鹿狩りの料理人 (ガチャ敗者)
しおりを挟む

鹿狩りの料理人(導入)

タグでメインヒロインをバラしていくスタイル。


 七つの『元素』が絡み合う広大な幻想世界『テイワット大陸』、その北東部に位置する七国の内の1つ『モンド』は、風神を奉り常に緩やかな風に包まれたのどかな国だった。

 

 そんなモンドの中心にある『モンド城』は、城とは言うものの城主は居らず、自由の都として人々の穏やかな賑わいだけがある。

 

 草花を柔らかく撫でる風、静かに澄み渡る湖、遮る物のない高い空。そんなモンドはしばしば牧歌的と評され、住民達もそれを大いに肯定している。国の特産や有名なものとしてまず酒と詩が挙げられるモンド、否定する要素はどこにもなかった。

 

──以上は大陸から知られるモンドであり、当然これだけでモンドの全てを語りきった訳では無い。

 

 大陸に知れ渡る、という程では無いがモンドの人間ならば誰もが知っている、所謂「地元の常識」の一つにとある『レストラン』がある。

 

 

 

 モンド城正門から入り、中央通りを通って噴水のある広場まで歩く。そこの左手側にあるのが、住民から冒険者、教会のシスターに西風騎士団もお世話になるレストラン『鹿狩り』だ。

 

 毎日日替わりのおすすめメニューが張り出され、店内での食事は勿論、外のカウンターに立つ受付のサラに注文すればテイクアウトも可能。

 

 店先のテーブルで空の下、風を感じながら料理を頂く事もでき、鹿狩りへのオーダーが無くとも腕に自信があれば、誰でも利用していい調理スペースも用意されている。

 

 大量の在庫という程はないが食材の販売も行っており、モンドの人々の食を多角的に支える鹿狩り。

 

──そんな地域密着型の愛され料理店には、知る人ぞ知る別の名物もあった。

 

 それは、受付の横にある小窓を軽くノックするか、もしくはこの店に来店する事で話せる、とある人物。

 

 

 

「……ん?この声」

 

 外のカウンターから聞こえる話し声に反応し、髪留めを外し小窓を開けて顔を覗かせる男。城の中を流れる風に少し長めの黒い前髪を揺らされながら、黒の瞳を受付へと向ける。

 

 そして、丁度注文を終えたらしい最近常連になった異国の装いの少女と、その傍で漂うマスコットに声を掛けた。

 

「や、おはよう。旅人にパイモン。遠出の準備か?危険な旅路なら無事祈願でリクエストの一品付けるぜ?」

 

「ミラー、ホントか!おい旅人、何にする!?オイラは『漁師トースト』の気分だ!」

 

「悪いねミラー、うーん……じゃあ『満足サラダ』で」

 

「あちょっと、また勝手に!」

 

「はは、別にいいだろ?いつも通り俺の持ってる食材から使うだけだからさ。漁師トーストと満足サラダな、了解ちょい待ってな」

 

 サラのお叱りを受ける前に小窓を閉め、髪留めを付け直して、店の物とは別の『個人食料庫』から食材を取るミラーと呼ばれた男。

 

 この男が、鹿狩りの料理人にして話好き、勝手にオマケを付けてよくサラから小言を貰っている『お節介のミラー』だ。

 

 

 

 

 

 

「よう、お待たせ。こっちがオーダーのテイクアウトで、こっちがリクエストな」

 

 来客の注文を受けた際、テイクアウト品をスムーズに受け渡す為に、外のカウンターと店内のキッチンはその場で物をやり取りできる小さな受け取り口がある。

 

 だからミラーが直接品物を持って外へ出て来る必要は無いのだが、そこは話好きのミラー。さほど忙しくない時は自ら料理を手渡していた。

 

「おおー!サンキューミラー!いい匂い……うぅ、もう食べたくなってきたぞ」

 

「さっき朝ごはん食べたばっかりだよ……ありがとう」

 

「モンドを救ってくれた英雄達にはこれくらい何でもないって。んで、今日はどこに?」

 

「望風山地かな。何回かに分けて探索するつもり」

 

 上機嫌でふよふよと飛び回るパイモンと、ミラーの渡した料理をバッグに収める旅人。そんな二人に対して、ミラーは少し考え込むような素振りを見せる。

 

「望風山地か……確か中々に険しい地形だったな。ああー、だったらスタミナ付くモンの方が良かったか……」

 

 若干後悔の念を滲ませ、惜しそうに零すミラー。望風山地は標高が高い上に切り立った崖などの地形が多く、登攀や風の翼(ハンググライダー)を使う機会が増える。

 

 それ故に、動き回れる体力の付くような物を渡せばその助けになると思ったのだが、流石に今から用意すると少し時間が掛かるし、何よりサラの視線が今なお痛いくらいに刺さっていた。

 

「まぁなんだ、そういう事ならまた向かう時に声を掛けてくれ」

 

「うん。……あ、そうだ!確かここに……」

 

 そこで、何か思い出したように旅人は先程閉じたばかりのバッグをまた漁り出す。その様子にパイモンもつられて「ああ!いっけね、忘れるところだったな!」と旅人と一緒に何かを探し始めた。

 

 ミラーが疑問符を浮かべる中で2人が取り出したのは、魚肉やカニなどの海鮮食材。それを旅人とパイモンは流れ作業で続々とミラーに手渡す。

 

「いつも貰ってばかりは気が引けるし、他の人の依頼の時に捕りすぎた食材だからよければ使って?鮮度は問題ないはずだよ」

 

「へへ、オイラも集めるのを手伝ったぞ!」

 

「二人とも……そっか、なら遠慮なく受け取らせてもらうわ!丁度俺の食料庫の底が見え始めてたから、ありがとな!」

 

 鹿狩りは清泉町の猟師と業務提携を結んでいる為、普通に店で出す分には何の問題も無い。だがミラーのオマケとなると、ミラー自身が集めた食材を使うので定期的に採りに行く必要があった。

 

 これくらいは当然と言わんばかりに涼しい顔をしている旅人と、胸を張って誇らしげなパイモン。そんな二人の善意に屈託の無い笑みで返し、ミラーは正門の方へ向かう背中を見送る。

 

「それじゃあね」

 

「またな、ミラー!」

 

「おう、気ぃ付けてな!」

 

 

 

 これはそんな『お節介のミラー』と、モンドの人達との些細な一幕。




小窓うんぬんはオリ設定です。よろしこ。

書いてる人間は料理まっっったくできないけどな!

ガハハ!

ところで旅人の名前は蛍ちゃん表記の方がいい?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アンバー

一応気を付けてはいるものの、公式と矛盾があったらサーセン。


 鹿狩りはレストランだ。客は食欲を満たすために来るし、従業員はその要望に応えるため働かなければならない。そしてその要望と労働には、頻繁な時間帯というものがある。

 

 何が言いたいのかと言うと、昼の注文ラッシュを捌ききったミラーは現在、とても疲れていた。

 

「ふぅ……今日の昼はかなり忙しかったな」

 

 時計に目をやれば、文字盤の針は昼休憩の時間を無慈悲にも置き去り、知らん顔でカチコチと進み続ける。しかしこのまま働き続けるというのは無理がある、時計が休み知らずなのは結構だが、人間には適度な休息が必要なのだ。

 

「サラに相談して少し休むかね」

 

 その旨をキッチンからサラに伝えると、快く了承して貰えた為、ミラーは自分の昼食作りに取り掛かる事にした。従業員の休憩用であれば、店の食料庫からある程度の食材を使っても問題無い。

 

 頭の中で食材の残りを整理しつつ、メニューを組み立てるミラー。だがその思考は、軽いノックの音で一旦打ち止めとなる。小窓越しに見えるのは『赤いリボンがトレードマークの見知った少女』、誰が来たかはすぐに分かった。

 

「ほいほい、ようアンバー。昼飯か?」

 

「こんにちはミラー!うん、でも今大丈夫?ちょっと遅くなっちゃって……」

 

「ああ。ただ俺も今から飯にしようと思っててさ、一緒に作ってもいいか?急いでるなら先に渡すけど」

 

「そうなんだ!全然急いでないよ!」

 

 顔の前でわたわた手を振り、全力で「急いでいない」とアピールするアンバーにミラーは「それなら」と切り出す。

 

「なら、そのまま同席しても?久々に少し話そうぜ、アンバー」

 

 西風騎士団で唯一となった偵察騎士であるアンバーは、前までよく足を運んでくれていたが、最近は旅人と行動を共にする事が多かったようで顔を出してくれる事が少なかった為、ミラーとしても嬉しい来店だった。

 

 アンバーはそんなミラーの提案にコクコクと頷き、『にんじんとお肉のハニーソテー』をオーダーする。

 

「よし任せろ、席は……あー」

 

 ミラーは店内を見回し、ふとある事を思い出した。アンバーは鹿狩りに来た時、いつも店先のテーブルで食べていたな、と。

 

 先程小窓を開けた時に入ってきた風に湿り気は無く、高く青い空は雲ひとつない快晴。今日がオフならピクニックにでも行きたくなる程、絶好の外出日和と言えた。

 

「いつも外で食べてたよな、俺もそれに倣うかね。先に席で待っててくれ」

 

「分かった、じゃあよろしくね!」

 

 上機嫌で席の方へ歩くアンバーをあまり待たせないよう、ミラーは早速調理に取り掛かる。オーダーはにんじんとお肉のハニーソテーのみだが、それだけというのも少し寂しいかと思い、独断でもう一品ミラーの食料庫であまり日が持たず余っている食材を使わせてもらうことにした。

 

 

 

「お待たせいたしました、っと」

 

 少しして、二人分の『にんじんとお肉のハニーソテー』を店先のテーブルに並べる。ミラーがアンバーの対面の席に着くと、彼女が「待ってました」と言わんばかりに目を輝かせているのが分かった。

 

「ありがとうミラー!それじゃあ、いただきます!」

 

「あいよ。さていただきますと……」

 

 まずは一口、食べたタイミングは同時でも、その反応は対極的。アンバーは「ん〜〜〜っ、美味しい!」と感動を露わにする一方で、ミラーは「うん……うん」と頷くのみ。

 

「あれ、どうしたの?出来上がりに納得いかない?」

 

「ん……いや、作った通りの味だと思って。まぁ当然だわな」

 

「えぇー?それって何だかこう……寂しい気がする」

 

 ミラーが自分の料理に対して淡白な事に、アンバーはどうにも納得がいかないようで、若干肩を落としてしまう。だが、同席している人間が浮かない顔をしているのを放っておくミラーではない。

 

「そうかね?まぁ俺は客が美味いって言ってくれたらそれで満足だから、そんな顔しないでくれよ」

 

「ミラー……」

 

 これはミラーにとって紛れもない本心だった。今までにない食材の使い道を思いついたり、新たなメニューを開発したり、楽しさや達成感を得られる瞬間は幾つかある。

 

 だが料理人として一番満たされるのは、やはり自分の料理を「美味しい」と言ってくれる事。それ故に、これ以上アンバーが気に病むのは望むところでは無かった。

 

「……うん、分かった。ならミラーが自分を褒めない分、私が倍褒めてあげる!」

 

「や、やめんか恥ずかしい!いいよもう言ってくれたから!そうだ、さっき言ってた通り今日はやけに遅い昼飯だけど、まだ忙しいのか?」

 

小っ恥ずかしい褒め殺しを回避すべく、ミラーは苦し紛れに話題の転換を図る。その試みは功を奏し、アンバーは「あ、そうそう!」と思い出したように最近あった出来事なんかを語り出した。

 

 その顔はアンバーらしい、いきいきとした溌剌なもので、ミラーは安堵しつつ暫し彼女の冒険譚を楽しんだ。

 

 

 

「へぇ、そんな事が……っと。もうこんな時間か、早いな」

 

「え?あ、ホントだ!」

 

 時計を見ると、ミラーはそろそろ仕事に戻らねばならない時間になっていた。名残惜しさはあるものの先に席を立つ彼は、同じく腰を上げるアンバーに「待った」をかける。

 

「ちょっと座って待っててくれ、すぐ戻るから」

 

「ミラー?うん、それはいいけど……」

 

「悪いな」

 

 それだけ言ってミラーは一人足早にキッチンへ。そして『用意していたある物』を取り出し、またアンバーの元へと戻ると取ってきた物をテーブルに置いた。

 

「ほい、オマケのプリン。最近メニューに加えようかと思って練習しててさ、舌に自信のあるアンバーの意見が欲しい」

 

「えっ、いいよそんな、貰えないよ!ちゃんと払うから!」

 

「ん〜、面白い話を聞かせてもらった礼を兼ねて……って事で。頼むよ、お前の感想が必要なんだ」

 

 アンバーはミラーと短くない付き合いであり、こういう時に彼が引かないのは重々承知していた。それに意見を欲しているというのも、嘘では無いのが顔を見ればすぐに分かる。

 

「もう……分かった、分かったよー!ありがとう、じゃあいただきます!」

 

 観念してスプーンを手に取るアンバー、「いざ実食」と意識を切り替えてみると途端に目の前のプリンが輝いて見え始める。ジンの淹れたコーヒーの良さが分かるとはいえ、アンバーもお年頃の少女。城内の人々が太鼓判を押す料理人の試作スイーツは、乙女の心を躍らせるには十分な一品だろう。

 

 スライムのように揺れる黄金色に目掛けてスプーンをそっと突き立てると、僅かな弾力感が抵抗として感じ取れた。1口分を掬い、口へと運べば想像以上のなめらかさが舌の上で甘く溶ける。

 

「……お、おいしい〜〜!これは人気メニュー間違い無し、絶対名物になるよ!」

 

「ふぅ、そりゃ良かった。もうちょっと冷やす時間が欲しかったんだけど、中途半端な出来は回避してるみたいだ」

 

「ホントに絶品だよ、ねぇミラーも食べてみて!はい!」

 

 またも反応の温度差を感じたのか、プリンを掬いミラーの方へ向けるアンバー。彼を見上げる双眸はいつにも増して煌めいており、そんな目で見られては断ろうにも断れない。

 

 これがせめて店内であれば周りの目を気にしなくて済むが、今2人が居るのは中央通りに面した屋外席。誰に見られるか分かったものではないだろう。

 

 しかしアンバーの純粋無垢な提案を拒む術を持たない以上、ミラーが出来ることは早いところ頂いてしまうのみだった。少々気恥しくあるが、腰を屈め黙って口を開ける。

 

「はい、あーん……どう?って言っても私が作ったんじゃないけどさ!」

 

「うん……良いんじゃねーの多分」

 

「もう、自分のことになると途端に素直じゃなくなるんだから」

 

「別にそんなこと……いや、うん、まぁいいや」

 

 正直今回ばかりは味に気を回す余裕が無かっただけだったが、アンバーがあまりにも平気に振る舞うのでミラーもささやかな意地を張る。

 

「そろそろ戻るわ、付き合ってくれてサンキュ。アンバーはゆっくりしてってくれよ」

 

 ポケットから髪留めを出しながら、最後にポンとアンバーの頭を撫でさせてもらうミラー。意趣返しにもならないだろうが、自分ばかりペースを乱されるのも少し悔しいので気持ちだけの反撃を残して店に戻る。

 

「さてと……元気も分けてもらった事だし、続きを頑張りますかね」

 

 そんなアンバーとの一幕だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……うぅ、何とか勢いに任せて″あーん″なんてしちゃったけど、全然効いてなさそうだったなぁ)

 

(それどころかとんだ反撃を喰らったよ、すぐ行ってくれたから顔を見られなくてよかった……)

 

(ところで、このスプーンは使っていいのかな。いいよね、だってプリンの為に貰ったんだもん!でもでもこれってもしかしなくても間接……!)

 




次回はガイア


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ガイア

ガイアの口の上手さを再現するの無理ゲー


「……暇だなぁ」

 

 キッチンに適当な椅子を持ち込み、腰掛けながら自分以外誰も居ない店内を見回すミラー。本日何度目かの宙に溶けて消えるぼやきは、鳴いている閑古鳥にしか届かない。

 

 別に何かあった訳では無い、ただたまたま客が来ない日というだけなのだが、営業時間内である以上勝手に出歩く事もはばかられる。当然モンド城を出て個人的な食材の採集なんて、もってのほかだった。

 

 食料庫の整理、フロアの掃除、備品のチェック……時間を潰せるような事は既にやり終えてしまい、ただただ暇な時間を過ごす。

 

 壁越しに感じる街の活気、それとは対象的な静寂に満ちる鹿狩り。料理中に使う髪留めをポケットに入れて暫く経つが、再び取り出す時は一向に訪れない。

 

 時計に目をやると、意識の方向を定めたせいか秒針の音がやけに大きく聞こえ、規則正しく一定に鳴る退屈さに、思わずあくびを噛み殺す。

 

「ふぁ……ぁ、これはヤバいかも……」

 

 ここで居眠りをしては、表で働いているサラにあまりに申し訳が立たない。しかし頭では椅子を戻して顔を洗った方が良いと理解しているのに、まぶたの重さがミラーの体を押さえつけて思うように動かなかった。

 

「───Zzz」

 

 

 

「───はっ!」

 

 飛び起きて時間を確認する、どうやら5分ほど意識が旅立っていたらしい。こちらへ向かってくる気配が無ければ、本格的に夢の世界へ落ちてしまうところだった。

 

 タイミングを合わせたように小窓をノックするのは、『焼けた肌と眼帯が特徴的な男』。ミラーと目が合うや否や、疑問、推測、納得、そして「いいネタを掴んだ」と上機嫌な表情になる。

 

「あちゃー……こりゃ口封じしないとだなぁ」

 

 何かサービス出来るものはあったか思い起こしつつ、ミラーは来客を迎える為に小窓を開けた。

 

 

 

 店内で対峙するミラーとガイア。他に客は居ないため、ミラーはオーダーの『鶏肉と野生キノコの串焼き』をもう1本オマケしてガイアに渡し、そのまま対面の席に座っている。

 

「お前の作る料理はいつもうまそうだな、こうしてまずは目で味わおうと思えるのは鹿狩りぐらいだ」

 

「串焼きでそんなこと言われましても」

 

「シンプルな料理でここまで他と違って見えるのは、お前の腕が確かだってことだろう」

 

「それはどうも、ならその眼帯外してくれたら2倍おいしいのでは?」

 

「……ふむ、それも一理あるか。では失礼して」

 

「えっ!?」

 

 そう言って俯きながら眼帯に手をかけるガイア、思わずガタッと席を鳴らし「いや冗談で」と止めようとするミラーは、彼が『既に手の中に握っている物』を目ざとく見つけた。

 

「って……騙しましたね?外すフリまでして、いつ仕込んだのやら」

 

「ほう、まさか見抜かれるとは……俺の手品もキレが落ちたみたいだな」

 

 悪びれる事無く『スペアの眼帯』をポケットに戻し、肩をすくめるガイアにミラーは口を尖らせる。最近になってようやくまともに返せるようになったが、このようなやり取りでガイアから一本取るのは難しそうだ。

 

「しかし、お前もサボる事があるとは思わなかったぞ。俺が来るまで寝てたんだろう?」

 

「うぐ……まぁ、はい。後でサラに謝りますよ」

 

「真面目だな、もう少し力を抜いた方がいいと思うがね」

 

「俺はガイアさんほど世渡り上手じゃないんで、これくらいで丁度良いんです〜」

 

「はは、よく言うぜ。お前を取り巻く人間関係は相当上手くやらないと成り立たないぞ?」

 

「?言ってる意味が分かんないですよ」

 

「騎士に必要な謙虚さまで備えているとはな。西風騎士団はいつでもお前を歓迎しよう」

 

「それは前も聞きました、冗談は織り交ぜるくらいにしといた方がいいと思います」

 

「これは冗談じゃ無いんだが……まぁ今回はこれくらいにしておこう」

 

 閑話休題、ガイアは串焼きを手に「これで酒があればな」と零す。それに対しミラーは「テイクアウトも承ります、お酒はエンジェルズシェアに頼んでください」と懇切丁寧に突っぱねた。少しして、ガイアは食べ終え手元に残った串を弄びながら、唐突に話を切り出す。

 

「さてミラー、お前さん西風騎士団に来ないか?」

 

「今回はこれくらいにするのでは?」

 

「ここから本気で口説こうと思ってな、俺達はお前を求めてるんだ」

 

 ミラーが溜息混じりにお断りしようとした途端、ガイアの手元が閃いた。木製串の切先が風を裂き、刹那の内に殺傷力を持った鋭さがミラーの喉元へ添えられる。

 

「ガイアさん?」

 

「……やれやれ、少しは取り乱してくれると可愛げがあるのにな」

 

 口元に笑みを浮かべ串を引っ込めるガイアと、彼の行動の意図を汲み損ね疑問顔のミラー。そこに一触即発のような雰囲気は無く、和やかな歓談風景だった。

 

「少しお前を探りたくなったんだ、予想より大人しい反応だったよ」

 

「腹芸でガイアさんに勝てるなんて思ってませんし、俺相手に探りを入れる必要無いでしょ」

 

「それは俺を信用してくれてるのか?」

 

「ええまぁ、害意を向けてきたことも無いですし」

 

「なるほど、傷つけないのが分かってたから対処もしなかったわけだ。ともあれお前に刃を向けたことは謝ろう、すまなかったな」

 

「じゃあ今日の居眠りはサラ以外に他言無用で」

 

「ははっ、ちゃっかりしてやがる。オーケーだ」

 

「ごちそうさん」と席を立ち、出口の方へと向かうガイアを目で追うミラーは、珍しく座ったまま動こうとしない。去っていくガイアの背をじっと見つめ、ドアノブへ手を掛けたところでようやく口を開いた。

 

「で、本題はなんです?」

 

「おっと、さっき言っただろ?まぁこうしてフラれちまったが」

 

「まさか本気じゃないでしょ、俺なんかが西風騎士団に入っても出来ること無いですし」

 

「それこそ本気じゃないよな?俺と張り合う腕を持っているくせに」

 

「……はい?人違いですよ、剣術の天才と料理人が同じ土俵に立てるわけ」

 

「″剣″はな。だがナイフならどうだ?」

 

 一瞬バツが悪そうに顔を顰めるミラーは、これが本題だとすぐに気づく。どうやらガイアは、どこからか仕入れてきたミラーの情報に興味があるようだ。

 

 しかしここで肯定すれば、これから先絶対に面倒なことになるという事も同時に直感していた。瞬きにも満たない時間とは言えガイア相手に動揺を晒した以上、どうせ逃げ切るのは不可能と半ば諦観しながら返事をするミラー。

 

「俺が使ってるのはナイフじゃなくて包丁、俺の戦場はヒルチャールの集落じゃなくキッチン。以上です」

 

「仕事の日はそうだろう。仕方ない、勧誘するのはお前が言い逃れできないよう、食材集めをしている時にするか」

 

「……スライムやヒルチャール達を追い払う程度しか出来ませんって」

 

「ほう?ヒルチャール″達″、ね。お前の中でヒルチャールとアビスの魔術師は一括りなんだな」

 

「いやマジでどこまで知ってんだアンタ!?」

 

 ミラーの装っていた平静は容易く崩された。確かにミラーは今までの食材集めのモンド探索で、徘徊する脅威と何度か交戦した事がある。だがその時は近くに誰も居ない事を確認しているし、仮に偶然見られたとしてもアビスの魔術師を相手取ったのはその中でもほんの1、2回。たまたまにしては出来すぎている、とミラーは頭を抱えた。

 

「ははは、まぁそれは置いといて……真面目な話、いくらお前がやり手でも危険は付き纏う。神の目も持っていないだろ?」

 

 『神の目』、この世界を取り巻く7つの元素に干渉できる、選ばれたものが授かる外付けの魔力機関。確かにミラーはその神の目を所持しておらず、ガイアの言ったことは的を射ている。

 

「危ないから出歩くのはやめろって話ですか?」

 

「いや?ただ俺たちを頼ってくれてもいいんじゃないか、ってことさ」

 

「……なんというか、そういう事ならスッと言ってくださいよ」

 

 ミラーはなんだか肩透かしを喰らった気分になった。いつにも増してやけに勿体ぶる物言いだった為に、ガイアが一体何を言いに来たのかそれなりに頭を回していたと言うのに。

 

「はぁ……そういう事ならお気持ちは有難く頂戴します。そうですね、危ない所へ行く時には誰かに相談しよっかな」

 

「あぁ、そうしてくれ」

 

 投げやりな返答だがガイアは満足そうに頷き、「そうだ、お前は近いうちにウチへ来る事になる。恐らくな」と謎の予告を残して今度こそ店を後にした。

 

 一人残ったミラーは長く細く息を吐き、脱力して椅子の背へ凭れ掛かる。去り際のガイアの言葉は内心で「そんな馬鹿な」と一蹴、それよりも考えるのは何故彼が自分の戦闘行為を知っていたのか。

 

「誰にも見られてないはずなのに、おっかしいなぁ」

「……ま、今悩んでも仕方ないか」

「幸い、どこで学んだかは聞かれなかったし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鹿狩りを出たガイアは、悟られないように自然な動作で周囲を一瞥し、西風騎士団の方へと歩みを進める。その道すがら思考のリソースを割くのは、先程自分の目が一瞬捉えたあるモノ。

 

 『紫電が造形を得たようなソレ』は、夜の羽に身を包み格調高い気品のようなものを滲ませながら、鹿狩りを向かいの屋上から睥睨していた。

 

「ミラーにあんな熱烈なファンがついてるとは……まぁアイツなら上手くやるだろう」

「しかし、面白い話が聞けるのは酒場とは限らないな」

「冒険者協会……少し気にしてみるか」




次回はノエル


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ノエル

忙しい人って甘やかしたくなるよね。


「この前ガイアさんが言ってたのはこの事か……」

 

 ミラーは今、西風騎士団に居た。正確には騎士団内のキッチンだが。

 

 何でも会食の規模が当初の予定より大きくなってしまったらしく、手が足りない為に急遽ミラーに声が掛かったらしい。それ自体は光栄な事だし文句も無いが、ガイアはこの状況を見越していたのだろうと思うと「前来た時にそのまま教えてくれよ」と零さずにはいられない。

 

「はぁ、疲れた。流石にこれは人手要るわな」

 

 ミラーは自分の仕事を思い返して一人で納得する。何せ作業量が多かった、いくら『何でもソツなくこなす万能メイド』でも一度に出来る仕事は限られるだろう。

 

「いや、ノエルなら平気でやりかねないか……めちゃくちゃ手際良かったし」

 

 先程までミラーと共にキッチンで包丁を握っていたノエルは、出来上がった料理を持って行っているのでこの場には居ない。一緒に仕事をしていて「あれ、俺別に居なくてもいいんじゃ」と何度思ったことか。

 

 ともあれ今日やるべき事は完遂したミラーは、覚えている配置通りに食器や食材を片し、髪留めを外しながらキッチンを後にする。会食の邪魔はできない為、裏から出ようとしていた所を駆け足で近づく気配に呼び止められた。

 

「お待ちください!」

 

「ん……おっ、ノエル。会食のサポートはいいのか?」

 

「はい、今回は外してくれと言われまして。代わりにミラー様を労うよう仰せつかりました」

 

「労うって、いいよ別に」

 

「いいえ、そうはいきません!応接室を空けて頂いてますから、こちらへどうぞ」

 

(……あれ?)

 

 自分の想定と違う流れにミラーは小首を傾げた。最近会っていなかったので確固たる認識がある訳では無いが、果たしてノエルはこんな子だっただろうか。

 

 ミラーが疑問符を浮かべている間の沈黙を肯定と受け取ったのか、彼の手を取り軽やかな足取りで応接室へエスコートするノエル。

 

(んん?マジでこんなだったっけ、なんと言うか……少し強引な気が……)

 

 少なくとも、やんわりとは言えもてなしの提案を断った相手に、「それはできない」と返すようなことは無かったはずだ。しれっと握られた手も、恐らく振り解けるだろうが「逃がさない」という強い意志を感じる。

 

 あれよあれよと応接室へ連れ込まれたミラーは、そのまま促されソファへと着席。ノエルはと言うとその真横、ほとんど密着と表現して差し支えない距離感で座った。手こそ離したが再び握るのに何の苦労も必要無いほど近い。

 

「ではミラー様、何なりとお申し付けください」

 

「″では”じゃないが。お前そんなキャラだったか?」

 

 耐えきれずツッコミと疑問を口にするミラーに対し、ノエルはツンと聞こえないふり。そんな反応に益々戸惑うミラーは、このまま黙られてもしょうがないので適当に部屋を見回す。

 

 目の前のローテーブルとそれを挟む上質なソファ、窓から窺える空と月はモンドに夜の帳がおりている事を示し、窓辺に飾られているイグサの花が淡い光を放っていた。

 

「あ〜……そうだ、お仕事お疲れさん。こんな時間まで大変だな」

 

「いえ、どうということはありませんよ。ミラー様こそ、本日はお呼び立てしてしまって申し訳ありません」

 

「や、良い経験になったし気にすんな。俺の事はいいから、今日はもう休んだらどうだ?」

 

「そういう訳にはいきません、今の会食が終われば片付けが残っていますから。それよりも何か私にして欲しい事はありませんか?」

 

「頑張り過ぎだろ……」

 

 呆れ混じりに呟くミラー、本音を言うなら今すぐ自分に構うのをやめて次の仕事まで身体を休めて欲しいが、今日のノエルは素直に聞いてくれそうにない。

 

 何故今日の彼女はこんなに頑固なのか、普通に聞いても答えてくれないのであれば、アプローチの方法を変える必要がある。多少言葉を変えたところで、聞こえないフリをされてしまえばどうしようもない。

 

 ミラーは少し考え、自分の要望を待機するノエルを見て腹を括る事にした。「……こっち来い」と彼女の頭に手を回し、ゆっくり引き寄せて自身の膝に着地させる。世間一般で言うところの膝枕だ。

 

「?……!?こっ、これは少々気恥しいと申しますか、からかっていますか?」

 

「俺だって恥ずいわ……でもお前、ちょっと休め。何でもしてくれるんだろ」

 

 ノエルが身に付けている赤いバラの髪飾りを潰さないように、彼女を寝かせて頭を撫でる。ミラーは内心「訴えられたら負けるなこれ」とある意味ドキドキしているが、現状拒まれていないので暫く続ける事にした。

 

「……またこうやって、私にお返しをさせて貰えないんですね」

 

「お返し?って、あ〜はいはい……そんな事考えてたのか」

 

 ノエルの少しむくれたような呟きに、ミラーはようやく強引な彼女の態度に納得がいった。

 

「そうです。数ヶ月前ミラー様にご教授頂いた時のお礼を、ようやく出来ると思っていたのに……」

 

「はぁ……その気持ちだけで十分って、その時も言ったろ」

 

「それはそうですが、でも……」

 

 ノエルの言う通り3、4ヶ月前、彼女に頼まれたミラーは数回に渡ってノエルに料理を教えた。だがなにも0から指導した訳でなく、元々十分な腕を持っていた彼女に、幾つかアドバイスを贈った程度。

 

 そんな事で礼をされても困ると当時は適当に躱していたが、まさかまだ引き摺っているとは思わず申し訳なさを覚えるミラー。

 

「悪かったよ、ノエル。お前はそういう子だった」

 

「……何だか子供扱いされている気分です」

 

「そんなつもりは無いけど……でもまだ成人してないんだから、別にいいだろ?」

 

「ミラー様も未成年ではないですか」

 

「むっ、俺の方がちょっと年上だし〜、ノエルはいい子だなぁ〜。よしよし」

 

 イイ笑顔を浮かべるミラーに、「ちゃ、茶化さないでください!」と顔を赤くして物申したげなノエルは体を起こそうとするが、「はいダメで〜す」とミラーがそれを優しく制した。ノエルの形勢逆転とは行かず、段々調子に乗ってきたミラーは、彼女に対し常々思っていることを口にする。

 

「まだそのまま、ノエルは頑張りすぎだからな」

 

「そんな、私は別に……」

 

「言うと思った。まぁ目標を持ってるのは知ってるし、止めようって話じゃないさ。ただ、俺相手に力入れなくてもいいぞってだけで」

 

「だから子供扱いするのですか?」

 

「どうせ年が来たら否が応でも大人として見られるんだ、なら今のうちに甘やかされといた方が得だろ?子供のうちに子供扱いされとけ」

 

 ミラーから見てノエルは頼りになる分、甘え下手のような気がしてならなかった。騎士団内や彼女の近しい人の中に、こうして頑張り屋な彼女を甘やかす者がもし居ないのであれば、今くらい自分がそれを務めてもバチは当たらないだろう。

 

「よしよし〜、ノエルはいつも頑張ってて偉いなぁ。どうだ、何かやって欲しいことあるか?お兄さんに何でも言ってみ〜?」

 

 疲れから来る夜テンションもあったのか、楽しくなってきたミラーはニッコニコで畳み掛ける。普段であれば「流石に引かれるか」や「これ以上はウザいか」など引き際を考えて話すミラーだが、そんな理性のブレーキは完全にブッ壊れていた。

 

「おにい、さん……」

 

 そしてノエルもノエルでなんか刺さっていた。

 

 戯れとは言えこれ程までにダダ甘な言葉を掛けられたのは初めてな上、自身の頭を撫で続けるミラーの変わり様に、頭より先に目が回ったノエル。

 

 甘えたいという願望を抱えていた訳では無い、常に己を律し目標までひたむきに邁進する事を後悔したことも無い。ただ、ノエルには『ダメにされる』経験とその耐性が皆無であり、しかもそれを急に過剰に与えられたものだからどうしていいのか、どうしたいのかがまるで分からなかった。

 

「では、もう少しこのままで……」

 

 とうとうこの非現実的な状況に理性的な思考が追いつかなくなり、半ば無意識で呟くノエルは自分が何を言ったかすら曖昧だった。ただ胸中に広がる熱を持った心地良さが脳に感覚の渋滞を起こし、彼女の意識を段々と微睡みに引き込む。

 

 普段は人当たりが良くお節介で話好き、なのに一枚奥の深いところには踏み込まず踏み込ませない。料理を教わった時もノエルに知識や技術(とささやかなお菓子)を渡すだけ渡して、「俺も勉強になった」と言い訳じみた主張で一歩引きどこか淡白さを感じさせるミラー。

 

 そんな彼が今は自分だけをただひたすらに甘やかす、壁なんて微塵も感じない掛け値無しの言葉で、自分を愉しそうに弄ぶ。ノエルにはそれがあまりに現実味が無く、まるで月の光が見せる幻影か、自身の深層が創り出した夢想世界に思えた。

 

(ぅぅ、気持ちいいです……それになんだか変なかんじ……ドキドキするのに、ねむく……)

 

「ん、眠そうだな。適当に起こしてやるから、そのまま寝な」

 

「ふぁぃ……ミラーさん、すこし、おひざを……」

 

「ああ、少しと言わずいくらでも貸してやるよ。だからおやすみ、頑張り屋の可愛いノエル」

 

 

 

 

 

 その言葉を最後に、ノエルは規則正しい穏やかな寝息をたて始めた。少ししてミラーは彼女の頭から手を離し、柔らかい笑みを浮かべたまま窓の外へ目を向ける。

 

(恥っっっっっっっっっっず!!!)

 

 ノエルを起こさないよう声に出す事こそ無かったが、ミラーは先程までの自分のイキった振る舞いを省みて、噴火寸前の羞恥心でプルプル震えていた。しかしこればかりは、ノエルの反応が楽しいあまりつい戯れ過ぎたミラーの自業自得。

 

(何かもう涙滲んできた、顔熱いな……夜風に当たってそのまま溶け去りたい)

 

 結局ノエルは時間通りに自ら目を覚まし、ミラーは仕事の残っている彼女に色々と平謝りして逃げ帰った。騎士団を出て家路につくと冷ややかな風がミラーの思考を冷まし、ため息と共に後悔の言葉を吐き出す。

 

「1、2を争う黒歴史だ……言いふらされたら終わるな俺」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、ノエル」

 

「ガイア様。何か御用ですか?」

 

「いや?後片付けを任せて大丈夫かと思ってな。少し顔が赤いように見えたもんで」

 

「ご心配には及びません、私は大丈夫ですよ」

 

「そうか、ならミラーと何かあったようだな。随分と慌てて帰っていたのを見かけたが、迫られでもしたか?」

 

「せま……いえ、ミラーさんの名誉の為に、それは否定させていただきます。ただ、何があったかは……」

 

「ふむ、モンドのバラにかけて……か。まぁお前の口の堅さはよく知ってるさ、大丈夫ならすまないが片付けは頼むぞ」

 

「はい、お任せ下さい!───顔、まだ赤いのでしょうか

 

(ミラー()()、ね。やれやれ、ノエルの守りを破るとは中々大した奴だよ。アイツは話すネタに事欠かないな、次に鹿狩りに行く時も楽しい時間になりそうだ)




次回はリサ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リサ

リサさんの魔導書バサッて開くやつ好き(語彙力)


「雨か……」

 

 休日の朝、ミラーは雨粒の散った窓越しに空を睨んだ。今日のモンドは曇天に覆われ、いつも城内を流れる陽気な風にはまとわりつくような湿り気が混じる。

 

「通り雨でも無さそうだなぁ、食材を集めるのは今度にするかね」

 

 昨夜は少し遠出をするつもりでベッドに入ったのに、起きてみればこの調子で出鼻をくじかれたミラー。僅かではあるが徐々に雨脚が強まっており、待ってどうにかなるものでも無いだろうとため息を零す。

 

 折角の休みを布団の中でダラダラと過ごしたくないタイプである彼は、ひとつ大きく伸びをして意識を切り替える。これからある場所へ向かうべく、手の中で髪留めを弄びながらまずは自分のキッチンに立った。

 

「さーて、本格的に雨が強くなる前にちゃっちゃか始めよう」

 

 ミラーがこれから足を運ぶ場所は、西風騎士団内にある図書室。そして今準備しているのは、『馴染みであるそこの司書』への差し入れだ。

 

 

 

 

 

「何と言うか、災難でしたね」

 

「まったくだわ、お邪魔しちゃってごめんなさいね」

 

「いや、俺から言った事ですし」

 

 ミラーは傘を片手に図書室への道のりを歩いていた。目的地の主であるリサと並んで。

 

 何故二人が一つの傘に入り雨の中歩調を合わせているかと言えば、貸し出し期限を過ぎた本の回収をした帰りで雨に降られ、本を濡らすわけにいかず雨宿りをするリサの前を、ミラーがたまたま通りがかったから。

 

 水濡れ厳禁な荷物を守るべく肩が触れるほどに寄り添い、狭い安全地帯に身を押し込める。そのまま路地を抜けて何とか騎士団まで辿り着き、ミラーは興味深そうに自分たちへ目を向ける見張りに経緯を説明しようとした。しかしリサはそれを「後で言っておくわ」と制し、ミラーに早く図書室へ入るよう促す。

 

 軽く背を押され、言われるがまま図書室へ足を踏み入れるミラー。所狭しと並んだ背の高い本棚に収まる数々の本が彼を出迎え、知識の海から吹く風に乗った紙の匂いが懐かしい。

 

「はぁ……なんか久々だな」

 

「そうよ、わたくしの記憶だと2ヶ月ぶりくらいかしら」

 

「え、そんなに経ってましたっけ。よく憶えてますね」

 

 ノータイムでミラーの前回の訪問を答えながら、彼に新品のタオルを手渡すリサ。彼女は先程の帰路で、自分が全くと言っていいほど濡れていない理由を理解していた。

 

「お姉さんが気付かないとでも思っているの?わたくしに傘を傾けていたせいで、肩が濡れているわよ」

 

「あはは……見抜かれて気遣われるようじゃ俺もまだまだですね。あ、これをどうぞ」

 

 タオルの代わりに、ミラーは家から持ってきていた小包をリサへ預ける。中身は朝作った焼き菓子の詰め合わせで、当然カボチャは使っていない。

 

「今日は一日中ここに居るつもりなので、迷惑料ということで」

 

「もう、またそうやって……迷惑も何も、あなたはこの場所のマナーを知らない人間じゃないでしょ?いっそうるさく走り回るなら、わたくしも遠慮なく受け取れるのに」

 

「本当にそんな事したら、お菓子程度で許してくれないのでは?まぁ、何度か本の場所を聞くと思うので、その時はよろしくお願いします」

 

「それが仕事だから、あなたは気にしないで頂戴。ありがとうね、良ければアフタヌーンティーを一緒にどう?」

 

「リサさんのお誘いですか、乗らない手は無いですね」

 

「あんまり軽口を言ってると、どこかの騎兵隊隊長みたいになるわよ……じゃあ時間になったら声を掛けさせてもらうから」

 

 ヒラヒラと手を振り司書として受付へ向かうリサを横目に、ミラーも今日読む予定の本の探索を開始する。まずは自分で見つけられる物を集めるが、やはりと言うかどうしても見当たらない物もでてくる。

 

 暫く歩き回り探してみるものの、思い付く棚には入っていなかったので貸出中かもしれないと諦め、下層フロアの机に積んだ本から一冊を手に取り着席した。

 

 

 

 

 

(……足音、リサさんか?)

 

 沈潜していた意識を表層まで浮上させ、活字の世界から顔を上げる。視線の先にはミラーが思った通り、リサがこちらを見て少し驚いたような表情を浮かべていた。

 

「随分真剣な顔をしていたから、てっきり気付かないと思っていたのに」

 

「どうかしましたか?あ、もしかしてこの山の中に他の人が探してる本があるとか……」

 

「今日の来客はあなただけよ。そろそろ休憩の時間だから声を掛けに来たの」

 

「もうそんな時間ですか、分かりました。っ、痛って〜

 

 リサと話していて本を見ないまま触っていた為、ミラーはページで人差し指を切った。血がつかないようすぐに本を置いて指先を確かめると、一拍遅れて徐々に鮮血が滲む。

 

「本に噛まれちゃいました、まぁ雑に扱った俺が悪いですね……結構ザックリいってんなぁ」

 

「あら大変、ちょっと見せてみて」

 

「?はい、ここですけど……ハンカチ持ってるから別に」

 

 ミラーが言われた通りに指を見せると、歩み寄るリサは腰を屈め、座ったままの彼の手を取り自分の口を近づけた。

 

「あむっ」

 

「ふぁっ!?」

 

 そしてあろうことか、そのままミラーの人差し指を咥えて血を吸い出し始める。舌を絡ませグッと圧迫される度、彼は自分の指先から血液が抜けていくのを感じ、慌ててリサに呼びかけるが一向にやめる気配はない。

 

「ちょちょちょリサさんストップ、これは何かヤバっいや違う気が!」

 

「ん……む、んっ……」

 

 リサが若干屈むようにして吸い付いている故に、つばの広い帽子のせいでミラーは彼女の表情を窺い知る事が出来ず、視覚情報に思考のリソースを分散できないという危機的状態に陥っていた。

 

 つまるところその分聴覚と触覚が鋭敏になり、時折リサから漏れる悩ましい吐息とか彼女の口内の温かさとか圧迫する時の舌遣いとかが大変よく分かった。

 

「ふあ……もういいでしょう」

 

 ようやくリサはミラーの指を解放し、いつも浮かべる微笑みのまま再び立ち上がる。ほんの1、2分の事がミラーにとってはひどく長い時間に思え、暴れる鼓動を押さえつけながら患部を見ると、室内照明で照らされる濡れた指先の傷口は若干の赤みを帯びるだけ。

 

「あんまりからかわないでくださいよ……」

 

「うふふ、ごちそうさま……なんてね。血の汚れは落ちにくいんだから、ハンカチは使わない方がいいわ」

 

「だからってこんな……いや、処置ありがとうございます」

 

「どういたしまして。早く洗っていらっしゃい、アフタヌーンティーの時間よ」

 

 余裕ある振る舞いを崩さないリサは、一足先に上層フロアへ上がって行った。残されたミラーは「うーん、強いなぁ」と一人零しつつ彼女に続いて階段を上り、手を洗いに図書室を出た。

 

 

 

 

 

 その後、図書室へ戻ったミラーはリサと共に、菓子と紅茶の香りが彩る安らかな時間を過ごす。その中の話の流れで、話題はミラーに関するものとなった。

 

「雨はいいわね、外に出なくていいし読書に集中できるわ」

 

「分かります。雨音が耳に心地いいんですよねー」

 

「ええ。……あら、前にもこんな話をしたような」

 

「あ、そういえばしたかもです」

 

「ふむ、お姉さんの勘違いじゃなければ……あなたは雨の日だけここに来ているのかしら?」

 

「そうですね。晴れていれば外で体を動かすんですが、雨の日は読書って決めてますよ」

 

 それはミラーの昔からの習慣だった。晴耕雨読では無いが、雨の日に本を読み得た知識を晴れの日に外で実践する。そうする事で有限な時間を有効に活用でき、自らを成長させる糧となる。

 

 そう話すミラーの顔は何故か少し苦かったが、リサは特に追求すること無く相槌を打って「ああ、そうなのね〜」と頬杖をついた。

 

「とても立派だけど、お姉さん残念だわ。あなたと居るのは楽しいのに、雨が降らないとこうして一緒にお話が出来ないなんて」

 

「またそうやってすぐからかうんですから……鹿狩りに来てくれたら何時でも会えますよ?」

 

「ふふ、わたくしが出不精なのを知っているくせに。でもそうね……あなたに会えるなら外に出るのも悪くないわね」

 

「あはは、流石にそこまで自惚れてません。その手は食わない、ですよ」

 

「あら?別に冗談を言ったつもりは無いけれど」

 

「……はいっ、俺で遊ぶのはここまで。そろそろ読書に戻ります、ごちそうさまでした」

 

 何と反応していいか分からなくなり、少々強引にお茶会をお開きにするミラー。口に手を当てクスクス笑うリサは、名残惜しさを感じつつも彼と一緒に上機嫌で席を立った。

 

 窓から見えるモンドは依然として雨に濡れており、朝と比べかなり雨脚が強くなっている。二人の見解は「今日は止みそうにない」で一致し、リサは目をこすりながらあくびを一つ。

 

「ふぁ、ん……今日は誰もこないだろうし、気分もいいからわたくしは少し眠ろうかしら」

 

「あぁ、分かりました。誰か来たら起こしますよ」

 

「本当?ならお願いするわ〜」

 

「ごゆっくり……あ、そうだ!すみませんリサさん」

 

「ん?どうしたの?」

 

 ある事を思い出したミラーは、これから夢の世界へ旅立たんとするリサを呼び止めた。用件は探している何点かの書籍について、書名を伝えると彼女は顎に手を当てて記憶を掘り起こす。

 

「ふむ、あなたが探した場所は……なるほど。そこに無いとなると、向こうの壁の棚かもしれないわ。ただ1冊はもしかしたら貸出中かも……ちょっと待ってね」

 

 リサは司書机から貸出履歴の台帳を取り出し、ミラーはそれを覗き込まないように少し離れて待機する。すると、今度はリサが思い出したかのようにミラーへ話を振った。

 

「そういえば、あなたが下の机に積んでいる本。随分と多分野だったけど、全部読むの?」

 

「ええまあ、結構何でも読む方ですかね」

 

「小説や伝記はともかく、専門書や絵本まで?」

 

「面白いですよ?絵本は考えさせられる事も多いですし」

 

「うふふ、そう……あなたは考えて本を読める人なのね」

 

 どこか嬉しげに言葉を返すリサは、貸出履歴から目当ての本を見つけたようで手を止める。そして残念そうにその事実を告げるが、その声色は段々と冷ややかなものになっていった。

 

「あぁ、やっぱり貸出中、みたいね。ごめんなさい───はぁ……」

 

(っ!?あ〜、これは怒ってる……肌が痺れてきた。雷元素を扱う人って、怒るとホントにピリつくんだよなぁ)

 

 ミラーは己の経験則で、リサが静かにキレているのを感知。いつも理性的で余裕を持つ彼女が、頭にくる事と言えばやはり「貸し出し期間内に本が返却されていない」あたりだろう。

 

「いやいや、それなら仕方ないですし。また来るのでその時にでも」

 

「ん……そうね、それを口実にわたくしに会いに来てくれてもいいのよ?」

 

「ええ、そのつもりです」

 

 怒りというものは攻撃性を増長させ、その代わりに精神的な防御力を低下させる。リサは現在少々頭にきており、そんな状態の彼女に差し込んだミラーの返答はいつも以上に刺さったようだ。

 

 帽子の下で目をぱちくり、僅かではあるが頬を赤らめ、リサは珍しく動揺したような素振りを見せた。

 

「っ、へぇ?お姉さん、不覚にもちょっとドキッとしちゃったわ」

 

「お、マジですか。ようやく一本って感じですね」

 

「ふふ、なんだか悔しい。あなたってば存外油断ならないんだから」

 

 なんとか和やかなムードに戻し、ミラーは内心でほっとひと息ついた。それからは当初の予定通り、読書と午睡に分かれて雨降る午後を過ごす。

 

 時計の針は進み、ミラーが積んでいた本を全て読み終えると、モンドは既に月が浮かびそろそろお暇する時間となっていた。取った本を元の棚に戻し、帰り支度をする最中でタオルを返し忘れていた事に気付いた彼は、司書机で貸し出し履歴に目を落とすリサに声をかける。

 

「そろそろ帰ります。タオルありがとうございました」

 

「タオル?ああ、別にそれくらい構わないのに……こちらこそお菓子ごちそうさま、気を付けてね。またいらっしゃい」

 

「はい。では失礼します、リサさん」

 

 リサへの挨拶を済ませ騎士団を出ると、ミラーは雨の上がったモンド城の路地を一人歩く。行きと違って一人分しか鳴らない靴音に少しばかりの寂しさを感じながら、「たまには晴れてる時にも顔を出すかな」と休日のプランを見直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 膝の上で返してもらったタオルをこね、リサはボーッと今しがた出て行った来客を思い浮かべる。

 

(指を吸うのはちょっとやりすぎたかもしれないわね、反省しないと)

 

(それにしても……はぁ、わたくしの助手になってくれないかしら)

 

(本を大事にするし、根は真面目で律儀だし、知識も教養も申し分無い)

 

(からかい甲斐があって面白い子だけど、時々驚くような事を口にする)

 

(今思えば、怒っているわたくしへの言葉も気を遣ったのね……あとはなにかしら、料理の腕は言わずもがな価値観も結構合うと)

 

「──って、後半は助手に求める要素じゃなくなってるわね〜」

 

 何となく気恥ずかしくなり、リサは誰も居ない図書室で帽子を深く被り直した。

 

「次はいつ来るのかしら……ミラー君」




次回はバーバラ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バーバラ

バーバラの回復強ぇ〜(モンド風ハッシュドポテト食べながら)


「ぐ〜〜っ、あぁ……これで終わりっと」

 

 鹿狩りの裏口で大きく伸びをして、退店時のチェックリストと鍵をバッグにしまうミラー。今は夜、営業時間を過ぎた鹿狩りの閉店作業を終え、今から家路に着くところだ。

 

(最近冷えてきたなぁ……もう一つ厚手のヤツに変えるか)

 

 ミラーのボヤきを攫った風は確かに冷たく、若干の冷気が上着の布地越しに肌を刺す。寒さで震えるほどでは無いが、明日からは少々厚手のコートでも問題は無さそうだと思った。

 

(晩飯は何か暖まるモンにしよっと。ま、そろそろ帰り……ぁ?)

 

 家にある食材で夕食のメニューを組み立てながら、暗い路地へ一歩踏み出したところで鹿狩りを挟んだ反対、店の正面に何者かの気配をミラーは感じ取った。サラが忘れ物でも取りに帰って来たのならいいが、退店前にそんな物が無いのは確認済み。

 

 そっとバッグを裏口に置き、携帯している刃渡り5cmも無い小型ナイフを抜く。いざと言う時の為に、光を反射して目立つ事が無いよう加工してある黒刃を、ミラーは自身の袖口に忍ばせた。

 

 動作音を限りなく抑え、ゆっくりと店の側面を通り正面へ向かう。まだ気配の主がミラーに勘づいた素振りは無く、慎重に近付くと徐々に人影の輪郭と独り言のようなものが聞こえてきた。

 

「やっぱり閉まってるよね〜……はぁ、どうしよう」

 

(……………脅かすなよ)

 

 殺していた息と気配を戻し、人知れず安堵の息を漏らしながら仕込んでいた小型ナイフをポケットに仕舞う。視線の先には何も警戒する必要のない常連客が、肩を落として何やら困っている様子。

 

 影から出てミラーがその名を呼ぶと、「うわぁ!で、でた!」と飛び上がり高速で祈りの言葉を唱え出す。その正体は、西風教会の祈祷牧師にして正真正銘モンドの人気者バーバラだった。

 

「出とらんわ!よく見ろ俺だ、お前の知った顔だろ」

 

不義に立ち向かう勇気を授けたまえ……えっ?」

 

「よっ、こんばんはバーバラ」

 

「こ……こんばんは、ミラー?」

 

「おう、んでどうした「脅かさないでよ!」なはは、悪い悪い」

 

 『湿潤』した眼でバーバラはミラーに物申すが、彼は軽く躱し改めて用件を聞く。何故こんな時間に鹿狩りを訪ねてきたのかという問いにバーバラが口を開きかけるが、その前に彼女のお腹が簡単に伝えてくれた。

 

「あー、なるほど?飯食い損ねたのか」

 

「うぅ、そうなの。ていうかお腹の音聞かないで……」

 

 なんでも夕食前に大ケガをした急患がバーバラの元に運ばれてきたらしく、その人はひとまず何とかなり後は安静に、というくらいまで落ち着いたようだ。神の目を通じた水元素の力で人を癒す事の出来るバーバラは、いつも人々の笑顔の為に頑張っているのをモンドの人間なら誰もが知っている。

 

 当然ミラーもその例に漏れず、そんな彼女が今こうして目の前で困窮しているのは放っておけない。しかも人一倍お節介な彼はなおの事で、顎に手を当て暫し考え込みどうにかしてやれないか頭を回した。

 

「うーむ、すまんが店を開けるのは無理だし……バーとか」

 

「だよね、はぁ……スパイシーフィッシュぅ

 

(スパイシー?あっ)

 

 バーバラのちょっと情けない鳴き声(?)がミラーの耳に届き、ある提案が頭をよぎる。がしかし、それはあまりにも言い出しにくかった。

 

「ミラー、どうしたの?」

 

(めっっっちゃ言いにくい、どうしよう)

 

 逡巡が表に出たのか、悩むミラーを気遣うように心配そうな声色で歩み寄ってくるバーバラ。タイミングがいいのか悪いのか、またもや「くぅ」と彼女のお腹が空腹を訴えてくる。暗くてよく見えないはずなのに、バーバラが涙目で顔を真っ赤にしながらプルプルしているのが、ミラーはわりかしはっきりわかってしまった。

 

二度も聞かれた二度も聞かれた、何で今日はこんなにツイてないんだろう……」

 

「あー、その、バーバラさんや」

 

「うぅ……なんでございましょう」

 

「嫌なら断って、つかマジで断った方がいいとは思うんだが」

 

「?うん」

 

「えっとだな、食材がウチにあるから家に来る……か?」

 

「───ミラーの家」

 

 バーバラは凍結した。それに対しミラーは「そりゃそんな反応もするわな」とある意味納得する。「部屋に来たら飯やるよ(意訳)」、受け取り方によっては通報されても仕方ない提案だ。

 

 僅かな沈黙に耐えきれなくなり、ミラーは自身の発言を取り消すべく再び口を開いたが、そのタイミングはバーバラとモロに被った。

 

「やっぱこの件は無「行きたい」ゑ?正気?」

 

「ミラーの部屋、見てみたい!」

 

「……あ、そう」

 

 こうして鹿狩りの料理人は、モンドのアイドルと共に自宅で晩餐の時間を過ごすことになった。店の裏に置いていたバッグを回収し、変な動悸を覚えながら夜のモンド城を歩く。

 

「全然他意は無いけど上着貸すからフード被っててくんね?誰かに見られたら俺刺されそうな気がする」

 

「さっきから顔色悪いのそのせい!?」

 

 割と本気の焦りが伝わったのか、バーバラは素直にミラーの言う通りにしてくれた。変なところで妙に過敏なミラー、アイドルという言葉がまだ一般化していないこのご時世でスキャンダル回避は光るものがあった。

 

 

 

 

 

「適当に待っててくれ」

 

「うん、ありがとう!……ところで自室は「座って待ってて下さい」むぅ、はーい」

 

 ミラーにとっては幸運な事に誰とも遭遇すること無く、無事五体満足で家に辿り着いた。彼はバーバラをリビングに案内し、髪留めで前髪を留めつつ不穏な動きをする彼女に釘を刺す。

 

 バーバラが不承不承といった感じで着席したのを確認してから、ミラーはお望みの『鹿狩りスパイシーフィッシュ』に取り掛かった。

 

「ターンタララーンランタララーンラン〜♪」

 

(……ご機嫌だなぁ)

 

 キッチンに届くバーバラの鼻歌をBGMに、ミラーは手早く調理を進める。時々バレないように様子を窺うと、ノリのいいメロディを口ずさんだままキョロキョロと部屋を見回しており、その目には興味の輝きが見え隠れしていた。

 

(そんな面白いモンも無いってのに……さっさと持って行くか)

 

 

 

 

 

「出来たぞー、並べるから机空けてくれ」

 

「あ、じゃあ何か手伝うよ!」

 

「サンキュ、ならそこにコップがあるから適当に飲み物頼む」

 

「オッケー!バーバラ、()ぐよ〜」

 

「フッw、力抜けるからやめて?」

 

「な、なんで?笑うところじゃないでしょ!?」

 

「いや、フフンwなんか……そんな元気に茶の準備されると面白い」

 

 思わぬところでミラーが若干ツボり、頬を膨らませてプリプリと抗議するバーバラ。そんな彼女がヘソを曲げないうちに軽く謝り、二人は揃って席に着く。食欲を刺激する香辛料の香りが食卓を包み、早速いただきます……とはいかなかった。

 

 その前にバーバラは目を閉じて自身の手を組み、静かに食材への感謝の言葉を紡ぐ。今から頂くのは風神の風が育んだモンドの恵み、西風教会の祈祷牧師としてこの工程を疎かにする訳にはいかない。

 

 一方のミラーはと言えば、彼もまた手を組み寸分違わぬ一連の言葉をバーバラと合わせた。まさか重ねてくると思っていなかったのか、彼女は少しばかり驚きがあったようだが、言葉を途切れさせる事無く唱え終える。

 

「……びっくりした、もしかしてミラーもご飯を食べる前にお祈りしてるの?」

 

「悪いがそんなに敬虔じゃないな。鹿狩りに来た時お前がやってるのを聞いて憶えただけで、ただの見様見真似だから……しない方が良かったかもしれん」

 

「ううん、付き合ってくれてありがとう。それに私はミラーが、ちゃんと食材を大事にしてるのを知ってるから」

 

「はは、それはどーも。んじゃ冷めないうちにどうぞ」

 

「そうだね!私もうお腹ペコペコだよー」

 

「存じ上げております」

 

「なら言わなくていいの!はぁ〜、鹿狩りのスパイシーフィッシュだ……いただきます!」

 

 待ち望んだ実食タイムの前では、ミラーの茶々もへっちゃらなバーバラ。一口食べれば口の中でピリ辛の味付けが淡白な魚の旨みをグッと引き出し、湖と山の調和が存分に感じられる。

 

「美味しい〜、今日食べられて良かった〜!」

 

「バーは全然乗り気じゃなかったもんな」

 

「うん……どこもいいお店なんだけど、やっぱり私はコレがいい。モンドで辛い料理が一番上手なのはミラーじゃないかな?」

 

「さぁ、どうだか」

 

 ミラーも自分の夕飯に手をつける。味覚に届く刺激はあまりモンドらしくなく、少なくとも『エンジェルズシェア』や『キャッツテール』では味わえないだろう。

 

「“璃月”にはこんな料理が沢山あるんだよね!」

 

「───あるよ。多分」

 

「山も背が高くて壮観みたいだし、一度は見に行ってみたいな〜!」

 

 目を輝かせて岩神の国を語るバーバラに、ミラーは簡単な相槌を返し着々と空腹を満たす。特に料理の出来には何も言わず、先に食べ終えたミラーは腰を上げた。

 

「コーヒー……いや苦いの嫌いだったよな、紅茶淹れてくる。ゆっくり食っててくれ」

 

「えっ?あ、うん」

 

 足早にキッチンへ戻り2つのティーカップを取り出すミラーは、リビングのバーバラに聞こえないようこっそりと溜め息を零し、先程までの自分の態度を省みて軽い自己嫌悪に。作業の手際に淀みは無いが、適当にでも合わせるべきだったかと反省する。

 

「ん……お待たせ、砂糖は欲望の数だけ好きに入れな」

 

「そう言われると途端に入れにくいんだけど……う〜〜〜ん、2つくらいにしようっと」

 

 ミラーが戻ると皿の上は綺麗に片付いており、バーバラは満足げに彼の帰りを待っていた。ソーサーに乗せた二人分のティーカップをテーブルに置き、小瓶に入った角砂糖を軽口と共に彼女の前に差し出すと、葛藤した末に2つをカップの底へ沈めた。

 

「そうだ、ミラーは今も城外で食材集めをしてるの?」

 

「勿論、晴れの休みは外に出てるぞ」

 

「ふーん」

 

 あっけらかんと答えるミラーに、バーバラは何か物申したそうな目を向ける。カップを両手で包み温かな香りと糖分で少し間を置く少女に、ミラーはジトっとした眼差しで続きを促した。

 

「なんだよ、言いたい事あるなら言ってくれ。ヒント少なくて察しもつかねーって」

 

「……いつになったら公演に来てくれるの?」

 

「う″っ、あー……予定が会ったら近いうちに「ダ・ウ・ト」嘘じゃない、行きたいとは思うけど、なぁ……」

 

「むぅ〜〜〜!……私のこと嫌い?」

 

「好きですが?」

 

「しゅ!?じ、じゃあなんで、な〜ん〜で〜来てくれないのっ」

 

 指で突っつきたくなるほど頬を膨らませて「私不満ですっ」とでも言いたげにむくれるバーバラ。煮え切らないミラーの態度にご立腹の彼女は、飲み終えたカップのふちを指でなぞりながら詰問する。

 

 若干上気した顔を悟られないよう、バーバラがそっぽを向いているが恥ずかしいのはミラーも同じ。丁寧口調で少し誤魔化したものの、軟化しすぎた雰囲気に「これならコーヒーの方が良かった」と謎な後悔の念を抱いた。

 

「ほら、バーバラの公演って人気じゃん?」

 

「見たことないでしょ」

 

「いやあるある!見てみたいなと思って行ったことあるんだよ!ただその、観客の熱気がなんつーか……別世界過ぎて、ちょっとついていけそうにないな、と」

 

「あっ、あー……ナル、ホド」

 

 甘い空気は何処へやら、お互いそれ以上何も言えずお通夜ムードに早変わり。観客のマナーが悪いという訳ではなく、バーバラの公演は大変盛況で通りがかった人が「あれ今日収穫祭だっけ」と勘違いする程盛り上がる事もある。

 

 見る者を癒し、また熱狂させるのはひとえにバーバラの魅力が成せる技。それは素晴らしい事だが、ごく一部の熱狂的過ぎる観客は本当に凄かった。ミラーが今日家に帰るまで彼女の隣でビクビクしていたのも、その人達の「( 'ω')ウオオオオオオオイアウオオオオオオオ!!!!!」を一度目にしているからである。

 

「あぁーうんまぁあれだ!俺も陰ながら応援してるから!」

 

「エッアッそ、そうだね!バーバラこれからも頑張る!」

 

「時間も時間だし、そろそろお開きにするか!」

 

「うん、ごちそうさま!お代はいくらかな!?」

 

 お互いかける言葉を見失い、光量を間違えた輝かんばかりの笑顔で席を立つ。お別れくらいは明るくしようという思いが空回りし、変なテンションを引きずったままバーバラは財布を取り出した。

 

「え、モラはいいよ」

 

テンションは戻った。

 

「……いや、それはちょっと、流石に気が引けるよ」

 

「んー、あっそうだ。モンドの今を輝くアイドルの鼻歌を独り占めできた、これ以上の贅沢は無いだろ?」

 

 今度はフォロー全開のスマイルと違い、どこか誇らしげに胸を張るミラー。「ほら財布しまって、忘れ物すんなよ」と導かれるまま、バーバラは帰宅準備を進めるが「うん……」「わかった……」と心ここに在らずな返事しか返さない。

 

「──なら、もうちょっと欲張って独占してくれても──」

 

「……ん、なんか言った?」

 

「なーんでーもなーいよー、今日はありがとうミラー」

 

「あ、上着渡すのでフードお願いしますバーバラさんあと今日のことはできれば他言無用で……」

 

「はいはい、仕方ないなぁ。じゃあ私たちだけの秘密の時間にしておくね!上着(これ)は近いうちに鹿狩りまで返しに行くよ」

 

「や、どうせ明日からコートにしようと思ってたから、返さなくていいぞ。手間取らせるかもだけど邪魔なら捨ててくれ」

 

 震えながら懇願するミラーに苦笑しつつ、バーバラは彼の上着に袖を通してフードを被る。これならパッと見でバーバラだとバレる事は無いだろう。ミラーの安眠は約束された。

 

「またね、おやすみ。ミラー」

 

「あぁ、気をつけてな。おやすみバーバラ」

 

 小さく手を振り別れを告げ、扉の向こうで足音と気配が離れていくのが分かると、ミラーはつけたままだった髪留めを外して一人呟く。

 

「──これ以上独占したら、俺マジでファンに袋叩きにされるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ミラーの匂いがする。思わぬお土産を貰っちゃった)

 

(ちょっと大きいけど、お姉ちゃんみたいに背が高くなればピッタリになるかな)

 

(もしそうなったら、見せたらどういう反応をするんだろう……『いつまで持ってんだ恥ずかしい!』とか?)

 

(きっと照れるだろうけど、それでも笑顔はみせてくれる気がする。ふふ、今からちょっと楽しみだな)

 

「……ターンタララーンランタララーンラン~♪」

 




次回は旅人


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅人

戦闘描写があるけど、読み飛ばしてもモーマンタイ。


 本日のモンドは快晴、燦々と光り輝く太陽の下で人々の隣に吹く風が、今日も自由の詩を運んでいる。この地に住まう人々は勿論、生い茂る草花や野生動物に湖を泳ぐ魚までが伸び伸びと1日を謳歌し、なんならヒルチャールも武器を手放し大地に寝転がり、この絶好の昼寝日和を満喫していた。

 

 こんな日に浮かない顔で額に手を当て、重く溜め息をつくような者にはバチが当たってもおかしくないだろう。そんな事を思いながら朝方に意気揚々とモンド城を出てきたミラーは、今まさしく浮かない顔で額に手を当て、重く溜め息をついていた。

 

(なぁ〜んでこうなっちまうのか、風神様は俺の事が嫌いなんかね……)

 

 喉を通って出ていきそうになった愚痴を危ういところで飲み込み、内心で消化するミラーの前には『若干困り顔で頬をかく異国の少女』と、『目を輝かせて宙に漂う小さな友達』。

 

「お前、戦えたんだな!」

 

「多少だよ、出来るのはヒルチャール達を追い払うくらいで」

 

「いや、あの身のこなしは相当なやり手と見たぞ!ムキムキの大盾持ちを軽くあしらってたじゃないか!」

 

「……あぁ、そうね。そっから見てたのね」

 

 

 

〜数分前〜

 

 

 

 天気に不安の無い休日、ググプラムを求めて奔狼領まで足を伸ばしたミラーは、その道すがらでヒルチャールの通行止めにぶつかった。道を変えようにも周りは切り立った岩の壁、登るにはあまりにも億劫だ。

 

 遠目に相手の総力を測った結果、そう苦労する事も無く散らせるだろうと判断し、離れた木陰にバッグを隠す。こんな事もあろうかとしっかり得物を持ってきているミラーは、投擲用のナイフを数本としっかり手入れしてある短剣を持ち、身を隠しながら近付いて機を窺う。

 

(流石に魔術師の類いは居ないな。棍棒持ちが2、大盾と弩が1つずつか、微妙にめんどくせー)

 

 相手の構成を再確認後、一番距離が近く油断が見て取れる棍棒持ちの一体へ仕掛ける事にした。雑に手入れされた無骨な棍棒を手放し、完全にリラックスモードのヒルチャール。若干忍びない気もするが、障害物で道を塞がれるのは普通に迷惑だからと誰に向けたか分からない言い訳で意識を切り替える。

 

 投擲用ナイフを取り出し、慣れた手つきで音も無く投げつける。それと同時に影から飛び出したミラーは、ヒルチャールが自分の左肩に深々と刺さったナイフに反応する暇を与えること無く、相手の右肩に短剣を突き立てた。

 

(それでもう戦えないな、帰ってくれ)

 

 ミラーの思いが通じたのか素直に撤退する1体から視線を切り、それぞれ武器を構える残り3体の方を向く。1対多数の状況で盾持ちと睨み合うのは骨が折れるので、彼は先に小柄な2体から無力化する事にした。

 

 木製の大盾を構えるヒルチャールへ駆け出し、ミラーはその盾を足場に跳躍。筋骨隆々のムキムキダルマを飛び越え、棍棒持ちの目前に着地すると案の定隙だらけに振りかぶるヒルチャール。

 

 このまま何もしなければミラーは頭を潰されるだろうが、当然そんな未来は訪れない。素早く後ろに転がり込み、相手の脇腹から刃を入れ肩まで突き上げると、脱力した腕は簡単に武器を手放した。

 

「右腕貰いっと、身代わりよろしく」

 

 弩の矢先が火を纏い、自分へ向けられているのを視界の端で捉えていたミラーは、目の前のヒルチャールから短剣を抜き、弩持ちの居る方角へ蹴飛ばした。ミラー目掛けて放たれた炎の矢はヒルチャールが肩代わりする事になり、消火活動に励む彼(?)は炎上する自分の身体をなんとか消火できたらしい。

 

 その後、元棍棒持ちのヒルチャールも敗走し「次はお前だ」と弩持ちへ踏み出すが、後方から地を蹴り風を突っ切る重量感のある足音が迫る。

 

「競走だ、俺に勝てるか?」

 

 ミラーもギアを入れ、一旦弩持ちを置いて走り出す。自分を追いかけてくる大盾を確認し、安全圏ギリギリの距離を保って目指す先には、揺るぎない灰色の崖。

 

 ミラーは速度を殺す事無く目的地まで到着、そのまま垂直な岩の壁を駆け上がった。ブレーキも間に合わず下で大盾ごと冷たい岩に激突したヒルチャールを放置して、彼は投擲用ナイフを2本構えながら壁を蹴った。

 

 跳躍したミラーの視界に映るのは、再び自分を射抜かんとする弩。宙に浮いた身体を器用に捻り、構えていた2本のナイフを投げる。1本は飛翔する矢を撃ち落とし、もう1本は弩そのものを二度と使えないガラクタに。

 

 すると武器を失ったヒルチャールは即座に逃げ出した。内心で「もう一撃くらい要るかな」と思っていたミラーは少々呆気に取られるが、手間が省けた事実だけを受け取り着地。

 

「さて、後はお前だけだな」

 

 ミラーの目の前には、砕けた大盾の破片が痛々しく刺さっている大柄のヒルチャールのみ。先程の自損事故が効いているのか、ちょっと小突けば退いてくれそうだ。

 

(やっぱデカっ、一発も貰いたくねぇ)

 

 威圧感のある見上げるほどの体躯、常人であれば短剣で相手をするのはかなり心許ない。大振りで放たれる拳は空を切るが、その音から察する威力は殺人級、ミラーの回避が失敗した時、決着は直ぐに着くだろう。

 

 攻撃を避けきったミラーは、ヒルチャールの太ましいパンパンに膨れた大腿部へ足を掛けて踏み台にする。そして相手の顎目掛けて、思い切り蹴り上げた。自分の踵が顎を砕いた感触を確かに感じ取り、そのままサマーソルトの要領で回転して地に足をつける。

 

 一瞬身体を浮かせたヒルチャールは2、3歩よろめき、後ずさり、そして去っていく。その様子を見届けたミラーは、短剣とナイフを片付けるべくバッグを取りに踏み出した。

 

 そして、そこで初めて木陰に潜む気配と自分に向けられた視線に気が付いた。

 

「……あ〜、不覚だチクショウ。そこの敵意の無いお二人さん、俺に何か用があるのかい?」

 

 

 

〜そして現在〜

 

 

 

 肩を落とすミラーに旅人はかける言葉を見失い、ただ気まずそうに佇むのみ。そんな彼女の様子に気付いた彼は咳払いをして、ひとまず状況の仕切り直しを図る。

 

「オホン……まぁ、あれだろ?多分助けに来てくれたんだろ?」

 

「うん……その必要は無かったみたいだけど。何と言うか、ごめんね」

 

「いや、旅人が謝る必要は何処にも無いさ。単に俺が不注意だったって話で、むしろ気を遣わせて悪かった」

 

「そうだぞ、オイラ達は悪い事した訳じゃないんだからな!」

 

「そうそう、パイモンの言う通り」

 

 パイモンの言葉を肯定するミラーに、旅人も「そこまで言うなら」と気にしない方針に切り替える。持ち直した彼女を見て安堵する彼だったが、ミラーは1つ誤算をしていた。それは旅人の強かさだ。

 

「ところでどうして実力を隠してるの?」

 

「え”っ、いやー?別に隠してるつもりは……」

 

「無理があるよ、言いたくないならそれでもいいけど。じゃあその戦闘能力はどこで?」

 

「アッ、そ、それはチョット」

 

「ふーん、言えないんだ」

 

「スイヤセン、スイヤセン……」

 

「ま、まぁまぁミラーにも色々あるんだろうし、これくらいでいいんじゃないか!?」

 

「残念……ミラーを知るチャンスなのに」

 

 今度は何故かパイモンがミラーのフォローに入るという、完全逆転現象が起きていた。渋々追及を打ち止めする旅人にミラーは胸をなでおろし、パイモンに感謝して2人に交渉を持ち掛ける。

 

「その、できれば今日見た事は秘密にして欲しいんだが、何か欲しい物はあるか?可能ならモラ以外で」

 

「口止め料?別に言いふらす気は無「くぅ、先手を打たれたな。どうする?折角だし貰えるなら貰っとこう!オイラは美味いものならなんでもいいぞ!」……」

 

「得意分野だ、任せてくれ。旅人は?」

 

 旅人はミラーの提案に遠慮がちだったが、食い気味なパイモンの返答に言葉を遮られ沈黙した。彼に希望を聞かれ頭を回してみるものの、欲しい物と言われたって急には出てこない。

 

「うーん……」

 

「特に無いか。それか俺がしてやれる事でもいいぜ?」

 

「ミラーが、私に……いいの?」

 

「え、まぁ俺ができる範囲の事なら」

 

「分かった。それじゃあ、今から少し料理を教えてよ」

 

「───なるほど、そう来たか」

 

 

 

 

 

 旅人のバッグから調理器具を借りて、ミラーは突発青空お料理教室を開くことになった。旅人の申し出はミラーにとっても好都合と言うか、たまにサラが彼女の料理を褒めているのでどれ程の腕前か興味があったのだ。

 

 お互い手持ちの食材を確認後パイモンの希望でメニューは『キノコピザ』に決まり、即席の窯なり調理台なりを手早く組み上げる。主な食材はキノコにキャベツ、小麦粉とチーズあたりだろうか。

 

「さて、教えるっても旅人は料理出来るんだよな?サラはお前の腕を絶賛してたし」

 

「一応ある程度は。でも上手くいく時もあるし変な仕上がりになる事もあるかな」

 

「ふむ?なら一度完成までの流れを見せてくれ、作り方は適宜説明するよ」

 

「それでよろしく。パイモンも頼んだよ」

 

「おう、任せとけ!オイラにだって手伝える事はあるからな!」

 

 やる気十分の2人に頷き、ミラーは早速調理の手順を伝えていく。旅人は言われた通りに過程を消化し、時折パイモンに「それを頂戴」「あれを取って」と指示を飛ばす。

 

 その連携は中々に見事なもので、そこまで息が合う仲が少しばかり羨ましく思えるミラー。指摘するポイントを纏めつつ、初めてのキノコピザを無事完成させた彼女たちに、まずは拍手を贈ることにした。

 

「おお〜、やるじゃん。連携もお見事!」

 

「へへっ、やったな旅人!上手に出来たぞ!」

 

「うん、レシピも覚えたからまた作れるよ」

 

「よし大体分かった。じゃあ今度は俺がもう1回作るから、ちょっと近くに来てくれ」

 

「了解、パイモンは……って、もう食べてるし」

 

「もぐもぐ……う〜ん、焼きたてはチーズがのびるな!やっぱり旅人には料理の才能があると思うぞ!」

 

「同感だ、繁忙期に助っ人として鹿狩りに来てくれたらきっとお駄賃を貰えるぜ。そうなったからそのまま俺はお払い箱かもな」

 

 軽口を叩きつついつもの様にポケットの髪留めを取り出したミラーは、食材と調理器具を準備し直すと前髪を留めた。

 

「さて、ぶっちゃけると俺が言える事は多くない。精々が包丁の使い方と、後はリズムを意識しましょうって事くらいだな」

 

「リズム?」

 

「そ、リズム。ただその前に、まずは包丁の使い方からいこう。ほい握って」

 

「はい、それでこれからどうするの?」

 

 食材を前に包丁を持たされ、次の指示を待つ旅人。するとミラーは、「ちょい失礼、我慢してくれな」と彼女のすぐ後ろに立ち、腕をまわして自分より細く小さな手を握った。

 

「───!?ミ、ミラー?これは……」

 

「こうした方が教えやすいんだ」

 

ふゅっ、わ、分かった……けど、あんまり囁かれると力が……」

 

「んな無茶な。じゃあ手短にすませるぞ、まずは猫の手から──」

 

 若干脱力気味な旅人を支えながら、食材の押さえ方や切り方をレクチャーするが、手を重ねてコツを話すたびに腕の中で彼女が微かに悶えるので、ミラーとしては内心ハラハラしていた。

 

 これが普通に話している時の流れであれば──こんな状況になる雑談というのも非常に考えづらいが──戯れで旅人の赤くなった耳に小さく息を吹きかけるのもいいかもしれない。しかし今は包丁を持っている、刃物を扱っている時点で背景ピンクなドキドキが訪れる事は無いだろう。

 

 何とか怪我も無く、旅人からの「料理を教える」という条件はクリアできたミラーは、ちゃんと聞いていたのか聞いていないのか判別し難い彼女を解放した。怪しい足取りでパイモンの方に戻る旅人、「なんだかオイラすごいものを見ちゃった気がするぞ……」「弄ばれた……ミラーはそういうとこある」等と好き勝手言っているが、ミラーは聞こえないフリで手早く調理を進める。

 

 手際に淀みは無く一定のリズムを守って料理をする様は、自らが作るモノの出来が分かっているかのような、見る者に成功への道筋をなぞっている安心感を与える。旅人は、詳しく言われずともこれがまさに「リズムの意識」なのだろうと、感覚で理解できた。

 

「出来たぞ。2人ともどうぞ」

 

「やった!いただきまーす、もぐっんぐ……うんまああぁぁ!旅人のも美味しかったけど、ミラーのはキノコの香りが胸に広がるな!」

 

「うん、やっぱり美味しいね。流石に鹿狩りの看板を背負ってるだけあるよ」

 

「なはは、それは重畳。でも旅人はかなりスジがいいから、俺いつか追い越されるかもしんねーな」

 

 偶然の出会いを和やかに過ごし、ご満悦な旅人とパイモンの様子にミラーも今日という1日の幸運を実感する。食べ終えた2人に「例の件はよろしく」と念押しだけして、ミラーはズボンをはたき立ち上がった。

 

「さて、そんじゃ俺はそろそ、ろ……っ?」

 

「……ミラー?」

 

「眉をひそめて、どうしたんだ?」

 

 別れを告げてバッグを引っ掴もうとした手をピタリと止め、代わりに短剣の柄にそっと触れる。何かが真っ直ぐこちらへ向かってきている、木々の隙間を抜けて吹いてくる風に害意は混じっていない。

 

 ただ何か鬼気迫る気配に、ミラーは旅人へ警戒するよう言葉少なに伝えるが、急に速度を一段階上げたその『迫り来るもの』に、ミラーは不意をつかれた。

 

 

 

 

 

「しまっ銀鏡(ぎんきょう)!」ぐっ……!」

 

 気まぐれに風向きは変わるもの、良い出会いを運んでくれたからと言ってその1日、風がいいものばかりを乗せてくるとは限らない。出てきた影はミラーに飛びかかり、固い地面に背中を打ち付けた彼は肺から空気を押し出される。衝撃で一瞬意識が暗転するが、なんとか繋ぎ止め襲撃者を視界に収めると、ミラーは抜きかけていた短剣を自然と手放していた。

 

 ミラーを押し倒し馬乗りになっているのは人間、雅で華やかな紫を基調とした装いで低くない身分を思わせるその麗人は、息を切らしながら額に汗を浮かべている。美しく流れる紫の髪の毛先が地に着くことも厭わず、紫の眼を潤ませて真っ直ぐにミラーを見据える彼女に、ミラーは恐る恐るその者の名を口にした。

 

 

 

 

 

「──刻、晴?お前、何で……」




ひとまずここまで、帰らぬ熄星やらないと……。



あと刻晴も引かないとね!持ってないからね!ディルックの旦那もジン代理団長もモナもウェンティもおりゃん。

おりゃん……(´・ω・`)

次回は刻晴、更新は未定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

刻晴①

鍾離先生ガチャ外したァァァ!(ガチャ敗者)

でも天井でモナ来たァァァ!ちくしょォォォ可愛いよォォォ!!!

それから誤字報告いつもお世話になっております。教えてくれてありがとうやで。




「──刻、晴?お前、何で……」

 

「ずっと探してたのよ、貴方が私の前から消えた1年前から……」

 

 刻晴の震える声を乗せたまま重力に従って落ちた涙が、ミラーの胸に染みて溶け込む。それだけで、ミラーは胸中に押し寄せていた「なぜ?」の波が一度引いていくのを感じ、代わりに心臓の裏をチリチリと焦がす罪悪感を覚えた。

 

 喉で言葉が詰まり、なんと声を掛けていいのか、そもそも自分に彼女と言葉を交わす権利なんてあるのだろうか。そんな事がミラーの脳内を巡るが、初めて見る刻晴の弱々しい眼に、身体は思考の支配を外れて勝手に動き出す。

 

「その……悪かった、刻晴。とりあえず泣き止んで……あと、一旦降りてくれないか?今は2人きりじゃない訳だし、な」

 

 涙ぐむ刻晴の目尻をそっと拭い、彼女の肩に手を置いて立ち退くよう促すミラー。視界の端で旅人は驚きと困惑とがごちゃ混ぜになっているような表情を浮かべ、パイモンは小さな両手で目を覆いながら「2人きりならそのままなのか!?」と耳ざとく彼の発言を拾った。

 

「え?」

 

 刻晴はそこで初めて自分たち以外の存在に気付き、固まり、理解し、慌ててミラーの上から飛び退く。固い地面に寝る彼に手を差し伸べて、謝りながら引き起こす刻晴の頬は赤く染まり、涙もひいて少しだけ調子が戻ったようだ。

 

「ご、ごめんなさい!大丈夫?痛むところは無いかしら」

 

「はは……問題無い、お前軽いからな」

 

「もう!そういう事を言ってるんじゃ……いや、それよりもそっちの人達は?」

 

「ようやくか!オイラ達完全に置いてけぼりだったぞ、なぁ旅人……ひっ!」

 

 ミラーから一度視線を切って旅人の方へ向く刻晴に、今まで空気になっていたパイモンが噛み付いた。いや、正確には『旅人と共に噛み付こうと隣に目を向け、小さく悲鳴を上げた』。

 

「そうだね、ところでいつまで手を繋いでるの?」

 

「ん?」「え、手?」

 

 僅かに強まった風が運ぶ旅人の言葉に、ミラーと刻晴はそれぞれ自分の手へ目を落とす。そこにあるのは、先程引き起こしたまましっかりと握られた右手。

 

「あっ、そう、だな」

 

「ええ、そう、ね」

 

 こうも真正面から指摘を受けた以上、流石に離した方がいいだろうとミラーは力を抜いて手を開くが、刻晴は自分の親指で彼の手の甲を軽く撫でるだけ。

 

 白く華奢な彼女の指がミラーの肌を滑る度に、彼の背筋をこそばゆさが駆けていく。俯きがちな刻晴が何を考えているのか測りかね、何度か呼び掛けるがやめる気配は一向に無かった。

 

「……刻晴?」

 

 すりすり。

 

「あの、刻晴さん?」

 

 さすさす。風がさらに強まる。

 

「えっと、そろそろ視線がだな……聞こえてる?」

 

「もう、どこにも行かないでね」

 

 刻晴の呟きに、ミラーは言葉に詰まって即答しかねた。

 

「ッ、あー……勝手に消えたりはしない、約束する」

 

「ん……今はそれでいいわ」

 

 名残惜しそうに手を離す刻晴は、ミラーの返答に一応の納得を示す。そして一連の流れを見ていた旅人も、2人の間の甘いだけではない空気に、無意識で集めていた暴風を静かに散らした。

 

 避難していたパイモンが恐る恐る旅人の側へ戻り、自分が吹き飛ばされる心配が無い事が分かると、こっそり旅人に「どうすんだよこの状況?また置いてけぼりじゃないか」と腕を組んで訊ねるが、それに対しての旅人の答えは大変にシンプルなもの。

 

「?……そのまま聞くよ?」

 

「えっ」

 

「ねぇ、2人はどういう関係なの?ミラーの事を銀鏡って呼んでたけど」

 

「い、行ったーーー!たまに出るお前のその強さは何なんだ!?」

 

 歩み寄ってきた旅人に本質をぶっ刺され、どう答えたものか悩むミラー。刻晴もまたその質問に答えあぐねており、その沈黙が旅人に「一言では表せない複雑なもの」という事だけを教えてくれる。

 

 今この場は完全な膠着状態だった。心地よく過ごしやすい快晴の青空と、その陽気な熱を帯びたそよ風がモンドを包んでいると言うのに、この空間だけが灰色に停滞し動き出せないままだ。

 

(……これは、何も聞き出せそうもないね)

 

 ミラーと刻晴は未だ今日の再会に困惑が残っている。ならばまずはこの2人がお互いの事を整理する必要があるだろう。頭に手を当てて詮索を諦めた旅人は、ため息混じりに1つの提案を持ち掛けた。

 

「なんて言うか、今のあなた達には少し時間と言葉が必要みたいだから……一度モンド城に戻ろうよ。聞きたいことは沢山あるけど、まずは2人で話し合った方がいいと思う」

 

「オイラも賛成だ。今のお前ら、ぐちゃぐちゃでよく分かんない状況だし、落ち着いたらお前らの関係を教えてくれよ」

 

「……ええ、私もその方がありがたいわ。そうだ、最後に自己紹介だけさせてくれる?私は『刻晴』、璃月から来たの。貴方たちは『旅人』と『パイモン』でよかったかしら」

 

 旅人の提案を呑む姿勢を見せる刻晴に、ミラーは異論なく従うことにした。何を言われるかは分からないが、こうして自分が特定された以上、聞かれることには全て答える気で居る。

 

 簡単に自己紹介をしている3人を傍目に、「今日が俺の命日にならなきゃいいな……」と空を仰ぐミラー。再会こそ突然で刻晴は感極まっていた、しかし腰を落ち着けて話すとなると、彼女は存分に追及してくるだろう。

 

 1年前に刻晴の元を離れたミラーは、当然なんの理由も無く璃月を去った訳では無い。『それなりの事情』という物が有りはするものの、それでも結果として相当の迷惑を掛けてしまったのは想像に難くなかった。

 

 『璃月七星』の中でも特に多忙な仕事人間である刻晴が、わざわざ自分を探す時間を捻出するというのがどれほど大変な事か。隣で彼女をずっと見てきたミラーはそれがよく分かっているからこそ、「殺されるのかな、それとも半殺しかな」くらいは普通に思っている。

 

(いい天気……俺みたいな人間が死ぬには申し訳ないくらいだぁ……)

 

 なんて現実逃避じみた思考を終着点とし、太陽の光を浴びてそよ風に身を委ねる彼は、ふと『その風の中に異物を感じ取った』。全くもって洗練されていない行軍の足音、意味不明な言語を高らかに歌い上げる耳障りな声。

 

 話が終わったらしく解散の流れになった刻晴たちに「待った」をかけ、辺り一帯の気配を洗い出すミラーは、露骨に顔を顰めて今日の運勢の乱高下にうんざりする。

 

「やけに素直に退いてくれたな、とは思ったけどさ……囲まれてるわこれ。手遅れだ」

 

「?……!ええ、私にも今分かったわ。相変わらず冴えてるのね」

 

「はは、まぁこれは俺のお株だからな」

 

「お、おい!それってもしかして……」

 

 不吉な物言いのミラーと刻晴に、パイモンは2人が言わんとすることを予測して青ざめる。旅人も何かを感じ取ったのか、小さな親友に「隠れてて」と手短に伝えた。

 

 ミラーは短剣を構え、投擲用ナイフの残数を指でなぞって確認し、刻晴は取り出した片手用の直剣を右手に、『雷楔』の印を左手で結ぶ。

 

 旅人もまた、異質な造形の片手剣を抜いて、流れ行く風を手中に収めた。神の目が見当たらないのに風を操る旅人に、刻晴は少々興味の視線を向けるが、「今聞くべきでは無い」と己を律して会敵に備える。

 

「共闘するのは久しぶりだな」

 

「ええ、ちゃんと付いてきてね?」

 

「俺は神の目を持ってないんだけど」

 

「貴方の力量は把握してる、私は出来ないことを言わないわよ」

 

「……昔から俺にやる気を出させるのが上手いなぁ」

 

「ミラー、隣でイチャつかないで。気が散るから」

 

「スンマセン」

 

 僅かに怒気をはらんだ旅人の声に、即座に謝り改めて気を張り直すミラー。奔狼領の一本道、両脇は切り立った崖が逃走を阻み、しかも迫るヒルチャール達は挟撃を仕掛けてくる。

 

 ミラーは刻晴と背中を合わせ、旅人の隣に立っていた。前と後ろのどちらかが押し込まれれば終わりな以上、神の目を持つ刻晴と旅人が前後をそれぞれ抑え、ミラーは臨機応変にそのサポートをしなくてはならない。

 

「ミラー、バッグを預けるから使えそうな物は使っていいよ」

 

「分かった、旅人のバッグは小さいのに色々入っていいよな」

 

「あげないからね?」

 

「……ちぇっ」

 

 そんなやり取りをしている間に、ゾロゾロとやって来るのはヒルチャールの戦闘部隊。燃え盛る棍棒、鋭利な矢が装填された弩、鍛えた肉体を守る木製の盾、厄介どころでは済まされない殺傷力過多な武器を携え、まさしく前門の虎後門の狼だ。

 

「さて、今回はさっきみたいに加減しないぞ」

 

 こうして、ミラーの本日2度目の戦いの火蓋が切られた。

 

 

 

 

 

 刻晴と旅人の状況に目を走らせながら、ヒルチャールの一体に肉薄し短剣を突き刺すミラー。ヒルチャールの腹部の肉を切先で裂き進み、手首を返して内臓を巻き込みつつ傷口を広げると、解読不能の小さな呻きとは裏腹に大量の赤い命の水が溢れ出た。

 

 十分な致命傷を与えたミラーは素早く短剣を引き抜き、目の前の存在が使い物にならなくなる前に肩を掴んで、盾代わりにして弩の攻撃を防ぐ。即席の肉盾を押したまま駆け出し、自分に命中するはずだった矢を数本立て替えてくれたヒルチャールに、「すまんな」と雑に言葉を掛けてから近付いた弩持ちへ押し投げた。

 

 元々仲間だったモノをぶつけられた弩持ちのヒルチャールは体勢を崩し、弩を手放して地に転がる。当然そんな隙をミラーが見逃すはずもなく、起き上がる前に土に汚れた仮面ごとヒルチャールの頭部を足で踏みつけ、首と胸にナイフを一本ずつ投げ与えると足元の存在はすぐに沈黙。

 

「銀鏡!」

 

「分かってる!」

 

 刻晴に呼びかけられ、それに応えるミラー。視線の先では大盾を相手に苦戦を強いられている刻晴が、雷楔を使った大立ち回りで機を窺っていた。

 

 彼女の方へ向かいながら、炎の棍棒を振り回すヒルチャールの攻撃を回避したミラーは、そのまま相手の手首を短剣で掻っ切り棍棒を盗み取る。

 

「ちょっと貸してくれ」

 

 丸腰になったヒルチャールを蹴飛ばして、ミラーは木製の大盾に炎上する棍棒を投擲。棍棒そのものは防がれるが木製の盾はすぐさま燃焼して、防御力の消え失せた灰を風が攫って行き、刻晴は無防備な相手の頭にすかさず雷楔を命中させた。

 

「瞬く間に!」

 

 刻晴は自身の言葉通り、一瞬で大型ヒルチャールの目前に転移し、雷元素を纏った刃を横薙ぎに大きく斬り払う。鮮やかな手並みに感動するより先に、今度は旅人のフォローへまわらねばならない。

 

「風刃!」

 

 異国の装いをはためかせながら、数体のヒルチャールを吹き飛ばす旅人は、集めた風を炸裂させた反動で僅かながらも隙が生じる。そんな彼女に放たれた矢を、ミラーは投擲用ナイフで迎撃。

 

「ありがとう、よく撃ち落とせるね」

 

「器用さで売ってるんで」

 

 そんな軽口を叩くものの、敵の増援の多さに流石に辟易し、舌打ちするミラー。間合いを測り損ねた者から始末しているが、部隊の隅で展開している弩持ち数体が目障りだった。

 

「邪魔だ!」

 

 迂闊に飛び込んできたヒルチャールの見え透いた攻撃を弾き、ガラ空きになった腹部を蹴り飛ばしてもう一度弩持ちの方へ目を向ける。そこでミラーが見たのは、自分を捉え元素を纏う装填済みの幾つもの矢。

 

(クソっ、間に合うか……!?)

 

 ナイフの柄を引っ掴んで数瞬先の未来を予測するミラーは、脳内演算が弾き出した「無傷での対処は不可能」の答えに歯噛みするものの、出来る限り軽傷に抑えるべく不完全な体勢で迎え撃つ。

 

「銀鏡!」「ミラー!」

 

 遅れて状況を理解した2人が彼の名を呼ぶが、もはや楔を投げようにも風の剣圧を飛ばそうにも、どうやったって間に合わない。

 

(急所と利き手さえ避ければ!)

 

 

 

 

「昼夜を切り裂け!」

 

 そんなミラーの覚悟は、思いもよらぬ形で裏切られる事になる。ヒルチャール達は引き金を引くすんでのところで、『連続して響き落ちる雷』に見舞われ、二度と矢を放つことは無くなった。

 

 青天霹靂。突如雷に焼かれ、理解する時間も与えられずに倒れたヒルチャール達の元へ舞い降りるのは、『紫電と陰翳を纏いし鴉』と、『幽夜浄土の主にして断罪の皇女』。風に靡く金の髪と漆黒に抱かれているかのような衣装、そして依然として騒ぎ立てる蛮族共を冷ややかに睥睨する翡翠の右眼を、ミラーは知っていた。

 

「フィッシュル!?」

 

「何とか間に合ったようね、鹿を追う狩人。この皇女が特別に力を貸してあげる」

 

「なんでここに……いやまぁ今はいい、手伝ってくれるんだな?」

 

「ええ、ただし貴方にも狩人としての力を示してもらうわ」

 

「俺は狩人じゃなくて料理人だけど、なっ!」

 

 そう言いながら背後から迫っていたヒルチャールへ、見事な上段回し蹴りを叩き込むミラーに、フィッシュルは不敵な笑みを浮かべて弓を手にする。

 

「オズ。この舞台で矢を番えるのは私1人でいいの」

 

「お嬢様の仰せのままに」

 

 その名を呼ばれた鴉、オズは主の意向に沿わない異分子である、弩を構えたヒルチャールの頭上へ飛翔した。そしてフィッシュルの言葉を現実のものにする為に、生み出した雷球で攻撃を開始。

 

 刻晴と旅人は「誰……?」という疑問を一旦飲み込み、自らを皇女と名乗る雷元素使いの少女は味方である、と意識を切り替え、目の前の敵を撃破する。

 

 ミラーは刻晴の隣に立ち、フィッシュルは旅人の側へ。互いに背中を預け合い、ヒルチャール達の最後の攻勢に備える4人(と1羽)は、もうこの状況を突破できる未来しか描けなかった。

 

「おい、刻晴とフィッシュルの神の目が何か光ってんぞ?」

 

「これは……雷元素が共鳴してるのね」

 

「うん、私にも感じる。2人の力が響きあって増幅してるんだ」

 

「今この瞬間、広大な時の波の中で私達の運命は混じり合った。強権の雷を以て、弁えない愚者の罪を焼いてあげるわ!」

 

「……へぇ〜、ソウナンスネ〜」

 

「ミラー様、あまり落ち込まれぬよう」

 

「落ち込んでねぇし……俺だけその感覚分かんなくても別にいいし……」

 

 一人だけ自分の中の元素が昂る感覚から除外されようとも全然気にしていない(本人談)ミラーは、気を取り直して短剣の血と脂を拭い取る。旅人とフィッシュルの前には、シャーマンを奥に控える多種多様な武器を携えた混成部隊。ミラーと刻晴に向かってくるのは、ひと際重い足音と共に筋骨隆々の肉体を頑強な岩の鎧に包まれた『岩兜の王』。

 

 旅人は風を捕まえ、フィッシュルは矢に雷を灯し、刻晴は岩の鎧を見据え、ミラーは旅人のバッグから『聖水』のラベルが張られた瓶を取り出す。

 

(……これ清泉町の水じゃね?)

 

 若干1名、締まらないまま最後の衝突が始まった。




公式Twitterのヒルチャールが可愛いくて書くのが割と辛かった。そして刻晴登場でようやく本編開始だぜ……。

というわけでしばらく続くよ刻晴回、なんせメインヒロインなもんで。

次回は1週間以内に投稿予定。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

刻晴②

ガイアの口の上手さと張るくらいフィッシュルの口調ムズいな?無理なんだが?

フィッシュルのあの可愛さを成立させてる原神には畏敬と感謝しかない。


 列になってない列を成して行軍するヒルチャールの一団を前に、旅人は剣を強く握りその場で跳躍。集めた風を解放しながら、身を捻って元素の力を爆発させる。

 

「風と共に去れ……!」

 

(!?かっこいい!)

 

 その風は触れる者を巻き上げ喰い散らす竜巻となり、逃れる術を持たないヒルチャール達を容易く飲み込む。獲物を追う獣のような獰猛さを宿して突き進む竜巻へ、フィッシュルは引き絞った弓を向けて高らかに告げた。

 

「その嵐に雷鳴を轟かせるわ!オズ、愚かな罪人達を夜の果てに連れ去りなさい!」

 

「かしこまりました」

 

 紫の尾を引いて放たれた矢とオズの羽ばたきに乗せられた雷撃は、風の中でもがくヒルチャールに命中し、絶え間ない風の刃に電熱の責め苦が重なった。

 

 一本道という地形が旅人たちにいつも不利に働く訳ではなく、逃げ道が無いのはお互い様。風と雷の二重奏がすべての障害を排除し、霧散した元素が残した薄汚れた仮面や巻物の山を見て、旅人はフィッシュルに礼を言う。

 

「ありがとう、上手く合わせてくれたね」

 

「ふふん、当然よ!異邦から来た者同士、呼吸を合わせるのは秘された罪を暴き立てるより易い事だわ」

 

「えっ……よく分からないけど、あなたも別の場所から来たの!?」

 

「ええ、私こそが幽夜浄土よりこの世界の呼び声によって招かれた断罪の皇女。その名も──」

 

「フィッシュル様でございます。私の事はオズ、と」

 

「ちょっとオズ!」

 

「改まった自己紹介はまた後ほどにした方がよろしいのでは?」

 

「はっ!そ、それもそうね」

 

 ヒルチャールの軍勢を一掃した旅人とフィッシュルの眼前には、見通しの良くなった一本道が伸びているのみ。しかし彼女達には見えていないだけで、頭の後ろにも世界は広がっている。

 

 2人が振り返ると、岩兜の王を相手にミラーと刻晴は、そびえる巨体の鎧を引き剥がしていた。

 

 

 

 

 

 後ろで暴風が吹き荒れるのを感じ取り、旅人が大技を炸裂させた一方で、ミラーも岩兜の王を討ち取る為に聖水(仮)の瓶を取り出す。刻晴の雷元素を帯びた攻撃は強力だが、それだけで押し勝てるような相手では無い。

 

 カギとなるのは元素反応、それを分かっている彼は神の目を持たないなりのやり方で引き起こすだけ。向かってくる巨躯の頭上に瓶を投げ、タイミングを見計らい投擲したナイフで砕く。降り注いだ水が岩の鎧に染み込み、「これだけか?」とでも言いたげな岩兜越しの目に、「俺はな」と睨み返してミラーは刻晴に目配せした。

 

「任せなさい、貴方は離れて」

 

 刻晴は一歩踏み出し構えた剣に相手を映すと、刀身は雷電に包まれ岩兜の王の影を呑む。彼女の雷を見てこれから自分の身に何が起こるかをようやく察したのか、余裕の歩みから一転して地を蹴り出して迫る岩兜の王。だが気付くのが遅かった、速度が乗り切る前に踏み入れたそこは刻晴の間合いだ。

 

()(つるぎ)よ、(かげ)(したが)え!」

 

 刻晴は蓄えられた元素の力を解き放ち、広範囲の放電で岩兜の王の勢いを削ぐ。すかさず閃くのは縦横無尽に駆ける剣技の冴え。軌跡を残す剣影の裏側で彼女は的確に斬撃を繰り出し、王を襲う感電反応を存分に利用して鎧を削る。

 

 ひらりと舞い落ちた一枚の葉が、刻晴の元素爆発によって宙で刻まれるのを見たミラーは、「お見事」と零して短剣を握りしめた。

 

 刻晴がミラーの隣まで戻ると同時に、纏っていた岩元素がはげ落ちる岩兜の王。好き放題に攻撃され怒り心頭らしい、奔狼領に響く雄叫びを上げる王へ、ミラーと刻晴は得物の切先を向ける。

 

「仕留めるわ、準備はいいかしら?銀鏡」

 

「勿論だ、合わせてくれよ?刻晴」

 

 互いに頷き合い、ミラーは短剣を手に先行した。身を屈め低い姿勢で駆け出し、刹那の内に距離を詰める彼に、一拍遅れて刻晴も走り出す。岩兜の王は先に突っ込んできたミラーへ拳を振り下ろすが、そこには既に狙っていた人間の姿は無く、スライディングで股下へ滑り込まれている事に気が付かない。

 

「跪けよ、王」

 

 ミラーは後ろへ抜けるすれ違いざまに、王の足の健を切り裂き膝裏へ短剣を深々と突き刺した。兜越しにくぐもった呻きを漏らす王は、堪らず地に膝を着いて(こうべ)を垂れた、垂れてしまった。高度の下がった頭は、刻晴が飛び越えるのに何の苦も無い。

 

「はあぁぁ!」

 

 刻晴は跳躍して身体を捻り、視界が上下に反転しようとも目測を見誤る事無く、一刀のもとに兜ごと王の首を刎ねた。

 

 旅人とフィッシュルは「これで全て倒しきった」と息を吐き、鮮やかな連携を見せた2人へ駆け寄る。

 

「やったね2人と……も?」

 

「流石、私の認め……た?」

 

 そこで思わず言葉を切った旅人とフィッシュル。それはきっと彼女たちが見たもののせいだ。

 

 

 

 事切れた王の骸が音を立てて地に伏せ、僅かに土煙が舞うその奥で、一つの人影が浮かんでいる。ミラーは刻晴とともにそこに居た。

 

 より詳しく描写するなら、ミラーは刻晴の背中と膝裏に腕を回して彼女を抱きあげていた。俗に言う『お姫様抱っこ』だった。

 

「ふふ、ナイスキャッチ……なんだかまた強くなってない?」

 

「一応、定期的に体は動かしてるさ。そういうお前は少し軽くなったような……」

 

「もう……誰のせいだと思ってるの、バカ」

 

(あ、また元素爆発しそう)

 

(うぅ、今のミラー……すごく声を掛けづらい。サインか握手が欲しいな……)

 

 旅人はさっきからちょくちょく擦ってくるイチャつきに少しだけイラッとし、ミラーの隠れファンであるフィッシュルは今日も憧れを胸の内に留めるに終わった。

 

 

 

 

 

~それから数十分後~

 

 

 

 

 

 あまりにも多かった敵の増援は、どうやら別件として西風騎士団に依頼が届いていたらしく、あの後騎士団の人間がすぐに飛んできて事情聴取を受けることに。

 

 これは長引きそうだ、と困っていたところを旅人が「上手く言っておこうか?」と申し出てくれたので、刻晴と合わせて一足先に解放してもらうことにするミラー。

 

「ほんとか、悪いな……また鹿狩りで何かサービスさせてくれよ」

 

「あ、でも報酬とかあったら」

 

「いらないいらない、そっちで受け取ってくれ」

 

「んー、分かったよ。……そうだ、また料理を教えてね?色々あって今日教わったことを忘れた気がするから」

 

「え?あー、オッケー。じゃあここは頼む、行こう刻晴」

 

「ええ、そうね。ありがとう旅人、貴方とは一度ゆっくり話したいから私の事を忘れないで頂戴?勿論パイモンもね」

 

「うん」「おう!」

 

「フィッシュルも助けてくれてありがとな。たまたま通りがかってくれたのか?」

 

「えーっと……まぁそんなところよ。貴方の魂が私を引き寄せたの」

 

「マジか、それなら会いたい時には心で皇女の名を呼べばいいんだな」

 

「と、時と場合によるわよ!?」

 

「なはは、冗談だって。今日はありがとう、また店にも来てくれよ。オズと一緒にさ」

 

「……皇女をからかうだなんて、不敬が過ぎるわ」

 

 頬を膨らませるフィッシュルに弁明したかったが、時間がそれを許してくれそうにないので「なら詫びは次回来店のサービスで!」とだけ伝え、騎士団への対応を投げさせてもらった。

 

 奔狼領を出て清泉町を抜け、モンド城までののどかな街道を並んで歩く2人は、離れていた1年間に何があったかを語るより前に、まずは穏やかな談笑で距離感を取り戻していた。

 

 思わぬ再会からの間髪入れない敵襲は、状況が状況なだけに力を合わせて切り抜けたが、連携を身体が覚えていただけでコミュニケーションのリハビリにはなり得ない。

 

 その為に刻晴は、ハズレの無い『思い出』を話題に選ぶ。

 

「ねぇ銀鏡」

 

「ん?」

 

「今の私たちの光景を、出会った当時の私たちに言ったら信じると思う?」

 

「いやぁ絶対無いな。賭けてもいい」

 

「2人で同じ方に賭けたら意味無いじゃない」

 

 呆れたように苦笑する刻晴は、隣を歩くミラーに昔の彼の面影を重ねてみた。

 

 今よりは背が低く、小生意気で、口が悪く、皮肉屋だった彼。

 

 ミラーもまた、自分を見つめる刻晴に倣って数年前の彼女を思い起こすが、変わったところと言えば若干背が伸びたくらいで、あまりにも変わらない彼女に軽く吹き出す。

 

「ふっ、はは!刻晴は相変わらずと言うか……」

 

「そう言う貴方はかなり変わったわね、不良少年は卒業したの?」

 

「卒業させられたんだろ!まったく、お前に出会ったせいで俺の人生狂いまくりだ」

 

「へぇ、後悔してる?」

 

 目を細めてミラーの顔を覗き込むように問う刻晴は、口元に少しばかりの笑みを浮かべている。そんな彼女に対して、ミラーは目を逸らしてため息混じりに解答した。

 

「……答えが分かってる質問をするなんて、時間を大切にするお前らしくないな」

 

「ふふ、貴方との時間に無駄な瞬間なんて無いわよ」

 

「っ、やっぱお前変わったわ!昔はそんなからかい方しなかっただろ!」

 

 これ以上見透かされるのは御免だ、と言わんばかりにそっぽを向いてすぐさま前言を撤回する。そう、昔はこんな風にからかう事はおろか、隣あって仲睦まじく陽の当たる道をゆったり歩くなんてあり得なかった。

 

 

 

 こんな今が訪れるなんて、宝盗団の一員として過ごしていた頃の銀鏡は思いもしなかっただろう。

 

 

 

 

 

~3年前~

 

 

 

 

 

 青天に近い高山の中腹で寝転がり、長い前髪越しに目へと刺さる疎ましい日の光を遮るように、一枚のコインを太陽に重ねる少年。目の前で僅かな影を生み出すこの小さなコインには鴉のマークが刻まれており、今の自分という存在を語るのには十分すぎる一品だ。

 

(……軽いな、俺の人生)

 

 手の中に収まる軽い円形が今の自分の証明であるなら、少年の人生の重さと同義ではないのか。ふとそんな思考が表層に浮かんでくるが、それを自嘲も誇りもせず、事実の一欠片として無感情に受け止めコインをポケットにしまう。

 

 上体を起こして眼下に映すのは、大陸最大の貿易港であり少年の餌場でもある地『璃月』。名品珍品玉石混交だが、集う物品は盗賊の手に掛かれば全て最終的にモラへと形を変える。宝盗団としては過ごしやすい事この上無い、町そのものが一本の金の生る木。

 

(ふぅー……璃月に降りる前に、まずは()()()()の相手をしないと)

 

 その場で軽く伸びをして、下から上がって来る一つの気配へ目を向ける少年は細く長く息を吐く。頭が痛かった、自分の記憶と感覚が確かなら下に居た他の団の人間は決して弱い訳ではなかったはずだが。

 

(盗賊退治の依頼でも受けた冒険者ってとこか……)

 

 仕方なく立ち上がりあくびを噛み殺すと、少年は来客へのおもてなしの言葉を幾つか用意し、そしてそれらは一瞬で全て霧散した。

 

 初めに見えたのは紫の柔らかそうなツノとボロいヘアピン、続いてアメジストのような澄んだ目、白い肌に細い腕と片手剣。イメージしていたものとは全く別物の存在に、少年は数秒ほど事態の理解に励む。

 

 一つ一つ推測のピースを当てはめ、現実を組み上げる少年はおおよそを理解したのちに嘆息。歩き方を見れば強いかどうかなんてすぐに分かる、間違いなく目の前の女は実力者だ。

 

「あぁ、マジかよ……もっと毛むくじゃらの厳ついオッサンが上がって来るかと思ったんだが」

 

「……お互い様よ、まさか最後の一人が君みたいな子供だなんて」

 

「お?もしかしてお涙頂戴の暗い過去でも話せば見逃してくれる?アンタみたいな育ちの良さそうなお嬢さん相手なら、簡単に同情してくれそうな話を幾つか作ってやれるぜ」

 

「話なら千岩軍の怖いお兄さんにして頂戴、無駄な時間は使いたくないの」

 

「手厳しいねぇ、子供には優しくってお父上に言われなかったのか?」

 

「あまり痛い捕まえ方はしないであげるわ……」

 

 そこで少年の目は、視線の先に立つ女の重心が前方へ僅かに移動する瞬間を捉えた。

 

「物騒なモン構えてよく言うよ、女ぁ!」

 

 少年は後ろ手にナイフを抜き、相手の踏み込むタイミングに合わせて投げつけ牽制する。容易く弾き落とされるが、少年の狙いは当然別にあった。

 

 女が飛来する脅威を処理した時、少年は既に眼前へと迫っており、驚きと同時に内心で謝罪しながら加減抜きの鮮やかな()い一()を放つ。

 

 瞬時に幾つもの斬撃がほぼ同時に前面へ展開する、その攻撃は迂闊な少年の体を無慈悲に斬りつけ、十二分に痛い捕縛法となり……

 

 

 

「ナメすぎだろ」

 

「っ!?」

 

 そんな現実は訪れない。白刃の波を潜り抜けた少年は小さく吐き捨てると、反応の遅れた女の背中を蹴り飛ばす。転がり体勢を立て直しながら少年へ向き直ると、女は何かに気付いて自分の背に手を添えた。

 

 先程まで女が持っていたはずの、淡い紫の光を宿したペンダントは、今は少年の手の内に有る。

 

「今の一瞬で……」

 

「手先の器用さはかなり自信あるぜ。しっかし神の目持ちか……そりゃ下の奴らがノビてる訳だ。あーーー、アンタ名前は?」

 

「……刻晴よ」

 

「!刻晴……有名人の神の目を手に入れちまったなぁ。売り方考えないと足が付きそうでめんどくせぇ……っと、これは持ち主の前でする話じゃないか」

 

「君は、何者?」

 

 頭を掻く少年に、刻晴は睨みを効かせつつ名乗りを促すが、それに対しての返答は「言う訳ねーだろアホ」というある意味至極真っ当なもの。少年は神の目をポケットに入れ、代わりに取り出した物を刻晴に投げる。武器では無いと判断し受け取った刻晴の手の中にあったのは、安っぽい鴉マークのコイン。

 

「ははっ、美人の怒った顔は怖えから、それで機嫌直してくれよ」

 

「……これは年上として、少しお灸を据える必要がありそうね」

 

 あからさまな煽りに刻晴は静かに剣を構え、少年も使い慣れた短剣を取り出す。

 

(もしかしたらマジで命日になるかも……あーやだやだ、クソ野郎として生を終えるならクソッタレな雨の日がいいのに)

 

 銀鏡と刻晴、両者の出会いは剣戟によって語られる。今はまだ、相容れぬ者として。




何となく察した人もいるかもだけど、ぶっちゃけミラーの設定は言笑さん見て思いついたよね。

次回は回想のお話、そろそろ糖度上げていきてぇなぁ!?



自分で名づけといてなんだけど銀鏡って眼鏡に空見するからやめてほしい(理不尽)

銀鏡君は眼鏡かけてないのに読み直すと眼鏡に見えるからあれ銀鏡なんで眼鏡になってんだ君眼鏡してないだろ銀鏡てめぇインビジブル眼鏡銀鏡銀鏡眼鏡刻晴さん眼鏡かけてくれませんか似合うと思うので特に誕生日イラストの角度で掛けていただけるとそれだけで助かるの命があるのですが!!!

次回更新は一週間以内の予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

銀鏡と刻晴①

聖遺物集めサボってたのが祟って雪山クソほどキツい。




「はぁ、はぁ……あのさ、神の目が無くても強いとか勘弁してくんね?」

 

「ふぅ……君こそ……その歳でその技術は何?」

 

 肩で息をする銀鏡と、比較的涼しい顔で息を整える刻晴。最初の攻防で銀鏡が有利を取れたのは、あくまで刻晴に少なからず油断があったからで、真剣にぶつかり合えば軍配が上がるのは彼女の方だ。

 

 暫く切り結んだ銀鏡が分かったのは、腕を磨く時間も、踏み越えてきた修羅場も、力への向き合い方も何一つ届かない。それ故に彼が先に音を上げるのは、当然と言えば当然だった。

 

 だが刻晴としては、ここまで決定打を与えられていない事に驚きを隠せずにいる。どれほど追い込んでも紙一重で躱され、彼女の死角や消しきれなかった隙を嫌がらせのように的確に突いてくるのだ。

 

「ははっ、人の嫌がることとかスリは大得意でさ」

 

「最悪ね、折角の器用さを盗みに使うなんて」

 

「こうでもしないとおまんま食いっぱぐれるし、俺だって住むとこ奪われたんだから奪ったっていいじゃないか」

 

「盗賊の理屈を聞く暇は無いわよ」

 

「分かってんじゃん、璃月七星……あ?」

 

「……?」

 

 銀鏡は唐突に言葉を切って、刻晴を前にして静かに目を閉じた。行動の意図が掴めずに怪訝そうな目を向ける彼女に、少年は少しすると薄目を開けて眉をひそめる。

 

「アンタ、その様子だと気付いてねーのか。気配察知は俺が上みたいだな」

 

「気配?一体何のこ「よっ、と」っ!?」

 

 刻晴の問いを遮って軽い調子でナイフを投げる銀鏡は、大気を切り裂いて彼女へ迫っていた一本の矢を撃ち落とした。鋭利な金属同士が奏でる硬質な音と、自分の側で転がる矢を見て合点がいった刻晴は、弾かれたように顔を上げ周囲を見回す。

 

 そして自分たちを取り囲むようにして展開する数体のヒルチャールと、それらを従える『アビスの魔術師』の存在を認める。神の目が手元に無い刻晴にとって今この状況は、少々劣勢と言えた。

 

「あーあ、こんなとこにまで……どこにでも湧いてくるよな。アビスさんよぉ、嫌われ者同士仲良くしようぜ」

 

「フン、なら何故璃月七星を助けた?もう少しで始末出来ていたものを……」

 

「いやー、手が滑って飛んでったナイフがたまたま邪魔しちまってさー」

 

「抜かせ、これ以上は時間の無駄だ」

 

 半透明の元素の殻で自分を覆い、これ以上の対話を拒否するアビスの魔術師。杖や棍棒を構えて完全にやる気な相手の様子に、銀鏡は渋々ポケットに手を入れて、引っ張り出した神の目を刻晴へ投げ渡す。

 

「おい女、ほら」

 

「っとと……神の目?」

 

「返してやるからそれで魔術師はやれるだろ。他の雑魚は俺が抑える」

 

「どういう風の吹き回しかしら、盗賊が盗品を手放すなんて」

 

「別に?元々俺はソイツが要らないモノを盗む主義でね。あとは、俺が死ぬのは雨の日って決めてる。今返さないとアンタと心中することになりそうだしな」

 

「へぇ、おかしなこだわりね」

 

「美学がなきゃ、人は人として生きられない。ケダモノだらけの宝盗団で俺が学んだ一つだぜ?」

 

「……いいわ、背中は任せる」

 

「お気に召してくれたようで」

 

 剣を片手に印を結び、雷楔の狙いをアビスの魔術師へ定める刻晴と、突っ込んできたヒルチャールを短剣で食い止め、飛んでくる矢を片手間で迎撃する銀鏡。

 

「行ってら」

 

「迅影が如く!」

 

(……速えぇ~)

 

 こうして、銀鏡と刻晴の予定外の第二ラウンドが始まった。

 

 

 

 

 

「終わり……あぁ、疲れた〜」

 

 刻晴と力を合わせて全ての脅威を排除した銀鏡は、「もう動きたくねぇ」と無気力に立ち尽くす。そんな彼の左腕には()()()()()()()があり、骨の折れた片腕がプラプラ揺れていた。

 

 有言実行しヒルチャール達を抑えきった銀鏡だったが、その前の刻晴との戦闘でとうに集中の弦は切れており、反射神経の鈍化が一撃の被弾を許してしまったのだ。

 

 その甲斐あってか、刻晴はアビスの魔術師を相手に完璧に立ち回り、見事無傷での勝利を収めていた。

 

(痛ってて……利き腕じゃないだけマシだな)

 

「ちょっと、大丈夫!?」

 

 銀鏡の異変に気付き駆け寄ってくる刻晴、その手にはポーチから取り出したハンカチが握られている。

 

「問題ないから、こっち来んな」

 

「手当てしないといけないでしょ、ほらそこに座って頂戴」

 

「いいっての、1人で出来る」

 

 右手で「しっしっ」と追い払う銀鏡に、刻晴は退くことなくさらに距離を詰め彼の肩を掴んだ。

 

「私がやった方が早いわ、いいから座る!」

 

「うるっせぇな!?構うなって、俺は他人に世話してもらうのが嫌いなの!」

 

「そんな意地張るのは後にしてよ!時間は有限なんだから、こんな問答させないで!」

 

「知るかそんなアンタの理屈!あとアンタ汗臭「お黙り痛ってぇぇぇ!ブチ56すぞクソ女!」

 

 患部を指で押され、走る痛みに絶叫し思わずお口が悪くなる銀鏡。一向に譲らない刻晴に嫌気がさし、彼女を押しのけて逃走を謀る。

 

「ははっ、捕まってたまるかバーカ!じゃあな!」

 

 だが意固地になってしまった刻晴は、雷楔で瞬時に銀鏡の前方空中へ転移し、重力の力を借りて強引に押し倒した。

 

「は!?ぐえっ、痛っっっ!」

 

「逃げようとするからよ、大人しくしなさい」

 

 疲労困憊の銀鏡が咄嗟に反応できるはずもなく、固い地面に怪我をぶつけて悶絶している上で、彼に騎乗する刻晴は諭すような口調で落ち着くよう促す。がしかし跳ねっ返りのお年頃が、その程度で屈することは無い。

 

「離れろ、重いんだよ!」

 

「なっ……君ねぇ、そんな訳ないでしょ!」

 

「ハッ、愛してない女の身体なんて世界で一番重いね!黙ってさっさと降りろデb『ドスッ』……」

 

 返答は銀鏡の顔の横に突き立てられた片手剣、チラリと横目に見れば刀身に映っている自分と目が合った。今の刻晴は誰がどう見ても噴火寸前で、今回ばかりは彼も気圧され口を噤んだ。彼女はとびきりの笑顔を浮かべているのに、悪寒が止まらず何故か肌が痺れてくる不思議。

 

「──何を言おうとしたのか分からないけど、そんな事ないわよね?」

 

「……ソンナコトナイデス」

 

「大人しく治療を受けるでしょ?」

 

「……オネガイシマス」

 

「うん、素直でよろしい♪」

 

 このやり取りで銀鏡が学んだことは、雷元素の神の目を持つ者が怒ると、言葉通りピリつくという事だった。

 

 

 

 

 

 銀鏡はその場に座り腕を差し出し、刻晴はハンカチ等で応急手当を施す。斜陽が作りだす日溜りの中で橙色に染まる港を一望する男女、シチュエーションとしては中々に幻想的で優雅なのに、そこに甘美な雰囲気が一片たりとも存在しないのはある種の損失といえるかもしれない。

 

「ところで」

 

「は?何」

 

「いちいち喧嘩腰ね……なんで私を助けたの?」

 

「マジで何の話だよ」

 

「ヒルチャール達に私が気付く前よ。忘れたわけじゃないでしょう」

 

「……あぁ、アレね」

 

 一瞬本当に何の話をしてるのか分からなかったが、刻晴の補足説明で見当がついた。戦闘前に不意打ちの一射をナイフで撃ち落としたが、あの矢は確かに彼女を狙ったもので、銀鏡が対処する必要は無かったといえばその通り。

 

 適当に誤魔化してもよかったし、まだ隠し持っている武器を使ってさっさと話を切り上げてもいい。しかし疲れ切っていた彼はもう色々と面倒になり、ぶっきらぼうに答えを返す。

 

「なんか……多分、お前はここで死ぬべき人間じゃないって思ったから」

 

「いまいち要領を得ないわ、それは私を認めてたってこと?」

 

「別に」

 

 長い前髪から覗く銀鏡の眼は、嘘の色をしていない。刻晴にとっては少々癪なものの、認めていないというのは事実だった。

 

「ただ、そう……身なりとか育ちがよさそうだしバカみたいに真っ直ぐな目だったから、きっと幸福な人生を歩むんじゃねーかなと思った」

 

「それは……君にとって面白くない事なんじゃないの?」

 

「俺を何だと……あ、盗賊か。コホン、俺そんな腐った思考してねーし……確かに俺はほんの少しだけ運に恵まれない過去がある。けど、だからって……他の人間まで不幸になればいいなんて考えてない」

 

 言葉を整理しながらポツポツと口にする様は、恐らく自分の想いを外へ吐き出したことが無いのだろう。目の前でたどたどしく紡がれる銀鏡の想いに、刻晴はなぜか自分の心が落ち着かない事に気付く。

 

 今からこの盗賊の少年は、何を言ってくれるのか。先ほどまでむき出しだった刻晴への敵意を一旦忘れ、自分の根っこの部分を探索する彼は、一体どんな人間なのか。

 

「えーっと、だから、あー……幸せになる奴は幸せになればいいんだ。うん、だってそれは良いことだから。頑張ってるなら報われていいし、運がいいなら幸福に迎えにきてもらえば。ただ俺には関係の無い話だ」

 

 そこで「あっ、そうか」となにか納得したようにうなずく銀鏡。気になった刻晴が「どうしたの?」と訊ねれば、どうやら小さな胸のつかえが取れたらしい。

 

「俺はきっと、自分の人生の責任を全部自分で取りたいんだ。他人も仙人も、神様だって関係ない……俺は俺のやる全ての事を俺のせいにする。他の存在に世話されてちょっかい出されるのが嫌なのも理解できた」

 

「!……そう。はい、できたわ」

 

「こりゃどーも。さて、それでお前は俺をいつ千岩軍に引き渡す……え、何で笑ってんの?気持ち悪っ」

 

 応急手当を終えて立ち上がる刻晴に、これからどうするつもりなのかを聞く銀鏡は同じように腰を上げて、そして彼女の口角が上がっている事に気付きドン引きした。

 

 銀鏡の辛辣な一言もどこ吹く風、心から楽しそうにしている刻晴は、()()()()()()()()()()()()()()()()()。鴉のマークが刻印されたソレに、銀鏡は一人で勝手に納得して手を差し出した。

 

 なるほど、確かにコインがあれば身柄を引き渡す時に千岩軍も状況が分かりやすく無駄な時間が生まれない。今までの口ぶりから察するに、時間の重要性を人一倍理解している人間なのだろう。

 

刻晴、第一投、投げた。

 

「───えええええええ!?」

 

 完璧な投球フォームが銀鏡の疲弊した神経をバグらせ、「宝盗団の証を投げ捨てる」という刻晴の凶行を止められなかった。沈みゆく赤い日の光を存分に浴びてキラキラと輝くコインは、やがて見えなくなり空と地の隙間に溶けてしまう。

 

「ふぅ」

 

「いや“ふぅ”じゃないが!?」

 

 ひと仕事しました、とでも言わんばかりの一息をついた刻晴は、現実の把握に苦心する銀鏡の方を向いて自信満々に告げる。

 

「君はしばらく私のそばで暮らしなさい」

 

「いや意味分からん、マジで意味分からん怖い怖い怖い」

 

「君に興味が湧いたの、さっき教えてくれた思想は私の想いと重なるところがあるわ。だから私がいいって言うまで住む場所も用意する」

 

「だからの使い方分かる?あと人の話聞いてた?世話されるの嫌いって言ったよな?」

 

「世話なんてしないわよ、時が来たらちゃんと働いてもらうからそのつもりでね。償いは人の為の労働で果たして頂戴」

 

「めっちゃ干渉してくるじゃん……つかそんな権限持ってんのかよ」

 

「私は今の璃月を変える……けどその前にまずは君のその跳ねっ返りを矯正する。こじらせた男の子1人変えられないようじゃ、璃月を変えるなんて出来るはずないもの」

 

「だから話聞けや、全部ひっくるめて頭おかしいんじゃねアンタ」

 

「刻晴、そう名乗ったでしょ?」

 

 少し前、銀鏡は刻晴の事を『()()()()()()真っ直ぐな目』と言ったが、彼の中でその一文は『()()()真っ直ぐな目』に訂正される。彼女の弁を聞けば聞くほど恐れを知らぬ常識外れの論理に頭が痛くなり、彼はとうとう投げた。

 

 つまり、諦めた。

 

(とんでもないのに会っちまった……それも俺の運のせいか。喋りすぎたのもあるけどさ……口は禍の元ってマジだな)

 

「一応決定権を与えるわ、どうする?」

 

「もういい……好きにすれば」

 

「決まりね!君の考えは素敵だけど、人との接し方に関しては改善の余地があるわ。一人でなんて生きられないんだから、自分なりに他人との関係の持ち方を見つけなさい?」

 

「何様だよ、言っとくけどそう簡単に変えるつもりは無いぞ」

 

「当然、こればかりは時間を掛けるべきよ。でもコミュニケーションの基本として目は見せて……これをあげるから」

 

 そしてポーチから刻晴が取り出したのは、何の変哲もない髪留め。顔なじみの店で貰ったもので、使えと言うことらしい。

 

 今着けているボロボロのヘアピンと変えたらどうなのかと思ったが、おおかた愛着か思い入れがあるのだろうと、素直に受け取る事にした銀鏡。

 

「ところで、いい加減名前を教えてくれてもいいんじゃないの?」

 

「はぁ……銀鏡」

 

「銀鏡……綺麗な名前じゃない。さぁ、そろそろ日も落ちきるわ。行きましょう、時間は有限よ」

 

 これが、璃月七星の玉衡星『刻晴』と元宝盗団『銀鏡』の出会いの物語。




次で回想は終わるはずじゃ……。

年内更新イケるかは分からない、1週間以内に投稿予定です。

次はイチャイチャするぞ!そろそろ甘いの書かせろ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

銀鏡と刻晴②

年内間に合った〜。

今回はダイジェスト形式でお送り致す。

あと糖度高め。




 銀鏡が刻晴に連れられてやってきたのは、彼女の自宅兼仕事場だった。広さはあるが必要以上に豪奢ということはなく、璃月七星の住居としては少しばかり控えめと言えるかもしれない。

 

 そこで空き部屋の一つを銀鏡の部屋とし、刻晴は簡単に家の案内を済ませていく。リビング、書斎、仕事場などを見て回り──流石に彼女の寝室は口頭での説明に終わった──2人は一度腰を落ち着けた。

 

「幾つか取り決めをしましょう。そうね……まず起床時間は7時くらいかしら。ちょっと、露骨に嫌そうな顔をしないの」

 

「毎朝7時起き……クソめんど、無理無理」

 

「じゃあ叩き起してあげるわ、私はもう起きてる時間だから」

 

「年寄りかよ「ん?」なんでもねーです〜、もう好きに決めてくれよ。疲れたし眠いし、てか飯はどうすりゃいいんだ」

 

「そうね……1ヶ月の活動資金をあげるから、まずはそれでやりくりしてみて。外で食べてもいいし、ここにある食材なら使ってもいいわ」

 

「……狂ってんな。金持ち逃げしたって知らんぞ」

 

「君はそんな事しないでしょ」

 

 何故か自信ありげに断言する刻晴に、銀鏡は「アホくさ」と聞こえるように呟いて席を立つ。向かうのは先程彼のものとなったばかりの空き部屋だ。

 

「適当に決めて書いといてくれ……明日見るから」

 

 その言葉だけを一方的に残して、刻晴の反応を待つことなく部屋に入った銀鏡。部屋の中に特筆して物は無く、簡素だがしっかりした机と、シンプルながらも上質な心地のベッドがあるくらいで、恐らく急な来客に貸し出す為の空間なのだろう。

 

 そこで彼は家具の調子だけ調べると、それらを使う事は無く部屋の隅で壁に背を預け、静かに座り込んだ。

 

(怒涛だ、俺の人生がひっくり返っちまった)

 

 銀鏡はこの半日で盗賊としての身分を失い、代わりに住む場所を渡された。だが当然ながら1から10まで納得している訳ではなく、あくまで割り切っただけで「心機一転がんばるぞ」と思うような良い子ちゃんではない。

 

 他の誰でもない、自分が承諾した提案だからこそ、その責任も自分のもの。ならば今更ジタバタするのは自分に反する事になる。

 

(……明日は7時か)

 

 必要性を感じなかったために明かりは点けず、暗い部屋には耳が痛くなるような静寂が響く。音がしないあたり時計は無いのだろうが、 正確な体内時計が機能している銀鏡にとってはさしあたって問題は無し。

 

(片腕折れたまま出来ることなんてたかが知れてる……寝よう)

 

 髪留めを外して目を閉じると、今日1日の疲れがドッと押し寄せ、意識はあっさり眠りへと落ちていった。

 

 

 

 次の日、銀鏡はリビングの机に置かれていた1枚の紙を手に取り、『幾つかの取り決め』に目を通していた。そこへ、既に髪まで決まっている刻晴がやって来て、彼の姿に少し驚いた様子を見せる。

 

「あら、まだ7時前よ?なんだ、起きれるんじゃない。おはよう」

 

「……なぁ、聞きたいんだけど」

 

「何かしら、質問は手短にお願いね」

 

「なんで俺なんだ」

 

「どういうこと?」

 

 銀鏡の持つ紙に連なる文字は、『本を読み得た知識を実行して知恵とすること』や『目標を定めて日々努力すること』など自己啓発本に書かれていそうなものから、『眠くても毎朝7時にしっかり起きること』『お風呂には毎日入りなさい!』という日常生活を送る上での注意書きまで様々だ。

 

 だが、それよりも銀鏡は「そもそも」の話をしたかった。『自分の人生は自分のもの、神にさえも干渉されたくない』という人生哲学に刻晴は同調したが、彼からすればそんな考えの人間なんて他にも居るだろうと思う。

 

「璃月の人間に俺みたいな奴が居ない訳じゃないだろ。まぁ大体は神にべったりかもだけど、それでもアンタが構うのは俺じゃなくたっていいはずだ」

 

「ふむ……君の言葉を借りるなら、私には君が幸せになれる人間に見えたから?あとはそうね、私がその手伝いを出来る気がしたのよ」

 

「意味不明だし、お節介だな」

 

「正直言うと私もはっきりとは分からないの、だから今は『君に興味を持った』あたりにしておくわ。これでいい?」

 

 いいかどうかを問われれば、銀鏡としては何らよくない、答えになっていないような答えだ。しかし元々大した期待はしておらず、納得できる理由が欠片でもあればいいな程度しか思っていなかったため、この話題に早々に見切りをつけた。

 

「呆れた……風呂入ってくる」

 

「ええ、そうしなさい。お金はここに置いておくから、私は外の仕事に行ってくるわね。そうそう、その腕は早いうちに医者に診てもらうのよ!」

 

「はいはい、従う従う」

 

 早口で伝えるべきことを伝えて家を出る刻晴を後目に、銀鏡は脱衣所の扉を開けて左腕の怪我に巻かれたハンカチを解く。

 

(……アイツの決めたことは全部こなす。そのうえで俺は俺のまま、真っ向からアイツをコケにしてやる)

 

 昨日自覚したばかりの自分の芯を折られないように、銀鏡はこれからの根競べを覚悟した。『璃月を変える』という大層な理念を鼻で笑い、『跳ねっ返りを矯正する』という的外れな戯言に反抗で返し、『幸せになる手伝いが出来る』という恥ずかしい驕りを分からせるのだ。

 

 かくして銀鏡と刻晴の奇妙な生活が始まった。

 

 

 

 その日の夜、帰ってきた刻晴を銀鏡は書斎で出迎えた。

 

「戻ったわ……あら、服を買ったの?」

 

「まぁな、璃月の通りを歩くならそれなりの恰好をしとかないと、千岩軍に職質引っ掛けられるし。医者のとこにも行った、治るのにそんなに時間は掛からないらしい」

 

「それは良かった……ところでずっと書斎に?」

 

「出来る事が無いからな……まさか、晴れてるから外で動け、なんて言う気か?」

 

「流石に怪我人を動かす気は無いわよ。腕が治るまでは本を読むのが懸命だと思う」

 

「あっそ、なら暫くはこうさせてもらう」

 

「ええ、それがいいわ」

 

 

 

 一週間後、自宅で書類仕事をしていた刻晴は資料の本を探しに書斎へ入る。そこで積み上げられた本の山にぎょっとした。

 

「何?なんか探しモンか?」

 

「そうだけど、この山は?」

 

「読んで終わったヤツ」

 

「早っ……こんなに?出てこないなとは思ってたけど……」

 

「やる事ねーし、んでどれが要るんだよ。もしかしてコレか?」

 

「えーっと、そうね。今君が読んでる本、えっ内容分かるの?」

 

 読んでいた本に栞を挟み、無愛想に刻晴へ手渡す銀鏡。そのタイトルは『建築積算資料』。

 

「アンタはここにある本で勉強したんだろ?ならその跡を辿って読んでれば、分かるようになって当然じゃね?」

 

「道理としてはそうでしょうけど、それを一週間で……君は中々優秀みたいね」

 

「優秀……ま、伊達にガキの頃から宝盗団に入ってないな。つかアンタの本棚クソつまんねぇ、読むモンが早々に無くなったからそんなのに目を通すはめになったじゃねーか」

 

「そ、それは知らないわよ!」

 

 

 

 さらに一週間後、左腕が治った銀鏡は使っていた刻晴のハンカチを返す為、仕事場に足を踏み入れた。

 

「あぁ、治ったのね。わざわざどうも」

 

「そんじゃ俺はこれで」

 

「あ、待って」

 

「……え、何?」

 

「もう、またそうやって露骨に嫌そうな顔を……明日からどうするつもりなの?」

 

「明日からねぇ、昨日見つけた本の知識でも実践してみるか」

 

「へぇ、先週は私の書斎をつまらないなんて言ってたのに」

 

「なんか奥の方に押し込まれてたのを発掘したんだよ」

 

「!……も、もしかしてそれって」

 

「?普通の料理本だったけど」

 

「やっぱりぃ……」

 

「何だよ、不満なのか」

 

「い、いやいや!料理ね、君はすごく器用みたいだしいいんじゃないかしら!それはあげるから是非とも有効活用して頂戴、いつか私にも振舞ってくれる?」

 

「えぇ……気が向いたらな」

 

 

 

 出会ってから一か月、銀鏡は刻晴の外の仕事へ半ば強引に連れられていた。彼女曰く「私の仕事を見て、私の理想や他人との関わり方から何かを得てくれたら嬉しい」ということらしい。

 

「じゃあよろしく、言った通りに進めてね。必要な書類は2日以内に作って持ってくるから」

 

「え、それは何と言うか、無理が過ぎるのでは?刻晴様は少しお休みになられた方が……」

 

「いいえ、持ってくるわ。だからすぐに始められるよう、現場の準備も終えておいて」

 

「刻晴様、この修正した建設計画……ちょいと詰めすぎじゃねぇですかい?」

 

「最初に渡したスケジュール通りに進めていれば、多少天候に嫌われても問題は無かったはずよ。これでもそれなりにゆとりを持たせてるんだから、今以上の遅れが出るのは容認しかねるわ」

 

(はぁ……アンタから何を学べって?反面教師にしろってことか?)

 

 言いつけ通り刻晴の仕事を見ていた銀鏡は、ただただ溜め息が止まらなかった。彼女自身の熱量は確かに大したものだが、周囲との温度差が凄まじい。他人との関わり方は見習う気が全く起きず、正直「刻晴も周りも大変だな」と僅かに同情するほど。

 

(この調子だと、大層な理想が形になるのはまだまだ先だな)

 

 

 

 三か月が経ち、夕飯の仕込みで空き時間が出来た銀鏡はほんの気まぐれで、書類と格闘する刻晴の仕事風景を眺めていた。相も変わらずの人間離れした作業量と効率に彼は舌を巻き、周囲の部下が休息を促すのも少し頷ける。

 

 適当に摘み上げた紙面には必要以上の文字が並び、彼女の仕事に対する完璧主義がよく分かった。

 

「私の仕事、気になる?興味を持ってくれたのかしら」

 

「いや全然」

 

「そう……君が力を貸してくれたら、仕事のスピードがかなり上がりそうだったんだけど」

 

「アホか、俺が自分から他人に関わる訳ねーだろ。自分の仕事は自分でやれ」

 

「むぅ、君はかなり手ごわいわね……」

 

「簡単に変えられてたまるか」

 

 そう言ってキッチンへと戻る銀鏡だったが、自ら刻晴の様子を見に行くという、気まぐれにしても今までは微塵も選択する気の無かった行動を実行したことに対しては、原因の追究に保留の判を押した。

 

(よくやるよ、あんな仕事生活……それだけ璃月の事を想ってるんだろうけど)

 

「いつか潰れるんじゃねーのか……?」

 

 1人零したその呟きは誰に届くでも無く床に落ちて霧散した。

 

 

 

 銀鏡と刻晴が一つ屋根の下で生活を共にして半年。

 

「熱がある」

 

「……そんな、わたしは、熱なんて……」

 

「黙れ、病人がベッドから出るんじゃねぇ」

 

 いつも通り自分の朝食の準備をしていた銀鏡は、珍しく7時「10分」にリビングへ出てきた刻晴に少し驚いた。そしてここぞとばかりに煽り倒してやろうと、ニヤつきながら近づいたところで、急に倒れ込んできた彼女をなんとか受け止める。

 

 脱力した刻晴の身体を支えて感じたのは体温の高さ、続いて上気した頬と整っていない息。僅かに汗の滲む額に手を当てて、大きなため息をつくと銀鏡はひとまず彼女を椅子に座らせ、現実を伝える。

 

「今のアンタを鏡で見せてやろうか、髪は結えてないし服もヨレてる。その感じだと自分で気付けてないな」

 

「……」

 

「肩貸してやるから、何と言おうと部屋に叩き込むぞ」

 

「……わかった」

 

 小さく頷く刻晴の腕を取って、おぼつかない足取りを支えつつ彼女の私室へ足を踏み入れる。効率性を重視する彼女らしい、よく整理整頓がされた部屋と落ち着きのある内装だが、小物や服などは銀鏡がイメージしていた数よりも多かった。

 

 しかし今、目に付くのは恐らく脱ぎっぱなしにしてあった寝間着の方だ。普段からこのように床に衣服を散らかしているとは考えづらい、「よく仕事に行こうとしてたな」と呆れる銀鏡は、刻晴をベッドの端に座らせる。

 

 そして落ちている寝間着を彼女へ渡し、雑に結われた髪を解いてヘアピン等を机に置いた。

 

(っ、髪を下ろしてるのは初めて見るな)

 

 一瞬頭によぎった思考を無視し、「着替えて寝ろ」と一方的に告げてから早々に退室する銀鏡。

 

「要るのは何だ、氷嚢と……」

 

 

 

「……寝たか」

 

 刻晴の部屋のドアを少し開け隙間から覗くと、先ほど渡した氷嚢もちゃんと使って寝息を立てているようだった。静かに扉を閉め、足音を抑えてリビングに戻ってきた銀鏡はようやく一息つく。

 

(アホらし、体調管理もできないのか……あんだけ張り切ってて寝込むようじゃ世話無いな)

 

 すっかり冷えた朝食を口に運びながら思うのは、刻晴に対する不満。人様の為に働くのは結構だが、自分あっての他者だろうと思う。

 

 手短に朝食を終え、さっさと食器を片付けて嘆息する銀鏡は、そこで無性にイラ立っている自分に気付いた。

 

(なんだ……めっちゃムカつくな。普段大見得切っといてあのザマだ、愉快なはずだろ)

 

 璃月を変えると言って憚らず、時間の浪費に厳しく、人外じみた仕事量を抱え、それを近しい者にも要求する。

 

 自分の信念に揺ぎ無く、誰よりも時間の価値を理解し、常に自分の選んだ道を見据え、理想を現実にする為に邁進する。

 

 そんな刻晴に巻き込まれ、彼女の生き様を半年間見続け、一切変わることのない真っ直ぐな瞳に見られ続けた銀鏡。

 

「……こんなとこで足止め食らってんじゃねーよアホ」

 

 そう吐き捨てて、銀鏡は外出用意の為に自室の扉を開けた。

 

 

 

「……ん、ここは……」

 

「ようやくお目覚めか」

 

「えっ……銀、鏡?」

 

 刻晴は自分の呟きに対して、すぐ側から反応が返ってきたことに驚いた。顔を横へ向ければ、椅子に座って読んでいた本を閉じる銀鏡。

 

 鉛の板が張り付いたような怠さがのしかかる身体をなんとか起こした刻晴は、その拍子に自分の額から布団の上へ落ちたハンカチを見る。

 

「ぁ……これ、君がしてくれたの?」

 

「まぁな、ハンカチは後でまた冷やす。熱は〜っと」

 

 銀鏡は本を置いて立ち上がり、まだ少し惚けている彼女の額に手を当てる。彼の手のひらに伝わってくる体温は、倒れた朝ほど高くはないが平熱にはまだ遠い。

 

「マシになったくらいか」

 

「ねぇ、いまって」

 

「昼過ぎ、だから飯の時間だ。食欲無くても少しくらい腹に入れろ。薬もあるんだからな」

 

「薬も……?」

 

「不卜盧で貰ってきた。クッソ苦いやつ」

 

一度部屋を出た銀鏡は、作っておいた卵粥と薬舗『不卜盧』の薬を持って戻り、刻晴に渡した。

 

「アンタの今日の仕事は飯食って、薬飲んで、寝る。こんだけだ」

 

「仕事……そうね、現場には出れそうにないし。せめて休む連絡が出来れば良かったんだけど」

 

「連絡は俺がした」

 

「───えっ?」

 

あっけらかんと言う銀鏡に、刻晴は一瞬理解が追いつかず目が点になる。

 

「書類も処理してる。アンタみたいに完璧に仕上げてはないから、明日にでも目を通して完成させろよ」

 

「ま、待って待って。冗談でしょう?君は今まで見てただけで、私は仕事を教えてないんだから」

 

「フフン……俺は元宝盗団だ、盗むことに関しては一家言持ってんの。だから他人の仕事を見て盗む程度は余裕ってワケだ……まぁ分かるとこしか埋めてないし、完全に片付けたとは言えないけどな」

 

「───」

 

 かなり無理のある理論を言い放った銀鏡は、呆然とする刻晴にドヤ顔でイキる。なぜなら、彼はめちゃくちゃ頑張ったから。

 

 それはもう大変に頑張った、彼女の仕事場でスケジュールを確認し、今日まわるはずだった現場に走り彼女の休みを伝え、その足でアホみたいな段数の階段を駆け上がって、不卜盧で薬を買って二段飛ばしで階段を下り、家に帰ってミスだけは出ないよう注意しながら爆速で資料を作り上げ、刻晴に食べさせる卵粥を準備する。

 

 今まで生きてきた中でも1、2を争うくらいに頑張った銀鏡は、正直もう今日は泥のように眠りたかった。だが、彼には刻晴が目を覚ました時に言っておくべき事があった。

 

「……そうだ、明日からアンタの飯は俺が作るぞ。アンタの食への関心の薄さが、倒れた要因の一つでもあるんだからな」

 

「ほんと!?いいの?」

 

先程までの覇気のなさは何処へやら、途端に元気になる刻晴に、銀鏡は少し身を引いた。

 

「おい、そんな目を輝かせんな。勘違いすんなよ、食う人間が増えればそれだけ料理を試せるし、そもそも風邪をうつされるのは御免だ!ニコニコするんじゃねぇ、今日みたいな忙しさだって俺はもうお断りだからな!」

 

 銀鏡がキッチンに立つようになって半年、ようやくその腕前を披露してくれる上、まるで倒れた事を心配していたかのような物言いに期待が隠しきれない刻晴。そんな彼女の様子に、言い訳になりきっていない言い訳を早口で並べ立てる銀鏡は逃げるように話を切り上げる。

 

「さっさと薬飲んで横になれ、じゃあ俺は「ねぇ、待って」……まだなんかあんの」

 

「ありがとう、君がいてくれて良かったわ。銀鏡」

 

 まだ完全には気力の戻っていない目、上体を起こし続けるのも楽では無いだろう。それでもしっかりと銀鏡を見据えて、口元に僅かな笑みを浮かべる刻晴は、目の前の少年に素直な感謝を伝えた。

 

 ただそれだけの事に、銀鏡は面食らって一瞬固まった。自分の胸の中に()()()()()()()がトンと落ちると、すぐに自分の体内の血液が上ってくる感覚が分かり、何でもないように装って彼女に背を向け扉へと向かう。

 

「……ハンカチ冷やしてくる。ついでに薬の口直しも持ってきてやるよ」

 

「あら?ふふ、もしかして照れてる?」

 

「寝言は寝て言え」

 

 熱冷ましの効果を失ったハンカチを持って部屋を出る銀鏡は、刻晴に悟られないよう少し離れてから、上がった体温を絞り出す気で長く長く息を吐いた。

 

 落ち着かない心臓を押さえつけて、この家で過ごした半年間を後悔とともに振り返る。何故自分は今、こんなにも刻晴の為に頑張っているのか。

 

(目の良さが命取りか……)

 

 その原因はすぐに分かった。どこが致命的だったという話ではなく、単に銀鏡は刻晴を近くで見すぎたのだ。

 

 もし彼女の思想を延々と説かれていたのなら、銀鏡は未だに皮肉と屁理屈で噛み付いていただろう。もし仕事をずっと振られていたのなら、自分の事で手一杯になり彼女を見る暇も無かっただろう。

 

 だが現実はそうはならず、刻晴は必要以上に自分を語る事無く、ただただ自分がどういう人間かを愚直に行動で示し続けた。

 

 端的に言えば、銀鏡はそんな刻晴に魅せられていた。

 

「なんだよ……また俺の負けなのか」

 

 

 

 

 

 それから一週間が経ち。

 

「う~ん、やっぱり君の料理は多くの人に提供すべきだと思うわ!」

 

「えぇ?アンタが大袈裟に言ってるだけだろ」

 

「そんな事無いわよ、特にこの『エビのポテト包み揚げ』!ほんとにおいしいんだから、私一人で味わうには勿体ない!」

 

「はいはいどうも」

 

 

 

 一か月が経ち。

 

「なぁ、ちょっといいか」

 

「えっ、何?今はスケジュールを組んでるから……」

 

「それだよ、周りと足並みが合わないんだろ?」

 

「そうね、幾ら私が一人で準備をしても現場は思い通りとはいかない……難しいわ」

 

「ならさ、周りにはまだ先の仕事をさせてみたらどうだ?アンタならどうせ追いつけるだろうし」

 

「先の仕事……それ、いいかもしれない。ありがとう、考えてみる!」

 

 

 

 三か月が経ち。

 

「ほい、こっちの資料終わったぞ。次は?」

 

「私も終わりっ、なんとか片付いた……ごめんなさい、こんな時間まで手伝ってもらって」

 

「いいよ、おつかれさん。でも今から晩飯作ってたら少し遅くなるな……」

 

「そうね、今日は外で食べましょう。君も疲れてるでしょ?」

 

「あぁ~、うん疲れた。俺はアンタみたいに仕事はできないし」

 

「なら決まりね、どこに行こうかしら……」

 

「……よかったら万民堂に行かないか?最近気になってるんだ」

 

 

 

 半年が経った。

 

「ごちそうさま、私はそろそろ出るわ。今日は貴方に手伝ってもらう仕事は無いから、好きに過ごしてね」

 

「ん、なら万民堂に顔出すかぁ。最近卯さんに声かけられたし、香菱がまたどっか行ったみたいだからな」

 

「あら、いいわね。お昼なら現場から近かったはず……働いてるとこを見てみたいから顔を出すかも」

 

「なんか恥ずかしいんだけど……まぁいいや。そういうことならまた後で」

 

「ええ。それじゃあ行ってくるわ、銀鏡!」

 

「行ってらっしゃい、刻晴」

 

 

 

 

 

出会ってから一年、銀鏡は刻晴によって立派な好青年になっていた。彼女のハードワークを支え、放っておけばおろそかになりがちな食生活を整える毎日。

 

神にも仙人も頼らない璃月を目指す刻晴の隣で、その理想の終着点を見届ける為に。

 

この一年後に刻晴のもとを去る事になるのを、この時はまだ思いもしないまま。




恋は涙のように、目から発して胸に落ちる──ってね!誰の言葉かは忘れた。

「お前が落ちるんかい!」とか言ってはいけない、刻晴の生活みたらそら惚れる。だって頑張ってるもの。時間的には2年間刻晴と一緒に居て、そのあと1年間モンドで生活って感じになるね。

もう年内更新は絶対無理どころか、次回どちゃくそ難産だと思うので更新日未定です。そろそろ本腰入れて雪山攻略もせにゃならん……つら。

年末年始休み無いしね、会社カレンダーは控えめに言って○んで欲しい。

では皆様、良いお年をお迎えくださいますよう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

銀鏡と刻晴③

案の定めちゃ時間掛かった……。




 出会ってからの生活を振り返る2人は、自由の都の開け放たれた正門を抜けて、一度足を止める。

 

「さて到着っと……刻晴はモンド城初めてか?」

 

「いいえ、ここにはさっき来たわ」

 

「え、マジで」

 

「実を言うと、鹿狩りにも行ったのよ」

 

「鹿狩り!?そ、そこまで俺の事知ってるのな……」

 

 モンド城に着いた2人は思い出話を切り上げ、中央の通りを歩きながら現在の認識をすり合わせていく。そもそもなぜ刻晴はミラーがモンドに居ると突き止めたのか、その彼がモンド城のレストランに勤めている事まで知っているのか。

 

 それらの疑問に、刻晴は「確証があった訳では無いけど」と前置きをしてから答え始めた。

 

「まず銀鏡……あっ、ここではミラーかしら」

 

「そう、だな。それで頼むよ」

 

「うん、えっとじゃあミラーね。ミラーが消えてからの一年、正直に言うと手掛かりはまったく掴めなかったわ。許す限りの時間と手段を使って璃月を探し回ったけど、本当に何も無かった」

 

「───そっか」

 

「貴方がモンドに居るかもと思ったのは、一週間前にたまたま立ち寄った望舒旅館で旅行客から気になった話を聞いたからよ」

 

「気になった話?」

 

 

 

 

 

『ここの料理もいいけど、一年くらい前からモンド城のレストランがめちゃくちゃ美味くてさ』

 

『鹿狩りだろ?知ってるよ、味付けが最適解っていうか』

 

『そう!随分若いシェフだから、正直最初は大丈夫かコイツって思ったよ』

 

 

 

 

 

「あぁ、なるほど……」

 

 刻晴の話を聞き終え、ミラーは何から何まで腑に落ちた。彼は()()()()()()()()()()()と、ある女性の顔を思い浮かべる。『璃月七星の天権ともあろう人間』が、まさか簡単に契約を反故にしたりはしないだろうと思っていたが、そういうカラクリであれば納得だ。

 

 璃月に銀鏡という人間の痕跡を残さない。それが彼女と結んだ契約なのだから。

 

「急いで仕事を片付けてようやく今日、馬車でモンドまで来れたの。でも肝心の鹿狩りに貴方は居ないし、スタッフが教えてくれた奔狼領の地名だけを頼りに探し回るはめになったわ」

 

 腕を組んでジト目で不満を露わにする刻晴に、ミラーは自分のタイミングの悪さを呪った。彼女が本気で怒っているわけでは無いのは分かるが、朝から鹿狩りに居ればもっと早くに再会できていたはず。

 

 であれば、彼の割と本気の謝罪とまぁまぁガチな凹みにも頷けるだろう。

 

「それはほんとにすまん……随分走らせたみたいだ。俺がググプラム切らしてなかったらなぁ……」

 

 自分の想定以上のダメージを受けたミラーに、刻晴は慌ててフォローを入れる。

 

「そ、そんなに落ち込ませる気は無いけど!?大丈夫、見つけるのにあまり時間は掛からなかったから!」

 

「おう……なんにせよ悪かった。えっと、じゃあ次は刻晴の番か」

 

「コホン。そうね、覚悟はできてる?」

 

 ミラーの疑問はひとまず解消された、ならば次は刻晴の疑問を晴らすべきだ。それはつまり、『なぜ別れも告げず消えたのか』。

 

 覚悟を問われたミラーはと言うと、腹はとっくに括っており回答に支障はない。どうしても若干苦い顔はしてしまうが、それでも記憶の引き出しに手を掛けて1年前の出来事を思い出す。

 

 ミラーが刻晴に黙って璃月を去った理由、「あまり使いたくない人脈」まで使って姿を消したのは、そうする必要があると思ったから。

 

 広場に着いた2人はどちらが言い出すわけでもなく、噴水の縁に腰を落ち着けた。

 

「先に言っとくけど、別に面白い話でもないからな。それと話し終わってから怒んないでくれよ?」

 

「私は何があったかを聞ければそれでいいわ。後者は……正直確約しかねるから、まぁ善処しましょう」

 

「うっ……分かったよ」

 

 短い呻きを零しつつも刻晴の言葉に了解の意を示したミラーは、静かに一息を吐いてから語り出す。今でも鮮明に浮かんでくるあの日の情景、何の変哲もない一日のはずだった。いつも通りに刻晴を見送って、自分は万民堂の手伝いへ。

 

 来客にも顔馴染みが何人かできて、たまに雑談を挟みながらも卯さんに言われて注文の品を作り上げる。そんな何てことない日常の一コマは、ある人物の来店で捻じ曲げられた。

 

 

 

 

 

『いやぁ、最近噂になってたけど本当に美味かった……来てよかったよ。まさかナイフとフォークも用意してくれるなんて、君は気が利くね。これは故郷(スネージナヤ)の慣習に従って“チップ”を渡さないと』

 

 そう言って握らされたのは、()()()()()()()()()()()()()()。不意をつかれ、動揺のあまり一瞬固まったのをよそに、目の前の客(タルタリヤ)は淡々と言葉を続ける。

 

『ふと見かけたときに歩き方が気になってね、実力者だっていうのはすぐ分かったんだ。個人的に色々と調べさせてもらったよ、宝盗団の銀鏡君……いや、今は璃月七星の側仕えかな?』

 

『……俺に何の用だ』

 

『あはは!まぁそう殺気立たないでよ。言葉にすれば大した話じゃないんだけど……俺は君を勧誘しに来た。ファデュイの仕事に興味は無いかい?』

 

 

 

〜数分後〜

 

 

 

「──と、まぁ大体はこんな感じだな」

 

 ミラーは事の顛末をおおまかに話して、知らない内に入ってしまっていた肩の力を抜いた。

 

 ざっくりと言ってしまえば、ミラーはファデュイの執行官『公子』に目を付けられ、面倒事が刻晴へ飛び火する前に銀鏡という存在を消したのだ。

 

 ここで彼女に話したのは「公子に身元がバレて勧誘された」ということと、「色々あってその彼にいたく気に入られてしまったから逃げた」ということ。

 

 これで質問の答えにはなるはずだ、と恐る恐る反応を窺うミラーは、まるで刑の執行を待つ死刑囚のような気分だった。

 

「なるほど、そんな事があったのね」

 

「……怒ってない?」

 

 存外穏やかな刻晴の声色に、ミラーは僅かな希望の光を見出す。目を閉じてミラーの話を咀嚼する彼女は、少しして困ったようにため息をひとつ。

 

「はぁ……思うところが無い訳じゃないけど、今は納得しておくわ」

 

「おぉ!」

 

「それにしても公子ね」

 

「ちょ待って不穏」

 

刻晴が怒っているかいないかと言えば、ブチ切れだった。露骨に態度に出さないにしても、真っ直ぐな瞳の奥には怒りの熱がチラチラと見え隠れしており、ミラーは安心から一転して彼女をなだめにかかる。

 

だがいくら声を掛けても、危うく見惚れそうになる晴れやかな笑顔で「事情は分かったわ」「嫌な事を思い出させたわね」と優しい言葉が出るばかり。

 

「お、俺は大丈夫だぞ?な?くれぐれも変な気起こさないでくれよ?」

 

「ふふふふふ……勿論。ただちょっとオハナシするだけだから、貴方が心配することは何もないのよ」

 

「目が怖い!」

 

 不穏な空気を纏う刻晴の隣で段々肌が痺れてきたミラーは、彼女の怒りを誤魔化すべく頭を回し、ある一つの提案を持ち掛けた。

 

「そ、そうだ!折角だし、今から俺がこのモンド城を案内しよう!」

 

「案内?」

 

「おう、どうだ?あんまり興味ないか?」

 

「ふむ……いいわね、お願いできる?貴方が過ごした場所を私に教えて」

 

「お任せあれ!」

 

 刻晴を怒りから逸らすというその試みは功を奏し、彼女は立ち上がるとスカートをはたいて塵を払う。それに倣いミラーも腰を上げ、脳内で案内先を順序立ててピックアップした。

 

 まず挙げたのは、目線の先にある『鹿狩り』だ。

 

「よし、それじゃあ行こうぜ」

 

 

 

 

 

 店先に来店している客は見えないので、受付の前でサラも含めて簡単に紹介するミラー。

 

「改めてになるけど、ここがモンドのレストラン鹿狩り。俺の勤め先でもあるな」

 

「スタッフのあなたにはお礼を言わないとね、さっきは奔狼領の事を教えてくれてありがとう。名前は?」

 

「い、いえいえ!無事に会えたようでなによりです。私はスタッフのサラと申します……ところで2人はどういったご関係で?」

 

「サラね、私は刻晴よ。関係は……むぅ、言葉にするのは難しいわね」

 

「そうだな、しっくりくる言葉が見つかんねー」

 

「あ、なら大丈夫です、はい!(誰この美人さん!ミラー、明日色々聞かせてよ!?)」

 

 事情の説明を目で訴えかけるサラに、アイコンタクトで了承するミラーは、刻晴を連れて次の目的地である『西風騎士団』へと向かう。

 

 

 

 

 その道中で、全速で路地を駆けるアンバーと遭遇した。

 

「あれ、アンバー?よっす」

 

「わっとと!?あ、ミラー!こんにちは、良い天気だね!」

 

 ミラーに気付いていなかったのか、名前を呼ぶと急ブレーキの後に元気いっぱいの笑みで挨拶を返してくれるアンバー。

 

「そんなに急いでどうしたんだ?」

 

「実は、図書室で借りられてる本が返却されてなくて……リサさんに代わって私が回収に行くことになったの」

 

「あぁ~、使い走りか。手伝えたらよかったんだが……」

 

「ううん気にしないで!お客さんを連れてるんでしょ?」

 

 そう言ってアンバーは刻晴の方を向き、西風騎士団の敬礼を見せる。

 

「初めまして、私は西風騎士団の偵察騎士アンバーだよ。見かけない人だけど、どこから何をしに来たの?」

 

「初めまして、璃月から来た刻晴よ。私は……そうね、旅行客とでも思ってくれればいいわ」

 

「旅行……えーっとこういう時は、そうだ!風神のご加護があらんことを、尊敬できる旅人さん!」

 

 少々ぎこちないアンバーの様子に「騎士団ガイド通りだ……」とミラーは内心で少しだけ苦笑した。

 

「ごめん、そろそろ行くね!ミラーと話してるとこをリサさんに見られたら……雷が落ちちゃうよ~!」

 

「こっちこそ引き留めて悪かった、またなアンバー」

 

「うん、鹿狩りでね!」

 

 そう言って走り去っていくアンバーの後ろ姿に、刻晴は「元気な子だったわね」と眩しそうに微笑む。その言葉に同調しつつ、ミラーは刻晴と一緒に、今度こそ西風騎士団へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 西風騎士団の前に到着し、口頭で簡単な説明をしているところに、示し合わせたようなタイミングでガイアが現れた。

 

 その一瞬でミラーは顔から血の気が引くものの、誰にも気づかれないうちに即座に平静を装う。「この人にだけはネタを提供してはいけない」と自分の中で鳴り響く警鐘。

 

 ガイアに恨みは無い、ただ今だけは興味を持たれないように、最大限つまらない会話で何としても躱しきらねばならないのだ。

 

「あ、ガイアさん。こんにちは」

 

「うん?おぉ、ミラーじゃないか」

 

「えぇ、ミラーですよ。お出掛けですか」

 

「そのつもりだったんだが、少し予定が変わってな」

 

「それはまぁ、大変ですね」

 

「ははは、そうでもないぜ?噴水広場でえらい美人とイチャついてる鹿狩りの料理人を見に行こうとしてただけだからな

 

「耳が早いんだよいつもさぁぁぁ!」

 

 ミラーはやけくそに叫び、全てを諦めた。気恥ずかしさが半分、この人に知られてしまった恐ろしさが半分で、口から魂が出かけたところを、刻晴の心配そうな声色でなんとか踏みとどまる。

 

「ミ、ミラー?どうしたの?」

 

「ごめん、何でもないよ刻晴……ただこの人に隠し事はあんまり意味が無いかもしれない」

 

「おいおい、俺を何だと思ってるんだ?しかしミラー、お前さん中々やるな」

 

「……何がですか」

 

「美人を連れてるとは聞いたが、まさか璃月のお偉いさんと繋がってるとは、流石の俺も驚いたぜ」

 

「もうそこまで知っ……いや、調べましたね?」

 

「さぁ、どうだろうな?」

 

「あら、なら話が早いわ。璃月七星の刻晴よ」

 

「これはこれは。ご丁寧にどうも、西風騎士団のガイアと申します」

 

「敬語は必要ないわ、今日は私用でここを訪れただけだもの」

 

「へぇ、そいつは助かるな。堅苦しいのは苦手なんだ」

 

 それからガイアと刻晴は少し立ち話をし、その間ミラーは妙に居心地の悪い時間を過ごすことになる。その原因は、2人がそれぞれ「銀鏡(ミラー)」を話題に据えたからだろう。

 

 構図はまるっきり三者面談のそれだった。

 

(……めちゃくちゃ居づらいんだけど)

 

 それから行く先々で、ミラーは刻晴を紹介する。

 

 

 

 

 

 ガイアと別れたミラーと刻晴は、そのまま西風騎士団に足を踏み入れ図書館の扉を開ける。

 

「ここはモンドで一番の図書館だ。小説は勿論、児童書から専門書まで幅広く揃ってるぞ」

 

「ミラー君?珍しいわね」

 

「リサさん、こんにちは。今日はモンドの案内として寄らせてもらいました」

 

「そう……ゆっくりはしていけそうにないみたいね、残念」

 

「はは、また雨の日には転がり込ませてもらいますよ」

 

 そこでリサと談笑し。

 

 

 

 

 

 西風騎士団を後にした2人は、今度はノエルと遭遇した。

 

「ようノエル、また人助けか?」

 

「ミラーさん、ご無沙汰しております。またと言う程ではありませんよ、少し洗濯のお手伝いをしただけですから」

 

「……へぇ、その前は?」

 

「前、ですか?えっと、逃げてしまった猫の捜索を……」

 

「その前」

 

「さらに前、おつかいの代理を少々……」

 

「やっぱりか、誰かに甘えるのも時には……ぅ、いや何でもない。あんま無理しないようにな」

 

「あっ……その、はい。ありがとうございます」

 

 久しぶりに会ったノエルと立ち話をし。

 

 

 

 

 

 西風教会の中を一周しているところに、バーバラが声を掛けてくれた。

 

「風神バルバトスの信仰が集まる場所、それがこの西風教会だ」

 

「あれ、ミラー!?珍しいね、礼拝に来たの?」

 

「よっすバーバラ、今はモンドの案内をしてるんだ」

 

「なぁ~んだ、そういうこと。って、すごい綺麗なひと……え、誰だれ!?」

 

「……?あ、あぁ私?旅行客の刻晴よ。そういうあなたはとても可愛いわね、ここの牧師さんかしら」

 

「うん、私は祈祷牧師のバーバラ!よろしくね、刻晴さん」

 

「えぇ、よろしく……」

 

(ん、何だ?さっきからやけにこっちを見てくるな)

 

 ミラーは時折刻晴からの視線を感じながら、バーバラと雑談した後に教会を後にする。ふと視線を上にやれば空は段々と茜に染まり、太陽が今日の勤めを終えるべく沈んでいくのが見えた。

 

 その太陽に倣い、外に居た人たちも各々が帰宅する中で、ミラーは刻晴に対してある疑問が浮かんだ。

 

「そういえば、時間は大丈夫なのか?」

 

「私もその話をしようと思ったところよ。そうね、そろそろ帰らないといけないわ」

 

「……そっか」

 

 ミラーは「それもそうだろうな」と思う。仕事に忙殺される日々が常である彼女が、綿密な計画もなく隣国を訪れるなんて、それだけで相当な無茶。長期滞在なんてもってのほかで、寧ろ半日も居られたのが信じられない。

 

「ねぇ、最後に見てみたいところがあるんだけど」

 

「え?あ、あぁ……勿論案内するぞ。どこだ?」

 

 別れを目の前にして、風の冷たさをやけに強く実感するミラー。冷え込む胸の内を悟られないように、刻晴の切り出した願いに乗るかたちで意識を切り替える。

 

 とはいえ、まさか今から城外に出るというのは考えにくい。彼は頭の中でめぼしい場所を数か所浮かべるが、刻晴の言葉はそのどれもを裏切るものだった。

 

「貴方の住んでる場所よ」

 

「──なるほどね、ならこっちだ」

 




書いては消しを繰り返した結果、別れの理由は触れるだけに留めました。タルタリヤ回で色々描写する事にしたので。

公子さんクソかっこよくて好きだから、ヘイトキャラにはしません(鋼の意志)。タルタリヤ兄貴の伝説任務見て、嫌な奴にするとか無理なんだよなぁ。

今回は繋ぎの話的な感じで、次話が刻晴編最終話。そして糖分注意報発令。

次回更新は1週間以内の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

銀鏡と刻晴④

ワイはこの話が書きたくてこのssを書き始めたんや……。




 ミラーは家の鍵を開け、刻晴をリビングへとあげる。

 

「ここが……」

 

 相も変わらずの面白みに欠ける、モノの少ない無味乾燥と言って差し支えない空間。だが、刻晴はまるで目に見えない何かを感じ取っているかのように、あまり使われていない家具のひとつひとつに優しく触れる。

 

「なんというか、安心したわ。ちゃんと掃除もしてるみたいだし」

 

「はは、なんだそれ。俺は一人じゃ暮らせないとでも思ってたのか?今でも朝は7時に起きてるんだぜ?」

 

「あら、それはいい心掛けね。……貴方の寝室も見てみたいんだけど、いいかしら」

 

「?いいけど何もないぞ」

 

 前置きをしたうえで言われた通りに自室まで先導したミラーは、刻晴とともに部屋に入る。中にあるのはなんの変哲もないシングルベッドと、短剣やらナイフやらを並べた机。

 

 この場所を語るにはその二つの家具だけで事足りる、「何もない」は伊達ではなかった。

 

「ほらな、言っただろ?何も出てこないからここに用は「やっぱりね」……え?」

 

 退室を促していたミラーの言葉を気にすることなく、刻晴は迷いのない足取りで机の前に立ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を開ける。そして彼女は、予想通り中に何か入っているのを発見した。

 

 その瞬間、彼は一瞬呆けたのちに冷や汗が背筋を伝うのを感じた。私室の引き出しを開けられる程度、刻晴相手に咎める気なんて起きはしないが、そこの中身を見られるのだけは勘弁願いたい。

 

「貴方は二段目に大事なものとかを入れるわよね?」

 

「おまっ、待て落ち着いて話をしよう!つかその口ぶり、さては俺が使ってた部屋漁ったな!?」

 

「銀鏡につながるヒントを得る為にはしょうがないでしょ?だって勝手にいなくなったんだもの」

 

「うぐ、いやあまぁそれに関しては誠に申し訳なく……ってそれだけは見ないでくれ!マジでおねがいします!」

 

 懇願するミラーに、刻晴はいたずらっぽい笑みを浮かべて、取り出すのは中にあった『一枚の紙』。裏向きに伏せられていたソレは、サイズは彼女の手を少しはみ出る程度で、質感には硬さがある。

 

 ミラーにとってソレはなにも、後ろめたかったり立場が悪くなるようなものでは無い。ただどうしようもなく恥ずかしく、見られようものなら汗顔の至り。それを彼の眼から感じ取った刻晴は、僅かな黙考ののちに「えい」と表向きに返した。

 

「うわあぁぁぁぁ!」

 

 

 

 

 

 

「……………えっ?これって、私?」

 

 刻晴の瞳に映ったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 正確には、そんな刻晴の一コマを精巧に切り取った似顔絵。

 

 紙面に居る彼女は、弾けるような笑みでありながらも、信念と気品を忘れてはいない。見る者の心に明るい日の光を刻み込む、人を惹き付けて止まない、いつまでも真っ直ぐに進み続ける刻晴という人間が、信頼する者(ぎんきょう)を前にして見せた一面。

 

 神と仙人に頼るばかりの璃月を変える為に、奔走する彼女のそばで、彼女の想いが成就することだけを願って支えていた銀鏡が、一番好きだった顔だ。

 

「ミラレタ……オワリダ……」

 

「えっ、と」

 

「何だ、俺を56せ」

 

「その、絵もうまいのね」

 

「ありがとう、頼むから56してくれ」

 

「なんて言うか……勝手に見てごめんなさい」

 

「いや、うん……勝手に描いてすみませんでした」

 

 それから少しの間、ミラーの部屋には何とも言えない沈黙が満ちる。ミラーは、絵を見られた事に腹を立てている訳では無いし、刻晴は刻晴で、別に勝手に自分の絵を描かれていようが特段思うところは無い。

 

 ただ、そんなフォローに気を回す余裕が無いくらい、互いに感情がキャパオーバー寸前だった。刻晴が似顔絵をそっと引き出しにしまったのを合図に、ミラーは話を戻すべく軽く咳払い。

 

「……えー、オホン。まぁ、俺の部屋はこんな感じだよ」

 

「んんっ……そうね。物が少ないのは変わってないけど、それも貴方らしくていいのかもしれないわ」

 

 まるで愛おしむように、ゆっくりと机を撫でる刻晴は、名残惜しさを感じつつもその場を離れる。そしてミラーの前に立つと、彼女はポケットからあるものを取り出し、彼に差し出した。

 

 

 

 

 

 それは『鍵』だった。ミラーにとってその鍵はとても大事で、決して見覚えがないなんて言えないもの。

 

 銀鏡として刻晴とともに過ごした、璃月港にある彼女の自宅兼仕事場の鍵。

 

 「受け取りなさい」という事だろう、だが自分にこれを預かる資格があるのか。最悪の別れ方を選んだ自分に、再びあの場所へ足を踏み入れる資格があるのか。

 

 

 

 

 

「銀鏡」

 

 その呼び声に、彼の視線は彼女の手のひらに釘付けになりながらも、「刻晴……?」と小さく返す。

 

「私はいつまでも貴方を待ってるわ。だから、いつでも帰ってきていいのよ」

 

「!───ごめん、ありがとう」

 

 軽く自己嫌悪だ、ここまで言われないと踏み出せないだなんて。ミラーは不甲斐ない自分を恥じて、そっと鍵を手に取った。一年前、掌に収まるこの小さな鍵を諦めた時の辛さが、心の奥から顔を覗かせていた。

 

 

 

「隙ありね」

 

 

 

 その瞬間を狙い、刻晴はミラーの手首を掴んで引き寄せる。

 

 

 

 そして、若干前のめりになった彼が反応するよりも先に、刻晴は踵を上げた。

 

 

 

 素早く離れる彼女がミラーに残したのは、一瞬だけ頬に感じた柔らかな感触(キス)のみ。

 

 

 

「え……ぁ」

 

 一拍遅れて腑抜けた声を漏らすミラーは、自分の頬に残された感触を間違っても消す事のないように、ゆっくりと手を添える。そして、先ほどの不意打ちにどういった意図があるのかを訊ねるべく、3歩程度距離を取っている刻晴の方を見た。

 

 部屋の中央で、彼女はしてやったりといった風な微笑で余裕を飾っていた。だが、そんな刻晴の視線はミラーとかち合わず、微妙に直視を避けているようだ。

 

 想定以上の羞恥に襲われ、用意していた言葉が吹き飛び、年上としての矜恃だけが表情をそれっぽいものにしている刻晴。

 

 そして、そんな刻晴の見てわかる取り繕われた平静と、彼女からもらった一撃で、ミラーは『自分の中の何かが決定的に切り替わった』のを実感した。

 

「ふ、ふふ……どう?びっくりしたかしら、1年も姿を晦ましたり、その間に沢山の女の子と知り合ったりしてるのはこれでチャラにしてあげるわ!まったく銀鏡ったら、人付き合いの男女比率がちょっと傾き過ぎてるんじゃない?そういうお年頃なのは大人として理解してあげられるし、貴方の人となりは知ってるからそもそも下心が無いのは分かるけど!」

 

 そのまま黙っているのに耐え切れなくなったのか、一転して早口で捲し立てる刻晴に、ミラーは胸の内に生まれた衝動のまま、ふらりと距離を詰める。

 

「大体、璃月に居た時からいろんな人と仲良くなるのが早いのよ!素晴らしいことではあるにしても、いつの間にか凝光にまで気に入られ「刻晴」……え?」

 

 

 

 そしてミラーは、ようやく彼の接近に気付いて呆ける刻晴を、抱きしめた。

 

「?……!?!?ちょ、ちょっとどうしたの銀鏡!?」

 

「なんか、色々と我慢の限界がきたみたいだ」

 

 珍しく慌てた様子を見せる刻晴に、それとは対照的な落ち着きを見せるミラーは、そう囁くと腕に込めた力を少し強める。

 

 前触れなく掻き抱かれる刻晴は、耳に触れる彼の微かな息遣いと、溶け込んでくるような体温に、否応なく安らいでしまう。

 

「あっ……我慢って……急にこんな事、心の準備くらいさせてくれてもいいじゃない」

 

「だよな、すまん」

 

 とは言いながらも抱擁を解くことはしない。やがて刻晴は観念した風に、ゆっくりと彼の背に腕をまわした。

 

 斜陽が射す部屋にあった2つの影は1つになり、甘く暖かい鼓動が同調する。

 

 互いの心音から感じる想いは静かに通じ合い、言葉は不要とばかりに刻晴の懐中時計の音だけが耳に届いている。

 

「……ねぇ」

 

「ん?」

 

「私、いつまでも待ってるって言ったけど……なるべく早く帰ってきてくれると嬉しいわ」

 

「あぁ、俺もそのつもりだよ」

 

 ミラーは、刻晴を抱き寄せていた腕を惜しむようにゆっくり放し、代わりに彼女の肩にそっと手を置いた。それを合図に、刻晴も彼の胸に埋めていた顔を上げて目を合わせる。

 

「ところで、さっきは()()したのか?」

 

 そう言ってミラーがトントンと指差すのは自分の頬。

 

「う……だって、貴方にもし気になる子が居たら悪いじゃない。だから、()()は空けておいた方がいいかなって……」

 

 少し拗ね気味に肯定する刻晴は、頬を赤らめてそっぽを向いた。彼女なりに『ミラー』としての1年を尊重した結果が、先ほどの頬への口づけだ。

 

 そんな彼女にミラーは苦笑する。モンドで沢山の人と出会い仲を深めはしたが、心の真ん中に居る人間はこれまでも、これからも変わらない。

 

「はは、やっぱりか。んー、そっちからしてくれたって事は、俺がお前に同じ気を遣う必要は無いよな?」

 

それだけ言うと、ミラーは依然として顔を背ける刻晴の柔らかい頬に手を添え、優しく自分の方へ向き直させる。

 

「ぁ……」

 

 いつでも自らの成すべき事を見据える、迷いのない真っ直ぐな彼女の瞳は、今はその奥に期待をにじませてミラーを見上げている。

 

 

 

 

 

 そして、2人は一度だけ唇を重ねた。

 

「……必ず帰る」

 

「うん、待ってるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この続きは、俺が璃月に帰ってからかぁ……

 

「続き?……っ!?そ、そういうこと言わないの!」

 

「え?あ、ごめん声に出てた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後の夜、璃月港の刻晴宅にて。

 

「はぁ、ちょっと疲れた……」

 

 凝り固まった肩を揉みほぐしながら、刻晴は今日処理すべき案件を全て片付けたのを確認し、仕事部屋を出てキッチンに立つ。

 

 元々は銀鏡のものである少しサイズの大きいエプロンを身に着け、食材を準備したところで、彼女はいつも通り『銀鏡の手記』を開いた。

 

「ふむふむ……よし」

 

 銀鏡が帰ってこなくなってすぐに、家の中の何から何までをひっくり返す勢いで、彼の居場所を見つける手がかりを探していた時。

 

 銀鏡の部屋にある机の、上から二段目の引き出しにあった手記には、『各料理ごとの最適な味付け』が纏められていた。

 

「……できた」

 

 刻晴の前で皿に盛られている『揚げ魚の甘酢あんかけ』は、お世辞にも「美味しそう」という表現には届かないものだ。

 

 だが、口に運んでみれば評価は一変。目から入る出来栄えの微妙さと、舌が伝える味覚の喜びが、脳を軽く混乱させる。

 

「ほんとにどうなってるのよ」

 

 それが銀鏡への賞賛なのか、はたまた自分自身の料理の腕に対する絶望なのかは、彼女のみぞ知る。

 

 なんの問題もなく完食した刻晴は、さっさと洗い物を終えて銀鏡の手記を仕舞う。

 

「ありがとう、今日も美味しかったわ」

 

 当然その言葉に応える者は居ない。1年前であれば、少し照れながらも誇らしげに、「どういたしまして」と返してくれる青年の姿があったのだが。

 

 しかし、以前まで心をチクリと刺していたそんな静寂も、今となっては何でもない。彼を見つけた時に、変わらず着けていた髪留めもその一因。

 

 銀鏡は自分の事を忘れておらず、嫌っている訳でもなかった。そしてこの瞬間も、続く夜空の下で呼吸をして、彼なりの生活をちゃんと送っている。それだけで不安なんて何も感じない。

 

「お風呂に入ろっと……」

 

 私室に入って着替えを手に取る……前に、刻晴は机の上に飾っている一枚の『写真』へと意識を向けた。

 

 特注の写真立てに収まっているのは、含羞(がんしゅう)を帯びた笑みを浮かべる銀鏡と、そんな彼の様子に隣で破顔する刻晴。

 

 写真機と呼ばれる製品の試作品を預かっていた彼女が、馬車の御者に頼んで撮影してもらった一枚だ。

 

「……ふふっ、そろそろ届いた頃かしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刻晴と再会してから数日後の夜、モンドにて。

 

 物の少ない寝室でベッドに横たわり、封筒から取り出した一枚の写真を眺めるミラー。

 

 そこに写る刻晴はとても穏やかで、眩しいものでも見るかのように目を細めている。

 

 ミラーとしてはその表情が、彼女の隣に写る自分の照れ笑いを見て浮かべたものというのは、若干複雑な心境だが。

 

「さて、届いたのはこの写真と……」

 

 璃月港から送られてきた封筒には、写真以外にもう一つ。『ヘアピン』だった。

 

「へぇ……頑丈なのは助かるな」

 

 つくりがシンプルな分、かなり丈夫なようで、これならば多少派手に動き回っても破損する事はなさそうだ。

 

 細かな傷が目立ち始め、だいぶボロくなってしまった髪留めを、写真と一緒に2段目の引き出しにしまう。

 

 そろそろ眠る時間であるミラーは、その前に窓辺に立ち、夜空に散らばる星々を見繕って、続いて目を閉じるとそれらを線で結んだ。

 

 まぶたの裏に浮かぶのは『紫金錘重座』。柱のような一念が傾かぬよう常に自らを律する、紫がかった黒の色彩が美しい赤銅の下げ振りは、刻晴を象徴するのに不足無い命ノ星座。

 

「すぐに帰るからな」

 

 ミラーは刻晴の待つ家へ帰るために、公子との因縁に決着をつける覚悟を決めた。




注意:刻晴の命ノ星座に関する描写は、あくまで一個人の身勝手な解釈によるものです。公式が「こういう意味やで」と言ってるわけではないので、そこんとこよろしこ。

そして申し訳ない話、ここからは不定期での更新になるかと思われ。溜まってる諸問題やら詰みゲーを片付けねばならぬ……チカレタ

適当にポチポチ書いてるので、暇なときにチラ見してくれるとありがたいです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。