モンスターハンター×日本国召喚 (BOMBデライオン)
しおりを挟む

1話:九十九里浜の水竜

第1話プロローグです。現代兵器でモンハンに登場するモンスターを倒す小説が書きたくなり、今作品を書かせていただいてます。

日本国召喚要素は少なめと言うか皆無に等しいのですが、日本が丸ごと異世界に転移してしまったらそれはもう〝みのろう氏〟の【日本国召喚】のオマージュとなってしまうため、一応ですが【モンスターハンター】と【日本国召喚】のクロスオーバー作品という形になっております。


『現場上空です。こちらからは、九十九里浜に上陸した怪獣の姿がハッキリと視認できます』

 

 バタバタとプロペラが空気を叩く音が流れ、機内からカメラが地上へと向けられる。

 テレビで流れる映像は、千葉県の東に位置する長大な砂浜、九十九里浜に上陸した怪獣の姿をハッキリと映し、突如として起きた異世界チックな出来事に、日本のお茶の間は騒然とした。

 

『あ、怪獣が動き出しました! 住宅街の方へと向かっています!』

 

 ヘリに搭乗したニュースキャスターがマイクを片手に叫ぶ。

 ネズミザメ科に似た頭部を持ち、その巨躯を覆う瑠璃色の鱗と大きな背ビレが特徴の生物は、二本の足で日本国、千葉県の大地を闊歩する。

 その姿は創作によく見られるドラゴンに酷似しており、若い世代、特に男性が大いに沸き立ったのは言うまでも無い。

 

 謎の生物は防風林を抜け、ゆっくりと住宅街へと侵入した。幸いにも住民は自主的に避難した後なので、人が巻き込まれることはなさそうである。

 そしてしばらくアスファルトの道路を興味深そうに爪で引っ掻き回した後、怪獣は何を警戒しているのか辺りを見回し、そこで新たな興味を未知の鉄塊へと向けた。

 

『車を初めて見たのでしょうか。興味を示しているようです!』

 

 脇道に止められた自動車を体で押してみたり、上に乗ったり。

 車は当然スクラップと化したが、ネットでは『デカくて怖いけど、意外と可愛いじゃん』『うちの犬みたい〜』などと、未知の生物に対しての好意的なコメントが続々と投稿され、中継が繋がっている全国のお茶の間にもほっこりとした空気が流れ始めた。

 

 …そして、異変は起こった。

 

『先程からこちらを見ていますね〜。ヘリの音がうるさいのでしょうか』

 

 チラチラと上空のヘリを見ては、その生物は魚のヒレにも似た巨大な翼を広げ、無数の牙を誇示するような行動を見せ始める。

 スタジオに呼ばれた生物学者はこの行動を『威嚇』と断定し、ヘリを現場から遠ざけるように発言した。

 

 が、テレビ局が一介の学者の言うことを聞くはずもなく、ヘリはそれからしばらくしても上空から怪獣に粘着し、とうとうそいつを怒らせてしまった。

 

『あ、猟友会の方でしょうか! いま1人の男性が謎の生物に──』

 

 ──次の瞬間であった。

 イライラが募っていたのか、はたまた近づいてきた人間を警戒したのか、その生物は口から白いビーム──後の調査で超高圧で水を噴射したのだと判明した──で近づいてきた猟友会の男性を真っ二つに寸断し、近くの民家にも重大な被害を与えた。

 

『な!? か、カメラ止めて!!』

 

 すぐさまカメラが止められるが、時すでに遅し。

 日本という国家が異世界に転移してから、初めて起きた大事件の発端は全国のお茶の間に流れてしまい、たちどころに全日本国民の知る所となった。

 この放送事故から数分後、総理による緊急会見が開かれ、付近住民の緊急避難、そして超法規的措置である陸上自衛隊の防衛出動宣言がなされ、害獣の討伐が決定された。

 

 後に、害獣はこう名付けられたと言う。

 

水竜(ガノトトス)』と──

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話:九十九里浜の水竜Ⅱ

 日本国防衛白書の一部を抜粋

 

ゲリラや特殊部隊による攻撃などへの対処法

(1)基本的考え方

侵入者の実態や生起している事案の状況が不明な段階においては、第一義的には警察機関が対処を実施し、防衛省・自衛隊は情報収集、自衛隊施設の警備強化を実施する。状況が明確化し、一般の警察力で対処が可能な場合、必要に応じ警察官の輸送、各種機材の警察への提供などの支援を行い、一般の警察力で対処が不可能な場合は、治安出動により対処する。さらに、わが国に対する武力攻撃と認められる場合には防衛出動により対処する。

 

 

わが国領土の防衛のための作戦(着上陸侵攻対処)

(3)内陸部における対処

万一、敵地上部隊などを上陸又は着陸前後に撃破できなかった場合、内陸部において、あらかじめ配置した部隊などにより、支援戦闘機による支援の下、敵の進出を阻止する(持久作戦)。この間に、他の地域から可能な限りの部隊を集めて反撃に転じ、進出した敵地上部隊などを撃破する。

 

 



 

 

 突如、九十九里浜に出現し、猟友会に所属する男性を殺害した害獣『ガノトトス』。その後の猟友会と警察機関の連携による害獣への対処は、数十名の死亡という惨憺たる結果となり、一般の警察力での対処が不可能と判断した日本政府は急遽自衛隊の出動を決定した。

 

 麻酔銃はおろか、猟銃や警察官の装備する拳銃弾では全く効果がないとの情報や、テレビで放送されてしまった超高圧の水流ブレスの威力を分析し、防衛省は害獣の戦闘能力を「戦車」並と仮定する。

 しかし、一害獣としてあまりにも強すぎる故、自衛隊の治安維持での出動では更なる被害の拡大を防ぎ切れない可能性も考慮し、日本政府は超法規的措置により害獣を何らかの敵生物兵器(NBC兵器の一種)と認定、国会の承認を得て、防衛出動を宣言した。

 こうして、自衛隊はその総力を上げて害獣を殺処分する事となった。

 

 


 

 

「こちらは千葉県 木更津市にある自衛隊駐屯地付近です! 上空をご覧ください! 対戦車装備を積んだ戦闘ヘリが次々に出動しています!」

 

 陸上自衛隊の戦闘ヘリ『AH-1Sコブラ』が空気を叩くような音を発しながら上空へと飛び立つ。報道局のカメラマンはその勇姿を追うように彼らを画面中央に捉え続ける事に努め、ニュースキャスターは空を見上げつつマイクを手に、予想される自衛隊の行動をおおまかに説明していた。

 他にも船橋市の習志野駐屯地に所属する第一空挺団や特殊選抜群も付近住民の保護を名目に続々と出動しており、付近の道路は平時では見られないような数の自衛隊の車両で埋め尽くされていた。

 

「今回の件に関して、どう思いますか?」

 

 付近に見物人は多く、インタビューをする人間には困らない。ニュースキャスターはミリオタだと自称する男性に話を聞いた。

 

「そりゃあ自衛隊初の防衛出動ですからね! この歴史的な瞬間をカメラに納めない訳にはいかないなと思って飛んで来ました」

 

 自衛隊創設以来、そして日本国が異世界に転移して以来の初の防衛出動。しかも相手は戦車並の戦闘力を持つ〝怪獣〟と来た。

 これに国民の関心度合いが低いはずがなく、報道局は各地の自衛隊駐屯地にスタッフを送る。SNSでの議論は火にガソリンを注いだかのように沸騰し、ツイッターのトレンドは自衛隊と異世界関連のワードに占拠されていた。

 

「こちらは静岡県、駒門(こまかど)駐屯地です! こちらからは、戦車が一般道を通じて怪獣のいる地域へと向かうようです!」

 

 映像が変わり、テレビ画面は陸上自衛隊の『一六式機動戦闘車』を映した。通常の戦車と違い、キャタピラではなく8つのタイヤを採用するこの戦闘車は、インフラが隅々まで整備された日本国内に限って戦車よりも素早く現地へと向かうことが可能であり、主に味方戦車が到着するまでの時間稼ぎや、敵部隊の撃破を狙う。

 彼らは本来は陸上自衛隊の職種学校における教育支援を任務とする駒門駐屯地の部隊だが、緊急事態である事と、現場から最も距離の近い機甲師団であるため、お呼びがかかったのだ。

 

「異世界に転移と言う日本誕生以来…初の…未曾有の大事件の動揺が皆さん、まだ消え去ってはいないと思いますが、どうか自衛隊の皆さんには頑張って欲しいですね…」

 

 日本国民が固唾を呑んで見守ったこの事件も、まだまだ序章に過ぎない──

 

 


 

 

 千葉県 山武(さんむ)市──

 

 

 猟友会と警察官と言うハンターを一掃した怪獣は千葉県の山武市にある、海からほど近い住宅街にて悠々と破壊活動を行っていた。ガノトトスは怒りで我を忘れると可能な限り陸上に留まり続け、怒りの対象となった者に対して怒涛の猛攻に出る習性がある。

 だが、怒りの対象がいなくなった今となっては家屋や自動車に八つ当たりをする他なかったのだ。住民の避難が完了していたから良かったものの、もし一般人が取り残されていた場合、彼らの生存は絶望的だっただろう。

 

 先の放送事故が、良くも悪くも強いインパクトを与えたのだった。

 

『怪獣の姿を確認! これより攻撃を行う!』

 

 特殊作戦群と第一空挺団の軽装甲機動車、略称「LAV」が住宅地に到着し、隊員が車体上部から怪獣へと照準を向ける。次の瞬間、横並びになったLAV部隊による軽機関銃(ミニミ)や小銃による駆除が始まった。

 

 生物が自衛隊の射撃目標になるのは1950年代に行われた大量発生したトドの駆除以来、初の事例であろう。しかし人間の殺傷を目的とした銃火器がヒグマやアフリカゾウよりも大きい怪物に効くはずがなく、それはただ対象の怒りを倍加させるだけの結果に留まった。

 

「効力を認めず! ブローニング射撃開始!!」

 

 すぐさまブローニングM2(重機関銃)をも交えた射撃が開始された。人間ならば一瞬でミンチと化す威力を誇る50口径弾。それらは僅かながら怪獣を怯ませる事には成功した。だが、その巨躯に対して傷はあまりにも小さく致命傷には程遠い。

 

 〈ギュアアアアッ!!!! 〉

 

 傷は小さくとも、組織に突き刺さった鉛玉はその痛みを正確に脳へと伝える。怪獣は我を忘れたような咆哮を上げ、攻撃してきた虫を踏み潰そうと大地を蹴った。

 

「こっち来るぞ!! 散開! 散開ッ!!」

 

 ハンターたちの間では、それこそ飛ぶような勢いで泳ぎ回る事で有名なガノトトス。中には河に沿って疾走する馬を悠々と追い抜いたという報告もあるらしく、その遊泳力は今も、これからの日本にとって大きな脅威となるだろう。

 

 だが、地上であろうとガノトトスの狩猟は困難を極める。その巨体ゆえに、地上でも人間の足では追いつけない程の速度で疾走できるからだ。

 

「退避! 退避ぃいいい!!」

 

 生物と違い、小回りの効かない自動車では突如走り出したガノトトスの攻撃を回避するのは難しかった。退避が遅れた1台のLAVは怪獣の体当たりをもろに食らってしまい、4.5トンもある車体が音を立てて派手に転がる。

 ある程度の銃弾なら防ぐ装甲車も、その巨体が生み出す巨大なエネルギーを防ぐことは出来ず、中の人間もろとも大きく破壊されてしまう。

 

「──作戦続行! 奴を指定ポイントまで誘導するぞ!」

 

 精強無比である彼らは仲間の死に動揺しなかった。否、そうする余裕がなかったのだ。

 

 彼らは怪獣の注意を引くように、LAV車体上部からの射撃を続ける。装甲機動車を1台破壊しただけでは物足りないらしく、ガノトトスはこの世のものとは思えない叫び声で自衛隊員の乗るLAVを走って追いかけた。

 

 対戦車兵器を積んだ『AH-1Sコブラ』が、上空で今か今かと発射する機会が来るのを待っているとも知らずに──

 

『怪獣の田園地帯への誘引を確認! 射撃開始!』

 

 直後に20mm機関砲が火を噴き、上空から放たれた鉛の嵐は重力によってその威力を増し、ガノトトスを背面から襲う。土に混じって血が飛び散り、自らの足では追い付けない速度で逃亡するLAVへの追撃を諦めたのか、怪獣は海岸方面へと頭を向けて逃げるように駆け出した。

 

『こいつ、なかなか速いぞ!』

 

 大きい目標とは言え、かなりの速度で逃げ回られると当然命中率は下がってしまう。このままでは数多の同胞の仇を逃がしてしまうと考えたパイロット達は、切り札である対戦車ミサイルの使用を躊躇わなかった。

 

『逃がすな! TOW(対戦車ミサイル)発射準備……発射ッ!!』

 

 破壊の槍が放たれ、推進器の発生させる妖艶な紅色がガノトトスの目に映る。

 

 ──次の瞬間であった。

 

 偶然か、それとも意図的かは不明だが、ガノトトスは地面を這うように身体をくねらせ、タイミング良く全身を覆うように土煙を発生させたのだ。

『TOWミサイル』の誘導方式では発射から着弾まで射手が照準中心に目標を定める必要がある。煙幕で目標の姿が遮られたために、第一射で放たれた切り札がガノトトスの命を削る事はなかった

 

『全弾外れた模様!』

 

『焦るな! 次弾、撃てッ!』

 

 再び発射された空からの襲撃者がガノトトスを屠らんと飛翔する。今度は視界が遮られる事もなく、複数のTOWが照準通りに目標へと命中、大爆発を起こし、千葉の大地に爆炎と土煙を舞い上がらせた。

 

『命中確認! 目標目視出来ず!』

 

 嬉しそうな無線の声。まるでパイロット達の歓声が聞こえてくるようであった。目標の撃破を確信した彼らは操縦席で小さくガッツポーズを決め、空中でお互いに目を合わせる。

 

 しかし油断大敵という言葉があるように、直後に彼らは生き物のしぶとさを、モンスターの異常な耐久力を思い知ることとなった。

 

 土煙が晴れると同時に、白いビームのような物が彼らの機体のうち一機の操縦席付近を直撃し、水飛沫をぶちまける。被弾した場所が上空である事と、目標が弱っていた事が幸いし、水圧が大きく減衰していたブレスが防弾ガラスを貫く事は無かった。それでも怪獣の最後っ屁は機体前方のカメラを容易く破壊し、被弾した機は急遽基地へと帰還する事を強いられた。

 

『目標、多大な損害を被るもビームを放つ余裕有り。これ以上の被害拡大を防ぐため、即座に殺処分を行う』

 

 背中と尾のヒレが破壊され、翼もボロボロの弱々しい姿であったが、ガノトトスは生を求めて海を目指した。しかしそれは叶わず、水竜は爆炎と共に無念の断末魔を空に響かせ、その巨躯は千葉県の地に倒れ伏した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話:生態系の大変動

作者は博多弁にわかです…


 福岡県 とある住宅地──

 

 

 日本という国家が異世界に転移したと言うが、千葉県で怪獣が現れて多数の一般人を殺害し、自衛隊の討伐隊ですら数人が死亡したという事件以来、特に異世界らしい出来事は起きていない。

 テレビは連日、怪獣の研究結果の報告を始め『海自の護衛艦が南方に新大陸を発見!』や『未知の動植物多数!』などと騒ぎ立てているが、日本国民の生活にこれと言った変化は現れていなかった。

 

 夫はいつも通り早起きして職場に向かい、長男の小学校は通常通り授業が行われ、電車やバスなどの公共交通機関も普段通りの営業を再開した。航空会社は国際線が無くなったものの、その分国内線の本数を増やして運航を再開したらしい。

 SNSも今は落ち着きを取り戻し、ネット上では特に何でもないやり取りが行われている。

 

 強いて言うなら物価が少し高くなったのと、水平線の見える距離が伸びたくらいだが、海から遠いこの場所ではそう言った実感も湧かない。

 

「…あ! ゴミ捨て行かなきゃ!」

 

 やや蒸し暑い快晴の空、異世界であろうと日常風景は全く変わらず、テレビの映像が全てが嘘なのではないかと、つい疑ってしまう。近所の人達とも普段通りの会話を交わし、ゴミ捨て場へと足早に向かう。

 

 ここも全てが普段通り──

 

「ん? ま〜たカラスがゴミ捨て場を漁って…」

 

 否、ゴミ捨て場を漁っているのはカラスではなかった。

 

「な、何よこれ!!?」

 

 いつもゴミ捨て場を漁っているはずの黒いカラスはそこには居なかった。代わりに、蛇に似た頭部と細身の体躯と、そしてその身体には不釣り合いに見えるほど大きな翼を持つ小型の生物──後に『ガブラス(翼蛇竜)』という名前である事が判明──が、ガラガラヘビのように尻尾を小刻みに震わせ、耳障りな音を発生させていたのだった。

 

「け、警察…!!」

 

 即座にあれが異世界の生物であると確信した彼女は、すぐさまスマホに手にし、110番通報をかけた。

 

 生物の名前は『ガブラス(翼蛇竜)』。狡猾な頭脳の持ち主で、主に屍肉や弱った生き物を主食とする小型モンスターだ。ギャアギャアとうるさく喚き立てる姿がいかにもそれらしい小物感を彷彿とさせるが、それでも緊急時でない限り一般人が対峙するような相手ではない。

 

 口から毒液を吐いたり、細長い尻尾から繰り出される一撃は鞭そのもの。翼や足の鉤爪は鋭く、生身の人間では大怪我は必至だろう。

 おまけに身体つきの割に力が強く、抑え込まれると大の大人でもその拘束を振りほどくのは難しい。

 

「ちょ…! 何よこいつら!」

 

 普通は弱った獲物しか襲わないガブラスだが、平和な世の中でブクブクと脂肪をつけた四十路のオバサンは獲物にしか見えなかったようだ。

 

 ガブラスの群れは主婦の周りを飛び回った。逃げる獲物をあらゆる角度から急接近しては離れるを繰り返し、ゴミ袋を振り回す女性に隙が出来るのを待っていた。

 

 ──その時だった!! 

 

「おい! 離れろこん鳥公の!」

 

 女性の窮地に突如現れ、ガブラスの襲撃から女性を守ったのは地元の猟友会……ではなく〝修羅の国〟の異名で有名な博多のヤンキー共である。手榴弾やロケットランチャーが押収される福岡ではヤンキーはさして珍しい存在ではなく、勢いよく振り回された釘バットはガブラスの小さな頭を芯で捉え、脳漿ごと頭蓋骨を打ち砕く。

 予想外の強敵の登場に分が悪いと感じたのか、ガブラスの群れは蜘蛛の子を散らすように大空へと逃げて行った。

 

 今は絶滅危惧種であるヤンキー。たくましい金色のリーゼントが主な特徴であり、その剛腕が生み出す一撃をマトモに食らえば、大抵の小型モンスターなら即座に昏倒するであろう。流石は修羅の国である。

 

「大丈夫か、おばはん!」

 

 ヤンキーのうち1人が女性に手を差し伸べる。しかしその言葉はミスチョイスだ。

 

「うちはまだオバサンじゃなか!!」

 

 そんなやり取りをしている内にも、遠くからパトカーのサイレン音が徐々に近付いてきていた。千葉県で起こった例の事件以来、警察は常に全国規模での厳戒態勢を敷いており、何か異世界生物が関係する通報があった場合、即座に現場に到着できるようにしていたのだ。

 

「やっべ! これ鳥獣保護法どうすると?!」

 

「異世界ん怪鳥にそげな法律の適用さるるわけなかろ!」

 

「とりま逃げるばい!」

 

 風のように登場し、嵐のように害鳥を駆除したヤンキー共も、警察官相手では分が悪いと判断し、蜘蛛の子を散らすように住宅街へと姿を消した。

 ちなみにだが、後に到着した警察官らによって女性は無事保護され、女性を助けた名も無き英雄達はネット上で溢れんばかりの賞賛を浴びたと言う。

 

 


 

 

 千葉県での怪獣襲来、それに続くように起こった福岡県での怪鳥襲撃事件。日本を取り巻く環境が着々と変わっていくのが一般人の肌身に感じられるようになった頃、日本各地では様々な異変が立て続けに発生していた。

 

 例を上げるとキリが無いが、特に世間を大きく騒がせた事例をいくつか紹介しよう。

 

 ・福岡県に出現した害鳥の全国規模での発見(すでに複数の怪我人が出ている)

 

 ・人間の子供並かそれ以上の大きさの虫の大量発生(後に『ブナハブラ(飛甲虫)』と判明)(腐食性のある体液を掛けられた子供1名が死亡)

 

 ・海岸線に出現したスポンジ状の黄色い(たてがみ)が特徴の未知の生物(後に『ロアルドロス(水獣)』と判明)(すでに複数の死傷者が出ているため、海水浴等は全面的に禁止された)

 

 ・北海道の山間部におけるヒグマと巨大昆虫の死闘を撮影した動画(虫は後に『アルセルタス(徹甲虫)』と判明)(戦いはアルセルタスの辛勝で終わった)

 

 これらの他にも未知の昆虫や漂着物が続々と発見されており、報道局は連日連夜入ってくる情報に右往左往し、SNSでの議論は再加熱。日本政府は国家非常事態宣言を発令し、自衛隊や警察機構による全国規模でのパトロールと未知のモンスターを発見しだい即駆除するという方針を決定。

 そして従来の対人間用の武装では怪獣に対して威力不足が目立つため、各種新兵器の開発を急がせた。

 

 他に大きな変化が起こったのは猟友会だ。猟友会はこれからの日本にとっての重要性が高いにも関わらず深刻な人員不足状態であるため、それを解消するために警察と統合、狩猟や基本的な害獣駆除は公務員の仕事となった。

 そして限定的ではあるが、中型怪獣に対しての毒矢(主にトリカブトやフグ毒由来)等の使用が許可されたのだった。

 

 

 現時点での大きな変化はこのくらいである。

 

 余談だが、日本政府は将来確実に起きるであろう食糧や地下資源の枯渇を未然に防ぐべく、新たに発見された新大陸に調査隊を送る予定だそうだ。もちろん数多の怪獣の脅威が予想されるため、フル装備の自衛隊を送るつもりである。

 

 ちなみに現時点で異世界の文明は発見されていない。新大陸は日本国から見て東方を除いた全方面で発見されているが、上空や海岸からサッと捜索した程度では見つからなかったとの事である。

 この世界に文明が存在するのかは一切不明だが、もし存在するのならば彼らと交易を行うことも可能かもしれないと踏んでいた日本政府にとって、この情報はただひたすらに残念であったらしい。

 

 国家備蓄が切れるまで、あと2ヶ月と半分程しか残されていない。政府上層部は飛ぶ鳥を落とす勢いで仕事を終わらせ、1週間という異例の早さで各新大陸へ調査隊が派遣される事となった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話:南方大陸調査隊

『我が国が転移した世界は、人類にとって極めて厳しい環境であります』

 

 数ヶ月前に日本を出発し、ようやく新大陸から帰って来た調査隊の報告を元にテレビはそう報じた。調査隊に追随した戦場カメラマンのうちの1人が撮影した映像──現地で遭遇した新世界生物と自衛隊の戦闘記録がノーカットで放映され、日本国民はいよいよ異世界に来たのだなと腹をくくった。

 

 初めて聞くであろう銃撃音をモノともせずに突っ込んでくる小型の恐竜のような動物の群れや、火炎弾を吐く奇怪な面妖の巨大怪鳥。『10式戦車』の砲撃をモロに食らっても倒れない岩石のような鎧を持つ竜などなど。人類の叡智が効かない、まさしく怪物だらけの世界がカメラを通じて日本人に危機感を募らせたのだった。

 

 そして日本に起こったのは、危機意識の変容だけでは無かった。

 

 大空を通じて日本本土に舞い降りた〝飛翔系の新世界生物〟が大量発生し、従来の生態系が大いに蹂躙されている事実に頭を悩ませた政府は、今や警察組織の傘下となった猟友会だけでなく、一般向けにも猟銃の所持を始めとする銃刀法の緩和に踏み込んだのだった。これの効果は絶大で、あらゆる新世界生物が鳥獣保護法の適応範囲外なのを良いことに、猟友会以外の一般人の中でそれらを自主的に狩り、獲物の素材を製品にして売り出す人も現れ始めたのだ。

 もちろん動物の死体をそのまま売った場合は処理法に違反してしまうため、彼らは狩った新世界生物の素材をアクセサリーや鞄を始めとする品物へと加工し、何週間か自分で使用してからメルカリなどの通販サイトで売っているため、問題はグレーゾーンへと突入している。

 だが自衛隊や猟友会による駆除作業が追いついていない現状、猫の手も借りたい日本政府はこの問題を黙認、近いうちに法改正をも行う旨を発表した。

 

 未知の怪獣の襲来や、新たな生物の流入による生態系の大変動により、日本国民を取り巻く環境は刻一刻と、しかし着実に変わっており、誰もが新世界に対する認識を改める他無かったのだ。

 

 


 

 

 南方新大陸沖 洋上──

 

 

「これは…。すごいですね…」

 

 自衛隊の調査隊員が洋上に浮かぶ『おおすみ型輸送艦』の甲板で呟いた。彼の視界の先には、地球でなら一年と経たない内に人気リゾート地と化してしまいそうな人っ子1人いない綺麗な砂浜と、その後ろに鬱蒼とした熱帯雨林が広がっていた。この雄大で美しい光景の中に人智を超えた怪物が潜んでいるとはにわかに信じ難かったが、これから踏み入る地が前人未到の戦場だと言う事を無理やり頭に言い聞かせる。

 

「テレビ局のカメラマンが来ていたら、こぞってカメラを向けるでしょうね。ここに、戦場カメラマンはいますけど」

 

 隣に立つベレー帽を被った男性が、低い声で、ゆっくりと、柔らかな独特の口調で話しかける。その手には年季の入ったデジタルカメラが握り締められており、それだけが彼がプロのカメラマンだということを物語っていた。

 

「戦場…ですか。幸先の悪くなりそうな響きですな」

 

 自衛隊員は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。俯瞰して見れば軍人の一端である自分よりも戦場滞在歴が長い男の語る「戦場」がどのようなものか想像したくもなかった。

 

「いつの世でも、冒険に危険は付き物です。だから、自衛隊が来ているのでしょう?」

 

「……間違いありません」

 

 言葉の代わりに、パシャリとカメラが音を立てる。これから弱肉強食の世界に挑む自衛隊員達の顔は先の大戦で出征する日本人と全く同じ表情をしていた。この写真は日本国がまさしく〝生存競争〟という終わりなき戦争の真っ只中にいる事を表しているのである。

 

「そろそろ作戦が始まります。では、私はこれで」

 

 しばらくしてから自衛隊員の彼は一つ敬礼をしてから、艦内へと戻って行った。これから日本国民1億人の命運を左右するであろう作戦が始まるのだと思うと、気分が高揚するとともに、全身が硬直するような不思議な感覚を覚える。

 

 海自、空自、陸自の緊密な連携の元で行われるこの作戦は南方だけには留まらない。つい最近の話になるが、多方面に飛んだ哨戒機によって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と確認されたため、こことは別の場所でも自分と同じ日本人が今現在、必死に頑張っているのだ。

 

「まさしく日本を守る最後の砦…ですね…」

 

 甲板の戦場カメラマンは、周辺空域を警戒するように飛翔する『F-2』や各ヘリコプター、海上に浮かぶ各護衛艦へとカメラのレンズを向ける。写真に収める事が出来ないのが残念だが、海中では世界最強と名高い海自の潜水艦もが警戒任務を担っているらしい。この話だけで、今回の新大陸調査にいかに皆の期待がかけられているか分かるだろう。

 

「……始まりましたか」

 

 新大陸を調査するにはまず、上陸部隊を安全に上陸させなければならない。そのために今作戦では上陸前に多数の護衛艦による艦砲射撃が行われる。

 だが万が一にも現地住民などが巻き込まれる事など絶対にあってはならないため、事前に空からの入念な偵察とヘリに積んだ拡声器で人間の嫌がる音──主に黒板を爪で引っ掻いたような音。日本語で避難勧告をしても通じない可能性も考慮されたため──を発して、存在するかもわからない人類に対しての退避が促された。

 特に今回選ばれた上陸地点付近は、高い木々が空からの視線を妨げるため、前述にある拡声器による避難勧告が何回も行われた。

 

 そしてようやく複数隻の護衛艦による対地艦砲射撃が始まった。アメリカ軍のアイオワ級戦艦のような大火力艦砲射撃とまではいかないものの、一隻あたり分間数十発以上もの速射性はその低い火力を補うに十分であった。

 激しい砲撃により木々、草花は根こそぎ掘り起こされ、先程までジャングルが存在していた場所は、砂浜から200メートルほど視界が開けた荒野へと姿を変える。

 

 退避勧告、艦砲射撃。そしていよいよそれに続く第三段階。

 次は日本版海兵隊とも呼ばれる水陸機動団による上陸地点付近の確保だ。

 

 結論から言うと、上陸作戦は滞りなく終わった。新世界生物の襲撃や現地の知的生命体との偶発的戦闘なども予想されていたが、幸いにもそれらしき出来事は起きず、水陸機動団がその本分を発揮することはなかった。

『エア・クッション型揚陸挺』による『90式戦車』の上陸も完了し、太陽が真上に来るまでに周辺の安全は確保され、追随して来た土木作業機械による迅速な工事の結果、日没までに鉄条網やフェンス、対戦車地雷に囲まれた野営陣が完成したのだった。

 もっとも、鉄条網やフェンス程度の物が千葉県に上陸したような怪物の足止めになるとは微塵も思われてなかったが。

 

 その反面、対戦車地雷への期待は大きかった。通常、対戦車地雷を現代戦車が踏んでも、足回りを損傷させる程度の損害しか与えられないのだが、今回の相手は戦車ではなく怪獣だ。戦車は痛みを感じない上に修理すれば直るが、怪獣と言えど足元で爆弾が炸裂して無傷で済むはずがない。

 最低でも、しばらくは歩行不能になる程度の怪我か痛みが与えられるだろうと期待されていた。

 

「それにしても…本当に異世界なんですな…」

 

 植物学者が地面に這いつくばりながら呟く。護衛艦の砲撃を死に物狂いで耐え凌いだ直後に、大勢の自衛隊員にもみくちゃに踏まれた雑草ですら、植物学者にとっては未知の生き物兼貴重なサンプルなのであった。

 調査隊には植物学者だけでなく、他の学問分野のエキスパートが大勢おり、新大陸の各調査は彼らに一任されている。学者だけでなく、現地の文明と遭遇した時に備えて外交官も追随しており、この調査における日本政府の本気度が垣間見えるだろう。

 

 〈──にゃあ〉

 

 突如、その鳴き声により野営陣地に大きな動揺が広がった。普通、どの戦場においても最も警戒すべき時間帯は夜間であり、自衛隊員も日が暮れて辺りが暗くなるにつれて、警戒心を強めていた。

 そんなピリピリとした空気の中に投じられた、誰もが聞いた事があるであろう、あの癒しの鳴き声! モフモフとした体毛に、体に比べ大きい頭、やや下にあるクリッとした大きな瞳に、丸みをおびた輪郭! 

 前に張り出す広いおでこに小さな鼻、そして短い手足! 

 

「「ねこ(にゃんこ)だああああああ!!!!!!!!」」

 

 フェンス越しに見えたのは、茂みの中からこちらを覗く猫だった。その目は暗闇でもキラキラと光っており、異世界からの来訪者である自衛隊に興味でもあるのかと錯覚してしまう。とりあえず誰が何と言おうと、戦場でも平時でも可愛い存在はまさしく天使であった。

 

 屈強な男達がいきなり発狂したのを見て件の猫はそそくさと逃げ出してしまったが、ひとまずこれは大発見である。新世界調査隊の初の成果は『現地の野良猫の発見』として、その日のニュースで大きく報じられた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話:マタタビ採集クエスト

 次の日、新大陸調査隊のうち比較的近場の調査を一任されたA班は異常なまでの士気の高さが見受けられた。その理由は言うまでもなく、昨夜のネコである。

 

 件のネコは得体の知れないムキムキマッチョ集団が突然大声を上げた事に驚いてしまったのかすぐに逃げてしまったが、あんな癒し成分が存在すると分かっただけでも心が踊るような気分だったと隊員は後に語る。派遣先が怪物だらけの地獄のような世界かと覚悟していた矢先、初めて遭遇した生物が天使なのだから無理もなかろう。

 

 ちなみにキャンプ地の防衛を担う班は、いつでも写真を撮れるようスマホを一人一つ携帯する事となっている。ネコがいたという情報だけでは本国にいる上層部や報道局が満足しないため、その存在を証明する画像も提示する必要があったのだ。

 

 話を探索班に戻すとしよう。周囲の調査や探索を担当する探索班は3つ組織される事となった。

 1つは主に学者陣で固められたキャンプ地付近の調査を行うA班。もう2つはキャンプ地から程遠い場所を探索しつつ、付近に危険が無いか調査する完全武装の自衛隊員のみで構成されたB班とC班だ。

 何の武装も持たない学者達を、いきなり安全の確認が出来ていない奥地へと投入するより、比較的安全であろうキャンプ地付近で調査をさせた方が良いと判断された結果であった。

 

 とりあえず、彼らの動向を見ていこう。

 

 まずは探索班A。獣道すらない密林をウキウキでスキップしているのは生物学者だ。彼は同じ班の自衛隊員とは少々違う理由でテンションを爆発させていた。

 

「はぁ〜! ネコ! ニャンコですよ! 異世界なのになぜネコがいるのでしょう!」

 

 もちろん彼も動物好きである以上、ネコは大好きである。あの天使の姿をもう一度拝みたいし、出来るのであればモフモフしたいとさえ思っている。

 だがそれよりも、地球とは明らかに生態系の異なる世界に、地球の生物である「ネコ」が存在している謎を解明したい一心で、彼は道無き道をルンルンでスキップしているのだった。

 

「ふ〜む……。私が今踏んだ草も、貴方が踏んだ草も地球では見ない種ですが、どんな奇跡的な確率で地球の植物に酷似した見た目へと進化したのでしょう」

 

 やや疲れ気味の顔で隣の植物学者が呟く。するとそれを聞いた付近の学者陣は続々と集まり、大自然の懐である一種の学術会議が始まった。

 

「そもそもここは別世界だと言うのに、別世界の生物である我々が平然と生きていられる方が私は不思議だと思います」

 

「もしかしたら別世界ではなく、同宇宙の地球に似た環境の惑星かもしれません」

 

「地球と似た環境となると猿に似た生物もいるかもしれませんね。どんな神のイタズラか猫がいましたし」

 

「となると人類のような猿から進化した知的生命体がいる可能性もありそうですね。存在するとしたら彼らの文明レベルはどれくらいなのでしょうか」

 

「千葉県の怪獣のような生物にとっくに滅ぼされているかもしれないぞ。地球人類の祖先は恐竜時代を生き延びたが、この世界の恐竜は戦闘能力が高すぎる」

 

 それは概ね同意する、と満場一致で学者陣の心が決まった。映画に出てくる都市1つを容易く壊滅させるような怪獣並の脅威はないにしろ、ヒグマを捕食する巨大昆虫や平気で人間を襲う害鳥がいるのだから、生物的に見たらひ弱な人類がこの世界を生き残るのはかなり厳しいかもしれない。現に技術が進んだ日本国ですら怪獣相手の生存競争で死人を出しているのだから。

 

「でもその説だと、ネコもとっくに滅ぼされているのでは?」

 

 この一言により議論は沸騰、そのまま平行線を超越し、太陽よりも熱い舌戦が繰り広げられる事となる。この戦争に終止符が打たれるのには数十分の時間が要せられ、議会は「もっと調査を進めてから議論しよう」という結論を経て解散となった。

 

 


 

 

 一方こちらは調査B班。やや軽装ながらも完全武装の彼らは、舌戦を繰り広げた学者達のいるA班のいる場所から見て、数キロ奥へと進んだ森の中を突き進んでいた。

 

 行けども行けども森、森、森という環境。気温と湿度がそこまで高くないのは幸運だったが、万が一迷いでもしたら最後、二度と日本の地を踏むことは叶わないだろう密林が広がる。GPSが無いため現在地を知ることさえも出来ず、コンパスと測量機、キャンプ地との無線交信を頼りに地道にノートを記録する作業が続いていた。

 

 道なき道をひたすら進むだけ。これと言った成果はなく、強いて言うなら道中で見つかった空よりも青いキノコや、新世界生物らしき死体のサンプルの回収に成功した事くらいだった。だが幸いにも怪獣の襲撃や現地人との遭遇と言ったハプニングも何も起きず、探索は順調であった。

 

 しかし──

 

「うーん、退屈だな…」

 

 最初はどんな化け物が現れるかと恐々とし、どんな小動物よりも強い警戒心を漂わせていた彼らだが、人間の慣れとは何よりも怖いものである。今では彼らは石橋を渡る前に叩くことさえもせず、地中に半ば埋まる形で存在する得体の知れない岩石に腰掛けてしまう程であった。

 

「お、マタタビの木だ」

 

 岩に座る隊員が頭上を見上げる。赤みがかった暗灰色の樹皮に、表面がやや白っぽい丸みを帯びた葉。そこには地球で生えているのと全く同様の見た目をしたマタタビの木が生えていた。

 低木であるマタタビだが、その高さ2メートル以上になる場合も多い。今回見つけた木は枝が少々高い所に生えていたため、肩車をしてようやく果実や枝葉のサンプルが回収された。

 

「ん、やっぱ不味くはないが美味くもないな…」

 

「舌がピリピリする所も実家のと同じだべ」

 

「いや食べんなよ…」

 

 久しぶりに起こった出来事らしい出来事。対して美味しくもない熟れたマタタビの実に渋い顔をしつつも、彼らの気力はある程度回復された。

 

「昨日のネコと言い、妙な所で地球との共通点があるもんだな」

 

 しかし注意力が散漫になっていたためか、彼らはすぐ傍でマタタビの果実をジーッと見つめていた動物の存在に気付かなかった。

 

 〈ニャア…〉

 

 自分がここにいることを気付いて欲しいとでも言わんばかりに、聞き覚えのある鳴き声が木陰から発せられる。日本人目線ではただの猫であるが、この世界では『アイルー』と呼称されるモンスターの一種であった。

 

「あ、昨日のネコ!」

 

 ある隊員が指をさす。突然発せられた大声にネコは驚き、すぐさま木の裏からこちらを伺うように隠れてしまった。

 その一連の動作を見て、隊員達は言いようのない違和感を感じた。何も間違っていないはずなのに、何かがおかしかったのだ。

 

 その全容は木に隠されており、隊員達の方向からはネコの頭と前足しか見えていない。だが、何度見直しても目の錯覚ではないかと思うほどに、その生き物は地球のネコがするような立ち振る舞いではなかった。

 

「…猫じゃないな? このネコ」

 

「見た目はネコだけど………えッ!?」

 

 しばらくしてからその全身を現したネコを見て、隊員達は息を呑んだ。彼らの言う通り、その生物の見た目は地球の猫と酷似している。しかし2本の足で直立歩行をしつつ、前足で石器のような道具を持つその姿は、日本人にとってはまさしく未知との遭遇、疑いようのない知的生命体のそれであった。

 

 昨夜は茂みから顔を出してこちらを伺っていただけなので、手に持っている道具や身体特徴が見えなかったのだ。そのせいでネコがいると誤解されてしまったのだろう。まあ確かに、見た目はネコそのものなのだが。

 

 〈×××××××××!〉

 

 表情豊かに、目の前のアイルーは喋り始める。

 

「…なんだ? 喋ってるのか?」

 

 道具を使い、言語を操る。もはや疑う余地は無い。姿は猫でも、これは知的生命体だ。しかし当然と言えば当然だが、アイルーの言葉は日本人には通じなかった。

(そもそも同じ地球人ですら言語が通じない事が多々あるのに、別世界の住人が都合よく日本語を話している訳がないだろう?)

 

 言葉が通じない事にアイルーはガックリと項垂れる。

 やや大袈裟な感情表現が非常に可愛らしかった。

 

 だが、しばらくしてからアイルーは何かを思いついたのか、手に持った石器で地面にガリガリと絵を描き始めた。隊員達は、生まれたばかりの娘のお絵描きを見守るような気持ちで周りに集まる。

 

「知能は高いようだな。人間と同じくらいかもしれんぞ。少なくとも小学生程度はある」

 

「これは…木か? 木の上の丸いのは木の実か? 木の実を食べる?」

 

 そこそこ上手い絵に関心しつつも、その場にいる隊員達は謎解きを始める。そうこうして、このネコが「マタタビの木の実を取ってくれ」と言っている事が判明した。

 

「なんだ、お安い御用さ」

 

 まるで自分の娘の願い事を聞くような顔で、完全武装のマッチョ集団がマタタビの採集をし始める絵面はシュールのひとことに尽きる。それでもアイルーの目はキラキラと輝いており、時折待ちきれないような表情で跳ねる様子が動画として保存された。

 

 しばらくして大量の木の実が集められ、アイルーによるマタタビ採取クエストは完了される。アイルーは背筋をピント伸ばしてからキチンと一礼をし、ラグビーボールよりも巨大なドングリを隊員に手渡してから、そそくさとどこかへと走り去って行く。アイルーが去った後の森は酷く静かに見えてしまい、隊員達はまるで夢から覚めたかのような感覚を覚えていた。

 

「あ、しまった。GPS機能の付いた発信機でも付けとけば良かったなぁ」

 

「だから衛星ないんですって」

 

 後にキャンプ地に戻った彼らから伝えられた情報は、すぐさま防衛省経由でマスコミに伝えられ、夕方のニュースで報じられた猫型知的生命体の存在は全日本国民の知るところとなった。この世界にはネコの姿をした知的生命体がいるとネットは再加熱し、何故かペット用品が爆売れしたのはまた別のお話。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話:ドスジャギィ襲来!

 翌日──

 

な、なんじゃこりゃあああ!! 

 

 まだ太陽が完全に上りきっていない明け方、起床ラッパを鳴らすために、眠い目を擦りながら起き上がった隊員の叫び声が基地全体に響き渡った。

 直後、精鋭である自衛隊員らはパッと目を覚まし、飛ぶような勢いで起床。30秒もしないうちに戦闘服に着替え、銃を手にテントから飛び出る。

 

 しかし、起床30秒で戦闘モードに切り替わった彼らは予想外の光景を目にした。

 

 彼らが見たのは九十九里浜に出たような怪物ではなく、エゾヒグマを狩る巨大昆虫でもなく、カラスの群れと空中で死闘を繰り広げるような害鳥でもなかった。彼らが目にしたのは、基地の端っこに積まれたバカみたいな量の()()()()()()である。

 

「な、何だこれは……」

 

「罠…か?」

 

 十中八九デカいだけのドングリだろうが、ブービートラップのような物である可能性も考慮され、即座に触れることはもちろん近付くことさえも禁止にされた。実際に戦場で「敵兵が土産にと手に取りそうなもの」に爆発物が仕掛けられるケースは非常に多く、実戦経験が皆無である自衛隊員でも不用心に〝ドングリ〟を手に取る者はいなかった。

 だが初めて見る人間の頭部並みに大きいドングリに彼らはどうしても好奇心を抑えきれず、規制線の向こう側からチラチラと盗み見をする隊員は続出した。精鋭とて一人の人間である。彼らも好奇心には抗えなかったのだ。

 

 しばらくしてから現場に到着したのは物々しい装備に身を纏った自衛隊の化学防護隊、そして爆発物処理班と彼らと全く同じ装備を身にまとった植物学者であった。

 

「ふむふむ…。うん──」

 

 放射線の類が出ていない事や爆発物ではないことが確認されると、今度はゴツい耐爆装備の植物学者がそれに近付いた。彼はまずは目で見て、鼻で嗅ぎ、最後に指先でコツンとそれを小突いてから、「よっこいせ」と持ち上げる。

 

 その正体や如何に……⁉︎

 

「──ドングリだね。ただの大きいドングリ」

 

 植物学者の笑顔と共に、即座に規制線が解除された。

 

デカいドングリ解禁!! 

 

 直後に隊員たちが殺到したのは言うまでもない。何しろ、生まれて初めて見るサッカーボール並の大きさのドングリなのである。ちなみにそれでサッカーをしようとした隊員は、まずは手頃な広さの平野を探す事を強いられ、任務期間中はそれを断念したと言う。

 

《ニャア!》

 

 そしてもう一つの大きな発見がある。このドングリはどうやら、昨日の〝二足歩行のネコ〟からのお礼の品であったらしい。

 お礼と言うのは、高い場所にあったマタタビを取ってくれた事に対するお礼であるらしく、これを機に隊員達により付近のマタタビは乱獲され始め、それと同時に〝二足歩行のネコ〟達との交流が深められた。

 

「じゃあまず、名前を教えてもらえるかニャ?」

 

《ニャ?》

 

「僕の名前は根子田 好太。マイネームイズ、ネコダ コウタ」

 

《ニャア〜?》

 

 学者達によると、どうやら彼らとの言葉による意思疎通は現在の所は不可能であるらしく、引き続き絵とジェスチャーによる簡単なコミュニケーションが行われた。ある程度の不便はあれど、未知との意思疎通が取れるのはお互いに非常に喜ばしい事であった。

 

「どうやら彼らの種族はアイルーと言うらしい! ここから4kmほど離れた崖付近にアイルーの集落もあるらしいぞ!」

 

 これは5時間にも及んだ話し合いの成果である。その日、アイルーと共に数人の情報科の自衛隊員と学者が彼らの集落に赴き、そこで一泊。アイルーらの生活環境の記録とおおまかな道のりのマッピングを済ませて帰ってきた。

 

「アイルー達は我々とこのような物品の交易をしたいらしい! しばらくは整備されていない山道を何時間もかけて取り引きしなきゃいけないが、これからの事を考えると道路を敷設すべきだろう!」

 

 これは2日後の成果である。しばらくしてから施設科の工兵らの頑張りによってある程度の距離までの比較的歩きやすいルートが確立され、自衛隊の前線基地とアイルーの集落間の交流はますます活発になったのであった。

 だが、忘れてはならないのは、ここは全域で安全がほぼ確認された日本の森林ではなく──とは言っても最近は小型、中型の新世界生物の流入で危険度は以前より跳ね上がっているが──装甲車を軽く破砕するような化け物が住まう異世界の森であるということだ。

 もちろんそこでは平穏な日々というのはそう長くは続かず、一難去ってまた一難なんてのはよくある事柄だった。

 

「アイルー達の集落が危ない!!」

 

 それは言語学者らの奮闘によりネコ語(?)についての理解もある程度深まり、アイルー語の他にも存在する別の言語──アイルー語は同種にしか通じないニャアニャア言葉だが、もう一つの言語は日本人でも覚えさえすればアイルーらとの会話が可能と判断された──による会話がようやく可能になり始めてきた頃の話だった。日が登るよりも前の暗い自衛隊基地に、息も絶え絶えで飛び込んできたアイルーがいたのだ。彼彼女が持ってきた紙に書かれた文章を本人に読み上げてもらい、それを意訳すると下記の通りになる。

 



緑のヒトさん助けてニャ! 

【件の新世界生物と思しき絵】

 条件:狗竜(ドスジャギィ)の群れの狩猟

 目的地:大森林のアイルー村近辺

 依頼主:大森林のアイルー村一同

 内容:とても怖いドスジャギィの群れが村を襲おうとしているんだニャ! このままじゃ村が全滅しちゃうニャ! 

 緑のヒトさんは情報が欲しいんだニャ? 

 クリアすればボクたちは緑のヒトさんに全面的に協力するニャ。



 

 古代エジプトのパピルス紙を連想させる粗めの紙には、上記のような何やら形式ばった依頼文が書かれていたのだ。日本ではまず見ないタイプの依頼者ではあったが、新世界調査の要であるアイルー村を喪失してしまうのは大きな痛手であると判断した調査隊総司令官は集落へ派兵することを即座に決定。

 そして依頼の受理がなされてから1日も経たないうちに、完全武装の自衛隊員約100名と航空部隊による害獣討伐作戦が開始されたのであった。

 

 


 

 

 森林戦とは熱帯雨林など植物が高密度に生い茂った森林地域における作戦、戦闘をいう。そこでの劣悪なインフラ状況は戦車や装甲車の進入を阻み、生い茂った木々は迫撃砲や航空機による支援攻撃の精度に大きな制約を与え、そしてその地形や気候などの様々な障害は兵士らにとって強いストレッサーとなる。

 作戦地域の環境にもある程度は慣れた自衛隊員らにとっても、歩きづらい獣道や多湿な気候、いつ怪物が襲ってくるかわからない状況。そして火力支援の制約は彼らに重荷となってのしかかり、その進軍速度は大きく遅れていた。

 

 今回の陸上戦力は頼りない戦闘服を身に纏い、威力不足の小銃もしくは軽機関銃、弾数が心許ない対戦車装備を背負った歩兵のみ。おまけに100人はいた隊員は分隊となって拡散していた。

 どれもこれも、彼らの作戦地域が森林だからである。

 鬱蒼とした森林には10式戦車や89式戦闘装甲車を始めとした車両は進入できず、加えて大部隊での進軍や戦闘行為は困難。その視認範囲の狭さから害獣との戦闘は至近距離になると考えられ、火砲部隊による火力支援は余りにも危険。航空戦力による火力支援も上空からの索敵も困難を極めるため、標的を探して倒すのは必然的に歩兵頼みとなってしまったのだ。

 

 隊員の誰もが不安を胸にし、汗がいつまで経っても蒸発しない環境で生唾を飲み込む。アイルー村周辺の地図は大部分が未だ空白であり、コンパスと無線を頼りに彼らは道無き道を慎重に進む。

 

半田(ハンダ)分隊長、動物の足跡を見つけました」

 

 とある隊員が小さな声で報告をした。すぐに報告を受けた分隊長が全周警戒の命令を出し、副隊長と共に足跡の主がどんな生き物なのかを確認する。

 

「でかしたぞ。アイルー達が描いた図とそっくりだ」

 

「ドス…ええとドスジャギィの群れでしたっけ。下っ端で比較的小型のジャギィ、中型のジャギィノス、ボスで大型のドスジャギィで構成された群れですよね?」

 

「そうだ、その群れの掃討が俺達の任務だ」

 

 ずっとこの近辺に住んでいるアイルー達によれば、この付近に出てくるモンスターは一目見ただけで名前とおおまかな特徴が言えるらしい。彼らのその知識は自衛隊にも共有され、隊員らの作戦遂行に大きく役立っていた。

 

「足跡が見つかったということは近くに敵がいるって事だ。警戒を怠るなよ!」

 

「「はっ!」」

 

 それは小声だが隊員らが意気揚々と返事をした次の瞬間であった。彼らの耳に聴き慣れた発砲音が飛び込んで来たのである。さほど遠くない距離で発生したと思われるそれは他分隊が敵と交戦中である事を示しており、全員の手に汗が滲む。

 

「この音は…! 20式小銃の発砲音か!」

 

「分隊長! 前方から何かが複数接近する音が!」

 

 立て続けに入ってくる新たな情報に隊員らは一瞬狼狽えたが、即座に気持ちを戦闘モードへと移行させ、前方からの襲撃に備える。様々な植物に視界が遮られた戦場では戦闘距離が短くなるのは必然であり、彼らが敵の姿をキチンと確認できるようになった頃には、彼我の距離は30mにさしかかっていた。

 

「ジャ…! ジャギィです! ジャギィ約10匹を確認! 後続もいます!」

 

 最も前方に位置する隊員が叫んだ。

 

「あいつら意外とコモドドラゴンよりは弱そうだな⁉︎よし、発砲を許可する! 奴らを近付けるな‼︎」

 

 直後にパチパチと銃撃の嵐が巻き起こり、曳光弾を交えた弾幕がジャギィの群れに吸い込まれるように消えて行く。枝が折れ、草木が飛び散り、大量の鉛玉を喰らったジャギィ数匹がズザザと地面を擦るようにして倒れる。

 戦況はやや人間側優勢に傾いた。だが、予想外の事態に隊員らは動揺した。

 

「奴ら発砲音に驚きもしないぞ⁉︎どうなってんだ⁉︎」

 

 人間だけでなく、動物が大きな音を怖がるというのは一般的によく知られた事である。それを利用してイノシシ、カラス、サルなどの害獣を空砲で驚かせて撃退する害獣避けという道具も存在する。

 目覚まし時計のアラーム音、犬の鳴き声、大声、銃声など、生き物が驚く大きな音は多岐に渡る。日本人にとって、聴覚のある生き物が大きな音に驚くのは当たり前であるという認識が広い。

 それ故に、彼らは目の前の動物が銃撃音を恐れない事に酷く驚いた。それどころかむしろ、敵の走る速度が速まっているようにさえ見えたのだ。

 

「狼狽えるな! 奴らが銃声を一度でも耳にしたことがあるってだけだ!」

 

「一度でも聞いた事があるっていつ、どこでだよ⁉︎新世界に人間は日本人以外にいないはずだろ⁉︎」

 

「わからん! それを調査するために俺達がここに来たんだろ?」

 

 銃撃を恐れないのは大きなアドバンテージだが、所詮はそれだけである。無策に真正面から突っ込んでくるだけのジャギィらは瞬く間に殲滅され、付近に硝煙の匂いが漂う。

 

「発砲やめ! 引き続き警戒続行! 後続の位置はどこだ⁉︎」

 

 半田分隊長の命令により発砲音がピタリと止む。まだその数がハッキリと確認されていない敵方の後続の姿はどこにもなく、不気味な静寂がその場を支配した。

 

「全周警戒! 奴らまだ近くに潜んでいるぞ!」

 

 ジャギィ種は地球で言う恐竜に酷似した姿をしている。そして恐竜の直系の子孫は現在よく見る鳥なのである。鳥類と言えば、日本人にも馴染み深いカラスを思い浮かべる人は多いだろう。ゴミ捨て場を漁っている姿をよく見かけるカラスだが、実はカラスという種は人間以外の動物ではイルカやサルと並ぶほど頭が良いのだ。

 

 彼らの頭の良さを裏付けるエピソードを挙げれば枚挙に暇がない。だがそのエピソードからは〝ズル賢い〟という印象を強く感じ取れるだろう。

 

「なっ…⁉︎いつの間に後方に⁉︎」

 

 何者かがガサガサと茂みを移動する音が部隊の背面から発生し、隊員たちは一斉にそちらに銃口を向けた。

 

 例えとしてライオンの狩りを挙げるが、動物は人間が思っている以上に賢い。ライオンは集団で狩りをする場合、片方のグループが獲物の風上の方向からあえて姿を現して獲物が反対方向に逃げるのを誘発し、獲物が逃げた先に潜伏していたもう片方のグループがそれを襲うと言った戦術を多用する。

 

 だが、今回の捕食者はそれ以上に狡猾であった。

 

 全隊員の注意がある一定方向に向けられた一瞬を狙い、両側から音もなく現れたジャギィノス数頭が獲物を挟み撃ちにしたのだ! 

 直後に複数の銃口が光り、数匹の襲撃者は黄色い弾幕を大量に受けて絶命したが、一部の生き残ったジャギィノスは果敢にも何名かの隊員に向かって肉薄し、恐ろしい牙が無数に生えた口を大きく開いた! 

 

「痛ッ…!? てめぇこの野郎!!」

 

 大型犬以上の体躯を誇るジャギィノスに突き飛ばされ、倒れた状態で上に乗られながらも、獰猛な牙を腕で防ぎ、辛うじて喉元への致命傷を免れた半田分隊長は苦痛の声を漏らしたが、即座に腰のナイフを敵に数回突き刺し、怯んだ相手を蹴り飛ばしてその場を切り抜ける。

 仲間との距離が開いた敵には容赦のない弾幕が浴びせられ、半田に咬傷を与えた敵は地に倒れ伏した。

 

「分隊長! 腕が!」

 

「俺は大丈夫だ! それよりも他に怪我した奴はいるか!?」

 

「他に1人が足を噛まれました! それよりも早く患部を見せてください! 今はアドレナリンのおかげであまり痛くないかもしれませんが、重傷ですよ!」

 

 残党狩りが終わる頃には負傷者達の応急処置も終わっており、腕に包帯を巻いた半田分隊長ともう1人の怪我人は手頃な場所にあった岩石に腰をかけて安静にしていた。辺りには血と硝煙の臭いが立ち込めており、無事だった隊員は少数の怪我人の護衛を残して全員が付近の警戒、新世界生物の死体を調べている。

 

「分隊長、まさか2体同時に向かってくるとか不運でしたね…。片方は20式で倒してましたけど、もう1体が仲間の屍を越えて襲ってくるなんて…」

 

 噛まれた部位が痛むらしく、半田と同様に怪我を負った隊員は苦い顔で彼に話しかける。

 

「全くだよ。野生の勘…って言うのかな? どうやら誰がリーダーか一目でわかるらしい。なんせ、俺の戦闘力は53万あるからな!」

 

 そう言うと、半田は座ったままガッツポーズ取ってみせた。

 

「隊長、実際に強いですもんね。近接戦闘の成績トップでしょう? 弓道部の時も全国大会にいったらしいじゃないですか」

 

「おいおい、今のは冗談だぞ? ツッコミをいれて欲しかったんだが…」

 

「はははっ! 格闘技も強いのに遠距離攻撃も強いとかマジすか? 時代が違えば英雄じゃないですか」

 

「褒めるのか貶すのかどっちかにしろ」

 

 半田と彼の仲間がそんな雑談をしていると、周囲に展開していた分隊の仲間がガサガサと草をかき分けながら戻って来た。どうやら付近の安全が完全に確認できたらしく、そのうちの1人はジャギィの死体を肩に担いでいた。

 

「副隊長、俺達がヘリでRTBしたら他分隊と連絡を取って駆け足で合流しろ。この調子なら他の分隊も被害が出ているはずだ。後は任せたぞ」

 

 発煙筒の燃える音に混じって聞こえるヘリの音は段々と大きくなっている。日の光がよく当たる場所で、副隊長は彼の命令をしかと受け取った。

 

「はっ! 後はお任せください! ………気をつけてくださいよ」

 

「心配すんなって! 異世界の未知の感染症は怖いけどな。日本の医療レベルならそうそう死なないだろ」

 

「違います」

 

「え、ちがうの?」

 

「違いますよ…」

 

 森の開けた場所に着陸したヘリが発生させる強風で木の葉が舞い、半田ともう1人の怪我人は2人の護衛の手を借りてすぐさまヘリに乗り込んだ。回収されたジャギィの死体と他のサンプルも護衛と共に収容され、ヘリは飛び立つ。

 小さくなっていく仲間の姿を見ながら、半田はドクドクと脈動するように痛む腕をもう片方の手で抑えながら、物思いに耽った。

 

(しっかし、異世界に来たんだなぁ…)

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話:折れた太刀

 例え大航海時代に行われたような数多の冒険の記録を知らなくとも、未知の場へと赴く旅に危険は付き物であるというのは誰もが知っているだろう。

 主に自衛隊で編成された調査隊の前途も、困難な道のりであることは想像に容易い。未知の怪獣に支配された土地、乏しい補給品。存在は是非は不明だが、現地住民との対立などなど…。

 

 だが実際に調査隊に降りかかった危険の度合いは、成熟した科学文明時代の真っ只中かつ超平和な生活しか経験したことのない日本人の想像を遥かに上回っていた。大船に乗り、雄々しく出港して行った自衛隊の姿を見送った時点で、いったいどれだけの日本人が想像できたであろうか。

 

 まさか新米ハンターの訓練にも使用される、初心者向けのモンスター相手にこれほどの負傷者が出るとは……

 

 


 

 

「道を開けろッ! 野外手術システムへの搬入を急げ!」

 

 基地にあるヘリポートに着陸した機体から耳をつんざくような男の絶叫が響いた。次にその場に姿を現したのは、駆け足で担架を運ぶ2名の隊員。担架の白いシーツは一部が赤く染まっており、それに乗せられた迷彩服の男は苦悶の表情を顔に出していた。

 

「たっちゃん! 目を閉じるなや!」

 

「手術室まで少しだ! 絶対に死ぬなよ!」

 

 横を並走する隊員らは目に涙を浮かべて担架の男の手を握る。その時点で基地を防衛する大多数の隊員らに前線の状況は知らされていなかったが、誰もが次々と搬送される怪我人の姿を目にして劣勢の状況を連想し、銃を握る手を強張らせた。

 このような惨劇にもある程度は慣れたはずの戦場カメラマンも、見慣れた迷彩服の男らが血に包まれているのを見て酷く動揺したと後に語る。刺繍された日本国旗が赤く染まっているのを見て、胸がざわめくような気持ちを覚えた、と。

 

「負傷兵が18、無事な隊員は77名…」

 

 一方、やや血の臭いがする騒々しいヘリポートとは反対に、指揮司令所が置かれた緑色のテントでは調査隊の最高指揮官が必死に頭を捻っていた。アイルー達でも狩れない事はないが、緊急時でない限り戦うような相手ではないジャギィの群れ。そんないわゆる雑魚モンスター相手にこれだけの被害が出た原因を彼は必死に考えていたのだった。

 

「…ダメだな、手付かずの大自然が邪魔すぎる」

 

 降参するように両手を軽く上げ、本土から送られてきた代用コーヒーのカップに手をつける。分散せざるを得ない前線部隊をどうにか支援できないものかと彼は考えていたが、場所が場所だけに、航空機からの物資投下くらいしか有効な手立てが無いのが現実であったのだ。

 空爆、砲撃は明確な目標があればこそ効果は絶大だが、どこに居るかもわからない敵に対してその効力は皆無。ベトナム戦争での米軍のように、質を量で補うような作戦を自衛隊が出来れば良いのだが、攻略目標付近にはアイルーらの集落もあるのだ。闇雲に爆撃をする訳にもいかない。

 

「いっそのこと森を焼き払いたいくらいですね。人体に無害な枯葉剤でもあれば是非とも使いたいくらいです」

 

「侮っていた訳ではないのだがな。大型犬よりも多少デカいってだけの恐竜モドキがまさか、密林ではこんなにも脅威になるもんなのかとビックリしているよ」

 

「学者以外に猟師でも連れて来るべきでしたかね?」

 

「それは悪くないな。ちょうどいい、知り合いの祖父に元マタギがいるんだ」

 

 そんな冗談を言いつつも指揮を取っていると、遂に転機が訪れた。現場にいる部隊から『攻略目標を見つけました』との無線が入ったのだ。指揮官はすぐさま無線通信員に諸々の事情を尋ねさせ、それと同時に基地で待機している『AH-1S コブラ』数機に即発進の報を入れる。

 

「でかしたぞ! ドスジャギィの大きさなら空からでも狙いやすい! まだ手を出すなよ、すぐに攻撃ヘリを現地に──」

 

『いえ、それが……』

 

 直後に無線器から発せられた言葉には、誰もが大きな困惑を持って聞き迎えた。

 

『ドスジャギィは…長刀? と矢が至る所に刺さっていて、かなり出血しているようです。刀は途中で折れてますが、我々の姿を見ても唸るだけで何もしてきません』

 

「は?」

 

 その無線を聞いていた誰もが素っ頓狂な声を出した。それが本当ならば、自分達以外にもドスジャギィを狩ろうとしていた人達がいると言うことになるのだ。

 無線を介しても困惑しているのが容易にわかるほど、現場も意味不明な状況に陥っているらしい。何せ、日本人以外にはアイルーぐらいしか知的生命体はいないはずなのに、それとは別の第三勢力が現れたのだから。

 

『どうやら我々日本人とアイルー以外の知的生命体と戦って重傷を負い、命からがら逃げてきた先で怪我が悪化したようです。もう立ち上がれないくらい足が壊死しています』

 

 戦えない群れのボスを守ろうとしているのか、それとも単に自暴自棄になっただけか、ドスジャギィの周りにいたジャギィとジャギィノスは自衛隊員の存在に気付いた直後に騒がしく喚きながら特攻をし始め、次々と銃撃の前に倒れて行った。

 

「刀と…矢が刺さっていると言ったか? 見間違いではないのか?」

 

「いえ、何度も確認したらしいのですが間違いないとの事です。刀はかなりの長さらしく、1.2m以上はあるそうで…」

 

「折れてて120cm以上もあるのか? 日本のどんな大太刀よりも長いではないか!?」

 

「どんな筋骨隆々の男が使ってたのでしょうか…」

 

 自衛隊基地と交流があるアイルー村のネコたちは、滅多にしないが弱い獣なら狩るらしい。その時に使う武器は全てが原始的な石器で、他所の大きめの村に行けば鉄製の武器を使うアイルーも見かけることができるらしいのだが、こんな巨大な──人類最大級の大男が使うにしても大きすぎる──長刀をとてもではないがアイルーらが使うとは思えない。

 

「しかも矢だと? アイルーは弓矢を使わないぞ!」

 

 アイルーの遠距離攻撃の手段はブーメランだけであると聞いた。その小さすぎる体では弓を用意したとしても引けないからだ。

 余談だが、そんな弱点を補うかのようにアイルーは全員がブーメランの扱いに熟達しており、その腕前は百発百中。自分の体並みに大きいブーメランを全身を使って巧みに扱いこなし、以前に調査の一環でそこそこの厚さがあるベニヤ板を遠距離から割った時は、大勢の隊員から大きな拍手とカメラのフラッシュが向けられたものである。

 

「こうも証拠が出揃っていると、例の〝新世界人類不在説〟はほぼ否定されたようなものです」

 

 やや紅潮した顔で部下がこちらを向いた。

 

「この世界にも人類は存在します…!」

 

 アイルーとの接触以後、現地でも本土でも唱えられていた〝新世界にはヒト型知的生命体が存在する〟という説。この説が唱えられ始める事となったのは現地の隊員がアイルーとの接触を果たした後であったが、それ以前にも新世界人類の存在を裏付けるような証拠は少なからず出ていたのだ。

 例えば旧日本海側の海岸に漂着した〝緑色の液体が入った瓶〟。恐らく植物や菌類由来の滋養強壮成分と、ハチミツらしき物で構成されたこの怪しげな液体は、後にアイルーとの交流で文字の大部分が解読された事により〝回復薬グレート〟と書かれていることが判明した。

 

 他にも、初めて日本人と接触したであろうアイルーの態度からも新世界に人類がいる可能性は指摘されていた。友好的か敵対的かはさておき、こんな怪物だらけの森で未知の生物に会った時、いきなり接触を図るような愚行を生き残る事に関してプロであるアイルーがするはずがないのだ。

 そして、遂にその説を強力に裏付ける証拠がほぼ同時期に現れた。アイルーによる依頼書に書かれていた〝ヒトさん〟という単語と、例のドスジャギィに突き刺さっていた長刀と矢である。

 

「なぜ我々の他にも人類がいる事を今まで黙っていたんだい? 我々が一番知りたかったのはそれについてだったんだが」

 

 アイルー同士でしか使われないアイルー語の他に存在するもう一つの言語──一般的に新世界言語と呼ばれる──を用いて、ある程度の会話はできるようになった日本の外交官、朝田は優しく語りかける。

 

「申し訳ないニャ…。緑のヒトさん達が一番知りたがっている情報こそが、最も強い交渉カードになるって村のリーダーさんが言ってたんだニャア…」

 

 ドスジャギィ狩猟依頼が受理されて以来、自衛隊基地に常在するようになった所謂(いわゆる)アイルー村全権委任大使〝ニャン太郎〟は頭をポリポリとかきながら弁明した。

 

「それよりもだニャ! ドスジャギィの群れから村を救ってくれて本当にありがとうだニャ! 依頼書にあった通り、ボクたち村のみんなは緑のヒトさんのオトモになるニャ!」

 

 それを聞いた外交官は何やら肩透かしを食らった気分だったが、今は真っ先に調べる事があるため、彼は抱いた疑問を無理やり押し込める。

 

「オトモという未知のワードは後で質問するとして……ニャン太郎くん、君も知っているように日本人は最近、食料が取れなくてすごく困っているんだ。一刻も早くこの世界に住む人間さんと話し合いがしたい。どうか協力してくれないか?」

 

「お安い御用ニャ! ボクはもう朝田さんのオトモだニャ! ボクが知ってることなら全部教えるニャ!!」

 

 ようやく光明が見えてきた、と朝田を含めその場にいる全日本人は安堵した。自分達と同じような人間がいるなら、食料やその他の資源も貿易可能かもしれない。

 

「よし、じゃあ早速その場所に連れて行ってくれ! もはや一刻の猶予もないんだ!」

 

 だが早速出かけようとする朝田に、ニャン太郎は待ったをかけた。

 

「まあまあ、少し待つニャ旦那さん。急がば寝て待てって言うニャ」

 

「旦那さ…? それを言うなら急がば回れだろう」

 

「そうとも言うニャ」

 

「それよりも、待つって何をだい?」

 

 朝田がそう尋ねると、直後にニャン太郎は腰の部分に両の手を置き、ドヤ顔をしてみせた。

 

「緑のヒトさんが海の向こうからやって来た日に、大慌てで村を出たアイルーが一人いたニャ。もうそろそろハンターさんか誰かを連れて、ここに来るはずだニャ」

 

「「なっ──⁉︎」」

 

 この時期を境に、日本を取り巻く環境はますます激化していく──

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話:≒ゲルマン人の大移動

 先日、誰も出航したことのない海の向こうから見慣れぬ服装をした人間の集団が現れた。

 その者らは、どんな大型モンスターよりも巨大な〝鉄の船〟に乗って沖合に突如として出現し、生まれてこの方、見たことも聞いたこともないような形状の〝飛行船〟を操っていた。彼らの船に乗せられた〝回転式の大砲〟は、威力や速射性こそは都市部にある物と大差なかったが、狩猟用の無骨な大砲とは一線を画す先進的なフォルムにデザインされており、火竜のブレスも鎧竜の熱線も、どんな古龍の牙すらも届きそうにない距離から海辺の森を耕した。

 草木の1本に至るまで吹き飛ばされ、更地になったその場所にはその者らの集落が建てられ、彼らが使役していると思われる真ん中に丸い穴のある円柱状の角を顔面から1本だけ生やした奇妙なモンスターもそこで眠ったように動かなくなってしまった。その者らのほとんど全員は、森に溶け込むような模様の〝防具〟を着ており、従来の物よりも一回り小さい鋼色の〝ライトボウガン〟を装備している。

 ボクは()()()らの上陸を一大事と考え、その日のうちに里を飛び出し、ニンゲンさんがたくさん住む街の方へと向かった──────ニャ。

 

 


 

 

 自衛隊の前線基地から西南西の方向にずっと広がる大森林。数多のモンスターが潜むこの危険地帯では所々に点在する猫獣人の集落が数少ないオアシスである。そこをいくつも経由してようやく辿り着ける()()()()()。舗装はもちろん、ちょっとした整備すらもされていない山道を何日も駆けて、彼はその場所の光景をようやく目にすることができた。

 辺境どころか、もはや未開の地と言っても差し支えないド田舎から出てきた彼にとって、そこはまさしくパラダイス。大通りは人間とアイルーで溢れ、その賑やかな音がここまで聞こえてくるようだった。店先で売られる料理の香ばしい匂いが風に乗って吹き流され、足を自然と活気のある市場へと誘う。モンスターの素材の数々が並ぶ露店、そこで買い物をする町人、交渉する商人、そして人混みの中に点々と混じる、頑強な防具と武具に身を包んだハンターと呼ばれるベテランの狩人達。

 その姿を見て、彼はようやく自分の使命を思い出した。

 

「そうニャ、大変ニャア! ハンターさん助けてニャ!」

 

「…ん?」

 

 足元から藪から棒に話しかけてきたアイルーは、この付近では見ない毛色をしていた。よほど遠くから来たのだろうか、半ば足を引きずるようなその歩き方からは疲労度合が容易く見て取れた。

 

「どうしたんだいネコちゃん? 俺みたいなハンターに何か用かい?」

 

 無骨なフォルムの大男は、膝を地面に付けて丁寧に対応した。まずは目の前で慌てふためくアイルーに水筒の水を渡して落ち着かせ、それからゆっくりと話を聞こうという算段だった。

 水筒の水を一息で飲み干し、いくらか冷静さを取り戻したアイルーは、ポツリポツリと何が起こったのかを話し出した。

 

「あれはボクが森を散策していた時だったニャ──」

 

 


 

 

 人の口に戸は立てられぬと言われるように、山をいくつも越えた場所から来たというアイルーを起点に始まった噂の波は、瞬く間に伝播し、1日も経たないうちに街はその話で持ち切りとなった。その話は1つの街だけに留まらず、ハンターや行商人を介して都市から都市へとも広まり、当然ながらハンターズギルドの狩人達の耳にも入っていた。

 

 曰く、海の向こうから来た〝豪山龍(ダレン・モーラン)〟よりも巨大な鉄鋼船に乗った人間が、大砲で森を射爆した後、大勢上陸してきたと。曰く、彼らは自然の背景に溶け込むような非常に見えづらい緑と茶を主とした防具をしており、全員が鋼色の小型〝ライトボウガン〟を装備していたと。おまけに見たことのない色と形のモンスターを多数頭も使役していたらしい。

 曰く、空に目を向けると翼の部分に真っ赤な丸が描かれた、どんな飛竜種よりも速く飛ぶ鋭い形の飛行船と、耳障りな羽音を発生させる飛行船が人を運んで飛んでおり、翼の赤丸に似た印は上陸してきた人達の防具にも見られたと。

 

「なあ、おい聞いたか! 海の向こうから来たって奴らの話!」

 

 場面は変わって、これは例のアイルーがやっとの思いで到着した街に存在する小さな酒場での話である。とある客が、隣の席の男に話しかけた所から場面は始まった。

 

「聞いたさ。そのアイルーによると奴らは新しいタイプの装備をしているんだってな?」

 

 鍛冶屋らしき服装の男は、金色に光る麦芽酒のジョッキを片手に軽く返答した。話しかけたタイミングが悪かったのか、両腕の無数の傷がトレードマークの男の胸中は、何やら穏やかでないようだった。

 

(自然の背景に溶け込むような防具…。そんな物を着たところで五感が発達したモンスター相手には焼け石に水だ。効果が期待できるとしたら、人間が相手の時くらいかもな…)

 

 奴らのライトボウガンだってそうだ。ハンターズギルドでよく見かける4人組のハンター達だって、全員が遠距離武器を手にしているパーティーは少ない。中型以下のモンスターならそのようなパーティーでも容易く狩れるだろうが、皮膚や鱗が硬く分厚い大型モンスターを狩るなら最低でも1人は高威力の近接武器持ちが欲しい。もちろん、いずれのパーティーもモンスターの動きを止める罠を持っている前提の話だ。拘束具がないのならば遠距離武器以外の選択肢は余りにも危険だ。

 だが、対人制圧なら話は別だ。モンスターと対峙する時は近接武器と比較して威力不足が目立つライトボウガンでも、人間が相手ならこれほど適した武器はないだろう…。

 

 武器や防具に詳しい彼だからこそ、〝未知の勢力〟が現れたというのは何とも胸騒ぎがするような話だったのだ。

 

「俺はそれよりも奴らの目的が気になるな! そいつらが上陸したってのはなんと、辺境の更に奥の方にある海岸らしいぜ! 奴らはそんな場所に上陸して何をするつもりなんだろうな?」

 

「さぁな…」

 

 今度はあしらうように返答をした彼は、ジョッキの中身を一気に飲み干した。

 武器や防具というのは、目的があって初めて創られるのである。どう考えても対人戦を前提に置いた装備をしている〝未知の勢力〟の目的なんて考えたくもなかった。

 

(ギルドも奴らの装備は知っているはずだ。もし〝未知の勢力〟と最悪の事態になったら………ギルドナイツが動く事になるかもな。そうなったら嫌な仕事が増えちまう。「風が吹けば桶屋が儲かる」というのはユクモ地方の格言だったか?)

 

 そんな事を考える間にも、酒場の外はますます暗くなっていく。

 

 街中の至る所で〝未知の勢力〟に関しての話がなされたのはもはや当然であった。何せ、この街が建てられたのはそう最近の話ではないのだが、それでも周辺には未調査の地域も多い。しかし、例のアイルーがその勢力を見た場所というのは未調査区域の更に向こう側──アイルーやメラルーの集落が点在していることのみ知られているが、極少数の腕利きハンターしか立ち入った事がない場所──に存在する〝名も無き大森林〟の終点とも言える海岸である。

 その海辺に辿り着けたと言う人間は歴史を俯瞰して見ても片手で数えられる程度しかおらず、当然ながら調査が進んでいないため、海の向こうに何があるかは完全に不明だった。そんな最中、水平線の向こうから来た人間がそこに上陸したと言うのだ。話題にならない訳がないのである。

 

「あ、おい! あれを見ろよ!」

 

 誰かが叫び、露店の灯りで照らされた夜道の真ん中に指をさす。町人達が話をしていると、突如その場に10名の近衛兵と5人のハンターからなる集団が現れたのだった。

 全員が異様に物々しい雰囲気を纏っており、重そうな装備をしているのにも関わらず、その足音は恐ろしく静かであった。

 

「筆頭ハンター! 初めて見た…」

 

 筆頭ハンターとは通常のハンターには公開されないギルドの特殊な任務を請け負うハンターである。全員がハンターとしての能力はもちろん、何らかの専門知識や技術に秀でており、その実力はあらゆるハンターの見本となるような強者達である。

 

「そんな超腕利ハンター達がギルドの衛兵を連れて何でこんな辺境に…」

 

「もしかして未知の勢力が現れたってのと何か関係があるんじゃないか?」

 

「そうだとしてもタイミングが良すぎじゃないか?」

 

「確かにそれはそうだが…。あ、例のアイルーも一緒にいるぞ。その()()()らしいな」

 

 見物人の指さす先には、案内役としてグループの先頭にいる件のアイルーの姿があった。件のアイルーは今にも走り出したいと言ったふうな顔をしており、やや足早に隊列の前を進んでいた。

 

「奴らの調査と言った感じか。調査対象がモンスターなら筆頭ハンターの十八番だが、今回は場所が場所だ。〝名も無き大森林〟から何人が帰ってこられるか…」

 

「調査対象がすでに全滅しているかもよ?」

 

「全滅してなさそうだから調査に行くんだろ?」

 

 この街から東側へずっと行ったところに広がる〝名も無き大森林〟。少数では危険すぎる、大人数では補給が厳しいという大きな矛盾を抱えたこの森は、あるハンターの報告によれば多種多様なモンスターの巣窟であり、プロのハンターですら油断すれば即死と言う危険地域でもある。

 そこに上陸して来る〝未知の勢力〟とはどのような連中なのか。何故、そのような危険地域に上陸したのか。そして彼らの目的は何なのか。それを調べるのが、筆頭ハンターが率いる今回の調査隊であった。

 

「〝未知の勢力〟の正体がわかるのはもう少し先になりそうだな。ついでに〝名も無き大森林〟の調査も進めば一石二鳥だ!」

 

 歴史を辿れば、異物が出現する時期はあらゆる時代の転機と被っている。それらは全く偶然ではない。むしろ新勢力の出現による混乱と変革は必然である。

 この世の者ではない、異界の住人の出現。自然と共存していたこの世界の人類にとって、日本人は益となり得るか害となるか。

 

 新勢力の出現に危機感を抱いていたのは極小数の人間しかいなかった。

 

 




・ギルドナイト
表向きはギルド専属のハンター。しかしその実態は対ハンター用ハンター。モンスターではなくハンターを狩ると噂される存在だが、その全貌は謎に包まれており、一種の都市伝説と化している。

・筆頭ハンター
通常のハンターには公開されないギルドの特殊な任務を請け負っているハンターたちのこと。全員がハンターとしての能力はもちろん、何らかの専門知識や技術に秀でていることが多い。
こちらはギルドナイトとは違って表舞台で活躍しているため、その存在は公にも広く認知されている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話:檻のドスジャギィ

 基地の防衛兵力を減らし、歩哨の増加による探索範囲の拡大。その甲斐があってか、しばらくしないうちにも、アイルー村を脅かしていたジャギィの群れは頭領であるドスジャギィを除いて、完全に殲滅された事が確認された。

 怪我によって両足の一部が壊死したことにより、完全に移動能力を喪失したドスジャギィの処遇はひとまず保留するとして…。害獣の群れに脅かされることがなくなり、アイルー村は無事に窮地を脱したのだった。もちろこれは全てにおいて自衛隊の戦果であるため、クエストの依頼文にあった通り、その報酬はキッチリと支払われた。

 当初から提示されていた「自衛隊(日本国)に全面的に協力する」という約束は、アイルーらが自衛隊員やその他の人員のオトモになるということで双方が同意し、それと同時に、彼らが知る新世界の情報は全て日本国に供与された。村近辺の地形はもちろん、一般的に知られている各モンスターの名前と特徴、そしてこの世界の人類社会のおおまかな概要等々。

 

 だが、このアイルー村が位置する場所はド田舎…というよりも、地球の感覚で言うと、〝アマゾン奥地の先住民族が住む地〟と説明されるべき場所にあるらしく、距離のせいか、彼らは人類社会についてそこまで多くは知らなかった。せいぜい、1年に数回程度だけこの付近を訪れる〝ハンター〟と呼ばれる狩人に聞いたという話が最大限であった。

 

 それでも、収穫物は決して少なくない。彼らの協力により、千葉県の九十九里浜に上陸した巨大害獣は正式に『ガノトトス』と名付けられ、その他の日本本土に現れている新世界生物にも、全て固有の名前があることが判明した。

 ほぼ全国的に確認されている『ガブラス』『ロアルドロス』『ランゴスタ』『ブナハブラ』『メルノス』『エギュラス』などを始め、一部の山間部や森林でのみ確認されている『アルセルタス』…などなど。特に『アルセルタス』とその亜種は、日本国内に存在する生物の中では飛び抜けて危険度が高く、通報がされ次第、どこであろうと戦闘機と戦闘ヘリがフル装備で駆け付け、過剰な火力で駆除がなされている始末であった。

 

 話を戻すが、アイルーによる情報提供の中で、とりわけ日本政府を喜ばせたのは、やはり新世界に人類が存在する事であった。話を聞く限り、その技術レベルは日本と比較してかなり低い事が判明したが、それでも新世界に日本人以外の住人が居ることは大変喜ばしい事であったのだ。

 おまけに、向こう側から接触してきてくれるというのも好都合であった。二度目になるが、新世界の技術レベルは日本と比較して低いのである。こちら側から赴き、むやみに現地勢力を刺激するような事がないのは幸いであった。

 

 

 そろそろ話を変えよう。ずっと隅に置いていたドスジャギィの処遇についてだが、現地の猛獣…もとい大型モンスターを生け捕りにできる機会などそうそう限られているので、動けなくなったドスジャギィはありったけの麻酔銃で眠らされた後、『チヌーク』に宙吊りにされて自衛隊の基地まで連行される運びとなった。空輸中『大怪鳥(イャンクック)』の襲撃というハプニングもあったが、その姿が発見され次第、即座に救援要請が出され、空自の戦闘機が急行したことにより、空の脅威は直ちに地面に叩き落とされたのであった。

 

 そのおかげもあって、ドスジャギィは宙吊りにされたまま永眠するような事もなく、急遽日本から渡航してきた獣医師団により両足の治療(切断)処置が行われ、何とか一命を取り留めた。もちろん、動けないとは言え、目を覚ましたドスジャギィは厳重な管理下に置かれることとなった。鉄柵、電気柵、対戦車地雷、鉄柵…と、周囲を4重の障壁に囲まれ、更にその外側から常に無数の砲門、銃口を向けられる警戒のされようだ。

 だが、そのようなちょっとした動物園の開設は隊員の士気向上にも役立てられ、アイルーたちも基地に遊びに来るついでに、ドスジャギィの様子をちょくちょく見に来るようになった。

 

「あの尻尾の部分、美味しそうニャァ…」

 

「食べるなよ? ついでに近づくなよ? 普通に死ぬぞ」

 

「はいニャ…」

 

 アイルー達との交流をますます盛んにしたのは、クエストの達成だけではなく、アイルー村と自衛隊基地間の道が整備されたことも一つの要因であった。すでに一部ではアスファルトの舗装路が敷設されており、自衛隊(日本国)の勢力圏──モンスターの脅威が排除された比較的安全な区域──は着々と拡大しつつある。

 また、話がどこから広まったのか、自衛隊にクエストを依頼したアイルー村以外にも、日本と関係を持ちたいという集落は少なからず増えており、自衛隊に積極的にアプローチをしにくるアイルーも現れたのだった。

 付近のモンスターがほぼ完全に排除された事による高い安全性だけでなく、オトモになれば1日3食の豪華な(原始的な生活では到底味わえない)食事も付いてくるといった好待遇っぷりは瞬く間に猫達の話題となり、続々と集まったアイルーの総数は、1週間もしないうちに3桁に届きそうな数にまで増え、自衛隊は基地内にアイルー用の住居を設置する作業に追われた。

 そうして出来上がったのが、使われなくなったコンテナを改造したアイルー専用の猫マンションだ。余談だが、この猫マンションの写真を広報課の隊員がSNS上に投稿し、それが万バズしたのは言うまでもない。

 

 だが、その猫マンションを見ていたのは画面越しの日本人だけではなかった。

 

 基地から約400m離れた樹上。落ちれば命の保証はないが、『未知の勢力』が建てたと思われる基地の大部分を見下ろせる絶好の偵察スポットから、二人のハンターが望遠鏡を覗いていた。()()()()()この二人の偵察行動に気付いていた自衛隊員は少なくはなかったが、向こうから接触をしてくるのは知っていたため、騒ぐような者は誰もいなかった。

 

「今日も気付かれたか…。〝最果ての海岸〟に上陸して来るのも伊達ではないってことだ」

 

 スコープ越しに目が合ったのを確認すると、木の上の男は呟いた。

 

「それはどうだかな、俺達に見られてるのに気付いてない奴の方が多いぞ。それよりも…沖に浮かぶのは例の鉄鋼船か? 本当に『ダレン・モーラン』よりも大きいじゃないか」

 

 同じく樹上に居座るもう片方の男は驚嘆の声を漏らした。あれ程の大きさを誇り、しかも鉄鋼製の非常に頑強な造りの船なら、水棲系の大型モンスターに襲われようと、ちょっとやそっとじゃビクともしないだろう。

 おまけに超遠方から精確に砲弾を撃ち込めると聞いたが、どんなカラクリを使えばそんな芸当が出来るのか、不思議で堪らなかった。

 

「もう何日も観察しているが、彼らがアイルーに非道な行為をしているような場面は確認できなかった。むしろ仲が良さそうだし、悪い目的は持っていないと私は思う」

 

「ふんッ、俺たちに見られるのを予想して急に態度を変えた可能性も考えられなくはないぞ?」

 

「そうだとしたら、とっくに全てのアイルーが逃げているだろうね。彼らの逃げ足の速さは君も知っているだろ?」

 

「まあ、そうだな…」

 

 数日間の入念な事前調査を経て、ようやく調査対象と接触しても問題ないとの判断が下される。二人は木の上からスルスルと滑り降り、下で待機をしていた調査隊のメンバーと合流する。

 何十キロもありそうな全身鎧を着用しているにも関わらず、その身のこなしは猿の如し。おまけに片方は重厚な大剣を背中に担いでおり、むき出しの上腕二頭筋が、それを振り回す人間離れした膂力を物語る。

 

「みんな、人里を出発してから何日もよく我慢してくれた。だがそんな我慢の生活も今日で終わりだ。我々、調査隊はこれより〝未知の勢力〟と接触を図る」

 

 木の上から降りてきたリーダー格の男がそう発言すると、調査隊の面々の空気が一変した。頭部から爪先まで覆う金属甲冑、その上から更に、一目で所属がわかるようにデザインされた統一的な制服を着た近衛兵10名。リーダー格の男と、その仲間のハンター3人。

 そしてギルドナイツに所属するという情報しか明かさないギルドナイト1名により構成された計15人のグループ。単独で大型モンスターと渡り合える強者である彼らでも、〝名も無き大森林〟で何日も生活するのは、流石に骨が折れるようであった。

 余談だが、途中まで案内役として隊の先頭を歩いていたアイルーは、つい先日に起きた()()()()()()以来、姿を消してしまった。恐らくは故郷に逃げ帰ったのだろうと思われる。

 

「リーダー、先日のイャンクックの亡骸ですが…跡形もなく回収されていました。奴ら、ハンターとしての心得を知らないようです」

 

 しばらくすると、憤るような顔で帰ってきた仲間のハンターが調査結果を口にした。それを聞いた隊員の大多数は先日の恐ろしい出来事を思い出し、顔を青ざめさせる。

 それは調査隊がこの近辺に潜伏を開始してからすぐの出来事であった──

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話:いただきますは何処へ

リアルの方がとても忙しいので(現在進行形で)更新が遅れます。


 かつて大いに繁栄したという古代文明。その遺産は世界各地に点在しており、未だ人の手が及んでいないはずの地域にも、それらの遺産は多く見られる。人の手が及んでいない地というのは、ほとんどが古龍を始めとする危険なモンスターの住処や縄張りとなっており、一般人はもちろん、腕利きのハンターであれど、そのような場所にわざわざ足を踏み込む者は多くない。

 世界に無数に存在する未開の地、もとい危険地帯。そのうち、特に有名なものの一つが、〝南の大陸〟の東側を占める〝名も無き大森林〟と呼ばれる巨大な原生林である。

 古代文明が存続していた時代から存在するとさえ言われるこの樹海は、多種多様なモンスターが闊歩する絶好の狩場でもある。それと同時に、上位かG級ハンターしか立ち入りを推奨されない程度に危険度が高い場所でもあり、過去の調査報告書によると、複数の古龍種の痕跡と、それに準ずる強さのモンスターも多数頭が確認されている。

 

「──そんな危険地帯に進入してから早くも2週間…」

 

 やたらと綺麗な地図を片手に、隊の先頭を進む男は額の汗を拭う。案内役のアイルーは「早く! 早く行くニャ!」と袖を引っ張っているが、今だけは何に変えても休憩を優先すべきだった。ハンター達は多少は体力に余裕がある様子であったが、この隊の中で比較的森を歩き慣れていない近衛兵らにとって、これ以上の行動はリスクが大きすぎたのだ。

 

「全員無事に到着できたね。ひとまずは荷を置いて休憩としよう」

 

 目の前には、高度な偽装がなされた洞窟拠点が、分厚い石扉の入口を閉じたまま彼らを待っていた。大昔のハンターが作ったと言われる〝名も無き大森林〟中の数少ない比較的安全な地下拠点。このフィールドを舞台に依頼(クエスト)を遂行するハンターなどの人間は、原則としてここを拠点とする決まりがある。一刻も早く〝未知の勢力〟の正体を突き止めたい衝動を抑え、調査隊を率いるリーダーが隊員の休憩を優先したのも、ここ以外におちおち休まれる場所がないのも理由の1つであった。

 

「よかった。以前ここに来た時に置いていったフィールドの地図も無事だ。他の誰かさんが使った痕跡もあるけど、どうやら邪険に扱っていた輩はいないみたいだ」

 

「最低でもここに来るくらいだ。そんな事するバカはいないだろ」

 

「それもそうだね」

 

 実際には、地図なんてのはそう珍しいものではない。大量印刷の技術が確立されて以来、ほとんどの狩場の地図は駆け出しハンターでも気軽に買えるくらい安くなっているし、別大陸のハンターズギルドでは、無償でフィールドの地図を貸し出しているくらいである。

 

 だが、ハンターや軍隊を含めた人がほとんど来ないような場所の地図は恐ろしく貴重だ。それもそのはず、ろくに測量が出来ずに完成した地図がほとんどであるため、正確性に難がある物ばかりだからだ。それでも中にはかなり正解に近い物もあるのだろうが、どれが正解なのかは、測量をしない限り誰にもわからないのである。場所によっては神話級のモンスターによって頻繁に地形が変わるような場所もあり、そのような場所付近では地図なんか見てないで決死の覚悟で逃亡を図ることが推奨されている。

 

「まあ、地形が頻繁に変わる訳じゃないけど、()()()全力で逃げ出すことが推奨されるような場所だけどね…」

 

 リーダー格のハンターは防具を着たまま椅子に座り、誰にも聞こえないようにボソリと呟いた。アイルーの通報があってから調査隊がすぐさま出発できたのも、通報が入る前から別の目的で準備をしていたからであったのだ。

 

 筆頭ハンターという本物の実力者にしか許されない極秘の依頼。この地の調査や〝未知の勢力〟の調査とはちょっと訳が違う、()()()()()()()()の調査だ。古文書にしか残されていない数少ない情報を元に、ギルド上層の優秀な誰かが、この地を()の潜伏先として挙げたのだった。

 曰く、奴に近付いた人間は一人残らず消失するか、綺麗なまま青白くなって死ぬ。曰く、奴によって全滅した村や町は千を超える。曰く、その俊敏な巨躯から繰り出される重い一撃は、『要塞都市ドンドルマ』を幾度も壊滅の危機に追いやった。

 

 曰く、奴は数年以内に再びその姿を現す────。

 

 色あせた絵でもありありと伝わった、あの恐ろしい姿。火刑に課せられた囚人のような、皮膚が垂れ下がった地獄の亡者のような見た目とは裏腹に、その防御力は、背中に深々と突き刺さったドンドルマの最終防衛兵器『撃龍槍』を根元のカラクリ部分からへし折るという異様さ。攻撃力も「凶悪」の一言に尽き、その口から吐かれる極太の熱線は全てを焼き溶かし、それに巻き込まれたハンターや衛兵は、骨すら見つからなかったと言う。

 

「ガイア、君の自慢の大剣を疑う訳じゃないが、〝古龍〟相手にはその重く鋭い一撃も無力なのだろうな」

 

「…は? いきなり何だってんだよマルコ。調査隊のリーダーの重圧に耐えきれなくなって遂にぶっ壊れちまったか?」

 

「いや…何でもない。ただ、もし例のモンスターが現れたら〝未知の勢力〟はどう対応するのかなって」

 

 人類社会が成立する場所のほとんどは、モンスターが多く生息する危険地帯から遠方に存在する。それ故に、よほどの田舎に住む人間でなければ、もしくはハンターでもなければ、その生涯においてモンスター(家畜は除く)と遭遇するということはない。

 だが、古龍種のような非常に強力なモンスターとなると、話は変わってくる。人間を含むあらゆる生物群の頂点に立つ彼らの名は『天災』と同義であり、「古龍」とはモンスターではなく「大自然の脅威」なのである。人間が自然の力に勝てないように、彼らが現れた場所は全てが平らに均され、文字通り環境がリセットされるのである。中には、ドンドルマのように幾度も古龍種の進行を防ぎ切っている地域もあるが…。

 

「願わくは…。彼らには古龍に勝たないで欲しいね」

 

「……そうだな」

 

 だが、そんな願いも虚しく、彼らは見てしまった。

 

『赤い彗星』すら敵わないような速度の紺色の戦闘機を。

 その下腹部から放たれる恐ろしい威力の誘導弾が、衝撃波を纏った爆炎と、無数の棘を以て『イャンクック』に襲い掛かる光景を。

 

 目の前に墜ちた怪鳥を見ると、彼らは更に驚愕した。額に付けられていた古い十字傷は、この骸が歴戦の巨大怪鳥であったことを示しており、幾人もの凄腕ハンターを(ついば)んだ艶やかで美しい(クチバシ)は、見るも無惨に歪められていた。

 深々と突き刺さった大きな破片は、もはやその肉体が何の役にも立たないことを明示的に表しており、悪い意味で一切の容赦もなく、淡々と、機械的にさえ見えてしまう一方的な暴力によって処理をされたイャンクックは弱々しく呻き声を上げ、永遠に動かなくなった。

 

「………。」

 

 粗暴だが、人一倍モンスターに対しての敬意を表するガイアは、その額に青筋に立てて黙ってしまった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話:Welcome自然

ついに評価バーが全部埋まりました!この作品を読んでくれている皆様、ありがとうございます!
これからも応援よろしくお願いします!


 日本国が新世界に転移してから初めて発見した新大陸、その名も『南方大陸』。日本から見て南方に位置する大陸というだけで付けられたこの安直な名前は、実はマスコミが作り出した造語ではあるが、今となっては大部分の日本人に広く使用されている名前であり、政府関係者も新世界の情勢がわかるまでは、公の場でも、この名前を使用することに決めている。

 

 そんな南方大陸に上陸した調査隊の調査状況はと言うと、ある一点では順調だが、ある一点では全く進行していないと糾弾されていた。基地周辺地域の調査はアイルーらの助けもあり、大部分の地図が完成。その他の調査も概ね完了しつつあるのだが、調査隊の当初の目的である〝新世界の住人と接触し、食糧やその他資源の貿易ルートを開く〟方の任務は、様々な問題があり、依然として進んでいなかったのである。

 その問題と言うのは、調査隊の上陸した地点から、文明が築かれている場所が遠すぎること。そもそも日本国が人里があるのかどうかすら把握できていないこと。後者はアイルーとの会話が成立できたことにより解決したが、上陸地点付近のアイルーの大多数は人里に行ったことがなく、大まかな方角はわかるものの、場所がわからず、沖縄の那覇空港から偵察機を発進させるのでは、現場に到着してから探索をする上での航続距離の問題があった。

 

 そして、もう一つの問題は、モンスターの脅威であった。九十九里浜に出現したガノトトスや、現在進行形で富士山を閉山に追い込んでいるアルセルタス等を見ればわかる通り、新世界の猛獣は、もはや猛獣ではない。『怪獣』だ。銃を持っていてもクマと戦うのは怖いと言われるように、人間相手には強烈な効果を発揮する自動小銃でさえも、新世界の怪獣相手には豆鉄砲に等しい。

 

 そんな怪獣共に対抗しうる兵器と言えば、戦車が筆頭に上がるであろう。『10式戦車』を調査班に随伴させる事が可能となれば、更に遠方の調査も達成できると言われている。だが、ここは広大な密林地帯。戦車を始めとした車両が活躍するために必要な最低限以上のインフラすらないのである。

 脅威がどこに潜んでいるのかもわからない密林に、イタズラに歩兵のみの部隊を送ることも出来ず、アイルーとの会話が成立して、人里が遠い場所にある事が判明すると、人里探しは一旦断念された。人里探しが断念されたとなると、調査隊の仕事は、しばらくは仮説基地の増強へと主眼が置かれるようになる。

 

 各大陸に派遣された各調査隊(もとい自衛隊)は、仮説基地の防備をあらゆる兵器を総動員して固め、何があっても「敵」の先手を取れるように、陸では過剰な数のセンサー類が、海では最新鋭の潜水艦を含めた護衛艦隊が、空では早期警戒機が常時その目を光らせていた。

 

 特に基地周辺の陸上はこれでもかと仕掛けられた『92式対戦車地雷』と『対人障害システム』の群生地と化している。近付く物体はセンサーによって、即座に感知される仕組みとなっており、それが「敵」だった場合は、すぐさま手動で起爆命令が発せられ、途端に指向性散弾の嵐が横殴りに襲いかかってくる。例え調査隊の数倍の敵がここへの襲撃を画策しようと、この地雷原を無事に突破するのは不可能に近いだろう。もちろん、敵が化け物でなければの話である。

 

 だが、そんな即死トラップの数々も、今回ばかりはその役目を果たさずに済んだ。

 

「対人障害システムのセンサーに感あり! 2個分隊規模です!」

 

「新世界初のお客様だ。門を開いて丁重にお迎えしろ」

 

 基地の正面、森の奥へと続くアスファルトの舗装路。そこを堂々を歩いて姿を現したのは、計14名の重装歩兵。現代の日本人から見るとコスプレ集団にしか見えない新世界の住人たちは、誰もが警戒感を前面に押し出しており、その足取りはまるで戦地へと向かう兵士のようであった。普段は閉じられている門がガラガラと軽くも重くも感じられる音を立てて開かれると、彼らはゆっくりと基地内へと進入した。彼らと相対するは、日本国の外交官数名と調査隊の指揮を一任された自衛隊の司令官。

 まず、口を開いたのは新世界人からであった。

 

「私の名はマルコ。ハンターズギルドに所属する筆頭ハンターであり、此度の調査隊の隊長を任された者だ。我々、調査隊がここ〝名も無き大森林〟に来たのは他でもない、貴殿らの調査を上から任されたからである。貴殿らの目的と、どこから来たのかを知らせてほしい」

 

 やや威圧的だが、それでも礼儀正しい挨拶に臆すことなく、日本の外交官は応える。

 

「はじめましてマルコさん。私は日本国の外交官、朝田と申します。我々の目的と、我々がどこから来たのか…ですね? それを言う前に、日本国の目的を単刀直入にお答えします」

 

 やや身構える調査隊の面々に何を思うこともなく、朝田は切り出した。

 

「我々はこの世界の事が知りたいのです。それも詳細に」

 

 何か含みのある言葉だな、と思いつつも、マルコは「我々が知りえる限りで良ければ、お教えしましょう」と返し、ひとまず双方の初の会話は、特に何事もなく一区切りがつけられた。音楽隊による歓迎の音楽は、なおも強い警戒感を抱いていた新世界人の心を安らげ、朝田の巧みな誘導尋問により、調査隊の各員が空腹だと言うことが判明すると、彼らは豪勢な料理で()()()()()された。

 

「まさか世界有数の危険地帯で、こんな美味しい食事が出来るとは思ってもいませんでした」

 

 食事を終えると、マルコはそう言って笑ってみせた。見た目は前世界の外国人と変わらないのに、明らかに何十kg…ひょっとしたら100kg以上もあるのではないかと思われる全身甲冑のような鎧を着たまま、平然と動いて歩いて食事をし、誰の助けも借りずにギシギシと悲鳴をあげる椅子からスクッと立ち上がる様は、何とも不思議な感覚の湧く光景であった。おまけに、全員が鎧だけでなく背中の武器も背負ったままであるため、その荷重はますます重いものとなっているだろう。

 

 また、未だ警戒感を抱いている…というよりは、怒りに近い感情を抱いているのだろう男──ファンタジー作品でしか見れないような巨大な剣を背負っている──に至っては、通常の椅子ではその総重量に耐えきれず、急遽別の椅子が用意された。だが、今はあくまで親睦を深めるための食事である。誰も彼らの「武器と防具」という軍事機密を安易に聞くような、水を差すような真似はしなかった。

 

(さて、これからが本命だ。まずは日本の現状をどう説明したものか…)

 

 会話を続けながらも、朝田は必死に脳を動かす。場合によっては、この邂逅がキッカケで新世界の国と国交が開かれるかもしれないし、そうなった場合、すぐにでも輸入しなければならない物資は非常に多い。日本がこの世界に転移してから、かれこれ数ヶ月も経つが、もうそろそろ限界が近いのだ。

 

(本土にいる日本人は芋と米と野菜ばかりの食生活を送っていると聞く…。国民の我慢のおかげで食糧備蓄はまだまだ保てるが、いつ不満が爆発してもおかしくない)

 


※実際に食糧の輸入が全てストップしたとしても、国民が生きるために最低限必要とされる食事は国内生産のみでも供給可能だと言われている。それでも食生活は大きく様変わりし、朝昼晩芋芋芋芋ばかりの、それまで華やかな食生活を送っていた大多数の日本人にとっては、地獄のメニューが続くことになる。卵や牛乳は1週間に1回程度しか食べられなくなるし、肉類に至っては硬いスジ肉でも高級品と化すだろう。各地のコンビニとかも閉店待ったナシ。いきなり太平洋戦争中に近い食事内容になるとか嫌すぎるが、それでも飢えないだけマシ。

 今ある贅沢を存分に噛み締めて生きよう☆


 

 それに、問題は食糧だけではない。

 

(何より重要なのは化石燃料だ…!)

 

 地下資源と同様に、食糧も重大な問題である事には違いない。当初はアルセルタスを始めとする非常に危険な新世界外来種の登場により、田舎に住む多くの人々(農業を営む者が大多数)が、都心へと避難する逆疎開現象も起き、一時的に食糧自給率が致命的な数値にまで下落するような事もあったのだ。だが、今や新世界の危険な外来種は空自や陸自、警察と猟友会が総力をあげて駆除に当たっており、新世界生物に日本人が襲われて、死傷するというような事故はめっきりと減った。

 それにより、農家の里帰りが促進され、生産量は元の水準へと元通り。それに加え、国民生活安定緊急措置法に基づく熱量効率の高い作物(主に芋類)などへの生産転換、自衛隊だけでなく、転移による様々な影響で失業した者を総動員しての既存農地以外の土地の利用、食料法に基づく分配や配給などの政策が功を奏し、ひとまずは国民が早々に餓えるような事は避けられたのである。

 

 だが、芋ばかりとは言え、生存に必要な食糧がいつまでも十分にあると思わないことである。前世界でもそうであったが、特に今の日本は、人の手では遠く及ばない「内燃機関で稼働する機械類による高効率な食糧生産と輸送」に、頼りきっているのである。

 内燃機関で稼働とはつまり、大量のガソリンが必要なのである。

 

(どれだけ背伸びをしようと、日本で十分な量の化石燃料は獲得しようがない…。これだけはどうしても海外に頼らざるを得ないのだ…!)

 

 石油、石炭、天然ガスが無くなれば、燃料を必要とする全ての物は動かなくなる。耕作用・収穫用のトラクター、作物を運搬するためのトラック、自国を守るためのあらゆる兵器類。当然、日本の大部分の発電を担う火力発電もマトモに稼働することすら厳しくなり、日本国は一瞬で荒廃するだろう。資源の致命的な不足とは文字通り、国民が国家ごと破滅する危機に直結するのである。

 

 もし彼らが貿易を拒否したら…。考えたくもないが…日本国を、故郷を、そこに住まう全ての家族、親族、友人知人、同胞を真に思うのならば…。最悪、侵略戦争という手段も────

 

「──アサダさん? どうなされました?」

 

 マルコの問いかけに、突然頭が冴え渡る。新世界人との初の会合という場であるにも関わらず、彼は思わず「え?」と間の抜けた声を出してしまった。

 

「あ…。いえ、すみません。ちょっと考え事をしてました」

 

 外交(?)の場は初めてのようで、会合用の建物内で座るマルコとその他の新世界のお客様は、どこか初々しいような緊張の仕方をしている。朝田はマルコの澄み切った彼の目を見て、一瞬だけ思い浮かんだ、恐ろしい考えを改め直した。

 

「ではこれより、マルコ様を代表とする調査隊各員様と、朝田様を代表とする日本国との会談を始めます」

 

 司会者の発声と共に、日本国の運命を左右する会談が始まった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話:調査隊の隊員が15人いたことを忘れていないか?

 日本と新世界人の初の接触、そしてその直後に行われた会談は、結論から言うと日本国にとっては、即座には何の意味も成さなかった。…とは言っても、収穫が全くなかった訳ではない。

 マルコを含む新世界人らの情報提供は、日本国にとっては千金に値する価値があった。これにより新世界の情勢は明るみになり、田舎育ちのアイルーらでは知りえない数々の貴重な情報はすぐさま本国へと伝えられた。

 また、自衛隊基地から最も近い国家との会談も約1ヶ月後に約束され──マルコら調査隊と、それに随伴する自衛隊の部隊がそこへ到着するのには1ヶ月近くかかるが、日本国内の惨状を伝えたところ、時期を早めてくれた──、おまけに、急いでいるなら他の人員は「飛行船」で来訪しろとの言質も頂いた。

 

 日本国民が必要とする食糧はまだまだ余裕があるが、石油の備蓄はどれだけ節約をしようと、1ヶ月と半月分程度しか残っていない。経済も破綻寸前であり、ここが正念場であった。

 

 場所は変わって、外交官専用の宿舎の中──

 

「ご主人様、どうかしたかニャ?」

 

 新世界人との会談を終えた朝田は、机の横にいる彼のオトモ、ニャン太郎に心配そうに話しかけられた。ニャン太郎は、そのモフモフとした前足で代用コーヒーが並々と入ったカップを、机にコトリと置く。

 文字通りの意味で狩人(ハンター)を自称するマルコに、オトモがどういう存在なのかを聞くと、彼は狩猟採集に行く際に連れるパートナーだと言っていたが、それが本来の目的であるのならば、そもそも基地外に出ない朝田にとって、オトモは不必要なものであった。それでもニャン太郎は、相も変わらず献身的なメイドのように、彼の身の回りの世話をしてくれている。

 そのおかげで、朝田の仕事の効率は日本にいる頃より格段に上昇しているのもあって、なかなか「どっか行け」だの「他の人のオトモになれ」とは言い出せない状況であった。

 

「ああ、ありがとう。いや…、今日の話し合いの時に、ガイアさんが激昂したのを思い出して…」

 

「ああ! ディアブロ防具に大剣の、やたらとイライラしていたマッチョのことかニャ?」

 

「ディアブロ…? ああ、角竜(ディアブロス)防具かは知らないけど、恐らくその人だ。何故だか知らないけど、会う前からイライラしていたんだ」

 

 価値観の違いと言ってしまえば、話はそれで終わる。だが、妙に彼の言葉が心に引っかかるのだ。

 

『お前らにとってはモンスター(害獣)かもしれないがよ! あいつらだって必死に生きてんだぜ!? てめぇら、生き物に対しての敬意だとか、命を頂いてるって気持ちはないのかよ!』

 

 SNS等で稀に見る狂気的菜食主義者の言葉とは違う。ガイアさんはその手で生き物を狩り、その命を頂いている、どちらかと言えば菜食主義者とは真反対の人間ではあるが、激昂しつつも泣きそうな、その言葉には強い説得力があった。

 そして、彼が言い放った単語を私は聞き逃さなかった。

 

『〝古代文明〟の二の舞になりたいのか!?』

 

『……古代文明?』

 

 オカルト好きな人でも、そうでない人も一度は聞いた事があるだろう。私もこの手の話は好きである。その名前はムーだったり、アトランティスだったりするが、先史時代に存在したとされる高度に発達した文明のことを。超古代文明、とロマン溢れる名前で総称されているオカルト話だ。

 その全ては何らかの理由で滅亡しているが、ほとんどが進み過ぎた文明故に自滅しているというオチである。自然を反故にすると、それらは己に返ってくるという寓話にも似たこのオカルト話だが、ガイアさんに聞いた限りでは、この世界では単なるオカルトと捨て置くことができないようだ。

 

 曰く〝古代文明〟は〝竜大戦〟なるもので滅んだのだ、と。

 

 ガイアさんやマルコさん、その他の新世界人もこの話を知っていたことから、この話は新世界では一般常識であるらしい。彼らによると、古代文明は〝禁忌〟に触れ、それがキッカケで龍達は一斉に人類に牙を剥いたのだと言う。しかし、人類側も黙って滅ぼされるわけもなく、文明の力をもって龍に反撃し、結果、天変地異並みの大戦争へと発展、やがて両者が滅亡寸前になったところでこの大戦は終結し、古代文明はそのまま崩壊したとのこと。

 だが、その〝禁忌〟が具体的に何なのかは、誰も知らないようであった。その内容は学者によって様々な説が唱えられているらしく、中でも、特に有力な説はいくつか教えてもらえたが、正体がハッキリしない以上、危険な行為は慎むべきだろう。

 とにかく、日本もこの世界の水準からは隔絶した文明を有する。古代文明のような愚行はしないとだけ伝えたが、ガイアさんは最後まで納得していないようだった。

 

 ──そういえば、マルコさんらの調査隊は案内役の()()()()()()()()1()5()()だと言っていたが、何かの拍子に逃げ出したというアイルーは無事に村に辿り付けたのだろうか? ニャン太郎によると、まだ村には帰っていないとのことだが…。

 

 


 

 

 

 ひとまず、我々は『未知の勢力』との接触を平和裏に終えられた。彼らの目的も総戦力もわからないうちに、こちらから姿を現すのは不安ではあったが、『未知の勢力』もとい『ニホン』もしくは『ジエイタイ』と名乗る彼らが、平和主義であったのは幸運であった。

 危険地帯のド真ん中で盛大に演奏をするというのは、普通ならば危険極まりない愚行である。だが、朝田さんの隣に立っていた男によると、付近の警戒はバッチリとのこと。我々が接近していることにも気付いていたようであるし、よほど信頼のおけるカラクリでもあるのだろう。

 

 何よりも驚いたのは、彼らは別世界から、土地丸ごとこの世界に転移したということだ。ユクモ村の伝説を思い出す話だが、国家丸ごとというのは、流石に聞いたことがない規模だ。これなら価値観の相違も仕方がない話なのだろう。

 歴戦とは言え、イャンクックは所詮イャンクックだ。なのに、彼らがあのような過度な暴力(空対空ミサイル)を以てモンスターを虐殺したのは、モンスターに対する敬意よりも恐怖が先に来るからなのであろう。彼らが元いた世界では、この世界のモンスターのような強力な生き物は大昔に絶滅したとのことだ。

 

 この世界に住む我々にとって、モンスターは「自然の脅威」であると同時に「自然の恵み」でもある。それ故に、我々は人類も「自然の一部」だと認識しているが、日本人は文明が進歩しすぎている弊害か、「人間≠自然」と錯覚しているようだった。そうなると、危険なモンスターは全て「害獣(排除すべき物)」に違いないし、危険でないモンスターも全て「家畜(利益をもたらす物)」だ。

 

 どこぞの古代文明を思い出すような国だ。それとも、ひょっとして彼ら自身が古代文明そのものなのではないか? 

 

 真意がどうであれ、彼らには古代文明の二の舞にならぬように働きかけていかねばならない。我々は狩人(ハンター)という、人間という生物の繁栄を目指すと共に、自然との調和を図る崇高な職業に就いているのだから──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界でも極小数の人間しか知らない「古代文明が犯した禁忌」の話をしよう。これは歴史の影に葬られた闇の技術であると共に、今となっては、そこそこ地位の高い筆頭ハンターにすら知らされていない真実の話だ。

 

 その名は〝造竜技術〟──

 

 高度に発達した機械技術と生物学を応用し、人間の手で新たな命を造りだすという、素晴らしくも恐ろしい「禁断の技術」である。我々の調査により、ニホンなる国がいた世界では〝クローン技術〟という、使い方次第では十分に禁忌足り得る技術が存在したようだが、()()はもっとおぞましい技術だ。

 

 機械技術と素材を用いて新しい命を造る…というのが造竜技術なのだが、つまり、新しい命を造るために別の命を糧とする必要があるのだ。具体的にどれだけおぞましいかと言うと、新しい命を作るために、別の命が30匹分も必要とされていたんだ。

 

 な? おぞましいだろ? 

 

 更に追い討ちをかけるような事実として、まず1つ目が、この技術によって造り出されていた命というのが『イコール・ドラゴン・ウェポン(竜機兵)』と呼ばれる生体兵器だったらしい事。2つ目がさっきも言った「竜機兵一体を作るのに成体竜30匹分の素材が必要だった」という事だ。

 実は竜大戦が起きたのは他でもない、古代文明が竜機兵を量産するためにモンスターを乱獲したのが、古龍様を始めとしたモンスターの逆鱗に触れたのが原因だ。

 

「そのような悲劇が二度と繰り返されないように、モンスターを乱獲する者を取り締まる(抹殺)のが、我々ギルドナイトの仕事なのさ」

 

 マルコら調査隊が去った自衛隊基地からほど近い場所で、燕尾服に身を包んだ老齢の男は呟いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話:生き方

お久しぶりです。忙しいのは相変わらずですが、ぼちぼち投稿を再開します。


 

「あーーー。あっちぃ…」

 

 すぐ後ろを歩く分隊員が蚊の鳴くような声で呟いた。俺も同感だ。

 サウナを思い出させる高温多湿の森。天然の堆肥で覆われた獣道。何十キロもの装備を背負っての山中移動に慣れているとは言え、モンスター達がシノギを削る戦場での移動は酷く消耗する。

 常に死と隣り合わせな上に、背中には日本の存亡をかけた重大な任務。今すぐにでも家に帰って寝込みたい気分だ。おまけに──

 

 チラッと全体を見回す。異世界人と日本人の混成部隊の雰囲気は最高に悪い。特に何かトラブルがあった訳ではないが、旅のゴールまでの運命を共にするメンバー同士だ。先程から相手と目が合ったりするのだが、お互い引きつった笑顔を浮かべるだけで、全く話せないのは最高に気まずい。

 

 問題はそれだけじゃない。我が日本と異世界人の記念すべき初会合で、怒号をあげた強面のマッチョ。ガイアとか言う大男だが…、こいつの存在は厄介だ。こいつが近くにいるってだけで、屈強な大和男児達がしり込みしてやがる…。もちろん、俺も怖い。

 だが、そんな彼に対して尊敬の念も湧いて出てきてしまうのも事実だ。彼の背負っている金属製の大剣。周りの警戒もしなくちゃなのに、いったい大人何人分の重量があるのだろう…と、つい考えてしまう。ゲームの世界から飛び出して来たような超大剣を背負い、こんな山道を休憩地点から休憩地点まで軽々と踏破する体力は化け物(褒め言葉)と呼ばれて然るべし…

 

「あっ…」

 

「お?」

 

 目が合ってしまった。彼をジロジロ見すぎたのだろう。会合の時みたいに罵声が飛んでくるかと思い、俺はつい身構える。

 

 しかし、俺達はガイアという人間を誤解していたのだと思い知った。

 

「どうした異世界人? 俺の筋肉と愛武器に惚れたか?」

 

「えっ? あ、ああ! もちろん!」

 

 俺はつい、素っ頓狂な声を出してしまった。直後に全員の視線が集まったのを感じたが、嫌な気はしなかった。

 

「お! そうかそうか! 異世界人でも漢は筋肉だよなぁ!」

 

 振り返ると、分隊のメンバー達は目を丸くしていた。同様に、俺も鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていただろう。だって、朝田さんはこいつ(ガイア)には注意しろと────

 

「あぁん!? 俺が会合でいきなり怒鳴った要注意人物だと?」

 

「てっきり、イャンクックを撃ち落とした日本人に対してブチギレてるのかと…」

 

「そういうことか…」

 

 ガイアはバツが悪そうに、毛のない頭を掻きむしった。

 

「いや、あれは俺の思い違いだったんだ。あのメガネのヒョロガリ…。アサダだっけか? その、あいつには本当に悪いと思ってる。キレちまって怒鳴っちまったのは事実だけどよ…?」

 

 ガイアは申し訳なさそうに語った。激怒した理由を語る上で欠かせない思想背景も交えて。

 

「動物が動物を殺すのは悪いことじゃねえ。それは自然の摂理だ。そして人間も動物であるから、いくらモンスターを狩ろうと、それも悪いことじゃねえ。同族を殺しても、例え種を絶滅させても、その行為は弱肉強食の世界では普通のことだ。だから〝悪いこと〟ではない。」

 

「ほう…?」

 

 さっそく何か大きな価値観の違いが垣間見えたような気がしたが、俺はそれを一旦スルーした。技術の進歩で外国との距離が縮まった現代ですら価値観の相違がある。異世界間の価値観が違わない訳がないと考えるのが当然であるべきだ。

 

「だからと言って、殺しすぎるのは〝やってはいけないこと〟だ。殺しすぎた分は必ず返ってくるからな。もし人間がある種を絶滅に追いやったら、生態系のバランスが崩れる。

 そうすると俺達ハンターの稼ぎは減るし、社会は立ち行かなくなる。恨みを持ったモンスターが人里に復讐しに来るやもしれんし、モンスターとの全面戦争が起きる可能性もある」

 

 モンスターとの全面戦争とは、例の〝竜大戦〟のことだろう。

 

「理解が早くて助かる。ちなみに〝やってはいけないこと〟を〝悪〟だとか〝善の反対〟と思ってるやつは多いが、人間も所詮はケモノでよ。動物の世界に善悪はない。だから人間の世界にある善悪ってのは、ただの幻だ。

 ちなみに、ムカつく野郎をぶった斬るのは〝悪いこと〟ではないが、一般的には悪いことだ。それは人の社会の中では〝やってはいけないこと〟で、当然牢にぶち込まれて首が切り落とされるだろうな」

 

 ガイアは自らの首を手刀でトントンと叩いてみせた。

 

 なるほど。要は動物達に善悪がないように、同じく動物である人間にも善悪という言葉と概念はあれど、それはまやかしであると彼は言いたいらしい。だから人間に限らず、あらゆる生き物は何をするのも自由だが、過度な自由には、大きな代償が伴う…と。

 人間によるモンスター乱獲の代償こそが、モンスターとの全面戦争なのだ。

 

 ──しかし、モンスターとの全面戦争…。それはもはや〝自然による「人間」への制裁〟のようにも感じられる。

 

 住む世界は違えど、人間は人間…。日本人がもし…、もし技術の暴威で自然を破壊し尽くし、自然の怒りを招いた場合…。被害を被るのは日本人だけではない可能性がある…? 

 

「つまり、俺達が古代文明の二の舞に()()()()な行為を()()()()()()()()から怒ったのか?」

 

 俺がそう聞くと、ガイアは小さく頷いた。

 

「半分その通りだ。過度な狩猟は古龍種を含むモンスターの怒りを招く。自然の破壊者には、自然そのものが牙を向く。それを忘れるな」

 

「じゃあ、残り半分は?」

 

 ガイアは一度呼吸を整えてから、現代人がすべきことを話し始めた。

 

「自然への感謝を忘れるな。ハンターたる者、そうでない者も、狩られたモンスターへの感謝と敬意を忘れるのはダメだ。だから、モンスターを必要以上に痛めつけるのもマナー違反だ。今思い返すと、あのイャンクックは即死していたのかもしれんが…」

 

 俺は基地に運ばれてきたイャンクックの死骸を思い出した。

 

「ああ、ズタズタだったな…」

 

「そうだ。それに、狩ったモンスターの死体は最低限の素材だけを剥ぎ取って、自然に返すのがマナーだ。肉は生き物の糧に、骨は住処になるからな。だけどお前ら、全部持って帰っただろ?」

 

「面目ない…」

 

「いや、異世界人がこちらのマナーを知る訳がないしな。事実確認をしないまま怒鳴った俺に落ち度がある。改めて言おう、本当に申し訳なかった」

 

 俺は快く謝罪を受け入れた。まあ、謝るべきは朝田さんに対してなのだろうが、それは後ででもいいだろう。多分、きっと。

 

 しかしまあ、当然と言えば当然なのだろうが、価値観があまりにも違いすぎる。人間が動物なのは言われてみればという感じではあるが、この世界の価値観はそれを地で行くのだろう。

 それだけではない。この世界ではモンスターと呼ばれる怪獣達の存在が大きすぎる。新世界における生態系の頂点は人間ではない。モンスター達だ。特に古龍種と呼ばれる大怪獣達はこの世の頂点にも等しいと言うべきか、ガイアの話によると「古龍種は自然の体現者」だそうだ。

 

 なら、日本はこれからどうやって生きていくべきなんだ? 

 俺達の任務は、今まで通りの生活を存続すること。今まで通りの生活とは、生態系の頂点に君臨し続けるという事だ。それはもはや、自然に対する挑戦だ。

 人類は誕生してから僅か200万年で生態系の頂点に立ち、地球を飛び出し宇宙に進出した。この世界でも、それは可能なのだろうか。数多の他生物の住処を奪い、餌を奪い、生命をも奪い尽くす猿の末裔は、世界が変わっただけで生き方を変えられるのだろうか? 

 

 そんな考えがグルグルと頭を回る。

 

「──そういえば、ちゃんとした自己紹介が遅れてたな。筆頭ハンター隊のガイアだ。よろしくな。あんた、こっちの言葉が上手だぜ」

 

 スっと出された屈強な右腕によって、俺は壮大な空想の世界から現実へと戻ってきた。反射的にその手を握り返し、先程の考えは一旦隅に置いておく。異世界で初めて人間同士の友情が成立した記念すべき瞬間ではないだろうか。誰かカメラを持ってきてくれ、はいチーズ。

 

「自衛隊の半田だ。よろしく。まあ、ジャギィノスに噛まれて療養してたからな。暇な時間を使ってアイルーと交流してたんだ」

 

 それは災難だったな、とガイアは笑った。心なしか、隊の雰囲気も良くなった気がする。否、間違いなく改善している。会話が増えているのが何よりもの証拠だ。

 

 ちなみにだが、こんな危険地帯で会話をしていても、よほど大声でない限り特に咎められはしないらしい。ここで遭遇する脅威というのは、大半が人間の何十倍もある大型モンスターで、それらは遠くにいてもすぐに気付くことができるからだとガイアは言った。

 木の葉が大きく揺れる音、歩く時の地響き、強い獣臭など、大型モンスターは制止していても、とにかく目立つ。例え新人ハンターであろうとも、寝込みを襲われるようなことはまずない。

 

「それでも油断はするなよ。ここは〝名も無き大森林〟だ」

 

 ガイアのその一言で、ハッとここがどこかを思い出した。危うく忘れそうになっていたが、ここは新世界でも有数の危険地帯だそうだ。ただでさえ人間が簡単に命を落としうる環境に加え、都市を容易く壊滅に追いやる事も可能なモンスターの数々。

 

「軽MATとハチヨンがどれだけ効くか…。それが問題だな」

 

 地球の常識に照らし合わせて、HEAT弾やHE弾が効かない生物がいるとは考えにくい。しかしここは異世界だ。ドスジャギィ程度ならまだしも、個人が携帯できる火器でガノトトスやイャンクック等に有効打を与えられるかは未知数。ガイアによると、この世界の狩人達は樽いっぱいに火薬を詰め込んだ、いわゆる『タル爆弾』なるものでモンスターを狩るらしい。炸薬量はいったい何百キロあるのだろう。航空爆弾並にあるのではなかろうか。

 

 そんな思案も、すぐ近くで鳴ったバキバキ音によって掻き消された。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話:不意遭遇!鎧竜!!

 遭遇戦。それは進行中の部隊が敵部隊と遭遇し、行われる戦闘のこと。特にジャングル等の視界の悪い地形では、そのような戦闘形態が主となり、当然ながら接敵距離は非常に小さい。

 

 だからまあ、「それ」と目が合った時には本気で死を覚悟した。

 

 ビル4階分はありそうな体高。サイのような角、巨体に比して小さい目と翼。岩を連想させるゴツゴツとした体は、戦車砲さえも弾き返してしまいそうだ。このモンスターの名前は確か──

 

「グラビモス…」

 

 そうだ、鎧竜グラビモス。アイルーの絵とそっくりな風貌だ。全身が岩に覆われているように見えるが、あれは外骨格なのだと言う。そのせいか、これだけ近付いていても獣臭がしない。

 大型モンスターは制止していても目立つと言われている。それは単に大きいのもあるが、近くにいるだけでむせ返るような異臭がする方が理由としては適当なのだろう。動物園の比較的清潔なペットですら臭いと感じるのだから、野生の獣から異臭がしない訳がないのだ。

 

「ああ、くそっ。斥候は何やってたんだ…?」

 

「熟練のハンターでもミスはあるものさ。ババコンガも木から落ちるってね」

 

 ガイアが背中の大剣を抜きながらボヤく。その隣には、すでに双剣を構えたマルコさんが立っていた。

 

「さあ、来るぞ! 総員、耳を塞げ!」

 

 マルコさんが叫ぶ。反射的に耳と目を手で覆い、口を半開きにする。敵の砲撃下における対策だ。こんな危機的状況でも自衛隊精神は生きている様だ。

 

 いや、こんな時だからこそか。

 

 直後に、内臓ごと揺さぶられるような音の波がゴッと押し寄せた。もはや爆轟と言って良いレベルの音圧で頭が割れそうで、視界が霞むような気さえした。そんな中、辛うじて見えたのはガイアがグラビモスの脳天に一撃を喰らわそうとしているシーンだった。

 重厚そうな鎧を着たモンスターでも、あの超大剣で殴られるのはさぞかし痛かろう。文字通りグラビモスの顔面に火花が散り、並大抵の攻撃ではビクともしなさそうな巨体が大きく揺れ動いた。

 

「煙幕を張れ!! 散開! 散開!」

 

 その隙に煙幕が張られ、俺達は事前に打ち合わせた通りに散開した。日本人は日本人で、現地組は現地組で…という訳にはいかない。モンスターとの戦闘に慣れていない異世界人がいるんだぞ。一班6人前後の混成部隊が3つ、それぞれ分散した。

 

 ちなみに俺はガイアと一緒の班らしい。全力疾走している俺達に、いつの間にか追いついていた。

 

「ガイア、戦わないのか?」

 

「元G級ハンターと言えど、あんな化け物と真正面から戦えるか! 一瞬でひき肉にされるぜ!?」

 

「ああ、異世界でもゲームみたいにはならないのか…」

 

 異世界の狩人もモンスターとの正面戦闘は基本やらないらしい。するとしても、戦闘経験の少ない若い個体が相手の時だけとのことだ。そういう個体はその種に特有の動きをする場合が圧倒的に多く、攻撃パターンが読みやすいかららしい。それでも攻撃を喰らい、それが致命傷となるハンターも少なくないらしいが。

 ちなみに強い個体の条件は、肉体的な強度は元よりハンターとの読み合いに勝てたり、罠を見抜いたりする個体だそうだ。やはり賢さは力に勝るらしい。

 

「で、俺達は何をすべきなんだ? このままずっと逃げ続けるのか?」

 

「やつが追うのを諦めなかったら討伐するしかねえ! しくじった斥候が落とし穴を設置しているはずだ! そこまで誘引する!」

 

「こんな短い時間にアレがハマる大きさの落とし穴なんて掘れるのか!?」

 

「そういえばお前は異世界人だったな。掘れるさ! こいつがあればな!」

 

 そう言ってガイアは背嚢から2Lペットボトル大の道具を出して見せた。スチームパンク風な見た目の道具の側面には「落とし穴」を意味する異世界語が書かれている。何やら凄そうな雰囲気だ。

 

「こいつは地面に置くだけで巨大な落とし穴を作れるアイテムだ! 地面に置くだけ…と言ったら簡単そうに聞こえるが、そんな易しい代物じゃねえ。

 ここみたいに木の根が多い場所では十分に機能しねえから、障害物の少ない柔らかい地面を探し出して設置する必要がある」

 

 なんだその超技術の塊は…と聞いてて思ったが、彼がそう言うのなら間違いないのだろう。話を聞く限り、この世界の技術発展度はチグハグだ。なんせ、地球で言う古代〜近代レベルにバラついた技術が主なのに対し、一部は現代並、極一部はオーパーツとでも呼称すべき超技術がまかり通っている世界である。とことん異世界だ。

 ただまあ、向こうからしたら日本も「とことん異世界」なのだろう。惑星の裏側の人間とリアルタイムで会話できる光る小さな箱。地揺れに何度も耐える超高層建築物。何トンもの荷物を高速空輸可能な飛行船。どれもこれも超技術の塊だ。なのに、こんなに便利な落とし穴製造器がないと来た。チグハグだ。

 

 そうしているうちにもグラビモスは正気を取り戻し、大木のような脚部で大地を蹴り出した。爆発でも起きたかのような量の土が宙に放り出され、生い茂る林の木々が次々となぎ倒される。それらの木はどう見ても、こちらの方向へと倒れているようであった。

 

「あのグラビ、俺達を追ってきてないか…?」

 

「そうっぽいな! ほうら走れ走れ!!」

 

 ──最悪だ!! 入隊してからかれこれ何年も経つが、最悪の事態は常に胸の内にあった。だがこんな事態(モンスターに追われる)は想定していない!! 

 

 もはや冷や汗が垂れるどころの話ではない。これほどの距離を全力疾走したのはいつぶりだろうか。つい最近のようでもあるし、遠い過去のような気もする。

 

 背中をドンと押された感触はハッキリと覚えている。気付いたら前を走っていた近衛兵らしき3人がいなくなっており、後ろを走るガイアが「やめろ」とか「戻れ」を意味する単語を叫んでいた。

 

 だが今はもう、何かを感じる余裕さえない。

 

 

 酸素が不足し口から吐く息が苦い。心臓が破裂しそうだ。

 

 

 視野は狭くなり、何も考えられなくなる。

 

 

 

 正面以外にどこも見れない。

 

 

 

 

 もはや走っているのかすら分からない。

 

 

 

 

 

 地響きがすぐ後ろで──────

 

 

 

 

 

「間に合った! そのまま突っ走れ!」

 

 離れつつあった意識を虚空から引き戻したのは、木の上に立つ女性であった。彼女の顔は見覚えがある。筆頭ハンター隊の1人だ。

 ということは…と思い、すでに感覚のない足の下の地面を見ると、そこには大地ではなく薄い布が敷かれてあった。網目が非常に細かい半透明な布だ。

 

 これがこの世界の〝落とし穴〟か! 

 

 …と感激したのも束の間、軽自動車がスッポリと入りそうな程度の小さな穴はすぐさま視界から消え去り、次にやって来た感情は〝不安〟であった。

 

「あんな小さな穴にグラビモスがハマるのか!?」

 

 後ろにいるガイアに向かってそう叫んだ。そのさらに奥にはグラビモスの恐ろしい顔が見えており、不安は絶望へと切り替わる。しかし、彼はすでに勝ちを確信していたらしい。

 

「まあ見てなって」

 

 追われる対象と同様に全力疾走をしていたグラビモス。その右足のみがスッポリと穴に落ち、巨大な岩石の体が地面を擦る。鉄骨が折れるとも形容できる鈍い音と共に、グラビモスは金切り声を一帯に木霊させた。

 

「…ああ! なるほど! 走ってる時に片足だけ深い穴に突っ込ませて…足を折ったのか! なるほど! これならもう追って来れない!」

 

「──それだけじゃないぜ?」

 

 木から吊るされた複数の樽がグラビモスに直撃し、直後に大爆発を引き起こした。噂のタル爆弾だ! すげぇ! 

 

()()は古来、悠久の時からハンターの狩り庭。先の狩人達が遺した物品、設備が至る所に存在するフィールドだ。ちと火薬が湿気てたっぽいが、大タル爆弾G…。なかなかの威力だ」

 

 ガイアも決めゼリフが決まってご満悦の様子だ。

 

「ああ…、すげーよ。ハンターってのは…」

 

 大剣、鎧を含めて300キロ以上もある装備で以て怪獣の頭部を殴りつけ、ドンピシャの位置に絶妙な大きさの落とし穴を掘り、目標が倒れる場所さえも完璧に把握していた。筆頭ハンターという全ハンターの頂点に君臨する彼らの勇猛さ、経験値、知略の全てを存分に見せつけられた。

 

 これが〝モンスターハンター〟…!! 

 

 思わず身震いをしてしまう。ああ、もう何で日本に生まれてしまったんだろう。出来ることならば、この世界に生まれ落ちたかった。そして俺も彼らのようなモンスターハンターになりたかった。今の俺は、大リーガーのプレイを間近に見た少年だ。

 

「転職……。考えようかな」

 

「おいバカ、それはオススメできないぜ。それで命ごと破産したやつはごまんといるんだ」

 

「もちろん冗談だ。冗談だけどまあ、もし機会があるなら…?」

 

「やめろ…。絶対にやめとけ…」

 

 ──そんな風に冗談を飛ばして笑ったのも束の間。俺はこれから起きる出来事でこの世界の厳しさを思い知ることになった。死をもたらす存在が身近でない国で生きてきた俺達は、この世界ではぬるま湯に浸かる赤ん坊に等しい。俺は、フェンス外で目を輝かせる少年のままでよかった。

 

「おい、様子が変だぞ…」

 

 息絶えたように思われたグラビモスから、地を這うように黒い煙が漂う。

 

 それは、世界が大きく変わる狼煙だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。