竈門炭治郎に憑依 (宇宙戦争)
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転生者・竈門炭治郎

西暦1910年(明治43年) 7月18日 雲取山 竈門家

 

 雲取山の炭焼きの一家である竈門家。

 

 その竈門家では長男の少年──竈門炭治郎がある躍りを懸命に頑張っていた。

 

 

「精が出るな、炭治郎」

 

 

 そう声を掛けてきたのは竈門炭治郎の父──竈門炭十郎だ。

 

 何処か病人の顔つきをしており、炭治郎の見たところ、あと余命は1年か、2年といったところな男だが、そんな風貌にも関わらず、狩りで熊を狩り取るなど、とても病人とは思えない行動を起こしまくる男でもあった。

 

 

「ああ、早く父さんのように立派にヒノカミ神楽を踊れるようになりたいからね」

 

 

「・・・そうか。それは嬉しいな。このヒノカミ神楽はご先祖様がある人物にした約束だからね。お前が継承してくれると非常に助かる」

 

 

「・・・うん、知っているよ」

 

 

 炭治郎は小声でそう言った。

 

 

「? 何か言ったかい?」

 

 

「いや、なんでも。それよりヒノカミ神楽をずっと続けられるっていう呼吸について色々と教えてくれないかな?」

 

 

「ああ、構わないよ」

 

 

 炭十郎はそう笑いながら了承した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然だが、俺の中身は竈門炭治郎ではない。

 

 前世では鬼滅の刃ファンの1人である何処にでも居る21世紀の少年だった。

 

 所謂、転生者、あるいは憑依者という奴だ。

 

 そして、俺が転生したのは4日前。

 

 丁度、竈門炭治郎が10歳の誕生日を迎えた時。

 

 原作で竈門家が襲われたのが炭治郎が13歳の時の冬なので、原作の3、4年前という事になる。

 

 ・・・この世界に来た当初はどうしようかかなり迷った。

 

 主人公に転生した以上、この世界の巻き込まれるのはどう考えても避けられない。

 

 ここで俺が取れる選択肢は3つ。

 

 

・自分だけ逃げる。

 

 

・竈門家が襲撃される日に鬼舞辻無惨と戦う。

 

 

・家族と共に逃げる。

 

 

 ・・・正直、どれも現実的ではない。

 

 まず1つ目はあまりにも後味が悪すぎるし、そもそもここは自分が生きてきた100年前の世界。

 

 子供だけでどうやって生き残れば良いのか、全く分からないし、出来る気がしない。

 

 それに・・・なんとなくだが、この選択肢を選んだら不味いことが起こる気がする。

 

 よって、この案は早々に放棄した。

 

 次に鬼舞辻無惨と戦う選択肢だが、これはほぼ無理ゲーだ。

 

 なにしろ、鬼舞辻無惨は鬼陣営のラスボス。

 

 こいつと戦うのに最低限必要なものは──

 

・日輪刀、日の呼吸(全集中・常中までを含む)、透き通る世界。

 

 ・・・うん、無理ゲーである。

 

 おまけに痣を発現させると、継国縁壱のような生まれつき痣を持っているか、その兄のように鬼になるという例外でもない限り、25歳までしか生きられなくなる。

 

 なので、この案も放棄したかったのだが、それは出来なかった。

 

 なにしろ、続く第三案は『そもそも襲撃される日付が分からないので困難だ』という結論に陥るからである。

 

 まあ、それを言ったら第二案も同じなのだが、こちらは13歳の冬だということは分かっているし、三郎が泊まっていけというフラグが立つと予想されるので、なんとかなる筈だ。

 

 よって、結論としては第二案に落ち着き、まずはヒノカミ神楽こと、日の呼吸を極めるためにこうして鍛練をしていた。

 

 そして、炭十郎に呼吸法のやり方を教えて貰っていたのだが──

 

 

(全然、分からん)

 

 

 炭治郎はそう思いながら先程の炭十郎の教えを思い出す。

 

 一応、教えては貰ったのだが、教え方が抽象的すぎて全く分からなかったのだ。

 

 

(そう言えば、原作炭治郎もそんな感じだったな)

 

 

 原作炭治郎が10日で全集中・常中を会得し、善逸と伊之助に教えていた時、その教え方が抽象的すぎて全く分からず、最終的にしのぶの手ほどきを得て9日で会得していたという経緯があった。

 

 おそらく、教え方が下手なのは炭十郎からの血筋なのだろう。

 

 その為、炭治郎は炭十郎から学ぶのを諦めた。

 

 

(こうなったら、炭十郎が日の呼吸を覚えた方法を使うしかないな)

 

 

 原作で竈門炭十郎は、ヒノカミ神楽を何度も何度も舞うことで日の呼吸の型と呼吸を自然的に覚え、最終的に透き通る世界まで至ったらしい。

 

 それも原作での死因が病死だったこと、更には強化を示す痣について言及されていないことから、おそらくは痣抜きで透き通る世界に至った可能性すらある。

 

 原作で見る限り、痣抜きで透き通る世界に至ったのは竈門炭十郎だけ。

 

 あの鬼滅の刃最強の継国縁壱ですら、痣抜きでは透き通る世界には至れていないのに、だ。

 

 そう考えると、炭十郎というのは凄い人物でもあるが、同時にある希望が持てる。

 

 もしかしたら、地道な修練を重ねれば、25歳に死ぬという痣抜きで透き通る世界に至れるのではないか、と。

 

 前述した修練を重ねた結果、呼吸と透き通る世界を身に付けたのが本当かどうかは分からないし、出来たとしても長い年月が掛かる可能性がある。

 

 しかし、これ以外に方法はない。

 

 やるしかないのだ。

 

 だが、その前にまず日の呼吸を身に付けなくては始まらない。

 

 その為、炭治郎は何度も何度もヒノカミ神楽を繰り返し舞い、更には呼吸が出来るように肺を鍛えるため、雲取山の上り下りを1日に何べんも繰り返した。

 

 そして、半年後──

 

 

「うそぉ」

 

 

 炭治郎は日の呼吸 壱ノ型 円舞によって真っ二つに切り倒された木を見ながら驚いていた。

 

 ちなみに刀の代わりに斧を使っている。

 

 

「いや、出来るのは知っていたよ。でも、まさか、僅か半年で壱ノ型だけとはいえ技が展開できるなんて・・・」

 

 

 ついでに言えば、技が展開できたということは全集中の呼吸が出来たことに他ならない。

 

 全集中・常中は流石に出来ないが、全集中さえ身に付けてしまえば覚えるのはそれほど難しくはないだろう。

 

 現に原作炭治郎も10日で身に付けているのだから。

 

 そして、思ったより早くそれが出来たのは誤算であったが、2、3年後に無惨を相手にするとなると、準備は幾らあっても足りない。

 

 行幸だと思うことにした。

 

 ただ──

 

 

「なんで、疲労感が出ないんだ?」

 

 

 アニメなどの描写にあったヒノカミ神楽を使った後に来るはずの負担による疲労が今の自分には全然来ていなかった。

 

 原作炭治郎はこれにより、比較的持続性のある水の呼吸との併用を余儀なくされている。

 

 別に疲労感など無い方が良いのだが、起きる筈の事が起きないのはやはり気になってしまう。

 

 

「・・・まあ、いっか。やることは一杯あるし、後で考えよう。え~と、次にやるのは弐ノ型である碧羅の天か、それとも全集中・常中を先に身に付けるか?」

 

 

 炭治郎はそこで一旦疲労感についての考えを止め、次に身に付けるべき事を考える。

 

 碧羅の天は劇場版で登場し、最終的に下弦の壱の首を狩り取った技であり、全集中・常中は全集中を24時間行うという究極の呼吸法である。

 

 原作の時系列では炭治郎は全集中・常中を先に取得し、碧羅の天はその後に繰り出されたが、先に型を覚えてから全集中・常中を身に付けるというやり方も悪くはない。

 

 

「・・・先に型から覚えるか。全集中・常中が出来たところで型を忘れましたじゃどうしようもないし」

 

 

 炭治郎は少々迷った末に、先に弐ノ型である碧羅の天から覚えることに決めた。

 

 

「まあいいや。それより早く練習だ」

 

 

 絶対に今の家族を助けよう。

 

 その決意を胸に、炭治郎は鍛練に励んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらっ!とっとと動け!!」

 

 

 そう言いながら、10歳ちょっとの少女を殴る男。

 

 しかし、殴られているのは彼女だけではない。

 

 彼女の兄弟達もまた、かなり理不尽な理由で殴られているのだ。

 

 ちなみに母親は父親に完全に追従しており、止める気配すらない。

 

 

(痛い・・・苦しい・・・)

 

 

 少女は心の中で泣き叫びながらも、それを口に出す事はしなかった。

 

 言えば、子供のことを奴隷のような何かにしか思っていない両親によって殴られると分かっていたから。

 

 こうして、少女は今日もこの苦しい生活の中を生きていく。

 

 少女の名はない。

 

 両親が名前をつけなかったからだ。

 

 しかし、後に彼女を拾った者はこう呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 栗花落カナヲ、と。



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試練

西暦1912年(大正元年) 12月

 

 

「くそっ、何でなんだよ!!」

 

 

 少年──竈門炭治郎は泣きながら鬼となった妹──竈門禰豆子の入った篭を背負い、狭霧山へと向かっていた。

 

 転生してから3年と数ヶ月。

 

 炭治郎は修行をし、日の呼吸 拾参ノ型 円環以外の壱から拾弐ノ型までを全て身に付けた。

 

 そして、無駄な動きを削ぎ落とし、時間をかけて鍛練をした結果、透き通る世界にも限定的だが入れるようになった。

 

 更に藤襲山で最終選別で失格となった者が落としたのであろう日輪刀も手に入れることが出来た。

 

 しかし・・・それでも鬼舞辻無惨を相手にするには足りなかった。

 

 本当は分かっていたのだ。

 

 自分に足りなかったのは戦闘経験である、と。

 

 勿論、無惨に会うまで戦闘経験が0だった訳ではない。

 

 全集中・常中が出来た頃に、藤襲山の鬼達と戦い、偶々出くわした手鬼などを倒した。

 

 もっと強い鬼と戦って更に戦闘経験を積もうかとも考えたのだが、それだと原作より早く鬼舞辻無惨が来たり、予期せぬ展開になるかもしれないと思い、それが出来なかったのだ。

 

 しかし、その結果、無惨との戦いでは自分の身を守るのが精一杯であり、禰豆子以外の家族は殺され、妹は原作通りに鬼となり、冨岡と出会って鱗滝左近次の居る狭霧山へと向かうことになった。

 

 

「くそっ!くそぉ!」

 

 

 少年は家族を守れなかった悔しさから涙を溢し、家族の命を奪った鬼舞辻無惨に復讐を改めて誓いながら、狭霧山を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦1913年(大正2年) 12月

 

 あの“悲劇”から1年。

 

 世界史では第一次世界大戦が始まってから数ヶ月が経過した頃。

 

 炭治郎は原作でも行われた最終選別の条件をクリアするために修行に励んでいた。

 

 が──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出来るか!!こんなもん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炭治郎は目の前の“滝”を見ながら、そう叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遡ること半年前。

 

 炭治郎は鱗滝左近次から『もうお前に教えることはない』と言われた。

 

 結果的に原作より半年も早くそう言われた炭治郎だったが、これは当たり前だ。

 

 炭治郎は原作の岩を切れるレベルにはとうの昔に達しているし、そもそも最終選別というのは全集中・常中を身に付けていれば余裕であるのは栗花落カナヲを見ても分かるし、才能があれば全集中だけでも突破できるのは原作炭治郎達を見れば明らかである。

 

 しかし、この世界の炭治郎は全集中・常中はおろか、透き通る世界まで身に付けている上に、少々だが戦闘経験も有る(しかも、最終選別で出くわす手鬼は既に倒されている)のだ。

 

 つまり、この時点で“技術だけ”ならば、柱を超越している上に、最終選別には相応しくないレベルの強さを持つ手鬼も既に退場している。

 

 これで最終選別を突破できなかったら、色々とヤバイものがあるだろう。

 

 しかし、原作同様、どうしても鱗滝左近次は炭治郎を最終選別に行かせたくなかったらしく、出された条件は原作に比べると、比べるのも烏滸がましいものとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この滝を切れたら、最終選別に行くのを許可する』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・あの時は『ふざけんじゃねぇぞ!!クソジジイ!!』と言おうとしたのを必死に我慢した記憶がある。

 

 それで半年間、どうにか滝を切るための努力を続けていたのだが、全く切ることは出来ていなかった。

 

 

(半年で鱗滝左近次の修行を終えて、この滝切りの試練を開始してから更に半年。そして、原作開始があの竈門家での悲劇から2年後だから、この世界での原作開始は丁度1年後ってところか。その期間の間にこいつを切らなきゃいけないんだが・・・)

 

 

 そう言いながらも切る手段そのものが無い以上、どうにもなら無い。

 

 なにしろ、岩などの代物と違って近くに足場がないため、ある程度距離を離したところから切るしかない上に、滝の幅は縦も横も岩の直径より長い。

 

 加えて、どう見てもこの滝が流れ落ちる水の質量は岩の質量より重いのだ。

 

 これを真空刃だけで切れとか、『岩は切るものである!!(キリッ』という理論が成立する鬼滅の刃世界と言えど、流石に無茶だろうと思わざるを得ない。

 

 

(て言うか、こんなの柱でも無理なんじゃねえの?)

 

 

 技術だけは柱を凌駕していると自負する炭治郎はこんなのは柱でも無理だろうと思っている。

 

 ・・・いや、継国縁壱だったらもしかしたら可能かもしれないが、少なくとも今現在、最強の柱として君臨する岩柱ですらこの難題をクリアすることは不可能だろう。

  

 

「う~ん、もう一回修行をやり直そう。何か見えてくるかもしれん」

 

 

『──後ろ向きな姿勢だな』

 

 

「ッ!?」

 

 

 突如、炭治郎の後ろから声が聞こえて思わずそちらを振り向く。

 

 すると──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ・・・あんたは・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに居たのはこの山に住み着く錆兎や真菰ではなく、鬼滅の刃最強の存在──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 継国縁壱だった。

 

 そして、驚いている炭治郎を全く無視する形で縁壱はもう一度発言する。

 

 

 

 

 

 

『もう一度言おう。お前の姿勢は後ろ向きだ』

 

 

 

 

 

 

「なにを・・・言っているんだ?」

 

 

 

 

 

 炭治郎は縁壱の霊?が何を言っているのか理解できなかった。

 

 努力なら人の何倍もした筈だ。

 

 その結果、全集中の技術の全般や透き通る世界も身に付けることが出来た。

 

 しかし、それでもダメだったのは戦闘経験が足りないせいだし、この滝を切れないのだってそんなことは不可能だから。

 

 だが、そんな炭治郎に対して、縁壱はこう言った。

 

 

『お前はした努力だけで満足してしまっている。新たな技術を身に付けようとか、そのような貪欲な感情を感じない』

 

 

「ッ!?」

 

 

 図星を突かれたといった感じに、炭治郎は衝撃を受けた。

 

 言われてみて全くその通りだと思ったからだ。

 

 今持っている技術も漫画やアニメで得た知識をそのまま再現している過ぎず、彼独自のオリジナルは全く無い。

 

 確かに戦いに対して貪欲な感情があるとは言えないだろう。

 

 だが──

 

 

「俺に、そんなことが出来る訳がないだろう!!」

 

 

 炭治郎は叫んでしまう。

 

 そもそも自分は突然炭治郎に憑依したに過ぎず、原作炭治郎のチートな嗅覚が無いように、原作主人公補正が有るわけではないのだ。

 

 そんな自分がアニメや漫画の主人公である原作炭治郎のような活躍が出来るわけがない。

 

 そう言う意図を込めて叫んだ炭治郎だったが、縁壱は冷たい目をしながらこう言った。

 

 

『では、そのお前の理屈は鬼相手には通用するのか?お前に敵意を持つ人間には通用するのか?そんな理屈で妹を守れるのか?』

 

 

「ッ!?そ、それは・・・」

 

 

 炭治郎は言葉に詰まる。

 

 戦いというのは基本的に弱肉強食。

 

 強ければ生き、弱ければ死ぬ。

 

 るろうに剣心に出てくる某人物ではないが、それが少なくともこの鬼滅の刃の世界の常識である。

 

 自分があれが出来ない、これが出来ないからと言って、相手は待ってくれるだろうか?

 

 否。

 

 むしろ、嬉々として襲い掛かってくるだろう。

 

 また、敵は何しも鬼だけではない。

 

 場合によっては鬼殺隊からも追われる可能性があるのだ。

 

 原作を見るに、人間に対する鬼と同じくらい鬼殺隊という組織は鬼に対して容赦ない。

 

 それを考えれば、鬼殺隊を敵に回しても大丈夫なくらいの技量を身に付けなければならないだろう。

 

 

『あの冨岡という剣士にも言われただろう。生殺与奪の権利を他人に握らせるなと。だが、生殺与奪の権利は勝者でなければ握り得ない。そんな時、お前は弱いままで良いのか?』

 

 

「・・・・・・良いわけ、無い」

 

 

 そうだ。

 

 良いわけがない。

 

 家族を今度こそ守るためにも、今度こそ失わないためにも良いわけがないのだ。

 

 例えそれが鬼であろうと、鬼殺隊であろうと。

 

 それを自覚した時、炭治郎の心に炎が灯り始める。

 

 

『ほう。それで、お前が今、成すべきことはなんだ?』

 

 

「この滝をなんとしても斬ること。全てはそこから始まる」

 

 

『そうだ。これは始まりにすぎない。お前だけの物語のな』

 

 

 その言葉を最後に、継国縁壱の姿はスッと消える。

 

 そして、それを見届けた炭治郎は改めてその視線を滝へと向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「絶対に、斬ってみせる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そう言って凄まじい闘志を燃やす炭治郎の姿は、紛れもなく原作炭治郎とはまた違った主人公の姿だった。



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滝斬り

西暦1914年(大正3年) 12月 狭霧山

 

 あの縁壱との出会いから1年後。

 

 ようやく滝を斬る技を完成させた炭治郎は、師(本当か?)である鱗滝左近次立ち会いのもと、それを成し遂げようとしていた。

 

 

 

全集中

 

 

 

 炭治郎は居合いの状態のまま、全集中を開始する。

 

 全集中。

 

 それはあらゆる呼吸をする上で重要な要素となる代物でもあったのだが、ここで鱗滝は疑問に思う。

 

 

(何故、ここで全集中を1度やり直すのだ?)

 

 

 炭治郎が全集中・常中までが出来るのは既に鱗滝も確認している。

 

 そうでなければ、流石に滝を斬れなどという無理難題は出さなかっただろう。

 

 しかし、今、炭治郎は全集中・常中を一旦解き、全集中をわざわざ一からやり直している。

 

 いったいどういうことだろうか?

 

 その疑問は次の瞬間に解消される事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一点

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう呟いた次の瞬間、凄まじいまでの空気の振動が響き渡り、空気が渦のように舞い、その渦の中心に居る炭治郎の口へと吸い込まれていく。

 

 

 

 

 

 

(こ、これは・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 今まで見たことがない光景に鱗滝は背筋に薄ら寒いものを感じざるを得なかった。

 

 全集中というのは周囲にある空気を肺に集中させるため、空気がその吸った人間に集まっていくのは当然のことだ。

 

 しかし、これはそんな生易しいものではない。

 

 この炭治郎が吸って発生している空気の渦だけで、雑魚鬼程度ならば動けなくなりそうな程のものだ。

 

 

(炭治郎、お前は何を──)

 

 

 鱗滝がそう思った瞬間──

 

 

 

 

 

 

 

日の呼吸 壱ノ型・改 円舞一閃 空

 

 

 

 

 

 

 

 

 その居合いを引き抜いたと同時に、凄まじい真空刃が滝へと向かっていく。

 

 円舞一閃は原作で炭治郎が霹靂一閃を参考にして作り上げた技で、本来は相手に向かって行き、間合いに入ってから抜刀をするという技だったのだが、今回は足場がないことから間合いには入れなかったので、その場で斬撃を行ったわけだ。

 

 ちなみに空というのは、日の呼吸特有の赤いエフェクトを纏わない、云わば形だけの代物であり、正確には技ですらないという意味でもあった。

 

 まどろっこしいやり方だが、正式な型を使ってしまうと全集中で斬るという主旨に反してしまうので、このような形となったわけである。 

 

 そして、全集中・一点。

 

 これはこの世界の炭治郎が独自に編み出した呼吸の技であり、全集中を維持する全集中・常中を一旦解き、それから全集中を出来る限り吸収・凝縮して呼吸を集中させるという一点集中型の呼吸法だ。

 

 一見、普通の呼吸法にも見えるのだが、吸収する量と凝縮するという点が違う。

 

 そして、それによって打ち出された真空刃は、それが日の呼吸であることも合間って凄まじいものとなっており、その真空刃が滝の水面に到達した途端、滝は文字通り横に真っ二つに斬れた。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 その光景を見て唖然とする鱗滝だったが、炭治郎がカチンと刀を鞘に納めた音を聴いて我に返る。

 

 

「今のは・・・なんだ?」

 

 

「全集中・一点。これが俺の編み出した呼吸法です」

 

 

 そうはっきりと言う炭治郎の顔や体はあちこち土だらけであり、相当な努力を重ねてきた事が伺える。

 

 だが、それを考慮しても炭治郎のやったことは凄まじいものがあった。

 

 なにしろ、新たな全集中の呼吸を誕生させてしまったのだから。

 

 

「・・・まさか、出来るとは思わなかったな」

 

 

 その言葉に内心で『でしょうね』と返す炭治郎。

 

 本来、この鱗滝の下での最終選別の許可は岩を切るという条件のもとで許可されるのだ。

 

 間違っても岩どころか固体ですらない滝を斬れなどとは言われない筈だった。

 

 しかし、炭治郎はあまりにも出来すぎたのだ。

 

 まあ、そもそも全集中・常中を身に付けている時点で教えることなど無かったのだが、それだと許可を出したくない自分の意思に反してしまう。

 

 かといって、誰も切ったことのないような岩を斬れと言ったとしても、炭治郎はそれを容易くやり遂げた事は間違いない。

 

 だからこそ、咄嗟に思い付いた無理難題を提供したのだが、それも1年半でクリアされてしまった。

 

 

「これなら最終選別を突破できるだろう。・・・だが、油断するなよ」

 

 

「はい、もちろんです!!」

 

 

 鱗滝の言葉に炭治郎は元気にそう返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇藤襲山周辺

 

 

「・・・ふぅ、終わったか」

 

 

 炭治郎はそう言いながら、狭霧山への帰路を歩いている。

 

 藤襲山での最終選別は1週間の時を経て無事通過することが出来た。

 

 そもそも手鬼が居ない上に炭治郎の方は柱ですら身に付けていない技術を多々身に付けていたのだ。

 

 合格しない方が可笑しい。

 

 もっとも、全体の合格者数はどうやら原作と変わらないようだったが。

 

 ちなみに原作の不死川玄弥の産屋敷家の令嬢への暴行は原作同様炭治郎が防いでいる。

 

 そして、炭治郎は偶々見掛けたカナヲに対して尊敬の念を抱いた。

 

 何故かと言えば、炭治郎は傷は負わなかったとはいえ、攻撃する際の泥くらいはついたのに対し、カナヲの方は原作通りではあったが、泥1つ着ていた物に付着することなく通過したからだ。

 

 いったい、どうやったらそんなことが出来るのか1度聞いてみたかったが、今の段階では無視されて終わる可能性が高いので、彼女の姿を一瞥するだけで終わらせた。

 

 

「また会えるかな?栗花落カナヲさん」

 

 

 原作では那田蜘蛛山で再会しているのだが、出来ればあのような再会の仕方は炭治郎としても勘弁願いたいところだ。

 

 そんなことを考えながら、炭治郎は狭霧山への道を歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同時刻 産屋敷家

 

 産屋敷家。

 

 それは鬼殺隊を統括する家柄であり、その当主は代々先見の明と呼ばれる未来予知じみた能力を持って財を築き、鬼殺隊を維持してきたという経緯を持つ。

 

 やっている事は現代のインサイダーそのものだが、この時代はインサイダーという概念などないし、仮に21世紀だったとしても先見の明など誰も真剣に信じるものは居ないので、一応は犯罪ではないということになるだろう。

 

 さて、その産屋敷家の一室では第97代産屋敷家当主である産屋敷輝哉とその息子・産屋敷輝利哉がある会話を行っていた。

 

 

「そうか。炭治郎が合格したか」

 

 

「はい」

 

 

 輝哉の言葉に息子である輝利哉はそう答える。

 

 竈門炭治郎。

 

 それは鬼の妹を人間に戻すために鬼殺隊に所属することになった少年。

 

 存在自体は輝哉も2年前から知っていたが、実際にどんな少年かは分からなかった為、こうして実際に会った輝利哉に聞いていたのだ。

 

 

「どんな子だった?」

 

 

「実力のほどは専門家ではないので詳しくは計れませんが・・・おそらく、あの場にいた最終選抜突破者の中では栗花落カナヲ様の次に強いでしょう」

 

 

 輝利哉はそう言いながら、暗にカナヲより実力は下だと言うが、これは着物の汚れ具合から、それぞれどれだけ苦労したかを識別した結果であって別に戦うところを見た判定ではない。

 

 もし戦うところを見ていたとしたら、輝利哉はカナヲと炭治郎の強さは炭治郎の方が上だと判定していただろう。

 

 しかし、幾ら産屋敷の血を引いてその頭脳は優れていると言えど、判断材料がほぼ無い輝利哉にそんな正確な当人の実力を求められても困るというのも確かだった。

 

 そして、輝利哉はもう1つ思っていたあることを輝哉に告げる。

 

 

「それと──」

 

 

「それと?」

 

 

「炭治郎様からはなんとなくですが、父上と何処か同じものを感じました」

 

 

「・・・ほう?」

 

 

 輝哉は珍しく面白げに笑う。

 

 

「それで、全体的な人柄はどうだい?信用できそうか?」

 

 

「はい、今回の最終選抜突破者の不死川玄弥様がかなたに暴行を振るわれているのをお止めになったところからして、少なくとも悪い人間ではないかと」

 

 

「そうか。分かった」

 

 

 輝哉はそう言いながら、何かを考えていた。



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那田蜘蛛山

西暦1915年(大正4年) 2月 那田蜘蛛山 入口 

 

 あの最終選別から約2ヶ月。

 

 あれから炭治郎は沼鬼を倒し、珠世と出会い、その後の屋敷の任務で善逸や伊之助と出会った。

 

 ちなみに禰豆子は鱗滝に預けてある。

 

 何故そうしたかと言えば答えは簡単で、原作のように背負ったまま戦うのは面倒だと思っていたし、少しでも柱合裁判の期間を先延ばしにしたいという思惑も有ったからだ。

 

 そして、初任務からここまでは禰豆子が居ない以外はほとんど原作通りに進んでいたのだが、違った点は幾つかあり、その筆頭が浅草で鬼舞辻無惨に出会わなかった事だった。

 

 どうやら2年前のあれで継国縁壱にやられたトラウマが引き起こされた結果、無限城に引きこもっているらしい。

 

 それ以外にも細かなところで原作と違う点はあったのだが、そのまま物語は那田蜘蛛山まで進んでいったのだが、そこでも原作と違う事が起こっていた。

 

 

「──助かったよ、ありがとう」

 

 

 男はそう言いながら、助けてくれた3人(かまぼこ隊)の少年の1人──竈門炭治郎に礼を言う。

 

 実はこの男は、原作では入口付近で母蜘蛛の操る糸によって山に引き戻されたのだが、それを察していた炭治郎が糸を斬って救出した人物だ。

 

 

「いえ、大丈夫です。それより、なにがあったのかを説明して貰いたいんですが・・・」

 

 

 炭治郎はその礼に返答しながらも、何があったかの説明を促す。

 

 勿論、何が起こっているのかは知っているのだが、まだ山に入ってもいない自分が説明するのはどう考えても不自然なので、こうして男に説明させようという訳であった。

 

 

「ああ、実は──」

 

 

 そこから先は原作で村田が説明した内容と同じだった。

 

 どうやら山に入ったは良いものの、突然、剣士達が自分に斬り掛かってきたり、別動隊も連絡が着かなかったりしているらしい。

 

 おそらく前者は母蜘蛛、後者は兄蜘蛛にやられたのだろう。

 

 

「──というわけなんだ」

 

 

「そうですか」

 

 

「よし!じゃあ、早速山に入ろうぜ!!」

 

 

 そう言ったのは伊之助だった。

 

 彼はこの蜘蛛の山には強敵が居ると悟り、それと戦ってみたかったのだ。

 

 対して、それを慌てて止めようとしたのは男と善逸だった。

 

 

「ええっ!今の話し聞いてたのかよ!!この山には強い鬼が居るって!!」

 

 

「そうだよ!柱が来るまで待とうぜ!!」

 

 

「いや、それは止めた方が良いな」

 

 

 炭治郎はそう言いながら、男と善逸の言葉を否定した。

 

 

「ど、どうして!?」

 

 

「仮に柱が来るとしてももう少し後だろう?少なくとも、俺達が山に入るのより先には来ない」

 

 

「いや、そりゃあそうだけど・・・」

 

 

「そして、俺達が今やらなきゃ今も山に入って戦っている人達が危険だ」

 

 

 炭治郎はきっぱりとそう言ったが、本音は少し違う。

 

 実を言うと、彼はこの山に居る下弦の伍の頚が欲しかったのだ。

 

 それは柱合裁判を見越して手柄を立てるためであった。

 

 原作では那田蜘蛛山の一件で禰豆子の存在がバレて炭治郎は柱合裁判に掛けられる。

 

 この世界では鱗滝に預けているので、どうなのかは分からないが、どちらにしろいずれはバレて柱合裁判に掛けられることとなるだろう。

 

 そうなる前に、十二鬼月の頚は確実に挙げておく必要がある。

 

 原作では累を倒さずとも柱合裁判は乗りきれたが、今回もそうなるとは限らないし、早めに力を認められるに越したことはないのだから。

 

 そんな本音を隠しつつ、炭治郎はもっともらしいことを言ったが、実を言うと善逸には原作通り兄蜘蛛を倒すことを期待していた。

 

 その理由としては、あれは日の呼吸では少し倒すのが面倒だと感じていたし、噛まれたら蜘蛛になる毒蜘蛛を操る鬼など相手にしたくもない。

 

 そういう思惑もあり、善逸には原作通りに兄蜘蛛を倒して貰いたかったのだ。

 

 

「・・・」

 

 

「よし!よく言った。紋二朗!!じゃあ、行こうぜ!!」

 

 

「炭治郎だって!!」

 

 

「あっ・・・」

 

 

 そうして炭治郎と伊之助は善逸と男を置いたまま、山へと入っていく。

 

 そして、炭治郎は伊之助と共に山に入りながらこう思った。

 

 

(さて、まずは母蜘蛛に退場してもらうとするか)

 

 

 炭治郎はそう思いながら“透き通る世界”を発動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これで、この山に来た大半の鬼狩りは全滅して私の手駒となった)

 

 

 母蜘蛛は糸によって隊士達を操りながらそう思いつつ、これで累に怒られることはないと静かに安堵する。

 

 この山に居る鬼は母蜘蛛を含めて5体。

 

 その内の1体は十二鬼月と呼ばれる無惨直属の鬼達の内の1つであり、下弦の伍という地位に立っている。

 

 下弦の伍は十二鬼月の中では下から2番目と、あまり強いわけではないのだが、それでも普通の鬼などと比べれば圧倒的な強さを持つ。

 

 彼を倒せるのは柱か、準柱レベル、あるいはそれに匹敵する強さを持った隊士くらいだろう。

 

 もっとも、癇癪が激しいこともあって、何か累の意思にそぐわない事がある度に自分は酷い目に遭わされるのだが。

 

 

(これで累に怒られないで済む。増援が来たようだけど、鬼狩りの柱でもない限りは大丈夫でしょう)

 

 

 母蜘蛛はそう考えていた。

 

 しかし、それは見方を変えれば油断にもなりうる。

 

 確かに昨今の鬼殺隊は質が落ちているので、柱と一般隊士の差はえげつないくらいになっていたし、実際に5体の鬼に対して、鬼殺隊側は10人も居ながらたった1体すら倒せず苦戦するという無様な惨状を晒していたが、それでも一般隊士に例外が居ないわけではない。

 

 それが原作五感組でもあった。

 

 そして、今回入った増援はその五感組の1人である伊之助。

 

 更に──

 

 

「!? なに!!?」

 

 

 母蜘蛛がそれに気づいたのは、増援を察知した数分後の事だった。

 

 彼女の操る蜘蛛から敵がこちらに近づいていることを知らされたのだ。

 

 母蜘蛛の戦闘スタイルは彼女の操る蜘蛛が相手の体に糸をくくりつけ、それを操ることによって戦うという間接的な戦い方だったのだが、この蜘蛛は偵察にも使える。

 

 その為、母蜘蛛に接近してくる1つの影の存在を察知できたのだが、仮に察知できなかったとしてもあまり運命は変わらなかっただろう。

 

 何故なら──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日の呼吸 玖ノ型 輝輝恩光

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一般隊士の例外中の例外となる存在──この世界の竈門炭治郎に目を付けられた時点で彼女の運命は決まっていたのだから。

 

 そして、母蜘蛛は炭治郎の回転する斬撃によって、何が起こったか分からないまま、その頚を落とされることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──大丈夫ですか?」

 

 

 母蜘蛛の頚を落とした後、炭治郎は丁度近くに居た隊士──村田と協力する形で、まだ生き残っていた隊士達を救出(伊之助は消化不良で不満そうだったが)していた。

 

 

「あっ、ああ」

 

 

「そうですか。じゃあ、俺と伊之助はここらの安全を確保するために鬼を掃討してくるので、村田さん、後は頼みます。行くぞ、伊之助」

 

 

「指図すんじゃねぇ!!言われなくても、行くぜ!!」

 

 

 そう言うと、伊之助は山の奥へと邁進していこうとする。

 

 しかし、そこに──

 

 

 

ガアアアア

 

 

 

 母蜘蛛が操っていた大男の鬼がやって来た。

 

 

(ん?なんだ、こいつ?父蜘蛛じゃねぇな)

 

 

 その鬼はあのアニメで見たような父蜘蛛の蜘蛛のような顔ではなく、手の部分が蜘蛛となっている。

 

 だが、それでも鬼は鬼。

 

 炭治郎は改めて日輪刀を構える。

 

 そして、周りをチラッと見ると、あの糸で操られたダメージが体に出ており、村田以外の隊士は動けそうにない様子だった。

 

 ならば、即急に片付けた方が良いだろう。

 

 そう思い、前に歩み出そうとしたが、その前に伊之助が前へと出た。

 

 

「よっしゃあ!行くぜ!!」

 

 

 

獣の呼吸 参ノ牙 喰い裂き

 

 

 

 獣の呼吸 参ノ牙 喰い裂き。

 

 それは両刀を左右に分けた斬撃だったが、それによってその鬼の頚はあっさりと斬られ、崩れ落ちた。

 

 その呆気ない結末に、炭治郎は改めてこの鬼が父蜘蛛ではなく、別の鬼であると確信する。

 

 そして、記憶の中のアニメの内容を引き摺り出し、あることを思い出した。

 

 

(あっ!思い出した。こいつ、母蜘蛛が操っていた首無しの大男の奴じゃねえか)

 

 

 炭治郎はようやくそれが原作で母蜘蛛が操っていたあの首無しの鬼であると分かった。

 

 その証拠に、手の部分が蜘蛛となっている。

 

 

(母蜘蛛とこの鬼は別個体という扱いで、母蜘蛛を殺してもこの鬼は消滅せず、何処からか自分の頚を持ってきて着けたって訳か。たくっ、人騒がせな)

 

 

 炭治郎は悪態をつきながら、これから苛烈になっていくであろう戦いに思いを馳せていた。



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那田蜘蛛山 弐

西暦1915年(大正4年) 2月 那田蜘蛛山

 

 大男を倒した後、炭治郎と伊之助は次の鬼を討伐するために村田達とは別れ、更に山の奥へと進んでいった。

 

 

(さて、母蜘蛛は既に殺したから、残りは累と父蜘蛛、姉蜘蛛。あともしかしたら兄蜘蛛も居るな)

 

 

 思ったより敵の数が残っている現状に炭治郎は少々眉をしかめつつ、それぞれへの対処方法を考える。

 

 

(まず姉蜘蛛と父蜘蛛は問題ないな。日の呼吸の威力なら、一刀両断出来る。まあ、姉蜘蛛はともかく、伊之助には父蜘蛛はきついかもしれないけどね)

 

 

 炭治郎はそう思いながら、伊之助を見る。

 

 彼の技能は原作と変わらず、まだ全集中・常中は出来ていない。

 

 教えることも出来たのだが、ここで実力不足を実感させることも伊之助を成長させる一助になるかもしれないと、敢えて教えなかったのだ。

 

 人は悔しさをバネに成長するのだから。

 

 逆に言えば、どれ程の天才でも悔しさが無ければ、精神的には成長できないのだ。

 

 

(まあ、それはともかく、今は次の敵だな)

 

 

 そう思いながら、伊之助と共に次の敵を探す炭治郎。

 

 そして、その甲斐有ってか、この数分後、炭治郎と伊之助は原作通り、姉蜘蛛と遭遇することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炭治郎達が姉蜘蛛と遭遇していた頃、鬼殺隊のトップである輝哉の命令で、水柱である冨岡義勇と蟲柱である胡蝶しのぶの両名は那田蜘蛛山へと向かっていた。

 

 ちなみに後続にはしのぶの継子である栗花落カナヲと隠の部隊が控えている。

 

 そして、しのぶは隣に居る冨岡にこう話し掛けた。

 

 

「ねぇ、冨岡さん?」

 

 

「・・・なんだ?」

 

 

「あなたの師の鱗滝という人物から御館様に提案されたという全集中・一点。あなたは出来ましたか?」

 

 

 全集中・一点。

 

 それは鱗滝左近次が御館様に提出した呼吸方法で全集中の呼吸をギリギリまで高めて一気に解放するといった芸当だ。

 

 しかし、御館様経由で柱にまで伝わっていたものの、しのぶは未だに出来ていない。

 

 まあ、そもそも提案者である鱗滝左近次ですら未完成な有り様だったので、出来なかったとしても責められる要素は何も無いのだが、しのぶにとってこれはある種の希望と言えた。

 

 しのぶは鬼の頚が斬れない。

 

 理由は簡単で、それが出来るだけの腕力が無いからだ。

 

 まあ、呼吸を使えば普通の人間の頚くらいは斬れるのだが、その程度でははっきり言ってどうにもならない。

 

 その代わりと言ってはなんだが、毒を使って鬼を殺すことで討伐数を増やし、柱として認められていたのだが、この鬼の頚を斬れないという事実はしのぶにコンプレックスを植え付けるには十分だった。

 

 しかし、この全集中・一点はほんの一時的ではあるが、全集中をする時より爆発的に身体能力を向上させることが出来ると聞く。

 

 それならば、自分も鬼の頚を斬れるようになるかもしれない。

 

 そんな希望をしのぶは抱いていたのだ。

 

 ・・・もっとも、現実は厳しいものであり、この全集中・一点が伝えられてから、柱達は必死で会得を行おうとしていたのだが、未だ誰も会得できていない。

 

 しのぶ自身も肺を目一杯鍛えて全集中を行うなどしていたが、やはり従来の全集中とほとんど変わらない結果しか出てこなかったのだ。

 

 その為、柱の中には机上の空論だとして、会得を諦める者も居た。

 

 

「聞けば、鱗滝さんというのは冨岡さんの師匠だそうじゃないですか。であれば、冨岡さんは会得していたりするんでしょうか?」

 

 

「俺は出来ていない」

 

 

 冨岡はきっぱりとそう言った。

 

 

「・・・そうですか」

 

 

「・・・」

 

 

 しのぶの残念そうな顔を見て、冨岡は炭治郎の事を言おうか迷った。

 

 この全集中・一点は炭治郎によって生み出されたものであるのは冨岡も鱗滝の手紙から既に知っている。

 

 喋るのが嫌いな冨岡だったが、炭治郎の名前くらいは出してやっても良いかとも一瞬だけ考えたが、彼は鬼を連れている関係上、鬼殺隊内でその存在が表沙汰になっては困る人間であるのも事実。

 

 やはり、ここは黙っておくべきだろうと、冨岡はその考えを引っ込めた。

 

 

(すまん、胡蝶)

 

 

 冨岡は心の中で胡蝶にそう謝っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日の呼吸 弐ノ型 碧羅の天

 

 

 

 伊之助は呆然とした様子で、炭治郎によって頚を切り落とされ、崩れ落ちて灰となる父蜘蛛を見ながらこう呟く。

 

 

 

「す、すげぇ・・・」

 

 

 

 あれから姉蜘蛛と接触した炭治郎と伊之助だったが、姉蜘蛛の方は脇目も振らずに2人から逃亡という選択肢を取る。

 

 原作通りならば、そこから姉蜘蛛が父蜘蛛をけしかけ、姉蜘蛛自身は2人を撒くことに成功しているのだが、放っておくと後顧の憂いになる上に、後からやって来る蟲柱──胡蝶しのぶに毒によって苦しんで死ぬなどという結末になるのは、流石に可哀想だと判断した炭治郎が姉蜘蛛に追い付き、背後から斬撃した結果、姉蜘蛛の頚は切り落とされ、原作よりも早く姉蜘蛛は退場した。

 

 その後、川の辺りで父蜘蛛が襲撃してきて伊之助が仕掛けたのだが、肉体そのものが硬かった為か、原作通りに刃は通らず、逆に窮地に陥りかけ、最終的に炭治郎が日の呼吸を使ってその頚を切り落としたという訳だ。

 

 そして、それを見た伊之助はこう思った。

 

 

(こいつ、つええ)

 

 

 伊之助の炭治郎の評価は最初、“悪い奴ではない”という程度のものであり、それほど強いとは思っていなかった。

 

 いや、正確には自分よりちょっとばかり強いとは思っていたのだが、大して差はなく、そのうち追い抜けるだろうと伊之助は考えていた。

 

 しかし、今回のこの父蜘蛛の討伐によって伊之助はその考えを改める。

 

 こいつは正真正銘の強い奴だ、と。

 

 

(何時か倒してぇな)

 

 

 認めたくはないが、今の自分では炭治郎には敵わない。

 

 それは今回の父蜘蛛の件で嫌でも実感させられた。

 

 まあ、そうでなくとも、子分だと思っていた為、よっぽどの事がない限り挑むつもりはなかったのだが、やはり強い奴を倒したいという思いは捨てられなかったのだ。

 

 しかし、前述した通り、今の自分では炭治郎には勝てないので、この山から帰還したらまた修行仕直そう。

 

 伊之助は心の中でそう決めていた。

 

 そして、そんな伊之助の心情など露知らず、炭治郎は残った那田蜘蛛山の敵について考える。

 

 

(姉蜘蛛と父蜘蛛も片付けたから、あと残っているのは下弦の伍ともしかしたら兄蜘蛛か。さて、どうしよ──)

 

 

 

ボッゴオオオン

 

 

 

 炭治郎が何事かを考えていた時、凄まじい轟音が遠くの方から響いてきた。

 

 

「ん?なんだ?」

 

 

 伊之助はその方向を向きながら首を傾げる。

 

 しかし、炭治郎の方は何が起きたかの察しがついていた。

 

 

(今のはおそらく霹靂一閃・六連。ということは、善逸が兄蜘蛛をやったか)

 

 

 炭治郎はそう思ったが、展開が原作とは違っている可能性もあったので、チラッと伊之助を見ながら善逸の救援に向かわせることを考えた。

 

 

「伊之助」

 

 

「ん?」

 

 

「ここからは二手に別れよう。伊之助はあっちの爆発のあった方に行ってくれ。俺はもう少し上に登ってみる」

 

 

 と言いながらも、これですんなり了承してくれるとは炭治郎も思っていないので、更なる煽り文句を頭の中で思案する。

 

 が──

 

 

「・・・良いぜ」

 

 

「は?」

 

 

「だからいいぜ。俺はあっちの爆発のあった方に行けば良いんだな?よっしゃあ!任せろ!」

 

 

 そう言うと、伊之助は先程の爆発源の方へと向かっていく。

 

 炭治郎はそれを見送りながら、少し拍子抜けしていた。

 

 

(なんだ?あれ?もう少し意地を張るかと思っていたんだけど・・・)

 

 

 原作を見るに、嘴平伊之助という存在はよく意地を張る人物として描かれている。

 

 だからこそ、簡単に人の言うことを聞いたりはしないと思っていたし、現に先程まではそんな感じだった。

 

 にも関わらず、さっきの伊之助はあっさりと自分の言うことを聞いたのだ。

 

 炭治郎は首を傾げるのも無理はなかった。

 

 

(何か心境の変化でもあったのかな?)

 

 

 炭治郎はそう思いながらも、下弦の伍を探しに山の上へと登っていった。



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那田蜘蛛山 参

西暦1915年(大正4年) 2月 那田蜘蛛山 中腹

 

 

(・・・困ったな。いったい何処に居るんだ?)

 

 

 炭治郎は一向に下弦の伍が見つからない現状に少しばかり焦っていた。

 

 と言うのも、あまりモタモタしていると、御館様直々の命令で送られてきた2人の柱が来る可能性があり、もしそっちに下弦の伍が遭遇してしまった場合、手柄が取られてしまうのだ。

 

 なので、早く下弦の伍と接触し、これを退治する必要があった。

 

 

(そもそも1度も会ってないな。なんでだ?原作では最初の初邂逅は母蜘蛛戦の時だったのに・・・) 

 

 

 炭治郎はそんな疑問を呈しながらも、下弦の伍を探すために更に奥へと入っていく。

 

 しかし、その時──

 

 

 

べペン

 

 

 

 突如として琵琶のような音が鳴り響き、それと共に障子が現れる。

 

 

「ッ!?」

 

 

 炭治郎はそれを見た途端に驚愕した。

 

 当然だろう。

 

 それは鳴女と呼ばれる鬼によって繋がる無限城への扉だったからだ。

 

 ちなみに無限城に常在する鬼というのは基本的に無惨と鳴女だけだ。

 

 いや、厳密に言えば無惨ですら無限城にずっと居るわけではないのだが、2年前のあれによって最近は無限城に居ることが多くなっていた。

 

 一応、十二鬼月は何かあれば招かれる地位とはなっているのだが、基本的に常在はしない。

 

 

「・・・」

 

 

 炭治郎は冷や汗を流す。

 

 その無限城から送られてくる鬼となると、最低でも下弦クラスの鬼だ。

 

 別にそれくらいなら何の問題もない。

 

 今の炭治郎は下弦の鬼では逆立ちしても勝てないレベルになっているのだから。

 

 だが、上弦の鬼となると少々事情は異なる。

 

 様々な技術を身に付けているとはいえ、炭治郎は未だ戦闘経験の点では熟練した領域にはない。

 

 その為、上弦相手でもその時の条件によっては負けてしまうのだ。

 

 それでも2年と少し前に家族を失いながらも最終的に無惨を撃退できたのは、あらかじめ来ることを想定して待ち構えていたからにすぎない。

 

 もし遭遇戦だったら、自分も家族と共に墓場行きだっただろう。

 

 まあ、その遭遇戦でも(しかも、弱体化無しの)無惨に勝てた人物は居るのだが、炭治郎はそこまで化け物レベルの実力を持っている訳ではない。

 

 そんなことが炭治郎の頭を巡っている間に、障子は開かれ、中から1体の鬼が出てくる。

 

 

 

 

 

 

 

「その耳飾り・・・お前が・・・あの方が言っていた日の呼吸の使い手か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言って炭治郎の前に現れたのは、右目に壱、左目に上弦と書かれた十二鬼月最強の存在──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上弦の壱こと黒死牟だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、炭治郎の推測通り、既に山の中に入っていた蟲柱と水柱の両名は、後から来た蟲柱の継子と共に負傷した隊士の治療と鬼の掃討を行い、隠は戦場の後始末を行っていた。

 

 が、鬼の掃討と言っても、彼らはほとんどすることがない。

 

 何故なら、この山に居た鬼は先行した部隊の増援に来たかまぼこ隊によって、その殆どが討伐されているし、残りは大物である下弦の伍の累だけという状態だったのだから。

 

 そして、その肝心の累だったが──

 

 

「──おめでとう、カナヲ」

 

 

 頚を切られ、灰となっていく下弦の伍の様子を尻目に、蟲柱はその頚を斬った自身の継子を褒め称える。

 

 その傍らには水柱の姿もあったが、彼もまた何処か感心しているようだった。

 

 

「これでお前の継子も柱か・・・」

 

 

 冨岡はそう呟く。

 

 基本的に十二鬼月を倒したものはすぐに柱になれる。

 

 一応、名目上は甲の隊士となることが条件となっているのだが、胡蝶カナエや時透無一郎などの飛び級で柱になった例は存在するのだ。

 

 もっとも、柱の上限は9人までとされていて、今現在それは全て埋まっているので、誰かがその地位を譲り渡さない限り、彼女が柱となることは無いのだが、冨岡は胡蝶しのぶが機会が有れば柱の地位を彼女に譲り渡す算段をしているのを察していた。

 

 まあ、そうでなくとも御館様が特例という形で10人目の柱として彼女を指名するかもしれなかったが、どちらにしろ、十二鬼月を倒した彼女はすぐに花柱として柱の席に座ることとなるだろう。

 

 

(そうなると、あいつも機会が有れば柱になれるのだろうか?)

 

 

 その脳裏に思い出すのは、かつて出会った鬼の妹を引き連れた自分の弟弟子。

 

 全集中・一点という柱どころか、あの鱗滝ですら満足に会得できないものを完成させた驚異の人物。

  

 冨岡は出来ればその人物に“空きとなっている水柱”を継承して欲しかった。

 

 ・・・もっとも、当の炭治郎からしてみれば、冨岡の考えは傍迷惑でしかない。

 

 何故なら、彼が使うのは水の呼吸ではなく日の呼吸なので、柱となるにしても水柱ではなく日柱だろうし、本人もそのつもりだったのだから。

 

 冨岡がそんなことを考えているとは露知らず、しのぶはカナヲから視線を外すと、冨岡に向かって声をかける。

 

 

 

 

 

「さて、残りの鬼を掃討しに──

 

 

 

 

 

 

 

 行きましょうか。 

 

 そう言おうとしたしのぶの言葉は、直後にやって来た轟音によって遮られた。

 

 

 

 

 

ドッゴオオオオオオオオオオオン

 

 

 

 

 

 ──先程の雷の呼吸 霹靂一閃 六連の衝撃をも上回る轟音。

 

 それによって熱風とも言うべき(・・・・・・・・)色合いをした(・・・・・・)暴風が発生し、冨岡達の居る辺りにも吹き荒れる。

 

 

「ッ!」

 

 

 その衝撃波に冨岡達は吹き飛ばされそうになったが、どうにか堪えることに成功した。

 

 

「・・・なんだったんでしょう?今の」

 

 

 衝撃波が完全に過ぎ去った後、しのぶは思わずそう呟く。

 

 

「・・・行くぞ」

 

 

 しかし、冨岡はすぐにそれが戦闘が行われているというサインだと察し、加勢に向かうためにそちらに足を進めようとする。

 

 が、その直前、鎹烏が襲来し、ある事実を告げた。

 

 

『カァー。上弦ノ壱襲来。カァー、現在、癸ノ隊士・竈門炭治郎ガ応戦中。カァー、付近ノ隊士ハ救援ニ向カエ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇少し前

 

 

(嘘だろ。こんなところで現れるのかよ)

 

 

 今の状況は考えられる事態の中でも最悪のものだった。

 

 よりによって、十二鬼月最強の黒死牟が現れてしまったのだから。

 

 いや、厳密には日の呼吸を恨んでいるという関係上、いずれは黒死牟と対峙することも想定してはいたのだが、鬼舞辻無惨や他の上弦の対策を考えていたせいで、その存在を無意識のうちに忘れてしまっていたのだ。

 

 そのツケを今、炭治郎は払わされることになっていた。

 

 

「・・・」

 

 

「・・・」

 

 

 お互いにじっと睨み合う。

 

 しかし、黒死牟は既に憎悪と怒りで殺る気満々の様子であり、こちらが下手に動けば、すぐにでも戦闘は始まるのは間違いない。

 

 

「・・・1つ、聞いて良いか?」

 

 

「・・・なんだ?」

 

 

「どうやって俺がここに居るのが分かった?」

 

 

 炭治郎は疑問に思った事を聞く。

 

 鬼舞辻無惨は鬼の始祖であり、全ての鬼の視覚、記憶、位置、場合によっては思考すら読むことが出来る。

 

 しかし、それは出来るというだけであり、無惨が読もうと思わなければ読むことが出来ない。

 

 実際に原作では浅草で出会ったことで無惨は炭治郎の生存に気づいたが、もし全ての鬼の視覚や記憶が常に共有されているのであれば、無惨に会う前に炭治郎が出くわした鬼の視覚や記憶から浅草で出会う前に炭治郎の生存には気づいていた筈だ。

 

 加えて、鳴女の能力はあらかじめ送る位置が設定されていなければ送ることは出来ない。

 

 どうやって自分の座標を知ることが出来たのか?

 

 それが炭治郎の疑問だった。

 

 もちろん、この炭治郎の疑問に解答する義務は黒死牟には無いのだが、何故か彼は律儀にこう答える。

 

 

「累は・・・あの方の・・・お気に入りだ・・・加えて・・・お前が2年前に・・・あの方を撃退してから・・・あの方は十二鬼月全ての鬼の感覚を・・・共有させている」

 

 

「ッ!?」 

 

 

 その言葉を聞いて、炭治郎は鬼側の状況をなんとなく察した。

 

 累が無惨のお気に入りだというのは原作知識がある炭治郎からしても周知の事実だ。

 

 おそらく、炭治郎が下弦の伍と出くわさなかったのも、無惨が炭治郎の位置が出来るだけ分かる範囲で彼と接触するのを避けるように指示したからだろう。

 

 まあ、それなら鳴女で下弦の伍を回収して別の鬼を監視役として送り込めば良いだろうとも思うが、そこが無惨が頭無惨と言われる所以でもある。

 

 

「話は・・・終わりか?」

 

 

「・・・ああ」

 

 

「では・・・参る!」

 

 

 ──黒死牟のその言葉と共に、両者はほぼ同時に相手へ向けて駆け出していった。



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那田蜘蛛山 肆

西暦1915年(大正4年) 2月 那田蜘蛛山

 

 

 

月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮

 

 

 

日の呼吸 壱ノ型・改 円舞一閃

 

 

 

 両者が放った第一撃は、奇しくもお互いの呼吸の壱ノ型(炭治郎の方はその改良だが)だった。

 

 そして、黒死牟が放った技は見た目は単純な横凪ぎの斬撃だが、原作では霞柱である時透無一郎の左手を斬り飛ばした技であり、その速さは異次元と評される程のものだ。

 

 対して、円舞一閃は鱗滝に見せた時のような全集中・一点を行って放った技ではないため、今回は“空”ではないがためにエフェクトこそあるものの、あの時のような威力も速さもない。

 

 しかし、それでもこの斬撃は下弦の鬼であれば反応すら出来ないし、上弦の鬼でも回避は困難な上に、もし斬撃を頸に受けたりすれば弐以下の鬼はあっという間に頸を切り落とされるという恐ろしい代物だ。

 

 だが、上弦の壱の前ではそれは些か力不足と言えた。

 

 故に──

 

 

「ぐっ!」

 

 

 横凪ぎの技と共にやって来る三日月の斬撃こそどうにか相殺したものの、炭治郎は単純な力で競り負けた結果、衝撃に耐えきれずに後方へと吹き飛ばされる。

 

 

 

月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月

 

 

 

 そこへ黒死牟が更なる追撃を行い、3つの取り囲むような斬撃が炭治郎へ向かっていく。

 

 

 

日の呼吸 参ノ型 列日紅鏡

 

 

 

 しかし、炭治郎も伊達に透き通る世界を身に付けている訳ではなく、素早く体勢を立て直して迎撃を行う。

 

 そして、その2連撃の左右水平斬りにより、どうにかそれを相殺した。

 

 

(危ないな。これはある意味、2年前の無惨の時より面倒だぞ)

 

 

 炭治郎はそう思った。

 

 2年前のあの時は無惨に日の呼吸のトラウマを利用することによって、攻撃よりも回避に専念させることができ、戦闘中に家族を失うという重大な失態を犯しながらも、どうにか撃退できたのだが、この男は無惨とは違い、日の呼吸を憎んではいてもトラウマは無いので、それが通じない。

 

 しかも、透き通る世界を通しているのでこちらの攻撃も先読みされてしまう。

 

 原作の悲鳴嶼のように自身の血流を操作して欺くなどということが出来れば良いのだが、あれは初見殺しに近いし、そもそも炭治郎にはそんな事は出来ない。

 

 

(どうする?下手に攻撃も出来ないとなると、いよいよもって打つ手が無いぞ)

 

 

 炭治郎はそう思っていたが、実を言うとこの時、黒死牟も同じような事を思っていた。

 

 

(やはり・・・日の呼吸は厄介だ・・・他の呼吸ならば・・・無理をしてでも・・・仕留められているものを)

 

 

 黒死牟は歯噛みしながらそう思った。

 

 憎んでいる相手の呼吸だけあり、彼は日の呼吸の事をよく理解している。

 

 そして、彼が恐れているもの。

 

 それは日の呼吸特有の鬼の再生阻害効果だ。

 

 通常の呼吸ならば赫刀でも用意しないと鬼の再生の阻害は出来ないのだが、日の呼吸は赫刀抜きでも鬼の再生の阻害が可能だった。

 

 それは鬼の肉体再生というアドバンテージを大きく崩す要素であり、もしこのまま腕が切り落とされたりした場合、黒死牟のような上弦の鬼でも回復までにはどれ程急いでも1分は掛かってしまうのだ。

 

 

(ここには・・・鬼殺隊士が・・・多く居る・・・奴等に介入されると・・・面倒だ)

 

 

 更に不味いのが、この那田蜘蛛山という山が鬼殺隊によって制圧されつつある状況だ。

 

 何時もなら問題はない。

 

 仮にこの山に居る炭治郎以外の柱2人を含めた鬼殺隊士を殺せと言われれば、問題なく実行できる自信がある。

 

 しかし、ここで炭治郎に日の呼吸による手傷を負わされてしまうと、万が一という事も有り得てしまうのだ。

 

 

(そうなると・・・一旦・・・距離を取って・・・戦ってみるか)

 

 

 黒死牟はそう考える。

 

 しかし、またもや奇しくも、炭治郎は彼と同じような事を考えていた。

 

 

(このまま下手に接近戦をすると不利だ。となると、少し距離を取った攻撃をしてみるか)

 

 

 僅かな時間の間に、全く同じような事を考えた両者。

 

 そして、2人はこれまた全く同じタイミングで技を放つ。

 

 

 

月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍

 

 

 

日の呼吸 肆ノ型 灼骨炎陽

 

 

 

 そして、月の無数の斬撃と日の熱風が衝突した時、凄まじい爆風と轟音が周囲に巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの爆風が巻き起こった後、当然のことながら2人の柱はその上弦の壱が居るという現場に向かう。

 

 ちなみにカナヲは置いてきた。

 

 先程、下弦の伍を倒したとはいえ、流石に上弦レベルの相手は不可能だと判断されたし、巻き込まれないように撤退する隠の部隊の護衛も必要だったからだ。

 

 

(上弦の壱、か。癸の隊士が交戦中との事だが、流石にその位の強さとなると癸の隊士では生き残れまい)

 

 

 上弦の壱が居るという位置に移動しながら、義勇はそのような事を考えていた。

 

 実際、癸の階級で下弦の鬼を倒したというのは前例があるのだが、上弦の鬼に遭遇して生き残った癸の隊士というのは前例がない。

 

 何故なら、上弦は才能でどうこうできるレベルの強さではなく、経験不足な癸の隊士ではまず生き残れないからだ。

 

 ましてや、その上弦のトップとなると、尚更生きている可能性は低い。

 

 

(だが、もし生きているようならば・・・)

 

 

 どういう経緯で生き残ったにせよ、間違いなく柱になれる。

 

 冨岡にはそのような確信があった。

 

 まあ、そもそも上弦と戦って生き残るなど、柱ですらほぼ無理だったので、冨岡がそう思うのも別段不自然な話でもないのだが。

 

 そして、2人は炭治郎と上弦の壱が居る場所までやって来た。

 

 しかし、そこには──

 

 

 

 

 

 

「なんですか、これ?」

 

 

 

 

 

 

 ──柱ですらほとんど(・・・・・・・・)目で捉えることが(・・・・・・・・)出来ない(・・・・)戦闘を繰り広げる上弦の壱と炭治郎の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ 

 

 爆風によって、文字通り煙に巻かれた2人。

 

 だが、両者とも透き通る世界によって相手の位置は既に捉えていた。

 

 

「今の・・・うちだ」

 

 

 黒死牟はそう言いながら、炭治郎との距離を一気に詰める。

 

 この爆風で視界が悪いうちに炭治郎を斬ってしまおうと考えたのだ。

 

 ・・・しかし、ここで黒死牟にとって誤算だったのが、炭治郎が透き通る世界を会得していたことだった。

 

 というのも、先程の攻防ではお互いに型こそ繰り出したものの、ろくな斬り合いをしていなかったので、戦闘情報が少なすぎてそれが分からなかったのだ。

 

 加えて、ここ数百年の間に透き通る世界に入った者は久しく見なかった上に、相手に痣が無いこともあって、“こいつも透き通る世界に入っている覚醒者ではない”と勝手に錯覚してしまっていた。

 

 そして、そのまま不用意に近づいてしまった結果、炭治郎の攻撃を受けることとなる。

 

 

 

日の呼吸 拾弐ノ型 炎舞

 

 

 

 炎舞。

 

 それは壱ノ型の円舞と読み方こそ同じだが、技の内容は全く違い、こちらは上下の高速2連撃の技だ。

 

 横凪ぎの技ではないので、相手が横の姿勢で無い限り、鬼の頸は取れない技なのだが、相手の手足を切り落とすには十分な技だった。

 

 そして、最初の降り下ろす斬撃はどうにか反応した黒死牟によってかわされたものの、続く振り上げる攻撃は炭治郎が距離を詰めてから放ったお蔭もあって黒死牟の胸元に傷を付ける。

 

 だが、そこで炭治郎は追撃を仕掛けた。

 

 

 

日の呼吸 拾ノ型 火車

 

 

 

 両手で陽炎を纏った刀を持ちながら前方に宙返りする一撃。

 

 これによって、黒死牟は肩口を切り裂かれ、ダメージを負う。

 

 が──

 

 

「ふんっ!」

 

 

 型では埒が明かないと見たのか、黒死牟は反撃として通常の斬撃を行ってくる。

 

 炭治郎はそれをどうにか受け止めるが、力の差もあって後方に仰け反る。

 

 

(不味い!?)

 

 

 体勢を崩されたことに焦りの色を浮かべる炭治郎。

 

 しかし、そこに無慈悲にも黒死牟は止めを刺すためなのか、月の呼吸の技を放つ。

 

 

 

 

 

 

 

月の呼吸 玖ノ型 降り月・連面

 

 

 

 

 

 

 

 ──月の無数の斬撃が炭治郎に向かって降り注ごうとしていた。



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那田蜘蛛山 伍

西暦1915年(大正4年) 2月 那田蜘蛛山

 

 那田蜘蛛山にて激戦とも言うべき戦いを繰り広げる黒死牟と炭治郎。

 

 しかし、炭治郎の体勢は崩され、そこに黒死牟の放った月の呼吸の斬撃が無数に向かい、炭治郎の命が尽きる時はすぐそこまで来ているかに思われた。

 

 

 

日の呼吸 拾壱ノ型 幻日虹

 

 

 

 だが、前述したように、伊達に透き通る世界を身に付けている訳ではなく、すぐさま日の呼吸の回避技を使い、斬撃の回避に移った。

 

 加えて、幸いなことに相手の放った技である玖ノ型 降り月・連面はそれほど攻撃範囲が広い技ではなかった為に、どうにか炭治郎は回避に成功する。

 

 が──

 

 

「がっ!」

 

 

 流石に無傷では済まず、軽い掠り傷を幾らか負ってしまう。

 

 思わず苦悶の声をあげる炭治郎だったが、相手はそれを待ってくれず、炭治郎に向かって通常の斬撃を行おうとして来る。

 

 が、炭治郎はすぐにその前に呼吸で止血して痛みを柔らげると、その斬撃にどうにか対応し、受け止めることに成功した。

 

 この間、僅か0、1秒弱。

 

 これほど短い時間の間に掠り傷とは言え、複数の傷をほぼ同時に止血し、尚且つ向かってきた相手の斬撃を受け止めるという芸当をこなす炭治郎の呼吸技術は相当なものであることが伺える。

 

 

 

ガキーン、ガキーン、ガキーン

 

 

 

 剣の打ち合う音が森に鳴り響く。

 

 こうしてみると、ただ剣をその場で叩き合っているかのように思えるが、実際はそうではなく周囲を縦横無尽に動きながら打ち合っている。

 

 まあ、そもそもただ打ち合っていたら、腕力で負ける炭治郎はあっという間に腕が痺れてあの世への切符を手に入れる事になってしまっただろうが。

 

 

(くそっ!斬撃が重い上に全く隙がない!!)

 

 

 しかし、炭治郎にとっては黒死牟の斬撃は重く、打ち合う毎に手に痺れが来る。

 

 おまけに全く隙は見当たらず、頸を切るタイミングが見つからない上に、そもそも頸に斬撃が入ったとしても、今の段階では落とせるのかどうかすら怪しい

 

 考えてみれば当然の話だった。

 

 原作では黒死牟は岩柱、霞柱、風柱、不死川玄弥の4人によって倒されているが、逆に言えば4人がかりでようやく勝利できたという事でもあるのだ。

 

 しかも、風柱には痣が出現していて、岩柱と霞柱に至っては痣に加えて透き通る世界にまで達していた上に、不死川は鬼喰いによって黒死牟の能力を吸収している状態で、だ。

 

 普通の上弦なら、これだけの戦力が揃っていればひとたまりもないのだが、それを相手に出来てしまうのが黒死牟という存在だった。

 

 しかも、その4人の内、最終的に霞柱と不死川玄弥の2人を葬ることに成功したことを鑑みれば、どれほど黒死牟が凄い存在だったのかが分かるだろう。

 

 

(このままじゃ、不利だ。一旦距離を取ろう!)

 

 

 このまま接近戦を行っては不利だと判断した炭治郎は、一旦距離を取ることを決意する。

 

 その直後、炭治郎は黒死牟との距離を至近距離まで詰めた。

 

 

「!?」

 

 

 突然の事にほんの一瞬だけ驚いた黒死牟だったが、すぐに冷静になり、横凪ぎの斬撃を炭治郎に向かって繰り出す。

 

 しかし、それが当たる直前に炭治郎はジャンプし、黒死牟を飛び越える。

 

 そして──

 

 

 

日の呼吸 漆ノ型 斜陽転身

 

 

 

 宙返りして水平に刀を回し、そのまま黒死牟の頸を狙う。

 

 しかし、黒死牟はこれにも冷静に対応し、刀は黒死牟の頸に届く前に受け止められた。

 

 だが、それは炭治郎にとっても想定内であり、炭治郎はその反動を利用して、一気に黒死牟から距離を取りつつ新たな技を繰り出す。

 

 

 

日の呼吸 肆ノ型 灼骨炎陽

 

 

 

 先程、爆風を引き起こす要因にもなった技。

 

 それにより再び日の炎が黒死牟に襲い掛かろうとするが、黒死牟が黙ってそれを受け止めるという選択肢を取る筈もなく、すぐさま回避してダメージを避けた。

 

 しかし、その間に炭治郎は更に距離を取ったことで、両者はその距離を離し、状況は振り出しへと戻る。

 

 

「・・・」

 

 

「・・・」

 

 

 睨み合う両者。

 

 しかし、この時、どちらもその内心ではかなりの焦りがあった。

 

 炭治郎の方はこのままやり続ければ、いずれ自分の体力が尽きて負けると自覚していたし、黒死牟の方も、もうすぐ鬼が活動できなくなる時間帯である夜明けが近づいていることもあって、炭治郎を殺すのを急ぐ必要があったのだ。

 

 その焦りから、炭治郎は黒死牟という敵に集中することしか出来ず、黒死牟の方は周囲に柱が居ることに気づいてはいたが、彼もまた焦りから敢えて無視して炭治郎の方に意識を集中させている。

 

 つまり、両者は意識・無意識問わず、目の前の敵に集中することしか出来なかったのだ。

 

 ──しかし、だからこそ、彼らは乱入者に気づくことが出来なかった。

 

 

 

水の呼吸 壱ノ型 水面斬り

 

 

 

蟲の呼吸 蜂牙の舞い 真靡

 

 

 

 それは先程から傍観者に徹していた(と言うより、徹せざるを得なかった)冨岡としのぶだった。

 

 両者はそれぞれ技を繰り出しながら、黒死牟に攻撃を仕掛ける。

 

 

「!?」

 

 

 突然の奇襲(となった攻撃)に驚いた黒死牟だが、それでも素早く対応に移ったが、流石に回避は不可能だった為、まず最初にやって来たしのぶの突きが黒死牟に命中した。

 

 しかし、その後の冨岡の攻撃についてはしっかりと受け止めることに成功し、どうにか危機的状況は免れる。

 

 が──

 

 

「ぬっ!」

 

 

 受け止めた直後、しのぶの剣の刃先に付いていた毒が黒死牟の体を巡る。

 

 もっとも、黒死牟は上弦の壱。

 

 今のしのぶ程度が調合した毒など、あっという間に分解してしまったが、ほんの一瞬だけ動きが鈍ってしまった。

 

 そして、その隙を冨岡は見逃さない。

 

 

 

水の呼吸 捌ノ型 滝壺

 

 

 

 水の呼吸の中でも最上級の振り下ろし攻撃。

 

 しかも、柱クラスのものとなると、上弦の鬼ですら危ない攻撃力を秘めている。

 

 それをもってしても黒死牟の体に刀を食い込ませるのが手一杯であったが、先程、炭治郎の火車を受けた体の傷が僅かながらに残っており、そこに食い込ませることによって、左手を切り落とす事に成功する。

 

 しかし、その後に反撃の兆候が有ったこともあって、冨岡はすぐに刀を黒死牟から放して距離を取ったのだが、その頃には黒死牟も左手を切り落とされた状態ではあったものの、どうにか体勢を建て直しており、月の呼吸による反撃を開始した。

 

 

 

月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間

 

 

 

 それは一振りで周囲に無数の斬撃を発生させる技。

 

 しかも一瞬で周囲に斬撃が行き渡るため、斬撃を見切るどころか、間合いの外に出ることすら難しいというチート技だ。

 

 もしこれを受けたりすれば、至近距離に居る冨岡としのぶは勿論、それより少し後方ではあったが、大して距離を離していない炭治郎は無数の斬撃で切り刻まれることになっただろう。

 

 しかし──

 

 

 

水の呼吸 拾壱ノ型 凪

 

 

 

日の呼吸 肆ノ型 灼骨炎陽

 

 

 

 冨岡はその場で御自慢の技である凪を、炭治郎は盾になるようにしのぶの前に素早く出て今日3度目の灼骨炎陽を展開する。

 

 ──そして、再び爆風が巻き起こり、衝撃波と斬撃が辺りを蹂躙することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ちっ」

 

 

 黒死牟は2つの事に舌打ちをした。

 

 1つはこの技で相手を仕留めきれていないことを透き通る世界で確認したこと。

 

 そして、もう1つは時間切れだということだ。

 

 まもなく夜明けが来て、太陽を遮る木々が先程の技によって根こそぎ伐採されたこの周辺はあっという間に太陽の光によって照らされてしまうだろう。

 

 そうなれば黒死牟と言えども終わりだ。

 

 

「今回は・・・退こう・・・だが・・・何時か必ず殺す」

 

 

 黒死牟がそう言った直後、琵琶の音が鳴り、黒死牟は無限城へと回収されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ありがとうございます」

 

 

「えっ、何がですか?」

 

 

 朝日が登った後、周囲の安全を確認した面々は下山を始めていたが、そこでしのぶは炭治郎にお礼を言う。

 

 しかし、炭治郎の方はと言えば、なんのことか分からずに首を傾げている。

 

 

「あの時の攻撃から守ってくれた事ですよ。あれが無かったら、私は切り刻まれていました」

 

 

「ああ、その事ですか」

 

 

 ようやく納得がいった炭治郎。

 

 しかし、そのお礼を受け入れる気は炭治郎には無かった。

 

 

「あれは近くにたまたまあなたが居たから守れただけですよ。別にお礼を言われるような事ではありません」

 

 

 炭治郎はそう言ったが、これは本音でもあった。

 

 実際、炭治郎がしのぶを助けられたのは彼女がたまたま近くに居たからにすぎない。

 

 もしあと10メートル距離を離していれば、間に合わずに彼女を見捨てることになっていただろう。

 

 それほどギリギリの判断だった。

 

 

「それでもですよ。本来なら、柱である私が新人を守らなくてはいけませんでしたから」

 

 

「・・・はぁ、そうですか」

 

 

 しのぶの言葉にも炭治郎は気の無い返事をする。

 

 これを一見しただけでは、炭治郎が冷たいようにも思えるが、一応彼も彼女のセリフそのものには感動していた。

 

 ただ心に響かなかっただけだ。

 

 そもそも彼女は笑顔を浮かべてはいるが、原作炭治郎が指摘した通り、何時も怒っており、偽物の笑顔を浮かべて言うその言葉ははっきり言って軽い。

 

 炭治郎は直に話してそう確信した。

 

 

(それに、原作ではかなり冷たい性格だったからな)

 

 

 炭治郎は原作を思い出す。

 

 一応、治療施設の長をしていることから負傷者や死人の事を思いやってはいるのだが、それ以外の人間に対しては例外を除いてほぼ無関心を貫いているように見えた。

 

 原作でしのぶが『癸の隊士が数名、山に入ったようですが、もう死んでいるかもしれませんねぇ』という台詞を吐いたが、その当人からしてみれば勝手に死んだことにされて面白く思うわけがないし、自分がその本人となった以上は尚更だ。

 

 そういうわけで、炭治郎は一種の苦手意識を彼女に対して持っていた。

 

 しかし、そこで炭治郎はあることを思いだし、しのぶに聞く。

 

 

「あの・・・」

 

 

「ん?なんですか?」

 

 

「この山にもう1体の十二鬼月・・・下弦の伍が居た筈ですが、それは?」

 

 

「ああ、それならカナヲ・・・私の継子が倒しましたよ」

 

 

「そう、ですか」

 

 

 同期に先を越されていた事実を知らされ、炭治郎はがっくりと来た。

 

 

(はぁ。まあ、いっか。今はこの那田蜘蛛山の一件を乗りきったことを安堵するべきか)

 

 

 炭治郎はそう思うことで自分を慰める事にし、他の面々と共に山を降りていった。



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柱合会議(裁判?)

西暦1915年(大正4年) 2月 産屋敷邸 周辺 

 

 

(なんでこうなってる?)

 

 

 産屋敷邸の中を歩きながら、炭治郎は自問自答していた。

 

 ちなみに隣には炭治郎の師?である鱗滝左近次が禰豆子の入った籠を抱えながら歩いており、前方には第97代産屋敷家当主・産屋敷輝哉その息女であるくいな、かなたの2人と共に柱合会議の場に向かって歩いている。

 

 そして、禰豆子の箱を持ってきている時点で何が起ころうとしているかは分かるだろう。

 

 そう、原作の柱合裁判だ。

 

 まあ、あの時と違って炭治郎は拘束された状態で柱達の前に居たりはしていないので、それよりは状況がマシだったが、これから起こることを考えれば心が休まる筈もない。

 

 そもそも何故この場で公表することになったかと言えば、丁度半年に1度の柱合会議の場が有った為に輝哉がそのタイミングに合わせて禰豆子の存在を柱達に知らせようと考えたからだ。

 

 その為に禰豆子の預け主である鱗滝左近次も呼ばれていた。

 

 が、言うまでもなく炭治郎にとっては傍迷惑も良いところだ。

 

 そもそも禰豆子を鱗滝左近次の元に預けたのも、戦闘に邪魔な要素を少しでも排除したかったのもあるが、それ以上にバレるリスクを少なくしたいという思惑があったからだった。

 

 よくよく考えれば、禰豆子の存在が鬼殺隊にバレて良いことなど1つも無いのだから。

 

 つまり、知らぬが仏、バレなければどうということはない。

 

 そう考えていた炭治郎だったが、世の中そう都合よくは行かないらしいということが、今回の事でよく分かった。

 

 

(くそっ!これが歴史の修正力ならぬ原作の修正力という奴なのか!?)

 

 

 炭治郎は半ば現実逃避気味にそう思っていたが、同時にもう1つの要素もこの柱合会議で公表される要因となったことも察していた。

 

 そして、その要因とは──

 

 

(まさか、禰豆子がこの段階で太陽を克服してしまうとは・・・) 

 

 

 そう、実は鱗滝が目を放していた際に禰豆子はうっかり日向に出てしまい、その際に太陽を克服してしまったのだ。

 

 原作では刀鍛冶の里の時に禰豆子は太陽を克服しているので、あと10ヶ月くらいは先の話だった筈なのだが、この時点で太陽を克服したのは流石に誤算だった。

 

 

(・・・仕方ない。一応、バレた時のための訓練(・・)はしてあるし。おまけに刀は手元にある。いざとなれば力づくで止めよう)

 

 

 炭治郎はそう思いながら、2人と共に柱合会議の席へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柱合会議。

 

 それは半年に1度行われる文字通り、柱の面々が集められて行われる会議のこと。

 

 

「・・・」

 

 

 そんな中、蟲柱の横で佇んでいる彼女の継子が柱達の注目を集めていた。

 

 この柱合会議には本来なら継子ですら参加を許されていない。

 

 しかし、今回、下弦の伍を討伐したことの功績を盾に、しのぶは時透無一郎を例に出して新たな柱──花柱への就任を願い出ようとしていた。

 

 無論、柱の空きは既に埋まってしまっているので、自分の席を譲るつもりで。

 

 

「おい、胡蝶。そいつが新しく柱になる奴か?」

 

 

 しのぶにそう話しかけてきたのは音柱──宇髄天元。

 

 とにかく派手な事が好きであり、元忍ではあるが、隠密行動が多い筈の忍の風上にも置けない男であった。

 

 

「ええ、正確にはこれから御館様にお願いをするのですが、昨晩、下弦の伍を撃破しましたので」

 

 

「ほう!それはなかなか凄いな!最近の隊士は質が落ちてしまったと思っていたが、時透少年といい、まだまだ捨てたものでは無いらしいな!!」

 

 

 そう言ったのは炎柱──煉獄杏寿郎だった。

 

 どうやら彼もまた最近の隊士の質の低下には懸念を示していたらしく、新たな柱の誕生の可能性に素直に喜んでいる。

 

 

「はい、自慢の妹です」

 

 

 しのぶはきっぱりとそう断言した。

 

 なんだかんだ言って、彼女は義妹であるカナヲを家族として愛していたのだ。

 

 その家族が褒められて悪い気はしていなかった。

 

 もっとも、褒められた当のカナヲは顔色1つ変えず、何も喋る様子がなかったが。

 

 そして、同時にある事実も告げる。

 

 

「ですが、カナヲの同期にはもっと凄い子も居るみたいでしたよ?」

 

 

「ほう?それはどういう奴だ?」

 

 

「その子は下弦の伍を討伐した山と同じ場所に現れた上弦の壱と互角に戦っていました。・・・柱として恥ずかしいことですが、あの子が居なければ私は死んでいたと思います」

 

 

 しのぶはそう言ったが、それには柱達の全員が驚くことになった。

 

 それはそうだろう。

 

 なにしろ、今から4年前には歴代最強の女柱と言われた胡蝶カナエが十二鬼月の中で2番目に強いとされる上弦の弐に敗れ、途中で(・・・)介入してきた存在(・・・・・・・・)によって、どうにか生還はしたものの、肺に重大な傷を負ったことにより花柱引退にまで追い込まれている。

 

 そして、上弦の壱と言えば、当然のことながら上弦の弐以上に強い。

 

 それと互角に戦うなど最低でも柱レベル、いや、もしかしたら現鬼殺隊最強の岩柱すら越えている可能性があるという事だ。

 

 そんな存在が現実に居るなど、柱達からしてみれば信じがたいことでもあった。

 

 

「何かの間違いだろう。そんな存在が居る筈がない」

 

 

 そう言うのは蛇柱──伊黒小芭内。

 

 普段からねちっこい言い回しをしているが、そのくせ好きな同僚──甘露寺には告白の1つも出来ないという戦い以外では実にチキンな男であった。

 

 

「南無・・・それが本当であれば喜ばしいことだが、にわかには信じられんな」

 

 

 伊黒に続く形でそう言ったのは、今代の鬼殺隊最強の男──悲鳴嶼行冥。

 

 元坊主だが、過去の経緯から何処ぞの“るろうに”の話に出てくる破戒僧に存在が近く、かなり独善的な思考を持っている男だった。

 

 

「でも、確かに──

 

 

「「御館様のお成りです」」

 

 

 しのぶの言葉は2つの声帯によって遮られ、柱達は慌てるかのように跪く。

 

 そして、数秒後、御館様がその場へと登場した。

 

 

「──よく来たね、私の可愛い剣士(子供)たち。おはよう、みんな。今日はとてもいい天気だね、空も青いのか? 顔触れが変わらずに、半年に一度の柱合会議を迎えられたことを嬉しく思うよ」

 

 

「お館様におかれましても、ご壮健でなによりです。益々のご多幸を、切にお祈り申し上げます」

 

 

 御館様の言葉にそう答えたのは風柱──不死川実弥だった。

 

 どう見てもヤクザのような風貌であり、このようなセリフは似合わないのだが、どうやら御館様にはある程度の忠誠を誓っているようだ。

 

 

「うん、ありがとう。早速だけど、今日は紹介したい人が居るんだ」

 

 

「紹介したい人物、ですか?」

 

 

「うん。じゃあ、こちらに来てくれないか」

 

 

「「はい」」

 

 

 御館様がそう言った直後、2人の人物が居間へと入ってくる。

 

 1人は鱗滝左近次。

 

 水柱である冨岡の師であり、元水柱でもあり、現在は育手を勤めている人間でもある。

 

 そして、もう1人は──

 

 

(あれ?あの子は──)

 

 

 しのぶはその人物に見覚えがあった。

 

 まあ、当たり前だろう。

 

 つい数時間前に自分を助けてくれた人物なのだから。

 

 それと同時にこの場に呼ばれたことも、なんとなく納得出来た。

 

 おそらく、上弦の壱の情報を話すためにこの場に呼ばれたのだろう。

 

 しのぶはそう考えていたが、それは半分合っていて、半分は間違っている推測だった。

 

 そして、炭治郎が来たことに驚いている人物は実はもう1人居る。

 

 

「炭治郎?」

 

 

 それは意外なことに霞柱──時透無一郎。

 

 実は数年前、炭治郎と無一郎は1度だけ会ったことがあり、その時炭治郎が渡した日輪刀によって兄弟は無事に生存できた(・・・・・)という経緯があった。

 

 特徴がある顔だった為、顔も名前も覚えていたのだが、まさか鬼殺隊に入っているとは思わなかった上に、何故この場に呼ばれたのか分からず困惑している。

 

 そして、そんな中、御館様は口を開く。

 

 

「では、左近次。よろしく頼むよ」

 

 

「はい」

 

 

 鱗滝はそう言うと、持っていた箱の中身を開く。

 

 すると──

 

 

「「「「「「「「!!!?」」」」」」」」

 

 

 冨岡を除く8人の柱達は驚いた。

 

 それはそうだろう。

 

 その箱の中には自分達が殺すべき存在──鬼が居たのだから。

 

 特に風柱と蛇柱に至っては、早速殺気を向け始めている。

 

 

「これは・・・どういうことですかな?」

 

 

 柱達を代表する形で悲鳴嶼が御館様に聞く。

 

 しかし、表面上では冷静さを装ってはいるが、内心では若干動揺しており、件の鬼を何時でも殺せるように斧を握り締めている。

 

 

「うん、実を言うとね。人を喰わない鬼を見つけたんだ。みんなには彼女──禰豆子の事を認めて欲しいと思ってる」

 

 

 殺気立つ柱達の前で御館様は朗らかにそう言った。



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柱合会議(裁判?) 弐

西暦1915年(大正4年) 2月 産屋敷邸

 

 

『禰豆子の事を認めて欲しいと思ってる』

 

 

 その御館様のお願いのような言葉を聞きながら、炭治郎は内心でこう思った。

 

 

(なんで、わざわざこんなお願いのような言い方で言うんだろうな)

 

 

 それは炭治郎が原作を見た時から不思議に思っていたことだった。

 

 普通、こういうのは鬼殺隊のトップである御館様が決めたことなら、反対はしても御館様がそう決断した理由くらいは聞くものだ。

 

 こういうイエスマンだけでは無いところが鬼殺隊の良いところでもあり、これが無ければ鬼殺隊は消滅していただろうという話は前世で炭治郎も聞いたことがあったが、ぶっちゃけこれだけの脳筋集団だったらイエスマンだろうと、そうでなかろうと大して変わらないというのが炭治郎の今の感想だった。

 

 

(・・・よく考えたら、そもそも鬼滅の刃世界って、戦略面で頭を使う場面なんてほとんど無いよな?それを考えると、ますますイエスマン以外要らない気が・・・)

 

 

 炭治郎はそう思った。

 

 そう、現実的に見て鬼滅の刃世界というのは、戦術面はともかく、戦略面では頭を使う場面などほとんど無い。

 

 精々が最終局面の無限城くらいなものだろうし、それにしたって産屋敷家の担当であり、鬼殺隊の幹部クラスである筈の柱が戦略面で頭を使う場面はついぞ無かった。

 

 まあ、たった数百人という組織規模で日本全体を回らなければならないので戦力の分散は仕方ないとも言えたし、そもそも上弦の鬼の潜伏先が分からない上に無限城に引きこもっている鬼も居たので、討伐のための作戦が立てられないという事情もある。

 

 それ故に仕方の無いこととも言えるのだが、それを考えると、ますますイエスマンでも実力さえ有れば問題ない気がしてきた。

 

 

(いや、イエスマンだけだと戦術面でも影響が出て問題があるのか?・・・難しい問題だな)

 

 

 炭治郎がそんなことを考えていると、先程の御館様の言葉に対する柱達の反応が返ってくる。

 

 

「嗚呼・・・例えお館様の願いであっても承諾しかねる」

 

 

「俺も派手に反対する。鬼など認められない!」

 

 

「私は、全てお館様の望むまま従います!」

 

 

「じゃあ、僕も甘露寺さんと同じで」

 

 

「・・・」

 

 

「・・・」

 

 

「信用しない信用しない。そもそも鬼は大嫌いだ」

 

 

「心より尊敬するお館様であるが、理解できないお考えだ!全力で反対する!!」

 

 

「鬼を滅殺してこその鬼殺隊。御館様の言葉なれど、反対いたします」

 

 

 上から順に岩柱、音柱、恋柱、霞柱、蟲柱、水柱、蛇柱、炎柱、風柱の反応だが、仮に沈黙を中立として考えた場合、中立4・反対5となる。

 

 賛成は1人も居ない。

 

 まあ、組織の存在意義の観点があれなのでそれも分からなくはないのだが、せめて鬼を容認する理由を聞いてそれから最終的な判断をして欲しいというのが炭治郎の意見だ。

 

 

(分かっていたことだが、これはキツいな。て言うか、冨岡さん何か言えよ。元々はあんたが招き入れたも同然なんだから)

 

 

 炭治郎は内心で自分の意見を言わない冨岡を少し不満に思いつつ、じっと会議を見守っていたが、その視線は常に風柱──不死川の存在をマークしている。

 

 まあ、当然だろう。

 

 こいつが原作では一番盛大にやらかしてくれているのだから。

 

 

「ふむ、左近次。説明を頼めるかな?」

 

 

「はい」

 

 

 御館様にそう言われ、鱗滝は禰豆子の事を話し出す。

 

 

「禰豆子は強靭な精神力で人としての理性を保っています。飢餓状態であっても人を食わず、そのまま二年以上の歳月が経過していることは私も確認済みです。しかし、もしも禰豆子が人に襲いかかった場合は冨岡義勇及び私、鱗滝左近次が腹を切ってお詫び致します」

 

 

「・・・えっ?」

 

 

 炭治郎は思わず驚いてしまった。

 

 師と兄弟子が命を賭けている事に、ではない。

 

 それは原作でもあった故に想定済みでもあったからだ。

 

 しかし、そこに自分の名前が無いのは流石に予想外だった。

 

 いったいどういうことなのか?

 

 炭治郎が思わずそう尋ねようとすると、鱗滝が目で制してきた。

 

 黙っていろ、と。

 

 そこまでされては炭治郎も黙らざるを得ず、再び視線を不死川へと戻した。

 

 

「・・・切腹するからなんだというのか?死にたいなら勝手に死に腐れよ!何の保証にもなりはしません」

 

 

「不死川の言う通りです!人を喰い殺せば取り返しがつかない!殺された人は戻らない!」

 

 

 しかし、それでも風柱と炎柱は反対を主張する。

 

 その発言に炭治郎は少しばかりイラつきはしたが、鱗滝に恥を掻かせないようにという配慮から表情にまでは出さなかった。

 

 そして、そんな彼らに御館様はこう言う。

 

 

「確かに実弥と杏寿郎の言う通り、禰豆子が人を襲わないという証明はできない。しかし、人を襲うということもまた証明できない」

 

 

「ッ!」

 

 

「禰豆子が二年以上もの間人を喰わずにいるという事実があり、2人の命がこうして懸けられた。これを否定するには、否定する側もそれ以上の物を差し出さなければならない」

 

 

「むっ」

 

 

「それに禰豆子の兄は現在、鬼殺隊に所属していてね。鬼舞辻無惨と直に戦っている」

 

 

「「「「「「「「!!!?」」」」」」」」

 

 

 流石にその情報には冨岡を除く柱達は驚くことになった。

 

 当然だろう。

 

 鬼舞辻無惨は鬼の親玉であり、柱ですら遭遇したことがない相手だったからだ。

 

 

「そんなまさか!柱ですら誰も接触したことがないというのに・・・しかも、ここに居ないって事は一般隊士・・・ん?」

 

 

 宇髄はそう言いかけて何かに気づく。

 

 そう、先程から鱗滝の隣に居る少年の存在に。

 

 

「まさか・・・そいつが?」

 

 

「うん、炭治郎。自己紹介を」

 

 

「・・・竈門炭治郎です。階級は癸。よろしく」

 

 

 炭治郎は素っ気なくそう言ったが、鬼舞辻無惨の事で興奮状態にある柱達はそんなことを気にせず、炭治郎に詰め寄ろうとした。

 

 しかし──

 

 

 

ドン!!!

 

 

 

 炭治郎は自らの日輪刀を手に持ちながら鞘ごと先っぽを床に叩き付けることでそれを黙らせる。

 

 そして、それによって柱達が沈黙した後、日輪刀を元の位置に戻すと、御館様に向き直る。

 

 

「・・・御館様、続きを」

 

 

「うん。それで鬼舞辻無惨はどうやら炭治郎に追手を放っているみたいなんだ。現に昨晩は炭治郎の目前に上弦の壱が現れている。単なる偶然かもしれないが、私はどうもそれが偶然とは思えないんだ。そして、それは禰豆子に関しても言える」

 

 

 炭治郎の促しによって改めて喋った御館様はそう答える。

 

 しかし、目の前で柱達が思わず沈黙してしまう程の音を立てながら間髪入れずに話すところは流石は武装勢力のトップといったところだろう。

 

 

「・・・だから生かしておくと?」

 

 

「そういうことになるね」

 

 

 悲鳴嶼の言葉に御館様はそう答えるが、それでも納得できないものは居た。

 

 

「納得できません。そこの隊士と冨岡の隊律違反は今は置いておくとして鬼は駄目です。これまで俺達鬼殺隊がどれだけの思いで戦い、どれだけの者が犠牲となったか・・・承知できない!」

 

 

 言いたいことは分かるが、そんなの鬼殺隊に来たばかりの自分や禰豆子が知ったことではない。

 

 そう思った炭治郎だったが、もちろん言葉に出しては言わなかった。

 

 そして、不死川は刀で自分の左腕を切りつけながらこう言う。

 

 

「御館様・・・!!証明しますよ。俺が、鬼という物の醜さを!!」

 

 

「実弥・・・」

 

 

 御館様が何かを言おうとする前に不死川は禰豆子の方へと進んでいく。

 

 そして、今の前に来ると──

 

 

「失礼致します」

 

 

 そう言って居間へと上がり、そのまま鱗滝の手前に置かれている禰豆子の箱へと向かっていく。

 

 炭治郎はすぅっと目を細めながら、何時でも不死川を殺せるように(・・・・・・)刀に手を掛け、全集中・一点をやるときのように息を深め始めている。

 

 が──

 

 

「炭治郎、落ち着け。ここを突破すれば一応は認められる」

 

 

「・・・」

 

 

 小声で言われたその言葉に、少しだけ頭を冷やし刀からは手を離した炭治郎だが、相変わらず不死川には鋭い目を向けたままだった。

 

 そして、不死川はそこから刀を箱の中に居る禰豆子へと突き刺す。

 

 

「ッ!?」

 

 

 分かっていたことだが、つい刀に手を掛けそうになる目の前の光景を必死の理性で抑えつける炭治郎。

 

 しかし、その間に不死川はザシュ、ザシュと刀を中へと突き刺していき、遂にはこう言った。

 

 

「出て来い鬼ィ、お前の大好きな人間の血だァ!!」

 

 

 そう言って血に濡れた左腕を差し出す不死川。

 

 しかし──

 

 

「・・・」

 

 

 当の禰豆子は理性を失いかけるどころか、血に濡れた左腕を見ようともせず、ただひたすら不死川の顔を睨んでいる。

 

 ・・・どちらかというと、飢餓状態ではなく乱暴な手段で寝ていたところを叩き起こされて怒っている様子だった。

 

 しかし、何を勘違いしたのか、不死川はその様子を見て不死川はこう言う。

 

 

「どうした鬼ィ。来いよォ。欲しいだろォ?」

 

 

「・・・」

 

 

 その言葉を聞き、怒った様子から冷たい目へと変える禰豆子。

 

 そして、数秒後、付き合っていられないと言わんばかりに、再び眠りへとついた。

 

 

「・・・どうなっている?」

 

 

 御館様は目が見えていないため、目が見えて傍らに居るくいなに状況を尋ねる。

 

 

「不死川様の血で濡れた腕を竈門禰豆子が無視しています」

 

 

「そっか。じゃあ、これで禰豆子は人を襲わないことは分かったね」

 

 

 御館様がそう言うと、不死川は歯噛みをしながら押し黙るしかなかった。

 

 そして、御館様は炭治郎に向き直りながらこう言う。

 

 

「炭治郎。それでもまだ、禰豆子のことを快く思わない者もいるだろう。証明しなければならない。これから君が鬼殺隊で戦えること、役に立てること」

 

 

「・・・上弦の鬼を倒してきます。それで構いませんか?」

 

 

 怒りをギリギリまで抑えていたせいか、物凄く底冷えのするような低い声で炭治郎はそう言う。

 

 その態度と殺気に思わず一部の柱達は身構えるが、御館様は怯むことなくこう言った。

 

 

「うん、十二鬼月を倒せばみんなに認められる。君の発言の重みが変わってくる。だから、まずは下の方ではあるけど、下弦の鬼から倒しておいで」

 

 

「ですが、それでは精々柱レベルの発言力と変わりませんよ」

 

 

「れべる?」

 

 

「あっ、いえ・・・要は柱と同じくらいの発言力では禰豆子を認めさせるにはまだ足りないと言いたいんですよ」

 

 

 炭治郎は前世の言葉を思わず言ってしまったが、慌ててそれをどうにか誤魔化す。

 

 そして、それを聞いた柱達の反応は幾つかに分かれた。

 

 無理だと嘲笑う者、御館様への態度に怒りを覚える者、面白そうな奴だと笑う者、無表情に佇む者。

 

 しかし、御館様は朗らかに笑ったままだった。

 

 

「そこまで言うなら大丈夫そうだね。君は十二鬼月最強の上弦の壱と互角に戦っていたと聞いている。期待しているよ」

 

 

「はい」

 

 

 御館様はそう言いながら、期待の言葉を口にしたが、一方で冨岡としのぶを除く柱達は炭治郎が十二鬼月最強の上弦の壱と戦って生き残ったというのもそうだが、互角に戦ったという事実に驚き、ざわめいていた。

 

 

「それと那田蜘蛛山ではご苦労だった。君が下弦の伍以外の鬼を全滅させて、上弦の壱の足止めをしていたからこそ、剣士(子供)達も多く助かったし、下弦の伍の討伐も比較的容易だったと聞いている。昇進は追って伝える。もちろん君の仲間もね」

 

 

「分かりました。それでは退出して構いませんか?禰豆子をあやさなくてはならないので」

 

 

「うん、どうぞ」

 

 

 御館様がそう許可を出すと、炭治郎は禰豆子の入った籠を回収し、鱗滝と共にその場から退出していこうとしたが、その前に御館様は小声でこう言った。

 

 

「珠世さんにはよろしくね」

 

 

「・・・分かりました」

 

 

 炭治郎は振り替えることなくそう言うと、今度こそ鱗滝と共に部屋から退出していった。



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柱合会議後

西暦1915年(大正4年) 2月

 

 居間から退出していく炭治郎と鱗滝。

 

 彼らは禰豆子を連れて廊下を歩きながら、何かを話していた。

 

 

「・・・お前のやった訓練が役に立ったな」

 

 

「ええ」

 

 

 鱗滝の言葉に炭治郎は頷く。

 

 実は最終選別から刀が炭治郎の下まで着く間に、万が一にも禰豆子が人を襲わないように稀血を使ってそれに耐えるという訓練を禰豆子に行っていたのだ。

 

 しかし、その方法は稀血を炭治郎が全身に浴びて禰豆子の前に出るという一種の狂気的なやり方であり、最初、鱗滝はあまりの危険性からそれに反対した。

 

 だが、自分が率先してやらなければ意味がないと炭治郎が説得し、渋々だが認めたという経緯がある。

 

 

(この子は妹の為にそこまでの狂気に走れるのか)

 

 

 結果的にそれは成功し、先程の場面でも活かす事が出来たが、鱗滝はその時、炭治郎の覚悟を身に染みて感じることとなったと言う。

 

 ちなみに炭治郎が任務をこなして以降は、鱗滝によって稀血に耐える訓練は行われたが、内容はもっと軽いものに変えられている。

 

 

「それでは私は狭霧山へ戻るが、お前はどうする?」

 

 

「仲間の見舞いに行きます。ただその入院先の蝶屋敷という場所が何処にあるのか分からなくて・・・」

 

 

「・・・今回は特別だ。ワシが連れていこう」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 2人はそう言いながら、蝶屋敷への道を歩み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇無限城

 

 

「──無惨様」

 

 

 無限城。

 

 それは鬼舞辻無惨を始めとした鬼の本拠地であり、無惨の居城でもある。

 

 ここには無惨の他にはこの城をコントロールしている鳴女と十二鬼月しか招かれない。

 

 そして、先程、十二鬼月の下の方である討伐された下弦の伍以外の下弦の鬼を召集し、無惨はある命令を通達し、血を分け与えた。

 

 その直後、何故か下弦の鬼ではない筈なのに招かれていた上弦の壱こと黒死牟は無惨にあることを尋ねる。

 

 

「なんだ?」

 

 

「何故、下弦の鬼達に血を?無惨様ならば、下弦級の鬼など、幾らでも産み出せますし、下弦ならば代用も幾らでも居るのでは?」

 

 

「・・・その事か」

 

 

 数年前ならば気分を害した口答えに近い言葉だが、良くも悪くも数年前と変わってしまった無惨はその程度の事では怒らない。

 

 それ故に黒死牟も尋ねることが出来たのだ。

 

 もし昔の無惨だったならば、“私の決めたことに口答えをするな”と理不尽に怒り出したことだろう。

 

 

「奴等にはまだやって貰うことがある。それに下弦級の鬼を大量生産する方が手間が掛かるのでな」

 

 

「・・・なるほど・・・して、私への用とは?」

 

 

「とある洞窟に向かい、そこに存在するという“どんな傷をも治す薬草”というのをこの世から抹消してこい。あれが鬼狩りの手に入ると面倒なことになる。その際、青い彼岸花の捜索と耳飾りの奴の抹殺については一時中止しても構わん」

 

 

「!?」

 

 

 黒死牟は最後の言葉に驚愕した。

 

 青い彼岸花と耳飾りの人間(と言うより、日の呼吸使い)の抹殺。

 

 前者は鬼舞辻が鬼になった時から探し求めていたものでもあり、後者は無惨だけではなく、黒死牟自身もまた望んでいた事でもある。

 

 それを諦めるということは、どうやら鬼舞辻は本気で鬼殺隊を潰しに掛かる気らしい。

 

 しかし、後者を一時的にでも諦めるというのは、黒死牟自身も悔しいものが有るのも確かだ。

 

 だが──

 

 

「承知・・・致しました」

 

 

 それでも黒死牟は命令には従う。

 

 逆らえないというのもそうだが、それ以上にそれもまた道理だとも感じていたからだ。

 

 

「では、下がれ」

 

 

 無惨がそう言った直後、琵琶の音が鳴り、黒死牟の姿は消える。

 

 それを見届けた無惨は、目を瞑りながらこう呟く。

 

 

「今に見ておれ、鬼狩りども。目にもの見せてくれる」

 

 

 それは傲岸不遜な無惨に相応しくない静かな怒りだった。

 

 2年と少し前のあの日以来、無惨はトラウマが再発したせいか、却って最近は冷静となり、手腕を振るっている。

 

 それは決して無惨自身が利口になった事を意味してはいないが、それでも厄介になった事は明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして、原作と違い、下弦が解体されずに強化されたことにより、鬼殺隊は原作よりも少なからぬ苦戦を強いられることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦1915年(大正4年) 3月 

 

 那田蜘蛛山の1件から1ヶ月。

 

 原作では機能回復訓練は3ヶ月かけて行われ、直後に無限列車編が始まったので、今は無限列車編の2ヶ月前ということになる。

 

 あの柱合会議の後、鱗滝は禰豆子を連れて狭霧山へと帰り、炭治郎は軽傷だったこともあって任務に復帰していた

 

 結局、カナヲは柱になることは無かったが、下弦の伍討伐の功績を認められて3階級昇進して(みずのと)から(かのえ)に、炭治郎も2階級昇進して(みずのと)から(かのと)に、善逸と伊之助は1階級昇進して(みずのと)から(みずのえ)となっている。

 

 そして、それから1ヶ月が経過したが、先の那田蜘蛛山の1件で入院していた2人(ちなみに伊之助は原作と違って下弦の伍と遭遇してしまい、重傷を負った)の怪我はあと1週間で取り敢えず動けるというところまで来ていた。

 

 その後は原作通りに機能回復訓練が行われることになるだろう。

 

 そして、肝心の炭治郎だったが、彼は那田蜘蛛山の戦いで軽傷しか負っていなかったために、逸早く戦列復帰し、ほぼ1人で修行をしながら任務に励んでいたのだが、この日、珠世から貰ったある情報を基にとある洞窟へと向かっていた。

 

 

「しかし、どんな傷をも治す薬草、ねぇ。なんかうさんくさいな」

 

 

 曇り空の下、炭治郎はそう言いながら、件の洞窟の方へと向かっていく。

 

 そもそも炭治郎がここに来たのは、別に任務という訳ではない。

 

 蝶屋敷に住む元花柱──胡蝶カナエを助けるためだ。

 

 実は彼女は4年前の童磨との戦いで肺に重大な損傷を負っており、余命幾ばくもない状況まで追い込まれていた。

 

 その話を珠世にしたところ、先程のどんな傷をも治す薬草の情報を聞かされ、それがあるという洞窟へと向かっていたのだ。

 

 しかし、炭治郎はあまりこの情報を信用していなかった。

 

 それはそうだろう。

 

 何処ぞの魔法とファンタジーのRPGに出てきそうな回復薬じみたものなど、この鬼滅の刃のような世界観に登場するとは到底思えなかったのだから。

 

 それでも完全に否定しないのは、そういった代物がもしかしたら有るかもしれないという希望を抱いていたからだ。

 

 なにしろ、この世界もまた呼吸での止血や身体能力強化など、現実ではあり得ないような事が多々有る世界だったのだから。

 

 

「それに、助けた以上は最後まで責任を持たないといけないからな」

 

 

 炭治郎はそう言いながら、4年前の事を思い出す。

 

 4年前のあの日。

 

 偶々上弦の弐と胡蝶カナエが戦っている現場に出くわした炭治郎は、彼女を助けるために戦闘へと介入した。

 

 その時は上弦の弐を通して無惨に自分の存在がバレては不味いと、お面をして彼らの前に立ったため、カナエは自分がその時助けた人間だとは気づいていない筈だ。

 

 まあ、上弦の弐と戦った際に日の呼吸を使ったので、彼女の前で呼吸を使えばいずれはバレるだろうが、なんにしても助けたからには最後まで責任を持つ義務がある。

 

 少なくとも炭治郎はそう考えており、この場所へとやって来ていたのだ。

 

 

「! 見えた。あの洞窟だな」

 

 

 ようやくその洞窟があと少しのところまで来た為か、炭治郎は歓喜の声を上げる。

 

 そして、彼は件の薬を探し求めてそのまま洞窟の中へと歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、彼は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に先に来ていた2名の鬼殺隊士と無惨によって送り込まれた1体の強大な鬼が洞窟の中に居たということを。

 

 

 

 

 そして、炭治郎がそれを知るまでには、あと1分の時間が必要だった。




那田蜘蛛山の戦いの功績によるかまぼこ隊及びカナヲの階級昇進

竈門炭治郎 2階級昇進 癸(みずのと。一般隊士10階級の内の10番目の階級。つまり、鬼殺隊の階級で一番下)→辛(かのと。一般隊士10階級の内の8番目)

我妻善逸 1階級昇進 癸→壬(みずのえ。一般隊士10階級の内の9番目の階級。つまり、昇進後の炭治郎の1つ下)

嘴平伊之助 1階級昇進 癸→壬

栗花落カナヲ 3階級昇進 癸→庚(かのえ。一般隊士10階級の内の7番目の階級。つまり、昇進後の炭治郎の1つ上)


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2度目の邂逅

西暦1915年(大正4年) 3月

 

 炭治郎が向かっていた洞窟の中。

 

 そこには既に先に来ていた2名の鬼殺隊士──胡蝶しのぶと栗花落カナヲの姿があった。

 

 

「これがどんな傷をも治す薬草、“青爪草の花”ですか」

 

 

 しのぶはそう呟きながら、その青い花を見つめる。

 

 実は彼女も炭治郎と同じ目的で胡蝶カナエを助けるために色々と手を尽くしていたのだが、なかなか良い治療法が見つからずに絶望していたところ、つい先日、この薬草の事を御館様から知らされ(実はこの薬草の情報は珠世から御館様に知らされたものであるのだが、しのぶはそれを知らない)、炭治郎より一足先にこの場所へと訪れていたのだ。

 

 ちなみにカナヲを連れていたのは、自身の継子でまだ勉強が必要だという点もそうだが、それ以上に万が一近くで任務が起きたとしても対応できるようにという要素が大きかった。

 

 

「カナヲ、出来るだけ丁寧に採取してくださいね。後で加工が大変になっちゃいますから」

 

 

「分かりました、師範」

 

 

 しのぶの言葉に、カナヲは無表情でそう答えつつ作業に移っていき、しのぶもまた同じように花の採取を行う。

 

 カナエを助けるだけならそんなに量は必要ないのだが、しのぶが蝶屋敷での治療に使えるのではないかと考えていた為、一定の量の採取を行うこととしたのだ。

 

 ──そして、それがやって来たのは作業を開始してから一時間が経過した時の事だった。

 

 

 

べペン

 

 

 

 突如、琵琶の音が鳴ると、それに驚いた彼女達はそちらを振り向く。

 

 すると、なにもない空間に障子が現れ、そこから1体の鬼が出現する。

 

 

「な・・・嘘でしょう」

 

 

 しのぶはそこから出てきた鬼に目を見開き、信じられないほどの最低最悪の事態が起きたということを自覚する。

 

 それはそうだろう。

 

 そこから現れたのはつい先月那田蜘蛛山で戦った十二鬼月最強の存在である上弦の壱だったのだから。

 

 

「既に・・・来ていたか・・・だが・・・問題ない」

 

 

 自分が来る前に鬼殺隊の方が先に着いていた事に少しだけ驚いた黒死牟だったが、それでも任務に変更はないと判断し、その独特な刀を構える。

 

 そして、しのぶもまた同様に持ってきた独特の日輪刀を構えながらカナヲに対してこう言った。

 

 

「カナヲ・・・その薬草を持って逃げなさい。私が時間を稼いでいる隙に」

 

 

「・・・」

 

 

 カナヲはそれに答えない。

 

 あまりの状況下に指示に従うべきか迷っているようだ。

 

 何時もならコインを投げて決めるのだが、今回はそういうわけにはいかないのは明らかであり、更には過去の経緯から少女に自己判断能力が欠如しているのもあって、結論が出ていなかった。

 

 それを見たしのぶは怒鳴り付けてでもこの場から追い出そうと声を上げようとしたが、その前に黒死牟がこう言う。

 

 

「悪いが・・・一人たりとも・・・逃がすつもりはない」

 

 

 そう言いながら、黒死牟は自らの血肉で作り上げた刀を構える。

 

 そして──

 

 

 

月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍

 

 

 

 無数の斬撃がしのぶとカナヲに向かって降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 

 黒死牟はつい先程まで2人の少女が居た場所を見つめる。

 

 そこには僅かながら血痕が残っており、普通なら先程の月の斬撃によってミンチになったとも取ることが出来るだろう。

 

 しかし、黒死牟は確かに見ていた。

 

 見覚えのある耳飾りの剣士が目にも留まらぬ速さで動き、2人を救出して洞窟を出ていった瞬間を。

 

 

「また・・・お前か・・・竈門炭治郎」

 

 

 忌々しげな表情でその名前を呼ぶ黒死牟。

 

 

(しかし、あの速さ。もしや痣者として覚醒したのか?)

 

 

 痣者。

 

 それは鬼殺隊ではとうに廃れた技術であり、それを発現させた者は身体能力を格段に向上させることが出来るものの、それは寿命の前借りにすぎず、発現させた者は25歳までに死ぬ。

 

 そう、1つの例外(・・・・・)を除いて。

 

 

(もしそうだとすれば、あやつは生きたとしても10年というところか。しかし──)

 

 

 炭治郎の年齢は黒死牟が見たところ、15前後。

 

 となると、普通ならあと10年で死ぬこととなるだろう。

 

 が、例外もある以上、やはり確実に始末した方が良いというのも確かだった。

 

 

「まあ・・・いい・・・今は・・・任務が優先だ」

 

 

 だが、だからと言って今は追う気はない。

 

 無惨に言われた目の前の花の抹消が最優先だと判断した為だ。

 

 

「今度会った時こそ・・・お前の・・・最期だ」

 

 

 そう言いながら、黒死牟は無惨に言われた通り、青爪草の花を抹消するために己の刀を振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ」

 

 

 黒死牟が青爪草の花を蹂躙していた頃、2人を回収して洞窟から少し離れたところへと移動していた炭治郎は大きく疲弊していた。

 

 先程の目にも留まらぬ機動は、全集中・一点で強化した能力を5秒ほどあちこちの体の器官に続けざまに展開することで為し遂げたものだ。

 

 しかし、全集中・一点の身体強化は痣者とほぼ同等の身体能力を得ることが出来る反面、物凄く疲労も大きい。

 

 その為、こうして疲弊していたのだが、今の彼にはすぐに考えなければいけないことが幾つかあった。

 

 

「師範!しっかりしてください!!」

 

 

 炭治郎の横でカナヲは応急手当をしながら、何時もの物静かな態度を思わせないような大声で意識を失っているしのぶに呼び掛ける。

 

 実は救出する際、しのぶはあの斬撃を脇腹に喰らってしまい、深手であったことで血がドバドバと流れ続けていたのだ。

 

 致命傷とまではいかないが、彼女の小柄な体と合間って、このままでは原作の無一郎みたく失血死が懸念されてしまう。

 

 しかも、炭治郎の懸念はそれだけではない。

 

 

「くそっ!忌々しい天気だな!!」

 

 

 炭治郎はそう言いながら、曇り空を睨む。

 

 鬼は夜しか活動できない。

 

 この知識は厳密に言えば間違っており、厳密には“太陽が照らす場所では活動できない”と言った方が正しい。

 

 これは逆に言えば、“太陽の光が地上に当たらないような天気なら昼間でも活動できる”という事でもあるのだ。

 

 そして、今の天気は曇りであり、雨が降ってきそうな空気もある。

 

 度胸のある鬼なら、この時間帯での活動も決して不可能ではない。

 

 

(いや、流石に上弦の壱となると、喪失を恐れて無惨の方が止めるか?)

 

 

 下弦の鬼とは違い、上弦の鬼というのは替えがききづらく、中でも最強である上弦の壱を真っ昼間の時間帯に自分達に差し向けるなどということは、突然天候が晴れたりすれば喪失のリスクも大きいため、幾ら頭無惨の鬼舞辻でも許さない可能性がある。

 

 そう考えた炭治郎だったが、すぐにその楽観的な思考を振り払う。

 

 

(それはないな。少なくとも原作を見る限りは)

 

 

 炭治郎は改めてそう思い直す。

 

 原作では無限列車編で鬼舞辻は上弦の参に日の出間近という時間帯にも拘らず、柱を含めた鬼狩りの抹殺を命じている。

 

 それを考慮すれば、太陽という制限がない今の環境で逆に上弦の壱に自分達の追跡と排除を命じる可能性も十分に有るわけだ。

 

 なにしろ、鬼舞辻にとって、自分の存在はそこまでのリスクを犯してでも排除したい存在なのだから。

 

 

(まあいいや。どちらにしても──)

 

 

 そう思いかけたところで、炭治郎はカナヲとしのぶの方を向きながらこう言う。

 

 

「カナヲ!しのぶさんの応急手当を急げ!!」

 

 

「分かってる!」

 

 

 炭治郎はカナヲにしのぶの応急手当を急ぐように言う。

 

 本来ならば、カナヲの方が炭治郎より階級が1つ上なので、炭治郎はカナヲに対して敬語を使わなくてはならなかったのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 

 なにしろ、黒死牟はすぐにでも自分達を追跡してくる可能性があるのだから。

 

 そう思った炭治郎だったが、結果的にはその心配は杞憂だった。

 

 何故なら、黒死牟は青爪草の抹消という目的を達成した後は鳴女によって無限城へと撤退していったからだ。

 

 ──そして、3人は近くの藤の家紋の家へと駆け込み、しのぶは全治1ヶ月の怪我を負ったものの、一命を取り留める事となる。



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開こうとする蕾

◇西暦1915年《大正4年》 3月 藤の家紋の家

 

 藤の家紋の家。

 

 それは全国各地に存在する鬼殺隊に協力している者達を表す用語だ。

 

 基本的には協力者という扱いになるため、鬼殺隊でも産屋敷家の管轄下でもないが、彼らは過去に鬼殺隊によって救われた恩を返すべく、積極的に協力している。

 

 そして、先日、その藤の家紋の家へと駆け込んだ3人の内の1人である炭治郎は鎹烏からの次の任務を受け、旅立つ準備を始めていた。

 

 

「たくっ。人使いが荒すぎるよ」

 

 

 炭治郎は悪態をつきながら、カナヲに出発の挨拶をするために彼女の下まで向かっていた。

 

 しのぶやこの家の人間には挨拶を既に済ませているので、残りは彼女だけだ。

 

 

「あっ、カナヲ」

 

 

 ようやく炭治郎は縁側に座っているカナヲの姿を発見し、そちらに声をかける。

 

 

「カナヲ、俺は新たな任務があるから行くから、しのぶさんの看病、頑張れよ」

 

 

「・・・」

 

 

 炭治郎はそう言うが、カナヲは沈黙したまま銅貨を弾く。

 

 そして、それを腕に乗せた結果、銅貨は裏を表していた。

 

 

「ありがとう」

 

 

「・・・」

 

 

 彼女は簡潔にそう言った。

 

 しかし、炭治郎の方はといえば、『ありがとう』と言われても、何がどう『ありがとう』なのか全然分からず、カナヲにその事を尋ねる。

 

 

「何のことを“ありがとう”なの?」

 

 

「ありがとう」

 

 

 しかし、炭治郎の言葉には答えず、カナヲは尚も同じ単語を繰り返す。

 

 そして、それを聞いた炭治郎は内心でため息をつく。

 

 

(分かっていたけど、こりゃ重症だな)

 

 

 炭治郎はそう思う。

 

 コインで物事を決めるのもそうだが、これだけ他人との話が出来ないと、いずれ冨岡レベルで嫌われてしまうこととなるだろう。

 

 ましてや、彼女は冨岡のように話が嫌いという訳ではなく、どうでも良いと思っているのなら尚更だ。

 

 無愛想な人間はあまり好かれない。

 

 これは古今東西の人付き合いの常なのだから。

 

 

(・・・ここは一肌脱ぐしかないか)

 

 

 彼女の過去を考えればそういったことも仕方ないのかもしれないとはいえ、だからと言ってこのままにするのは憚られるし、後々の展開にも支障が出てしまうかもしれない。

 

 面倒ではあるが、こういった手間を惜しむと後になってとんでもないしっぺ返しを食らうことになる可能性がある以上、妹を守るためにも看過する訳にはいかないだろう。

 

 そう考えた炭治郎はまずこう言った。

 

 

「ねぇ、なんで銅貨を投げたの?」

 

 

「ありがとう」

 

 

「その銅貨は何を意味するの?」

 

 

「・・・」

 

 

 原作同様、カナヲの言葉を華麗にスルーした炭治郎。

 

 そんな彼に折れたのか、カナヲは自分の銅貨を示しながらこう言う。

 

 

「指示されていないことはこれを投げて決めるの。今、あなたと話すと決めたのは裏。裏が出たから話した。・・・ありがとう。さよなら」

 

 

 カナヲはそう言ってさよならを告げるが、それに対して炭治郎はこう返した。

 

 

「なんで、自分で決めないの?」

 

 

 理由は分かっているが、炭治郎は敢えてそう尋ねた。

 

 

「どうでもいいの。どうでも良いから、自分で決められないの」

 

 

「この世にどうでも良いことなんて無いと思うよ。少なくとも、俺はそんな風にぞんざいに扱われたら悲しいし、カナヲだってしのぶさんにお礼を言われて嬉しかっただろう?」

 

 

 炭治郎は原作の言葉に、自分の考えを伝える。

 

 ちなみにしのぶがカナヲにしたお礼とは、先日の青爪草の花の事だ。

 

 しのぶが採取した分は失われてしまったが、カナヲが採取した分が残っていたことで、これで姉さんが救えると、カナヲはしのぶに泣きながら抱き締められてお礼を言われていた。

 

 だが、仮にそれが当然だと言わんばかりの態度だったらどうだろうか?

 

 人によってはどうでも良いと思うかもしれないが、たいていの人間は大なり小なり不快に思うだろう。

 

 それを暗に伝えつつ、炭治郎は続けてこう言った。

 

 

「それと、俺は気にしないけど、仮に君が他人に礼がある時はちゃんと言った方が良い。相手によっては不快に感じるからね。それに場合によってはカナヲの直属の上司のしのぶさんの顔に泥を塗るかもしれないよ」

 

 

「・・・」

 

 

 炭治郎の言葉に、カナヲは考え込むかのように沈黙する。

 

 それを見た炭治郎は後一押しと、ある提案を行う。

 

 

「なあ、その銅貨。ちょっと借りても良いかな?」

 

 

「えっ?良いけど・・・」

 

 

 カナヲはそう言いながら、炭治郎に銅貨を差し出す。

 

 

「ありがとう。じゃあ、さっきのカナヲみたいに投げて決めよっか」

 

 

「何を?」

 

 

「カナヲが心のままに生きるかどうかだよ!」

 

 

 炭治郎はにっこりと笑いながらそう言うと、先程のカナヲのように銅貨を指で弾く。

 

 そして、そのまま何も言わずに(・・・・・・)コインが手に落ちるのを待ち、手に着地させる。

 

 

「さて、どっちかな?」

 

 

 炭治郎はそう言いながら、片方の手で隠した状態のコインをカナヲの前に差し出す。

 

 見れば、カナヲの方も興味津々といった感じに見ている。

 

 すると、炭治郎は隠している方の手を外す。

 

 結果は裏だった。

 

 

「裏か。じゃあ、約束通り、カナヲは心のままに生きてね」

 

 

「えっ!?裏が正解だったの?」

 

 

 裏か表か言わなかったので、てっきりよく選びがちな表であると思っていたカナヲは驚いた。

 

 

「うん、そうだよ」

 

 

 炭治郎はきっぱりとそう言うが、本当は違う。

 

 ぶっちゃけ、裏と表、どちらが出ても正解であるように言うつもりだったのだ。

 

 まあ、どちらも正解であるといえば、ある意味裏だろうか表だろうが正解なので、炭治郎の言うことは詐欺じみてはいても間違ってはいなかったのだが、それを堂々とやる面の厚さはとんでもないものがある。

 

 

「頑張れよ。人は心が原動力だからな」

 

 

 最後にそう言いながら、炭治郎はその場を立ち去ろうとするが、カナヲは呼び止めるようにこう言った。

 

 

「待って!」

 

 

「ん?」

 

 

「どうして裏を出せたの?・・・投げる手元は見てた。小細工はしていなかった筈」

 

 

「それは簡単だよ。裏表、どちらが出ても、正解だっただけ」

 

 

「えっ?」

 

 

 種をあっさりばらした炭治郎にカナヲは驚いた顔をする。

 

 

「どちらが正解かなんていう決まりはしていなかったからね。それにさっき言っただろう?カナヲには心のままに生きて欲しいって」

 

 

 炭治郎はそう言いながら、悪戯っ子のような笑みをカナヲに対して浮かべる。

 

 

「!?」

 

 

「まっ、そういうことだよ。じゃあ、俺はこれで。体には気をつけてね」

 

 

 炭治郎はそう言うと、その場を立ち去っていく。

 

 そして、それを見届けていたカナヲは、ふとこう呟く。

 

 

「・・・・・・変な人」

 

 

 そう言いながらも、カナヲは何処か心が温まるような感覚を覚え、何時もの愛想笑いとは違う笑みを少しだけ浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ・・・ぐ・・・・・・あ」

 

 

 とある場所に血塗れで倒れる1人の少年。

 

 彼は既に下半身を失っており、死の一歩手前の状態となっていた。

 

 

「ふぅ、手こずらせやがって。まさか、俺の肉を喰って再生するなんてな」

 

 

 そう言って倒れる少年を見下すのは、左目に“下弐”と描かれた1体の鬼。

 

 そう、原作の超パワハラ会議にて粛清された下弦の鬼の1体である下弦の弐の轆轤だ。

 

 彼は原作やこの世界での下弦の壱同様に無惨に血を与えられてパワーアップして以降、積極的に鬼狩りを殺していた。

 

 と言うより、そうしなければ命は無かったというべきだろう。

 

 実際、血を追加で与えられた後に柱と遭遇したことで敵前逃亡を行った下弦の肆の零余子は問答無用に処刑され、すぐに後釜が据えられている。

 

 原作と違い、下弦を解体しなかった無惨だが、流石に敵前逃亡するものには容赦が無かった。

 

 その為、下弦の肆のように粛清されないためには、積極的に鬼狩りを倒す必要があったのだ。

 

 そして、今日、その一環として1人の鬼狩りの少年の命が刈り取られようとしている。

 

 

「じゃあな。お前の肉は立派に俺が糧としてやる」

 

 

「あっ・・・」

 

 

 少年が何かを言おうとした直後、轆轤が残った少年の上半身を喰い、そのまま絶命させる。

 

 それは柱となった兄に会うために鬼殺隊に入った少年のあまりにも呆気ない最期の瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして、この1時間後、辛の隊士・不死川玄弥が下弦の弐によって敗死したという報告が鎹烏によって鬼殺隊に寄せられる事となる。



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無限列車

無限列車開始時のかまぼこ隊の階級

炭治郎・・・庚(かのえ。一般隊士10階級の内の7番目の階級)

善逸・・・壬(みずのえ。一般隊士10階級の内の9番目の階級。つまり、炭治郎の2つ下)

伊之助・・・壬


西暦1915年(大正4年) 5月 無限列車内

 

 

(くそっ、なんでこうなった)

 

 

 無限列車の中で炭治郎は、何度目か分からない悪態をつく。

 

 あれから2ヶ月。

 

 余命幾ばくもなかった胡蝶カナエも、カナヲが持っていた青爪草の花を加工したことで傷があっという間に完治し、鬼殺隊士として復帰できるまでとなった。

 

 とは言っても、4年間の間、鍛練はおろか、ろくに運動してすらいなかったので、体の体力は衰えており、復帰までもう数ヶ月は掛かる見込みだったが、それでも元花柱の復帰は鬼殺隊にとって明るいニュースとして受け止められている。

 

 一方、伊之助と善逸だったが、こちらは傷が癒えた後、機能回復訓練にて炭治郎が発破をかける形で原作よりも(たぶん)早く全集中・常中を会得させた。

 

 これは無論、単純な戦力強化という点もあるが、実を言うとそれ以外にも理由がある。

 

 それは下弦の解体が無くなっているという事と、五感組の1人であり、同期でもあった不死川玄弥がこの段階で死んだという報告を受け、原作よりも激しい戦いになるかもしれないと予測したからだ。

 

 そして、結果的にこの判断は正解だった。

 

 

(まさか、俺達が無限列車の先遣隊(・・・)として送り込まれるなんて・・・)

 

 

 そう、炭治郎達は40名以上が行方不明となっているという無限列車の任務へと送り込まれた。

 

 これだけならば、原作の無限列車編が始まっただけと思えるのだが、問題なのはその立ち位置だ。

 

 実は炭治郎達が送り込まれたのは、炎柱が派遣される前(・・・・・・・・・)の時間軸(・・・・)だった。

 

 何が言いたいかと言うと、原作では40人以上が行方不明となった後、鬼殺隊は数名のモブ隊士を送り込んだものの、その全員が消息を絶った事で、炎柱の煉獄と追加でかまぼこ隊が送り込まれているのだが、この世界では何故か炭治郎達かまぼこ隊がその消息を絶った数名のモブ隊士の代わりに派遣されてしまっているのだ。

 

 その為、当然、今の状況では炎柱の煉獄は居ないし、来たとしてもそれは炭治郎達が死んだ後の事となるだろう。

 

 つまり、炭治郎達は現在進行形で死亡フラグの場に立たされてしまっているという事でもあるのだ。

 

 

(だいたいこんな任務、下級隊士に頼むなよ)

 

 

 炭治郎は切にそう思った。

 

 この任務で派遣されたかまぼこ隊の階級だが、炭治郎は庚、伊之助と善逸は壬と、それぞれ違ってはいるものの、共通しているのは一般隊士の中でも下から数えた方が早い下級隊士だという点だ。

 

 そして、この一件は既に40人以上が行方不明となっている為、どう見ても上級隊士が担当する案件であり、おそらく原作でもそうだったのだろう。

 

 だが、この場には上級隊士どころか、かまぼこ隊以外の隊士は1人も居らず、結果的に炭治郎達3人で下弦の壱、場合によっては上弦の参も撃破しなければならないのだ。

 

 無理ゲーと言うにも程がある。

 

 

(・・・まあ、この際、そんなことはもうどうでも良いか。それよりも、この戦いで重要なのは眠らされないことだな)

 

 

 今回の一件でなにより重要なこと。

 

 それは下弦の壱に眠らされないことだ。

 

 より具体的にはその記憶を読まれないことだった。

 

 これは原作を見た炭治郎の考察であるが、厭夢はおそらく対象を眠らせた後、対象の脳から記憶を読み取って、その記憶から夢を構成して対象に夢を見させている。

 

 ということは、万が一、炭治郎が眠らされた場合、生前の記憶、つまり、21世紀で暮らしていた頃の記憶が読まれてしまう可能性があるのだ。

 

 もっと最悪なのが原作知識の事を読み取られてしまい、それが無惨に報告されること。

 

 いや、黒死牟が常に記憶を共有していると言っていた以上、一度眠らされたらまず間違いなく無惨に情報が知れ渡る。

 

 

(となると、眠らされないのが一番なんだが・・・)

 

 

 炭治郎はそう思いながらも、それは限りなく難しい話だとも感じる。

 

 厭夢の血鬼術の戦闘技は2つ。

 

 強制昏倒催眠の囁きと強制昏倒睡眠・眼だ。

 

 その内、後者は目を何らかの方法で覆い隠せば防げるのだが、前者は音を介して発動してくるので、鼓膜を破って耳を機能させないようにしない限り、防御するのは不可能だった。

 

 一応、眠ってしまえば自殺することで現実に戻ってこれるのだが、それでは前述したように無惨に情報が知れ渡ってしまうし、なによりそんな死の仮想体験じみた事などしたくもない。

 

 

(短期決戦しかないな。既に切符は持ってきた手拭いに包んで触れずに外に捨てているが、向こうの血鬼術が発動する前にどうにかしなきゃならない)

 

 

 切符の件の方は既に処理してあるので大丈夫だが、やはりこの厭夢の血鬼術を何とかしなければ、場合によっては今後の戦いがとんでもないものとなってしまう可能性がある。

 

 炭治郎がそう考えていた時、車掌が切符を拝見しに炭治郎達の居る席の近くへとやって来た。

 

 

(こいつも協力しているのかな?)

 

 

 炭治郎は車掌に疑いの目を向ける。

 

 原作では炭治郎達を眠らせることになるこの車掌であるが、この世界の炭治郎達は原作よりも早く来ている為、鬼に唆されているかどうかはいまいち判別できない。

 

 もしかしたら、この時は別の手段が使われたかもしれないからだ。

 

 

(・・・試してみるか)

 

 

 しかし、ただ黙っているわけにもいかないため、炭治郎は切符を差し出そうとする善逸の肩に手を置き、それを一旦止めさせる。

 

 

「炭治郎?」

 

 

 善逸が怪訝な表情を浮かべるが、それを無視して炭治郎はこう言う。

 

 

「あの~、車掌さん。どうやら俺、切符無くしちゃったみたいなんですよ。もう一度、切符の分のお金を払うんで、それで勘弁して貰えないですか?」

 

 

「えっ?」

 

 

 そう言いながら、財布を取り出す炭治郎。

 

 そして、それを言われた当の車掌はそんな声を漏らすが、炭治郎は見逃さなかった。

 

 車掌の心臓がバクバクと不自然なほど動かしていたのを。

 

 

「え、えと・・・それは・・・」

 

 

 明らかに動揺している。

 

 しかし、それだけでは想定外の事を言われて驚いているだけかもしれないので、念のため炭治郎はもう1つあることを聞くことにした。

 

 

「それともう1つ聞きたいんですけど──」

 

 

 炭治郎はそう言いかけて、車掌の耳に口を近づけ小声でこう言った。

 

 

「幸せな夢は見れましたか?」

 

 

「!? う、うわあああぁぁあ!!!」

 

 

 炭治郎の言葉に車掌は動揺し、原作でもあった白い錘のようなものを取り出そうとする。

 

 が──

 

 

 

トンッ

 

 

 

「うっ!」

 

 

 その前に首筋に手刀を入れられ、車掌は気絶する。

 

 そして、その様子を呆然と見守っていた2人だが、炭治郎が車掌を拘束しようとしたタイミングで善逸が声を掛けてきた。

 

 

「なぁ、炭治郎。今のって」

 

 

 善逸は暗に先程の言葉についての説明を求める。

 

 小声で話したとはいえ、耳が異常に良い彼の前には先程の言葉は大声で話したのも同然だったのだろう。

 

 しかし、今はのんびり問答をしている時間はない。

 

 

「悪いが、説明は後だ。それよりこの列車にはおそらくこの車掌同様に鬼の協力者が居る」

 

 

「えっ?な、なんでそんなことが分かるんだよ」

 

 

「前に戦ったことがあるからだよ。その時、奴は人間の協力者を得ていた」

 

 

 前に戦ったことがあると炭治郎は言ったが、実はこれは嘘であり、実際に厭夢と戦うのはこれが初めてだ。

 

 しかし、話をスムーズに纏めるにはこの嘘しか無かった。

 

 だが、善逸は前述したように耳が良い。

 

 しかも、感情まで聞き取れるので、おそらく炭治郎の嘘は見抜いているのだろう。

 

 しかし、ここで痺れを切らしたのか、伊之助が話に介入してくる。

 

 

「そんなことはどうでも良い!おい、権八郎!!敵の詳細を教えろ!!」

 

 

「だから炭治郎だって!敵は下弦の壱の厭夢。おそらくこの列車の何処かに居る」

 

 

「ええぇ!下弦の壱!?」

 

 

 十二鬼月、それも下弦最強の鬼と言われてビビる善逸だったが、伊之助は逆に闘志を燃やしたようだった。

 

 

「よっしゃあ!その鬼は俺が先に見つけてやるぜ!!はっは!」

 

 

 伊之助はそう叫びながら、先頭車両の方へと向かっていく。

 

 

「行くぞ!」

 

 

「えっ?ち、ちょっと待って!?」

 

 

 善逸が慌てて呼び止めたものの、炭治郎はそれを無視して伊之助の後を追うために前へと向かう。

 

 

「ああ!もう!置いてかないで!!」

 

 

 そして、それを見送った善逸もまた、置いてけぼりにされることに恐怖を感じたのか、炭治郎達の後を追う形で先頭車両に走っていった。



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無限列車 弐

下弦の壱の強さは原作と然程変わりません。何故なら、原作で強化のために与えられた血の量とこの世界で強化のために与えられた血の量が偶然にもほぼ同じだからです。


西暦1915年(大正4年) 5月 無限列車上

 

 

「・・・誰も引っ掛からないなんて」

 

 

 下弦の壱──厭夢は無限列車の屋根の上で、やって来た鬼狩り3人が誰も切符の罠に引っ掛からなかったことに少しだけ驚いていた。

 

 彼は切符に僅かな量の自分の血を付け、それを車掌に切らせることで相手を眠らせて夢を見させ、そこから仕留める算段を立てていたのだが、それを初っぱなから覆されたからだ。

 

 しかし、実のところ、原作の炭治郎や柱である筈の煉獄が事前に察知できなかったように、普通ならこの罠には強者であっても引っ掛かる。

 

 だが、原作知識というこの世界からすれば神の知識とも言われるものを持っている人間が、3人の鬼狩りの中に居たことでそれが覆されてしまったのだが、そんな事情を厭夢は知るよしがないため、今回来た鬼狩りは思った以上に強そうだと3人の鬼狩り達の評価を上方修正する。

 

 

「思ったよりやるな。これは列車との融合を急がなきゃいけないかもしれない」

 

 

 厭夢は冷や汗を掻きながらそう思った。

 

 当初の予定では現段階で列車と融合する予定はなかったのだが、あの切符の罠を初見で看破するような相手では四の五の言っていられないのも確かだ。

 

 今から列車に融合するとなると相応の時間は掛かるが、それまでに自分の首が取られなければ問題はない。

 

 厭夢はそう考えながら、列車への融合をやり始めるが、残念ながらかまぼこ隊はその時間を作ってはくれなかった。

 

 

「おっしゃあ!!」

 

 

 突如、厭夢の目の前の列車の屋根が下から破られると、そこから猪の被り物をした1人の少年が現れる。

 

 そして、厭夢の姿を確認すると、早速そちらに向かって突撃していく。

 

 

「猪突猛進!!」

 

 

 そう言いながら斬り掛かる伊之助。

 

 その実力は全集中・常中を身に付けていたこともあって、ほぼ原作通りの実力であり、相手が下弦以下の鬼であった場合、よっぽど上手く戦わない限り、1分もしないうちに片付けられるのは間違いない。

 

 だが、厭夢も下弦とはいえ、十二鬼月の1人。

 

 そんな簡単にやられるような鬼では無かった。

 

 

 

血鬼術 強制昏倒催眠の囁き

 

 

 

 耳を介して行われる相手を眠らせる血鬼術。

 

 これには流石に視線などに敏感な伊之助も堪ったものではなく、彼はあっという間に眠りへと落ちた。

 

 

「・・・・・・思ったより大したこと無かったな」

 

 

 眠りに落ちて暫くした後、起き上がる様子がない伊之助の様子を見て厭夢はそう呟く。

 

 あの切符の罠を初見で見破るような相手なので、もう少し歯応えがあるかとも思ったのだが、蓋を開けてみればあっさりこちらの術に掛かったので、厭夢は拍子抜けしていた。

 

 

「もしかして、偶々見破れただけで、鬼狩りそのものの実力は大したこと無かったのかも。・・・まあいいや。どっちにしろさっさと殺しちゃおう。まだ2人程居るみたいだし」

 

 

 厭夢はそう言いながら、次の鬼狩りの来襲に備えて、後顧の憂いを絶つために伊之助を殺そうとする。

 

 しかし──

 

 

 

日の呼吸 伍ノ型 陽華突

 

 

 

 突如、列車の車内から列車の屋根の上に居た厭夢に向けて、1人の少年が刺突技を繰り出してきた。

 

 その少年──竈門炭治郎が繰り出した刺突技は凄まじい勢いを秘めており、列車の屋根をあっさりと突き破ると、そのまま厭夢の頸を串刺しにする。

 

 

「がっ・・・あ・・・」

 

 

 苦しい呻き声を上げる厭夢。

 

 それは日の呼吸の特性である鬼の再生能力の阻害も合間って、厭夢にかなりの激痛を走らせていた。

 

 だが、炭治郎は容赦なくそこで次の技を発動する。

 

 

 

日の呼吸 参ノ型 列日紅鏡

 

 

 

 水平への2連撃。

 

 そして、この技によって日輪刀を横にスライドさせ、またそれを素早く返したことで、厭夢の頸を切り落とすことに成功した。

 

 

(あ・・・れ・・・)

 

 

 厭夢は急に変わった視界に驚いたが、次に自分の体が崩壊している様を見せつけられたことで、ようやく現状を認識することに成功した。

 

 

(ば、馬鹿な!!何故だ!何故だあぁあああ!!!)

 

 

 心の中でそんな絶叫を上げた直後、体が完全に灰となったことで、厭夢はこの世を去る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──かくして、下弦の壱は原作とは違い、この世界では列車と融合することなく、竈門炭治郎によりあっさりと撃破された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ふぅ。善逸、そろそろ出てきて良いぞ」

 

 

 炭治郎は下弦の壱の討伐を確認すると、隠れていた善逸に向かってそう言った。

 

 

「ほ、本当にもうやっつけたのかよ。下弦の壱を」

 

 

 善逸は信じられないといった顔で炭治郎を見る。

 

 それはそうだろう。

 

 なにしろ、炭治郎が戦闘に突入してから下弦の壱が討伐されるまで数秒と経っていないのだから。

 

 

「ああ、今ちゃんと確認した」

 

 

「・・・お前、すげえな」

 

 

 善逸はそう言いながら、改めて目の前に居る自分の友人は凄い存在であると思い知らされていた。

 

 まあ、そうだろう。

 

 下弦最強の鬼を瞬殺するなど、普通は無理なのだから。

 

 もっとも、炭治郎の方もそんなに余裕があった訳ではなかった。

 

 何故なら、この瞬殺行為は眠らされるのを絶対に阻止したかった炭治郎が行ったかなりの無茶だったのだから。

 

 もし厭夢以外の下弦の鬼が相手だったら、もう少し時間を掛けて討伐しただろう。

 

 しかし、善逸は炭治郎の事情を当然知らないので、素直に凄いと感じていた。

 

 

「いや、それほどでもないさ。それより、約束通り、伊之助を宥めるのは善逸がやってくれよ」

 

 

「・・・ああ、分かってるよ」

 

 

 少々嫌そうな顔をしながら、善逸は渋々ながらも伊之助をまずは起こしに掛かる。

 

 まあ、起きた途端に敵が倒されていると分かれば、血の気の多い伊之助がどういう行動を起こすのかはだいたい想像が出来るので、その気持ちも分からないではない。

 

 しかし、一方の炭治郎の意識は既に次に来るかもしれない上弦の参に向いていた。

 

 

(・・・来るかな?)

 

 

 炭治郎は迷う。

 

 原作では上弦の参は列車が脱線した直後にやって来ているが、この世界の列車は屋根こそ崩れたものの、目算で60~70キロ(無限列車の基である8620形蒸気機関車は最大90キロの速度を出せる)くらいの速度で走り続けている。

 

 ここまで聞けば、幾ら上弦の参でも追い付かないのではないかとも思えるが、この世界には人外的な存在がいっぱい居るのだ。

 

 そもそも人間が50メートルを5秒で走れた場合、それは36キロもの速度を出していることを意味している。

 

 当然、呼吸法を使う鬼殺隊士ならもっと早く動けるだろうし、それが鬼、それも十二鬼月のナンバー3となる猗窩座となると、どれ程の速度かは想像もつかない。

 

 流石に列車が常に高速で動いている以上、鳴女による送り込みは無いだろうが、走っている列車に追い付ける可能性は十分にある。

 

 

(それに協力者の拘束も済んでいないからな)

 

 

 そこで炭治郎が思い起こしたのは、原作で登場した車掌以外の厭夢の協力者達。

 

 炭治郎達は最短でここに来た為に彼らの拘束をすっ飛ばしたが、彼らが逆恨みで炭治郎達を襲撃してくる可能性は非常に高い。

 

 

「・・・やれやれ。色んな意味で寝られない夜になりそうだな」

 

 

 炭治郎はそう呟きながら、刀を鞘へと戻し、伊之助が暴れだしたことで大変そうになっている善逸の方へと向かおうとする。

 

 だが、その時──

 

 

「!?」

 

 

 何かに気づいた炭治郎は再び刀を鞘から出して振り抜く。

 

 すると──

 

 

 

ガキン!

 

 

 

 刀に鈍い衝撃音が鳴り、衝撃が刀を通して伝わってくる。

 

 だが、炭治郎はどうにか踏ん張ると、すぐそこの屋根に着地した存在を見据えた。

 

 

(あれは・・・)

 

 

 そこに居たのは両目にそれぞれ上弦、参と書かれた1体の鬼。

 

 

 

 

 

 

 そう、先程来るのではないかと懸念していた十二鬼月のナンバー3。

 

 

 

 

 

 

 

 上弦の参の猗窩座だった。



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無限列車 参

西暦1915年(大正4年) 5月 無限列車

 

 無限列車の先頭車両の屋根の上。 

 

 そこでは1体の4本の腕を持った(・・・・・・・・)鬼と1人の鬼殺隊士が対峙していた。

 

 

(・・・ん?4本の腕?)

 

 

 何か違和感を持った炭治郎は改めて相手を見る。

 

 そこには映画や漫画で見たような格闘家の風貌を持った男。

 

 どう見ても顔は猗窩座だったのだが、炭治郎の記憶では猗窩座は人間型の鬼であり、腕は2本だった筈だった。

 

 だが、目の前に居るのは顔と風貌こそ猗窩座であるものの、腕の方はまるでポケモンに出てくるカイリキーのように4本となっている。

 

 いったいどういうことかと炭治郎は考えていたが、その結論が出る前に猗窩座がこう話しかけてきた。

 

 

「先程の反応、見事だったな。流石、人間で至高の領域に辿り着いた者だ」

 

 

 猗窩座はそう言いながら先程炭治郎によって斬り付けられた腕が再生する様を見せる。

 

 ちなみに彼の言う至高の領域というのは、透き通る世界の事を表しているということは、炭治郎もよく知っていた。

 

 

「そりゃどうも。それで、お前はなんで腕が4本なんだ?鬼殺隊にある記録ではお前の腕は2本だった筈だが?」

 

 

 炭治郎はそれっぽい嘘を多分に混じえながら、猗窩座にその事を尋ねる。

 

 まあ、上弦の参は鬼殺隊に保管されている雀の涙ほどしかない上弦についての情報の中でも、一番情報の存在する鬼でもあり、腕が2本だという情報くらいは伝わっていたので、炭治郎の言うこともあながち嘘とも言えなかったのだが。

 

 

「ああ、その事か。あの方に強化して頂いたのだ。お前を倒すためにな」

 

 

 猗窩座は自慢げにそう言いながら、その強化の際に新しく生えたであろう下2つの腕を自慢する。

 

 だが、炭治郎の方はそれを聞いて冷や汗を掻いた。

 

 

(嘘だろ!?・・・いや、むしろ当然の事なのか?)

 

 

 よくよく考えてみれば、上弦の壱とやりあえていた時点でそれより下の鬼では勝ち目がないと言われているようなものなのだ。

 

 そして、本来ならそれを見越して強化されても可笑しくはない。

 

 ・・・ないのだが、“あの”無惨がそんなことを考えてくるとは思わず、炭治郎は状況を楽観視していた数分前の自分をぶん殴りたい気分になっていた。

 

 

「さて、本来なら強き者、それも至高の領域に立っている者には鬼になるべきと誘うのだが・・・お前はあの方に抹殺命令を出されている。悪いが、死んでもらうぞ」

 

 

「そう簡単に死んでたまるか!!返り討ちにしてやる!!」

 

 

 炭治郎はそう言うと、さっそく対上弦の参に向けて開発したある技を繰り出す。

 

 

 

日の呼吸 拾肆ノ型 生生陽転

 

 

 

 拾肆ノ型 生生陽天。

 

 それは本来の歴史には影も形もなかったこの世界の炭治郎が開発したオリジナル技であり、水の呼吸 拾ノ型 生生流転を基に作られている。

 

 生生流転と違うのは、一撃毎に威力を増すという特性が生生陽天には無いことだ。

 

 まあ、元々日の呼吸の技は威力が高いので、威力が増したりすれば制御できないし、赫刀のような事を技でやれば十分だと考えていたので、名前こそ似ているものの、この技に型は実はない。

 

 その時その時に合わせた使用者の変幻自在な使い方に身を任せるという他の技には無い作りとなっているのだ。

 

 ただ問題なのは、技によって展開しているため、通常の赫刀より展開時間が短いことだった。

 

 そこら辺は使用者である炭治郎がどうにかするしかない。

 

 

「おお、面白そうな技だ!行くぞ!俺は今すぐにでも強者と戦いたい!!」

 

 

 まるで戦闘狂のような台詞を吐いた直後、猗窩座は我慢できなかったのか、炭治郎に向けて駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇   

 

 

(目で追えねぇ。さっきから死の臭いが離れていてもビリビリと伝わってくるぞ)

 

 

(やべぇ。これは何時もより絶対に死ぬ気がする)

 

 

 目を覚ました伊之助と善逸は、炭治郎と猗窩座の戦いをそう評していた。

 

 目にも見えぬ、と言うより、何をどうやって戦っているのか全く分からないほどの死闘。

 

 辛うじて見えたのが、最初に猗窩座が新しく生えた下右腕で腕を伸ばした攻撃を行ってきたことと、炭治郎がそれを生生陽天で斬り飛ばした事だけであり、その後の戦いはカナヲ程ではないにしろ、鍛えられた彼らの視力を以てしても残像すら全く見えない程の戦い。

 

 それが列車上で繰り広げられている。

 

 しかし、そんな戦いを展開している一方である炭治郎の方はと言えば、当然の事ながら2人のようにのんびりと戦いを評する余裕など無かった。

 

 

(くそっ!伸びる腕とか聞いてないぞ!!初見でやりづらすぎる!!)

 

 

 炭治郎はそう思いながらも、今までに培った己の技術を総動員することで、どうにか猗窩座に拮抗することに成功していた。

 

 ちなみに拾肆ノ型は既に止めている。

 

 ある欠点に気づいてしまったからだ。

 

 

(忘れてた。生生陽天は“技”だったということを)

 

 

 そう、生生陽天は赫刀とは違って技であり、それが発動している間は他の技が展開できないのだ。

 

 まあ、この技の自在ぶりから、その気になれば身体能力と組み合わせることで技を展開することも出来るのかもしれないが、そこまでの熟練度は今の炭治郎には無かったし、出来たとしても型ではないので精度は劣ってしまうだろう。

 

 

(まあいい。今は目の前のこいつだ。あの伸びる腕は厄介だな)

 

  

 炭治郎はあの伸びる腕が厄介だと思った。

 

 何故ならば、あの2本の伸びる腕がある限り、どの方向から攻撃しても対処されてしまうからだ。

 

 初っぱなに1本は斬り飛ばしたものの、幾ら日の呼吸とはいえ、あれからそれなりの時間が経っていた為、既に回復を終えてしまっている。

 

 おまけに正面は元々の2本の腕があることもあって、ほとんど懐に入ることは不可能だ。

 

 と言っても、距離を取ろうにも相手は上弦の壱とは違って拳を使った戦闘をしてくるので、なかなか難しい。

 

 しかも──

 

 

 

血鬼術 破壊殺 乱式

 

 

 

 相手はある程度離れた場所へも攻撃できる技を幾つか持っている。

 

 しかも、腕が増えていることで猗窩座の破壊殺は原作よりも凶悪化していた。

 

 これでもし原作通り煉獄と対峙していた場合、煉獄は夜明けまで戦いを持たせられなかったのは間違いない。

 

 しかし、炭治郎も伊達に至高の領域に到達しているわけではなく、猗窩座が技を放ってきたと見るや、反撃を開始する。

 

 

 

日の呼吸 肆ノ型 灼骨炎陽

 

 

 

 日の炎による凪ぎ払い。

 

 これには流石の猗窩座も堪らず、一旦距離を取る。

 

 

「やるな。流石は至高の領域に至った者だ!」

 

 

 猗窩座はそう言って再び距離を詰めてくる。

 

 その速さは原作と比べても明らかに早く、柱であっても岩柱を除けば反応はほぼ不可能だっただろう。

 

 しかし、炭治郎はこれにもしっかりと反応し、刀で猗窩座が繰り出してきた右拳を受け止める。

 

 そして、そのまま次の技を繰り出す。

 

 

 

日の呼吸 壱ノ型 円舞

 

 

 

 円を描くような斬撃であり、日の呼吸の基本の技。

 

 それは猗窩座の右上下2本の腕を切り裂き、猗窩座の右サイドに隙が出来た。

 

 その隙を炭治郎は見逃さず、空いた猗窩座の右サイドに体を滑らせ、そのまま一旦猗窩座の頭上に飛び上がると、次の技を展開する。

 

 

 

日の呼吸 拾ノ型 火車

 

 

 

 空中で垂直に回転する斬撃。

 

 これによって更に左上の腕が切り飛ばされた。

 

 

「なに!?」

 

 

 流石にこれには猗窩座も驚き、途端に焦り出す。

 

 当然だろう。

 

 4本中、3本の腕が機能不全に陥ってしまったのだから。  

 

 おまけに日の呼吸の影響で回復も遅い。

 

 そして、その回復のための時間を敵である炭治郎が待ってやる義理がある筈もなく、火車を終えて着地した途端、彼の頸を取るために急接近する。

 

 

(チャンスだ!向こうの残る腕は右下の伸びる腕1本だけ!それなら対処できる!!)

 

 

 そして、これで上弦の参を撃破できれば、柱にも自分の力を見せつけられる。

 

 炭治郎はそんな思惑を抱きながら、猗窩座の頸を飛ばすために新たな技を繰り出そうとした。

 

 しかし、その時──

 

 

「うおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 突如として猗窩座は雄叫びを上げ始めた。

 

 

「な、なんだ!?」

 

 

 あまりに突然の奇妙な行動だったので、何か有るのかもしれないと、炭治郎は一旦動きを止めて身構える。

 

 しかし、次に起こした猗窩座の行動はある意味で炭治郎が絶対に無いと思っていた行動だった。

 

 

 

バッ

 

 

 

 なんと列車から猗窩座が飛び降りたのだ。

 

 

「・・・は?」

 

 

 一瞬、何が起こったのか分からず呆然とした炭治郎だったが、慌てて我に返ると、猗窩座を追おうとする。

 

 だが──

 

 

「無理か・・・」

 

 

 炭治郎は列車周辺をチラッと見ると、そう言いながら追跡を諦めた。

 

 もう気配が無くなっていたことから、列車内に居ないことは確実であったし、列車は60キロ以上の速さで走っているので、既に先程猗窩座が飛び降りた地点からは完全に遠ざかってしまっている。

 

 今から追跡したとしても、猗窩座の位置を常に把握しているであろう無惨の命令によって、鳴女に猗窩座が回収される方が早い。

 

 

「まさか、逃げるなんて思わなかったな。・・・まあ、列車の人達を巻き込まなかっただけでも良しとするか」

 

 

 炭治郎がそう言いながら列車の屋根の方を見ると、その視線の先には自分と猗窩座の戦闘によって、屋根のあちこちが抉れている屋根の光景があった。

 

 戦闘中はあまり周りを見ていなかったが、おそらくあのまま戦闘が長引けば、列車内に戦闘場所が移って中に居る人間を巻き込んでいただろう。

 

 そうなれば死者が出てしまうのは必然であるので、猗窩座が撤退したのは正直こちらにとっても僥倖と言えた。

 

 

「・・・」

 

 

 しかし、炭治郎としては上弦の参らしくない行動に何処かしっくりと来ない。

 

 何故なら、炭治朗の中では猗窩座と言えば、太陽以外からは決して逃げることのない脳筋格闘家という認識だったのだから。

 

 だが、まだ夜明けまでには二時間程の時間がある。

 

 その為、猗窩座が何故逃げてしまったのかが尚更分からなかった。

 

 

「いったい、なんでいきなり逃げたりしたんだ?」

 

 

 戦闘が終結した後の無限列車の上で、炭治郎はそんな疑問を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、無限列車上での戦いは終結を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──しかし、あまりにも原作キャラクターの印象とは違う行動は、炭治郎にこれから先の戦いに対しての不安を抱えさせるには十分なものだった。



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日と継子の模擬試合

無限列車の戦いの功績によるかまぼこ隊の階級昇進

竈門炭治郎 3階級昇進 庚(かのえ。一般隊士10階級の内の7番目の階級)→丁(ひのと。一般隊士10階級の内の4番目の階級)

我妻善逸 昇進無し 壬(みずのえ。一般隊士10階級の内の9番目の階級。つまり、昇進後の炭治郎の5つ下)

嘴平伊之助 1階級昇進 壬→辛(かのと。一般隊士10階級の内の8番目の階級。つまり、昇進後の炭治郎の4つ下)


西暦1915年(大正4年) 6月 蝶屋敷

 

 

「なぁ、聞いたか?」

 

 

「何を?」

 

 

「ほら、蟲柱様の継子だよ。つい先日、下弦の陸を倒して(ひのえ)になったんだってよ」

 

 

「本当か。じゃあ、柱になるのも時間の問題か?」

 

 

「いや、分からないぞ。蟲柱様の継子の同期にはもう1人、有望な奴が居るからな」

 

 

「そういえば居たな。確か竈門炭治郎って奴か。確か階級は蟲柱様の継子の1つ下の(ひのと)だったな」

 

 

「ああ、先月に下弦の壱の討伐と上弦の参を撃退した功績でな」

 

 

「しかし、あれは本当なのか?上弦を倒すのは柱ですら無理だと聞いているぞ?」

 

 

「さあ、本当のところは分からないな。でも、それを言ったら霞柱様の兄だって弟とほぼ同等の技量を持っていたりするが、十二鬼月倒したのが弟の方が先で柱が9つ埋まっていたという理由で柱になれていないしな。案外、(きのえ)、いや、一般隊士にも柱に匹敵する奴が居るんじゃないか」

 

 

 蝶屋敷にて隊士達がそんな会話をしている中、それを偶々聞いていた階級(きのえ)の少年──時透有一郎は歯軋りしていた。

 

 

(・・・ちっ、このままだと柱には永遠になれない、か。確かにその通りかもしれないな)

 

 

 有一郎は常々自分が柱の条件を満たしている筈なのに柱になれないことを不満に思っていた。 

 

 別に弟に嫉妬している訳ではない。

 

 残念ながら自分は無一郎みたく剣を握って2ヶ月で柱になるなどという化け物じみた才能は無いと自覚しており(それでも他の隊士と比べれば十分に才能があったが)、地道にやっていくしかないと、彼は早々に悟っていたからだ。

 

 しかし、鬼殺隊に入ったからには上を目指して弟に追い付いてみたいと思ったのも事実。

 

 そして、彼は十二鬼月こそ倒していないものの、鬼50体の討伐と(きのえ)の階級という柱になるための条件は既に数ヶ月前に満たしていた。

 

 だが、それからしばらく経っても自分が柱に任命される気配はない。

 

 どういうことかと考えていると、先程の会話を聞いて柱の定員は9人であり、誰か欠員が出ない限りは自分は決して柱になることはないと分かってしまったのだ。

 

 

(くそっ!なんてこんな制限があるんだよ。柱の数くらい無制限にしとけよ!!)

 

 

 そう内心で罵声を溢す有一郎だが、当然、柱の数に制限があるのはちゃんと理由がある。

 

 この柱という地位は強者の証明であるのと同時に、鬼殺隊の強さの象徴としての立場も担っているのだ。

 

 その為、あまり柱をポンポン増やしてしまうと、その威厳が下がってしまう可能性があり、鬼殺隊全体に却って不利益をもたらしてしまう。

 

 そういう思考から、柱が9人までと制定されているのだが、それは同時に有一郎のような柱に匹敵する実力を持っていても、定員が埋まってしまえば柱になれないことを意味してもいるのだ。

 

 鬼陣営がやっているような入れ替わりの血戦のようなものがあれば良いのだが、鬼殺隊にそのようなものはないので、柱が一度9人埋まればその柱が誰か引退するか、戦いで死ぬまではどんなに実力を持っていても新たな柱にはなれない仕組みとなっていた。

 

 

「・・・しかし、俺の適性の呼吸ってなんなんだろうな。日の呼吸ってのを使う奴は黒だって言ってたが・・・」

 

 

 そう言いながら有一郎は自分の剣の刀身を見る。

 

 ──そして、そこには紫色の刀身をした日輪刀が存在した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

 

「・・・」

 

 

 蝶屋敷の道場。

 

 そこでは普段、機能回復訓練などが行われるのだが、今日は2人の少年少女が木刀を持ってにらみ合い、その周りを偶々ここに訪れていた何人かの隊士が興味深げに見ている。

 

 少年の方の名は竈門炭治郎。

 

 先月に無限列車にて下弦の壱を討伐し、上弦の参を撃退した少年であり、階級は(ひのと)

 

 一般隊士の中では4番目の階級であり、全体として見れば中の上か、それよりやや上といったところの階級だった。

 

 対して、相手の少女の名は栗花落カナヲ。

 

 先日、下弦の陸を討伐したことで、再び炭治郎の1つ上の階級である(ひのえ)の階級を預かることとなった少女である。

 

 そして、一般隊士の中で3番目となると、当然の事ながら上級隊士の仲間入りであり、その美貌も相まって一般隊士達、特に男性隊士からは注目の的にもなっていた。

 

 ちなみにこの2人は対戦することになったのは、実を言えば蟲柱であるしのぶの提案であり、一度、カナヲの本気の実力を見てみたいと、炭治郎に対戦相手を依頼していたのだ。

 

 初めは渋っていた炭治郎だったが、これは逆に言えば柱と対戦するチャンスだとも考え、もしカナヲに勝てた場合、しのぶが稽古の相手をすることを条件に炭治郎はカナヲとの勝負を了承している。

 

 ──そして、木刀を構えて向かい合う2人だったが、先に動いたのは炭治郎の方だった。

 

 

 

日の呼吸 壱ノ型 円舞

 

 

 

 横凪ぎに円を描くような一撃。

 

 改良型の円舞一閃に比べれば速さこそ劣るものの、鞘を使わずに使用できるため、使い勝手はこちらの方が上だ。

 

 そして、その炭治郎の一撃に対し、カナヲはその常人よりも遥かに優れた視力を駆使して難なくかわす。

 

 しかし、これは炭治郎が模擬戦ということもあって、かなり手加減して打とうとしたからであり、もし炭治郎が本気で打ち込んでいたら、かわしきれずに剣ごと体を飛ばされていただろう。

 

 上弦の壱や原作よりも強化された上弦の参を撃退した腕は伊達ではないのだから。

 

 そして、手加減したということは、かわされることも当然想定しているので、そのまま炭治郎は次の技を繰り出した。

 

 

 

日の呼吸 拾弐ノ型 炎舞

 

 

 

 縦の高速2連撃。

 

 普通の呼吸であれば、一度技を繰り出してから次の技を繰り出すまではある程度モーションが必要なのだが、この日の呼吸は拾参ノ型である円環の関係上、壱から拾弐ノ型までなら、モーションを経ずとも繋げられるように出来ている。

 

 しかし、その振り下ろし、振り上げる2連撃もまた炭治郎が手を抜いていたこともあって、カナヲにかわされてしまう。

 

 そして、そこでカナヲは反撃に出る。

 

 

 

花の呼吸 参ノ型 蒲公英

 

 

 

 剣を前に突きだし、ドリルのように突撃してくる攻撃。

 

 渦桃と違う部分は、渦桃が横に円を描くように突撃するのに対し、蒲公英は剣を前に突きだしながら突撃する点だった。

 

 

「!?」

 

 

 しかし、炭治郎はこの攻撃に一瞬だけ膠着してしまう。

 

 何故なら、これは原作には登場しなかった技だったからだ。

 

 そもそも炭治郎が知っている呼吸の技は原作に出てきた弐ノ型、肆ノ型、伍ノ型、陸ノ型、終ノ型しか知らず、それ以外の壱ノ型、参ノ型、そして、有るかもしれない陸ノ型から終ノ型までの間の技は全く知らない。

 

 それ故に炭治郎は一瞬だけ膠着してしまった訳だが、すぐに我に返り、回避に移る。

 

 

 

日の呼吸 拾壱ノ型 幻日虹

 

 

 

 高速での回避、更には目の良い相手には残像が多く見えるという副次効果を発揮する技。

 

 当然、目の良いカナヲ相手には相性の良い技であり、ぶっちゃけこれを初っぱなに使って目眩ましをしている間に剣を突き付ければ、炭治郎は容易にカナヲに勝利出来た事だろう。

 

 しかし、それでは意味のある勝負にならないと、あえて使わずにいたのだが、流石にこの状況下では使わざるを得なかった。

 

 なにしろ、炭治郎にとってこの試合は自分が柱と対戦できる権利が掛かった戦いであったのだから。

 

 

「!?」

 

 

 そして、これによって回避した炭治郎に対して、カナヲは攻撃をかわされたのもそうだが、いきなり自分の目に映った多数の残像に驚き、一旦動きを止めて周囲の状況を改めて確認し直そうとしたが、その隙を炭治郎は見逃さず、一気に接近すると、カナヲの首元辺りに剣を突き付けた。

 

 

「──そこまで!」

 

 

 その瞬間、審判を勤めていたカナエがそう宣言したことで、この模擬戦は炭治郎の勝ちで終わることとなった。




原作と比べてのこの世界の柱の強さ

炎柱→原作と変わらない。

水柱→原作と変わらない。

恋柱→原作と変わらない。

蛇柱→原作と変わらない。

風柱→原作よりも強い(弟が原作よりも早く死んでしまい、その復讐を誓って更なる修行をしたため)。

霞柱→原作よりも強い(記憶があり、明確な目的意識があるため)。

蟲柱→原作よりも弱い(姉が生きていることで、狂人的な毒の開発を行わなかったため)。

音柱→原作と変わらない。

岩柱→原作と変わらない。

全体的に見ると、原作よりやや強いと言ったところでしょうか?まあ、弱体化している柱も居るので、一概には言えませんが、戦力としては原作よりも強化されていると思います。他にも一般隊士に有一郎や炭治郎、カナエなどの柱に匹敵する実力者などが居ることを考えると、原作よりも鬼殺隊は強力になっているんだと思います。


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日と蟲の模擬試合

原作と比べてのかまぼこ隊とカナヲの強さ(この時点)

竈門炭治郎→言うまでもない。

嘴平伊之助→原作よりもやや弱い(炭治郎の強さに憧れてそれに追い付こうとして強くなってはいるものの、やはり煉獄の死が無かった為に強くなろうという気力が今一歩足りないため)。

我妻善逸→原作よりも弱い(炭治郎の強さに自信を無くしている上に、煉獄の死が無かった為に強くなろうという気概が湧いていないため)

栗花落カナヲ→原作と変わらない。

同期組は原作と比べると微妙ですね。炭治郎は明らかに原作より強いものの、他のかまぼこ隊は原作より弱くなっているし、不死川玄弥に至っては死んでいるし。


西暦1915年(大正4年) 6月 蝶屋敷

 

 

「ご苦労様、凄いわね。こんなにあっさりカナヲに勝つなんて」

 

 

 炭治郎に手拭いを差し出しながら、カナエはそう話し掛けてくる。

 

 ちなみに彼女はリハビリの結果、既に現役復帰一歩手前の段階まで回復しており、炭治郎は一度カナエに模擬戦を申し込んだことがあったのだが、完調でないことを理由に断られていた。

 

 

「いえ、まだまだですよ。思ったより苦戦してしまいましたし」

 

 

 予想外の技を使われたとはいえ、炭治郎にとって幻日虹を使ったのは想定外だった。

 

 上弦の鬼を撃退している自分の腕なら、それを使わなくても勝てると思っていたからだ。

 

 しかし、実際に試合をしてみると、自分が慢心していたことを思い知らされ、炭治郎はカナヲのことを『さすが原作で天才少女と言われただけある』と改めて見直していた。

 

 

「それに、これからしのぶさんとの試合もありますからね」

 

 

「ああ、そうだったわね。でも、しのぶは強いわよ。力はないけど、速さだけだったら既に私を越えているから」

 

 

「ええ、分かっていますよ」

 

 

 炭治郎はそう言いながら、対戦相手となるしのぶのことを考える。

 

 胡蝶しのぶは原作の上弦の弐曰く『今まで会ってきた柱の中でも最速』とのことだ。

 

 それはつまり、この鬼殺隊の中でも最速である可能性が高く、少なくともカナエよりは速いという事でもある。

 

 原作と比べると、どれ程の強さなのかは原作のしのぶに実際に会ったことがないから分からないが、おそらく戦闘技術そのものに関しては大して変わりはないだろう。

 

 となると、彼女の速さに対抗出来るということは、それより遅い他の柱には容易に対応できるということでもある。

 

 おそらく、この試合が自分が柱になる資格があるかどうかの登竜門。

 

 少なくとも炭治郎はそう考えていた。

 

 

「なら良いけど。あっ、しのぶが構え始めているわね」

 

 

「本当ですね。じゃあ、いってきます」

 

 

「ええ、行ってきなさい。柱の速さを十分に味わってね」

 

 

 カナエはそう言って道場の中央にて待つしのぶの下に向かう炭治郎の姿を見送りながら、審判の位置へと着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始め!」

 

 

 そのカナエの号令と共に、ほぼ同時に動き出す両者。

 

 そして、最初に攻撃を繰り出したのはまたしても炭治郎だった。

 

 

 

日の呼吸 陸ノ型 日暈の龍・頭舞い

 

 

 

 炭治郎がまず繰り出したのは、戦場を激しく駆け回りながら刃を振るう技だった。

 

 流石に道場内だとそんなに激しくは動き回れないが、それでも素早く動けば相手を撹乱することは可能だ。

 

 ちなみに一応大怪我をしてしまうのは不味いとして手は抜いていたものの、相手が柱であることもあり、最初のカナヲの時とは違って力を入れており、下弦の鬼をギリギリ殺せる程度までには全力を出していた。

 

 しかし、逆に言えば、力はそこそこしか入れていないこともあって、しのぶは難なくこれをかわし、反撃の手を加える。

 

 

 

蟲の呼吸 蜻蛉の舞い 複眼六角

 

 

 

 6つの方向からの連続突き。

 

 蟲の呼吸は基本、突き技しかないが、これはしのぶの刀の毒で鬼を殺すというコンセプトがそうさせている。

 

 ちなみにこういった連続した技、突き技というのは連撃技が少ない日の呼吸にとっては地味に嫌な存在だったが、今の炭治郎にはこれに対する対抗策があった。

 

 

 

日の呼吸 拾肆ノ型 生生陽天

 

 

 

 炭治郎は水の呼吸 拾ノ型を参考にして編み出したオリジナル技でこれを迎撃する。

 

 更に相手の筋肉や骨格を見ることで動きを事前に予測できる透き通る世界も合わさったことで、炭治郎は容易にしのぶの突きを弾く事に成功した。

 

 

「!?」

 

 

 あまりにもあっさりと弾かれた為に少しだけ驚いたしのぶだったが、流石柱と言うべきかすぐさまバックステップを取って体勢を整える。

 

 柱の中でもかなり速い部類と言われているのは伊達ではなく、炭治郎が反撃しようとした頃にはしのぶはその間合いの外に居た。

 

 

(思ったよりも速いな)

 

 

 炭治郎はそう思いながら、木刀を構え直し、相手の出方を見る。

 

 すると──

 

 

 

蟲の呼吸 蜈蚣の舞い 百足蛇腹

 

 

 

 低い姿勢での高速移動。

 

 ある意味で日暈の龍・頭舞いにも似ているが、こちらは移動に特化しているため、より撹乱の精度が高い。

 

 そして、この技は技の特性上、使う人間の背が低いほど効果が発揮されやすい技なので、しのぶにはピッタリの技であり、やられている方はなかなか反応がしづらく、それは透き通る世界に入っている炭治郎も同じだった。

 

 その為、しのぶは炭治郎の懐にあっさりと入ることに成功し、そこから次の技を繰り出す。

 

 

 

蟲の呼吸 蜻蛉の舞い 複眼六角

 

 

 

 先程と同じ技。

 

 しかし、今回は懐近くに入られたこともあって、流石の炭治郎も迎撃は不可能だった。

 

 その為──

 

 

 

日の呼吸 拾壱ノ型 幻日虹

 

 

 

 回避を選択する。

 

 カナヲ程ではないにしろ、彼女も目が良いためにいきなり現れた残像に混乱し、一旦動きを止めてしまう。

 

 そして、その隙を炭治郎は見逃さない。

 

 

 

日の呼吸 壱ノ型 円舞

 

 

 

 両手を使っての円を描くような横凪ぎ。

 

 そのまま彼女の首元に剣を突きつけようとするが、直前で力を弱めるタイミングが早かったのか、幻日虹の影響から脱していたしのぶは回避行動に移り、この攻撃を回避してしまった。

 

 

(やるな。それに思ったよりも強い。これが柱の力か)

 

 

 炭治郎は改めて柱の力を見直す。

 

 下弦以上、上弦以下の実力というのが原作を知っている人間の柱への評価であったが、よくよく考えれば煉獄でさえもあの上弦の参の頸をあと一歩で取るところまでいっているので、強さには個人差が存在し、中には上弦を単独で撃破する者まで居たのだ。

 

 そして、しのぶはそんな柱の中でも上位に入る素早さを誇る。

 

 腕力が弱いのが欠点とはいえ、それは鬼を相手にした場合に露呈する欠点であり、それより脆い人間相手であればあまり欠点になり得ない。

 

 ・・・ということは、対人戦の場合、しのぶは柱の中でも一気に上位に躍り出る実力を持っているという事になる。

 

 

(なんで、そんな簡単な事に気づかなかったんだ、俺は)

 

 

 炭治郎は内心で自分の迂闊さに舌打ちしつつ、まだ戦いは終わっていないと思い直し、こちらから攻撃に移ろうとしたが、その前にしのぶが勝負に出た。

 

 

 

蟲の呼吸 蜂牙の舞い 真靡き

 

 

 

 強烈な踏み込みによる超高速の突き。

 

 それは手加減しているとはいえ、下弦程度ならば反応しきれずに確実に喰らうであろう速さだった。

 

 

(速い!だけど──)

 

 

 これくらいなら反応できる。

 

 炭治郎はそう思いながら、迎撃の技を繰り出した。

 

 

 

日の呼吸 参ノ型 列日紅鏡

 

 

 

 左右横の高速2連撃。

 

 主に迎撃に使われる技であり、このような状況では最適な技だった。

 

 そして、一撃目でしのぶの刀を弾いた後、二撃目で彼女の首元を狙ったが、それが首元に到達する前にしのぶは飛び上がる。

 

 

「ちっ!」

 

 

 舌打ちする炭治郎だが、逆に言えばこれはチャンスだとも考えた。

 

 足場のない空中ではこちらの攻撃を回避する術など無いのだから。

 

 しかし、勝負を決めに来たのはしのぶも同じであり、彼らはほぼ同時に技を繰り出した。

 

 

 

蟲の呼吸 蝶の舞い 戯れ

 

 

 

日の呼吸 肆ノ型 灼骨炎陽

 

 

 

 宙を舞って複数の突きを放つ技と日の風を相手に浴びせる技が衝突する。

 

 しかし、しのぶの出した技は蝶の群れによる残像効果があるとはいえ、接近技。

 

 対して、炭治郎の技は中距離技であり、おまけに空中であることもあってしのぶは一方的にその攻撃を喰らってしまう。

 

 更に日の風は人間にはほとんど効果が無いとはいえ、目眩まし程度にはなるので、しのぶは相手の姿を見失った。

 

 透き通る世界でもあれば話は別だっただろうが、彼女にそんなことは出来ない。

 

 

「! どこ!?」

 

 

 先程まで居た場所に炭治郎が居ないことに気づいたしのぶは慌てて炭治郎を探す。

 

 しかし、次の瞬間、いつの間にか接近していた炭治郎が彼女の首元に剣を突き付けた事で、この戦いは一気に終幕を迎えた。

 

 

「そこまで!」

 

 

 ──そして、カナエの号令が鳴ると共に、炭治郎と蟲柱の戦いは炭治郎の勝利という形で終了した。



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柱との模擬戦後

西暦1915年(大正4年) 6月

  

 模擬戦が終わった直後の蝶屋敷の道場。

 

 周囲の人間は2人の激しい戦いを目撃したのもそうだが、それ以上に蟲柱が負けたという現実が信じられないのか、シーンと静まり返っている。

 

 だが、当事者である2人の内、炭治郎は落ち着いた様子で先程のカナヲの時と同じようにカナエから手拭いを受け取っていた。

 

 

「・・・疲れたな」

 

 

 炭治郎はそう言いながら余裕そうな風貌を見せていたが、内心では冷や汗を掻いていた。

 

 

(危なかった。もう少し向こうの動きが速ければ、負けていたのはこっちだったな)

 

 

 あの勝負は本気ではなかったとはいえ、全力は尽くしていた。

 

 しかし、それにも関わらず負けそうな展開が何回も来たということは、自分としのぶの実力はそれほど離れていないことになる。

 

 

(何が悪いんだ?やはり手加減していたからか、それとも何か別の要因があるのかな?)

 

 

 炭治郎は色々と可能性を考えてみるが、やはり思い浮かばない。

 

 まあ、自分の欠点など、自分ではなかなか気づかないものであるから当然であったが、このまま放っておくと実戦の場で予期せぬ不備が起こることになりかねなかったので、早めに見つけておきたかった。

 

 しかし──

 

 

(勝った状態で聞いても嫌みにしかならないだろうなぁ)

 

 

 炭治郎はそう思う。

 

 こういうときは周囲に聞くのが一番なのだが、勝った自分が聞いたところで嫌みにしかならないだろうことは容易に予想できる。

 

 また、勝った人間の悪い点など、見ている側がやっている側よりよほど実力が上でなければ挙げられないが、この場にそれほどの実力者は居ない。

 

 

(・・・ひたすら鍛練を重ねるしかないか)

 

 

 しかし、それではやることは何時もと変わらない。

 

 進歩の無いような気がする自分に、炭治郎は内心でため息をつかざるを得なかったが、そんなことを考えていた時、1人の人物が声を掛けてきた。

 

 

「なあ、さっきの呼吸。俺にも教えてくれないか?」

 

 

「ん?」

 

 

 そう言われて声がした方向に振り向く炭治郎。

 

 

「君は・・・」

 

 

 そこには霞柱である時透無一郎とそっくりな顔立ちな顔立ちをした少年──時透有一郎の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同時刻

 

 炭治郎が蝶屋敷の道場にてしのぶに勝利していた頃、産屋敷邸では鬼殺隊隊のトップである産屋敷輝哉が音柱であり、柱の中で随一の情報収集能力を持つ宇髄天元より、ある報告を聞いていた。

 

 

「そうか、人間の協力者がね」

 

 

 それは鬼に協力する人間についてだった。

 

 無限列車の例を見てからも分かる通り、鬼に協力する人間というのは一定数存在している。

 

 それは血鬼術に操られている者だったり、何らかの取引を経て協力している者も居り、中には炭治郎のように鬼が肉親だということで護ろうとする人間も居た。

 

 しかし、呼吸が使えないこともあって、育手無しで呼吸を身に付けた炭治郎や伊之助のような例外を除いては大した脅威にはなっていないのもまた事実だったのだ。

 

 ・・・これまでは。

 

 

「はい、直接の脅威はありませんが、ここ最近は鬼側も人間を活用して情報収集を行っているらしく、一般隊士の下弦襲撃が増加しており、被害は知っての通り甚大です」

 

 

 そう、仮に直接の脅威は無くとも、情報収集や鬼殺の妨害など活用する手段は幾らでもある。

 

 原作では何故か鬼側はあまり積極的にこれをやりたがらなかったが、この世界では無惨が日の呼吸のトラウマが激発したことによって却って冷静な思考を行っていた為、那田蜘蛛山の戦い以降、積極的にこういう行動をやり出していたのだ。

 

 その結果、一般隊士の前に下弦の鬼が出てくる事態が頻発して起こっており、一般隊士は原作を越える被害を出していた。

 

 もっとも、下弦の鬼側もカナヲが数日前に下弦の陸を倒した例からも分かる通り、逆に返り討ちに遭ったり、運悪く柱と遭遇して討伐(例えば、1週間前に風柱によって討伐された新・下弦の壱であった轆轤など)されたりしているので、地味に被害を被っていたりするが、すぐに補充されたりしているので、あまり意味がないし、原作で無惨に理不尽にも処刑された鬼も居るので、それを考慮すれば差し引き0どころか、マイナスとなってしまう。

 

 おまけに前述した鬼殺の妨害をした者によって討伐を担当した隊士が殺されたり、逆に隊士が鬼共々協力者を斬り殺したという例もあり、鬼を殺すことはできても、人を殺すことに抵抗のある隊士達がPTSDに掛かる例が続出しており、深刻な問題を引き起こしている。

 

 まあ、これは戦う人間でありつつも、一般的な感性を持つ炭治郎からしてみれば、『元人間である鬼を普段から斬り殺しておいて何を今さら』という話だったのだが、残念ながらその一般論は異常者の集まりであるこの鬼殺隊では通用していなかった。

 

 

「だから、その協力者の集団を根こそぎ殲滅しよう、ということかい?」

 

 

「おっしゃる通りです。既に連中の正体は“万世極楽教”という宗教団体であることが分かっています。御館様の許可さえ頂ければ、既に話をつけている何人かの柱と共に鬼共々殲滅いたします」

 

 

 そして、今、宇髄が進言していたのは自分を含めた数名の柱を投入して、鬼の協力者の団体である万世極楽教の教団員を殲滅しようという作戦だった。

 

 ちなみにこの際に数名の柱を投入するのは、毎回下弦の鬼が出てくるような状況からして、万世極楽教が十二鬼月の上弦、あるいは無惨本人が直轄する宗教団体なのではないかと目されていた(実際、万世極楽教は上弦の弐が統括していたりするので、この推理は間違いではない)からだ。

 

 更に言えば、作戦自体も非常に合理的な代物ではある。

 

 なにしろ、宗教団体に対して話し合いによる説得は困難であるのは歴史が証明しているし、そうでなくとも鬼と戦っている途中にそのような余裕は無いからだ。

 

 だが、これに対して御館様は首を横に振る。

 

 

「いや、駄目だ。確かに天元が調べたのならその情報は事実だろうけど、やはり人間を殺すことは許可できない」

 

 

 一見、綺麗事にも見える意見で却下する輝哉だが、別に綺麗事だけで反対しているわけではない。

 

 鬼殺隊は政府非公認の武装組織だが、政府側にはその存在を知られている。

 

 でなければ、軍や警察などの協力者を作るのはほぼ不可能だろう。

 

 しかし、実を言えば鬼殺隊という組織は政府関係者の中にはその存在を危険視する者も存在している。

 

 まあ、これだけの武装集団を完全に危険視しなかったら、逆に頭が大丈夫か心配になるのだが、それでも黙認されていたのは鬼側との戦いに巻き込まれたくないという思惑があったからだ。

 

 だが、ここで幾ら鬼側に与する人間達とはいえ、団体単位で人間を殺傷してしまえば、政府内に鬼殺隊を危険視する者が増え、もしかしたら鬼殺隊に対して政府や軍が自分達の傘下に入るように要求してくるかもしれない。

 

 特に今は戦時下(第一次世界大戦中)であるので尚更だ。

 

 そして、それを拒否してしまえば、最悪は陸軍と戦争、仮にそこまで行かなくとも今後の鬼殺隊の活動に何らかの制限が掛かってしまうだろう。

 

 それは今の鬼殺隊の現状を鑑みれば、あまりにもよろしくない。

 

 

「しかし、このままでは・・・」

 

 

「分かっているよ。だけど、ここは堪え忍ぶときだ。ここでこちらが下手な行動を起こしてしまえば、それは鬼舞辻を喜ばせるだけで終わってしまう」

 

 

 そう言って宇髄を宥める輝哉。

 

 とは言え、このままなにもしないのは流石に不味いために対案を提案する。

 

 

「私の方で警察の方に手を回して万世極楽教の教団員を逮捕するように要請してみるよ。人間の拘束とかそういうのは彼らがやる方が良い。手柄も立てられるから、彼らの顔も立つだろうしね。天元はその万世極楽教を支配している鬼の正体を突き止めてくれ」

 

 

「・・・承知しました」

 

 

 宇髄は少々不満げではあったが、輝哉の言うことにも一理有る上に対案を提示されたことで引き下がり、輝哉の提案に従うことにした。

 

 この一週間後、宇髄は情報収集の一環として彼の嫁3人と、たまたまそこら辺を歩いていた使えそうな隊士2名(善逸と伊之助)の計5人を万世極楽教へと潜入させることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして、音柱・宇髄天元と彼の嫁である3人のくの一が上弦の弐との激闘の末に敗死したという報告がもたらされたのは、それから更に2週間後の話だった。



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狭霧山の死闘

この時点(西暦1915年7月)でのかまぼこ隊とカナヲの階級

竈門炭治郎 丙(ひのえ。一般隊士10階級の内の3番目の階級。ちなみに原作炭治郎の最終階級でもある)

我妻善逸 壬(みずのえ。一般隊士10階級の内の9番目の階級。つまり、炭治郎の6つ下)

嘴平伊之助 庚(かのえ。一般隊士10階級の内の7番目の階級。つまり、炭治郎の4つ下)

栗花落カナヲ 乙(きのと。一般隊士10階級の内の2番目の階級。つまり、炭治郎の1つ上)


西暦1915年(大正4年) 7月 無限城  

 

 

「──そうか!よくやったぞ、童磨」

 

 

 無限城にて、無惨は珍しく喜色満面な笑みを、10日程前に音柱を殺害した上弦の弐──童磨に対して浮かべる。

 

 しかし、それもその筈だった。

 

 なにしろ、遂に念願の太陽を克服した鬼──禰豆子の存在と居場所を突き止めたのだから。

 

 

「ありがたいお言葉です。それで如何いたしましょうか?すぐに参りますか?」

 

 

「・・・いや、お前が連れてこい」

 

 

 童磨の言葉に、無惨はそう答える。

 

 その意外な言葉に首を傾げる童磨だったが、詮索してもろくなことにはならないと、早々にそれを了承することにした。

 

 

「分かりました、俺が無惨様の元に連れていきましょう」

 

 

「・・・ついでだ、半天狗も連れていけ。念のためにな」

 

 

 感情を思わせない童磨の言葉に何処か不信感を抱いたのか、無惨は監視役として上弦の肆である半天狗も同行させるように指示する。

 

 そもそも無惨はこの上弦の弐という存在は今一つ信用していない。

 

 何時も感情の不気味な表情を浮かべている上に、発する言葉にも全く感情が篭っておらず、何を考えているかさっぱり分からなかったからだ。

 

 おそらく、実力が無ければすぐにでも目障りとして無惨に粛清されていただろう。

 

 だからこそ、半天狗という監視を着けることにしたのだ。

 

 もっとも、念のためという言葉に嘘はない。

 

 太陽を克服した鬼は無惨にとって何がなんでも獲得しなければならない対象だったのだから。

 

 それなら自分で行った方が早いのではとも思うが、実のところ、無惨は禰豆子が2年半前に自分を撃退した男の妹だと知って、その人物に自ら手を出して拐うのを躊躇している。

 

 まあ、有りたいに言えばビビっていたのだ。

 

 

「おお!そこまでしていただけるとはありがたい。必ずやそのご期待に応えて見せましょう」

 

 

 そして、童磨は無惨の言葉に何を思ったのか、またもや感情を思わせない笑みを浮かべながらその指示に従う。

 

 ──かくして、上弦の弐(童磨)上弦の肆(半天狗)

 

 2体の上弦の鬼が禰豆子の居場所──狭霧山へと向かうこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無惨が2体の上弦の鬼を狭霧山へと向かわせた頃、階級(ひのえ)の隊士・竈門炭治郎も同じく鱗滝左近次が待つ狭霧山へと向かっていた。

 

 目的は同地に居る禰豆子と、禰豆子の治療にあたるために狭霧山に居る珠世と愈史朗を産屋敷邸まで護送するためだ。

 

 しかし、炭治郎には現在、ある悩みが存在した。

 

 

(しかし、まさかこんな段階で音柱が戦死するなんて。流石に予想外すぎたな)

 

 

 炭治郎は少々焦りの色を見せながらそう思った。

 

 原作を知っている人間は分かると思うが、宇髄は時系列的には今から2ヶ月後に起こる筈の遊郭での上弦の陸との戦いで左目と左手を失って柱を引退したものの、最終的に生き残った柱の1人となっている。

 

 それが退場したとなると、もはや歴史の修正力など期待できず、誰が死んで誰が生きるか全く分からなくなったことを意味していた。

 

 まあ、1つプラスになった点があるとすれば、音柱の死を目にしたことが伊之助と善逸の成長に寄与しているという点だろう。

 

 原作の煉獄と同様、柱の生きざまと死を目にした2人は現在、特訓などを以前よりも多く行うことでメキメキと力を着けている。

 

 特に伊之助に至っては物凄い成長ぶりであり、もしかしたら原作を越すのではないかと思える程の勢いだった。

 

 どうやら上弦の弐と会った際に例の母親の話をされたことがそのやる気に火を着けたらしい。

 

 そして、音柱が死んだことで開いた柱の枠には、新たに月柱(・・)として時透有一郎が就任している。

 

 当初は最近復帰した胡蝶カナエも柱の資格(階級(きのえ)+十二鬼月の討伐or鬼50体の討伐)は依然有るとして、柱の再就任という形で候補として上がっていたのだが、御館様は有一郎とカナエで模擬戦を行い、勝った方を柱として採用するという決定を下し、結果、見事有一郎が勝利して柱の地位をもぎ取ったのだ。

 

 しかし、炭治郎にはその事である不安があった。

 

 

(音柱の開いた穴が塞がったのは良いことだけど、あんなんで大丈夫かな?)

 

 

 有一郎の刀身が紫だと聞いて、それが月の呼吸の特性だと気づき、彼に月の呼吸を教えたのは炭治郎だった。

 

 実はある技の完成に必要だったので、その過程として上弦の壱を真似る形で月の呼吸を覚えており、それをそのまま有一郎に教えたのだが、彼に教えたのはあくまでも炭治郎が見た技だけであり、技は合計でも数個しかない上に、型の数字も全然違っているので穴だらけだ。

 

 そんな中途半端な技術で柱としてやっていけるかは、はっきり言って炭治郎にもほとんど自信が無かった。

 

 

(・・・人の心配をしている場合じゃないか)

 

 

 炭治郎はそう思った。

 

 何故なら、音柱の戦死によってそれとはまた別に1つ問題が出来てしまっているからだ。

 

 それは遊郭に居る上弦の陸をどうやって処理するかである。

 

 当初の予定ではあと2ヶ月待って原作通りに宇髄と共に遊郭に潜入すれば良いと考えていた。

 

 そして、自分の担当を原作のときと屋から上弦の陸の本拠地である京極屋に変更して貰うことを願い入れた上で、他の上弦が援軍に来る前に速攻で上弦の陸を倒す。

 

 ちなみに居場所も正体も分かっているのに自分で行かないのは、万が一、失敗したときのために撤退を支援してくれる人間が欲しかったからだ。

 

 なにしろ、上弦の陸は新世紀エヴァンゲリオンに出てくるイスラフェルの下位互換とも言える特性を持っており、2体の鬼を頸が繋がっていない状態にしなければ討伐できないのだから。

 

 しかし、これが破綻してしまった以上、また新たな方法を考えなくてはならない。

 

 

(さて、どうしようかね)

 

 

 炭治郎は考えを巡らせるが、なかなか思い浮かばない。

 

 なにしろ、上弦の陸が居る場所は遊郭だ。

 

 当然、行くには任務など、何かしらの理由が必要なのだが、それがなかなか思い浮かばない。

 

 最悪、誰かに遊郭に上弦の陸が居ることを話して協力して貰うというのも手だが、情報源を問い詰められると言葉に困ってしまう。

 

 馬鹿正直に『原作知識です』と言う訳にもいかないし、かといって情報源を話さないと情報自体が信用されない可能性が高い。

 

 特に蛇柱や岩柱には。

 

 

(珠世さんの事を話して、珠世さんから聞いたと嘘をつくか?・・・いや、無理があるな)

 

 

 そもそもこれから彼女たちは原作よりも早く鬼殺隊に合流するのだ。

 

 そんな嘘がバレるのも時間の問題だろう。

 

 

(となると、やっぱり1人でやるしかないのか?)

 

 

 炭治郎はため息をつく。

 

 討伐する上弦があれなだけに、上弦の陸を1人で討伐するというのはそれだけ困難を極めるのだ。

 

 まあ、イスラフェルのように全く同じタイミングで2体の弱点を突かなくてはならないという1人では撃破が絶対無理な相手ではないだけマシではあるが、それでも面倒ではあるし、もしかしたら町の人間に被害が出てしまうかもしれない。

 

 

(・・・いや、無理だな。長期戦になって他の上弦が増援に来る未来しか見えない)

 

 

 十二鬼月は絶えず無惨と感覚を共有している。

 

 これは上弦の壱が那田蜘蛛山で言ったことであり、実際に上弦の壱がピンポイントに自分の前に現れている以上、それは信じざるを得ないことだ。

 

 しかし、そうなると話は振り出しに戻ってしまう。

 

 

(いっそのこと、放置・・・は出来るわけないよな。それに可能ならば、こっちのフィールドで倒した方が確実だ)

 

 

 一瞬、上弦の陸は放置してしまおうかと考えた炭治郎だったが、すぐにその案を却下する。

 

 何故なら、それは人道的に流石に不味いし、仮にここでパスしたとしてもどうせ最終決戦では戦うのだ。

 

 そして、その場合、無限城という向こうの有利なフィールドで戦うことになるので、不利な要素が増えてしまう。

 

 やはり、遊郭に居る時に倒してしまうのが一番だろう。

 

 

「どうしようかなぁ」

 

 

 結局、結論は振り出しに戻ってしまい、炭治郎がどうやって自分以外の人員を調達するかを改めて考えていたその時、1羽の鎹烏がこちらに向かって飛んできた。

 

 

「あれ?なんで、鎹烏が・・・」

 

 

 それに気付いた炭治郎は首を傾げる。

 

 自分が狭霧山に向かうことは既に伝えてあるし、それを伝えた鎹烏は自分の近くに居るので、飛んできた鎹烏は自分とは別のものということになる。

 

 

(何か緊急事態でも起こったのかな?て言うか、あの鎹烏が飛んできた方角って・・・)

 

 

 炭治郎がそう考えていた時、その飛んできた鎹烏は炭治郎の姿を認めると、そちらの方に降りてきて、とんでもない情報を伝えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カァー、狭霧山襲撃ィイ!!現在、鱗滝左近次ガ襲撃シテキタ上弦ノ弐ト交戦中ゥ!!カァー!」




炭治郎が入隊してからこの時点までの十二鬼月の討伐数

下弦4体

計4体

・内訳

竈門炭治郎(1体)→下弦の壱(厭夢)

栗花落カナヲ(2体)→下弦の伍(累)、下弦の陸

不死川実弥(1体)→新下弦の壱(轆轤)


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狭霧山の死闘 弐

西暦1915年(大正4年) 7月 狭霧山

 

 炭治郎が鎹烏から上弦の弐が襲撃してきたという情報を知らされていた頃、狭霧山では正に鱗滝左近次と上弦の弐による死闘が巻き起こっていた。

 

 

 

血鬼術 枯園垂り

 

 

 

 童磨が放ってくる氷の冷気を纏った高速斬撃。

 

 そして、その際に放たれる氷はただの氷ではない。

 

 その斬撃に斬った部分を氷結させてしまうという恐ろしいものだ。

 

 しかし、鱗滝も元とは言え水柱だった男。

 

 それ故に一般隊士には反応不可能な攻撃にもきっちり反応してみせた。

 

 

 

水の呼吸 参ノ型 流流舞い

 

 

 

 動きながら斬撃を行う技。

 

 日の呼吸 日暈の龍・頭舞いと近似した技であるが、こちらはそれに比べて威力が低い代わりに動きが柔軟だ。 

 

 しかし、そんな技も上弦の弐には全く通用せず、あっさりとかわされる。

 

 

「ふーん、君はあまり強くないね。いや、そこら辺の鬼狩りよりは断然強いけど、そこの娘が居なかったらとっくに死んでいるよ?」

 

 

 童磨は禰豆子を扇子で指しながら、鱗滝を嘲笑うようにそう言った。

 

 

「・・・ッ!」

 

 

 悔しいがそれは事実だった。

 

 戦闘を開始してから30分以上の時間が経過していたが、鱗滝はその間に何回も氷の斬撃を喰らっている。

 

 幾ら鱗滝が元水柱であったと言っても、それは大分昔の話。

 

 仮に現水柱である冨岡義勇と戦えば、十回中三回も勝てば良い方だろう。

 

 ・・・もっとも、全盛期だったとしてもこの鬼に勝てるかどうかは別問題だったが。

 

 しかし、そんな状況にも関わらず、なんとか戦線を保つ事が出来ているのは、禰豆子の血鬼術である“爆血”による凍傷の治療と別の鬼(・・・)の援護が有ってこそだ。

 

 それが無かったら、鱗滝はとっくにやられていただろう。

 

 まあ、とは言え、童磨の方も今回の無惨の命令が命令だったので、何時ものように舐めプをしている訳ではなく、それなりに本気を出していたので、これが一般隊士だったら禰豆子の援護があっても10分も持たなかったのは間違いない。

 

 それは鱗滝に未だにある程度の実力があるという証明でもあったのだが、この状況ではなんの慰めにもならないだろう。

 

 

(情けない。ワシとしたことが十半ばの娘と鬼に護って貰うなどと)

 

 

 鱗滝は自分の不甲斐なさを罵りつつ、それでもなんとかこの鬼を撃退するために刀身が赫くなっている(・・・・・・・・・・)刃を振るう。

 

 

 

水の呼吸 壱ノ型 水面斬り

 

 

 

 横凪ぎの威力・速度に優れた水の呼吸の基本の技。

 

 しかし、この攻撃も童磨にとっては余裕でかわせるため、童磨はすぐにでも避けようとするが──

 

 

「!?」

 

 

 なにかを感じたのか、急に避けるのを止め、あえて鱗滝の方に向かっていき、その斬撃を受けた。

 

 

「ぐぅ・・・」

 

 

 斬られた右腕が吹き飛ばされ、内蔵が焼けるような痛みに、童磨は思わず苦悶の声をあげる。

 

 しかし、そのお蔭もあってか、童磨はある危機から脱することに成功した。

 

 

「ちっ!」

 

 

 なにもない空間から聞こえてくる舌打ちの音。

 

 それを聞いた童磨はある確信を抱く。

 

 

(やっぱり、誰か居るね)

 

 

 元々、戦闘の途中から何か違和感はあったのだが、鱗滝と違い攻撃してくるわけではなかったので、気になりつつも敢えて無視していたのだが、先程の悪感と舌打ちにより、童磨は何らかの手段で鱗滝と違う存在が身を隠し、こちらを倒す機会を伺っていたのだと察した。

 

 

(しかも、なんだろうあれ?めちゃくちゃ痛いし、斬られたところの再生も遅い)

 

 

 童磨の目に映ったのは先程から赫く燃えている鱗滝の刀。

 

 あれに斬られると、普通に斬られる何倍もの痛みが襲ってくる上に、斬られた場所の再生も遅い。

 

 上弦の自分がだ。

 

 ・・・これは童磨も、そして、実際に使っている鱗滝も知らなかったが、原作知識を持つ者からは爆血刀と呼ばれているものだった。

 

 原作では刀鍛冶の里編で登場(厳密には那田蜘蛛山の累との戦いで、ほんの一瞬ではあるが発動させているが、爆血刀と名付けられたのは刀鍛冶の里編から)したもので、禰豆子の血を刀に垂らし、それを燃やすことで発動する。

 

 しかも、実はこの爆血刀は赫刀と同じ効果があり、これに斬られると、斬られた鬼は内蔵が焼けつくような痛みを味わい、尚且つ日の呼吸を使わなくとも鬼の再生が阻害されるのだ。

 

 ちなみに爆血刀を鱗滝が使っているのは原作の那田蜘蛛山の時の累との戦いと同じようにほんの偶然で、凍傷の治療の際に使った禰豆子の血が偶々刀に付着し、それを禰豆子が燃やしたことで爆血刀となっていたという訳である。

 

 

(思ったよりも厄介だね、これは。無惨様からは確実にあの娘を連れてこいと言われているし、ここは半天狗殿に不意を突いて貰おうかな)

 

 

 童磨は近くに居るであろう半天狗に不意を突いてもらうことを考える。

 

 しかし、彼は知らなかった。

 

 その半天狗は山に入ってきたとある少年と、既に交戦状態となっていたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇数分前

 

 

「急げ!早くしないと不味い!!」

 

 

 炭治郎は鱗滝の元へと急ぐため、狭霧山の山中を登っていた。

 

 しかし、彼が焦るのも無理はない。

 

 なにしろ、上弦の弐は柱から引退して長い鱗滝では絶対勝てないと言って良い相手だったのだから。

 

 しかも、あの上弦の弐の血鬼術のからくり(・・・・)は事前に知らなければ、戦っている間にじわじわと鱗滝の体を蝕むことになるだろう。

 

 だが、もっと厄介な問題は──

 

 

(今のところ、なんでか知らないけど、無惨は出てきていないみたいだけど・・・あそこには珠世さんたちも居る。もし無惨が珠世さん達をこの際だから殲滅しようなんて考えて出てくれば・・・)

 

 

 その先は考えなくてもわかる。

 

 おそらく、鱗滝は瞬殺され、珠世と愈史郎は少しの交戦の後、殺された上に禰豆子も喰われるという最悪なバッドエンドだ。

 

 そして、そうなってしまえば、この鬼滅の刃の世界は無惨勝利エンドという全然笑えない最悪な展開になるだろう。

 

 だが、そんなことはどうでも良い。

 

 炭治郎からすれば、禰豆子さえ護れればそれで良いのだから。

 

 そうならないためにも自分が先に現場に着く必要があった。

 

 しかし──

 

 

『ふぉっ、ふぉっ。怖いのぉ』

 

 

「!?」

 

 

 そんな慌てた様子の炭治郎も、耳に響いてきた突然の声には思わず足を止めてしまう。

 

 

(鬼か?何処だ?)

 

 

 こんな状況で自分に話しかけてくるのは鬼しか居ない。

 

 そう思い、辺りを探す炭治郎。

 

 そして、それは近くの木の影から炭治郎の目の前に現れた。

 

 

(!? こいつは・・・)

 

 

 木の影から現れたのは頭にこぶを持つ小柄な老人の鬼。

 

 だが、漫画で見た炭治郎は知っている。

 

 この小柄で弱そうな老人の鬼が上弦の肆こと、半天狗であるということを。

 

 

(よりによってこいつかよ。不味いな)

 

 

 炭治郎は状況の悪さを改めて認識する。

 

 この上弦の肆は持久戦特化の特性を持っており、使う分身体は下弦クラスだが、それでも上弦の中では弱い部類に入る。

 

 しかし、その分身体は頸を斬っても倒せないし、むしろ、頸を斬ることで更に強化されるという特性を持っているため、完全な初見だった場合、柱1人程度では討伐は到底不可能だ。

 

 いや、初見でなくともこの半天狗のからくりを見破れなくては、永遠に分身体と戦い続けることになり、やがては力尽きて死ぬ。

 

 だが、今はそんなことは問題ではない。

 

 原作知識を知り、上弦の壱と曲がりなりにも互角に戦える炭治郎からしてみれば、上弦の肆など鴨にすぎないのだから。

 

 分身体が再生するのは面倒ではあるが、日の呼吸と弱点である舌を念入りに切り裂けば、10分くらいの時間は稼げるだろう。

 

 しかし、重大な問題はこの上弦の肆の本体が小さいことだ。

 

 原作では野ネズミ程の大きさであったが、はっきり言って分身体を倒しながら戦闘中にそんな小さな存在を探していたらとてもではないが鱗滝の救援に間に合わない。

 

 しかし、かといって分身体だけ倒して無視して鱗滝達の救援に向かうと、幾ら日の呼吸とは言え、いずれ復活するので上弦の弐との交戦の最中に後ろから不意を突かれる恐れがある。

 

 なにより、こいつを倒さなければ鱗滝達の退路が確保できない。

 

 

(となると、こいつを即行で倒さないといけないのか。くそっ!)

 

 

 炭治郎は内心で舌打ちをしながら刀を構え、その老人の鬼──上弦の肆(半天狗)(の分身)に向かって斬りかかった。



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狭霧山の死闘 参

西暦1915年(大正4年) 7月 狭霧山

 

 

「ヒィィィイイイイイ!!!」

 

 

「待てぇ!!」

 

 

 狭霧山で一体の小さなネズミを刀を持った1人の少年が追い回すという珍妙な光景が起こっていた。

 

 それは鬼が追い掛けられる鬼ごっこ。

 

 あれから“生生陽天”によって分身体の頸以外の部分をバラバラにして敵を分身させないまま時間を稼いだ炭治郎は、半天狗の本体を捜索していた。

 

 すると、5分ほど捜索したところで偶々ある野ネズミが目に入り、それをよく見てみたら半天狗だと分かり、追い回していたというわけだ。

 

 

「何故だ!ワシを可哀想とは思わんのかぁ!!」

 

 

「てめぇみたいなジジイを可哀想と思う馬鹿が居るかぁ!!」

 

 

 炭治郎は思わず本音を漏らしてしまう。

 

 だが、常識的に考えて炭治郎の言うことはあながち間違いでもない。

 

 鬼であるということを差し引いても、可愛い女の子ならともかく、何が悲しくて自分の事を可哀想などと言う頭の可笑しい老人を可哀想などと思わなくてはならないのだろうか?

 

 そんな人間はまず居ないだろう。

 

 ましてや、原作知識で半天狗の人間時代を知っているのなら尚更だ。

 

 いや、そうでなくとも、戦場に出た時点で弱肉強食だと考えているし、そもそもただでさえ急いでいるこの状況でそんなことを考えている余裕などない。

 

 

「無茶苦茶だぞ!貴様ぁ!!」

 

 

 そう言いながら半天狗は急速に巨大化し始め、どう見ても弱い者には見えない2メートルを越える身長の鬼へと変身する。

 

 それは原作でも終盤戦で登場した7体目の分身である恨の鬼だった。

 

 しかし、これは別に本体が巨大化した訳ではない。

 

 本体は依然として野ネズミ程の大きさのままであるし、この鬼の心臓に潜み、これを相手が斬ることで倒したと誤認した隙に一旦逃げる算段を立てていたのだ。

 

 ・・・だが、彼には誤算があった。

 

 それはとてつもなく相手が悪かったということである。

 

 そもそも炭治郎は原作知識からこの鬼の正体を知っていたし、本体がその心臓に居ることも知っていた。

 

 だからこそ、こうなることも想定して、彼はあえて少し離れた位置で追跡していたのだ。

 

 いや、そうでなくとも透き通る世界で丸見えであり、仮に原作知識が無かったとしても本体の大きさが変わっておらず、この分身体の心臓に潜んでいることはすぐに分かっただろう。

 

 更にもう1つ運が悪かった点を挙げるならば、炭治郎がこの狭霧山に来る直前にある技の改良型が完成させていたことだった。

 

 

 

日の呼吸 肆ノ型・改 灼熱業風

 

 

 

 もはや最初の1文字目しか名前の原型が留めていない技。

 

 それは灼骨炎陽のように刀を前に向けて円状に振って日の風を浴びせるのではなく、横に円状に振って日の風を浴びせる技だった。

 

 ちなみにモデルとなったのは“クレヨンしんちゃん”の代々木コージローの技“風車”の回転動作だったりする。

 

 そして、恨の鬼の体はこの技によって発生した凄まじい日の風に晒されることになった。

 

 

「ギャアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

 人間にとっては然したる効果がない日の炎は鬼にとっては地獄の炎となり、恨の鬼の体はドンドンと焼け焦げていく。

 

 そして、その熱は心臓部に居た半天狗の本体へも伝わり、半天狗は盛大な悲鳴を上げた。

 

 堪らず逃げようとする半天狗。

 

 その甲斐あってか、体中が火炙りを受けたような惨状になりながらも、どうにか外へと脱出することに成功する。

 

 が、同時にそれが命取りともなった。

 

 

 

全集中・一点

 

 

 

 突如、凄まじい勢いで周囲の空気が竜巻のように舞いながら炭治郎の口、正確には肺へと流れていく。

 

 

「なっ!」

 

 

 その凄まじい空気の流れによって小さく軽量である半天狗の体の動きは止まり、それどころかドンドンと炭治郎の方へと引き摺られていった。

 

 

(そんな馬鹿な!?)

 

 

 半天狗はその事実に驚きつつも、それでもなんとか遠ざかるべくもがいたが、その程度ではどうにもならなかった。

 

 そして、炭治郎は全集中・一点を終わらせ、一旦飛び上がると、止めと言わんばかりに技を繰り出す。

 

 

 

日の呼吸 弐ノ型 碧羅の天

 

 

 

 上空からの垂直の斬撃。

 

 半天狗の頸は原作でも分かるように小さいながらも上弦の肆に相応しい程に相当強力なものであったが、流石に日の呼吸+全集中・一点状態という上弦の上位でさえまともに喰らえばあっという間に頸を刈り取られてしまう一撃は流石に防げず、その小さな頭と胴体は見事に切り離された。

 

 

「ば、馬鹿な!!ワシが、ワシがやられたのかぁ!!!」

 

 

 半天狗は信じられないと言わんばかりに声を張り上げるが、体の方はその現実を受け入れるかのように、徐々に崩壊して灰になっていく。

 

 だが、それでも感情では受け入れられないというのがこの半天狗という鬼の本性でもあり、ひたすら生きようともがこうとする。

 

 その様はある意味、彼の主である無惨の姿と、ほとんど同一のものでもあった。

 

 しかし、そんな半天狗の脳裏に突如、ある男の声が響いてくる。

 

 

『手が悪いと申すか!!ならば その両腕を斬り落とす!!』

 

 

『貴様が何と言い逃れようと事実は変わらぬ 口封じした所で無駄だ』

 

 

『その薄汚い命をもって 罪を償う時が必ずくる』

 

 

 それはかつて自分に打ち首の刑の裁定を下したある奉行の男の言葉だった。

 

 しかし、半天狗に人間の頃の記憶は残っておらず、その男の事もほとんど覚えていない。

 

 

(なんじゃこれは。人間の頃の儂か?これは・・・)

 

 

 だが、それでも過去の自分に関係のあることだということはなんとなく察していた。

 

 

(走馬灯か)

 

 

 そして、それが死の直前であるという認識を最後に、半天狗の体はこの世から一切の痕跡を残さずに消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──かくして、100年以上もの間、鬼殺隊が討伐出来なかった上弦の鬼は遂に討伐されることとなった。

 

 それは5ヶ月前の柱合裁判の場で炭治郎が御館様に対して宣言したことが達成された瞬間でもあり、また鬼殺隊と鬼側の戦況に何らかの変化が訪れた瞬間でもあったということを、後に両サイドの者は思い知ることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同時刻

 

 上弦の肆──半天狗の討伐。

 

 それを実際に戦った当事者以外で知ったのは、半天狗を通して戦況を見ていた無惨であり、その情報はただちに童磨へともたらされた。

 

 

(えっ?嘘でしょ。半天狗殿、死んじゃった?)

 

 

 童磨は珍しく驚いていた。

 

 まさか、あの上弦の鬼の中でも持久戦特化の鬼である半天狗がこうも短期間で殺られるなどとは思ってもいなかったからだ。

 

 

(厄介だねぇ。まあ、こっちももうすぐ終わるけど)

 

 

 そう思う童磨の視線の先には、苦しそうに息を吐く鱗滝の姿があった。

 

 童磨の血鬼術・粉凍りにやられたのだ。

 

 からくりを見破られた後、鱗滝と童磨の戦いはあっという間に童磨有利に進む。

 

 そして、姿の見えない存在に関しても童磨の血鬼術である“散り蓮華”によって、愈史郎が作った紙が破壊され、その姿を晒すことになった。

 

 禰豆子に至っては原作と違い、直接的な戦闘経験はほぼ無かった(あったとしても、戦いに介入できるかどうかは別であるが)為、ほぼなにもできず、鱗滝が傷つけられている惨状を見ているしかない。

 

 

(何故だか効きが随分と遅かったけど、あの赫い刀のせいかな?まあ、考えるのは後だ。これであの男を殺して、あとは鬼のあの娘を連れて帰れば・・・ん?)

 

 

 そこまで思ったところで可笑しな点に気づく。

 

 

(あれ?あの娘、何処行った?)

 

 

 周囲を見渡してみたが、いつの間にか禰豆子の姿はない。

 

 いや、それどころか、つい先程まで居た筈の男の鬼の姿も無かった。

 

 

(・・・もしかして、逃げられた?)

 

 

 術の正体を見破ったとは言え、童磨は黒死牟のような透き通る世界など身に付けておらず、姿を消す相手を直接見る術はない。

 

 その為、姿を消しながら逃げられたらどうしようもないのだ。

 

 その事に今更ながら気づき、童磨は冷や汗を流す。

 

 

(待って待って待って。ヤバイよ、それは)

 

 

 童磨は珍しく動揺していた。

 

 なにしろ、上司はかなりの癇癪持ちだ。

 

 しかも、半天狗が殺られた今、かなり機嫌が悪いことは容易に想像がつく。

 

 このまま禰豆子を逃して帰ったりなどすれば、どんな目に遭わされるか分かったものではない。

 

 しかし、だからと言って彼は捜索系の血鬼術を持っているわけではないので探しようがない。

 

 詰み。

 

 その単語が童磨の頭を過った。

 

 

(あー、こりゃダメだね。じゃあ、せめてあの男だけでも葬ろう。そうしないと殺される)

 

 

 童磨は割りと洒落にならないことを思いながら、せめて邪魔してくれた目の前の男だけでも殺そうと決意する。

 

 しかし、先程から考え込んでいる童磨に好機と考えたのか、鱗滝は息苦しくなりながらも、持てる限りの力を動員して斬りかかった。

 

 

 

水の呼吸 拾ノ型 生生流転

 

 

 

 攻撃を重ねる毎に威力が増す技。

 

 鱗滝はこれで決着を着けることにした。

 

 

(後は頼んだぞ。義勇、炭治郎)

 

 

 鱗滝はもはや自分は負けて死ぬと悟っており、せめて禰豆子達を逃がす役目を行い、後の事を義勇や炭治郎に任せようと考えた。

 

 そして、鱗滝が最後の攻撃を童磨に行い、それを見た童磨がかわして一撃を入れようとしたその時──

 

 

 

べペン

 

 

 

 琵琶の音が鳴り響き、何もない空間から障子が出現する。

 

 そして、その直後──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如現れた存在──上弦の壱・黒死牟によって、鱗滝の体は横に真っ二つに切り飛ばされた。




ちなみにクレヨンしんちゃんに出てくる代々木コージロー君ですが、この人物は明らかに一桁の年齢にも関わらず風車という技で水中からプール(25メートルか、50メートルかは知りませんが)の水面を真っ二つにしたりしています。


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狭霧山の死闘 肆

西暦1915年(大正4年) 7月 狭霧山

 

 

「黒死牟殿?何故、こんなところに?」

 

 

 鱗滝の死に様を目にしながら、いきなりここに現れた黒死牟の存在に童磨は首を傾げた。

 

 禰豆子の事は自分に任された筈であったし、鱗滝に苦戦していたというわけでもなかったからだ。

 

 まあ、もっとも肝心な禰豆子は逃がしてしまっていたので、自分の失態は明らかであったが、何処の方向に逃げたか自分でも分からない以上、幾ら透き通る世界を持つとは言え、今から黒死牟が探したところで到底見つかるとは思えない。

 

 そう思った童磨だったが、問われた黒死牟はそれに答えることはなく、代わりにこう返した。

 

 

「童磨・・・お前は・・・すぐに撤退しろ・・・あの方が待っている」

 

 

 

べペン

 

 

 

 黒死牟がそう言った直後、琵琶の音が鳴り、童磨の体は無限城へと回収されていく。

 

 それを見届けた黒死牟は、次にある方向へとその6つの目を向けた。

 

 

「やはり・・・来たか・・・竈門炭治郎」

 

 

「・・・」

 

 

 黒死牟の言葉に沈黙を以て答える炭治郎。

 

 だが、その目にはかなりの怒りを宿していた。

 

 

「・・・これはお前がやったのか?」

 

 

 炭治郎は体を真っ二つにされ、既に死亡している様子の鱗滝を視線で示しながらそう言う。

 

 だが、本来なら確認するまでもない。

 

 何故なら、真っ二つにされた部分の鱗滝の切り口は明らかに刀によるものだったのだから。

 

 しかし、それでも鱗滝が死んだという現実が認められずにその問いを行ったのだ。

 

 

「そうだ・・・私が・・・やった」

 

 

「何故、こんなことを・・・と言うのは愚問だな」

 

 

「その通り・・・鬼と鬼狩り・・・敵対者に与するならば・・・狙われるは必然」

 

 

 お互いの問答。

 

 それは戦いの摂理でもあり、常識でもある。

 

 しかし、殺された側の方が納得できるかどうかと問われれば話は別だった。

 

 

「ああ、理屈はそうなるさ。だが・・・納得できるかどうかは話は別だな」

 

 

 炭治郎がそう言いきった時、黒死牟は背中に岩がのし掛かったような感覚を覚えた。

 

 それは僅かな、されど重い。

 

 400年前に縁壱と遭遇したあの時よりは小さかったが、確かにその時感じたものと同じ威圧感だった。

 

 

「なるほど・・・そこまで・・・強くなっていたか」

 

 

 黒死牟はそう呟きながら那田蜘蛛山で戦った時の事を思い出す。

 

 あの時は炭治郎の事を手強いとは思ったものの、命の危険に値するほどの強さではないと判定していた。

 

 しかし、今は違う。

 

 縁壱程ではないが、明らかに自分の脅威となる存在だった。

 

 だが、だからこそ黒死牟は歯噛みする。

 

 何故、縁壱と繋がるものはこのように特別なのか、と。

 

 それは無意識のうちに黒死牟から怒りの感情を生み出す。

 

 

「・・・」

 

 

「・・・」

 

 

 ──そして、両者はどちらも違う性質の怒りを抱えたまま、ほぼ同じタイミングで足を前へと進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り

 

 

 

 まず最初に技を繰り出したのは黒死牟。

 

 月輪を纏わせた形の異なる横凪ぎの2連撃の斬撃技が炭治郎へと向かう。

 

 

 

日の呼吸 参ノ型 列日紅鏡

 

 

 

 対する炭治郎もまた、横凪ぎの2連撃にてこれを相殺する。

 

 その際、発生した衝撃は那田蜘蛛山の時であれば、吹き飛ばされていた程のものだったが、あれから鍛練を積んで強くなった炭治郎はどうにかギリギリのところで踏み留まった。

 

 そして、そこから反撃を開始する。

 

 

 

日の呼吸 壱ノ型 円舞

 

 

 

 横凪ぎの斬撃。

 

 しかし、これは黒死牟が刀を使って弾いたことで防がれてしまう。

 

 が──

 

 

 

パキン

 

 

 

 刀そのものは炭治郎が繰り出してきた技の威力に耐えられなかったのか、真っ二つに折れてしまった。

 

 

「!?」

 

 

 黒死牟はそれを確認した途端、慌てて一旦後方へと下がる。

 

 そして、急いで刀を再生させることを目論むが、その間に炭治郎はもう1つの技を繰り出した。

 

 

 

日の呼吸 拾ノ型 火車

 

 

 

 空中で縦に回転する斬撃。

 

 刀の再生に専念していた黒死牟はこれを回避する事が出来ずにその斬撃を受け、左腕が見事に切り落とされた。

 

 

「くっ!?」

 

 

 黒死牟は苦悶の声を上げる。

 

 

(よし、これで能力は数分は半減できる)

 

 

 そう確信する炭治郎。

 

 再生力が低下する日の呼吸で左腕を切り落とされれば、上弦の壱と言えども数分は回復できない。

 

 もっとも、逆に言えばそれだけの時間だけしか優位を保てないのだが、それでも万全の状態と比べればどちらがマシかは言うまでもなかった。

 

 だが、黒死牟もただの木偶の坊状態で終わる筈もなく、呼吸を駆使して反撃を行う。

 

 

 

月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍

 

 

 

 刀を振らずに竜巻のような多数の斬撃を見舞う技。

 

 優位と思っていた途端にやって来る攻撃に少しだけ驚いた炭治郎だったが、すぐに対処を行う。

 

 

 

日の呼吸 拾壱ノ型 幻日虹

 

 

 

 高速での回避技。

 

 残像での誤魔化しに加えて、攻撃そのものが咄嗟に行われていた為か、精密さに掛けており、黒死牟の攻撃は不発に終わる。

 

 しかし、その間に黒死牟は既に刀の再生を終えており、そこから彼の猛撃が始まった。

 

 

 

月の呼吸 玖ノ型 降り月・連面

 

 

 

 上から降り注ぐ軌道が複雑な無数の斬撃。

 

 那田蜘蛛山でも使った技だったが、鍛練を行ったせいもあるのか、あの時よりも更に技が研磨していた。

 

 しかも、あの時、幻日虹で回避できたのは奇跡に等しい偶然に近かった為、もしあの時と炭治郎の実力が変わらなければ、この戦いはこれで締めとなっていただろう。

 

 だが、炭治郎の方も成長していたことがこの窮地を救った。

 

 

 

日の呼吸 拾壱ノ型・改 幻日虹・百足

 

 

 

 先程と同じ回避技の改良型。

 

 それは百足蛇腹のように低い姿勢で回避する技だった。

 

 しかし、今度は先程のように横に回避するのではなく、前に移動して潜り抜ける形での回避を行う。

 

 

「!?」

 

 

 黒死牟は驚いた。

 

 まさかこのような思い切った回避手段を取ってくるとは思わなかったからだ。

 

 普通、このような手段は回避する側によっぽどの自信がない限りはしない。

 

 何故なら、相手の攻撃に自分から向かっていくような行為なのだから。

 

 しかし、炭治郎は技が降りきる前に見事に攻撃の回避を行い、少々掠り傷を負いつつも、黒死牟の懐に飛び込むことに成功した。

 

 そして──

 

 

 

日の呼吸 拾肆ノ型 生生陽天

 

 

 

 変幻自在の連撃。

 

 猗窩座の時はまだ覚えたてだったこともあってあまり使いこなせなかったが、あれから2ヶ月程が経ち、使い方の要領も大分分かってきたことで、徐々に使いこなせるようになっていた。

 

 そして、この連撃を黒死牟は刀で弾いたりかわしたりしているが、既に懐に入り込んだのもあって完全にはかわしきれず、黒死牟の体は徐々に傷ついていく。

 

 

(くそっ!どうする?このままじゃ、攻めきれないうちに態勢を整えてしまう!!)

 

 

 だが、それでも炭治郎は焦っていた。

 

 既に切り飛ばした黒死牟の左腕は完全に再生しており、何かの切っ掛けが有ればすぐに態勢を整えるだろう。

 

 しかも、この生生陽天はあまり攻撃力の高い技ではない。

 

 体力と呼吸の続く限り連撃出来るというメリットはあるが、反面、他の技より攻撃力は低いのだ。

 

 その為、上弦の壱を仕留めるには今一つ威力が足りない。

 

 全集中・一点を使えればギリギリ出来るかもしれないが、全集中・一点は一時的に動きを止めなければならないので、そんなことをしている間に斬られてしまう。

 

 

(・・・こうなったら)

 

 

 炭治郎はあることを思い付き、一か八か、実行することにした。

 

 

 

日の呼吸 拾参ノ型 円環

 

 

 

炎舞

 

 

 

陽華突

 

 

 

 拾参ノ型 円環。

 

 日の呼吸の締めを担う技であり、壱から拾弐ノ型の技を繋げることで発動させるものでもある。

 

 しかし、正直言ってこれは何度やってもこの世界の炭治郎は出来が悪く、あまり続けて繋げられなかったのだが、それでも2つくらいならば繋げることは出来た。

 

 そして、炭治郎はこれにより、縦の高速2連撃である炎舞と日の呼吸唯一の突き技である陽華突を続けざまに発動する。

 

 まず始めに炎舞の2連撃により、黒死牟の手首を切り落とす。

 

 その際、刀も一緒に落ちたが、それに構うことなく炭治郎は続けざまに陽華突を発動し、かつて下弦の壱にしたように、相手の首を突き刺し、喉を潰す。

 

 

「ぐ・・・」

 

 

 黒死牟は苦悶の声を上げた。

 

 しかし、炭治郎の行動はこれで終わりではない。

 

 

 

全集中・一点

 

 

 

 黒死牟の喉に突き刺さった刀の柄を手放し、一旦距離を取ると、炭治郎は全集中・一点を開始する。

 

 しかし、その間に黒死牟の両腕と刀は再生されていたおり、まず黒死牟はその頸に刺さった日輪刀を引き抜こうした。

 

 このままでは呼吸が出来なかったからだ。

 

 冷静に考えれば、この時、炭治郎は刀を持っていなかったので、そのまま斬り殺すべきだったのだが、長い間、呼吸で仕留めてきた習慣はなかなか抜けずに、黒死牟は何時もの通りに呼吸で殺そうと考えてしまった。

 

 だが、結局、それが命取りとなり、黒死牟が刀を引き抜く前に全集中・一点を終えた炭治郎が目にも止まらぬ早さで急接近し、その日輪刀を柄を再び持つと、そのまま厭夢を倒した時と同じくある技を発動した。

 

 

 

日の呼吸 参ノ型 列日紅鏡

 

 

 

 左右の高速2連撃。

 

 それは厭夢を倒した時と同じ戦法であり、そこに全集中・一点を加えた力により、一気に黒死牟の頸を取ろうと考えたのだ。

 

 そして、まず右への一撃で柄を持っていた黒死牟の腕は振り払われ、そのまま頸が半分ほど斬れると、更に刀を返した一撃は黒死牟の頸元へと向かっていき──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

べペン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その音が聞こえた直後、黒死牟の体は炭治郎の一撃によって斬り裂かれた。



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2代目日柱の誕生

原作の時系列

◇西暦1900年7月14日、竈門炭治郎誕生

西暦1911年12月、竈門炭十郎が亡くなる。

西暦1912年12月、竈門家に無惨が襲来。

西暦1914年12月、炭治郎が鬼殺隊に入隊する。

西暦1915年2月、那田蜘蛛山編。

同年5月、無限列車編。

同年9月、遊郭編。

同年11月、刀鍛冶の里編。

同年12月、最終決戦。

といった感じの設定になっています。


西暦1915年(大正4年) 7月 産屋敷邸 緊急柱合会議

 

 緊急柱合会議。

 

 それは文字通りの意味で緊急であり、半年に1度行われる定例会議とは全く違う用途で行われる。

 

 しかし、それでも行われるのは非常に稀であり、先月行われた音柱の死が知らされ、月柱の就任が決められた以降、来月の定例会議までこれが行われることはないというのが、つい最近、音柱の代わりに新たに就任した月柱を除いた柱達の意見だった。

 

 ・・・数日前までは。

 

 

「さて、知っての通り、数日前に上弦の肆が討伐されたことは知っているだろう」

 

 

 集められた柱達を相手に、輝哉は口火を切る。

 

 100年もの間、討伐されていなかった上弦の肆という存在の討伐は士気向上の狙いもあって一般隊士にも知らされていたし、当然の事ながら柱達も知っていた。

 

 なので、今回、柱合会議が行われたのはその事をわざわざ知らせるためではない。

 

 幾ら100年間誰も成し遂げることが出来なかった事態が起きたからと言って、それに浮かれるほど輝哉は楽観主義者ではなかったのだから。

 

 

「それで今日君たちを集めたのは、その功績を称えて炭治郎を10人目の柱として認めたいと思ったからなんだけど、みんなはどうかな?」

 

 

 その言葉を聞いた時、9人の柱達(炎柱、水柱、恋柱、蛇柱、風柱、岩柱、霞柱、月柱、蟲柱)の反応は次の通りだった。

 

 

「うむ!上弦を倒したのは素晴らしい!!これは妹の事はともかく、その功績を認めざるを得ないでしょう!!」

 

 

「・・・」

 

 

「私は炭治郎君の事をよく知らないので、御館様の言葉に従います」

 

 

「信用しない!そもそも奴が上弦を倒したのだって信じられない。何かの間違いじゃないのか?」

 

 

「・・・」

 

 

「嗚呼、私としてはそれに反対です。蛇柱が言うように信用できない」

 

 

「僕はどちらでも構いません。まあ、柱として来るなら歓迎しますけど・・・」

 

 

「じゃあ、俺は賛成だな。月の呼吸を教えてくれた恩も有るし」

 

 

「私も同じですね。2度も助けて貰った恩があります」

 

 

 まあ、こんな感じだ。

 

 意外な反応なのは風柱・不死川実弥であり、この人物は特に反対することもなく沈黙を保っている。

 

 そして、前回の柱合裁判と同じように沈黙を中立として数えた場合、賛成3(炎柱、月柱、蟲柱)・中立4(水柱、恋柱、風柱、霞柱)・反対2(蛇柱、岩柱)となるので、ギリギリ賛成派が優勢となっていた。

 

 

「ふむ、見事な別れ方だね。それで小芭内、行冥の2人に聞くけど、君達は何故彼が信用できないんだい?」

 

 

「決まっています。奴は鬼を連れている。身内に鬼を出しているだけでも既に隊律違反に近いのに、それを容認されているとは言え連れ歩く奴など信用できません」

 

 

 伊黒はそう言いながら、反対の理由を言った。

 

 そう、鬼を連れ歩くのは勿論なのだが、実のところ身内から鬼を出している時点で隊律違反に近かったりするのだ。

 

 実際、かつての継国縁壱も兄である継国厳勝が鬼になったという点を責められているし、原作では善逸の師である桑島善悟郎が獪岳が鬼になったことの責任を取る形で切腹までしている。

 

 ある意味新撰組よりも厳しい規則であり、ぶっちゃけ幾ら身内だからと言って、そこまで厳しくあたる必要があるのかとも思うが、これが鬼殺隊なりのけじめらしいということは炭治郎もしのぶから聞いていた。

 

 

「なるほど、でも、それについては以前、解決した問題だね。今さら蒸し返すのもどうかと思うよ。それに炭治郎は結果も残しているしね」

 

 

「ですが・・・」

 

 

「小芭内、厳しいことを言うようだけど、これ以上反対するなら結果を示して欲しい。例えば炭治郎と同じく上弦を倒すとかね」

 

 

 輝哉は珍しく少々厳しめな口調でそう言った。

 

 鬼殺隊は良くも悪くも実力主義。

 

 だが、それで階級という概念がある以上、上の人間が結果を示さずに下の人間の功績を認めないなど、組織的な観念としてあまりにもよろしくない。

 

 それだけは組織の長として容認できないために、輝哉は少々厳しめな口調で注意したのだ。

 

 

「・・・」

 

 

 伊黒は輝哉の言葉に押し黙る。

 

 厳しめな口調に驚いたのもそうだったが、この前の事を蒸し返したことで輝哉の面子を潰してしまっているのだと、今さらながら気づいたからだ。

 

 そして、黙ってしまった伊黒に代わり、行冥はこう発言する。

 

 

「しかし、竈門隊士の階級は丙。柱になるには甲の隊士である必要がありますし、なにより柱は9人までと決まっております」

 

 

 そう言って別の面から反対する行冥だったが、それが苦しい言い訳であることは本人がよく理解していた。

 

 何故なら、胡蝶カナエや時透無一郎など、階級が甲に達していなくとも柱になった例はあるし、そもそも柱が9人までという規則も“それ以上増やしても、柱の威厳が損なわれる”という理由からであって、逆に言えば“増やしても柱の威厳が損なわれない何か”があれば例外を認めても特に問題はないのだ。

 

 そして、炭治郎は先日、100年間討伐できなかった上弦の肆を倒しているため、その基準は十分に満たしている。

 

 だが、それでもどうしても岩柱は認める事が出来なかった。

 

 彼は過去のとある経験から人間不審に陥っており、特に子供に対してあまり良い感情を持っていない。

 

 そんな彼からしてみれば、鬼を連れるという鬼殺隊士にあるまじき行為をし、尚且つ子供である炭治郎を容認するなど出来る筈がなかった。

 

 しかし、行冥は知らないことであるが、炭治郎もまた岩柱の事をよく思ってはいなかった。

 

 原作では妹を見捨ててまで里の人間を救おうとした炭治郎を認めた彼であるが、同じことが起こった場合、おそらく自分はその正反対の行動を取るので、認められる可能性は一切無いと思っていたのもそうだが、それ以上に彼に対して反感を持っていたからだ。

 

 彼の過去の経緯は知っているし、確かにそれは同情に値するが、頭の可笑しい人間であるという点には変わり無かったし、自分の立場からしてみれば正直言って何処まで信用できるか怪しいと思っていた。

 

 勿論、それは人前では口に出してはいない。

 

 彼が胡蝶姉妹の恩人であるということはよく知っているし、その事が2人の耳に入ったら、世話になっている蝶屋敷の人間と何らかの確執が生まれてしまうと思っていたからだ。

 

 特に妹のしのぶには、原作同様に禰豆子を人間に戻す薬を開発して貰わなくてはならない関係上、それだけは絶対に避けなければならなかった。

 

 

「うん、確かに行冥の言う通り、そういう決まりがあるけど、さすがに一般隊士が上弦を倒していて、柱が100年間倒していないのは格好がつかないからね」

 

 

 そう、当たり前の事だが、柱というのは実力が認められているからこそ、尊敬され優遇されているのだ。

 

 しかし、それより下の一般隊士が柱が倒したものよりも上のものを倒しているのでは柱の権威を低下させてしまう可能性が高い。

 

 そうなるくらいであれば、異例の10人目の柱として炭治郎を据えた方がよほど良いと輝哉は考えている。

 

 

「・・・」

 

 

 行冥もまた、先程の伊黒同様に押し黙った。

 

 御館様の言っていることは間違ってはいないし、そもそもこれは炭治郎が普通の隊士であれば、問題なく通っていたであろう話だ。

 

 これ以上反対するのは私情でしかない。

 

 そう考えてのことだった。

 

 しかし、だからと言って納得した訳ではない。

 

 その証拠に彼は独自の日輪刀の柄を強く握り締めている。

 

 

「じゃあ、炭治郎は10人目の柱──日柱として登録することに決定する」

 

 

 ──判断は下された。

 

 そして、この一週間後、正式に炭治郎は鬼殺隊最高の階級である柱──日柱を襲名することとなる。

 

 それは始まりの剣士──継国縁壱以来の2代目の日柱誕生の瞬間でもあった。




狭霧山の死闘の功績による炭治郎の階級昇進

竈門炭治郎 3階級昇進 丙(一般隊士10階級の内の3番目の階級)→日柱


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兄妹の語らい

西暦1915年(大正4年) 7月 蝶屋敷

 

 

「あれ?カナエさん、どうしたんですか?」

 

 

 日柱になった翌日。

 

 炭治郎は与えられた日屋敷に拠点を移していたが、日輪刀はこの前の狭霧山での上弦との連戦によって遂に歯零れしており、今は刀鍛冶の里に送って修理させている為、任務は降りてきておらず、はっきり言って暇だった。

 

 その為、炭治郎は蝶屋敷に遊びに来ていた(ちなみに禰豆子は日屋敷でお昼寝中)のだが、なにやら調子が悪そうなカナエに声を掛けたのだ。

 

 

「あっ、炭治郎君。ごめんなさい、ちょっと調子が悪くて・・・」

 

 

「そうですか」

 

 

 そう言いながら、炭治郎は透き通る世界を通してカナエの中を見てみる。

 

 炭治郎に医学知識はないが、内蔵に何かが出来ていたりすれば、この方法ですぐ分かるからだ。

 

 

「あっ・・・」

 

 

 すると、炭治郎はあるものを発見した。

 

 

「どうしたの?炭治郎君」

 

 

「えっ?ああ・・・その・・・」

 

 

 カナエの問いに、なにやら言いづらそうにしている炭治郎。

 

 すると、辺りを見回しながら小声でこう言った。

 

 

「カナエさん・・・あなた、妊娠していますよ」

 

 

「・・・へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、炭治郎君の言う通り、妊娠ですね。ええ、間違いなく」

 

 

 カナエの検診を終えたしのぶはそう診断を下す。

 

 ・・・顔に青筋を浮かべながら。

 

 ちなみに炭治郎はヤバい空気を察したのか、カナエを連れてきた後に早々に退出している。

 

 

「そう、なんだ。・・・参ったわね」

 

 

「いや、“参ったわね”じゃないでしょ!!なんで妊娠してるのよ!!」

 

 

 しのぶは何時もの口調を崩しながらそう怒鳴る。

 

 まあ、姉が突然妊娠などすればそうなるのも当然ではあったが。

 

 

「て言うか、相手は誰なのよ!!炭治郎君・・・じゃないわね。あの子はカナヲに気があるみたいだし」

 

 

 一瞬、ここにカナエを連れてきた炭治郎を頭に思い浮かべたしのぶだったが、すぐにそれはないと否定した。

 

 本人はあまり自覚していないようだったが、炭治郎がカナヲに好意を向けているというのは蝶屋敷の面々はよく知っている。

 

 今は妹の事で手一杯という様子だったが、妹を人間に戻すことさえ出来れば、周りに目を向ける余裕ができてカナヲに対する恋心を自覚するのも時間の問題だと胡蝶姉妹は思っており、そんな彼がカナヲどころか、妹すら裏切りかねない行為をするとは到底思えなかった。

 

 まあ、実際、炭治郎とカナエは友人としては仲が良かったりしていたが、はっきり言って炭治郎のタイプではなく、恋心という意味での好意は全く向けていなかったりするので、しのぶの推測は正しい。

 

 しかし、そうなるとカナエのお腹の子の父親が誰かという問題が改めて浮上してしまう。

 

 

「しのぶ、ちょっと声が大きいわよ。カナヲが聞いていたらどうするの?」

 

 

 カナエは軽く非難の言葉を口にする。

 

 そう、実は炭治郎がカナヲに好意を持っているのと同様に、カナヲもまた炭治郎に好意を持っているということを胡蝶姉妹はよく知っており、今は前述したように妹の関係もあって両片想いだが、今のしのぶの言葉が聞かれれば、後々炭治郎に余計な迷惑が掛かってしまうことは間違いない。

 

 

「誰のせいだと思っているのよ・・・」

 

 

 そう言ってしのぶは頭を抱え出す。

 

 まあ、元々の問題事を持ってきたのはカナエなので、そんな彼女から非難されたところで、しのぶとしてはこういう反応をするしかないだろう。

 

 しかし、このままでは話が進まないので、しのぶは改めてお腹の子の父親を聞くことにした。

 

 

「姉さん、真面目に聞くけど、お腹の子の父親は誰なの?まさか、心当たりはないなんて言わないわよね?」

 

 

「・・・」

 

 

 しのぶの厳しい視線を交えての詰問に、カナエは沈黙を以て返す。

 

 どうやら相当言いたくはないらしい。

 

 ここで普通の医者ならば、これ以上問い詰めるのは余計なお世話になるだろうが、あいにく実妹であるしのぶとしてはこのままで済ませる訳にはいかなかった。

 

 

「姉さん、真面目にもう一度聞くわよ。お腹の子の父親は誰なの?」

 

 

 しのぶはもう一度真剣な目でカナエに問う。

 

 カナエが体を許した相手だ。

 

 お腹の子が分からないなどということはまず無い。

 

 そう確信してのことだった。

 

 そして、そんなしのぶの視線に根負けしたのか、遂にカナエは口を開いた。

 

 

「・・・・・・くん」

 

 

「えっ?」

 

 

「不死川君よ。この子の父親は」

 

 

 ──その後、毒入りの注射器片手に風柱邸に突撃した蟲柱の少女が居たという噂が立つことになるが、真偽は定かではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦1915年(大正4年) 8月 日屋敷

 

 

「もうすぐ定例の柱合会議か・・・」

 

 

 炭治郎はもうすぐやって来るであろう定例の柱合会議に思いを馳せた。

 

 正直言って緊張している。

 

 原作の炭治郎は結局柱になることはなく、物語はそのまま終了したので、柱合会議に参加することなど無かった。

 

 しかし、この世界の自分は上弦を討ち取って柱となり、こうして日柱として柱合会議に参加してしようとしている。

 

 それほど柱になるのには興味がなかった炭治郎であるが、実際になってみると感無量だった。

 

 

「緊張しているの?お兄ちゃん」

 

 

 そんな炭治郎に対してそう言ってくるのは、つい先日、人間に戻った(・・・・・・)炭治郎の1つ下の妹である竈門禰豆子だった。

 

 彼女は珠世としのぶが原作よりも早く共同研究を行ったのもあって、原作よりも4ヶ月も早く人に戻り、こうして炭治郎の前に立っている。

 

 この時点で炭治郎が鬼殺隊に居る理由は消滅しているので、その気になれば抜けることもできたのだが、一応、禰豆子を人間に戻してくれた恩があることと鬼舞辻無惨が今後も自分達を狙ってこないという保証は無かった為に、鬼殺隊に居残っていたのだ。

 

 

「禰豆子か。当たり前だろう。一応、この鬼殺隊で一番偉い連中なんだから」

 

 

「でも、お兄ちゃんの方が強いんでしょう?」

 

 

「そういう問題じゃないんだよ」

 

 

 禰豆子の言葉に、炭治郎はそう言って返す。

 

 そして、炭治郎の言う通り、実力があるとか、そういう問題ではないのだ。

 

 確かに自分は他の柱に比べて実力はあるだろうし、仮に自分以外の9人の柱が自分に一斉に襲い掛かってきたとしても、3人くらいは道連れに出来る自信がある。

 

 しかし、お偉いさんの邂逅というのはそれなりに礼儀が必要だ。

 

 そして、自分で言うのもなんなのだが、そんな礼儀が自分に身に付いているとは到底思えなかった。

 

 

「大丈夫だよ。だって、“あの”風柱の人だって柱として認められているんだよ。それなのにお兄ちゃんが認められない筈がないよ」

 

 

 少々含みを持たせた言い方で、禰豆子は風柱を引き合いに出す。

 

 やはり刺された恨みは簡単には忘れることができないのだろう。

 

 

「・・・ああ、そうだな」

 

 

「ところで、お兄ちゃん。カナヲちゃんとは最近どうなの?」

 

 

「えっ?」

 

 

 炭治郎はキョトンと首を傾げた。

 

 ちなみに禰豆子は人間に戻ってからカナヲと友達関係を築いており、お互いに“ちゃん”付けで読んでいる。

 

 

「カナヲちゃんのこと、好きなんでしょう?」

 

 

 禰豆子は兄に対してそう尋ねるが、今まで妹を守ることが第一だった炭治郎は今一つ実感が湧かない。

 

 

「そう、なのかな?よく分からないや」

 

 

 炭治郎はそう言いながら、カナヲの事を思い返す。

 

 栗花落カナヲ。

 

 天才的な才能を持つ少女剣士であり、原作では炭治郎と結ばれる少女でもある。

 

 しかし、この世界ではその通りになるかどうかは分からない。

 

 既に歴史は変わってしまっているのだから。

 

 

「よく分からないって・・・気づいていないの?お兄ちゃん、カナヲさんと話すときが一番穏やかそうにしていたよ」

 

 

 そう、炭治郎自身は気づいていなかったが、彼は基本的に同じ鬼殺隊の仲間には厳しい目を向けていた。

 

 何故なら、いつ妹に危害を加え始めても可笑しくない人間ばかりだったからだ。

 

 しかし、そんな中でも仲の良い人間はおり、善逸や伊之助、カナエ、そして、カナヲは炭治郎が数少ない心を許す人間たちだった。

 

 

「・・・」

 

 

「まだ実感が湧かないって顔してるね。じゃあさ、こんな想像をしたらどう?例えば、他の男の人がカナヲさんと結ばれて結婚した時とか」

 

 

 妹にそう言われて、炭治郎はその時を想像してみた。

 

 カナヲが自分の知らない男と手を結び、キスをして結婚して抱かれ、やがてその男との子供が産まれる。

 

 ・・・想像するだけでヘドが出る。

 

 

「・・・嫌だな」

 

 

「そうでしょ?それが恋なんだよ、お兄ちゃん」

 

 

「なるほどね」

 

 

 そう言われて意外にストンと来る炭治郎。

 

 どうやら気づかないうちにカナヲの事を好きになっていたらしい。

 

 

「私はもう人間に戻ったし、これからはお兄ちゃんが好きなように時間を割いても良いんだよ?」

 

 

 禰豆子はそう言って、もう自分は大丈夫だと主張する。

 

 何時からか、何処か腹黒いところも見せ始めた兄ではあるが、それでも禰豆子にとってはかけがえのない大事な家族であったし、鬼と化した自分を守ってくれた優しい兄だ。

 

 しかし、自分にかまけすぎて自分の幸せや他人を切り捨てるという冷たい面も見せ始めていたので、これからもそうならないためにも兄には幸せになって欲しいというのが禰豆子の願いでもあった。

 

 

「・・・そうだね。そうしてみるのも良いかもしれない」

 

 

 禰豆子の言葉を聞いて、炭治郎はそう考えた。

 

 依然として鬼相手に油断できないという現実は変わらないが、人間に戻った以上、鬼殺隊に対して必要以上に警戒する必要はないだろうし、むしろ余計なお節介になりかねない。

 

 そうなってしまえば、当然、禰豆子を幸せにするという自分の思いからは遠ざかるので、これからは同じ鬼殺隊士にも、もう少し柔らかい態度で接するべきなのだろう。

 

 ・・・ただし、善逸は例外として考えるが。

 

 

「うん、そうだね。そうしてみよう。ありがとう、禰豆子」

 

 

「いいえ。どういたしまして」

 

 

 炭治郎の言葉に、禰豆子はニッコリと笑いながらそう言った。

 

 そして、翌日から炭治郎は鬼殺隊に対しての警戒を解きながら、少しずつ笑顔を向け始めるようになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その数日後に任務先で鎹烏が凶報を運んでくるまでは。




この時点(西暦1915年8月)でのかまぼこ隊及びカナヲの階級

竈門炭治郎 柱(日柱。鬼殺隊で最高の階級)

我妻善逸 辛(かのと。一般隊士10階級の内の8番目の階級。つまり、炭治郎の8つ下)

嘴平伊之助 庚(かのえ。一般隊士10階級の内の7番目。つまり、炭治郎の7つ下)

栗花落カナヲ 乙(きのと。一般隊士10階級の内の2番目。つまり、炭治郎の2つ下)


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凶報

西暦1915年(大正4年) 8月 

 

 

「ご苦労様でした。鬼狩り様」

 

 

 柱合会議の前日。

 

 炭治郎はとある任務を終え、藤の家紋の家へと寄っていた。

 

 そして、そこで1人の人物と会う。

 

 

「あれ?カナヲ」

 

 

 そこには縁側でシャボン玉を吹いているカナヲの姿があった。

 

 そして、彼女は炭治郎の姿を確認すると、シャボン玉を吹くのを止め、炭治郎の方に目を向ける。

 

 

「炭治郎・・・」

 

 

「カナヲも任務帰り?」

 

 

「うん。あと数時間したら帰るところ」

 

 

「へぇー。あっ、隣座っても良いかな?」

 

 

「えっ。良いけど・・・」

 

 

「ありがとう」

 

 

 炭治郎は1つ礼を言うと、カナヲの隣へと座る。

 

 

「そう言えば最近、コイン使わなくても会話が出来るようになったね」

 

 

「うん。炭治郎が心のままにって言ってくれたから。・・・イカサマされたけど」

 

 

「うっ」

 

 

 地味に心に刺さることを言うカナヲ。

 

 確かにあの時やったのはイカサマ(と言うか、ほとんど詐欺)であったので、ほとんど反論は出来ないのだが、実際に言われると地味に傷つく。

 

 

「でも、あの時の言葉で少し元気が出たの。ありがとう」

 

 

「いや、お礼を言われるほどの事ではないよ。俺がやったのはほんの切っ掛けを作る事だったしさ」

 

 

 炭治郎はそう答える。

 

 原作炭治郎もそうだったが、この世界の炭治郎もあまり大したことはしていない。

 

 単純に心を開く切っ掛けを作っただけであり、実際に開いたのはカナヲだ。

 

 いや、もっと言えば、元々彼女の心を温めていたのは蝶屋敷の面々だろう。

 

 

「それよりカナヲ。君はこの戦いが終わった後はどうしたい?」

 

 

「えっ?」

 

 

「いや、この戦いが終わったらだよ。多分だけど近いうちにこの戦いは終わる」

 

 

 炭治郎はそう確信していた。

 

 もちろん、原作と変わっているところが色々あるのは知っている。

 

 禰豆子は既に人間に戻っており、今は分からないが、それを知られた場合、無惨を穴蔵から引っ張り出す餌は無い。

 

 まあ、冷静に考えれば禰豆子を再度鬼にすれば良いことに気づくだろうが、あの頭無惨の事なので、それに気づくまでには多少の時間が掛かるだろう。

 

 しかし、実を言えばもう1つ吊り上げる手段がある。

 

 それは青い彼岸花を発見することだ。

 

 青い彼岸花は今から100年以上後に発見される『1年に2、3日。日中に咲く花』という特殊な生態系を持つ花だということは既に原作知識によって知っている。

 

 まあ、それでも情報社会が発達した21世紀(現代)になってようやく発見されたという経緯がある以上、この時代に発見するのは至難の技だが、そこら辺は無惨を誘き寄せる餌として輝哉に頼めば力を貸してくれるだろう。

 

 まあ、そうでなくとも無惨が本物を見たことが無い以上、そこら辺の彼岸花をそれっぽく見せさせるという手もある。

 

 これはアニメではあるが、ドラえもんの人魚大海戦という映画で同じようなこと(人魚の剣を求める海魚族にそれっぽく宝石を着けた剣を与えた)をやっており、炭治郎はそこから思い付いていた。

 

 まあ、いずれにせよ、この戦いが近いうちに終わるということは確かであり、炭治郎はその先をどうするかを尋ねていたのだ。

 

 

「・・・考えてなかった」

 

 

「まあ、そりゃそうだよね。でも、今のうちに未来に展望を見出だすのは悪いことじゃないよ」

 

 

 炭治郎はそう言った。

 

 勿論、鬼殺隊に居る人間は復讐心から入隊した人間が大半なので、彼らが未来への展望を見出だすのは鬼が滅された後の事となるだろう。

 

 だが、カナヲは違う。

 

 彼女は鬼にこれといった恨みなど無いのだ。

 

 いや、原作ではカナエが殺された為、若干あったのかもしれないが、この世界ではカナエが生きている以上、それはない。

 

 もう両親の虐待時代の記憶も大分癒えた以上、炭治郎の言ったように、未来への展望を見出だすのは悪いことではなかった。

 

 

「・・・」

 

 

「まあ、ゆっくり考えてみてくれ。それと、これは提案なんだけど、良かったら──」

 

 

「カァー!カァー!日柱、竈門炭治郎二伝達ゥ!!」

 

 

 炭治郎が何かを言い掛けた時、鎹烏がやって来た。

 

 こんな時にまた任務か。

 

 内心で舌打ちをしながら、炭治郎はその鎹烏の言葉を聞く。

 

 だが、そこで鎹烏が発したのはとんでもない言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カァー!日屋敷二数名ノ隊士ガ討チ入リィ!!竈門禰豆子、重傷ゥ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉を聞いた直後、脳が受け付けるのを拒否したのか、炭治郎の意識は暫しの間、暗転することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・まさか、この柱合会議が2度も裁判に変わるとはなァ。前代未聞だぜェ」

 

 

 風柱・不死川はそう言いながら、目の前で縛られて転がされている数名の隊士達を見る。

 

 この予定通り開催されることとなった柱合会議は裁判の場に変わっており、日柱を除く9人の柱達と輝哉がこの場に集結していた。

 

 そして、縛られている隊士の1人はこう叫ぶ。

 

 

「何故だ!なんで、俺が裁かれなきゃならない!!奴は鬼だぞ!それにそんな奴の身内が柱になるなど、納得できるかぁ!!!」

 

 

 その叫びに眉をしかめながらも、御館様と柱達は話を聞くが、要するに彼らが言いたいのはこういうことらしい。

 

 鬼を連れた人間が柱になるなど到底容認できず、そんな人間は柱に相応しくはないが、既に柱合会議で決められたことゆえに柱ですらない自分達では撤回は不可能。

 

 ならば、せめて件の鬼を襲撃して痛め付け、抵抗されたらされたでそれを基に日柱を解任させようと考えたらしい。

 

 もっとも、そうなれば禰豆子に命を賭けている水柱も腹を切らなければならなくなるのだが、鬼を庇う人間の命など、彼らは考慮に値しないと判断していた。

 

 しかし、そんな彼らの計画に誤算が生じる。

 

 それは禰豆子が人間に戻っていたことだ。

 

 禰豆子に命を賭けた水柱であるが、当然のことながらそれは禰豆子が鬼であるという前提の基に成り立っているため、人間である今なら隊士に抵抗しても責任問題は発生しない。

 

 更に言えば、彼らは五感組よりも弱いが、それでも呼吸によって常人より身体能力が高い鬼殺隊士。

 

 そんな彼らが複数でよってたかって痛め付ければ、人間である禰豆子はひとたまりもない。

 

 しかも、鬼であると思い込んでいたので、かなり本気で痛め付けていた。

 

 その後、彼女が人間であることに気づいて動揺し、最終的に隠蔽しようとした彼らだったが、無惨配下の鬼の襲撃を警戒するために輝哉の手配によって日屋敷に複数配置されていた鎹烏により今回の件はすぐに発覚し、駆け付けた柱達によって彼らは取り抑えられて今に至るという訳である。

 

 

「・・・なるほど、言い分は分かった。だけど、それを聞いても今回のことは許されることじゃない」

 

 

 輝哉はそう断言する。

 

 その後、またなにやら叫び出すが、霞柱である無一郎と月柱である有一郎が黙らせた。

 

 そして、輝哉は改めて諭すようにこう言う。

 

 

「彼女は既に半年前の柱合会議で認められた存在だ」

 

 

「し、しかし・・・」

 

 

「それに、黙っていたが彼女は既に人間に戻っていた。君達がやったのはただの傷害罪だよ」

 

 

「・・・」

 

 

 隊士達は今度こそ沈黙した。

 

 そして、そんな彼らを擁護する者は誰も居ない。

 

 炭治郎に批判的だった風柱や蛇柱、岩柱でさえ御館様や自分達の顔に泥を塗ったということで冷たい目を向けている。

 

 もはや彼らの運命は決したも同然だった。

 

 

「君達の罰は次の通りとする。千崎隊士、市川隊士、小友隊士、八宮隊士。以上4名の財産を全て没収の後、それらを全て遺族である竈門禰豆子への治療費及び慰謝料として支払う。そして、君たちは翌日を以て鬼殺隊を追放とする。以上だ。後藤」

 

 

「は、はい!」

 

 

「隠を動員してこの4人の財産を調べあげて没収してくれ。すぐにお金に変えられそうなものだけで構わない」

 

 

「了解しました!」

 

 

 後藤はそう言うと、その命令を遂行するべく走り出した。

 

 それを見送った輝哉は加害者の隊士達を無一郎と有一郎に連れていくように命令した後、被害者であるためにこの裁判の場にあえて呼ばず、日屋敷にて待機を言い渡していた炭治郎の様子を尋ねる。

 

 

「しのぶ、炭治郎の様子はどうだったかな?」

 

 

「はい、私が御館様からの待機の伝達を言い渡した時はかなり呆然としている様子でしたが、意識を取り戻すと妹の見舞いに行きました。それと、裁判はこちらに任せると」

 

 

「・・・なかなか理性的な判断だね。だけど、それに甘えるのも良くないから、こちらからしばらく休暇を言い渡そう。柱合会議は予定通り開催するが、それは炭治郎抜きで行う」

 

 

「分かりました。後で私が話し合われた内容を報告しに行きます」

 

 

「うん、頼んだよ。ああ、それと何か意見があったら後日、私の家にやって来るように言ってくれないか」

 

 

「はい」

 

 

「では、柱合会議を始めよう」

 

 

 輝哉がそう宣言したことにより、今年2度目の柱合裁判は幕を閉じる。

 

 だが、輝哉は今回の1件が炭治郎と他の隊士との間で何らかの禍根を残すであろう事を予感せざるを得なかった。

 

 ──そして、後日、その予感は見事に当たり、輝哉は速やかに対策を練ることを強いられることとなる。



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要求

今作の時系列

西暦1900年7月14日、竈門炭治郎誕生。

西暦1910年7月14日、竈門炭治郎に中の人が憑依する。

西暦1911年9月、日の呼吸の全ての型が使えるようになる。

同年11月、全集中・常中を身に付ける。

同年12月、竈門炭十郎が亡くなる。その後、藤襲山に行き、日輪刀を拾ったついでに手鬼撃破。その帰りに胡蝶カナエが上弦の弐と戦っている場所に遭遇。

西暦1912年、時透兄弟と出会い、余っていた日輪刀を渡す。

同年12月、無惨が竈門家を襲撃する。その後、冨岡と出会い、狭霧山へ。

西暦1913年6月、炭治郎が滝斬りの修行を始める。

西暦1914年12月、最終選別合格。

西暦1915年2月、那田蜘蛛山。

同年5月、無限列車。

同年6月、上弦の弐により、音柱・宇髄天元敗死。

同年7月、狭霧山の死闘。その功績により日柱就任。

同年8月、禰豆子が鬼殺隊士に殺される。


西暦1915年(大正4年) 8月 産屋敷邸

 

 

「──どういう事ですか?それ」

 

 

 底冷えするほどの冷たい声で、炭治郎は輝哉に先程言った発言の真意を問い詰める。

 

 隊士達への処罰が下された翌日、炭治郎はしのぶに案内される形で産屋敷邸へとやって来ていたのだが、そこで知らされたのは柱合会議で話された内容と妹を殺した隊士への処罰内容についてだった。

 

 前者については正直言ってどうでも良い。

 

 原作でもそうだったが、どうせ鬼殺隊の問題に対しての愚痴が話される程度であり、それを解決するための提案を出してそれを実行するか検討するなどの実のある会議では決して無かったのだから。

 

 後者に関しても妹に関わる話とはいえ、こういう裁判は被害者の身内である自分が携わる内容ではないと理性で無理矢理納得していたのだが、流石に例の処罰内容を聞くと、その考えも瞬く間に変わってしまった。

 

 

「あまりにも処罰が軽すぎますよ。ふざけてるんですか?」

 

 

「口を慎め。竈門炭治郎」

 

 

 同席していた柱達の内、悲鳴嶼は炭治郎に口の聞き方に注意するように促す。

 

 しかし、毒舌を吐くことでどうにか怒りを理性で抑えている状態の今の炭治郎にとって、そのようなことが出来る訳もなかった。

 

 

「俺の妹の存在は半年前の会議で認められた筈。いや、それを抜いたとしても妹が人に戻っていた以上、そいつらがやったのは人殺しですよね?本来なら、もっと重い罰にするべきなのでは?」

 

 

 炭治郎はそう言って、暗にもっと重い罰を求める。

 

 確かに人を1人(しかも、明確な殺意をもって)殺しておいて、組織追放と財産没収の上にその財産を加害者である自分に支払うだけというのはあまりにも軽すぎる罰だ。

 

 21世紀の日本の裁判でさえ、ここまで軽い罰は下されないし、アメリカだったら最低でも全員が50年くらいの懲役か、悪ければ終身刑といったところだろう。

 

 更にこの鬼殺隊の命の軽さ(20世紀で裁判制度は曲がりなりにも明確なものが有るのにも関わらず、原作ではその裁判すらろくに行わずに竈門炭治郎を処刑しようとしたことなど)から見て、炭治郎は禰豆子を殺した人間は全員斬首が良いところと踏んでいた。

 

 しかし、現実に下されたのは前述した組織追放と財産を没収しての慰謝料の支払いのみ。

 

 これで納得しろというのはあまりにも無理がありすぎた。

 

 だが、そんな炭治郎に対して、輝哉はこう説明する。

 

 

「うん。でも、禰豆子が鬼であったのは知れ渡ってしまっているからね。斬首をすると鬼殺隊の結束が揺らいでしまう可能性があったんだ」

 

 

 鬼殺隊は鬼に対して何らかの恨みをもって所属している者が多い。

 

 まあ、そもそも鬼殺隊という組織自体、世間一般では『鬼という存在を追っている政府非公認の武力組織』という聞きようによっては物凄く危険な匂いを漂わせる組織なので、そういう人間しか多く集まらないという事情があったのだが、それゆえに禰豆子の存在はタブーでもあったのだ。

 

 しかし、それでも半年前の一件で柱の黙認を取り付ける形でなんとかやり過ごしてきたのだが、禰豆子が人間に戻ったということは上層部の間で秘匿されていた。

 

 これは人間に戻す薬があると知った時に『自分達は今までやったことは人殺しだったのではないか?』という疑問を持つ隊士が出てきて、鬼殺隊全体の士気が低下してしまうのを恐れたのと、今までは大丈夫だったのでこれからも大丈夫だろうという多少の慢心が存在していたからだ。

 

 そんな中、禰豆子が殺された訳だが、鬼殺隊の中では既に『禰豆子=鬼』という意識が定着しているため、厳罰をしてしまうと、その事に反感を持つ隊士も多く出てきてしまうという懸念があり、輝哉はそれを実行することが出来なかった。

 

 

(・・・こいつ、斬っちまうか?)

 

 

 だが、そんな事情を炭治郎は理解する筈もない。

 

 当然だ。

 

 彼にとって妹の幸せを作ることが最優先事項であり、ぶっちゃけ妹が無事であるならば鬼殺隊がどうなろうが興味は無かったのだから。

 

 それを組織のトップである輝哉自身が禰豆子を斬った隊士を重んじる発言をたった今したのだ。

 

 反感を持つのも当然だった。

 

 だが、そんな炭治郎の心情を察したのか、輝哉はこの場である対案を提示する。

 

 

「その代わりと言ってはなんだが、私の頸を君の手で斬ってくれても構わない。当然、そうなっても君の処罰はさせないように後任の輝利哉には言ってある」

 

 

「「「「「「「「!?」」」」」」」」

 

 

 輝哉の言葉にそれを聞いていた柱達(岩柱を除く)は目を大きく見開いた。

 

 当然だろう。

 

 自分達が敬愛する(と言うか、盲信している)御館様がそのようなことを言い出したのだから。

 

 

「お、お待ちください!それは流石に・・・」

 

 

「そうです!幾らなんでも、失態を犯した隊士達の代わりに死ぬというのはいけません!!」

 

 

 霞柱と炎柱はそう言って反対の言葉を述べる。

 

 まあ、彼らにしてみれば、隊士の失態で御館様が責任を取って死ぬなどという事態は許せないのだろう。

 

 そして、それに続くように他の柱達も口々に反対の言葉を述べるが、輝哉の方は本気だった。

 

 

「ありがとう。私はずいぶんみんなに慕われているね。だけど、今回ばかりはそういうわけにはいかない。ちゃんと上の人間としての責任を取らないとならないからね」

 

 

 そう言って輝哉は全員を宥めつつ、改めて炭治郎に対して向き直る。

 

 

「どうだろう?私の頸を取ることで、彼らを許してくれないかな」

 

 

「お断りします。あなたの頸は要りません」

 

 

「・・・どうしてかな?遠慮はいらない。それにさっきも言ったけど、君が私を殺したとしても問題ないことは今宣言した。それに君も私を斬ることは内心で望んでいるのだと思ったんだけどね」 

 

 

 流石に即答されたことには驚いたのか、輝哉は少し目を見開きながらそんな疑問を投げ掛けてくる。

 

 元々、この竈門炭治郎という少年が他の柱達と違って自分を敬愛していないというのは早くから気づいていた。

 

 そして、彼が鬼殺隊士の中では一番人間らしい人間であるということにも。

 

 だからこそ、この提案には乗ってくる、あるいは乗ってこなくとも考える素振りくらいはすると思っていたのだが、即座に断ったのは流石に予想外の反応だった。

 

 だが、そんな輝哉に対して、炭治郎は怒りでタガが外れたのか、段々と本音をさらけ出していく。

 

 

「ええ、さっきまではそうでしたよ。でも、よくよく考えれば、あなたの命にそんな価値は有りませんよね?」

 

 

「・・・ほう?」

 

 

 これまた予想外の解答。

 

 だが、今度は輝哉に驚きはなく、ただ炭治郎の言葉の続きを待っている。

 

 もっとも、他の柱達の方は御館様の存在を軽んじる発言に内心で怒っており、中には殺意を込めて睨み付けている者も居た。

 

 

「てめェ、それはどういうことだァ?」

 

 

 風柱がその風貌に相応しいドスの利いた声で、炭治郎に向かってそう言った。

 

 しかし、炭治郎はそんな風柱を無視しつつ更に言葉を重ねる。

 

 

「あなた、余命が1年有るかどうかも分かりませんよね?そんな短い命とこれから先長い人生を生きていたであろう妹の命が等価値だと本気で思っていたんですか?」

 

 

 炭治郎は嘲笑うようにそう言った。

 

 そう、輝哉は現在23歳ではあるが、例の呪いじみた代物によって寿命が極端に短くなっており、原作を基にするならば1年生きられるかどうかも分からない状態となっている。

 

 その為、炭治郎にとっては輝哉は『老い先短い老人』にすぎず、そんなものを対価にしたところで気が晴れるわけが無いというのが炭治郎の感想だった。

 

 

「貴様!」

 

 

 だが、輝哉を蔑視する発言をする炭治郎に激怒し、蛇柱は思わず刀を抜いて飛び掛かりそうになる。

 

 しかし、輝哉はそれを手で制すと炭治郎に向けてこう言った。

 

 

「・・・なるほど、それは気がつかなかったね。では、私にどうして欲しいのかな?」

 

 

「そんなことも分からないんですか?」

 

 

 炭治郎は呆れた目線を向ける。

 

 その無礼な態度にイラついているのか、他の柱もまた何時でも炭治郎に斬りかかれるように準備を始めた。

 

 だが、そんな柱達の反応に炭治郎が意に返すことはない。

 

 何故なら、ここで彼らと斬り合って殺す覚悟など、それこそ鬼殺隊に入る前──鱗滝の下で修行していた時から決めていたのだから。

 

 

「分からないね。残念ながら」

 

 

「分かりました。教えてあげますよ。それはですね──」

 

 

 と、そこまで言い掛けたところで炭治郎は少しだけ冷静になって考える。

 

 例えば、ここで輝哉の娘か息子を代わりに斬り殺させろと言ったとしよう。

 

 そうなると間違いなく自分に完全な敵意を向けている4人の柱(岩柱、炎柱、蛇柱、風柱)はすぐさま斬り掛かってくるだろうし、じきに残りの5人も参戦してくる。

 

 流石に9人の柱を同時に相手にすることは出来ようもないし、2、3人は道連れに出来たとしてもそれ以外の柱に斬られるというつまらない最期を迎えることになるだろう。

 

 

(それだけは御免だ)

 

 

 炭治郎はそう思った。

 

 妹が殺された以上、鬼殺隊という組織そのものに憎悪を抱いているのは確かだ。

 

 しかし、妹や家族の仇をろくに討てもしないうちに、そんな惨めな最期を迎えるのだけは御免だった。

 

 だが、このまま何も言わないのは自分の精神衛生上的にもよろしくはない。

 

 そこで炭治郎は本来言う筈だった言葉の代わりに、前々から内心で要求したいと思っていたある要求を伝えることにした。

 

 

 

 

 

「──柱の何人かと隊士の一部への命令権を寄越せ。それで許してやる」

 

 

 

 

 

 炭治郎は怒りと狂気を無理矢理抑え込んだような顔でそう言い放った。




炭治郎が入隊してからこの時点までの十二鬼月の討伐数

上弦1体

下弦5体

計6体

・内訳

竈門炭治郎(2体)→下弦の壱(厭夢)、上弦の肆(半天狗)

栗花落カナヲ(2体)→下弦の伍(累)、下弦の陸

不死川実弥(2体)→新下弦の壱(轆轤)、新々下弦の壱(病葉)


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歪んだ歯車

西暦1915年(大正4年) 8月 産屋敷邸

 

 

「てめェ、なにふざけたこと言ってやがるんだァ!!」

 

 

 炭治郎の御館様への無礼な言葉と要求の内容に、気の短い風柱は早速怒り狂い、今度こそ刀を抜いて炭治郎へと斬りかかる。

 

 しかし、こうなると炭治郎としても黙っているわけにはいかない。

 

 透き通る世界を使って不死川の動きを予測し、その斬撃をかわすと、刀を抜いて反撃しようとする。

 

 だが──

 

 

「止めろ!!」

 

 

 そこで大声を出して止めたのは水柱・冨岡義勇だった。

 

 

「「!?」」

 

 

 意外な人物の叫びに、両者は思わず動きを止めてそちらのほうを見る。

 

 

「お前達、ここを何処だと思っている!!御館様の御前だぞ!!!」

 

 

「!?」

 

 

 その言葉に不死川はようやくその事に気づいて、顔を青くする。

 

 そう、本来なら御館様に斬りかかるなどのよっぽどの緊急性のあるものを除いて、このような場面で隊士を勝手に処罰することは許されていない。

 

 幾ら柱が幹部とはいえ、トップが何も言わないうちに処罰などすれば鬼殺隊全体の統制が取れなくなってしまうからだ。

 

 それは柱合裁判のような場でも同じ。

 

 原作の柱合裁判では勝手に炭治郎を処刑しようとしたり、禰豆子をぶっ刺したりしたが、あれも本来ならしてはいけない行為なのだ。

 

 その証拠に風柱以外は実際に行動に移していない。

 

 ましてや、今は御館様が目の前に居る場で刀を抜いて斬り掛かってしまった。

 

 やってしまった行為の重さを実感し、不死川は柄にもなく胸が潰れそうになる思いを抱いてしまう。

 

 

「ちっ」

 

 

 一方の炭治郎はそれほど行為の重さを感じてはいなかったが、空気を読んで舌打ちしつつも矛を納めることにした。

 

 こんなところで死ぬのは炭治郎としては本意ではないのだ。

 

 そして、輝哉は先程から炭治郎の要求の内容にゆっくりと考え込む仕草をしていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

 

 

「炭治郎、それは鬼殺隊の事を考えてのことだよね?」

 

 

「・・・ええ、まあ」

 

 

 炭治郎は少しの沈黙の後、そう答える。

 

 嘘は言っていない。

 

 無惨を殺すためには流石に今の自分では力不足だし、痣が無い分、鬼殺隊はおそらく原作よりも弱いまま最終決戦を行うこととなるだろう。

 

 それを何とかするためには今のままの状態では駄目だと前々から思っており、一度その組織構造を改革したいと思っていたのだ。

 

 ・・・まあ、それでも隠している本音(・・)は存在するが、その点は決して嘘ではない。

 

 

「・・・ふむ。まあ、それなら構わないよ。やってごらん」

 

 

「なっ!ほ、本気ですか!?」

 

 

 伊黒は驚愕した様子で御館様を見る。

 

 それはそうだろう。

 

 柱が一般隊士ならともかく、他の柱の指揮権を求めるなど前代未聞であり、更に状況が状況なのもあって日柱が怒りで支離滅裂な発言を行っているとしか思えなかったからだ。

 

 しかし、輝哉は別な捉え方をしていた。

 

 

「うん、本気だよ。元々、彼は現在の鬼殺隊に不満を抱いていたようだったし、何かしらの改革を行いたいというのも本音だったんだろうからね」

 

 

 どうやらとっくの昔に輝哉は炭治郎の思惑を察していたらしい。

 

 まあ、そうでなくとも外と接する機会の多い輝哉には鬼殺隊が抱える歪がよく見えるために前々からその辺りを直したいと思っていたのかもしれない。

 

 なにしろ、鬼殺隊という組織はその実力主義体制こそ時代を完全に先取りしていたが、他の組織制度に関しては外と比べて古いと言わざるを得なく、またその実力主義でのしあがっていく人間も復讐という非常に危うい動機でなる人間が殆どだ。

 

 普通の軍隊ならば良くも悪くも上官の意向が働いて、こういった人間は出世出来ない仕組みになっているのだが、鬼殺隊はむしろその真逆なため、復讐で暴走しやすい人間が幹部となる事態となってしまっている。

 

 まともな頭をしていればそれを何とかしたいと考えるのは当然と言えば当然だった。

 

 

「ただし、私の子供達を理不尽な目には遭わせないこと。それが条件だよ」

 

 

「ええ、勿論。理不尽な目“には”遭わせませんよ。ただし、十二鬼月と戦って結果的に死んだとかは別ですよ。これは死んだ方が悪いということで」

 

 

「・・・それは私がやったとしても同じだから構わないけど、私怨で殺すのは無しだよ」

 

 

「まさか!俺は他の鬼殺隊士とは違いますから、その点は大丈夫ですよ!!」

 

 

 そう言って歪んだ笑みを浮かべる炭治郎。

 

 だが、その笑顔に特に柱達、特に日頃から付き合いのあるしのぶはゾッとした。

 

 明らかに狂気を孕ませている感じの笑顔であったからだ。

 

 が、同時にこの狂気もある意味で常人としては普通の反応だった。

 

 なにしろ、彼は妹を殺された直後の人間であり、その怒りを押し殺していたのだから。

 

 むしろ、平然としていられる方が人として可笑しい。

 

 そして、狂人となった経緯に柱達が気づいていないというのも、彼らの異常さを物語っている。

 

 いや、恋柱だけは痛々しい反応をしている分、どうやら彼女だけはまともな感性を持っているのかもしれない。

 

 

「じゃあ、任せるよ。他に必要なものはあるかい?」

 

 

「御館様の名をしばらく隊内で貸して貰います。そうしないと、命令に従わない馬鹿が主に上の方(・・・)に出てきますから」

 

 

 炭治郎は敢えて上の方という言葉を強調する。

 

 厳密に誰とは言っていなかったが、炭治郎の言う上の方という言葉がどんな存在を表しているか分からないほど、柱達は愚鈍ではない。

 

 柱達の殺気が再び濃くなるが、炭治郎は気にもしなかった。

 

 

「うん、分かったよ」

 

 

「それは良かった!では、俺は色々と準備がありますのでこれで」

 

 

「ちょっと待って」

 

 

 そう言って立ち去ろうとする炭治郎だったが、そんな彼を輝哉が呼び止める。

 

 

「・・・なにか?」

 

 

「実は昨日の柱合会議で隊士の質の低下について懸念が上がったんだ。何か良い解決案は無いかな?」

 

 

 それは半年前にも上がった議題だったが、未だに解決されていないまま放置されている問題でも有ったので、その場に居なかった炭治郎に一度聞いてみたかったのだ。

 

 そして、炭治郎は少し考える素振りをしてこれまた前々から考えていたある案を披露することにした。

 

 

「・・・既存の隊士を強くする案は有りませんが、育主とその生徒に対する案なら有りますよ」

 

 

「ほう。何かな?」

 

 

「要は問題がある育主とそうでない育主の境目が分からないから解決しないんでしょ?なら、簡単です。隊士養成学校でも作って、そこに各育主と生徒を集めて教育したら良いんです」

 

 

 これは前々から思っていたことだったが、育主と生徒をバラバラにして最終選別に送り出すというのは非常に効率が悪い。

 

 何故なら、最終選別を許可する基準が育主によって違うだろうからだ。

 

 基本的に生徒は全集中を使えるようになれば最終選別に出される。

 

 まあ、原作のカナヲやこの世界の炭治郎は全集中・常中が出来ても最終選別の許可が下りなかったりしたが、あれはあくまで例外だ。

 

 だが、全集中が出来るかどうかという基準は実は曲者であり、原作の五感組(玄弥は呼吸が出来ないので実際は4人だが)のように各々のエフェクトがはっきり見える者も居れば、村田のように水のエフェクトがほとんど見えない者も居る。

 

 そして、原作では明記されていないが、おそらくエフェクトがはっきり見えるほど技の完成度は高い。

 

 しかし、現実は育主によってはエフェクトがはっきり見えないまま選別に送られることも多く、更にはそのほとんどが最終選別で喰われてしまう。

 

 だが、そんな要領の悪い育主は何処が悪いのか分からない。

 

 周りに育てるのが自分しか居ないからだ。

 

 だが、学校という施設に育主が教官として集められればどうだろうか?

 

 そこならば要領の良い育主も当然集まるので、何処が悪いのか指摘し合えるし、一ヶ所に存在するので柱達もどのような隊士候補が居るのか把握しやすい。

 

 またそこで暮らすことで仲間意識も目覚めて、選別でも共同して生き残るなどの知恵を回らせることが出来るだろう。

 

 まあ、それとは“逆のケース”も有るが、それを考えても仕方がない。

 

 

「それは盲点だったね」

 

 

「ああ、それと最終選別は現役隊士による見回りもさせた方が良いですよ。ダメそうな隊士候補が居たら強制的に失格させて山を降りさせ、次の機会を待たせるという事も出来ますから」

 

 

「なるほど、検討してみるよ。ありがとう」

 

 

「では、失礼します」

 

 

 そう言って炭治郎は産屋敷邸から立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・ふぅ」

 

 

 産屋敷邸から出て暫くして炭治郎は大きく息を吐いて呼吸を整え、懐からかつて禰豆子が使っていたあの竹籤を取り出す。

 

 

「・・・待ってろよ。いずれ俺がお前をあの世へ追いやった奴等を地獄に送ってやるからな」

 

 

 そう言う炭治郎の目には多くの鬼殺隊士が持っている怒りと憎しみが強く宿っていた。

 

 そして、それが誰に向けられたものなのかは言うまでもない。

 

 

「だが、もうしばらく辛抱してくれ。先に母さん達を殺した鬼舞辻無惨を倒すのが先だからな」

 

 

 炭治郎はそんな宣言をしながら、ひとまず無惨を倒すことに集中することを誓う。

 

 ──禰豆子が殺されたことによって、これから少年に待つ運命は分からなくなった。

 

 時間が解決して少年が自らの幸福を望むようになるのか、それとも復讐に全てを費やす他の鬼殺隊士と変わらない人生を歩むのか。

 

 だが、いずれにしろ、1つだけこの時点で確定されたことがある。

 

 それは鬼と鬼殺隊、勝った方が竈門炭治郎の完全なる敵となるという事実だった。



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西暦1915年(大正4年) 8月 産屋敷邸

 

 

「・・・あの場では敢えて聞きませんでしたが、どうしてあのような事を承認なさったのですか?」

 

 

 炭治郎が産屋敷邸を出て鬼殺隊と鬼双方への憎しみを込めた1つの決意をしていた頃、炭治郎の去った産屋敷邸では、年長者であり炭治郎が去った後のこの場に居る柱の中では一番強い柱でもある岩柱・悲鳴嶼行冥が先程の発言の真意を問いていた。

 

 当然だろう。

 

 炭治郎の発言を気に入らなかったというのもそうだが、柱の指揮権を他の柱に預けるというのも前述したように彼らから見れば、かなり無茶苦茶なものであったのだから。

 

 他の柱も言葉には出していないものの、行冥に同意といった感じで御館様を見る。

 

 

「まあ、その疑問はもっともだけど、実は私たち産屋敷家以外に柱を動かせる人材を作りたいという考えは前々から抱いていたんだよ」

 

 

 そう、産屋敷家は鬼殺隊のトップという立場であり、先見の明という反則的なものを有してはいるが、戦闘のプロではない。

 

 いや、正確には例の呪いによってなれないと言うべきだろう。

 

 ならばと指揮官的なポジションを維持しようとしていたのだが、逆に言えば鬼殺隊は産屋敷家の独裁制で成り立っているとも言えるので、もし産屋敷家が無くなったりすれば、柱の指揮官が居なくなって鬼殺隊が瓦解する可能性も孕んでいるということになる。

 

 なので、その問題を解決するためにも産屋敷とはまた別の柱の指揮官を作っておきたいと、輝哉は前々から考えていたのだ。

 

 

「嗚呼・・・つまり、日柱の提案はその試験的なものにちょうど良かったと」

 

 

「うん。まあ、そういうことだね」

 

 

「しかし、何故奴なのです?そういうことなら悲鳴嶼さんが相応しいのでは?」

 

 

 伊黒は疑問の言葉を口にする。

 

 岩柱は現在の柱の中では古参であり、日柱が来るまでは既存の柱の中で一番強かった柱でもあるし、また近年は柱達のまとめ役だったという事実も存在するので、うってつけの人材なのは間違いない。

 

 だが、日柱の強さは(認めたくはなかったが)本物でも柱の中では一番の新参。

 

 更に言えば、先程御館様に対して無礼を働いた人物。

 

 とてもではないが、そういったことに向いているとは思えなかったし、向いていたとしても心情的に認めたくなかった。

 

 しかし、そんな伊黒に対して御館様はこう言う。

 

 

「ああ、小芭内の言う通りだ。炭治郎は確かに指揮とかはまだ出来ないだろうね」

 

 

「では、何故?」

 

 

「それは彼が一番生き残る可能性が高いと思ったからだよ。指揮官は最後まで生き残らなければならないからね」

 

 

 鬼殺隊はその性質上、戦って生き残ろうと考える人間はそう多くない。

 

 命を落としてでも任務を遂行すべしという考えの人間が多いからだ。

 

 勿論、そうでない人間も居るが、そういった人間は鬼殺隊の中では少数派であり、悲鳴嶼もその例外ではない。

 

 だが、炭治郎や甘露寺は違う。

 

 炭治郎は鬼舞辻個人には家族を殺された恨みがあれども、鬼という種族で見れば特に恨みは無かったし、他の鬼殺隊士と違ってこちらが鬼を殺そうとしている以上、鬼殺隊側も鬼に殺されても仕方ないというシビアな考えを、それこそ禰豆子が殺される前から抱いていた。

 

 まあ、それでも罪もない一般人への被害は流石に仕方ないとは言えないので、そこら辺は鬼殺隊の大半の隊士と同様の考え方だったのだが、考え方には明らかに温度差が存在しており、炭治郎は鬼殺隊と鬼の戦いを『人間と鬼の戦争』と解釈しているのに対し、一般的な鬼殺隊士は『人間と鬼の絶滅戦争』と解釈している。

 

 これがどう違うかと言えば、炭治郎の考えでは通常の人間の戦争と同じで、時に鬼と共闘することや場合によっては和平することが有ると感じているのに対して、通常の鬼殺隊士にそのような考えはなく、『鬼を滅殺する事こそ全て』という狂気的な考えに支配されているのだ。

 

 要するに価値観の違い。

 

 これこそが考え方に温度差を生み出している要因だった。

 

 まあ、それは戦後育ちの日本人である炭治郎と戦前育ちの日本人の違いであったかもしれないが、輝哉の思考はどちらかと言えば炭治郎に近いので、必ずしもそうであるとは断定できなかったが。

 

 そして、甘露寺であったが、彼女は誰か親しい人が殺されたという訳ではないので、鬼に対する恨みの感情は全く存在していない。

 

 だからこそ、この両者は相手を殺すだけではなく、死を常に覚悟しつつも、自分がどう生き残るかも普段から頭の中にインプットされている。

 

 そして、指揮官というのは兵隊の指揮を最後まで取らなければならないので、そういう死を覚悟しつつも、生き残ることを頭に入れている人間が一番勤まるのだ。

 

 だが、甘露寺はその性格上、指揮官役には向いていないので、消去法で炭治郎がその白羽の矢として選ばれてしまっていた。

 

 

「・・・ですが、あれは何か腹に一物を抱えています。もしかしたら、そのうち反乱を起こそうなどと考えているかもしれません」

 

 

 苦し紛れにそう反論する伊黒だったが、実のところこれは当たっていた。

 

 今はなにもする予定はなかったが、事が終わって無惨が殲滅された時は炭治郎は自らの手で鬼殺隊を殲滅しようと考えていたので、伊黒の懸念は決して間違ったものではない。

 

 しかし、そんなことは輝哉とて分かっている。

 

 いや、むしろ、あんな殺気を向けられてそれを想像しない方が無理な話だ。

 

 だが──

 

 

「考えすぎだよ、小芭内。そんなに仲間を疑うものじゃない」

 

 

 輝哉は敢えてそれを否定した。

 

 ここで肯定して日柱と他の柱が仲違いを起こしたところで、『じゃあ、脅威になる前に日柱を粛清しよう』となれば、柱同士が争い、確実に死者が出ることになる。

 

 そうなったら喜ぶのは敵である無惨だけだ。

 

 それに柱同士が刀傷沙汰を起こしたとなると、下の一般隊士にまで動揺が走ることとなるだろう。

 

 だが、既に日柱に完全な不信感を抱いている蛇柱が輝哉の言葉に素直に納得するかというと話は別だ。

 

 それを察した輝哉はもう1つ釘を打っておくことにした。

 

 

「念のため言っておくけど、戦場で暗殺なんかしようとしたらダメだよ」

 

 

「・・・はい」

 

 

 どうやらその事を少し考えていたらしく、小芭内はばつが悪そうにそう返事をするが、それを聞いた輝哉は内心でこう思った。

 

 

(やれやれ、これは不味いね。同じ柱同士でここまで不信感が募っているとなると、無惨を倒すどころか、戦場で同士討ちをしかねない)

 

 

 輝哉は日柱と何人かの柱の間で殺意まで込められた衝突が起きていることを憂いていたが、こればかりはどうにもならないとも感じていた。

 

 自分が言ったとしても、今回出来た一件での溝は完全には埋まらないだろうし、小芭内達も自発的に埋める気は無いだろう。

 

 そもそも炭治郎も馬鹿ではない。

 

 今回の一件で鬼殺隊の人間が自分を殺しに来る可能性については十分に考えているだろうし(実際に風柱は斬り掛かった)、妹を殺された以上、同じ鬼殺隊の人間を殺すことにもう躊躇いはしないだろう。

 

 なにしろ、『鬼となった妹を助けたい』という彼の入隊動機は他ならぬ鬼殺隊士の手で踏みにじられてしまったのだから。

 

 こうなると、最悪の場合、双方が『不幸な事故』として相手を謀殺し合う可能性だってある。

 

 そうなったらどういった形で終結するにせよ、確実に鬼殺隊は悪い空気に包まれるだろうし、無惨討伐にも確実に支障が出るのは間違いない。

 

 

(・・・取り敢えず、時間は稼いだからその間になんとか解決するしかないね)

 

 

 だが、その問題は少なくとも今ではない。

 

 輝哉があの要求を飲んだのには、そういった刀傷沙汰までの時間稼ぎの要素もあったのだ。

 

 そして、輝哉が彼の要求を飲んだ以上、他の隊士達が何かをしない限りは炭治郎の方も鬼殺隊士に対して何かを起こすということはないだろう。

 

 その間になんとか対策を考えるしかない。

 

 

(だが、私の命ももう長くはない。早急に対策を整えなければいけないね。この問題ばかりは輝利哉に引き継がせるわけにはいかない)

 

 

 輝哉はそう思いながら、この問題を解決するための方針を考え始めた。



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桑島の憂鬱

この時点(西暦1915年9月)でのかまぼこ隊及びカナヲの階級

竈門炭治郎 柱(日柱。鬼殺隊で最高の階級)

我妻善逸 辛(かのと。一般隊士10階級の内の8番目の階級。つまり、炭治郎の8つ下)

嘴平伊之助 己(つちのと。一般隊士10階級の内の6番目の階級。つまり、炭治郎の6つ下)

栗花落カナヲ 甲(きのえ。一般隊士10階級の内の最上の階級。つまり、炭治郎の1つ下)


西暦1915年(大正4年) 9月 無限城 

 

 

「ええい!まだ見つからんのか!!」

 

 

 無惨は無限城でイライラとした様子で、各地に存在する鳴女の“眼”からの情報を見ていた。

 

 この鳴女の眼は原作では産屋敷家の位置を特定(もっとも、原作で岩柱が語っていた通り、わざと位置を特定させたのかもしれないが)し、更には鬼殺隊士の位置を把握して無限城へと誘った鳴女特有の血鬼術だ。

 

 しかし、それを身に付けたのは原作では上弦の肆になった後、すなわち前任の上弦の肆である半天狗がやられた刀鍛冶の里編以降の話だったのだが、この世界では事情が違い、炭治郎の脅威が改めて再認識された為に、無限列車の一件の直後辺りで鳴女にその力が与えられていた。

 

 そして、実のところ、2ヶ月前に禰豆子の存在を見つけたのもこれだったりする。

 

 切っ掛けはほんの偶然だった。

 

 各地に飛んだ“眼”で情報収集をしている最中、珠世を見つけ、そのまま泳がせてみようと思って追跡させた先が狭霧山であり、そこで禰豆子の存在を確認したのだ。

 

 ちなみに禰豆子の存在を確認した時、辺りは日中だったが、眼を日陰に移動させることで制限を強いられながらも珠世の監視を続行していたのだが、そこで偶々目にしたのが日中で活動する禰豆子の姿だった。

 

 流石にこれには無惨も驚いたが、同時に狂喜乱舞し、童磨に確保を命じ・・・まあ、後は既に語った通りなので説明は省くが、この時は禰豆子の回収は失敗してしまう(ちなみにこの時、童磨は無惨からお叱りを受けたらしい)。

 

 しかし、その後も諦めずに情報収集を続けて禰豆子の居場所を突き止めようとしたのだが、未だに一向に見つかってはいなく、無惨は焦りを募らせていた。

 

 

「それほど焦る必要はないのでは?彼の鬼が太陽を克服しているということは日輪刀では殺せません」

 

 

 上司が焦っていることでのあまりの心労に耐えかねたのか、鳴女はそう言って無惨を落ち着かせようとする。

 

 しかし、そんな彼女に無惨はこう返した。

 

 

「いや、駄目だ。鬼殺隊には藤の花の毒を活用して鬼を殺す輩が居る。日輪刀は効かなくとも毒で殺される可能性は十分にある」

 

 

 そう、太陽を克服したということは太陽光の成分を含んだ鉄で出来た日輪刀では殺せなくなったということを意味しているのだが、毒への耐久性はまた別の話となる。

 

 まあ、本来なら藤の花が鬼にとって毒となるとはいえ、その毒を使って鬼を殺そうという輩は長い鬼殺隊の歴史の中でも1人も居なかった筈だったのだが、残念なことに今宵の柱の中にはそんな人材が居るのだ。

 

 胡蝶しのぶ。

 

 彼女は腕力の関係で鬼が殺せないことから、鬼を殺すための毒を開発するという偉業を達成しており、現在は蟲柱として鬼をせっせとあの世へと送り続けている。

 

 もっとも、それでも上弦クラスならばその毒を解毒可能な為に彼女の実力は鬼殺隊最弱と見なされていたのだが、今の彼女の存在は無惨にとって非常に危険な存在だった。 

 

 何故なら、彼女が現時点で禰豆子を殺してしまう可能性のある唯一の人間だったのだから。

 

 なので、見つけたら始末したいと、禰豆子を逃したあの時から思っていたのだが、残念なことに彼女はこのところ鬼殺の最前線には出ていない。

 

 それもその筈、彼女は珠世と共に現在、産屋敷邸にて原作で無惨を盛大に弱体化させた対無惨用の複合薬(仮名)を開発しており、産屋敷邸に籠りきりになっていたのだ。

 

 現時点では産屋敷邸の位置を知らない無惨には当然、手を出せよう筈もない。

 

 

「それに一番厄介なのが、禰豆子が奴の妹という点だ。あの時は存在を隠すために他の人間に預けていたようだが、1度失敗した以上、必ず手元に置こうとするだろう」

 

 

 そう、禰豆子が炭治郎の妹ということは非常に厄介な事実だった。

 

 黒死牟を撃退したり、倒す寸前まで行ったりした以上、現時点で炭治郎が鬼殺隊最強の剣士であるという点は疑いようの無い事実だ。

 

 そして、禰豆子の兄ということは今後は彼女に張り付いて護衛するようになる可能性が高い。

 

 いや、四六時中張り付く訳ではないのかもしれないが、それでも手元に近い位置に置くのは確かだ。

 

 そうなると上弦を複数体投入しても禰豆子を奪取できるかどうかは分からなくなるし、時間を掛ければ掛けるほど柱だって増援にやって来る。

 

 

「そうなったら厄介だ。・・・こうなったら、私直々に出なければならぬかもな」

 

 

「・・・」

 

 

 最初からそうしろ。

 

 内心でそう思おうとした鳴女だったが、流石にそれは止めておいた。

 

 何故なら、目の前の上司は心が読めるので内心でそう思ったことはそのまま伝わってしまう。

 

 それに彼女も命は惜しい。

 

 その為、彼女が出来たのは何も思わずにただ頷くことだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──だが、彼らは知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に禰豆子が殺されていたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇鬼殺隊士養成学校 校長室

 

 鬼殺隊士養成学校。

 

 それは炭治郎の進言によって3週間ほど前に輝哉が作り上げた鬼殺隊士候補の人間のための養成所だった。

 

 従来のやり方ではそれぞれの育主の元に鬼殺隊士候補者を預けて鍛えた後、最終選別に送り出すという方針を立てていたのだが、近年の新人鬼殺隊士の質の低下に伴って、輝哉は炭治郎の言う通りに育主とその生徒達を一点集中させて育て上げる方針に変更したというわけだ。

 

 そして、その校長の座には善逸と獪岳の師である元鳴柱・桑島善悟郎が就任していた。

 

 

「やれやれ。まさか、育主の質がここまで低かったとは・・・」

 

 

 校長室で桑島は頭を抱えていた。

 

 当初、この学校の校長としての誘いが来た時は脚の事もあって丁寧にお断りしようとしたのだが、他に候補者となる筈だった自分の同期の柱である元水柱・鱗滝左近次と数年前に柱を引退した元炎柱・煉獄愼寿郎は、前者については7月に狭霧山で戦死、後者についても酒に溺れて引きこもっており、とても教育の場には出せないなどと言われては流石に断りを入れる訳にもいかず、結局、この役を拝命することとなったのだ。

 

 だが、流石に他に教員となる人材も曲がりなりにも育主なので、自分に出来ることはこうして校長の席に居座って生徒達の成長を眺めることくらいだとも思っていたのだが、そんな甘い考えは僅か1週間くらいで崩されることになった。

 

 育主の質が思ったより低かったのだ。

 

 勿論、全員が全員そうではなく、中には自分より教えるのに適した人材はいたが、大半があまり上手く教えられていない面々だった。

 

 これでは最終選別に送り込んだとしても大半がすぐに喰われてしまうだろう。

 

 そう思った時、善悟郎は思わずゾッとした考えを浮かべる。

 

 

(もしや、ここ最近は藤襲山の鬼に餌をくれてやっただけなのではないか?)

 

 

 桑島は自分が最終選別を受けた頃を思い出す。

 

 あの頃は今と違い、受けた人数の半数以上が毎年受かっており、死んだ人間は運が無かったり、実力が乏しかったのだと考えていたが、ここ近年は20人受けて数人が受かるという例が大半。

 

 それは社会が近代化して受ける人間の質が落ちたということもあるが、もしかしたら育主も同時に質が低下してしまっているのではないかと桑島は思っていた。。

 

 

「・・・幸いだったのは、この学校の設立と同時に隊士の最終選別の見回りが行われることになったという点か。聞いたときは何を生温いことをと思っていたが、ここまで質が落ちているとなると、仕方の無いことなのかもしれんな」

 

 

 桑島はそう呟きつつも、場合によっては教員の再教育を行うことを考慮しつつ、これからの方針を考えていた。



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遊郭奇襲戦

西暦1915年(大正4年) 9月 吉原 遊郭 藤の花の家紋の家

 

 吉原の遊郭。

 

 原作の音柱曰く『日本一欲にまみれたド派手な場所』らしいその場所は、具体的に言うならば娼館とキャバクラを足して2で割ったような場所だ。

 

 そして、これは説明されるまでもないことかもしれないが、この場所には堕姫・妓夫太郎という2人一組の鬼である上弦の陸(この世界では伍)が潜んでおり、餌の確保と鬼側の資金源の確保の1つが行われている。

 

 しかし、現在、その目論みと無惨側の戦力を削ぐべく、炭治郎は必要な人材を集めてこの上弦の伍の討伐を行おうとしていた。

 

 

「──それでは作戦は以上です。何か質問は?」

 

 

 炭治郎はそう言って、この場に居る水柱・冨岡義勇と同期である我妻善逸の2人に質問を求めた。

 

 ちなみに彼の特徴である耳飾りは既に外されており、鬼側にすぐにその存在が自分であると特定されないように、髪型を少し変えたりと工夫を行っていた。

 

 まあ、それでも目はどうにもならないし、そうでなくとも日の呼吸を使えばバレるだろうが、要は向こうがそうだと認識する前に倒してしまえばなんの問題もないと炭治郎は考えている。

 

 さて、肝心の作戦(ちなみに上弦の伍の情報については、偶々任務中に上弦の鬼の事を知っていた鬼と遭遇して聞き出したということになっている)に対する質問であったが、おずおずとした様子で善逸がこのような質問をしてきた。

 

 

「な、なあ。本当にこれだけで上弦の鬼をやるのか?」

 

 

 そう、彼が不安を持っていたのは自分が上弦の鬼と対峙しなければならなくなったという事だけではない。

 

 今回の作戦は炭治郎と義勇、そして、善逸の3人で行われることとなっていたが、前者2人は柱とはいえ、流石に人数が少なすぎるのではないかと善逸は考えていた。

 

 それもそうだろう。

 

 確かに無限列車の時は炭治郎が単独で上弦の参を追い返したが、一歩間違えれば下弦の壱と挟み撃ちにされていたし、6月の一件では善逸は上弦の弐と遭遇したが、音柱である宇髄天元は最終的に自分達を逃すために戦死してしまっている。

 

 あのようなことを繰り返さないためにもこの3ヶ月間、特訓を必死に行ってはいた(ちなみにこれによって原作通り霹靂一閃・八連や霹靂一閃・神速が出来るようになった)ものの、あの時に上弦と直接対峙した恐怖は完全には抜けていない。

 

 なので、柱が2人も居るという状況にも関わらず、上弦が相手と聞いて全然安心が出来ていなかった為、このような逃げ腰な台詞が出てきてしまっていたのだ。

 

 

「なに弱気なこと事言ってるんだよ。この作戦で一番危険で役割が大きいのは冨岡さんなんだぞ」

 

 

 炭治郎はそう指摘する。

 

 この作戦はまず第一段階として、堕姫の居る京極屋に義勇を先行、そこで堕姫の頸を斬った後、分裂したところをすかさず自分と善逸が奇襲によって斬るという二段階の作戦となっていた。

 

 当然、この作戦で一番危険に晒されるのは半ば囮となり、更には堕姫の頸を1度斬らなくてはならない義勇であり、間違ってもタイミングを見て頸を斬ることだけに集中すれば良い自分達ではない。

 

 まあ、失敗すれば同様の危険性となるだろうが、そんなことを考えても仕方がないだろう。

 

 

「だったら、なんでお前がやらないんだよ。お前がやった方が確実だろう」

 

 

「アホか。俺の日の呼吸は無惨に一番警戒されているだぞ。下手すりゃ戦闘の途中で別の上弦が増援に来る可能性だってある。そうならないためにはこちらは短期決戦しかない。その為の奇襲なんだぞ。だいたいそれだったら、冨岡さんに来て貰った意味がないじゃないか」

 

 

 そう言いつつも炭治郎は思った。

 

 こいつを連れてきたのは失敗だったか、と。

 

 6月の音柱との一件以来、伊之助程ではないにしろ頑張っていた善逸。

 

 更には原作で速さを重視するその戦い方は今回の戦いにピッタリだと感じたので連れてきたのだが、流石にここまで臆病なのは予想外だった。

 

 

(原作の描写だったら、ビクビクしながらも結局、作戦そのものは了承すると思ってたんだが・・・)

 

 

 我妻善逸という人物は原作の描写としては“重度のヘタレ”として書かれていたが、やる時にはやる男でもあった。

 

 なので、今回の作戦も何だかんだ言いつつも最終的に了承してくれると思っていたのだが、及び腰などころか、どこか反抗的だ。

 

 まあ、それもその筈、炭治郎はあの音柱の任務に同行しておらず、あの時に植え付けられた善逸の恐怖の感情を知らなかったのだから。

 

 そして、その点が炭治郎の唯一の誤算でもあった。

 

 まあ、これを見抜けなかった事については炭治郎に非はない。

 

 何故なら、炭治郎には原作炭治郎のような嗅覚は無かったし、同じく同行していた伊之助は逆に闘志を燃やしていた上に善逸も普段の性格が祟ったのか、弱気なところも何時もと変わらないように見えたので、おそらく炭治郎でなくとも大半の人間が見抜けなかったであろうからだ。

 

 

(今からでもこいつを返して作戦を一から練り直すか?まあ、そうなると作戦は中止になるが、今の状況だと成功するかどうかは微妙だからな)

 

 

 炭治郎がそう思いながら、作戦を中止するかどうかを検討していた時、善逸がこのようなことを言い出した。

 

 

「ちぇっ、自分は危険を犯さないのかよ」

 

 

「あぁ?」

 

 

 この呟きを聞いた炭治郎は怒る。

 

 確かにこの任務の関係上、炭治郎の役割は危険度が比較的低いのは事実だが、同じことをする以上、それは善逸も同じ筈だ。

 

 一番危険な仕事を担って貰う冨岡ならともかく、同じ仕事をする善逸にそのような事を言われたら、流石の炭治郎も愉快な思いでいられるはずもない。

 

 

「てめえ、もう1回言ってみろ!!」

 

 

「おい、よせ!」

 

 

 炭治郎が怒った様子を見せた時、先程から2人のやり取りを見守っていた冨岡が制止の言葉をかけるが、その程度では炭治郎の怒りは治まらない。

 

 ただでさえ禰豆子が殺された一件で気が荒くなっているのだ。

 

 更に言えば、先程から感じていた善逸の反抗的な態度も気に入っておらず、炭治郎は思わず善逸の胸ぐらを掴む。

 

 だが、今回に限っては善逸の反抗ぶりもなかなか苛烈だった。

 

 

「ああ、何度だって言ってやるよ!!てめえは危険を犯さないのかよ!!なんで冨岡さんを囮みたいに扱うんだよ!!ついでに俺も巻き込んで!!」

 

 

「はぁ?なに言っているんだお前?」

 

 

 ここで炭治郎はようやく善逸の異常さに気づく。

 

 なんと言うか、言っていることが支離滅裂なのだ。

 

 冨岡が囮になるのはこの作戦を組んで連れてきた時から決まっていたことだし、そもそも炭治郎だって途中からとはいえ最前線に出る以上、全くリスクを犯さないわけではない。

 

 加えて、こういったことに善逸が巻き込まれるのは、鬼殺隊の剣士となった以上は仕方のないことだ。

 

 そんな分かりきった現実を否定するかのような事を言う善逸に炭治郎は困惑せざるを得なかった。

 

 

「だから、お前がやれば良いって言っているんだよ!!死ぬのもお前だけで良い!!」

 

 

「ッ!?お前、黙ってれば鬼殺隊士の分際で調子に乗りやがって!!!」

 

 

 自分に責任を全て押し付けるような言葉を吐く善逸に、炭治郎は今度こそキレて善逸を殴ろうとする。

 

 更に言えば、内心に隠していた鬼殺隊士に対する憎しみの感情も言葉に出ているが、今はそれにすら気づかないほど炭治郎は怒り狂っていた。

 

 

「止めろ!」

 

 

 だが、その行為は間一髪のところで義勇が炭治郎の拳を受け止めたことで止められた。

 

 炭治郎は余計な行為をしたなといった感じの表情で義勇を睨むが、やがて深い深呼吸を1度行って冷静な思考に戻すと、善逸に向かってこう言った。

 

 

「お前、もう帰って良いよ。と言うより、帰れ。俺がもう1度怒らないうちに」

 

 

「・・・」

 

 

 そう言った炭治郎に対して、善逸は沈黙を保ちながらも服を整えると、その部屋から出ていった。



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遊郭奇襲戦 弐

西暦1915年(大正4年) 9月 吉原 遊郭 藤の花の家紋の家

 

 

「それで、どうするんだ?このまま(上弦の伍の討伐を)行うのか?」

 

 

 善逸が去った後、2人だけとなった部屋で義勇は炭治郎に作戦続行の可否についてを尋ねる。

 

 

「どうって・・・1度撤退して戦力を整え直すしかありませんよ。さっき言った作戦は善逸が去ったことで成功率が低くなりましたし」

 

 

 炭治郎はため息を着きながら、義勇に対してそう答えた。

 

 先程の作戦は実のところ、善逸を抜いても出来なくはない。

 

 炭治郎と義勇が上手く頸を斬るタイミングを合わせるよう修正すれば良いのだから。

 

 しかし、初期案より成功率が低いのは確実だ。

 

 なにしろ、奇襲の要素が半減するし、そもそも義勇には善逸の霹靂一閃・神速程のスピードのある技は繰り出せない。

 

 それにもし奇襲に失敗した場合、他の上弦の増援が来てしまう可能性がある。

 

 作戦そのものの成功率が低くなったのにリスクはそのままという現状を鑑みると、やはり1度撤退して戦力を整え直すのが適切な判断と言えた。

 

 

「幸い、こちらは何も失っていません。まあ、あとで他の柱にぐちぐち言われるかもしれませんが、それは我慢しますよ」

 

 

「・・・そうだな。まあ、(この場の指揮官はお前だ。判断はお前に)任せる」

 

 

「ええ。取り敢えず、帰り支度をしてください。一旦、日屋敷に行って作戦を練り直します」

 

 

「分かった。では、失礼する」

 

 

 義勇はそう言うと、部屋から出ていき、あとには炭治郎だけが残される形となった。

 

 

「・・・やれやれ、一から作戦を練り直さないとな。さて、誰に声を掛けようかね」

 

 

 炭治郎はそう呟きながら、上弦の伍攻略のために新たに調達する人員について考える。

 

 まず真っ先に思い付いたのが伊之助だ。

 

 彼の実力はまず間違いなく准柱レベルであり、もう数ヶ月鍛練を続ければ柱になれる実力となっている。

 

 それに強い相手との戦いを依然として渇望している彼ならば、今回の相手が上弦の鬼と聞けば、善逸と違って話に乗ってくるのは確実だ。

 

 だが、それだけでは足りない。

 

 なにしろ、奇襲案は既に廃案となってしまったので、今度上弦の伍討伐の為の戦略を展開する時は強襲となる可能性が高い。

 

 そうなると、上弦の鬼の増援も考えて、あと1人か、2人ほど柱クラスの実力を持つ者が必要だ。

 

 

(しのぶさんは無理だから、カナヲか?でも、別の任務が入ってるかもしれないしな)

 

 

 炭治郎は選択肢の少なさに少しだけ苛ついた。

 

 まあ、あれだけ御館様の前で啖呵を切った以上、仕方のないことなのかもしれないが、とにかく自分は他の柱に反感を持たれており、それこそ無条件で協力してくれるのは冨岡くらいなものなのだ。

 

 いや、厳密に言えば他の柱も強制的に徴収できるのだろうが、いつ裏切るかも分からない不安定な戦力など手元に置いておけるわけがない。

 

 さて、どうするかと考える炭治郎にある報告が入ってくるのはそれから数分後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・悪いこと言っちゃったなぁ」

 

 

 一方、藤の花の家紋の家から出ていった善逸は先程の発言に少しばかり罪悪感を感じていた。

 

 冷静になって自分の発言を見直すと、先程の言葉は炭治郎への暴言ばかりであり、あれでは炭治郎が怒るのも無理はないと思ったからだ。

 

 

「でも、俺は怖いんだよ。また俺のせいで人を失ったり、自分が足手まといになったりするのは」

 

 

 善逸が思い出すのは3ヶ月前の一件。

 

 あの時、自分と伊之助は半ば無理矢理音柱によって任務に連れてこられたのだが、そこで遭遇した上弦の弐はとんでもない相手であり、結局、自分達は逃げ切れたものの、事実上の足手まといとなったことで音柱は死んでしまった。

 

 だが、善逸がその時に感じたのはその事に対する罪悪感だけではない。

 

 それは恐怖。

 

 上弦の鬼の圧倒的な力に対する恐怖だった。

 

 それが上弦の鬼に対する拒否感を生んでおり、更には柱でもどうせ勝てないだろうという善逸の中での勝手な思い込みから、それが水柱を囮にすることへの拒否感を生み、最終的に先程の炭治郎への暴言に繋がったという訳だ。

 

 ちなみに炭治郎にあのようなことを言ったのは、上弦の鬼に対抗できる腕を持っていることへの嫉妬の感情も多分に混じっている。

 

 ・・・断っておくが、原作の善逸は断じてこのような自分勝手な性格ではなかったし、この世界でもそれは同様だったのだが、彼が禰豆子に出会わず仕舞いのまま禰豆子が殺されてしまったこと、更には原作炭治郎より冷たい性格(ただし、これに関しては原作炭治郎と同様のものを求めるのが酷)だったこと、そして、極めつけには前述した上弦の鬼に対する恐怖感が彼をこのような歪んだ性格にさせていた。

 

 人は環境が変われば、多少はそれに適応した歪んだ性格になる。

 

 何故なら、そうしなければ組織の中で生き残れないからだ。

 

 そして、これはその典型的な例と言えた。

 

 

「・・・」

 

 

 俯きながら蝶屋敷への帰路に着こうとする善逸。

 

 だが、そこに善逸の鎹“雀”がある手紙を運んでくる。

 

 

「ん?なんだろう」

 

 

 いぶかしみながらもその手紙を手に取って読み始める善逸。  

 

 そして、そこには驚愕の事実が書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

◇少し前 鬼殺隊士養成学校

 

 

「放せぇ!ワシは死んでお詫びをせねばならんのだぁ!!」

 

 

「ダメですって!!」

 

 

 そう言って腹を切ろうとする桑島善悟郎に、ここで働く教員の1人が必死の形相で取り抑える。

 

 何故こうなったのか?

 

 それは少し時系列を遡る必要があった。

 

 桑島善悟郎にはご存じの通り、2人の弟子が居る。

 

 1人は炭治郎達と行動を共にしている我妻善逸、もう1人はその兄弟子である獪岳という男だった。

 

 両方とも性格に別々の意味で問題はあるが、それでも才能がかなりあると元鳴柱である桑島善悟郎は見なしており、ゆくゆくはこの2人を鳴柱として推薦するつもりだったのだ。

 

 しかし、その獪岳はつい先日に消息不明となり、現在は鬼となって人を喰っているという報告を桑島は受けてしまった。

 

 ちなみに獪岳を鬼に変えたのは原作通り黒死牟だ。

 

 そして、その報告を聞いて責任感の強い桑島は切腹を決意したのだが、いざ腹を切ろうとしたその時に、偶々通り掛かった教員に発見されて、その行動を止められていたという訳である。

 

 

「おい!どうしたんだ!!」

 

 

「何かあったのか!!」

 

 

 そうこうしていると、騒ぎを聞き付けたのか、他の教員や生徒も集まってきた。

 

 

「ちょうど良かった!早く手伝ってくれ!!」

 

 

 桑島を抑えていた教員はそう言いながら、他の教員に助けを求める。

 

 そして、声を掛けられた教員はその光景に少々驚きつつも、叫んだ教員の手伝いを行い、桑島の手に握られた短刀を取り上げた。

 

 桑島はそれからも暫く暴れたが、教員に抑え続けられたお蔭で少し落ち着いたのか、がっくりとしながらも大人しくなる。

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ。おい、何がどうなってんだ?」

 

 

「さあ、分からん。俺も切腹しようとしたのを見て慌てて止めたところだから」

 

 

 後から来た教員が最初に止めた教員に何があったのかを聞くが、その教員も偶々通り掛かったら切腹しようとしたのを止めただけであり、詳しい事情は知らない。

 

 その為、必然的に当事者である桑島にその視線が向けられるが、桑島はがっくりと肩を落としながらもポツポツと事情を語り始めた。

 

 

「実はのう──」

 

 

 そして、桑島から事情が語られた時、その場の人間の反応は2つに別れた。

 

 

「なんという事だ。何故、そのような者を育てた!!」

 

 

「そうだ!しかも、呼吸が使える分、余計に脅威になるではないか!!」

 

 

 1つは現役の鬼殺隊士と同じくらい鬼に対する憎しみを持つ者達。

 

 彼らは桑島の切腹を止めたのは失敗だと考える。

 

 加えて、彼らは日頃から教育方針に口を出してくる桑島をあまりよく思っておらず、これを機会に処分してしまいたいとも考えていた。

 

 

「そんな言い方は無いだろう」

 

 

「その通りだ。そもそも桑島殿は鬼殺隊に送り出した後の面倒を付きっきりで見ていたわけではない。監督不行き届きを問うには些か無理が有りすぎる」

 

 

 もう1つは桑島に同情的な者達だ。

 

 そもそも今回のような事は鬼と接する機会の多い鬼殺隊士であれば、たまに有ることなのも事実だった。

 

 実際、過去には無惨の勧誘に乗った黒死牟や猗窩座の勧誘に乗った隊士達のように鬼殺隊から鬼に乗り換えるという例も出てきているのだから。

 

 

「しかし──」

 

 

「もう止めよう」

 

 

 尚も口論を行おうとする両者達だったが、それを止めたのは最初に桑島を止めていた教員だった。

 

 

「どちらにせよ、裁く権利は我々にはない。この件について御館様に一任しよう」

 

 

 その教員は炭治郎が聞けば、『柱よりかなり理性的』と評するであろう意見を口にする。

 

 そして、御館様の名前を出されると、その場に居る人間は軒並み黙った。

 

 どうやら鬼殺隊を引退しても、彼らの中では御館様の権威は未だ健在らしい。

 

 

「桑島殿もそれで構いませんね?」

 

 

「・・・うむ、仕方、あるまい」

 

 

 桑島は渋々ながら首を縦に振らざるを得なかった。



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遊郭攻防戦 肆

西暦1915年(大正4年) 9月 吉原 遊郭

 

 

 

雷の呼吸 伍ノ型 熱界雷

 

 

 

 雷のエフェクトを纏った刃の猛烈な斬り上げ。

 

 獪岳は何故か雷の呼吸の使い手の中では壱ノ型だけ使えないという人間ではあったが、それ以外の弐~陸ノ型までなら十分に使える。

 

 また隊士時代は意外にも準柱級の力を持っており、もう1年程頑張れば、もしかしたら柱になっていたかもしれない腕を持っていた。

 

 更に彼の血鬼術は“斬撃を加えた相手の肉体を罅割って焼く”という効果を持っており、その厄介さは妓夫太郎と然して変わらない。

 

 原作ではこれを喰らった善逸は一応獪岳に勝利はしたが、もし愈史郎と珠世の薬の存在が無ければ、すぐに獪岳の後を追う事となっただろう。

 

 しかし──

 

 

 

水の呼吸 弐ノ型 水車

 

 

 

 体を縦に回転させる回転斬り。

 

 水のエフェクトを纏っていること以外は火車と同じに見えるが、水の呼吸は柔軟性が重視されるが故にどうしても威力は劣ってしまうため、火車よりは威力が低い。

 

 しかし、それが今回は幸いし、獪岳の斬り上げを防ぎつつその反動を利用して、獪岳の顔を縦に真っ二つに斬ることに成功する。

 

 

「あがっ!・・・くそッ!!」

 

 

 だが、その斬撃での傷はすぐに塞がってしまう。

 

 どうやら先月に風柱やたくさんの人間や隊士を喰ったことで、上弦の鬼に相応しい回復力を得ているらしい。

 

 だが、先程の上弦の鬼とは違い、冨岡は確かに手応えを感じていた。

 

 

(この鬼は先程の鬼より弱い。あともう少しすれば倒せる。問題は上弦の伍の方だが・・・)

 

 

 冨岡はそう言いながら、先程から上弦の伍が居る筈の方向をチラリと見る。

 

 柱である彼がこのような行動を取ることからも分かると思うが、既に冨岡は上弦の陸を問題にはしていなかった。

 

 獪岳は確かに強いし、上弦級の力もある。

 

 一般隊士ではかまぼこ隊のような相当な逸材でもない限り、あっという間に殺られてしまうだろう。

 

 しかし、柱である冨岡には明らかに剣術レベルで劣る上に、力も持て余し気味。

 

 少なくとも、今戦い続けても獪岳が敗北するのは時間の問題だった。

 

 

 

雷の呼吸 陸ノ型 電轟雷轟

 

 

 

 広範囲で炸裂し、敵の全身を切り裂く雷のような斬撃。

 

 相手にダメージを与える技であり、基本的にこの技は頸を斬る技ではない。

 

 しかし、人を相手にするならば致命傷になりかねないのも確かであり、おまけに獪岳の技量や上弦の力のことも考慮すると、この技は並みの一般隊士ではほぼ絶対に防ぐことが出来ないと言っても良かった。

 

 だが──

 

 

 

水の呼吸 参ノ型 流流舞い

 

 

 

 それを防ぐことが出来るのが柱でもある。

 

 冨岡は独特な足運びをする技で“電轟雷轟”を避けると、そのまま獪岳の頸へと刃を走らせようとする。

 

 だが、その瞬間──

 

 

「喰らいなさい!!」

 

 

 今まで静観していた上弦の伍の片割れである堕姫から帯での攻撃が冨岡へと向かった。

 

 

「!?」

 

 

 目を外してはいなかったが、いきなりの攻撃に驚き、慌てて冨岡は獪岳から距離を離しながら、慌ててそちらからの攻撃を防ぐ。

 

 そして、堕姫からの攻撃を防ぐことに成功した冨岡だったが、彼はこの時、重大なミスを犯してしまう。

 

 それはこの場で絶対に目を離してはいけない存在である妓夫太郎から目を離してしまったことだ。

 

 

 

 

  

血鬼術 飛び血鎌

 

 

 

 

 

 妓夫太郎から放たれる剃刀のような無数の薄い刃。

 

 

 

 

 

 ──その1つが冨岡の腕を僅かに切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炭治郎の斬撃にザシュッという音と共に頸を斬り裂かれた猗窩座。

 

 その音を聞いた時、炭治郎はこれで殺したと思った。

 

 何故なら、この角度と距離ならば、完全に相手の頸を断てるという確信を抱いていたからだ。

 

 しかし──

 

 

「!?」

 

 

 猗窩座の頸はギリギリのところで繋がっていた。

 

 

(こいつ!紙一重で頸を完全に絶ちきられるのを避けやがった!!)

 

 

 そう、炭治郎の斬撃は猗窩座の頸を相当深くまで斬っており、本来ならそのまま頸を完全に断つところまでいった筈だった。

 

 原作では頸を斬られる前に飛び退かれたことで、僅かに猗窩座の頸を切り裂く程度で終わるが、この世界の炭治郎が放ったこの一撃は、原作炭治郎より若干早いスピードと深い角度で放たれているのだから。

 

 しかし、頸を斬られるほんの一瞬前に猗窩座が陽炎で誤魔化された刃の部分に気づいたことが、その運命を無理矢理変えてしまった。

 

 そして、驚異的な反射神経を発揮して全力で回避を行った結果、猗窩座の頸は文字通りの意味で首の皮一枚で繋がり、どうにかやられることだけは避けることに成功したのだ。

 

 

(往生際の悪い奴め)

 

 

 炭治郎はそう思いながらも、追撃のために更なる技を展開しようとしたが、その前に猗窩座が技を繰り出そうとしていることに気づき、慌てて防御の姿勢に入った。

 

 

 

破壊殺 脚式 流閃群光

 

 

 

日の呼吸 肆ノ型 灼骨炎陽

 

 

 

 2つの技が同時に衝突する。

 

 そして、炭治郎は灼骨炎陽によって猗窩座の技の威力のほとんどを相殺した他、その両足を絶つことに成功するが、技の力そのものは流閃群光の方が若干強かった為か、炭治郎はその場から吹き飛ばされた。

 

 そこに猗窩座が伸びる腕を使って追撃をかける。

 

 

 

破壊殺 空式

 

 

 

 虚空を拳で打ち、衝撃波によって敵にダメージを与える技。

 

 攻撃の軌道が目に見えないという特性のため、回避や防御はなかなか困難な技だった。

 

 しかし──

 

 

 

日の呼吸 拾壱ノ型 幻日虹 

 

 

 

 それでも回避や防御が出来ないという訳ではない。

 

 炭治郎や原作の煉獄のように必要な技量と技の威力さえ足りていれば、回避も防御も可能だった。

 

 そして、幻日虹で猗窩座の攻撃を回避した炭治郎はそこから反撃を開始する。

 

 

 

日の呼吸 拾参ノ型 円環

 

 

 

陽華突

 

 

 

炎舞

 

 

 

 日の呼吸の事実上の奥義である円環。

 

 それによって炭治郎は2つの技を立て続けに繰り出す。

 

 まず最初に行ったのは日の呼吸唯一の突き技である陽華突。

 

 狙うは猗窩座の左胸、すなわち心臓。

 

 脚を失ってまだ再生が済んでいない猗窩座がそれを避けるのは不可能であり、おまけに頸で無かったのもあってそこはノーガードな状態であり、その矛先はあっさりと心臓を突き刺す。

 

 そして、そこから更に縦の高速2連撃である炎舞によって、猗窩座は左の肩口を完全に斬り飛ばされ、左4本の腕は完全に落ちてしまう。

 

 

(!? しまった!!)

 

 

 猗窩座は左肩を丸ごと斬り飛ばされたことにより、左側ががら空きになってしまったことに気づき、どうにか右側の腕で左側をカバーすることを目論む。

 

 しかし、炭治郎はその隙を見逃さず、素早く猗窩座の左側に移動すると、無慈悲にも猗窩座の頸へと刃を振るう。

 

 

 

 

 

日の呼吸 壱ノ型 円舞

 

 

 

 

 

 ──そして、とどめの横凪ぎ一閃によって、猗窩座の胴体と頸は完全に斬り離された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(頚が切り落とされた。俺は死ぬのか?)

 

 

 円舞によって頸を斬られ、今まで頸を斬られて散っていった鬼と同様に、自分の頸と体が崩壊していくのを実感しながら、猗窩座はそう思っていたが、同時にこんなところで終わる自分を認められなかった。

 

 

(終われない。こんな所で。俺はもっと強くなる)

 

 

 それは執念とも言うべき猗窩座の習性。

 

 彼に人間時代の記憶はない。

 

 無惨に鬼にされた時に忘れてしまったからだ。

 

 だが、それでも強くなりたいという思いは歪に増長される形で彼の中に残っていた。

 

 

(誰よりも強くならなければ)

 

 

 そうしなければ護れないし、あの時(・・・)の二の舞になってしまう。

 

 心の奥底にあるその思いによって、猗窩座は就き動かされていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(強く!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 崩壊する体を前にして、猗窩座は足掻く。

 

 普通に考えれば、半天狗や妓夫太郎達のような頸を斬られていない時の保険が存在しない猗窩座は死から逃れる術はない。

 

 だが──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(もっと強く!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その凄まじい執念による強さへの渇望によって、猗窩座は覚醒した。



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遊郭攻防戦 伍

西暦1915年(大正4年) 9月 遊郭

 

 頸を斬った後、首無しの状態で足を再生させながら立ち上がる猗窩座を見た炭治郎は、すぐに刀を構え直す。

 

 

「・・・やっぱり。覚醒したか」

 

  

 この土壇場で猗窩座が炭治郎の予想範囲内の出来事ではあったが、同時に最悪の想定でもあった。

 

 原作でも同じようなことが起こり、その時は最終的に自爆でなんとかなったが、今回も同じようになるとは限らないからだ。

 

 それに加えて、炭治郎には時間を掛ける訳にはいかない事情がある。

 

 ここで手こずって時間を掛けると、上弦の伍と戦っている冨岡が死んでしまう可能性が高い。

 

 それを考えると、ここで時間を食うわけにはいかなかった。

 

 

 

全集中・一点

 

 

 

 ならば、全力を以て応え、短期決戦を行う必要がある。

 

 炭治郎は一旦刀を鞘へと仕舞うと、抜刀の構えをしながら全集中・一点を行い、周囲の空気から酸素をその口へと詰めていく。

 

 しかし、それは猗窩座も同じであり、彼もなにやら右の4本の腕に力を込め始めている。

 

 そして、それから10秒ほどした後、両者はほぼ同時に動き出した。

 

 

「行くぞ!猗窩座!!」

 

 

 そう言って、炭治郎は先手必勝と言わんばかりに猗窩座に向かって突撃する。

 

 そして、猗窩座もまた迎え撃つように右の4本の腕を構えた。

 

 

 

破壊殺 滅式

 

 

 

 一瞬で間合いを詰めてから放つ抜き手の一撃。

 

 原作では煉獄の奥義である“炎の呼吸 玖ノ型 煉獄”を真正面から撃ち破ったこの技だったが、今回は腕が4本有り、更には無惨から血を与えられているということもあって、原作など比較にならない威力と質量の技となっていた。

 

 そして、これに対して、炭治郎は全力を以て答える。

 

 

 

日の呼吸 壱ノ型・改 円舞一閃

 

 

 

 全集中・一点によって大幅に強化された抜刀術。

 

 それは神速とも言える速さで放たれ、滅式を放つ猗窩座と真正面から激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 猗窩座はその時、とある1人の女性の幻影を見た。

 

 

『もうやめにしましょう。どうしてですか?どうして強くなりたいのですか?』

 

 

 女はそのような問いを猗窩座に対して投げ掛ける。

 

 

「それは・・・」

 

 

 それに対して、猗窩座は一瞬だけ言葉に詰まるが、やがてこう答えた。

 

 

『強くなければ持って帰って(・・・・・・)来られないからだ(・・・・・・・・)。親父に・・・薬を』

 

 

 次々と思い出していく人間の頃の記憶。

 

 そこには病の末に己のせいで自殺した父親、自分の師範である慶蔵、そして、その娘であり、自分の婚約者でもあった恋雪の姿があった。

 

 しかし、それは鬼となった今では何の意味も無い記憶だ。

 

 いや、そう思いたかった。

 

 何故なら、その記憶が下らないと思わなければ、自分のやったことの罪深さを実感してしまうのだから。

 

 だが、そんな猗窩座に慶蔵の影がこのような言葉を口にする、

 

 

『生まれ変われ、少年』

 

 

 その言葉が再び猗窩座に現実を突き付ける。

 

 

「弱い奴が嫌いだ。弱い奴は正々堂々やり合わず井戸に毒を入れる。醜い弱い奴は」

 

 

 そこまで言ったところで気づく。

 

 本当に弱い人間は誰なのかを。

 

 

「辛抱が足りない。すぐ自暴自棄になる 。“守る拳”で人を殺した。師範の大切な素流を血塗れにし 親父の遺言も守れない。・・・そうだ、俺が殺したかったのは──」

 

 

 自分自身。

 

 猗窩座はようやくその事を自覚した。

 

 そして、その瞬間、父親と慶蔵の姿が鮮明になっていく。

 

 だが──

 

 

『強くなるのではなかったのか?』

 

 

 慶蔵の姿が突然、無惨へと変わる。

 

 その瞬間、また鬼の自分へと戻り始めた猗窩座だったが、そんな彼を救ったのは恋人である恋雪だった。

 

 

『狛治さんありがとう。もう充分です。もういいの。もういいのよ』

 

 

『猗窩座!!』

 

 

 大声を出して再び猗窩座を引き留めようとする無惨だったが、猗窩座の心にもう迷いはなかった。

 

 

「ごめん・・・ごめん 守れなくて、ごめん。大事な時に側にいなくて、ごめん。約束を何一つ守れなかった!!

許してくれ!俺を許してくれ。頼む。許してくれぇ!!」

 

 

『私たちのことを思い出してくれて良かった。元の狛治さんに戻ってくれて良かった。おかえりなさい、あなた』

 

 

 猗窩座は恋雪のその温かな言葉に今度こそ救われた。

 

 そして──

 

 

 

 

 

『ただいま親父、戻ったよ。師範、恋雪さん。ただいま』

 

 

 

 

 

 猗窩座、否、狛治は自分を迎えてくれる3人に対してそう言いながら、静かにこの世から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今度こそ崩壊していく猗窩座の体。

 

 それを見届けた炭治郎はこう呟く。

 

 

「・・・さようなら、狛治さん。来世ではお幸せに」

 

 

 ──それは原作知識で彼の過去を知っている炭治郎の精一杯の願いの言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ッ!?冨岡さん!!」

 

 

 猗窩座を倒した後、冨岡の元へと向かった炭治郎だったが、そこには上弦の伍の姿はなく、倒れ伏す冨岡のみがその場に残されていた。

 

 これは猗窩座を倒されたことを知った無惨が、更なる戦力消耗を避けるために上弦の伍と陸を撤退させた結果だったのだが、炭治郎はそれを知らないし、今はそんなことはどうでもよく、冨岡の治療が最優先事項だ。

 

 

「うっ・・・炭治郎・・・か?」

 

 

「冨岡さん、しっかり!」

 

 

 そう言いながら、炭治郎は冨岡の容体を見る。

 

 

(呼吸で止血はしてある。しかも、重傷を負っている様子はない。これって・・・)

 

 

 ここまで来ると、可能性は1つしか考えられない。

 

 妓夫太郎の毒を喰らったのだ。

 

 

(不味いぞ。原作では禰豆子が治療していたけど、禰豆子はもう居ない)

 

 

 そう、原作では妓夫太郎の毒を喰らった音柱・宇髄を禰豆子が爆血で治療していたが、あれが無ければ煉獄の後を追って死ぬことになっていただろう。

 

 だが、その禰豆子はもう居らず、おまけに毒などを専門にしているしのぶはここに居ないため、治療の術はない。

 

 

(そんな・・・)

 

 

 鱗滝、禰豆子に続いて冨岡が失われる可能性が出てきた事に気づいた炭治郎は絶望の表情をする。

 

 だが、そんな炭治郎に僅かに目を見開いていた冨岡がこう言った。

 

 

「炭・・・治郎。すまな・・・かったな。俺があの時・・・お前に・・・鬼殺隊に入るように誘わなけれ、ば。ゴフッ!ゴフッ!」

 

 

「もういいですから。しゃべらないでください。冨岡さん!!」

 

 

 冨岡の謝罪に、慌ててそう言う炭治郎。

 

 前述したように、炭治郎は冨岡にそれほど怒っていない。

 

 確かに鬼殺隊に入るように進めたのは彼であるが、それを最終的に選んだのは炭治郎だ。

 

 禰豆子を殺した元隊士は許せないが、冨岡には一切の罪はないと炭治郎は思っている。

 

 

「今は治療に専念を!呼吸で何とかしてください!!そのうち医療担当の隠が来る筈です!!」

 

 

 そう叫びながら治療を続行しようとする炭治郎だったが、それを冨岡は腕で制す。

 

 

「お前も・・・もう・・・気づいているだろう?・・・俺は・・・もう、手遅れだ」

 

 

 冨岡はそう言いながら、これから死期が迫っているというのにも関わらず、何処か穏やかな顔をしていた。

 

 

(これで・・・やっと錆兎に会える)

 

 

 錆兎。

 

 それは6年前の最終戦別で死んでしまった唯一無二の親友。

 

 姉を亡くしたばかりの義勇を彼なりに懸命に励ましてくれた人物でもある。

 

 そして、義勇はずっと自分が水柱であることに罪悪感を抱いていた。

 

 何故なら、最終戦別に彼が受かっていれば、本来、水柱である存在は彼だった筈だと考えていたからだ。

 

 もっとも、実際のところは分からない。

 

 現実は義勇と錆兎が並び立つ事態など起きていないので、もしかしたら2人が並び立っていても、水柱になっていたのは義勇かもしれないからだ。

 

 しかし、義勇にとっては自分が水柱の地位を奪ってしまったという事実こそが真相であり、そう思わなければ潰れてしまいそうだった。

 

 

 

 

 

「炭治郎・・・お前は──」

 

 

 

 

 

 

 お前の思うがままに生きろ。

 

 ──その言葉を最期に冨岡の意識は途絶え、生命活動の一切が停止する。

 

 以後、目覚めることは2度と無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冨岡・・・さん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、穏やかな死に顔を見て、彼が目の前で完全に息絶えたということを認識した炭治郎は、思わず一筋の涙を溢す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──こうして、歴代最強の水柱は静かに散る。

 

 そして、それは柱にまた1つ、穴が空いた瞬間でもあった。



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それぞれの思い

全集中・常中・超

全集中・一点を身に付けた際に炭治郎が無意識のうちにやっている技術。通常の全集中・常中から更に深い呼吸をすることにより、痣者並みの身体能力を発揮することが出来る。


西暦1915年(大正4年) 9月 雲取山 

 

 遊郭での戦いから2週間程経った9月のある日。

 

 炭治郎は既に雲取山に戻って炭売りの仕事を再開していた。

 

 冨岡の死以来、自分が禰豆子を失ってからしていたのはただの甘えであると自覚し、炭治郎は本格的に仕事を再開し始めたのだ。

 

 

「おかえりなさい、炭治郎」

 

 

 しかし、その家に居たのは炭治郎1人では無かった。

 

 炭治郎より1つ上の少女であり、鬼殺隊の(きのえ)の隊士でもある栗花落カナヲもまた、彼の家に住み始めていたのだ。

 

 彼女は数日前にここに来て突然自分の家に住むことを希望したのだが、それを意外にも炭治郎はあっさりと承諾した。

 

 何もかもを失った炭治郎としては、なんでも良いので帰りを待ってくれるような存在が欲しかったからだ。

 

 これに関しては冨岡の生死に関わらず、同じ結論を出していただろう。

 

 おそらく彼女は鬼殺隊に戻るよう説得するのだと思ったが、意外にも彼女は何も言わなかった。

 

 まあ、冨岡の死によって鬼殺隊への憎しみが若干薄れたとはいえ、戻るかどうかと聞かれたらNOと即答できる自信があるので、これは助かったが。

 

 

「ただいま、カナヲ」

 

 

 炭治郎はそう言いながら、今ではカナヲにしか見せることが無くなった笑顔を彼女へと向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、カナヲ」

 

 

 情事の後、ゆっくりと眠ろうとした炭治郎とカナヲだったが、ふと炭治郎はここに来た時から気になっていたことをカナヲに聞く事にした。

 

 

「どうしたの?」

 

 

「鬼殺隊に戻れとか言わないのか?お前達にとってそれが望みだろう?」

 

 

 炭治郎はカナヲがここに来た理由について既に察しがついている。

 

 そもそも彼女は未だ鬼殺隊士であり、任務があるはずなのだ。

 

 それなのにここに居られるということは、おそらく産屋敷輝哉が彼女に炭治郎が鬼殺隊に戻るように説得してくることを命令、あるいは要請したのだろう。

 

 カナヲがどういう心境でそれを受けたのかは分からないが、彼女の立場からすれば自分に一刻も早く鬼殺隊に戻ってくれるように言わなければならない筈だったのだが、彼女は一向にそれを言っていない。

 

 こう言ってはなんだが、自分に体を売るような真似までしているのに、だ。

 

 だが、それに対して、彼女はそう返答した。

 

 

「そうだけど、炭治郎は鬼殺隊に戻るつもりなんて無いでしょう?」

 

 

「・・・まあな」

 

 

 冨岡が死んで鬼殺隊に対する恨みが少し薄れた炭治郎だったが、鬼殺隊に戻りたいという気持ちも更に薄れていた。

 

 自分の理解者が居なくなった今の鬼殺隊に自分の居場所は無いであろうし、隊士達も自分の事を憎悪の眼差しで見ているだろうからだ。

 

 鬼殺隊は煉獄のように家業で鬼を狩っている例や甘露寺のような例を除いては、何らかの理由で鬼に何かを奪われたといった人間が多い。

 

 炭治郎もその1人だったのだが、彼は鬼に対する恨みよりも、どちらかと言えば生き残った妹を元に戻したいという思いが強かった。

 

 それが原因で他の隊士と折り合いが悪くなる点もあった。

 

 おそらく、原作でも描写されていないだけでそのようなことはあったのだろう。

 

 だが、原作ではそれを炭治郎の人柄で何とかしていたが、この世界の炭治郎は彼ほど優しくはない。

 

 それゆえに隊士達の軽蔑や侮蔑などの感情に対して、揉み合いこそ起こさなかったものの、炭治郎は冷たい反応をしていたし、あの8月の惨劇以降は炭治郎もまた妹の命を奪った隊士達を軽蔑や侮蔑、殺意などの感情を込めた目で見ている。

 

 そんな炭治郎が戻ったりすれば、それこそ言い争いからの刀での乱闘が起きたりするかもしれない。

 

 つまり、結局のところ、自分が戻らないのが一番なのだ。

 

 少なくとも炭治郎はそう考えていたし、そうでなくとも戻るつもりなど一切無かった。

 

 

「だったら、何も言わない方が良い。私、炭治郎に嫌われたくないもの」

 

 

 明らかな好意の表れ。

 

 だが、ここ数日で幾度となく体を重ねておきながら、その好意を炭治郎は素直に受け取る事が出来なかった。

 

 正確には心が受け付けないのだ。

 

 受け入れようかと考える度に、家族との温かな思い出やあの日に惨殺された光景、そして、最終的には人間に戻った禰豆子の微笑んだ顔とそれを踏みつけられた光景が頭に浮かび、腸が煮え繰り返っていく。

 

 

(そうか。俺は無意識のうちにカナヲも憎んでいるんだな)

 

 

 炭治郎はようやくその事に気づいた。

 

 おそらく、自分は知らず知らずのうちにカナヲを避けていたのだろう。

 

 しかし、それが分かっていても体を重ねたのは、その拒否感と同じくらいずっと居て欲しいという想いがあったからこそだ。

 

 

(なんだ。俺はカナヲの虜になってたんじゃないか)

 

 

 いつの間にか自分が少女の虜となっていたことに気づき、内心で苦笑いする炭治郎。

 

 おそらく、このままでは自分の心は完全に彼女の手に堕ち、彼女が鬼殺隊に戻ると言った時にそれをどんな手を使ってでも引き止めるか、もしかしたら逆に彼女を追って鬼殺隊に戻ってしまうかもしれない。

 

 

(・・・まあいっか)

 

 

 炭治郎はその事実を受け入れることにした。

 

 このままではいけないと分かってはいるが、だからと言って他にこの家族が居ない寂しさを払拭するような良い方法が有るわけでもないのだ。

 

 それに今は彼女が離れてしまう方がずっと怖い。

 

 最初から彼女を受け入れなければこうはならなかったかもしれないが、もう遅いのだ。

 

 依存と言われようがなんだろうが、今さら彼女を手放したりしたら自分は壊れてしまうだろう。

 

 

「? 炭治郎?」

 

 

「あっ。いや、なんでもないよ。なんでも、ね」

 

 

 炭治郎はそう言いながら、一糸纏わぬ姿のカナヲを抱き締めながらこう決意する。

 

 

(絶対に離さない)

 

 

 そう思う炭治郎の赫灼の瞳は、ほんの少しだけ狂気を孕んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦1915年(大正4年) 10月 蝶屋敷

 

 先月の遊郭での冨岡の死。

 

 それを悲しんでいるのは炭治郎だけではない。

 

 この蝶屋敷にも1人存在していた。

 

 

「冨岡さん・・・」

 

 

 蟲柱・胡蝶しのぶはその名前を呟きながら、珍しく何処か悲しそうな目をしていた。

 

 彼女がこのような目をすることは滅多にない。

 

 医療に携わる過程で誰よりも人の死に慣れていたし、同僚の死にも慣れきってってしまっているからだ。

 

 しかし、そんな中で冨岡という存在は彼女の中では特別だった。

 

 先月に訃報を知らされた時、姉やアオイ達の前では取り乱さなかったが、彼女の心には人知れず大きな傷が着いていたのだ。

 

 

「冨岡さん。必ず仇は取りますから」

 

 

 彼女は誓いの言葉を立てる。

 

 ちなみにそこには強い意志と憎しみの視線こそあったが、原作のカナエを失った時のような狂気は無かった。

 

 何故なら、ここ数ヶ月で柱が3人も柱が建て続けに亡くなっている現在、自分が脱落するわけにはいかないと考えていたし、なにより姉には子供が居る。

 

 自分が死んだことで心労をかけ、赤ちゃんを流させる訳にはいかないし、もしそうなったとしたらあの優しい姉は狂い、狂気に走るかもしれない。

 

 原作では姉を亡くした事で私情を優先して狂気に走ったしのぶだったが、姉がそのような惨めな事になることだけはとてもではないが許容できなかったのだ。

 

 そう考えると、原作でも姉の死後にしのぶを心の底から支えてくれる存在が現れたりすれば、もしかしたら彼女は狂気に走らなかったかもしれない。

 

 しかし、原作ではしのぶは常に支える側であり、支えてくれる側の人間は結局現れずに童磨に喰われるという最期を迎えてしまい、彼女に支えられた人間に大きな傷痕を残している。

 

 最後の家族を失ったのだから、ある意味でそのような行動を取る気持ちは分からないでもないが、それは逆に言えば、残された蝶屋敷の人間達は彼女にとって義妹であるカナヲですら完全な家族とは思えなかったのではないだろうか?

 

 そういう考察も出来る。

 

 まあ、それは全て原作のしのぶであって、この世界のしのぶではないので、考察しても意味のないことであったが。

 

 

「絶対に!」

 

 

 しのぶは手を思いっきりギュッと握り締めながら、改めて決意の言葉を口にした。




炭治郎が入隊してからこの時点(西暦1915年10月)までの十二鬼月の討伐数

上弦2体

下弦5体

計7体

・内訳

竈門炭治郎(3体)→下弦の壱(厭夢)、上弦の肆(半天狗)、上弦の参(猗窩座)

栗花落カナヲ(2体)→下弦の伍(累)、下弦の陸

不死川実弥(2体)→新下弦の壱(轆轤)、新々下弦の壱(病葉)


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蝶屋敷防衛戦

この時点(西暦1915年10月)でのかまぼこ隊及びカナヲの階級

竈門炭治郎 柱(日柱。鬼殺隊で最高の階級。“元”でないのは辞表が受理されていないため)

我妻善逸 庚(かのえ。一般隊士10階級の内の7番目の階級。つまり、炭治郎の7つ下)

嘴平伊之助 己(つちのと。一般隊士10階級の内の6番目の階級。つまり、炭治郎の6つ下)

栗花落カナヲ 甲(きのえ。一般隊士10階級の内の最上の階級。つまり、炭治郎の1つ下)


西暦1915年(大正4年) 10月 雲取山

 

 

「ねぇ、炭治郎。蝶屋敷に行ってみない?」

 

 

 炭治郎の家で暮らし始めたカナヲがそのような事を言い出したのは、10月に入ってすぐの頃だった。

 

 

「蝶屋敷?なんでまた急に?」

 

 

「アオイが鎹烏で手紙を送ってきたの。今度、炭治郎と一緒にも来ないかって」

 

 

「ふーん。蝶屋敷、ね」

 

 

 蝶屋敷。

 

 それは鬼殺隊の医療施設であり、蟲柱・胡蝶しのぶとその姉である胡蝶カナエが管理する屋敷だった。

 

 そして、原作炭治郎の活動拠点ともなった場所だが、この世界の炭治郎は利用してはいるし、頻繁に訪れてはいたものの、活動拠点とまではしていない。

 

 が、同時にかなり思い入れのある場所であるということも確かであり、炭治郎が鬼殺隊から去る時もこの蝶屋敷の人間と別れることは心底惜しんだ経験がある。

 

 

「・・・でも、蝶屋敷は一般人は入れないだろ?」

 

 

 そう、蝶屋敷はあくまで鬼殺隊士の医療施設であり、一般人は受け入れていない。

 

 それに加えて、働いている人間が女性ばかりということもあって、蝶屋敷の周辺に存在する町の人間で新しく来た者の中には卑猥な事をする施設ではないかとゲスの勘繰りを入れる者も居るのが現状だった。

 

 辞表が受理されていないであろうことは薄々気づいてはいるが、それでもそれは雇う側の勝手であり、今の炭治郎の立場はあくまで一般人だと本人は思っている。

 

 まあ、それを言ったらかつて蝶屋敷に案内してくれた鱗滝も元柱という一般人に近い立場だったので、元鬼殺隊士である炭治郎なら入れるのかもしれないが、未だ鬼殺隊を恨んでいる炭治郎からしてみれば、鬼殺隊に関わる場所である蝶屋敷にはなるべく近づきたくないというのが本音だった。

 

 

「うん。でも、炭治郎は特別だから」

 

 

「特別、か」

 

 

 特別。

 

 その言葉は場合によっては気分の良いものではあるかもしれないが、この場合は炭治郎にとって全く嬉しいものではなかった。

 

 確かに自分は鬼殺隊では特別だったのだろう。

 

 なにしろ、鬼殺隊の最高幹部の1人である柱であったし、蝶屋敷の人間とも深い関わりを持っていたのだから。

  

 しかし、その立場が嬉しいのはあくまで鬼殺隊の一員であることに誇りを持っていた場合であり、そうでなければただの肩書き程度だろうし、中には炭治郎のように自分の肩書きを憎む者も稀に居る。

 

 そういうわけで、炭治郎は特別と言われてもあまり嬉しくはなかった。

 

 しかし──

 

 

(アオイさんやカナエさん、善逸や伊之助はどうしているかなぁ)

 

 

 思い出すのは蝶屋敷の友人達のこと。

 

 神崎アオイは原作通り自分の事を腰抜けだと言っていたが、炭治郎からしてみれば命を繋ぐ作業は命を奪う作業よりも重要だと感じており、その事をアオイに伝えると、彼女は驚いた顔をしながらも救われたような顔をして笑っていた。

 

 胡蝶カナエは不死川が死んだ時は落ち込んでいたが、それでも産まれてくる赤ん坊の為に凛とした顔を保っており、母親の強さには驚かされたものだ。

 

 善逸はあの無限列車の後も煉獄が亡くならなかったお蔭か、任務の際に泣き言を言うことが多かったが、音柱が亡くなった後には原作が煉獄が亡くなった後のような状態となり、遅まきながら本気で強くなろうと鍛練を始めた。

 

 まあ、それは伊之助も同じだったが。

 

 他にも何人か炭治郎と仲の良い人間は居たが、この4人がその中でも特に仲の良い人間達だった。

 

 

(そう言えば、黙って出ていっちゃったから挨拶もしなかったな)

 

 

 炭治郎は今更ながらその事に少しだけ罪悪感が沸いてくる。

 

 あの時は禰豆子が殺されたショックで頭に血が昇っていた為に一刻も早く鬼殺隊を出ていくことばかりを考えており、友人達への挨拶を一切行わずに去ってしまった。

 

 状況が状況だったとは言え、流石に失礼なことをしたという自覚はある。

 

 となると、その事を謝るためにも蝶屋敷に行った方が良いのかもしれないと炭治郎は考えた。

 

 

「・・・少しだけ様子を見に行こうかな」

 

 

「そう?じゃあ、アオイにそう言っておくね」

 

 

 炭治郎の呟きに意外な表情をしつつも、カナヲはアオイに炭治郎が行く旨を伝えるために自らの鎹烏を蝶屋敷に向けて送り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇無限城

 

 

「蝶屋敷だと?」

 

 

 無惨は眉を潜める視線を、その報告を持ってきた童磨へと向ける。

 

 

「はい、信者達の調べでは隊士達の医療施設だそうですが、ここに打撃を与えれば奴等の安全な場所は完全に無くなります」

 

 

 童磨はニッコリと笑いながらそう言う。

 

 先月に猗窩座を失って以来、無惨は十二鬼月を温存するために積極的な行動を控えさせていた。

 

 しかし、それと同時に産屋敷家や鬼殺隊の刀を造っているという刀鍛冶の里を童磨や玉壺に探させていたのだが、一向に掴める気配がない。

 

 まあ、鬼殺隊結成以来、1000年も掴めていないのだから大して期待してはいなかったが、それでも鬼殺隊という組織を潰すのならば絶対に潰す必要のある場所だった。

 

 しかし、今回、童磨が持ってきたのは蝶屋敷という医療施設の位置。

 

 潰せば多少の隊士は殺せるだろうし、動揺を与えることが出来るかもしれないが、どう見ても鬼殺隊全体にとって致命傷になるとは到底思えない。

 

 

「・・・安全な場所を1つ無くしたからどうなると言うのだ?医療施設など、代わりは幾らでもある」

 

 

 無惨は鬼になって長い。

 

 なので、病気や怪我などで医療施設の世話になる可能性など皆無であったし、更に医者嫌いなのもあって珠世のような例外を除いては医者と関わっては来なかった。

 

 しかし、それでも医者やその施設というのはそれなりの数が居るというのは分かっており、そんなところを潰したところで何かがあるとも思えないし、そこへの戦力投入は博打要素が多い。

 

 何故なら、医療施設ということは管理している人間や警備の人間が柱かもしれないし、あるいは怪我か何かでそこに居るかもしれない柱と鉢合わせする可能性もある。

 

 そして、もし炭治郎がそこに居たりすれば、投入された戦力は大した戦果を挙げないままに全滅する可能性が高い。

 

 もっとも、実際は炭治郎はもう鬼殺隊を辞めていたので、その可能性は限りなく低かったのだが、炭治郎が鬼殺隊を辞めたことは鬼側は未だに把握していないため、当然、その首領である無惨もその事は知らなかった。

 

 

「いえいえ。実は鬼殺隊が保有する本格的な医療施設というのはここだけでして、後は他にも有るようですが、小さかったり、気軽に隊士が活用できるのはここだけのようです。ですので、ここを壊滅させることが出来れば、奴等の医療態勢を崩壊させることも可能でしょう」

 

 

 もっともらしい理由を述べる童磨。

 

 実際に童磨がここを攻めることを無惨に進言しているのは、信者からの報告でこの屋敷を管理しているのは女性のみと聞いて、自分の好みに合っていると判断したからであり、別に鬼殺隊に大ダメージを与えることを考えているわけではない。

 

 まあ、だからと言って重要施設では無いのかと聞かれると、そうでもないというのも本当だった。

 

 柱の精神的支柱が御館様ならば、この蝶屋敷は一般隊士の精神的支柱だ。

 

 ここを壊滅させることを出来れば、一般隊士に大きな動揺を与えることも可能だった。

 

 

「それに、あの耳飾りの剣士も頻繁に利用するそうです」

 

 

「・・・良いだろう。お前に鬼を数十体程預ける。それで必ずその蝶屋敷とやらを壊滅させろ」

 

 

 最後の言葉が決め手だった。

 

 無惨は童磨に鬼数十体を配下に置いての蝶屋敷襲撃を許可する。

 

 もっとも、無惨はこの蝶屋敷襲撃にはあまり効果を期待しておらず、何かあったらすぐに引き上げさせるつもりでいた。

 

 これ以上戦力を消耗させるわけにはいかなかったからだ。

 

 ──しかし、この無惨の決定によって、蝶屋敷が惨劇に見舞われる事態になるということが確定されてしまったというのも、また確かだった。




原作と比べての柱の強さ(西暦1915年10月時)

炎柱→原作よりやや強い(原作よりも長生きしており、その分鍛練を積んだため)。

恋柱→原作と変わらない。

蛇柱→原作と変わらない。

霞柱→原作より強い(記憶があり、明確な目的意識があるため)。

蟲柱→原作より若干強い(冨岡の仇を取るために修行をし始めた為)。

岩柱→原作と変わらない。

月柱→原作の無一郎と同じくらいの強さ(つまり、この世界の無一郎より弱い)。

日柱→8月時点での上弦の壱と同じくらいの強さ(つまり、今の上弦の壱より弱い)。


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蝶屋敷防衛戦 弐

西暦1915年(大正4年) 10月 蝶屋敷

 

 

「もう!静かにしてください!!」

 

 

 夜中の蝶屋敷。

 

 そこでは鍛練をしていた階級(つちのと)の隊士・嘴平伊之助が蝶屋敷で働く看護婦・神崎アオイに怒られていた。

 

 

「うっせぇ!アカイ!!俺は鍛練してんだ!!邪魔すんな!!」

 

 

「アオイです!だいたいもう夜中で患者さんは寝ているんです!!今、鍛練されるのは非常に迷惑なんですよ!!」

 

 

 伊之助の怒鳴り声に対して、アオイも負けじと怒鳴り返す。

 

 確かに今は夜中であり、こんな時間に鍛練をされるのは非常に迷惑であるのは確かであり、アオイの意見は圧倒的に正しい。

 

 だが、この時、伊之助は焦っており、アオイの言葉はあまり耳に届いていなかった。

 

 自分が炭治郎に負けているのはあの那田蜘蛛山の時から分かっており、更に6月の音柱との任務によって自分の力不足を実感し、本格的な鍛練を行って強くなっているのは実感していたが、同様に鍛練していた善逸は伊之助よりも更に強くなっていたのだ。

 

 これは音柱の件に加えて、世話になっていた育手が自分の兄弟子のせいで亡くなってしまい、その仇を打ちたいという思いが強くなっていた事が起因している。

 

 おまけにその強さは炭治郎には及ばないまでも、五感組(ただし、玄弥は既に死んでいるが)の中ではカナヲを越える第二位と呼べるレベルになっており、あと少し鍛練と経験を積めば柱に届くまでの実力というところまで上がっており、結果的に伊之助が死んだ玄弥を除く五感組の中で一番弱くなっていたのだ。

 

 伊之助はそれをよく実感しており、こうして夜にも鍛練を行うようになっていた。

 

 

「うっせぇ!指図すんじゃねぇ!!俺は強くなりてぇんだよ!!」

 

 

「だからってこんな時間にされても・・・ああ、もう!なんでこんな時に限ってしのぶ様も善逸さんも居ないのよ!!」

 

 

 アオイは自分の言うことを聞かない伊之助に頭を抱える。

 

 ちなみにこういう時は何度かあり、いつもはしのぶや善逸が何とかしてくれたのだが、あいにく今は2人とも任務の為にこの屋敷には居ない。

 

 

「まったく。明日の朝には炭治郎さんが来るっていうのに・・・」

 

  

 実は彼女は炭治郎が明日来るのを相当楽しみにしていた。

 

 あんな形で鬼殺隊を出ていってしまってはいたが、アオイ個人は彼に対してかなりの好印象を未だに抱いていたからだ。

 

 しかし、伊之助がこうして面倒を起こしてくれると、その高揚していた気分も下がってしまう。

 

 その事も彼女を苛立たせていた。

 

 

「とにかく。後でしのぶ様にはこの事を──」

 

 

「騒がしいねぇ」

 

 

「「!?」」

 

 

 突如声が聞こえ、それに反応した2人はそちらの方を向く。

 

 すると、その向いた方向──蝶屋敷の屋根の上には、いつの間にか現れた1体の鬼が居た。

 

 

「えっ・・・」

 

 

 それを目にした瞬間、アオイの体はガタガタと震え始めた。

 

 彼女は過去に家族を殺され、その憎しみから鬼殺隊に入ろうとしたのだが、結局、その時の恐怖が完全には拭えず、最終選別を突破したものの正式な隊士になることはなく、カナエの誘いで蝶屋敷に配属されたという経緯がある。

 

 要するに鬼に対して恐怖の感情を向けていたのだ。

 

 しかも、相手は左右の目に上弦・弐と書かれた十二鬼月の次席というのもあって、堪らず彼女はその場にへたり込んでしまう。

 

 

「おやあ?腰を抜かしちゃったのかな?まあ、大丈夫だよ。今回はちょっと時間が取れないから、そんな人は恐怖を忘れさせる為に一瞬で食べてあげられるよ」

 

 

「あっ?何言ってんだ、お前」

 

 

 上弦の弐の意味深な台詞に伊之助はそう返すが、その言葉の意味は直後に分かることになった。

 

 

 

べペン

 

 

 

 いきなり琵琶の音が鳴る。

 

 すると、障子が現れ、また1体の鬼が現れる。

 

 そして、それだけではない。

 

 

 

べペン、べペン、べペン、べペン、べペン、べペン

 

 

 

 琵琶の音の数と共に、障子がどんどんと増えていき、その度に鬼が現れる。

 

 その鬼達は童磨程強いわけではなかったが、これだけの数をいきなり揃えられると、好戦的な伊之助と言えども唖然とせざるを得ない。

 

 そして、鬼の数が40を少し越えるところに達した時、その琵琶の音は止んだが、そこには童磨とそれに率いられる鬼の軍団が存在した。

 

 

「ふふっ。さて、鬼のみんな。この屋敷に居る人達を存分に喰らっておくれ。ああ、ただし女の子は俺のために取っておいてね。それ以外は柱だろうと、好きにして貰って構わないから」

 

 

 童磨がそう言った直後、鬼達は一斉に蝶屋敷の屋根を突き破ると、蝶屋敷の中へと侵入する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──後に蝶屋敷防衛戦と言われることになる戦いはこうして幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃあああ!!助けてくれぇ!!」

 

 

「なんでこんなところに・・・鬼、が・・・」

 

 

 隊士達の悲鳴があちこちで聞こえる。

 

 40体を越える鬼の群れにいきなり襲撃された蝶屋敷は大混乱に陥っていた。

 

 当然だろう。

 

 ここが医療施設ということで安心して寝ていれば、いきなり多数の鬼が天井から現れて自分達を襲ってきたのだから。

 

 しかも、動かすことすら出来ない怪我人もこの屋敷には存在している。

 

 なんとか反応できた隊士も、寝耳に水を突っ込まれた状態であった事も合間って頭があまり働いていない上に、昨今の鬼殺隊士は全集中・常中はおろか、通常の全集中の呼吸ですら大した威力が出せていない。

 

 もっとも、通常の全集中の呼吸の威力不足については皮肉にも無惨の戦略によって下弦やそれに近い鬼の一般隊士襲撃が相次いだ事による戦闘経験の蓄積によって解決しつつあったが、それでも全集中・常中を身に付けている人間は、柱を除いても一般隊士全体で50人程しか居ないのが現実だ。

 

 おまけに鬼の数が多いのもあって、突然の襲撃に対応することが出来ず、次々と蝶屋敷に入院していた隊士はやられていく。

 

 

「「「きゃあああ!!」」」

 

 

 そんな中、蝶屋敷で働く三幼女達は突然の鬼の襲撃に隊士以上になんとかすることが出来ていなかった。

 

 まあ、隊士でもなく、全集中の呼吸を使えるわけでもない彼女達に突如襲ってきた鬼に対処しろなどというのは無理難題そのものなので、そういう意味では仕方のないことだったのだが、あいにく現実というのは仕方ないでは済まされない事も多い。

 

 しかし、そんな彼女達にとって幸いだったのは、鬼達が童磨の命令通りに女の子は襲わないようにされていたことだ。

 

 これは無惨が童磨に指揮権を預ける過程で一時的に一部の鬼の制御を彼に譲っていた事からそうなったのだが、それが幸いする形となって彼女達の命の危機を救っていたという訳である。

 

 そして、それはカナエも同様だった。

 

 

「くっ!どうすれば・・・」

 

 

 女性という事で三幼女同様に襲われていなかったカナエは物陰に隠れつつ、歯痒い思いをしながら入院している隊士達が蹂躙されている光景を見つめていた。

 

 今の彼女はその気になれば戦える。

 

 しかし、彼女は現在、妊娠3ヶ月の妊婦であり、安定期はもう少し先だ。

 

 いや、仮に安定期に突入していたとしても、呼吸を使った戦術をその状態で駆使するとなると、あまりにも危険が大きすぎる。

 

 どう考えても赤ん坊が流れる可能性の方が高い。

 

 しかし、もしお腹の子の父親である不死川実弥が生きていれば、終わった後に自らの深い傷を負うと分かりつつも、戦闘を行ったかもしれない。

 

 ・・・夫にも苦しみを分けられるという醜い打算を持ちつつ。

 

 だが、現実には不死川実弥は2ヶ月前に亡くなっており、お腹の子はその忘れ形見だ。

 

 不死川の事を本当に愛していた彼女には、その子供を捨てるという選択肢はどうしても出来なかった。

 

 

(どうすれば良いの・・・)

 

 

 彼女は途方に暮れる。

 

 だが、そんな時、彼女はあることを思い出した。

 

 

(・・・あら?確か今の蝶屋敷にはあの人が──)

 

 

 そして、彼女がその人物の名前を思い出そうとしていたその時──

 

 

 

炎の呼吸 壱ノ型 不知火

 

 

 

 突如現れた炎の呼吸の使い手によって、1人の隊士を襲っていた鬼の頸があっという間に跳ねられた。

 

 

「大丈夫か!?」

 

 

「あっ。は、はい!!大丈夫です!!」

 

 

「それは良かった!では、俺は皆を助けに行くから、君も出来れば加勢してくれ!!人手が足りない!!」

 

 

「り、了解しました!」

 

 

「うむ!では!」

 

 

 そう言って男はその場から立ち去り、次の敵に向かって進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、この屋敷には居たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つい先日に怪我を負ったものの、明日には退院を迎える筈だった1人の柱が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その人物は劇場版で活躍し、本来ならば5ヶ月前に戦死していた筈だったが、炭治郎の介入によって運命を歪められた結果、生き残っていた男──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炎柱・煉獄杏寿郎だった。



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蝶屋敷防衛戦 参

西暦1915年(大正4年) 10月 蝶屋敷 

 

 蝶屋敷が鬼達の襲撃によって混乱している頃、伊之助は童磨に挑んでいた。

 

 

 

獣の呼吸 弐ノ牙 切り裂き

 

 

 

 刀を×の字に交差させての斬撃。

 

 伊之助は現在、ギリギリで上級隊士の地位ではない下級隊士であったが、その技の練度は明らかに上級隊士クラスのものであり、見方によっては準柱にすら匹敵する。

 

 ちなみに今の伊之助の強さは、技量では遊郭編時より少し上だったが、上弦の陸戦を経験していないこともあって、全体的な戦闘能力は原作の同時期より僅かに劣っていた。

 

 しかし、それでも腕はかなりのものになっており、おそらく下弦の鬼クラスならば単独でも互角に戦えるだろう。

 

 だが、今相手にしているのは上弦の中でも2番目に強い童磨。

 

 伊之助が放った斬撃は血鬼術を使うまでもなくあっさりとかわされる。

 

 

「見たことのない技を使うんだね。もうちょっと強かったらヤバかったかも」

 

 

 笑いながらそう言う童磨。

 

 しかし、実際は言うまでもなく余裕だ。

 

 童磨は無惨の信頼を受けておらず、血を分け与えられていないため、その実力は原作と変わらないが、それでも今の伊之助を圧倒するのには十分な実力を持っていた。

 

 

「うるせぇ!」

 

 

 

獣の呼吸 参ノ牙 喰い裂き

 

 

 

 一瞬で相手の懐に飛び込んで2刀で相手の頸を切断する技。

 

 獣の呼吸の中でも攻撃技に限って言えば最速の技でもあった。

 

 だが──

 

 

「おっと」

 

 

 それすらも童磨は軽々とかわしてしまう。

 

 

「くそっ!」

 

 

「ははっ。そんな速さじゃ当たらないよ。ところで君凄いね。粉凍りを喰らっていないなんて」

 

 

 童磨は伊之助が粉凍りを防いだことを称賛する。

 

 先程から童磨は何時も通り、粉凍りを周囲に巡らせているのだが、伊之助は鋭い触覚で冷気を察してその空間から飛び退いていた。

 

 鬼には全く効果が無いに等しいこの粉凍りだが、呼吸使いの鬼狩りにとっては相性が最悪であり、童磨の知るところでこれを初見で破ったのは、4年前に会ったお面の剣士(・・・・・)と今戦っている伊之助だけだ。

 

 まあ、正確にはお面の剣士の方は知っていて防いだので、本当の意味の初見で破ったのは伊之助が初めてだったのだが、それを童磨が知るよしはない。

 

 

「それに、なんでそんな変な被り物をしているの?」

 

 

「はっ、これはな。俺が山の王である証なんだよ」

 

 

 童磨の言葉にそう返答した伊之助。

 

 しかし、その直後、とあることに気づいた。

 

 

(ん?なんで、俺、被り物してねぇんだ?)

 

 

 そう、つい今しがた童磨に返答するまでには確実にあった猪の頭の被り物がいつの間にか無くなっていたのだ。

 

 そして──

 

 

「へぇ、よく出来た被り物だね。年季が入ってる」

 

 

 その被り物は童磨の手の中にあった。

 

 

(・・・は?)

 

 

 伊之助は何が起きているのか分からなかった。

 

 それはそうだろう。

 

 自分が被っていた筈の被り物がどういう経緯を辿って童磨が持っているのか分からなかったのだから。

 

 しかし、その答えは物凄く簡単だ。

 

 滅茶苦茶速く動いた。

 

 ただそれだけである。

 

 原作では五感組の中で一番の視力を持っていたカナヲでさえ捉えきれず、周囲の動きを敏感に感じ取る伊之助の触覚でさえ捉えきれなかったその速さ。

 

 当然、それはこの世界でも健在であり、原作で対峙した時よりも弱い今の伊之助が彼の動きを捉えられる道理は無かった。

 

 

「それに君の顔。なんだか見たことあるなぁ」

 

 

「あっ?てめえみたいな蛆虫と会った覚えはねぇ!!とっとと俺の被り物返しやがれ!!」

 

 

「いやいや。俺は記憶力が良いから、ちゃんと人間の頃ですら覚えているよ。う~んとね」

 

 

 そう言うと、童磨は突然自分の頭に指を突っ込み出す。

 

 

「・・・なにやってんだ?お前」

 

 

 いきなりの意味不明な行動に困惑する伊之助だが、童磨はそれを無視して作業を続ける。

 

 今童磨がやっているのは記憶を掘り起こす作業だ。

 

 一見、無惨にしか出来ないように思えるこの行為だが、実は無惨でなくとも鬼なら誰でも出来る事だった。

 

 実際に童磨は原作でもやっているし、愈史郎に至っては無限城の戦いで鳴女に対してこれをやって一時的ではあるが、鳴女を操っている。

 

 

「・・・・・・ああ、やっぱりそうだ。15年前か。割と最近だね。君、やっぱり琴葉の子供でしょう?」

 

 

「あっ?誰だ、そりゃ?」

 

 

「誰って・・・君の母親だよ」

 

 

「俺に母親は居ねぇ!俺は猪に育てられたんだ!!」

 

 

「いやいや。君は人間なんだから、猪から生まれてくるわけ無いでしょ」

 

 

 少々呆れたような感じで童磨はそう言った。

 

 人間が猪から産まれるというのはあり得ない。

 

 それは生物学上において当然の理屈だ。

 

 更に言えば、人間と生物的に近い猿やゴリラですら、人間の子供は生まないのだ。

 

 それよりも遠い猪が産む筈が無かった。

 

 

「うるせぇんだよ!!とっとと返しやがれ!!」

 

 

 

獣の呼吸 参ノ牙 喰い裂き

 

 

 

 伊之助は先程と同じように最速の攻撃技で童磨に斬りかかる。

 

 しかし、それすらも童磨にあっさりとかわされてしまう。

 

 

「話している途中で斬りかかるなんて酷いなぁ。まあ、いいや。それより君の母親の事だけどね。喰うつもりなんて無かったんだよ。心が綺麗な人間が傍に居ると心地良いだろう?」

 

 

 そう言いながら、童磨はあの時の事を語り出す。

 

 

「お母さんは頭が良くなくてね。でも、綺麗だったし、歌は上手で、よく君を抱いて歌っていたよ。ゆーびーきりげーんまんって。そればっかり君にね」

 

 

「!?」

 

 

 その言葉を聞いた伊之助はなにかを思い出す。

 

 

『ゆびきりげんまん』

 

 

『お守りしましょう。約束しましょう。あなたが大きくなるまでは母さん一人で守りましょう』

 

 

『ごめんね、伊之助』

 

 

『寂しい思いをさせるけど、父さんの分も頑張って母さんが守るからね』

 

 

『命に変えても』

 

 

『伊之助は母さんが』

 

 

『守るからね・・・』

 

 

 それは赤ん坊の頃の記憶。

 

 普通の人間は誰でも赤ん坊の頃の事など覚えているわけはない。

 

 しかし、伊之助は無意識のうちにその覚えている筈のない赤ん坊の頃まで覚えていた。

 

 

「まあ、途中で信者食べてるのがバレちゃってね。それでちゃんと俺の善行を説明したんだけど、聞き入れてくれなくて、寺院から逃げ出しちゃったから食べちゃった」

 

 

 童磨はあまりにもあっさりと伊之助の母親にしたことを話す。

 

 彼にとってその事に罪悪感などない。

 

 童磨は無神論者であり、神など居ないと思っているが、自分の中で生きるという事は幸せなことなのだと本気で信じていたからだ。

 

 実に狂った思考だったが、今から80年後くらい後に、とある宗教団体が地下鉄にサリンをばら蒔くなどの所業を行うことを考えれば、狂った教祖というのはみんな同じような考え方をするのかもしれない。

 

 

「てめぇ・・・」

 

 

 童磨の言葉と思い出した記憶に段々と腹を立てる伊之助。

 

 それは母親を殺されたという怒りを今更ながらも思い出したからであり、彼の人を殺す事をなんとも思っていない態度に腹を苛立ったからでもあった。

 

 しかし──

 

 

「いい加減にしなさいよ!!」

 

 

 ここで伊之助以上に怒った人物が存在した。

 

 そう、神崎アオイだ。

 

 彼女は突然の鬼の出現に恐怖で動けなかったこともあって、先程から伊之助と童磨の戦いを見守る立場だったのだが、童磨の伊之助の母親についての説明に怒りを感じ、その恐怖心は完全に薄れていた。

 

 

「あなた、人の命をなんだと思ってるの!!あなたがやったことはただ他の人を悲しませたりしているだけじゃない!!」

 

 

「心外だなぁ。俺は信者の救済をちゃんとしているんだよ?」

 

 

 本当に心外だという風に童磨はアオイに抗議する。

 

 当然だろう。

 

 童磨からしてみれば善意で人を食べることをやっているのだから。

 

 しかし、そんなものはアオイからしてみれば狂人の戯れ言でしかない。

 

 

「そんな狂った思考での救済なんていらない!!そんな考え方で人を救えるなんて、大間違いよ!!それに、そんな心の籠っていない感情で言われても説得力は無いわ!!」

 

 

「・・・」

 

 

 途中まで笑って聞いていた童磨だったが、最後のアオイの言葉には顔色を変える。

 

 そう、感情の籠っていないという事実は彼が一番気にしていた事だったからだ。

 

 

「なんでそんな意地悪な事言うの?」

 

 

「決まっているでしょ。あなたの考え方が嫌だからよ」

 

 

「ふーん」

 

 

 童磨はアオイの言葉にそう返答するが、その表情には先程と違って僅かながら怒気が見られた。

 

 

「俺も君が嫌いになったよ。分かった、今すぐに琴葉の子供と一緒に・・・ん?」

 

 

 2人纏めて殺そうと考えた童磨だったが、その時、脳裏に入ってきたある情報によって、それは取り止めとなった。

 

 

「・・・残念。もう時間切れみたいだ。でも、覚えておいてね。君たちは必ず俺が殺すから」

 

 

 感情のない冷めた声で童磨がそう言った直後、琵琶の音がなり、障子が出現し、彼は回収されていく。

 

 ちなみに先程の情報というのは一時的に童磨の配下となっていた鬼達が炎柱や態勢を建て直した鬼殺隊士達によって駆逐されたという情報であった。

 

 童磨がやられなくとも、投入された鬼達が全滅する事態となったら、速やかに回収するように無惨は鳴女に言い渡していたのだ。

 

 

「なっ!おいこら待て!!」

 

 

 慌ててそれを追いかけようとする伊之助だったが、当然間に合うわけもなく、障子は閉じて童磨は蝶屋敷から完全に姿を消した。

 

 そして、後にはアオイと伊之助の2人が残される。

 

 

「くっそぉ!!!」

 

 

 伊之助は仇の鬼を逃してしまったことに苛立ち、刀を思いっきり地面に叩き付けた。



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大切な人を護る意思

西暦1915年(大正4年) 10月 蝶屋敷前

 

 蝶屋敷が襲撃された数時間後、急いで駆けつけたこともあって炭治郎達は予定よりも大分早く蝶屋敷を訪れていた。

 

 

「・・・まさか蝶屋敷が襲撃されるなんてな」

 

 

 炭治郎はそう言いながら、あちこちの屋根に穴が空いた状態となっている蝶屋敷を見つめる(ちなみに共に来たカナヲはカナエ達の無事を確かめるために蝶屋敷の中へと入っていった)。

 

 正直、蝶屋敷が襲われる可能性というのは炭治郎の頭の中には存在していた。

 

 原作では結局、蝶屋敷襲撃は起きなかったが、ここに働いている人間は女の子ばかりであり、上弦の弐の趣味にマッチしているため、ここの存在がバレたら上弦の弐が襲撃してくる可能性があることは十分に承知していたのだ。

 

 しかし、それでも誰にも言わなかったのは、襲ってくるとしても何時かは分かるわけもなかったし、上弦の弐が襲来してくる可能性など伝えたら、ここに居る人間が安全に暮らせないと考えていたからだ。

 

 それに下手に騒ぐと、気づかれて却って危なくなると考えてもいた。

 

 まあ、その気遣いについてはこうして実際に襲撃された以上、完全に無駄となったが。

 

 

(幸いだったのは、向こうが本気で攻めてこなかったことか。まあ、鬼殺隊からすれば重要施設でも向こうからしてみればそうは見えなかったってところだろうな)

 

 

 炭治郎は無惨が本気で蝶屋敷を攻める気はなかったのだろうと推測する。

 

 何故なら、もし無惨が本気になって十二鬼月を含めた大戦力を蝶屋敷に投入していたら、蝶屋敷は完全に無くなっている筈なのだから。

 

 死傷者37人(内、死者は11人)という被害を出した蝶屋敷だったが、この程度で済んだのはむしろ行幸だと炭治郎は考えていた。

 

 

「おう!竈門少年!久しぶりだな!!」

 

 

 そんな事を考えていた炭治郎に声を掛けてきたのは、炎柱・煉獄杏寿郎だった。

 

 彼は蝶屋敷を襲撃した鬼達を撃退した後、事後処理のためにこの場に残っており、そこにたまたま現れた炭治郎に声を掛けたのだ。

 

 

「・・・どうも」

 

 

「うむ!君の妹の事は本当にすまなかったと思っている!!まさか、あんなことになってしまうとはな」

 

 

 杏寿郎は本当にすまなそうにそう言った。

 

 しかし、それを聞いても炭治郎はなんとも思わない。

 

 杏寿郎の誠意は素直に受け取ってはいるが、そんな事をしても妹は帰って来ないのだ。

 

 

「・・・別に煉獄さんが気にすることではありませんよ」

 

 

「そうは言っても・・・いや、なんでもない」

 

 

 何処か冷めたような口調でそう言う炭治郎に対して、煉獄は何かを言おうとするが止めた。

 

 ただでさえ肉親を失うというのは悲しみが大きい。

 

 しかも、今回はせっかく人間に戻って幸せを掴もうとしていた最愛の妹を失った。

 

 そして、犯人は鬼殺隊士。

 

 そんな炭治郎からしてみれば、鬼も鬼殺隊士も大して変わらない立場だろうし、鬼殺隊士である自分がこれ以上何かを言っても、傷口に塩を塗り込むようなものにしかならないだろうと煉獄は思っていた。

 

 しかし、これだけは言わなければならないと、煉獄は改めて口を開く。

 

 

「なあ、竈門少年。今は無理に鬼殺隊に戻れとは言わないが、もう一度愛する人が出来たら鬼殺隊に戻ることも考えてみた方が良い。なにしろ、君は狙われる立場だからな。確か君は妹さん以外の家族は鬼によって命を奪われたのだろう?」

 

 

「・・・ええ」

 

 

「だったら、心苦しいかとも思うが、考えてみてくれ。妹さんはあれだったが、今のところ鬼殺隊の施設以上に安全に保護できる場所などない。それとこれは君が一番よく分かっていると思うが、失ってからでは遅いのだぞ?」

 

 

「・・・」

 

 

「言いたいことはそれだけだ。ではな」

 

 

 そう言って去っていく煉獄。

 

 それを見届けながら、炭治郎は考える。

 

 

(ふんっ。愛する者、か)

 

 

 それを考えた時、炭治郎の脳裏にはカナヲの顔が思い浮かぶ。

 

 そして、同時に思い出したのが、無限列車編と同年に公開された映画『Fate/stay night heavens heel spring song』だ。

 

 通称HFルートとも言われ、正義の味方という立場に執着していた衛宮士郎という人物が愛する人をどんなことがあっても守り抜くという“人間”としての生き方を選択する物語だった。

 

 当時、劇場版で見た炭治郎はその生き方にえらく共感したものだ。

 

 多数の人間を切り捨てて、たった1人の愛する人を命を賭けて守り抜く。

 

 そんな生き方は人間の本能とも言えるものではあるが、なかなか出来るものではない。

 

 更に言えば、正義の味方に執着して半ば人格破綻者と化していた衛宮士郎からすれば、それは普通の人間がその選択肢を選ぶよりも苦しい選択だった筈だ。

 

 

(俺も・・・あんな風になれるのかな?)

 

 

 対して、自分はどうだろうか?

 

 上弦を2体倒したものの、肝心の妹以外の家族は無惨に殺され、残った妹も人間に戻った直後に鬼殺隊士に殺されてしまうというあまりにも惨い最期を迎えさせてしまった。

 

 おまけに原作ならとっくに倒されている筈の上弦の陸(今は肆となっているが)も倒せていない。

 

 原作炭治郎であれば、このような事は無かっただろう。

 

 衛宮士郎も第四次聖杯戦争の末に自分以外の家族を亡くしているが、事前知識のある自分とそうじゃなかった衛宮士郎とでは事情が大幅に違いすぎる。

 

 それを考えれば、HF士郎にとっての桜にあたるであろうこの世界のカナヲを本当に護りきれるのかどうか不安に思っていた。

 

 いや、それ以上に自分に守る資格があるのだろうか?

 

 結局、流されるままに体を重ねてしまったが、彼女に対して好きだとは告げていないし、彼女も炭治郎に告げてはいない。

 

 云わばセフレという関係なのだ。

 

 炭治郎自身がカナヲを何よりも大切な存在だと思っていても、反対は分からない。

 

 

「・・・」

 

 

「おい!紋次郎!!」

 

 

「・・・ん?ああ、伊之助じゃないか。どうし・・・た」

 

 

 急に声を掛けられた炭治郎は一瞬反応が遅れたが、それでもその声のした方に振り向く。

 

 だが、その先にあった顔には流石に驚いた。

 

 

「伊之助。お前、被り物は?」

 

 

「あのいけすかねえ野郎に持っていかれちまった!!今度、絶対ぶっ殺して取り返す!!」

 

 

「そうか。それで蝶屋敷を襲撃したのはどんな鬼だったんだ?」

 

 

 だいたい当たりはつけているが、念のために炭治郎は襲撃した鬼について聞くことにした。

 

 

「ああ、上弦の弐だった。俺はあいつに斬りかかったが、全く歯が立たなかった!!」

 

 

「・・・お前、よくそれで済んだな」

 

 

 上弦の弐と対戦したと聞いて、炭治郎は伊之助の体をよく見るが、そこには古傷以外のものはない。

 

 つまり、それは上弦の弐の攻撃を喰らっていないことを意味している。

 

 普通、上弦と戦って無傷で済むというのは、炭治郎でさえよっぽどの事が無い限りはあり得ないのだ。

 

 

「あたぼうよ、俺様は強いからな」

 

 

「ふーん」

 

 

 そう言う伊之助だったが、上弦の弐の性格を知っている炭治郎は、おそらく上弦の弐は伊之助を顔を見て大方原作通りに昔話をしている間に、何らかの形で撤退したのだろうと推測する。

 

 

「ああ!それより紋次郎、頼みがある!!」

 

 

「だから炭治郎だって・・・まあいいや。なに?」

 

 

「俺を鍛えてくれ!あいつより強くなりてぇ!!」

 

 

 そう炭治郎に頼む伊之助。

 

 突然の事に驚いた炭治郎だったが、すぐに断ることを決める。

 

 何故なら、自分はもう既に鬼殺隊士ではないし、有一郎の時と違って伊之助に教えられることなど無いからだ。

 

 

「悪いけど、俺と伊之助じゃ戦い方が違いすぎるよ。俺、二刀流の指導なんて出来ないし」

 

 

「そこをなんとか頼む!」

 

 

「と言ってもなあ・・・」

 

 

 そう言われても炭治郎としては困る。

 

 前述したように、伊之助に教えられることはないのだ。

 

 だが、このまま更に断っても食い下がるだけであろうので、炭治郎は代案を提示することにした。

 

 

「じゃあ、煉獄さんのところに行った方が良い。そこでなら効率よく鍛えてもらえるよ」

 

 

 炭治郎は伊之助に先程去っていった煉獄のところに行くことを推奨する。

 

 煉獄は知っての通り、恋柱である甘露寺を柱になるまでに鍛え上げた男だ。

 

 原作では炭治郎達にも自分の継子になることを奨めたものの、結局、上弦の参に敗死したことでその件はなくなってしまったが、もしあの時死んでいなければ、彼らを継子にして鍛え上げたであろう未来は想像に難くない。

 

 その分、訓練は厳しいらしく甘露寺を除いて何人もの人間が辞めているらしいが、伊之助なら大丈夫だろう。

 

 

「分かった!炎柱のおっさんだな!よし、行くぜ!!」

 

 

 そう言うと、伊之助は煉獄の居る方へと駆け出していく。

 

 

「・・・まったく。しかし、あの強くなりたいという意思は尊敬できるな」

 

 

 無礼ながらも真っ直ぐな伊之助を見た炭治郎は今度こそ覚悟を決めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、大切な人(カナヲ)を護るために鬼殺隊に戻る覚悟を。



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日柱の復帰

西暦1915年(大正4年) 10月 産屋敷邸

 

 

「──そうか。戻ってきてくれるか」

 

 

 産屋敷邸にて、竈門炭治郎と輝哉は2ヶ月ぶりの対面を果たす。

 

 原作ではこの頃の炭治郎は上弦の陸との戦いの後遺症で眠っており、輝哉はその見舞いに訪れていた頃だったが、この世界ではそうはなっていないものの、原作通り床に伏す寸前の状態だった。

 

 なので、今回の対面を妻であるあまねは自分でやると言ったのだが、誠意を見せるために輝哉は炭治郎と一対一で話すことにしたのだ。

 

 

「ええ」

 

 

 炭治郎は素っ気なく返事をする。

 

 正直言えば、絶対に戻りたくはない。

 

 出来ればカナヲと雲取山で何時までも幸せな生活をしたいというのが本音だったのだが、肝心のカナヲに鬼殺隊士に戻る意思がある以上はどうしようもないのだ。

 

 まあ、それも当然であり、炭治郎のように何もかもを無くして復讐しようという気力が薄れているならばともかく、蝶屋敷という帰る場所と護るべき場所がある彼女はどうしても鬼殺隊という組織に縛られてしまう。

 

 その為、彼女を護りたいという意思がある炭治郎は鬼殺隊に戻らざるを得ないのだ。

 

 おまけに鬼舞辻無惨の脅威が去っていない以上、また襲撃を受けて彼女を失う可能性もある。

 

 つまり、どのみちカナヲや自分の生活を護ることを考慮すれば、鬼殺隊以外に頼れる組織が無いのだ。

 

 その理不尽で屈辱的な事実に、炭治郎は腸が煮え繰り返るような感覚を覚えるが、無惨を倒すまでの辛抱と、今はじっと我慢することにした。

 

 

「・・・それで俺の柱の席はまだ空いていますよね?」

 

 

「勿論だ。すぐにでも復帰できるように手配しておくよ。今は柱が7つに減ってしまったからね。本当に良かった」

 

 

「7つ?」

 

 

 炭治郎はいぶかしむ。

 

 自分が去った後の柱は元の通りの9つだった筈だ。

 

 しかし、先月に冨岡が死んだので、今の柱は8つとなっていると炭治郎は考えていたのだが、どうやら冨岡の他にも誰かが何らかの理由で欠けることになったらしい。

 

 

「ああ、炭治郎は知らなかったね。実は──」

 

 

 輝哉は炭治郎が去った直後に獪岳という隊士が鬼になり、風柱が獪岳に喰われたことを話す。

 

 

(マジかよ。予想以上にヤバイ状況じゃないか)

 

 

 あまりにも斜め上な方向に嫌な空気となっている現状に、炭治郎は冷や汗を流す。

 

 獪岳は原作でも下弦の壱以上、上弦の陸以下と評された鬼だ。

 

 それで風柱を喰ったということは、間違いなく上弦に相応しい力を手に入れているだろう。

 

 

(今の上弦は俺が猗窩座と半天狗を倒してから、その穴埋めとして鳴女を入れたと考えて6体か。対して、こちらは俺を入れて柱が8人。それも音柱、風柱、水柱を欠いた状態、か)

 

 

 改めて状況を確認する炭治郎の評価はやや鬼側が有利という判定だった。

 

 まあ、向こうは上弦2体に対して、こちらは柱を3人も失っているのだからそう判定するのも無理はなかったが。

 

 

「それで炭治郎が戻ったとしても柱の枠が1つ空いているから、カナヲか善逸を新たな柱として任命しようかと考えているんだけど・・・」

 

 

「? カナヲはともかく、なぜ善逸を?」

 

 

 炭治郎は首をかしげる。

 

 カナヲはまだ分かる。

 

 階級が甲であるし、十二鬼月も倒しているので柱となる条件は満たしているのだから。

 

 だが、善逸はカナヲの話ではまだ下級隊士であるし、十二鬼月も倒していない筈だ。

 

 柱に推薦される意味が分からない。

 

 

「ああ、これも説明していなかったね。善逸は先日、下弦の壱を単独で倒しているんだよ。それで下級隊士ではあるけど、柱の候補の1人として名が上がっているんだ」

 

 

「なるほど。しかし、規定を鑑みた場合、最有力候補としてはカナヲですね?」

 

 

「うん。それで炭治郎はどちらを推薦したら良いと思う?」

 

 

「・・・何故、それを俺に?」

 

 

 炭治郎は輝哉の意図がよく分からずに眉をしかめる。

 

 そもそもこの鬼殺隊のトップは輝哉。

 

 柱の穴埋めなど、彼が考えれば良いことであり、一柱にすぎない自分では精々柱への推薦くらいしか出来ない筈だ。

 

 そう思う炭治郎だったが、そんな彼に対して輝哉はこう言った。

 

 

「うん、まあ、炭治郎が一番彼らの力量を分かっていそうだから、かな」

 

 

「そうですか」

 

 

 そう言いながら、炭治郎は考える。

 

 

(おそらく、ここで善逸が鳴柱になるか、カナヲが花柱になるかが決まるってことか。まあ、どっちが柱がなるにしても俺にとってあまり意味があるとは思えないが、ここはやはり──)

 

 

「・・・俺としてはカナヲを花柱に就任させることを推薦します」

 

 

「ほう?それで良いのかい?」

 

 

 輝哉は意外そうな顔をする。

 

 てっきりカナヲを危険に晒さない為に善逸を鳴柱に就任させると思っていたからだ。

 

 

「ええ、どっちにしても鬼殺隊士である以上、危険性は変わりませんから。それならカナヲの望むであろう方にと思いまして。・・・ただ、1つだけお願いがあります」

 

 

「分かった、聞こう。叶えられる願いだったら叶えておく」

 

 

「これは彼女が望んだらで構わないんですが・・・彼女を俺の屋敷に住まわせてくれませんか?どのみち蝶屋敷の再建には時間が掛かるのでしょう?」

 

 

 炭治郎は先日襲撃された蝶屋敷についてそう指摘する。

 

 今の蝶屋敷は一言で言って半壊状態だった。

 

 鬼の襲撃によってあちこちの部屋や屋根は壊れている上に、戦闘によって壁にまで被害が及んでおり、中には柱(家の方)がぶったぎられている場所まである始末だ。

 

 建て直すのには少なくとも2ヶ月は掛かる。

 

 いや、それ以前の問題として、位置がバレた以上、拠点を移動させなければならないだろう。

 

 つまり、新しい拠点が出来るまで蝶屋敷は事実上の機能停止となるため、その間だけでも炭治郎はあの雲取山の時のようにカナヲと一緒に暮らしたかった。

 

 更に言えば、禰豆子の時の反省から、出来るだけ彼女を手元に置いておきたいという思惑も炭治郎にはある。

 

 

「あとはなるべく任務も一緒で」

 

 

「・・・なるほど。その程度なら構わないよ。そのように任務を組み込んでおこう」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「うん。あとこれはあくまで参考程度に聞きたいのだけど、炭治郎は何処が狙われると思う?」

 

 

「・・・は?」

 

 

「これは捕らえた万世極楽教の教団員から引き出した情報なんだけどね。最近の鬼達は禰豆子に執着しているらしくて鬼殺隊の重要施設を探し出すように命じられているらしい。つまり、彼らは禰豆子が死んだことをまだ知らないということだ。そして、鬼殺隊の重要施設を探す理由。これは言うまでもなく邪魔な鬼殺隊に打撃を与えたいという思惑と禰豆子がその重要施設の何処かに居るのではないかと無惨が思っているからだろう。となると、次に襲撃される可能性が高いのはこの産屋敷邸を含めた鬼殺隊の重要施設の何処かということになる」

 

 

「・・・」

 

 

 炭治郎は黙ってその推測を聞く。

 

 

「そして、炭治郎に聞いたのは、何処が狙われやすいかということだよ。はっきり言ってそういったことは私には分かりづらい。そういった重要施設はここ何百年も襲われてこなかったら、なかなか読みにくくてね」

 

 

「・・・御館様の勘では読めないんですか?」

 

 

「一応、読めはする。だが、この戦況は完全な勘頼りは許されないからね。他人の意見も聞きたいと思っていたんだ」

 

 

「・・・・・・そうですか。ちなみに他の柱には聞いたんですか?」

 

 

「いや、炭治郎が初めてだよ」

 

 

 その輝哉の言葉に、炭治郎は他の柱ではなく、自分にそれを聞いてきた理由がだいたい想像がついた。

 

 今の柱はたいていの人間が御館様に忠誠を誓うのと同時に盲信している。

 

 その為、前線での指揮能力こそ高いが、何処に鬼が出現すると予測されるかなどの戦略単位だと、なまじ御館様の先見の明というほぼ的中率100パーセントな代物があるからか、思考放棄しがちだ。

 

 まあ、なにもしなくても当たるのと、苦労して当てるのであれば、人間は前者を選びがちになるので、これは仕方ないのかもしれないが、逆に言えばこれは仮に産屋敷一家が無くなった場合、鬼殺隊は機能停止する可能性が高いことを意味しているので、決して他人事ではない。

 

 

「・・・」

 

 

 炭治郎は答えるべきかどうか迷う。

 

 実を言えば心当たりはあるし、根拠もあるので、そこが襲われることはほぼ確実と炭治郎は見ている。

 

 しかし、だからと言ってそれが本当になるとは限らない。

 

 既に狭霧山や蝶屋敷など、原作では戦場にならなかった場所が戦場になったりしているのだから。

 

 炭治郎の言った場所の予測が外れて、いきなりこの産屋敷邸が襲撃されるということも十分ありうるのだ。

 

 

「どうかな?何か心当たりはあるかな?」

 

 

「・・・おそらく、刀鍛冶の里だと思います」

 

 

 だが、それでも炭治郎は言うことに決めた。

 

 何故かと言えば、もし本当にその場所に敵が来て、その時に自分が居ないなどという事態になるのも、それはそれで困るからだ。

 

 ましてや、刀鍛冶の里という日輪刀を造る炭治郎にとっても重要すぎる場所であれば尚更だった。

 

 

「ほう、どうしてそう思うんだい?」

 

 

「現在の鬼殺隊の重要施設の中では一番、人の通りが多く、特定されやすいからです」

 

 

 炭治郎はそれっぽい根拠を説明するが、実際は原作知識からだった。

 

 原作では今から1ヶ月後に刀鍛冶の里編が始まり、里が襲撃される。

 

 そして、原作でこの里を特定したのは上弦の伍の玉壺(この世界では上弦の参に繰り上がっている)であり、この世界でも玉壺は未だ討伐が確認されていない以上、原作と同様に攻めてくる可能性は大いにあると炭治郎は読んでいた。

 

 が、さすがに原作知識の事は話せないし、禰豆子を殺された事での鬼殺隊への反感もあって、聞かれたとしても話すつもりは一切無い。

 

 

「そうか。じゃあ、常駐している隊士を増やそうかな」

 

 

「そうした方が良いんじゃないですか?」

 

 

 すぐにやられるでしょうけど。

 

 そう言いたかった炭治郎だったが、流石にそれを口に出すのは不味いと、全力で口の中でその言葉を呑み込む。

 

 

「ありがとう、参考になったよ」

 

 

「・・・ああ、それと刀鍛冶の里ですけど、来月辺りに1度訪れようと思っていますので、その辺りの手配はよろしくお願いします」

 

 

「うん、分かったよ。今日はありがとう。他に要望が無ければ、もう帰っても構わないよ」

 

 

「・・・では、失礼します」

 

 

 炭治郎は感情を籠らない声で素っ気なく告げると、足早にその部屋から出ていった。



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日屋敷への帰還

西暦1915年(大正4年) 10月 日屋敷

 

 主人が居なくなり、無人となっていた日屋敷。

 

 そこには雲取山の人間たちに2度目の別れの挨拶を交わし、2ヶ月振りに主人である少年──竈門炭治郎と、その恋仲となった少女──栗花落カナヲが帰ってきていた。

 

 

「ねぇ、本当に良かったの?」

 

 

「何が?」

 

 

 突然の炭治郎の問いに、カナヲは首をかしげる。

 

 

「恋仲になったとはいえ、俺の誘いにあっさりと乗っちゃって。本当はカナエさんたちと暮らしたかったんじゃない?」

 

 

「うん。でも、今は炭治郎が心配。カナエ姉さんは風柱様が死んでから悲しんでいたけど、アオイ達が支えてくれているから。・・・ただ、しのぶ姉さんが少し心配かな」

 

 

「ふむ」

 

 

 それを聞いた炭治郎は考える。

 

 おそらく、しのぶの元気がないのは十中八九冨岡が死んだからだろう。

 

 彼女は原作では冨岡とよく組んでおり、思い入れも大きかったのだから。

 

 もっとも、それが恋慕によるものなのか、それとも単なる仲の良い同僚が死んだことによる憤りかは炭治郎には分からなかったが、どちらにしても冨岡の死が彼女に影響を与えていることは確実だ。

 

 

(早まった事をしなければ良いけど・・・)

 

 

 炭治郎はそう思う。

 

 原作では姉を失ったことで毒を体に含むという手段を以て上弦の弐を大幅に弱体化させた彼女。

 

 しかし、この世界では亡くなった人間が冨岡なので、どう転ぶかは分からない。

 

 原作のように毒を体に含むのか、それとも通常の手段で強くなることを選ぶのか、はたまた炭治郎が想像しないような方法で相手を倒すのか。

 

 まあ、どれを選ぶにしても、原作のような方法はまず意味がないのは確実だ。

 

 何故なら、冨岡の仇である上弦の鬼は2人1組の鬼であり、片方がやられてとしても、もう片方をやらなければいけないのだから。

 

 

(まっ、鎹烏だけの通達では仇の鬼なんて分からないだろうし、問題ないか。原作でも上弦の弐の風貌はカナエさんが伝えたことで分かったんだし)

 

 

 原作においても、もしカナエが死に際にしのぶに上弦の弐の風貌を知らせていなければ、しのぶの仇の鬼など分からなかっただろう。

 

 それを考えれば、普通の女の子として生きてほしいなどと言いながら、中途半端な事をしたとも思うが、死に際ゆえに頭が働かなかったのと、妹の強い想い故に仕方なく教えたというのが真相というところだろうか?

 

 

「・・・他人事ではないな」

 

 

「えっ?なに?」

 

 

「いや、何でもないよ。大変なときに帰ってきたんだなって思っただけさ。鬼殺隊の戦力もいつの間にかほぼ半減しているしね」

 

 

 炭治郎は誤魔化すようにそう言った。

 

 ちなみに鬼殺隊士が半減しているというのは本当だ。

 

 炭治郎が入隊した時は剣士だけで400近く、隠を含めると500を越えていた鬼殺隊だったが、現在の鬼殺隊は剣士は200余り、隠を含めてようやく元の剣士の数である400近くという有り様だ。

 

 原作の時系列を基に考えれば、あと2ヶ月で戦いは終結を迎えるとはいえ、こんなので最終決戦を勝ち抜けるのだろうかと炭治郎が思ったのも、当たり前と言えば当たり前だった。

 

 

「うん、下弦の鬼にやられる隊士が多くなっているから。でも、その分、質は向上していると思う」

 

 

「・・・なるほど」

 

 

 カナヲはそう説明するが、それでも炭治郎は不安だ。

 

 仮に今の隊士の実力が原作の柱稽古後くらいまで高まっているとしても、やはり上弦や無惨などと比べれば、的か餌かの二者択一でしかないし、数がものをいう局面もある。

 

 まあ、だからと言って今から隊士を増やしても間に合わない。

 

 最終選別は1年に何回かある(本当に1年に数人受かれば良い方では、とてもではないが数百人の組織を維持できない)とは言え、無一郎のような例外でもない限りは、今から入隊しても最終決戦では役に立たないのだ。

 

 

「あと柱は依然として9人を維持しているから、士気はそれほど下がらないと思う」

 

 

(そうだろうか?)

 

 

 カナヲの言葉に内心で疑問に思う。

 

 今の柱は先日事例を受けたカナヲを含めて規定一杯である9つだ。

 

 内約としては炎柱・恋柱・蛇柱・岩柱・蟲柱・霞柱・月柱・日柱・花柱であるが、この内3分の1にあたる3柱(月柱・日柱・花柱)がここ半年以内に柱に就任したものであり、悪く言えば死んだ柱の穴埋めとして入ったという見方もある。

 

 当然、そう思われるということは柱の権威も低下するので、士気はむしろ低下するだろう。

 

 まあ、柱の席を空席にしたままにするよりはマシかもしれないが。

 

 

「・・・まあ、そうだよね」

 

 

「それより炭治郎、善逸の様子って知ってる?」

 

 

 カナヲが唐突にそのようなことを聞いてくる。

 

 

「善逸?いや、知らないけど・・・何かあったの?」

 

 

「実は善逸の育手の桑島慈悟郎って人が亡くなってから、善逸、何時も無理な修行ばかりしているらしくて・・・しのぶ姉さんも注意してはいるんだけど、全く聞き入れてくれない」

 

 

「ああ、なるほど」

 

 

 それを聞いた炭治郎は善逸が何故そのような事をしているのかすぐに分かった。

 

 大方、原作の柱稽古中に慈悟郎の死を知らされた時と同じく獪岳を撃破するための修行をしているのだろう。

 

 

「でも、そこは善逸の好きにやらせるしかないよ。今はなにを言っても聞かないだろうし」

 

 

 炭治郎はそう言いながら、善逸の仇の鬼である獪岳の事について考える。

 

 獪岳の血鬼術は技を受けたところをひび割れさせて、やがて絶命させるという妓夫太郎と同じくらい厄介な性質を持っており、速攻で倒しておきたい敵だ。

 

 もっとも、原作よりも強化されてるであろう獪岳にこの世界の善逸が勝てるかどうかはかなり怪しいが、それでも善逸本人が修行したいというのならさせた方が良いと炭治郎は考えていた。

 

 どのみち今の現状では戦力は不足している。

 

 使うものは何でも使うまでだ。

 

 

「・・・そう」

 

 

「うん。まあ、こればっかりは仕方ないよ。ただ、危ないのは事実だけどね」

 

 

 炭治郎は同時に善逸の危なさも認識している。

 

 幾ら仇を討つためとは言え、しのぶが注意するほどの鍛練となると、負担も相当なものであろうことは容易に想像がつく。

 

 それを考えると、このままではあまり良い傾向とは言えないので、そうならないためには柱の誰かの継子になって鍛えるというのが一番なのだが、善逸の師に一番適しているであろう音柱は既に戦死してしまっており、善逸を鍛えるのに最適な適任者は誰も居ないのだ。

 

 いや、強いていうならば速さ繋がりで蟲柱のしのぶといったところだろうが、彼女は突き専門であり、善逸にマッチした戦い方とはとても思えない。

 

 

(煉獄さんに頼むか?いや、炎の呼吸は速さにいかせるとは思えないし)

 

 

 炎の呼吸は基本的に足を止めての斬撃を重視する攻めの呼吸だ。

 

 それは足を使っての速さを重視する雷の呼吸とは対極的であり、むしろ却って弱くなってしまう可能性もある。

 

 

(となると、霞柱。無一郎のところか?いや、あいつはちょっと容赦がないところがあるし)

 

 

 時透無一郎。

 

 霞の呼吸を使う紛れもない天才剣士なのだが、同時に教えるのには絶対的に向いていないと断言できる人物でもある。

 

 何故なら、原作での柱稽古での教え方がとにかく出来るようになるまでやるという酷く曖昧なものだったからだ。

 

 まあ、これはこれで効果があるのだろうが、もし善逸が獪岳と対戦できるまでに出来なければ不味いのでお奨めは出来ない。

 

 

(とは言っても、あと残っているのは恋柱とか、月柱だが・・・)

 

 

 炭治郎はこれは無理だろうと思う。

 

 何故なら、恋柱を選んだら獪岳と戦う前に蛇柱に殺されてしまうだろうし、月柱は柱としての経験がまだ未熟だ。

 

 まあ、それは自分やカナヲも同じなのだが。

 

 

「さて、どうしたものかね」

 

 

 炭治郎はそう呟きながら、善逸の成長について頭を悩ませていた。




次話から刀鍛冶の里編に入ります。


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刀鍛冶の里

この時点(西暦1915年11月)でのかまぼこ隊及びカナヲの階級

竈門炭治郎 柱(日柱。鬼殺隊で最高の階級)

我妻善逸 丁(ひのと。一般隊士10階級の内の4番目の階級。つまり、炭治郎の4つ下)

嘴平伊之助 戊(つちのえ。一般隊士10階級の内の5番目の階級。つまり、炭治郎の5つ下)

栗花落カナヲ 柱(花柱)


西暦1915年(大正4年) 11月 刀鍛冶の里

 

 ここは刀鍛冶の里。

 

 それは刀鍛冶を集めて形成された里であり、日輪刀の新調や修繕など、鬼殺隊の武器関係の生産を司っていた。

 

 当然、その重要性から産屋敷邸同様に厳重な秘匿がなされているが、物資の流れなどの関係でどうしてもその秘匿性には限界があり、原作では玉壺に位置を特定され、半天狗と玉壺の2体の上弦が襲撃している。

 

 そんな刀鍛冶の里に、日柱と花柱は訪れていた。

 

 

「炭治郎。お前、何を考えている?」

 

 

 刀鍛冶の里の温泉に入る鬼の青年──愈史郎は同じく温泉に入っている炭治郎に詰問するように尋ねた。

 

 そして、その視線は何時にも増して鋭く、よほどその質問は彼にとって真剣なものであったのだと窺える。

 

 

「何を考えている、とは?」

 

 

「珠世様をここに連れてきたことだ。お前の話ではここに上弦の鬼が来る可能性があるから、その戦いの治療のために一時的に珠世様をここに移動させたいという事だったが、そんなものはあの蟲の小娘でも出来たんじゃないのか?」

 

 

 そう、実はこの刀鍛冶の里での上弦戦に備えて、炭治郎は御館様に珠世をこの刀鍛冶の里に一時的に移すことを打診していた。

 

 勿論、それは妓夫太郎の毒や獪岳の血鬼術に対抗するためのものだったし、珠世自身も上弦の鬼の血が手に入るかもしれないという思惑から了承したのだが、愈史郎からすればしのぶで代理が勤まるものを、なぜわざわざそんな危険地帯に珠世を来させたのかが分からず、少々不満に思っていたのだ。

 

 

「ああ、その事ですか。実は珠世さんをここに連れてくるように俺が言ったのには幾つか理由があります」

 

 

「なんだ?」

 

 

「まず1つ目が侵食系の血鬼術の治療は珠世さんの方が適切に処置できると思ったこと。もう1つはあまり柱を集中させすぎると本来の担当管区などが疎かになってしまうことです」

 

 

 今現在、この里には5人の柱(恋柱、月柱、霞柱、日柱、花柱)が集結している状態(ちなみにこれに加えて、善逸や伊之助も保険のために炭治郎はここに呼んでいる)だ。

 

 しかし、蟲柱までもが加わってしまうと、柱の3分の2がここに集中してしまうことになるので、流石にそれをしてしまうと通常の鬼狩り事業にまで支障が出てしまうと炭治郎が判断したのだ。

 

 

「それに今は何処に居ても安全だとは言えませんし、下手に警備の手薄なところに居るよりは戦力の整った最前線に居る方が安全ですよ」

 

 

 そう言う炭治郎だったが、鬼との戦いに“後方”という概念がないことなど、彼自身がよく理解していた。

 

 なにしろ、鳴女は自らの視界に入る場所なら何処でも戦力を投入することが可能なのだ。

 

 つまり、鳴女が居る限り、何処に居ようがその気になれば最前線となるので、はっきり言って安全な場所など無いに等しい。

 

 現に後方拠点である筈の蝶屋敷は先月に上弦の弐の襲撃を受けているのだから。

 

 

「それは・・・まあいい。鬼殺隊と関わると決めた以上、何時までも突っ込んでも仕方あるまい」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「ふんっ。・・・ところで、お前は何故鬼殺隊に戻ってきたんだ?」

 

 

「・・・どういう意味ですか?」

 

 

「お前は浅草で会った時こう言ったな。『大切な家族を人間に戻してやりたい』、と」

 

 

「ええ」

 

 

「その想いは紛れもなく本当だったんだろう。それは認める。だが、だからこそ分からん。何故、その家族が鬼殺隊によって殺されたのに戻ってきたんだ?」

 

 

「・・・」

 

 

 その言葉に炭治郎は沈黙する。

 

 そんな炭治郎を他所に、愈史郎は更に言葉を重ねた。

 

 

「まあ、お前の同期への入れ込みもあったんだろうな。お前はあの小娘に惚れていたようだし、禰豆子が居なくなった後ではそれに依存するのも仕方ないだろう。・・・しかし、鬼殺隊と関わりを絶ってそのまま小娘と共に暮らすという選択肢も有った筈だが?」

 

 

「それは・・・愈史郎さんが一番よく分かっているんじゃないですか?」

 

 

「ん?」

 

 

「仮に俺がそうするとしても、カナヲは鬼殺隊と関わりを絶つことを了承しないでしょう。なにしろ、彼女の姉が鬼殺隊に所属したままなんですから。そして、それによって関係が拗れてカナヲと離れ離れになるかもしれない。・・・それを考えたら、俺が鬼殺隊に戻るしか選択肢が無かったんですよ」

 

 

「・・・なるほどな」

 

 

 炭治郎の言葉に愈史郎は納得の表情を浮かべる。

 

 そもそもこの2人は現在、境遇が酷く似通っていた。

 

 彼らはそれぞれ愛している異性が居る上に、その愛した女性が鬼殺隊と関わりを絶つことを嫌がっているという点も、鬼殺隊を敵視しているという部分も全く同じだ。

 

 まあ、炭治郎の場合は妹を殺された憎悪から、愈史郎の場合は警戒心からと多少敵視する理由は違っていたが、それでも同志と言える程に心が似通っている事に変わりはない。

 

 

「まあ、我々は愛する人のために行くところまで行くしかないんです。例えそれが地獄であろうとね」

 

 

 炭治郎はそう言って露天風呂に浸かりながら、憂鬱げに夜空を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同時刻 

 

 炭治郎が愈史郎と会話を交わしていた頃、女風呂の方では、花柱・栗花落カナヲと恋柱・甘露寺蜜璃が鉢合わせていた。

 

 

「うわぁ」

 

 

 甘露寺はカナヲの肌を見ながら頬を赤らめる。

 

 カナヲは元々の器量や肌の白さもあって、男女問わずにかなりの人気があり、その美しい肌を全面的に晒すこのような場では闇夜に輝く月と合わさり、女神のような神秘的な光景を晒しだしていた。

 

 しかし、甘露寺が注目していたのはそこではない。

 

 彼女が注目していたのは、カナヲの肌に存在する紅い幾つもの虫刺されのような痕だった。

 

 甘露寺は頭は少しばかり残念なところはあるが、それでも馬鹿という程ではない。

 

 恋柱と名付けられるだけあって、そういう面では確かな知識を持っており、カナヲの紅い痕の理由やそれを着けたであろう人間もだいたい頭の中で思い浮かんでいた。

 

 

「それ、もしかして炭治郎君の?」

 

 

「・・・はい」

 

 

 少しの沈黙の末、羞恥に顔を赤らめつつもカナヲは肯定の言葉を口にする。

 

 そして、彼女は思い出す。

 

 少し前に彼と恋仲になった頃の事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇数週間前

 

 

「カナヲ。すまなかった」

 

 

 日屋敷に荷物を移し終えた直後、炭治郎は突然カナヲに謝った。

 

 

「どうしたの?」

 

 

 だが、対するカナヲはキョトンとした感じに首を傾げている。

 

 何故謝られたのか理由が分からなかったからだ。

 

 

「その・・・嫁入り前のカナヲを抱いてしまったことだよ。あれは半ば自棄になっていたとは言え、許されることじゃない」

 

 

 炭治郎は土下座しながらそう言う。

 

 妹や兄弟子を続けざまに失って自棄になっていたとは言え、恋仲でもないカナヲを抱いてしまった罪悪感はずっと炭治郎を蝕んでいた。

 

 そして、炭治郎はこの機会にカナヲとの関係を清算したいと考えており、このような行動を取っていたのだ。

 

 

「・・・別に良いよ」

 

 

「えっ?」

 

 

「私は炭治郎が好きだから。抱かれたことに後悔はないよ」

 

 

 意外にもあっさりとそう口にするカナヲ。

 

 おそらくその発言は紛れもない本心なのだろう。

 

 その証拠に頬をうっすらと赤らめており、視線は少しだけ反らされている。

 

 

(・・・違うだろう?カナヲ)

 

 

 だが、炭治郎はその言葉に対してどす黒い感情を抱く。

 

 確かに彼女の言葉に嘘がないという事は炭治郎にも分かる。

 

 だが、おそらく彼女は誰に抱かれても内心はどうあれ、抱いた相手を許したことだろう。

 

 何故なら、彼女は炭治郎よりもよっぽど強く優しいのだから。

 

 そんなことは彼女を抱いた炭治郎自身がよく実感している。

 

 しかし、彼女にとってはそうでも、炭治郎にとっては話は別だ。

 

 彼女が誰かの手によって抱かれることなど、炭治郎からしてみれば到底看過できないし、もしそんな相手が現れた場合、炭治郎は相手を斬り殺してしまう自信がある。

 

 

(それだけは嫌だ)

 

 

 炭治郎はそう思い、意を決して改めて告白することにした。

 

 

 

 

 

「──カナヲ。俺もお前が好きだ。結婚を前提に・・・いや、これはまだ早いか。だけど、絶対に君だけは幸せにして見せる。命に換えても。だから、君も少しだけでも良い。頼む!付き合ってくれ!!」

 

 

 

 

 

 炭治郎はその時、信じてもいない神に祈った。

 

 どうかカナヲと一時だけでも良いので結ばれますように、と。

 

 正直言って、この先鬼舞辻無惨を討伐するにしてもしないにしても、自分が生きているかどうかは分からない。

 

 だが、それでも炭治郎はカナヲに対して自分の想いを告白したのは、例えこの先死ぬとしても、それまではカナヲと結ばれていたいという思いもがあったからだ。

 

 ちなみに万が一死んだ場合も、それはそれで地獄からカナヲの幸せを願うつもりだった。

 

 しかし、どちらにしても炭治郎はカナヲを死なすつもりは一切ない。

 

 その為ならば自分の命は勿論、仲間の命を磨り潰す形になったとしても生かして幸せにするつもりだ。

 

 それが強制的に天国に送られてしまった家族への最後の贖罪だとも感じていたのだから。

 

 そして──

 

 

 

 

 

「うん、良いよ」

 

 

 

 

 

 

 ──そんな悲壮な決意を込めた炭治郎の告白に、カナヲは花が咲いたような笑顔を浮かべながらそう答えた。




炭治郎が入隊してからこの時点(西暦1915年11月)までの十二鬼月の討伐数

上弦2体

下弦6体

計8体

・内訳

竈門炭治郎(3体)→下弦の壱(厭夢)、上弦の肆(半天狗)、上弦の参(猗窩座)

栗花落カナヲ(2体)→下弦の伍(累)、下弦の陸

不死川実弥(2体)→新下弦の壱(轆轤)、新々下弦の壱(病葉)

我妻善逸→新々々下弦の壱(釜鵺)


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刀鍛冶の里 弐

西暦1915年(大正4年) 11月 刀鍛冶の里

 

 

「──へぇ、そんなことがあったんだ」

 

 

 カナヲの回想を一通り聞いた甘露寺は思わず感心してしまった。

 

 

(炭治郎君、そんなに熱い子だったんだ。あの時はキュンとはしたけど、正直冷たい印象があったからなぁ)

 

 

 甘露寺が思い出すのはもう9ヶ月も前になったあの柱合会議のこと。

 

 あの時、はっきりと『上弦を倒す』と宣言した炭治郎の言葉に、甘露寺はキュンとした感情を抱いた。

 

 それは十二鬼月最強の上弦の壱と互角に戦ったという話を聞いたのものそうだったが、炭治郎の言葉は彼ならば成し遂げられるだろうという確信を抱かせるに十分な力強さであったからだ。

 

 添い遂げるための殿方を見つけたいという動機で鬼殺隊に入った甘露寺をキュンとさせるには十分なものだったが、一方で性格に関しては非常に冷たいところがあると評価しており、友達として付き合うならば良いかもしれないが、自分の添い遂げる殿方には向かないだろうと、甘露寺は厳しい?判定を下していた。

 

 まあ、これはあながち間違った判定でもない。

 

 禰豆子が殺される前ならいざ知らず、殺された後では一部の人間以外の鬼殺隊士なら何人死んでも構わないと炭治郎は思っていたのだから。

 

 しかし、カナヲの回想を聞いたことで、その評価は大いに改まっていた。

 

 

「それでカナヲちゃんはこれからどうするの?鬼殺隊を適当なところで引退?それとも続行するの?」

 

 

 甘露寺はカナヲの今後の方針を聞く。

 

 それは鬼殺隊を続けるのか、それとも適当なところで引退するのかという問いだった。

 

 ・・・実を言うと、これは甘露寺を日々悩ませている問題だったりする。

 

 何故かと言えば、入隊動機は前述した通りなのだが、仮にいざその時が来た時に自分はどうするのかを全く決めていなかったからだ。

 

 確かに添い遂げる殿方は欲しいが、それを達成したからと言って、鬼殺隊を引退することは本当に良いことなのかという想いがあった。

 

 なので、参考にするためにも甘露寺はここでカナヲがどういう選択肢を取るのか聞きたかったのだ。

 

 

「・・・」

 

 

「難しく考えないでも良いよ。どっちを選ぶにしても非難なんてしないから」

 

 

 これは本当だった。

 

 仮に彼女が鬼殺隊を引退するという選択肢を取ったとしても甘露寺にそれを非難するつもりはなかったし、そもそも自分自身の方針を決めていない自分に非難する資格があるとすら思っていない。

 

 ただ純粋に、参考にしたいという思いからの彼女への質問だったのだ。

 

 

「・・・私は鬼殺隊を続けるつもりです。姉達が未だに頑張っていますので」

 

 

「そっかぁ。さすがに最前線で頑張っている家族は見捨てられないよね。でも、カナヲちゃん。引退するっていう選択肢だって有るんだよ?命を失ってからじゃ遅いんだから」

 

 

「有りません。私の命で炭治郎や姉さん達の命が助かるならば本望です」

 

 

「へ?」

 

 

 流石に予想していなかった解答に、甘露寺はキョトンとした顔をする。

 

 だが、次の瞬間にはそれの意味するところを察して慌てて反論した。

 

 

「だ、駄目だよ。命をそんな簡単に捨てるって言うなんて。それに、そんなことをしたら炭治郎君やしのぶちゃん達が悲しむよ?」

 

 

「──本当にそうなんでしょうか?」

 

 

「えっ?」

 

 

「私の命にそんな価値が有るんでしょうか?炭治郎達やしのぶ姉さん達が命懸けで守るような」

 

 

「カナヲちゃん・・・」

 

 

 ここに至って甘露寺はカナヲが自分の命の価値を低く見積もっている事に気づく。

 

 そして、実はこれはカナヲの本音でもあった。

 

 カナヲは幼少期の頃に両親から虐待され、その後に人買いに買われて、カナエ達に拾われるという経緯を辿ったのだが、これは逆に言えば相当に命を軽く扱われたということでもあるので、自分の命に価値があるのかという疑問は常に彼女の頭を過っていたのだ。

 

 そんな折に炭治郎と出会ったことで多少なりともその心を救われたカナヲだったが、未だにその疑問については常に頭を過っており、もしかしたら自分の命を使って彼らを救うことが自分の使命なのではないかという思いすら抱くようになっていた。

 

 勿論、こんなことは彼らの前では言えない。

 

 しのぶ達の方はどうか知らないが、炭治郎が聞けば間違いなく強制的にでも鬼殺隊を引退させようと考えるだろうからだ。

 

 そんなことをカナヲが考えていた時、突然、甘露寺は彼女を抱き締めてきた。

 

 

「──え?」

 

 

 突然の甘露寺の行動に驚くカナヲだったが、そんなカナヲに対して甘露寺はこう言った。

 

 

「カナヲちゃん。そんな悲しい事を言わないで」

 

 

「甘露寺さん・・・」

 

 

「確かに鬼殺隊には鬼を滅殺するために命を捨てろみたいな考え方は存在するけど、そんな考えに呑まれたら駄目だよ」

 

 

 それは常々甘露寺が思っていたことだった。

 

 鬼殺隊に所属していることで思考が多少鬼殺隊に染まっているとはいえ、甘露寺の考え方は基本的に炭治郎とあまり変わらない。

 

 命は大事にするべきと考えていたし、幸せを掴むためならば鬼殺隊を抜けることも1つの選択肢だと考えている。

 

 もっとも、甘露寺はカナヲの過去を当然の事ながら知らない。

 

 だが、彼女が自分の命の価値を低く見積もっているということは分かっていたので、その考え方だけはなんとしても止めてあげたかった。

 

 何故なら、それは誰も幸せにしないであろうと実感していたからだ。

 

 

「今後の方針はもう一度炭治郎君やしのぶちゃん達とよく話して決めておいで。きっと炭治郎君やしのぶちゃん達はあなたが生きることを絶対に望んでいるし、そうしなきゃ自分達が幸せになれないと思っているだろうから」

 

 

「・・・・・・分かりました」

 

 

 若干の沈黙の末、カナヲは甘露寺の言葉にそう答えた。

 

 完全に納得したわけではない。

 

 だが、それでも甘露寺が自分を思っていってくれているのだということはよく分かる。

 

 近いうちに炭治郎に彼女の言った事を尋ねてみよう。

 

 そんなことを考えながら、カナヲは甘露寺の豊満な胸に抱かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炭治郎達が刀鍛冶の里で寛いでいた頃、無惨の姿は彼の居城である無限城ではなく、とある雪山にあった。

 

 

「おのれ!何故、私がこんなことをしなければならん!!」

 

 

 無惨は現在の状況を理不尽に思っていた。

 

 あの耳飾りの剣士によって強化した猗窩座と半天狗は既に殺られ、新たに獪岳という上弦の鬼が入り、鳴女を上弦の鬼として補充してなんとか上弦の鬼の数を6体に保っていたものの、上弦の鬼というのは簡単に補充できず、尚且つそもそも鬼を作れるのが無惨だけということもあって、新たに鬼を補充するにはこうして無惨自らが外に出なければならなかったのだ。

 

 当然、それは耳飾りの剣士と遭遇する可能性もあるので、無惨としてもなるべくならやりたくないことであり、こうして愚痴を溢すことでストレスを発散させていた。

 

 

「・・・まあいい。既に玉壺と堕姫、それに下弦の鬼どもが刀鍛冶の里を襲撃しているはずだ。もしこの攻撃が成功すれば、あの異常者どもに大打撃を与えられる」

 

 

 無惨はそう思った。

 

 そう、つい先日に上弦の参(玉壺)が持ってきた刀鍛冶の里の位置の情報。

 

 少々不確かではあったが、無惨はこれを潰せば鬼殺隊に致命傷を与えられると思っており、その殲滅に情報を持ってきた玉壺自身と上弦の肆(妓夫太郎・堕姫)、更には下弦の鬼6体全てを投入していた。

 

 全体的には原作よりも刀鍛冶の里に投入される戦力は増えていたが、もしその刀鍛冶の里に耳飾りの剣士を含めた柱5人が待ち構えていると知ったら、ここから更に黒死牟や童磨も投入したかもしれない。

 

 が、流石に無惨もその事は知らなかった為に、それらの戦力が投入されることはなく無限城に温存される事態になっていた。

 

 

「産屋敷邸の位置ももう少しで特定できる。そうなれば、今度こそ奴等を完全に滅ぼせるだろうな」

 

 

 そんな皮算用を立てながら、周囲を見渡して人影を探す無惨。

 

 そして、運が向いていたのか、そこに1人の人影を発見する。

 

 

「むっ。あれは気配からして女か?まあ、どちらでもいい。今は私の役に立つ駒が1つでも必要だからな」

 

 

 そう言いながら、無惨はその女へと近づいていき、やがて触手を伸ばしてその女性に自らの血を分け与えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──しかし、彼は知らない。

 

 これが後に彼を始めとした鬼達、そして、鬼殺隊側を巻き込んだ原作にもないとんでもない災害の始まりだったということを。




相変わらず、頭無惨様は余計な事をしてくれるようです。


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刀鍛冶の里 参

すいません。零余子は無惨に粛清されていたのを忘れていました。修正します。


西暦1915年(大正4年) 11月 刀鍛冶の里

 

 

「敵襲ぅ!!」

 

 

 刀鍛冶の里中に伝わる敵襲の悲鳴。

 

 それは刀鍛冶の里を大混乱に陥れていた。

 

 

「くそっ!増強したって言うが、大して役に立たねえじゃねえか!!」

 

 

 炭治郎は刀鍛冶の里を襲撃していた金魚の一匹を切り裂きながらそう罵倒する。

 

 この里には本来10人の上級隊士からなる戦力が常駐しており、今月からは御館様のテコ入れによって倍の20人に人員を増やしていた。

 

 しかし、それら全ては比較的腕利きが集められていたとは言え、所詮は一般隊士。

 

 上弦2つと下弦6つ全てという大戦力の前には紙切れ同然であり、襲撃から僅か10分で壊滅した。

 

 そのお蔭で現在、刀鍛冶の里は鬼に好き放題されるような事態となっている。

 

 もっとも、彼らが稼いだ時間によって炭治郎達が態勢を整えられたということも事実であり、結果的に不幸にも初っぱなに壺に吸い込まれた刀鍛冶を除いて、刀鍛冶の里の被害者はほぼ出ていなかったが。

 

 そして、炭治郎は先程、霞柱と月柱が上弦の参と交戦状態になったという報告を聞いて、そちらに向かおうとしていたのだが、ここで鎹烏からの更なる一報が入る。

 

 

『カァー、カァー!恋柱ガ上弦ノ肆ト交戦中ゥ!!』

 

 

 これを聞いた炭治郎は目標を変更し、恋柱の増援に向かうことに決めた。

 

 

(上弦の肆。原作では半天狗や鳴女だけど、半天狗が俺が倒したし、鳴女が自分から出てくることはまずあり得ない。更に猗窩座も倒したから、おそらく上弦の肆は妓夫太郎と堕姫のコンビ。例の毒もある以上、恋柱が相手にするには少々キツい)

 

 

 炭治郎はそう思った。

 

 半天狗と猗窩座を倒した現在、おそらく上弦の参は玉壺。

 

 となると、相性の良い霞の呼吸を使う霞柱が対処しており、更には月柱も居る今、彼らが玉壺に負ける可能性はほぼ無いと言える。

 

 だが、対称的に上弦の肆と思われるあの兄妹鬼を恋柱が1人で相手にするというのはほぼ不可能だろう。

 

 何故なら、あの兄が毒使いである事は既に甘露寺は知っているだろうが、2対1という数の差はそんなことに注意するような余裕を無くしてしまうからだ。

 

 加えて、甘露寺は原作の柱の中では下から数えた方が早い実力だった筈なので、なおさら耐えきれない可能性は高い。

 

 そう思って甘露寺の元へと急ぐ炭治郎。

 

 しかし──

 

 

「──ん?」

 

 

「えっ?」

 

 

 目標を変更した直後、片目に下陸と書かれた鬼と遭遇してしまった。

 

 当然、一度目にしてしまった以上は見過ごすわけにはいかない。

 

 放っておくと、そのうち別の場所に居るカナヲ達が片付けるかもしれないが、貴重な刀鍛冶師などが亡くなってしまうかもしれないからだ。

 

 別にそうなっても、別段、炭治郎の心情的には構わないのだが、ここで重大な後方支援拠点に大損害を受けるということは後々に響く可能性がある。

 

 

(・・・先にこいつを片付けるか)

 

 

 炭治郎はそう思うと、その遭遇した下弦の陸の鬼へ向けて斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炭治郎が下弦の陸と遭遇して戦闘を開始していた頃、刀鍛冶の里の一角では鎹烏が報告した通り、恋柱・甘露寺蜜璃と上弦の肆 妓夫太郎・堕姫のコンビが対戦していた。

 

 

 

恋の呼吸 伍ノ型 揺く恋情・乱れ爪

 

 

 

 広範囲をランダムに攻撃する技。

 

 ランダムで相手を攻撃するゆえに相手の頸を落とすにはあまり向いていない技であったが、逆に言えば軌道が読みづらいということでもあり、これを完全に防げる鬼は実は上弦でもそう多くはない。

 

 だが──

 

 

 

血鬼術 八重帯斬り

 

 

 

血鬼術 跋狐跳梁

 

 

 

 今回ばかりは相手が悪かった。

 

 相手もまたそういった戦い方を得意としていたのだ。

 

 

「もう!なんなのよ!!」

 

 

 長物同士が衝突し合うというこの珍妙な光景に、甘露寺は柄にもなくイライラしていた。

 

 あちこちに敵味方の斬撃が飛び交うので、物凄く戦いがやりづらかったからだ。

 

 もっとも、それは上弦の肆のコンビの方も同じであり、彼らもまた長く生きてきた中で初めて遭遇した自分達と同じような戦い方をする相手に戦いが思うように進まず、苛ついていた。

 

 

(くそっ!めんどくさい戦い方を!!)

 

 

 自分の事は棚に上げて苛々しげにそう思う堕姫。

 

 しかし──

 

 

 

ザシュ

 

 

 

「うっ・・・」

 

 

 ここで僅かに堕姫の帯が甘露寺の腕に若干の掠り傷を負わせる。

 

 不味いと思った甘露寺は一旦下がろうとするが、そこに妓夫太郎の追撃が入った。

 

 

 

血鬼術 飛び血鎌

 

 

 

 血液を剃刀のような薄い刃に変え、それを振るうことで無数の斬撃を相手に喰らわせる技。

 

 勿論、妓夫太郎の放つ技なので猛毒が伴っており、僅かに掠り傷を負うだけでも致命傷となる。

 

 過去、この技で何度も鬼狩りの柱を葬っており、つい最近でも水柱がこの技によって致命傷を負って絶命していた。

 

 だが、甘露寺も伊達に柱であるわけではない。

 

 咄嗟に受け流すために技を発動する。

 

 

 

恋の呼吸 伍ノ型 揺らめく恋情・乱れ爪

 

 

  

 先程展開したのと同じ技だったが、原作の上弦の肆との戦いでも分かる通り、受け流すことにも使える技だ。

 

 これにより、甘露寺は飛び血鎌を完全に受け流しつつ、後方にバックステップを行って上弦の肆から一旦距離を取った。

 

 

「あ、危なかったぁ」

 

 

 甘露寺は安堵しつつも冷や汗を流す。

 

 なにしろ、あの鎌が毒を纏っていることは水柱と上弦の肆の戦いを見ていた寛三郎(義勇の鎹烏)からの報告によって既に知っており、甘露寺自身も戦い中に警戒していたのだ。

 

 それ故に甘露寺はあの鎌の直撃を受けなかったことに心底安堵しつつ、先程堕姫から受けた怪我を確認する。

 

 

(あの女の子の鬼には毒はどうやら毒はないようね。でも、2対1はキツいわぁ)

 

 

 思わず泣きそうになる甘露寺だったが、逃げるという選択肢が最初から存在しない以上、頑張るしかないと改めて自分を奮い立たせる。

 

 

(他の人の増援が来るまでは私が粘らないと!)

 

 

 そう思いながら、時間を稼ぐために甘露寺は改めて上弦の肆に対して攻勢に出る。

 

 ──しかし、彼女は知らない。

 

 他の上弦への対処や下弦の掃討によって彼女の期待する増援は暫く現れないということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇40分後 刀鍛冶の里 某所

 

 

(不味い!不味い!不味い!本当にどうしよう!!)

 

 

 下弦の壱は物陰に隠れながら焦っていた。

 

 彼は他の下弦の鬼と共に刀鍛冶の里の襲撃を行ったのだが、常駐していた鬼殺隊の剣士達を片付けている間に鬼殺隊側は態勢を建て直し、逆に下弦の鬼達を蹂躙し始めていたのだ。

 

 その結果、下弦の弐から陸までの5体の下弦の鬼は既に討伐され、残るは彼だけになっていた。

 

 

(だいたいこんなところに柱が複数居るんだよ!!)

 

 

 下弦の壱は内心でそう罵る。

 

 元々彼の誤算(というか不幸)は幾つかあった。

 

 まず最初にこの刀鍛冶の里には柱が5人と準柱クラスの人間が2人居たこと。

 

 次に意外にもこの刀鍛冶の里の常駐剣士が多く、片付けるのに手間が掛かってしまったこと。

 

 更には自分達下弦に柱2人と準柱向けられたことと、その柱の内の1人が現鬼殺隊で最強を誇る日柱であったことだ。

 

 もっとも、日柱が下弦掃討に向かったのは単なる偶然であったが、それが彼らの運の悪さを象徴しているとも言えた。

 

 まあ、日柱は下弦の壱の姿を誤魔化す血鬼術を無効化する術(透き通る世界のこと)を持っていたので、それと遭遇しなかったのは彼の幸運でもあったが。

 

 

「とにかく、どうにかやり過ごさないと・・・」

 

 

 下弦の壱はどうにか柱達をやり過ごす算段を立てようとするが、残念ながら彼の幸運はそこまでだった。

 

 

 

日の呼吸 壱ノ型 円舞

 

 

 

 突如、背後から迫ってきた日柱・竈門炭治郎の手により、下弦の壱の頸は瞬く間に斬り落とされる。

 

 

(えっ、なんで・・・)

 

 

 頸を落とされ、その落とされた頚からの視界が自分の体を捉える中、零余子は自分に何が起きたのかを確かめようとするが、彼女にそのような時間は与えられなかった。

 

 何故なら、その身体と頸はあっという間に崩壊していき、彼の意識もまたこの世から無くなってしまったからだ。

 

 こうして、下弦の壱は何故自分の頸が落とされたのかも分からぬままにこの世から去る。

 

 ──そして、この下弦の壱の討伐をもって無惨配下の下弦の鬼は全滅し、十二鬼月の下半分は完全に消滅することとなった。



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