白日終点 (てんぞー)
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出会い

「終わりだ終わり。サルカズとかいうオワコン種族に未来はないわ。はー、なんでこんな種族に生まれちゃったかなぁ。テラに生まれた時点で罰ゲームなのに更にサルカズだぜ? 罰ゲームに罰ゲーム重ねるとかほんと神様って奴の顔をみてみたい。あ、いや、やっぱいいや。なんか悪意満々の笑顔を見せられそう」

 

「ふふふ」

 

 彼女は―――殿下は美しい笑みを浮かべて正面、腰かけながら笑っていた。サルカズ最後にして唯一の王族。そんな彼女は護衛をつける事もなく―――或いはつけられる事もなくそこで笑っていた。或いはもう、笑う事しか殿下には許されていないのかもしれない。そんな彼女の目の前には俺が、家も名も帰る場所もない、どこにでもいる様なただのサルカズがいる。しいて言うならこれが二度目の人生だって事ぐらいだ。だがそれはこの過酷で絶望的な大地においてはなんのアドバンテージにもならない。

 

 それだけこの大地には何もなかった。

 

 いや、大地というかカズデルだが。

 

 家はある。

 

 土地はある。

 

 交通もある。

 

 店や人だってあれば法もある。

 

 だが街と廃墟が入り混じり、全ての人は倒錯した絶望感に浸りながら惰性で生きている。

 

 このカズデルという都市は死んでいる。すべての人が―――いや、サルカズが生きながら死んでいる。世界最大の感染都市。世界最大のパンデミックが常態化した奈落。それがここ、カズデルというサルカズの故郷だ。もはや感染者も寄り付かず、サルカズだけがここに残っている。去って行くサルカズばかり、戻ってくる者はいない。半内戦状態にあるこのカズデルに残ろうとする奴は頭のおかしい奴か、或いは出ていくことの出来ない奴の二種類になっていた。

 

 そして殿下は出て行けない人。

 

 俺は頭のおかしい方。

 

 俺達はそういう関係だった。それがなんだって話? まあ、どうでもいい話だ。つまりは俺みたいな頭のおかしい奴でも簡単に城内に潜り込める、テレジア殿下に会いに行ける、話が出来る。それぐらい今の殿下の周りは壊滅的だった。テレジアというサルカズの味方はもはや、このカズデルでは数える程しかいなかった。

 

 彼女は全てのサルカズの顔と名前を憶えているのに。

 

 まあ、俺に名前なんてないんだが。

 

 だから俺はテレジアの部屋にいた。他に邪魔をする様な奴はどこにもいない。そんな興味を持つ人は限られているからだ。だからテレジアのベッド上に家無し、名前無し、宿無しで仕事無しのロクデナシが転がっていようが咎める様な人は来ない。この土地は本当の王族に対してはあまりにも残酷で意味のない土地になってしまった。それでも彼女は一人、最後の王族としてここに残されている。

 

 外から見ても、この王国は既に摂政が支配しているというのが見えていても。

 

 あー、もー、終わりだよこの国は。どうしてこんなところに転生したんだ俺は???

 

「カズデルもさー、どうしようもないよなぁ」

 

「そうは言いますけど、”あなた”はカズデルを出て行きませんよね」

 

「テレジアがカズデルに残ってるじゃん。テレジアがここを出て行く気がないのに俺だけ出て行く訳にはいかないだろ? ほら、俺が出て行けばテレジアなんて友達もいなくなってしまうし哀れだろう?」

 

「哀れなのは否定しませんが、酷くありませんか?」

 

「事実だから酷くない」

 

 少しだけ怒る様に、テレジアが頬を膨らませる。既に胴体に発露した結晶からテレジアが重度の鉱石病感染者であるのが解っている。それを隠す気もないし、治療する気も彼女にはなかった。だがそれをアーツと気合だけで抑え込めるのがサルカズの王族という怪物だった。その姿はまるで真夏の降る雪の様に儚そうで、触れば折れそうだ。

 

 だけどこの女、素のパンチがメガトンパンチで突進で家を突き抜けてキックがゼロ距離ショットガンよりも凶悪とかいう全身凶器のサルカズ・ファイナルウェポンだったりする。その儚いビジュアルで最終兵器っぷりは反則じゃない? 病弱じゃねぇのかお前。そう言いたくなるレベルで見た目と性能の乖離っぷりは激しい。それが王族の特権と言ってしまえばそれだけの事だが。

 

 そんな究極生物であっても友達は俺1人しかいない。

 

 それが地味に自尊心を満たす―――絶妙に醜い感情だ。

 

「それに”あなた”だって他に誰か友達がいるようには見えませんよ」

 

「あー! 言うのか!? それ言っちゃうのか!? 言ってしまうか―――!」

 

 うがー、と起き上がったテレジアへと襲い掛かろうと両手を上げるとテレジアが笑いながら対応してくる。襲い掛かろうと手を伸ばすけど片手でぺしぺしと全部はたかれてしまう。うわ、王女殿下滅茶苦茶強い。それでひとしきり茶番を楽しんだら再びテレジアのベッドを占拠するように転がり、適応にベッドサイドに積まれている本に手を伸ばし、開いてみる。

 

 中身は少女小説……なんてものではなく、哲学書や政治本の類だった。実権を全て奪われてもテレジアは王族として自分を磨く事を止めてはいなかった。

 

「”あなた”」

 

「うん?」

 

「サルカズは、カズデルは病んでいると思いますか」

 

「病んでるだろ。末期癌レベルで。転移しまくってる。もうどうしようもない」

 

 癌って概念はあるのだろうか? 文明レベルがバラバラすぎて全く解らんね。そもそも今の俺はスラム生まれのスラム育ちだ。まともな書物なんてこの部屋で手に入るものしかないから、カズデルの外の世界の事は人づてではないと解らない。だけどきっと、テレジアは賢いしなんとなくそこらへんを察してくれるだろう。だから言葉を続けて言う。

 

「終わりだよ。カズデルは。後はもう灰になるしかない」

 

 そしてそれも、

 

「カズデルから溢れたサルカズはこのテラの大地に病として蔓延する。この世界も何時か終わるよ」

 

 それはもう断言できる。

 

 鉱石病。源石という神秘の鉱石から生み出されたエネルギーは今の技術の中核を担っている。だがその活用は鉱石病という不治の病を生み出す側面もあった。鉱石病の感染者は肉体を源石に寄生され、体に巣食った源石を排除しても臓器と源石は融合し、血中にも粒子の形で混ざって除去が不可能なレベルにまで混ざる―――感染すれば最後、絶対に助かる事のない病となる。

 

 だが鉱石病は感染者の本質を歪め、変異させる能力がある。サルカズ達はアーツ適性の高い生き物であり、それゆえに感染からの変異をどこか祝福とさえみなして喜ぶ所がある。実際、サルカズの中で非感染者はマイナーと言えるほどに少なく、9割9分のサルカズは感染者だ。しかも自分から望んで感染した愚か者ばかりだ。

 

 鉱石病は感染すれば治療できない。死ねば源石の塊となり、破片となり、拡散して周辺の人を鉱石病で侵す。それでいて末期の鉱石病感染者は精神に異常をきたす為に行動や思考が狂いまでする。

 

 悪夢だ。悪夢の病だ。

 

 なのにサルカズはそれを祝福として受け入れ、誉として感染する。

 

 糞キチガイ種族だ。

 

 そして俺もそんなキチガイ種族の生まれだ。そしてカズデルにはサルカズしかいない。つまり周囲に存在するのは感染者ばかりで、日に日に頭のおかしい奴が増えて行く。かつてはこの都もちゃんとした姿があったのだろう。

 

 だが果たして、貴族と呼べるような連中はどれだけ残っている?

 

 民と呼べるような人はどれだけ形をしている?

 

 一体、どれだけこのカズデルは荒廃してしまったのだろうか……ここはもう、滅びの運命にある。緩やかに、確かに滅びつつある。サルカズ達でさえここを離れて行き、年々ここにとどまる者達が減って行く。そして新たに傭兵となったサルカズが血と源石と鉱石病をこの大地にばらまく。

 

 癌細胞―――サルカズという種が、このテラの癌細胞だ。

 

「なら」

 

 なら、とテレジアが言う。

 

「どうすれば、カズデルが……この大地が救われると思いますか」

 

 無理だろ。咄嗟にそう言おうとして、真面目に此方を見てくるテレジアの姿を見て溜息を吐いた。このお姫様は今でもまともに何かをどうしようと考えているらしい。いや、或いはそういう年齢になってきたからこそ考える様になったのだろうか。現実が見えているのか、見えていないのか。なんにせよ、茶化す事が出来る様な空気ではない。

 

「ラブ&ピース」

 

「らぶ・あんど・ぴーす」

 

 ブイサインを浮かべてテレジアに笑顔を向ける。襤褸を纏ったこんなサルカズだが、それでもピースと笑みを浮かべれば見てくれはまあ、良いだろう。だからぶいぶい。

 

「愛と平和の精神が足りない」

 

「”あなた”……」

 

 いやあ、真面目な話ですよ……? そもそも原因は源石と鉱石病にあるが。

 

「源石と鉱石病を発端とする差別がすべての原因なんだよね。鉱石病も影響を生み出す形がある以上、何らかの方法で干渉が可能なんだろうし頭の良い連中が集まって治療方法を探せば良いんだ。それで治療が可能になれば頭のおかしい鉱石病感染者はいなくなるし、鉱石病で死ぬ事がなくなるから怖がる奴もいなくなる」

 

 そうすれば争いも減ってほら、

 

「ラブ&ピース」

 

「ぴ、ぴーす」

 

 そうそう、そんな感じ。テレジアはもうちょっと笑ってくれれば良いと思う。美人さんなんだから張り付けた笑みを浮かべるだけではもったいないと思う。彼女がもっとちゃんと、本当に笑ったり笑みを浮かべる事が出来るようになればもっと素敵なんだろうと思う。だけど今の状況、環境を考えるとそれは難しい。俺を前に、何も考えずにいられる時間を作れば笑えるのかもしれないが―――この人が普通の女である事を望むような事は、ないだろう。

 

「誰も鉱石病を知ろうとしない。誰も治そうとしない。だから怖いままなんだよテレジア。誰かが治す意思を見せて、不治の病である事を過去にすればまだ……って話なんだけどね。誰もそれをやりたがらない。だから鉱石病は不治の病なんだよ」

 

 そう、

 

「病が癒えれば心も癒える筈なんだ」

 

 少なくともこのカズデルを、或いはテラを飲み込む感染者の恐怖は終わる。そうすればこの世はもう少しまともになるんじゃないだろうか? そう思っているとテレジアが考える様に手を合わせて俯いた。今の話を聞いて何か思う所があるらしい。俺は寧ろなぜこの大陸の人間がその事に思い至らないのかが解らなかった。

 

 インフルエンザやSARSをはじめとする病を地球では犠牲を払ってでも研究し、そして特効薬を生み出してきた。積み重ねてきた犠牲の上に生まれた結果はその後、多大な成果を見せて人を救っている。その考えがまるでテラには存在しない。いや、それとも単純な話誰も自分が最初の犠牲者になりたくないのかもしれない。ある程度の話は傭兵に金を出すか芸を披露すれば教えてもらえる。

 

「……まあ、その為には研究する為の金も人員も才能も必要だし、個人でできる事でもない。テレジアじゃ無理だよ」

 

「そう、思いますか?」

 

「無理。摂政が実権握ってて外に出る事もつなぎを作る事もできないテレジアじゃ絶対無理」

 

 その言葉にテレジアは不満げな表情を浮かべた。何かをしたい、どうにかしたいという意思が見れる。だけど無理なものは無理だ。テレジアは現状、籠の鳥だ。彼女の支援者は存在していても、その大半は摂政によって切り離されている。見た目上は穏便な形にもなっている。本当の意味でテレジアの味方になろうとする者はいない。こんな状況でどうやって鉱石病を根絶する為に動くというのだろうか?

 

 無理だ、無理。

 

 諦めたほうが早い。

 

 鉱石病とはもはやそういうものだ、と諦めて自分だけ感染しない様に気を付けるしかない。その陰で俺だってこの歳にもなったまだ未感染者だ。感染経路さえ気を付ければサルカズであっても感染者にならずに済む。

 

 ……一番なのはそもそもカズデルから離れる事なのだろうが。

 

「あー! シエスタにでも行きたいなぁ」

 

「シエスタですか。”あなた”なら1人で行けそうですけど」

 

「俺1人で向かった所でつまらないし寂しいよ。旅行ってのは友達と一緒に行くから意味があるもんなんだぜ?」

 

 ポーズを決めながらちら、ちら、とテレジアへと視線を向ければ、上品に口元を隠すように手をもって行き、笑ってくれる。

 

「もう、私はここを出られないんだからそんな事を気にせずに行けば良いのに」

 

「まあ、その内。その内な? その時は土産物を持ってくるよ」

 

「えぇ、楽しみに待っています」

 

 くすり、と笑うテレジアから視線を外して窓の外を見れば何時の間にか日が暮れ始めていた。まだ王宮付近は比較的に整っていて綺麗に見える。だがその向こう側に広がる市街は王宮から離れれば離れる程荒廃して行く。そしてその周囲に広がるのは広大なスラム区だ。そしてそのスラムは年々広がり続けている―――市街地を蝕む様に。

 

「日が暮れるからそろそろ帰らなきゃ」

 

 日が完全に暮れる前に寝床に戻りたい。

 

「泊まって……行きませんか?」

 

 テレジアのその言葉に苦笑を零し、頭を横に振って否定する。彼女はサルカズの王族で、最後のお姫様だ。そして俺は名もないスラムの住人。住む世界が違いすぎるし、泊まるなんて事をしたらそれこそ本当に摂政に目を付けられてしまう。そうなると俺も殺されてしまうだろう。だからごめん、と意思だけを込めてテレジアを閉じ込めているこの部屋の窓を開け、窓枠に足を乗せた。

 

「じゃ、また来るね」

 

「えぇ、また」

 

 別れを告げ、窓から飛び降りる。

 

 

 

 

 カズデルの夜は恐ろしい。

 

 感染者で常に溢れ、昼間は身を隠している傭兵や異常者共が活気づく。傭兵が肌に合わず単純な殺人鬼にジョブチェンジしたサルカズだって夜になると徘徊し、スラムでは安全な寝床や食料を奪い合う為に誰かがまた殺されている。なのでスラムの寝床に戻る時はなるべく日のあるうちの方が良い。だが今日はちょっとセンシティブな内容をテレジアと話していたせいか、帰りが遅れてしまった。

 

 スラムに到達する事には既に暗くなっていた。

 

「参ったなぁ」

 

 街灯なんて便利なものは当然ない。スラム―――元都市の廃墟は既に都市としての役割を放棄されていてライフラインなんてものは通ってない。だから水が必要なら川へと汲みに行く必要があるし、エネルギーが欲しいならそこら辺のサルカズの死体から源石を採取して加工しなくちゃならない。生活する上ではこの上なく不便な場所だ。だけど大半のサルカズはこういう劣悪な環境で生きる事に慣れている。ここで生まれ育ったのが大半だからだ。

 

 そして俺もまた、この劣悪なスラム環境で十数年の年月を生き抜いてきた。

 

 両親なんてものはとっくの昔に感染者として死んでいる。家財なんてものは残らないし、教えられたのはどれだけこの世に救いがないかという話だけだった。いや、だからこそだろう。両親の死を通して俺はどれだけ鉱石病が恐ろしいのかを知った。だからこそサルカズの誉だとか誇りだとか言われる狂った感染思想に背を向け、感染しない様に細心の注意を払って生きてきた。

 

 そのおかげか俺は未だに源石にその体を蝕まれる事もなく生きてこれた。

 

 だが、果たしてこの奇跡はどれだけ続くのだろうか? 一体いつまで俺は源石に蝕まれる事無く生き続けられるのだろうか? この世に救いがない事なんてよくわかっている。テレジアを見てみろ! 彼女は既に重度の感染者だ! サルカズの王族がどれだけ化け物でどれだけ凄まじかろうが、彼女が30まで生きる事はないだろう。彼女が鉱石病によって全身を源石に貫かれて絶命する事は既に定められた運命だ。

 

 俺は嫌だ。そんな風に死にたくない。

 

 せめて人間として死にたい。

 

 だからサルカズはクソで頭がおかしいんだ。

 

「はあ……さっさと戻って寝るか」

 

 ねぐらにしている廃墟へと向かって暗闇の中を歩く。道しるべとなるとは夜空に浮かぶ月と星々だけだ。その明かりだけを頼りにこのスラムを抜けて行かないとならない。都市部とスラムの境は人の気配が多い。スラムの浅い部分では浮浪者たちが身を寄せ合って互いを守っているからだ。サルカズの男共は屈強で、力強い。更に感染してればアーツも強化されていてボディガードとしては安心できる存在だ。

 

 ただし、女なら体を要求される事も珍しくはないが。

 

 それを嫌がる奴、群れる事を嫌がる奴はスラムの奥へと―――頭のおかしい連中が多い方へと向かう。人が少なければ少ない程、悲鳴や血の匂いは闇の中へと消える。自分の身可愛さで奥へと進んだ奴はそういう連中に命を奪われる。

 

 そして俺も何時かそういう連中の仲間入りをするかもしれない。スラムの表層を抜けて深層へと入り込めば、今日もどこかで血に酔った笑い声や無言で闇の中に蠢く影を見る。現実に希望を見出せなくなったサルカズが源石を麻薬代わりに血管に突き刺して痛みから生じる一時期の快楽と幻覚に未来を破滅させている。

 

 生きる希望というものを誰もが持っていない。

 

 摂政―――テレシスが示す破滅へと向かってサルカズ達は流されているだけだ。

 

 俺もそうだ。テレジアにどうすれば良くなるのか。それを口にしておきながら何もしない。本質的に俺が他のサルカズ共と何も変わらないからだ。個人で鉱石病を何とかする、なんて事が出来るようには思えない。そしてカズデルを出て行った所で何かを変えられるとも、変わるとも思っていない。だから俺もカズデルのスラムに身を潜めている。ひそめて、テレジアというサルカズの王冠を見て夢を見る。

 

 サルカズとして生まれて、それ以外の希望がこの命に見いだせないからだ。

 

 ―――と、そこで闇の中で此方へと向かって歩いてくる姿が見えた。

 

 足取りはしっかりしている。廃墟の影にある姿は闇に紛れて良く見えないが、背丈からするとサルカズの男だろう。此方を視認して真っすぐ歩いてくる姿は何の迷いもなく、狙っているように見える。いや、直感的に相手が此方をしっかりと捉えているのを理解する。尾けられていた? いや、それにしては殺意がない。

 

「発狂者かぁー」

 

 鉱石病の症状が重症化し、脳にまで影響が及んだ者。明るいうちだったら陽の光でも嫌がって引きこもってくれるのだが、暗くなると夜行性なのか行動が活発になって徘徊してくる。俺を見て襲いたいと思ったのか、それとも単純にそういう趣向か。どっちにせよこの手の相手はまともに対応する必要もない。

 

 襤褸の下から手を出し、装着しているグローブに付随する鋼糸をアーツによって操作する。オリジニウムアーツの使用はサルカズのアーツ適性の高さと合わさり、源石による鉱石病の発症を誘発する。その為、アーツユニットを装備してのアーツ使用による鉱石病発症率はかなり高い。少なくともアーツをでたらめに使い続け感染するサルカズは多い。

 

 だからこそ、俺はなるべくアーツを使わない様にしている。アーツの使用には源石かアーツユニットを使用する必要がある。だがそのどちらも使用は少しずつ人体に負荷をかけ、鉱石病の感染率を上げて行く。しかも恐ろしい事にこれは不可逆だと言われている。恐ろしすぎる事実に吐きそうになるだろう。だからアーツは使えない、使いたくない。だが護身のためには必要な時だってある。ワイヤーを最大のスペックで運用するにはアーツが必要だ。その為のおんぼろアーツユニットは持ち歩いている。

 

 感染なんかしたくはない。

 

 鋼糸を足元に張り、闇の中から出てきたサルカズが距離を詰める為に一気に踏み込んできた。丁度その前足が張られた鋼糸を踏み、勢いのまま体を転ばす様にこっちへと飛んでくる。

 

「よ」

 

 前のめりに倒れ込んでくる姿の顔面を踏んで、それを足場にそのまま後ろへと向かって跳躍。鋼糸をワイヤーの様に近くの廃墟にひっかけ、跳躍によって得た慣性で鋼糸からぶら下がる様に大きくスイングする。

 

 振り子の様に放り投げられた体を丸めて鋼糸を廃墟から外して上へと飛ばし、そのまま身近な廃墟の壁、その出っ張りに掴まる。そしてそこからそのまま登攀して一気に廃墟の屋上まで登る。

 

「ラブ&ピースの精神だぜサルカズ。その命をもっと大事にしようぜ」

 

 鋼糸をアーツで収納しながらピースサインを大地に転んだサルカズへと送り、廃墟から降りることなくそのまま屋上から屋上へと移動する。追いかけてくるかどうかは解らないんだが―――いや、まあ、殺しちゃえばそれで問題は解決するんだが。

 

 結局の所、殺すだけの度胸と動機がないだけって話でもあるんだけどね……?

 

「月夜ーのー、おっさんぽー」

 

 声が響かない様に小さな声で歌いながら廃墟の上から上へと移動する。やがて見えてくるのは侵入を拒む様に入口が埋没し、大きく上へと延びる建造物だ。窓の類も全て内側から閉ざされており、地上から侵入する方法はない場所だ。

 

 だが登って上から侵入すれば話は別だ。

 

 登れる様に工夫してある訳じゃないが、登れるルートはちゃんと把握している。だから廃墟の屋上から壁へと向かって跳躍して突き出た凸凹に握力で掴む様に壁に引っ付き、そのままするすると壁をよじ登っててっぺんまで登る。

 

 ここの天井は既に崩落していて、空を遮るものはない。つまり上に到達してしまえば簡単に入る事が出来てしまう。これが俺のねぐらの入り口だった。

 

 ポイントは侵入が面倒って点。出来なくはない。だけど面倒。面倒を犯してまで襲い掛かろうとする連中はここにはいない。本当に殺したい暴れたいだけならスラムにはもっと楽しい場所がある。そっちの方へと向かうだろう。

 

 だからここは俺がスラムに作った自分専用の聖域だった。他に入ってくるような奴はなく、入ってくるような奴がいれば追い出せば良い。それこそ殺さないでも苦しめる手段であれば腐る程あるのだから。恐怖を覚えれば二度と迷い込んでくる事もないだろう。

 

 ……まあ、物事には例外があるが。

 

「ただいま―――ん?」

 

 外壁を超えて半ばから焼け落ちた階段の上に着地し、降りて行こうとすれば人の気配があるのを感じ取った。これが鉱石病感染者のものであれば源石の気配から直ぐに解るだろう。だけど感染者特有の気配もない。その事実がちょっとした興味を沸かせる。果たしてこのカズデルで自分の様に源石に触れず、潔癖に生きてきたやつはどれだけいるのだろうか? 俺以外に存在―――或いは実在するなんて事実、あまりにも面白すぎる。

 

 確実に侵入者がいるであろうという事実を理解しながらも階段を下りて1階へと向かえばくたびれたソファの上に背を預けるぼろぼろのサルカズの女の姿が見えた。ぼろぼろの服装に血の跡と傷だらけの体は満身創痍でスラムを抜けてきた様に見える。

 

「こんばんわサルカズ。そこ、俺のベッドなんだけど」

 

「……」

 

 話かけてみても反応はない。いや、してはいる。だが声を出す事はしていない。ぼろぼろの服装を纏った銀髪のサルカズは視線を此方へと向けてくるも、何かをしようとするようには見えない―――或いは疲れているのかもしれない。その姿を見れば漸くここへとたどり着いたようにも思える。

 

 その姿を見て、昔このスラムに迷い込んできた人物を思い出す。

 

 場所も、時も、年齢も違う。

 

 だけど彼女は、あの時このスラムに何か新しい物を求めて迷い込んでいた。場違いすぎる雰囲気に恰好。見たことのない世界に目を輝かせながらもギラギラとした視線を向けられていた。あまりに無防備すぎるその姿に不安を抱いた俺は思わず彼女を当時のねぐらへと連れ込んで、かくまってしまった。

 

 ……そのあとで聴罪師に見つかって派手に怒られたけど。

 

 姿も違えば格好も全然違う。彼女はもっと優雅で希望に満ち溢れている姿をしていた。それと比べれば俺のみすぼらしいベッドを占領する彼女は何とも絶望に溢れた姿をしているだろうか。だけど突然俺の人生にノックして入り込んできた姿には覚えがあり、思わず苦笑を零してしまう。

 

「大丈夫か? 傷を見せてみろ。治療系のアーツは使えないから包帯を巻く程度の事しかできないけどな」

 

「……」

 

 近づくと僅かに反応するが、逃げるだけの気力がないようだ。近づいて確認してみれば本当に服がぼろぼろで、最低限の仕事しかしていない。これじゃあほとんど着ていないのも一緒だ。救急箱から包帯とガーゼを取り出すとソファの上のサルカズの服を脱がして、傷口を軽く水で拭いてから包帯を巻いて治療する。消毒液なんて豪華なもん、ここには置いていないのでこれぐらいしかできないのだ。

 

 それが終わったらまだ無事なクローゼットから着替えを取り出し、それをサルカズの女に投げ渡す。

 

「それ、やるから着替えておけ」

 

「……」

 

 サルカズの女は答えない。

 

「名前はない?」

 

「……」

 

「ない、か。俺と一緒だな」

 

 サルカズに名前なんてものはない。あった所で意味がない。それこそテレジア程特別だったり、腕のある戦士にでもならない限りは名を得る事はないだろう。それがサルカズという生き物だ。だから俺も、この子も名前がない事なんてそう珍しくはない。

 

 だけど、こういう時呼び名に困るな。

 

 そんな事を考えながら晩飯を取る事もなくぼろぼろの椅子に座り込む。クッションの中の綿が半ば抜けているから座り心地はまあ、良くないのだが何もケツの下に入れないよりはマシだ。明日の朝、起きたら殺されてない事を祈りつつ正面のサルカズが服を手にしたのを見て、腕を組んで目を閉じる。

 

 もしかして寝ている間に殺されるかもしれない。

 

 もしかしたら寝ている間に何もかも奪われるかもしれない。

 

 だが不思議とそういう敵意を目の前のサルカズからは感じられなかった。だから俺も俺の直感に従ってそのまま、夜を終わらせる為に意識を落とした。




テレジア
 サルカズ最後の王族。カズデルのお姫様。サルカズ最強の怪物。本気になれば政権を奪取している摂政と現状から盛り返して五分の勝負にまで持ち込めると言われている人物。見て出会ったすべてのサルカズ、臣民を覚えている。

”あなた”
 サルカズ転生者。原作知識はない。多くのサルカズ同様名前なんて豪華なものは持ってない。カズデルのサルカズはそんなものらしい。スラムで育ち、スラムで生き、テレジアと出会って心を狂わされた。スラム生活に馴染んでるけど鉱石病が怖くて原石やアーツユニットを遠ざけて生きてる。合言葉はラブ&ピース。

サルカズ
 銀髪赤角のサルカズ。この時はまだ名を持たない。推し。


 ロドスが生まれる前の話。まだバベルという組織だった頃の話。レユニオンが誕生する前の出来事。


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暗雲

 ―――サルカズの能力は優秀だ。

 

 サルカズの戦士は屈強な肉体を持っている。男であれ女であれ、サルカズは戦闘に対して高い適正を持つ。力強く、頑丈で、そしてしなやか……男女でその比率に差はあれど、全体的に戦う為に洗練された資質を備えている。そしてはそれは肉体的な部分だけではなく、アーツの才能にも通ずるものがある。高いアーツ適性を持つサルカズという種族は生まれからして天性のアーツ術師だ。強力なアーツを使いこなせ、その上で感染を通して自身のアーツを強化する。これによってサルカズは遠近両方の距離で戦闘をこなす事が出来るようになる。

 

 だが何よりも恐ろしいのはアーツに通ずるからこそアーツの気配を感じ取り、対処できるという事だ。簡単には殺せないという特性が何よりも相手し辛い。だからサルカズの相手をするのは面倒であり、サルカズの傭兵というのは一定のブランドを持てるのだ。サルカズが魔族と呼ばれさげすまれているのは単純にサルカズが憎いからではない。魔族という言葉はサルカズの生み出す恐怖に対する言葉でもあるのだ。サルカズの傭兵共は魔族という言葉を笑って受け入れる。

 

 それが連中を評価する言葉でもあると理解しているからだ。

 

 つまり、何の話をしてるんだ? って事になるんだが。

 

 ―――要は、サルカズってめっちゃ殺しづらいんだぜって話だ。

 

 夜の廃墟の上に立ち、上から見下ろす視界の中にはみすぼらしいサルカズの姿が見える。ぼろい服に乱れた髪。そして肌に露出している源石の結晶。それだけを見ればどこにでもいるであろうスラムの住人だろう。だが自分の様に長くスラムに住み着いたサルカズであれば、頭の回るサルカズであればそれがそう見せているだけの偽装である事が理解できる。服の下には浮浪者にしては鍛えられた肉体が隠されており、足運び、移動する時のバランスがしっかりしすぎている。何よりも体内の()()が全くと言って良い程ない。鍛えられた人間と鍛えられていない人間を見分ける時はここを見るのが一番だ。

 

 ……グレー寄りの黒。傭兵に浮浪者のフリをする必要はないし。いや、だけど感じ的に黒だわ。

 

 直感的に黒だと判断する。こういう状況での直感に裏切られた事はない。或いはこれも、一種の先天性のアーツなのかもしれない。世の中には他人の感情を理解するアーツや、無意識に人を殺してしまうアーツがあるらしい。それを考えれば超直感を働かせるアーツなんてのもあるのかもしれない。だがとりあえず、自分に課したタスクを処理しなくてはならない。そう判断し、鋼糸の搦めてあるグローブを装着した手を握る。

 

 眼前の景色、廃墟の横を歩いてゆくサルカズは此方に気づく事もなく、しかし少しずつ、スラムの奥へと踏み込むたびに隠密を意識して歩く様になる。このまま奥へと進めば追跡が困難になるだろうが、その前に始末はつける。思考を作りながら長年住み着いた土地勘から来るコース選びでサルカズ浮浪者の姿を追跡し、人の気配がなく、そして襲撃しやすいスポットまで移動する。地上からは雑多に転がる廃墟で視線が遮られ上の方が見えなくなる、良い場所だ。

 

 そこにサルカズが入ってきたのを確認し、指に絡めた鋼糸を上から垂らす様に放つ。長年、アーツ抜きで鍛錬された技術は鋼糸を指先の様に器用に動かす事を可能とし、音もなく、そして空間に違和感を生じる事さえもなくあっさりとサルカズの傍に忍びよせることに成功する。

 

 そこまで成功すれば、勝負は決まる。

 

 一瞬で鋼糸を首に絡めながら建造物の出っ張りに引っかけ、廃墟から飛び降りる。

 

「な、がっ―――」

 

 一瞬で首を絞める鋼糸に体重が乗る―――いや、決して俺が重いという訳じゃない。胸の駄肉はそこそこ良いサイズをしている自信はあるけども。単純に人の重量というものは結構あるもので、それが首に集中するとどうなるかと言えば、首に食い込んだ鋼糸がそのままあっさりと首を切り落としてしまうだけだ。

 

「ふぅ、暗殺完了っと」

 

 首の切断面からスプリンクラーの様に放たれる血を汚しても良い襤褸の外套で受け止めつつ、フードを被って顔や髪に血がかかるのを避ける。その間に立ったまま死んでいる首無し死体に近づいて、その胸元やポケットに手を突っ込んで確認する。

 

「んー、財布があるな。中身は……身分証明書の類はなし、と。じゃあこっちか? 良し良し、あったあった」

 

 サルカズの死体を漁って幾ばくかの金銭をゲットしつつ、目的のコインを発見する。カズデルでは使用されている貨幣とはまた別の、特別な装飾が施された銀のコインだ。それは身分を―――いや、身分ではない。所属を証明する為の秘密のパスだ。これを所有しているという事はやっぱり、こいつは見た目通りの浮浪者ではなくそれに化けたサルカズ傭兵だったという事だ。まあ、1人だった事が運の尽きって奴だ。

 

「さて、源石化する前に去らなきゃな」

 

 死体の処理なんて面倒な事をする必要はない。サルカズの傭兵が死ぬ理由なんて腐る程ある。それこそ昨日は一緒に酒を飲んでいた連中が次の日には懸賞金欲しさに殺し合うなんて良くある事だ。連中は頭がおかしいのだから当然と言えば当然だろう。

 

 摂政の信奉者である事を証明するそれを弾き、握り潰して雷のアーツで一気に砕く。これでまた1人、テレジアの敵が消えた。これで少しでもテレジアが有利になれば良いのだが……摂政テレシスの派閥は大きい。雇っている傭兵を1人削った所では意味が薄いだろう。アイツが保有している切り札として運用する傭兵か……或いは聴罪師でも始末しない限りはその足並みが乱れる事はないだろう。だがそれでもやらないよりはマシだろう。こいつでも放置してれば変な事をやらかしかねない。

 

「ラブ&ピースな世の中には程遠いなぁ」

 

 どうして俺達は殺し合うんだろうかねぇ……。

 

 

 

 

「―――で、ゲストには帰っていただいたんだ」

 

「招かれざる客が居ついても困るからな」

 

 アジトに戻った所で血を被るのを回避する為に使った襤褸を脱いでそれを暖炉の中へと放り込む。”銀髪”と一緒に生活するようになってからねぐらをアジトとしてグレードアップさせる為に色々と手を出した影響で、今ではちょっとしたクオリティ・オブ・ライフの向上を感じている。それでもスラムにある廃墟を利用している事実には変わらないのだから、これでもまだ一般の家屋以下だ。それでもまあ、見た目が廃墟なのだから感染者や発狂者の類は入ってこない。見た目がみすぼらしいのが一番の自己防衛手段なのだ、ここらへんじゃ。

 

 それを”銀髪”も理解しているからこそ恰好は俺と同じようにぼろぼろの服装だったりする。

 

 彼女がこの廃墟に転がり込んでから数か月が既に経過している。なんとなく波長とでも言うべきものがマッチした俺らはこうやって共同生活を構築していた。お互い、邪魔にならない様にプライベートな事は分けつつ、ある程度の仲良しラインを構築できていた。ただ最近、そんな生活にも問題が出てくる。原因は俺や”銀髪”にある訳じゃない。

 

「最近あっちこっち派手ねー」

 

 ”銀髪”がすっかり占領したソファの上からそんな事を呟く。なので仕方なく新しく調達してきた俺様のソファに、服を脱ぎ捨てながら両足をテーブルの上に乗せる様に寛いで座る。

 

「ま、カズデルの外周部では既に小競り合いが発生してるからな。ここはまだ比較的に中央付近のスラムだから良いけど、更に奥へと進めば傭兵達がぶつかってる所が見れるぞ」

 

「知ってる。私もそろそろそっちに行こうかなぁ、って考えてたし」

 

「へえ、ついに独り立ちか。あのぼろぼろで無言のまま転がり込んできた”銀髪”が」

 

「素敵なお家だったからね。そこまで誘惑されたら断れないでしょ?」

 

「遠慮ってもんを覚えろ、お前は全く」

 

 と言って拒んですらいない俺も問題と言えば問題なのだろうが。馬が合うというのか? なんとなく居心地が良いから追い出せないんだよなぁ、なんて事を考えながらも溜息を吐く。

 

「今ので幸せを逃してそう」

 

「これで幸せが逃げるならもう一生分の幸福を逃してるわ」

 

「でもサルカズとして生きている時点で大体間違ってないわよね」

 

 正しい。恐ろしい程に正しい。サルカズなんて生き物、最終的にどうあがいても救われるイメージがないんだから生まれた時点で幸福を逃してるのに等しいだろう。だけど、まあ、頭を悩ませることを考えれば言葉と共に溜息がこぼれてしまう。

 

「どうして、テレジア……」

 

 どうして、こんなことを始めたんだ、テレジア。

 

 どうして、どうして、どうして。

 

 ―――どうして、逃げない。

 

 溜息を吐いて目を閉じる。どうしてという言葉が何度も脳内で繰り返される。それが今の状況に対するすべての感想だった。そのせいで最近はテレジアの所へと顔を出す事さえできなかった。いや、俺が意図的に避けているといった方が正しいだろう。俺にはテレジアが理解できなかった。それも会ってしまえば終わる話だろう。だからこそ怖いのだ。彼女がなぜこんな行動に出たのか、なぜこんな事をし始めたのか。

 

 何故―――摂政との政争を始めたのか、と。

 

「お姫様、と知り合いなんだっけ」

 

「昔」

 

 昔、小さかった頃の話だ。

 

「テレジアはスラムに迷い込んできた事があった。まだ若く好奇心旺盛で、無鉄砲だったころの話だ」

 

 その時に俺はテレジアと出会ったのだ。そして彼女がサルカズの王女だって知らずに友情を結んで、彼女が実は王族だってその後で知ってしまった。だけどそのまま彼女を見送ってしまうのが悔しくて、彼女の立場が王宮にはなくて摂政が全てを握っているという状況が悔しくて。サルカズに生まれた事で諦めていた事全てを放棄して、自分を鍛えて、傭兵から技術を盗んで、自分の身だけで王宮に潜り込むだけの力をつけて彼女に会いに行ったのだ。そうやって俺とテレジアの友情は続いている。籠の鳥である彼女に外の出来事や世界を伝え、俺が地球で培った知識や芸を披露する事であらゆることから切り離されていた彼女に世界を教えていた。

 

 ある意味で言えば、俺はテレジアの友であり、また先生でもあった。

 

 だけど確かに……俺はあの時間を、そして空間を愛している。また、王宮へと彼女に会いに行きたいという気持ちがある様に。だけど同時に恐怖を感じている。今現在、このカズデルが内戦状態に突入しつつあるからだ。今までの様な小規模なものではない。もっと大規模な、カズデル全体を飲み込むような勢いと破壊力を持ったそんな戦争が始まりつつある。後数週間もすればきっと、このカズデル全体が戦火に飲まれてサルカズ達は選択を強制されるだろう。摂政か、テレジアか。どっちに付くかを。

 

「そんなに仲が良いんだ、お姫様と。ねね、どういう人なの? あたし、話でしか聞いたことがないんだけど」

 

「テレジアか? テレジアは……まあ、優しくて、儚くて、今にも消えてしまいそうな程優しい人だよ。物腰は丁寧で、今まで見たことのある誰よりも美しくて……だからこそどこまでも非現実的で本当にそこに存在しているのかどうか疑わしい。だけど触れてみれば解るんだよ」

 

「解る?」

 

「あぁ、これは全部見えている範囲だけの事だ」

 

 テレジアの本質はそこじゃない。彼女の本質は見えていない所にある。優しく微笑み、そして助けようと手を伸ばしてくる。だけどその手の中に流れる血液は全て、

 

「マグマだ」

 

「マグマ?」

 

「そう、マグマみたいな熱量の塊。そういうレベルの感情が常にテレジアの四肢を駆け巡ってる。アイツを優しく無力なお姫様って評価している奴らは全員節穴だ。()()()()()()()()って理解させられる。根本的な部分で別生物なんじゃないか、って思わせられるぐらいには」

 

 彼女は―――彼女は、

 

「怒りの化身だ」

 

「怒りの化身?」

 

「そう、怒りだ。血管を通して怒りが体を駆け巡ってる。マグマが大地を駆け巡る様に彼女の体を常に循環している」

 

 或いはそれすら、俺が色々と教えたからこそ形が見えたものなのかもしれない。何も知らず、感じられないままであればあんな怪物的なものにもなる事はなかっただろう。だがそれでは生きているとは言えない。アレだけの感情を抱き、そして秘めて笑みを浮かべているテレジアの姿こそが生きていると言える姿だ。アレはもう、どうにもできない。焼き尽くすか焼け尽きるまで怒りを燃やし続けるだろう。

 

「いや、忘れろ。テレジアはお姫様だ。なんでもない、ただのお姫様。それでいいだろ」

 

「いや、そんな事を言っても無駄でしょ。興味が出たわ」

 

「忍び込むのは止めておけよ? 聴罪師にでも見つかると一発で首を跳ね飛ばしに来るからな。特に今、テレジアとテレシスが相対を始めた辺りかなりデリケートだからな」

 

 その言葉に”銀髪”が此方へと視線を向けて、にやにやとした笑みを向ける。

 

「なんだよ」

 

「いいえ、別になんでも? 思う所はあるんじゃないの? って事だけど」

 

「さーて、どうだろうな」

 

 テレジア対テレシスの対立が今、カズデルでは最もホットな話題だ。摂政として政治を掌握していたテレシスから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。無論、物理的な意味ではなく、政治的な意味で、だ。そもそも摂政の仕事は幼すぎる王や女王を補佐し、その間の政治を行う事だ。十分に育ち、自分で判断できるようになればその役割は終わるのだ。だというのにこれまで摂政が活動できたのはテレジアが政治に対して興味を見せる事もなく、そして干渉する事がなかったからだ。だからテレシスは好き勝手やってカズデルから戦火を広げていた。

 

 今やテラ中にサルカズ傭兵が広がっているのも、全てはテレシスの手腕だ。

 

 それをテレジアは後だしでテレシスの地盤が固まっている状態から五分の状況まで持ち込んでいる。もはやそのセンスを怪物的という言葉で表現して良いのかは解らない。だがテレジアは崩壊していた彼女の派閥を再編成、復活させ、そして彼女の前に立ちはだかる政治的な敵を正面から粉砕している。そしてそれに対応するようにテレシスがテレジアとの全面戦争の準備に入った。既にテレシスはこの国の主要な貴族の掌握を終えている。

 

 つまりこの国上層部の大半がテレシスの支援者、信奉者だ。その上で豊富な資金力があるテレシスはそれを利用して大量のサルカズ傭兵を動かしている。戦力も資金力も豊富なテレシスの軍勢は盤石であり、強力。これを崩す事は難しい。

 

 それに対してテレジアは摂政でさえ触れる事が出来なかった王家の財宝等を利用して一気に立場を固め、味方にできる貴族を取り込んだ。その上で次に取り込んだのは階級のある者達ではなく、一般人のサルカズやスラムに生きるもの、そして普通の傭兵達だった。凄まじい話だが、彼女は出会った人たち全てを覚えている。全てを忘れない。だから1人1人、テレジアと会って話すだけでそのカリスマ性に飲まれて、心酔する。テレシスには存在しない王者としての才覚で勝負を仕掛けている。

 

 だがこのまま政治で勝負を続けた所で、終わりは見えないだろう。テレシス、テレジア共にどこを目指しているのかは解らない。だがテレシスもテレジアも、互いを排除する為の動きを見せている。即ち、武力の行使。その兆候が見れている。

 

 俺が排除したサルカズ傭兵もそうだ。

 

 アレはテレジアの信奉者、支援者を削る為の工作員だ。スラムに居る人間の多くはテレジアの支援者だ。故にそこに対する破壊工作を行える傭兵を送り込む。シンプルながら合理的な手段でもあり、同時に手段を択ばないやり方でもある。だが誰が死のうと気にしない環境であれば、こんな強引な手段でも別に何の問題もなくなってくる。そしてこの手の工作員は最近、数を増やしながら見かける様になっていた。

 

 俺はそれを、誰かに言われる訳でもなく始末していた。

 

 理想は殺さない事に変わりはない。

 

 誰かを殺せばそれだけ悪縁を結ぶだろうし、それだけ因果を背負う。それでも殺さなければ止まらないという事実もある。故に迷う事無く殺して、排除して、スラムに浸透しつつあるテレシスの魔手を何とか食い止めていた。

 

 だが、それも近いうちに限界を迎えるだろう。本格的に両軍の衝突が始まれば暗闘と紛争でカズデルは一気に燃え上がる。そうなってしまえば1人2人排除した所でほとんどの意味はないだろう。

 

 俺のやっている事は極論、無意味に近い。武力衝突が始まってしまえば個人の活躍なんて大勢には意味がない。そしてどう考えてもテレジアにはその勝負の結末を握るだけのパワーがない様に思える。

 

 ……少なくともカズデル内では。

 

「悩んでる悩んでる」

 

「人が苦悩する姿を見て楽しむなこいつ」

 

「えー」

 

 笑う様に言ってくる”銀髪”の言葉にイラっとしつつも、結局のところ自分がどうしたいか、という問題である事を自覚する。俺は何をしたいのか―――いや、平和に生きる事が出来ればそれだけで良かったんだ。昼は適当に王宮に通ってテレジアと遊んで。夜は酒場で楽器を鳴らして傭兵達に歌を奏でる。それで生きて行く事が楽で楽しくて良かった。

 

 少なくとも、地球であった就職とか、勉強とか、政治とか、そういう話を一切する必要も考える必要も悩む必要もなかった。

 

 だけどもうそれだけじゃダメなんだ。そういう世の中になってしまった。カズデルではもう、考えずに生きて行ける事が出来なくなってしまった。

 

 ある意味で、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 或いは、それこそが目的なのかもしれない。

 

 どちらにせよ、会わなきゃ話にならない。

 

 ……会わなきゃ。

 

 目を閉じたまま、このまま眠ってしまおうかと思って―――まだ、眠れそうにないのを感じる。誰かを殺して精神が軽く昂っていてそれが抜けない。いっそ、自分の身を慰めてしまえば楽になるだろうかと考えるが、それこそ馬鹿な話だ。そんな事やっている場合でもないだろう。

 

 あぁ―――面倒だ。

 

 なんで世の中はもっとシンプルでクリーンになってくれないのだろうか。

 

「ラブ&ピース」

 

 呟くような言葉が口から漏れれば、

 

「それ、好きだよね」

 

 銀髪から言葉が返ってくる。それに対してそうだなぁ、と零す。

 

「そうあって欲しい。そうであって欲しかった。そう願っての言葉なんだよ」

 

 ラブ&ピース、ラブ&ピース。大昔より多くの人たちが口にしてきた言葉だ。だけどこの言葉にどれだけの力があるのだろうか? この言葉で実際に平和を生み出せた事はあっただろうか?

 

 結局の所、この言葉はそういう事だ。

 

 ただの願望だ。

 

 古来より平和を生み出してきたものはとてもシンプルだ。

 

 血と暴力。それだけ。

 

 

 

 

「ここら辺も最近は騒がしいな」

 

 襤褸のフードを被って顔を隠す―――まあ、それなりに整っている自信はあるし、白に近い銀と蒼のグラデーションが混じった不思議な髪色は良く目立つ。これを隠す事無く露出していると直ぐに目を引くので、なるべく外に出る時は姿を隠す意味でも襤褸を纏っている。みすぼらしい恰好をするのが一番目立たない。少なくとも、このカズデルではそうだ。

 

 しかしスラムを出て都市中部へと出てみれば騒がしさはこれまでの比ではない。街中を武装した兵士が歩き、戦士が睨みを利かせている。些細な事でも直ぐに喧嘩が始まりそうな一触即発な空気が漂っている。気づけば観察するような視線が複数街中を抜けている。誰もが油断なく何かを探る様な視線を向けていた。あまり良い空気だとは言えない。普通のサルカズはもう、あまり街中を歩いてはいない。疎開する姿も増えてきた―――空き家が増えてきたならいっそのこと、中心部の空き家に移り住むってのもありかもしれない。

 

 本当に紛争が始まったとすれば、もはや誰も不法入居なんてものを気にしたりもしないだろう。

 

 ……家なんてものが残れば、の話になるが。

 

「警戒は上がってるか、流石に」

 

 都市部からは王宮が良く見える。徘徊している戦士達の姿は王宮に近づく者達を監視しているようにも見える。現状、テレシスとテレジアと最重要人物たちがバチバチに睨み合っている場所でもあるのだから当然だ。これまでは誰も気にする事のない事だからスルーされていたが、侵入するのもこれで容易ではなくなっている。

 

 まあ、俺も王宮に忍び込むのは慣れているから問題なく出来るんだが?

 

 というのも、サルカズの感覚は視覚や嗅覚よりもアーツに対しての感覚の方が鋭い。なのでアーツを使わず、純粋な技術としての隠密を行えば普通に見つからないのだ―――まあ、あくまでも一般的な相手に対しては、だが。少なくとも良く鍛えられた傭兵となってくると小手先の技術に頼っても無駄だ。

 

 なので移動手段はいつも通り。

 

 周りの気配に気を配り、自分の気配を遮断し、なるべく周辺の景色に自分の姿を紛らわせる。そこまで難しい事ではない。スラムで生きて、争いから身を遠ざけようとすれば自然と身につく技術だ。それを駆使して視線の向いている方向を意識し、その死角を通って進み、近づいた所で一気に城壁を飛び越えて侵入する。目は多くても、その全てが常に監視している訳じゃない。向けられている視線の瞬き、そして呼吸の合間にある意識の空白をちゃんと把握すればこの手の侵入は難しくはない。

 

 ここまで来てしまえば後は楽だ。

 

 鳥籠のある塔の下まで移動し、鋼糸を上に引っかけて地面を蹴ってから一気に鋼糸で自分の姿を上へと向かって引き上げる。何度も繰り返してやってきた事だけに簡単に上る事がこれでできる。そしてこの塔の窓は、俺が何時でも来れる様に常にテレジアが開けておいてくれている。

 

 今日も、それは俺を待っているかのように開いている。

 

 一気に窓枠の縁に足を掛けるように塔の外壁を登り切り、踏み込みながら視線を正面へと向ける。そこには何時も通りのテレジアの姿があった。籠の鳥である彼女は王宮の外には出れず、大半の時間をこの部屋と王宮内で過ごす。故に大抵の場合彼女は事実として本を読むか、或いは鍛錬を行っている。その本だってあまり自由に選べるわけではなく、俺か協力者の差し入れがなければ増える事もない。そんなテレジアはベッドに、誰かを待つかのように腰かけていた。その視線が窓から入ってくる此方を見て驚いたのを見ると、元々の待ち人が俺ではない事は確かだった。

 

「もしかして邪魔だった?」

 

「そんな事ありません!」

 

 思ったよりも大きな声が出たことに驚いたようにテレジアは口元へと手を寄せると、少し恥ずかしそうに顔を隠した。本当にかわいいなぁ、テレジアは。そんな事を口に出さない様に必死に堪えつつ勝手知ったるテレジア殿下の私室へと侵入する。部屋の中にやってくるとテレジアが微笑みながら手を取ってくる。

 

「最近、全く来てくれなかったのは寂しかったのですよ?」

 

「いや、ほら、それはテレジアが忙しそうだったしさ」

 

「”あなた”と話す時間でしたら何時でもありますよ……あ、でもこの後来客予定なんです」

 

 やっぱりそうか。今のテレジアは政治にも闘争にも精力的に活動している。テレシスと五分で渡り合っている、この鳥籠でテレジアを封じ込めるのはテレシスでさえ不可能となっている。その為、今ではテレジアの支援者が王宮内にまでやってくることが出来る様になっているようだ。白昼堂々と、どれだけ警戒していようが正面からやってくる事の出来るだけの強さを今のテレジアは勢力として手にしている。

 

 その中で来客予定と言っているのだ、おそらくは将来のカズデルを見据え、協力してくれる勢力との繋ぎを作ろうとしているのだろうか? 何にせよ、今日はタイミングが悪かったみたいだ。

 

「なら俺は出直すわ。邪魔になるだろうし」

 

「いいえ、丁度良い時に来てくれました。”あなた”にも出来たら一緒に居て貰いたいんです」

 

 近づいてきたテレジアは両手を取る様に頼んでくる。見た目が良いだけにそういう風に頼まれると物凄く断りづらい―――まあ、今では女だ。女同士ならこれぐらいの距離感普通なのかもしれない。ただ趣味趣向も考え方も、あまり元の地球人の男だった頃と変わりはしないだけに、テレジアの顔のアップはどきりとさせられるものがある。だから今度はこっちが顔を逸らし、こほん、と咳ばらいをする。

 

「ま、まあ……テレジアが言うならさ。俺がいても邪魔になるだけだと思うけど」

 

「そんな事はありませんよ。”あなた”がいたからこそ今の私があるんです」

 

 それは……どうだろう。結局、テレジアの天運と天賦であれば俺がいなくても勝手に同じ結末に至っていた様な気もする。俺は所詮、転生なんてものを果たしたイレギュラーだ。世の中、そんなものが存在しなくても十全に回るとは思う。いや、寧ろいなくても回る様に出来てなくちゃいけない。そんなイレギュラーで異常な存在が世界を回す様な世の中は歪だ、あってはならない筈だ。

 

 まあ、今日のテレジアは妙に押しが強い。握られた手に引きずられるようにそのままベッドまで引っ張られ、座る様に引き下ろされてしまった。その強引さに苦笑を零しつつも、最近は彼女を避けていてのも事実だ。少なくとも表面上は変化がない様に見えるテレジアの様子に安堵を覚えつつも近況の報告を行うとする。

 

 居候の”銀髪”が図々しいとか。でも最初はつんけんしてるくせに段々とすり寄ってくるあたりが子猫みたいで可愛いとか。或いはスラムの荒れようとか。最近は食べ物が手に入りづらいとか。傭兵達の酒場での痴態とか。そういう外の話を何時も通り、テレジアにしてあげるとそれを楽しそうに聞き入りながら時間はゆっくりと過ぎて行く。

 

 だがそんな時間も長くは続かない。

 

 やがて部屋へと向かってくる気配に、自然と言葉は途切れ、素早く反応するように鋼糸の準備を整えようとし―――テレジアが大丈夫です、と視線を送って立ち上がる。どうやら、テレジアが待ち望んでいたゲストが来たようだ。俺も座っていたベッドから立ち上がると襤褸のフードを被り直して顔を隠しつつ、テレジアの背後に控える様に待機する。それを見て、テレジアが小さく笑った。

 

「そこまで警戒しなくても大丈夫ですよ」

 

「テレジアが自分に対して無頓着だから俺が心配してんだよ……全く」

 

 溜息を吐きながらもテレジアの様子を見る限り、既に相手がどういう人物かは把握できている様に思えた。なら後はテレジアに任せよう。そう判断して静かに気配と音を殺して立つ。

 

 そこにこんこん、と扉に二度ノックがする。

 

「失礼、テレジア女王殿下。バベルの者です」

 

「お待ちしておりました。鍵は開いております故、中へどうぞ」

 

「……バベル?」

 

 聞いたことのない組織だ。少なくともメジャーな組織ではない気がする。聞き覚えのない組織に内心で首を傾げていれば、扉が開いてその向こう側から二人の男がやってきた。片方はサルカズの男で、口元をスカーフで隠しながらラテラーノ製には見えない、独自形式の狙撃銃を背負っている男だった。もう片方の男はサングラスを付けている小槌装備の男であり、両者ともに凄まじいレベルでの実力者である事を感じ取らせる気配を纏っている。それこそあのサルカズの”剣聖”クラスでも連れ出してこない限り正面からの相手は考えたくないレベルの実力者だ。それがいきなり目の前にやって来たのだから、心臓に悪い。

 

「ようこそいらっしゃいましたAceさん、Scoutさん。私のわがままに付き合って貰って……」

 

「いえ、此方こそとんでもありません殿下。俺達の方こそテレジア殿下の為であれば何時だって向かいます。貴女はバベルにとってはなくてはならない人だ」

 

「だから堂々としてください。それがわがままであろうと、私達にはそれを叶えるつもりがある」

 

 テレジアの言葉に対して柔らかい物腰を見せる二人の男に内心、安堵の息を吐く。本当にどうやらテレジアに会いに来た人たちの様だった。だけど正直、このレベルの実力者が会いに来るという事に対するショックと驚きが抜けない。バベルという組織が一体どういう目的がここへとやって来たのだろうか? その考えを推理する前に、Aceの視線が此方へと向けられているのに気づく。

 

「それでは彼女が」

 

「私が最も信頼し、信用する人です。私がこの結論に至る為の考え方、その全てを教えてくれた人でもあります。可能であれば、彼女もバベルに誘いたいと思っています」

 

「テレジア」

 

 静かに彼女の名前を呼び、襤褸のフードの下からテレジアに視線を向ける。名を呼ばれて振り返るテレジアは微笑みながら大丈夫です、と答える。

 

「私を信じて。そしてお願い、聞いてください―――きっと、”あなた”も納得します。バベルの理念に。バベルの行う事に……そして私が、何をしたいのかを」

 

 テレジアはそう言うと視線をAceの方へと向け、説明を求める様に頷いた。Scoutは扉が閉まっているのを確認し、何らかのアーツを展開する―――いや、見覚えのあるアーツだ。防音用のアーツだ。何か、聞かれたくない事を話す時に展開する奴だった筈だ。恐らくは漏らす事の出来ない内容がここで繰り広げられる、という事なのだろう。Aceはアーツの展開を確認すると此方へと視線を向け、

 

「では、あ―――」

 

「名前はない。サルカズ、でもお前、でも」

 

「礼に欠けるからそれは流石にな。いや、だが解った。俺達は……バベルという組織に所属している。我々は今、この大地に蔓延するとある問題に対して武力を、そして技術を持って対応する準備を行っている。現在、その基礎となる部分の構築を行って、その次の段階へと移行しようとしている。そしてこの全体の進捗は問題なく進んでいる」

 

 早い、早い早い早い! Aceが言っている言葉がちょっと頭の中に入ってこない。待ってくれ、バベルは何をしようとしている?

 

「あー、いやいやいや、待て待て待て。大地に蔓延する問題だと?」

 

 そんな言い方をされたら何に対処しようとしているのかが解ってしまう。このバベルという組織が何に対処しようとしているのか、その現実を前に声を荒げてしまう。

 

「お前ら鉱石病をどうにかしようと考えているのか!?」

 

「その為に専門の医療チーム、技術チーム、そして戦闘チームを構築している。既に鉱石病という病の解析、そして研究が始まっている。医療チームではこの研究によって抗鉱石病薬の開発を行っていて、一定の成果を見せている。バベルが表向けの医療組織を発足した際にはこれをあらゆる感染者へと向けて提供する準備も進めている」

 

「待て待て、待ってくれ。少し情報を整理する時間をくれ」

 

 頭を押さえながら頭痛の様に脳内を響くAceの言葉に、勿論だという返答を受ける。Aceが黙ってくれた事でこのバベルというキチガイの話を思い出す。こいつらは鉱石病に抗うと言っているのだ。しかも既に成果を出している? このテラの大地に突き刺さった呪いの杭をどうにかしようとしている?

 

「正気か……!」

 

「正気だ」

 

「だが正気でもなければこんな事は出来ない。違うか?」

 

 AceとScoutから肯定の言葉が飛んでくる。こいつらは、バベルの戦闘オペレーターは本気で鉱石病に抗うと言っているのだ。その言葉を聞けば、気配と揺らぎで解る。こいつらは心の底から本気で抗おうと思っているのだ。

 

「この大地に、本気でそれを行おうとする奴がまだいるなんて思いもしなかった……」

 

 俺はカズデルから出た事がない。だからこそ世界の全てがこのカズデルにある。そして傭兵達の話を聞いて、どこでも感染者は迫害され、恐れられ、そして疎まれる事を知っている。だからどこもそうだと思っていた。誰も鉱石病に抗う事なんてしないと思っていた。だけどいたんだ、頭のおかしい連中が。圧倒的な資金力と武力を保有したキチガイ集団が。

 

 この星の病を治そうという奴らが。

 

 そして、

 

 テレジアはそのバベルに協力しようとしていた。

 

「”あなた”が言ったんですよ」

 

 テレジアの声に、視線をテレジアの方へと向けた。

 

「カズデルを救うにはこの大地に蔓延する悲劇を止めるには、その根本から治療しなくてはならない、って」

 

「ああ、確かに……確かに俺が教えたよ」

 

 ラブ&ピース。それだけを謡って世の中が平和になりゃあ万々歳だ。だけどそんなもんで世の中は良くならないんだ。誰かが行動しなければならない。誰かが最初に動き出して変えなきゃいけないんだ。そうしなければ世の中は変わらない。そしてそいつらは既に存在していたんだ。自分から感染する事を恐れず、世の中を変えようとする勇気ある一歩目の先駆者が。それがバベルという組織で、

 

 テレジアが、このカズデルを救おうと思った。

 

 その為に必要だったのだろう、組織が。病と闘う為の組織が。

 

 バベルを生み出す必要があったんだ。

 

 あぁ。

 

 そうか。

 

 成程。

 

 ふと、納得してしまった。理解してしまった。理解に至ってしまった。

 

 ()()()()()

 

 このカズデルのテレジア対テレシスという紛争は、内戦の始まりは俺が原因なんだ。俺がテレジアに教えてしまった事が原因なんだ。何が正しいのか、どう考えれば良いのか、どう行動すれば良いのか。その基準となる知識と知恵を授けたのが俺だ。そしてそこから自分が何をするべきなのか、何をしたいのか。それをテレジアは考えて行きついてしまったのだ。

 

 この大地の病を取り除く、と。

 

「―――」

 

「ふふ、驚きました? だけど、”あなた”。私は変えたいんです」

 

 何を?

 

「サルカズを。ただ流されて燃え尽きるだけじゃない。自分で考えて、自分の脚で立って、そしてちゃんと歩ける種にしたい。明日を今日よりも少しだけ良くしたい。カズデルという私と貴女が出会えた場所を、良くしたい。その為には必要なんです。バベルという居場所と理念が。だから私は支持し、参加する事を決めました。バベルに。サルカズの女王として、サルカズを救う為にこれが最善で必然であるという事が」

 

 AceとScoutはテレジアのその言葉に口を挟まず、此方の話し合いの流れを見ていた。ただ他の侵入者や鼠がいないのを確認するように、時折視線を壁の向こうへと巡らせては気配を探っているように思えた。そんな事を確認しながら俺は、

 

 俺は―――迷っていた。

 

 テレジアの言っている事は正しい。だがそれは同時に茨の道でもある。感染者を救うという事は生易しい事ではない。死が確定しているこの病と向き合うという事は、たくさんの悲劇とたくさんの死と向き合う事だ。未だに感染者を救う方法は存在しない。つまり今いる感染者は全員、死ぬ運命にある。

 

 その死を全て乗り越えた先に、本当に希望はあるのか?

 

 それを、テレジアは目指せるのか?

 

 俺は、別に良いんだ。どうせ2度目の生だ。1度目で十分人間として生きた。どうせ2度目の人生がサルカズとして畜生の生を送っても文句なんて出ないだろう。だけどテレジアは……幸せになるべきなんだ。こんな良い子が、こんな子がただ茨と不幸の道を進むのは間違っているだろう?

 

 だけどきっと、もう止められないのだろう。

 

 俺が見てない所でテレジアは既に歩き出していた。籠の鳥だった筈のテレジアは既にその外へと向かって羽ばたいていた。もはやその飛翔を止める事は出来ないだろう。止まってくれ、と言っても止まる様な人でもない。

 

 ならもう、手遅れなのだろう。

 

 既に感染者の悲劇へと彼女は突き進んでいた。

 

 なら……ならば、俺に出来る事は?

 

 俺にしかできない事はなんだ?

 

 テレジアが己の本分を全うしようとする中で俺がすべき事は?

 

「”あなた”」

 

「テレジア」

 

 私ね、夢があるんです。テレジアはそう言った。

 

「全部終わって、テレシスをカズデルから追い出して、鉱石病の治療方法を見つけたら」

 

 見つけたら?

 

「―――貴女とシエスタへ行きたいの」

 

「―――」

 

 それは残酷なほどの殺し文句であり、俺が願った事そのものでもあり、彼女がそれを理解して使ったのか、或いは無意識に叩き込んできたかなんて解らなかった。だけど理解できるのは、

 

「Aceさん」

 

「さんはいらないが……なんだ?」

 

 ふぅ、と息を吐いて被っていた襤褸のフードを下ろす。長く伸ばした髪を開放しながら軽く頭を振り、完全に髪を伸ばしきってから視線をAceに向け、Scoutへと向け、頷いた。

 

「バベルの戦闘部門にオペレーターの枠はあるか? テレジアが本気でこの大地と向き合うというなら。本気でこの星に満ちる怒りと悲しみと悲劇に向き合うというのなら」

 

 約束された絶望に抗うというのなら。

 

「俺も戦おう」




Ace
 アークナイツ最強のイケおじ。この人の登場でただの萌えゲーじゃない事が証明されたのに序盤で死亡する。恐らくはバベル時代から所属していたエリートオペレーター。エリートの称号は強さではなく、ロドスの理念に殉じる事が出来、ロドス、或いはバベルが心の底から信じるものに与えられる役割。タルラに灰も残さず燃やされ死亡。

Scout
 名前からしておそらくは偵察・隠密・狙撃戦の特化型エリートオペレーター。Ace同様バベル時代からロドスに在籍していた人物であり、歳をそれなりに取っているとの話。チェルノボーグ撤退戦で多くのレユニオン精鋭をみちずれにする形で死亡。

”あなた”
 「同年代同性の友達……まあ、男友達に接するのと同じ感覚で接すればええやろ!」 これが原因で数名の距離感と心がバグる。

 バベルはロドスの前進、或いは母体となる組織。バベルからロドスが生まれた。そして恐らくエリートと呼ばれるロドスのオペレーターたちはブレイズやRosmontisを除けば恐らく大半がこのバベル時代から所属していたオペレーターたちだと思われる。或いはバベルのオペレーターがロドスに移行した時にエリートと呼ばれるようになったのかも……。


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居場所

 バベルに来て最高! 来て良かったぜ! って思えたのはシャワー室に風呂場がオペレーターには提供されていて自由に使えるという事実だった。というか個室が用意されていてそこでは好きに室内を整える事が出来て、個人のシャワールームが用意されているという事実がまずもう強い。圧倒的な強さだ。バベル、福利厚生最強じゃんって言いたくなるレベルで強い。だって今までの生活はスラム生活だったのだ、当然シャワーなんて便利なもんが存在する筈がない。

 

 俺がいくら中身が男とはいえ、流石に体臭や汚れには気を遣う。というか汚いとかテレジアには思われたくはないので、服装以外はそれとなく割と気を使っているのだ。だけどスラムという環境、場所には当然ながら水道なんてものはない。それを遠慮なく利用できるのは貴族連中ばかりだ。だから基本的には井戸か川から汲んだ水を使って水浴びをするか、雨の日に全裸で雨に打たれるぐらいの方法しかない。当然、川で身を清めるなんて手段は貞操がヤバイので出来る筈もない。だから基本は水の節約を兼ねて濡らしたタオルで体を拭くだけとかを割と普通にやってた。

 

 でも一度だけテレジアに連れられて王宮の風呂場を使った事がある。その時は一緒に風呂に入ったのだが、当然ながらそういう場では洗ってくれる侍女とかがやってくるので俺がいる事もバレて、そのまま即座に逃げ出すハメになった事もあった。それ以来風呂に入れたことはない。五右衛門風呂なんて女の身で安全に出来るもんでもないし。そういう訳でスラム住まいは結構辛かったのだがそれもいよいよ卒業という事だ。

 

 ”銀髪”も傭兵デビュー―――Wという名前を戦没者から装備を引き継ぐ事で手に入れ、傭兵団に入ったようで安心した。俺はバベルへ、彼女はサルカズ傭兵に。お互いに進む道が解れた故に離別する事となってしまった。だがこれで永遠に分かれるという訳ではないし、どうせその内戦場で再会するであろうという予感に俺達はあっさりと別れた。そして俺は僅かな家財を手にバベルが用意してくれた新たな家―――いや、修繕途中の《ロドス・アイランド》と呼ばれる陸上型空母に移り住むことになった。

 

 AceやScout達をはじめとするバベルのオペレーターたちも現在はここを住処としており、俺達はレム・ビリトンにあるこの施設を拠点としている。そしてバベルのオペレーターとして登録された俺も、このロドス・アイランドと呼ばれる修繕中の拠点を利用する事となった。なんでもレム・ビリトンにて発掘されたこの施設を現在使える様に修繕、増築、建築中で完成されれば陸上を移動都市規模とはいかなくても走ることが出来るようになる巨大な施設となるそうだ。

 

 ここにはまだ、テレジアはいない。現状テレジアをカズデルから連れ出すのが難しく、色々と準備と手順が必要になるからだ。その代わりに俺は先にバベルへと入居し、

 

 熱い湯でのシャワーを利用させて貰っていた。

 

 これがもう、言葉では言い表せないレベルで気持ちが良い。

 

 まさしく文明の勝利。

 

 これが現代文明。

 

 人類ってやっぱ凄い。

 

 お湯、最高。

 

 焚火を用意せずに暖かいお湯が身近にある生活、その恩恵をきっと普通に暮らしている人々は全く理解できないんだろうなぁ……というのは生まれ直してからの新しい人生で感じ取ってしまったちょっと擦れた感覚なのかもしれない。

 

 そうやって湯を堪能したらバベルから新しく支給された―――と言うにはオーダーメイドなのでまったく安物ではないのだが―――戦闘用の装備と服が用意されたので、それに着替える。これまで使っていた奴は店で購入したものだが大体は古着等だったりするので、ぴっちりぱっしり新しい服に袖を通すという感覚は実に心が踊るものだった。装備も自作する必要がない、プロフェッショナルが作成したものが使用できる。

 

 黒く体のラインが浮き出るインナーの上から男物のズボンとBABELとロゴと共に印字された上着を羽織る。両手の手袋も新調されてよりフィットして指先の感覚が伝わりやすいものが。その他にも戦闘用の小道具にナイフやハチェット、ワイヤーが上着やベルト、全身に装着されているように隠されている。極めつけは銃まで入手できた。この世界に置いて銃とは火薬式ではなく、アーツ式での運用となっているから根本的な活用方法が地球のソレとは違う。だが脳天に鉛弾をぶち込めば人は大体死ぬという事実に変わりはないし、そう言う意味では地球とは何も変わらない。

 

 Scoutが持っていたようなライフル、そこにショットガン、そして二挺のハンドガンをベルトに装着してフル装備の完成になる。バベルは気前よくこれらの装備を全て支給という形で用意してくれたのだから本当に頭が上がらない。何気にバベルのロゴとこの黒と青のデザインのジャケットも格好良く、気に入っている。しかもこの上でちゃんとお給料が出るとかいうのだ。ホワイト企業の極みか?

 

 ―――その正体は秘密結社に近いところがあるらしいが。

 

 まあ、そんな事実は俺には関係ない。

 

 全てはこの大地の病を癒し、感染者の戦いに、サルカズの愚かさに終わりをもたらす為に。

 

「―――さて」

 

 自室、まだ特に装飾もなくて最低限の家具しか運び込んでいない自分の部屋を見渡し、そして壁に掛けてある鏡を見る。

 

 そこには見事な美女の姿が映っている。純血のウェンディゴと純血のブラッドブルード、2種類のサルカズの純血の血を半々受け継ぐ混血の自分は両方の種族の特徴を色濃く受け継いでいる。親はろくでなしだが、遺伝子だけはしっかりとその良点だけを引き継いでくれた。ブラッドブルード特有の僅かに色白い肌。ウェンディゴ特有の身体の強さと角。不思議なグラデーションをした髪の色彩は両種族の特徴が入り混じった結果だ。この髪色は俺は気に入っていた。

 

 何せ、テレジアも不思議なグラデーションが髪色にかかっている。色は違うが、その不思議さはまるで姉妹の様なものを感じさせる。それが俺達は嫌いじゃなかった。

 

「髪型変えてみるか? うーん、変に弄ってもアレか」

 

 何時も通り全部降ろしてるだけでいいか、と結論が出る。細かい所までやるのは面倒だし。肩にかかっている髪を後ろへと流す様に押してから壁を見て、

 

 今度お金が入ったら壁紙でも買うか、なんて事を考えて指定された待ち合わせ場所へと行く。

 

 

 

 

 このロドス・アイランド等という施設は、巨大な陸上空母だ。どこから引っ張り出したかは解らないし、どうやって作ったのかは解らない。だがその外観は既に完成されており、細かい調整や内装などの方に作業の大半は進んでいた。その為、このロドス内部ではちょくちょく通行不可の区域があったりして、これが中々に曲者だ。マップを見て進もうとすればメンテナンス中だったり、コードが剥き出しの状態だったりで進めなかったりする為、遠回りするハメに何度もなる。

 

 だがそれを超えればロドス・アイランド艦橋へと到達することが出来る。

 

 ……少し遅れて。

 

 到着すればそこには医療部門の責任者であるケルシー、そして全身を装備で隠している戦術部門責任者のドクター■■■■の姿があった。ただ、ドクターの足元には患者らしきコータスの少女が一緒に居るようだ。まあ、そんな事よりも今は大事な事がある。

 

 2人の姿を見つけて真っ先に近づきながら頭を下げる。

 

「ごめんなさい、迷ってました」

 

「しっかりしてくれ―――と言いたい所だがまあ、来たばかりでは仕方がないか。ロドス内部もまだ通れない場所も多いしな。ただ早く慣れて貰わないと困る」

 

「そりゃあ、まあ。開いた時間に散歩でもして覚えますわケルシーさん。という訳でこれからバベルの一員として宜しくお願いします。この病を星から根絶させる為なら俺は燃え尽きようとも戦い続ける所存なので」

 

 それが俺の責任の取り方だ。俺がテレジアを焚きつけて、この戦いを始めたのであれば―――俺は死ぬその瞬間まで、全力で戦い続けなければならないだろう。持てる命、力、才能、素質、その全てを120%の効率と能力で発揮させて完全に使いこなす。その上で自分が成し遂げるべき事を全て成し遂げる。それが責任の取り方だ。

 

「ふむ、覚悟と気概の方は問題がなさそうだな……ドクター?」

 

「……」

 

 ドクターは手持ちのクリップボードを確認していた。

 

「名前、無し。非感染者。物理強度・卓越、戦場機動・測定不能、生理的耐性・優秀、戦術立案・標準、戦闘技術・優秀、アーツ適性・優秀……全体の能力が高く纏まっている上に奇襲、隠密、暗殺等の技術に非常に長けている。これが事実なら非常に優秀なオペレーターだな」

 

「いやあ、それほどでもある」

 

 えっへん、と胸を張ってコミカルに空気を和ませてみようとするが、ドクターは無視。クリップボードから此方へと向けた視線をクリップボードに戻し、ケルシーはやれやれと肩を竦めた。もしかしてこの人たちノリの悪い方々だった? 選択肢を間違えたかなぁ……なんて考えていると、コータスの少女が両手の拳をぎゅっと握っていた。

 

「あ、あの、私、凄いと思います」

 

「……ありがとう、嬢ちゃん」

 

 年下の娘に慰められるの、結構きついかもしれない。

 

「この戦場機動、測定不能とはどういう事だ?」

 

「それはこういう事」

 

 目の前に指を持って行き、スナップではじく。ぱちんという音が響くのと同時にケルシーとドクターの意識の虚を歩いて外れる。目の前から消えた事に驚いているコータスの少女の後ろに回り込み、軽く手を振るってワイヤーを伸ばしつつわ、っと驚かしながら脇の下に手を差し込んでその姿を高く持ち上げた。持ち上げられたコータスの少女に、ドクターとケルシーが少女が持ち上げられてから気づいた。

 

「え? あ、でも今前に……あれ?」

 

「……アーツか?」

 

「いや、細々とした技術の集大成。アーツを使わないからサルカズの探知力でもバレない。サーモでサーチされるならアーツで体を冷やせば良い。生命反応で追われるなら生命力を落として隠れれば良い」

 

 前提として技術の塊でアーツ使ってないからアーツ反応から入るとバレない。その後で他の判別方法を使うならそれに対するメタ手段を用意しているから掻い潜れる。最悪、アイスパックとか使って体冷やせば問題は解決するし。アーツは強いし便利だし非現実的な手段を色々と可能にしてくれるだろう。だけどそれに頼ると源石による感染率が高まる。それが俺は嫌だった。だから王宮に忍び込む為だけにこの手の技術を研究、練習、鍛錬し、そして技術として鍛え上げて身に着けたのだ。

 

 まあ、そこには勿論どっかのロイヤルブラッドのご協力があったりする訳だが。

 

 そういう訳で俺の戦場機動は完成された。アーツに頼らない純粋な体術技術による隠密技能。これに関してはその手のアーツを持っている奴にすら負けない自信がある。目の前に立っていても完全に姿を消す事だって出来る覚えがある。それにほら、

 

「後はこう……ね?」

 

 コータスの少女を片手で支えながら右手を持ち上げれば、ケルシーとドクターの視線が指先から伸びるワイヤーが何時の間にか肩に、首筋に沿って伸びているのが見えるだろう。少女を床に降ろしながらワイヤーを回収すればドクターが成程、と頷いた。

 

「優秀だ」

 

「お褒めに預かり光栄」

 

「となると担当は遊撃、奇襲、暗殺……偵察部隊を率いさせるのも良いな」

 

「現状偵察部隊を任せられるエリートはScout、Outcast,後はRadianだけか」

 

「思想と能力を見れば間違いなくエリート採用が行えるだけの物はある。問題は信用できるか否かだ」

 

「それこそ愚問だな。テレジアが心の底から信じているのがその答えだ」

 

「ふーん?」

 

 ケルシーとドクターが顔を突き合わせて難しい話をしている。コータスの少女も話に混ざりたそうにしているが、混ざってはいけないのか気にしない様に頑張っている。その姿が年頃の娘らしく、微笑ましく、思わず笑みを零してしまう。

 

「専攻や分野は? 信用は?」

 

「我々以上に彼女の信頼を受けているんだぞ? 話を聞けば殿下の根本的な考えや知識、思想を支えたのが彼女だ。それだけで既に()()()()()()得難い人材だ。それに彼女の得意とする技能は現状、他のオペレーターでは真似できない領域だ。お前の判断はどうだドクター■■■■」

 

「……」

 

 ドクターはしばし、思案するように無言を貫く。だが最終的には頷く要素を見せる。

 

「隠密能力を任せた偵察、暗殺、奇襲と遊撃能力。特にOutcastやAce等の前線オペレーターと組ませれば凄まじい戦果を叩き出すだろうな。替えの効かない戦力になる」

 

「なら決まりだな」

 

 ケルシーの言葉にドクターが視線を此方へと向けた。

 

「希望するオペレーターネームは?」

 

「特にない」

 

 それに腕を組みながら答えればなら、とケルシーが言葉を続けた。

 

「今日からGrimだ。エリートオペレーターGrim。それが君を示す新しい名だ」

 

 Grim、即ち死神。先ほど見せた技能から導き出された役割に当てはめたオペレーターネームだろう。まあ、確かに姿隠して暗殺してまた消え去ることが出来るのは何をどうあがいても死神としか表現の出来ない技能だがもうちょっとマシなオペレーターネームはなかったのだろうか? まあ、なんにせよ、

 

 コードネームの類とはいえ、初めての名前だ。

 

 その名に恥じない活躍をするとしよう。

 

 

 

 

 バベルでの活動は主にドクターでの指揮下で行う事になった。戦術、戦略面において研究者でありながらドクターを超える存在がバベルにはいなかった。いや、バベルだけじゃなくこの大陸でドクターをこのジャンルで凌駕出来る存在がいないのかもしれない。ケルシーが単純な医療というジャンルに置いて卓越した技量を発揮し、Aceが防衛という点に置いてほぼ無敵に近い性能を証明し、クイックドロウと高速射撃戦に置いてラテラーノの天使を超える腕前を披露するOutcastがいる様に、

 

 バベルはそれぞれの分野の特化型スペシャリストが存在する。その1人1人がバベルに対して、というよりはこの世から鉱石病を失くし、治療し、この星を救う事に魂をささげた人たちだった。そしてその言葉を信頼し、技術をバベルへと捧げた者達をエリートオペレーターと呼ぶ。俺はその一員として活動する事になった。

 

 主にAceやOutcast等の前線を張れるオペレーターと組みつつ、時折ScoutやRaidianなどの偵察部隊組と一緒に仕事をして技術の幅を広げつつ、カズデルの戦線にバレない様に参加し、テレシス側の手勢を削る仕事に従事する。

 

 バベルの目下の目的はテレジアのロドス・アイランドへの移動。

 

 テレシスの影響が届かない場所へと囲う事で安全に力をつけてもらう事が目的だ。その為にはまず、テレジアを迎える為の準備としてテレシスの影響力を削る事から始める必要がある。摂政テレシスと五分の勝負に持ち込んでいるとはいえ、そこからテレシスは未だに揺るがない。このままテレジアを連れ出そうとすればテレシスによって妨害されるのは目に見えている。その為、安全に連れ出す為のルートを構築する必要がある。

 

 無論、そんなものはない。カズデルでの本格的な紛争と内戦が始まった事によりカズデルの全地域で毎日戦争が発生している。この中、テレジアを連れ出すというのは至難の業になる。故に必要なのは安全を確保するように敵を排除する事。

 

 つまりテレジアを連れ出す時だけルートの敵を殲滅するというやり方だ。なのでその布石として戦闘を重ねる必要がある。

 

 つまり別の個所で戦闘を行い、事前にそこに戦力を集中させない様にする事。相手を適度に分散させ、薄くなった時期に一気に殲滅してルートを開拓、そこにテレジアを通してレム・ビリトンまで護衛するという作戦だ。

 

 その為にバベルは複数の傭兵団を雇い、戦闘行動を装備を支給する事によって支援し、その陰で俺達オペレーターが動く。当然新人であろうとなかろうと関係なく俺も出る事になる。実戦は価値を証明するチャンスでもあるし、また同時に成長の機会でもあった。

 

 そうやって戦闘を重ねる事で色々と学ぶ事もあった。

 

 そしてそれ以上に殺した。

 

 これまでなるべく手を汚さない様に生きてきたつもりだった。だがそれまでの人生の全てを覆す様な速度と効率で人を殺してゆく。殺して潰して解体して始末する。

 

 相性が良すぎたのだ、ドクターの求める効率的な戦術と。

 

 ドクターの指揮はまさに神がかっていると評価できる。まるで未来が見えるかのように事前に相手の動きを完璧に予測する。それに合わせて最小で最大の力を発揮できる人員を配置し、あえて敵を呼び込む事で相手をキルゾーンに呼び込み、殲滅する。このスタイルで敵の殲滅を行うのがドクターの戦術として得意な所だった。相手が逃げ出すようであれば? そもそも逃げる方向を予想しているから無駄だ。相手が絶対に突破しなければならない状況を作り出し、追い込み、待ち構え、そして迎え撃つ形で殲滅する。此方が常に防衛に入る形で待ち受けて殲滅する。

 

 そのドクターのスタイルは言ってしまえばある意味、目立つ。特にAceやOutcastの様な華があり、威圧感のあるオペレーターが前線に立つのだから相手からすればどこに敵がいるのか、丸わかりだ。だが逆にそれが自分という存在が動く、付け入る隙を生み出す。意識の隙間があるのなら滑り込んで暗殺するなんて楽だ。特にAceなんて存在感の塊、その防御が鉄壁すぎてまるで城砦を前にしているような堅牢さは誰であろうと突破出来る様なビジョンが生まれない。そんなものが前線でガードを張っているのだ、Aceを突破しようとして意識した瞬間には背後から忍び寄って首を楽々と落とせる。

 

 少なくともそれは必勝戦術の1つだった。

 

 それまではScoutが抑え込まれた駒を狙撃によって散らしていたが、俺が加わった事でドクターの取れる手が増えた。ゲリラ的に戦場に突入しながらサルカズ傭兵―――テレシスの手駒を削る様に奇襲をかけ、抑え込みながら逃がさない様に殲滅する事で情報の拡散を防ぐ。

 

 ドクターの取っている手際はシンプルながら極められたものであり、まるで攻略本を片手に戦場を攻略しているようでミスという概念に欠けていた。オペレーターがドクターの言ったとおりの動きさえ取れば確実に勝利できるというレベルで戦術、戦闘が完成されていた。まるで弟子か子に教える様にコータスの少女・アーミヤを連れて戦場に出るドクターの戦術指揮を例えるなら、

 

 そう、

 

 作業だ。

 

 淡々と作業の様に現れた敵を処理する。

 

 それがドクターのスタイルだ。

 

 いや、はじめはドクターもそうじゃなかったんだ。

 

 ドクターの指揮は完璧だった。完璧な状態で作戦を完了させる。それは良かった。だが戦闘というのは突き詰めてしまえば最小の人数でなるべく多くを殺すという結果に行きつく。ドクターはあまりにも優秀過ぎたんだ。最適解が見えてしまうからその選択肢が見えてしまい、カズデルの内戦が勃発して戦場が激化すればするほどその指揮は巧みに、もっと容赦がなくなって行く。敵が増えれば増える程容赦はなくなって行く。

 

 当然だ。ドクターは顔を見せず、感情を見せようともしない。

 

 だが決して冷血漢じゃない。

 

 心の通っている人間だ。

 

 だが生きる為には、バベルの理念の為には、理想の為には―――たくさん、人を殺さなきゃいけない。生き残らなきゃいけない。そうしなければ此方が死ぬからだ。

 

 だからドクターは更にその指揮を最適化して行く。

 

 もっと容赦なく、無駄を削ぎ落して最小の労力でたくさんの命を奪えるように指揮する。それを突き詰めて行けば戦闘は一方的な虐殺になる。

 

 無感情に、無感動に、心を一切動かす事もなく、肩についた塵を払う様に命を消費する。俺達オペレーターが出撃する度に物言わぬ死体が増えて積み重なって行く。これまで殺したことのない数の命をこの手で始末する度に自分の殺しの業が磨かれて行くのを感じ取れる。これまでの騒がしく少し危険ながらも、血とはどことなく関わらなかった人生はバベルに入った事で変わって行ったのだ。

 

 それが恐ろしくも、()()()()()()()()()()()()。明確に強くなるのを感じた。これまではアーツを使って補助しなければ完璧ではなかったワイヤーの操作もたくさんのサルカズを殺すうちに完全に体に馴染んで自由自在に動かせるようになった。勉強をする事で隠密技術ももはや真似できる領域を超過した怪物的な領域に踏み込んだ。

 

 だがそれは他のオペレーターたちも一緒だった。

 

 本能的に血と闘争を忌避し、それを無感情に処理し続けるドクターをどことなく疎んでいた。だがその才覚、そして手腕は本物だった。故に思う事があっても誰も反発するような事はなかった。当然だ、ここにいる連中は誰もがバベルの理念に対して本気なのだから、多少ドクターが殺戮を突き詰めようと気にする事なんてなかった。それが必要な事であるというのは、理解しているからだ。

 

 だから殺した。一度の戦場で20人処理したら次は50人処理しに行き、次は十数人で400人近く殺した。

 

 出撃しては殺して、また次を殺しに行く。

 

 気づけば返り血で全身が真っ赤に染まっていても気にしなくなるようになった。

 

 

 

 

「ありがとうクロージャ。これで我が家にも潤いが増えるってもんよ」

 

「4Kフルスクリーン、完全オーダーメイドのワイドビジョン型壁紙! これでシエスタの固定された景色もリアルタイムの景色も室内の壁に投影できるよ。いやあ、私も頑張った! 凄い頑張った! おかげで貰った資金の大半使っちゃった」

 

「ははは」

 

 ロドス・アイランドの作業室には同じサルカズ―――だが此方はブラッドブルードの同僚、エンジニアのクロージャから注文していた物を受け取った。バベルで働いて稼いだ金で頼んだのはシエスタ風の家具や壁紙だ。それですっかり財布の中はすっからかんだ。お陰でおやつを購入するお金もないし、ここからしばらくは食堂や購買部でアルバイトする必要があるなんて事実に直面していたりもする。だがその代わりについに、ロドス・アイランド内部での我が個室に個性というものが生まれる。マジで何も入れないと殺風景なメタルの壁なんで寂しいんだよ、個室。それでも今まで住んでいた場所よりも遥かに上等なのだが。

 

「まあ、作業の合間の良い息抜きにもなったしこれぐらいならいつでも請け負うよ。Grimはもうここには慣れた?」

 

 クロージャの言葉に腕を組みながらうーん、と唸る。

 

「だろうなぁ……居心地が良すぎてちょっとむずむずするのはあるな」

 

「居心地が良すぎる?」

 

「うむ」

 

 スラム育ちで劣悪な環境で育ってきただけに、こういう福利厚生の行き届いた環境で生活するというのは中々慣れないものだ―――いや、それこそ前世と呼べるもんでは普通にもっと良い環境で暮らしていたのは事実だ。だけど人間というのは基本的に適応する生き物だし、何年もスラムで暮らしていればそりゃあスラムでの環境に適応しちゃうし、それが普通になってしまう。

 

 まあ、海外出張した人と一緒だ。それまでの生活とは別の環境に行けば適応する奴。俺もそうやってカズデルのスラム環境に適応して、それが普通になってしまったんだ。だから今更こういう場所にやってくると落ち着かない所がある。

 

「まぁ、それもここで働いている内にたぶん慣れるだろうけどさ」

 

「うんうん、どんどん住みやすくしちゃってイイよイイよ! バベルは常に人材不足だからね、Grimみたいに仕事を手伝ってくれる人は大歓迎だよ―――あいたっ」

 

「少しは遠慮を覚えなさい、貴女は」

 

 そう言ってクロージャの後ろでは同じく作業室で素材の選別をおこなっていたWhitesmithの姿があった。弄っていた異鉄を加工して作成した鉄版で軽くクロージャを叩くと、それをケースに保存する。そこから加工素材の選別と再加工はMechanistの仕事だ。Whitesmith、そしてMeachanistもまたエリートオペレーターだ。ただし、俺やAceの様な前線戦闘オペレーターとは違って、戦闘もできる後方支援オペレーターだ。その真の力は特定の分野―――加工や素材の目利き、研究などで発揮される。これで戦闘もできるのだから中々のもんだ。

 

「だってGrim便利なんだもん……鉄骨の上とかワイヤーの上を装備もなしにぶら下がったり歩いたりするんだよ!? 高所作業を何の迷いもなくやってくれるし!」

 

 Whitesmithの視線が此方へと向けられる。それを受けて空っぽの財布をひっくり返した。

 

「バイト代が良いから」

 

「もうちょっと計画的に使いなさいよ?」

 

「せ、生活費は引いてあるから」

 

「という訳でGrimは今暇? また仕事を頼みた―――」

 

 ぱしん、とWhitesmithの一撃がクロージャの頭に炸裂し、クロージャが蹲って頭を抱える。その景色に笑い声を零す。テレジアがこっちにやってきたら、教えたい事がたくさんできてきた。早く、彼女をあの鳥籠から連れ出してここで楽しくやらせて上げられれば良いのだが。

 

 クロージャから受け取った家具や壁紙の類を全て台車の上へと移し、取っ手を掴む。片手をあげて頭を抱えて蹲っているクロージャに手を振る。

 

「改めてありがとうクロージャ、俺は一旦部屋の整理に戻るから」

 

「あ、待って待って! 行く前にこれこれ」

 

 家具を持って部屋へと戻ろうとしたら素早く立ち上がったクロージャが作業室のコンテナの方へと行くと、片っ端から開けては閉めて、それを作業用アームで退けて何かを探し始める。それをWhitesmithと顔を合わせて首を傾げれば、クロージャが何かを見つけたかのように何かを引っ張ってきた。

 

「これこれ、はい! 何時も助けてくれるしちょっとしたお礼ね」

 

 そう言ってクロージャが手渡してきたのはイヤホンと繋がった小さな箱と、なんかのパンフレットだった。パンフレットには”第XX回シエスタ・オブシディアンフェスティバル”と描かれていた。どうやらシエスタで開催される音楽の祭典、オブシディアンフェスティバルのパンフレットらしい。そしてこっちの機械は、

 

「音楽再生機?」

 

「あ、やっぱGrimは解るんだ。そうそう、3年前までのオブフェスの音源を見つけたからそれに録音しておいたから、パンフレットと一緒に気分だけでも味わってみて」

 

 そう言うとサムズアップとウィンクを送ってくる姿に、俺もWhitesmithも苦笑を零すしかなかった。本当に善性の塊というか……良い人が過ぎる。改めてありがとう、とクロージャに声を送ってから作業室を出て自室へと向かう。

 

 徐々に、徐々にとだが俺はこのバベルという場所を好きになっていた。まあ、そりゃあその全てが好きになったという訳じゃないが。それでもあのカズデルよりは数千倍良い。きっと、テレジアもここでは殿下としてではなく、普通の女の子としていられる。

 

 イヤホンを装着してミュージックリストから音楽をランダム再生しつつ、バベルの廊下を歩く。途中、ドクターを探して廊下を歩いていたアーミヤに最後見た場所を教えつつ、

 

 早く、テレジアもここに来れると良いな、と先の事を夢想しつつ部屋へ戻った。




クロージャ
 優しく可愛いクロージャお姉さま。唯一神の愛を受けてLive2Dが実装されているずるい人。ブラッドブルードなので実はサルカズでもある。☆42として履歴書を送りつけてケルシーに叱られている人。ロドス・バベルの最強の良心でぶっちぎりで善い人。悪戯好きでよく怒られている姿が目撃される。

Whitesmith
 エリートオペレーターであり、情報の少ない人物の1人。恐らくはMechanist同様戦闘メインではなく技術タイプのオペレーターで新素材の開発に成功して業界における偉業を打ち立てた人。故人である事を考えるとバベル~ロドス時期に死亡していると思われる。

Outcast
 女性でガンマンのエリートオペレーター。女性であり、ガンマンである事以外の情報はないが恐らくはラテラーノ人。Ace共々チェルノボーグ撤退戦でタルラに灰も残さず焼き尽くされた。この戦いでロドスは3人のバベルから居るエリートオペレーターを失ってる。

ドクター
 戦術と戦略の怪物。戦いに出て指揮を取れば常勝を得るという意味不明な生き物。効率を突き詰めた果てにはただの勝利する機械とさえ思われるほどの冷酷さを見せる。現在のどことなくユーモラスな面を見せるものとは違い、この時期のドクターは恐れられる存在だった。


 ロドス・アイランド建設時期。出所は不明だけどカズデルで作られた訳じゃないし、アーミヤの出身やバックの事を考えると恐らくはレム・ビリトンで建造してたんだよなぁ……と思ってる。アイランドの姿を見れば解るけど明らかに技術力が他の組織と比べれば数段と言えるレベルで上で、バベルの依頼を受ける傭兵達はレベルの違う装備が支給されてたとか。

 追記、レム・ビリトンで発掘されたと指摘されました。発掘……発掘ぅ? あんなでかいもんが前時代に存在してたってどういう事なんだろうなぁ。

 危機契約#1、お疲れさまでした。


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内戦

『AceをB2へ、OutcastをB3へ。GrimはD7で待機、ScoutはF9で狙撃用意』

 

『了解』

 

『了解』

 

『配置オーケイ』

 

「ヤー」

 

『1分以内に終わらせる』

 

 ドクターから淡々とした指示が飛んでくる。既に彼の脳内では戦闘終了までの絵が完成しているのだろう、指示に迷いというものを感じない。だからオペレーターに運の要素なんてものは求められず、やる事は淡々としている。ドクターの指示通りに従い、AceとOutcastが正面に出る。カズデル東部戦線、スラム外周はまだ廃墟の多い地区だ。故に傭兵サルカズ達の視線はAceとOutcastを捉え、廃墟を迂回し配置されるScoutを認知できず、廃墟の上に陣取る俺の姿を察知できない。

 

『Scout、20秒後に前に出ている術師を撃て。GrimはScoutの狙撃と同時に奥の術師を処理。処理後は前衛と挟み込む様に処理』

 

「ヤー」

 

 地上では廃墟の合間をサルカズの戦士たちが走り抜けて行く。前に出るAceが片手に盾を、もう片手に小槌を握り接近する。下を流れるサルカズ達の数は合計で30を超えている。サルカズ術師の数も合計で5体、簡単に処理できる数ではないだろう―――これが普通であれば。残念ながらここにいるオペレーターは総じてまともな連中ではない。

 

 Aceとサルカズ戦士が衝突し、Aceが攻撃を受け止めるが身じろぎすらせずに攻撃を完全停止させる。その上でバッシュをサルカズ戦士に叩きつけ、Aceを超える巨体を持ち上げながら前へと踏み込んで後続のサルカズ戦士へと向かって踏み込みながら、4体のサルカズ戦士の姿をそれで押し返す。その隙間にOutcastが射撃を正確に急所にのみ叩き込んで行き、Aceの横を抜けようとするサルカズを即死させる。死体によって壁を作る事で廃墟の合間の通路を制限し、Aceを倒さない限り押し通れない様にする。

 

 その突破口を開くのが術師の役割だ。サルカズ特有の高いアーツ能力で戦士たちが突破できない所を突破する。だがその流れは基本の流れでもあり、ドクターからすれば欠伸が出る程解りやすい選択でもある。故に事前に指示された通りにScoutが狙撃の準備に入る。俺もそれに合わせ廃墟の柵を蹴る様に飛び越え、浮遊感の中ワイヤーを投擲して廃墟の窓や剥き出しの鉄パイプにひっかける。

 

 空中の浮遊感を停滞へと変化させ、勢いをつけて空中で方向転換しながら廃墟の壁に到達、蹴る様に跳躍して加速する。回転しながらワイヤーを回収し、サルカズ達の頭上を越える様に飛び越える―――ワイヤーを飛び越えるアクションと共に振るい、引っかけながら開いている手でショットガンを引き抜く。

 

 そうやってサルカズ術師たちの背面に到達しながら殺す準備を完了させる。

 

「奇襲―――」

 

 言葉が終わる前に一番前に居たサルカズ術師の頭がScoutの狙撃によって消し飛ぶ。それに合わせてショットガンの引き金を引いて真正面で背中を見せている術師の背中をゼロ距離射撃で大穴を開けて消し飛ばす。一瞬で肉塊になったサルカズ達の姿に術師が即座に横へと回避の動きに入る。殺された時点で反応し、逃げる為、距離を作る為の反応をしていた。それは熟練の戦士である事の証明でもあり、サルカズの傭兵が常に控えている軍刀を抜く動作はアーツを捨てて此方の対処の為に接近戦に持ち込もうとする証明でもある。

 

 だが彼らが何かを果たす前に、その体がバラバラになる。

 

「―――!?」

 

 頭上を越えるのと同時に配置されたワイヤーに自分から勢いよく飛び込んだのだ、当然人体を切断できる鋭利なワイヤーに飛び込めば体が切れて死ぬ。自分の死因を理解する事もなく、油断なく視線を此方へと向けたまま術師達のバラバラ死体が出来上がる。それに構う事もなくワイヤーを正面、接近を拒む様に片手で振るって展開しつつライフルを取り出す。

 

 Aceがサルカズ戦士たちを抑えている間に、OutcastとScoutと合わせ、三方向から制圧射撃を行う。AceもAceで処理できる数を超えそうになれば抑え込んだ相手の頭を小槌でカチ割って処理する事で新たに抱えられる敵を増やすという形で戦列を処理している。戦闘方法と戦術を最適化する事でサルカズの傭兵団がこれで丸1個全滅した。それによってテレシス側が雇える傭兵がまた減る。

 

「Grimクリア」

 

『Aceクリア』

 

『Scoutクリア』

 

『Outcastクリア』

 

『確認した。AceとScoutはそのまま中央へテレジア殿下のエスコートへ、OutcastはAceとScoutが確保した道のクリアリングと監視を、Grimは出口付近のカバーだ。PRTSとのリンクを切らずにリアルタイムでの情報を常に回せ』

 

「ヤー」

 

 短くドクターの言葉に答えながら耳に装着したインカムから手を放し、すれ違う様にカズデルへと進んで行くAceとOutcastへ軽く手を上げてハイタッチを決める。Scoutの姿は見えないが恐らく廃墟に紛れて移動しているだろう。なら俺も役割を果たす為に行動を開始するべきだ。ライフルの残弾を確認し、再装填しながら背負いなおし、グローブからワイヤーを伸ばして廃墟にひっかけ、跳躍しながら壁を蹴り引っ張り上げて高く上る。一気に廃墟の上にまで移動した所で出口を確保する為に来た道を戻る様に移動する。

 

 

 ―――バベルに来てから更に数か月経過した。

 

 更にオペレーターたちと交流を重ね、戦闘を行い、血を浴びて啜り、命を奪いながら更に強くなった。そして積み重ねてきたこの小さな作戦の数々はここで漸く、テレジアの移送という形で叶う形になった。これまではカズデルから出ることが出来ず、王宮からすら出る事の出来なかったテレジアは漸く外の世界、その広さを自分の肌で味わうことが出来る様になる。その為にも最高最善の状態をキープし、ドクターの指示のもと出撃する運びとなった。

 

 全体の戦略としては実にシンプルだ。散発的にカズデル全体で戦闘を長期間にわたって繰り返す事でカズデル全体の警戒度を上げる。その上でルートを確定できない様に広い範囲で暴れ、散発的に襲撃の波を作り、最終的にその波を外して一気に電撃作戦によるルート確保と脱出を行うというものだ。簡単に言えばペースを切り替えて崩すという戦略であり、シンプルながら少数精鋭でやるとなると相当難しい話でもある。実際、バベルが出せる戦闘用オペレーターというのは多くない。

 

 戦闘に特化したオペレーターはAce、Outcast、Misery、そして自分であるGrimだけだ。他のScoutやWhitesmith、Mechanist等のオペレーターは基本的に技術者か学者と兼任している―――それでもその実力が並のオペレーターを軽く凌駕しているという事実は、バベルが保有する人材の層がどれだけ極悪なのかを証明している。

 

 そんな中、俺達の仕事は戦闘に置いて目撃者を出さない事―――つまり完全殲滅以外の選択肢がなかった。だから出撃し、敵と戦うたびに必ず全てを殺してから即座に撤退し、ゲリラ的に戦闘を行いながら摂政テレシスの戦力を削る。

 

 それを繰り返してきて数か月、漸くこのテレジア救出作戦へと状況は移行した。

 

 今、AceとScoutがテレジアをエスコートする為に王宮へと向かっている。Outcastは王宮周辺地域のルートの安全確保。俺は出口付近の安全確保。中部からスラムは隠れる場所が多いから、そこまで心配しなくても簡単に抜けられるようになっている。後はカズデルから離れた場所で待機しているヘリに乗り込んで全員レム・ビリトンまで帰還する。

 

 それが今回のプランだ。問題となるのはどこまでテレシスがこっちの動きを読んでいて、どこまでテレジアの防備を固めているか、という話になる。此方が動かせる人員はバベルのオペレーターにサルカズ傭兵だ。その傭兵の数も多くはない。現状、技術力とオペレーターの質でテレシスには勝っているが、数では負けているのが事実だった。故にイニシアチブを奪えるとこでは確実に奪えるように動かなければ、確実に追い詰められるだろう。

 

 そういう意味でもドクターの的確な指示は助かる。

 

 思う所はあるものの、従ってさえいれば勝てるというのは実際悪くはないものだった。

 

 だがそれは今回に限っては、ちょっと外れているのかもしれない。

 

「あー、Raidian。聞こえるかRaidian」

 

 廃墟の上で足を止める。カズデルの外へと通じる廃墟の密集地、比較的に姿を隠しやすいエリア、廃墟の屋上の上からライフルを片手に、スコープを覗き込みながら出口付近を確認する。開いている片手でインカムを叩いてエリートオペレーターRaidian、通信に特化した特殊なアーツを駆使する彼女に通信を入れる様に合図を送る。

 

『はい、此方Raidianよ。どうしたのGrimちゃん?』

 

「ドクターと皆に通信を。動きがバレてるかも」

 

『ヤー。繋いだわ』

 

 流石Raidian、通信を繋げるのが早い。彼女がいるおかげでどんな環境、どんな状況でも即座に通信を自由につなげることが出来る。これがあるおかげでバベルは他の戦闘部隊とは比べ物にならない素早い展開と連携が行える。

 

「5……15……23? 固めてきてるな……」

 

 スコープを覗き込みながら数を数えるが、そこそこ名のある傭兵部隊が出口付近を固めようとしているのが見える。明らかに此方が抜けた後で埋めてきてる。つまり此方の動きが読まれているという事の証でもある。

 

『Grim、報告を』

 

「出口を傭兵部隊が固めてる」

 

『数と質』

 

「40を超えた。明らかに俺達が通った後を狙ってきてる形で。練度も悪くない。俺1人でこの数は流石に死ぬ」

 

『……』

 

 いや、廃墟ビルを崩して倒壊させればそれを叩きつけて半分ぐらい削れるだろうし、その後に生まれた煙に紛れば全員殺せるか? まあ、リスクもあるしあんまりやりたくはない。俺の強みの大半は敵に認知できなくなるという点にある。これを捨てて普通に戦うとなると物凄い面倒な話になってくる。最低限誘導できる先として一緒に戦う味方が欲しい。そう言う意味じゃ重装オペレーターのAceとは戦術的に物凄い相性良いんだよなぁ。

 

『此方Outcast、こっちも王宮外にサルカズが増えつつあるわ』

 

『見つかる様なヘマはしてないぞ』

 

 Scoutの言葉は信じられる。ScoutもAceもこの手のアクションに関してはプロフェッショナルだ。疑う事なく見つからずに、或いは見つかっても確実に始末してテレジアまで辿り着けるだろう。となると答えは1つしかない。

 

『漏れてる?』

 

『傭兵のどれかが裏切ったな』

 

 バベルの人間にバベルを裏切るメリットなんてない。テレシスについた所で待っているのは闘争の日々と地獄だ。サルカズ以外の種族にそんなもんは到底受け入れられないだろう。となるとバベル外、この作戦の協力を頼んでいる傭兵のどれかが裏切ったのだろう……具体的な行動内容は伏せているが、陽動とルート確保のために別所での戦闘は頼んでいる。その中で情報を集めた奴が此方のルートを割り出したのもあり得るかもしれない。

 

『把握した。Raidian、今襲われている傭兵部隊をピックアップしろ。それが白だ』

 

『少し待ってて……オーケイ、音を拾ったわ。南部は全滅、西部も全滅ね。北部担当のヘドリー傭兵隊長の部隊が現在奮戦中、少しずつ追い詰められつつあるわ』

 

『北部か……Grim、出口確保の為にヘドリー傭兵部隊の支援へ。Outcastはゲストを連れ出し次第合流、エスコートチームで即座に北部へと突破して脱出しろ。誰がやったかは知らないが確実に対価を支払わせる』

 

「ヤー」

 

 ライフルを背負いなおしながらワイヤーを飛ばして廃墟にひっかけ、勢いよく飛び降りながらスイングによって跳躍よりも早く、長く、加速するように建造物の合間を滑り飛んで―――跳躍する。そのまま廃墟の壁を足場に着地、壁を上がる事もなく、重力に従って落ちる事もなく、そのまま壁をもう一度蹴って別の廃墟の壁へと移動しながら走って跳躍、屋上の上へと昇って高度を稼ぎながらまたワイヤーアクションによる移動に入る。カズデルは広いが、地形を無視すれば移動なんてものは直ぐに終わってしまう。

 

 前世の人間だった頃よりもサルカズの体は遥かに頑丈で、体力もある。男だった頃よりも女となった今の方が動けるというのだから世の中不思議だ。

 

 

 

 

 ヘドリー傭兵部隊を目視すれば既に戦闘の詰めに入っているのが見えた。残されている傭兵達は僅かであり、別の傭兵達が囲む様に徐々に包囲を狭めて行くのが解る。ヘドリーと呼ばれるサルカズ傭兵の特徴はRaidianから既に教えられている。ポイント付近まで接近するのと同時にヘドリーの姿を探し、発見する。

 

「囲まれてるか」

 

 廃墟の上から見下ろす様に確認する。既に追い詰められているようでヘドリー側は残り10人、相手側は囲んで包囲を狭めながら30人ほど見える。数は多いが、向こう側の傭兵部隊の数を念頭に入れると処理できない数ではないな、と判断する。

 

「此方Grim、ヘドリーを発見。これより支援行動に入る」

 

『了解』

 

 両手を振るってワイヤーを伸ばしつつ眼下の光景に視線を向け―――見つける。

 

「お、お……?」

 

 銀髪、傭兵姿のサルカズ女の姿を。前見た時よりも多少汚れているようにも見えるが、それでもあの角と髪は見間違えない。アレは間違いなく”銀髪”、いや、今はWの姿だ。久しぶりに見るその姿にまだカズデルを出て行ってなかったのかよ、と心の中で笑いながらも一瞬でテンションが上がるのを感じる。

 

 一気に飛び降りる。ワイヤーを引っ掻けてスイングしながら、囲みに対して背後から水平にローリングするように一気に壁を蹴って加速する。瞬間的に残像だけを残して、捻りながらワイヤーを包囲網の一角にひっかけ、

 

 そのまま抜けるのと同時に引き絞る。

 

 残されたヘドリー隊の前に着地するのと同時に複数の首が一気に撥ね跳んで血が舞う。包囲網を破壊して空いた一角を埋めるように、直ぐに傭兵達が動く。反応が早い。良く訓練されている辺り良いサルカズ戦士なのだろう。だが視界外からの即死奇襲で包囲網が簡単に吹っ飛ぶのは物凄くプレッシャーが強い。

 

 具体的な話、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という恐怖が常に付きまとう。

 

「バベル、エリートオペレーターGrimだ。これより支援行動に入るぜ。ここを殲滅するぞヘドリー隊長」

 

「……! ありがたい、一気に押し返すぞ!」

 

 ヘドリーが返答するのを聞く前に既に突入したのとは別の方角へと向かって一気に踏み込んだ。即座に横へと向かってハチェットを投擲して顔面を潰しつつ、それによって誘導された視線で一気に視界の認知外へと体を逃がす。そこから一気に接近しながら二挺のハンドガンを取り出し、ゼロ距離から首筋に銃口を当てて引き金を引く。これで3一気に殺した。殺したら殺したで即座に死体を壁に体を隠しながら一気に横へと流れる様に、自分が戦った場所から去る様に移動し、視界に映らない瞬間に近くの廃墟の壁を台に跳躍する。

 

 三角跳びの要領でサルカズ達の頭上に跳躍して辿り着く頃には既に視界から消えているだろう―――そういう技術だし、体術だし、そう言う風に常に動き続けている。常に存在の意識をズレさせる事で正面に立っていたとしても()()()()()()()()()()()()()()状態を生み出す。この技術はバベルに加入し、ワルファリンやケルシーと共に脳科学を勉強する事で更に磨かれた技術だ、おかげで、

 

 即座に離脱から即座に奇襲というループに入る。

 

「ばぁ」

 

「がっ」

 

「ごっ」

 

 着地と同時にワイヤーを首にひっかけて引いて首を落とす。即座に死体を蹴り飛ばして他のサルカズへと叩きつけながら、蹴り飛ばしたサルカズを足場に跳躍し、廃墟の壁へと更に跳躍して移動する。そのまま体重を下に落とさず体を上へと引っかける様に壁を歩き、壁を足場に壁を歩く。

 

「―――総員、耐える事だけを考えろ! 攻撃は捨てて抑え込め! 攻撃はバベルの死神がやってくれる……!」

 

 ヘドリーの判断が早い。ここまでくればどういう風に動けば良いのか理解したのだろう。生き残った少数のサルカズ傭兵達が軍刀を手に、陣を組ながら他のサルカズ傭兵達を相手に耐える戦い方を始める。それを見て即座に面倒な事になったと判断する傭兵達の動きに迷いが生まれ、

 

「じゃあな」

 

 迷ったやつの背面に着地、ショットガンで心臓を吹っ飛ばす。逆の手でハンドガンを抜いて横の頭を打ち抜き、足元にいるサルカズの頭からハチェットを回収する。これでキルスコアがいくつだったか? まあ、考えるのは止めよう。どうせドクターと組んでいる限り目に見える敵は全滅させるまで終わらないんだろうし。

 

 と、アーツが味方に当たる事を無視して薙ぎ払う様に放たれた。それを手身近なサルカズの姿を盾にして耐え、終わった瞬間に横から飛び出し、距離のあるサルカズ術師の頭をライフルで狙撃して吹っ飛ばす。その姿を見てついに傭兵が折れた。

 

「か、勝てない! 何だこいつは!? 何なんだこいつは!?」

 

 戦意が折れた傭兵がヘドリーへの攻撃を止めて僅かに後退する。それを見ていた傭兵が舌打ちをする。

 

「チ……このまま戦っても押しきれないか撤退す―――」

 

「お前は逃げられないが」

 

 撤退の判断を下そうとした傭兵の頭にハンドガンを向けて引き金を引く。射殺されたサルカズの死体がゆっくりと地面へと向かって倒れて行き―――動かなくなった。その景色を見ていたサルカズ達が完全に動きを停止させ、武器を落とした。

 

「解った、ここまでだ。降参する、だから命だけは助けて欲しい」

 

 そう言って武器を下ろしたサルカズは静かに両手を頭の後ろへと回した。他のサルカズ達を見渡せば、敵対していた傭兵共はどうやら同じ様に降伏する事を選んだようだった。まあ、流石に全滅しそうになればこんなものか。ヘドリーへと視線を向ければ、ヘドリーが頷きを返した。

 

「ありがとうございます、Grim。この連中は……?」

 

「流石に無抵抗の奴を殺すのも寝覚めが悪いだろ。縛って転がしとけばいいよ。憎いってなら好きにすれば良い」

 

「いえ……生き死には傭兵の常ですから」

 

 はーん、このヘドリーって傭兵、バベルからの依頼を受けられるだけあって滅茶苦茶まともな精神性してるんだな。傭兵連中ってもうちょっと擦れてるんだろうなあ、なんて思っていたからちょっとだけ驚いたわ。そう思っていると笑い声と共に後ろから衝撃を喰らって前につんのめった。

 

「あははは、”姉さん”そんなに強かったの? もっと早く教えてくれれば誘ったのに」

 

「俺はお前がまだカズデルから出てなかった事に驚きだよ”銀髪”」

 

 何とか倒れるのを堪えながら振り返るとそこには傭兵としての衣装に身を包んだWの姿があった。今はもう使われない名前でお互いを呼び合い、旧知である事を確かめ合いながら笑い声を零して指を絡める様に手を合わせた。お互い、戦争に踏み込んで糧を得る身だ。まさかこうやって再び出会えるとは思いもしなかった。

 

「今はGrimだっけ」

 

「バベルのオペレーターでね。そっちが通り名になってる。Wって名前にはまだ飽きてないか?」

 

「漸く慣れてきたって所かしら? 名前のない身軽さも悪くはなかったわ。でも名前がある重みという奴も悪くはないわね。結局のところ、どっちでも良いけど便利な方が使いやすいって感じもするわ」

 

 へぇ、とWの言葉に声を零す。どうやら先ほどまではピンチだったが、それ以外では存外楽しくやれているらしい。猫の様に気まぐれな癖にすり寄る時は一気にすり寄ってくるから、他に迷惑している奴がいなければいいんだけどなぁ、なんて考えていればRaidianから通信が入る。

 

『聞こえてるかしらGrim? エスコート対象がそっちへ着きそうよ』

 

「あぁ、悪いRaidian。こっちは制圧終わったよ」

 

『了解、脱出は問題なさそうね―――最初から何の問題もなかったかもしれないけど』

 

「ん? それはどういう意味だ?」

 

『直ぐ解るわよー』

 

 そう言ってRaidianとの通信が切れた。サルカズ傭兵達が順調に拘束されて行く中で、首を傾げる。まあ、Ace達が順調ならそれはそれでいいんだ。問題はテレジアをバベルへと連れ帰ってから、テレシスを打倒する為に何をするべきか、という所なのだから。ま、それはそれだ。無事に合流できるならそれで良し。視線をWへと戻し、微笑む。

 

「それでお前、今まで何をしてたんだよ」

 

「私? 傭兵としてそこら辺をうろうろとよ」

 

 WもWで傭兵としてそれなりに楽しくしていたそうで、その姿を見て安心した。このアマも傭兵としてやっていくのだろうか? 出来るならWにもバベルに参加して一緒に働いて貰えた方が個人的には安心できるんだが―――まあ、それを口に出すのは違うよなぁ、とは思う。だからお互いに近況を報告し合い、笑い合いながらこの付近を確保する。ここにいる傭兵団は始末したが、他にもやってくるかもしれないという懸念は常にある。

 

 だが不思議とカズデルはこの時、静かだった。新たに敵が出現する事はなく、そして戦闘行動がまるで端から停止していく様な静けさだった。若干の不気味さを感じながらも視線は真っすぐ、静けさの主であるカズデル中央へと向けられた。Wとの談笑も少しずつ、静けさが全体を支配するにつれて少なくなって行き、最終的にはその場にいる誰もが来るべき人物へと視線を向けた。

 

 そして静けさの中、まるでピクニックに出かける様な軽やかな足取りで彼女はやって来た。

 

 威厳を示すよりは動きやすさを優先した重ね着のドレスを何時も通り、彼女は自分の好みで選んで来ていた。腹部から露出する原石は心臓を目指す様に体表を張って胸へと向かい、しかしそれを苦に思う事もなく背筋を伸ばして綺麗に歩いていた。その片手にはサルカズの戦士であればだれもが握る軍刀が握られていた―――今まで見てきたどれよりも美しく、芸術品とさえ評価できるであろう完成された一品、しかし実用の為に生み出されたそれは血に濡れる事もなく、使用される事もなくただ彼女の手の中に納まっていた。それはつまり、彼女が一度も刃を振るう必要がなかったという事だ。

 

 特徴的な白に混じったグラデーションの色彩をした髪を風に揺らしながらAce達に護衛されるも、Ace達も新しく傷らしい傷を負っているようには見えない。それはまるでここに来るまで戦闘行動を行っていない様にさえ感じられるが―――その疑問は、即座に氷解する。

 

「おぉ、殿下……!」

 

「テレジア殿下……」

 

 傭兵達が恐れ、敬う様に彼女に―――テレジアに頭を下げた。カズデル最後の王族、その姿を前に傭兵達は王族の血が持つ畏怖を感じ取っていた。或いは戦士だからこそはっきりと、存在の違いと格の違いを理解していたのかもしれない。誰も彼女の歩みを邪魔しようとは思わなかった。まるで外出するのが当然の様に、彼女の邪魔をしないのが当然の様に。

 

 敵対するサルカズ達ですらテレジアの姿に言葉を失い、静かに敬意を表するように頭を下げた。そこに彼女を止めようとする意志も、害する意思もない。サルカズの王女を誰も止めることが出来ない。それだけは確かだった。

 

 誰にも邪魔される事無く脱出ポイントまでエスコートされてきたテレジアは此方に気づくと、花を咲かせるような笑みを浮かべて小走りで近づいて来る。血で汚れてないか、髪型は大丈夫か軽くだけチェックしてから走り寄ってきたテレジアを迎えた。

 

「”あなた”! あ、いえ、Grimでしたね」

 

「呼びやすいようで良いよ、テレジア。それよりもAceやScoutがむさ苦しくなかった?」

 

「むさ苦しいおっさんで悪かったな」

 

「Aceと違ってこっちはちゃんと髭剃ってるからAceほどじゃないぞ」

 

「おい」

 

 オペレーターのやり取りにテレジアは口元を隠す様に小さく笑うと、視線を横へ、傭兵隊長のヘドリーへと向けた。

 

「ここまでの戦闘、お疲れ様、そしてありがとうございましたヘドリー。失ったものは多いでしょう。その為にも一度バベルへお越しください。失った命を戻す事は出来ませんが装備や物資であれば報酬とは別に補充出来ましょう」

 

「ッ、殿下は私等の名前を……!」

 

 ちゃんと、覚えている。テレジアは絶対に聞いて見た人の名前を忘れない。だから普通に覚えていた名前を口にしただけだ。だがそれでさえ自分が覚えられていると理解した傭兵―――命の価値が1枚のコインに劣りさえする彼らからすれば、感涙できる事だ。他の傭兵達も初めて見るテレジアの姿に、どこか感動しているように感じる。

 

 彼女のこんな姿を見ていると、改めて王族なんだなぁ……というのを実感させられる。

 

「本当にサルカズの王族なの?」

 

「テレジア? そうだよ。唯一にして最後で……」

 

「最後で?」

 

「俺の幼馴染」

 

「そう言われると途端に王族の価値が安くなるわね」

 

「お、言ったな? 言ったな?」

 

 Wの軽口に答えつつインカムに触れてRaidianとの通信を繋げる。どうやらバベルの方でも受け入れ態勢が整っているらしい。バベルから飛ばすヘリにはここにいる全員を余裕で受け入れるだけのスペースがあるし、問題はないだろう。

 

 問題があるとすればそれはカズデルの方だ。

 

 カズデルの方へと視線を向け、捕まっている傭兵達に視線を向け、もう一度カズデルを見る。

 

 このサルカズの故郷は全ての感染者を受け入れるだろう。そして王族がここから消える今、その支配権は完全にテレシスが掌握するだろう。だが目の前の傭兵達、そして彼らの姿を見ているとどうしてもいやな予感を拭えなかった。それこそ、俺達が行っている事が平和に通じるのではなくさらなる激戦を生み出す事になりそうな……そんな気がする。

 

 もう既にこの魔都は数多くの化け物を生み出している。

 

 俺やドクター、一部のエリートオペレーターもこの都での戦いを通じてもっともっと殺す事に特化したような力を磨いている。だがそれですらまだ混沌の始まりですらない。どことなくそんな気配に身を震わせ、

 

 視線をカズデルから外した。

 

 今は一刻も早く、ここから去りたかった。

 

 あれほど住みやすかったカズデルのスラムも今では、どことなく遠い異邦の地に感じられた。




ヘドリー傭兵部隊
 原作だとここでほぼ壊滅してる。Wが所属している傭兵団であり隊長のヘドリーは一度テレジアと顔を合わせた事があるらしい。

イネス
 ヘドリー傭兵部隊におけるネームド二人目。良くWと睨み合っているけどWはこの人の事がそこまで嫌いではなかった。

W
 この時期はまだ傭兵衣装。テレジアに対する評価と視線も疑わしいもであり、後から発生するWのテレジアに対する態度の変化を見ると中々面白いものがある。プロフにはカズデル出身とか書かれているのにヴィクトリアのWと呼ばれたり今うちよくわからない人。超推してる。顔が良い。顔も良い。服も良い。6凸予定。1周年に向けてガチャ貯金してる。


 感想での指摘があったので原作との矛盾点に関してこれまでの話をざっと加筆&修正。ちょっとした部分が変わってたりするので気になる人は戻って読んだりするとちょっと変わっているかも。


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理想

「漸くロドス・アイランドに来れたなテレジア」

 

「えぇ、私もここに来るのをずっと心待ちにしていました―――これで私も漸く、本格的にバベルとして、ロドスとして活動を開始できます」

 

 ロドス・アイランドに到着してやった事はまずはテレジアとケルシーの面会だ。これでバベルにとって最も重要な人物がここには揃った。悪いが傭兵諸君は一般オペレーターにバベルで休憩させて貰うとして、俺達運営に直接かかわっているエリートオペレーターは会議室に集まっていた。普段は全員揃う事もないこの会議の様子も、今日ばかりはその様子が違っている。

 

 ケルシーとドクター、テレジアと俺Grimは当然として、Ace、Scout、Logos、Outcast、Misery、Whitesmith、Raidian、Mantra、Mechanist、唯一エリートオペレーターではないアスカロンさえも―――運営に関連する人間とエリートオペレーターのほとんど全員が揃っていた。ここまで全員が揃う事は相当珍しい。バベルで開かれる会議は大体自分の作業のが大事とか参加面倒とかそういう理由で参加してこない奴が大半で、5人も揃えばよい方というのが日常な所だ。その中でこれだけ揃った事は、それだけテレジアの存在が重要視されているという事でもある。なんとなくテレジアの人気が誇らしかった。

 

「本当によく揃ったもんだ」

 

「ま、流石に今日ぐらいはね?」

 

「そうねぇ、しょうがないでしょ」

 

「Raidianでさえ前に出てきてるんだし」

 

「今日ばかりは無線越しじゃないほうがいいと思ってねぇ」

 

 流石の引きこもり達も今日ばかりは生で会議に参加すべきだと判断したところは褒めたいが……さて、これでバベルは大々的に活動を開始することが出来る様になった。その目的を考えるに、何から始めれば良いのか? と悩むところもあるが。だから座っている椅子に深く腰掛けながらで、と声を零す。

 

「これからバベルはどうするんだ?」

 

「この大地を救うための活動を開始する」

 

 それに答えたのはケルシーだが、それにアスカロンが言葉を続ける。

 

「とはいえやれる事とやるべき事は多い。何から手を付けるんだ?」

 

「私達が」

 

 アスカロンの言葉に、テレジアが答える。

 

「私達が鉱石病を癒すというのであれば、それは全ての感染者と向き合う事になるんだと思っています。私達が鉱石病と戦う上で感染者の存在は無視の出来ない事になるでしょう。ですから私達は鉱石病根絶の為、全ての感染者を救う事から考えなくてはなりません」

 

 テレジアの主張に、俺が言葉を挟み込む。

 

「本気か? 全ての感染者を救うなんて夢の様な話だぞ? このテラに一体どれだけの感染者がいると思ってるんだ? どれだけ救われず、迫害されている連中がいると思ってるんだ? それをバベルで全て救えると思ってるのか?」

 

「します。できます」

 

 断言された。真っすぐと、目を見る様に、迷いなくテレジアは続ける。

 

「これはそもそも避けて通れない問題です。この大陸に巣食う病は感染者という形になって呪いの楔を打ち込んでいるんです。その呪いを解かない限り、私達の活動は意味を成しません―――そのために必要な力と人材はここにあります。ここから全てを広げます。そしてその為に、感染者に対処する専門の組織をバベルから生み出します」

 

「それがロドスか……」

 

「感染者対策と鉱石病対策で分けるのが賢いか」

 

 テレジアに軽くチェックを入れるがちゃんと答えられている。やっぱ突発的な衝動じゃなくて考えて行動に出ているという事なのだろう。はあ、とため息をつきながら頬杖を尽きながら脱力して目の前の円卓によりかかる。それを見ていた横に座っているケルシーが横目に声をかけてくる。

 

「不満そうだなGrim」

 

「不満というよりは心配だな。やるなら徹底的にやるだろうし自分の事を顧みないだろうしな、こいつ」

 

「その為のお前だろう」

 

 ケルシーの言葉に視線を向ければ、ケルシーは此方に視線を向けさえもせずに正面、テレジアの主張へと耳を傾けていた。あぁ、そうか……ケルシーの中でもテレジアの扱いに関しては俺にぶん投げるという方向性で決着がついているのか―――いや、まあ、おそらく俺が一番テレジアの場所に近くて理解できていて、それでいてコントロールからぶん投げる以外の選択肢がないんだろうが。まあ……俺としちゃ別に構わないんだが。

 

「まず最初にやるべき事は他の組織と提携し、それぞれの国とのつながりを作る事だと思っています。えーと、Grim?」

 

「ん? 提携と連携? まあ、表の顔をロドスとして―――ロドスを設立して、鉱石病の遅延手段や治療手段が出来た場合、それを流通に乗せるルートや情報を共有するルートが必要だからな。そもそもこの世界そのものの教育水準が低い。それを矯正する意味でも各国の有力者とコネクションを繋いで情報共有するルートは欲しい」

 

 つまり、最終的に開発した薬を配るルートとコネクションが欲しいなあ! ……という話だ。これがなきゃ薬を開発した所で配る事も出来ないし意味がない。

 

「商業関連は俺よりも詳しい奴がいるだろそっちに回す」

 

「こっちにぶん投げないでお前も話に加わってくれよ。お前あっちこっちに話が通じるから使いやすいんだからよ」

 

「本業暗殺者なんですぅー、研究とかは分野じゃないんですぅー」

 

「勿体ない……今から学者に転向しろよ」

 

 日本式義務教育の恩恵だからプロフェッショナルではないけどそれぞれのジャンルに首を突っ込んで話を合わせられるってのはこのバベルだと物凄く強い。だって基本的に変人揃いでプロフェッショナルとエリートの塊だから、自分のジャンルでしか話が通らなくて他のジャンルには首を突っ込めないって連中ばかりなのだから。そんな中でそれぞれのジャンルに軽く首を突っ込めて話を合わせられる奴がいたとしたらそらもう便利な奴として使いたいわ。

 

 俺はもっと子供とかを保護して、それに対して教育を施す所から始めて次世代に向けて動いた方が良いと思うんだがな。いきなり感染者救済を成し遂げる事は不可能だろうし、どうせ後30年もすれば確実にテレシスも鉱石病で死んでるだろう。その時までに次世代で高度教育を施せた継承者の育成に成功していれば今のカズデル内戦もどうにかできていて一気に状況を動かせると思うんだが。

 

 まあ、だけど真面目に考えるとこの世代交代プランは難しいだろう。このバベルに所属している人間の大半が替えの効かない分野の天才であり、この規模で人と才能が集まる事の方がレアだ。いっそ、一種の特異点とさえも言えるだろうとは思う。感染者がこの場にいる大半で構成されている現状、時間を賭ければ才能というリソースが失われてしまうだろう。そう考えるとタイムリミットを迎える前に何とかしなくてはならないだろう。

 

 まあ、それと平行して次の世代の育成かなぁ……なんて個人的には思ってたりする。それとなくケルシーにお互い、技術と知識の継承を目指した弟子とかの育成を提案してみよう。

 

 ま、とりあえず、まず最初にやるべき事は。

 

「内戦への対応か……現状テレシス派とテレジア派で分かれているカズデルの状況をどうにかしなくてはならないな」

 

 ドクターが当座の目標を見据える様に腕を組んで確認する。カズデルの内戦に関しては納得のゆく話だ。

 

「我々が感染者と相対する上で戦乱を求めるテレシスとの応対は常に求められる事でしょう。その上でカズデルは非常に重要な位置を占めるでしょう。カズデルの内戦をまずは終結させ、その上でテラ全土の対応の為に各国へ……という形になるでしょう」

 

「となると当座は様子見か? 殿下が抜けた事でカズデルの政変と状況がどうなるかを見なくちゃならないし。恐らくはテレジア殿下が逃げたと思われる行動で摂政テレシスが完全に政権を掌握すると思うが」

 

「そうすればカズデルの状況は落ち着くでしょう」

 

 こうなると数日から数週間単位でカズデルを監視する方向だろう。となると、その間こっちはこっちで相手の暗躍に対して何をするか、という話になってくる。一旦ここでカズデルとテレジアの話を切り、バベルとしての今後ではなく現在の話をもう少し続ける。

 

「あー、ならこっちから1つ」

 

 Scoutがそう言って声を出す。それに視線が集中する。

 

「最近テレシスの周りが少々慌ただしい。どうやらカズデルから離れた地にある感染者の集団に用事があるみたいだ」

 

「カズデルから離れた? サルカズではなく感染者?」

 

「あぁ、現状何を目的としているのかは解らないが、それとなく干渉しようとしているのが見える。一応足跡は追えるからそれをどうするべきか、という話だ」

 

 テレシスがカズデルの外にも手を出している―――そう言われて思いつく事は特にない。でもテレシス自体割と力の信奉者というか、騒乱と争いを通してサルカズという種の力を信仰しているような部分がある様に感じる。まず間違いなくテレシスがかかわってくる以上、余計な事をする……というか何らかの争いを生む事を目的として干渉しているというのは理解できる。だがそれ以上の情報が足りないというのが事実だ。良く考えればあのテレシスという男の事を俺達は良く解っていない。

 

「これまでは偵察部隊は俺と、Outcastと、Grimで3部隊用意できる。カズデルの監視に2部隊をローテーションを組んで配置すれば1部隊遠征の為に動かす事も出来る……どうだ?」

 

「私は特に問題無し」

 

「俺も文句なし。判断はドクターに任せるわ」

 

 手をひらひらと振る。それに合わせてドクターが頷く。

 

「なら一番経験の多いScoutに担当して貰おう。その間OutcastとGrimは偵察部隊を編成しておいてくれ。暫くはカズデルに干渉せず監視するのにとどめて状況がどう変化するのかを見て行く」

 

「ヤー」

 

「了解」

 

 まあ、元々偵察部隊を任せるという話はあった。現状エリートで偵察行動が行えるのはScoutとOutcastと俺ぐらいだから当然といっちゃ当然なのだが。出来るならもうちょっと人材の幅をバベルには広げて欲しいが……まあ、ロドス体制に移行しない限りは難しいかもしれないなぁ、なんて事は感じる。

 

「ま、今回はこのぐらいか? それではとりあえずは解散だ」

 

「お疲れ様ー」

 

「何か食堂に食いに行くかー」

 

「お、付き合うぞ。最近ヴィクトリア産の良い茶葉が見つかってな」

 

「ほほぉ、ちょっとスコーンでも焼いて試すか」

 

 話が終わって解散となると全員自分の作業かサボりへと戻って行く。その中で、ケルシーが此方に手招きしているのが見える為、椅子から立ち上がって背筋を軽く伸ばすとケルシーの方へと近づく。

 

「テレジアの事は頼んだぞGrim」

 

「昔からの付き合いだ、任せろ。面倒を見るのも初めてじゃないし任せてくれ」

 

「そうか、なら頼んだぞ。他だと持て余すのが事実だからな」

 

 ケルシーの言葉に頷く。彼女の言い分は理解する。テレジアはこのバベルでも珍しく等しく誰からも尊敬され、敬われる存在だ。カズデルに居た時にサルカズ達から向けられる程のものではないが、それでもバベルでも姫として扱われるのはやや息が詰まる話だろう。その中唯一彼女をニュートラルに接触しているのが自分だ。ケルシーも比較的フランクに接しているし、ドクターもそうだが根本ではバベルの重鎮として接している所がある。そんな中でテレジアとしてのみ見ていられるのは俺しかいないし、適任だろう。

 

 という事でケルシーに軽く手を振って別れると、待っていましたと言わんばかりにテレジアが寄ってきた。

 

「Grim! 今からでも良いから貴女の名前を考えませんか? 識別するためのオペレーター名だけじゃなく人としてあるべき名前を持つ事はきっと、心を温かく照らしてくれる筈なんです。だから名前を、考えません?」

 

「特に困ってもないし、それにそう言うのはゆっくりと時間がある時に考えたいしさ。ほら、カズデルから出てきたばかりなんだから少し休もうぜ」

 

「何時もそう言ってはぐらかす……。本当に暇なときに名前を考えて貰いますからね? では行きましょ、私Grimがどういう部屋で生活してるのか気になるんです。前はスラム暮らしでしたから今はちゃんと生活できているかどうか、気になるんです」

 

「俺は割と清潔好きだよ」

 

 苦笑しながら手を握って引っ張ってくるテレジアに促されるように歩き出す。先に歩いてもどこへ行けばよいのか解らないのだろうに、意外と勢いの強いテレジアの様子に笑い声を零しながらこっちだと手を引いてロドス内部を案内する。一応は案内板の類もロドス内部にあるのだが、それでも似たような通路が何個も存在しているのが事実だ。

 

「もうちょっとこう、通路のデザインを変えたりなんか飾れたりすればいいんだけど」

 

「かなり広いから歩く距離も多いですよね」

 

「そこは、まあ、エレベーターとかあるしそれを使おうってしか。いや、でも横距離も結構あるんだよな。端から端まで歩くのに数分じゃ足りないってのも中々凄い事だよな」

 

「ここら辺はもう根本的な設計みたいなものですからどうにかできない感じはあるんですよね……?」

 

「まあ、今から動く床を入れようとしたら床を全部引っぺがす必要あるからな……」

 

 部屋を広げたりするだけなら壁を取っ払って整えるだけで良いし、部屋を追加するなら使われてない空間を利用するだけで良いだろう。だけど床とかエレベーター追加とかはかなり大掛かりな改装を施す必要がある。ぶっちゃけ、クロージャが涙目でゲロ吐きそうだなぁ、と思う。ついでに付き合わされるMechanistも血反吐吐きながら倒れそうだ。現状、ロドスの修復と改善に関しては2人がトップとして活躍しているので負担は全部そっち方面に行く。だからあまり無茶な要求は出来ない。

 

 まあ、プロは揃ってるのだ。だが純粋に人が足りない。手足として働いてくれる人の数が圧倒的に不足している。力はあるのにテレシス相手に押しきれていないのはそれが最大の理由だったりするのだ。

 

「ここだよここ、俺の部屋」

 

 部屋の入り口に特にロックはかけていない。このロドス内部でそれが必要な事もないし、うちの部屋に訪ねてくるような奴も現状はいない。何かあれば通信による呼び出しもあるから別に誰かが来ることを警戒する必要はないのだ。なので指さしながら殺風景な通路にある扉を示すと、小走りで前に出たテレジアが楽しみにするように扉の前に立ち、扉横のパネルをタップして扉を開ける。

 

「お、お邪魔します」

 

「緊張しなくて良いだろ、別に」

 

 苦笑しながらテレジアの背中を押しながら部屋に入る事を促す。放置してれば一生このまま足踏みしてそうだからだ。

 

 俺の部屋はクロージャに給料をはたいて作らせたシエスタ風の家具や壁紙を採用していて、この殺風景なロドス内部でもちょっとした南国というかリゾート気分を味わえるようにしてある。まあ、部屋から出てしまえば現実に戻されてしまうんだが、それでも今はどこにも行けない事を考えると多少は慰めになってくれるそんな部屋だ。

 

「あ、お帰り……って、えっ」

 

「あっ」

 

 だがそんな俺の部屋には既に先客がいた。銀髪に赤い角のサルカズ―――今はWという名前を得た彼女の姿だった。傭兵としての装備を外した上で僅かに濡れている髪の事を考えると先ほど俺が会議中だった間に人の部屋で勝手にシャワーを浴びていたのだろう。服も動きやすい黒地のハーフスリーブシャツにカーゴパンツという格好で完全に警戒態勢を解いているのが見えた。彼女としては普通に、今までスラムで暮らしていた時と同じ感覚で部屋に入り浸るつもりだったのだろう。

 

 だがそこにサルカズのお姫様がドレス姿でやって来た。テレジアの登場とWのオフ姿に両者は動きを停止していた。そういやこの二人がまともな状況で対面するのは初めてだなぁ、と思い出す。話題には出すが実際の面識は初めてだし軽く自己紹介でもさせるか。

 

「W?」

 

「え、あ、うん。シャワー借りたわよ」

 

「事後承諾だが」

 

「別に良いじゃない、今更な話だし」

 

「まあ、そうなんだけどさぁ」

 

 傭兵達には傭兵達で部屋を用意されていた筈なんだがおかしいなぁ、と首を傾げる。このロドス・アイランドだって数百人が生活できるように設計されているから少人数の傭兵達が入り込んでも全員に個室がいきわたるレベルで余裕がある筈だ。だというのにWが態々俺の所に来る意味なんて……まあ、寂しかったのか? どっちにしろ、共同生活は慣れている相手だし何の問題もないだろう。

 

「あ、成程。彼女がGrimが時折話題に出していたWですね」

 

 テレジアも最初はちょっと驚いた様子だったが、復帰すると笑みを浮かべて部屋に入りつつベッドの上に転がるWの姿を見て、近寄った。その詰め寄りっぷりにWは滅茶苦茶面食らっているように見える。

 

「え、あ、はい殿下」

 

「殿下なんて他人行儀な……私もGrimの友です。姉妹であれば私にとってはWも友人の様なものです。そんな遠慮なさらずにテレジア、とでも」

 

「さ、流石にそれはどうかと思うわ」

 

「そんな遠慮なさらずに。Grimからの話を聞いていてまるで子猫みたいだと評価されていた貴女を一度は会ってみたいと思っていました」

 

「”姉さん”……?」

 

 視線を逸らして下手な口笛を吹いて誤魔化そうとしてみるが、それをWが許す事もなく此方をジト目で見つめてくる。それから逃れる様に片手をあげて、

 

「じゃ、俺ちょっと偵察部隊編成の話をしなくちゃならんから!」

 

「あ、待ちなさいよGrim!」

 

 待たないぜ。

 

 軽く後ろ手を振ってから自室から逃げ出す様に飛び出し、部屋にテレジアとWを置いて去る。テレジアはWにも興味津々という様子だしこのまま放置していても大丈夫だろう。問題はあの様子だとテレジアはバベルの自室を利用せずにそのまま俺の部屋に居つきそうだなぁ、という所ぐらいだろうか。まあ、別にベッドをシェアリングして眠るのもWとやってきたことだしこの際それでも俺は構わないが、見つかったらケルシーになんて言われそうかちょっと解らないな。

 

 ともあれ、口に出した以上は実行せねばならないだろう。Wとテレジアから逃げる様に人事部の方へと移動する。

 

 

 

 

 そこからScoutとOutcastを交えて誰を編成するか、振り分けをどうするかという話に発展する。バベルはまだオープンな組織ではない。一般的にその存在が認知されるのはロドスという形で活動を開始してからだろう。それまではバベル側からオペレーターをスカウトする形でしか増やす事は出来ない。その事を考えると偵察部隊を編制すると言っても、その人数も大幅に制限されてしまう。つまるところ、ScoutやOutcastと人材の取り合いになってしまうのだ。結局この話も遅くまで続く事になり、その上で偵察部隊は完成する。

 

 話し合いが終わる頃には既に外は暗くなっており、食事する時間も少し過ぎている。皆で食べそびれてしまった。そんな事を考えながら食堂へと向かえば、そこにはドクターが孤独に食事をとっている姿がある。珍しくフードを下ろして顔を晒してる姿を見て、珍しいものが見れたと思いながらキッチンの冷蔵庫から適当に余り物を拝借し、その前に座る。

 

「よ、ドクター。今晩は1人か」

 

「アーミヤはもう寝る時間だからな」

 

「どんだけ頑張っていても少女である事に変わりはない、か。少女を連れまわしてお仕事ってのも大変だなドクター」

 

「お前がこれからテレジアを連れまわして仕事する事を考えるとそっちの方が大変そうだが」

 

「言った、言いやがったなこいつ」

 

「一番心を許しているのがGrim、お前だ。テレジアのメンタルケアと生活周りはお前以外には無理だろう」

 

「まあ、そうは思うけどさあ……」

 

 今夜の晩飯はシチュー。大人数相手に量を作るならこれほど楽なもんもない。これを作るにあたってライス派とパン派で分かれるところだが幸い、レム・ビリトンではヴィクトリアやカジミエーシュからパンが、炎国からは米が入ってくるからどっちにも不足する事はない。無論、前世が日本人である俺は断然パンよりもライス派だ。料理のクオリティはその日の担当によって変わるのだが、確か今日はLogosが担当だったか。

 

 アイツ、直ぐに何にでもアーツを使って実験しようとするから怖いんだよなぁ。まあ、今日のシチューは味が悪くないし暴発とかしなかったっぽいが。

 

「ドクター」

 

「ん?」

 

「カズデルの内戦、収まると思うか」

 

「無理だろうな」

 

 ドクターも正面でシチューを食べ進めつつ直ぐに返答を返した。その答えに感じたのはやはりか、という気持ちだった。ドクターは此方に視線を向ける事もなく食べながら話を続ける。

 

「テレジアの威光は、風格が強すぎる。アレはそれこそ歩いているだけで狂信者を生み出すだけのものを持ち得ている。戦場の報告は聞いていた。歩くだけでサルカズが平伏すほどの存在だ―――彼女がカズデルを離れようとすれば、逆に彼女を戻そうとする為だけにテレシス相手に戦いを挑むサルカズが増えるだろう」

 

「やっぱそうなるか……」

 

 スプーンを口に咥えながら唸る。テレジアがカズデルを離れる事で指揮が一本化され、テレシスが政権を掌握するだろう。そうすればカズデルでの内戦が終結する。テレジアを追いかけるサルカズがいなくなり、テレシスも無理にテレジアを追う必要がなくなる。そうなればバベルとしては色々と動きやすいだろう。だがテレジアを掲げて戦い続けるサルカズがいる限りバベルが戦場に引っ張り出されるだろう。無視すればそれはバベルの理念を曲げる事でもあるのだ。カズデルでの内戦が続く限り、バベルは次の問題への対処を行う事が出来ない。

 

「いっそ、斬首作戦に入ってテレシスの首を取りに行くのはどうだ」

 

「無論、それもアリと言えばアリだろう。だがテレシスは実際の所()()()()()()()()()()()()()()()からな。奴がカズデル外部で感染者を巻き込んで何かをしている、その情報が正しいならバベルにも斬首作戦を取るだけの大義が生まれる。だが現状、この内戦はテレシスとテレジアの政争だ。それ以上の意味はない」

 

 テレジアが求めているかどうかはまた別の話だ、と言外にドクターが告げてくる。解ってはいたが、サルカズという種は本当にどうしようもない。大半は盲目的に熱狂と狂奔に従う獣の様な連中だ。寧ろWやヘドリーの様に自分で自分の道を決める奴が少ない。だからこそテレジアはテレシスと対立してでも立つ必要があると思ったんだろう。

 

「……はあ、ままならないなぁ」

 

「頑張れ、Grim。それに気づいて一番心を傷つけるのはテレジアだ。彼女の心を癒せるのは幼い頃から対等に付き合い続けたお前だけだ」

 

「ドクターが人を励ますとは珍しい」

 

 勝利だけを求める機械へと変貌しつつあるドクターが、そうやって口に誰かを心配するような言葉を出すのは珍しく、それをケルシーや保管連中が聞けばもう少しドクターの評価も変わってくるんじゃないかと思った。だがドクターは頭を横に振る。

 

「求められるのは勝利だけだ。それだけがバベルを進める」

 

 食べ終わり、空になった食器をキッチンのシンクへと沈めるとドクターは去って行った。フードを被り直して去って行く背中姿を眺め、溜息を吐く。

 

「ドクターも、内戦の被害者か……」

 

 シチューを一人で黙々と食べ進めながら思う―――気に入らない、と。

 

 何もかもがあの政王テレシスの思惑通りに進んでいるような、奴が願ったような混沌と破壊の世の中が生み出されつつあるような、そんな気がしてならない。誰も彼もが力と暴力に酔っているようにさえ感じる。俺も俺で、この数年で人を殺すのが上手になってしまった。今ではどうすれば人間が効率的に死ぬのか、それを突き詰めているぐらいだ。

 

 カズデルの内戦は終わらせなくてはならない。

 

 だが果たして、それが望んだ形になるのかどうか、それが不明だ。

 

「ままならねぇなぁ」

 

 こんな事ばかり考えていた所でしょうがない。そう結論し、さっさと食べ終わって食器を片付けたらそろそろテレジアも自室に戻ってるだろうと思って自分の部屋に戻る事にする。

 

 夜になったバベルは昼間よりも静かで、そして人の気配がない。それこそホラーゲームの舞台にでもなりそうなぐらい静かで、少しだけの寂しさを感じてしまう。聞こえてくる音は遠くで誰かがアイランドの修復か改善作業を行っていてその音が反響しているものか、或いは廊下いっぱいに反響する自分の足音だ。その音に少しだけ寂しさを刺激されて歩く足が少しだけ早くなり、思ってたよりも早く自室前にまで戻ってきてしまう。

 

「Wの事だしどうせ人のベッドで眠ってるだろうな……」

 

 予想できる部屋の様子に苦笑しながら部屋の扉を開けてみれば、ベッドの上にWとテレジアの姿が転がっているのが見えた。自分に用意された部屋に戻らず人のベッドを占領するとは何事かと思ったが、テレジアの手の中にあるオブシディアンフェスティバルのパンフレットを見て頭を掻き、溜息を吐いた。

 

「終わったら、シエスタ行きたいよな……」

 

 その為にもこの内戦を、何とか終わらせないとならない。それこそのこの両手を血の匂いが落ちない程に真っ赤に染める事となっても。この純粋で大事な想いを、絶対に守らなくてはならないのだ。

 

「ふぁーあ……まあ、今夜はもう寝るか……」

 

 扉を閉めたら今日ばかりはちゃんと扉のロックをかけて、服を脱いで下着姿になったらそのままベッドにダイブする。

 

 そのまま3人一緒に、仲良くぐちゃぐちゃに並んで眠る。




Grim
 サルカズ♀。白髪青グラデの長髪という以外特にビジュアル設定はないけど中の人の好み的に巨乳。角の形とかあまり考えてないから皆好きなイメージを脳内に浮かべるのだ。広い範囲で色んな事に対する知識があるので色んな所からヘルプの声がかかるのである意味人気者。そういう意味では教育の大切さをこの時代において体現している珍しい人物。

Logos
 エリートオペレーター、基本的にロドス内部に引っ込んでてアーツや神秘、宗教関連のエリート。チェルノボーグ事変の時も引きこもってたので志望する事はなく残ってる。だがそれ以外に関する情報は不明。

アスカロン
 エリートでもないのに重役会議に顔を出してるオペレーター。それ以外情報がないので何もなんだこいつ。

Misery
 悲惨、悲痛、悲しみを意味する名前、おそらくエリートオペレーター。名前だけが存在し何をしているのか何を担当しているのかさえ不明。

Mantra
 名前だけが判明している恐らくエリートオペレーター。名前がマントラだから多分インド人。


 チェルノボーグ撤退戦でAceを含む複数のエリートが死亡してるけど、それ込みでも実は結構な数の名前のみ判明しているエリートだったり特殊なオペレーターがいたりするバベル/ロドス。本気で資料集が欲しくなってくる……。


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現実

 大方の予測通り、カズデルの内戦が収束する事はなかった。あの日、あの時、テレジアがカズデルを出た日。多くのサルカズが初めてテレジアの姿を目にした。流石ロイヤルブラッドのカリスマか、それに魅入られたサルカズ達はテレジアの為にと謡って内戦を更に加速させた。殺し合いと逃亡でカズデルからサルカズは減って行く。だが同時に血の匂いに誘われた殺人鬼や傭兵、感染者たちが居場所を求めて参戦する。それによってカズデルの様子は更に混沌を極めていた。もはやテレシスかテレジア、どちらかの完全なる敗北でしかこの内戦が終わる事はないのを示すかのように。

 

 一時的にカズデルへの干渉を止めたバベルはそんなカズデルの状況を前に、判断に困っていた。

 

 テレシスの斬首作戦を行うか否か、という点で。テレシスがカズデル外の感染者組織に接触して支援する流れも発見されている。あの闘争の怪物をいよいよ殺さない限りはこの大陸から戦火を消し去る事は出来ないのでは? という疑いもあった。だが斬首行動に出た場合バベルは少なからず感染者を救う為に暗殺を行うという汚名を被る事になる。いや、違う。

 

 テレシスと対応する為にテレジアを擁立し、テレシスを排除してテレジアを女王に据える。

 

 そういう風にとられかねないのだ。そうなった場合、バベルはフリーの組織ではなくテレジアの支配する組織であり、カズデルの一部として取られかねない。

 

 これもまたこれで、大きな問題となる。

 

 そういう事でバベルはいまいち、行動に踏み切れずに停滞の時を過ごしていた。

 

「どうしたもんかなぁ」

 

 ロドス・アイランドの甲板、その最も高い所に座りながら足をおろし、周囲の景色を眺めながらそんな事を呟く。普段からクロージャやMechanistの手伝いでアイランドの修復作業を手伝っている時、俺に求められるのは高所作業や危険環境での作業ばかりだ。二人はそこまで身体能力の高いタイプではないので必然的に俺がこういう事をやらされている。ワイヤー無しでも壁歩きぐらいは出来るし、そうじゃなくても落下しても即座にワイヤーで復帰できる。その事を考えたら外壁や高所作業周りは俺に仕事が回されるのも当然と言えば当然だろう。流石に足場を外壁に構築して作業するのはアイランドが大きすぎて論外だし、吊り下げ型のゴンドラを使おうにも作業箇所が多くて移動の手間が大きい。

 

 となると自由にあちこち歩き回れる奴が重要になってくる。

 

 結局、使いやすい技能のある奴が酷使される。

 

 バベルは今日も人材不足が凄まじかった。

 

「テレシスを解りやすく殺すかー……?」

 

 バベルとは無関係を証明するように別の組織の恰好をして殺しに行くのはどうだろうか? ”剣聖”が私の剣はこの戦いで穢れてしまった、とか言ってカジミエーシュへと流れたおかげで今は鬼の様に強い戦士が1人減っている。アレはマジで怖かったから離れてくれただけ嬉しい部分ある。剣を捨てたという話をバベル経由で聞いた時はちょっとショッキングだったが。”剣聖”の剣は見るだけで見惚れる程の洗練された美しさがあったのだ……それが失われるのは非常に勿体なく感じる。

 

 でも直感で完全隠密決めてた身に壁越し30メートル斬撃叩き込んで認知もできないのに存在するのを確信するのはやめて欲しい。隠密概念壊れる。やっぱ剣を捨ててくれ”剣聖”。

 

「ふぅー……俺の脳内もだいぶ愉快になったな」

 

 余裕の出てきた証拠だろう。

 

 昔はどうやって生き延びるのか、どうやって明日の糧を得るか、夢はどうするのか……そんな事ばかり考えていた。だけど最近は脳内がちょっとファンタジー……というか、遊びが出てきた。バベルの状況がそこまで良いという訳ではないのだが。それでも俺個人に関してはそこそこ余裕が出てきた、という事の証でもあるのだろう。少なくとも冗談を浮かべることが出来る程度には余裕が出てきたという事なのだろう。これも俺が力をつけて、あのカズデルを去った事にあるんだろう。

 

「あー、風が気持ち良いな……」

 

 レム・ビリトンはカズデルと違い、自然が色濃く残っている。カズデルは度重なるサルカズの死と血の積み重ねによって大地が天災後の荒廃した状態になっている。つまり土地として既に死んでいるのだ、あの場所は。あそこはテラで最も荒廃して、そして死にゆく大地となってしまっているのだから。だがそんなカズデルから離れればこのレム・ビリトンの様にまだ美しい景色が残されているのが解る。あのカズデルは呪われている―――サルカズという種によって呪われているのだ。

 

 自分の頭の横から前へと曲がってから上へと向かう様に生える角に触れる。サルカズの証であるこの角を折ったら俺はサルカズという種の運命から逃れる事が出来るのだろうか? いや、無理だろう。この体にサルカズの血が流れる限り永劫に呪い染みたサルカズの宿命からは逃れられないのだろう。

 

 まあ、角はサルカズとしての大事なチャームポイントだから定期的に汚れを気にして洗ったりしてるんだけど、これケア方法とかどうなんだろ? 他のサルカズって角のケアしてるんだろうか? Wは俺の真似してちょくちょく角のケアしてるけど、そう言えばWが同僚の傭兵がサルカズのフリをする為に角を削ったやつがいるとか言ってたな。

 

 つんつん、と角を触って手を放す。これ、骨格的には頭蓋骨と一体化してるからショックが直接脳に届くんだよな。サルカズの露出している弱点だったりする。でも間違いなくチャームポイントだから綺麗にはしておきたいし、自慢もしてみたい。

 

 複雑な乙女心である。

 

「やっほGrim」

 

「ん? Wじゃん。どうしたんだよ」

 

 下の方から届けられた声に視線を向ければ、衣装を一新したWの姿があった。Wが所属していたヘドリー傭兵隊はバベルでの仕事を引き続き受ける事もなく、次の戦場へと移動した。だがその時にWだけはバベルに残って仕事を受ける事を選んでいた。その時、俺がちょい金を出してWのコーデを整えたのだ。今までの傭兵用のタクティカルベストの恰好も悪くはないが、バベル―――というかWhitesmithが業界に色々と激震を走らせるレベルで新素材を作成してたりする。その影響でバベルには面白特性素材があったりする。なのでWhitesmithに頼んでWの服を発注したのだ。その結果、傭兵でありながらかなりガーリィなスタイルが出来上がった。それでいて防御力も機能性も失っていないのだから、やはりバベルの技術は中々に謎だ。

 

 俺もそろそろ、装備を更新するかどうかを考えるべきだろうか?

 

「何、って用事もなくちゃ会っちゃダメなの?」

 

「そんな事はないぞ。ほら、ならこっちに来いよ」

 

 半分スペースを空ける様に横にズレると下からWが外壁をよじ登ってくる。手を伸ばして上がるのを手伝いながら横に座れば、並んでレム・ビリトンの景色を眺める。可能ならここで寝転がって眺めたい所だが流石にそれだけのスペースはない。それでもこのアンテナ塔の頂上は自分の様に身軽なオペレーターでしか到達できない1つの秘密スポットだった。

 

 ……最近はクロージャがドローンを使ってここからの景色を堪能してるらしいが。

 

「んー、良い景色ね。まさか自分がこんな景色を拝めるようになるとは思わなかったわ」

 

「そりゃまたどうして」

 

「サルカズなんて大体傭兵になってカズデルで死ぬもんでしょ。そうでなくても感染者になって鉱石病で死ぬか。どっちにしろカズデルから出ないサルカズの運命なんて決まったものよ」

 

「あー」

 

 サルカズは戦か鉱石病で死ぬ。それが普通だ。その中で感染せず、戦いを回避して生きてきた俺は異端だった。今ではどっぷりと殺人技巧に浸かっている。だがそれがなければ争いを避けて、感染を回避し、平穏な生活を望んでいただろう。だが基本的なサルカズの運命は変わらない。サルカズは感染し、戦う事しか生きる手段がないのだ。

 

「だけどそのサルカズらしさをテレジアは変えたいんだよ」

 

「テレジア、ねぇ」

 

 Wは引っかかる様に言葉を口にした。

 

「どこまで本気なのかしらね。あんな甘い理想、本当に叶えられると思ってるのかしら? だとすれば正気の沙汰じゃないわ。サルカズ全てを変えるだなんて」

 

「どうだろうな……そこは俺の責任かもしれないな」

 

 溜息を吐き、片手で顔を抑える。

 

「”姉さん”の責任?」

 

「あぁ……そもそも俺とテレジアの出会いはテレジアがまだ幼い頃、スラムに迷い込んできた事が原因なんだよ」

 

「お転婆の頃があったのね」

 

 今でも割とお転婆だぞ。自分の部屋を使わずに俺の部屋で寝泊まりしてるし。おかげで部屋のベッドを特注のキングサイズの物にしなくちゃならんかったし。これでWまで部屋に居ついているんだからもうどうしようもない。これ以上人の部屋に入り浸るというのなら壁を壊して二部屋分のスペースを貰う事にするんだが? ……まあ、今はその話は良いだろう。

 

「当時のテレジアは無知だったよ。で、スラムから送り返すついでにアレコレ俺が教えてな。すっげぇ別れを寂しがってたから後日王宮に忍び込んで逢ってやったらすっげぇ喜んでさ」

 

「当時からそんな事してたの……良く見つからなかったわね」

 

「ははは、たぶんバレてたよ」

 

 あの頃はまだし始めの頃だし。ただ見つかった所でどうでも良かったんだ。テレジアが殺されようが、生きようが。死ねばその王族の血を引く体に素材としての凄まじい価値が出るだろう。それだけでもテレシスは良いと思うだろう。そうじゃなければテレジアの威光を利用してサルカズを統べれば良いのだ。最終的にはテレシスとテレジアで婚姻を結べばカズデルは完全に統一されるだろう。たぶん、テレジアが王宮に居た頃のプランがこれだろう。一番損が少ない。

 

「まあ、あまりにも冷遇っぷりにちょっと悲しくなってな。ここは心優しいサルカズの代表として優しくするべきだろう?」

 

「”姉さん”って雨の日に濡れた猫を見つけると絶対に拾うタイプよね」

 

「呆れた?」

 

「拾われた1人としては感心してるわ」

 

「そりゃあ良かった」

 

 苦笑しながら空を見上げる。ここの青空はこんなにも透き通って明るく、そして綺麗だ。空気が地球の汚染されたものとは違って、肺にいっぱい酸素を送り込むとそれだけで活力が満ちる様な気さえする。たぶん、俺がこの世界で犯した罪があるとすれば……それは間違いなく、俺がテレジアに知を授けた事にあるだろう。

 

「俺はな、ちょっと特別なサルカズなんだ」

 

「ふーん?」

 

「人よりも生まれつきから色々と知っててな、おかげで育児放棄されても1人で生きていけたんだ。サルカズに芸とか文化って概念は薄いのに酒は良く飲むからな。酒場に言って歌ったり踊ったり、おだてたりすればおひねりはもらえた。そうやって小さい頃は金を稼いで生きてたんだけど―――まあ、人よりもちょーっと賢いから、他人に教える事も出来たんだ」

 

 だから俺はテレジアに施したんだ。地球で言う義務教育を。

 

「まずは簡単な算術から始めた。恐ろしいぐらいに早く理解してく姿に間違いなく天才だと思ったね。1つ教えればその応用方法にまで気づくんだから。教えれば教える程に楽しそうにする姿を見ればもっと教えたくなる」

 

 それで算術から言語、言語から物理、化学、人の心の機微、自分で調べてきた歴史なんてのも教えた。

 

「一通り基本的な事を教えれば学習意欲が上がってきた王宮の図書館から本を引っ張り出す様になって自分で調べて学ぶようになったなぁ。成長が早いもんで、15を過ぎる頃にはもう基本的な事を教える必要はなかったわ……だから勘違いしたのかもな」

 

「何を?」

 

「これだけ頭が良いなら無茶はしないって」

 

 そっから俺が教えたもんはとても簡単だ。

 

「社会学と哲学を教えた」

 

 義務教育を終えて、俺が通ったのはリベラル制の大学で。自分で授業を選択し、そこで単位を取得する事で卒業するというカリキュラムだ。その中にいくつか必修と呼べる科目があったりしたのだが―――その中には社会や歴史というものもあった。俺個人はそういう系統のが好きだったんで進んで取得していたが、選択した講義の中には論理学や哲学の授業もあった。地球に存在した哲学者の思想等を追い、それが社会に対してどういう影響を与えたのかを調べる講義とかよくあったもんだ。

 

「それってつまり―――テレジアの根本的な思想を構築したのが”姉さん”って事?」

 

「そゆこと」

 

 つまり俺が余計な事を教えてしまったのだ、テレジアに。彼女に哲学や社会学なんてものを教えなければ、人がどういう風にするべきか、人はどういう風に生きるのが普通なのか。そういう事を考える為の根本的な知識や思想を与えなければテレジアが”サルカズはどういう風に生きるべきなのか?”という事に考えを巡らせる事もなかったのだろう。テレジアは理解してしまったのだ、感染して鉱石病を患いながら戦いに身を投じるるサルカズの姿が異常だという事が。彼女は理解してしまったのだ、これが生物として根本的に間違っている姿なのだと。テレジアは理解したのだ、これはサルカズという種を決して幸せにしないのだ、と。

 

 両手で顔を抑える。

 

「俺だ、俺がこの内戦を始めたんだ」

 

「……」

 

「引き金を引いたんじゃない。それでもこの内戦の始まり、その対立構造は俺が生み出したんだ」

 

 偵察任務の時、一度だけテレシスと会った事がある。いや、違う。テレシスに歓迎されたんだ。アイツは力のあるサルカズを尊重する部分がある。だから今、死神(グリムリーパー)なんて異名を持つ俺に対して興味を持つのは当然の事だった。姿が見えない、認知できないのに玉座に座って待っていたのだ、奴は。その上で言ったのだ。

 

「なんて?」

 

「ありがとう、って。理解の出来ない怪物に直面した気がしたよ」

 

 きっとそれはサルカズとして強くなってありがとう、テレジアを教育してくれてありがとう、この状況を生み出すに至るまでありがとう。そういう意味が混じっているのだろうが、認知できないであろう相手に対してノーガードで待ち構えながら言い放つような言葉じゃない。俺がブチキレたらそのまま殺される可能性だってあるだろうに、その心配をする事もなくテレシスは対面してきたのだ。理解の出来ない怪物の恐怖というものを味わった。アレは内戦で血に染まったドクターを超える狂気の化け物だ。

 

 ある意味、サルカズの歴史が生んだ究極の怪物だろう。

 

「じゃあ、今戦ってるのは」

 

「罪滅ぼしだよ。始めたものは終わらせなきゃならん。俺が始めた事は俺で終わらせなくちゃならない。テレジアはその自覚はないだろうし、思いもしないだろう。だけど根本的な原因は俺にある……」

 

 調子に乗って教えずに、あのまま王宮から連れ去ればよかったんだ。彼女をもっと広く、自由な世界に。だけど気づけばテレジアはバベルを生み出していた。この大陸に希望を生み出す為の箱庭を。

 

「まあ……これが全部終わったら」

 

 無事にカズデルの内戦が終わったら、の話だ。

 

「休暇を取ってシエスタに遊びに行きたいなぁ、とは思ってる」

 

「部屋をあんなシエスタ風にしてるのにまだ満足してないの?」

 

「だってリゾート地だぞ!? 海だぞ海! 夢にまで見る青く透き通った海! こりゃあ一生に一度は行かなきゃ損だろ」

 

 全部終わったらシエスタの海に行きたい。陸上の楽園だと言われる場所なんだ―――きっと、そこはカズデルとは正反対の場所に違いない。多くの人々が笑って、遊んで、音楽を流して踊りながらも暮らしている。ビーチでは日光浴や泳いでいる観光客で溢れ、毎日が平穏で楽しいんだろうと思う。全部終わったら、カズデルとは正反対の園場所へと向かって遊びたい。きっと、テレジアに一番必要なのはそういう場所なんだ。王族の義務や権利は全て毒だ。

 

 そういうものから全部切り離して、彼女は生きるべきなんだ。

 

 だからシエスタに行きたい。

 

 あの青い海を、前世で見た海の美しさをもう一度見たい。そうすれば波が心の汚れも罪も何もかも全部洗い流してくれるような、そんな気がするから。

 

「……」

 

 片足を縁にかけるように抱き込み、空の果てへと視線を向ける。世界はこんなにも広いのに俺達はこの狭い世界に縛られている。バカみたいだ。バカみたいだけどこのカズデルは呪われている。俺達は全員、カズデルとサルカズという呪いに苦しめられているんだ。

 

「馬鹿みたい」

 

「そう思う?」

 

「そう思うわ。貴女もテレジアもほんと馬鹿みたいにお人好しで救いがないわ」

 

「知ってる」

 

 Wのストレートな罵倒に苦笑しながら目を閉じた。

 

 この苦しみが―――何もかも、夢であれば良かったのに。

 

 

 

 

「Grim、最近の調子はどうだ?」

 

「ん、どうしたんだケルシーいきなりそんな事を聞いて」

 

「いや、な」

 

 カズデルの内戦に変化がなく更に時間が過ぎ去って行く中で、ケルシーと歩いているとそんな事を横から聞かれる。ケルシーとしては中々に珍しい話の切り出し方の様に思える。ただケルシー自身、心を許した相手にはそこまでつんけんしない。ただ単純にそのラインが非常に高いというのと、露骨に優しくするという訳でもないのだ。だから勘違いされやすいだけでケルシー自身はかなり良い人だ。

 

「基本的にテレジアの相手はお前に任せているだろう? だから負担になっていないかと思ってな」

 

「今更な話だろう、そりゃ。もうちょい人材不足が解消されるようなら俺の方も助かるんだがなあ」

 

「その件で今はカジミエーシュの騎士に話を持ち掛けている。上手く行けばカジミエーシュに見切りをつけた騎士をバベル……いや、ロドスに引き込めそうだ。それを契機にライン生命などの組織とも契約を行う予定だ。そうすれば人材不足の現状も多少はマシになるだろう」

 

「マジで? ならもう少し休日返上で頑張るかなぁ」

 

 けらけらと笑いながらケルシーに答えると、ケルシーは言葉を選ぶように沈黙を作った。通路の奥、二方向へと別れる行き止まりの前で足を止めながらケルシーはゆっくりと言葉を続ける。

 

「Grim、テレジアは……」

 

「解ってる。その為に俺が傍にいる」

 

「……そうか、そうだったな。彼女のケアと対応に関してはすまなく思ってる」

 

「気にするな。持ちつ持たれつつってもんだろ、こういうのは」

 

 ケルシーに背を向けるように通路で分かれ、軽く背中越しに手を振って歩く。ケルシーもケルシーで、実際のところは休みがないレベルで忙しい。管理職とはまた別に医療部門のトップを務めているのが彼女の立場だ。日々鉱石病という不治の病と格闘しているのを見れば、余裕なんてものが理解できるだろう。その中でちゃんと他人を気遣うだけの時間を作ってるんだから俺は偉いと思う。

 

 偉さの話で言えばこのバベルに集った者達全員そうだが。

 

 報われるとは限らない、最初の一歩を踏み出す事を決意した者達だけがここに集まっている。ここにいる連中は最悪、全滅する事さえも想定してこのバベルという組織に入ったのだから。己の命を礎に、ロドスへとつなげて鉱石病のない世界を生み出す。その理想の為に自分の命を燃やし尽くす覚悟がここにはある。

 

 だからと言って意識高い系で集まっているという訳じゃないのが凄いと思う。誰もが本気で未来に向かって頑張っている。

 

 だがここしばらく、それが手詰まりとなっているのも事実だ。テレジアとテレシスの対立はサルカズの暴走という形で激化している。その事に対してテレジアは一切表情に変化を見せようとはしないが、それこそテレジアがカズデルの事を気に病んでいるという事の証拠であると俺は理解していた。だからこそ最近はテレジアの心に負担をかけないように一緒に居る時間をなるべく確保している。

 

 そんな中、今日は議長室での集まりがあった。

 

 ここはバベル内部でも特別な部屋だ。

 

 入れるのはドクター、テレジア、そして俺だけ。時折ドクターが連れてくるアーミヤという例外を除けばケルシーでさえ中に入る事の出来ない場所だった。アーミヤは実質的なドクターの継承者、弟子として見られているし、俺はテレジアの生活関連をほぼ全て背負っている。テレジアの実質的な世話係兼護衛という形で見られている為、議長室の入室が許されている。

 

 そうじゃなければあそこに入れるのはドクターとテレジアだけだ。いや、そうじゃなくても戦略の事でドクターとテレジアは2人だけでいる時間がちょくちょく増えている。

 

 それこそがテレジアの現状に対する、隠しきれない不安だろうと思っている。

 

「パスは……っと」

 

 議長室前にまで辿り着いたら扉横のパネルにパスコードを入力し、扉を開ける。中に入れば既にテレジアとアーミヤの姿があり、ドクター待ちという状態になっているようだった。片手をあげて挨拶するように入室すると、アーミヤがぺこりと頭を下げた。

 

「あ、こんにちわGrimさん」

 

「よお、アーミヤちゃん。少しは大きくなったかぁ? んー?」

 

「あ、わ、わ、お、降ろしてくださいGrimさん!」

 

「はーっはっはっは、軽い軽い! 食い足りないんじゃないかぁ? んー?」

 

 小さなアーミヤの姿を持ち上げて振り回すと前髪に隠れた目を回しながら小さな悲鳴を巻き起こしている。可愛らしいその姿に笑い声を零しながらアーミヤをおろし、テレジアへと視線を向ければテレジアが手を広げている姿が見えた。

 

「さあ、Grim私にも是非」

 

「流石にお前は歳を考えろ」

 

「大丈夫です、大丈夫! Grimなら絶対やれます!」

 

「俺を何だと思ってるんだ……?」

 

 いや、まあ、やってみるけどさ。

 

 無理があるんじゃないかなぁ、と思いながら手を広げているテレジアを持ち上げようと手を伸ばし、軽く脇の下に手を突っ込もうとして、これはちょっと難しいなぁ、と思う。なので予定を変えて腰に手を回し、ダンスでやる様に腰を抱き寄せて軽く持ち上げるように体をスイングする。驚いたような、楽しそうな、嬉しそうな、そんな表情を浮かべて解放するとテレジアが恥ずかしそうに一歩身を引いて両手で顔を覆った。

 

「やっぱりやめておくべきでした」

 

「せやろなぁ」

 

「Grimはそういう所本当に無頓着というか……もっと気を付けるべきです」

 

「俺は一度遠慮したんだが……?」

 

 完全にテレジアの爆死なんだよなぁ。まあ、楽しい時間が過ごせたのならそれでよかった。俺もテレジアが楽しいならそれで大体幸せだ。俺もだいぶ安くなったもんだ。カメラがあればこのテレジアの姿も撮ってるんだがなぁ、とは思うけど今手元には端末がない。機密性を考えて議長室にその手の物は持ち込まないようにしているのだ。

 

 と、そこで議長室の扉が開く。

 

 最後の入室者であるドクターがやってくる。これで議長室には揃うべき人物が全員揃う。片手をあげてドクターに挨拶しながら部屋に迎える。

 

「よう、ドクター。今日は遅かったじゃ―――」

 

 そこまで言葉を口にした所でドクターの()()()()()()()()()()()。体の揺れ方が違う。明らかに戦える人間の揺れ方だ。

 

 ヤバイ、こいつドクターじゃねぇ。

 

 どうして議長室に入れた? どうやってバベルの目を欺けた? その考えを頭の中から完全に消し去り、超高速の思考で反応する。だがアクションの始動が遅すぎた。此方がドクターが偽物であると気づく瞬間には相手は既に踏み込んでいた。ドクターの特徴的な姿の下から刃を引き抜き、それを踏み込みと共に、

 

 刃が吸い込まれるように心臓を貫通した。

 

 それで勢いの止まらない刃は心臓を貫通し背中を突き抜けて背後でまだわずかな抵抗と共に人体を貫き、二つの肉体を貫通して押し込む。その感触は背面にある壁に衝突するまで暗殺者によって押し込まれ、

 

 刃を動かしやすくするために僅かに刃を捻り、刃を滑らせる隙間を作り、

 

 ―――肉体を引き裂く様に体内から横に斬り払われた。




議長室
 ドクターとテレジアしか入れない筈の場所。テレジアの暗殺はここで行われたとの話。この時テレジアとドクターは2人きりだったらしいんだからそりゃ誰もがドクターの裏切りを疑う。

 後1~2話で完結。


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 ―――先に殺されるのが俺で良かった。

 

 血反吐を吐き出さずに口の端から溢れ出す血を噛みしめながら後ろへ、テレジアを庇う様に倒れて行く。これで俺とテレジアが即死したと誤認して逃げ出してくれれば良い所だ。俺の死体がテレジアの姿を隠して、それで死んだと判断してさえくれれば……それで良い。そうすれば俺のこの死も無駄にならないだろう。

 

 あぁ、そうだ、これは致命傷だ。

 

 だけど先に俺が致命傷を受けたことでテレジアへの即死は防げた。

 

 心臓に真っすぐ刃が突き刺さってから、それがそのまま貫通してテレジアへと届かないように体をずらした。それで心臓への直撃コースを肋骨で弾きながらずらし、心臓への直撃は何とか外せた。まあ、その代わり俺が即死する事になったがそこは問題ない。俺が死んだところで偵察はScoutがいるし、戦闘はOutcastがいる。他の分野で補ってくれる仲間がいる以上、俺が死んだところでバベルという組織全体に対する影響は薄い。だがテレジアは違う。テレジアだけは変えの効かない存在なのだ。だから絶対に、俺の命と引き換えにしてでも助けなくてはならない。

 

 だから体は素直に力を失って後ろへと倒れて行く。背中にテレジアを隠すように二人そろって壁に張り付き、そのままずるずると血の跡を壁に描いて落ちて行く。床には胸から噴出する血が噴水を描きながら溜まって行き、血の匂いが部屋に充満する。だがそれで満足する事のない暗殺者は引き抜いた剣を再び切り払う為の動きを作り出す。流石プロフェッショナル、首を落とすまでは絶対に安心しないか。

 

「……」

 

 直後、横からインターセプトするようにアーツの黒弾が暗殺者と俺達の間を遮った。視線だけを横へと向ければアーミヤが片手を持ち上げて放った攻撃用のアーツだった。恐らくはLogos辺りに仕込まれた自衛用のアーツなのだろう、戦場に持ち出しても使えるだけの殺傷力のあるものだったが、そもそもの戦士としての経験がアーミヤには存在しない。先読みや追い込み抜きのただの攻撃で命中する筈もない。

 

 理解したくはない事実だが、相手はこの厳重なバベルの警備を超えて侵入してきた相手なのだから。

 

 ただアーミヤの奇襲によって相手のフードがはがれ、それで相手の素顔が露出する。それだけで相手がサルカズであり、どこかで見たことのある顔―――あぁ、カズデルでテレシスに仕える聴罪師であったのを思い出す。あそこにいる手練れは何も”剣聖”ばかりではなかったという事なのだろう。心臓に空いた穴のまま、テレジアを隠すように倒れた状態で、血溜まりを生み出しながら暗殺者を見る。アーミヤからの攻撃を回避した先、

 

 その視線はアーミヤを見た。先にアーミヤを始末してから此方を確実な殺害確認するつもりなのだろう。

 

(おれ)から目を背けたな」

 

「なっ―――!?」

 

 今度こそ驚愕の声が漏れた。心臓と片肺を潰したサルカズが起き上がるのだから当然だろう。だが俺としてはこの程度で動ける事に違和感はない。そもそも隠密技術の為に生命力を極限まで削ってほぼ死体と同じ状態のまま活動するなんて事だってやっているのだから。それでさえ心臓の完全停止なんてやってないから、やっぱりこれは死んだとしか言えないが。流石に心臓と肺が潰れたら生物的に死んでおけって話だ。

 

 あぁ、人生最後の瞬間だというのによく戯言は脳内で回る。

 

 素早く腕を振るって軍刀で空間を薙ぐ。驚愕したとはいえ手練れ、即座に反応して斬撃を回避するも、その姿はバックステップで回避すると同時に僅かに揺らめく様に体を崩しかける。斬撃が狙ったのは致命傷ではなく、逃がさないために角へのヒットを求めた。故に斬撃は空振りながらも角を撫でた。それによって脳への衝撃が通り、相手の姿が崩れかける。

 

 そこに一気に接近し、軍刀を手放しながら前へと手を伸ばす。脳を揺らされながらも反応する暗殺者が軍刀を逆手に構えるとそれを首筋に突き刺してくる。それを無視して接近し、片手で首を掴みながらワイヤーを手首に巻きつける。締め付けながら首を絞め、残された命の火の全てを燃やしながらテレジアから距離を開けるように一気に押し込み、入口の壁に叩きつける。

 

「アーミヤ、テレジアを、頼んだ、ぞ」

 

「G、Grimさ―――」

 

 言葉が最後まで聞こえる前にざくり、ざくりと何度も突き立てられる刃を無視して掴んだ首を扉に叩きつける。一度、二度、三度、首に突き刺さる刃の感触を無視して何度も壁に叩きつけて限界を超えた命を燃やし尽くす力で扉を陥没させ、捻じ曲げ、そのまま吠えながら叩きつける。握りしめる首から罅の入る様な音がする。それは此方も一緒だが、締め付けたワイヤーが手首を切断する事で軍刀が首に突き刺さったまま追撃がなくなる。

 

 だがそれで力が衰える事なんてなく。

 

 扉を粉砕しながら廊下へと暗殺者の姿を叩き出し、首を握っていた手を顔面へと切り替え、その顔を何度も何度も廊下の壁へと叩きつけて、投げつけるように壁に放つ。壁に叩きつけられた姿が酸素を求めるように口を開き、俺の口から血反吐が吐しゃ物の様に溢れ出す。それでも壁に張り付く暗殺者の首を掴み、顔を一気に寄せる。

 

「祈れ。終わりを」

 

 姿を床に叩きつけて首に足を振り下ろす。ぐくり、と完全に命を絶つ音が足の裏から響き、完全な殺害を確認する。それが終わればいよいよ酸素が足りなくなる。頑丈に生んでくれた父と母に今日だけは感謝しなくてはならない。お陰で死んだ後でも十分に叩け、テレジアを守る事が出来た。ふ、と笑みを浮かべながら死体を放置して力を失くした両手をだらりと下げ、重い足取りで議長室へと戻る。

 

 そこでは泣きじゃくるアーミヤの頭上で輝く源石の王冠を幻視した。

 

 一瞬、一瞬だけそれが見えた。だが次の瞬間にはそれはなかった。何か、何かをしたというのは解った。だがもう脳が正常に働かない。死の淵を気力のみで耐えていたが、致命傷を受けている事実に変わりはない。アーミヤが無事な姿を確認し、片肺をやられているがまだ生きているテレジアの姿を見る―――致命的に見えるが、ケルシー達であればまだ治療可能な範囲だ。

 

 もはや鉛の様に重く感じる足を引きずるように前へ、出来るだけテレジアへと近づこうとして足を前に押し出して……前へと向かって崩れ落ちる。

 

「よか、った」

 

 前に倒れる姿が、倒れた状態のままのテレジアに抱き留められる。折角、綺麗な服を着ているのに俺の血で汚してしまっている。だというのにテレジアは涙でもっと、汚している。泣かせているのはきっと俺なんだろう。何を言っているのかは聞こえない。だけど悲しい事をさせてしまった、と思う。俺が始めた内戦なのだから、俺が最後まで決着をつけなくてはならなかったのに……でも、まあ、一度死んだ人間だ、また死ぬだけだ。

 

 怖いけど……満足、かな。

 

 抱きしめられて暖かい筈なのに、柔らかい彼女の感触をこの体で感じられるはずなのに―――意思に反して、体はどんどん冷えて行く。鼓動が波打つはずの場所を重ねているのに、俺の胸にそれはもうなくて、彼女の鼓動のリズムだけを全身で感じられる。それが心地よく、気持ちよく、視界が霞んで行く。体の先から感覚が消えて行く。もう、何も感じない。考えるのもおっくうになってきた。眠る前の凄く、意識のあいまいな感じ。あぁ、懐かしいな―――2回目だもんな。

 

 あぁ―――。

 

 そうだ―――。

 

 ―――シエスタ、楽しみにしてたんだけど行きそびれたなぁ。

 

 

 

 

 気づけば闇の中にいた。着慣れたバベルの戦闘服。バベルに来た時に支給された装備。それを着て闇の中にいた。

 

 だが足元を見てみればそこには美しいガラスタイルの絵図が広がっている。見覚えのないそのアートワークに一瞬目を奪われるも、それが何であるのかを即座に理解した。それは確かに見たことのない芸術品。だけど広がっている1つ1つの作品を繋ぎながら生み出されるのは人生というものの形だった。足元に広がっている色鮮やかな芸術品は、俺の人生だ。ガラスタイルという形で表現される俺の人生には大量の赤が溢れていた。

 

 戦火の赤。

 

 血の赤。

 

 罪の色。

 

「いっぱい殺したな―――ろくでもねぇ人生だったわ」

 

 は、と笑い声を零して立ち上がる。まるで罪を象徴するような美しさだと思った。邪悪なものほど美しく見え、そして正しい事程苦しくおぞましく見える事がある、そういう言葉をどこかで聞いた事がある。俺の人生はまさにそれだ。俺の新たな人生、サルカズの女としての人生はまさしく美しく、華やかな見た目とは裏腹に血と罪で彩られている地獄だった。一体どれだけの罪を犯してきた?

 どれだけの犠牲を強いてきた? どれだけの幸福を自分の為に消費してきたんだ?

 

 覚えてない。覚えていられない。たくさんたくさん悪いことをした。殺す事も奪う事も、誰かが飢えると解っていて飯を盗んだ時もあった。そうしなければあのカズデルのスラムでは生きて行く事さえもできなかった。だから足元に広がるアートワークが俺の罪の証だと言われると、苦笑しながら認めるしかなかった。

 

「親と変わんないロクでもない奴だったな、俺は」

 

 いっぱい殺していっぱい血を流した。それで正義の味方面なんて不可能だ。須らく行った事に対する報いを受けなくてはならない……だから、まあ、こんな結末は当然何だろうと俺は思う。振り返れば少しずつ、明るくなって行く道が見える。ガラスタイルが少しずつ照らされていく道が。だがきっと、俺にその道は相応しくはないだろう。だから光刺す道に背を向け、

 

 更に深い闇が待つ方へと視線を向けた。立ち上がり、そっちへと向かって歩き出す。

 

 まあ、なんだ―――良い人生だったとは思う。それなりに意味のある事は出来た。俺という存在がなにか、或いは誰かの世界に光を照らすことが出来たのであればこれ以上なく嬉しいと思う。出来たのだろうか? 俺に? それがちょっと不安だ。他のエリートオペレーターたちにも迷惑をかけちゃうし。

 

 後Wだ、Wの事。さよならも言えなかった。

 

「素直になれない可愛い子……W、本当は心の中は感情と情熱でぐちゃぐちゃなのに」

 

 良くそれを欠片も顔に出さず、猫の様にいると思う。だけどWはそういう所がかわいいんだよなぁ、というのが個人的な見解。もう少しい素直になれば彼女と寄り添える人がぐっと増える気がするんだけど……期待するだけ難しいかもしれない。結局のところ、Wが心を開いているのは俺とテレジアだけだった。そんな俺が今、死んだのだ。後はもうテレジアになるからちょっと不安かもしれない。このまま拗らせなければ良いんだけどなぁ、なんて思ったりもするけどちょっと難しそうかもしれない。

 

 彼女はバベルとは肌が合わないだろう。多分俺が死んだら出て行くだろう。俺だけが彼女の楔になっていた。カズデルの頃もそうだったし、今もそうだろう。いや、でも変わったかもしれない。かつてのWは糸の切れた凧だった。

 

 数多くのサルカズの様に。

 

 サルカズ達は揺蕩う種族だ。血と闘争に身を任せ、死を纏って流されて行く。テレジアが望んだのはそれを変える事だった。サルカズ達は自分で自分の道を選んで良いのだ。それをテレジアは伝えたかった。そしてWはきっと、俺とテレジアからそれを学んでくれた。彼女は賢い子だ。だからきっと、変わってくれる。変わっている筈。死と喪失を乗り越えて、それで変われる筈だろうと信じ居ている。

 

 だから、心残りは1つだけ。

 

「テレジア」

 

 ごめんなさい。

 

「テレジア」

 

 俺を許さないで欲しい。

 

「テレジア、テレジア」

 

 どうか、全てのサルカズよ俺を許さず憎んで欲しい。

 

「テレジア、テレジア、テレジアテレジアテレジア……」

 

 お前の為に人生を狂わせてしまった。お前の為に人生を狂わせてしまった。お前の為に多くの人生を狂わせてしまった。俺の人生は間違いなくお前という魔性の女と出会った事で壊れてしまったんだ。あの日、あの時、スラムでお前と出会った瞬間にきっと俺は、

 

 ―――君に、恋をしたんだ。

 

 結局、俺が一生をテレジアへと捧げて贈り物をし続けた事はそれが理由だったんだろう。報われようとは思わなかった。そして報われたいとは思わなかった。ただただ、あの時、スラムに無邪気に迷い込んだ君の姿が美しくて、愛らしくて、だけど今にも消えてしまいそうな幻想の様で……そんな君に俺は恋をしたんだ。あぁ、そうだ、ずっと君のこと好きだったんだろう。それに狂わされてきたんだ。だけど……だけどこれで良かったのかもしれない。

 

「そそのかしたのは俺だった」

 

 だけど。だけどな?

 

「己の意思を持って、自分で道を選んで戦う事を決意したお前は綺麗だったよ」

 

 何よりも輝いて見えた。ただずっと心配だった。潰れてしまわないか。俺が余計な事をしてしまっただけに。だけどきっと、大丈夫だろう。俺がいなくても大丈夫だろう。だから眠ろう、消えよう。解る。この先にあるのは完全なる死だ。永劫の先。死という完全なる終焉。これがこの闇の奥にある。

 

 そこから俺を招くような声はない。魅力の様なものも存在しない。死の先は確かにあったんだ……だけどその底にあるのは静けさと永劫の終わり。ただ終わりを迎えるべくして人生を終えた者達が眠り続けるだけの場所。

 

 だから他のサルカズ達の様に終わらせよう。

 

 そう思ったのに。

 

「”あなた”」

 

 呼ばれた。振り返ればテレジアが直ぐそこにいる。手を伸ばせば届く距離に彼女がいた。何時も通りの美しいドレス姿の彼女を見て、つい表情を崩してしまう。

 

「テレジア、ダメだよ。俺は」

 

 俺は、終わったのだ。死という運命を受け入れた。だからこのまま沈むのだ。死の深淵へと向かって。だというのに、テレジアは此方へと向かって手を真っすぐと伸ばしてきた。

 

「駄目です」

 

「どうして」

 

 その言葉にテレジアが微笑んだ。

 

「まだ―――シエスタに連れて行ってもらえてませんから」

 

 テレジアのその言葉にぽかん、とあっけにとられてしまう。だけど生きて欲しいとか、やる事があるとか、そういうありふれた言葉じゃなくて……もっと古い、どうでも良い約束を持ち出してくる辺りが実に彼女らしくて、思わず本物の様だと思ってしまって、敗北を認めてしまう。テレジアが伸ばしてくる手を、迷わず握ってしまう。

 

「ほんとしょうがないなぁ……」

 

「ふふ、ごめんなさい」

 

 そして、

 

「ありがとう―――大好きでしたよ」

 

 

 

 

 目が開くと同時に感じる事は眩しいという事。そして全身が死ぬほどだるくて重く感じる事実だった。だがそうやって目を開けてみれば、直ぐ横で座っていた姿が目を大きくして驚いていた。その疲れ切って憔悴したような姿からは普段見る様な余裕や強気な態度が一切見えなかった。

 

「Grim? 起きたのか……?」

 

 そう言って脈拍や瞳孔を素早く確認するのはケルシーの姿だった。そのよれよれっぷりからはどれだけ頑張ったのかが伺える。

 

「俺以外だったら誰ってんだ……けほっ、けほっ」

 

 ケルシーの安堵するような表情に目を閉じる。どれぐらい眠っていたのかは解らないが、あまりの眩しさにちょっと直ぐに目を開く事は出来なかった。頭が回らない。直前まで肌で感じていた濃密すぎる死のイメージが体から剥がれない。あの深淵に片足突っ込んでた状態から戻ってきた弊害だろうか、今でもあの闇の中へと沈めそうな気がする。

 

「あぁ、喋るな、動くな。辛い様ならもう一度眠れ」

 

「そうさせて貰うわ」

 

「あぁ、それが良い……おやすみ、Grim」

 

 ケルシーの顔を見てもう一度目を閉じ、眠りに落ちる。

 

 それからどれぐらい時間が経過したか解らないが、再び目を覚ます。今度はケルシーの代わりにワルファリンの姿がベッドの横にあった。

 

「おぉ、起きたか。意識の混濁は?」

 

「肉が食べたい」

 

「大丈夫そうだな。ただ肉はダメだ。バレたら妾が怒られる」

 

「流した分の血を補充してぇ」

 

「輸血したからそれで我慢せい」

 

 ワルファリンの態度から俺の容体が峠を越えて安定したのは解った。全身が重くて動かしづらい事実に変わりはなく、相当リハビリを積む必要がありそうだなぁ、と思う程度には頭は回り始めている。ただ解からないのは状況だ。あの後、暗殺者をブチ殺した後テレジアがどうなったのかを知らなくちゃならない……まあ、テレジアがやられたのは肺だけだ。あの程度だったら元来の頑丈さと生命力、後はバベルの医療技術でどうにかなる範囲だろう。

 

「というか良く俺の治療が間に合ったな。完全に彼岸に渡る所だったんだけど。心臓移植でもした?」

 

「同胞の血が流れておる事に感謝しておくんだぞ? ブラッドブルードの血を継いでなかったら確実に間に合わなかったからな」

 

「頑丈なウェンディゴの血と、死に辛いブラッドブルードの血……まさかこんな所で役立つ日が来るとは思いもしなかったわ」

 

「世の中何が功を奏したか解らないものだ……脈拍も安定してる。キッチンに何か食べ物を持ってこさせよう。リクエストはあるか?」

 

「肉」

 

「粥か、まあ待っとれ」

 

「肉ぅ……」

 

 病室を去って行くワルファリンの背中姿を名残惜し気に肉コールしながら見送るが、しばらくは肉を食べさせてはもらえないだろうなぁ、と思う。まあ、でも炎国式の粥に揚げ物とか入れるの俺は結構好きだしー? あ、でもやっぱ揚げ物って禁止されそうだなこの状態。Scoutに頼んだらこっそり肉持ってきてくれないかな。無理だろうなぁ。まあ、なんだ。

 

 果たすべき約束もあるし、そう簡単には死ねないという話だった。

 

「ふぅー……心臓移植とか未知の領域だっただろうしケルシーとワルファリンには感謝してもしきれないな……」

 

 周り始めた脳で漸くまともに状況を捉えられる。俺なんて心臓と肺が完全に両断されて使い物にならない状態だったんだ。ワルファリンの様な純血で不老不死のブラッドブルードとは違う、混血だからそんな特殊特性はない。それが心臓潰されたらもう死が確定するという領域だ。本当に生きていることがミラクル以外の何物でもないだろう。

 

 それでも心臓の移植には代替となる心臓が必要だ。それをどこで調達してきたか、というのが非常に気になる話だ。臓器移植の話で思い出すのは最近保護されたRosmontisの事だが、バベルではその手の技術には疎い上に地球みたいなドナー制度がない。だから心臓を調達するとなると滅茶苦茶大変なはずだ。それをどこで調達してきたのか……というのが一番の謎だ。

 

 まあ、でもカズデルに死体なんて腐る程あるし、ワルファリンも謎の繋がりがあるって話だし。そこら辺から調達してきたのかも?

 

「ふぅー……テレジアは大丈夫かなぁ」

 

 死の淵から彼女によって引き上げられてしまった。もう少しで楽になる所だった。そう思いながら自分が寝ている病室の外、廊下側の壁に張られたガラスへと視線を向ける。そこにはテレジアの姿が見えた。

 

「テレジア、無事だったのか……無事だよな、あの時ずらして致命傷回避できたし……あぁ、良かった……」

 

 アレは会心の対応だったと思うぞ。同じことをもう一度やってくれと頼まれても二度と出来ないレベルで上手くやれたと思う。いや、心臓がぐちゃぐちゃにされるとかもう二度と経験したい事ではないのだが。まあ、それもテレジアの無事な姿が見れたのなら良い。ガラスの向こう側に居るテレジアは傷が見えない姿を見せていて、あの議長室での惨劇が嘘のようだった。流石ロイヤルブラッド、肺を潰しても治療さえ受ければすぐに回復するのは完全に人類卒業してると思う。

 

 あぁ、だけど良かった、生きていて。

 

 この胸の中にある感情を言葉にする事は許されないけど。それでもせめて、この身が役立ったのならそれで良いんだ。

 

 はぁ、と溜息を吐きながらベッドに倒れ込んでいれば、ガラスの向こう側、廊下をケルシーが歩いてくるのが見えた。前起きた時とは違い、ちゃんと休みを取ったのかよれよれだった姿はいつも通りのぴしっとした姿に戻っている。服装の乱れはそのまま、心と体の乱れを証明するものでもある。それが整えられているという事は少しは余裕を見つけたという事でもあるのだろう。

 

 ……良かった。

 

「起きたかGrim、気分の方はどうだ」

 

「腹減ったわ」

 

「ふぅ……そんな事が言えるようなら元気なようだな。意識の混濁やだるさは?」

 

「あー、漸く頭が回ってきた感じ? 思ってたよりも意識ははっきりしてる。ただやっぱ体全体が重くて動かしづらさは感じるな。俺、どれぐらい眠ってたんだ?」

 

「半月」

 

「半月もかぁ……」

 

 そりゃあ筋力も衰えるか、とケルシーの言葉に納得する。そんな長く眠った経験は初めてだがそうか、失血と心臓と肺でそこまで長く眠っていたのか。これで脳にダメージがなかったのが奇跡と言える領域なのだろう。ふぅ、と息を吐いてベッドに倒れたまま、ケルシーに軽く頷く形で頭を下げた。

 

「助けられたわ、本当にありがとう」

 

「気にするな……とは言うだけ無駄か。私も医者だ。命を救う事には全力を尽くすのが私の役割であり、役目だ。目の前に救える命を放りだす様な事は私のプライドと誇りに賭けて絶対に許さない……それだけの話だ」

 

「ケルシー、態度で誤解されるけど物凄い善人だよな」

 

 そう言って小さく笑うとケルシーが心外だと言わんばかりに顔を顰める。そんな風にケルシーは嫌がるかもしれないし、そう言う風にふるまうけどさ。俺はケルシーがわざと偽悪的にふるまっているというのは良く知っているんだぞ。誰かが怪我をしたら即座に駆け付け、治療し、そして絶対に治すという信念をケルシーからは感じているんだ。そういう所、純粋に尊敬している。

 

「やれやれ……ワルファリンが今食べられるものを持ってくる。医者としてしばらくの間は肉の類は許可できないのは理解しておけ。後傷口が開くかもしれないから面会も禁止だ」

 

「傷口なぁ……」

 

 自分の体を覆っているシーツを軽く持ち上げる。ベッドの中に納まっているのは包帯に巻かれた裸体の自分の姿だ。包帯によって胸部は隠されているものの、そこには傷口が残っているようには見えない。綺麗に傷跡まで消え去っている事に生命の神秘を感じる。だが胸部とは違い、首の方には傷跡が残されている。こっちは軍刀で滅多刺しにされた影響もあるのかもしれない。

 

 逆に言えばそれだけ綺麗に胸の方はぶった切られていたという事だ。あのサルカズ、やっぱ相当な手練れだったんだな。あそこで相打ち覚悟で殺しに行って正解だった。手段は解らないがマジでバベルにまで侵入してこれるレベルの手練れ、それも暗殺を遠さに通せる強さの持ち主を生かしておくと後々バベルの他の人間を殺されていたかもしれない。ただでさえ人材不足なのに、これ以上減らされるのは本当に困る。

 

「ふぅ……少し疲れたかも」

 

「あぁ、しばらくは休んでろ。今までが激務続きだったからな。しばらくは休んでいても誰も文句は言わないだろう」

 

 ケルシーの言葉にそうするよ、と小さく笑いながら頷き、軽く機器の確認を行ったケルシーが去ろうとする。それに合わせてあ、と声を上げる。

 

「ケルシー」

 

「どうしたGrim」

 

「ありがとう」

 

 去ろうとするケルシーに感謝の言葉を告げると、ケルシーが立ち止まりながら気にするなと言葉を返してくる。

 

「さっきも言ったが私は医者だ。治療するのは当然の事だ」

 

「いや、俺の事じゃなくてさ」

 

 苦笑しながら続ける。さっきまでは廊下にいたんだが、もうそこに彼女の姿はない。ケルシーが来るのを見て逃げ出してしまったのだろう。なんだかんだで面会禁止状態だったし。状態を考えれば当たり前なんだろうが。

 

「テレジアの方も治してくれただろう?」

 

 その言葉にケルシーは出口へと向けていた足を止め、此方へと振り返る。

 

「面会禁止なのにさっきそこまで居たんだよ。もうちょっとセキュリティ見直したほうがいいんじゃねぇのか?」

 

 廊下へと視線を送り、それからケルシーは視線を此方へと戻した。近づいてくるとベッドサイドのスツールに座り込んだ。ケルシーは困ったような、どうすれば良いか解らない様な、そんな表情を浮かべてから顔を手で隠した。

 

「……なんだ、そのリアクション。何か俺が寝ている間にやらかしたか?」

 

「いや、違う……違うんだ、Grim」

 

 ケルシーの尋常じゃない様子に心臓がその存在を主張する様に胸を打った。ケルシーは言葉を見失ったような様子を見せ、その姿に嫌な予感を感じていた。いや、或いは既に理解していたのかもしれない。視線をケルシーから外し、再び廊下と病室を隔てるガラスを見る。

 

 ガラスの世界に俺の姿は反射されず、映されていなかった。

 

 その代わりに、俺があるべき場所にはテレジアの姿が見えた。

 

「Grim、本当ならもっと後に伝えるつもりだった」

 

 あぁ、なんだ。

 

「伝えるべきかどうか、悩んだ」

 

 そうか。

 

「お前を生かしている心臓は、テレジアのものだ」

 

 それは、なんだ、つまりは、

 

「テレジアは……テレジアは亡くなった」

 

 俺の為に死んだのか。

 

 この心を残して。

 

 俺をぐちゃぐちゃに壊して。

 

 俺を生かす為に。

 

 どう、して。

 

 ―――テレジア。




斬首行動
 テレジア暗殺に関してなぜ、どうしてという疑問は尽きないけど幾つかの考察は存在する。その上で一番有力なのはドクターとテレジアの共謀であり、最初からテレジアの暗殺はテレジア本人によって仕組まれていたという説。カズデルの内戦を自分の死で終わらせる為、という説。またはそもそもテレジアの鉱石病が末期で先が長くない事を察して自分の死を利用したという説。どちらにしろテレジアの暗殺は不明な点が多い。

 この時疑われたドクターをケルシーは庇い、同時にドクターを疑ってもいた。その態度が本編でのドクターに対するケルシーの態度に繋がるんだろうけど、ケルシーの内心凄まじいレベルでぐちゃぐちゃなんだろうなぁ……。


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テレジア

 退院した。

 

 病室に拘束されている間にカズデルの内戦は終息していた。その一因には俺がテレジアの幻覚を見る様になったという事実が起因する。そもそもテレジアは感染者で、俺は非感染者だ。Rosmontisという例が既にあるが、非感染者に対する感染者の臓器移植という技術は非常に不安定であり、未知の領域でもあった。その結果Rosmontisが特異なアーツに目覚めたのは既に理解されている話だし、俺も感染している臓器を移植された事で特異な感染者となった。その影響で発芽したのがこの異常だったのだろう。その検査と安全確認の為に治療が終わってからもしばらくは病室に囚われていた。だが悲しい事にバベルに人材を遊ばせている余裕なんてない。一通りデータ収集とテストを終わらせたら病室を開ける為にも漸く解放された。

 

 そうして帰ってきた自分の部屋にはもう、誰もいなかった。

 

 テレジアの死体は焼却された。そうしなければ源石となって拡散するから。このロドス・アイランドには超高熱で遺体を一瞬で焼き尽くす為の装置がある―――それが感染者の今の末路。新たな感染者を生み出さないための墓所。だからテレジアはもう人のベッドを占拠するような事はしないだろう。

 

 そしてWもバベルを去った。俺が意識不明の間の出来事だった。引っ提げられるだけの武装を抱えた彼女は僅かな連絡先だけをバベルに残し、定期的な連絡を入れるのみでカズデルへと向かった。カズデルの状況の変化、そしてテレシスの完全支配。そこから始まるテレシスの干渉に関する報告はWが行っている。そのおかげでバベルは現状、カズデルに人員を送り込む事もなく済んでいる。彼女が自分の意思でバベルへと戻ってくるかどうかは……今の所、不明だった。

 

 だからこの部屋に残されたのは俺1人だけだった。3人で狭い部屋をシェアリングする必要はない。皆、個室を使えるというのにここに集まって一緒に転がって眠っていたのに……身を寄せ合って一緒に眠る様な暖かさを感じる事はもうないのかもしれない。テレジアの死によって何もかもが変わってしまったような、そんな気がしていた。いや、実際は何も変わっていないのだろう。バベルはこれまでと何の変りもなく動き続けている。それはつまり、テレジアが生み出した思想が、願いが、人々に行き渡っているという事なのだ。もはや指導者がいなくてもバベルでは理想を自分の為に追求する人たちで溢れている。

 

 それはまさしく、テレジアが望んだ事なのだろう。

 

 望んだ事なのだろう、が。

 

「俺を、置いていくなよ……」

 

 部屋に飾られている鏡を見た。そこに反射して映るのは俺の姿―――ではなく、俺と同じ格好をしたテレジアの姿だった。彼女は俺と同じ服装、髪型、恰好はしているけどその体も顔も全部、最後に見た感染者としての彼女の姿だった。体表を這う鉱石の姿もそのまま。それが俺が着ているインナーを突き破る様に姿を見せている。だけど違うのは表情も、動きもだ。申し訳なさそうな表情を浮かべている。悲しそうな表情を浮かべている。

 

 結局、俺の脳がおかしくなってしまったのか、それとも感染して何かが変異したのか、その答えは出ていない。或いは俺の心が見せた何らかの幻影なのかもしれない。

 

 だがそれをLogosとTouchは否定していた。

 

 心臓、それもサルカズの女王の心臓を身に受け入れたのだ。通常の生物であればこんな事は不可能だ。死の間際にテレジアが何らかの特殊なアーツを使用する事でこの移植は成立したのだと神秘を担当する二人のエリートオペレーターは解釈していた。俺がテレジアを見るのも、きっとこの心臓を由来した先天性か変異性のアーツによるものだという事を。この心臓こそがアーツユニットとなって何かを起こしているのだ、と。

 

 俺にはもう、LogosとTouchが正しいのかどうかなんて良く解らなかった。これが本物であれ、偽物であれ、俺の心の内は絶望と希望が織り交ぜられてぐちゃぐちゃになっていた。それでも自暴自棄にならなかったのは俺が単純にこの世を理解しすぎていたからかもしれない。或いは、俺が死という概念に触れて近づきすぎたからかもしれない。生きながら死んでいる、そんな感覚が自分の中にはあった。だが生き残ってしまった。心臓は今でも命を伝える様に熱を全身に送り込んでいる。それが己の命の暖かさだった。

 

「ふぅ……寂しいなぁ」

 

 鏡から視線を外し、ごろりとベッドの上へと転がる。3人で眠る為に用意したベッドはこうなってしまうと大きすぎた。1人で手を広げて転がってもまだまだスペースが余る。それが余計自分の心に寂しさを感じさせた。今まで誰かを、何かを恋しいと感じた事はなかった。だが今は無性に人肌が恋しく感じられた。Wは……Wはもう戻ってきてくれないのだろうか?

 

「寂しいなぁ……」

 

 呟き、視線をベッドからテーブルの上へと移した。そこに残されていたのはオブシディアン・フェスティバルのパンフレットだった。

 

「……」

 

 転がっていたベッドから起き上がり、テーブルの上に置いてあるパンフレットを手に取る。これはずっと前に、部屋の家具をクロージャに注文した時にオマケで貰ったものだ。シエスタで毎年開催している音楽の祭典。そのパンフレットには出場アーティストや曲、出身や経歴が書いてあった。これを眺めているだけでも楽しかった。3人で、並んでパンフレットを覗き込みながらこのお店に行きたい、この曲を生で聞きたい。そんなとりとめのない未来の話をしながら毎日を過ごしていた。

 

 たまには部屋に置いてあるアコースティックのギターを手に取って、演奏する事もあった。これがまたバベルの仲間にも結構人気があって、時折食堂で披露してくれと頼まれた事もある。そこにはドクターを連れてくるアーミヤの姿もあって、人混みから外れた場所で腕を組んでオーディエンスに徹してたりもした。思えばあのドクターだって完全に冷血だったわけじゃないんだ。カズデルという戦場がドクターから心の熱を奪っていったんだ。だけど奥底ではまだ、人らしさを残していた。だからこそアーミヤが傍に居られたんだろう。

 

 パンフレットを持ち上げると、そこから紙片が落ちてきた。

 

「なんだ、これ」

 

 入れた覚えのない紙片。それを持ち上げて確認してみればテレジアの筆跡で書いてあった。

 

 ―――ごめんなさい。

 

 ただ一言。それだけ。それだけが書かれていた。たったそれだけで全てを理解してしまった。この暗殺は全てテレジアが仕込んだであろう事実を。疑いようもなかった。この文字は、この書き方には、彼女の心の現れ方の全てが描かれていた。この一言だけで全てを理解できてしまう。少なくともそれだけ俺達は一緒だった。彼女もそれだけ俺を理解しているし、俺もそれだけ彼女を理解できた。だからその小さな紙片を手に握り、ぽろぽろと涙が流れ出す。

 

「馬鹿だなぁ、恨んじゃいないよ……馬鹿だなぁ……」

 

 これを書いた時は凄い迷ったんだろう。凄く怖かったんだろう。普段は綺麗に文字を書くのに、この言葉だけは文字が所々、揺れる様に汚さを感じた。彼女の心を表す様に書かれた短い文字に耐えきれずに涙がこぼれ続ける。声を出して泣くような事はみっともなくてできない。だって解るんだ、あの子は託して逝ったんだ。そして今も、この心臓と共にここにある。だったら恥ずかしい姿を見せる事なんてできないだろう。

 

「何がごめんなさいだ……俺とお前の仲だろ……」

 

 涙が止まらない。それを止めようと袖で拭っても止まらない。だけど声だけが出るのを我慢するように必死に堪えて、涙を流す。思えば涙を流すなんて、初めての事だったかもしれない。俺にも人らしい心がまだあった。そうだ、俺はこの地で生きるサルカズの一人なんだと再確認できた。

 

 生きている、生き残ってしまって託されてしまった。

 

「ならやるさ」

 

 俺が、俺の見たい未来の為に。

 

 この大地から病を根絶する。その覚悟は誰かの物ではない。俺自身のものだ。だから俺が足を止める事はない。その意思を再確認したところで、とんとん、と控えめに扉を叩く音がした。誰だろうか、と一瞬首を傾げるが気持ちを切り替える為に目元を拭う。

 

「はいはい、退院したばかりのGrimさんだよ。誰かな」

 

「あの、私です」

 

 聞き覚えのある幼い声は、アーミヤのものだった。彼女が態々訪ねてくる事実に驚きつつも、パンフレットをテーブルの上に戻してから扉を開けに行く。涙の後は残っているかもしれないが、少なくともこれで涙は隠す事が出来た。だから扉を開けた先にアーミヤの姿を、笑みで迎えた。その両手は小さな体で何とか抱えている細長い包みの姿があった。

 

「アレ? もしかしてケルシーから今日退院だって聞いてた? 悪いなぁ、態々挨拶に来させちゃって」

 

「あぁ、いえ、その、わ、私もGrimさんには絶対に言わなくちゃいけない事があるのでっ!」

 

 頭をわしゃわしゃと撫でる。その頭の上に輝くサルカズの王冠を幻視する。やっぱりテレジアは死ぬ前に、心臓を俺へと渡す前にアーミヤへと自分の力を継承している。或いはこれは妙手なのかもしれない。テレシスからすれば邪魔なテレジアが消えただけではなく、一番恐ろしいサルカズの王冠さえも消えたように見えるだろう。理想はその確保だろうが、確保できないのであれば排除がベストだ。だが排除したはずの力と権利はこうやって、才ある他種族の娘へと継承された……これをテレシスは読む事も理解する事も出来ないだろう。

 

 初めてテレシスの前にこの力を晒す瞬間が最大の奇襲になる。

 

 ……まあ、その力をどうするかはこの少女次第だ。願わくば血塗られた道を選ばない事だ。

 

「あの! Grimさん!」

 

「あぁ、なんだアーミヤ」

 

 視線を合わせる為に片膝を突けば、アーミヤが勢いよく頭を下げてきた。

 

「ありがとうございました! あの時、あの時もしもGrimさんがいなければきっと、テレジアさんも私も死んでいました……何も出来ず、何も残せず終わっていたんだと思います。だからありがとうございます……そして何も出来なくてごめんなさい」

 

 それでいいんだ。

 

「子供は守られているもんなんだ。俺のモラトリアムは終わったんだ。殺しもすれば殺されもする。それは生きるって選択肢を選んだうえでは当然のリスクなんだ」

 

 そう、俺はたくさん殺してきた。殺しやすい様に業を磨いた。その効率化させた殺戮技巧はドクターの指揮と相性が良すぎた。だから殺した分だけ、殺される覚悟はできていた。

 

「あの時俺が殺されても動けたのは単純に殺される覚悟を日常的に備えていたからなんだ。そしてそれを決してありがたいと思っちゃ駄目だ」

 

「どう、してですか……?」

 

「こんなの、普通ではないし、普通であるべき事じゃないんだ」

 

 殺し殺される覚悟を抱くのが普通となる日常があって良い筈がない。だから可能なら俺の様な覚悟を抱いて欲しくはないんだ。だけどきっと無理だろう。その頭上の冠がきっとこの子を戦場へといざなうだろう。サルカズの王族たちの意思と、そして残されてしまったテレジアの夢をこの子は敏感に感じ取ってしまうから。それを封じるための指輪は既にアーミヤの手の中にあった―――テレジアがしていた物と、同一のものだ。

 

「俺も、あまり良い人でいられた覚えはないから。だからアーミヤ、君は……いや、これは俺の言うべき事じゃないな。ごめんごめん、ちょっとセンチメンタルになってて俺らしくもない言葉ばかりだったな」

 

 小さく笑いながらアーミヤの頭をもう一度撫でて立ち上がろうとすると、

 

「ま、待ってください」

 

 アーミヤの声が引き留めた。その手の中にあった包みを此方へと向けて持ち上げていた。

 

「これを、受け取ってください」

 

 差し出す様にアーミヤの手からそれを受け取り、まだ包みの中にあるそれを感触だけでなんであるかを理解する。そっと、持ち上げながらアーミヤから離れて包みを取って中身を確認する。

 

 その中にあるのは1本の軍刀だ。

 

 柄から刀身までの全てが黒く染まった、源石によって生み出されたサルカズの軍刀。だがその中でも特に特別を極めるテレジアの軍刀だった。テレジアが帯刀していた唯一の武器であったものであり……サルカズの文化に従って彼女が保有しているものだった。それをなぜか、アーミヤが持っていた。

 

「その、テレジアさんは……Grimさんにそれを受け取って欲しかったみたいなんです」

 

「それは……」

 

「名前を持たないのは、寂しいから。きっと呼ばれる為の名前じゃなくて……本当の名前を持てば、家族の様な暖かさを持てる筈だから、って」

 

「―――」

 

 果たして、本当に縛ろうとしていたのはどっちなのか。俺が恋という名の鎖で彼女を縛ろうとしていたのか。それとも先に彼女が俺を縛ろうとしていたのか。その答えは今となってはもう出てこないのだろう。だが刃に反射するテレジアの表情は少し恥ずかしそうに笑みを浮かべていた。だから、まぁ、俺も、お前も結局は同じ気持ちで同じ事を考えていたのかもしれない。だがそれを口にする事もなく俺達は終わってしまった。

 

 だが何もかも終わった訳でもなかった。

 

「サルカズには、文化がある」

 

「はい」

 

「戦没者の遺品を手にする事、それはその人の名を継ぐ事でもあるんだ」

 

「なら、Grimさんは」

 

 あぁ、恐れ多くもあるかもしれない。だけどそれ以上にこの身を満たす高揚感は別のものだろうと思う。彼女の名前―――俺の、名前。重く感じるか? いや、そんな事はないだろう。結局最後まで彼女は自分の立場に縛られる事なく自由にやり切ったのだから。そう、最初から最後まで彼女は籠の鳥の様に見えてずっと自由だった。

 

 たぶん、この大地の誰よりも。

 

 刃を引き抜いて軽く回してから逆手握り、良し、と声に出す。

 

「こうしちゃあいられねぇな。作業室に行くか!」

 

「はい?」

 

 ぽかーんとするアーミヤを笑いながら置いて歩き出すと、アーミヤが小走りで追いかけてくる。可愛らしい姿にドクターの事は良いのかと思ったが―――そう言えばこの数日、ドクターもドクターで中々厳しい状況にある事を思い出す。ミッション的には次はウルサスへと向かう予定だったか? まあ、なんにせよその前にやるべき事がある。

 

「あ、あの! Grimさん! あ、いえ、テレジアさん! どうしたんですか?」

 

「やる事がある」

 

 アーミヤの首を傾げる姿が可愛らしく、面白いのでその姿を片腕で持ち上げ、抱き上げる。片腕に収まるアーミヤは腕を首に回して運ばれる。だから疑問の答えを教えるかのようにアーミヤを連れて作業室へとたどり着く。

 

 そこには予想通りWhitesmithやMechanistの姿があり、退院した此方の姿を見て驚いたような表情を見せる。だがその前に作業台の上にテレジアの軍刀を突き刺した。

 

「こいつを俺用に再加工を頼むわ。ぶっちゃけ軍刀じゃ使いにくいから槍か斧辺りにしたいんだけど」

 

 突然の登場からの要求に面を喰らった様子を見せてから、質問する事もなくWhitesmithは苦笑した。

 

「それ、殿下のでしょ。良いの?」

 

「もう俺のもんだ。そして永劫不変のものはないんだWhitesmith」

 

 世の中は変わり続ける。永遠に見えたテレジアとの日常だってこんな簡単に壊れてしまった。だけど変わらないものだってある。目に見えるものだけが全てじゃないし、サルカズはいい加減その悪習を変えるべきなんだ。だったらまず変えるべきなのは自分から。Wが服装を変えて心機一転したように俺もまた、これからを見据えて引きずるだけじゃなくて前に進まなくちゃならないんだ。

 

 テレジアの事を忘れるなんて絶対にできないけど。

 

 それでも形を変えて、俺は俺の願いの為に前に進んで行く。

 

 WhitesmithとMechanistに再加工を頼むのはそれが理由だ。俺の決意の証明とも言えるかもしれない。ワルファリン辺りは発狂しそうなもんだけど……まあ、そこはそこだ。甘んじて怒られるとしよう。

 

 何せよ、バベルはこれで変わるだろう。

 

 バベルからロドスへ。バベルのエリートオペレーターからロドスのエリートオペレーターへ。テレジアが死に、ドクターは治療が必要。人材は不足していて、テレシスにはカズデルを取られた。状況は最悪に近い状況だった。だけど不思議と弱気になる気がしなかった。或いは今も磨かれた鋼材に映る彼女の姿が俺に勇気を分けてくれているのかもしれない。

 

 だけど解るのは、俺達に負ける気なんてないって事だった。

 

 Whitesmithはしょうがないという顔をしているし、Mechanistは楽しそうに素材の選定に入っているし、やっている事を聞きつけてクロージャやLogosだって飛び込んでくるだろう。そう、誰の心もまだ死んではいない。

 

 なら戦える。まだ進める。俺達はまだ始まったばかりでしかないのだ。

 

 黒夜から白日へと向かう俺達の歩みは、まだ。




激重感情両片思い心臓移植死別百合
 今回のジャンル。

呪い
 にはならなかった。Grimが精神的に成熟してた。呪われるにはお互いを知りすぎてた。呪うにはお互いを尊重し合っていた。全てを背負うには皆を良く知っていた。だから決して呪いにはならなかった。

シエスタ
 本編のイベントで、未来で滅ぶ事が約束されたリゾート地。泣け。アイツを絶対に許すな。セイロンとシュヴァルツを見れば解るが百合の聖地になっている。

ケルシー
 今回の件で一番痩せた。

ワルファリン
 二番目に痩せた。

ドクター
 時期的にそろそろ石棺に出荷したい頃。

Grim/テレジア
 スラム生まれの雑種サルカズ/王宮生まれの純血サルカズ。コインの裏と表。祝福されない者と祝福された者。自由な者と自由ではなかった者。

W
 このお話は彼女の始点から語られる事で本当に終わる。

 これにて完結。


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プロフィール

基礎情報

【コードネーム】Grim

【性別】女

【戦闘経験】凡そ20年

【出身地】カズデル

【誕生日】8月32日

【種族】サルカズ

【身長】168㎝

【鉱石病感染状況】

 メディカルチェックの結果、未感染者に認定。

 

能力測定

【物理強度】優秀

【戦場機動】測定不可

【生理的耐性】優秀

【戦術立案】優秀

【戦闘技術】優秀

【アーツ適正】優秀

 

個人履歴

 ロドスの古参エリートオペレーター。奇襲、暗殺、護衛、斬首作戦等の任務において高度な戦闘技術を証明し、特殊作戦における重要戦力として自身の隊を率い運用する。平時はアーミヤの護衛として基本的には活動し、龍門斬首行動にてアーミヤの指揮下に入る。

 

健康診断

 造影検査の結果、臓器の輪郭は明瞭で異常陰影も認められない。循環器系源石顆粒検査の結果においても、同じく鉱石病の兆候が認められない。以上の結果から、鉱石病未感染者と判定。

 

【源石融合率】0%

 鉱石病の兆候は見られない。

 

【血中源石密度】0.16u/L

 源石製品の接触やアーツの使用、重度汚染地域における任務の影響で血中源石密度の上昇の恐れが見える。注意と警戒が必要とされる。

 

 Grimの身体検査の各項目は全てが正常レベルである。身体検査終了後、該当オペレーターの関連調査と個人資料は私が引き継ぐ。

 ―――ケルシー

 

第一資料

【Grim隊】

「フラシュッツとティファレトはやかましいし煩いけど頼りになるし腕も良い奴らだ。Tyrantはもうちょっと喋っても良いんじゃねぇかなぁ、って思うぐらいには何も喋らないけど存在感は抜群だし仕事はちゃんとやってくる。Jokerはいい加減に見えて連中の中じゃ一番仕事に対しては真面目で本気だ、言動はアレだけどな」

 

 特殊任務を進んで実行するGrimはロドスの方から個人で隊を保有する事を許可されており、自身の任務遂行のために隊を保有している。これがGrim隊であり、Grimが個人で勧誘して揃えたオペレーターたちによる部隊になる。Grim及びGrim隊は基本このチームで活動し、それぞれの役割を果たす事で円滑に任務を進めている。その任務の大半は現在のトップ、アーミヤを護衛する事に集中しており、それ以外の任務はロドスを狙う組織に対する牽制、攻撃、暗殺などを担当している。

 

「と言っても今はロドスの敵なんて1か所しかないけどな」

 

第二資料

【戦場機動】

 Grimの戦場機動はその独特の理論、技術、そしてアーツによる複合で構築されている。状況に合わせて隠密と移動手段を切り替える事で即座に相手に合わせた気配の遮断手段をピックし、相手から的確に認知できない手段を用意する事で確実に暗殺を通すという戦い方を取る。それを利用する為にGrimの戦場での動きは基本的に派手な物であり、場合によっては相手の肩や頭を足場にする事さえもある。だが不思議な事にGrimの隠密技術は触れたという事実さえ認知させない事にある。

 

 Grimの使用するこの隠密技術は純粋な視線誘導から始まるミスディレクションや、脳科学による認知や錯覚も盛り込んだかなり特殊なものであり、その最たる特徴はアーツを使用せずに完全に姿を消せるという事にある。その為、戦場に個人で紛れたGrimを見つけ出す事は不可能であるとさえ認識されている。この実証は実験として1日の間にロドス内全てのオペレーターにGrimを探して見つけてもらうというテストで行われており、ステルス兵を見つけ出す事の出来るスキルを持つオペレーターでさえGrimを発見する事は出来なかった。

 

 その特殊な技術は日常的に利用されており、アーミヤの護衛として抜擢されている事実にはこういう所がある。少なくとも護衛されているという風に認識される事をストレスに感じる彼女の為に、強い感応能力やアーツ探知にさえも引っかからずに、認知されずに横に立ち続ける事の出来るGrimはアーミヤの護衛としては理想的ともいえる存在になる。Grim自身戦場に出る事をそこまで好んでいる訳でもないので、良くアーミヤの横でからかって遊んでいる姿が見れたりする。

 

第三資料

【エリートオペレーター】

 Grimはロドスに所属するオペレーターの中でも古参に入る。エリートとして活躍する彼女の実力を目にする者は少なく、その活躍には中にも懐疑的な者もいる。だが古くから居る者こそが本当の理解者として彼女の活躍を知る。

 

「エリートオペレーターの審査基準は決して実力があるかどうかじゃない。そいつが魂をロドスの信念の為に燃やし尽くせるかどうかって所にある。強いだけじゃダメなんだよ。必要なのは強さでも賢さでも覚悟でもない、ヴィジョンだ。この世をどうしたい? この世界をどう変えたい?」

「結局のところ世の中はラブ&ピースから遠すぎる。やってこないのなら自分から迎えに行かなきゃならんのさ」

「エリートオペレーターってのは全員そういう連中だ。ロドスにとって心の底から信じられる者。そしてこの旗に殉じる事の出来る者達。その上で自分の知恵を、技術の全てを捧げられる者こそがエリートオペレーターを名乗れる」

 

第四資料

【近況活動記録】

3か月前 サルカズ傭兵隊カトラス暗殺

3か月前 カズデル偵察

3か月前 サルカズ傭兵隊強襲

2か月前 ■■■■暗殺

2か月前 クルビア■■■■暗殺

2か月前 ヴィクトリア偵察

1か月前 ウルサス偵察

2週間前 チェルノボーグ偵察

1週間前 チェルノボーグ現地待機

■■日前 タルラ暗殺・失敗

 

昇進記録

「はぁ―――い! 今からGrim姐さんの良い所100個言うぜ!? まず1、顔が良い! 2、匂いが良い! 3、顔が良い!」

「フライシュッツ煩い、死ね! 頼むから死んで! ね! 良いでしょ?」

「あぁ!? 俺が煩いってのかよ!? 煩かったわごめん!」

「御免で済めば貴方の葬式はいらないのよ? 解るかしら馬鹿?」

「あ、既に焼却室手配しやがったこいつ! おい、Tyrant! 助けてくれよ! 殺されるぜ俺!」

「……」

「あ、律儀に”……”ってログに残してる」

「何か言えば良いのに」

「その間に隊長の資料滅茶苦茶にしとこ」

「お前ら人の端末で何を遊んでるんだ……?」




フライシュッツ
 アークナイツ青年特有の馬鹿。サンクタ。

ティファレト
 有言実行罵倒術師。堕天サンクタ。

Tyrant
 無言系3メートル男。ヴィーヴル。

Joker
 見せかけ不良。サルカズ。


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EX-BD Renegade

 ―――カズデルで生きるのは難しい。

 

 特にアーツにも頼れない女が1人では。

 

 貴族の腐敗が激しいカズデルでは平民は傭兵となってカズデルを出るか、それとも貴族の餌になるしかない。目立つ産業も特産もなく、あるのは源石と鉱石病と、戦う為の力ばかり。サルカズが傭兵と戦いを生業として生きて行く事は何の不思議もない。だからサルカズは自然と戦う事を選ぶ。そして力のない奴はどうなる? 当然淘汰される。だから女や子供は基本、媚びる。力のある奴に。或いは受け入れてくれる奴に。

 

 そしてそれに失敗する様な奴はあっさりと捨てられる。

 

 あたしが媚びる? 他の男に? サルカズに?

 

 冗談じゃない。

 

 プライドなんてものは犬に食わせた方が遥かに有意義だろう。だけどそれが出来なかった。どうして、と言われると言葉に窮する。だけど事実としてあたしはそれが認められなかった。媚びたような声色、態度、仕草―――吐き気がする。そこまでして生き延びなければいけない程にこの世は素晴らしいのだろうか? そんな風には一度も思えなかった。少なくともカズデルのサルカズ達は決してそう思わないし、生きているのも戦っているのもただの流れで惰性だろう。

 

 だからあたしは抗って、極々当然の様にはじき出された。サルカズのコミュニティは決して繋がりが強い訳ではないが、それでも個人個人は強い。サルカズの多くは戦士で傭兵なのだから当然と言えば当然で、連中は殺す事に躊躇なんてしない。殺す時はサクッと痛みもなくあっさりと殺してくれるのだから。だからコミュニティに馴染もうともしないあたしが同じような結末を迎えるのは至極当然の帰結でもある。

 

 そしてそこであたしを拾ったのがあの女だった。

 

 ”姉さん”。

 

 彼女とテレジアを想う時は今でも心が掻き乱される。言葉にできない感情の奔流が胸の中を渦巻く。それだけあの二人が与えた影響と存在感は別格だった。あの灰と塵に埋もれたサルカズの都、カズデルの中で唯一輝いているのが彼女たちだけだと思えるぐらいには。鮮烈に燃えて、輝いて、そして気づいた時には消えて行く。心に傷跡だけを残して消えて行く事を躊躇しない彼女たちは。

 

 あたしを―――サルカズとしての在り方を、永遠に変えた。

 

 傷を癒す為の場所を求めて血溜まりの井戸に迷い込んだのは今世紀最大の不幸だったのかもしれない。実際の血は流れてないだろうし、血の跡なんかもなかった。だがそこには噎せ返る程の血の気配があった。何らかの怪物がここを根城にしている。その確信が踏み入った瞬間にあった。だけどもう、どこかに行くだけの体力も気力もなく、どうせなら天運をその怪物にでも投げ出してみれば良いと思った。

 

 そして、”姉さん”と出会った。

 

 名前のない怪物。

 

 名前を持たぬが故に無形。

 

 名前を持たぬが故に可能。

 

 存在を定義できないからこそ何にでも為るし成れる。その美しい女はそんな怪物だった。纏っている格好はぼろぼろで汚く、一目でスラム出身のサルカズだと解る。だけど身なりに反するように肌も、髪も、角も、そしてその目も……全てが芸術的な美しさを保っていた。いや、あえて言うならその纏っている襤褸のおかげで更にその輝きが目立っていた。それこそ貴族共が見れば”宝石”として飾りたがる程度には。それだけ美しい見た目に反してその女から感じたのは血の匂いを抑え込んだものだった。それは彼女がこの廃屋の主であり、天運にも見放されたのだと理解するのには十分すぎるものだった。

 

 何にもなれず、何も得ず死んでゆく―――サルカズとしてはごく普通の事だった。

 

『こんばんはサルカズ。そこ、俺のベッドなんだけど』

 

『大丈夫か? 傷を見せてみろ。治療系のアーツは使えないから包帯を巻く程度の事しかできないけどな』

 

 訳が分からなかった。だけど治療された時にはこの怪物が本当にこっちを食うつもりはないんだと理解した。廃屋の中で美貌の怪物と出会うなんて、一体何の冗談かと思った。それとももしかしてソッチ趣味だったのか? そんな事を考えながらも女は、怪物は、しっかりとあたしを治療した。治療してちゃんと服を与えた。アレがあたしを食わずに放置するのを見るのは、心臓に悪かった。何を求めるのか。何がしたいのか。それが全く理解できなかった。

 

 このカズデルは魔都だ。無償の奉仕なんてしたがる奴は存在しない。死にかけの老婆がいればみぐるみを剥いで放置する。本当の意味で生きているサルカズなんて早々にカズデルに見切りをつけて出て行った奴らだけだ。ここに残っているような奴でそんなまともな考えを持っている奴なんていない。だというのにこの女はあたしを助けた。それがただただ良く解らなかった。だけど数奇なもので、”姉さん”との生活は続く。

 

 甲斐甲斐しくとはいかないも、不快感のない程度には面倒を見てくれる彼女の廃屋に住み着くのは傷を癒す都合上、勝手の良い事だった。そして彼女と共同で暮らしていれば段々と彼女という人物がどういうものかが見えてくる。

 

 彼女は、極度に暴力を嫌う生き物だった。

 

 いや、違う。

 

 正確に言えば()()()()()()()()()()()()サルカズだった。

 

 溺れそうになるほどの濃い血と死の気配が薄皮一枚、”姉さん”の下には詰まっていた。それを破裂させずに保っている魔法の言葉がラブ&ピースだった。

 

 ラブ&ピース、世の中愛と平和であれ。ラブ&ピース、暴力では先が続かない。ラブ&ピース、死と血に酔うのなんてくだらない。

 

 その言葉を自己暗示として口にする事で”姉さん”は自分の奥底に血に酔う死神の本性を押し込めていた。聞けば純血のウェンディゴと純血のブラッドブルードから生まれたサラブレッド、純粋な混血のサラブレッド。理想的な雑種。そこから生まれた怪物がこれだとすれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう納得させる未完の怪物だった。自分をあるべき存在として定義しない、あやふやな存在だからこそ完成も全貌もない。ある意味、彼女が暴力と血に染まらないのは自分を定義しないサルカズの文化があったからこそなのかもしれない。それがなければきっと、この怪物は形を得ていた。

 

 誰にも制御できない怪物が。

 

 あたしは、”姉さん”と生活している内に徐々にそのミスマッチする外面と内面に魅了されていった。ちぐはぐなサルカズの本能と理性を流される事なく自分の意思で押さえつけながら、表面上は完全に制御していた。だがその中身が零れる時は多々あった。その時に限って彼女は縄張りに不審者が、侵入した者が、傭兵が、敵が、

 

 そんな理由で軽く血を流してくる。

 

 抗えきれないサルカズの本能が彼女を突き動かす―――だけど折れない。

 

 彼女はあたしが見る、初めてのサルカズだった。初めて本能と文化を否定し、自分の道を自分だけで選ぶ異形。そういう意味でも彼女は怪物だった。誰もが当然の様に思う社会の中で独りだけそれに抗って生きて行く。当然の様に排斥される思想を当然の様に保ち続けた。次第にあたしの興味は何時、この可愛らしい怪物が折れるのかというものへと変わって行く。そしてそれは段々と彼女という怪物自身への興味と愛着へと変わって行く。次第に彼女との共同生活を楽しみ、”姉さん”と呼び慕う自分の姿に驚いた。

 

 あたしが慕う? 媚びてる? この女に?

 

 だが不思議と悪い気分じゃなかった。前の自分が見れば銃で頭を打ち抜きそうな生活をしていた。だが居心地は悪くなかった。詮索する事もなく、お互いの気持ちの悪い部分には触れず、だけど尊重する事で自分の意思を守るという生活は。

 

 或いはそれは、この広いカズデルでもここだけで見れる景色で、ここだけで出来る生活だったのかもしれない。

 

 いずれは破綻しそうな”姉さん”との生活。

 

 だが不思議とそれが破綻する事はなかった。

 

 それは彼女が”殿下”に会いに行く時があったからだ。

 

 籠の鳥。囚われの姫。飾りの王族。最後の王冠。摂政の駒。サルカズの姫。テレジア殿下。

 

 度々廃屋を出ては”姉さん”はテレジアとの逢瀬を重ねていた。それこそ彼女がテレジアに会いに行く時はデートに行ってくるとからかえるぐらいの力の入れようだった。だが実際は、テレジアとの時間こそが彼女の心を支える最も重要な時間だったのかもしれない。”姉さん”の血と暴力の気配は常日頃、肥大しては抑え込まれている。だけどそれを一気に抑え込めていたのがテレジアとの逢瀬の時だった。まるで己がなんなのか、何を求めているのか、何になりたいのか。それを再確認できているかのようにテレジアとの逢瀬の後の彼女は、酷く落ち着いて安定していた。

 

 そこに、少なからない嫉妬を覚える事もあったかもしれないが―――それ以上に、サルカズ最後の王族に興味が湧いた。

 

 果たして彼女は、本当に噂されるだけの暗愚なのか? 本当に飾られるだけの王冠なのか? テレジアという人物は何者なのか―――摂政が支配するこのカズデルでは彼女を見る事も知る事も出来ないだろう。それだけ厳重にテレジアは警備され、守られ、隔離されている。その中で自由に会いに行けるのはこのカズデルで隔離している張本人である摂政テレシスを抜けば、”姉さん”ただ1人だけだった。まるで霧を掴んでいるかのような存在感のなさと非現実的では、どれだけアーツや技術を、感覚を研ぎ澄まそうが関係なくとらえる事は出来ない。

 

 誰も、彼女の本当を理解する事も触れる事も出来ない。だから止める事も出来ない。

 

 サルカズという種が生み出した怪物がテレジア殿下なら、サルカズという文化が生み出した怪物が”姉さん”なのだろう。

 

 知れば知る程魅了される。だがそれはある時、破綻する。

 

 ついに、テレジアとテレシスの対立が始まる。それまでは政争なんて存在しなかったテレシスの支配下にテレジアが横から殴りかかる事で入り込んだ。完全にテレシスの支配だったのに、テレジアは崩壊していた自分の派閥を一瞬で立ち直らせると全てをまとめ上げ、テレシスの統治と五分の勝負にまで持ち込む。もはやその手腕は異形という言葉でしか表現の出来ないありえない奇跡だった。1から10まで、どうやってテレジアが派閥を再編したかを理解できる人間はいないだろう。そしてそれに呼応するように”姉さん”は中身を抑える事を我慢しなくなってきた。

 

 徐々に、徐々に中身が溢れだす様に廃墟に消えてはサルカズを殺す。本人はそれをテレジアの為だと言っていただろう。だけどその表情にある楽しそうなものは、決して誤魔化せるものじゃなかった。殺せば殺すほど死の匂いを濃密に纏わせる姿は悍ましくも美しい。彼女が死と孕んで浮かべる笑みには壊れ行く者の美しさまで揃っていた。

 

 だけど壊れない。

 

 ”姉さん”の心は強すぎる。自分が何であるのかを理解しながらも折れず、曲がらず、そして突き進んで行く。”姉さん”は間違いなく自分の道を見つけていた。自分が何をすべきなのか、その明確なビジョンを抱えていた。ただ戦うのではなく、何のために、なぜ戦うのか。それを自分で決めていた。それを”姉さん”は共有してくれた。何になりたいのかを決める姿を見て、あたしもそれに影響されるように何をしたいのかを決めていた。

 

 そこであたしと”姉さん”の道は一旦途切れる。

 

 あたしは傭兵に、”姉さん”は死神に。

 

 己が何をしたいのか、それを見つけるべく戦場に出たあたしは戦没者の遺品を引き継ぎ、名前を得た。

 

 ―――傭兵のW、と。

 

 それから殺した。色んな手段を試す様に殺した。カズデルから離れず戦場を転々としながら殺して回った。ヘドリーの部隊は優秀だったし、勉強にも良い経験にもなった。どれほど殺せば”姉さん”の様になるのか。他にあんな怪物は存在するのか。それを確かめるように戦場を渡り歩いた。その時重宝したのは爆弾と爆薬だった。アーツを使わず、相手に悟られずに殺す事の出来る装備はまさしくアーツ適性の高いサルカズを殺すにはうってつけの装備だった。

 

 気づけばたくさんのサルカズを殺して炎の海に沈めていた。

 

 それでも”姉さん”の様な怪物をついぞ、見る事はなかった。

 

 戦場を転々とする。返り血を浴びて爆炎を浴びてどんどん屍を積み重ねて行く。その中で自制し、死体を前に笑い声を零さない事がどれだけ難しい事かを理解させられる。サルカズの本能は残酷だ。戦えば戦うほど強くなるのを実感するし、戦えば戦うほどこの戦場という泥沼から抜け出せなくなって行く。

 

 ……それから、再会を果たしたのは戦場で奇襲を受け、部隊が壊滅する寸前の時だった。

 

 最初に現れた時の様に、”姉さん”の登場は突然だった。まるで世界そのものから拒絶されているような怪物は、これほどまでになくはっきりと形が出来上がっていた。そう、”姉さん”にはついに名前が生まれたのだ。

 

 Grim。それが怪物の名前だった。

 

 どこの馬鹿がやってくれたのかは解らない。

 

 だがどこかの愚か者は名前のない怪物に識別票を与えて、本当の怪物を定義してしまった。そしてそれに血と死を与えて育ててしまった。再び戦場で再会した”姉さん”はこれまで見た姿よりも美しく、容赦がなく、そして残酷な死の体現だった。怪物だ、怪物が育っていた。強さを積み上げて最適化して、自分がそうみられる形に進化していた。そう、ケルシーとドクターの二人は最悪な名前を与えてしまった。死神であれと名前を与えた。だからそうなった。見れば解る話だった。ドクターとの相性が良いのも当然だ。アレはひたすら機能を削いで殺す事に特化して行く指揮を生み出してゆく。それに対応するのは死の化身だ。

 

 進めば進むほど何も残さない、何も残らない。

 

 だからこそそれに惹かれてしまう……どうしようもなく死に近しいからこそ、手を伸ばしたくなる。戦場で再会したその姿に手を伸ばしたくなる。

 

 そして、テレジアが現れた。

 

 テレジア、テレジア、テレジア。

 

 全てを狂わせた女。

 

 サルカズも、カズデルも、バベルも、あたしも、”姉さん”も。

 

 この世のありとあらゆる心を掻き乱して狂わせた女。彼女のカリスマに陥落しない者などいなかった。彼女の言葉に耳を傾けない者なんていなかった。文字通り、存在としての格が違った。全ての存在が戦闘を止めた。その中で唯一平静でいられたのは”姉さん”だけだった。つまりあの場で唯一対等でいられたのが”姉さん”だったんだ。

 

 それだけでテレジアが同格の怪物だというのが理解できてしまった。王族に対する忠誠心のないサルカズでさえこうなのだ。その存在は劇薬すぎた。

 

 だけど実際にテレジアと会って話して得た感想は首を傾げるものだった。

 

 気づけばロドス・アイランドの整備を手伝ってるし。何時も”姉さん”の部屋に入り浸ってるし。というかベッドを占領しているし。黙ればカリスマの塊であるのに変わりはない。強い意思がその体に満ちているのも事実だ。事実なのだが―――それ以上に、テレジアという人物はどことなく、少女らしい所を持っていた。まるで大事に育てられた花の様な、そんな可憐な乙女の様な一面を大事にしていた。

 

 そんなテレジアを見る”姉さん”を見て、視線を返すテレジアを見れば、誰がお互いの心を守ってきたのかが良く解った。彼女たちは2人である程度、完結している生き物だった。その関係性に他者を必要としない世界だった。

 

 そこに嫉妬を感じないと言えばウソだ。

 

 だけどそれ以上に二人と一緒に過ごす時間が楽しかった。バベルに来てからの日常はこれまでの戦場を転々としてたものとは違う刺激に満ちていた。ドクターの指揮下でこれまでの数倍の効率で敵を殲滅した。ケルシーの治療で傷を癒した。Logosにアーツの手ほどきを受けた。クロージャに装備を作って貰った。テレジアにサルカズがどうあるべきかを話した。”姉さん”と一緒に敵を殺した。

 

 バベルの日々はこれまでにない刺激と楽しみに溢れているものだった。だがその主張は愚かの極みにある。

 

 救う? 世界を?

 

 鉱石病を根絶する?

 

 治療方法を確立する?

 

 正気?

 

 それがどれほどの甘い理想であるのかを理解しているのか? いえ、理解しているのでしょう。理解した上でテレジアも、”姉さん”も、そしてバベルの人たちは全員その目的の為に団結していた。その意思の強さ、団結力、覚悟。それこそ金や地位などの誘惑ではどうしようもないレベルで芯の通った連中だ。その為にバベルに集っている。あの一番小さなアーミヤでさえバベルの理想の為に頑張っている。

 

 それを見ればテレジアは本気だし、”姉さん”も本気なのが解ってしまった。

 

 それで再び、あたしは考える。

 

 果たして、あたしは何になりたいのか。

 

 ―――ヘドリーとイネスは戦場に戻って行った。

 

 ヘドリー達にバベルの理想は通じなかった。或いは、根っからの傭兵だったのかもしれない。だがそれさえも自分で選んだ自由だ。彼らは傭兵という道を自分で選んで進んでいる……選ばされたのではなく。その気になればバベルから勧誘されていたのだからオペレーターとして働く事だって出来ただろう。だけどあたしはバベルに残った。或いはそれは、単純に”姉さん”とテレジアから離れたくはないという幼稚な考えだったのかもしれない。

 

 だけどその理想は甘そうながらもどことなく、見るだけの価値のあるものに感じられた。

 

 少なくとも、テレジアと”姉さん”はその選択肢に殉じた。

 

 文字通り死んでも意思を貫いた。

 

 あの日、あの時。”姉さん”が1度死んで、命をテレジアから拾ったその日。理想の為であれば死ねるという事実を理解し、テレジアがどれだけ想っていたのかを知った日。ドクターを殺しかけて、代わりにケルシーに殺されかけた日。

 

 漸く理解に至った。胸を占める喪失感と痛み、そして何よりも怒り。奪われる、奪われた事に対する怒り。あたしが欲しかったもの、欲しいもの、それを理解した時にはケルシーに話をつけてバベルを出ていた。装備はバベル製のものを手にして。

 

 再びカズデルへ。”姉さん”はテレジアに救われた。死と血に酔う怪物から本当の名前を授けられる事で怪物から人へと変わるだろう。だからあたしも変わらなくてはならない。何をしたいのかを見出して。何をするのかを決める。

 

 あたしは、W。

 

 あたしは傭兵。

 

 あたしはサルカズ。

 

 あたしが求める事は―――。

 

 

 

 

「W、ロドスがチェルノボーグに入った。予定通りのポイントだ。そこそこの大所帯だが」

 

「適当に巡回と警戒を誤魔化しておいて。ドクターは殺したいけど今はまだ殺しちゃ駄目。代わりに将軍様とパトリオットにロドスの到着を伝えておいて。お祭り騒ぎになったらどっちも必要になるだろうし」

 

 ふふ、と笑う。手の中にある爆弾のリモコンを軽く遊ぶように転がしてから腰のホルスターに落とす。

 

「ヘラグは解るが……パトリオットに?」

 

「言えばタルラの護衛に回るでしょ? ついでにあの龍女の邪魔にもなってくれる。パトリオットがいる前では本気は出せないわ、アイツは」

 

 とてもとても簡単な話。あのクソ龍女は人によって取る態度が違う。メフィストやファウストの前では優しく、パトリオットの前では誇り高い戦士の様に。だからそれを利用してパトリオットをタルラの前に送る。ロドスがいると知れば必然と警戒に回るだろうし、その為に護衛に回る。それは今日、この日ウルサスで我々レユニオンは素敵なパーティーを始めようとしているからでもある。

 

 ……反吐が出る。

 

 テレジアと同じことを口にしてやる事はその逆。殺したくなる程に素敵。

 

「レユニオンが祭りを始めればヘラグも行動を強制されるわ。そうすればロドスと合流するか、或いは脱出を優先するか……何にしろ、恩は売れるし腐らない手になるわ。そのままパトリオットとぶつかってくれるなら最高ね」

 

 事前にロドスに売った情報で”姉さん”を含めた戦闘部隊とエリートオペレーターが複数入り込んでいる。連中が連携してタルラにぶつかればそれこそ目があるかもしれない。守らなくてはならない状況で流石にタルラも全てを蒸発させるような灼熱は出せないだろう。そうなればロドスの人員であれば殺しきれる。

 

 これでも殺しきれなかったらそれこそドクターが必要だ。あの男ならタルラの実力を発揮させずに殺すだけの戦術を構築できるかもしれない。

 

「ま、なんにせよ祭りが始まるわ。レユニオンという炎が一気に燃え上がる祭りが」

 

 これから始まる事を考えると思わず笑い声が漏れてしまう。

 

 何をしたいのか、何をやりたいのか。自分の中でこの数年間、漸く答えが出て纏まっていた。ただただ選ばされるのではなく自分から踏み出して裏で手を回し、欲望を支配して前に進む。その為に犠牲が必要だというのなら屍を積み上げれば良い。

 

 このチェルノボーグは今日、良く燃えるだろう。

 

「さ、行くわよ。あたし達も疑われないように壊滅しない程度にロドスを殺して殺されないと」

 

「了解、通達しておこう」

 

 去って行く部下―――乗っ取ったヘドリー傭兵隊のサルカズ達は良く従ってくれる。

 

 果たして彼らが従うのがそれが戦場のルールだからか? それとも自分の意思でついてくると決めたから? それを直接彼らの口から聞く事はないだろうし、知る事もないだろう。そこまで、彼らに興味がある訳でも面倒が見切れるわけでもない。

 

 ただ1つ、解る事は。

 

 あたしはW、傭兵。

 

 あたしにはあたしの目的があって流儀がある。その為に手段は択ばないし、殺さなくちゃならない者は殺す。

 

 だからチェルノボーグは今日、燃える。

 

 レユニオンが世界に対して怨嗟の産声を上げるであろう事実を笑って見過ごす。

 

 あの龍女とカズデルの摂政王を殺す。

 

 ”テレジア”の死の責任を取らせる為に。

 

 その為には―――何もかもを利用して。

 

 自分の心さえも。




EX-BD
 つまりEXステージ、白日なのでBroad DaylightでEXBDステージ。なお1ステージしかない。これで終わり。

Renegade
 Wのテーマ曲。鷹さんはちょくちょくテーマ曲とかイメージソングとか動く背景絵込みで用意してくるのずるいと思う。

闇夜に生きる
 これを書いていた当初は大陸版の闇夜に生きるイベントしかなく、翻訳情報しかないので翻訳を確認した上で自己解釈等が諸々入っている。ただ本質としてはサルカズという種らしい生き方をしたWがテレジアを通して自分の道を選ぶ話だという様に感じてる。

Wの心
 ”テレジア”共によってぼろぼろ。一番の被害者。

対タルラ・チェルノボーグ戦
 原作+Grim隊+パトリオット+ヘラグという地獄絵図が広がる。


 Wの始点から物語は補完されてこれにて完全に終わり。


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