固有グラを持つ敵の手持ちとしてはかなり弱い。

 

 

「つくね。メガトンキック。倒れるまでボールにしてやれ。ユカイは俺に付いてこい」

 

 

 ドガースにはつくねをけしかけて、自身も行動を開始する。どうせポケモン任せでも一方的に倒せるレベル差がある。ならばその隙に俺自身がトレーナーを制圧すればいい話だ。態々ポケモンバトルに付き合ってやる義理はない。

 

 

「なっ!? 馬鹿が! デルビル!」

 

 

 バトルを放棄して突撃する俺に対して、相手は新たにデルビルを繰り出す。バトルの最中に突貫されると大抵の奴は怯んで何も出来ない事が多いが、新たにポケモンを出してくるあたり、それなりに優秀、若しくは荒事に慣れているのだろう。

 

 だがまだ足りていない。こちらにはユカイがいる。新たにポケモンを出すのなら二体以上のポケモンを出すべきだった。大方ポケモンだけを押さえておけばトレーナー自身と揉み合いになってもどうにかなると甘いことを考えているのだろう。

 

 

「ユカイ。飛び付いてボコボコにしろ。近接系の技を好きに使っていい」

 

 

 デルビルに飛び掛かるユカイを横目に一直線に突貫する。当初あった距離は既に潰れ、あと二歩踏み込めば手が届く距離。敵も何らかの抵抗を試みるだろうがここまでくれば完全に詰みだ。

 

 相手の力で俺をどうにかするにはポケモンを出すしかないが、最早ポケモンを出す猶予は与えない。体当たりして馬乗りになったら、三秒以内に両手首を外し、もう三秒以内に両足首も外す。多く見積もって十秒もいらない。

 

 

「くそ! なんなんだてめぇは!」

 

 

 相手が大きく右腕を振りかぶる。距離とスピードから新たにポケモンを出すのを諦めて、肉弾戦を選んだようだ。暴力に慣れている事を褒めるのもどうかと思うが、切り替えの早さだけは流石と褒めてやりたい。

 

 

「死ね!」

 

 

 大きく振りかぶった手を振り下ろすようにして拳が飛んでくる。軌道からして狙いは顔だ。別に直撃しても大したダメージはないだろうし、なんなら殴った拳の方が砕けそうだが、黙って殴らせるのも気分が悪い。

 

 急ブレーキを掛けつつ、飛んできた拳を掴む。向こうから手を伸ばしてくれたお陰で一歩分踏み込む手間が省けた。

 

 

(手首は……こんな感じか?)

 

「ぐぉああぁぁ!」

 

 

 手首の外し方が分からなかったのでとりあえず拳と手首を掴んで横にスライドさせる。拳半分程横にズレた手首は中々に痛々しい。もっと綺麗に外れるかと思っていたが、これだと手首周りの骨が折れているかもしれない。

 

 だからといって手は緩めない。一本折ったなら二本も三本も一緒だ。痛みに悶えている隙にもう片方の手首に手を伸ばし、右手首と同様の手段で左手首も壊しておく。これでもう手は使えない。

 

 後は逃走防止に足首を外せば、屋上の処理は終了。下の階に残るロケット団を同様に処理して、人質を救出すれば仕事は終わりだ。

 

 

(足の方は慣れたけど手の方は要練習かな。今度図書館にでも行って筋肉と骨の構造の本を……こっちにあるか? そういえばこっち来て病院を見てない……俺が最初に怪我した時にポケモンセンターだったか。どうだろうな、詳細は分からんが医療系の機械っぽいのはあったし、それなりに医学は発展してるとは思うんだが…)

 

「そこまでだ!」

 

 

 足首に手を伸ばしたところで、背後から急に掛けられた声に手が止まる。

 

 

「お前で最後だ! もう観念しろ!」

 

 

 続く言葉に振り返ってみれば、そこには一人の少年が立っている。年の頃十代前半の男子でハイパーボールの様な柄の黄色と黒色の混じった帽子を被り、赤色基調のパーカー風の上着に帽子と同じ柄の半ズボン姿。イメージしていた顔付に比べると少しつり目で小生意気な印象を受けるが、凡そ想像していた主人公の姿そのものだ。

 

 漸く見つけた。

 

 



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取りあえず出来上がったのでお納めください。


 ビルの屋上で誠と一人の少年が対峙する。待ちに待った主人公との対面だ。

 

 

(ふーん……なんというか……これはまたイメージど真ん中の奴が来たな。服装とか髪型が違ってる可能性も考えてたけど、そのまんまだ。ウツギ博士の言ってた名前は確かヒビキだったか。

 性格は……まぁ周りの静止も聞かずにロケット団の占拠したビルに突っ込むわ、どこに敵がいるかも分からない場所で堂々と存在を明かすわなら自信家ではあるな。雰囲気とかもどことなく勝気な……いや、どっちかというとちょっとクソガキっぽいし、跳ねっ返り気質の方が近いか?)

 

 

 誠は一見して即座にヒビキの性格に当たりを付ける。目の前にいるのは今まで確認出来ていなかった主人公存在だ。作品によってはこの主人公存在の性格や能力一つで世界が滅ぶ可能性もある。これを機に色々と測っておきたいと思うのは当然だ。

 

 

「た、助け……ゔっ!」

 

 

 人が来たのを好機と見たロケット団が助けを求め始めたので、腹に蹴りを入れて黙らせる。主人公が現れた以上、こいつに用はない。事が終わるまで黙って動かなければそれでいい。

 

 

「どうも。君が現場に飛び込んだ少年かな? 私はポケモンリーグの「うるさい! もう騙されないぞ!」……うん?」

 

 

 まずは自己紹介と思ったが、どうも雲行きが怪しい。確かに占拠された建物の屋上で人を痛めつけている奴がいたら怪しさ全開ではあるが、それだけで話を聞かない程の敵視までいくだろうか。もしかすると主人公は一度そうと決めつけると考えを曲げない面倒くさいタイプかもしれない。

 

 

「誤解ですよ。私は「諦めてその人を解放しろ!」……チッ……」

 

(面倒くせぇ、こいつ俺をロケット団だと思ってやがるな。俺そんな胡散臭いか? 

……いや、もう騙されないって言い方からして多分下の階の奴にでも身分騙りで嵌められたか? 

……あり得るな。敵地に一人で突っ込んでるくらいだし、自分の能力に自信を持ってるタイプだ。このタイプは自分の出した答えに間違いはないって思い込んで突き進む傾向がある。そんな奴は騙されたら暫くは意固地になって自分の感性しか信じない様になるか、自信喪失してなんもできなくなるかの二択になるからな)

 

 

 戦闘の気配を感じて周囲の様子を確認する。位置関係は屋上の入り口にヒビキ、反対方向に戦闘不能のロケット団、それを挟むように自分、他に人影は無し。つくねはまだドガースをリフティングしているが、ユカイの方はデルビルを戦闘不能にして指示待ちの態勢に入っている。周囲への被害の大きいドザエモンとデンチュウを使わなくても戦闘は可能だ。

 

 

「……ここに来たという事は下の階にいるロケット団は全滅したと思っても?」

 

「そうだ! あとはお前だけだ!」

 

「人質がいませんでしたか?」

 

「もう解放した! 悪あがきは止めろ!」

 

 

 得られた情報からやるべきことを整理する。思い込みの強そうなヒビキの言い分をそのまま信じるのは危険だが、隠れられる様な個室も殆どなかった建物を通過して屋上に辿り着いている事を考えれば、4、5階にいるロケット団は全滅している可能性が高い。

 

 仮に見逃していたとしても恐らく数人程度。屋上にいた固有グラのロケット団のポケモンのレベルの低さを考慮すれば、ジムトレーナーが数人いれば余裕で制圧できる筈だ。

 唯一の懸念は複数個所に分散された人質を見逃していた場合だが、ほぼ一直線の建物でそれが起きる可能性は低い。

 

 つまり今真っ先にすべきはポケモンリーグに連絡を取り、建物への突入指示を出す事。その間に主人公との戦闘もするにはするが、優先順位は勝利よりも観察の方が上だ。

 更に言うなら次に繋がる関係性の構築さえできれば勝利も観察も捨てていい。可能なら主人公の戦いの癖の見極めもするが、いつ邪魔が入るとも分からないここでやる必要はない。

 

 

(……よし、悪くない。共闘の可能性が潰れた現状で、手持ちと戦い方の確認が出来るのはおいしい。ついでに将来を見据えて弱い内に上下関係を刷り込んでやる。こっちの奴は一度作った関係を引き摺る奴が多いし、多分性格的にも一度負けた相手に何度も突っ掛かっていくタイプの筈だ。

 ……悪くない。最終的にポケモンリーグの奴が来て、俺が本物のポケモンリーグ職員と分かれば、俺の立場はポケモンリーグにいるなんか凄く強い人くらいに落ち着く。中々悪くないポジションだ。良い流れが来てる)

 

「ユカイ、戻ってこい」

 

 

 戦闘が終わっているユカイを呼び戻し、ポケットに入れていた携帯電話を取り出す。ヒビキはきっと増援を呼ぶとでも勘違いして戦闘を仕掛けて来るだろう。

 

 一先ず優先して確認すべきは主人公のスペック。特に要警戒である二つのポイント、全てを圧倒する力か運のどちらかを持っているかどうか。次点で主人公自身の力量や性格を読み取る事。まずはそこから始めよう。

 

 

「させるか! いけ! バクフーン!」

 

 

 携帯電話の電源を入れながら、出現したバクフーンを観察する。粒子の色からしてレベル50前後といったところ。

 ロケット団が弱かったので、それを基準に考えていたが、思ったよりもレベルが高い。レベル50前後ともなれば本気のジムリーダーと同等か一歩手前クラスだ。トレーナーの力量次第ではジムリーダーを上回る可能性すらある。

 

 とはいえレベル50は順当に戦えば敗北を考えるレベルではない。問題は単純なレベル通りの強さかどうかだ。もしかするとレベルは50でもそこらのレベル50よりもステータスが強化されている可能性がある。

 

 更に言えばそのレベルのポケモンが初手で出てきたのも不安要素だ。初手に最大戦力を繰り出したのか、それとも後続のポケモンが同等かそれ以上のレベルなのか、それによって対応が変わってくる。

 

 

(レベル50か……実際の強さとレベルが釣り合ってるかは分からんが、額面通りでも大したもんだ。成長途中とはいえ流石は主人公。旅に出始めたのがいつかは知らんが、ポケモンに触れて長いチャンピオンや四天王ですらレベル70いくかいかないかの世界で、僅か数年で50とは。そのレベルまで上げるのにジムリーダー並みの戦闘経験は積んでるだろうな)

 

 

 集中力を高めつつ出方を伺う。ユカイとバクフーンであれば相性は悪くない。タイプ相性的には互いに等倍だが、覚えてる限りではバクフーンの覚える技には搦め手が少ない。補助技やデバフ技を多く覚えるユカイからすれば型に嵌めやすいタイプだ。

 

 

(さてどうでる? それなりの距離が開いてるから、無難な初手は遠距離攻撃での牽制か補助技を積む辺り。近接戦がお望みならかえんぐるまみたいなノーマルタイプじゃない突撃技。相性が良い手持ちがいるなら交代もありか)

 

「バクフーン! かえんほうしゃ!」

 

「横ステップで回避。そのままかげぶんしん(とりあえずの火力はレベル相応。初手は結構無難だな。もっと奇抜な事してくるイメージだったけど、割と堅実か王道な感じか?)」

 

 

 ユカイが右に、その後ろに立っていた誠が左に飛んで、それぞれが火炎放射を回避する。そして回避からの流れでユカイはかげぶんしんを繰り出し、回避の軌跡に沿って数体の分身が現れる。

 

 

(携帯の電源は……入ったな。知らん番号からの不在着信は応援に駆け付けた奴か?)

 

 

 携帯の画面と戦況を交互に見ながら、携帯の操作を進めていく。とりあえず着信履歴の一番上にある番号に電話を掛ければいいだろう。

 

 

「えんまく!」

 

 

 着信のあった番号に電話を掛けたところでバトルにも動きが出てくる。バクフーンは指示に従い、口から真っ黒な煙を吐き出し、その姿を隠す。

 

 

「かえんほうしゃ!」

 

「……右からだ。しゃがんで避けろ」

 

 

 屋上を徐々に侵食する黒煙の中から攻撃が飛んでくるが、速度の遅いかえんほうしゃであれば集中すれば見てからでも回避できる。とりあえずヒビキの指示とバクフーンの攻撃を見る限り、窮地での謎覚醒なんかがなければ攻撃力はレベル相応と思ってよさそうだ。

 

 だがこれで終わりではないだろう。なにせ相手は主人公だ。確実に実力差を覆す何かを持っている。ポケモンの強さが並みなら、トレーナーとしての力量か圧倒的な運か。怪しいのはその辺りだ。

 

 

「かえんほうしゃ!」

 

「……ジャンプで回避」

 

「だいもんじだ!」

 

「みずのはどうで相殺」

 

 

 再び黒煙の中から飛び出してきた火炎を回避し、回避先に続けざまに飛んできた攻撃も相殺させる。攻撃しやすいように宙に飛んで隙を見せてみたが、思った以上に無難な対応しか返ってこなかった。

 

 少なくとも軽く一当てしてみた限りでは期待外れだ。普通のトレーナーとして見れば強いかもしれないが、ヒビキ固有と言える特別な強みは見つけられない。

 

 強いて挙げるなら攻撃間のサイクルが短い事くらいだろうか。普通なら技を一発撃った後に次の行動に移るまで僅かにラグがあるのだが、それが多少短い。つまり攻撃中に既に次の動きを決めて動いているという事だ。

 

 とはいえ、それはトレーナーが相手の行動を先読みして早めに次の行動を指示しているだけなので、ジムリーダーやジムトレーナー上位陣であれば使える者は少なくない。未来余地じみた偏差攻撃をしている訳でもないので特別と言える強みにはならないだろう。

 

 

(はてさてどう見たもんか。とりあえずポケモンの強さはレベル相応っぽいが、そもそものヒビキの狙いが読めない……初動の動きを評価するなら堅実か単調のどっちかなんだけど、駆け引きで敢えて初動は単調な攻めをしてるだけとも取れるし、逆にポケモンのレベルと行動の先読みを武器に力攻めで相手を押し潰すのを基本戦術にしてるから単調なだけとも取れなくはない。

 というか性格面を考えれば力押し一辺倒ってのも十分にあり得そうなんだよな。煙幕で陣地を作って守りを気にせずに砲撃に専念するってのもそれなりに強いやり方ではあるし。主人公じゃなけりゃそう判断すんだが……)

 

 

 どうも主人公を相手にしているという意識が前に出過ぎているが、それも致し方ない。なにせ主人公とは、十数歳という若さでポケモンリーグでも手を焼くロケット団をたった一人で壊滅させ、一から始めた僅かな期間の旅で地方最強であるチャンピオンの座に到達できる化け物じみた存在だ。

 

 元の世界の基準でいうなら、訓練を初めて数年の中学生が、一国に根付いた犯罪組織を一人で潰し、長くやればやるだけ有利な競技で一国のチャンピオンになる様なものだ。それを成せる人間はどう考えても普通ではない。

 

 少なくとも秀才やら天才やらで収まらないのは確実。目の前にいる主人公はそういう存在だ。成長途中である事を考慮しても、上位のトレーナー程度の枠に収まるなんて考える方がおかしい。

 

 

(……まぁ、軽く一当てした程度ならこんなもんか。しかしどうすっかな。もう少しバクフーンの使い方を見るのも良いけど、他のポケモンをどう運用するかを見た方が良い気もするし、追い込んだ時にどうなるかも見たい。相手に対してどういう選出をするかも見たいし、バクフーンはもう退場させるか?)

 

「ほのおのうず!」

 

 

 屋上に広がりながら徐々に薄れつつあった煙幕の中から炎の竜巻がユカイを捉えんと迫る。直線的な攻撃は諦めて少しだけ範囲の広い攻撃に切り替えた様だ。

 

 

「みずのはどうで押し返せ」

 

(うーん……これもなぁ……遠距離攻撃ばっかだけど、なんか雑。当てたいのかそうじゃないのか。攻撃を当てるつもりにしては工夫が無さすぎるし、狙いがあって単調な攻撃してるにしては露骨過ぎて相手を嵌めようとしてる感が無い。遅延戦闘というか……なんだろ? なんか絶対勝つ! 感がない。引き分け上等の泥仕合からの判定狙いで一応手だけは出してるみたいな。

 最初っから泥仕合狙いってのもいない訳じゃないけど、自分の身一つでロケット団の所に突貫するような奴がそういう戦い方するとも思えないし、そもそもそういう戦い方メインにしてるならここに来るのにもっと時間掛かるから違うだろうけど)

 

 

 一先ず相手の攻撃を迎撃しつつ、携帯電話が繋がるのを待つ。主人公との対戦も重要だが、ポケモンリーグ職員として事件の解決も進めなければならない。

 どうせ最終的にはポケモンリーグの人間を介入させてバトルを止める予定だ。思った以上に主人公が読めない人間なので、次回に期待して今回は早々に中断してもいいかもしれない。

 

 

『誰や?!!』

 

「(うるせぇ)っ! ……ユカイ! 少し電話するから回避に専念しといてくれ! ……ああ、どうもすいません。誠と言いますがポケモンリーグの方で良かったですか?」

 

『おー、聞いとるで! うちが出とる間に面倒任せたみたいですまんな!』

 

 

 漸く電話が繋がったかと思えば、電話口から女性の声で大音量の関西弁が響く。言動からして管理する立場の人間。特徴的にジムリーダーのアカネが思い浮かぶが、動ける実力者がいなくて俺が呼ばれたのだから、多分ジムトレーナーの中で上位の立場の者だろう。

 

 

「いえ、大丈夫です。それで早速ですが内容を。既に建物内のロケット団は制圧済み。もしかしたら隠れてるのがいるかもしれませんがいても数人ですのでもう突入して構いません。それと今屋上で私の事をロケット団と勘違いした一般人と交戦中なので、ポケモンリーグの人と分かる人を一人屋上に送ってください」

 

『よっしゃ分かった! うちが行ったるから安心しい!』

 

「一般人と戦うのは抵抗があるので、早めに来てもらえるとありがたいです。じゃあ切りますので後程」

 

 

 伝えるべきことを伝えて電話を切り、戦闘に意識を戻す。当然だが電話をしている間はバトルが止まるなんて事はない。態々電話をするから回避に集中しろと大声を出すなんて、暫く逃げるだけで反撃しないからどうぞ自由に攻撃してくださいと言っている様なものだ。そんな馬鹿な真似を態々してやったと言うのに、通話をしている間に動きがなかった。

 

 また一つ主人公の事が分からなくなる要素が増えた。本気で勝利を狙っているのであれば、攻撃に集中するチャンスを見過ごす理由がない。電話してるふりで罠に嵌めようとしていると深読みしたとしても、補助技を積むくらいは出来た筈だ。

 

 バトルである以上、どうしたって勝利する事が最終目的に置かれる。そしてその最終目的に向けて一つ一つの行動を選ぶのだから、どの行動にも勝利に一歩近づく為の理由がある筈なのだ。だがヒビキの行動にはそれが見えない。見えていないだけで実際には何かあるのかもしれないが、どうも勝利を目的にしている様には見えない。

 

 一応主人公の性格や今の状況を全て脇に置いて、行動だけをみれば見るならば、雑な攻撃で何かを狙っているか、観察されている事に気付いて自分の戦力を隠す事を優先したか、若しくは勝利より優先して果たすべき目的を持っているかになるだろうか。

 

 だが理由に見当がつかない。このバトル自体が主人公から吹っ掛けてきた本来なら不要なものだ。こちらは事件解決に来たポケモンリーグ職員だと身分を明かしているのだから、バトルを止めたいのであれば、勘違いでしたすいませんと一言謝るだけで済む。

 

 他の目的があったとしてもバトルさえ終われば、この場の事は大体解決する。なのにそれをしないという事はバトル自体は続けなければならない理由を持っている事になる。

 

 

(……少しこっちから攻めてみるか? さっきの連絡でポケモンリーグの奴が階段で上がってくるまで……真っ直ぐくれば多分三、四分。道中に隠れてるヤツを警戒したとしても五分少々。その前にもう一つくらい情報を引き出したい)

 

「ユカイ、もう一度かげぶんしん」

 

「えんまく!」

 

 

 攻める前にもう一段階かげぶんしんを指示した所でヒビキも動く。前の煙幕の煙が漸く晴れてきたと思った矢先に再度黒い煙が屋上を覆う。折角のチャンスに動かないと思っていたらこれだ。

 

 

(また遅延戦闘っぽい事を。真面目に戦うつもりないんじゃないか? 攻めるべきタイミングでは攻めずに、煙幕に籠って単調な攻撃繰り返すってなんだ? なんかビビッて逃げてるみたいな……もしかして俺とは別の方法で敵のポケモンのレベルが分かる? ……ありえなくはないか。主人公ならそのくらいの特性持ってる可能性はある。でも相手のポケモンが強いからってビビるような玉とも思えない。

 ……いや、逆に考えよう。この行動を勝ちに繋げるにはどうすればいい? ……俺があいつの立場なら……えんまくに籠るのが条件……で逃げてる訳じゃないとなると……有利な陣地を作ってのカウンター狙いか? ありそうだな。というかあのやり方で出来る勝ち筋がそれくらいしか思いつかん。煙幕内に引き篭ってのらりくらりで流して寄ってきた相手に全力のカウンター。煙幕張っての遠距離攻撃だけで倒せると侮られてる訳じゃなけりゃそれが一番可能性が高いか……少し露骨過ぎる気もするが一応筋は通るか?)

 

 

 改めてここまでの動きを思い返せば、開幕の遠距離攻撃に始まり、煙幕で姿を隠し、その後はひたすらに捻りのない遠距離攻撃、攻撃のチャンスをくれてやれば一切動かず、こちらが動いたとなればまた煙幕で身を隠す、と遅延戦闘と思わせる行動を取っていたが、これもカウンター狙いであれば説明が付く。

 

 遅延戦闘というのも満更間違いではなかった。単調な遠距離攻撃と煙幕で戦況を硬直させて、焦れた相手を煙幕の中に誘い込むのが目的だ。普通に考えれば煙幕に飛び込んだりしないだろうが、もしも俺がロケット団だと仮定すれば下の階の仲間が全滅させられて、いつポケモンリーグが来るかも分からない状況に焦って決着を急ぐというのはあり得るかもしれない。

 

 こちらのレベルを把握している事が前提になるが、通話中に攻撃を仕掛けてこなかったのも攻守ともに中途半端な姿勢が目立つのも納得だ。本気で攻撃して守りに入られたら勝てないから戦況を停滞させる事だけを狙った単調な攻撃を繰り返す。本気で守りを固めたら相手が突っ込んできてくれないからガチガチに守りを固めずに待ち構える。そうやってのらりくらりと流している姿勢を見せられて攻守ともに中途半端だと印象を抱かされた。

 

 敵の強さを見て咄嗟に考えたのがこれなら及第点だが、惜しむらくはヤミラミの使える技を把握していないところ。技マシン技なので覚えてるか分からない必中技のでんげきはの存在を把握していないのは仕方ないにしても、レベルで覚えるみやぶるを把握していないのは致命的だ。どれだけ煙幕を張ろうと一度みやぶるを使うだけで無に帰してしまう。

 

 だが、これは思惑が見えたと喜ぶ前に警戒を一段上げなければならない。もしこの考えが合っていた場合、ここまでの流れは完全に主人公の掌の上だ。攻撃に意識を向けるまでの考え方こそ違うが、実際にやろうとしていた行動は主人公の狙い通り。おそらく偶然だとは思うが、相手の思考や行動を誘導する技能を持っている可能性も視野に入れなければならない。

 

 

(どうすべきだ? 答え合わせの為に付き合ってやるか? そうすればヒビキの戦い方が俺の想像力で計れる範囲かどうかの答えは出る。それかレギュラーの全力の攻撃の衝撃で煙幕を吹き飛ばす…は建物がもたないか。やっぱかぜおこし系の技はいるな。そろそろ開いたレギュラーの枠を埋めたいし、選出を考えないと)

 

「かえんほうしゃだ!」

 

「めいそう」

 

 

 黒煙の中から火炎が飛び出してきたが、その向かう先は影分身の一つだ。方向を見定めて反撃を飛ばしてもよかったが、まだ後の方針を決めてないのでとりあえずは後々腐らない補助技を積んでおく。

 

 だがその瞬間、一つ閃いた。逆にこちらが相手を焦らすような行動を取ればどうなるかと。現状ヒビキの作戦は陣地を作って、そこに誘い込むことを目的にしていると思われる。

 

 ではそこに踏み込む事をせず、延々と補助技で強化すればどうなるか。ただでさえ真っ向勝負は避けたい戦力差があるのに補助技による強化まで入ってはいよいよ手の打ちようがなくなる。そんな望ましくない展開にどう動くのかを見たい。

 

 もう少しすればジムトレーナーがやってくるので、結果が出るほどの時間が残っているかは微妙なラインだが、予測を外された時にどう動くかは見ておいて損はないだろう。

 

 

「もう一回めいそう」

 

「っ! ふんえん!!」

 

「まもる」

 

 

 黒煙の中から火花交じり灰色の煙が噴き出す。煙という特性上今まで使ってきた技に比べて回避は困難だが、躱しにくい技を防ぐ方法なんて幾らでもある。

 

 

(有効だな。大して当てる気もない攻撃でのらりくらりしてた今までと違って回避の難しい技を使ってしっかり当てにきた。ちょっと反応が露骨過ぎる気もするが……まぁ、カウンターでワンチャン狙いなら防御か特防を上げるだけで全部破綻するもんな。何が何でも妨害するしかないか)

 

「こうそくいどう、流れでかげぶんしん」

 

「かえんほうしゃで薙ぎ払え!」

 

「ジャンプを挟んで飛び越えろ」

 

 

 バクフーンから相も変わらずの遠距離攻撃が飛んでくる。当てる為の工夫は見られるようになったので、補助技を妨害したいと思ってはいるのだろうが、未だに煙幕の中から出てきてはいないのが気に掛かる。多少工夫した程度の遠距離攻撃で妨害しきれないのは分かっている筈だ。

 

 だが反応を見て一つ分かった事がある。十中八九ヒビキは今やっている戦い方に慣れていない。相手が陣地に籠って出てこないなら補助技を積むという対応は、そこらのトレーナーでも考え付く範囲の対応だ。頻繁に今の戦い方をしていれば、同じことをする奴に出会って、対抗策の一つや二つは考える。それが出来ていないのなら経験が不足している。

 

 では何故慣れない戦い方を選択しているかだが、これはもうこちらのポケモンのレベルを何らかの手段で見抜いていると考えていいだろう。なまじレベル差を理解してしまったが故に萎縮してこういう戦い方しか選べなかったのだ。

 

 これが戦いの中で自然とこうなったならまた話は変わるが、ヒビキがこの戦い方を選んだのは初手の火炎放射を避けた直後。その時点でこの戦い方を選択した理由として思い当たる節はこれしかない。

 

 

「めいそう」

 

「ほのおのうずだ! 数を撃って逃げ場を奪え!」

 

 

 煙幕の中から複数の炎の竜巻が飛び出して屋上の至る所に停留する。攻撃を当てられないと見て、逃げ場を奪う方向にシフトしたらしい。咄嗟に思い付いた行動がこれならば発想力や判断力は悪くない。

 

 相も変わらず煙幕から出てこないが、この反応はどちらだろうか。こちらのポケモンのレベルの高さを理解して煙幕の外に出たら勝ち目がないと思って仕方なく閉じこもっているという線もあるが、元々立てていた計画を捨てきれないだけの可能性も低くはない。多分この二つのどちらかだと思うが、どちらを選ぶかで結構評価が変わってくる。

 

 もし前者の場合は酷く慎重、いっそ臆病と言ってもいい人間だ。確かにレベル100とレベル50の差は大きいが、ゲームならともかく現実のバトルであれば絶対にひっくり返せない差ではない。実際にジムリーダー達とのバトルで何体か倒されている以上、上手くやれば倒す事が可能な差である事は証明されている。

 

 有利な領域での待ち伏せが実現不可能と分かったなら、補助技を積まれて手の打ちようがなくなる前に次の作戦に移る、それが無理でも攻めに転じて補助技を積む暇を与えないくらいはしなければ、本格的に勝ちの目が消える。他に考えている手段があるのなら話は違うが、次の手を決めかねている状態で、その決断が出来ないのなら、それはもう慎重、臆病、決断力不足という評価になる。

 

 後者の場合は想定外に対応できない人間だ。一度立てた目的を状況に応じて修正出来ず、ズルズルと引き摺って、どうしようもなくなってから慌てるタイプ。丁度今の主人公と同レベルのポケモンを持つジムトレーナー上位陣には割とこのタイプが多い。

 

 ジムトレーナーは主人公やジムリーダーからすれば十把一絡げの人間だが、使用するポケモンや戦術を制限されていなければ、一地方の上位一割には入る強者である。想定内の事態への対応速度も対応できる想定範囲の広さもそんじょそこらのトレーナーよりは上だ。

 

 そんな才能のお陰で碌に敗北を経験することはなく、大抵が稚拙な万能感や無駄に高いプライドを持っている。だから自分で想定できない事態にはとことん弱く、意表を突かれれば格下相手にもあっさり負ける事も少なくない。

 

 主人公がそいつらと同様に挫折の少ないエリート街道を歩んできたならば可能性はあるが、感覚的にはどうも違う。一人でロケット団の占拠したビルに乗り込む行動など正に万能感の現れだが、万能感に支配された奴の戦い方をしていない。

 

 

(少しスッキリしたけどまだ気持ち悪い。なんか引っかかる。やり口が無鉄砲というか、雑で行き当たりばったりな感じだからか? 狙いを一つに絞ってるにしては一から十まで計画立ててる感じがしない。なんとなく強い奴が勢いで場当たり的に戦い方を決めてるみたいな感じがする)

 

「えんまく!」

 

「(懲りないな。そろそろ必中技でもぶち込むか)ユカイ、めいそう。そろそろ攻めるから気合い入れろよ」

 

 

 バクフーンが薄れかけていた煙幕を張り直すのに併せて、ユカイが最後のめいそうを積む。この攻撃に移る宣言はユカイではなく、ヒビキに向けたものだ。突然攻撃された時の反応も捨てがたいが、やはり攻撃が来ると分かった状態でどういった手を打つかが見たい。

 

 

「来るぞ!」

 

「でんげきは」

 

 

 ユカイの放つでんげきはが煙幕の中へと飛び込んでいく。当たるかどうか分からないが、必中技というくらいだから恐らく当たる。原理は良く分からないが、放ったユカイが操っているのでなく、技自体に追尾性能みたいなものがあるんだろう。その内時間を作って技一つ一つの原理や特性を調べておきたいものだ。

 

 

「っ! ジャイロボール!」

 

「十一時方向、おにび」

 

 

 攻撃に対する反応はジャイロボール。一瞬煙幕の中から出てきて戦闘をするのかとも思ったが、残念ながら煙幕の中から出てはこなかった。あくまでも攻撃の威力を減衰する為に技を使用しただけだろう。

 

 だが技選択のセンスは悪くない。ここで僅かなダメージも受けまいと遠距離攻撃で相殺を狙っていれば、技の為に足を止めたまま、相殺の衝撃で煙幕が飛散して絶好の隙を晒すことになる。逆にまもるやみきりで攻撃を防げば、でんげきはの軌道と音で居場所を割り出されて即座に追撃が飛んでくる。

 

 そう考えればジャイロボールという選択はほぼ最適解に近い。体を球状に丸め、体表を鋼の様に固くして回転しながら突撃するジャイロボールは、かたくなるところがるを同時に使うような技だ。使い方次第では回避と防御を同時に行う事も出来る。

 

 一応電気が弾ける様な音はしたので当たってはいるだろうが、ダメージはそこまでないだろう。でんげきはの軌道と音を頼りにおにびも打たせてみたが、こちらは当たっているかすら微妙なところだ。

 

 

「ユカイ、みやぶる」

 

「っ!?」

 

 

 ユカイの目が光ると同時に煙の向こうから声にならない驚きの声が聞こえてくる。バトルが始まって一番の驚きの反応だ。攻めあぐねているのは煙幕が効いているからだと本気で思っていたらしい。

 

 知識不足と判断して一瞬評価を落としかけたが、それも仕方ないと思い直す。対戦している相手の覚える技を把握していなかったのはマイナスだが、攻略本も無ければ、とっかえひっかえ別のポケモンを気軽に育てる事も出来ない、もっと言えばレベルが上がった事もレベルアップでどんな技を覚えたかも分からない世界で各ポケモンの覚える技を把握していない事を責めるのは酷だ。

 

 寧ろみやぶるの効果を理解しているだけ博識なのかもしれない。みやぶるは覚えるポケモンもそう多くはなく、見ただけでは何をしているかも分からない技なので使用するトレーナーは多くない。技の名前で凡その効果は分かるだろうが、それでもマイナーな技の効果を理解できるのは大したものだ。

 

 

「距離を詰めろ」

 

「っ! ふんえん! 急げ!」

 

「中止。一旦下がれ(潮時かな)」

 

 

 距離を詰めようとしたところで黒煙の中から火花混じりの灰色の煙が広がる。煙幕の中に飛び込むのを自ら妨害したのを見るに、どうやら煙幕の中での奇襲狙いは諦めて、近寄らせない方向に切り替えた様だ。こうなったらもう終わり。勝ち筋を捨てて本気で守りに入った相手を崩すのには時間が掛かる。

 

 ダメージ覚悟で突っ込めば状況を打開出来るが、もう少しでポケモンリーグの人間が来る。今更慌ててバクフーンを倒しても二体目のポケモンが見れるかどうかが関の山だ。無理をしてまで確認するほどの情報ではない。

 

 

「(まぁもう二、三回嫌がらせしたらタイムアップだな)でんげきは」

 

「ジャイロボール!」

 

「あくのはどう」

 

「上だ! 飛べ!」

 

「追撃、パワージェム」

 

「回転を強めて弾き飛ばせ!」

 

 

 消化試合と割り切って適当に技を撃つ。尽く対処されているが、技の出から着弾までにラグがある遠距離技なんてこんなものだ。相手の意表を突くか回避できない状況を作るか、そうでなければ対処できない規模か手数のどちらかで撃たなければ有効打にはならない。

 

 だが最後のパワージェムだけは選択を間違えた。タイプ相性を考えて使ったが、折角回避できない空中に行ってくれたのだからジャイロボールで弾くことの出来る物理系の攻撃ではなく、回避しなければダメージを受ける特殊技を撃つべきだった。

 

 

「ナイっとぉあ!?」

 

 

 戦闘を眺めながら追撃を指示しようとしたところで、煙幕の中から顔面に飛んできた飛来物を咄嗟に躱す。振り返って見れば、拳大はある鋭利な石片が床に突き刺さっている。躱せたから良かったものの、当たっていれば致命傷になりかねない。

 

 今まで何度もバトルをしてきたが攻撃の余波で命を脅かされたのは初めての経験だ。流石にヒビキが狙って弾いた訳ではないと思うが、少々きな臭い。タイミングも戦闘に集中している真っ最中ではなく、集中力が緩んで無防備になった最悪のタイミングだ。偶々物理系の技を弾かれて余波が飛んで来たと言えばそれまでだが、もしかするとヒビキが最悪の才能を持っている可能性が出てきた。

 

 

「こうそくいどう!」

 

「(スピード上げて何するつもりだ? 攻撃か? 逃げか?)でんげ……いや、こうそくいどう。それと少し下がれ」

 

 

 速度に関係の無い必中攻撃を当てるか一瞬悩んで、取り止める。万が一推測が当たっていた場合、これ以上攻撃して主人公を追い詰めるのは危険だ。もうこのバトルは消化試合。そう割り切って時間を浪費する。

 

 

「「……」」

 

 

 こちらが一歩下がったことで、ヒビキ側も動きを止める。もう攻める素振りすら見せない。完全に勝ちを諦めている動きだ。

 

 

「ナイ「避けろ!」……中止」

 

 

 引っ掛けのつもりで攻撃指示を出しかけてみたが、僅かでも攻撃の予兆があると見るや、即座にヒビキから回避指示が飛ぶ。なんならバトル当初よりも反応が良い。

 

 

「「……」」

 

(これもう俺がロケット団じゃないって分かってないか? 遅延戦闘って応援が来る事前提の動きだし。俺が電話してるの見てたんだから、俺がロケット団だと駆けつけてくるのもロケット団、待てば待つだけ敵が増えるのに遅延戦闘なんかするか? 考えられるとすれば……応援が駆け付けた際のどさくさで逃げるくらいか? ちょっとカマかけるか)

 

「ふむ。落ち着いたようなので改めて名乗らせてもらいましょう。私はポケ「そこまでやぁ! アカネちゃんが来たでぇ!」チッ……」

 

 

 改めて自分がポケモンリーグの人間である事を明言しようとしたところで屋上の扉が開き、邪魔が入った。間の悪さに少しイラっとくる。

 

 というか何故アカネが来るのだろうか。内容的にはジムリーダー案件だが、動ける奴がいないからと俺が呼ばれたのだ。こいつがいるのなら最初からこいつに任せれば良かった筈だ。

 

 

(考えないでもなかったがやっぱり俺を呼んだのは見極め目的か? ……どっちだ? 作戦の企画、遂行力を見たかったのか、現地での俺の思想や暴力性を見たかったのか……前に四天王に会った時、余計なこと言ったから四天王立案なら後者な気がするが、今までにロケット団の対応をしたのは二回だけだからな。その両方の報告があったとしても、まだ能力を不安視されてて前者ってのもあり得る)

 

 

「おわー! なんやこれ! けむっ!」

 

「アカネさん!」

 

「おっ? なんやなんや。こないだうちに来たボンやんか。なんでこんなとこおるん?」

 

「いいから早く手伝って下さい! あのロケット団、俺だけじゃ抑えられません!」

 

「なんやて? ロケット団? どいつや? あいつか? はー、確かに陰険そうな顔しとるわ。どれ、いっちょ手伝ったろ」

 

 

 目の前で突如始まった寸劇に苛立ちが増していく。電話の相手がアカネだったのであれば、状況は分かっているはずだ。当然、俺をロケット団と勘違いして襲ってきているのが目の前にいるヒビキだと言う事も理解しているだろう。

 

 その上でこの言動。本人的には軽いジョークのつもりかもしれないが、ジョークをかまして良いかは時と場合による。ただでさえ主人公と敵対している状況なのだ。こんなふざけたジョークが原因で主人公の中の悪印象が固まったら目も当てられない。

 

 

(……もしかして喧嘩売られてるのか? 突然現れた指導者気取りが気に入らないから事故を装ってバトルに持ち込んで上下関係をはっきりさせようってか? ……流石にないな。とはいえ軽く流してやるにはおふざけが過ぎる。今回はもう終わってるからいいけど、普通にシャレにならない現場だしな……軽く灸を据えてやるか)

 

「良いでしょう。男逸見誠、売られた喧嘩は買う主義です。子供だからと大目に見ていましたが、そっちがそのつもりなら容赦はしません。ポケモンリーグ職員として職務遂行の障害を排除します。ユカイ! つくね! 戦闘準備! 本気でやるぞ!」

 

「ちょいちょいちょい! 待ちぃや! ジョークやんジョーク!」

 

「なにがジョークじゃボケ! 現場で巫山戯るジムリーダーなんざいらん!」

 

「ごめんて! そんなつもりなかってんて!」

 

「悪気なくやっとんならそっちの方が問題じゃクソガキが!」

 

「え? え?」

 

「てめえもだ坊主! 拳骨の一発でもくれてやる! 逃げられるなんて思うなよ!」

 

「ア、アカネさん! あの人知り合いなんですか!?」

 

「ちゃうちゃう、初対面や」

 

「でもポケモンリーグって言ってますよ?!」

 

「最近入ったらしいで。近々行くから指導して貰えってカリンに言われとってん」

 

「知ってるじゃないですか!」

 

 

 本音半分、演技半分でキレ散らかせば効果は覿面だ。事情を知っているアカネは別として、ヒビキの方は動揺を始めた。

 

 とはいえ少しショックでもある。幾ら顔見知りだからといってもアカネの話がこれ程簡単に通じるのに、なんで俺の話は全く聞いて貰えなかったのか。警戒している相手と話すことにはそれなりに自信があったが、最近はどうも上手くいかない。

 

 

(俺自身の能力や立場が変わって変に驕ってるのもあるだろうけど、やっぱり環境が問題なんだよな。善人とばっかり付き合ってると勘が鈍る。いっその事ロケット団の取り調べとか任せて貰えるように直談判でもしてみるか? ……微妙か。こっちの悪人ってなんか質が低いし、取れる手段も豊富過ぎる。手段に関しては脅しとか暴力を自分で封印すればいいけど、悪人の質はな。モチベーション維持には使えるかもしれんが、やっぱり犯罪者には俺は法律で守られてんだみたいなふてぶてしさとか規律の穴を突いたから問題ないみたいな小賢しさ、ついでに取り調べの最中でも粗を探して足元掬ってやろうくらいの悪意が欲しい。なんかこっちの奴らって、とんでもない事やってる割に本人自体は短絡的に悪事に手を染めたチンピラとか万引きした中坊みたいな、悪い事はしたけど悪人かって言われるとそこまではってくらいの奴が多いんだよな)

 

「……あのー……」

 

「ん? なんだ坊主。漸く俺の話を聞く気になったか?」

 

「えー、その……はい……ごめんなさい!」

 

「おう、後で説教するから逃げんなよ」

 

「……はい」

 

 

 状況を飲み込んで即座に謝りに来たヒビキを許す。ちょっと印象とは違うが素直なのは良い事だ。もっと直情的というか、周りのいう事なんて聞かない跳ねっ返りかと思っていたが、単純に視野が狭くて思い込んだら一直線なだけの子供らしい。とはいえこれで現場でのヒビキの対処は終了。仕事が終わってから話をする約束も取り付けたし、とりあえず及第点は押さえられた。

 

 

「ふぅ……さてアカネさん。私のことは知ってるみたいですが会うのは初めてでしたね。改めて自己紹介を。私はポケモンリーグ本部所属逸見誠。貴方達ジムリーダーの指導をする立場の者です。今回はふざけてはいけない現場で舐めた真似をした貴方に指導を行います。まずは過剰な自信を叩き折りますので準備してください。ポケモンバトルでも殴り合いの喧嘩でも舌戦でもなんでもかまいません。完封します」

 

「やー、そういうの良くないんとちゃう? ほら、事件起きとる真っ最中やん?」

 

「問題ありません。その子が担当した階以外のロケット団は全員動けない状態にしていますので、実質終了しています。仮にもう一悶着あったとしても、人一人行動不能にするくらいなら、追っかける時間も含めて三十秒もあれば十分です」

 

「あー、なんや……やっぱ下の階の連中やったの自分なん?」

 

「ええ、建物に入ったら丁度十数人程集まっていたので戦闘不能にしておきました。流石にその人数と真面目にポケモンバトルをしてると周りの被害が洒落にならないのでああなりましたがね。でも手加減はしましたよ」

 

「聞いとった通りやんな……」

 

「(聞いた通り……ね。俺が突入してから連絡までの10分弱で人手を集めて入り口に控えてた事といい、事前に俺のやり口を聞いてることといい、明らかに監視役として派遣された奴のそれだ。尾行が困難な建物内での行動までは追ってないみたいだが、多分町にはいたんだろう。となると俺に話を持ってきたカリンは最低でもグル。というかカリンか四天王の総意かで俺の監視をする様に命令を受けたが妥当な線か。直接的な関わりがないから仕方ないとはいえ思った以上に四天王からの信頼が無いな)誰から何をどう聞いてるか分かりませんが、私はすべきことをしただけです。で話を戻しますが好きな対決方法を選んでください」

 

「いや、参った。降参や。ほんまにすまん。悪気は……や、言い訳はせん。うちが悪かった。もうせんからいっぺんだけ大目に見て欲しい」

 

「……」

 

 

 目の前で頭を下げたまま微動だにしないアカネを観察するが、今一つ理解が出来ない。

 

 一応アカネのキャラクターは読みやすい部類だ。バトルが強い以外は良くも悪くも普通の女子高生。やや勝気なところはあるが、年齢と立場を考えればこのくらいは当たり前だろう。なんなら日本で運動系の部活に入って実績を出してる女子の中にこんな感じの奴が何人かいた気すらする。

 

 ただ行動が謎なのだ。今回アカネは監視役として俺が事件を解決するまで待機していた事になる。いくら命令とはいえ、目の前で起きた事件を見過ごすような事をするだろうか。少なくとも俺の見立てではしない。自分の正義感をなによりも優先するタイプではないが、納得できない命令は無視するタイプだ。

 

 なら上からの命令を信条以上に重視する命令至上主義かと言われれば、これもやはり違うだろう。命令至上主義の人間は命令を忠実に守ろうとするあまり、型に嵌まった四面四角の人間が多いがどう見てもアカネはそのタイプではない。積極的に命令違反をする訳ではないが、それでも命令よりも感情や現地判断を優先するだろう。どうも行動と人間性が噛み合わない。

 

 

「まあ良いでしょう。どちらにせよ近い内に指導に行く予定でしたし、今日のところは大目に見ます(まあどうでもいいか。こいつの価値観なんて。主人公との接点ができた時点で他はなんでもいい。主人公さえ押さえておけば、ジムリーダーのどうこうなんざ些事だ。それよりも主人公と話す内容考えとかないとな。出来れば取り込みたいが)」

 

「ほんますまん。もうせんから」

 

「反省してもらえたなら結構。これで手打ちにしましょう。また今度そちらのジムにもお伺いしますので、その時は改めてよろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしゅう頼むわ。ほんで怒られた手前うちから言うのもなんやけどこの後の話してもええか?」

 

「勿論です。とはいえ、私はこちらの地方に来て日が浅い上に、事件解決や後処理については門外漢ですから、基本的にはそちらの指示に従います」

 

「さよか。ほな悪いんやけど手伝ってもらう形になるな」

 

「構いませんよ……っと、少々お待ちを」

 

「ん? どないしたん?」

 

「大したことじゃありませんのでお気になさらず」

 

 

 アカネと話している最中に視界の隅に動くものを見つけたので話を止める。動いていたのは他でもない、手首を壊して転がしておいたロケット団だ。

 

 ジムリーダーと揉めるような様子を見せていたので千載一遇の機会と思って逃走を企てたのだろう。どうせ下の階に逃げたところでアカネが連れてきたトレーナーに掴まるのが関の山だが、だからといって見逃す理由にはならない。

 

 

(まだ逃げれると思うなんていい度胸してんな)

 

 

 素早く近づいて這っていたロケット団の片足を掴んで宙づりにし、剥き出しの腹に膝を入れる。そこそこ力を入れて蹴ったが体勢的に衝撃は殆ど逃げている筈だ。寧ろ注意すべきは全体重を支えている足の方、そっちだけ注意しておけば問題ない。

 

 

「逃げれると思ったか? 逃げてどうするつもりだった? また人様に迷惑を掛けるつもりか? ガキ一人に潰されたしょうもないチンピラ集団の木っ端の分際で、何か成し遂げられるとでも思ったのか?」

 

 

 立場を分からせる為に一つ一つの言葉に合わせて腹に膝を入れていく。しかしまぁ流石は固有グラ持ちというべきか。中々見上げた根性だ。仲間を全滅させられて自分自身も痛い目を見たというのに、まだ逃げ出そうとする気概があるとは思わなかった。

 

 実力は大したことなかったが、心意気だけは天晴だ。ここまで追い込まれて尚折れない心持ちといい、これだけの事を起こす行動力といい、情熱を向ける先を間違えなければジムトレーナーくらいにはなれただろうに。何故ロケット団なんかに惹かれてしまったのだろうか。

 

 

「うぐっ……うっ……」

 

「なぁ呻いてねぇで教えてくれや。無能の集まりの搾りかすでしかねぇテメェが、人様に迷惑かけるしか能のねぇゴミが、ジムリーダーでもない俺一人に全滅させられるような雑魚が、一人逃げて何が出来るんだ? おい。まだなんか出来るとでも勘違いしてんのか? 更生できないならここで死んどくか?」

 

「ちょいちょい! ストップストップ! なにしてんねん!」

 

「教育です。こんだけやられたのに逃げて再起を図る様な阿呆は身の程を叩き込んで心を折っておかないと同じ事をしますから」

 

「せやかてやり過ぎや! そこまでせんでもええやろ!」

 

「足りないくらいです。これでも手加減はしてますので」

 

「っ! あー、分かった。ほな後はうちが引き継ぐから、そこまでにしといてや。それ以上やるんやったらうちも我慢できひんで!」

 

「そうですか。ではこの辺にしときましょう」

 

 

 手に持っていた男を振って肩に担ぐ。少し痛い目を見たくらいでは心が折れなかった様なので、ストレス発散を兼ねて少し甚振ってみたが効果はあるだろうか。

 

 というか止めに入るだろうなとは思っていたが、このくらい大目に見て欲しい。これだけの事を起こした奴がまだ再起を諦めてなかったのだからこれくらいはしておくべきだ。身の程知らずは徹底的に心を折って分を弁えさせなければ、また同じことを繰り返す。

 

 心も折らずに適当に収監して適当に放り出すなんて中途半端な真似をするからロケット団が減らないのだ。強硬手段に見えても結局はこれが悪を減らす一番の近道になる。

 

 今までは人を罰さないのも、この地方の社会の成り立ちやそういう人間性だろうで流してきたが、いざ自分も現場に出るのなら、何故そういう風潮になっているのか原因に関して学んでおいた方がいいかもしれない。

 

 

「ではとりあえず降りましょうか。多分こいつそれなりの立場の奴なんで私が持っていきます。いないと思いますが道中で残党が出てくるようなら対応お願いします。それと……えー、君。名前を聞いてなかったな」

 

「あ、ヒビキです」

 

「ああ、君がヒビキ君か。ウツギ博士から君の話は聞いてたが、世間は狭いな。おっと、改めて、俺は逸見誠。分かりやすく言えばジムリーダーの教育係をやってる者だ。よろしく」

 

「え? ウツギ博士の知り合い?」

 

「知り合いって程親しいもんじゃないが、少しポケモン研究に関して話した事があってね。まぁここじゃなんだ。とりあえず君も一緒に来なさい。道中何かあっても身を守る以外でポケモンを使わなくていいからね。万が一アカネさんが抜かれても私が君を守るから安心してくれ」

 

「……分かりました」

 

「大丈夫やって。心配しすぎや」

 

「……」

 

「あ、いや、ちゃうねん。そういうんとちゃうからな」

 

 

 楽観的な返答をするアカネを一睨みで黙らせる。別に本気で怒ってはいない。実際俺が制圧して、アカネも駆け抜けた後なのでアカネの考えも間違っていない。ただここで楽観的な事を言ったアカネに怒りの感情を向けておいた方が性格に一貫性が出る。

 

 

「では帰りましょうか。先頭はアカネさん、真中にヒビキ君、殿は私で。ほぼ制圧が完了しているとはいえ、一応は敵地ですので警戒は怠らない様に。ユカイ! つくね! 帰るぞ!」

 

 

 話が付けばこれ以上この場に居合わせる理由もない。三人と二匹で並んでさっさと下に向けて足を進めていく。その道中は実に平穏なものだ。取りこぼした残党がいるでもなく、歩みを止める障害は何もない。

 

 予想が外れたのは連行の早さくらいだろうか。てっきり捕り物をしている横を通ると思っていたが、既に人っ子一人いなくなっていた。全部で何人いたのか分からないが、意識のなかった者も多いのに短時間で連行を済ませた手際の良さは予想以上だ。

 

 こういう事があるのでジムトレーナーの評価が今一つ定まらない。甘さ全開で時に訳の分からない無駄行動をするかと思えば、突然舌を巻くような手際を見せる。優秀なのかそうでないのかなんとも判断に困る。

 

 

(しっかし、どうやってヒビキを口説いたもんかね。取り込みを狙うなら、才能があるから俺に付いて学べとかがいいんだが……無理があるんだよな。アンズが弟子を名乗ってるから勘違いしそうになるけど、バトルの弟子を取るのは能力的に無理だ。俺の強さは高レベルのポケモンとポケモン化して得た身体能力がメインだから誰かに教えれるもんじゃない。バトルを見てのダメだしくらいならできるが、それも何回か凌ぐくらいにしかならないし。寧ろ一緒にいたら色々と駄目な部分を見られる分マイナス。かといって顔つなぎだけしてサヨナラってのも勿体無い……いや、こっち選んでもマイナスだな。なにか良い口説き文句はないもんかね)

 

 

 歩を進めながらヒビキとの今後の付き合いや直近に迫っている話し合いについて思考を巡らせる。失敗が許されない問題というのは実に悩ましい。

 

 失敗時のデメリットに目を瞑ってメリットを狙うなら勧誘一択だ。弟子にするのは無理でも、数日程度行動を共にするくらいであればボロを出さずに付き合う事も出来るだろう。ほんの数日とはいえ行動を共にすれば仲を深める機会も何度か作ることもできる。

 

 ただしシンプルに同行を拒否される恐れがある。ヒビキの旅の目的や夢が分かれば、それに沿う事も出来るが、分からない状況で話を併せるのは難しい。最終的に無理に距離を詰めようとしたという事実だけが残り、苦手意識を持たれるなり、距離を置かれるなりする悪い結末も見えてくる。

 

 逆にデメリットを抑えるなら顔繫ぎだけして別れるのがいいだろう。仲を深めるという目的には反するが、関係を悪化させないというのも重要だ。実際人間関係の構築なんてものは普通は時間を掛けて行うものなのだから、そう悪くもない。

 

 ただしこれは初対面の印象が悪くない事が前提条件になる。印象が悪い状態で時間を置くのは寧ろ悪手だ。基本的に人間は過去を過大評価する。これは何かを思い出すときに忘れている事項を脳内で補完するからだ。だから誰かを思い出す時には強かった印象やエピソードを基にして忘れている細かい部分が補完される。印象が良かった者なら良い方に、印象の悪かった者なら悪い方に記憶を補完して、結果善人か悪人のどちらかに振り切れた評価になる。

 

 そして現時点で自分がどう思われているかを考えれば、好意的に見られている可能性は限りなく低い。まともに会話すらしてないのもあるが、そもそもの出会い方が悪かった。恐らく現状で与えている最も強い印象は暴力的だろう。相手がロケット団とはいえ、目の前で甚振っている姿を見せられれば、理由があれば躊躇いなく暴力を振るう人間だと印象付けられている筈だ。

 

 暴力的というのは基本的にはマイナスの印象になる。これはなにもヒビキの正義感が強くて方針が相いれないとかそういう話ではなく、一般論の話だ。いざとなれば躊躇いなく暴力を振るうとか悪人には容赦しないというのは、善良な人にだって一定以上の恐怖を与える。例えるなら常に片手に拳銃をチラつかせながら「悪人以外は撃たないから安心していいよ」と言っている警官とかだろうか。善良とか悪辣とか以前にそんな奴誰だって関わりを持ちたくない。

 

 過去に何かあってロケット団憎しの感情を抱いているなら良い方に振れる可能性も残るが、多分ヒビキにそんな感情はない。そこにあるのは精々が悪事を働く人間を許せないという正義感や自分が悪を成敗するというヒーロー願望くらいのものだろう。その手の相手に暴力的という印象が良く映る事はまずない。

 

 それ以外の強めの印象としてはロケット団と勘違いしてバトルに発展した事に負い目を感じているくらいだろうが、これも仲を深める要素にはならない。引け目なんてものは寧ろ顔を合わせ難くなるマイナスの要素だ。

 

 仮に好意的に見られる要素があるとすれば職務に本気で取り組む辺りになるだろうか。手段こそあれだが、仕事としてすべきことは全力でするというのは一応は好意的に見られる要素だ。ただ子供に伝わるかと言われると微妙なラインになる。どちらかというと一生懸命仕事に取り組めるというのは社会で擦れた大人にこそ響く要素だ。多分仕事に本気で取り組むというよりも目的の為なら何をするか分からないという風に取られるだろう。

 

 

(この後の話で印象を上書き出来る何かが欲しいが……厳しいな。全く別のキャラを作ればどうにかなるかもしれんが、あんまり性格をガラッと変えるとそれはそれで不信感を抱かれる。対悪人と対善人で激しい二面性を持ってるで通してもいいが、裏表が激しいって認識されると結局はマイナスの印象……面倒だなマジで)

 

 

 考えれば考える程頭が痛い。いっその事主人公との交流を諦めてしまいたいが、現時点で関係を切るのは早計だ。なにせ恐れていた才能を主人公が持っている可能性が有る。一つ一つの要素が噛み合わなくてバトルの最中こそ判断が付かなかったが、最初から最後までを見て思い返してみれば主人公の大凡の事柄は分かってくる。

 

 まず手持ちポケモンのレベル。これはレベル50前後でほぼ均等。少なくともバクフーンより飛び抜けてレベルの高いポケモンはいないだろう。もしいるならばバクフーンが通用しないとわかった時点でレベルの高いポケモンを出す。それがない以上は手持ちのレベルはバクフーンと同等かそれ以下、下限は分からないが上限は55くらいと考えていい。

 

 次に戦闘スタイル。最初の攻撃サイクルの速さや守りに重きを置きながらもカウンターを狙う思考、守りに重きを置いた戦い方の不慣れさを見るに基本は攻撃重視。だが攻め一辺倒という訳ではなく、相手が自分より強いとなれば即座に自分本来のスタイルを捨てるくらいの頭はある。結果として相手の強さに合わせて戦闘スタイルを切り替える形に落ち着いたってところだろう。

 

 とはいえオールラウンダーと呼べるレベルには達していない。攻守を切り替える事は出来ても、攻守のバランス調整までは出来ていないからだ。多少の加減は出来るだろうが、基本的には攻め全振りか守り全振りのどちらかを選ぶ程度にしか切り替えが出来ていない。

 

 そしてヒビキ固有の武器は恐らく観察眼だ。最初は何をもって相手のレベルを把握しているのかと思ったのだが、恐らくはポケモンの動きを見て判断している。ヒビキが勢いを無くして煙幕に潜むようになったのは、初手の火炎放射を避けた直後だ。俺のように特殊な何かを見て一目で判断しているのではなく、多分回避の際の動きなんかを見て何となくの実力を測れるのだろう。

 

 相手のポケモンの強さを見極めるのは別にしても、相手の動きを先読みして行動したりするのも相手を見極めなければ出来ない。観察眼と言葉にすれば誰でも持っていそうではあるが、実際は割とエグイ能力だ。今日の所はそこまでの強みに見えなかったが、使いこなせば一気に勝負を決めないと戦闘が長引けば長引くほど対戦相手の動きを理解して強くなっていく。序盤は弱いのに終盤になるにつれて強くなっていくのもいかにも主人公っぽい。

 

 反面、観察眼の鋭さは弱点にもなりうる。今日のバトルを見る限り、相手のポケモンとのレベル差を感じ取ってしまうと悪い影響が出るタイプらしい。レベル差があり過ぎる相手には何をやっても通じないと勝手に悪い妄想を膨らませて、腰が引けてしまうってところだろう。

 

 だが逆に言えば、今日確認出来た中では戦いに使えそうなスキルはそれくらいだ。ポケモンのレベルも戦闘技能も高いといえば高いが常識の範囲内に収まっている。気付けなかったスキルも幾つかあるだろうが、それを組み合わせて本領を発揮した場合の凡その強さは算定できる。どれだけ高く見積もっても、こちらを圧倒するような強さになる事は無い。想像も出来ない様な奇抜な発想力でもあれば話は変わるが、そういう武器を持っているなら今日の戦いで片鱗くらいは見せた筈だ。

 

 正直に言えば期待外れもいいところ、想定していた強さより二段も三段も劣る。だが、だからこそ怖いのだ。ヒビキの実力はジムトレーナー以上、ジムリーダー以下。トレーナー全体で見れば上澄みではあっても結局はそれなりに強い程度に過ぎない。そんなそれなりに強い子供風情が主人公の様な異常な偉業を成し遂げられる訳がない。つまりは実力を覆すだけの何かを持っている。

 

 はっきり言えば先に述べたヒビキの戦力なんてどうでもいい。理不尽ともいえる圧倒的な強さを持ってないと分かった時点で、主人公を敵に回して良いかどうかを判断する要素は一つだけ。それは俗に主人公補正やご都合主義と呼ばれる謎の強運を持っているかどうかだ。まるで運命に愛されている様な、相手からすれば理不尽としか思えない運を持っているかどうかの一点で他の事項は全て些事になる。

 

 まずこの才能を持っている奴は基本的には勝てる相手にしか出会わない。仮に出会ったとしても何らかの理由で敵は本気が出せない状態だったり、途中で乱入があったり、不測の事態が起きる等してなんだかんだで敗北しない。万が一敗北しても、本人やポケモンが殺されたり、再起不能にされる前に何故か助かる。そうやって心が折れる様な致命的な敗北を遠ざける。

 

 だから実際の強弱なんて関係ない。どれだけ主人公が弱かろうが、どれだけ実力差があろうが、致命的な敗北だけは避け続けて何度も挑戦の機会を与えられ、最後には必ず勝つ。敵がどれだけ強かろうと絶対に抗えない最悪の才能だ。

 

 先程のバトルにしても、そういう見方をすれば解釈は変わってくる。幾ら時間制限があった上で見に回ったとはいえ、あの程度の実力ならば、もう少し早く見極めを終えて戦闘を進めることも出来たはずだ。変に意識して冗長な勝負に乗らなければ、全滅は無理でも壊滅くらいまで追い込めるだけの実力差があった。思考を誘導されたとまでは思わないが、知らず知らずの内に手加減する方向に持ち込まれている。

 

 そもそも時間制限からして自分で設けたものだ。万が一の敗北の可能性や以降の事も考えてアカネを呼び寄せたが、結果的には時間制限を設けただけになってしまった。その時の判断が間違っているとは思えないが、恐らくそれも込みだろう。最善の行動を取ったはずが、常にそれが裏目に出る。ヒビキの運がよくなるのか、相手の運を悪くしているのかは分からないが、とにかくヒビキが有利になる事象が起きる。

 

 なんならパワージェムの欠片が飛んできた事故も、疑って見れば主人公の敗北を避ける為に起きた事故とも見れてしまう。普通の人間なら怪我をする様なサイズの石が飛んできても大したダメージはないので、間違いなく戦闘を続行するし、戦闘の支障となる様な負傷も負う事もない。戦闘続行に支障をきたすとすれば、鋭利な石が急所に刺さるくらいは必要になる。そして起こったのは正に俺が戦闘続行に支障を来たしうる規模の事故だ。

 

 戦闘続行に支障を来たす様な事故が、主人公が攻撃され始めて窮地に陥ったタイミングと集中力が緩んで無防備になったタイミングが重なった瞬間に起きる可能性はどれ程のものだろうか。今回は回避できたが、なまじ回避できたからこそ、その後の攻撃を躊躇うことになった。主人公が勝利するではなく、主人公が敗北しないが条件であれば、躱す事前提で起きた事故かもしれない。

 

 それこそゲーム的に言うなら「絶対に勝てない強さの敵が戦闘中の事故で弱体化した」みたいなイベントだ。そして最終的には「強い敵に数ターン耐えたら物語が進む負けイベント」に落ち着いた。考え過ぎであって欲しい話だが、主人公が相手となれば、そのくらいの想定は必要になる。

 

 

(実際どうだろうな。本気で戦うとしたら……見れてない手札がもう何枚かあるとしても、今日の戦いを見る限りだと本調子になったところでたかが知れてるから真面な勝負なら無難に勝てると思うけど。将来的にポケモンのレベルが70……いや、80くらいまでなら上げてきたとしても、真っ当に強いだけならどうにかする方法はある。90、100まで上がったり、才能が開花して謎の強さを得たら無理だろうけど、そこまでいったら誰も勝てないから諦めもつく……なら結局のところ問題は補正の有無だが、こればっかりはどうにもならんだろうな)

 

 

 今までも考えてはいたことだが、やはり主人公と対峙して勝利するのはとてつもなく難しい。今のところ勝利しなければならない予定は無いが、敵対した時の事を考えると、勝ち方は考える必要がある。

 

 一応現時点の実力なら場を整えて戦えば勝つ手段はある。要は運の介入する余地を消せばいい。バトルフィールド丸ごと飲み込む様な回避不能、生存不能な大規模攻撃での速攻を狙えば、勝利することが出来るとは思う。

 

 だがそこに至るまでが厳しい。場を整えるにしても生半可な準備では、突如として野生のポケモンの群れが乱入したり、どこかの誰かが場をぶち壊したりして勝負が流れかねない。

 

 というか、その程度ならまだ良い方だ。上限が分からないので、周囲にまで被害が及ぶ何かが起こる可能性も捨てきれない。局所的大地震や地盤沈下、ハリケーン等の自然災害の発生、突然の伝説のポケモンの復活による地方の混乱といった被害の大きい事象が起きる可能性すらある。

 

 今日のバトルにしてもあまり攻めるつもりがなかったからこの程度で済んだだけで本気で追い詰めていたら何が起こるか分かったものではない。パッと思いつくのは見逃していたロケット団の乱入、フィールドになっていた建物の火災や倒壊辺りだろうか。ロケット団の乱入くらいなら別に構わないが、建物の倒壊なんかが主人公を追い詰める度に起きてはたまらない。

 

 もし戦うなら最低でも物理的に乱入が不可能で崩壊や災害の影響を受けないフィールドと何が起きてもバトルが中止にならない状況は前提条件。そして外的要因を排除して絶対に決着が付く純粋なバトルになればこれまた何が起こるか分からない。

 

 今日の様子を見る限りでは説明の付かない謎のパワーアップなんかは無いだろうが、何らかの要因によるこちらの弱体化や先程のパワージェムのような試合中の事故の多発、連続するラッキーパンチが尽く急所に当たる位の覚悟しておいた方がいい。ついでに勝ち筋である大規模攻撃の速攻もなんらかの事情で封じられる可能性もある。

 

 そこまで不幸が続けば当然負けの目だって出てくる。事故が起きる覚悟と準備をして挑めばほぼ確実に勝てるくらいの実力差はあるが、ありとあらゆる不幸が降りかかる状態で十回も戦えば一回くらいはどうしようもない状況に追い込まれて敗北するだろう。そしてその10%を大事な場面で引く事ができるのが主人公だ。

 

 

(……検証方法は簡単に思いつくけど適任がいない。ヒビキより格上で、情け容赦なく潰す勢いで追い込んでくれそうな奴……最悪いないなら作るってのもありだが、適当に性格悪い奴捕まえて強化するのは信頼感や時間やらで論外。手持ちの札なら実力と使い勝手でアンズになるけど……あいつ精神的に弱いからな。ポケモン強化しても、主人公補正とか関係なく、なんか普通に実力差を覆されて負けそうな気がする。しかも仮に勝てたとしても追い込んだりみたいなやり口は出来そうにないし。ヒビキに負けたら弟子解任とか言えば本気になるかもしれんが、なんかそのやり方したらメンタル崩れて自滅みたいな負け方する未来が見える。最悪俺がやってもいいがそれで後始末がクソ面倒な事故が起きたら面倒くさい。てかありそうなんだよな。主人公の敵が主人公を狙えない様に別の面倒事に忙殺されるの)

 

 

 考え事をしている内にいつの間にやら出口が目の前に迫ってきている。事件後の手続きを優先すれば時間は稼ぐ事は出来るが、時間を稼いだところで状況が好転する気配を感じない。

 

 

(駄目なやつだなこれ。解決策が思い浮かばないっつうより、なんか手ごたえがないというか、取っ掛りの気配を感じない……もしかして、この辺にも主人公補正絡んでくるか? 邪な考えで近づいてくる奴を自然と近づけないみたいな。そう考えると無理矢理距離を近づけるのも危険か? ……いや、もういいわ、高望みは止めて最低限のポイントだけ抑える方針でいこう。とりあえずは連絡先の交換、あわよくば交友関係……は駄目だ。あわよくばなんて考えるな。半端だけは駄目だ。多少のマイナスには目を瞑って目的を連絡先の交換に絞る。交友関係の構築と改善は時間を掛けてやっていく。はい決定)

 

 

 方針を決めて歩を進めるが気は進まない。心を決めた筈なのに気乗りするどころか胃がキュッと痛む気すらする。ポケモンの体になってもこういうのだけは残っているらしい。

 

 

 

 ──────────────────────────

 

 怖かった。

 

 ポケモンが好きでバトルも好き。小さいころからそうだった。まだポケモンを貰っていなかった頃はテレビで見たポケモン達のバトルに憧れ、朝から晩までテレビに齧り付いて色んな人のバトルを見ながら、いつの日か自分だけのポケモンと一緒に旅をする光景を夢に見ていた。

 

 だからポケモンを貰って旅に出てからの生活は夢の世界だ。珍しいポケモンがいると聞けば西に、強いトレーナーがいると聞けば東に、面白い景色があれば北に、特に目指す場所も決めずに南にと好きに旅をした。苦しい事も悔しい事もあったけど辛くはない。ポケモンが共にいる生活が辛い訳がない。

 

 そうやって色んなものを見て沢山のバトルをしていると、ある日を境にバトルをするトレーナーが何をしようとしているか、ポケモンがどう動こうとしているかが分かる様になった。なんで分かるのか理由は分からないけど、見ただけで何となく分かるようになった。

 

 そこからは悔しい思いをする事もなくなった。いざ戦いになれば相手が何をしようとしているのか手に取る様に分かる。最近は出てきたポケモンが少し動く姿を見ただけでどのくらい強いかもなんとなく分かる様にもなった。危ない時はあっても負ける事はない。だから今日だっていつものようにやれば大丈夫だと思っていた。

 

 だけどそんな思い上がりはポケモンが出てくるまでの話だ。出てきたヤミラミは見た目は普通のポケモンなのに纏っている雰囲気から違う。一目見た瞬間に不安が胸を渦巻き、戦闘中の動きを見て敗北を確信した。

 

 強いポケモンなんて何度も見た事がある。ジムリーダーのポケモンも強かったし、チョウジタウンで会ったチャンピオンのワタルさんのポケモンも強かった。誰も信じてくれなかったけどやたらと強い伝説のポケモンだって見たことがある。でもここまで強さを持ったポケモンはいなかった。

 

 きっと本気で挑めば攻撃を当てたり、躱したりは出来た。傍から見れば対等なバトルに見えるくらいの戦いは出来ただろう。でも幾ら攻撃を当てても殆どダメージはないのだとも分かってしまう。見れば見る程全く勝てるイメージが湧いてこない相手に出会ったのは初めての経験だ。

 

 幸いだったのは誠さんが慎重な人だった事。あの人は相手の戦力を測り終えてから一気に攻勢に出るタイプだ。あれだけ強いのに、自分の有利を確信するまで慎重に立ち回って、いざ分析を終えたら一瞬で潰しに掛かる。

 

 だから勝負から逃げるしかなかった。下手に攻撃を当てて本気になられたら、きっと簡単にやられてしまうと分かるから。騒ぎを聞きつけた誰かが来てくれる事を祈りながら、絶対に本気にさせないように、絶対に自分が弱いとばれない様に必死に時間を稼いだ。

 

 結局誠さんはロケット団じゃなくてポケモンリーグの人だったけど、歯が立たなかった悔しさよりも安堵の方が大きい。敵と断定した人には絶対に容赦をしないだろうあの人と敵にならなくて本当に良かった。もし一歩間違っていたら、あの人が抱えているロケット団の位置に自分もいたかもしれないと考えると素直にそう思える。

 

 

(これだけ強くてもチャンピオンじゃないのか……)

 

 

 後ろを歩く誠さんにチラッと目を向けるが、誠さんは何か考え事をしている様で、こちらの視線には気付いていない。一体どんなことを考えているのだろうか。

 

 バトルをして思ったが、この人は本当に分かりづらい。攻撃、回避、観察、そういう何かをしようとする瞬間になれば何をしようとしているのか分かるけど、いざ行動するまでは今一つ分からない。なんとなくこれをするかなと思っても、実際にその通りになるかは半々くらいだから、自信が持てない。

 

 まるで同じバトルを見ている筈なのに何か違うものを見ている様な、目線を向けているだけで何も見ていない様な不思議な感じがした。

 

 

(やっぱりこのくらい強い人って普通と違う考え方とかあるのかな? 聞いてみたいけど、怖いしな……)

 

 

 強いと言えば、この人もそうだ。ポケモンの強さも分からなさもそうだが、それとは別にこの人自身が何故か強い。バトルの中で動きを見たが、シジマさんの様に格闘技をして鍛えた人の様な技術として強さとは全く違う、それこそ強いポケモンを見た時の様な強さを感じた。

 

 

(そういえば拳骨するって言ってたけど……大丈夫かな俺。あの人の拳骨とか絶対やばいって。見た目は細いけど、なんかあり得ない動きしてたし。絶対痛い…でも一発なら…大丈夫かな?)

 

 

 強いのにワクワクするよりも先に恐怖が来る人なんて初めてだ。本当に世界は広い。こんな人がいるなんて思いもしなかった。



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