…厄介なことだ。
某日、正午ごろ。マドメキアの軍事国家、『ロウカス』は転落した。人は無残に死に、残ったビル群の倒壊後も今はただ虚しいだけ。ロウカスの軍事技術はマドメキアでも5本の指に入るほどだった。騎兵隊も数多く揃え、魔法技術も他と遜色ない。
「つまらないね。ほんと。」
…まさか、数万にも登る騎兵の軍が、たった一人の少女によって破壊されるとは…。
少女、
「…ぐぅ…。」
「…おや。」
…生き残りか。
零亞は思った。だが、その生き残りは…もうすぐ死ぬなとも思った。左腕を失ったその軍兵は不運にも倒壊した瓦礫に足を挟まれ、決して出血は少なくはなく、ただ死ぬのを待つのが賢明と言った様子だった。
「お兄さん。そんなところでもがいてどうしたんだ?」
「…殺せ…。バケモノ…。」
「ボクはバケモノじゃないさ。ただ、強いだけ。」
男の目に零亞の姿がしかと映った。仰向けに倒れる男の顔にキスでもするのかと言うくらい顔を近づける零亞。体勢を低くして…ただ、穏やかに語りかけた。
「…ボクの手伝いをしてくれるなら…助けてあげよう。」
「てつ…だぃ…だと…?」
零亞は笑顔でうなづいた。男はおでこから血を流し、最早、右目は死んでいた。片目で自身を嘲る小娘を見遣るが、直ぐに叫ぶ元気は男には毛頭なかった。それだけ、体力を失っていたのだ。
「ボクは世界を貰う。と言っても悪政を働くわけじゃない。虐殺も好みじゃない。今回がたまたまそうだっただけだ。お兄さん、もうここに未練はないだろう?ボクとしても戦う人が必要だ。だから、助けてあげる。どうだい?悪くないだろう?」
「…ふざけ…るなぁ…。」
「ふざけてないよ。ボクにはそれが可能なのだからふざけてない。それとも、死ぬつもりかい?残念だなぁ…。ボクは善意で言ってあげてるのに。」
「…俺は…お国のため…。」
「そのお国も今はない。」
…男は零亞に心底ハラワタが煮えくりかえっていた。目の前の小娘は俺を愚弄している。だが、意識も朦朧として何を考えているかまるでわからなくなっていた。
「…やっ…て…や…る…。」
「ありがとっ!!じゃ、助けてあげるね♫」
零亞が男の頭に手を乗せる。するとみるみるうちに男の体は回復していき、瓦礫も無くなっていった。…これが彼女の
…ここからだ。ボクと彼の奇妙な共同生活の始まりは。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…んんっ…。」
「おい。起きろ。悪魔。」
チリチリと目覚まし時計の音が響き渡る。横には愛しの王子様がいて、ボクと言う姫君を優しく包み込んでくれる。…そんなことを予想していたのだが、目は覚醒し一気に現実へと引き込まれる。
「…ふわぁぁ。おはよう。ノム。」
「うるさい。早く起きろ。全裸女。その裸体に刃を突きつけられたいか。」
「やんっ。エッチだねぇ?軍人とは言え、男は狼ってな。服とって〜。」
ノムは悪態をつきながら、なれたように高そうなクローゼットからオキニのフード付きシャツなどを取り出し、また慣れたようにボクに着せていく。見た目はよく焼けたイカツイ青年なのだが、なんだかんだ面倒見がいいので殺さないでおいてある。
「冷めるだろ?朝飯が。食いたくないなら食わなくてもいいが。」
「頂くよ。君の料理はとても美味だからね。それだけでも価値はある。」
「へっ。アンタの力で出せば良いものを。」
「そんなに便利じゃないさ。」
他愛ない会話をしつつ、狐色のトーストにかぶりつく。上に乗った目玉焼きが丁度いい硬さだ。
「おー。ボクの…んぐ…好みも…わかってきたじゃないか。」
「食いながら話すな、馬鹿。…んで、次の狙いは何処なんだよ。用意周到のテメェのことだ。決めてんだろ?」
不思議そうに見つめるノムの青い目をどこか奇妙に感じた。実質、彼も特異な存在であることは承知である。最初から見た時から胡散臭い金髪の男だなぁ…と思っていた。…いや、人じゃあないか。
「そーだねぇ…。フリェンツァ。南の大国。あそこを落とそうか。」
「…テメェ、俺の前でよく言えたなァ…ッ!!」
ドンッと大きな音を立て、机を両掌で叩くノム。歯を食いしばり、眉間にシワを寄せ、ボクを睨んでいる。
「…あそこは芸術の国ッ!!あそこを消すと言うことは、文化財を消すと言うことッ!!その重大さがわかってんのか!?」
「どーでもいいよ。芸術だの、なんだの…。それを暴力で守ってちゃ、世話ないじゃないか。それに、ボクはテメェじゃなくて『零亞』だよ。同盟者なんだから、名前くらい呼んでほしいなぁ?」
「谷間を見せて、色仕掛けなんて、古典的な…。俺は兵士だっ!!このマドメキアの勇敢な兵士だっ!!テメェのような規格外なバケモンの為にこの世界が振り回されるようなら、ここで同盟を破棄し、テメェを討つッ!!」
…はぁ…。うるさいなぁ。
少しはボクに都合のいいように使われて欲しいけれど、この堅物はどこまでもボクに牙を剥くようだ。
「それにここだってなんなんだよッ!!ステンドガラスの割れた屋敷なんて…見たこともねぇ…。」
「でも知ってるでしょ?言葉は記憶を生むからね。それがボクの力。」
「そもそもその力ってのはなんなんだ。俺たち、底辺の雇われ兵士にはそんなやべえの知らされてねえぞ。」
「…百聞は一見にしかず。今日見せてあげるよ。」
トーストの残りを口に含み、ブラックコーヒーを喉に流し入れ、朝食を終えた。
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能力
「先ず、ボク達のことを世間一般では、
狭い路地を抜けて、いつもの実験場に入る。ノムも長身で頭を打ちかけつつも、その路地を抜けて私についてきた。いい子だね。本当。
「魔法戒師?
「それは国の犬だろ?少なからずともボクのように国に敵対する魔法使いは魔法戒師と分類される。魔法戒師は世間一般では殺人鬼みたいな扱いさ。大犯罪者だ。」
傷んだ扉を押し開けて、冷たいアスファルトの室内…地下の修練場へと足を入れる。ノムは鼻を押さえ、酷い匂いだと言い放つが、ボクはもう慣れてしまった。これはこびりついた血の匂いだ。
「魔法戒師の主な危険さは魔法と異能の二つを持つこと。ボクの能力は異能という言葉では形容できないけどね。」
「…異能だと?」
「特定のスキルのことさ。異常な魔法量、常に回復する…とか。そんなんだね。」
「…それで?それを見せてくれるのか?」
…興味津々だねぇ。とりあえず見せてあげようか。
ボクは汚い白布をかぶった箱から、鳥籠を取り出す。中にはカラスがいる。ノムは扉の横の椅子にかけ、その様子をマジマジと見ていた。
「例えば、ボクの異能。名をつけるなら『強制提示』かな。言葉や文字にした言葉を実行させる。たとえ、不可能であっても。」
「…それがお前が自身を添削者やら編集者やら言う所以か。」
「…現実を書き直させる。ボクの都合のいいようにね。『烏、燃え尽きて死ね』」
ボクが烏にそう言うと烏は何処からか発火し、跡形もなく燃え尽きてしまった。火元はない。
ノムはその状況に唖然としている様子だった。
「…魔法か。火属性魔法を見えないように使えばそれで…。」
「君の知っている通り、魔法は名前を言わないと使えない。上位になれば詠唱が必要だ。ボクが何も言わずに使ったと言うことは魔法以外の何かになる。」
「…なら、斬術…とか。」
「ボク、
…何かしらあらを探そうとするノム。長身でとてもゴツい体躯をしているが、それでもかなり慎重な男だ。流石に一度では信じないか…。
「なら、これで信じてくれるかな?
「…は…はぁっ!?」
白い鳥籠の中、先ほど痕跡もなく燃え尽きた烏は
「時でも…戻したのか…?」
椅子から立ち上がり、ボクに向かって歩いてくる。驚愕としていた。
「…だって言っただろ?元通り…と。ボクの言葉は…絶対なのよ。ふふっ。」
「…テメェ、何度も何度もこれをしてきたのか…。人で!!命で!!遊んでたのかッ!!何度も何度もッ!!」
「やぁん♡胸触らないでよ〜。結構自信あるんだぁ。こ・れ♡」
「話を逸らすなッ!!クソビッチがッ!!」
胸ぐらを掴み、ボクに怒鳴り散らかしてくるノム。折角のラッキースケベなアレが台無しじゃないか。
「好きなだけ触ってくれて構わないけれど。一つ、言わせてもらうとしたら、君が怒る必要はないと言うことだ。」
「んだとッ…!!」
「正義気取りの馬鹿ばかり。世の中、それじゃあ、退屈じゃないかッ。」
ボクは彼の手を剥がし、彼の座っていた古い木の椅子に触る。彼はさながら、狼のように歯をむき出しにし、こちらを睨んでいた。
「ボクは、この世界に飽き飽きしている。正義と悪?光と闇?…そんなありきたりな。兵士だって殺すのだから、同じ殺人だろう?だから、それを正義と悪で判断するなんて…ナンセンスじゃない?」
「…俺たちは正当防衛。国のために魔物や異常者を斬り伏せるのが仕事だ。」
「…それだよ。正当防衛…なんて、ただの殺人や暴力の言い訳にしかならない。少なくともこの国では。…さて、くだらない論争は置いておいて、そろそろ始めようか。」
「…くっ…。」
ノムは悔しげな様子でボクから目を離した。そう、これで彼も正義気取りの騎士から反逆者となるのだ。笑いがこみ上げてくる。嗚呼、こんなに愉快なのは殺人か男漁りのどちらかだ。…この世界の女王になるものが、男漁りはまずいか。
「始めよう、
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