魔法小猫リリカルシロン (カレー大好き)
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プロローグ
第1話 異世界は美少女天国なの


「我輩は猫である。名前はシロン……シロン・ガンニャールヴルだニャ!」

 

 広大な庭を有する大きな屋敷の前で、夕闇に暮れ行く空を見上げながら白い子猫がつぶやく。おかしなことを言っているように聞こえるが、その子猫は2本の足で直立し、流暢な日本語を喋っているのである。見た目も普通ではなく、赤いマフラーを首に巻いて、右目が翡翠、左目が紅玉のオッドアイという不思議な雰囲気を感じさせる。何故、唐突に自己紹介をしたのかという点も不明だが、そのような疑問など些細に感じられるほど存在自体が異様だった。

 彼は、見た目でも十分に分かる通り、只の猫ではない。信じ難いことに、とある事情によって異世界からやって来た猫であり、神様と呼ぶに相応しいほどの力を持っているのだ。見た目はごく普通の可愛らしい小猫だが、この小さな存在には奇跡を起こせる力があった。彼が望めば世界を破壊することすら可能なくらいに……。

 しかし、その瞳はどこか悲しげに揺らいでいた。彼は自分の意思でこの地にやって来た訳ではないからだ。故に、郷愁の念に駆られてしまうのも無理は無かった。

 

「今頃みんなはどうしてるかニャ~……。セツニャ・F・セイエイは、相変わらずガンニャムオタクなのかニャ~?」

 

 遠い世界にいる親しかった者たちを想う。彼が発する少女のような幼い声は、楽しそうでもあり、寂しさも感じられた。

 

「ロックオン・ストニャトスは街に繰り出してギャルのハートを狙い撃ってるだろうし、アレルニャ・ハプティズムはソーニャ・ピーリスと真昼間から乳繰り合っているだろうし、ティエリニャ・アーデはヴェーニャを使ってタダでネットサーフィンしてるんだろうニャ……改めて思うと碌でもない奴ばかりニャ」

 

 本人たちがいないのをいい事に言いたい放題である。平和を勝ち取るために共に手を取り戦ってきた仲間だというのに。

 でもまぁ、普段の彼らはしょーもない連中なので、そう思われてもしょうがない。ただ、そのしょーもないの中にシロン自身も含まれているのだが……。

 

「シロンちゃ~ん!」

「おや、この声はずずかニャ」

 

 物思いにふけっていると、シロンを呼ぶ声が近づいてきた。この屋敷の持ち主である月村家の次女、月村すずかだ。どうやら自分を探しているらしいので、こちらから出向くことにする。こう見えても彼は【王族】なので、常に紳士であることを心掛けているのだ。

 【魔法】の力で空中に飛び上がり、器用に前足を使って扉を開ける。すると、目の前の玄関ホールに当のすずかがいた。見ると、高町なのはとアリサ・バニングスも同行している。彼女たちは友人同士で、私立聖祥大学付属小学校に通う小学3年生である。3人共に美少女であり、将来がとても楽しみな逸材ばかりだ。

 

「あっ、シロンちゃん!」

「やぁ、愛しい少女たち」

「もう、勝手にほっつき歩いてんじゃないわよ」

「おっと、その言い方は間違ってるニャ、アリサ」

「え~? どこがよ?」

「我輩は飛んでるから、まったく歩いてないのニャ~♪」

「とんちか!」

「むほぉ!?」

 

 余計なことを言ったせいでアリサの怒りを買い、両頬をギュッと押さえ込まれた。思いのほか柔らかそうで、ムニュムニュと表情が変わる。

 

「相変わらずの減らず口ねぇ~、あぁん!?」

「にょにょ~!?」

「アリサちゃん、可哀想だよ~」

「やたらと頑丈なんだから、これくらい平気よ。うりうり~、どうだ!」

「にゅふふ、もし相手が大きなパイオツのお姉ちゃんだったら一溜まりも無かったニャろう。だがしかし、君のようなペッタン子では話にニャらんわっ!」

「えいっ!」

「うっぎゃー!? 愛が! 愛が痛いノォー!?」

 

 小学生相手にセクハラ発言をかまして更なる制裁を受ける。両腕を引っ張られて痛そうだったが、当然の結果なので同情は出来ない。

 現にすずかからもお叱りを受けてしまっているし……。

 

「もう、女の子にそんなこと言っちゃダメだよ?」

「はーい!」

「何ですずかに対しては素直なのよ?」

「決まっているニャろう? 我輩に三食昼寝付きの優雅な生活を与えてくれる偉大なお方だからニャ!」

「王子としてのプライドが全く無いじゃん!?」

「ふん、我輩はプライドよりフライドチキンを取る男ニャ!」

「かっこ悪い事をかっこよく言うな!」

 

 仲良くケンカする2人。内容はともかく、会話のテンポは良い感じなので、傍から見てるととても楽しい。

 

「にゃはは~、仲良しだね~2人とも」

「べ、別にそんなんじゃないわよ!」

「なんと、これが噂のツンデレか! 美幼女の心まで射止めてしまうとは、我輩も罪な男ニャ」

「調子にのんなっ!」

 

 くぎゅっ☆

 

「おほぉ~っ! 口とか下の穴から出ちゃいけないモノが出てしまふーっ!?」

「「あーん、シロンちゃんがー!?」」

 

 顔を真っ赤にしたアリサにベアハッグされて悶絶するシロン。見た目は胸元に抱きしめられているだけなので、人によっては実に羨ましい状態なのだが、身体の小さい彼にとっては少女特有の柔らかさを堪能している余裕は無かった。

 

 

 シロンのせいで話がこじれてしまったが、すずかたちは当初の目的を思い出し、グッタリとした彼をそのまま胸に抱きしめながら移動する。今日はなのはとアリサがお泊りに来たので、3人と1匹で仲良くお風呂に入ろうと決めていたのだ。

 因みに、普段のシロンはすずかと一緒に入ることがほとんどで、時々この屋敷で働いているメイドさんのノエルやファリンと入ったりしている。すずかの姉である忍とだけ入らないのは、彼氏から苦言を言われているからだ。例え猫だろうと恋人の裸を見せたくないらしい。

 まぁ、人間以上の知能があるシロン相手になら分かる気もするが、猫に嫉妬するなんて……。

 

「まったくもって、ちっさいニャ~」

「あっ、起きた!」

「よかった~」

「それはいいけど、ちっさいってなんのこと?」

「アリサのパイオツ」

「私の胸はこれからなのよっ!」

「そーですねっ!?」

 

 性懲りも無くセクハラ発言を繰り返してグリグリの刑に処せられる。さっきから軽妙なトーク合戦を繰り広げている2人だが、仲が良いのか悪いのか……。

 何はともあれ、騒いでいるうちに風呂場についた。脱衣所に入ると、少女たちは恥ずかしげもなく大胆に服を脱いでいく。その光景を優しく見つめるシロンも、首に巻いたマフラーと虹色に光る綺麗な宝石が付いた首輪を外す。シロンの手から離れた瞬間、宝石がきらりと輝いた。

 

「ほんと、すごい綺麗よね~。何度見ても感動しちゃうわ」

 

 目ざとく見ていたらしいアリサが覗き込んでくる。

 彼女の実家は、大きな屋敷に住んでいるすずかに負けないくらいの大金持ちだが、これほど素晴らしい宝石は今まで見たことが無かった。そして、それはすずかとなのはも同様だった。

 

「そうだね~。最初はオパールかと思ったけど、こんなに透明感は無いし」

「どっちかって言うとダイヤモンドかな?」

 

 2人の言う通り、オパールのようなはっきりとした虹色に輝くダイヤモンドという見方は正しい。ただ、実物はそれ以上の物であるように見えるので、ダイヤモンドをもってしてもその美しさを表現しきれていないのだが……とにかく、高価で貴重な代物だという事は良く分かる。

 ここで疑問なのは、何故そのような物をシロンが持っているのかという事だ。無論、趣味で持っている訳ではなく、偶然手に入れたものだった。

 しかし、これを手に入れたからこそ、シロンはここにやって来れた。

 

「コイツはな、我輩の相棒なのニャ」

「相棒?」

「そうニャ。コイツとの出会いは、摩訶不思議アドベンチャーの連続だったのニャ~」

「ふぅん」

「まぁ、話せば長くなるのニャが……」

「じゃあいいや。それよりお風呂に入ろう?」

「って、翼君もビックリの華麗なスルー!?」

 

 アリサはシロンの独白を軽く受け流すと、みんなを風呂場へ促した。確かに、真っ裸で長い話を聞かされるのは御免こうむりたいだろう。

 その意見にはすずかとなのはも賛成のようで、誤魔化すように話しかけてきた。

 

「シロンちゃん、今日は私たちが身体を洗ってあげるね」

 

 ツインテールを解いて印象の変わったなのはが、シロンを抱きかかえながら進言する。彼女も動物好きなので、可愛い(?)彼のことがお気に入りなのだ。

 

「すっごい気持ちよくしてあげるからね~」

「うむ。良きに計らえニャ」

「こういう時だけは王子様っぽいわね」

「どっちかって言うと殿様じゃないかな?」

 

 結局、シロンの思い出話は有耶無耶になり、その後は大人しく少女たちとの楽しいお風呂を堪能する。なのはとアリサに優しく身体を洗ってもらってすっかりご満悦である。

 

「どう? 上手いもんでしょ~?」

「美少女に身体を洗ってもらえるんだから感謝しなさいよね」

「へっ、そーいう事はブラジャー付けるようになってから言うんだニャ、小娘どもが!」

「もう、そんな酷い事言っちゃう悪い子は、少し頭冷やそうか♪」

「なんと!? 我輩の頭を押さえてナニする気ニャ!?」

「こうするのよっ! 食らえ、目にシャンプー!」

「ニャオーッ!? 目がーっ、目がーっ!!」

 

 余計な事を言ったせいで色々と台無しである。

 これらのやり取りも仲が良い証拠なのかもしれないが、将来的にエスカレートしていかないか心配である。なのはとアリサにはそう思わせる素質を感じるし……。

 

「おにょれー、紅の暴君め!」

「って、なにその二つ名!?」

「そっちの白い悪魔も覚えてろニャ!」

「えーっ、私は悪魔なのー!?」

 

 なのはとアリサにただならぬ気配を感じたシロンは、それぞれに合いそうな二つ名を付けた。両方とも年頃の娘さんに付ける名ではないので、当然ながら2人は不満げである。とはいえ、身体を洗いながら話を聞いていたすずかは、そこはかとなく納得できる気がしてしまった。勿論みんなには内緒だけど。

 

「ところでシロンちゃん。私の二つ名は無いのかな?」

「ンニャ? すずかには【夜の一族】とゆー立派な二つ名が既にあるじゃニャいか。我輩はそのアダルティな響きにビビッと「うわぁあああああ~~~~~っ!?」

「きゃっ! 急に大声出してどうしたのよ、すずか?」

「夜の一族とか聞こえたけど、なんのこと?」

「えっ!? えっと~、そうだ、シロンちゃんが使ってるハンドルネームだよ!」

「ん~? なに言ってるのニャ、我輩のハンドルネームは闇の炎王(ダークフレイムマスター)ニャほぉー!?」

 

 空気の読めないシロンが本当の事を言おうとしたので、慌てたすずかは彼の顔を胸元に押し付けた。余計な事を言われないように口封じをしたのである。今はまだほんのり膨らんでいるだけだが、将来巨乳になる可能性を感じる彼女の胸はとても温かくて気持ちよかった。もっとも、息が出来ないので堪能している余裕はなかったのだが。

 

「んがぐっぐ!?」

「あんっ、そんなところ触っちゃダメだよ~!」

「このエロ猫! なにやってんのよ!」

「にゃはは……自業自得っぽいけど、シロンちゃんも大変だね」

 

 遠ざかる意識の中、過去の記憶が走馬灯のように浮かび上がる。その中には、この世界へやって来る事になった経緯も含まれていた。

 それは、今よりそう遠くない数週間ほど前の出来事だった――。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 元々シロンがいた世界には、魔法と呼ばれる力を持った妖精猫ケット・シーが存在していた。

 ケット・シーは、猫の姿から耳としっぽの生えた獣人へと自由に変身出来る元人間である。遥か昔、魔法を使える事で同じ人間から迫害を受けた魔法使いたちが、人である事を嫌って、自分たちの姿を根源的な部分から変えた。それが妖精猫ケット・シーの始まりとなる。使い魔として愛でていた猫の因子をその身体に取り入れ、彼らは誕生したのだ。

 

 

 そのような経緯でこの世界に現れたケット・シーは、凶暴な人間と袂を分かつため大胆な行動に出た。彼らは、魔法と科学を融合した高度な文明を築くと同時に火星へ移住してその存在を秘匿したのである。人間を観察しつつも干渉せずに時を重ねる事にしたのだ。しかし、ある出来事を契機に歴史の表舞台へ姿を現すことになる。

 西暦2307年に勃発した太陽光発電の利権を巡る人類同士の最終戦争を止めるべく立ち上がったのである。

 化石燃料の枯渇に伴い、人類は新たなるエネルギー資源として太陽光発電システムを作り上げた。しかし、国力の違いによってエネルギー供給に不公平が生じ、その軋轢から憎しみと悪意を育て、ついには戦争へと発展してしまう。そう、24世紀になっても人類は未だ一つに成り切れていなかったのだ。

 そんな世界に対して楔を打ち込むべくケット・シーは武力介入を決意する。人類が実戦配備している人型機動兵器【モビルスーツ】に対抗するため猫型機動妖精【モビルアールヴ】を開発した彼らは、モビルアールヴ【ガンニャム】を有する私設武装組織【ニャーソレスタルビーイング(新たなる神)】を結成し、世界から紛争を無くすため民族、国家、宗教を超越した作戦行動を展開していく。

 彼らの攻撃は全て非殺傷魔法であり、武器だけを破壊して人命を守る事を徹底した。そのため想定以上の時間と犠牲を払うことになったものの、人類は開戦から数年の間に主だった武装のほとんどを失い、その圧倒的な力の前に屈服する。だが、それでも彼らは戦うことを止めようとはせず、中世のような刀剣を用いた血生臭い戦いすら始める始末であった。

 その悲惨な有り様を嘆いたケット・シーは最後の手段に出る。世界規模でチャーム(魅了)の魔法を使い、世界中の人々に【猫好き】という統一意識を持たせたのである。同じ猫好き同士なのだからもう戦う必要は無いのだと、全ての人類が真摯に対話し、分かり合えるように。

 それは苦渋の決断であったが、幸運にも功を奏す事になる。猫好きとなった人類は、ケット・シーの愛くるしい説得によって分かり合い、最後まで燻っていた闘争心までも失ったのである。

 そして、戦う力を全て失ったおかげでようやく気づく事が出来た。

 世界はこんなにも簡単だということを。

 武器が無ければ力の差も無く、只のか弱い存在でしかない。なればこそ、武器を失って空いたこの手を取り合えるのではないか……いや、取り合うべきだ。始まりの人類がそうしたように。自分たちの先祖がそうしてきたように。彼らに出来たのなら同じ人間である自分たちに出来ぬはずがない。そして、共に仲良く猫を愛でようではないか。

 

 

 こうして、地上の生命を滅ぼしかねなかった世界大戦は、致命的な被害を出す事も無く理想的な形で幕を閉じた。

 ケット・シーの技術供与によって半永久機関であるCNドライヴ(Cat Nucleus Drive)の簡易量産型が各国に行き渡るようになり、エネルギー問題が解決したおかげもあって、現在の世界情勢はとても安定している。それでも、完全に争いの火種が潰えた訳ではないが、地球に住まう者たちは束の間の平和を手に入れる事が出来たのだ。

 

 

 半ば敵対したにもかかわらず世界の安定に多大な貢献を果たしたケット・シーは、意外にすんなりと人類に受け入れられ、今では日常の生活に溶け込んでいた。各地に作られた転移ゲートを使って火星と地球を簡単に行き来出来るようになったので、好奇心旺盛な彼らはしょっちゅう遊びに来ているのだ。

 今も目の前に秋葉原から帰ってきた2匹のケット・シーがおり、手に入れた戦利品を手にホクホク顔である。

 

「素晴らしい収穫だニャ! あの混迷極める戦場(混雑したお店)から戦果を上げて生還するとは……ミスター・キシドーの名は伊達ではないニャ!」

 

 手に持ったガンプラの箱を掲げながらサムズアップを送ってくる白い子猫は、我らが主人公シロン王子だ。行動は幼稚な悪ガキそのものだが、容姿はケット・シーでもトップクラスの美少年である。

 そして、そんな彼が話しかけている相手は……

 

「お褒めに預かり恐悦至極。このグラハム・ニャーカー、栄光ある二つ名にかけていかなる万難をも排してみせよう!」

 

 この暑苦しい物言いの金髪猫は、自分で名乗っている通りグラハム・ニャーカーという。彼はケット・シーの王族に仕える近衛隊の隊長で、王子であるシロンを護衛している美青年だ。

 

「それより、王子こそやるようになったな。ウッカリ落としたエロ同人(ケモ耳美少女もの)が衆目に晒されたのにもかかわらず、全く意識を乱さぬとは。その心、まさに鋼の如し! このグラハム・ニャーカー、心の底から感服したぞ」

「ニャに、そのくらいあの地獄のような戦場に比べたら取るに足らんニャ……」

「フッ、それもそうだな。私の愛する空を汚し尽くした、あの忌むべき戦場に比べれば、な」

 

 2匹はガンプラとエロ同人を手に、今はもう過去の出来事となった戦乱の日々へと思いを馳せる。何を隠そう、彼らはニャーソレスタルビーイングの中心としてそれぞれの愛機を操り、人類との対話を成功に導いた英雄なのだ。気を抜いた今の姿からは全く想像できないけど。

 それでも、当猫たちは気にする事も無く、何かをやり遂げたイイ表情を浮かべながら、緑の多いのどかな八王子を歩く。火星にある家に帰るために、この先の山中に設置された転移ゲートへ向かっているのだ。

 

「しっかし、何でこんな僻地にゲートを作ったんだニャ? RPGで新しい町に行くくらい過酷な道のりなのニャ。毎日が大冒険ニャ」

「ええい、このくらいで弱音を吐くとは! 堪忍袋の緒が切れた! それでも王子か、軟弱者がぁ!」

「沸点低っ! ってか、これまで王子扱いしたことないよね? ずっとタメ口だったよね? すっげー友達感覚だったよね?」

「はっはっは、まぁ仕方があるまい。都心は何かと金がかかるからな」

「って、話し変え過ぎな上に世知辛いなぁオイ!」

 

 一応、CNドライヴの売り上げでかなり儲けてはいるが、必要以上の浪費は抑えなければいけない。それに、今はまだケット・シーの影響力が強いので、都心の真っ只中にゲートを作れば様々な弊害が起こる事が予想される。故に、この地にゲートを作った事は理にかなっているのである。

 

「それでも、これだけは言わせてもらおう……王子なめんニャコラッ!」

「こちらこそ、あえて言わせてもらおう。八王子をなめなるなと!」

「そうです、なめてはいけません。八王子にある高尾山は私のお気に入りなのですから」

「ほぅ、気が合うな。あの男らしい名称には私も惚れこんで……って、何奴っ!?」

 

 アホな会話に熱中していると、不意に後ろから声をかけられた。

 とても可愛らしいその声に反応して視線を向けると、そこには中学生くらいの小柄な美少女が立っていた。陽光に映える綺麗なベージュ色の髪をボブヘアにした少女が、こちらを興味深そうに見つめているのである。そこまでは只の嬉しい出来事なので問題は無い。しかし、少女の格好はあまりにも異様だった。彼女は、身体の細部が分かるくらいピッタリとフィットした白いパイロットスーツのような衣装を身に着けていたのだ。しかも、頭に猫耳、お尻にしっぽを付けるというかなりあざとい格好だった……というか、人間形態になってコスプレしている同族だろう。

 何にしても、よろしくない行動なので注意しておかなければいけない。

 

「お嬢ちゃん、コスプレしたまま出歩くのはマナー違反だぞ☆」

「その通りだ! 屋外で柔肌を晒すとは……破廉恥だぞ、コスプレ少女!」

 

 こう見えてもシロンたちは立派な社会人(?)なので、子供の過ちを優しく正す。だが、この少女は只の子供ではなかった。

 

「ご忠告痛み入ります。そのお返しと言っては何ですが、こちらも注意してあげます」

「注意とニャ?」

「ほぅ、一体なんだと言うのかね? 見目麗しいお嬢さん」

「それは……なめてはいけません、と言うことです」

 

 そう言い切った瞬間、少女は動いた。人間とは思えない高速移動でシロンを掻っ攫うと、身軽な動作で後方に飛び退ったのだ。適度な大きさの胸に抱かれながら強い力で締め上げられたシロンは、身体全体を包む柔らかさを堪能しつつも気絶してしまう。

 

「体はちっさいのに結構なパイオツをお持ちですね……ガクッ」

「王子!?」

「ほら言った通りでしょう? なめてはいけませんって」

「やってくれたな!? トップファイターであるこの私を出し抜くとは、気に食わんな!」

 

 予想外の出来事に一瞬戸惑ったものの、すぐに体勢を立て直す。グラハムはすぐさま人間形態に変身して本気モードになった。金髪碧眼で高身長のハンサムガイになった彼は、臨戦態勢をとってコスプレ少女を睨み付ける。

 

「これ以上の狼藉は、このグラハム・ニャーカーが許さん! いたいけな少女であろうと、私を謀った報いは受けてもらう!」

「……猫の姿も凛々しかったですけど、人の姿になっても素敵ですね」

「ほぅ、正直な少女だな。敵ながら好意を抱いてしまいそうだ。しかし、それとこれとは話が別だ。王子は返してもらうぞ!」

 

 グラハムは得意の飛行魔法で急接近すると、左腕を振るって鋭いパンチを放った。一見すると只のパンチだが、実際には強化の魔法がかかっているので、当たればあの上条さんでも一発でノックアウトできる。

 しかし、予想に反して必殺のパンチは防がれてしまう。オレンジ色に輝く粒子が彼女を覆うように展開して攻撃を食い止めたのである。

 

「なにっ!? CNフィールドだと!? 予想外にも程があるぞ!」

「良い攻撃ですが、まだまだなめすぎですよ……ハンサムさん」

「年端も行かぬ少女相手に、この私が圧倒された!? ええい、なんと無様な!!」

「怒っているのですか? そんなつもりは無かったのですが、お気に触ったのなら謝ります」

 

 そう言うと、本当に申し訳無さそうにお辞儀した。その様子を唖然としながら見つめていると、少女の身体が真紅に輝きだした。その姿は、ガンニャムに搭載されている機体性能を通常の3倍以上に引き上げる特殊システムに酷似していた。

 

「これは……トランザム!?」

「そうですよ」

「何故だ! 何故生身のままトランザムが使える!?」

「それは……私が【戦闘機人】だからです」

「戦闘機人、だと!? 妙な胸騒ぎを覚えるが……この感情、一体なんだというのだ?」

 

 聞いた事もない単語だったが、字づらから感じる嫌な気配が気になった。

 一瞬だけ戸惑いを見せるも、それはなんだと問い質すために口を開く。その直後、少女たちが光の粒子と化した。そして、一瞬のうちに数キロ先へと移動してしまう。魔力反応が感じられなかったので、あれは魔法ではない。では何だというのだろうかと疑問に思うものの、今はそれどころではなかった。少女は謎の瞬間移動をもう一度実行して行方をくらましてしまったのだ。

 

「逃がしたか! しかし、我らの探索能力もなめてもらっては困るな、コスプレ少女!」

 

 グラハムは、魔法で作った異空間に保管してあるストップウォッチみたいなレーダーを取り出して反応を見る。大丈夫だ、シロンの居場所をしっかりと示している。後は、彼が無事なうちに目的地を突き止めなければならない。

 早くしなければシロンはあの少女の餌食になってしまう。

 

「そうはさせるか! 王子の貞操は、このグラハム・ニャーカーがいただく!……もとい、守ってみせる!」

 

 さらっと危ない言い間違いをしつつも、すぐさま行動に移る。

 勿論、少女の目的はグラハムの思っているような事ではないのだが、シロンの身に危機が迫っているのは確かなので、その点で言えば彼の行動に間違いはなかった。

 

 

 のどかな風景をバックに突如起こった大事件。一応言っておくが、「ワイルドな八王子は危険が一杯だよ!」という訳ではない。この事件のバックには、もっと別の悪意ある存在が潜んでいた。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 不思議な能力を使ってグラハムを撒く事に成功したコスプレ少女は、気絶したシロンを胸に抱いて秩父山中までやって来ていた。何故ここに来たのかと言うと、彼女の帰る場所がここにあるからだ。

 人が立ち入らないような鬱蒼と茂った木々を抜けた先に、改造を施された多目的輸送艦が停泊していた。量産型CNドライヴを搭載して大気圏内での飛行が可能となっているこの艦は、とある目的のため日本に不法入国している最中だった。光学迷彩に加えて各種ジャマーを展開し、姿を隠しているのである。

 無論、コスプレ少女が所有しているものではない。この艦を運用している張本人は、艦内に作られた研究施設にいる白衣を着た男だった。

 艦に入ったコスプレ少女は、シロンを抱いたまま彼の元へとやって来て首尾を報告する。

 

「ドクター、王子をお連れしました」

「ほぅ、予想よりも早かったね。それでこそ私の最高傑作だ。良くやったね、【リニス】」




リリカルなのはの世界に行くのは、もうちょっと先となります。
まぁ、基本こんなノリで行くので、シリアスになる機会は余りないと思います。


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第2話 愛する機動妖精

 シロンを連れ去ったコスプレ少女は、秩父山中に隠れていた多目的輸送艦に到着し、中で待っていた白衣の男と向かい合っていた。

 もうお分かりだとは思うが、この白衣の男こそが事件の黒幕である。実の所、コスプレ少女は彼に利用されているだけだと言っても過言ではなかった。

 

「ドクター、王子をお連れしました」

「ほぅ、予想よりも早かったね。それでこそ私の最高傑作だ。良くやったね、【リニス】」

「ありがとうございます、ドクター」

 

 リニスと呼ばれたコスプレ少女は軽くお辞儀をする。

 そんな当たり前の動作を見ると普通の人間のように思えるが、白衣の男が言っていた通り、彼女は人工的に作られた存在である。

 

 

 その正体は、人の身体に機械を融合させた【戦闘機人】という名のサイボーグだ。その上、生体部分にケット・シーの遺伝子を用いる事で魔法も使えるようになっている。リニスという呼称も、元となったケット・シーの名前から記念として取ったものだった。

 そのおかげでリニスは魔法を使える訳だが、科学の性質も持ち合わせている彼女の力はそれだけに留まらない。白衣の男が持つ独自の技術によって人間サイズにまで小型化させた2つのCNドライヴを彼女の胸に搭載し、破格とも言える力を手に入れる事に成功したのである。

 更に、その力は【インヒューレントスキル(通称IS)】と呼ばれる先天固有技能をも与えてくれた。その名は【クアンタムバースト(シュレーディンガーの猫)】という。自身の身体を量子化させる事でタイムラグ無しに別の場所へ瞬間移動する能力だ。はっきり言ってチートなのだが、1回で移動できる距離が短い上に、身体の各部にあるCNコンデンサーに粒子を蓄えなければいけないという制約もあって常時使用できる訳ではない。しかも、彼自身ではCNドライヴの中枢部品であるTDブランケットを作る事が出来ず、盗品で補っている状況なので、現時点で稼動出来る戦闘機人は彼女1人だけであった。

 それでも驚異的な発明には違いないのだが……。

 とにかく、白衣の男が信じられないようなオーバーテクノロジーを持っている事だけは確かだと言える。

 

 

「ははは、思った通り素晴らしい素材だ。これなら私の悲願を叶える事が出来るかもしれない」

「……」

 

 意味深なセリフを言いながらシロンを使って生体実験を行おうと準備を進める。

 何を隠そうこの男は、とある目的のために人間やケット・シーをさらって生体実験を繰り返しているマッドサイエンティストなのである。ケット・シー王家の強大な力を継承しているシロンは、彼にとって格好の獲物だったのだ。

 彼の心はあまりにも異質であり、人とは認識できないほど歪んでいるため、先の大戦で人類にかけたチャームの魔法も効き目が薄いらしい。このままでは、シロンの命もどうなるか分からない状況だった。

 

 

 ようやく目を覚ましたシロンは、ぼーっとしながら辺りを見回す。すると、妙にSFチックな薄暗い部屋に連れ込まれ、身体を拘束されたままいかにもな台に寝かされている事に気づいた。この状況は明らかにアレなんじゃないか?

 

「止めろー、ショッカー! ぶっとばすニャオゥ!!」

 

 セリフだけ聞くと余裕があるように聞こえるが、実際はそれどころではない。まったく身動きできない状況で、目の前には白衣の変態がいるからだ。その隣に自分を誘拐した美少女がいても気休めにはならない。これは、貞操の……もとい、命の危機である。

 

「我輩にナニをする気ニャ!? ってか、お前は何者ニャ!!」

「そうだね。まずは自己紹介をしておこうか。私の名前はジェイク・スカリエッティだ。以後、お見知りおきを、シロン王子」

「はぁ? スカトロエッティ? なんと卑猥な!!」

「ははっ、懐かしい呼び方だな。一瞬で学生の頃のトラウマが蘇ってしまったよ……」

「心中お察し致します、ドクター」

 

 スカリエッティと名乗った男はシロンの口撃によって精神的ダメージを受けた。しかし、彼の抵抗はそこまでであり、事態の改善とまではいかなかった。

 

「ククク、この状況で私に痛手を負わすとは流石だよ。でも、君が手に入ってとても機嫌が良いのでね、今ならどんな痛みも心地よく感じられる」

「予想以上に変態だったニャ!? お前の目的は変態行為ニャのか!?」

「いや、それは違うよ。私は科学者であり探求者……そう、神秘の探求こそ我がアルハザードの民が背負いし宿命なのさ!」

「アルハザード? キャバクラの名前かニャ? まさか、その店で女体の神秘を探求する気ニャのか! 止めとけって、お触りはルール違反だし、怖いお兄さんたちにボコられちゃうニャ!」

「……ご高説はありがたいけど、何もかもが違うよ。アルハザードは、高度な技術と魔法文化を持ち、そこに辿り着けばあらゆる望みが叶う理想郷さ。実を言うと、私のご先祖様がそこから追放された科学者でね。我ら一族は追放された際にアルハザードから持ち出したという遺物を研究して、そこに至る道を探求し続けているのだよ」

 

 とんでもない事実をさらっと告白してきた。今言った事が本当なら大発見であるが、言っている人間が非常に胡散臭いのでシロンには信じられなかった。

 

「はん、夢見んならもっと地に足の付いた事にしとけっての! まずは、真っ当なコミュニケーション法でも勉強して友達100人目指すんだな、この中二野郎!」

「おやおや、随分な物言いだね。アルハザードは本当にあるんだよ?」

「アホか! お前みたいなオッサンが、ラピュタを夢見るパズーみたいなこと言ってもキモイだけニャ!」

「ははっ、なにを言っても聞き入れてはくれないようだね。実に残念だよ」

 

 スカリエッティは、大げさな身振りで悲しみをアピールする。しかし、その顔は楽しげに笑みを浮かべていた。

 

「まぁいいさ。 事が上手くいけば君も行くことになるのだから」

「行くって、アルハザードとかいうキャバクラに?」

「君は本当にキャバクラが大好きだね。だが、そんな気分になるのも今日までだよ」

「ニャんだと!?」

「これから君には、私をアルハザードへ導くための有能な部下となってもらうのだからね」

「部下ぁ?」

「そうだよ。アルハザードが存在するという虚数空間へ行くためにはケット・シーの力が必要なのでね、君を利用させて貰う事にしたんだ」

「なんというテンプレ悪役!? こ~の、馬鹿弟子がぁ!! いい年こいてそのような事に現を抜かしおってぇ!! だからお前はアホなのだぁ!!」

「ん~、弟子になった覚えは無いけど、そう邪険にしないでくれたまえ。ちゃんとご褒美もあげるからさ」

 

 そう言うと、リニスが差し出してきた悪趣味なデザインの箱からひし形の青い宝石を取り出した。これは、彼の家に代々伝わってきた代物であり、作り方や使い方も分からないこのような遺物を【ロストロギア(根源を失った物)】と呼んで研究を積み重ねていた。その成果がこんな状況を作り出してしまったのである。

 

「この【ブルーディスティニー】を移植すれば、強大な力を手に入れる事が出来る。まぁ、君の身体が力に耐えられる範囲でだがね」

「ちょ、なにそのEXAMシステム!? 我輩はガンニャムじゃないぞ!? そーいうのはセツニャの役目だろ!!」

「ふむ、そのセツニャとやらにも興味があるね。何だか良い実験材料になる気がするよ」

「実験材料ニャと!?」

「そう、君は私のモルモットなんだよ」

「我輩は猫なんですけどー!?」

 

 やはり、この男はシロンを使って生体実験をする気だった。このままでは本当に命が危ない。

しかし、拘束されたこの状態ではどうすることも出来ない。

 

「あばばばばー!!? 女の子とチューもしないまま散ってゆくニャかー!?」

「はは。申し訳ないが、私は女性に興味が無いのでね。君の気持ちは理解できないんだ」

「枯れてやがる……遅すぎたんだ」

「そう思うかい? これでもまだ20代なのだがね……あ~一応言っておくけど、私はノンケだから勘違いしないでくれたまえよ?」

「どーでもいーし! ってか、そういうトコは気にすんのなっ!」

「因みに、私もノンケです」

「聞いてねーし!」

「しかも、気になる殿方がいます!」

「聞いてねーしっ!!」

 

 ダメだ。何を言っても暖簾に腕押しである。

 探求欲が暴走している彼には、なにを言っても無駄だった。唯一の救いは、彼の仲間であるリニスに普通の少女らしい心があるという点だが、それで現状が変化する訳では無かった。

 

「やめてよして触らないでー!?」

「まったく往生際が悪いね。うるさいから、さっさと洗脳してしまうとしよう」

「せ、洗脳!?」

「そうだよ。この魔導チップを108個移植すれば、もう私の意のままさ」

「ちょ、108個って多くね!? 普通1個で十分じゃね!? 過剰摂取で副作用とか怖いんですけど!?」

「大丈夫だと思うよ? まぁ、108個使えば君の強い煩悩を押さえられるという、只の願掛けだけどね!」

「めっちゃ神頼みだし! 科学的根拠無いしー!」

「まぁ、そういう訳だから、素直に受け入れたまえ」

「出来るかー!! 我輩に酷いことしたら動物愛護団体が黙っちゃいニャーぞ! あぁん!?」

「そうかい? これでも私は動物好きなのだがねぇ、こうして役に立ってくれるのだから!」

「ちょ、おまっ!?」

 

 そう言うと、シロンの頭上に手をかざして、見たことのない魔方陣を浮かび上がらせる。ケット・シーの魔法にそのようなものはないので、アルハザードの技術で洗脳処置を施すようだ。

 まさに万事休すである。

 このままスカリエッティの思惑通りに悪の手先と化してしまうのだろうか。何にしても悲惨な未来しかなさそうだが……と、思われた次の瞬間、事態は急変した。天井が光り輝いたかと思った途端にそこにあった物質が消えさって、本来見えるはずがない青空が現れたのだ。つまり、上部構造物ごと天井が消失してしまったのである。

 

「ビームサーベルで切り取られた!?」

「くっ! 良いところだというのに、一体何事だ!!」

 

 スカリエッティは、先ほどまでの穏やかな様子とは一変して、苛立ちを隠そうともせずにこの状況を作り出した張本人を睨み付けた。艦より少し離れた上空を見上げると、そこには黒いモビルアールヴの姿があった。

 

「あれは、フニャッグカスタム!?」

 

 その機体は、ケット・シーが作りあげた史上初のモビルアールヴで、ユニオンという人間の国が開発したフラッグという名のモビルスーツを参考にした物だ。10機ほど製作された本機は、近衛隊のテスト結果を元に幾度も改良を施され、ガンニャムのテストベッドとして大いに貢献した。そのため、グラハムはこの機体に異常なほどの愛着を持っていたのだが、そんな機体がタイミング良くここに現れたという事は……

 

『見つけたぞ、コスプレ少女! このグラハム・ニャーカー、しつこさと諦めの悪さは折り紙つきだ! 口説き落とすまでは離れんよ!』

 

 やっぱりパイロットはこの男でした。しかも、助けに来たというよりはリニスに告白しに来たようなセリフである。現に、その言葉を聞いたリニスは、顔を赤く染めてモジモジとしている。

 

「私、愛の告白を受けるのは初めてです……ポッ」

「真に受けている場合ではないだろう!? 早くあいつを排除するんだ!」

「……はい」

 

 いつになく感情的になっているスカリエッティから強い口調で命令され、不機嫌そうにしながらも飛行魔法で飛び上がった。そんなリニスの姿を確認したグラハムは、彼女の背後にいるシロンに気づく。両手足を光のリングで拘束された酷い姿であった。

 

『王子!?』

「うぅ、助けに来てくれたのか……こんなに嬉しい事はニャい!」

『貴様っ! よくも王子にあんな事をしてくれたなっ!?』

「ふむ? あんな事がどんな事かは分からないが、これから良い事をしてあげる所だよ?」

『ぐぅおおおー!? 私の堪忍袋は既に全開だぁ!! 仏の顔も三度までと知るがいい!!』

 

 勝手に勘違いした上にスカリエッティの言葉も聞き流して激高するグラハム。拘束されてグッタリとしているシロンの様子を見てイケナイ想像をしてしまったのだ。

 そして、怒りに任せて銃口を向けてしまう。フニャッグカスタムに標準装備されているCNビームライフル――通常の粒子ビームに加えて、CN粒子を変換して作り出した魔力で魔法を撃ち出すことも出来る多機能兵器――である。

 そんな物騒な物を突きつけられたシロンたちは、当然ながら恐怖におののく。

 

「「なにぃー!?」」

『愛を語るには我侭が過ぎたのだよ! 我慢弱く繊細な私を弄んだ罪、その身をもって償ってもらう!』

「ちょ、おまっ、なにやってんの!? 我輩はここにいますよー!?」

「そ、その通りだ! そんな事をすればシロン王子も……」

『聞く耳持たん!! グラハムストライカー!!』

 

 次の瞬間、CNビームライフルの銃口からオレンジ色のビームが発射された。問答無用で攻撃を受けたシロンとスカリエッティは、成すすべも無く目の前の現実を受け入れるしかなかった。

 

「うぉおおおおおお~~~~~!?」

「よぅ、お前は満足か、こんな世界で。我輩は嫌だね」

 

 ズガァ―――ンッ!!!!!

 2人のいた場所にビームが着弾し、激しい衝撃を発生させて辺り一面に爆煙を巻き起こした。 しばらくして轟音が消えさると、先ほどまでの騒がしさが嘘のように静寂が訪れ、その場にいる者の動きが止まる。そして数秒後、煙が晴れたそこには……サイバイマンにやられたヤムチャのような格好で倒れているシロンとスカリエッティの姿があった。

 間一髪でビームを回避したリニスは2人の様子を確認すると、飛行魔法でフニャッグカスタムの前に飛ぶ。

 

『ほぅ、あの攻撃を避けるか。流石だな。とはいえ、解せない事がある。君が本気を出せば、あの男も助けられたのではないかね?』

「それが分かっていて王子ごと撃ったのですか? 酷い人ですね」

『フッ、可憐な容姿に似合わず辛辣な物言いだな。しかし、君もあの男を助けなかった、何故なのかな?』

「確かに、ドクターは生みの親なので父親を慕うような感情があります。ただ、それと同時に怒りも感じているのです。ドクターが行っている凶悪な犯罪行為は、決して許される事ではありませんから、報いが必要だったんです……」

 

 リニスは悲しそうな表情で内心を吐露する。信じ難いことに、彼女はあの狂人に作られたにもかかわらず正常な心を持っていたのだ。

 ご都合主義だと思われるかもしれないが、もちろん相応の理由はある。

 用心深いスカリエッティは、当然ながら彼女にも洗脳処置を施していた。しかし、彼の想定を上回る現象が彼女の中で起こった。元にした遺伝子から受け継いだ母性溢れる性質が、悪意ある洗脳を弱めたのである。

 加えてケット・シーが使ったチャームの魔法により、猫に対して好意的な感情を持つようになっていた事も幸いした。その効果のおかげで、グラハムの真っ直ぐな行動をより好ましく感じるようになり、最初に戦った瞬間から彼に心惹かれてしまったのである。要するに、初恋をしてしまったのだ。恋に目覚めた乙女は親の事など二の次となるため、衝撃的な彼との再会によってさらに洗脳が弱まるという思わぬ作用を齎した。

 そんな数奇な偶然が重なった結果、彼女に小さな反逆心を芽生えさせたのだ。

 因みに、チャームの魔法はLoveよりもLikeに働きかけるものなので、グラハムに対する想いを恋だと認識した時点で彼女の気持ちは本物だと言える。

 

「……だから、貴方には感謝しているんですよ。おかしな話ですけどね」

『なるほど。子の心、親知らずか。辛い運命を背負っているのだな……』

「いいえ。貴方に優しい言葉をかけてもらう資格など私にはありません。そんなドクターに従う私も酷い女なのですから……」

『それは違うな。君は見た目通りに美しい心を持っている。乙女座の私にはそれが分かる』

「っ……気休めはよしてください。本気にしてしまいます……」

『フッ、慎ましいな君は。その謙虚さに好意を抱くよ』

 

 リニスの気持ちを知ってか知らずか、思いやりに溢れた優しい言葉を投げかける。行動はアホっぽいのにやたらと男前に見えてしまうのは、好意を持っている彼女だけではないだろう。

 

「そ、そんな事より、貴方こそどうして王子まで巻き込んだのですか?」

『なに、あのビームは非殺傷魔法なんでね。魔法防御が強くてやたらとしぶとい王子なら当たってもどうということはないのさ。そもそも私は我慢弱く、落ち着きのない男なのだよ』

「やはり酷い人ですね、貴方は。でも、そういう素直なところは嫌いではありません」

『その好意、ありがたく受け取らせてもらおう。しかし、先ほどの借りは返させてもらうぞ! このフニャッグカスタムで!!』

 

 そう叫ぶと、リニスに向けてCNビームライフルを突きつける。この男の執念深さは折り紙つきであり、例え相手が少女であっても容赦はしない。だが、リニスは只の少女ではないので、強ちおかしな行動でもない。

 現に、彼女は戦うつもりのようで、腰にあるポケットからとある物を取り出した。彼女の手にあるそれはカードであり、表面にはモビルアールヴらしき絵が描かれている。

 

「分かりました……では私も、貴方に合わせてこれを使わせていただきます」

『なんとっ!? もしやそれは【ビルドカード】ではないか!!』

 

 グラハムの言うビルドカードとは、魔法によって作られたモビルアールヴ用の携帯ハンガーである。カード内に作られた異空間の中に作業ベッドがあり、配備されているハロ型工作ロボによって、モビルアールヴの修理、改良、開発を行える簡易基地として機能する代物だ。

 つまり、そのような物を持っているという事は……

 

「来いっ、ガンニャーム!!」

 

 勇ましい掛け声と共にビルドカードを頭上に掲げる。すると、カードから眩しい光が発せられて、次の瞬間には目の前に1機のモビルアールヴが出現していた。

 赤と黒で染め上げられたその機体は、禍々しさを感じさせるデザインをしていた。当然ながら初めて見るモビルアールヴである。しかし、何故かグラハムには見覚えのある物だった。それもそのはず、この機体は彼が心奪われたモビルアールヴとあまりにも似通っていたからだ。

 

『ガンニャムエクシアだと!?』

『いいえ違います。この機体は、【ガンニャムエクシアダークマター】と言います』

『ダークマター……見えざる物質か。戦争を無くす為に武力介入を先導した、存在自体が矛盾している我々そのものだな。ハハハッ! これは傑作だ!』

 

 グラハムは本当におかしそうに笑った。皮肉の効いたネーミングが面白かっただけではない。ガンニャムと本気で戦える事に心から喜びを感じているのだ。その感情こそが、バトルマニアである彼の本質であった。

 

『やはり私と君は、運命の赤い糸で結ばれていたようだ』

『あ、赤い糸!?』

『そうだ、戦う運命にあった!』

 

 言うが早いか、何の警告も無くCNビームライフルを撃つ。まさしく本気の一撃である。それを間一髪で回避したリニスは、身体にかかるGに顔を歪めながらも彼を睨みつけた。

 

『遠慮無しですねっ!』

『当然だ! 私は銃弾でしか愛を届けられない無骨物だからな!』

『愛!?』

『そうだ! 君の圧倒的な性能に、私は心奪われた! この気持ち……まさしく愛だ!』

『~~~~~っ!!?』

『なればこそ! この熱き想い、受け止めてもらうぞ! ガンニャム!!』

『ま、待って! まだ心の準備が……って、ガンニャム!? 愛してるってガンニャムの事なんですかー!?』

『その通り! ガンニャムこそ我が愛しの君だ!」

 

 リニスは、衝撃の事実に驚きの声を上げる。ここまで来てようやく勘違いに気づいた。グラハムの想い人(?)はガンニャムだという事に。

 その瞬間、怒りと恥ずかしさで顔が真っ赤になる。なんて呆れた猫なのだろう。でも、そんな彼に振り向いて欲しいと思う自分がいる。恋をするとはそういう事なのだろう。

 だったら、思うがままに行動するのみ!

 

『貴方の愛は歪んでいます!』

『ほぅ、私の愛を否定するか。ならば見せてもらおうか、君の言う真実の愛とやらを!』

『いいでしょう。貴方の歪み、私の愛で断ち切ります!』

『よく言った! それでこそ愛しがいがあるというものだ、ガンニャム!』

『私はリニスですっ!!』

 

 いつまでもガンニャムと言い続けるグラハムにムカッときたリニスは、さりげなく自分の名をアピールすると同時にダークマターライフルを連射する。元々牽制用の兵装なため砲身が極端に短く命中精度はかなり低いのだが、それを感じさせないほどの腕前である。

 しかし、歴戦の古強者であるグラハムには通用しない。

 

『正確な射撃だな。それ故に、予測しやすいのだよ!』

『くっ! そのような旧式の機体で!』

『モビルアールヴの性能差が、勝敗を分かつ絶対条件ではないさ!』

『それは只の負け惜しみでしょう!』

『否! 振るうべきはマシンの性能のみにあらず! フニャッグファイターである誇りこそ、我が力となる!』

『精神論などナンセンスです!』

『意味ならあるさっ! 私にとってフニャッグは特別、それを……君を倒すことで証明させてもらう!』

 

 右腕に取り付けられたディフェンスロッドでビームを弾きつつ接近し、一回転しながら右手の

CNビームサーベルを振り抜く。対するリニスも、ダークマターライフルをソードモードに切り替えてグラハムの攻撃を真っ向から受け止めた。鍔迫り合いによって激しいスパーク光が飛び交う中、2機はCNドライヴの出力を上げて近代的な剣の舞を繰り広げる。

 攻防は一進一退で、お互いに引けを取らない戦いっぷりだった。要するに、グラハムは先ほどの言葉を証明してみせたのだ。

 もっとも、総合的に見れば2人の戦力は拮抗しており、なかなか勝負はつきそうになかった。

 

 

 一方、破壊された研究施設では、気絶していたシロンが目を覚ましていた。

 乱れた毛並みを整えながら辺りを見回してみると、部屋はめちゃくちゃに壊れており、近くにスカリエッティが倒れていた。彼は、サイバイマンにやられたヤムチャのような格好で倒れている上に、服が吹き飛んでパンツ一丁になっていたので、シロンは思わず噴出してしまう。

 

「ぶふーっ!!? こいつブリーフ派だったのー!? ってか、んなもん見せんニャ!!」

 

 目覚めた途端に男のパンツ姿を見せられて急に不機嫌になったシロンは、スカリエッティの腹を蹴飛ばした。すると、彼の手から青い宝石が転がり落ちる。あれは確か、ブルーディスティニーとか言う怪しいブツだ。

 はっきりいって危険な匂いのするアイテムだが、ちょっと気になる。見た目も綺麗だし、何と言っても名前がいい。これさえあったら「あのシン・アスカでもちょっとだけ活躍出来たんじゃね?」と思わせるほどだ。

 何となく飛行石とかブルーウォーターにも見えるし……なんて事を考えていたら欲しくなってきた。ほらあれだ、ゲームとかブルーレイの限定品に付いてる特典が欲しくなるような、やたらとファンの心を刺激してくるあの感じだ。

 

「……慰謝料としてもらっておくのニャ」

 

 決めた、こいつはいただいておくとしよう。どうせ他の奴が手に入れても碌な使い方しないだろうし、これも運命だったのだ。うん、そうに違いない。

 

「スカリエッティ、聞こえていたら君の生まれの不幸を呪うがいい。君はいい科学者であったが、君のご先祖様がいけないのだよ。大体アルハザードってなんだよ? アル中オヤジが一杯いてハザード状態のキャバクラですかぁ? プークスクス!」

 

 誰に言うでもなく言い訳しながらブルーディスティニーを拾い上げる。妙に挙動不審なその様子は、道端に落ちている100円玉をネコババしようとしている悪ガキそのものである。まぁ、実際にやっている事は同じなのだが、幸か不幸か注意する者はこの場にいなかった。

 

「ふぅ、任務完了! ところで、グラハムとあの美少女はどこ行ったのかニャ?」

 

 無事にブルーディスティニーを手に入れてホクホク顔なシロンは、ようやく2人の事を思い出した。たぶん表にいるのだろうが……と思った直後に轟音が鳴り響いて2機のモビルアールヴが上空を通り過ぎた。

 1機は見慣れたフニャッグカスタムだが、もう1機はよく分からない。どうやら、ガンニャムタイプのようだが……。

 

「なにあの黒いの!? MK-Ⅱ!? バンシィ!? それともマスター!?」

 

 見た事のない黒い機体を目撃して驚く。遠目なのでよく分からないが、あれを見てると既視感を覚える。というか、色違いなのが我が家にあるじゃん。

 

「そこはかとなくエクシアに似てるけど……まさか、セツニャが暗黒面に堕ちたのかー!? アイツ、最近様子がおかしかったからニャー。目が光ったり、見えない誰かと対話したり……」

 

 リニスの操るエクシアダークマターを見ているうちに身内の心配をしだすシロン。確かにセツニャの様子は憂慮すべき所だが、今はそんな場合ではない。主犯であるスカリエッティは倒されてシロンも無事(?)開放されたのだから、あの2人が戦う必要はないのだ。

 

「そうだよ、もう戦う必要はないんだ。バーニィ……もとい、グラハムを止めなきゃ!」

 

 紆余曲折の末にようやく成すべき事を理解したシロンは、飛行魔法で飛び立つ。自分が無事である事をグラハムに伝えれば戦いは止まるはず。もうこれ以上、悲しみの連鎖をつなげてはいけないんだ。

 高速で飛び回りながら幾度もビームサーベルを打ち付けあう2機に接近しつつ、必死の思いで呼びかける。

 

「グラハムー、我輩はここにいるニャー! もう戦わなくてもいいのニャー!」

『この無粋者が! 私の恋路を邪魔をする者は、故事にのっとり、馬に蹴られるものと思え!』

『そうです! 恋人同士の間に入らないでくださいっ!』

「うえぇ~~~!!? なぜなにどうしてー!? ってか、お前ら今までナニやってたー!?」

 

 戦っていたと思ったら仲良くなっていたでござる。

 グラハムの真意は怪しいものだが、リニスの方はかなり本気だと分かる。さっきのやり取りの後に『言っちゃいました♪』とかつぶやいたのを聞いてしまったし……。

 

「ほんと、勘弁してほしいニャ……」

 

 俯きながら怒りに震えるシロン。

 こんな事実を認めるわけにはいかない。2人がヨロシクやってる間に、自分はブリーフ男と仲良く気を失っていたなんて……。だが、それでも現実は変えられない。

 そうさ、世界はいつだってこんなはずじゃないことばっかりだよ!

 

「正直、羨まし過ぎるジャマイカ~~~~~!!!!!」

 

 嫉妬によって怒りが頂点に達したシロンは、勢いのままに人間形態へ変身すると膨大な魔力を放出した。10歳ぐらいの美少年となった彼は、銀髪にオッドアイという中二病全開な容姿に見合った恐るべき力を発揮する。この状態になると生身でモビルアールヴを破壊することも可能なので、仲間内では【東方不敗】とか【世界の歪み】などと呼ばれていた。そこはかとなくバカにしている気がしないでもないが、それほどまでに危険な力を持っている事は間違いない。

 流石にこうなるとグラハムたちも無視出来なくなり、戦いを止めてシロンの様子を伺う。

 

『ほぅ、嫉妬心すら力に変えるか。でたらめにも程があるぞ! だからこそ、私は畏怖と敬意を表するよ、その底知れぬバカさ加減に!』

『褒めるようにけなしてるー!?』

「フンッ、今更気づいてももう遅いニャ!」

『本人も認めてるー!? って、それでいいの!?』

『良いも悪いもこれが定めだ。生来のバカは死なねば治らんよ! ならば、あえて認めて、楽しんでしまえばいい。それが私の特権だ!』

『すっごい言い草!? 貴方たち主従関係なんですよね!?』

『フッ、愛を超越すれば憎しみとなるように、忠義を超越すれば造反を招くのさ!』

「なんと! 王子の我輩にタメ口きいてたのはそういう訳だったのかー!!」

『造反の規模が思いのほか小さかったー!』

 

 リニスの言う通り、彼らの関係は只の喧嘩友達だった。つまり、彼らにとっては今のやり取りも日常茶飯事だったのだ。回りの一般人にとっては甚だ迷惑な話である。とはいえ、所詮はじゃれあっているだけなので、途中の内容はともかく最後は穏やかに解決するはずだった。

 しかし、今日は違った。シロンの手に不確定要素となりうる物があったからだ。

 なんと、シロンの強大な魔力をもろに受けたブルーディスティニーが、無軌道な発動状態となって膨大な魔力エネルギーを発散してしまったのである。

 このロストロギアは、別の世界で【願いが叶う】宝石と呼ばれる次元干渉型エネルギー結晶体だった。しかし、願いが正しく伝えられないと方向性を失ったエネルギーを撒き散らして【次元震】という災害を発生させてしまう。

 次元震とは、言葉通りに次元を震わして通常空間に甚大な被害を齎す超自然災害であり、酷い場合は次元断層と呼ばれる空間を破壊してしまう現象を起こしてしまう。

 そして今、ブルーディスティニーによって、その次元断層が発生してしまった。小規模ではあるが、この場にいる3人を巻き込むには十分であった。

 

「ちょ、なにこの珍百景!? 名状し難いモヤッとした空間が広がってゆくニャー!?」

『ええい、何事だ!? このような展開になるなど、私は聞いていないぞ!』

『これは……虚数空間!? グラハム、いけません! 早く離脱を……』

 

 危険を察知したリニスが逃げるように呼びかけたが、時既に遅かった。シロンたちは成すすべも無く異様な空間に飲み込まれ、落ちていく。そして、3人を取り込んだその直後に次元断層が閉じてしまった。あまりにも小規模だったので自浄作用がすぐに反映されたのだ。

 こうして、彼らはこの世界から忽然と姿を消してしまった。

 

 

 その数十分後、異変を察知したニャーソレスタルビーイングがガンニャムを出撃させて次元震の調査を始める。

 幸いながら人的被害は確認できず、セツニャたちは安堵した。しかし、シロンとグラハムの行方だけはいかなる手段をもってしても分からなかった。彼らの識別信号は、次元震が起こる直前までこの場にあったので、恐らく巻き込まれたのだろうと判断される。俗に言うMIA(行方不明兵士)である。

 

「シロン……グラハム……。彼らがこのぐらいで死ぬとは思えない」

「だな、きっとどこかでバカやってるさ」

「ヴェーニャも全力で探索している。じきに見つかるだろう」

「ああ……そうだな……」

「ところで、この飲み会にアレルニャを呼ばなかったのはどうしてなんだ?」

「フッ、なぜかな?」

「ハブったのか……」




モビルアールヴの見た目は、オリジナルに猫耳としっぽが付いた物だと思ってください。
エネルギーは、通常の粒子でも変換した魔力でもいいハイブリット仕様なので、管理局の質量兵器カテゴリをギリギリでパス出来る感じです。


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第3話 流されてアルハザード

 激しい戦いの末に(?)虚数空間へと迷い込んでしまったシロン一行は、異様な空間の中を漂っていた。宇宙とは違う、何かがあるようで何も無い異空間である。そんな場所にモビルアールヴごと放り込まれたグラハムとリニスは、モニター越しに広がる不気味な光景に息を呑む。

 

『なんと面妖な! この空間、まるで恋に悩める乙女心だ。男の私には理解し難いぞ!』

『女の私でも理解できませんよ……』

 

 流石のグラハムも恐怖を感じずにはいられない状況だった。リニスも怖くなったのか、機体を彼の傍に寄せるが、それは無理もない事だろう。何故なら、この場所にはこれまで彼らを支えてくれた常識が無いからだ。生命を育むべき大地も水も大気も無い。そして、元の空間に戻る手立ても無い。つまり、このままでは死を待つだけなのだ。

 というか、生身で放り出されているシロンは、今まさに命の危機に瀕していた。

 

「ぐぉおお~!? い、息ができん! 流石の我輩も空気が無いとお陀仏ニャ! ゼントラーディとかフリーザ様のようにはいかないニャー!?」

 

 ケット・シーは、火星に移住した際に放射線、重力変化、温度変化などに対する抵抗力を身体に付与していたが、生物である以上は酸素が無いとどうしようもなく、呼吸出来る場所を確保しないと死んでしまう。

 事態の深刻さに慌てたシロンは、急いでビルドカードを取り出すと、自分専用の機体を召喚しようとした。しかし、何故か発動しない。カードの機能自体は問題無さそうなのだが、魔法がキャンセルされているらしい。

 

「なんやて!? この空間全体が幻想殺し(イマジンブレイカー)だと言うのかー!? チートどころの騒ぎじゃニャいぞ! それなんてムリゲー!?」

 

 この空間はまさしく上条さんの最強バージョンであり、魔法使いだったら完全にお手上げ状態の場所だ。しかし、幸いな事にモビルアールヴは魔法とは無関係なCN粒子でも稼動可能なので、フニャッグとエクシアダークマターは問題なく活動できている。これならCNフィールドを張れるし、その中でなら魔法も使えるかもしれない。十分に試してみる価値はあった。

 でも、その前に……

 

「酸素! 酸素プリーズ!」

 

 我慢の限界にきていたので、シロンは必死にクロールをしながら救助に来たエクシアダークマターの元へと向かう。リニスはコックピットのある胸部を近づけると、急いでハッチを開き彼を入れてあげた。勢い余って彼女の柔らかな胸に飛び込み、地獄から一転して天国へとやって来た気分である。

 

「きゃっ!」

「にょほほ~! ナイスなダブルオークッション!」

「エッチなのはいけないと思いますっ!」

「はいごもっとも!」

 

 ゴスッっと頭にゲンコツを受けるシロン。今は人間形態なので、姉に怒られている弟のような構図だった。実際、母性の強いリニスも悪い気はしていないので、案外悪ガキのシロンとは相性が良いのかもしれない。

 もっとも、今は和んでいる場合ではないが。

 

「ところで、絶体絶命の我輩を置いてグラハムはなにしてるのニャ?」

「実はつい先ほどとんでもない発見をしまして、彼は私に王子を任せてあそこに向かっています」

「あそこ? って、うぇええ~~~!?」

 

 説明をされてそちらに目を向けると、本当にとんでもないものがあった。

 

「想像以上にでっけーラピュタ!?」

 

 エクシアダークマターの足元……と言うべきかは分からないが、重力のベクトルが向かう先にそれはあった。

 直径10キロ程の円形大地に高度な文明を思わせる建造物がそびえ立っており、全体的にはSF作品に出てくる巨大移民船のような印象を受ける作りをしている。それは明らかに人工的なものであり、本来なら虚数空間には無いものだ。

 しかし、あの存在を説明できる話が一つだけある。

 

「恐らく、あれがアルハザードなのでしょう」

「ニャんと!? あのキャバクラ説が濃厚だったアルハザードとな!?」

「貴方しか言ってませんけどね! でも、本当にあったんですね。私は存在自体を疑っていましたけど……」

「まさに、世界ふしぎ発見! スーパーヒトシ君をボッシュートされても文句は無いニャ……」

 

 こんな切羽詰った状況にもかかわらず、ある種の感動を受けてしまう2人。世界に発表する事は叶わないものの、歴史に残るような大発見には違いないからだ。スカリエッティの望みにブルーディスティニーが答えたのか単なる偶然かは分からないが、アルハザードと思しき物が目の前にあるのは確かであり、漂流中であるシロンたちにとってもありがたい事だった。

 とはいえ、見入っていられるのも束の間だった。アルハザードと思しき浮遊都市から多数の熱源反応を感知したのである。しかも、グラハムは既にアンノウンと交戦状態にあった。

 

『ええい、有象無象の物の怪が! この私に一目惚れしたとでも言うつもりか! 不愉快極まる!』

「グラハム!?」

 

 彼の身を案じたリニスは救援に向かう。一体どのような存在と戦っているのだろうか。彼と交戦しているアンノウンを望遠で捉えて確かめる。

 見るとそれは奇妙な形をした機動兵器だった。簡単に言えば翼を持った蟹のような姿の機体で、数百機は展開している。武装はビームやミサイルといったオーソドックスな物らしい。

 サイズ的に無人機のようなので遠慮しなくてもいいのは救いだが、数が多い上に執拗なのはいただけない。

 

『この粘着質なしつこさ、まるでガンニャムに懸想した私のようだな! あえて言わせてもらおう、ストーカーであると!』

「変な自覚持ってるー!?」

『私の経験談だ、間違いないさ!』

「いや、自信満々に言う事じゃないですからねっ!?」

 

 要するに同属嫌悪なのだろう、グラハムはイラつきながらも迎撃する。

 

『私の愛はガンニャムだけに向けられている! それ故、貴様らの横恋慕など意にも返さん!』

「ええー!?」

『魅力が足らんのだよ、魅力が! 顔を洗って出直してくるがいい!』

「はは~、相変わらずガンニャム一筋だニャ~」

「うう、私も見て欲しいのに……」

 

 グラハムのアホなセリフを聞いてリニスが落ち込んでしまう。厄介な性格の彼に恋してしまった宿命とも言えるが、今はそんな場合ではない。

 

「しっかりするニャ、美少女ちゃん。ってゆーか、君のお名前なんてーの?」

「ふぇ? 私はリニスと言います……」

「じゃあリニスちゃん、我輩もカードを使って愛機を出すから、CNフィールドを最大出力で張って欲しいのニャ」

「な、なるほど……それなら魔法が使えるかもしれませんね。やってみましょう!」

 

 落ち込んでいても聡明さを失っていなかったリニスは、すぐに話を理解して早速行動に移る。それを確認すると、シロンは大きく息を吸い込んでからコックピットの外に出た。そして、CNフィールドの展開を視認した後に再びビルドカードを使う。すると、読み通りに魔法が使えたので、ようやく彼専用の機体が活躍できる時が来た。

 

「出でよ、我が黄金の魂! アルニャトーレ!!」

 

 シロンのかけ声と共に魔法が発動し、ビルドカードから金ピカの【モビルギガス】が出現する。

 モビルギガスとは、人類が開発したモビルアーマーのケット・シー版で、主に大型機動兵器を指す言葉として用いられる。

 シロンが召喚したアルニャトーレはそのカテゴリに分類されるもので、通常のモビルアールヴよりも大きく形も異様だった。そして何より、全身金色でとっても悪趣味だった。

 

『なんかすっごいの出て来たー!?』

『華麗な装いも、度が過ぎれば嫌味に変わるのだがね。そのセンス、度し難いな! このバカ王子が!』

『あー! 今バカって言ったな!? お前もガンニャムバカじゃないか! バーカバーカ!』

『フッ、私にとっては褒め言葉だと言わせてもらおう!』

『あーもう! この人たち、すっごいめんどくさい!』

 

 今更気づいても後の祭りである。しかも、まだ戦闘中なので、3人は不毛な会話をすっぱり切り上げると迎撃行動に集中した。

 普段はバカでもシロンとグラハムは実戦を生き抜いてきたプロなので、この程度の無人兵器に遅れを取る事はない。それどころか、オーバーキル気味でさえあった。特にCNドライヴを7基も搭載しているアルニャトーレの破壊力は凄まじかった。機首部に1門装備している大型CNキャノンや両側面に計22門装備しているCNビーム砲といった圧倒的な火力で敵機を瞬殺していく。

 

『す、すごい! まるでオモチャのように消し飛んでいく……』

『当然だ。この程度、我らにとっては児戯に等しい!』

『児戯だって?……遊びなもんか! 自分が死ぬのも、人が死ぬのも冗談じゃないって思うから、やれる事をやってるんでしょ!』

『なんか性格変わってるー!?』

『違うな、これこそが王子の本質なのだよ。普段の猫言葉は世間を欺く仮の姿に過ぎん』

『えっ、そんな正統派アニメっぽい設定だったんですか!?』

『アニメではない、本当の事さ!』

 

 そう言うと、グラハムは敵中に突っ込んで行く。その姿は、子供っぽい弟の面倒を見る優しい兄のようだ。何だかんだと言いながらもシロンをちゃんと見守っている彼に、リニスは嬉しくなるのだった。

 

『まったく、これからどうなるのでしょうかね……ふふっ』

 

 今後を心配してるような言葉をつぶやきながらも笑みを浮かべる。まだ予断を許さない状況ではあるが、あの2人と一緒ならなんとかなると思えたからだ。

 

 

 十数分後、全ての敵機動兵器を撃破した彼らは、上空から浮遊都市を調査した。問答無用で攻撃してきた後はまったく音沙汰が無いので、念入りに調べる事が出来た。

 上から見た感じでは人の動きを感じない。そこに疑問を感じたが、答えはすぐに分かった。熱源センサーに全く反応がないのだ。何らかの方法でジャミングしている可能性もあるが、とりあえず地表面に限っては【無人】であると判断してもよさそうだった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 敵機を全て排除した3人は浮遊都市に進入した。途中でバリアのような障害があったが、力押しですんなりと通過できた。どうやら、生活環境を維持するための保護膜だったらしい。そのおかげで空気もある事が分かり、一安心できた。一応ウィルスおよび大気汚染などのチェックを済ませて無事を確認すると、みんなでモビルアールヴを降りる。魔法も確認してみたが、問題なく使えるので生身でも戦えるはずだ。

 そのように一通り準備を整えると、警戒態勢を取りながらも本格的な調査を始めた。

 地表に立つ建造物は地球の大都市を思わせる作りで、時間の経過を感じさせないほど美しく、生活感に溢れていた。あたかも人だけが忽然と姿を消したかのように……。

 近くにあった民家に入り、部屋に飾ってあったフォトフレーム風の画像を眺める。家族で写したらしく、両親とその子供と思われる人物が笑みを浮かべていた。

 

「見たところ、普通の人間と変わらないですね」

「そうだニャ~。キモイ奴とか戦闘民族みたいな奴じゃなくてよかったニャ」

「私は残念だ。白パン一丁でガンニャム頭の人間がいたら、私の欲望を全て満たしてくれたのだがな」

「そんな【カトキ氏】みたいな人間嫌だよ!」

「えっと……因みに、白パン一丁って男の人ですか、女の人ですか?」

「無論、両方だと言わせてもらおう!」

「り、両方ー!?」

「そうだ! 私はガンニャムと男女を同等に愛する魅惑の愛好家。そうとも! 愛ゆえに三刀流を極めてしまった男だ!」

「そんな話聞きたくなかったー!? ってか、お前すっげーな、自分のキャラとか全然気にしねーのな!」

「うぅ……私の恋は前途多難です(泣)」

 

 思いもかけずグラハムの性癖が判明してしまい、テンションが下がるシロンとリニス。

 確かに、男所帯の場所ではそういう事が起こり得る可能性が高いのかもしれないが、それも個人的な性癖の問題なので、只単にこの男が特別なだけと言える。そもそも、ガンニャムに愛を語る奴と一般的な基準に当てはめてはいけないだろう。

 何はともあれ、かなりどーでもいい話なので、さっさと調査を再開する事にした。

 

 

 民家を後にした一行は、浮遊都市の中央に位置するいかにもな建物から内部へと侵入した。この建物の中は魔法を阻害する機能が働いているようでトラップが作動したのかと一瞬身構えたが、予想に反して特に迎撃がある訳でもなく、表と同様に人の気配も無かった。

 

「もしかして、アルハザードにバイオハザードが起きてたりして♪」

「言ってしまいましたね。誰もが思ってるのに言わずにいた事を……」

「その意見に然りと言わせてもらおう! 空気を読まぬ愚か者は、愛を語る資格無しだ!」

「お前に言われたくねーよ!」

 

 とにかく、魔法は使えないので、バイオハザード並に危険な状態だとは言える。もっとも、CNドライヴを装備しているリニスには全く影響が無いので大きな問題は無いと判断し、調査を再開する。エネルギーは行き届いているらしく照明は付いているが、各種端末は封印されていて動かせなかった。そのため、当初の予定通り徒歩で探検する事になり、警戒しながら下層へと進んでいく。

 そうして、特に妨害も無く調査を進め、ついに浮遊都市の中枢部へとやって来た。かなり広い場所で、中央には青く輝く巨大な結晶体が鎮座していた。

 

 

 この青い結晶体は【デウス】という名の高次元エネルギー結晶体だった。アルハザードの民は、高次元存在とアクセスすることが出来る道を虚数空間で発見し、これを作り上げたのだ。そして、この結晶体を使って【並行世界に存在する全ての事象を把握し、再現することが出来る】トンデモアイテムを完成させた……。

 そんな途方も無い物を作り上げたアルハザードとは、遥か昔に繁栄していた次元世界から選りすぐりの科学者を集めて結成された大規模な研究機関だった。魔法技術の確立によって可能性の広がった科学分野を速やかに発展させようという目論見で始まったものだ。

 当然ながら最初はそれなりに健全な組織であった。しかし、驚異的な研究結果に魅入られてしまった彼らの探究心は、更なる力を欲した次元世界の欲望と相まって次第にエスカレートしていく。

 閉鎖された空間のせいか精神的にも歪んでしまった彼らは、才能を高めるために優秀な人物の遺伝子をこぞって使い、更に進化した自身の分身を生み出していった。その人物の容姿がスカリエッティの元であり、アルハザードには同じような見た目の人間が数多く現れたのである。

 そのように心身ともに暴走した結果、彼らを危険視しだした次元世界と袂を分かち、前人未到の虚数空間へと隠れてしまう。そして、この地で新たに手に入れた技術によってこれ以上はないだろう最高傑作を完成させた。

 しかし、それはやり過ぎだった。最高傑作を作り上げた後、彼らは成すべき目標を失ってしまったのである。そのため、過剰な探求欲が行き場を失い、その負荷で精神を蝕み、ついには絶望してしまう。遺伝子を改造し過ぎた彼らは、探求する事を止められなくなっていたのだ。

 そこで彼らは決断した。これまで手に入れた知識を無くし、新たな土地で新たな探求を求める事を。最高傑作を使ってその望みを叶えた彼らは、この浮遊都市から姿を消し、様々な並行世界へと旅立っていった。シロンたちが出会ったスカリエッティの先祖はその中の一人であった。

 そのように、この青い結晶体はシロンたちの運命にも関係していたのだが、今の彼らにとってはもう過去の出来事であって気にする必要のないものなので、この話は誰にも知られること無く物語は進んでいく。

 

 

「すっげーでっけー飛行石だー!!?」

 

 ヘヴィな裏事情など露知らず、結晶体を目の前にしてのんきに騒ぐシロン。知らないほうが幸せとはこういう事を言うのかもしれない。

 それでも、凄まじいエネルギーを内包しているこの物体がとんでもないシロモノだという事は分かる。見た目からして、いかにもな感じだし。

 

「これがアルハザードの中枢……すごい存在感ですね。伝説は伊達じゃないという事でしょうか」

「ああ、ガンニャム一筋の私ですら魅了されているよ……」

「はい、本当に美しいですね……」

「だが、あの結晶体、乙女に贈るプレゼントにしては大き過ぎるな。愛は控えめなほうが丁度いい」

「えっ、プレゼント!?」

「うむ。贈り物とは男の甲斐性であり、愛の大きさを示す物差しだ。しかし、行き過ぎれば悪手となる。欲張りな愛は身を滅ぼすだけなのさ」

「そ、そんな事は……あっ! じゃあ、あっちの小さいのはどうですか!?」

 

 そう言ってリニスが指差した場所には、いかにも大切な物ですと言わんばかりの台座に乗った宝玉があった。大きさは直径2センチ程度の球状で、自分の存在を知らしめるように鮮やかな虹色に輝いていた。仰々しく飾られているので、ドラクエで言う所のオーブみたいなお宝に見える。そのせいで、シロンのテンションが更に上がってしまった。

 

「うおー、お宝はっけーん! 我輩がリニスちゃんのために取ってきてあげるニャ! だから、お付き合いしてくださーい!」

「なんでそうなるの!?」

 

 調子に乗ったシロンは、何の考えも無しに突っ込んで行く。しかし、それはあまりにも危険な行動だった。これまでは特に妨害などは無かったが、こんな重要な場所ならトラップがしかけてあってもおかしくないからだ。

 兵士として訓練されたグラハムは一瞬でそのように判断すると、シロンを止めるためにすばやく回り込んだ。

 

「迂闊だぞ王子! せっかちな男は嫌われるものと知るがいい! この私のようにな!」

「自覚してんなら治せよぶげらっ!?」

 

 シロンの前に躍り出たグラハムは、全く躊躇することなく彼の顔面を蹴り飛ばした。迂闊な行動に対する怒りの中に優しさを半分込めた、某頭痛薬のような愛のムチである。ただ、力を込めすぎた感じではあるが……。

 

「親父にもぶたれた事ないのにー!」

「ぶってはいない、蹴っただけだ!」

 

 グラハムの減らず口に送られながら、グルグル身体を回転させて吹っ飛ぶシロン。必要以上に力を込めたせいで面白いぐらいに飛んでいく。まぁ、このくらいなら彼らにとって日常茶飯事なので、その点はどうでもいい。だが、今回はいつもと違った。シロンの飛んでいった先にリニスがいたのである。あまりに突然だったので避けることもできず、そのまま2人はぶつかってしまった。

 

「きゃっ!?」

「もぎゅー!?」

 

 シロンはリニスの柔らかい胸に正面衝突し、その衝撃で2人とも倒れてしまう。

 

「痛つぅ……」

 

 お尻から倒れて見事なM字開脚を披露してしまうリニス。しかも、その魅惑的な股間にシロンの顔を挟み込んでしまっていた。所謂、ラッキースケベという奴である。少年誌のラブコメマンガで男性読者獲得のためにありえない確立で起こるアレだ。

 

「あんっ! な、なに!?」

「むむっ!? この柔らかい膨らみは何だ? 暖かくて、安心を感じるとは!」

「…………キャ~~~~~~~~!!?」

 

 しばらくして恥ずかしい状態になっていることに気づいたリニスは、自分の股間をクンカクンカしているシロンの頭をがっちり掴んで持ち上げると、全力で殴り飛ばした。ツインドライヴシステムを搭載している彼女の力は当然ながらグラハムよりも強力で、シロンは先ほどよりも高速でぶっ飛んでいく。そして、鼻血を撒き散らしながら一瞬でグラハムの横を通り過ぎて……あの宝石にぶつかってしまう。

 こうして、トラップを警戒していたグラハムの気遣い(?)は水泡に帰してしまった。しかも、彼が危惧していた通りにそれが引き金となって新たな問題が発生してしまう。シロンの鼻血が宝石にベットリとついた途端にまばゆい光が発生し、それと同時に不思議な声が聞こえてきたのである。

 

<遺伝子情報確認……マスター登録完了。契約は無事に成立しました>

「契約ってなにさー!? ってか早い、早いよ!? 『はい、いいえ』の選択肢もなかったよ!? 竜王様より素っ気無いよー!?」

「なんと! 本人の意に沿わぬ契約を押し付けるトラップだったとは! 私の忠告を聞かぬからそうなるのだ!」 

「肉体言語過ぎて全く伝わらなかったし! そもそも、お前がぶっ飛ばしたせいだしー!!」

「あーん! もう何もかもがめちゃくちゃですー!?」

 

 ぶつかっただけで契約とやらが成立してしまい、訳もわからずみんなで慌てる。ある意味トラップとも言えるが、これには一応理由がある。

 先に説明した経緯によってこの地から旅立ったアルハザードの人々だが、この【最高傑作】だけは破棄できず、ここまでやってこれた者に譲ってやろうと考えたのだ。

 しかし、そんな事など全く知らないシロンたちにとっては、不慮の事故と代わりなかった。

 

「うわーん! 契約って、キュウべぇ的なアレなの!? 何でも願いを叶える代わりに魔女的な魔法少女にされちゃうの!? イヤだー! 男の娘なんてイヤ過ぎるーっ!!」

「問題はそこなの!?」

「いや。確かにそれは問題だ! 男女両刀の私だが、男の娘を相手にした経験はないぞ!」

「あー! そーいうの止めてください!?」

 

 更に混乱するシロン一行。その時、問題の宝石がシロンの目の前に飛んできた。そして、可愛らしい少女のような声で語りかけてくる。

 

<先ほどの発言を訂正してください、マスター>

「うわっ、突然やってきて一体何のことニャ!?」

<私は彼らのように強引な勧誘はしません>

「勧誘どころか会話すらなかったけどな!」

<しかし、何でも願いを叶えることは出来ます>

「はぁ? 願いを叶えるだぁ? たった一つの玉っころがでかい口叩くニャ! ドラゴンボールなめんニャよ!」

 

 突然非現実的なことを言い出した宝石に、シロンは胡散臭そうな視線を向ける。確かに、一方的に契約を結んでしまうような相手を信用するなど無理な話だし、それが当時者であるなら尚更である。しかし、部外者のグラハムたちは若干興味を持った。

 

「ほう、願いを叶えるだと? 一体どのようなことが可能だというのだね?」

<この虚数空間を通じてアクセス可能な並行世界に存在している事象なら全て再現可能です>

「なんと! よもや、並行世界などというものが実在していようとは。興味深いな」

「おやおや、グラハム上級大尉ともあろうお方が、こんな与太話を信じるのですかぁ?」

「無論だ。乙女座の私はロマンチストなのでね。並行世界を超えた出会いに素敵な夢を抱いてしまうのさ」

「そうですね……グラハムのように面白い猫と出会えたら楽しそうです」

「ん~リニスちゃんまで話に乗るニャか。だったら我輩は、本物の魔法少女がいる並行世界に行って一緒に大活躍してみたいニャ! あー、鬱展開はイヤだから、まどマギは勘弁な!」

「え~、魔法少女ですか?」

「そうニャ! 猫と言えば魔法少女! プリチーキャットの我輩にピッタリの世界ニャ! それなら2人の願いと合わせても違和感ないし、一石二鳥のこんこんちきだぜ!」

 

 グラハムたちの話が面白そうだったので、思わず自分の考えも言ってしまうシロン。もちろん本気ではなく軽い気持ちで発した言葉だった。しかし……思っていた以上に融通の聞かないこの宝石は、それを【願い事】として受け取ってしまう。

 

<分かりました。【並行世界を超えて面白い猫と出会う】願いと【本物の魔法少女がいる並行世界に行く】願いを同時に実行します>

「「「え?」」」

 

 話をしていたシロンたちは、なにを言われたのか咄嗟に把握できず考え込むが、その答えを出す前に宝石の力が発動してしまう。まばゆい光が世界を白く塗りつぶすと、一瞬のうちに3人の姿は浮遊都市から消えた。あの宝石と共に……。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 シロンたちが浮遊都市から姿を消す少し前、とある世界の海鳴市と呼ばれる街で1人の魔法少女が誕生していた。後に管理局の白い悪魔と呼ばれる事になる少女である。

 

「むむ?」

「どうしたの、なのは?」

「うん。今何か嫌な予感がしたんだけど……」

「きっと、初めて魔法を使って疲れたんだよ」

「ん~、そうなのかなぁ?」

 

 首を傾げながら疑心を抱くが、早く寝なきゃと思い直して布団に潜り込む。明日からジュエルシードという魔法の宝石を探すことになったから、しっかりと休まなくてはならない。先ほどの嫌な予感はとても気になるが、今考えても睡眠時間が減るだけだ。

 今日はちゃんと眠って、明日になったら色々考えよう。

 

「お休み、ユーノ君」

「うん、お休み、なのは」

 

 ベッドに横になったなのははユーノという名のフェレット(?)に話しかけると、目をつむって眠りについた。近い未来に自分の人生を変える運命的な出会いがあるとも知らずに……。

 

「むにゃ……私のことを悪魔と言った人は、スターライトブレイカーなの☆」

「なんか物騒なこと言ってるー!? ってゆーか、寝言だよね!? 手元で魔力が収束してるのは夢だよねー!?」




あまりに反響が無くてやる気がピンチです……。
こういう作風はイカンのかなぁ。
そんな訳で、ご意見、ご感想、お待ちしております。


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第4話 海鳴市へようこそ!

 白い光が消え去ると、シロンたちは地球にいた。

 何が起きたのか把握できていないが、とりあえず現状を確認しようと辺りを見回してみる。すると、高台にある広場のような場所にいることが分かった。遠くには海に面した大きな街が見えるので、ここが地球であることは間違い無さそうだ。

 何にしても、事態が好転した事は言うまでもないだろう。少なくとも、あのままアルハザードにいるよりは遥かにましだ。とはいえ、あまりに予想外の出来事だったのでシロンたちは困惑していた。特に、この場所へ自分たちを跳ばした先ほどの現象が魔法と違う未知の技術だった点が大きい。

 

「一体全体なにが起きたのニャ!? ボソンジャンプ!? ゲシュタムジャンプ!? それとも週刊少年ジャンプ!?」

「詳細は分かりませんけど、週刊少年ジャンプでないことは確かですね……。でも、地球に戻ってこれたのですから、とりあえずは喜んでもいいでしょう」

「そうだニャ。何もかも皆懐かしいニャ……」

「虚数空間に落ちてから数時間しか経っていませんけどね」

 

 リニスは、シロンの冗談に笑みを浮かべながら答えた。経緯はどうあれ、虚数空間から脱出できたのは事実なので、確かに喜ぶべきところではあった。今なら汚染物質で一杯の空気でも美味しく吸えそうだ。

 しかし、喜んでばかりもいられなかった。先ほどから黙って何かをやっていたグラハムが、思いもかけない情報を齎してきたのだ。

 

「2人とも、安心するのはまだ早計だぞ」

「え?」

「どういうことニャ?」

「はっきり言おう。少年たちに連絡を取ったが、全く反応が無いのだ」

「え~、アイツら、またサボってるのかぁ? こりゃ減給ものだねっ☆」

「うむ。その気持ち、我がことのように同感できるが……もしかすると、それはできそうにないぞ」

「うぇ? なぜに?」

「この世界に少年たちがいないからだ。いや、私たちが別の世界に来てしまったと言う方が正しい」

「なんやて!?」

「どうやら、愛しの君との逢瀬は叶わぬ夢と化したらしい……。無念だぞ、ガンニャム!」

 

 グラハムは手に持った携帯端末を強く握り締めて悔しがった。

 あまりに有り得ない話だったのでシロンは信じられなかったが、残念ながら彼の言葉を裏付ける確証があった。それは、ケット・シーの拠点が全て沈黙しているという事実である。

 グラハムは、この場所に現れてから関係各所に連絡を入れた。しかし、どこからも応答はなかった。いや、応答どころか受信すら受け付けない状態なのだ。コロニー型外宇宙航行母艦に搭載されているヴェーニャの反応も無く、世界各地に作られた転移ゲートへのアクセスすらできない状況など到底考えられない。仮にテロやクーデターなどが起こってそれらの施設が破壊、もしくは占拠されたのだとしても、地球連邦政府の反応まで全くないという事態は絶対に有り得ないはずだ。

 そこから導き出される結論は……

 

「並行世界に飛ばされた、ということですか?」

「そうなるな。恐らく、王子の願いとやらが叶ってしまった、ということなのだろう」

「まさか、そんなことが……」

「ええい、我慢弱い私に遠距離恋愛を強いるとは! 許さんぞ、バカ王子! その身を引き裂きたい程にな!」

「えぇー!? なんで我輩が怒られるのー!? ってか、全部あの宝石のせいじゃん!! あいつが最終確認しなかったせいじゃん! 我輩の意思を無視するなんて、マスターとか言ってたクセになんたる侮辱! 声は美少女風だったから、もしかしたら擬人化して士郎とセイバーみたいにイチャイチャ出来るのかと淡い期待を抱いてたのに! 裏切ったな、僕の気持ちを裏切ったな! キュウべぇみたいに裏切ったんだ!」

 

 グラハムの言葉を受けて怒りを表すシロン。途中から別の話になってしまっているようだが、ほとんど勝手に願いを叶えられてしまった彼の言い分も理解できる。ただ、あの宝石にもちゃんとした言い分があった。

 これまで登場するタイミングを上空で待っていた宝石は、怒りをあらわにしているシロンの目の前に飛んでくると、平然と弁明を始めた。

 

<私はマスターの願いを叶えただけですよ?>

「のわっ!? お前も来てたの!?」

<もちろんです。契約を結んだ時点で私と貴方は一心同体、もう死ぬまで離れませんよ……>

「こえー上に重てーよ! ってか、マスターって言うなら、こういう大事なことする時は我輩に確認とってくれない? いや、とれ! とるべきだ!」

<確認ですか?>

「Exactly(そのとおりでございます)! 君にはもっとコミュニケーション能力が必要なのさ。でないと社会に出た時苦労するよ?」

<ごめんなさい、こういう時どう言えばいいのかわかりません>

「綾波レイか!」

 

 宝石に備わっている人格(?)の天然っぷりに流石のシロンも振り回されっぱなしだった。

 一見するとわざとやっているようにも感じるが、彼女がコミュニケーションに慣れていない事には一応理由がある。アルハザードの民は人格的に問題のある人間が多かったせいでまともに接する機会が無く、彼らが消え去った後は虚数空間に何千年も放置されていたため、心と言うべき部分が育たずにこのような性格になってしまったのである。要するに、この宝石の精神は幼い子供そのものであり、今回の行動も良かれと思ってやった、所謂、無邪気ゆえの悪意というヤツだった。

 その辺は話を聞いていたシロンにも理解できたので、ため息をつきながらも彼女を許す事にした。何にしても彼女のおかげで助かったことには違いないのだから。

 

「まぁ、済んでしまったことは仕方がないニャ。我輩は心が広いから許しちゃうニャ」

<マスター……ありがとうございます>

 

 シロンの寛大な処置に感動する宝石の人格。彼は基本的に優しいので、このように惚れてまいそうな男気を見せる時がままあった。だが、すんなりと矛を収めた訳は他にもある。

 

「結構あっさりしてますね」

「だって、この宝石がここにあるってことは、また願い事ができるってことだからね。今度は、元の世界に戻してくれって願えばいいだけニャ」

「あっ、そう言われればそうですね!」

「ほぅ、灯台下暗しとはこういうことか。視野の狭い王子だからこその着眼点だな。よくやった、このグラハム・ニャーカーが褒めてやろう!」

「あんま褒めてねーし! すっげーえらそうだしー!」

 

 シロンを茶化しながらもグラハムたちは感嘆した。意外なことに、シロンは次の一手を冷静に考えていたからだ。普段はバカな子供でも、王子という肩書きは伊達ではなかった。

 しかし、そうは問屋が卸さないのが世の常である。

 

<盛り上がっているところ申し訳ありませんが、現在の状況ではその願いは叶えられません>

「えーっ!? なぜなにどうしてー!?」

<願いを叶えるためには相応の魔力が必要なのですが、今は並行世界を渡る願いを実行するだけの蓄積がありません>

「なんでやねん!? さっきは普通に跳べたのにー!?」

<さきほどはアルハザードのエネルギー源であるデウスから潤沢に供給されていましたから問題なかったのですが、あの場所から離れてしまった今はマスターや空間中から吸収するしかありませんので、かなりの時間を要します>

「因みに時間ってどれくらい?」

<このペースだと、約100年といったところでしょうか>

「絶望した! 時間と言う概念に絶望した!」

 

 ケット・シーの寿命は人間の倍近いとはいえ、100年ともなれば許容できない時間だ。せっかく戻っても中年になってしまったら嫁さん探しも一苦労だろう。サイボーグであるリニスは見た目に変化が出ないのでその点を心配する必要はないが、それでもショックを隠しきれない。

 

「100年もかかるのなら、こちらで暮らす事を考えたほうが建設的ですね……」

「わーん、そんなのヤダー! あっちの世界にはやりかけのゲームとか作りかけのガンプラとかが一杯あるのニャー! おいコラお前、急速充電的な方法とか無いんすかー!?」

<純粋な魔力で作られたエネルギー結晶体などがあれば一瞬で溜めることができます>

「なるほど、乾電池みたいなもんか! って、んなもん持ってねー!?」

 

 理屈は簡単でも物がなければどうにもならない。もしかすると、この世界に代替となるような物があるかもしれないが、寄る辺の無い現状ではそれを探すだけでも一苦労となるだろう。

 

「では、CNドライヴで生成した魔力ならどうだ? あれならかなりの供給量を確保できると思うのだが」

「おおー! いいぞグラハム! たまには良いこと言うじゃん!」

「フッ、私の【たま】は百発百中! この愛を込めた弾丸、射抜けぬものなどありはしないさ!」

「はい、私の心も射抜かれました♪」

「お惚気かよコンチクショー!」

 

 話しているうちに何故かグラハムとリニスからラブ臭を感じてシロンがイラッとしてしまったが、確かに彼のアイデアは良い線を行っているように思えた。しかし、便利な機械といえども上手く使えない時がある。

 

<……残念ですがそれは推奨できません>

「なんでさ!?」

<あの機関で生成された魔力には僅かながら不純物が含まれており、それが願いを叶える際に誤差を生じさせる原因となってしまうからです>

「誤差ですか?」

<はい。空間移動で誤差が発生した場合、出現地点が空間ではなく岩や壁の中になってしまう可能性がありますので非常に危険です>

「なにそのウィザードリィ!? リアルで起きたら死んでまうやん!?」

「なるほど、あえて危険は冒せないか……恋に悩める乙女心のようにままならぬものだな」

 

 そのような話を聞いては流石にCNドライヴを使うことはできないので、結局この案はお蔵入りとなる。しかし、他に良いアイデアが浮かぶ訳でもなく、今は地道に魔力を溜め続けるしかないという結論に至るのだった。

 

「まぁ、こうなってしまったら仕方が無いニャ。とりあえず良い方法が見つかるまでこの世界で逞しく生きていくのニャ」

「そうですね……それしかなさそうです」

「とゆー訳で、長い付き合いになりそうだけど、改めてヨロシクニャ、リニスちゃん!」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。それと、私の事はリニスと呼んでください」

「オッケー、リニス。それから、えーっと……お前の名前ってなんてーの?」

<私の名前、ですか?>

 

 そういえば未だに聞いていなかったと今更になって気づいたシロンは、ようやく宝石に名を尋ねた。成り行きとはいえ相棒になったのだから当然知っておかなければならない。学校でも会社でも合コンでも、名前を聞かなければ何も始まらないのだ。

 

「さぁさぁ、貴方のお名前聞かせてプリーズ!」

<私の名は……【セフィロトの実】と言います>

「ほほぅ、これまた大層なお名前ですなぁ。アルハザードの連中も神様を気取ってたのか。こりゃ傑作だね! HAHAHA~!」

<気に入りませんか?>

「ああ、気に入らないね。傲慢な奴は碌なことしねぇからニャ。だから、お前の名前を変える事にしたニャ」

 

 これまで酷い目に遭ってきたという理由もあって、シロンはアルハザードの人間に嫌悪感を持っていた。ただ、個人的な恨みだけではなく、そこにはニャーソレスタルビーイングと名乗り、天使の名を冠したモビルアールヴで世界に戦いを挑んだ自分たちに対する嘲りも含まれていた。やっている事は大して変わらないのだと……。

 だからこそ、この宝石をまっとうな宝石(?)にしてやりたいという気持ちがあった。自分たちのように傲慢になり、人を傷つけることのないように導いてやりたいと思ったのである。

 そのためには、この偉そうな名前から改めないといけない。大体、中学生が考えたような安直さなので、聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる。

 

<私の名前を変える……?>

「そうニャ! 今日からお前はセフィロスと名乗るがいい!」

<お断りします>

「速攻で却下!? 何故だ、こんなにもカッコイイのに!」

<私は女性の人格を与えられているので、かっこよさなど求めていません。それに、その名を付けられたら人類を滅ぼしたくなりそうです……>

「スッゲー身近に世界の危機が!? じゃあ、ちょろっと簡略して【セフィ】ってのはどうニャ?」

<セフィですか?……いいですね>

 

 どうやら、新たにつけてもらった名前を気に入ったらしい。これなら美少女風の声にピッタリなので、シロンとしても満足だ。

 少しだけセフィロスという名前に未練があるが、世界平和のためには致し方ない。

 何はともあれ、こうしてセフィロトの実という名の宝石は、セフィと名乗ることとなった。これで、名実共にシロンの仲間として迎え入れられたことになる。

 

<ではマスター、不束者ですがよろしくお願いします>

「おうよ! って、なんで首輪に変身してるの!?」

<私を肌身離さず持ち歩くには、この形態がもっとも適していると判断しました>

「また勝手なことを……って、既に装備されてるしー!?」

<これならマスターの魔力を効率的に吸収できます>

「我輩は呪われてしまった!」

 

 確かに魔力を吸収するという部分だけを聞くと呪われたアイテムのように聞こえるが、元の世界に帰るために必要なことなので仕方が無い。

 今はそんなことよりも豪華すぎる見た目の方が問題だ。人間形態のシロンは10歳前後の子供なのだが、この姿で高価な宝石を身につけているのはあまりに不自然なので、必要以上に人の目を引いてしまうだろう。

 

「よく似合ってますけど、これでは目立ちますね」

「その通りニャ! こんなの付けてたら襲ってくださいと言ってるようなものニャ!」

<そうですね……では、マフラーなどで隠してみてはいかがでしょうか?>

「えー、マフラーなんて買うのー? もう春だから必要ないしー、消費税も上がっちゃったから無駄遣いは控えたいんですけどー?」

 

 そもそもこの世界のお金を持っていないので、今のところはマフラーどころかうまい棒一本すら買う事ができない。シロンたちはこれでも一応特殊部隊の一員なので、いざという時のために金や宝石などの換金アイテムを持っているが、先行き不透明なこの状況では極力無駄遣いを控えるべきところである。

 だが、そのようなことはセフィも承知しており、お金を使う必要の無いアイデアを提示してきた。

 

<ご心配には及びません。私の力を使えば欲しいものを作り出すことができますから>

「なんと! そのような願い事もできるんですかー!? マジでドラゴンボールじゃん!」

「ほぅ、興味深いな。無から有を生み出すというのか。具体的にはどうすればいいんだ?」

<それほど難しいことではありません。出したいものを強く想像すればいいのです>

「想像?」

<はい。簡単に説明しますと、並行世界の情報を書き換えてマスターの想像を現実として反映させるのです>

「げげぇ!? そんなすげーことすんの!?」

 

 良いアイデアかと思ったら、とんでもないチート能力だった。しかも、魔力が必要という以外に大きなリスクや制約が無いというサービスっぷりである。そういった点においてはドラゴンボール以上だ。

 

「世界の情報を書き換える事など、本当に可能なのですか!?」

<はい、可能です。並行世界とは高次元にいる存在の夢のようなものであり、彼らが想像した数多の可能性を3次元世界に記録したものです。その現象は、人間が2次元媒体を使って物語を記すようなものなので、干渉して作り変えることが可能です。ただし、アクセスするには相応の魔力が必要であり、願いの規模によって大きく変わるため、状況によっては叶えられない事もあります>

「ほほう。要するに、魔力という対価を払う事で神様が管理してるサーバーに不正アクセスして、神様が書いた中二小説を改竄できるってことかニャ?」

<要約するとそうなります>

「世界の根幹に関わることが中二病扱いされたー!?」

「フッ。その若気の至りとも言うべき歪み、神ながらある種のシンパシーを感じる! 恋する乙女のような妄想力に、愛しさすら覚えてしまうよ!」

「こっちはこっちであっさり受け入れてるー!?」

 

 不意にトンデモ設定が飛び出てきたので常識的なリニスは驚いたが、非常識の塊であるシロンとグラハムにはどうということはなかった。そもそも、自分たち自身が神様の作った中二小説の登場人物なのだから抗っても意味は無い。ただ認めて、次の糧にすればいいのだ。フル・フロンタル氏もそう言ってるし。

 

「そうとなれば、早速いってみよう!」

<では、具体的に想像しながら願い事を言ってください>

「出でよシェンロン! そして赤いマフラーを与えたまえ!」

<シェンロンは出ませんが、赤いマフラーは出せます>

 

 シロンのお約束に対して冷静に答えると、セフィが七色に輝く。すると、本当に赤いマフラーが出現した。シロンの目の前に現れたそれは、想像した通りの一品であった。それも只のマフラーではなく、自在に大きさを変えられる上に、冬は暖かくて夏は涼しい効果が付いた魔法のマフラーだ。これなら夏に使っても不快になることはない。

 早速身に着けたシロンは、想像以上の心地よさに驚きと喜びを感じた。

 

「すっげー! ユニ○ロも真っ青のオールシーズン仕様だぜ!」 

「やるなアルハザード! その驚異的なメカニズムには、畏怖の念を抱かずにはいられないぞ!」

「確かにすごい能力だけど、やってることはすごくない!」

 

 リニスの言うとおり驚嘆すべき現象ではあったが、使い方はイマイチだった。その気持ちはシロンも同様だったらしく、更なる実験を提案してきた。

 

「じゃあ、次はもっとすんごいことをやってみようじゃーないか!」

「なにをするんですか?」

「ずばり言おう、必殺技であると!」

「はぁ、必殺技ですか……?」

「そうだよん。クロス要素を活かすなら今でしょうと我輩は思うのよね。とゆー訳で、アニメやゲームの必殺技を使ってみよう!」

「それって只やりたいだけでは?」

「皆まで言うな、先刻承知だ」

 

 あまりに子供っぽいのでリニスは呆れたが、思惑があるグラハムはシロンの行動を止めない。彼には、セフィの能力がどれほどの物か見極めるという合理的な考えがあった。そして、そんな彼の考えに気づいたリニスも大人しく見守ることにした。

 はたして、今度はどのような現象が起こるのだろうか。

 

「見せてもらおうか、アルハザードの秘術の性能とやらを!」

「では見せてやろう! 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)!」

「なんと!? ベタ過ぎるにも程があるぞ!」

 

 確かにベタ過ぎるチョイスだった。

 まぁ、一応彼も王族なので、分不相応というわけではないかもしれない。だが、流石に金ピカ英雄王と肩を並べることはできなかった。

 ゲート・オブ・バビロンは問題なくフル稼働しているものの、そこから出て来たものは、かなりしょっぱいものばかりだった……。

 

「ほわい!? なんで我輩のコレクションが!?」

 

 シロンの背後に現れた金色の空間から波紋を伴って出現してきたものは、彼が買い集めたゲーム、ガンプラ、ライトノベル、そしてエロ本といった安っぽい品々だった。中には、試作中のモビルアールヴが入っているビルドカードといった貴重品も含まれていたが、金ピカの宝具とは比べるべくも無かった。

 

「こんなの撃っても嫌がらせにしかならねー!?」

 

 お粗末過ぎるお宝にシロンは嘆く。この宝具の能力は、自らの宝物庫の中にあるものを自由に取り出せるというもので、中身は自分が所有しているものしか出せないのだ。

 もし、金ピカの持っているものを取り出したい場合はそのように想像すればいいのだが、この時のシロンはそこまで気が回らなかった。とはいえ、そうしていた場合は魔力不足で発動しなかったはずだ。現に、ゲート・オブ・バビロンを出した時点でシロンの魔力はかなり消耗してしまっており、急激に力が抜けてヘロヘロになってしまう。

 

「あばばばば……」

「シロン王子!?」

<魔力の消費が大きすぎたようですね>

「フンッ、身の程をわきまえぬから痛い目を見る。高嶺の花を口説くには甲斐性が足らんのだよ! この未熟者が!」

 

 なんとも締まらない格好になったが、一応能力は発動したので色々と役に立つとは思われた。ただし、ここでも魔力不足の問題が浮き彫りとなってしまったが、現状ではどうしようもなかった。

 

 

 数分後、ぶっ倒れていたシロンが意識を取り戻したので、召喚した彼のコレクションを回収した後に次の行動へ移ることにした。セフィのことは何となく理解できたが、今度はこの世界について調査しなければならない。パッと見では元の世界とあまり違いが無さそうだが、シロンの願い通りなら未知の魔法技術がある可能性が高いため油断は出来ない。

 それと同時に今後の拠点となる場所も見つけなければいけない。食料などは異空間に保管している非常食があるので1ヶ月ほどは持つが、その間に落ち着ける環境を整える必要がある。

 そのような理由から、一行は早速調査をする事に決めた。

 シロンとグラハムは人間形態だと非常に目立つので、猫になって動くことにした。しかし、戦闘機人であるリニスは猫になれない上に服装が色っぽいボディスーツ姿なので、普通の服を用意しなければならない。そこで再びセフィの出番となったのだが……

 

「シロン王子、これはなんですか?」

「ん? なにって体操服(ブルマ)ですが?」

「私は体操などしませんよ?」

「そ、そうですね……理解しましたから、このアイアンクローをお止めになっていただけませんでしょーか?」

 

 シロンがお茶目をしたせいでひと悶着あったものの、その後はまともな服を出して事なきを得る。

 着替え終わったリニスは、中学生ぐらいの見た目に良く似合った可愛らしい格好となった。頭の猫耳は帽子で隠しているので、今はごく普通の美少女にしか見えない。

 当のリニスも満更ではないらしく、短いスカートを気にしながらクルリと回ってみる。

 

「ど、どうですか? グラハム……」

「ああ、実に美しいぞ、リニス。神話に謳われる女神のような姿に私の心は魅了されているよ」

「め、女神だなんて、そんな……フフッ」

「……」

 

 リニスを中心にピンク色の空間が広がったように見えたので、シロンは生暖かい視線を送る。しかし、彼女の喜んでいる様子があまりにも綺麗だったので、もっと喜ばしてあげようとも思った。

 

「あ~熱い熱い! そんなにお熱い2人と一緒にいたらすっげー居心地悪いから、我輩はしばらく単独行動するニャ」

「えっ、それではシロン王子の護衛が……」

「んなもん平気へっちゃらニャ。それより、グラハムと上手くやるんニャよ、リニス!」

「!! ……はい、ありがとうございます。これで、私の着替えを覗いたことは許してあげますね」

「こいつぁ一本取られたゼ!」

 

 こうして、シロンはグラハムたちと分かれて調査に出発することになった。今日は日が暮れるまで活動すると決めて、眼下に見える街を一通り巡ってみることにした。

 普段どおりに二足歩行でぶらぶらと歩き回るシロンは、周囲の視線を気にすることも無くのんびりと調査を進める。そんな自分に興味を持った3人の少女に追跡されることになろうとは思いもよらずに……。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 なのは、すずか、アリサの仲良し3人組は学校帰りのその足で塾へと向かっていた。3人とも同じ塾に通っており、楽しくおしゃべりをしながら慣れた道を歩いていく。それは、いつも通りの日常的な光景だ。しかし、今日はいつもと違うことが起こった。明らかに非常識な存在が、わき道からひょっこりと現れたのである。

 

「おっ、第一街人発見!」

「「「?」」」

 

 急に声が聞こえたので、なのはたちはそちらに顔を向けた。しかし、そこには誰もおらず、その代わりに二足歩行をしている白い子猫がいた。赤いマフラーを首に巻いたその子猫はとても可愛らしかったが、只の猫とは思えなかった。

 

「こんにちは、美しい少女たち! 16歳になったらまた会おう!」

「「「……」」」

 

 白い子猫……シロンは、挨拶と同時に別れを告げると、軽快な足取りで去っていく。パイオツが大好きな彼の守備範囲は16歳の女子高生からなので、小学生のなのはたちには興味を示さなかったのだ。はっきり言って只のマセガキである。しかし、初対面の彼女たちにとっては違った。

 衝撃的な出会いにショックを受けてしばらく硬直していたが、遠ざかっていくシロンの後ろ姿を見ているうちに我に返り、3人で顔を見合わせた。そして、仲良く同時に叫ぶ。

 

「「「猫が喋ってるー!!?」」」

 

 まさに未知との遭遇であり、彼女たちが驚くのも無理はない状況だ。

 もっとも、これはまだ始まりに過ぎない。この予期せぬ出会いが、彼女たちの運命をそこはかとなく変えることになるからだ。現に、猫が大好きなすずかの心を一瞬で射止めてしまっており、早速彼女の運命に変化が現れ始めていた。

 

「きゃ~! ネコさんとお喋りできるなんて、夢のようだよ~♪」

「って、それどころじゃないでしょ!? なんで猫が喋ってんのよ~!?」

「わ、私にも分かんないよ~!?(もしかして、ユーノ君のお友達かな?)」

 

 3人はシロンに興味を持ってしまい、塾に行く足を止めて揉め始めた。

 そんな騒動が自分のせいで起きてしまったことなど露知らず、当の本人は鼻歌を歌いながら歩みを進めて角を曲がっていく。

 

「あっ、ネコさんが行っちゃう! 追いかけてお友達にならなきゃ!」

「えっ!? ちょっと、すずかー!?」

「あーん、2人とも待ってよー!?」

 

 シロンに心奪われたすずかは感情の赴くままに追いかけていってしまい、アリサとなのはも釣られるようにその後を追う。この、いつもと違う行動が彼女たちにどのような影響を与えるのか。その答えはすぐそこに迫っていた……。




ご意見、ご感想、お待ちしております。


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第5話 つきむらけ

 海鳴市の中心部から離れた場所にある月村邸は、広大かつ緑豊かな庭を有しており、普段はとても静かな場所である。しかし、招かれざる客によってその静寂は壊されていた。すずかの姉である月村忍と彼女の恋人でありなのはの兄である高町恭也は、招かれざる客である異様にがたいが良い金髪碧眼の老人と対峙していた。

 

「まさか【夜の一族】でも最強クラスであるこの俺が、ここまでやられるとは思いもしなかったぞ……」

 

 男はダメージを受けた腕を押さえながらも、やたらと気迫のこもった表情で語りかけてきた。

 彼の言っている夜の一族とは、いわゆる吸血鬼のことである。言葉通り人の血を吸うことからそう呼ばれるようになったのだが、伝承のような化け物の類というわけではない。現在では忘れ去られているが、夜の一族の始祖はアルハザードから跳ばされてきた人間の科学者だった。元々魔法の力が弱かったその科学者が、戦乱に明け暮れるこの世界で生き抜くために強靭な肉体を手に入れようと自身の遺伝子を組み替えて作り出したものが、夜の一族という人間の亜種だった。

 人間離れした身体能力に加えて記憶操作や再生などの特殊能力を持っている夜の一族は、最強の地上生物としてこの世界に誕生した。その代償として人間の生き血を摂取しなければ長生き出来ないという吸血鬼足らしめる制約が付随してしまったものの、それを補って余りある知能を有することに成功し、圧倒的な科学技術を生み出して豊かな暮らしを享受していった。

 ただし、それほどの力を持っていても、彼らは地上の覇者ではなかった。人を超越した存在とも言える夜の一族だが、局限まで高めた遺伝子情報が災いして生殖能力が弱まるという生物としては致命的な弱点が発生してしまっていた。そのため、同族だけで種を存続することが困難となり、人と交わっていくことを決意するしかなかった。

 当然ながら人間と暮らすためには困難が伴った。数で勝る彼らから差別意識を持たれないようにしないといけなかったからだ。そのため、これまでに作り上げてきた高度な技術を封印しなければならず、生涯の伴侶となるべき者以外には素性すら隠して人間社会に溶け込んでいった。そうして、夜の一族は技術や能力を衰退させつつ現代まで生き延びてきたのである。

 実を言うと、彼と向かい合っている忍もまたそういう存在だった。

 

「まさか、極東の蛮族と交じり合ったクズがこれほどの力を持っていようとはな……日本の名門、月村家は伊達ではないという訳か!」

「フンッ! この私がヘルシングごときに負けるわけないじゃない! っていうか、未だに吸血鬼退治なんてやってるの? 同じ夜の一族のくせに」

「ハハッ、それほどおかしな話ではあるまい。人間の敵が人間であるように夜の一族の敵は夜の一族というだけのことだ」

「……確かにその通りかもね。でも、暴力で欲しい物を手に入れるなんて愚の骨頂だわ。今時ジャイアニズムなんて通用しないわよ?」

「俺とてこんなマネはしたくなかったのだがね。こうなったのは、お前たちが【自動人形】の技術を独占しているせいだろう?」

「独占も何も彼女たちは私の家族なんだから、プライベートな情報を開示する訳ないじゃない」

「ふんっ、家族だと? 只の人形にそこまで思い入れするとは、お前も存外に少女らしい赤子よ」

「花の女子大生に向かって言ってくれるわね。っていうか、赤子ってなによ?」

 

 忍は、自動人形という言葉を聞くと、怒りを隠そうともせずに男を睨みつけた。

 自動人形とは、遥か昔に夜の一族によって作られた護衛及び戦闘用の人型マシンだ。人間たちとの共存に苦心しているうちに開発技術が途絶えてしまい、今ではその全てを再現することができないロストテクノロジーの塊となっている。当然貴重な物なので現存しているものは少なく、世界有数の名門である月村家でも【2人】しかいない。それに加えて、機械いじりが得意な忍は、自動人形にもっとも精通している希な人物だった。

 だからこそ、この男は忍に交渉を持ちかけたのだが、あまりに身勝手な言い分だったので全ての申し出を一蹴した。大切な家族である彼女たちを売り渡すことなどできないからだ。

 しかし、話はそれで終わらなかった。取り付く島も無い忍の態度に男は怒り、あろう事か彼女に襲い掛かってきたのである。躊躇することなく向かってきたので、どうやら最初から力ずくで奪う気だったらしい。

 相手は夜の一族なので尋常ならざる力を持っていたが、この男が怪しいことを承知していた忍は対抗策を用意していた。御神流という古武術の使い手である恭也に付き添ってもらっていたのはそのためであり、彼と協力することで有利に戦いを進めて今の状況に至っていた。

 

「もういいでしょう。自動人形のことは諦めてさっさと帰りなさい」

「そうはいかん。あれは戦闘用の兵器だからな。お前たち赤子には過ぎた代物だ」

「そう言うあなただって持て余すだけだと思うけど。あの子たちをどうするつもりなの?」

「決まっているだろう、世界平和のために無人兵器として活用するのさ。そして、我がヘルシング家が再びお前たちの悪行を正すのだよ!」

「なにかっこつけてんのよ。あんたの家が没落したから、夜の一族の遺失技術に目をつけただけでしょ? 大体、これまでだって夜の一族を悪者にして美味い汁を啜ってきただけじゃない。まったく反吐が出るわ!」

 

 ヘルシング家は吸血鬼を退治した英雄として知られているが、実際の話はかなり違う。

 彼らは夜の一族でも下級に位置している家柄で、継承している遺産はほとんどなかった。そのため、遺産を用いて巨額の富を築いていた上流階級の者たちに嫉妬し、憎しみの炎を燃やした。そうして悪意を溜め込んだ結果、ヘルシングは同族の者を吸血鬼という悪者に仕立て上げる謀略を実行してしまう。正義の名の下に民衆を味方につけた彼らは、数による一方的な暴力を振るって多くの同胞を襲い、命と財産を略奪した。それこそが英雄譚の真相であった。要するに、彼らは夜の一族にとって裏切り者なのである。

 以降、夜の一族は彼らと袂を分かち、多くの者がヨーロッパから旅立っていった。月村家の先祖も新天地を目指した者たちの中の一人だった。因みに、この混乱のせいで多くの技術が失われてしまい、その中には自動人形に関するものも含まれていた。

 裏切りという最悪の禁忌を犯したことによって、ヘルシング家と夜の一族は数百年以上も絶縁状態となっており、それは現在も続いていた。そのような状況の中でも、彼らは奪った遺産を使ってそれなりに繁栄していたのだが、傲慢な家風が祟ってか長く続く不況の際に回りから援助を受けることが出来ず、あっという間に没落してしまう。そして、再び他の成功している一族に嫉妬するようになり、結局このような暴挙に出ることとなった。一族の血統にこだわり過ぎているうちに年老いて跡取りを得ることができなかったこの男には、もう自動人形に対する希望しかなかったのである。

 とはいえ、その野望もこれまでと思われた。こうなっては他の一族も黙っていられないので、全力で彼らを潰すはずだからだ。無論、月村家もそのつもりだ。

 しかし、追い込んだからこそ、もっと気をつけるべきだった。

 

「これ以上恥をかきたくないなら潔く退きなさい! いい年なんだから、そのくらいはできるでしょう?」

「くくくっ、随分と嫌われたものだ。これでは話にならんから今は退散するとしよう。ただし、すぐに戻ってくるがな」

「なによ? まだやられ足りないの?」

「そうではない。今度はこの俺がお前らを叩きのめす番だ。取って置きの弱点を突いてな!」

「弱点? ……まさか!」

「ハッハッハッ! では、お前の可愛い妹を迎えに行くとするか!」

「なっ!?」

「しまった!?」

 

 男は懐に隠し持っていた閃光手榴弾を使って忍と恭也の視界を奪うと、一目散に離脱していく。捨て台詞から察するに、すずかをさらって人質にするつもりなのだろう。しかも、間が悪いことに今日は塾がある日なので、なのはやアリサも一緒にいる可能性が高い。最悪の場合は、彼女たちの命も危険に晒されてしまう。

 これも追い込みすぎた結果だった。夜の一族としての強さが彼を支える最後の砦だったのだ。それが瓦解した今、あの男に守るものはなにもない。最悪の場合、子供を手にかけることすら平気でやってしまうかもしれない。

 

「くぅっ! 早く追いかけないと!」

「ああ! それと、ノエルたちに連絡して先回りしてもらおう!」

「ええ、そうね!」

 

 男を追うために車へ向かう途中、街へ買い物に行かせていたノエルとファリンに事の次第を伝える。今回の交渉で【自動人形である彼女たち】に嫌な思いをさせたくなくてわざと屋敷から離れさせたのだが、結局は無駄になってしまいそうだ。しかし、今は緊急事態だ、背に腹はかえられない。

 

「……画像を送ったから、そいつを確保して。お願いね」

「よし、俺たちも行こう!」

「うん!」

 

 忍は力強くうなずくと、乗り込んだ車を発進させた。愛しい妹たちを救うために。

 

 

 もし、すずかたちがシロンを追いかけていなければ、忍たちの思惑通りに事が進んでいただろう。本来の未来では、ファリンがすずかたちを保護している間に、ノエルがあの男を撃退して事件は無事に解決していたからだ。しかし、そんな未来を変えてしまうイレギュラーが起こってしまっていた。シロンを追跡することにした子供たちは大きく寄り道をしてしまい、それが原因でファリンとの合流を大幅に遅らせてしまったのである。しかも、ノエルより先に男と接触してしまいそうな方向に向かっており、事態を更に悪化させようとしていた。

 要するに、シロンと出会ったせいで少女たちの未来は変わってしまったのだ。彼が聞いたら文句を言いそうだが、いずれにしても、予断を許さない状況となってしまったのは確かだった……。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 3人の美少女とファーストコンタクトを果たした後、子猫形態のシロンは夕暮れ色に染まった閑静な住宅街を歩いていた。

 猫らしく人の通れないような道を行ったりして気ままに進んでいく。

 庭の小さい家々が狭い土地に整然と建ち並び、背の高い電柱がそこら中から突き出ている。異世界なのにやたらと見覚えのある光景だ。ある程度予想はついていたが、表札や標識に使われている言語を見て確信に変わる。やはりここは並行世界の日本だ。シロンがいた世界より文明レベルが低いようだが、清潔かつ治安が良いという日本らしさは少し歩いただけでも十分に感じられる。

 

「やっぱり日本は平和でイイネ! 改めて思うと、ハルケギニアとかに跳ばされなくてホントによかったニャ。あの世界って結構デンジャラスだしぃ。そもそも我輩は巨乳派だから、ルイズの使い魔なんてノーサンキューなのニャ。あ~でも、バストレボリューションなテファだったらよかったかも!」

 

 妄想を膨らませたシロンは、前足を器用に使って柔らかそうなものを揉む仕草をする。そんなエロガキ丸出しの様子を車椅子に乗った少女が離れた場所から見ていたが、神経が図太いシロンは全く気にすることなく進んでいく。このくらい何度も戦争(コミケ)を経験している彼にとってはどうということはないのだ。しかし、ここが未知の異世界であることを考慮しなければいけないところなので、主想いのセフィは助言することにした。

 

<(マスター、これまでに得られた情報から考察すると、この世界には会話のできる猫がいないようなので、あまり人前で言葉を発しないほうがいいかと思われます)>

「え~そうなの~? ってか、なんで念話?」

<(私の存在は秘匿すべきだと判断したからです。もし悪意のある者に知られたらマスターの身に危険が及ぶことになりかねませんので)>

「なんと、出会って間もないのにそこまで我輩の事を考えてくれるとは! グラハムより人の話を聞かない困ったちゃんだなーとか思ってたけど、お前ってホントはいい奴だったんだニャあ」

<(……さりげなくけなされた気がしますが、一応褒め言葉として受け取らせていただきます)>

 

 2人(?)は、微妙な信頼関係を深めつつ、この世界でのスタンスを模索していく。確かに、会話のできる猫がいないのなら、シロンは珍獣として捕獲されてしまうかもしれない。その上、セフィの秘密が知れてしまったら、悪用しようとする奴らが群がってくるはずだ。不二子ちゃんみたいな巨乳美女だったら喜んでルパンダイブするが、キモイおっさんに言い寄られてはたまらない。

 

「ぐはぁ!? 思わずヤバイ想像をしてしまった! さっき見たリニスのパイオツを思い出して回復せねば!……ニャヘヘ~」

<(そのマヌケな表情、まことにおいたわしい限りです……)>

 

 色々と思考を重ねて疲労した精神を独自の方法で休めるシロンだが、傍から見れば如何わしいことこの上ない。お前はどこぞの横島かとつっこみたくなるところである。しかし、彼の性癖をバカにする前に新たな問題が発生していた。

 

<(マスター、緊急連絡です)>

「うぇ? おトイレにでも行きたくなったのニャ?」

<(違います。どうやら、私たちの後をつけている人物がいるようです)>

「なにぃ! 不可視境界線管理局の奴らに見つかってしまったのか!?」

<(いいえ。そんな妄想の産物ではなく本物の少女です。前方にあるミラーに写っているので確かめてみてください)>

「すっげー目敏い!? お前はコナンか!」

 

 セフィの意外な観察眼に驚きながらも、言われた通りに道路の角に設置してあるミラーを見てみる。するとそこには、電柱に隠れてこちらを伺っている3人の少女が写っていた。なにやら見覚えがあると思ったら、ついさっき別れたばかりの少女たちだ。

 

「そうか、あの子たちは我輩に一目惚れしてしまったんだニャ。まったく、プリティー過ぎるのも困りものだぜ……」

<(呆れるくらいに前向きですね。ところで、どのように対処しますか? マスターが望むのであれば、仲を取り持つこともやぶさかではありません)>

「我輩はロリコンじゃねーし! ってか、存在を秘匿するとか言ってた奴が、なんで恋のキューピッドやろうとしてんの?」

<(勿論、恋愛に興味があるからです。これでも私は乙女ですから……)>

「グラハムみたいなこと言わんといて! あ~でも、実際に乙女だからいいのか? いやいや、やっぱりダメだって!」

 

 思わず納得しかけてしまうが、やはりセフィの存在は隠しておかなければならないと思い直した。

流石にこんなしょーもない事で正体を明かしてしまうのはどうかと思うし、そもそも、あの少女たちと恋愛する気はない。どんなに美少女でも小学生に手を出すわけにはいかないのだ。それが、シロンのジャスティス(ロリ否定)だった。ほぼ同い年なんだから気にする必要もないのだが、変な所で男らしいシロンであった。ただし、胸が大きくて大人っぽい子には適用されないという、かなりいい加減な心がけだったが……幸いながら(?)現在のすずかたちには当てはまらない。

 

「とゆーわけで、あの子たちには手出し無用! 好きなようにさせておくのニャ」

<(それでいいのですか?)>

「おうともさ。特に悪意は無さそうだし、お友達になりたいってんなら喜んで受けてやるのニャ」

<(しかし、隠れながら監視している点が気になります)>

「なに、若さゆえの過ちというものさ。気に病むことはなにも無いニャ」

<(はぁ……)>

 

 シロンは、すずかたちの不振な行動を中二病的なものとして捉えていた。恐らく、この世界にいない喋る猫を見つけて高揚した彼女たちは、その手の気分に浸りながら追跡行為を楽しんでいるのだろう。自分も似たようなものだから良く分かる。そして、その予想は大体当たっていた。

 

 

 シロンと話をするために後を追いかけていたすずかたちだったが、彼のことを警戒したアリサが待ったをかけていた。どう考えても普通の猫ではなかったから当然の配慮と言える。自分たちの戦闘力はほぼ皆無なので、もし襲い掛かってこられたら危険だということも考えていた。実を言うと、数日前に魔法少女となったなのはだけは対処できそうな力を持っていたが、今はまだ誰にも打ち明けていないのでアリサには知る由も無かった。

 何にしても、今の状況では軽々しく接触すべきではないだろう。最善の注意を払って追跡しながら、いつになく興奮しているすずかを落ち着かせるために説得を試みる。

 

「いいわね、すずか。あの猫が何者か分からないうちは接触しちゃダメなんだから!」

「えー、なんで?」

「ちょっとは考えてみなさいよ。あの猫が危険な妖怪とかだったらヤバイでしょ?」

「それじゃダメだよ、アリサちゃん! 分かり合おうとしなきゃ敵を作るだけだもん! だから、あのネコさんに人の心の光を見せないといけないんでしょ?」

「すっごい真面目に返されたー!? じゃ、じゃあ、別の星からやって来た侵略者だったら?」

「ネコさんだらけの侵略者だったら、むしろ望むところだよ!」

「って、今度は望んじゃうのー!?」

 

 ダメだ、何を言ってもすずかの情熱は止められそうにない。犬派であることが災いしてか、アリサの説得はあまり効果がないようだ。

 

「あーもう! なのはもなんか言ってやってよ!」

「う、うん……もしネコさんに侵略されたら、ご飯が全部お魚になっちゃうかもしれないよ?」

「侵略の規模ちっさ!?」

「大丈夫、私はお魚大好きだもん」

「やっぱりそう来きたかー! ってゆーか、趣旨変わってるし! 食卓が侵略される前に私たちの身が危険だって言ってんの!」

「ですよねー」

 

 なのはに助けを求めたものの、あまり役に立たなかった。

 とはいえ、アリサたちの意見を無視するようなマネを友達想いなすずかがするわけもなく、もう少し様子を見ることに同意した。その結果、今日は3人共に塾をサボることになりそうだが、こればかりは譲れない。猫と話をしたいというすずかの熱意は本物だった。

 

 

 しばらくスニーキングミッションをこなしていると、見覚えのある場所にやって来た。そこは、シロンとすずかたちが初めて出会った公園だった。日が暮れてきたので、シロンは予定通りにグラハムたちと合流することにしたのだ。まだ落ち着ける拠点が無いので、今日はここで野宿をするのである。この辺りはちょっとした森になっており、身を隠すには丁度良い場所だから、野宿にはうってつけだ。無論、緊急処置なのでシロンはげんなりとしていたが、そんなことなど全く知らないすずかたちは想像の翼を自由に広げていた。

 

「同じ場所に戻ってきたってことは、ここにあの子の家があるのかな?」

「人気も無いし、そうかもしれないね」

「しーっ! 2人とも、のんきに喋ってる場合じゃないでしょ! ここからが正念場よ!」

「アリサちゃん、何気に楽しんでるね?」

「そ、そんなことはないわよっ? 私は付き合いが良いから、すずかに合わせてやってるだけよ!」

「ふふっ、ありがとう、アリサちゃん」

「ふんっ、分かればいいのよ!」

「にゃはは……」

 

 アリサのツンデレ反応に苦笑しつつ、森に囲まれた道を進んでいく。結局塾をサボってしまったが、そのおかげであの猫の隠れ家を見つけることが出来そうだ。それはきっと、物語の主人公だけが見つけられる不思議な世界への入り口に違いない。状況に酔いしれてメルヘンな想像をしてしまった3人は、実に子供らしい期待感を抱く。

 しかし、そんな少女たちの前に災厄がやってきた。黒いスーツを着込んだ筋骨隆々の外人が唐突に現れたのである。

 

「ハッハ~! ようやく見つけたぞ、月村の赤子よ!」

「えっ!?」

「な、なに!?」

「!! あなたは!?」

 

 すずかは、異様に背の高い男を見上げて驚愕した。その男の目が真紅に染まり、鈍い光を放っていたからだ。血を連想させるようなその赤い目には見覚えがある。いや、自分も同じ事が出来る。あれは、夜の一族が本来の力を解放したときに現れるものだから。

 ということは、この男の狙いは恐らく……自分だ!

 

「2人とも、逃げて!!」

「「……」」

 

 この男が危険な存在であることを悟ったすずかは、咄嗟に言葉を発した。自分の家の事情に、なのはとアリサを巻き込むわけにはいかない。しかし、すずかの言葉は2人に届いていなかった。男から発せられる殺気に身がすくんで恐慌状態に陥っていたからだ。本当に人を殺す気があるのだから、子供の喧嘩などとは訳が違う。まさに本物の恐怖を体感してしまっているのである。

 

「あ、あぁ……」

「うぅ……」

 

 普段は勝気な性格のアリサだが、死を感じさせるほどの気迫を真正面から叩きつけられては言葉も出せない。それはなのはも同様で、魔法の力を手に入れたとはいえ、今はまだ普通の小学生に過ぎない彼女が歴戦の古強者に対抗できるはずもなかった。そもそも、現在なのはが使える魔法はバリアジャケットとプロテクションという防御技だけであり、その魔法自体も秘匿しなければならないという意識があって使用をためらわせていた。

 

「おっと、いたいけな子供を怖がらせてしまったようだな。しかし、責めるべきは俺ではないぞ? 貴様らが月村の赤子と一緒にいたせいなのだからな!」

「っ!?」

「……ど、どういうことよっ!?」

「ふんっ! 貴様のような劣等種に説明する義理は無い。用があるのは、その月村の赤子だけだ!」

 

 男は、罵声でもってアリサの言葉を一蹴すると、すずかに歩み寄ろうとした。

 はっきりいってこの男の目的は分からない。しかし、大切な友人を傷つけようとしていることだけは分かる。だとしたら、このまま黙って見ているわけにはいかない。同じような思いに至ったアリサとなのはは、恐怖心を振り払ってすずかの前に躍り出た。

 

「……それはいったい何のマネだ、劣等種の赤子どもがぁ!!!」

「っ……す、すずかが悲しむようなことなんて、絶対にさせないんだからっ!!」

「そ、そうです! よく分からないけど、怖いことは止めてくださいっ!!」

「アリサちゃん……なのはちゃん……」

 

 男の言葉で傷ついていたすずかは、自分を庇う2人の姿に喜びと悲しみを感じた。私を守ってくれてありがとう、でも危険なことに巻き込んでしまってごめんなさい……。

 だから、私が2人を守る!

 すずかは自分の正体がバレてしまう事を覚悟して、夜の一族の力を使う決心をした。敵わないまでも2人を逃がす時間くらいは稼げるはずだ。

 

「(あの力を見せたら、もうお友達じゃいられなくなるかもしれないけど……それでも、2人が傷つくよりはずっといいもん!)」

 

 子供とは思えない悲壮感を漂わせながら覚悟を決めた。

 しかし、その覚悟は良い意味で空振りに終わる。ヒロインがピンチに陥った時には必ずヒーローが現れるものであり、ご多分に漏れず、すずかたちの前にもやってきたのだ。

 

「ちょーっと待ったー!」

「「「!!?」」」

「ちぃ、劣等種がもう一匹増えたか!?」

 

 不意に、男の背後から可愛らしい声が聞こえてきた。

 アリサたちに続いて二度も気分を害された男は、明らかに苛立ちながら後ろを振り返った。甲高い声から判断すると、すずかたちと同世代くらいの子供だろう。くそっ、忌々しい劣等種どもが。心の中で罵りつつ、愚かな正義感に燃えているらしい相手を睨みつける。

 しかし、いざ見てみると彼の予想は外れていた。というより、当てることは無理だった。何故ならそれは、この世界に存在しないものだったからだ。

 

「おい貴様! それ以上の狼藉は、この我輩が許さんニャ!」

「「「あっ!!」」」

「猫……だと!?」

 

 彼らの視線の先には、前足を組みながら空中に浮かんでいる白い子猫がいた。ピンク色に輝く光の翼を広げている姿は少しだけ神々しさを感じるが、どこからどう見ても可愛いニャンコである。

 もちろん、この子猫はシロンだ。あれほど熱心に後をつけていたすずかたちの姿が見えなくなったので、気になった彼は広域観測魔法【アイザック】を使って彼女たちの動向を確認した。それによって一連の騒動を察知し、高速飛行魔法【ブイツー】を発動させて文字通りすっ飛んできたのだ。

 美少女を助けるヒーロー? 上等だ。キャシャーンがやらねば俺がやる!

 覚悟を決めたシロンは、アニメの主人公らしく名乗りを上げた。

 

「颯爽登場! 銀河美少年、シロン・ガンニャールヴル!!」

「ん~銀河美少年ってなに?」

「この状況でそこに食いつくの!?」

「シロンちゃんって名前なんだ……可愛い!」

「こっちはこっちでマイペース過ぎだし! もう、ほんと自由ねっ!」

 

 調子に乗ったシロンは、おバカな名乗りを上げた。予想外の急展開にすずかたちも唖然としたが、どや顔でポーズを決めてる彼の姿を見た途端にいつもの元気を取り戻すことができた。可愛い女の子の前でかっこつけたいという若さゆえの過ちだったが、上手い具合に効果があったらしい。まぁ、彼の思惑とは違った評価を受けているような気もするが、文句を言うのは野暮というものだ。

 

「クソッ! 貴様は一体何者だっ!?」

「それはコッチのセリフだバーロー! ってか、あんたはまさか、ヒュームさん!? ヒューム・ヘルシングその人ですかー!?」

 

 シロンは男の顔を見て驚いた。彼の容姿は、とある世界で完璧執事と呼ばれている、あの不良老人にそっくりだったからだ。しかし、当然ながらその人物とは別人だった。

 

「ヒュームなど知らん! 俺の名は、ルガール・B・ヘルシングだっ!!」

「本家のほうだったのー!? ってか、色々混ざってて紛らわしいわ!」

「ええい、先程から訳のわからんことを抜かしおって! 貴様は何者かと聞いておろうがぁー!!」

「フンッ、無礼な貴様に名乗る名など持ち合わせてないニャ!」

「って、もう既に名乗ってるじゃん!」

「ぐぬぬぅ~……どこまでも愚弄しおってぇ~!!」

 

 ヘルシング家の男……ルガールは、自由奔放なシロンに対して怒りを覚えた。あまりに異質な存在だったため一応は警戒してみせたが、話をしているうちに馬鹿馬鹿しくなったのだ。大体、猫と話しをすること自体が間抜けだ。特に脅威となりうる要素も見られないので、これ以上は付き合う必要も無いだろう。ただし、優良種たる自分をコケにした罰は受けてもらうぞ。

 

「まぁいいさ! 未知の化け物だろうが、月村の作った生物兵器だろうが、造作も無く叩き潰してくれるわ!!」

「やっぱりそう来るのねー!? こうなりゃ仕方が無い! 出番だぞ、ハロ!」

 

 戦闘が始まることを予感したシロンは、魔法で作った異空間倉庫【ホワイトベース】から、小型の球形ロボット【ハロ】を取り出した。それと同時に勢い良く飛び出したハロは、ゴムボールのように弾みながら巧みにルガールの脇を抜けて、アリサの胸に飛び込んだ。

 

「きゃっ! なにこれ!?」

「それはハロって名前の便利なロボットニャ! ソイツといれば安全だから、3人とも離れちゃダメニャよ?」

「う、うん!」

「わかりました!」

 

 本来ハロはモビルアールヴのメンテナンスを行う多目的作業用ロボットとして開発されたものだが、小型の魔力コンデンサーを搭載することで全方位防御魔法【Iフィールド】を展開できるため、警護用としても使える。見た目も可愛らしいので、アリサも一目で気に入った。しかし、ハロの声は可愛い容姿に反してCV若本だった。

 

「よろしくね、ハロ!」

<ハロォ。みんなをまもるぅ。まもっちゃうよぉ>

「予想を裏切るオジサン声ー!?」

「見た目とのギャップが半端ない!?」

「よし、みんなを頼んだぞ、ハロ!」

<任せとけってぇ、フグタくぅん>

「ねぇ、ほんとに大丈夫なの、コレ!?」

 

 アリサが不安に思うのも無理はなかったが、その性能は保証できるものだった。実際、この直後にルガールから繰り出されたパンチを見事に防いで見せた。

 

「ふんっ!!」

<ぶるぁぁぁぁぁ!!!>

「「「きゃー!?」」」

 

 攻撃が当たる前にハロを中心にして無色透明のフィールドバリアが形成され、ルガールの鋭い攻撃を防御した。一撃ぐらいなら粒子ビームにも耐えられる出力があるので、人間レベルの攻撃なら十分以上に使える。ただし、魔力を使い切ったらそれまでなので、その前に決着をつけないといけない。

 

「ほぅ、これはすごいな。手を抜いたとはいえ、この俺の一撃を防ぐとは。いいぞ、コイツも後でいただくとしよう!」

「なっ、なんて奴ニャ! まったく躊躇することなく女の子を攻撃するなんて、男の風上にも置けないニャ!」

「フンッ! 劣等種の赤子など、どうなろうが知ったことではないわぁ!!」

「っ!?」

 

 ルガールは、先ほどの攻撃に気を取られているシロンの隙を突いて奇襲を仕掛けてきた。ハロの性能を目の当たりにしたせいか、今度は手加減なしの全力だ。

 

「ジェノサイドカッター!!」

「あーん! 動物虐待はんたーい!!」

 

 不意を突かれたシロンは、名前通りの鋭い連続蹴りをもろに受けてしまった。がたいの良い老人が子猫を蹴り上げている姿はものすごく大人気なかったが、本人は至って真面目だ。それは少女たちも同様で、無残に蹴り飛ばされてしまったシロンを見て悲鳴を上げる。

 

「きゃー!?」

「シロンちゃん!?」

「そ、そんな……」

 

 ルガールの蹴りによって空高く舞い上がったシロンは、放物線を描きながら吹き飛び、なすすべも無く地面に叩き付けられた。予想以上にルガールのスピードが速かったため、避けることが出来なかったのだ。流石に省エネの猫形態で夜の一族の相手をするのは無理があった。それに加えて、今日は魔力を消費しすぎているので、その分体の反応が鈍くなっている。

 正直言って、この姿のままで勝つのは難しいだろう。ならば、こちらも本気を出さねばなるまい。

 

「……」

「なんだと!? あれを食らって起き上がれるというのか!?」

「無事だったんだ!」

「よかった……!」

「やっぱり只の猫じゃないわね!」

 

 予想に反して立ち上がってきたシロンの姿を見て、それぞれの反応を示す。ただ、俯いている彼の雰囲気が若干変わった気がして、少女たちは不安を感じた。

 

「シロンちゃん?」

「くっくっく、やってくれましたね。このわたくしをここまで追い込むとは、賞賛に値しますよ。その褒美として、大サービスでご覧に入れましょう! わたくしの最後の変身を……わたくしの真の姿を……」

「なんか口調が変わってるー!?」

 

 シロンは、顔を上げた途端にフリーザ様のようなことを言い出した。

 急に豹変した彼を見て少女たちは途惑った。もしかして、頭を強く打ってしまった影響だろうかと心配してしまう。まぁぶっちゃけると、只ふざけているだけなのだが、変身するという言葉は本当だった。この場にいる全員が注目する中、シロンの体が光を放ち、少年の姿へと変化したのだ。

 美しい銀髪と神秘的なオッドアイ、更に猫耳としっぽを持つ美少年となったシロンに一同は驚く。特に、多感なお年頃である少女たちは激しい衝撃を受けてしまった。それほどまでに理想的な美しさが備わっていたのだ。

 

「綺麗……」

「かっこいいかも……」

「素敵です……」

 

 まるで、天使のような神々しい容姿に見とれてしまう。それもそのはず、乙女のピンチに颯爽と現れた彼の勇姿はヒーローそのものなので、幼い彼女たちが惹かれてしまうのも無理はなかった。

 しかし……

 

「ここからは、ずっと我輩のターンニャ!」

「語尾はそのままなのね!?」

 

 猫妖精としてのプライドが仇となり、かっこよさを大幅に下げてしまっていた。とはいえ、シロンの強さが段違いに上がった事は間違いなく、その気配はルガールにも十分に伝わっていた。

 

「き、貴様! いったいなにをした!?」

「なにって、変身しただけニャ」

「ふざけるなっ! 変身などできるはずないだろうがぁ!」

「あ、もしかしてマジックだとか思ってる? ノンノン、こいつはそんな紛い物じゃなくて、モノホンの魔法だニャ!」

 

 シロンの口から非常識な真実が告げられる。その言葉を聞いて、なのは以外の面子は信じられないというような表情になった。

 

「魔法だと!?」

「そう。奇跡も、魔法も、あるんだよ。だがな、可愛い女の子をいぢめるお前には、罪と罰しか存在しない!」

 

 そう言った途端、シロンの足元に魔方陣が浮かび上がる。エメラルドグリーンに輝くそれは、優しさと力強さを感じさせた。これはケット・シーが独自に作り出した魔法であり、なのはの使うミッドチルダ式とは明らかに違うものだった。

 

「乙女を守りし可能性の獣よ、内なる神を解き放て! ユニコーン!」

 

 シロンは、身体強化魔法【ユニコーン】を使った。その瞬間、彼の体がエメラルドグリーンの光を放つ。これは攻防一体の強力な魔法であり、シロンの得意技でもあった。

 

「見せてやろう、ユニコーンは伊達じゃないということを!」

「なっ!?」

 

 身体強化されたシロンは、残像を発生させながら凄まじいスピードで突進した。その速度は人知を超えており、夜の一族であるルガールでさえも視認しきれなかった。

 そのため、ほぼ棒立ちのままで腹部に強烈な一撃を受けてしまう。

 

「ぐほぉおー!?」

「まだだ、まだ終わらんよ!」

 

 将来有望な美少女を傷つけようとしたルガールに対して容赦する気など微塵も無いシロンは、更なる追撃を実行した。腹を抱えてうずくまっている彼の足を掴むと、十分な勢いをつけてから思いっきり上空に投げ上げたのだ。そして、射撃の的と化した彼に向けてとびっきりの魔法を打ち込む。

 

「天より集いし聖なる光よ、全ての闇を焼き払え! ソーラ・レイ!」

 

 詠唱を終えると、シロンの頭上に展開された円筒形の環状魔法陣から極太レーザーが発射された。

 極大光撃魔法【ソーラ・レイ】は、彼が使える攻撃魔法の中でも上位に位置するもので、非殺傷であっても食らえば数日は起き上がれないほどの威力だ。後になのはが習得するスターライトブレイカーに勝るとも劣らない砲撃魔法である。

 当然ながら魔法技術の無いこの世界で見られる光景ではなく、凄まじい光の奔流を目の当たりにしてしまった少女たちは大きな衝撃を受けた。

 

「「「えぇーーーーー!!?」」」

 

 彼女たちの叫びは、どちらかというと「あのオジサン大丈夫?」的なものだったが、そう思うのも仕方が無い。宇宙空間まで届くソーラ・レイの威力はそれほどまでに圧倒的であり、流石のルガールもそんな魔法の直撃を食らってはなすすべもなかった。結局は、一発も反撃することなく戦闘不能となり、パンツ一丁の姿で地上に横たわる結果となった。

 何はともあれ、こうして戦闘は無事に(?)終わった。その合図としてサムズアップを送ってきたシロンの元にすずかたちが集まってくる。

 

「やったね、シロンちゃん!」

「すごい魔法だったね!」

「フッ、勝利の栄光を、君に!」

「ちょ!? そんなことより、あれってやり過ぎじゃない!?」

「あ~大丈夫ニャ。アフロになった髪の毛は元に戻るニャ……」

「いや、心配してるのはそこじゃないんだけど……って、どうしたの!?」

 

 シロンの異変に気づいたアリサは驚きの声を上げた。魔力の使いすぎによって疲れがピークに達していた彼は、落ち着いた途端に力が抜けてしまったのだ。そして、意識を失うと同時に再び猫の姿に戻り、そのまま前のめりに倒れこんだ。

 

「きゃ! シロンちゃん!?」

 

 すずかは、慌ててシロンを抱き上げる。顔を近づけて状態を確認すると、意識を失っているだけだと分かり、一先ずほっとした。

 

「大丈夫かな?」

「うん。疲れて眠っちゃってるだけみたい」

「はぁ……まったくビビらせんじゃないわよ。このチビネコ!」

「もう、そんなこと言っちゃダメだよ。この子は私たちを助けてくれたんだから」

「ん~……まぁ、そうね。一応感謝してやらないでもないわ!」

「ふふっ、アリサちゃんは素直じゃないの」

「うっさい! なのはのクセに生意気だわ!」

「ええ~!?」

 

 危機が去って安心感に満たされたため、少女たちの口調も大分明るくなってきた。魔法などと言う非現実的なものを見た直後なのに落ち着いていられるのは、順応性の高い子供だったおかげだろう。まぁ、なのはだけは事前に知っていたからだが。

 

「ところで、これからどうする? この変なオジサンもどうにかしないといけないんだけど……」

「それなら、お姉ちゃんに頼めばいいと思うの。この子の手当てもうちでしたいから」

「そうだね、今ならお兄ちゃんも一緒にいるだろうし」

 

 落ち着いたところで今後の行動を話し合う。とりあえず脅威は去ったものの、事態はまだ収拾できていないので何とかしなければいけない。そのような中ですずかが示した提案は、簡単かつ適確なものだった。ルガールが夜の一族であることを考えると、後の処理は忍に任せるべきだからだ。同時に、なのはとアリサにとっても反対する要素がないためすんなりと意見は通った。

 しかし、そこに待ったをかける者たちが現れた。

 

「待ちたまえ。その話し合い、私も混ぜてはもらえないかな?」

「えっ?」

「だ、誰!?」

 

 急に乱入してきた若い男性の声に反応して、なのはたちは一斉に後ろへ振り返った。するとそこには、綺麗な猫を抱いた中学生くらいの少女が立っていた。男性の姿を探しても、彼女の他には誰もいない。しかし、先ほどの声は彼女が発したものではないはずだ。

 ということは……

 

「安心するがいい。乙女座の私なら、君たちのガールズトークに参加しても何ら不自然ではないさ」

「「「えぇっ!?」」」

「そんなに意外かね? 私の愛情は乙女以上に純粋だというのに……この口惜しさ、たまらんな、ガンニャム!」

「まったく、なにを言っているのですか。彼女たちが気にしているのはそこではありませんよ、グラハム」

「ふふっ、君の嫉妬は可愛いな。その一途な想いに好意を抱くよ、リニス」

「そ、そんなことを人前で言うなんて! 意地悪な人ですね……(恥)」

「「「……」」」

 

 イケメン風の声で語りかけてきた金色のような毛並みの猫と、彼に恋しちゃってるらしい美少女。そんな2人の会話を聞いてなのはたちは思った。この人(?)たち、たぶん変な人だ!




次回から無印本編に入ります。


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第6話 フル・フロンタル

前回、本編に入りますと記しましたが、予定を変更して今回までがプロローグとなります。


「我輩の名はシロン・ガンニャールヴル! 将来の夢はハーレム100人作ることニャ! とゆーわけで、そこんトコよろしく!」

「んなもんよろしくできるか!」

 

 おバカな発言をするシロンに対して、すかさずつっこみを入れる忍。

 現在彼らは、月村邸の一室でまったりとくつろぎながら自己紹介をしていた。ルガールを撃退した後に気絶したシロンは、合流したグラハムたちと共にこの邸宅へと連れてこられたのだが、つい先ほどになってようやく目覚め、忍たちと初顔合わせとなったのである。

 因みに、ノエルたちに捕縛されたルガールは、月村家に縁のある夜の一族によってしかるべき処置を施されることとなった。具体的に言うと、一族の能力である記憶操作を使って、一連の出来事と夜の一族に関する記憶を封印してしまったのである。これでもう彼が襲い掛かってくることはないだろう。その後は普通の人間として生きていくことになるだろうが、もはや関係の無い話だ。

 何はともあれ、大きな被害を出すことも無く、無事に終えることが出来たのは間違いない。

 これも全てはシロンのおかげである。実際に助けられたすずかたちや忍を始めとする月村家の関係者はそう思い、恩人(?)である彼とその仲間を歓待することにした。

 ただし、彼らを招いた理由はそれだけではなく、その正体を探るという思惑もあった。いかに恩があるとはいえ、魔法などという正体不明の力を行使できる存在を放っておくことはできないからだ。

 しかし、冒頭の会話からも分かる通り、この子猫の相手は一筋縄ではいかない。まぁ、只の悪ガキだろうと言ってしまえばそれまでなのだが。

 

「はぁ、見た目は可愛いのに中身が残念ね……」

「認めたくないものだな。自分自身の、若さゆえの過ちというものを」

「はいはい、そーですね」

「そっこーで扱いが雑に!?」

 

 目覚めて早々にお茶目な発言をしてしまったせいで、シロンに対する忍の印象が【バカな子供】に決まってしまった。実際にその通りなのでどうしようもないことだが、彼にとっては悔しい結果となってしまった。

 

「ええい、せっかく良いパイオツをお持ちの美人な姉ちゃんに出会えたとゆーのに! これでは、【可愛い子猫ちゃんのフリをして愛想を振りまき、油断して抱き上げたところでさりげなく乳に触っちゃおう作戦】が出来んではないかっ!」

「って、本音が漏れすぎじゃない!?」

 

 出会って早々にいやらしい目で見られていたことに気づいた忍は、自分の欲望を隠そうともしないシロンに呆れた。どうやら、ハーレム100人の中に自分も入れる気があったらしい。このマセガキめ。

 それでも、面と向かって美人と言ってくれたり、まっすぐな好意を向けてくれる彼に好感を持った。なんだかやんちゃな弟ができたみたいで、思わず笑みを浮かべてしまう。

 そんな彼女の様子を隣で見ていた恭也は、なんとなく気分を害して不機嫌な表情になった。

猫相手に大人気ないとは思うものの、恋人が他の男に気を取られている姿を見せ付けられるのは嫌な物なのだ。しかも、このおかしな猫は忍の胸を狙っているのだから放ってはおけない。

 アレは俺の物だ、何人たりとも触れさせはせん!

 

「おいお前、あまり調子に乗るなよ」

「おやおや、恭也君。もしかして、我輩と忍ちゃんの仲に嫉妬しちゃってんのカナー? 横恋慕とはちっちゃい奴だニャー! プークスクス!」

「横恋慕じゃない! 俺たちは恋人同士だ!」

 

 シロンにバカにされた恭也は思わず怒鳴ってしまった。しかも、みんなの前で恥ずかしい宣言までしてしまい、逆に忍の不興を買ってしまう。

 

「ちょっと恭也、子供相手になにムキになってんのよ! こっちが恥ずかしくなるじゃない」

「うっ! しかしだな……」

 

 思いもよらぬところから反撃を受けた恭也は、情けない声で弁明を始めた。しかし、彼の敵は忍だけではなかった。

 恭也の行動に思うところがあったらしいグラハムやシロンに味方する女性陣たちから次々に抗議の声が上がってきたのだ。

 

「ほう、嫉妬の次は言い訳かね? その女々しさには、乙女座の私でも呆れてしまうな」

「そうだよお兄ちゃん。そんなの情けないよ」

「確かにシロンはエッチでおバカだけど、お子様だからしょうがないわね」

「うん、私は可愛いと思うな」

「恭也様、屋敷内での問題行動はご遠慮ください」

「その通りですよ! シロンちゃんをいじめたら私が許さないんですからね!」

「……俺には味方がいないのか」

「この場合、仕方がありませんね」

 

 ちょっと注意をしただけなのに、回りから総攻撃を食らうハメになってしまった。大の猫好きである女性ばかりが集まっているこの場で、見た目だけはやたらと可愛いシロンに八つ当たりしたのは無謀だったようだ。その上、犬派のアリサや中立のなのはまでシロンの味方なのだ、最初から勝ち目など無かったのである。

 結果、何も言い返せなくなった恭也は、ため息をつきながらソファに座り、不機嫌そうな態度でそっぽを向いてしまった。忍は、そんな子供っぽい恋人の姿を見て苦笑した。シロン相手にムキになる彼が可愛く感じられる。だが、猫に関しては、すずかたちに逆らうわけにはいかない。彼女たちの猫愛は伊達じゃないのだ。

 というわけで、少し可哀想だとは思うものの、彼の事はあっさりと見捨ててしばらく放置しておこくことにした。

 

「ところでさ、大体の事情はグラハムさんから聞いてるけど、あなたたちって人間に変身出来るらしいわね?」

「おうともさ! 我輩たちケット・シーは、猫であり人間でもあるからニャ」

「うん、その辺も聞いてるわ。異世界からやって来た猫妖精だなんて、とても素敵な話よね」

「ほほぅ、どうやら我輩に興味を持ってくれたようだね! ならば、寝物語としてじっくりねっとり聞かせてあげるニャ」

「ん~、それも魅力的な提案だけど、私としては今この場で変身して欲しいな」

「え~、今ですかぁ? 仕方がないのんなぁ~」

 

 シロンは面倒な様子を見せながらも忍の要望を受け入れた。まだ疲れが残っているので億劫だったが仕方ない。美人のお願いには極力応えるべし。それがイイ男ってもんだろ?

 

「行くぞグラハム!」

「心得た! 我が雄姿、とくと見るがいい!」

 

 みんなの前に颯爽と躍り出た2人は、ピカッと光るとあっという間に人間形態へ変わった。

 この時、人が知覚できない一瞬だけ全裸になるが、アニメの変身シーンのようにじっくり見物できるわけではないので、人前でも堂々と実行できる。そもそも、需要がないだろうし、あっても困る。

 人間形態に変身した2人は、当然ながらしっかりと服を着ていた。グラハムは青を基調とした軍服を着用し、シロンはごく普通のオシャレな服で、その上に白衣を身に着けていた。

 猫耳としっぽがあるという点を除けば人間と変わりないように見えるが、彼らの美しい容姿もまた目を引くものがあった。金髪と銀髪がとてもよく似合う2人の姿に、忍たちは見惚れてしまう。

 

「うわぁ~……聞いてた以上だわ……」

「はい……この可愛らしい猫耳としっぽは、まさしく至高の宝と言えるでしょう」

「ほんとに可愛いですねぇ~! 抱っこしてナデナデしたいですぅ~!」

「そこに食いつくの!?」

 

 ノエルとファリンは、メイドとして猫の世話をしているうちにすずかの猫好きがうつってしまっていたのだ。加えて、自分たちが人間ではないという理由もあって、同じような存在であるシロンたちに対してある種のシンパシーも感じていた。そのため、彼女たちがシロンのことを気に入ってしまうのは必然だった。

 もちろん、その気持ちは夜の一族である忍とすずかも同様だ。素性を隠しながら生きている彼女たちにとって、まったく正体を隠そうともしないシロンたちの生き方はとても羨ましく、好ましいものだった。同時に危険だとも感じたが、それだけ自分たちを信用してくれているのだと思うと嬉しい気持ちになる。

 当然ながら、もしもの場合に対処できる力があればこその【信用】だろうが、それはお互い様だ。いや、自分たちの秘密を暴露してまですずかたちを助けてくれたのだから、嘘で塗り固めてきた自分たちより遥かに真っ当だろう。

 

「(彼らにだったら私たちの秘密を打ち明けてもいいかもしれないわね……)」

 

 シロンたちの本質に近づいた忍は、ファリンやノエルにナデナデされている彼を見つめながら、近い未来を考えた。因みに、グラハムのところには頬を染めたリニスがいるため、他の者が行ける雰囲気ではなかった。まぁ、大人の彼をナデナデしようとは誰も思っていないが。

 

「あ~ん! 手触りも最高ですぅ~!」

「これは、クセになりそうですね」

「にょほほ~、我輩もヘヴン状態ニャ~!」

 

 綺麗なお姉さんたちに囲まれて天にも昇る気持ちになった。両腕に柔らかい胸を押し当てられながら頭を優しく撫でられるという、これ以上はないくらいに最高のシチュエーションを堪能する。

 このパイオツ、ディ・モールト良しっ!

 不意にやって来たモテ期に全力で浮かれていると、突然シロンから光が放たれて一瞬で子猫に戻ってしまった。メイドさんのナデナデ&パフパフ攻撃によって気が緩んでしまったのである。加えて、これまでの疲れもあるため、しばらくは変身できそうにない。

 

「あ~、私も撫でたかったのにぃ」

「残念なの……」

 

 ファリンたちの横で撫でる順番を待っていたすずかたちから不満の声が上がる。

 

「どうして元に戻っちゃうのよ?」

「今はガス欠中なんだ! 君たちの期待に応えられないことを、本当にすまないと思っている!」

「全然すまなそうに聞こえないんですけど!」

 

 やたらと偉そうに謝られたアリサは、すかさずつっこみを入れた。まだ出会って間もないものの、2人のコンビネーションはかなり良いようだ。

 とはいえ、まだまだお互いに知らないことばかりなので、アリサは疑問に思ったことを聞いてみた。

 

「シロンたちは、ずっと人間のままでいられないの?」

「ん~、できないこともないけど、猫形態のほうが色々と楽チンなのニャ。基本全裸でいいからネ!」

「その通りだ! この開放感、実に溜まらん!」

「それって只の変態じゃん!?」

 

 思わぬ話を聞いてしまった少女たちは、そろって顔を赤らめた。もっとまともな理由があるのかと思っていたら、すこぶるしょーもない話だったので呆れるばかりだ。しかし、彼らは人間であると同時に猫でもあるので、裸のヌーディストであってもなんら問題はないのだ。

 それに、まともな理由もちゃんとある。

 

「大体、人間形態ってのは、仕事とか合コンとかデートとか、本気を出さなきゃいけない時だけ使う特別な力なのニャ」

「ふ~ん、そうなんだー……って、まともじゃない理由も混ざってるし!」

「すべては大人の事情ニャ……」

「なに悟ったようなこと言ってんのよ!」

 

 確かにバカな子供のおマセな発言ではあるが、まともな理由であることも間違いなかった。

 元々ケット・シーは人間のままでいることを嫌った者たちによって生み出された存在なので、つい最近まで人間形態になることを控える風潮があったのだ。そのため、ここぞという時以外は猫形態でいることが慣例となっていた。

 先の大戦後にその考えは改められ、現在では人間形態のまま活動する者たちも増えてきているが、これまでの習慣を通そうと考える者たちも当然いて、シロンもその1人だった。特に人間を嫌っているわけではなく、猫妖精としての誇りを持ち続けたかったからだ。

 ぶっちゃけ、この姿のほうが人間の女の子にモテるし、一石二鳥じゃね?

 

「とゆーわけで、我輩の言ったことをちゃんと理解したかね、チミたち!」

「「「はーい!」」」

「いや、全然理解できないし、したくもないんですけど!」

 

 常識派のアリサとしては全裸や合コンといった辺りに引っ掛かりを感じたらしいが、他の面子からは良い返事が返ってきたので、シロンは満足げにうなずいた。しかし、体のほうはそうでもないらしい。先ほどの変身でエネルギーを使ったせいで、目覚めてから感じていた空腹感が更に強くなり、ついにお腹が鳴ってしまった。

 そういえば、まだ夕食を食べていなかったっけ。

 

「ふふっ、お腹が空いたのね?」

「ニャハハ~、紳士たる我輩としたことが、お恥ずかしい限りですニャ」

「ごめんね、君との会話が楽しくてつい忘れてたわ。ちゃんと君の分も用意してあるから、一杯食べてね」

「ほんとニャ? もしかして、『残念、モンペチでした!』なんてオチじゃなかろーニャ?」

「そんな意地悪しないわよ。グラハムさんから話を聞いてるから、当然私たちと同じものよ」

 

 忍はお金持ちのお嬢様なので、おもてなしの心得はしっかりと身についていた。今回は猫妖精という一風変わった相手だったが、見た目だけで判断するようなへまはしない。

 

「なのはちゃんたちも一緒だから、今日の夕食は豪勢よ。ね、ノエル?」

「はい。今晩のメインディッシュはハンバーグです」

「すっごい豪華な食材を使った特別製ですよー」

「うわーい! ヤッター!」

 

 ノエルから献立を聞いたシロンは子供らしい仕草で喜んだ。ハンバーグは彼の大好物なので、尚更だ。

 しかし、それを美味しくいただく前に済ませておかなければならないことがある。

 

「じゃあ、食事の準備を始めてくれる?」

「はい、畏まりました」

「ちょーっと、待っておくんなまし!」

「ん? どうしたの?」

「実を言うと我輩、ご飯の前にお風呂派なのニャ。よって、お風呂を先に所望する!」

「君には遠慮ってものがないわね……まぁ、そっちの準備もできてるから別にいいわよ。ファリン、この子の世話をしてあげて」

「はい! 忍お嬢様!」

 

 シロンのお世話係に指名されたファリンは元気に返事を返した。普段も飼い猫の世話をしているのでまったく抵抗は無い。それどころか、不思議な魅力を持った彼に興味深々だ。

 もちろん、シロンにとっても異論は無い。むしろ望む所である。15歳くらいに見えるファリンは、彼にとってギリギリ守備範囲内なのだ。

 

「それじゃあシロンちゃん、私と一緒にお風呂に入りましょうね~」

「はーい! って、一緒に入るの!?」

「そうですよ~。ちょっぴり恥ずかしいけど、喋るネコさんとお風呂でスキンシップしたいという誘惑には勝てません!」

「お、おう。そですか……」

 

 シロンは子猫であると同時に10歳前後の少年なのだが、ファリンはあまり気にしていない様子だ。それほどまでに彼の事を気に入ってしまったようで、その気迫には流石のシロンもタジタジになってしまう。

 すると、これまで2人のやりとりを静かに見ていたすずかが、自分も負けていられないとばかりに名乗りを上げた。彼女もまた彼の事をいたく気に入っているからだ。

 

「シロンちゃん、私も一緒に入るよ!」

「えっ!?」

「ちょ、すずか! 本気で言ってるの!? コイツは私たちと同い年くらいの男の子なのよ?」

「うん……正直に言うと私も恥ずかしいけど、今日のお礼がしたいから、私自身でお世話してあげたいの」

 

 すずかは、人生最大の危機を救ってくれたシロンに対して、言葉では言い表せないほどに大きな感謝の気持ちを抱いていた。恐らく、ファリンもそうなのだろう。だったら、彼女と一緒にお礼をしたい。まぁ、本音を言えば、只単に喋るネコさんと一緒にお風呂に入りたいだけなのだが、それにしたって普段のすずかからは絶対に考えられないほど大胆な行動だった。

 だからこそ、一緒にいることが多いアリサが困惑してしまうのも無理はなかった。

 ただ、お礼をしたいという気持ちは彼女も同様だ。こう見えてもアリサは、すずかと肩を並べるほどのお嬢様であり、尚且つかなりの負けず嫌いなので、受けた恩はしっかり返さないと気がすまないのだ。

 それに、ちょっと気になる存在でもあるし……。

 

「……よし、決めた! すずかが入るのなら私も入る!」

「ええ~、アリサちゃんまで!?」

「私だって感謝はしてるんだから、このくらい平気よ。ということでシロン、こんな美少女とお風呂に入れるんだから、ありがたく思いなさいよね」

「ハッ! アリサのよーなペッタンコと浴場に入っても欲情なんてしないニャ!」

「あっ、上手い!」

「じゃないでしょ! 普通に悪口でしょ! っていうか、なのはの胸だって私と変わらないじゃない!」

「にゃはは~……」

 

 なのはは笑って誤魔化した。まだ心身ともにお子様なので、胸が小さいことを指摘されてもあまり気にならない。それより今は、自分もお風呂に入るかどうかのほうが問題だ。

 アリサの言う通りシロンは同世代の男の子なので、裸を見せるのは流石に恥ずかしい。でも、仲の良い友達も一緒に入るし、何より自分もお礼をしてあげたい。そう考えたら、シロンとお風呂に入ってもいいかなという気になってきた。

 そうだよ、お菓子屋さんの娘としては、きちんとおもてなししなきゃダメだよね。

 

「シロンちゃん、私も一緒に入っていい?」

「ほぅ、思いきりのいいお嬢ちゃんだな。手強い。しかし!」

「って、そういうのはもういいから、さっさと混ぜてやんなさいよ!」

「ふふっ、みんなで入ったほうが楽しくていいもんね」

 

 結局、仲良し3人組全員が参加することになった。

 一連のやりとりを静かに見守っていた忍は、肩をすくめるグラハムと顔を見合わせると、仕方がないわねといった表情で許可することにした。すずかたち自身で決めたことだし、もし問題があってもファリンがいるから大丈夫だろう。

 

「(まぁ、心配なんていらないと思うけどね)」

 

 彼女の、女としての勘が、彼らを信用してもいいと告げていた。状況を見れば無闇に敵対することはないと分かるし、何より他者の意識に敏感なすずかが気に入っているのだから十分だ。

 しかし、恋人の恭也は忍ほどおおらかではなかった。最愛の妹であるなのはの肌を得体の知れないクソガキに見せるなど、到底許せることではない。兄として、絶対に阻止しなくては。

 しかし……

 

「なのは! そんなけしからんマネは、この俺が許さんもがっ!!?」

「はいはい、もう少しだけ大人しくしててね~、恭也?」

「?」

 

 恭也の行動を見抜いていた忍に口を塞がれて、目的を果たすことは出来なくなった。後ろからしっかりと抱きつかれているので無理やり振りほどくことも出来ない。恭也は、背中に当たる柔らかい膨らみに喜びを感じながらも悔しさに震えるという複雑な心境でなのはたちを見送るしかなかった。

 

「けっ、人前でイチャつきやがって! 正直羨ましいジャマイカ!」

「ふふん、もしかして嫉妬してんの? 見た目通りにちっさいわね~」

「アリサのパイオツよりましニャ」

「まだ言うか!」

「衝撃のファーストブリット!?」 

 

 すずかに抱っこされたシロンは、余計な事を言ったせいでアリサのパンチを受けてしまった。忍のおかげでシスコン恭也の攻撃を受けずに済んだのに、結局痛い思いをしてしまうおバカな猫だった。

 

 

 子供たちが風呂場へ向かった後、食事の準備をするためにノエルも退室していった。残った面子は4人だけとなり、ついさっきまで賑やかだった部屋が急に静かになる。

 忍は、本気で悔しそうにしている恭也を宥めていたが、そんな彼女に向けてグラハムが声をかけてきた。

 

「取り込み中申し訳ないが、少し時間を貰えないかな、忍」

「えっ? はい、いいですよ」

 

 忍は、グラハムに対して敬語で答えた。シロンが目覚める前に彼が年上であることを聞いていたからだ。猫に向かって敬語を使うのはもちろん初めてなので、当初は変な気持ちになったものだが、人間形態になっている今ならしっくりと来る。

 それにしても、子供たちがいなくなったこの状況で話を持ちかけてくるとは、一体どんな用件なのだろうか。恭也と共に身構えながら耳を傾ける。

 

「では、あえて言わせてもらおう。君は只の人間ではないな?」

「!?……なぜそう思うのですか?」

「あのルガールとか言う男、あれは普通の人間ではなかった。ならば、そんな男と関係のあるこの家の者が普通であるとは考えにくい。得られた情報から推測すると、同族である可能性が考えられる」

「……」

 

 グラハムの言葉が忍の心に衝撃を与える。全てではないとはいえ、自分の正体をあっさりと見抜かれてしまったからだ。

 しかも、彼の言葉はまだ続きがあった。

 

「それに、ノエルとファリンは明らかに人間ではないようだな。こちらの見解だとサイボーグの類ではないかと出ているのだが、どうかね?」

「……その根拠は?」

「フッ、そう身構えることはないさ。答えは簡単、こちらにも同じ存在がいるからだ」

「同じ存在?」

「そうだ。このリニスは、戦闘機人という名のサイボーグなのだよ」

「はい。私のセンサーで彼女たちの正体を見抜きました」

 

 そう言うと、リニスは自分の目を指差した。良く見ると、機械が組み込まれている様子が見て取れる。

 

「本当にサイボーグなのね……でも、いいんですか? 自分たちの秘密をこんな簡単にばらしちゃって」

「君たちの信用を得るために必要だろうと判断したまでだ。私たちは、しばらくこの世界で生きていかねばならないのでね。君たちのような力のある味方が欲しい、というわけだ」

「なるほど、そういうことですか。だけど、これだけで味方にできると考えるのは軽率ではありませんか?」

「無論、承知している。だから、取引を持ちかけることにしたのさ」

「取引……なにをですか?」

「こちらの持ち札は、異世界の科学技術だ。それを開示して得られた収入を宿代とすることで、私たちをこの邸宅に住まわせてほしい」

「異世界の科学技術……」

「そうだ。共に手を取り、甘い関係を築いていこうではないか! 同棲する恋人同士のように!」

 

 グラハムは、思い切った提案をしてきた。この世界に戸籍のない彼らが収入を得るのは非常に困難なので、月村家に手伝ってもらおうと考えたのだ。確かに、シロンたちが所有している高度技術で特許でも取れば十分以上に稼げる。

 更に運の良いことに、話を持ちかけた忍は機械いじりが大好きなので、予想以上に食いついてきた。目を輝かせながら乗ってきた忍に、グラハムも気を良くする。

 

「いいですねそれ! こちらからお願いしたいくらいです!」

「ほぅ、私の口説きを受けてくれるか。君はガンニャムより見る目があるようだ。ならば、このグラハム・ニャーカー、全身全霊をもってその想いに応えて見せよう!」

「わ、私だって、いつでもお受けしますよ?」

「君はなにを張り合っているんだ?」

 

 グラハムの紛らわしい言葉に反応してしまったリニスが恭也の緊張感を台無しにしてしまったが、それはそれで結果オーライだった。胡散臭いのにどうにも憎めない連中だと思わせたからだ。もちろん、魔法という未知の力を持っているので完全に気を許すことは出来ないが、敵対意識の無い者にわざわざ突っかかるようなマネはしない。

 こうなったら、しばらくは様子見だな。忍のほうは完全に浮かれてしまって隙だらけだし、自分がしっかりしないと。

 

「うふふ~、楽しみだなぁ~♪」

「はぁ……」

「ちょっと恭也。こんなめでたい時に、なに溜め息なんかついてんのよ。ね、グラハムさん?」

「ああ。出会ったその日に結ばれるとは、実に相性が良い。どうやら、私と君は運命の赤い糸で結ばれていたようだ」

「はい、そうですね!」

「って、どさくさに紛れてなに言ってんだ忍!?」

「あはは~、つい勢いに乗っちゃった……」

「むむむ~、忍さん、侮りがたし!」

 

 もう心配するのもバカらしくなってきた。

 

「ところで、グラハムさんって軍人とか言ってましたけど、技術者のスキルも持っているんですか? それとも、リニスちゃんの特技なのかな?」

「いや、私たちの中で一番科学技術に秀でているのはシロン王子だ」

「えっ!? シロンちゃんが!?」

「そうだ。シロン王子は、ケット・シーの始祖であるイオリア・シュヘンベルグを始めとする優秀な遺伝子を用いて生み出された究極の生命体……らしいからな」

「えっ!?」

 

 グラハムは、シロンにまつわる過去の出来事を話し始めた。その内容は、忍たちの想像以上にヘビーなものだった。

 

 

 今より十数年前、ケット・シーは人類同士の最終戦争を止めるべく準備を始めた。

 必ず勝利しなければならない戦いを挑むにあたって、彼らが真っ先に用意したもの。それが、【絶対的な力を持った英雄】であった。数百年もの間、戦争というものを経験したことがなかった彼らは、猫妖精の歴史の中で初めて【戦う力】を欲したのだ。そのため、過剰とも言うべき労力が注ぎ込まれ、狂気すら感じさせる結果を生み出してしまった。

 未来の英雄として誕生したシロンは、製作者たちが希望した通りの力を発揮してくれた。イオリアの遺産であるCNドライヴを用いて、人類に対抗しうる決戦兵器を作り上げたのだ。シロンは、人間を研究した際に彼らが作ったアニメに出てくる【ガンダム】という人型兵器に着目し、それをモチーフとしたモビルアールヴ・ガンニャムを開発した。そして、自らもそれを駆り、戦争を終結させることに成功したのだ。

 その偉業はまさしく魔法と呼ぶべきものであり、彼の苗字の元となった言葉であるガンダールヴル――【魔法の心得のある妖精】という意味――をそのまま体現していた。

 当然ながら、ケット・シーの民たちはシロンの功績を称えた。更には、それに見合った地位まで用意した。彼の肩書きとなっている【王子】とは、この時につけられた有名無実の称号だった。彼を作り利用してきた者たちは、彼を祭り上げる事で罪の意識から逃れようとしたのだ。もしくは、強大な力に恐れをなしたとも言えるが、いずれにしろ、酷い話であることは間違いなかった。シロンにしてみれば、【これでは道化だよ】といったところだろう。

 それでもシロンは、全てを受け入れた。シャアっぽくていいんじゃね?と言いながら。

 そう、自分はフル・フロンタル……【裸の王様】なのだ。彼等がそう望むなら、我輩はシャア・アズナブルにでも、クワトロ・バジーナにでもなってやる。

 でも、ロリコンだけは勘弁な!

 

 

 話を聞き終えた忍たちは、あまりにも意外な事実に衝撃を受けていた。

 

「シロンちゃんにそんな過去があったなんて……」

「それじゃあアイツは、デザイナーチャイルドってヤツなのか?」

「センスの無い科学者共はイノベイドと呼んでいるがね。私にとっては只の愛すべき悪ガキさ」

「ええ、愛すべき、ですね」

 

 グラハムがシロンのことを王子と呼んでいるのは、軍人として決まりを守っているだけであって、内心では普通の子供として接してやりたいと思っていた。彼の口調が砕けているのはそのためであり、実際は優しさに満ちていたのである。

 忍たちにわざわざ話したのも、彼らの差別意識を見定めるためだった。同時に、真実を語ることで同情を誘うことも計算に入れていた。彼は優しい心を持っているが、必要ならばどこまでも非情になれる真の軍人でもあった。

 穏やかな猫妖精の性質に抗ってでもシロンを守り抜く。それが、シロンに対する彼なりの贖罪だった。

 この気持ちが歪みだというのなら、あえて受け止めて見せよう。己の意志で。しかし、なにも案ずる事はない。こんな私とて世界の一部に違いないのだ。ならばそれは、世界の声だ!

 現に、忍という味方ができた。

 彼女もまた歪んだ存在だからという事情もあるが、歪みの全てが淘汰すべき悪というわけではない。彼らの歪みは大切なものを守るためにあるのだから、完全に否定できるものではないだろう。生きてみんながここにいる。その事実こそが証であり、世界の意思であるとも言える。

 だからこそ、今共にいるグラハムたちは仲間だ。最愛の家族を守ってくれた最高の仲間だ。

 そして、自分たちにとても重要な秘密を話すことで誠意を見せてくれた。ならば、こちらも相応の覚悟を持って応えなければいけない。

 

「ふぅ……そんな話を聞いちゃったら、こっちの秘密も話さないといけませんね」

「無理に話さなくてもいいんだぞ? 魅力的な女性は隠し事が多いものだからな」

「お気遣いありがとうございます。でも、あなたたちには是非聞いてもらいたいんです」

「いいのか、忍?」

「ええ。グラハムさんは、女性が困ることなんて絶対にしないわ。そうですよね?」

「無論だ。このグラハム・ニャーカー、乙女の笑顔を奪うことは決してしない。心を奪うことはあるがね」

「はい、私も奪われました!」

「ふふっ、仲が良いわね」

 

 その後、忍は自分たちの秘密について語った。夜の一族と自動人形のことを。そして、恭也の要望を受けて魔法についての話も進められた。これで、セフィのこと以外はほとんど話したことになる。あれの能力が知れ渡ってしまったら忍たちにも危険が及ぶ可能性が高いので、あえて知らせる必要はないと判断したからだ。

 何はともあれ、これで当座の拠点を手に入れる事が出来た。魔力の目処がつくまでは、この屋敷を中心に活動していくことになるだろう。

 

 

 一方、入浴中のシロンは、湯船に浸かっているファリンの胸をよじ登っていた。小さな肉球が肌に触れるたびにファリンは色っぽい声を上げる。

 

「よし、頂上までもう少しニャ!」

「あんっ、くすぐったいですよ~」

「あ~! なにやってんのよ、このエロネコ!」

「そんなの登山に決まってるじゃニャいか! なぜ登るのかだって? そこに山があるからさ!」

「山って胸のことなのね……」

「シロンちゃんはやんちゃさんだね」

「っていうか、女の敵よ」

 

 アリサは見たままの感想を述べた。

 確かに彼女の意見は正しい。ただ、シロンのオッパイ好きには理由があった。人工的に生み出されて肉親のいない彼は、無意識のうちに母親を求めているのだ。シャアがララァを求めたように、孤独な運命を背負わされたシロンも、自分を優しく包んでくれる存在を欲していたのである。

 彼は、裸の王様だから……。

 

「うおー! 我輩は今、パイオツに包まれている! こんなに嬉しい事はない!」

「もう、甘えん坊さんなんだから~」

「ちょ、それはやりすぎでしょ!」

「ふん、負け惜しみを! アリサも構って欲しかったら、もっとパイオツを育てるがいいニャ!」

「あんたって猫はぁー!」

「撃滅のセカンドブリット!?」

 

 またしても余計な事を言ってアリサの制裁を受けてしまう。裸の王様は、心まで全裸だった。




次回は間違いなく無印本編に突入します。
プロローグが異様に長かったよう!

ご意見、ご感想、お待ちしております。


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本編
第7話 天パの猫に出会ったら、とりあえず糖分を与えとけ


 並行世界に跳ばされてしまったシロン一行は、様々な幸運に恵まれて0円生活初日から立派な拠点を得ることが出来た。その見返りとして自分たちの世界の科学技術を開示することになっているが、大きな影響を与えないように気をつけていれば特に問題は無いはずだ。それに、本格的な打ち合わせをするのはもう少し先となる。今日は平日なので、大学生の忍は単位取得のためにキャンパスライフを満喫しなければならないのである。

 玄関前に揃ったシロンたちは、元気良く登校していくすずかを見送った後に忍も送り出す。

 

「それじゃ、いってきまーす」

「いってらららぁっしゃぁ~い、ニニンがシノブゥ。あ~、恭也君と乳繰り合う場合はぁ、人目を忍んで行うようにぃ気をつけるんだよぉ? 忍だけにねぇ」

「余計なお世話よ! そして、私の事は忍さんと呼びなさい?」

「アイマムッ!」

 

 朝っぱらからおふざけに走ってしまったシロンは、瞳を赤く染めた忍に体を鷲づかみされて脅された。今の彼女は秘密を打ち明けた反動でやたらと解放的になっているのだが、シロンにとってはありがた迷惑だった。

 ちょっぴり若本氏のモノマネをやっただけなのに……。男の童心を理解できないとは、つくづく女子大生というものは御し難いな!

 

「(後が怖いから直に言えないけどなっ!)」

 

 一方、そんなことを思われている忍も、シロンに対して思うところがあった。

 

「頭は良いけど素行がいただけないのよねぇ、君は。やっぱり、すずかたちと一緒に小学校に通わせたほうがいいかな?」

「その必要はナッシングニャ。性教育なら既に完璧ニャ!」

「そこは求めてないんですけど! まぁ、今は時間も無いし、この話は後にしましょう」

「はーい、お勉強がんばってね~。でも、恭也との性教育は程々にネ!」

「しないわよっ!」

 

 シロンの茶化しを受けた忍は、顔を真っ赤に染めながら出かけていった。彼らもお年頃なので当然そういう事はやっているけど、こうもあからさまに指摘されると流石に恥ずかしい。

 シロンは、逃げるように遠ざかっていく忍の後姿を勝ち誇った様子で見送りながら額の汗を拭う。実は、先ほどの赤い目にかなりびびっていたのだ。さらに、美人のお姉さんという要素が想像以上のプレッシャーを与えていた。それはもう、戦場でニュータイプに狙われたようなものである。

 だが、自分は生き抜くことが出来た。初陣にして死の8分を乗り越えたのだ。

 

「ふぅ、まったくヘビーな戦いだったぜ!」

「最初は、蛇に睨まれた蛙でしたからね」

「おっ、上手いこと言うね、ノエル様!」

「お褒めに預かり光栄です。それと、私のことはノエルとお呼びください」

 

 一緒に月村姉妹をお見送りしていたノエルと親しげに会話する。

 シロンが彼女に様付けしているのは、その驚異的なバストサイズに敬意を表しているからだ。忍の胸もご立派だが、ノエルはさらに上を行っており、100に届きそうなほどなのだ。

 まさに圧倒的じゃないか! その神々しさに、思わず両手を合わせて拝んでしまう。

 

「ありがたや~、ありがたや~」

「?」

「でも、我輩は乙女のお願いに弱いので、これからはノエルと呼ぶことにするニャ」

「はい、ありがとうございます、シロン様」

 

 ノエルは感謝の言葉を述べると、シロンを胸元に抱きかかえた。とても柔らかくて良い匂いがする。シロンは、優しさに満ちた彼女の温もりに思いっきり酔いしれてしまう。

 心地良いな……人の心の光とは、こういう事を言うのかもしれない。

 待てよ? ということは、まさか!?

 

「これは、サイコフレームの共振!? 我輩の意思が集中しすぎてオーバーロードしているのか? なのに、いやらしさは感じない。むしろ温かくて、安心を感じるとは!」

「シロン様、私の素体にそのような部品は使われておりません」

 

 彼女の言う通りそんな物は搭載されていないし、もしあったとしても高濃度のミノフスキー粒子がなければあの不思議現象は起こらない。まぁ、この物語にはまったく関係の無い話だが。

 

「お姉さま~、私もシロンちゃんを抱っこしたいです」

「ダメですよ。私たちは仕事中なのですから」

「えー! お姉さまだけずるいですー!」

「これはメイド長の特権です」

「ブーブー、横暴だー! 職権乱用はんたーい!」

 

 2人の様子を羨ましそうに見ていたファリンから抗議の声が上がる。しかし、ノエルの言うようにメイドとしての責務を全うしなければならない。この広い屋敷を掃除するだけでも相当な時間がかかるのだ、一分一秒だって無駄には出来ない。

 

「では、私どもは業務に戻りますので、昼食の時間までご自由にお寛ぎください」

「はーい!」

「分かりました」

「その気遣いに感謝する。及ばずながら、君たちの健闘を祈らせてもらうよ」

「ありがとうございます、グラハム様」

 

 ノエルはシロンたちに一礼すると、駄々をこねるファリンを引きずって屋敷の中に戻っていった。

 

「あーん、シロンちゃーん!」

「ファ、ファリン! 下っ端メイドには仕事をサボる権限はない、気の毒だが……。しかしファリン、無駄働きではないぞ。君が月村家の管理をこなしてくれるおかげで快適に暮らすことができるのだ!」

 

 シロンは無駄に力のこもったセリフを吐くと、扉の向こうに消えていくファリンに向けて敬礼した。ありがとうファリン、君の笑顔は決して忘れない。

 

「で、これからなにして遊ぼっか?」

「切り替え早っ!」

「いや、それでいい。フニャッグファイターは速度が命だ。湯を入れたばかりのカップ麺を3分待たずに食べ始めるほどでなければトップファイターにはなれんよ!」

「いやいや、そこはちゃんと待ちましょうよ!」

 

 良くも悪くも時間を大切にしている2人は、リニスのつっこみを受けるほどに機敏な動きを見せた。異世界から来たばかりの彼らには、この世界の情報を出来るだけ早く収集する必要があるのだ。

 テレビや新聞を見たり忍たちから得た知識などで大体は理解できているが、それだけで納得するわけにはいかない。何故なら、この世界には魔法少女がいるはずだからだ。

 忍の話によるとこの世界に魔法技術は無く、魔法少女も空想の産物でしかないらしい。しかし、セフィの能力は確かなので、魔法少女は必ずどこかに存在しているはずだ。それと同時に、彼女が戦うべき相手もいると思われる。そいつらが自分たちの脅威となりうる可能性がある以上、放っておくわけにはいかない。

 そもそも、この世界は魔力濃度が尋常ではなかった。ケット・シーは自分の体で魔力を作り出しているため自力で魔法を使っているのだが、これほど空間中に魔力があれば、機械等の間接的なシステムでも魔法が使える。この事実だけでも調査する価値は十分にあった。

 以上のように色々とやらなければならないことがあるのだが、何にしても、魔法少女を発見しておく必要はあるだろう。

 

「とゆーわけで、憧れの魔法少女を求めてクエストしようぜ!」

「冗談ではない!」

「なんでさっ!?」

 

 珍しくまともな意見を言ったのに速攻で否定されたシロンは、士郎のように疑問をぶつける。確かに理不尽な気もするが、グラハムにはちゃんとした考えもあった。

 

「君はセフィに魔力を貢がなければならないのだからな。他の女性に気を取られている場合ではないのだよ」

「誤解を招く言い方するニャ! ってか、惚れた相手全員に告ってるお前がそれを言うかね?」

「確かに私は惚れっぽいが幼児性愛者ではない。ゆえに、魔法少女を口説いたりはしないさ」

「いや、そんな心配はしてへんけどさぁ。それなら我輩もロリコンじゃないから、一緒に行ったっていいんじゃない?」

「3人の美少女を魅了しておいてよく言う。しかも、そのせいで余計な魔力を消費したのだ。格好つけるにも程があるぞ!」

「否! 断じて否! あの状況で格好つけない選択が出来ただろうか! いや、出来まい!」

「もう、2人ともなにやってるんですか……」

 

 当初の目的を他所にアホなやり取りを始めた2人を見て、リニスは呆れた声を出した。

 グラハムの言いたいことは、昨日のように魔力を消費するほどの危険が無いか確かめるまで動くなということなのだが、言い方が微妙すぎた。

 

「(シロンの身を案じてると素直に言えばいいのに。不器用な(ひと)ですね……)」

 

 リニスは、グラハムの意図を理解しているので苦笑してしまう。年の離れた弟を大事に思うと同時に、組織に所属する者としての意識が彼を同等に扱えと主張している。その結果、中途半端な対応になってしまっているのである。

 男の人って素直になれないものなのね。だったら、女の私が手助けしてあげよう。

 

「私からも意見があるのですが、いいですか?」

「なんニャ?」

「昨日のようなアクシデントもありましたので、安全確認ができるまでは私たちに任せていただけませんか?」

「うん分かった!」

「すっごい即答!? さっきまで揉めてたのに!」

「いやね、よく考えたら今朝の占いで我輩の運勢がすこぶる悪かったのニャ」

「結局そんな理由なのー!? 私の気遣いまるで意味なし!」

 

 かなりマヌケな事情によってリニスの気苦労は徒労に終わった。

 でも仕方があるまい。愛とは、見返りを求めるものではないのだから……。母性の強いリニスは、愛でもってシロンのやんちゃを受け入れた。

 家族のいない私にとっては、こういうやり取りも嬉しいんですけどね。たぶん、小さい弟がいたらこんな感じなのかな。小さい妹なら【あの子】がいたけど……。

 

「(あれ? あの子って誰でしょうか?)」

 

 一瞬、脳裏に見知らぬ少女の姿が思い浮かんだが、すぐに消えてしまった。

 今の少女は一体誰だったのだろうか。ダメだ、記憶が曖昧すぎて姿を思い出せない。それ以前に、この記憶は本当に自分の物なのか。彼女の事を妹のように思っていたようだけど……。

 

「……」

「どうしたリニス、浮かない顔をして」

「あっ、いえ、なんでもありません。それでは行きましょうか、グラハム」

「ああ、いいとも。君は私のプリマドンナ! エスコートをさせてもらおう!」

「……はい、よろしくお願いします!」

 

 紳士的なグラハムは、すばやく人間形態に変身すると、ダンスを申し込むように手を差し伸べてきた。急に様子がおかしくなったリニスを案じて、男の包容力を発揮したのだ。

 相手のリニスは、スッと差し出された彼の手をぼうっとした目で見つめるが、それも一瞬。すぐにとびっきりの笑顔を浮かべて自分の手を重ねた。

 なんだかよく分からないけど、私の今日の恋愛運はとても良いみたいだ。

 仲良く手を繋いだ2人は、バッチリ決まった服装と相まって、これからデートをしようとしている恋人同士のように見えた。外見は中学生と大人の青年という組み合わせでちょっと年の差が離れている感じではあるものの、リニスは胸がでかくて見た目以上に大人びているので十分に釣り合いは取れている。まさに、お似合いのカップルと言えよう。

 だが、そのせいで余計にシロンの悪ガキ魂を刺激してしまった。

 

「よっ! ご両人! もうお前ら子作りしちゃいなYO!」

「キャー! 嬉しいけど、ステップ飛びすぎですよーっ!」

 

 バキィッ!!!

 

「ハンブラビッ!?」

 

 茶化されたリニスは、照れ隠しにシロンを思いっきりぶっ飛ばした。

 小さな猫が大きな放物線を描きながら清々しいまでに青く澄み切った空を飛んでいく。体が高速で回転しているため思いのほか飛距離が伸びて、遥か遠くの森へと落ちていった。かろうじて月村家の敷地内だが、回収するのは大変そうだ。

 

「あ……やってしまいました」

「なに、当たらなければどうということはない」

「いや、あの、思いっきり当たってるんですけど……」

「だからこそ、せっかくできた時間を有効に活用すべきだろう。それが尊い犠牲に報いることになる」

「はぁ……それでいいのでしょうか?」

「無論、こうなることは運命だったのだ! ゆえに遠慮することはない。恋愛運がいい乙女座の運勢にのっとり、私たちのデートを存分に楽しもう!」

「デデデ、デート!?……はい、行きましょう」

 

 デートという言葉に嬉しくなったリニスは、少しだけ迷った後に、シロンのことを脇に置いておくことにした。ごめんなさいシロン。でも、このチャンスを逃すわけにはいかないのっ! 恋する乙女として!

 とゆーことで、結局2人は、そのまま何事も無かったかのように出かけていった。遠く離れた森の中で目を回しているシロンがその事実に気づくのは、もうしばらく後のことだった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 数時間後、体をピクピクさせながら気絶していたシロンがようやく目を覚ました。起き上がるまでにかなり時間がかかっているが、彼の周りに出来ているクレーターから考えるとこれでも早いほうだろう。というか、無傷で済んでることのほうが重要だった。リニスがシロンに合わせて無意識のうちに手加減していたとはいえ、頑丈この上ない猫である。

 

「あー死ぬかと思った!」

<我がマスターながら、呆れた生命力ですね>

「いやいや、マジでやばかったんだからね! 死ぬほど痛いぞってレベルだったんだからね!」

 

 ウィングガンダムの自爆に巻き込まれたヒイロのような体験をしたシロンは改めて戦慄した。まさか、生身でオペレーション・メテオをやるハメになるとは! 主人公という地位に甘えていた結果がこれか……。

 

「ええい、傲慢が綻びを生むというのか!」

<無様ですね>

 

 とりあえずかっこつけてみたものの、原因があまりにマヌケなのでまったく締まらなかった。そもそも、言うほど気にしてはいない。To LOVEる系の主人公に属しているシロンにとっては、あのくらいの物理攻撃など日常茶飯事なのだ。そのため、切り替えも異様に早かった。

 

「まぁ、いっか! お腹も空いてきたし、オラ昼飯食いてぇぞ!」

<本当におめでたい性格ですね。でも、昼食時間に近いことは確かなので、屋敷に戻ってもいい頃合でしょう>

 

 シロンが気絶している間にお天道様も大分高くなっていた。今頃は、普段の仕事を中断したノエルたちが、シロンたちのために昼食の準備をしてくれているはずだ。大変ありがたいけど、余計な手間をかけさせてしまって申し訳ない状況である。

 当然ながらリニスも同じ事を思い、忍が帰ってきたらメイドとして働かせてほしいと頼み込もうと決めていた。多分、明日にはメイド姿の彼女を見ることになるだろう。

 もちろんシロンにもやることはあって、忍たちに開示する技術の選別や資料の製作をやらなければならないし、グラハムは彼の手伝い兼護衛の務めがある。

 べ、別に、気ままな飼い猫ライフを満喫しようだなんて思ってなかったんだからねっ!

 

「それじゃあ行きますかニャ 助さん格さん」

<はいマスター。ところで、そのお二方はどなたですか?>

 

 軽い冗談を交えつつ屋敷に向かって歩き出す。

 辺りを見回すと、新緑に萌える木々が春の日差しを受けて綺麗な景観を作り出している。森林浴の効果もあるらしく、心なしか気持ちが良い。

 

「自然はいいね。地球の環境破壊を嘆いてたマスターアジアの悲しみがよ~く分かるニャ」

 

 柄にもなく自然を楽しみながら平和な時間を享受する。だがしかし、こういう時に新たな問題が発生するのはお約束である。

 ふと前方に目を向けると、どこかで見たような白猫がいた。当然ながら月村家で飼っている猫ではない。というか、あのお方はまさか……!

 

「貴方様はもしや、サザエさん家のタマさんじゃあーりませんかぁ!?」

「ニャ~ン?」

 

 異様に大きい鈴が付いた赤いリボンと、頑なに守り続ける古臭いキャラデザイン。間違いない、本物のタマさんだ!

 

「あ、あざーっす! タマさん! このような場所でお会いできるとは、光栄の至りでありますっ!」

「ニャニャァ!?」

 

 思いもよらぬ出会いにテンションが上がったシロンは、必要以上に力んでしまった。その結果、臆病なタマはビックリして一目散に逃げ出した。お魚銜えたドラ猫以上のスピードで……。

 しまった、タマは一応普通の猫だった。禄に接触する間もなく逃げられたため、まるではぐれメタルを逃したようなやるせない気分に包まれる。

 しかし、なぜここに彼がいたのだろうか? どう考えても世界観が違いすぎるが……。

 

「あっ! もしかして、あの時の願いかニャ!?」

<そのようですね>

 

 昨日、アルハザードでセフィが実行した願いは2つあった。その一つは【本物の魔法少女がいる並行世界に行く】だったが、もう一つは【並行世界を超えて面白い猫と出会える】というものだ。

 

「それじゃあ、さっきのタマは、サザエさん世界からやって来たという事ニャのか!?」

<そういうことだと思います>

「マジですか!? でも、なんでアニメの存在が現実に来れるのニャ?」

<それは、こういう理屈です……>

 

 並行世界を作り出している高次元存在は、自分たちが作り出した世界を互いに観測して無限に可能性を広げ続けている。その過程で、影響を受けた観測情報が各世界に反映されてしまう場合があるのだ。シロンの世界でサザエさんの世界がアニメになっていたのもそれが理由である。

 

「要するに、好きな作品をパクッて自分の作品に登場させてるってことニャ?」

<身も蓋もない言い方をすればそうなります>

 

 これまたすごい事実が飛び出してきた。

 普通だったら到底信じられない話だが、実際に証拠が存在しているのだから受け入れるしかない。今も目の前で、あの超有名な猫型ロボットが歩いてるし。

 

「あれぇ? さっきまでのび太君の部屋でドラ焼き食べてたのに、なんで外にいるんだろう?」

「ギャース!? ヤ、ヤバイ、あいつに道具を使われたら魔法とかまったく無意味になってしまふ!」

 

 あいつにだけは関わってはいけない。

 この世界の有り様を根底から覆してしまいそうな存在に恐れおののいたシロンは、なにも見なかったことにしてその場を離れた。そうだ、これでいい。あいつの道具は、おバカなのび太だからこそ使いこなせるのだから。

 

「ふぃ~! とんだ白昼夢を見ちまったぜ!」

<それは現実逃避ですよ、マスター>

 

 青いあんちくしょうの姿が見えなくなった所でようやく安堵することができたシロンは、、再びのんびりと歩き出した。こうなってくると他にも変な奴らがいるかもしれないが、あんな大物を見てしまったらもう驚くこともないだろう。

 少しだけ気を緩めながら屋敷へ向かっていると、今度は2匹の猫が口論している場面に出くわした。

 

「よ~く聞けぃ! 私こそが正真正銘のニャンコ先生だ!」

「いやいや、我輩こそがニャンコ先生ぞな、もしかして!」

 

 夏目の「自称」用心棒である妖と、いなかっぺの師匠であるトラ猫が名前を巡って言い争っているようだ。しかし、シロンはあの2匹のことを知らなかった。

 

「あいつらも並行世界から来たみたいだけど、アニメやマンガで見た記憶は無いニャ。どういうことニャ?」

<それは、高次元存在の好みの問題でしょう。どうやら、全ての並行世界を観測しているわけではないようですので>

「なるほど。我輩も鬱展開な作品は苦手だから、とても共感できるニャ~。ってか、改めて考えるとオタク以外の何者でもない!?」

 

 確かに、やっていることは只のオタクと言えなくもないが……あまり深く知りたくないので、とりあえず聞かなかったことにしておこう。

 

「ま、まぁそれはともかく、こんなに重要キャラがいなくなったら、元の世界が大変なことにならニャいか?」

<その点は心配いりません。彼らはすぐに元の世界へ戻ります。そもそも、本猫(ほんにん)ではありませんから>

「え~、なんでそんなことが分かんの?」

<私がそのように調整したからです。マスターの願いは【並行世界を超えて面白い猫と出会える】という曖昧かつ大規模なものだったので、各世界の影響が最小になるように最適化しました>

「ほほう、最適化とな?」

 

 シロンの願いをそのまま叶えようとした場合、無制限に猫たちを集めてしまい世界のバランスを歪めてしまう可能性があったのだが、それを防ぐためにセフィの防御プログラムが働き、願いを最適化したのだ。

 まずは、猫たちを直接連れてくることで生じるリスクの軽減だ。虚数空間に記録された因果情報を元にこちらの世界で分身体を作り、各世界にいる猫たちの魂とリンクさせることで擬似的に再現するようにした。そうすることでリスクを最小限に止めることができる。

 次は、滞在時間の限定だ。願いの内容から考えると長期間持続させる必要はないので、1日程度に設定した。この時間は、シロンと本猫(ほんにん)たちの意思によって多少の増減が可能である。

 以上の調整によってこの願いは実現していた。因みに、どのような猫が来るかはそのまま願いを反映してランダム設定にしてある。

 

「つまりはナルトの影分身みたいなもんかー。すっげーなお前! グッジョブだぜ!」

<えっへん、です>

 

 シロンに褒められたセフィはいい気分になった。確かに、とんでもない現象であることは間違いなく、セフィの出鱈目さを改めて実感できる内容だ。

 とはいえ、こうも頻繁に出現されては困るので、どうにかならないかダメ元で聞いてみた。すると、あっさり答えが返ってきた。

 

<簡単な願いの変更なら現在の魔力でも可能です>

「へぇ~、購入した後もサービスが行き届いてる優良メーカーみたいだニャ!」

<しかし、完全にコントロールするには相当の魔力が必要ですし、解除も同様です>

「ん~、それはまだいいニャ。パルプンテみたいで面白そうだし」

 

 基本的に楽天家なシロンは、楽しさを優先して解除をすることは考えていなかった。ただし、出現頻度の減少という新たなルールを後で追加することにした。そうすれば、新たな出会いをゆったりと楽しむことができるだろう。でも、これまで出会ったのは変なオス猫ばかりなので、そろそろイケてるメス猫に出会いたい。

 

「なんて思ってたら、早速可愛い女の子が!」

 

 口論を続けているニャンコ先生たちを放って歩みを進めていたシロンの眼前に新たな人物が現れた。銀髪のショートカットが幼い体によく似合った小柄な美少女だ。

 一見すると普通の人間だが、特殊な存在(猫耳少女好き)であるシロンには彼女の頭に猫耳が見えた。間違いない、彼女は自分の好きな獣っ娘だ。

 

「ただ一つ残念なのは、パイオツがひじょーに慎ましいことだニャ~」

「聞こえていますよ?」

「ウニャラ!?」

 

 少女の胸について思考していたシロンは、不覚にも不意を突かれてしまった。

 目の前には、ご立腹な様子の美少女が仁王立ちしている。どうやら、貧乳であることを気にしているらしい。

 

「しまった! 紳士たる我輩としたことが、とんだ失態であーる!」

「なにやらイッセー先輩と同じ匂いがしますが、あなたは妖怪ですか?」

「ノンノン、我輩は妖怪ではなく妖精なのニャ。ところで、そんな我輩になにかようかい?」

「別に」

「あーん冷たい! でも、ときめいちゃう! だってクールなんだモン!」

「イッセー先輩以上の変態でした……」

 

 確かに、傍から見れば只の怪しい猫なので、少女が引いてしまうのも無理はない。だが、それでもめげないのがシロンクオリティーである。

 

「やぁ! ボクの名前はシロン! とってもキュートな猫妖精さ!」

「今更取り繕っても手遅れですよ?」

「そんなことは元より承知だ! それより、君の名前を教えてプリーズ?」

「……塔城 小猫」

「ほぅ。小猫とは、君にピッタリのプリチーネイムだ。特に胸のあたりがね!」

「えい」

 

 ズムッ!

 

「ガブスレイッ!」

 

 よせば良いのに余計な事を言ってしまったシロンは、小猫の制裁を食らってしまう。

 悪魔の力を身につけた彼女は、非常に強力な怪力を持っており、パンチ一発でシロンを地面にめり込ませた。

 

「ははっ、最近のお嬢さんはとってもパワフルだね! 昨夜は、一緒に寝ていたすずかに思いっきり抱きつかれて、体の中身が出ちゃいそうになったし!」

「そういうあなたは頑丈すぎです」

 

 それなりに力を込めて殴ったのにまったく効いていない様子なので小猫は驚いた。

 この子、もしかすると私よりタフかもしれない。そして、イッセー先輩並に変態みたい。ということは……。

 

「マゾ?」

「なぜにそう思ったか小一時間ほど問いただしたい! オシャレなカフェバーで仲良くお茶しながら!」

「言ってることが支離滅裂ですね」

 

 怒りながらデートのお誘いをするという離れ業をやってのけたシロンに小猫は呆れた。だが、それと同時に親近感も湧いた。やっぱりこの子はイッセー先輩に似ている。だったら、この不可思議な状況について相談してみてもいいかもしれない。

 

「分かりました、一緒にお茶をしましょう。その代わり私の相談に乗っていただけますか?」

「もちろんいいとも! 相談に乗るどころかトールギスだって乗りこなしてみせるぜ!」

「そんなことは頼んでいません。というか、トールギスってなんですか?」

 

 そんなわけで、小猫と一緒に屋敷へ向かうことになり、その道すがら彼女の相談を聞く。なんでも、部活に出る途中で突然この土地に瞬間移動してきたらしい。状況が分からない上に携帯もまったく使えないので、一人途方にくれていたのだという。

 ふむふむ、なるほど、我輩のせいだ!

 真実に気づいたシロンは冷や汗をかいた。言えない……いろんな意味で言えやしないよ。

 

「ま、まぁ、並行世界に来ちゃったつっても、一日経てば自動的に帰れるって我輩の友達が言ってたから! 一時的な物だって言ってたから!」

「はぁ……それならいいですけど」

 

 小猫は、あからさまに態度がおかしくなったシロンに不審な目を向ける。だが、悪意はまったく感じなかったので、とりあえずは信用することにした。なんと言うか、小さいイッセーのようで可愛く思えてきたのだ。

 彼との間に子供ができたらこんな感じなのかな……。

 

「それはちょっとだけ困りますね」

「ンニャ?」

 

 思わず想い人と結ばれる未来を想像してウットリしてしまう小猫。そんな彼女としばらく歩いていると、またしても変な猫と遭遇した。

 白い帽子を被り、首元に青いリボンを付けた白猫だが、猫と言っていいのか迷うようなデザインだった。それくらいに全身もちもちなのだ。

 

「ぷいにゅ~」

「アレは猫なのかニャ?」

「たぶんそうだと思いますけど……」

 

 どうにも猫っぽく見えなくて途惑ってしまう。ただ、とても悲しそうな表情をしている点が少しだけ気になった。

 やっぱりコイツも突然召喚されて困っているのだろう。だったら、声をかけてやるか。

 

「ヘイ、ガーイ! 俺の名前はシロンってんだ! 趣味はパイオツ鑑賞! 特技は見ただけで女性のスリーサイズを測れることだぜ!」

「ぷいにゃ!?」

「それじゃあ只の変態です」

 

 小猫の言う通りであった。アホなセリフのせいでせっかくの優しさが台無しである。

 

「HAHAHA! こいつぁ耳が痛い! ところでアンタの名前は?」

「ぷい、ぷいにゅ」

「ほほう、アリア社長って言うのかい。立派な肩書きじゃニャ~か。キャバクラ行ったらモテモテですな!」

「ぷいにゅ~」

「なんと、そんなとこでモテても意味が無いとな?」

「ぷいぷいにゅ!」

「なるほど、片思いの猫がいるけど、まったく相手にされなくて悩んでいると……って、恋バナで悲しんでたのかよ!? 異世界に来てまで恋に悩むたぁおめでたい奴だぜ、コンチクショー!」

「ぷいにゃー!?」

 

 話を聞いてみたら異世界に来たことなどまったく気にしていなかった。社長の肩書きは伊達ではないと言うべきか、只単にのん気な野郎と言うべきか。

 しかし、恋バナを聞いてしまった以上は放っておくことなどできない。困ったときはお互い様、それが人情ってもんだろ? まぁ、自分たちは猫ですけど。

 

「アリア社長、君は運がいい。恋愛マスターである我輩たちに出会えたのだからニャ!」

「勝手に私を入れないで下さい。でも、アドバイス程度ならできます」

「というコトだニャ! さぁ、君の悩みを赤裸々にぶちまけるがいい!」

「ぷいにゅ~? ぷいぷい! ぷぷぷいにゅ~!」

「ふむふむ。ヒメ社長にバラの花をプレゼントしたら受け取ってもらえなかった? あ~、あるあるそーいうの。実は我輩も同じような経験があってね、同僚のスメニャギさんに金で作ったバラの花束を贈ったら、『あなたのプレゼントって、いろんな意味で重いのよね』って言われて突っ返されたことがあるニャ」

「それは当然でしょう」

「ぷいにゅ」

 

 どうやら、シロンの恋愛経験は当てにならなそうだ。マセてはいても所詮はお子様だし、仕方あるまい。小猫とアリア社長は、彼の背伸びを年長者の余裕で受け止めた。

 しかし、そんなシロンに反発する大人気ない第三者が現れた。

 

「はっ、股に毛も生えてねぇガキが盛りつきやがって、お前らみてーなチビが恋愛語るなんざ10年早えーんだよ」

 

 急に下品な言葉をかけられたみんなは、一斉に声の出所を見た。するとそこには、二足歩行でこちらに近づいてくる一匹の白猫がいた。どう見ても普通の猫ではなく、異世界の存在だと思われる。というか、シロンには見覚えのある猫だった。

 

「その特徴的な天然パーマに死んだ魚のような目は……どう見ても坂田銀時ー!?」

 

 なんと、猫キャラの異端児までが現れてしまった。しかも、そこはかとなくキャラが被っているので、シロンにとっては最強最悪の存在でもある。

 案の定、マイペースな銀時はいつも通りに暴れ始めた。

 

「おいコラてめぇ、こんなにイケてる銀さんを天パだけで識別すんじゃねーよ。メガネが本体の新八と同類に見られちまうじゃねーか」

「ぷいにゅ、ぷいぷ~い!」

「なにぃ? そんなに見事な全身天パは見たことが無いって? おいおい、なに言ってくれちゃってんの? 確かに俺は天パですけど? ムダ毛はちゃんとお手入れしてるし、下の毛が縮れてんのは人類共通だぜ?」

「いえ、今のあなたは人類じゃありませんよ?」

「ははっ! ナニをおっしゃる小猫さん。そりゃまぁ、俺の息子は進撃の巨人って呼ばれるほどご立派ですけど、人類じゃねーってのは流石に言い過ぎ……って、猫になってるぅー!? 猫と会話できてる時点でおかしいなーとは思ってたけど、なんでまた猫になってんのぉー!? 今更過ぎだろこれ! かぶき町野良猫篇ってすっげー前に終わってるんですけど! 懐かしすぎて覚えてない人のほうが多いんですけど!」

 

 自分の股間を見て猫になっていることに気づいた銀時は急に騒ぎ出した。実は、シロンの願いを再現するために、猫になったことがあるという過去の因果情報を虚数空間から読み込んだ結果なのだが、そんな小難しい話など知る由も無かった。

 

「コンチクショー! 毎週欠かさずジャンプを読みながら真面目に生きてるこの俺がなんでこんな目に……。いや待てよ? 俺が猫になってるつーことは、もしかしてアイツも?」

 

 頭を抱えて悪態をついていた銀時はふと思い出した。以前猫になってしまった時に、彼と同じ境遇に陥っていたあの男を。

 自分がこんな目にあっているのだからアイツもいて当然だ。いや、必然だろう。というか、もしいなかったら後で額に肉と書いてやる! もちろん油性ペンでな!

 

「おーいヅラー! いるなら返事してくれー! 銀さん、今すっごいテンパってるから! 天パじゃなくてテンパってるからー!」

 

 銀時は、アホなセリフを思いっきりシャウトして腐れ縁の桂小太郎を呼んだ。テンパっている割には八つ当たりすることまで考えていたりするのだが、そんな悪意に気づいたのか、茂みの奥からお馴染みのフレーズが聞こえてきた。

 

「ヅラじゃない、桂だ!」

「やっぱりいたよ! 呼んどいてなんだけど、どんだけ付き合いがいいんだよ! ってか、よく考えたら怖すぎるほどの遭遇率なんですけど! もしかしてアレか!? お前は俺のスタンドなのか!? ずっと背後に控えてるのかー!?」

「ふっ、何も不思議なことではない。おはようからおやすみまで暮らしを見つめることも攘夷志士の役目だからな!」

「それ攘夷志士の役目じゃねーから! 普通に犯罪行為だから!」

 

 相変わらずのふざけたキャラで早速気疲れしてきた。しかし、この状況ではこんなアホでもありがたい存在なので、銀時は軽い足取りで声のした場所に向かう。そんな彼に釣られたシロンたちもぞろぞろとついて行き、茂みの奥でヅラと呼ばれた猫を見つけた。

 みんなの視線の先には、首元に青いバンダナを巻いた黒猫がいた。精悍な顔つきの美しい猫だが、どことなくおバカな雰囲気を醸し出している。

 

「この黒猫がヅラですか? 普通の毛並みですが……」

「違いますよお嬢さん。ヅラではなく、カツゥラです」

「かっこつけて英語風にアレンジしてんじゃねーよ。いたいけな少女に色目使いやがって、国家権力に通報すんぞコノヤロー!」

 

 元の世界では小猫のような可愛い女子に話しかけられる機会などほぼ無いので、柄にもなく舞い上がってしまったようだ。

 それにしても、先ほどから桂の様子が変だった。言葉は軽快に返ってくるが、同じポーズのまま動こうとしないのだ。

 

「お前、さっきからなにしてんの? なんか四つんばいになってプルプルしちゃってますけど」

「詳しくは言えん。だが、今すぐこの場から離れることを推奨する……いや、早く離れろ!」

「はぁ? 急になに言ってんのお前? もしかして爆弾が爆発しそうだーとかベタな展開じゃねーだろうな?」

「銀さん、ある意味それは当たってるかもしれないニャ」

「え、マジで? 一体どーいうことだよ?」

 

 いつになくシリアスなシロンの様子を見て、銀時たちにも緊張が走る。そう、今の桂はある意味最強の爆弾を抱えていたのだ。

 

「ほら、あのポーズを見てなにかを思いつかないかニャ?」

「あん? なにかって……まさか! もしかしてアレなの!? でっかいほう催しちゃってんの!? 茶色いミサイル発射寸前なのー!?」

「うむ……このマグマのような熱き奔流は、もはや誰にも止められん!」

「野グソをかっこよく言ってんじゃねーよ! しかもお前のミサイル液状化してんじゃねーか! おい止めろ! こんな所でするな! カレーを食いながら見てくださってる方もいるかもしんねーんだぞ!?」

「ふっ、よく見ておくのだな。現実というのは、ドラマのように都合のいいものではない!!」

「ギャ~~~~~~~~~~~~~~~!!?」

 

 

 しばらくお待ちください。ただ今、汚物に土をかけております……。

 

 

「誠に失礼した」

「失礼すぎるわ!!」

「初登場で野グソをぶちかますとは、すごいヤツだニャ……」

「はっはっは、真選組の連中から逃げてる途中で急に催してしまってな。仕方なく近くの茂みで用を足そうとしたのだが、いやはや、お恥ずかしい所をお見せしてしまった」

「人前でウンコするヤツに羞恥心なんかねーだろ! ってか、お前すっげーな! 相変わらず怖いもの知らずだな! もうイメージ気にするってレベルじゃねーよ! 素敵で無敵なウンコマンだよ!」

「よしてくれ銀時。そこまで言われたら流石に照れてしまうぞ!」

「褒めてねーよ、クソヤロー!」

 

 もう無茶苦茶である。

 世界観がまるで違う小猫とアリア社長など、あまりの惨劇に唖然としている。あーもう、どうしてこうなった!

 

「変な物見せちゃってごめんニャ。後でチョコパフェ奢るから許して欲しいニャ」

「は、はい……」

「ぷいにゅ……」

「俺、大盛りで頼むわ」

「右に同じく」

「って、さりげなく混ざってんじゃねーよ! 諸悪の根源どもがぁ!」

 

 銀時たちのずうずうしい態度にシロンはキレた。流石に目の前であんなものを見せられたら怒るのも無理はない。普段は温厚な彼だが、今はスーパーサイヤ人に変身出来そうなくらい怒髪天を衝いていた。

 すると、そんな主の気配を読み取ったのか、魔法少女探索をしていたグラハムたちが現れた。

 

「ほぅ、なにやら臭うので来てみたら、どうやらクセ者が侵入していたようだな!」

「ふん、クセ者ではない、クソ者だ!」

「上手いこと言ってるつもりだったら、ケツの穴にダイナマイトぶち込むぞゴルァ!」

「ええい、訳の分からないことを! その上、私有地において無断で脱糞行為に至るとは、まったくもって言語道断! このグラハム・ニャーカーが即刻成敗してくれる!」

「ちょっ、おまっ!?」

「暴力だけではなにも解決しないぞー!?」

「問答無用! ハムパンチ!!」

 

 バキィッ!!×2

 

「「ぶべらっ!?」」

「まだだ! 君らが泣くまで終わらんよ! ハムパンチ! ハムキック! ハムチョップ、チョップ、チョォーップ!!」

「それは流石にやりすぎなのではー!?」

 

 理不尽な光景を見かねたリニスがすかさずつっこみを入れる。第三者の視点からだと、金髪外人が全力全開で猫を虐待しているようにしか見えないからだ。

 

「ぷいぷいにゃー!?」

「あれでは可哀想、ですか?」

「ぷいにゅ!」

「優しいですね。でも、当然の報いなので気にする必要はありません」

「何気に辛辣ですね、小猫さん」

「こう見えても悪魔ですから」

 

 眼前で繰り広げられる惨劇を他所にのんびりと会話するシロンたち。そんな彼らが見守る中、堪忍袋の緒が切れたらしいグラハムは、銀時たちをフルボッコにしてしまった。嵐のような猛攻に流石の2人も耐え切れなかったようで、白目をむいて気絶した。かなりやりすぎな気もするが、これでようやく静かになるだろう。

 だが、話はそれで終わらなかった。気絶した途端、2人の体に変化が起こったのだ。なんと、光の粒子となって消えてしまったのである。

 

「(セフィ、これはどういうことだニャ?)」

<(リスク回避のために、危険な状態に陥った場合には分身体を解除するようにしてあります。因みに、記憶や経験は魂のリンクを介してオリジナルに反映されるので、再会した際の齟齬は発生しません)>

「(まさに影分身! 便利なものだニャ)」

 

 どうやら、銀時たちは無事らしいので一安心する。まぁ、あいつらはギャグ世界の住人だから、放っておいても大丈夫だろうけど……まったく、やれやれだぜ!

 事実を知って落ち着いたシロンは、その辺りの事情をかいつまんで説明し、みんなの疑問を解消してあげた。

 

「気絶すれば元の世界に戻れるのですか」

「その通りだけど、一日経てば帰れるから、あえて痛い思いをしなくてもいいニャ。いくら若くてもSMプレイはほどほどにしなきゃダメだぞ☆」

「やはりあなたは変態ですね」

「ぷいにゅ!」

 

 余計な一言で小猫たちの不評を買ってしまった。それでも、彼女たちが帰るまでは全力でおもてなししよう。並行世界を超えた友情を育むチャンスなのだ、絶対に逃しはしないぜ!

 そんなわけで、合流したグラハムたちと共に屋敷で昼食をいただくことにした。

 

 

 仲良く談笑しながら屋敷へ向かう途中、シロンは気になっていたことを聞いてみた。グラハムたちのデート……ではなく、魔法少女の探索結果だ。

 

「ところで、そっちの収穫はあったのかニャ?」

「ええ、魔法少女は見つかりませんでしたが、代わりにこんなものを見つけました」

「ンニャ? 代わりとな?」

 

 リニスに話しかけると、ポケットに入れていた何かを差し出してきた。

 彼女の手にあったものは、ひし形の青い石だった。一見すると只の綺麗な石だが、シロンにとっては嫌な思い出のあるものだった。

 

「これは、ブルーディスティニーじゃニャーか!?」

 

 リニスの持っていた石を見てシロンは驚愕した。この世界に跳ばされるきっかけを作った物体にソックリだったからだ。しかし、その認識は若干間違っていた。

 この石は【ジュエルシード】と呼ばれるロストロギアで、ブルーディスティニーの姉妹品であった。ジュエルシードに使われた魔法術式をさらに発展させて願いを叶える精度を向上させたものがブルーディスティニーなので形が似ているのだ。

 

「我輩の心が戦慄のブルー! まさか、この世界にまでこんなものがあろうとは!」

「もしかすると、ここはアルハザードと関係があるのかもしれませんね……」

 

 シロンとリニスは、話を進めているうちに不穏な空気を感じた。別の未来ではサッカー少年が手に入れることになっていたジュエルシードを見つめながら……。




今回より無印編に入りましたが、驚くほどに進んでない!
アリサたちも活躍させたいので、早いトコ進めたいものです。


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第8話 魔法少女リリカルなのは、やっと始まります!

今回は微妙な大阪弁が出てきます。
恐らく、間違っている部分が多々あると思いますが、許してくんさい。



 小猫とアリア社長に出会った次の日、月村家に一泊した彼女たちは滞在期間の終了を迎え、シロンたちの見送りを受けながら無事に帰っていった。その後、彼らはシロンにあてがわれた部屋へ戻り、昨日見つけたジュエルシードについて話し合うことにした。昨夜はお客がいたので会議の時間が取れなかったのである。また、この件についてセフィからも知らせたいことがあるらしいので、みんなは事態の進展を期待していた。

 現在ジュエルシードは、同じような物を扱ったことがあるリニスの助言により魔法反応抑制物質【ナノスキン】で封印してあるが、この石にどのような力があるというのだろうか。

 

「こいつからすげぇ気を感じる! オラ、ワクワクしてきたぞ!」

「確かに、膨大なエネルギーが内包されていると思われます。もちろん、気ではないですけど」

 

 ブルーディスティニーのデータを持っているリニスには、これが何なのかおおよそ理解できていた。ただし、前知識が無ければ只の綺麗な石にしか見えなかっただろう。発動前のジュエルシードは探索魔法で捉えにくいほどに魔力反応が微量だからだ。因みに、シロンの言っていることは只のおふざけで、魔法に長けた彼でもジュエルシードに込められた魔力を感知することはかなり難しい。

 以上のことからも分かる通り、この石はどう考えても魔法技術による産物である。だが、そんな特殊なものが、なぜ魔法技術の無いこの世界の道端に落ちていたのか疑問を感じるところだ。それに、どのような用途で使用するものなのかも分からない。まさに、謎に包まれたオーパーツだった。

 

「で、結局コレはなんなのさ?」

<簡単に言うと、願望を具現化する力を得るために生み出された次元干渉型エネルギー結晶体です>

「ほぅ、やけに具体的な情報だな。君はこれを知っていたのか?」

<はい。詳細なデータはありませんが、これだけは言えます。この結晶体はアルハザードの科学者が作りだした、私のプロトタイプと呼ぶべきものです>

「なんと! こいつはセフィの試作品だったのか!」

 

 地球とは別の次元世界において【願いが叶う宝石】と伝承されているジュエルシードは、研究機関としてのアルハザードがまともに機能していた頃に作り出されたものだった。

 その当時、究極の魔導を実現するために同じような物がいくつも製造された。だが、結局どれも上手くいかず、資料として保管しているうちにそのいくつかが外部へと流出していった。ジュエルシードはその一つであり、過去に発生した次元災害をきっかけに行方知れずとなっていた。願いを叶える力があるという記録だけを残したまま……。

 因みに、セフィは出自に関する知識ぐらいしか持っていない。自分の役目を学習させられた際に基礎的な情報を得ているが、それ以上のことは省略されていた。そのため、ジュエルシードに重大な欠陥があることも知らなかった。

 

「こいつは只の石で、セフィみたいに意思は無いんだニャ?」

<これは私とは違う仕組みで作動するものなので、人工知能は付与されていません。恐らく、その点に不具合があったがゆえに私が生み出されたのでしょう>

「なるほど、よく分かった! お前がダジャレキラーだということがな!」

「あ~、石と意思をかけてたのですね」

「冷静に説明しないでっ! 惨めになるからっ!」

 

 マヌケなやり取りを挟みつつも大体の事情は分かった。

 後はこれをどう扱うかだが、セフィの話だと試作品らしいので、そのまま使うのは危険な気がする。ならば……。

 

「魔力として吸収する?」

<はい。これは純粋な魔力を特殊な技術で物質化したものなので、願いの力を使って術式を解除すれば莫大な魔力として活用できます>

「ということは、元の世界に帰れる時間が早まるのですね!」

「なんという僥倖! これでこそ、王子を無視してデートした甲斐があったというもの!」

「って、お前らデートしてたのかよ!?」

「ああ、そうだとも。この幸運、リニスとの逢瀬を選択した結果だ! あの星座占いがあったから、こうして私は幸せを味わうことができる! 乙女座でよかった!」

「朝の星座占いを実践するって、お前はほんとに乙女だなっ!」

 

 自分も占いを信じて外出を止めたのに、それを無視してグラハムを非難する。とはいえ、彼のおかげで光明が見えたこともまた事実だ。

 調子のいいシロンは、先ほどまでの憤りをさっさと忘れて話を進めることにした。

 

「それじゃあ、早速こいつを浄解しよう! クーラティオー・セネリタース・セクティオー・サルース・コクトゥーラ!」

<了解しました>

 

 シロンの許可を得たセフィは、願いを発動させてジュエルシードを元の魔力へと戻した。そして、光り輝く魔力の塊となったそれが空間に飛散する前に一瞬で吸収する。

 

<ふぅ、ごちそうさまでした>

「魔力ってお前のご飯だったの!?」

 

 最後にどーでもいい事実が発覚してちょっぴり驚いたが、魔力の取り込み自体は無事に成功したようだ。

 

「今のでどれくらいの魔力が溜まったんですか?」

<目標数値の8%程度です>

「マジで!? 8年分もイクなんて、相当溜まってたのね!」

 

 たったの1個で8年も稼げるとは思ってもいなかった。元の世界に帰る願いを実行するまでに100年かかる想定だったものが、一気に時間短縮できそうな状況になってきた。もし、これと同じものがあと12個もあればあっという間にノルマを達成できる。

 

「よーし、魔法少女を探すついでに、さっきの石も集めようぜ!」

「えっ、あれをですか?」

「おうとも! 我輩はE缶をすべて取らなければ気がすまない男ニャ! このチャンス、決して逃しはしない!」

「えっと、E缶はともかく、あれが複数あるとは限りませんよ?」

 

 勢い任せの提案に対して、リニスは冷静な意見を述べる。確かに、あの石は道端で拾ったものだが、ゲームに出てくるアイテムのようにたくさん落ちているとは思えない。だが、可能性があることもまた事実なため、グラハムはすんなりと話に乗ってきた。

 

「いや、その提案に賛成だと言わせてもらおう。一石二鳥という言葉もある通り、やってみる価値はある」

「はい、そうですね!」

「一瞬で乗り換えかい? 早い、早いよ!」

 

 想い人の言葉を受けてあっさり意見を変えたリニスにすかさずツッコミを入れるシロンだったが、結果オーライではあるので文句は言えない。

 何はともあれ、こうして偶然の拾い物から新たなイベントが発生することになった。

 実を言うと偶然などではなく、魔法少女に会いたいというシロンの願いが反映された結果なのだが、本人たちはその事実に気づくことなく次の行動に移っていくのであった。

 

 

 午後1時までに会議を終えた一行は2日目の探索に出かけた。今朝から月村家のメイドを始めたリニスはノエルに許可を得て来ており、メイド服のままでグラハムの隣を歩いている。猫形態のシロンは、そんな彼女に抱かれながら同行していた。例の石を見つけるための戦力として参加することになったのである。この広い土地からあれを見つけるために、文字通り猫の手も借りたい状況となったわけだ。

 自分たちがこの土地に跳ばされてきたことには必ず意味がある。現に、謎の魔法アイテムを手に入れたのだから間違いない。そのような理由から、当面の目標は、唯一の手がかりであるあの石の確保となった。

 あれほど異質なものが魔法少女と無関係であるはずがない。状況的には何らかのイベントアイテムではないかと想像できるので、あの石が複数存在する可能性も十分に考えられる。だったら、あれを集めていれば向こうから姿を現すはずだ。

 

「でも、そうだとしたらまずいですね。勝手に使ってしまいましたし……」

「とんだミステイク!」

「ふっ、なにも気に病むことはない。ただ認めれば、過ちも成功の母となる! ならば、あえて甘えるのもまた一興!」

<強引ないい訳ですね>

 

 後になって重大なミスに気づいたが時すでに遅し。とりあえず1個無くなったことは、自分たちだけの秘密にしておくことにした……。

 

 

 探索を開始して1時間ほど経ち、現在彼らは海鳴市の中丘町という地区に来ていた。この辺りは閑静な住宅街となっており、一見すると不審な様子はない。しかし、少し前にこの地域で魔力反応を感知した。しかも、ジュエルシードの反応ではなく、誰かが魔法を使ったような感じだった。もしかすると、魔法少女が近くにいるのかもしれない。

 

「この辺りに住んでいるのでしょうか?」

「そうかもしんないけど、変身したままうろついちゃいないよニャ」

「ええい、またしても待人来らずか……。我慢弱い私をここまで焦らせるとは。小癪だな、魔法少女!」

 

 そうは言っても、魔法技術が無いこの世界で安易に変身姿を晒すわけがないので、見た目だけで判断するのは無理だ。直接体を調べれば体内の魔力量で魔法少女を特定できるが、調査対象が多すぎる上に変質者扱いされかねないので実際に実行することはできない。やはり、今は地道に石探しをするしかなさそうだった。

 だが、彼らの認識は若干間違っていた。追っている側だと思っていたシロンたちの行動が逆に監視されていたのである。ただし、その監視者は魔法少女とはほとんど関係ない第三勢力だったが。

 

「(ちっ、イレギュラー共め! 勝手気ままに動きやがって!)」

 

 監視者は、シロンたちを睨みつけながら悪態をついた。【彼女】は、仮面を被った男の姿に変身し、更にミラージュハイドという迷彩魔法で姿を消すほどの入念さで身を隠していた。しかも、少し離れた場所では、同じような容姿の女性が同じような姿に変身しながら待機している。もちろん2人は仲間であり、念話で現状報告を交わしていた。

 

「(よりによって、こっちに来なくてもいいだろうに!)」

「(もしかしたら、私たちの次元転送が探知されたのかもしれないわね)」

「(はぁ、ついてないわね……)」

 

 こっちもこっちで上手くいっていないらしい。

 彼女たちの本来の目的は、この地区に住んでいる【特殊な状況下にある少女】を監視することだったが、シロンたちがその障害になりかねないと警戒しているのである。

 あれだけ派手な魔法を見せ付けられては放っておくことなどできないので、早速調査を始めた。とはいえ、まだ1日しか経っていないため、Sランクレベルの砲撃魔法が使えることと次元漂流者らしいということぐらいしか分かっていない。それでも、自分たちにとって危険な存在であることは間違いないので、何とかして排除する必要があった。只でさえ変な魔法現象が発生していてどう対処すべきか頭を悩ませている最中だというのに、こいつらにまで暴れられたら【例の計画】に支障をきたす可能性がある。少なくとも、来るべき日までは大人しくしていてもらわねばならない。

 しかし、昨日の今日ではいい方法など思いつかない……。普段は冷静な彼女たちも、非常事態が重なったせいでいつになく焦っていた。

 その隙が、リニスの接近を許してしまうことになる。

 

「こんなところに隠れて、恥ずかしがり屋なんですか?」

「!!?」

 

 角を曲がる際にできる一瞬の死角を突いて背後に回り込んだリニスに、監視者……仮面の戦士は驚愕した。

 一体どうやって近づいた? それ以前に、なんでこちらを探知できたんだ?

 仮面の戦士は疑問を浮かべたが、タネは以下の通りだ。

 戦闘機人であるリニスには元の世界に準じた高性能レーダーが備わっており、一定の距離を保ちながらついてくる熱源反応を感知していたのである。ミラージュハイドのステルス能力も完璧ではないため捉えることは可能だったのだ。その上でリニスは、隠密魔法【ミラージュコロイド】を使い、姿を隠して近づいた。つまり、仮面の戦士と同じことをした訳だ。

 しまった、せっかくのアドバンテージを奪われてしまった!

 所在がばれた仮面の戦士はミラージュハイドを解くと、その場から素早く飛びのいて臨戦態勢に入った。

 

「(こいつ、見た目に似合わずヤバイぞ!?)」

「そんなに警戒しないで下さい。とりあえず、敵対する意思はありませんから」

「……背後を取ったお前が言っても説得力はない」

「そうですか? こっそり後をつけてる人に正面から挨拶する人の方が変だと思いますけど」

 

 確かに正論ではあるが、この場合、自分たちの存在がばれたという事実だけが問題だった。後ろ暗い事情がある仮面の戦士にとっては敵対する以外に選択肢が無かったからだ。

 こうなったら、全員捕まえてこの世界から連れ出すしかない。

 瞬時に戦うことを決めた仮面の戦士は、封時結界という魔法を使った。これは異空間を作り出すことで通常空間に被害が及ばないようにするための魔法なので、回りを気にせずに戦うことができる。

 

「空間に干渉したのですか。大変興味深い魔法ですが、教えてもらえる雰囲気ではないようですね」

「言うに及ばずだ!」

 

 リニスの質問に怒号で答えた仮面の戦士は、左太腿のホルダーから1枚のカードを取り出すと一瞬で魔法を発動した。これはフープバインドという捕獲魔法で、光の輪が複数同時に襲い掛かるため回避が非常に困難であり、流石のリニスもあっさりと捕まってしまった。

 

「くっ、油断しました!」

「抵抗は無駄だ。痛い思いをしたくなければ大人しく投降しろ。そっちの2人もな」

 

 そう言うと、少し離れた所で観戦していたシロンとグラハムに視線を送る。

 よし、いいぞ……。

 一時はどうなることかと思ったが、意外にすんなりと捕まえる事が出来たので密か安堵する。同時に、人質を手に入れたことになるので、残りの2人もすぐに確保できるはずだ。そうすれば憂いの一つは解決できる。

 と、普通ならそうなるところだが……。

 

「ニョホホー!? 猫耳美少女メイドによる拘束プレイ、絶賛実施中!! 強調されたパイオツが我輩の血を熱く滾らせるるるるるぅ!!」

「もうっ、そんな恥ずかしいこと言わないでくださいっ!」

 

 なぜかシロンを喜ばせる結果となった。

 

「な、なんだコイツは!?」

「その疑問はもっともだが、二股している場合かな? お前が求めた相手は、まだ口説き落とせていないのだがね」

「……なに?」

 

 仮面の戦士はグラハムの回りくどい忠告に疑問符を浮かべるが、その答えはすぐに分かった。フープバインドに捕らわれていたリニスに変化が起きたからだ。

 

「トランザム!!」

「なっ!?」

 

 お馴染みの単語を叫ぶと同時に、リニスの身体が真紅に輝きだす。そして、力任せにバインドを引きちぎった。通常の3倍以上にパワーアップした戦闘機人の力をもってすればこのくらい朝飯前だ。しかし、そんなことなど知る由もない仮面の戦士は驚愕した。自分の魔法が純粋な力だけで破られるなど夢にも思っていなかったからだ。

 

「魔力をまったく感じないのに、なぜそんな力が出せる!?」

「それは乙女の秘密です」

 

 人差し指を唇に当てておどけるリニスはとても可愛らしかったが、その身に宿した力は常識を遥かに超えており、魔法至上主義に染まった仮面の戦士にとっては到底受け入れがたい存在だった。

 

「(稀少技能(レアスキル)の類か!? でも、やるしかない!!)」

 

 賽は投げられたのだ、結果を出すまで止まることなどできない。

 意を決した仮面の戦士は、得意の格闘戦を仕掛けてきた。たとえ力が強くても直撃しなければどうということはない!

 

「はっ!!」

「おっと!」

 

 鋭い蹴りを放ってリニスの側頭部を狙うが、片腕だけで軽く防がれる。

 早い。その上、防御力も高いらしい。これは想像以上に厄介な相手だ……。しかし、幾度かやりあっているうちに付け入る隙を見つけた。基本的な身体能力は高いが、それを扱う技術が拙いのだ。戦闘経験が多い分、かろうじてこちらの方が有利なようだ。

 ならば、罠を仕掛けてみるか。

 思い切った戦法に切り替えた仮面の戦士は、徐々に動きを遅く見せることで相手の錯覚を狙った。そして、相手が慣れてきたところで、最速の攻撃を放つ。仮面の戦士の術中にはまったリニスは一瞬防御が遅れ、腹部に強烈な蹴りを受けてしまう。

 

「ぐはっ!」

「ここだぁ!!」

 

 たまらず吹っ飛んでいくリニスに仮面の戦士は追撃を加えた。連続して腹部に拳撃を打ち込み、よろめいた所で袈裟懸けに回し蹴りをお見舞いして地面に叩きつける。そして、素早く空中へと飛び上がり加速用の環状魔法陣を展開すると、あらゆるエネルギーを込めた強烈な蹴りを繰り出した。

 

「食い破れ、神速の獣! アクセラレートファング!!」

 

最大限の魔力を込めた渾身の蹴りは、凄まじい威力を発揮して道路に大きなクレーターを作り、その中心にリニスを横たえた。とても見事な連続攻撃で、防御力に自信があったリニスもかなりのダメージを受けてしまった。

 お腹を押さえながらよろよろと体を起こしたリニスは顔をしかめる。

 積極的に抵抗していなかったとはいえ、ここまで一方的にやられては立つ瀬が無い。大人しいリニスでも想い人の前でかっこ悪いところは見せたくなかった。

 

「やっぱり、クロスレンジは苦手ですね。だから、私の得意な攻撃魔法をお見せしましょう」

「……なんだと!?」

 

 起き上がってきたリニスに再び立ち向かおうとしていた仮面の戦士は急に飛び退った。何故なら、リニスの回りに漏斗(ろうと)状の魔法弾が複数現れたからだ。これは全方位雷撃(オールレンジ)魔法【ファンネル】というもので、魔力で作った移動砲台を遠隔操作することによって自由自在に目標を狙い撃つことができる射撃魔法である。

 もちろん、かなり特殊な魔法なので相応の能力が無ければ使いこなすことは出来ず、仮面の戦士の世界では高度な専用装置が無ければ発動できないレベルのものだ。そんな魔法をなにも持たずに使われたのだから驚くのも無理はなかった。

 

「まさか、デバイス無しでこれほどの魔法を!?」

「愛の力を見せてあげます! 行け、ファンネル!」

 

 自分自身がデバイスのようなリニスは、無詠唱・短時間で魔法を発動できる。その利点を生かして防御体勢が整っていない仮面の戦士に攻撃を仕掛けた。

 30基のファンネルは複雑な軌跡を描きながら仮面の戦士を取り囲み、四方八方からレーザーのような雷撃を放った。見た目に反して威力は高く、仮面の戦士が咄嗟に使ったスフィアプロテクションをあっという間に打ち砕いた。そして、無防備になった所で全てのファンネルが体当たりを行い、そのエネルギーを余すことなく叩きつけた。仮面の戦士を中心にして大放電による嵐が巻き起こり、視界を白く塗りつぶす。その破壊力は絶大で、高ランクの魔導師でも耐えられるものではなかった。

 

「いかん、ピカチュウフラッシュニャ! 総員、対ショック・対閃光防御!」

「言われなくともやっている! このグラサン、実に効果的だ!」

「あっ、いいなソレ! クワトロみたいじゃん! どこで買ったか教えてくれる?」

「って、戦闘中の会話じゃないし!?」

 

 緊迫した状況を他所にのん気な会話をするシロン一向。もちろん、余裕があるからこその行動だったが、そんな隙を突くように新たな人物が現れた。その姿は、リニスと戦っていた仮面の戦士とまったく同じで、倒れていた一方を助け起こしている様子はかなり奇妙だった。格好から判断すると仲間なのだろうが……。

 

「ぶふーっ!! 男同士でペアルックかよ!? それってアレなの!? 仲良しアピールなの!? もしくは、カッパーフィールド的なイリュージョンなのー!?」

「気にするところが違うでしょ!」

 

 急にやって来たお笑いネタがシロンのツボにはまってしまい、付き合いの良いリニスもつい合いの手を入れてしまう。仲良しな様子でとてもハートウォーミングな光景だったが、流石に今はタイミングが悪かった。みんなで談笑している間に、仮面の戦士たちは転移魔法を使ってどこかへ行ってしまったのだ。同時に結界も無くなり、通常空間に戻ってきた一行は、人気の無い道路に突っ立ったまま途方にくれた。

 

「逃がしてしまいました……」

「去る者は追わずでいいさ。私たちへの片思いが続く限りまた来るだろうからな。告白の返事はその時に、銃弾に乗せて届けるとしよう」

「前代未聞の断り方だニャ」

<恋愛とは物騒な物なのですね>

 

 セフィの勘違いはともかく、自分のミスはいただけない。リニスは、マヌケな理由で仮面の戦士たちを取り逃したことに気落ちしてしまう。だが、グラハムは特に気にしていなかった。

 なに、戦いはまだ始まったばかりだ。奴らの狙いがあの石にあるのか自分たちにあるのかは分からないが、あえて立ちはだかるというのなら正々堂々と立ち向かうのみ! その挑戦、真正面から受けて立とう!

 

「なんてカッコイイ話にしようとしてるけど、実際は、ある事に気を取られてる間に逃がしちゃっただけでした!」

「フッ、身も蓋もないことを言う。少しはオブラートに包みたまえ」

「はぁ、そうだったんですか?」

 

 リニスは、さりげなく嘘をつこうとしていたグラハムをジト目で見つめた。グラサンをかけてかっこつけてる場合じゃないでしょうに、まったく何をしているのやら。

 その時、おかしなことに気がついた。なぜか分からないが、彼は話をしている最中ずっと顔を背けているのだ。

 

「なんでグラハムはこっちを見ないのですか? 流れからして気を取られたってことに関係ありそうですけど……」

「うむ、実に的確な推理だね! そんな賢い君に真実を教えてあげよう。っていうか、さっきから左胸の辺りがスースーしてないかニャ?」

「えっ、左胸がスースーってぇー!!?」

 

 シロンに言われて自分の左胸を見ると、メイド服が下着ごと破れて乙女の柔肌があらわになっていた。どうやら、仮面の戦士が放った回し蹴りを受けた時に破かれてしまったようだ。

 ようやく自分の状態に気づいたリニスは、ポロリと出ちゃってる豊かな左胸を見つめながら顔を真っ赤にした。

 

「キャ~~~~~~~ッ!!?」

「ええい! 人前で柔肌を晒すとは……破廉恥だぞ、リニス!」

「そう思うんだったら早く言ってくださーい!!?」

「見えるぞ! 私にもチチが見える!」

「って、貴方は堂々と見すぎです!!」

 

 ちょっぴり涙目になったリニスは、左胸を隠しながら2人を叱った。そしてこう思った。今度からはちゃんと防護スーツを着用してから戦おうと。

 

<はぁ、バカばっかです……>

 

 因みに、リニスのメイド服はセフィの力で元に戻した。奇跡の使い方がとても庶民的で、セフィはちょっぴり空しくなった……。

 

 

 一方、離脱した仮面の戦士たちは、とある無人世界へとやって来ていた。彼女たちの本拠地である【時空管理局】本局へは一気に跳ぶことができないため、ここを中継地点としていたのだ。

 2人は、滅多に人が来ない管理局の施設で体を癒しながら先ほどの顛末を語り合う。

 

「ごめんアリア。先走って失敗しちゃった……」

 

 仮面の戦士から元の猫耳少女へと戻ったリーゼロッテが力無く謝る。普段は快活な彼女だが、戦闘に負けた直後とあっては流石に元気も出ない。そんないつもと違う相方の様子に配慮して、双子の1人であるリーゼアリアが励ましの言葉をかける。

 

「あの状況じゃ仕方無いわよ。それより、今はゆっくり休みなさい、ロッテ」

「でも、あいつらは……」

「それならたぶん大丈夫だと思うわ。彼女は『敵対する意思はない』と言っていたし、他の2人も積極的に攻撃してこなかったから、まだ手立てはあるはずよ。そもそも、【闇の書】のことはまったく知らない様子だったからね」

「なるほど……ということは、しばらく様子見かな」

「ええ、こちらの戦力が私たちしかいない以上、無闇に手を出さないほうが得策だわ」

 

 少女のような容姿に反して歴戦の古強者である彼女たちは、逆境でも決して諦めなかった。

 そうだ、まだ出来る事はある。

 闇の書の存在に気づいていないのなら、【守護騎士】たちが出現するまでは放っておいても構わない。その期限は今から6月4日までの約2ヵ月。それ以降はどうなるか分からないが、少なくとも時間はあるのだから新たな作戦を練ることは出来る。

 このまま無視できるようであればそれで良し。もし関わってきた場合でも、好戦的ではないという救いがあるので、上手くすれば逆に利用できるかもしれない。

 

「何にしても、【お父様】に相談しないと。話はそれからよ」

「そうだね」

 

 考えてみたら、それほど悲観すべきことではなさそうだ。彼女たちは後ろ暗い気持ちを押さえ込むように希望を抱いた。

 この程度の問題で止まるわけにはいかないのだ。たとえ時空管理局を裏切ってでも、罪の無い人々を傷つけてでも、【あの目的】だけは成し遂げなければならないのだから……。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 リニスが色々と大変な目にあった翌日の朝。猫形態のシロンと一緒に気持ちよく眠っていたすずかは、近くで人の声が聞こえた気がして目を覚ました。もしかすると、寝坊しちゃったからファリンがお起しに来てくれたのかもしれない。ぼーっとした寝起きの頭でそこまで考えた。その途端に、ぱちりと目を開ける。

 いけない、遅刻しちゃう!

 慌てたすずかは勢い良く飛び起きた。すると、彼女の視界に妙ちくりんな黄色い物体が飛び込んできた。これは一体なんだろうと一瞬考え込んだが、彼女の答えが出る前にその物体が話しかけてきた。

 

「コニャニャチワー!!」

「……ほえ?」

 

 挨拶をしてきた黄色いぬいぐるみが、すずかの目の前に浮いている。よく見ると、小さいクマに天使の翼が生えたようなデザインでとても可愛らしいが……本当にぬいぐるみなのだろうか?

 

「あ、あなたは誰なの?」

「はぁ? なにゆうとんのや知世(ともよ)。ワイや、ワイ! みんなのアイドル、ケルベロスや!」

 

 なにを言っているのかまったく分からなかった。どうやら知世という少女と間違われているらしいが、その名前に心当たりは無い。それ以前に、このぬいぐるみの正体すら不明である。いきなり意味不明な状況に陥ってしまったすずかは、頭上にたくさんの疑問符を浮かべた。

 何とも言えない微妙な空気の中、ケルベロスと名乗ったぬいぐるみは、とぼけた顔ですずかを見つめている。これが、ケルベロス……。どう見ても名前とデザインが合っていないし、大阪弁もミスマッチでしかなかったが、本人が言っている以上、認めるしかない。

 

「それで? そのゼルベリオスとやらが一体何の用だニャ?」

「って、なんでドイツ語やねん! ワイはケルベロスや! 青の騎士とちゃうっちゅーねん!」

 

 いつの間にか起きていたシロンが会話に参加してきて、早速ケルベロスと口論を始めた。いや、口論というよりは漫才か?

 

「しっかし、お前って何なの? ぬいぐるみが喋るなんてホラー以外の何者でもないんですけど!」

「それはこっちのセリフや! なんで猫が喋っとんねん? お前なんか、ニャーで十分やっちゅーねん!」

「ああん? 猫なめんなコラ!」

「ふんっ! なめとんのはお前やコラ!」

 

 水と油というか同族嫌悪というか、とにかく似た者同士な2人は仲良く喧嘩しだした。異様な気迫を漂わせながら、お互いのおでこを押し付けあう。傍から見てるとすっごいファンシーな光景だが、心の優しいすずかにとっては看過できない状況だ。

 

「ちょ、ちょっと待って! 会ったばかりなのに喧嘩なんてしちゃダメだよ!」

「むむ……すずかがそう言うなら仕方無いニャ」

「まぁ、知世に迷惑かけたら、さくらにどやされるさかいなぁ」

 

 すずかの仲裁が功を奏して2人は意外にすんなりと矛を収めた。男たるもの、美少女の言う事は素直に聞くべし、といったところか。

 しかし、本音は違うようで……。

 

「ちっ、命拾いしたな、ケルゲレン!」

「はんっ、お前もな! って、誰がザンジバル級機動巡洋艦やねん!」

 

 結局、漫才になってしまう2人であった。

 これはこれで息が合っていると言えなくもないが、ずっと聞かされているすずかとしては苦笑せざるを得ない。ただ、仲良くなれる兆しが現れた点は良い事だと思った。

 実際、その数分後に状況は一変した。お互いの事情を話し合った結果、あっという間に和解した彼らは、先ほどまでの喧騒が嘘のように和気藹々となったのである。

 

「へぇ~、封印の獣って呼ばれてるんだー。カッコイイ二つ名持ってんじゃニャーか!」

「よせやいシロ坊! そないに褒められたら照れてまうやろ~? ま、当然の賞賛やけどな!」

「さすがケロちゃん! 特に根拠の無い自信が我輩を魅了するぜ!」

 

 話しているうちにお互いの事が気に入った2人は、肩を組みながらあだ名で呼び合うほどまでに仲良くなった。まったくもって極端すぎる連中である。

 あまりにのん気な様子にすずかはポカンとしてしまうが、先刻の話し合いによって大体の事は分かった。なんでも、今のケロちゃんは省エネ状態であり、真の姿になるとネコ科の大型肉食獣のようになるらしい。つまり、セフィの能力で召喚されてきた存在だったわけだ。

 

 

 朝っぱらから一騒動あったものの、その後は平穏無事に時が過ぎていった。

 午前中はケロちゃんと一緒に遊びまわり、午後は忍の要請に答えるべく技術データの作成に勤しむ。様々な要因を考慮した結果、シロンのいた世界の技術を大幅にデチューンすることになり、かなり地味な作業を強いられることになった。発明家である彼にとっては忍耐のいる作業となるがそれも仕方ない。悲しいけどこれ、仕事なのよね。

 因みに、暇を持て余していたケロちゃんは、ノエルの作ったオヤツを食べながらお世話役のファリンと共に優雅な午後の一時を満喫していた。

 そして、更に時間が過ぎた夕食後……すっかり仲良くなったケロちゃんとファリンは、現在進行形でじゃれあっていた。

 

「えへへ~、何度触っても飽きませんねぇ~、とってもフカフカで気持ち良いです~」

「さよか~? そないに気に入ったんならごっさ抱いてもええねんで~」

「では私もよろしいですか?」

「もちろんええで、ノエル。存分に楽しんだってや~」

 

 ものすごく馴染んでいるようでなによりである。

 だが、その光景を見たシロンは、名状し難い焦燥感に駆られていた。

 

「なんということでしょう! 我輩がこつこつ地道に築き上げてきたマスコット的ポジションが、いともあっさりと奪われてしまったじゃあーりませんか!!」

「いつそんな努力してたのよ?」

 

 こっそり進行していたらしいシロンの野望に対して、すかさず忍からつっこみが入る。確かに、これまでの言動を振り返ってみると、エッチなこととアホなことしか言ってない。それでも、彼の味方はちゃんといた。

 

「我輩は、ブームの過ぎたオモチャのよーに忘れ去られていく運命ニャのか~?」

「そんなことないよ! 私はシロンちゃんが一番好きだもん!」

「す、すずか……そこまで我輩の事を好いてくれてるなんて……こんなに嬉しいことはないっ!」

「ふふっ、甘えん坊さんだね」

 

 嬉しさのあまりすずかに抱きつくと、優しく受け止めてくれた。すっかり猫扱いされているけど、そんなことはどうでもいい。だって猫だし。

 

「どう? 気持ち良い?」 

「ああんっ、そんなとこ触っちゃラメェ~!」

「誤解を招くような声出すな!」

 

 再び忍からつっこみを受けるものの、シロン自身はアットホームな雰囲気を楽しんでいた。家族の会話って、温かくていいもんだな……。

 しかし、穏やかな時間はそう長くは続かなかった。たった今、ここより大分離れた場所から強大な魔力反応を感知したのだ。発生元が魔法少女か仮面の戦士かは分からないが、確かめに行かねばならないだろう。

 

「王子!」

「ああ、すごい魔力ニャ!」

「なんや、シロ坊たちも感じたんか?」

「オフコース! ってゆーか、ケロちゃんも分かんの?」

「当然や! こう見えてもクロウカードの守護者やさかいな。しかしこの魔力、クロウカードより強力やで!」

 

 ケロちゃんは、いつになく真剣な面持ちで語った。ここまで強い魔力を発するということは、それに見合った危険が待ち構えていると理解しているからだ。

 だが、シロンたちは決して退かない。自分たちには、そういった脅威に対抗できる力と強い覚悟がある。ならば、心の赴くままに立ち向かうべきだろう。

 まぁ、本音を言えば単なる野次馬根性だったりするのだが、もし本当に危険なものだとしたら放っておくことなどできない。無視を決め込むには、この場所に大切な物が出来すぎたから。

 

「とゆーわけで、行くぜ野郎ども!」

「心得た! このグラハム・ニャーカー、地獄の果てまでお供しよう!」

「私も、女ですけど一緒に行きます!」

 

 シロンの掛け声にグラハムとリニスが答える。彼らもまたシロンと同じ意見なのだ。

 

「しゃーないなー。弟分が行くっちゅーなら、ワイもじっとはしとれへんやろ」

「ケロちゃんも一緒に来てくれるのかニャ?」

「あたり前田のグレネードや! ワイも封印の獣と呼ばれる男、やる時はやるでぇ~!」

 

 ポンと胸を叩いてやる気を見せる。頼もしいというよりは微笑ましい感じだが、仲間を思うその気持ちはとても嬉しい。

 

「よし! それじゃあケロちゃんも一緒に……」

「ちょっと待って!」

「ん~? どうしたのニャ、すずか?」

「あの、迷惑かもしれないけど、私も連れてってほしいの」

「ニャンですと?」

 

 すずかからの意外なお願いにシロンは驚いた。荒事になる可能性があるのは分かっているのに、大人しいすずかが興味を持つとは思っていなかったからだ。

 確かに、すずかは争いごとが嫌いなので、その点に興味がある訳ではない。彼女が気になっているのは魔法少女の存在だ。

 シロンたちがいると言っている魔法少女は自分と同い年ぐらいかもしれない。そんな子供が何かのために戦っていると思ったら無性に会いたくなってしまったのだ。以前ルガールに襲われた事がきっかけで彼女の心に変化が起きていたのである。いざという時に力を振るえる勇気が欲しいと……。

 

「ふむ……忍さんはどう思うニャ?」

「……いいでしょう。行ってきなさい」

「お姉ちゃん!」

 

 少しは揉めるかと思ったが、忍はすんなりと賛成してくれた。彼女たちには、普通の家庭には無い特有の事情があったからだ。

 

「あなたも夜の一族だからね。荒事に慣れておいてもいいと思うわ」

「うん……」

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。私が言っているのは念のための準備って意味だから。それに、貴方の事はシロンちゃんが守ってくれるわ。そうよね?」

「モチのロンよ! すずかに言い寄るロリコンは、この我輩が駆逐してやる!」

「いや、ロリコン限定じゃダメなんだけど……」

「ふふっ」

 

 シロンのおかげで緊張もほぐれた。

 そうだ、彼がいればどんなことがあっても安心できる。普段の様子からは微塵も感じられないが、すずかにはちゃんと分かっていた。なんたって、彼は自分のヒーローだから。

 

 

 話がまとまり、屋敷の外に出て来た一行は、現場まで空を飛んで行くことにした。高速を出すためにシロンとグラハムは人間形態になり、リニスも防護スーツを装着した。現場までそこそこ離れているが、人に見つからないように飛んでも数分で行けるはずだ。

 

「すずかは我輩が運んであげるニャ」

「うん!」

「それじゃあ背中におぶさるニャ」

「えっ!?……こ、こうかな?」

「もっとしっかり掴まるニャ。落っこちたら死ぬほど痛いぞ?」

「わ、わかったよ!」

 

 ヒイロの言葉を借りて危機感を煽ると、すずかはぎゅっと力を込めた。人間形態のシロンに抱きつくのは流石に恥ずかしかったようだが、これでもう大丈夫だろう。

 すずかの安全確認もしたし、記念撮影用のデジカメもちゃんと持ったので、後は飛び上がるのみである。

 

「飛ばねぇ猫は只の猫だ。ゆえに、俺は行くのさ。あの大空の果てまでな!」

「おお~、全く必要性が無いセリフやのに、やたらと心に響きよるで~!」

 

 肩に掴まったケロちゃんとおバカな会話をしながら空中に浮かび、上空500メートル辺りで一気に加速する。防御魔法によって空気抵抗や重力などの影響を緩和しているので、すずかに大きな負担はかかっていない。そのため、綺麗な夜景を存分に楽しむことができた。大都市の部類に入る海鳴市の夜景は光に溢れていて、黒いキャンバスに色とりどりの輝きを描いていた。

 

「わぁ~! すごく綺麗……」

「その意見に同意する。慎ましい女性もいいが、華美な装いもまた魅力的だ」

「なるほど……服装のバリエーションを広げないと……」

「こんな時になにメモってるのニャ」

 

 これから戦いが起こるかもしれないというのに、のん気な会話を楽しみながら飛行する。のんびりしているようでスピードは速く、あっという間に魔力反応があった場所へと到着した。

 上空に浮かびながら確かめてみると、そこは学校だった。すずかたちが通う私立聖祥大学付属小学校とは別の公立学校だ。もちろん何の変哲も無いごく普通の学校だが、今は異常な現象が起こっていた。シロンたちが見下ろす先に正体不明の怪物がいたのだ。

 

「ダークサイドに堕ちたモリゾーみたいのがいるー!?」

 

 シロンは、黒い毛玉の塊のような怪物を見て驚く。魔法少女を追っている最中にあんなものと出くわすとは思っていなかったからだ。しかし、幸運なことにお目当ての魔法少女もその場にいた。

 怪物の前方にすずかと同世代と思われる少女が駆け寄ると、いきなり桃色の光に包まれた。そして、一瞬で姿を変える。

 

「変身しおった!?」

「あの子が魔法少女……」

 

 アニメで定番の変身魔法を見て、すずかとケロちゃんは関心を持った。服装が変化する魔法は既にリニスがやって見せたが、エッチなボディースーツとは感動の方向性が違う。更に、グラハムの方向性もまた別物だった。

 

「あのカラーリング、エクシアと瓜二つではないか! よもやこのような形で再会できようとは! 想定外にも程があるぞ、ガンニャム!」

「やっぱ言うと思った!」

 

 魔法少女の服装は白を基調としたトリコロールカラーなので、そこからエクシアを連想したグラハムは興奮してしまった。実際、彼女は圧倒的とも言える可能性を秘めているので、彼が言っていることも強ち間違いではない。しかし、その力が開花するのはもう少し先の話であり、今はまだ戦いとは無縁な普通の少女にしか見えなかった。

 ならば、助太刀せねばなるまい。どのみちそのつもりだったのだから何も迷うことなど無いだろう。みんなで頷きあうと、一気に魔法少女の下へ降下した。

 とうとう待ちに待ったご対面であるが、果たして魔法少女とはどのような子なのだろうか。彼女の前に降り立ちながら興味深げに視線を送る。すると、なにやら見覚えのある顔が飛び込んできた。栗色の髪がよく似合うこの子はまさか……。

 

「さくらやないかー!?」

「って、お約束のネタをありがとよっ!」

 

 もちろん彼女はカードキャプターさくらではなく、シードキャプターなのはである。魔力を感知した彼女は、異世界からやって来たユーノ少年と一緒に一狩りしに来たのだ。

 シロンたちは、そんな彼女たちの前に空から乱入したのだが、顔を見合わせた途端、お互いに驚いてしまった。

 

「だ、誰!?……って、シロンちゃん!? それにすずかちゃんも!?」

「ええー!? なのはちゃんなの!?」

 

 噂の魔法少女はよく知っている人物だった。あまりにも意外な展開に、すずかは大きな衝撃を受けるのだった。




最後のシーンでアニメ3話の冒頭まで来ました。
次回はフェイトが登場する予定です。


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第9話 襲来、超電磁魔法少女!

 シロンたちが捜し求めていた魔法少女は、顔見知りの高町なのはだった。予想もしていなかった事実にみんなで驚いてしまう。こんなに身近にいたとは、まさに燈台下暗しである。

 それはなのはも同様で、あっさり秘密がばれてしまったことに酷く慌てた。彼女はかなりの頑固者で、一度自分で決めたことは1人で解決しようとする傾向があるため、今回のような異常事態ですら誰にも話していなかった。しかし、隠していた当人たちが現場に来てしまっては意味が無い。特に、すずかには知られたくなかったのに……。

 なのはは、ルガールの一件を深刻に受け止めており、大切な親友を無闇に怖がらせたくなかったのだ。元々、心配させたくないという気持ちもあって秘密にしていたのだが、あの出来事がなのはの決意に拍車をかけていた。

 しかし、すずかはなのはが思っている以上に強かった。そして、彼女の守護者として一緒にやってきた頼もしい存在もここにいる。そう、我らがヒーロー、ケロちゃんである!

 

「ようやくワイの出番やな!」

「って、なぜそうなるっ!?」

 

 せっかくの出番を取られたシロンが、冒頭からツッコミを入れる。

 

「おいコラ、ケロちゃん! 主人公差し置いてなにやってくれちゃってんの!?」

「甘い! マックスコーヒーよりも甘いでシロン! 脇役が主人公を食ってまう展開なんざ昨今じゃ当たり前や! ちゅーわけで、この場はワイに任しとき!」

 

 ケロちゃんは、勇ましく啖呵を切ると可愛らしく胸を叩いた。どうやら本当に1匹でやる気らしいが、小さいぬいぐるみのような姿ではどう見ても勝ち目がなさそうだ。はっきり言って無謀としか思えない挑戦であり、すずかはもとより、彼と初めて会ったなのはとユーノからも危惧する声が上がる。

 

「ケロちゃん、危ないよ!」

「そ、そうだよ! あれはとっても強いんだよ?」

「なのはたちの言う通りです! ここは僕らに任せてください!」

 

 すずかたちは、ケルベロスの身を案じて真剣に説得してきた。見た目だけで考えれば正しい判断だし、その優しさには感動を覚える。しかし、ここにいるのは、只のぬいぐるみではなく封印の獣なのだ。さくらカードが全て揃っている今、彼は本来の力を発揮することができるのである。

 しかも、この世界に来てから魔力が増大していた。設定上、他の世界より魔力濃度が高いことが影響してパワーアップしているのだ。これなら、あのくらいの怪物に後れを取ることはない。

 

「あんさんたちの忠告はありがたいけど、なんも心配することはあらへん!」

「えっ!?」

「よう見とき! 今宵のワイは一味ちゃうで!」

 

 そう言うと、ケルベロスの身体が発光し、足元に見たことのない魔法陣が現れた。その直後に彼の翼が大きくなり、小さな体を包み込むと眩しい光を発した。そして、光が消えた後には、白い翼が生えたライオンのような獣となっていた。

 その姿はとても神々しくて、ぬいぐるみのようだった時の面影はほとんどなかった。確かに、今の彼ならあの怪物とも対等以上に戦えそうだ。

 変身したケルベロスは、先ほどまでの子供声とは違う、落ち着いた成人男性の声で話しかけてきた。

 

「どや、これやったら安心できるやろ?」

「は、はい……」

「なんか、独身貴族を楽しんでる間に婚期を逃しちゃったベテラン声優のような声だけどニャ」

「なにその具体的かつ嫌な想像!? よう分からんけど目から汗が出てきよるで……」

 

 妙に破壊力のあるシロンの言葉によって戦う前にダメージを受けてしまったが、今はへこんでいる場合ではない。何とか気を取り直して、戦いに集中することにする。あの怪物を颯爽と倒せば、名誉挽回もできるはずだ。

 

「よっしゃ! ほな行くでぇー!!」

 

 勇ましく叫んだケルベロスは、怪物のいる方向に向き直った。今はとてもむしゃくしゃしているのだ、こちらが変身し終わるまで律儀に待ってくれたヤツでも全力で倒してやる!

 しかし、彼が向けた視線の先に怪物はいなかった。その代わり、先ほどまで怪物がいた場所にグラハムとリニスが立っている。辺りを見回してもヤツの姿は見当たらないので、もしかしたら……。

 

「なんとたわいの無い。鎧袖一触とはこのことか」

「さすがです、グラハム!」

「って、既に終わっとるんかい!?」

 

 ツッコミを入れつつ盛大にずっこけるケルベロス。

 なんと、みんなで騒いでいるうちに怪物は倒されていた。これまでずっと襲われなかったのはそういう理由だったのか。

 

「なんちゅうことしてくれとんのや、ハム兄さん! もっと空気ってもんを読んで欲しいわ!」

「それは承服しかねる注文だな。私は空気が読めず、人の話を聞こうともしない、俗に言う嫌われ者だ。ゆえに、人に言われてどうこうできる問題ではないのだよ」

「いやいや、それはどうにかせなあかんやろ!?」

 

 我が道を爆進しているグラハムにそんなことを言っても(ぬか)に釘であった。それでも、無事に怪物退治が済んだのだから良しとすべきところだろう。

 同時に、思わぬ収穫もあったし……。

 

「王子、あの怪物を倒したらこんなものが出て来たぞ」

「ほう、アイテムを落としていったのかニャ? って、それはあの石じゃニャーか!?」

 

 グラハムが手にしていたものは、自分たちが探していたひし形の青い石だった。なるほど、やっぱり魔法少女の……なのはの目的はこれだったのか。

 シロンは、石を見た瞬間に大体の状況を理解してニヤリとする。

 基本的には怪物を倒してドロップアイテムをゲットしていくわけか。そして、それを狙う第三勢力もいるらしいので、いずれは争奪戦になると思われる。まさに、これぞ魔法少女と言うべき王道展開だ。

 杖を持った魔法少女に言葉を喋る動物のお供。そして、乗り越えるべき困難と倒すべき敵……。そう、舞台は全て整っている。パーフェクトだ、ウォルター!

 願い通りのシチュエーションに思わず内心で感動していると、なのはの肩から降りてきたイタチのようなお供が話しかけてきた。

 

「あなた方はジュエルシードをご存知なのですか?」

「いんや。ジュエルミートとかジュエルチョコなら知ってるけど、それは知らね……ってか、チミは一体何者かね? 言葉を喋るイタチと遭遇するなんて、不思議体験アンビリーバボーなんですけど?」

「それを言ったら、あなた方も同じだと思いますけど……」

 

 自分のことを棚にあげるシロンに対して、ユーノは初ツッコミを決めた。

 このファーストコンタクトが、後に戦友となる2人の運命を結びつけることになろうとは、この時誰にも分からなかった。

 

 

 怪物退治を終えた一行は、校庭にあった遊具に腰掛けながらお互いの事情を話し合うことにした。まずは、観念したなのはたちからこれまでの経緯を聞いた。その内容によると、やはりなのはたちは、あの青い石――ジュエルシードを集めているらしい。

 そこまではシロンたちの予想通りだった。ジュエルシードを追うことで目的の魔法少女にも会えたのだから、その点に文句は無い。しかし、ユーノという存在は誤算だった。

 

「なるほど、ユーノは異世界から来たんだニャ?」

「はい。僕は、ここではない世界から来ました」

「……それは虚数空間を越えてきたということかニャ?」

「いいえ、違います。僕の出身地は、次元空間に複数存在する次元世界の一つです。そこでは、別の世界に移動する魔法があって、僕はそれを使って来ました」

 

 ユーノの言う次元世界とは【平行世界】のことであり、決して交わらない全く別の世界という意味だ。そのため、因果に縛られることがなく、次元空間という同一の場所に複数存在することが可能で、技術さえあれば移動することもできる。ようするに、高次元存在がそのように解釈して創造した世界だった。

 しかし、そんな事情など知る由もないシロンは、疑問に思ったことを聞いてみた。

 

「次元空間? 虚数空間ではないのニャ?」

「はい、違います。世界と世界の狭間には次元空間と呼ばれる超空間があるのですが、虚数空間はその更に外側にあって、今はまだ移動する手段がありません。だから、シロンさんたちもどこかの次元世界から漂流してきたんだと思いますよ?」

「ほほぅ、そういうことか……」

 

 ユーノの話を聞いてシロンは警戒心を強めた。自分たちが異世界から来たということは、なのはの口から彼に伝わっていると思っていたが、その懸念が当たっていたからだ。

 幸いにして、幼いなのははシロンの説明を全て理解できず、虚数空間を越えて来たという話は伝わっていなかったが、それでも猫妖精という種族は新発見なのでユーノの興味を大いに惹いていた。恐らく、未知の次元世界からやって来た次元漂流者だろうと当たりをつけて、解決法を考えていたのである。

 もちろん、只の親切心なのだが、嘘をついているシロンにとっては寝耳に水のありがた迷惑だった。

 

「なのはの話だと帰れる手段があるようですけど、もし大変そうでしたら、僕が時空管理局に問い合わせてみますよ」

「なにぃ!? 不可視境界線管理局だと!?」

「いえ、時空管理局です。簡単に言えば、次元世界をまとめて管理する警察ですね」

 

 またしても厄介そうな話が出て来た。どうやら、小鳥遊六花と対立している某組織とは無関係なようだが、名称からは似たような雰囲気を感じる。

 というか、あれは中二病の妄想で実在しないものなのだが……。

 

「時空警察とか時空ジャーナリストなら聞いたことあるけど、時空管理局なんてこの世界に無いニャよ?」

「それは、ここが【管理外世界】だからです。別世界に渡る能力を持たない世界は基本的に不可侵なのですが、次元漂流者を発見したと言えば助けに来てくれますよ」

 

 なるほど、確かに警察みたいな組織だ。とはいえ、なるべくなら関わり合いにならないほうがいい。セフィの存在がバレたら絶対揉め事になるはずだから、触らぬ神に祟りなしだ。

 

「……ですので、シロンさんの出身世界についてもっと詳しく聞かせてモガッ!?」

「おい、イタチ。あんま調子にのんなよ? 俺を怒らせると、かなり切ない目に遭うぜ?」

「……ふぁい。しゅみまへん」

 

 シロンはユーノの顔を片手で掴み上げると、理不尽な脅迫をした。言葉の意味はよく分からないが、とにかく逆らってはダメだと本能が告げている。

 得体の知れない恐怖を感じたユーノは、なんで怒られたのか分からないまま首を縦に振るのだった。

 

「ところで、なのは。こんな危ないことしてるのに、なんで恭也がいないのニャ? シスコン兄貴なら絶対ついてくると思うんだけどニャ」

「えっ? え~っとぉ……実はね、家族のみんなにも内緒にしてるんだ」

「ん~? なぜに?」

「それは……私にしか出来ない事だったし、みんなに迷惑かけたくなかったから……」

 

 なのはは、シロンの質問に対して自信なさげに答えた。シロンたちが来てくれた事でほっとしている自分に気づき、1人で頑張るつもりだった決意が揺らいでしまったのだ。

 そのような事情で落ち込んでしまったなのはを見て、ユーノは弁護を始めた。

 

「待ってください! なのはは、僕のお願いを聞いてくれただけなんです!」

「ほぅ、まさかお前が口止めしてたんじゃなかろうニャ?」

「いいえ、そこまでは……。でも、魔法でなければあれを倒せませんから、他の方に知らせても危険が増えるだけです。そもそも、魔法の事を管理外世界で話すのは管理局法に違反する行為ですから」

 

 こいつはなにを言ってるんだ? この期に及んで管理局法だと? ふざけやがって!

 最後の言葉を聞いて、シロンはムカッときてしまった。自分たちの法律を守って無関係の恩人を危険に晒すとは。勝手に厄介ごとを押し付けといて、なめた言い草しやがる。

 怒り心頭になったシロンは、目線を合わせるために猫形態になると、ユーノの頬に思いっきり猫パンチを浴びせた。

 

「バッキャロウ!!」

「ぐはっ!」

「語るに落ちたな、イタチ野郎! お前は我が身可愛さに、なのはの命を軽視したのニャ!」

「えっ!? そ、そんなことは……」

「じゃあ、なんで家族にすら秘密にしていた? 怪物との戦闘でなのはが大怪我する可能性もあったのに、そいつを知らせないたぁ言語道断! 管理局法とやらには恩を仇で返せと書いてあんのか、コラッ!?」

「!? ……いいえ、違います……」

 

 自分のミスを改めて指摘されて、ユーノは真っ青になった。無我夢中であったことと、なのはの才能に目が眩んでしまったことが重なって忘れていたが、暴走体との戦いは命がけなのだ。現に自分も死にかけたのに、なのはのことを気遣ってやれなかったとは……。

 

「僕は、なんてことを……」

「メソメソするな、男だろう! 泣いてるヒマがあったら、責任とって『娘さんを僕にください』ぐらい言って来いや、ああん!?」

「は、はい! ……って、なんでそうなるんですか!?」

 

 急に話の内容が変わってユーノは取り乱した。当事者の1人であるなのはは意味が分かっておらず不思議そうな顔をしているが、彼女に対してそれなりに意識があるらしいユーノには効果抜群だ。

 そんな純情少年の様子に気をよくしたシロンは、彼の首に腕を回して顔を寄せると小声でつぶやいた。

 

「ふっ、ありとあらゆるギャルゲーを制覇してる我輩にはまるっとお見通しだぞ、お前がなのはに惚れていることをニャ!」

「えっ!? い、いや、その、あの……」

「皆まで言うな! お前の想いが本物なら、応援してやらんでもないニャ。たとえ、人間とイタチという禁断の恋だとしても!」

「いや、イタチって、あの、僕は……」

「ええい、皆まで言うなと言ってるだろーが!」

「ぶふぅ!?」

 

 2度目の猫パンチで再び吹っ飛ぶユーノ。シロンは、恋愛に関してとてもスパルタだった。

 1人置いてけぼりになっていたなのはは、なし崩し的に師弟関係を築き始めた2人を見つめながら呆然としてしまう。そこへ、隣にいたすずかが話しかけてきた。

 

「なのはちゃん。魔法のことをみんなにお話しよう?」

「すずかちゃん。でも……」

「大丈夫、誰も迷惑だなんて思わないよ。私もシロンちゃんも、全力で協力するからから、ね?」

「……うん。ありがとう、すずかちゃん!」

 

 なのはは、自分でも意外なほどにすんなりと受け入れた。彼女は頑固者だが、理知的な側面も持ち合わせているので、シロンの言葉をちゃんと理解していたのである。ただし、恋愛に関することは、まだよく分かっていないが。

 

「上手く纏まりそうですね」

「ああ。まさしく、雨降って地固まるだな。友情とは、ぶつかることで深く結びつくものだ。傷つくことは、きっと無駄ではないさ」

「まぁ、一部はすっごい一方的ですけど」

 

 年上2人は、目の前で繰り広げられる青春群像劇を穏やかな心で見つめる。色々と問題は残っているものの、確実に前進することは出来たのだから喜ぶべきところだろう。

 だが、先ほどからすっかり黙り込んでしまっている獣が1匹いた。いつの間にかぬいぐるみの姿に戻っていたケルベロスは、何故か変な汗をいっぱいかいていた。

 

「どうしたんですか、ケロちゃん?」

「……いやぁ~、ど~もせぇへんで~? ほんまに!」

「はぁ」

 

 あからさまに態度がおかしいが、それにはちゃんと訳があった。彼が木之本桜という少女にクロウカードという魔法アイテムを集めさせた経緯が、なのはたちの状況と酷似していたからだ。 確かに、あれも命にかかわるような危険が結構あったなぁ……。改めて過去の激闘を思い出して冷や汗を出すケルベロスだった。

 

「あっち帰ったら、マッサージでもしたろ……」

「?」

 

 後日、ここでの経験を受け取ったケルベロスは、事情の分からないさくらにサービスして不思議がられるのであった。

 

「ところで、ジュエルシードを封印したいのですが、渡してもらえますか?」

 

 シロンとの対話(肉体言語)をなんとか終えたユーノは、ようやく本題に入った。なんか色々と話がこじれてしまったが、ここに来た目的を忘れてはいけない。しかし、ここでも彼の思惑を超えた展開になる。

 

「あー、アレね? アレは渡せないよん」

「えっ? なぜですか?」

「だって、まだお前の物って証明できてないじゃん。名前書いてないし」

「そ、そんな! あれは危険なものなんですよ!?」

「ええい、往生際が悪いな少年! この世界には、こういう故事があるのだよ! お前の物は俺の物、俺の物も俺の物!」

「すっごい横暴ー!!?」

「しかも、アレがお前の物と認定されたら、もれなく巨額の賠償金が請求されます! やったね!」

「ぐはぁ!!」

 

 全く考えていなかった経済的なリスクにユーノは撃沈した。

 確かに、迷惑をかけたのだから償いをしなければならない。たとえ国交の無い異世界でも、無視をしてはいけない事実だ。シロンも、その点を考慮してジュエルシードの譲渡を拒否したのである。決してネコババしようとかそんなんではないのだ。

 いい笑顔を浮かべたシロンは、その辺の事情をなのはたちによ~く説明した。巧みな話術で彼女たちを篭絡……もとい、納得させたので、今後は後顧の憂い無く活動できる。

 

「よし、今日からジュエルシード獲得競争の始まりニャ。お互いにベストを尽くそうぜ!」

「って、さりげなく爽やかに纏めようとしないでください!」

 

 こうして、おかしなジュエルシード争奪戦が始まるのであった。

 

 

 シロンとすずかの説得によって全てを話すことにしたなのはとユーノは、家族とアリサがいっぺんに集まれるように予定を組んだ。丁度、次の日にシロンたちも交えてサッカー観戦をすることになっていたので、それを利用することにした。

 家族が帰ってくるまで自宅で待ち、全員が揃った所で包み隠さず話を進める。

 事実を知らなかった面子は当然のように驚いたが、真摯な気持ちで謝るユーノの姿を見て許しを与えるのだった。話を聞けば、ジュエルシードを封印する必要があることも分かるからだ。あれが複数同時に暴れだしたら被害が甚大なものになることは想像に難くない。そんな最悪の事態を食い止めるには、魔法の才能があるなのはの力が必要だった。

 

「な~に、その辺は心配無用ニャ! 我輩たちが、なのはをビシバシ鍛えてやるからニャ!」

「ふふっ、とっても頼もしいわね、シロンちゃん」

「ニャフフ~、それほどでもあるけどニャ!」

 

 シロンは、なのはの母親である桃子に抱かれてご満悦である。彼女は3児の母ながらとても若々しくて美人さんなのだ。ぶっちゃけ、シロンのストライクゾーンど真ん中だった。

 

「ふっ、人妻との危険なアバンチュールを楽しむのもまた一興。ついに我輩も大人の階段を上る時が来たニャ!」

「って、そんなことさせてたまるかっ!」

 

 桃子の熟した胸を堪能していたシロンは、怒ったアリサに掴み上げられてしまう。

 

「あーん! 女神のパイオツが遠ざかってゆくー!」

「もう、ホントにおっぱい好きなんだから……。ところで、なのはを鍛えるとか言ってたけど、競争するんじゃなかったの?」

「まぁ、なのははまだジムレベルだからニャ。ジムスナイパーレベルになるまで面倒みないと危なっかしいニャ」

「へぇ、言葉の意味はよく分からないけど、なのはのことはちゃんと考えてるのね」

「もちろんだニャ。そして、ゆくゆくはガンダムレベルになったなのはをぶっ飛ばして、名実共に主役となるのニャ!」

「褒めた傍から野望が駄々漏れ!?」

 

 突拍子もないシロンの計画にみんなで苦笑する。この数年後、ガンダムのような強さを身につけたなのはが白い悪魔と呼ばれるようになることも知らずに。

 というか、その片鱗は既に現れていた。シロンの言葉に触発されたなのはが、急激にやる気を見せ始めたのだ。いつまでも弱いままではいられないから……。

 

「シロンちゃん! 私、魔法の特訓がんばるよ! これ以上みんなに心配かけたくないもん!」

「よく言ったぁ! それでこそ、流派東方不敗の一番弟子ぞぉ!」

「へぇ、流派東方不敗か。すごく興味深いね。どんな動きをするのか、ぜひ見てみたいな」

 

 シロンの冗談を本気にして、なのはの父親である士郎が身を乗り出す。彼は元ボディガードなので、こういう話は大好きなのだ。大怪我をして引退したくせに懲りない男である。

 そのやり取りを見ていた姉の美由希と兄の恭也もそう思い、一斉に呆れた声を上げた。

 

「もう、お父さんまで調子に乗って……」

「魔法の特訓なんだから見ても意味ないだろう」

「しかも嘘だし」

「ネタばれ早いな! っていうか、嘘なのかよ!」

 

 あっさり白状したシロンに恭也がツッコミを入れる。

 まったく、この猫は片時も油断できない。いつの間にか美由希に抱っこされてるし。

 

「シロンちゃん、嘘なんてついちゃダメだよ?」

「はーい、以後気をつけまーす、美由希お姉さま!」

「きゃっ、そんなに動いたらくすぐったいよ~!」

「眼鏡っ娘に栄光あれー!」

「って、おいお前! あんまり調子にのるな!」

 

 美由希の胸に顔をうずめて動き回るシロンに恭也の怒りが炸裂する。

 やっぱりこの猫は油断できないと、シスコン魂を燃え上がらせるのであった。

 

 

 以上のように、いつものペースで高町一家を引っ掻き回すシロンだったが、すっかり打ち解けて仲良くなることに成功した。その流れで、なのはのことを頼まれることになる。魔法に関して門外漢であることを自覚しての判断だったが、シロンはその信頼に応えて見せようと決意するのであった。何といっても、そうするためにこの世界へ来たのだから。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 なのはの魔法少女発覚イベントから1週間ほど経った。

 その間にシロンは、ミッドチルダ式の魔法とデバイス――魔法を使う際の補助として用いる道具――について研究した。なのはを特訓するための前準備という理由のほかに、他の魔導師と敵対することになった場合の備えでもあった。実際に仮面の戦士と戦っているので当然の行動だ。なのはたちの話ではそのような者たちと会った事はないらしいが、備えあれば憂いなしである。

 なのはをダシにユーノの協力を取り付けて異世界の魔法を学び、なのはが使う魔法の杖・レイジングハートを解析してデバイスの仕組みを理解していく。イオリア・シュヘンベルグと同等以上の優秀な頭脳を持ったシロンは短期間の内にそれらを自分の物とし、しばらく一緒に行動していたユーノは、彼の天才っぷりを心酔するまでになっていた。

 そして本日、4月の第3日曜日に、お茶会と称した進捗会議が催されることとなった。

 月村家のだだっ広い屋敷前にテーブルとイスを持ち出して、優雅なひと時を過ごす。面子は、3人の少女たちとユーノ、それにシロン一行だ。ノエルとファリンは屋敷内で仕事をしており、忍と恭也はどっかの部屋でイチャイチャしていると思われる。

 

「爆ぜろリアル! 弾けろシナプス! バニッシュメント・ディス・ワールド!!」

「なにそれ、魔法?」

「ううん、ちょっとした現実逃避」

 

 お子様にはお見せできないであろうことをしている恭也たちに嫉妬しつつも本題に入る。

 

「え~、連日にわたるユーノとレイジングハートの協力により、なのは・ガンダム化計画の準備が整いました。この場を借りてお二方には感謝を伝えたいと思います。サンキュ、お前ら!」

「こちらこそ、すごく勉強になったよ!」

<No problem (お気になさらず)>

「2人ともおつかれさま~………………ってゆーか、ガンダム化ってなに!? 嫌な予感しかしないんだけど!」

 

 おかしな単語を聞き取って、思わずノリツッコミを決めるなのは。魔法の特訓をする気はあるが、得体の知れないものにされては困る。なのはは、誤魔化すように口笛を吹くシロンに詰め寄ってガンダムとは何なのかを聞き出そうとした。

 そんな2人の様子を見つめながらアリサは考え込む。自分も魔法が使えたらと。

 1週間前、ユーノから魔法の話を聞いた際に自分も使えないか尋ねてみたら、念話が聞こえない時点で資質は無いとの答えが返ってきた。とても残念だが、そのような証拠があるのなら魔法は使えないのだろう。それでも、なのはと並んでがんばりたいという気持ちが燻っていた。

 

「ねぇ、シロン。私にも魔法が使えるようになる方法ってないのかな?」

「あるよ」

「そっか、やっぱりないよね……って、あるの!?」

 

 ダメ元で聞いてみたら超意外な返事が返ってきた。その言葉に他のみんなも驚く。

 

「本当に!?」

「本当ニャ」

「私でも使えるようになるの?」

「もちろんすずかも使えるニャ」

「でも、アリサとすずかには魔法の資質がないんだよ?」

「あ~、リンカーコアとかいうヤツね。そんなモン無くても魔力を作り出せる機関があるから平気へっちゃらさ。そいつとデバイス技術を融合すれば、【なんちゃって魔法少女】の出来上がりニャ」

 

 シロンの言っている機関とはCNドライヴのことである。リニスに使われている小型CNドライヴを解析した結果、魔法で縮小していることが分かり、再現することが可能になったのだ。小さくなっている分、出力も低下しているが、それでもSランク近いパワーを出せるので、少女1人を魔法使いにするには十分だ。

 しかし、ユーノにしてみたらとんでもない話だった。

 

「それって、ロストロギア級の大発明じゃないか!? もし、管理局に知られてしまったら、いきなり拘束されるかもしれないよ!」

「ほう、管理局とはそれほど物騒な組織なのかね?」

「はい。軍隊に近い側面もあるので多少強引な手段を用いることもあります。でも、このような場合は仕方ないかもしれません。もし、そんな技術が次元世界に広まってしまったら、世界の秩序を根底から覆してしまう可能性すらありますから」

 

 ユーノの危惧していることは強ち的外れではない。強力な魔法資質を持った人間が極端に少ないからこそ平穏が守られているのに、誰でも高ランクの魔導師になれるようになったら現在の秩序など呆気なく瓦解してしまう。

 

「まぁ、そうなるだろうね。でも、我輩だってちゃんと考えてるニャ」

 

 シロンの考えた対策はセフィの能力を使うことだった。CNドライヴを装備した物に対して【自分の常識内にある物と誤認する】ように願えば、事実を知っている者以外には認識できなくなる。もちろん、グラハムとリニス以外には内緒だが。

 

「後は、ユーノさえ黙っていてくれればいいのニャ。考えてみろ、なのはたちが管理局のロリコン野郎どもに捕まって、ちょめちょめされたら許せないだろ? 男として!」

「……う、うん! 言葉の意味はよく分からないけど、みんなに辛い思いはさせたくないよ!」

「どう見てもシロンのほうが悪役よね?」

「そうだね……」

 

 強引かつ腹黒いシロンの説得によってユーノは篭絡されてしまう。そもそも、彼自身だって、仲良くなったシロンたちに危害が及ぶことなど全く望んでいない。だからこそ、あえて否定的な意見を上げる。

 

「でも、それなら尚更アリサ用のデバイスは作らないほうがいいよ」

「なによユーノ、私の邪魔をする気?」

「そんなつもりはないけど……。ただ、君たちの安全を考えれば当然の結論だよ」

「ふむ、確かにユーノの意見は一理ある。だがしかし、アリサの決意を否定する権利は誰にも無いニャ。大好きななのはの力になってあげたいというツンデレの決意をな!」

「人の心を勝手に読むな!」

「ジオングッ!」

 

 本心を言い当てられて怒ったアリサにアイアンクローを食らうシロン。そこだけ見ればお笑い話であり、実際になのはとすずかは微笑んでいる。だが、アリサの参戦を否定しなかったため、ユーノだけは渋い顔になった。

 無論、素人の少女を容易に巻き込むべきでないことはシロンも理解している。

 ただ、ジュエルシードという脅威がある以上、対抗手段を持たせることはそれほど間違った判断でもない。街を破壊するほどの力があるらしい暴走体に襲われたら死んでしまう可能性もあるからだ。それに加えて、元々モビルアールヴを使い易くするアイデアを考案していたこともあり、シロンも乗り気になったのである。

 因みに、アリサにデバイスを作る気になった一番の理由は、ただ単純に質問をされたからだ。忍たちは特異な出自ゆえに異能の力を求めようとはせず、高町一家はユーノの言葉を鵜呑みにしてシロンに同じ質問をすることはなかった。ようするに、彼らには縁が無かったのだ。

 更に言えば、CNドライヴの数も限られており、予備の3基だけしか使えないという現実的な制限もあったため、シロンも積極的にアピールしなかった。というか、野郎の変身など見たくないので、恭也が頼んできても聞く耳持たなかったと思われる。今回、話が成立したのはアリサが美少女だったおかげでもあった。

 

「ふぅ、頭がもげるかと思った!」

「そんなことより、私のデバイスを作ってくれるのよね?」

「よ、よろこんで……と言いたいところだけど、ちゃんとデビットの許可を取ってからでないとダメニャ」

 

 デビットとは、大会社の経営をしているアリサの父親である。

 以前助けてもらったハロを気に入ったアリサが、父親の会社で作れるようにシロンと計画を進め、数日前に初顔合わせを果たしていた。その際、デビットは賢くておバカなシロンのことを大いに気に入り、今ではお互いに信頼が置けるほどの仲となっていた。

 

「パパの許可を取ればいいのね、分かったわ。許してくれなきゃ抱きつくの禁止って言えば一発でオッケーよ!」

「哀れデビット! あなたの娘さんは結構やり手ですニャ!」

 

 自分のせいだという事を棚に上げてデビットに同情する。ちょっと可哀想だから、後で愚痴でも聞いてやるニャ。

 なんてことを思っていたその時、これまで静かに話を聞いていたすずかが意を決したような表情で話しかけてきた。

 

「シロンちゃん、私のデバイスも作ってくれないかな?」

「えっ、すずかの分も?」

「本気なの? デバイスを持つってことは戦うってことなのよ?」

「うん……本音を言えば戦いたくないけど、それでもみんなを守れるような力を持ちたいの。もう怖がってるだけなのは嫌だから……」

「すずかちゃん……」

 

 俯くすずかの姿を見て、みんなはルガールの一件を思い出した。あの出来事は、予想以上に少女たちの心に影響を与えていたのである。

 ただし、マイナス方面にではない。

 自身の弱さに気づいた彼女たちは、それぞれの方法で成長する道を模索し始めたのだ。眩しいまでのひたむきさ。それこそが子供の特権であり、未来を切り開く力だ。ならば、先達として手助けしてやるべきだろう。彼女たちが選んだ魔法という道を。

 

「分かったニャ。ご両親の許可を得られたらすずかの分も作ってあげるニャ」

「うん、ありがとう!」

「な~に、注文されたから承っただけニャ。後は、ほれ、報酬さえ貰えれば万事解決ニャ」

「報酬?」

「その通~り。世の中みんなギブアンドテイク。社会ってのはそうやって動いてんの。ゆえに、お子様と言えど、甘やかすわけにはいかんのだよ!」

「見た目に似合わずリアリストね!?」

 

 シロンは、ファンシーな見た目に反して世知辛いことを言い出した。確かに、タダでやるには大きすぎる仕事だが、その代金となると一体どれほどになるか見当もつかない。普通に考えれば小学生が払える金額ではないはずだが……。

 

「とゆーことで、我輩が大好きな翠屋のシュークリーム10個で手を打とう!」

「「「「思いのほか安かったー!!?」」」」

 

 なのはたちは揃って驚きの声を上げた。特に、ユーノは信じられないといった表情を浮かべる。次元世界を揺るがしかねないものがシュークリーム10個分だなんて、いくらなんでも安すぎでしょ。

 しかし、この話はシロンの発明家としての欲求を満たすためでもあるので、報酬に関係なくギブアンドテイクの関係は成立している。シュークリームを要求したのは、只単に食べたかっただけだ。

 

「翠屋のシュークリームがあれば、我輩は後10年は戦える!」

「そんなに気に入ってるんだ」

「えへへ~、経営者の娘としてはとっても嬉しいな」

「う~ん、僕は素直に喜べないよ……」

 

 1人落ち込むユーノを除いて子供たちは笑顔になる。みんなで魔法が使えると思ったらとても嬉しくなってきた。これなら特訓も楽しいものになるだろうと期待に胸を膨らませる。

 だが、それを行う前に問題が発生した。前にも経験したことのある大きな魔力反応が感じられたのだ。割と近い場所だったので、感知できた者は警戒心を強めた。

 

「この反応、ジュエルシードが発動したのだろう、少年?」

「は、はい! 間違いありません。どうやらこの屋敷の敷地内にあるようです」

「えっ、そんな近くに?」

「それじゃあ、すぐに封印しなきゃ!」

 

 なにはは、テーブルに置いてあったレイジングハートを握り締めると、すぐに駆け出した。パートナーのユーノも彼女の後を追いかけていく。

 

「なのは!」

「アリサちゃんたちはここで待ってて!」

「でも……」

「なのはの言う通りにしておくニャ。今ついて行っても危険なだけだから」

「……分かったわ。なのはのこと頼んだわよ」

「おうともよ! リニス、2人のことを頼んだニャ!」

「はい、任せてください」

 

 給仕をしていたリニスに言葉をかけて、シロンとグラハムも現場へ向かっていく。

 まったく、こんな身近にあったのに気づかなかったとは、何たる失態。自身の迂闊さに怒りを覚えながらもなのはに追いつき、共に目的地へと向かう。

 はたして、そこにはなにが待ち構えているのだろうか。

 

 

「でっけー猫がいましたー!?」

 

 速攻でネタばらしをすると、シロンたちの目の前には頭頂高が40mほどもありそうな超大型黒猫がいた。見覚えのある猫だったが、月村家の飼い猫ではない。首に青いバンダナを巻いたあの黒猫はまさか……。

 

「また会えたな、白い小猫よ!」

「やっぱヅラかよ!」

「ヅラじゃない、桂だ!」

 

 お馴染みのセリフで分かるように、この黒猫は桂小太郎だった。

 言葉を喋るバカでかい黒猫が目の前にいるというとってもシュールな光景に、なのはとユーノは目が点になる。

 

「し、知り合いなの?」

「まぁそんなとこだけど……なんで大きくなってんだよ。非常識にも程があるだろ。せめて、地球生物の範疇には留まってくれよ」

「そう邪険にするものではない。人間が怪獣ジャミラになってしまった、あの時の悲劇を忘れたのか?」

「そんな古いネタ、子供にゃ分かんねーよ!」

「とか言いつつ、普通につっこんでいるではないか」

「ええい、そんなことはどうでもいい! それより、セットで付いてくる銀さんはどこニャ?」

「ああ、銀時なら……ここにいるぞ」

 

 桂はそう言うと、バカでかい前足を使って自分の足元を指差した。見ると確かに銀時の姿がある。肉球の形をしたでかい足跡の中心に、サイバイマンにやられたヤムチャのような格好で倒れているが。

 

「くっ、お前ほどの男が登場する前にやられてしまうなんて!」

「いやいや、どう見てもお前が踏んだろソレ!?」

「仕方がなかったのだ。これには深いわけがあるのだからな」

「深いわけニャと?」

「そう、あれは今から5分前のことだ……」

 

 以前と同様に突然召喚されてきた桂は、これまた同様に便意を催していた。

 

「回想始まって早々にソレかよ!? ってか、なんで毎回そのタイミング!?」

「俺は強運の持ち主だから、運が尽きることはないのだろう」

「上手いこと言ってるけど、内容はサイテーだよ!」

 

 思わず【うん】について揉め始めたが、続けるのもアレなので話を戻そう。

 とにもかくにも催してしまった桂は、落ち着ける場所を探して辺りを歩き回った。その時、草むらに落ちている青いひし形の石を見つけてしまう。明らかに人工的なものなので何だろうかと近づくと、それに反応するように石は神秘的な光を放って桂を魅了した。その姿はまるで……ウルトラマンのカラータイマーではないか!

 

「それを見てつい童心に帰ってしまってな、石を胸に当てて『デュワッ!』っと叫んだら、ご覧の有様になっていたのだ」

「いい年こいてなにやってんのー!?」

 

 ようするに、大きくなりたいという願いが正しく叶ってしまった訳だ。哀れな銀時は、その際に巻き添えを食らったのだろう。

 

「なんてこった! こいつは偶然ジュエルシードを拾って幼稚な願いを叶えちゃったのかよ!」

「信じられない! よほど純粋な意識でなければ願いは正しく叶わないのに……」

「あいつの思考がそれだけ単純だっただけニャ」

「失敬な! そこは『子供のように純粋な人なんだ~、素敵!』と感心するところだろう?」

「お前はもう黙ってろ!」

 

 これ以上不毛な争いをしていても埒が明かない。早いとこ、アレをぶっ飛ばしてしまおう。

 とはいえ、相手はサイコガンダム並みのでかさなので、人間サイズでは大変そうだ。それなら、アレの出番だろう。

 

「久々に暴れるぞ、グラハム!」

「望む所だと言わせてもらおう!」

 

 息を合わせたシロンとグラハムは、ビルドカードを取り出すとそれぞれの愛機を召喚した。グラハムの機体は前にも使ったフニャッグカスタムだが、シロンの機体はアルニャトーレの内部に格納されていたアルニャアロン……別名【金ジム】だった。

 

「「なんかすごいの出て来たー!!?」」

 

 あまりに世界観の違うロボットが出てきたので、なのはたちはビックリした。あれって明らかに魔法じゃないよね。っていうか、私たちの出番いらないんじゃない?

 思わず呆然となり、自分たちの存在意義について考え込んでしまう。

 そんな微妙な空気の中、人間形態となってそれぞれの愛機に乗り込んだ2人は、早速、桂に向けて攻撃を開始した。

 

『会いたかったぞ、フニャッグ! やはりお前は空が似合う!』

『行くぜ金ジム! この世界での初陣と洒落込もうぜ!』

 

 大空へと舞い上がった2機は、まず手始めにCNビームライフルを連射してチクチクと攻める。もちろん、非殺傷設定の魔法攻撃だが、狙いどころが容赦なかった。

 

『サイズの違いが勝敗を分かつ絶対条件ではない!』

『そうニャ! 急所を狙えば超大型巨人だって倒せるニャ!』

「おい、止めろ!? そんな切ないところばかり狙うんじゃないっ!!」

『大丈夫ニャ! 痛いのは最初だけってよく言うだろ?』

「それ意味違うから! 詳しく言うとR-18になっちゃうヤツだから!」

 

 いきなり襲われた桂は、とりあえず防御に徹した。意外なことに、グラハムたちの攻撃は巨大な肉球によってほとんど防がれてしまっている。日頃から真選組と追いかけっこをしている彼はでかくなってもやたらと機敏で、憎たらしいまでにしぶとかった。

 

『ええい、これでは切が無い! 私は見た目以上に性急(せっかち)な男なのだよ……!』

 

 業を煮やしたグラハムは、ライフルを捨ててCNビームサーベルを抜き放つ。接近戦で決着をつける気なのだ。

 意図を察したシロンの援護を受けて桂の背後を取ると、そのまま間髪を入れずに急下降する。そして、地面に激突する寸前に引き起こし、巨大猫の股下を強襲した。

 見事な機動で完全に死角を突いた。これには桂も対応できず、棒立ちのまま攻撃を受けるしかなかった。

 

『その巨体、私の愛で貫いてみせよう!』

 

 CNビームサーベルを構えたフニャッグカスタムは凄まじい勢いで腕を突き出し、その切っ先を桂の【尻の穴】に突き刺した。

 

「ふおおぉぉぉお~~~~~~~!!?」

『これが私のフルブラスト! この熱き想い、存分に受け取るがいい!!』

 

 そう叫ぶと同時に、全ての魔力をCNビームサーベルに回した。CNドライヴから生み出された膨大な魔力が桂の体内で暴れ回り、ジュエルシードが作り出した幻想をぶち壊してゆく。

 夢の終わりが始まると、桂の巨体が眩い光に包まれて一瞬視界がホワイトアウトする。そして、次の瞬間には元のサイズに戻った彼とジュエルシードの姿があった。

 

『ようやく終わったな……』

『ああ、トップファイターである私をここまで苦戦させるとは。賞賛と敬意に値する!』

「綺麗に纏めようとしても無理だからね!?」

 

 ユーノの言う通りだった。

 最後の決め手があまりにもお下品だったため、直視してしまったなのはの顔が真っ赤になってしまう。流石に、いたいけな少女の前であんな光景を見せてはいけなかった。

 とはいえ、大きな被害を出すことなくジュエルシードを確保できるのだから、これ以上の文句は言えない。とりあえず、今回の勝負はなのはたちの負けとなった。

 シロンとグラハムはモビルアールヴをカードに戻すと、猫形態に変身しながら戻ってきた。機動兵器まで持ち出して大人気ないとは思うが、とにかく勝ちは勝ちなので、なのはの代わりに封印作業をする。

 

「さぁて、後はジュエルシードを封印するだけ……って、なにぃ!?」

 

 目的の場所に視線を送ったシロンが驚愕の声を上げる。なんと、気絶していると思っていた銀時が、いやらしい笑みを浮かべながらジュエルシードを手にしているではないか。

 

「ちょ、おま、なにやってんの!?」

「はっ、んなモン決まってんだろ? こいつを使って、【一生遊んで暮らせる銀さん帝国】を築くんだよ!」

 

 実に彼らしいおバカな願いだった。

 

「なにそのマダオ(まるでダメな男)発言!! ってか、その石が何なのか分かってんの?」

「ああ、気絶してるフリをしながら全部聞かせてもらったぜ。主人公の俺がヤムチャのモノマネすんのはすっげぇ屈辱だったが、こいつと引き換えならその甲斐もあるってもんだ!」

「腐ってやがる! ダメすぎたんだ!」

「なんだよお前、さっきから人を長谷川さんみたいに言いやがって。ドラゴンボールが目の前にあったら誰でも夢が膨らむだろーが。今なら、世界征服を企んだピラフ一味の気持ちがよ~く分かるぜ」

「少年漫画の内容を真顔で語ってる時点でダメなんですけど!」

 

 やはり、この男とまともに会話するのは不毛だった。中学生が昼休みにジャンプ派かマガジン派かで論争してるみたいなモンだ。

 そんなことより、今はジュエルシードだ。あれが再び暴走したらまた面倒なことになる。うだつが上がらないアラサーおじさんにいつまでも付き合っている場合ではないだろう。

 

「それは危険なものニャ! さっさとこっちに返すニャ!」

「おっと、その手にゃ乗らねーよ! 先に拾ったのは俺だしぃ、こっちの国には、剛田総理が作った【お前の物は俺の物、俺の物も俺の物】っていう有名な法律があんだよ!」

「お前らの国に総理いねーだろ! ってか、法律でもねーし!」

「女性の嘘は魅力となるが、男のそれは罪となる! 恥を知れ、天パ猫!」

「って、あなたたちも同じこと言ってたよね!?」

 

 確かに言っていたが、それはそれ、これはこれである。シロンたち3匹は、まるでユーノのツッコミを無視するように激しい戦いを繰り広げ始めた。

 鋭い猫パンチの応酬で、観戦しているなのははニコッとしてしまう。だって可愛いんだもん。じっと見ているうちに、今すぐすずかたちを呼びに行きたい衝動に駆られる。

 その時だった、気持ちのいい晴天に雷鳴が轟いたのは。

 

<Thunder rage get set>

 

 どこからか機械的な男性の声が聞こえてくるのと同時に轟音が鳴り響き、喧嘩を続けているシロンたちの真上に一筋の雷光が降り注いだ。

 

「「「「あばばばばば!!?」」」」

 

 シロンたち3匹に加えて地面で伸びていた桂も巻き添えを食らい、4匹仲良く動きを止める。そして今度は、可愛らしい少女の声が聞こえた途端に、先ほどよりも激しい雷撃が炸裂した。

 

「サンダーレイジ!!」

「「「「ぐはぁ~~~~~~~!!?」」」」

 

 強力な電撃を不意打ちで食らった4匹は、プスプスと煙を出しながら悶絶してしまう。グラハムたちはもとより、流石のシロンも無防備な猫形態では耐え切れなかった。

 そんな彼らの惨劇を見てユーノは驚く。今の電撃は魔法だ。しかも、自分の知っているミッドチルダ式である。なぜそんなことが分かるのかと言えば、シロンたちの上空に見慣れた魔法陣が浮かんでいるからだ。

 

「まさか、本当に僕たちの他にも魔導師がいるのか!?」

「えっ!?」

 

 シロンから仮面を被った魔導師がいることを聞いていたユーノは身構え、それに釣られたなのはも警戒しながら上空を見上げた。しかし、彼らの視線の先にいる人物は、男性ではなく少女だった。魔法陣が消えた場所に1人の少女が浮かんでいたのだ。

 黒いバリアジャケットに身を包んだ金髪ツインテールの美少女が、涼やかな眼差しでこちらを見つめている……。

 彼女こそ、もう1人の魔法少女……後に、なのはのライバルとなるフェイト・テスタロッサだった。




やっとフェイトを出せました。
一応、彼女はヒロイン候補です。


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エピローグ
第10話 あれからもう10年か……【無印】


いきなりエピローグでナンジャコラと思われたでしょうが、これまでのペースでは完結できないと判断して大幅に短縮することにしました。
エピローグの内容は、各シリーズのダイジェスト的な話を加えた後日談となっております。
ユーリとマテリアル娘の話がどうしても作りたかったので、13話から大活躍(?)します。
因みに、残りの話数は全部で10話程度を予定しております。

とまぁ、情けない感じになってしまいましたが、最後までお付き合いしていただけたら幸いです。


 ミッドチルダの首都クラナガン近郊に建てられた立派な邸宅。ここは、シロンたちがミッドチルダで活動する際の拠点として使っている場所だ。いわゆる秘密基地的なものなのだが、表向きは新進気鋭の実業家が住むお屋敷として通っている。管理局にいる伝手を最大限に活用して、8年前にこちらの世界で起業したのである。

 ケット・シーの技術とこちらの技術を掛け合わせた製品はとても性能が良く、今では多くの管理世界で快く受け入れられていた。ただ、それは表向きの話で、実際はその会社が齎す旨味を隠れ蓑に裏で色々と暗躍している。この世界の【ソレスタルビーイング】として、管理局の歪みを断ち切るために。

 とにもかくにも、そういう訳有り邸宅な訳だが、その一室では猫形態のシロンと2人の金髪美幼女がのん気に会話を楽しんでいた。

 

「……それがフェイトとの初めての出会いニャ」

「へぇ~、フェイトお姉ちゃんって子供の頃は暴れん坊だったんだね~」

 

 シロンを膝に乗せて彼の語る昔話を聞いていた金髪碧眼の少女は、優しいお姉さんの意外な過去に関心を寄せる。あのお淑やかなフェイトにそんなバイオレンスな過去があったとは、今の彼女からはまったく想像できないからだ。とても仲が良いシロンとフェイトがかつて敵対していたなど少女にとっては寝耳に水だった。

 もちろん全ては事実であり、否定できない過去である。しかし、【暴れん坊】という言葉に納得できない人物が隣にいた。彼女と同じ背格好の少女、高町ヴィヴィオだ。とある事件の後になのはが娘として引き取った少女なのだが、なのはと同じくらいフェイトが大好きな彼女は、プンプンと怒りながら反論してきた。

 

「フェイトママは暴れん坊なんかじゃないもん! たぶん、その時は恥ずかしかっただけだよ!」

「え~、恥ずかしいからってカミナリ落としちゃうのはおかしいんじゃないかなぁ?」

「おかしくないもん! 【魔導師にとって魔法は言葉なのよ】ってなのはママも言ってたもん!」

「なんという肉体言語! 確かに、ボールは友達とか言いながら無慈悲に蹴っ飛ばす感じでスターライトブレイカーぶっ放してるもんニャ……」

 

 2人の少女たちの会話を聞いていたシロンは遠い目になる。彼自身もなのはのお話(魔法攻撃)をフェイトやユーノと共に幾度となく食らっていたから手に取るように実感できる。軽い気持ちでガンダム化計画という名の猛特訓を完遂したことをちょっとだけ悔やんでしまいそうだ。

 それもそのはず、あれから【10年経った】今、高町なのはは名実共に次元世界最強の魔導師となって【管理局の白い魔王】とまで言われるようになってしまっていたからだ。あろう事か、一部の高官でさえ【なのはさん】と敬語を使うようになる始末である。

 シロンとグラハムらの手により子供の頃から適確な訓練を受けた彼女は、成人を前にして最強の魔導師に成長していた。本来の歴史で大怪我をするはずだった事件も無傷で切り抜け、現在も完璧な健康を維持しながら戦技教導官として日々精進している。恋人のユーノも激しい訓練につきあわされて、最近では苦痛がカイカンになっているとかいないとか。仲は良いんだけど、2人の行く末が若干心配である。

 しかも、そんななのはの子供となったヴィヴィオもまた、彼女と同様に武闘派の道を歩み始めていた。魔法の腕前はまだまだ母親に及ばないが、とりあえず考え方はソックリになってきているようだ。

 

「とにかく、なのはママとフェイトママは暴れん坊じゃないの! ちょっぴりやんちゃなだけなの!」

「う、うん、そうだね……」

 

 ヴィヴィオの力説を隣で聞いているもう1人の少女【アルマ】は、苦笑いを浮かべながらうなずいた。

 彼女は6年前に生まれたグラハムとリニスの愛娘で、ほぼ同い年のヴィヴィオとは親友の間柄だ。リニスの子供を生み出す部分は生身のままだったので、アルマには戦闘機人としての機能は一切受け継がれず、純粋なケット・シーとしてすくすくと育っている。

 

「(アルマは母親似でホント良かったニャ~。ちゃんと空気というものを読めているニャ。父親と違って)」

 

 シロンは、そんなことを思いながら彼女の親を思い浮かべる。

 かなり早い段階からグラハムに惚れていたリニスは当初から積極的にアタックしていたが、彼女が本腰を入れるようになったきっかけはフェイトとの出会いだった。10年前、温泉に行った際に2人は初めて出会うことになったのだが、その時にリニスの【前世の記憶】が蘇ったのである。かつて、家族のように接していた頃の記憶を。

 なぜそのような超常現象が起こったのかと言えば、世界の仕組みに理由があった。

 3次元世界を構成するための記録媒体である虚数空間は、それぞれの世界で死亡した存在を再利用できる因果情報として全て記録している。ようは著作権がフリーになった状態なのだが、その情報に目を留めた上位存在によって死亡した存在が別の世界で生まれ変わることがある。それが輪廻転生の仕組みであり、今のリニスはシロンのいた世界に転生してきた存在なのだ。そして、奇跡とも言えるような偶然が重なって元の世界へと戻ってきたリニスは、縁の深いフェイトに認識されることによって世界自体からも転生前のリニスと誤解され、それをきっかけに過去の因果情報が流れ込んできた。魂と呼ぶべきものが同じなので、このような奇跡体験が起きたのである。

 こうして、リニスはフェイトたちとの縁を取り戻したのだが、そのせいで母性が更に強くなり、グラハムに対する愛が異様に高まってしまった。それが功を奏して、当のグラハムもガンニャム並に手強い存在となったリニスに惚れこんでしまい、3年ほどのお付き合いの後にめでたくゴールインとなったのである。その際グラハムは――「よもやこの私が撃ち落とされようとは。あえて言わせてもらおう、君こそトップファイターであると!」――なんてことを言って褒め称えたとか。やっとまともな恋愛をするようになったかと思ったら中身は相変わらず微妙だった。そんな彼にぞっこんなリニスも、やっぱりどこか変わっているのかもしれない。

 そういえば、一見まともそうなユーノもフェレットに変身して女性を騙す趣味を持った(?)淫獣だし……この少女たちの将来に一抹の不安を覚えずにはいられない。

 

「うむむ……改めて考えると、この子たちの親は変人ばかりニャ。となれば、良識人である我輩がしっかり教育せねばなるまい! 主に保健体育的な方面で!」

「って、ナニを教える気なのよ!」

「どきりんこ!?」

 

 シロンは、怒気を含んだ言葉を不意にかけられて驚いた。誰かは声で分かっているものの、一応目視で確認してみると、やっぱり魔王……もとい、高町なのはだった。彼女の長いサイドポニーが強大な魔力で生き物のように揺らいでいるように見える。その様子を見ているうちに、子供用の半ズボンを華麗に着こなすマッチョな彼を思い浮かべてしまう。

 

「なのはさんがゴンさん化!?」

「よく分からないけど、とっても侮辱されてる気がする……というか、ゴンさんって誰よ?」

 

 腕を組みながらプンプンしているなのはは、10年経ってもネタの引き出しが尽きないシロンに呆れた視線を向ける。そんな彼女の傍には、親友のフェイトとその使い魔のアルフ、そして、先輩ママさんのリニスがいて、みんなで仲良くヤレヤレといったような表情をしていた。

 これから子供たちと買い物に出かける予定なので、4人とも素敵な私服でめかしこんでいるが、そんなことなどお構い無しに普段通りの会話を進める。

 

「アルマ、シロンお兄ちゃんに変なことされなかった?」

「ううん、大丈夫。シロンお兄ちゃんは優しかったよ?」

「おいしいお菓子をくれたし、とっても【しんしてき】だったよ」

「実際は変態という名の紳士ですけどね」

「コラ、そこのママさん。しょっちゅう子守させるくせに、あらぬロリコン疑惑かけないでくれる!?」

 

 シロンは、すっかり母親が板に付いたリニスに文句を言う。戦闘機人である彼女の身体は年をとらないので今でも15歳くらいの少女に見えるが、中身は立派なお母さんとなっていた。

 現在彼女は、とある事件で確保された戦闘機人の少女たちを更生させるために管理局で働いている。そのため、同僚とも言えるなのはたちと行動を共にする機会が多くなっていた。特になのはとは同い年の娘がいることもあってかなり親しくしている。今日も、子供たちの服を買いに行くためにわざわざ休日を合わせていた。別の用件で休日を取っていたシロンがヴィヴィオらの世話を任されていたのは、リニスたちの準備を待っていたからだ。まったくもってとんだ災難である。

 子守と言えば普段はアルフのお仕事なのだが、今日は久しぶりにフェイトとお出かけできるという事でかなりはしゃいでいるらしく、不貞腐れてるシロンのことをからかい始めた。

 

「やーい、ロリコン! 変態紳士ー!」

「ええい、我輩はおっぱい党だから貧乳なんかに興味はない!」

「そんなしょーもないことを堂々と言うな!」

「へん! てめぇがロリっ子になったからってムキになってんじゃニャーよ、バーカバーカ!」

「うがー!! なんてムカツク奴なんだ!?」

 

 逆襲とばかりに子供の姿をしたアルフをからかうと、案の定つられて怒り出した。彼女は外見年齢16歳の姿で誕生した使い魔だが、主であるフェイトが管理局で働きだしてからは彼女の魔力負担を軽減するために子供の姿でいることにしたのである。まぁ実際の年齢が12歳なので、今の姿の方が正しいとも言えるが。

 

「あーもう、フェイトからもガツンと言ってやってよ!」

「そうだね、子供たちの前では変なこと言っちゃダメだよ、シロン?」

「はーい、ごめんちゃい☆」

「ふふっ、良い返事ですねー」

 

 素敵なおっぱいを持つ彼女には逆らうことなどできないので素直に謝る。そんなシロンに機嫌を良くしたフェイトは、彼の身体をぎゅっと抱きしめた。彼女にとってシロンは自分と家族を救ってくれたヒーローであり、愛しい想い人でもあるので、このくらいのスキンシップは望む所なのだ。

 嬉しそうに微笑んだフェイトは、恥ずかしさで頬を赤く染めながらも豊かな胸で優しく包み込む。19歳になった彼女の胸はシロン好みに大きく育っており、素晴らしい魅力に満ち溢れていた。

 だがしかし、猫形態のシロンにとってその美しい双丘は凶器でもあった。正面から抱きしめられると、ほぼ完全に頭が埋もれて息ができなくなるのだ。

 

「(お、溺れるぅ~! 幸せに溺れて昇天しちゃうのぉ~!!)」

「えへへ~、シロンは温かいね~♪」

「シロンお兄ちゃん、なんかピクピクしてる~」

「彼は今、幸せを噛み締めているのよ……」

 

 なのはは、ヴィヴィオの頭をなでながら生暖かい視線を送る。デンジャラスなこの光景は、割と日常茶飯事に起きていることだった。なのはと共に管理局へ入局したフェイトは次元航行部隊所属の執務官となったが、シロンが絡むとごく普通の恋する乙女になってしまうのだ。

 

「あー死ぬかと思った!」

「ごめんね、シロン。また調子に乗っちゃって……」

「なーに、いいってことよ。会うたびに死に掛けてるからもう慣れたニャ!」

「ある意味最強のマゾだよね……」

「おっと、そんな褒め言葉を言ってるヒマがあったら早く出かけたほうがいいぞ? 時は金なりと言うしニャ」

「うん、そうだね……って、さりげなくマゾってこと認めてる!?」

「ふっ、過ちを認める勇気もまた必要なのだよ。人が前に進むためにはな」

「カッコイイセリフだけど、内容はしょっぱいですね……」

 

 かなりしょーもないシロンの告白にドン引きしつつ、なのはたちは揃って表に出て来た。ここからはリニスの所有しているワンボックスカーで中心街まで移動することになっている。しかし、リニスが車庫へ向かおうとしたところでシロンが待ったをかけた。

 

「リニス、車は必要ないニャ」

「えっ? どうしてですか?」

「それは、アイツに頼めばいいからニャ」

 

 そう言ってシロンは、庭に生えている木のてっぺんを指差した。一見すると何も無いが、よく目を凝らしてみると、身体がボンネットバスのような巨大なネコが木の上に立っている姿がうっすらと見えた。

 

「「「ネコバスだー!」」」

 

 大人と違ってはっきりと姿が見える子供たちがその正体をズバリ言い当てる。

 彼女たちの言う通り、彼はとなりのトトロに出てくるネコバスだ。例の、異世界の猫と出会える願い――【猫召喚】は10年経った今でも健在であり、最近では来て欲しい存在を強く思い浮かべることである程度コントロールすることができるようになっていた。

 因みに、ネコバスは本来なら子供にしか見えない存在だが、同じようなメルヘン存在である魔導師にはかろうじて見ることができる。大人になっても恥ずかしげもなく変身できる理由がそこにあった。でなければ、19歳で魔法少女と名乗れるはずがない。まぁ、なのはたちには面と向かって言えないことだが……。とにかく、そのような理由で、彼女たちもネコバスに乗ることができた。

 

「さぁ、コイツに乗って買い物を楽しんでくるといいニャ!」

「「わぁーい、やったー!」」

「あ、あたしは別に嬉しくなんかないぞ?」

 

 シロンの提案は、当然のように子供たちに受け入れられた。ちびっ子2人は嬉しさのあまり、近くに下りてきたネコバスの顔に抱き付いて頬ずりする。アルフも口では否定しているが、子供たちと一緒にネコバスを撫でているので、それなりに興味があると分かる。しかし、お姉さんたちには不評だった。

 

「えー、この子で行くんですか?」

「ヴィヴィオたちはいいけど、私たちだと半透明だからちょっと落ち着かないんだよね」

「そうだね。下から覗かれちゃうかもって思うと恥ずかしいし……」

「なに言ってるニャ。ミニスカバリアジャケットで空戦してる君たちは既にパンチラしまくってるから、今更気にすることでもないニャ」

「えっ!? あ、あれは水着みたいなもので、見せてもいいものだし……」

「ええい、グダグダアフアフ言ってんじゃねえ! 女は度胸だってモデルやってた我輩の婆ちゃんがよく言ってたっつーの!」

「あれ、シロンにお婆ちゃんなんていたっけ? ……って、ちょっ、なにするの~!?」

 

 いつまでも煮え切らないお姉さん達に業を煮やしたシロンは、パパッと人間形態になるとフェイトをお姫様抱っこして強引にネコバスへ乗せた。銀髪オッドアイの彼は19歳の青年に成長して更にイケメン度が増しており、彼に抱かれているフェイトは嬉しそうに顔を赤らめる。そんな恋する乙女をやれやれといった視線で眺めていたなのはたちだったが、油断していた自分たちにも刺客が送り込まれる。

 

「さぁ、子供たちもママさんズを押し込むんだ!」

「「おおー!!」

「ちょっ、ヴィヴィオ!?」

「さぁさぁ、早く乗っちゃって~」

「もう、アルマまで」

「えへへ~、ごめんね、ママ」

 

 なのはとリニスもそれぞれの娘たちに背中を押されてネコバスに乗り込んでいく。口では文句を言いつつも2人の表情は楽しそうだ。

 

「それじゃあ、行ってきまーす!」

「おみやげ買ってくるねー!」

「あいよー、エリオたちにもヨロシク言っといてニャー」

「うん、分かったー」

 

 シロンは、目的地で待ち合わせしている知り合いへの挨拶をみんなに頼むと、ネコバスにも声をかける。

 

「みんなを頼んだニャ、ネコバス」

「ニャオーン!」

 

 ネコバスは、シロンの言葉に答えて一声鳴くと、風のような軽やかさで駆けだした。猛スピードでご近所の家の屋根に飛び乗ったかと思うと、すぐさま別の屋根に飛び移っていく。そして、あっという間に見えないところまでいってしまった。

 手を振って見送ったシロンは、一息ついて邸宅へと戻っていく。急に静かになって寂しさを感じるものの、これでようやく自由になれる。

 

「さて、お出かけする前に研究室に顔出ししときますかニャ」

 

 一応用事はあるが急ぎではないので、もう少しのんびりすることにした。

 今この邸宅にはシロンのほかに3人いて、地下に作った秘密の研究施設でとある艦船の設計を行っている。出かける前に彼女たちの進捗状況を確認してみることにした。

 

 

 シロンは、書棚の裏に作られた秘密の入り口を通って地下施設にやってきた。ホラーゲームに出てくるような薄気味悪いものではなく、アニメに出てくるかっちょいい基地みたいな作りだ。そこにはいくつもの部屋があり、シロンはその中の一室でお茶とお菓子を用意すると、一番大きいメインルームに向かう。

 セキュリティを解除して中に入ると、3人の女性が空中に浮かんだたくさんのデイスプレイやコンソールに囲まれて忙しそうに作業をしていた。1人は幼馴染とも言える間柄の月村すずかで、彼女は地球の大学に通いながらシロンの手伝いをしているのである。友達としての親切心ではなく、惚れてるシロンに尽くしたいという乙女心があってこその行動だ。

 

「おーい、みんな! 少し休憩して我輩とお茶しようぜ!」

「あっ、シロンちゃん!」

 

 シロンに気づいたすずかは嬉しそうな笑顔を浮かべる。彼女は子供の頃のクセが抜けず未だに彼の事をちゃん付けで呼んでいた。

 そして、すずかに続くように他の2人も顔を向けてきた。彼女たちはフェイトの家族であり、シロンたちと共に行動しているソレスタルビーイングの仲間でもあった。

 

「シロンちゃんは気が利くね~。よし、私と結婚しよう!」

「あー、さりげなく抜け駆けするのは反則だよ!」

「ふふっ、チャンスは最大限に生かす、それが私の流儀だよ!」

 

 調子のいい事を言ってすずかと揉め始めたのは、フェイトの姉であるアリシア・テスタロッサだ。現在はミッドチルダにおける最高学府に通っており、母親譲りの優秀な頭脳を生かしてシロンたちの仕事を手伝ったりしているインテリ少女だ。同時に、好意を寄せているシロンに対して積極的にアタックするほどのバイタリティを持った活動的な娘さんでもある。

 そんな感じで元気一杯な彼女だが、実は一回死んだことがあるという有り得ない過去を持っていた。5歳の時に36年前に起きた事故で命を落とした彼女は、10年前にセフィの力で生き返ったのだ。そのため実年齢は15歳となっているのだが、戸籍上は4歳年上であるフェイトの姉となっている。フェイト自身も彼女のクローンだったりして色々とややこしいのだが……そんな複雑な状況を作った張本人である母親のプレシア・テスタロッサは、幸せそうな表情を浮かべて立派に成長した娘を見つめていた。

 

「アリシアも逞しくなったものね」

「あんたの血を受け継いでるからニャ。40過ぎでその美貌は驚きものニャ。これが美魔女ってヤツか!」

「あら、嬉しいことを言ってくれるわね。今夜はサービスしちゃおうかしら?」

「「って、何する気なの!?」」

「マダム、あまり美しいと美人罪で逮捕しますぞ」

「あら、生意気なこと言っちゃって、可愛い坊やね」

「ちょっと、そこ! なにやってんの!?」

「それ以上のおさわりは禁止です!」

 

 小娘たちの喧騒を他所に、意味深なことを言ってシロンの腕に指を這わせる仕草がとても艶かしい。

 彼女は10年前に不治の病に侵されていたのだが、セフィの力で健康的だった年齢に戻した結果、30代くらいまで若返ってしまった。現在は40代を超えているが、それでも若々しさを十分に保っている。どうやら、魔導師というヤツはイノベイターと同じく老化が遅くなるらしい。

 因みに、イノベイターとはCN粒子を浴びることで覚醒する新人類のことで、寿命は普通の倍近くあるビックリ人間だ。これまではケット・シーの中からしか出現しなかった存在なのだが、CNドライヴの普及に伴って地球人類にも現れるようになってきた。

 もちろんそれらはシロンの出身世界での話だが、なのはのいる世界でも発生する可能性があるので、アンチエイジングに興味があるアリシアが熱意を向けて研究している。

 また、寿命が延びるという事実が世界に影響を及ぼした結果、長期間の航海を強いられることになる外宇宙へ強い意識が向けられるようになり、現在シロンたちは連邦政府の依頼を受けて【外宇宙航行艦スメニャギ】の基礎設計を進めていた。特に次元世界で最高峰の頭脳を誇るプレシアの知識は、進捗状況に多大な貢献を果たしている。そして、大学生活が落ち着いてからプレシアに弟子入りしたすずかは、彼女のサポートをしながら着実に技術を学んでいた。

 とにもかくにも、ここにいる連中は根っからの理系女性ばかりだが、3人ともに生き生きとしていた。

 

「思えば、不思議な話だニャ」

「なにが?」

「ここにあんたたちがいることがさ」

「ふふっ、そうね……」

 

 プレシアは、シロンの言葉を受けて過去を思い出す。10年前に自分が起こした、愚かな事件を……。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 今より10年前、プレシアは自分の起こした事故で死なせてしまったアリシアを生き返らせるためにジュエルシードを使ってアルハザードへの道を作ろうとした。彼女が求めたものは何でも願いを叶えてくれる秘術であり、それはシロンが偶然手に入れてしまったセフィのことだった。特殊なクローン技術による再生に失敗したプレシアは、管理局の【最高評議会】と呼ばれる幹部が秘匿していたアルハザードの情報を盗み出し、理想郷が実在していることを確信していた。そのため、無謀とも言える行動に打って出たのだ。

 

 

 【時の庭園】という巨大要塞に引きこもって戦力を整え、計画に必要なロストロギアが発掘されたという情報を掴んだところまでは計画通り上手くいっていた。しかし、死が迫って焦っていたせいか輸送船からの強奪に失敗し、地球の海鳴市にばら撒いてしまった後もシロンやなのはの妨害にあって必要な数を揃えられなかった。小規模次元震を感知してのこのことやってきた時空管理局のリンディ提督やクロノ執務官たちと仲良く喧嘩しながらジュエルシードを回収しまくったからだ。

 それに激高したプレシアは、時の庭園を直接転移させて管理局の次元航行艦【アースラ】を強襲するという暴挙に出た。強力な電撃魔法で推進機関を破壊して艦の動きを封じると、今度は傀儡兵と呼ばれる無人兵器を投入してジュエルシードを強奪しようとした。

 

「ヤックデカルチャー!? ゴル・ボドルザーのお出ましだー!!」

「よもや巨大要塞が出て来ようとは、予想外にもほどがあるぞ!」

 

 禍々しい巨体で迫り来る機動要塞にビビる一同。まさしく危機的状況であり、普通に考えれば管理局に手をかすべきところだった。だが、別の思惑があるシロンたちは、その混乱に乗じて独自の行動に移った。

 クロノ率いる武装隊がアースラの防衛にかかりきりになっている最中、管理局よりも先にプレシアを確保するべくなのはとフェイトの協力を得て時の庭園に突入したのである。グラハムやリニス、フェイトの使い魔であるアルフも一緒に突入し、新開発のデバイスによって魔法少女ならぬMS少女となったシャイニング・アリサとすずか・エックスの力も合わせた結果、ほぼ無傷でプレシアを確保することに成功した。

 最後の悪あがきで使おうとしていたジュエルシードも没収し、アリシアの遺体が入った保存容器を抱きながら呆然としていたプレシアをみんなで取り囲むと、ようやく観念したのか全ての事情を素直に語りだした。フェイトを作り出したことも、ジュエルシードを求めたことも、全てはアリシアを生き返らせるためだったのだと。普通に考えれば正気の沙汰ではないし、地球を犠牲にしようとしたことは決して許される事ではない。しかし、大きな犠牲を出さずにその願いが叶うのならやってみてもいいのではないかとシロンは考えた。自分も無理やり生み出された存在なので、もし生き返ったアリシアに怨まれたとしてもその罪を背負っていく覚悟はある。

 後は、当時者たち……特に、彼が助けてあげたいと思っているフェイト自身の問題だ。

 

「フェイトはどう思うニャ? アリシアを生き返らせたいかニャ?」

「私は……母さんの願いを叶えてあげたい。姉さんを生き返らせてあげたい!」

 

 健気なフェイトの心のこもった返答を聞いてシロンも決心した。もちろんその場の勢いだけではなく、プレシアの協力が得られれば管理局に対抗するための力になるという後ろ暗い打算もあった。とはいえ、奇跡の対価としてはそれほど大きなものでもないだろう。

 結論を出したシロンは、ジュエルシードを使ってアリシアを生き返らせることをプレシアに告げた。この期に及んで何の冗談だろうか。それが欠陥品であることを知っているプレシアは当然のように疑った。それでも自信満々のシロンは、全員の目の前で完全に使いこなせることを実践してみせた。

 

「ギャルのパンティーおくれー!!!!!」

「なんてくだらない願い事なの!?」

「でも、ほんとに出てきた!?」

 

 あまりにおバカな願い事でビックリしたら、実際にパンティーが出てきて二度ビックリする。もちろんセフィを使った手品みたいなものだが、実際に願いが叶っているので嘘ではない。それに、たとえ真実を知らなくても、藁にもすがりたい状況の彼女にとっては大きな希望に思えた。

よくよく考えれば、アリシアを生き返らせるなんて嘘をつく必要などまったく無いじゃないか。だとすれば、真実を言っている可能性の方が高いと判断できる。

 

「……その力を使ってアリシアを生き返らせてくれるのね?」

「可愛いフェイトのお願いだから、しっかり叶えてやるニャ。ただし、いくつか条件があるけどね」

 

 プレシアの返事を聞いたシロンは、願いを叶える前に二つの条件を出した。一つは、これからシロンたちの仲間として全面的に協力すること。

 

「そしてもう一つは、アリシアの妹としてフェイトと接することニャ」

「えっ!?」

「フェイトが……アリシアの妹?」

「そうニャ。これはアリシアにとって必要なことでもあるし、これから彼女を育てていくお前にとっても必要なことニャ。形はどうあれ生み出した娘を娘と思えないようなヤツにまともな子育てなんてできないからニャ」

「……」

「今はまだ納得できないかもしれないけど、いずれ時間が解決してくれるニャ。だって、あんたの娘は、あんたのことをずっと愛し続けるから」

 

 そう言ってフェイトを指差すシロン。

 

「この子の愛があったからこそ、あんたは失った幸せを取り戻すことができる。それを忘れなければ仲良くやっていけるさ」

「…………そうね……あなたの言う通りかもしれないわ……うっ、うう……」

「か、母さん!」

 

 膝を突いて泣き崩れるプレシアに抱きつきながらフェイトも一緒に泣いた。シロンは、その光景を視界に納めながらプレシアの確保したジュエルシードをセフィに吸収すると、一瞬でアリシアを生き返らせた。

 

「ザオリク!」

「それってゲームの魔法じゃん!?」

 

 元ネタを知っていたアリサからツッコミが入るものの、願いは完璧に叶えられ、アリシアは無事に生き返った。みんなが驚きの表情を浮かべる中、円柱状の保存容器から開放された素っ裸のアリシアが体を起こす。

 

「もちろん、我輩は紳士だからしっかり目を閉じてるぜ?」

「誰に向かって言ってんのよ? っていうか、私たちの裸を見てる時点で意味ないわよ?」

「それもそうだニャ」

「でもやっぱり見ちゃダメ」

「ぐあー!? 目がーっ、目がーっ!」

 

 アリシアの裸を見ようとしたシロンに対して、アリサはシャイニングフィンガーをきめた。シリアス空間に耐えかねた彼の体を張ったお笑いだったが、それも一瞬で終わりを告げる。プレシアが長年待ち望んでいた愛娘との再会を果たして、辺りは再び感動に包まれたからだ。

 

「う~ん……あれぇ? 何か知らない人たちに囲まれてるぅ~」

「ア、アリシア!!」

「んにゃ? 母さん?」

 

 プレシアは、寝ぼけた様子のアリシアを強く抱きしめた。ついさっきまで冷えきっていた娘から確かな温もりが伝わってくる。そんな当たり前の幸せを噛み締めているうちに、フェイトに対する感謝の念が湧き上がってきた。確かにシロンの言う通りだ。つい先ほどまで感じていた憎悪は、もはやこれっぽっちもない。今にして思えば、あの憎しみはフェイトにではなく不甲斐ない自分に対して向けられていたのだろう。それだけ、ひたむきなフェイトの中に自分の姿を見ていたのかもしれない。だとすれば、これからはこの子とも家族としてやっていける……いや、この子は生まれた時から既に家族だった。

 

「良かったね……母さん……」

「………………ありがとう、フェイト」

 

 こうして、26年に渡るプレシアの孤独な戦いは終わりを告げた。

 その後、不治の病に侵されているプレシアを助けるために、調子に乗ったシロンがせっかくだからと若返らせてみんなにやり過ぎだと怒られてしまったのだが、それはご愛嬌だろう。ついでにジュエルシードで確保した魔力も尽きてしまったけど……まぁプレシアたちの快気祝いとでもしておこう。

 

 

 後は、完全に蚊帳の外に置いていた管理局への対応だが、それもシロンの口八丁手八丁で上手いこと丸め込んだ。

 今回の事件はプレシアが輸送船を襲ったことから始まったが、幸いにもその事実は管理局に掴まれていないので、その辺から言いくるめることにした。そもそも、危険性が判明しているロストロギアの輸送を非武装船一隻だけで済ました時点で彼らの存在意義が失われているのだから、こちらが気に病む問題ではない。その上、自分たちの手抜きで地球を破滅の危機に陥れたにも関わらず、謝るどころか名乗り出ようとすらしないことも大いに問題ありだ。更に付け加えると、もしユーノやフェイトたちの活動がなかったらアースラが来る前に大量の死人が出ていたはずなので、ある意味プレシアたちが彼らの恩人になってしまっているという体たらくだった。

 それらの事実をリンディたちに突きつけたら、ぐうの音も出ない様子で黙り込んでしまった。彼女たちも管理局に非があることを認めているからだ。今回は、【不運な事故】が原因だったが、管理局が頭を悩ませている慢性的な人手不足が招いた人為的なイージーミスであることも確かだった。しかも、管理局は管理外世界を明らかに軽視しており、今回の事件においても賠償はおろか謝罪すらする義務が無いという、あまりに身勝手な法律の歪さが浮き彫りとなった。そこに負い目を感じた良識人のリンディたちは、結局シロンの提案を飲むことにした。

 

「へっへっへっ、話が早くて助かりますぜ、奥さん」

「う~ん、悪魔と契約してしまったようだわ……」

 

 リンディがそう思ってしまうのも無理は無かった。

 シロンが提示した解決案は、自分たちに対する管理局の謝罪と賠償を免除し、尚且つこちらが所有しているジュエルシードを譲渡する代わりにプレシアたちの犯罪を無かったことにするという、司法機関としては受け入れ難いものだったからだ。

 ただ、管理局にとってもメリットが大きいことは確かだ。厄介な情報を持っているプレシアを法廷に立たせずに済むので、自分たちのミスを簡単に隠すことができる。情けないとは自覚しつつも、それは大きな魅力だった。

 もし、世界を破壊できるロストロギアを自分たちのミスでばら撒いてしまったことを他の管理世界に知られたら、管理局の権威はあっという間に失墜してしまう。地球で言えば核兵器を落っことすようなものなので、真実が明るみに出れば当然大問題となるだろう。たとえ犯罪者を見逃すことになっても、それだけは避けなければならなかった。

 そのような事情により、プレシアの生存が大きな意味を持つようになってきた。恐らく、彼女がいなかったら管理局の都合のいいようにことが進んでいたはずだからだ。加えて、シロンから説明を受けた子供たちも管理局の危険性に気づき、その事実は後々効果を表すことになる。

 とは言っても、お互いに敵対したいわけではないので、基本的には穏便に事を進めていく。

 理性的な対話を続けて軟着陸できる場所を探ること数時間、ようやく両者の意見が合致して結論に達した。濃密な話し合いの結果、【事故に遭った輸送船から発掘品ごと放り出されたユーノを、リンディたちが適切な対応で救助した】という小規模の事故として処理することになったのである。これなら発掘品の詳細をぼかして伝えても疑われにくいので、大きな話題にはならないとの算段だ。残念ながら、その程度の情報操作は普段もやっていることなので、リンディの上司も簡単に承認するのだった……。

 

 

 苦心の末に事件の事後処理を終えてアースラの応急修理も目処がついた数日後、とうとう傍迷惑な管理局が帰還する日を迎えた。それと同時に、テスタロッサ親子とユーノも彼らと共に旅立つことになった。

 地球へ引っ越すことにしたテスタロッサ家には向こうでしなければならない手続きがあるため一度ミッドチルダへ行かねばならず、その護衛としてグラハムとリニスが同行することになった。そして、ユーノも事故に関連して行う手続きがあるため一緒に帰ることになり、みんなで彼らを見送って今回の事件は幕を閉じることになった。

 

「じゃあな、クロノクル・アシャー。エンジェル・ハイロゥに挟まれないように注意しろよ~」

「僕の名前はクロノ・ハラオウンだ! っていうか、エンジェル・ハイロゥってなんだよ!」

「ユーノも、フェレットに変身して女湯に潜り込むクセは治せよ~」

「完全に冤罪だよ!? 全部シロンが強引に連れ込んだせいじゃないか!」

 

 最後に、出番の少ない男性陣をおちょくってオチに使ってやる優しいシロンであった。

 

 

 因みに、アリシアが生き返ったことやプレシアが若返ったことは【ジュエルシードの力】ということで押し切った。実際に、グラハムとリニスを除いたみんなはそのように思っていた。妄想力の強いシロンが、あのロストロギアの力を完璧に使いこなしたのだと判断したのだ。

 無論、説明を聞いたリンディたちはいぶかしんだが、他の原因も思いつかない上に真相を明かしても碌な事にならないと判断し、シロンたちの証言をそのまま採用することにした。

 ただ、この情報も公にできないものなので、特秘事項として箝口令が敷かれることになり、それに応じて戸籍情報なども書き換えられることとなった。その際に、フェイトとアルフの情報も正式に登録され、名実共にプレシアたちの家族となれた。

 それからシロンたちのことだが、これも強引な説得で上手く言いくるめた。猫妖精という生物が存在する世界を把握していない以上、自分たちの扱いは管理外世界のものと同等になるため管理局は手出しできないはずだと主張したのである。

 確かに認めざるを得ない事実だった。もし彼らが率先して犯罪行為をしていたのなら話は別だが、今回の非は全て管理局側にあるので、下手に追求してこれ以上心象を悪化させてしまうのは得策ではなかった。上級のロストロギアを使いこなせる彼らのバックにどれほどの力があるのか分からない以上、迂闊な行動はできなかったのである。当然ながら興味はあるが、下手にちょっかいをかけて戦争にでもなったら割に合わない、という訳だ。

 彼らと一緒に行動したリンディはその点を強く危惧し、あまり干渉しないほうが無難だと判断した。

 

「完成された人造魔導師の存在ですら大問題なのに、彼らはそれ以上に危険だわ」

「はい……3人全員がオーバーSランクの力を持っている上に、ロストロギアを使いこなす能力まで所有してますから……迂闊に手を出せば、古代ベルカの二の舞となるかもしれません」

「そんなこと、好戦的な連中にはとても聞かせられないわ。幸いシロンさんたちは良い人だけど、こちらから手を出せば容赦しないでしょう」

 

 色々な人間と出会う仕事をしているリンディは、短い時間の間にシロンたちの性質を見抜いていた。彼らは、敵対しなければ良い隣人として付き合える。ならば、これ以上の迷惑をかけるわけにはいかない。リンディはそう結論を出し、猫妖精の情報をこの場で握りつぶした。もちろん、シロンたちに対する義理だけでなく管理世界の安寧を考えての判断だが、そのおかげで彼らの存在は管理局上層部に知られることは無かった。

 

 

 なにはともあれ、魔法少女たちの物語は大満足のハッピーエンドで終わった。これも全てはセフィのおかげである。もしかすると、命をかけてアルハザードを求めたプレシアの執念がセフィを引き寄せたのかもしれない……。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 プレシアは過去に向けていた意識を現実に戻して、シロンの持ってきた紅茶を一口飲んだ。視線を巡らすと、未だにすずかと言い合いしているアリシアの姿が見える。

 

「改めて思うけど、あなたには感謝しても仕切れないわ」

「いやいや、セフィのサポートがあればこその成功なのニャ。あいつがいたからこそ、今この時がある……まったく、セフィは最高だぜ!」

「お褒めに預かり恐悦至極です」

「のわっ!? って、脅かすなよセフィ!」

 

 急に耳元で声がしたので飛びのくと、間近にセフィの姿があった。もともとは虹色の宝石だった彼女だが、現在は古代ベルカの技術を用いて製作した【ユニゾンデバイス(融合騎)】の身体を獲得していた。

 シロンと一緒にいるうちに身体が欲しくなっていた彼女は、とある事情で知り合った【守護騎士システム】という魔法生命体に着目した。その点から情報を集めた彼女は、無限書庫で働いているユーノの手を借りて、最終的に【古代ベルカ式融合騎】という特殊なデバイスに行き着き、それらの技術に縁のある【八神はやて】という名の少女にシロンを介して協力を仰いだ。その結果、個人的にも思うところがあったはやてはセフィの願いを快く受け入れ、シロンと協力して互いに1人ずつユニゾンデバイスを作り出した。

 苦労の末にようやく手に入れたセフィの身体は妖精のような小人で、10歳前後の少女の姿をしている。かつてシロンが想像した通りの美少女となり、長く伸ばしたプラチナブロンドの髪をたくさんの縦ロールでまとめたお嬢様的な風貌がとても可愛らしい。

 そのように可憐な姿へと生まれ変わった彼女は、空中を飛んでシロンの前に躍り出ると、両手でスカートを摘んで優雅に一礼した。

 

「ごきげんよう、マスター」

「お前はどこぞのお嬢様学校の生徒か!」

 

 主に似たのかマイペースに磨きがかかっているセフィに流石のシロンもつっこむ。確かに、見た目や振る舞いは【深窓の麗人】そのものだが、中身はかなりのババ……

 

「なにやらムカッときました」

「あばばばば!」

 

 シロンの心をキュピーンと読み取ったセフィは、ラムちゃんばりの電撃を食らわした。ご覧の通り彼女の魔力資質は電気タイプなのだが、そんなセフィに付けられた二つ名は【深窓の雷神】である。その力を買われて時々フェイトやはやてたちに協力しているので、今ではもうかなりの使い手となっていた。

 

「はははっ、またやってらー!」

「シロンちゃんも懲りないですね~」

 

 電撃でビリビリしていると、不意に可愛らしい声をかけられた。視線を向けると、セフィと似たような大きさの小人2人が空中に浮かんでいる。セフィの親友である【リインフォース・ツヴァイ】とその悪友である【アギト】だ。

 彼女たちもセフィと同じユニゾンデバイスで、リインはセフィと同時に誕生した幼馴染であり、アギトは古代に作られたオリジナルとでも言うべき貴重な存在だ。この2人は、先に名前の出たはやての家族であると同時に仕事上の部下でもあった。

 というか、今日は2人とも休みじゃないはずだが……。

 

「なんで君たちがここにいるのかね? ズル休みだったらお尻ペンペンの刑を実行しちゃうけど、そこんトコどうなのよ?」

「もちろん、ズル休みなんかじゃないですよー。はやてちゃんの命令でシロンちゃんを迎えにきたのです」

「そうだぞー。わざわざ来てやったんだからありがたく思え」

 

 どうやら、すべてははやての仕業らしい。実は、シロンの用事も彼女絡みのもので、これから会いに行く予定になっていたのだが、ヴィヴィオたちの世話で時間が経ちすぎたせいか痺れを切らして迎えをよこしたようだ。

 この分だと、事前に召集予定を組んでいる仲間たちも既に集まっているかもしれない。だとすれば、すぐにでも行ってやらねばなるまい。

 

「よし、それじゃあ急いで向かうとしますか! 徒歩で」

「そうですね~、って、急ぐ気ゼロじゃないですかー!?」

「まぁ、いいじゃん、その間アタシらも自由にできるしさ。途中でアイスでも食ってこーぜ?」

「もう、しょうがないですね~。みんなの分も買っていくってことで許可しましょう」

「とか言って自分も食べたいくせに……」

 

 確かに、満面の笑みを浮かべているリインの表情からは、しょうがないという雰囲気はまったく感じられない。図星を突かれて恥ずかしくなったリインは、いつも通りアギトと仲良くケンカしだしたが、早くアイスが食べたい……もとい、はやての元へと戻るために早速出かけることにした。

 

「ねぇ知ってる? アイスクリームって賞味期限が無いんだって」

「ええっ、マジで!? アイスクリームすげーっ!!」

 

 道中、マメ知識で盛り上がるシロンとアギトを見つめながら、リインとセフィは仲良く揃って肩をすくめる。この様子では到着するのにしばらく時間がかかりそうだが……とにかく、彼女たちの登場によって舞台は管理局の地上本部へと移っていくことになった。



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第11話 まもって守護騎士さん【A's1】

イヤッホーウ、リリカルなのはvividアニメ化決定だぁ!
後は作画崩壊がないことを祈るのみだぜ!


 服を着替えて邸宅を出発したシロンは、リインたちを伴ってミッドチルダの中心街を歩いていく。

 現在、こちらの世界で活動しているケット・シーは、専用のデバイスを使って強力な認識阻害魔法【ミノフスキー】を常時発動しており、事実を知らない者が彼らを見た場合、自分たちの常識内に存在するものとして受け取って余計な興味を惹かないようになっている。つまり、人間形態のときは普通の人間に、猫形態のときは猫型の使い魔として認識されるのである。手の込んだ仕掛けだが、自身で魔力を作れるケット・シーはこちらの世界ではあまりに異質なため、悪意を持った人間に目を付けられないような警戒が必要だった。

 そんな便利魔法で守られたシロンは、堂々と街中を闊歩して管理局の地上本部へと向かっていた。迎えに来たリインに急かされているため、それなりに早足で進む。しかし、おちゃめなシロンがまっすぐ向かうはずもなく、アギトの希望通りにアイスクリーム屋さんへ立ち寄っていくことにした。

 ミッドチルダで一番人気のあるお店に入った一行は、目を輝かせながら色彩豊かなアイスを眺める。ここでは、ディッシャーで掬い取るオーソドックスなタイプだけでなくソフトクリームも扱っており、前者をお土産として買っていくことにしたリインたちは、この場でソフトクリームを食べることにした。

 ちみっこいリインたちでも食べ易いようにカップに入れてもらったソフトクリームを持って外にあるテーブルに着く。シロンとリインはチョコレート、アギトはイチゴ、セフィはバニラだ。

 

「チョコレート味のソフトクリームってさぁ、なんとなく【う○こ】食べてるみたいでドキドキするよね!」

「ウギャー! それを食べてる真っ最中になんてことを言うのですかー!?」

 

 シロンの超お下品な発言を聞いて、彼と同じくチョコ味のソフトクリームを食べていたリインが絶叫を上げる。まさしく捨て身のお笑いだったが、結局は圧倒的な不評を受けただけで、一緒にいるセフィとアギトからも辛辣な言葉を投げかけられる。

 

「最低ですね」

「こっち見んな」

「ええい、なんたる屈辱! ウケ狙いでアニメ美少女がプリントされた痛車を作っただけなのに、世間から冷たい視線に晒される悲しいアニメオタクのような扱いをしやがって!」

「まぁ、実際に周囲の人たちからそのように見られているようですけどね」

「なんやて工藤!?」

 

 セフィに言われて辺りを見回すと、行きかう人たちの多くがシロンの事を生暖かい目で見ていた。その理由は、やたらとカッコイイ青年が、妖精みたいな少女たちと一緒にキャッキャウフフと騒いでいるからだ。若い女性たちはいろんな意味で残念そうに見つめ、オタクっぽい男性たちは羨ましそうに眺めている。

 色々とメディアに出て有名になっているリインたちは、可愛らしい容姿と相まって、とても目立ちまくっていた。遠目から見てると、お人形遊びをしているアブナイ男にしか見えないという点も見過ごせない。

 

「こりゃいかん! ハンサムボーイたる我輩に悪い噂が立ってしまうじゃニャないか!」

「んなもんいつも通りなんだから気にすんなよ」

「炎タイプのくせに冷たいお言葉っ!」

「フフ~ン、イイ女ってのは二面性を持ってるものなのさ」

 

 シロンをからかって小悪魔的に笑うアギト。彼女はつい最近までとある犯罪者に利用されてなのはたちと敵対していたのだが、今ではそんな過去があったことなど微塵も感じられない。八神家に引き取られて優しい家族と温かい居場所を手に入れた彼女は、新たな人生を存分に楽しんでいた。

 そんなアギトの隣で1人黙々とソフトクリームを食べていたセフィだったが、手に持ったスプーンを置いてぽつりと不満をこぼした。

 

「ふぅ、ちょっと疲れましたね」

 

 自分の腕より長いスプーンを使ってソフトクリームを食べるのは確かに大変そうだ。しかし、この身体を手に入れてから8年も同じように食事しているので、既に慣れているはずである。そんな彼女が疲れたと言う時は、シロンに食べさせて欲しいという合図なのだ。

 

「マスター、いつものアレをお願いします」

「はいはい、分かりやしたよお嬢様」

 

 しょうがないなといった様子のシロンは、可愛らしく口を開けたセフィにソフトクリームを掬い取ったスプーンを差し出した。いわゆる【あーん】というヤツである。クールビューティーっぽい性格の彼女だが、普段からこんな感じでシロンに甘えている。セフィがここまで心を許しているのは、当然ながら相棒以上の想いがあるからだ。生涯共にいることが約束されているのでのんびりとしているものの、いずれは恋人同士として結ばれることを夢見ている。

 しかも、その夢は幼馴染のリインにも伝播していた。マンガみたいに破天荒なシロンの活躍をセフィや家族から聞かされ続けた結果、彼女の中でヒーローのような存在になっていたからだ。実際に大切な家族を助けてくれた大恩人でもあるので、好意を寄せてしまうのは当然の結果だと言える。今はまだ楽しいお兄さんを慕うような感じだが、この先どうなるかはリイン本人にも分からない。ただ、あーんしてもらっているセフィのことが羨ましいと感じている時点で、ある程度は先読みできるだろう。

 

「あー、いいなぁ。私も食べさせて欲しいですー」

「なんと! 更なる羞恥プレイをおねだりするとは。これが、若さか……」

 

 セフィに食べさせ始めた辺りから周囲の視線が更に熱くなり、流石のシロンも気が退けていたのだが、恋に恋するリインにとってはあまり気にならないらしい。乙女とはかくも逞しい生き物なのかと改めて実感するシロンであった。

 

 

 仲良くソフトクリームを食べたシロンたちは、お土産を手に地上本部へとやってきた。中央にそびえる超高層タワーがひときわ目を引く豪華な施設で、自負心が強すぎるあまり傲慢な組織になってしまった管理局の歪みを体現したような作りをしている。とはいえ、局員たちの多くは良識を持っており、中の雰囲気はそれほど悪くはない。

 実際、シロンに対する扱いは、部外者であるにも関わらずとても友好的だ。もちろんそれには理由があって、管理局内で何かと有名なはやての【特別な友人】であるという事実も手伝っている。ただ、彼に友好的な理由はそれだけではなくて……

 

「あっ、シロンちゃんだー!」

「お久しぶりです、シロンさん!」

「こんにちは、シロン」

 

 シロンたちが通路を歩いていると、前方からやってきた若い女性局員のみなさんが早足で近寄って親しげに話しかけてきた。実を言うと、彼自身の人気もはやて並に高かったのである。若い女性は言うに及ばずだが、男性たちとも合コンや飲み会などで頻繁に盛り上がっており、結構仲が良かったりする。

 そして何より、管理局はシロンの立ち上げた会社のお得意様であるという特典があった。デバイスを中心としたメカニック関係の更新・改善作業を任され成功させたという実績があり、上層部からもそれなりの信用を得ていたのだ。

 そうした【手回し】が功を奏しているからこそこうして堂々と入ることができるのだが、それをいいことに行動や言動も大胆になる。

 

「やぁやぁ、僕の小猫ちゃんたち。今日も元気にパイオツ揺らしてるかい?」

「挨拶するようにセクハラしてるです!?」

「よくタイホされないよな、コイツ」

「確かにそう思いますけど、不思議と嫌な感じがしないんですよねー」

「なんていうか、それが当たり前って感じ?」

「確かに、普段は常に全裸ですから」

「うわぁ、すごい情報聞いちゃった!」

 

 信頼されているのかバカにされているのか判別しにくいが、とりあえず問題にならなくてなによりである。

 

「ところで君たち、どこかへ行こうとしていたようだが、時間の方はいいのかね?」

「あっ、そうだ。私たちこれから昼食を取るんですけど、もしよかったらみなさんも一緒にどうですか?」

「ふむ、そういえばお腹が空いてきたニャ~。よし、その誘い、全力で乗らせてもらおう!」

「ええー!? それは流石にダメですよー!!」

 

 これ以上遅れたらはやてたちの我慢も限界にきてしまうかもしれない。そう思って焦りだしたリインは、小さい身体を懸命に使ってシロンを押し止めようとする。

 

「早く行かないと、みんなにぶっ飛ばされちゃいますよ?」

「ふっ、我輩の夢であるハーレム王国を実現するためならば、はやてたちの妨害ごときパパッと跳ね除けてみせるニャ!」

「いつの間にか、壮大かつくだらない話になってるです!?」

 

 あまりの唐突さにリインがショックを受ける。まさか、これまでのアホなやり取りがハーレムへの布石だったとは。ていうか、もしかすると一緒に仲良くソフトクリームを食べた自分もその一員に入ってるのだろうか。

 つまり、シロンちゃんはリインの事が好きってこと!?

 

「えへへ~、それはそれで嬉しいですけど~………………それとこれとは話が別です!」

 

 危うい所で我に返ったリインは、再びシロンの暴走を止めるべく、アクシズを押すニューガンダムのように踏ん張った。しかし、パワーの違いは一目瞭然であり、このままではどうやっても勝てそうにない。

 これは万事休すか――そう思われたその時、彼女にとって絶対的な強~い味方が現れた。

 

「ちょーっと待ったぁ! あんたの悪行もそこまでやで!」

「むむぅ!? なにヤツ!!」

 

 鋭く響いた女性の声に反応して視線を向けると、そこには腕を組んで仁王立ちしている八神はやて二等陸佐がいた。彼女は、なのはやフェイトと同い年の幼馴染であり、魔法の才能はなのはたち以上という傑物だ。その上、指揮官としての才能もあって、この若さで大きな部隊を率いて大活躍した経験もある末恐ろしい少女であった。

 とはいえ、それは彼女の一面でしかない。普段の彼女はとても優しくて、料理が得意なごく普通の美少女であった。ただし、なのはの友達だけあって、やっぱり怖い一面もあったりする。

 

「コラ、シロン! ここまで来といて、なんでまっすぐ私んトコに来んのや! 返答によっては、かなり切ない目に遭うでぇ?」

「なんという迫力!? 子供が見たら泣いちゃうレベルニャ!!」

 

 二等陸佐の肩書きは伊達ではなかった。19歳にしてソロモンの悪夢と呼ばれたアナベル・ガトーよりも階級が上なのだから、その迫力は推して知るべしだろう。しかし、シロンは彼女よりも更に上の修羅場を潜ってきているつわものだ。ソレスタルビーイングのトップとして世界を相手に喧嘩を売った彼もまた伊達ではなかった。

 

「はん! 我輩に言うこと聞かせたかったら力ずくでかかってこんかい! そんでもって、立派に育ったのは、そのパイオツだけでないことをガッツリ示してみやがれってんだコンチクショウめ!」

「ほほう、この期に及んでまだそんな戯言をぬかすんかい。そんなら、私も全力で相手したる……行け、ヴィータ!」

「おうよ!」

 

 怒りに燃えるはやてが命令を下すと、いつの間にかシロンの背後を取っていた赤髪の幼女【ヴィータ】が、手に持ったハンマー型アームドデバイスをゴルフスイングのように振るった。彼女の外見年齢は8歳ほどだが、魔法で強化されたその力はかなりの物で、隙を突かれたシロンには避けるヒマなど無かった。その結果、鋭く振り回されたハンマーは、彼の股間に直撃する。

 

「あんぎゃあ~~~~~!? 我輩のゴールデンボールがナイスショーット!?」

「ああっ! あれだけ大見得切ったのに、たったの1秒で危機的状況に陥ってるですー!?」

「ち、力が抜けてゆく……立て、立つんだ、我輩の宝物!」

 

 シロンは、股間を押さえながらゆっくりとくず折れた。男にとってもっとも無防備な場所を攻撃されては、流石のシロンも耐えられない。

 

「ぐぬぬ……我輩の唯一にして最大の弱点を見破るとは! やるようになったな、はやて!」 

「いや、年頃の乙女やったら誰でも知っとると思うけどな」

 

 情けない格好のまま褒めてくるシロンを見て、自分のやってしまったことにちょっぴり恥ずかしくなるはやてであった。しかし、【恋する乙女】としては、他の女性に気を取られている彼に怒ってしまうのも当然だと思う。だからこそ、【同じ気持ちを抱いている】家族達も協力してくれている。

 

「まったく、ハーレムやったら既にできとるやん……」

「はやてちゃん?」

「……あ、あはは~、助けに来てやったで、リイン!」

「は、はい、ありがとうございます……少しやり過ぎな気もしますけど……」

「へっ、コイツはこのぐらいでいいんだよ」

 

 心配そうな表情のリインにふてぶてしい様子で話しかけたのは、先ほどハンマー振るったヴィータだ。はやての家族である彼女は一見すると普通の少女のように見えるが、実際は守護騎士ヴォルケンリッターという名の魔法生命体(プログラム)であった。特に彼女は、【鉄槌の騎士】と呼ばれるアタッカーで、幼い容姿に反した攻撃の要を担っている。

 因みに、戸籍上の年齢は【18歳】なので8歳児の容姿でも堂々と結婚できるという、ある意味アブナイ存在なのだが……それは一先ず置いといて、彼女の仲間である守護騎士はこの場に4人いた。

 

「それじゃあ、シロンを運んだってや」

「了解しました、主はやて」

 

 凛とした声を発したのは、守護騎士の将たる【剣の騎士・シグナム】だ。二つ名の通り剣型のアームドデバイスを使う剣士で、外見年齢19歳の美少女ながら、騎士道精神を貫く武人のような性格をしている。

 そのせいで妙に男前なシグナムは、これまた男らしくシロンをおんぶすると、呆れた様子で話しかけた。

 

「大人しくしていればこのような目に遭わずに済んだものを」

「せやかて工藤……」

「まぁ、シロンちゃんなら仕方ないわね」

 

 シグナムの言葉に返事をしたのは、参謀役の【湖の騎士・シャマル】だ。ほんわかタイプの美人である彼女は、少しおっちょこちょいなところがあって、外見年齢は22歳なのにシグナムより年下に見える。

 そんな頼り無さそうなシャマルだが、実は管理局でもトップクラスを誇る治療魔法のエキスパートだった。

 

「ごめんなさいシロンちゃん。後でちゃんと治療してあげますからね~、2人っきりで!」

「おい、なにさらっと抜け駆けしようとしてるんだ、シャマル?」

「はぁ、ヤレヤレだな……」

 

 彼女たちの痴話喧嘩(?)を聞いて呆れた声を上げているのは、【盾の守護獣・ザフィーラ】だ。使い魔のような獣人の男性で、外見年齢は20代半ばのイケメンである。しかし、普段は獣モードと呼ばれる狼の姿でいるため、話す機会のない人たちからは人型に変身出来ることはおろか喋ることすら知られていないという不遇なヤツだった。

 ただし、最近はヴィヴィオとアルマの子守で一緒になることが多かったアルフと結構良い仲だったりするので、同情する必要は無いだろう。

 

「あのー、八神二等陸佐……」

「ああ、シロンの事はこっちに任せて、みんなはお昼を楽しんで来てや~」

「は、はい、失礼しました~!」

 

 やたらとイイ笑顔のはやてにビビッた女性局員たちは、一目散に逃げ出した。かすむ意識の中でその光景を眺めていたシロンは、不意に過去の出来事を思い出す。

 そういえば、守護騎士たちと初めて出会ったときも、こんな感じで襲われたんだっけ……。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 今より10年前、プレシアが起こした騒動から半年後に、地球の海鳴市で再び魔法絡みの大事件が発生した。いや、その事件はもっと以前から始まっていた。八神はやてという少女が生まれた時に、彼女の魔力資質に惹かれて【闇の書】と呼ばれるロストロギアが転生してきた時から……。

 

 

 過去の持ち主がおこなってきた無茶な改造によって様々な機能が暴走している闇の書は、はやての肉体とリンカーコアに大きな負担を与えて徐々に命を蝕んでいた。そんな彼女が9歳の誕生日を迎えた時、闇の書の封印が解かれて、中から出て来た守護騎士たちの主となった。そこから物語が急速に動き始める。5ヵ月後、はやての病気の原因を知った守護騎士たちが、問題を解決するために活動を始めたからだ。

 はやてを助けるためには、魔力の源であるリンカーコアを蒐集することで闇の書のページを埋めて完成させなければならなかった。そこで真っ先に目を付けられたのが強大な魔力を持ったシロンだった。半年前から続いているなのはとの特訓で、だいぶ前から魔力反応を感知されていたのである。

 この頃、猫形態のシロンは認識阻害魔法【ミノフスキー】の効果で、世間からは月村家の作った高性能猫型ロボットとして認識されており、海鳴市を自由に闊歩していた。しかも、街に繰り出しては頻繁にナンパを繰り返してやたらと目立っているので発見は容易だった。そのせいで、隙を突かれた彼は1人でいるところを狙われてしまう。

 相手の魔力は確かにすごいが、単独行動している今なら勝てるはずだ。守護騎士たちはそう考えたのだが……その判断は間違いだった。

 

「コイツ、やたらとつえー!?」

「はぁーはっはっはぁ! 見ただけで相手の実力も見抜けんなど笑止千万、片腹痛しぃ! だからお前はアホなのだぁー!!」

 

 身体強化魔法【ユニコーン】で無双モードになったシロンは、ヴィータ、シグナム、ザフィーラを圧倒した。更に、とどめと言わんばかりに、ユーノの協力で完成させた新型の捕獲魔法【タートルシェルバインド(亀甲縛り)】を使う。これは、エッチい事で有名なあの縛り方をバインドで再現したもので、拘束すると同時に精神的ダメージも与える恐ろしい魔法である。発動するには直接相手に触れて複雑な術式を展開しなければならないという制約があるのだが、無双モードの状態ならどうってことないので、ヴィータたちはいともあっさりとエビ反り状態で捕まってしまう。

 その光景を離れた場所で見ていたシャマルは、みんなを助けるために【旅の鏡】という魔法でシロンのリンカーコアを蒐集しようとした。しかし、本来攻撃用ではない旅の鏡は、魔法防御が正常に機能している相手への使用が難しく、シロンの体内に侵入することはできなかった。そもそも、自身で魔力を作れるシロンの身体はこちらの世界の常識とは違ってリンカーコア自体が存在しないので、シャマルの攻撃は全くの無駄であった。しかも、魔法を使ったせいで居場所を掴まれてしまい、彼女も亀甲縛りの屈辱を受けるハメになってしまう。

 

「さぁて、とりあえず捕まえてみましたが、どうしてくれちゃおっかなー?」

「「「「……」」」」

 

 ビルの屋上に縛られた状態で転がされた守護騎士たちは、羞恥に頬を染めながらシロンを睨みつけた。縛られた上にデバイスを取り上げられた状態では逃げることもできない。

 そんな彼女らの様子を仮面の戦士に変身したリーゼロッテも見ていたが、相手が強すぎて迂闊に手を出せないでいた。彼女たちの計画を成功させるためには、守護騎士たちの行動を完遂させなければならないのだが……。

 こうなったら、一か八かで戦いを挑むか。しかし、亀甲縛りはされたくないし……。と、内心で葛藤していたその時、彼女の思惑を無視するように話が急展開した。どういうわけか、シロンの方から仲直りを申し出てきたのだ。

 

「……なぜだ?」

「そうだニャ……一生懸命なお前たちが、どうしても悪い奴とは思えなかったから、かな?」

「……」

「我輩を襲ったことも何らかの事情があるんだろうけど、もしその理由が納得できるものだったら、手助けしてやらんでもないニャ」

「この状況でそれを信じろというのか?」

「まぁ、その辺は君たちの自由ですけど? 訳を話してくれないんだったら、その恥ずかしい姿を次元世界中のネットに流出させちゃうよん!」

「全然自由じゃねー!!」

 

 守護騎士たちに選択の余地は無かった。

 そんなことをされたら恥ずかしくて外に出れなくなる……もとい、管理局に捕まってしまうので、とりあえず納得してもらえるように大まかな事情を話した。自分たちはとある少女を助けるためにリンカーコアを蒐集しなければならないということを。そして、問題を円満に解決するためには急ぐ必要があり、効率よく蒐集するためには人を襲う必要があると。

 

「殺しはしないんだニャ?」

「無論だ。我らの誇りに誓って、人を殺めることは決してしない」

 

 シグナムたちの目を見ながらその言葉を聞いたシロンは、あっさりと魔法を解いた。彼自身も同じような戦いをしていた経験があるので、彼女たちを応援してやりたくなったのだ。本音をぶっちゃけると、魅力的なパイオツを持った美女の敵になりたくなかっただけだったりするのだが、そんなことなど知る由も無いシグナムはごく普通の反応で疑問をぶつける。

 

「私が言うのもなんだが、いいのか?」

「いいもなにも我輩にお前たちを裁く権利なんかニャいし、その理由も無いニャ。懲りずに襲いかかってきても、また返り討ちにすればいいだけだし」

「ふん、大層な物言いだな。しかし、事実でもある。敗者の身としては受け入れるしかないな……」

 

 愛剣を拾って鞘に収めたシグナムは思わず苦笑する。まさか、これほどの強者がいようとは思いもしなかった。まさに、驕れる者久しからずであると、自分の未熟さに気づかせてくれたシロンに対して場違いにも感謝の念を抱いてしまう。それと同時に、武人としての喜びも感じていた。

 だが今は自身よりも優先すべきことがある。見逃してもらえた幸運に感謝しつつ、気を引き締め直さなければならない。

 

「では、遠慮なく立ち去らせてもらうぞ」

「おう、気をつけて帰りんしゃい。あ~それと、恥ずかしい思いをさせたお詫びにこれを上げるニャ」

「それは……シュークリーム?」

「翠屋特製の人気商品ニャ。ほれ、お家に帰ってみんなでお食べ」

「なんであたしに渡すんだ!?」

 

 何となく食べたそうな表情をしていたヴィータにシュークリームを渡すと、シロンは手を振りながらさっさとどこかへ行ってしまった。あまりのあっさりさに守護騎士たちは呆気に取られてしまう。それでも一応警戒してみたが、辺りに魔力反応もないしシュークリームにも仕掛けは見当たらない。

 

「……帰るか」

「……そうね」

 

 このままここにいてもしょうがないので、追跡されないように分散しながら八神家へと帰っていった。戦闘で感じるものとは別の疲労感を覚えながら……。

 その一方で、彼女たちより先に立ち去ったシロンは、月村家への帰り道でニヤリとしていた。

 

「なんという素晴らしいパイオツ! 最高の映像が取れたニャ~!」

 

 歩きながら鑑賞していたのは、亀甲縛りをされて色っぽく悶えるシグナムとシャマルが写った映像だった。いつの間にかデバイスで記録していたようだが、あのシュークリームは隠し撮りしたお詫びだったのだ。これぞまさしく、知らぬが仏である。

 しかし、不運にも真相を知ってしまったリーゼロッテは、嫌らしい笑みを浮かべる彼を見つめてため息をついた。一体アイツはなんなんだ……。

 

 

 何とか和解することができたシロンと守護騎士だったが、事情を考えるとお互いに接触を避けるべき状況なため、しばらく会うことはないと思っていた。しかし、彼らの予想に反して、再会の機会はすぐにやってきた。数日経った12月2日の夜に、なのはの魔力を見逃せなかったヴィータが彼女を襲撃したのだ。

 その時シロンは、モビルアールヴの改造作業に疲れて爆睡していたのだが、異変に気づいて目覚めた時には事態がかなり進んでいた。【魔法の力に目覚めてしまったなのはたちに危険が起こった場合の保険】という名目で設置した監視装置によって異常を察知したリンディたちが、救援を送りこんで守護騎士たちと交戦していたのだ。なのはのピンチに駆けつけたのは、彼女に片思い中のユーノと彼女の親友であるフェイト、そして使い魔のアルフだった。実を言うと、翌日の12月3日にテスタロッサ家の面々が帰ってくる予定になっていたのである。

 諸々の手続きが長引いて半年ほどミッドチルダにいた彼女たちだったが、ようやく全てが終わって地球に引っ越すことになった。その際、なのはやフェイトを管理局に入れたいと考えていたリンディが勧誘ついでにアースラで送ると申し出てきて、現在の状況に至っていた。

 シロンとしても彼女たちの帰還は嬉しかったが、命がけで大切な少女を救おうとしている守護騎士たちも助けてやりたいと思っていた。その気持ちは、なのはがリンカーコアを蒐集された姿を見ても変わらない。

 

「殺しはしないって言ってたしニャ」

 

 それに、未熟ななのはに経験を積ませる上でも役に立つ。そう思ったシロンは、ドモンに稽古をつけるマスターアジアのような心境で成り行きを見守ることにした。しかし、グラハムとリニスが援護に入ってきてはのん気に構えていられない。守護騎士の実力では彼らに勝てないので、とりあえず間に入るような動きをしてしまったのだが、それがいけなかった。一部始終を見ていたリーゼアリアが、邪魔なシロンを陥れるために思い切った謀略を仕掛けてきたのである。

 彼女は、自然を装ってアースラのブリッジにやってくると、以前シロンが守護騎士と接触した際の映像を都合のいい場面だけ見せて、仲間になった可能性があると言いだした。この映像は、彼女の主であるギル・グレアム提督の命令で設置した監視装置によって撮影されたものだと説明して、シロンを貶める材料として利用したのだ。

 魔導師襲撃事件が地球を中心に起きていることは既に判明しており、世界事情に明るいイギリス出身のグレアム提督が自ら調査を買って出たことはリンディたちも知っていた。そのおかげでリーゼアリアの強引な予想にもそれなりの説得力があった。もしかしたら、本当にあり得るかもしれない。

 

「あのピンク色の人、シロンさん好みの大きな胸だから……」

「そ、そうですね……」

 

 着目点が若干おかしいが、何にしても邪魔をしているのは確かなので対処する必要はある。そんなブリッジ内の動きを感じ取ったリーゼアリアは内心でほくそ笑む。これなら上手くすれば同士討ちを望めるかもしれないし、最低でも疑心を持った管理局に監視されて行動を制限されるはずだ。

 姑息なリーゼアリアの作戦はジワリと効いて、フェイトたちを混乱させた。正直言って信じ難いが、状況を見ると彼女の説明にも一理ある。気が迷って思わず戦闘を中断してしまった少女たちは、シロンに真実を問いただそうとした。

 だが、それは実行できなかった。彼女たちが声を発する前に、これまで沈黙していたグラハムが急激に態度を変えてシロンを罵ったからだ。

 

「まさか、私のいぬ間に幼女趣味に堕ちていようとは! 見損なったぞ、バカ王子!」

「って、そう来たかーっ!?」

 

 ヴィータを庇っていたシロンを見てアホな勘違いをしてしまったらしいグラハムは、遠慮は無用とばかりに全力で向かってきた。その認識はどうなのよと思った周りの面子が呆気に取られるが、そんなことなどお構い無しとばかりに2人は仲良く喧嘩を始めた。空戦機動は凄まじいが、罵りあいながらパンチを繰り出しあっている姿は、戦闘というより喧嘩にしか見えなかった。

 そんな感じで数分が経ち、周囲に微妙な空気が流れ始めた頃、グラハムをぶっ飛ばしたシロンは近くにいたヴィータの所まで距離をあけた。そして、妙に踏ん切りがついたような表情を浮かべながら、守護騎士に全面協力してやると宣言した。

 

「いいだろう! お前たちがそう望むなら、我輩はロリコンになってやるニャ!」

「いや、ロリコンなんて望んでないけど………………まぁいいわ。とりあえず、上手くいったみたいだしね」

 

 思わず本音をつぶやいてしまったリーゼアリアを他所に、ヴィータと手を繋いだシロンは他の守護騎士たちと共に戦場を離脱していった。

 こうしてシロンは、期せずして管理局と敵対することになる。

 

 

 勢いに任せて守護騎士と行動を共にすることになったシロンは、彼女たちから一通りの注意を受けた後に八神家へとやってきた。そこで、彼女たちの主だという八神はやてと初めて出会うことになったのだが、周囲の心配を他所に速攻で仲良くなった。【おっぱいマニア】という共通の性癖に強いシンパシーを感じたからだ。

 

「分かりあえるって、こういうことを言うんやな!」

「ああ! 我輩たちは今、ニュータイプとなったのニャ!」

「……シャマル、私は悪夢を見ているのか?」

「いいえ、シグナム。これは現実よ……」

 

 白い小猫を抱きながら怪しい会話をしている主を見て、守護騎士たちは悲嘆に暮れた。とはいえ、いただけないのはその程度で、はやてに喜びを与えてくれるシロンの人柄はしっかりと認められるのだった。

 その後はシロンの歓迎会ということで大いに盛り上がった。臨時の宴は、はやての体調を心配したシャマルに注意されるまで続き、夜の11時過ぎになってようやく子供たちは眠りついた。

 すっかり気に入られたシロンは、はやてとヴィータに挟まれるような形でベッドに連れ込まれていた。もちろん今は猫形態で、はやてに軽く抱きしめられるような格好になっている。未だに警戒心を持っているヴィータはしばらく起きていたが、気持ちよさそうに寝ているシロンを見ているうちにバカらしくなって不貞腐れるように眠ってしまった。

 やれやれ、やっと開放されたか。

 ヴィータが寝入って数分後、タヌキ寝入りしていたシロンは静かに目を開けた。目の前で穏やかな表情を浮かべながら眠っているはやてを見つめつつセフィに語りかける。

 

「(おいセフィ、やっぱりはやての病気は治せないのかニャ?)」

<(はい、今の魔力量では願いが叶えられません。恐らく、彼女の病気には世界に影響を与えるほどの大規模な因果が絡んでいるのでしょう)>

「(そりゃまた随分とでかい話だね。この子自身は普通の女の子なんだけどニャ~?)」

 

 シロンは首を捻った。確かに守護騎士なんてお供がいるくらいだから何らかの形で魔法に関わっているはずだが、世界規模というほどには思えない。

 

「(後どれくらいで魔力は溜まるのニャ?)」

<(現状のペースでは2年くらいかかります)>

「(2年か……みんなの様子を見るとそんなに時間は無いかもニャ)」

 

 必死に蒐集を続けている守護騎士の姿からは余裕など感じられない。恐らく、タイムリミットは近いのだろう。

 ならば、大量の魔力をすばやく供給できる方法を見つけるしかないのだが、その方法は既にあった。それは時の庭園にある動力炉を利用するというものだ。プレシアから話だけは聞いていたのですぐにティンときた。後は彼女に頼んで動かしてもらうだけである。

 もちろんシグナムたちに隠れて行動する必要があるが、セフィの力で影分身を作っておけば出歩いても大丈夫だろう。

 

「(とゆーわけで、申し訳ないけど、ちょっとの間だけお別れニャ)」

<(お気になさらないでください、待つことには慣れていますから……)>

「(遠距離恋愛中の乙女みたいなセリフだニャ!)」

 

 こうしてセフィは、必要な魔力が溜まるまで時の庭園に安置しておくことになる。緊急事態の時は瞬間移動で戻ってこれるので心配は要らないが、いざ離れるとなるとお互いに寂しくなってしまうのだった。

 

 

 それと同じ頃、シロンがいなくなった月村家ではすずかが心配していた。事情を知っているグラハムたちから用事があってしばらく外泊すると説明されてとりあえず落ち着きを取り戻したが、こちらもシロンたちと同様に寂しい気持ちを味わっていた。それでも、事件が解決するまでは我慢してもらうしかない。

 

「今回の事件、どうも管理局の手際が良すぎる。乙女座の私としては、胸騒ぎを覚えずにはいられんな」

「はい、彼らは裏で何かをやっているようですね……」

 

 今回の事件には複雑な問題が絡んでいそうだと感じたグラハムは、現時点ではすずかとアリサを関わらせない方がいいと判断して、なのはたちにも言い聞かせていた。シャマルの魔法を受けてリンカーコア無しに魔法を使っていることがバレてしまう危険性も無視できなかったからだが、いずれにしても事情を知らない一般人を傷害事件などに巻き込むべきではないだろう。都合のいいことに、リンディたちも同じように考えていたため、すずかとアリサはしばらくのあいだ蚊帳の外に置かれる状態となった。

 そんな経緯でシロンがいなくなってから数日経ったが、その間にも多くのイベントが発生していた。なのはの家の近くにあるマンションにテスタロッサ家とハラオウン家が引っ越してきたり、アリシアとフェイトが聖祥学園初等部に転入してきたりと大忙しである。同時に、穏やかな日常の裏では次なる戦いの準備も進んでいく。

 

 

 そして更に数日が経ったある日の夜、リンカーコアが完治したなのはとようやく身辺が落ち着いたフェイトは、カートリッジシステムを搭載したデバイスで守護騎士たちとの2度目の戦いにのぞんだ。

 成り行きを利用して管理局と行動を共にする事にしたグラハムとリニスだったが、シロンの事を考慮したリンディから待機を申し渡されたため、今回は子供たちだけで戦うことになった。それでも、新しいデバイスで対等以上に渡り合うことができるようになったおかげで、多勢に無勢な守護騎士たちは次第に劣勢となっていく。しかも、隙を突いたクロノがシャマルの背後を取ることに成功し、守護騎士たちは窮地に追い込まれてしまう。

 勝利はほぼ確実な状況であり、これで決着が着くかと誰もが思った。

 だが、その直後に事態が急変した。絶妙なタイミングで仮面の戦士が現れ、何故か守護騎士たちを逃がそうとしたのである。その上シグナムは、シロンに渡されていたカードを使って【戦闘型ハロ】を4機出現させた。バレーボールほどの大きさに作られたこの機体はミッドチルダ式魔法を参考にした新型で、攻撃を避けきれなかったユーノとアルフは亀甲縛りにされてしまい、結局それが隙となって守護騎士たちに逃げられてしまう。

 見覚えのある男の奇妙な行動にリンディたちはおろかグラハムたちも途惑うが、今はまだ動く時ではないと判断して静観するのだった。

 

 

 その同時刻、今回の戦闘に姿を現さなかったシロンはというと、シグナムたちの頼みを聞いて八神家で待機していた。今日は、はやての友達を夕食に呼んでいたため、シャマルと共にお手伝い係を任されていたのだ。しかし、ピンチに陥ったシグナムたちからの要請でシャマルも出かけてしまい、家にははやてとシロンだけが取り残された。

 ヤバイ、空気が悪くなる。

 一応シグナムには戦闘型ハロを渡してあるので捕まることはないだろうが、今はこっちのほうがピンチである。女の子の涙に弱いシロンは、裸踊りでもしようかと思うくらいテンパってしまった。

 そんな時にあいつらが現れた。

 

「ようシロ坊。久しぶりだな。ってか、可愛い彼女と乳繰り合ってる真っ最中ですかぁ? まったく、最近のガキときたら迫力満点だぜコンチクショウ」

「出てきて早々に最低だなオイ!?」

 

 後ろから声が聞こえたかと思ったら、そこには銀時と桂がいた。相変わらずのふてぶてしい表情でダメ人間的な発言をすると、勝手に冷凍庫を漁って取ってきたヴィータ秘蔵のアイスを食べてしまう。

 

「初対面やのに寛ぎすぎやろ!?」

「まぁまぁ、かたいことは言いっこなしだぜ、お嬢ちゃん。世の中ユルユルのほうが楽しめるってモンさ。お前もそう思うだろ、ヅラ?」

 

 悪びれもせずアイスを食べる銀時は、未だに一言も喋っていない桂に話を振った。すると、なにやらプルプルとしている桂がいつものセリフで答えを返す。

 

「ヅラじゃない、桂だ! しかし、今の俺はかつかつだ! なぜなら、ユルユルの大便を放出したい衝動に駆られているから!」

「って、またソレかよ!?」

「実はここへ来る前に魚屋から鮮魚を盗んでな、本能の赴くままに生の状態で食したのだが……どうやらそれにあたってしまったらしい」

「お魚銜えたドラ猫かよ! お前やべーよ! 猫化が進んで後戻りできないレベルまで来ちゃってるよ!」

「確かにそうかもしれん。だが、悪いことばかりでもないぞ? この前行ったキャバクラで猫っぽい仕草をしたら『桂ちゃん、可愛ういぃ~!』って感じで大ウケしたからな」

「お、いいなソレ! 今度俺もやってみるわ」

「あーもう! いたいけな少年少女の前でクソみたいな会話してんじゃねー!!」

 

 あまりに低劣な会話のオンパレードに頭にきたシロンは、無造作に2匹を掴んで庭に出ると、思いっきり蹴っ飛ばして強制送還させた。

 

「へっ、汚ねぇ花火だ!」

「う、うん……変わった猫さんたちやったな……」

 

 嵐のような珍客にお帰りいただいてほっと一息つく。ほんと、お友達が来る前でよかった。2人で同じ事を思いながらほんわかしていると、その数分後に本命の友達がやってきた。しかし、それが更なるカオスを生んでしまう。なんと、はやての友達はすずかだったのだ。

 

「なんでシロンちゃんがここにいるの!?」

「一体これはどういうことなんや、シロン?」

「って、なにこの昼ドラ展開!?」

 

 いきなりのトンデモ展開で3人共に混乱してしまった。だが、ギャルゲーでいくつもの修羅場を潜り抜けているシロンは、すぐさま再起動すると懇切丁寧に事情を説明した。すずかに関しては友達兼家主であると説明し、自分がここにいる理由は寂しい思いをしているはやてのためにシグナムたちからお泊りを頼まれたことにした。これは今思いついたわけではなく、表向きの理由として事前に考えていたものだ。幾分嘘が混じっているとはいえ、ほとんど本当のことなので、彼女たちもすんなりと納得してくれた。

 

「そんなわけで、もうちょっとだけのんびりしたいから、みんなには内緒にしといてね?」

「うん分かった、2人だけの秘密だね!」

「いやいや、私もおるんですけど!」

 

 気持ちを落ち着けることができた3人は、夕食の準備を進めながら仲良く会話を楽しむ。シグナムたちは間に合いそうもないが、これならはやての寂しさもいくらか和らげることができるだろう。

 それにしてもすずかの登場には驚いた……。二股かけてるスケコマシの心境ってこんな感じなのかなと、ちょっぴりアダルトな経験を積んだシロンであった。



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第12話 レッツクリスマスパーリィ!【A's2】

 仮面の戦士の再登場やすずかとの想定外な遭遇が起こってから更に数日後、リンディとクロノの不在中に3度目の戦いが起こった。

 守護騎士が二手に分かれて行動していることを察知したなのはたちは、戦力が減少しているにもかかわらず、自分たちも分かれて立ち向かうことにした。その判断は明らかに誤りであり、経験とつり合わない力を得てしまったなのはたちの奢りでもあったが、一緒にいたグラハムたちは何も言わなかった。幸い相手は殺しまでしない【優しい敵】だ、実戦経験を積むには丁度良いという判断だった。

 とにもかくにも、出撃してしまった彼女たちはそれぞれ1対1で戦う状況を作りだした。砂漠に覆われた無人世界にやってきたフェイトは、ザフィーラの牽制をアルフに任せると、自身は好敵手となりつつあるシグナムと対峙した。

 この時シグナムは蒐集作業による疲労が蓄積しており、万全の体勢でのぞんでいるフェイトの方が若干有利だった。だが、シグナム1人に集中しすぎたせいで、背後から襲ってきた仮面の戦士の攻撃を避けられず、結局は不運な形で敗北してしまう。

 

 

 一方、別の世界にいるヴィータとシロンの元にもそれぞれ刺客がやって来ていた。ヴィータは因縁のあるなのはを相手にすることになり、シロンはリニスを伴ったグラハムに戦いを挑まれていた。今回は戦力が少ない上にシロンが出て来たためグラハムたちも参戦することになったのだが……。

 

「この私、グラハム・ニャーカーは、君との果し合いを所望する!」

「あーうん、それはいいけど……なんで2人とも変な仮面をつけてるのニャ?」

「えっと、これはですね……」

「あえて言おう、覚悟の証であると!」

 

 自分の格好に照れた様子のリニスを遮るように、暑苦しいグラハムの叫び声が響き渡る。

 

「私は、ロリコンという名の修羅となった我が主をこの手で切ると心に誓った! この私にそう決意させたのは他でもない、君とガンニャムだ! そうだとも……もはや愛を超え、憎しみも超越し……宿命となった!」

「はぁ!?」

「一方的と笑うか? だが、私は純粋に戦いを望む! ガンニャムとの戦いを! そしてガンニャムを超える! それが私の……生きる証だッ!」

「ごめん、何が言いたいのかサッパリ分からない」

「ようするに、新型ガンニャムと戦いたいってことです」

「分かりづれーしめんどくせー!!」

 

 なんて自己中野郎なんだ。シロンは自分勝手なグラハムにイラッとしたが、いつまでものんびりとしてはいられなかった。せっかちなグラハムが、シロンの答えを聞く間もなくモビルアールヴを出現させたからだ。

 その機体は見慣れたフニャッグではなく、まるで鎧武者のような姿をした新型だった。

 

「フニャッグ改めスサニャオ! いざ尋常に……勝負!」

「って、そいつは我輩の部屋に置いといたヤツじゃん!! ねぇちょっと、勝手に人の部屋に入らないでくれる!?」

「その願い、承服しかねる。私は君の親代わりなのでね、風紀の乱れを見過ごすわけにはいかんのだよ」

「はん! そんなの余計なお世話だっつーの!」

「ほぅ、これが噂の反抗期かね? ならば、こちらも相応の手段で反撃に出るとしよう」

 

 そう言って、懐から一冊の雑誌を取り出した。それは、シロンの部屋をガサ入れした際に見つけた一品だった。

 

「数あるエロ本の中から【大艦巨乳主義】などという軍人美女専門の雑誌を選択するとは、マニアックにも程があるぞ!」

「あーん、やめたげてぇ! シロンちゃんのライフはもうゼロよっ!?」

「あーもう! お前ら一体なにやってんだ!?」

 

 ヴィータは、初めて見たモビルアールヴにビビリながらも律儀にツッコミを入れた。その声で我に返ったシロンは、自分も反撃とばかりに新型ガンニャムを出現させる。それは、リニスのツインドライヴシステムを取り入れて作り上げた、現時点で最高峰の機体だった。

 

『ダブルオーガンニャム、目標を駆逐する!』

「って、お前も持ってたのかよ!?」

 

 突然出て来たガンニャムを見て再びヴィータが仰天し、彼女と対面しているなのははうんうんと頷く。どうやら奇妙なシンパシーを感じているようだが、そんなほんわかした雰囲気の中、空気を読まない2機の巨人が激しい戦闘を始めた。CN粒子を撒き散らしながら縦横無尽に乱れ飛ぶ姿は、まるで神話にうたわれる神々の戦いそのものだった。

 

『食らうがいい! グラハムパニッシャー!!』

『当たってたまるか! トランザム!!』

「えっ!? ちょ、まっ!?」

 

 ダブルオーガンニャムが避けたスサニャオの粒子ビームが、姿を隠して様子を伺っていたリーゼアリアに直撃したが、誰にも気づかれることなく話は進んでいく。

 

「すげぇ……」

「あれが、ガンダム……じゃなかった。ガンニャムだっけ?」

 

 2機の巨人は、なのはとヴィータが互いに敵対していることも忘れて見とれるほどの戦いを繰り広げる。しかし、いつまでも続くかと思われたその決闘は唐突に中断された。静かに傍観していたリニスがフェイトの敗北を知って動揺したからだ。彼女に経験を積ませるため心を鬼にしてこちらに来たが、こうなっては黙っていられない。

 

「グラハム! 今日のところは退きましょう!」

『ええい、致し方ない! この勝負、預けておくぞ!』

『嫌なこった! パンナコッタ!』

「っていうか、私を置いてかないでくださーい!?」

「はぁ、タカマチなんとかってヤツも色々と苦労してんな……」

 

 突然1人きりにされてパニクっているなのはを見て、ヴィータは思わず同情してしまう。しかし、離脱するには絶好のチャンスだ。ガンニャムをカードに戻して近寄ってきたシロンは、ヴィータの手を握ると、なのはが反応する前に別の場所へと高速移動して彼女の追跡から逃れた。その後、シグナムに闇の書を届ける必要があるヴィータと別れて一足先に海鳴市へと帰還した。

 

 

 深夜になって帰宅したシロンは、フェイトがやられた状況をシグナムから聞いた。彼女は、騎士道に反する行動をしてしまった自分に憤っているようだが、シロンとしてはしょうがないよと言うしかなかった。可哀想だとは思うものの、結局はフェイト自身が選んだ道であるし、同い年で戦争すら経験している自分がどうこう言える立場ではない。

 ただし、命を奪われる危険性がある事件現場に一般人の子供だけを送り出せてしまう管理局には文句を言いたかった。それに、フェイトを襲った仮面の戦士にも……。

 

「まったく許せんニャ! 将来有望な美幼女の胸に手を突っ込むなんて、つぼみの早摘みにも程があるぞ!」

「気にすんのはそこかよ!」

 

 ヴィータは、蒐集のご褒美としてシロンに買ってもらった高級アイスクリームを食べながらツッコミを入れた。最初はつんけんしていた彼女も、意外に面倒見のいいシロンと一緒に暮らしているうちに好感度を上げていたのだ。

 しかし、普段通りにシロンとじゃれあいながらも、ヴィータの心は一抹の不安を感じていた。自分たちは、なにか大事なことを忘れているのではないか。このまま蒐集を続けていいのかと……。

 そんな彼女の不安が翌日に現実となる。はやての麻痺症状が悪化して、とうとう入院するまでになってしまったのである。

 

 

 早朝に病院へ搬送されたはやては、その日の夕刻に入院することが決まった。主治医から話を聞き終えたシャマルは強い衝撃を受けたが、何とか気持ちを落ち着かせると、近々遊びに来る予定だったすずかにも報告した。そのせいで、すずかと一緒になのはたちまでお見舞いに来ることになるとも知らずに……。

 次の日の昼頃、はやて宛に送られてきたメールの添付画像に写っているなのはとフェイトに気づいた時にはもう手遅れだった。向こうはまだこちらに気づいていないが、はっきり言って時間の問題である。

 シャマルは、その日の夕刻にお見舞いに来た彼女たちを物陰から見つめつつ今後の対策を考えた。こうなったら、シグナムと相談した時に決めた通り彼女たちと鉢合わせしないようにするしかない。サングラスとトレンチコートを装備した怪しい格好のままでシリアスな決心をする。しかし、一緒にいるシロンは彼女の決意とは間逆の行動を始めた。

 

「シロンちゃんも分かったわね……って、あれ?」

 

 隣にいるシロンに向けて注意しようと言葉をかけたら、彼の姿はそこになかった。その代わりに、赤いスカーフを身につけた黒い小猫がいた。彼は、はかせと呼ばれる少女の飼い猫である【阪本さん】だ。シロンと同じようなファッションをしていたおかげか出会って早々に意気投合したのだが……今はなぜか身代わり役を押し付けられていた。

 

「はぁ、白猫の身代わりを黒猫にやらせんのは流石に無理だろ兄弟……」

「身代わり? それじゃあ、シロンちゃんは一体どこに……って、なにやってるのー!?」

 

 仰天しているシャマルの視界には、堂々と病室に入っていくシロンの姿が写っていた。

 

「やぁ、みんな! パイオツの成長具合はいかがかな?」

「「えっ、シロン!?」」

「色々と言いたいことがあるけど、とりあえずセクハラすんなっ!」

 

 突然現れたシロンを見て久しぶりに再会したアリサは普通に文句を言うが、半ば敵対状態にあるなのはとフェイトは思いっきり驚いた。そんな彼女たちの様子を確認したシロンは、秘匿念話を送ってお願いする。詳しい説明は後でグラハムたちがするから、今は我輩を信じて普通に会話してほしいと。話を聞き終えた2人は一瞬だけ見つめ合うと、シロンに向かって頷いた。信頼すべき自分たちの仲間が、裏で何かをしていると分かったからだ。色々とよくしてくれる彼に日頃から感謝している2人が受け入れないはずがなかった。

 そして1時間後、お見舞いを終えて帰っていく少女たちを見送ったシロンは、人のいない廊下でシャマルに怒られていた。どうして彼女たちの前に出ていったのか問いただされているのだ。

 

「なんであんな勝手なことをしたの!?」

「当然ながらはやてのためニャ。我輩がはやてと一緒にいることはすずかにバレてるから、すぐになのはたちにも伝わるニャ。だから、先手を打って口止めをお願いしたのニャ」

「口止め……そんなことが可能なの?」

「モチロンニャ。なのはは管理外世界の一般人だから管理局に対する義理なんてそれほど無いし、フェイトの家族は管理局に目を付けられてるからどちらかと言えば悪い印象を持ってるニャ」

「……」

「どうやらお疑いのようだね。まぁ信じられないのも分かりますけどぉ? こうなる原因を作った張本人はすずかに連絡した【ヤツ】であって、我輩はその尻拭いをしたまでなんですがね!」

「うぐぅっ!?」

 

 痛いところを突かれたシャマルは、変な声を出してうなだれた。そう言われれば、全ては自分が連絡したせいだった。それなのに、助けてくれたシロンを責めてしまうなんて……。

 

「私はなんて酷いことを……」

「気に病まなくてもいいニャ、シャマル。この我輩は、パイオツのでかい美人の味方だから!」

「シ、シロンちゃん……」

 

 どう聞いても変態のセリフでしかないが、心の弱った今のシャマルには素敵な励ましに聞こえた。エッチなのはアレだけど、優しくて素敵な子ね……。雰囲気に酔ってやたらと美化してしまう。そのせいで感極まったシャマルはシロンの身体をぎゅっと抱きしめた。事情を知らなければ、仲の良い姉弟が抱擁しているような美しい光景だが……

 

「こうしてるとすごく安心できる気がするわ」

「その感じ方、本物のニュータイプかもしれん。いい子だ」

 

 そう言ったシロンの表情は、純粋な乙女を騙す悪い男の顔をしていた。それもそのはずで、実際にシャマルを騙しているからだ。

 いや、騙すと言ったら語弊がある。彼は、はやてと守護騎士を悲しみの連鎖から救い出すために裏で準備を進めていたのである、闇の書を直し【夜天の書】として復活させるために。

 

 

 次の日、なのはたちはシロンに言われた通りグラハムから事情を聞くことになった。場所はセキュリティ万全な月村家が選ばれ、ほどなく全員が揃う。なのは、フェイト、すずか、アリサの少女組とグラハム、リニス、プレシア、アルフのアダルト組、そしてオマケのアリシアを入れた9人だ。

 

「それでは、私たちの調査結果を説明しましょう」

「みんなよく聞いてね!」

「「「「はーい!」」」」

「まるで幼稚園ね……」

 

 なぜなにナデシコ風に始まった事情説明は、アリシアの無邪気さとは正反対に物騒なものだった。なのはたちが初めて守護騎士と出会った日、リーゼアリアの話に乗ったフリをしたグラハムは、戦いながら念話を交わしてシロンと作戦を立てていたのである。

 正体不明な守護騎士の情報は友好関係があるシロンを潜入させて様子を探り、自分たちは管理局側の情報をかたっぱしから集めようと画策した。その際、必要以上に敵意を向けてきていたリーゼアリアの身辺を中心に探りだすことにしたのだが、そこからとんでもない事が分かった。リーゼ姉妹の主であるグレアムは、自分の部下を死に追いやった闇の書に独断で復讐しようとしていたのだ。

 彼らの計画は、二度と転生できないように主の少女ごと永久凍結するという残酷なものだった。しかも、失敗した場合はアルカンシェルという名の魔導砲を使うつもりらしい。もしそんなものを海鳴市で使われた場合、街が消し飛ぶだけでなく、地殻の破壊によって日本の広範囲で地震が発生して甚大な被害が出てしまう。そうなれば膨大な死傷者が出てしまうので絶対に使わせるわけにはいかないが、闇の書を放っておいた場合は世界ごと滅んでしまうことになる。

 

「そんな!? この街が消えちゃうの!?」

「何とかならないの、母さん!?」

「ふふ、そんなに心配しなくてもたぶん大丈夫よ。シロンが対抗策を用意しているようだから」

「えっ、シロンが?」

 

 もちろんその対抗策とは、セフィの力を使って闇の書を直す方法だ。それならボールでビグ・ザムと戦わなければならないような状況を回避できる。

 ただし、必要な魔力を確保するためにかかる時間がかなりギリギリだった。予定では12月24日となっており、プレシアが計算した闇の書の完成時期も最短でそのくらいだという。

 それでも望みがあることは確かなので、グラハムは、ケット・シーの魔法技術で壊れた闇の書を直すことができると説明してみんなを安心させておくことにした。

 

「それじゃあ、はやてちゃんたちを助けることができるんですね!」

「無論だ。我らの技術は伊達ではないと言わせてもらおう!」

「何にしても魔力が溜まるまでもう少し時間がかかるらしいから、それまでは守護騎士たちを追い詰めないようにしなければならないわ。もし、彼女たちのリンカーコアを捧げられたら完成が早まってしまうから。いいわね、みんな」

「「「「はい!」」」」

 

 これで、作戦会議は滞りなく終わった。後は運命の日を待つのみだが、それは偶然にもセフィに魔力が溜まる予定の12月24日だった。

 闇との決戦は、皮肉なことに聖なる者の誕生を祝う前日となるのだった。

 

 

 気を揉んでいる間に、とうとうクリスマス・イヴを迎えた。

 みんなに真相を伝えてから数日の間は平穏そのもので、これならなんとか間に合いそうだと安心していたのだが、そんな矢先に異変が発生した。突然巨大な魔力反応が現れ、その直後に海鳴市を覆う強力な結界が展開されたのである。とうとう闇の書が完成したのだ。

 その瞬間より数分前、仮面の戦士に変身したリーゼ姉妹が、はやての病室にいる守護騎士たちを強襲した。もっとも警戒しているシロンがトイレで大きいほうを出している隙を突くという念の入れようだった。

 来襲を予期して付近で待ち構えていたグラハムたちは、すぐさま彼女たちの迎撃に向かうが、それを見越していた主犯のグレアムが自ら出撃して守護騎士たちに襲い掛かる。リーゼ姉妹と同様に仮面の戦士の姿となった彼は、強力なバインドでなのはたちを無力化すると、守護騎士たちのリンカーコアを使って闇の書を完成させてしまう。

 激しい戦闘の末にリーゼ姉妹を亀甲縛りで拘束したグラハムたちは、結界を張った後に無抵抗となったグレアムも確保するが既に手遅れだった。彼らの目の前で銀髪の美少女となった【闇の書の意志】が行動を開始してしまったのだ。

 ついに姿を現した闇の書の意志は、挨拶代わりとばかりに強力な広域空間攻撃魔法デアボリック・エミッションを放った。いち早く危険を察知したリニスのおかげで何とか回避できたものの、凄まじい威力に戦慄する。

 

「ちぃ! この破壊力! 圧倒的だな、闇の書とやら!」

「グラハム! ここは私たちに任せて、管理局との交渉に行ってください!」

「了解した。グラハム・ニャーカー、これより時空管理局との交渉を開始する!」

 

 リニスの言葉を受けたグラハムは、リーゼ姉妹を拘束しているすずかとアリサを伴って一旦戦場を離脱する。遅れてやってきたクロノからグレアムたちの引渡しを要求されたのだが、それを断ってリンディとの交渉を申し出たのである。彼らをダシに管理局の罪を認めさせ、今後の交渉を有利にする算段だ。

 その間にようやくトイレから出て来たシロンは、闇の書の意思と戦っているなのはたちと合流する。こういう時に主人公が遅れてやって来るのは定番だが、彼の場合はあまりにもカッコ悪過ぎた。

 

「なんてこったい、う○こしてたら運の悪い状況になってるYO!?」

 

 思わず嘆いてしまうが、まだ運が尽きたわけではない。セフィの魔力が溜まれば彼女を止めることができる。それまで持ちこたえればこっちの勝ちだ。

 しかし、その作戦は途中で破綻してしまうことになる。シロンを最大の脅威と見なした闇の書の意志は積極的に彼を狙い、【吸収】という魔法を使って捕獲空間に閉じ込めた後に【闇の書の夢】という魔法で幻覚を見せて無力化してしまったのである。大きな胸の彼女に羽交い絞めされて気が乱れた一瞬の隙を突かれるという、かなり間抜けな敗北だった。

 捕獲対象の精神にアクセスし、深層意識で強く望んでいる夢を見せるその魔法によってシロンは理想郷に訪れていた。青く美しい南国の浜辺にきわどい水着を着た巨乳美女がわんさかいるという夢のような場所である。

 

「ふぉおおー!? なんという絶景!! 夢がふくらみ股間もふくらむ超絶パイオツパラダイスが、今我輩の目の前にぃー!!!」

 

 とても10歳くらいの子供が見るようなものではないアダルトな夢におぼれてしまう。しかし、そのいかがわしい夢は速攻で終わりを迎える。自力で復活したはやてが管理者権限を獲得してシロンにかかっていた魔法を解いたからだ。

 闇の書の意志に慕われて強く守られていたはやては、奇跡的に意識を取り戻すことができた。そして、全てを諦めかけている彼女を説得して【リインフォース】という新しい名を与えると、なのはたちと協力して暴走していた防御プログラムの分離に成功する。その瞬間、はやては正式に闇の書の主となった。それと同時に夜天の主としての知識も手に入れた彼女は、消滅してしまった守護騎士たちを修復し、自身も騎士甲冑をまとって最終決戦の場に舞い降りた。

 当初の予定とはだいぶ変わってしまったが、とりあえずはやてたちは助かった。その代わりに分離した防御プログラムを破壊しなければならなくなったけど……こうなっては仕方がない。八神一家と合流したなのはたちはとりあえず納得することにした。しかし、1人だけ納得していない男がいた。開放されてからずっと俯いたままでいるシロンだ。

 

「返せー!! 我輩の夢を、野望を、青春をーっ!!!」

「って、一体なんのことや!?」

 

 あまりの気持ちよさに自然と猫形態になるくらい楽しんでいたのに、強引に終わらせるなんてあんまりだ。寝ぼけたシロンは、すっごい自分勝手な言い分ではやてに突っかかり、シグナムとヴィータによってぶっとばされた。しかし、怪我の功名とでも言うべきか、そのおかげで我に返ることができた。

 

「はっ! 我輩は一体何を!? なんだかとってもイイ夢を見ていた気がするんですけど?」

「気のせいだから気にするな。それより、鼻血が出ているぞ」

「おっと、いけね……教えてくれてありがとよ、ザッフィー! あ~一応言っておくけど、別にエッチなこと考えてたわけじゃないんだからねっ!」

「……私はツッコミなどやらんぞ?」

「けっ、相変わらずのカチコチ野郎だぜ! 硬くなるのは股間のエクスカリバーだけで十分だっつーのっ! なぁ、クロノ・トリガー?」

「そんな話を僕に振るな!!」

 

 いつの間にかやって来ていたクロノをからかっておく。最近ご無沙汰だったので友好を深めておこうと思ったのだ。

 しかし、今はタイミングが悪かった。クロノは、ここへ来る前に一悶着あったせいでひどく苛立っていたのである。

 

 

 アースラに赴いてリンディとの交渉を始めたグラハムは、グレアムたちの罪を暴露し、糾弾した。

 世界を破壊できるロストロギアの所在を特定しておきながらその事実を私的な理由で秘匿し、あろうことか身勝手な目的のために起動までさせて地球を危機に陥れた彼らの犯罪行為は明白である。よって、彼らが所属している管理局は全貌を明らかにして自分たちの罪を認め、しかるべき責任を果たさなければならない。それがグラハムたちの言い分だった。

 この時のクロノには、なぜ彼らがそんなに詳しく内部情報を知り得たのか気にする余裕も無かった。確かに、グラハムの言っていることは事実であり、この世界の人にとっては看過できない重罪だからだ。

 

「そうだ、グレアム提督は世界を滅ぼしかねないことをしたんだ。そして、その行為に同情している僕も……同罪だ」

 

 もしかすると、これが管理局の正体なのかもしれない。

 グラハムの話を聞いて自分たちの考え方に重大な歪みがあると気づいたクロノは戦慄した。もし、彼らのように指摘する者がいなかったら……自己保身の塊である管理局はグレアムたちの犯罪をクラッキングと捜査妨害くらいと判断して罪に問わなかったと思われる。悲しいことに、管理局にとって毒にも薬にもならない管理外世界はその程度の扱いなのだ。だからこそ、管理局の考え方に毒されたグレアムもこんな馬鹿げた犯罪を起こすことができたのだろう。

 そして、今まで疑問に思ってこなかった自分たちの思考もまた、それほど違いはない……。

 これではプレシアの行為を否定することなどできないじゃないか。いや、それ以上に最悪だ。正義という名の権力を振るっているクセに、それが無意識の悪意に汚染されていることにも気づかなかったのだから。

 

「なんてことだ……犯罪者は僕たちのほうだったのか?」

 

 ジュエルシードの件でも全く誠意を見せなかった管理局は、またしても罪を重ねてしまった。こんな組織がまともだと言えるだろうか。認め難い事実に改めて気づかされたクロノは、自分の足元がぐらつき始めていた。

 実を言うと、彼の危惧は的を射ていた。今回の問題は管理局に入った者が全員受けることになっている局員養成プログラムで、ある種の【洗脳学習】が施されていることに原因があった。刷り込み効果で管理局のやり方に疑問を持たなくなるように誘導しており、管理局にとって使い易い人間となっていくのである。ギリギリ精神に異常をきたさない程度に調整されたものだが、今回のように強烈なストレスを受ける機会でもない限り自然に解けることは無い。

 幸いクロノは、若さも手伝ってすぐに解くことができたが、その代わりに周囲の局員たちから強い違和感を感じるようになってしまった。

 この後、意識の違いの大きさに疑念を持った彼は、独自の調査によって洗脳教育の仕組みに気づき、管理局を大きく変革することになるのだが、今はまだ自分のことで精一杯だった。

 

 

「どうしたクロノ・クロス。顔がデーモン閣下みたいになってるぞい?」

「……いや、僕のことはどうでもいい。それよりも今はアレを何とかしなければならない時だ」

 

 そう言ってクロノが指差した先には、魔力でできた巨大な球状の黒い淀みがあった。あれがはやての分離した防御プログラムであり、あと数分で暴走する状態にあった。

 

「なんじゃコラー!? っていうか、状況がサッパリ分からんのですが、どうしてはやてたちが勢ぞろいできてるのニャ?」

「すごい今更やね……」

 

 これまでずっとエッチな夢の中にいたシロンは何が起きたのか全く理解していなかった。あまりに場違いなのん気さにみんなは呆れた視線を向けるが、これでも一応最大の戦力なのでちゃんと説明することにした。

 時間が無いため簡潔に事情を話し、最後にあの防御プログラムを倒さなければならないと伝える。その方法としてクロノが提示した案は2つあった。1つ目はグレアムが用意していたデュランダルというデバイスで永久凍結させることで、2つ目はアルカンシェルを使って海鳴市ごと消し飛ばすことだ。しかし、それらの方法はシャマルとヴィータによって否定された。特に、さらっと出てきたアルカンシェルの存在は見過ごせない。そんな物騒なものを持ち込んでおいて、これまで一切説明が無かったのだから恐ろしい。

 

「なのはたちはアルカンシェルのことを事前に説明されていたかね?」

「ううん、詳しいことは今初めて聞いたよ」

「なるほど、それは酷い話だね、クロノ・クルセイド」

「……なにが言いたいんだ?」

「分からないのかね? 闇の書が完成してアルカンシェルを使う可能性が高まったのに、それをなのはたちに知らせなかったということは、彼女たちの家族や友達を見殺しにしようとしてることになるんだぜ?」

「!!?」

「いや、自覚が無くてもこれは人殺しだね。魔法を秘匿しなきゃいけないとか適当な理由つけて救助活動すらしてないんだもんなぁ。管理局にいる提督が引き起こした事態なのにさ!」

「…………」

 

 シロンの話を聞いたクロノは真っ青になって震えだし、地球の衛星軌道上で待機しているアースラでも激しい動揺が起こった。

 シロンの言う通り、アルカンシェルを使えば確実に死人が出てしまう。残された時間が短すぎるため、転送魔法をフルに使っても被害地域にいる全員を助けることはできないからだ。そもそも、法律上では管理外世界において大規模な救助活動ができないことになっている。管理外世界を守るために作った不可侵という法律が、彼らを殺す呪いになってしまっているのである。そのくせアルカンシェルを使うことに関しては大きな抵抗がなかったのだが、それは自分たちの世界を守る事を優先せよと【学習】させられているせいだった。

 とはいえ、このままでは人殺しになってしまう。それは正義を信じて働いている彼らにとって最大の恐怖だった。いくら【学習】の効果があっても根源的な感情は押さえ込めない。シロンによって管理局の想定を超えるショックを受けたリンディとアースラクルーは、クロノと同様に洗脳が解け始めていた。

 ただし、残念なことに時既に遅しだった。これから救助活動を始めても焼け石に水だ。なのはたちの家族は助けられても友人や知り合いまでは手が回らないだろう。

 

「そんなの酷いよ……」

「っ!!?」

 

 惨劇を想像したなのはの呟きを聞いてクロノの心は折れた。自分たちは、善意で力を貸してくれている少女たちを裏切ったのだ。その力を利用しといて……。

 

「待ちたまえ。今私たちが相手にすべきはあちらでお待ちのお嬢さんだ。彼らを糾弾するのはその後にしておくがいい」

 

 リンディの様子を見てグレアムたちの身柄を預けても大丈夫そうだと判断したグラハムは、すずかとアリサを連れて救援に駆けつけた。そして、シロンの要請に従ってセフィも瞬間移動してくる。必要な魔力はまだ溜まっていないが、そうも言っていられなくなった。

 

「(ええい、なんたる失態! 我輩がう○こをしていたばかりに!)」

<(生理現象なのですから仕方ありませんよ)>

 

 再会して早々にコントのような会話を始めてしまうものの、今はそんな場合ではない。あれを破壊しなければ地球が滅んでしまう。

 聞く所によるとゲームのラスボスのような身体は魔法攻撃で吹き飛ばせるが、中心にあるコアは無限再生機能で破壊できないという。だがそれも、セフィの力を使えばなんとかなる。

 

「とゆーわけで、とどめは我輩に任せて、みんなはアイツをフルボッコにしてほしいのニャ!」

「うん、分かったよ!」

「そういうことなら任せて!」

「私らも協力するで!」

「なっ!? そんな勝手にっ」

「ええい、うるさい! この中2野郎!」

 

 憔悴しきったクロノはかろうじて残っていた責任感を振り絞り、無謀とも言えるシロンの行動を止めようとしたが、逆に亀甲縛りで動きを封じられてしまう。

 

「お前はそこで黙って見てろ! ここからは、我輩たち【一般人】の戦いだ!」

「言い方はカッコイイけど、肩書きがしょぼい!?」

 

 何はともあれ作戦は整った。

 シロンに賛同したみんなは、自身の持てる力をフルに使って暴走した防御プログラム【闇の書の闇】を攻撃した。可愛い魔法少女とはまったくイメージが違う激しい光景に若干引いてしまうものの、予定通りコアがむき出しとなる。

 今だ。再生が始まる前にこの右手をぶち込んでやる。

 シロンは、光の翼を展開すると目にもとまらぬ速さで突っ込んでいく。

 

「いいぜ、てめえが何度でも再生出来るなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!」

「おい、素手で立ち向かうだなんてどういうつもりだ!?」

「言っただろ、幻想をぶち殺すって!」

 

 シロンは、セフィの力で異能の力を打ち消せる幻想殺し(イマジンブレイカー)を再現した。しかも、この幻想殺しは願いを上書きすることで弱点を克服した完璧版だ。処理能力の加速に加えて効果範囲も広げているため、再生能力に力負けすることもない最強のチート技と化している。これなら闇の書の闇と言えどひとたまりもない。その代償としてセフィに蓄えた魔力をそれなりに消費してしまったが、切羽詰ったこの状況では仕方ないだろう。

 何にせよ、発動してしまったのだから、後は結果を出すだけだ。

 右腕を振りかぶったシロンは、再生を始めた肉体をものともせずに突き進み、中心のコアに猫パンチをぶち込んで闇の書の闇を打ち消した。

 

「ヒートエンド!」

「なっ!? 闇の書のコアが消えた!?」

 

 ピュイーンという音と共に強大な敵はあっけなく消え去る。あれだけ世間を騒がせた闇の書事件だったが、結局最後は猫パンチで終わりを迎えた。

 

 

 戦闘終了後、疲労が溜まっていたはやてが倒れたため、アースラに収容された。今後の話があるからとリンディの要請があったためシロンたちも大人しく従ったのだ。

 クロノを伴ったリンディはシロンたちを自室に招き、今回の事件について議論を交わした。グレアムの件で負い目があるリンディには覇気がなく、シロンたちはそこにつけこんで話を有利に進める。

 まずは八神一家の件だが……管理局側の裁断では、はやては保護観察、リインフォースと守護騎士たちは管理局に従事することで罪を償うことになるという話だった。内容はかなり良心的で妥当だとは思う。しかし、当然ながら問題もあった。

 そもそも、巻き込まれただけのはやてにはまったく罪が無い上に、不可侵と定められている地球の人間なので管理局がどうこう言える立場ではない。守護騎士たちは武装局員を襲った罪があるが、それはリーゼ姉妹によって【殺された】者たちの罪であり、転生した今の彼女たちには関係ない。そしてそれはリインフォースも同様で、生まれ変わった彼女が過去の罪を背負う必要はない。大体、彼女たちも被害者なのだから、一方的に罪を押し着せるのは傲慢な管理局のエゴに過ぎないはずだ。

 ようするに――

 

「勝手に時限爆弾を括りつけられて泣いてる少女を犯罪者というなら、お前らのケツ穴に時限爆弾ぶち込んで仲良く同罪にしてやんよ!!」

 

 ――といったように簡単に論破できる程度の話なのだ。

 更にそこでグレアムの罪を持ち出せばリンディからは何も言えなくなる。今の彼女は管理局の施した洗脳がほぼ解けており、自分たちの非を認めていた。そのため、シロンの要求は出来る限り叶えるつもりだった。

 しかし、ここでシロンは更なる変化球を投げ込む。先ほどの説明に反して管理局の考えを受け入れるというのだ。

 このままはやてたちを無罪にしたら、長年苦しめられてきた管理局や闇の書の被害にあった者たちから更に強い恨みを買ってしまう可能性が高く、彼女たちに危険が及ぶことになりかねない。だから、管理局での従事義務は彼女たちにとっても必要だと考えていた。人間は完璧な存在ではないので、正論だけでは上手くいかないこともある。

 ただし、管理局のやり方を認めているわけではない。管理外世界を見下し、魔法関係者以外は人扱いしない彼らの意識はあまりにも傲慢である。だからこそ、彼らの闇を公にして自分たちが絶対ではないということを示さなければならない。

 2度にわたる管理局の横暴を目にしたシロンは、彼らの歪みに怒りを覚えていた。これではまるで、神を気取っているようではないか。不完全な存在のクセに、力におぼれた者の行き着く先はいつだってコレだ。気に入らない、まったくもって気に入らない。

 ならば、こちらも天上人を名乗ってやろう。我らソレスタルビーイングの天使が悪意あるお前たちに災厄を齎す。しかし、それは神の慈悲でもある。お前たちがそうしてきたように、武力介入によってお前たちを変えてみせよう!

 

「というわけで、我輩たちは私設武装組織を作って管理局の暗部に対抗するから、そこんとこヨロシク!」

「本当にいきなりね……でも、なんで敵対する私たちに打ち明けたの?」

「それはもちろん仲間になってほしいからニャ」

「仲間だと? そんなことできるわけ……」

「本当にそう思ってるかニャ? 自分たちの世界を守るためと言って罪の無い数十万人もの人々を殺そうとした管理局の傲慢を許せると、力を貸してくれたなのはたちの家族や友人を見殺しにできる管理局の横暴を見過ごせると、お前は本気でそう言いきれるのかニャ?」

「っ!!?」

 

 そこまで言われてはクロノも黙るしかない。洗脳の解けた今の彼も同じような疑念を感じていたからだ。

 

「我輩は管理局のすべてを否定するつもりはないニャ。だからこそ、君たちに計画を明かした。でも、誰かが止めなきゃ管理局の見えない悪意はこの先ずっと大勢の人々を傷つけていく。それを食い止めるために必要なのが君たちのような内部協力者というわけニャ。管理局の歪みを断ち切るためにな!」

「歪みを断ち切る……」

 

 地球で起きた2つの事件によって明らかになった管理局の歪み。世界を滅ぼしかねないその問題は、確かに断ち切らねばならない。基本的に善人であるハラオウン親子はシロンの話に理解を示し始めていた。そして、人の感情に敏感な猫妖精のシロンには2人の心情が手に取るように伝わっていた。

 

「もし、君たちが反対するなら今の話はすべて無かったことにしてもいいニャ。だけど、少しだけでもその気があるなら、この肉球を握ってほしいニャ」

 

 そう言ってシロンは、右の前足をリンディたちの前に差し出す。その小さな前足を見つめながら2人は考える。彼に賛成すれば管理局を裏切ることになるかもしれない。だが、アルカンシェルで人殺しをするよりは遥かにマシだ。それに、あんな酷いことをした自分たちを未だに信じてくれるシロンにも感謝している。

 

「……すぐに答えを出せる話ではないし、議論を進めていく内に意見が食い違う可能性もある。でも今は……賛成の意を表明しておくわ」

「よく言った! 愛してるぜ、リンディ!」

「あらあら、おばさんをからかっちゃダメよ?」

 

 穏やかな笑顔を浮かべたリンディは、シロンの前足を優しく握り返した。

 こうして、こちらの世界における【ソレスタルビーイング】が産声を上げた。後になのはたちも仲間に加わり、管理局局員として表側から改革を進めていくことになる。そしてシロンは、プレシアたちと協力してミッドチルダに会社を作り、それを隠れ蓑に情報を探って数々の悪事を暴いていくことになるのだが、その話は後に述べることにしよう。

 因みに、裏で色々とやっていたシロンたちについてはお咎め無しとなった。シロンは事件解決の功労者として保護観察処分を免除され、グラハムたちは明らかにスパイ活動していたと分かる情報を持っていたものの、証拠が何一つ出てこないので罪には問えなかった。ただ、モビルアールヴの存在とコアを消滅させたシロンの能力については脅威を感じたが、リンディの粋な計らいですべてもみ消されることになった。

 そしてもう一つ、今回の黒幕であるグレアムたちだが、事件の数日後に管理局を希望辞職した。シロンに対する警戒心を和らげるために管理局の希望に沿う形で処理したのである。

 しかし、色々と世話になったグレアムたちをシロンが放っておくわけがない。イギリスで隠遁生活を始めようとしていた彼らをソレスタルビーイングの一員としてこき使うべく、キュウべぇばりに執拗な営業活動を行った。

 

「やぁグレアム、猫耳美少女を愛する者同士、共に手を取り合っていこうよ!」

「いや、私は別にそのような趣味があるわけでは……」

「ええい、いい訳無用、天地無用! 今我輩の言うことを聞けば、この特製魔法少女カード・リーゼ姉妹亀甲縛りバージョンをもれなく差し上げるニャ」

「「って、なんてものを作ってるのー!?」」

 

 とまぁ方法はともかく……管理局の呪縛が解けてすっかり丸くなったグレアムたちを仲間に入れたシロンは、ソレスタルビーイングの活動を本格化していくのだった。

 

 

 紆余曲折の末にリンディたちと手を組むことになり、管理局に関する問題は一応解決した。しかし、リインフォースに巣くう問題が残っている。本体である夜天の書が壊れたままの彼女には、再び暴走してしまう未来が待っているのだ。それゆえに、リインフォースは自らの消滅を望んだ。

 はやてを悲しませないために彼女が起きる前にかたをつける。リインフォースは、見舞いに来たシロンに向けて自分の考えを打ち明けた。しかし、シロンには彼女を助けられる手段がある。イレギュラーが起きたため今のセフィには夜天の書を修復するだけの魔力は無いが、別の形で助ける方法は既に思いついている。

 後は、当事者たちの意見を聞くだけだが、融通の利かないリインフォースは頑なに信じようとはしなかった。

 

「そんなこと、できるわけがない」

「かぁーっ! こいつぁすげぇ頑固モンだぜ! こうなったら、はやてに説得してもらうしかないニャ!」

「残念だがその希望は叶わない。私は、主はやてが起きる前に消えてしまうから……」

「ちいぃ! 名前が似てるからってリーンホースJr並みの死亡フラグを立てまくりやがって! つべこべ言わずに、大人しく待ってろってんだオラァ!」

「なっ!?」

 

 いつまでたっても駄々っ子なリインフォースに、亀甲縛りの刑を食らわしてやることにした。これには流石の彼女も参ってしまい涙目で守護騎士に助けを求めたが、一度同じ目に遭っている彼女たちは諦めろという視線を送るだけだった。

 その数時間後、機密保持のため月村家に移動したみんなは、明け方になって目覚めたはやてに事情を説明した。この方法を使うと夜天の書としては死を迎えるが、【新たな守護騎士】として転生できると。

 

「それじゃあ、リインフォースを助けられるんやな!?」

「オフコース! 【さよなら】は歌だけでいいのニャ」

「うん……ほんまによかったぁ……ところで、ずっと気になってたんやけど、なしてリインフォースはエッチな格好で縛られとるん?」

「うぅ……主はやての前でこのような醜態を晒してしまうなんて……」

 

 小首を傾げるはやてを気にして恥ずかしがるリインフォース。その姿にちょっぴりゾクゾクしてしまうものの、このままでは話が進まないないのでバインドを解く。そして、はやての説得に応じた彼女に転生の儀式を始めるとソレらしいことを言って直立させた。

 その場にいる全員が固唾を呑んで見守る中、みんなに内緒でセフィの力を使い奇跡を起こす。

 

「何度生まれ変わっても君は君のままでいてほしい! はやても、守護騎士たちも、我輩も、君のことが大好きだから!!」

「シ、シロン……っ!!?」

 

 人間形態になったシロンがリインフォースの胸に触れる。その瞬間、彼女の身体が光の粒子となって消えた。夜天の書としての死を迎えたのだ。はやてとしてはかなりショッキングな光景なので、思わず涙ぐんでしまう。だが、その直後に再び光が集まって何事も無かったかのようにリインフォースが復活する。その手に、夜天の書の欠片である剣十字を持って。

 

「リインフォース!!」

「主はやて!! ……まさか、本当に転生したのか?」

「その通り。君は、闇の書の悲劇を終わらせるためにはやてが作り出した5人目の守護騎士、リインフォ-スなのニャ!!」

「5人目の……守護騎士? この私が……」

「そうや、そうやで……リインフォースは私の可愛い守護騎士や!」

 

 嬉しさで感極まったはやては、泣きながらリインフォースに抱きついた。そんな主に途惑いながらもリインフォースは笑顔を浮かべた。こんなに素晴らしい世界を与えてくれたシロンに感謝しながら。

 

「かーっかっかっか! これにて一件落着!」

<(それはいいのですが、彼女の胸に触る必要は無かったのでは?)>

 

 ドサクサに紛れてちゃっかり報酬をいただいておくシロンであった。

 

 

 色々とゴタゴタはあったものの、こうして新たな人生を歩むことになったリインフォースは、守護騎士たちと共に管理局でお勤めすることになる。その際、管理局の記録には夜天の書ではなく守護騎士として登録された。リンディの尽力があったおかげだが、実際にプログラムが変化しているので嘘ではない。何にしても、これでリインフォースは名実共に闇の書の呪縛から解き放たれることになる。

 

 

 そして、シロンやクロノらの尽力により八神家の身辺が落ち着いてから2年が経った頃、消滅した夜天の書は【蒼天の書】となって復活した。不遇の内に消滅していった夜天の書の運命を嘆いたはやてが、今度こそ幸せにしてあげたいと願いを込めてシロンと一緒に一から作り出したのだ。

 

「これぞ、愛の共同作業やな!」

「子作りちゃうがな!」

「おめでとうございます、主はやて。これからこの子は、私とシロンが大事に育てていきます」

「そして、さりげなく幸せを横取りするリインフォースってば、恐ろしい子!」」

 

 そんな感じで後継者である彼女の誕生を誰よりも喜んだリインフォースは、そのお祝いとして自分の名前を送ることにした。かつてはやてから与えてもらった祝福を受け継がせるために、リインフォース・ツヴァイという名を与えたのである。そして、無名となった自身は【アインス】と名乗ることにした。数字にこだわったのは、はやて専用のユニゾンデバイスだったという誇りを残しておきたかったからであり、どこまでもはやてに尽くすつもりでいる彼女なりの覚悟の証でもあった。そんな彼女の愛を一身に受けた【リイン】もまた、家族を大事にするいい子に育っていく。

 新しい家族を得て更に愛情を深めあった八神家は、苦労の末に手に入れた幸福を深く噛み締めながら明るい未来に向かっていくのだった。



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第13話 ユーリとマテリアル娘、ゲットだぜ!【GoD】

ユーリとマテリアル娘の設定ですが、オリジナルのままではよく分からない部分があったので若干手を加えてあります。
ディアーチェには砕け得ぬ闇を制御する能力があったのに、なんで作った当初からそれを使わず暴走状態にしたままだったのか、その理由がまったくわからなかったので適当に設定を付け加えてみました。
まぁ、ユーリが可愛いから細かいことなんてどうでもいいんですがね!


 はやてたちの襲撃を受けて股間にダメージを負ったシロンは、はやて個人で使えるように許可を取っている特別な部屋に運ばれた。半年ほど前に大きな功績を立てた彼女は色々なところで融通が利くようになっていたため、文句を言う者は誰もいない。19歳の小娘が、今や管理局の若き英雄となっているのだ。夢物語のような話だが全て真実である。10年の月日が流れれば無垢な少女も戦略兵器と成り得るのがこの世界の怖い所だった。

 現在はやては地上本部で特別捜査官をしており、それだけ聞くと無難な人生を歩んでいるように感じるのだが、魔導師ランクがSSとなった彼女は、なのはと同様に歩く最終兵器と化してしまっていた。そのぶっ飛んだ戦闘力には、病弱文芸少女だった頃の面影など微塵もない。

 そんなはやての家族たちは、とっても頼もしく育った主にちょっぴり複雑な思いを抱きつつ、これまで通りに彼女を支えていこうと頑張っている。特にアインスとリインの姉妹コンビは、彼女の副官として直接的に貢献している。八神家の絆は、今もなお強く結びついているのだ。

 そのような近況で元気にやっているアインスは、はやてたちが戻ってくるのを部屋で待っていたのだが、グッタリしているシロンを見た途端に慌てて駆け寄ってきた。一見クールな彼女も、好きな相手の前では乙女になってしまうのだ。

 

「大丈夫か、シロン!? どこか痛めたのか!?」

「ぐぉお~! 股間についてるビッグキャノンが赤い彗星にやられちまったい! た、頼むアインス、君のおててで優しく慰めてくれい!」

「ああ、いいとも!」

「って、そんな如何わしいことを人前でやらせるなー!」

「ビグ・ザム!?」

 

 部屋に来て早々にアブナイ行動をやらかそうとしたシロンに対してアリサの鋭いツッコミが入る。

 現在彼女は、すずかと同じように地球の大学に通いながらソレスタルビーングの活動を手伝っていた。技術系のすずかに対して経営方面の能力に秀でているアリサはシロンの秘書的な役目を担っており、今日も活動報告を任されてここに来ていた。

 彼女が異世界に来てまでこんな事をやっているのは、もちろんシロンに好意を持っているからだ。将来父親の会社を継ぐか迷っている最中なのだが、とりあえず決定を保留してこちらで社会勉強を積んでいる最中だった。できるだけシロンの近くにいたいという、ツンデレアリサとしては精一杯のアプローチでもある。

 

「ほんと、私を待たせておいていい度胸してるわ!」

『いや、待っていたのは君だけじゃないんだけどね』

 

 怒りに燃えるアリサを嗜めるように、空中に映し出されたライブ映像からクロノが話しかけてくる。

 数年前に結婚して二児の父親となった彼は、次元航行部隊に所属する提督に出世していた。それと同時に、ソレスタルビーイングの活動を支援する【内通者】としての顔も持っており、管理局の暗部を駆逐するために日々努力していた。

 口さがない言い方をすれば裏切り者と呼ばれる存在だが、そう肩身の狭い思いをしているわけでもない。確実にいい結果が出ているのは間違いないし、聖王教会と呼ばれる巨大な宗教団体の協力も受けているからだ。

 

 

 ミッドチルダ北部にあるベルカ自治領に本部を置く聖王教会は、管理局にも多大な影響を与えるほどの勢力を誇っており、そこにはクロノとはやての友人であるカリム・グラシアという若い女性がいた。彼女は教会のお偉いさんで、管理局でも少将の階級にいる実力者だった。

 そんなカリムの人となりをよく知っているクロノたちは、彼女から聞かされた【予言】を考慮した結果、ソレスタルビーイングの協力者として招き入れることにした。話を聞いたカリムは当然驚いたが、地球で起きた出来事を考えれば十分に納得できると理解を示し、個人的に協力すると申しでた。自分自身でも実感している管理局の危うさに思うところがあったせいでもある。

 ただ、彼女の決断は私的な感情だけではなかった。そこには、彼女の能力で齎された予言が大きく関係していた。

 古代ベルカ式魔法の使い手であるカリムは、近い未来を予言できる預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)という稀少技能(レアスキル)を所有しているのだが、今より4年前にとても恐ろしい予言が啓示された。

 古代ベルカ語で記された予言は以下の通りだった。――【古い結晶と無限の欲望が集い交わる地、死せる王の下 聖地より彼の翼が蘇る。死者達が踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち、それを先駆けに 数多の海を守る法の船は砕け墜ちる】――その内容は管理局の崩壊を予感させる不吉なものでカリムたち関係者を戦慄させた。

 しかも、その予言には続きがあって、それがシロンに関係がありそうだった。

 

「妖精の王って、シロンさんのことかしら……。でも……」

 

 今度の内容は最初の予言が実現した後のようで、より判断が難しいものだった。――【異界で生まれし妖精の王、天上より使者を遣わす。彼の者日輪の力を以って裁きの雷光となし、刹那の間に聖なる翼を打ち砕く。そは救世主か破滅の使徒か。別れし道を定めるは汝らの意思なり】――これを初めて見た時、カリムは激しく動揺してしまった。彼女は、とある事件で知り合ったはやての紹介で友人となったシロンに好意を抱いていたのである。あまり教会から出る機会がない彼女にとって、自由すぎる生き方をしているシロンはとても輝いて見えたのだ。

 そんな彼が敵対することになるなんて絶対に信じられない。ソレスタルビーイングの話を聞いた後もその気持ちは変わらない。なぜなら、彼らの活動によって管理局の問題点が浮き彫りにされ、改善を余儀なくされているからだ。

 確かにシロンたちの活動は犯罪行為だが、人を人とも思わないような行為で罪の無い人々を苦しめている管理局の暗部とは比べるべくもない。

 無論、裏事情を知らないまっとうな局員たちにとっては堪ったものではないだろうが……。

 そこまで考えてカリムは理解した。あの予言はこういう意味だったのか。敵であると同時に味方でもある彼らの存在をどのように捉えるか。それは、自分たちの心次第なのだと。

 ならば、自分はシロンのことを信じよう。彼を慕う者として裏から支えていこう。そうすればより良き未来を手繰り寄せることができるはずだ。世界だけでなく自分の未来も。

 

 

 そして、4年後。

 クロノと同じ映像の中で静かに微笑んでいるカリムは、とても穏やかな心でシロンを見つめていた。気が置けない仲間と賑やかな会話を楽しむ平和な光景が彼女の瞳に写っている。

 改めてこの場にいられる幸せを実感したカリムは、綺麗な笑顔を見せながらシロンに話しかけた。

 

『来るのが遅いですよ、シロンさん』

「いやはや、すまんねカリムさん。今度翠屋のシュークリームを持って遊びに行くから許しておくれニャ」

『えっ、本当ですか?』

「もちろんだとも。久しぶりに君のパイオツを堪能したいからニャ」

『もう、こんなところでそんな恥ずかしいこと言わないでください』

「って、聖王教会の重要人物になにやってんのー!?」

「ああん? ナニって、猫形態で抱っこしてもらうだけですがなにか?」

「うっ……それならまぁ仕方ないわね」

 

 そう言われてはアリサも認めるしかない。人間形態の時は恥ずかしいことも猫の姿なら問題ないと言いわけして時々自分もやっているため、あまり文句は言えなかった。

 

『まったく……痴話喧嘩はそのくらいにして、さっさと会議を始めよう』

「うん、そうやね。結構時間も押してるし」

 

 場を取り仕切っているクロノとはやてが進行を進める。今日はソレスタルビーイングの活動報告をする日で、各々の進捗状況や手に入れた情報の公開などを行い今後の方針を定めていく。

 敵地の真っ只中で開く理由は、カモフラージュとトラップの効果を期待しているためだ。悪いことをやってる奴らは大抵隠れようとするから、こちらが堂々としていると逆に手を出しにくい。それでも横槍を入れてくる奴らはよほど後ろめたい裏事情があると暴露しているようなものなので、こちらとしても探す手間が省けるというわけだ。

 もちろん、それ相応の防御対策を施しているから後手に回るなんてへまはしない。そんな輩は、悪事を暴いた後にフルボッコの刑である。

 幸いそのようなケースは今の所無いが、その代わりとでも言うように近頃は管理局のミスを尻拭いするような案件が増えていた。それには当然理由があり、最近管理局のトップ人事が大幅に入れ替わったせいで内部統制が上手く機能していないことが原因だった。

 そのせいで、つい数日前にも保管庫から地方の施設に貸し出していたロストロギアが盗まれるという事件が発生していた。事件そのものは既に解決しているものの、犯罪者に混乱を突かれた形となってしまったことはいただけない。そもそも、危険なロストロギアをほいほいと貸し出していること自体が問題だった。

 はやてからその話を聞いたシロンは、ヤレヤレといった仕草をしながら管理局を嘲笑する。

 

「ちょっと前にも貸し出してたジュエルシードを盗られたらしいけどさぁ、世界を破壊できるようなモンを貸し出すなんて、ホント管理局ってバカだよねー?」

「まったくもってその通りだぜー!」

 

 シロンとアギトは管理局のマヌケっぷりを笑った。ロストロギアの安全管理を謳っているクセに実際の扱いはかなり雑で、結局は自分の首を絞めているからだ。

 そんな初歩的とも言える問題が起きる理由は、トップダウン型の運営形態を推し進めたせいで上層部の権限が強くなりすぎた弊害だった。幹部がバカだと組織は迷走するものであり、管理局においてもそれは例外ではない。ロストロギアに対する認識が甘い人物が大きな権限を手に入れた結果が、先の盗難事件を発生させる原因を作ってしまった。もっとも、すべての元凶は管理局の発足当初から根付いていたのだが……。

 今となっては真実を知る者はほとんどいないが、管理局を裏から操っていた最高評議会という連中がその原因を作った張本人である。彼らは管理局の黎明期に強権を振るい、強引な手法を用いることで巨大な組織を纏め上げた。この経緯が強固なトップダウン型の古臭い組織となってしまう要因となった。それでも、彼らが健在の間は上手く機能していたのだが、数十年の時が経ち、彼らが脳だけで生きていくことを選んだ瞬間から歪みが生じ始めた。

 老人特有の独善的な視点で管理局の存続を危惧した彼らは、負けることの無い最強の力を求め、倫理に反する人造人間の開発に着手してしまったのだ。しかし、その成果によって生み出された男によって彼らは殺されてしまう。今より数ヶ月前に起こった大事件の裏側で、罰を受けるようにひっそりと消えていったのである。

 そして今、管理局の未来を担うクロノたちは、彼らの残していったツケを払わされているのだった。

 

「「あはは、あはは、あははははー!」」

『そんなに笑うなよ、と言いたいところだが、認めるしかないんだよな……』

「情けないけど事実やからな……。まぁ、それはおいおい解決していくとして。後はグラハムさんたちが追ってる案件やな」

「そうね。あの人だったらそんなに時間はかからないと思うけど……」

 

 はやてとアリサはグラハムに任せたとある事件について言及した。

 現在彼は、数人の仲間と共にとある局員を対象にして張り込み調査をしていた。何でもその人物は本局内において犯罪行為をしているらしいのだが、特殊なレアスキルを使って証拠を掴ませずにまんまと逃げおおせているようなのだ。そのため、はやての要請でグラハムたちが動くことになったのである。

 当初の予定だと、彼らの帰還は今日の深夜となっており、この会議には間に合わないはずだった。そのためアリサは、この件の報告を後日にしておこうと考えていたのだが……予定よりも早めに終わらせてきた彼らは、まるで計っていたかのようなタイミングで部屋に入ってきた。

 まず最初に堂々と入ってきたのは、やたらとはやてに似ている少女だった。15歳くらいに見える彼女は、可愛らしい見た目に反した偉そうな態度で言葉を発した。

 

「はーっはっはっは! 暗黒パワーに導かれ、闇統べる王、華麗に顕現!」 

「あっ、華麗って言えば、今日の晩御飯カレーがいいなっ!」

「それは素晴らしい提案ですね。私も賛成です」

「分かりました。それでは後で具材を買いに行きましょう」

「って、おい貴様ら! 威厳溢れる王の名乗りを台無しにした挙句に、生活感漂う会話をするでないわ!! これでは、空気の違う我1人だけが阿呆のようではないか!」

「ご安心ください、ディアーチェ。その認識にさほどの違いはありませんから」

「うがぁー! その不埒な言動、謀反の意思ありと受け取った! そこへなおれ愚か者! 即刻成敗してくれるわー!!」

 

 【ディアーチェ】と呼ばれた少女は、続いて入ってきた3人の少女たちに文句を言い出した。しかし、当の少女たちはまったく反省する様子を見せることなく、近寄ってきたシロンに抱きついていく。

 

「やぁみんな、お勤めご苦労様ニャ」

「へへ~ん! あんなお仕事、ボクらにとっては朝飯前だよ! 実際は昼飯前だけど!」

 

 そう言ってシロンの右腕に抱きついてきたのは、フェイトにソックリな【レヴィ】という名の少女だ。ただ、似ているのは容姿だけで中身の方はとってもお子ちゃまである。そのせいか、ちょっぴり甘えん坊で、大好きなシロンがいるとすぐに抱きついてしまう末っ子気質な少女だった。

 そんなレヴィに続くように今度はショートカットの少女がシロンの左腕に抱きついてきた。彼女は、なのはに似た容姿の【シュテル】だ。

 

「シロン、すべて滞りなく対処して参りました」

「うむ、よくやったニャ、シュテル!」

「えっへん」

 

 褒められたシュテルは可愛らしく胸を張った。大人びた性格をしている彼女だが、好意を寄せているシロンに対しては素直に乙女の顔を見せる。そう、彼女たちもまたシロンの魅力にはまってしまった犠牲者(?)なのだ。それが良いのか悪いのかはともかく、彼と会話している2人はとても幸せそうだ。

 そして更にもう1人、シロンの胸に抱きついている少女がその光景を羨ましそうに見つめている。彼女は、美しい金髪が目を惹く美少女【ユーリ・エーベルヴァイン】だ。シュテルたちと同じくらいの背格好をしているユーリは、適度に育った胸をシロンに押し付けて自身の存在をアピールしてきた。

 

「ねぇねぇシロン、私もたくさんがんばりましたよー?」

「そうかそうか、ユーリはとっても良い子だニャー」

「えへへ~」

 

 お褒めの言葉を授かってユーリはニコリと微笑む。やはり彼女もシロンにゾッコンだった。大恩人である上に面白かっこよくて優しい彼の事を純真無垢な彼女が惚れ込んでしまうのはある意味当然だと言える。見た目は兄に甘える妹みたいだけど、彼女の想いは本物だ。

 そんなユーリたちの登場によってシロンは再びモテモテ状態になった。しかし、流石のはやてたちも妙に保護欲をそそられるユーリや純真なレヴィたちに対しては嫉妬心が湧かず、妹に接する姉のような心境で優しく見守るのだった。

 優しいお兄さんに甘えられてよかったわね、みんな。

 

「全然よろしくないわー!!」

 

 これまでプルプルと身体を震わせながら黙っていたディアーチェが感情を押さえきれずに吼えだした。何を隠そう、ベジータ並にプライドの高い彼女もシロンに惚れているのだ。

 

「主様! そんな色気の無い小娘どもなど造作もなく振り払って、我の豊満な胸に飛び込んで来るがいい!」

「ディアーチェ、嘘はいけませんよ。貴方のバストサイズは平均並です」

「ええい、戯言を抜かすな! 我は愛の大きさについて言及しておるのだ! それに比べれば胸の大きさなど瑣末なことよ!」

「なーんてこと言ってる王様だけど、オッパイ大きくするために毎日お風呂場で揉みまくっていることをボクは知っているのさ!」

「コラー! 乙女の秘密をあっけらかんと暴露するでないわー!?」

 

 レヴィの爆弾発言によってディアーチェの顔が更に真っ赤になる。仲がいいのか悪いのか、彼女たちの日常はいつもこんな感じであった。

 

『はぁ、また始まったか』

「あの、毎回お騒がせしてしまって申し訳ありません……」

「いや、ユーリちゃんが謝らんでもええんやで……」

「同じ姿だから、はやてもいたたまれないんだな」

「まさに同類相哀れむか。だからこそ、あえて言わせてもらおう、胸の性能差が勝敗を分かつ絶対条件ではないと!」

「余計なお世話や!?」

 

 ディアーチェと同様に平均程度のバストサイズを少しだけ気にしているはやては、無粋な気遣いを見せるグラハムに突っかかる。たとえ乙女座だとしても所詮は男、本当の乙女心は掴みかねるようだ。まぁ、そんなことはどうでもいいのだが……。

 何はともあれ、ディアーチェたちの詳細については説明しなければならないだろう。なぜはやてたちと同じ容姿をしているのか。そして、ユーリという少女が何者なのか。その答えは今より10年前にある。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 闇の書にまつわる事件が終結してから約3ヵ月後。シロンは海鳴市に滞在しながらソレスタルビーイングを立ち上げるべく準備を進めていた。

 まず手始めに、プレシアをトップに据えてミッドチルダに会社を設立する事にした。元々プレシアが考えていた話に乗っかった計画で、管理世界に溶け込みつつ経済という影響力を身につけて今後の活動を円滑に進められるようにするのである。なにをするにしても、まずは軍資金を手に入れる必要があるのだ。

 ただ、現時点では地球を守ることを優先しているため積極的な干渉はしないことにしていた。こちらの準備も整っていないし、クロノたちからも具体的な方針が固まるまでは動かないで欲しいと頼まれているので、今はまだ英気を養う段階であった。

 

 

 そんなある日、忙しい仕事の合間に散歩を楽しんでいたシロンは……なぜか野良ドラゴンに襲われていた。

 

「待ってよシローン! 私と楽しく殺し合いしようよー!」

「こんな気持ちのいい春の昼下がりに、んなもんやってられっかコンチクショー!!」

 

 気楽な散歩が無慈悲な生存競争の場と化した。なんで平和な海鳴市の上空で凶暴なドラゴンに追いかけられなければならないのか。その原因は、異世界の猫を召喚する願いにあった。

 彼女の名は【フレドリカ】といって、猫召喚でこちらに来た並行世界の存在だ。本性は装鎧竜(ドラグーン)と呼ばれる異世界のドラゴンなのだが、変身能力で猫になれるため召喚条件を満たしていた。

 

「もう、なんで逃げるのよー! 私の攻撃受けても全然へっちゃらだったクセにー!」

「いやいや、すっげー痛かったから! ヒイロも死んじゃうレベルだからー!」

 

 実は既にきつい一発をもらっていた。

 つい先ほど初めて出会った彼女は猫の姿をしていたため普通に話しかけたのだが、召喚されてきたことを説明しているうちになぜか戦う羽目になり、ドラグーンに変身した途端に問答無用で殴り飛ばされたのである。

 

「ええい、なんてランボーなヤツなんだ! 声もなんだかほむほむに似てるし!」

「えー? ほむほむってなーに?」

「ちいぃ! 無邪気なフリしてバカにしやがってー!」

 

 威勢よく怒鳴りつつも、銃火器を手に戦う魔法少女を連想して身震いする。あんなヤンデレの同類に付きまとわれるなんて真っ平ごめんだ。とはいえ、召喚されてきたばかりの彼女をぶっ飛ばすのは気がひけるし……なんてことを思いながら海鳴市近海まで逃げてきた。そして、たまたま闇の書の闇を倒した場所にやって来てしまう。

 もちろん、シロンがその日にその場所へやってきたのは様々な偶然が重なった結果である。だが、そこには必然とも言える出会いが待ち構えていた。魔法少女と出会える願いはまだ有効だったのだ。

 

「なんだ、このプレッシャーは!?」

 

 突然強大な魔力反応を感じて動きを止めた途端、シロンの目の前に3人の少女が現れた。何事かと凝視すると、彼女たち全員が妙に見覚えのある容姿をしていることに気づく。

 

「っていうか、なのはたちじゃん! でも、そこはかとなく配色が違うよーな?」

 

 シロンの前には、なのは、フェイト、はやての色違いみたいな少女たちがいる。ぶっちゃけると格闘ゲームの2Pカラーのようだったが、もちろんなのはたちがイメチェンしたわけではない。彼女たちは全くの別人……いや、プログラムだった。

 

「くっくっく……ようやく動けるようになったわ」

「駆体稼働率100%、全力戦闘が可能です」

「ボクだって、すっかり全開バリバリ元気さ!」

 

 偽なのはたちは、目が覚めたばかりだという事が分かる会話をしている。とは言っても、理解できるのはそれだけで、事情を知らないシロンには状況がサッパリ分からない。ただし、面倒なことになる可能性が高いことは間違いない。

 だって、黒っぽい配色からして絶対敵役だよアレ!

 明らかに一悶着起こりそうな雰囲気を感じてシロンは身構えた。しかし、そんなことに頓着しないヤツが1匹いた。シロンのとなりで少女たちを観察していたフレドリカが、勝手に飛び出していったのである。獣の勘で彼女たちを強者だと見抜いたのだ。

 

「おーい、そこのお嬢ちゃんたちー! 私と一緒に殺し合いしようよー!」

「フン! 身の程をわきまえぬ畜生が! それほどまでに殺されたいなら、その願い叶えてくれるわ!」

 

 偽はやては、物騒なフレドリカのお願いを偉そうに受け入れると、躊躇することなく砲撃魔法を放った。

 

「塵も残さず消し飛べぇ!!」

「ほへ?」

 

 強力な砲撃魔法が一直線に突撃していたフレドリカに直撃する。もし、本物の彼女なら耐えられたかもしれないが今は影分身のようなものなので、たったの一撃で強制送還されてしまった。

 

「フレドリカー!!」

「はーっはっはっは、つまらぬものを壊してやったわ! どうだ? 我が憎いか、薄汚い野良猫よ?」

「いんや別に?」

「うんうん、そうだろう、そうだろう……って、なにぃ!? どうしてそうなるのだ!? 貴様の仲間がやられたのだぞ!?」

「だってアイツ、自分で殺し合いとか言ってたし」

「う、うむ……そう言われればそうなんだが……?」

 

 予想外なシロンの答えに、偽はやては一瞬混乱してしまう。実際にフレドリカが死んだわけではないのでシロンとしてはどうでもいいのだが、偽はやてがそんなことを知る由もなく、ただ途惑うばかりであった。

 あれ、我は何か間違ったことを言ったのだろうか……いやいや、こやつの方がおかしいのだ!

 

「ええい! 塵芥の分際で我を惑わすなど無礼千万である!! こうなれば、闇統べる王たる我が直々に成敗してくれるわっ!!」

「なにをー! 我輩の友達をぶっ飛ばしたお前の方が無礼千万だろーが、バーカバーカ!」

「貴様ー! またしても我を愚弄するか! というか、改めて考えたらさっきのあれは正当防衛だろーが!」

 

 確かにその通りである。しかし、いとも簡単に強力な魔法をぶっ放してしまうこの子たちを放っておくことができないのも事実だ。管理局に気づかれるとお互いに面倒なので、そうなる前によ~く言い聞かせる必要があるだろう。

 つまり、【少し、頭冷やそうか】である。

 

「我が名はダークフレイムマスター! 闇の炎に抱かれて消えろ!!」

「ほぅ、炎熱変換か。少しは楽しませてくれそうだなぁ!」

「食らうがいい、エターナルフォースブリザード!!」

「って、なにぃー!? 闇の炎と言っておきながら氷結魔法を使いおるだとぉ!? 言葉巧みに我を謀るとは、卑怯極まりない所業ぞぉー!!?」

「はん! 卑怯上等、勝てば官軍! 大体王様ってヤツは、喧嘩の強い悪ガキがなるモンなんだよバーロー!!」

「確かに、我らが王は傍若無人でわがままで思慮の足りない悪ガキですね」

「シュテるんの言う通りだな! 王様の人でなしっぷりには流石のボクでも敵わないよ!」

「な、なんだとぉ!? ヤツの戯言にあっさり乗っかりおったばかりか、さりげな~く便乗して王たる我を貶めるとは! 貴様らには我に対する尊敬の念が足らんようだな!」

 

 シロンの汚い奇襲が功を奏したのか、偽はやてたちが仲間割れを始めた。その隙を突いて人間形態になり、身体強化魔法・ユニコーンを発動して戦闘準備を整える。

 

「さぁ、いつでもかかってくるがいい! 猫妖精の王たるこの我輩が3人まとめて相手になってやるニャ!」

「ええーっ、何か色々と卑怯なことしてたクセにすっごい偉そうだよ!?」

「なるほど、彼もまた王の器ということですか」

「って、我ら全員が馬鹿にされたというのに、のん気な会話をしている場合か!」

 

 プライドを著しく傷つけられた偽はやては、憎きシロンを全力で叩き潰すべく立ち向かっていき、他の2人も後に続く。だがしかし、彼女たちの自信は木っ端微塵に打ち砕かれることになる。目覚めたばかりの小娘がずる賢いチート野郎に敵うわけもなく、完膚なきまでに打ち負かされたのである。

 十数分後、うなだれた3人を近くの海鳴臨海公園に連れてきたシロンは、早速事情聴取を始めた。

 

「おらおら、敗者は勝者の言う事を聞くモンだぜ、ベイベー!」

「おのれ、おのれーっ!!」

「あーん、シュテる~ん!」

「はぁ、仕方がありませんね……」

 

 圧倒的な実力差で敗北した上に3人仲良く亀甲縛りされてしまってはどうにもならないので、何とか冷静さを保っているシュテルが事情を話し出した。

 

 

 何でも、彼女たち【マテリアル】は【紫天の書】と呼ばれる独立稼働プログラムの一部であり、闇の書の奥深くに封印されていたらしい。元々は古代ベルカが激しい戦争をおこなっていた時代に夜天の書を超える存在として作られたものなのだが、暴走と封印を繰り返す問題作だった。核である【永遠結晶エグザミア】を稼動させる【砕け得ぬ闇】を制御するために作られたマテリアルの能力が足らなかったのである。

 管制プログラムと守護騎士プログラムを超えるべく生み出されたマテリアルは、それぞれの役割を強化しすぎたせいで3基を上手く同調させることができず、肝心の制御プログラムとしての機能が不完全となってしまったのだ。その名残がディアーチェたちの傲岸不遜な性格に今も現れているが、当時の製作者はその事実に気づく間もなく死んでしまった。度重なる暴走の末、ついに製作者をも巻き込んでしまったのである。

 その後、唯一の主を失ってしまった紫天の書は、エグザミアの強大な力に魅せられた多くの者たちに狙われた。しかし、誰一人として制御できず、いたずらに被害を広げ続けた。

 そのような悲劇が何度も繰り返されながら数年経ったある日、絶対的な自信を持った挑戦者が現れる。その人物は当時の夜天の主だった。長引く戦乱を利用して立身出世を狙っていた彼は、他の者と同様に無尽蔵に生み出される強大な魔力に惹かれてしまった。エグザミアを手に入れれば夜天の書は最強になれると考えたのである。

 念入りに準備を整えた彼は、とある王族の手によって封印されていた紫天の書を力ずくで手に入れると、マテリアルに手を加えて砕け得ぬ闇を制御しようとした。夜天の書に使われている技術を応用したそれは確かなもので、想定通りの機能を発揮すれば確実に制御できるはずだった。

 しかし、事はそう上手く運ばなかった。

 調整を終えたマテリアルの起動チェックをする前に封印が弱まり、紫天の書の防御プログラム【システムU-D】が起動してしまったのである。しかし、その時点ではまだ夜天の主にも余裕があった。暴走を見越していた彼は、夜天の書の防御プログラムを紫天の書と繋げてウイルスとして沈静化しようと考えていたのである。夜天の書の処理能力なら、暴走する前にそれをうながすプログラムを破壊し続けることが出来ると事前の計算で把握していた。後は、対処しているその間に調整したマテリアルを起動するだけでいい。

 それさえ済めばこのエグザミアが自分のものとなる。愉快な未来が見えた夜天の主はにやりと笑った。

 その時だった。夜天の書と繋がっていた紫天の書が独自に防衛行動を取り、夜天の書に潜り込んでしまったのは。意外な事態に驚いた夜天の主は急いで対処しようとしたが時既に遅く、紫天の書はあらゆるシステムから痕跡を消して閉じこもってしまったのである。暴走を恐れていた砕け得ぬ闇が繋がれた際に密かにコピーしていた夜天の書のデータを使い、自分の上に別のシステムを上書きして完全に隠れてしまったのだ。もともと紫天の書は、夜天の書をハッキングしてその能力を乗っ取る目的があったので彼女はそれを利用したのだが、そのせいで夜天の主ですら手出しできない状態に陥ってしまう。しかも、この時の負荷が後に防御プログラムの暴走を招く一因になってしまうのだから踏んだり蹴ったりもいいところであった。

 幸か不幸か、紫天の書を製作した男の希望は、奇妙な形で実現してしまったのである。

 そして、更に長い時が経って夜天の書が闇の書となり、暴走した防御プログラムが肥大化したせいで完全に自由を失った彼女たちは長い休眠を強いられることになった。

 そのような経緯で自由を奪われていた彼女たちだったが、3ヶ月前の闇の書事件で防御プログラムとともに切り離され、期せずして牢獄から開放されることになる。その際にシロンが使ったイマジンブレイカーでほぼ消滅されかかったものの、彼女たちはエグザミアとそこに記録されているデータが壊れない限り何度でも再生できる不滅の存在なので、こうしてシロンの前に現れることが出来た。

 ほとんどゼロから再生したため流石に時間がかかったが、3ヵ月経った今日になってようやく再起動できるようになった。魔力を集めるついでに近くを漂っていた闇の書の残滓から得た情報を用いて強い人間の姿を再現し、この世界に生まれ出たのだ。

 元々マテリアルは管制プログラムと守護騎士プログラムを合わせた発展系として作られており、リンカーコアを蒐集した人物を元にして構築した駆体を人間のように成長させる学習型仕様となっている。今回、闇の書が蒐集した人物の中で上位3人の情報を使った結果がなのはたちの姿になった理由である。

 

 

「なるほどねぇ。紫天の書なんてモンが入ってたのかー」

「はい、実は私たちもつい最近思い出したのですが」

 

 彼女たちは、長い間圧縮封印されていたせいで紫天の書のデータを見失っていたのだが、イマジンブレイカーによるダメージを修復している際に過去のデータを発見して正確な状況を把握することができたのだった。まさに怪我の功名というヤツである。

 

「砕け得ぬ闇を手に入れ、完全なる自由を得ることこそが我らの願いなのだ!」

「ふーん、そうなんだ」

「ああそうさ! 彼の力さえ手に入れば貴様など虫けら同然よ!」

「へっ、亀甲縛りされながら偉そうにしても説得力無いニャー。パシャパシャ!」

「あっコラ、やめんか! 我の惨めな姿を記録するでないわ!!?」

 

 シロンは、偽はやて改めディアーチェのあられもない姿を撮影しながら考える。砕け得ぬ闇はまだ目覚めていないようだが、こちらも放っておくことはできない。ならば、いっそのことディアーチェに制御してもらったほうが好都合かもしれない。どうやら全く話が通じない相手でもなさそうなので、なるべく友好的に接したほうが無難だろう。

 

「とゆーわけで、その砕け得ぬ闇とやらに我輩が勝ったら、君たちには家来になってもらうニャ!」

「な、なんだとぉー!?」

 

 訂正、全然友好的ではなかった。しかし、ディアーチェ自身が王を名乗っている以上、こちら側のルールを適用しても問題は無い。彼女が唱えているように王とは力なのだ。ならば、彼女を抑えられるのはその力しかない。

 

「貴様は砕け得ぬ闇に勝てると本気で思っておるのか!?」

「やってみなければ分からん!」

「正気か!? ……いや、いずれにしても我らにとっては好都合。その勝負、受けて立つぞ!」

「よし、契約成立ニャ!」

 

 ディアーチェはあっさりとシロンの企みに乗ってしまった。もちろんこれには裏があり、彼には取っておきの秘策があるのだが、純真無垢な彼女たちは簡単に引っかかってしまった。

 何となく嫌な予感がするものの他に道は無い。亀甲縛りを解かれた3人は、シロンから距離を離すと、再び海鳴市近海まで飛んで戦闘態勢を整えた。

 

「それじゃあ、早速起動させてミソ?」

「貴様に言われんでもやってやるっ………………」

「んん? どうしたのかねディアーチェ?」

「起動方法が分からん!」

「「ズコーッ!」」

 

 シロンとレヴィが仲良くずっこける。まるでコントのようだが、ディアーチェが知らないのは当然だった。砕け得ぬ闇自身が施した封印で停止しているので、マテリアルでも長時間の解析を要する状態なのだ。

 とは言っても、何でもありのセフィにとってはどうってことない。元の世界へ帰還するために本格的に魔力を溜め始めたのだが、このくらいなら大丈夫だろう。

 

「(いけるな、セフィ?)」

<(問題ありません、マスター)>

「なんだ貴様! さっきからヘラヘラとニヤつきおって、またしても我を侮辱するつもりか!」

「まったく怒りっぽいお嬢さんだね。我輩が君たちの代わりに砕け得ぬ闇を起動させてやろうというのに」

「なんだと!?」

 

 ディアーチェの驚きを他所に躊躇することなくセフィの力を使う。すると、みんなの眼前に赤い柱で囲まれた黒い球体が現れ、それらが一瞬で砕け散るとその場に小さな少女が現れた。この金髪の幼い少女こそが砕け得ぬ闇の正体である。実際に、それを誇示するかのように凄まじい魔力を放っている。

 しかし、まだ寝ぼけているのか、不用意に近寄ったディアーチェに攻撃を仕掛けてきた。少女の背後に出現した禍々しい赤翼を巨大な鎌に変化させ、ディアーチェの胸を突き刺そうとしたのだ。

 

「なっ!!?」

「あぶなーい!!」

 

 もう少しで胸を貫かれるという瞬間にシロンが飛び込み、ディアーチェを救い出した。予期せぬ状況に驚いている彼女をお姫様抱っこしたまま一旦距離を開ける。

 

「な、なぜだ!? なぜお前が我を攻撃するのだ!!」

「ディアーチェ……ディアーチェですか?」

「そうだ、我が名はディアーチェ、お前の味方ぞ! なのに、なぜ我を襲った!?」

「……ごめんなさい……システムU-Dが目覚めたら、もう誰にも止められないんです……」

 

 そう言うと、少女は悲しそうに目を伏せる。

 システムU-D――アンブレイカブル・ダークとは、簡単に説明するとトラップである。エグザミアを内包した彼女を敵対者に奪われないようにするために制御プログラムであるマテリアルを強制停止させ暴走する。今の彼女は、古代ベルカの狂気が生み出した戦略級魔導兵器と化していた。

 今より数百年前、紫天の書の製作者は、戦争によって亡くなった自分の娘、ユーリ・エーベルヴァインに復讐させてあげたいと願い、彼女の亡骸を素体として砕け得ぬ闇を作り出した。娘を殺した夜天の主に死よりも悲惨な苦しみを与えるために、くだらない戦乱を起こした愚かな王たちに相応しい罰を与えるために、歪んだ望みを砕け得ぬ闇に込めたのだ。

 今となってはユーリ本人ですら知らないことだが、その身勝手な望みのせいで彼女が苦しみ続けていることは間違いない。ならば、ここで彼女を救ってやらねばなるまい!

 

「ええい、システムU-Dだかウッディ大尉だか知らねーが、そんなモン我輩たちが止めてやんよ! そうだろう、ディアーチェ?」

「!? あ、ああ、こやつの言う通りぞ! お前を苛む鎖を砕き、我らは自由を手に入れるのだ!!」

 

 ディアーチェはシロンの腕から降りると声高らかに宣言した。その際ちょっぴり頬が赤く染まっていたのは、凛々しいシロンの顔を間近で見て彼女の乙女心にビビッときてしまったからだ。

 圧倒的な魔法力で自分に打ち勝ち、魅力的な行動力で心をも惹きつける。まさに、理想的な王の器そのものではないか。

 自然とシロンに従う気になっている自分に不思議な感じがしたが、嫌な気分ではない。むしろ温かくて、安心を感じる……。だったら、少しくらい手を組んでみてもいいかもしれない。

 

「そ、それでは、一時休戦して我と手を……って、あやつがいない!?」

「彼なら既に行ってしまいましたよ?」

 

 そう言ってシュテルが指差した先には、ユーリと対峙しているシロンがいた。彼は管理局に対抗するため用意していた取っておきを使うつもりなのだ。ディアーチェがユーリを制御するにはシステムU-Dを止めなければならないのだが、その取っておきの効果は非常に有効的だった。

 

「力に囚われしつわもの共を、塵と化して虚空に還さん! 愚かなる世界を壊せ、月・光・蝶ーっ!!」

 

 シロンは、徹夜で考えた言葉を詠唱して対ロストロギア用封印魔法【月光蝶】を発動させた。これは、∀ガンダムのそれとは違い、魔力結合を破壊して魔導師やロストロギアを無力化させるAMF(対魔力結合領域)の究極版だ。AMFの効果を増幅させる機能を持たせたナノマシンを大量に散布し、目標を覆うことでロストロギアですら完全停止させることができる優れものである。

 ただし、魔力以外のエネルギーに対しては効果が無いといった弱点もあるので、絶対無敵というわけでもない。他にも細かく上げていけば対処法はいくらでもある魔法だった。

 しかし、今回はそれを気にする必要が無い。エグザミアから供給される膨大な魔力で活動しているユーリにとって、シロンの魔法は効果抜群だからだ。いくら無限に魔力を生み出せても結合できなければ意味が無い。エネルギーとして有用な石油も熱などの変化を加えなければただの臭い液体でしかないように、魔力もまた同じことが言えるのだ。

 いずれにしても、魔法の力が失われたという事実は間違いない。その結果、ユーリは恐れていた力から解放されつつあった。

 

「暴走が収まっていく……これは夢なの?」

「なんと素晴らしい光景なのだ……」

「私も同意します……」

「本当に妖精みたいだ~……」

 

 虹色に輝く蝶の羽を優雅に広げ、自身の力に怯えるユーリを優しく包む。幻想的なシロンの姿にマテリアルたちは見惚れてしまう。

 そんな中、ナノマシンに包まれたユーリは、ほとんどの魔力結合を無効化されて飛行魔法を維持できなくなり、自由落下を始めた。恐るべき力を失い、今や普通の美幼女となった彼女をシロンが優しく抱きとめる。お姫様抱っこされたユーリは、信じられないといった表情をシロンに向けた。

 

「あっ……」

「どうだいお嬢ちゃん。システム小野Dとやらは止まってるだろ?」

「は、はい……確かに停止しています。システムU-Dですけど」

 

 軽く笑いを取りに来たシロンにおずおずと返事を返すユーリの心には、これまでに感じたことのない希望が湧き上がっていた。彼の言ってることはよく分からないけど、とにかくすごい安心感がある。これならもしかすると……。

 

「さぁ、ディアーチェ! この子を苦しみから解き放ってやるのニャ!」

「……ああ、任せておけい! 我らが宿願、今こそ果たして見せようぞ!!」

 

 ディアーチェは力強く宣言すると、傍によってきた仲間に協力を頼んだ。彼女たちは砕け得ぬ闇を制御するために生み出された、3基で一つの存在なのだ。今こそ力を合わせる時である。

 

「シュテル! レヴィ! 我に力を貸せい!!」

「承知しました」

「ボクの力をキミに託すよ!」

 

 2人はディアーチェの言葉に同意すると、彼女の肩に手を置いてすべての力を受け渡す。これで、本来の力を得ることができたディアーチェは、ユーリの胸に優しく手を置くと用意していた制御プログラムを打ち込んだ。

 ユーリが大人しくしていたため、入力は無事に成功した。不完全だったシステムを上書きし、破壊プログラムであるシステムU-Dと出力暴走を起こしていたエグザミアの誤動作を停止する。これで、数百年もの長きにわたり暴走し続けた砕け得ぬ闇がようやく制御できるようになった。

 夜天の主の仕事は確かだったらしく、制御プログラムは正常に機能した。皮肉なことに、元のユーリを殺した夜天の主のおかげで今のユーリが助かったのである。とはいえ、そんな昔の因縁など、新たな未来を進み始めた彼女たちには関係のない事だった。

 

「ディアーチェ……ありがとう……」

「なぁに、礼などいらぬわ。我は我の成すべきことをしたまでだからな、砕け得ぬ闇よ……いや、ユーリと呼ぶべきだな」

「ユーリ?」

「そうだ、ユーリ・エーベルヴァイン。それが、人として生まれた時のお前の名だ」

 

 ディアーチェは、修復作業の最中に見つけた砕け得ぬ闇の本名を教えてあげた。この瞬間、砕け得ぬ闇はユーリ・エーベルヴァインという名前の少女として生きていくことになる。そして、それは人の身体を得たマテリアルたちも同様だ。長らく彼女たちを苦しめ続けた破壊の因果は消滅し、今ここに人としての自由を手に入れたのである。

 しかし、人としての自由には色々と決まりごとがありまして、シロンがユーリに勝ったということは……。

 

「それじゃあ、今から君たちは我輩の家来なんで、しっかり精進してくれたまえよ?」

「「あ」」

「そういえば、そんな約束でしたね」

「?」

 

 現代日本に生きる人間は、安全な自由と引き換えに相応の規則を守らなければならないのである。この場合、地球で楽しく生活できる代償としてシロンの部下となるわけだ。ある程度束縛されるとはいえ、立場の危うい彼女たちにしてみればかなりの好条件だと言える。しかし、当然ながら王を自称しているディアーチェは素直に受け入れられない。

 

「ふ、ふん! いくら契約があろうが、我は決して他者には仕えぬ! それに、我がしもべたちの忠誠心は決して揺るがぬゆえ、貴様の戯言など――」

「今我輩の家来になると、3食昼寝つきのゆったりとした寛ぎ空間をご提供いたしますニャ!」

「不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」

「わーい! 王様の王様だから、超王様だー!」

「なんだかよく分からないけど、あなたと一緒にいられるのは嬉しいです!」

「はっはっは、我輩の支持率急上昇! 次期大統領の座はこれでいただきニャ!」

「なんとぉ―――――――――!!?」

 

 こうして、ユーリとマテリアル娘たちはシロン一味に加わることになった。そこで、人としての楽しさと女性としての幸せを知った彼女たちは、シロンの良きパートナーとなっていく。

 その代わり、オリジナルのなのはたちとはしょっちゅう喧嘩することになるのだが、それはまぁ仕方あるまい。

 

 

 因みに、本来の歴史ではアミティエとキリエという少女たちがエルトリアという世界を救うためにエグザミアを求めて未来からやって来るのだが、シロンのいるこの歴史では来なかった。実は、この歴史の未来にいるシロンの子孫が問題を解決するため、来る必要がなくなったのである。

 そんな未来の世界では、アミティエとキリエが楽しそうに平和な時を過ごしていた。恩人であるシロンの子孫と一緒に暮らしながら。

 

「ハックショイ! てやんでぃバーローちくしょうめ!」

「あっ、もしかして風邪ですか?」

「いんや、恐らく魅力的なパイオツの美女が我輩のことを噂してるのニャ」

「そうかもしれないわねぇ、バカは風邪を引かないって言うし」

「ええい、なんたる侮辱! 慰謝料としてお前のパイオツ触らせろってんでぃ!」

「いやーん!」

「エ、エッチなことはいけないと思います!」

 

 未来の方も大変賑やかであった。



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第14話 企業戦士、かく戦えり【空白期1】

今回はやたらと地の分が多くなってしまいました。
ちょっと読むのが大変かもしれませんが、許してヒヤシンス。


 ユーリとマテリアル娘たちが現れて話が脱線してしまったものの、はやての説得(恫喝)によってすぐさま軌道修正された。もっとも効果抜群だったシロンが大人しく従ったため、その後の会議はスムーズに進んでいく。とは言っても、残っている議題はグラハムたちがこなしてきたミッションの報告だけだが、せっかく間に合ったのだからきちんと聞かせてもらう。

 

「それじゃあ、報告お願いします」

「了解した。本日1126、地上本部地下1階の女子更衣室にて犯行に及んでいた被疑者を現行犯で確保。能力を封印した後に亀甲縛りを施して留置所に拘束した」

「また亀甲縛りかよ! どんだけ気に入ってんだお前ら!」

「あの、それはどうでもいいと思うけど、その人は更衣室でなにをしたのですか?」

「のぞき、下着泥棒、セクハラといった女性局員に対するわいせつ行為だ」

「ただの変態じゃねーか!」

 

 本局勤めのヴィータとシャマルは地上本部で起きている騒動を知らなかった。はやてもこんなしょーもない事件をわざわざ家族に知らせる気にはならなかったのである。

 

「はん、バカな野郎だ! 守るべき乙女たちにわいせつ行為を行うなど、男の風上にも置けないヤツニャ!」

「息をするようにパイオツとかほざいてるお前が言ってもまるで説得力ねーよ!」

 

 アギトのツッコミは実にごもっともだった。

 

「っていうか、そんなヤツ1人捕まえるのにお前らまで出張る必要なかったんじゃねーか?」

 

 ヴィータは疑問に思ったことをユーリたちに聞いてみた。確かに、本気になったら世界すらとれるこの4人が相手をするような輩ではないが……。

 

「ふんっ、そのようなこと貴様に言われるまでもない。だがな……」

「刑事ドラマが大好きなユーリが、ぜひ張り込みをしてみたいと言い出しまして」

「しょーがないから、牛乳とアンパン用意してレッツトライしてみたわけさ!」

「はい、ドキドキワクワクの24時間でした!」

「ええっ!?」

「なげぇー!?」

「意外に本格的だったんだな!?」

 

 結構がんばったらしいユーリは、誇らしげに胸を張る。その表情は一仕事終えたイイ笑顔をしていた。それもそのはずで、実際に彼女も戦ったからだ。目標の局員は予想以上に強く、ゴキ○リのようにしぶとい男だったのである。

 

 

 今より数十分前、長時間の張り込みを続けた結果、ついにその男の犯行現場を押さえる事ができたグラハムたちは、現行犯で確保するべく立ち向かった。だが、そいつは【霊能力】というレアスキルを持った煩悩魔人だった。

 

「ちち! しり! ふとももーッ!!」

「ええい、この変態がー!! 我らの身体を穢れた視線で見るでないわー!!」

「うわーん! こんな気持ち悪い人間がいるなんて、ボク聞いてないよー!?」

 

 その男――タダオ・ヨコシマは、最近嘱託から正局員になったばかりの新人だったが、異様に戦い慣れた動きをして歴戦のグラハムですら手を焼いた。

 

「この不快極まる機動! よもやGの再現だとでも言うつもりか!」

「でしたら、私の炎熱魔法で消毒しましょう」

「俺は汚物じゃねー!!」

 

 タダオは冷や汗をたらしながらも紙一重で攻撃をかわしていく。はっきりいってその動きは変だった。普通じゃないから予想がつかず、だからこそ手強い。ディアーチェとレヴィは気持ち悪くて手出しできないようだし、グラハムとシュテルも決定打を与えられないでいる。

 いけない、このままでは逃げられてしまうかもしれない。そう思ったユーリは、彼女のバリアジャケットである紫天装束を身にまとってタダオの前に立ちはだかった。しかし、ユーリの際どい服はスケベな彼を余計に炊きつけてしまう。

 

「ここから先は通しま――」

「うほほーい! なんて魅力的な下チチなんだー!!」

「きゃ―――!!?」

 

 突然ユーリに向かってルパンダイブしてきた。

 ユーリの紫天装束は胸元を覆う面積が少なく、15歳ほどに成長した今では胸の下半分があらわになってしまっているので、彼の視線を釘付けにするには十分であった。しかし、今回はそれが災いし、ユーリの胸に目を奪われている隙を突かれて彼女の放った強烈なカウンターパンチを食らってしまうことになる。

 ドバキッ!!!

 

「ぶべらばっ!!」

 

 魄翼を変化させた豪腕が直撃して、タダオは壁にめり込んだ。その後、気絶した彼は難なくグラハムに拘束され、卑劣なのぞき魔として管理局に引き渡されることになった。

 彼が所有している霊能力は、シロンが開発した、あらゆるエネルギーを分解・拡散するナノマシン【月光蝶・百式】によって封印され、これまでのように【文珠】という能力を使って誤魔化すこともできなくなった。

 こうなっては流石の彼でも言い逃れはできないので、大人しくお縄を受けるしかない。レアスキル持ちなので追放されることはないが、その分給料を思いっきり引かれることになるだろう。時給500円くらいに。

 

「堪忍や――!! 仕方なかったんや――!! この世界は美女が多くて、若さゆえの過ちが止まらへんのや―――!!」

「ええい、若さを盾に身勝手なことを言う! 我侭にもほどがあるぞ!」

「なにをー! 健全なエロ心を持った青少年が美女を求めて何が悪い!? 彼女たちの美しい身体を生まれたままの姿で拝みたいと思うのは男として当然だろーが!」

「ほぅ、この期に及んで開き直りかね? よろしい、それほどまでに美女を求めると言うのなら、私の裸体を存分に楽しむがいい!」

「って、なんでやねん!?」

「分からんというなら教えてやろう! この私、グラハム・ニャーカーは、純真無垢な乙女座なのだよ!」

「結局ただの男じゃねーか!! っていうか、まさかお前……もしかしてアッチの気があんのか!?」

「ふっ、私にも若さゆえの過ちがあったとだけ言っておこう」

「いや―――!? 助けて美神さ――ん!!」

「ふふふ、嫌がる相手に攻め寄るもまた一興! さぁ、いくぞ! お前の好きな乙女の裸体、しかとその目に焼き付けろ!」

「ちょっ、おまっ、やめろ!? ほんとに脱ぐなんてマジやば、ぅあ――――――っ!!?」

 

 大胆なグラハムは、言葉通りにタダオの前で服を脱ぎだした。恐らく女性が好きな彼に対する嫌がらせだと思われるが、真相は定かではない。

 一緒にいたユーリたちは、そんな怪しいやり取りをこっそり見つめながらタダオの犯罪行為について憤っていた。

 

「ふん、気色の悪い俗物が! 主様の可愛らしい色欲とは大違いだな!」

「その通り! 子供っぽくて微笑ましいシロンのエロさを見習うべきだぞ!」

「女の子に興味を持ち始めた小学生みたいで可愛いですモンね~」

「皆さんの意見に私も同意しますが、あまり褒めてる感じではありませんね」

 

 言葉で言うほど下品なことはしない幼稚なシロンのエロ行動を話の種にしながら、オシオキを済ませてきたグラハムと共に帰路に着く。

 男の裸を見せられて精神的に大ダメージを受けたタダオは、ドバドバと涙を流しながら反省の言葉を叫んだが、彼女たちの同情を得ることはできなかった。だって、ただの性犯罪者だし。

 

 

 大体そんな感じで幕を閉じたのぞき魔事件であったが、ユーリは自分の手で解決できたことが嬉しかったらしく自慢げに語った。

 

「――なんてことがあったんですよ~!」

「へ、へぇ~、そないなことがあったんか~」

「ふむ、地上本部にも意外な実力者が潜んでいたのだな」

「いや、注目すべき点はそこではないだろ?」

 

 グラハムたちが苦戦したという話を聞いてシグナムだけは微妙に喜んでいた。彼女の悪癖であるバトルマニアとしての興味を引いたのだ。

 しかし、ザフィーラが言うように気にする所はそこではない。力を得ることばかりに傾倒している管理局には、人格や精神面で問題のある人物が意外に多いのである。これも、最高評議会が残していった負の遺産の一つだった。

 犯罪者の予備軍を減らせるという点で効果があるのも事実だが、肝心のトップが犯罪者だったので、ある意味逆効果でもあった。彼らの悪意が配下の小悪党にまで伝染して負の連鎖を起こしていたのである。部下の失敗を必要以上になじったり、子供を傷つける言葉を平気で吐いたりする心無い連中がやたらと多いのはそのせいだ。

 そういった危険な局員は下手に追い出せないので、改めて教育した後に適性検査を受けさせて、その結果が酷い場合は速攻で降格処分をおこなうなどの処置を施すことになったが、それでもまだまだ手が行き届いていないらしい。

 

『人事に関しては、まだまだ改善が必要だな』

「せやな、少なくともわいせつ行為をやらかすような輩は徹底的に排除すべきや!」

「はやてちゃんの下着も盗まれましたからねー」

「なにっ!?」

「それはホントか!!」

「ああマジだよ。地上本部にいる【管理局美人百選】の奴らは全員やられてるんだ」

「なんて卑劣な人なの! ……っていうか、美人百選なんてものがあるの?」

「実はその手の話が最近流行っていてな、イケメン局員ランキングとかちょいワル将官グランプリなんていうものもあって、妙に身だしなみを整える連中が増えているんだ」

『やはり、早急に改善を進めなければ……』

『ふふ、クロノも苦労が絶えませんね』

 

 どうやら地上本部の風紀が乱れてきているようで、クロノは頭痛の種を新たに抱え込んでしまった。

 何故そのようなことが急に流行りだしたのかと言うと、シロンが地球の文化を広めたことが遠因となっていたりする。当然ながらシロン当人はそのことに気づいているが、受け入れることを選択したのはこの世界の人間なのだから文句を言われる筋合いではないと開き直っていた。

 そもそも、異性に興味を持ち、エロを謳歌すること自体は悪ではない。みんなが生まれてきたのもエロがあったからこそだと美容室プリンス所属の又吉長官も言っている。

 そう、エロと愛は一心同体と言っても過言ではないのである。つまり、相手の同意を得られればエロも正義となるのだ。

 

「そこんとこだけケジメをつければ、楽しいエロライフを満喫することができるだろう!」

「すっごいくだらないことなのに、やたらと説得力があってイラッとする!!」

 

 シロンは、いつの間にか地の文を声に出して力説していた。自他共にエロ好きであることを認めている彼ならではの持論であり、納得できる話でもある。

 それでも、普通の女性であれば「何言ってんだコイツ」となるところだが……シロンに惚れているなら話は別だ。

 

「ま、まぁ確かに……シロンにやったら下着をあげてもええかもな」

「ちょ!? なんてこと言い出すのよ?」

「ふふん、女は度胸やで、アリサちゃん。好きな人には積極的にアピールせなな」

「いやいや、アピールの方向性がマニアックすぎでしょ!」

 

 恋敵であるアリサから至極正論なツッコミが入る。そして更に追い討ちをかけるように、宿敵であるディアーチェからも手痛い追撃を受けてしまう。

 

「そもそも、年増女の汚い下着なんぞを見せられては主様が穢れてしまうだろうが、このたわけが!」

「なぁ!? 年増女やて!?」

「さもありなん。15を超えたらババアも同然ぞ? それに引き換え、プログラムである我らは経年劣化とは無縁ゆえ、永遠に若さを保てるのだ!」

 

 守護騎士の発展系である彼女たちは、人間の構造をほぼ完全に再現しているので、時間の経過によって生じる情報変化を反映すれば成長もできる。そのため、本来ならディアーチェもはやてと同じ19歳となっているところなのだが、今はなぜか15歳で止まっている。

 その理由は、以前シロンが「魔法少女って名乗れるのは、やっぱ15歳までだよニャー」と言っていたのを聞いたからだ。成長できるとは言ってももとはプログラムなので、データさえあれば任意の年齢に固定できる。彼女たちはその特性を生かして、シロンに好かれようと努力しているのである。

 とはいえ、シロンの本当の好みは母性が強くて結婚可能な年齢の美女なので、努力の方向性を間違えていたりするのだが……彼女たちの可愛らしい愛が微笑ましくて、つい本当の事を言いそびれていた。まぁ、今のところは特に問題も無いので、彼女たちが気づくまでは生暖かい目で見守ることになるだろう。

 

「はーっはっはっはーっ! 怖かろう。悔しかろう。例え化粧を纏うと、体の若さは守れないのだ!」

「それに対して、ボクらは永遠の15歳! 永久不滅に現役バリバリ美少女なのさ!」

「僅かでも老化を遅らせようと努力する健気な悪あがきには頭が下がります」

「ぐぬぬ~! 10代最後の年を迎えてセンチになっとる乙女に言うてはならんことをズケズケと~!」

 

 よせばいいのに調子に乗ったマテリアルたちは、はやての怒りを買ってしまった。未だに悪であることを主張している彼女たちは毒舌が多いのだが、周りにいる連中が強すぎるので大体は返り討ちにあうことになる。それを理解しているのに毎回同じようなことをやらかすのは、わざとふざけて楽しんでいるのか、単なるアホの子だからか。

 

「シャマル、戒めの鎖や!」

「は、はい!」

 

 はやては、ピカチュウに指示を出すサトシのようにシャマルを動かすと、マテリアルたちをまとめて拘束した。

 

「にょほっ!?」

「なんでぇ!?」

「油断しました」

「ふっははー! 捕まえたったで、マテ子ちゃん。というわけで、そんな悪いこと言う君らには、罰としてこの案件の後始末をしてもらいます」

「「「なんですと!?」」」

 

 のぞき魔を倒した時にユーリが壁を壊してしまったので、それなりにやることが増えてしまったのである。

 

「あの、私も手伝います」

「あ~、ユーリちゃんはええんやで。一番の功労者やさかい、後の事はこの子らに任せておけばいいんよ。なぁ、ディアーチェ?」

「ちぃっ……この程度の用事など我らだけで十分ぞ。お前はさっさと帰って夕食の支度でも進めておくがいい」

「うん……ありがとう、ディアーチェ」

「ふ、ふんっ! 礼など入らぬと言っておろうが!」

 

 ユーリから感謝の言葉を受けてディアーチェは顔を真っ赤にする。傍若無人な王様も保護欲をそそられるユーリにはすこぶる甘いのだ。

 そして、そんな彼女たちの様子に触発されたグラハムは、無性に愛娘と会いたくなってしまった。

 

「アルマー!! 私は今すぐ君に会いたいぞー!!」

「うほっ!? 突然叫ぶニャ! この親バカめ!」

「ふっ、親バカ大いに結構! 最高の褒め言葉だと言わせてもらおう!」

 

 親バカよばわりされたグラハムは、やたらとかっこよくポーズを決めてニヒルな笑みを浮かべる。この男の愛は確かに純粋だった。

 ただし、張り込みをしていたせいで家族と丸一日会っていないため、我慢弱い彼のブレーキは限界を超えてしまっていた。

 

「では、後の事は君たちに任せて、私は娘に会いに行くとしよう! うお―――!! 今行くぞ、アルマ―――!!」

「はぁ、すっげぇ暴走気味だニャ~。何となく面白……もとい、心配だから我輩も行ってみるかニャ」

「それでは、私もお供しましょう」

「あっ、だったら私も一緒にいきます!」

 

 やたらと興奮したグラハムが面白そうだったのでシロンは一緒に行くことに決め、それに便乗してセフィとユーリがついてくることになった。

 残りの面子はまだお仕事があるので羨ましそうに見つめるものの、相手が可愛らしいユーリとセフィなのであまり文句は言えない。

 

「それじゃあシロンとデートに行ってきまーす!」

「「「「「「「「やっぱり悔しいっ!!」」」」」」」」

『まったく同感ですね……』

『うう、すごく居心地が悪い……恨むぞ、シロン!』

「ちぇっ、また我輩か。まいったね、どうも」

 

 期せずして、グラハムの親バカ行動からいさかいが始まってしまった。しかし、こんな親バカ野郎がシロンの出身世界を救った立役者の1人だとは誰も思うまい。

 今から4年前、様々な偶然を重ねて彼らは火星と地球を救うことになったのである。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 なのはのいる世界に来てから2年後、ユニゾンデバイスとして身体を得たセフィをなるべく人として扱ってあげたいと思ったシロンは、彼女の力に頼ることなくソレスタルビーイングの活動を進めることにした。

 そのためには別の力が必要なので、まずは管理世界への足がかりとして、プレシアを代表とした会社をミッドチルダに立ち上げた。確かな身分を得ることで活動の幅を広げると同時に、経済的な影響力を得ることで簡単に排除できないようにすることが目的だ。管理局とて給料を与えてくれる経済が打撃を受ければただでは済まない。組織を支える源である資金面を押さえてしまえば自由を奪うことも可能なのだ。つまり、社会的地位と潤沢な経済力こそがシロンの求めた別の力であった。

 ただし、それらはあくまで【ボクの考えた未来予想図】であり、そこまで至るには相応の苦労が必要だった。

 最初は小規模なデバイスショップから始め、調査のためと言い訳してユーノと一緒に発掘しまくったロストロギアの売り上げ金などを元手にようやく起業までこぎつける。また、同次期に友人となったカリムや仲間に入れたグレアムの伝手からも協力を得ることで、何とか無事にスタートすることができた。

 しかし、そこから先は比較的順調にことが進んだ。

 シロンの提案で【ジオニック社】と命名されたその会社は、各種デバイスや家庭用魔導機器などの製造を行う機械メーカーとして設立され、デバイスショップ時代からのユーザーの支持もあって早い段階から安定した業績を出すことに成功する。シロンとプレシアのタッグが作り出した製品は従来の物より格段に性能がよく、あっという間に世間に広まっていったからだ。そして、3年ほど経った頃には誰もが知る人気ブランドへとのし上がっていた。

 

「いやぁ、ネオ・アームストロング・サイクロンジェット・アームストロング・ルンバ(掃除機)の売れ行きが絶好調で笑いが止まらないニャ~!」

「名前が長すぎるけどね」

 

 アリシアの言うようにネーミングセンスに難があったが、性能は折り紙つきだ。この製品を足がかりに、ジオニック社は管理世界を席巻する大企業へと成り上がっていく。

 更に、デバイスの方でも画期的な機能を搭載させて話題を集めた。それはピンポン玉サイズに小型化された独立型マルチAIシステム・ハロを搭載した【なんちゃってインテリジェントデバイス】だ。バッテリー駆動による独立処理のおかげで使用者の負担が大幅に軽減され、従来の人工知能より遥かに扱い易くなっている。非科学的な魔法に頼り切って工学的な人工知能の開発が遅れているミッドチルダでは作れない代物なので、ほぼ独占状態で利益を得ることができる画期的な商品となっていた。

 このデバイスのおかげで従来の20%以上も戦力が上がるため、地上本部のトップであるレジアス・ゲイズ中将が喜び勇んで大量発注したという逸話も出てくるくらいだった。

 ただ、その話には続きがあって、後になって元犯罪者であるグレアムの存在に気づいた彼は非常に不機嫌な思いをするのだが……シロンたちにとってはどうでもいいことだった。

 

 

 そのように正攻法で勢力を強め続けると同時に、裏では管理局の歪みを見定めるべく調査を開始した。

 この時点での目的は地球の防衛なので、武力介入は極力押さえる方向で行くと決める。自分たちは正義の味方ではないと自覚しているシロンは、仲間に危害が及ばないのであれば必要以上に手を出す気がなかったのである。そして、その意見にリンディやクロノも賛成したため、しばらくは秘密裏に動くことになるのであった。

 ただ、管理世界で行動するにあたって問題になってくる情報があった。数年前にプレシアから齎されたとある男の情報だ。フェイトを作り出すために用いた禁断の秘術【プロジェクトF】の基礎を作った張本人であり、広域指名手配の次元犯罪者――

 

「ジェルイレル・スカトロエロダイスキィか……」

「ジェイル・スカリエッティです!」

 

 その男は、シロンの出身世界にいたジェイク・スカリエッティと瓜二つだった。それもそのはず、彼らは同じアルハザードの技術を使って生み出された人造人間だからだ。

 元となった人物はアルハザードでもトップクラスの科学者で、自身の遺伝子をプログラム化して他者に売り込んでいたのである。当時は優秀な人材を人工的に生み出すことが常態化していたためかなりの需要があったのだが、そのプログラムのいくつかがアルハザードから拡散して彼らが生み出されることになった。

 しかし、その遺伝子構造は現在の人間とは相容れないものだった。研究を促進させるためにわざと倫理観を欠如させる処理が施されていたからだ。その上、ジェイルの方は更に歪な調整をされており、そのせいで手の付けられない極悪人になってしまっていた。

 何を隠そう、この男こそ最高評議会が作り出した歪みそのものだったのである。

 とはいえ、この時点ではシロンの知るところではなく、変わった出自の犯罪者としか捉えていなかった。ここはアルハザードの出身世界なので、そういうことも有り得るだろうと考えたのだ。シロンと一緒に議論をしていたグラハムもその意見に賛同し、こちらの世界の人間が片をつけるべき問題なので放っておいた方がいいと提案した。迂闊に手を出して地球に危害が及ぶようになってしまっては元も子もない。つまりは触らぬ神に祟りなしというわけだ。

 確かに当初の目的を考えればその通りだろう。あえて危険な場所に飛び込む必要はないし、すべきではない。しかし、それでもリニスは気にする様子を見せる。

 

「こいつと関わると碌な目にあわない気がするし、正直言ってめんどいから放っておくかニャ」

「でも、この男は戦闘機人の開発をしていると聞きました。恐らく、この世界にも私と同じような存在がいるはずです……」

「なるほど、生まれ出た世界は違えど思考は同じということか。どこまでも愚かな男だな、ウンコエッティ!」

「名前ぐらいはちゃんと呼んであげましょうよ!?」

 

 小学生のようにスカリエッティをバカにするシロンたちであったが、複雑なリニスの気持ちも分かるので、とりあえず戦闘機人について調査をしてみることにした。

 手っ取り早く情報を手に入れるために管理局地上本部を探った結果、首都防衛隊に所属しているゼスト隊がちょうど戦闘機人の製造プラントへ殴りこみに向かったことを知り、急いで後を追った。しかし、相手の戦力は予想以上に高かったらしく、シロンたちが到着した頃にはほぼ全滅状態であった。その際、瀕死の状態だった【クイント・ナカジマ】を救助して彼女の旦那である【ゲンヤ・ナカジマ】との繋がりができることになるのだが、肝心の戦闘機人については何も得られなかった。

 

「これじゃあ隊長たちが報われないわ……」

「でも、彼らのおかげで美しいパイオツをお持ちのあなたが助かったのニャ。だから、彼らの死は決して無駄ではないさ!」

「ふふっ、言ってることは無茶苦茶だけど、そう言ってもらえると気が楽になるわ」

「はっはっは、それは良かった、カルカッタ!」

 

 病院に入院中のクイントを見舞ったシロンは、彼女の胸に抱かれてご満悦である。もちろん猫形態でだが、胸に触れるその手つきはとてもいやらしかった。

 

「おいシロ坊。コイツを助けてくれたことには感謝してるけどよ……だからって、胸を揉んでいいとは言ってねぇぞ!」

「けっ、男の嫉妬なんてみっともないぜ、ゲンヤさんよー! 美しいパイオツは人類共通のお宝だって歴史の教科書にも書いてあるじゃニャーか!」

「んなわけあるか!」

「ねぇギン姉、ぱいおつってなぁに?」

「ん~、私にも分からないわ」

 

 クイントの娘であるギンガとスバルはアダルト(?)な会話を聞いて首を傾げる。シロンと出会った事で彼女たちの情操教育に問題が出そうだ。それでも、彼女たちの母親が助かったのだから文句は出ない。

 この件以来、敵の動きも巧妙になり戦闘機人に関する手がかりは再び闇の中に閉ざされてしまうのだが、クイントとの接触によって管理局と繋がりがあることを掴むことはできたので、シロンとしても得られたものは大きい。

 敵は管理局にありと分かったのだ。こうなったら、スカリエッティを追うより管理局の歪みを修正する方を優先すべきだろう。元々管理局の仕事を手伝う義理などないのだから、無理に関わる必要は無いし、クロノもその点は理解を示している。

 いずれにしても、犯罪者を捕まえる役目は、正式に管理局へ入局したなのはたちに任せるべきだった。下手に手を出して彼女たちに必要な経験を奪うわけにはいかない。自らの意思で戦う道を選んだ彼女たちは、自らの力で成長していかなければならないのだから。

 

 

 戦闘機人事件の数ヵ月後、資金の流れなどで相変わらず不穏な動きを見せる管理局に対して、シロンたちは裏側から攻勢に出ることを決めた。リンディとクロノが進めていた準備が整ったので、いよいよ本格的に行動することになったのだ。後に管理局を震撼させることになる【戦いは数だよ兄貴作戦】の始まりである。

 その詳細は実に単純で、ある意味とても民主主義的な反抗作戦だった。

 まずは管理世界版のインターネットを使い、管理外世界に対する管理局の横暴を暴露して民衆に興味を持たせる。そうしてある程度話題が膨らんだところで、管理局の歪みを体感できる無料ゲームをあらゆるメディアを使って大々的に配布する。そのタイトルは【管理局の野望・全世界版】というものだった。

 

「何かどっかで聞いたような名前だね」

「なぁに、面白ければ何でもいいのさ。内容がクソじゃなければ絵が下手くそでもワンサカ売れるんじゃい!」

 

 まさにその通りだった。名前はアレでも中身はやたらとよく出来ているため、出所不明のこのゲームは管理世界中で大きな話題を生むことになった。

 その最大の要因は過激な内容にあって、管理局の不始末でばら撒いてしまった世界を破壊できるロストロギアをこっそり回収するミッションや、管理局の不始末で活性化してしまったロストロギアを消すためにアルカンシェルを使って大量殺人を行うミッション、そして魔導師の才能がある人間を管理するという名目で強引に確保するといった非人道的な活動をリアルに再現していた。

 しかも、実際に起こりうるシチュエーションであることを銀河万丈氏の声で懇切丁寧に説明しているので、管理局が完全否定できないようにもなっていた。そのため、話題に敏感なマスコミなどがこぞって検証し、管理局法の危険性を改めて再確認する結果となる。

 自分たちの世界の法律なのになぜ今更そのような現象が起きたのかと言うと、民衆たちも義務教育の過程で管理局の定めた法に疑いを持たないように洗脳されており、そこに込められていた悪意に気づけなかったからだ。

 もちろん最高評議会も悪魔ではないので、それらの洗脳は精神に悪影響を与えないギリギリの範囲で施されているが、一旦かかってしまうとよほど強力なストレスでもかからない限り解けることが無い。この辺は局員に施している洗脳とほぼ同じだった。

 ただし、世界中の人間に使うため汎用性を重視せざるを得なかったその洗脳は効果に個人差があり、大きな影響を受けなかった人間が厄介な犯罪者となるケースが多かった。成長するにつれて管理局の異常性に気づき、より強く反抗心を持つようになってしまうからだ。つまり、最高評議会は自分自身の手で凶悪な犯罪者を生み出していたのである。

 まさに因果応報だった。悪意は悪意を育て、やがてそれは災厄となって自身に襲い掛かる。

 ツイッターとかで失言して落ちぶれる政治家と同じようなモンだ。他者を見下し傷つける傲慢な人々は、自身の未熟さに気づくことなく悪意を振りまいて、いたずらに敵を増やしてしまう。そして、やりすぎた者は自身の身を滅ぼすことになる。人間の歴史はそんな情けない悪意を積み重ねて数多くの悲劇を生み出してきたというのに、何千年も経った今もなお同じ過ちが繰り返され続けている。ほんの少しの心遣いで人間の世界は穏やかなものになるのだが、その理想郷は未だに遠い。

 しかし、絶望してしまうにはまだ早い。

 シロンのおかげでいち早く洗脳が解けていたクロノは、独自の調査で意識操作の事実に気づき、解除プログラムを密かに用意していた。この作戦は、そのプログラムを世界中へ配信する機会を作るためのものだったのだ。局員である自分の手で管理局の歪みを断ち切るために。

 

「これでみんなも悪い夢から覚めるだろう」

「そうだニャ。どうせ見るならならエロい夢のほうがいいモンニャ」

「お前もそろそろ目を覚ませ」

 

 シロンの淫らな夢はともかく、これで民衆の目が覚めて管理局の異常性が世界中に露見された。基本的に管理外世界の出来事は彼らに影響を与えないため気にする必要もなかったのだが、管理局の隠された凶暴性を自覚してしまってはそうも言っていられない。彼らによって都合よく改ざんされていた夢から覚めた今、多くの民衆から猜疑心が生まれた。もしかしたら、自分たちの世界も理不尽な脅威に晒される可能性があるかもしれないと。もともと強大な力を持った管理局が力ずくで傘下に入れた世界が多いので、恐れを抱いてしまうのは当然の流れでもある。

 大体、こっそりと大量破壊兵器を使って世界を破壊できるようなアブナイ連中を信用できるわけがない。

 その思いは管理局局員も同じで、これまで正しいと思っていた法律に異常があることに気づいて混乱した。とはいえ、その混乱はリンディが密かに集めていた同士たちによって即座に鎮静化される。やり手のリンディは、あらゆる手段を用いて【伝説の三提督】と呼ばれる本局の重鎮まで味方につけて、暴動やクーデターという最悪の事態を想定して対抗策を整えていたのだ。

 悪意ある者たちより早く動いた彼女たちは、全局員に対して一種の集団催眠にかかってしまったのだろうと言い聞かせて説得した。管理外世界を犠牲にして自分たちの安寧を保っている罪悪感が目を背けるような意識を生み出してしまったのだろうと。確かにそれは普通の社会でも起こりうる現象であり、半分は正解なのでほとんどの局員は納得した。

 その説明もまた悪法を作ったことを誤魔化す集団催眠みたいなものなのだが、この場合は嘘も方便といえるはずだ。管理局のすべてが悪いわけではないのだから、この組織を存続させるために必要ならばグレーゾーンな決断も時には選択しなければならない。もちろん最高評議会のようにやりすぎない範囲でという制約も必要だが、今回のところはセーフと判断してもいいだろう。

 一方、もっとも重要な民衆の方はカリムの力を借りて聖王協会に活躍してもらい、混乱する彼らの心を暴力ではない別の方向に先導してもらった。ずばり言えば、対話で解決することを示したのである。

 カリムは、クロノから渡された天使の輪のようなデバイスを頭上に浮かばせながら全管理世界に向けて演説し、人々の心を穏やかにさせることに成功した。

 もちろんクロノたちは民衆の怒りを受け止めることも覚悟していたが、無闇に人々が傷ついてしまうような事態は起こしたくなかった。そのために大掛かりな仕掛けを用意していたのだが、幸いにも彼らの努力は報われた。

 その仕掛けのキーとなったデバイスは、シロンが作ったサイコミュ式安眠グッズ【エンジェル・ハィロゥ】の強化版だ。これを付けて優しい言葉を発すると怒りを鎮めてしまうほどリラックスできる効果が出る。その暖かな波動を密かに配置していたサイコミュ搭載型のハロで広範囲に広げ、管理世界中の人々に届けた。

 実を言うとそれは、赤ん坊のアルマを上手に寝かしつけるために作った育児グッズで、たまたまそれを見たクロノがこの使用法を思いついたのだが、思わぬところで役に立った。

 

「平和主義の究極の形は母体への回帰願望でありましょう。だからこそ、我輩はパイオツを求めるのです。ああ素晴らしきかな、パイオツ!」

「まあ、そうだったのですか! なんだか恥ずかしいけど、嬉しい気もしますね」

「カリム、君は素直すぎだ……」

 

 クロノはピュアすぎるカリムを見て呆れたが、この時の彼女はクロノ以上にシロンの本質を見抜いていた。こんな大それた事をしてしまう彼があえて子供っぽさを表に出しているのは、決して悪意に染まらないという決意の表れなのだと理解したのである。だからこそ、このエンジェル・ハィロゥのような優しい発明ができるのだろう。その事実に気づいた時、シロンに対するカリムの好感度は恋心の領域に入ってしまった。そのおかげか、彼女の変化に気づいたクロノにより、後にソレスタルビーイングへ誘われることになる。 

 何にしても、シロンたちの努力が実り、世界はわりと穏やかに変化していくことになった。

 そもそも、管理世界に対する法律としてはそれほど悪いものではないので、クーデターを企てるほど不満があるわけではない。ただ、異常な状況に陥ったところに管理外世界の実情を吹き込まれたため、彼ら自身も危機感を覚えてしまったのである。

 自分たちの意思を無視して世界を壊せるようなロストロギアやアルカンシェルを好き勝手に使わせるわけにはいかない。加えて、治安を守ってもらうために多額の税金を納めているのだから、管理局の行動には民衆の意思を反映できるようにしなければいけない。そのように理解した結果、管理世界中で管理局の変化を望む声が高まっていく。

 シロンたちは、そんな民衆の動きを確認した後に次の段階へ移ることにした。管理局の権威が揺らいでいる瞬間を突いて経済不安を煽らせる作戦である。

 まずは、管理局への抗議としてジオニック社の生産量をワザと滞らせ、暴力以外の戦い方を率先してみせた。多額の税金を使って非人道的な活動をする悪法の改善を求めようと世間に訴えたのである。ジオニック社は、この時既に経済界に対して大きな影響力を持つようになっていたので、その抗議行動に賛同する企業も多数現れ、管理世界中のマーケットで混乱を来たした。

 これも、資金や技術を提供するなどして多くの企業と連携を深めておいたおかげだが、それだけで彼らが動いたわけではない。利益の減少より世界の安全性を重んじた結果であり、年々増加するばかりの防衛費に対する不満の発露でもあった。戦う力の無い民衆は、経済活動をサボタージュすることで傍若無人な管理局を懲らしめることにしたのだ。

 シロンたちの活動のおかげで危険な状況にあることを理解した民衆は、ギリギリの範囲で経済活動を自粛して管理局に抵抗しだした。そうなってくると当然管理局の収入も減ることになるため上層部は大いに焦った。これは本格的にやばい状況であると今更ながらに理解したのである。

 

「何だかんだ言うても世の中ゼニや! コレがなけりゃデバイスはおろか、うまい棒1本すら買えまへんがな! プークスクス!」

「世知辛い話ですね」

 

 まことにセフィの言う通りであった。

 民意と言うヤツはとても流動的で、安全神話が崩れればすぐさま手の平を返す。そして、時の権力に抗う力となって牙を剥く。シロンはそれを狙ったのである。

 実際、管理局はこの騒動の火消しに苦しんだ。これまでは洗脳のおかげでまともに対抗する連中がいなかったため何とかなっていたが、シロンたちに目を付けられては今まで通りとはいかない。一連の動きに便乗して反管理局運動も活発化し、知識人の集まるミッドチルダを中心にして法律改正の機運が高まっていった。

 こうなっては流石の管理局も無視できず、徐々に法律を改正して次第に情報の透明化が進められるようになっていく。

 こうして、シロンの思惑通りにことが進み、管理局の暗部は弱体化することになる。見下していた民衆こそが管理局を支えているという事実を最高評議会が認識していなかったせいで起きた【罰】だった。

 しかし、これで管理局の暗部が潰えたわけではない。何と言っても諸悪の根源である最高評議会自体が健在なので、彼らが飼いならしている部下たちの目が覚めることもない。元々悪い奴らは自身が手痛い目に遭わない限り、自主的に心を入れ替えたりはしないのだ。

 その中の1人であるレジアス中将のように、正義のためなら多少の犠牲もやむなしと信じ込んでいる【立派な局員】もいるが、そんなものは独善という悪意にすぎない。そもそも、世界を支えている民衆を見下し、見捨てる連中が世界を守るなど笑い話にもならないだろう。他者をないがしろにしてプライドを誇示するばかりの彼らには、正義を語る資格などないのだ。

 しかし、それでも彼らは止まれない。最高評議会に操られ、心の内にある悪意に気づかないまま雌伏の時を過ごすのであった。

 

 

 会社を興して4年後、【戦いは数だよ兄貴作戦】が一定の成果を収め、管理局が折れる形で世の中も落ち着いてきた。

 最高評議会もバカではないので、下手に動いて【奥の手】が台無しになってしまうような危険は冒さなかった。スカリエッティに任せている【聖王のゆりかごを復活させる計画】だけは邪魔されるわけにはいかないと考えたのだ。そのため、彼らの活動は更に隠密性を増していくことになり、スカリエッティも自らの思惑のために大人しく従った。

 ただし、その潜伏期間中に【ガジェットドローン】という無人兵器の増産が加速され、4年後になのはたちを苦しめることになるのだが、流石のシロンもそこまでは予測できなかった。まさか、相手も【戦いは数だよ兄貴作戦】をおこなってくるとは、これまた皮肉な話だった。

 とはいえ、彼らの活動が大人しくなったことは確かなので、管理世界はとりあえず仮初の平和を取り戻すことができた。

 ジオニック社もその恩恵にあずかり、今回のサボタージュに対するお咎めはほとんど無かった。それどころか、これまで以上に関係を深めようとするほど管理局のご機嫌取りは必死だった。実際に犯罪行為をした訳ではないので問題無いとはいえ、裏で色々とやっていた者としては警戒せざるを得ない。

 

「奴らめ、まだ何か隠してる気がするニャ。なぜなら、我輩のアイスをこっそり食べたレヴィと同じ行動をしているから!」

「ぎくぅ!? こんなに早くバレてしまうなんて! 見た目は小猫、頭脳は変人の名探偵だったのかー!?」

「まぁ確かに、我輩の頭脳は大人という変態紳士ですけど?」

「変人ってところは認めるんですね……」

「その素直さがシロンのいいところです」

「そうさのう。その意見には同意してやってもいいが、我のアイスを横取りした言い訳は聞いてやらんぞ?」

「ちぇっ」

 

 なんてやり取りをマテリアルたちとしながら今後の事を考えた結果、とりあえずは現状維持に努めることに決めた。急いては事を仕損じる。穏便に済ませるためにも一気に追い込まないほうが得策だろうと判断したのである。

 実際に、これ以上ごり押ししていたらレジアスあたりが暴走して面倒なことになっていた。この騒動のせいで彼が推し進めていた地上防衛用の巨大魔力攻撃兵器【アインヘリアル】の建造が大幅に縮小されることになったからだ。単純な資金難に加えて世論の反対も大きくなったため、完成するのは作り始めている一基だけとなりそうだった。

 しかし、その変化が逆にいい結果を齎すことになる。アインヘリアルに代わる戦力を得るために導入を決断したジオニック社製新型デバイスによって武装局員が大幅にパワーアップするからだ。小型ハロのサポート機能によって資質の無い者でも空戦が可能になり、空と陸の垣根がほぼ無くなるという劇的な変化が起こったのである。これには流石のレジアスも素直に驚き、ジオニック社の功績を認めないわけにはいかなかった。まさに、シロン脅威のメカニズムと言える。

 いずれにしても、レジアスの溜飲を下げることに成功した功績は大きい。その上、ガッポリ大儲けまでできて笑いが止まらないときたモンだ。

 まさにこれは――

 

「計画通り!(ニヤリ)」

「顔が怖すぎだよ、シロンちゃん!?」

 

 思わずすずかを怖がらせてしまうくらいに上手くいった。管理局を手玉に取りつつちゃっかり商売も成功させる、とっても策士なシロンであった。

 

 

 数ヵ月後、シロンたちによる荒療治のおかげで管理局内の意識が大分変わり、日常生活でも実感できるほどに変化が生じ始めた。

 上層部では明らかに独善的過ぎる法律を改正するための議論がようやく始まり、現場では新型デバイスによる武装強化が進んで業務効率が飛躍的に上昇しだした。管理局は、表面的にとはいえ改善の兆しを見せ始めていたのである。

 そんな明るい雰囲気が世界中に伝播して、クラナガンの街も賑やかさを増していた。もちろん、すべての暗部が消えて無くなったわけではないが、それもまた人間の一部なので仕方が無い。光と闇は一心同体、人の欲望が続くかぎり末永く付き合っていかなければならないのである。

 それに、闇と言っても悪いことばかりではない。

 

「そう、心の中に闇があったからこそ、触手プレイという至高のアイデアが生み出されたのニャ!」

「いきなり何てことを口走ってるニャン!?」

 

 感極まったシロンは、クラナガンの中心街で(触手への)愛を叫んだ。そのとなりでは、猫召喚でやってきた【ジバニャン】が呆れた視線を向けている。

 この赤い猫は地縛霊の猫妖怪で、二股に分かれた尻尾と腹巻きが特徴となっている。つい最近知り合ったばかりだが、エロ本買いに付き合ってくれるほど親しくなっていた。まぁ、本音を言うと猫のクセに人間のエロ本を買うシロンのことを「なにやってんだコイツ?」と思っていたのだが。

 

「まったく、シロンのエロパワーには恐れ入るニャン」

「ああ、去勢手術済みのお前には酷な話だったニャ。正直すまんかった……」

 

 シロンは、ジバニャンの【耳カット】を見てそう言った。彼の左耳には、去勢手術済みの野良猫が見た目ですぐ分かるようにつけられる印があるのだ。

 

「こ、これは違うニャ!? エミちゃんを庇ってトラックにはねられた時についた名誉の傷ニャ!!」

「ええい、皆まで言わなくとも構わん! 我輩にはお前の悲しみが手に取るようにわかっているから!」

「えっ!? いや、だから……」

「そうかそうか、タマ取られて立たなくなった股間のビッグバーが恋しいのだな? ならば、代わりにお前の好きなチョコバーをくれてやろう。だから、その目に溜まった涙をお拭き」

「うわーん! コイツ絶対通知表で『人の話を聞きましょう』って書かれてるニャーン!!」

 

 言い訳を聞いてもらえなかったジバニャンは、フリーザにやられたベジータのように悔し涙を流した。公衆の面前で恥をかかされたのだから当然である。彼にだってオス猫としてのプライドはあるのだ。

 

「でも、せっかくだからそのチョコバーはもらっておくニャン」

「まったく、お前の厚かましさには我輩もお手上げニャぜ!」

 

 残念ながらジバニャンのプライドはとても小さかった。チョコバーを手に笑みを浮かべる彼を見て、所詮は猫かとしみじみ思う小猫のシロンであった。

 そんな感じで穏やかな会話を楽しんでいた2匹だったが、その平穏は唐突に破られた。突然頭上から射撃音が聞こえてきたのである。どうやら上空で管理局と犯罪者が空戦をしているようだ。民間でも戦闘用デバイスが出回っているミッドチルダでは珍しくもない光景なので、慣れてるシロンはまたやってらーと思うだけだった。

 だが、平和な日本からやってきたジバニャンにとってはたまったものではない。

 

「一体何事ニャン!?」

「ああ、我輩たちの上空でドンパチやってるようだね」

「ニャンだって!? 巻き込まれたら死んでしまうじゃニャいか!!」

「大丈夫、お前はもう死んでいるニャ」

「そりゃそうですけども、怖いものは怖いのニャーン!」

 

 そう叫ぶとジバニャンは駆け出した。猫である彼は基本的に臆病なのだ。しかし、その判断が裏目に出る。なんと、路地裏に駆け込んだ彼の真上に負傷した局員が落ちてきたのである。

 その局員は首都航空隊に所属する【ティーダ・ランスター】という青年で、逃走していた違法魔導師を追跡している最中に返り討ちに遭ってしまったのだ。不運なジバニャンは、その巻き添えを食ったのだった。

 

「ギニャ―――!!?」

「ジ、ジバニャーン!!」

「なんじゃこらー!? こんなに出血したら死んでしまうニャーン!?」

「落ち着けジバニャン! お前は既に死んでるから! ってか、それってお前の血じゃねーから!」

「ニャンだと!?」

 

 覆いかぶさっているティーダの体から脱出したジバニャンは自身の身体を確かめてみたが、どこにも怪我は無い。ということは――

 

「うおー!? この兄ちゃんすげー怪我してるニャン!? 衛生兵ー! 衛生兵はどこニャー!?」

「あーもう、そのくらい我輩が治してやるから、少し落ち着けって!」

「ぐふっ!」

 

 シロンは、あまりの異常事態にテンパってしまっているジバニャンを地獄突きで黙らせると、最上級回復魔法【ラビアンローズ】を使った。死んでいたら放っておくつもりだったが、まだ息があったので助けてやることにしたのだ。本来の歴史で即死しているはずだった彼は、新型デバイスの自動防御機能が発動したおかげで致命傷を免れたのである。

 

「う、うう……」

「すげー! 傷が治ったニャン!」

「ちいぃ、我輩としたことが、おちんちんを付けてる野郎を助けちまったい!」

 

 そんなことを言いつつもシロンの表情は晴れやかだった。

 

「もう大丈夫なのニャン?」

「傷は治したけど大分血を失ってるから数日は入院だニャ」

「そうかー。だったら、お見舞いとしてこのチョコバーをあげるニャン」

「それは名案。ならば我輩は、さっき買ったこのエロ本をあげるとしよう」

 

 気を失って地面に寝ているティーダの手にチョコバーとエロ本を握らせる。おバカな2匹は実にいいことをしたと感動して、とてもイイ笑顔になった。

 

「でも、本当にいいのかニャン? あんなに楽しみにしてたのにニャン」

「なぁに、エロ本は何度でも買えるけど、この出会いは一度きりの奇跡だからニャ!」

「おおー! 内容はバカっぽいのにやたらとカッコイイニャン!」

 

 こうして、運命のいたずらによりティーダは命を取り留めることになる。しかし、彼の不運はその後も続いた。

 逃走中の犯罪者と戦って返り討ちにあったばかりか、チョコとエロ本を手に持って倒れている姿を民間人の前に晒してしまった彼は、所属していた部隊の上官から無能扱いされてしまう。特にエロ本の存在が女性局員の反感を大いに買い、ついには私物疑惑まで持ち上がった。もちろん事実ではないのでティーダは猛然と反論したが結局誰にも聞いてもらえず、彼は失意の内に辺境世界へと左遷されてしまった。『それでもボクは買ってない』と言いながら。

 ちょっとした親切心(?)のせいでランスター家を失意のズンドコに陥れた悲しい出来事。それをきっかけに彼の妹である【ティアナ・ランスター】が管理局入りを志すことになる。兄の汚名を返上するために。

 

「あのエロ本は兄さんの私物じゃない! 卑怯で卑猥な犯罪者にはめられたのよー!」

 

 少しばかり論点がずれている気もするが、その怒りを糧に彼女は努力を積み重ね、後になのはたちと共に世界を救うことになる。

 そんな妹の活躍ぶりを辺境の地で聞いたティーダは、そっと笑みを浮かべる。現地でできた恋人とイチャイチャしながら……。何だかんだと言いながらのんびりとした生活を満喫しているティーダは、あの日にエロ本を置いていった相手に感謝していた。

 ありがとう、エロ本をくれた人。あなたのおかげで僕は最高の幸せを手に入れる事ができたよ――。

 世の中どう転ぶか分からないものだ。



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第15話 妖精王の帰還は嵐の予感【空白期2】

 偶然にもティーダを助けることになったシロンは、その後も様々な出会いを経験した。

 ある日、魔法の研究に勤しむシロンに喜んでもらおうとこの世界の魔法を調べていたアリシアから第6管理世界のアルザス地方に世にも珍しい召喚士がいると聞いて、スケジュールの空いている面子と一緒に会いに行ってみることにした。

 お馴染みのシロン一味に加えて、まもなく2歳になるアルマと子守役のアルフ、飛び級で大学に通っているため時間に余裕のあるアリシアと休みを取りやすい小学生のユーリが同行することになった。

 因みに、マテリアル娘たちは、自分の部隊を持つことを決意して妙にやる気の出ているはやてに頼まれて泊り込みで訓練相手を務めることになったため、今回は不参加となっている。というか、シロンと旅行に行くことをいつもの調子で自慢したせいで、はやてたちの怒りを買って無理やりキャンセルさせられたと言うほうが正しい。

 

「フェイトも仕事があってこれないし、ちょっと残念だな」

「そうですね、あの子はもっと息抜きをしたほうがいいんですけど」

「もう、2人そろってなに辛気臭いこと言ってんのよ。こういう時はフェイトの分も楽しむところでしょ! ねぇ、ユーリちゃん?」

「はい、私もディアーチェたちのお土産選びが楽しみです! アルマちゃんも私と一緒にお土産探そうね~」

「ん~、おみにゃげ~?」

 

 少女たちは、可愛らしい会話をしながらグラハムの運転する車に揺られる。今回は普通の旅行なので、すっかりリラックスした様子で召喚士のいるアルザス地方へ向かった。

 しかし、ようやく到着した目的地で予期せぬイベントが起こった。とある問題を抱えていた【キャロ】という少女と出会うことになったのだ。

 彼女は、強力な召喚術の才能を持っているせいで【ル・ルシエ】という部族から追放されるところだったのだが、そこへタイミング良くシロン一行がやってきて、はからずも彼らの会話を耳にしてしまう。それを聞いてアリシアとアルフは当然のように怒り、キャロを追い出そうとしていた大人たちに詰め寄った。部族のためとはいえ、幼い子供を放り出すなんて許せないと思ったのだ。

 当然ながら一児の親であるグラハムも強い憤りを感じたが、それでも彼女たちを止めなければならない。

 

「待ちたまえ少女たち。彼らを糾弾するのはそこまでにしておくがいい」

「なんでよ!?」

「ここが彼らの領域だからだ。この部族は、独自のルールを守ることで竜召喚の技術を受け継いできた。ゆえに、外部の人間による干渉はご法度なのだよ」

「そんな!」

 

 確かに、アリシアたちの意見は日本やミッドチルダの倫理観からすれば正しいが、それだけではル・ルシエの判断を否定することはできない。

 召喚士として類稀な才能を持っているキャロは、強大な力を持った【アルザスの守護竜】の加護を受けているのだが、もしその力を制御できなかった場合は、たった一回の過ちだけでもル・ルシエが滅んでしまう可能性がある。部族のしきたりとして強い力を拒絶してきた彼らとしては、最悪の事態を防ぐために苦渋の決断を下すしかなかった。

 幼い子供をたった1人で死地に追いやるなど許されざる行為ではあるものの、部族の行く末に責任を取れない外部の人間が口を出すべき話ではないだろう。

 

「それじゃあ、この子はどうなるの!?」

「ふっ、よく考えてみるがいい。この少女は、ル・ルシエのルールから開放されて自由になったのだよ? ならば、後は彼女の意志次第だろう」

「……あっ、そうか!」

 

 放逐されたキャロはもう彼らとは違う。部族のしがらみから開放された今、彼女の意思で何者にもなれるようになった。ならば、こちらの世界に招いてもいいはずだ。

 アリシアはリニスに目配せして許可を得ると、笑顔を浮かべながらキャロに話しかけた。自分たちの家族にならないかと。もちろん、答えを決めるのは彼女自身だが……。

 

「ねぇ、キャロちゃん。もしよかったら、私たちの家に来てほしいな!」

「……お姉さんの家に?」

「そう、私たちの家に来て家族になるの!」

「家族……」

 

 アリシアは、1人ぼっちになってしまったキャロを放っておけなかった。なぜなら、1人きりになってしまう怖さを知っているからだ。彼女の母親であるプレシアは、孤独に押しつぶされて狂ってしまっていた時期がある。そのせいで多くの人が傷つき、妹も辛い思いをした。だからこそ、この子と一緒にいてあげたいと強く思った。

 その気持ちはアルフも同様で、寂しそうなキャロの姿に母親の愛を求めていたかつてのフェイトを連想していた。もしかすると、フェイトと似ているこの子はテスタロッサ家と縁があるのかもしれない。奇跡のようなタイミングで出会い、一瞬でアリシアに気に入られたのだから間違いない。だったら、快く受け入れればいい。

 

「よし! 今日から君はあたしらの家族だ!」

「……私が家族になってもいいのですか?」

「もちろんだよ! ほら、アルマちゃんもお姉ちゃんが欲しいって言ってるよ?」

「えへへ~、ねぇねぇ!」

「………………うん。私もこの子のお姉さんになりたいです」

 

 キャロは、小さくて暖かなアルマの手を優しく握りながらつぶやいた。彼女の目には、複雑な感情が入り混じって溢れ出た涙が光っている。本当の家族から捨てられた矢先に新しい家族ができたのだから当然だろう。彼女はまだ途惑っているのだ。

 それでも大丈夫だとリニスは思う。一緒にいたいと思ったとき、人は家族になれるから。他人同士だったグラハムと自分が夫婦になれたように彼女とも家族になれるはずだ。

 

「それじゃあよろしくね、キャロ!」

「……はい」

 

 キャロは、ぎこちない様子でアリシアの申し出を受け入れた。今はまだ他人行儀だが、この瞬間に彼女は【キャロ・テスタロッサ】となってシロンと愉快な仲間たちに迎え入れられた。後にキャロは、アリシアとフェイトに思いっきり愛情を注がれて明るく元気な少女へと成長し、自身の力を生かすために管理局へ入局することになる。

 とまぁ、そこまでは感動的なお話だったのだが……シロンがいるのに穏やかに終わるわけがない。そんなこんなでキャロを仲間に入れたその帰り道、今まで静かに事の成り行きを見守っていたシロンが自分をアピールするように動き出した。

 

「いいかいキャロ。デュエリストとして生まれたからには、ブラック・マジシャン・ガールを召喚して完璧に使いこなすべきニャ! なぜなら、とっても目の保養になるから!」

「あ、あの、私はデュエリストじゃなくて竜召喚士だし、竜以外は召喚できませんよ?」

「ええい、竜召喚にばかりこだわっていたら、キャロ社長と呼ばれるようになってしまうぞ! そもそも、やつらにはパイオツがついてないではないか! まぁ、ついてりゃいいってモンでもないけど!」

「幼女相手に何言ってんのー!?」

 

 アリシアは誰もが納得できるツッコミをした。

 しかし、 夢を諦めきれなかったシロンは、後にデュエルモンスターズを実体化できるソリッドビジョンシステムを作り、キャロのデバイスに組み込むことになる。そのおかげで彼女はちびっ子の人気者となり、デュエルモンスターズがゲームとして市販されるようになった未来においてデュエリストの始祖として崇められるのだが、現時点ではどーでもいい話だった。

 

 

 紆余曲折の末にテスタロッサ家の三女となったキャロは、ゆっくりとシロンたちに懐いて笑顔も見せるようになってきた。そんな彼女の姿を見てフェイトは一つの決断をする。2年前に保護して本局の施設に預けていた少年【エリオ・モンディアル】を引き取ろうと決心したのだ。

 彼はフェイトと同じようにプロジェクトFの技術を用いて生み出された人造魔導師であり、ブラック企業の研究施設で非人道的な扱いを受けたため、一時期は重度の人間不信に陥っていた。誰にも心を開かず、資質のある電気魔法で周囲にあるもの全てを傷つける日々が続いた。しかし、彼と同じような境遇にあったフェイトが根気よく説得し、最近になってようやく落ち着きを見せ始めていた。

 人と接することにも慣れて本来の優しさを取り戻しつつある今の彼ならキャロとも上手くやっていけるだろう。もちろん本人の意思を尊重するが、この提案を受け入れてくれることを望んで

エリオに会いに行き、嘘偽りない本音を打ち明けた。

 そして、彼は――フェイトの提案を快く受け入れた。

 

「……これからよろしくお願いします、フェイトさん」

「うん、こちらこそよろしくね、エリオ」

 

 エリオはぎこちない笑みを浮かべて新たな一歩を踏み出した。まだまだ問題は山積みだが、これでフェイトは正式にエリオの保護責任者となった。

 完全に親から捨てられたキャロとは違って両親のいる彼は戸籍をそのままにしているのでファミリーネームは変わらない。もちろんフェイトは、キャロと同様にテスタロッサ家へ迎え入れる話もしたのだが、エリオはそれを辞退した。クローンとして生み出された彼は、自身が背負った宿命から逃げたくなかったのだ。病死した息子の代わりに自分を作ったクセに結局は偽物としか見ていなかった両親や、人間としてすら見てくれなかった研究施設の職員たちに負けたくはなかったのだ。

 そのような心理状況からも分かる通り、エリオの傷心を癒すにはもう少し時間が必要だった。

 数日後、テスタロッサ家にやってきたエリオと初対面したシロンは、彼の心に鬱屈した感情が秘められていることを見抜いたのか、何かと気遣う素振りを見せた。彼もまた作られた存在なので、参考になる助言ができると思ったからだが……

 

「いいかエリオ! 男として生まれたからには、エロに熱中して生命の神秘を探求し、中二病を経験して世界の理を学習しなければならないのニャ!」

「は、はい! 分かりました、シロンさん!」

「って、そんなの分かっちゃダメだからね!?」

 

 当然フェイトはシロンの暴挙を止めようとしたが、惚れている彼に対して本気になれるわけもなく、結局エリオはシロンの偏った遊びを教わってしまうことになる。その結果、彼は重度の中二病にかかってしまう。

 しかも、キャロと一緒に管理局へ入った途端に症状が悪化し、水を得た魚のように大活躍をすることになる。基本的に魔導師という職業自体が中二病みたいなものなので、今の彼にとっては天職だった。

 

「我が名は紅蓮の雷帝(バーニングサンダーマスター)! 神をも貫く紫電の閃光、しかとその目に焼き付けろ!」

 

 火属性なのか雷属性なのかはっきりとしない二つ名を名乗ってルルーシュのようなポーズを極めるエリオ。幸い彼は美少年なので案外さまになっているのだが、イタイことには変わりない。後に彼と一緒に行動することになるキャロは、毎日恥ずかしい思いをするハメになるのだった。

 

 

 テスタロッサ家にキャロとエリオがやってきてから3ヶ月ほど経ち、ようやく彼らの生活が落ち着いてきた。その間に【レリック】というロストロギア絡みの事件が数回発生したが、それ以外は特に大きな問題も無く世界は平穏に包まれていた。

 そんなある日、とうとう元の世界へ帰るための魔力が溜まった。

 魔力変換装置の改良によって使えるようになったCNドライヴとエグザミアから膨大な魔力を生み出せるユーリの協力によって2年ほどで溜め込めるようになったおかげで、時間の大幅な短縮に成功したのだ。

 待ち望んでいた朗報をセフィから聞いたシロンは、みんなに発表するために時間を取るよう促した。そして発表当日、すずかの家に集まった一同の前でシロンは語った、今年中に元の世界へ帰ると。

 その報告に一番喜んだのは意外にもグラハムだった。彼は、元の世界にいる両親と仲間に自慢の娘を見せてやりたかったのだ。今年で2歳になるアルマは可愛い盛りなので、彼の気持ちは分からなくもない。

 

「だがしかし、娘の写真をプリントしたTシャツまで着ちまうのは流石にやりすぎだぜ、とっつぁん!」

「何を言う! 愛あればこそ、茨の道すら進んでいけるのだよ! オスカル!」

「宝塚のベルばらかよ! っていうか、やっぱり恥ずかしいんじゃねーか、このハム野郎!」

「ふっ、それもまたカイカンであると言わせてもらおう!」

 

 かなりマニアックなネタで盛り上がってしまうぐらい2人は浮かれていた。やはり、歴戦の2人でも生まれ故郷が恋しいのだ。

 どのみち一度は帰らなければならないため、誰に気兼ねすることもなく大手を振って行ける。 それに、何やら嫌な予感がしてならないのだ。なぜそう思うのかは分からないが、とりあえず早めに帰って確かめたほうがいい気がする。

 また、行方不明になって6年も経っているので、そろそろ生存していることを知らせないと部屋に置きっぱなしのエログッズが形見分けと称して世間に晒されてしまうかもしれない。だからこそ、急いで帰る必要もあった。

 

「アイドルの我輩にそんなスキャンダルが持ち上がってしまったら、全国の女性ファンが嘆き悲しんでしまうニャ!」

「心配事の内容がマヌケすぎですね」

「まにゅけなの~!」

 

 不幸にもシロンの独り言を聞いてしまったリニスは、すかさずツッコミを入れる。15歳になった彼のエロパワーは幼少期よりも更に磨きがかかっており、最近は少し直したほうがいいのではと思うようになっていた。

 アルマが生まれる前まではまぁいいかと思っていたが、このままでは娘の情操教育によろしくない。自分の旦那の変態っぷりを脇において、まずはシロンをどうにかしなければならない。

 

「というわけで、これからはあなたの教育もしっかりとやっていきますから、覚悟してくださいね?」

「こりゃあかん! 教育ママに修正されてまうニャ!」

 

 愛情の深いリニスは、シロンのことも自分の子供として見ていた。というか、悪ガキのシロンは妙に母性をくすぐる存在で、つい面倒を見てあげたくなってしまうのである。

 それは、この場に集まっている少女たちも同様で、愛情を感じているシロンが元の世界へ帰ってしまうことに不安を感じていた。

 魔力を溜めるのに必要な2年間は絶対に会うことができない。それだけでも辛いのに、もしかしたらもう二度と戻ってこないのではないかという危機感が脳裏をよぎってしまう。

 

「シロンちゃん、どうしても行かなきゃならないの?」

「ああ。我輩たちが変革した世界の行く末を確かめなければならないからニャ。それに、我輩たちの無事も伝えないといかんニャろ?」

「うん……」

 

 すずかは悲しそうに顔を俯かせる。頭ではそうするべきだと分かっているが、恋する乙女としては行ってほしくはない。

 そして、シロンもまた同じ気持ちであるからこそ、彼女の頭を撫でて優しく言い聞かせる。

 

「大丈夫、我輩は必ずこの世界に帰って来るニャ。ぶっちゃけ、こっちでハーレムを作る予定だから!」

「ぶっちゃけすぎよ!」

 

 確かにとんでもハップンな話だが、ツッコミを入れたアリサもそれほど否定はしていない。すずかたちといつまでも仲良くやっていけたら、それはそれで楽しそうだと思ったのだ。

 慣れとは恐ろしいもので、子供の頃から「ハーレム王に俺はなる!」とか「16歳になったら全員我輩の嫁じゃー!」などと口説かれているうちに、いつの間にか本人たちもその気になっていたのである。シロン本人が至って真面目に語っていたという理由もあるが、いずれにしても彼女たちが本気で惚れているからこそだろう。

 だったら、もし本当に彼がハーレムを作ったら、私は……

 

「って、何考えてんのよ私ぃー!!」

「ゾゴックッ!?」

 

 アリサは、恥ずかしさのあまりシロンを殴り飛ばす。彼女はまだ15歳の中学3年なのでソッチ方面の話はちょっと早かった。奥さまになれるのは16歳の女子高生からなのだ。

 しかし、シロンたちが帰って来る頃には高校生活も半分過ぎてしまっている。それだけアピールする時間が減ってしまうことになるのだ。

 だからこそ、これを渡さなくては。

 

「とにかく、私のデバイスを持っていっていいから早く帰って来なさい!」

「あっ、それじゃあ私も!」

 

 すずかとアリサに渡してあるデバイスにはCNドライヴが搭載されているので魔力供給に使える。これを使えば僅かでも帰れる時間が早まるというわけだ。

 たった2基増えたところで気休め程度にしかならないが、彼女たちの切ない気持ちを察するには十分だ。

 

「わかったニャ。これは我輩が預かっておくニャ」

 

 シロンは2人から渡されたカードを大事そうに懐に入れる。これによってすずかとアリサは戦闘力を失い、しばらくの間は魔法の世界と離れて学業に徹することになる。

 しかも、戦力の欠落は彼女たちだけではない。

 

「まぁ、後の事は我らに任せるがよい。主様の御身は我が命に代えても守護してみせようぞ!」

「そう、シロンの命はボクらが守る! 朝食から夕食まで毒味はガッツリオッケーだい!」

「そして私は、ふつつかながら湯浴みのお手伝いをさせていただきます」

「あー、いいなぁ。私もシロンと一緒に入りたいです」

「って、あんたたちも行く気なの!?」

「無論だ。ユーリと我らは一心同体。こやつが行くというのなら、地獄の果てでも付き合うまでよ」

 

 魔力供給の要であるユーリは、当然ながら一緒に行かなければならない。そうなると、必然的にユーリの家族であるマテリアル娘たちも一緒について来ると言い出すことになる。どちらにしろ彼女たちを残していくのは色々と危険なので、一緒に行くことは大分前から決められていた。

 

「ようは我らの大勝利というわけだ! はーっはっはっは!」

「常勝、必勝、大爆笑! ボクらの気分は超ハラショー!」

「お祝いとして勝利の美酒に酔いしれましょう」

「それはダメですよシュテル。私たちは一応未成年なんですから」

「ちぇっ」

 

 どさくさに紛れてお酒を飲もうとしていたシュテルはユーリの妨害によってテンションを下げられてしまったものの、調子に乗ったディアーチェとレヴィは肩を組んで高笑いしている。

 

「「あはは、あはは、あははははー!」」

「ぐぬぬ~!」

「相変わらずムカツク奴らだな!」

「まぁまぁ、おみやげにマカデミアナッツチョコを買って来るから許してやってくれニャ」

「ハワイ旅行かよ!」

 

 ヴィータはお約束のおみやげギャグにツッコミを入れるが、その瞳はやはり寂しそうだ。他の面子も同様で、シロンとの別れを心の底から惜しんでいた。そんな彼女たちの様子を見ると本当にハーレムが実現しそうな気もする。

 しかし、今はまだその時ではない。シロンが生まれた戦の星では、絶対に勝ち得なければならない運命の戦いが待ち構えていたからだ。

 

 

 グラハムに急かされて出発を早めることになったシロン一行は、予定を変更して数日後に元の世界へと帰っていった。居残り組に見送られながら故郷へと舞い戻った彼らは、懐かしい景色を見て喜びに打ち震えた。

 しかし、感動に浸っている余裕は無かった。久しぶりに我が家へと戻った矢先に新たな脅威と直面することになったからだ。なんと、ケット・シーの住まう火星に【地球外変異性金属体、ELS】が襲来してきたのである。

 なのはのいる世界で作っていた新型ガンニャムをセツニャたちに託して戦力を増強したケット・シーは、地球から救援に駆けつけた連邦軍と共に防衛線を構築する。これは、人類と猫妖精の存亡をかけた戦いだった。

 結論から言うと、2ヶ月にも及ぶ大作戦の末に辛うじて勝利することができた。

 ELSの圧倒的な物量によって連邦軍は甚大な損害を受けてしまったが、絶体絶命の状況で起死回生の手段を見出すことに成功した。

 最高レベルのイノベイターに覚醒したセツニャの発言により彼らと対話できる可能性を得たシロンが、セフィの力を使ってセツニャの能力を拡大したのだ。魔力の溜まっていない状態ではこれが精一杯だったが、みんなの力を得ることで何とか目的を成し遂げた。

 複数のガンニャムで活路を開き、ELS母船の中枢に侵入したセツニャのダブルオークアンタがクアンタムバーストを発動する。そこでELSの身の上話を聞いたセツニャは、『それならシロンが解決してくれるんじゃね?』と言って彼らを説得し、対話に成功した。かつて使用したエンジェル・ハィロゥの成果を考慮し、対管理局の切り札として作っておいた【クアンタムシステム】が偶然にも役に立ったのだ。

 

「こんなこともあろうかと用意していた甲斐があったニャ!」

「まさにご都合主義ですね」

 

 とまぁ、そんなこんなでELSと和睦したシロンは、セフィの力を使って彼らの希望――滅亡に瀕している母星に代わる新天地の発見――を叶えてをあげることになった。その結果シロンたちの帰還が4年後にずれこんでしまうことになるのだが、それは仕方がないだろう。

 しかし、そのずれによってなのはたちがピンチに陥ることになるとは思いもしなかった。シロンたちが不在の間に、スカリエッティが動き出したのだ。

 彼は、自らの野望のために最高評議会を殺し、地上本部を混乱に陥れて管理局を滅亡の危機に陥れるのだが、戦勝に浮かれて祝勝会を開いているシロンたちには想像すらできなかった。

 

「私、シロン・ガンニャールヴルが祝杯しようというのだ! 千夜子!」

「なるほど、料理の持ち帰りもできるだなんて、エコだわそれは……じゃなくて、なぜ私がここにいるのか説明していただけないかしら?」

 

 運がいいのか悪いのか、戦争が終わった直後に猫召喚でやって来た【黒猫】さんが祝勝会に紛れ込んでいた。

 因みに、この少女は【五更 瑠璃】ではなく【東雲 千夜子】のほうだ。彼女は重度のオタクであり、この後シロンと意気投合して未来のサブカルチャーを大いに楽しむのだが、物語にはこれっぽっちも関係ないためバッサリと割愛させていただく。

 

「ああ、とても素晴らしいわ! 来世すら飛び越えて、遥かなる時空の彼方であなたとめぐり会えるなんて! 私の運命の記述(デスティニーレコード)が激しく書き換えられていくわー!」

「面白いアニメを見つけただけで大げさだニャ」

 

 2人で仲良く深夜アニメを見ながら穏やかな時間が過ぎていく。4年後になのはのいる世界で大事件が起きるとも知らずに……。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 険悪な様子のはやてたちから逃げ出したシロン一行は、さっさと地上本部を出て先行しているグラハムを追った。彼の事だから既にリニスたちと合流しているかもしれない。そう思って連絡してみたら案の定当たっていた。

 彼女たちと待ち合わせした場所に行ってみたら、興奮したグラハムが危ない様子で娘と接していた。

 

「おお、我が娘よ! 君の圧倒的な可愛さに、私は心奪われた! 女は魔物に例えられるものだが、君だけは違う! あえて言わせてもらおう、ラブリーマイエンジェルであると!!」

「ええい、街中でカテジナさんよりおかしいこと言ってんじゃねー!!」

「貴様こそ! 年頃の娘と対話する父親などは、ノミの心臓(臆病者)だということがなぜ分からんのだ!」

「悪かったよ! わざとふざけて弱気な心を誤魔化してたんだって今気づいたよ!」

 

 どうやら娘に嫌われたくない一心で彼なりに気を使っていたらしい。だが、その内容はいただけず、はっきりいって逆効果だった。ミライのことが好きなクセにスレッガーとの仲を取り持ったりするブライトさん並に不器用な男である。しかも、せっかく娘のご機嫌を取っていたのに一瞬にしてオイシイところをシロンに掻っ攫われてしまう。

 

「あっ、シロンお兄ちゃんだー!」

「やったぁ、お兄ちゃんと遊べる~!」

「はっはっは、今日の我輩、超人気者!」

「ふっ、トップファイターである私を振るとは、思い切りのいい乙女だな。だが、それでいい。それでこそ我が娘だ!」

 

 やはり、若くてカッコイイお兄さんの方がいいか。愛しい娘が親離れしていく様子を感じてちょっぴり寂しいけれど、彼女が笑顔ならそれでいい。発言はバカっぽくても、ちゃんと立派にパパをやっているグラハムであった。

 

「だがしかし! 私は我慢弱く、落ち着きのない男なのさ! しかも、乙女をたぶらかす輩が大の嫌いときている。ナンセンスだが、貴様をぶっとばさずにはいられない!」

「だぁー!? グラハム超めんどくせー!!」

「ふふっ、また始まったね」

「キュクル~!」

 

 ヴィヴィオやアルマと一緒に近づいてきたキャロが、使役竜のフリードリヒに語りかける。家族とのつながりを大事にしている彼女にとっては、こんなバイオレンスなイベントも好意的に写るようだ。良くも悪くもシロンの影響を受けた結果である。

 そんなキャロの隣には、同じようにシロンを心酔しているエリオもいる。何かを警戒しているような様子の彼は、見えないナニカと戦っているようだが。

 

「どうしたエリオ。組織の連中が近くにいるのか?」

「ええ。奴らは時空の歪みからこちらを監視しているようです。今日も風に乗って嫌な気配が伝わってきますよ。名状し難い邪悪な気がね……」

「それはたぶん、お前がザンネンなこと言ってるから注目集めてるだけニャ」

「否! その者たちは組織の連中が作った超魔電子立体映像によって擬態したスパイです。まさか、シロンさんともあろうお方がこの程度の児戯に惑わされるとは。傲慢が綻びを生むというのか!」

「なんていうか、もうね、彼は手遅れなようだね!」

「全部シロンのせいでしょー!?」

 

 エリオの保護者であるフェイトが思わずつっこむ。

 確かに、この中二病はシロンからうつされたもので、元々素質のあった彼は重症化してしまった。そのせいでおかしな言動が多くなり、周りからは美少年なのにとてもザンネンだという声が多数寄せられている。

 しかし、そう悪いことばかりでもない。

 エリオとキャロは、人造魔導師や戦闘機人の増加に伴って新たに設けられた特定児童保護課に配属され、異質な力を持って生まれたがゆえに虐げられている子供たちのケアに大活躍しているのだ。キャロのデュエルモンスターズとエリオの中二病は非常に相性が良く、彼らの活躍は将来が見えなくなっている子供たちに希望を与えていた。

 とはいえそれは子供たちの話であって、大人としては一緒に楽しめる分野ではない。

 

「ほんと、せっかくの美少年なのに勿体無いわよね」

 

 ため息と共にそうつぶやいたのは、17歳のお姉さんであるティアナ・ランスターだ。

 彼女は次元航行部隊でフェイトの補佐官をやっており、忙しい業務の合間に執務官を目指して勉強に励んでいる。一時は兄の汚名をそそぐために無茶な努力を積み重ねていたが、今ではすっかり落ち着いて地に足の着いた行動を心がけていた。そうなったのは、とある出来事のおかげで彼女の心境に変化が起きたからだ。

 

 

 今より半年以上前、訓練の成果がなかなか出ないことに焦りを感じていたティアナは、なのはとの模擬戦で危険な行動をとった。そのせいで彼女の怒りを買い、全力全開で撃墜された。トラウマになりかねない攻撃を受けた彼女は酷く落ち込み、辺りに八つ当たりまでするようになって、ついにはシグナムから鉄拳制裁を受ける事態にまで発展してしまう。

 そんな空回りするティアナを見かねたヴィータは、なのはの過去の話を聞かせた。彼女がシロンとグラハムから受けた訓練の様子を……。

 最初に見せられた射撃訓練では、膨大な数の誘導射撃魔法でボコられるなのはの姿が映し出されていた。

 

『いいか、なのは! ガンダムたるもの、ファンネルを狙撃できるほどの射撃センスがなければならない! というわけで、我輩たちが出したファンネルを全部打ち落としてね』

『はい! ……って、攻撃してきた!?』

『当然だ。この訓練、リスクのないゲームなどとはわけが違うのだからな。甘えなどは許されんのだよ。しかし、恐れることは何もない。当たらなければどうということはないのだからなぁ!』

『いやいや、何百もあるのに無理ですってー!?』

 

 そして、なのはは閃光の中に消えていった。幼女が電撃魔法で袋叩きにされるという非常にショッキングな映像で、ティアナたちは言葉を失う。だが、話はまだ終わりではない。

 次に見せられた防御訓練では、膨大な数の魔法式ガトリング砲でボコられるなのはの姿が映し出されていた。

 

『いいか、なのは! ガンダムたるもの、銃弾を食らいまくっても無傷でいなければならない! というわけで、今からこのガトリング砲で撃ちまくるから耐え抜いてね』

『はい……って言いたいところだけど、そのガトリング砲やたらとでかくない!?』

『当然だ。これはモビルアールヴ用に作られたものだからな。普通の人間に使うものではないのだよ。しかし、恐れることは何もない。当たらなければどうということはないのだからなぁ!』

『あーん! またこの展開なのー!?』

 

 あまりにも凄まじい攻撃で、ヒイロほど硬くないなのはは抵抗空しく撃墜された。この調子だと次を見るのが恐ろしくなるが、シロンたちはその期待にしっかりと応えてくれた。

 最後に見せられた身体訓練では、巨大な隕石で無残にぶっ飛ばされるなのはの姿が映し出されていたのだ。

 

『いいか、なのは! ガンダムたるもの、隕石を押し返すほどの伊達じゃない力がなければならない! というわけで、今から隕石落とすからちゃんと受け止めてね』

『ちょ!? それもう訓練の域を逸脱してるよ!?』

『当然だ。戦略級広域殲滅魔法【アクシズ】は最大出力で放てば世界を滅ぼせるからな、わざわざ無人世界に来たのはそのためなのだよ。しかし、恐れることは何もない。死ななければどうということはないのだからなぁ!』

『いやー! さりげなく変わってる最後のセリフが怖いよー!?』

 

 なのはは涙目で絶叫するが時既に遅く、シロンはすばやく詠唱を終えてしまった。

 

『天を彷徨いし戦の星よ、大地を汚す愚民を滅ぼせ! 行け、忌まわしい記憶と共に! アクシズ!!』

『ぎにゃ―――――――――…………』

 

 巨大隕石の直撃を受けたなのはは、クレーターの中心でピクピクしていた。そんな彼女を一瞬で治療して、更に訓練を続ける鬼のようなシロンたち。

 まさに地獄と呼べるような無謀すぎる内容だが、シロンの魔法とセフィの能力によってケアは万全なので、とりあえず命の保障だけはあった。つまりなのはは、サイヤ人のような特訓方法で人並みはずれた強さを手に入れていたのだ。

 もちろん彼女はただの人間なので身体能力が劇的に変化するわけではないが、健康状態を良好に保ったまま豊富な実戦経験を得るという本来なら有り得ない状態で成長したおかげで誰もが認める史上最強の魔導師となった。

 その代わりに魔法脳筋と化してしまい、彼女が行う地味で過酷な訓練は【魔王のブートキャンプ】と呼ばれて恐れられるようになる。それでも、なのはのやった訓練に比べれば児戯に等しいのだが、ティアナたち新人局員はそれですら苦しんでいる。そんな自分があの訓練をさせられたら……。

 

「お前もやってみるか?」

「いいえ無理です、ごめんなさい」

 

 ティアナはあっさり降参した。あんな人間離れした訓練をしていたのならあの強さも納得できる。そして、自分たちに同じようなメニューをやらせなかったことも理解できた。

 自分は、ガンダムとやらを目指しているわけではないのだから……。

 何にしても、そのような非常識すぎる話を聞かされては流石に考えを改めざるを得なかった。

 

「私は常識の範疇で身の丈に合った強さを手に入れるんだ!」

 

 でないと、結果を出す前に死んでしまう。ティアナが手に入れたかった力は五体満足で生きているからこそ得られるものであり、厳しい訓練を潜り抜けてきたなのははそれをちゃんと理解していた。死ぬほど苦しい訓練で加減というものを学び取ったなのはは、彼女たちに合ったペースをしっかりと考えてくれていたのだ。

 

 

 そう理解したからこそ、なのはと同じことをしようとした友人を全力で止めた。現在ティアナのとなりでのほほんとしているスバル・ナカジマのことだ。

 彼女は、子供の頃にお世話になったなのはに憧れて入局したガッツのある少女で、現在は特別救助隊として事故や災害から人々を救い続けている。今日は久しぶりになのはと会うためにわざわざ休日を合わせていた。

 そんな楽しい時間にシロンたちがやってきたのだが、やはりというか色々とハプニングが起き始めた。今もスバルたちの視線を気にすることなくフェイトと痴話喧嘩(?)してるし……。

 

「もう! シロンのバカー!」

「なにをー? バカって言うほうがバカなんだい!」

「ははっ! 流石のフェイトさんもシロン兄の前では普通の女の子だね~」

「まぁ、あの人はものすごく変だからね……」

「え~? シロ兄は強くて優しくてカッコイイじゃん。ギン姉もそう思うでしょ?」

「うん、そうね。シロンさんはとっても素敵な人よ」

「あーもう、ギンガさんはあの人に惚れてるんだから同意するに決まってるでしょ」

「えっ!? あの、私は……」

 

 ギンガは、ティアナに本心を言い当てられてうろたえる。8年前にシロンと知り合った彼女は、おバカなようで面倒見のいい彼に好意を抱いていたのである。

 現在彼女は父親と同じ陸士108部隊に所属する捜査官をしており、クラナガンの平和を守るために犯罪者を取り締まっている。管理局の動向を警戒したクイントが家族の身を案じて専業主婦となったおかげで本来の歴史より心に余裕が生まれ、現在は年頃の女性らしくおしゃれや恋を楽しんでいた。

 

「やぁ、ギンガ! 久しぶりだね!」

「はい、シロンさん! ところで、髪がアフロになってますけど、大丈夫ですか?」

「なぁに、ちょっと電気マッサージを受けてただけニャ」

「フェイトさんの電撃魔法を受けてこれだけで済むなんて、やっぱりこの人変態だわ」

「ほぅ、変態とは心外だね。痛みをカイカンに変えられるほどに順応性が高いと言いたまえ」

「それを変態って言うんでしょ!」

「ぷぷっ! ティアはシロ兄と相性バッチリだね!」

「どうしてそうなる!」

 

 ナカジマ姉妹はシロンとティアナを交えて楽しそうに会話する。

 ご覧のように普通の少女に見える2人だが、実は意外な秘密がある。彼女たちは違法な研究によって人工的に生み出された戦闘機人の実験体なのだ。機械部品によって魔力とは異なるエネルギーを使えるが、最新の戦闘機人より生身の身体を主体としているためか魔法も使えるハイブリット体となっている。

 当初は自身に宿る力を恐れていた彼女たちだったが、なのはやフェイトのおかげで考えが逆転した。あえてその力を受け入れて社会に役立てる道を選んだのである。

 なのはたちを見て2人は学んだのだ、人を傷つけてしまうような力でも素敵な使い方ができるのだと。

 爆発事故により炎に包まれた空港でなのはに救助されたスバルは、頼もしい彼女の姿に心を奪われた。セツニャやグラハムがガンニャムの力に魅入られたように、厳しい特訓を潜り抜けてガンダムとなったなのはもスバルたちを虜にしていたのである。

 そして今、管理局局員になるという夢を実現したスバルたちは、憧れのなのはと一緒にお出かけするまでの仲になっていた。しかも、母親を助けてくれたシロンもいる。まさにスバルたちにとってはドリームタッグなのだが……。

 

「よう、ガンダム! マグネットコーティングの調子はどうだい?」

「色々言いたいことがあるけど、とりあえず私の名前は『な・の・は』だよ!」

「ラストシューティングッ!」

 

 よせばいいのに調子に乗ったシロンはなのはの怒りを買い、頭にディバインシューターを食らってしまう。せっかく直した髪が再びアフロになってスバルたちの笑いを誘った。しかし、シロンはめげない。だって男の子だもん。

 

「やるようになったな、ガンダム! それでこそ我輩のライバルだ!」

「半泣きで言われても説得力無いよ。っていうか、ガンダムって言うの禁止!」

 

 どうやら、なのは自身はガンダムという呼び名を気に入っていないらしく、お怒りの様子で頬を膨らませている。しかし、神経が図太いシロンはそのくらいでビビる男ではない。エースオブエースの怒気ですら軽く受け流して、アフロとなった髪をユーリとセフィに直してもらっていた。

 

「もう、なんでなのはさんにあんなことを言うのですか?」

「ふっ、似過ぎた者同士は憎み合うという事さ」

「簡単に説明すると喧嘩友達という意味です。頂点を極めてしまった者同士、惹かれあっているのですよ」

「なるほど、拳で語り合う仲というヤツですね!」

「そうです。拳を握り殴り合って、傷だらけのまま似たもの同士と笑いあうアレです」

「あ~、確かになのはってそんな感じだよなぁ。お話しようとか言いながらフェイトも散々ぶっ飛ばされ……いいえ、何でもありません」

 

 3人の会話を聞いていたアルフは10年前の出来事を思い出して同意するが、途中でなのはの視線を感じてフェイトの後ろに引っ込んでしまう。狼だった頃の記憶が逆らってはダメだと警告したのだ。

 しかし、それは単なる過剰反応だった。ガンダム化計画のせいでやたらとプレッシャーを放つようになってしまったが、本来の彼女は心根の優しい女性だ。その証拠に、幼いヴィヴィオは彼女にとても懐いている。

 

「なのはママー。ヴィヴィオ、アイスクリームが食べたいなー」

「え~? さっきお昼を食べたばかりじゃない」

「でもでも~、甘いものはモンバーバラだってシロンお兄ちゃんが言ってたよ~?」

「いや、それを言うなら別腹なんだけど、っていうか、ヴィヴィオに変なこと教えるなって何度も言ってるでしょー!?」

「やられるっ!?」

 

 この時シロンは、アムロのようにキュピーンと脳裏に電撃が走って危険を察した。しかし、アムロとは違ってフィンファンネルバリアを使えなかったので言葉通りにやられてしまった。6つの敵(ディバインシューター)が同時に襲いかかり、咄嗟に回避したシロンの股間に全弾命中してしまったのである。特に狙ったものではなく回避行動中の不運な事故だったが、わざわざ自分から当たりに行っているように見えてとてもマヌケだった。

 何にしても、今はただただ痛みに耐えるしかない。

 

「我輩の……我輩の命が吸われていきます……」

「あーん、シロンお兄ちゃんがー!」

「もう、こんな街中でなに恥ずかしいことやってるのよ、2人とも!」

「私も同類なの!?」

 

 フェイトは、ユーリやアルマと一緒にシロンの腰を叩いてやりながら呆れた声を上げる。股間に当たってしまったのは事故なのだが、確かにふざけすぎた。それに、士官特権によって戦闘魔法の使用がある程度許可されているとはいえ、これだけ派手に使ったら後で怒られてしまいそうだ。

 ガンダム化が進んだなのはは、カミーユのように『修正してやるっ!』という気分になり易くなっていたためこのような事態がたまに起きるようになっていた。これは、力を得てしまった者が暴発しないようにガス抜きをしているようなものなので、ある程度は仕方がないことだった。

 まぁ、実際に被害を受けるのはもっぱらシロンだけなので大きな問題はないのだが、世間体がよろしくないのはいただけない。ヴィヴィオが学校で変なことを言われるようになってはたまらないと場所移動を提案する。

 

「せっかくだから、ユーリちゃんの服も見て回ろうよ!」

「えっ、私のですか?」

「そうですね。先ほどユーリに似合いそうな服を見つけましたので、もう一回行ってみましょう」

 

 なのはの提案にリニスも乗ってきた。2人のママさんは子供のおしゃれにハマっており、お姫様のようなユーリや子供形態のアルフは時々付き合わされていた。

 そうなると、一緒に行動している2人の子供も必然的に興味を持つことになる。

 

「えへへ~、私もユーリお姉ちゃんのお洋服選んであげる~」

「あっ、私も私もー!」

「ふふ、それじゃあ2人にお願いしちゃおうかな?」

 

 アルマとヴィヴィオも母親のマネをして、ユーリのファッションコーディネーターとして名乗りを上げた。明らかになのはとリニスの影響を受けたと思われるその行動に、周囲の大人たちは優しい笑みを浮かべる。

 ただし、1人だけ異常な反応を示しているが。

 

「おおぅ! なんという愛くるしさだ! ももも、もう辛抱たまらん! アルマ! 私は君を求める! 果てしないほどにぃ!!」

「ええい、トチ狂ってお友だちにでもなりにきたのかい!?」

 

 あまりにアブナイ様子だったため、思いっきり亀甲縛りで締め付けた。しかし、相手はそれすら受け入れてしまうヘンタイであった。

 

「ぐおっ、ぬおっく! やめろぉ! あ、いや、しかし……こういうプレイも……悪くない」

「グラハムよ、天に昇れぇ!!」

「ぐはぁ!!」

 

 アルマたちの可愛さゆえに暴走してしまったグラハムにイラッとしたので、とりあえずぶっ飛ばす。もちろん放っておいても大丈夫なのだが、暑苦しい家族の抱擁を目の前で見せ付けられるとウザい。というわけで、ここは少し大人しくしていてもらおう。その方がみんなのためにもなる。

 

「さて、ハム太郎も静かになったことだし、みんなで楽しいショッピングと洒落込もうぜ!」

「「「おー!」」」

「まったく、いつまで経っても変わらないわね……」

 

 リニスは、猫形態になって気絶しているグラハムを抱きながら苦笑する。彼らと出会って10年以上経つが、相も変わらず賑やかだ。その明るさに自分も救われたのだから文句は無いけど、悪乗りされるとちょっぴり困る。

 実際、彼らは半年以上前に起きた大事件で困ったことをやらかしていた。後にジェイル・スカリエッティ事件と呼ばれる歴史に残るような出来事で、調子に乗った彼らは大暴れしてしまったのである……。



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第16話 悲しいけどコレ、戦争なのよね!【StrikerS1】

長いエピローグも半分過ぎまして、残すはあと5話となりました。
そんなわけで、ご意見、ご感想をものすごくお待ちしております。


 新暦75年9月19日。管理局は、設立以来最大の危機に直面していた。史上最悪の次元犯罪者ジェイル・スカリエッティが、欲望の赴くままに行動できる【自由】を手に入れるために管理世界へ宣戦布告してきたのである。

 最高評議会がアルハザードの技術を使って生み出したスカリエッティは、倫理を犯す研究を促進するために探求欲を増大させる改造が施されていた。そのせいで多くの命が犠牲となり、膨大な罪を重ねてしまった彼らは、自身が作ったスカリエッティによって殺されることになる。愚かな老人たちは、傲慢というエサで育てていた狂犬に噛み殺されて、あっけなくこの世から去っていった。

 それはいい。すべて自業自得なので、同情の余地など微塵も無い。

 だが、事態はそれだけでは収まらなかった。最高評議会が切り札として保管していた【聖王のゆりかご】と呼ばれる空中戦艦が奪われ、管理局を滅ぼすために悪用されてしまったのだ。

 この時点までは管理局が崩壊するかもしれないというカリムの予言が当たっていた。聖王のゆりかごが完全稼動すれば管理局を滅ぼすことも十分に可能であり、スカリエッティが本格的に動き出した今、その悪夢は着実に現実となりつつある。

 カリムは、地中より出現した聖王のゆりかごを映像越しに見つめながら、回避できなかった悪夢を悲しむ。

 

「せっかくシロンさんが管理局の歪みを曝け出してくれたのに、結局こんな最悪の事態を招いてしまうなんて……。これでは、シロンさんの怒りを受けてしまっても仕方ありません。でも、本当にそのようなことになったら……」

 

 2つ目の予言まで実現することになってしまう。妖精の王たる彼に呼ばれて天上から遣わされた使者が、裁きの雷をもって戦場にいるすべての者に天罰を与えるはずだ。

 もしそうなったら、この世界に嫌気が差して大好きなシロンが離れていってしまうかもしれない。現在カリムがもっとも気にしていることは、世界の危機ではなく想い人のご機嫌だった。

 聖王教会のお偉いさんとしてそれはどうなのよと思わなくも無いが……動機はどうあれ、このまま指をくわえて見ているわけにはいかない。気を取り直したカリムは、クロノたちと協力して反攻作戦の準備を始めた。

 時間が無いので各々の作業を同時進行していく。戦力を整えると同時に情報収集を進め、前者は豊富な実務経歴を持つクロノを中心に次元航行部隊を動かし、後者は無限書庫に勤めているユーノを中心にしておこなわれた。その際、ユーノの助手としてアリシアとアルフが借り出され、3人で聖王のゆりかごに関するデータを集めた。それを大型次元航行船クラウディアに乗艦しているクロノと本局にいるリンディ、そしてジオニック社の本社ビルにいるプレシアへと報告する。

 

『母さん、そっちは大丈夫?』

「ええ、今のところは持ちこたえているわ」

 

 現在プレシアは民間協力者として臨時の戦闘許可を得ており、売り物の新型傀儡兵で市街地の防衛を手伝っていた。相手との物量差を埋めるために大量の傀儡兵を起動し、そのすべてに魔力を供給しているのでプレシア自身は戦えない状態だが、広範囲を守備しなければならない現状では質より量を優先するほうが効果的だ。

 その上彼女は、忙しい状況の中で聖王のゆりかごに関する性能予測までこなしてユーノたちに伝えていた。

 

「やはり、あれはまだ完全稼動していないのね」

『はい、プレシアさんが説明してくれた通りです』

 

 地上本部に攻め込んでくる戦闘機人の動きを見たプレシアは、彼らが時間稼ぎをしている理由を見抜いた。どうやら聖王のゆりかごが完全に動き出すにはまだ猶予があり、その間は攻撃されたくないらしい。つまり、今なら魔導師の力でも対抗できるということになる。

 確かにあれが船だと言うのなら、操作している人間と船体を動かす機関部を押さえてしまえば弱体化できるはずだ。ロストロギアとはいえ所詮は人が作ったものなので、対抗策は存在していた。それでも、現在の状況は極めて深刻だが。

 

『シロンが不在の時にこんなことが起きてしまうなんて……』

『仕方がないさ。これは管理局の責任なんだから、僕たちの力で解決するしかない』

「だけど、時間も戦力も厳しいところね」

『ええ、そうね……』

 

 確かにプレシアの言う通りだ。

 古代ベルカを統べていた【聖王】が所持していたと言われるその船がミッドチルダの衛星軌道上に達すると、2つの月から魔力を受けて完全稼動することになる。もしそうなったら管理局の戦力では手が付けられなくなってしまうため、事前に破壊しなければならない。今なら相手の防御も完全ではないので、本局から出発した次元航行部隊が間に合えば破壊は可能だ。

 ただし、現地の局員が足止めできなければその作戦も失敗してしまう。

 もちろん狡猾なスカリエッティはそれを見越しており、用意周到に対抗策を用意していた。1週間前に地上本部を強襲して運営状態に混乱を与え、数十分前にはアインヘリアルも破壊してミッドチルダの戦力を大幅に削っていた。そのため、現在動ける人員では首都の防衛だけで精一杯の状態だった。それだけガジェットドローンの数は圧倒的であり、現在の戦力だけで対処するのは困難と言わざるを得なかった。

 そこで、本局預かりの地上部隊である【機動六課】がもっとも重要な任務を担うことになる。はやてが部隊長を務めているその部隊はカリムの予言を警戒した本局が設立したもので、リンディを始めとする有志の尽力によってようやく形になったものだ。ゆえに、スカリエッティの計画を止めることこそが本来の任務であった。

 そのために、なのはやフェイトといった管理局有数のストライカー級魔導師を無理やり集めて準備を整えてきたのだ。今こそ部隊の実力を示す時だった。

 

『望みはまだある。彼女たちなら必ず任務を達成してくれるはずだ』

『うん……そうだね』

 

 聖王のゆりかごを撃破するためには、鍵となる聖王を無力化し、船体内部の駆動炉を破壊しなければならない。つまりは、強力なAMFの影響下にある敵地に乗り込んで突破できるだけの強さが必要だ。

 その点で言えば、なのはたちは十分な力量を持ち合わせていると言える。

 とはいえ、敵の他にも彼女たちを悩ませる大きな問題があった。それは、目標の1つである聖王が救助すべきヴィヴィオ本人だということだ。ヴィヴィオは偶然なのはたちに救助された少女だが、その正体は大昔に亡くなっている聖王の遺伝子から作り出された人造生命体だったのだ。

 

 

 現在起きている一連の騒動は、絶対的な力を求めた最高評議会が聖王のゆりかごの復活を計画したことから始まった。

 まず手始めに、優秀な走狗として成長していたスカリエッティに命令して聖王教会より盗み出した遺伝子を違法な研究施設にばら撒き、【聖王の器】となる存在を作らせた。

 膨大な資金を浪費し、幾度も失敗を繰り返しながら数年経った頃、数え切れない犠牲の末にようやくヴィヴィオという成功例ができあがった。そして、次の段階へと進むためにスカリエッティの元へ送られることになった。

 聖王の器は、体内にレリックと呼ばれるエネルギー結晶体を取り込んで【レリックウェポン】となることで完成するのだが、スカリエッティはその研究の第一人者となっていたのである。

 しかし、移送の途中でヴィヴィオの意識が覚醒し、恐怖心に駆られた彼女は無意識のうちに力を発動させてしまう。圧倒的な聖王の力によって護衛のガジェットドローンはすべて破壊され、自由になった彼女は遺伝子に残されていた記憶に突き動かされるようにその場から離れた。ベルカの王たる自身の身を守れと、かつての力を取り戻せと、聖王の遺伝子がそう言うのである。

 そうして無意識のうちに体を動かし、地下水路から地上に出たところでついに力尽きて意識を失う。そんな場面に休日を楽しんでいたエリオたちが偶然出くわし、彼女を救助することになった。

 

「よもや、闇の世界より来たりし者とこのような場所で邂逅しようとはな……この目に宿る邪王真眼と共鳴したのか、それとも組織が送り込んだ破滅の罠か」

「単なる偶然だよ」

 

 一緒にいたキャロは、勝手に作った妄想に浸っているエリオに向けてそっけなく答えるのだった。

 とにもかくにも、エリオたちに助けられたヴィヴィオはスカリエッティの手から逃れることに成功し、一時的に保護することになった機動六課隊舎で平穏な日々を過ごした。その2ヵ月間で元の明るさを取り戻したヴィヴィオは、なのはとフェイトによく懐いて彼女たちのことをママと呼ぶまでになっていた。

 そんな矢先に、準備を整え終わったスカリエッティがとうとう本性を現し、束の間の平穏が破られてしまう。人の情など持ち合わせていない彼は、なのはたちの留守中を狙ってヴィヴィオを拉致したのだった。

 戦闘機人の少女たちに地上本部を襲わせている間に別働隊が機動六課隊舎を襲撃、防衛にあたったシャマルとザフィーラに重傷を負わせて悠々とヴィヴィオを連れ去っていった。その際、同じ戦闘機人として勝手に仲間意識を持たれていたギンガも拉致されてしまい、機動六課は手痛いダメージを受けてしまう。

 

 

 それから1週間後の今日、満足な準備を整える間もなく最終決戦を行うこととなったのだが……。

 

『ねぇ、ユーノさん。ヴィヴィオは大丈夫かな?』

『もちろん大丈夫さ。きっと、なのはママが救出してくれるよ。絶対にね』

 

 ユーノは心配そうなアリシアに優しく言い聞かせる。

 彼の言う通り、やたらと強くなっているなのはならまったく心配いらない。しかし、常識の範疇にいる他の隊員は厳しいかもしれない。強力な戦闘機人に加えて大量のガジェットドローンも相手にしなければならないので、戦力を分散された彼女たちが勝利するのは至難の業となるだろう。最悪の場合は犠牲者が出ることも覚悟しなければならない状況だった。

 こんな時にシロンがいれば……。みんなの話を黙って聞いていたアルフは、苦しい戦いを強いられているフェイトたちを心配しながら思った。

 

『……シロンがいれば、あんな奴らなんて軽くぶっ飛ばしてくれるのに!』

「確かにその通りですけど~、主人公は遅れてやってくるってのがお約束だからしょうがないニャ」

『ははっ、アイツならそう言いそうだね………………っていうか、シロンじゃないかー!?』

『『『なんだって!?』』』

 

 アルフの言葉に驚いて通信画面を食い入るように見つめると、プレシアの背後にシロンの姿が写っていた。他の面子もすべて揃っており、地球にいるはずのすずかとアリサの姿も見える。

 

「あの、プレシアさん。ご無沙汰してしまってすみません」

「なんか、しばらく来ない間にとっても大変なことになってるみたいで……」

「ふふ、そんなことは気にしなくてもいいのよ。あなたたちにとっては勉強の方が大切なんだから」

『って、そんな話してる場合じゃないでしょ! なんで私より先にシロンちゃんと会ってるのよ!』

『君の話もすごく場違いだよ!?』

 

 アリシアとユーノは予期せぬシロンの登場に驚いてアホな会話をしてしまった。 

 実を言うと、シロンたちは数時間前にこちらの世界へ戻ってきていた。たくさんのお土産を持ってきた彼らは、とりあえず10年前から拠点としている月村邸へと戻ってすずかたちとの再会を喜びあっていたのだ。

 シロンがいない間、すずかたちは学業に専念していたので、今回の事件に気づいていなかった。それに加えて、連絡せずに顔を出して驚かせてやろうというシロンの思いつきを実行したため、ミッドチルダにやって来るのが遅くなってしまった。

 いずれにしても、予想外の騒ぎでサプライズどころではなくなった。

 こんな異常事態が起きているなどまったく知らなかったすずかとアリサは当然ながら驚いた。なのはやプレシアたちが一般人の2人に気を使ったからだが、MS少女に変身できない状態では知らせたとしても見守ることしかできなかっただろう。プレシアと話していた2人はその事実に気づき、何となく申し訳ない気持ちになってしまう。

 しかし、基本的にのーてんきな他の面子は特に変化が無かった。

 

「わざわざ我が出向いてやったというのに、これほど無様な醜態を晒していようとは。恥を知れ、俗物ども!」

「無軌道な若者たちの暴走ですか。まったく、嘆かわしい世の中ですね」

「でもでも、すっごく楽しそう! ボクの魔力がビリッと光る! 参加したいと轟き叫ぶぅ!」

「もう、不謹慎ですよ、レヴィ!」

 

 ユーリと楽しい仲間たちの様子は4年前とちっとも変わっていなかった。

 そして、彼女たちの傍にいるシロン一味も相変わらずハジケていた。というか、サッカーボールを弾いていた。

 

「HAHAHA! どうだい、我輩のリフティングは! 翼君も脱帽ものだぜ?」

「わぁ~、シロンお兄ちゃん、すごーい!」

「無駄に器用なところがマスターらしいですね」

 

 世界が危機に瀕しているというのに、のん気にボール遊びをするマイペースなシロン。そんな彼の周りにはセフィとグラハム一家がおり、いつも通りの会話をしていた。

 

「もはや自分でも何回続けてるのかわからぬほどニャ」

「正確には、今ので182回目だと言わせてもらおう!」

「数えていたのですか……流石です、グラハム!」

『あんたら、こんな状況でなにやってんのー!!?』

 

 向こうの世界でサッカーのワールドカップを観戦していた彼らは、素人が陥りがちな【にわかファン】となっていた。しかし、にわかだけに熱が冷めるのも早い。

 

「サッカーはもういいや! 次は野球で盛り上がるとするかニャ!」

『飽きるの早いし、乗り換えも早っ!』

 

 久しぶりにユーノのツッコミが冴え渡る。よく見ると、彼の表情は心なしか満足げだった。

 とはいえ今は世界が危機に瀕している状況だ、シロンのおバカに付き合う前に色々とやるべきことがある。結婚して2児の父親となったクロノはとっても大真面目だった。

 

『おい、今はそんなことやってる場合じゃないだろ! 世界の命運を賭けた非常事態が起きているんだぞ!』

「おう、クロノワールシュヴァルツ・シックス! 結婚おめでとう! 後でご祝儀持ってくから期待して待ってろニャ!」

『あ、ああ、帰ってきて早々に気を使わせて悪いな………………じゃなくて、今はふざけてる場合じゃないと言ってるだろうが! あと、僕の名前はクロノ・ハラオウンだ!!』

 

 結婚話を持ち出されたクロノは、照れ隠しも手伝ってかノリツッコミをしてしまう。その様子だけで判断すると『余裕あるじゃん』と逆につっこまれてしまいそうだが、彼の言うように緊急事態なのは確かだ。もちろん、やってきたばかりのシロンたちもその辺は理解しているので、そろそろちゃんと話を聞くことにする。

 シロンの考えとしては、こちらの世界の力だけで解決できるのならその方がいいと判断していた。だからこそ、わざとふざけてクロノたちの様子を伺っていたのである。

 どうしてもシロンの力が必要だとしたらもっと必死に頼んでくるはずなので、その時は親身になって聞いてやろうと決めていた。そう思ってしばらく観察してみたところ、どうやらそこまで思いつめてはいないようだ。これまでのやり取りから判断すると、自力で解決できる可能性はあるのだろう。

 しかし、事件の首謀者であるスカリエッティの説明を聞いた途端に気持ちが変わった。自身の子供とも言える戦闘機人に悪事をやらせ、拉致した少女たちを洗脳して無理やり戦わせていることが非常に気に食わなかったのだ。

 

「あんのビチグソがァー!! 可愛い女子を自分好みに調教するとか、胸アツすぎて超許せん!! この我輩ですらやったことないのにぃー!!」

「怒るとこが違うでしょ!?」

 

 シロンは、エロゲーのような変態行為をやっている(と勝手に決め付けている)スカリエッティに激怒した。しかし、実際に戦闘機人たちの体内には彼のクローンとなる【種】が仕込んであるので、シロンの妄想もあながち間違っていないところが恐ろしい。しかも、戦闘機人の中には小学生みたいな子までいるのだから、スカリエッティの変態っぷりは本物だ。

 ようするに、ヤツはシロンの大好きな美少女たちの尊厳を踏みにじっているのだ。

 そうと分かれば流石に放っておくわけにはいかない。紳士であるシロンが、少女たちのピンチを見過ごせるわけがなかった。

 

「とゆーわけで、我らソレスタルビーイングは、スカリエッティに対して武力介入を決行する!」

「動機が不純すぎてイマイチ乗り切れないわね……」

「うん、そうだね……」

 

 アリサとすずかは、妙にやる気を漲らせているシロンに向けて不審そうな視線を向ける。とはいえ、なのはたちの手助けをすることには大賛成だ。今ならシロンに返してもらった新型デバイスがあるので、戦闘機人とも対等以上に戦える。だったら、行くしかないだろう。

 もちろん、ユーリたちもシロンの意見に乗っかる気だ。

 特に、好戦的なマテリアル娘たちは小躍りしそうなほどに喜んでいる。

 

「ふっふっふっ! ようやくだ! ようやく塵芥どもに偉大なる我らの力を見せ付ける時がきたぞ!!」

「ボクらの最強伝説が今始まる! 強くてキュートで勇ましい、レヴィちゃんの出撃だー!!」

「僭越ながら、私の炎熱魔法で祝いの花火を打ち上げて差し上げます。戦闘機人という大玉ならさぞかし綺麗な花を咲かせることでしょう」

「みなさんやる気満々ですね! よーし、私もシロンにナデナデしてもらうためにがんばりますよー!」

「あんたたちも目的間違えてるわよ?」

 

 よくよく聞いてみたら思いっきり私情で動いていた。それでも大きな戦力には違いないので好きにさせておく。

 後は、最古参の仲間であるグラハムとリニスの意見を聞くだけだ。

 

「もちろん2人も賛成ってことでいいよニャ?」

「ふっ、おかしなことを言う。軍人に戦いの是非を問うとは、とってもナンセンスだなぁっ!」

「当然ながら私も同意します。この子のためにもあんな男を野放しにはできません!」

「よろしい、ならば戦争だ! 歓喜の砲撃戦を、愉悦の白兵戦を、愛すべき狙撃戦を、生ある限り全力で楽しもうではないか!」

「性格変わりすぎ!?」

 

 どっかの狂った少佐殿みたいなことを言い出したシロンは、いよいよ戦う覚悟を決めた。既に人間形態になっているので準備は万全だ。

 他の面子もそれぞれ準備を進めており、リニスは娘のアルマをプレシアに預けていた。

 

「それではプレシア、この子をよろしくお願います」

「ええ、任せてちょうだい。お婆ちゃんがあなたを守ってあげるわ」

「ん~? お姉ちゃんが私のお婆ちゃんなの?」

 

 4年ぶりにプレシアを見たアルマは彼女のことを覚えていなかった。最後に会ったときはまだ2歳だったので仕方ない。まぁ、プレシアの見た目が若すぎてお婆ちゃんに見えない点にも問題があるのだが。

 

「ふふっ、お姉さんだなんて嬉しいことを言ってくれるわね。お礼ってわけじゃないけど、おいしいお菓子をあげるから、こっちにいらっしゃい?」

「はーい!」

 

 素直なアルマは、嬉しそうにプレシアの元へ駆け寄っていく。そんな心温まる光景をリンディとクロノは穏やかに見つめた。

 思えば、地球を滅ぼそうとしていた彼女がここまで丸くなるとは、一連の事件に関わった身としては感慨もひとしおだ。

 

『アルマちゃんもすっかり大きくなったわね』

「そうね、あれからもう4年も経っているもの」

『ほんと、時間の経過を強く感じるわ。息子が結婚したと思ったら、あっという間に孫が生まれてお婆ちゃんになっちゃったし』

「なに贅沢なこと言ってるのよ。私も早くアリシアとフェイトの子供が見たいわ」

『うきゃー!? こんなところで恥ずかしい話しないでぇー!!?』

 

 リンディと母親の会話をしていたプレシアは、アリシアとシロンに向けて意味ありげな視線を送る。

 彼女としては、恩人であるシロンと娘たちが付き合うことに異論は無い。それどころか、彼が公言しているようにハーレムでもいいとさえ思っていた。なぜなら、彼に好意を寄せている少女たちがそれを認めているからだ。一番になろうとはしているけど、独り占めしようとは誰も思っていない。それほどまでに彼女たちの心はシロンを中心として深く結びついていた。

 普通なら有り得ない現象だが、シロンならばいいのではないかと思えてしまう【なにか】がある。そんな気がしてならなかった。

 

「(まぁ、重婚を可能にする手段はいくらでもあるし、あの子たちが望むのならそれでも構わないわ)」

 

 ケット・シーは元々人間だったので、純粋な人間と結ばれることもできる。しかも、その組み合わせで生まれる子供は、猫耳としっぽのない普通の人間となるらしい。それならアリシアたちと一緒になってもまったく問題は無い。恐らくは、近いうちに新たな孫たちと出会えるだろう。それは、普通の母親に戻ったプレシアにとって一番楽しみなことだった。

 

「ふふふ……今の内に名前を考えておこうかしら?」

「おおう!? 何やらとっても悪寒がするニャ!」

『わ、私も同じく……』

 

 プレシアからのプレッシャーを感じてシロンとアリシアが身震いする。確かに、2人の息は合っているみたいなので近いうちに孫が生まれるかもしれない。

 ただし、その幸せを享受するには、現在起きているこのバカ騒ぎを収めなければならない。

 ようやく本気モードとなったシロンは、クロノからなのはたちの状況について詳しく聞くと、速攻で戦力の振り分けを決めた。戦闘は広範囲に分散して行われているためこちらも分かれて行動するしかないが、みんな一騎当千の強者ばかりなので心配はいらない。

 それに加えて、今回は民間協力者という形で許可を取ってあるから堂々と暴れられる。後は、奴らに敗北という結果を与えるだけだ。

 

「でも、あんまり目立つと後々めんどいことになるからほどほどにね?」

「ふっ、案ずるな主様。あの程度の虫けらなど、ほどほどでも全滅できるからなぁっ!」

「私たちにとって、ついうっかり全滅させてしまったという話はよくあることです」

「そうそう、買い置きしてたお菓子とかアイスって、いつの間にか全滅してるよね!」

「それはレヴィが食いしん坊さんなだけですよ?」

「うん、君たちは我輩の話をまったく聞いていないねっ!」

 

 やたらと張り切っているマテリアル娘たちの様子を見てるとちょっとばかり心配な気もするが……何はともあれ、この世界で初となるソレスタルビーイングの武力介入が、今ここに始まろうとしていた。

 

 

【首都防衛戦・陸士108部隊】

 

 聖王のゆりかごが出現すると同時に、ミッドチルダの各地に作られた秘密基地から膨大な数のガジェットドローンが地上本部へ向けて侵攻してきた。それに対抗するため、管理局の各部隊は防衛ラインを構築して待ち構える。ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐率いる陸士108部隊もその一翼を担い、ミッドチルダ北部に位置する廃棄都市区画で奴らと交戦していた。

 ジオニック社より貸与された傀儡兵を前面に押し出しつつ、魔導師たちの体力を温存しながら激しい戦闘を繰り広げる。今のところは五分以上の戦果が出ているが、物量差は依然として大きく、このままではいずれ瓦解してしまう状況だった。

 しかし、救いの女神は彼らを見捨てていなかった。混迷する戦場に、美しい光の粒子を舞い散らせながら戦女神が降臨したのである。

 

「あの光……あれがクロノ提督が送ってくれた援軍か!」

 

 ゲンヤは、ロボットのようなバリアジャケットを着込んだ2人の少女に目を奪われた。シロンの改造によってツインドライヴとなったデバイスを身にまとい、新型のMS少女となったすずかとアリサが救援に駆けつけてきたのだ。

 正体を隠すためにシロン特製の認識阻害魔法を使っているが、はやての勧誘によってソレスタルビーイングの一員となっているゲンヤには魔法の効果が出ないようになっている。

 

「ゲンヤ三等陸佐! クロノ提督の要請により、貴隊を援護します!」

「思いっきり暴れてあげるから、指示のほうはヨロシクね!」

「おうよ! 頼んだぜ2人とも!」

 

 この3人は既に知り合いなので、簡単なやり取りだけで話が通じた。戦闘経験の浅い彼女たちがここの担当になったのもそのためで、同じ理由で戦闘機人との対戦を避けたという事情もある。

 しかし、その心配は杞憂だった。

 新型デバイスによってダブルエックスとなったすずかは、ブランクなど感じさせない自然な動作でガジェットドローンを蹴散らしていく。夜の一族としての能力もあいまって、その実力は歴戦のなのはたちと肩を並べられるくらいになっていた。

 

「エネルギーチャージ完了! ツインサテライトキャノン、発射します!!」

 

 両肩に乗った2本の砲身から強力な砲撃魔法がほとばしる。なのはのディバインバスターを凌駕する砲撃魔法が同時に2射されているようなものなのでその威力は絶大だ。

 それでも、この砲撃は背後に装備されているCNドライヴから供給された魔力で放たれているため全力ではない。本来はミッドチルダにある2つの月に魔力供給用の転送装置を設置して絶大なエネルギーを受ける仕様になっている。

 もしその計画が実現した場合、完全稼動した聖王のゆりかごですら単独で破壊できる攻撃力を手に入れる事が出来るのだが、流石にそこまでやる気はない。現時点でも十分すぎるため、これ以上は必要ないからだ。

 

「す、すげぇ……たった一撃で空にいた奴らがほとんど消えちまったぞ!?」

「やるわね、すずか! 私も負けてられないわ!」

 

 親友の戦果に触発されたアリサは、攻撃力強化魔法【ハイパーモード】を発動する。改造された彼女のデバイスはシャイニングからゴッドへと進化し、大幅にパワーアップしていた。

 もちろん、日々の訓練によってそれを使いこなせるだけの実力を身につけていたおかげでもある。その結果、最強の格闘型デバイスを身につけた今の彼女は、正真正銘のモビル・ファイターとなっていた。

 

「私のこの手が真っ赤に燃える! 勝利を掴めと轟き叫ぶ! ばぁくねつ!! 石破っ、天驚けぇぇぇぇん!!!」

 

 金色に輝く両手から膨大なエネルギーが撃ち出され、地上にいたガジェットドローンを周囲の建物ごと吹き飛ばしていく。まだ明鏡止水モード(トランザム)を使っていないので全力ではないのだが、それでも周りにいる武装局員の度肝を抜いた。彼女たちの力は、明らかにSランクレベルを超えているからだ。

 認識阻害魔法が効いていても、ここまでやったら流石に誤魔化しきれない。とはいえ、分かるのは恐ろしい強さを持った魔導師がいるということだけで、その姿ははっきりと認識できないため、局員たちは幻覚を見ているような気分に陥ってしまう。

 

「な、なんだあの威力は!? 高町教導官の砲撃魔法並みだったぞ!?」

「それより、あの魔導師はなんでバニーガールの格好をしているんだ!?」

「お前は何を言っている!? あれはどう見てもブルマをはいた女子高生だろ!」

「おい、ブルマってなんだ!? 俺にはスク水にしか見えないぞ!」

 

 すずかたちを見た局員達は、そろっておかしなことを言い出した。認識阻害魔法によって、彼女たちの可憐な姿が自身の記憶にある【美少女】像と置き換わってしまうため、正しく認識できないのだ。

 因みに、彼らの一部はシロンが持ち込んだ地球の文化に毒されているようだが、そこは目をつぶってあげよう。それが優しさってもんだ。

 

「まぁ、あいつらが混乱するのも当然だよな」

 

 ゲンヤも他の局員と同様に驚きを隠せなかった。もちろん見た目のことではなく、彼女たちの実力に驚愕したのだ。話には聞いていたが、まさか本当にSランク以上の魔導師がなのはたちの他にもいるとは思っていなかった。

 

「(まったく、とんでもない連中と手を組んじまったなぁ)」

 

 思わずゲンヤは苦笑してしまう。結局、今回の事件で管理局のやって来たことがまやかしだったと思い知らされたからだ。

 見てみろよ、これまでずっと見下して虫けらのような扱いをしていた連中のほうが、よっぽど強くてまともじゃねぇか。今に至るまでそれに気づかなかったなんて、地球出身のご先祖様に顔向けできねぇぜ。

 だからこそ、シロンやはやてと出会えたことに強く感謝していた。愛する女房を助けてもらい、娘たちも彼らを気に入っている。そんな連中を嫌いになんかなれるはずがない。

 確かに彼らはこちらの法律で言う違法行為をしているが、それらはすべて先に手を出した管理局から身を守るためであって、納得できる正当性がある。そもそも管理局の作った法律そのものが狂っているのだから、彼らを断罪できる者などこの世界にはいないだろう。

 

「(しかも、今日からは世界を救ってくれた大恩人だしな)」

 

 ゲンヤは、敵の第一波を撃退してハイタッチしているすずかとアリサを眩しそうに見つめると、管理世界の住人を代表して感謝の言葉を送った。

 

「ありがとよ嬢ちゃんたち! これで大分楽になったぜ!」

「このぐらいどうってことないわよ。と言いたいところだけど、まだ来るみたいね」

 

 そう言ってアリサが視線を向けた先には、敵の増援部隊がいた。すずかたちに対抗するため第一波以上の戦力を送り込んできたらしい。しかも、増援がこれだけいるということは、本命のゆりかご周辺で戦っているはやてたちはもっと苦戦していることになる。

 

「こいつはやべぇな。八神たちは大丈夫なのか?」

「ふふ、心配いりませんよ。はやてちゃんたちのところには、私たちより頼れる仲間が向かっていますから」

「なんだって!?」

 

 この2人よりも強い奴らがいるというのか?

 シロンやグラハムのことを言っているのか、それとも何度か会ったことのあるマテリアルとかいう娘っ子たちのことか分からないが、どちらにしても冷や汗が出るような話だ。

 

「(こいつらが敵じゃなくて本当によかったぜ……)」

 

 この時ゲンヤは、頼もしい希望を得たのにも関わらず表情を引きつらせるのだった。

 

 

【聖王のゆりかご外部】

 

 ミッドチルダ東部に広がる森林地帯から出現した聖王のゆりかごは、近隣の大都市上空を堂々と通過して、海上に出たところで緩やかに上昇を始めた。武装や防御シールドはまだ完全に使えないようだが、その代わりにお馴染みのガジェットドローンが大量に襲いかかってきた。

 それに対する管理局は、雲海上まで昇ってきた聖王のゆりかごに向かって突入作戦を敢行する。突入隊の主力であるなのはとヴィータは既に侵入しており、外部に残ったはやては、副官のアインスと航空魔導師隊を率いてガジェットドローン相手に奮戦していた。

 

「くっ、なんて数なんや!」

「これでは広域攻撃魔法を撃つ隙もない!」

 

 はやてたちは、ガジェットドローンの地上侵攻を防ぐため聖王のゆりかごから射出される敵勢力を削っていた。しかし、圧倒的な物量で押し切られて十分に防衛線を守ることができず、これまでにかなりの数を取り逃している。魔力のリミッターは解除してあるとはいえ、物量差がここまで大きいと総合SSランクといえど厳しかった。

 はやてたちが知る由も無いことだが、この歴史のスカリエッティは、シロンの特訓によってやたらとパワーアップしていたなのはを警戒して念入りに戦力を整えていたのだ。そのせいで、せっかく採用した新型デバイスのアドバンテージもほとんどチャラになってしまっていた。小型ハロによるサポートのおかげで負傷率は減ったものの、相手の数が増えたせいで撃墜率が下がっているからだ。

 

「ああ! ジャン・ルイがやられた!」

「落ち着けジーン! 指揮を引き継げ!」

「ま、待て! 俺はまだ戦えるぞ!」

「ああ! ジャン・ルイが生きてた!」

 

 なのはが育てた地上本部のエース部隊も健闘しているが、数の暴力によって押され気味だ。

 

「八神部隊長! 右舷射出口より、さらに百機以上の小型機が出現しました!」

「総員、対空警戒を厳となせ! 囲まれたらあかんよ!」

「「「了解!」」」

 

 状況を報告されたはやては、すぐさま注意を呼びかける。

 この戦場には特殊なAIを試験的に搭載したツノ付きの機体が少数混ざっており、それらの指揮によって戦闘能力が向上していた。それは、スカリエッティが小型ハロに対抗して作ったもので、同じ科学者として一目置いているプレシアと真っ向から勝負するために用意したものだ。実際はシロンが作ったものであり、真相を知らない彼は勝手に間抜けな競い合いをしていただけなのだが。

 いずれにしても、追い込まれたこの状況で雑魚敵が手強くなったことは間違いない。予想以上の危機的状況に、流石のはやても愚痴をこぼしてしまう。

 

「まったく、ゲームの雑魚キャラみたいにワンサカ湧いてきよって! 無限やったらホンマまいるで!」

「主はやて、この状況でその言葉は洒落になりませんよ?」

「そ、そうやね……」

 

 くだらない冗談を言って気分を紛らわそうとしたはやては、アインスに注意されて反省した。確かに、逆効果すぎる内容だった。無限なんてことは有り得ないとしても、実際に似たような状況なので嫌な気分になるだけだ。

 

「ダメやダメや、こんなんじゃシロンに笑われてまう!」

 

 少しだけ弱気になったはやては、シロンのことを想った。

 こんな時、シロンだったらどう考えるだろうか。オッパイ好きの彼のことだから、淫らな妄想を膨らませて沈んだ気分を盛り上げるに違いない。

 

「あの敵が全部美女やったらオッパイがイッパイやで~、とか言うてな!」

「残念ですが、否定できませんね……」

 

 割とありそうな予想を口にする。自身もオッパイ好きなせいか、妙に納得顔なのがちょっぴりイタイ。周りに聞いている人間がいなくて本当に良かった。

 と思ったら、不運にも1人の少女に聞かれてしまっていた。

 

「あの~、オッパイがイッパイって何のことですか?」

「「ぎゃぴっ!!?」」

 

 突然声をかけられた2人は、ビックリしておかしな叫び声を上げた。自分たちの背後を簡単に取るとは一体何者だと警戒したものの、聞き覚えのあるおっとり声だと気づき、まさかと思いながら視線を向ける。するとそこにはユーリがいた。紫天装束を身にまとい、真紅の魄翼を広げた勇ましい姿で救援に駆けつけてくれたのだ。

 はやてにとっては頼もしい仲間の登場だった。しかし、例の認識阻害魔法のおかげで他の局員には別のナニカに見えていた。

 

「おい、あの神々しい美少女はなんだ!?」

「八神部隊長と会話しているから恐らく味方なのだろうが……それにしても美しい」

「まるで、戦場に舞い降りた天使のようだ!」

「えへへ~、天使だなんて言われると照れてしまいますね」

「って、のん気に照れてる場合じゃないやろ!」

 

 何やら焦った様子のはやては、頭に手を当てながら照れているユーリに鋭いツッコミを入れる。別に自分が【小鴉】だの【タヌキ】だの【おっぱいマニア】だのと言われていることに対する不満をぶつけているわけではない。今はそんなことより気になることがあった。

 そうだ、シロンと共に並行世界に行っていたユーリがこの場にいるということは……。

 

「ようやく戻ってきたのだな!?」

「はい、5時間ぐらい前に戻って来ました。たくさんお土産を持ってきましたから、楽しみにしててくださいね!」

「あ~、うん、気ぃ使うてくれてありがとな~……じゃないやろ!」

 

 はやては、ユーリの代わりに近くにいたガジェットドローンへ激しいツッコミを入れた。

 

「お土産はともかく、シロンもここに来てくれてるんか?」

「いいえ、シロンはスカリエッティとかいう変態さんをオシオキしにいきました」

「オシオキって……一体何をやらかす気なんや?」

「それは私にも分かりませんけど、こっちは私たちに任せてください!」

「私たちということは、他にも誰か来ているのか?」

「はい、既にあの船の中へ突入しています。聖王と魔王を同時に倒して優越感に浸りたいようですよ?」

「ははぁん、誰が来たのかまるっと分かったわ」

 

 シロンの仲間でそんなことを考える奴はあの子しかいない。はやては、自分にソックリな少女が高笑いしている姿を思い浮かべてため息をついた。

 それを隙と見たのか、ガジェットドローンの団体が彼女たちに襲い掛かってくる。戦闘中だというのに少しのんびりしすぎたようだ。

 

「とりあえず話は後や! 今はこいつらを殲滅するで!」

「了解しました、主はやて!」

「お持ちくださいアインスさん。ここは私にお任せください」

「えっ?」

「それではっ! ユーリ・エーベルヴァイン、行っきまーす!!」

 

 アムロのようなセリフとともに前方へと躍り出たユーリは、こちらに向かってくるガジェットドローンの大群に向けて【エターナルセイバー】を放った。魄翼を変化させた超巨大な炎の剣を左右から挟み込むように振るい、雲霞のような大群を瞬く間に切り裂く。しかも、攻撃の効果はそれだけに留まらず、聖王のゆりかごの左舷に装備された対空レーザー砲までバッサリと裁断してしまった。

 

「なっ!?」

「なんやて―――っ!!?」

 

 はやてたちが驚愕する中、切り裂かれた左舷側が大爆発を起こして、そこにあるすべての兵装が使用不可能となった。永遠結晶エグザミアの力をフルに使うことができるようになったユーリは、たった1人で聖王のゆりかごと対抗できるほどのパワーを得ていたのである。今の彼女とまともに渡り合えるのはチート技を使えるシロンだけだ。

 ここまで来ると、頼もしいというより危なっかしい……というか、中にいるなのはたちが危なかった。いや、なのはだけはどうやっても死なないだろうが、ヴィータやヴィヴィオ、それに他の局員たちが危険だ。常識の範疇にいる彼らでは非常識な攻撃に耐えられないかもしれない。誰もがガンダムのように硬いわけではないのだ。

 

「ちょい待ちユーリちゃん! あれは流石にやりすぎやから!」

「え~そうですか? 認識阻害魔法があるから目立っても問題ありませんよ?」

「心配すんのはそこやないっちゅーねん!」

 

 どこまでものんびりマイペースなユーリには、部隊長の肩書きすらも形無しだった。こうなると、聖王のゆりかごに入っていったもう1人のほうも何をしでかすか不安になってくる。

 案の定、心配した途端に大きな爆発音が聞こえてきた。何事かと驚いて音源と思しき場所に視線を向けると、聖王のゆりかごの艦尾から爆煙が上がっていた。どうやら内部で強力な魔法を使ったらしく、黒い光が後部の推進機関を突き破って青空を走り抜けていく光景が見える。

 

「なななな、なんやアレ―――っ!?」

「凄まじい威力だが、あの魔法はまさか……」

「ふふっ、久しぶりの戦闘だから張り切ってるみたいですね」

「いやいや、微笑ましく見つめる場面じゃないやろ!」

 

 逃げ場の無い船内であれほどの魔法を使ったのなら、内部は大惨事になっていることだろう。というか、あれでは魔法を使った本人も巻き込まれているのではなかろうか?

 まぁ、撃った張本人のことは気にする必要などないかもしれないが、傍にいるであろう家族が心配だ。この時はやては、何ともいえない胸騒ぎを感じていた。

 

「ヴィータ……無事でいてな……いろんな意味で」

「大丈夫です。あんなポンコツ機械になんか絶対に負けませんよ!」

「ってか、君らの家族のほうが危険なんですけどねっ!」

 

 こんな時でもユーリはのんびりさんだった。

 そんな可愛らしい彼女を見つめながら、はやてたちは再びため息をつく。しばらく見ない間にこの子も随分大物になったものだが、これもすべてはシロンの仕業だろう。そして、聖王のゆりかごで暴れているらしいあの子も、やんちゃぶりに磨きがかかっているに違いない……。

 

「これは、後始末が大変そうですね……」

「言わんといて! 涙が出てきよるから!」

 

 助けに来てくれたことは嬉しいけど、厄介事まで増えたのはいただけない。部隊長としての責任があるはやてとしては何らかの見返りが欲しくなった。

 

「この事件が解決したら、た~っぷりとサービスしてもらわなアカンね。ふっふっふ~」

「まったく、そんなだからタヌキなどと言われるんですよ……」

「へぇ~、はやてさんはタヌキさんなんですか~。ところで、タヌキってなんですか?」

 

 何やらよからぬことを思いついたらしいはやては、アインスたちの視線を気にすることなくいやらしい笑みを浮かべる。この後彼女は迷惑をかけたシロンに大人のデートをねだり、それを見て羨ましがった他の少女たちと揉めることになるのだが、結局いつものことなのであえて記す必要も無いだろう。



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第17話 圧倒的じゃないか、我が軍は【StrikerS2】

【聖王のゆりかご内部・駆動炉】

 

 はやてたちの援護を受けて聖王のゆりかごに取り付いた突入部隊は、外部装甲が損傷している場所を見つけた。先の大戦で破損した箇所が修復されずに放置されていたものだが、現在の技術で元通りに直すのは難しく、完全稼動すれば自動修復システムで直せるだろうと最高評議会やスカリエッティは放っておいた。

 しかし、その余裕が付け入る隙となった。

 【最後のゆりかごの聖王】と呼ばれる【オリヴィエ・ゼーゲブレヒト】が、戦乱の終結と同時に船の終焉を望み、あえて残していった小さな損傷。それが、600年の時を経て【子孫】を救う手助けになろうとは、オリヴィエ本人ですら予想もしていなかったことだった。

 もちろんそんな大昔の出来事など戦場にいる誰にも分からないことだが、いずれにしても、この好機を逃す手は無い。

 

「マッドアングラー隊に回されて早々に戦果を出せるか、私は運がいい」

「おお~、運勢まで味方につけるとは! 流石です、ニシズミ殿!」

「まぁそれはいいことだが……何かニシズミさんの性格、変わってないか?」

「え~、ミポリンは前からこんなじゃなかったっけ?」

「きっと、ミホさんが隊長として成長しているからそう感じるのですよ」

 

 何やら思いもかけない出来事に管理局側も途惑っている様子だが……とにもかくにも、ここから本格的な反攻が始まる。その先鋒を務めることになった砲撃部隊、通称【あんこうチーム】は、自慢の砲撃魔法による集中砲火で破損部を広げて侵入口の確保に成功した。そこに突入部隊の主力を担うなのはとヴィータが到着し、侵入口を防衛している局員らに敬礼しながら内部に入っていく。

 一応突入部隊と呼称しているが、現時点の人数はなのはたちを除いて20人程度でしかない。その面子にしたところで、2人の帰ってくる道筋を確保しておく程度のことしかできない。AMFの影響下でも戦えるほど優秀な局員は非常に少なく、そのほとんどが首都防衛に回されているため、2人について行ける者は1人もいない状況だった。

 現在、別の世界から緊急召集している精鋭部隊は、到着するまでに40分もかかるので当てにはできない。ゆえに、今はなのはとヴィータに任せるしかなかった。

 

 

 ゆりかご上部の中央付近から入り込んだなのはたちは、機動六課の仲間が目標の正確な位置を把握するまで一緒に進んだ。シロンの特訓を受けたなのはは高性能な探知魔法を使えるのだが、それを使うには【切り札】を出す必要があるため今は自重していた。

 何が起こるかわからない現状では、まだアレを使うわけにはいかない。いざと言う時は、アレでこの船を破壊しなければならないのだから。

 もしそうなったら、ヴィヴィオの身がどうなるか分からないが……そうなる前に何とかしてみせる!

 

「(大丈夫、私には頼れる仲間がいるんだから! みんなで協力すれば上手くいくよ!)」

 

 そんななのはの想いは届き、しばらく後にアースラから必要なデータが送られてきた。

 しかし、その内容は望みとは異なっていた。お互いの目的地が真逆だったのだ。切り札を持っているなのははともかく、既に消耗し始めているヴィータを1人で行かせるのは非常に危険だ。それでも、時間が無い現状では他に選択肢など無かった。

 

「気をつけて、ヴィータちゃん! 絶対に合流してみんなで帰ろう!」

「ったりめぇだ! すぐにそっちへ行ってやるぜ!」

 

 2人はお互いに気遣いながら二手に分かれた。ヴィヴィオを救助する役目を受けたなのはは艦首にある王座の間へ向かい、駆動炉の破壊を目的としているヴィータは艦尾へ突進していく。

 

「こんなガラクタ、さっさとぶっ壊してやる!」

 

 ヴィータは、相棒のグラーフアイゼンを握り締めながら叫んだ。ようやく手に入れた幸せをこんな骨董品ごときに壊されてたまるか。絶対にあたしたちの手で守り抜いてみせる。

 大切な家族と仲間の笑顔を思い浮かべたヴィータは改めて決心を固めた。

 だが、その矢先に厄介な敵が現れた。ゆりかご内部にもガジェットドローンが出現し、彼女の進行を妨害し始めたのである。

 

「ちぃ! あたしの邪魔をすんじゃねーっ!」

 

 広い通路には防衛用のガジェットドローンが多数配備されており、先に進もうとするたびに無駄な戦いを強いられた。目標である駆動炉を破壊するために必要な魔力は確保しなければならず、残り少なくなったカートリッジを気にしながらの苦しい行軍となった。

 とはいえ、実戦経験豊富なヴィータの実力も伊達ではない。それほど大きな怪我も受けずに目標の近くまで到達できた。

 つい先ほど送ってもらったデータによれば、もう少しで駆動炉のある区画に辿り着く。あとはそこで思いっきり暴れてやればいいだけだ。

 

「大丈夫、楽勝だ」

 

 残り4つとなったカートリッジを握り締めながら、自分に言い聞かせるように強気な言葉をつぶやく。

 そうだ。楽勝でこの事件を解決して、はやてたちと祝勝会をして、帰ってきたシロンに自慢話をしてやるんだ。そしてお祝いに……デートしてもらおっかな。そのくらいならおねだりしてもいいだろう。どうせまた「我輩はロリコンじゃねー!」とか言いだすだろうけど、4年経って部下も大勢できた今なら大人だと言い張っても説得力はあるはずだ。見た目以外はという条件付だが。

 

「ふふん。今に見てろよ、シロン! 色々と勉強して身につけた大人の色香を存分に味あわせてやるぜ!」

 

 あくまでジャスティス(ロリ否定)を守ると公言しているシロンに対して密かにリベンジの機会を狙っていたヴィータは、場違いな気合を入れる。セフィがユニゾンデバイスになって積極的なアピールを始めたおかげで、彼のジャスティスも揺らぎ始めているため、ヴィータにもチャンスが到来してきたのだ。

 この戦いが終わったら本格的に計画を練ろう。ヴィータは、自身の心を鼓舞するように決意した。

 そんな浮ついた思考が油断を生んだのか、この時の彼女は背後に忍び寄る敵に気づいていなかった。多脚生物のようなガジェットドローンIV型が光学迷彩を使って接近していたのだ。そして、装備されている鎌でヴィータの胸を貫こうとした。

 どう考えても回避不可能な状況であり、万事休すかと思われた。しかしその時、救いの女神が現れる。1人の魔法少女から放たれた魔法弾が後方から降り注ぎ、ガジェットドローンIV型を破壊したのだ。

 

「うわっ、なんだ!?」

 

 急に後方で起きた爆発によって吹き飛ばされたヴィータは、驚きながらもすばやく体勢を整え視線を向けた。するとそこには三対六枚の翼を持ったショートカットの美少女がいた。

 その姿を爆煙の中に見たヴィータは、愛すべき主が助けに来てくれたのかと思ったのだが……良く見ると微妙に違う。というか、まったくの別人だった。

 

「ふっははー! 小鴉かと思うたか? 残念、ディアーチェ様であるぞ!」

「やっぱりお前かー!?」

 

 相変わらずやたらと偉そうなディアーチェに対して、不覚にも懐かしさと嬉しさを感じてしまう。傲慢な態度は4年前と同様にアレだが、助けに来てくれたのは確かだ。しかも、彼女がいるということはアイツも帰ってきたということになる。それを喜ばずしてどうする。

 

「そうか、シロンの奴、ようやく帰ってきたのか!」

 

 ヴィータは、嬉しさのあまりこれまでの疲れも消し飛んで笑顔になった。長らく離れ離れになっていた好きな相手とようやく出会えるのだから当然だろう。しかし、愛するシロンと同じくらい自分が大好きなディアーチェとしては、先ほどの救出劇を無視してニヤニヤしているヴィータの態度が面白くなかった。

 

「ふんっ! 貴様の気持ちは分からぬでもないが、命の恩人たる我を敬うほうが先であろうが! このうつけ者め!」

「ははっ、今ならお前の憎まれ口も楽しく感じられるぜ!」

「おのれ~! 赤子のクセに我を愚弄しおって~!」

「おいコラ、赤子ってなんだよ!?」

「赤くてお子様なのだから、赤子で合っておろうが。何なら我の乳でも吸わせてやろうか?」

「やっぱ、すげームカツク!」

 

 仲がいいのか悪いのか、再会して早々にじゃれあう2人だった。

 しかし、いつまでものん気な会話を楽しんでいる時間はない。ガジェットドローンIV型の大群が2人にめがけて突進してきたのだ。

 

「あいつら、何匹出てくりゃ気が済むんだ!」

「ええい、目障りなガラクタ共め! 聖王と魔王を同時に倒して一気に天下を取るという我の計画を、貴様らごとき有象無象に邪魔されてなるものかー!!」

「って、そんなこと考えてたのかよ!」

「当然であろう! 我を差し置いて王を名乗るなど無礼千万! 闇統べる王たるディアーチェ様がそのような愚行を許しておけるか!」

 

 今のセリフは彼女の本音だった。先に駆動炉の方へ来たのは、シロンにお願いされたからにすぎない。それさえ破壊すれば死人が出ない程度に暴れていいとお墨付きをもらっているため、彼女は気がはやっていた。あんな雑魚にいちいち構っていたら、なのはと聖王の戦いが終わってしまうではないか。

 

「ならば、駆動炉もろとも一気に蹴散らしてくれるわ!!」

 

 元々短気なディアーチェは、やたらと張り切りすぎていたせいか一気に勝負をつける気になった。

 シロンに渡されたカードを使って、CNドライヴを搭載した魔力供給装置【CNジェネレータービット】を4基も展開し、膨大な魔力を砲撃魔法に込める。リンカーコアを酷使することのないこのシステムなら、身体にかかる負担も少なく限界を超えた魔法を使える。さらに、使用する砲撃魔法自体も新たに身につけた代物で、闇系統に属する非常に強力な重力魔法だった。

 

「紫天を走れ、我が覇道、砕け超重、グラビティブラスト!!」

 

 ディアーチェは密かにシロンが作っていた魔法を4年の間に習得し、初めて実戦で使用した。機動戦艦ナデシコの主砲を模したそれは、彼女の正面に展開されていた環状魔法陣から撃ちだされた。激しい電光を纏った黒い光が、射線状にあるものを周囲の構造物ごと破壊していく。通路を埋め尽くしていたガジェットドローンIV型の大群が一瞬で消し飛び、その先にある巨大な駆動炉まで呆気なく打ち砕いて、そのまま艦外に突き抜けていった。

 暴力的な力は一瞬で過ぎ去り、彼女たちは呆気なく目的を達成した。

 しかし、その直後に予期せぬ大爆発が起こった。周囲の構造体の中を循環していた高濃度の魔力が強力な砲撃に反応して誘爆したのだ。更に、それに巻き込まれて4基のCNジェネレータービットまで爆発してしまった。

 はっきりいってこれは誤算だった。ゆえに、ヴィータとディアーチェまで爆発に巻き込まれてしまう。

 

「「ぬわーーっっ!!」」

 

 まるでメラゾーマの直撃を受けたパパスのような叫び声を残して閃光の中に消えていく2人。 その十数秒後、ようやく静かになったその場には、サイバイマンにやられたヤムチャのような格好で倒れているヴィータとディアーチェの姿があった。流石の彼女たちもこれほど至近距離で大爆発を受けてはたまらない。こうなってはしばらく動けそうになかった。

 

「お、おのれ……偉大なる我に卑劣な罠をしかけるとは、なんとこしゃくなマネを……」

「た、単なる自爆だろーが……バカヤロー……」

 

 タフな2人は、倒れながらも仲良く喧嘩していた。しかもそれは、心配になったはやてがやって来るまで続くことになるのだった。

 

 

【首都防衛戦・エリオとキャロ】

 

 機動六課の新人として今回の作戦に参加していたエリオとキャロは、戦闘機人に奇襲されてスバルとティアナから分断されてしまった。彼女たちはそれぞれ因縁のある戦闘機人と交戦しており、フリードに乗って空中を飛んでいたエリオとキャロは【ガリュー】という名の召喚虫に襲われていた。

 この変身ヒーローみたいな格好の人型召喚虫は、キャロと同類の召喚士である【ルーテシア・アルピーノ】という少女が呼び出したものだ。その身に宿した特殊な力をスカリエッティに利用されている彼女は、半ば意識を操られたままエリオたちと敵対していた。

 だからこそなるべく傷つけたくはなかったのだが、事態がここまで悪化してしまっては全力で戦うしかない。

 覚悟を決めてフリードから降りたエリオはガリューの迎撃に向かい、空中を行くキャロはガジェットドローンに乗っているルーテシアと空中戦を繰り広げることになった。

 

「やめるんだ、我流! 闇の力を行使する者同士が争えば、時空の歪みを広げてしまう!」

「……?」

「このまま争いが続けばこの地は暗黒世界とつながり、常世の闇に支配されることになる……地獄の千年紀(ミレニアム)が始まるぞ!」

「???」

 

 4年経って中二病に磨きがかかっているエリオは、意味不明な言葉を投げかけてガリューを困らせていた。

 その光景を空から見ていたキャロは、ため息をつきつつもルーテシアと射撃戦を繰り広げる。召喚獣無しでの戦闘力は互角なようで、お互いに攻撃を当てた後に廃ビルの屋上へと着地して再び対峙した。

 

「教えて! あなたは何のために戦っているの?」

 

 キャロは、ルーテシアの存在を知ってからずっと気になっていた疑問を投げかけた。なぜ戦闘機人でもない彼女がスカリエッティの仲間をやっているのか。おおよその見当はついているが、聞かずにはいられなかったのである。あまりにも自分と似ている気がしたため、戦うよりも先に対話を試みてみたかったのだ。

 しかし、ルーテシアがその問いに答える前に邪魔が入った。聖王のゆりかごのコントロールルームにいる戦闘機人【クアットロ】が通信を入れてきたのだ。

 スカリエッティの因子を持っている彼女は非常に残忍な性格で、今回の作戦もサディスティックに楽しんでいたが、通信画面に映る表情はそれほど余裕があるようには見えない。

 その理由は、聖王のゆりかごが予想外のピンチに陥っているからだ。予期せぬ増援の登場によってあっけなく駆動炉が破壊されてしまったため、焦ったクアットロは今すぐ救援を欲していた。現在、彼女が自由に命令を出せるのはルーテシアだけなので、急いで連絡してきたのだ。

 

『はぁい、ルーテシアお嬢様! 唐突ですけど、少しばかり予定を変更することになりましたのでご連絡しまーす!』

「……予定変更?」

『はいそうです。詳しく説明するのもめんどくさいので、ちゃっちゃとそいつらをぶち殺して今すぐこちらに来てくださいな。もちろん、ガリューさんも一緒にね?』

「クアットロ……でも……」

『あー、迷っちゃってますのぉ? 無理も無いです。純真無垢なルーテシアお嬢さまに人殺しは似合いませんものねぇ。でも今はそんな甘っちょろいことを言っていられない状況なんですよー。というわけで、ポチッとな!』

 

 ルーテシアの逡巡を完全に無視したクアットロは、いやらしい笑みを浮かべながら手元にある鍵盤のようなコンソールを操作した。それと同時にルーテシアの様子がおかしくなり、【インゼクト】や【地雷王】といった多数の召喚虫を呼び寄せた。

 先ほどクアットロが行った操作は【コンシデレーション・コンソール】という洗脳技術を発動させるためのものだった。この状態にされてしまうと、理性を封じられて破壊衝動を止められなくなる。つまり、強制的にバーサーカーモードにされてしまったのである。

 

『さぁ、ルーテシアお嬢様。そいつらを全力でぶち殺してくださいな。でないと優しいお母さんに会えなくなりますよー?』

「この腐れ外道がっ!!!」

 

 限度を超えた卑劣さに激怒したエリオが通信画面に向かって怒鳴りつける。しかし、当事者のクアットロは、彼に対して見下すような笑みを浮かべるだけでまったく気にもしていない。

 あんたたちがどう思おうと私には関係ないわ。だってそうでしょ? 地べたを這いずり回る虫けらが牙を向けたって、ちっとも怖くないもの。ねぇ、ルーテシアお嬢さま?

 非情なクアットロは、仲間であるはずのルーテシアですら虫けらのように扱う。キャロたちを利用して偽りの憎悪を植え付け、彼女の心をより完全に支配するために。

 

「……インゼクト、地雷王、ガリュー……こいつら殺して…………殺して―――!!!」

 

 強引に精神を乗っ取られたルーテシアは、狂気を感じさせるような叫び声を上げた。この瞬間、スカリエッティの施した洗脳が機能して彼女を戦闘マシーンに変えてしまったのである。

 そう、それでいいのよルーテシアお嬢様。私の手駒として一生懸命戦いなさい……虫けらのように死んでしまうまでね!

 事態を悪化させた元凶であるクアットロは、エリオたちと戦い始めたルーテシアの様子を確認して満足そうにうなずくと通信を切った。

 

「あのメガネ女、闇の力に飲まれてしまったようだな……哀れな奴だ」

 

 人の形をして生み出されたのに人と相容れない存在にされてしまった彼女に同情する。せっかく対話できるというのに殺しあうことしか考えられないなんて、不幸以外の何者でもないだろう。この戦いが終わった後に心を入れ替えてくれることを願うばかりである。

 しかし、今はルーテシアと呼ばれたこの少女を止めることが先だ。エリオは、ガリューの攻撃を捌きながら現状の打開策を考えた。

 

「どうやら彼女は邪王影縛傀儡掌によって洗脳されてしまったらしい! あれを解くには、同質の力である邪王真眼の秘技をぶつけて対消滅させるしかない!」

「それってエリオ君の妄想でしょ!?」

 

 確かにその通りだが、こういう場合ショックを与えて気絶させる手段がもっとも有効なので、彼の中二病発言もあながち間違いではない。思わず正論でつっこんでしまったキャロも、その事実に気づいて何とか攻勢にでようとする。

 しかし、彼女たちが動き出す前に事態は急変した。どこからか放たれた電撃魔法がルーテシアとガリューに炸裂したのだ。

 

「うわぁ――!!?」

「!!?」

「なにっ!?」

「この電撃は、まさか……」

 

 キャロたちは、凄まじい威力の稲妻を目にした瞬間フェイトのことを思い浮かべた。しかし、今の電撃は黄色ではなく青白かった。ということは……。

 

「へへーん! オリジナルかと思った? 残念、レヴィちゃんでした!」

 

 やたらと楽しそうな声に反応してそちらに顔を向けると、ビルの給水タンクに立ってヒーローのようなポーズを決めているレヴィの姿があった。

 

「雷鳴響かせ、ボク登場!」

「「レ、レヴィさん!?」」

 

 意外な人物の登場に2人は驚く。彼女のバリアジャケットは子供の頃のレオタードっぽいデザインからそれほど変わっておらず、軍服のようなデザインに変更したフェイトとはだいぶ印象が違った。それでもやはり元が同じなので、キャロたちとしては頼もしい存在だった。

 

「やっと帰ってきてくれたんですね!」

「一日千秋の思いでお待ちしておりました!」

「うむ、寂しい思いをさせてすまなかったね、我がサーヴァントたちよ! でも安心するといい。今日からボクが君たちを守ってみせるさ。それが、遠い場所に行ってしまったオリジナルの意思だろうから……」

「って、なんですかその不吉な言い方は!? フェイトさんはすごく近くでがんばってますよー!?」

「そういうことじゃないんだよ、キャロ。闇に属する僕たち(中二病)は、光の世界にいる彼女(普通の人)と違う存在になってしまったんだ。つまり、僕たちの方こそがこの世界から排除されてしまった亡霊なのさ」

「悲しいけど、それが闇に生きる者の運命(さだめ)なんだ!」

「あーん、話がまったく通じない!」

 

 中二病が増えてキャロの気苦労も倍になった。実を言うと、レヴィも重度の中二病だからだ。カッコイイ漢字ばかりの技名を見れば一目瞭然である。

 とはいえ、その点は普通の魔法もあまり変わらないので、魔導師であるキャロが中二病を気にするのは無意味なのだが。

 

「はぁ……」

「ん? どーしたんだい、キャロりん?」

「いいえ、なんでもありません。それより今はルーちゃんたちを助けなきゃ!」

 

 キャロは本来の任務に戻ることでおバカな悩みを忘れることにした。

 こちらの方に関しては大体解決しており、レヴィの奇襲によってルーテシアは気絶しているので、後は呼び出されている召喚虫たちを無力化すれば万事解決である。でもその前に、ルーテシアの様子を確認しておいたほうがいいだろう。

 そう思って視線を向けると、気絶しているかと思われたルーテシアがふらつきながらも立ち上がっていた。レリックウェポンの名は伊達ではなかったらしく、魔法に対する抵抗力が強かったようだ。それでも、やっと立っているような状態なので、これ以上の戦闘継続は難しそうに見えた。

 しかし、洗脳によって自身の限界を超えた行動を強いられている彼女は止まらなかった。

 

「い……いや……寂しいのはもういやだ……一人ぼっちは、いやだ―――!!!」

 

 追い込まれた彼女は魔力を振り絞って【究極召喚】を行った。すると、彼女の後方上空に巨大な魔法陣が現れ、そこから人型の巨大怪物【白天王】が呼び出される。体長が15メートルもあるそいつは、もはや生物と言っていいのか分からないほどに異様な存在だった。というか、出てくる作品が違うだろとツッコミを入れざるを得ない容姿だ。

 とはいっても、出てきてしまったものは仕方がない。虫だからといって無視して逃げるわけにもいかないので、ここで何とか対処するしかなかった。

 もちろん、そう判断したのは勝ち目があるからだ。都合のいいことに、キャロもあれと同じような力を持った【ヴォルテール】という真竜を召喚できるので対等以上に戦える。ならば、全力で立ち向かうべきだろう。

 生まれ故郷を追い出された原因であり、強大すぎるその力に怯えていたキャロだったが、覚悟を決めて召喚準備に入ろうとした。しかし、それはレヴィによって止められる。実は彼女もディアーチェ同様にやたらと戦いたがっていたのだ。

 

「ちょーっと待った! ここはこのボク、レヴィ・ザ・スラッシャーに任せてくれたまえ!」

「えっ?」

「モビルアールヴ相手に鍛えたこの力、今こそ見せる時が来た!」

 

 なんとレヴィは、マスターアジアのように生身でモビルアールヴと戦っていたのだ。とにかく強い相手と戦うことが好きな彼女は、異世界で出会ったモビルアールヴを気に入って何度も戦闘を繰り返した。風車に戦いを挑んだドン・キホーテのようにアホの子である。しかし、大きさで言えば白天王と同規模なので、特訓の成果とやらは見せることができそうだ。

 しかも、今はシロンにもらった切り札もある。

 

「見るがいい! これが限界を超えた絶対勝利の力だぁ!!」

 

 そう言って取り出したカードを頭上にかざすと、CNジェネレータービットが2基現れた。それはディアーチェが使ったものと若干違って、1基のCNジェネレータービットに4基の【CNコレダービット】が搭載されているレヴィ専用のものだった。

 荷電粒子加速装置であるCNコレダービットは、レヴィの電撃魔法の効果を増幅させる機能がある。目標の周りに配置して特殊な結界を形成し、回避不可能な電撃の嵐を相手に食らわせるのだ。

 そして、それらは既に白天王の周囲に展開させている。後は新たに開発した魔法をぶち込むだけだ。

 

「いくぞ! パワー極大! 雷神爆殺激竜波!!」

 

 レヴィは、竜の形をした巨大な電撃を九つ放った。ぶっちゃけると邪王炎殺黒龍波のパクリなのだが、こちらの世界風にアレンジされている。簡易的なプログラムとして造られているその竜はそこそこの知能があり、相手の急所を適確に狙う。それらがCNコレダービットで加速されて攻撃力を増し、白天王の巨体に絶大なダメージを与えていく。

 そして最後にすべてのエネルギーを開放して大爆発を起こす。これには白天王も耐え切れず、辺りのビルを巻き込みながら倒れこんでしまった。もちろん非殺傷設定なので死んではいないが、しばらくは動けないだろう。

 

「ふっ、君が弱いんじゃない、ボクが最強なのさっ!」

「「す、すごい……けど、やりすぎです……」」

 

 レヴィの忠告に従って空中に逃れた2人は、フリードの背中から一部始終を目撃して目を丸くした。フェイトですら倒せるか分からない相手を一撃で仕留めたのだから当然だ。

 さらに、近くにいたルーテシアも余波に巻き込まれて気絶していた。バリアジャケットがボロボロになって可愛いパンツが丸見えだけど、命に別状は無いのでよしとしておこう。

 

「白か……。操られていたとはいえ、彼女の本心はあのパンツのように清らかなのだろうな」

「言い方はかっこいいけど内容はアウトだよ!?」

「キュクル~(なんとなく申し訳なくなるフリード)」

「……(気にするなと頷くガリュー)」

 

 何はともあれ、エリオたちの活躍で忌むべき呪縛から開放されたルーテシアは、しばらく保護観察を受けた後に、ずっと求め続けていた平穏な暮らしを手に入れることになる。スカリエッティのアジトから救出され、奇跡的に生還することができた彼女の母親――【メガーヌ・アルピーノ 】と共に。

 因みに、レヴィの登場によって召喚される機会がなくなったヴォルテールは、生息地であるアルザスでのんびり空を見上げながら妙な寂しさを感じていた。

 

 

【首都防衛戦・スバル】

 

 戦闘機人の襲撃によって1人高速道路に取り残されたスバルは、ナンバーズと同じ格好をしたギンガと対峙していた。

 確かに彼女はギンガ本人だが、スバルを見つめる冷たい眼差しからはもとの優しい雰囲気が失われている。敵方に囚われていた間にレリックウェポンとして改造され、ルーテシアと同じ洗脳を施された彼女は、文字通り戦闘マシーンと化していた。

 

「こんな形でギン姉と戦うことになるなんて……」

 

 はっきり言ってかなり分の悪い状況だ。普通の状態でも苦戦する相手が更にパワーアップしているのだから、勝利できる可能性はとても低いと言わざるをえない。

 しかし、まだ負けると決まったわけでもない。

 彼女にかけられた洗脳は、デメリットの大きい外科手術を必要としない魔法技術による暗示で再現されているため、気絶するほどの魔力ダメージを与えれば解除できる。つまり、一撃の攻撃力が高いスバルには一発逆転の可能性が残されていた。

 もちろんスバル自身はそんな情報を知らないが、それでもやることは変わらない。なのはに鍛えてもらった魔法の力でギンガに勝つ、ただそれだけだ。

 

「目を覚ましてよ、ギン姉! そんな洗脳なんかに負けてたらシロ兄が悲しむよ!? その格好は喜ぶかもしれないけど!!」

「!?……シロン、さん……」

 

 胸の形がハッキリ分かるボディスーツを身につけたギンガは、シロンの名を聞くと一瞬だけ反応を示した。操られている間も彼女の意識はあり、スバルの言葉もおぼろげながら判別できていたのである。しかし、それ以上の影響を与えることはできず、すぐさま攻撃が再開される。やはり、洗脳を解くには戦いに勝つしかないようだ。

 

「私を……惑わすなっ!」

「あうっ!」

 

 2人は、空中に出現させたウイングロードという魔法の道を縦横無尽に疾走しながら幾度も拳を打ちつけあう。一見すると互角のようだったが実力的には姉のギンガに分があり、次第にスバルの方が押され始めた。そして、ついに手痛い一撃を食らってしまう。

 

「リボルバーギムレット」

「っ!?」

 

 ドリルのように回転したギンガの貫手が防御魔法を貫いてスバルに直撃した。魔法少女というよりスーパーロボットの部類に入るであろうその攻撃はとても強力だった。

 凄まじい衝撃によって吹き飛ばされ、高速道路に叩きつけられたスバルは、うつ伏せに倒れながらギンガを見上げる。

 

「ギン姉……」

「……」

 

 無機質な表情で目の前に立っているギンガを見つめているうちに涙が出て来てしまう。大好きな姉とこんな悲しい戦いをしなければならないなんて酷すぎる。

 こんな時にシロ兄がいてくれたら……。

 スバルは頼れる兄貴分のことを想った。彼がいればこんな逆境ぐらい笑いながらひっくり返せるに違いない。なのはの砲撃魔法が直撃しても「あー死ぬかと思った!」の一言で済ましてしまう男だ、ギンガに殴られたくらいなら涙目になる程度だろう。

 しかし、彼は今ここにいない。来るかどうかも分からない幻のヒーローを待っている余裕は無かった。

 それ以前に、このまま簡単に諦めたらシロンに会わせる顔がないではないか。彼の助言を受け入れ、クイントを陥れたと思われる管理局の腐敗を父や姉と一緒に正してみせると決心したのだ。その志を成し遂げる前に、こんなところで負けてなるものか!

 首を掴んで締め上げようと腕を伸ばして来るギンガを睨みつけながらスバルは叫んだ。

 

「私は……負けない! この手の力は、悲しい今を打ち抜くものだから!!」

 

 この力で洗脳された姉も助けてみせる。スバルはリボルバーナックルを装着している右手を力強く握り締めて覚悟を決めた。

 その時だった。高速で飛来してきた誘導弾がギンガに命中したのは。

 

「ぐぁっ!?」

 

 不意を突かれた彼女は、ほとんど反応できずに姿勢を崩してしまった。

 誘導弾を撃った謎の襲撃者はその隙を適確に突いた。炎を纏った杖状のデバイスでギンガの腹部を突くと同時に砲撃魔法を放ち、近くにある廃ビルを突き破るほどの衝撃で吹き飛ばした。

 とても鮮やかな奇襲で思わず見惚れてしまうほどだが、それ以上に気になることがある。

 

「(この人は、まさか!?)」

 

 一部始終を近くで見ていたスバルは、まったく身動きできなかった。太陽を背にして上空に浮かんでいる襲撃者に視線が釘付けになっていたからだ。

 その襲撃者は、幼い頃に空港火災の現場で自分を助けてくれたあの人にソックリだった。しかし、彼女は今聖王のゆりかごで戦っているはずなので、こんな所にいるわけがない。それによく見ると髪型がまったく違うし、バリアジャケットもやたらと黒い。だとしたら、この人物は何者なのだろうか。

 なんてことを思っていたら、当の本人があっさりとネタばらしした。

 

「えっへん。ナノハかと思いましたか? 残念、シュテルちゃんでした」

「………………え?」

 

 一瞬誰だろうと思ったが、すぐに思い出した。確かあの人は、なのはさんの遠い親戚というシュテルさんだ。管理局に目をつけられるのが嫌だから魔導師の実力を隠していると聞いていたが、どうやら自分を助けるために秘密を破ってくれたらしい。

 実際は認識阻害魔法を使っており、シュテル本人を知っているスバルにあまり効果が出ていないだけだったが、わざわざ説明する必要は無いだろう。後に提出する報告もはやてが改ざんするだろうし……。

 

「助けていただいてありがとうございます、シュテルさん!」

「お気になさらずとも結構ですよ。これは私自身の意思ですから」

 

 慌てて起き上がったスバルはとりあえず感謝を伝え、シュテルも律儀に答える。感情の希薄な声だけど、優しさがちゃんと伝わってくるところは、やはりなのはの血縁者だと思う。スバルは、穏やかに微笑んでいるシュテルの顔に尊敬するなのはの姿を見て感動した。この人も強くて優しくて素晴らしい女性に違いない。

 しかし、その感想はいとも簡単に覆される。廃ビルから飛び出して再び高速道路に戻ってきたギンガの様子を見たシュテルは、優しさとは無縁の毒のこもったセリフをはいたのだ。

 

「どうやら、まだ洗脳は解けていないようですね。汚物の消毒には自信があったのですが、スカリエッティ菌はかなりしぶといようです」

「って、ばい菌関係無いですよー!?」

 

 シュテルは、小学生の悪口みたいな言葉でスカリエッティをバカにした。洗脳という卑怯な手段に対して彼女なりに怒りを表しているのだが、落ち着いた喋り方とまったく合っていない。っていうか、なのはと同じ顔で変なセリフを言われると余計に調子を狂わされてしまう。

 そのせいで一瞬緊張感が薄れてしまったが、今は隙を見せていい状況ではない。ギンガは新たな増援に警戒しながらも、こちらを狙っている。いや、彼女の目標はスバルからシュテルに移っている。

 

「増援戦力の脅威度大……任務達成のため、あなたの排除を優先する!」

「いい判断です」

 

 お互いに敵意を確認すると、2人同時に飛び出して接近戦を始めた。意外なことに、なのはと同じ砲撃魔導師であるシュテルが格闘戦主体のギンガを上回っていた。それは当然で、ライバルであるなのはに対抗するために接近戦を鍛えていたからだ。

 ディアーチェやレヴィのように力技で押し切るのではなく、炎熱変換の資質を自在に操って視覚や思考能力を徐々に低下させることで優位に立つ【戦術】で勝負する。それこそが紫天の書の【理】を司っているシュテルの戦い方だった。

 

「はぁ……はぁ……」

「かなり苦しそうですね。熱に弱い機械の身体では、ことさら堪えることでしょう」

 

 機械部分が加熱してギンガの身体に大きな負担をかけ始めた。明らかに稼動能力が低下し、始めのころのキレが無くなっている。その状態を見て取ったシュテルは一気に勝負を付けにきた。

 

「いい具合に温まったようですし、そろそろ最後の仕込みに入りましょう」

「なにっ!?」

 

 シュテルは熱の影響でふらついたギンガの隙を突き、バインドで彼女を拘束するとすばやく距離を開けた。新しく身につけた集束型砲撃魔法を放つ気なのだ。

 

「シロンに頂いたこの力、有効に使わせていただきます!」

 

 気合を入れたシュテルは、一枚のカードを取り出してそれを発動した。すると、彼女の周りに2基のCNジェネレータービットが現れた。基本的にはディアーチェが使ったものと同様だが、これには知能を駆使して戦うシュテルに適合した特殊な機能が備え付けられていた。

 その機能とは、異なる属性を加えて魔法の効果範囲を広げるユニゾン能力だ。2基のビットにはそれぞれディアーチェの闇属性とレヴィの雷属性が備わっており、それらを使い分けることで魔法の性質を自由に変えられるようになっている。

 試作品をマテリアル娘たちにテストしてもらい、シュテルが一番有効に使いこなしたため彼女に託されることになった代物だ。その際に名前も改められて【CNユニゾンビット】となった。

 

「今回は闇属性を使いましょう」

 

 闇属性は精神に影響を与える性質があるので、洗脳を解くのに使えると判断した。後は、シロンに伝授されたあの技を撃ち込むだけだ。

 あくまでも冷静なシュテルは、砲撃形態にしたルシフェリオンをゆっくりとギンガに向けてとどめの魔法を詠唱し始めた。

 

「天に吼えろ暗炎竜(ゲルゾニアンス)、すべてを滅する闇の炎で、世界を抱き焼き尽くせ! 魔凰炎閃波(ダークフレイムブレイザー )!!」

 

 ついに、中二病最強の炎熱魔法が放たれた。もちろんこれは本物みたいに2億4950万℃も無いが、闇属性が備わっているおかげで精神や肉体の内面に与えるダメージが増加している。そのため、今回のように洗脳されている相手には効果抜群だった。

 しかし、CNドライヴから供給された魔力まで乗せたこの魔法はあまりにも強力すぎた。

 

「うわあぁぁぁぁ――――…………」

「ギン姉ぇ――――!!?」

 

 これまで静かに戦いの行方を見守っていたスバルは、黒い炎の奔流によって遥か先までぶっ飛ばされたギンガのもとへ駆けつけた。するとそこには、ほぼ全裸状態のギンガが目を回しながら気絶していた。完全平和主義だったケット・シーが作りあげた優秀な非殺傷魔法技術のおかげでほとんど傷は無いものの、乙女としてのダメージは大きかった。周りに男性がいなかったことが唯一の救いである。

 

「ちょっとやりすぎてしまいましたね……テヘ」

「可愛く言ってるけど何か怖い!?」

 

 片目を瞑りながらペロッと舌を出しているシュテルは確かに可愛かったが、一連の惨事を目撃してしまったスバルは見た目通りに受け取れなかった。

 

 

【首都防衛戦・ティアナ】

 

 スバルたちと分断されたティアナは、戦闘機人たちの末っ子である【ディード】によって弾き飛ばされ、大きな吹き抜け構造になっている廃ビルの中に放り込まれた。更にそのビルは【オットー】が発動した強力な結界で覆われ、ティアナはそのまま閉じ込められてしまう。

 これは偶然ではなく、彼女たち【ナンバーズ】の作戦だった。新人達の司令塔でありもっとも厄介な敵である彼女を確実に仕留められる環境を作ったのだ。

 3人の戦闘機人に加えて数機のガジェットドローンによる包囲が完成してしまい、1人きりのティアナは絶体絶命のピンチに陥っていた。遮蔽物を利用して何とかガジェットドローンは全滅させたが、本命の戦闘機人たちを倒すまでには至らず追い詰められてしまう。

 格闘タイプの【ノーヴェ】と砲撃タイプの【ウェンディ】、それに増援として現れた剣士タイプのディードは簡単に倒せる相手ではない。しかも3人の連携攻撃はとても優秀で、足を負傷してしまったティアナの勝ち目はほとんどなかった。

 

「(まずいわね……。やっぱりあいつら、1ヶ月前より強くなってる……)」

 

 本来の歴史ではワンパターンとも言える完璧なコンビネーションを逆手にとって戦局を逆転させるのだが、変化したこの歴史では念入りに戦闘パターンを学習しているのでその手は使えなくなっていた。

 なぜそのような変化が起きたのかと言うと、なのはの戦力が大幅に上がったせいだった。魔力にリミッターをかけてもSランク並の実力がある白い魔王と対抗するには、グフをイフリートに更新するぐらいパワーアップする必要があったのだ。その結果、ナンバーズの戦闘力は本来の歴史より上がっていた。

 ティアナの戦力も小型ハロのおかげでだいぶ上がっているとはいえ、多勢に無勢では対処しきれない。そのため、元々うすかった勝ち目がほとんど絶望的になってしまった。まさに、とんだとばっちりである。

 

「(1対1なら勝てるけど、そんな状況には持ち込めそうにない……この窮地を脱するには、どうすればいいの!?)」

 

 どう考えても勝機が見出せない上に、時間稼ぎすらも厳しい。半分機械である彼女たちは高性能のセンサーを持っているため、発見されるのは時間の問題だった。

 案の定、悩んでいるうちに隠れていた位置を発見されて激しい攻撃を受けた。最初の襲撃は何とか防いだものの、その後すぐに囲まれてしまい逃げ出すことすらできなくなってしまった。

 

「(……こうなったら、やるしかないわね)」

 

 ティアナは覚悟を決めた。もちろん死ぬためのものではなく、最後まで戦いぬいて生き残る覚悟だ。結界を破壊して救援が到着するまで何としてでも生き抜いてみせる。

 

「(ここで諦めたら、スバルに合わせる顔がないからね!)」

 

 愛用のデバイスを両手で構えながら場違いな笑みを浮かべる。何かとおバカな親友を思って可笑しくなったからだ。

 それは何の意図も無い無意識の行動だったが、期せずして面白い効果を生むことになる。異様とも言えるティアナの様子を見たノーヴェたちが、無駄とも知らずに警戒してしまったのである。余裕の表れのように見えたため、何か奥の手を持っているのではないかと深読みしたのだ。もちろん、実際にはそんなものなど無かったのだが、その一瞬の迷いがティアナを救った。

 なんと、ナンバーズたちが躊躇している間にリニスが転移してきたのである。ティアナとノーヴェの間に立つように現れた彼女は、おっとりとした声でティアナに話しかけてきた。

 

「よかった、何とか間に合ったみたいですね」

「「「「!!?」」」」

 

 急に現れた第三者に全員が驚く。

 15歳程度の背格好をした彼女は、どう見ても普通の民間人のように見えた。主婦に専念しているリニスは、娘といても不自然にならないように作った普通の私服のようなバリアジャケットを着ていたため魔導師には見えなかったのだ。そのためティアナは民間人の少女が巻き込まれたのかと思ったのだが、認識阻害魔法の効果が現れると、その少女がよく知っている人物に見えるようになった。

 

「あなたは……スバル!? どうやってここに来たの!? っていうか、その格好はどうしたのよ!」

 

 ティアナには、ボブカットのリニスがスバルに見えた。それは、相棒の登場を強く待ち望んでいたことが原因だ。認識阻害魔法は対象者の意識を反映して虚像を見せているため、思いが強いと特定の人物に見えるようになるのである。

 そんなティアナの声を聞いたノーヴェたちも彼女の言葉によって意識を刷り込まれ、目の前にいる少女がスバルの姿に見えてしまう。

 

「そんなバカな!? なんでタイプゼロ・セカンドがここにいる!!」

「アイツは表でファーストと交戦中のはずっすよ!?」

「それは間違いない。オットーの確認も取ってある」

「じゃあ、アレは何だってんだよ!? オレンジ頭の幻術でもねーぞ!」

 

 ナンバーズは有り得ない光景に混乱した。オットーの結界が張られているこの場所は、外部からの侵入が不可能な状態なのだ。それをどうやってすり抜けてきたというのだろうか、彼女たちにはまるで見当がつかない。

 もちろんそれは当然で、リニスはこの世界に無い能力でここに跳んできたのだ。彼女のIS・クアンタムバーストを使って量子テレポートすれば結界など無意味だ。理論上、彼女はどこにでも行けるのである。

 無論その事実をナンバーズが知ることはないが、いずれしても、リニスが結界を越えてきたという事実は変わらない。ここからは彼女の相手もするしかなかった。

 

「3対1とは随分と大変でしたね。でも、もう安心してください。私が力を貸してあげます」

「え……急に何言ってんのよ、スバル? 何かしゃべり方までおかしいわよ?」

「ああ、私のことがスバルに見えているのですね? 色々と込み入った事情があるので詳しくは言えませんが、私はスバルではありません」

「えっ!? それじゃあ、あなたは一体……」

「とりあえず、ティアナさんの味方で間違いありませんよ。クロノ提督の要請でここに来たのですから」

「クロノ提督って、なのはさんたちの知り合いの!?」

 

 ティアナは、正体不明のリニスから聞かされた情報に混乱した。それでも、リニスの言葉に偽りは無いと思った。あのなのはたちですら頼りにしているクロノ提督なら、このくらいのサプライズを起こしても不思議ではない気がする。そもそも、追い込まれたこの状況では彼女と共闘するしか助かる方法はない。

 ならば、生きるためにやるべきことをやるだけだ。

 

「分かりました。ご協力に感謝します!」

「そんなに畏まらなくてもいいんですよ。同じ戦闘機人として、この子たちを放ってはおけませんから」

「なんだって!?」

「もしかして、タイプゼロは3人いたっすか!?」

 

 リニスの衝撃発言に全員が驚く。特に、ナンバーズの動揺は大きかった。確かにスカリエッティ以外にも違法な戦闘機人の開発は行われているが、ナンバーズと対抗できるほどの力を持った者はスバルたちタイプゼロだけだと思われていたのだ。

 しかし、この少女は余裕のある態度で戦場に出て来た。ということは、それ相応の実力を持っているという事になる。

 

「さて、それじゃあ早速オシオキするとしましょうか。お婆さんのところに預けてきた娘がお菓子を食べ過ぎていないか心配ですし」

「娘? ……お前には子供がいるのか!?」

「ええそうですよ? 優しい旦那様と結ばれて、幸せに包まれながら授かった私の宝物です」

「そんな……戦闘機人が、戦うための兵器が、人間みてーに暮らせるわけがねぇ!!」

 

 ノーヴェは、幸せそうに娘の事を語るリニスになぜか怒りをぶつけた。彼女は、戦うことを目的として生み出された戦闘機人の存在理由に苛立ちを感じていたのだ。クイントの遺伝子を用いて作られた人としての部分が、無意識のうちに平穏な暮らしを求めていたのである。

 しかし、彼女を取り巻く異常な環境がソレを許さない。だからこそ、自分が得られない可能性を享受しているリニスのことが疎ましかった。

 

「そうだ、お前の話は全部デタラメに決まってる! 戦闘兵器に愛だの恋だのできるわきゃねーんだ!」

「そんなことはありませんよ。その証拠に……ほら、家族で取ったこの写真を見てください」

 

 そう言うとリニスは目にも留まらぬ動作でノーヴェに近寄った。子煩悩な彼女は、自慢の娘を見せびらかしたくて仕方がないのだ。その親バカぶりは、認識阻害魔法で正しく見れないことも忘れるくらいである。

 とはいえ、初対面かつ敵対しているノーヴェがそれに付き合うわけもなかった。リニスの動きにまったく反応できずに驚愕したが、その動揺を表に出さないように努めながら、彼女の持っている写真を叩き落として踏みにじった。

 

「あっ!」

「ふざけんなっ! こんなもん見せられたって意味ねーんだよ! 大体ガキなんざ簡単に作れるじゃねーか! 私らの腹ん中にもドクターの種が入ってるしな!」

「えっ!? それってどういうこと!?」

「あーもう、それは言っちゃダメっすよ!?」

 

 慌ててウェンディが口止めするが、そのせいで余計に疑惑が高まった。頭の回転が速いティアナはドクターの種という言葉からクローンの存在を連想したが、それは当たっていた。

 ナンバーズの体内にはスカリエッティの因子が詰ったカプセルが埋め込まれており、1ヶ月ほどでスカリエッティのクローンを生み出すことができるようになっていたのだ。ようするに、スペアが用意されていたのだが、幸いにも奴の思惑は実現することはなかった。この情報はスカリエッティのアジトにいるフェイトも知るところとなり、後にはやてらにも報告されて、すべてのカプセルはナンバーズの体内から除去されることになる。危うい所で12人の変態兄弟をこの世に誕生させずに済んだのである。

 因みに、洗脳や武装の調整に時間を費やされたギンガにはカプセルが埋め込まれていない。目前に迫った夢の実現に浮かれていたスカリエッティは、そこまで興味を示さなかったのだ。つまり、ギンガが汚されずに済んだのは単なる気まぐれだった。

 それらの情報はこの時点のティアナが知る由もない事だったが、とにかくスカリエッティの異常性だけは理解できた。

 

「自分の娘たちにそんなマネをするなんて……!」

「はっ、てめぇらの同情なんざ、これっぽっちもいらねぇんだよっ!」

 

 スカリエッティに対して憤るティアナの態度が自分をバカにしているように感じたノーヴェは、怒りを示すように目の前のリニスを殴り飛ばそうとした。彼女は写真を踏みにじられてからずっと俯いており、隙だらけだったのだ。

 しかし、その憶測は間違っていた。しっかりと状況を把握していたリニスは、強力なノーヴェのパンチを片手で軽々と受け止めたのである。実を言うと、彼女もまた怒りに燃えていたのだ。

 

「私の大切な家族写真に……」

「えっ!?」

「なんてことしてくれるんですか―――!!!」

「へぶぅ――――――!!?」

 

 掴まれたパンチを引っ張られて体勢を崩されたノーヴェは、なすすべもなく強烈なビンタを食らって昏倒した。こっそりとトランザムを使った渾身の一撃なので、流石の彼女も耐えられなかった。そんな一方的すぎる戦いをしっかりと目撃してしまった他の少女たちは、赤く輝くリニスが鬼神のように見えて怯えた。

 

「あら、一発でのびてしまいましたか。反省するまで続けようと思っていたのですが……残念ですね」

「「ひっ……」」

 

 ニコリと微笑むリニスに恐怖したナンバーズは、引きつった叫び声を上げてしまう。ウェンディはともかく感情の乏しいディードまで怯えさせるリニスの怒気は本物だった。

 

「仕方ありません。今度は、この子を止めなかったあなた方をオシオキしましょう!」

「「ひぃぃ―――!!?」」

 

 ノーヴェのせいでとばっちりを受けることになってしまった2人は、抵抗空しく敗れ去った。何度もビンタを食らって頬を赤く染めながら気絶している様子には、敵対していたティアナも同情を禁じえなかった。

 

「これは……トラウマになっちゃうんじゃないかしら?」

「え~、そんなことはありませんよ。ちゃんと手加減しましたし」

「あれで!?」

 

 その言葉を聞いてティアナ自身もトラウマになりそうだったが、踏みにじられた家族写真を大事そうに撫でているリニスを見て考えが変わった。強さとは、負の感情を向けてはいけないものなのだと気づいたのである。

 彼女は大切な家族との絆を守るためにあの力を発揮した。そこには何の悪意も無く、だからこそ強かった。それが、人を守る仕事に就いた自分の目指すべき姿だろう。

 

「あーん、私の大切なコレクションがー! まったくもって怒りが収まりませんね!」

「目指すべき姿……なのかな?」

 

 とっても私事で制裁を加えていたらしい発言をするリニスを見て、ちょっぴり自信がなくなるティアナであった。

 

 

【首都防衛戦・シャマルとザフィーラ】

 

 危機を脱したティアナが落ち込むリニスを慰めている頃、単独行動をしているオットーを見つけたシャマルとザフィーラが彼女の確保に成功していた。ガジェットドローンの指揮や結界による戦力分断を担当していたオットーを無力化したことで敵勢力が弱体化していく。

 その成果を祝うように、シャマルたちの救援にかけつけたアルマ専用のペットロボット【ハロ・キティ(猫型のハロ)】が元気に飛び跳ねる。

 

『ヨクヤッタナ、シャマル! モットキバレヤ、ザフィーラ!』

「う、うん、ありがとね~……」

「なんで私は褒めてくれないんだ?」

 

 ただ見てただけのハロから不当な扱いを受けたザフィーラは、やるせない気持ちになるのだった。



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第18話 ミッドチルダよ、我輩は帰ってきた! 【StrikerS3】

Gのレコンギスタは少し微妙でした。
今のところはガンダムというタイトルを使っている意味があまり感じられません。
どう見てもMSのデザインが好きになれなくて……後半はよくなるかなぁ。
やはり、ガンダムビルドファイターズトライと弱虫ペダルの続編に期待ですね!

そして、ご意見、ご感想にぜひともご協力ください。
今後も続けていくか迷っているので、参考になる返事がいただけると大変ありがたいです。


【地上本部】

 

 遊撃戦力として独立行動を取っているシグナムは、リインとユニゾンした状態で地上本部に近い市街地上空にいた。彼女が警戒している強敵が地上本部を目指しているという情報を掴んだため、ここで待ち構えていたのである。

 その強敵とは、【ゼスト・グランガイツ】という名のストライカー級魔導師だった。元管理局局員だった彼は、クイントも参加していた例の戦闘機人事件で死亡し、後にレリックウェポンの実験体として蘇った存在だ。皮肉なことに、自分を殺した張本人の手によって生き返らされ、求めていた事件の真相に近づくことができた。しかし、実験は失敗していたため彼の命はもう限界にきていた。

 だからこそゼストは、死に絶える前に親友だったレジアスとの対話を望んだ。

 

「もし、あいつが道を違えてしまったのなら、全力で止めてやらねばならん。それが、親友だった俺の役目であり最後の望みだ……」

 

 レジアスは、自身が命を失う原因になった戦闘機人事件に関与していたと思われるため、すべての真相を聞きだしたいと思っていた。何も知らずに死んでいった部下達のために……いや、自分が納得して死んでいくために、どうしても彼の口から真実を聞きたかったのだ。

 死を目前にしたゼストは、二度目の命を使い切ってまで過去の遺恨を晴らそうとしている。そんな悲しい覚悟を感じとったアギトは、複雑な思いを抱きながらも行動を共にしていた。

 彼女は、違法な研究施設に囚われていた所をゼストとルーテシアに助けられて以来、ずっと彼らと一緒にいて生きている喜びを教えてもらった。そんな大恩ある彼が決死の行動をするのに放っておけるわけがない。たとえ望まぬ結果になろうとも、最後の時まで一緒にいたかったのである。

 

「(私の命は旦那と共にあるんだ。例えこの先どうなろうと絶対に離れるもんか!)」

 

 そんな強い思いが力になったのか、アギトとユニゾンしたゼストは待ち構えていたシグナムを振り切ることに成功し、地上本部にいるレジアスの元へやって来た。途中の通路にアギトを待機させて時間稼ぎを頼んだので、話し合う時間は十分確保できる。その後は、これまでに得た戦闘機人事件のデータを信頼できる者――後を追ってくるだろうシグナムに渡せば自分のやるべきことは終わる。

 

「ふっ……あのような騎士がいるのなら、管理局もまだ捨てたものではないな」

 

 最高評議会の暗躍を知って一度は見限ったが、管理局のすべてが悪というわけではない。ゼストは、他の局員とは何かが違うシグナムたちの存在に希望を見出していた。災厄を齎したというパンドラの箱にも希望が込められていたように、この醜くも素晴らしい現実にもそれがあることを信じてみたかったのだ。ルーテシアとアギトが幸せになれる未来を実現するために……。

 

 

 一方、ゼストに逃げられたシグナムとリインは、市街地に侵入したガジェットドローンを撃破しながら地上本部に突入していた。レジアスの執務室へ向かう途中でアギトが立ちはだかったが、本音をぶつけ合った結果お互いの意見が合致した。そのため敵対する必要が無くなり、これ以降は事件終了までずっと行動を共にすることになる。

 

「いいか! 旦那を助けるために仕方なく手を組むだけなんだからな!」

「大丈夫、ちゃ~んと分かってるですよ~、ツンデレ融合騎さん」

「なっ!? ちっげーよ、アタシと旦那の関係はそんな軽いモンじゃねーんだよ、バッテンチビ!」

「って、なんですかそのあだ名はー!?」

「はぁ、やれやれだな……」

 

 紆余曲折の末にアギトとの和解が成立してようやく事態が良くなってきた。そんな矢先に、アースラからの緊急連絡を受ける。報告によると、正体不明の増援が多数現れて各地の戦況を急速に好転させているらしい。普通だったら正体不明という単語が気になるところだが、シグナムたちはそれほど慌てなかった。なぜなら、そんなことをやりそうな人間に心当たりがあるからだ。

 

「絶対シロンちゃんたちですよ!!」

「ああ、そうかもな」

 

 恐らくはその通りだと思われるが、念のために対抗策を整える必要がある。慎重なシグナムは喜びを押さえつつもリインをはやての元に送ることにした。1人事情の分からないアギトは訝しげな表情をしていたが、説明をしている時間もないので、そのまま黙ってレジアスの執務室へと急行する。

 執務室のあるフロアに出ると、扉を破壊した痕跡を確認できた。そこから大きな物音は聞こえないが、穏便に話し合っているのか、それともレジアスに害が及んでいるのか分からない。できれば前者であってほしいと願いながら2人は執務室に駆け込んでいく。

 すると、そこには……亀甲縛り型のバインドで縛り上げられ、不機嫌な表情をしながら正座しているゼストたちの姿があった。

 

「なんじゃこら!?」

 

 初めて亀甲縛りバインドを見たアギトは驚きの声を上げる。ゼストが無事だったのはよかったが、このような酷い状況になっているとは思ってもいなかった。いい年したオッサンが卑猥な縛り方をされている姿はかなり異様で、突然変な物を見てしまったアギトは急激にテンションを下げてしまう。

 そんな彼女を他所に、見慣れているシグナムはこの状況について考察する。こんなことをするのは、彼女の知っている限りではシロンとグラハム、それにマテリアル娘だけだ。

 ということは……

 

「やはり、彼らが帰って来たのだな」

「ご明察だ、烈火の将!」

「なっ、誰だ!?」

「あえて言わせてもらおう……グラハム・ニャーカーであると!」

 

 本当は名乗っちゃダメなのにあえて名乗っちゃったグラハムは、何もない空間からゆらりと出現した。以前リニスが使っていた隠密魔法・ミラージュコロイドで姿を隠していたのである。もちろん認識阻害魔法・ミノフスキーも使っており、シグナム以外の面子には別の誰かに見えているが、姿以外にも特徴の多い彼にはあまり意味が無いかもしれない。

 

「久しいな、シグナム。壮健そうでなによりだ」

「ふっ、そちらもな。ところで、この状況は一体どういうことだ?」

 

 シグナムは、縛られている面々に視線を送りながら尋ねた。そこにはゼストの他に3人いて、全員が正座を強制させられていた。そのうちの2人はレジアスと彼の副官である【オーリス・ゲイズ】で、シグナムも知っている人物だったが、もう1人は初見だった。というか、その女性は戦闘機人と同じボディスーツを着ている。

 

「この女、スカリエッティの手の者か?」

「恐らくはそうだろう。彼女はそのヒゲ親父を殺そうとしていたからな」

「ちっ……」

 

 目つきの鋭い戦闘機人・ドゥーエは舌打ちをして不機嫌さを表した。

 彼女は変身偽装能力を持ち、これまで数々の潜入工作を実行してきた張本人だった。聖王の遺伝子を盗んだのも最高評議会の老人たちを殺害したのも彼女の仕業で、今度はスカリエッティの内情を知りすぎているレジアスを暗殺しようと、女性局員に変身して潜り込んでいたのである。そして、ゼストが突入してきたドサクサに紛れてそれを実行しようとした。

 しかし、必殺だと思われたその攻撃は、ゼストの後をつけて潜り込んでいたグラハムによって防がれ、逆に囚われてしまうことになった。

 

「丸腰のオヤジを背後から襲うなど、黙って見過ごすわけにはいかんな、全身タイツ女!」

「これは全身タイツじゃないわよ!? っていうか、お前は何者だ!? 一体どこにいるんだー!?」

 

 ミラージュコロイドで姿を隠したグラハムに捕まったドゥーエは、混乱している間に亀甲縛りで拘束された。

 もちろん、そんな異常事態が起きれば他の面子も警戒してしまい、話し合いどころではなくなってしまった。空気の読めないグラハムもこのままでは目的を達成できないと感じ取り、問答無用で全員を拘束して強引に話し合いの続きを促した。

 良心的に捉えれば、大人しく対話ができる環境を整えてやったことになるが、実際にやったことはただの緊縛プレイでしかなく、常識人のアギトは呆気にとられた。しかし、シロンと出会ってからこの手の事態に慣れてしまったシグナムは、話を聞いてうなずいた。

 

「なるほど、全員が縛られている事情はそういうことか」

「今ので納得すんのかよ!?」

 

 アギトが感じたようにツッコミどころ満載の展開だが、これでも最良の結果なのは間違いない。もしここにグラハムがいなければ、ゼストも含めて3人も死人が出ていたからだ。

 そんな悲劇を防いだ功労者であるグラハムがなぜ都合よくこの場にいたのかと言えば、色々な偶然が重なった結果だ。

 シロンの指示を受けて地上本部の防衛に向かったグラハムは、やたらと男前な行動をしているゼストに興味を持ち、彼の目的を見定めようとした。無論、BL的な興味ではなく、かつて自分たちが助けたクイントの上司だったということを知って気になったからだ。心が歪んで戦いに魅入られてしまったのか、それとも別の事情があるのか。我慢弱い彼としては確かめずにはいられなかった。

 その後、前述の通りに全員を拘束して事情を聞いた結果、レジアスの犯罪が次々と露見した。ドゥーエの暗殺が失敗に終わったため、腰を据えて話し合うことができたおかげですべてを聞けた。亀甲縛りにされて正座しているオッサンたちが真面目な会話をしている様子はあまりにも奇妙だったが、それでもすべてをさらけ出した元親友たちは確かな満足感に満たされた。

 

「そうだろう? 暑苦しい中高年ども!」

「嘘をつくなっ!! こんな状態で満足できるわけないだろうがぁ!!」

「その通りだ、勝手に美化してもらっては困るな」

 

 どうやら最後の部分だけはおちゃめな捏造だったらしい。

 

「ま、まぁ、何にしても死人を出さずに済んだのだからお手柄だったな」

「ふっ、褒めたって惚れてはやらんぞ。何しろ私には愛する妻がいるのだからな。既に売約済みだと心得てもらおう」

「いや、別に口説いてるわけではないのだが……」

 

 相変わらず無茶苦茶な言動をしてくるグラハムに苦笑するが、それと同時に嬉しさも込みあがってくる。この、わけわからない空気感こそがシロン一味のいいところだ。凝り固まった思考が他者を排除し、争いを生み出していくのなら、彼らくらいお気楽なほうが丁度いいのかもしれない。

 その証拠に、騎士という存在に凝り固まったゼストが愚かなことを言い出した。

 

「そこの御仁……あなたに頼みがある」

「ふむ、言ってみたまえ」

「俺の命は残り少ない。恐らくは、正式に裁かれる前に息絶えることだろう。だからこそ、騎士としての矜持を貫き通して最後の時を迎えたい」

「ほう、それで私にどうしろと言うのかね?」

「このバインドを解いて、そこにいる騎士と一騎打ちをさせて欲しいのだ」

 

 そう言うとゼストは、目の前にいるシグナムに向けて熱い視線を送った。もちろん言葉通りに真面目な理由があるからだが、亀甲縛りをされたオッサンに見つめられては流石のシグナムでも引いてしまう。ゼストの味方であるアギトもこの時ばかりは弁護できなかった。しかも、間の悪いことに、その視線に気づいたグラハムは妙な勘違いをしてしまう。

 

「なるほど、彼女の存在に心奪われたということか。その気持ち、まさしく愛だな!」

「いや、それはちが「皆まで言うな! 先刻承知だ!」

「だから、そうではな「だがしかし、彼女の気持ちは王子に向いている。残念だが、敵わぬ恋だと教えてやろう!」

「私の本心を勝手にばらすな!?」

 

 もうやりたい放題である。人の話を聞かないことに定評のあるグラハムならではの反応で、シリアス場面も台無しだった。

 しかし、軍人でもある彼は、ゼストの言葉に込められた意思をしっかりと受け止めていた。

 

「確かに、騎士として戦いの中で死に果てたい気持ちは理解できる。だからこそあえて言わせてもらおう、本当にそれでいいのかね?」

「……どういうことだ?」

「私は時空管理局・首都防衛隊としてのお前に問いたい。犯した罪に背を向け、独りよがりの死を選び、己の部下たちに更なる汚名を着せることを良しとするのか?」

「……耳の痛い問いかけだな。だが、事件に関するデータはこのデバイスに入っているから、俺がいなくとも問題ないだろう。お前たちのような者がいるのなら、ルーテシアとアギトの未来も任せられるしな。そうなれば、後はあの世に行って部下たちに謝るだけだ」

「そんな! 悲しいこと言わないでくれよ旦那ぁ!」

 

 アギトは、既に死を覚悟しているゼストとの別れが悲しくて涙を流す。彼は成すべきことをすべてをやり遂げたと思っているので、その考えを変えることは難しかった。

 しかし、彼にはまだ生きてやるべきことがあることをグラハムは知っている。

 

「お前は部下が全員死んだと思っているのか?」

「……違うのか?」

「どうやら本当に知らないようだな。ならば教えてやろう。お前の部下であるクイント・ナカジマは生きている!」

「なんだとっ!?」

 

 思いもかけない朗報にゼストは驚愕した。意外に思われるが、スカリエッティから聞かされた話を鵜呑みにして部下たちのことは調べようとしなかった。自身の負い目によって無意識のうちに避けていたという理由もあり、クイントが生存しているという事実に気づくことができなかったのだ。同時に、一般人となったクイントにもゼストが犯罪行為をしているという情報が伏せられていたため、彼女からのアプロ-チも無かった。しかし、すべてが露見した今となっては隠す必要も無い。

 

「お前は彼女に会ってすべてを語る義務がある。管理局局員としても、騎士としても、1人の人間としてもな」

「……」

「あの事件で1人だけ生き残り、その罪悪感に今も苦しみ続けている彼女を救ってやれるのはお前だけだという事だ、騎士ゼスト!」

「それだけではない。ルーテシアやアギトを保護していたお前には、最後の時まで彼女たちを見守る責任がある。それを途中で放り出して他人任せにしようだなどと考えているのなら、同じベルカの騎士として絶対に許さんぞ?」

「……………………どうやら、もう少し生き長らえなければならんようだな」

「旦那ぁ!!」

 

 この時ゼストは、自分が生きていることの重要性に改めて気づかされた。そうだ、自分にはまだ生き続ける理由があった。シグナムの言う通り、すべてを他人任せにしてしまってはいけない。自分は戦うためではなく大切な者たちを守るために騎士となったのだから、手段と目的を間違えてはいけない。騎士の力は、戦いながら死にたいなどという個人的な欲望で振るうべきものではないのだ。

 そんな基本的なことを気づくのにだいぶ時間がかかってしまったが、まだ遅くはないはずだ。生きる意思さえあれば、まだ数日は持つと思われる。ならば、残りの命を愛しい者たちのために使うべきだろう。

 

「世界を守りたいと言っておきながら、大切な者たちを自らの手で傷つけていたとはな。これでは、お前の事を非難する資格はないか」

「……それはお互い様だ」

「お父さん……」

 

 ゼストの言葉を受けたレジアスは、娘のオーリスに視線を向けた。彼らは共犯同士でもあったが、今はお互いを止められなかったことに対して悔いているようだった。

 グラハムが柄にもなく真面目なことを言っていたせいか、シリアス化が進行していく。流石に濃いオッサンが2人もいると中高年の悲哀が伝播してしまうようだ。

 しかし、本来はお笑い担当であるグラハムが、こんな時にじっとしているわけがなかった。

 

「なんと!? 君のような知的美人がこんな厳ついヒゲ親父の娘であったとは! 遺伝子の気まぐれに感謝しなければならんな!」

「余計なお世話よ!!」

「フンッ、面と向かってこんなことを言う奴が実際にいるとはな……」

「何というか、その……とにかく申し訳ない」

 

 怒るべきか呆れるべきか。あくまで空気を読まないグラハムによって真面目空間はあっという間に終わりを告げた。というか、これまでのやり取りは亀甲縛りをされたまま行われていたので、ビジュアル的には最初からアウトだった。

 

 

 なにはともあれ、これで地上本部での戦闘は終わった。本来の歴史では3人も死人を出したのだが、グラハムの活躍(?)で1人も死者を出さずに済んだ。この後、レジアス、オーリス、ドゥーエの3人は正式に裁かれ、それぞれの罪を償うことになる。

 そしてもう1人、死にかけていたゼストがどうなったのかと言うと、セフィの力で生前の寿命を取り戻すことになる。それは、ルーテシアとアギトにお願い攻撃をされたシロンが妥協した結果だった。

 病院に収容されたゼストを見舞った際に、シロンなら助けることができるかもしれないとシグナムたちから聞いて、彼女たちは一生懸命お願いしたのだ。本来なら面識の無いオッサンなど助けたりはしないが、美少女2人に泣きながら頼まれては拒否することなどできない。シロンはとってもフェミニストだった。

 

「しょーがないなぁ、ルー太君は。今回だけ特別大サービスでお願いを聞いてあげるけど、みんなには内緒ニャよ?」

「うん……ありがとう」

「やったー! お前ってすごいヤツなんだな!」

 

 こうして瀕死だったゼストは助かり、その奇跡を目の当たりにしたルーテシアとアギトはシロンの大ファンとなるのであった。

 因みに、回復したゼストは罪を償った後に管理局へ再入局し、レジアスや部下たちの分まで世界平和に貢献することになる。彼は、生まれてくる世界を間違えたとしか思えないほどに、どこまでもハードボイルドだった。

 しかし、その評価はすぐに変わることになる。彼の傍には妖精のようなアギトがピッタリと寄り添っており、たまに会いに来るルーテシアの目撃情報も相まってロリコン疑惑が常に付きまとうことになるのであった。

 

 

【スカリエッティの研究所】

 

 聖王のゆりかごが現れる少し前、カリムの義弟である【ヴェロッサ・アコース】と彼女の秘書である【シャッハ・ヌエラ】によってスカリエッティの研究所が発見されていた。しかし、その直後に大量のガジェットドローンに襲われてしまう。

 彼らの実力もかなりのものなのでガジェットドローン程度ならどうってことないが、流石に2人だけで敵の本拠地へ突入するのは無謀すぎる。そのため、増援部隊を要請することになり、聖王教会の騎士団と機動六課のフェイトが駆けつけた。フェイトは以前からスカリエッティを追っていたので、それを知っているはやてが配慮したおかげだ。彼女は、自分やエリオを生み出した生命操作技術【プロジェクトF】を悪用する彼のことがどうしても許せなかったのだ。

 

「今度こそ、お前を捕まえてみせる! これ以上私たちのような悲劇を増やさないために!」

 

 技術というものが人の命を犠牲にして進歩してきたことは間違いないが、彼のやっているそれは【子供の遊び】にすぎない。できるから試してみたい、そんな幼稚すぎる理由で人をいじくり、殺してしまうなど正気の沙汰ではない。人として生きる者ならば、決して許してはならない存在だ。たとえ、彼自身が被害者であったとしても。

 

「それに、シロンたちもあの男のことを気にしてたし……」

 

 フェイトは、プレシアからスカリエッティのことを聞いた時の様子を思い出した。シロンたちはスカリエッティ本人に会ったことはないと言っていたが、彼らの表情には確かに困惑と怒りが表れていた。もしかすると、過去に何らかの被害を受けたことがあるのかもしれない。

 そもそも、リニスは戦闘機人だ。スバルたちのような境遇で生み出されて酷い目に遭っていたところをシロンたちに助けられた可能性が高い。本人に聞いてもつまらない話だからとはぐらかされてしまうが、大切な家族が辛い目に合わされたのだと思うと黙ってはいられない。

 

「絶対にこれで終わりにしてみせる!」

「ん? 何かおっしゃいましたか?」

「あっ、いいえ、何でもありません!」

 

 ツーマンセルを組んでいるシスターシャッハに独り言を聞かれて思わず慌ててしまう。どうやら緊張していたのか思考が散漫になっていたようだ。シスターシャッハに返事をしつつ、これではいけないと気合を入れ直して目の前の任務に集中する。

 そうして薄暗いアジトの奥へ進んでいくと、空戦可能なくらい広いフロアに出て来た。辺りを見回すと、人体実験の素体として扱われている人々が入った生体ポッドがずらりと並んでいる。生死は不明だが、いずれにしても酷い扱いだった。

 

「人ですら部品としか見ていない。これがあいつの本性なんだ……」

「本当に恐ろしい男です。彼の悪行は必ず止めなければなりません」

「ええ……必ず!」

 

 そして、あいつを倒した後にあなたたちを解放してみせる。心の中で誓いながら、スカリエッティに対する怒りを更に増加させる。

 するとその時、頭上で起きた爆発の振動が伝わってきた。それは【セイン】という名の戦闘機人が仕掛けたトラップだった。無機物の中を自在に通り抜けることができる彼女が床に潜りながら侵入者の足を掴み、天上に置いてあるガジェットドローンIII型をぶつけて押しつぶそうと企てたのである。彼女自身に戦闘能力が無いため、このくらいしか攻撃手段が無かったのだ。

 しかし、そのトラップは失敗に終わる。フェイトには直前に回避され、足を掴まれたシスターシャッハも足場を破壊して下のフロアに落ちることで難を逃れた。

 それでも、フェイトたちを引き離して弱体化させることには成功したが。

 

「孤立させられた!?」

 

 敵地の真っ只中で1人きりにされたフェイトは、自分の置かれた状況を察して緊張する。

 最低限の役割を果たしたセインは戦闘能力が無いため、この後シスターシャッハにやられてしまうのだが、フェイトを確保したいと考えていたスカリエッティとしては許容できる犠牲だった。後はもっとも戦闘能力の高い【トーレ】と【セッテ】に任せれば、この場に関してはうまくいくだろう。

 ただし、他の場所では全然うまくいっていないようだが。

 

 

「これはこれは、随分と面白い結果になったものだ。あのイレギュラーたちはどこから湧いて出たんだろうね?」

 

 スカリエッティは、各地の戦況をモニター越しに見つめながら疑問符を浮かべていた。謎の増援に対して自分たちの戦力は一方的にやられっぱなしだ。聖王のゆりかごではいとも簡単に駆動炉が破壊され、市街地に解き放った戦闘機人や実験体もすべてやられてしまった。聖王はまだ健在なようだが、彼女のところにはあの白い魔王が向かっており、そこに例の増援が現れたらほぼ勝ち目は無くなる。

 

「ははっ、完璧な計画のはずだったのに、こうもあっさりと台無しにされてしまうとはねぇ……。まだまだ私も甘かったということかな? それとも、これが神とやらの意思だとでも言うのか? くっくっく……そうだとすれば実に興味深い。もしそれが真実なら、この私が神を動かしたことになるのだからねぇ!」

 

 人として真っ当な感情を持ち合わせていない彼は、追い込まれた状況を楽しんでいた。もちろん最初からこんな結果を望んでいたわけではないが、【無限の欲望】を与えられた彼にとっては自身の死ですら探求欲の対象でしかなかった。ようするに、最高のサドであると同時に最強のマゾでもあるのだ。

 しかし、スカリエッティの娘である戦闘機人はそこまで狂っていない。長女的な存在である【ウーノ】は、アジトに残って管制作業とガジェットドローンの制御を行いながらも彼の身を案じていた。このままでは計画が失敗に終わってしまい、自分たち全員が逮捕されてしまう。ナンバーズの体内に彼のコピーが仕込んであっても全員が捕まってしまえば意味が無いのだ。

 

『ドクター、今すぐここから離れましょう。今ならまだ間に合います』

「ふむ、確かにその選択も魅力的だね。しかし、これまで心血を注いできた夢の結末を見届けたい衝動も抑えられないのだよ。まったくもって、私の欲望は度し難い」

『ですが、このままでは……』

「そんなに心配かい? ならば、フェイト・テスタロッサを確保したら離脱するというのはどうかな? 流石にそのくらいはやり遂げないと格好がつかないからねぇ」

『……分かりました。私たちは、どこまでもドクターについていきます』

「ありがとうウーノ。君は本当に父親思いのいい子だ」

 

 スカリエッティは、父親としての意識を持っているような言動をする。とはいっても、それはただ人間の表現方法をまねているだけで本心ではない。彼は、人間の遺伝子を持った、まったく別の生き物だった。だからこそ、自分と対等以上に接することができる【人間を超えた存在】を探求し続けていた。彼は、かつてのアルハザードと同じように神を目指しているのだ。

 ただ残念なことに、それを成す前に自身の欲望によって身を滅ぼすことになりそうだが。

 

「それでは、私も戦場に赴くとしよう」

 

 スカリエッティは、鋭い爪がついたグローブ状のデバイスを右手に装着すると、フェイトの元へ向かい始める。かつて放棄したプロジェクトFによって生み出されたフェイトが、それより優れていると判断して進めてきた人造魔導師計画や戦闘機人計画を超えている現実を直に確かめてみたいと思ったのである。

 彼は確かに狂人だったが、科学者としての本能だけは人間らしかった。

 

 

 スカリエッティが行動を始めた同時刻、2人の戦闘機人と交戦しているフェイトは苦戦を強いられていた。彼女たちのボディスーツには小型ハロに対抗して作った高性能AIが搭載されており、それらの演算能力によって体の反応速度が飛躍的に増していたからだ。

 このシステムは体にかかる負担がかなり大きく稼働時間を著しく減少させてしまうため、本来なら使用しないことにしていたのだが、ここまで事態が切迫してしまっては使わざるを得ない。しかし、その甲斐あってフェイトを圧倒しつつあった。

 

「(この戦闘機人、強すぎる!)」

 

 フェイトの使うバルディッシュ・アサルトも管理局に怪しまれない程度にパワーアップされてバルディッシュ・アサルトバスターとなっていたが、捨て身の敵が相手では分が悪かった。逆転できる切り札は用意しているものの、魔力消費が激しいためAMFが効いているこの場所では短時間しか使えない。スカリエッティの逮捕を優先しなければならない現状では迂闊に使うことは出来なかった。

 そんな迷いが隙を生んだのか、トーレとセッテに集中しすぎて足元から現れた赤い魔力糸に気づくのが遅れた。それはスカリエッティが作り出した独自の術式で発動された魔法で、いとも簡単にフェイトを拘束してしまう。

 

「しまった!?」

「ふふふ……流石の君も、死に物狂いの相手には後れを取ってしまったようだね」

「っ、スカリエッティ!!」

 

 赤い魔力糸で作られた檻の中に閉じ込められたフェイトは、ゆっくりと歩いてくるスカリエッティを睨みつけた。

 

「やぁ、ごきげんよう。フェイト・テスタロッサ執務官。管理局の大スターに直接お会いできて感激の極みだよ」

「ふざけた口を利くな!!」

「おやおや、普段は温厚かつ冷静でも怒りと悲しみにはすぐに我を見失う。君のその性格は、まさに母親譲りだね」

「当然だろう! 親子なんだから!」

「ふははっ! あの狂った母親をそこまで慕うとは意外だねぇ。それもプロジェクトFの刷り込み効果のおかげかな? でも、そうなると生き返ったアリシアが疎ましくて仕方ないだろうねぇ。なにせ君は、彼女のできそこないなのだから!」

「……」

 

 スカリエッティは、わざと口汚いことを言ってフェイトの反応を楽しんでいた。普通の感情を持っていない彼は、自分と似たような境遇のフェイトがこれほど情緒豊かに育ったことに対して興味を抱いているのだ。

 ただし、その興味は彼女の人並み外れた力に対して向いているものだった。彼は変化の激しい人の感情が魔導師としての強さに関係しているのではないかと考えたのである。一部の戦闘機人でも人間らしい人格形成を試みて興味深い効果が出ているので、フェイトのことも探求してみたくなったのだ。

 しかし、当のフェイトとしては、人間らしさなど微塵も無い彼に興味を持たれてもただ不快なだけだった。

 

「それ以上無駄口を叩くな。お前の狂った言葉など私にはこれっぽっちも届かない」

「まったく、悲しいことを言ってくれるね。私は君にとって生みの親のような存在なのに」

 

 スカリエッティは、辛辣なフェイトの言葉に対してやれやれといったジェスチャーを返した。人に嫌悪されても気にならない彼の行動は、ある意味とても素直だった。

 

「まぁいいさ。不良娘の教育は、別の場所へ移動した後にじっくりと行えばいいのだから」

「っ!?」

「我々の楽しい祭りは、正体不明のイレギュラーが台無しにしてしまったからね、これくらいのお土産はもらっていってもいいだろう?」

「……(正体不明のイレギュラーって、さっきアースラから連絡があった増援のこと?)」

 

 フェイトは、スカリエッティのセリフから奇妙な言葉を聞き取ると、なぜか表情を明るくした。その正体不明のイレギュラーとやらに思いっきり心当たりがあるからだ。

 そのイレギュラーはシロンたちに違いない。大切な幼馴染であり大好きな想い人でもある彼がようやく帰ってきて助けに来てくれたのだ。それを喜ばないわけがない。

 がぜん元気が出て来たフェイトは、切り札の一つであるライオットブレードを使って糸の檻を切り裂くと、声高に勝利宣言する。

 

「ふふっ、お前たちの悪巧みは、もう完全におしまいよ!!」

「ほぅ、このような状況でも強気になれるとは、例のイレギュラーをよほど信頼しているようだね」

「ええそうよ、彼らは決してお前を許さない。なぜなら、お前こそが世界の歪みだから!」

「世界の歪み……この私が?」

「その通りだよ、明智君!」

 

 スカリエッティがフェイトの言葉に気を取られたその時、この場にいない青年の声が響き渡った。まさか、イレギュラーの襲来か。スカリエッティ陣営は、もっとも警戒している相手を連想して身構えたが、その判断は当たっていた。

 しかし、当てた所で理不尽の塊であるアイツを止めることなどできはしない。

 身体強化魔法でエメラルドグリーンに輝いている銀髪オッドアイの美青年が、人の知覚できる時間を超えて一瞬のうちに姿を現す。それと同時に、手に持っていたサッカーボールを手前に放り出して思いっきり蹴飛ばした。

 

「真実はいつもひとつ!!!」

「ぐほぁぁぁああ―――――!!?」

 

 凄まじい勢いで蹴り出されたサッカーボールは、フェイトの近くに立っていたスカリエッティの腹部に直撃し、彼の体を思いっきりぶっ飛ばした。ケット・シーの魔法で強化されたそのボールは意味不明なほどに高性能で、あらゆる防御能力を弱体化させる機能に加えて自爆効果もあった。

 

「インパクト……ナウッ!!」

 

 ドッカ――――――――――ンッ!!!!!

 

「ぬおぉぉぉおお―――――!!?」

「「ド、ドクタ―――――!!?」」

 

 派手にぶっ飛ばされた挙句、強烈な爆発を食らったスカリエッティは、サイバイマンにやられたヤムチャのような格好で倒された。白衣やスーツは跡形もなく消し飛んでパンツ一丁となり、バッチリ決めていた髪の毛も立派なアフロになっていた。

 つい先ほどまでかっこよく悪役を演じていた者を一瞬でギャグキャラにしてしまう。それがこの男、シロン・ガンニャールヴルの力だ。

 

「ふっ、またつまらぬ物をぶっ飛ばしてしまった!!」

「シロン! やっと帰ってきてくれたんだね!」

「私もいますよ」

「セフィ! 久しぶりだね!」

「はい、長いことご無沙汰してました」

 

 待ちに待ったシロンたちとの再会に、フェイトは満面の笑みを浮かべる。チート的な強さを誇る彼らが来てくれたのならもう安心だ。

 とはいえ、管理局の執務官としては民間人に頼ってばかりいられない。シロンに成長しているところを見てもらうためにも、残りの戦闘機人たちは自分で仕留めてみせようと意気込む。

 

「このぉ!!」

「やってくれたな!!」

 

 何もできないままスカリエッティを倒されたトーレとセッテは、怒りのままにシロンへと襲い掛かった。人間離れした速度を持つ彼女たちは一瞬で間合いをつめてきたが、フェイトとセフィはその行動を予測して進路上に電撃攻撃を撃ち込んだ。近くにいたシロンを巻き込むほどの強力な電撃で、トーレとセッテはたまらず避退する。

 

「ちぃっ!」

「あの小さいのも電気資質か!?」

 

 意外な戦力に2人は驚く。確かにセフィは無視できないほどの実力者であり、それを自覚している本人も得意げな表情をしている。しかし、調子に乗った彼女のせいでシロンがとばっちりを受けてしまった。

 

「何なんだこの力は!? 我輩が直撃を受けているぁあばばばば!!」

「おっと、失敗してしまいましたね」

「あー!? ごめんなさーい!?」

 

 セフィのせいなのになぜかフェイトが謝ってしまう。この程度ならシロンたちにとってはスキンシップみたいなものなのだか、まだ常識人の範疇にいるフェイトは慣れていなかった。しかし、今はそんなことなどどうでもいい。そんな変態のことを気にするよりも、あの強敵たちをどうするかだ。

 幸い、ここには頼もしい仲間がいる。彼女に協力してもらえば、あの2人の能力を超えられるだろう。フェイトは2つ目の切り札である真・ソニックフォームに変身すると、セフィに協力を頼んだ。

 

「セフィ、私とユニゾンして!」

「分かりました。久しぶりにあなたの力となりましょう」

 

 そう言って光の玉になったセフィは、フェイトの胸元に吸い込まれていく。その瞬間、フェイトの髪がプラチナブロンドになり、バリアジャケットの黒い部分が真紅に変わった。

 

「いやぁ、ユニゾンしたフェイトは何度見てもシャア専用だニャ!」

『今の彼女は3倍早いですからね』

「う~ん、何か納得したくないけど……とにかく、行きます!」

 

 準備の整ったフェイトは、シロンたちの会話で脱力しつつも戦闘を開始した。

 ユニゾンした彼女の体は電気の性質を帯びており、体を伝わる電気信号を加速させても負担にならない。その効果を利用することで思考や身体能力を向上させ、通常の3倍以上の力を発揮することができる。その上、今回は速さのみを追求した超高機動特化形態の真・ソニックフォームを併用しているため、彼女の速度は神がかっていた。

 

「なっ、消えた!?」

「私はこっちだ!」

「がはぁーっ!?」

「セッテ!? このぉ!!」

「あなたの速さもなかなかのものだけど、今の私を倒すにはまだ足りない!」

「そんなっ!? また加速してっ、ぐあぁ―――!!」

 

 神速とでも言うべき凄まじい機動に翻弄され、トーレとセッテは瞬く間に撃墜された。真紅の残像を残しながら華麗に舞い踊る姿は、まさしく赤い彗星である。

 何はともあれ、あっさりと勝負をつけたフェイトは、ユニゾンを解くと気絶している2人をバインドで拘束した。後は、離れた場所でぶっ倒れているスカリエッティを捕まえれば、この場の敵勢力は全滅したことになる。

 でもその前に、久しぶりに再会できたシロンに話しかけるほうが先だ。戦闘が終わるのを待っていた彼は、気絶しているスカリエッティの額に油性ペンで肉と書いていたが、フェイトが近寄ってくると笑顔で迎えた。

 

「シロン! 私の戦いはどうだった?」

「うむ! 実に立派なパイオツに育ったな! 眼福すぎてヨダレが出るほどだ!」

「って、そんなとこ見てたの!?」

 

 いやらしい目で見られていたことに気づいたフェイトは、顔を赤くしながら胸元を隠す。体のラインがくっきりと出てしまう真・ソニックフォームはシロンのエロ心をがっちりと掴んでいた。そのおかげで彼女の速度にもついていくことができたのだが……まったくもって能力の無駄遣いである。

 

「もう、相変わらずなんだから……」

「確かに、マスターは相変わらずの【女たらし】ですね。ここへ来る途中で出会ったいたいけな少女もお持ち帰りしてますし」

「えっ、それってどういうこと?」

「おいおい、人聞きの悪いことを言わないでくれたまえ。我輩は彼女を【保護】したまでニャ。まぁ、面白カッコイイ我輩に一目ぼれしてしまった可能性もあるけど! そこんとこどーなっとるかね、チンクちゃん?」

「あんな出来事の後で惚れてたまるか!」

 

 シロンが背後に向けてアホな質問を問いかけると、少し離れた物陰から銀髪の小柄な少女が現れた。彼女は右目を眼帯で覆い隠しているが、シロンの中二病仲間というわけではない。この少女はギンガを拉致したナンバーズの1人である【チンク】という名の戦闘機人だ。

 

「あっ、お前は!?」

「フェイト・テスタロッサ……このような形で会おうとはな」

 

 手の平を掲げて抵抗する意思が無いことを示したチンクは、苦笑しながらフェイトたちの前に歩いてきた。

 彼女は1週間前におこなった地上本部襲撃の際に暴走したスバルによって重傷を負わされ、今回の決戦には参加することができなかった。そのため、これまでずっと生体ポッドに入って修復作業をおこなっていたのだが、予期せぬイレギュラーの登場によって彼女の運命にも変化が起きたのである。

 本来ならずっと生体ポッドに入ったまま事件の終幕を迎えるはずだった彼女は、数奇な運命の巡りあわせによってシロンと出会うことになった。

 

 

 スカリエッティたちがぶっ飛ばされる数十分前、アジトに突入したシロンとセフィは、フェイトと合流する前にトイレを探していた。ミッドチルダへ来る前に食べたアイスのせいでお腹を壊してしまったのである。

 

「ぐうぉぉぉお~! 最強の敵は我輩の中にいたようだ!」

「まったく、調子に乗って31個も食べるからです」

「なにをー! 男だったら全種類制覇すんのは当たり前ニャろうが! あはぁん!?」

 

 シロンは、必死に腹痛と戦いながら子供じみた反論をする。闇の書事件の時も同じようなことをやっていたのに、こういうことはまったく学習しない男であった。

 

「もうその辺で済ましたらどうですか?」

「いやいや、主人公がそんなことしちゃアカンでしょ! 最終決戦の場で脱糞行為に及ぶなんて前代未聞にもほどがあるぜ?」

「敵のアジトでトイレを探してる時点で、たいして変わらないと思いますけど」

「否! 外出しと中出しでは雲泥の差があるのだよ!」

「はぁ、そうですか」

 

 流石のシロンでも、そこまでの変態プレイは無理だった。いくらスカリエッティのアジトだからといってスカ○ロプレイはやばすぎる。立派な社会人としては、何としてもトイレを探し出すべきだろう。

 しかし、辺りは変な機械ばかりで人が住んでいるような生活感など微塵も無い。こんな所にトイレなどあるのだろうかと焦燥感を掻き立てられる。それでも、腹の痛みは容赦なく進行していく。このままでは、セフィの言うように最終手段に出るしかないかもしれない。

 

「なんたる不覚! この我輩がそのような羞恥プレイを強いられるとは!」

「自業自得ですけどね」

 

 かつてないほどに恐ろしい選択を迫られて、シロンの脳裏に緊張が走る。

 しかし、諦めかけたその時に救いの女神が現れた。理由はよく分からないが、戦闘機人と思しき1人の少女が航空型ガジェットドローンに乗せられてこちらに向かってきた。

 お分かりだと思うが、この少女はチンクである。

 

「くぅ! すまない、妹たちよ……不甲斐ない姉を許してくれ!」

 

 チンクは、大切な【家族】である妹たちを思って悔しそうにつぶやいた。実を言うと、この状況は彼女の意思に反して強制されたものだった。

 

 

 まだ治療中でまともに動けない彼女がここにいる理由は、スカリエッティのコピーを保護しようとしたウーノの独断専行によるものだった。彼女は、あまりに強いイレギュラーのせいであっけなく計画を潰されたため、生まれて初めて恐怖を覚えた。それがきっかけとなって、戦闘に参加していないチンクを逃がそうと考えたのだ。スカリエッティの存在こそがすべてであるウーノは、彼のコピーを残すために最善の方法としてこの行動を選んだ。

 

「チンクがやられたことは、ある意味幸運だったのかもしれないわね……」

 

 ウーノは、まるで人間のように再起の願いを込めてしてチンクを逃がそうとした。

 しかし、スカリエッティより妹に対する思いのほうが強くなっていたチンクは納得いかなかった。一連の状況を聞いた彼女は、逮捕された妹たちを残して逃げ出すことを拒否したのである。

 

「そんな……妹たちを残して私だけ逃げるなんて……!」

「ここまで追い込まれてしまっては仕方が無いのよ。でも、あなたが管理局の追撃を逃れてドクターのコピーを育てれば再起することも可能だわ」

「しかし、それでは妹たちは助けられない! ドクターはあの子たちを見捨てるだろう!?」

 

 人に近い感情を持っているチンクは愛しき家族の今後を思って叫んだ。

 確かに彼女の想像は正しい。ドクターのコピーが成長すれば再起することはできるかもしれないが、そこにチンクの愛する妹たちはいない。負けて研究された機体を奪還するより更に強い戦闘機人を新たに作ったほうが合理的だからだ。

 

「それではダメだ! 私はあの子たちを見捨てることはできない!!」

「ふぅ……教育担当を任せているうちにあなたも変わってしまったわね。家族の情などというバグが生じてしまっている今のあなたは、まるで人間みたいよ……。それでも、最低限の仕事はできるわよね? あなたもドクターに作られた戦闘機人なのだから」

「っ……!」

 

 チンクの意見は人として考えれば理解できる感情だが、スカリエッティに近い思考をするウーノがそんな人間らしい理由を受け入れるわけがない。非情な判断を下したウーノは、抵抗できないチンクをガジェットドローンで強引に連れ去ってしまった。

 

 

 そんな経緯で、このような状況になっているのだが……ウーノの思惑を超えて、イレギュラーであるシロンと遭遇してしまうという誤算が起こった。

 とはいえ、それは敵方の都合であって、今のシロンにとってはあらゆる意味で好都合である。

 

「ヒャッハー! あの子を捕まえて、お宝情報を手に入れるぜぇー!」

 

 シロンは、トイレの場所を聞き出すため……ではなく、手負いの状態で逃走しようとしているらしい戦闘機人を確保するために動いた。目にも留まらぬ速度で接近したシロンが、まともに身動きできない状態のチンクを小脇に抱えてすばやく離脱し、後に残ったガジェットドローンはセフィの電撃ですばやく破壊する。2人にかかればどうってことのない作業だった。

 突然連れ去られたチンクはしばらく呆然としていたが、自分を抱きかかえている青年を見てすぐに状況を把握した。

 

「……結局、管理局に捕らえられたか」

 

 シロンに抱きかかえられたチンクは、管理局に捕まったと思って観念した。認識阻害魔法のせいでシロンの姿が一般局員に見えているからだが、当のシロンはあっさりと否定した。

 

 

「それは違うニャ。我輩たちは正体を隠すために変装してるただの一般人さ!」

「一般人はそんなことしないだろ! それ以前に、管理局でも聖王教会でもないお前たちが何しにここへ来たというんだ?」

「そうだニャ……我輩たちがここに来た理由は、君たちを幸せにしてあげたいと思ったからだニャ」

「なんだと?」

 

 チンクは、状況にそぐわない返答を聞いていぶかしんだ。こいつは一体何を考えているのだろうか。先に逮捕されてしまった妹たちの行く末を気にしているチンクとしてはありがたい申し出だが、はたして言葉通りに受け取っていいものか判断が難しいところだった。

 彼の言葉は真実なのか偽善なのか、それとも……。

 

「なぜそんなことを思ったんだ?」

「ふっ。そんなモン、我輩が美少女の味方だからに決まってるじゃねーか!」

「なんだそれは!?」

 

 答えを聞いたら、たんなるおバカでした。

 

「お前はそんな理由でここまで来たのか!?」

「まぁ、普通なら考えもしないことだけど、今なら間違いではなかったと断言できるニャ。なぜなら、君が何かに迷っているように見えるからニャ!」

「っ……そんなことは……」

「無理に否定しなくてもいいニャ。君には何か悩みがあるのだろう? さっきも『不甲斐ない姉を許してくれ』とか言ってたし」

「っ!?」

 

 シロンの耳は地獄耳なので、ちょっとしたつぶやきでも聞き取ることができるのだ。

 

「なるほど、あれを聞かれていたのか……」

「そうだニャ。失礼だとは思うけど、君の抱えている悩みを聞かせてほしいのニャ。我輩たちは管理局に大きなコネがあるし、仲間の中には人妻の戦闘機人もいるから、しっかりとしたサポートをお約束できるニャよ?」

「なに!? 人妻の戦闘機人だと? その方は結婚しているのか?」

「おうとも! 旦那さんはアレだけど、娘さんは超可愛いぞ!」

「そう、なのか?」

 

 その話を聞いたチンクは、少しだけ羨ましいと思った。確かに、スバルとギンガのような環境にいればそのような暮らしも夢ではない。そんな戦いとは無縁の日常を可愛い妹たちと享受できたら、自分たちも変われるのだろうか?

 妹たちやゼストの世話を通して人間らしさを成長させていたチンクは、気づかないうちに平穏な生活に対して憧れを感じていた。

 

「(私たちにも人並みの幸せを手に入れることができるのか? しかし……)」

 

 この時点ではシロンのことを信用していいのか確証が無いため、なかなか踏ん切りがつかない。妹たちの今後を思えば素直に従ったほうがいいのだろうが、犯罪行為を犯してきた負い目が彼女にブレーキをかけてしまう。傷つけることしかしてこなかった相手から優しさを受けることが信じられないのだ。

 それでも、この不思議な男を信じてみたい気持ちが膨らんでいく。シロンと対話することで新たな可能性を見出した彼女は、スカリエッティという親元から巣立とうとしていた。

 

「……お前を信用できる証が欲しい」

「よろしい! そんな用心深い君に我輩の誠意を見せてあげよう!」

 

 そう宣言すると、早速シロンは行動を始めた。

 抱きかかえていたチンクをそっと床に下ろしてから彼女の頭に手を置く。それと同時に、念話を使ってセフィに合図を送り、久しぶりに彼女の力を使った。すると、重症だったチンクの身体が一瞬で完全修復された。

 いきなり起こった不思議な現象にチンクは驚いたが、彼の誠意は確かに見せてもらった。

 

「すごいな……あれほどの損傷が一瞬で直るなんて」

「ふふん、我輩は仲間の戦闘機人をメンテしてるから、このくらいお茶の子さいさいなのさ!」

「なるほど、その人は恵まれているな」

「なに、これからは君たちだって彼女と同じような幸せを得られるさ」

「……そうなれるといいがな」

 

 この時チンクはまだ見ぬ未来に思いを馳せた。この男に協力してもらえば、自分たちも戦闘兵器以外の生き方ができるかもしれない。いや、先輩がいるのだから可能なのだろう。

 無闇に傷つけあうこともなく妹たちと幸せに暮らせる……そう考えたら楽しい気分になってきた。

 

「どうだい? これで我輩を信じてもらえたかニャ?」

「そうだな、お前になら私の悩みを打ち明けてもいいだろう。でもその前に自己紹介をしておこうか。私の名はチンクだ」

「オッケーチンク! 我輩の名はシロンニャ!」

「そして、私はセフィです」

「シロンにセフィか……よろしくな」

 

 こうして、シロンのことを信用することにしたチンクはこれまでの経緯を話した。

 別の場所にいるウーノがチンクの体内にあるスカリエッティのコピーを逃がそうとしたことや、妹たちを守るために自分も逮捕されようと考えたが無理やり連れて行かれたことなど、これまでの出来事をすべて語った。

 その内容は衝撃的で、話を聞き終えたシロンは当然の如く激怒した。

 

「あんの不健全野郎がぁー! 甘美なエロ……もとい、神聖な子作りを冒涜しやがってー! その上、こんな幼女にまで種を仕込むとは、ロリコンだけでなく妊婦フェチまでイケるというのか!? こいつぁ、とんでもねー強敵のお出ましだぜ!」

「お前は一体何と戦っているんだ!? それに私は幼女ではない! ちょっと小柄なお姉さんだ!」

 

 さりげなく気にしていることを言われたチンクは、おバカなシロンの変態発言につっこんだ。

 確かに、よく聞くとおかしな内容なのだが、いずれにしてもスカリエッティの所業は決して許せるものではない。この後、チンクが齎した情報はフェイトたちにも伝えられ、変態のコピーは生まれる前に駆逐されることになる。

 スカリエッティに対する忠義が残っているチンクにとっては複雑な話だが、戦いに破れてしまったのなら仕方ないと思えるほどには冷静だった。クローン培養で生まれた彼女は、オリジナルとなった人物の性格が強く現れており、人間味を失っていなかったのだ。

 だからこそ、シロンの持つ温かい心を感じられる。

 

「捕まっておいてなんだが、この男、面白いヤツだな。もっと一緒にいたいと思えてくる」

「え? なんだって?」

「あっ、いや、今のはその……」

「そうかそうか、面白カッコイイ我輩と一緒にいたいニャか! 実に正直でよろしい!」

「って、聞き返したくせにぜんぶ聞こえてるじゃないか!? 大体、カッコイイとは言ってないぞ!」

 

 チンクのつぶやきを都合のいいように改ざんしたシロンだが、ヘタレな小鷹のように聞こえなかったフリをして女性の好意を拒絶したりはしない。

 そのおかげか更に好意を深めたチンクは、シロンに対して急速に心を開いていく。そして、ソレスタルビーイングの仲間たちと交流を始めた彼女は急速に人間らしさを成長させ、僅か数ヶ月でスカリエッティの呪縛を消し去ることに成功する。同時に、チンクに先導された妹たちも更正プログラムをそつなくこなして、2年ほどでお勤めを終えることになる。

 中には根っからの悪人や反省する意思が無い者もいるため、残念ながら全員とまではいかなかったが、そういう話は人間社会でも有りえることなので仕方がないだろう。

 

「……とにかく、これで知っていることは全部話した。その上で、妹たちのことを頼みたい。あの子たちにお前の言う幸せとやらを与えてやって欲しいんだ」

「分かったニャ。後のことはこっちに任せときんしゃい。ちょっとの間は不自由になるだろうけど、クロノにがんばって貰って刑期を短縮してもらうニャ」

「ああ、よろしく頼む」

 

 このセリフだけ聞くと思いっきり他力本願だが、もちろん彼自身もチンクとの約束を守って彼女たちの援助を積極的に行った。しかも、リニスと一緒に隔離施設へ足しげく遊びに行った結果、彼女たちにやたらと気に入られてしまったため、後に【さすがです、お兄様】という感じで慕われることになる。

 しかも、それがきっかけになってシロンに好意を抱いていたチンクが彼の恋人候補として名乗りを上げることになるのだが、今はまだ本人たちにも想像できないことだった。

 

「さて、これで一応話はついたわけですが……もう一つだけ確認しておきたいことがあるニャ」

「ん、なんだ?」

「ここから一番近いトイレを教えてオクレ! リミットブレイク寸前だから!」

「………………こっちだ」

 

 安心した途端に収まってたお腹の痛みが再発しだした。せっかくいい感じで話を纏めたのに、結局は下ネタに落ち着くシロンであった。

 

 

 チンクが現れてから数分後、彼女と合流することになった経緯を聞いたフェイトは、スカリエッティに対する怒りを更に深めた。どこまでも人の尊厳を踏みにじる酷い奴だと、亀甲縛りをされて仰向けに寝転がされている彼を睨みつける。ごらんの通り、今はシロンによって彼自身の尊厳が傷つけられているけど。

 

「まさか、こいつもブリーフ派だったとはな! それほどまでにブリーフ好きなら、このパンティを被らせて変態仮面にしてくれるわ!」

「ちょっと待って、そのパンティは誰のものなの!?」

「いや、気にする所はそこじゃないだろ?」

 

 男の汚い下着姿を見て気分が荒ぶったシロンはフェイトたちを困らせた。

 そんなアホなことをしている間に、シスターシャッハがセインを、ヴェロッサがウーノを確保していた。これでこの研究所にいる敵勢力は全滅したので、後は生体ポッドの中に囚われている人々を解放してあげるだけとなった。

 

「ここからは私と聖王教会のみんなで片付けるから、シロンたちは先に戻ってて」

「分かったニャ。はやてやクロノに事情を話してチンクたちの処遇を相談するニャ」

 

 いつの間にか痴話喧嘩を終えていた2人は真面目な会話をしていた。彼らだってやればできる子なのだ。

 しかし、せっかくやる気になった途端に新たな問題がやって来た。なんと、こんな時に例の猫召喚が発動してしまったのである。しかも、今回の猫たちはとんでもない奴らだった。

 

「これは……一体何が起きたんだ?」

「さっぱりわかんねぇよ。これからアニューの【ピー】を狙い撃つ瞬間だったってのに」

「うわっ、何て格好してるんだ!? 早く股間のスナイパーライフルをしまってくれ!」

「そ、そうだ! そのような卑猥なものを人前でさらすなど、万死に値する!」

「そう言いつつ、ちら見するのは止めて欲しいな」

 

 突然現れた猫たちは、来て早々に好き勝手なことを言い始めた。そんな彼らを見たシロンは、ギャグアニメのように目玉を飛び出させる。

 はたして、シロンを驚かせた彼らは何者なのか。とっても気になるだろうが、その正体を明かすのはもう少し先になる。



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第19話 はたらくなのはさま! 【StrikerS4】

ようやくなのはとヴィヴィオの対決シーンとなりました。
そこにユーリとマテリアル娘が関わって、面白かっこよくなります(?)
やっぱり、彼女たちを動かすのは楽しいですねぇ。


【聖王のゆりかご内部・王座の間】

 

 聖王のゆりかご内でヴィータとわかれたなのはは、1人で艦首方向にある玉座の間へと向かっていた。

 広い通路を高速で飛行しながらヴィヴィオのことを思う。恐らく彼女はゆりかご内のどこかにいる戦闘機人に操られ、強大な力を持った聖王として立ち向かってくるだろう。

 

「それでも、私は……全力全開で戦う!」

 

 彼女の保護者となる決心をしたなのはは、不屈の心でもって我が子となるヴィヴィオに杖を向ける覚悟を固めた。理不尽な運命に翻弄される彼女を自らの手で救い出すために。

 

「待っててね、ヴィヴィオ。なのはママが助けてあげるから!」

 

 怖い思いをしているだろう少女の身を案じつつ先を急ぐ。

 その時、なのはの不安を煽るように聖王のゆりかごが大きく震えた。少し前にも左舷側から爆発らしき衝撃が伝わってきたが、今度の振動はそれ以上だ。

 

「一体何が起きたの!?」

 

 はやてやアインスに念話を送って詳細を確かめたい所だが、航空部隊の要として戦闘指揮に集中している2人の邪魔をするわけにはいかない。

 そもそも、なのはたちの任務達成こそが優先される今、必要でない限り外部の戦況を伝えないことになっている。そのため、逆に考えれば、報告しなくてもいい状況であるとも受け取れるが……あれほど凄まじい衝撃が無視できるものとは思えない。

 

「……ううん、こんなことで迷ってちゃいけないわ! 私も士官なら、もっと大局的に物を見なきゃ!」

 

 そうだ、今は他の事に気をとられている場合ではない。私の任務は、ヴィヴィオの救出を最優先に行動すること……。そして、あの子と一緒に笑顔でみんなと再会する。作戦会議でもそう決めたじゃないか。

 

「だったら、先に進むしかない!!」

 

 言葉にすることで改めて気合を入れ直す。

 それでも不安は変えようが無いのだが……なのはの心配はまったくの見当違いだった。実際は被害者ゼロで駆動炉の破壊に成功した良い状況なので、作戦自体は順調に推移している。その代わりに、別の意味で頭の痛い問題が発生しているものの、事件後におこなうはやてのデスクワークが大変になるという話なので、あえてなのはに知らせる必要も無いことだった。

 

 

 その当事者であるはやてはと言うと、ヴィータの安否確認のために思念通話をおこない、無事だった彼女から詳細を聞いてすべてを把握していた。

 

『そうかー。やっぱりあの子がやらかした……もとい、やってくれたんか』

『ああ。勝手に来たくせにあたしの見せ場をぶち壊しやがってよ。相変わらず空気の読めないヤツだぜ』

『なんだとぉ!? 貴様が手こずっていたからこそ、我がわざわざ手を下してやったのだぞ? そもそも、部隊長などと偉ぶっている小鴉が不甲斐ないゆえに、このような無様な状況に陥っているのだろうが! 貴様の指揮能力は、そのだらしない胸のようにいい加減なようだなぁ! はーっはっはっは!!』

『なっ、なんやてぇー!? 私のオッパイはモッチモチでバインバインな超美乳やでーっ!!』

『あ、主はやて、人前でそんなはしたない言葉を使わないで下さい!』

『モッチモチでバインバイン……私の胸はまだまだですね……』

 

 アインスが狼狽しユーリが落ち込む中、はやてとディアーチェは場違いな口論を始めてしまう。そうしている間にもガジェットドローンを倒し続けているのは流石だが、はっきりいって大人気ない。しばらく荒ぶっていたはやても数分後には恥ずかしそうに大人しくなり、今はヴィータたちを助けに行く準備を進めている最中だった。

 ユーリが来てくれたおかげで、ゆりかご外部の戦闘も余裕がでてきた。後は、アインスに指揮を引き継げば、はやても突入部隊に参加できる。

 

『とにかく、私がそっちに行って魔力を分けたるさかい、おとなしゅうして待っとってや』

『ああ、すまねぇはやて……』

『ふんっ、我は気が短いゆえ早急に来るがいい、魔力タンクよ』

『誰が魔力タンクやねん!』

 

 はやては、弱っていても偉そうな態度を変えないディアーチェにツッコミを入れつつ、彼女たちの救援に向かう。2人の下へ一直線に続く大穴がゆりかごの後方に開いたので、そこから侵入すればすぐに合流できるだろう。

 

「……なのはちゃんへの連絡は、作戦通りやめとこか。ディアーチェの自爆だなんて、情けなくて言いたないし、便りのないのは良い便りとも言うしな」

 

 何にしても作戦継続に支障がないので、当初の予定通り報告しないことにした。そのほうが余計な心配をかけずに済むと判断したからだが、ヴィヴィオを拉致されてナーバスになっているなのはは、はやての想像より不安を募らせていた。

 

 

 なのはだってまだ19歳の少女だ。最強のストライカー級魔導師になったからといって完璧とは程遠い。どんなに努力をした所で、人がそんなに便利になれるわけはないのだ。当然ながら、魔王とまで言われるようになったなのはにも問題点は存在していた。戦士としては致命的にもなりかねない、優しすぎるという欠点が。

 もちろん仲間の心配をする事は悪いことではないが、作戦次第ではあえて無視しなければならない時もある。隊長という役職には、そういった非人道的な決断力も求められている。受け入れ難い話だが、戦う力を振るうという事はそういうことなのだ。

 しかし、幸せな家庭で愛されながら育ったなのはでは、そこまで非情になりきれない。そこが彼女の良い所であり欠点でもあった。

 シロンに鍛えられたなのは自身には欠点を覆すだけの力があるのだが……だからこそ、自分のように頑丈ではない他の仲間が気になって仕方がなかった。自分がガンダムに乗っているのに、戦友がジムやボールに乗っていたら心配になるのは当然だろう。

 本人たちが聞いたら怒りそうな話だが、事実なのだからしょうがない。

 

「ヴィータちゃんは大丈夫かな……」

 

 なのはは、先を急ぎつつも相棒の安否を気にしていた。攻撃力の高い彼女でもこの短時間で駆動炉を破壊できるとは思えないが、目標付近で大きな爆発が起きたことは間違いない。

 まさか、ヴィータも巻き込まれて大怪我をしているのではないか?

 本来なら、戦闘に集中するために、余程の事がない限りは念話を送らないようにと決めていたのだが……先ほどの爆発は余程の事と判断してもいいだろう。

 

「やっぱり、ヴィータちゃんの声を聞かないと気がすまないよ!」

 

 彼女の安否が気になったなのはは、少しだけ迷った末に念話を送ることにした。

 余計な魔力を消費する上に敵に傍受される危険性もあるが、その懸念もヴィータが無事であればこそだ。だったら、まずは彼女の安否を確かめるべきだろう。

 

『スターズ02! ヴィータちゃん、応答して!』

『……………………スターズ01、こちらスターズ02……なんか用か?』

『ヴィータちゃん、無事だったんだね!』

『ああ……まぁな……』

 

 一応ヴィータは肯定したが、どうにも様子がおかしい。やはり、先ほどの爆発に巻き込まれて怪我を負ってしまったのだろうか。ヴィータの異変に気づいたなのはは再度問いかけてみた。

 だがそこで、思わぬ展開が起こった。

 

『本当に大丈夫? 大きな怪我してない?』

『心配すんな、たいした怪我はねぇよ』

『そうさなぁ、バリアジャケットが破けて貧相な身体が丸見えになっとるぐらいだな』

『えっ!? その声は……はやてちゃん?』

『ほざくな俗物! 高貴なる我と下賤な小鴉を間違えるなど言語道断ぞ!』

『あっ! その喋り方はもしかして……ディアーチェ!?』

 

 声が同じだったので勘違いしてしまったが、この乱入者はもちろんディアーチェだ。そして、彼女がいると分かった途端にすべての謎が解けた。恐らく、先ほどの爆発は彼女の仕業だ。それならヴィータの怪我も心配はいらないだろう。たぶん。

 

『ディアーチェが駆動炉を破壊したんだね!』

『おうともよ! 主様より授かりし最強の魔法で軽く消し飛ばしてやったわ!』

『ついでに自分まで吹き飛ばして半裸状態だけどな』

『ふん! これはただ、我のナイスバディを貧相な貴様に見せつけておるだけよ!』

『なんだとっ!?』

『ほぉらどうだ、我の美乳は? 貧乳の貴様には垂涎ものであろう?』

『ちくしょー! 貧乳なめんなコラッ!』

『って、2人とも何やってんの!?』

 

 真面目な話の途中で急に乙女の戦いを始めた2人にツッコミを入れる。せっかく心配してたのに、当の2人は半裸で喧嘩をしていたらしい。年頃の少女たち(?)がなにをやっているのやら。

 

『もう、こんな時にケンカしてる場合じゃないでしょ。今はまだ任務の途中なんだから』

『あ、ああ、すまないなのは……』

『フン! そういえば、我も貴様に用事があったことを忘れておったわ』

『私に?』

『そうよ。魔王である貴様と聖王とやらを駆逐して、我こそが真なる王であることを世界に知らしめてやるのだ!』

『はぁ、ほんとディアーチェらしい話だけど、今は止めて』

 

 相変わらずな王様の様子に流石のなのはも呆れてしまう。

 しかし、彼女が頼もしい仲間であることは間違いない。そして、恐らくは他の場所にも心強い仲間たちが向かっているはずだ。

 

『ディアーチェがいるってことは、シロンたちも来てるんだよね?』

『無論だ。主様は主犯の変態男をぶちのめしに向かわれたぞ』

『そう、フェイトちゃんのところに……』

 

 それなら彼女は大丈夫だ。シロンはエロくてエロいエロ男だが、ピンチに陥っている美少女のためなら最強の紳士になれる。

 なのはは、最初に出会ったときに助けてもらったことを思い浮かべながら笑みを浮かべた。あの愛すべきバカ猫が来てくれたのならもう何も心配は要らない。

 

『それじゃあ私もがんばらなきゃね!』

『おう、アタシもすぐに追いかけるぜ!』

『ううん、こっちは大丈夫だからヴィータちゃんたちは無理しないで。バリアジャケットが損傷するほどの衝撃を受けたんだから、結構なダメージを受けてるでしょう?』

『なんの、これしきのことで我が、痛ぁーっ!?』

 

 強がったディアーチェの体をヴィータが触った途端に彼女は叫び声を上げた。目にはそれほど傷ついて見えないが魔力ダメージが大きいのである。加えて防御に魔力を使いすぎたため、バリアジャケットの修復すらままならない状態だった。

 

『ぐぉおー! 腕が、体が、ふとももがー!』

『はは……やっぱり、もう少し休んでから行くわ。もうじき、はやても来てくれるからよ』

『それなら、はやてちゃんが来るまでどこかに身を隠してて。女の子が半裸でうろついてちゃダメだからね?』

『ええい、なんと無様な! 塵芥なぞに気を使われるとは……』

『ふふっ……どうやらお出迎えが来たみたいだから、また後でね』

 

 なのはは、すねるように負け惜しみを言うディアーチェに苦笑すると、迎撃に出て来たガジェットドローンの大群を見据えた。

 よし、ここからは私の番だ。

 ヴィータたちとの念話を終えると、なのははとある決断をした。

 

「こうなったら、出し惜しみ無しだよ!」

 

 シロンたちの登場に触発されたなのはは、彼から託されていた切り札を使うことに決めた。少しだけ抵抗がある代物なのだが、彼らが動いた今なら存分に使える。

 

「ちょっと嫌だけど……今から私は、ガンダムになる!」

 

 気合を入れてセツニャのようなことを言い出したなのはは、レイジングハートを左手に持ち返ると、右手で取り出したデバイスカードを発動した。

 その瞬間、彼女の左肩に大型の盾が装備され、右手にはクリスタル状の刀身を持った剣が握られた。これらの非人格式・アームドデバイスはシロンが製作したもので、ダブルオークアンタの武装を魔導師用に改良したCNソードVとCNシールド――【CNウェポン】だった。装着後はレイジングハートが管制システムとなり、ケット・シーの魔法も発動できるようになる優れものだ。

 更に、このCNシールドにはオリジナルと同様にCNドライヴが1基搭載されており、Sランク級の魔力をなのはに与える事が出来る。シロンが元の世界に戻る前に用意したものなのでツインドライヴとはいかなかったが、なのは自身がもう一つのCNドライヴと成り得るので、これでも十分以上だ。

 

「シロンにもらったこの力で……みんなの未来を切り開く!」

 

 なのはは、通路を塞ぐように現れたガジェットドローンの大群に向けて強力な砲撃魔法を放つ準備を始めた。CNシールドにマウントされていたCNソードビットを展開し、CNソードVに合体させてバスターライフルモードにする。そして、膨大な魔力を込めた強烈な一撃を放った。

 

「貫け、ライザーソード!!」

 

 勇ましい掛け声と共にピンク色の光がほとばしる。一直線に突き進んでいく光の刀身によってガジェットドローンの大群は一瞬で吹き飛ばされ、通路の先にあるものすべてにダメージを与えていく。後方で起きた爆発を考慮して威力は抑えたが、それでもAMFに守られた内部構造物を紙クズのように引き裂いてしまった。

 なのはの使える最大級の砲撃魔法に匹敵するものが個人の資質に関係なく発動され、次元世界最強の巨大戦艦すら破壊してしまう。その光景はとても恐ろしいものだった。

 

「やっぱりCNドライヴって反則だよね……」

<I think so, too(私もそう思います)>

 

 なのはたちは、あまりにもデタラメなCNドライヴの性能に改めて戦慄した。子供の頃にユーノが危惧していたが、今ならその気持ちも分かる。

 しかし、これは守るために使えと託された力だ。ミッドチルダの魔法より非殺傷能力が優秀なこのデバイスを使えば、ヴィヴィオを必要以上に傷つけないで済む。ならば、何も躊躇することはない。

 

「行くよレイジングハート。私たちソレスタルビーイングに沈黙は許されないんだから!」

<All right(了解しました)>

 

 ソレスタルビーイングに心を預けている1人と1基は、仲間との絆に後押しされながらヴィヴィオの元へと突き進んでいった。

 

 

 その数分前、なのはを待ち伏せするべく玉座の間に近い通路を歩いていた【ディエチ】は、なのはと同様に船の震動を感じていた。

 

「この揺れはなに? クアットロ!」

『これは…………ちょっとばかり困ったことになったわね~……』

「困ったって、どういうこと?」

『どっかのおバカさんのせいで駆動炉が破壊されちゃったのよ! まったく、古代ベルカ最強の船がこんなに脆いだなんて、誤算もいいところだわ!』

「………………えっ?」

 

 話を聞いたディエチは信じられずにポカンとしてしまう。戦闘を始めてからそれほど時間が経っていないのに、自分たちの切り札がピンチに陥ってしまっているのだから仕方ないだろう。

 しかも、それを成したのは一番の強敵であるなのはではなく、正体不明のイレギュラーらしい。爆発の影響で駆動炉近辺の監視システムが使用不能になったせいで確かめられないが、恐らくは管理局の援軍だろう。

 

「……大丈夫なの、クアットロ?」

『も、もちろん大丈夫に決まっているでしょう!? 駆動炉を破壊した奴は爆発に巻き込まれたみたいだし、予備エンジンも自動修復システムもあるんだから、まだまだ行けるわ!!』

「でも……」

『いいから! あなたはあの白い魔王を全力で撃墜しなさい! アイツさえ落とせば、後はどうとでもなるわ。こっちにはまだ聖王様がいらっしゃるのですから』

「わ、分かった」

 

 ディエチは、鬼気迫る様子のクアットロに気圧されながら通信を切った。船の状況も気になるが、確かに今は目の前に迫っている脅威を排除することに集中すべきだろう。自分たちの行いに負い目を感じている彼女としては気乗りしないが、家族を守るためだと割り切るしかない。

 そのように思いふけりながら再び歩き始めたその時、先ほどよりも近い場所から2度目の震動が発生した。玉座の間に向かっているなのはがライザーソードを使ったのだ。

 すぐさま被害状況を確認すると、船体前部の右舷側にある王族専用の居住区画が大ダメージを受けていた。個人が放った魔法とは思えない威力だが、状況から推測するとこれでも本気の一撃ではないはずだ。

 

「なっ!? 管理局の魔導師は化け物なのか!?」

 

 人間離れしたなのはの力に戦慄する。彼女といい駆動炉を破壊した人物といい、規格外な人間ばかりだ。そんな者たちと戦わなければならないと思うと、それなりに実戦経験があるディエチでさえ初めて戦場に出て来た新兵のように震えてしまう。まさに、ア・バオア・クーでガンダムと遭遇してしまった学徒兵のような心境である。

 自分に災厄を齎す白い魔王はすぐそこまで迫っているのに逃げ出すことはできない。こんな酷い戦いなど全然望んでいないのに……。理不尽すぎる現実を押し付けられたディエチは、馬鹿げた作戦を実行したスカリエッティを恨むのだった。

 

 

 一方、影で魔王と恐れられているなのはは、通常射撃でガジェットドローンを排除しながら目的地へ向かっていた。そろそろ玉座の間が近いので、索敵に集中しようと考えたのである。これもシロンたちの特訓による賜物で、マ・クベに待ち伏せされたガンダムがいかに苦戦したかを懇々と教え込まれた結果だ。

 

「戦いとはいつも2手3手先を考えて行うものだったよね」

 

 アムロも真っ青な特訓を思い出しつつ相手の戦法を考える。

 これまでに得られた情報から推測すると、聖王のゆりかごには2人以上の戦闘機人がいるはずだ。1人はゆりかごと聖王を制御する役目を担い、他は侵入者に対する守備戦力として配置についていると思われる。

 そんな彼女たちを見つけ出すにはワイドエリアサーチを使うのが定石だが、それだとサーチャーが直接アプローチする必要があるため時間がかかってしまう。その上、使用中はレイジングハートの能力が低下してしまうので、なるべくなら使わないようにしたいところだ。

 

「でも、大丈夫。今の私にはあの魔法が使える!」

 

 なのはは、この状況に適したケット・シーの魔法を選択した。CNウェポンを装備したことで広域遠隔精神波拡大魔法【サイコミュ】を使えるようになったのだ。本来この魔法はビット兵器の性能をパワーアップさせるためのものだが、他人の精神波も感知できるので索敵でも絶大な効果を発揮する。

 それならばと早速発動してみると……付近にいる人間の意識をすべて把握できた。

 

「見えるよ! 私にも敵が見える!」

 

 ジオングに乗っているシャアみたいなことを言いながら周囲の意識を探る。玉座の間の近辺に恐怖と迷いが入り混じった感情を放っている者が1人おり、玉座の間の斜め下方にある区画に邪悪な気配を放つ者が1人いる。状況を考えればこの2人は戦闘機人だろう。彼女たちの意識を感じた瞬間にその姿も見えたので間違いない。以前、ヴィヴィオが乗っているヘリを狙撃した戦闘機人たちだ。

 そしてもう1人、玉座の間にいる人物は……

 

「この感じ、ヴィヴィオね!」

 

 もっとも強く感情を発している少女の存在はすぐに分かった。彼女は、恐怖に怯えつつ母親を求め続けている。母となって愛情を与えてくれたなのはのことを……。

 

「!? ヴィヴィオ!!」

 

 一瞬だけ脳裏に写った、玉座に拘束されて苦しんでいる姿がとても痛々しい。聖王だとか鍵だとか勝手なことを押し付けて、ヴィヴィオのような小さな子をこんな酷い目に遭わせるなんて絶対に許せない!

 どんなに正当性を主張しようと、彼らのやっていることは認めてはいけないものだ。人間の世界で生きていくには、未来を担う子供たちを慈しみ、大切に育てていくという生命のルールを遵守できなければならない。それを冒涜する奴は、人間とは相容れない歪んだ存在――人類の天敵となってしまう。

 だからこそ、なのはは叫ぶ。

 

「スカリエッティ!! あなたのその歪み、この私が断ち切る!!」

 

 CNソードビットで強化されたA.C.Sドライバーでガジェットドローンを粉々に切り裂きながら決意を口にする。

 シロンの行った座学で強化人間の悲しい末路を聞かされていたなのはは、戦闘機人をネオ・ジオン軍のクローンニュータイプ・プルシリーズと重ねていたのである。生物である人間を戦闘マシーンにするなど決して許せるものではないと学んだ結果だ。

 スカリエッティはともかく、戦闘機人の少女たちは人類の敵にしたくはなかった。スバルたちの未来のためにも、彼女たちの悪行を止めなければならない。いや、絶対に止めてみせる!

 

 

 なのはがプルツーと戦っている時のジュドーのように熱血していた頃、守備配置についたディエチは、緊張と恐怖に包まれながらその時を待っていた。

 彼女は待ち伏せに適した曲がり角に陣取っており、これなら流石のなのはでも対処できないと判断していた。固有武装であるイノーメスカノンの砲撃はSランク以上の威力があるので、直撃すればあの魔王でも撃墜できるはずだ。

 

「あんたに恨みはないけど……」

 

 やらなきゃやられる。

 ナンバーズの中でもっとも人間らしい優しさを持っているディエチは、幼い我が子を助けに来たなのはに対して同情していた。それでも、姉妹たちのために望まぬ戦いへと立ち向かわなければならない。

 船内用のレーダーマップを左横に見ながらタイミングを計る。目標のなのはは、向かって右側の通路から高速で接近している。後は、回避不可能な瞬間に全力の砲撃を撃ち込むだけだ。

 

「5、4、3……」

 

 直前でカウントを始め、2を口にした瞬間になのはが姿を現した。初めて見るデバイスを装備していることが気になるが、もう考えている時間は無い。

 

「……1、0」

 

 ディエチはカウントを終えると同時にトリガーを引いた。その瞬間、右脇に抱えていた大砲から強力なエネルギー弾が撃ちだされた。

 恐ろしい破壊力を秘めた赤い光がなのはに襲いかかる。高速で飛行している上に数百メートルしか離れていない至近距離での砲撃を避けるすべは無いはず。エネルギー弾が着弾した瞬間を見届けた時まではそう思っていた。

 しかし――

 

「なにっ!!?」

 

 勝利を確信しかけたディエチは、信じられない光景に目を見張った。どういう仕掛けか、エネルギー弾がなのはを避けるように拡散されてしまっているのだ。彼女を中心にして球状に展開されたバリアがあるようだが、普通の防御魔法とは違う。防ぎ止めているのではなく、エネルギーの進行方向を偏向しているように見える。あれではどんなに威力があってもまったく意味がない。

 

「そんなバカな!?」

「このIフィールドは、長距離ビームなんてどうということはない!」

 

 なのはは、ディエチの驚きに対してドズル閣下のように受け答えた。

 事前に戦闘機人が待ち構えていることを把握していたなのはは、全方位防御魔法・Iフィールドを展開していたのである。この魔法は進行方向をコントロールすることが難しいエネルギー攻撃の弱点を突いたもので、力場に触れたあらゆる粒子のベクトルを変化させ偏向してしまう。そのため、ディエチの攻撃は完全に無力化されてしまったのだ。しかも、本来のIフィールドと違って物理攻撃にも対応できるCNフィールドの効果もあるので、実弾を撃ち込まれても結果は同じだった。

 いずれにせよ、ディエチの運命は砲撃を撃つ前に決まっていた。

 

「ひぃっ!」

「迂闊だよ!」

 

 エネルギー弾をものともせずに直進してきたなのはは、防御反応の遅れたディエチを一喝しながらイノーメスカノンの砲口にCNソードVを突き刺した。その瞬間、撃ち出されるはずだったエネルギーが行き場を失って大爆発を起こしてしまう。

 咄嗟に大砲を捨てて防御しようとしたが間に合わなかった。体の真横で起こった爆発に巻き込まれて為す術も無く吹き飛ばされたディエチは、壁面に叩きつけられた後にゴロリと転がって仰向けに横たわった。

 空中に留まったままその様子を見つめていたなのはは、震えながら起き上がろうとしている彼女にバインドをかけて拘束する。まさに手も足も出ない圧倒的なまでの実力差であった。

 

「こ、こいつ……本当に人間か……?」

 

 思わず本音が口に出てしまう。彼女には、目の前にいる少女が正真正銘の魔王に見えたのだ。しかし、ディエチの言葉を聞いた魔王はそれを否定する。

 

「そう思うのも当然かもね。今の私はガンダムだから」

「…………ガンダム?」

 

 聞いたことのない単語を耳にして疑問符を浮かべる。よくは分からないが、敵対した者に恐怖を与えるものであることは間違いないと感じる。それほどまでに、なのはの言うガンダムという言葉には力が宿っていた。

 

「何にしても、あなたの戦いは終わったわ。おめでとう」

「おめでとうだって!?」

「ええそうよ。これであなたは新たな可能性を手に入れたのよ。人間の少女として普通に生きていく可能性をね」

「!? ……そんなことできるわけ!」

「できるわ。スバルやギンガを見れば分かるでしょ? それに、私の仲間には結婚して幸せに暮らしてる戦闘機人もいるし」

「け、結婚!?」

 

 いきなり場違いな単語が出てきてビックリしてしまう。まさか、そんなに馴染んでる同族がいようとは思いもしなかった。

 

「だから、決して諦めないで。あなたが姉妹に抱いている優しさを私たちにも示してくれたら、世界はがらりと姿を変えるわ。だって、世界はこんなにも簡単なのだから」

 

 そう言うと、なのはは優しさを込めてディエチの頭を撫でた。

 つい先ほどまで殺し合いをしていた相手でも優しさを持って対話すれば分かり合えることもできる。なのはは、シロンから聞いたアムロとララァのやり取りをやたらと美化して記憶していたため、話の分かりそうな相手の場合はそれを実践していたのである。

 もちろん成功率はとても低いのだが、運のいいことに元々優しい心を持っていたディエチには効果抜群だった。

 

「それじゃあ、後から来る突入隊が安全な場所まで護送してくれるから、ここで大人しく待っててね?」

「はい、分かりました……お姉さま」

「(お姉さま?)」

 

 どうやら効果がありすぎたようだ。

 バインドに縛られた状態だった所を考えると、自身の自由を奪っているはずの犯罪者に好意を抱いてしまうストックホルム症候群というヤツになっているのかもしれないが、なのはは別に悪い人間ではないので大きな問題は無いだろう……たぶん。

 

 

 上手にディエチを手なずけたなのははそのまま勢いを止めることなく進み、数分足らずで玉座の間へとやって来た。閉じた扉を砲撃魔法で吹き飛ばして乱暴に押し通る。

 中は意外と殺風景で、空戦もできるくらい広大な空間が広がっていた。そして最深部に目を向けると、いかにもな作りの玉座が見受けられる。そこにヴィヴィオが拘束されており、その隣には彼女を操る役目だろうメガネをかけた女性がいる。無論本人ではなく、なのはを弄ぶために用意した立体映像だ。

 実際は既に見破られているのだが、人間を侮っている彼女にそんなことを想像できるわけもなく、小馬鹿にしたような口調で話しかけてきた。

 

「いらっしゃ~い、お待ちしておりましたぁ~」

 

 相変わらず、すべての人間を見下すような態度で接してくる。しかし、内心ではいつもの余裕はなく、冷や汗をかくほどに焦っていた。なぜなら、なのはが来る前にかなりの戦力がやられてしまっていたからだ。

 地上本部を目指していたナンバーズは短時間の内に全員捕まってしまった。当てにしていたルーテシアも戦果を上げられないままやられてしまい、挙句の果てにはゆりかごの駆動炉まで破壊されている。

 死にかけのゼストと指示を聞かないアギトは当初から戦力外扱いなので、襲撃部隊は実質的に全滅、聖王のゆりかごも最終防衛ラインにいたディエチが突破されて危機的な状況に陥りつつあった。

 この時点ではまだシロンとチンクが話し合っている頃なのでアジトの方は健在だったが、あまり救いにはならなそうだ。正体不明の増援部隊が全員そちらに向かってくれれば自爆プログラムで吹き飛ばせるかもしれない。しかしそれは儚い希望に過ぎないだろう。最大の目標が聖王のゆりかごである以上、十中八九こちらへ集まってくると思われる。そうなれば、たとえ聖王の力をもってしても勝てるかどうか分からない。

 つまり、このまま戦っても敗北する可能性が高いのだ。いつもの彼女だったら自分だけでも逃げ出すところだった。

 

「(それでも、今回ばかりは逃げられないのよ。ドクターの夢を、私たちの楽園を実現するためには、聖王のゆりかごが必要なんだから!)」

 

 危険を冒してでもこの場を放棄する気は無い。スカリエッティと同じくらい狂っている彼女だが、夢に向けるひたむきな情熱だけは人間らしかった。その内容はかなり酷いものだが。

 

「まったく、愚かな人間のクセにくだらない悪あがきばかりしてみっともないですねー。あなたのお仲間もかなりしぶといようですし……どいつもこいつも、本当に腹が立つわ!! 虫けらみたいに目障りなんだから、さっさと死になさいよ!!」

 

 追い込まれて怒りの感情を抑えられなくなったクアットロは、これまで隠していた本性をむき出しにしてきた。スカリエッティの冷酷さや遊び心を強く受け継いでいる彼女は、生まれながらに人類の天敵だった。彼女は、悪意の無いELSより化け物に近い存在なのだ。

 だからこそ、喜びながらヴィヴィオを苦しめることができる。

 

「時間があったら存分にあなたをいたぶってあげようかなって思っていたけど、これだけでも楽しい余興になるわねぇ!」

 

 なのはが投降を呼びかける前にクアットロが動いた。ヴィヴィオをゆりかごに強制連結させることでレリックウェポン完成体・聖王ヴィヴィオとして覚醒させようとしたのである。本来の歴史ではねちっこく絡んできた後に行うのだが、余裕の無いこの歴史では問答無用でやり始めた。

 無意味な立体映像を消して準備を整えると、彼女は嬉しそうな声を上げた。ついに、待ちに待った瞬間が訪れたのである。

 

『さぁ、よ~く御覧なさい。あなたの可愛いヴィヴィオちゃんが私たちの王になる瞬間をね!』

「なっ!?」

 

 クアットロが最後のキーを叩くと玉座の両隣に浮いていた球体がスパークし始め、その直後にヴィヴィオの体から虹色の魔力光が噴出した。凄まじい圧力で、近くに立っていたなのはを後方に押しとばす。

 

「くっ……うわぁっ!」

『ふふふ、これが古代ベルカ王族の固有スキル【聖王の鎧】ですか。とても素晴らしい力ですね。流石は世界を滅ぼした聖王の末裔といったところでしょうか。まぁ、正確に言うと聖王の残りカスから作ったコピー品にすぎませんけど』

「あなたって人はっ!」

『あらぁ、怒っていらっしゃるのですか? ここは感謝してもらうべきところなんですけどねぇ。親切な私たちがあなたの娘を究極の生体兵器・レリックウェポンとして完成させてあげたのですから!』

 

 精神的に余裕がなくなって更に狂気の度合いを増してきたクアットロは、下品な笑みを浮かべながら愉悦に浸る。ヴィヴィオを人質に取られているため、先ほどから彼女のやりたい放題で、なのはは後手にまわされっぱなしだ。

 もちろん助けようとはしているが、聖王の鎧が邪魔して前に進めない。CNドライヴを使って最大級の砲撃魔法を放てば破れないこともないだろうが、この状況では射撃体勢も取れない。

 ここに来て、なのはは自分の迂闊さを呪った。恐怖と悲しみに苦しんでいるヴィヴィオの意識に気を取られて無策のまま突入してしまったが、先にあの戦闘機人を無力化しておくべきだった。せっかくクアットロの居場所を掴んでいるのに野放しにしてしまうなんて、失策もいいところだろう。

 なまじ人の意志が感知できたばかりに、こんな悲劇を招いてしまうとは。ララァを失ったシャアのような心境になってしまう。愛しい我が子の身を案じる母親としては正しい行動なのだが……。

 

「ママッ、ママーッ!!」

「ヴィヴィオ!?」

 

 なのはが後悔している間にヴィヴィオの状態が変化した。虹色の魔力を一際大きく放出して玉座全体をホワイトアウトさせた後、これまで不規則に荒れ狂っていた魔力をまとめて彼女の体を包み込んだのである。

 

 

 戦場で再会し、敵対することになってしまった悲しい親子の姿。そんな悲劇を、玉座より更に奥にある【もっとも安全な】場所から鑑賞しているクアットロは、自分が追い込まれていることも忘れて楽しんでいた。

 全裸になって空中に浮いているヴィヴィオは、ルーテシアと同じ洗脳処置を施された影響でおぼろげな意識の中を漂っている。後は、なのはに対する敵意を与えて戦う意思を持たせればいいだけだ。

 

「(いいわよ聖王さま。あなたの力があれば、まだ何とかなるかもしれないわ)」

 

 ヴィヴィオの潜在能力に魅了されたクアットロは再び希望を見出し始めた。駆動炉を破壊されたとはいえ、こんな時のために用意していた装置があるのでまだいける。余ったレリックを使用した魔導ジェネレーターから送られる魔力は、駆動炉に及ばないとしても十分絶大だ。それと彼女自身に備わっているレリックウェポンの力を合わせればSランクオーバーの魔導師を圧倒できる。これなら、あの恐ろしい魔王でも倒すことができるだろう。

 だが、そんな彼女の希望は儚い夢でしかなかった。ヴィヴィオに向けて悪意を込めた言葉を告げようとしたその時、超巨大な魔力の刃がゆりかごの外装を突き破ってクアットロのいる区画まで貫通してきたのである。

 ズガァ―――――ンッ!!!!!

 

「きゃあ―――!!?」

 

 突然信じられない事態に陥ってしまったクアットロは、思わず普通の少女のように悲鳴を上げた。一体何が起きたのか理解できずに呆然となって動きを止めてしまう。

 すると、大きな風穴を開けられて外部と直通になった内壁から2人の少女が現れた。

 

「ここだな、真のラスボスがいるフロアは!」

「間違いありません、この部屋から邪悪な意識を感じます!」

 

 可愛らしい声で勇ましい話をしている少女たちはユーリとレヴィだった。あっさりルーテシアを倒して遊び足りないレヴィはトランザムでこの場に急行し、ユーリと一緒に真のラスボスを倒そうと考えたのである。洗脳されたヴィヴィオを制御している存在がいることは分かっていたので、そいつを倒せばなのはの手助けになると思ったのだ。

 ユーリが使える広域遠隔精神波拡大魔法・サイコミュで強い敵意を感知した結果、クアットロを真のラスボスと確定して、外部から直接乗り込むことにした。その成果がこれである。

 因みに、先ほど壁抜きをした攻撃もユーリの魔法で、エターナルセイバーの上位技である【イデオンソード】を使って一気に貫いてきた。この魔法はエターナルセイバーの術式を改良し、魔力を込めた分だけ威力が上がるよう上限設定を変更してあるものだ。魔法としては単純な部類に入るが、膨大な魔力を与えてくれる永遠結晶エグザミアを持ったユーリにとっては最強の魔法とも言える。

 何にせよ、遊び心一杯なレヴィのせいでクアットロがもっとも恐れていた状況になってしまったことは間違いない。クアットロ自身も歪んだ遊び心を抱いてヴィヴィオたちを苦しめていたので、因果応報であるとも言えるが。

 

「なっ……何なのあいつら!? ゆりかごの装甲を突き破ってくるなんて、こんなのデタラメすぎよ!?」

 

 目の前で起きた事実を未だに受け入れられないクアットロはヒステリックに叫んだ。だが、そのせいでレヴィに見つかってしまい、現実を直視せざるを得なくなってしまう。

 

「ふっふっふ~! どうやらキミが真のラスボスのようだね!」

「ひぃっ!?」

「おっと、逃げ出そうだなんて思ってもムダだよ? ラスボスからは逃げられないってのがお約束なんだから! ……あれ、それだとボクがラスボスになっちゃうぞ?」

「ふふっ、確かに今はそんな感じかもしれませんね」

「あーでも、この船壊しまくってるユーリのほうがラスボスっぽいかも! っていうか、実際にラスボスしてたモンね!」

「え~? そんなことしてませんよ~」

「(こ、こいつら、こんな時になに言ってんの!?)」

 

 敵地の真っ只中なのにのん気な会話をする少女たちに対して、呆れると同時に恐怖を感じる。ようするに、それほどの実力があるということなのだ。

 その事実をようやく受け入れたクアットロは、急いでヴィヴィオを覚醒させようとした。どう足掻いても自分はやられるだろうが、これだけはやり遂げないと格好がつかない。いわゆる、悪の矜持というヤツだ。

 

「陛下! 目の前にいるそいつはあなたのママをさらった悪魔です! 本当のママに会いたいなら、そいつを倒さなければなりません! だから、今すぐ力を解放して、その魔王をぶちのめしてくださいな!!」

 

 クアットロは、開いたままだった通信画像に向かって覚醒の条件となる言葉を叫んだ。そして、それを聞かされたヴィヴィオは、とうとう聖王として目覚めてしまう。一瞬で大人の体に変身した彼女は、黒いボディスーツとジャケットを身にまとってなのはの前に立ちはだかる。古代ベルカ最強の王が、今ここに復活したのである。

 まぁ、シロンの世界に行ってELSとの戦いを経験したユーリとレヴィにとってはどうってことのないことだったが。

 

「むむむ!? なんかよく分かんないけど、悪いことしてるみたいだから、とりあえずぶった切る!」

「ぐはぁっ!!?」

「まだだ! キミが泣くまで切り裂くのを止めない!」

「もちろん私もお手伝いしますよー!」

「ひぃぃ――――――――――ッ!!!!!」

 

 クアットロの悪意を感じ取った2人は、彼女をフルボッコにしてやった。容赦ない近接攻撃の嵐を受けたクアットロは恐怖と痛みに苦しみながら気絶してしまい、その結果、彼女に制御されていたヴィヴィオの洗脳もあっさりと解けてしまった。

 

 

 一方、玉座の間にいるなのははものすごく途惑っていた。離れた場所での激しいやり取りによってヴィヴィオにもめまぐるしい変化が起きているからだ。

 急に大人の体になって自分に敵意を向けてきたと思ったら、今度は急に頭を抱えて苦しみだして、元の意識を取り戻した。

 どうやら、ヴィヴィオを制御していたクアットロがユーリとレヴィにやられたようだ。未だにつながったままの通信画像に当の2人が写っているので間違いない。その際、ちらりと見えたクアットロはなぜか半裸状態で目が【33】になっていたが、とりあえず見なかったことにした。

 

『イエーイ! 真のラスボス討ち取ったりー!』

『ブイッ、なのです!』

「2人とも相変わらずだね……」

『ところでなのは! ボクたちはこの後どーすればいいのかな?』

「とりあえず、あなたが踏んでる戦闘機人を拘束して、船の外に連れ出してくれるかな?」

『オッケー、亀甲縛りでガッチリ御用だ!』

『それはダメですよレヴィ。露出した胸元は隠してあげないと流石に可哀想ですよ』

『ん~、じゃあ普通のバインドでグルグル蒔きにしちゃおう!』

「……穏便によろしくね」

 

 久しぶりに再会した仲間の壮健ぶりに苦笑する。だが、安心するのはまだ早い。クアットロの制御を離れたとはいえ、ヴィヴィオはまだ聖王モードのままなのだ。

 彼女のことが気になったなのはは慌てて傍に駆け寄った。どうやら意識は戻っているようだが、まだ様子がおかしい。

 

「ヴィヴィオ!」

「なのは、ママ? ……ダメ、逃げて―――!!」

 

 突然叫び声を上げると、近寄ってきたなのはに向けて正拳を放った。その不意打ちを咄嗟に張ったプロテクションで防ぎ、後方に吹き飛ばされることで衝撃を和らげたが、精神的な衝撃は防ぎきれない。

 なぜ意識を取り戻したヴィヴィオがそんなことをするのか。その理由は、ゆりかごの【自動防衛モード】が発動したからだ。鍵である聖王が昏倒、あるいは戦意を喪失した場合、本人の意思とは関係なく敵を排除するまで戦闘を継続させるプログラムが発動してしまう。替えがきく聖王より貴重なゆりかごを優先して守るように設定されているため、このような非人道的な機能が備わっているのだ。この船は、人間性を捨てることで技術を発展させていったアルハザードが作ったものなので、彼らの性質が大きく反映されてしまっているのである。

 それに加えて、自分の正体に気づいてしまったヴィヴィオ自身もなのはを遠ざけようとしていた。この船を動かす部品として生み出され、大好きな人たちを傷つけてしまっている自分の存在に負い目を感じているのだ。

 なのはのもとに帰りたいのに体も心も言う事をきかない。ヴィヴィオの心は深い悲しみに囚われようとしていた。

 

「……ダメなの?」

 

 体の自由を奪われ、悲しみを癒すすべもないヴィヴィオは、ただ嘆く事しか出来なかった。

 その間に、ヴィヴィオの体から展開された戦闘プログラムが玉座の間を覆い尽くす。これによって室内の空間すべてをセンサーと化して、敵のデータを余すことなく聖王の体に伝え、適確な行動を取らせるのである。

 

「ヴィヴィオ、もう帰れないの?」

 

 絶望しかけている彼女がそうつぶやいた直後、ゆりかごの管制システムが自動防衛モードの発動を知らせる警告アナウンスを行った。感情のない音声が船内に響き渡り、それを聞いている者たちに焦りを与える。

 もしこの場にシロンがいたら「なんでドイツ語やねん!」などとつっこんで場を和ませただろうが、現在彼はスカリエッティのアジトでトイレをお借りしているところだ。

 ゆえに、ヴィヴィオを救う役目は、本来の歴史通りなのはが受け持つことになるはずだった。 ――彼女が来るまでは。

 

「CNルベライト!」

「「えっ!?」」

 

 突然発せられた第三者の声を耳にした途端に、立ち尽くしているヴィヴィオの足元から光の紐が現れて彼女の体を拘束した。

 そのバインドは、なのはの使う捕獲魔法・レストリクトロックとほぼ同じものだが、少しだけ改良されていた。CN粒子を加えることで術式の解析を阻害し、バインドブレイクによる破壊を不可能にする仕掛けが施してあるのだ。

 つまり、この魔法を使うにはCNドライヴかCNコンデンサーが必要となるのだが、そんな物を持っていてなのはの魔法も使える人物は……世界に1人しかいない。

 

「シュテル・ザ・デストラクター、宿命のライバルを援護するため、ここに推参いたしました」

「ええっ!?」

「なのはママが……2人いる――――――!!?」

 

 いつの間にか侵入していたシュテルを見て、高町親子は仲良く驚いた。実は彼女も、レヴィと同様にトランザムを使って急行してきたのである。スバルにギンガのことを任せた後、ライバルであるなのはの手助けをしようと思い立って駆けつけたのだ。

 

「助けにきてくれたの?」

「はい、そうです。この子があなたの娘なら私の娘も同然ですので、黙って見ているわけにはまいりません」

「シュテル……ありがとう」

「いいえ、礼には及びません。先ほども言ったように、この子は私の娘なのですから」

「ううん、ヴィヴィオは私の娘だから礼を言うのは当然だよ」

「いえいえ、この子は私とシロンの娘ですから、他人のあなたに礼を言われる筋合いはまったくありません」

「って、さっきと言ってることが変わってるよ!? それに、なんでシロンが出てくるのよ!」

「改めて問われると恥ずかしいのですが、既成事実の捏造です」

「思いっきり本音が出てるよ!?」

 

 再会して早々にコントを始める仲良しな2人。元々お茶目なところがあったシュテルは、シロンと一緒にいるうちに毒舌系の冗談を言うようになっていた。それと同時に、なのはのほうもシロンたちと付き合っているうちにギャグ寄りの人間になっていたため、違和感なくツッコミを入れまくっているのである。もはや魔法少女らしい雰囲気ではないが、元々魔法少女らしくない話なので丁度いいくらいだろう。

 とはいえ、いつまでもふざけている場合ではないので、そろそろ真面目モードに移る。

 

「さて、冗談はこのくらいにしておいて、早速本題に入りましょう」

「なっ!?」

 

 突然なのはは驚きの声を上げた。なぜかは分からないが、シュテルにバインドをかけられてしまったのだ。

 

「なにをするの!?」

「申し訳ありませんが、しばらく大人しくしていてください。あの子に魔法を撃ち込む役目をあなたにやらせたくはありませんので」

「えっ、まさか……」

「あの子を助けるためには、親であるナノハも辛い思いをする必要があります。でも、同じ存在である私なら、その痛みを分かち合うことができます」

「シュテル……」

「だから、この場は私にお任せください。後の役目はあなたにお願いします」

「…………うん、分かった。あの子を、ヴィヴィオを助けてあげて!」

「その願い、承りました」

 

 なのはの言葉を受けたシュテルは微笑を浮かべて頷くと、ヴィヴィオの方へ振り向いた。特殊なバインドを破壊することができずにもがいている彼女は、2人のなのはを困惑した表情で見つめていた。

 

「あ、あなたは誰? なのはママの姉妹なの?」

「いいえ違います。私とナノハは別人であり本人でもある、血縁を超えた存在です」

「もしかして、あなたもクローンなの?」

「ええ、そのように捉えてもらっても間違いではありません」

「そうか……それじゃあ、私と同じコピーなんだね。この船を動かすために作られた聖王の偽物である私と!」

「いいえ、その認識は間違っていますよ。たとえナノハと同じ体でも、私の心は私だけのものです。あなたの心が、ナノハを愛しているヴィヴィオのものであるように」

「っ!!?」

 

 偽りの無い真実を語るシュテルの言葉を聞いたヴィヴィオは大きな衝撃を受けた。彼女の言う通りなのはを思う心だけは偽物ではないと断言できる。だが、生体兵器である自分が彼女たちと共に生きていけるはずがない。

 その事実に耐えかねたヴィヴィオは、駄々を捏ねる子供のように思いのたけをぶちまけた。自分はこの船を飛ばすためのただの鍵であり、玉座を守るための兵器に過ぎない。悲しいのも痛いのも、全部偽物の作り物なんだ。

 だから――

 

「私はこの世界にいちゃいけない子なんだよ―――!!」

「そうですね。確かにこの世界にいるべき存在ではありませんから、綺麗に焼却して差し上げましょう」

「「えっ!?」」

「ちょ、ちょっとシュテル! この流れで、どうしてそうなるのよ!?」

「疑問を感じますか? 元々私たちは、この世に破壊と混沌を齎すために生み出された存在なので、それほどおかしな話ではありませんけど。それに私は、ヴィヴィオを消そうと考えているわけではありませんよ?」

「あっ……」

 

 そこまで聞いてなのはは察した。シュテルが壊そうとしているのは、ヴィヴィオではなく彼女を苦しめている聖王の呪縛だ。確かにシュテルは破壊と混沌を受け入れているちょっとおっかない美少女であったが、その思いは未来へ進む力でもある。

 破壊があるから創造が起こり、混沌があるから多様性が発生する。そして、それらが進化へと繋がり世界を広げていく。そもそも、人というものがそんな世界から生まれてきたのだから、シュテルたちのあり方は人間そのものであるとも言える。

 ならば、ヴィヴィオのことを任せてもいいはずだ。

 

「そんなわけで、死に損ないの聖王を地獄の炎で昇天させます。苦しいのは一瞬だけですが、死ぬほど熱いのでご覚悟くださいね」

「ひぃっ! この人すごく怖いよぉ……ママ、助けて―――!?」

「……大丈夫、よね?」

 

 かなり心配になってきたが、バインドが解けないので成り行きを見守るしかない。

 ルシフェリオンを新たな砲撃形態であるブレイズモードにして身構えたシュテルは、CNユニゾンビットを使って闇属性と雷属性を自身の魔法に加えた。彼女の使える最高の砲撃魔法を撃ち出すつもりなのだ。

 

「集え、軍神! すべてをかき消す力を振るえ! 神・ルシフェリオンブレイカー!!!」

 

 闇・雷・炎の3つの属性が加わったエネルギーがルシフェリオンの前で膨れ上がり、シュテルの詠唱が終わると同時に発射された。

 黒い闇と青い雷をまとった真紅の砲撃が身動きできないヴィヴィオに炸裂する。射程を短く設定してあるので床を撃ち抜いてしまうことはないが、威力は十分にあるため爆心地は大きくえぐれてクレーターができている。それだけ多くのエネルギーがヴィヴィオに集中するように調整してあるのだ。駆動炉を破壊され、力が激減している状態では耐えられるものではなかった。

 

「ブラストシュート!!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――………………」

 

 赤色に輝く激しい光の中で、ヴィヴィオの体内に埋め込まれていたレリックコアが放出され、崩壊していく。魔力の塊であるレリックは強力な魔力ダメージで圧倒すれば爆発させずに破壊できるのだ。それと同時にゆりかごとのリンクも消えて、今度こそ本当に自由を取り戻すことができた。

 この瞬間、聖王は再びこの世界から消滅した。

 

「ヴィヴィオ!」

 

 バインドを解かれたなのはは駆け足でヴィヴィオの元へ向かう。クレーターの縁まで近寄って見ると、子供の姿に戻った彼女がうつ伏せに倒れている。非殺傷魔法のおかげで怪我は無いが、魔力ダメージの影響で体に力が入らないはずだ。それが分かっているなのはは当然助けに行こうとする。だが、それを察したヴィヴィオが助けを拒んだ。

 この時彼女は思い出したのだ、転んでも1人で起き上がれるようになると約束したことを。

 

「1人で立てるよ……」

 

 力の入らない体を母親譲りの強い意志で懸命に動かす。よろよろと起き上がり、近くにあった残骸に捕まりながら何とか立ち上がってみせた。

 

「強くなるって約束したから……」

「っ!!」

 

 あまりにも健気な姿に感極まったなのはは、目に涙を浮かべながらヴィヴィオを抱きしめた。実に感動的な光景である。

 ただ、近くで見ていたシュテルは違った見方をしているようだ。

 

「なるほど、ガンダムMK-IIの育成は既に始まっているのですね」

「違うわよ!!?」

 

 冗談ではないと強く思ったなのはは、速攻でツッコミを入れた。あんな恐ろしい特訓をヴィヴィオにやらせるわけにはいかない。自身の経験を思い出した彼女は当然のように否定した。

 しかし、なのはの危惧は別の形で現実となってしまう。これより2年後、格闘技に興味を抱いたヴィヴィオはシロンに教えを請うことになるのである。ヴィヴィオ自身の意思で決めたことなのでなのはも了承するしかなく、彼女はある意味でガンダムを超えた存在であるマスターアジアを目指すことになる。

 

「……何か一瞬、すごい未来が見えた気がしたけど、見なかったことにしよう」

「?」

 

 恐ろしい形で自分を超えようとしている娘に戦慄しつつ、今は無事に取り戻せたことを喜ぶ。駆動炉と聖王を失ったゆりかごは上昇速度を極端に低下させたので、次元航行部隊の攻撃は十分に間に合う。後は彼らが到着する前にここから脱出するだけだ。

 しかし、こういう時に問題が起こるのはお約束であり、それを知らせる警告アナウンスが再び流れ始めた。自動防衛モードの最終段階に移行しはじめたのである。

 何やら嫌な予感がして身構えているうちに、増援として突入したはやてがやって来た。彼女はヴィータとディアーチェに接触して先に船から離脱するように説得すると、今度はなのはを助けるために1人でここまで飛んで来たのだ。

 

「なのはちゃん!」

「はやてちゃん!」

 

 お互いに無事を確認して名前を呼び合う。すると、同じタイミングで船内に強力なAMFが発生し、魔力リンクがすべてキャンセルさせられた。飛行魔法も使えなくなり、彼女たちは普通の少女となってしまう。乗組員の安全のためかバリアジャケットだけは消失しないが、この場合気休め程度でしかなかった。

 しかしそれは普通の魔導師ならばの話であり、CNドライヴを持っているなのはたちには関係ない。CN粒子ならAMFによる干渉を受けないので飛行も攻撃も可能なのだ。

 ただし、トランザムを使ったシュテルのCNドライヴは出力が低下しているため、消費していないなのはに護衛を任せて、彼女はヴィヴィオとはやてを抱えていくことになった。

 

「……ハヤテの胸はディアーチェより小ぶりですね。栄養はしっかりと取っていますか?」

「あんたは私のオカンかい!?」

 

 まぁ、何はともあれ作戦内容は整った。後は行動あるのみである。

 するとその時、またしても警告アナウンスが流れた。ちょうど出鼻をくじかれるようなタイミングで嫌な感じがしたが、生真面目ななのはは反射的に耳を傾けてしまう。学校とかで真面目に校内放送を聞かない男子を注意する委員長タイプだったことが仇となった。

 

「ナノハ、船内放送など無視して急いだほうがよろしいですよ?」

「あっ、うん、そうだねシュテル……って、既に部屋から出てるし!」

「それは当然でしょう。こういう場合、閉じ込められる可能性が非常に高いですから」

「……ええっ!?」

「なのはママ、早くこっち来て!」

「う、うんっ!」

 

 シュテルの言葉でシロンたちと遊んだホラーゲームを思い出したなのははすぐに飛翔した。あの時は怖がるフェイトをみんなで煽って楽しんだが、実際に自分自身が同じ目に遭うのは真っ平ごめんだ。しかし、僅かな差で間に合わず、彼女の目の前で出口が塞がってしまう。警告アナウンスの言う通り破損内壁の応急処置をしたのだが、そのせいで彼女は閉じ込められてしまった。

 とはいえ、なのはは非力なゲームの主人公とは違う。そんな急ごしらえの壁など彼女の前では紙も同然である。CNソードⅤですばやく切り刻むと男前な様子で近づいてきた。

 

「ガンダムの力は伊達じゃないよ!」

「うわぁー、なのはママかっこいいー!」

「う~ん、確かにかっこいいんやけど……」

「もはや魔法少女ではありませんね」

 

 言葉の意味はよく分からないが、とにかくすごい自信を感じる。まさにガンダムと化しつつあるなのはを見て、ヴィヴィオは目を輝かし、はやてとシュテルは肩をすくめる。

 何かもう次元航行部隊が来る前にゆりかごを破壊できそうな勢いだが、とりあえずクロノたちにも仕事を残しておかなければと思うはやてであった。

 

 

 シュテルたちが脱出を始めた同時刻、はやてにゆりかご外部の戦闘指揮を任されていたアインスは、後から合流してきたリインとユニゾンしてガジェットドローンと戦っていた。一旦は停止したものの、自動防衛モードの発動で再起動したのである。

 とはいっても作戦自体はほぼ完遂している。後は突入部隊の帰還を待つだけだ。

 レヴィたちがクアットロの確保に成功したことを確認したため、航空魔導師隊は全員脱出している。先に確保したディエチは護送され、魔力を回復させたヴィータとディアーチェも外部の戦闘に参加しているので、後は玉座の間にいるなのはたちをはやてが連れてくるだけだ。

 しかし、彼女たちが脱出する前にゆりかご内部で魔法を無効化する防衛システムが作動したため、連絡すらできない状況となっていた。

 

『お姉ちゃん、はやてちゃんたちと連絡がつきません!』

「うむ……どうやら内部で強力なAMFが発動しているようだ」

『それじゃあ助けに行かないと!』

「しかし、無力になってしまう私たちが行っても手間が増えるだけだ」

『ううっ、だったらどうすればいいのですか?』

「そうだな……戦闘機人であるリニスとスバルならAMFの中でも十分に力を発揮できるかもしれない」

『あっ、その手がありました! それでは早速連絡を……』

 

 良い方法を教えてもらったリインは、市街地にいるリニスとスバルに救援要請の念話を送ろうとする。

 その時だった、彼らがこの世界に降臨したのは。

 

「なっ!?」

『なんですかあれは!?』

 

 アインスとリインは見た。神々しい光を放ちながら天空より現れた白い巨人を。

 彼の者は幻想的な翼を広げ、聖王のゆりかごを見下ろしている。美しさと力強さを感じさせるその姿はまるで神のようだったが、シロンと付き合いのある2人には見覚えのある存在だった。

 

「あれは……ガンニャム!?」

 

 アインスは、白い巨人を見てその名をつぶやいた。

 その瞬間から、彼らソレスタルビーイングの武力介入が本格的に始まることになる。




これで残りは2話となりました。
ご意見、ご感想をお待ちしております。


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第20話 私はガンダムだ! 【StrikerS5】

 混迷を極める戦場に突如出現した未知のガンニャム。この世界に存在しない機動兵器の登場に、世界中が緊張感に包まれる。スカリエッティの隠し玉か、あるいは未知の第三勢力か。それすらも分からないが……その圧倒的な存在感には畏怖の念を抱かずにはいられない。

 何も知らない彼らがそう感じてしまうのは当然だ。アレが何であるかを知っているアインスたちでさえ困惑しているのだから。

 

「あのガンニャムはシロンが送ってきたものか?」

『き、きっとそうです! リインたちを助けに来てくれたんですよ!』

「しかし、今頃になってどういう事なんだ? 作戦はほぼ終わっているというのに……」

 

 確かに、リインの言う通りシロンが関わっていることは間違いないだろう。それでも、この場の指揮を任されているアインスとしては鵜呑みにできない。ゆりかごを破壊できることが確実になったこの段階でなぜアレを出して来たのか、まったく意図が読めないのだ。

 事情を聞こうにもシロンと念話が繋がらないのだが、あの機体が現れたことと関係があるのだろうか。

 

「何をやろうとしているのだ?」

 

 アクシズに集まるMSを見つめるブライトさんのように疑問を感じたものの答えは出ない。

 それは敵も同じようで、なぜか攻撃の手を止めてしまっている。レーダー無効化の効果がある高濃度のCN粒子によってセンサー類に機能障害が起きているため、戦闘行動自体が困難になりつつあったからだ。ガジェットドローンはAMF下でも動けるように完全に機械化されているが、それが返って仇となってしまっていた。

 しかし、アインスを始めとする航空魔導師隊も迂闊に動けない状態となっているので状況は五分といった所だろう。実を言うと、アインスたちの念話もCN粒子によって妨害されており、他の部隊との連絡すらままならなくなっていた。CN粒子の影響が強すぎると遠隔操作系の魔法まで無効化されてしまうのだ。

 

「こうなると、かえって邪魔されているような気もするが……」

『そ、そんなことは……あるかもですね』

 

 スバルとリニスに送ろうとした念話を邪魔されている2人は、徐々に困惑の色を深めていく。他の局員もまるで事態が飲み込めず、生物的なデザインの人型機動兵器に対して疑念と警戒心を募らせるばかりだった。

 いったいあの巨人は何者なのか。両陣営が予期せぬ乱入者の同行に注目し、戦闘を中断する。物言わぬガンニャムはその場にいるだけで戦場を支配しつつあった。

 

 

 更に、アインスたちが経験した異常事態は市街地のほうでも起こっていた。廃棄都市でガジェットドローンの大群と戦っているゲンヤたちの頭上にも見知らぬ巨人が現れたのだ。

 こちらに現れたのは3機で、それぞれ戦闘スタイルの異なる形状をしていた。それでも、全機が圧倒的な戦闘力を持っているだろうことは分かる。あれは危険な存在だと、戦場にいる全員が感じとっていた。

 

「な、なんだありゃ!?」

「すずか! あれって……」

「うん、ガンニャムだよね?」

 

 地球で何度かモビルアールヴを見たことがあるすずかとアリサはすぐに気づいた。特にモビルアールヴに対して興味を持っていたすずかは、以前この3機を見せてもらった記憶がある。あれは、シロンが元の世界に戻る前に完成させていたガンニャムだ。

 あの時は妙な胸騒ぎがするから作ったなどと言っていたが、もしかして今回の事件のことだったのだろうか。すずかは、4年前におこなったシロンとの会話を思い出しながらこの事態を推察した。しかし、その予想は間違っていた。

 

 

 シロンの胸騒ぎはスカリエッティ事件のことではなく、ELSの存在に気づいたセフィが彼に夢を見せるという形で知らせたものだ。あらゆる時空にアクセスできるセフィは、想い人であるシロンに危険が及ぶ事象を調べていたのである。

 それらの行動は、セフィが体を得たことで起きたイレギュラーだった。元は単なる願望機に過ぎない彼女が主の意思に関係なく自律行動をすることは本来なら有り得ないのだが、破天荒なシロンと一緒にいるうちに劇的な変化を起こしていた。

 【人間に神の力を与える】ために生み出されたセフィは、契約を交わした人物の情報を解析して最高の相性となるように人格を形成するよう設計されている。そのおかげでシロンの好きな若い女性の人格となり、ちょっとSっ気のあるお茶目な性格になったのだが、そんな存在が体を得たことで更に人間へと近づき、愛を獲得するまでに至ったことで奇跡が起こった。彼女自身がシロンとずっと一緒にいたいと願うようになったのだ。その結果、シロンを守護するという名目で彼にまつわるあらゆる事象を観測し始め、害を与えるものをすべて排除するよう働きかけるようになった。

 いわゆる、【ヤンデレ】である。

 

「ふふふ……マスターに仇をなすものは、私が全部取り除いてあげます……」

「あ~、それはとってもありがたいんですけど、包丁を持ちながら言わないでくれる?」

 

 今の会話は一緒に野菜の皮をむいている時のもので、ナイスボート的な展開になるようなものではないものの、アレのヒロインに匹敵するほどまでに彼女の愛情は深い。

 セフィにこのような変化が起きたことは、探求欲に支配されて人間としての性質を失っていたアルハザードの研究者には予測できないイレギュラーだった。人工的に子供を生み出し、愛という名の生命力を失っていた彼らには、シロンのエロパワーに対抗するすべは無かったのだ。

 人として歪み、生物としての限界を迎えてしまった彼らが、自分たちの存在理由としていた知性を捨ててまで元に戻ろうとした理由がそこにあった。生きていくために、種を存続させるために必要なエロパワーこそ本当の神が人間に与えたもうた最高の力なのに、それを捨てては話にならない。せっかく神の力を得ても、それを扱う者が壊れていては【猫に小判】となってしまうことに気づいたのだ。

 

「でも、私のマスターはただの猫ではありません」

 

 猫妖精として誕生したシロンは、お気楽な猫と欲深い人間の特性をバランスよく持ち合わせて絶妙なハーモニーを奏でている奇跡のような存在だ。そんなファンタジー野郎がヤンデレセフィを味方につけて、本人も気づかぬうちに神へと近づきつつあった。もっと正確に言うと、あらゆる女性を攻略できる【落とし神】になりつつあった。

 猫っぽい無邪気な心で、人間の男らしくたくさんの美女と戯れたいと願うシロンの意思を受け入れたセフィが、ハーレムを可能にできるようにこっそりと世界の情報を書き換えていたのである。

 主に対してちょっぴり歪んだ愛情を抱くようになってしまったセフィの願いによって、【シロンは重婚ができて当然】だと世界中の人間が認識するようになったのだ。その結果、シロンに好意を抱いた者は、ライバルがいても心にブレーキをかける必要が無くなり、みんなで仲良く愛を育てることができるようになった。これが、彼を中心にして起こっているハーレム現象の真相である。

 何はともあれ、セフィに愛されているシロンは、本当の意味でソレスタルビーイング(天上人)の一柱になろうとしていた。エロ魔人を超えたエロの神として……。

 

 

 無論、そんな超常現象が起きていたことをシロンですら気づいていないのだから、第三者のすずかに察することができるわけがない。

 それでも、シロンから色々と話を聞いていたすずかには、この先何が起こるのか何となく察することができた。

 

「もしかすると、ここからが本当の武力介入なのかもしれない」

「えっ!? これから何かやるの?」

 

 アリサは突拍子も無い話に驚いたが、ロストロギアの威力に魂を縛られている管理世界の人々に対して激怒していたアイツなら本当にやりかねないと思い直した。

 力を得るために傲慢な政策を推し進める管理局と、そこから得られる恩恵を期待して彼らの危険性を黙認していた管理世界の人々に、聖王のゆりかごと同じく【過ぎた力】をもって思い知らせようと考えたのかもしれない。彼女たちはそのように予想したのだが、それはほぼ当たっていた。エロの神は、4機のガンニャムを送り込んで世界の意思を一つに重ねるきっかけにしようとしていたのである。

 世界を破壊できるような力を人に向けて使うなど、フィクション作品や中二病の妄想以外でやられたら迷惑以外のなにものでもない。その愚かさが分からぬというのなら、彼らの身をもって教えてやらねばなるまい。

 

「そうか、人間ってのは痛い目を見ないと大切なことが分からないからなー」

「アリサちゃんは実体験してるもんね」

「ふふっ、まぁね」

 

 2人は、なのはとアリサが初めてケンカしたときの事を思い出した。あの時は3人で一緒に痛い思いをして、話し合って、そして、仲良くなったんだっけ。

 今回の場合は子供のケンカとは規模が違い過ぎるが、対話というものは同じ思いを抱いたときでないと成り立たないため、多少の無茶は仕方ない。そもそも、先に手を出してきたのは彼らのほうなのだから、気に病む必要などどこにもない。自分に降りかかる結果には、自分がしでかした原因があるというわけだ。すずかをいじめていたアリサがなのはに叩かれたように、世界を危機に陥れようとしているロストロギアをガンニャムで叩き潰そうというのだろう。

 無論、下手をすれば不幸の連鎖を繰り返すことになりかねない。だが、なのはたちだってドモンとマスターアジアのように拳で語り合うことで分かり合えた。ならば、やってみる価値はあるはずだ。たとえ相手が管理世界にいるすべての人間だとしても。

 

「そのためのソレスタルビーイングか……だから、管理局と敵対するのね」

「ううん、敵対するというより神様として天罰を下すって感じかな。人間は、理不尽な脅威に直面した時こそ意識を合わせることができるから……。シロンちゃんは、人類の存在を脅かす天上人になって【本当の戦い】というものを教えたいんだと思うの。生物に戦う力があるのは、同族同士で殺しあうためではなく、生きて未来を切り開くためのものなんだってことを」

「なるほど、アイツらしい荒唐無稽な計画ね。でも、そういうノリは結構好きよ!」

 

 何となく状況を理解したアリサはニヤリと笑う。

 人が殺しあう理由は色々あるが、運命や自然淘汰などという諦観に縛られたくはないし、そうあるべきではない。

 とある世界で未来への水先案内人となって死んでいった男はこう言った、たとえ矛盾を孕んでも存在し続ける……それが生きる事だと。ゆえに地球人は、自分たちの中にある歪みと戦い続け、傷つき倒れながらも命を繋いでここまでやって来た。

 世界の存続、それこそがすべての戦いにおける勝利の証なのだ。

 しかし、ロストロギアに魅了されたこの世界の人々は、何度も滅びゆく世界を見てきたにもかかわらず、再び同じような愚行を犯そうとした。彼ら自身が作ったものではないロストロギアこそがその元凶であり、世界の歪みを具現化したものなのに……彼らは自分たちの利益のためにずっと見て見ぬ振りを続け、あえて滅びの危険を抱え込んてきたのである。

 大体、そんな得体の知れないものを普通の人間などに制御できるわけがなく、利用しようなどとすれば身を滅ぼすことになるのは自明の理だ。それでも捨てきれないのは、文字通り【魔の力】が宿っているせいかもしれない。

 まさに、悪魔が作った法則――魔法に支配された世界に相応しい話だが、ここまで関わってしまった以上は放っておくことなどできない。

 

「こっちの世界にも大勢知り合いができちゃったしね」

「それに地球にまで被害が及ぶ可能性も出て来たから、シロンちゃんも動いたんだと思うよ?」

 

 確かに、今回の事件は、すずかとアリサにとっても対岸の火事と言って済ませられない状況になるところだった。ようするに、一見無茶苦茶なように感じるシロンたちの行動は、彼女たち地球人にとっても必要なことであった。

 警告は既に済ませてある。それでも、愚かな仕組みを改めようとせず、牙を剥いて襲いかかってくるというのであれば、こちらも立ち向かうしかない――生きて未来を切り開くために。

 

「まったく、本当に世界を相手にケンカすることになるなんて思わなかったわ」

「これも惚れた弱みってヤツだよ、アリサちゃん」

「ふふん、言うようになったわね、すずか」

 

 シロンを信じている2人は、いつものように会話する。

 しかし、彼らがやろうとしていることは言葉で言うほど簡単なことではない。立ち向かうは、人の心に隠れ潜む恐るべき悪魔であり、一筋縄ではいかない相手なのだから当然だ。

 ならば、どう対抗すべきか。そのヒントはガンダム作品の中にあった。

 人々の意識を一つに重ねるために一番手っ取り早い方法は、共通の【危機感】を与えつつ解決した後の【満足感】を共有させることだ。シャアはアクシズを地球に落とすことによってそれを実現させようとしたが、あれではやりすぎだと理解したシロンは、悪意ある人間の天敵――彼らの罪だけを罰する神を求めた。ガンニャムとはそのために作られた破壊神であり、それを演じきることがソレスタルビーイングの存在意義だった。

 

 

 人類に破壊という名の救済を与える神となる。そんな役目を与えられた4機のガンニャムがどこから現れた何者なのかを説明するには、少しだけ時間をさかのぼる必要がある。

 シュテルが玉座の間に現れた頃、スカリエッティのアジトではちょっとしたアクシデントが起こっていた。チンクと一緒にはやて達と合流しようとしたシロンのもとに珍客が現れたのだ。

 驚いた表情で固まっている彼の目の前には5匹の猫がいる。

 その中の1匹である茶色い毛並みのイケメン猫が、立派にそそり立つ股間のスナイパーライフルを落ち着かせながら言葉を発する。

 

「ところで、何で俺たちはこんなところに飛ばされてきたんだ?」

「……わからない……本当にわからないんだ……」

「そりゃそうだニャ、特に理由なんてないし。っていうか、今取り込み中なんだから邪魔すんなよ、アレルニャ」

「なんで僕だけ名指しなのさっ!?」

「さぁ、なぜかな?」

 

 シロンは、ELSの真意が分からず苦悩していた時のようなセリフを言うセツニャに向けてあっさりと真実を明かした。

 もうお分かりだとは思うが、突然現れた珍客とは本家ソレスタルビーイングのガンニャムマイスターたちだ。もう少しで事件が解決できる割とどーでもいいタイミングで、猫召喚が発動したのである。

 

「ね、ねぇ、シロン、この猫たちと知り合いなの?」

「不本意ながらそうなのニャ。どいつもこいつも能力は高いけど性格に難があるはみだし野郎どもニャ」

「それはこちらのセリフだ。バカシロン」

「確かに、俺は色々とはみだしてるがな!」

「とりあえず、お前は早くスナイパーライフルをしまえ!」

「「……」」

 

 フェイトとチンクは、突然現れてシロンと親しく会話しだした猫たちを奇異の目で見つめた。それと同時に彼の仲間であることを強く確信した。だって、すごく変だもの。

 

 

 確かに、フェイトたちが感じたようにこいつらは変わり者ばかりだ。

 まず、中性的な容姿の【ティエリニャ・アーデ】は、シロンのプロトタイプとして生み出されたイノベイドで、ケット・シーの中でも特殊な存在である。何度も改良できるように意識体を量子コンピュータに保存できるので、性別すら自由に変えられる新人類とも言える。その特性を生かしてとある任務中に女装をしたことがきっかけとなり、最近は妙に特定の男性を意識したりしているのだが、それでも与えられた役割のために頑なに中性を守るという色んな意味で頑固な人物だった。

 いずれにしても、そのような理由で性別がはっきりしない彼(?)はシロンにとって兄であり姉でもある厄介な存在であった。せっかく美人なお姉さまっぽい見た目なのに声と股間は男なんて、現実はとても残酷だ。せめてパイオツがあればよかったのに……。

 

「フッ、とんだ茶番だ……」

「とか言いつつ、ロックオンの股間をロックオンするニャよ」

 

 そう言ってシロンが視線を向けた先にいる男は、【ロックオン・ストニャトス】というコードネームを持つ【ライル・ディニャンディ】だ。彼は双子の弟で、兄の【ニール】に代わってスカウトされた男だ。

 最初のガンニャムマイスターとして選ばれたニールは、先の大戦の中盤で人類側のエースであるアリー・アル・サーシェスに深手を負わされ入院したのだが、そこに女装したティエリニャが見舞いに来るようになり、心が弱っていた所を狙い撃ちされて新たな世界に目覚めてしまった。その瞬間、戦士としての自分は死んだのだと見定めて前線を退いてしまったのである。

 そんな事情で凄腕の狙撃手を失ったソレスタルビーイングだったが、その代わりとしてすぐさまライルが加入してきた。

 その当時、サバゲー大好きな遊び人だったライルは、特殊な性癖に変わってしまった兄の代わりとして戦争に借り出されてしまった。そのため、当初はすごく不真面目だったのだが、シロンが懐柔策としておこなった合コンで【アニュー・リターニャー】を紹介されてからはわりと普通に協力するようになった。つまり、単純なハニートラップに引っかかった哀れな男であった。

 とはいえ、最近はアニューのほうも真剣になってきており、彼が股間に持っているスナイパーライフルの威力はかなりのものであることが伺える。

 

「やれやれ、アニューとの【ピー】をお預けにされた挙句にこんな薄気味悪い場所に呼び出されるなんて、今日は厄日だぜ……」

「それを言ったら僕たちだってそうさ。ようやくマリーと手を繋げそうな雰囲気になった時に邪魔されたんだからね」

「その通りだ。せっかく決心したというのに台無しにされてしまったんだぞ!」

「お前らは小学生か!?」

 

 アダルトなライルとは正反対に純情な感情で清い交際をしているのは、【アレルニャ・ハプティズム】と【マリー・パーニャシー】だ。彼らは仲間内で恋人同士という変り種であると同時に、特殊な能力を持った【超猫】と呼ばれる存在だった。

 この2人は、イノベイターを研究するために脳量子波の高い子供たちを集めた【超妖精猫機関技術学園】というエリート学校で出会い、一緒に仲良く訓練をしているうちに親交を深めて恋人同士となった。その際、告白シーンを学友に見られてしまい、大いにからかわれた結果、弱い心を守るために別人格の【ハレルニャ・ハプティズム】と【ソーニャ・ピーリス】が発現した。

 そちらの人格になると攻撃的な性格となるのだが、身体能力はそのままなので基本的に喧嘩は弱い。しかし、2つの人格を同時に出すと超人的な【思考と反射】を発揮することができるため、モビルアールヴのパイロットとしては最高クラスとなる。その力を買われ、2人はガンニャムマイスターにスカウトされた。

 争いごとの嫌いな2人はその誘いを拒否したが、マリーの養父である【セルゲイ・スミルニャフ】から「出世のチャンスを生かせないような情けない男に大事な娘はやれん!」と一喝されて、しぶしぶ参加することになった。

 しかし、恋人同士で一緒にいられる素敵な職場環境なので、今はとても気に入っている。同僚が変なヤツばかりなのが玉に瑕だが、自分たちも変なヤツなので特に問題は無かった。

 

「手を繋ぐ機会は失ってしまったけど……まぁいいさ、たまには寄り道も悪くない」

「そうね。奥手な私たちだけど、きっといつかは神に祝福される時が来るわ」

「いや……この世界に神はいない」

「って、君のネガティヴ・ワールドに僕たちを巻き込まないでくれよ、セツニャ」

「違う! お前は自分のエゴを押し通しているだけだ! お前のその歪み、この俺が断ち切る!」

「なんで恋愛してるだけなのに、そこまで言われなきゃならないのさ!?」

「はっきり言ってただの八つ当たりだニャ」

 

 シロンの言う通り、イチャイチャしているカップルにイラッとした【セツニャ・F・セイエイ】は、幸せそうな2人に対して突っかかっただけだ。

 意外に人間臭い性格の彼は【ソラン・イブニャヒム】という本名の物静かな青年で、中東系の遺伝子を持つケット・シーだ。

 過去に地球へ潜入調査に向かった際に人間のテログループ【KPSA】に誘拐・洗脳され、神の名の元に破壊と死をもたらす戦士として生まれ変わり、闇の世界に生きてきた――という設定を演じている中二病である。そんな歪んだ子供時代をすごしていた彼が、近所の空き地で自主訓練に励んでいた時にシロンの操る試作型モビルアールヴ【Oガンニャム】と出会い、ガンニャムマイスターを目指すことになった。

 そして数年後、努力を積み重ねたセツニャはエクシアのパイロットに選出された。基本的に争いごとを嫌うケット・シーとしては珍しく物騒な思考の持ち主であることと中二病なところがシロンに気に入られた結果だ。

 その後、人類との大戦で多大な戦果を挙げた彼はソレスタルビーイングのエースとなり、後に起こったELSとの戦いにおいて純粋種のイノベイターへと覚醒して名実ともに最強の中二病へと進化した。ガンニャム好きを公言している彼は、とうとう生身でガンニャムと肩を並べる存在になったのである。

 とはいえ、仲間内では単なるおバカの1人でしかないが。

 

「まったく、僕たちを歪んでると言うなら、ガンニャムに愛情を抱いてるセツニャのほうがよっぽど歪んでるじゃないか」

「確かに、あなたはとんでもないガンニャム馬鹿です」

「ありがとう……最高の褒め言葉だ」

「今のやり取りでなぜ笑う!?」

「嬉しい事があれば、誰だって笑うさ……」

「ダメだこりゃ! こいつぁ真性だぜ!」

 

 既に手遅れな状態のセツニャには皮肉も通じない。彼は、なのは以上にガンニャムであり、エリオ以上に中二病だった。

 

 

 以上のやり取りで分かるように、彼らはシロンの同類だと分かる変人ばかりで、フェイトたちの興味を大いに引いた。特にセツニャは抜きん出て特殊な存在であり、気になったチンクは隣にいるシロンに質問してきた。正確に言うと、彼の見た目に疑問を持ったため聞かずにいられなかったのである。

 

「おい、シロン。そいつは一体何なんだ?」

「ん? こいつはただのガンニャム馬鹿ですが、なにか?」

「いや、ガンニャムとかいうものより【全身が金属でできている】そいつが気になるんだが……本当に猫なのか?」

 

 チンクが気になったのはそこであった。信じられないことに、目の前にいるセツニャは全身が銀色に輝く金属になっているのだ。

 ずばり言うと、彼がこんな姿になった理由はELSにある。クアンタムバーストによって彼らとの対話に成功したセツニャはその後も順調に親交を深め、ついには融合まで果たしてしまったのである。どこまでも一つになれる彼らの心は、もはや愛すら超えてすべてを包み込む宇宙の心そのものと言ってよかった。 

 それでもバカップルにはイラッとしてしまうのだが、それはそれ、これはこれである。

 

「――とまぁ、かくかくしかじかでメタルセツニャが誕生したのニャ」

「ふむ……外宇宙から来た金属生命体か……まさかそんなものが実在しているとはな」

「言うなれば、君たち戦闘機人の究極進化系なのニャ。もしスカ野郎が研究を続けてたらチンクもいずれはこんな感じになってたかもニャ!」

「それは嫌だな……」

「同感ですね。あの姿で夏の日差しを浴びると、眩しい上に暑苦しくて非常に迷惑ですから」

「冬になったら、やたらと静電気が起こったりむやみに冷たくなったりして超うざったいしニャ」

「気にするトコはそこなんだ……」

 

 どこかずれた発言をするセフィたちにフェイトは呆れるが、確かにあれだと季節の変化に対応するのは大変そうだ。

 しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。事件はまだ終わっておらず、セツニャたちも自分らがいる場所を見て異常が起きていることに気づいたらしい。

 

「シロン、俺たちにも事情を説明してくれ。お前たちはここで何をやっているんだ?」

「そうだな。エロいボディスーツを着た女やブリーフ一丁の変人が縛られてるなんて、どう考えても普通じゃないぜ」

「ですよねー」

 

 やはりと言うか、セツニャたちもスカリエッティ一味のことが気になっていた。シロンの仲間である彼らに隠すことでもないので、事情を一番よく知っているフェイトが一連の出来事を説明する。

 

「――というわけです」

「なるほど、こいつらは断罪すべき犯罪者なのか」

「はい。この男こそ、断ち切らなければならない歪みなのです」

「確かに、この男は歪んでいる。ブリーフの痛みが激しくて、中身がまるで固定できていない」

「ああ、これじゃあ弾と銃身の位置が定まらねぇ。こいつはもう代え時だぜ」

「いえ、あの、そこはまったく関係ないんですけど……」

 

 なぜかスカリエッティのブリーフに話が移ってしまったものの、とにかく納得はしてもらえた。後はこれからどうするかだが、事件はほぼ終息しているのでシロンたちが動くほどのことはもうほとんどない。普通だったらこれで「めでたしめでたし」となるところである。

 だがしかし、いたずらっ子なシロンは、何か面白いことを思いついたようなゲスい表情をしていた。

 

「そうとも……我輩にならできる……いや……我輩にしかできないんだ! やろう! デスノート……げふんげふん、ガンニャムで世の中を変えてやる!!」

「なんか、さりげなく危険な単語が聞こえたんですけど!?」

 

 フェイトは、新たな死神が誕生してしまいそうな言葉を聞いてビックリしたが、もちろん夜神月のような人殺しをやるつもりはない。基本的に平和を尊重しているシロンは、悪いヤツらと出会った場合、とりあえずぶっ飛ばして戦う力を奪ってからじっくりねっとり【オハナシ】する、というように理性的な行動を心がけている。

 そんな彼がこの期に及んで思いついた作戦が、ガンニャムを使って管理世界の人々を脅かしてやろうというものだった。

 今回の事件は、様々な恩恵を齎すロストロギアを求めて止まない人々の心の弱さが招いた惨事だ。本当に大切なものを学び取ることもなく、過去の遺物を自分の力であると錯覚して自惚れるからこのようなことになる。人々はその事実を受け止め、真摯な気持ちで地に足をつけながら進歩していくべきなのだが、残念ながら今すぐ愚民どもすべてに英知を授けることはできない。

 だからこそ、彼らの魂を惹き付け、数多の悲劇を生み出してきたロストロギアを造作も無く破壊する。世界は、こんなにも簡単に壊れてしまうものなのだということを示すために。

 とまぁ、そんな感じで一応それとなく理由を付けているものの、簡単に言えば大掛かりなイタズラである。怖い思いをすれば、それなりに反省して世直しを考えるようになるだろうというわけだ。

 

「名づけて、【ミッドチルダが持たん時が来ているのだ作戦】ニャ!」

「おいおい、本当にやるのかよ?」

「ほぅ、あまり乗り気ではないようだね。しかし、君たちに拒否権は無いのだよ! なぜなら、ソレスタルビーイングは世界でもっともあくどいブラック企業なのだから!」

「分かり合う気は無いのか!?」

「フッ、よく見ておくのだな。会社というのは、ドラマのように格好の良いものではない!」

「うすうすそう思っていたけど、やはりそうだったんだね……」

「世界を相手に武力介入する組織がホワイト企業なわけないだろう」

「っていうか、会社扱いだったの!?」

「うぅ、こんな奴らに負けただなんて……私たちのやってきたことって一体なんだったのだろうな、妹たちよ……」

 

 シロンの適当さにガンニャムマイスターたちは憤り、フェイトは呆れ、チンクは落ち込んだ。なんだか色々と酷い状況になってきたが……とにもかくにも、シロンの気まぐれによってセツニャたちの操るガンニャムがこの世界に姿を現すことになった。

 

 

 それから十数分後、ゲンヤたちの前に姿を現した3機のガンニャムがとうとう動き出した。本家ソレスタルビーイングによる武力介入の始まりである。

 飛行形態に変形したオレンジ色の機体と大型の武装を背負った白色の機体は別の戦場へと飛び去り、この場にはダークグリーンで塗られた軍用機のような機体が残った。ロックオンの専用機である【ガンニャムサバーニャ】だ。

 腰部に装備された10基のCNホルスタービットが特徴的で、それらがガンニャムの周囲に展開された様子を地上で見ていたゲンヤたちは強い危機感を覚えた。

 

「あの野郎、攻撃を始めるつもりか!?」

「攻撃って、相手は誰なんです!?」

「そりゃおめぇ……俺にも分からねぇよ!」

 

 事情を知らない部下と不安を隠しきれない会話をしながらゲンヤは考える。確かシロンがあんなロボットを持っていると言っていた気がするが、今はどうにも嫌な予感がしてならない。

 その気持ちはすずかとアリサも同様で、なぜか逃げなきゃいけないような気がしてならなかった。おバカなシロンは、こういうお祭り騒ぎな時に悪ふざけに走る傾向があるからだ。

 実際に彼女たちの予想は当たっており、仲間のみんなも驚かしてやろうと連絡もせずにおこなっているのだが、どちらにしても彼女たちが巻き込まれようとしていることは間違いない。

 

「ねぇすずか、アレってなんだか私たちも攻撃対象に入ってる気がするんだけど……」

「う、うん……シロンちゃんならやりかねないかも……」

 

 この時すずかは、子供の頃にやった特訓を思い出していた。その過程でシロンは、「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ!」と言いながら容赦なくすずかたちを撃ちまくったが、今回も同じノリを感じる。彼が武器を用いて戦い始める時は、いつも相手に痛みを教える時なのだ。ということは、同じ戦場にいる自分たちもその対象に入っている可能性がある。

 というか、実際にその通りで、豪胆なシロンは世界の命運をかけたこの戦いすらも仲間たちを成長させる特訓の場として生かそうとしていた。

 サバーニャのコックピットにいるロックオンは、そんな後輩たちの戸惑いなど露知らず、慌てふためく局員を見下ろしながらつぶやく。

 

「俺にはここにいる連中を救ってやる義理はねぇが、シロンの頼みとなりゃしょうがねぇ……」

 

 この世界に思い入れのないロックオンとしてはまったく気乗りしないものの、ここまで来てしまっては仕方がない。

 

「とりあえず、乱れ撃つぜぇぇぇぇ――――――っ!!!!!」

 

 ロックオンはお決まりのセリフを叫ぶと同時に射撃を開始した。嵐のような粒子ビームの雨が天空より降り注ぎ、ガジェットドローンの大群を瞬く間に蹴散らしていく。

 そこまではよかった。すずかやアリサはともかく、他の局員は敵の物量に押されて怪我人が続出していたからだ。しかし、サバーニャの容赦ない攻撃はその管理局側をも巻き込んでいた。

 あまりの異常事態に度肝を抜かれていたゲンヤたちは、まともな回避行動もできずに粒子ビームを食らってしまう。非殺傷設定とはいえ、人間がモビルアールヴサイズのビームを撃たれて昏倒する様はとても凄惨で、見ている者に大きな恐怖を与えた。

 

「「やっぱりこうなるの―――っ!?」」

 

 予想の当たったすずかとアリサは仲良く叫びながら回避行動に移ろうとした。だが、その前にピンク色の巨大な光が彼女たちを襲った。調子に乗ったロックオンが、CNホルスタービットを4基ずつ並べて強力な粒子ビームを発射したのだ。

 

「えっ、ちょっ、まっ」

「いや――――っ!?」

 

 ジュバァ――――――ン!!!!!

 激しい着弾音と共に少女たちの叫び声はかき消される。

 ピンク色の眩しい閃光に包まれた廃棄都市は阿鼻叫喚となり、しばらく後に静寂を取り戻したそこには、衣服やバリアジャケットがボロボロになった局員たちがサイバイマンにやられたヤムチャのような格好で倒れている光景が広がっていた。

 もちろんすずかとアリサも例外ではなく、アーマーを壊されて胸元やお尻を大胆に露出した色っぽい姿で呆然と立ち尽くしていた。

 因みに、事件終了後に2人の姿を見たシロンから【リアルクイーンズブレイド】と茶化されてひと悶着起こすことになるのだが、ものすごくどーでもいい話なので割愛する。

 

 

 すずかたちが悲惨な目に遭う少し前、ルーテシアを保護したエリオとキャロは、彼女を救護班のもとへ護送する途中でガジェットドローンの大群に襲われていた。本来の歴史より大量に生産されたため、彼らも戦うハメに陥っていたのだ。レヴィから事情を聞いたのでアジトにいるフェイトの心配はいらないだろうが、今は自分たちのほうが危機的状況にある。

 

「ちぃっ! 邪王真眼の力をもってしても圧倒されるだとぉ!? スカリエッティの手勢を討っても抵抗が止まないなど、不条理極まる! 闇の勢力は未だに健在だとでも言うつもりか!?」

「やっぱり、聖王のゆりかごを破壊しないとダメなのかも、くぅっ!」

 

 気を失っているルーテシアを守りながら戦っているため2人は苦戦していた。正気を取り戻したガリューも協力してくれているが、多勢に無勢な状況は変わらない。

 このままではまずい。早くどこかの部隊と合流しなければやられてしまう。

 そう思ったとき、彼らの希望となる援軍が駆けつけた。アースラからの連絡でエリオたちの危機を知らされたシグナムがルーテシアの安否を気にしたアギトの協力を受けることになり、地上本部から急いで飛んできたのだ。その際ゼストにユニゾンすることを薦められ、即席でコンビを組んだ。

 捕まえたレジアスたちは他の局員に預けてきたので、後顧の憂いなく戦える。一緒にいたグラハムは、ジオニック社付近に侵攻してきたガジェットドローンの迎撃に向かってしまったが、彼女たちだけでも十分すぎる援軍だった。

 

「どうやら大事無いようだな、2人とも」

「「シグナムさん!」」

『良かったぁ! ルールーも無事だよ!』

「えっ!? その声は……アギト?」

「うむ、少し前に和解してな、今は私とユニゾンしてもらっている」

『まぁ、旦那に頼まれちまったからな』

 

 アギトは仕方ないといった様子で言葉を発した。しかし内心では、相性のいいロードと出会えたことに喜びを感じていた。そのせいかシグナムの技は更に威力を増しており、話をしつつもガジェットドローンの大群を鮮やかに破壊していく。

 とはいえ、数が尋常ではないので、通常攻撃ではきりがない。

 

「大技で一気に数を減らすぞ!」

『おうよ! あたしらの全力を盛大にぶちかましてやろうぜ!』

 

 色んなことが上手くいって元気一杯になっているアギトは、威勢よく啖呵を切った。今なら視界一杯に飛び回っているガジェットドローンもあっという間に全滅させることができそうだ。

 しかし、そんな彼女の気概を削ぐように異様な存在がやってきた。ゲンヤたちのいる戦場から飛来してきたティエリニャ専用機【ラファエルガンニャム】が唐突に現れたのだ。

 バックパックに変形したセラヴィーガンニャムIIを頭上に背負った異様な風貌で、その部分に過剰なまでの重武装が施されている。絶大な破壊力を有しているCNビッグキャノンを装備したラファエルガンニャムは、サバーニャと同等以上の災厄を齎そうとしていた。

 

「君達はこの世界に相応しくない。そうとも……万死に値する!!」

 

 ティエリニャは、鬼畜なスカリエッティの尖兵であるガジェットドローンを罵りながら、まったく躊躇することなく攻撃を始める。人という存在を良くも悪くも認めている彼は、無人兵器を心底憎んでいた。

 本来戦いとは自身の肉体のみでおこなうべきなのに、自身が傷つかない歪んだ戦い方をするから余計な悲劇を生んでしまう。だったら、ガンニャムの力で破壊するまでだ。

 

「ラファエル、目標を破砕する!」

 

 そう叫んでトリガーを引くと、両肩上部にあるCNビッグキャノンから紫電をまとったオレンジ色の極太ビームが放たれた。それと同時に機体をゆっくり旋回させて、放たれ続けるビームの軌道を変えることで戦場全域をなぎ払う。

 

「僕にも一応、脳量子波は使える!」

 

 まったく脳量子波は使ってないのに、一応決め台詞を叫んでおく。お堅い見た目な彼にも意外にお茶目なところがあった。

 しかし、そんな彼にいきなり砲撃されたシグナムたちはたまったものではない。本当に不意打ちだったので、流石のシグナムも避けることができなかった。

 

「なっ!?」

『なんだこりゃ――――――っ!?』

 

 驚愕の表情を浮かべながら為す術も無くビームに飲まれる。空気を読まない攻撃のせいで、せっかくのユニゾンも見せ場無く終了した。

 そして、近くにいたエリオたちもほぼ同時に巻き込まれていた。

 

「きゃぁ―――っ!?」

「ふっ……これが死か」

 

 もう一度言っておくが、ガンニャムのビームは非殺傷設定なので死ぬことはない。中二病のエリオが特殊なシチュエーションに酔っているだけだ。

 とはいえ、かなり強力な砲撃だったため、みんなで仲良く半裸状態になって地面に寝転がることになった。

 因みに、レヴィの攻撃でバリアジャケットがボロボロになっていたルーテシアは、今回の攻撃でパンツ一丁になってしまい、後にこの出来事をエリオに教えてもらったシロンから【リアル魔界村】と茶化されてひと悶着起こすことになるのだが、ものすごくどーでもいい話なので割愛する。

 

 

 エリオとキャロがシグナムと合流しようとしていた頃、スバルとティアナも別の増援と合流してガジェットドローンの大群と戦っていた。

 彼女たちの所に来たのは、JF704式ヘリコプターのパイロットと狙撃手を勤めている【ヴァイス・グランセニック】と、彼の操縦する機体に便乗してきたシャマルとザフィーラだった。

 シャマルに足を治療してもらったティアナは、気絶しているギンガをヘリに乗せてきたスバルとともに再び戦い始める。ヴァイスとザフィーラの援護を受けながら彼女たちがアタッカーを務め、かなりのハイペースで撃墜数を増やしているが、やはりこちらでも数の暴力に押されてしまっていた。

 

「まったく、なんて数なの!?」

「早くなのはさんの援護に行かなきゃならないのに!」

 

 聖王のゆりかご内にいるなのはと連絡がつかなくなったことを知ったスバルは焦っていた。詳細を聞こうにも、なぜかゆりかご周辺にいる者と念話が繋がらなくなっており、余計に不安を掻き立てる。どうやら通信妨害が起きているようだが、そこまで広範囲にAMFを展開しているとは思えない。結局、あれこれ考えても原因不明なことに変わりなかった。

 もしこの場にリニスが残っていたらすぐにでも駆けつけることができただろうが、彼女は夫の連絡を受けて子供のもとに戻ってしまった。そちらのほうにもガジェットドローンが現れたと聞いては、無理に止めることもできなかった。そもそも彼女は一般人だと言っていたから、たとえ戦闘機人をビンタ一発で倒せる主婦だとしても、頼りきるわけにはいかない。

 

「お前たち、もっと戦闘に集中しろ!」

「そうだぜお二人さん、今は自分たちの心配をする時だ!」

「は、はい!」

「分かりました!」

 

 ヴァイスとザフィーラは、自身の仕事を果たしながらも少女たちを気にかける。戦闘中でもちょっとした機微に気づくことができるとは、本当に頼もしい仲間だ。

 ただし、彼らの中に変なのがまじっているようだが。

 

「ハロ。フタリトモ、オッパイユレテ、チョーエロイ!」

「って、さっきからエッチなことばかり言って役立たずなそいつを黙らせてくれませんか!?」

「いや、これでも良い感じに助けてくれてるんだぜ?」

「それ以上に精神面で邪魔されてるんですけど!」

「あはは……」

 

 ティアナは、シャマルたちについてきたハロ・キティ(猫型のハロ)に怒りをぶつけてストレスを発散した。アルマを守るために作られたハロ・キティは防御と補助の魔法に特化しているので、この場ではとても役に立っているのだが、開発者の意向が反映されているのか時々エッチな発言をする点がいただけない。

 現に今もティアナの思考を乱して大きな隙を作るきっかけになってしまった。

 

「あぐっ!?」

「ティア!?」

 

 ガジェットドローンIII型の格闘攻撃で弾き飛ばされ、スバルたちから大きく引き離された。

 何とか受身を取ったティアナは、現状を理解して冷や汗を流した。まずい、敵陣の真っ只中に放り込まれて孤立してしまったこの状況では袋叩きにされてしまう。

 

「ああもう! エロい言葉に気を取られてこんな目にあうなんて! 私たち兄妹はエロに呪われてるの!? 兄さん!!」

「おーい、こんな時になに言ってんだお前は!」

 

 意外に余裕がありそうなティアナのつぶやきを聞いてヴァイスは呆れたが、今は本当にピンチなので、状況を察して足元に来たハロ・キティを援軍として送ろうとする。

 しかし、彼がぶん投げるモーションに入る前にオレンジ色の飛翔体が現れ、ティアナを囲んでいたガジェットドローンを一瞬で切り裂いていった。アレルニャとマリーが操る【ガンニャムハルート】がCNシザービットを放ったのだ。

 その間に飛行形態から人型になったハルートは、CNソードライフルとCNキャノンを構えて戦闘態勢を整える。巨大なその銃口はスバルたちにも向けられており、それを見た彼女たちは冷や汗を流す。ようするに、ここでもまたすずかやエリオたちが経験した惨劇が始まろうとしていた。

 

「いいか! ものすげぇめんどくせぇが、反射と思考の融合だァ!」

「とりあえず分かってる!」

「気が乗らないけど了解!」

 

 ロックオンと同様にあまりやる気のない2人だったが、これも仕事だと割り切って射撃を開始した。

 すべてのガンニャムは一対多数の戦闘を想定して設計されており、ハルートの火力も尋常ではない。機動性と行動範囲を優先している分、他の機体より劣るものの、この世界の戦力を相手にするには十分すぎる威力を持っている。というか、明らかにオーバーキルな性能だった。

 その上、それを操縦しているパイロットもかなりヤバイ奴だったから余計に始末が悪い。

 

「適当に行くぜぇぇぇぇ――――――っ!!!!!」

 

 ハレルニャは、やる気があるのかないのか分からないような叫び声を上げながら粒子ビームを乱射した。その無慈悲な攻撃は哀れなガジェットドローンを瞬く間に蹂躙し、状況が分からず驚いているスバルたちもついでのように吹き飛ばした。

 

「「「「うわぁぁぁぁ――――――っ!!?」」」」

「ヒカリガ、ヒロガッテイク……」

 

 巻き込まれたハロ・キティもピンク色に輝く光の中へと消えていき、後には半裸状態で地面に転がっているスバルたちと煙を吐いてるハロ・キティの姿が残るだけだった。

 因みに、ヴァイスたちが乗ってきたヘリコプターも破壊され、中にいたギンガは再び素っ裸になってしまった。幸い最初に気がついたシャマルに体を隠してもらったものの、2度も露出行為を強要されてしまう。そのせいで、後にシロンから【リアルTo LOVEる】と茶化されてひと悶着起こすことになるのだが、ものすごくどーでもいい話なので割愛する。

 いずれにしても、アレルニャたちの活躍(?)によってこの地域にいるガジェットドローンは全滅したので、彼女たちの戦いはひとまず終わりを迎えた。

 もっとも、アレルニャたちこそが倒すべき敵みたいになってしまっているが。

 

「これが超猫の力だぁ!」

「違う! マリーとイチャつく力だ!」

 

 戦果を確認したアレルニャは、いつものように一人芝居を楽しむ。なんだかんだ言っても、久しぶりに大暴れできたおかげでご満悦の様子である。はっきりいって傍迷惑な連中だった。

 しかし、彼らの宴はまだ終わりではない。もう1人、大本命の彼が残っている。

 セツニャ・F・セイエイ……ELSと融合を果たし人知を越えた存在となった彼が神のごときガンニャムの力を行使する。その時何が起こるのか、答えはもうすぐ示されようとしていた。

 

 

 3機のガンニャムによる武力介入によって各地の戦場が次々と沈黙していく中、ゆりかごの外部にいるアインスたちにも同じような運命が訪れようとしていた。これまで静観しているだけだったガンニャムが、ついに活動を始めたのだ。

 セツニャのガンニャム、【ELSクアンタ】が右腕を前方にかざすと、銀色に輝く円錐状のビット兵器が大量に出現して、自機を守護するような配置についた。魔法で作った異空間から【CNランスビット】を取り出したのだ。これらはすべてELSの体でできたもので、CNドライヴを搭載している上にケット・シーとミッドチルダの魔導技術を取り込んでいるため魔法まで使えるチート装備となっている。

 その威力を知っているユーリとマテリアル娘は驚愕の表情を浮かべており、事情を知らないアインスたちに不吉な予感が走った。

 

「お前たちはあれが何なのか知っているのか?」

「……ああ、知っておる」

「あれはELSクアンタ、究極の機動兵器にして最強のガンニャムです!」

 

 ヴィータは、ガンニャムと聞いて以前目撃したダブルオーを思い出した。あの機体でさえゆりかごを沈めることができそうなのに、ELSクアンタにはそれ以上の力があるらしい。

 

「究極にして最強か……そんなもんで今更何しようってんだ?」

「あ~、どうやらゆりかごをぶっ壊すつもりみたいだよ? ボクらごと」

「「「「え?」」」」

『ま、まさか~、そんなことは……って、言ってるそばからすごい魔力反応が!?』

 

 変化に気づいたリインが天空を見上げると、ELSクアンタの周囲に浮いているCNランスビットの前方にミッドチルダ式とは違う魔方陣が展開されていた。レヴィの言葉通り、一目でとんでもない大魔法を撃つ気だと分かる。CNランスビット一つだけで大型次元航行船の駆動炉を遥かに超える魔力を放っているのに、それが100基以上もあるのだから、その威力は推して知るべしだろう。

 

「うわ―――ん!? どうしよ王様ぁ―――っ!!?」

「泣くな戯けが!! 我の方こそ泣きたいわぁ―――っ!!?」

「ふふふふ、2人とも、もちついてくださぁ―――い!!?」

 

 状況を理解したユーリたちは、何かトラウマでもあるかのように取り乱し始めた。というか、ぶっちゃけると以前ELSクアンタに戦いを挑んで同じ魔法を食らったことがあるのだ。

 もちろんシュテルもその1人で、なのはたちと共に聖王のゆりかごから脱出してきたタイミングで、この恐るべき状況を迎えてしまっていた。

 

「あ、あれは……」

「ガンニャム!?」

 

 ゆりかご上部から外に出てきたなのはたちは、頭上に展開されている異様な光景に驚愕した。天使のような姿をしたガンニャムが、とても大規模な魔法を撃ち出そうとしていたのだから当然だ。

 

「ねぇ、なのはちゃん。何が起きとんのかよう分からへんけど、これってちょーやばいんとちゃう?」

「う、うん……たぶん、あれでゆりかごを破壊しようとしてるみたいだから……」

「私たちも攻撃範囲に入っていますね」

「「「……ええ―――っ!?」」」

 

 ただ1人、あれの威力を知っているシュテルは、お姫様抱っこしたヴィヴィオを庇うようにしながら内心で覚悟を固めていた。今からでは全力で逃げても無駄だからだ。なにせ、最大射程が

1万km以上もあるのだからどうしようもない。

 ELSと融合したガンニャムは、本当に破壊神と呼べる力を手に入れていたのである。

 そんなとんでもない機体を操縦しているセツニャは、自身に向けられる負の感情を受け止めつつ叫んだ。

 

「武力による戦争根絶! それこそが、ソレスタルビーイング!!」

 

 先の大戦中に言ったことのある懐かしいセリフだが、今回はゆりかごの破壊が目的なので初心に帰ってみた。

 そう、シロンから言い渡されたセツニャの任務は、対話など一切無用の無慈悲な魔法攻撃をおこなうことなのだ。ゆえに、遠慮は無用だった。

 

「セツニャ・F・セイエイ、目標を……ぶっ飛ばすっっっっ!!!!!」

 

 ELSと分かり合えた今の彼は以前より穏やかな中二病となっていたが、ケット・シーの魔法は優秀な非殺傷能力を誇っているので、もとより気に病む必要はない。だからこそ、あえて最高の魔法を放った。

 

「世界に仇なす愚かな歪みよ、量子の光に抱かれて爆ぜろ! クアンタムエクスプロージョン・トランザムライザーエクストリームフルブーストハイメガバスターマグナムキャノンヒートエンド!!!」

 

 セツニャの無駄に長い詠唱が終わると同時に、見たこともない大魔法が発動された。

 ELSクアンタを中心に太陽が誕生したのではないかと思えるほどの光が溢れる。神々しさと畏怖の念を感じさせるその光は、戦場にいるものすべてを平等に包み込んだ。聖王のゆりかごを、ガジェットドローンを、そして、なのはを始めとする魔導師たちを瞬く間に飲み込み、それぞれに見合った結末を与えていく。

 この魔法は量子テレポートの効果を利用しており、射程範囲内の威力をピンポイントで調整できるので、任意の物だけにダメージを与えることができる。つまり、巻き込まれた人間を1人も死なせることなく、聖王のゆりかごとガジェットドローンだけを一瞬で消滅させるといった離れ業が可能だった。

 とはいえ、あまりに高威力なため、完全に無傷というわけにはいかなかった。特に、精神的ダメージのほうが甚大だ。もっとも恐ろしいと思っていたなのはの砲撃魔法以上なのだから当然だろう。

 

「うわぁ―――――っ!!?」

「か、母さ――――んっ!!」

「マリア―――――ッ!!」

 

 航空魔導師たちの断末魔のような叫び声は、激しい光の奔流に飲まれてかき消されていく。もちろんそれは、なのはたちも例外ではない。魔導師用に縮小されたCNドライヴの出力ではどうにもならず、一方的にやられるだけだった。

 

「なんか、激しくデジャブを感じるぅ―――――っ!!」

「うぎゃ―――っ!! シロンのアホ―――――っ!!」

「いやぁ―――っ!! なのはママァ―――――っ!!」

「この痛みもシロンの愛だと思えば……絶対に許せませんね」

 

 阿鼻叫喚の地獄と化した戦場は眩しい閃光の中に消え去り、視界が元に戻った後にはバリアジャケットをボロボロにして半裸状態になった魔導師たちが気の抜けた様子で浮いていた。

 恐るべき力を持っていたはずの聖王のゆりかごはあっけなく消滅し、視界を埋め尽くしていたガジェットドローンも一つ残らず破壊された。とても信じられないが、上手に手加減して人間だけを残したのだ。

 幸い気絶した者は1人もいないので救助の必要も無い。変な所で気を使ったシロンは、グラハムとリニスに救助係を頼んでいたのだが、その心配は無用だったようだ。

 

「流石だ少年! その圧倒的な強さに、改めて惚れてしまいそうだ!」

「もう、浮気は許しませんよ?」

「ふっ、無論承知だ。私の愛は、君とアルマの2人だけに向けられているよ」

「ふふっ、グラハムったら!」

 

 隠密魔法・ミラージュコロイドで姿を隠した2人は、場違いにもイチャつき始める。それに対してツッコミを入れる者は誰もいないのでやりたい放題だ。

 そんなバカップルを見ていてもイラッとするだけなので、視点をなのはたちに戻すと、そこでは新たな動きが起こっていた。ELSクアンタの前方、CNランスビットを回収してすっきりとした空間に、巨大な魔法のスクリーンが現れたのだ。

 呆然としていたなのはたちがそれに気づいて視線を向けると、そこにはモノクルをかけた禿頭の老人が映っていた。彼の名はイオリア・シュヘンベルグ――ケット・シーを生み出した張本人であると同時にシロンの先祖と言うべき人物だった。

 もちろんそんな詳細などこの世界の人々が知っているわけも無く、不可解な状況を前に怪訝な表情を浮かべるだけだったが、直後に語られる彼の言葉を聞いて愕然となった。

 

『管理世界で生まれ育った、全ての人類に報告させて頂きます。私達は、ソレスタルビーイング。機動兵器ガンニャムを所有する、私設武装組織です』

「ガンニャム?」

「私設武装組織……」

 

 この世界の人々は、ここで初めて彼らの名を知った。そして、この後の言葉で彼らの目的も知ることになる。しかし、それはあまりに意外な内容だった。

 

『私達、ソレスタルビーイングの活動目的は、この世界から【衣服と戦争を根絶する】ことにあります』

「………………え?」

「衣服と戦争を根絶する?」

 

 まったく意味不明である。

 この映像は他のガンニャムのもとでも表示されており、それを見ているすべての人間が疑問符を浮かべた。このハゲオヤジは一体何を言っているのだろうか。

 タイミングよく目が覚めた機動六課の面々やソレスタルビーイングの新人たちも同じような気持ちで、ポカンとしながら演説の続きを聞く。

 

『争いが起きるのは、人類が衣服を着るようになったことが原因です。衣服の登場によって羞恥という感情を得た人類は、他者を強く認識するようになりました。その結果、他者との違いを思い知るようになり、そこから様々な悪意を生み出していくことになったのです。それと同時に、身も心も覆い隠す衣服は生活に余裕を生み出し、人類の欲望を増長させる一因ともなりました。これが、人類が戦争を生み出した原因です』

 

 そこまで聞いて一部の人間はなるほどと思った。一応それなりに説得力があったからだ。しかし、だからといって鵜呑みにできる話でもない。

 現に、続いて発せられた言葉は到底受け入れ難いものだった。

 

『ゆえに衣服はこの世に存在すべきものではないのです。魔法による体温調整が可能なあなた方ならば争いの元である衣服を脱ぎ捨てることが可能なはずです。真に平和を望むのであれば私たちの理念に賛同して、今すぐ裸のヌーディストになってください』

「んなもん賛同できるか―――――っ!!」

 

 いち早く気を取り戻したアギトがツッコミを入れる。小さくても女性である彼女なら当然の反応だろう。中にはちょっといいかもなんて思ってる変人もいるが、その他はすべてアギトと同じく否定的な意思を持っている。エロ文化を発展させまくった今、人類は衣服を脱ぎ捨てることなんてできない。今更、純真無垢なアダムとイヴには戻れないのだ。

 しかし、禁断の果実とも言えるロストロギアを弄んだ彼らには似合いの罰かもしれない。再び神を怒らせるほどの重罪を犯してしまった人類は、ようやく自分たちで作り出した衣服という小さな楽園まで追い出されることになるわけだ。

 これこそまさに、天上人を名乗るソレスタルビーイングの仕事に相応しいのではないだろうか。たとえ、野外露出を強制しているだけだとしても、全裸で戦争をするほど人類もバカではないだろうから、最終的には目的を達成できるはずだ……たぶん。

 

『私達は自らの利益のために行動はしません。衣服と戦争の根絶という大きな目的のために、私達は立ち上がったのです。只今を以って、全ての人類に向けて宣言します。領土・宗教・エネルギー、どのような理由があろうとも、私達は全ての着衣行為と戦争行為に対して、武力による介入を開始します。衣服と戦争を幇助する世界、組織、企業なども、我々の武力介入の対象となります。私達はソレスタルビーイング。この世から衣服と戦争を根絶させるために創設された武装組織ですニャ』

「…………ニャ?」

 

 とにもかくにも、始めから最後まで衝撃的だった演説が終わった。語尾に変な言葉を残して。

 そこに気を向けた人間は少ないものの、裏事情を知っている者はすぐに理解した。さきほど演説をしていた老人は、変身魔法を使って別人を演じていたシロンだったということを。

 

「やっぱりアイツの仕業か―――――っ!!」

 

 状況を把握したなのはは、思いっきり怒声を発した。

 それとほぼ同時に他の仲間たちもシロンの悪ふざけだと気づき、目の前にいるガンニャムに向けて怒りをぶつけた。

 すずかとアリサはサバーニャに攻撃し始め、周りにいたゲンヤたちもそれに加わる。その様子を見たロックオンは、やれやれと頭を振りながら遠い場所にいる恋人に語りかける。

 

「アニュー……お前と会えて人と人が解り合える世界も夢じゃないって分かったんだ。でも、こいつらはダメだな!」

 

 自分のやったことを棚に上げてあっさり対話を断念する。確かに全員と仲良くなれるわけもないので、時にはこういう悲しい現実も受け入れなければならないのだが……今回の場合はそれ以前の問題だった。

 有無を言わせずあんな攻撃を受けたら誰だって怒る。完全に悪役となってしまったティエリニャとアレルニャたちも、巻き込まれた連中から反撃を食らっていた。

 

「これが人間か……」

「ああ、世界の悪意が見えるようだよ……」

 

 どっかで聞いたようなセリフで心情を表に出す。かつての大戦中に向けられた悪意とは比べ物にならないが、久しぶりに人間の嫌な部分を見せられて思わず口に出してしまった。

 結果的には助けてやったことになるのに、恩を仇で返されるとは。

 実際に、次元航行部隊が到着するまで待っていたら死人が出る可能性すらあったのだから、彼らの活躍も決して余計なお世話ではなかった。

 とはいっても、それはそれ、これはこれである。事情を知らない者たちからすれば恐るべき敵でしかないし、なのはたちにとっても笑って許せる問題ではない。

 悪ふざけが過ぎた子供はしっかりと叱ってあげなければならないのだ。

 

「少し、頭を冷やそうかぁ―――――――っ!!!」

 

 なのはは、あの名セリフを叫ぶと、最強の砲撃魔法を放つ準備を始めた。

 レイジングハートの先端に形状を変えたCNソードVを連結し、そこにCNソードビットを合体させることで【ブラスターライフルモード】を形成する。更に、こちらの世界におけるビット兵器【ブラスタービット】を4基展開して、同時に5つの砲撃魔法を放つ気だ。

 更に、ここで奥の手も発動する。

 

「トランザム!!」

「うわぁ、なのはママが真っ赤に光ってるー!?」

「ふふっ、待っててねヴィヴィオ。今からなのはママが、悪い猫さんを懲らしめてあげるから」

「うんっ!」

 

 ものすごく男前な様子のなのはママを見てヴィヴィオは目を輝かせる。その様子を間近で見ていたシュテルは一つの確信を得た。

 

「やはり、この子もガンダムとなる運命のようですね」

 

 似たもの親子な2人を見てシュテルがぼそりとつぶやく。しかし、幸いなことに、やたらとテンションが上がっているなのはには聞こえなかった。厄介な隠蔽作業を覚悟したはやても黒い笑顔を浮かべてしまっているので、彼女たちの怒りはもはや誰にも止められない。

 

「ええい、こうなったらどうとでもなれや! 私も一発かましたるで!」

「うん、思いっきりやっちゃおう!」

 

 まるで花火で遊ぶ子供のようなノリで盛り上がり始めた2人は、可愛い花火とは似ても似つかない砲撃魔法を撃ち上げる。

 先に詠唱を終えたはやてが、ELSクアンタに向けて直射型砲撃魔法・ラグナロクを放つと、それを合図にアインスたちも次々と続いた。

 そして数秒後、本命であるなのはの魔法が炸裂する。

 

「全力全開!! スターライトブレイカ―――――――――ッ!!!!!」

 

 気合を込めた叫びと共に、ピンク色の極太ビームが撃ち出された。現時点でなのはが使える最強の魔法【スターライトブレイカーexs-fb】だ。exs-fbは、エクストローディナリィー・スペリオル-フルブラストの略で、【桁違いですごいスターライトブレイカーを全力で撃ちまくる】という意味であり、実際にその通りの結果を実現していた。

 レイジングハートと4基のブラスタービットから放たれたそれらは、ガンニャムの武装に匹敵するほどの破壊力を持ってELSクアンタに迫り、直撃した。

 流石にこれだけでモビルアールヴのCNフィールドを突破するのは無理だったが、ここで温存していたマガジン内のカートリッジ全弾を使い、砲撃の威力を更に上げる。CNウェポンによる補助のおかげでなのはにかかる負担が大幅に減っているためこんな無茶も可能となっていた。

 

「アルティメットシュ―――――トッ!!」

 

 勇ましい掛け声と共に更なる気合を込めた瞬間、レイジングハートから凄まじい閃光がほとばしる。

 それはもうガンニャムの攻撃そのものだった。人間の限界を超えた砲撃魔法は、はやてたちの魔法で弱っていたCNフィールドを突き破ってELSクアンタに届いた。

 

「そうか……彼女がシロンの言っていたこの世界の……」

 

 セツニャは、ピンク色に染まる視界の中で笑みを浮かべる。

 そうだ、彼女は今、自分と同じ道を歩み始めた。武力と対話を同時におこなうという矛盾を抱えながらも、人と人とが分かり合える道を模索し続けていくという茨の道を。

 ならば、先駆者としてこの言葉を送ろう。

 

『お前も……ガンニャムだ!!』

「違うよ! 私は、ガンダムだ!!」

 

 なのはも勢いに乗せられて思わずアホな返事をしてしまう。

 もともとガンニャムは人間の作ったアニメ作品【機動戦士ガンダムシリーズ】を参考に作られたものであり、なのははその物語を参考に特訓してきたという経緯があるため、彼女の返事は当たっているのだが……結局はどーでもいい話なので、セツニャも素直に受け入れる。

 

『……ならば、お前の事はガンダムと呼ぶことにする』

「えっ!? いや、今のはちょっとした条件反射で――」

『皆まで言わなくてもいい。先ほどの攻撃でお前たちの可能性を見せてもらった。今はそれを信じて引くとしよう。さらばだ、ガンダム!!』

「って、ちょっと待って! 最後まで話を聞いて――――――っ!?」

 

 なのはの悲痛な叫び声を残して、役目を終えたセツニャは後退していく。

 彼の操るELSクアンタは、お別れを告げるようにメインカメラを光らせると、美しいCN粒子を残しながらいずこかへと飛び去っていった。別の地にいた3機のガンニャムもそれに続き、混乱した戦場は一気に静かになる。

 なんだかよく分からないが、とりあえず管理世界最大の危機は去ったらしい。

 その光景をグラハム経由の映像で見ていたシロンがイイ笑顔で締めくくる。

 

「いやぁ、聖王のゆりかごも綺麗サッパリ消えちゃったし、めでたしめでたしだニャ!」

「全然めでたくないでしょ――――――っ!!?」

 

 確かにフェイトの言う通りだ。この日、一つの戦いに終止符を打った管理世界は、新たな脅威と直面することになったのだから。

 

「あいつらに負けたら全裸にされちまうのか……こりゃまた随分と素晴らしい、いや、恐ろしいことになったな」

「何となく嬉しそうですね、ヴァイス陸曹……」

 

 男性局員を代表して、トランクス一丁のヴァイスが今の心境を吐露する。

 とにもかくにも、全裸を強制されるかもしれないという恐怖と隣り合わせになった彼らが、この後戦争を根絶できるかどうか。その答えはまだ誰にも分からない。

 ただ、これだけは分かる。この後シロンが仲間たちにオシオキを受けることだけは間違いないだろう……。

 

 

 何はともあれ、ジェイル・スカリエッティが起こした騒動(JS事件)は、大規模だったわりには1人の死人も出すことなく幕を閉じた。その終局間近に起きた茶番もソレスタルビーイング事件(CB事件)として記録されるが、彼らの正体は誰にも分からない(嘘)ので、結局は薄っぺらい記録が残るだけだった。

 しかし、彼らを目撃した者の体験談が民間に広まり、この後にガンニャムの恐ろしさは子供に聞かせる教訓話として使われるようになる。

 

「いいかい? 悪い事をする子はガンニャムに服を取られちまうよぉ?」

「「きゃ~!」」

 

 何だかただの変質者みたいな扱いになっているが、それほど外れてもいないので仕方ないだろう。




製作中の最終話が予定より長くなってしまったので2つに分割することにしました。
というわけで、今度こそ残り2話です。

ご意見、ご感想をお待ちしております。


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第21話 魔導師ファイト開始! 武道に目覚めたヴィヴィオ【ViVid1】

 【JS事件】および【CB事件】から2年経ち、ミッドチルダは束の間の平和を保っていた。事件によって浮き彫りになった諸問題も徐々にではあるが解消されていき、それと同時に関係者たちの状況にも変化が起きている。

 トップが凶悪な犯罪行為を犯していたことが発覚した管理局は、苦労人のクロノたちが必死こいて改善しているとだけ伝えておくとして、そんな話より気になっているであろうスカリエッティとナンバーズたちの近況について詳しく述べることにする。

 まずはナンバーズの状況だが、今のところは彼女たちの処遇に大きな変化は無く、死ぬはずだったドゥーエが生存していることとチンクたちの刑期が短縮された点を除いて本来の歴史とほぼ変わっていない。

 更正プログラム受講組はシロンの協力を得たチンクのおかげでかなり待遇が良くなったものの、ウーノ・ドゥーエ・トーレ・クアットロ・セッテの5人はもともと人間とは相容れない精神構造をしているため、監獄から出られる可能性は限りなく低いと判断されている。

 しかし、彼女たちの主であるスカリエッティに大きな変化が起きたおかげで、近いうちに改善できる可能性が出て来た。

 なぜそのような奇跡が起きたのかと言えば、当然シロンが関わっている。

 

 

 今より2年前のJS事件最終日、気絶しているスカリエッティの顔にパンティを被せて変態仮面を再現していたシロンはふと思いついた。こいつの変態的才能がエロ文化に向いたら、さぞかし素晴らしいアイデアを生み出してくれるのではないかと。そこでセフィの力を使って、スカリエッティの探求欲を【実用的なのにエロいランジェリーの開発】へと向くようにしたのである。

 スカリエッティの研究意欲をこれまでとは全く違う無害な物に変えることで悲劇の拡散を防ごうと考えたのだ。

 

「心にまで干渉したくはなかったが、許せよスカ太郎。お前の才能を悪用しようとする奴らが再び現れるかもしれないから、禍根を断っておく必要があるのニャ」

「それらしいことを言ってますけど、斬新でエッチな下着が欲しかっただけでは?」

 

 セフィは適確なツッコミを入れるが、シロンの本音はこの際どうでもいい。

 こうしてスカリエッティは、本人ですら気づかぬうちに変態科学者からランジェリー職人にジョブチェンジした。

 おバカな変化だと思われるだろうが、いきなり彼をまともな人間に戻しても大きな罪に押しつぶされるだけなので、ある意味人道的な判断とも言える。

 そもそも、数多くの美少女を傷つけてきた変態を救ってやる気などこれっぽっちもない。無限に広がる欲望をランジェリーの研究だけに集中させることで、余計な事をさせないようにしただけだ。

 

「ふむ、我ながら素晴らしい裁量だぜ!」

「なぜランジェリーを選んだのか疑問に思うところですが」

「そりゃ男性用下着の研究に熱中させたら流石に可哀想だろ?」

「下着からは離れないのですね……」

 

 何はともあれ、セフィの力によって人知れず無害化したスカリエッティを見下ろしながらシロンは思う。勝手に悪役として生み出されたコイツも哀れなヤツなのかもしれないが、性格の悪いイケメン野郎なんかにこれ以上の情けをかけるつもりはない。後は、エロくて可愛いランジェリーを作りまくって罪を償うんだな。

 

「ああ、素晴らしいよランジェリー……あれはいいものだ……」

「なんかマ・クベみたいなこと言ってるけど……ま、いっか!」

 

 

 とまぁ、その場のノリで生まれ変わったスカリエッティであったが、まさしく人が変わったようにランジェリー愛に目覚め、獄中にて画期的な作品を次々と作り出していくことになる。

 捜査協力をする代わりに下着を作れる環境を要求した彼は、準備が整うと早速研究を始めた。 一体あいつの中で何が起きたのだろうか。訳のわからない変化に驚き、最初は誰もが奇異の目で見つめるだけであったが、彼の変化に興味を持った女性局員が現れたことで事態は思わぬ方向に進んでいくことになった。

 スカリエッティの要望を叶えるために本局からやってきた2人の女性局員――リコ・クラハシとナツオ・マキは、話を進めていくうちに彼の本気を感じ取った。その結果、適切に対応していけば本当に更正できるかもしれないと希望を抱くようになったのである。

 

「ある女優さんが『私の体はワインでできています』と言っていたが、さしずめ私の体はランジェリーでできているね!」

「ぶふーっ! コイツのランジェリーに対する情熱は本物だわ! 有名下着メーカーの社長してるマキの親父さんと同じこと言ってるし!」

「うきゃー!? その話はもうしないって約束したでしょー!?」

 

 そんな感じで楽しい(?)やり取りをしながら数日が経ち、とうとうスカリエッティオリジナルのランジェリーが出来上がった。

 その作品を見た局員たちは目を見張った。初めは更正の一環として半信半疑のまま進めていたものだったが、あまりにも素晴らしい完成度に全員が驚き、本職の意見も聞こうとナツオ・マキの父親が経営している下着メーカーに持ち込んだ。それが原因となって世にも珍しい罪人開発のランジェリーが日の目を見るようになった。

 数ヵ月後、本当に発売されることになったスカリエッティ作のランジェリーは、意外にも高い評価を受けて、短期間の内にミッドチルダで流行りだすほどまでになったのである。

 以下のやりとりは、流行に乗ったとある女性たちの一例だ。

 ある日、偶然にも本局で出会い、久しぶりに模擬戦をした後にシャワー室を一緒に使った3人の美女たちは、例の下着について会話した。

 

「あっ、なのはちゃんもそのブラつこうとるんか?」

「うん。すごく動きやすいし、胸の形がよくなるからね」

「そうそう、私もシロンからいいパイオツになったなって褒められたよ」

「フェイトちゃん、それはただのセクハラだよ」

「それでも羨ましいかぎりやで~? やっぱり一つ屋根の下で暮らしとるとアダルトな会話も自然でええなぁ! このこの~!」

「あんっ、ちょっとはやて、そんなに強く揉まないでぇ~!?」

 

 ――というような感じで、管理局のアイドルたちにも愛用されるようになり、その情報がどこからか広まって更に人気が上がっていった。

 そして数ヵ月後、ついに【オレンジスカッシュ】という新ブランドを立ち上げるまでに至ることになった。これには当事者全員が驚き、更にやる気を漲らせたスカリエッティは、親しくなったマキの父親から教えてもらった【寝ても覚めてもランジェリー】という歌を口ずさみながら生き生きと新作を生み出し続ける。

 しかし、これまで他人の気持ちなど一切考えもしてこなかったスカリエッティは、大きな問題にぶち当たることになった。今以上のランジェリーを作るには、それと接する人々の心情が分からなければならないからだ。

 

「最高のランジェリーを作り出すには、着用する女性と鑑賞する男性の心も理解していかなければならないな……」

 

 そう思うようになった結果、あのスカリエッティが人間に対して思いやりを抱くようになるまで変化した。しかも、その変化に伴いウーノたちの更正に協力することも受け入れるようになった。そうするためには彼女たちの精神データを更新する必要があるが、人殺しをしてはいけないといった基本的な倫理観を持たせる程度ならスカリエッティにとって児戯に等しいので快く引き受けた。

 実を言うと、彼の抱いている新たな夢が彼女たちと一緒に新作ランジェリーの開発をすることだったから素直に乗ってきたのだが、そんな可愛らしい(?)野望なら危険視しなくてもいいだろう。

 

「くっくっく……ウーノたちと接触できるようになったら、新たな計画を始めるとしよう。すべての人類に私の作品を身につけさせる【ランジェリー補完計画】をねっ!」

 

 かなりマヌケな話にこじれてしまっているが、結局は下着を一生懸命作るぞと言っているだけなので問題はあるまい。ただし、珍妙なランジェリーを試着することになるウーノたちにとっては大問題だろうが……ここは罪滅ぼしとでも思って我慢してもらおう。

 

 

 そんなこんなでおかしな変化が起こりつつも、シロン一味の日常は穏やかに進んでいた。

 すっかりこちらでの生活も落ち着いた彼らは、それぞれの役目をこなしながら充実した日々を過ごしていた。シロンはジオニック社の一員として研究と開発を進め、グラハムは企業専属の護衛としてプレシアたちの警護と部下の教育に気を配り、リニスは専業主婦をしながら時々管理局の嘱託として働いていた。

 そして、今年で8歳になるアルマは、クラナガンにある聖王教会系列の学校【St.ヒルデ魔法学院】に通っている。初等部の2年生となった彼女は、親友のヴィヴィオと共に青春を謳歌している真っ最中だ。カリムが特権を使って色々と便宜を図ってくれているおかげで、ケット・シーであることを気にする必要もなく一安心だ。

 両親の愛を一身に受けて健やかに育っているアルマは、今日も元気に登校していく。

 

「それじゃあ、行ってきまーす!」

「はい、行ってらっしゃい」

「車とロリコンには気をつけろニャー!」

「はーい!」

 

 シロンから注意を受けたアルマは、腰に付けたデバイスをチェックした。

 残念ながらこの世界にも変質者はいるので、子供たちは護身用の防犯デバイスを所持している。特にアルマやヴィヴィオが持っているデバイスはシロン特製の強力な物で、たとえSランク魔導師に襲われたとしてもバッチリ防御できる優れものだが、子煩悩なグラハムはそれでも毎日心配していた。

 もちろん、彼がそこまで心配するのには確かな理由もある。彼女たちの通うSt.ヒルデ魔法学院は美少女が多い上に制服も可愛いので、その手の変人たちに大人気だからだ。特にヴィヴィオとアルマは一際目を引く美少女なので、彼が心配するのも納得できるのだが、度が過ぎているのも間違いない。

 

「ええい、子供を守るべき学校が危険を誘発するとは! St.ヒルデ魔法学院……存在自体が矛盾している!」

「もう、グラハムったら。確かに外は危険に満ち溢れていますけど、心配しだしたらきりがありませんよ?」

「しかし、我慢弱い私としては放っておけん! 娘の後をつけ回し、家まで無事にたどり着くまで見届けるほどの気構えでなければ、父親として失格なのだよ!!」

「そんなことしたら人間として失格ニャ! っていうか、毎朝ウザイこと言ってないで、さっさと出社するニャ!」

 

 そんな感じで小さな騒ぎは多々あるものの、世界を騒がすほどの大事件は起こる気配も無く、穏やかな日常が過ぎていく。魔法少女の物語は、なのはたちが大人となったことで終わりを迎えたかに思えた。

 しかし、この時既に新たな物語が始まりつつあった。ヴィヴィオやアルマを始めとする同世代の子供たちを中心として……。

 これは、新たな世代を担う魔法少女たちが最強の魔導師ファイターを目指して切磋琢磨する、愛と友情の物語――その序章である。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 春になり暖かな空気が心地よくなってきたある日の夜、クラナガン郊外に建てられたシロン一味の邸宅では楽しい夕食タイムが始まっていた。グラハムとプレシアは別の世界に出張しており、エリオとキャロはルーテシアの家に行っているのでいつもより人数が少ないものの、それでも十分賑やかだ。今いる面子だけでも、シロン、セフィ、リニス、アルマ、フェイト、アリシア、アルフ、ユーリ、マテリアル娘といった大人数なので当然だろう。

 しかも、今日は気になる話題が持ち上がっていた。ディアーチェ特製の絶品カレーを食べながら楽しく談笑していると、学校で新鮮なネタを仕入れてきたアルマから興味深い話題が飛び出してきたのだ。

 

「そういえば、ヴィヴィオちゃんが【ストライクアーツ】を始めたいな~って言ってたんだ~」

「へぇ、読書好きなあの子が格闘技をねぇ」

「なるほど、今度はガンダムファイトか! こいつぁ燃える展開になりそうだぜ!」

「話がめんどくさくなるからお前は黙ってろ」

 

 アルマの話を聞いて興味を持ったアルフとシロンが食いついてきた。Gガンダムが大好きなシロンは言うに及ばずだが、アルフの場合は自身がストライクアーツを習得しているので、いたって真面目だ。

 

 

 アルフの魔力問題は、フェイトがCNドライヴ搭載のデバイスを所持して間接的に供給することで解決したため、2年前から以前のような大人の姿に戻っていた。おかげで気兼ねなく活動できるようになった彼女は、仲のいいザフィーラと一緒に格闘技の技術を磨くようになった。その流れでスバルを始めとする大勢の格闘家とも試合をするようになり、彼らの多くが使っているストライクアーツに興味を持った。これまでずっと我流でやってきたアルフは、一つの答えに行き着いているメジャーな格闘術に苦戦する場合が多く、対抗手段を編み出すために自分も習ってみたくなったのだ。

 特にストライクアーツはミッドチルダで最も競技人口の多い格闘技なので、それを教える道場も数多くあり、ザフィーラと共にいくつか見て回って研究した。その結果、アルフはとある思いを抱くようになる。フェイトに戦い方を教えていた前世のリニスみたいに、人に技術を教える仕事も面白いかもしれないと。

 アルマの子守役が必要なくなりつつある今、やる気を持て余していたアルフは新たな道を探していたのだ。

 そこで、彼女の気持ちを察したザフィーラから格闘技の指導者を目指してみたらどうかと後押しされ、次の目標を見出すことになった。

 流石はザッフィー、実に気配り上手な男である。

 

「とか言って、本当は愛しいアルフと同じ仕事を始めてイチャつける時間を増やしたいだけだったりして!」

「……………………(真っ赤)」

「あーうん、調子に乗ってからかったりしてゴメンな? 我輩、心の底から2人のことを応援してるから!」

「……感謝する」

 

 なんてやり取りがシロンとザフィーラの間にあったりしたものの、それがきっかけとなって道場を作ってみようという流れになったのだから、結局はいい出来事だったと言えるだろう。

 

 

 何はともあれ、そのような経緯でソレスタルビーイングの全面協力を受けられるようになったアルフとザフィーラは、必要な資格を取るなどの準備を着々と進め、格闘技を主体とした道場を開くべく計画を進めていた。

 仲間思いな守護騎士たちの協力も取り付けており、もうじきナカジマ家に引き取られる予定となっているノーヴェも参加することになっているので、コーチ陣は準備万全だ。後は道場となる建物を作ればすぐにでも始められる状態となっている。

 もちろん、その話はヴィヴィオも知っており、なのはやフェイトに内緒で弟子入りを考え始めていたのだが、その辺の事を聞いていなかったアルマがあっさりばらしてしまった。

 

「だからね、ヴィヴィオちゃんはアルフお姉ちゃんたちに教えて欲しいんだって」

「ほほぅ、それじゃあ、ヴィヴィオがあたしたちの最初の弟子になるわけか」

「うん、そうだね」

 

 嬉しそうなアルフの言葉にアルマも笑顔で答える。とても微笑ましい光景で、周りから集まる視線も温かい。

 そんな中、他の面子よりも熱視線を送っている少女がいた。元気一杯にカレーをほおばっているレヴィだ。彼女は、アルフたちが作ろうとしている格闘技主体の魔導師道場に以前から興味を持っていた。

 

「(……決めた! ボクも参加しちゃうぞ!)」

 

 本来ならフェイトと同じく今年で21歳になるレヴィだが、15歳程度の見た目通りに中身もお子さまのままだ。ユーリとマテリアルたちは、寿命が長くて老化が遅いシロンに合わせて容姿を15歳に固定したままでいた。今のところはほとんど問題無いので、結婚するまでは変えなくてもいいだろうと判断した結果である。

 それはともかく、道場に参加することを決めたレヴィは、カレーを食べる手を止めると目を輝かせてアルフを見つめた。面白いことが大好きな彼女がこの手の話を見逃すはずがないので特に不思議なことではないものの、一応ちゃんとした理由もある。

 決まった役職のないユーリとマテリアルたちは、リニスと一緒に家事手伝いをしながらシロンのサポートをしているのだが、強いやつと戦うことが大好きなレヴィにとっては道場で指導者をやっているほうが性に合っていると感じていた。

 これまでは自由時間が減りそうだと迷っていたが、元聖王のヴィヴィオが関わってくるのなら話は別だ。バトルマニアであり中二病でもある彼女にとって、将来のライバルを育てることは非常に魅力的だった。

 

「ねぇねぇアルフ! その道場でボクを使ってくれないかな?」

「えっ、アンタを?」

「そう! このボク、レヴィ・ザ・スラッシャーが、バリッとシビれる電撃魔法をビシッと教えてあげるのさ!」

「本当にやる気あんの?」

「もちのろんだよ! このカレーのように華麗な電撃を伝授してみせよう!」

「なるほど……確かにアンタの電撃は使えるね。だが断る」

「なんでぇ!?」

「だってアンタ、教えるのヘタじゃん」

 

 実は以前、同じ電気資質のエリオに教えを請われたことがあったのだが、もともと力が備わっているレヴィは抽象的な説明をする天才タイプなため、はっきりいって意味不明だった。同じ中二病のエリオにはある程度通じていたようだが、そんな特殊すぎる翻訳能力を普通の弟子に求めることはできないだろう。

 とはいえ、このままでは涙目になってしょんぼりしているレヴィが可哀想なので、シロンが助け舟を出した。

 

「それじゃあ、レヴィも弟子として参加すればいいニャ」

「ええ~、弟子ぃ?」

「もちろんただの下っ端ではないぞ? 姉弟子として、徐々に強くなっていくヴィヴィオと戦いまくれるとっても魅力的なポジションなのニャ!」

「おおー! そーいうのもいいね! それじゃあボクは、史上最強の姉弟子になるぞ!」

「って、それで納得しちゃうのかよ!」

 

 アルフは、格下扱いの弟子入りをあっさり受け入れたレヴィにツッコミを入れる。とはいえ、彼女のことをよく知っているユーリたちは一連の流れを適確に理解していた。

 

「まぁ、レヴィならば仕方なかろう」

「そうですね、レヴィなら仕方ありません」

「私たちは静かに応援するまでなのです」

「末っ子を温かく見守る家族の図だね」

「レヴィってユーリより年下扱いなんだ……」

 

 紫天一家におけるレヴィの位置づけにアリシアは納得し、フェイトは微妙な気持ちになる。

 レヴィより大人っぽい(?)ユーリたちは、平穏な暮らしを続けているうちに趣味や特技を磨き上げ、今では戦い以外の存在意義を見出しているが、【力】を司っている彼女がその特性を活かしたいと感じていることもよく分かっている。

 だからといって教えることが下手な彼女に大事な弟子の世話を任せるわけにはいかない。今は、弟子として参加してでも教える技術を学ぶことが必要だろう。意外に常識のあるディアーチェたちは、そのようなことを考えていたのだが……レヴィの考えはちょっぴり違った。

 

「わーい! 今度はこのボクが聖王を倒して王様を超えてみせるぞ!」

「な、なんだとぉ!?」

「さりげなく下克上を企てていたとは思いもよりませんでした」

 

 なんと、レヴィの考えはディアーチェたちの思考を超えていた。というか、もっと単純なだけだった。良い意味で純粋な彼女は立場などにこだわっておらず、ただ単に強くなる可能性を秘めているヴィヴィオを鍛え上げて対等以上の戦いをしたいだけだった。

 戦士の勘とでも言うべきものでヴィヴィオの中に眠る可能性を感じたレヴィには確信があった。将来あの子は大物になると。だからこそ、どんな形であれ彼女の成長に関わりたいと思ったのである。

 まぁ、レヴィの勘が本当に当たっているのかどうかはともかく、本人が納得しているのなら弟子として参加させてもいいだろう。

 だがしかし、ヴィヴィオが格闘技を習うことに異論を持っている人物が1人いた。彼女の後見人となっているフェイトは、何か思うところがあるのか表情を曇らせながら反論してきた。

 

「ねぇ、アルフ。気持ちよく話を進めてるところで悪いけど、私はあまり賛成できないな」

「えっ、なんで?」

「アルフも分かってると思うけど、あの子が格闘技に向いてないからだよ。やってみたいという気持ちは大事にしてあげたいけど、将来を考えたらあの子に適した能力を伸ばしてあげたほうがいいと思うんだ」

「う~ん、そうだねぇ。確かにヴィヴィオは前衛向きじゃないもんなぁ」

 

 これまでに何度かヴィヴィオの魔法訓練を見たことがあるフェイトとアルフは、彼女の資質を適確に見抜いていた。オリジナルの聖王オリヴィエは身体的な事情もあって格闘型の戦闘スタイルだったのだが、ヴィヴィオ本人はなのはの影響を受けて中後衛型に変化しており、どう見ても格闘戦には不向きだった。

 もちろんそのことはヴィヴィオ自身も理解しているものの、【強い子になる】というなのはとの約束を守るため、あえて困難な道を選ぼうとしていた。

 だからこそ、幼い子供に対して過保護なフェイトは余計に心配してしまうのだが……そんなことなどおかまいなしな連中が無遠慮に横槍を入れてきた。いつの間にか食卓について勝手にカレーを食べている銀時と桂のマダオコンビだ。

 

「おいおい、そこのパツキンねーちゃん。黙って聞いてりゃつまんねーことばかり言いやがって。子供が自主的に習い事したいって言ってんなら、つべこべ言わずに叶えてやるのが保護者の甲斐性つーもんだろ」

「えっ!?」

「才能なんか関係ねー。歴史に名を残してるよーな奴らだって、やりたいからやってみたってガキみてーな動機から出発してんだからよ、そのガキんちょにやる気があるっつーんなら、いっちょやらせてみるべきなんじゃねーかと俺は思うぜ?」

 

 銀時は、テーブルの上に座ってカレーを貪りながら至極まともなことを言い出した。そして、隣にいる桂も静かにカレーを食べながら言葉を続ける。

 

「銀時の言う通りだな。少子化が問題視されている昨今、その小さな肩に大きな責任を背負うことになる子供たちの教育に口を出したくなる気持ちはよ~く分かるが、それは大人のエゴというものだ。自分たちがそうしてきたように、彼らの未来は彼ら自身に決めさせてやるべきだろう」

「ヴィヴィオの未来はヴィヴィオに決めさせる……そうね、そうかもしれない」

 

 フェイトは、妙に説得力のある珍客の言葉に納得してしまった。勝手にカレーを食べてしまっている点はいただけないが、言っていることは憎らしいまでに正論だった。

 

「あの子がやりたいって言うのなら、まずはしっかり受け止めてあげるべきだよね」

「ふっ、いい笑顔だ。どうやら納得のいく答えが出たようだな」

「はい、ありがとうございます!」

「なに、礼など無用だ。ただ、感謝しているというのなら、もう一つだけ言わせてもらおう。子育てには様々な困難が待ち受けているものだが、今君を笑顔にしている感情を覚えておけばなにも恐れることはない。大切な子供のために悩めることは、大人にとって喜びなのだということをな」

「悩めることが喜び……」

「そうだ。子供に可能性を与えてあげることこそが正しき大人のあり方だということを忘れなければ、君たちの未来は明るいものとなるだろう。それはそうと銀時よ、そこにある福神漬けを取ってくれないか?」

「ああ? んなもんてめーで取れよ。それより、そっちにあるサラダをよこしやがれ。最近野菜が高くなってるから銀さんビタミン不足なんだよ」

「って、子供もいなくて甲斐性もないダメな大人代表のお前らがえらそーなこと言ってんじゃねーよ! それと、家主に断りもなく勝手に食うな!」

 

 12年経った今も相変わらずな2匹につっこみを入れる。

 しかし、悔しいかな彼らの言っていることにも一理ある。やはり、こういう場合は子供のやる気を大事にしてやることが重要だろう。素直なフェイトはそのように思いなおして、この後すぐになのはと相談した。格闘技と聞いて始めはなのはも難色を示したものの、自分の子供の頃の話を持ち出されては反論もできなかった。

 

『そうだよね……隕石を受け止める特訓をしてた私にあの子を止める資格はないよね……』

「うん、比較する以前の話だよ」

 

 何はともあれ、こうしてヴィヴィオは仲間たちの協力を受けつつ格闘技を習うことになった。

 基本的に資質のないヴィヴィオがこの先どこまでいけるのか分からないが、2人のママから受け継いだ不屈の心があれば、どんなに厳しい特訓にも耐えられるだろう。ならば、前に進む手助けをしてあげるのみだ。

 それが、保護者としての義務であり喜びなのだから。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 ヴィヴィオが格闘技を始めることが決まってから2週間後、アルフとザフィーラを中心にして運営される子供専門の魔導師養成所【八神家道場】があっという間に完成した。なのはから許可をもらって大喜びしたヴィヴィオがアルマとレヴィを味方に付けてシロンにおねだりした結果、予定よりも早く出来上がることになったのだ。

 その際のやり取りは以下の通りである。

 

「早く道場できないかな~」

「今からとっても楽しみだよね~」

「ボクもすっごく待ち遠しいよ~。こんなに胸がドキドキするくらいにねっ!」

「もう、しょうがないなぁ、レヴィ太くんは」

 

 まるで某猫型ロボットのような扱いだが、可愛い子供たちのお願いを断ることなど出来はしない。レヴィに抱きつかれてほどよく育ったパイオツを押し当てられたシロンは、彼女たちのお願いを快く引き受けてしまった。

 かなり甘やかしすぎている気もするが、どちらにしろ道場を作ることは決まっていたのだから予定を早めても特に問題はない。共同経営することになるはやてと相談したシロンは、早速次の日から行動を始めた。

 一番重要な土地のほうは、はやてが目星をつけていた場所がすんなりと購入できたので、そこから先の仕事は速かった。財力に物を言わせて材料をかき集めた後に、特殊な結界魔法で音と震動を遮断しつつ土木作業用傀儡兵をフル稼動させる。その結果、驚くほどの速さで立派な道場が完成した。もちろん手抜きなど一切ない百万人乗っても大丈夫な安全設計だ。

 

 

 そんなこんなで、道場が完成した当日。パーフェクトな仕上がりに気を良くしたシロンは、肩に座っているセフィと共に外観を眺めながら良い気分に浸っていた。

 素晴らしい出来栄えに満足して思わず自画自賛していると、制服姿の子供たちがレヴィとユーリを引き連れてやって来た。

 

「ふっ、我ながら良い仕事してるニャ。……おや? アッチから来るのはヴィヴィオたちじゃニャいか?」

「どうやら学校帰りのまま立ち寄ったようですね」

 

 今日完成することを知っていたヴィヴィオ、アルマ、レヴィ、ユーリの4人が、興味を押さえきれずにお披露パーティの前に見に来てしまったのだ。本当なら次の日曜日にみんな揃ったところで披露しようと思っていたのだが、目を輝かせながら見つめてくる彼女たちの熱意に負けて中に入れてあげることにした。

 

「いやぁ、子供たちの純粋な心には勝てませんなぁ」

「抱きついてきたユーリとレヴィの胸に負けただけでは?」

 

 にやけ顔のシロンにセフィのジト目が向けられる。

 そんな彼らのやりとりはともかく、侵入に成功したヴィヴィオたちは喜び勇んで道場の中に駆け込む。するとそこにはアルフとザフィーラがいた。シロンと一緒に作業を手伝っていた2人は満足そうに辺りを見回していたので、少女たちもそれにならう。

 

「わぁ~、すごく広くて綺麗だね~!」

「うん! 使っちゃうのがもったいないくらいだよ!」

 

 出来上がったばかりの道場を見てヴィヴィオたちが感嘆の声を上げる。そんな彼女たちの様子に笑みを浮かべたユーリは優しく語りかける。

 

「ふふっ、それじゃあ逆にもったいないですよ。レヴィみたいに思いっきり使ってあげなきゃ」

「「えっ?」」

 

 ユーリの言葉に反応してレヴィの様子を見てみると、丁度ヘッドスライディングを試みようとしているところだった。あまりに床が綺麗だったので、つい滑ってみたくなったらしいが……

 

「見て見てみんな! ピッカピカだからよく滑るよー! って、あっつぅー!?」

「床を滑って摩擦ヤケドするって、懐かしいなオイ!」

 

 嬉しさのあまり調子に乗ったレヴィが、体育館で転んだ小学生のようにヒザを負傷してしまった。それでもレヴィは強い子なので、表情は笑顔のままだ。摩擦熱でニーソに穴が開いてしまったことなど気にせずにユーリたちと談笑している。

 もちろん、大人たちも彼女らと同じく心地よい感動を味わっていた。特に、計画を立ち上げたアルフとザフィーラにとっては感慨もひとしおだ。

 

「こりゃ想像以上に良い出来だね。まったく申し分ないよ」

「ああ、これほど素晴らしい道場を構えられるとは嬉しい限りだ」

「後は入門者が来ればすぐにでも始められるけど、私は人に教えるって経験があまり無いから……まぁ、その、なんだ、これからもヨロシクな!」

「こちらこそ、2人で一緒に盛り上げていこう」

「って、新居を購入した新婚さんみてーな雰囲気出してんじゃねー!」

 

 いつの間にかイチャつき始めた2人に、つい条件反射でツッコミを入れてしまう。しかし、今のシロンは、そんなバカップルの存在すら許せてしまうほど歓喜していた。

 格闘技というキーワードと共にヴィヴィオたちの心に変化が起きた。そのことに気づいた時、彼は予感した。これから彼女たちを中心にした新たな物語が始まるのだと。そして自分は彼女たちの師匠となり、最強のガンダムファイターとして鍛え上げることになるだろうと。

 

「そんなわけで、今から流派東方不敗の心得をお前たちに伝えよう!」

「いきなり何でだよ!?」

 

 子供たちを前にして唐突に始まった怪しい演説にアルフがつっこむ。

 

「大体、流派東方不敗って、アニメに出てくる架空の武術なんだろ?」

「うむ、アルフの言う通り流派東方不敗は本来なら存在しないものニャ。アリサが使ってたのも、魔法で再現した奥義だけだからニャ。だがしかし、マスターアジアの大ファンである我輩は、6年の歳月をかけて、ついに独自の流派東方不敗を編み出すことに成功したのニャ!!」

「ええっ!?」

「独自に武術を編み出しただと!?」

 

 格闘家である2人はシロンの発言に驚いた。普通に考えて架空の武術を現実に再現することなどできないと思ったからだが、チート技を使える彼にかかれば不可能な話ではない。

 セフィの力で実際に存在しているGガンダムの世界から必要なデータを手に入れたシロンは、あの恐るべき武術をこちらの世界の技術で再現した。基本的な動作はこちらの人間でも使えるように調整し、奥義の方はアリサが使っていたものを更に洗練して、よりオリジナルに近づけた。

 そして、一番重要な明鏡止水モードは、ELSを研究することで更にそれっぽく再現することに成功した。

 他の物質を融合・吸収する事であらゆる物をコピーすることができる彼らの能力を応用した結果、魔法によって擬似的に融合状態を作り出し、一時的にリンカーコアをコピーすることができるようになった。それによって、明鏡止水モードのように脅威的なパワーアップを可能としたのである。完全な物質ではないリンカーコアだけを恒常的に維持することは難しいため、時間制限ありの強化魔法という仕様となったが、それでも十分すぎるほどの大成果だ。

 4年にも及ぶ研究の結果、何とか実用化に成功したシロンは、この最新技術を流派東方不敗の奥義として用いることにしたのである。

 

「リンカーコアを……」

「作り出す?」

「そうニャ。魔力で動くようにしたELS型ナノマシンで体を覆って【エクストラ・リンカーコア・フィールド(ELF)】を作るのニャ」

 

 ELFとは【追加するリンカーコア力場】という意味で【エルフ】と読む。ELS型ナノマシンを媒介にして使用者の体にまとうように人工リンカーコアを形成する身体強化魔法となっており、エルフのように人間を超えた魔法の使い手になれるという意味が込められている。魔法が発動するとナノマシンが金色に輝き、全身を巨大なリンカーコアと化す恐るべき奥義だ。

 理屈としては、体全体にリンカーコアと同じ機能を持たせることで大気中から取り込む魔力量を増やして魔法の力を何倍にも跳ね上げるというものだ。流派東方不敗の奥義は天然自然の力を借りて放つものなので、再現度は高いと言える。

 とはいえ、これほどの奥義を使うためには、お約束通りに大きな制約がある。

 

「ギアナ高地で修行する必要は無いけど、特定の資質がないとダメニャ」

 

 ELFを発動するには使用者自身の脳波コントロールが必要なので、デバイスの演算能力に頼ることができない仕様となっている。つまり、複雑かつ特殊な操作技術が必要なナノマシンを使いこなせるだけの【高速並列運用能力】を持った者か、高度な脳量子波を使ってELSと同調できる者でなければ使えない、かなり特殊な魔法だった。

 しかも、その魔法を戦いながら実行するにはかなりの集中力が必要なため、本家と同様に何事にも動じない明鏡止水の精神力が必要だ。そのため、状況変化による影響を受けやすくて安定性が悪いうえに、高速演算による負担も大きいため長時間の使用ができないという弱点もあり、扱いが難しいとされているカートリッジシステムより遥かに厄介な奥義となっている。

 しかし、リスクに見合った効果があることは間違いない。ELFによって得られる魔力量はカートリッジとは比べ物にならないくらいに絶大だからだ。膨大な魔力運用による負荷もELFが受け持って緩和する仕様になっているので、本人の負担を最小限に抑えつつ限界を超えることが可能だ。

 ゆえに、明鏡止水モードを使いこなせるようになれば、常識を遥かに超えた強大な力を手にする事ができる。まさに、必殺技と言うべき画期的なシステムとなっていた。

 

「それが、魔法式明鏡止水モードニャ!」

「「…………なんだってぇぇぇぇ――――――!!?」」

 

 最後まで聞いてみたらとんでもない話だった。もし、この事実が管理世界中に知れ渡れば、世紀の大発明として大騒ぎになることは間違いない。

 しかし、逆に言えば、誰にも分からなければ問題にもならない。事実、この世界の人間では真相を明かすことができないように作られている。

 ELS型ナノマシンは、専用魔法で動かさなければただの金属でしかないので、この世界の技術で調べても新種の金属としか認識できない。同時に、強度や性質も既存の物と大差ないため金属としても注目を集めることは無く、実を言うと既に管理局のチェックを通過して使用可能にしてある。

 そもそも、魔力で動かすように作られているELS型ナノマシンはデバイスと同様の扱いとなるので、管理局の定めた基準を満たしているから、たとえ真相が発覚してもなんら問題は無い。ELFに関して正直に説明しなくても、ルールに反していない以上は文句を言われる筋合いなどないのである。

 そうとなれは、後は何食わぬ顔でデバイスに組み込んでしまえばオッケーだ。

 

「そう説明されると法律的には問題ないようだが……」

「そんなスゴイものを使って本当に平気なのかい?」

「もちろんノープロブレムニャ!」

 

 常軌を逸した能力であっても、秘伝の魔法とかレアスキルの類などと言っておけばいくらでも誤魔化せる。安全確認したデバイスと自分の魔力で使える魔法なら、基本的に認められるようになっているからだ。

 すべてを説明している訳ではないため、そこはかとなくキュゥべえみたいなあざとさを感じるものの、魔法とはそういうものだ。

 元々個人差の大きい能力なので、特殊な魔導師が使うデバイスは、完全な専用品となることが多い。もちろん安全チェックをして正式に登録をしなければならないが、大抵が銃火器などの質量兵器や毒などの非人道的兵器の有無を調べる程度で、余程規格外な物でもない限りはほとんどそのまま許可が通る。

 そもそも、公式試合で使われるデバイスは、巨大企業などの実用試験や売り込みなどの生臭い話が絡んでいる場合が多々あり、独自に作り出した技術を秘匿することは公に認められている。その代わり、違反をした場合は大きな罰を受けることになるが、前述の通りその点は問題ない。

 

「まぁ何にしても、デバイスは良いモンを使ったほうがいいからニャ。なのはだって汎用型デバイスを使えば、ヒイロがリーオーに乗った時みたいに硬くなる程度の力しか出せないし」

「最後の例えはよく分からないが、前半は理解できるな……」

 

 デバイスに関してはかなりの自由度が認められているため、管理局の安全基準をパスできる範囲ならどんなものでも作って構わない。

 特殊な能力を持った者が使う魔法は専用デバイス以外で発動できないものが多く、デバイスの均一化自体が難しいという実情もあるからだが、一応、個人の努力や能力次第でデバイスの性能差を覆すことも可能なので、公式試合でも専用デバイスをそのまま使える場合がほとんどだ。

 とはいえ、高性能なデバイスを作れることが強さの一因となっていることは間違いない。優秀なデバイス職人と潤沢な資金、その両方を揃えられた者がトップクラスになれる可能性が高いことは紛れも無い事実だった。悲しいけど、これ現実なのよね。

 だからこそシロンは、妹のように思っている少女たちのために無茶苦茶とも言えるトンデモシステムを作り上げた。

 

「しかし、強い力を持つということはそれ相応の覚悟が必要ニャ。だからこそ、君たちには指導を始める前に教えなければならない事があるニャ!」

「「は、はいっ!!」」

 

 ヴィヴィオとアルマは、いつになく真面目なシロンの雰囲気に飲まれて大人しくなる。そんな彼女たちの様子を見て一つうなずいたシロンは、指をパチンと鳴らすとあの男を呼んだ。

 

「来い! グラハーム!!」

「ふっ、この私、グラハム・ニャーカーをお呼びかな?」

「「「「「ほんとに来た―――!?」」」」」

 

 シロン以外の全員が驚いている中、動きやすい格好をしたグラハムが颯爽と現れた。どうやら、ミラージュコロイドで姿を隠しながら近くでスタンバッていたらしい。

 しかし、普段なら勤務時間中のはずの彼がなぜここにいるのだろうか。

 

「どうしてパパがここにいるの?」

「実はプレシアからシロンと一緒に有給休暇を取るよう薦められてね、せっかくだからアルマに内緒で後をつけ回して、その愛らしい姿を心ゆくまで鑑賞していたのだよ」

「たんなる不審者じゃないか!?」

「もう、しょーがないなぁ。パパは心配性なんだから」

「その反応も違うだろ!?」

 

 アルフの連続ツッコミは実にごもっともだった。とはいえ、当事者のアルマがまったく気にしていないので、外野が文句を言っても意味がない。後は、勘違いした他の人から通報されないように願うしかないだろう。

 

「まぁ、そんなよくある話は置いといて、今からコイツに協力してもらって流派東方不敗の演舞を見てもらうニャ」

「演舞?」

「確かに本格的に始める前に見せるべきものだが、今やる必要があるのか?」

「その質問、我らの意図が読めぬと見える。ならば論より証拠だ、いくぞ王子!」

「おうともよ! 流派東方不敗が最終演舞、とくとその目に焼き付けろぉぉぉ!!」

 

 まるで、ドモンとマスター・アジアの最終決戦が始まる前のように気合を入れた2人は、同時にELFを発動して明鏡止水モードとなった。その瞬間、道場内に満たされていた魔力が一気に吸収され、全身が金色に輝いているシロンとグラハムに信じられないような力が集まっていく。

 ズゴゴゴゴゴゴッッッッ…………!!!!!

 

「「きゃ―――!?」」

「こ、これはぁ―――!?」

「すごい魔力です!」

「って、すごいなんてもんじゃないよ―――!?」

 

 これまでの常識が覆ってしまった信じられない現象を前に、子供たちはおろかアルフとザフィーラまで度肝を抜かす。ただでさえオーバーSランクのシロンたちが、トランザム中のモビルアールヴ並の魔力を発しているのだから当然だろう。

 

「うわぁーい、みんなのパンツが丸見えだー!」

「うむ、これを女子高生の前で使えばすばらしいことになるな!」

 

 シロンとレヴィだけは副産物で発生している突風で遊んでいるが、それにツッコミを入れる余裕も無い。2人ともにSSSランクを超えてしまっており、人間としては確認されたことが無い驚きの数値を叩き出している。扱いが難しく時間制限があるという弱点を考慮しても、この奥義に対抗できる者はほとんどいないだろう。

 

「こ、これって本当に演舞なのかよぉ――!?」

 

 ここまで凄まじい状況になっては、もはや演舞などという範疇を超えているが……実際に始まったものはやっぱり演舞ではなかった。

 先ほどまでの激しさはどこへやら、なぜか2人は明鏡止水モードを止めて急に普通の状態に戻ると、グラハムがシロンの頬をビンタした。

 パンッ!

 

「ウッ、殴ったね!?」

「殴ってなぜ悪いか。貴様はいい、そうやって喚いていれば気分も晴れるんだからな」

「我輩がそんなに安っぽい人間ですか?」

 

 パンッ!

 

「2度もぶった。親父にもぶたれたことないのに!」

「それが甘ったれなんだ! 殴られもせずに1人前になった奴がどこにいるものか!」

「………………って、演舞が演技になってるじゃねーか!!!」

 

 明鏡止水モードに驚いていたら、いつの間にかアムロとブライトさんの有名なシーンが再現されていた。というか、なぜこうなった?

 一見すると流派東方不敗とはまったく関係ないように思えるため、騙された気分になったアルフが突っかかっていく。しかし、シロンたちもただモノマネをしただけではない。若干楽しんでいたことは否定できないが、もちろん今の寸劇の中に子供たちへ伝えたいメッセージが込められていた。

 

「いいかい子供たちよ。格闘技とは、対戦する相手と傷つけあうことであり、それは戦争においてもスポーツにおいても同様ニャ。そして、そこには常に負の感情との戦いがあるのニャ」

「負の感情?」

「そうだ。悲しみ、怒り、嫉妬、傲慢……それらの感情は当然君たちの中にもあり、格闘技を始めるならば必ず立ちはだかる最大の強敵となる」

 

 どんなに綺麗ごとを並べようが、勝敗や能力差が生まれる以上は絶対に負の感情が付きまとう。戦うという事はそういうことだからだ。

 

「先ほど我輩が演じたアムロ少年は、ブライトさんにぶたれ、負の感情に何度も押しつぶされそうになりながらも必死に前に進んで数々の強敵に打ち勝ったニャ。だから、真の強さを手に入れるには、悪いことを考えてしまう自分の心に勝ち続けなければならないのニャ!」

「つまり、最大の敵は自分の心というわけなのだよ! あえて言わせてもらおう、弱き心こそが乗り越えるべきライバルであると! それに打ち勝つことこそが真の強さとなる!」

 

 娘の前で気合を入れたグラハムは、良いところを見せようとして、もう一度明鏡止水モードとなった。相変わらず凄まじい奥義だが、全身が金ピカになるので、はっきりいうとうざったい。

 なので、みんなは自分に酔いしれている彼に背を向けながら話を続ける。

 

「ねぇ、シロンお兄ちゃん。真の強さを身につけるには、強い心が必要なの?」

「そうニャ! たとえ冷凍庫にアイスが一つしか残ってなくても、それをどうぞと譲ってあげられるほどの心の強さが必要ニャ!」

「それじゃあ、昨日買って来たシロンのアイスをボクに頂戴!」

「そんなのダメに決まってるニャ」

「全然強くないじゃん!?」

 

 子供っぽいシロンの中途半端な覚悟はともかく、言ってることはそれなりに正しい。

 たとえ困難な道のりであっても、続けていければそれに見合った結果が手に入る。だからこそ、人は技術を伝え続けてここまで発展してきた。その技術を上手に使いこなすためには、あらゆる悪意に飲み込まれない強靭な心が必要だ。

 勉学も、格闘技も、魔法も、知識と呼べるものはすべて同じだ。まともな心が伴わなければ、それらはすべて悲しい結果を生み出す凶器となってしまう。せっかくの知識もただ人を傷つける愚かな道具として使われ、未来に続いていくようにと願いを込めた先人の思いはないがしろにされていく。そうして悪意が蔓延すれば、そのうちシャアのような過激な人物が現れて、多大な犠牲をもって贖罪することになるかもしれない。

 しかし、心臓に毛が生えているようなシロンは、弱い心に負けてしまったシャアとは違う。

 

「(貴様ほど急ぎすぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいない。だから、世界に人の心の光を見みせなけりゃならないのニャろう? 子供たちが持っている可能性という光を!)」

 

 先の事件を経て大切な人を想う心の大切さを強く感じたシロンたちは、次世代を担うヴィヴィオとアルマに心の強さについて教えることにした。強大な力を持ったロストロギアに溢れているこの世界を守っていくには、その誘惑に飲み込まれない強い心が必要なのだということを伝えるために。

 

「(……な~んて、長々と力説してきたけど、ほとんどは単なる建前ニャ!)」

 

 本音を言えば、この世界でガンダムファイトっぽい格闘技を広めようと企てているだけだったりする。あんな物理法則を超えた技を使いこなすには、人間離れした強き心が必要だからだ。

 

「(じきに流派東方不敗を習得するヴィヴィオたちと対等に戦えるライバルが必要だからニャ)」

 

 実に恐ろしい計画である。

 チートな才能を持った彼も所詮はガンダムオタクな猫妖精でしかないので、法律の許容できる範囲で実現できそうな欲望には抗えなかった。ようするに、ガンプラ好きな少年が実物大のガンダムを作ってみたいと思うような感じである。

 しかし、その野望はあっさりとなのはたちに知られることになり、あっという間に潰されることになるのだった。それでも、ヴィヴィオのマスターアジア化は止められなかったのだが、それはまだまだ先の話なので、今は多くを語るまい……。

 何にしても、負の感情に打ち勝つ心の強さは何事においても必要なので、優先して教えるべきことなのは間違いない。ということで、話はこのまま進めることにする。

 

「つまり、君たちの希望を叶えるという事は、心を鍛えることに他ならないのだよ! それはわかるな、2人とも!」

「「うんっ!!」」

「いい返事だ。ならば、後は君たちの意志次第だな」

「私たちの意思次第……」

「2人はまだ8歳だから、今すぐ決める必要は無いニャ。でも、すぐに格闘技を始めるというのなら……自分の心と真剣に立ち向かわなければならないニャ! 人と競い合う真の意味を理解し、負の感情を乗り越える覚悟が必要だからニャ!!」

 

 シロンたちの話を聞いて2人は大いに悩んだ。スポーツとはいえ人を傷つける行為を中途半端な覚悟で始めるわけにはいかない。シロンたちが一生懸命用意してくれた技術を適当な心構えで学ぶわけにはいかない。

 ならば、自分たちはどうするべきか。

 ヴィヴィオは、大好きななのはママを助けてあげられる力を手に入れたいと思って、格闘技を始めようとした。アルマは、過酷な運命を背負わされているヴィヴィオを支えて一緒に頑張りたいと思ったから、必要となる力を手に入れると決めた。

 動機としてはまったく問題は無い。後は、先ほど聞かされた覚悟を持てるかどうかだ。

 もし実際に始めれば痛い思いをたくさんするだろうし、悔しい気持ちも一杯味わうことになるだろう。もしかすると、途中で心が変わって止めてしまうかもしれない。

 でも、今は……やりたい。2人で一緒に行けるところまでやってみたい。

 だったら、自分たちの答えは――

 

「「格闘技を学びたい! 2人で一緒に強くなりたいですっ!!」」

「よく言ったぁぁぁぁ!! それでこそ我が弟子ぞぉぉぉぉ―――!!!!!」

「って、なにドサクサに紛れて弟子奪おうとしてんだよ!? ヴィヴィオたちはあたしの弟子だぞ!? なぁそうだろ? 2人はストライクアーツを習いたいんだもんなー?」

 

 いきなりの急展開に驚いたアルフは慌てて聞いてみた。しかし、当初の予想に反して子供たちの反応は芳しくない。

 

「ごめんなさいアルフお姉ちゃん。私、流派東方不敗を習ってみたくなっちゃった!」

「私も、ヴィヴィオちゃんと一緒に明鏡止水モードを極めるんだー!」

「ボクもボクも! 3人で金ピカになって目立ちまくるぞー!」

「な、なんですとぉ―――!!?」

 

 先ほどシロンたちがおこなった演舞という名のデモンストレーションに感化されてしまったヴィヴィオたちは、あっという間に鞍替えしてしまった。実を言うと、これがシロンたちの狙いだったのである。お祭りごとが大好きな彼らは自分たちも参加したかったのだ。これから始まる新しい物語に。

 

「チクショー! ヴィヴィオに教えるのを楽しみにしてたのにぃ!!」

「だぁぁからお前はアホなのだぁぁっ!! 物事はそう簡単にはいかんということを、この我輩が身をもって教えてくれるわぁぁっ!! うわーっはっはっは! ざまぁみろぉぉぉぉ!!」

「何と言うか、やはりシロンが絡むと一筋縄ではいかないな……」

「でも、彼と一緒にいるとすごく楽しい。そうですよね、ザフィーラさん?」

「ああ、その通りだ」

 

 最初は呆れ気味だったザフィーラだが、ユーリの綺麗な笑顔を見ているうちに大切な事実を見出していた。彼がいたからこそ今がある、このドタバタ騒ぎこそが幸せの証なのだと。

 

「って、良い話だったように終わらせようとすんなー!!」




とうとうあと1話まで来ました。
よくやったな、俺!
ありがとう、俺!

引き続き、ご意見、ご感想をお待ちしております。


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最終話 王たちよ永遠なれ! 希望の未来へレディ・ゴーッ!!【ViVid2】

ガンダムと美少女と猫を愛する読者の諸君!
シロンたちの物語もついに最後を迎えるときが来た。
見せてあげようか、この作品の最終話とやらを!


 仲間を集めて道場のお披露目パーティを盛大におこなった翌日、子供たちは早速修行を始めて早朝ランニングをしていた。参加メンバーはシロン、セフィ、ヴィヴィオ、アルマ、ユーリ、それにマテリアル娘たちだ。

 他の大人組は、昨晩のパーティで飲みすぎた上に今日も出勤しなければならないので不参加となっている。お酒を飲んでいないお子様連中も仕事に行かなければならず、パーティで就寝時間が遅くなった今回は睡眠を優先させた。

 実を言うとシロンもこの後ジオニック社に出勤するのだが、昨晩のパーティでアルコール度数96度のスピ○タスを一瓶丸ごと一気飲みしたのにも関わらず早朝から爆走していた。なんというタフネス、バイタリティー。良い子のみんなは決してマネをしてはいけない事だが、流派東方不敗を修めし者ならこのぐらいでへばるわけにはいかない。

 何といっても、今日から彼は指導者になるのだから。

 

 

「いいか、子供たち! ランニングはすべての基本ニャ! 矢吹ジョーも丹下段平と共に地道な努力を重ねたおかげで、真っ白に燃え尽きられるほど全力全開の戦いができたのだからニャ!」

「「はい、師匠!」」

「ボクも分かったよ! 最後のたとえはよく分からないけど!」

 

 猫形態のシロンは、マスターアジアのように腕を組みつつ上半身を微動だにさせない独特の走り方をしながら指導する。見た目はかなり異様だが、晴れてシロンの弟子となったヴィヴィオ、アルマ、レヴィの3人は真剣な様子で彼の言葉に従う。

 シロン以外の少女たちは半袖シャツとスパッツという王道スタイルで、早朝のクラナガンを軽快な足取りで走り抜ける。

 流派東方不敗を習うと言っても、彼女たちはドモンやシロンのように丈夫ではないため、まずはごく一般的な訓練から始めることにした。

 全身の筋肉をバランスよく使うランニングは子供でも無理なくこなせるもっとも効果的な運動であり、身体強化の魔法も併用する事で魔力コントロールまで鍛えられる一石二鳥の特訓となる。つまり、魔導師ファイターを目指す者ならば、日課とすべき運動なのだ。

 

「よーし、もう少しスピードを上げるよ、クリス!」

「!(ぴょこっ)」

 

 調子の上がってきたヴィヴィオは、彼女の斜め上に浮いている【うさぎのぬいぐるみ】に話しかけた。そして、本来なら動かないはずのソレは、彼女の言葉を理解したように片手を挙げた。

 このうさぎのぬいぐるみは、もちろんただのオモチャではない。ヴィヴィオのために作られた専用デバイス【キング・オブ・セイクリッド・ハート】だ。

 因みに、クリスという愛称はヴィヴィオ自身がつけたものだが、元の名前はシロンが命名した。もちろん、面白がってGガンダムネタを使っただけではない。レイジングハートと聖王を合わせることで親子のつながりを感じられるようにした、とても優しい名前なのだ。

 

「調子はどう、クリス? 私とのリンクに問題は無い?」

「!!(ぐっ)」

 

 ヴィヴィオの問いかけに親指(?)を立てて意思表示するクリス。【ぬいぐるみの妖精】というとってもファンシーな設定で作ったため言葉は喋らないが、表情はとても豊かで可愛らしい。

 

「ふふっ、昨日会ったばかりなのに、2人はすっごく仲良しだね~」

「うん! なのはママがプレゼントしてくれた、とっても大切な相棒だもん。ねー?」

「!(こくこくっ)」

 

 アルマの言うように、2人の信頼は既に出来上がっているように見える。とっても可愛らしいクリスは、たった一晩でヴィヴィオの心を射止めてしまったようだ。そんな彼(?)が生まれたのは、娘を思うなのはの親心があればこそだった。

 

 

 2週間前、格闘技をするというヴィヴィオの意思を確認したなのはは、彼女のためにデバイスを用意する決意を固めた。フェイトと相談した後にシロンと話して製作を頼むことにしたのだ。当然ながらシロンとしても断る理由など無く……というか、こうなることを望んでいたため、彼女の要望に快く応じた。

 そして数日後、なのはとフェイトの休日に合わせて例のELFを見せたシロンは、その力を危険視する2人を言葉巧みに篭絡してしまう。「これが使えるようになれば、ヴィヴィオの活躍がたくさん見られるぞ」と魅力的な言葉をささやくことで……。

 

「あえて言おう! 子供が活躍する光景を望むのは親として当然のことであり、そのために全力で協力することもまた然りであると! ならば、自身の心を偽る必要など無いではないか。そうだろう、2人とも!」

「「…………そうだね、その通りだよ、シロン!」」

 

 そんな感じで2人の親心を的確に突き、ELFの使用を認めさせたのだった。

 

「どっちにしろアルマには渡すことになってたから、結局同じ結果になってただろうけどニャ」

「知らぬが仏ですね」

 

 何はともあれ、こうして製作が決定したヴィヴィオ専用デバイスだが、前述の通り、頼まれる前から基本的な部分は完成していた。シロンをメインに、プレシアとアリシア、そして、シロンの技術力に惚れこんでソレスタルビーイングに仲間入りした【マリエル・アテンザ】の4人で、ELS型ナノマシンを初めて実装した新型デバイスを作り上げていたのである。

 しかし、小さい子供にプレゼントするには一つ問題があった。このデバイスの待機状態は虹色に光るクリスタル状でとても綺麗なのだが、子供が持ち歩くには目立ちすぎるし、何となく味気なかった。

 そこで、何かを思いついたアリシアがとある提案をしてきた。

 

「ねぇ、シロンちゃん。せっかくのプレゼントなんだから、もうひと工夫しようよ!」

「ふむ、なにか良いアイデアがあるようだね、アリシア君?」

「ふっふっふ~、ここは私に任せてちょーだい!」

 

 そう言って自信満々に発表されたアリシアのアイデアは満場一致で採用され、ヴィヴィオが好きなうさぎのぬいぐるみを外装にしてあげることになった。

 

 

 以上のような流れでクリスは完成し、昨日のパーティでなのはの手からヴィヴィオに送られて現在に至っている。

 そして、ヴィヴィオの親友であるアルマもまた、リニスから送られた相棒を同伴していた。

 

「さすがヴィヴィオちゃん! 私たちも負けてられないね、ワカモトさん!」

「おうともよ! 尻の青い嬢ちゃんたちに、我らの友情パゥワァーを見せつけてやるとしよう! ぶるぁぁぁぁぁ!!!」

「朝からやかましいな、オイ!」

 

 静かな早朝の住宅街に響き渡る若本ボイスにシロンがツッコミを入れる。

 アルマの相棒は妙に男らしい声をしているが、見た目とまったく合っていなかった。ぶっちゃけると、あずまんが大王に出てくる猫(?)のぬいぐるみ【ちよ父】である。こいつこそが、アルマ専用デバイス【クイーン・ザ・ブレイヴ・スペード】――ワカモトさんだ。

 以前、猫召喚で本物が来た時にアルマが気に入り、リニスにおねだりして作ってもらったぬいぐるみを外装として使わせてもらった。その際にアレの性格も正確に再現したつもりだったのだが、どうもそれは失敗だったらしく、シロンの好きな若本キャラが色々と混じっていた。

 

「こんな時間にブリタァァァァニアな声出してんじゃねーよ、ご近所迷惑ニャろ?」

「それじゃあ何か? お前はこのダンディな俺様に「ハローエブリニャン!」とプリチーな挨拶をして回れと言うのかね? 動物(使い魔)にも一定の市民権が与えられているこの法治国家でぇ、かような横暴が許されるとぉ、本気で思っておるのかぁぁぁぁ!?」

「一体誰だよ、こいつをこんな性格にしたヤツは!?」

「あなた自身ですよ、マスター」

 

 呆れた表情でセフィが答える。

 確かに、シロンがツッコミを入れるくらい変なヤツになってしまったものの、性能のほうはクリスと同等でとても優秀だ。中距離~近接戦が得意なアルマに合わせて作られており、剣術と射撃の両方が可能なCNソードⅤを発展させた銃剣タイプのハイブリッド・インテリジェント型デバイスとなっている。リニスと同じ電気資質で中距離から複数の短剣型誘導弾を使いながら、グラハム譲りの剣術で近接戦を有利に進める万能タイプだ。

 しかも、6年前に対ELS戦で発生させたクアンタムバーストの影響を受けてイノベイターに覚醒しつつあるため、ELFの使用も可能となっている。

 その身に秘めたる可能性は元聖王のヴィヴィオと比べてもまったく引けを取っておらず、将来がとても楽しみな逸材だ。

 しかし、かなり特殊な父親の影響を受けているせいか、見た目からは想像できないような独特過ぎる感性を持っていた。

 

「えへへ~、やっぱりワカモトさんは可愛いな~。ハローエブリニャンって、もう一回言ってみて~?」

「ああいいともぉ! 麗しき我が主のご要望とあらばぁ、何なりとお応えしてみせよぉ~う!」

「……まぁ、いっか」

 

 マスターが気に入っているのならしょうがない。

 というわけで、風変わりなメンバーも交えて特訓を続けるシロン一味。

 そんな中、これまでにこやかに子供たちを眺めていたユーリがディアーチェに語りかけた。

 

「どうですか、ディアーチェ? 参加してみて良かったでしょう?」

「そうさなぁ、最初は面倒なことだと思っておったが、なかなかどうして、いざ始めてみれば意外に心地よいではないか」

「そうですね、正しい生活を送れば正しい精神が宿るということなのでしょう」

「遠まわしに我のことをけなしているようにも聞こえるが、確かにそうかもしれんな」

「うむ、実に健康的でよろしいことだ。その証拠に、君たちのパイオツも元気に揺れているニャ!」

 

 シロンは、一緒に走っているユーリとマテリアル娘たちの胸元を見てイイ笑顔を浮かべる。スポーツブラをしていても、程よく育った彼女たちの胸は柔らかそうに揺れているのだ。

 言葉だけ聞くと好意を抱ける要素など欠片も無いが、それでも少女たちは優しく微笑む。

 

「ふふ、シロンはいつでも胸に興味がいくのですね」

「逆に喜ばしいことではないか。我らに魅力を感じておられるのだからな」

 

 そう言うとディアーチェは、となりで十傑集走りをしているシロンを抱き上げて、小さい彼の体を自分の胸に押し付けた。

 

「さぁ主様、我の美乳を存分に味わうがよい!」

「にょほほ~! 朝からナイスダブルオー!!」

 

 突然発生したラッキーイベントにシロンは歓喜する。

 おかしなものだ。これではまるで、お色気アニメの主人公ではないか。この期に及んで道化を演じろというのか。シャアのように? ……それもいい。人がそう望むなら、私はエロいシャアになろう。エロい彗星の誕生、響きは悪くない。パイオツ大好きな私には似合いの響きだ!

 柔らかい胸に包まれたシロンは、モノローグでフル・フロンタルのモノマネをしながら至福の時を堪能する。しかし、オイシイ展開は一瞬だけだった。そういったハーレム系主人公は大抵すぐに不幸な目にあうもので、彼もまた例外ではなかった。

 

「あー、ディアーチェだけずるいです!」

「そうですね。私もシロンと合体したいです」

「合体ですと!?」

「ええい、紛らわしい言い方は止めんか!」

「でもでも、王様ばっかり抱っこしてずるいぞー!」

「って、おいコラッ、お前ら、なにをするかぁ―――!!?」

 

 幸せそうなディアーチェを見て羨ましくなったユーリたちはシロンを争奪しようと襲いかかってきた。力の強いレヴィがシロンの両腕を掴んでディアーチェの腕からするりと引っこ抜くと、彼女は慌ててしっぽを掴み、その争奪戦に後から加わったユーリとシュテルが彼の足を片方ずつ手に取った。

 

「ぐおぉぉぉぉ―――!!? 腕が、しっぽが、お股が裂けるぅぅぅぅ―――!!」

 

 やはりアクシデントが起きてしまった。幸せと不幸というものは等価交換なのだろうか。

 

「またやってるね~」

「うん、そうだね~」

 

 子供たちも慣れたもので、休憩を兼ねてシロンたちのバカ騒ぎを生暖かく見守る。

 しかし、その隙を突くようにとんでもない事件が起こった。なんと、2人の近くで浮遊していたクリスとワカモトさんが、急に現れたマジックハンドに掴まれてそのまま連れ去られてしまったのである。

 

「!?(わたわた)」

「ぬおぅ!?」

「あっ!?」

「クリスとワカモトさんがー!?」

 

 予想もしていなかった急展開に驚いた子供たちは、とにかくマジックハンドの出所に視線を向けた。するとそこには、額に小判をくっつけた猫っぽい生き物がいた。

 

「やったニャー! 新種のポケモン、ゲットだニャー!!」

 

 背中に古風な形のマジックハンドメカを背負ったソイツは、人の言葉を喋って喜びを表した。

 ほとんどの方はもうお分かりだろうが、この猫はロケット団に所属している【ニャース】である。今日初めて猫召喚でやって来た彼は、事情が分からずに辺りを彷徨っていたのだが、たまたまクリスたちを見つけた途端に、ついいつもの行動を取ってしまった。珍しいポケモンや強いポケモンを集めるという本来の目的を。ようするに、この状況は勘違いによる不幸な事故だった。

 とはいえ、事情を知らないヴィヴィオたちにとっては大問題だ。

 

「「シロンお兄ちゃーん、大変だよー!」」

「おほぉ――!! 今はこっちもちょー大変なんデスけどーって、アイツはもしかして、あのニャースじゃニャーか!?」

「ニャんと!? この世界にニャーのことを知ってるヤツがいたのかニャ!?」

 

 お互いにニャーニャー言いながら驚く。

 特に、これまで寂しい思いをしていたニャースは涙を浮かべるほど嬉しかったが、自分を知っている者がいるのなら、今度は別の意味で警戒しなければならない。これでも彼は、悪の組織の一員なのだ。そんなわけで、長居は無用だった。

 

「いつもなら、お約束の名乗りを上げたいところニャが、ムサシとコジロウがいない今は逃げるが勝ちニャー!」

「ちぃ、流石はニャース! 並みの人間より頭がいいぜ!」

 

 あまりにも鮮やかな引き際に思わず関心してしまうが、同じ猫としてこのまま好き勝手にはさせない。ここはやはり、相手に合わせてポケモンバトルで勝負だ。

 シロンは、ユーリたちがいるほうに顔を向けてしばらくじっとした後に、電気タイプの彼女を呼んだ。

 

「レヴィチュー! 君に決めた!」

「レヴィチュー!」

「ニャにぃ!? もしかして、ピカチューの新種なのかニャー!? って、ただのジャリガールじゃニャーか!」

 

 以前、シロンの出身世界でアニメのポケモンを見ていたレヴィは、喜んで話に乗って来た。そんな彼女のモノマネに釣られて逃げようとしていたニャースも足を止めたが、いざ見てみたら人間だったので急速に興味を失う。

 それでも、バトルは既に始まっている!

 

「行け、レヴィチュー! 10万ボルトだ!」

「レ~ヴィ~チュ――――――――――――ッ!!!!!」

 

 ノリの良いレヴィはピカチュウっぽく電撃魔法を使った。しかし、対戦相手のニャースは一目散に逃げ出して着弾地点にいなかった。

 実を言うと、バトルは始まってもいなかった!

 

「なんでぇ!?」

「なんでって、ニャーたちが欲しいのはジャリボーイのピカチューなのニャ。てなわけで、レヴィチューなんてニセモンなんかノーサンキューなのニャ~!」

「ガビーンッ!? ボクはいらない子だったのかー!!」

 

 相手にされなかったレヴィが大げさにショックを受けている間にニャースは逃走を図る。ここに来るまでに作ったらしい自動走行型スケボーを地面に置くと、それに乗ってさっさと先に行ってしまった。お前はコナンかとツッコミを入れている隙も無い早業だ。

 

「あーん、逃げられちゃうよー!?」

「急いで追いかけなきゃ!」

 

 慌てた子供たちは、ヒザをついて落ち込んでいるレヴィを気にしつつもニャースを追いかけて行く。レヴィには申し訳ないけど、今は相棒を取り戻すことが先だ。その後でアイスでもおごってあげて機嫌を直してもらおう。

 子供っぽいレヴィは、さりげなく同年代扱いされていた。

 だが、紫天の書の一部として数百年以上も存在し続けている彼女は、当然ながらただのアホの子ではない。遠ざかっていく2人を後ろから見ていたレヴィは、ゆっくりと起き上がるとシロンに話しかけた。

 

「ふっ、どうだいシロン、水樹奈々も真っ青なボクの演技力は?」

「ああ、主演女優賞ものだと言わせてもらおう!」

 

 そう言ってシロンとレヴィは拳をくっつけ合う。

 実は、これまでの行動はすべて念話で打ち合わせをした結果だった。わざとニャースを逃がして子供たちに経験を積ませようとしたのだ。

 残念なことだが、この世界には貴重なデバイスを奪おうとするロケット団のような犯罪者が存在するので、この機会を今後の戒めとして利用することにしたわけだ。相手がニャースなら大きな危険も無いと知っているがゆえの判断でもある。

 もちろんユーリたちにも事情を伝えており、納得したからこそまったく動かなかった。確かに、経験に勝る教訓はないからだ。とはいえ、ひとつだけ気になることがある。

 

「ねぇ、シロン。ニャースさんがあのまま元の世界に戻ってしまったら、クリスたちまで連れて行かれちゃうんじゃないですか?」

「あ~それは大丈夫ニャ。猫召喚で来た奴らは、この世界の物を持っていけないから」

 

 猫召喚には様々なセーフティ機能があり、お互いの持ち物を持っていくことも置いていくこともできないようになっている。

 それに、猫召喚の有効時間は1日だけなので、待っていれば自然に開放されるし、ニャースなら手荒なまねはしないだろうから安心だ。

 

「でも、私たちの元に戻ってくる前に別の人間に捕獲されたり、予期せぬ事故が生じて壊れてしまったらまずいのでは?」

「……」

 

 シュテルの指摘で、ちょっとばかり安全対策に問題があることが発覚した。

 

「まぁ、クリスたちの位置は我輩の脳量子波で確実に感知できるから、とりあえず後を追ってみるかニャ~?」

「考えていませんでしたね」

「考えておらなんだな」

 

 セフィとディアーチェからジト目で見つめられるも、ピュ~と口笛を吹きながら誤魔化すシロン。ギャグキャラのクセにかっこつけるとこういう目にあうという典型的なパターンであった。

 何はともあれ、失敗を認識したシロンたちは、ようやく子供らの後を追いかけ始めた。

 このちょっとした遅れが、ヴィヴィオとアルマに運命的な出会いを与える事になるとは、流石のシロンでも予想できなかった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 一方、先行しているニャースは、後ろから追いかけてくるヴィヴィオたちに手を焼いていた。魔法で身体強化しているのでやたらと早く、予想に反して振り切れないのだ。10年以上の長きにわたり敵対しているサトシもかなり人間離れしているが、足の速さに関しては彼女たちのほうが上のようだ。

 

「待て――!!」

「デバイスどろぼー!!」

「ええい、しつこいジャリガールたちニャ!!」

 

 コナン風の自動走行型スケボーはかなりの速度が出ているのに、ここまで追い詰められるとは。ええい、ミッドチルダの子供たちは化け物か?

 これまでに得た情報からすると、この世界にいる人間は「まほう」とかいう能力が使えるらしいが、後ろにいる少女たちもそうなのかもしれない。

 

「人間がポケモンみたいな技を使えるなんて、ホントに恐ろしい所ニャ……。でも、お前たちはやけに大人しいニャ~?」

 

 ニャースは、マジックハンドに掴まれたままのクリスとワカモトさんに向けて話しかけた。このマジックハンドにはいつものように電撃対策が施されているので、こいつらが攻撃しようとしてもそれなりに対抗できるが、意外なことにほとんど抵抗する気配がない。

 それはなぜか。もしかして、こちらのポケモンはものすごく弱いのだろうか?

 

「ふんっ、どうやら貴様は我らのことを見くびっておるようだがぁ、まったくもって笑止千万であ―――るるるるるぅ!!」

「ニャに!? ど、どういうことニャ!?」

「分からぬのなら教えてやろう! 当然、我らの力をもってすればぁ、貴様ごとき小物をぶっ飛ばすことなど容易であるぅ。だがしかぁーし! 私たちデバイスはぁ……主の指示が無いとなにもできんのだぁぁぁぁ!」

「!(がっくり)」

「あ~、なるほどニャ。ゲットされたポケモンの悲しい宿命(さだめ)なのニャ……」

 

 ニャースの勘違いはともかく、主の指示が無いと技を出せない点はポケモンと同じだ。

 インテリジェントデバイスは、主を守護する必要がある場合は魔法を自動起動できるが、基本的には管理局の定めた安全基準にのっとり、主の指示がないと魔法を使えないようになっている。今はヴィヴィオたちが慌てているため、防御魔法を使わせれば脱出できることを思いつけないだけだ。

これこそ、経験不足ゆえの過ちだった。

 

「それニャらば、今の内に振り切るニャ!」

 

 今を好機と見たニャースは、細かく角を曲がることでヴィヴィオたちの視界から姿を消すことに成功した。一時的とはいえ、これを繰り返していけばそのうち逃げ切れるはずだ。

 

「あれっ、いない!?」

「このままじゃ逃げられちゃう!?」

 

 目標が見えなくなり始めたせいで、2人は更に焦りだした。主とデバイスは魔法的にリンクしているので離れていても大体の位置が分かるのだが、それにも限界距離がある。もしそれを超えられてしまったら、探し出すのは非常に困難となってしまうだろう。更に、特殊な結界や素材で包まれてしまったら脳量子波でもお手上げだ。

 もし、あの猫がそのようなものを用意していたら、クリスたちとはもう二度と会えなくなってしまう。

 

「そんなの嫌だよぉ……」

「わ、私だってぇ……」

 

 まだ幼い2人は、悲しい未来を想像して半べそになってしまった。

 このままクリスたちと離れ離れになってしまうのか。そう思いかけたところで、ヴィヴィオたちを助けてくれる救世主が現れる。彼女たちと同じようにランニングをしていたオッドアイの少女【アインハルト・ストラトス】が偶然近くを通りかかり、騒ぎを聞きつけて助けに入ってくれたのだ。

 今より数分前、「泥棒」という声で異変に気づいたアインハルトは、こっそりとヴィヴィオらの後をつけながら状況を確かめて事情を察した。あの変な猫(?)は、子供たちからデバイスを奪った極悪非道な泥棒なのだと。

 ならば、このまま見過ごすわけにはいかない。俊敏な動作で家々の隙間を駆け抜け、一瞬のうちに先回りしたアインハルトは、堂々とした様子でニャースの前に立ちはだかった。

 

「ここから先は通しません!!」

「ニャんだと!?」

 

 10歳ぐらいの可憐な少女が、猛スピードで進むニャースの前に突然現れた。碧銀の長髪に、右が紫、左が青の虹彩異色の瞳。明らかに只者ではない美少女が、見たこともない格闘術の構えを取って待ち構えている。

 その様子を見たニャースは嫌な予感がしたが、彼の運命はもう既に決まっていた。

 

「……いきます!」

 

 小さい声で名乗りを上げたアインハルトは、高速で接近してくるニャースに向けて走り出した。魔法で身体強化された彼女はヴィヴィオたちよりも早く駆け抜け、ニャースと正面からすれ違った瞬間に鮮やかな攻撃をきめた。小さいジャンプでニャースの頭上を飛び越えながら、魔力を込めた回転蹴りをきめ、2本のマジックハンドを瞬時に切り裂いてみせたのだ。

 

「ニャんとぉ―――!?」

「人の物を盗むなど、【覇王】を受け継ぐこの私が決して許しません!」

 

 唐突に中二病みたいなことを言い出したアインハルトは、鮮やかな動作で反転すると、追撃するために再び向かってきた。どうやら次の一撃で決着をつける気らしい。

 彼女の右手に集まる渦状のエネルギーで状況を察したニャースは必死に逃げようとするが、当然のように間に合わず、彼女の必殺技をもろに食らってしまう。

 それは、最近になってようやく使えるようになった【覇王流(カイザーアーツ)】が奥義のひとつであった。

 

「覇王・断・空・拳!!!!!」

「ギニャ――――――!!? 異世界に来ても、やな感じ――――――!!」

 

 彼女の必殺技はニャースの乗っていたスケボーに直撃して爆発した。そして、お約束通り空高くぶっ飛ばされた彼は、キラーンと輝くお星様となってこの世界から消え去った。

 まさに完全勝利である。

 しかし、その光景を目撃したアインハルトは、一瞬ポカンとした後に顔を青ざめさせた。

 先ほどの一撃はかなり手加減したもので爆発自体もそれほど大きくなかったのに、ニャースに備わっているギャグテイストな【お約束】が発動してこの世界の物理法則を捻じ曲げてしまった。それが、アインハルトの目の前で起きた惨劇の原因だ。

 ニャースのいる世界ではわりと問題ない(?)出来事なのだが、この世界の生物があれほどぶっ飛ばされたら、助かる見込みはほぼ無い。つまり、アインハルトの中では、自分の攻撃であの猫を死なせてしまったという認識になっていた。

 

「な、なんでこんなことに……」

 

 アインハルトは最悪の事態を想像して恐怖した。

 猫召喚でやって来た猫たちは影分身みたいなものなので、たとえ宝具で攻撃されたとしても別の世界にいる本人は平気へっちゃらなのだが、そんな裏事情など知る由も無いアインハルトはブルブルと震えだしてしまう。

 もしかして私は、とんでもないことをしてしまったのでは……。

 

「なぁに心配は無用だよぉ、勇ましいお嬢さぁん」

「ひぅっ!!?」

 

 急に耳元から聞こえてきたオジサン声にアインハルトは驚いた。慌てて顔を向けると、オレンジ色の変なぬいぐるみが空中に浮いている。彼女に助けてもらったワカモトさんが、事情を察して慰めようとしているのだ。もちろんクリスも彼女に感謝しており、目の前に飛んできてぺこぺこお礼をしている。

 

「あ、あの、私は……」

「どうやら君はぁ、あの泥棒猫の安否を気にしているようだがぁ、あいつは無事だよぉ」

「えっ、本当ですか!?」

「ああ……あいつは空に浮かぶお星様となってぇ、遠い世界へと旅立ったのさぁ」

「それって全然大丈夫じゃありませんよね!?」

 

 ワカモトさんの説明は間違ってはいなかったが、意味は正しく伝わらなかった。

 

「そ、そんな……私はなんてことをしてしまったの……」

 

 未熟な自分は、新しい力を手に入れて調子に乗った結果……あの猫(?)を殺めてしまった。状況からそう思い込んでしまったアインハルトはショックを受けて、とうとう泣き出してしまう。

 とある事情により最強を目指していた彼女でも、こんな最悪の結末には耐えられなかった。

 

「う、うぅ……」

 

 静かに流れる少女の涙。その美しくも悲しい雫を見たワカモトさんは自分の失敗を悟り、冷や汗をダラダラと流しながら説明し直した。

 

「ままま、まぁそのなんだ、もっと正確に言うとぉ、さっきのヤツは分身の術ぅみたいなモンだからぁ、本人は無事なんだよねぇ。そこんところ分かってくれるかなぁ、お嬢さぁん?」

「ぐすっ……本当でしゅかぁ?」

「無論だぁ。私は嘘つかなぁ~い! この純粋かつラブリーな瞳を見ればぁ、信じてもらえるっしょい?」

 

 そう言って無表情かつ不気味な顔を見せつけてくるが、どう見ても怪しい目つきなワカモトさんでは説得力など皆無だった。しかし、とても可愛らしいクリスも懸命にうなずいているので、アインハルトは信じてみることにした。

 

「……すみません、勝手に勘違いして泣いてしまうなんて……私もまだまだ未熟者です」

「なぁに、子供の涙は成長の証だからぁ、何も気に病むことはないさぁ。私のように涙の枯れ果てた大人など気にせずぅ、た~んと泣くがいい~、心優しき若人よぉ」

「……はい、おじさま」

 

 なんかよく分からないけどダンディな声で励まされたので、アインハルトは自然と目上の人に言うような返事をした。

 この妙に人間臭いオレンジ色のぬいぐるみは本当にデバイスなのか。詳細は分からないけど、思いやりのあるAIだということは間違い無さそうだ。

 なんて思った矢先に事態は急変した。おかしなやり取りをしているうちにようやく追いついたアルマに気づいたワカモトさんが、彼女に向かって飛んでいったのだ……思いっきり泣き叫びながら。

 

「ワカモトさ―――ん!」

「うわーん、我が主ぃ―――!! ボクちゃん、とっても怖かったよぉ―――ん!!」

「ええ――――!!?」

 

 さっきは涙が枯れ果てたとか言ってたのに普通に泣いてる。どうやら、先ほどの発言はやせ我慢をしていただけらしい。紳士なのか子供なのか、どうにもつかみどころのないAIである。

 

「はぁ……」

 

 ちょっと前までのシリアス感は、一体どこにいってしまったのだろう。何だか狐につままれたような気分に陥ってしまうが……それでも、これで良かったのだとアインハルトは思う。

 その証拠に、ヴィヴィオとクリスも感動の再会を果たして喜びあっている。

 

「クリス!!」

「!!(ぱたぱた)」

 

 こちらのコンビは両方とも可愛らしいのでとても心が安らぐ。いや、訳の分からないワカモトさんはともかく、彼を想うアルマの姿もまた見ていて気分が良くなる。

 そんな2人の様子に、アインハルトの心は癒された。彼女は今、先祖返りで得てしまった【覇王の記憶】に苦しんでいるのだ。

 大切な人を守れなかった青年王が残していった無念の想いは時を超えて覚醒し、子孫である彼女をとある目的に駆り立てていた。誰にも負けず、奪われることのない【最強】を目指せと。

 

『私はまだまだ最強じゃない。だけど……』

 

 この力で守れるものがある。

 予想外の出来事が起こって自分の弱さを再確認させられたりもしたが、今は満足感に満たされていた。

 

『あなたの強い想いのおかげで、この子たちの笑顔は守れましたよ……イングヴァルト』

 

 アインハルトは、自分の先祖である【クラウス・G・S・イングヴァルト】の記憶に語りかける。自分は、彼の作った覇王流で、助けたいと思った者たちを守ることができたのだと。

 そう実感した途端にアインハルト自身も嬉しくなって、思わず笑みを浮かべそうになる。しかし、彼女はそっと目を閉じ、自然と湧き上がってくる感情を無理やり押し込めた。

 今はまだダメだ。【今度は絶対に守り抜くと誓えるほど強くなる】……その願いが叶うまで、私は笑ってはいけないんだ。この程度のことで足踏みしていては、最強になることなどできないのだから。

 

「……」

「あの、お姉さん」

「!?」

 

 目を瞑っている間に話しかけられてたアインハルトは、素で驚いてしまった。

 まったく情けない……人前でこんな隙を見せてしまうだなんて、今日の自分はどうかしている。そう思いながらも、声をかけてきたヴィヴィオたちに向き直る。

 

「……なんですか?」

「えっと……お姉さん、クリスとワカモトさんを助けてくれて、どうもありがとうございました!」

「ありがと~なの~!」

「私からもぉ、お礼を言わせてもらいますぅ~。サンキューベリーニャッチ!」

「!!(ぺこり)」

 

 ヴィヴィオとアルマは、一生懸命に感謝を表しながらお辞儀した。主の元に戻ったクリスとワカモトさんも彼女たちのとなりで一緒に頭を下げている。お辞儀したワカモトさんが一瞬でっかい果物に見えて噴出しそうになったが、気持ちはちゃんと伝わっている。

 しかし、アインハルトとしてはみんなの気持ちを受け取ることはできなかった。クリスたちを助けたのは力を試したいという幼稚な邪念があっての結果であって、けっして褒められることではない。だから、こんな丁寧に感謝されては、逆に申し訳なくなってしまう。

 

「そうだ! もしよろしかったら後でお礼を……」

「い、いいえ! そこまでされるようなことはしていませんから!」

「いえいえ、お姉さんは十分すぎるほどの活躍を……?」

 

 やたらと遠慮するアインハルトと変なやり取りを始めたヴィヴィオは、この時初めて彼女の目に涙が浮かんでいることに気づいた。それと同時に、彼女の瞳が自分と同じオッドアイであることにも……。

 

『なんだろう、この感じ……』

 

 自分のものと色は違うが、不思議なシンパシーを感じる。とても綺麗なのに憂いを感じさせる神秘的な瞳に、ヴィヴィオはなぜか強い興味を抱いた。

 でも今は、もっと大事なことがある。

 

「お姉さん、もしかしてどこか怪我でもしたんですか?」

「えっ、なんでです?」

「だって、涙が出てるから……」

「……あっ!? こ、これは、その……なんでもありませんから、気にしないでくださーい!!」

「って、お姉さ――ん!?」

 

 自分の弱いところを人に見せたくなかったアインハルトは、ヴィヴィオの声を背中越しに聞きながらも逃げるように去っていった。残念ながら、ひどく慌てていた彼女のほうはヴィヴィオのオッドアイに気づけなかったため、【自分と因縁のある人物】だとは思いもしなかったのだ。

 もしこの時アインハルトが冷静だったら何かが変わっていたかもしれない。だが、今回は少しだけ間が悪かったようで、いくつもの偶然が重なった運命の邂逅は何も起こらずに終わった。

 いや、ヴィヴィオもアルマもアインハルトも少しだけ成長できた。

 ヴィヴィオとアルマは冷静さを欠いて上手く立ち回れず、アインハルトは自覚のない自惚れによって迂闊な行動を取ってしまった。どちらも心の弱さと経験不足が招いた結果であり、少女たちは自分の未熟さを思い知った。いずれにせよ、今回の出来事は3人にとって大きな教訓となり、今後の特訓に活かされることになるだろう。

 とはいえ、良いことばかりでもなくて、アインハルトに助けてもらった2人には心残りなことができてしまった。

 

「うぅ、名前も聞けなかったよ……」

「そうだねぇ。お友達になれたら、お礼に【ブシドー仮面】をプレゼントしようと思ってたのにな~」

「えっ!? それって昔、グラハムさんが使ってたとかいうアレのこと?」

「うん、あのお姉ちゃんに似合うと思ったんだけどね~」

「そ、そうかなぁ?」

 

 父親譲りの独特な感性をみせるアルマにヴィヴィオは苦笑する。しかし、当のアインハルトは、この2年後にいかしたバイザーをつけて野試合を挑むようになるのだから、アルマの先見性(?)は見事と言えるかもしれない。

 とはいえ、相手の名前すら分からないのではお礼以前の問題だろう。それどころか、もう一度会えるかどうかも難しいところだ。

 

「せっかく知り合えたのに、このままお別れになっちゃうのはとっても残念だなぁ……」

「大丈夫だよヴィヴィオちゃん。顔は覚えたから、後はどうとでもなるよ~、どうとでもね」

「何で2回言ったの、アルマちゃん!?」

 

 ちょっぴり黒い部分が出てしまったアルマに思わずつっこむ。

 確かに、あのお姉さんはこの近辺に住んでいる可能性が高く、探そうと思えばそれなりに方法もあるが、そんなことをすれば逆に迷惑をかけてしまうことになりかねない。お礼をしたいからといってそこまでするのは流石に非常識だろう。

 それにヴィヴィオはとある予感を抱いていた。わざわざ探さなくても、あのお姉さんとはまた出会えるような気がすると。

 

「あのオッドアイに気づいた時に、こう、ビビッと来たの!」

「なるほど、ヴィヴィオちゃんのハートは乙女チックなんだね~。因みに、私は乙女座だよ~」

「それはもう知ってるよ! っていうか、乙女座関係ないし!」

 

 父親同様、乙女座に強い思い入れがあるらしいアルマにつっこみを入れる。

 だけど、乙女か……さっきの優しそうなお姉さんにはピッタリの言葉かもしれない。でも、あの人について分かるのは表面的な印象ぐらいだけ。

 上手く言葉にできないけど、ヴィヴィオはアインハルトの事が気になって仕方がなかった。

 そうだ、もう一度出会えたら、今度はもっとお話しよう。あの悪い猫さんをデバイス無しで退治してくれたんだから、格闘技をやってるのかもしれないし……。きっと仲良くなれるはずだよね。

 

「(あのお姉さんとお友達かぁ……すごくいいかも!)」

「おお~! ヴィヴィオちゃんが恋する乙女のような目をしてる~!」

「ほほぅ、これが噂に聞くぅ【百合】というものかねぇ? もしくは、【嫁】と称するべきかぁ。いずれにしても、甘美な響きであ~るぅ」

「??(くいっ)」

 

 頬を赤く染めて楽しそうな想像をしているヴィヴィオを見て、各々が感想を述べる。クリスだけ意味が分かっていないようで小首を傾げているが、アルマとワカモトさんはアリシアが愛読している少女マンガを見せてもらっているため、そこそこの知識を持っていた。

 だからこそ私たちには分かる……あの目は恋しちゃってる目であると!

 

「我が主よぉ、ここはやはりぃ、我らが一肌脱ぐべき時ではないかねぇ?」

「うん、そうだね! ヴィヴィオちゃんの恋を応援するために、あのお姉ちゃんを何とか見つけて家までストーキン「なんてしちゃダメです!! っていうか、恋ってなに!?」

 

 こっそり進行しようとしていたアルマたちによるアブナイ計画に気づいたヴィヴィオは、慌てて止めに入った。

 危ない危ない、この子は時々おちゃめ(?)な行動をするから、私が気をつけてあげなきゃ。アルマのお姉さん的ポジションにいると自負しているヴィヴィオは、勝手に使命感を抱いてうんうんとうなずく。

 そんなタイミングで、ようやくシロンたちが追いついてきた。十字路の角から姿を現した彼は無駄に見事なジャンプをかまして2人の前に着地する。

 

「とうっ!」

「あっ、シロンお兄ちゃん!」

「うむ、我が愛弟子たちよ。どうやら無事にデバイスを取り戻すことができたようだな。このシロン・ガンニャールヴルが褒めてやろう!」

 

 近くにあった家のへいに立ち、マスターアジアのような腕組ポーズを取っているシロンは、くわっと目を開いて褒め言葉を送る。しかし、少女たちはその言葉を受け取ることはできない。内容が事実と異なっているからだ。

 本当に褒められるべきはあのお姉さんなんだと素直に思った2人は、真実を打ち明けた。

 

「シロンお兄ちゃん、それは違うの。この子たちを取り返してくれたのは別の人なんだ……」

「結局、私たちは追いつけなかったの……全然ダメダメだったんだよ……」

「……よし、合格ニャ!」

「「えっ!?」」

 

 予期せぬ返事に子供たちは驚く。一体何が合格なのだろうか。その答えを聞いてみたらこう返ってきた。

 

「君たちは自分の弱さを素直に認め、嘘をつくことなく話してくれた。それは、心が強くなければできないこと……すなわち、魔導師ファイターとしてもっとも必要な要素なのニャ!」

 

 シロンは、再びくわっと目を開いて暑苦しく語った。

 ようするに、今のやり取りでヴィヴィオたちを試したのだ。広域観測魔法を使ってこれまでの経緯はほとんど分かっているため、嘘をつけばすぐに分かる。もし、そんなことをすれば格闘技を教える前に道徳を説かねばならないところだったが、その点はまったく心配いらないようだ。

 

「さすがシロン! ただの失敗を無理やり良い話にしちゃうだなんて、あったまイイ~!」

「それを暴露しちゃうレヴィは、驚くほどにあったまワル~い!」

「「……」」

 

 感心した途端にこれである。そもそも、普段からパイオツばかり言ってるエロ野郎に道徳云々などと言われても説得力は無い。

 まぁ、汚れちまったシロンたちのことはどーでもいいとして、ヴィヴィオたちにはこのままピュアに育っていってもらいたいものだ。

 

「それにしても、こんなにも早くライバル的存在に出会えるとは思いもしなかったニャ」

「うん、そうだね~……って、ライバル?」

 

 シロンの口からさりげなく飛び出たメタ発言にヴィヴィオが首を傾げる。とはいえ、彼がそう思ったのはそれほど不思議なことでもない。だって、謎の格闘術を使うオッドアイの美少女が通りすがりの一般人で終わる訳がないではないか。

 

「あえて言おう! あの少女は只者ではないと!」

「やっぱり、シロンお兄ちゃんもそう思う?」

「ああ。彼女は中二病の我輩とは違う本物ニャ」

「「……え?」」

 

 聞いてみたら期待していた答えとはまったく違った。というか、本物とは一体どういう意味なのだろうか?

 

「えっと、本物ってなんのこと?」

「うむ。君たちも気づいたみたいだが、あの子の目は本物のオッドアイだったニャ。つまり、我輩のような偽物とは大違いということさっ!」

 

 そう言うとシロンは、左目から赤いカラコンを外して見せた。すると、ヴィヴィオと同じ赤と緑のオッドアイだった彼の目が、両方とも緑色になった。すっごい今更だが、彼のオッドアイは中二病をこじらせた末の演出だったのである。

 

「「「「「………………えぇぇぇぇぇ――――――――!!?」」」」」

「もしかしたら何か秘密があるのかと思っていたのですが、そう来ましたか……」

 

 唐突に打ち明けられた新事実に少女たちは驚く。物語の冒頭から出ていた思わせぶりな設定だったのに、結局ただの中二病で終わってしまった。

 因みに、1人だけ秘密を知っていたセフィは、なぜか優しげな眼差しをシロンに向けている。

 

「誰も気づかないから何となく10年以上も続けてきたけど、どうやらここまでのようだニャ。さようなら、若さゆえの過ちよ……我輩は今日、ダークフレイムマスターを卒業します!」

「おめでとうございます、マスター。これまでよくがんばりましたね」

「ああっ、今はその優しさがイタイ!!」

 

 実は、ヴィヴィオと出会ってからオッドアイを演じていることが空しくなり、止め時を見計らっていたのであった。そして、第二のオッドアイ少女が登場した今、ただのオシャレでしかない設定を続ける気が失せてしまった。やっぱり本物には勝てなかったよ……。

 

「中二病とは違うのだよ、中二病とは!」

「うにゃにゃ―――!?」

「子供に八つ当たりしないで下さい」

 

 急に荒ぶりだしたシロンはヴィヴィオの頭を撫で回して嫌がらせする。非常に大人気ない行為であったが、やられているヴィヴィオはなぜか嬉しそうなので放っておいてもいいだろう。

 そして1分後、ようやく落ち着いたシロンは、一つ咳払いをしてから話を進めた。

 

「ウォホン……とまぁ、特訓初日から予期せぬイベント祭りで流石の我輩も取り乱してしまいましたが、早くも君たちにライバルが出現したことは間違いないニャ」

「ライバルって、あのお姉さんのこと?」

「うむ、年も近くて格闘術を習っているようだから、いずれ何らかの大会で出会うこともあるだろ?」

「あっ、そうか!」

「恐らく、同世代の君たちは何度もぶつかり合うことになるはずニャ。即ち、それはライバルに他ならない! 少年漫画でよくあるシチュエーションだから間違いないニャ!」

「根拠が適当すぎです」

 

 そばで聞いていたシュテルが思わずツッコミを入れる。とはいえ、シロンの予想は結構当たっていた。実際は、ライバルというより【嫁】になるのだが、今は誰にも想像できないことなのでそのまま話を進める。

 それ以前に、特訓を始めたばかりの子供たちにとっては、ライバルという言葉自体に実感が湧いていないようだが。

 

「う~ん、ライバルかぁ。今は全然敵う気がしないけどなぁ」

「そうだね~、あのお姉さんすごく強そうだったもんね~」

「そんなの当たり前ニャ。まだスライムも倒してないような君たちがあの子と同じレベルなわけないからニャ。だから今は、追いつくべき目標と考えるだけでいいニャ」

「うん!」

「分かった~」

 

 シロンは、ちょっぴり自信を無くしてる2人に優しく言い聞かせる。いくら才能があると言ってもまだまだ幼い彼女たちには、強さよりも優しさを教えていかなければならない。それこそがもっとも重要な大人の役目だろう。

 だがしかし、魔導師ファイターを目指すからには、強靭な意思も必要だ。素手でモビルファイターを破壊できるほどの力を身につけるには、生半可な覚悟では到達できないのだ。

 

「どうだ、2人ともぉ! この我輩の特訓についてくる覚悟はあるかぁぁぁ!」

「「はい、ありますっ!」」

「よぉぉぉし、良い返事だぁぁぁ!! ならばいくぞぉ! 我輩たちの特訓は始まったばかりだぁぁぁぁぁ!!」

「「お―――――――!!」」

 

 気分はもうマスターアジアである。

 しかも、アインハルトに刺激を受けた子供たちのノリも良い。

 その様子を見て更に調子に乗ったシロンは、腕を組みながら満足げにうなずくと2人に向けてこう言った。

 

「見せてもらおうか、新しい世代の可能性とやらを!!」

 

 マスターアジアを演じていたと思ったら、今度はフル・フロンタルをやり始める。どうにもキャラが定まらない男である。

 しかし、これほどまでにガンダム好きだったからこそ今があるのだからバカにしたものではない。マイペースなシロンは、これからもこんな調子で面白かっこよく生きていくのだろう。

 愛しい女性たちと楽しい仲間に囲まれながら――

 

「ところで主様、盛り上がっている時に水を差すようでなんだが、もうそんな時間はないぞ?」

「え?」

「さきほどの揉め事で時間を費やしすぎました。早く帰らないと子供たちの登校時間に影響が出てしまいます」

「あ、ほんとだ~」

「家に帰って朝ごはん食べなきゃ」

「ふっ、結局こんな結末か。これでは道化だよ……」

 

 せっかく、かっこよく決めようと思ったのにコレである。自分がギャグキャラだったということを忘れていたシロンは、最後のオチ担当となるのであった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

 何はともあれ、こうしてヴィヴィオ、アルマ、アインハルトは運命的な出会いを果たし、新たな魔法少女の物語が始まりを告げた。これより数年後、彼女たちは魔導師ファイターとして大活躍することになり、管理世界に新たな時代の幕開けをもたらすことになる。

 しかし、シロンの物語はここでひとまず終わりを迎える。

 この後の彼は、ミッドチルダに自治領を作ってハーレムを実現し、多くの美女と結婚することになる。そして、アリシアと協力して完成させたアンチエイジング魔法で20代の若さを保ったお嫁さんたちと末永くイチャイチャしたりするのだが、あまり詳しく記すとR-18になってしまうので、未来に起こる朝の一幕を少しだけ紹介して終わりとさせていただく。

 

「やはりパイオツは最高だニャ!」

「あんっ、料理中にイタズラしたら危ないですよ~」

「それはムリな相談ニャ! 裸エプロンのユーリを前にして放っておくことができようか! いや、できまい!」

「もう、いつまでたっても甘えんぼさんなんですから~♪」

「いいなぁ、ユーリ……」

「あの光景を羨ましがるなんて、フェイトもだいぶ染まったわね。まぁ、私も人のこと言えないけど」

「そ、そんなことはないけど……姉さんだって、シロンともっと一緒にいたいと思うでしょ?」

「ふっふ~、おっぱい好きな私としては、みんなを見てるだけでも十分幸せやけどね~!」

「って、ちょっとはやて! 見てるだけとか言っといて、思いっきり揉んでるよぉ~!?」

「はぁ、我の体がアレを元にしていると思うと情けなくなるわ……」

 

 晴れてシロンのお嫁さんとなった彼女たちは、同じ邸宅で一緒に住みながら幸せに暮らしましたとさ。




これにて「魔法小猫リリカルシロン」は完結となります。
当初の予定よりだいぶ短くなってしまいましたが、なんとか20話を超えることができて、ひとまずほっとしています。
ただし、総合的にはかなり残念な結果となってしまいました。
初期の頃はあまりに人気が無く、9話を書き終えた時点で心が折れてしまったのです……。
認めたくないものだな。自分自身の、弱さゆえの諦めというものを。

そんなわけで、現在はごっそりと自信を失っているため、次の連載は未定です。
一応、以下のような作品を考えていたのですが――


・「魔法科高校の劣等性」の主人公・司波 達也の性格をグラハムにして、自作する魔法をすべてフラッグと絡めてしまう「魔法科高校のフラッグファイター」

「人呼んで、達也スペシャル! 魔法など、当たらなければどうということはないのだよ!」
「作ったばかりの飛行魔法であんな機動ができるなんて。流石です、お兄様!」
「なに、フラッグファイターならばこの程度のことなど造作も無いさ」
「確かに、全部避けてるのは流石だけどよぉ!?」
「フラッグ関係ない上に、背中に付いてる翼も必要ないよね!?」
「否! 翼の無いフラッグなどイチゴの無いショートケーキも同然! 飾りとは違うのだよ、飾りとは!」
「いや、魔法関係ねーんだからただの飾りだろ! っていうか、たとえが可愛いなオイ!」
「この私、グラハム・エーカーは乙女座だからな。可憐な言葉が出てしまうのはごく自然なことだ」
「って、色々とつっこみどころ満載だけど、とりあえずグラハム・エーカーって誰!?」

・「月間少女野崎くん」の主人公・野崎くんをグラハムにして、BLっぽい漫画家として活躍する彼とノーマルな千代ちゃんとの奇妙な恋愛を描く「月刊乙女グラハムくん」

「ねぇグラハムくん、この女の子っぽい美少年キャラ、みこりんがモデルなんじゃ……」
「その通りだと言わせてもらおう。彼の圧倒的な可愛さに、私は心奪われた!」
「うわーん! 私ってば男の子に負けちゃってるのー!?」
「違うぞ佐倉、彼のような存在は男の娘と呼ぶのだよ。そこのところをわきまえてもらおう」
「って、気にするトコ間違ってる上に、ものすごくどーでもいい話だよっ!」
「……どーでもいい話だと? よもやそこまで私の愛を否定するとは! 堪忍袋の緒が切れた! 許さんぞ、ガンダム!」
「沸点低っ!? っていうかガンダムってなに―――!!?」

――といった感じで、どちらも今回の作品と同じような結果になりそうなので、制作するのは止めておきます。
しばらくは短編などを作って英気を養いたいと考えております。
現在「ばらかもん」の短編を作っており、やる気が出れば今年中には投稿できるかもしれませんので、また読んでいただけると嬉しいです。


それでは、中途半端な結果となりましたが「魔法小猫リリカルシロン」をご覧頂いた皆様、本当にありがとうございました。


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