川神はそんな貴方をほっとけない! (天間@緑茶)
しおりを挟む

1話

アットノベルス様からの転載です。



ドイツ北部、ドイツでも350万の人口を誇るベルリン。そこには過去の大戦の傷を残す人々が今なお暮らしている。そんな過去の傷跡を観るために一人の少女が訪れていた。

 

 髪は紅く長い、片目に眼帯を付け猛犬の瞳をした少女マルギッテ・エーベルバッハ。12歳で国のために貢献することに生涯を誓った若き獅子である。その才はドイツ軍の英雄フリードリッヒ中将に認められるほどだ。

 

 自分はドイツの力になるためにドイツの悲劇を自身の目で体で知らなければならない。そう思った少女はベルリンを見に行った。さらにマルギッテは一人である。これは四年後には入隊を決めている自分が自立しないで、これから先どの様して戦場に出るつもりであるのか。列車に乗り継ぎ、リューベックにあるフリードリヒ家から訪れた。

 

 ベルリンの壁崩壊から既に十一年、市街の治安も安定し十二歳の天才にとって危険なことは余程の事件でもない限り何一つとしてなかった。ベルリン駐屯地司令部に挨拶し辺り一帯の散策する。

 

 歩いた先で今はなき境界線にたどり着いた。境界線から外に一歩踏み出し壁の外から市内を覗く。

 

「このような些細なことすら叶わなかったのですね‥‥‥」

 

 マルギッテは市内に戻りテラスのある喫茶店で食事をとる。

 

「‥‥‥」

 

 咀嚼をしていると一つの視線を感じる。まるで獲物を物色するような視線だ。

 

 この私を狩る?外見に惑わされ力もわからないか。いいでしょう、野ウサギめ狩ってやる。

 

「Hasen jagd!」

 

 席を立ち上がり獲物のいる方向に視線を向ける。

 

 しかし先ほど感じた獲物の気配をもう感じることができなかった。

 

「逃げた? この私から?」

 

 相当の手練だったのか? もしくは軍からの監視か? いやそれはありえない既に軍の監視下に置かれている自分を更に監視する理由が見当たらない。もしくは誘拐か?

 

「わからない……」

 

 結局マルギッテは観光と見学を兼ねた遠征を終え駐屯地に戻る。

 

 しかしその時にまた視線を感じる。駐屯地に入る時だ。

 

「また――――」

 

 しかし今度は一瞬で逃走に入る。

 

「っ! 速い!」

 

 追跡に入る前に逃げられる。なかなかの早足であった。

 

 それからマルギッテは周囲を警戒しいつでも戦闘態勢に入れるようにしたがそれ以降マルギッテを監視する視線はなかった。

 

 

 翌々日、事件が起きた。事件といっても大きな物ではない。場所によっては少なく無い軽犯罪だ。

 

 路地裏から響く声。

 

「泥棒だー!」

 

 いち早く声の元へ駆けつける。そしてさらに盗まれた男性を抜き去り犯人を追う。

 

 追いかける内に気がつく。こいつは最近逃げられた獲物であると。入り組んだ街で気配がする方へ駆ける。マルギッテの方が速いので捕まえるのも時間の問題であった。

 

 追い詰められる前に犯人は気配を消し隠れる。

 

「気配が消えた……しかし、それだけで見逃すほど私は甘くない」

 

 猛犬の嗅覚をつかう、と言っても戦士としての感であるが。

 

「そこだ!」

 

 マルギッテは反撃の余地をなくす為に蹴りをいれる。攻撃を加えられた物は家庭で倉庫代はりに使われる木箱だ。とても中まで衝撃が通るものではないが、マルギッテの蹴りは木箱を弾き飛ばした。

 

「っぐ」

 

 中からは犯人である少年が飛び出してきた。

 

「こ、子供」

 

 マルギッテは動揺する。まさか中にいるのが自分よりも幼い子供だとは想像していなかったのだ。

 

 その一瞬を見逃さず逃走をはかる少年。

 

「逃がすか!」

 

 マルギッテは少年めがけて飛びかかり上乗りになる。体格差でもマルギッテの方が上であり力も勝る。少年が逃げられるはずもなかった。

 

「離せ!離せぇーー!」

 

 藻掻く少年の力は通じずに固められる。

 

「暴れるな!」

 

 諭すように言うが暴れるのをやめない。

 

「ええい!」

 

 このままだと関節が外れかけないと思ったマルギッテは少年を絞め落とす。

 

「ぐ、ぅ…」

 

「警察に突き出すしかないか」

 

 少年を背に乗せ荷物を持つ。盗まれたものを男性に返さねばならない。

 

 通りに戻ると男性が警官と話していた。

 

「すまない」

 

 マルギッテが警官と被害者の男性の会話に割り込む。

 

「荷物を取り返したのでお返ししたい」

 

「あ、犯人追っかけた嬢ちゃん! 荷物取り返してくれたのか」

 

「はい、お返しします」

 

 荷物を受け取ると中身を確認する男性。

 

「よかった中身は無事か。 こいつが盗んだガキか?」

 

「はい、まだ子供ですがすごい足でした」

 

「は?ん」

 

 見定めるように少年を見つめると男性は腕を振り上げる。

 

「こいつめェ!」

 

 マルギッテの背にいる少年の頭部を目掛け腕を振り下ろす。

 

「何をする!」

 

 マルギッテは体を旋回させ拳を交わさせる。

 

「やめなさい!」

 

 警察も急にとった男の行動に反応できなかったが、男性が明らかに興奮すしているのに気づき抑えに入る。

 

「ふざけんな! こいつのおかげで全財産がパーになるところだったんだぞ!」

 

「後は我々に任せてください。 暴力をふるってしまったら我々も黙って見るわけにはいけません!」

 

 抑えながら諭す警察官。

 

「さぁ、少年をこっちに」

 

 言いながら背に乗っている少年を抱える。

 

「よろしくお願いします」

 

 受け渡したマルギッテはその場を後にする。

 

「しかし速かったな、それになかなか良い反射神経をしていた。 鍛えれば将来立派な軍人になれるだろう」

 

 

 

 翌日、昨日の件で少年を気になったマルギッテは警察署に訪れる。

 

「何? 留置所にいるんですか?」

 

「ああ、親御さんと連絡が取れない上に逃げようと暴れるのでね。 大の大人四人がかりでやっと抑えたよ」

 

「ああ、あれは中々手ごわかったですね」

 

「手ごわいなんてもんじゃないよ、聞けば一年以上あんな生活を続けてるそうじゃないですか」

 

「本人がそう言ったんですか」

 

「いや、しかし他の物が言うには未解決になっている盗難事件がほとんど彼の仕業らしので」

 

「私が捕まえるまで一度も捕まらなかったのですか……」

 

 警察のレベルの低さに危機感を覚える。

 

「面会してもいいですか?」

 

「そうだね、大人はあまり信用されてないようだし君ぐらいの子供が聞いてくれるのは助かるんだけど」

 

「自分はフリードリヒ家と繋がりがある人間です。確認さえ取れれば問題ないでしょう」

 

「そうんですか! あの中将閣下の…」

 

「はい、彼はこんな暮らしをせず軍に入れるような才能があります! 私が説得しましょう!」

 

「ではすぐ案内します」

 

 そう言うと留置所に案内された。

 

 マルギッテが牢の中を覗くとその年の子供ができない鋭い目をしていた。

 

「どうしたそんな目をして?」

 

「出せ死ねクソ」

 

「貴様、親はどうした?」

 

「知るか、死んだんだろどうせ」

 

「いないのか」

 

「居なくなった」

 

「なら軍人を目指さないか、この国を守るために」

 

「やだ、他人は嫌いだ」

 

「やだではない、やるんだ。この世界を平和にするために戦うんだ」

 

「……意味わかんね」

 

「私も頼んでみる。貴様がこんな暮らしをせずに済むように」

 

「誰に頼むんだよ」

 

「父上と中将閣下にだ」

 

「中将ってあの?」

 

「そうだ貴様が自身の有能さを見せつければ将来立派な軍人になれる」

 

「なりたくない」

 

「なるのだ!いつまでもこのような暮らしをする訳にはいけないだろう」

 

「……関係ないだろ」

 

「関係ある!今の貴様はこのドイツを脅かす犯罪者だ!そしてそれを正すのが私の夢だ!」

 

「……知らないよ」

 

「明日には釈放されるだろう。気持ちを入れ替えておけ」

 

 言いたいことだけ言うとマルギッテは牢を後にする。

 

「何なんだよ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話

 ドイツのリューベック市内にあるフリードリヒ邸に今少年はいる。マルギッテが推薦したため早くも中将に顔を出すことになった。

 

「名前はライン、8歳でクリスお嬢様と同学年であります」

 

「そうか――――」

 

「彼には才能があります、是非とも私と同じくドイツのために中将の元で訓練をしたいと思います」

 

「それはいいのだが、彼は了承しているのかね?」

 

「いえ、しかしあの才を施設に置き腐らせるのは勿体ないので……」

 

「ご両親は見つからないのかね?」

 

「どうやら孤児で1年以上一人で過ごしていたようで」

 

「怖いものだな。政府の目が届かぬ場所で生き続けるとは」

 

少年の異常さをある意味評価する中将であるが、マルギッテにとっては衝撃的な出来事であった。

 

「褒められるような生活ではないですが」

 

「しかし保護者はどうするのだい? 流石に孤児に我が家の名を与える訳にもいかない。君は成人もしていない。ではご両親はなんと?」

 

「まだ正式に許可はもらっていませんが、何とか軍の宿舎で暮らせる様にしていただけませんか?可能ならば内の養子に迎えたいのですが……」

 

 希望が現実的でないことを理解しているマルギッテであるが、子供の人生には親は必要である。自身の親のプライドから名家でもない限り養子は取らないであろう。自身もフリードリヒ家に連なる者になる。すぐにではないが兵役次第自身が保護者の代わりとなれば問題ないと考える。

 

「本人も学校に行くぐらいならば訓練の方がマシというもので、見学を兼ねて体験させてください」

 

「そうか、では軍の方に席を用意しよう。少年の事はいいとして、君は本当にいいのかね? 君の年頃らならば、まだまだ遊んでいてもいいのだよ」

 

 中将の言葉は若くして軍人とし生きるしかできないでいる少女に対する嘆きとも言えるものだ。マルギッテは若い。若いどころではなく、幼いとすら言えるだろう。成長期まっただ中の体は成人女性と比べても遜色なく。訓練からなる筋肉でか弱さも見て取ることはできない。加えて頭もいい既に中等部の過程を終えようとしている。

 

「その為に飛び級までしたのですから」

 

「学校を卒業すれば大人と呼べるものではないのだよ」

 

「理解しています。しかし実践は早くても訓練や演習には参加できるでしょう」

 

「能力の問題ではない、それだけならば君は凡人から遥かに抜きん出ている。寧ろ倫理や道徳的な問題だよ」

 

「承知しています。それでも尚、より大事な物があると私は思います」

 

「……ベルリンでの出来事……いや、責任感からか、君の想いはより強固な物となったのだな」

 

「はい!」

 

「いいだろう、仕方がないと言うべきか少年の教育も君に一任される事にする。大いに励みたまえ」

 

 少年に合わせれば、多少は子供らしくいる事ができるだろう。

 

「無論です」

 

 

 

 

 

「しぬ?、しんじゃう?」

 

「ならば死になさいライン!死して尚足掻きなさい!」

 

 あらから数週間、満足な食事と寝床を手に入れ日々の生活に費やしていた時間は訓練に当てていた。ランニングから始まり筋トレ、ほふく前進、無線、擬態での逃走、狙撃手の重音からの一特定など時間を掛け感覚で養うものを主にやらされる日々。銃や爆発物は反動や判断を子供にやらせるのは大変危険であると判断され触ることすら叶わない。しかし種類や名前、癖などは教えられる。色々な事柄に興味が示される年頃には毒以外のなんでもなかった。

 

「しんだら、お、おわりでしょ」

 

「死にながらも続けなさい!それがあなたの力になります。 さあ、後30です」

 

「腕が折れる」

 

 幼い体をイジメる筋トレ。それがどんなに辛いことかマルギッテも理解している。それでも強くなり自身を守りこの国を守る力を付け、それを正しいことに使ってもらいたい。そんな想いは唯の親御心だ、伝わることもない。

 

「耐えなさい。今日はそれで終わりです」

 

「お、終わり? 何で? まだお昼だよ?」

 

 現金なものでラストなどわかると明らかにペースが上がっている。その姿に頬笑みながらも理由を答える。

 

「お嬢様が遊びに来られるのです」

 

「198、199、200! っは?、あれでしょ中将閣下の娘の」

 

「そうです、クリスお嬢様です。最近は忙しいもので中々お会いする時間もなかったのですが」

 

「おれの性って言いたいの?」

 

 半ば強制的にやらせといて酷いと感じるライン。

 

「そうではありませんが……」

 

 少しバツの悪い顔つきになるマルギッテである。

 

「まあ、午後は自由時間でいいの? いいんだよね?」

 

 グイグイと近寄るラインであるが身長差から見上げる形になる。

 

「ダメです。 あなたにも付いてきてもらいます」

 

 ちょうど近づいてきたラインを羽交い絞めにして持ち上げる。

 

「離せ! 逃げないから離せ!」

 

「ダメです。 以前街に出たときの手癖忘れてはいませんからね」

 

「しない、絶対しないから! ね、反省してるから下ろして」

 

「高いところが怖いのですか? なら、肩車をしてあげましょう。 お嬢様のお墨付きです」

 

 自信アリげに応えるが、そういう話ではない。

 

「違う恥ずい、しね! しね?!」

 

「さて、屋内に戻りましょう」

 

 駆け出すマルギッテ、その速さは全力といっても過言ではなくいつ転んでもおかしくはない。

 

「危ないコケるから走んないで?」

 

「甘く見ないでください。 私はこの状態でも十人は相手にしも勝てます」

 

 マルギッテならば可能であろうがその姿を悔しげに見ている少女の姿が見える。

 

「見てる! お嬢様見てる! やめて!」

 

 逃げ道の見つかったラインは必死に抗議する。それに対しマルギッテは普段より遅い反応で応える。

 

「お、お嬢様!? いらしてたのですか」

 

「むぅ?」

 

 余程夢中になっていたのであろう。マルギッテは基本的に面倒見がよく子供も好きである。ラインに注目していたので気づくのに遅れたのである。

 

「誰なんだ、その子」

 

「誰と言われましても……」

 

 クリスの心情を感じ取ったマルギッテは真実を言うこともできず、かと言って性格的にクリス相手に嘘を言うこともできない。

 

「そ、その」

 

 戸惑うマルギッテのかわり言うライン。

 

「保護者」

 

「ほごしゃ?とは何なのだ??」

 

 使い慣れない言葉に理解が及ばないクリス。

 

「保護者はアレだ、お母さんの代わり」

 

「マルさんはお母さんになったのだな!? すごい!」

 

「いえ、そうとも言えますが……そうですね、なので今日はラインも連れて行ってもよろしいですか?」

 

「ラインと言うのか、いいぞ!マルさんの子供なら私のお友達だ!」

 

 ものすごい信頼をマルギッテに寄せるクリスであるが、別にラインでなくとも誰とでも言いそうな事だ。

 

「何をして遊ぶのだ?」

 

「そうですね……買い物にでも行きましょうか。 ラインも行きたいようですし」

 

「いいけど、おれゲーセンで遊ぶよ」

 

「軟弱な、もっとテニスやバスケなどしなさい」

 

「毎日訓練するから疲れたくないの、それにゲーセンなら銃とか使えるし。はぁ?日本に行きたい」

 

 まだ一回しか行ったことはないが、得意げに語る。

 

「日本?ドイツなのか?」

 

「ドイツじゃないよ外国」

 

「おお、そうだった」

 

「日本はゲームにすごく力入れてるからえアメリカンなのよりキャラがかっこいい」

 

「ライン、そんな事にパソコンを使っているのか」

 

「あ」

 

「はぁ、ほどほどにしなさい」

 

 あまりキツくいうのも良くないと、賛成はできないが反対もできない。

 

「では、行きましょうか」

 

「は?い」「はーい」 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話

「シミュレータ?」

 

「はい!演習許可を下さい!」

 

 マルギッテと自分の総合的監督役のアルミン大尉に戦闘機シュミレータの許可をもらいにいくラインは1年が経ち10歳近くになっていた。

 

「ラインはマルギッテにつられて中将の屋敷にいってるだろ?借りられないのか?」

 

「あるんだ、知らなかった」

 

 そりゃ中将だもんね、何でもあるよな?と屋敷の風景を頭に浮かべる。人家族が住むには大きすぎるただ住まい、外観は城のようで中はシャンデリアの輝きが広間を照らす。ここ一年で何度か招かれクリスの友人として多少は信用されてはいるが、明らかに家長からの視線が鋭い。ラインは度々その眼光に萎縮してしまうが、自身の立場を顧みれば萎縮しない方が無理というもの。

 

「あんまり行きたくないな……」

 

 それは本音である。マルギッテに連れられ強制的に行くことはあっても、わざわざ自分から訪ねるなど出来るはずもない。

 

「しかしな?自分の管轄からは外れるから後で部署の奴らに頼んでみるよ」

 

「ありがとうございます」

 

 頭を下げるライン。結果として使えない事も無いのは別にラインが子供だから甘やかされているわけでも、マルギッテのおまけだからでもない。単にラインが優秀であるがためである。なぜならば現時点でラインの実力は新兵のそれを超えるほどで訓練ではまず遅れを取ることがない。しかしこれはこの世界の基準では異常と評されることはない。褒められこそすれ貶されることもないく、マルギッテと言う前例もあるため特に問題もなく済んでいる。

 マルギッテ本人といえばここ最近は突出しすぎている。普段は生真面目で例意義正しい態度であるが、事戦闘になると豹変しまるで獰猛な狼のようだ。銃口を向けられても怯みもせずに身体を僅かに逸らすだけで射線から逃れ瞬く間にトンファーで蹂躙していく姿は、現代の戦争技術ではなく中世の戦争で野を駆ける戦士そのものだ。銃や爆弾が効くのかすら怪しいものである。

 

「――――これでいい成績が出れば陸軍ともオサラバだ!」

 

 ラインはというと陸軍に所属しているマルギッテに付き一陸兵として訓練に励んでいるが、あの泥臭さと空軍の爽快さを比べると普段土に塗れる生活に明るい色が消える。射撃戦は楽しいし狙撃は楽だが、いかんせん何故か肉弾戦が重視されるこのフリードリヒ中将指揮下の下ではラインの体格は合わなかった。

 

「マルギッテには悪いけど俺は細剣やトンファーよりコントローラが握りたい」

 

 自身の武器にコントローラを選ぶあたり現代っ子精神が垣間見える。しかしラインは気づいていないパイロットになるには多くの専門知識が必要不可欠なのだ。のちのち操作の複雑さよりも専門知識の習得に苦労するのは学業を収めていない少年にとって必然の事柄であった。

 

 食事を撮り終えたあと自分より大人のむさ苦しいおっさん共に何時ものように誂われ半ば逃げるように部屋に戻る。PCの電源を入れオンラインゲームに行事る最中に部屋のドアが破られる。開けてもらえずに破られるドアは破った者の怒りを表していた。

 

「やはり居たのですか……あれほど鍵をかけるなと言ったものを……それにまたゲームですか!」

 

「せ、セーブさせて」

 

 耳にヘッドホンをして呼び出しが聞こえなかったと推測したラインは大きな焦りを覚える。

 

「いえ、それはまぁいいでしょう何時もの事です。 しかし!アルミン大尉に言ったそうじゃないですか!戦闘機に乗りたいそうですね!」

 

 アルミン大尉のバカ野郎と嘆くがそれだけでここまで怒りを顕にするマルギッテではない。それはアルミンの普段のラインの態度から陸軍が嫌なのだと分かってしまったからである。それは憶測としか言えないく、普段ラインといるマルギッテには感じ取れなかったものであるが、歳の分だけ多くの経験をしたアルミンの観察力は確かである。 

 

 その話を聞かされたマルギッテは自身がそれに気づけなく他人から知らされる事でラインに対する怒りと悲しみがこみ上げ一枚のドアに悲劇が訪れた。きっと怒りよりも悲しみの方が大きいであろう。それは責任感が強い少女にとって衝撃的なものである。

 

「軍に入って後悔していますか?」

 

 途端にさっきまでの怒りが嘘のように消え去り小さな声で疑問を口にする。

 

「私はあなたに無理をさせていたのかもしれませんね」

 

「え、ああ、うん、そうだけど……」

 

 言っている事は間違っていないのだが、どうにも的を得ない質問にどう答えたらいいかわからないライン。

 

「今まで辛かったですか?」

 

 泣きそうに成りながら言うマルギッテにアルミンがどの様に伝えたのか疑問に思うラインに後であの男にお礼をしなければならないと決心する。

 

「ツライっちゃ、ツラいけど……何か勘違いしてる」

 

「……勘違い?」

 

 ラインの態度に気がついたマルギッテは自身が早とちりしていたと気づく。

 

「いや、陸軍がやめたくなるのはホントだけど」

 

 そう言うとまた悲しくなるマルギッテ。

 

「だいじょうぶだから! やめないから! ツラくないから!」

 

 言ってる事があやふやなラインにマルギッテも冷静になる。

 

「つまりどういうことでしょう?」

 

「だから、マルギッテの思ってるほどおれはツラい思いなんてしてないの!ただ陸軍より空軍の方が楽そうなだけ!」

 

 唯々本音をぶちまけるラインの物言いにいい加減マルギッテも気づく。

 

「ということは怠いから楽そうな空軍に行きたいだけと?」

 

「そうそう!」

 

 訓練以外は優しいマルギッテを気遣うが怠けたいという軟弱な精神を曝け出しているだけの情けない話である。

 

「いい根性してますね、明日は一日中私の相手をしてもらいましょう」

 

 今まで何度も経験してきた地獄が明日確実に来るという恐怖にラインは冷や汗をかく。

 

「か、かんべんして……」

 

「どうせなら、あなたが空軍に行くまで毎日にしましょう。 名案ですね」

 

 勝手に決め勝手に納得する相手は手ごわい。ラインは自身の死を確信した。

 

「りょ、りょ」

 

「りょ?」

 

 それは苦肉の策。しかし化物に付き合わされるより遥かにマシと言える回答を叩きだす。

 

「両方がんばります!」

 

 軍人としてなめくさった意見であるが、このフリードリヒ中将の下では不可能ではない。なぜならどちらも混在する異形な軍なのだ。さらに中将はそれを私情で使う危険極まりない男。陸空両方に精通しても困るどころか助かる。

 

「それは立派なものです! いいでしょうならば明日だけで勘弁しましょう」

 

 アルミンに復讐を誓うラインであった。

 

 

 

 

 翌々日、地獄を生き残った者に別の地獄に送り込まれた者がいた。

 

「ち、畜生!だれだ俺が風俗いったのマリナに言った奴!」

 

 女性官に白い目を向けられる男はどこかの大尉だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話

 評定平均A、それは試験から得られたラインの適正であった。筆記の試験ではなく適正試験なので平衡感覚、視力、感覚、気圧の変化、遠心力。様々な検査があり全てに問題がない。これには誰もが頭を抱えてしまった。適性がなければ資格なしと訓練すら受けられないものだが、これでは断ることもできない。実際を想定したシュミレータはGが掛かるが、適性検査の試験機はそれではなくゲームのようなものだ。マルギッテなどの武人を相手にしても生き残るラインにとって、1F間の入力すら当然の世界なのだ。操作は一時間もしないうちに慣れ、加えて反射神経と感を組み合わせれば撃墜などされるはずもない。機体に損傷すら見られない。

 

「おもしれ?」

 

 人を殺す機械だとしても浮かべる感想は単純だ。リアリティのあるゲームでしかない。

 

「洒落になんねーぞこれ」

 

 結果を見て驚きを隠せない空兵2人の反応に困るライン。

 

「五機相手に無傷で撃墜とかエース級だぞ」

 

「え?でもBOTだよ? 対人で二対一の方が強いから」

 

 飽く迄もゲームで例えるラインのすごさは、AIの強さの限界を考えても異常である。

 

「確かにBOTの限界はあるし、人間がやるコンビネーションに比べたら大したことないけど……」

 

「だよね!」

 

「だがゲームと違ってミサイルの誘導から逃げるなんて……」

 

「試しに誘導最高設定にしてみるか?」

 

 ふざけ半分で言う管理PCを動かしているマッチョ男にもう一人の若い空兵は難易度の酷さに大人気ないと思っていたが。

 

「まぁ、試しにやってみますか。いっちょ死んでこい坊主」

 

 その理不尽さは誰も一度体験するもので落なかった物は誰ひとりいない。

 

「いいよいいよ! BOTなら十体相手でも勝てるよ!」

 

「その余裕も今のうちだ! オラ、席付け!」

 

 ニヤニヤとにやけるマッチョ男になめんなよと意気込むラインは余裕の顔つきである。

 

「準備完了です」

 

「おっしゃ! 飛べ!」

 

 ドーム状のコックピットは楕円の形をしており、起動すると視界全体が空模様になる。呼吸を確保するマスクをしていなくヘルメットもつけていないので首回りは大変いい。下と真後ろ以外の全てを肉眼で視認することができる。重力は常に下方向なのに視界が回転するのは本機に乗る空兵からすれば違和感しかないが、ラインにとっては遣りやすいに尽きる。

 

「何だ? さっきよりちょっといい動きするだけじゃん!」

 

 一対一のドックファイト状態でありどちらが穴を取るかの勝負となる。余裕綽々で穴に回ろうとする。BOTも必死にロックから逃れようとする。最大速度は向こうの方が速いようで少しでも速度を落とせばロックから外れるぐらいの機体差がある。

 

「速っ! でも捉えた!」

 

 外れる前にミサイルを放つ。放たれたミサイルは前方の機体と同じ軌道をとり、着弾まで僅かの距離に接近する。

 しかし、BOTが下降した途端にありえないくらい速度が落ちる。ミサイルは標的と同じ軌道をっていたが、あまりの減速にそのまま通り過ぎてしまう。ラインの機体もまさか避けるとは思いもしなかったので、自身もBOTの上方から抜き去る。

 

「うそでしょ! スペック差ってそこまで無いはずなのに……」

 

 BOTのテクニックが着弾寸前まで引きつけて避けるものだとすると長距離ミサイルは通用しないに等しい。果たしてこの状態で何をするべきか考えるが、やはり近距離射撃で理想を言えばすれ違いざまを狙わねばならない。

 

「激ムズ! っと反撃は!」

 

 似たように対処すればいい、と自身も同じ事が可能であるが故に無傷で勝利をもたらしてきた。

 

 放たれたミサイルは4本、撃墜するには1本でも十分なので戦力過剰だ。しかし4本ともなるとギリギリで躱すことは叶わない。1秒もしない内に迫り来るミサイルを交わさなければならない。ラインは機体を傾け回転させながら迫るミサイルを回避する。

 

「よっしゃ!」

 

 完全に避け切ったと安心したラインは反撃のためBOTにロックを移そうとした。だがここでアラートが鳴る。

 

「むりむりむり?」

 

 避けたミサイルが弧を描いて旋回すると、標的を変えずそのまま突っ込んでくる。

 

「だっーーーー!」

 

 またも同じ方法で避けるが何度も向かってくる無限動力ミサイル。

 必死に避ける中、忘れかけてたBOT本機が再度ミサイルを放つ。

 

「っぁぁああ! くそ!」

 

 四方八方囲まれたライン機は撃墜を余儀なくっされる。

 ドン!どいう重低音と揺れながら赤く染まる画面にGAMEOVERを悟る。

 

「な! 絶対無理だろ?」

 

 からかい、茶化すマッチョな空兵に愚痴るしかできない。

 

「無理ゲーだよ、あんなの」

 

「だよなー、一回はよけれるけど二回目でボンッだもん俺は」

 

 と若い空兵は言う。

 

「今までで最高は2発撃破したマイル少佐ぐらいなもんさ」

 

「だれだよ! と言うか発って何だよ!」

 

「何って、そりゃミサイルだろ」

 

 誰もBOTを落としていない事実に興奮するライン。それはレコードを塗り替えるのだ趣味のラインにとって、一番になる不可能ではないと証明された事である。

 

「今日ずっとやってもいい?」

 

 前のめりで質問するラインに空兵たちは面倒くさそうな顔をする。

 

「ずっとてお前、後半日もやる気か!?」

 

「いらん玩具を与えちまったみたいだな?。 よしわかった! 管理機をいじらないなら使っていて構わんぞ」

 

 目を輝かせるライン。

 

「本当!? 絶対!? 嘘つかない!?」

 

「ああいいぞ。 さてそろそろ昼だ、飯食い行くぞ?」

 

「聞いてないみたいです」

 

 早速再挑戦するラインに空兵たちも呆れる。

 

「ガキか! いいから行くぞ」

 

「はい」

 

 独りシュミレータにこもり永遠と遊ぶ姿は家でゲームしかしない典型的な子供であった。

 

「………」

 

 無言になり集中し。

 

「だ?、むりだ?」

 

 独り言で気分転換する。

 二時間かけてもミサイル一本が限界であった。

 

「ミサイルが避ける……どこのGNビットだよ」

 

 責めて背部にマシンガンでもあれば打ち落とせるが、現代戦闘機にそんな物は求められていない。

 

 何時間もった頃。

 

「おーいまだヤってんのか???」

 

「今いいとこ?」

 

「そろそろ夕飯だ?戻ってこいよ?」

 

 返事は帰って来るので倒れてる訳ではないと確認した空兵は伝言だけ残すと自身の自由時間を満喫していく。

 

「よし……」

 

 更に一時間経つとマルギッテがやって来た。強制的にシュミレータのドアを開きラインを引きずり出す。

 

「夕食も食べて無いそうじゃないですか! ほら行きますよ」

 

「ぁあ??まだ殺れるのに??」

 

「いい加減にしなさい!」

 

 叱りつけるがてんで反省しない。

 

「いいじゃん、訓練だよ。く・ん・れ・ん!」

 

「あなたにっとてはゲームと同じです! それに私との訓練はこんなに長くやってい無いでないですか!」

 

「そうだけど……」

 

「いいから食堂に行きますよ」

 

 担がれながら渋々応じる。

 

「まだ倒してないのに……てか、あのマッチョと細いの誰だよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、居なくなったら連絡しろよまったく!」

 

 夜間、片付けに来たマッチョ男が愚痴をこぼしながらPCをシャットダウンすると。

 

「ん? 何で敵機が二体になってんだ?」

 

 設定が変更されている事に気づくとわなわなと席に着く。HDDに残るリプレイ動画の履歴を確認すると大量の履歴が残っている。一人でこれほど量があの時間で残るのは物理的にありえないが良く見ると動画時間が短いものがいくつもある。興味深いそれは無心にクリックを促せる。

 見ていくとマッチョの顔色が驚愕の色に染まる。

 

「嘘だろ……」

 

 一つ見終えるとほかの短いのも確認していく。そして最新の履歴に手を伸ばす。

 映像では2対1で片方撃墜した後、もう片方にロックを掛け放てば確実に撃墜できるところでニュートラル状態になったコックピットが残っていた。

 

「大変な事になるぞ……」

 

 上に報告せざる得ない成績に驚異を隠せないマッチョ空兵であった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話

ドイツ軍、フリードリヒ中将指揮下のこの軍には当然、中将専用の執務室が存在する。そこに呼び出されたのは先日シュミレータでの結果が報告されたためにラインは中将の前にいる。

 

「行き成りで済まないね」

 

 荘厳な顔つきの男性は年の割にシワが多く、その事からもどれほどの戦場を経験してきたか伺える。

 

「いえ」

 

 机の前で直立を保ち続けなければならない、軍に入って最初に義務付けられられる作法なのだ。加えて現在前にいるのは上司の中でもトップと呼ばれる人だ。

 

「呼び出したのは他でもない、先日の件でね。 君が使ったシュミレータの記録でね、大変な記録が出てしまったのだよ」

 

「大変ですか……」

 

 何か不味い事でもしていたのだろうかと、記憶と照らし合わせても検討も付かない。

 

「ああ、別に問題というものでもないさ。 いや、問題といえばある意味問題だが……」

 

「それなら何なのですか……」

 

「そんなに畏まらなくてもいいのだよ、もっと楽にしてくれ」

 

「はい……」

 

 そう言われ、はいそうですかと言える者は身を弁える事を知らない大馬鹿者であろう。態度に困っているラインを尻目に本題を切り出す。

 

「それでね、君には正式にパイロットの訓練を受けて貰いたいとこちらとしては思っているのだが……どうだろうか?」

 

 言われた事に思考が追いつくのに少し時間がかかる。

 

「いいんですか!」

 

 ライン自身にとっても願ってもない事だが、些か早すぎはしないだろうかと疑問に思う。

 

「こちらの中にも時期尚早であると言う者も居るのだが、君の可能性を考えると早くて悪い事は無い」

 

 しかし、早いというのはかけた時間の事ではない。勿論、ラインの肉体にかかる負担でも、身体的に操縦に不自由するとかでも無い。それはライセンスの取得年齢に達してに無いのだ。法律で定めらている以上それを破ることは許されない。

 

「で、でも免許とかってどうするんですか?」

 

「それは私の方で何とかしてみよう。 直ぐにとはいかないだろうが、近いうちに特例措置で処理してもらう」

 

「そうですか……」

 

 何でも有りな言動に、一体全体何をすれば法律を乗り越える力を得られるのか想像もつかない。言ってしまえばこの世界にいる全ての人は満18歳以上であるので不思議では無い。

 

「安心したまえ、マルギッテに頼まれた通り空陸どちらの訓練にも参加できるよう計らってある」

 

 何も安心できないが、自身が言ったことなので仕方がないと割り切る。

 

「君には期待している。 今日の要件はこれで終わりだ、退出してくれて構わない」

 

「はい、では失礼します」

 

 嬉しいようで、これからのハードな生活を考えると楽観はできなかった。

 

「ああ、待ちたまえ」

 

「な、何ですか」

 

「クリスとはずっといいお友達としてくれ」

 

 優しい声に含まれる本音は誰であっても理解できるであろう。クリスの前でも隠していない事からも隠す気が全く無いのだろう。

 

「はい」

 

 中将を前にすれば頷くしかできないのは、情けないが仕方のない。ラインは年々可愛さを増すクリスへの関心を押し殺しているが、それは苦難でしかなかった。

 

 

 

 執務室を後にするとマルギッテが待っていた。

 

「早かったですね」

 

 問題でも起こったのでは無いかと心配していたが、ラインの様子から安堵する。

 

「来たんだ、別に怒られた訳じゃないよ。 ただパイロット訓練が決まっただけ」

 

「随分早くないですか?」

 

「おれもそう思うよ、でもシュミレータのデータで見られてたみたい」

 

 それを聞き納得するマルギッテ。

 

「なるほど、あれにはリプレイ機能が付いていましたからね」

 

「マルギッテもやったことあるの?」

 

「中将の家で体験しました、私には向かないものでしたが」

 

「へぇ?マルギッテにも苦手なんてあったんだ」

 

 そう侮られると言い返したくなるし、その検討は間違っている。

 

「いいえ、腕は中将にも悪くないと言われましたが、私には機械を介して戦うより、自分の体で直接感じたいですね」

 

 マルギッテの目が狼の様に鋭くなる。

 

「そうだ、ね……じゃあ俺はこれで……」

 

「待ちなさい、これからサバイバル演習があります。 私もあなたもまだまだ慣れていないから受けるべきでしょう」

 

「だってあれ一応自由参加でしょ、今日は非番でいいはず……」

 

「私は参加します」

 

「おれは友達と約束があって……」

 

「なら断りを入れなくては、私も一緒にお詫びを入れてあげます」

 

 友達などいないこともないが、それは全員軍内でしかも10歳以上年上ばかり、軍内では言い訳としても成り立たない。

 

「えーと」

 

 ラインは逃げ道を模索するが相手は更に追い討ちをかける。

 

「それにしてもいつの間に外にお友達が出来たのですか」

 

 喜ばしいと口にするマルギッテだがだんだんと疑問が浮かんでくる。

 

「いや……しかし……今日は平日です、こんな朝から遊ぶということは何か祝日でもあるのですか」

 

「だったらクリスが呼んでくるでしょ」

 

「それもそうですね、っ!?」

 

 何かに感づいた様に表情を一変させる。

 

「ま、まさか悪いお友達ですか!? いけません!? 私はその様な人たちと遊ぶのを許した覚えはありませんよ!」

 

 胸ぐらを掴まれ持ち上げられ足が地面から浮く。

 

「ちょ、いないからそんな友達いないから!」

 

「ならばどんなお友達なのですか、こんな日に遊ぶなど」

 

 本当の事を話すしかなくなる。

 

「ネットのひ――――」

 

「却下です」

 

「ですよね?」

 

 諦めて引きづられ階段までつくと肩に抱えられる。

 

 サバイバル演習のために用意された車に向かう途中で暇そうな連中に声をかけられる。

 

「また、ゲームでもして引っ張られたか?」

 

「毎度毎度よくやるよ」

 

「最近は逃げもしなくなっちまって、情けねえぞ」

 

「そう言ってやるなよお前だってマルギッテ相手に逃げ切る自信あるか?」

 

 小馬鹿にしながら一服している連中にラインは白い目を向ける。

 

「どうした? そんな目して?」

 

 ケラケラと笑い写真に写す。

 

「こいつら暇そうだよ、一緒に連れてこうよ」

 

 マルギッテの服をちょいちょいと引っ張り誘導する。

 

「勘弁してくれよ俺はこれからデート何だよ」

 

「勘弁して欲しいのはこっちだよ、こっちはマルギッテと野外デートになるとこをだ」

 

「それはお気の毒に」

 

「そこはおめでとうって言ってあげるところだろ」

 

「俺もアンディとデートなんだよ」

 

「聞きたく無い!」

 

「行きますよライン」

 

 むさい男談議に飽き飽きしたマルギッテは会話に割り込み急かす。

 

「は?い、じゃあな?」

 

「楽しめよ?」

 

 互いにだらだらと別れを告げる。連中が見えなくなるとマルギッテが口を開く。

 

「ラインは普段はあんな口調なのですか?」

 

 何を思ったのか質問してくる。

 

「え、いつもと変わらないじゃん」

 

 何も変わっていないと言うラインにマルギッテは不満を漏らす。

 

「口調はいつも通りです、しかし少し言葉が下品です」

 

「え?そうかな?」

 

「そうです」

 

 マルギッテは軍にいる男どもは昔からそうであるため何も感じないでいるが、ラインにはあまり下品になって欲しくないのだ。

 

「わかった、今度から気ぃつける……」

 

「そうしなさい」

 

 ハニカんでいるようだが、ラインからは見ることが出来なかった。

 

 

 

 車に積まれると森の木々蔓延る地帯まで車を飛ばす。運転しているのはマルギッテ。まさかの本当に二人のみでのサバイバルである。実際に密林の中には幾つもの班に分かれた部隊がそれぞれ滞在しているが、今回は少人数を想定して行うようで、マルギッテが班を二人のみに限定したのだ。これはベテランに頼らない為の配慮でもあった。

 

「行きますよ」

 

「待ってよ! テントは?」

 

「今回の趣旨には必要がないと言えます」

 

「実戦形式にしすぎだよ! いいから最低限は持っていくね」

 

どこまでも限界を見極めたいのは命を賭ける基準を設けるに繋がるが、高々自主訓練でいらぬ怪我や病気は避けたいのが常人である。マルギッテには当て嵌める事は出来ないが。

 

「仕方がないですね、確かに毒性のある虫や爬虫類に刺されるのは頂けないですしね」

 

「あたりまえだから、ほら食料調達に行くよ」

 

「あちらに言って獲物を探してきます」

 

「おれはここら辺にベース作るから」

 

 テントを立て、石と気を集め火を扱うスペースを作っていく。Y字の形になる棒を遣い鍋を引っ掛けられるようにする。

 

「獲ってきました」

 

「はや!」

 

「近くにウサギがいたので」

 

「一匹だけ?」

 

 両耳を握られ宙ずりに捉えられている野ウサギは、ペットとして一般的な赤い瞳で白い毛では無く、日に焼け毛並みの茶色のウサギであり殺めるには余計な忍びなさを感じずに済みそうであった。

 

「意外と大きいので近くにいるうちに渡しとこうと」

 

「じゃあ第二セットはおれが行くよ。 マルギッテじゃ獣しか捕まえてこなそうだしね」

 

「ならば私は燻製の準備をしましょう――――って待ちなさい!」

 

「行ってきまーす」

 

 気配を消しながら逃げ去るラインは少しでも間を置いてしまったマルギッテには追う事が出来なかった。

 

 サバイバルで重要なことは第一に水源の確保だが、以前この場所で演習を行っていた為、今回は水源の場所を予め知っていたので食料の確保で十分であった。ラインはマルギッテ違い離れていても動物の位置が分かるものでもないので、肉眼で探すしかない。

 

 長く伸びきり整備されていない道なき道を歩く。常に足元の見えない道を歩くのは危険であるからと獣の通ったであろう道を見つけ辺りを散策する。

 

「お、カエル見っけ! あ、まだ居る」

 

 捉えるのが容易なヒキガエルを二匹捕まえると、獲物を横取りされた事に怒りを表したかのようにヘビが登場した。全長は1.5m程であまり大きくないヘビは胴体に比べ細い首を鷲掴むと胴から尾を腕に絡みつけてくる。ここで首を落としてしまえば楽だが、血の匂いでハエが集るのも困るし汚すのも後で洗うに困る。ラインは胸のホルスターにあるナイフを取ると刃のない背でノッキングした。

 

「あと何かあるかな?」

 

 歩きながら適当に食べれる野草の新芽を摘み取る。と言っても特に毒が有無の区別が付くものが多くないので大した量は取れなかったのでキノコにも手をだす。

 

「取り敢えず色が変わらないのを持っていこ?」

 

 キノコに至ってはほとんど知識がない。傘の裏に木の棒などを擦りつけ色が変化しない物を数個摘み取っていく。キノコなんて湿気が多くなければそう繁殖するものでもないし、大きな特徴でもない限り区別など付きようもない。

 

「これも持って行くか?」

 

 最後にイナゴやバッタ、コオロギ的な昆虫をつまみとる。ラインにとっては訓練以前から生活のに必要な技術であったため至極簡単に掴める。手にぶら下げて確認したところ袋の中がある程度充実してきたためベースに帰った。

 

 

 戻ると火を焼べるマルギッテの背があった。ウサギは板の上で捌かれ頭部がなかった。そのまま放置されていると中々気味の悪い儀式のようである為早く調理して貰いたいと思うが相手は気にもならないらしい。遅れてきたラインにしてみれば急に生々しい空間なっているが、変化を起こしている本人は気づくはずもない。よくよく見てみれば鹿が両足を縛られ気に吊るされている。これから添えられる自分が獲ってきた食材を考えると猟奇的な野営になること間違いなしである。

 

「中々付きませんね」

 

 何を高々火を付けるだけでそんなにも戸惑っているのだろうかと側面に回り込むと、板に棒を突きたて木屑から火を起こそうとする狩人の姿があった。普段ウサギ狩と行っている時よりも眼光が鋭いのは憤りからか。

 

「アホかあんたは……で、ライターは?」

 

「そんな邪道物を持ってくる筈無いでしょう」

 

 何が正道なのか理解できない少年兵だが、上司だからとマルギッテに持ち物の管理を任せていた事にしばらく口が開きっぱなしになる。そもそも計画から何までマルギッテが主導なのだ、危険極まりない。

 

「気でファイヤーとかできないの?」

 

「そんな事、日本人でもなければ不可能でしょう」

 

「日本なら当たり前なの!?」

 

「当然です。 あそこには川神院がありますので、生身一つで核に匹敵する力があるのです。 火ぐらい日常茶飯事で使われているでしょう」

 

 絶対にありえないと否定したいが、実際に終戦の理由は川神が出てきたからと耳にした事だってあるのだ。一般レベルで気が使える国などまだ銃刀法が厳しくない地域に行くほうがラインには安全と言える。

 

「まあ、こんな事もあるかもって思ってずっと持っておいて良かったよ」

 

 携帯ポーチから金属の棒を取り出す。

 

「何ですかそれは?」

 

「マッチだよ、マッチ」

 

「これがマッチ?」

 

「メタルマッチって言うんだけど、濡れてても大丈夫だしライターオイルとかいらないから便利だよ?」

 

「こんな物が有ったのですね、普段はライターで済ませてきましたから知りもしませんでした」

 

「おれもサバイバルする事があったからね?旅行者が使ってんの見て盗ったから知ってたんだ?、っいて! 殴んあよ」

 

「過去の事でもそう堂々と公言してはなりません」

 

「そう怒んなよ?」

 

 軽い事のように言うがラインはまだあの生活が抜けきっていないのである。最初は町のゲーセンでスリをやって時期もあったのだ。今は無いがそれでも習慣とは簡単に変える事はできない。

 

「いけません、あなたは既に真当な道の上にいるのです。 それに態々悪意のある目で見られるのは嫌でしょう?」

 

「そうだけどさ?」

 

「生きる為に何かを殺すのは悪とは言えません。 でも間違いなのです」

 

「はい」

 

「それにその様な事をすればクリスお嬢様に嫌われますよ?」

 

 そう言われるとぐうの音も出ない。

 

「あいつは正義バカだからな?」

 

「お嬢様は間違った事を言っていません」

 

「それは何不自由なく暮らしてきたら言えるだけ」

 

「そう言われると何も言い返せないでわないですか」

 

 何気ない言い問答をしながら調理をしていく二人。

 

「何ですかそれは……」

 

 全部の材料を取り出すとマルギッテがこちらを向き絶句する。

 

「何ってバッタ的な?」

 

 的なって、と獲ってきた本人すら理解していない物を持って来られても困るのである。

 

「食べれるんですか」

 

「だいじょうぶ、だいじょうぶ、これ系ってエビみたいだよ?」

 

 以前殻付きのエビが出てくる料理が出てきたとき殻ごと食べて驚いた後に、バッタみたいと言ったのを思い出す。

 

「私は遠慮しておきます……」

 

「え?本格的にやるんじゃなかったの?」

 

「確かにそう言いましたが、今回はシカもウサギもあります。 態々虫を食べずとも」

 

「もし動物がいなくて食料が尽きたらどうするの??」

 

「そんな事、戦時中でもない限り絶対にないのですが――――そうですね、覚悟を決めましょう」

 

「串焼きにするね?」

 

 可愛く言われてもいつもならば笑みを浮かべる場面だが、今は苦虫を踏み潰した様な表情だ。更にこれから苦虫の様な物を口にしなければならない。できれば踏み潰したいが耐えるしかない。十代の少女が口にするべきではないものが調理される光景を眺めるvしか出来なかった。

 

「て、手馴れていますね……」

 

 ザクザクとヘビやカエルを切り刻み皮を剥ぐ。カエル皮には毒があるが、皮さえ剥げば鶏肉のようなタンパク質の肉がある。蛇と違い食べやすいそれはラインにとって好物と言えた。

 

「燻製にするのシカとヘビにしようよ」

 

「それを終えたら食事にしましょう」

 

 調理を終えた後の食事は素人では到底集められないだろう量の品が並んだ。豪華とは一般人が見れば絶対に言うことは無いであろうが、二人にとっては良好な成果であった。かくして、今回の食事はマルギッテの苦々しい風景で締められた。

 

「確かに不味くはないですが……エビ? う、何だか口にまだ食感が……」

 

 最後まで避けなければ良かったとマルギッテは思った。

 

 

 時間も夜に回り森の中は暗闇で視界は1m先も見えないぐらい暗くなっているが、火が焼べてある御蔭で視界は良い。

 

「そろそろ寝ましょう」

 

「あのさ」

 

「何ですか?」

 

「マルギッテってお嬢様だよね?」

 

「確かに私の家は旧家に相当するでしょうが、それでも甘やかされて育った覚えはありません」

 

「とっても厳しそうだねこんな軍に居るぐらいだし」

 

 親に言われフリードリヒ家に仕えていると知っているので何とも言えなかった。

 

「それでも私は好きでここにいます」

 

「おれは好きでいるわけじゃない」

 

「皆が皆好きでいるわけでないのですよ、そう言う輩は怠けぐせが多いですが」

 

「別にやりたい事もないし、暫くいてやるよ」

 

「それは喜ばしい限りです」

 

 出て行くと言わない事に喜びを隠さないマルギッテに照れるラインであった。

 

「さ、寝よ寝よ!」

 

「そうですね」

 

 ふふ、と笑い相槌を打つマルギッテ。

 

 テントに入ると鞄しか無く寝袋が見当たらない事にラインは気がついた。

 

「寝袋は……」

 

「そもそもテントも最初はなかったでありませんか」

 

「因みにどんな想定の訓練なの」

 

「交戦の末逃走を余儀なくされ、捜索されにくく包囲されにくい森で凌ぐ事です」

 

「ジリ貧じゃん! 諦めてしねよ!」

 

「何を言うのです、どんな時も最後まで足掻いてこそのドイツ軍人です」

 

「はぁ?」

 

 ため息をついて諦めたように横になる。マルギッテも同じく横になり目を閉じ睡魔が訪れるのを待つ。

 

 木々の間をすり抜ける風の音だけが聞こえる。互の寝息も聞こえない。

 

「さむい……」

 

 昼に幾ら太陽の登る晴れた日であろうとも、夜になれば熱は失われ体温を奪われる。

 

「そうですね」

 

「起きてたんだ」

 

「普段ねる時間ではありませんしね」

 

「血がか寄らない」

 

「では、こうしましょう」

 

 言うやいなやラインを抱き寄せると足を絡める。

 

「臭うから離せ」

 

「う、それは気が回りませんでした。 そんなに匂いましたか……」

 

「いや、おれ今日汗かいたし」

 

「全然匂いませんよ」

 

「嗅ぐなよ、女なのにデリカシーが無さすぎ」

 

「私は軍人なので気にしなくていいですよ」

 

「その割にショック受けてたじゃん」

 

「それは」

 

「マルギッテは綺麗なんだから、もっと女の子らしくした方が良いよ。 年下のクリスの方がよっぽど女らしいよ。 髪伸ばしたら?」

 

「戦うには邪魔なのですけどね……そうですか、今度から気をつけます」

 

「あったかい」

 

「今夜は予想以上に冷えますね」

 

 ラインとマルギッテのサバイバルはまだ続いていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話

ドイツ軍のフリードリヒ軍には男性宿舎を駆ける女性の姿があった。直角な曲がり角を速度を落とすことなく突き進む。男性軍人はかき分けるまでもなく道を譲る。

 

「起きなさい! ライン!」

 

 扉をノックしたかと思えば、直ぐ様合鍵を使い開ける。何度も蹴破られるかのように開けるマルギッテにいい加減しろ、と怒ってみたところならば鍵を渡しなさい、と命令されたので渋々と渡したところ何の前置きも無く扉を開けられるのでラインにプライベートな時間は完全に消滅していた。

 

「な?に?」

 

 ベットから起き上がり座りこける。最早毎度のことであり大半の朝をマルギッテに起こされる。一時は私の部屋で寝泊りをしなさいと言われた物だが、思春期の少年には勘弁願いたい事態である。しかしここ一週間はマルギッテが中将に付いていった為に自由とダラけに塗れた生活を送っていたのだ。

 

「喜びなさい! 試験に合格しましたよ! ほらこれがライセンスです」

 

「あっそう……」

 

 何を今更と言いたいとこだが、合格した報告を一切していなかったのに気が付くと悟られないように愛想笑いを作る。

 

「そ、そう……ホント!? 嘘じゃない!? やったー」

 

 態とらしい喜びにマルギッテ気付かない。

 

「素晴らしいことです。 誇りなさいライン、これはとても立派なことです」

 

「でもこれでやっと操縦できる」

 

「そうですね、その為にこれまで努力してきたのだから」

 

「じゃあ、午後のに向けてアップしてくる」 

 

「付き合いましょう」

 

 軍服に着替え屋外へと足を運ぶ。朝食前の運動なので軽く走り柔軟に移るとマルギッテが質問する。

 

「今日の午後の予定は何ですか?」

 

「F35の実施訓練だよ」

 

「F35と言うと戦闘機の? 良かったですねこれで念願が叶う」

 

「そうそう、実際に一人で飛ぶには危ないから先輩共に援助してもらうしかないのが悔しいけど」

 

「そうですね、実際に――――実際に? ライン、戦闘機はライセンスが発行されてその日にスケジュールが組めるものなんですか?」

 

「そんな訳ないじゃん――――え?」

 

「矢張りそうですか、ライン? 前もって課に届けを出しましたね?」

 

 言葉に含まれる裏を読むのに彼女は長けていた。のにでは済まず彼女は大抵の事に長けている、ラインの能力をしても逃げるのですら危ういのだ。この場合はあまり関係がないが。

 

「はぁ?、私は悲しいです。 大切な事も知らせてくれない。 私を家族と思っているのか不安になります」

 

「あ?もう」

 

 最近のマルギッテはこうだから調子が狂うと頭を掻き毟る。近頃のマルギッテは怒るよりも嘆く事が多い、別に怒るべきところは怒るし、軍人姿のマルギッテは猛犬にしか見えない。

 

「ごめん、今度は遅れても連絡するよ」

 

 反省すべき点は反省するし、今回はマルギッテを蔑ろにしたかったのでもない。

 

「そうですか、では午後頑張ってください」

 

 女の子なんだから、と言った以来厳しさよりも優しさを見せる機会が増えた事に戸惑いが残るラインであった。

 

 

 

 空母にあるF35に向かう。空母には幾つもの戦闘機が眠っており、幾人もの整備班が犇めいている。

 

「オラ! 早く乗れ坊主!」

 

「何でそんなに急かすんですか」

 

 来るなり理不尽な扱いに萎える。折角の初フライトに水を差すような事を言う先輩空兵に睨みを利かす。

 

「いいから急げ! こっちにはこっちの予定があるんだよ」

 

 多方空域関係であろうと当たりを付け、言われるがままに乗り込む。

 

「システムオールグリーン! 準備オッケだ! 出ていいいぞ」

 

「はい!」

 

 倉庫からゆっくりと出ると滑走路まで徐行する。

 

「管制塔からもOKサインが出た、飛ばしていいぞ」

 

「はい!」

 

 エンジンの出力を上げ速度を上昇させる。瞬く間に100km/hを超え浮力によりあっという間に音速に至る。旋旋回し機体の調子を見る間もなく先輩である上官空兵から指示が出る。

 

「そのまま、南東に直進」

 

「はい!」

 

 指示に従い南東に進路をとる。高度は1000mを超え、速度はマッハ1.6に及んだ。

 

 景色は雲と空一色上空に広がる景色しか見えない。

 

「いやっほー」

 

 気分が高度とともに上がりスカイハイ状態。翼の受ける空気抵抗での上昇が楽しくて仕方がない。

 

「高度を下げろ! 任務中だ、私語は慎め」

 

 何時になく真面目な上官に疑問を持つが、命令ならば従わなければならない。

 

「そろそろだ、準備しろ……」

 

「はい!」

 

 何に対しての準備だかラインには分からない。しかし上官はラインの分からない何かを考えている。

 

「レーダーに映るヘリを撃墜しろ!」

 

「え?」

 

 突然の命令に思考が離される。一体何を言っているのだろうと、その言葉からいくつかの答えを考える。まず考えられるのは、実際の動くものを想定した演習であり、ヘリはオートパイロットでアホみたいな金額の飛ぶ訓練。これはかかる費用からいって現実的ではない。もう一つは何かしらのトラブルでラインの機体に撃墜の任務が下っている場合。しかしこれも通信には何の連絡も着ていない。

 

「訓練ですか?」

 

「違う」

 

 その言葉で確信する。これは訓練ではない勿論ヘリがオートパイロットなどと言う都合の良い状態なわけでもない。

 

「初の演習が実践ですか……」

 

「撃て」

 

「最悪……」

 

 ミサイルは放たれた。至極あっさりと迷う暇さえなかった。判断はラインの物じゃない。しかし引き金を引くのはラインだ。まるで死刑囚を処刑するボタンをおす仕事をするようにミサイルは放たれる。

 

 ヘリはミサイルの誘導を逃れる動きすらせずに撃ち落とされる。ゲームよりも簡単だ。市内上空の戦闘機を全滅させるシュミレーションの方がまだ難しい。

 

「撃墜確認……」

 

「任務は終了だ。 帰投しろ」

 

「はい」

 

 気分爽快の飛行になる予定だったが、そう思っていたのはどうやらラインだけだったようだ。

 

 後で聞かされた話だが、あのヘリは空域に勝手に侵入したのが撃墜に至る理由らしい。元々機会があれば即刻実践を積ませるのが上の目的だったようだ、今回の件は偶然に過ぎない。早い話が人殺しをできる精神かそれを試したのだ。それも自身の判断で殺せるかどうかを問うた。事実最後のひと押しはライン自身が決めた。幼い頃から身近でも死が転がっていたのでその重さは常人に比べても軽い。しかし如何に命が軽いか実感した。

 

「これが軍人だよな……」

 

 自分の仕事がどのようであるのか体感したライン。軍にとっては利益に繋がるが、気持ちには不利益しか産まないのはどうしたものか。

 

 自室で横になり、無心に今日の出来事を振り返る。自身が行った事を理解しながらも罪の意識は無い。責任が無い。責任感が無い。ラインは責任の所在を知っているのだから別段罪に苛まれる事もない。それが逆に虚しさを生む。

 

「大丈夫ですか?」

 

 またも無断で入ってくるマルギッテに「ん」と返事をする。

 

「意外です、泣いていないのですね」

 

 悲しみ落ち込んでいるのではと慰めに来たが、当てが外れたようだ。

 

「なんかね、ふくざつ」

 

「複雑ですか――――何とも言えませんね」

 

「何も言えない」

 

 言葉が見つからない。何に対して、誰に対して懺悔をすればいいのか分からない。これが軍でないのならば上層部に怒ればいい、罪を着せやがってと。

 

「こっちに来なさい」

 

 そう言われ無言でマルギッテの下に向かうと何も言わず抱きしめられる。

 

「気分転換に旅行でも行きましょうか?」

 

「そんな気分じゃない」

 

「だからこその転換です」

 

「暫く何もしたくない」

 

 鬱々とした気がラインに立ち込める。

 

「泣いてもいいのですよ」

 

「悲しいんじゃないんだ……」

 

 そう悲しくは無い。しかし笑い飛ばせるような正の感情ではないだろう。負の感情だと断言できる。それは深々とした負の感情だ。

 

 

 

 数日後の休日。そこは基本的に男子禁制の女性官の宿舎だ。だが例外は幾らでも作られる物であり、ラインもその例外の一つである。基本は一人部屋なのでそう多く人が入れるようには出来ていない。二人も入れば少し狭く感じるであろう。その部屋に三人もの人間がいる。

 

「マルさんの部屋に来るのは久しぶりだな?」

 

「そうですね、とは言え宿舎の部屋なので何もありませんが」

 

 姉妹のような二人の間に座ってるラインは全く状況に着いていけずにいた。

 

「どうしたんだライン? 本当に元気がないぞ?」

 

 出会った頃と変わらず何年経っても頭の弱そうな話し方。クリスは身内と話すと極端にネジが緩くなる。最初はお姉さん風を吹かせていたが徐々にボロが出てきて現状に至る。

 

「ラインは前の任務以来この調子なのです」

 

「そうなのか? 何か失敗でもしたんだろう?ラインは問題児だからな?」

 

 何も知らずに断言してくるクリスにストレスが溜まるが、流石に先日の出来事と相まってか何も言い返さない。逆を言えばクリスの言に耳を傾けるほどの余裕は出てきたと言える。

 

「ならばこれを見よう!」

 

 DVDボックスを荷物から取り出してくる。大和丸夢日記だ。それは日本の勧善懲悪のドラマである。パッケージは日本語で書いており当然吹き替えではない。御蔭で日本語は書く事は満足に出来ないが日常会はならばある程度が可能だ。

 

「またかよ」

 

 何時ものように反応してしまったのは本当に飽きが来ているわけだが、実際に見てつまらないと言う訳ではないので何だかんだで今までクリスが持ってきた物は全て見ている。

 

「いいではないか?マルさんも一緒に見よ?」

 

「申し訳ありません私は仕事が入ってしまって」

 

「む、ならば仕方がないが……ライン見るぞ?」

 

「はいはい」

 

「では、失礼します」

 

「「行ってらっしゃーい」」

 

 出て行ったのは用があるからではない。クリスとラインと二人だけにするのが本来の目的であった。いつもは面倒を見てもらう側だがそこにクリスを添えると立場が変わる。口では面倒ながらもクリスを放っておくできないのである。

 

「いけ! そこだ! あー後ろ、後ろ! さすが大和丸の右腕頼りになる」

 

「静かに見れ!」

 

 熱が入って一切聞こえていない。

 

「あー闇丸め、またも汚い手でにげるなど! 武士の風上にも置けん!」

 

 いい加減にこのパターンにも飽きてきたのだが、クリスがそれに気づくことはないだろう。

 

「武士じゃないだろ……」

 

「日本男児は皆が武士となるべく育つのだ、少しは正々堂々と勝負するべきなのだ!」

 

「俺は闇丸の悪どさはいいと思うけどな?」

 

「む、何故ラインはいつも悪役の味方をするのだ」

 

「だって大和丸って何かクリスに似てるんだもん」

 

「それはどう言う意味だ!」

 

 失言のようにしか受け取れないが、別に嫌味を言っている訳でもない。

 

「何だかんだでいいとこので出しさ、親に頼ってなさそうで家の力を使ってるし」

 

「それで救える命があるのだ、いい事ではないか」

 

「でもずるいじゃん」

 

「ずるくない」

 

「セコい」

 

「セコくない」

 

「か?」

 

「む?」

 

 生まれでこんなにも考え方が違うものかと改めて認識するまでもなく知っていたが、クリスの世界は優しすぎて羨ましくもあり、哀れにも感じる。純粋な少女に対面すると綺麗な水面に反射するように自分というものが浮き彫りになる。

 

「でもやっぱり、正しくても間違ってるものもあるし、間違ってても正しいことがあるんだとおれは思うよ」

 

「またそれか、自分には理解できん」

 

 敢えてそれを教えることもなく自分で気づいて欲しい、そう思う。皆がそう思う、だからクリスは昔から変わっていない。透き通る程綺麗なままだ。近しいものは誰もがこの子を守りたくなる。例え嫉妬と羨望が交じるラインにも守るべき対象なのだ。

 

「良いよクリスは気にしなくて」

 

「そう言われると逆に気になるだろう」

 

 腕を上げ伸びをする。ん?と言う声と共に溜まっていた物を吐き出す。

 

「??っと、よし! クリスのおかげで元気になった」

 

「そうか? やっぱり今日のラインは少し変だったから心配したぞ」

 

 心配の色で曇っていた表情は笑顔に変わる。

 

「おれ、自分が何をしなくちゃいけないとかマルギッテみたいに決まってないけど、それでもドイツ軍人なんだ」

 

 こう言う笑顔を守りたいそう思える瞬間だった。

 

「そうだったな、自分はまだまだ先のことだがラインはもう大人なんだな」

 

「そうだよ、お小遣いじゃなくてちゃんと給料だからな」

 

「お金の管理はマルさんがしてるらしいがな!」

 

 常々ラインのダメさは伝わっているようで、頻繁に合わないクリスはマルギッテと世間話をすると大抵ラインが話題に上がる、なので要らぬ事もよく耳にしていた。

 

「余計なこと言いやがって」

 

 元気になったラインを見て安心したクリスは、大和丸を見たあとの予定を切り出す。

 

「ゲームでもするか?」

 

 普段はテニスなどのスポーツをしたがるクリスにしては珍しい意見なのだ。

 

「どうした珍しいじゃん?」

 

「今日はマルさんに頼まれたからな、ラインのやりたいことに付き合おう」

 

「言ったな、おれとクリスじゃお話になんないよ?」

 

 自身の得意分野になると調子のり出すが、負けん気の強いクリスはその安い挑発に乗ってしまう。

 

「何? 自分も舐められたものだな、今じゃ私の方が強いかもしれないぞ」

 

 ゲームの強さではない。純粋に戦闘能力の比較で自身の方が反射神経が上まっていると、案にそう言っているのだ。

 

「ならレースゲームで勝負だ! あれならコンボとかいらないからな!」

 

「望むところだ!」

 

 白熱した勝負の行方はラインが圧倒的勝利を続け泣きべそを書くが、マシーン性能でハンデを与え実力差を埋めさせる。

 

「おおー、この車速いな?」

 

「当たり前でしょ、直線でこっちは200出ないんだから」

 

「これは自分の勝ちだな!」

 

 赤みがかった目尻があるが、瞳は勝利を確信している。

 

「所がどっこいここはゴール手前にヘアピンカーブがあるんだよ」

 

 そう言いながらカーブでインをとりあっさりと抜かしていく。

 

「……」

 

 接待プレイすらまともに出来ないガチ勢にクリスは肩を震わせる。

 

「きょ」

 

「きょ?」

 

「今日は勝つまで帰らなーい!」

 

 気合一閃とともに説明書を読み漁るクリス。

 

「これはこう言う特性なのか……」

 

「クリス??」

 

「なるほど、トップギアに換える箇所はこういうところか……」

 

「ク?リ?ス?」

 

「……絶対に勝つ、手加減したら許さないぞ」

 

「あの、おれ明日仕事あるんだけど……」

 

 楽しさと引き換えに失う睡眠時間。マルギッテの下では職務怠慢は許されない。明日の苦労が目に浮かぶ。 

 

 

 

 ※後書き

 この小説転生物みたくハイテンションな主人公出ないので読んでる人を楽しませる要素が薄い気がします。作者の語彙も不足がちなので何か具体的な意見とかあったらコメントでもしてください。

 

 川神にいってお気楽な空気を作りたい……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話

 太陽はは真上に昇り、乾燥した空気が喉を枯らす。岩場に身を潜めミラー式双眼鏡を覗く。

 

「あと二人」

 

 反政府運動を掲げるテロリスト集団。主に米国を標的としたイスラム原理主義アルカイーダ。その一部を一掃しようというのが今回の要請の理由である。確実に殲滅または捕獲したいと中将は思慮する。もし生きて捕獲できるなら情報を引き出せる可能性もある。近接戦闘を生業とする現マルギッテ少尉率いる猟犬部隊ならばそれも可能であろう。今猟犬部隊を主とする中隊はアルカイーダの潜む人気と交通網の無い地域に来ている。国に住民登録もされていない人が住むその場所には、有るはずのない住居と呼ぶべき建物が密集している。レンガとセメントで建てられた建物に小さなもの見櫓まで備えられている。

 

 この武装したテロリストが蔓延る村に猟犬部隊は突入しようと言うのだ。その猟犬部隊には大の大人の肩にも背が届かないであろう姿が見える。遠目から見れば小さめの女性士官と思われているだろうが、十代の前半の少年兵である。いくら子供に爆弾を持たせる発想を持つテロリストにも想像すらできないだろう。ひどい言い方をすれば非人道的と捉えられても可笑しくはない。

 

「水……」

 

 セミオート式のライフルを構える狙撃手が望遠レンズから目を離すことなく給水を要求する。

 

「はい」

 

 ラインよりも後に入隊した若い補給兵はプラスチック製のパックに入っている薄いスポーツドリンクのような飲料の口を開け、ストローを刺す。

 

「早く……」

 

 集中と炎天下から突き刺さる日差しから為る疲労に狙撃手も極限状態に陥る。

 

「は、はい」

 

 砂埃に塗れた軍服を岩の上で引きずりながら狙撃手の口元に運び入れる。

 

「左屋外」

 

 誰かがそう言った瞬間に狙撃手の銃口が僅かに傾き引き金が引かれる。

 

「撃破」

 

 肺から流れる血を確認し着弾したことを知らせる。その男は双眼鏡を片手にこの狙撃部隊に指示を出しているものだ。

 

「正面を固めてる兵はあと一人、行っていいよマルギッテ……」

 

 ウサギ狩りだ、と言う掛け声とともに猟犬部隊の主力が突撃する。しかしその突撃にまともに応じる者はいない。目立つところに立てば忽ち鉛を体に捩じ込む始末になるのだ。前線の後ろを守るライン達、その更に後方の部隊から報告が入る。

 

「後方以上ない」

 

 以上ないとは増援が来る事はない。ならばここはラインも前に上がっていいと言う意味だ。

 

「じゃ、おれは前に出るからバックアップよろしく」

 

「!?」

 

 そう言うとラインは最前線へと駆け抜ける。

 

「ま、待って下さい隊長!」

 

 急いで声をかける補給兵であるが、間に合うことは無かった。

 

「追いかけるか?」

 

 そんなに指示が欲しけりゃ態々もらいに行けと揶揄う狙撃手。粗方の仕事を終えた狙撃手はライフルを構えるがどこか安堵の色が伺える。

 

「行きませんよ! それよりいいんですか、持ち場を離れても?」

 

「いいんだよ、それが上の方針だ。 俺たち下っ端が意見することじゃない。 それにアイツがアサルトライフルを持つと負傷者がグッと減るんだぜ?」

 

 今の今までサポートに徹していたのはラインが未熟だからではない。これはほかの兵にも実践を経験させるという計らいと余裕の現れである。現実にはラインが狙撃するだけでほかの狙撃手がお払い箱になってしまう。一発一殺と言うべきか確実に獲物を捉える銃口は大変早く安い殺人兵器だ。たった一人で戦場の空気が変わってしい、上空からの爆撃でもなければ現状負ける心算はないのだ。

 

「噂では無かったんですか……」

 

「アイツが軍内で煙たがられるのが分かるだろ?」

 

 遠目に映る光景は人が出てきては倒れ出てきては倒れを繰り返す。その中を駆け抜ける少年の姿は不気味で何よりも畏怖を感じるのであった。

 

 

 

「何なんだよアイツは!」

 

 壁に背を向け銃だけを対面に向け放つ。十人は伏せていた筈の仲間が一掃されていく。本来ならば奥へ向かった敵を囲む作戦だったのだが、狙撃部隊とラインの御蔭でその包囲網さえ作れなかった。

 

「!?」

 

 迎撃したいたテロリストの男は突然自身の銃の発砲が止まった事に気がついた。

 

「くそ!」

 

 銃の不調だと思っていた男だが良く見ると手の辺りが鮮血に染まったいる。

 

「何だよこれ! 何なんだよこれ!」

 

 唯の銃の不調なら引き金が弾ける。しかし引き金を引く人差し指が千切飛んでいた。狙って撃ったのかはたまた偶然か、偶然だと信じたい男だが血に染まる銃の口までもが歪んでいる。これではまともな射撃すら出来ない。

 

「っ!」

 

 銃を捨て胸の手榴弾を引きピンを引いた手に拳銃を持つ。壁向こうに腕を出しどこに居るのか分からない敵を目掛け投擲する。

 

 壁向こうに常に警戒していたラインは出てきた男の手に向けて引き金を引く。

 

「やば!」

 

 引き金を引く直前には気づいたものの的を射る手は止めるられない。手榴弾は男の手を離れることなくラインの弾丸により爆破した。

 

「気をつけなくちゃ……」

 

 まさか自分が反射的に撃った弾が手榴弾に当たってしまうと考えても見なかったラインはこれからは確認してから撃つと考えを改める。至近距離にいたら洒落にならない。

 

「粗方片付いたかな?」

 

 殺した男すら目に止めず、周囲の安全を確認する。物陰に隠れ無線を手に取る。

 

「あ、こちらライン一帯は抑えました、応援を頼む」

 

「――――」

 

 最後方からの応答がない。これは何か起こった事が推測できる。確認の為狙撃部隊にも無線を送る。

 

「……」

 

 今度は無線は点いているようだが。風の音と土を踏む靴の乾いた音のみが聞こえる。

 

「――――」

 

 耳を立て何か情報を得ようとするが直ぐに切れてしまった。すぐに切れたと言うことは、と考えると。 

 

「すぐ来るって事か!」

 

 気配を殺し死体の体から手榴弾を2つ取り物陰に隠れる。幸い住居はある程度密集していて射撃戦するには差し支えない。守るべき物のない防衛戦が展開できるので幾らかは対策が取れる。しかい相手は主力でないにしろこちらに連絡が来る前に後衛部隊を殲滅できる技量なのだ。さらに爆撃の様子も射撃音も聞こえないとなれば、マルギッテのような時代錯誤の近接戦を生業とする輩だ。ラインとしては厄介な相手だ、自身の間合いを保つには少し詰められる過ぎている。これはもう相手の間合いと捉えていいであろう。

 

 無線を取り出しマルギッテに、モールス信号で後方に敵影あり迎撃せよ、と連絡を入れ自身は挟撃の為待機する。持っているハンドガンにサイレンサーを取り付け不意打ちを狙う策を立てる。

 

 二つの気配を筆頭に幾つかの兵士が押し寄せる。末尾の兵士が過ぎ去るあたりでラインは少しばかり様子見をする。

 

「20弱ってところか……」

 

 通り過ぎた部隊と伏兵の事を考え検討を付けるが、その頭は疑問に悩まされる。ラインを悩ますのは相手は一体何者なのかという点だ。目視で確認したところ正規の軍の緊張感は見えないが、かと言ってテロリストとも違う統制された足取り。一体何が目的なのだろうか。

 

 手榴弾を手に取りピンを抜く。1,2,で何もない上空へ放り投げる。空中で爆発した轟音で傭兵もそちらに気取られずにはいられない。猛者がいる事を確信しているラインはもう一つの手榴弾を敵部隊上方へ高い放物線で投げピンを抜いた手榴弾が爆発すると同時にハンドガンで敵部隊めがけ投げた手榴弾を打ち抜き暴発させる。

 

 案の定投げられた手榴弾に反応するものが何名かいたが、ピンが抜かれていない事を見て態度が変わる。

 

「ドン」

 

 掛け声とともに撃ち抜かれた手榴弾は爆発し大量の砂埃が舞い上がる。撃ち抜いた瞬間は撃破を確信していたラインだが、煙の向こうに身が得ている敵兵がいるのを感じ取る。

 

「いきてる……」

 

 信じられない事態に気配をころしフラッシュグレネードを転がし距離を取る。物陰に隠れ移動する。

 

「ほう、中々いい動きをする」

 

 何故か執事服で戦場を闊歩するダンディな漢がラインの前に立ちはだかっていた。

 

「射撃一辺倒に見せかけ近距離での必殺を狙うその様、見事!」

 

 何だか殺しに合わない空気を醸し出す漢だが、その実一切合切隙を晒さない。直立不動を崩さない姿勢は、ラインが一歩たりとも動くことを許さない。

 

「貴様に仕事をされても困るのだよ、あやつ等では貴様相手に何人命を落とすか分かった物ではない」

 

 ラインは殺しを推奨している訳ではないが、捕虜とするメリットと反撃されるデメリットを考えれば殺したほうが楽なのである。特に子供だからと舐められ弱点と見られる事が多いので其の辺の判断も難しい。危険を避けるには相手を完全に行動不能にするのが一番なのだ。銃弾ではそれが死に直結してしまうが、ゴム弾など生ぬるい物は戦場では使えないので仕方がない。

 

「何、貴様も大人しくしていれば危害は加えん」

 

 諭すように言われるのは見た目が子供故か、はたまた本当に交戦の意思はないのか。

 

「奥に行ったあいつ等は何をするのが目的なの?」

 

「むう、現状言うべきではないがどちらにしろ分かることか。 何ここにある情報をこちらが独占するのだ」

 

「それじゃ今回の作戦は何のために……」

 

 これでは自軍の損害ばかりで何も得るものがない。

 

「少し寝ていろ小僧」

 

「!?」

 

 絶対に隙を見せるつもりは無かったが、目の前以外に気を回した瞬間に後ろを取られ体崩れ落ちる。そのまま放置しないのは紳士としての優しやであろう、ラインは漢肩に担がれ奥へ運ばれる。

 

 

 

 

 ラインが交戦中にマルギッテ率いる猟犬部隊は幹部らしき男を捕らえ尋問していた。

 

「ラインから連絡がありました、敵がこちらに向かって来るようです。 迎撃の準備を」

 

 連続した爆音とともに、多くの気配はマルギッテ達に向かってくる。

 

「来ます!――――っ!?」

 

 反射的にトンファーで顔側面を打ち上げる。木製なれど金属の刃を通さない特注品である得物は小太刀を弾き飛ばした。

 

「へ?、意外だぜ、あたいの太刀をこんなガキが受け止めるたァ?な」

 

 心底、感嘆の意を表す的に違和感を覚える。何かが足りない、こんな血の匂いしかしない戦場に欠けるもの。そう、殺気が足りないのだ。

 

「何者です」

 

 問うのではなく言いなさいと命ずる。

 

「言う訳ねぇだろドあほ」

 

 だがマルギッテは会話の中周囲を見渡し纏う空気を見極める。

 

「傭兵……」

 

 確信は無いが今一番適当な言を出す。すると明らかに相手の表情に余裕が消える。

 

「あたりですか、存外顔に出ますね」

 

「っち!」

 

 完全に見破られ面白くないと態度にマルギッテは真に何が狙いか検討を付ける。おそらくテロリストの情報が目的、非殺人的ということからトロリストの仲間で口封じが目的でもない。となれば、軍内部に中将に情報を渡そうとしない者がいるということになる。

 

「悪いが時間がないんでね、急がせてもらうよ」

 

 二刀流の小太刀を構え臨戦態勢に移る。

 

「っし!」

 

 低い体制から潜り込む様に刃を切り込む女傭兵。流麗とした連撃に流石のマルギッテも関心を示す。

 

「その動き、その太刀筋、貴方――――女王蜂ですね」

 

 外見の特徴と二刀の小太刀から見て女王蜂であると思われる。

 

「そう言うてめぇは誰だよ! あたいがこんなに手こずるなんて」

 

「かの有名な女王蜂にそう言われるとは光栄ですね」

 

 トンファーでの堅牢な守りから放たれる蹴りは城壁と大砲を彷彿とさせる。女傭兵の女王蜂、忍足あずみも手をこまねく。

 

「あまり時間は掛けられないからな、とっとくたばれ!」

 

 正面から切り崩すだけのあまりに雑な初動にマルギッテはカウンターで蹴りを入れる。

 

 切り出す小太刀はそれを待っていたというばかりに伸びてきた脚の腱目掛け穿たれる。

 

 鈍い衝撃が肉を裂いてはいないと小太刀から伝わる。

 

「特注です」

 

 片足直立を維持しながら本命の武器はトンファーでなく安全靴と掲げる。

 

「獣みたいな目してるくせに随分と受身な筈だ」

 

 早さを重点に置いた自分とは逆に堅牢な守りから飛び出すカウンター、おまけに足並みも僅かにこちらが上まっているだけ。あずみは無傷での勝利は不可能と判断を下す。だが、正面から切り崩すだけの大技もあずみにはない。

 

「なら!」

 

 マルギッテの周囲を旋回すると攻撃すると見せかけ確実に死角から別の兵を奇襲する。

 

「待ちなさい!」

 

 あずみを追いかけるが、軽足のあずみは十人ものドイツ兵を背後から刀背打ちしていく。明らかに殺しを選択に入れていない。何とも戦いづらい相手だ。

 

 そこで巨大な気配が登場する。

 

「存外手こずっているな」

 

「大佐! 遅いです早く手伝ってくれ!」

 

「これぐらいの相手一人で何とかしろと言いたいものだが……ほう、この坊主よりも出来るものが居たとは」

 

 肩に背負ったラインと見比べる大佐と呼ばれた漢。

 

「ライン!」

 

「そう睨むでない」

 

 死体を態々運んで来るほど敵も暇ではない。

 

「大佐! そいつは任せた!」

 

 勝算の薄いマルギッテの対峙を大佐に任せせっせと物の回収に移行する。

 

「呆れて物も言えんな」

 

「させません」

 

 捕らえられたラインを放置し任務の最重要課題を優先する。

 

「そうはいかん」

 

 マルギッテの進路を遮るように大佐は立ちはだかる。

 

「邪魔です退きなさい!」

 

 立ちはだかっても尚構えを取らない大佐のがら空きのボディに足刀を入れる。

 

 鈍い衝撃、受けたものを尽く吹き飛ばす剛脚、大佐はそれを直撃するも顔に苦痛の色すら見られない。

 

「中々の蹴り、実にエレガントだ。 しかし坊主を気にする余り精神が乱れている」

 

「何を!」

 

 足刀を引き足を入れ替えその遠心力から上段回し蹴りを放つ。

 

「っ!?」

 

 終始余裕を見せていた大佐も腕を上げ受け止める。

 

「その年でそこまで気を使いこなすとは」

 

 受け流さずに受け止める大佐に実力差を隠しきれないが、他隊員たちが倒され自分だけが最後の砦なのだ。ここで屈する訳にはいかない。

 

「Hasen jagd」

 

「獣に身を委ねるとは……まだまだ甘い」

 

 全力を出すために本能で攻撃を繰り出し大量のアドレナリンを分泌させる。

 

「沈んでもらおう」

 

 四肢から繰り出される多量の乱舞を受け流し確実に止めを刺す機会を伺う。攻撃をやめると反撃が待っていると分かるマルギッテは手を緩めはしない。右手を振り、左手を振り、状態を揺らし足払いを躱す。デンプシーロールで猛攻を繰り出すも相手の防御は一向に崩れない。

 

 大佐がマルギッテの披露を見逃さず、手刀で首を狙う。

 

 プスンと言う空気の抜けたような音。それが鳴り響くと大佐の手に風穴が空いていた。

 

「起きたか小僧」

 

 肩に乗せられたまま戦っていた為だろうか、マルギッテの攻撃の余波で目が覚めたのだ。

 

 大佐の顳かみに銃口を突きつけ、優位性を示す。

 

「この至近距離ならくらうよね?」

 

 先ほど銃弾が貫いた大佐の手を想像させる。

 

「まさか銃弾で私の手を貫くとは……貴様も多少は気の心得があるようだな――――が、まだまだ」

 

「うわ!?」

 

 脅しでしかない銃を向けられたところで一切怯みもしない大佐は、銃の持つ手を取るとマルギッテに向かい投げ捨てる。

 

「ライン!」

 

 投げられたラインを受け止め、無事を確かめる。大佐との交戦に手間取ったマルギッテ達を他所にあずみ達は一仕事終えて戻ってきた。

 

「大佐、ずらかるぞ!」

 

 車から逃走を促す呼び声がした。

 

「どうやら時間のようだ」

 

 目的は達したのか一言残すと去るのは早い。

 

「待て!」

 

 ラインをおろし追い掛けようとするが、金髪の女傭兵が荷台から身を乗り出し興奮した調子で牽制にでる。

 

「ロックンロール!」

 

 金髪の女傭兵がランボーの如く片手でアサルトライフルを乱射するため前に出ることができない。猟犬部隊は死者なく壊滅状態、苦渋を飲まされ撤退を余儀なくされた。

 

 

 

「捕虜も無し……成果を全て持って行かれましたか……」

 

 帰還の準備を整え現状を振り返る。

 

「誰も死んでないだけマシだよ……」

 

 初の敗北を知った猟犬部隊、死者がいないというのは手加減されたという事。

 

「上からのお叱りもこないとなれば俺たちも何も言えないな」

 

「こうも強引となると余程知られたくないことがあるといいうことか」

 

 狙撃手達兵士が苛立ちを隠さず愚痴る。

 

 マルギッテはそんな部下たちの言葉を聞き流し一人決意する。

 

「もっと強くならねば成りません」

 

 ラインもお嬢様も、自国ドイツも守れるほどに。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話

 事件から翌日、急遽決まった帰還で今はリューベックに猟犬部隊は居る。死者はいない物の、数人の負傷者を出した今回の作戦は失敗と呼ぶに相応しい。

 

 過去にマルギッテ指揮の元、何度か任務を受けたがこんな事例は初めてだ。マルギッテの戦歴に傷をつけられ、尚且つフリードリヒ中将の軍が舐められたと言っても過言ではない。相応の覚悟を相手に持って貰いたいが、一体誰を的と定めれば良いかが分からない。女王蜂にいい感情を持てないものの、今回の明確な標的とは成りえない。

 

 支部に着くといつも通り中将閣下が執務室に待機している。最近は大きな戦乱も少ないため中将本人が出張る事も少なくなっている。なので現在の活躍は政治的方面の方が大きく、即物的な戦は数少ない。それでも中将の発言権は絶大である、中にはそれを快く思わない者もいるが実害は今回が初であろう。

 

「やあ、皆が無事でなによりだよ」

 

「はい! 極めて壮健であります!」

 

 無事をこの目で確認できて何より、という中将の態度から怒りの色は見られない。寧ろいつもより穏やかで違和感を覚えるほどだ。

 

「女王蜂の傭兵部隊が居たそうだね」

 

「はい、強者と評されるだけはあります。 何故彼女がフリーランスなど低俗な事をしているか理解しかねましたが」

 

「敵を倒すのが好きそうだったからバトルジャンキーなんじゃない?」

 

 中将の前で軽口を叩くのはライン。本来ならばマルギッテ一人で報告は十分な筈だが、大佐と呼ばれた漢の話を中将が詳しく聞きたいと申したのでマルギッテと同伴してきたのだ。

 

 マルギッテに敬語を使えと尻を叩かれ、思い出したように敬語を使い出す。先輩兵達に話すときの方がまだ丁寧である。ラインにとって中将というよりマルギッテとクリスの保護者であり、親ばかなオジさんのイメージが強すぎて凄さを感じないのだ。

 

「ははは、楽にしてくれて構わないよ。 ここは私たちしかいないのだよ?」

 

 マルギッテを嗜める中将だが、マルギッテはダメです、ときっぱり否定する。

 

「それであの漢についてお聞きしたいのですね?」

 

 ラインの教育に熱中しては話が先に進まないと話を切り出す。

 

「そう、大佐だ。 彼が出てくることなど無いと思っていたのだが……」

 

「調べてみたところ希に活動しているようですが、どれも犯罪組織を相手にした時のみで軍に介入するとは思えませんね」

 

 自身の調査で知ったことから判断すると金に目が眩む漢には見えない。

 

「何かあんまり本意じゃ無かったぽいよね」

 

「だろうね、彼が強引な手を好むとは私も思えない」

 

「中将は大佐というものをご存知で?」

 

「ああ、彼はいま日本で戦いとは無関係な仕事をしているはずだが」

 

「まだまだ現役だねあれは」

 

 次に出てきたら仕留めてやると決意するが、実際どう勝つか勝算が浮かばないライン。

 

「君たちの様子から大体予想できた、下がっても構わないよ」

 

「一つ良いですか?」

 

「何だねライン君?」

 

「あの傭兵たちのクラインアントは誰だったんですか?」

 

 中将が言わない事なので聞くべきではないのだが、好奇心が抑えられなかった。

 

「ライン」

 

「調べてもあまりいい成果が得られなかったのだよ」

 

「軍上層部ですか?」

 

「慎み給え、私は何もいう気はない」

 

 以降無言の圧迫で退出を余儀なくされる。

 

「ライン出ますよ!」

 

「うぃーす」

 

「クリスに二人の無事を伝えたのだが心配していてね、後で会っておいてくれ」

 

 納得はいかないが仕方がないとばかりに反転する。二人は重い扉を閉め自室に戻る。

 

「閣下が何も言わないってどういう事?」

 

 はあ、とため息をつきながら言葉を返す。

 

「さっきのは敢えて聞いたのですね?」

 

「そうだよ、いい成果って中将にとって良く無い成果って事でしょ?」

 

「そこまで頭が回るなら、次から直接的な質問をするまでもなく理解しなさい。 結局、何かを知ることが出来るわけでは無いのですから」

 

 マルギッテも事実は知らずとも分かる事があるとラインに注意する。

 

「でも皆気になってるよ」

 

「私たちが知ることではありません」

 

「でも悔しいよ、今度あいつ等見たらぶっ潰してやる」

 

「ならばもっと鍛えねばなりませんね、女王蜂は倒せますがあの大佐は無理でしょう」

 

「手榴弾と銃撃のコンボを物ともしなかったね」

 

 通常兵器の通用しない相手は一般の兵では対処不可能であろう。

 

「? ではあの弾には気を篭めていたのですか?」

 

「集中するから連発はできないけど威力は自信あるよ」

 

「いつの間に……」

 

「マルギッテだって使ってんじゃん」

 

「お嬢様といい貴方といい、良き才能がありますね」

 

 お前はそれを見込んで連れてきたんだろって心の中でツッコミを入れる。

 

「クリスもかよ……こっちは実践でやっとのこさ使えるようになったのに」

 

「しかし今回は貴方の成長が見られたので良しとしましょう」

 

「女王蜂にあったら?」

 

「確実に狩ります」

 

 笑から笑へ変わるが前後の笑顔の種類が違いすぎて怖い。

 

「い、行こうか」

 

 マルギッテの手を引きながらクリスの元へ誘う。クリスの顔を見ればもっと穏やかなマルギッテを維持できると急ぐライン。

 

 携帯を取り出しクリスに電話する。

 

 トゥルルルのワンコールでクリスが出る。

 

「もしもしクリス?」

 

「今は学校だバカ!」

 

 ツーツー、と話す間もなく切られる。

 

「学校にいる間は電話しちゃいけないんだ?でもあのクソ真面目なクリスが出るって事は相当心配していたな」

 

「お嬢様に迷惑を掛けるのはやめなさい!」

 

 マルギッテの顔が更に険しくなる。

 

「お嬢様に心配を掛けるのもダメでしょ?」

 

「ぐ、それもそうですね」

 

 

 

 放課後になりクリスが訪れる。ラインに対し平日に電話するのはやめろと怒っていた。

 

「生真面目すぎだよクリスは」

 

「しかし、ルールは守らねば――――」

 

「――――気にしすぎ要領悪いと敵を増やすだけだよ」

 

「ならば打ち倒すまでだ!」

 

 敵は悪い奴と決め付けてる酷い一例だ。

 

「おれが的になるかもよ」

 

「む、それでも倒す」

 

「何度言っても聞かないね」

 

 今まで会うたびこの遣り取りを繰り返しクリスの考えを改めようとするも成功はしない。

 

「いつか後悔するのに……」

 

「そんな心配する目で見るな! マルさん、私は間違ってないよな?」

 

 同意を求め群れを作ろうとする。

 

「ええ、間違っていません」

 

 間違いではないけど正しくもないそれをマルギッテは教えようとはしない。

 

「マルギッテ!」

 

「マルさんを怒るな!」

 

 逆ギレするクリスを放置しマルギッテに考え直させる。

 

「今日という今日はこのアホの考えを修正する! いいね!」

 

 マルギッテの返答も聞かずクリスを外に連れ出す。優しくもなくかと言って悪人でもない小狡い世界の社会化見学だ。

 

 

 

 日暮れの街に男女二人で出かけるというのは乙である。しかし中身が伴わないクリスは少しばかり残念だ。

 

「まずはこの大学生たちを見ろ!」

 

 信号のある道路、両方の歩道に百人ぐらいが半分に分かれにらみ合っている。

 

「何だ? 今日はお祭りなのか?」

 

 棒状の小道具を持ちズラやペイント、マスクなどで日本の侍風にまとまっている。

 

「大学の日本サークルの催しだな」

 

「彼らは何を待っているのだ?」

 

 ラインは手を上げ指を刺す。

 

「あれ」

 

 そこには信号機と言われる交通整理機器が設置されていて、現在は赤色に点灯している。

 

「信号機に何かるのか?」

 

「いいや、ただの合図だよ」

 

 今か今かと興奮しながら信号が青に点灯するのを待つ。

 

「わあああああ」「うをおおおお」「きいいやああああ」

 

 合戦の如く打ち合いをする学生たち。酔っぱらいも混じっていて危険な状態だ。

 

「ニュースで見たことあるが、これは迷惑だろ!」

 

「いい事では無いよな、でも本人たちは楽しそうだろ?」

 

「だが」

 

「危険でも行事として成り立ってるんだ、仕方がない。 次行くぞ!」

 

「まだあるのか!」

 

 現実を見て幾許か柔軟な思考になって欲しいとラインは願う。

 

 

 

 日は落ちていなくともひと目で如何わしいピンク街に入る。明らかに未成年の男女が入店する姿も見える。自分たちと歳もそう変わらないでは?と言いたくなる女の子も小太りのオジさんと腕を組んでいる。

 

「な、何だここは!」

 

「何って、ラブホ街?」

 

「自分と行く気か!?」

 

 どこで仕入れたのかいらん知識はお嬢様学校でも手に入るらしい。

 

「早るな!」

 

 ボスッ、と頭に手を乗せ気を落ち着かせる。

 

「だ、だ」

 

「俺が何を言いたいか分かるか?」

 

 クリスの思考はいまだに混んがらがっている。

 

「行ってみるか?」

 

「行くかバカチン!」

 

「ぐっ」

 

 頭に乗った手に握力が込められると、クリスも自分が何てとんでもない事を言ってるか理解する。

 

「あいつ等は未成年だ」

 

「ダメなのか?」

 

「法律上はな」

 

 クリスの目つきが鋭くなり、少し侮蔑が混じる。

 

「止めねば!」

 

「い?く?な?」

 

 再度アイアンクロー的な技をかける。

 

「と?め?る?な?」

 

「アホちん、空気読め、空気」

 

「む?」

 

 頬を膨らませ抗議する。今日だけで何度も止められるのだ、それに物理的に止められてはどうにもできない。幸い事件性の高いものでもないし、普段クリスが気づくことができない事なので悪い事と認識しきれていない。

 

「そう剥くれるな」

 

「だけど悪いことなんだろ?」

 

「でも当人たちは納得している」

 

「それは屁理屈だ」

 

 言葉で論破できないのが悔しくてたまらない。

 

「戦争もいい事じゃない、でも俺たちは納得している」

 

「父様たちは国を守ってるだけだ」

 

「なら人殺しは罪じゃないのか?」

 

 急に論点を換える。その内容はとっても卑怯で、そして何よりも身近な事だった。

 

「それは……」

 

 言い返せない、それは何よりも犯してはいけない事だから。

 

「いい加減に都合のいい解釈はやめろよ」

 

「……」

 

「さっき見たデブと女の子は家族でもなんでもない、唯の身売りだ。 あの子には売らなきゃいけない理由がある、分かるだろ考えれば」

 

 感情的にならずに、飽く迄も平坦な口調で言い合う。

 

「それでも私は良くないと思う」

 

「それは他人の感情論だ、当人たちにしたらいい迷惑だ」

 

「難しいな……」

 

「そんなもん簡単だ、適当にやれば良いの。 次行くぞ」

 

「まだあるのか!」

 

 心を沈める暇もあったもんじゃない。今日の出来事など気にするような出来事でもないが、クリスには刺激か強かった。

 

 

 

 テラスや喫茶店が犇めく飲食街。この時間は一息着くためにまったりとコーヒーや紅茶を飲むものが大勢いる。

 

「こっち見て」

 

 見せた一角は和やかな雰囲気はあるものの風情に駆ける客が多く、一言で言えば日も落ちていないのに飲酒をしている何とも言えない一角だった。

 

「う、お酒臭い?」

 

「吸いすぎるなよ。お前酒強くないんだから」

 

「う?」

 

 酒の匂いに気を取られ気が削がれる。

 

「見ろよ、こんな時間から酒飲んで非生産的だろ? 何時ものお前なら小言の一つでも言いそうな場面」

 

「いい加減、自分にもわかるさ。 自分が言えた義理ではない」

 

「それ以前に失礼、あそこの茶髪のショートカットと金髪の二人見てみ? 若いのにこんな時間から飲んだくれて見れたもんじゃない」

 

「確かに……ああは成りたくないな……」

 

 うら若い婦女子がジョッキを片手にベーコンを頬張る姿を公衆に晒すような神経は持ちたくないとクリスは思う。

 

 見た目が綺麗な分残念さが増す。

 

「う゛ぉぉぉぉい」

 

 突然、茶髪の女が奇声をあげる。

 

「そこのガキどもーー!」

 

 どうやら、おい、と言っていたのが酒に喉を焼かれガラガラになっているようだ。

 

「なに失礼な事いってだ、アアン!」

 

 テラスの策を飛び越えこちらに向かって来るが、その手からジョッキは離れていない。

 

「失礼なのはクリスです、おれじゃありません」

 

「な!? 確かにこういう輩に注意するのは自分の役だが、今回は関係ないぞ!」

 

 罪を擦り付けるラインに抗議する。

 

「ああは成りたくないって、言ってたろこのクソガキー!」

 

「ハッハハァ!」

 

 後ろの方で絡んでくる女の友人らしき女が腹を抱え爆笑している。

 

「ん?」

 

「んだよ、ガキ! ジロジロ見やがって、ぶち殺すぞ!」

 

 怒りを沈めようとしない様子にラインは物怖じせず凝視する。

 

「ん?」

 

「しばくぞコラ!」

 

 胸ぐらを掴まれ持ち上げられる。

 

「ライン!」

 

 暴力沙汰になるのではと警戒し心配するクリス。

 

 いつまでも態度を改めないラインに痺れを切らし、頭突きをかまそうと首を振りかぶる。

 

「あ、女王蜂だ」

 

 振りかぶる頭は失速しガンを飛ばしながら額を付け合う。

 

「あ、あ?ん?」

 

「猟犬部隊」

 

「て、てめ、あのガキか!」

 

 やっと気がついたようだが、金髪の女は見当もついていない様子。

 

「何でこんなとこで飲んだくれてんの」

 

「あ? あ?」

 

 あずみは頭をぽりぽりと掻き、何と言うべきか考える。

 

「仕事終わったからオフなのよ?ん」

 

「ステイシー、てめ!?」

 

「別に言っても構わないだろ?、特に問題がある訳でもないし」

 

「知り合いなのか?」

 

 何やら軍関係者と勘違いしているようだが、仲良くする中でも無く何と説明すればいいか迷う。

 

「顔見知りってだけ」

 

「何だ?今日はその嬢ちゃんのデートか?」

 

「な!?」

 

 過度な反応を見せるクリスにあずみ達は酒の肴を見つけた表情をする。

 

「何々?恋人?お熱いね?」

 

 グピグピと酒を飲みにやけるステイシーにラインの頭を捏ねくり回すあずみ。

 

 め、めんどくせ?、と顔を逸らし視線を避けるラインとは対象に、頬に両手もあて恥ずかしさを紛らわすクリス。

 

「じ、自分たちはそんな風に見られていたのか!?」

 

 今まで何度も二人で出かけたことは有るが、今まで他人からの視線を気にしたことは無かった。

 

「見えるも何もそうとしか見えないでしょ?」

 

 口角を吊り上げにやけるステイシーは大変ご機嫌である。

 

「そ、そ、そんな」

 

「そんなに嫌なのかよ……」

 

 そこまで拒絶されると同世代と比べ達観しているラインでもショックを受ける。

 

「別に、嫌ではないが!」

 

 照れる表情は大変可愛らしく、傍から見ても初々しく面白い。

 

「自分たちは! そういう関係ではありません!」

 

 この場を切り抜けたいのか大声で宣言する。あずみ達以外の客も当然お大声で静まり返り、クリスに注目が集まる。

 

「声がでかい……」

 

 誂われるより悲惨な状況に耐え難いライン達。

 

「ッチ! 白けちまった、飲みなおすぞステイシー」

 

「え?、もっと弄ろうぜ??」

 

「嬢ちゃんをよく見ろ」

 

 あずみが顎先でクリスに視線を誘導する。

 

「あれま……」

 

 目を瞑り、顔が真っ赤で方針しているクリスの肩を揺らすライン。

 

「お熱いこって」

 

 

 

 帰りに今日の出来事を振り返るクリス。

 

「今日は疲れた?」

 

「自分はひどい目にあった……」

 

 思い出すとまた恥ずかしさがこみ上げる。

 

「でも悪くはなかった」

 

 恥ずかしさを押しこられたクリスは凛々しい笑顔を作る。

 

 大人になったクリスはとても綺麗な女性になると今のクリスから想像できる。

 

「ライン。 それでも自分は正義を貫き通すぞ」

 

 そう言ったクリスは今までにないほど綺麗で見とれた。

 

「中将に謝らなくっちゃ……」

 

「何か言ったか?」

 

「別に」

 

「む、気になるではないか?」

 

 すぐにお嬢様のクリスに戻ってしまった。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話

 先日のクリスと出かけた夜。ラインはマルギッテに報告ができずにいた。報告すべきかどうか迷っていたが最終的に明日話せばいいかと先延ばしにしていた。

 

 有言実行と言葉に出していなくとも、行動しなければ何も始まらない。マルギッテを尋ねるべく女性宿舎に何時ものように顔パスで通る。いい加減子供とは言えない風貌になっているものの、度々マルギッテにお呼び出しをくらう少年に七面倒臭い手続きなどはしていられない。歩き慣れた通路を進む。

 

 トントン、と静かに手の甲で扉をノックする。

 

「――――」

 

 返事は帰ってこない。マルギッテとは違いラインは合鍵など持ち合わせていないので、何度もノックを繰り返す。

 

「っていないのかよ」

 

 適当に気配を探っても居る様子は無い。いつもより早く起き、一人訓練に行った訳ではないだろう。そうであるならば、叩き起こされて朝から10キロ程走らされている。

 

 部屋の前で携帯を使い連絡しようとすると、隣部屋の女性が出てきてしまった。

 

「起こした?」

 

「そろそろ朝食でも取りに行こうと思っただけ……」

 

 まだ少しばかり眠たげな女性は気だるそうに返事をする。

 

「マルギッテ知らない」

 

 携帯で呼び出すのも億劫なので、今部屋から出てきたばかりの知ってもいなさそうな女性に聞いてみる。

 

「……少尉なら昨日親が来るとか何とか言ってたからそれじゃない?」

 

 まさか真面な回答がくると思ってなかったラインだが、それ以前に自分が知らされていない事実を知っている事に驚く。

 

「こんな朝早くから来るとか変わり者だな?」

 

 娘に会いに来るために早朝に訪れるとは考えられない。中将と会談するために来たと推測できる。

 

 会談にマルギッテも参加しているとなると、先程電話せずに良かった、と気をまわす。ラインは女性にお礼を言って、会議室に足を運んだ。

 

 会議室付近まで行くと、会議はもう終わったのか目上の勲章をつけた人々の波を見つける。その中にマルギッテと中将は見当たらなかった。その人だかりに会釈をし、過ぎ去るのを待つ。ようやく人だかりが過ぎ去り会議室へ向かうと、最中の廊下によく知る声が響き渡る。

 

 

 

 

 

「ですから、お願いしますお父様!」

 

 マルギッテが実の父に何かを懇願している。

 

「その話はもうするな! 私は聞き入れはせんぞ!」

 

 どうやらマルギッテの頼みを父親は怒り混じりに断った。

 

「ならば、ラインを私の養子に入れる許可を!」

 

「巫山戯るな! お前はまだ未成年だ! まだ嫁にも出ていないお前を子持ちにするなどして世間にどんな顔をすればいいのだ!」

 

「そう言うのであれば、あの子を我がエーベルバッハ家の養子に入れて下さい」

 

 マルギッテはラインを自身の家族として迎え入れたいのだった。何の取り柄もない不幸な子供を養子にしたいと酔狂なことを言ったいるのではない。実力と結果を残しているラインならばエーベルバッハの名を背負うことが許される、少なくともマルギッテはそう考えていた。しかしエーベルバッハ当主、グラン・エーベルバッハは違う見解であった。

 

「ふん! あの何処の馬の骨とも知らぬ小僧を、我が家に入れるなどありえんは!」

 

「でも、あの子ならば……」

 

 能力は十分にエーベルバッハの名に相応しい働きをする。でもそれは、古き血を重んじる旧家にとって、越える事を美としない大きな壁であった。

 

「時間をかければ私が折れると思っているのか? 残念ながら薄汚い血を我が家に組みとるつまりはない!」

 

 これ以上、耳にして心地の良いものでは無いラインはゆっくりとその場を後にした。

 

「!? ライン……」

 

 気配の乱れから誰かが聞き耳を立てていたのを察知する。誰がいたのかまで分かっていしまった。

 

「坊主が居たのか……悪い事をしたな」

 

「そう思うならば、あの子に謝ってください!」

 

「しかし、先程の言を取り消すつもりはないぞ。 お前がいつまでも諦めないから真意を伝えたまでだ」

 

「父上!」

 

 マルギッテの怒りを顕にするとフリードリヒ中将が仲裁に入る。

 

「二人共落ち着き給え」

 

「失礼した」

 

「申し訳ありません……」 

 

 睨み合っていた二人も意気消沈する。

 

「君も君だぞ大佐、自身の発言を娘のせ所為にするなど情けない」

 

「ですな、だがフランク、君にも私の気持ちがわかるだろ」

 

「君の言う事はもっともだ、マルギッテ、君も其の辺を察してくれないか?」

 

 二人にそう言われたら頷かざる得ない。しかしラインには正式な家族が必要だ。自分と今での関係でも十分に後ろ盾は有ると言える。しかし公的な保証はない、それに(あかし)が必要なのだ。確かな絆が。

 

「ライン君を追いかけなくて良いのかね?」

 

 言われて気がつき、失礼しますと一言残しその場を後にする。

 

 残された二人は青いものを見る目で見送る。

 

「君も随分厳しいことを言うのだな」

 

「フランク中将の基準で言えばそうでしょうな」

 

 クリスへの甘やかし方と比べたら圧倒的なまでの差が二人の教育姿勢にはあるだろう。

 

「マルギッテは出来の良いペットでも買っている積もりなのでしょう、よく色々な芸を覚えると私に報告して来ますし」

 

 ほくそ笑みながら語るも中将に否定される。

 

「私にはそうは思えないがね」

 

「私にはあの娘が人一人育てる大変さを理解してるとは思えないな」

 

「彼女は聡明だよしっかり気づいているよ、間近で見てきた私が言うのだ安心したまえ」

 

 中将の保証なら確かであろうとグラン大佐は渋々納得した。

 

「坊主と距離を置かせる程私も鬼ではない、現状はあの娘に任せるさ」

 

 なんだかんだと言っても親は子供を見守る物だ。

 

 

 

 

 マルギッテは会議室前の廊下から離れラインを探す。猟犬の嗅覚と気配を汲み取る。ラインは離れてはいるが、逃げたり隠れたりせずゆっくりとした歩調で歩いていた。

 

「ライン」

 

「なに」

 

 予想より大分明るい事に感情で表せない程傷付けてしまったのではと思う。しかしそれは要らない杞憂であった。

 

「そんなに悲しそうな顔しないでよ。 おれ、今更あんな事言われてもどうにも思わないよ」

 

 ラインの悲しそうな声色にマルギッテもつられる。

 

「でもマルギッテのお父さん、グラン大佐だっけ? おれもあの人の子供に成りたいとは思わないし、別に気にしなくていいよ」

 

 マルギッテにとっては立派な父でもあるのに、その子供には成りたくないと宣言するのも褒められたことではない。

 

「そう言わないで下さい、あれでも私の父親です」

 

「そんな事より、マルギッテに言っておきたい事があるんだ」

 

 今までの陰鬱な空気はどこかに置いて置かれ、エーベルバッハの養子になる事よりも重大であるとラインは主張する。

 

「何か重大な事のようですね、歩きながらでは何ですから談話室にでも行きましょう」

 

「誰も居ない所が良いんだけどな?」

 

 決心は揺るがないので最悪誰かに聞かれ困る程の覚悟でもなかった。

 

 談話室でテレビを見ながら雑談を交え会話する。テレビの画面には星座占いが映り、12の星座がランキング表示される。

 

「山羊座最下位かよ……運ねぇーな、こんな日に」

 

 今日の山羊座の運勢は、大変運が無い例年見ない程悲惨なので外出はなるべく控えましょう。アナウンスサーもこれ放送していいの?っと言いそうな口調である。何やらクレームの電話が殺到していてテレビ局が大慌てしているのが、生放送のため視聴者にも丸分かり。早朝から放送事故とお騒がしい局であった。

 

「おいおい……これ大丈夫かよ……」

 

 映像には慌てるスタジオのパニック状態になっている音声が電波に乗り届く。一分経ってもアナウンサーが原稿を読み続け、現在も不運な連続であると述べ続けている。

 

「誰だよ! こんな原稿用意したのは!」

 

 とか。

 

「こんな原稿読むアナもアナだ! 何だよ、人生災厄の山羊座って! 読んでて可笑しいと思わないのか!」

 

 と息巻いてる男性の声が聞こえる。

 

「まだカメラ切ってないのか! 止めろ、このスカポンタン!」

 

 ここでやっとCMが流れる。

 

 新鮮な情報を提供してくれるのは大変ありがたい限りだ。だが、どこまで山羊座を貶める積もりか知らないが、全国の視聴者としては下らないけど面白いものが見れたと賑わった。

 

「すごい番組ですね……」

 

「この局はたまにドッキリとかやっちゃうから、誰か変な企画でも設けたんでしょ?」

 

「困ったテレビ局ですね、世間には鵜呑みにしてしまう人もいるのに」

 

 真面目に呆れた目をテレビに向ける。ラインはその様子にお巫山戯が通じないのも、それはそれで立ちが悪い。

 

「どうせ嘘なんだから本気にすんなよ。 あ、付いた」

 

 スタジオはまだ落ち着いてはいないようだが、何とか続行できる状態になったようだ。占いの原稿を読んでいたお姉さんは端の方に座っているが、化粧が少し乱れているので裏で怒られている事が想像できる。

 

 今度は貫禄のある男性アナウンサーが真剣な顔で原稿を読む。

 

「え?、先程の山羊座の星座占いはこちらの不手際では無く、事実であります。 占いなど信じない方も居るようですが、リューベック在住の方は特に注意してください! 尚、本日は赤いものを体に身に纏い、外出はお控えください。では引き続きNEWS ∞をお送りします」

 

 ここでまたもCMが流れる。

 

「なんなのこれ」

 

 何を急に態度を改めて本気にして何がしたいのかイマイチ分からない。まさか本気で信じろと言っているのではないかと正気を疑いたくなる。

 

「私は山羊座でもありませんし、髪も紅いので問題ないでしょう。 ラインは山羊座でしたよね? 私の髪を差し上げましょう」

 

 随分と心情的に重たい物を渡してくる。マルギッテとしたは、愛情と心配を込めて渡して来るのだろうが、常識的に気持ちの悪いと思われても可笑しくない。

 

 長く伸びた髪を一本切り、ラインの手首に結ぶ。

 

「……一応、ありがとうと言っておくよ……」

 

 全く嬉しくないプレゼントに苦笑いしかできない。感情を露骨に出すとマルギッテを傷つけてしまうので、話題転換で本題を切り出す。テロップで災厄の山羊座などと流れている結体なテレビを消す。

 

「消すのですか?」

 

 急にテレビをを消したラインを不思議に思う。

 

「大切な、は、話がしたいから、ちょと、邪魔」

 

 途切れ途切れの文脈で緊張を隠せない。本来は胸にしまって置いても、責められる言われは無い事情ではある。しかしこの軍に、世話になっているマルギッテに隠していては、ライン自身が納得しないのだ。

 

「おれ、多分クリスが好きになった」

 

 溜めの一つもなく、行き成り好きになったと言われても、マルギッテはどんな態度を示せば良いのか分からない。

 

「は、はぁ、昔から仲が良かったので好きなのは知っいましたが、それが?」

 

 どうにも不明瞭なラインの宣言に何が言いたいのか理解できない。

 

「だから、クリスが……好きなんだと思う」

 

「それは異性としてですか……、中将になんと言えばいいのやら……」

 

 マルギッテは困ったような反応を示し、仕えているフリードリヒ家を考え思案する。ラインの曖昧な宣言から、緊張と恥じらいが見られる。この年頃は色に過敏になるので、別段可笑くも無いが相手がクリスお嬢様では応援する事も出来ない。

 

「いけない、とは、思ってる……」

 

「はぁ?」

 

 遂に溜息まで出てしまう。ラインもマルギッテの反応は予想したものと違い、対処法が分からずにいた。

 

「本来は私が口に出す事では無いのですが、相手がお嬢様となると反対しなければなりません」

 

「うん」

 

「しかし! 貴方が人を、誰かを好きになるなど私個人としては嬉しい限りです。相手がお嬢様でなければですが」

 

 他人との親密な交流が少ないラインを心配するのは数知れず。挙句、友達はネットに沢山居ると言い出すのだ。

 これは保護者として何とかせねばと、何度も外に行かせお嬢様の学友と交流を持たせたが、進展は見ない。仲良くはなるが、所詮は他人とラインが思っているのを潜在的に見透かされ、態々親密に成ろうと相手側も思わないのだ。

 

 そんなラインが好きになる異性は身近な者に限られ、結果歳の近い異性のクリスを思慕する。

 

 訓練、仕事、ゲーム。これの繰り返しを行っていた成長期。交流が事務的な者も多く、子供として見られるも弄ばれる対象としか見られない。

 加えて、実戦での姿を見れば、無邪気に接する者など皆無だ。進んでこの世界にいるマルギッテとは違い、ラインはこれしか道を見いだせなかった。一番に反省すべきは、この環境しか用意出来なかった自分だとマルギッテは内心叱咤するが、もう遅い。

 

 少年は恋を知った。やたらを責めてはその火に燃料を投下するようなものだ。ここはもう少し大人になるまで、胸に秘めてもらうのがベストだろうと考える。ただの先延ばしにほかならないが、鎮静を待つのも時には必要だ。

 

「ライン……お嬢様を好きになるのは構いません。しかし貴方をお嬢様に纏わり着く毒虫とは思いませんが、余計なことをすると虫と見なさなければなりません。 そこをよく考えてください」

 

 自信の立場を理解させる。ラインならば理解できるとマルギッテも知っている。

 

 少しはこれで自重してくれると思い、この件に区切りを付ける。

 

「え?、それって我慢しろって事でしょ?」

 

「直接的に言えばそうです」

 

「でも、おれもうデートに誘ちゃったよ?」

 

「それはいつです!?」

 

 意外にも決めたら行動が早いのがライン少年。マルギッテが言うまでもなく、ラインの中で自己完結している事を後から、ああだ、こうだ、言っても気持ちは変わらない。

 

「今日だよ?」

 

 あまりにも早すぎる展開にマルギッテは翻弄される。それにしても早い、早すぎる。この思い立ったらの行動力はマルギッテに出会う前、自分で何もかも成してきた時と同じだ。

 

 更にこのライン少年、マルギッテにはまだ言ってない重大な事がある。

 

「お嬢様にはデートとお伝えしているのですか?」

 

 あの初心なお嬢様がデートと承知の上で応じるとはとても思えない。だがn事実こうしてデートは成立している。ならば何か裏が有るとマルギッテはよむ。

 

「いってないよ」

 

 そう聞き、マルギッテはホっと一安心した。それならば、今までと変わらないお遊びと同じだ。ラインの気持ちが違う以上、全く同じとは言い(がた)いが、お遊びの延長線上であるに相違(そうい)ない。

 

「だけど、電話越しにそれとなく好きといった」

 

「!?」

 

 プレイボーイ顔負けのセリフを電話越しなれど言ったというラインに対して驚きを隠せない。マルギッテはあわあわと興奮し、ラインが何を考えているか想像できない。いつも恋愛事と皆無な生活を送っているので理解の範疇を越えているのだ。

 

「うそだけど……」

 

「ライン!」

 

 その言に自身がおちょくられているのに気がつき、怒りのため眼光が鋭利な刃物のようになる。

 

 ラインは両の手を広げ前に突き出し、マルギッテをなだめる。

 

「ごめんないさい、ごめんなさい。 でも可愛い格好で来てって言った」

 

 真剣味を帯びた声色にマルギッテも気を落ち着かせる。

 

「本気だよ、割と……。 最後に告白するつもり。 だから中将に知られたら困るんだ。 好きなだけなら兎も角、告白はでは許してくれないだろうし……。 もし知られたら護衛は勿論、二人で遊びに行くとか不可能になるだろうしね……」

 

「真剣なのですね?」

 

 マルギッテは矢張り止めなければと決意する。

 

「でもマルギッテには言って置かなきゃって思ったんだ」

 

「――――」

 

「だからさ、マルギッテ……

 ――――大人しくしてて!」

 

 身構えてすらいないマルギッテはラインの不意打ちに襲われる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話

 何気なく一歩詰め寄り、両方の手を自分の腰に回す。マルギッテからは完全に死角の位置に忍ばせて置いた武器。素手では圧倒的不利にあるラインでも、武器や気を混じえ応用すれば十分に戦う事が可能だ。しかし普段使用する武器は殺傷性だ高く。捕縛や鎮圧には向かない。事戦争に於いてはラインの方が向いてるが、戦闘に於いては現状マルギッテには及ばない。

 

 目的は捕縛。なので気絶させなばならない。容赦をなくせば、毒や薬で眠らせればいいのであるが、正面からマルギッテを突破しなければ義理は通せないとラインは考える。

 

 何の義理だか義だかは知らないが、本人はこの壁を越えなければクリスとのデートには行けない、もっと言えば告白はしないと心に決めている。恩を仇で返すに等しい、それ程の事を成そうとしているのだ。

 

 手に忍ばせるはスタンガン。通常電圧100V、それを二倍にした200V。電圧を上げるも電流を抑えた一品。一般に販売されている高電圧でも110Vでマルギッテならば耐えてしまうのだ。ただの気合で無効化されてしまうので、訓練での組手で以前使用したときから改造したのだ。

 

 視線を合わせマルギッテの視線を固定する。

 

「――――大人しくしてて!」

 

 顎の下で完全に見えない。その攻撃はマルギッテの顎に伸びる。軍服の上からでは効果が薄いと睨み、地肌を直に狙う。

 

 完全に避けられない軌道。

 

 マルギッテの状態も反応を見せない。

 

 しかし、顎の直前でラインの腕が静止する。止められたのだ、ラインの死角から伸びる手に。

 

「!?」

 

 手に触れられた感覚から止められたと確信し、スタンガンを弾き投げる。投げてぶち当てようと狙ったが僅かに止まった隙。その隙でマルギッテはラインの手を支点に反転し背中合わせになる。

 

 空いた手でラインの両手を押さえ小手を返し、元々のラインの後ろ側に投げる。

 

 腕を捻られ関節が強制的にそちらに動かさられる。上体は倒され受身を取らざる得ない。このままでは地に抑え込まれてしまい、絞め落とされるだろう。だが無理に逆らっては手首を痛める。

 

 ここでラインがとる行動は力に逆らわず捻られる手首と一緒に体ごと大きく飛び、空中で宙返りしながら肘から抜き蹴りで反撃する。

 

「甘いですよ!」

 

 頭部を目掛けた蹴りを戻した腕で受け流し、腰を入れた突きのような蹴り、蹴り上げ、の二連撃を入れる。

 

 膝を閉じ丸くなり腕を上げクロスガードで蹴りを受ける。受けた衝撃で体が吹き飛ぶが、その分空中に打ち上げられるので体勢を整える。

 

「矢張り、落としきれませんか……」

 

「やはりじゃない、落とす側が逆になってるし!」

 

 マルギッテとの攻防を凌いだラインはいつの間にか攻めと守りが反対になっていることを知る。

 

「最初に決めきれなかった貴方に、私に勝つ勝算は無いでしょう」

 

「……」

 

 正面切って相対するには、決め手に欠ける。最早勝ち筋が見つからない。

 

「諦めなさい、と言いたいところですが機会を与えます。何もしないのであれば今回は見逃します。 健全なお出かけで我慢しておきなさい」

 

「はい、わかった、何て――――」

 

 屋外に逃走し正面から戦わなくて済む、演習場に逃げる。

 

「言うはずないでしょー!」

 

 

 

 

 

 人を囮に少しずつ距離を離す。転々とする気配の中からラインを判別するのは一苦労。常に殺気を向けられている状況ならば特定は容易いのだが、ラインは逃げるだけならマルギッテを圧倒的に上回る。幼き頃の勘は鈍ってはいない。それどころかより磨きがかかっている。マルギッテ自身、磨いたつもりはないのだが、近接より中距離以遠はラインのテリトリー。迂闊に動いてはシモヘイヘの再来とばかりに圧倒される。

 

 最初からマルギッテとの交戦を予定していたラインは各場所に麻痺性のあるゴムの弾丸と虚勢と脅しを交えた攻撃のためRPGを用意していた。ロードバイクも用意したので、バイクに乗った射撃戦ならばマルギッテと対抗することが本命だが、最悪本気で逃走するのも一考かもしれないと考えもする。

 

 ラインは所定の位置でダブルアクション、つまりセミオートライフルを担ぎ赤外線スコープで生き物の機微を見極める。近接の時の為のハンドガンは銃口から射線を読まれトンファーで受け流されるのは、戦場でマルギッテが相手の虚を突くとき用いる先方だ。これをどうにかしないとハンドガンの効果は薄い。実弾ならタオルなど遮蔽物を使い銃口と引き金を見せなければ良いのだが、ゴム弾では出来るはずもない。銃口を振りながらでも撃たない限りかならず見切られる。

 

 マルギッテだって正面から戦うだけが能ではない。速度を活かした突撃、忍び寄り背後を取る能力は類を見ない。あずみ程特化していないが、純粋武道家にはないものだ。

 

 作戦の整理を行い、確実に勝ち筋を作る。

 

「来た……」

 

 軍服でも制服のまま演習場に来ては大変目立つ。ラインは最初から迷彩服なので逃げと守りには優位性を構築できている。

 

 最近は力を抑える為に用いる眼帯。私生活では見てくれがよろしくないと、仕事日以外の着用を遠慮してもらっている。本日はそれが仇となり、全力全開のマルギッテを相手しなければならなくなった。しかし、どのみち外すほど追い込むのは確実なので、逆にその一見油断なく本気なマルギッテの枷を外した自身が、逆に油断に繋がればといいと思うラインだが、当然その様な事にはならない。

 

「行き成り撃ったら場所がバレるしな?、遠くで背中向けてくれないかな?」

 

 どんなに距離が離れていても正面から挑む勇気はない。ただの雑兵なら例え至近距離でもライフルで射撃戦をしても良いが、マルギッテは距離など関係ない。幸いちらほら演習場には人影がいることが、スコープからも分かる。気配で特定されるとは思えない。ならば、ここは麻痺弾を一撃で捩じ込み勝利するだけだ。

 

 随分ゆっくりとした歩調で歩くマルギッテだが、この演習場にいることはメールで知らせてある。居るのが確実ならば、ゆっくりと探し隙を晒さなければ簡単に撃つとは思っていないのだ。痺れを切らし勝ちに急げば、反撃の目処が立つだけ。今はトンファーと言う武器も持ち合わせているので、例え弾幕の中でも突き進むのみ。

 

「あ?長い、これお昼に間に合うかな?」

 

 案の定、痺れを切らしているが、安易な攻撃に移る真似はしない。

 

 このままの進行方向なら確実に遠くで背中を見せる機会が訪れる。だから今はただ待つ。

 

「もらい」

 

 決定的な隙、別の何かに気を取られているその背に麻痺弾を捩じ込む。

 

「あっちですか」

 

 平然とするマルギッテ。

 

 弾丸は一歩動かれるだけで避けられてしまい。大まかな居場所まで特定される。

 

「さ、誘われた?」

 

 狙撃とは宣言して打つものではない。宣言しても避けられる物でもないのでラインは気にも止めなかった。しかしマルギッテはラインの戦法を熟知しており狙撃を読んでいたのだ。

 後は風のなく弾道のわからやすいポイントで隙を晒せば撃つに決まっている。加えて風がないので音もよく通る。音で避ける事は不可能だが、気を使い集中力を上げれば最初は避けられる自身がマルギッテにはあった。

 

 一度方向が分かれば情報として十分だ。マルギッテは何が飛んでくるか分からない方向へ全力疾走する。

 

 対面からはスモークの煙が焚かれ、視界を奪い奇襲するのが予想できる。動いているマルギッテの方が圧倒的に不利であるが、近づいたそれだけでラインの優位性は失われる。

 

「追い詰めましたよライン!」

 

 200m以上離れていたが、瞬く間に詰め寄られ逃走すら侭ならない。ここまで来たら会心の一撃を入れる他ないラインは煙が風で流される前に決着を着けねばならない。最早隙を探している余裕も無い。

 

 だが、小細工はいくつでもある。ここはラインの狩場であり、マルギッテ狩場ではない。

 

「眠気が……催眠ガスですか」

 

 煙に催涙ガスを仕込んで自分は悠々とガスマスクを付け至近距離で攻撃を仕掛ける。何弾にもフィルターを掛けなければマルギッテに勝つなど夢のまた夢。大佐との相対以来、壁の向こうを見据え始めラインの手に負えない程に見違えてしまった。格上との本気の戦闘はここまで人を成長させるものかと感じてしまった。それはラインにも言えるが、マルギッテは度を越している。

 

「いつも銃を片手に挑む貴方が素手ですか……私も舐められたものです」

 

 ガスを吸いすぎたマルギッテの蹴りは威力は変わらないがキレが落ち、恐怖するほどでもなく見切りやすい。避けるのは難しく、両手で受け流しながら冗談回し蹴りを入れる。

 

「!?」

 

 頭を掠めるも直撃には至らない。マスクと煙の所為で視界悪い。自分で作った舞台であるが、戦い難い。

 

 掠めた足を戻し勢いを殺さず反転し、逆足の足刀で押し切る。

 

「っぐ」

 

 今度は腹に直撃する。

 

 幾らマルギッテでも遠くに飛んで行く筈だが、ラインの足にトンファーの柄の感触が伝わる。

 

「捕まえました……」

 

「うわっ」

 

 片手で引き寄せられ、勢いの侭カウンターの様にトンファーが鳩尾に直撃する。

 

「ぐぇ」

 

 拳でも十分な威力を発揮する人体の急所、水月と呼ばれる所に面積小さく固いトンファー。物体への気の伝達が芳しくない今の状態でなければ一撃も耐えられなかったかもしれない。対象激完備に防弾チョッキ越しでもこの威力。銃弾でも耐えるこの防弾チョッキでも、気の補強がなければ貫通していたかもしれない。

 

 ギリギリ耐える物のマルギッテはラインの足を話していない。

 

 ラインはサンドバック状態になる前に、膝を曲げマルギッテの脇から胴を押さえ羽交い絞めにする。

 

「離しなさい!」

 

 煙に自身が追い詰められていると知るマルギッテは最後の足掻きでラインを自分ごと投げようと身を揺らす。

 

「っち」

 

 ラインの体が浮き自身が投げられるのが分かる。これは避けようがない、そう感じたラインは自身の敗北を悟る。

 

「うわぁっ」

 

 浮いた体は予想に外れ真横に倒れる。

 

 ボスッ、とお互い羽交い絞めになった状態で倒れる。

 

「名付けて、スリーピングキャッチ。効果、相手は眠る!」

 

 死んだように強制的に眠っているマルギッテは当然反応しない。

 

「はぁ、もっと強い必殺技とか誰か教えてくれないかな?」

 

 今までもマルギッテの師と呼べる人たちから戦い方を教わりはしたが、気を使った必殺技など皆無だった。純粋に確定どころに爆発的に気を込め直撃させる、この一点に付きた。

 全てを上に行かれる相手にはそれだけじゃ倒せないと、知ることになるとは思いもしていなかった。

 

「大体なんだよこれ」

 

 マルギッテを背負い女性宿舎に向かう。勝ったが喜べない現状に独り言で文句を言う。

 

「相手毒状態にさせて、逃げる守る拘束とかでターン数稼ぐみたいな勝ち方」

 

 正面から堂々と切り込むマルギッテを讃えることはできても、馬鹿にすることを出来なかった。

 

「クリスにそっくりじゃん……」

 

 流石、姉と慕われるだけの事がある。

 自分には無い物、自分には出来ない発想。確実を求めるだけの詰まらない勝ち方。

 

「効率厨かってんだ……」

 

 男なら華々しく勝利したい。そこに自分の欲しい物が有る、それに気づいた。

 

「帰ったら鍛え直してよ、マルギッテ」

 

 背に乗せた眠るマルギッテに勝利の褒美を貰う約束をした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話

 マルギッテに辛勝し、その敗北者を今日一日動けない程度に拘束する。誰か人に見つけられても困るので、マルギッテの部屋に置き自身はクリスの元へと向かう。

 

 約束の時間には間に合う様に決着を着ける事ができたが、トンファーの直撃が体に響く。内蔵に損傷は感じない。しかし痛みが残って気分が萎える。

 

 最寄りの駅に向かいクリスと合流を図る。色々遊園地のチケットなど何か忘れ物はないかと確認する。

 

「しまった?」

 

 服装の確認を終え、財布に入れたチケットを確認すると現金が残り少ないのを知る。

 

 補充の為銀行に行かねばならなくなり、クリスに少し遅れる旨を伝える。マルギッテとの交戦を考えすぎ、クリスとの事を厳かしていた。デートの準備よりも戦闘の仕込みに手間暇をかけた。武器を倉庫から黙って持ち出すのは何よりも大変であったし、演習場での訓練に差し支えが無いよう武器を隠すのも神経を使った。これがなければ勝利など不可能であっただろう。

 

 銀行の手前に若い不良どもが居て、マナーの悪さに少し不快になるも素通りし銀行に入る。子供とは言え社会人。当然給料も出るし、実戦に出た報酬も上乗せされるので、ラインの懐具合は同年代に比べると桁が違う。

 

「150マルクもあれば足りるか?」

 

 お嬢様をエスコートするなら予算は多めに越したことはない。大きくない財布なので入れるのを手間取るが、これ以上大きくてもポケットからはみ出すしな?、と銀行を出ながらお金をしまう。

 

 財布を穴のポケットにしまうため片手に持ち視界から外すと誰かの手が重なる。

 

「おい!」

 

 怒鳴るのも束の間、重なった手のは財布を盗み出し盗人は逃げ出す。

 

「やられた?、あの野郎?」

 

 見返した先には先程の不良の中に居た人物。その時はラインを品定めする視線は感じなかった。盗みを生業にしていたラインならその視線を感じ取れない筈がない。

 なら何故盗まれたかと言うと男は突発的に盗みに走ったのだ。入口で子供が大金持って出てきたら鴨にしか見えない。不安要素など外見からでは想像できない。油断は誘えるが、舐められる子供な外見がこの時ばかりは裏目に出た。

 

「街やがれ?」

 

 大通りを抜け人を避けながら追跡する。

 

 段々と人の量が少なくなって来る。当たり前だ、逃走者が人の居ないところに誘導しているのだ。人前で子供に殴りかかれば事件になり、勇敢な市民に取り押さえられる。人が少なければ自分を止める者は誰もいない、そう考える盗人だがラインもそう考えていた。

 

「おれから盗んだ事、後悔させてやる!」

 

 プライドが刺激され、軍の、戦場での残虐さを知ってしまった。ラインの粛清の基準は一般とは大きくかけ離れ容赦がない。法律的に言えば過剰防衛だ。軍人の自分が人前で行えば罪に問われてしまう。

 

 路地に裏に入り、行き止まりで漸く盗人が止まる。

 

「へへ、追い詰められちまったな?」

 

 追い詰められた割に嬉しそうな盗人。ラインはなぐりて?、と顳かみをヒクつかせる。

 

「ごめんなさ?い、許して?」

 

 ダメだ、もう我慢できない、ラインは明からさまに拳を振り上げ殴りつける。

 

 挙動で殴るのが丸分かり。盗人はカウタンターでラインの顔を殴りつける。

 

「ぐはっ!」

 

 ラインはカウンターが伸びる前に速さで押し切る。

 

「な、なんで、ぐっ!?」

 

 尻餅をつく盗人に追い討ちを欠ける。相手の反骨心が折れるまで殴り続ける。

 

「ぎ、ごごごめんさい」

 

 腕や顔が腫れ上がる程痛めつけられた盗人は鼻と目がグズグズで鼻水と涙で汚い。幾ら腹を立てたラインでこれを殴るほどの加虐心は持ち合わせていない。

 

「財布!」

 

「は、はい!」

 

 握力の無い手で必死にズボンとポケットの圧力の中から財布を取り出そうとする。

 

「いいよ、そんな汚い手で触られたら嫌だし、自分で取るよ」

 

 鼻血で血塗れの手で触られたら財布にまで付着してしまう。

 

「す、すびまぜぇん」

 

 本気で申し訳なさそうにしていて、ラインまで自分が酷い事をしていたのでは?と勘違いする。事実その通りやりすぎなのだが。

 

「いいからケツ向けろ、ケツ」

 

 あ、はい、と頬が赤い盗人。赤らめている、血と腫れで。

 

「良かったな、おれが良い人で、警察には言わないから反省するんだぞ?」

 

「……」

 

「良かったね?」

 

「はい!」

 

 警察に居た方が安くすんだとラインに出会った事を後悔する。

 

 戻るので路地の隙間を近道する。その途中見知った顔を目にした。

 

「あれ? あれアルミン大尉じゃね?」

 

 近寄ると矢張りアルミン大尉だ。誰か見知らぬ男と一緒にいる。この辺は治安が悪い。治安維持の慈善活動かと憶測するが、ヒーロー活動する様な人でも無いと思う。取り敢えず出会ったのだ、挨拶だけでもしておく。

 

「お?い! 大尉?!!」

 

 顔をこちらに向ける。どうやら驚いているようだ。

 

「っち! ラインか!」

 

 知られたくない関係なのか苛立ちと焦りが見られる。

 

 迷わずラインに向け銃を乱射する。

 

「ど、?」

 

 慌てて壁に背に隠れる。

 

「行き成り何するんですか!」

 

 アルミンはその言葉に安心し済まないほんの冗談だと謝罪を口にする。

 

 ゆっくりと近づき連れの男性にも会釈をする。

 

「勘弁してくださいよ、俺だからいいものを……」

 

「何時難時でも油断はするなそう教えたろ?」

 

 軍人として戦士としての心得。

 

「マルギッテと言い体位と言い……洒落になんね?」

 

 それにしても何でこのような場所に、と疑問に持つがそれはアルミン悟られる。

 

「あれ?」

 

 連れの男性の顔を確認するとどこかで見覚えがある。

 

「この人どこかで……」

 

「あ、ああ。 それは俺が見せたんじゃないか? ほら前に彼女と出かけた写真見せただろ?」

 

「そうだっけ?」

 

 その様な記憶有る様な無い様な、所詮他人の思い出。ラインにとっては曖昧な物だ。

 

「なっんか名前知ってる気がするんだけどな?、ていうか、アルミン大尉はここで何を?」

 

「あ、それはだな……」

 

 お茶を濁すアルミン大尉にラインは最初声をかけた時を思い出す。

 

「まさか……密会?」

 

 その言葉に二人の目から感情が消える。ラインはこの顔付きから確信する。

 

「大尉……まさか……ホモだった何て……」

 

 そうここら一体は治安が悪い。性的にだ。隠れたやり場、密会場、ゲイバー。何人もの不良が被害に出た危険地帯でもある。

 

「あ、ああそうなんだ……」

 

 ラインと目を合わせず、嫌な空気が流れる。

 

「この事はみんなに秘密にしてあげます」

 

「そうしてくれ……」

 

 疲れきった表情で早くどっか行けと言う。

 

「じゃあ、おれ用が有るんで?」

 

 面白いネタを手に入れたと早速アルミン大尉の友人に連絡を入れる。

 

 路地を抜け駅に戻る。犯罪者を懲らしめたと言えば、クリスも剥くれはしない。ラインはクリスにも教えてやろうと歓喜する。

 

「まさか、本当に放置する積もりか?」

 

 ラインが去った後、連れの男が口にする。

 

「いや、あの坊主は休日は遅くまで帰らない。 その間に仕込めば関係ない」

 

「俺の顔も伝わっているのだな」

 

「幸いうろ覚えだったが、何かの拍子に気づかれては元も子もない。 ついてないな?」

 

「しくじるなよ……」

 

「当たり前だ」

 

 お互い運が悪かった。本当に運のない。

 

 

 

 駅に着くと暇そうにするクリスがいる。後1、2年成長すればナンパされているだろうが、今のクリスなら逆に安心できる。

 

「遅いぞ!」

 

 待ち合わせに二十分遅れたが、トラブル続きで手間取ってしまったのだ。そう怒らないで貰いたい。

 

「わるい、でも泥棒をやっつけたら時間くってさ」

 

「何? 怪我はないのか?」

 

「当たり前じゃん、おれ一応クリスお嬢様の護衛だぞ?」

 

 何を当然の事を聞き返すのかと返事する。

 

「ラインにじゃない、被害者のことだ」

 

 ラインが一般人相手に怪我をしないのは前提だろ、と悲しい信頼が寄せられる。

 

「被害者はおれだけど」

 

「それは……犯人も随分馬鹿だな」

 

 お気の毒、以前のクリスなら言わない意見に関心する。

 

「ま、そう言う輩は一旦痛い目みないとな?」

 

「私が入ればこんなに待たずにすんだのだが……」

 

 退治できないのを残念がる。

 

「クリスが戦ったらおれが怒られる……」

 

「大丈夫だ! きっと父様もマルさんも褒めてくれる」

 

 裏で危険な目に合わせるなと常々言われている。それは知らぬが華なのだろう。

 

「そろそろ行くか?」

 

「そうだな」

 

 何時もの様に遊びに出かける。片方の気持ちは変わらぬ侭、もう片方の気持ちだけがいつもと違う。

 

 テーマパークに行くのだ、何故察する事が出来ないと心中で考える。何度も遊んだことは有るが、今回の様な遠出は必ずマルギッテも同伴だ。二人だけで遊ぶことはあっても遠出はしたことがない。これだけの条件が揃えば何か違和感があっても可笑しくはないのだが。

 

「いっくぞ??」

 

 完全に何時もの延長線だ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話

 テーマパークに着きチケットを使い入場する。

 

「vip会員ですね」

 

「はい」

 

 金さえ払えば入場制限がかかる特別な日。通常より5倍の値はするので買うものは多くない。

 

「何から行く?」

 

 ラインはクリスの希望を優先する。

 

「ウォータースライダー」

 

 このテーマパークは一般にも公開されているが、実際はVIPをメインに商売をしている。

 

 大きな休みには家族連れの顧客が増え、VIP枠は少なくなる。この時期ならばクリスの同級生に偶然会ったり、知り合いに会うなんてベタな展開はありえない。

 

 計画が順調に進み、後は盛り上げるだけ。幸いこのお嬢様は様々な事に経験不足。学ぶを主軸に置いた生活のため、ラインが特に何かしなくとも好奇心で勝手に喜んでくれるのだ。

 

 

 

 入場すると別室に別れ、それぞれ着替える。ここのテーマパークは一風変わっていて、大規模プールが屋内と屋内にそれぞれあり、更に外にジェットコースターやフリーホールなどの遊園地といった作りになっている。遊園地よりプールの方が人気なため余り列ばずに遊具に乗る事が可能だ。しかも水着のままでも遊具に乗る事ができる。迂闊にビキニで来る女性客のポロリは数知れない。

 

 合流したクリスは一身白いワンピースの水着に着替えてた。幼馴染では有るが環境的に一緒にお風呂に入る中でも無かったので、こうして成長したクリスの露出された肌を見る機会は少ない。恋に気づいてからは初めてと言える。ラインはこんなに可愛かったっけ?と昔の自分のセンスの無さに悔いる。

 

 無邪気にはしゃぐクリスはラインよりもアトラクションに夢中であった。

 

「わ?、見ろライン! 滝だ! 滝があるぞ!」

 

 唯のオブジェの滝ではない。渓流などの滝で行う飛び込みを再現し水と一緒に落ちる仕組みになっている。その下の水深はこのプールで一番低くなっており、当然ラインたちの足は着かない。

 

「気になるなら行くぞ!」

 

「ああ!」

 

 ジャングルの様な屋内のオブジェ。密林や山中の川の再現のようだ。模造の植物は虫を寄せ付けないので、さながら快適なジャングルと言った作りだ。

 

 緩いスロープの坂を登り、滝の頂上へでる。

 

「お、思っていたより高いな?」

 

「15mだってよ」

 

 こんな物は空中降下より断然安全だ、とラインは鼻で笑う。

 

「自分も怖くないぞ!」

 

 臆する事を恥だと考えるクリスはできると主張する。

 

「む、ラインは訓練で色々なところから飛び降りても死なないって、マルさんが言ってたぞ!」

 

「それ自殺してやるって言いながら何時も飛んでるんだ……」

 

 初めてビル8階から飛べって言われたとき、死ねと言われたと錯覚したほどだ。

 

「ラインが飛ぶ回数が一番多いと褒めてたぞ?」

 

 マルギッテに褒められ、誇れる技術を何故忌諱するのだとクリスは思う。

 

「飛ばされてたの! 強いられてたの! クリスも飛ばして上げようか!」

 

「やめろ、自分は後でいい、後がいい!」

 

 クリスの肩を掴み強引に断崖にまで押し出す。好きな女の子柔肌に直に触れる機会に興奮するが、本気で怖がるクリスの方がもっと面白い。クリスを揶揄うのが何よりも好きなのであった。

 

「わかった、お手本見せるから続いて飛んできなよ」

 

「うん……」

 

 本当に飛んでくるのか実に怪しいのでクリスに挑発を入れる。

 

「ビビんなよ?」

 

「と、当然だ!」

 

 挑発されて乗らなかった試しの無いクリスはあっさりと引っかる。

 

「よっ!」

 

 余裕を見せ頭から飛び込む。ダイビングと言えば頭から。訓練の重装備では絶対にできないのでこの時ばかりかと格好つける。

 

「おおお!」

 

 上から見たら体が綺麗に真っ直ぐ伸びているがわかる。ラインが水中から顔を出しクリスもと呼ぶ。

 

「いくぞ」

 

 クリスが決意を決め飛び込むとき、ラインの顔が水中に沈む。

 

「ライン!」

 

 ラインが泳げなくて溺れるはずがない。

 

「っ!」

 

 心配になったクリスは滝の恐怖など忘れ飛び込みラインを助ける。しかしラインを救助する事に意識が行き過ぎた為、近くに効果しすぎた。水中で藻掻くラインがその場に停滞するはずがない。

 

 ドン! クリスの足に水と人の肌の抵抗を感じる。

 

「大丈夫か!」

 

「ぐぇっほ、げほ」

 

 クリスの足の衝撃で大量の酸素が漏れてしまい余計に呼吸困難になる。

 

「ライン!」

 

 水中からラインを引っ張り出し岸まで運ぶ。肩を組んだ感触に喜ぶ暇もない。岸まで歩くのも一苦労であった。

 

「はぁ、はぁ、まさか足を釣るとは、はぁ、はぁ……」

 

 飛び込んだ後足を釣り溺れたのだ。ドラマのヒロインの如く溺れる立場が逆なら良かったと今更思う。

 

「怪我してないか? 足か? 足が痛むのか?」

 

 足を終始もんでいたのに気づき、クリスはならば自分がと代わりに揉み出す。

 

 ラインは序盤から格好良く助けられ、飛び込みで格好つけたのが恥ずかしくなる。

 

「わるい」

 

「気にするな、準備運動を忘れてたのがいけないんだ」

 

「準備運動は朝からやりまくったよ……」

 

 マルギッテと盗人、両人との刺激的な準備運動を終えてクリスと合流したのだ。

 

「やりすぎも良くないのだぞ!」

 

 お説教を甘んじて受け、足が治ると一緒に準備運動をする。

 

「これはやりすぎに入らないのか?」

 

「ラインはこっちで長座だ」

 

 でかいビート板の様な床に座らせられる。

 

「ほらしっかり膝を伸ばす!」

 

 だらだらとしていたら怒られる。今のクリスは教師気分だった。

 

 仕方がないので真面目に取り組む。背中に小ぶりな手が添えられ湿気でぴとぴと張り付く。

 

「押すぞ?」

 

「ああ」

 

 体重をかけながら押すのでクリスの濡れた髪が身体を撫でる。

 

「? 全然やらかいではないか」

 

「だから柔軟はちゃんとやってるって」

 

「お腹まで着くんでわないか?」

 

「もっと押して」

 

 クリスは手に入れる力を大きくする。

 

「いたい、いたい、肉! 食い込んでる!」

 

「すまない、服の上と同じ要領で力を入れすぎた」

 

 ならばと、ラインの背中にまたがり全体重を載せる。

 

「シリ、あ、これいいかも」

 

 背に乗る尻の感触を楽しみ、もっと頼むと懇願する。

 

「腰揺らして」

 

「こうか?」

 

 ぐりぐりと擦れるワンピースの記事とはみ出す肉の感触を堪能する。

 

 結局、開脚から膝を曲げ股関節、腿など協力して貰いたい溺れて良かったと最終的に思った。

 

「クリス」

 

「なんだ?」

 

「女の子って柔らかいんだな……」

 

 柔軟の最中調子にのりクリスに気取られそのまま首を絞められる。

 

「ギ、ギブ」

 

 廻されたクリスの腕を叩きタップする。

 

 顔を赤く染めたクリスはやけになり。

 

「どうした、やらかいんだろ?」

 

 好きなだけ堪能しろ意識が落ちるまで、と暗に言っている。

 

「お、おちる?、……」

 

「ふん!」

 

 気を失ったラインを床に叩きつける。

 

「いてっ!」

 

 床に頭を打ち付け反動で目を覚ます。

 

「調子にのるな!」

 

「すいません」

 

「ふん! 自分が真面目に手伝っているのに、ラインときたら!」

 

「クリスは大概真面目じゃん……」

 

「揚げ足を取るな?」

 

 ムキになったら最後ラインに揶揄われ終わる。このパターンにクリスが気付くことは一度もない。

 

「ほら行くぞ?」

 

 元気になりまだまだあるアトラクションに向かう。

 

「お、置いていくな?」

 

 

 

 その後は流れるプールに足を運ぶ。

 

「競争するか?」

 

「迷惑になるんじゃないか」

 

「迷惑をかけるほど狭くないよ、あそこで勝負しようか」

 

 日の当たる屋外に出て太陽光の反射する流れるプールを指差す。

 

「流れてるな……確かにあそこで泳げばラインに勝てるかもしれないな」

 

 純粋な泳ぎではラインの方が場馴れしているので速い。この条件ならいい勝負ができる。

 

「何言ってんの? 逆走に決まってるじゃん」

 

「何!? それじゃ水着が……」

 

「脱げるほど胸は大きくないでしょ」

 

 思春期の乙女に言ってはならないことを口走る。

 

「なんだと、自分は確かにエリー達と比べると小さいが、これからマルさん位になるのだからな!」

 

「はいはい、でもおれはエリー達よりクリスの方がいいよ」

 

「……そんな事言って恥ずかしくないのか……」

 

 聴いてる本人の方が恥ずかしがり、ラインにも伝染する。

 

「そう言われると、恥ずかしいな……」

 

 沈黙が訪れ、互いにより紅潮する。高くなる一方の羞恥心をクリスは話題の修正をする。

 

「いいから勝負だ」

 

「おう!」

 

 中国では見える水より人の方が水面の大半を占める。このプールは反対にの人影が少なすぎる。ぷかぷかと浮き輪に乗り流れるおっさんが一番に多いエリアだった。

 

「これならクロールしても大丈夫だな」

 

「だろ? コースは?、あの橋のから一周でいいか?」

 

「いいぞ!」

 

 軽く800m近くあるコースを気軽に了承する。

 

「合図はどうする?」

 

「普通によーいどん!でいい」

 

 着水して水面から顔を出し合図を待つ。

 

「いいか? 位置について、よーいドン!」

 

 壁をキックできないので、初速は遅い。流れに逆らうので抵抗は大きいが、二人はそれを物ともせず水しぶきをあげる。

 

 息継ぎのために水中から何度も顔を出すクリスとは対処に、最小限の酸素で潜り泳ぎ続けるライン。

 

「はやい!」

 

 横目にはラインが通り過ぎるのが見える。負けじとクリスも回転数をあげる。

 

 しかしラインは思った以上に自分が速すぎクリスを5身ほど突き放す。このままでは決着がついてしまうので、クリスにハンデを与える。

 

「半分、行ったら、バタフライに、してやるよ!」

 

「いったな! 負けたらも、しらないぞ!」

 

 口に水が入り呂律が回っていない。

 

 半分に差し掛かると宣言道理バタフライで水を弾く。クロールより水はけが良くないので前半の優勢を上塗りされ追い詰められていく。

 

「あと少し」

 

 ゴールまでもう少し、ラインの言葉にクリスは僅かに残していた体力を全て注ぐ。

 

「うおおおおおおーーー」

 

 激しいクリスの追い上げに10m手前で遂に抜かされる。

 

「こなりゃ全力だ!」

 

 ラインは脚部に気を集中し一気に蹴り上げる。蹴った衝撃でラインの体は中を浮き。あの裸になり空中をダイブするルパンダイブの様に飛び出す。

 

 クリスの上をラインが飛び水の抵抗を受けない分加速する。

 

「かった!」

 

「残念!」

 

 ごる直前で顔を出すクリスの上を全裸のラインが通りすぎる。

 

「な!?」

 

 上空をすぎる光景にクリスは仰天する。

 

「なんで、裸なんだーーー!」

 

 そのまま水の抵抗に流され、ラインの海パンと共に漂流する。

 

「……」

 

 腰に布の感触がしないので恐る恐る下半身に視線を移す。

 

「ない……、クリス?、パンツがない」

 

「ゆっくりと流されクリスに近寄る」

 

「しね! この変態!」

 

 変態の罵りと海パンが投げつけられる。

 

「サンキュ」

 

「ぞうさんを見てしまった」

 

 ハプニングの連続でポロリしたのはラインであった。

 

「ピーーーー! そこの子供たち逆走は他のお客様に迷惑です!」

 

 用務員のお兄さんがプールサイドから走り注意する。

 

「次やったら退場して貰いますからね!」

 

 本気で怒っているので先程のポロリを忘れ二人は反省する。

 

「「ごめんなさい」」

 

「気を付けて下さい!」

 

 厳重注意で済まされたので今後は自重しなければいけない二人であった。

 

「あれ?」

 

「どうしたんだ?」

 

 プールサイドに上がる際パンツがずれ落ちる。

 

「何かパンツが落ちるんだよ」

 

「ま、またか!」

 

「あ、紐が切れてる……」

 

「大丈夫なのか? また脱げかもしれないだろ?」

 

 紐を引き抜きゴムだけになったパンツのゴムを弾き確かめる。

 

「不安だな?、都合よく紐とか持ってない?」

 

「あるにはあるが、ビキニ用の紐だぞ?」

 

 ビキニの紐などは取り外せるのでそれを代用できるかと問う。

 

「それ普通の女の子は嫌がるだろ」

 

「そ、それもそうだな」

 

 自身の出した案の常識の無さをラインに言われショックを受ける。

 

「売店で何か買ってくるよ、そろそろお昼だし休憩しよ」

 

「そうだな」 

 

 売店で代用できそうな紐を買い、飲食コーナで食事をとる。

 

「こう言う時女の子がお弁当とか作ってきてくれたらな?」

 

「自分は作れないぞ」

 

 クリスは何を今更とキョトンとした表情でラインを見る。

 

「わ?、なんて純粋な目」

 

「そう言われてもお母様も余り料理しないぞ」

 

「おれはサバイバルで自炊する位だな、寮では食堂があるから自炊はしないな?」

 

 お互い市販の高い食品を食べながら手作りの話をすると、となりでカップルがおべ弁当を持参して食べている。

 

「あ?ん」

 

「ぱく」

 

 擬音を口に出しウザいったらない。

 

「よくできるな、なぁ?」

 

「……」

 

 無言で真横を寄り目で凝視する。

 

「何想像してんだ!」

 

 頭を揺らし正常に戻す。

 

「ほんとうにあるのだな……」

 

 創作だけの世界の出来事を目の前で見れるとは夢にも思っていなかった。

 

「デートなら普通なのかな……」

 

 ラインの常識にも影響し出す。

 

「やってみる?」

 

「じ、自分たちはデートなどではない!」

 

 クリスはそう思っている。しかしラインは違う。

 

「今日さ、デートの積りで誘ったんだ」

 

 横のカップルを見てると、一方通行のデートなどデートとは言えない。そう思えた。

 

「き、聞いてないぞ!」

 

「でも、あの酔っ払いに言われてすぐだぞ? 少しは考えたでしょ?」

 

「そ、それは」

 

 意識しないはずがない。その上で遠出したのだ。

 

「や、やっぱりダメだ」

 

 照れが先に回ってしまい、肯定できない。

 

「な、なら、普通に遊ぶか!!」

 

「だ、だな」

 

 無理やりな方向転換。あとひと押しあれば強引に納得させられたが、たった一度の拒絶が勇気を打ち砕く。

 

 その後はお互いに意識しすぎてしまい、満足に遊べなかった。

 

「なぁクリス」

 

「何だ?」

 

 クリスを門限になる前の早い時間に送り出す。フリードリヒ邸を門前に気持ちを言に出す。

 

「今日一日どうだった?」

 

「う、うむ、ラインが変な事言わなければもっと楽しかった」

 

「……おれなクリスが好きなんだ」

 

「!? 急にどうしたんだ」

 

「今日もデートの積もりって言ったろ。 クリス、おれと付き合ってください」

 

 脈絡も場の雰囲気もへったくれもない。伝えると決めていたのだ、唯それだけ。

 

「と、突然何を……」

 

 突然ではない。昨日の誘いの電話から昼食まで予兆はたくさん見られた。それが気にもならない程トラブルも多かったが。

 

「返事、聞かせて」

 

「む、無理だ! 自分にはよくわからない!」

 

 クリスの動揺は収まらない。

 

「ラインとは昔から仲が良かったが、好きとか、そういうのは自分には……ラインとは友達で居たい……」

 

 時期尚早すぎた。気持ちを抑えられず焦りすぎた。

 

「だ、だよな?、おれ達まだ子供だもんな?」

 

「そ、そうだろ」

 

「じゃ、じゃあな?」

 

 中から使用人が出迎えに来たので逃げ出す。

 

 自分本位で余計な事をしてしまったかも知れない、クリスに嫌われたかもしれない。無いと解っていても拒絶されるのは怖い。

 体力に物を言わせ軍の宿舎に戻る。マルギッテには報告しなければならない。幸い恋仲になるという、中将にとって最悪の事態にならなかった。

 

 落ち込んだいたが、まだふられた訳ではない。クリスがまだ子供だっただけだ。

 

 軍に帰るを少し周りが慌ただしい。

 

「何々? なんの騒ぎ?」

 

 ラインが帰ってきたことに気づくと何人かの武装した兵士に囲まれる。

 

「何なのこれ……」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話

 失恋直後、ラインは同僚たちに囲まれてる。同僚たちは神妙な顔で、服装は戦闘用の迷彩柄。銃を片手に軽武装ではあるが、模擬戦のようにも見えない。

 

「何これ?」

 

 ラインが口を開いても誰も口を開かない。

 

「あの?」

 

「ライン曹長!」

 

 虚をつくようにラインの疑問が解消される。

 

「貴様をロシアへの情報漏えいの罪で拘束する」

 

「え? 行き成り罪が確定? まって、まって、容疑でもないの?」

 

「貴様のPC(パソコン)から海外サーバに繋がっているのに、ファルマン中将の情報部隊から通達があってな」

 

 ファルマン中将といえば直接的な戦争を得意とするフリードリヒ中将と並ぶ人物だ。情報戦争の中心人物でドイツの政治的方面にはフリードリヒ中将よりも大きい。

 

「そっちの閣下からの通達ねぇ」

 

 軍内の情報管理はファルマン中将下の部隊に管理されていて、定期的に監視が送られているらしい。

 

 もし本当に自身がスパイなら自分のパソコンから通信なんてヘマな真似しない。ラインで無くともそうだろ。

 

「着いてきてもらおう」

 

 こんな横暴な通達はありえない。弁解すれば何の問題もないので、ここは応じる。

 

 音が漏れることのない尋問室。ラインは手錠をかけられパイプ椅子に座らされる。

 

 幾つもの尋問をされ、警察張りに誘導までもされる。よくもまあ、同僚に容赦なく疑いを持てると思う。

 

「入るぞ」

 

 そこに見知った顔が入ってくる。

 

「アルミン大尉……」

 

 今日ホモだと確信した好色男が現れる。

 

「残念だよ……まさかお前が金に目が眩み情報を売るなんて……」

 

 ラインの部屋から別の通帳が見つかったそうだ。勿論契約者も捺印から指印までラインの物である。

 

「おれじゃないに決まってるじゃないですか?」

 

 飽く迄も冗談だよね? 手続きの一貫だよね? と言うラインの主張は受け入れられない。

 

「死刑の命令が上から届いた、悪いが死んでくれ……」

 

 バンッ! 間髪いれずに発砲。

 

 ラインは椅子ごと手錠を持ち上げ鎖を張り、縦断を受け流す。鎖が損傷したので力任せに鎖を伸ばし引きちぎる。

 

「危な!」

 

 一撃で殺せなかった。単純な実力ならマルギッテに次ぐ実力を持っているのだ。銃弾の軌道、反射、全てがアルミン大尉の能力を上回っている。

 

 殺せないと気が付くと乱射する。

 

「このっ!」

 

 明確な殺意を察すると、ラインはここで反撃し相手を殺害しなけばと衝動にかられる。しかしここで殺してしまえば、自身の無実の証明がしに難くなる。

 

「はっ!」

 

 アルミン大尉との身長差から下段を取り、顎に掌底を打ち気絶させる。アルミン大尉の持っていた銃を奪い取り、出口を蹴破る。

 

 持ち物は全て押収されているのでマルギッテに連絡を入れることができない。マルギッテの部屋に行ったらまた拘束されるだろう。最悪発砲許可も出ているかもしれない。

 

「事故るなよ……」

 

 防弾チョッキを着ている相手には容赦なく致命傷に成らない様に発泡する。45口径のハンドガンなら貫通することもないだろう。

 

 今朝のマルギッテとの交戦のまま放置していたバイクを思いだし、演習場に逃げる。

 

「アイツ! 逃走用のバイクまで用意してやがった!」

 

 見覚えのある奴らにも誤解されるが、事実隠していたのだ疑われてもしょうがない。

 

 この場にいては絶対に殺されると確信している。突然、冤罪を着せられ、釈明の余地なく殺されるなどありえない。誰が信頼できるか分からないし、当然マルギッテは見張られているだろう。

 

 ラインはバイクで逃走しながら各所に隠したライフルとRPGを回収しに行く。RPGは一発しかたまがないが障害物一つなら破壊できる。アサルトライフルを胸にかけ、背に長物の銃を背負う。

 

「っち、ヘリまで出してきやがった……が、まずはフェンスだ!」

 

 演習場の周りを囲んでいるフェンスにRPGを放ち穴を開ける。

 

 乾燥した砂の粉塵が巻き上げる中に、バイクが通れる程の穴が空いてると信じて突入する。

 

「おい! 逃げられたぞ! マルギッテはまだか!」

 

 本気のラインを捕まえることができるのは、ラインの事を熟知し猟犬部隊最強のマルギッテに限られる。

 

「そ、それが、今朝からマルギッテの姿が無いと思ったら部屋に拘束されていたと、先程、隣部屋者から連絡がありました。」

 

「マルギッテを拘束だと!」

 

「はい、何やら本人はラインに負けたと言っていた模様です」

 

 もしこれを計画なのだとしたら、と尉官達は戦慄する。

 

「追跡のヘリから連絡は!」

 

「げ、撃墜されたと……幸い死者はいないと……」

 

 これ程までの力が単身に有ると、実際敵に成るまで理解していなかった。

 

 

 

 一方、国道をフルスロットルで逃走するラインは、現在二機目のヘリに追われている。

 

 一機目のヘリから勿論武装ヘリだ。バイクの速度が速くなかったので、ロータヘッドを三連射し撃墜した。

 しかし現在の走行速度は110マイル。ヘルメットも無しの走行で片手ハンドルなど愚の骨頂だ。勿論、片手で運転は危険だからできない訳ではない。アクセルの位置が右でラインの聞き手も右。アクセルを離すと左で撃たなければならず、精密な射撃は不可能に近い。

 

 ラインは逆に速度を落とし後方を取り、ヘリを敢えて追い抜かさせた。

 

「っ!」

 

 翼の伝送にアサルトライフルを乱射し、操縦性を低下させる。

 

 安定性を失ったヘリは追跡の続行が不可能となり、ラインの進行方向から逸れていく。だがまだ安心するには早すぎた。ラインは退路を開くため街を目指す。

 

 

 

 街にたどり着くと、服屋に直行した。まだ店の閉まる時間ではない。今日着ていた服装から一新し、試着室で武器を軽く分解しコンパクトで携帯できるようにする。

 

「やべぇよこれ」

 

 本気で自分を殺しにかかる同僚。いくらフリードリヒ中将でもクリスが関わらない限り、この様な強行に出るとは思えない。

 

「ま、まさかバレた……」

 

 今日の告白までの一連を見られたら、ラインを殺せと言わないと言い切れない。過去に何人かの少年がクリスに良からぬ視線をむけ、それを葬ってきた。ラインもその一端を担った事がある。今度は自分がその標的なんてことも有り得るかもしれない。信頼してきた部下が一番の裏切り者、その怒りは限度を知らないだろう。

 

「いくら閣下でも……無いと言い切れない」

 

 中将とはこと、クリスに関して大人気ない人柄だった。

 

 下らない事を考えるよりも、現在ラインには重大なことがある。

 

 まずはこの街から逃げ出さなくてはならない。理由は、街に包囲網引かれたら勝ち目がなくなるからだ。

 

 

 買い物を終え店から出たラインは自身のバイクのが見張られていないのを確認する。周囲の気配と視線を読み取り、一人も見張りはいないと確信し、駐屯地から離れるためどこか遠くに進路を定める。

 

 大通りは下手をすると検問が敷かれているかもしれない。この時間、現在は夜の8時を回り、交通量が多い時間帯だ。ラインは何としてもこの車の波に紛れたいと思っていた。

 

 

 交通の流れに合わせ自然に走ると一人の警察官と視線が合う。ラインはヘルメットを着用していない。警察としては逮捕の対象だろう。しかしどうにも様子がおかしい。何やら手に持った端末の画面を何度も確認しラインと見比べる。画面にはラインの顔写真と現在の服装が記されていた、当然ヘルメットを無着用でロードバイクであることも。

 

「君ーーー!」

 

 ラインはこれで自身が指名手配にでもなったのかと疑う。だが、徒歩で追う警察など怖くはない。車の横をすり抜け次々と追い越しをしていく。

 

 そこで一つの交差点に差し掛かる。

 

 なんとその交差点には二台のパトカーと一台の白バイがあったのだ。

 

 

 無線で連絡が入り、ちょうどこの交差点で相対したのだ。

 

「そこのノーヘルの少年! 止まりなさい!」

 

 サイレンが鳴り響き普通に走行していた一般車が警察に道を譲る。複数台の警察に追われ確実に目立つ。一刻も早く巻かなくては応援が来てしまう。嬉しいことに、まとめて来たのでこの先に待ち伏せれている確率は低い。ラインが街に来て一時間も立たないので、その合間に包囲網は完成しない。

 

 なら後を付け狙う警察を迎撃すれば良いのだ。

 

 ラインはハンドガンを取り出すと先頭を走るパトカーのタイヤを撃ちパンクさせる。

 

 一台では後方全てを巻き込むことはできない。続けて速度を上げたパトカーにも撃つ。だがそこでラインに想像もできない事件が起こる。

 

 

 

 速度を上げたパトカーはパンクしても速度を上昇させ続け、大きく横転し近隣に避けた一般車も巻き込み大事故になった。ラインは速度を落とすことができない。後方は既に視界の外。更に少し経ち爆音が響き渡る。

 

「嘘だろ……」

 

 爆音が何を意味するか実際に見ていないラインにも理解できる。爆発したのだ。車が。大きな衝突音の後に続け様。

 

「ころした……」

 

 戦場でいくら殺しても罪悪感は大きくない。お互いに理解して戦場に立っているのだ。だからといって仲間が死んで悲しまない訳じゃない。

 

 でも今回は違う。相手も決死の思いで向かってくるのは感じる。しかし殺意は無かった。戦場で感じる殺気というものを感じない。明日になれば平和な日常を家族と過ごす、それが当たり前の人間を殺してしまったかもしれない。いや、あの爆発で助かるはずがない。少なくとも重傷者はいるだろう。故意でなくとも自分が起こした事故だ、罪には苛まれる。

 

「意味分かんねーよ……さっきまでクリスと一緒にプールで遊んでたんだぞ!」

 

 何時もの日常、ちょっと刺激的ではあったが、絶対に日常であった。軍内で拘束された時もまだ笑って許せた。知り合いに疑われても誤解だと主張できた。だが今回は違う。何よりも自分が許せない。銃の弾丸の未来を知ることはできる、しかし当たったあとの未来を知ることはできない。自惚れていた、自身の腕に銃があれば不可能はないと思い込んでいた。

 

 空にヘリや戦闘機がちらほら見える。このままでは脱出すら叶わない。こんな理不尽な目に合わされ唯で捕まってやるほど、安い精神は持っていない。ラインは目立つバイクを捨て去り人ごみに紛れる。

 

 

 

 

 バスは私服警官が蔓延るだろう。駅は改札でアウト。タクシーは検問の対象、下手をすれば会社から検問を通れと通達が入る。個人経営も安心できない。どこかの業者に紛れるのが一番かもしれ無い。

 

 そこで何台ものバスが目に映る。中国人観光客のバスだ。中国の富裕層が乗車し観光地を悪質なマナーで蹂躙する。外交的にも強引に乗り込むことはしづらい。荷物に紛れてしまえば見つかることはない。バスの収納スペースに身を潜め宛の知らない場所に向かう。中には一際でかいカバンがありその中に身を潜める。

  

 やる事がなくなった。

 

 そこで何故、このような状況に成ったのか考察する。朝からの一連の出来事。

 

「まさか……災厄の山羊座……はは、まさかね?」

 

 高々運の無いと言うだけで殺害対象なったとでも言うのか。

 

 それに今朝マルギッテが乙女チックに髪を腕に巻いていた。

 

「……ない」

 

 確認してみると確かにない。髪が絶対に切れないと信じていたのではない。ただマルギッテに大丈夫と言われ安心しきっていたのだ。先入観とも言える。

 

 何時から運が無いと考えれば、マルギッテとの交戦中から既に思い当たる節がある。盗人何て確定的だ。

 

「冗談じゃないのかよ、取り敢えず赤い物!」

 

 慌てて暗い闇に中で赤い物を探した。 

 

  

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。