CROSS ROAD (メルヘンに気ままに)
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第1話

完全見切り発車かつありきたりな展開ですが、御容赦ください。
よろしくお願いいたします。


空虚、というのだろうか。

 

目の前の景色を見て俺の頭に浮かんだのは、悲しみでも、怒りでもなく、虚しさという感情だった。

 

六十の席が用意された円卓には、今や俺一人を残し、誰一人もいない。その景色に俺は一人机に項垂れる。

 

DMMO-RPG『ユグドラシル』

 

2126年に発売されて以降、熱狂的な人気を博し、多くのゲーム好きを虜にしたDMMO-RPG。体験型ゲームである。数多存在するDMMO-RPGの中でも燦然と輝くタイトルとして知られているゲームで、日本国内においてDMMO-RPGといえばユグドラシルを指すとまで言われる評価を受けていた。

 

人間種、亜人種、異形種と実に700種類にもなる豊富な種族。基本や上級職業等を合わせて2000を超える職業クラスによる無数の組み合わせで、意図的を除いて同じキャラクターはほぼ作れないだけのデータ量。6000を超える魔法の数々。

 

これを聞いて心躍らぬゲーム好きがいないわけもなく、例に漏れず自身も死ぬ程ハマったこのゲーム。

 

しかし、盛者必衰の理をあらわす。と、いうか、なんというか。熱狂的な人気を博したこのゲームも、12年の月日を経て、今日でサービス終了となる。

 

CROSS ROAD。

 

異形種の中でも、天使か悪魔だけで集まり作られたギルドであり、過去にはユグドラシルのギルドランク6位まで名を連ねたこのギルドも、最盛期60人いたギルドメンバーは今や5人にまで減っており、最終日である今日に限って、ログイン出来たのは俺だけだったようだ。

 

ふと辺りを見渡し、げんなりとした思いで自身の席に着く。

 

一瞬ログアウトすることも考えたが、どうせやることも無いし、12年も遊び続けたゲームを最後まで続けたいという気持ちもあった。

 

時計を見ると時刻は20時12分を刻んでおり、残り数時間でこのゲームも終わってしまうことを示していた。

 

「…どうせ、最後だしな」

 

自然と口から洩れたその言葉に、どこか他人事のように立ち上がる。最後に円卓を見渡し、1つ、ため息をついてからなんとか意識を切り替える。

 

最後だし、俺らが必死こいて作ったギルドの中でも探索してみるかな。それに、途中で誰か来るかもしれないし。

 

無理やり気持ちを明るく切り替え、俺は部屋を出た。

 

ーーーーー

ーーー

 

やはり、というべきか、最終日であるにも関わらず過去に仲間と作り上げた思い出の数々や、必死に作り上げたNPCを見ている間に想像以上の時間を喰ってしまったようで、ふと時計を見ると既に23時48分だ。少し焦りながら装備を選択する。

 

「やっぱこれだよな」

 

視界に入った装備の中でも1番目を引く白と黒のツートンカラーの装備を装備する。

 

俺が、ヴァナヘイムでワールドチャンピオンになった頃に貰ったこの装備、ザ・ベスト・ギフト。ワールドチャンピオンの名に相応しいスペックを持つこの装備は、そんじょそこらの神器級装備を遥かに超越した防御力とテキストを読むだけで頭がバグりそうになるほどの能力を有しているのだが。

 

如何せん見た目がな…

 

俺がバッチリ厨二病を拗らせている頃に選んだ装備で、周りの仲間には散々バカにされたものだ。

 

 

『ワールドチャンピオン様々ですわ…w』

 

『よwくw似w合wっwてwるwんwじwゃwなwいw』

 

 

「…クッソ」

 

蘇る苦い記憶。今でも少しカッコ良いとは思っているのだが…確かに少し痛い気がする。

 

時を超えた名作であるFF7に出てくるキャラクターのセフィロスの服装にちょこちょこアーマーを付け足した様な装備。絶妙なバランスで白と黒の調和が取れており、当時の俺は他の装備に目もくれず、一瞬でこの装備を選んだのだが、その結果が仲間からのアレである。それ以降、滅多に着なかったこの装備。折角だし、最後にそれを装着する。

 

「…やっぱ強いよな…これ」

 

普段着ている装備も一応神器級装備だが、それを遥かに上回るステータスを表示するコンソールに頷きながら、俺専用更衣室。通称厨二病の夢から出る。いや、俺が名付けた訳じゃありませんからね?

 

次はどこに向かうか…そう考える内に自然と足が向かっていたのは、«審判の間»…俺らのギルドの最奥部に位置する部屋だった。

 

静かな音を立て、自動で開いたドア。その先には1つの玉座があり、その両サイドには一体ずつNPCがいる。

 

「うわ、懐かし」

 

天使長のセラと悪魔長のルシフェルだったか。

 

ギルドのコンセプト通り、天使と悪魔で構成されているこのギルドは勿論NPCも天使と悪魔で創られており、設定からビジュアルまで多大なる時間と金と愛情をもって制作した自慢のNPC達、その中でも天使側、悪魔側の頂点に立つNPCがこの2体だ。

 

片や金髪の絶世の美女で、その頭上には円状の輪っかが浮かんでおり、その背からは三対六枚の白翼が生えており、その顔と併せてまさに天使って感じの天使だ。白のワンピースに緻密な金の刺繍が施されており、その手には一見場違いとも思える黒の邪悪なガントレットが装備されている。が、見慣れているからか、はたまた意外と似合っているからか、特に違和感はない。

 

片や銀髪の絶世の美男で、その頭からは禍々しい角が生えており、その背からは天使長同じく三対六枚の黒翼が生えており、いかにもって感じの堕天使だ。その衣装はこれまたいかにもって感じの紫色のアーマーであり、所々に赤黒い宝石が組み込まれている。そして、同じくこちらにも一見場違いにも見える白銀色に輝くガントレットが装備されているが、天使長と同じく違和感は特になかったりするのだ。

 

俺の美的感覚がおかしいだけなのかな。フッ、と小さく笑いながら玉座へと歩いていくと、その2体は右手を胸の辺りに添え、ペコリ、と頭を下げた。ギルドメンバー達と汗水垂らして作り上げたNPCだ。このようにプログラムを組み、一定の動作を取らせるくらい誰もが時間を惜しまずやるだろう。

 

「よいしょ…」

 

そんなどうでも良いことを考えながら、その2体の間にある玉座に腰掛ける。頭に過ぎるのは仲間たちと必死こいてようやくクリアしたこの«マルクデュー神殿»の記憶。神殿とは名ばかりに多くの悪魔も出てきたこの神殿は、エリア毎にカルマ値によってバフやデバフが付与されるシステムがあるのだが、これがまた厄介で、エリアに適したカルマ値でなければそこのエリアに出てくるボス他POPモンスター達ともまともに戦闘出来なくなる程弱体化してしまうのだ。

 

例えば、最も入口に近い«審議の間»では、エリアボスとして«至高天の熾天使»が出て来たのだが、ただでさえ厄介な敵であるのにも関わらず、これがまたバフで強さ爆上げ、カルマ値が極善クラスではないとまともに戦える相手では無いほど強化されてしまうのだ。

 

当然、カルマ値が極悪のプレイヤーが受けるデバフは半端なものではなく、例えレベル100のプレイヤーであろうとレベル60クラスの主天使相手に敗れることもザラであった。

 

例に漏れず、当時からワールドチャンピオンであった俺も持ち前の極悪のカルマ値が災いし、«威光の主天使»相手に敗北したのだが…これが長らくギルドの間でも話の種になる〜ワールドチャンピオン、主天使風情に負ける〜を産み、ギルドの内外共に俺が嘗められる原因になるわけだが…この辺りは自分で思い出すのも悲しいので割愛させて頂く。いや、だって«善の極撃»くらい耐えられると思うじゃん…そんなことよりボス削りたいじゃん…

 

と、まぁ、苦い記憶を思い出しながら、俺は背後にある1つ…否、2つの武器を眺める。

 

そこには光り輝く剣の柄と、禍々しく歪み不気味なオーラを放つ剣の柄が置かれている。

 

ギルド武器«善と悪»。ギルドメンバーの全員が、主天使風情に負ける情けないギルドマスターへの贈り物と俺にサプライズで作られた雌雄二振のこの剣は、所有者である俺が触れぬ限りその刀身は表れない、という完全に俺専用の武器なのだが、ギルドメンバー達は『どうせ、最後までここに残るのお前だしいいんじゃね?』と、快く?俺にこの武器を委ねてくれたのだった。

 

「ま、本当に最後まで残ったんだけどさ」

 

ここ暫くは、ギルドの運営費用を稼ぐためにちまちまと小銭稼ぎをしていたせいで、落ち着いてギルド内にいることなんてなかったし、どうせ最終日だしな…と玉座から立ち上がり、その武器を手に取る。

 

曰く、厨二病なお前に相応しい厨二な見た目と厨二な名前にしといたその武器は、色んな意味で俺専用と言われただけあり、手にした瞬間に凄まじいバフが掛かったことが視界の隅に表示される。

 

ギルド武器ということで、基本は最も安全な位置に鎮座しているのだが、どうせ最終日だ。今更この時間になってギルドを攻めてくる奴もいないだろうし、最後の数分くらい構わないだろう。

 

「なんなら今から俺がどっか行ってやろうか…?」

 

パッと頭に思い浮かぶのは、1500人の猛攻にも耐えきった最凶PKギルド、アインズ・ウール・ゴウン。最後の最後まで誰一人として最後の階層まで通さなかったと言われる化物ギルドであり、個人的にも思い入れがなくはないギルドだ。

 

何度か上がったワールドチャンピオンだけのギルドを作るって話になった際に仲良くなったたっち・みーさんのギルドだし、それに、俺も異形種狩りで狩られてた身だ。あの異形種のみで作られた悪名高いギルドが本当にただPKばかりしているギルドじゃない事くらいなんとなく察せる。

 

思い付きにしては中々名案だな。ちらりと時計を見ると時刻は23時54分。攻め落とすのは無理だとしても最後の最後くらい無謀な挑戦をしてみても良いのではないだろうか。

 

それに、今の自分の装備を確認する。

 

ワールドチャンピオンの証であるギルド武器に匹敵するアーマーに、正真正銘のギルド武器。それに、腕前は全盛期よりかは落ちたものの、未だにワールドチャンピオンの名に恥じないプレイスキルは持っているつもりだ。5分間でどこまで行けるか…と、ここまで考えて自分の思考に違和感を覚える。

 

あれ、俺の時計って…

 

バッ、と時計を確認する。23時54分も残り12秒となっている。

 

俺の時計って確か5分ずれてたんじゃなかったっけ!?

 

ここ最近は全く気にすることは無かったが、以前ギルドメンバーの内1人に『お前は早く来すぎだから5分時計を遅くセットします』、と言われたことを思い出す。結局それで直すの忘れてて…ってことは残り8秒!?

 

パニックになる脳。待てよ、最後くらい落ち着いて終わらせてくれよ!俺の12年の最後だぞ!?もう少しカッコつけさせてくれよ!!

 

そんな俺の気持ちを置き去りに時計の針は進んでいく。時間が過ぎたら恐らく強制シャットダウンされるのだろう。残り3秒。

 

最後の最後に俺はーーー

 

「クソッタレぇぇぇええぇぇえぇ!!!」

 

どこに向けてのものでもない慟哭をあげた。

 

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□

 

「クソッタレぇぇぇええぇぇえぇ!!!」

 

天をも割る慟哭というべきか。

 

耳に入る主のどうしようも無いほどに悲痛なその叫びは、我が主の心をそのまま表しているかのようであった。

 

リアス=フォーミュラ=コースト様。最後まで我らが神殿に残って下さった慈悲深き御身のその叫びに割れそうになるのは私の心だけではないはずだ。

 

移した目線の先にいる堕ちた熾天使も、どこか苦しげな表情を浮かべている。普段は人の不幸を蜜の味と喜ぶ穢れた悪魔とは思えないほどその表情は主の身を案じているようだ。

 

その後、ドサ、と地に膝を着いた主に、気が付くと私は駆け出していた。

 

「大丈夫ですか…?」

 

「……は?」

 

少しの間を開け、私の発言にどこか驚いたように返した主の顔は、普段の涼し気な微笑ではなく、信じられないものを見たような顔であった。




次回からオリジナルキャラクター爆増でございます。ここまでお読み頂きありがとうございました。次回も是非よろしくお願いいたします。


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第2話

お気に入りありがとうございます。精進して参ります



人は、一定の情報許容量を超えると固まることがあるという。

 

そして今現在、俺はブレる視界に映る絶世の美女に見つめられ、硬直していた。

 

もちろん、それは目の前にいる女性が美しすぎるのもあったが、その本質はやはり…

 

「な、なな……なんで…?」

 

何故情報の塊でしかないNPCが、動いているのだろうか。というユグドラシルプレイヤーならば誰もが驚くことからであった。

 

何度開こうとしても反応すらしないマスターコンソールに、鼻腔を駆ける花のような匂い、そして、俺を心配するように覗き込む美女に高鳴る心臓。そのどれもが俺の常識外の出来事で、心の中で俺はGMに救済を求めていた。

 

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□

 

視界から入る情報に私は瞬時に悔やみいる。目の前にいる方は、私に行動の許可を出していないのにも関わらず勝手に駆け付けてしまった私の不義を信じられないような顔で見つめている。

 

「な、なな……なんで…?」

 

どこか震える声でそう尋ねてきた主に私は返答に困る。貴方様が心配で駆け付けたと言えば許してくれるだろうか、それとも素直に認めて自死した方が良いのだろうか。前者の場合は万一にも嫌われる可能性があるので選びたくはない…となると、やはり自死するべきか。

すんなりと出てきた回答に私は微笑む。ギクリと表情を変えた主に私はそのまま、顕現させた光刃で首を掻っ切ろうと首に当てる。あぁ、さようなら愛しの主よ。我が身体死しても、我が信仰は死せず。我が身体朽ちても、我が愛は朽ちず。死ぬ前に主に純潔を捧げたかったが…あぁ、これ以上は私のワガママというものか、でも、きっとそれを口に出してしまったら慈悲深き貴方はきっと叶えてくれる。そんな、与えられるようなものじゃなくて、真の愛とはーーー

 

「死ぬならとっとと死ねよクソ天使」

 

「あ"ぁ"?」

 

せめて死ぬ前に主に一言残そうとフル回転させていた脳をピタリと止めるのは背後から聞こえた«堕ちた熾天使»の声。背後から聞こえる偉そうな声に燃え上がる殺意と共に背後へと振り返りゼロ距離からそのムカつく面を睨む。

 

「んだと、この野郎…テメェみたいな穢らわしいクズに掛けられるような言葉は今ここに存在してねぇんだよ…あ?誰に話し掛けてると思ってんの?てか、私が誰に話かけてたと思ってんの?そんなのも分からないの?馬鹿なの?死ぬの?つか死ねよ」

 

「はっ、最近の天使はたかが知れてるな」

 

ぼそ、と呟かれたその声に思わず私の意識は限界を超えーーー

 

「ど、どういうこと?」

 

「っ!」

 

瞬間的に鎮静される。危ない、主の前で醜い姿を見せてしまうところだった。ふぅ、と頭を落ち着かせ、どこか嘲笑うような表情を向けるクソ悪魔に主からは見えないように中指を立て、主に向き直る。

 

「いえ、この穢らわしい堕天使を滅殺しようかと思いまして」

 

「そいつも堕天使だけどな」

 

「リアス様とアンタを一緒にすんじゃないわよ!!気品が違うでしょ気品がァ!!!貴方に分かる!?この流れるような美しいボディライン!玲莉で、どこか慈悲深い美しき顏!そして左右で、色の異なる翼の倒錯的な美しさ…!っ、あぁ!!素晴らしい!!!」

 

馬鹿みたいなことを言うクソ悪魔に、私は主の素晴らしいポイント(今は目の前にいることからほんっっっっっの1部だが)を語りあげる。

 

暗闇の中でも見つけられるような、涼やかな白銀色の髪は、迷った時に、差す光のようで、とても綺麗だ。その顔も目の前の穢れた悪魔とは違い、当然のように美しく、先程は大分中和して言ったが、怜悧かつ鋭く、思慮深く慈悲深いその切れ長の瞳には思わず見つめられるだけで昇天()してしまいそうになる。

 

そして、極めつけは私達とは異なるその背中に生えた六対十二枚の翼である。片や世界を照らし尽くすかのような眩い白色で、片や世界を包み込むかのように漆がかった黒。

 

そのコントラストが美麗なのは言わずとも分かるだろう。

 

しかし、今、その麗しの主はその表情を驚愕に染めて私たちを見ていた。

 

フツフツと湧き上がるこの感情はなんというのだろうか。己の存在が根底から崩されていくような絶望感に苛まれていく。ふと頭に過ぎるのはかつて主の他にもいた多くの神々。目の前にいる方を含め60人いた方々はいまや、目の前に御座すこの方だけだ。

 

1人、また1人と減っていく度に千切れそうになったこの心。しかし、それがまだ壊れていないのは、最後まで残ってくださったこの方のお陰であり、最早この方無くして私はないのだ。

 

故に、その表情は私の心を強く傷付ける。

 

「…セラ?」

 

思わずしゅんとしてしまったその時だった。聞こえたのは主の控えめな声、ボソリと呟かれたその言葉に私の脳は一瞬動きを止めた。セラ…私が神々に付けられた名前であるそれを呼んだ主。それを理解した途端、私の心をとてつもない感動が縦横無尽に駆けた。名前を…ッ!呼んでくれた…ッ!!

 

「っ、は、はい!!セラです!!」

 

「…それに、ルシフェルも」

 

「はっ」

 

ピシッとどこかカッコつけたかのようにお辞儀をするクソ悪魔にハッ、と私も思い出したかのようにお辞儀をする。コイツ、明らかに私の失態を目立たせるために…フツフツと湧き上がる怒りを必死に抑えながら、主の声が掛かるのを待つ。

 

「…なんで、動いて……もしかしてバグ…いや、にしても…もしかして2か?だとするとこれは電子法に反して…」

 

ブツブツと、何かを考えていらっしゃる主に私は目前の悪魔へと目をやる。丁度同じタイミングでこちらを見たソイツは、恐らく、今の私と同じような表情を浮かべている。

 

この方は何を…?

 

聞いたことの無い言葉を2,3並べた主は、少しの間顎に手を当て、何事かを考えていたようだが、パチンと指を鳴らすと私達を指さした。

 

「多分夢だ!どっちでもいいから俺をぶん殴ってくれ!」

 

ここに回答を得たり、とでも言わんばかりのスッキリとした表情を浮かべた主はその言葉と同時に遥か後方の壁まで吹き飛んだ。

 

「かしこまりました」

 

「……は?あ、ぇ…なに、を…」

 

「殴れと言われたから殴った」

 

目の前のクソ悪魔の言葉が信じるに信じきれず少しの間呆然としてしまう。

 

「そ、そうじゃないわよ!!何を…!あぁ、アンタの馬鹿力で殴ったらお怪我されてしまうでしょ!!!」

 

「お前よりはマシだろ。それに、ほら」

 

クソ悪魔がクイ、と顎で指す方にはガラリ、と崩れた瓦礫から立ち上がる主の姿がある。先程とは違う驚いたような表情で自身の体を見つめている。

 

それを見て思わず固まってしまう。主の戦闘を直接拝見したことはなかったが、私は神々からこの方は主天使にも負けるから守らなければならない…と、うかがったことがあった。どんなに強く見積っても私の爪先にも及ばない主天使に負ける方が…いや、馬鹿にしているわけではないが…それが…この悪魔の攻撃を喰らって平気なの…?

 

「…マジで痛い」

 

「そりゃ、そうですよ。本気でやりましたから」

 

「…軽くがよかった」

 

「軽くじゃダメージ入らないでしょ。夢とかよく分からないこと言ってたから本気でやったんですよ」

 

「そうか…とりあえず俺の理解が追いつかないとことだけは理解したよ」

 

体についた瓦礫やら砂埃を叩いて落とす主は、手を差し伸べた悪魔の手を取り立ち上がると、少し悩んだ素振りを見せてから私のほうへと視線を向けられた。

 

「とりあえず現状把握しなきゃ…他の皆も2人と同じなのか確認したい。円卓に集めてくれないか?」

 

その言葉に、私と悪魔の長は胸に手を添えおじぎをすることで返礼とした。

 

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□

 

早々に感じたのは後悔であった。

 

目前に並ぶセラとルシフェル含め6人ずつの天使と悪魔は、この«マルクデュー神殿»におけるエリアボスとして、ギルドの防衛に務めてもらっているNPC達だったのだが。

 

「はぁ〜、近頃の天使さんとやらわたかがしれてますわ…下品で下品でほんま見てられへん」

 

俺から見て1番近くに座るセラとルシフェルの1つ奥の席で向かいの席の天使と口喧嘩をしているのは、悪魔のNPCの中で2番目に偉いという設定で造られた悪魔、ベルゼブブだ。蝿の王という悍ましい2つ名とは裏腹に、140センチ程の身長に絹のように繊細なロングヘアーは銀色に輝いており、そのクリクリとした可愛らしい金色の瞳と、幼さを残しながらもどこか妖艶な、恐ろしい程の美貌を持つ彼女は、その見た目に合わない関西弁を、向かいの席に座る天使に向かい吐き捨てている。

 

「おほほほ、何をおっしゃいますの?下劣な悪魔風情に使う言葉が上品で無くてはならない理由なんてないでしょう?貴方は虫けらに対しても上品な言葉を使うのかしら…って、貴方、汚物虫けら代表の蝿の王様だったわね!おほほほほ!!」

 

それに対し、高笑いをしながらベルゼブブに侮蔑の表情を向けるのは、天使のNPCの中で2番目に偉いという設定で創られた天使、メタトロンだ。どこぞのお嬢様と勘違いしてしまいそうになる流れるような金髪は、肩の辺りで揃えられており、こめかみに血管を浮かべていることを除くと天使という名に相応しい美貌を誇り、その翡翠色の瞳を目の前の悪魔に対し殺意マシマシで向けていなければ、世界中の男を虜にしてしまいそうだ。

 

「おい、貴様。今なんと言った!!」

 

「…だから、なんでこの俺が一々招集なんかに集まらなきゃいけないんだよって言ったんだよ。何?文句あんの?」

 

「ウーリーって今どこいるんだっけ?」

 

「マモンの次のエリア〜」

 

「はぁ…はぁ…見て…あの、憂い気な表情…堪らない…」

 

「…確かにぃ…はっ、いかんいかん…何を言うのですか!!主をそのような目で見てはいけません!!」

 

その2人を筆頭に騒ぎ立てる天使と悪魔が半分、残りは沈黙している。

 

「静粛に」

 

「お前らも黙れ」

 

しかし、それもセラとルシフェルの一声でピタリと止む。一斉に静まり返る円卓に、みなの視線が1箇所に集う。無論、俺の座る席へと。

 

「セラフィム、着席にございます」

 

「七罪、ここに」

 

動くようになってからは数回目の、しかし、随分と見慣れたそのお辞儀に俺も小さく頭を下げ、立ち上がる。

 

「…えーと、とりあえず、来てくれてありがとう。ベルフェゴールも来たくなかったかもしれないけど…ありがとう」

 

その発言と共に恥ずかしさが体の内から湧き上がってくる。NPCに話しかけるのって想像以上に恥ずかしい。何故かは全く持って理解出来ないが、どうやら自我を持ち、俺も聞いたことの無いそのやたらと似合う声で話すNPC達にとりあえず感謝の言葉を述べておく。ベルフェゴールは、何で俺が招集なんかに集まらなきゃいけないんだよ、と言っていたことから恐らく来たくなかったのだろう、と思い、そちらへ目を向けると、いつの間にやらベルフェゴールの前にルシフェルが立っていた。

 

「なんだ、来たくなかったのか、お前」

 

「いえ、リアス様の麗しきお声を拝聴できる貴重な機会、私風情には勿体ないかと…先程の発言失礼いたしました。撤回させていただきます」

 

「そうか、なら良い…ですよね?」

 

「…う、うん…程々にね」

 

怖ぁ…ベルフェゴールの前に立った時、明らかに漏れていた殺意は今ではすっかり収まり、平然と椅子に座ったルシフェルに少しビビりながら、周りの様子を眺める。

 

集まった時点でなんとなく思ったけど、セラとルシフェルを除くNPC達もちゃんと自分の意思らしきものを持ち、行動しているようだ。先程、ルシフェルに声を掛けられていたベルフェゴールも先程のことなど欠片も気にしていないかのように平然と座っている。

 

時計をちら、と眺めるも時刻を表示しなくなったそれに最早時計としての機能は求めていない。なんとなくの体感時計ではNPCが動くようになってから大体1時間ちょっとが経過した気がするのだが…それもどうだか、この世界が俺のいた現実世界と同じ時間の動きをしているのかは今のところ不明だ。

 

強制ログアウトするにしてはあまりにも遅すぎる時間、それに目の前の動くNPC達…極めつけは、電子法で規制されている匂いに先程ルシフェルに殴られた際の肉体が受けたダメージ…それら全てを併せて考えると、ひとつの中々に考えられない答えが浮かび上がる。

 

異世界転生って感じですかね…?

 

あまりにも非現実的な、しかし、それでいてそれでしか説明のつかない状況。次々と頭に浮かぶのは現実の俺はどうなっているのか、他のプレイヤー達も同じ状況なのか、もし本当に異世界転生なのだとしたらどこまでがゲームの通りなのか。

 

コンソールが開けない今、魔法は?アイテムボックスは?と疑問に思うのと同じくらいのタイミングか、なんとなく感覚的な物で、それが行えることを察する。

 

「…うわ、ホントだ」

 

その感覚に従い、アイテムボックスを探ろうとすると何も無い虚空に手が沈んでいくのが見えた。それを見た周りのNPC達は、どこか不思議そうな表情でこちらを見ている。

 

しくじったな…

 

ここまで来て、ひとつの事に思い至る。もし万が一、俺の想定していた事態が間違えていなかったとして、NPCに自我があるとするならば、裏切られる可能性も考慮するべきなのではないだろうか。

 

そもそも天使と悪魔という本来なら敵対しそうな種族だし、それに、先程俺を平気で殴り飛ばしたルシフェルを鑑みて、あまり悪魔は信用してはいけないのかもしれない。それに、天使の方こそ、セラやメタトロンの様子を見ると悪魔を毛嫌いしているようだし、天使の種族も取得してるとはいえ、悪魔である俺のことも毛嫌いしている可能性は大いにある。

 

まぁ…この数ならアレが無ければなんとかなるかも。

 

俺から見て左側の一番奥に座る悪魔をチラリと眺める。俺が創ったNPCであるソレは、俺の視線に気付くとふいと視線を俺の虚空へと消えている手へと向かわせ、目を閉じた。

 

うん、分からん…

 

一応、言葉だけを信じるとするならば、セラは少なくとも俺の味方だろう。ベルフェゴールもやたらと敬っているようなことは言ってたし、ルシフェルも今の所俺の言うことには従ってくれている。

 

そして現状、長の2人が俺の言うことを聞いてくれているということは、まだ他のNPC達も従ってはくれる、はずである。が、しかし、だからといって情けない姿ばかりを見せていたらいつ裏切られるか分かったもんじゃないし、あまり目の前のNPC達に無様な姿を見せるのは得策ではないだろう。アイテムボックスに眠っていたであろうアイテムの中からそれっぽいアイテムを探し出し、卓上へと置く。

 

«遠隔視の鏡»。指定したポイントを映し出すこのマジックアイテムを感覚で操りながら、ギルドの外へと視点を移す。ヴァナヘイムの僻地にあったこの神殿の周囲は広大な湖によって囲まれており、その外側は森で囲まれていたのだが、ヴァナヘイムのワールド特性とでもいうべきか、やたらと高レベルのモンスターがうじゃうじゃとおり、ゲームならまだしも、もし本当に異世界転生をしてきたとするのなら少し勘弁願いたいところなのだが…

 

とのその願いは思いもしない方向で叶えられた。

 

「…やはり、か」

 

適当に口からそれっぽい言葉を吐くと、ザワザワと周りが騒ぎ始める。«遠隔視の鏡»から放たれた光は壁に映り、そこから見える景色に周りのNPC達は騒いでいるようだ。

 

「静粛に、と言ったでしょう」

 

「死にたいのか、お前ら」

 

2人の一声に大人しくなる皆。その視線は俺へ一点に注がれている。流石にセラもおかしく思ったのか、椅子から立ち上がり、俺の前まで来ると片膝を地へと着け、頭を下げる。

 

そ、そこまでしなくていいのよ?

 

「リアス様、やはり、ということは…既にご存知だったのですか…?」

 

「もちろん」

 

もちろん、嘘である。«遠隔視の鏡»に映る景色はユグドラシルでは1度も見たことの無い景色であり、恐らくここにいるどのNPCよりも混乱しているのは他でもない自分自身だ。だが、先程の通り無様な姿を見せる訳にはいかない。キリッと、自分では思う表情を作り、セラの方へと向き直る。まぁ、嘘であるとは言ったが、宛がないわけではない。信じられないような事だが、この状況になんとなく覚えはあるのだから。

 

「俺達はギルドごと今までいたヴァナヘイム…いや、ユグドラシルから違う世界へと移動された…その可能性がかなり高い」

 

壁に映る光、そこに見える景色は見たことも無い森であり、普段は目に見えないように配置されている我等が«マルクデュー神殿»は、その森の中に神々しいその姿を堂々と晒している。

 

ザワつく周囲のNPC達。今度ばかりはセラとルシフェルですらどこか狼狽しているようだ。ザワザワと聞こえる様々な考察、怒り、それらをカッコつけ、手を上げることにより静かにさせる…おぅ、本当に静かになった。

 

「原因の調査が必要だ、外に出なければならない。ユグドラシルでは見たことも無い猛者がいる可能性も含め、俺を含んだ3人のパーティで行こうかと思うんだけど……どうする?」

 

最後の最後になんと言おうか悩んだ結果、偉そうに指名することも出来ず

いつも通り…といっても随分と前だが、ギルドメンバーから採決を取る時と似たような感じになってしまった。いつもこんなパッとしない感じでやってたから俺見切りつけられたんかな…

 

少し凹みながら視線を俯かせようとした途端

 

暴風が室内を駆け回る。

 

一瞬攻撃かと勘違いしてしまうレベルのそれは、挙手の残滓であった。天使と悪魔併せて12人の音を遥かに超える速さで挙げられた手は、空を切り裂き、切り裂かれた空が風となり、この部屋を暴れ回っていた。

 

「是非!!是非私めを!!貴方様の盾にでも剣にでもなんにでもなります!!だから!だから!!是非とも、私に!!!!」

 

「リアス様、連れていくなら俺以上の適任はいません。お任せを、貴方の前に立ちはだかる有象無象全て塵芥として見せましょう」

 

当然のように天に突き刺すかのように手を挙げながら、己のアピールポイントを必死に伝える2人はもちろん、長である2人だ。

 

「ルシフェルはん、あんたずっと御身と一緒におるんとちゃいます?少しくらいウチらにも接点くれんと…暴れてまうよ?ふふ、あかんあかん、昂ってまうわ」

 

「セラ様、私も謹んで発言させていただきますわ。私も御身の傍が良い!!!ですわ!!」

 

そして、恐らく長を除く代表として声を上げた2人の天使と悪魔。気が付くと、火花を散らせ合っている2組の天使と悪魔が完成したというわけだが…暫しいがみ合っていた4人は、スっとその視線を逸らすと今度はルシフェルを除いて、縋るような視線で俺を見つめる。

 

「リアス様ぁ…」

 

「貴方にお任せします」

 

「…ですよね」

 

どうやら、ここでも俺の役回りは変わらないらしい。半々で議決が割れた時にギルドマスターの権限で決めなければならない。少ししんどい役回り。脳裏に過ったのは、60人程いた曲者ばかりのギルドメンバーの顔であった。

 




リアス=フォーミュラ=コースト

属性:極悪ーーーカルマ値-500

種族:«堕ちた熾天使»ーーー5Lv
«熾天使»ーーー5Lv
ほか

職業:ワールドチャンピオンーーー5Lv
ブシンーーー5Lv
など

種族レベル15Lv + 職業レベル85Lv =100Lv

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最高ギルドランク6位であった有名ギルド«CROSS ROAD»のギルド長を務めていたプレイヤー。

本来人体にないため操作が困難である翼を六対十二枚持ち、それら全てを扱いこなした彼のプレイングは非常に有名であり、『リアルでは鳥』『飛べない厨二はただの厨二』『«飛行»いらずの存在チーター』等と様々な憶測やら不名誉な2つ名を授けられていた。

本人曰く『感覚で、それっぽく』らしい

尚、本来であるならば取得するのにそれなりの種族レベルを使用する«堕ちた熾天使»は、彼の所持しているワールドアイテムにより大幅に削減されている。

ヴァナヘイムにて、ワールドチャンピオンに輝いた腕を持つが、その戦闘スタイルはチャンピオンと言うにはどこか姑息であり、近接攻撃がメインとなる出場者達に対し、普段からカッコイイから、という理由で使っている二刀を手に空からヒットアンドアウェイ。避けては斬り、飛んでは斬り、と通常のワールドチャンピオンの試合ではあまり見られない立体的な試合を魅せたらしい。


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