幸せなバッドエンドを目指して (ぽんしゅー)
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『色欲』の城
#1 ザ・エンドってね


※ペルソナ5Rの三学期のネタバレが含まれます。



「元気な男の子ですよー」

「オギャアァァァ!!(情緒ぉぉぉおぉぉぉっぉぉっ!!!!!)」

 

 

 これが人生二度目の産声だった。

 

 

 ***

 

 

 あれから五年経ち、現在は元気に公園のブランコを漕いでいます。

 

 イヤッッホォォォオオォオウ!! ブランコ超楽しいぃぃ!!

 

 じゃなくて。今は今後の人生についての作戦会議をしなければならなかった。落ち着け落ち着け。

 

 ……どうやら俺は転生したらしい。

 

 死ぬ前の最期の記憶は、大学のサークルで酒飲んでたことだ。先輩と同世代の奴と飲み比べしてたら、急に目の前が暗くなって……そして目が覚めたら、

 

 ――体が縮んでしまっていた!!

 

 前世の死因が急性アルコール中毒ってマジ? 情けなさすぎるだろ。

 

 人間は死ぬと地獄や天国に行くんじゃなくて転生するのか。これ広めたら世界の宗教が傾いて俺は神の子ってことになるんじゃね? いい案だぜぇ……証明が不可能って点を除けばよぉ……

 

 ……なんてことを考えて現実逃避したくなる。先程まで全力でブランコを漕いでいたのには抑えきれない衝動があったからだ。

 

 ――ここはペルソナ5の世界だ。

 

 最初俺は二度目の人生を前世の記憶ありで歩んでいるものだと思っていた。でもテレビのニュースである人物を見てここがペルソナ5の世界だと分かった。

 

 今日の『情熱帝国』に、あの斑目一流斎が出ていたからだ。一瞬人違いかと思ったが、ちゃんと『サユリ』も番組で紹介されていて「あっ、ペルソナだ」って言ってしまった。その後ネットでこの世界のゲームを調べても、『ペルソナ』なんてシリーズは出ていなかった。

 ペルソナの世界に転生した。その事実が胸を躍らせた。だって前世で俺はペルソナ5とペルソナ5Rを合計で10周するぐらい大好きで全てのスケジュールが頭に入っているほどだ。思わず外に走り出して、近くの公園でブランコを漕いで興奮を発散していたというわけだ。五歳児の体で良かった。前世の二十歳近い体で漕いでたら今頃通報されてた。 

 

 で、どうするかってハナシ。

 

 転生したからと言って、俺はメインキャラじゃない。本当なら物語の本筋に関われないただのモブAだ。物語の背景にいる小石と変わらない。まぁそれでも構わないけど。でも折角転生したんだったら関わりたいじゃん。

 ……ていうかゲームやっててちょっと引っ掛かってたことがある。ペルソナ5Rのトゥルーエンドのことだ。

 

 あのエンドは本当に正しかったのか?

 

 いや別にあの終わりに不満は全く無い。むしろ感動して泣きながらエンドロールを見たぐらいだ。怪盗団の正義も丸喜先生の正義もどっちも分かる。だからこそ怪盗団は丸喜先生から、自分たちの幸せを『奪った』。そして怪盗団は現実に戻る選択をとった。それについては全く異論は無い。素晴らしい物語だった。

 

 だがあの世界の他の弱者たちは?

 

 主人公達は強い。弱きを助け強きを挫く、自分の正義を貫ける強さを持った人間だ。だがそれは主人公達だけであって他の人はそんな強くない。悪意に簡単に負けてしまうし、間違ってる選択を気付かずに進んで破滅へと向かってしまうこともある。丸喜先生はその弱者達を全て救おうとしたんだ。怪盗団と丸喜先生がやっていたことは、加害者の心を変えるか、被害者の心を変えるかの違いでしかない。

 

 俺は……トゥルーエンドより丸喜エンドが幸せな結末だと思ってる。

 

 辛い現実に耐えられない人だって存在するし、それから逃げても絶対に悪くないはずだ。実際俺だって……いや前世の話になるからやめよう。いくら理由付けしてもそれは全て俺のエゴイズムだ。客観的に見れていない。

 

 ともかく俺は、この人生では丸喜先生に味方する。そう決めた。違うルートに入ろうとしたら矯正してやる。

 

 ……一を捨てて全を救おう丸喜先生。

 

 

 ***

 

 

 あの誓いから九年の時は流れ十四歳。中三になった。

 

 前世の記憶があるので知識チートして中間試験一位、期末試験一位を連発して、チート主人公ってこんな気持ちなんだろうなぁと思いながら中学生活満喫してます。中学の問題ってその時点ではすごい難しく感じるけど、高校に上がると、何でこんなのも解けなかったんだ? ってなるんだよな。成長って怖い。高校生もこんな感じでチート無双すっか。え? 数Ⅲ? あんなに記号と英語入ってたらもう数学じゃねぇわ、無理。

 

 とか思ってると一人の女子が近づいてくる。頭が良いっていうのは割と目立つステータスでクラスの皆からは秀才君って呼ばれたりする。うん悪くない。それでもって頭が良いから勉強教えて~って言ってくる女子もいる。悪くないですねぇ!! それで今やってきた彼女もその一人だ。

 

「えっと、今時間ある? ちょっと教えてもらいたいところあって……」

「いいよ鈴井さん。やっぱり数学? 今日出た応用問題難しかったもんね」

 

 ありがとう。と言いながら鈴井さんは目の前の席に座る。

 

 鈴井志帆(すずいしほ)。ペルソナ5で出てくるサブキャラの一人だ。秀尽学園に入った主人公を待ち構える最初の敵、鴨志田。その鴨志田のセクハラ被害に遭って自殺未遂した女の子。その自殺未遂をきっかけに高巻杏ことパンサーが怪盗団に入って鈴井さんの仇を討つという超感動ストーリーがあるのだが……(※死んでない)

 

「鈴井さんってどこの高校受けるんだっけ?」

「えっと……秀尽学園」

「あそこ結構偏差値高いよね? 大丈夫?」

 

 ここで俺が入学を阻止すればその話は無くなる。鴨志田による悲劇も起こらないし、何より主人公のメンバーに高巻杏が入らない。最終決戦で一人欠けてるっていうのは大分大きい。

 

「模試ではC判定だけど……でも入りたいんだ」

「へぇー何でそこまで?」

「あそこバレー強いんだよね。私高校でもバレー続けたくてさ」

「ふーん。じゃ頑張らないとね」

 

 なんて。入学の邪魔をすることも考えたけど、多分一人欠けたら12/24のラスボス倒せない気がするんだよな。だからあえて止めずに入学させて高巻杏を怪盗団に入団させる。でもだからって黙って自殺未遂を見ている訳じゃない。

 

 鈴井さんは中一からの仲だ。中一の頃から一生懸命部活を頑張って、今やレギュラーになっている。誰に対しても誠実で友達もたくさんいる。そんな人が悪意で心折れる姿なんて見たくない。そして少し愛着も湧いてる。

 

 だから出来るだけ被害を最小限にして立ち回る。主人公が転校してきたら、即座に部活を辞めさせて鴨志田の改心が終わるまで、鴨志田から守る。

 

 丸喜先生のやり方だったら最後は病院のベッドの上でも幸せな夢を見ているかもしれないけど、どうせならそこまでの過程による犠牲は最小限にしたい。というか普通にそういう悪意を見過ごせないかもしれない。

 

 クサいかもしれないけど、これが俺の美学だ。

 

 

 ***

 

 

 一年後。無事に秀尽学園入学。もちろん鈴井さんも一緒だ。合格発表の時にお互いの受験番号を発見した瞬間、嬉しさのあまり抱き合ったのは、今でもちょっと恥ずかしい思い出だ。

 

 今は入学式で退屈な校長先生の話を聞いてるだけだけども、見渡したら見たことあるキャラがわんさかいて、ちょっと興奮する。

 

 キョロキョロ見渡してたら隣にいた鈴井さんがチョイチョイと指で突っついてくる。小声で「そわそわしすぎ」って怒られた。仕方ないじゃん念願の本編の舞台に入れたんだから。そんな気持ちを鈴井さんは知ってか知らずか、微笑んで「一緒のクラスになれたらいいね」と言ってくる。その笑顔を見て罪悪感で胸を締め付けられながら「そうね」とぶっきらぼうに返した。

 

 ゴメン鈴井さん。一年間、地獄に耐えてくれ。

 

 

 ***

 

 

 事件です。いや事故です。いややっぱり事件です。

 

 単刀直入に言いますと芳澤すみれを助けてしまった。

 

 ある雨の日、赤信号なのに走って渡る人がいて、車に轢かれそうだったから思わず道路に飛び出て庇ったら、芳澤すみれだった。言い訳すると傘で顔が分からなかったから助けた後に気付いた。……いや別に顔が分かったとしても目の前で見捨てる選択はしなかったと思うけど。

 俺は病院に運ばれたが、芳澤姉妹は無事で怪我一つ無い。原作と違う未来になった。

 

 これによって起きる変化は少し大きい。

 

 まず一つ。丸喜先生が『曲解』を使って芳澤すみれを芳澤かすみだと思い込ませるイベントが無くなる。

 

 原作では姉を亡くした芳澤すみれは心に深い傷を負い、塞ぎこんでしまい、身も心も衰弱してしまった芳澤すみれはカウンセリングを受けることとなった。その担当だった丸喜先生は、当時から使えていた認知の『曲解』を使って、芳澤すみれに自身のことを芳澤かすみだと思い込ませていた。原作じゃビックリポイントだが、芳澤のコープを進めて行くと所々に伏線があったりして感心した記憶がある。

 そのイベントが無くなったってことは、この世界線では芳澤姉妹は幸せに生き続けるってことだ。それについては別に丸喜先生にもたいして影響は無いはず。

 

 そしてもう一つ。怪盗団からヴァイオレットが居なくなること。これが大きい。

 

 一番危惧していたのが、12/24まで出来るだけ原作通りに事を進め、2/3の丸喜パレスでも最終決戦までの間に、ペルソナを持っていない俺がどれだけ怪盗団の戦力を落とせるかって事。

 何しろ丸喜先生のペルソナが覚醒するのが12/24の現実とメメントスが融合した日だ。まず先生のペルソナを覚醒させないと話にならない。なので出来るだけ原作を壊さないように日程を進めて行き、その後は……ノープランだったけど、まぁ適当に怪盗団の面々を潰して戦力を削いでいこうとか考えてたから、ここでヴァイオレットの脱落は嬉しい誤算だ。何しろ12/24までのシナリオにヴァイオレットはほぼ関わってこない、ここで脱落しても問題ないキャラクターだからだ。手間が省けた。

 

 ……まぁ現状の問題としては、足が骨折して全治二か月貰ったことだな。

 

 今日は3/11。主人公が転校してくるまでちょうど後一ヶ月だ。

 

 はぁ……待ち遠しい……

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 本当に待ち遠しい。早く来いダボ。

 

 なんというかもう鈴井さんの傷が見てられなくなってきた。痛々しすぎる。

 

 一応カウンセリングって訳じゃないけど一緒に話して愚痴を聞こうとするも「なんでもない」の一点張り。真相を知ってるからやるせない気持ちが湧くと同時に怒りも湧いてくる。もちろん鴨志田にも怒っているが俺にもムカついている。なんだかんだ言っても俺は見てるだけじゃないかと。

 

 だから明日、行動に出る。

 

 明日は4/11。主人公が転校してくる日だ。そして同時に鴨志田のパレスに潜入する日でもある。潜入と言っても事故のようなものだけど、その事故を利用して俺も認知世界に行ける権利(アプリ)を手に入れる。そしてその日中に鴨志田のパレスを攻略して、翌日に予告状を出して改心させる。そしたらもう不当な体罰なんて起きないはずだ。それが一番手っ取り早い。

 

 ……鈴井さんと知り合ってもう五年だ。物語上では鴨志田の被害者になった可哀想な女の子っていう役回りだったけど、関わってみて分かった。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 ちゃんと嬉しい時に笑って、悲しい時に泣く。辛くて苦しいのに逃げ出せなくても、誰かに助けを求められない弱い人間だった……ただ鴨志田の言いなりになっている()()()()()()では断じてない。

 

 俺の美学に則って、死んでも鈴井志帆は自殺未遂させない。

 

 

 ***

 

 

 

 4/11 雨

 

 

 急な雨に降られ雨宿りをする、くせっ毛の少年。教師の車で学校まで行くブロンドヘアの少女。その車を追っかけようとした金髪の少年。

 

「いやー困った困った。いきなり雨降ってくるもんだから」

 

 そして白々しい台詞を吐きながら、その場に入ってくる少年。

 

「あ? ……なんだ胡桃(くるみ)かよ」

「おい坂本。下の名で呼ぶなっつったろ」

「えっと……」

「……2年だけど見たことないな……もしかして転校生か?」

「多分」

「いや多分って……まぁここで会ったのも何かの縁だし、三人で一緒に行こうぜ。こんな雨大したことねーだろ遅刻すんぞ。……お前名前は?」

雨宮(あまみや) (れん)

「俺、坂本(さかもと) 竜司(りゅうじ)。んでこいつが……」

乙守(おともり) 胡桃(くるみ)。よろしくな雨宮」

 

 ――今日、この日この瞬間から、乙守胡桃の世直しが始まる。

 




割と軽いノリで書いていきます。


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#2 もちろん俺は抵抗するで?

「道……間違えてねぇよな……やっぱ合ってるよな……」

 

 目の前にそびえ立つ城。そして城門には『私立秀尽学園高等学校』の文字が照らし出されており、異様な雰囲気を醸し出しており、ここが現実と切り離された空間であることを肌で感じる。

 

 ここがパレス……デカすぎんだろ……

 

「どうなってんだ? 中入って聞くしかねぇか……」

「うん」

 

 坂本と雨宮はそのままパレスに入って行く。

 

 はい。ではここで俺は二人に気付かれないようにバックステップして認知世界から抜け出します(RTA風)こうすることで自分だけは現実に戻れて、手元のスマホには『イセカイナビ』が入るのでいつでもあの世界に出入りできるという訳だ。

 

 このイベントは主人公がペルソナに覚醒して、偶然出会ったモルガナと協力してパレスから脱出するイベント。まぁ軽いチュートリアルみたいなもんだ。別にこの時点ではルートに影響しないし、それに無駄に戦う必要もない。むしろ放課後にあの異世界について坂本に呼び出されるのがタイムロスになる。正直ペルソナに覚醒してない俺はあの世界では戦えない。だからひたすらにバレないように隠れてオタカラのルート確保をしなきゃいけない。それは絶対に時間がかかるから無駄なタイムロスはキツイ。

 

 ……まぁ死ぬことはないから大丈夫でしょ。

 

 

 ***

 

 

「よう胡桃、屋上行こうぜ」

「いやちょっと用事あっから」

 

 放課後に早速パレスに行こうとしたら坂本に絡まれました。ぴえん。

 

「いいだろ少しだけだ」

「……うい」

 

 根は優しいって分かってるんだけど、DQNに睨まれるとさすがにビビる。思わず了承しちゃった。

 

「おーい連れてきたぞ」

「あ……胡桃」

「下の名で呼ぶなし」

 

 主人公が早速下の名で呼んできたので訂正させる。

 

 ……転生して与えられた胡桃って名前……男の名前にしてはちょっと可愛すぎんだよな。乙守っていう苗字がカッコいい分、胡桃っていう名前が台無しにしてる感がある。それでよく名前でいじられるんだよな。

 

「名前の呼び方なんてどうでもいいだろ。なぁお前朝の出来事覚えてるよな?」

「城のこと?」

 

 別にここは誤魔化すところじゃないから適当に話を合せとこう。

 

「そうそう。お前なんであそこにいなかったんだ?」

「なんか次の瞬間普通の景色に戻ってて、お前らの姿見当たらなかったから夢だと思った」

 

 思っても無いことをペラペラと喋る。

 

「俺たち全員夢見てたんじゃねぇの?」

「……そうかも……でもやけにリアルな夢な気も」

「だぁー!! 夢だ夢!! 夢に決まってら!! 悪いなお前ら付き合わせちまって」

 

 「話は終わりだ」と言って屋上から出ていく坂本の背中を二人で眺める。たしか原作もこんな展開だったな。ありゃ夢だとか言っても、どうせ明日また入るんだけどなお前ら。

 

「じゃ俺も用事あるから」

「乙守」

「……何」

 

 早速パレス攻略に行こうとしたら主人公に話しかけられる。

 

「いや……なんでもない」

「そう。じゃあ早めに帰った方がいいぞお前。保護観察期間なんだろ。こんなところでウロチョロしてると怒られるぞ。じゃあな」

 

 適当にアドバイスしてその場を退散する。主人公はこの後マスターからありがたいお説教がルブランで待っている。いやマスターに会いたいわぁ……今度こっそりルブラン行ってみよ。

 

 ……さて、人影は無し。こちらを見てくる奴もいない。

 

 校門から出て近くの路地裏に入る。そして周りに人がいない事を確認して『イセカイナビ』を起動した。

 

 ノーコンティニューでクリアしてやるぜ!!

 

 

 ***

 

 

 無理無理無理無理。まじで無理。パレス舐めてた。

 

 正直頭の中にマップ入ってるから、『オタカラまでのルート確保なんて余裕だわww』とか思ってたけど、想像以上にきつかった。特に体力がついてこない。

 つーか、主人公達はペルソナに覚醒してるからあんなに動けるのであって、一般人の俺がこの城を踏破するとかどだい無理な話だったわ。今は廊下の角を使って身を隠して呼吸を整えてるけど、後ろからシャドウが来てるし、目の前にも迫ってきてる。敵エネミーに遭遇したら一瞬でゲームオーバーだ。

 

 でもここで引きこもっててもバレるのは時間の問題だ。一か八か……

 

「――ッ!!」

「侵入者だ!! 捕まえろ!!」

 

 次のセーフルームまで全速力で走って避難する!! セーフルームにさえ入ればシャドウは追ってこない!!

 

 メッチャ後ろから追っかけてきてるけど、次の角を曲がって扉を開ければセーフルームだ!! よっしゃこのまま――!!

 

「そこまでだ」

「まじかよ……!!」

 

 シャドウに先回りされてた。後ろにも前にもシャドウ。足を止めた俺にじりじりと距離を詰めてくる。このままじゃ逆総攻撃を喰らってしまう。ピンチもピンチだ。やべぇ……終わったか?

 

「……ん? お前どっかで見た顔かと思ったら乙守か!!」

 

 目の前のシャドウの軍団から聞き覚えのある声が聞こえる。その声の主はシャドウを横に退かせ姿を現す。

 

「鴨志田……」

「鴨志田様、だ。もっと敬え。この城の王だぞ」

 

 下卑たな笑いで自分の地位を誇示してくる。

 

「鴨志田様。この者をどうしますか?」

「死刑。と言いたいところだが、この城からつまみ出せ。こいつには役割がある」

「かしこまりました」

 

 役割?

 

「なんだ役割って?」

「お前、鈴井と仲いいだろ。いつも話してるのを見かけるぞ」

「あ? それが何だって言うんだよ」

「馬鹿だなぁお前。都合の良いオモチャを簡単に壊す訳ないだろ。ちゃんとケアしてくれよ」

「……お前」

「気付いたか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……最悪だ。こいつは鈴井さんの居場所をわざと壊さないようにしてたんだ。居場所を壊したら、鈴井さんも壊れるかもしれないから。でも俺はそんなことに気付かずにただ地獄に行く鈴井さんを見守っていただけだ。

 

 ……俺が鈴井さんを気遣うことで鈴井さんは追い詰められていたのか。心配かけまいと頑張って……あいつの体罰に耐えて……俺はホントに何も考えて無かった。

 

「お前鈴井狙ってんならいい目してるよなぁ。高巻ほどじゃないけどスタイルと顔もそこそこいいから俺もいつか手ぇ出そうと思ってたんだよ。でどこまでいったんだ? もうヤったのか? 処女じゃ無かったら萎えるんだよなぁマジで」

「……勘違いしてるよお前」

「あ?」

「鈴井さんはテメェみたいな底辺にどうにか出来る女じゃねぇよ。鏡で自分の姿でも見ながら唾でチン毛直しとけよ、ちょっとはマシな男になるだろ。あ、やっぱ無理だわ。顔面が土砂崩れみたいなヒデェ顔してるからまず整形するところからすすめるわ」

「……こんのクソガキっ!!」

「……ぐっ!!」

 

 周りにいたシャドウ達に殴られ、床に押さえつけられる。そして鴨志田が近づいて顔面を踏みつけられる。

 

「いくらお前が強がろうと何もできないんだよ!! 無能なゴミクズがっ!!」

「無能……無能ね……」

「ああそうだ!! 無能で無力で無価値のただの社会のゴミクズが、この俺様に歯向かってんじゃねぇよ!!」

「……確かに無能で無力で無価値なゴミクズだよ。俺には何もない空っぽな人間だ。だから前世で死んだんだ」

「あぁん?ついに頭がおかしくなったか?」

「俺の中身は空っぽで、いつも誰かの顔色を窺って生きてきた。親、同級生、先生、先輩、後輩、誰からも嫌われたくなくて八方美人で生きてきた。()()()()()()()()()()()周りに流されて酒飲んで死ぬなんて……前世の親が浮かばれねぇよ」

 

 俺には自分なんて無い。決定は周りに委ねてきた。それはとっても窮屈で息苦しい。

 

 だから丸喜先生の現実に憧れた。

 

 理想の居心地の良い世界で、俺は眠りたい。

 

 変われない自分のまま死んでいきたい。

 

「だからそれを叶えるために……力がいるんだよ。……俺と……俺自身の世界の為に!!」

 

 

 

 ***

 

 

 

『――アハハハハ!! 無様な奴!!』

 

 ……うるせぇ

 

『――お前の弱さを認めた上で変わりたくないと主張するか!!』

 

 ……別に良いだろうが。変わんねぇのも美徳だ。

 

『――そんな虚飾塗れの身で何を望む!!』

 

 ……証明したい。たとえ空っぽな俺でも生きてていいって証明したい。

 

『――小っせぇ!! 小っせぇよ!! もっとだ!! お前の壊したいものはなんだ!!』

 

 ……世界だ。こんな訳分かんねぇ出口の無い迷宮みたいな世界があるから、俺がこんな息苦しいんだ。常識(ルール)に雁字搦めにされた社会が俺の首を絞めてくる。

 

『ああそうだ!! こんなクソみたいな世界に風穴開けたら少しは空気も良くなる!!』

 

 ……俺が変わるんじゃない。世界を変えるんだ。その為の力を……俺にくれ!!

 

『――アハハハハ!! いいぜ!! ならば契約だ!!』

『――我は汝、汝は我!!』

『――テメェの気に食わないもの全部、跡形もなくぶっ壊せ!!』

 

 ……あぁそうするよ

 

 

 

 ***

 

 

「うっ――あぁ!!」

 

 仮面が顔を覆う感覚を察知し力が漲る。押さえつけているシャドウを無理矢理振り払って立ち上がる。

 

 そして仮面に指を掛けて、無理矢理剥がす。

 

 皮膚ごと剥がれるような感覚。今はその痛みすらも些事だと感じるぐらいに体が高揚している。

 

 暴風と青い炎と共に巨体が出てくる。その巨大すぎる体は地面に半分ほど埋まっており、その頭部は牛の形をしていた。

 

「……一年だ。一年見逃してきた。テメェの悪事を、俺の都合で見逃してきた。辛かったよ。友人が痛々しい傷を負っているのに何も力になれないなんて。……でも時は来た。もう我慢しない。やっと手に入れたこの力でテメェをぶっ飛ばす!!」

 

 俺の意志に応えるように、背後のペルソナが咆哮する。

 

「――全部ぶっ壊すぞ!! アステリオス!!」

 

 




アステリオスの口調はペルソナ合成で出てきた時の台詞を参考にしています。



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#3 無いよぉ、剣無いよぉ!!

「――全部ぶっ壊すぞ!! アステリオス!!」

 

 アステリオスの咆哮が衝撃波となって目の前の兵士を吹き飛ばす。

 

「ッ調子に乗るなよ!!」

 

 鴨志田の周りにいた他の兵士の体がグズグズに溶けると、新しい体が再び形成される。

 

 死刑台の人面花(マンドレイク)寝台の精鬼(インキュバス )不和を呼ぶ家政婦(シルキー)

 

 丁度いい初陣(チュートリアル)。全員火炎弱点だ。

 

「燃やせ。アステリオス」

 

 地面から噴火の如く爆炎が噴出し、目の前の敵が巻き込まれ消滅する。

 

「クソッ!! さっさとアイツを捕らえろ!!」

 

 次にやってくるのが地下室のランプ男(ジャックランタン)か。アイツ確か火炎吸収だからアギ系が効かない。なら武器で……!!

 

 ……?

 

「……あ?」

 

 手の中に何もない。いやいやいや、原作じゃペルソナに覚醒したら何故か武器持ってたじゃん!! そこは認知のアレで何とかしてくれよ!!

 

「って危なっ!!」

 

 ジャックランタンの攻撃を間一髪で避けて、廊下に飾ってあった甲冑が持っている槍を手にする。

 

「オラッ!!」

 

 そしてそのまま槍を振るってジャックランタンを倒す。うん。結構動けんね俺。

 

 しかし撃退してもわらわらと出てくるシャドウ達。しゃらくせぇな。ここは一気にぶっ潰すか。

 

「アステ――」

「威を示せ!! ゾロ!!」

 

 目の前に暴風が吹き荒れ、シャドウがダウンする。てか今の声!!

 

「おい、オマエ走れるか⁉ ここから逃げるぞ!!」

 

 目の前に落ちてくる黒い影。そしてその背後には剣を持ったペルソナを付き従えさせている。

 

 モルガナだ!! うわーガチで猫じゃん。ちょっと興奮してきた。

 

「ついてこい!!」

「あっはい」

 

 モルガナに言われその場から撤退する。シャドウの包囲網を抜け、振り切った先に入った部屋はセーフルーム。安全な空間に退避したという事実が実感として体に行き渡り、体が一気に疲労感に襲われる。

 

「ここまで来りゃ安心だろ」

「ありがとう。モ……猫?」

「猫じゃねーわ!!」

 

 あっぶね。危うくパンケーキするところだった。

 

「ここって一体何?」

 

 モルガナお決まりのツッコミを貰ったところで、適当に俺の知ってる原作の知識をべらべら喋ってもらおう。この世界のこと色々知り過ぎてると怪しまれるからな。……半分くらい聞き流すけど。

 

「ああここはな……」

 

 

 ***

 

 

「なるほど。パレスにペルソナねぇ……」

 

 説明ご苦労。知らないフリをしながらモルガナの話を聞いていく。

 

「んでもって、お前のその姿がお前がイメージしてる反逆の姿なんだが……凄いなお前」

「え?」

 

 モルガナに言われセーフルームの鏡で自分の姿を見る。

 

 裾は足の膝下まである毛皮のマントを羽織り、首から動物の牙で繋いだ首飾りを掛け、ズボンも所々に動物の毛皮を使われていてモフモフしている。極めつけは今被っている牛の仮面だ。

 

 この野性味溢れる姿はどう見ても……

 

「蛮族……」

「だな。ワガハイもそう思うぜ」

 

 これが俺が思う反逆の姿。もうちょっとスマートな服が良かったんだけども、まぁ……

 

「悪くない……」

「……まぁお前が良いんなら良いんだろうよ」

 

 ワイルドだし、何か見た目強そうだし。

 

「なぁお前。ワガハイの事手伝ってくれないか?」

「いいよ」

「もちろん礼は……って即答かよ!!」

「さっき助けてくれた礼って事で。でも俺もやりたいことあるんだわ」

「なんだ?」

「さっき言ってたことを丸呑みして信じたとしたら、ここは鴨志田の心の中なんだろ? ならここで暴れたら現実にいる鴨志田本人にも少なからず影響は出るかも。だったらここでアイツの心の中の悪性の腫瘍の様なものを切り取って真人間にしたい」

 

 回りくどい言い方をしたけど、要するに改心がしたい。

 

「丁度いいぜお前。ワガハイもカモシダには恨みがあるんだ」

 

 たしかモルガナって『真の姿に戻る』という目的の為にこのパレスを調査していたんだっけ。それで鴨志田に捕まって、主人公に助けられるまで拷問されてたんだよな。かわいそ。

 

「……殺さねぇぞ?」

「わかってる。要は『改心』させたいんだろ? やり方は単純さ。歪んだ欲望を奪っちまえばイイ。そしたらこのパレスは崩れてカモシダはイイ奴になる」

「……でもそんな事したら廃人になるだろ?」

 

 覚えてるぜモルガナ。最初この手段を主人公に提示した時に廃人になる可能性があるって言ってたことを。欲望は人が生きていくために必要なエネルギー。それを奪っちまったら廃人になる可能性があるって。

 

「筋がイイぜお前。だからさっきの判断は覚悟が決まるまで保留ってことにしてやっても――」

「いややろうぜ。すげー個人的な理由だけどアイツのこと嫌いなんだ。手が滑ってうっかり殺しちゃったとしても、自責の念に駆られないぐらいには」

「……わかった。手を組もうぜ」

 

 モルガナがニヤリと笑う。

 

「詳しいやり方は後日また説明する。今日は初めてペルソナに覚醒して疲れただろ」

 

 いやホントそれ。これかなり疲れる。覚醒に加え、多分俺が出したスキルがかなりSP持ってくやつだったからか頭もぼっーとする。

 

「あぁ……じゃあ明後日の昼でいいか?」

「ワガハイは別に構わないが……。オマエ学生じゃないのか?」

「明後日は球技大会があるから適当に抜け出す」

 

 明日は記念すべき坂本のペルソナ覚醒日だから、邪魔しちゃいけない。それに武器調達したいし。

 

「じゃあ明後日な。必ず来いよ」

 

 モルガナに念を押されながらパレスの入り口まで案内してもらった。ナビゲーションの音と共に見慣れた路地裏に出ると、さっきまで使っていた槍と共に現実世界に出てきてしまった。

 

 ……どうしよコレ

 

 

 ***

 

 

 俺的パレス攻略期限日は明後日の13日。翌日の14日は鈴井さんが体育教官室に呼ばれて体罰を受ける日だ。一日で攻略して、翌日に予告状を出して改心させる。

 

 ……かなりカツカツだ。だから明後日で確実にルート確保できるように準備を整えておく。パレス帰りの疲れた体で来たのが……

 

「Untouchable(アンタッチャブル)……」

 

 ミリタリーショップ、アンタッチャブル。主人公達の武器を買ったり、銃をカスタマイズできる店。そしてここには……

 

「……」

 

 いたー!! 岩井宗久ぁー!! 不愛想!! 顔怖い!!

 

「……そこの学生。扉の前に立ってると他の客が入ってこれなくなるからさっさとどけ」

「あ、すんません」

 

 感動で見とれてたら注意されてしまった。扉から岩井さんの元へと歩いていく。

 

「あの、クロスボウってどこら辺に置いてますかね」

 

 主人公達は遠距離武器として銃を持つ。普通によく見る拳銃とかリボルバー、ショットガン、サブマシンガン、果てにはロケランやパチンコまでこの店で調達している。なら俺も持ちたい!! でも銃の種類で被りたくない。そこで選んだのがクロスボウである。これなら被らないし、あっちの世界での見た目とも合ってるからナイスチョイスだと我ながらに思う。それに前世で好きなキャラが武器として使ってたからそういう思い入れ的なのもある。

 

「あそこの棚に置いてあるがお前には売れねぇ」

「え?」

「未成年には販売出来ねぇんだよ」

 

 盲点。クロスボウってそういう規制あったのか。え、どうしよ詰んだ。

 

 ……ぶっちゃけ息子のことやらヤクザのことやらを持ち出して脅すっていう選択肢もあるけど、そこまでする必要無いから他の銃選ぶか。仕方ない。

 

「じゃあこれで」

「一万五千」

 

 

 ……近接武器買う予算無くなっちまった。

 

 

 ***

 

 

 4/13 昼 晴れ

 

 

「わりぃ。具合悪くなったから次の種目俺の代わりに出てくんね?」

「ジュース一本な」

「助かる」

 

 クラスの奴に代わりに出てくれと頼み、こっそりと学校から抜け出そうとする。買ってきた銃と昨日パレスから持ち帰った槍は校門を出てすぐ近くの路地裏に隠しておいた。後はそれを持ってアイツのパレスに行くだけ。

 

「乙守君……?」

 

 昇降口から出ようとすると鈴井さんに話かけられ足を止めてしまう。

 

「どうしたの? もうすぐ試合だよね?」

「あーえっと。気分悪くなって風に当たろうかと」

「……大丈夫? 無理はしないでね」

……こっちの台詞だろ

「え?」

「んー何でもない。いやー残念だわー、体調が絶好調なら俺がエースになって、その日はクラスのヒーローになってたのになー」

「ふふ、そうだね。それで皆から話かけられてキョドってる」

「……冗談だし。それにキョドらないし。……まぁいいや終わるまで外出てるわ」

「サボりは程々にね」

「……サボりじゃないし」

 

 適当に嘘吐いてその場を誤魔化して立ち去る。誰にも見られないようにさっさと校門から出て路地裏に入る。置いてあった槍と、銃の入ったバッグを持って『イセカイナビ』を起動させる。

 

 景色が変わる。世界が変わる。そして衣装も変わる。

 

「モルガナ」

「おう。約束通り来たか。……あいつらとは違うな」

 

 ……ああ原作だと昨日、坂本+主人公に協力を頼んだんだけど突っぱねられたんだっけ。だからちょっとご機嫌斜めなのか。

 

「……やるか」

「気合い入ってんなオマエ」

「まぁな。これ着ると闘志が湧いてくるのと、あと……」

 

 軽く準備運動して武器を手に取る。武芸の達人のように槍を振り回し、空中に投げてキャッチする。うん絶好調。

 

「ちょっとヒーローになりたくて」

 

 

 ***

 

 

――どうしよ。ぼっちになっちゃった。かすみはさっき試合で体育館行っちゃったし……。私が出る試合は三十分後か……まだ時間あるな。購買で間食買お。

 

 

――ん? あれは……?

 

 

――やっぱり……事故から庇ってくれた人だ。この学校の生徒だったんだ……。あの時ちゃんとお礼言えてなかったし、今丁度いいから言っちゃおう。

 

 

――……話かけるタイミングが見つからなくて、ストーカーみたいに後を付けてるみたいになってる……。こういう時かすみみたいに大胆にズケズケと話かけられたらな……

 

 

――外出ちゃった……もしかしてサボり……? 不良?……でも今一人きりだから話しかけに行く絶好のタイミング……

 

 

――って校門飛び越えた⁉ 路地裏でなんかやってる。……ちょっとだけなら外出てもバレないよね……

 

 

 

 あ、スマホ取り出――

 

 

 

 

 

 



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#4 “事故”る奴は……“不運”と“踊”っちまったんだよ……

 すっっっごい先ですがオリペルソナを出す予定が出来たので、タグにオリペルソナを追加しました。でも書いてる最中に「あ、こっちの展開の方が良いから、オリペルソナ出すのやっぱやめた」って事もあるかもしれないので保険という形で。



 銃声が轟く。その音と共に目の前のシャドウが跡形もなく消え去る。

 

「アスッ、テリオス!!」

 

 青い炎と共に出てきた雄牛の咆哮が残りのシャドウを焼き払う。

 

「……っはぁ……はぁ……」

「……大分バテてんな……すぐ近くにセーフルームがあるから一旦そこで休憩するか」

「悪りぃ……」

 

 戦闘が終わり肩で息をしながら近くのセーフルームに入って休憩する。

 

 現在パレス攻略中。期限は今日中。進捗ダメです。

 

「オマエのペルソナ、火力が出る代わりに大分体力持ってかれるのが難点だな」

「……んあ。温存していきてぇな」

 

 自動販売機で買ってきたアルギニドリンクと、プラセンウォーターをがぶ飲みして、SPを回復させる。ゲームやっててSPってなんだって思ったけど、HPが体力とか怪我ならSPはそれを精神力に置き換えた感じだな。一発スキルを撃つごとに頭がちょっとクラつく。

 つーか俺のペルソナ、アギ系がマハラギダインとティタノマキアしか覚えてないから雑魚敵に対しての燃費が悪い。成長したら連発出来るんだろうが今はその成長を待ってる時間は無い。まぁこんな時に備えて自動販売機で手に入るSP回復系を買い占めてきた。ひたすら同じ飲み物を購入してる姿は、通行人から見たらさぞ不気味に映ったろうな。

 

「……ジリ貧だな」

 

 出来るだけ戦闘しないで進んでも、オタカラルートの三分の二の時点で回復切れになって詰む可能性がある。正直このペースだとしんどい。っていうか二人(?)じゃキツイ。全員ダウン取れなくて総攻撃もできない場面あったし。

 

「どうする? 一旦退くか?」

「それはダメだ。今日中にやらなきゃ俺の友達が不幸になっちまう」

 

 鈴井さんは明日、自殺未遂のきっかけとなる体罰を受ける。その前に予告状を出して鴨志田を止めなければいけない。

 

「なら気張って行こうぜ、道は長いぞ」

「わかってるって。そっちこそ先に倒れるなよマジで」

「おいおいワガハイを誰だと思って……何か聞こえないか?」

「……? いや別に何も」

「いや聞こえる。女の声だ。ワガハイがちょっと見てくるからオマエはここで待ってろ」

「了解」

 

 セーフルームからモルガナが居なくなって一人残される。何かこういうイベントあった気がしたんだけど……

 

「やべぇぞ!! オマエと同じ制服を着た子がシャドウに追われてる!!」

 

 ああそうだ。高巻杏が初めてパレスに入った時のイベントだコレ。でも鈴井さんの自殺未遂の翌日だから今日じゃなかったはず。日程がズレた? そもそも何でここに?

 

 ……いや考えてる暇は無ぇな。

 

「どこだ」

「すぐそこだ!! 行くぞ!!」

 

 取り敢えずここで助けなきゃダメだ。ペルソナの覚醒とか日程の事は後で考えろ。どうとでもなる。ここで犠牲を出すことが一番ダメだ。

 

 ……何でモルガナは高巻杏の事知ってるのにアン殿って言わなかったんだ?

 

 

 ***

 

 

 理由はすぐに分かりましたよ。ええ本当に。

 

「ああ? またお前かよ乙守」

「あ、あなたは……⁉」

 

 侵入してたのは高巻さんではなく、芳澤すみれ。鴨志田とシャドウの兵士達に囲まれ、壁際に追い詰められていたところにモルガナと共に上から割って入った。

 

「いけるなモルガナ」

「ああ」

「ぶっ壊せ!! アステリオス!!」

 

 一発で全員片付けようと仮面を外しペルソナを呼び出す。が、

 

「あれ?」

 

 巨大な雄牛が背後に一瞬だけ出現したがそのまま消えた。そして仮面が元の位置に戻る。マジか……こんな肝心な時にSP不足かよ……

 

「隙ありっ!!」

「ッ痛っ……!!」

 

 鴨志田の傍にいたシャドウの攻撃をまともに受けて膝をつく。クソッ……あいつ不和を呼ぶ家政婦(シルキー)か……あいつ火炎弱点だけど、あいつもこっちの弱点の氷結のブフ使ってくんだよな。弱点属性ってこんな強いのか……いや認知の影響でこうなってんのか? ってそんな事考えてる場合じゃない。

 

「おわぁぁあああ!!」

「モルガナ!!」

 

 モルガナがシャドウの攻撃を受けて吹っ飛んでくる。ダウンした俺たちを囲うようにシャドウが近寄ってくる。態勢を整えなくては……。

 

「と、止まってください!!」

「あぁ?」

 

 後ろにいた芳澤すみれが前に出る。そして落としていた槍を手に取ってシャドウ達へと向ける。

 

「な、何が起きているか分かりませんが、これは立派な暴行です!! 出るとこ出てもらいます!!」

「ちょっ、何して……⁉」

……私が時間稼ぎます。その間に逃げてください

「は? いや無茶だ!!」

「やあああああああ!!」

 

 芳澤すみれはシャドウ達に聞こえないようにこちらに耳打ちをすると、そのままシャドウに突っ込んでいく。だが案の定ペルソナに覚醒していない彼女では戦いにならない。シャドウが腕を一振りすると、オモチャのように簡単に飛んでいく。床を数メートル転がり動きが止まる。

 

「……ッ!!」

 

 そちらに体を向けると視界を塞ぐように兵士のシャドウが割って入ってくる。剣を振り下ろすのを間一髪で避けて、モルガナの持っていたサーベルを拾い、次の一太刀を受け止める。何とか抵抗は出来ているもののペルソナ出せなきゃ数で圧倒されてジリ貧だ。どうにか隙があれば回復できんのに……。

 

「だ、い丈夫で、す……大丈夫です……!!」

 

 芳澤すみれが体を起こす。気合は十分だが、吹っ飛ばされた痛みで顔を顰めている。割れているメガネが彼女のダメージを表しているようだった。

 

「絶対に、逃がしてみせます……ここであの時の恩を……返します!!」

 

 そう言ってもう一度立ち向かうが結果は同じ。リプレイのように横に床を転がっていく。あちらに意識を割くも、シャドウ達に邪魔されて向こうへと行けない。さっさと起きろモルガナ!!

 

「はぁ~あ。お前は姉と違って、出来損ないだな」

 

 今まで静観していた鴨志田の口が開く。

 

「知ってるぞ? 姉の芳澤かすみと比べて表彰台に立ってる回数が少ない事。立てたとしてもいつも姉の下だって事は。自分でも分かってるんだろ? お前は姉の『付属品』だってよ。お前個人には何の価値もないんだよ!!」

「私に……価値は無い……?」

 

 芳澤すみれが自身に暗示を掛けるように鴨志田の発言を繰り返す。

 

「ああそうだ。この学校にお前を入れたのは単なるオマケ。秀尽のイメージアップの為に姉妹で入学させただけなんだよ。だが結果が出せないお粗末な人形なんざ要らない。あぁ、あと何だっけ? 姉妹二人で世界を獲るだったっけか。姉がそんな事言ってたがこんな役立たずの妹がいるんじゃその夢は叶いっこ無いなぁ。でもまぁ顔は良いから多少の役には立つかもな!! あははははははははは!!」

「私は……かすみの……」

「……っ!! 違うだろ!!」

 

 他のシャドウ達と戦いながらも、話の内容を聞いて思わず叫んでしまっていた。周囲の目がこちらを向く。

 

「怒れよもっと!! 何でこんなこと言われなきゃならないんだって!! 何にも知らない奴に勝手に言われて悔しくないのかよ!!」

「……でも」

「それにあのクソ野郎が言ってたことは間違ってる!! モルガナ!!」

「ああ!! ペルソナァ!!」

 

 やっとダウンから復活したモルガナがペルソナを呼び出す。起こした風がシャドウ達をダウンさせ、ダウンしている一体を銃で撃ち貫き、敵を排除する。

 

「時間稼いでくれたおかげで、こっちは立て直せた!! 姉じゃなくてお前がやった!! お前じゃないと出来なかったことだ!! 価値ならここにある!!」

「……っ」

「だから今は立って逃げろ!! ここは俺たちが――」

「――いいえ、逃げません」

 

 ゆらり、と立ち上がる。足はふらついているものの、倒れる様子は微塵も感じさせず、芯の通った立ち方だった。

 

「ここでまた、恩に着る訳にはいきませんそれに……」

 

 芳澤すみれの視線が鴨志田に向く。

 

「私の、いえ、私達の夢を笑った人から逃げたくない!!」

「ハッ!! 馬鹿馬鹿しい。姉の劣等品であるお前に何ができる?」

「違います!! 私はかすみの付属品でも、オマケでも、劣等品でもない……!!」

 

 そして彼女は自身の価値を主張する。

 

「私は、世界に羽ばたく『芳澤すみれ』です!!」

 

 

 ***

 

 

――そう来なくちゃ。

 

 

――姉だけが煌びやかな舞台に上がれるなんて不平等。

 

 

――素敵な魔法を使って舞踏会に乗り込みましょう。

 

 

――我は汝。汝は我。

 

 

――さぁ灰被りのお姫様。醜い王子様を舞台から引きずり下ろしましょう。

 

 

 ***

 

 

 仮面を剥ぎ取るのに躊躇は無い。

 

 青い火柱が出ると共に、芳澤の姿が魔法を使ったように変わっていく。秀尽のジャージ姿から反逆の姿へ。漆黒の燕尾服を黒いレオタードの上から羽織り、腰にレイピアを携える。

 

「これであの時の恩を返せますね」

 

 レイピアを抜き、乙守の方にいるシャドウに向けて投げると、見事胸にヒットする。乙守はすかさず借りていたサーベルをモルガナに返し、シャドウに刺さっているレイピアを引き抜くとシャドウは形を保てずにドロドロになって消滅する。

 

 ここからが反逆の時。シャドウ達もこの事態を危険だと感じたのか、真の姿へと変容していく。

 

 敵は不和を呼ぶ家政婦(シルキー)黄昏の女娼(サキュバス )が二体ずつ。そしてその真ん中に妄信する御使い(エンジェル)が一体の五体。

 

「行きます……!! サンドリヨン!!」

 

 目の前の敵は五体。そのどれもが光の刃で裁かれていく。が、妄信する御使い(エンジェル)だけは光の刃に当たっても平然としている。そしてお返しとばかりに力を溜めて魔法を芳澤に向けて放とうとする。

 

 ――ガコン!! と、乙守の銃からコッキング音が鳴った。

 

 そのまま膝を立て、その上に左腕と銃を乗せて左上腕で銃の重心付近を支える。

 

 彼が使う銃は連発出来ないスナイパーライフル。一発撃ったらリロードを挟まなければいけない。だが威力と精度は折り紙つき。だからこそ一発に命を懸ける。

 

 スコープを覗き、そして引き金を引く。銃身から必殺の弾丸が吐き出され、敵の額へと吸い込まれていく。

 

 撃たれた。という事実に気づかぬまま妄信する御使い(エンジェル)は頭を撃ち抜かれ消滅した。

 

「フッ……ビューティフォー……」

 

 乙守はスナイパーライフルの銃口から出てる煙を消すように息を吹く。

 

「お見事です」

 

 芳澤が称賛の言葉と共に乙守の方へ合流する。お互いが持っている武器を投げて持ち主に返す。

 

「あとは任した」

「任されました。来て!! サンドリヨン!!」

 

 乙守が右手を上げると、芳澤はその手を叩きバトンタッチする。そして威力が増した光の刃が敵のシャドウに降り注ぐ。眩い光の点滅が止むと敵は一掃されていた。

 

「戦闘終了……。鴨志田は逃げたか」

「う……」

「おい大丈夫か?」

「これ以上無様な姿は……おりゃ……!!」

「おお……ペルソナに目覚めたばっかだってのにやるじゃねーか」

 

 芳澤の体がふらつくも、気合いで踏ん張ってしっかりと立つ。

 

「さて……追手が来る前にセーフルームへ逃げ込むか。えっと……」

「芳澤すみれです」

「よしヨシザワ、ワガハイに付いてこい。オトモリは殿を頼む」

「……了解」

 

 モルガナの提案を了承した彼の顔は少し複雑な顔をしていた。

 

 

 ***

 

 

 あ゛あ゛あぁぁぁ~~~どうしよ。

 

 

「なるほど。パレスにペルソナ……」

「まぁ一度に言われてもすぐには飲み込めないのも分かる」

 

 今純粋にこの認知世界の説明を受けてるけどこのタイミングじゃないんよ~~。そのイベントは半年ぐらい後なんだよ~~……

 しかも芳澤かすみとしての覚醒ではなく、芳澤すみれとしてペルソナの覚醒をしたから、丸喜先生が作った現実に飲まれることは無い。姉を助けてペルソナの覚醒は無いと思ってたのにこれかよ……

 

「どうしたオトモリ? 溜息なんて吐いて」

「ちょっと疲れただけ」

 

 ……でも今は大して影響は無い……か? 芳澤がここで加入して怪盗団に生まれるメリットは戦力の増強だけだよな? それだけなら別に良いか。最終的には仲間(てき)になるんだし。

 ……いや違う。芳澤は新体操の練習に集中したいから、モルガナから『お前も怪盗団にならないか?』って誘いも一旦断るんだった。ここで仲間になることは絶対に無いから全く問題ないか。はぁ~~良かった考えすぎか。

 

「鴨志田先生の『改心』。私にも手伝わせてください!!」

 

 あれぇ~~~~~~~~????

 

「い、いや芳澤さんは新体操の練習とかで忙しんじゃ……ほら特待生だし……」

「勿論そちらも手は抜きませんよ。でもこのままじゃバレー部の人達はずっと体罰を受け続けるんですよね?」

「バレー部の体罰を知ってるって事は、逃げ回ってる時に地下の施設も見たのか」

「はい。あれは鴨志田先生がそう認知してるってことなんですよね? 手が届くのに苦しんでる人を見逃すことは出来ません」

 

 あ、そっか。半年後は怪盗団として慈善活動してるから、このままじゃ被害を被る可能性がある今とは状況が違うのか。

 

「よしヨシザワ。今日からお前はワガハイ達の仲間だ!! ワガハイはモルガナだ。よろしくな!!」

「はい。よろしくお願いします。モルガナ先輩と、えっと……」

「乙守胡桃。よろしく芳澤さん」

「はい。よろしくお願いします。乙守先輩」

 

 差し出された手を握って握手を交わす。ゆーて新体操の練習が忙しくなったら離脱するでしょ。

 

「これからどうする? ヨシザワは一旦現実世界に帰して、ワガハイ達はパレスの攻略を続けるか?」

「……いや、俺たちも今日は一旦退こう。準備を怠ってた訳じゃないけど流石にこのまま俺たちだけだとジリ貧で危険だ。日を改めてまた攻略しよう」

「いいのか? 今日中に攻略しないとお前の友達が不幸な目に遭うって言ってたじゃねぇか」

「……それはこっちで何とかするわ。流石に今日はイレギュラーが起きたし、道具の消耗も激しいからもう引き上げよう」

 

 アルギニドリンクと、プラセンウォーターがもうあと二本ずつしかない。全部飲んでSP20回復だ。ちなみにマハラギダインは22使う。もう無理ぽ。

 ここはペルソナの世界だが、戦闘不能になったらGAMEOVERでロードじゃない。死だ。慎重に行きたい。

 

「んじゃ次来るとしたら月曜ぐらいかな?」

「あ、私はその日新体操があって……」

「じゃあ休みの日とかがあればそれに合わせ――」

「だから待っててくれてるとありがたいです」

「体力の問題じゃなくて時間の問題ね……わかった終わるまで適当に時間潰しとく」

 

 パレスの入り口に戻るまでに次の攻略予定日を立てる。15日は高巻杏がペルソナに目覚める日だから、そこに居合わせてイレギュラーを起こしたくない。そこに俺+芳澤すみれが居合わせたら、なんか助けられちゃいそうだから俺たちはそのイベントはスルーして、攻略が本格的に始まる4/18から主人公達と合流してパレスの攻略を始めよう。……さっさとパレス攻略出来るようにまた準備を整えたいし。4/15の介護は頼んだぜモルガナ。

 

「んじゃまた月曜になモルガナ」

「おう待ってるぜ」

 

 モルガナと一旦別れを告げ、イセカイから現実世界へと戻ってくる。なんかどっと疲れた気がするのは絶対気のせいじゃない。

 

「あっ、本当に服が戻ってる」

「ていうか怪我平気? 殴られて吹っ飛んでたけど」

「大丈夫です。私タフですのでそのぐらいじゃ怪我しません」

 

 つっよ。体育会系って皆そうなの?

 

「それなら良かった。それじゃあさっさと戻るか」

「あ!!」

「えっ何どうしたの?」

「私が出る試合サボっちゃいました……」

「……ドンマイ」

 

 その後、巻き込んでしまったお詫びとして購買でパンを奢った。大体20個ぐらい。財布殺す気か?

 

 

 ***

 

 

 4月14日 曇り

 

「鈴井、帰るの?」

「何?」

 

 三島が、帰ろうとしている鈴井に声を掛ける。

 

「鴨志田先生が呼んでる……体育教官室だって」

「先生、なんて?」

「知らない……伝えたから……」

 

 三島はその事だけ鈴井に伝えて、逃げるようにその場を去る。後ろめたいのかその表情には陰りがあった。嘘は言ってはいないだろう。ただどういう扱いかは予想はできた。逃げ場のない部屋に連れ込まれ気が済むまで嬲られる。

 しかしその事を知りながらも彼女は逃げるという選択はしなかった。いや出来なかった。あの王の機嫌を損なってしまえば何をされるか分からない。最悪退学もありえる。だから我慢するしかなかった。

 

「……」

 

 鈴井のスマホに電話が掛かる。画面に写っているのは親友の『高巻 杏』の文字。この状況を話せばその親友はすぐに駆け付けてくれるだろう。

 

「杏……」

 

 だがそれでも助けを求めない。来てもどうせ無駄な事は知っているからだ。被害者が一人から二人に増えるだけ。どこにも逃げられず、助けも期待できない。

 

「……」

 

 彼女はもう諦めている。この運命を受け入れるしかないと。この地獄もあと二年弱で終わる。それまで我慢すればいい。それが彼女の擦り切れた心の中にあった最後の希望だった。だがそれもこの後も体罰で耐えきれなくなり、自らの命を断とうとする。

 

「……」

 

 「助けて」なんて言えない。助けがあってもその手を振り払ってしまうだろう。それ程までに鴨志田の恐怖は彼女を支配している。

 

 ならばどう救うか。

 

「あ、いたいた」

 

 振り払うその手を強引に掴み。

 

「鈴井さん。今日部活サボってデートしない?」

 

 地獄から無理矢理連れ出すしかない。

 

 




補足説明

 乙守がドリンク飲んでSP回復とか言っていますが、アイテムの効果量や、スキルの消費SPを覚えているだけで、乙守自身はステータスの数値とか見れません。SP管理は基本的に体感で行っているため、芳澤すみれのピンチに颯爽と駆け付けた際、セーフルームでSP回復のドリンクを飲んでいたのにも関わらずスキルが発動出来なかったのは、SPの管理をガバったからです。



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#5 THIS WAY……

 誤字報告ありがとうございます。書いてると認知が歪んで誤字に気付かない事がありますので誤字報告は本当に助かります。


 4月13日 夜

 

 

 ただいまーー!!

 

 超ーーー疲れた。五秒だけベッドで休ませてくれーー!!

 

 

 ………………

 

 

 はい休憩終了。プランの練り直しを始めるか。……えっと確かここら辺に……あったあった。

 

 パンパカパンパンパーン!!『† 定められた黙示録(アポカリプス)†』~~。

 

 これはペルソナ5のスケジュールとそこで起きるイベントを書き起こしたノートである。つまり手書きの攻略本。ここがペルソナの世界だと気が付いた際にちゃちゃっと書き記したものだ。

 

 今日起きたイレギュラーは、芳澤すみれが怪盗団のメンバーに仮加入したこと&ペルソナに覚醒した事。このイレギュラーで確実に無くなるイベントは……

 

10/3 マルキパレスに主人公とモルガナ&芳澤が偶然入る。

 ・芳澤かすみ(すみれ)。ペルソナ覚醒

 ・怪盗団の加入を断る。

 

 はい斜線っと。マルキパレスに偶然入ってしまうイベントは、芳澤すみれのメンタルによるな。先生になんやかんや言われて落ち込まなければいいけど。そこら辺のケアもしといた方が良いか……。ハイ次。

 

11/19 ニイジマパレス攻略日。

 ・なんやかんやでパンケーキを騙す。

 ・ジョーカーのピンチにヴァイオレットが助けに来る。

 

 ん~これは大して影響ないか。別にP5じゃこのイベント無いし、敵が出るとしてもたった三体だから主人公なら余裕だろ。いざとなれば俺が代役になろう。はい次。影響が出たイベントは……もうほとんど三学期以降のイベントか。ラスボスと過ごすクリスマスがあるけど今のところ芳澤すみれは仮加入だからどうなるか分かんないんだよな。とりま保留。んじゃ次はっと……。

 

 4/14

 ・鈴井さんが自殺未遂のきっかけとなる体罰を受ける。

 

 ……パレスの攻略は間に合わなかった。時間は無い中俺は頑張った。だから俺は悪くない。

 それに別に助けなくてもルートに問題は無い。むしろ12/24まで原作通りに進めるんだったらここで見捨てて、高巻杏をルート通りに怪盗団に入れさせるのが正解だ。誰も俺を責めないだろ。

 

 はい言い訳終わり。どんだけ言い訳並べようと助けたいっていう欲望に勝てねぇよ。

 

 ……助ける手段は雑だけど、今はこれしか思いつかないなぁ……まぁなるようになるか。

 

「胡桃ー!! 夕飯出来たよー!! 今日豆乳鍋よー!!」

「今行くー!!」

 

 んじゃあ、まぁ明日も頑張りますかー。

 

 4/14

 ・鈴井さんが自殺未遂のきっかけとなる体罰を受ける。

 

 

 ***

 

 

「鈴井さん。今日部活サボってデートしない?」

「……え?」

「いや、そんなマジで聞き返されるとちょっと効くんだけど……。デートは無いにしてもちょっと一緒に帰らない? 話したいことがあるんだわ」

 

 ちょっとふざけて話しかけたら、ガチ目なトーンで返されたのでさっさと本題に入った。

 

「……ごめんね。私今から鴨志田先生に所に行かなきゃならなくて……」

「うん知ってる。その約束ブッチして」

「……え?」

「その約束ブッチして」

「いや聞こえて無かったとかじゃなくて……」

「今日は俺の事優先して」

 

 鈴井さんの手首を掴んで、無理矢理連れて行こうとするも、その場に根を張ったように鈴井さんは一歩も動かない。

 

「いや……ダメだよそんな事……鴨志田先生は……怖いから」

「知ってる。でも俺は怖くないから」

「だけど……」

「バレー部員が体育教官室で好き放題殴られてることも知ってる」

「……っ」

 

 揺らいだ。でもまだ動かない。

 

「俺は友達が殴られてる姿見たくない」

「……それは私もだよ」

 

 握っている手に、鈴井さんが手を重ねて指を外そうとしてくる。

 

「……巻き込めないよ」

 

 優しい人だ。だからこそクソみたいな奴につけ込まれる。

 

「辛かったら逃げていいんだよ鈴井さん。ただ辛いことに立ち向かって戦うことだけが正しいことじゃないんだ」

「……正しいとかそういう話じゃなくて逃げられないんだよ」

「辛くて逃げたくはあるんだ」

「……!! でも……!!」

「俺の事信じて欲しい。必ず何とかするから」

 

 揺らいでいる。あともう少しだ。

 

「……信じていいの?」

「鴨志田の件については鈴井さんにもやってもらう事があるけど、絶対に危ないことはさせないし、もう傷つけさせない。だから一緒に逃げて欲しい」

 

 その返答には足が応えた。地面に縫い付けられていた足が動き、このまま手を引いて連れていく。

 

「おい。どこに行くんだ?」

 

 逃がせると思いきや、目の前に鴨志田が立ちはだかる。

 

「鈴井さん走って」

「え、ちょ」

 

 そのまま横をスルーして昇降口へと向かう。

 

「待てお前ら!! 何やってるのか分かってるのか!!」

「ははは!! 知らねーよバーカ!!」

 

 なんか言ってるけど無視無視。止まるわけねーだろバーカ。鈴井さんの手を引いてそのまま昇降口を出て、上履きのまま学校の外へと逃げた。取り敢えず目立たないようにに路地裏へと入る。

 

「はぁ……はぁ……ここまでは追ってこないだろ……」

「……どうしよ。本当にやっちゃた……」

「はは、不良の第一歩だ」

「言ってる場合かなぁ……」

「じゃあちゃっちゃと行動しますか」

「詳しく聞かなかったけどこれからどうするの?」

「デート」

「……本当に?」

「いや一緒に行って貰いたい場所があるだけ。でも行く前に学校から靴と鞄を持って来なきゃ」

「え……戻るの?」

「まさか。昨日丁度いい後輩(パシリ)が出来たからその人に持ってきてもらおう」

 

 携帯を取り出して、昨日出来た後輩に電話を掛けた。

 

 

 ***

 

 

 鈴井さんとコンビニのイートインスペースで待っていると、目的の後輩が外に見えたので手を振り、あちらもそれに気付いてコンビニに入ってくる。

 

「お疲れ様」

 

 昨日、パレス攻略の日にちを合せるために連絡が取れていた方が良いってことで、芳澤すみれとトークIDを交換しといてよかった。

 

「お疲れ様です。……上級生の教室入るの緊張しました」

「それはマジでご苦労様。今度購買のパン奢るわ」

「……私の事食べ物で懐柔出来ると思ってませんか? 五個でお願いします」

「結構食うじゃん」

「……えっとそちらの方は?」

「ああ、紹介するわ。こちらバレー部の鈴井さん」

「よろしくね芳澤さん」

「よろしくお願いします。あ、こちら持ってきた鞄と靴です」

「ありがとう」

 

 さて、荷物の受けとりも済んだことだし目的地に向かいますか。

 

「腹減ったからビックバンバーガー行こう。奢るよ」

 

 

 ***

 

 

 ビックバンバーガーの店内に入るとそこにいたのは、主人公と涙目の高巻杏だった。

 

「志帆⁉ 何でここに⁉」

「杏こそ何で⁉」

 

 ふっ……計画通り……。4/14は鈴井さんの体罰があると同時に主人公がビッグバンバーガーで高巻杏の悩みを聞くイベントが発生する。そこで天才俺は思いついた。これお互いに会って話した方が良いんじゃね?と。

 

 高巻杏の悩みは鴨志田から関係を迫られている事、断ったら鈴井さんのレギュラーを外すとか脅されて今葛藤している。そして今日、鴨志田の部屋に来いって言われて仮病を使って断ったから、その憂さ晴らしとして鈴井さんが体育教官室に呼ばれることになる。

 だが鈴井さんをレギュラーから外して困るのは鴨志田の方だ。実力がある鈴井さんを外して全国大会を勝ち上がるのは難しい。高巻杏はそこに気付けたら、もしくは鈴井さんが高巻杏の悩みに気付けていたらまた違う展開があったかもしれない。それこそあんな悲劇にはならなかったはずだ。

 

「あ、お前こんなとこにいたのかよ~~探した探した。ちょっと付き合えや」

「え?」

ちょっとだけ高巻さんと鈴井さんの二人にさせてくれ

……わかった

 

 主人公の肩を組んで無理矢理立たせる。小声で意図を伝えると抵抗せずに付いてくる。

 

「乙守君どこにい――」

鈴井さんはここで高巻さんに鴨志田の事全て話すこと。それ一番やってもらいたい事だから

……うん。わかった

「よし頑張れ。ゴメン高巻さんこいつちょっと借りるね」

「あ、うんいいけど」

「先輩、私はどうすれば?」

「芳澤さんは一緒のテーブルに来て」

 

 二つのグループで別れて、高巻杏と鈴井さんの二人きりの状況を作れた。これでお互いに悩みを打ち明けたら、鴨志田の言いなりになんてならないっていう反骨精神も出てきて鈴井さんも自殺なんてしないだろう。悩みを打ち明けるっていうのは勇気がいる事だから頑張れ!!

 

「んじゃこっちはこっちで話しようか」

「……俺も乙守に聞きたかったとこだ」

「え、何?」

「パレスの話」

「……あぁモルガナが勝手に喋ったのね」

 

 あんにゃろ勝手に喋りやがって……。この後は主人公と話し、上手い事誘導してパレスに行かせる予定だった。その際に俺はあの認知世界の事を知らない弱者の体で話すことで、

 

俺「助けて……」

 主人公&坂本「当たり前だ!!」ドン!!

      ↓

 4/15 カモシダパレス三回目の突入&高巻杏のペルソナ覚醒。

 

 っていう原作通りの流れに修正しようと思ってたのに。……まぁバレちゃったなら仕方無い。

 

「あの後実は気になってさ。こっそり行った。それでペルソナに目覚めちゃった。ちなみこっちの芳澤さんも目覚めた」

「……なるほど」

「乙守先輩この人は?」

「……雨宮蓮。最近話題の転入生」

「雨宮先輩。私芳澤すみれって言います。よろしくお願いしますね」

「よろしく」

 

 面識無いのか? 4/12に少しだけど顔見知りになるイベントがあったはずだけど……。姉が生きてることでそこのイベントが変わったのか?

 

「本題に入る前にちょっとお腹空いたからなんか頼んでいい?」

「奢りなら」

「あんま親しくないのにがめついな。最近お金入ったから別にいいけど。芳澤さんも頼んでいいよ」

「ゴチになります!!」

 

 パレスの敵倒すと金が入るからそれでちょっと潤沢。三人のハンバーガー代ぐらいなら余裕よ。

 

「えっとじゃあ――」

 

 

 ***

 

 

「お待たせしました~。こちらサターンポテトと、コメット・バーガー二個になります」

 

 二個という数え方が正しいのか分からない。机に並べられたのはハンバーガーで出来た鈍器。二隻もしくは二艇と呼んだ方が正しいだろう。もちろん頼んだのは俺じゃない。芳澤すみれと目の前で青い顔をしている主人公だ。

 

「……何で頼んだ」

「……芳澤さんが食べるならいけるかなって」

「いただきます」

 

 お通夜みたいな雰囲気を出してる横ですいすいと食べてく芳澤すみれ。その細い体のどこに入ってくんだよ……

 

「……取り敢えず食うぞ。出された食べ物残すのは俺の美学に反する。俺も手伝う」

「助かる」

 

 

 ***

 

 

「ごちそうさまでした」

「「……ごちそうさまでした」」

 

 机に突っ伏す俺達と違って、芳澤すみれは食べてもケロリとしている。胃袋の中にブラックホールでも入ってんのかマジで。

 

「話って?」

「え?」

「俺がさっき遮ったから、乙守が話したかった事」

「ああ、そうだったそうだった」

 

 突っ伏しながらも言葉を紡いで話を成立させる。

 

「鴨志田の改心手伝ってくれないか?」

 

 モルガナが俺の事を喋ったおかげで先程のプランが潰れたので、こんな時の為に温めといたプランBに変更する。

 

「……やる気か?」

「殺しはしない。でもモルガナから聞いたんなら大体知ってるんだろ? もしそうなったとしても覚悟はある。お前にあの鴨志田に一泡吹かせたいっていう気持ちがあるなら手を貸して欲しい」

「……わかった。協力する」

「契約成立……ってことでいいか?」

「ああよろしく。乙守」

「……よろしく『雨宮』」

 

 


 

 

 

我は汝……汝は我……

 

 汝、ここに新たなる契りを得たり

 

 

 

 契りは即ち、

 

 囚われを破らんとする反逆の翼なり

 

 

 

 我、『混沌』のペルソナの生誕に祝福の風を得たり

 

 自由へと至る、更なる力とならん……

 

 


 

 

「さて、話したいことは終わったしあっちの会話が終わるまで……」

「……終わったよ」

 

 話しかけてきたのは高巻杏と鈴井さんだった。お互いに泣いていたのか目が少し腫れている。

 

「ナイスタイミング。こっちも話したい事終わった」

「……あのさ。乙守君……だよね。志帆を連れ出してくれてありがと。志帆が鴨志田のところに行ってたら、あたし一生後悔してた」

「いやそれは別に。俺も鴨志田のやってる事許せなかったから」

「……でさ。あたしにもやれること無いかな?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ちょっとムッとしたか? でもゴメンこう言わないといけないから。

 

「大丈夫。後は何とかするから……あ、もうこんな時間。早めに帰らないと親が怒るから。んじゃまた明日ねー!!」

「あ、ちょっと!!」

 

 適当な嘘を吐いて、その場から逃げ去るようにビックバンバーガーから出る。今根掘り葉掘り聞かれるわけにはいかない。先程言った言葉の効果が出るのは明日だな。賭けではあるけど一番有効だと思ってる。とりま明日様子見だな。

 

「……うぷっ」

 

 食後の激しい運動はNGだな……。

 

 あっ。上級生の集団に芳澤すみれ置いてきちゃった。まぁいいや、南無。

 

 

 ***

 

 

『ヽ(`Д´#)ノ』

 

 帰宅すると、芳澤すみれから怒った顔文字のスタンプが送られてきた。後で謝罪の返信しとこっと。

 

 さて……『† 定められた黙示録(アポカリプス)†』、『† 定められた黙示録(アポカリプス)†』っと……

 

 4/15  鈴井さんが屋上から飛び降りる。

 

 このイベントはもう無くなったと思っていいだろう。きっと高巻杏と話してもうその気は無いはずだ。そんでついでに……

 4/15 体育教官室で鴨志田に詰め寄るも、主人公、竜司、三島の3人は退学勧告される。(攻略のタイムリミットの勧告)

 

 このイベントも飛び降りから派生したイベントだ。鈴井さんの飛び降りを見て三島が動転したところを坂本と雨宮が問い詰め体育教官室に乗り込むっていうイベント。これも飛び降りが無くなったことで消滅する。問題は次だ。

 

 4/15 カモシダ・パレス潜入3回目

 ・コードネームが決まる。高巻杏がペルソナ覚醒する。

 

 どうすっかなこれ。一応種は撒いたけどうまく機能するかどうか。もし失敗したら高巻杏はペルソナに覚醒することは無いし、怪盗団に入る事もない。そうなったらどうなるか、怪盗団のメンバー欠けたら12/24のラスボスが倒せない可能性がある。だから上手い事このイベントを起こしたいんだけども。

 

 いや、俺が高巻杏の代わりになればいいんじゃないのか……? 欠けた人数は補えてるし、俺アギ系使えるし、代役に成り得るんじゃないのか?

 ……よ~し!! 悩殺術♡とかウソ泣きとかガールズトークとか頑張っちゃうぞ♡

 

「胡桃ー!! 夕飯出来たよー!! 今日も豆乳鍋よー!!」

「二日連続で⁉ 今行くー!!」

 

 んじゃ明日も頑張るか。

 

 

 ***

 

 

『置いていったのはマジでゴメン。ところで俺に魔性の魅力ってあると思う?』

『無いです』

 

 高巻杏の代わりは諦めた。

 

 




 補足説明

 混沌(LE CHAOS)のアルカナの元ネタはエテイヤ版タロットから。
 
 数字は1 
 正位置の意味:理想 観念 美徳
 逆位置の意味:知恵 英知 才能の開花

 エテイヤ版のタロットのパターンは複数あり、混沌のアルカナが存在するのは第三版のGrand EtteillaⅢ。「Grand Jeu de Oracle des Dames/婦人の偉大な神託」というタイトルで1870年に発行されたもの。


 オマケ:11/20の尋問室にて

「あなただけではこの犯行は不可能。協力している人間の中に専門性に長けた人物は多数いたはず」
「……いたのよね? 人心掌握に長け、人間関係に波風立てないように立ち回れて、ありとあらゆる人間に対応できる人物が。そうでないと束ねる事は出来ないはず」
「……どうなの⁉」



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#6 こういうのでいいんだよこういうので

 対応するのが混沌のアルカナとかいう、不穏すぎて真っ先に黒幕を疑われそうな仲間。
 ちなみにエテイヤ版タロット第三弾のカード番号1は混沌ですが、第一弾で1に対応するアルカナは、丸喜先生のアルカナの元ネタの『男性の相談者(顧問官)』。仲いいね。



 4/15 曇り

 

 曇天に 影響される 心模様。(五・七・五)

 

 うーんいまいち。もっとしっくり来る言葉無いかな。感性も大事だけどこういうのって言葉の知識も必要だよな。今度ちょっと辞書でも引こうかな。

 

……マジ? 乙守が?

……そうそう鴨志田に逆らったらしいぜ。しかも鈴井を連れて逃げたって

鴨志田に逆らったのってアイツ?

オイオイオイ

あいつ死んだわ

 

 ……こういう現実逃避みたいな事をしてるのは、周りの陰口がうざったいから気を紛らわせるためだ。昨日の出来事は瞬く間に学校に広がり、生徒の話題の中心になった。通学路で俺を見かけてはちらちらこちらを見てきて鬱陶しい。まぁ十中八九、鴨志田の仕業だろう。厳密には鴨志田に付いてる与那国島が学校の裏サイトに情報でも流したんだろ。

 

 別に俺は鬱陶しいだけで、こういうのは気にしない。人の噂もなんとやらって言うし、すぐに皆興味を無くすだろ。でも鈴井さんはこういうのキツイだろうからしばらく休んでくれと頼んどいた。鴨志田から何されるか分からないからな。自宅にいるのが一番安全だ。鈴井さんが早く登校出来るようになる為にもさっさと攻略を進めたい。

 

「あ、おはよう乙守君」

「ああおはよう鈴井さ――――……ん⁉」

 

 思わず二度見してしまった。

 

「いや今学校来ちゃダメだって!!」

「でも乙守君は鴨志田先生と戦うんでしょ? 乙守君が戦っているのに私だけ家で安全に守られているだけなんて嫌だよ」

「それでも……」

「大丈夫。私もう鴨志田先生に屈しないし、言うこと聞かないから」

 

 ……簡単に言う。恐怖っていうのは感じるものであり、心に刻まれるものだ。決して一過性の感情なんかじゃない。何回も思い出してその度に心臓が凍り付くように痛くなるものだ。きっと鴨志田に会ったら鈴井さんはまた動けなくなる。言いなりになってしまうかもしれない。

 

「……絶対に一人にならない事。鴨志田がいそうな場所行かない事。あと……」

「部活には行かない事。でしょ? ふふん、乙守君が言いたい事はもう分かるよ。中学からの仲だもん」

「……そう」

 

 鈴井さんは微笑みながら少しドヤって答える。本当に事の重大さを理解してるのかこの人は……

 

「……まぁじゃあ一緒に頑張ろう」

「うん」

 

 でも元気な鈴井さんが見れて、気持ちは少しだけ晴れた気がした。

 

 

 ***

 

 

「って訳で、さっさと攻略を進めたい」

「そうか、やるしかねぇなそりゃ……!!」

 

 放課後に雨宮と坂本を学校の中庭に呼び出し、情報の共有をした。ついでに猫の姿をしたモルガナもいた。

 

「……今乙守は鴨志田に呼び出されてないんだな?」

「ああ。今のところ鈴井さんも鴨志田に呼び出されている様子は無い」

「俺の教室から退学の噂があった。鴨志田に盾突いて退学、最低でも自宅謹慎かもって」

「あー……そう来たか」

 

 退学の対象が、雨宮、坂本、三しっ……与那国島から俺になったのか。

 

 ……でも放課後になっても誰からの呼び出しも無い。まぁ性格が悪い鴨志田の事だから「いきなり理事会であいつら吊るし上げてやる!! 絶望の淵へ沈めぇ!! ゲースゲスゲスゲス!!」って考えてるんだろうな。その強者の余裕が命取りだってのに。

 

「いやそんなの周りの奴が証言したらいいだろうが。胡桃は無罪だったって」

「だから下の名で呼ぶな。……んなもん鴨志田に握りつぶされんだろ」

「じゃあ鈴井が――」

「それも同じ。逆に体の傷を理由に、俺が鈴井さんを殴ってそういう事言わしたって噂が流れるかもしれない」

「……っクソが!!」

 

 坂本が苛立たしく自販機を叩く。ありがとなそこまで怒ってくれて。

 

「だから、俺を助けて欲しい。坂本もモルガナから聞いてんだろ? 俺がペルソナ使いだってこと。俺もあの世界で戦える。一緒に戦って鴨志田を改心させてほしい」

「当たり前だ!! あのクソ野郎の顔面吹っ飛ばしてやるよ!!」

「そこまでは……いやその意気で行こうか」

 

 さて、話もついたところだからそろそろだと思うんだけど……

 

「鴨志田やるってホント?」

「お前……!!」

 

 ほら来た。実はさっきから高巻杏が陰でこっちの話を聞いてたのは分かってた。だって気になるよな。俺が教室までわざわざ雨宮を呼びに行ったのに、教室じゃなくて中庭で話すなんて。

 

「鴨志田やるなら私も混ぜてよ」

「は?」

「私だって志帆の為に何かしたい!! 友達が追い詰められてるのに何もしないなんて……!!」

 

 いいね。イイ感じにシナリオ通りだ。昨日何にもしなくていいって言って焚きつけて良かった。

 

「お前には関係ねぇ……首、突っ込むな」

「関係無くない!! 志帆は私の――」

「邪魔すんなって言ってんだ!!」

「……っ」

 

 坂本の大声が中庭に響く。その声に押されたのか高巻杏はその場を去る。これでフラグは立ったな。

 

「……容赦ないな」

「ありがとな坂本。俺じゃあんまり強く言えないから」

「あんなトコに連れて行けるかよ……」

 

 この後勝手に付いてくるんですけどね。

 

「いざってなると女の方が大胆だったりするもんだ」

「さっさと鴨志田やりゃ済む話だ。……今から行こうぜ」

「今日はやめとこうぜ。ヨシザワが今日来れないからな。戦力は多い方がいいだろ?」

「……いや俺は坂本に賛成だ。今は一刻も早く鴨志田を改心させたい。今日は無理はしない程度にオタカラのルートを開拓しよう」

 

 原作通りに進めるためには俺はいない方が良いんだけど、ここで行くのを断って「じゃあ今日は何もしないで帰ろうぜ」ってなったら、折角立てたフラグが折れてしまう。そっちの方が損害がでかい。なら俺は付いていって出来る限り存在感を無くしながらイベントを進める。これがベストアンサー。

 

「……わかったぜ。イノチダイジニ、だな」

「そゆこと。行くか」

 

 

 ***

 

 

「はいはいご退場~」

「ちょ⁉ どこ触ってんの⁉」

「おわっ……ごめ……じゃなくて!!」

「あっ……!!」

 

 ナビに巻き込まれた高巻杏を現実世界に戻す。よしイベント通りっと。ていうか坂本がちゃんとペルソナに覚醒してて良かった。

 

「今度からナビ使う時は気ぃつけねぇと……」

「使う道具の事は確かめとけよ。何で見ただけのワガハイの方が詳しいんだよ!!」

「う、うっせ!! つか出鼻から高巻に知られちまったよ……さっさと片付けるしかねぇぞ!!」

「彼女、『タカマキ・アン』って言うんだろ。アン殿、か……」

 

 あれ、モルガナってここからアン殿って呼び始めるんだっけ? 4/12の鴨志田の認知の高巻シャドウを見た時から呼び始めた気がしたのは勘違いか。ちょっと知識がガバってんな、俺が作った『† 定められた黙示録(アポカリプス)†』も絶対じゃないってことも今後頭に入れておこう。

 

「シャドウ共に気付かれてるぜ。気合入れてけよ? 頼りにしてるぜ『ジョーカー』」

「ジョーカー? あだ名か?」

「ダセェ言い方するな。『コードネーム』だ。本名で呼び合う怪盗なんてマヌケだろ? ワガハイ、嫌だ」

「俺も嫌だ」

「お前らなぁ……」

 

 モルガナの意見に乗っかる形で肯定を示す。

 

「いいじゃんコードネーム。かっけぇじゃん」

 

 確か原作じゃパレスで大声で名前を叫んだらどういう影響が出るか分からないって言ってたから、コードネーム付けよって言ってた気もするな。まぁそれ以前にそういうのって男心くすぐるからな。

 

「つーか何でコイツがジョーカーなんだ?」

「戦力的に『切り札』だからな」

「悪くない」

「次にリュージお前はそうだな……『ヤンキー』だ」

「喧嘩売ってんのか!! 自分で決めるわ!!」

「フツーに『スカル』でいいんじゃねぇの? 日本語でドクロだし」

「お!! 良いんじゃね!! 俺『スカル』な!!」

 

 軽いスルーパスを出してそれで納得したのか、コードネームは『スカル』に決まる。ここで嘘吐いてネタネームにしても面白いけど、そんな事したら戦闘中に一々笑っちゃいそうだからよしとこう。

 

「何が良いよ。コイツのコードネーム」

「猫でいい」

「……『モナ』でどうだ?」

「呼びやすいならそれで納得する」

 

 雨宮の提案はスルーされ坂本が考えた案が採用される。

 

「よし決定!! じゃあ次は胡桃だけど……『ナッツ』でどうだ?」

「却下。下の名前で呼ばれるの嫌いだっつってんだろ。……つーかそれ小学校時代のあだ名だったし」

 

 それにナッツって英語のスラングであんまりいい意味無いから呼ばれたくないし。

 

「そうか、じゃあその見た目から『バーバリアン』とかどうだ?」

「いや見た目は蛮族だけども……!! なんか違うだろそれは怪盗のイメージとしては……!! なんか無いかジョーカー?」

 

 坂本もモルガナも期待できない。お前だけが頼りだ雨宮……!!

 

「……『ホルスタイン』」

 

 そっ、そうきたかぁ~~~~ッッ!! そういう方向性で行くのねお前は!!

 

「……俺『ブル』な。呼びやすいだろ……」

 

 候補として考えてきた『コードネーム』にする。こいつらにはもうネーミングセンスとか期待しない。うん。

 

「よし、今後ワガハイ達は『ジョーカー』、『スカル』、『ブル』、『モナ』だ。今後はコードネームを徹底するぞ!!」

 

 俺含め三人とも頷き、モルガナの提案を了承する。

 

「よっしゃオタカラってヤツを取りに行こうぜ!! ダッシュでな!!」

 

 

 ***

 

 

「ふう……疲れた」

「おいもうへばってんのかよ!! えっと、『ブル』!!」

「お前らと違って俺はペルソナの燃費が悪ぃんだよ……どうしたもんかなマジで……」

「そんなヘコむ事無いぜ、ブル。お前のペルソナの力でゴリ押し出来る場面もあったからな」

「そりゃありがたい」

 

 怪盗団として初めての戦闘は、はっきり言って死ぬほど楽だった。仲間がいるってだけでこんなに戦いが楽になるって思わなかった。やっぱり多様性って重要だわ。

 

 あと戦闘について疑問というか、思ったことが何個かある。

 

 まず総攻撃について。ゲームじゃダウンした敵に対してボコボコにするシステムだが、これはこの世界でも存在している。総攻撃チャンスになると、体が軽くなって力が漲る。あくまで予想だが、狩るもの狩られるものという認知の影響かもしれない。……これもあとでノートにまとめて考察するか。

 

 んで、弱点攻撃について。攻撃属性とか色々だが、これは……何だろうな。認知の影響って言うのは分かるんだけど、そのペルソナの弱点と使い手の関係性が分からない。モナが雷弱点とか、スカルが風弱点とか。

 ……これもまた推測だが、ペルソナとは自身の半身。ペルソナは使い手と深く結びついてると仮定したときに、もし使い手とは関係無く、ペルソナそのものに弱点があったら、その弱点は使い手と共有しているのかもしれない。そしてダメージが使い手にフィードバックされる……。でも証拠は無いから、これはもうそういうものだと認識した方が良いのかもしれない。弱点は弱点、気を付けろ。

 

 最後に、ゲームとのギャップについて。もちろんこの世界はゲームじゃなくて現実だ。多分普通に死ぬ。ダメージを受けたら血は出るし、傷も負う。だがディアとかの回復魔法とかで治ったりする。まぁ何が言いたいのかと言うと、どこまでこの現実にゲームのシステムが組み込まれているかだ。

 例えとして、ポケ〇ンを出そう。ポ〇モンは基本四つの技しか覚えない。だが本当にもし現実にポケモ〇がいたら、その制限というかその設定は無いかもしれないという話。技が全部使えたらつまんないからゲームとして楽しくするために制限を設けたのかも知れないがそれはゲームの話であって、今は現実の話だ。

 

 ……つまりある程度の自由が利くって話だ。ここはゲームの世界じゃない。ちゃんと全てのオブジェクトに当たり判定はあるし、全てプログラムで出来ている訳じゃない。実際に戦闘はターン制のバトルじゃない。……まぁこっちから攻撃仕掛け終わったらあっちが仕掛けるっていう展開はターン制と言えるかもしれないが。もしかしたらSPが無くなっても一発だけなら限界を超えて、根性でスキルを撃てるのかもしれない。だがそれもあくまで可能性の話だ。いつかメメントスで実験しよう。

 

「調べといた方がイイゼコレぇ!!」

 

 この世界の考察をしていたら勝手にイベントが進行していた。しかも待ちに待ったイベントだ。

 

 

 ***

 

 

「分かった……もう我慢しない」

 

 高巻杏が仮面を剥がし、反逆の姿へとなる。赤いラバースーツに、後ろにはSMプレイしているような女王様のペルソナが出現する。

 

 はぁ……良かったこれで一安心だ。ワンチャン鈴井さんを救った事で起爆剤が少ないと思ったけど杞憂だったらしい。

 

「私、あんたなんかが好きに出来る程お安い女じゃないから」

「こいつっ……⁉」

「私達から全てを奪おうとしたあんたは絶対に許さない!! もう二度と手を出せないようにあんたから全て奪ってやる!!」

 

 高巻杏が鴨志田を指差しそう宣言する。

 

「これ以上好き勝手はさせん!!」

 

 周りにいた兵士の体が崩れ、黒い泥の様なものから番兵隊長(ベルフェゴール)が姿を現す。

 

「もう我慢しないっての。好きにやらしてもらうんだから……!! いくよ……カルメン!!」

 

 戦闘開始。つっても俺の出番はほとんど無し。これは高巻杏のチュートリアルだ。楽に勝てる。基本は援護射撃のみ……

 

「踊れ!! カルメン!!」

 

 ……射撃するまでもなかったな。そのままダウンして総攻撃に入る。

 

「まじかよ……」

 

 あっという間にシャドウを倒し。残りは鴨志田のみだが、持ち前の逃げ足でさっさとその場を離れていく。

 

「待てっ……!!」

 

 言葉では強気でもその場で座り込んでしまう。大体の人間はペルソナに覚醒したら死ぬほど疲れる。無理もない。

 

「……高巻さん立てる?」

「うん一応……っていうかナニコレ!? 何でこんな格好してんの? てかなにこの生き物⁉ 猫⁉」

「猫じゃねーわ!! って言ってる場合じゃないな。すぐに追手が来る説明してる時間は無い。仕方無い、一旦退くか」

「これからって時に邪魔しやがって……ったくしょうがねぇな……。肩貸せ。お前そっち頼む」

「ワガハイは誘導するから、ブルは……」

「殿だろ? 任せろって」

 

 高巻杏を連れてパレスを後にする。思ったよりあっさりと、今日の難関は乗り越えた。

 

 現実世界に戻ってきてすぐに学校の方を見る。……うん。大した事は無いイベントだけど、俺のイベントも消化出来たみたいだ。

 

「ん、ありがと」

「戻ってこれたみてーだな。……おい大丈夫か?」

「まぁ……平気……あ、嘘、やっぱまだ混乱してる」

「無事とはいえ、色々あったからな……取り敢えずここじゃ目立つ。一旦場所を変えよう」

 

 

 ***

 

 

 駅に移動して、炭酸片手にあの世界について説明をする。

 

「あいつ自身の口から罪を告白させる……本当にそんな事できるの?」

「被害者のバレー部員も、その周りの先生も全員見て見ぬふり。俺らが騒いだって握りつぶされるのがオチだ。これに賭けるしかねぇんだよ」

「だったらあたしにもやらせて。志帆の事守ってあげたい」

「おい今やらせてって言ったか? 連れてけって意味か?」

「いいんじゃね? 高巻さん戦えるし、戦力は増えるのは良い事だろ。それに気持ちは死ぬほどわかる」

 

 同じく鈴井さんの知り合いという点では気持ちは痛い程わかる。手は出させたくない。

 

「どうする?」

「別に構わない」

「大丈夫だ。ワガハイが守ってやる」

「ダメって言っても一人で行くからね?」

 

 雨宮、モルガナの賛成と、高巻杏の脅しも効いて、坂本は渋々といった感じで了承する。

 

「決まりね。じゃあそういう事でよろしく。……もうあいつの好き勝手にさせない。罪を償わせてやる」

 

 あ、多分ここで『恋愛』のコープが開かれたイベント入ったな。何にも見えないし聞こえないし感じないけど。

 

「ねぇ、番号とID教えてよ。行けるときに声かけたいからさ」

 

 携帯を取り出し番号を交換する。

 

「じゃあよろしくね。モルガナも」

 

 そう言って高巻杏は去っていく。……今日はイレギュラーも起こらずに平和にイベントが進んだな。これでいいんだよこれで。

 

 俺は俺のイベントも無事に消化出来たし、この前のイレギュラーと違って、原作のルートからあんまり外れず計画通りに進んだな。

 

 なにより俺が高巻杏の代わりにならなくて済んだし。それが、本当に、良かった。

 

「なぁ胡桃は家に猫って大丈夫?」

 

「だから猫じゃねーわ!!」「だから下の名で呼ぶな」

 

 話はモルガナの滞在拠点の話になっていたらしい。

 

「俺ん家は無理。親が動物の毛とか埃で鼻水と咳が止まらなくなるから」

「蓮任せた。うちゼッテー無理だから」

 

 消去法でモルガナの滞在先がルブランに決定した。んじゃお世話頑張れ。

 

 

 ***

 

 

 4/15  カモシダパレス三回目の突入

 

     ・高巻杏のペルソナ覚醒。

     ・パレスから出てきたところを丸喜先生に目撃される。

       →(後で正体をバラすから必須じゃなくてもよい)

 




 補足説明

 nut(ナッツ)は木の実っていう意味もありますが、「変わり者」「狂った人」「頭のおかしい人」というニュアンスで用いられることもあります。そういう意味も含めて主人公の名前を胡桃と名付けています。ついでにキン〇マという意味で呼ぶ場合もあるそうです。そっちは意図してません。


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#7 備えあれば嬉しいな

 感想の返信はネタバレになる可能性がある為控えています。一応既読としてGOODを押しています。


 4/16 土曜日 晴れ

 

 休日だーー!! とはならんのや。秀尽高校は進学校だから土曜日も授業がある。ゆーて半ドンだけども。……半ドンって死語か?

 

 まぁ適当にこなして午後は用事のために授業中に休眠を……

 

「そこ!! 聞いているのか!!」

 

 牛丸がチョークを投げてくるが、フッ……甘いぜ……!! 横に首を振って難なく避け……痛ってぇ⁉

 

「ふん!! 授業中に話を聞かないからだ」

 

 ア、アイツ……!! 投げたチョークの影から、もう一つチョークを投げていやがった!! なんだそのテクニック!!

 

……フフ

オイ聞こえんだろ

 

 周りの奴らがクスクス笑ってて、ちょっとだけ羞恥の気持ちが湧いてくる。

 

 制服のポケットに入ってるスマホが震え、牛丸にバレないようにこっそりと通知を見る。

 

『ちゃんと授業受けないとダメですよ』

 

 スマホの画面から廊下に目を移すと、芳澤すみれが教室の扉の窓から手を振り、移動教室だったのかそのまま去っていった。てかそう思うんならメッセ飛ばすな。

 

「……おい」

「……あ」

 

 牛丸が こっちをみている なにかをいいたげだ ▼

 

「お前後で職員室来い」

 

 おれは 牛丸につかまった!!

 

 

 ***

 

 

「……うへぇあ~~」

 

 牛丸のありがたいお言葉と、担任の蛭田の注意で午後は少し押してしまった。この後釣りに行く予定だったけどそれ明日にして今日はメメントスに行くか。体動かしたい気分だ。

 

 イベントじゃモルガナに教えてもらうまでは行けないけど、存在してない訳じゃない。それに敵の強さもそれ程じゃないはずだ。今開放されてる階層は序盤の『思想奪われし路』のみ。モルガナ一人でもそこに行けたとか言ってたからそこまでなら俺も大丈夫なはず。

 

 危なかったらすぐ帰るし、実験のために本当に先っちょだけ入るだけだから。

 

 

 ***

 

 

 周りに知り合いがいない事を確認してナビを起動してメメントスに入る。誰かに目撃されないようにする事を一番注意しなければならない。こんなとこ目撃されたら言い訳出来ないからな。

 

 後方確認。ヨシ!! 誰も入って来てない。これで安心して実験できるな。

 

 やりたい事は簡単だ。どこまでこの現実はゲームに忠実なのかの実験だ。アイテムを使用したら、勝手に相手にターンが回ってくるのか。アクセサリーの効果は適用されるのか。それを知る事で戦闘での動きが違くなってくる。例えばドリンク飲みながらペルソナのスキルを撃てたりするのかとか。

 

「という訳だからまぁ……俺の研究の礎になれぇ!!」

 

 目の前のシャドウに飛び掛かって戦闘を仕掛ける。

 

 攻略ノ進歩、更新ニ犠牲ハツキモノデース。

 

 

 ***

 

 

 シャドウを蹴散らしながら『思想奪われし路』の最深部に着く。次の階層に行く扉を試しに蹴っ飛ばすが反応は無い。やっぱり『調和奪われし路』へ行く扉はまだ開いてないみたいだ。うん帰るか。

 

 そして実験の結果。俺の考察は大体合ってた。戦闘は現実の喧嘩とそう大差無い。ゲームに例えると、F〇14とか、龍〇如くとか、そこら辺に近い気がする。攻撃しながらアルギニドリンク飲めたし。

 

 次にアクセサリーの効果についてもこれまたゲームと同じく反映されてた。一昨日にビックバンバーガーで、コメットバーガーを食った証として、二等航海士バッジを貰ったから身に着けてみたが、フワッとしてるけど、体がちょっと丈夫になった気がした。

 

 そして興味深いのがアクセサリーの効果について優先順位というものが存在している。二つのアクセサリーを身に着けたら、先に着けたアクセサリーしか効果は発揮されない。つまりここはゲームと同じく装備できるのは一つまでっていうお約束だ。

 『いっぱい着けたら最強だろ!! 何で一つしか装備出来ないんだよ⁉』っていうゲームの疑問はこういった形で解消された。

 

「……んっ……ぷはーっ!!」

 

 おなじみのアルギニドリンクを何本か飲んでSPを全回復し、来た道戻って今日は解散としよう。アルギニドリンクじゃ、回復量が微量すぎるから、今度雨宮に頼んでルブランのコーヒー持ってきてもらおう。リットル単位で。

 

 ゲームじゃ一瞬でショートカット出来たけど、実際には降りた道を戻ってんだよな。こりゃモルガナも疲れて『今日はもう寝ようぜ』ってなるわけだわ。

 

 ……モルガナカー乗りてぇ。あとドリンクを飲み過ぎて、トイレ行きたくなってきた。

 

 

 ***

 

 

 ――俺はそれなりに戦いを経験してきて、自分が強いという自負がある(過信)。そんなプレイヤーにだけ働く勘がある。

 

「……」

「うぉおおおおおぉお!!」

 

 ――俺はここで死ぬ。……とか言ってる場合じゃねぇ!! 逃げるんだよォー!!

 

「……」

「おわっぷっ!!」

 

 現在あの『刈り取るもの』に遭遇してしまってメメントスでランデブーしてます。やだもう『刈り取るもの』君ったら~求愛行動(メギドラオン)が激しすぎ♡

 

「……」

「だぁーーー!!」

 

 あっぶね!! 今度は弱点のブフダイン撃ってきやがった!! 喰らったらダウンしてそのまま死ぬぞ!!

 

 いやもう怖すぎだろアイツ⁉ 普通に迷子になってたら背後に立って追っかけてきたんですけど!! なにこれこんな状況でも戦闘って入ってるんですか⁉ もう一つ上に昇ればメメントスの入り口だってのに!!

 

「……」

「……っ」

 

 ……っ見えた!! 上に行くフロアの階段!! あそこに逃げ込めばアイツは追ってこれない。

 

「……」

「いや、この、馬鹿がよぉ!!」

 

 あと一歩ってところで目の前に『刈り取るもの』が立ちふさがる。しかし攻撃はしてこな……違うありゃコンセントレイトだ!! 次の一手で何が来ようと死ぬ!!

 

 ……やるしかねぇ!! 現時点での全身全霊の最大火力(ティタノマキア)でぶっ飛ばす!!

 

「アステリオス!!」

 

 背後の雄牛が吠えると、目の前が爆炎に包まれる。光と熱の破壊が奴を襲うも、あまりダメージが入ってる様子は無い。

 

 だが怯んだ。今の内にダッシュで横を過ぎ去っていく。

 

「……っ!!」

 

 駅のホームに足をかけた瞬間。『刈り取るもの』が出した銃声の音と、背後の爆発が鼓膜を叩いた。

 

「ぐっ……っ」

 

 爆発の余波で吹っ飛び、駅のホームからそのままエスカレーターの段差で転がりながら上まで吹っ飛んでいく。

 

「っ痛ってぇ!!」

 

 ゴロゴロと転がり、その勢いが止まって横を見ると、不気味な改札口が目に入ってきた。どうやらメメントス入り口のまで吹っ飛んできたみたいだ。

 

「いないよな?」

 

 誰に確認してるんだって話だが、誰も何も返事をしてこないので、どうやら『刈り取るもの』からは撒けたらしい。逃げ出せた安心感とSPがすっからかんなのが一気に来て、しばらく立てないかもしれない。

 

「……ちょっと漏れてんな」

 

 今度から替えの下着でも持って来よ。

 

 

 ***

 

 

 4/17 日曜日 晴れ 

 

 

 今日主人公達はパレス攻略のために、ミリタリーショップでの武器購入イベントが挟まれる。だが準備してるのはあいつらだけではない。

 

「昼料金は三千円ね」

 

 という訳で市ヶ谷の釣り堀にやってきた。ここは釣った魚の種類とサイズによってポイントが割り振られていて、そのポイントによってアクセサリーが貰える。

 

 魚神のバッジ(100,000ポイント)……は、今日中には無理だから、狙い目はルアーのキーホルダー(6,000ポイント)。あれを認知世界で身に着けるとハイボルテージ(チャンスエンカウント時、クリティカル攻撃を与える確率が15%上昇する)っていう、スキルが発動する。今日はそれを目的に釣っていきまっしょい!!

 

 ノーコンティニューで(以下略

 

 

 ***

 

 

 無理だったよ……全然大物が釣れん。

 

 釣れても20ポイントから50ポイントの小物ばっか。釣ったポイントで大きな餌を交換して、大物釣ろうとしても逃げられて、貯めたポイントがチャラになる始末。心が折れるなぁ!!

 

「……あ」

「……ん? あ」

 

 取り敢えずもう一回ポイントと餌を交換しようと席を立つと、見知った先生と顔を合わした。川上先生だ。

 そういえば今日じゃないけど、雨宮と坂本が釣り堀で遭遇するイベントあったな。

 

「どもっす」

「どうも。男子高校生が一人で来るとこじゃないわよこんなとこ。もっと元気に外で遊びなさいよ」

「ちょっとボーっとする時間が欲しいなって」

「ああ、そう」

 

 適当に返事され、俺とは反対の生け簀に釣り糸を垂らす先生。

 

「……乙守君さぁ。何で鴨志田先生に盾突いたの?」

 

 餌を取って戻ってくると、川上先生がこちらを向かずそんな事を尋ねてくる。

 

「鴨志田がやってる事知ったらじっとしてられなくなりまして」

「ふーん……君ってそういうキャラだったんだ」

「どういうイメージだったんですか俺って?」

「うーん……無難な人間?」

 

 無難……無難?

 

「無難って何すか」

「なんというかいい意味で替えが利くというか、万能な人って感じ。君って人当たりいいし、悪い評判も無いし、何でも器用にこなせるじゃない?」

「ああ、そゆこと」

「学年が変わる時に、クラス替えがあるじゃない? あれって先生が誰をどのクラスに入れるかで先生達で話すんだけどね、君結構人気だったんだよ」

 

 ……………………

 

「例えるならトランプのジョーカーね。どこ入れても何の役にも成れちゃうような万能な切り札。……それも鴨志田先生との問題を起こすまでだったけど」

「……そう言って貰えるのは嬉しいですけど、俺ジョーカーあんま好きじゃないんですよ。だってなんにでも成れるって事はそこにいるのは俺じゃなくてもいいって事じゃないですか」

「……」

「どちらかと言うと俺はスペ3みたいな奴になりたい……なりたかったんですよ。最弱だけどジョーカーに勝てるっていう唯一無二の個性を持った人間に。でもそういう生き方は社会が許してくれない……空っぽのまま、周りの顔色を見て自分を変えて生きていくしかない……息苦しいですよねこの世界って」

「……君は」

「なんちって!! 先生の話に乗ったら大富豪みたいな話になっちゃいましたね。俺のバケツの中は大貧民なのに。ははは!!」

「……」

 

 俺の渾身のギャグがスルーされてちょっと悲しい。えー、じゃあ次の話題出しますか。

 

「雨宮蓮って奴先生のとこ入りましたよね? あいつの事どう思ってます?」

「どうって……噂通りの生徒って感じ。初日から遅刻するし、不良の坂本君とつるんでるから、先生達の間でも要注意人物って認識よ」

「あいつって噂で言われてるほど悪い奴じゃないですよ」

「……もしかしてあの子に感化されて鴨志田先生に盾突いたの?」

「まぁ少なくとも影響はされてるかもしれません。でもだからってあいつのこと悪く思わないで下さいね。俺が勝手に動いただけですから」

 

 ここで雨宮の事聞いて、どの位俺の知ってる原作とかけ離れているかの確認をしたかったけど、評価は大体一緒みたいだ。

 

「で、話変わるんですけど。今度の期末試験の現文の範囲とどこら辺出るか教えてください」

「……別にいいけど釣りしながらね」

 

 

 ***

 

 

 川上先生の話を聞きながら釣りをするも、一向に釣れないで時間だけが過ぎていき、バケツの中には数匹の稚魚のみ。

 

 一日で6,000ポイントは無理だったよ……はぁ……

 

「なんでそんな落ち込んでのよ」

「……いや景品欲しいけど俺、釣りが下手みたいで……」

 

 そう言いながら背後を見ると、川上先生のバケツには飛び出る程大量の魚が入っていた。

 

「先生……俺金払うんでその魚譲ってくれませんか?」

「そこまでして欲しいの……? 別に譲るわよ、景品目当てに釣ってた訳じゃ無いし」

「マジすか⁉」

「それに、もう会えないかもしれないし」

「え。転勤するんですか?」

「逆よ。君がどっか行くかもしれないって事。鴨志田先生、次の理事会で君の事吊るし上げるって言ってたから」

 

 あ、だから次の期末の範囲詳しく教えてくれたのか。俺が先に吊るし上げられて退学して、試験受けないかもしれないから。

 

「んじゃその好意に甘えて戦果を横取りしましょかね」

「……ごめんね。私にはこういう事しか出来なくて」

「……先生。さっき言った大富豪の話覚えてます? ジョーカー好きじゃないって話」

「……? ええ」

「でもジョーカーって見方によって全然役に立たないんですよ。ババ抜きだったら最後に持ってた奴が負けですしね」

「……何の話?」

 

 両手にバケツを持ってその場を去る前に先生に告げる。

 

「見方を、世界を変えてやりますよ。この俺が」

 

 これは宣戦布告だ。俺がこの世界を変える革命を起こす。鴨志田はその第一歩だ。

 

「だからきっと俺に現文の試験範囲教えたこと後悔しますよ」

 

 そう宣言して俺はその場を去った。

 

 

 ***

 

 

「合計で9,000ポイントだね」

「先生すご」

 

 



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#8 そろそろ狩るか……♠

サブタイトルのネタ切れが一番怖い。


 4/18 曇り

 

 

『放課後屋上に集合されたし』

 

 トークグループに雨宮からメッセが送られてくる。今日は芳澤すみれも参加できるから攻略は難なく進むだろう。鈴井さんの為にもとっとと攻略してあげたい。

 

『分かったし』

 

 グループに返信した後に、芳澤すみれにメッセを送る。

 

『放課後。屋上に集合されたし』

『了解されたし』

 

 ……結構ノリ良いよなあの子

 

 

 ***

 

 

 放課後、芳澤すみれの部活が終わるまで、屋上で初期メンバーと、情報の共有と作戦会議を行い、適当に時間を潰したら、部活が終わったとの連絡が来たので、そのまま芳澤すみれを連れ、パレスへと向かった。

 

「芳澤すみれです。よろしくお願いします!!」

「うんよろしく芳澤さん。っていうかペルソナ使いだったんだ」

「はい。乙守先輩に助けてもらった際に、ついでに目覚めまして」

「そんなに軽く目覚めるモノじゃないんだけどな……」

 

 まぁ、元々素質があったって事で。でも芳澤すみれが入ったことで怪盗団に祝福属性要員が入ってパレスの攻略は楽になるだろ。

 

「それじゃ潜入する前に二人の『コードネーム』を決めないとな」

「コードネームですか?」

「我々怪盗団だからな。本名で呼ぶのは間抜けだろ?」

「それにコードネームって響きはカッコいいから」

「男の子ってそういうの好きだよね」

 

 古今東西男の子っていうのは、コードネームとか、二つ名とか異名とか称号が大好きと言っても過言ではない。

 

「という訳で高巻さんは『パンサー』で、芳澤さんは『ヴァイオレット』ね」

「お前考えてきたのかよ」

「お前らに任せると碌な名前にならないからな」

 

 そういう漫才はゲームで何回も見たからな。スキップだスキップ。

 

「うん、良いと思う。パンサーって何か悪の女幹部に居そうだし」

「私も異論はありません」

「はい決定」

 

 ササッとイベントを終わらせ、パレスへとGOしようぜ。

 

「ジョーカーどうした」

「コードネーム『腹ペコ』とかどうだ?」

「「「ねーよ」」」

 

 ジョーカーが何か言いたげだったので、振ってあげると、名前の候補でボケてきたので、男衆から総ツッコミを喰らった。

 

 天然なのかボケなのか……

 

「さて、コードネームも決まったところで、パレスに乗り込みますか」

「……? どうしたジョーカー?」

 

 前座も終わったことでいざ出陣!! ってとこでジョーカーがどこかへ歩いていく。

 

 ああ確かこのイベントはベルベットルームの処刑についてのチュートリ――

 

「……!!」

「……? どうしたんですか先輩?」

「別に何でもない」

 

 何でもないわけがない。見てはいけないものを見てしまい思わず顔を背けた。いやどちらかというと、見えるはずがないものが見えてしまった。

 

 青い鉄格子の扉、ベルベットルームの入り口が。

 

 あれは主人公のジョーカーにしか認識できないはず。何で俺が見えてるんだ? あまりにも自然にもあったものだから、本来は俺に見えないものだという認識が抜け落ちていた。

 

 ……思い当たる節は二つある。

 

 まず一つ。俺がベルベットルームの存在を知っているからだ。

 

 ここは認知世界。人間の認知によって形成される世界だ。本来は見えないはずのベルベットルームだが、俺はそこにあると知っているから、認知が書き換わり見えるようになった。

 

 そしてもう一つ、これはあまり根拠が無いかもしれないが、

 

 俺が……“元”主人公だから。

 

 ……いやそれはないなうん。だから資格があるとか云々考えてたけど、そんなんあり得ないわ。

 

 俺は俺。雨宮は雨宮。主人公は主人公。それでいいだろQ.E.D証明完了。

 

「悪い待たせた」

「ボーッと立って何してたんだ? お前たまに何考えてっか分かんねぇ時あるよな」

「器がデカいって事にしといてやるよ。頼りにしてるぜ、ジョーカー」

 

 考察している間にチュートリアルは終了したみたいだ。なるべくベルベットルームの扉を視界に入れないようにジョーカーに近づいていく。見える理屈は分からないが、取り敢えず見ない様にしておいた方が賢明だろう。見えたら何言われるか分かんないからな。

 

「サクッとオタカラ盗んじまおうぜジョーカー」

 

 ジョーカーはコクリと頷き、共にパレスへと向かった。そして原因不明のイレギュラーに出くわし、俺の額に汗が滲んでいた。

 

 

 ***

 

 

 いや~楽々。モルガナと二人で攻略した時は何だったのかってぐらい楽勝でパレスの攻略が進んでるわ。やっぱり、他のメンバーが入ったのと、ジョーカーがペルソナの合成を覚えたのがデカい。

 

 弱点を突いてダウンを取る→総攻撃→勝利

 

 で、済むから本当に楽。アギ系だってパンサーが入ったからそっちに任せてる。だから俺まだペルソナ使ってないもん。

 

「……俺いる?」

「今は出番無いだけだぜ。ブルには強敵に出会った時に強力な一撃をお見舞いする役割があるからな。今は温存の期間なだけだ。……つーかお前戦闘に出てないのに怪我してないか?」

「え? ああ、この打撲ね。昨日家で転んで出来ただけ。戦闘には影響しないから気にせんで」

 

 まぁ嘘だけど。実は日曜に釣りをした後に、試したい事があってメメントスに入って一戦だけ戦闘を行った。この打撲はそこで負った傷だ。

 

「気を付けろよ。ジョーカーが切り札なら、オマエは言わば秘密兵器だからな」

「メッチャ心配してくれんじゃん。俺の事大好きかよ」

「はぁ⁉ ワガハイはいざという時にオマエが使えないのが困るだけだ!!」

「ハイハイ」

 

 ツンデレ乙。可愛い奴だなお前。それに切り札も秘密兵器も意味一緒やろ。

 

「……止まれ」

「どうしたジョーカー?」

 

 物陰からカバーしながら進んでいると、礼拝堂へと出る。中央奧には、鴨志田がバレーをしている像が建っている。えっと、確かここ中ボスだったよな。なら俺の出番だ。

 

「俺が先に行く。こんなに広い場所に見張り無しは怪しいからな。いざとなったら俺が全部吹っ飛ばす」

「おう、頼むぜ」

 

 そうして礼拝堂へ足を踏み入れると、現実の体育館の景色が一瞬だけダブる。この礼拝堂は、鴨志田が認知してる体育館。体育館は聖なる場所、そして自分はそこの神だとして、真ん中には鴨志田の像が建っている。

 

「フン……聖なる場所に踏み入った愚か者共めが……カモシダ様に逆らった愚かしさ、身をもって――」

「うるせぇ!! アステリオス!!」

「ぬおあぁああああああああ!!!! き、貴様……!!」

「馬鹿は要約出来ねぇから話が長ぇ……」

 

 目の前に出てきた天の刑罰官(アークエンジェル)をティタノマキアで攻撃する。

 

 うっし、あの様子だと火炎耐性があっても、そこそこ入ったみたいだな。メメントスで実験がてら鍛える、もとい、レベル上げしといて良かった。

 

「この蛮行は許さ――」

「はっはっは!! ぶっっっ壊れろーーっ!!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛ああああぁぁぁぁぁ……!!」

 

 爆炎と共に断末魔を上げながら消滅する天の刑罰官(アークエンジェル)。やっぱこの時点で最上級のスキルが使えるのは強いわ。

 

「うし、終わったから次行こうぜー……って何でそんな離れてんの?」

 

 後ろを振り返ると他のメンバーからは距離を取られていた。

 

「いや、容赦ねぇなと思って」

「一方的にリンチしてるようにしか見えなかったよ。見てる側はスッキリしたけど」

「もしかしてハンドル握ると性格変わるタイプですか?」

「魔王みたいな高笑いしてたしな……コードネーム変えた方がいいかもな『バーサーカー』とか」

「昂る気持ちは凄いよく分かる」

 

 散々な言いようだなおい!! 

 

「出番が来てちょっとテンション上がっただけだわ!! 決して敵をボコボコにしてストレス発散になったとかそんな事思ってないから!!」

「別に思ってねぇよ!! その発言が無かったらな!!」

「いや本当にそんな事は――」

 

 弁解の言葉を口にしようとしたら周りからシャドウが出てきて囲まれてしまう。しゃらくせぇな……

 

「クソッ、囲まれたか!! ジョーカーそっちに逃げ道は無いか⁉ ワイヤーで――」

「ぶっ壊れろや!!」

 

 もう一度ペルソナを呼び出し、辺り一面を火の海へと変える。炎が消えると共に、周りに出てきたシャドウの命の灯火も燃え尽きた。

 

「ふぅ……助かったぜありがとな、ブル――」

「はーー、スッキリした」

「……今スッキリしたって」

「言ってない」

 

 ……言ってないからね?

 

 

 ***

 

 

「これが、オタカラか……」

 

 あれからサクサクっと攻略は進み、オタカラがある宝物庫まであっという間に着いてしまった。そして宝物庫の中央に浮かぶ光る靄のようなものについて、モルガナから説明を受けていた。

 

 オタカラを盗むには形の無い欲望を実体化させなきゃいけない。その為に予告状を出して自身の欲望を盗むと自覚させると、オタカラが実体化する。

 

 うん、原作と設定、方法、共に変わりなし。

 

「オタカラまでのルートは確保した訳だから後は現実で、予告状を出すだけだ」

「んじゃ、今日は引き上げるか」

 

 そう言って鴨志田に見つからないように、パレスを脱出する。一日でオタカラのルートを確保できてよかった。二日かけて攻略するのはただのロスだからな。

 

「ふぅ……疲れた」

「ワガハイとオトモリが先に進めてたとはいえ、一気に攻略したからな。今日はかなり疲れただろう。予告状を出す日はまた後日にして、今日は解散としよう。諸君、お疲れであった!!」

「おつかれ~」

 

 イセカイから帰ると、その場で現地解散になる。

 

「あ、待って乙守君」

「ん?」

 

 帰路に着こうとすると、高巻杏に声を掛けられた。

 

「えっと、今更だけどさ、志帆の事ありがと」

「あー……その事なら本当に気にしないで」

 

 だって俺お礼言われる資格無いし。

 

「それに、まだ終わった訳じゃないからさ。そういう話は全部終わった後に笑いながら話そう」

「……うん、そうだね。頑張ろ!!」

 

 高巻杏はガッツポーズをして気合十分って感じだ。

 

 そうだその意気で怪盗団と雨宮に貢献してくれ。原作のルートから逸脱しない程度に頼んだぞ。

 

 

 ***

 

 

「……」

 

 グループに届いたメッセの内容を確認する。

 

『了解』

 

 短い文面で返信をし、スマホを置いて『† 定められた黙示録(アポカリプス)†』に文字を書き込んでいく。

 

 ……すでに予想外な事は起きている。そしてこれから先もイレギュラーな事は沢山起きていくだろう。

 

 だからこそ、それを記すことも今後のルート矯正に大いに役に立つ……かもしれない。まぁやらないよりはマシだろうからな。

 

 んじゃ、頑張るか。

 

 

 ***

 

 

 4/20 カモシダパレス オタカラ強奪決行日 

  ・絶対に一発はぶん殴ってやる

 

 

 



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#9 俺のこの手が真っ赤に燃える!!

ワシ「お前も文字書きにならないか?」
友人「ならない」
ワシ「ならないなら殺す」
ってやり取り一生してる。


 4/20 雨 

 

 放課後、俺含め怪盗団の面子は、屋上に上がる階段の踊り場付近に集まっていた。

 

「それじゃあ、おさらいするぞ」

「ふむ、はふぉんだ(うむ、頼んだ)」

 

 購買で買ったパンを頬張りながら、作戦の最終確認を始める。

 

「今日の朝、リュウジが予告状を出して、カモシダの歪んだ欲望が実体化した」

「あのビミョーなやつね」

「いや、結構イケてると思ったんだけどなぁ……」

「まぁ、ああいうのは語彙力の問題だから、今度一緒に勉強しようぜ」

「ああ……ん? ひょっとして俺今馬鹿にされた?」

 

 してない。してない。

 

「無駄話してる暇は無いぞ、予告状を目にするインパクトは長続きしないし、二度目は起こせない。オタカラを頂戴するのは今日しかないぜ。準備はいいな?」

 

 モルガナの確認に、全員の首が縦に振られる。

 

「よし、じゃあ蓮、掛け声頼む」

「俺が?」

「お前がリーダーみたいなもんだしな、気合い入れるためにいっちょ頼むぜ」

 

 雨宮が戸惑っているが、全員の目線は雨宮に注目し、言葉を待っている。

 

「――ShowTimeだ」

 

 モルガナの無茶ぶりに少し困惑しながらも、メガネをクイッと上げながら決める。

 

 いいね。様になってる。主人公らしくなってきたじゃん

 

 

 ***

 

 

「にゃっふぅぅーー!!」

 

 実体化したオタカラに飛びつくモルガナ。こんな設定もあったな確か。

 

「んじゃ、無視して運び出しますか」

「スルーするんですか?」

「興奮してるだけだから少ししたら収まるでしょ。猫のマタタビみたいなものだし」

「誰が猫だ!!」

「あ、戻った。ほらしっかりエスコートして」

「いつもはこんな感じじゃ無いんだぞ? もっと紳士で……」

 

 ブツブツ言ってるモルガナを差し置いて、カモシダのオタカラである巨大な王冠を運び出す。

 

「はい、いっちにー、いっちにー……」

 

「はい、どーーん!!」

 

 宝物庫から運び出されたタイミングで、突如バレーボールが飛んでくる。オタカラはボールに当たって地面に転がった。

 

「これだけは絶対に渡さん!!」

 

 転がったオタカラはカモシダの手に収まるサイズで、奴に手中にあった。

 

 まぁ、この展開は避けられないよな。

 

「俺様の周りでちょこまかと……鬱陶しいんだよお前ら!! 俺様が直々に始末してやる!!」

「こっちの台詞だ!! セクハラ野郎!!」

「ふん……勝手な勘違いだな……」

「勘違い⁉ どこがよ!! 周りに言えないようなことをしてたくせに……!!」

「隠してくれたのは周りの連中だ。俺様の実績にあやかりたい大人や、勝ち組願望の強い生徒達……そいつらが俺様を進んで守ったんだよ。皆で『得』する為にな!!」

 

 ……刺さるなぁ俺に。言っちゃえば前世の俺は、カモシダのやってたことを見て見ぬ振りするタイプの人間だった。誰からも嫌われたくなくて八方美人してた。

 

 俺は弱かった。俺は変われなかった。だから死んだ。

 

「あー……痛いオッサンの喚き声って、醜くすぎて耳が腐りそう」

「乙守……お前はいつも……!!」

 

 でもそれはそれ。今は力がある。

 

 世界を変える力が。

 

「さっさと始めようぜ。試合開始のブザーも鳴らしてもらわなきゃ喧嘩もできねぇのかよ」

「舐めやがって……このクソガキがぁぁぁ!!

 

 目の前のカモシダの姿が変わっていく。

 

 元のサイズでは考えられない程に大きくなり、舌は自身の体を一周できる程長く伸びていて、四つの手にはナイフとフォークが握られていた。

 

 『悪魔』と形容するのが一番しっくりくるだろう。

 

「ここは俺様の城だ!! 王の俺が何しようと勝手なんだよぉぉおおお!!」

 

「じゃあ俺“神”な。お前の負け」

「……先輩って仮面被ると性格変わりますよね」

「……自覚はあるよ」

 

 戦闘開始だ。

 

 

 ***

 

 

 まず始めに動いたのは怪盗団。

 

「奪え!! キッドォ!!」

「踊れ!! カルメン!!」

 

 炎と雷が荒れ狂い、カモシダに向かって襲い掛かる。

 

「ぐおぉぉおぉぉぁぁぁ!!」

「よっしゃ効いてんぞ!!」

「こんのクソガキ共がぁ……!!」

 

 カモシダが目の前に置いてあった黄金の杯にフォークを突き立てる。その中に入っていた女体を口に運んでいき、そのまま飲み干した。

 

「ふぅぅぅうう……女の力で回復ぅぅ……!!」

「なっ……!!」

 

 カモシダの傷はみるみるうちに回復し、先程受けた傷は完治していた。

 

「一々回復されてたらキリが無いな……まずは」

 

 ドォン!! と、モルガナの言葉は背後からの銃声に掻き消された。モルガナの頬を掠めた弾丸は見事黄金の杯に命中し、杯にヒビが入る。

 

「先に杯を狙って回復手段を断つ。ボス攻略の定石だな」

「あっぶねぇ!! 当たるとこだったぞブル!!」

「安心しろ、これでもガンナバウトのキルレ0.2だから」

「ダメダメじゃねぇか!! クソッ背後にいるブルに撃たせないようにさっさとあの杯壊すぞ!!」

「おい!! このトロフィーの価値分かんねぇならもう触ってくんな!! もうやめろよ!! 教えたか――」

 

「魅せて!! サンドリヨン!!」

「威を示せ!! ゾロ!!」

 

 カモシダの言葉を無視して、二体のペルソナから暴風と光の刃が飛び出し、黄金の杯に襲い掛かる。ヒビが広がり、縁の方は今の攻撃で所々欠けていた。

 

「やめろと言われると」

「やりたくなっちゃいますよね。今ですジョーカー先輩!!」

「ああ、アガシオン!!」

 

 ダメ押しとばかりに、雨宮がペルソナを出して、杯に突撃させる。

 

「やめろぉぉおお!!」

 

 カモシダの叫び虚しく、雨宮のペルソナの攻撃を受けた杯は粉々に砕け散った。

 

「あ、ああ……全日本で……優勝の時の……」

 

 呆然自失としているカモシダを全員で取り囲む。

 

「こんな事して許されると思ってんのか⁉ 俺様はな……いいか? ……俺様はなぁ……カモシダなんだぞ!!」

「それがどうした」

 

 雨宮はカモシダの言葉に間髪入れずに返答する。だからなんだと。そんな事であの非道な行いが許されるものかと。

 

「だからぁ……俺様はカモシダなんだ!! 俺様は王なのだ!!」

「……可哀想ですね。過去の栄光にしがみつく、自分の醜さに気付けないなんて」

「いいから、そのオタカラさっさと寄越せや、オッサンの自分語りとか時間の無駄なんだよ」

「黙れ!! これは誰にも渡さん!!」

「まだそんな事言う元気があるのかよ。ならこっちも全力でやってやる!!」

 

 モルガナの合図で全員で総攻撃を仕掛ける。縦横無尽に駆け回りカモシダをリンチする。かなりの痛手は与えたが、まだ戦闘不能には遠い。

 

(まだだ……まだ)

 

 乙守は機を伺っていた。自身のペルソナの攻撃が一番効果的に入るタイミングを。

 

「どこまでも俺様に盾突きやがって……こうなったらあれやるぞ!! 奴隷共!! あれ持ってこい!!」

 

 カモシダの周りにいた鎖に繋がれていた奴隷のシャドウが解き放たれ、カモシダが望むものを持って来ようする。

 

「俺が現役の頃ブイブイ言わせてた必殺スパイクだ。いいか『必』ず『殺』すスパイクだ!!」

「カ、カモシダ様!! 今お持ちしました!!」

「おせぇんだよ三島ぁ!! お前はいつもとろいんだよ!!」

「は、はい、申し訳ありません。カモシダ様」

「み、三島君⁉」

 

 もちろん本物の三島ではない。カモシダが認知している三島だ。現実での扱いは奴隷と同義なのだろう。

 

「よし三島ぁ!! 俺様にパスしろ!! トス上げるぐらいグズのウスノロのお前でもできるよなぁ!!」

「は、はい、いきます!!」

「不味い!! 全員防御しろ!!」

 

 モルガナの言葉に全員が防御の態勢をとるが、乙守だけは、前に出ていた。

 

 そしてある姿勢をとった。

 

「ブル!! お前何してんだ!!」

「いいから見てろって!!」

 

 その姿勢とはレシーブの構え。乙守はカモシダのスパイクを受け止める気だった。

 

「ナメやがってぇ……!! お前から消してやる!! 喰らえ!!」

 

 そうして打たれるカモシダの必殺スパイク。そのボールは寸分の狂い無く乙守の腕へと着弾する。

 

「うおおおぉおぉぉおお!!」

 

 着弾するも、上に跳ねることなく、ギュルルルル!! と回転しながら、乙守の腕にめり込んでいる。

 

「ド・根性ぉぉぉおぉぉおおお!!」

「な、なにぃぃい!!」

 

 スパイクの勢いに負けることなく、乙守はボールを打ち上げた。

 

「ッ!! 来いジョーカー!!」

「……!! ああ!!」

 

 乙守はそのままの姿勢で雨宮を呼ぶ。意図を理解したのか、すぐに近づき雨宮は乙守の手に足を掛ける。

 

「うおらぁ!!」

 

 そのまま雨宮を上に打ち上げる。そして雨宮はスパイクの姿勢を取る。

 

「王冠を狙えジョーカー!!」

「……!!」

 

 乙守の言う通りに王冠に目掛けてスパイクを放つ。ボールは見事王冠に命中し地面に転がっていく。

 

「ナイス機転だ!! ブル!! ジョーカー!! ……ってブルその腕!!」

 

 乙守の腕はカモシダの必殺スパイクを受けたせいで、打撲と、摩擦熱の火傷で、青黒く変色していた。

 

「今回復を……」

「いらねぇ。このぐらいで痛がってたまるかよ」

 

 きっと鈴井志帆はこの何百倍も痛く、辛く、苦しい日々を送ったのだから。だからたったこの程度で痛がるわけにはいけないと彼は思っていた。

 

「ジョーカー!! あとは任せろ!!」

「頼んだ!!」

 

 乙守は手を上げ、バトンタッチを要求する。空中から落ちてきた雨宮と勢いよく手を叩くと、彼の体に力が漲る。

 

「アステリオス!!」

 

 彼の咆哮と共に巨大な雄牛が顕現する。

 

 そして乙守は拳に力を溜めるポーズを取ると、後ろのペルソナも連動するかのように同じポーズをとる。

 

(俺の戦闘での役割は、敵に超絶ドデカいダメージを与える事。敵を一撃で倒せるような威力を叩き込むこと)

 

 乙守のペルソナに変化が起きる。具体的にはペルソナの拳が光り輝き始めた。

 

(弱点を突くのは向いてない。だから尖らせた)

 

 拳から炎が上がる。眼前の敵を排除しようと赫灼と燃え盛る。

 

(この技を!! 全身全霊(SP全消費)でぶちかます!!)

 

 

 きっかけは、『刈り取るもの』との戦闘で放った全力のティタノマキアだった。

 

 『刈り取るもの』には火炎耐性が付いている。いくら最上級の火炎魔法と言えど、まだまだ弱い乙守は『刈り取るもの』を傷をつける事すら出来なかっただろう。だが結果的に少しではあるがダメージは入り、怯ませる事はできた。

 

 そしてあの時の乙守の残りSPには余裕があり、まだスキル二発は打てたはずだったが戦闘終了後にはすっからかんだった。

 

 この事から乙守が考えたのは、スキルはSPの消費量から威力が決まるという事。最低でもゲームに書いてあるSPは払わなくてはならないが、それ以上のSPを出せば、その分威力が上がるという事を乙守は気付いた。

 

 そして編み出した、彼の必殺技。

 

 

「本物の必殺技を見せてやるよ!! 『必』ず『殺』す技だ!!」

 

 真っ赤に燃えるその拳を振りかぶる。

 

「超・必・殺!! 赤・灼・爆・拳!!」

 

 拳がカモシダの顔に向かう。カモシダは咄嗟にナイフとフォークで防御するが、拳に纏った熱と炎で融解し、そのまま顔面へと拳が入る。

 

「あ゛あああぁぁぁあ!!」

 

 カモシダに顔面に入った瞬間、大爆発が起こる。カモシダはそのまま後ろに吹き飛び、宝物庫の扉を破って宝物庫に入っていった。

 

「ウィィィィィィイイ!!!!」

 

 爆発の煙が晴れた後、乙守と彼のペルソナは、勝利の雄たけびを上げながら、ビクトリーポーズを決めながら立っていた。

 

「あぁ……」

 

 戦闘終了の合図は、彼が後ろに倒れた音だった。

 

 

 ***

 

 

「いやーゴメン。全く動けんわ」

「いやマジで凄かったぞ!! なんだアレ!!」

「凄い派手でしたね!!」

 

 スカルと、ヴァイオレットに肩を貸して貰いながら立ち上がる。

 

「あれこそ俺がこっそり編み出した究極奥義。その名も『赤・灼・爆・拳』だ!!」

「超必殺技じゃないんですか?」

「そこはどうでもいいんだよ。あ、体動かないから、俺のポッケから缶だしてくれない?」

「了解です」

 

 SP全消費だけじゃなくて、HPも全部では無いけど持ってかれる。雑魚には絶対使えないし、ボスでもトドメを刺す時じゃないと、放った後に隙が大きくて死ぬ。使いどころを見誤ったらダメだな。

 

「……先輩」

「どしたん?」

「先輩の衣装。すっごくモフモフしてます!!」

「まじかよ!! どれどれ…… うっわマジだ!! 犬じゃんコレ!!」

 

 肩を貸してくれた両名は、俺の衣装のモフモフを堪能している。いや分かるけどね? 俺の衣装の毛皮すっごいモフモフだ――ひうっ⁉

 

「あの……ヴァイオレットさん……そこ俺のお尻だから」

「えっ、あっ、すっすすすすすみません!! 私調子乗ってなんてことを……えと、缶ってこれですか?」

「うんそれ。ありがとね」

「い、いえ。……本当に……すいません」

 

 顔を赤めながらこちらに缶を渡してくる。

 

「スカルー飲ましてー」

「ったくしゃあねぇ……って臭っ!! なんだこれ⁉」

「秋葉の自販機で買った闇鍋缶、って臭っ⁉」

「え、飲むのお前コレ?」

「今日何故かこれしかないし、飲まなきゃ動けないし……一気に流し込んでくれ」

「分かったいくぞ……!!」

 

 そうして俺は口をつけ……………………

 

「おい大丈夫か?」

「………………前世の記憶が蘇ったわ。酒飲んで死ぬ記憶」

「お、おう。無事じゃないけど無事みたいだな」

「……肩ありがと。もう立てる」

 

 気分は悪いが、取り敢えず動けるようにはなった。

 

「おい、もうオタカラは回収したからとっとと撤退するぞ」

「あれカモシダは?」

「お前らが漫才してる間に成仏、もとい現実のカモシダの心に帰っちまったよ」

 

 見逃した。でもちゃんとイベント消化出来たみたいで良かった。

 

「オタカラが無くなったからこのパレスはじき崩れる。脱出するぞ!!」

 

 

 ***

 

 

『目的地が消去されました』

 

 崩壊するパレスから命からがら脱出し、現実へと戻ってくる。

 

 オタカラはメダルへと変換され、パレスは崩壊した。これで鴨志田の改心は完了したはず。

 

 鴨志田が改心したかどうか確かめたいところだが、待つしかないとのことで、今日のところは解散となった。

 

「なぁ、さっきの必殺技って技名叫ぶ必要あったのか?」

 

 帰り道が一緒になった雨宮&モルガナがそんな無粋な事を聞く。理由? あるに決まってるだろ。

 

「技名を叫ぶと……超気持ちいい」

「そんな事かよ……」

「そんな事ってなんだよ……これ、キマるぜ」

 

 あと、大きな声をだすと力が増す『シャウト効果』っていうのもあるらしいからそれも理由。

 

「乙守これ」

 

 雨宮がバッグから袋を取り出すとこちらに差し出してくる。

 

「これ、俺がお世話になってる診療所の薬、よく効くから」

「え、いいのか? お前が持ってた方が良いと思うし、こんな傷唾つけときゃ治るし」

「打撲に唾は意味ないだろ。今日勝てたのは乙守が体を張ってたところが大きいし、なにより……個人的な恩もある」

「個人的な恩?」

 

 なんかしたっけな俺?

 

「俺も、鴨志田の行いが許せなかった。だけど廃人化させるリスクを負ってまで『改心』させる踏ん切りがつかなかった」

「……」

「でも乙守が鴨志田に歯向かったって知って、それでちゃんと助けてくれって言ってくれたから……その事が、俺の行いは間違ってないって言われてる気がしたから、俺の恩人でもある」

 

 雨宮は過去に、獅童という政治家に絡まれていた女性を助けに入るも、冤罪を掛けられ、自身の行いを否定された出来事がある。

 

 結局俺達がやった事は自己満足の正義だ。余計な事するなっていう批判が起こる可能性もある。出る杭は打たれるように、被害者である周りが俺達を排除するかもしれない。だからこそ明確な動く理由が、動機が、欲しかったんだろう。例えば、被害者である俺が助けを求めるとか。

 

 『お前が正しい』って肯定があれば、行動に迷いは無くなるからな。

 

 まぁそれにしても

 

「恥ずかしい事言うよなぁ」

「そうか?」

「ワガハイから言わせたらどっちもどっちだぜ。オトモリは必殺技の名前つけちまうんだからな」

「いやカッコいいだろ『赤・灼・爆・拳』。技名の候補何個か考えたけど聞く? 『赫灼熱拳』とか『ゴッドフィンガー』とか『ボルカニックナックル』とかもいいかなって思ったんだけどさ」

「なんでその中で選んだのが、絶妙にダサいアレなんだよ……」

「ダサい……ダサいかなぁ……まぁいいや、雨宮、一つ良い事教えよっか、正義がどうやって決まるのか」

 

 俺は芝居がかったように両手を広げる。

 

「正義は何に決められた? 

 人が決めたのか?

 法律が決めたのか?

 常識が決めたのか?

 俺に言わしてみれば全部違う。答えはな……俺が決めたんだ」

 

 何言ってんだコイツって顔されるけど、そのまま言葉を続ける。

 

「俺が決める。正義も悪も、好きも嫌いも、有益か無益かも。だって世界の中心に俺はいるから」

「傲慢過ぎないか?」

「傲慢じゃないさ。だって俺が死んだらこの世界は無くなる……いや消滅はしないけど、この世界を俺は認識はできなくなるだろ。それって自分の見てる世界が滅んだと同義じゃないか? つまり死=世界の終わり。からの俺=世界の中心ってわけ」

「んな滅茶苦茶な……」

「まぁ何が言いたいかと言うと、もっと我儘になって、自分に自信持てって事だよ。たとえこの改心で損をする奴が出ても、俺達は救いたい人を救った。俺達は正しい事をした」

「……ああ。頭の隅に置いておく」

 

 俺の言いたい事が伝わったのか、雨宮が少し微笑みながら返す。

 

「今の言葉って誰かの受け売りだったりするのか?」

「…………いーや。俺が長年生きてきて開いた悟り」

「いやオマエ、レンと同じ年だろ」

「そういやそうだったわ」

 

 




 補足説明

 ・乙守の『赤・灼・爆・拳』についてですが、これは『ペルソナ5S』のSHOWTIMEに名前を付け、消費HP、SP設定をして、無理矢理ペルソナのスキルに落とし込んだものって感じです。オリジナル技はこれだけでこれ以上はもう絶対に出しません。多分。

 Q, わざわざ必殺技を編み出すんじゃなくてSP全消費ティタノマキアでいいのでは?
 A, 乙守「殴って爆発した方がカッコいいから」



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#10 記憶したか?

 5/2 月曜日 晴れ

 

 

「死んでお詫びします……」

 

 カモシダパレス崩壊から数日後。自宅謹慎を経て鴨志田は全校朝礼に顔を出した。そして壇上に上がると自分がしてきた悪事を告白し、泣きながら土下座した。もちろん俺の不当な退学の件と高巻杏に関係を迫っていた事も告白した。

 

 ゲームしてても思ったけど、やっぱりこのシーンは痛快だよな。今回はホッとしたって気持ちが大きいけど。退学しなくて良かった事と、ゲームのシナリオ通りに進んだこともあって。

 

「誰か……誰か、私を裁いてくれぇぇ……!!」

「……」

 

 ……でも少し変わったのは、高巻杏の説教が無くなった事だな。鈴井さんが自殺未遂しなかった事で、鴨志田に怒りの感情はあれど、そこまで激情に駆られているって感じじゃなさそうだったもんな。

 

「朝礼は終了します!! 解散!! 解散して!!」

 

「コレ、『予告』通りじゃね?」

「怪盗ってマジだったって事?」

「鴨志田がなにかされたのか?」

「いや、心盗むとか、ないだろ!!」

 

 慌てて他の教師が生徒を教室に戻す指示を出すが、周りの生徒達はそんな事に聞く耳持たずにあちこちで鴨志田について話を始める。

 

 俺は優等生なので、先生の言う事を素直に聞いて教室に戻ろう。

 

 戻る際に、少し遠くにいた芳澤すみれと目が合ったので、芳澤すみれにしか見えないようにこっそりピースを送った。あちらもこっちを見てピースを返してきたけど先生に注意されてて笑った。

 

 この前とは立場が逆だな。先生の言う事はちゃんと聞かなきゃダメだぜ。

 

 

 ***

 

 

 放課後。俺は人目を避けて屋上に来ていた。怪盗団からの連絡で取り敢えずアジトに集まろうとの事だった。

 

「……お疲れ」

「おー、お疲れさん。……お前なんか疲れてる?」

「まぁ……今は俺の話題で持ちきりだから色々聞かれたり、噂されたりでちょっと気疲れ。いやぁ人気者って辛いわー!!」

「全然元気そうだね。乙守君が脅迫した!! みたいな噂立てられてたのに」

「噂は噂。真実はいつも一つ!! そして真実は――」

「『俺が決める』か?」

 

 俺が言おうとしてた台詞が雨宮に盗られる。言葉まで盗んでいくな。

 

「なにそれ?」

「まぁ……ちょっとな」

「すみません!! 遅れました!!」

 

 屋上に入ってくる芳澤すみれ。どうやら新体操の情報の伝達で少し遅れたみたいだ。

 

「さてメンバーも揃った事だし、今後の事について話すか」

「今後?」

「作戦が成功したんだぞ? この後やる事と言ったら打ち上げだろ!! 祝杯を挙げようぜ!!」

 

 モルガナが若干興奮気味に提案する。

 

「いいなそれ!! 賛成!!」

「私も異議なーし!!」

「右に同じく」

「俺もー」

「私も賛成です!!」

 

 誰も反対意見を出すことなく、全会一致で怪盗団の初仕事の打ち上げが決まった。

 

「全会一致って事でスケジュールを決めるぞー!! ヨシザワ、部活が空いてる日っていつだ?」

「えっと……ちょうど連休の最終日が空いてます」

「ナイスタイミングじゃん。次の日から学校生活から勢いつけられるし!!」

「日付は決まったな。次は資金の事だが、カモシダから頂戴した金メダル売っぱらおう」

「つか金メダルってどんぐらいで売れんだよっと……って三万⁉ 金メダルの価値って三万かよ⁉」

「パレスで稼いだ金に比べたら、はした金だな」

「打ち上げするには丁度いい金額だろう。場所はどこにする?」

「私行ってみたいとこある!!」

「あ、俺も!! 行ってみてぇラーメン屋があってよ――!!」

「竜司覚えてるー? 中学で貸したお金」

「あ、てめ。今それ出すのズリぃぞ!!」

 

 和気あいあいと打ち上げの予定が決まっていく。

 

 そこに湿っぽい空気は全く無くて、年の近い友人達の談義って感じで本当に、楽しかった。

 

 

 ***

 

 

 5/5 晴れ 

 

 

「うめぇ……」

「さすがアン殿が選んだ店……」

「そりゃそうだよ有名なホテルだよ?」

 

 日付と場所はゲームと変わる事なく、怪盗団はビュッフェに来ていた。ただ一つ変わっているところは……

 

「乙守先輩、それだけでいいんですか?」

「俺、こういうバイキング形式って何とればいいかわかんなくて、とりま色んな料理少量とって最後に気に入ったもの食べるようにしようかなって」

 

 芳澤すみれがここにいる事だ。今日は正式に怪盗団が発足する日、そこに芳澤すみれが立ち会う。そこで芳澤すみれが怪盗団に正式に加入するか、仮加入するのかが決まる。

 

 正式に加入したら……どうなるんだろ? どうすりゃいいんだろ。加入を止める必要はあるけど、入ったとして何が変わる? 

 

 えっと……まずは三学期のイベントが変わるだろ。

 

 ジョーカーとヴァイオレットが敵対するイベントが無くなる。いやこれは芳澤かすみを救った時点で無くなっていて……

 

「オトモリどうした? 箸が止まってるぞ」

「あ? ああ、ちょっと考え事」

「そういや警察が学校に来るって言ってたしな。胡桃の名前出るかもな。直前まで争ってたし」

「胡桃って呼ぶなって言ってんだろ」

「ていうか、なんで下の名で呼ばれるの嫌がるの? 胡桃って名前可愛いのに」

「そりゃ可愛いから呼ばれたくないっしょ」

「いやもうその理由が可愛いんだけど。多分呼んでくる人間ってそういう反応見たくて言ってる節あると思うよ」

「え、あー……なるほどね」

 

 盲点。モルガナ猫じゃねーよ理論ね。ちょっかいかけたくなる心理的な。

 

「……じゃあ慣れた方がいい?」

「うん。ついでに苗字呼びもやめようよ。よそよそしくて距離感感じるし」

「あ、それ私も思ってました。私後輩なのに、『芳澤さん』ってなんか違和感があって……」

 

 名前呼びかぁ……昔は全然名前呼びは抵抗なかったんだけど、俺って前世と年齢合わせると、30過ぎだから……

 

 30……過ぎ……

 

「どしたん胡桃?」

「いや……ちょっとダメージが……うん、呼ぶよ。下の名前」

 

 ……30過ぎのオッサンが女子高生の名前を呼ぶのって事案って感じしたけど、肉体年齢若いからセーフだよね? まだ自分のことオッサンって認めなくてもいいよね?

 

「そういや、学校でも怪盗団が話題になっててよ。ほらこれ見ろよ」

 

 竜司がスマホの画面を見せてくる。そこに映ってるのは『怪盗お願いチャンネル』のページ。

 

「『怪盗よくやった』、『これで私も頑張れる』、『勇気をくれてありがとう』」

 

 中には、怪盗の存在についての考察みたいな投稿もあったが、書かれていることはポジティブなものばかり。

 

「ちょっと嬉しくね?」

「なんか……不思議な気持ち」

「だよな……なぁ、これからどうする?」

「時間は平気か?」

 

 竜司の問いを、問いで返す蓮。

 

「は?……やっべそうだよ!! 一時間だっけか!!」

「あと50分……スイーツメニュー食べつくさなきゃ……!!」

 

 そう言って竜司と杏が、料理を取りに席を立つ。

 

「クルミは行かないのか? 皿空だけど」

「多分あいつら食べきれない量持ってくるから、それ待ち」

 

 

 ***

 

 

「山盛りで持ってくるなよ……いただきます」

 

 杏と竜司が持ってきた料理の山(主に豆)をつまんでいく。あ、うめぇ

 

「豆好きなん胡桃?」

「まぁ……栄養価が高いから嫌いじゃない。ウチでもよくグラノーラの中に入ってっから」

「グラ……ノーラ?」

「コーンフレークの健康に良い版みたいなもん。ウチの親が健康食品好きだからな。よく食うんだよ」

 

 ウチの母親は健康重視の食事を出してくる。朝は大体グラノーラだし、青汁毎日飲まされるし、この前は豆乳鍋が週5で出てきたし、おかげでピッチピチ健康体の高校生が出来上がってる。

 

「へぇー……じゃあ私も少しつまんじゃお」

「ちなみにカロリーは、白米より高い」

「やっぱこの豆、胡桃に全部あげるね」

「ぶっちゃけ、そんだけスイーツ食ったら割と手遅れだと思うけど」

 

 カロリーもよく取れるので、太らないように定期的に運動してるから本当に生活習慣病とは無縁っていう生活してる。母親さまさまだ。

 

 まぁ、太る要素の糖質は大豆の方が低いんだけども。

 

「よしワガハイ達も取ってくるから、荷物番頼む」

「いってら」

 

 ……この豆うま

 

 

 ***

 

 

「ふへー食った食った!!」

「ごちそうさまでした」

 

 豆ばっか食ってたら時間が来てしまった。いやフツーにうまかったな豆。また食いたい豆。

 

「俺トイレいってくるわ」

「……俺も」

「いってら」

 

 蓮と竜司が席を立ってトイレに行く……確かこの後イベントがあったよな。獅童との因縁の。俺は……居合わせなくてもいいかな。

 

「えっと……杏さん」

「呼び捨てでいいよ。なに?」

「あー……杏。ここって本当は鈴井さんと来たかったんじゃないの? 別に連れてきてよかったのに」

「あ、そうそう志帆と話してここイイねーってなって、いつか行く予定だったんだけど、でも今回は怪盗団の打ち上げだからさ、うん。だから今日はその下見って事で!!」

「ああ、そうだね」

 

 ……そっか。鈴井さんと一緒に行ける()があるのか。いやゲームでも別に死んじゃいないけどさ、ゲームじゃ自殺未遂した後リハビリとか転校とか色々大変で遠い未来って感じだから。この世界じゃかなり近い未来になったな。

 

「っていうか私も聞きたかった事あるんだけどさ、すみれちゃんとどういう関係? 接点ほぼ無いよね?」

「んぐっ……⁉」

「どういう……どういう関係……難……これ言ってもいい?」

「そ、そんな隠す関係じゃないと思います!!」

「了解。初対面が事故から庇った時で、この前パレスに事故で入ってきて知り合いになった」

「あ、そんな感じの……ん? そういえば私、まだ事故のお礼言ってませんでしたよね?」

 

 すみれが姿勢を正し、こちらに向き直る。

 

「あの時、助けていただきありがとうございました」

 

 そして礼儀正しく頭を下げた。

 

「お礼はパレスの時助けてもらったからもうお腹いっぱいなんだけど。うんありがと」

「ええ、今後ともよろしくお願いしますね、胡桃先輩!!」

「……もしかして結構決定的な瞬間見ちゃったカンジ?」

 

 杏は両手の人差し指と親指で四角を作って、そこからスクープを撮ったように覗いてくる。

 

「あんま茶化さないでよ」

「いやいや、結構胡桃の交友関係って私の中で謎なんだって。竜司とは割と前から仲良かったみたいだし」

「あーそれは体育の時に……」

 

 それから蓮と竜司が帰ってくるまで雑談は続いた。

 

 

 ***

 

 

「……なぁ俺らなら助けてやれんじゃねーのか?」

 

 蓮と竜司が帰ってきたら、竜司がぽつりと話し始めた。

 

 さっき起こった獅童の出来事と、今回の鴨志田の事件。

 

 そして、俺達は悪い大人達を成敗できる力を持っていて、困っている人を助けられるという事を。

 

 その事から俺達で怪盗団を続けた方がいいという提案を出した。

 

「俺は別に構わない。胡桃は?」

「やるよ。俺も好きだし、人助け」

 

 蓮から振られるが、俺はもちろんイエスだ。間違ったルート行きそうだったら修正しなきゃいけないからな。

 

「私も。困ってる人を見過ごしたくない……!!」

「スミレはどうする?」

「私は……私も……やりたいです」

 

 すみれはモルガナの問いに若干迷いを見せるが、はっきりと加入の意志を示す。

 

「でも……私は人助けが主な理由じゃなくて、私自身を磨きたくて」

「磨く?」

「はい。私、新体操で結果出なかったんですけど、ペルソナに目覚めてから調子がいいんです。でもあともうちょっと足りなくて……その足りないものがここで見つかる気がするんです。だから先輩達みたいな綺麗な理由じゃなくて下心満載な理由なんですけど……」

「それでも構わない」

「……!! それでは、これからもよろしくお願いします!!」

 

 蓮から加入の許可が下りて、正式にすみれが加入する。正直こんな展開になるとは思ってた。ここで止めてもあーだこーだ言って入ってきそうだし。

 

「これにてワガハイ達は、駆け出しだが、怪盗『団』になれたって事だな」

「駆け出しか……なんかウチらっぽいね」

「おっしゃ決まりだな!! クソな大人共あっと言わして、俺らのこと世の中に知らしめてやろうぜ!!」

「じゃあさ、リーダーはどっちにする?」

 

 ……どっち?

 

「どっちって何が?」

「そりゃもちろんワガハイかレンか――」

「いや、蓮か胡桃の二択」

「えっ俺?」

「ガーン!! ワガハイ……ワガハイ……

 

 まさかの予想外なとこから流れ弾が来たな。

 

「うん。どっちも行動力あるし、なんかあっても臨機応変に対応できそうだし」

「確かにパレスで鴨志田とやり合った時、お前らすげー活躍してたからな」

「……候補上がってありがたいけど、俺は降りるよ。前に立って引っ張るの向いてないし、戦闘については『ジョーカー』の方が万能だからな」

 

 原作通り蓮にリーダー任せたいってのもあるけど、俺自身リーダー気質じゃないからそういう役割嫌だ。

 

「じゃあ蓮に決定でいい?」

「俺は構わない」

「よし、リーダーは蓮に決定な。じゃあ次、名前考えようぜ!! 予告状に名前入ってたらカッコいいだろ!!」

「フッ……俺の出番だな」

「クルミは座ってろ」「下がれ胡桃」

「何でだよ!!」

 

 蓮とモルガナにお前はやめろと抑えられる。

 

 その後も俺が出した怪盗団の名前はことごとく却下され、最終的にはデフォルトで決まっている『ザ・ファントム』になった。

 

 クソッ……ここはもっとカッコいいオリジナルの名前にしたかった……

 

 

 ***

 

 

「もしもし?」

『あ、乙守君? ごめんね、こんな時間に』

「いや全然大丈夫。あと寝るだけだから」

 

 連休最終日の夜に、鈴井さんから電話が掛かってきた。

 

『本当は、会ってお礼言いたかったんだけど、学校じゃ乙守君、話しかけて欲しくなさそうだったから』

「え、そんなだった?」

『うん、「俺に構うんじゃねぇ」って雰囲気出てたよ。それでも新聞部の人が絡みにいってたのは見てたけどね』

「あー……あの人は凄かった。凄い面倒臭かった」

『だから話しかけるタイミングも無くなっちゃって、鴨志田先生の事件が収まったら直接言おうと思ったんだけど、どうしても今言いたかったから言うね』

 

 

『助けてくれて、ありがとう』

 

 

 胸の奥がチクり、と痛む感覚があった。

 

 

「別に……俺は……何も。それにこれから大変なのは鈴井さんの方だし、警察とか来て大変でしょ」

『確かに大変かもだけど、乙守君も鴨志田先生の事で大変な事したんでしょ? ならそれに比べたらへっちゃらだよ』

「……俺、別に何もしてないし。勝手に鴨志田が白状しただけだから」

『ふふ、そうだね。そういう事にしておくね』

「……また、なにかあったら言って」

『うん、でも私も強くなるから大丈夫だよ。今度は助けてあげられるようになるから』

「そっか。そうだよね……うん、困ったら頼るよ。特に新聞部に絡まれてたら助けて」

『ふふ、割り込んで助けるよ』

「ありがとう、じゃあ、また」

『うん、また明日』

 

 そう言って、通話は切れた。

 

「……ハァ」

 

 本来、俺はお礼を言われる資格はない。

 

 確かに助けたいという気持ちはあった。悪意を見過ごせないという気持ちもある。

 

 ただそれは俺が望む結末と天秤にかけたとき、その気持ちは切り捨てる事が出来てしまった。その証拠に俺は、一年間も見て見ぬふりをし続けてきたのだから。

 

 昔の俺は、理想の為に生じる犠牲は仕方ないと思っていた。鈴井さんの事も本当は何も手を出すこと無く自殺未遂させ、原作通りのルートに乗せようと思っていた。

 

 しかし関わってしまったのが問題だった。

 

 鈴井さんは良い人だ。こんな人を悲劇に遭わすのは良くないと思ってしまった。助けたいと思ってしまった。

 

「……変わった、よなぁ」

 

 俺の中に、良心も正義感も最初から全部無かったらいいのにと、よく思う。見捨てる事に躊躇せず、そのまま何事も無かったように日々を過ごしていけたらと。

 

 本当は前世の自分がそうだった。他人にいい顔はできるが、別に他人がどうなろうと知ったこっちゃなかった。何もない、空っぽ。

 

 ……何が変わった? 何で変わった?

 

 このままじゃいけない。このままの俺だときっと怪盗団にも愛着が湧いてしまう。そしたらきっと俺は最後に敵対する時も心を痛めてしまう。絆されて怪盗団に寝返ってしまうかもしれない。

 

 醜い現実を、一緒に歩いていくのも悪くないと思えてしまう。

 

 だがそれはダメだ。嫌だ。過去の俺に対する裏切りだ。

 

「……やだなぁ」

 

 ただ、絆されそうになった時の手は考えている。あまり取りたくない手ではあるけど仕方ない。

 

 俺が俺であるために、変わりたくない俺のために。

 

 俺の理想の世界のために。

 

「忘れたくないなぁ」

 

 前世の俺を否定しないために。

 

 

 ***

 

 

 12/31 丸喜先生の力が現実に浸食し始める。

    ・丸喜先生の力で、俺の中にある怪盗団の記憶を消す。

 




 補足説明

 P5Rのゲーム内のクリスマスイヴの日に起きるイベントは丸喜先生の曲解が影響しているので、厳密には12/24が丸喜先生の力が現実に浸食し始める日。乙守の計画は12/31の年越しパーティーに参加してから記憶消す、もしくは記憶を都合良く改変するって感じです。




 カモシダパレス編を5,6話で済ませるつもりが10話まで伸びてしまった……書きたい展開(マルキパレス編)までこの量であと7パレス分ってマ? 
 頑張ります。



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『虚飾』の美術館
#11 あっ! これ進〇ゼミでやったところだ!


 「――が悪い子だったからサンタさん来なかったねぇ」

 

 

 

 

 ***

 

 

「……あ゛あん?」

 

 期末の勉強してたら机で寝落ちしてたみたいだ。体が痛い。時計の針を見ると朝の七時半。学校行くまでにはまだ時間があるから、目を覚ますためにシャワーでも浴びるか。

 

 ……なんか夢を見てた気がするんだよな。凄い鮮明だった気がするんだけど、起きたら夢の内容忘れてしまった。

 

 まぁどうでもいいか。

 

「サイン、コサイン、タンジェントっと……」

 

 今日は5/11。期末試験初日だ。カモシダパレスの一件から色々イベントはあったが、平和に事は進んだ。

 

 三島から怪盗お願いチャンネルの立ち上げを告白され、屋上で新島真に問い詰められ、メメントスに怪盗団が入ってシャドウ中野原を倒したこと&ジョゼに会ってホシを貰った事。

 

 そこに芳澤すみれが居たこと以外はほぼ全て予定通り。イレギュラーに頭を抱える必要なく、期末の勉強に集中できた。

 

咲いたコスモス、コスモス咲いた(sinαcosβ + cosαsinβ) ……熱っ……コスモスコスモス咲いた咲いた(cosαcosβ - sinαsinβ)……」

 

 高校生二週目と言っても、勉強しなくても点数が取れる程俺は頭は良くない。逆に高校生の期末試験を、ノー勉で全教科満点取れる奴なんて日本探して一握りぐらいだろ。俺はそんな天才じゃない。でもゼロからの学びではないのでそこそこの学力はある。いつも学年10位ぐらいをキープしてる程度だ。

 

 

タンプラタンでイチマイタンタン(tanα+tanβ/1-tanαtanβ)っと……………………」

 

 

 ………………ねむ。暖かいシャワー浴びると体がリラックスして眠くなるな。さっさと朝食とって学校行こ。

 

 

 ***

 

 

「ふわ~~ぁ……」

 

 電車の通学時間を利用して仮眠をとった。自分の降りる駅で目が覚める現象は、人類の七不思議に入れて良いと思う。

 

……」

 

 通学路に蓮が見えたので、話掛けようと思ったが、女の子と話しながら登校しているので、気付かれないように影を薄くする。

 

 出来る男ってのは、こういう時に空気を読める男……って、蓮の隣にいるの芳澤かすみじゃね?

 

 すみれと面識は無かったのに、芳澤かすみとは面識があるのか。へー……

 

 つーか横にすみれの姿が見えない。時間ずらして登校してんのかな。普通、兄弟姉妹って一緒に登校するもんじゃないのか? 居たことないから知らんけど。

 

 ……一緒に登校しない芳澤姉妹。蓮と面識がある芳澤かすみ。そして発生していない4/12のイベント(芳澤すみれが主人公と顔見知りになるイベント)……

 

 ――その時、俺に電流走る!!

 

 もしかして、4/12に蓮と会ったのは芳澤かすみの方だったのでは? それならすみれと蓮が知り合いじゃない辻褄は合うんじゃないか?

 

 まぁ、だからどうしたって話だな。きっと4/12のイベントが無くても、蓮とすみれがコープを結ぶフラグは立つとは思うし。今は期末試験に集中するか。

 

 

 ***

 

 

「はい、解答用紙後ろから回してー」

 

 期末試験三日目。やっぱり期末試験なんて嫌いだというのを再確認する。学校の先生の好みで出る問題を解いて、その正答率で学力の優劣を決めるシステムに何の価値があるんだ。これ受けるぐらいだったら、全国模擬試験を受けた方がマシでしょ。

 

 それでも試験期間中は早めに帰宅できるという点は唯一好きな点だったが、それもこの後の全校集会で多少ではあるが時間が潰れてしまう。少し不満だ。

 

 全校集会のため、体育館へと移動中に後ろから後ろから肩を叩かれる。そのまま首を回して振り返ると、頬に人差し指がブスリと刺さる。

 

「あっ、引っ掛かった」

「……ビックリした。こんなベタな悪戯に引っ掛かる俺に」

 

 悪戯してきたのは鈴井さんだった。

 

 鴨志田の事件の後、鈴井さんは転校せずにこの学校に残った。芳澤かすみ生存と同じレベルの、原作とは違う変更点(イレギュラー)。このイレギュラーは大きい。鈴井さんが自殺未遂しなかったことで恐らく、杏が丸喜先生の現実に飲み込まれる可能性が低くなってしまった。

 

 杏が丸喜先生の理想の現実で願ったのは、『鈴井志帆と、平和にショッピングする』という幻想。それが叶った今、杏がこれ以上の理想の世界を望まない限り、丸喜先生の『曲解』に影響される可能性は限りなく低いだろう。

 

 ……結果として俺の首を絞める結果になったが、後悔はしていない。

 

 過程はどうであれ、結果がどうであれ、動機が何であっても。悲劇を救えたという事実を肯定する。鈴井さんが笑える未来を否定しない。

 

 誰が何と言おうと、俺だけは俺を肯定する。……まぁ、俺が大変になるだけだしな。最低限以上の犠牲を出さなかったから俺の美学に反さなかったし。

 

「乙守君。今日のテストどうだった?」

「楽の勝」

「やっぱりかー」

 

 まぁ、今日の現国は、川上先生からテストに出る範囲をあらかじめ教えられてたから、正直楽勝ってレベルじゃなかったな。もう目を瞑って逆立ちして回答出来ると言っても過言。

 

「ね、このタイミングで全校集会って……」

「十中八九、鴨志田の件じゃん? 無暗にSNSに呟かないでくださーいって」

「もう割と手遅れだと思うけどね。『怪盗お願いチャンネル』が出来ちゃってるし」

「だよなー」

 

 本当は知ってんだけどな、この後の全校集会の内容。待望のご対面だ。

 

 ……実際に見るのは二回目だけど。

 

 

 ***

 

 

 校長の紹介で壇上に上がってくる、白衣を着た男性。自己紹介をしようと喋りはじめたが、マイクの不調で、声が出なくなり少々手間取ってしまう。

 

「丸喜、拓人と申します。よろしくどうぞ」

 

 出鼻を挫かれた丸喜は、礼儀正しくお辞儀をするもマイクに頭をぶつけてしまう。その後軽いユーモアを挟みながら自己紹介をした後に丸喜は退場した。

 

 突如やってきたカウンセラーに対する生徒の反応は様々。

 

 優しそうだの、声が渋いだの、色めきだつ生徒もいれば、

 

 胡散臭いだの、頼りないと、疑う生徒も見られ、しまいにはそんな事より明日の期末の勉強をしたい生徒は、聞く耳を持たずに単語帳とにらめっこしていた。

 

 だがただ一人、乙守胡桃だけは尊敬の目を向けつつ、今後のことを考えながら丸喜の事を見ていた。

 

(……さて、どうやって接触すっかな)

 

 その顔に、僅かな笑みを浮かべて。

 

 

 ***

 

 

「乙守君、君はカウンセリングに行くようにね」

「時間あったら行きま~す」

 

 帰り際、荷物を持って教室から出ようとしたら、担任の蛭田からカウンセリングを受けるように言われた。鴨志田と関わりが深かった生徒は必ずカウンセリングを受けなきゃいけないらしい。と言ってもすぐではない。トークグループで、今日は杏が行くとのメッセージがあったので、俺はまた今度にしよう。

 

 つーか、そもそも丸喜先生と会ってどうするかもまだ決まってない。一応やろうとしている事は二つ。

 

 一、『俺は最初からあなたの味方。何でも協力します』

 

 二、『俺、未来知ってます。好きに使ってください』

 

 まず一つ目。丸喜先生からしたら俺も“患者”の一人だ。普通に過ごしたら治療の対象になる。だから俺は丸喜先生に、『あなたの協力者です』と売り込まなければならない。

 

 ならばどうするか、それが二つ目。協力者として隣に置くことのメリットを提示する。別に未来見えますとかじゃなくとも、戦闘出来ますとか、研究手伝えますとかでも良し。役に立つことをアピールせねば。

 

 取り敢えず今は俺の目的は明かさず、怪しまれないように接触する。そして機を見て、俺の目的と、正体を明かす。過干渉して変なこと起こったら困るからな。今は様子見で。

 

 ……蓮がバッドエンドの道を選べば俺は苦労しなくても済むんだけどなぁ。

 

 

 ***

 

 

 夕食の豆腐ハンバーグをちゃちゃっと平らげ、自室で期末試験四日目に向けて勉強していたところ、机に置いてたスマホから通知が鳴る。メッセージの差出人は芳澤すみれだった。

 

『先輩はカウンセリング受けるんですか?』

『受ける。なんか受けなきゃいけんらしい』

 

 適当に返信してスマホを置く。勉強を再開しようとしたところ、同じ差出人からまたもメッセージが届く。

 

『いつ行くんですか?』

 

 ……それ関係ある?

 

『時間見つけたら適当に』

 

 またも超適当に返信する。そしてペンをとって、机に向かおうとすると、再度スマホが震える。

 

『どんな相談も受けるって本当なんでしょうか?』

 

 ………………電話すっか。

 

 

 ***

 

 

 芳澤すみれは自室で悩んでいた。もちろん期末試験の事も頭の隅には置いてはいるが、今はそれよりもカウンセリングの事が頭を支配していた。

 

 カウンセリングで相談したい事は、もちろん新体操のことだが、一つではない。

 

 自分の演技に足りないものをどうやって補うか。

 演技の出来について漠然とした不安。

 そして、姉、芳澤かすみへのコンプレックス。

 

 特にコンプレックスに関しては、ペルソナに覚醒した今でも、ねちっこく心の底の方にこびりついていた。真正面から自分のことを認めたら視認できたコンプレックスという名の黒い靄。

 

 “姉と比べると劣っている”

 

 練習をしていても、その言葉が頭にちらついてしまう。このままじゃいけないと分かっても、その事実に焦っても足踏みを繰り返すばかり。

 

 どうしようと考えたら突如やってきたカウンセラーの存在。渡りに船とばかりに早速相談しに行こうと思ったが、カウンセラーにスポーツの相談ってしていいのか? とか、そもそも、事件で被害を受けた生徒のメンタルケアをしにやってきたのに、個人的な悩みをするのは少し気が引けてしまう。

 

 悩んだ末に出した答えは乙守胡桃にどうしようかと相談することだった。

 

(……ちょっとしつこかったかも)

 

 相談と言っても具体的なものではなく、少しばかりの勇気が欲しかっただけ。なにかしらの言葉をくれたら前に進めると思ったのだ。

 

(……こーゆーとこなんだよなぁ)

 

 だが少しばかり遠回りな言い方すぎたのか、トーク履歴を見ても疑問形しかなく、質問攻めするしつこい奴になってしまったことにネガって机に突っ伏してしまう。

 

(……もう少しで何か掴めそうなのに)

 

 う~ん……と唸っていると、スマホに着信が来る。トークの通知ではなく着信。画面に表示されているのは乙守胡桃の文字。

 

「っ!! ひゃい!! 芳澤すみれです!!」

『……ひゃい。乙守胡桃です』

「……聞かなかったことにしてください」

『ひゃい』

「……先輩?」

『ごめんて』

 

 慌てて電話に出ると、舌が回らなくて噛んでしまい、それを乙守にいじられる。

 

『なんか言いたそうだったから電話した』

「……先輩ってもしかしてエスパーだったりします?」

『いや、あんな質問攻めされると察するでしょ。トークだと長くなりそうで面倒だったから』

 

 で? と乙守が問うと、芳澤すみれは口を開く。

 

「え、と。私、カウンセリングを受けようと思ってて……」

『いいんじゃね?』

「あ、でも、私が行っていいのかなって、メンタルケアのために来て下さったのに、個人的な理由だけで行ってしまって……」

『いいんじゃね? 丸喜先生も言ってたじゃん。色々な相談オールオッケーって』

「でも……」

『うーん、何を悩んでいるか分かんないけど、一人で悩むのは限界があると思う。一人より二人の方が絶対いい結果になると思うし』

 

 まぁ、極めて個人的な主観の見解に過ぎないんだけどね。と言葉が続く。

 

「……先輩って“まぁ”っていうの口癖ですよね」

『え、あぁ……確かに結構言ってるかも。……まぁ言いやすいからな!!』

「フフッ、そうですね……先輩、一つ我儘いいですか?」

『何?』

「“頑張れ”って言ってください」

『頑張れ』

「はい!! ありがとうございます!! 吹っ切れました!! 芳澤すみれ頑張ります!!」

『……ならよかった』

「はい、では明日の試験頑張りましょう!!」

『ん、おやすみ』

「はい、おやすみなさい」

 

 通話が切れる。

 

 聞きたかった言葉を耳に入れ、芳澤すみれの体に力が入る。

 

 言われたかった言葉はまるで、大会で声援を受けたようで、活力が漲る。

 

「よし、頑張るぞ……!!」

 

 また目標に向かって前を向くという決意が、その独り言に含まれていた。

 




 補足説明

 乙守の口癖の「まぁ」ですが、数えて見たところ、11話までに41まぁ言ってました。(地の文含め)



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#12 (よし、楽しく話せたな)

 5/14 土曜日 曇り

 

 今日は期末試験最終日であると同時に喜多川祐介(きたがわゆうすけ)と遭遇するイベントがある。なので今日は早めに家を出て駅で主人公達を待っていた。

 

 そして予定通りにイベントは進み……

 

「君こそ、ずっと探していた女性だ!! ぜひ……俺の絵のモデルになってくれ」

 

 うわメッチャ美形。身長高くて顔が良いってチートだよな。俺にくれよ。

 

「やれやれ、いきなり車を降りたと思えば呆れる程の情熱だな。結構、結構……」

 

 そして車からこちらに話しかけているのが、斑目 一流斎。次のターゲットだ。

 

 この人が『情熱帝国』に出てくれたおかげで、俺はこの世界がP5Rの世界だと気づけたから、ある意味では恩人と言えなくもない。だからといって悪事を見逃したり、改心しない、なんてことはあり得ないけども。

 

 ……いつから班目は悪人になったんだろう。悪人は生まれた時から悪人ではない。班目にも純粋に芸術を追い求める時代があったはずだ。少なくとも幼い喜多川を引き取った頃はまだ悪に染まり切ってなかった。

 

 喜多川の才能に嫉妬した時?

 楽に稼げる方法を知った時? 

 それとも第三者に唆されたから?

 

 考えられる理由は数あれど、いずれも弱い心に負けてしまったのが原因だろう。優しくて真面目な奴ほど壊れやすい。

 

 共感はする。同情もする。理解も出来る。だから『改心』させたい。

 

 鴨志田と違ってあんまり敵意が湧かないのは、俺の周りに被害が出てないのと、過去をほんの少し知ってしまったからかもしれない。

 

「すみません先生!! 今、戻ります。……明日から駅前のデパートで先生の個展が始まる。初日は俺も手伝いに行くから、是非来て欲しい。モデルのことはその時にでも」

 

 考えている間に話を進み、喜多川がチケットを差し出す。このチケットで明日は班目展に行き、シャドウ中野原が言ってた班目の噂が本当かどうか、確かめるイベントが入る。

 

 喜多川から人数分のチケットを受けと………………

 

「……俺の分は?」

「すまない。今は手持ちが三枚しか無い」

 

 喜多川から渡されたチケットは三枚。俺に渡せなかった事を謝罪するが、あまり申し訳そうには見えない。まぁ、俺の事が目的じゃないからな。

 

 ……仕方ない。俺いなくても成り立つから明日は別の事して過ごすか。

 

「じゃあ明日!是非会場で!」

 

 喜多川は班目の車に乗って去っていった。

 

「……うーん。胡桃これいるか? 俺あんまゲージツ? 興味無いし」

「いや行って来いよ。 班目ってこないだメメントスで聞いたろ? 明日はその情報収集ってことで。……諜報活動って怪盗団っぽくてカッコよくね?」

「……確かに。んじゃ明日班目展で諜報活動な!!」

 

 竜司がチケットをこちらに差し出してくるが、適当に言いくるめる。

 

「その前に期末を無事に乗り越えてからだな」

「うへぇ……張ったヤマ当たんねぇかな」

 

 ……竜二はヤマ張るほど勉強してねぇだろ。

 

 

 ***

 

 

 HR終了のチャイムが鳴ると、生徒達は一斉に席を立ち、放課後の予定に沿って活動していく。

 

『悪い。今日は放課後集まれんわ』

 

 怪盗団のトークグループに今日は行けないと投稿すると、『了解』と短く返ってくる。

 

 今日は、丸喜先生と接触したいと思う。タイミングも期末が終わって丁度いいだろう。

 

「……」

 

 保健室の扉の前に立って、深呼吸をする。……多分緊張している。これから始まるのはカウンセリングではなく交渉だ。

 

 一手でも間違えたら、怪しまれてお終い。

 

 かといって慎重になって、距離を取り過ぎても最後に俺を横に置いて一緒に戦ってはくれない。

 

 怪しまれず、信用されるのが大事。……なにそれギャルゲー?

 

 ……まぁ、なるようになるだろ。

 

「……失礼します」

 

 保健室の扉を開けると、椅子に座ってる丸喜先生の姿があった。

 

「いらっしゃい。もしかしてカウンセリングかな?」

「はい。期末が終わってタイミングがいいので」

「そっか。お疲れ様。手ごたえを聞いてもいいのかな?」

「俺、優等生なんで。超絶楽勝でした」

「はは、頑張ったんだね。取り敢えず座って話そうか」

 

 一言二言交わし、座って話そうと提案され椅子に腰を下ろす。

 

「つっても先生に言われて来ただけなんですけどね。あんまり悩み事無いし」

「あはは、そうだよね。……うーん、悩み事が無かったら。世間話とかでもいいよ」

「……そうっすねー」

 

 世間話……ジャブ入れてみるか。

 

「……先生、怪盗団って知ってます?」

「うん、知ってるよ。学校であったちょっとした悪戯だよね?」

 

 ……ちょっと攻めてる話題だと思ったが、丸喜先生の表情は変わらず、動揺している様子もない。この様子ならもうちょっと踏み込んでもいいかな。

 

「悪戯……ですか。俺ホントに居ると思ってるんですよ。怪盗団」

「へぇ……それはまたどうして?」

「だっておかしくないですか? 鴨志田って野蛮で横暴で、まるで王様みたいな奴だったのに、そいつが今更自責の念に駆られて自白? ……絶対に外的要因があったに違いないと思うんですよ」

「なるほどね……それが怪盗団だと?」

「そうです。怪盗団は何かしらの方法で、鴨志田の心を歪ませて改心させた。……まぁ、全部俺の中の妄想と推測ではありますけどね」

「いや、良い考えだと思うよ。……人ってね、自分で変わるのが難しいんだ。年を重ねると尚更ね。『改心』に第三者の影響があったというのは良い着眼点だと思うよ?」

「……ありがとうございます。」

 

 丸喜先生の反応はぼちぼち、悪感情は持たれていないはず。……もう少しだけ攻めるか。

 

「……じゃあ先生は怪盗団肯定派ですか?」

「え?」

 

 恐らくここが勝負所だ。

 

「もし、本当に怪盗団という存在が居て、鴨志田の改心をしたとします。だけど改心の方法はきっと合法とは言えない。心を捻じ曲げるんですから、おそらく洗脳みたいな違法スレスレの方法だと思うんです。……でも、その方法で救われた人も少なくはないと思うんです」

「……つまり、グレーなやり方で生徒を救った怪盗団は、清廉潔白の正義ではないと?」

「そこは人それぞれの価値観です。困ってる人を救った怪盗団は正義だという人もいると思うし、人に言えないことをしている時点で、それは悪だと糾弾する声も出るかもしれない。……それで先生はどっちかなって」

「ふむ……かなり難しい質問をするね……」

 

 まぁ、こういうのは難しい問題だろう。世界中の人が同等の価値観とモラルを持っていたら、戦争なんて起きて無いし、正義と悪なんて言葉も生まれてない。その一定の基準を設けたのが常識であり、法律だが、行動するのは自分だ。

 

 結局、正義か悪だなんて決めるのは自分自身だ。

 

「僕は……怪盗団という存在が、道を外れない限り、正しい存在だと思っている」

「……なーんかいまいちパッとしない答えですね」

「そ、そうかな。でもかなり際どい問題だからね……でも、もし人の心を変える力があるのなら、心に傷を負っている人に対して使ったりしてもいいのかもね。人の心を自分の手で変えて、その人が感じている痛みを無くす……みたいな」

 

 そう言うと、丸喜先生はメガネを掛けなおし神妙な顔になる。そしてぽつりと願いの様な夢を口にした。

 

「いいですねそれ。そんな事が出来たら誰も痛くない世界の完成ですね……本当にそんな世界があればいいのに」

 

 ならばその夢に肯定を。俺はあなたの味方ですから。

 

「……そうだね」

「……うーん。この話凄い難しい話になりそうだから他の話しましょうか」

 

 今日はこのぐらいでいっか。少しは好感度上がったんじゃないか?

 

 後の時間は最終下校時刻のチャイムが鳴るまで他愛のない雑談をした。

 

 

 ***

 

 

「じゃあ、俺はこれで」

「うん。中々楽しかったよ。……本当は僕が楽しんじゃいけないんだけどね」

「いやいや、俺もすげー楽しかったんで。また怪盗団とかの話に来てもいいですか?」

「うん、いつでも来ていいよ」

 

 乙守は「じゃ、また来ます」と一言言うと、保健室の扉から出る。

 

「……ふぅ」

 

 丸喜は溜息を吐きながら椅子に深く座る。乙守との対話からきた精神的な疲れだろう。

 

(……こっちの思惑はバレてはいないはず)

 

 丸喜は怪盗団を利用し、認知の論文を完成させようと考えていた。

 

 カウンセリングと称して怪盗団に話を聞けるのは、これはまたとない大チャンスなのだが……

 

(なのになんだろう、この違和感は。……()()()()()()()

 

 丸喜は乙守に微かな違和感を抱いていた。怪盗団の身分を隠しているのならあまりにも隙がある。少し突っ込んだ質問をしてしまえば「自分が怪盗団だ」と、自白してしまいそうな雰囲気。

 

(怪盗団としての行動した結果に自信が持てなかったとか? 自分のやった事の結果に罪悪感がやってきた……いやそれはなさそうだ。彼はそういうタイプじゃない気がする。まるで、わざと隙を見せて、怪盗団である事に気付いてほしかったような)

 

 う~ん……と唸るも答えは出ない。

 

「……乗ってあげてもいいのかな」

 

 

 ***

 

 

 帰宅し、『† 定められた黙示録(アポカリプス)†』を開きながら先生にいつ正体を明かすか考える。

 

「……んむぅ」

 

 大事なのはタイミングだ。候補としては11月中旬の論文が完成するタイミング。論文が完成したという事は、先生の中の理論が完成したという事。世界を変える力はペルソナの力だが、その力を最大限に引き出せたのは先生の力に他ならない。ならそのタイミングで、俺は自身の正体を明かして先生に手を貸す。「先生の理論を形に出来る世界を教えますよ」と言えば、計画には一枚噛ませてくれそうだ。

 

 あとは12月24日のラスボス倒した後、先生がペルソナに目覚めた途端すぐに先生にコンタクトを取って、味方するのも手だ。というかそっちの方が原作通りに進むから良いのかもしれない。

 

 どちらにしても時が来るまでは、じっくり先生と親睦を深めよう。

 

 




 補足説明

 班目が歪んだ原因は執着心から。『サユリ』が処女作であり、代表作である事から、画家としては遅咲きの部類。若い頃に苦労して獲得した栄華だったからこそ、それに対する執着で班目が歪んでしまったらしいです。(『ペルソナ5』みんなで作る調査報告書vol.2参照)


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#13 ここがあの男のハウスね……

 5/16 晴れ

 

 

 放課後、今日は班目宅に行くために渋谷セントラル街を抜け住宅街を歩いている。すみれは新体操の練習があるので今回の調査は見送りだ。

 

 班目宅は渋谷セントラル街の先にある住宅街。本当の自宅は他にあるらしいが、メディアで公表しているガワの家がそこだ。 

 

「班目ねぇ……中野原が言ってたことが本当なら大スクープだけど」

「それを確かめるために行くんだよ」

「あ。あれじゃない?」

 

 杏が指差したのは、オンボロの今にも倒壊してもおかしくない家。間違いない。ゲームで見た家と同じだ。

 

 

 ***

 

 

『ナビゲーションを開始します』

 

 班目宅に突撃するも、しらを切られあっさり退却。取り敢えずパレスがないか確認しようってことでイセカイナビを起動するとあっさりヒット。蓮が言った『美術館』というワードが引っ掛かり、景色が歪み始める。

 

「あばら家が……美術館……マジ……⁉」

 

 『イセカイナビ』を起動して、キーワードを入れるとあら不思議。あんなボロボロで雨漏りしてそうな家が、瞬く間に絢爛豪華の美術館に!!

 

「マダラメがあばら家をそう認知してるってことだな」

「でも、何で……? 普通に個展で絵を飾っているのに、自分の家を美術館って認識する?」

「その理由は入ってみりゃ分かるっしょ。でも一つだけ言えることは、パレスが存在してそこに『歪んだ欲望』があるって事だ」

「ああ、ブルの言う通りだ。とにかく潜入してみよう」

 

 モナに従って、美術館の裏からこっそり入って、天窓から潜入する。

 

 入るとそこには、自画像とその人の名前のタイトルが飾ってあった。班目は門下生の作品を自身のものとして発表しており、要らなくなった門下生は破門、もしくは美術界では一生食べていけない立場へと追いやられる。

 

 つまるところ、門下生は班目にとって『作品』なのだ。人として扱ってはいない。

 

「おい……コイツって……!!」

 

 そして、喜多川の自画像もそこの展示に飾ってあった。幼い頃から見ていた喜多川も班目にとっては作品なのだろう。しかも才能があり、育ててくれた恩があるため裏切る事は無い。なんて都合のいい道具か。

 

 ロビーを抜けさらに奥へ進むと、『無限の泉』という名の巨大な作品が展示室のど真ん中に鎮座していた。説明によると

 

『彼らは、班目館長様が私費を投じて作り上げた作品群である。彼らは自身の着想とイマジネーションを生涯、館長様に捧げなければならない。それが叶わぬ者に生きる価値無し!!』

 

 と書いてあった。

 

「生活を保証する代わりに、画才ある弟子の着想を奪ってるって訳だ。これが本当なら、マトモな絵描きですらないぜ」

「なんで祐介はこんなやつかばってんだよ!庇う理由ねーだろ!」

「きっと、引き取ってくれて、今まで家に置いてくれた恩だろうね」

 

 命の恩人ってのは厄介な存在だ。だって命は金に換えられない。いくら不当に金をせびられても、着想を奪われても『この人が命を救った』という大恩が、自身の中で大義名分として働いてしまって納得してしまう。質が悪いと一生その事を盾に、絞られ続けることもある。

 

 だから誰にも迷惑を掛けず生きていくのが好ましい。そうすれば人生の枷にはならない。まぁ……そんなことは出来ないけど。基本そんな事故が起きるのって運だしな。喜多川は運が悪かった。

 

「これ、もう斑目が次のターゲットでいいだろ」

「待て、全会一致だろ。すみれに聞かないと」

「それにまだ俺達は班目のことを知らなすぎる。門下生本人に聞くか、喜多川に聞こう」

 

 スカルが班目を次のターゲットに狙いを定めようとするが、怪盗団のルール、『ターゲットは全会一致』が満たされていないため、一応止める。そしてジョーカーも班目の悪事の裏は取りたいとの事で今日はここでパレスを後にした。

 

 

 ***

 

 

『――ってなわけで明日の放課後は班目宅に行くという話で』

『すみません。また部活があって行けそうにないです。すみません』

『それはしゃーない。部活の忙しさっていうのは俺は知ってっからよ。こっちは任せて遠慮なくしばかれてこい!!』

『了解です!! そっちも頑張ってください!!』

 

 怪盗団のトークグループのやり取りを見て少しだけ笑みが零れてしまう。竜司がこうやって先輩風吹かしてるのは初めてみた。確かにゲームじゃすみれと関わってるのは一か月ぐらいしかないし、唯一の年下は双葉だもんな。先輩風吹かすタイミングがないよな。劇中じゃやろうとして失敗してたし。なんというか、高校生らしさってこんな感じなんだろうなって思う。

 

 それはさておき、期末が終わってからはスケジュール通りに進んでいる。これはかなり喜ばしい。このまま何も起きなければいいのに……。っていうかカモシダパレスの時が異常だったんだよ。なんだよ芳澤すみれが加入って。いや俺も鈴井さんを助けて色々ルート乱したけども……。

 

 マダラメパレス編に起きる出来事として、同じ時期に発生するイベントは無いよな? 無かったはずだ。無いであれ!! 

 

 

 ***

 

 

 5/17 火曜日 晴れ 

 

 

「じゃあ、始めよう」

 

 班目宅で、杏をモデルにスケッチが始まった。俺達三人は、喜多川が杏に変な事をしないように見張りと、単刀直入に班目の悪事を聞くためにやってきた。

 

「ねぇ……」

「……」

 

 杏が何か聞こうとしているが無視。声が聞こえていない程の集中力。班目の事を聞けるようになるのは絵が完成した後だろう。

 

「なにしてんだ胡桃」

「ん、ア〇プラでアニメ見てる」

 

 時間がかかりそうなので、こっちはこっちで暇をつぶさせて貰おう。

 

「なに見てんだ?」

「不死鳥戦隊フェザーマン」

 

 不死鳥戦隊フェザーマンとは、この世界の特撮アニメである。ネオフェザーマンやフェザーマンRなどと続くが、俺は初代が好き。

 

「見るか? 喜多川きっと長くなるぞ?」

「じゃあ、遠慮なく」

「あ、俺も」

「イヤホンがねぇな。スマホのアプリで画面共有しながらみるか」

 

 急遽、『不死鳥戦隊フェザーマン』の鑑賞会が始まった。

 

 

 ***

 

 

「ダメだ……すまない、今日は調子が出ない……悪いが、日を改めさせてくれないか?」

 

 ちょうどアニメが見終わった時点で喜多川から今日はもう無理だと言われる。

 

「ふざけんな!! こっちは何時間待たされたと思ってんだ!! あと一話で1クールが終わるところだったんだぞ!!」

「結構楽しんでんじゃん……」

「……? お前らは監視のために来たんじゃないのか?」

「まぁ、それもあるんだけども。本題は班目の噂についてだな」

 

 やっと本題に入れる。

 

 喜多川に班目の噂について聞いた。班目の作品は盗作だという事と、弟子のことをモノのように扱っているという事を言及したら。

 

「お前達の言う通り、俺達は……先生の『作品』だ……だが俺は、自分から着想を譲ったんだ。これは盗作とは言わない」

「絵具みたいに搾り取られたの間違いだろ。物は言いようだな」

「違う!! 先生を侮辱するな!! 今はスランプなだけだ!!」

「だとしても。弟子の着想ありきの作品を我が物顔で展示する奴だろうが」

「……それ以上言ったら名誉毀損と迷惑行為で訴えるぞ。そもそも今日は『モデル』を頼んだんだ。お前達を呼んだ覚えは無い」

「やってみろよ」

「ちょっと落ち着きなって!!」

 

 少しヒートアップしすぎたみたいだ。喜多川はスマホを取り出し、今にも通報しようとしている。が、落ち着きを取り戻し、スマホをしまった。

 

「通報はしない。ただし条件がある。高巻さんにモデルを続けて欲しい」

「え、でもさっき違うって……」

「あれは俺が無意識に君に遠慮してしまっていたから……けどもう心配しなくていい。君が全てをさらけ出してくれるなら……」

 

 喜多川は一呼吸おいてとんでもない事を口にしようとする。

 

俺も全身全霊を込めて、最高の裸婦画に仕上げてみせる!!

「裸婦ぅ⁉」

 

 はい始まった。

 

 

 ***

 

 

『――ってなわけで杏が全裸になります』

『マジですか』

『ならないから!!』

 

 グループチャットで今日起きた出来事を報告している。すみれに情報共有しとかないとな。報連相大事。

 

『てか、班目の事でヤバイ事が分かった。盗作されて自殺した弟子がいるんだと』

『本当か?』

 

 おそらく本当だ。明日イベントで中野原から班目の悪事について告白される。その言質で怪盗団が『改心』に動くのだ。

 

『まぁ、取り敢えず明日は新しいアジトへに集合でいいか?』

『そうだな。渋谷駅の連絡通路に集合って事で』

 

 

 ***

 

 

 5/18 水曜日 曇り 

 

 『イセカイナビ』を起動して、マダラメパレスに潜入する。

 

 つい先ほど、中野原から班目の悪事を聞かされた。盗作のせいで自身の兄弟子は自殺。喜多川も「逃げ出せるものなら逃げ出したい」との発言。その二つから怪盗団は班目の『改心』を決行を決めた。さすがに人が死んだとなれば動かざるを得ないみたいだ。

 

「ふっ……ほっ……」

「やる気満々だなブル」

 

 パレスに入る前に準備運動をしていると、モナに声を掛けられる。

 

 確かに気合いは入っている。マダラメパレスは、オタカラルート確保の日数に最低でも二日はかかる。その理由は班目の認知がパレスに影響し、通行止めになっている箇所があるからだが、その通行止めの箇所に辿り着くまでに日数はかけたくない。それは単なる日数ロスだから。

 

 幸いにも通行止めの箇所までそんなに遠くは無い。油断さえしなければ楽に行けるだろう。

 

 ただ今はそれ以上に……

 

「まぁ。久しぶりの大物だからちょっと気合い入ってんだわ。でもやる気あるのはみんなも一緒だろ?」

 

 やる気があるか問うと、全員が首を縦に振る

 

 パレスがある大物となるとそうはいない。俺一人でメメントスに入って少しレベルアップしていたが、今進めるところにいるシャドウじゃ相手にならなくなってきた。正直言うと物足りない。というかレベルアップの効率が悪い。だからパレスに行けばある程度敵は強くなる。それにマダラメパレスには宝魔も湧くしな。経験値と金が上手い。

 

「……ジョーカーの瞑想が終わったからそろそろ行くか」

 

 瞑想(ベルベットルームでペルソナ云々)が終わったので、ジョーカーの方も準備万端。

 

「怪盗団『ザ・ファントム』としての初仕事だな」

「ああ、派手に行こうぜ!!」

 

 よし!! 何が来てもぶっ飛ばしてやるぜ!!

 

 

 ***

 

 

「ハデニ……イコウゼ……ナニガキテモ……ブットバス……」

「オイ、ブルが何か呟いてるぞ」

「ほっとけ」

 

 俺、出番無し!!

 

 ……アギ系はパンサーが使えるから、俺のペルソナは出番無いし、ちょっと堅い敵が出てもジョーカーがゴリ押しして勝っちゃうし。ジョーカーだけマンパワーとびぬけ過ぎじゃね?

 

 なんて思いながら進んでると、中央に金色に壺が飾ってあるフロアに入る。

 

 あーここは確か……

 

「よいしょ」

 

 ライフルを取り出し、数メートル先に置いてある金色の壺に向かって引き金を引く。ガキン!! という金属がぶつかる音と共に、金色の壺は台座から落ちて後ろへと落ちた。

 

「お、おまっ、オマエ~~!! 折角のお宝を~~!!」

「いたた……叩くなよ。よく見ろあれ」

 

 モナが肉球で足を叩くので、指さして金色の壺の正体を教える。

 

 見事銃弾がヒットした金色に壺は、みるみる内に形を変え、宇宙人の様な姿をしたシャドウへと姿を変えた。

 

 宝魔リージェント。言うなれば経験値が上手いレアモンスターだ。

 

 絶対に仕留めたい敵、ならばやる事は一つ。どこのゲームでも一緒だ。レアモンスターを狩る時は先手必勝。からの瞬殺だ。

 

「もう一発!!」

 

 トドメを刺すためもう一度引き金を引く。命中はしたものの銃撃耐性がある為ダメージはあまり入っていない様子。

 

 なら丁度いい。そろそろペルソナでぶっ飛ばしたかったところだ!!

 

「アステ――」

「マカミ!!」

「え゛」

 

 俺が攻撃するより速く、ジョーカーがペルソナを出して目の前にリージェントにフレイをぶちかました。……リージェントの弱点は核熱。見事ダウンを取り、交渉することなく、そのままジョーカーの仮面の一部としてストックされた。

 

「……」

「あんま膨れないでよ。楽に戦闘出来たのは、ブルが先手打ってくれたおかげだし」

「別にいじけてはないし」

 

 ただちょーーっと戦闘に貢献出来てないから、俺の必要性っていうのを感じてる。俺はいざという時のリーサルウェポンだけど、その『いざ』が無いと戦闘できない。

 

 なんつーか、こう……暇。

 

「げっ……なんだこりゃ」

 

 軽い不満を抱えながら進んでいくと、目の前に赤外線で囲まれたフェンスが行く手を阻む。

 

 側に立っている看板には、『外から開けられないから警備員は注意されたし』的なことが書いてあった。この通行止めがマダラメパレスを一日で攻略できない理由だ。ここから先に進むには、現実で班目の認知を変えなければいけない。

 

 一旦撤退しなければいけない。今日のパレス攻略はここまでか……。

 

 

 ***

 

 

『一肌脱いでくれ』

『だから脱がないから!!』

 

 

 ***

 

 

 5/19 マダラメ・パレス攻略2回目

 ・杏が脱ぐ。

 



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#14 親方、空から女の子が!!

 5/19 木曜日 雨

 

 マダラメ・パレス攻略2回目。杏とモルガナが班目の家を“攻略”してる最中、ジョーカー、スカル、ヴァイオレット、俺の四人はパレスで待機中だ。

 

 作戦はこうだ。

 

 1、まず杏が喜多川の気を引いている隙に、モルガナが例の扉を班目の目の前で開ける。

 2、認知の書き換えが起こり、パレスで通行止めだったところが進めるようになる。

 3、その後俺達が、制御室みたいなものを探し、二度と閉じないようにロックを解除。

 

 割と単純な作戦だがタイミングと速度が命だ。ゲームじゃ、制御室に辿り着くまでに中ボスが一体出現する。それを速攻で潰すのが俺の役目になるだろう。

 

 取り敢えずドアの解除が来るまでひたすらに待つ……

 

「あいつらマジで大丈夫か? 『演技で誘惑してみせる』とか大分ハードル高いこと言ってたけどよ」

「しかも扉が開くところを班目さんの目の前で見せなきゃダメなんですよね? ……それ自体がかなり難しい気がしますが……」

「ソワソワしすぎだろ運動会系コンビ」

 

 スカルとヴァイオレットは落ち着かない様子で体を揺らしていた。

 

「逆にジョーカーとブルは何でそんな落ち着いてんだよ」

「俺は二人を信じてるから。きっとうまくいく」

 

 ジョーカーは、ポケットに手を入れながら余裕を口にする。なにそれかっけぇ。俺も真似しよ。

 

「――俺も二人を信じてるから、きっとうまくいく……フッ」

 

 言った途端ジョーカーに肘で小突かれた。

 

「お二人はホントに緊張してないんですね」

 

 まぁ、俺は成功するって知ってるからな。ジョーカーは……こういうヤツなんだろ。図太というか、緊張に強いタイプ。さすがジョーカー。さすジョさすジョ。

 

「まぁ、待ってる間退屈だから何かしてようぜ。こうなる事見通して暇つぶしの道具持ってきたから」

「何持ってきたんだよ?」

「トランプ」

「……は? する気か? ここで? パレスのど真ん中で?」

「大富豪がいい」

「なんでオメーは乗り気なんだよ!!」

 

 ジョーカーが乗ってくるが二人でトランプは味気ない。あと一人欲しい。

 

「……私も混ぜてください」

「は? マジかよ!?」

「オイオーイ、これで三対一だなスカル……」

「クソ……シャドウから金銭ゆする時と同じ顔しやがって……」

「そんな悪い顔してねぇだろ!!」

 

 スカルが頭を抱えながら唸ったあとにこちらに近寄ってきた。

 

「……で、何すんだよ」

「大富豪。革命・8切り・都落ちあり。他にローカルルール知ってたら入れていいぞ。俺負けねぇから」

「大きく出たな……俺も大富豪は結構強いぞ。二度とそんな口利けないようにしてやろう」

「二度とトランプを触れない体にしてやるよ……!!」

「あれ、これトランプですよね……?」

 

 男ってのは勝負事になると血が滾っちゃうから口が悪くなるのは仕方無い。

 

 

 ***

 

 

「開いた……!!」

 

 ガチャリ……と錠が外れる音と共に班目邸の開かずの扉が開かれる。

 

「そこで何をしている!!」

 

 しかもタイミングよく通りがかった班目が開いた扉の存在に気付く。これでパレスの認知は書き換わり、通行止めが解除される。

 

「こっち……!!」

 

 モルガナと杏は喜多川を引っ張り、開かずの間へと侵入する。

 

 これでモルガナと杏の仕事は果たした。後はパレス班が上手く動くのみ。

 

(後は任せたよ……皆……)

 

 

 ***

 

 

 そのころ一方パレス班は

 

「はいスカル都落ち~!!」

「クッソまたお前の勝ち逃げかよ!!」

 

 大富豪で盛り上がっていた。

 

 一ゲーム終わってまた手札を配りなおそうとしたところで、通行止めとなっていた赤外線で作られた壁が消えた。

 

 

「「「「…………ッ!!」」」」

 

 

 一瞬、何が起こったかとお互いの顔を見合わせ、瞬時に本来の目的を思い出し、その後全員がトランプを置いて走り出した。

 

「うーん……ちょっとリラックスしすぎた?」

「そうかもですね」

「やべーぞ!! さっさと制御室行かなきゃあいつらにどやされちまう!!」

 

 慌てて走る一行の目の前に一体の警備シャドウが立ちふさがる。

 

「ぬっ!! なんだお前達は⁉」

 

 警備シャドウの形が崩れ、ヌエへと変わっていった。

 

「ちっ!! 早速かよ!! どうす――」

「赤・灼・爆・拳!!」

 

 全員が武器を構えるより早く、ブルとそのペルソナは飛び出し、熱が籠った鉄拳をシャドウへと浴びせた。

 

 ヌエは火炎弱点。アギ系が使えるブルにとってカモである。そして最大限に威力を増幅させた技をヌエが耐えられる訳もなく。

 

 ドゴォン!! とパレスに響く様な轟音と共にヌエは吹き飛び、後ろに建ってある金の班目像へとぶつかった。爆炎で生じた煙が晴れたあと、そこにいたヌエの姿は跡形もなく消えていた。

 

「よし、さっさと制御室行くかあぁぁ……」

 

 ブルの言葉が尻すぼみになった後、そのまま倒れた。

 

「おい大丈夫か!!」

「大丈夫!! お前らはさっさと制御室でセキュリティ解いてくれ!! 多分すぐそこだ!! ――俺の事は置いて先に行け!!」

「……それ死亡フラグじゃね?」

 

 一行は取り敢えずブルを回復させようとしたが、ブルの言う通り制御室がすぐそばにあったので先にセキュリティを解くことにした。

 

 

 ***

 

 

「……あ。美味しいこれ」

「口に合ったようでなにより。……追手が来る前にここから離れるぞ」

「ん、了解」

 

 ジョーカーが持ってきたルブランのコーヒーを飲み干し、その場から離れる。

 

「……そういえば、杏先輩とモルガナ先輩は無事に逃げられたんでしょうか」

「そうだなあいつらもうまくやってりゃいいんだけど……」

 

「いやああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 親方!! 空から赤いラバースーツを着た女の子と長身のイケメンが!!

 

「うぐっ!!……うがっ!!」

 

 そしてついでに猫バスもどきに変身できる黒猫も!! ジブ〇映画かここは。

 

「おーい大丈夫かー」

「なんだお前ら⁉」

 

 突如パレスに入ってきた喜多川は混乱している。

 

「落ち着いて喜多川君!! 私だってば!!」

「……高巻さん? じゃあお前らはあの時の……!! ……そこの着ぐるみとレオタードを着ている人は見覚えが無いが」

「初めまして喜多川さん。私はヴァイオレットと言います」

「ヴァイオレット? 外国人か?」

「えーとそういう訳では無くて……」

「色々話すと長くなる。取り敢えず出口まで移動しながら説明するから立て」

 

 ジョーカーが面倒くさそうなやり取りをぶった切る。ここでジッとしてたら騒ぎを駆け付けたシャドウがやってくる。

 

「なぁ……ここは一体どこなんだ?」

「心の中だよ。班目のな」

 

 

 ***

 

 

 何も知らないであろう喜多川に、この世界の説明と、班目の黒い一面を教えていく。喜多川は最初こそ班目の裏を否定していたが、班目の汚い心を反映させたパレスを進む度に、喜多川の根底が揺らいでいく。

 

 

「……こんな、まさか」

 

 綺麗な絵に水を掛けてインクを落とすように、喜多川の中にあった班目の像がぼやけていく。気付きたくなかった真実を目の前で見せられる。

 

「……」

 

 そんなはずはない。認めたくない。だが、確かめなければならないと喜多川の中にある気持ちが膨らんでいく。

 

 そして『無限の泉』があるフロアを通り過ぎれば、出口に出られるといったところでシャドウに道を阻まれる。

 

「くっく……ようこそ、班目画伯の美術館へ」

 

 怪盗団を挟む形で現れたのはこのパレスの主『マダラメ』だった。

 

「王様の次は、殿様かよ!!」

「見た目はバカ殿って感じだな」

「先生……なのですか? その姿は……嘘ですよね……?」

 

 スカルとブルはマダラメの見た目に言及する。喜多川も普段見ている姿とは真逆で動揺している。

 

「あんなみすぼらしい恰好は演出だ。有名になってもあばら家暮らし? 別宅があるのだよ……オンナ名義だがな」

「……っ!! ならばなぜ、盗まれた筈のサユリが保管庫に!! 本物があるのにも拘わらず、なぜあんなに模写があったのですか⁉ 聞かせてくれ、あなたが先生だというのなら!!」

「まだ気づかんのか青二才め。盗まれたなど私が流したデマだ。全部、計算し尽くされた『演出』なのだよ!!」

 

 そう言ってマダラメは『演出』を語る。その話は班目の悪行をしていることの証拠となり、なにより喜多川の一縷の希望を打ち砕くものだった。

 

「そんな……」

 

 喜多川は絶望で膝から崩れ落ちる。

 

「絵の価値など、所詮は『思い込み』……ならばこれも正当な『経済行為』だ。……まあ、ガキには想像も出来んか!」

「さっきから金、金、金……どうりでこんな気持ちわりぃ美術館ができる訳だ!」

「フン!芸術など、金と名声稼ぎの道具でしかないだろう!祐介にもだいぶ稼がせてもらったな」

「なら、あなたの才能を信じている人は……天才画家と信じてきた人々は……!!」

「……これだけは言っておいてやる、祐介。この世界でやっていきたいのならば、私には歯向かわんことだな。私に異を挟まれて、出世できると思うか?」

 

 フハハハハハ!! とマダラメが下品な高笑いをする。

 

「こんな……こんなヤツの世話になっていたとは……」

「ただの善意で引き取ったとでも思っておったのか? 有能な弟子を集め、着想を吸い上げ、才能ある目障りな新芽を摘み取れる……着想を頂くだけなら大人よりも言い返せん子供の将来を奪った方が楽だ」

「なんてことを……!!」

「家畜は毛皮も肉も剥ぎ取って殺すだろうが!! それと同じだ馬鹿者が!!」

 

 貴様らは家畜と同類だと。そう宣言した。

 

「……喋り疲れたわい……そろそろ……」

「……許せん」

 

 一言。喜多川が零す。

 

「許すものか……お前が、誰だろうと!!」

 

 喜多川は目の前の恩師。否、()を睨みつける。

 

「ふん……!! 長年飼ってやったというのに、結局は仇で返すか……くそガキめ!! 者ども!! この賊どもを始末しろ!!」

 

 マダラメは一通り喋ったあと、シャドウに怪盗団の始末を命令した。

 

 怪盗団は臨戦態勢をとる。喜多川を守ろうと前に出ようとするが……

 

「……面白い」

 

 その必要はない。喜多川が立ち上がる。

 

「事実は小説より奇なり……か」

 

 目を逸らし続けていた悪は、どす黒い色をしていた。

 

 絶望は怒りへ。

 

 目の前の敵と、見て見ぬふりをしてきた自分に対しての憤怒。

 

「そんなはずはないと、長い間目を曇らせてきた……人の真贋さえも見抜けないとは……節穴は、俺の眼だったか……!!」

 

 

 ***

 

 

 ――ようやっと眼が覚めたかい?

 

 

 ――真実から目を背けるキサマこそが何より無様なまがい物

 

 

 ――たった今、決別するのだな

 

 

 ――いざや契約、ここに結ばん

 

 

 ――我は汝、汝は我

 

 

 ――人世の美醜の誠のいろは

 

 

 ――今度はキサマが教えてやるがいい!!

 

 

 ***

 

 

 仮面を剝ぎ取る。

 

 反逆の意志を身に纏い、青い炎と共に彼のペルソナが現れる。

 

「絶景かな」

 

 目を開き、周りのシャドウを一瞥。

 

「まがい物とてこうも並べば壮観至極……悪の華は栄えども、俗悪、醜悪は滅びる定め……!!」

 

 喜多川が手を振り払うと、ペルソナから発せられた身を凍らせる冷気がシャドウを襲う。

 

「フン……いきがりおって……何も知らず死んでいくがいいわ!! 出会え出会えー!!」

 

 マダラメの呼び出しに応え、複数のシャドウがまた現れる。

 

「貴様を親と慕った子供達……将来を預けた弟子達……一体何人踏みにじってきた……? いくつの夢を金で売った⁉」

 

 着想は盗られども、未だこの手には反逆の刃。

 

「俺は貴様を絶対に許さない……!!」

 

 さぁ、今こそ成敗を。かつての師と未熟な自分を斬り捨てよ。

 



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#15 摸擬刀の先制攻撃だべ!!

「勉強させてもらったよ斑目。真贋を見抜くには時に冷徹さがいることを」

 

 取り巻きのシャドウは五体。

 

 たわけた山伏(コッパテング)四体に苦渋の鍛冶師(イッポンダタラ)一体。

 

「心置きなく貴様を見定めさせてもらう。俺の……ゴエモンと共に!!」

 

 喜多川がたわけた山伏(コッパテング)にブフをお見舞いする。ダウンしたそばからすぐさま他のたわけた山伏(コッパテング)にブフを連発し、次々にダウンを取っていく。

 

「これで終いだっ!!」

 

 最後にゴエモンの『大切断』を苦渋の鍛冶師(イッポンダタラ)に喰らわせて喜多川の攻撃は終了した。

 

「畳みかける!!」

 

  敵全滅には至っていないものの、ジョーカーが出した『イヌガミ』がタルカジャを発動し、スカルの攻撃力を上げる。

 

「おっしゃあ行くぜ!! キャプテンキッド!!」

 

 スカルのペルソナが敵全体に突っ込み暴れまわる。たわけた山伏(コッパテング)は無残にも消滅し、残りは苦渋の鍛冶師(イッポンダタラ)だけとなった。

 

「クソがっ……!! 舐めるなよ……!!」

 

 一体だけ残った苦渋の鍛冶師(イッポンダタラ)が一矢報おうとこちらに突撃してくる。

 

「ステイ」

 

 が、それを後方にいたブルが、銃弾を苦渋の鍛冶師(イッポンダタラ)の足元に撃つことで行動を阻害させた。

 

「終わりだぁッ!!」

 

 苦渋の鍛冶師(イッポンダタラ)が足を止めた隙に、喜多川が一太刀を浴びせ、敵が消滅した。

 

 喜多川の初陣は完勝で幕を閉じた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「俺はそんな朴念仁じゃないさ」

 

 喜多川の初陣(チュートリアル)終了後、パレスのエントランスで、喜多川の内に秘められていたものを告白された。

 

 本当は気付いていた、と。

 

 数年前から怪しい人物は出入りしていたし、盗作なんて日常茶飯事だった。だが世話をしてくれた人がそんな事をしているなんて認めたくなかったから。

 

「だから訪問してきた時は拒んでしまった……俺は逃げてしまったんだ……すまない」

「気にするな」

「……自分が誤魔化してきたことと向き合う、そのきっかけをくれて感謝している」

 

 醜い過去の自分には蓋をしたくなる。それを見たくないから人は過去を塗りつぶしたり、逆に美化したくなる。

 

 ありのままの、等身大の自分を直視するのは辛いしキツイ。だからそれが出来る人は強い人だ。……自分が誤魔化してきたことと向き合う、か。やっぱお前は強い奴だよ喜多川。

 

「これからどうすんだ?」

「分からない……」

「なら、俺達の手で斑目を『改心』させないか?」

「そういえば『改心』がどうとか言ってたな」

「聞いたことねぇか? 『心を盗む怪盗団』の噂」

 

 喜多川はしばし考え、そしてやっと気づいたのか驚いた顔をするが、背後にシャドウが現れ撤退を余儀なくされる。説明は後だ。

 

 

 ***

 

 

 場所を移し、ファミレスで怪盗団とか認知世界の事を大雑把に話した。一テーブルで六人は結構キツイな竜司の肘が当たってる。

 

「なるほど。それでその体育教師は心が入れ替わったと……『心の怪盗団』、本当に実在していたとはな」

「まぁ、いきなり話されて信じろって言っても無理が……」

「いや信じるさ、あんな世界を見た後じゃな……それでお前らは先せ……斑目を『改心』させようとしているって事か」

 

 『先生』と呼ぼうとするが、すぐに斑目と言い直す。ゲームで明かされた過去以上に喜多川と斑目は長い付き合いなのだ。まだ思い入れがあるのだろう、無理もない。だがそうであっても、いやだからこそ、かつての師である、斑目の目を覚まさなければならないと喜多川は決断した。

 

「……俺も加えてくれないか、怪盗団に」

 

 喜多川の申し出に一同が驚く、モルガナが廃人化の可能性も仄めかすも喜多川の意志は固い。ならば拒む理由は無い。もちろん迎え入れよう。ゲーム通りだしな。

 

「ところでそこのメガネを掛けてる人は初対面な気がするんだが」

 

 そう言って喜多川はすみれの方を見る。確かにこっちの姿のすみれは初見か。

 

「初めまして喜多川先輩。芳澤すみれって言います。よろしくお願いします」

「ほら、さっきヴァイオレットって言ってた子」

「ああ、なるほど。合点がいった」

 

 納得する喜多川。確かにメガネを掛けると雰囲気違うよな。

 

「じゃあ次の攻略予定日はいつにする?」

「祐介……明日行けるか?」

 

 蓮が祐介に了解を取る。祐介はやる気満々らしく力強く頷いた。

 

「俺は早ければ早いほど良い。問題ない」

「じゃあ今日は祐介の歓迎会&パレスの作戦会議の腹ごしらえってことで」

 

 そういって杏はメニュー表をとってスイーツを見ている。

 

「オメ―腹減ってたの?」

「それもあるけど、皆いるから色々頼んでも食べきってくれるかなって」

「どんと来いです!!」

 

 健啖家のすみれが胸を張る。頼もしい。俺も腹減ったしなんか頼むか。

 

「よっ、残飯処理日本一‼」

「大分不名誉じゃありませんかそれ?」

「俺は黒あんみつを頼もう」

「絶対ワガハイから連想しただろ……なぁ寿司ってあるか?」

「あるわけねーだろここファミレスだぞ。あーでもサーモンのカルパッチョあるな。蓮、モルガナにこっそり食わせとけ」

「……モルガナ。鞄の中汚さないなら頼んであげてもいいぞ」

「なぁんだと思ってるんだぁ!! ワガハイのことをっ‼」

「あ、おい乙守。各種豆の盛り合わせがあるぞ」

「……竜司。俺は別に豆は大好物で目が無い訳じゃ無い。普通に豆腐ハンバーグ頼む」

「豆腐も豆だろうが」

 

「……みんなすまない」

 

 全員騒がしくメニューを選んでいると、祐介が何やら重々しい空気で口を開く。

 

「財布を持っていなかった」

 

 相変わらずだなおい。

 

 

 ***

 

 

 一時間後、大量の皿がテーブルを埋め尽くしていた。

 

「食った食ったー!!」

「大変満足だった」

 

 雑談と作戦会議、9:1の割合だったが祐介が怪盗団に馴染む良いきっかけになっただろう。

 

「あ、すみません。親が心配するので私はこれにて……」

「了解。じゃあ明日放課後アジトで」

 

 失礼します。と言ってすみれはテーブルにお代を置いてファミレスを出ていった。

 

「……ふむ。彼女、すみれだったか。いいモデルになりそうだ」

「変態」

「安心してくれ高巻さん。俺は君のヌードを諦めた訳ではない」

「いやそれは諦めろ……あと杏でいい。もう仲間なんだし他人行儀は無し」

「そう、か。仲間か……ありがとう」

「そうそう。俺達のことも気軽に呼んでくれていいぜ!!」

「別に許可を取るつもりは無かったが」

「このヤロ」

「ん? 何だろこれ?」

 

 すみれが先程まで座っていた席から杏が何かを見つける。

 

「赤いリボン?」

「すみれのか?」

「だと思うけど、すみれ赤いリボン着けてたっけ? いつも黒だった気がする」

「ああ。すみれはパレスに入る時に赤いリボン着けてて、怪盗服姿になる時に黒いリボンになってる」

 

 しかもいつもは髪をおろしてメガネ掛けてるから分かりにくい。

 

「「「…………」」」

 

 ……? 何故か蓮と竜司と杏が目を合わせて何かアイコンタクトしている。

 

「よし、胡桃走って渡してきな!! 今ならまだ間に合うかも!!」

「何で? 明日会うなら明日渡せばいいじゃん」

「もしかしたら重要なものかもしれないじゃん!!」

「だったら足が速い竜司のほうがよくね?」

「あー、俺、突然、腹が痛くなったなぁ? 痛くなったなぁ蓮?」

「そうだな。今トイレに行かなきゃ俺達は漏らすかもしれない」

 

 二人同時に? どうしてそうなる?

 

「じゃあほら。今行けるのは胡桃しかいないって!! GOGO‼」

「分かったよ行けばいいんでしょ」

「……俺が行こうか? 飯代を払えないからここで義理を果たさせてく……痛っ!!」

 

 祐介が何やら苦悶の表情で膝を抱えている。何かあったんだろうか。

 

「じゃあいってらっしゃい」

「……いってきます」

 

 そうして俺は流されるままファミレスを出てすみれを追いかけた。もちろんお代を忘れずに置いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故……三人共俺を蹴った」

「「「ゴメン」」」

 

 

 ***

 

 

 すみれに走って届けろって言っても、どこに居るのか分からない。駅には向かったとは思うけど、姿は見えない。

 

 ……電話するか。

 

『はいもしもし』

「こちら乙守胡桃です」

 

 もし電車に乗っていたら電話を掛けるのは迷惑かと思ったが、1コール鳴り終わるまでに出たので問題は無いようだった。

 

『先輩どうしたんです?』

「さっきのファミレスで忘れ物。赤いリボン」

『えっ、あ、本当だ』

「今どこにいる? 届けたいんだけど」

『お気持ちはありがたいんですけど、今親の車でして……』

 

 ほう、駅からお出迎えか。すみれの親って確かゲームでも心配性だったな。心配性な原因は多分芳澤かすみの事故だと思ってたけど、元から娘のことが大切な良い親だったんだな。

 

「じゃあ明日パレス行く前に返すわ」

『分かりました。ありがとうございます』

 

 じゃあまた。と言って通話を切る。うんうん、親子の仲が良い事はよきことかな。

 

 

 

 ***

 

 

 

 5/20 金曜日 曇り

 

「はいこれ」

「ありがとうございます」

 

 放課後、パレス攻略のためアジトに向かうと、今日は部活の無いすみれが一人で先に待っていた。軽く挨拶を交わした後、昨日忘れていったリボンを渡すとすぐにメガネを外し、髪を束ねた。

 

「やる気満々じゃん」

「ええ。今回のパレスの調査であまり関われませんでしたから。せめてここでシャドウ達をなぎ倒す勢いで行かないと足手まといかなと思いまして」

「燃えてんね~。期待しとくわ」

「任せてください」

 

 気合十分で蓮達を待っているすみれのポニーテールは落ち着かない様子でゆらゆらと揺れていた。

 

「……似てるなぁ」

 

 その姿が、この間蓮と登校している芳澤かすみの後ろ姿と被っていて思わず口に出てしまった。

 

「似てるって、姉にですか?」

「えっ、あ、まぁ」

「……そうですか」

 

 なんか地雷踏んだっぽい。ちょっとだけ声のトーンが低くなった。

 

「姉と一緒なんですこの赤いリボン。いつもは姉妹で色違いでお揃いのものを買うんですけど、このリボンだけはお揃いの色で揃えてて、『一緒の表彰台に立った時、同じ色のリボンだったら見栄え良いでしょ?』ってかすみが。……競技でこれ着けれないんですけど小さい頃は知らなくて。でも勿体ないからってお互いに着け合ってた時期があったんです」

「でも今は着けてるとこあんまり見ないけど」

「……しんどい時があったんです。演技が上手くいかなかったり、どれだけ練習してもかすみに勝てなかったり、それを慰める優しさが辛い時とか。それが積み重なってこのリボンを着けるのが嫌になって、それで今は着けるのを避けてるんです。……ダサいですよね私」

 

 すみれは自嘲気味に笑うが、俺はそんなの全然悪い事だと思わないし、辛い事から逃げることは当たり前の行動だ。

 

「別にいいんじゃない? そうやって自分守るのはダサいことじゃないだろ」

「ありがとうございます。でもそろそろ逃げずに立ち向かわなきゃって思うんです。カッコ悪い自分を乗り越えなきゃ前に進めないって思ったんです」

 

 別に前に進まなくていい。と言いそうになったが飲み込んだ。本人が前向きなのに水を差すのは違う気がした。

 

「……なのでパレスの攻略が終わった後、少し買い物に付き合ってくれませんか?」

「別に良いけど。何で買い物?」

「それはその時まで秘密ってことで。あ‼ 喜多川先輩来ましたよ!!」

 

 祐介が連絡通路の奥から歩いてくる。それに合わせて都合よく……まるでこっちを観察してタイミングを伺ってたレベルで都合よく改札の方から蓮達がまとめてやってきた。……俺の考えすぎか?

 

 アジトで祐介にイセカイナビの使い方や、あっちの世界での動き方などを教えた後にパレスへと向かった。

 

「……なぁ、何話してたんだ?」

 

 向かう途中でこっそり竜司が耳打ちをしてきた。やっぱりこっち見てたのかよ。すみれのプライバシーに関わる話だから適当に誤魔化しとくか。

 

「近所の割りばし畑から遊園地が出てきた話してた」

「お前何言ってんの?」

 

 

 

 ***

 

 

 

「作戦はこんなもんか……?」

「よし!! ルートは獲得したからいつでも奪えるな!! 予告状を送るタイミングはジョーカーに任せるぜ」

 

 パレスの攻略は至って順調。オタカラ一歩手前にギミックがあるので、盗む際にてこずったらいけないのでモルガナと蓮が主導となって作戦が練り、後は盗むだけとなった。

 

「明日決行しよう」

「……ちょっと早すぎなんじゃない? 祐介はまだパレスに慣れきってないと思うし」

「杏。慮る気持ちは嬉しいが、俺は一刻も早く斑目の悪行を止めたい。明日、マダラメにオタカラを盗むのに俺は賛成だ」

「そうだぜ。悪い事してる奴は早めにぶっ潰した方が良いに決まってる。俺も賛成に一票だ」

「そっか。勢いついてる今が良いのかもね。ゴメン心配し過ぎたかも」

 

 というわけで杏も明日決行に一票。蓮がモルガナとすみれにも聞くが二人共二つ返事で承諾。俺も明日にやるべきイベントは無いので承諾した。

 

「全会一致だな。じゃあ明日よろしく頼む」

 

 

 

 ***

 

 

 5/21 土曜日

 

 マダラメパレス完全攻略予定日 ←黒明智のことについて詳しく聞く(出来たら)

 



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#16 太刀筋が寝ぼけているよ

 5/22 日曜日 晴れ

 

 

 喜多川がデザインしたイカす予告状をばら撒き、マダラメのオタカラがパレスに出現した。しかしオタカラの目の前でマダラメが待機しているため、怪盗団はある作戦を練った。

 

 その作戦とは怪盗団を二部隊に分け、

 

 1.一部隊は電源を落として視界を奪い。

 2.もう一部隊はその隙にオタカラを取る。

 

 至ってシンプルかつ分かりやすい。俺は坂本、高巻、芳澤と電源を落とす係として制御室の前に来ていた。

 

「着いたけど、やっぱり敵がいるね……」

「結構派手に暴れましたからね。どうしましょう?」

「そんなん想定内だ。俺が声出しておびき寄せるからその隙に電源落とせ」

「いやその必要は無い」

 

 竜司が自身の囮作戦を提案するが却下。敵が一体ならもっとシンプルにいける。

 

「今制御室にいる敵は一体だろ? 四人で瞬殺した方がいい」

「でも、接敵する前に誰かを呼ばれたら……」

「その前に倒すんだ……よっ!!」

 

 そう言うや否や、俺は制御室に突撃した。

 

「なっ!! 誰――」

「――正体を見せろ」

 

 シャドウが何か言うより早くシャドウの仮面を剥いだ。

 

 シャドウの正体が首絞めの花少女(カハク)だと判明すると、そのままスナイパーライフルの銃身を突き出し、首絞めの花少女(カハク)を壁に縫い付けるように叩きつける。銃身を杭のように壁に固定すると、一発、二発と引き金を引いた。銃撃属性が弱点の首絞めの花少女(カハク)は耐え切れずにダウンし、そのまま消滅した。

 

「戦闘終わった。入っていいぞ」

「お前なぁ。一人で突っ走んなよ」

「一人で囮買おうとしたの誰だよ。それに俺が倒れてもお前らが後始末してくれるだろ……ほらこっちでフォックスの合図待つぞ」

「なんか一人で戦闘するの慣れてなかった?」

「気のせい気のせい」

 

 メメントスに一人で入ってレベル上げしているため、ソロの戦闘に関しては雨宮より慣れている自信があった。

 

 

 ***

 

 

 作戦は順調に進み、マダラメのオタカラをこの手に収め、現在怪盗団は警報鳴り響く美術館から脱出しようとしている最中だった。

 

「ヴァイオレット耳貸してくれ」

「……? 何ですか?」

 

 逃走している怪盗団の殿を務めていた乙守がすぐ近くにいる芳澤に手招きし、こっそり耳打ちした。

 

「これ多分誘い込まれてる」

「……その事皆さんに共有した方がいいのでは?」

「とは言っても一本道だ。別のルートは見当たらない。変な事言って混乱させたくないし、今ここで足を止めて敵に囲まれる方が危ない。それにモルガナのオタカラに過剰に反応する発作もあるし」

「戦闘は避けられないって事ですか?」

「ああ、奇襲されるかもしれない。ジョーカーは大丈夫かもしれないけど、俺とヴァイオレットはその時は他のメンバーのフォローに回る」

「了解です」

 

 

 ***

 

 

 乙守先輩の言っていた通りだった。

 

 

「小賢しい鼠め……」

 

 私達が盗んでいたオタカラは贋作であり、絵画にはへのへのもへじが描かれていた。私達がそれに気づいたと同時に奧からマダラメと、布を被せた絵画を持ったシャドウが現れた。

 

「偽物を用意してたってことかよ!」

「日本画では贋作は肯定されているのだよ」

「……っ何故変わってしまった⁉ 有名になったからか⁉ 育ての父に罪を問わなきゃならないこの痛みが……お前に分かるか⁉」

 

 マダラメは遠い日を思い返すように目を細める。

 

「……思い返せば、お前を預かったのはお前の母を世話した縁だったな。あの女は、夫が死んだ後も絵画への情熱は失わなかった。その技術と才覚には目を見張るものがあった」

 

 ――だから、と区切り。

 

「世話をしてやることにした。お前の母も、生み出した作品も……すべて、この私の『作品』だ」

「……腐ってる」

「冥土の土産に見せてやる。本物の『サユリ』をな!」

 

 そう言うとシャドウが絵を掲げる。そこにはメディアに取り上げられている私の知っている『サユリ』では無かった。

 

「あれが、本物の『サユリ』……」

 

 本物の『サユリ』は女性……いや、“母親”が赤子を抱えている絵だった。

 

「……母さん?」

「まさか、()()()()()んですか?」

 

 喜多川先輩のぽそりと呟いた一言が私に最悪な予想をさせ、思わず言葉が出てしまった。

 

「はぁ……小娘。お前は演出が分かってないな。こういうものは順を追ってネタを明かし、絶望させるものだろう?」

「……説明しろマダラメ」

「お前も薄々気付いているだろう? 『サユリ』はお前の母親の自画像だ。死期を悟った女が、残していくわが子への願いを描いたもの。だが、あえてその赤子を塗りつぶすことで、女の表情の理由は謎になる……寄生虫のような評論家気取りの俗人共はそこに惹きつけれるのだ。……全ては演出なのだ」

 

 ああ、今理解した。この人は芸術なんか愛していないんだ。金稼ぎの道具としか見ていない。

 

「本物のオタカラはそっちでも、本人の実力はさっきの落書きの方ってことだな」

「笑えるぜ、クソが!!」

「ふん。あくまで楯突くか。ならば私の『作品』となった祐介は私の未来のために刈り取らせてもらうぞ」

 

 『作品』。しかし目の前の男は平然と()()として扱う。一体どう生きてきたらこうなってしまうのだろうか。

 

「……」

「フォックス?」

「作品は一つも例外なく潰したと……母さんもなのか?」

「無論()()()()()さ。たまたま私の目の前で発作を起こしてな。その時思ったよ、絵をしがらみ無く手に入れられると」

「……ッ! なんてことをっ……!」

 

 人の命を何だと思っているんだ。

 

 怒りのあまり足が前に出たが、喜多川先輩に手で制される。

 

「……落ち着けヴァイオレット」

 

 しかしその手は怒りで小刻みに震えていた。

 

「俺を引き取ったのは、『サユリ』の真実に気づかせないためか。大人より幼い子供の方が支配しやすい……成程、実に合理的だ。」

「随分と冷静じゃないか祐す……」

「その名で呼ぶなっっ!!」

 

 マダラメの言葉が喜多川先輩の怒声によって遮られる。

 

「その名は俺の本当の親が付けた名だ。お前の様な腐った外道が口にするな!! ……それに冷静だと? 俺の怒りはすでに怒髪天を衝いている!!」

 

 鞘から刀を抜きマダラメに切っ先を向ける。

 

「……これは弔いだ。死んでいった母と、貴様に憧れを抱いていた過去の俺自身。そして悪鬼外道に墜ちた貴様のな!」

 

 喜多川先輩の啖呵にマダラメは一笑に付して返した。

 

「ハン! 若造が粋がりおって。貴様に何が出来る? お前一人が騒いでも世間は取り上げんぞ」

「心だけでなく、眼も腐りきっているな……俺は“もう”一人じゃない」

 

 目線が怪盗団へとちらと向いた。

 

「悪いが、付き合ってくれ」

「ハッ!! こっちは最初からそのつもりだったつーの」

「こんなヤツ許しちゃ置けないしね」

 

 雨宮先輩と乙守先輩も言葉は口にせずに、首を縦に振る。

 

「どいつもこいつも……! 人の美術館に土足で入って好き勝手しおって……」

「マズいッ! 離れろ‼」

 

 マダラメの足元から赤黒い泥が湧き出てくる。

 

「この世は持てる者がルールを作り、持たざる者を支配する! ましてや絵画の価値も『思い込み』! 美術界のルールはワシだ‼」

「……くっだらねぇ」

「ワシこそ至高! ワシこそ美術界の神なのだ!」

 

 マダラメの笑い声と図体も大きくなるのと同時に体が歪んでいく。

 

「塗りつぶしてやるぞぉぉぉ‼ ゴミ虫共めぇっ‼」

 

 はっきり姿が視認出来る頃には、先程までのバカ殿のような面影はなく、巨大な顔の絵画が顔のパーツごとに分裂し、不気味に浮遊する『悪魔』だった。

 

「斑目……欲望の為に他者を利用する貴様は、貴様が描いた絵ほどの価値もない……‼」

「何をしてくるか分からない。お前ら慎重に行くぞ‼」

 

 

 ***

 

 

 ……はっきりいって、ゲームしてきた中で一番弱いボスはマダラメだった。

 

 カモシダと違い、マダラメは攻撃箇所が4つある。口腔、右目、左目、鼻梁に分かれておりそれぞれ耐性が違う。ドラ〇エの某魔王みたいな奴だ。とは言っても適切に対処すれば倒すことは容易い。

 

「うっしゃ先手必勝だ! キッドォ‼」

「おいスカル! 慎重にって言ったろ!」

 

 竜司が先手でペルソナを出して、マハジオをお見舞いする。マダラメに電撃が命中する。

 

「ぐうっ……!」

 

 口と鼻に攻撃は通ったが、右目と左目は電撃を吸収した。

 

「なるほど、弱点を見極めて叩かなきゃ倒せないってことか」

「クソっ……面倒臭ぇ……!」

 

 ああ。面倒臭いからシンプルに行こう

 

「ジョーカー、ヴァイオレット。俺が大技ぶっ放すから、残った顔を叩け」

「でも、電撃の他にも吸収される攻撃があるかもしれませんよ? 一応信じて構えときますけど」

「ぶちかましてこいブル。骨は拾う」

「それ死んでねぇ? まぁいいや美味しいとこは頼む」

 

 蓮からの許可も下りたことだし、折角ダメージを与えてくれた竜司には悪いが派手にいかせてもらおう。仮面に触れペルソナを呼び出す。

 

 マダラメが吸収する属性は部位によって違う。吸収する属性は、

 

口腔:物理・銃

右目:火・氷・電・風

左目:火・氷・電・風

鼻梁:念・核・祝・呪

 

 というふうに分かれていてゲームだと万能属性のメギドラオン撃ってりゃ終わるんだけど生憎そんな激強スキル覚えていない。ならどうするか。

 

「ぶっ壊せ‼ アステリオス‼」

 

 ペルソナの咆哮と共に目の前に破壊が巻き起こる。

 

 <ギガントマキア>。アステリオスが覚える物理属性最強のスキル。取り敢えず攻撃が通る奴に対して全体攻撃でぶちのめす。

 

 案の定残った部位は物理を吸収する口腔のみ。

 

「ぐっ……ううっ!! 小癪な蝿が……だが、これしきワシの力で……」

 

 マダラメは回復スキルを持っている。残った部位をちゃちゃっと片付けなければ他の部位を復活させられるが……

 

「ペルソナ!」「サンドリヨン!」

 

 作戦通りに蓮とすみれが追い打ちをかけてくれる。攻撃を受けきれなかったマダラメは、倒れた部位同士が集まり、黒い泥の中からマダラメ本来の姿が出現した。弱ったマダラメを全員で取り囲む。

 

「ワシはあの『斑目』だぞ……個展を開けば満員御礼の……!」

「悔しいか? 俺達みたいな『無価値なガキ』に人生を滅茶苦茶にされるのは?」

「だけどそれがテメェのしてきた事だろ『無価値なジイさん』よぉ」

 

 俺の言った挑発に付け加えるように竜司がマダラメを煽る。

 

「黙れ! 現実を知ったような気になっている愚鈍な若造ごときがワシを見下すな!!」

「まだ言うかっ! 貴様に食い物にされた者の怒り、たっぷりと味わってもらう!」

 

 祐介が飛びかかるのと同時に怪盗団全員で総攻撃を仕掛ける。これで第一形態は終了。

 

「ワシは大家『斑目』だぞ!! それがわからぬなら……貴様らに見せてくれる!」

 

 次は第二形態。ここを乗り越えればマダラメ戦は終了だ。

 

「我が最大にして最高の妙技を……! その“神髄”を‼」

 

 第二形態も大して強くはない。さっきと同じ作戦でも攻略出来る。といった目論見は、眼前に広がる大量のマダラメによって掻き消された。

 

「なにこれ……マダラメばっか」

「なるほど。贋作、複製はお手のものだってか」

 

 そう第二形態は複製された赤、緑、黄、青、4体のマダラメと戦うこと。耐性もそれぞれ違っており、そして厄介な点が一つ。

 

「おわっと! あいつ攻撃反射しやがった⁉」

 

 先程の顔面バラバラ形態と違って吸収ではなく反射。ダメージがこっちに来るのは痛い。二重の意味で。

 

 それでも4体ならば多少のダメージと引き換えに倒せると思っていた。

 

「こりゃあちょっと多すぎないか……?」

 

 予想外だったのは目の前に広がる無数のマダラメ。目に見える範囲でも約二十体。マダラメを囲っているマダラメを含めるとそれ以上のマダラメが複製されているだろう。……ややこしいな。

 

 だが、これがさっき言った“神髄”って言ったやつか。窮鼠猫を嚙むとはこの事か。面倒なやる気出しやがって。

 

「はぁ……はぁ……小童共が……思い知ったか!」

「クソ! あいつらが邪魔で本物が見えねぇ!」

 

 本物の声が、複製されたマダラメ集団の奧から聞こえる。複製された個体が壁となって姿は見えないが、随分疲れ切っているようだ。

 

 ……なるほど。ゲームでは複製がやられた側から新たな複製を作り出すが、今はそのストック全部出しきって疲労してんのか。じゃあここにいる奴ら全部ぶっ飛ばしつつ、本体をぶっ飛ばして勝利だ。

 

「さぁ! 囲め囲め!」

 

 だがどうする。

 

 全体攻撃で攻撃したら反射してこない個体は倒せるだろう。しかし俺の攻撃に耐性を持った反射する個体にはゼロダメージ。むしろ俺がその全部の反射ダメージを受けることになって俺が終わる。

 

 なら各個撃破で一体ずつ片していくか? いやそうしても攻撃した後に他の個体に囲まれて集中砲火を喰らう。

 

 特定のイベントで使う黒のインクも近くに見当たらない。

 

「………………」

 

 まだ何か方法はあるか? いや考えてる時間はもう無い。マダラメ達に囲まれたら終わりだ。

 

「――ブル、落ち着け」

 

 攻撃を仕掛けようと仮面に触れようとした手は、隣に立っていた蓮が手首を掴んでそれを止めた。

 

「何をしようとした?」

「一か八か全体攻撃。俺はやられるかもしれないけど、半分は蹴散らせる。残った奴らと本体はお前らに任す」

「ダメだ」

「無理じゃない。これが一番の最適解だ」

「やれるやれないとかの問題じゃない。やめろって言ったんだ」

 

 蓮の顔を見た。仮面で表情は分かりずらいが、焦っているというよりも怒っているという言い方が合っているような目が俺に訴えかけてきた。

 

「……なんか他に作戦あんのかよ」

「おそらく本体のマダラメを倒せば複製された奴らは消える。本体の強さはさっきの総攻撃で大体分かったがそんなに強くない。今も疲弊しきっているから誰か一人だけでも戦えば無力化できるはず」

「でも複製マダラメの壁が邪魔して超えられない」

「今それを打開する作戦を伝える」

 

 蓮が仲間達に手招きすると、全員が背中合わせになりながら作戦を伝え始める。

 

「……それワガハイの負担デカくないか?」

「でも派手で良くない?」

「ワガハイ杏のために精一杯頑張る‼」

「オタカラのために頑張ってください……」

「俺は乗ったぜ。ここで縮こまってもジリ貧だしな」

「俺も賛成だ。実行部隊には俺が立候補したい。奴の始末は俺がつける」

「頼む」

 

 あとは俺が頷くだけで全員賛成みたいだ。

 

「……やるか」

「満場一致だな」

「んじゃジョーカー。合図頼むぜ」

 

「何をコソコソ話合っている‼」

 

「――SHOW TIME(ショータイム)だ」

 

 蓮の合図と共に各自配置につく。

 

「モルガナ!」

「了解! あらよっと!」

 

 モルガナが車に変身し、蓮が乗り込む。

 

「奴はあそこだ!」

 

 モルガナカーの上に乗った祐介がマダラメの位置を教え、蓮がハンドルを切ってアクセル全開でそちらに突撃していく。

 

「あの化け猫車を止めろ!」

 

 複製されたマダラメがモルガナカーに向けて一斉に攻撃の態勢をとるが、それを邪魔するのが俺達の仕事だ。

 

「「「「ペルソナ‼」」」」

 

 竜司、杏、すみれ、俺でモルガナカーの行く手を阻むマダラメ達を食い止める。作戦会議の時に予め全員に攻撃する個体を指定し、効率的にダウンをとっていく。

 

「そぉれにワガハイは化け猫じゃねぇぇえ‼」

 

 足りなかった風属性の攻撃と氷属性の攻撃は車から戻ったモルガナと蓮が担当してくれた。

 

「フン! たかだかその程度の攻撃、痛くも痒くもないわ。物量で押し切れワシの傑作……」

「だがそれで貴様の背後が取れたぞ」

「なっ……ぅぐっ……‼」

 

 マダラメは背後に忍び寄っていた祐介に気付かず振り返った瞬間。鞘の柄を鳩尾に入れられた。

 

 その場でうずくまったマダラメは床で呻き蠢いている。それに共鳴するかのように複製されたマダラメが一人、また一人と消えていく。

 

「……い、いつの、間……に」

「あいつらが注目を引いてくれたおかげでな。複製された奴らの壁は車の上から飛び越えさせてもらったよ」

 

 そう、俺達はヘイト役。本命は祐介がマダラメの首を獲ってくること。

 

「即興にしては良い作戦だろ?」

「……俺の作戦の方が効率が良かっただろ」

「一人犠牲にして勝ち取るよりも、皆が平等に怪我して勝った方がいいと思う」

「犠牲になんてなるかよ。死にそうになったらお前らが助けてくれんだろ。俺は仲間を信じてるだけ」

「……そうか」

 

 蓮は何か言いたげだったが、今はオタカラの方が大事だと思ったのか言葉を飲み込み、マダラメの方へ蓮は近づいてく。

 

「オタカラは?」

「この通りだ。……もうここに用は無い帰ろう」

 

 祐介はすでにマダラメとの最後の会話を終わらせたのか本物のオタカラである『サユリ』を大事そうに抱えていた。

 

「あ、あやつは来ないのか? 黒い仮面の……」

「どういうことだ?」

「まさかパレスにワガハイ達以外の侵入者が……?」

 

 モルガナ達がマダラメの発言に疑問も持つも、パレスが崩壊する音で思考を中断する。

 

「わり。少しだけ待っててくれ」

 

 脱出の準備をする怪盗団とは正反対にマダラメの方へと近づき目の前でかがむ。

 

「な、なんだ?」

「質問は一つ、迅速に明確に答えろ」

 

 人差し指を立てる。

 

「その黒い仮面はお前に何をした?」

「き、脅迫されただけだ。『裏切るな』『裏切ったらどうなるか分かってるな?』と言って銃を突き付けてきた!」

「……なるほど」

 

 脅す、か。明智の他人の精神を暴走させる力は強力だが、他人の思考まではいじれないのか? 出来るなら脅すより洗脳する方が楽だ。いや一色若葉の件は徐々におかしくなっていったっていう過程があったから出来なくも無い……のか?

 

「おいブル! 早くしろパレスが崩れる‼」

「すぐ行く」

 

 ……どっちにしろマダラメの言ってることだけじゃ全部分からないな。明智の能力解析は一旦保留しよう。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」

 

 脱出のためにモルガナカーに向かおうとすると背後からマダラメに声を掛けられ、足を止める。

 

「貴様らは祐介の……何だ?」

「……仲間で友達だ」

「……美術界で成り上がっていくのは厳しい。血の滲む努力をしても、手の届かない才能に絶望と嫉妬しながらひたすらに描いても評価してもらえない。あやつはこれから辛く苦しい日々を過ごしていくだろう。いずれワシと同じように惨めな気持ちを味わうだろう」

「悪いけどお前の思っているほど――」

「――だから祐介を頼む」

 

 振り返るとマダラメは額を地に付けていた。

 

「……なんだよ、それ」

「最後に残った良心の中の親心みたいなものだ。親を名乗る資格が無いのは分かってる。だがワシはここで終わりだ、残せるものも何もない。祐介には貴様らしかいないのだ……! 孤独にだけはさせないでやってくれ……!」

「安心しろ一人じゃない。きっとな」

「そうか……そうか」

 

 マダラメは顔を上げると満足した顔をして光に包まれながら消えていった。

 

 それを見届けた俺は急いでモルガナカーに乗り込んだ。

 

「あいつと何を話してたんだ?」

「黒い仮面の奴の話。脅されてたんだってさ」

「繋がりはあったということか……」

 

 アクセル全開にして美術館を駆けながら先程の話についての情報を共有する。

 

「あとは何か言ってたか?」

「特に何も」

 

 祐介を頼むと言われたことは言わなくてもいいだろう。悪は悪のままでいてくれ。

 

 それに一人になるわけない。

 

「どうせ最期は幸せな夢を見ながら朽ちていくんだから」

 

 零れた独り言はナビゲーションの終了音に掻き消され、誰の耳にも届かなかった。

 

 



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#17 へぇ、デートかよ

 5/24 火曜日 

 

 ・メイドルッキンパーティー‼

 

 

「……誘われなかった」

 

 斑目のオタカラは無事盗みだし、後は改心を待つだけの期間。要は自由に行動できる期間だが、斑目のパレスを攻略した二日後に起こるイベントがある。

 

 それがメイドルッキンパーティー。ご大層な作戦名だが要はメイドの家事代行サービスを呼び出しメイドを観賞する。

 

 思春期の男子高校生らしい、まぁ客観的に見ると下らないし誘われたら断ろうと思ってたけど。

 

「………………誘われなかった」

 

 時刻はもう夜。今頃メイド姿の川上先生が来てわちゃわちゃしてるんだろう。

 

 いや別に? そういうのに興味があるわけでは無いですし? ただそうやってわちゃわちゃやって、青春の一ページとしてあんなこともあったなーって思い出の中に入れないのがちょっとアレなだけで……いやいやいやそもそも断るし羨ましいとか思って無いし。

 

 ……なんか自分だけが呼ばれてない打ち上げをやったことを聞かされている感じ……こんな気持ちだったのか。

 

 誘われなかったことが寂しいとか思って無いし。どうせ最期は俺含め皆幸せな幸せな夢の中に墜ちていくんだからいくらでも後で記憶改竄出来「♪~」……‼

 

『買い物に付き合う約束覚えてますか?』

 

 通知の着信音に反応しスマホに飛びつくと、メイドルッキンパーティー組からではなくすみれからトークの通知で肩を落とさないが? 普通に嬉しいし。

 

『覚えてる。いつにする?』

『それでは今週の日曜日でどうですか? 待ち合わせはいつもの駅の改札でお願いします』

『おっけー』

 

 日曜日は5/29か。大した用事も無いし重要なイベントも無かったはず。出かける予定をノートに書き込む。

 

 台所から夕飯が出来たと母親の声が聞こえたので自室を出てリビングへと向かう。

 

 ……今日は鳥のむね肉メインのヘルシー料理か。たまには体に悪いカロリーと糖分多めが食べたいな。

 

「そういうのが食べたいなら友達と食べてきなさい。そういうのを計算に入れて家では健康的なもの出してるんだから」

「勝手に心読むのやめてくれない?」

「……ごめんなさい胡桃。デリカシーの無い事言ったわ」

「勝手に友達いないって決めつけるのやめてくれない? ちゃんといるしむしろ日曜日に出かけるし」

「へぇ誰と?」

「後輩」

「性別は?」

「女子」

「デート?」

「違う」

 

 脳内ピンクなのか? 今の母親は。

 

「正常よ。何しに行くのよ」

「だから心を読むなって。ただ買い物に付き合うだけ」

「デートじゃない! 本人が否定しても客観的に見たらデートじゃない‼ 年頃の男女が買い物はデートよ、超デート‼」

「ご近所に迷惑だから防音室作ろうか」

「うちにそんな金無いわよ」

「ところがどっこい今なら口を閉ざせば全部タダ」

「あらお得。ところでちゃんと出かける用の服はあるわよね?」

 

 うまく口車に乗せたと思ったら騙されなかった。これなら変なマルチ商法にも騙されないから安心だな。

 

「い『いつものはだめ!』……言葉を先回りして言わないでくれない?」

「あんたパーカーとジーンズしかないじゃない。大体同じデザインで大体色違い。売れてないソシャゲのキャラの方がまだ多様性あるわよ」

「く、組み合わせたら可能性は無限大だし……」

「使い古された売り文句使うんじゃない。それにあんたはパーカーとジーンズしか着ないから可能性は無なのよ。あと変なチョーカー着けてるし」

「うるせぇな。チョーカーは俺のマストアイテムなんだよ」

 

 仕方ないわねと母親はバッグから財布を取り出し諭吉数枚をテーブルに置いてくる。

 

「新しい服買って来なさい無課金アバター。あ、間違えた胡桃」

 

 大分酷いことを言われてる気がするが、金を受け取ってしまったので何も言えなくなってしまった。だが俺はオシャレがよくわからないから誰かにご教授お願いしたい。

 

 さて、誰に頼もうか? 

 

 

 ***

 

 

「という訳でお願いします」

「デート?」

「違う」

 

 翌日、昼休みに鈴井さんのとこに訪ねて昼飯を食べながら相談する。なんか周りにこっちを見ながら言ってる奴がいるが、睨むとそそくさと教室から出ていった。

 

 ていうか相談する相手失敗したか? 鈴井さんの頭の中も割とピンクだったか。

 

「失礼な。私は客観的に見てそう思っただけだよ」

「なに? 俺ってそんな心読めやすそうな体質してる?」

「顔に出やすいだけだよ。それで? 自分は乗り気じゃないけどお金を受け取ったからには取り敢えず買い物に行かなきゃいけない、でも自分じゃどういう服装が良いのか分からないから誰かに相談しようとして、男の子に聞くより女の子の方が異性にどういうのを着てきて欲しいか分かるから私に相談してきたんだ」

「一を聞いて十を知る天才?」

 

 そんな事まで言ってないと思うけど、さすが中学からの仲だ。こういうのを以心伝心の仲って言うのかな俺は全然鈴井さんの心分かんないけど。

 

「まぁ、そういった訳だからちょっとアドバイス欲しい」

「んー、と言ってもこういうのは共通の友達の杏が向いてると思うけど……」

「杏は却下。からかってきそうなのが目に見えてヤダ」

 

 別にデートじゃないけど、そういうのからかってきそう。ある程度のライン引きしてきて来るとは思うけど怠いんだよなそういうの。

 

「頼むよ鈴井さん。鈴井さんしかいないんだよ。鈴井さんのセンスで俺に似合いそうな服見繕ってくれるだけでいいから」

「……それ自分が何言ってるか分かってる?」

 

 鈴井さんが目を瞑ってこめかみを抑えている。俺なんかまずいこと言った? 周りの生徒もちらちら見てきてるし。

 

「分かった一時間で一万払う」

「もうそういうアレじゃんいらないよ。……土曜日空いてるから一緒に選ぼ?」

「よっしゃ」

「二度とパーカーとジーンズ着れない体にしてあげる」

「え? 体バラバラにされる?」

「そういう意味じゃないよ」

 

 という訳で買い物に付き合うための、買い物に付き合ってもらうことになった。

 

 

 ***

 

 

 時は少し遡り

 

『おっけー』

 

 メッセージを見つめる芳澤すみれ。胡桃の返事を見るとスマホをベッドに置いて柔軟を始める。

 

「ねーすみれーそっちの箪笥に私の下着入ってなーい?」

「……かすみ。入ってくるならノックしてって言ってるでしょ」

「とんとん失礼しまーす」

「もう」

 

 勝手に部屋に入ってくるかすみを無視してすみれは柔軟を続ける。かすみはすみれの下着が入ってるベッド下の引き出しに近づき……

 

「……え、デート?」

「ぶっっ⁉ ちょ、スマホ見たの⁉ 変態‼」

 

 突飛のない姉の発言に吹き出しベッドの方へ振り返るとスマホを手に取った姉の姿。すぐさま引ったくり画面をスリープさせるが時すでに遅し。

 

「いやごめん目に入っただけでさー。で、デートするの?」

「べ、別にデ、デート? とかじゃないし」

「そっかデートか」

「話聞いてた?」

 

 笑顔ですみれの話を聞くかすみ。私は分かってると肩をポンポンと叩く。

 

「いや本当に違うから付き合ってもらう先輩は別にそんな感じじゃないしあっちもきっとデートじゃないと思ってるし」

「はいはいそうだねー」

「話聞いてる?」

 

 かすみは部屋にやってきた目的を思い出したのか下着が入ってる引き出しを開けて自分の物が混ざってないか探し始める。

 

「ていうかビックリだよ。すみれが男の人と遊びに行くなんて中学じゃ影も形も無かったのに」

「……かすみの方が凄かっただけだよ。結構告白されてたじゃん」

「全部断ったけどね。新体操に集中したいからごめんなさいって。ていうかメガネ掛けて髪下ろす前はすみれも結構モテてたよ。なんでリボン着けるのやめちゃったの?」

「……それは」

「うわーなにこれ勝負下着?」

「ちょっと何してんの広げないでしまってよ‼」

 

 少し色が派手な下着を見つけまじまじと見るかすみの手から奪い取り奥の方へとしまう。

 

「穿いてくの?」

「穿くわけないじゃん‼」

「ふーんつまんないの。じゃあ服は露出多め?」

「かすみは私のことなんだと思ってるの? 普通の着てくよ」

「ダメです‼」

 

 かすみは両手をクロスさせバツを作りそのままクローゼットを開けて服を選び始める。

 

「私が服選んであげる」

「それは死んでも嫌」

「そこまで⁉」

「いや、そのかすみって運動神経良いけどそういうセンスはちょっと……ホラ。例えば料理とか前衛的で……ダメじゃん」

「オブラートに包んだのに最後に落とすのやめてよ」

 

 別に悪くないと思うしと壊滅的なセンスを自覚してない独り言を呟く。

 

「でもその先輩には嫌われたくないんでしょ?」

「そりゃあ、まぁ……」

「だったらその人に嫌われないように精一杯オシャレしなきゃダメだよ」

「そう、なのかな?」

「そうだよ絶対‼ 私頑張って服選ぶから‼」

「それは絶対嫌……頼れる先輩がいるからその人に聞くよ」

 

 

 ***

 

 

「という訳なんです杏先輩」

「デート?」

「違います」

 

 あの親友にしてこの親友あり。同じ返答をする杏。

 

「まぁ、事情は大体分かったから別に良いけど……」

「「ありがとうございます‼」」

「二人希望?」

 

 頼みこんで来たのはすみれ一人ではなく、隣にはかすみの姿があった。

 

「申し遅れました私一年の芳澤かすみです。妹のすみれがお世話になってます」

「いやいやそんな畏まらなくたって。あ、私二年の高巻杏ね。よろしく」

「よろしくお願いします。それでよろしければ二人まとめてコーディネートをお願いしたいんですけど」

「任せて。双子コーデとか楽しそうじゃん!」

 

 後輩に頼られてやる気満々の杏。

 

「では新体操の練習の無い土曜日はどうですか?」

「ん、いいよ! よーしオシャレで悩殺するぞー!」

「「「おー‼」」」

 

 

 ***

 

 

 という訳でやってきた土曜日。待たせるのは悪いとは思い30分前には待ち合わせ場所に行ったがどうやらすでに鈴井さんが待っていたみたいでこちらの姿を見るなり手を振って歩いてくる。

 

 リブのロングワンピースにジージャンを羽織って……なんというかオシャレだ。ちょっと俺の語彙力じゃ凄いヤバイのでパネェ。

 

「どうしたの?」

「いや、中学の時そんな格好してたかなーって。ほら打ち上げとか」

「ふふ、可愛い?」

「とっても麗しゅうございます」

「ありがと。まぁもう高校生だからね。それに杏もいるし、少しは服装を気にするようになるって。乙守君はあんまり変わってないみたいだけど」

「変わらないことが美学なので」

 

 俺は今も昔も変わらずパーカーにジーンズ。後は首にチョーカーをつけているだけだ。

 

「体格は良いから似合ってない訳じゃないんだよね」

「何でも似合うからこそあまり頓着が無いというか。本当に服装のこだわりは無いから」

 

 何でも似合うが故に何でもいいんだ本当に。

 

「じゃあ私好みに染めれるわけだ」

「お手柔らかにお願いします鈴井さん」

「……ねぇちょっと聞いてみたかったんだけど、杏とか後輩の芳澤さんは下の名前呼びなのに私は苗字?」

「え、いやだってほら、あそこの奴らは特別? というか……」

「ふ~~ん」

 

 わざとらしく拗ねた様に口を尖らせる鈴井さん。

 

 あ~あいじけてしまいました。誰のせいですか? え、俺のせい?

 

「私は特別じゃないんだー残念だなー」

「今更呼び方変更するの恥ずかしくない?」

「泣いちゃおうかなー」

「……志帆……さん」

「よし行こう乙守君!」

「ちょっと待て」

 

 何事もなかったかのように歩き始めてるので手を掴んで引き留める。

 

「俺だけ言わせてそれはないでしょ」

「今更呼び方変更するの恥ずかしくない?」

「それさっき俺が言った」

 

 俺にだけ呼ばせておいて自分は免除はちょっと腑に落ちない。

 

「胡桃……君。これでいい?」

「う、うんそれでフェアです。はい」

 

 急に下の名前で呼ばれると恥ずかしいな。中学からの仲だからいきなり呼ばれるとむず痒くなる。

 

「じゃあ行こっか」

「あ、はい」

 

 そうしてすず……志帆さんに引きずられながら服屋を見て回ることとなった。

 

 ……これいつ手離せばいい?

 

 

 ***

 

 

「取り敢えずコレとコレ。あとコレ着てみて」

「はい」

 

 試着室に入れられ鈴井さんに着せ替え人形にさせられる。

 

「ねぇこれとこれ何が違うの? どっちも黒い上着じゃん」

「生地」

「……わぁー職人みたい。でどう?」

 

 試着室のカーテンを開けて、持ってきたコーディネートを着てみせると、口元を抑えて考え込む。

 

「何か差したほうがいいか」

「ナイフ持つ?」

「刺す方じゃないよ」

 

 ツッコミを入れつつも差しの説明もないまま服を取りに行く鈴井さん。手に持ってきたのは赤色のジャケット。

 

「胡桃君、赤好きだったよね」

「差しって差し色のことか。いや目立ちすぎない?」

「いつも無課金アバターみたいな服装してる人からしたらそうかもね」

「おっと、言葉のナイフが飛んできたけど?」

「ごめん。でもこれはアリかも。派手なの好きでしょ?」

 

 試着室の鏡でくるくると回りながら自身の姿を見る。まぁ派手なのは嫌いじゃないしこれでいいか。

 

「じゃあこれで決定」

「次は二着目だね」

「……まだやるの?」

 

 予想以上に張り切ってる鈴井さんに振り回され、洋服の買い物が終わったのは試着を初めて二時間後だった。

 

 

 ***

 

 

 一方その頃、芳澤姉妹と杏達は原宿でショッピングをしていた。

 

「やば、なにこれ。虎の顔がアップしてプリントされてる。ウケる」

「なるほど。これはこれで“アリ”かもしれないですね」

「ナシだよ」

 

 女三人寄れば姦しいということわざがあるが、その語源の例に漏れぬように楽しく服を選んでいた。

 

「これは可愛いけど男受け悪そうかなー?」

「別に胡桃先輩と出かけるだけなのであんまりそういうの気にしなくても……」

「はぁ~これだからすみれは。我が妹ながら悲しいよ」

「……なに」

 

 やれやれというポーズをしたかすみに少しカチンと来たのか強めの口調で返答する。

 

「いい? 別にデートじゃなくても、二人きりで出かけるってことはその人と一緒のところを見られるってことなの」

「……? 当たり前じゃん」

「つまり、片方がダサい恰好してたらそれに付き合ってる人もダサいと思われるの。ほらパンツ一丁の変態おじさんの隣を歩きたくないでしょ?」

「例えが極端すぎる」

「それに、折角ならその胡桃先輩に可愛いって思って欲しくない?」

「それは……まぁ……少しは」

「杏先輩見てください。恥じらってるすみれ可愛くないですか?」

「そだねー」

 

 胡桃のことを持ち出され、少し赤面しながら答えるすみれを、かすみは杏に自慢しようとするが、杏は服を選んでいるため超適当に流される。

 

「すみれの方は清楚系でかすみはカジュアルな方向性にしよっかな」

「ありがとうございます! ファッション番長!」

「番長はヤダな。せめて女王って言って」

 

 謙遜はしない杏。それもその筈ファッション誌のモデルをやっているためセンスは抜群なのだ。

 

「取り敢えず一通り試そっか」

 

 その後杏と何故かコーディネートされる筈だったかすみに着せ替え人形にさせられ、買い物が終わったのは二時間後だった

 

 

 ***

 

 

 5/29 日曜日 晴れ

 

 

「お、おはようございます先輩」

「……おはよう」

 

 お出かけ当日。お互いに待ち合わせの時間前に到着し何も問題なく買いものに行けばいいはずなのだが。

 

「きょ、今日はいい天気ですねー」

「……あっ、うん暑いぐらいヤバイ」

「…………」

「…………」

 

 どことなくお互いぎこちない。

 

(さっきの会話不自然じゃなかったよね? いつも通りだったはず……)

(普段見せてる俺ってあんな感じで返答してたっけ……忘れた)

 

 それもその筈、他の人々から散々デートと揶揄われ、言われる度否定してきたが、それが逆にお互いに意識をさせてしまっていた。

 

(いつもと同じで……平常心でいかないと……だって……)

(ヤバイ。なんで俺こんなに緊張してんだ? 別に……)

 

「……じゃあ行くか」

「そ、そうですね」

 

((デートなんかじゃないのに!))

 

 謎の緊張感に包まれながら二人は歩き出した。

 

 



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#18 チャリで来た

 謎の緊張感に包まれた二人のショッピングを少し遠くから見ている影が二つ。

 

「なんかおかしくない? どっちも」

「緊張してるみたいだね。胡桃君も口数がいつもより少ない」

 

 二人の前日のショッピングに付き合った杏と志帆だった。お互いに明日の行く末が気になり、示し合わせたわけでもなく同じ場所同じ時間でバッタリ出くわし、野次馬根性ですみれと胡桃を尾けていた。ちなみにかすみの方は今日は練習で来れなかった。

 

「取り敢えず気まずそうな雰囲気が流れそうだったら私達が助け船を出してあげよう」

「うんそうだね。……そういえばだけど今日何するどこ行くとかすみれちゃんから聞いて無いの?」

「取り敢えず買い物に付き合ってもらうって言ってただけだから、何買うのかも知らない……あっ、あの店入ってくよ」

 

 すみれと胡桃の二人がメガネ専門店に入って行くのを見て、杏達は隣のブティックからこっそりのぞき始める。

 

「メガネ……すみれちゃん用のメガネかな?」

「いや待って志帆。二人が眺めているのは成人男性向けのメガネ……これはお父さんへのプレゼントと見たね」

「なるほど~。でも確か父の日って6/20だから一か月先だよね。お父さんの誕生日かな? それとも本命の買い物は他にあるのかな」

 

 するとメガネを選んでいる胡桃が今日日見ないであろう、パーティーで掛ける鼻眼鏡を手に取る。

 

「おっ……一発笑いを取って堅苦しい雰囲気を無くす作戦かな?」

「胡桃君ならありうる」

 

 が、手に取っただけで元にあったところに置く。

 

「あれ? いつもなら『やばなにこれ?』とか言って取り敢えず掛けてみるのに。そして取り敢えず何かモノマネでもしそうなのに」

「あーあれは『真面目に選んでいるのにふざけるのはダメでしょ』って考えてるね」

「変に真面目なところが出てるのか……」

「でも見て、最初よりはお互いの顔見て話せてるかも」

 

 お互いに真面目にメガネを選び、意見を交えつつ慎重にこれかそれともこれかと候補を挙げていく。言葉を交わすにつれて距離が最初より近づいている。

 

「うんやっぱり、今はすみれちゃんには真面目に向き合う方が胡桃君には合ってると思う」

「……ねぇ前々から思ってたけどさ、志帆は嫉妬しないの?」

「嫉妬?」

「胡桃と志帆って中学からの仲だけどそれ抜きでも結構仲良いじゃん? 恋愛感情とか無いの?」

 

 志帆はうーんと考え込み、無いよ。と答えた。

 

「胡桃君はどう思ってるのか知らないけど。私はどちらかというと手のかかる弟みたいだなって思ってる」

「そんな可愛らしい存在だと思えないんだけど」

「確かにちょっと怖い雰囲気あるかもだけど、中学はもっと一人ぼっちで……いや多くの人から話掛けられたりはしたんだけどね、嫌われてないしむしろ好かれてた方」

「じゃあ何で一人ぼっちなんて思ったの?」

「……たまにすっごく寂しそうな顔するの。まるでこの世界で自分だけ仲間外れにされてるみたいな……そんな風に見えて勉強教えて欲しいとか言って話し掛けちゃったんだよね。でも話してみると面白いし良い人だし優しいし案外子供っぽいし……なんかほっとけなくなっちゃったんだよね」

「(それはもう好きじゃん)」

「あ、二人共移動するよ」

 

 志帆の話に杏はツッコミたくなったが、メガネを買い終わって店から出ようとしたのを見て、言葉を飲み込み二人の尾行を続ける。

 

 

 ***

 

 

「次はここです」

「アクセサリーショップ?」

 

 胡桃とすみれが次に足を運んだのは煌びやかなアクセサリーショップ。煌びやかと言っても店の前に置いてある物だけで、安いのは五百円から高いのは五万まで、どちらかというと小物が多い店だった。

 

「ここでリボンを買いたいんです」

「リボン? いつも着けてる赤いやつじゃダメなの?」

「前にも言いましたけどあれは姉のかすみとお揃いなんです。今日買うのは色の違うものが欲しいんです」

 

 すみれはあらかじめ買うものが決まっていたようで他の商品には目もくれず、棚に置いてあった黒いリボンを手に取る。

 

「パレスに入ってしまったら色はあまり意味ないんですけど……気分的な問題です。赤いリボンを着けてるとかすみのことが脳裏をよぎるんです」

 

 鏡映しのように同じ顔、同じ色のリボン。だが才能までは同じではなかった。

 

 優秀な姉と比べられ、失望されるのが怖かった。そんな自分から逃げるように姉とは違う姿をとりだした。

 

 比較されるのはもう嫌だ。私は私だと主張するように。だがそうやって逃げ続けても姉の呪縛は纏わりついた。

 

「だからこれは自立と決別の意味です。かすみはかすみで、私は私。あの優秀な芳澤かすみの妹で、それを超えていく芳澤すみれです」

 

 だからもう逃げない。現実を正しく認識し、たとえ傷つくことがあっても前に進む覚悟。

 

 生まれ変わった証のため、すみれは黒いリボンを買いに来たのだった

 

「なるほどね……買うだけなら俺いらなくね?」

「いえ胡桃先輩には私の誓いの見届け人としていてほしかったので」

「それなら蓮の方が良かったんじゃない? リーダーだし」

「あー……別に誰でもよかった訳じゃ無いんですよ。……先輩がいいんです」

「俺が?」

 

 すみれの言葉の意味が理解出来ず、分かりやすくハテナを飛ばす胡桃。

 

「えっとですね、私としては胡桃先輩にすでに二度も助けられていて、恩人なんですよ」

「大袈裟すぎる……別に俺が助けなくても、誰かが助けてただろ。パレスの時だって別に俺と同じ立場に置かれたヤツだったら助けてただろうし」

「……鈍感。確かに胡桃先輩じゃなくても救われたかもしれません、だけど救ってくれたのは胡桃先輩だったんです。……まるでヒーローみたいに助けてくれた先輩は私の中で新しい目標で、憧れです」

「ヒーロー……」

「そんな先輩だからこそ見て欲しいって思うんですよ! 手を差し伸べてくれた人を裏切りたくないです!」

「お、おう」

 

 気持ちが高ぶったすみれに圧される胡桃。

 

「あー……じゃあ、俺がリボン結ぶか? それなら俺がここにいる理由になんとなく納得できると思う」

「それならぜひ、お願いします」

「……適当でいいよな」

 

 胡桃は慣れた手つきで丁寧にすみれの赤い髪を束ね、黒いリボンを着ける。

 

「(あれ。これって大分恥ずかしいことなんじゃない? 家族以外の他人に髪を触られるのなんて全然無いから緊張……)」

「はい終わり」

 

 緊張ですみれの心臓が早鐘を打つ前に、髪を結うのは一瞬で終わった。

 

「どうですか?」

「可愛いと思う」

「かっ⁉ ……ん゛んっ。お世辞でも嬉しいですありがとうございます」

「別にお世辞じゃなくて思ってる事口にしただけだけど」

「あ、あり、ありがとうございます」

 

 

 ***

 

 

「今度はすみれが耳まで赤くして固まっちゃった」

「多分胡桃君の素直に恥ずかしいこと言う攻撃を喰らったね。胡桃君は基本的に思ったこと素直に言うし大体肯定的だし、褒められ慣れてないとダメージもらうよ」

「……もしかして胡桃って中学のときモテてた?」

「修学旅行の時、女子同士お泊り特有の恋バナで話題に出る程度には。大体『胡桃? あれは無いわー』とか『まぁでもいい人ではあるね。対象にはなんないってカンジ』みたいな評価だった」

「それって女子特有の本命の牽制みたいなヤツでしょ。本命の悪口言って嫌わせて手を出さないようにしとくみたいな」

「好きな子は他にいるみたいだから告白してきた人は全員断ったらしいけど」

「へぇー………………………………え?」

しまった……あ、リボン買い終わったよ次どこに行くのかな?」

「いやいやいや、ちょ、ちょっと待って⁉」

 

 爆弾発言を投下しておきながら二人の後を尾けていこうとする志帆の腕を掴んで歩みを止めさせる。

 

「好きな子がいる? 詳しく聞かせて」

「あー……誰にも言わないでね本当に」

 

 志帆は胡桃に心の中で謝りながら、杏に話し始める。

 

「昔好きだった人がいてそれをずっと覚えてるんだって。それだけしか私知らない」

「元カノってこと?」

「そこは適当にはぐらかされたからわかんない。胡桃君っておしゃべりに見えて秘密主義だから」

 

 基本的に自分の事は話したがらない胡桃を知る丁度いい機会かもしれないと思い杏は志帆に問いかける。

 

「……知りたくない? その人のこと」

「胡桃君が話したくなさそうだったから聞かなかったけど、本音を言えば………………気になる」

「だよね? ていうかこのデートの意味がなくなっちゃう」

「デートじゃねぇし。意味はすみれの買い物なんだよ」

「ひっ‼」「きゃあ‼」

 

 コソコソ話していた二人の背後にいつの間にか胡桃が立っており、額には青筋を立てていた。胡桃の後ろには「あはは……」と苦笑いを浮かべるすみれも立っていた。

 

「い、いつからそこに……?」

「俺の昔好きだった人を詮索しようとしたところ……志帆さん?」

「……ごめん。うっかり口滑っちゃって」

「違うの、志帆は悪くないの。私が追求しちゃったから」

「本当にね……」

「志帆⁉」

 

 胡桃の追及から庇おうとしたら背後から刺され、いきなり見捨てられる杏。

 

「陰から面白がって見られてるのいい気分しなかったよ」

「「ごめんなさい」」

「ま、まぁ。お二人共私達が心配だから来て下さった訳ですから……」

 

 尾行されていた件に苦言を呈され、志帆と杏は平謝りする。すみれは別に謝られるほどのことではないと思っているのかすぐにフォローを入れて先輩達の頭を上げさせる。

 

「……じゃあ腹減ったし四人でどっか食べに行くか」

「え? 私達ついていっていいの?」

「いいに決まってるじゃん友達だし。すみれもそれでいい?」

「はいもちろんです!」

「あ、じゃあ私気になってるフレンチあったから行きたい!」

 

 杏がスマホで場所を調べて三人に画面を見せる。

 

「……足りるかな」

「お金のことなら、尾行していたお詫びとして代わりに払うけど」

「いえ、お腹の事情です」

「相変わらずだな」

 

 すみれのお腹の事情以外は問題ないみたいなので、四人でそのフレンチへと向かった。

 

 

 ***

 

 

 その後、ランチタイムが終わっても遊び盛りな高校生の行楽道中は続き……

 

「『俺ら最強マジ卍。みんなズッ友。チャリで来た』……」

「プリクラでホントにそれ書く人初めて見ました」

「ところで杏は……それは……何?」

「え? 怪盗団のマークだけど」

「「「……わぁー。前衛的ー」」」

「でしょ? モデル兼表現派アーティストいけるかな?」

「……杏の絵は死後評価されるタイプの絵だから」

「いやそこまで褒めても何も出ないって! サインいる?」

「一瞬で調子乗ってるとこ悪いけど志帆さん絶対気を使ってるだけだから」

「ダメですよ志帆さん。欠点は甘やかしちゃ取り返しのつかない事になります」

「ゴメンね……杏」

「ひどくない?」

 

 ゲーセンでプリクラを撮り……

 

「花屋か……」

「私母の日にカーネーション渡すの忘れてて……すみませんちょっと待っててください!」

「いいよ。こっちも中で花を見て待ってるから」

「ふーん……結構色んな種類があるな。あ、胡桃(オレ)の苗木」

「胡桃の花言葉は確か『知性』だよ」

「へー志帆、花言葉に詳しいんだ。あ、こっちには(わたし)の花もある」

(あんず)の花言葉は『臆病な愛』『乙女のはにかみ』だね」

「ぱっと出てくるの凄いな。……じゃあこの百合の花言葉は? 俺この花好きなんだよね」

「百合は全般で『純潔』。でも色ごとに花言葉が違うから胡桃君が持ってるオレンジは『愉快』とか『軽率』っていう花言葉が存在するよ」

「……ちなみに黒い百合って花言葉はなに?」

「黒はね――」

「すみませんお待たせしました!! なんのお話されてたんですか?」

「今は志帆の花言葉教室開いてたとこ。ちなみにすみれの花言葉って何?」

「それも色ごとに違うけど、有名なのは『誠実』『謙虚』かな」

「「うわ、それっぽい」」

「……?」

 

 花屋で知識を深めたりと、四人が四人共本来の目的を忘れて楽しんでいた。

 

 

 ***

 

 

「あれ? 私何か忘れてる気がする」

「それだけ胡桃君には隠したいことだってことだよ。次は本屋行くんだよね? そこ右だよ杏」

「あ……うん……うーん。ま、いっか!」

 

 

 ***

 

 

「たーだいまー」

 

 家に帰ってすぐに部屋に行ってベッドに倒れ込む。

 

「疲れた……楽しかったけど」

 

 すみれの買い物に付き合い、その後は志帆さんと杏と合流し、昼食を食べて、ゲーセン行って遊んで、その後三人でショッピングに付き合わされて気付いたら夜になってしまった。

 

 女子の買い物って何であんなに長いの? 買うものが決まってから買い物に行く俺とは根本的に違う……。世の中の女性全員とまでは言わないけどあの三人は絶対に長い人種だ俺には分かる。

 

 あー、やっべ。凄い眠い。ご飯後にしてちょっと寝るか。今後の予定は起きたあと考えるか。

 

「……ぐぅ」

 

 強烈な眠気に襲われ、俺はすぐに意識を手放した。

 

 

 ***

 

 

 暗転。後に明転。

 

 そこは青を基調とした不思議な空間で、俺は椅子に座らされていた。

 

 夢か現か分からない空間。手足が動かず目だけを動かした。

 

 目の前の鼻の長い老人と目が合うと、その老人はゆっくりと話し始めた。

 

「ようこそベルベットルームへ。哀れな駒よ」

 

 




すみれ回はまだ考えてるので今回は控えめに。


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#19 デュエルスタンバイ‼

 体は動かない。何かに縛り付けられている訳ではないのに、上から何かに抑えられている圧迫感を感じる。

 

 かろうじて椅子の上で身じろぐことが出来るので、事務机の挟んで向こうにいる男を見る。

 

「我が目を逃れ、随分と勝手をしているな」

 

 コイツの名はイゴール……に扮しているヤルダバオトだ。本物のイゴールはコイツに封印された。

 

「器を手に入れて浮かれているのか? だが所詮は人間だ。必ずや私の支配下に置かれる」

 

 コイツの目的は自らが人間を管理するための存在になること。

 

 だからコイツはイゴールにゲームを持ち掛けた。

 

 それぞれトリックスターとして選んだ者たちを使って戦わせ合いながら、大衆の本意を見極めるためのゲーム。

 

 ヤルダバオトが選んだのが明智吾郎。明智が勝てば人間の世界を【壊して作り直す】

 そしてイゴールに選ばれる筈だったのが主人公の雨宮蓮。蓮が勝てば人間の世界を【残す】

 

 だがヤルダバオトが仕掛けてきたのは理不尽なゲームだった。

 ベルベットルームは支配され、看守であるラヴェンツァは引き裂かれ記憶を失った。主であるイゴールも封印されてほぼ詰みの状態からのスタートだ。

 

 卑怯かつ姑息な悪神。それが俺の印象だ。

 

「忠告をしておこう」

「……」

 

 忠告? と声を出そうとしたが喋れない。プレッシャー云々ではなくこの空間がそういう風に設定してあるみたいだ。

 

「私が統制する世界に貴様の居場所など存在しない。この世界に貴様は一片たりとも入り込ません」

 

 なんで俺こんなに嫌われてんだよ。

 

「貴様は存続させたいのだろう。愚かな人間蔓延るこの世界を。だが自ら盤面に上がってきたのが悪手だ。貴様に勝ち目はない」

 

 ラスボスが俺を呼び出して何を言うかと思えば煽りかよ。常識もクソも無いな。神だから関係無いのか?

 

「盤面から降りないなら好きなだけ足掻くといい。貴様は私がいる限り何も出来ん。私の掌の上で無様に醜くもがくといい。哀れなトリックスターよ」

 

 そう言って部屋にあるベルが鳴り始める。どうやらこの時間の終わりの合図みたいだ。

 

 俺の意識は遠のき始め――

 

「――さっきから黙って聞いてりゃ……正確には黙らされて聞いてりゃよぉ……!」

 

 意識は覚醒し、俺の怒りに呼応して、仮面が出現する。

 

 喋れない様にして一方的に煽ってきて言い逃げとか許すかよ。なにより言われっぱなしなのが許せない。

 

「言いたい事だけ言って逃げるのが得意だな。レスバが強いだけの神様よぉ。本当は俺にビビってるから釘を刺しに来たんだろうが」

 

 怪盗団の衣装を身に纏い立ち上がる。先程まで感じていた拘束は感じない。

 

「人類を愛し過ぎたお前に教えてやるよ」

 

 事務机に飛び乗り、ヤルダバオトと目線を合せるようにヤンキー座りで屈む。

 

「お前の上から目線の決めつけた救いなんていらねぇんだよ。救い方は俺が決める」

 

 目の前の悪神は面白そうに眼を細めた。

 

「ならば私はそれ相応の試練をお前に課そう」

「上等だ。全部捻じ伏せてお前を潰してやる」

「宣戦布告か」

「勝利宣言だ」

「期待せずに待っていよう」

 

 ベルの音が大きくなり今度こそ意識が遠のき………………暗転した。

 

 

 ***

 

 

 

「……貴様の(トリックスター)は随分と壊れているようだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? そのまま器の中で朽ち果てるまで見ているがいい。――私の統制を」

 

 

 

 ***

 

 

 

「寝た気がしねぇ……」

 

 起きたら朝になってた。昨日母親が作ってくれた夕飯を朝食として食べる。昨日の夕飯は健康志向の母親らしい野菜多めの食卓だったらしく、朝でも軽く食べられた。

 

「今日は、清掃活動日か」

 

 今日は5/30。清掃活動イベントだ。鴨志田の件でイメージダウンした秀尽高校の苦肉の策のボランティアらしいが、そんな事生徒には知ったこっちゃなく、前日から不平不満を言う生徒が教室のあちらこちらから聞こえてきた覚えがある。

 

「ごちそうさまでした」

 

 正直俺はこういう学内行事は好きな方だ。なぜなら授業を受けなくて済むから。かつ早めに帰っても怒られないから。

 

 ここで起きそうな重要なイベントとか無いし。あると言えば主人公が【信念】のコープを結ぶだけだけど、もうすみれは仲間になってるから関係無いし。今日は羽を伸ばして休むか。

 

「おはよう」

「おはよー……ってあんた昨日帰ってきてすぐに寝たから聞けなかったけどどうだったの?」

 

 起きてきた母親に挨拶すると、寝ぼけまなこだった母親がすぐに覚醒し、昨日の出来事について問い詰めてきた。

 

「特に何もないけど」

「そんな訳ないじゃない。何か一つぐらいはあったでしょ」

「あー、神に啖呵切ったことぐらい?」

「……宗教関係の子?」

「あーうん。そういうこと。じゃあいってきます」

 

 昨日の出来事だから間違ってはいないだろ。すみれがとんでもない誤解を受けた気がするが訂正したらしたで余計追求されそうなので、そういうことにしといて逃げるように家を出た。ゴメンすみれ、今度一緒に教会に懺悔しに行こう。

 

 

 ***

 

 

「それでは各班に分かれて活動を開始してください」

 

 井の頭公園につくと生徒会長の指示のもと班に分かれ清掃活動を開始する。ちなみに班の構成は学校側が適当に決めた男女四人組だ。

 

 杏はともかく、蓮や竜司は鴨志田の件で色々誤解を受けて居心地が悪いだろう。後で遊びに行ってやろうとか思っていたら。

 

「すみません。ズバリ聞きますが乙守さんは怪盗団なんですか?」

「違います」

 

 結構大きい学校で生徒数も多い中から四人適当に選んだとなれば顔も知らない生徒と組まされる可能性が高い。だから俺が所属する班もそうだと思ったが、ゴシップ大好き新聞部と組まされてしまった。他二人は一年らしき男女が二人。助け船は期待できそうにない。

 

 あの神が言ってた試練ってこれ? 悪神はこれだから……

 

「では、あのとき被害者の鈴井さんの手を取って学校から出ていったのはなぜですか?」

「鴨志田がやってる事を知って、取り敢えず守らないとって思ったから」

「何故鈴井さん個人を救ったんですか?」

「友達だから」

 

 さっきから一つゴミを拾うたびに、二、三個質問が飛んでくる。学校じゃ気付かれる前に距離を取って避けてたけどこうなるとは予想外だった。

 

「友達を救いたいその一心で先生に反抗するのは敬意を覚えます。ではその後鴨志田先生が改心したのは偶然だったと?」

「そそ、偶然」

「なるほど、では同じ時期ぐらいから例の転校生と絡み始めたのも偶然ですか? また、何故接触しようと思ったんですか?」

「偶然」

「……単刀直入に聞きますが偶然にしては出来過ぎだとは思いませんか?」

 

 怠いなこの人。ゲームでもコープを結んでない一般人が唯一主人公の正体に気付いた一人でもあったから妙に勘が鋭い。

 

「まぁ、タイミングが良すぎだとは思ったけどな。でも一つ気になる事はあるけど」

「ぜひお聞かせいただきたいです」

「知りたがりの新聞部の耳にも届いてると思うけどさ、鴨志田の被害者って結構いるんだよ。でもさそいつらは何で言わんかったんだろうな?」

「それは鴨志田先生が学校を辞めさせられる力を持ってたから黙らざるを得なかったからだと思います」

「一個人が学校を支配する力を持ってると思うのかよ?」

「……」

 

 語気を強くして問い返すと、彼女は少し動揺して口を閉ざす。

 

「俺が思うにさ。上から下まで鴨志田を利用したいヤツが悪行を隠蔽してたと思うんだよね」

「……何が言いたいの」

 

 先程までの取材の態度とは一変して、警戒して敬語から普段の通りの口調になる。

 

「上は先生。下は生徒まで。特に鴨志田に気に入られることで得する連中。バレー部の奴らは外すとして、生徒の情報が握りやすい連中……新聞部とかな」

「私はそんなことしない」

 

 はい知ってます。この人は最後まで平等で差別をしない。ゲームを通して学校では他の生徒から陰口ばっかりだったが、この人だけは対等に接してくれたからな。正直癒しキャラだけど、今は鬱陶しい。ちょっと距離をとってもらおう。

 

「真実を知ってそれを記事にしたいだけ」

「へぇ? じゃあ真実から見て見ぬふりしてたら記事にしなくていいから楽そうだな。それなら見捨てるのにも罪悪感は無さそうだ」

「はぁ?」

 

 さすがにこの言い分は頭に来たようで、額に青筋を浮かべている。俺達を除いた二人の班員は、不穏な空気を感じ取ったのか止めに入ろうとする女子生徒と、見て見ぬふりをして距離を取っている男子生徒が距離を取っていた。

 

 まぁ、さっきの発言は鈴井さんを一年間放置した俺にもブーメラン刺さってんだけど。

 

「干渉したらその悪行に嫌でも加担するか退学に迫られるかの二択だもんな? 見て見ぬふりが一番賢い選択だよ」

「……馬鹿にしないでよ。君は何も知らなかったくせに私に偉そうに説教しないでよ」

「はは。説教されてるっていう自覚あんの?」

「………………」

「………………」

「はいごめんね! ちょっといいかな⁉」

 

 口論がヒートアップして無言の睨み合いが続き、一触即発になりそうになったところに丸喜先生が豚汁を持って間に入ってきた。おお救世主(メシア)よ……。正直どうやって収拾つけようと思ってたから滅茶苦茶助かる。

 

「豚汁できたから味見して欲しいんだけどどう?」

「……いや私は」

「はいこれ割りばしね」

 

 両手に持った豚汁を俺と新聞部に無理矢理押し付けてくる。「食べて、食べて」とジェスチャーしてくるので遠慮して頂く。豚汁に浮かんでいる里芋を口に運ぶ。

 

 こ、これは……‼

 

「「まっっっず」」

 

 新聞部の人と同じ感想が口から出ていた。里芋はまだ中まで熱が通っていなくて半生みたいなものだった。固いし味も染み込んでない。

 

「あ、あれ失敗かな~?」

「せ、先生。人の心を汲み取るのは上手なのに、料理は下手なんですか~?」

「そ、そうみたいだね~灰汁はうまく汲み取れたのにね~」

「「あっはっは……」」

 

 先生の白々しい演技の意図を汲み取ったのか、先程から言い合いを止めようとおろおろしてた女子班員が猿芝居に乗って場を和ませようとする。

 

「いやそんな上手くなくないすか?」

 

 そんな二人の頑張りをもう一人の班員が空気を読まずにぶち壊してくる。微妙な顔をした丸喜先生と班員二人を細目で見ながら汁を飲む。……汁も水っぽいなコレ。

 

「……ご馳走様でした」

 

 んじゃ厚意を無駄にしないためにも収拾つけるか。丸喜先生に空のトレーを押し付けた後、新聞部の人にゴメンと言って頭を下げる。

 

「正直しつこく聞いてきたのがうざったくてイラついて喧嘩腰になった、ゴメン」

「いや、私こそごめんなさい。あなたも被害者なのにデリカシーの無い質問をして……プライバシーの侵害でした」

「じゃあ二人共謝ったから、もう二人共悪くないってことでめでたしだね」

 

 先生は俺達の言い争いがひとまず収まったのに安堵して肩をなで下ろした。

 

「先生~。まだできてない豚汁持って何してんの~?」

「あ、ゴメンすぐ戻るよ」

 

 じゃあ仲良くね。と言って丸喜先生は調理場へと戻っていく。てかまだ未完成だったのかよ。

 

「未完成の豚汁を振る舞う心理カウンセラー……“アリ”かな」

「ねぇよ」

「冗談だよ。小見出しにも使えない」

 

 ふふ。と笑う新聞部の表情からはもう怒りは見られない。

 

「あの。俺里芋食えねーんですけど、どうしたらいいっすか?」

「泥水でも啜ってろ」

「酷くねーすか?」

 

 

 ***

 

 

 清掃活動が終わり、昼食の豚汁を片手に一人ベンチに座り汁を啜る。

 

「沁みるわ……」

 

 先程丸喜先生が持ってきた未完成の豚汁ではなく、ちゃんと調理されたもので、全然食べれる。味があるって素敵。

 

「やぁ。隣いいかな?」

「丸喜先生。どうぞ」

 

 丸喜先生は、空いてる俺の隣に座って豚汁を食べ始める。

 

「先生さっきはありがとうございました」

「なんのこと?」

「さっきピリピリした空気を見かねて作りかけの豚汁持ってきてくれましたよね」

「あー……バレちゃうかそりゃ」

「演技力は磨いた方がいいですよ。世渡りしやすい」

 

 嘘を吐くという分かりやすいものだけでなく、相手に感情を上手く伝えるという演技も社会には必要とされる。愛想がいい奴が先生に気に入られやすいってのもそれだ。

 

「雑談しに来たんですか? 怪盗団絡みのネタは無いですよ」

「いや今度は僕から提供しようと思って。鴨志田先生の改心と怪盗団の関係の話。いいかな? 気分が悪いかもしれないけど……」

「先生なら別にいいですよ。どうぞ」

 

 では。と言って姿勢を正して講義を教えるように話し始める。

 

「前は鴨志田先生の改心は自発的なものではなく、第三者による介入の可能性が高いって話し合ったよね。今度はその改心の方法について僕なりについて考察してみたんだ」

「……ふーん」

「君は『ペルソナ』って知ってるかな?」

「んぐっ!?」

「だ、大丈夫かい?」

「……大丈夫です。むせただけなので」

 

 何故それを? もう既に先生はあの認知世界のことに気が付いているのか? それはそれで好都合っちゃ好都合だけど。

 

「心理学者のユングが提唱した概念でね。自己の外的側面のことを言うんだ」

「ああ、そっちの……」

 

 心理学用語の方か。元は仮面って言う意味からも取ってるんだっけか。

 

「そのペルソナは鴨志田と何が関係してるんですか?」

「改心した瞬間さ。僕は直接見て無かったけど、聞いた話によると人が変わったかのように謝罪し始めたんだろう? そこから考察して鴨志田先生の中には良心ってものが残ってたんじゃないかな?」

「いや無いでしょ」

 

 即答しちゃった。パレスで成仏した瞬間は“それっぽかった”らしいけど。あるとしてもミリぐらいでしょ。

 

「良心があったと仮定して。彼はその良心を痛めないように悪役の仮面(ペルソナ)を被ったんじゃないかな」

「被るメリットは……自分の利益のためか」

 

 そう言われれば一理あるのか? まぁ確かに最初から悪い奴なんていないから鴨志田もどっかで間違えたんだろうな。それを知ったところで嫌いだけど。

 

「じゃあ怪盗団はその僅かに残った良心を増幅させたってことですか?」

「そこだよね。僕の考えは逆だと思う」

「逆?」

「悪い仮面を引っぺがして壊したのさ。そしたら鴨志田先生は良心しかなくなるだろう?」

 

 鋭いな。俺達はオタカラを盗んで歪んだ欲望を取り除く。丸喜先生が言ったことはキーワードは違えど俺達がパレスでやってることと的中している。

 

「……という感じに考えてみたんだけどどう思う?」

「……理論が合ってると仮定しましょう。それをする手段が不明なのも目を瞑るとして出てくる問題があるでしょう」

「え?」

「動機と標的ですよ。怪盗団はなぜ鴨志田を狙ったんでしょうか?」

 

 勘付くのが早すぎる。だけど好機だ。ここで俺に興味を持たせろ。

 

「それは悪い事を止めようとして……」

「やりようは他にあるでしょう。警察を呼ぶとか児相に相談するとか。……怪盗団は『改心』しか手段を取れなかった。もしくは『改心』出来る相手を探していたとか?」

「『改心』の相手?」

「俺、似てる事件に心当たりがあるんです。最近多発している『精神暴走事件』って知ってます?」

「知ってるよ。もしかしてその一連の騒動と『改心』は全て怪盗団の仕業だと?」

()()知りません」

 

 それを聞いた丸喜先生は口を抑えながら考え込み始める。

 

……方向性は違えど突発的に精神を変異させる。確かに似ているが何故手段と結果が違う? ……ペルソナの有無? 大きすぎるペルソナは解離性人格障害として結び付けられるから怪盗団の手段はそこで分岐しているのか? 未熟なペルソナは精神暴走へ、鴨志田先生のようなペルソナが大きい人物は改心という手段に。であるならば何故そんな事を? 『改心』が出来るなら全てそのようにすれば………………いや出来ないのか! もしや『精神暴走』は『改心』の失敗か? いやだけど標的が無差別すぎるし、それなら今更何故鴨志田先生を……?

 

 何やら怪しげなことをブツブツと言っている。

 

「……気になる」

 

 そりゃそうだろう。目の前に怪盗団がいるしその手段を聞きたいだろう。だけど聞けない。そのことを聞いたら俺は遠ざかってしまうと思っているから。先生は論文を完成させるために俺達が怪盗団である事に気づいていないフリをして近づくしかない。

 

 だが俺のガードは緩めたぞ。

 

「じゃあ俺はこの辺で帰りまーす。お疲れ様でした」

「あ、うんお疲れ様。気を付けて帰ってね」

 

 取り敢えず先生に俺の正体はバレてはいるが、今は自らバラすタイミングではない。

 

 帰路に着きながら情報を整える。まず先生が今把握していること。

 

・俺達が怪盗団である事はバレている。

・改心の方法はほぼ合っている。

 

 結構決定的なことだが俺達の目的についてはまだ把握できていない。

 

 俺達の目的は善か悪か。今さっき先生にはその思考の材料をばら撒いてきた。まぁほぼブラフだが。

 

 だがこれで先生は俺と接触して詳しく聞きたくなるはずだ。先生は蓮と俺以外の怪盗団メンバーには接点がほぼない。いきなり『改心』の話を持ち掛けたら警戒されるのは目に見えて分かってるから。先生は俺か蓮の二人から聞き出さなくてはならなくなったが、それなら口が軽い乙守胡桃から情報を聞き出そうとするのが楽なはずだ。

 

 次、会話するのは斑目が記者会見開いてからでいっか。

 

 

 ***

 

 

 5/31 火曜日 曇り

 

 メメントスの敵は天候により変化する。

 

 晴れは影響なし。雨は敵が乱入してきやすい。ヒートアイランド時は炎上していることが多いし、寒波は凍結していることがある。

 

 今日は朝の天気予報で花粉注意報が出ていた。花粉の日は敵が居眠りしてる事がある。つまり絶好の狩り日。学校が終わり今日は怪盗活動はないそうなので放課後一人でメメントスに向かう。

 

 周囲を確認し後を尾けられていないことを確認するとメメントスに入る。今日はエリア7まで行って帰るかと思って階段を下りホームにでると思わぬ人間が立っていた。

 

「来たか」

 

 影は二つ。モルガナと蓮がホームの前で立っていた。

 

「奇遇じゃんどうしたの?」

「……一応ルール違反なんだが」

「怪盗団のルールは全員一致の場合のみターゲットを決め改心を行うってことだろ? 俺は別に改心は行ってないしメメントスに蔓延るシャドウを倒してるだけ」

 

 そう言った蓮は少しご立腹のようだ。

 

「なら一人で戦闘を行うのは危険だからやめろ」

「それは一人でメメントスに潜るのはやめろってこと?」

「ああ」

 

 参ったなそれは困る。最終決戦に怪盗団と戦うことになると考えると、こいつらと同等の強さじゃ勝てっこない。なんせ怪盗団は全員で九人いるから束でかかって来られたら困る。

 

 俺だけこっそりレベリングしたいんだけども……。

 

「分かった分かった。やめるよ。今後は一人で来ない。じゃあ今日はもう帰るよ」

 

 仕方ない。今度バレないようにこっそり来よう。

 

「おっと……そうはいかないぜ」

 

 今日は素直に言う事を聞いて帰ろうとしたら、モルガナカーに行く手を塞がれた。

 

「あー………………何の真似?」

「今日が一回目じゃないだろ胡桃」

「まぁ、二、三回目ぐらいだけど?」

「いやもっとだ。目撃者がいる」

 

 何回も潜ってることばれてーら。何で知ってんだよ。つーか目撃者って誰だよここには誰もいない………………ベルベットルームの奴らか。

 

「胡桃がすぐに納得するとは思わない。一方的に条件を出されてはいわかりましたって言う事を聞く人間じゃないことはわかる」

 

 だから。一区切りしてナイフをこちらに差し向ける。

 

「――だから戦おう。ここで胡桃が勝ったら今後も一人でメメントスに潜ってもいい。だが俺が勝ったらもう一人で戦闘を行うのはやめろ」

「パスするよ。別にそんなことしなくても一人で戦闘を行ったりしないって」

「それも嘘だろ? 後でこっそりメメントスに入るだろう胡桃は」

「俺ってそんな嘘吐くように見える?」

「さっき言った」

 

 うーん怠いな。ここであんまり怪しまれたくないし、素直に撤退したいんだけど。

 

「俺はさ、折りに来たんだよ胡桃。その傲慢さからくる強さを。胡桃は強いのは理解してる。だからこそ戦いたいのも。だけどそれはいつか破滅に繋がる」

「そんなバカみたいな自滅しないって」

「違う。自滅じゃなくて仲間を庇って死ぬんだよ。もしくは庇われて胡桃以外の仲間が死ぬ。胡桃……戦闘で俺達のこと信じた事ないだろ? だから一人で無茶をする。鴨志田の時は大怪我だったし、斑目の時だって止めなきゃ自爆してただろ。それは自分が一番強いって思ってるからだろ? 『自分が無理を通せば仲間は守れる』って」

「………………」

「俺は怪盗団のリーダーだ。仲間の命に責任を持たなきゃいけないし俺だって全員守りたい。そして胡桃……お前も“仲間”だ」

 

 あぁクソ。あの神が言ってた試練ってこれの事かよ。

 

「……俺が強いことが分かったんならモルガナ以外にも連れてくりゃ良かっただろ」

「モルガナは戦闘が終わった後の回復のために来させた」

「まさか俺とお前の一対一(タイマン)?」

「当たり前だろ。これは俺の強さを胡桃に示すための戦いでもあるからな。胡桃より強かったら俺のこと頼ってくれるだろ」

 

 蓮は挑発するように笑いながら啖呵を切る。

 

「だから――戦えよ。俺の方が強いってこと証明してやる」

「勝手で傲慢だな。誰に似たんだよ?」

「自覚がないなら後で教えてやる」

「はは……――乗ってやるよその勝負」

 

 腹を括れ。ここまで煽られちゃ引きたくなくなった。

 

「でも仲間を呼ばなくて正解だったな蓮。リーダーが負ける姿は誰も見たくないだろうからな」

「その挑発も勉強させてもらうよ胡桃。足元に転がってるお前を見ながらな」

 

 お互い武器を構えつつ仮面に手を伸ばした。

 

 臨戦態勢。ゴングは要らない。

 

「「ペルソナッ‼」」

 

 互いの反逆の意志をぶつけ合う音がメメントスに響いた。

 

 



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#20 なにからなにまで計算づくだぜーッ!

戦闘不能と死は別だと考えてます。




「くっ……!」

 

 お互いのペルソナがスキルを発動しぶつかり合う。だが相殺はされず、火力で押し切ったのは胡桃の方だった。

 

 破壊の余波で煙が舞い、視界が不良。お互いの位置が把握できない状態となった。

 

(さてどう来る……?)

 

 お互いに煙が晴れるまで膠着状態。だが槍を構え待ち構える胡桃の頬に掠る銃弾。出どころは煙の向こう側。

 

(……威嚇射撃か? この煙の中で当たるわけないだろ。待ってりゃすぐ晴れるのに焦りやがったな)

 

 銃弾が飛んできた場所を警戒しつつ、距離をとろうとすると、再度煙から飛び出してくる。だが今度は銃弾ではなく球体だった。

 

 投げられたと思わしき球体は胡桃の槍に弾かれ床に落ちると煙を吐いて爆発した。

 

(ドロン玉⁉ こういう使い方じゃねぇだろうが!)

 

 ドロン玉は通常戦闘から逃げるために使う煙幕だ。蓮はそれを胡桃の視界を塞ぐために使った。

 

(だが煙が出てるってことはあいつも正確に銃弾を当てられないはず)

 

 そんな思惑を打ち消すかのように背後から氷塊が襲い掛かり、ダウンを取られる。

 

「うっ……」

 

 ダウンさせられながらも背後を振り返ると視界は蓮の脚を捉え、そのまま蹴り抜かれた。

 

「……ってぇなぁ‼」

 

 何とか持ちこたえ荒々しく槍を振り返すも、すでに蓮は目の前から消えており、空を切った。

 

 ドロン玉の煙が晴れると、それとはまた別に胡桃を囲むように煙幕が張られていた。

 

(炙り出してやるよ)

 

 煙の中からカラン! という金属が擦れる音。

 

 胡桃は仮面に手を掛けペルソナを呼び出す。

 

「アステリオス!」

 

 マハラギダインを物音がした方向に放つ。炎の嵐で煙が晴ると、そこには蓮の姿は無く、ただナイフが転がっていただけだった。

 

 デコイだと気づいた時にはもう遅く。背後から氷塊が襲い掛かり、先程と同じくもう一度顔面に蹴りを入れられる。

 

 今度は胡桃は槍を振り返さず距離を取った。

 

 蓮はすぐさま銃を取り出し引き金を引く。接近していた敵に当てるのは造作もなく、見事胡桃の右肩に着弾した。

 

「……容赦ねぇなオイ」

 

 所詮はモデルガンだが、この世界では人を傷つける道具へと変わる。本物の銃弾ではないにしろ威力は十分。胡桃の右肩からは僅かに血が出ていた。

 

(当たっても重傷じゃないが、体全体に響くな。肩が衝撃でビリビリしてる)

 

 煙幕は再度張られており、蓮の姿は見えない。胡桃は右肩を抑え、深呼吸を始めた。

 

(煙幕からのヒットアンドアウェイか……それに上手く使()()()()()

 

 先程のペルソナによる攻撃をデコイで躱され、SPを消費させられた。大技しか持たない胡桃にとって手痛いミスだ。

 

(マハラギダインは残り三、四回だな。HPを消費するギガントマキアは回復してくれるやつがいないタイマンじゃリスクが高すぎる。かといって回復アイテムを使わせてくれる隙をくれるかと言ったらそれは無さそうだ。……面倒臭いな)

 

 思考で足を止める胡桃。

 

「………………」

 

 攻撃する絶好のチャンスだが、煙の中で足音を立てず蓮は出方を伺っていた。

 

(作戦に気付かれたか……? だがやることは変わらない。胡桃にもう一度ペルソナを誘発させて攻撃を叩き込む)

 

 こちらから仕掛けるとカウンターさせられる恐れがあるため、蓮が狙っているのは攻撃後の隙。

 

(次で仕留める!)

 

 先程回収したナイフをもう一度煙幕の中で放り投げ、胡桃の攻撃を誘発させる。

 

 狙い通りにナイフに向かってペルソナを使って攻撃した胡桃の背後をとり、蓮もペルソナを出現させる。

 

 現れるはスイキ。繰り出すはブフーラ。胡桃は氷結属性を持つ攻撃でダウンを取られ、蓮は近寄って攻撃するのではなくもう一度ブフーラを放つ。

 

 胡桃の背後に出ていたアステリオスの姿は消え、胡桃自身も動いている気配はない。

 

「勝負あった。とでも思ったか?」

 

 スナイパーライフルを上に掲げそのまま引き金を引いた。俺はまだ負けてないと叫ぶように。

 

「おーおーそのまま煙幕の中にずっと隠れてろ。俺はここにいるぞ」

 

 煙幕の中にすぐに身を隠した蓮を煽るように、胡桃はもう一度ライフルを天井に向けて撃つ。

 

「……っ」

 

 胡桃との一騎打ちはきっと一筋縄ではいかないとは想定し、蓮は胡桃を倒すために道具を作成し、作戦を立ててこの勝負に臨んだ。

 

 だがその作戦を覆すような想定外が一つ。

 

(こんなにタフだったのか……っ)

 

 胡桃のポテンシャルを見誤ったこと。現に弱点属性の攻撃を四度叩き込まれ、銃弾を喰らっても、それを気にすることなくピンピンしている。

 

 だがそれもその筈、胡桃は一度も怪盗団の前で全力を出したことはあるものの、本気で戦ったことは無い。

 

 本来、胡桃の怪盗団での戦闘の役割は三つ。

・スナイパーライフルによる援護射撃。

・ピンチになった際に胡桃のペルソナによる状況の打開。

・強敵のシャドウに対して、隙を見つけ大技で叩き、詰める。

 

 特に後者二つは彼のペルソナの燃費から来ている問題で、回復しないと数発しか打てないが威力が抜群の彼にしかできない役割。

 

 考えたオリジナル技である『赤・灼・爆・拳』もHPとSPを大幅に消費するため、一撃必殺のような技だが、胡桃自身も倒れて戦闘終了となる。

 

 基本的に仲間のカバーと、ピンチヒッターで敵諸共自爆するような役割。雑魚戦での出番はほとんどない。ボス戦も仲間の力を信じて戦っている。

 

 胡桃はまだ、蓮達に底を見せたことが無い。

 

「この小細工はいつまで続くんだ?」

 

 故に蓮は推し量ることが出来なかった。

 

「俺はいつまでも続けられるぜ。何回でも攻撃を受け続けてやる。だがお前は道具の限界があるだろ?」

 

 彼の体力の高さも。彼の本来の戦い方も。

 

「道具が切れ、ペルソナも枯れたとき、お前を完膚なきまでにぶっ潰してやる」

 

 彼が敵になったときの恐ろしさも。

 

(どうする……?)

 

 蓮は思考を巡らす。手元には煙幕を張る道具を持っているが数はあと僅か。それを使いきっても胡桃を倒せないと判断し懐にしまった。

 

(……賭けだが……やれるか?)

 

 蓮は腹を括ると煙幕から飛び出し、ナイフを拾い胡桃に突撃した。

 

「そっちの方が好みだよ」

 

 お互いペルソナは使わず、ナイフと槍を交え戦闘する。

 

「何故そこまでして強くなろうとする?」

「こんな力を持ったら振るいたくなるだ、ろっ!」

 

 蓮の隙を突いてナイフを叩き落とし、蹴り飛ばしてナイフは床に転がっていく。だがやり返すように、蓮はワイヤーを使って槍に括り付け、そのまま器用に投げ飛ばしてメメントスの壁に刺さった。

 

 武器を無くしたお互いが次に繰り出す攻撃は、――拳。

 

「ふっ……!」

「おらっ……!」

 

 一瞬。拳は交わり、お互いが紙一重で躱した後に示し合わしたように一歩下がる。

 

 一歩踏み出したら拳が入る距離。武器を取りに行くよりも先に、銃を取り出すより先に拳が飛んでくる。

 

 その距離を先に崩したのは蓮だった。前へと出て右ストレートを繰り出す。それを胡桃は頭を後ろに引くことで既で躱す。

 

 胡桃はすぐさまカウンターで拳を構えるも、ジャブが飛んできて攻撃を中断し両腕を使ってガードする。だが勢い全てを殺すことが出来ず上腕が弾かれた。胸部ががら空きだ。

 

(……ここだ)

 

 隙間を縫うように飛ぶ捻りを加えた右拳は、遠心力を纏い膨大なエネルギーを生む。

 

「……がふっ!」

 

 肺から空気が抜け、口に胃酸が上る。胡桃は思わず唾液を吐き捨て距離をとる。

 

「何、今の? お前ボクシングでもやってたの?」

「竜司とジムに行ったときにお遊びでコークスクリュー練習してたらなんかできた」

「……今度混ぜろや」

 

 呼吸を整え、今度は胡桃が距離を詰めていく。蓮の間合いに入ると同時にがら空きの顔面に拳が飛んできた。

 

 ガードは無い。そして防ぐ気も無い。

 

「……痛って」

 

 胡桃は頭突きで受けた。拳に衝撃が伝播した蓮は思わず体勢を立て直そうとするが、足を踏まれその場に縫い付けられる。

 

「捕まえた」

「……ぐっ!」

 

 フォームも何もないただ力任せの一撃だが、蓮の意識を揺らがせるには十分すぎた。

 

 膝をつく蓮に追撃を喰らわせる。蓮は朦朧とする頭を回し拳銃を取り出し、引き金を引いた。

 

「……当て勘も良いのかよ」

 

 銃からはカチリと音がして残弾が無くなったことを知らせていた。残った弾丸は全て着弾したものの胡桃を倒すにはまだ遠い。

 

ペル……ソナ

「……もう終わりだな」

 

 ふらふらと立ち上がる蓮を見て、トドメをさすためにアステリオスを呼び出す。

 

「ストレス発散にはなったよ。ありがとな」

 

 そうして荒ぶる雄牛の咆哮が響き渡り……

 

 胡桃が力なく地面に倒れた。

 

 

 ***

 

 

「……もしかして俺負けた?」

「起きたか」

 

 目が覚めると知ってる天井だった。メメントスの赤黒い色が目に悪い。

 

 身体を起こすとすでにモルガナの治療を終わっているらしく、体に痛みは無かった。

 

「蓮……最後何した」

「こいつを使った」

 

 蓮は仮面に触れると一体のペルソナを呼び出した。『イシス』。確か祝福系の攻撃が得意なペルソナだったはずだ。

 

「ハマオン……即死系か」

「ご名答」

 

 一定確率で対象を即死させるスキル『ハマ系』もしくは『ムド系』。体力が残っている俺を一撃で殺せるのはそれしかない。

 

「そいつ持ってんなら何で最初から使わねーんだよ連打してたら勝てたろ」

「確率で勝って、それで強いって言えるか?」

「運も実力の内って言うだろ」

「やれることをやって最後に残るのが運なんだ。最初から運に頼るのはただのギャンブルだ」

 

 まぁ、一理あるな。

 

「じゃあ俺はこれでメメントスに一人で潜れなくなったわけだ」

「いや……それについては不問にしよう」

「は?」

「オイ! 話が違うぜ!」

 

 俺だけではなく、近くにいたモルガナも蓮の条件の変更は急の事で驚いていた。

 

「……ゴメン胡桃。さっき胡桃に俺達のことを信じたことないって言ったが、俺も胡桃の強さを信じきれてなかった。正直ここまで強いと思ってなかった」

「……正直お前の気持ちは分からんでもないよ。こんな危険な活動してるリーダーで、仲間の命を預かってる身だもんな。勝手な行動するヤツが居たらたまらない」

 

 心配されないように、今度からはバレないようにするよ。

 

「そういえば一つ聞きたかったんだけどさ、あの煙の中どうやって俺の位置を把握してたんだ?」

「ああコレ」

 

 と言って取り出したのは銃に取り付けるスコープだった。

 

「サーマルスコープ。店長が言うには熱を検知して視覚化するやつ」

「拳銃に取り付ければ良かったじゃん」

「いやこれはピストルに取り付けるタイプじゃなくてライフルに取り付けるようだから。だからこれ」

 

 そんな重要なものを俺に押し付けてくる。

 

「これで射撃の精度上がるだろ」

「俺最近は外してねぇから!」

「祐介の初陣のとき、外したけど『ステイ』とか言って誤魔化してただろ」

「あーあー聞こえない聞こえない」

 

 何でバレてんだよ。

 

「俺も聞きたかったんだが、さっきの勝負のとき何で『赤・灼・爆・拳』使わなったんだ?」

「あんな自爆技タイマンで使う訳ないじゃん。使う時は周りに仲間がいるときだけ。避けられたらその時点でほぼ負け確定だからな」

「ちゃんと考えてるんだな……さっきの不問の話。条件がある。一人でメメントスに潜るときは俺に連絡をとること、そしてその日の0時までにもう一度無事の連絡を寄越すこと」

「それだけ?」

「……信じるから、胡桃の強さ。一人でくたばるような奴じゃないって」

 

 連絡が無かったら俺が直々にメメントスに向かうから。と俺の敗北条件を緩くしてくれた。

 

「じゃあ俺もメメントスに潜るのは出来るだけ控える」

「そこで曖昧にするのが胡桃の狡いとこだよ」

 

 仕方ないだろ俺は俺でお前達に勝たなきゃいけないんだから。蓮相手にここまで苦戦してると最終決戦に勝てるか怪しい。丸喜先生と一緒に戦っても勝率は五分あるか怪しいな……。俺が蓮とタイマンしてる隙に丸喜先生は他の怪盗団をやっつけてくれたらワンチャンあるか?

 

「おい」

「あでっ」

 

 他に策はあるかと考えてたら額にチョップを喰らった。

 

「また何か変な事考えてるだろ」

「まさか。怪盗団の為になることに決まってるじゃん」

「それならもっと俺達を頼れ。仲間で。友達なんだから」

 

 あーうん。だからこそ言えないんだよな。これから裏切る仲間に腹の底とか見せたくない。

 

「気が向いたら。そうする」

 

 

 ***

 

 

 自室でこれからのことを考える。大分計算が狂った。

 

 怪盗団と戦えるようになるまでの課題が多い。

 

 まずは対応力。今は俺のレベルと体力でゴリ押しできそうだったが、終盤になったらそうはいかない。あいつらだって俺と遜色ないレベルで成長してくるだろう。今より多彩な攻撃が出来るようにならなければ。

 

 で、そうなると出てくるのが弱点の氷属性が痛すぎるわけで。いくら倒す算段がついてても、ダウンさせられて詰められたら作戦なんて意味ない。

 

 じゃあそうなってくると耐久力が必要だ。あいつらの攻撃を耐えて反撃のチャンスが欲しい。

 

 でも俺はこっそりメメントスでレベル上げが出来なくなった。一応許可申請で潜ることになったが、潜りすぎて怪しまれるのは避けたい。

 

 ……あー詰みそうだ。どんな縛りプレイだよクソ。

 

 怪盗団では仲間が欠点を補い合うことで戦いを有利に進める。実際俺も助かったり助けたりしていた。

 

 でも最後は俺一人だ。誰にも頼れない分俺は総合的に強くならなきゃいけない。だがその手段も限られている。手段が無いものでさえある。

 

 もう――

 

「違う」

 

 危ない。折れそうだった。

 

「大丈夫……大丈夫……怖くない……平気……大丈夫」

 

 俺は俺しかいないんだからしっかりしないとダメだ。

 

「怖くない。平気。大丈夫」

 

 鏡を見てひどい顔を誤魔化すように笑みを作った。……完璧だ。

 

 前世とは顔も身体も変わっているが前世を思い出す。俺の笑顔だ。

 

 もう大丈夫だ。

 

「よっしゃ! 明日から頑張るかー!」

 

 取り敢えず疲れたから今日はもう寝よう。先のことは先の俺が考えてくれる。

 




装備:二等航海士バッジ 
効果:最大HP10%増加


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#21 真実はいつも一つ

 6/6 月曜日 雨

 

 昼休み、蓮の元で竜司と駄弁っていると杏が社会科見学はどこに行くのかと聞いてきた。

 

「社会科見学! サボりてぇ~」

「俺も社会科見学はちょっとやだなー」

 

 正直竜司と同意見。この前の清掃は別に良いが、社会科見学はレポートあるじゃん。それが怠い。

 

「だったら一緒にテレビ局とかどう?」

 

 というかもうそんな季節か。社会科見学で明智と出会うイベント。一目みたいから俺もテレビ局にするか。

 

「よっし胡桃もテレビ局にしようぜー!」

「芸能人のサインあったら貰いたいな。あと声優」

 

 竜司は芸能人に会えるかもみたいな話を出したら社会科見学にやる気を出した。

 

「テレビか……ちょっと髪切ってくかな……!」

 

 

 ***

 

 

 6/9 木曜日 晴れ

 

 

「頭くんなぁ! 俺ら客だろ? なんで雑用やらされるわけ?」

「まぁそうだよな」

 

 社会科見学でウキウキしてた竜司の期待を裏切るように、取り敢えず楽な仕事やらせとけ精神の雑用。そしてテレビに出てくるような有名な芸能人は影も形も無く、ただ退屈な時間を過ごすだけだった。

 

 ADに言われるがまま雑用させられた後、人気のない通路に集まって愚痴っていた。

 

「俺達はただ長いケーブルと格闘してただけだったな」

「お互い災難だったな」

 

 杏は杏で下心丸出しのADに絡まれてたし。

 

「こんなのが明日もあんのかよ」

「サボんなよリュージ」

「わーってるよ……いい子ちゃんだろ?」

「そういえば今日、現地解散なんだって。日頃あんま来ない方向来たし、気晴らしにどっか寄って帰らない?」

「ワガハイあそこがいいぜ! 来るとき見えた『デカいパンケーキ』みたいな場所!」

 

 モルガナが言ってる『デカいパンケーキ』とはドームタウンのことだ。おそらくパンケーキの部分は野球場のことで、周りが遊園地やスパやゲーセンなどと娯楽施設が多く存在する。ビル街のど真ん中であるのにかなり本格的な絶叫マシーンが建っていたりする。

 

 この後はそこに行って遊ぼうという流れに。

 

「失礼。その服、秀尽の学生さんですよね」

「なに?」

 

 その時曲がり角からベージュの制服に身を包んだ青年が声を掛けてきた。

 

「たまたま近くを通ったから挨拶でもって。明日一緒に出演するから。ああ僕、明智(あけち) 吾郎(ごろう)っていいます」

 

 そうこの人物こそ表はイケメン探偵、裏は精神暴走事件の犯人。プレイヤーからはパンケーキの愛称で愛される明智吾郎である。顔が良すぎて腹立つ。

 

「これからケーキを食べに行くのかい? 僕もお腹空いたよ。お昼食べて無くてさ」

「あ? ケーキ? 何の話?」

「あれ違ったかな? パンケーキとか聞こえたから……あ、ゴメン時間がないや。じゃあ明日スタジオで」

 

 と言って踵を返して去っていった。

 

「あいつ駆け出しの芸人かなんかだな。髪型変えねぇと人気出そうになくね?」

「あいつ一応最近話題の高校生探偵」

「ふーん。ま、いいや、どうせ明日会うんだし。んじゃ早速行こうぜドームタウン!」

 

 ワイドショーに興味無い竜司はもちろん明智にも興味を示さず遊びを優先させる。

 

「な、なぁゲロ酔いマシンやめてパンケーキにしない?」

 

 ジェットコースターに乗りたがらないモルガナを連れて『ドームタウン』へと向かった。

 

 

 ***

 

 

 6/10 木曜日 晴れ

 

 

「さて、続きまして『今、会いたい人』のコーナーなんですが……前回の大好評を受けまして、本日も彼に来てもらってます」

「現役高校生探偵『明智吾郎』くんです!」

「どうも」

 

 明智が紹介されると、観覧席から黄色い声が飛ぶ。傍から見てもイケメンかつ現役の高校生で探偵をしているっていう異色さが人気なんだろう。知らんけど。

 

「明智君ゴメンね忙しいところ。しかし凄いね人気!」

「僕も驚いてます。ちょっと、恥ずかしいですけど……」

「なんでも探偵として、今気になってる事件があるとか」

「そうですね。斑目画伯のスキャンダル、でしょうか」

「でた怪盗騒動! 明智くんも気になってたんだ! ズバリ訊いちゃうけどさ。正義の怪盗どう思う?」

「本当に正義のヒーローなら居て欲しいですよ、夢があるし。サンタクロースとか実在したらいいのにって、未だに考えますから」

 

 ユーモアを交えながら答えるとエキストラらしき人物に混ざって女性からも笑い声が聞こえてくる。全部コイツの演出なんですよお客さん。甘いマスクを被っときながらその裏側はドロドロに歪んだ承認欲求ですからね。

 

「でも、もし仮に本当にそんな怪盗がいるんだとしたら……僕は、法で裁かれるべきだと思います」

 

 しらーっと聞き流してるとやっと本題に切り込んでくる。

 

 明智の主張は、斑目のやったことは許されないことだが、それを法律以外の尺度で勝手に裁くのはただの私刑であり、正義から一番遠い行為だと。

 

「第一、人の心を無理矢理ねじ曲げるなんて、人間が一番やっちゃいけない事ですよ」

 

 怪盗団の方をちら、と見ると明智に向ける表情が昨日とは変わっていた。

 

 蓮は理解はするがそれでも自身達の行いは正義だと思っていること。

 竜司は何言ってんだあいつと憤慨し、

 杏は、確かに一理あるかもと思って沈んでいる。

 モルガナは蓮のバッグの中でもごもごしている。

 

 三者三様(+一匹)の考えみたいだ。正直明智の言い分には一理どころか百理ぐらいあるが、精神暴走事件起こしているお前が言うなって話だ。

 

 そもそも明智の意見だって第三者の意見だ。鴨志田のときは八方塞がりの状況で誰かが犠牲になるしかなかった。『改心』という手段は、唯一全部がご都合主義に解決できるたった一つ残された手段だった。廃人化させる覚悟もして状況の打開を図った。斑目の時だってそうだ。俺達がやってなかったら誰かが犠牲になっていた。俺達は確かに人を救ったんだ。何もしてない第三者にとやかく言われる筋合いなんてない。

 

 ……何で俺こんなムキになってんだよ。くだんねー。

 

「では、明智くんと同世代の高校生達にも、怪盗について訊いてみましょう。まずは『怪盗は実在する』という方はお手元のスイッチをどうぞ」

 

 スタジオのパネルが楽し気な音を出しながらスイッチを押した人数が表示される。

 

『17』。このスタジオに入ってる人数が五十人弱ぐらいだから三割強ぐらいだ。

 

「結構多いですね。驚きました。みんなは怪盗の行いについてどう思っているのかな」

 

 女性アナウンサーが立ち上がりこちらに歩み寄ってくる。俺達が座っている列に足を止めると蓮の方へマイクを向けた。

 

「まずは、こちらの学生さんに訊いてみましょうか。もし仮に、怪盗がいるとして……彼らのこと、どう思いますか?」

「正義そのものだ」

 

 即答。もうちょっと怪しまれないように濁せ。

 

「怪盗は法で裁かれるべきだ、と主張した明智くんとは反対の意見だね」

「ええ、ここまでハッキリと怪盗を肯定するのは興味深い。じゃあ、彼にもう一つ訊いてみたいことがあるんですが……もし君の身近な人……例えば、君の隣に座っている友達。ある日突然、彼らが心を変えられたらどうする? 怪盗の仕業だとは考えない?」

「全く考えない」

「はは迷いがないね。じゃあもう一人聞きたいかな」

「じゃあ隣の君」

「ゑ?」

 

 油断してたらこちらにマイクを差し出される。怪しまれないように適当に流すか……

 

「俺も明智さんと同じ意見で怪盗団はかなり危険な存在だと思っています。今は悪人を裁いているけどそれが一般人に向けられたらと思うとぞっとしません」

「うん。君は僕と同意見……」

「ですが、見て見ぬふりをしているだけの何もしない警察やメディアよりは役に立ってますよね」

 

 とでも思ったか。言ったったぜ。悪いけどこちとら人助けしてんのに、第三者にとやかく言われるのは癪に障るんだよ。

 

「はは。はっきり言うね。怪盗団は警察の代わり?」

「代わりまでとは言いません。でも使いようによっては便利だとは思いますけどね。

 あともう一つの質問は、ある日突然、隣に座っている友達が心を変えられたらどうするでしたっけ? 隣の金髪は見ての通り割りとヤンチャ気味なので真人間に改心してくれるなら両手を挙げて喜びますけど」

「おい」

「取り敢えず俺は『怪盗団は利用するもの』です。正義とか悪とか関係ないです」

「なるほど。貴重な意見をありがとう。でも確かに正義か悪かの前にもっと大きな問題がある気がするんです。それは『人の心をどうやって変えたのか』という問題です。心を操作する……そんな力があるなら、自白だけに使われるとは限らないですよ。もしかしたら僕達が普通の犯罪だと思っているものはそうやって起きているのかもしれないし……」

 

 仮定でしかありませんが。という前置きのあと。

 

「もし、そのような力を持つ輩がいれば無視はできません……僕らの暮らしに対する脅威に他なりません」

 

 スタジオから感嘆の声があがり、明智が警察と足並みをそろえて事件の解決をしていくなどの発言をして番組の収録は終わりとなった。

 

 

 ***

 

 

「オイ! 誰がヤンチャ気味だって?」

「ちょギブギブギブギブギブ!」

 

 収録が終了後はそのまま現地解散という流れだったが、先程の明智の発言が尾を引いているのか怪盗団のメンバーは他の生徒がスタジオをあとにしても残っていた。かくいう俺は竜司にヘッドロックをかまされていた。

 

「ねぇ、アイツの言ってること、ちょっとそうかもって思っちゃった……」

「俺らが悪党みてえな言い方しやがって。気に食わねぇ。つか胡桃ももっとなんか言い返せよ」

「俺は明智とバチバチのリーダーからヘイトをずらす為にちょっと捻っただけですー」

 

 蓮は俺に心配されたことが何やら不服だったのか、ヘッドロックされてる俺の額にデコピンしてきた。割と痛いやつ。。

 

「ってか、悪ぃ……ちょっとトイレ。すぐ戻っからよ、ここで待っててくれ」

「も~! 私、先に行ってるからね」

 

 と言って拘束は解除しトイレに向かう竜司と、先にスタジオを出ていく杏。残ったのは俺と蓮だけになった。

 

「……つか俺らのやった事にもっと自信持てよ。数は少ないけど救ったんだぞ人を」

「竜司はともかく杏は繊細だから俺達みたいに割り切れないんじゃないのか? それに客観的にみたら明智の言う事にも一理はある」

「……だけど~?」

「間違ったことはしてない」

「だよな」

「あ、君たち」

 

 噂をすれば影。蓮と二人で話合っていると、話題の人物である明智が声を掛けてきた。

 

「会えてよかった、お礼が言いたくてね。やっぱりアンチテーゼがなきゃ、アウフヘーベンは起こらない……」

「アウフヘーベン……?」

「ほら蓮あれだよ穴空いてるやつ」

「……バウムクーヘンのことかな。君は自分のことを低能にしてボケようとするのやめた方が良いよ。本当に頭悪く見えるから」

「オレ コイツ キライ」

「……まぁ、胡桃のことは一応頭良いと思ってるらしいから」

 

 本当か? こいつからはなんか人を下に見てる匂いがプンプンするんだよな。実際主人公のこと屋根ゴミって言ってたし。

 

「ああやって自分の意見をハッキリとぶつけてくれる人が、僕の周りにはあんまりいなくてね」

「「ふぅん」」

「大人達は若者を利用するばかり、同世代は流されるまま肯定するだけ……無責任な人々のあまりに多い時代だ。君たちが怪盗を望むのもわかるよ。……怪盗は君達が思う通り、本当に善意の存在なのかもしれない。真実は僕には分からないし、君達にも分からない。特別な力を持った彼らは、きっと正義感や使命感に燃えているんだろう。でもその正義は、言わば万能感の裏返し……だからもし、彼らを追い詰める存在が現れたとしたら、その時はあっけなく逃げ出すと思うよ」

 

「怪盗は逃げない」「そんなのには屈しない」

 

 蓮と言葉は違ったが言いたいことは一緒だったようだ。怪盗団は忌々しいことに理想の現実を壊してでも戦ってくるから厄介だ。だからきっと……逃げない。

 

「君たちやっぱり面白いね。議論のしがいがありそうだ。よかったら、今後も話を聞かせてくれない?」

「構わない」

「俺はパス」

 

 さすがに明智の好感度上げる暇があったら丸喜先生の好感度上げるわ。

 

「それは残念だな。じゃあ君だけでも」

 

 蓮は明智と握手をして、連絡先を交換する。近い内にまたねとだけ残して明智はスタジオをあとにした。

 

「ワリーワリー……って、今の明智か?」

 

 明智と入れ違いでトイレから戻った竜司が合流する。

 

「スカしたツラしやがって……! 一緒の空気吸うだけで気分最悪だぜ。杏も待ってるしよ、さっさと行こうぜ」

「おっけー。……ところで竜司アウフヘーベンって知ってる?」

「あ? 穴空いてるアレだろ?」

「あ、本物のバカだ」

 

 その後俺は竜司にヘッドロックされながらスタジオから出ていった。

 



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#22 君は知るだろう

随分空きましたが、作者が生きてるうちには絶対完結させます。


 6/11 土曜日 曇り

 

 パーティーと一言で言っても種類は様々である。

 

 宴会に新歓コンパや合コン、婚活パーティー、お偉いさんが集まるパーティーもそうだしクラブで踊ったり、ベッドの上で複数の男女がまぐわうのもある意味ではパーティだろう。

 

 そんな不埒な夜のカーニバルを健全たる高校生がそんなもの開けるわけでもなく、今日は斑目改心パーティー&祐介歓迎会を開催する予定だ。

 

 場所は純喫茶ルブラン。俺は緊張した面持ちで扉をくぐった。

 

「お、お邪魔しまーす」

「あ、いい匂い。コーヒーの匂いかな?」

「なんか古くせーな。嫌いじゃないけど」

 

 騒がしい団体のお客様のご来店でこの店のマスターが振り返る。

 

「ん? 友達か?」

 

 佐倉(さくら) 惣治郎(そうじろう)。猫背気味でメガネを掛けており、髭は伸びているがちゃんと整えてあり不潔には感じない。

 

 好きです。(突然の告白)むしろ嫌いになる人いるのか? いやいる訳無い。

 

「お邪魔します」

「女の子……それに二人も」

 

 杏、そしてすみれの姿を見て驚く。

 

「いつもお世話になってます」

「世話掛けられてますの間違いだろ」

 

 お前も隅に置けねぇなと言わんばかりの視線を蓮に向ける佐倉さん。そうですコイツ将来9股するんですよ。

 

「むしろ助けられてます」

「ふぅん……友達なんだろ? ここじゃなくて部屋いけ部屋」

 

 佐倉さんの言葉に従い二階の屋根裏に上がって行く。蓮が住んでる屋根裏は一人で過ごすにはちょっと広すぎるくらいの空間。おそらく高校生が十人程度入ってもまだ余裕がある。

 

「どっから突っ込めばいいんだこれ」

「別に普通じゃないか?」

「広いですねここ。頑張れば新体操の練習が出来そうです」

 

 いや流石にそれは過言……とも言えなくもないか? こいつ毎夜とは言わないが柱を使ってトレーニングしてるしな。

 

「んじゃ、全員揃ったことで始めますか。作戦会議!」

 

 今日ここに集まったのは斑目改心パーティー&祐介歓迎会だけではない。先日明智に言われたことを否定するためにより大きいターゲットを狙うための標的決めと、今後の方針についてを話し合うためだ。

 

 取り敢えず次の改心の相手を見つけることから始まったが……

 

 

 ***

 

 

「作戦会議は一旦保留。『歓迎パーティー』始めるか!」

 

 悲しいかな。標的の心当たりはなし。斑目が言っていた黒い仮面の手掛かりもなし。今後も方針も具体的には決まっていない。次のターゲットは金城なのだが俺がそれを提案する訳にもいかない。

 

 そんな手詰まりの中鳴った祐介の腹の音がファンファーレの如く鳴り響き、作戦会議は終わりを告げた。

 

「ふふん実は見つけちゃった。あれカセットコンロじゃん? 鍋とかできないかな?」

「鍋……いいですね! 色々入れ放題ですし! 栄養を効率的に取れます」

「ワガハイも賛成! 『同じナベのメシ』的な」

「肉入ってりゃなんでもいいぜ!」

「締めはおじやで頼む」

「締めはうどんだ」

「なんでもいいわー俺」

 

 怪盗団全員一致ということで買い出し班と下準備班で分かれ鍋パーティーの準備を進めた。

 

 

 ***

 

 

 予想以上の食材を買い込み、ホントにコレ全部食うの? てか鍋に入らなくない? という不安はあったがそこは成長期の高校生。買ってきた食材を残すことなく完食した。後半はほとんどすみれが食べてた気もするけど。

 

「ごちそうさまでした」

「ふぅ~食った食った」 

「美味だったぜアン殿。将来はいいお嫁さんに……」

「ほわ……あふ……ゴメンねむ、ソファー借りる」

 

 大きな欠伸をした杏がソファーに横になる。スカートの中が見えそうで見えない危うい姿勢になる。そこに竜司とモルガナがスカートの中を覗き込もうとするが、すみれがすかさずブレザーをかけてガードする。

 

「……デリカシーです」

 

 ジト目で注意された竜司とモルガナは『別に俺ら何もしてませんよ?』という風に席に着く。

 

「時に竜司、杏とはどういう関係だ?」

「あ? 別に同じ中学っつーだけだよ」

「昔のアン殿は……どんなだったんだ?」

「そんな変わんねえよ。高校になってクラスが別れてからは話してねーけど、友達は少なかったな。帰国子女で、見た目もコレだったしな。派手なヤツは勝手に嫌って、地味なヤツは近づかない」

 

 まぁ、そもそも日本と外国人って距離感とか違うらしいからな。いきなり日本の距離間に慣れろって言われても難しいし、一度コミュニケーションに失敗したらその失敗を取り返すのも難しいしな。高校になって志帆さんと杏が仲良くなれて良かった。

 

「そうだったのか……で、お前達はどうだったんだ?」

「俺達?」

「互いのことを知るにはいい機会だ。俺の過去は知られてしまったんだ。お前達も話すべきだ」

「自分は失うものがねーってか」

 

 過去暴露大会。しかも自発的に話さなくてはならない。

 

「なぁそれ言いたくないって言ったら言わないで済む?」

「……俺は一番胡桃の過去が気になるから聞きたい」

 

 まさかの蓮からリクエストが入った。それに乗っかるように他の面子も頷く。

 

「俺は別にそんな困ったこと中学時代になかったから話す内容なんてないぞ」

 

 少なくとも今世は。

 

「ダウトだな。ペルソナに目覚めたってことはそれなりに何かあるって事だぜ」

 

 それなりに……か。「あはは、お前らに話すことなんか何もねーよ」と言いたいところだが、頑なに話さないと逆に怪しまれそうだ。さて、どれをどういう嘘を交えて話すか? ペルソナ覚醒のトリガーは鴨志田の振る舞いにイラついたからだけど、起爆剤は沢山持ってた気がする。

 

「あー……恋人に振られたってだけだよ」

「んぐッ⁉」

「えっお前彼女いたの?」

「ほう……興味深い」

 

 まぁこれが一番それっぽいだろ。

 

「その人に空っぽだねって言われて、それっきり俺はそれを引きずってるだけ。まぁつまんない話だろ?」

「別に私は空っぽな人だと思いませんけど……」

「いいんだよ。俺は俺でそういう自覚あるから」

「俺は胡桃と出会って日は浅いから何とも言えんが……もしそのことを引きずっているのならば……空っぽだと思うのならばこれから満たしていけばいい」

「祐介……なんつーかお前恥ずかしいこと言うよな」

 

 祐介は恥ずかしいことを口にした自覚が無いのか、それとも恥ずかしいとは思ってないのか俺の言葉に首を傾げている。

 

 まぁ好きな人がいたってとこ以外嘘だけど。

 

「まぁそういう事だから今後とも怪盗団としてよろしくってことで。ハイじゃあ次、竜司パス」

「あ、あー、つっても俺だってただの親不孝モンの話だ」

 

 そうして竜司が語り始めた。

 

 竜司は幼い頃に父親が消えて、母子家庭の中スポーツ推薦で秀尽へ。特待生で楽をさせたいと思ったが、高一で鴨志田に嵌められ手を挙げてしまった。そしてそのまま陸上部は廃部。それが原因で母親が学校に呼び出され教師から言われたい放題。帰り道の途中で片親でごめんと謝られたらしい。

 

「……酷い話だ」

「学校は『みんな平等』と教えるが、現実はそんな綺麗事ばかりじゃない……気持ちは、俺にはわかる」

 

 祐介は心当たりがあるのか深く頷いて肯定する。 

 

「じゃあすみれは? すみれも秀尽なんだろう? 鴨志田関係で問題があったんじゃないか?」

「いえ私はそれ以前の問題で……」

 

 少し目を伏せて話し始める。

 

「……昔、姉と約束したんです。一緒に世界の表彰台に乗ろうって。でも……私は姉のように結果が出なくて……一位の表彰台にはいつも姉だけが乗っていて、私は陰から拍手するだけ。秀尽で入ってもそれは一緒で、結果の出ない私は先生からは姉の付属品扱い。でも姉は私と一緒の表彰台に上がることを諦めて無くて、それが辛かったんです。かすみが私を諦めてくれたら私も諦められるのにって」

「そうだったのか……」

 

 すみれは他人の期待とか信用は重荷になるタイプだったんだろう。でも周りが勝手に期待してた癖に、結果を出せなかったら期待外れはひどいだろうが。

 

「で、でももう私は立ち直ってますから! 今はかすみと一緒のところに立つどころか、追い越してやるって気持ちです!」

 

 そう言うとすみれは明るくガッツポーズをする。

 

「本人のことをよく知らないでレッテル貼られるのは辛い……というか悔しいだろうよ」

「レッテルっつったらコイツも大概だけどな」

「蓮が?」

 

 蓮が一番理不尽だろうな。男に襲われてる女性を助けようとしたら、男が勝手に転んだ傷を傷害の容疑をかけられて無事保護観察で秀尽送りだからな。いや無事じゃねぇな。

 

「これが事の顛末だ」

「聞いてるだけで腹立ってきやがるぜ……!」

「女の方も酷いな。ダンマリを決め込んだわけだろ?」

「しゃあねぇだろ。誰もが俺らみたいに強いわけじゃない。怪盗団は弱い奴らの味方だろ。その男を改心すべきだ」

「そうです! その人の顔とか覚えてないですか? 次の改心相手をその人にしましょう」

「すまん暗がりでよく見えなかった」

 

 蓮に濡れ衣を着せたのは獅童正義。終盤のパレスの主だ。大体のボスはコイツに繋がっている。鴨志田は秀尽の校長を介して間接的に関わってるし。金城も斑目も金を獅童に献上してる。この後の奥村も、元凶はこいつだ。

 

「もし改心させたとしてもこいつの判決は覆らない。前歴は残ったままだ」

「ありえねぇ……世の中間違ってるぜ! 弱ぇヤツ助けねぇで身勝手な大人勝ち逃げさせてよ!」

「偉いヤツの言ってる事なんてアテになんねぇよな」

「……確かに、冤罪かけられたことは悔しいしショックだった。でも一つ良い事はあった」

「は? 良い事なんもねぇだろ」

 

 

「――お前達に会えたから」

「「「「「………………」」」」」

 

 沈黙が訪れる。

 

「………………忘れてくれ」

 

 蓮が顔を下に向けた。珍しい、照れてる。『度胸』のパラメータが足りなかったのか?

 

「い、いや、私は嬉しかったですよ? ね? 皆さん!」

「お、おうもちろん!」

「当たり前だ」

「お前よくそんな恥ずかしいこと言えたな」

「おぉぉい! クルミ!」

 

 モルガナが回転しながら顔面に飛んできた。

 

「恥ずかしがってる蓮なんて珍しいだろうが。今いじらなかったら今後そういう機会回ってこないぞ!」

「おめーは下敷きうんたら礼儀ありっていう言葉知らねぇのか!」

「『親しき仲にも礼儀あり』だバカ竜司」

「んだとコラ!」

 

 竜司にヘッドロックをかまされてると、うるさいと言って杏が起きた。

 

「あー……悪い。起こしたか?」

「ううん? 別に、途中から起きてたし……聞きながら思ったんだ、皆のこと、昔から知ってる気がする。『似た者同士』だからかな?」

「ロクなもんじゃねぇよ」

 

 全くだな。と同意すると首の絞めがきつくなった。

 

「……ワガハイには、振り返れるほどの記憶はない。ワガハイだけ仲間はずれな気がする」

「人間の枠どころか現実からはみ出してる猫が何言ってんだ」

「俺達みたいにロクでもない過去だろうな」

「というかその記憶を取り戻すためにメメントスに潜るんだろ?」

「猫じゃねぇーし! ……それにワガハイが怪盗団に手を貸してやってんのはワガハイ自身のためだ勘違いすんなよ! オマエラに強くなって貰わないとメメントス探索どころじゃないからなっ!」

 

 そう言ってテーブルの上でふんぞり返るモルガナ。いじけたり偉ぶったり忙しいやつ……

 

「……ねぇやろうよ。私いけるところまでやりたい。悪い大人をやっつけて困ってる人達を勇気づけたい」

 

 杏の提案に皆が同意を示す。俺達が悪い大人達を改心して世直ししてやるんだと。全員の意志が固まって絆が深まったような、怪盗団の団結を深めた良い歓迎会だった。

 

「じゃあこれからもよろしく。リーダー!」

 

 今後の方向性も決まったところで今日は解散となった。

 

 

 ***

 

 

 解散後、竜司達に銭湯に誘われたが、適当な嘘をついて今日はやめとくと断って帰路についた。

 

 自室で『† 定められた黙示録(アポカリプス)†』を開き今後の予定を見て考えていた。

 

 正直ヤバイ。メメントスに入る際に蓮に許可を取らなくいけなくなったのがまず一つヤバイ。

 

 今後敵が強くなる可能性もあるっていうのに俺のレベリングに監視が入ったのがキツすぎる。俺のペルソナのアステリオスもこれ以上はスキルを覚えられないから戦ってレベル上げるしか強くならないのにメメントスに潜りすぎたら蓮にバレる。あの悪神ホントに余計なことをしやがったな。

 

 ……ほぼ詰んでねぇか? 俺のアステリオス最強まで育ててもどうせ氷結弱点は治らないから祐介と戦ったら不利だし、そもそも怪盗団全員でかかって来られたら終了だし……。

 

 あークソ! そもそもあっち九人に対して、こっちは丸喜先生含めて二人だぞ!? しかも俺はボス補正入ってない強さで戦わなきゃいけないんだぞ!? スキルカードは蓮しか使えねぇし。あー俺のペルソナも突然変異して超強化されねぇかなー。

 

 ………………いや、出来るな。

 

 でも、それはかなりリスキーだし。もし失敗したら俺の計画も頓挫する可能性もあるかもしれない。

 

 ……仲間か。

 

 

 ***

 

 

 6/13 月曜日 曇り

 

 週明けの月曜。他の生徒は朝のHRで教室にいる中、俺は保健室に向かった。

 

 保健室にはソファーでコーヒーを飲みながらリラックスしている丸喜先生の姿があった。見渡しても他の生徒は存在しておらず俺と丸喜先生の二人っきりだ。

 

「どうしたの乙守君。具合悪い?」

「すみません先生。ちょっと折り入って相談事がありまして」

「取り敢えず座りなよ。コーヒー淹れるからさ」

 

 丸喜先生のご厚意に預かり、ソファーに座りコーヒーを口に含んだ。昨日のマスターのコーヒーがどれほど美味しかったのか理解できた気がした。

 

「それで相談事というのは?」

「先生。お金貸してください」

「………………取り敢えず理由を聞こうかな」

「すみません冗談です。本気にしないでください」

 

 これはドア・イン・ザ・フェイスという本命の要求を通すために、まず過大な要求を提示し、相手に断られたら本命の要求を出す。人間心理を利用した交渉テクニックの1つだ。もちろんお金を貸してなんていうのはブラフだ。本命はこの後。

 

 俺はその本命の相談事を口にした。

 

「――丸喜先生、俺は『怪盗団』です。力を貸してください」

 

 俺の仲間は怪盗団ではない。

 



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『暴食』の銀行
#23 たった一つの冴えたやり方


「なるほど。それも冗談かな?」

「そうですね。正確には怪盗団を裏切ろうとしている仲間ですね」

「……」

 

 丸喜先生の目が細くなる。どうやら俺が本気で何かを明かしたいということが伝わったようだ。

 

「もちろん無条件で力を貸してくれなんて言う訳じゃ無いです。『改心』の手口と引き換えです」

「分からないな。君の目的は何?」

「うーん……それ話すと滅茶苦茶長くなりますし、話も内容が滅茶苦茶ですけど……信じて貰えますか?」

「いいよ。信じるかどうかは僕が決めるよ」

「じゃあ俺がここではない他の世界線から来たって言ったら信じてくれますか?」

「………………………………」

「ほらぁ~~」

 

 正直ここがゲームの世界です。って言われるよりも信じやすいとは思うけどもさすがに突飛すぎるか。

 

「じゃあそういう事だと仮定したとして」

「とんでもない仮定だね。とは言ってもその……信用する材料が少ないというか……」

 

 こちとら手札全部明かしてここにいるんだ。絶対に手を貸してもらうぜ。

 

「時間の無駄なんで言っちゃいますけど、先生って不思議な能力持ってますよね」

「……なんのことかな?」

「誤魔化さないで下さいよ。先生はその力を使ってあなたの恋人の記憶を消した」

「……! 何でそれを……!?」

「全部知ってるって言ったじゃないですか」

「それは言ってないけど」

 

 そういえば言ってなかったか。まぁいいや。

 

「その他にも、俺達は怪盗団だということも先生は知ってますよね? 裏路地で偶然俺達が何もない空間から現れてあなたに正体がバレてしまった。けど先生は心理カウンセラーの立場を利用して俺達に近づいて『認知訶学』の論文を完成させようとしている」

「……本当に何もかも知っているのかい?」

「はい。そして先生がこの後何をするのかも………………知りたいですか?」

「……別に聞きたくないよ。未来は――」

「先生は怪盗団に負けます」

「僕いいよって言わなかった?」

 

 いや聞いてもらわないと話進まないし……

 

「ん? 待って僕が怪盗団に負けるって?」

「先生は『改心』させられます」

「僕は何か悪いことをしてしまうのかい?」

「どちらかというと怪盗団にとって都合の悪いことを先生はしてしまいます。先生は現実を都合の良い世界に作り替えてしまいます。死んでる人が生き返ってたり、叶わぬ夢が叶っていたり……この間竜司がカウンセリングを受けに行きましたよね。5/24でしたっけ。その時に言ってた竜司の願いも叶えたりしたり……そういう事をします」

「……本人がそう望んでいるならそうなった方が幸せじゃないか」

「でも、怪盗団は先生の作り出した都合の良い世界を突っぱねて今の現実に帰ろうとします。辛くても前を向くと」

「………………それは」

「『間違ってます』よね?」

 

 先生が驚いたようにこちらを見る。

 

「でもその世界線では俺はその選択を選ばざるを得なかった。そうして俺は理想を壊して現実に帰りました。でも俺は……怪盗団の選択は間違ってると思っています。俺は先生の作り出した世界が正しいと思っています」

「そうか……だから君は僕に近づいてきたんだね。利用するために」

 

 利用……まぁあながち間違っちゃいないだろう。ならここからは仲間として取引だ。

 

「約半年後。先生は怪盗団と戦うことになります。その際に俺も先生の味方をします」

「君も戦うのかい?」

「さっきも言いましたが先生は怪盗団に負けます。でも俺が先生の加勢をしたところで正直焼け石に水程度の力にしかなれないと思います。だから先生の力を貸してください」

「でも僕は戦ったことないし」

「そこは先生は大丈夫です。ニュルニュルで色々凄いんで」

「ニュルニュルで⁉ どういうこと?」

 

 怪盗団相手にタイマン張れるのは強すぎるし、双葉に解析されてなきゃアダムカドモンで完封してたしな。

 

「やっと本題に戻るんですけど、先生って不思議な力を持ってますよね?」

「でも君の話を聞く限り、これを怪盗団に使っても解けてしまうんだろう?」

「確かにそうなってしまいますが、今使う相手は俺です」

「君に? 何で?」

 

 先生の力は人々に認識を『曲解』させるだけじゃない。他人のペルソナを暴走させることが出来る。実際にゲームではすみれのサンドリヨンを暴走させて蓮達と戦わせていた。

 

 その時すみれは意識を失わされていたが、先生がこの力を覚醒させて繊細なコントロールが出来るようになったら……俺のアステリオスも暴走させずに強化できるようになるはずだ。

 

「それについて詳しいことは休日に話したいですね。先生、次の空いてる日っていつですか? 一緒に出掛けたいんですけど」

「えっと……ちょうど今週の日曜が空いてるかな」

「それは良かった。俺もちょうど………………空いてねぇかも」

 

 確かその日は金城のパレスに潜る日だったはずだ。でも一瞬入って帰るだけだから、その後すぐに行けば問題ないか……?

 

「すみません時間は夜になるかもしれませんが構いませんか?」

「構わないよ。どこで待ち合わせするんだい?」

「お台場の競技場前。そこで待ち合わせしましょう」

 

 

 ***

 

 

 放課後。蓮からの連絡でアジトに怪盗団が集合していた。全員が集まっているところに、蓮が秀尽の生徒会長、新島(にいじま) (まこと)を連れてやってきた。

 

「コレのことで聞きたいことがあってね」

 

 スマホを取り出し録音を再生した。音源は竜司と杏が怪盗団について会話している場面だった。これ以上無い俺達が怪盗団だということを示す証拠だ。

 

「セクハラとか体罰は見逃すくせに、私達だけはそうやって捕まえようとするんだ。どうせ先生に言われて来たんでしょうけど、大人に使われてばかりで、可哀想な人」

………………そんなの……わかってる

 

 杏の言葉が刺さったのか、新島さんは俯き悔しそうに呟いた。

 

「……で、何が目的? 俺達を捕まえに来たならそうやって見せつけに来ないで警察に通報するはずだろ。それともただの刑事ごっこか?」

「……話が早くて助かるわ。あなた達に『改心』させて欲しい相手がいるの。そこであなた達の正義を証明出来たらこの録音は消してあげる」

「相手は?」

「それはまだ言えない。だから、明日の放課後、学校の屋上で話し合いましょう。勿論『引き受けてくれる』って前提でね」

 

 その言葉を最後に彼女はその場を足早に去る。

 

「メンド―な事になったな」

 

 だが同時に次の標的も持ってきてくれた。

 

 

 ***

 

 

 6/14 火曜日 雨

 

 怪盗団は新島さんに屋上に呼び出され、改心させたい相手の話を聞いた。

 

 マフィアのボスを自称しているフィッシング詐欺の元締め。俺らみたいな社会的責任を負えないような高校生を狙い済まし、詐欺の片棒担がされたら最後、家族まで追い詰められ破滅させられるらしい。怖い話であると同時胸糞悪い話だ。

 

 名は金城(かねしろ) 潤矢(じゅんや)

 

 今回はコイツを改心させることが目標だ。早速取り掛かってパレスを攻略したいところだが、金城の名前を知っているのは2週目の俺だけだ。他の面子は名前と手口を探そうと必死になっている。そんなところに俺が名前が判明したと言って金城の名を明かせば、でかした! とはなるけど逆にどうやって知ったんだよという風になって怪しまれる。

 

 さてどうしたもんか。

 

「どうやらお困りのようですね」

 

 今日は探索しているフリして丸喜先生のところに行こうと思ったが、廊下で不意に声を掛けられた。振り返っても声の主は、廊下の曲がり角の影に隠れていてよく見えない。

 

「その声は……誰だ」

「そこは勘付く流れでしょ。私だよ」

 

 こちらに近寄ってきたのは新聞部員のメガネを掛けた女子だった。

 

「何の用?」

「今君たち渋谷で詐欺してる人達のことを探ってるでしょ」

 

 なんで知ってんだこの人。

 

「雨宮君が新島生徒会長に目をつけられてて、かつ生徒会もその件についてピリピリしてるからね。もしかしたら御一行にその件について協力して貰ってるんじゃないかなって。ほら餅は餅屋って言うでしょ」

 

 餅は餅屋って……俺達そんなアウトローなことしてる?

 

「私から情報の提供があるから聞いて欲しいんだけど」

「え」

「飯田君が何やら怪しいバイトをしてるらしいよ。そして最近お金遣いが荒いらしい。これちょっと怪しいよね?」

 

 ドンピシャすぎて怖い。ゲームでも明日事情聴取を行う相手は飯田、及び西川の二人だったが、その内の一人を特定するとは、この人思ったより有能?

 

 でもこの情報提供は滅茶苦茶助かる。俺は元々その事は知ってるからこそ知らないフリを続けなくてはいけなかったが、ここで()()()()()()()()()()()ことで少しスケジュールを動かせるようになった。

 

 一日短縮出来たら、日曜に先生と会える時間が増える。

 

「ありがとう。助かった」

「ううん。これはこの前ズケズケとデリカシーの無い事を聞いたお詫び。新聞部たるものにあるまじき行為だったから」

「随分と引きずるんだね。プライド?」

「かも。マスゴミなんて言われたくないし」

「まぁありがとう助かった」

 

 一言お礼を告げ俺は足早に立ち去り、飯田を脅迫しに行った。

 

 

 ***

 

 

 飯田の口を割らせ、詐欺の手口を怪盗団に伝える。そこからはもうゲーム通りに事は進んでいった。

 

 被害があった渋谷のセントラル街で聞き込み、しかし情報を掴めず、途方に暮れるが、記者の大宅(おおや) 一子(いちこ)と接触に成功したことで金城の名前に辿り着く。次はパレスに潜入というところだったが、パレスに潜入する前に一度準備を整えようということで、パレスに乗り込むのは後日ということになった。

 

 そして時刻は十二時。事前に予定が早まったことを丸喜先生に伝え、待ち合わせは正午になった。

 

「お待たせ」

 

 競技場前に時間通りにやってくる丸喜先生。

 

「ここに何があるんだい?」

「取り敢えず見ててください」

 

 そうして俺はイセカイナビを起動した。

 

「【丸喜拓人】【競技場】【研究所】」

 

【ナビゲーションを開始します】

 

 景色が歪み、目の前の競技場の建物が変容していく。近代芸術のような奇天烈な建物が姿を現した。先生が口を開け、呆然としている

 

「な……なんだこれ」

「大丈夫ですか。ちゃんと冷静に話を聞ける状態ですか?」

「あ……ああうん……少しなら」

「なら一つずつ説明していきますね。ここは先生の心の中の世界。俺達怪盗団は『パレス』と呼んでいます」

「『パレス』……」

「先程ナビに入力したキーワードは、【先生】が【現実のこの場所】を【なんだと思っているか】です」

「……そうか、僕がこの場所を……」

 

 先生は競技場を研究所だと思っている理由。それはここには本当は『認知訶学』の研究所が建つ予定だったからだ。

 

 獅童は先生の認知訶学研究に目をつけそれを奪い取って自分の懐で研究を進めた。そして今その研究結果を利用し精神暴走事件を起こし、それを政治利用した。

 

 おそらく研究所が潰れたのは獅童が手を回したんだろう。認知訶学が引き起こす力を独占するために。

 

「入りましょうか」

「……うん」

 

 先生のパレスに足を踏み入れた。そこでふと違和感に気付く。怪盗服に変わっていない、そのまま私服のままだ。ということは先生は俺のことを脅威だと思っていない証拠だ。

 

 そんなことを思っていると、一体の白衣を着たシャドウが近づいてくる。

 

「おお……! 主よ……! ようこそおいでくださいました」

 

 襲い掛かってくる可能性があるかもしれないと思い、警戒していたが杞憂だったようだ。シャドウは先生に近づくと丁寧にお辞儀をした。

 

「え? ……え? 僕が主!? というか何……この……何?」

「まぁここは先生の心の中なので」

 

 パレスの主そのものが入ってきても別に敵対視はされないんだな、当たり前のことだけど。というか俺も警戒されてないみたいだ。

 

「あとこいつらはシャドウですね。取り敢えずパレスに生息する生物だと思ってもらえれば」

「そちらは乙守胡桃様ですね。わざわざご足労いただきありがとうございます」

「あ、いえいえ。こちらこそお世話になっています」

 

 白衣のシャドウが丁寧にお辞儀をしてきたのでこちらもお辞儀をし返す。普段は敵のシャドウとこんな風に挨拶するのは何だか変な気分だ。

 

「取り敢えず中に入ってもいいですか? 中で案内しながら先生と話し合いたいので」

「それが申し上げにくいのですが、まだ主のパレスは未完成なのです」

「……? どういうことですか?」

「申し上げた言葉通りなのですが、このパレスはまだ未完成でこの先のエリアはエントランスしか存在しておりません」

 

 パレスが未完成? そんなことがあるのか?

 

「先生。何か心当たりはありますか?」

「えっ急に僕に振られても。ここは僕の心の中なんだろう? ここを研究所だと思っていて自覚的か無自覚的に未完成なもの………………論文」

「ああ、『実証性』か」

「……君はそんなことまで知ってるんだね」

 

 先生の論文はほぼ完成しているといっても過言ではない。だが完成をする前に認知訶学の研究は実証性不足のため、出資はおろか研究も打ち切りにされた。だが真相は獅童が認知訶学の研究を自分の物にしたがため、『実証性不足』だというのは先生から研究を奪い取るただの方便だった。

 

 だから先生は上を納得させるべく認知訶学の世界があることを論文で証明しようとしている。

 

「ですので案内できるほど建物は広くないのです」

「まぁそれはそれで今は別にいいか。すみません白衣さん聞きたい事があるんですけど」

「白衣さん……客観的な視点からみてわたくしのことでよろしいでしょうか」

「はいそうです。パレスが未完成ってことは、あなた方シャドウも不完全で弱いってことですか?」

「不明です」

 

 分からないのか。

 

「……推測ですが、我々シャドウはパレスの主の欲望や野望の方向性や強さによって変化するのではないでしょうか」

「ああ確かに。俺が戦ってきたシャドウもパレスごとに全然違うな」

「ちょっと待って。戦うってなに?」

 

 先程から会話についていけなかった丸喜先生が思わずといった風にツッコんできた。

 

「この前言いましたよね? 怪盗団と戦うって」

「てっきり何かの比喩表現かと……」

「主にも分かりやすく言うと、ルール無用の殴り合いです」

「分かりやす過ぎて引くなんて経験するとは思わなったよ」

「ついでに言いますけど、俺と白衣さんだってこの姿のまま戦うわけでは無いですから」

「え? どういうこと?」

 

 丸喜先生が俺と白衣さんお互いの顔を見る。俺は白衣さんの顔らしきところを見ると「わかりました」と呟いて、白衣さんの足元に黒い泥が広がってゆき、白衣さんがドロドロに溶けたかと思うとそこから巨大な竜が出てきた。

 

 むさぼり食う邪竜(ファフニール)か。強敵じゃねぇか。

 

「おっと。大丈夫ですか?」

 

 腰が抜けそうになった先生を咄嗟に抱きかかえる。

 

「あ、ああゴメン驚きすぎて……もしかして乙守君も姿が変わるのかい?」

「ああいや俺は……あっ出た。これです」

 

 怪盗服と仮面をイメージしたら、瞬く間に衣装を身に纏い仮面も身に着けていた。

 

「そしてこれがシャドウと戦う『ペルソナ』です」

 

 青い炎の中から巨大な雄牛が姿を現した。

 

「俺達怪盗団はこのペルソナを使役してシャドウと戦っています」

「……なるほど理解できたと思う」

「という訳でやっと本題に入れますね。覚えてます? ここに連れてきた理由」

 

 随分と大雑把な説明になってしまったが、これ以上先生に何か詰め込むと頭がパンクしてしまいそうだから早めに思い出して貰わないと。

 

「えっと……曲解を君に使う理由だよね?」

「先生の曲解を俺のペルソナに使って欲しいんです」

「君のペルソナに?」

「うまく使えれば俺のペルソナは強くなれます。怪盗団と対等に戦うにはそれしか無いんです」

「……だけど」

 

 先生の態度は煮え切らないが、後もう一押しで納得させられそうだ。

 

「先生は論文の『実証性』が必要なんですよね? なら俺を被検体にすればいい」

「……!」

「だから取引なんですよ先生。俺は先生の曲解を受けて強くなる。先生は論文を完成させられて、怪盗団と戦う味方が一人増える。お互いにWIN-WINの関係ですよ。どうですか?」

「………………」

 

 先生は目を伏せたまま考え込んでいる。俺と白衣さんは姿を戻しながら先生の決断を見守っている。

 

「……まだ、ダメだ」

「どうしてですか? 先生にとってもこれ以上無いメリットですよ」

「まだ君の内面のことを知れていないから」

「そんなこと。今は関係無いじゃないですか」

「あるよ。何で君がそこまでして都合の良い世界を望むのか。その理由を知りたい」

「辛い現実と天秤にかけたら都合の良い世界の方がどう考えてもいいでしょう」

「それだけじゃないよね君は。まだ何か隠しているはずだ」

 

 先生の顔は真剣そのもので冗談めかしてのらりくらり躱せそうになさそうだ。

 

「それに、僕の過去を知っているのに君だけ何も言わないのは少し不公平だと思わないかい?」

 

 はぁ……祐介みたいなこと言いやがって。

 

「……白衣さん、エントランスまで案内お願いします。どこかに座ってお話しましょう」

 

 確かに先生の過去を勝手に覗き込んだ罪悪感はある。そして信用を得るためにも対価を払って対等にならなければ。

 

 白衣さんに促され一人分の間を空けてベンチに座る。

 

「昔の話で、まぁいわゆるその世界線で生きていた記憶。前世の記憶っていったら信じますか?」

「もうこんな摩訶不思議世界を経験してるからね。納得できると思う」

 

 それなら良かった。信じてもらうのは手間だしそもそも俺だって説明できないから納得してもらえたなら助かる。

 きっとここで嘘を言っても丸喜先生にはバレバレだろう。これから話す事は全部、事実で本音。

 

「……俺には恋人がいました。名前は【ゆり】と言います。明るくて元気で優しくて、クラスの皆から慕われるような人でした。文化祭の実行委員会で一緒になってそこから惹かれ始めたんです」

 

 一生懸命で、前向きで、いつも笑顔で。そんな彼女にいつの間にやら惹かれて……告白していた。顔も真っ赤で冷や汗ダラダラのみっともなかったけど。

 

「でも……彼女は自殺しました」

「……っ」

「鬱による自殺って死んでからわかりました」

 

 自ら命を絶った理由がわからない。だってあんなにも明るくて優しい人間が死ぬとは思えない。だが、彼女の机の引き出しの中に遺されていた『自殺日記』と書かれたノートに、隠されていた心がそこに書いてあった。

 

「彼女は劣等感をとても感じやすかった。それを強く……俺に感じていたそうです」

 

 彼女が優しいのは自分を一番下に見ているからだった。自分以外の人間は自分よりも優秀だから、優先すべきは周りで、自分は周りを邪魔しちゃいけない。

 だけど、そんな自分を変えたくて彼女は一生懸命に前向きに頑張った。でも頑張れば頑張るほど、周りとの優劣がはっきりして、惨めになって消え去りたくなると。

 

 そしてそこに俺の存在があった。

 

「俺は周りからみて『優秀な良い人』だったんだと思います。俺は勉強も運動もそこそこ出来て、人付き合いも悪くない。……そうやって立ち回ってきたから」

 

 俺はありのままの自分より、周りが思う『良い人間』として過ごした。それが正しい事だと思ったから。本当は他人に左右されて、自分の本当の気持ちとか分からなくなるほどに、周りの世界に依存していただけの人間なのに。

 

 だけどそれが彼女の心を締め上げた。

 

「彼女は俺を見て劣等感を感じずにはいられなかった。自分より優秀な人間が何故こんな自分に好意を向けているんだろう。と俺に不信感を覚えたこともあって、それを思う度に私はなんて最低な人間なんだろうって自己嫌悪していると日記には書かれていました」

 

 自殺の原因は自己嫌悪がピークに達したからだった。

 

「俺はそれに気付けなかった……気付くタイミングなんて無かったんです」

 

 彼女は巧妙に本心を隠し続けたんだ。俺が気付ける訳もない。

 

「……それは本当にそうなのかい?」

「――。」

「心当たりがある反応だ。今の言葉は本心じゃない」

「はは……性格悪いですよマジで……わかってんだよ……わかってるんですよ彼女が思い悩んでたこと。でも俺は見て見ぬふりをした。それ以上踏み込んで欲しくなさそうだったから。本当に俺は……なんてことしてんだろうなマジで」

 

 熱くなった目頭を押さえて涙をこらえる。

 

「俺は空っぽだったんです。いつも周りの目を気にしてそれに合わせて、自分の意志はそこに無い。皆が言う正しさが俺の正しさだった。そんな俺が彼女の悩みを聞く覚悟とそれに応える責任を背負えるわけない。なにより彼女の期待を裏切って嫌われたくなかった」

 

 もし彼女が悩みを吐露したとして、その重みを俺はきっと背負えない。そしてそれを知った彼女は俺に失望する。彼女自身も自分に失望してしまうかもしれない。何故こんなことを話してしまったんだろうと。

 

 だからあの場では何も聞かないのが正しいと思ってた。きっと時間が解決してくれると信じてた。

 

「そしてこんなロクでもない人間に彼女は劣等感を覚えて命を絶った……俺があの時無理矢理にでも手を握ってやれれば何か変わったのかもしれないって思うと……俺は……くやしくて……」

 

 こらえきれなかった涙が頬を伝って地面に零れ落ちた。滲んだ視界に先生の手が映る。手にはハンカチが握られていた。

 

「……どうも」

 

 その親切に甘えて、涙を拭った。

 

「それが君の後悔なんだね」

「……はい」

「僕の力を知ってるから、乙守君は僕を頼ってきたんだね」

「……はい」

「なら僕は乙守君のその願いを叶えるよ」

 

 丸喜先生は俺の目の前に立って手を差し伸べた。まるで救世主のように見えた。

 

「取引しよう乙守君。君は僕と協力して怪盗団と戦う。対価は君の願いを叶えること。そして君が持つ悩みごと君を救うと約束する。君が君を肯定してあげられる世界を見せるよ」

「……っ」

 

 俺は力強く差し伸べられたその手を握った。そして引っ張りあげられ俺を立たせてくれた。……ああ、こんな気持ちだったのか。

 

「取引成立だね」

「……はい。よろしくお願いします」

 




 乙守胡桃が酒を飲んで死んだのは罪悪感を薄めたかったから。その時のサークルの先輩の誘いは彼にとって飲酒できる大義名分だったのかもしれません。
 ※未成年の飲酒は犯罪なので真似しないでください。


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#24 覚悟はいいか?

 俺は話した。決して忘れたくはないが、苦しくなってしまう過去を。

 

「そうか……」

「だから俺は先生の力を貸して欲しいんです」

「………………」

 

 先生からの反応は無く、黙って考え込んでいる。

 

「乙守君。君の望みはなんだい?」

「俺は先生の力で都合の良い世界が欲しいんです」

「それはきっと世界を変えなくても、僕の力で君個人を変えれば出来ると思うよ」

「違います。俺は俺と同じ苦しみを世界から切除して他の人間を救いたいんです」

「それは嘘だね。……君は気付いていないのか、もしくは気づいていないフリをしているのかな」

「……そう思うなら俺を今ここで救ってください。先生の力を今俺に使ってしまえば、俺はきっと楽になれるんでしょう。でも先生の手助けはできない」

 

 きっと救われたとしてもそれは今だけで、先生が怪盗団にやられたら俺はその夢から覚める。そうなったらもう遅い、挽回するチャンスはもう二度と訪れない。

 

「先生が救われないと、俺も救われないんですよ」

「……そっか。そうだよね。まずはそれをどうにかしないとね……よし!」

 

 先生は頬を叩いて自分を奮い立たせて立ち上がった。

 

「とりあえず今はまず……論文を完成させなきゃいけないよね!」

「はい。そうすればこの研究所が開拓され、より良いものに進化します」

「じゃあ俺のペルソナの改造もお願いしたいですけどできます?」

「うーん。取り敢えずやってはみるけど~むん!」

 

 先生を俺に向かって手のひらを向け“念”のようなものを送っているが、一向に俺に変化が起きることは無かった。

 

「はぁ……どう?」

「ごめんなさい特に何も」

「やっぱり。僕あの日から一度も誰かに対して使ってないんだ」

 

 そうか。すみれに対して使っていた『かすみだと思い込む』曲解はこの世界線だと必要無いから使ってないもんな。まだ実験が足りないってことか。

 

「じゃあそれも踏まえて実験しましょうか。どの程度先生の力は俺のペルソナに干渉出来るのかとか」

「……すみません。素人質問で恐縮ですがよろしいでしょうか?」

 

 白衣さんがまるで卒論発表時の質疑応答で痛いところ突いてくる教授のような言葉で疑問を口にする。

 

「乙守様は具体的にどのように強くなるおつもりですか?」

「どのようにって……取り敢えず他のペルソナ使いを無双できるぐらい?」

「もっと具体的にお願いします。主の力は個の望みを叶える素晴らしいもの。ですが未だその力は成熟しておりません。まずは出来ることの把握から始めることが重要です。ですので乙守様が望み、主に出来そうな範疇でお願いします」

「ごめんね。僕が未熟なばっかりに……」

「ああいえそんなことは」

 

 先生を慰めつつ、白衣さんが言ってた言葉を反芻する。つまりいきなり規模の大きい曲解は難しいから今は先生のコツを掴むためにもう少し簡単に捻じ曲げられるもの……

 

「弱点の克服……とか」

「主、今です」

「ふんっ!」

「いやそんな簡単に……っ⁉」

 

 出来るわけないだろうと思ったら、勝手に俺の背後にアステリオスが一瞬だけ顕現した。もちろん俺が呼び出したわけでは無い。

 

「早速試してみましょうか」

 

 白衣さんが指をパチンと鳴らすと、どこからともなく奇形の獅子神(キマイラ)が現れた。

 

 獅子らしき顔から猛々しい雄叫びを出すと共に氷塊が襲い掛かってきた。いきなりの攻撃に避けることも出来ずまともに喰らってしまう。

 

「痛ってぇ……けど……それだけだ……?」

 

 多分この前蓮がぶつけてきたブフーラより一段上のブフダインだった。滅茶苦茶痛かった。

 

 でも、ダウンはとられていない。

 

「弱点が消えた?」

「それが今の主の限界です。ですが成長すればもっと大きく捻じ曲げることが出来るでしょう。それこそ怪盗団の力を凌駕できるほどに」

「僕は、なにか出来たのかい?」

 

 先生は自分の手を不思議そうに握ったり開いたりしている。

 

「はい……とても……これは、革命です」

 

 こんなあっさりと耐性の問題が解消できると思ってなかった。

 

「乙守様の要求は口ぶりから察するに戦闘の経験を積むことですね?」

「あ、はい。でも今強くなる場所が制限されてしまって……」

「ならば私と戦いましょう」

 

 白衣さんはもう一度ファフニールへと変貌した。確かに強敵である白衣さんと戦えば強くなれる。

 

「おそらくですが、今の時点でも乙守様より強いです」

「へぇ……言ってくれんじゃん」

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 白衣さんの提案に応じようとアステリオスを呼び出すと先生が割って入ってくる。

 

「まだ僕の頭が追い付いてないのに、次から次へと話を進めないで! ……取り敢えず今日は解散して考えをまとめていいかい?」

「主がお望みなら」

「じゃあ俺も」

 

 先生の提案で白衣さんを残し、俺達はパレスへと出た。パレスの外はまだ明るく、雲間から青い空が見えていた。

 

「…………」

「上の空って感じですね」

「そうだね。……でも、夢心地って感じでもある」

「みたいですね。嬉しそうな顔してますもん」

「うん。……今までしてた僕の研究は出口の見えない迷路を探しているようなもので、不安だったけど自分を信じて頑張るしかなかった。でも今日、ここに答えがあった」

 

 競技場を振り返る。その顔は希望に満ちた顔で悪人の顔には到底思えないほど慈愛に満ち溢れていた。

 

「……論文の締め切りって教えたほうがいいです?」

「うんお願いするよ。えっと……前世? の僕ってどれくらいで完成させてた?」

「完成を知ったのは11月18日です。とりあえず10月28日を締め切り予定日として、10月20日をその締め切り予定日の予定日として、その……」

「そういうの大丈夫。ちゃんと間に合わせるから」

「蓮には引き続き取引をお願いします。決してバレないように」

「了解」

 

 ……俺の作戦は成功したってことで良いだろう。多分。ヤルダバオトがこの光景を見てるかは知らんが、あいつらの駒は明智と蓮だ。盤面の外にいる俺に構ってられるほど暇じゃねぇだろ。

 

「んじゃ先生また明日」

「乙守くん、最後に一ついいかな。……君のその体のことなんだけど」

「体?」

 

 え、おかしいところとかあったっけ? 服装だってこれ鈴井さんに選んでもらったわけだから変じゃないと思うし。

 

「その肉体は前世の君と一緒なのかな?」

「いや全く違いますよ。見た目も全然違いますし。多分こっちの方がイケメン」

 

 生まれ変わったら転生で、見た目が一緒だと異世界転移ってことになるらしい。……実際その場合大変だよなぁ、身元不明の人間がこの時代暮らしていけんのかね。オギャってて良かった。

 

「そ、そうなんだ」

「……言っときますけど、俺イタい人間じゃないですからね?」

「それはもちろん。嘘は分かるからね僕。信じるよ」

「なんか……生暖かい目にダメージが……! 分かりました予言します。この後改心する相手は金城っていうギャングです。ちゃんとニュース見ててくださいね」

「乙守くん怪盗団なんだから相手選べるんでしょ? それは予言というより予定じゃないかな……?」

「じゃ、じゃあえっと」

「大丈夫。信じるよ。悩みがあったらすぐに相談してね」

「……分かりました。先生も頑張ってくださいね」

 

 そうして俺達は競技場を後にした。

 

 

 ***

 

 

 はぁ~~~疲れた。

 

 帰りの電車に揺られながら今日の事について整理しよう。

 

 まず一つ。メメントス以外でのレベル上げが可能となった。これで蓮に怪しまれることなくレベル上げ出来るってばよ。あと俺なりのベルベットルームがあのパレスと丸喜先生だ。今後活用しない手は無い。

 

 二つ、先生の力を完全に覚醒させるためには論文の完成が必要。そして現実世界とメメントスの融合が必要不可欠。……ここはゲーム通りに進めて行けば何とかなるのかもしれない。ヤルダバオトが余計なことしなければだけど。

 

 三つ、大分ルートから逸れている気もしている……けど何とかなるっしょ!! 次の怪盗団の標的は金城だし、鈴井さんと芳澤かすみも生きてても全然問題無し。

 

 以上。順調過ぎて俺が怖い。俺は来たる怪盗団との決戦に向けて強くなるだけ。

 

 なぁジョーカー。お前が理想の現実を受け入れてくれたら俺がこんな苦労することないんだぜ?

 

「ハァ……」

「ねぇお母さん。あのお兄さん大きなため息ついてる。疲れてるのかな?」

「シッ! 見ちゃダメよ。あれは物思いにふける俺カッケー的な中二病よ。さりげない仕草がイタいタイプの」

「可哀想だね」

 

 なんて言い草だよ。イタい行為と言えばあの『† 定められた黙示録(アポカリプス)†』の名前ぐらいだろうが。……今度改名しようかな。

 

「……?」

 

 なんかいい匂いがする。花の匂いだ。……ああ俺のこと中二病だって言ってた親子が花束持ってるからか。百合の花だ。

 

 ……懐かしい。【ゆり】も百合の花が好きだった。自分の名前だからって理由だった気がする。その中でも黒い百合が好きって言ってたっけ。黒ってカッコいいって理由で……いや、違うな。花言葉が……いやそれも違う。……あれ? どんな理由で好きなんだったっけ?

 

 

 …………………………………………あれ?

 

 

 

 ***

 

 

 

「………………」

 

 帰りの電車に揺られながら、僕はふと目を通したことがある記事を思い出した。人間の記憶についての記事だ。

 

 人は物事を脳の海馬という場所に記憶する。そしてそこから僕達はその海馬という記憶の海から記憶をサルベージして思い出している。しかし、どう頑張っても思い出せないというケースも存在する。テストの時、数学の公式を忘れたりとか。でも脳自体はその記憶を思い出しているという。

 

 記事に書いてあったものを例に出すと。

 ある教会で友人が結婚式を挙げたとしよう。僕は招待されてその新郎新婦を祝った。そして何年か経ち、再びその場所を訪れる。僕がそこであった出来事を全く思い出せなくても、脳みそ自体は思い出しているのだとか。つまるところ、思い出す事はなくとも脳に記憶自体は残っているという話だ。海外ではそれを使って犯罪者の余罪を調べたことがあるとか無いとか。僕は直接見た事ないから信じられないけど。

 

 彼の場合はどうなんだろう。彼は肉体自体が変わっていたけど記憶は保持していた。そういうものだからと言ってしまえばそれまでだが、彼にはもう一つ考察すべき点がある。彼の恋人であった【ゆり】という女の子についてだ。

 

 何故この世界線でそちらを助けようとしない?

 

 もし自殺させてしまったことを後悔しているならそれを助けるために動くはずだ。わざわざ僕と関わる事や怪盗団を騙す必要が無い。……そういえば彼は言っていた、理想の世界が欲しいと。彼にとって理想の世界とはなんだ? 皆が笑える世界? 正しい判断を下せる世界? 誰も死なない世界? ……【ゆり】という女性がいる世界?

 

 もし、そうなら。【彼女】はこの世界に存在しないということになる。存在しないということは何も無いということだ。彼女の家も、写真も、思い出も。この世界線には存在しない。

 

 何て残酷なんだ。

 

 どれほどの苦しみが彼を襲ったのだろう。愛すべき人の存在を思い出せない。死なせてしまった人の贖罪すら出来ず、墓に花を供えることも出来ない。そして――

 

 

 

 ***

 

 

「……【ゆり】ってどんな声してたっけ?」

 

 消えていくだけの思い出は、どれほどの絶望なのだろうか。

 

 




人が人を忘れる順番は「聴覚・視覚・触覚・味覚・嗅覚」だそうです。
 声を最初に忘れ、匂いを最後まで覚えている。好きな人に花を贈ったら、その人が花の匂いを嗅ぐ度に、贈ってくれた人のことをを一瞬でも思い浮かべるかもしれませんね。
 心ではなく、脳にその記憶があればですが。


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#25 ビビってる奴いる?

6/19 日曜日 昼間

 

 

【ナビゲーションを開始します】

 

 周囲の景色が歪み、認知世界へと転移する。怪盗服へと変わったジョーカー、パンサー、スカル、フォックス、ヴァイオレット、ブルは、金城の認知世界を歩いて金城のシャドウを探す。

 

「まさか銀行だと思っているのがこの渋谷全体だなんて強欲というか、邪悪というか」

 

 変わり果てた渋谷にはATM人間が歩いていた。この街の人間を金が出るATMとしか見てない金城の認知だ。道の片隅や裏路地に入ると壊れたATMが捨ててあった。

 

「酷いな……出せるまで出してボロボロにして……捨てるのか」

「最悪、そういう店に斡旋されて働かされんだろうよ。全部奪われてな」

 

 話せる個体のATM人間が居たが、話せるだけで会話にならなかった。こちらを見てひたすら怯えている者や、ただうわ言を発していたりと、意志疎通は難しいものだらけだった。だが肝心の金城のシャドウがいるパレスが見当たらない。

 

「肝心のパレスが見当たらないね」

「銀行という事ですが、それらしいものは見当たりませんし……」

「足が付かないってことは高い場所にあるとかか? ここら辺だと高層ビルとか」

「おい、あれ見ろ」

 

 フォックスが指を差したその先には、銀行が浮いていた。

 

「えげつねぇ絵面……」

「足がつかない、か。そりゃ浮くわけだ」

 

 大きな円盤の上で立派な銀行が鎮座しており、円盤の下には大きなホールがあり、そこから地上にある札束を吸い上げている。

 

「あんな高いとこどうやって行くんだよ」

「……モルガナ」

「なぁんだその目は。ワガハイにだって無理な事はある!」

「……なら今日はここで解散かもな」

 

今の怪盗団に、あの空飛ぶ銀行に侵入する方法は無い。これ以上ここにいるのも無駄だということで、一度現実世界に戻ることにした。

 

 

***

 

 

6/20  月曜日 放課後 曇り

 

 俺達はあの空飛ぶ銀行に行く方法を探して話あっていた。とは言ったものの具体的な案が出るわけでもなくいたずらに時間が過ぎていくだけだった。

 

「……何かいい案ある人」

 

 沈黙。まぁいいだろう。この後、新島真が来て、わざわざ自分を犠牲にして金城の客、つまりあのパレスで見たATM人間になりにいく。だから今俺がする事は新島真が来るまでここに怪盗団を居座らせること。

 

「随分と手こずっているようね」

 

 ほら来た。展開的にナイスタイミングだけど、俺達怪盗団の立場からしたらバッドだ。何故ならこっち今手詰まりで困って、ピリピリしてるのに、安全圏から上から目線の依頼人が煽りにきたんだから。

 

「様子を見に来たってわけ? いくら生徒会長でもこっちの仕事は役に立たないから」

 

 杏が少し喧嘩腰で言い返す。杏は新島真には良い印象を持ってない、何故なら鴨志田の件で、鈴井さんの体罰を学校ぐるみで隠していたと思っているからだ。もちろんそこに生徒会も関与していると思い込んでる。実際には新島真はあの件は何も知らない。だから多少なりとも嫌味を言ってしまう。

 

「役に、立たない……?」

 

 しかも今の新島真にとっては【役立たず】というワードは地雷だ。つい先日、実の姉から『今のあなたは役立たず』と言われてそこから自身の評価については敏感だ。

 

 ……今一番苦しいのは新島真だ。父を無くして、遺された姉に迷惑を掛けないようにして優等生として振る舞うことが正しいことだと思って、あらゆる事を我慢してきたのに今その軸がぶれ始めて不安定になっている。

 

「実際そうだろ」

「高みの見物してればいいのよ。それともお得意の盗聴でもしてみる?」

「……その金城ってやつに接触出来ればいいのね?」

「お、おいどこ行くんだ?」

 

 だから暴走する。今の自分に自信が持てないから、これが正しい事だと証明して、自分に自信を持って軸を保ちたいから。新島真は思い詰めた表情をして怪盗団と別れ、どこかへと立ち去った。

 

「おい、あいつどっか行ったぞ」

「金城の居場所に心当たりがあるのか?」

「でも、なんか思い詰めてませんでした?」

 

 この場を去った新島真の話をしていたら、蓮のスマホに着信が入る。相手はもちろん先程までここにいた新島真だ。

 

『ねぇ私新島真。いいからこのまま聞いて、録音も』

 

 蓮が皆に聞かせるようにスピーカーに切り替える。

 

『ねぇ、あなた達、金城って知ってる?』

 

 その声は今ここにいる蓮に向かって言ってるわけではなく、電話の向こう側にいるある男達に向かって喋っていた。

 

「おいやべぇだろこれ!」

「ああ、追った方がいい!」

 

 怪盗団の面々が新島真が何をやろうとしたのか察しがつき、今話してる現場へ向かう。

 

「……場所は⁉」

『……金城の部下の人達ってこんな時間にこんなところにいるんですね。まさか渋谷のセントラル街の裏路地に居るなんて、ジムにでも行ってたんですか?』

 

 新島真は俺たちの意図を汲み取り、さりげない会話で場所を伝える。

 

「ジムか、とは言っても数あるぞ手分けして探すか?」

「いや裏路地にあるジムはあそこしかねぇ! 俺についてこい!」

 

 竜司を先頭にして渋谷セントラル街を駆け抜けると、そこに新島真といかにもな連中が、今にも車に乗ってどこかへ行く直前だった。

 

「おい待て!」

 

 叫び虚しく、新島真を乗せた車は発進し、どこかへと走っていった。

 

「竜司タクシー、祐介は……」

「わかってる、車のナンバーはバッチリだ。伊達にクロッキーやってないぞ」

 

 竜司が道路に体をだして無理矢理タクシーを止めると、全員乗り込ん……

 

「すみませんお客さん。このタクシーって四人乗りなんですよ」

「「え?」」

「杏とすみれは待機。なんかあったら連絡する」

 

 蓮の指示の通り男四人でタクシーに乗り込み、新島真を乗せた車を追った。

 

「お客さん目的地は?」

「「「「あの目の前の車を追ってくれ!」」」」

 

 ……全員の声が合わさった。

 

「こんな場合だけど一度言ってみたかったんだこの台詞」

「こんな場合しか言わないだろ」

 

 

 ***

 

 

 タクシーが止まったのはとあるクラブだった。中に乗り込むと妖艶なライトの光が紫色の室内を照らしている。その部屋の真ん中で新島真が複数の男達の手によって組み伏せられていた。

 

「あぁ……何だそういうこと」

 

 女を侍らせて奥に座っている肥満体型の男が全てを察して呟いた。あれこそが金城潤矢だ。

 

「つけられやがったなクソが!」

 

 大声を出すとテーブルの下から大きなジュラルミンケースを取り出す。暗証番号を入れて開けるとそこにはギチギチに詰まった札束が入っていた。

 

「前見たバッグの……アレいくら?」

「えー300ぐらい」

 

 金城はジュラルミンケースからおそらく300万ほど取り出すと隣の女に渡す。

 

「わーっいいの?」

「そいつらにお礼言えよ? ……俺、今すっげーイラついてんの。金使うとストレス発散になるだろ?」

 

 それについては一理ある。ソシャゲに課金してガチャ回すとちょっとスッキリ……いやしないわ。目的のキャラでないとストレス増すばかりだからな。課金は程々に。

 

「隙間見える? イラついたせいで300万分空いちまった。埋めねーと余計イラつく。俺完璧主義なんだよ」

「話が見えないな」

 

 すると突然金城はスマホを取り出しこちらを撮影した。

 

「なんだよみんな表情固いな~。『未成年がクラブで乱痴気騒ぎ』。これ学校に送っていい? あ、やべ酒とタバコ映ってる」

 

 こうやって無理矢理ネタを作って強請る。そしてもう後戻り出来ない。

 

「いいか? お前らみたいなバカは俺の餌なの。 分かる? 現役美人生徒会長サン? ……いいかお前ら警察にチクってみろ家族から潰してやる。……いつも通りひと月と言いたいところだが、大勢いるしな。三週間だ。それまでに300万持ってこい」

 

 300万。……ぶっちゃけここゲーム2週目だと普通に払える額なんだよな。財布に現金何百万入れてる高校生ってなに?

 

「もうすぐ夏のボーナスだろ? ママとパパに頼めばすぐだよ。……わかったら今すぐここから立ち去れ、これからお楽しみなんだよ」

「はぁ? ざっけんな!」

「かまうな、今はマコトの安全が第一だ」

 

 モルガナが歯向かおうとする竜司を諫める。確かにクラブには金城の部下が俺達以上にいる。今ここで乱闘しても返り討ちに遭うのが目に見える。

 

 解放された新島真を連れて、俺達はクラブを出た。三週間で三百万という大変な事態になったが、これでアイツのパレスに行く準備は整った。

 

 

 ***

 

 

 連れ去られた場所へ戻ると、すみれと杏がすっかり暗くなった路地に座って待っていた。

 

「遅い、それでどうなったの?」

「三週間で300万用意出来なきゃ俺ら破滅。警察にチクったら家族ごと破滅」

「ええっ⁉ どうしてそんな事に?」

 

 良いリアクションありがとう。とりあえず残ってた二人に事情を説明した。

 

「……ごめんなさい」

 

 二人に説明し終えると、改めて自分のしでかしたことが軽率な行動だったのか、新島真が重々しい口を開き謝罪した。

 

「まったくだぜ」

「悪いが同感だな。想像出来なかったのか?」

「ちょっと祐介」

 

 まぁ責めるのはしゃーない。心配して駆け付けたらこれだもんな。

 

「本当にごめんなさい。役に立たなきゃって一人で焦って……」

「あーもういいだろ。やっちまったもんは戻らねぇんだから」

「まぁ一番悪いの金城ですしね」

「…………お姉ちゃんにも迷惑かけちゃう」

「お姉ちゃん?」

 

 新島真の姉。新島 冴(にいじま さえ)。女性の検察官で、ファンから『どうなのおばさん』とか呼ばれてる。正直作中じゃそんなに『どうなの⁉』って言わないしおばさんっていう年齢じゃない。

 

 あと唯一、ジョーカーが攻略出来ない女性キャラ。でもアニメのバレンタイン回は登場した。

 

「私の姉は立派な仕事に就いてて、私よりずっと優秀で、3年前父を亡くしてから色々あって今は姉と二人で暮らしているんだけど……私は子供だから負担しかかけてなくて……どうにか誰かの役に立ちたくて」

 

 妹を一人で育ててきた苦労ははかり知れない。そしてそれを新島真本人は分かっているからこそ、何か役に立ちたいと焦っていたんだろう。

 

「でもよ、よく知らねーけど、子供だから役立たずってのは違くねぇ?」

「でも、事実だから……それに特に貴方には悪い事をしたと思ってる」

「え? 私?」

 

 真は杏の方を見た。

 

「鴨志田のことは今思えば学校ぐるみで隠ぺいしてたんだと思う。私心のどこかで気付いていたのに何も出来なかった。ううんしなかったのよ。その気になれば何か出来たはずなのに……私みたいな人間こそ本当の『クズ』って言うんでしょうね」

「本当のクズは自分のこと『クズ』って言わないし。……それに何にも出来なかったのは私も同じだよ。私だって一番近くにいたのに志帆からいってくれなきゃ気付かなかった……それに悪いの鴨志田だからそれは私も志帆もこの場の誰もが分かってる」

「……高巻さん」

「君も居場所が無かった……そういうことか」

「私、も?」

 

 心を落ち着ける場所なんて無かったんだろう、いつも気を張っていたのかもしれない。……真面目な人間ほど壊れやすい。そういう意味で怪盗団は新島真にとって心が落ち着ける居場所になればいい。

 

「取り敢えず。お金は私が何とかするから。金城の件はここまでにしましょう?」

「そりゃ無理だ。俺らだって狙われちまった。……あの銀行さえ何とかなりゃあなぁ」

「銀行……そうか銀行か! カノジョ、大手柄かもしれねぇぞ!」

 

 モルガナが何か閃いたように大声で鳴く。気付いたんだろう彼女が金城の客になったことに。

 

「大手柄? どういう意味?」

「なんで皆猫と話してるの? えっと? 頭が……」

「ワガハイ達は金城の標的になった。つまり金城の客になったってことだ」

「そうか今まで入れなかったのは客として見られていなかったからか」

「連れて行こう。こうなった責任は取ってもらう」

「彼女にも知る権利はあるしな」

 

 猫と会話してる俺達を見て混乱している新島真を、無理矢理認知世界に連れ込んだ。

 

 



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#26 あなたの傍に這い寄る混沌

「キツネ⁉」

「フォックスだ」

 

 目の前にいた怪盗服姿の祐介を見て、開口一番そう発言した。まぁそうなるわな。

 

「静かにしろって。シャドウ達に気づかれんだろ」

「化け猫⁉」

「猫じゃねーよ!」

 

 ……まぁそうなるわな。お約束のやり取りもしたところで、この世界のことを新島真に説明した。理解が早く、一を聞いたら十を知るという感じで全部を細かく説明しなくても大体わかったらしい。

 

「そうか、『心を盗む』って認知を書き換えるってことなのかな……理屈だけはなんとなく。じゃあ私もこの世界のどこかにATMになった私がいるってこと?」

「かもな。ともかく『オタカラ』を盗れば、カネシロを改心させて自白させられる。うまくいけばな」

「うまくやるさ」

「それに金城みたいな悪党を改心させたら、怪盗団は注目浴びまくりだ」

「俺達の正義も揺るぎないものとなる」

「弱い人達にも勇気をあげられる」

「……弱い立場の人達のため、か。……お父さんと同じこと言うんだ」

 

 俺達にはよく聞こえない声で、新島真は何かぼそりと呟いた。

 

「……金城に会いたいのよね?」

 

 そう言うと新島真はあの空飛ぶ銀行へと歩いて行く、空飛ぶ銀行も新島真へと近づいていき、地面につくスレスレを低空飛行しながら止まった。

 そして客を招くように地上に長いスロープを作り出した。

 

「マジか。向こうから来やがった」

「計画通りだな」

「取り敢えず入るか。正々堂々、真正面から盗みにな」

「……銀行に怪盗か……ザ・強盗って感じ」

 

 

 ***

 

 

 銀行の中に入ると警備員のシャドウに案内され、応接室へと通される。そこに金城の姿は無く、代わりに応接室の机の上には、ゲームや漫画でよく見る、諭吉の山が置いてあった。

 

『不法侵入、その他迷惑行為。しめて300万の賠償金ですよね。現役美人生徒会長さん』

 

 その声は応接室に設置してあるモニターから聞こえてきた。モニターに映し出される金城のシャドウ。紫色の肌に気色悪い笑顔を浮かべていた。

 

「金城っ……!」

『300万も集めるなんて大変でしょう? 融資しますよ。利子は一日一割で』

「一日30万って払えるわけないじゃないですか!」

「払う義理も無いだろうが」

『ご安心を、そんな貴方がたに親切なプランを用意してあります。……その容姿ならすぐに300万貯めることが出来るでしょう』

「……水か」

『いやぁ、若い女は良い。力が無くて頭が悪い』

 

 汚い笑顔を浮かべこちらをあざ笑う。

 

「外道が」

「最初からそれが狙いだったんでしょう?」

『ご明察。……美人検事、新島冴の妹さん』

「……⁉ なんでそれを?」

『我々の情報網舐めないで貰いたい。無知が罪とは私は思いません。……だってバカがこんなに釣れるからなぁ!!』

 

 確かに、詐欺を自衛出来なかったのはこちらの落ち度かもしれないけど、金城がやっているのは犯罪で法に触れる行為。完全に悪だ。

 コイツは情状酌量の余地もない犯罪者だ。改心のしごたえがある。

 

「そこで待ってやがれ金城! テメェのオタカラふんだくってやるからよ!」

『笑わせるなよコソ泥。ここは最高峰のセキュリティで守られている俺の城だ。金さえ積めばどんな仕事も請け負う奴らばっかりだ。息をするようにお前らの命を奪うぞ? ……じゃ、頑張れよ』

 

 モニターの電源が落ちると、応接室に警備員のシャドウが入り込んできた。

 

「カネシロ様の命令だ! お前らを確保する!」

「っ! 戦闘だ、全員構えろ!」

「よっしゃ! ぶちかませアステリオス!」

 

 ……………?

 

「どうしたブル?」

「あ、いや何でも無い。多分」

「そうか、とりあえず脱出だ」

 

 俺がペルソナを出せない事に戸惑っている間に、戦闘は終わっていた。どうやら出てきたシャドウは雑魚で今の怪盗団では瞬殺だったらしい。

 次々とやってくるシャドウ達をバッタバッタとなぎ倒して行き、銀行の出口へと向かう。だがいくら怪盗団が強くなったとしても連続で戦闘していたら消耗する。

 

「クソ、キリがねぇ!」

「でも、もうすぐ出口です!」

 

 しかも、その行く手にシャドウが現れ、出口への道を阻む。

 

「……この銀行では迷惑な客は処分しているんですよ」

 

 後ろから、複数の警備員シャドウと共に金城のシャドウがやってくる。なら今度こそもう一度ペルソナで――……

 

「囲まれた……!」

「ブル、出口の前のシャドウをペルソナで一網打尽にしてくれ!」

 

 

 

「…………出ない」

 

 

 

「え?」

「出ないんだ。……俺のペルソナ」

 

 なんで今? 何故?

 

「ああ、そりゃ好都合だ。そちら側が一人役立たずとなりゃ、こちらも処分しやすい。足手まといが一人いるだけでその組織のレベルが下がるからな」

「……待って! あなたが必要なのはこの私でしょ⁉ この人達は関係無い!」

「ああそうだ。大事な商品には傷はつけない。……あーあ。可哀想なお姉ちゃん。こんな妹がいなけりゃ出世も出来たのにな。もうじき俺の奴隷だ」

「……っ、お姉ちゃんは関係無いじゃない!」

「じゃあ明日からお前が客とれよ」

 

 下卑た笑顔を浮かべながら新島真を脅す。体を売れば姉は助かるかもしれないと。そんな保障するわけないのに。

 

「いいか? お前らに選択肢は無いんだよ。 お前らは俺の言いなり、絞りとられるしか無いの!」

「言いなり……」

「安心しろ。お前ならすぐに300万稼げるさ。ま、その時は人生滅茶苦茶になってるだろうけどな! ギャハハハハハハハ‼」

 

 ムカつく。俺はコイツのコンプレックスを知ってるし、コイツがここまで堕ちた理由も何となく察しがつく。でもそれはそれ。人を陥れて、絞り取っている奴は許容できない。

 

 ……何故か今の俺はペルソナが出せなくてカネシロをぶっ飛ばせない。でも、俺と同じ怒りはこの場にいる全員が抱いていて。

 

「さっきから聞いてりゃ……」

 

 誰よりも怒ってる奴がいる。

 

「ウゼェんだよ! この成金が‼」

 

 新島真が吼えた。常に冷静沈着な彼女とは思えないほど大きく荒れている怒声だった。その怒声の後、彼女が頭を抑え始める。頭の中に流れているもう一人の自分の声を受け入れ、抗う力を手に入れようとしている。彼女の中にある意地や怒り、正義が彼女の足を支え、苦しみで頭を抑えながらも膝は付かなかった。

 

 そして反逆の仮面が彼女に宿る。

 

「っぐ、ああぁぁあああああ!!!!」

 

 勢いよく仮面を剥がす。青い炎と共に彼女の姿が変わりペルソナが顕現する。その姿は……世紀末覇者だった。

 

「……ペルソナ?」

「いやありゃ……バイクだろ」

 

 ピッチリとしたスーツ肩にはトゲがあり、武器はメリケン。バイク型のペルソナにエンジンを噴かせながら乗っている姿は、不良……というよりどこかの世界からやってきた暴走族。

 

「ふん!!」

 

 バイクのアクセルを踏み、警備員シャドウを轢いていく。それでいいのか生徒会長。……いや今はこれでいいのか。アレ人じゃねぇし。

 

「……もう絶対弱音なんて吐かない。飛ばすだけ飛ばすから……いいよね、ヨハンナ!」

 

 複数体のシャドウがペルソナに轢かれて、形勢が逆転しそうだと感じたのか、カネシロは部下に指示を出して、後ろに引っ込んだ。

 

「……っ待て!」

「これ以上はカネシロ様の命令で通させん!」

「クソッ! ブル、ライフルでカネシロの足元に撃って、足止めを……ブル?」

「……………」

 

 新島真が足止めしているうちにペルソナを出せない理由を考えろ。

 

 どうして出ない。理由がいる。あるはずだ。探せ。今。原因。俺は一体何をした。あのエンドを変えるために俺はここにいる。だから丸喜先生に干渉した。深く干渉しすぎたのか? 乙守胡桃はこの世界に存在しないはずだから……

 

……………………乙守胡桃ってなんだ?

 

「……ッ! まずい! ブルの怪盗服が解除された!」

「な、なんで今⁉」

「一旦、ブルのことは後回しだ! 今はマコトの援護だ。迎撃するぞ!」

 

 俺は俺のはずだろうが。俺は俺の欲望のためにここにいる。俺の名前は折本みくるで、乙守胡桃なんかじゃない。

 

『――証明しろ』

 

「……ぁ、今、誰か喋ったか?」

「あぁ? 必死に問いかけてるだろうが。さっさと逃げんぞ!」

 

『――どちらか、証明しろ』

 

 今度ははっきりと聞こえた。自分の内側から。幾重にもノイズが重なり不快で無機質な声。しかし、どこかこちらを見下し、嘲りを含んで笑う声。

 

 証明しろだと? 出来るわけないだろうが。俺はもう死んでるし、それを証明するものが無い。

 

『――ならばお前は乙守胡桃だ。お前の言う折本みくるは存在しない』

 

 そんな訳ない。だって俺はゆりを死なせたことをこんなにも後悔している。だからこの世界を変えたいと思っている。この思いは確かに俺が抱いていたものだ。

 

『――だが証明できない。お前はもう、恋人どころか、自分の元の顔すら思い出せないんだろう?』

 

「……それは……その通りだ」

「おい! おいブル! もう戦闘終わったぞ! なにブツブツ言ってんだ、脱出するぞこっから!」

「どうした。突然糸の切れた人形みたいに動かなくなってしまったぞ」

 

『――ああ、無様で滑稽で愉快な生命体だ。エゴのために矛盾を抱え破滅するヒトという不完全な生命体そのものだお前は』

 

 矛盾、破滅?

 

『――独楽が止まる。白と黒の二色で回転してグレーに見えていたものが、今ここで停止した。そしてお前は目を瞑ってきた白と黒の境界を認知した。もう戻れない』

 

「本当にどうしたの? 心ここにあらずって感じだけど」

「とりあえず抱えて……ってどうしたヴァイオレット?」

「……少しだけ下がっててください先輩方」

 

 

 

『――さぁもう一度問いかけよう。お前はどちらだ?』

 

 

 

 ……俺は――

 

 

 

「私です‼ 起きてください先輩!!」

「――ぇあ? ……っっ痛っった!!!!!! ……あ? 痛いけど? 何?」

「~~~~っ!!」

「あのね。芳澤さん。頭突きってデコをぶつけるんじゃなくて、頭を出来るだけ勢い良く相手の鼻っ柱にぶつけるのが効果的よ。それが一番痛くないらしいから」

「やっぱ経験者なのか生徒会長様は」

「そ、そんな訳ないでしょう! 正気に戻ったならさっさと脱出するわよ」

 

 唐突な額の痛みはヴァイオレットの頭突きがもたらしたようだった。デコ熱い。湯気が出そう。てかデコじゃなくて仮面の固い部分に当たった気がする。

 

「ゴメン。なんかボーっとしてたみたいだわ。俺もう走れっから大丈夫」

「そうか。ならすぐにこのパレスから出るぞ!」

「ああ。……悪い迷惑かけた」

 

 

 ***

 

 

「……どうだ?」

「やっぱ無理だ」

 

 あの後。新島さんに事情を説明してとりあえず今日のところは解散という形になった。が、俺は蓮を呼び出しメメントスに一緒に潜っていた。俺のペルソナのことを確かめたかったからだ。

 

「やっぱ出ない……か。怪盗服にも変わって無いしそりゃそうか」

「ごめん」

「いや、謝ることは無い。……モルガナ。突然ペルソナが出なくなることとかあるのか?」

「うーん……ワガハイもこういう事初めてだからなぁ。原因として考えられるのは、心情の変化、もしくは自我の不安定とかかぁ?」

「心当たりは?」

「無い」

「「言うと思った」」

「ぐ……。でもこれは本当に心当たりないんだよ」

「……しばらくはパレス攻略に参加するのは無理だな。俺たちでカネシロを落としとく」

「……ういっす」

 

 



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#27 足手まといなのは力のない者では無い、覚悟の無い者だ。

ほのぼの


 あれから数日が経った。

 

 俺以外の怪盗団のメンバーはカネシロパレスに潜入して順調にオタカラまでのルートを開拓している時間、俺はお留守番だ。パレスに行かなくても仕事はある。といっても必要な薬とか武器とかその購入をするパシリだが。……なんつーか寂しい。

 

「というわけなんですよ」

「それは大変ですね」

 

 そんなわけで俺は、マルキパレスで白衣さんに相談していた。

 

「なんというかですねぇ、俺が大変じゃないのは助かるんですけど、それはそれとして頼られなくなるのは寂しいんですよ。まぁ最近は俺が必要無い場面も多かったけども」

「疎外感を感じて寂しいのですね? 本人達に打ち明けてみては?」

「『寂しいからもっと関わって欲しいって?』 それなんかカッコ悪いんで嫌ですよ。俺はペルソナの力を取り戻して颯爽と怪盗団に戻っていきたいんですよ。確かに今、俺はピンチですけど見方を変えればチャンスなんですよこれは!

 仲間が力を失い弱体化した……その展開のお約束とは……」

「……お約束とは?」

 

 白衣さんがピンと来ないみたいなので、俺はカッコつけて指を鳴らして答えを言う。

 

「そう。これは俺のパワーアップイベントなんですよ! 弱体化した仲間がパーティーを離脱、そして戻ってくる頃には力を取り戻すどころか新しい技を覚えて帰ってくる! いやープレイヤーだったらこの熱い展開テンション上がりますよ」

「パワーアップする手段は?」

「無いです」

「力を取り戻す方法は?」

「わかんないです」

「無理では?」

「はい……」

 

 ぶっちゃけこう考えないとやっていけないんだよくそー……。

 

「そういえば丸喜先生また論文進んだんですね」

「ええ、主のパレスもどんどん広くなっています、このままいけばこの世全ての患者を救うことが出来るはずです」

 

 蓮が【顧問官】のコープ進めたか。先生も怪しまれずにうまくやっているみたいで順調順調。

 

「とりあえず頑張って状況をどうにかできるように頑張ってみます。じゃなきゃ取引が破綻しますから。じゃあ今日は愚痴に付き合ってくださりありがとうございました」

「乙守様。あなたがペルソナを出せないのには心が関係していると思っています。我が主に一度相談してみては?」

「……一応、最後の手段に考えてはいます」

 

 では。と言って俺はパレスを後にした。

 

 

 

 ***

 

 

 6/25 土曜日 曇り

 

 

「まぁ、悩んだら体動かすのは良い案ではあると思うけどもさ。まさかこんな地下闘技場みたいなところ連れていかれると思わなかったじゃん」 

「フィットネスボクシングの一日体験出来んだよここ。前から気になってたんだよな」

 

 休日、竜司に連れていかれたのは今話題のフィットネスボクシングジム。受付を通り案内されたのは地下。ライトに照らされたサンドバックが等間隔にぶら下がっており、部屋の中央には歩き回れるほどのステージがある。

 

「俺、場違いじゃないか? 周り社会人ばっかだしムッキムキやで」

 

 参加者の顔ぶれを見ると、肩にでっかい重機を乗せてそうなマッチョや、お年を召した方でも上腕二頭筋がチョモランマみたいな人など、いかにも筋トレ大好きみたいな人が集まる施設らしく俺らみたいなビギナーが来ていいものなのか。

 

「そんぐらいの方が、頭空っぽにしてハードに運動できんだろ」

「……まぁストレス発散になるか」

「そーそー。ほらジャブ打てるか?」

 

 係員に指定されたサンドバックの前に立ってパンチを2,3発打つ。

 

「様になってるぜ。これなら世界獲れるぜ」

「どこから目線だよ」

「……仲間目線、的な?」

「……?」

「あ、ほら来たぜインストラクター」

 

 竜司がステージに指を差すと外国人のムッキムキのインストラクターが現れた。

 彼が軽く準備体操をするとフロアに音楽が流れ始め、おもむろにマイクを取りだした。

 

『イェエエエエエエエイ!!!! 元気かー!!勇気ある筋肉狂人者共ー!!』

「「「「マッチョ!!」」」」

『よし』

 

 何がよしなんだ?

 

『よっしゃ今から、初めての参加者もいることなので注意点を言いますので耳を傾けて聞いていただきます。まず第一に――』

 

 あ、そこは真面目に言うんだ。

 

『――はい。今言った点に同意したものは……拳を掲げろ!!』

「「「「……………………(無言で拳を掲げる)」」」」

 

 ここはマッチョ‼ って返事しないんかい。

 

『いいか。今、目の前にあるのはサンドバックではない。目の前にあるソレはお前らのストレスの元だ。……気に食わない同僚もしくは上司。終わらない仕事や課題。イラつく元カレ。煩わしい人間関係。自身の価値観。なんでもいいが、ソレが目の前に存在する。今日はソレを‼ 掲げた拳で‼ 粉砕する‼』

「「「「イェエエエエエエエイ!!!!」」」」

『早速始めるぞ‼ 目の前のクソッタレの現実を全部ぶっ壊してやれ‼ ミュージックスタート‼』

 

 腹に響くような重いロックの音楽と共に始まるレッスン。基本的にはステージに立ってるインストラクターの指示通りに打つだけだが、これが思ったよりしんどい。けど、目の前のサンドバックを殴ることに集中していると疲れは覚えない。むしろ無心で打つことで雑念が消えて頭がスッキリしてくる。

 

「ハァ……なぁ知ってるか胡桃? このサンドバックってカウンター付きらしいぜ。殴った回数を記録してレッスン終わった後に殴った回数分、会員カードにポイント付与されんだと」

「……入る予定あんのかよ」

「いや、勝負しようぜ、ってこと」

「………ハァ……乗った。少なかったほう昼のラーメン奢りな」

「しゃあ、俄然……燃えてきたぜ!」

『ネクストォ~~……ラッァアアアアアアアシュ‼ 乱打で殴り殺せ‼』

「「おあああああああああ‼」」

 

 

 ***

 

 

「あ~~……ジム終わりの塩分と炭水化物は沁みるわぁ……」

「あぁマジでな。今日の運動が無に帰す糖分とカロリーを摂取してる罪悪感が余計うまさに拍車をかけてる」

 

 あっさり目の塩ラーメンだから食べやすく、するすると胃に入っていく。ちなみに対決は俺が勝った。

 

「……あー、なんつーか。チョー今更なんだけどよ」

「……? なんだ竜司にしては歯切れ悪いな」

「俺あんま頭よくねぇし。多分怪盗団の奴らと比べてコレっていう特技もねぇけどよ。体は張れっから。なんつーの? お前一人だけで悩みすぎんなよって話」

「……」

「柄にもねーこと言ったわ。忘れろ」

「そんな事ねーよ。……ちなみに替え玉も奢ってくれんの?」

「負けたからな! お前遠慮せずに全部盛り頼むんだからな。ここまで来たら奢ったるわ!」

「……ん。ありがとう」

「……おう」

 

 店員に替え玉を頼んだところで、スマホに通知が来た。祐介からだ。

 

『明日、空いてるか?』

 

 

***

 

 

6/26 日曜日 曇り

 

「あ痛たたたた……」

「大丈夫か胡桃?」

「いや最近パレスに潜ってないから昨日のジムが久しぶりの運動だったもんで筋肉痛が…………でもここに来るのは久しぶりな感じだな」

「あぁ、俺もつい最近まで住んでいたのに懐かしさを覚えるよ」

 

 祐介と俺は休日に班目のアトリエに来ていた。前と変わらず今にも倒れそうな質素な家だった。鍵は開いていた。 建付けが悪いドアを開けて祐介の部屋に訪れる。

 

「懐かしいな。杏をヌードモデルにしようとした記憶が蘇る。あの頃から先生のことを改心しようとしてたのか」

「まぁ、黒い噂は聞いてたからな」

「……恋は盲目というが、憧れもまた、己の目を曇らしてしまうのかもな」

「憧れは理解から最も遠い感情っていうからな。でも祐介の場合は見て見ぬふりしてただけだろ」

「……そうだったな」

「…………で、ここに何しに?」

「絵を描こう」

「……俺の裸は高いぞ」

「違う。胡桃が書くんだ」

「……祐介のヌードを?」

「違う」

 

 祐介がどこからかキャンバスを持ってきて絵を描く準備をしつつ説明をしてくれた。どうやら俺が絵を描くらしく、描くものなんでもいいらしい。

 

「何のために描くわけ?」

「気分転換だな。俺から見るに、胡桃は何か悩みがあるみたいだが、その悩みを解決するために何をすればいいかを迷っているように見える。胡桃の悩みのタネが見えるかもしれないぞ」

「勘がいいよなーこの怪盗団って。実は糸口すらわかってない」

「なおさらだな。普段と違うことをすると何か得るものがあるかもな」

「……つっても資料無しで書くのは難しいから、スマホで資料調べるわ」

「ああ。俺も何か絵を描くかな」

 

 そうしてスマホで写真を調べ、絵を描き始める。

 

 

 ***

 

 

 二時間程経った頃だろうか、背景はまだしもメインの被写体を書き終えて満足していた。……いやこれは背景無い方が被写体が映えるからこれで完成でいっか。別に背景書くの面倒だからとかじゃないし。

 

「ん、祐介。描き終わった」

「そうか、見てもいいか?」

「どうぞ。まぁ、素人だから下手ではあるけど」

 

 祐介が立ち上がって俺が書いた百合の花の絵を見に来る。

 

「ふむ……綺麗な絵だな」

「お世辞はやめろよ。花弁の大きさがバラバラでバランスとか取れてないし、色もその……黒だからちょっと汚いし」

「いや、俺は写実主義ではないからな。別に本物の百合の花を書けなくても下手だとは思わないさ」

「印象派とか、象徴主義ってやつ?」

「よく知ってるな」

「授業で習った。……ところで祐介はなんの絵を描いてたんだ?」

「よくぞ聞いてくれた。俺はな……【胡桃が絵を描いている絵】を描いた‼」

「え、気色悪」

「な⁉」

 

 自信満々で見せてくる絵画の中の俺は背を見せて、ひたすらキャンバスに向かって筆を走らせている。描いている最中何となく背後から視線を感じると思ったらコレ描いていたからか。

 

「つか、これ本人の許可無く描いたから肖像権の侵害だからな」

「……なんとか示談にならないか?」

「金がないお前が何払うんだよ」

「そうだな……今使ってた絵筆やパレットを代わりに洗っておこう」

「微妙に助かるラインだな……」

「この絵も胡桃に渡そう。というのも実はもう俺の部屋に絵を飾れる場所が無くてな。貰ってくれたら非常に助かる」

「……じゃあサイン書いとけ、端っこに祐介って」

 

 祐介がサインと書いている傍ら、俺は俺が書いた絵を持ち帰れるように丸めていく。

 

「ちなみに聞くが、何故その花を書いたんだ?」

「……昔の知り合いが好きな花だったから」

「……そうか」

「……ほら祐介。サイン書き終わったならくれ。丸めて持ってく。……それともこの後一緒に昼飯食うか? この前竜司が美味いラーメン屋教えてくれたしさ」

「む。中々に魅力的な提案だが、遠慮しておこう。久々にここに来たんだ。まだここで考えたいことがある」

 

 そっか。と一言だけ告げると俺は二枚の絵画を手に持つと

 

「胡桃、一人で抱え込みすぎるなよ」

 

 と、祐介が言った。

 

「事情は分からない。付き合いが浅い俺が相談に乗れるとも思えない。だが、頼られれば力になろう」

「むず痒いな……ありがとさん」

「ああ」

 

 俺は少し天然が入ってる芸術家に別れを告げて家を出た。

 

 少し胸が温かい。

 

 周りに味方がいるってこんな感じなのかもしれない。落ち込んだ時に、悩んだ時に、頼りになる仲間がいるって心強いもんだな。

 

 ……俺はゆりの味方になれていたんだろうか。いや、なれていなかったから後悔しているんだ。

 

 俺と、彼らとの違いは、一歩踏み込む勇気が俺には無かったからだ。

 俺は、俺自身と彼女を傷つけるのが怖くて見て見ぬふりをした。

 あの時必要だったのは覚悟だった。どんなことになっても救うという覚悟が足りなかったんだ。

 

 ……とんだ皮肉だ。あの時必要だったものが、死んで転生した後に分かるなんて。しかも心の怪盗団に。

 

「……額縁買ってくか」

 

 今の自分の気持ちが何だか面白くなくて、祐介のサインを隠すように絵の端っこを少し折った。くっきりと消えない折り目がついた。

 

 



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#28 さぁ実験を始めようか

6/27 月曜日 雨

 

 俺は少し緊張しながら生徒会室のドアをノックした。

 

「どうぞ」

 

 三回ノックすると、凛とした声が返ってきたのを確認して、扉を開けた。

 

「どうぞおかけになってください」

「失礼します」

 

 俺は一礼して、机を挟んで座っている生徒会長の対面に座った。

 

「……自己紹介をしたほうがよろしいでしょうか?」

「……いえ結構です。この茶番いつまで続ければいいの?」

「威圧感を引っ込めてくれたらやめます。新島先輩」

「……真でいいわ。もう仲間だし、敬語はやめて対等な関係でいましょう?」

「んじゃよろぴ」

「…………よろぴ」

 

 え、意外。乗ってくれた。冗談だったのに。

 

「少し話をしましょう。あなた自身のことについて」

「はい」

「一応、蓮やモルガナからはあの世界のことや、それまでの活動を通して胡桃のことは聞いていたわ。そして蓮だけでなく、他の人からも聞いたわ」

「……はい」

「それを元に作ったのがこれ」

 

 そうして目の前に取り出したのは、表に数字の羅列が並んでいる文書だった。

 

「これは?」

「あなたのパレスでの行動の成功率とその結果。まずは最初モルガナから聞いた出来事について――……」

 

 その表を俺に見せながら俺についての分析の発表が始まった。

 何故このようなものを作ったのか、なんでこんな事を聞かされているのか。今日の晩御飯はなんだろうな。など考えながら、十分ほど続いた発表を締めるように真は一言言い放った。

 

「……――えっとつまり、胡桃は思ったより失敗してないってことよ!」

 

 拳を握ってガッツポーズしてくれるがその言葉の意味もよくわかんない。

 

「まず、なんでこんな事したのか聞きたい」

「えっと……私なりに胡桃の悩みが解決するように手助けしたいと思って」

「それで……このデータ?」

「丸喜先生に聞いたら、悩んでいる患者に必要なのは優しい言葉はもちろんだけど、あればその根拠が欲しいと。

 カウンセリングでよくある手法として、仕事の失敗でへこんでいる人がいたら、その人の問題なくこなせた仕事と失敗した仕事の数を照らし合わせて確率を出す。基本的に失敗率は1%切るらしいの。そうしたら『1%なんて誤差だ』とか『人間だれしも失敗があるという証明です』と言って励ましたりするの」

「なるほど効果的」

「それで、その……どうかしら?」

「頭固いって言われない? もしくは真面目過ぎるとか」

 

 気持ちは痛いぐらい伝わってくる。きっと俺のことを励ましてくれてるんだろうな。方向性が突飛なだけで。

 

「おそらく心因性のもので胡桃が力を使えなくなったんだろうってモルガナが言ってたから、カウンセリング療法でもしかしたらいけると思っていたのだけど……失敗ね」

「いや、グッとはきたけど。俺のためにここまでやってくれるんだって」

「……胡桃のためでもあるけれど、これは自分の罪滅ぼしのためでもあるの……ごめんなさい」

 

 真が謝罪を口にして、頭を下げた。

 

「鴨志田の件について、あの時私が動かなければならなかったのに、私は何も出来なかった。いやしなかったのよ。本当は心のどこかで気づいていたのに見て見ぬふりをしていたのよ」

 

 それが普通だ。そんなもんだ。責める気なんて毛頭無い。

 

「俺はあの時やったことは絶対に正しいと確信してるし、後悔もしていない。けどもしあの時、真に助けを求めていたらきっと味方をしていたと確信してる」

「そんな、大袈裟よ」

「いや絶対にそうだ。助けを求める人がいたら絶対に助けるし、見捨てたら自分を絶対に許せないタイプだ。だから、まぁもっと、自信もってほしいし怪盗団のために活躍してほしい」

「ふふっ……これじゃどっちがカウンセリング受けているのかわからないわね。んー……やっぱり専門家に話すべきかしら」

「専門家って?」

「丸喜先生のところよ。一緒に行きましょう」

 

 

 ***

 

 

「なるほど、とりあえずそっちのソファに座って」

「はい……ふぅ……」

 

 柔らかい保健室のソファに腰を下ろして思わず声が出た。知らずに疲労が溜まっていたのかもしれない。

 

「ビックリしたよ。生徒会長の新島さんと一緒に入ってくるなんて」

「いや、まぁ成り行きで。でも察して真を保健室から追い出してくれたのは有難かったです」

 

 真が俺をここに連れてきた用件は俺のカウンセリングだ。丸喜先生は「カウンセリングは個人のプライバシーに関わるデリケートなものだから、周りの目があるとちょっと……」と言って真を保健室から出て行かせた。

 

「新島さんの後ろで君のアイコンタクトが凄かったからね。流石に気づいたよ」

「ちょうど二人で話したかったんで」

 

 保健室の扉を開けて廊下を確認する。

 

「……扉の前で聞き耳は立ててなさそうですね。思う存分話せますね」

「じゃあ話を聞こうか。何か動きはあったかい?」

「とりあえず、現状の怪盗団の動きと、俺自身の問題について」

 

 

 ***

 

 

「……なるほど。金城が次のターゲットで、新島さんが新たに怪盗団入り……と」

「真は頭が良いし勘も良い。怪しい動きをしたら勘繰られるかも」

「じゃあ僕らがこうやって密会の真似事する機会は減らした方がいいと」

「はい」

 

 金城のあとは天才の双葉も加入してくる。今以上に行動は慎重にならなければならない。

 

「そしてその金城の心の世界で君はペルソナが使えなくなったと。……なんだっけ? ミノタウロスって名前だっけ?」

「アステリオスです。……ペルソナが使えなくなった原因は不明です。もしこのまま力が戻らなかったら、俺が先生に与えるメリットが無くなる」

 

 俺の仕事は最後の怪盗団の戦いで丸喜先生の味方となって戦うこと。それが出来ないなら俺はただの役立たずだ。

 

「原因は……何となくわかる気がするよ」

「ほ、本当ですか?」

「でも、僕がそれを言ったら、他の要因があるかもしれないのに、胡桃君はそれを原因だと決めつけてしまうかもしれない。だから僕からは言えない」

「自分で気づけってことですか?」

「うん、だから少し話をしよう。思考実験だ」

 

 丸喜先生はノートパソコンを取り出し、ある画面を見せてくる。そこに表示されているのは二つの船。『テセウスの船』と書かれていた。

 

「これは?」

「説明するよ。あるところにテセウスが乗っていた船がありました。テセウスの船は時とともに老朽化し、古びた部品は新しい部品へ修理・交換がくり返されてきました。船は少しずつ新しい部品に入れ替わっていきます。その結果、いつしか元のテセウスの船の部品は一つもなくなり、全てが新しい部品になった。さて、全ての部品が置き換えられたとき、その船は『元のテセウスの船』と言えるのか」

「言えないでしょうそれは。つまるところ、元の部品が無くなって全部新しい部品になった船なのだとしたら、元の船とは言えないと思います」

「なるほど。では一つ質問。僕たち人間の細胞は日々入れ替わり、数年で全て入れ替わってしまう。それは船で言う元の部品から全て新しい部品になったと言っても過言ではない。それを踏まえて胡桃君は『元のテセウスの船』であると言えるかい?」

「…………………………………………コレ答え無いやつですか? トロッコ問題的な」

「まぁパラドクス問題だからね。人によって答えは違うよ」

 

 だよなぁ。こういう哲学的な話ってああ言えばこう言うっていう論争をたくさん見るんだよな。人間って答えが無い問題がなんでこんなに好きなんだろ。

 

 俺の中にある考えとしては四つ。

 

・一つ、別に部品取替えたって同じ形してんならそりゃ同じ船だろうがよ。

・二つ、『テセウスの船』と呼ばれるものが後にも先にもその一隻しかないんならそれは『テセウスの船』だぜ。

・三つ、それはテセウスが乗った船と周りが認識してんならテセウスの船でやんす。

・四つ、船作ったやつが同じ部品で同じように修理したら、テセウスの船やろがい。

 

 色んな考えはあるけど共通してるのは……。

 

「元の船と言えるのかなぁ……」

「それが君の最終的な答えかい?」

「はい。俺の中で多数決が取られて一致しました。これ本当に俺の力取り戻すのに関係あるんですか?」

「気づくことが大事だからね。今日はここまでにしよう。……困ったらおいでね」

「……はい。わかりました」

 

 

 ***

 

 

 先生の話を考えながら帰路につく。先生はあの思考実験は必要って言ってたけど、俺の考えだけじゃ、答え出ないよなぁ。……ネットで検索しよ。えーと……『テセウスとはギリシャ神話の英雄であり、ラビュリントスと言う迷宮でミノタウロスを倒した王子です』……変な因縁を感じる。ミノタウロスってアステリオスの別名ってだけで同一存在だしな。

 

「せ、先輩。歩きスマホは危ないですよ」

 

 制服の袖をちょいちょい、と引っ張られて振り返るとすみれが立っていた。

 

「ん、ああ。すみれか。部活もう終わってたのか」

「はい。珍しいですね、帰り道で会うなんて」

「まぁちょっと野暮用で遅くまで校舎残ってて。ちょうどいいや聞きたかったことがあったんだった」

「なんですか?」

 

 すみれにテセウスの船の事を話すと、少し俯き、黙りこくって考え始めた。前を見ていないのかふらついて歩いていて危ない。

 

「…………」

「おーい、すみれさーん」

「今、自分の中で考えが矛盾しているので、互いに理論武装して戦わせているので、少しだけ待ってもらえますか?」

「それは良いんだけど、前を見ないと………って危な!」

「きゃっ!」

 

 すみれの目の前から歩道を走ってる自転車がぶつかりそうだったので、咄嗟に腕を掴んで抱き寄せた。

 

「あっぶね。………アイツ気をつけろよ」

「………え、と」

「ん? あ、やべ、ごめんマジで」

 

 咄嗟に出た行動で密着してしまったので、すぐに離れて手を挙げる。無罪を主張します!

 

「………あ。………いや! ええと、はい! 答えでました! 船の!」

「あ、はいどうぞ。すみれくん!」

「はい! 変わらず元の船と言えると思います!」

 

 訪れた気まずい空気を誤魔化すように、お互い声を張りながら答弁する。

 

「理由は?」

「ええと………船に意思は無いと思うんですけど、もし船が私だったら、部品を全て入れ替えても私は私ですって言うと思うので」

「なるほど、船を自分に置き換えて……か。考えたこと無かったな。うーん……」

「先輩。もうすぐ駅で人が多いですから考え事しながら歩くのは危ないですよ」

「どの口が言う」

「えへへ。すみません」

 

 改札前まで行くと、駅の定期がそろそろ切れそうだったことを思い出した。

 

「あ、そういえば私、定期更新しないとなのでここでお別れですね」

「いや俺も定期更新しないとだから受付まで行くわ」

「定期って同じ時期に購入する人多いから、大体皆同じ時期に切れるんですよね……って」

 

 受付まで足を運ぶと、行列とまでは行かないが、秀尽学園の生徒が十数人並んでいた。

 

「ちょっと待ちそうだな」

「みたいですね。用紙書いて待ってましょうか」

 

 受付横にある定期購入・更新用紙を取り、『()()()()()』を書いて必要な項目に丸を付けていく。記入し終えてペンを戻すと、すでに書き終わっていたすみれが無言で俺の用紙を見ていた。

 

「……?」

「どうした?」

「その、書いてる名前。間違ってませんか?」

「え……? あ。やべ。友人の名前書いちった。二重線で大丈夫だよな?」

「名前を書くスペースないので、新しく紙に書いてください」

 

 ……あぶね。前世の自分の名前書いたのバレてないか? そもそも転生者だとバレる可能性としちゃゼロだけども気を緩めすぎたな。完全に無意識だった。

 

 

 

 

 

 

 ……………………………………なんで俺は今、前世の自分の名を書いたんだ?

 

 

 

 

 

 

 先生のある言葉が頭の中でリフレインした。

 

 

『――それを踏まえて胡桃君は『元のテセウスの船』であると言えるかい?』

 

 

「そうか……そういう事か」

 

 やっとわかった。俺のペルソナが出せなくなった理由。

 

「先輩?」

「ああ、正解は……『元の船じゃない』だ」

 



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#29 好きな地獄を選んでよ

 家に帰って、部屋に戻った。机に置いてある開いたままのノートを見た。

 

【憶えていること】

 ・小学生の頃に親に怒られる。原因はクラスメイトと喧嘩したこと原因は覚えていない。

 ・中学は充実していたが、誰の顔も憶えていない。

 ・ゆりと出会ったのは高校生の頃

 ・顔の特徴は

 ・俺の元の顔は

 ・

 

 俺が前世で憶えていることが書かれている。これを書き始めたのは丸喜先生とパレスに入った帰り、俺がゆりの声を忘れていてしまったことに気づいたとき、俺は恐ろしくなって自分の部屋に閉じこもってひたすらに前世の出来事を書きおこしていた。だがいくら頭を掻きむしっても、脳みそをほじくりまわすぐらい考えても、一向に思い出せない。

 忘れたというより記憶が抹消されているような感覚、そこにあるのは忘れている記憶があるということだけだった。

 

 俺はそれが悔しくて、恐ろしい。俺はこれから前世の記憶を失い続け、きっと何も思い出せなくなる。記憶が無くなってしまったら、ゆりが自殺した時に抱いた後悔はどうなる。ゆりの傷ついた心はどうなる。忘れるなんて許されるべきことではない。

 だからあの時から俺はひたすらに抗った。前世の自分を思い出し、人格を思い出し、記憶を取り戻したかった。

 

 それがペルソナを使えなくなったきっかけだ。

 

 おそらくアステリオスはこの世界で十六年過ごしてきた『乙守胡桃』のペルソナだ。前世の俺が『乙守胡桃』に変わっていく過程を、精神の成長である変化ではなく、別人格として分けてしまった。『前世の自分』と『乙守胡桃』は別の人間だと。

 『乙守胡桃』であるうちはアステリオスを使えていたが、この前のことがきっかけで前世の記憶を思い出そうとした結果、『前世の自分』の人格が強まり、『乙守胡桃』のペルソナであるアステリオスが使えなくなっていった。

 

「俺は……」

 

 ならば取れる選択肢は一つだけだ。

 

 俺の推測が正しければ、前世の自分の記憶を消したらペルソナは使えるようになる。

 

 ……方法は、丸喜先生に頼んで前世の記憶と人格を都合よく消す。前世の記憶が消えてもあの攻略ノートは残っている、エンドを変えるという目的は頓挫することはない。しかし俺が何のためにアイツらを騙しているのか、何のためにもがいているのかすら忘れる。

 

 でもそれが今出来る最善で最後の手段。

 

 それをしなければ俺は丸喜先生と怪盗団の力にすらなれないただの役立たず。それに忘れたくない記憶が徐々に失われていく状態のまま生きていく。それは麻縄でゆっくりと首を絞められ窒息していくようなものだ。……苦しすぎる。

 

 だけど前世の記憶を消せばこんな苦しむことはないんだ。これしか方法はない。やるしかないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………………………………………………………逃げたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時だった。スマホの通知音が耳に入る。蓮からだった。

 

『オタカラまでのルートが確定した。今日中に予告状を出して明日に決行する。行けそうか?』

 

 

 ***

 

 

 7/5 火曜日 曇り

 

 乙守胡桃を除く怪盗団の面々はアジトに集まっていた。

 

「メンバーは揃ったか」

「ん? 胡桃は?」

「……来ない。今回は」

 

 蓮は残念そうに首を横に振る。その目線はスマホの画面に映ったメッセージ。

 

『すまん。今日は行けそうもないわ。ペルソナも使えんし、マジ頑張ってくれ! ファイト!』

 

 スタンプで返信を送ると、スマホをしまって、事前に組み立てていたカネシロパレス攻略作戦を再度確認し始めた。

 

「――……という感じで後はフィーリングでいく。気になることが無ければいこう」

「気になるっつーかなんつーか。あー……やっぱ少し待ってみねぇか。胡桃のこと。あいつ来るぜ多分」

「竜司。気持ちは俺も分かるよ」

「だったら」

「ただ、今優先すべきなのは金城の悪行を止めることだ。そしてそれを止めるチャンスは今しかない。それを逃したら、金城の被害は止まらず、広がっていく。……その魔の手は俺たちの家族にも及ぶかもしれない」

「……そうだよな。わかってんだけどよ」

「……時間がない。行こう」

 

 怪盗団はアジトを離れ、カネシロパレスへと向かった。

 

 

 

 ***

 

 7/5 火曜日 曇り

 

 俺は今どこにいるでしょ~か? ここでーす! ここ! 学校の屋上に一人で黄昏てました~~~!!

 

 ……はぁ。罪悪感誤魔化すためにふざけてたけど虚しいだけだなこれ。仮病で学校休んでゲームしてる感覚に近い。

 

 それにしても学校の屋上って風つえー、けど気持ちいいな。ここで弁当広げてたらゴミとか飛んできそうだけども。

 あーでも眺めいいな、グラウンドで練習してるやつら見渡せるし、近くのコンビニで買い食いしてる生徒まで見える。下覗いたら地面遠くておもろいなー。

 

 

 いやー本当に風が気持ちいいな……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………もし、今ここで飛び降りたら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「胡桃くん?」

「うわぁお!?」

 

 振り返ると志保さんが立っていた。

 

「なにしてるの?」

「いや、何って………志保さんこそ何しにきたの?」

「屋上に行く胡桃くんを見かけて気になって追いかけたの」

「ああ、鍵は掛かってなかったからすぐに入れたよ」

 

 一応キーピックは持ってきたけど、志保さんの自殺未遂が起こらなかったから、屋上は施錠されていないことを忘れてた。

 

「そういうことじゃなくて」

「なんで来たかって話? 風を浴びたくて。ほら俺も高校生だから無性に黄昏たくなるんだよ。フッ……カッコつけ……ってやつかな……」

「……………………だったら、フェンスに足をかける必要ないよね?」

「意味が無いものに意味があるっていうじゃん?」

「いいから。とりあえずそこから離れて」

「いや別にそんな心配するようなことも」

「いいから」

 

 圧が凄いのでフェンスから離れ、屋上の縁の段差に腰を掛けた。

 

「……なにか抱え込んでるでしょ」

「別に」

「……隠し事するとき胡桃くんは目を逸らす」

 

 え、まじ?

 

「いや本当に悩み事とか無いよ」

「嘘。本当はそんなクセないよ」

 

 でもマヌケは見つかったようだな。ってか? 誤魔化したくて目を合わせた俺が滅茶苦茶ダサいじゃんか。

 

「言えない悩み事?」

「悩みごとっていうか、ちょっと疲れてるだけ」

「そっか」

 

 志保さんは拳一つ分開けて隣に座ってきた。

 

「…………」

「…………」

「……辛いことから逃げるのは悪いことだと思う?」

 

 気づいたら口を開いてた。無言の空間に耐えきれなかったのかもしれない。それとも別の何かを吐き出したかったのかもしれない。

 

「悪くないよ。でも、一人で抱え込むのは悪いと思う」

「……ごめん。悩み事じゃないんだ。ただ心の準備が出来ていないだけ」

 

 俺はこれから丸喜先生の所へ行って、前世の記憶を消しに行く。P5Rの記憶が消えても丸喜先生のルートへの道筋はノートに書いてある。記憶が消えた俺でも読めば理解するだろう。

 今の俺に必要なのは覚悟だ。前世の記憶を全て消して『乙守胡桃』として生きていく決意を固めなければならない。

 

「胡桃くん」

「なに」

「デートに行かない?」

「……いいね面白い冗談だよ」

「冗談じゃないよ」

 

 手に温もりを感じた。見ると志保さんが俺の右手を両手で包んでいた。

 

「あの時言ってくれた言葉だよ。……私はあの時一人で抱え込んでた。でもね、強引に手を引っ張って助けてくれたのは君なんだよ。だから今それを返してあげたい……力になりたいの」

 

 

 ――……ああ。俺はなんてとんでもないことを。

 

 

「……は、はは……ははは。そっか、そういうことか~……はは」

「な、なんで笑ってるの?」

「俺のしでかした事の重大さに気が付いた。……変な事聞くけどさ。志保さんから見て俺ってどんな奴?」

「え? ええっと………思ってることが顔に出やすい、割とよく食べる、空気が読めるタイプだけどあえて読まない、『まぁ』が口癖、友達が喜んでると一緒になって喜べるし、苦しんでるときは自分のことのように苦しんで助けようとする、それに孤独が好きなように見えて寂しん坊。あとちょっと傲慢」

「……それが『乙守胡桃』?」

「うん。私にとってヒーローみたいなかっこいい存在だよ」

「そっか。なら()()()()()()だな」

 

 握られている手を解いて立ち上がった。もう迷いはない。

 

「もういいの?」

「元気MAX、なんでも出来る。けど用事を思い出したからちょっと行ってくる」

「うん、いってらっしゃい」

「ああ。改心させてくれてありがとう……ごめん」

 

 俺は屋上から出て階段を下りてる。

 

 そして丸喜先生がいる保健室を通りすぎて校舎を出た。

 

 蓮に連絡を送ったが返信が無いということは今はもうパレスの中にいるのかもしれない。カネシロパレスが新宿にあるのは助かった。駅から降りたらすぐにイセカイに入れる。

 

「最悪だ」

 

 ……俺はあの時鈴井さんを助けたと同時に鈴井さんに呪いをかけた。『死ぬことで逃げるのは許さない』と。

 それが今の俺に返ってきた。

 鈴井さんから死んで逃げる権利を奪い取った俺に、その権利なんてあるわけない。助けた人間側の責任を俺は果たさなければならない

 

 自殺を止められなかった罪悪感。

 記憶が消えていく苦しみ。

 そして怪盗団を裏切る葛藤。

 

 俺はそれら全てを捨てて逃げることは許されない。苦しんでもがいて前に進む選択肢しか残ってない。

 

 だから俺は全てを抱えて『乙守胡桃』という人間を全うしなければならない。

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 

「ならやってやるよ」

 

 世界を変えるためだったら俺ごと全部ぶっ壊してやる。

 

 




彼は今までと同じく、変わらないことを選んだ。


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#30 ご唱和ください、我の名を

 怪盗団はカネシロパレスの最奥、カネシロのオタカラが眠る場所に来ていた。銀行を模したパレスの中のエレベーターを使い、地下の開けた場所に足を踏み入れた。

 

 そこで待っていたのは、欲望の悪魔となったカネシロと豚型機動兵器『ブタトロン』だった。

 

「ゴミ共がYO! 俺様に大人しく潰されちまえって!」

 

 『ブタトロン』の巨大な体躯と多彩な攻撃に翻弄されるも、新たに加わった新島真こと『クイーン』が、メンバーに的確な指示を飛ばしているおかげでブタトロンは撃破。

 だが自慢の秘密兵器を破壊されただけでは諦めるカネシロではなかった。

 

「クソッ! こうなったら俺が直々に相手をしてやZE! カモ―ン! SP!」

 

 パチンッ! とカネシロが指を鳴らすとどこからともなく二体の護衛のシャドウが現れた。一体は空中を縦横無尽に駆け回り、もう一体は屈強な体で大人一人分の大きさはある盾を両手に一つずつ構えている。

 

「って、お前は戦わないのかよ!」

「正々堂々金の力で戦ってんだろぉぉん!? 金があれば! 全部潰せて!! 人生変えられんだよぉ! これが俺の築き上げた力だ!」

「金の力が全て、ね。惨めな人」

「あぁん⁉ 今の一言は俺のハートにヒートを点けたZE‼ あいつらをぶっ潰せよ俺の護衛達!」

「「イエス、ボス」」

 

 二体の護衛シャドウは怪盗団に襲い掛かる。

 

「このぐらい……」

「させないZE! 俺の歌を聞けYO オゥ! イェア!!」

 

 カネシロが不気味な歌を口ずさむ。その歌声は脳と体に不可思議なやすらぎを与え眠りへと誘う。

 

「な、なにこれ……意識が」

「ふぁ……ねむ……zZ……」

「俺の子守唄(スリープソング)でお前らの意識は朦朧。敗北は濃厚。気分は上々、エビバディセイ!」

「睡眠ならワガハイのゾロのパトラで……」

「させるかYO! 迸るイナズマ! 電撃リリック!」

「っぐあぁっ!」

「モルガナ!」

 

 カネシロの放ったジオンガがモルガナに命中する。雷が弱点のモルガナはダウンしてしまう。

 

「今だお前たち! 総攻撃チャンス!」

「「イエス、ボス」」

 

 護衛のシャドウとカネシロが目配せをして、息を合わせて怪盗団に総攻撃を仕掛けた。カットインを幻視するレベルの息の合った連携で怪盗団を攻撃する。

 

「ぐっ……クソ!」

 

 怪盗団は状態異常と大ダメージをもらい立て直しが必要な状況だ。

 

「これが金の力だ! このままお前らをプチっと潰してやるYO!」

 

 だが、その隙をカネシロが見逃すはずがない。

 

 もう一度カネシロが怪盗団に攻撃を仕掛けようとしたその瞬間。

 

 ――チン。とエレベーターが到着する音が聞こえた。

 

 カネシロにとって間の悪い来客、怪盗団にとっては流れを変えるかもしれない人間。疑念と期待が交錯し、互いの視線はエレベーターへと向けられた。

 

「お。いいところに来た感じか?」

 

 エレベーターの扉が開かれた。のんきな声で姿を現したのは、乙守胡桃だった。だが怪盗服を着た姿ではなく制服の姿のままだった。

 

「……ったく。おせぇんだよお前は」

「悪い、ちょっと迷った」

「あぁ? 誰だテメェは?」

「おー、ちょうど良い問題。『俺は誰でしょう?』、はい! ジョーカーくん!」

 

 カネシロの問いをそのままジョーカーへと投げた。

 

「ブルだ。いいところを一人で掻っ攫う……俺らの仲間だ」

「……ああ、そうだよ。その通り」

「ハッ! たかが一人、それもよく見りゃあの時何も出来なかった役立たずじゃねぇか! そんな奴が一人増えたところで変わらねぇYO!」

「……いいや違う。何も出来ない役立たずじゃねぇよ。だって俺はもう『乙守胡桃』なんだから」

 

 胡桃の周りの空気が震える。その顔にはいつの間にか牛の仮面が被らされていた。

 

 

***

 

 

『――よぉ、思い出したかよ。オレと最初に契約した時に言ったテメェのしたいことは』

 

 俺自身が変われないから。この世界をぶっ壊す。

 

『――だがテメェは自覚した。自身の存在と価値について。それでもなおこの世界を壊すか?』

 

 それだけじゃねぇよ。俺自身もぶっ壊してやる。ぶっ壊れてやるよ。

 

『――アハハハハ! テメェ自身も気に食わねぇと来たか!』

 

 だからもう一度力を貸せよアステリオス。再契約だ。

 

『――いい覚悟だ! 我は汝! 汝は我!』

『さぁ! テメェの気に食わないもの全部、跡形もなくぶっ壊しにいこうぜ‼』

 

 

 ***

 

 

 熱と暴風が辺りを覆う。その発生源はもちろん乙守胡桃だ。全身が青い炎に包まれ、熱のせいで周囲の景色が揺らめいている。爆発音と共に青い炎が勢いよく爆ぜると、乙守胡桃が怪盗服姿で立っていた。そしてその背後には巨大な牡牛が顕現し、パレスを震わす程の雄叫びを上げた。

 

「怪盗団の秘密兵器、ここに大復活だ」

「何っ……!」

「さぁて。久々にやるか、あの必殺技!」

 

 胡桃がぐるぐると腕を回すと、背後のアステリオスも腕を回し始める。次第にアステリオスの拳は熱を帯び始め赤く光り、燃焼した拳が空中に軌跡を描く。

 

「防御したほうがいいぜ。カネシロ」

「舐めんなYO! いけお前ら!」

「「イエスボス」」

 

 護衛のシャドウは胡桃に飛び掛かったが、それより僅かに速かった胡桃とアステリオスの拳が、二体の護衛シャドウの体にめり込んだ。衝撃と共に爆発が起こり、二体の護衛のシャドウはカネシロの元へと吹っ飛んでいった。

 

「何ィ!? ……クソ、お前ら立ちやがれ、テメェら雇うのにどんだけ金かけたと思ってやがる!」

「「い……イエスボス」」

 

 二体の護衛のシャドウはフラフラと立ち上がってまだ雇い主を守る契約を全うするつもりだった。

 

 

「金の繋がりっていいよなサバサバした関係って感じがして、ぶっ飛ばすのに情けをかける必要はないからな……ジョーカー!」

 

 名を呼ばれたジョーカーはブルの隣に立つ。今、怪盗団の中で動けるのはジョーカーとブルだけのようだった。

 

「今は俺達二人だけだが………やるぞ……総攻撃だ!」

「ああ!」

 

 ブルとジョーカーはカネシロに飛び掛かり、先程の仕返しとばかりに息の合った連携攻撃で見舞う。

 

 二人の息の合った怒涛の攻撃は、護衛のシャドウもろとも故障しているブタトロンまで吹き飛ばした。

 

 そして、ぶつかった衝撃でブタトロンの機体は限界を迎え大爆発した。

 

 その光景をバックにブルは拳を掲げて怪盗団らしくポーズを決めた。

 


 

Say who I am!!

 


 

「……ってか他の奴ら起こさなくてもやっつけられちまったな」

「ん、ふわ~ぁ……あ、よく寝た……あれ、なんで胡桃……じゃなくてブルがいるの⁉」

「大復活した。最強無敵の怪盗団の秘密兵器は何度でも蘇る……つまり今の俺はフェニックス・ブル……翼を授かった赤い牛……そうレッドブ」

「それ以上はいけない」

「なんか元に戻った感じですね。安心しました」

「あー起きた起きた……あれ何でブルがいんの?」

「大復活した。つまり俺はレッ」

「もうそのくだりはいいわよ。……カネシロに交渉しに行きましょ」

 

 真が茶番を止めて怪盗団を連れてカネシロの元に向かった。当のカネシロは最後に残った金塊にしがみつき、ぶつぶつとうわ言を呟いている。

 

「全部、全部俺の金だ……誰にも渡したくねぇ……借金はチャラにしてやる、だから」

「んなもん当たり前だろうが。つか人から奪った金だろ」

「貧乏でバカでブサイクでバカにされた俺が成り上がるにはこれしかなかったんだよ……居場所が欲しかったんだ分かるだろ?」

「何が居場所よ! あんたが楽して儲けるために利用できる奴らを集めただけじゃない!」

「それにテメェだけがレッテル張られて苦しんでると思ってんのか⁉ 俺もこいつらもみんな戦ってんだ!」

 

 カネシロは自身の境遇を話し、同情を誘うが怪盗団には通用しない。なぜなら今ここにいる怪盗団も居場所が無い者ばかりが集まり、居場所を奪おうとする悪人と必死に戦っているからだ。

 

「でも居場所はできたわよ。一生かけた償いの舞台がね」

 

 カネシロはクイーンの言葉に観念したのか、怪盗団に向き直り座り込む。

 

「……ったく、お前ら要領悪いぜ、そんな力持ってんなら金儲けし放題なのによ……」

「テメェと一緒にすんじゃねぇよ」

「そんな青臭い正義感意味あんのかね。やってるやつがもういるってのに」

「もういる……?」

 

 その言葉に疑問に持った怪盗団にカネシロは説明した。パレスを使って好き放題しているやつがもういる。そいつは『廃人化』や『精神暴走』なんでもしており、そいつの力は怪盗団の比じゃないと。

 

「言え! そいつは誰なんだ!」

「お前らじゃ敵わねぇよ。せいぜい出くわさないことだ」

 

 そう言ってカネシロは光に包まれ成仏していった。カネシロの最後の表情は毒気が抜けたような穏やかな表情だった。

 

「黒いアイツの情報は無し……か。とりあえずオタカラを回収しよう」

「そうね。どうせなら一番大きいのを」

「ニャッフウウゥゥウウ!!!!!!!!!」

「な、なに⁉ ものすごい勢いでオタカラに飛びついてるけど」

「見るの初めてでしたっけ。発作です。すぐに元に戻りますよ」

「ほらモナ、さっさと車になぁー……れ‼」

 

 オタカラに文字通り食い付いてるモルガナを引き剥がし、何もない空間に投げるとモルガナが車に変化した。

 

「生き物投げんじゃねーよ!」

「ほらさっさとオタカラ盗って逃げるぞ。パレスの主がいなくなってパレスが崩れ始めてる」

 

 怪盗団は具現化したカネシロのオタカラを急いでモルガナの荷台に積み、怪盗団の面々も脱出のためモルガナに乗り込む。

 

「よし、脱出だ!」

 

 モルガナカーがエンジンを噴かせ、パレスから脱出しようと走りだす

 

 ……が、このパレス自体が空中に浮いてることをこの場にいる全員忘れていた。

 

「「「「「「「うわぁああああああああぁ!!」」」」」」」

 

 怪盗団は空中から落下する浮遊感と共にパレスから脱出した。

 

『ナビゲーションを終了しました』という音声が最後に聞こえた。

 

 

 




「Say who I am!!」
意訳:俺の名を言ってみろ!!

総攻撃した際に出てくる背景に書いてある台詞(乙守胡桃ver)です。


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#31 俺は出来てる

アステリオスのアルカナは【運命】。

正位置:変化、出会い。
逆位置:アクシデント、すれ違い。


7/9 土曜日 晴れ

 

「『フィッシング詐欺の頭取が自首。全面自供』……凄いね怪盗団」

「そうでしょ。もっと褒めてくださいよ」

 

 登校して俺はすぐに保健室に向かい、丸喜先生に会いにいった。保健室に入ると二人分のコーヒーが淹れてあり、まるで俺が来ることを予見していたみたいだった。

 砂糖とミルク入れてがぶ飲みした。

 

「ちなみに次の相手は『メジエド』です」

「えっと、誰?」

「ハッカー集団です。7/24に怪盗団と日本に脅迫状が届きます。『怪盗団は正体を明かせ。さもなくば我々は日本のあらゆるデータを流出する』って」

「サイバー攻撃か。でもどうやって対処するの? 顔も名前も知らない相手も改心できるの?」

「まさか。ここで怪盗団はハッカーを味方に引き込みます。名を『佐倉 双葉』……自身を怪盗団に改心させる取引をしてメジエドを倒してもらいます」

 

 まぁそのメジエドも獅童が用意した偽物のメジエドだし、そもそも本物のメジエドは双葉なんだけども。

 

「自身を改心……その双葉さんは何か心に問題を?」

「母親を亡くして心に傷を。そして周りの大人に母親が死んだのはお前のせいだと責められて心を閉ざしてしまいました」

「……ひどいな。なんでそんなことをする必要があったんだ……」

「それは双葉の母がしてる研究を独占したかったからですよ。『認知訶学』というらしいです。聞き覚えありますよね?」

「……! ああ。僕が研究している学問だ」

「その研究も急遽取り上げられた。……そして最近巷を騒がしている精神暴走事件に廃人化」

「……もしかして全部一つに繋がってるのかい?」

 

 ああそうだ。ここから物語は収束し始める。

 

「先生の研究と一色若葉の研究はもうすでに利用されています。獅童正義によって」

「なっ……! いや待ってくれ。獅童といえば政治家のあの獅童だろ? なぜそんな人が僕の研究を利用する必要がある」

「獅童は自分に対立する人間を事故として排除しています。精神暴走の事故を装ったり、突如廃人化させたりして。先生にも大きな力が動いたのに身に覚えがあるんじゃないですか? 例えば研究が打ち切られたときとか」

「……!」

 

 先生の認知訶学の研究は『実証性が無い』という到底証明しようもないことを理由に突然打ち切られた。もちろん獅童がその研究を我が物として政治利用したいからだ。だから今先生は論文を書き続け、立証しようとしている、認知訶学の世界を。

 

「そう……か。そうか……!」

 

 先生の手は震えている。膝の上で拳を握り締め、怒りのあまり強く握り締め過ぎたのか、血が垂れてきていた。

 

「実証は……もうそっちで済ませていたのかよ……!」

「……先生」

「あれは……! 人を救う研究だ。決して他人を傷つける研究じゃない。あいつらは僕の研究をなんだと……! 人の心をなんだと思ってるんだ……!」

「先生」

 

 俺は先生の握り締めている拳に手を置いた。

 

「仇は俺ら怪盗団が取ります。先生は論文の完成を」

「……そうだね。頑張らないといけないね」

「でも冷静にですよ。怪盗団に気づかれないようにしましょう」

 

 朝の予鈴が鳴った。そろそろ教室に行かなければ。

 

「ちょっと待った」

「なんです?」

「君は……大丈夫なのかい?」

「……何も心配することはありませんよ。俺はもう大丈夫です」

 

 先生の問いにウインクと親指を立てながら返して保健室を出た。

 

 俺はもう大丈夫だ。

 

 

 ***

 

 

 

7/10 日曜日 晴れ

 

 怪盗団はルブランに集まって13日に行われる期末試験のために勉強をしていた。

 真調べで怪盗団を頭が良い順に並べ替えると。

 

 真>蓮≧胡桃≒祐介≧すみれ≒杏>>>竜司

 

 らしい。出来れば分からないとこを教えあうという感じだろうが、竜司に関してはどこが分からないのか分からない状態なので、竜司に人数的リソースを割いて教える計画に。

 一つのテーブルに七人+一匹は流石に多いということで、俺とすみれはカウンター席、それ以外は真に勉強を教えてもらうということでカウンター近くのテーブルに座って勉強することとなった。つまるところすみれとはマンツーマンの家庭教師と生徒だ。正直俺も、ここ最近色々あったから教えられるほど勉強はしていないんだけども。

 

「英語って将来なんの役に立つんだよ」

「リュージは日本語さえ怪しいもんな」

「これ『作者の心情を答えろ』ってなに? 考える必要なくない?」

「ヤマ張ったほうがいいかもな……」

 

 テーブルでは何やら勉強の愚痴で盛り上がっている様子。わかるぞその気持ち。どこで使うんだよっていうものを覚えるのに頭使いたくないよな。多分社会人になっても㎗は使わない。切り捨て小数第一位で表してくれ。

 愚痴で盛り上がっているテーブル組に対してカウンター席は学校の図書室並みに静かだ。なんせ隣で問題集を解いてるすみれから質問も飛んでこないからな。

 

「…………」

 

 今日のすみれはポニーテールではなく、そのままストレートに髪は下ろして眼鏡をかけているスタイルだ。最近は遊びに行った際に買った黒いリボンをつけている姿ばっかり見ているので、こちらの髪型は何だか懐かしさを覚える。

 

「……胡桃先輩、私の顔に何かついてます?」

「いや何も」

「そ、そうなん、ですか?」

「……? うん。質問無いから勉強してて偉いなって考えてるぐらい」

「あ、あー、えっと。……こ、ここの公式が分かりません」

「それ上の段に公式書いてあるし、さっき似たような問題解いてた」

「あ! あー……そうなんですね⁉ そっかそっかナルホドー……」

「…………」

「…………」

 

 え、なんだこの空気。気まずい。

 

「杏、今のやり取りで『作者の心情を答えろ』って問題が大事なのわかった?」

「ソウダネー」

「確かに。胡桃は心が読みづらいところがあるからな」

「あー……若干天然入ってそうだもんなー」

「おいおい。本人を目の前に陰口はやめたまえよ愚民ども。俺が傷つくぜ?」

「誰が愚民だ」

「じゃあ今なに考えてるんだ?」

「……………………ちょっと待って今面白いこと言うから」

「こいつ勝手にハードル上げたぞ」

 

 何か面白いこと言えないか思考していると、ルブランに取り付けているテレビから気になるニュースが流れてきた。

 

『こちらは新宿区での去年の花火大会の映像です。夜空に咲いた花火を写真に収めようとする若者たちで渋滞を起こしています。今年度の花火大会では昨年よりも多く警備を出動させ――』

「……(何も面白いことが思いつかなかったので無言で指を差す)」

「…………………………でもまぁ花火か。打ち上げにはいいんじゃね? 金城改心記念で」

「いいんじゃない。夏だし丁度良さそう」

「確かに。夏の美を楽しむのを一興だろう」

「浴衣着たーい!」

「賛成多数……決定か」

 

 適当にテレビに指差したら今回の打ち上げは花火大会に決まってしまった。打ち上げだけに、打ち上げ花火ってか。HAHAHA!

 

「そのためにも赤点は回避しないとね」

「……うぃ~す」

「つってもそろそろいい時間だし少し休憩しないか?」

「……それもそうね」

「蓮。コーヒー淹れてくれよ」

「いや、ついでにカレーも出そう。ちょっと胡桃手伝ってくれ」

「俺か? 別にいいけど」

 

 蓮に言われキッチンに入る。火をつけてカレーの鍋を温めてると、カウンター席に座っている怪盗団に聞こえない音量で喋り始めた。

 

「……さっきのすみれとのやりとりのことだけど」

 

 いきなり何を言い出すのかと思いきやそれか。

 

「あれだろ? 先輩の顔立てて言ったわけだろ? 後輩に勉強教えるいい先輩みたいな面目」

「いや単純にすみれのこと見すぎ」

「……マジ?」

「自覚なしか」

「後で謝っとくわ」

「別にいいんじゃないか? 照れてるだけで嫌じゃなさそうだったし……ちなみになんで見つめてたか聞いてもいいか?」

 

 …………………………

 

「………あのさ、女性が耳に髪をかける仕草ってなんかよくない?」

「わかる」

 

 雨宮蓮 の コープ が 上がった ▼

 

「もしかしてそれ言うためだけにここに連れてきた?」

「まぁな……じゃあカレー食うか」

「……ああ」

 

 カウンターにはカレーを待ち遠しくしている愚民どもが行儀よく座っているので、さっさと配膳した。

 

「いただきま……」

「待て……これは料金発生するのか? 今は手持ちが少なくてこれしか……」

 

 と言って、祐介が鞄から出したのが本の栞だった。

 

「文房具買ったら付いてきた」

「それが800円になると思ってんのか」

「……祐介の分は俺が立て替えるよ」

「申し訳ない……」

「じゃあ改めましていただきます」

 

 ルブランでカレーを頂き、夜が更けてきたので少し勉強をした後にその日は解散した。

 

 

 ***

 

 

 翌日、蓮は学校に通うため自分の部屋から一階のルブランに降りると、マスターである佐倉惣次郎が声をかけてきた。

 

「おう。それ置き忘れてあったぞ」

 

 ん。と言って惣次郎は顎で指すと、カウンターには栞が置いてあった。昨日祐介が置いていった栞だった。

 

「友人から貰ったものです」

「そんな大事なもんカウンターに置き忘れてんじゃねぇよ」

「すいません」

「ったく、結構洒落てる柄してっから大事にしろよ」

 

 通学の読書で使おうと蓮は栞を手に取る。昨日はよく見なかったが黒い百合の花がプリントされていた。

 

「なぁなぁ。花には花言葉ってあんだろ? 百合って何て言うんだ?」

「お、朝からニャーニャー元気だなおい。ちゃんと飯食わせんのか?」

 

 通学鞄からモルガナが顔を出し、栞を器用に持って眺めていた。

 

「……花言葉が気になるらしい」

「ん、あー……確か百合は『純粋』とかじゃなかったか?」

「……詳しいな」

「花言葉知ってっとモテるからな。バラの本数ぐらいは憶えとけよ」

「合点」

「本当にわかってんかよ……ほら朝飯出してやるから座れ」

 

 蓮は、朝からカレーを食べて登校した。

 

 惣次郎はその姿を見送ると、髭を撫でながら何かを思い出そうとしていた。

 

(色によって違ったような気がしたような……黒ってなんだったけなぁ……『愉快』『軽率』、いやそれは違う色だった気が……待て、確かクロスワードに答え書いてあったよな)

 

 気になった惣次郎はテーブルに置いてあったクロスワードを開いて答えを探した。ページを捲り、望んだワードを見つけるとスッキリした顔をしてカウンターへと戻っていった。

 

 テーブルに開いたままのページには、手書きで三文字の答えが書いてあった。

 

『のろい』

 

 

 

 ***

 

 

 

 意識が覚醒すると視界に広がるのは暗闇だった。直前までの記憶はある。抗えない眠気に襲われてベッドに倒れこんだ記憶。

 

 そしてこの感覚には覚えがある。ベルベットルームだ。あの空間と似ている気がする。

 

『滑稽』

 

 だが目の前に立っている人物は違う。イゴールに扮したヤルダバオトではない。

 

 平凡な背丈、平凡な体格の男性。そして顔が洞のように空洞で暗闇が無限に続いている。じっと見ていると飲み込まれそうな感覚に陥る。

 

『だが愉快だ。腹を抱えて笑わせてもらったよ。お前の選択は』

「……誰だ」

『答えの出ている問いに答える趣味はない。気づいているだろう』

 

 ……聞き覚えはあった。ペルソナが使えなくなったあの日に聞こえてきた声と同じ声だ。

 

 ……そして()()()()()()()。顔が空洞になってはいるが、平凡な背丈、平凡な体格の男性を俺は知っている。いや()()()()()

 

「前世の俺……『折本みくる』だ。ただ――……」

 

『答え合わせをする気はない』

 

 『折本みくる』の影から複数の触手が這い出てくる。地面を撫で、空中を彷徨いながら俺の体を捕らえる。複数の触手が肌を伝う気持ちの悪い感触。一本の触手が舌なめずりのように頬を撫でる。そして首を締めあげた。

 

『マゾヒストなのか? どうせ死にゆく定めだが、まさか苦しみながら果てる方を選ぶとは』

「……俺は、『折本みくる』は、そんな喋り方をしない」

『ああ違う。選ばなかったのか! 死にゆく愛する人間を見捨てたあの時のように』

「……あの時何故お前が出てこれた? あの時の選択にどういう意味があった?」

『安心しろ。お前は何も変わっちゃいない、空っぽのままだ。このまま仮面を被りながら踊り続け、狂い、身を滅ぼす』

 

「お前は一体何者だ」

『答え合わせをする気はないと言った』

 

 首に絡まる触手に力が入る。気道を締められ呼吸が出来なくなる。

 

『一つ言っておこう。我々は仲間だ。

 

 共に素晴らしい世界を築き上げたいという夢を持った同志だ。

 共にこの世界に絶望した共感者だ。

 共にこの世界を壊したい破壊者だ。

 

 ――そして運命に抗う反逆者だ』

 

「……っ!」

 

『だがお前の愚かな選択で時を逃した。代わりに良い余興が見られそうだがな。時が来るまで私は見物といこう』

 

 目の前が暗くなっていく。完全に意識が落ちるその瞬間、声が聞こえた気がした。

 

『せいぜい楽しませてくれ。私のトリックスター』

 

 

 ***

 

 

 翌朝。

 

 起きたら首筋には赤い跡が付いていた。あれは夢ではないということの証拠だった。

 



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『憤怒』の金字塔
#32 お茶でも飲んで……話でもしようや……


『今日メメントス行きたい』

『じゃあ俺も行こう』

 

7/11 月曜日 晴れ

 

 今日は蓮とモルガナと一緒にメメントスに潜った。アステリオスを取り戻した後の調子を確かめたかったから、一人で潜りたかったんだけど、蓮が用事無いからって言って付いてきた。蓮は今日はすみれと明智と一緒にお茶するイベントあったよな? だから今日を狙って一人でメメントスに潜りたかったんだけど、何故かイベントは発生しなかった。 なんで?

 

 まぁそこまで重要なものでもないしそこはスルー。蓮とモルガナがついてきたのも、今のこいつらの戦力を測る丁度いい機会だと思えばいい。なんせカネシロパレスは俺ほとんどいなかったし。ポジティブシンキング大事。うん。

 

 それに。

 

「しゃあ!! ぶっっっ壊れろ!!」

「ヒホー!!? ヒホ……」

 

 久々に暴れると気持ちいい。これ大事。うん。

 

「調子はすっかり戻ったみたいだな。ブル。むしろ強くなったか?」

「まぁな。これは俺の強化イベントみたいなものだったからな」

「強化イベント?」

「分からないなら適当に聞き流しといて」

 

 丸喜先生がアステリオスに施した『曲解』もそのままだ。氷結耐性が弱点から普通になったのは爆アド。でっけぇわ。このまま曲解を続けたら滅茶苦茶強くなれる。先生には早くあの力を使いこなしてもらわないと。

 

「それで原因はなんだったんだ?」

 

 馬鹿正直に『前世の人格』と『今の人格』とで揺れてたとか言えるわけない。

 

「原因は俺にも分からない。でも俺には怪盗団がいるって再確認できたから、お前らが前に進んでるのに、俺が折れるわけにはいかないってなったから」

 

 嘘ではない。怪盗団を打ち倒すまで俺が倒れるわけにはいかない。

 

「そうか、また()()あったら頼れよ」

 

 俺が思う、その"何か"を思いつく限り頭に思い浮かべた。

 

 今日の戦闘で分かったが、蓮の成長は凄まじく速い。先程の戦闘で見せた蓮のペルソナの『ヴァルキリー』、あれはレベル44で作れるペルソナだ。次のフタバパレスに出てくる敵シャドウのレベルは20~36だ。成長が早い。このまま行くとマルキパレスを攻略する頃にはレベルはカンストしていることだろう。……勝てるだろうか。

 

 それに擦り切れていく前世の記憶。睡眠を行うと人は学んだことをインプットするというが、どうやら俺は逆みたいだ。ゆっくりと何かが抜けていく感覚が朝目覚めるたびに襲う。それに今ここに立って演じている『乙守胡桃』が肯定されている状況は、胸の裏側を痒くさせる。

 

 そして俺に聞こえる謎の声とその存在。何かがいる。

 

「もう大丈夫だから心配すんなよ」

 

 懸念すべきことはたくさんある。だがそれをひっくるめて蓮の言葉に笑顔で返した。

 

「ならよかった。……じゃあ今日はここら辺で切り上げよう」

「ああそうだな。リハビリには丁度よかった」

 

 まぁ全部ひっくるめて一言言えるとしたら、もう頑張らないでくれって言いたいよお前には。

 

 

 ***

 

 

「あれ? 雨宮くん?」

 

 今かよ。

 

 明智&かすみとお茶するイベントが、メメントスから出た瞬間発生した。でもかすみは居ないな。別イベントか?

 

「あっ、雨宮先輩と明智さん! それに、えっと……乙守先輩!」

「こんにちは」

 

 そう思っていた時期がありました。あ、でも芳澤かすみがイベント通りに合流したけど、すみれも一緒に付いてきてるな。

 

「えっと君たちは、芳澤かすみさんと、芳澤すみれさん。だよね?」

「はい久しぶりです。明智さん」

「明智と知り合いなのか? どういう関係?」

「うちのお父さんTV局で働いているんです。『情熱帝国』って知ってます? あれのディレクターをしてて」

 

 ああ、班目の特集をしてた番組か。今思ったけどあれのディレクターってすごくないか?

 

「お父さんの番組に何度か呼んでもらってね。その繋がりであったことあるんだよ。というか君らも芳澤さんたちと知り合いだったんだね」

「前に助けていただいて、そこからご指導頂いてます。姉妹ともども!」

「こちらこそ有難い技術を教えてもらってる」

「……へぇ、君たちそうだったんだ」

「はい。それでですね報告したいことがありまして。雨宮先輩に話した夏の大会……」

 

 芳澤かすみは言葉を溜めてすみれの手を取った。

 

「その代表に選ばれたんです! すみれと二人で!」

 

 へぇ。ここはゲームでは芳澤かすみ(だと思っている芳澤すみれ)が代表として選ばれるシーンだ。だから選ばれるとしたら芳澤かすみだと思ってたから、二人選ばれるのはちょっと意外だ。

 

「おめでとう」

「芳澤さんたちが通っているクラブってかなりの名門だったよね。そこの代表なんて相当すごいんじゃない?」

「えへへ……ありがとうございます」

「代表の名に恥じないように頑張ります」

「うん。応援してるよ」

 

 激励の言葉を二人にかけた後、明智は俺たちを見て言った。

 

「せっかくなら、この五人でどこか寄ってかない?」

「わぁ! 嬉しいです! すみれも行くよね?」

「うん。……先輩たちはどうですか?」

 

 蓮と目線を交わす。蓮の方は答えは決まっていたようだった。まぁ俺も参加するか。別にここ重要イベントじゃないし。

 

「大丈夫」

「OK」

 

 全員の意見が一致したところで、明智おすすめのカフェへと向かった。

 

 

 ***

 

 

 カフェに入って各々、飲み物を頼んだ。明智はホットコーヒー、芳澤姉妹は試合前だから体を冷やさないようにホットティー。蓮と俺はアイスコーヒーを頼み、俺はテーブルにコーヒーが運ばれた途端すぐに砂糖とミルクを入れた。

 

 席は俺の両隣に蓮と明智、向かいに芳澤姉妹。合コンかな?

 

「明智さんは甘いもの好きそうなイメージでしたけど、フラペチーノとか頼まないんですか? この前もテレビで揚げパンを食べていたような」

「ああ、あれはイメージ戦略だよ。その方がファンが喜んでくれるから」

 

 明智はイケメンだが、男前というより甘いマスクを持っている美男子というタイプだ。そういうキャラが甘いものが好きというステータスは、お姉さま方の心にクリティカルヒットするんだろう。

 

「どうせ辛い物好きだったとしてもギャップ萌えでキャーキャー言われるんじゃねぇの?」

「それも考えたよ。僕自身辛い物嫌いじゃないしね」

 

 嘘つけ。お前文化祭でロシアンたこ焼き食って胃の中大炎上してたろ。

 

「気になっていたんですが、お三方はどういう知り合いなんですか?」

 

 芳澤かすみが俺達を見て質問する。

 

「僕が出た番組に、彼らが社会科見学に来たんだ」

「そっか2年はテレビ局でしたもんね」

「そこで少し意見交換したんだけど、考え方が面白くてね」

「わかる気がします。私も、雨宮先輩の意見に助けていただくことが多くて」

 

 ……ん?

 

「なぁ、蓮。お前、芳澤かすみと仲いいの?」

 

 コソコソと耳打ちすると、蓮は首を縦に振った。

 

「実はワイヤーの技術を学んでパレスで活用してる」

「マジかよ」

 

 おいおい、じゃあなんだ【信念】のコープをすみれじゃなくてその姉と結んでるってことかよ。

 

 ……えっと、その場合どうなる? 

 まず、ゲームだとすみれとのコープが進まないということだから丸喜エンドに行く条件を満たせない。だが、この世界でそういうフラグは無いはずだ。そこは問題ない。

 次に、すみれのペルソナが超覚醒ペルソナ(ヴァナディース)と三学期ペルソナ(エラ)に進化しない。コープが進行しないんなら当たり前だ。

 

 以上。……あれ? これアドだな。すみれがこのまま初期ペルソナなら、見切りスキルどころか固有スキルの『マスカレイド』(クソ強物理スキル)も覚えないし。ナイス! 蓮&かすみ!

 

「そういえばさっき。指導してもらっているって言ってたよね? それはすみれさんも一緒なのかな?」

「いえ私は蓮先輩ではなく、胡桃先輩の方からアドバイスを」

 

 ……? 俺なんかしたっけ? という疑問を飛ばす前に、明智が芳澤姉妹に問いかけた。

 

「じゃあちょっと遊びだけど、二人にも同じ問いかけをしようかな。 怪盗団のことをどう思う?」

 

 社会見学と同じ、俺達を問いかけたのと同じ質問だ。蓮は怪盗団を『正義そのもの』、俺は怪盗団を『利用するもの』と答えた。あの時怪盗団には蓮を怪しまれないようにするためになどと弁明したが、半分は本心だ。

 

 二人はしばし思考した後に、最初に口を開いたのは芳澤かすみだった。

 

「人助けは素晴らしいことだと思っています。けど私は賛成できないかもしれません」

「なるほど。理由を聞いてもいいかな」

「怪盗団の存在って結局世の中のためにならない気がするんです」

「どうして?」

「例えば、壁とか問題が目の前にあったら、それは自分の力で乗り越えないといけないと思うんです。周りの人に助けてもらうことがあってもあくまで自分の力で解決する……けど怪盗団の存在がいたら努力することを止めてしまいそうで。もちろん一概には言えませんし問題の大小もあるんですが、本人が頑張ることを止めて全部怪盗団任せになる世の中も良くない気がするんです」

「なるほど、人の成長という点ではむしろ妨げになっている……ということか」

 

 ゲームと同じだ。芳澤かすみの意見は『否定』だ。多分根底にあるのは無関心という第三者的な目線があるんだろうか、当事者じゃないときっぱり善悪の区別は難しいから、かすみの意見は一般的な意見でもある。

 

「私は……居てもいいと思います」

「すみれさんは賛成派かな。理由を聞いてもいいかい?」

「……確かにかすみの言うことには一理あります。でも怪盗団の姿を見て勇気をもらえる人だっているはずです。悪は正しく裁かれる姿を見て、自分も悪には屈しないって思うかもしれないですよ?」

「へぇ面白い。姉妹で一緒に育ったとしても意見が逆なのか」

 

 すみれは賛成派か。まぁ怪盗団に入ってるから当たり前といえば当たり前か。

 

「ねぇ、そこの二人ももう一度怪盗団について聞いていいかな?」 

「俺は怪盗団は正義そのものだと考えている」

「雨宮君は変わらないね。乙守君は?」

「あー……うん。俺も変わらず利用するものだな。というか正義の価値観って人それぞれだろ」

「それもそうかもね。じゃあここで言う正義っていうのは朝のヒーロー番組のような『分かりやすい正義』ということにしようか」

「なんか子供っぽいですね」

「はは、そうかな。でも僕は子供の頃ヒーローごっこして遊んでたよ」

「意外だな」

「誰しも生まれた瞬間から探偵ってわけじゃないからね。無邪気な時代もあったよ。それで、ヒーローというものにもそのスタンスは色々あるだろう?

 

 例えば、他人に認められなくても自分の正義を貫く者。

 例えば、自分がヒーローであるために求められるように振る舞う者、とかさ。

 

 ちなみに皆が思うヒーローってどんなだい?」

 

「自分の正義を貫く者」

「即答かよ」

 

 蓮が間髪入れずに答えた。まぁ前者がお前の生き方そのものだからな。

 

「私は明智さんの言ってた後者の方が共感できますね。私、新体操で結果を出してるんです。それに対して嫉妬や羨望の目を向けてくれてる人も多くいます。だからこそ私は相応の振る舞いを維持するのが、強者としての義務だと考えています」

 

 その次に口を開いたのは芳澤かすみだった。なるほど、強者という立場を振る舞う、か。それもまたヒーローなのかもしれないな。

 

「私は……諦めないこと。目標に向かって進み続けることが出来る人がカッコいいというか……ヒーローに近い人間かなと思います」

「いいね。それじゃあすみれさんも目標に向かって新体操を頑張っているからヒーローだ」

「そんな、恐れ多いです」

「そして、君は?」

 

 明智が俺に振ってきた。俺にとってヒーローか。

 

「……自己犠牲の精神がある奴。どんなに傷ついても大丈夫って言って必ず立ち上がって人を助けるような。……昔見たヒーロー番組がそんな感じだった」

「なんだ自己紹介か?」

「どういうこと?」

「それは胡桃自身だろってこと」

 

 ……………………。

 

「驕りすぎてる。俺はそこまで……」

 

 ――善人じゃない。その言葉は喉の奥で飲み込んだ。その言葉は『乙守 胡桃』という人間は言わない。

 

「そこまで……自己犠牲に溢れたやつじゃない。だって俺って完璧すぎてダメージ喰らう前に問題を片付けるから。パーフェクトヒューマンだから」

「はいはい。それで明智は?」

「……僕は、他人に求められる人がヒーローってことで。求められていない正義は独善的とも言えるからね。

 ……さて、お腹も減ったことだし、何か食べようか」

「じゃあ私BIGカツサンドで!」

「それじゃあ私も!」

「大丈夫? ここのカフェ、普通サイズでも結構ボリュームあるけど……」

「明智は知らないのか。この姉妹の健啖家具合を……」

 

 その後、芳澤姉妹がテーブルを占領するほどの大きさのカツサンドをぺろりと食べて、デザートも食す姿を見てドン引いていたレアな明智の顔が見れた。



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#33 若いうちはとりあえず肉だ。 肉を食っていれば、人間は幸せになれるぜ

7/17

・肉フェス

 

「飲み物、プリントした地図、モバイルバッテリー、準備よし」

 

 部屋で少し大きいバッグに荷物を詰め込みながら忘れ物は無いかチェックしていく。明日は蓮、竜司、祐介と肉フェスだ。今回はメイドルッキンパーティーと違ってちゃんと誘われたからな。嬉しみ。

 

『なぁ明日肉フェス行かね!!』

 

 いやぁ俺のこと好きすぎかよ……。なんて冗談は置いといて明日の予報は晴天、そして夏の代名詞、猛暑だ。熱中症対策は必須ということで準備は万端にしなければいけない。それにTV中継される程のデカい催しものだ。人がいっぱいで何も食べれないなんてことが無いように計画を……。

 

 べ、別に誘ってもらって嬉しいんじゃないんだからねっ! 勘違いしないでよねっ!

 

 

 ***

 

 

7/17 日曜日 晴れ

 

 

 ……ちょっと早く来すぎたな。

 

 午前9時半。まだ昼前ということもあって、会場にいる人はまばらでまだ混んではいない。開場はしてるのだが、フェスが始まって店が開くのは10時からだもんな。結構混むものと思ったけどそんな気を張らなくてもいいのか。

 

 ほう、北海道産 特上牛タンにA4プレミアム牛カツ、厚切り牛タンステーキ……アイツら来る前に何品か一人で食うか。

 

 

***

 

 

 

「あ、胡桃お前先に来てたのかよ!」

「おう。来たか」

 

 三時間後、俺が場所取りしてるテーブルに蓮、竜司、祐介が汗だくでやってきた。

 

「んじゃコレ」

 

 とりあえず適当に買っておいた肉をテーブルに置いていく。カツサンド、ケバブ、肉巻き寿司等々。

 

「大人気のところは流石に人数分買えなかったけど、他のところはそこそこ買えたからよ」

「おまっ……神か?」

「おう、もっと崇め奉れ」

 

 ゲームじゃあんまり肉を食べれずに徒労に終わったからな。ちょっと不憫だと思ったから肉を食わせてやりたかったのもあるけどなによりこの前の恩返しの意味合いがある。

 

「まぁ……俺からの感謝料ってのと迷惑料でもあるからな」

「なんだそれ?」

「ほらパレス攻略で俺なんも出来なかったし、あとちょっとした"エール"のお返し」

 

 俺がペルソナを出せなかった理由とは関係ないけど、それはそれとして竜司と祐介の励ましは少し嬉しかったのも事実。肉フェスではその恩返しも含まれてる。……今度、真にもなにか返さなきゃな。

 

「んじゃいただきまーす!! ……っ! やっべぇ……これ」

「うまい……! うますぎる!」

「んまい」

 

 三人は舌鼓を打ち、これ食ってみろよとお互いにシェアしつつ肉を楽しんでいる。ここまで喜んで食べてもらうとちょっと早めに来てよかったと思える。

 

「ん? 胡桃、お前の分はどうした?」

「あぁ俺は先に来て色々食ってたから大丈夫」

「へぇどんなの」

「行列が出来てるあそこの飲むハンバーグと、ローストビーフ丼」

「飲む……ハンバーグだと……!?」

「ローストビーフ丼……! レンレン! 祐介!」

「よし来た」

「悪い胡桃、ちょっと席外す」

 

 竜司含め三人が席を立つと、食べかけている肉を持って行列に並びに行った。

 

 目玉のメニューはもう売り切れてるからすぐに戻ってくると思い、スマホを弄って『怪盗お願いチャンネル』を開いた。どうせならこの夏休みの最期に、腕試しとして一人でターゲットを改心させたい。書き込まれている内容を見ていく。

 

【ウザイ上司がいる。改心させてほしい】

【受験に落ちてほしいやつがいる】

【コイツ殺して】

 

 なんというか、怪盗団をなんでも屋とか呪術師とかとでも思ってんのか? それともそれを分かった上で宝くじ感覚でここに書き込んでいるのか。あわよくば、運が良ければ、不愉快な人間が消えるかもって。自分が変わる努力もせずに他人任せか。こりゃ悪神も動くわ。

 

 ……まぁ俺が言えた立場じゃないか。

 

「……ん?」

 

 一つ、目に留まった書き込みがあった。

 

【こいつ調子に乗ってるから“わからせて”。秀尽高校の乙守胡桃って奴】

 

 うへぇあ。名指しでご指名かい。そんなに嫌いか俺のこと。どれどれ……。

 

【・真面目だったのに転校生とつるみだしてから調子乗ってる。

 ・部活入ってないのに運動出来るアピールはウザい。

 ・その気の無い女子に手を出し過ぎ、そして飽きたら捨ててる。

 ・他人に良い顔しすぎ、八方美人。

 ・視界に入れたくない】

 

 嫌われ過ぎだろ……さすがにへこむぞ。まぁでも決めたわ。夏休み中にコイツを特定してメメントスで会いに行く。倒すのはそいつと出会ってから考える。

 

  ~~♪

 

 すみれからの着信が来た。三人はまだ行列に並んでいて帰ってこないのを確認をすると通話に出た。

 

「ほいもしもし」

『先輩っ……! 私……私やりました! うぅ……』

「ど、どうした?」

 

 電話口からは今にも泣きそうなすみれの声が聞こえてきて焦ってしまう。

 

『大会で獲りました……金賞!』

「えっマジか!?」

『マジです!』

 

 あまりに予想外の報告に思わず立ち上がってしまった。だってこの時点のすみれはまだスランプで大会で結果が出ないはずだ。

 

「……おめでとうすみれ。俺がこんなこと言うのは違うかもしれないけど自分のことみたいに嬉しい。だって頑張ってたのを知ってたから」

 

 だがシナリオが変わった驚愕以上に俺は心の底から祝福した。だってこれは俺が直接介入していない結果だ。事故とはいえ芳澤かすみを救い、芳澤すみれは怪盗団に加入した。間接的に彼女らの運命を変えているのかもしれないが、大会で結果を出したのは紛れもなくすみれの努力であり、それは誰のおかげでもない。すみれ自身が掴み取った結果なんだ。

 

『はいぃ……うぅ』

「はは、泣きすぎだろ」

『だってぇ……え、あ、ちょっとかすみ……。あ、はーい今替わりました銀のかすみです』

「どうも乙守です。妹が表彰台の上を獲った気分はどう?」

『滅茶苦茶おめでたい! けど、次は絶対に負けないって気分がごちゃまぜですよ! ……それですみれが何か言いたいことがあるみたいなのでもう一回替わりますね!』

 

 そう言って電話口の声が遠くなる。微かに聞こえるのは揉めているほどではないが、何やら言い合っている声。会話の内容までは聞こえない。

 

『替わりましたすみれです。えっと、先輩に伝えたいことがありまして』

「ん、なに?」

『そ、そのですね。私がここまで頑張れたのは怪と……ん゛んっ、えっと周りの方々と先輩のおかげだと思っているのでお礼を言いたくて……』

 

 今、怪盗団って言いかけたな? 人前だから気を付けろよ。

 

「真面目過ぎると大変だな。結果が出たのは本人の努力のおかげだし、俺にお礼とか言われる筋合いないでしょ」

『……まだ覚えていますか? 2年前の雨の日の事故のこと』

「え? ああ、まぁ」

 

 俺がすみれを庇って車に轢かれ入院した出来事のことだ。ゲームでは芳澤かすみが亡くなった日。

 

『あの日、もしかしたら先輩が助けてくれなかったら私死んでいたのかもしれません。それにパレスで助けてくれたときも。……他にも買い物した出来事とか。以前に言ってくれた頑張れって言葉も今も私の胸の中にあります。

 

 ……それに誰よりも先に結果を報告するぐらい、胡桃先輩のことを特別に思ってるんですよ?』

 

「……」

『ん…………? すみませんごめんなさい一旦切りますごめんなさい』

「おう」

 

 すみれは自分の発言に気づいたのか、少し早口になって通話は切れた。

 

「くっそー! やっぱ人気なとこは売り切れてたわ」

「成果は肉巻きおにぎりだけか……」

「おーい胡桃のも買ってきたぞ」

「……悪い今ちょっとお腹いっぱいだから代わりに誰か食って」

「夏バテか? 顔も少し赤いから気をつけろよ」

「……かもな」

 

 

 ***

 

 

「うあぁぁぁぁ……」

 

 通話を切ったすみれは羞恥でその場にしゃがみ込む。

 

「大胆だね~。“特別に思ってる”ね」

「いや、だって。お礼とか言われる筋合いないとかハッキリ言われたからムッとしちゃって言い返しただけだし」

「特別なのは否定しないんだ」

「うっ……かすみ嫌い」

「まぁまぁ、とりあえず写真撮って送ろうよ。お礼になった人たちに報告するために」

「……うん」

 

 スマホを起動して画角に収まるように二人は身を寄せる。

 

「すみれ」

「なに?」

「……次は私が勝つよ」

「……望むところ」

 

 彼女らのこれからをスタートする合図のようにパシャリ、とシャッター音が鳴った。

 

 スマホの画面には、乙守胡桃の知っている未来では見れなかった双子の笑顔が表示されていた。

 

 

 ***

 

 

 7/18 月曜日 曇り

 

 日は沈み昼のような灼ける暑さは無い代わりに、人込みによる熱と汗で出来たうだるような蒸し暑さが駅に充満している。なぜなら今日は花火大会。どこを見ても人、人、人。そして横には男、男、男、そして猫。

 今、俺達は女性陣が来るのを待っていた。ちなみにすみれは練習で来れないと連絡が来た。

 

「おっせーなアイツら」

「しょうがないだろ。女の人は着付けに時間かかるらしいし」

「……お前らは私服なんだな」

 

 この中で唯一浴衣を着てきた祐介は俺達三人を見る。うーん。祐介、お前ハマりすぎだろ。

 

「花火大会?」

「うちらもなんだけど一緒にどう?」

 

 待ち合わせをしているところに、髪色が派手な二人組の女性が話しかけてきた。いわゆる逆ナンだ。

 

「これ逆ナンってやつ?」

「だろうな。お相手の目的は祐介っぽいけどな」

 

 二人の女性は目線は俺たちの方を見向きもせずに祐介を見ている。

 

「待っててもしんどいしさ、お姉さんと行くのってアリ?」

「ナシだ」

「馬鹿かお前」

 

 竜司の提案を一蹴すれば、祐介は二人組の女性を追い払っていた。

 

「祐介はそういうの興味無いの?」

「無いな。というか友人との約束を破って女性と遊ぶのは人として無いだろう」

「だってよリュウジ」

「るっせ。つかお前ら二人も興味無いのかよ」

「「ノーコメントで」」

 

 まぁ正直、ワンナイトの関係ってのは後腐れ無くていいかもしれないけど、リスクが多いからな。金の出費やら人間関係諸々。

 

「というか、聞いたこと無かったけどオマエラってモテんのか?」

「俺は、「リュウジ以外に聞いてる」テメェ!」

「俺は何人か告白されたことはあったが、その時は環境が環境だったばかりにな。絵に集中したいからと言って交際は断っていた」

「へぇ、じゃあ今は誰かに好きです付き合ってくださいって言われたら付き合うのか?」

「それは……その時になってみないと分からないな」

「芸術分かってくれる人が見つかるといいけどな」

「かつ、俺のインスピレーションを刺激するような女性が好ましい」

「……理想高くね?」

「見つけたら生涯の伴侶になるかもな」

「ロマンチックだよなーそういうの」

 

 初恋が実って結婚ってどのくらいいるんだろう。俺もそうなりたかったな。

 

「お待たせー待った?」

 

 中身がありそうで無い男子高校生の恋バナをしてると、改札から杏と真がやって来る。浴衣を着ている二人は、人込みの中にいても目を惹くほど華やかだった。

 

「ぼちぼち待ったわ」

「リュージ、そこは『ううん今来たとこ』って言うんだぞ」

「今どきそんなベタな台詞は言わないけどね」

「じゃあモテ男代表の蓮。この場合はなんて言う?」

「『浴衣、とても似合ってて綺麗』だな」

「……まぁ正解、かな」

「流石。女心もお手の物ってか」

 

 蓮に褒められて、少し気恥ずかしそうに笑う杏と真。さっすが魔性の10股男。でもそんな事ばっか言ってると、いつか痛い目に遭うぞ絶対に。

 

「んじゃ混む前にいこっか」

 

 花火を見る場所を取られないように、見物客を掻き分けて歩いていく。車道には警官が赤く光る誘導灯を振って交通整理をしている。歩道には人が密集していて前に中々進めない。

 やがて、時間になって、破裂音の方を見ると、夜空に綺麗な花火が上がっていた。……建物に隠れてなければもっと綺麗だったろうに。夜空を見上げていると肌に水滴が落ちてくる。

 

「ん、雨だ」

 

 ポツ、と降ってきた雨はすぐに本降りになって、大粒の雨粒が降りかかってくる。

 

「一応こうなると思って持ってきたぜ。折りたたみ傘」

 

 ゲームで知ってたからな。ポーチから二本取り出して一本を杏の方へ渡す。

 

「一つ杏と真が使って、もう一つは俺達が使えばいい」

「おおナイス胡桃。流石じゃん」

「まぁ褒めても――」

「何故俺達四人で相合傘しなきゃならないんだ?」

「……いや男女で分けるだろ普通」

「4:2で分かれるより3:3で分かれた方が良くないか?」

 

 祐介自身どう考えてるかは知らないが、その発言の意図を男達は汲み取り、一瞬の静寂の後にじゃんけんの構えを取った。

 

「確かに」

「それはそうだな」

「やるしかねぇか……!」

「おーい男子共ー。濡れるし狭くなるからうちらは4:2でいいんだけど?」

「多数決とるか。3:3が良いと思う人」

「「「「「はい」」」」」

「モルガナ入れるのズルくない?」

「民主主義国家なんで。つーわけでいくぞ。じゃんけん――……」

 

 

 ***

 

 

「祐介、お前一番背高いんだから傘持てよ」

「なら胡桃がもっと中詰めろ」

「いやこれ以上は無理。竜司の肩幅がデカいんだよ。削れ」

「つかなんで傘二つしか持ってきてないんだよ」

「折り畳み三つも持ってくんのかさばるし、しんどいんだよ」

 

 勝者は蓮でした。うん分かってた。こっちは男三人で汗臭く相合傘してます。

 

「ちょっと男子うるさーい」

「ふふ……うるさーい」

「うるさいわよ(ダミ声)」

 

 蓮はこっち見て眼鏡をクイっと上げて笑っている。なんだその口調は。

 

「んーでもこのまま帰るのかぁ……」

「花火も中途半端だったからな。今度リベンジでどっか行くか」

「あれ、私は楽しかったけど?」

「ホントか?」

「うん。私こうやって友人とイベントに向かうって初めてだったから。準備から楽しかったかな」

「そうか。よかった」

「いやいや解散の雰囲気出してるけどまだ帰さないけど? カラオケいっぞ!」

「賛成!」

「カラオケ……私流行りの曲とか歌えないかも」

「なら童謡とかでも盛り上げるぞ俺らが」

「とりま行くぜ!」

 

 その後、SNSのグループにカラオケではっちゃけている俺達の記念写真が貼られていた。

 



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#34 痛みを伴わない教訓には意義がない

我々は日本の大衆に失望した。いまだ彼らは怪盗団の偽りの正義を信じている。

 

 我々は日本を浄化する計画を進めている。Xデーは8/21。

 

 これにより日本経済は壊滅的打撃を受けるだろう。

 

 だが、我々は寛大だ。怪盗団に最後の改心の機会を与える。

我々は怪盗団に改心の証として世間に正体を晒すことを求める。

 

 要求が通らなければ我々は日本を攻撃する。日本の未来を怪盗団の判断に委ねるものとする。

 

 私達はメジエド。

 

 見えない存在。姿ない姿によって悪は倒される

 

 ***

 

 

 7月24日 日曜日 晴れ

 

「さて、どうするか……」

 

 俺達はすみれが大会で金賞を獲った記念と、花火大会のリベンジとして、打ち上げを回らない寿司屋でしていた。普段は食べないような高級な寿司に胃も膨れ、舌も満足し、メジエドをどうするか話していたその帰路の途中、その件のメジエドから声明があった。メジエドと戦うにあたって一度作戦会議を立てようということで皆でルブランに集まっていった。

 

 メジエドの声明文は要するに怪盗団が姿を現さなければ日本を攻撃するといったものだ。

 

 別に無視してもいい。何故ならこれは怪盗団を潰す計画の一つで、獅童の配下が用意した偽物のメジエドだからだ。怪盗団が行動を起こそうが起こさまいが関係無しに、偽メジエドは勝手に怪盗団に降伏する。そして世間が怪盗団を持ち上げ始めた時に、奥村の社長を精神暴走させて全国放送で殺害。その殺害を怪盗団に擦り付け、怪盗団の信用を地に落とす。

 

 実に天晴れな計画。敵ながら惚れ惚れする。皆はメジエドをどう打倒しようか考えているが、俺達怪盗団がどう動こうが意味は無い。まぁ口にはしないけど。

 

「やっぱアリババに頼るしかねぇか……つっても『佐倉 双葉』ってのがどこにいるんだか……?」

 

 メジエドはハッカー集団でそれに対抗するには情報に精通しているプロフェッショナルが必要だが、そんな人材怪盗団にはいない。そこで切り札になるのが『アリババ』こと、『佐倉 双葉』だ。

 

 7月20日にアリババからコンタクトがあった。そしてその翌日に『佐倉双葉を改心させたら、メジエドをやっつけてやる』との取引があった。後日、怪盗団はその取引に乗ろうとしたが、アリババに【心を盗むには、相手に直接会う必要がある】と思われ、一方的に取引は取り下げられた。

 

 『アリババ』こと『佐倉 双葉』は心に深い傷を負っており、人と話すのが困難で引きこもっている。だから【怪盗団に自分を改心させて欲しい】という願いがあったが【直接、人と会う恐怖】と天秤にかけた結果、後者が勝ってしまったのだ。

 

 だがそんな事は知ったこっちゃない。メジエドを倒すのならば佐倉双葉は必要不可欠な存在であり、今後の怪盗活動でキーとなる人物だ。心に深い傷を負って引きこもる気持ちは分かるが、無理矢理にでも改心してもらうぜ。

 

「いや……実はアリババは近くにいるのかも」

 

 怪盗団のブレインである真がアリババの正体に勘付く。

 

「仮に私達が佐倉双葉を改心させたとして、アリババはそれをどうやって確認するつもり? それにこの予告状が入っていた封筒……」

 

 真はテーブルに置いてある一通の封筒を手にした。それは改心に必要な道具だと思って、アリババから蓮宛てにルブランに届けられたものだ。

 

「これ切手が貼られていない。つまり直接ここに届けたということよ。そして双葉の状況を直接確認できて、訳あって私達と会えない」

 

 真はもしかして、と一言置いて、

 

「アリババは佐倉惣治郎宅に住んでいる佐倉双葉本人かもしれない」

「じゃあ自分の心を盗んで欲しかったってことですか?」

「そうなるな」

「でもなんでだ……?」

「……もし、虐待で傷ついた心を盗んで欲しかったら。なかなか素直に言い出せないよ」

 

 ルブランのマスターである佐倉惣治郎には双葉を虐待している疑惑があるが、それは真っ赤な嘘だ。

 

 真の姉である新島冴が『精神暴走事件』の捜査として『認知訶学』の研究と関与している一色若葉について調べた結果、一色若葉と生前関わりがあった佐倉惣治郎に辿り着いたのだ。

 

 彼女について中々口を割らない佐倉惣治郎に対し、新島冴は、佐倉惣治郎が引き取った佐倉双葉の現状を『虐待』だと持ち出し、『もし何も話さないのであれば児童相談所に相談して親権停止にも出来る』と現在脅されている状態だ。

 

「じゃあその仮説が本当かどうか確かめに行こう。佐倉家に乗り込むぞ」

 

 

 ***

 

 

「ごめんなさいごめんなさい、助けてお姉ちゃん助けてごめんなさい助けてお姉ちゃんごめんなさい……!」

 

 お土産として寿司折を届けに来た。鍵が開いていておりチャイムに出ないから中で倒れてるのかもしれない。という大義名分を獲得し、佐倉宅へ不法侵入した。

 しかしアクシデントが起こり突然の落雷で停電が発生。そこで佐倉双葉らしき人影と遭遇するも幽霊の類が大の苦手な真がパニックとなり、蓮の足元にしがみつき、ひたすらに謝っていた。

 

「おいっ! そこを動くなよ! 今とっちめて……って、あれ?」

 

 そこに間が良いのか悪いのかマスターが家に帰ってきて、勝手に家に上がり込んでいることがバレてしまった。マスターに一応の事情(大義名分)を説明すると少し申し訳なさそうに頭を掻いていた。最近鍵をかけ忘れることが多くなってな、と。

 

「えっと……先程双葉さんを驚かせてしまったので、お詫びをしたいのですが……」

 

 真がパニックから落ち着いたのか、蓮の足元から離れて惣治郎から双葉の情報を引き出そうとする。

 

「いや、それはなぁ……」

「どこかご病気とか?」

「そうじゃなくて……」

 

 マスターが双葉の事について言い渋るも、俺達の顔を見て観念したのか、ため息を吐いた。

 

「誤解されても困るからな。隠さず、全部話しておくべきだった。……ここじゃアイツに聞こえるから店いくぞ」

 

 マスターに連れられ、ルブランへと場所を移す。マスターを中心に囲い込むように座ると、話を始めた。

 

「さて、どっから話したもんか……」

 

 マスターは双葉の母親の事から話し始めた。

 

 名は『一色 若葉』

 

 頭の回転が速く、目つきも悪くて、空気が読めない自由奔放な変わり者だが妙に馬があったこと。そして仕事に熱心でのめり込むと周りが見えなくなってしまうこと。それは双葉が生まれた後も治らなかったという。

 

「女手一つで子供を育てんのは大変だったのかもしれねぇな……」 

「父親は?」

「いない。……いや居たかもしれねぇが俺は知らない。若葉は一人で産んで一人で育てた」

「仕事と子育て……大変だ」

「かもな。双葉のことは本当に可愛がってたよ。仲のいい親子だった。だがアイツは双葉を残して突然いなくなっちまった……自殺だった。双葉の目の前で車道に飛び込んだんだ」

 

 …………。

 

「ショックだろうなそれは」

「……それでだ、なんやかんやあって俺が引き取ったんだがよ。塞ぎこんで誰とも話そうとしねぇ。だが俺から話しかけていると、ポツポツ話し始めてくれてな、それで分かったんだ。アイツは母の死を全部自分のせいにしてるってな」

「自分のせいって、どうして!?」

「事情を知りたかったが傷口を抉るのはやめたよ。それで数か月前からだ、声が聞こえる、母が見ているってな」

「幻覚、もしくは幻聴か……医者には?」

「提案したんだが双葉が徹底的に拒んだ。往診してもらっても部屋に鍵をかけちまう。それで閉じこもっていわゆる引きこもりになっちまった。俺も部屋には絶対に入れて貰えねぇ」

「結構重症だな……」

「そんな訳で他者を拒むから、お前らを家に入れるわけにはいかなくてな。……双葉に必要なのは、何者にも脅かされない安心できる環境だ。だから俺はアイツが望まないことはしねぇ、アイツが嫌がることもしねぇ。ってそれじゃダメな事ぐらいは分かってる」

 

 だが、と悔しそうに言葉を区切り、

 

「俺に出来る事なんてこれぐらいしかねぇんだよ……」

「それが、本当の望みか?」

「……俺の本当の望みか」

 

 蓮の問いに少し考え、それを口にした。

 

「ありきたりだが、双葉には人並みに幸せになって欲しいって思ってる」

 

 血は繋がってはいないが、その想いは子を想う親そのものだった。

 

「という訳だからよ、双葉のことはそっとしておいてくれねぇか」

 

 その言葉に蓮は頷いた。それを見たマスターは安心したように話を切り上げ、ルブランから出ていった。

 

「虐待は……考えられないですね」

「心を盗んで欲しい理由はきっと母親のことと関係してるんだろうね」

「……辛く苦しい思いは自分じゃどうしようもないからな」

「改心でどうにか出来るのか?」

「というかパレスあるのか?」

 

 と言って、竜司はイセカイナビを起動して『佐倉惣治郎宅に住む佐倉双葉』と入力したところ、ヒットした。

 

「あった!」

「佐倉双葉を助ければメジエドに対抗出来そうだな」

「そうね。でも終電も近いし今日は解散しましょ。明日は緊急集会もあるし」

 

 

***

 

 

 

7/25 月曜日 晴れ

 

 スマホの画面を見ながら翻訳されたメジエドの声明文を読み上げた。

 

「最後の一文なんですが」

「うん」

「正直かっこいい」

「分からないなぁ」

 

 俺は朝のHR前に保健室に行って丸喜先生と会っていた。

 

「怪盗団にも欲しいんですよね。特定というか決め台詞が」

「予告状に書かれている『心を頂戴する』でも十分インパクトあるからいいんじゃないかな」

「そうでしょうか」

「それはさておき夏休みに入るとこれから会う機会も減る。スマホで連絡を取り合うことにしよう」

「それについてなんですが、夏休み中は極力控えましょう」

「え?」

 

 双葉が加入することで、俺の難易度上がるんだよな。

 

「夏休み中に怪盗団に加入する双葉っていう仲間はハッカーです。しかも天才で頭が良い」

「なるほど。連絡を取り合っていると怪しまれてスマホを調べられる。僕と繋がっているのが勘付かれてしまうかもしれない、か」

「とはいっても先生の目論見に気づかない限り白のはず。詳しく調べられても怪しいものは見つからないですけど念のため連絡は緊急時の場合のみ。トークは重要なワードは使わずに行いましょう」

 

 俺が夏休みにすべきことは、ジョーカーに勝てるぐらいに強くなること。そして双葉に怪しまれない程度に信頼を得ること。

 

「さてと。緊急集会が終わったら早速パレスに行ってきます」

「頑張ってね」

「先生も論文頑張ってください」

 

 失礼しましたといって保健室から出ていく。ちょうど扉を開けて廊下を出たところで黒髪をポニーテールでまとめた生徒と目が合った。

 

「おはよう胡桃君」

「あ、おはよう志保さん」

「えっと、その……大丈夫?」

「全然大丈夫だけど。……いやごめん何が?」

「訳も分からないのに大丈夫とか言わないでよ。その、今出てきたでしょ保健室から」

 

 …………あ~! はいはい把握した! この前での屋上での出来事+保健室で丸喜先生とカウンセリングで心配になったのか。じゃあ俺の精神状態は健全だという証明を……。

 

「……難しいな」

「何が?」

「自分が大丈夫っていう証明。だって精神状態がおかしいって自分じゃ気づけないんなら証明しようがなくね?」

「病院で診断書貰ったら?」

「その手があった」

「でももういいかも。なんか元気そう」

 

 志保さんは眉を下げて安心したように微笑む。

 

「でも自分が大丈夫っていう証明って難しいよね。客観視したところで自分で答えが出るとは思えないし、私は友達に言われないと自分のことが分からないし」

「まぁ俺自身も他人のことはよく見えるんだけど自分のことが100%分かってるかって言ったら言えないし」

 

 あるいは他人のことを分類化して区別して、その人が思ってることを勝手に決めつけているのかもしれない。

 

「結局、どれだけ周りの人が見えるようになっても自分のことが一番見えないのかもね」

「人間って究極的に一人で自己を証明できない生物なんだろうな」

「周りの人って大事だよね」

「大事だな」

 

 なんだこの高校生らしからぬ哲学的な会話。

 

「だから私のことも大事にしてね」

「え?」

 

 鈴井さんは胸の前で両手を合わせて何かをお願いをする素振りを見せた。

 

「実はバレー部の買い出しじゃんけんで負けてしまいまして。購買で人数分の飲み物買ってこないといけないんだよね」

「はいはい手伝います。俺も教室に戻るつもりだったから」

 

 この後、購買に行って人数分のペットボトルを両手に持ちながら教室へと帰った。

 

 

 

 

 

 

「さっきさ、私のことも大事にしてっていったよね」

「あぁ、うん」

「私も胡桃君のことを大事に思ってるから。あんまり心配させないでね」

「……ごめん。ありがとう。……あ、そういえば聞きたいことあったんだけど」

「なに?」

「……俺の事死ぬほど嫌いそうな人って心当たりある?」

 

 

 



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#35 やはりエジプトか……いつ出発する?わたしも同行する

7/25 月曜日 晴れ

 

「「「暑っっつ!!」」」

 

 フタバパレス潜入時のキーワードを入力し、俺達は砂漠へと飛んだ。

 

 ここが佐倉 双葉の認知世界。遠くに見えるピラミッドこそが双葉が自身の家だと認知しているものだ。あそこに盗むべきオタカラが存在する。

 

「とりあえずモルガナカーでピラミッドまで行くか」

「あいよー……っこらせっと。暑いからさっさと乗り込めよ」

 

 変身したモルガナカーに真と杏は、運転席とその助手席に座った。残りの座席は三人用の座席が二つ。そして残りは男が四人で女が一人。

 

「「「「……」」」」

 

 瞬間、俺含め男達は奇しくも同じ考えが浮かんだだろう。"このクソ暑い車内で男三人肩突き合わせて座らなければならない"と。

 

「……デジャヴというのはこういう事を言うのだろうか」

「祐介、俺も同じこと思ったよ」

「次は勝つ」

 

 俺達各々が勝負の準備をしているのを、訳も分からずすみれは傍から見ていた。

 

「えっと、私三人の方に座っても大丈夫ですよ?」

「いや、これは俺たちの問題なんだ」

 

 その考えは確かにあった。ただ後輩の女子をより暑い席に座らせるのは、男たちの僅かばかりある先輩のプライドが許さなかった。

 

「勝者が後ろ。敗者は三人で座る」

「わかりやすい。じゃあ始めよう」

「この前の借りは返すぜ……!」

「いくぞ!! じゃん! けん――!」

 

 

 ***

 

 

「「「暑っつ……」」」

「暑いって言うと余計暑くなるから言うのやめて……」

 

 どこ座っても滅茶苦茶暑いです。なぜならモルガナカーの冷房は生温く、窓を開けようものなら熱風が入ってくる始末で車内はサウナ状態。じゃんけんの勝者は俺だが、別に得した気分にならねぇな。

 

「ここで死ぬ……か」

「熱中症で死なないで下さい。飲み物ありますよ」

「ああいや、そうじゃなくて双葉が言ってたこと。……水分は貰うけど」

 

 すみれからペットボトルを貰い、一口ほど口に含んで喉に流し込んだ。すみれに水を返したとき少し顔を赤くしてペットボトルを見てたから、本人も随分喉が渇いてたらしい。

 

「……なぁ死ぬならどうやって死にたい?」

「そこフォーカスするんですか? なんで双葉さんが死にたいとかじゃなくて?」

 

 まぁ双葉が死にたい理由は知ってるし。彼女が罪悪感によって死ぬべきだと自分で思っているから、キーワードが【墓場】なのもそういうことだ。

 

「……まぁ、好きな人の腕の中で息を引き取りたいですかね……」

「好きな人に殺されたいの?」

「なんでそうなるんですか!? 普通に老衰ですよ!」

「あぁなんだ。ロマンティックな死に方かと思ったら無難だった」

「……じゃあ先輩に聞きますけど。先輩はどうやって死にたいんですか?」

「あー……周りから呆れられそうな死に方以外ならいいかな」

 

 そう例えば酒を飲みすぎて死ぬとかね。前世に残してしまった母親に申し訳ねぇよ。

 

「先輩も案外普通じゃないですか」

「そうかも。あんまり実感無いし」

「でも私はどちらかと言うと死を悼む立場にいたいですから周りより長く生きていたいですね」

「残される立場ってのも中々きついぞ」

 

 当たり前のことだけど、亡くなった人は話せない。死んだ命は回帰しないということがどれほど恐ろしく、後悔してもしきれないのかを俺は知っている。

 

 だから佐倉 双葉の心の傷については痛いほど理解できるし、救いたいと思っている。

 

「双葉はさ、母親の死が処理しきれていないんだ、心が整理しきれていないからこれ(パレス)が存在する」

「じゃあ母親の死と向き合ったらパレスは消滅する……?」

「何も向き合うことが正解なんじゃない。苦しいなら全部投げ出せばいい。……例えば母親のことを全部忘れるとか」

「それはいくらなんでも」

「だよな冗談。でも人間の自己防衛でそういう機能が付いてるって話を聞いたから」

 

 あまりにも強いストレスがかかると人間は自身を守るためにその記憶を消す。そう思うと人間って複雑で都合のいい機能が付いててすげぇな。

 

「人間って不思議だよな。生物的には自己完結してるのにあまりにも他人に左右されすぎてる。怪盗団に対する世論を見てると常々思うよ」

「まぁ自分が――」

「あ、でも交尾するにはもう一人必要だから、自己で完結してねぇや」

「こっ!? ん゛んっ……! 先輩今日どうしたんですか本当に?」

「……暑いと思考がほわほわすんのかな?」

 

 ぼーっとして前を見てたら、前に座ってる三人が、杏と真の透けブラ見てしばかれてた。

 

「……お前ら何色だった?」

「 先 輩 ?」

「すいません」

 

 圧やば。

 

「というか先輩ってそういうこと興味あったんですね」

「そういうことって?」

「え!? あ、その、え、えっちな……

「やーいむっつり」

「なっ!? ……もう嫌いです先輩」

「ごめんて。ほら見えてきたぞピラミッド」

 

 からかって拗ねた後輩に窓を見るように指を差す。そこには太陽よりも光輝たらんと鎮座す、巨大な金字塔が建っていた。

 

 ***

 

「涼し~~!!」

「生き返る~!!」

「オアシスだこれ」

「ピラミッドなのにオアシスとはこれ如何に」

 

 ピラミッドの中に入ると日陰とはいえ外とは比べ物にならない清涼な空間が広がっていた。

 

「おそらくピラミッドは双葉さんの家という認知だからクーラーがかかって涼しいのかも」

「服が怪盗服に変わっていないのも俺達が招かれてここにいるからって事かもな」

「警戒されてないんだね」

「とりあえず進みましょう。今回は簡単にオタカラ盗めそうです」

 

 パレスを進み、数百段はあるであろう階段を上っていくと目の前に女の子が現れた。

 

 オレンジ色の髪、小顔の半分を覆うようなレンズの大きいメガネをかけ、そして現代から浮世離れした格好をしている。

 

「お前が佐倉 双葉だな」

「……」

 

 返答は無いが、このパレスの主であるシャドウの『フタバ』だ。

 

「我が墓を荒らす者、何しに来た」

「は? そっちが盗って欲しいってお願いしたんだろ?」

「盗れるものなら盗ってみるがいい。我がパレスはこのようになっているのだから」

 

 直後、パレス内にこだまする罵声の数々。

 

 

『人殺し』『お前のせいだ』『産まなきゃよかった』

 

 

 老若男女問わず聞こえる罵詈雑言の嵐。その中により鮮明に聞こえる女性の声があった。

 

 

『鬱陶しい』『お前さえいなければ』

 

 

 内容からして母親の声だろう。

 

「そう、私がやった。私が母を殺した」

 

 突然、罵詈雑言の嵐が止み、次にやってくるのはパレス全体を揺らす地響き。

 

「ここには母もいる。私はここにいる。死ぬまでずっとここにいる」

 

 フタバの姿が消えると、俺達は怪盗服の姿になった。

 

「警戒されたのか! どうなってる!?」

「取り敢えず安全な場所で――……」

 

 真の言葉を遮ったのは、ズガン! と大きいものが落ちる音とその正体。巨大な岩石で出来た球体が、階段の上から重力に従い加速しつつ転がってきた。

 

「マズい……オマエラ走れぇぇえええ!!!!」

 

 叫びながら入り口まで走り、物陰に身を隠して球体をやり過ごした。一旦の難は去ったが、先程までは無かった扉が階段の前に立ちふさがっていた。

 

「事情を聞こうにもこれじゃ会うことすら厳しいな」

「……取り敢えず一旦退いて態勢を整えてから行こう。一筋縄じゃいかないみたいだ」

 

 

 ***

 

 

 俺達はパレスを出てルブランで作戦会議を始めた。

 

「メジエドが指定したXデーは8月21日。その前には佐倉双葉を助けないと。期限は8月19日かしらね」

「ワガハイ達の墓場にならないようにくれぐれも気を付けて行動するぞ!」

「っはは! とんでもねぇ夏休みになりそうだな。世界的ハッカー相手にして、ピラミッドでオタカラ探しだぜ?」

「あんたさぁ……怪盗団存続の危機だよ? 分かってんの?」

「わあってるよ」

 

 竜司は普通から逸脱したこの状況が楽しいらしく、逆に杏は真剣らしい。

 

 おそらく杏がこんなにも真剣なのは双葉の境遇に同情してしまったからだ。杏も母親と離ればなれで暮らしており、親の繋がりが希薄だからこそ、親のいない孤独や寂しさが人一倍分かるんだろう。

 

「よし。一度解散して各々体を休めておいてくれ、解散」

 

 

 ***

 

 

7月26日 火曜日 晴れ

 

 翌日から俺達はフタバパレスの攻略に取り掛かっていた。階段の前に壁があるため、地下から潜り込み内部へと侵入した。このパレス、ゲームだとギミックが多いし、敵もそこそこ強いから苦労した覚えがあるんだけども……。

 

「戦闘終了。楽勝だったな」

 

 楽々と中ボスも倒し、パレスを攻略していく。俺達強くなりすぎてるわ。道中の雑魚シャドウ【瞬殺】してたしな。そのぐらいレベルの差があった。

 

 苦戦すること無くパレスを攻略していると、一つの操作盤へとたどり着く。

 

「……? なんだこれ?」

「とりあえず起動するか」

 

 ジョーカーが触れると、目の前に図柄がバラバラの壁画が現れた。今度は図柄を揃えるパズルのギミックだ。すでに知識のパラメータが『博識』になってそうであるジョーカーが瞬時に図柄を揃えると壁画が完成した。

 

「これは、大人が泣いてる子供に何かを読んでいる絵だろう。……描き手の心情がよく表れている」

 

 祐介がそう言うと、壁画から声が聞こえてくる。

 

『双葉なんて産まなきゃよかった』『鬱陶しい』『お母さんは双葉ちゃんのことで悩んでたんだろうね』『育児ノイローゼだったんだろう』

 

 ……この壁画は双葉に母親の遺書を読み聞かせている画だ。母親が亡くなって精神が不安定な双葉に対し、大人たちが若葉の遺書を読み上げ『母親が自殺したのは育児ノイローゼだった。双葉のせい』と告げている。

 

 だがそれは間違った真実だ。大人たちは一色若葉の『認知訶学』の研究を独占したいがために、一色若葉を殺し、死の責任を双葉に擦り付けて心を折った。そのために偽物の遺書を作って読み上げたのだ。

 

 目の前で、大きな声で、大人の目を浴びせながら。

 

「……っ」

 

 奥歯を強く噛みしめ、怒りを抑えた。実際に壁画を見て、ゲームじゃわからなかった細かい部分まで気付いたからだ。

 

 ――こいつら楽しんでる。

 

 泣いてる双葉に対して、口元を隠し笑っている者、面白がって母親の気持ちを代弁しようとする者、周囲の人間に噂を流布しようとする者。

 

 こんなものはいじめだ。弱者を寄ってたかって叩いて悦に浸り、他者の心を殺して自身の心を満たす。たとえこいつらは双葉が自殺しようと、「だって命じられてやったことだから」という大義名分を掲げて罪悪感すら感じないだろう。

 

「クソに群がる蝿共がよ……」

 

 双葉は周りの大人とその状況を客観視出来ないほど、母親の死とその遺書の内容がショックだったんだろう。

 

「……早く助けてあげないと」

「ああ」

 

 

 ***

 

 

 二つ目の壁画の下まで来た。今度は車に一色若葉が飛び込んでいる様子が描かれている。

 

「目の前で死んだ、ってことだよな?」

「……辛いね」

 

 ただこれも自殺などではない。一色若葉の『認知訶学』の研究が欲しくて連中が殺したのだ。そしてその犯人は明智吾郎だ。一色若葉の精神を暴走させて自ら道路へ飛び出させ、車に轢かれた。

 

「……」

「ブル?」

「なんでもない。大丈夫。進もう」

 

 

 ***

 

 

 最後の壁画へと辿り着いた。そこには子供が構って欲しくて母親の服を引っ張っている絵が描かれている。

 

『……お母さん……わたし、いつも一人ご飯なの嫌だ……コンビニの弁当ばっかり……どっか行きたい、連れてってー!』

『ワガママ言うんじゃないの! お母さんだって頑張ってるんだから! ……ああ、もう!』

 

 子供を叱りつける声でその壁画は消滅し、道が開かれた。

 

「甘えていたの双葉さんでしたよね」

「随分寂しい子供時代だったんだな」

「でも、子供が親に甘えるのは普通だと思うけどな……」

「…………私は死ぬべき」

「……!」

 

 突如目の前にフタバが現れた。

 

「私が殺した。だから墓場にいる」

「死ぬなんて簡単に言わないで!」

 

 杏がフタバの言葉に強く反論する。俺も杏に便乗して反論しようとしたが言葉が出なかった。

 

 だって理解してしまったから。辛い事から逃げて死んでしまいたいと思うことを。

 

 

「……最後の扉を開けるには王の許可が必要だ」

 

 

 フタバが言うには、シャドウの自分では開けられない。現実の双葉に部屋に招き入れてもらわないと入れない。

 

「招き入れてもらえば最後の扉の認知が変わって入れるようになるって訳か」

「ああ…………ここまで来たお前達なら出来るかもしれないな」

 

 今度こそフタバは姿を消した。これでオタカラルートは確定した。後はオタカラを盗るだけだ。

 

「双葉は確か重度の引きこもりで『絶対部屋に入れてくれない』ってマスターが言ってたな」

「でも、強引にやるしかないと思う。ジョーカー、決行日は任せる」

「気合い入ってんな。取り敢えず一旦パレスを出ようぜ」

 

 俺達は予告状を出し、万全の準備を整えるためにパレスから現実世界へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その晩、乙守胡桃は夢を見た。今は遠い前世の記憶の夢を。

 

 

 



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#36 なんとかなるよ、絶対大丈夫だよ

 気付けば目の前にもう顔も思い出せない前世の母親が立っていた。

 

 ああ、なんだろう。意識はハッキリしてるし、夢だと分かるのに目覚められない。視界が目まぐるしく回っていって体が思い通りに動かない。

 

 周囲を見渡すと立っているのは家の玄関のようだった。もちろん前世の。そして俺は赤く大きな靴下を持っていた。中を覗いても空っぽだった。辛うじて見つけたのは、押し入れに入れっぱなしだったのだろう証拠の糸くずと埃の塊が入っていた。

 

「みくるが悪い子だったからサンタさん来なかったねぇ」

 

 懐かしい。多分この言葉がきっかけで俺は良い子になろうとしたんだと思う。でもいつまで経っても俺にクリスマスプレゼントは無かった。小学校を卒業するあたりからはもう母親にプレゼントをねだらなくなった。

 

 再び視界が流転し、荒れているリビングに俺は立っていた。

 

 テーブルから垂れ落ちたテーブルクロス。カップ麺の残骸。夏なのにまだしまっていない炬燵。洗っていない食器。くしゃくしゃになったカーペット。

 

「…………ねぇ、みくる」

 

 母親が背後から声を掛けてきた。憎悪と愛情と依存が混ざったその声を聞く度、俺は心臓が凍り付くような感覚だった。

 

「……みくるはどこにも行かないよね?」

 

 俺の前世の父親は浮気が原因でいなくなった。母は慰謝料を取ったし親権も勝ち取ったが、心は耐え切れなかった。

 

 次第に食べ物は喉を通らなくなって体はやせ細っていき、突然脈略もなく涙が止まらなくなる。その様子から母はご近所で噂されるようになり、パート以外では外に出ないようになってしまった。

 

「みくる?」

「うん。俺はどこにも行かないよ」

「ああっ……! ああっ!」

 

 背後から強く抱きしめられ、頭を乱暴に撫でられる。母の伸びた爪が撫でられた拍子に頭皮を切り裂いて血が流れた。

 

 平気だ。こんなの痛くもなんともない。

 

「みくるは! 良い子だね……! ううっ……!」

 

 俺は良い子じゃないと母は壊れてしまうから。

 

 だから友達にも、先生にも、近所のおばさんにも、先輩にも、後輩にもそして母親に対しても顔色を窺って生きてきた。人の顔を見て怒らせず、機嫌を取り、波風を起こさない。母に迷惑と心配を掛けないように。

 

 たとえその生き方のせいで自己が希薄になるほど空っぽな人間になったとしても。

 

 だから俺はおまじないのように母に言葉を繰り返す。

 

 「――大丈夫」と。

 

 その一言を呟いた瞬間またも景色が一変した。

 

 今度は学校だ。廊下の真ん中に立っている。窓から入る胸やけしそうな程に濃いオレンジ色の日差しと、廊下を騒いで歩く生徒から、時刻は夕方ぐらいだろう。おそらく放課後だ。

 

「ねぇ実行委員会頑張ろうね! まぁ気張らずに行こうよ!」

 

 もう覚えていない同級生の元気な声が真後ろから聞こえる。振り返ろうとしても身体が上手く動かない。スローモーションのようにゆっくりと後ろに首を回す。

 

「どうしたの? そっかお互いのことそんな知らないから気まずいか。まぁ話してくうちに仲良くなると思うけど自己紹介しとく?」

 

 ああどうしてだろう。もう思い出せないはずなのに、懐かしい、こ え――……

 

「私の名前はね――……」

 

 

 ***

 

 

 スマホのアラームで目が覚めた。頭痛い。

 

「っあークソ……」

 

 ……なんか夢を見ていた気がするけど思い出せない。まぁ忘れるぐらいなら大したことない夢だろ。……二度寝決め込むか。せっかくの夏休みだし。

 

「……あ?」

 

 二度寝決め込もうとしたら、スマホに通知が来た。怪盗団のグループで蓮からだった。

 

『今日予告状を出す。行けそうか?』

「…………あ゛あ゛あ゛あぁっぁぁぁぁぁあああ……」

 

 ゾンビのような声を出して気合い入れて起き、怠い体を動かして返信した。

 

 

『大丈夫』

 

 

 7月27日

 ・フタバパレス攻略予定日

 

 ***

 

 

7月27日 水曜日 雨

 

「何というか恒例になってきたよな。オタカラルートを確保した翌日に予告状出すの」

「まぁ間が空いて体が鈍るよりはいいんじゃねぇの」

「それに上手くすみれの予定も空いたしな」

「……実はルートを確保した翌日予告状出すだろうって見越して予定空けてます」

「だってよ蓮。読み合い負けてるな」

「いや関係無いだろ」

「ごめんなさい。遅れたわ」

「いや、そんなには待っていない」

「じゃあこれで全員揃ったね」

「よし。じゃあ乗り込むか、双葉の部屋に」

 

 

 ***

 

 

 佐倉家に不法侵入し、双葉の部屋に前に立つ。何度もお邪魔してごめんマスター。

 

「ねぇ双葉いるんでしょ? 返事をして」

 

 真がノックをして声を掛けるが返事はない。

 

「……アリババ。いるんでしょ? チャットでも構わないから返事をして」

 

 今度は蓮のチャットに返事が返ってきた。

 

『来るなら先に言え』

「心を盗むにはここを開けてもらわないといけないの。そうしないと改心出来ないから私達を部屋に入れて頂戴」

『心の準備が出来ていない!』

 

 蓮がチャットで『今から準備できないか?』と返す。

 

『急すぎだ』

「心の中のもう一人の貴方が『開けてもらえ』と言っていたわ。貴方、本当は開けたいと思ってるんじゃないの?」

『もう一人の、わたし?』

 

 真の話す言葉は傍から聞くと突拍子もないような発言だが、双葉自身は俺達がここに来る直前に『イセカイナビ』を手に入れ、もう一人の自分と接触している。心当たりがあるから言葉を受け入れるはずだ。

 

「そう。私達は約束を果たそうとしているの。それを拒んでいるの貴方」

『少し時間をくれ』

「10秒」

『短い! 3分……頼む!』

「わかった。ただしマスターが来たら蹴破ってでも入る」

 

 ドタドタと部屋の中で慌てて準備している音が返信代わりだった。

 

「……なんつーか、真って話の主導権握るの上手いよな。俺も怪盗団のブレインとして見習うものがあるわ」

「ええっとそれはツッコミ待ちなのかしら?」

「何が?」

「たまに胡桃って天然でボケてくるから分からないんだよね」

「お前はどちらかというと“パワー”だろ」

「そんなことは……なく……な、い?」

「自分でも自信無くしてんじゃねぇか!」

 

 そう言えば最近はスキルぶっ放せば戦闘終わるし、戦闘の司令塔も真に一任してる。

 

「最近、俺、影薄いか?」

「そんなことないですよ」

「ていうかお前らが強くなるから俺の秘密兵器としての出番が無くなってるじゃん。カモシダの頃は滅茶苦茶頼られてたのに。……強くなったなお前達」

「どこ目線だよ」

「強いて言えば仲間目線だろ?」

「オメーよぉ……」

 

 竜司に肩を小突かれたところで蓮のスマホにメッセージが来た。

 

「『少し、静かにしろ』だってさ」

「ういっす」

 

 

 ***

 

 

「3分経った。時間よアリババ」

『分かった今開ける』

 

 準備は出来たようだが、認知を変えてパレスのあの扉を開くには双葉が招き入れた形にしなくてはならない。引きこもりには鬼畜だが自分から開けてもらう。

 

「双葉、自分から扉を開けて」

 

 数秒した後に、部屋の扉がゆっくりと動いた。

 

「入ろう」

「うん」

 

 部屋に入ると目に飛び込んでくるのは、ゴミと散らかった論文らしきもの、そして映画やアニメでしか見ないような高性能のパソコン。

 

「というか双葉がどこに……」

 

 ゴトンッ! という音が押し入れから聞こえた。

 

「あくまで引きこもるか」

「どうする? このままだとあの扉が開いたところで中でまた足止めを喰らうぞ。オタカラの前に柵でも出るんじゃないか?」

「……い、意味が分からないぞ! 説明しろ!」

「お、しゃべった」

 

 俺達が部屋に押し入ってごちゃごちゃ話していると、押し入れから若い少女の声が聞こえてきた。

 

「貴方の認知を変える必要があったの。そうしないと盗むことが出来ないから」

「説明したところで到底理解出来ると思えんが……」

「……つまり私の認知が障害となって、認知世界の核に到達できないってことか?」

「え、理解してる?」

「双葉、あなたは何者なの? なんで知ってるの?」

「…………」

 

 真の問いかけに双葉は黙ってしまった。これ以上は意味ないというとこで質問を変えた。

 

「お前アリババなんて名乗って、なんでややこしいことをしたんだ?」

…………ずかしかったから

「ん? 悪りぃ。聞こえなかった」

「……恥ずかしかったから」

「……なるほどな」

「でも私、分かる気がする。『助けて欲しい』って伝えるのそんな簡単じゃないんだよ……」

「ねぇ双葉。教えて。なんで認知世界のことを知ってたの?」

「……知ってたから」

 

 答えを知ってそうだけど隠そうとしてんな。俺の出番か。

 

「認知科学ってあれだろ? 情報処理的な……」

「それは認知科学だ! 私が言ってるのは認知“訶”学! 摩訶不思議の“訶”な! そこ間違えんなよ!」

「どうやら当たりみたいだな」

 

 【オタクは間違ったにわか知識を披露されると、全速力で殴ってきてそれを訂正しにかかる】性質を持つ。オタクって面倒くせぇな。

 

「認知訶学……? 双葉、もしかしてお母さんはそれと関係しているの?」

「…………」

 

 再び口を閉ざしてしまった。この話題も地雷のようだ。

 

「今はやめといた方がいいんじゃね? 昔ヒデェ目に遭ったみたいだし」

「そうね。『死ぬ』なんて言ってたし」

「……待って」

 

 今まで黙ってた杏が口火を切った。

 

「双葉ちゃん。お母さんは本当にあなたが殺したの?」

「ちょ、お前」

 

 杏が見えてる地雷に突っ込んだ。

 

「お母さんは事故死じゃ無いの? どういうこと?」

「杏」

 

 周りが制止を促すが杏は止まらない。

 

 だがそれでいい。本気で人を救うなら、話題の地雷なんて気にしていられない。相手と自分諸共傷つく勢いで相手の手を引っ張りあげなければ、何も救われない。

 

「あなたの心見させてもらった。でも全然わからない。だってマスターが語ってくれたお母さんの話と全然違うんだもの。

 ……あなたの口から、本当のことが聞きたい。」

 

 優しい声音で杏が双葉に語り掛ける。

 

「お、お母さん……は……ころ、したの……は……うぅ……」

 

 双葉が言葉を紡ごうとしても、歪んだ記憶のせいでしどろもどろになってしまう。

 

「……今は、心が歪んでて思い出せないかもしれないですね」

「……双葉ちゃん。ごめんなさい。私、その、色々あって、ごめん」

 

 杏の謝罪の後に訪れる僅かな沈黙。

 

 だがしかしその沈黙を破ったのは他でもない、押し入れから飛び出した双葉だった。

 

「――さ、さぁ盗め!」

 

 声は裏返り、体は小刻みに震え、目を力強く瞑っている。

 

「ほ、ほらさっさとしろ!」

「えっと、心を盗みに来たんだけど今ここで盗むんじゃなくて、開けてくれればよかったんだけど……」

「へ?」

「早とちりさせてゴメンね」

「そ、そうか」

 

 双葉は顔を俯かせながら逆再生のような動きで押し入れへと戻っていった。

 

「だ、騙したな!」

「いえ、そういうわけじゃなくて」

「認知世界のことは知っていても改心の方法までは知らないか」

「双葉、認知世界のことはどこまで知っている?」

「認知する別の世界があることまでは知っている。だけど、行く方法までは知らない。お前達『心を見た』って言ったよな。……もしかしていけるのか?」

「ああ、【名前】【場所】【歪み】の三つを入力したらな」

「ねぇ双葉、何か変なアプリとか入って無いわよね?」

……これ。……………………無い」

 

 嘘を吐いたが、ここで言及しても意味が無い。この後本人にパレスに入ってもらわなければならないから。

 

「よし、あとは俺達に任せとけ」

「うん。じゃあ、任せた」

「おう、そっちも忘れんなよ!」

 

 全員が退室していく中、竜司が忘れてたと言って、予告状を押し入れの中に入れる。

 

「これ読まないとオタカラ盗めねぇんだよ。しっかり読めよ」

「…………わかった」

 

 俺は部屋に残り、押し入れの前に立った。この部屋に残っているのは俺とモルガナ、そして押し入れ戸を挟んで向こうにいる双葉のみ。一つの戸を挟んで俺は双葉に話しかけた。

 

「双葉。俺がもしお前の立場だったら、俺はずっとそこに引きこもってた。辛くて苦しいことから逃げ続けるのは悪い事じゃないし誰も責められないと思ってるからだ」

「…………」

「だから双葉自らが変わろうとして、自分に向き合おうと一歩前に進もうとした決断を俺は心の底から尊敬する。死ぬほど」

「…………」

「だから頑張れ、きっと大丈夫だから」

 

 それだけ言って俺は部屋を出て行った。

 

 家の外には怪盗団の面々が揃って待っていた。

 

「さて、それじゃあ行くか。双葉を助けに(オタカラ盗みに)!」

 




 "彼"が誤魔化すときに咄嗟に嘘を吐くことや話を逸らすのは、前世の母親の影響です。心配させないように当たり障りのない会話を続けていました。それが転生して記憶が薄れていっても癖になって残り続けています。

 『まぁ』という口癖が自分のものなのかそれとも他人から影響されたものなのか、それを判断できる記憶はもう持ち合わせていないでしょう。


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#37 ラッキーパンチってのは狙って出すもんだ

『佐倉双葉は、大罪を犯した。

 

 部屋から出ず、人と交わらず、惰眠をむさぼるだけの非生産的な生活。

 

 よって我々が、その『歪んだ欲望』を根こそぎ奪い取る。

 

 俺たちは『心を盗む怪盗団』。己は陽の光を浴びることになろう……

 

 その時を楽しみに待て』

 

 

***

 

 

 フタバパレスの閉ざされていた最後の扉が開く。中の景色は、双葉の頭の中が再現されているのか、プログラムコードが常に更新され続け、足場や建造物は前衛的ともいえるほど無茶苦茶に配置されている。

 ワイヤーを駆使して進み、オタカラがある部屋の前までたどり着く。

 

「この先にオタカラの匂いがするぜ!」

「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

「出るとしてもシャドウだな」

「何も出ないで欲しいのが本音です……」

「よし、オタカラを盗んで双葉ちゃんを助けよう!」

 

 ジョーカー達は扉に手を掛けて中へと入る。

 

「……全然、何もねぇな」

 

 スカルの言葉通り、埃っぽい部屋の中には棺が一つ。オタカラの光どころか財宝一つすらない。

 

「あの棺の中かしら」

「ならとっとと頂こうぜ!」

「オタカラ……!」

 

 スカルとモナが棺に近づくと、突如パレス全体揺らす地響きが襲う。いや、正確に言えば地響きではない。

 

 外壁に何かぶつかったような直接的な衝撃。まるで暴君の子供がブロックで作りあげられた城を壊すような、破壊音。

 

 そして部屋に陽が差し込むと同時にその暴君は姿を現した。

 

「フゥゥゥゥタァァァァバァァァァ!!!!」

 

 頭は人間、胴体はライオン、背に巨大な翼を携えてパレスを支配する怪物が現れた。巨大な翼で部屋の壁を吹き飛ばし、外気に晒される。ピラミッドの頂点、太陽に一番近い場所が決戦のフィールドとなった。

 

「デカすぎんだろ!」

「鬼でも蛇でもなくスフィンクスが出るとはな」

「まぁピラミッドなら妥当だな」

「言ってる場合か! 来るぞ!」

 

 スフィンクスが巨大な前足を振り上げ、怪盗団へと叩きつける。直撃した者はいなかったが、地面が砕けた礫が飛散しダメージを喰らう。

 

「……っこんの野郎!」

 

 竜司が武器を振りかぶり前足で攻撃しようとするが、スフィンクスはそれを飛んで回避する。

 

「あっ! 逃げんな!! ……踊れ! カルメンッ!」

 

 空中へと逃げるスフィンクスに杏のペルソナが追撃する。

 

「飛んでいては物理攻撃は当たらないわ! 皆、射撃かペルソナで応戦して!」

 

「おう!」「ああ!」「はい!」

 

 祐介、蓮、すみれが空中に飛んでいるスフィンクスに向かってペルソナや銃を使って攻撃を繰り出す。

 

「ぐっ……!! うおおぉぉぉぉぉおお!!!」

 

 直撃したスフィンクスは雄叫びを上げ反撃する。体内の骨を揺らすような絶叫が怪盗団に襲いかかる。

 

「……っぅるさい!!」

 

 その後追撃のお返しと言わんばかりに巨大な翼をはためかせ暴風を巻き起こす。

 

「うおっ!?」

 

 疾風属性が弱点の竜司はダウンしてしまう。その隙にスフィンクスは姿が見えなくなるほど遥か上空まで急上昇した。

 

「皆! 今のうちに態勢を整えましょう! モナ! ジョーカー!」

「任せろ!」

 

 打撃を喰らった怪盗団はモルガナや蓮のスキルを使い状態異常と体力を回復し始める。

 

「王の墓をぉぉぉお……!! 荒らすなぁぁぁああ!!!!」

 

 スフィンクスはその隙を見逃さず、怪盗団を木っ端微塵にしようと、巨大な体躯をぶつけようと急降下してくる。

 

「ヤバイ! お前ら防御しろ!!」

「っ! スカル危ない!!」

「……ってぇ~~、あ?」

 

 ダウンと眩暈から回復した竜司が今の状況を把握するが、隕石のように突撃するスフィンクスが激突するまであと一秒もかからなかった。

 

 そしてスフィンクスが怪盗団へと激突した。とてつもない衝撃が怪盗団へと襲い掛かる。竜司以外はガードしていたので致命的なダメージは喰らわなかったものの、竜司は戦闘不能となるダメージを受ける……はずだった。

 

「っうあぁああああああああ……ってあれ?」

 

 木っ端微塵になるはずだった竜司の体は五体満足で存在した。ガードをしていた他の面々よりダメージが入っておらず無傷。そしてスフィンクスが痛がるように空中でもがいている。

 

(これあんま見せたくなかったんだけどなぁ……バレて無いよな?)

 

 竜司がダメージを受けなかったのは、胡桃のアステリオスが所持しているスキル『テトラカーン』を竜司に使ったからだ。

 『テトラカーン』は味方単体の物理攻撃を一度だけ反射するスキル。胡桃は怪盗団との決戦の日までにとっておきたかったが、竜司を守るためにやむを得ず使ってしまった。

 

「な、なんで俺ダメージ受けて無いんだ?」

「良かったな竜司! なんかわからないけど助かったな!」

「いやブル先輩がペルソナ出してたの見えてましたよ」

 

 誤魔化そうとしたものの、しっかり見られていた。

 

「ただアイツの攻撃が激しすぎる。このままじゃジリ貧だぜ」

「ダメージは入ってるけど倒れる気配が一向に無いな」

 

 カネシロ+ブタトロンのHPが3500に対し、フタバパレスのボスである『イッシキ ワカバ』のHPは18000もある。とある抜け道はあるものの、普通に戦っても厳しいバトルになるのは想像に難くない。だから今までのターンはイベントを起こすための時間稼ぎだ。

 

(双葉が来るフラグは回収したからそろそろ来ると思うんだが……)

 

 その時、一人の少女がこの場に現れる。肩まで伸びたオレンジ色の髪、ノースリーブから見える肌は日焼けを知らないほどに白く、同じ年の子を比べても華奢な体をしている。

 

「双葉!?」

「うん……」

「本人がパレスに入るだと? そんな事したら……!」

 

 双葉が空中を自在に飛ぶスフィンクスを見て呟く。

 

「お、母さん……? うぅ……!」

 

 そして苦しそうに頭を押さえてしゃがみ込む。見てはいけない現実を直視したように。

 

「そうだ! お前が私を殺した!」

「もしやあの化け物、母親か!?」

「欲望と罪悪感が認知を歪めたんだろう。死んだ母に生き返って欲しいという願いと気持ち悪い罵声が入り混じっている……」

 

 スフィンクス。否、認知存在である『イッシキ ワカバ』は大声で双葉に罵声を浴びせる。

 

「私の邪魔をする鬼子め! お前さえいなければ! 時間を邪魔すること無く、成果を発表できたというのに! 私が心血注いだ世紀の発見を!」

「世紀の発見……もしかして『認知訶学』のことか?」

「死ぬのよ! お前は嫌われ者!」

「誰も……私の事なんて……」

 

 双葉が幻覚と幻聴で苦しみ、呻き始める。

 

「双葉は自分が母親を殺したと、そして自分が死ねばいい思い込んで、己の死を望む母親がいるパレスを生み出してしまったってこと?」

「双葉ちゃんしっかり見て! あんなのが母親なわけがないでしょ! あれはあんたの幻! 虐待なんてしてないはず!」

「マスターが言っていました! 『母親の手一つで頑張って育てていた』と!」

「誤った記憶が刷り込まれてるんじゃないのか?」

「誤った……記憶……?」

 

 怪盗団の言葉で、双葉は幻覚と幻聴の中、必死に記憶を手繰り寄せる。

 

 しかし彼女に聞こえてくるのは罵声と母の怨嗟のみ。

 

『お前のせいで』『鬱陶しい』『産まなきゃよかった』

「私……は」

 

 

 双葉の心が折れかけ、歪んだ現実を受け入れようとした瞬間、フタバのシャドウが目の前に現れた。

 

 

「――佐倉 双葉! 思い出せ!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 双葉の脳内で双葉とそのシャドウが問答を始める。

 

「自殺したのはお前のせい。研究を邪魔したから……なぜ自殺だと思った?」

「……遺書」

 

 シャドウの確かめるような問いかけに双葉は端的に答える。

 

「黒い服に見せられた遺書だ。何が書いてあった?」

「……私への恨み」

 

 絡まってしまった紐を解くように、雁字搦めの記憶を彼女らは確認してほどいていく。

 

「お前は辛くて、ショックで、目を逸らした。だが黒い服の大人は延々と読み上げた。大勢の人の前で。

 ……よく考えろ。あの遺書は本物か? あんな酷いこと一度でも言われたか?」

「………………」

 

 そして双葉は気付いた。否、見つけ出した。己が目を逸らし続けた真実を。

 

「――……ない!」

 

 顔を上げると、その真実を力強く言葉にした。

 

「私が我儘言ったときは怒られたけど、優しかった!」

「ならばあの遺書は?」

「真っ赤な偽物だ!」

「お前は利用されたんだ! 遺書を捏造し、死をなすりつけ、幼い心を傷つけ、踏みにじった! ――怒れ! クズみたいな大人を許すな!」

 

 主の分身であるシャドウも主の感情に共鳴して、平坦だった声に、感情が乗り始める。

 

「私が、自分自身と、お母さん自身の死と向き合わなかったせい! なんで私あんなこと言われなきゃならなかったの!」

 

 

 

***

 

 

 

 

 力強く立ち上がった彼女の脳内に声が響く。

 

『――お前を否定するものは幻影。心無き者共が施した呪い』

『――元よりお前は知っていた。知っていながら怯えてきた』

 

「そう知ってた。でも私「お前のせいで私はっ! 今度はお前が死ねっ!!」

 

『――言われた通りにお前は死ぬのか?』

『――お前はどちらに従う? 幻が吐く呪いの言葉か、お前の魂か』

 

「お前のせいだ! 全部っ!! お前のっ!!」

「――違う」

 

 双葉が一歩、足を前に進める。

 

「私はもう歪んだ上っ面なんかに騙されない。他人の声にも惑わされない。自分の目と心を信じて真実を見抜く」

 

 彼女の憤怒が、一歩また一歩と突き動かす。

 

「お前なんかお母さんの訳ない! 腐った大人が作った偽物だっ! 絶対に……絶対に……」

 

 奴らが傷つけ奪っていった自身の心と母親の尊厳を奪い返すために、

 

 ――彼女は、反逆の仮面を被る。

 

「許す、もんかっ!!」

 

 彼女のシャドウが空中に浮かび、黒い円盤へと姿を変えた。それは未確認飛行物体、或いはUFOと呼ばれるようなものだった。

 

『――【契約】我は汝、汝は我』

 

 UFOから触手が伸びて、双葉をその中へと招待する。その中は幾何学的な紋様や、いくつも並べられた数式が双葉の周りを漂っている。双葉の蓄えてきた知嚢と、鬼才たる脳みそが瞬時に理解する。

 

『――禁断の叡智は開かれた。いかなる謎も幻ももはやお前を惑わせない』

 

 これは、奴を打ち負かす数式であると。

 

「お願い手伝って。あいつやっつける!」

 

 全員がその言葉に頷き『イッシキ ワカバ』へと向き直る。

 

「双葉ァ! お前をそんな風に育てた覚えは無いィ! 悪い虫をウジャウジャつけてェ!! お前は私の言う事に従っていればいいんだよォ!!」

「違う。お前はお母さんなんかじゃない!!」

「母親に口答えする奴はァ……潰すッ!!

 

 『イッシキ ワカバ』は上空へと飛んでいき、再び急降下攻撃を仕掛けようとしている。

 

「またか! 襲ってくるタイミングが分からないどうすれば……!」

「ここは私に任せろ!!」

「死ねっーーーー!!」

 

 彼女のペルソナ、【ネクロノミコン】の力を使い、双葉は認知世界をハッキングし、フィールドを書き換える。叫び声をあげて急降下してくる『イッシキ ワカバ』から、怪盗団全員の身を守るドーム状のシールドが形成された。シールドに正面衝突した『イッシキ ワカバ』は自身にダメージをもらう。

 

「ぐうっ!! フタバァ!! お前をあれだけ育ててやったのに! 私はお前のたった一人の母親だろうがぁ!!」

「違う。双葉はもう大丈夫だ」

 

 『イッシキ ワカバ』の発言を蓮が切り返す。

 

「なんだとっ!? 何故認めない!? 何故何故何故何故何故何故何故!?」

「……そいつの言う通りだ。お母さんはもういない。どれだけいて欲しいと願っても絶対に叶わない。だから私はお母さんのいない世界で生きていく!! そんで、めいいっぱい幸せになるんだ!!」

「子供が生きていくには私みたいな絶対的な母親が必要なのだ!! わかるかァ!?」

「お前は偽物だ」

「わ、わわわわわたしが、偽物!?」

 

 双葉本人に拒絶され、蓮に真実を突き付けられて『イッシキ ワカバ』は動揺したように声を震わす。

 

「お母さんは大切だ。今でも、ずーっと大好きだ! でもそれはお前じゃない! それに全部他人に決めてもらうような人生私はごめんだ!!」

「ッ! 親に逆らう悪い子は全員潰れてしまえ!!」

 

 ままならぬ子供のワガママを躾けるかのように、怒りのまま前足を振りかぶり、怪盗団を薙ぎ払おうとする。

 

「それも……させないっ!!」

 

 だがその攻撃も双葉が作り出したシールドで防がれる。攻撃の衝撃が跳ね返り、反動で『イッシキ ワカバ』がピラミッドの壁面にもたれかかるようにしてダウンする。

 

「お前なんか母親じゃない!! 皆やっちまえ!!」

 

 双葉の言葉で、怪盗団全員で襲い掛かり、総攻撃を仕掛ける。

 

「ぐうぉぉっぉぉおぉおっ!! このクソガキ共がぁあああああ!!

「ちっ! しぶとい!」

 

 総攻撃でかなりの痛手は負わせたものの、まだ倒れるには早い。だがあちらもかなり消耗しているのか、空を悠々と飛ぶことはなく、攻撃が当たらないように旋回するだけだ。

 

「双葉ァ……! お前なんか産んだせいでぇ……! お前なんか、お前なんかぁ……! 私の研究の邪魔ばっかりして! 子供なんて産まなければよかったのよォォォ!!」

「そんなことない」

「いいや思ってたァ!! 双葉さえいなければ私はァ!!」

「……違う。お母さん言ってた。私がいるから辛くても頑張れるって。重荷になるからって勝手に怯えて遠ざけていたのは私の方だ!」

 

 もう、双葉は惑わされない。真実を見つける力を得た。

 

「ハァ……! どう足搔こうとお前は私から逃れることは出来ない!! 一生罪の意識に苛まれて苦しみ続けるんだァ!!」

「俺達がいる。双葉はもう一人じゃない」

 

 そしてそれを支える仲間が出来た。

 

「そ、そんなことが出来るはずが……!」

「いいや出来る。こいつらとなら不可能だって可能に出来る!」

「クソッ!! クソクソクソがァ!! お前ら全員死んでしまえェ!!」

 

 再び、『イッシキ ワカバ』は攻撃のために助走をつけ、上空からこちらに突進しかけてくる。

 

「それはもう見た!! これも私が」

「いいや双葉! タイミングを教えてくれ!!」

 

 胡桃がアステリオスを出して攻撃の矢面に立つ。

 

「何するつもりだ胡桃!」

「フェザーマンビクトリー第11話!!」

「いや本当に何するつもりだ!」

「……! なるほど理解した! カウントに合わせろ!」

「なんで通じ合ってるの!?」

 

 何故か双葉と胡桃が通じ合い、胡桃のアステリオスは拳を構え力を溜めている。

 

「久々叫ぶか必殺技……! 取り敢えずお前ら総攻撃の準備しとけ!!」

「お前なんかァ!! 産まなければァ!!」

「その問答はもう聞き飽きた。…………『テトラカーン』」

 

 拳を構えつつ、アステリオスに『テトラカーン(物理攻撃反射)』をかけた。

 

「来るぞ、ええと」

「ブルだ」

「……構えろブル、3、2、1、――今だ!!」

 

 双葉の合図で下から拳を振り上げる。高速で急降下してくる『イッシキ ワカバ』の顔面をアステリオスの拳が的確に捉えた。

 

「赤・灼・爆・拳!!」

 

 『イッシキ ワカバ』の急降下突進の落下に合わせて放った最大威力のカウンターアッパー。当然ひとたまりもない威力が『イッシキ ワカバ』に入る。ちなみに『テトラカーン』を付与しており、急降下した際の落下エネルギーごと反射しているので、想像以上のダメージだろう。

 

「ぐ、うおおぉぉぉぉぉおおぁああああ!!」

「「『ラッキーパンチだ。効いただろ?』」」

 

 双葉と胡桃が息ぴったりに台詞を吐くと、『イッシキ ワカバ』はダウンする。

 

「チャンスだ! ボコボコしちゃえー!!」

 

 怪盗団に怒涛の追撃を喰らい、すでに体力も尽きている『イッシキ ワカバ』。ピラミッドにもたれかかってそこから動き回れる体力も残っていない。

 

「双葉双葉双葉双葉ぁあああ!!」

「もう終わりだ。双葉は頂戴した」

 

 とどめを刺そうと蓮が銃を突き付けても、未だ『イッシキ ワカバ』の目の奥に煮えたぎっている憎悪と敵意を双葉に浴びせている。

 

「うるさいうるさいうるさぁぁぁぁい!! お前さえ、お前さえ産まなければ……!」

 

 最後まで呪詛を吐き続ける『イッシキ ワカバ』。しかしもう双葉の心には届かない。

 

「何を言われようと……私は生きる!!」

 

 なぜなら、幻に惑わされている彼女はもういないのだから。

 

「――っ、撃ってぇぇええ!!

 

 弱い自分との決別。その想いを乗せて彼女は力の限り叫んだ。

 

 ――発砲音の響く音は、『イッシキ ワカバ』がピラミッドから転がり落ちる音に掻き消された。

 

 怒号飛び交う金字塔の戦いは幕を閉じた。

 

「……ふぁ」

「双葉!」

 

 戦闘終了と共にペルソナを解除した双葉がその場でへたり込む。怪盗団が心配して駆け寄るが、すぐに立ち上がって自身の姿を確かめる。

 

「うおっ、なんだこれ、すげぇピッチピチだな」

 

 双葉の服装は近未来SF作品に出てきそうなサイバースーツだった。ウエットスーツのように肌にぴっちりと密着しており、彼女の仮面はゴーグルで他の怪盗団と少し変わっていた。

 

 双葉が興味深々で自身の怪盗服を確認していると、突然強い光と共に一人の女性が現れる。

 

「……双葉」

 

 そこに立っていたのは先程までの歪んだ認知存在の『イッシキ ワカバ』ではなく、双葉が正しく認識し、そして失った本物の『一色 若葉』だった。

 

「……! お母さん!」

「双葉。本当の私のことを思い出してくれてありがとう」

「ワガママ言って、ごめんなさい。お母さん」

 

 双葉はもう会えない母親に近づこうと歩み寄る。

 

「……こっちへ来てはだめ」

「え?」

 

 しかし歩み寄ってくる双葉を、若葉は制した。

 

「あなたの居場所はここじゃないでしょ?」

「せっかく……会えたのに」

「またワガママ?」

 

 子供を宥めるように優しい声で双葉を叱る。もう向くべき方向は違うのだと。

 

 だから双葉は、その親の想いを汲んで、最大限の愛情で言葉を返した。

 

「……あの、わたし、お母さん……大好き」

「私もよ、双葉。……ほら、もう行きなさい」

「……うん」

 

 双葉の返答を聞くと、満たされた笑みを浮かべ、光に包まれ消えていった。

 

 数秒の後、その光景をジッと見ていた怪盗団の方へ振り返った。

 

「……メジエドだったな?」

 

 双葉の中では今の言葉は問いかけではなく確認だったのか、怪盗団の返答を待たずその場を去ろうとする。

 

「どこ行くの?」

「帰る。ナビの使いかたわかったし」

 

 と言って本当にその場を後にしてパレスから出ていってしまった。

 

「マイペースな奴だな」

「っと、そういやオタカラ! 忘れるところだったぜ」

 

 竜司が先程の激闘で横転してしまった棺を急いで確認しにいく。だが、棺の中を確認しても中は空っぽでオタカラは入っていなかった。

 

「どうなってんだ!? あるんじゃねぇのかよ!!」

「ここのオタカラは双葉自身だ。あいつが出て行ったのにオタカラなんてあるわけねぇ」

 

 そして、とモルガナが言葉を区切って言い放った。

 

「このパレスは今から崩壊する」

 

 言い終わるや否や、ズン、という腹の底に響く振動と足場がガラガラと崩れ落ちる音が耳に入ってくる。

 

「脱出だ! 走れ!!」

 

 倒壊していくピラミッドを下りながら、怪盗団は命からがら現実世界へと帰っていった。

 

 



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#38 そこに愛はあるんか?

 8/5 金曜日 晴れ

 

 息を吸ってしまえば、肺が焼かれる程の熱波が襲い掛かる。

 

「ぐっ……!」

 

 胡桃はすぐさま近くの遮蔽物へと身を隠す。化合物が焦げる独特の匂いが漂うが、衰えることの無い熱の勢いがその匂いごと焼き飛ばす。

 

「いい反応です。ですが」

 

 胡桃が『白衣さん』と呼ぶむさぼり食う邪竜(ファフニール)が、瓦礫に身を隠す胡桃に声を掛ける。

 そしてもう一度【アトミックフレア】で瓦礫ごと胡桃を消し飛ばそうとしていた。

 

「目の前で隠れてしまうと、狙ってほしいと言っているようなものですよ」

 

 もう一度襲い掛かる熱の嵐。核熱の爆発は瓦礫ごと吹き飛んだ。

 

「……なるほど」

 

 しかし、熱によって融解した地面に彼はいない。

 

「上ですか」

 

 頭上を見上げると天井にぶら下がっている胡桃がいた。天井の装飾に器用にワイヤーを引っ掛けて【アトミックフレア】を回避していた。

 

 胡桃は即座にアイテムを取り出しファフニールへと投げつけた。自作した【メギドボム】だった。

 

 それが顔面にヒットするもダメージは微々たるもの。ファフニールは意にも介さず、次の攻撃のタメをしていた。

 

「……あーあ」

 

 煙が晴れると、すでに準備を整えたファフニールが広範囲を焼き払う技を放った。

 

「……っ!」

 

 回避が間に合わないと踏んだ胡桃はガードするも見事に吹っ飛ばされた。

 

 

 ***

 

 

 戦闘終了後、開口一番叫んだ。

 

「無理でしょ!」

 

 焼け野原となったトレーニングルームにて俺は仰向けになりながら白衣さんを見た。

 

「模擬戦闘をしたいと言ったのは乙守様ですが」

「そうだけどいきなりこの部屋に連れてきて、ゴング無しで核熱最強スキルぶっ放します普通!?」

「申し訳ありません。ゴングはここに無い物ですから」

「そこじゃなくない?」

「でも普通の戦闘にゴングは無い物ですから」

「ド正論」

 

 俺は【宝玉】を使い傷を癒して、上体を起こした。

 

「いやそもそもの話白衣さんって俺に対する攻撃すべてに耐性あるでしょ!」

「はい、そのようですね。ですが私と最初お会いした際に、随分自信満々に啖呵を切らしていたのでお相手が私でも良いかと」

「……あれは、何も考えてなかったんです」

 

 よく分かるファフニールの耐性について。

 

 物理/銃:反射 →ギガントマキア×

 火   :吸収 →マハラギダイン・ティタノマキア×

 

 結論:アステリオスでは詰み。

 

「とりあえず、他の相手とかいますか」

「そうですね。丁度いい人がいますよ」

 

 と言うと、トレーニングルームに一体のシャドウが入ってくる。目を引くのは筋骨隆々の上半身で、着ている白衣は筋肉で引き延ばされ可哀想なほどにパツパツになっている。

 近くまで来られるとより威圧感が増す。そして俺の前に立つと口(?)を開いた。

 

「……あ、どうも……よろしくお願いいたします……」

「声小っさ!!」

 

 マジ? 図体に比べて声が小さすぎるだろ……。

 

「すみません。自分ちょっと暗いんで……」

「そ、そうなんですね。別にちょっとギャップで驚いただけですから大丈夫ですよ」

「ああ、フォローされるのが一番傷つく……自分がダメな奴だと感じてしまう……」

 

 こいつ面倒クセェ!

 

「胡桃様。今『こいつ面倒だな』と思いましたね?」

「心読みました?」

「顔に出すぎています。……何故このような性格をしているシャドウがいると思いますか?」

「え?」

 

 なんだその質問。……うーんそうだな、一応ここは丸喜先生の心の中だからなぁ……。

 

「丸喜先生の中にも面倒くさい面があるから?」

「惜しいですね。ではもう一つ問います。カウンセラーに必要なのはなんだと思いますか?」

「……知識と客観的目線とか?」

「正解です。ですがそれだけでなく共感と理解も必要です。

 

 患者の皆様には様々な悩みがあります。人間関係、学業、仕事での躓き、自分自身について。人によってどこに精神の支柱を置いているかも違います。ダイエットに失敗して鬱になる人も存在します。そして些細なきっかけで命を絶ってしまう人も存在します。ですがその“些細”は当人にとっての“大事(おおごと)”なのです」

「……」

「理解、そして共感をするためには常に自己研鑽が必要です。そのために主は人の心を理解するために様々な人の側面を見なければなりません」

「この小声マッチョさんもその一部ってことですか?」

「はい。その方は『自身の弱さを変えたくてジムに通っているけど、筋肉がつくだけで全く内面は変わっておらず自身を責めている』ケースの人をカウンセリングした際のものです」

 

 ……なんか特殊な気がするけど、知らないだけで大勢いるんだろうな。

 

「『自己実現との乖離』。結局はその人は筋肉がつくほどのジムに通えるほどに努力家であることには変わりありません。我が主は『必要なのは客観視と目標の再設定』ということをその方に伝えてカウンセリングを行っておりました」

「はー……。その人を理解するために先生はその人に寄り添う人格を内側にファイリングしているってことか」

 

 その人の理解者になるためには、自身をその人に置き換えて考えるのが一番なのか。

 

「それで、戦ってくれるんですか? ええと、名前は?」

「……?」

「名はありません。どれほど人の人格を得ようと、シャドウはシャドウですので」

「じゃあ『マッスルさん』で。戦えるんですかマッスルさん?」

「まぁ……はい。……よろしくお願いします。……フンッ!

 

 マッスルさんの筋肉が肥大化し、白衣が破裂した。そして黒い泥のようなものに体が沈むと、マッスルさん本来の姿が出てきた。

 

 燃え立つ巨人(スルト)だった。

 

「対戦よろしくお願いします」

「いやいやいや! 俺に対して耐性持ってるじゃないですか!?」

「ですがマッスルさんは銃に対して耐性は無いはずですが?」

「それだけでしょう? ひたすら攻撃を回避しつつ銃で戦えってことですか?」

「出来ないことはないでしょう」

「スパルタか?」

「乙守さん。一緒に筋肉を鍛えぬきましょう! 大丈夫です。若い人はどれだけ無茶しても基本死にませんから」

「スパルタだった。人の心とか無いんか?」

「シャドウですから」

 

 一応シャドウも人の心から生まれてきてるんだけどなぁ。

 

「はぁ……よし! じゃあやりますか。第二ラウンド」

「頑張りますね」

「当たり前でしょう」

 

 先生の革命まで半年切っている。夏休みを使ってレベリングをして、怪盗団の奴らと差をつけたい。

 

「それに明日、戦うかもしれない相手がいるんですよ」

 

 

 ***

 

 

 8/6 土曜日 晴れ

 

「暑っつ……」

 

 日陰であるはずなのに認知の影響を受けているメメントスは蒸し暑い。もう暑いのはコリゴリなんだけど。

 

 ここに来た目的はあるシャドウと対話するため。

 

「『佐々木原 伶』か……どんな顔してたっけ」

 

 怪盗お願いチャンネルに、俺を改心させて欲しいと書き込んでいた人だ。すっげー個人的な理由で会いに行くから蓮に話しづらかったけど、理由を明かしたら「一人でやってこい」と許可を貰った。

 ネットの誹謗中傷とかは気にしない方が良いんだけど、問題は別のところにある。そいつは俺の周りの人間にちょっかいをかけているらしい。

 

 緊急集会の日に、鈴井さん伝手で聞いた話によると、何でも秀尽高校の生徒に俺の悪い噂を流しているらしい。いい気はしないし、知り合いに迷惑を掛けるならやめさせたいが、直接会って俺が話すと厄介なことになりそうとのことなので、こっそりそいつの下駄箱に簡易的な予告状を入れてやった。

 

「さて、モルガナはいねぇし、片っ端からか……」

 

 目の前に湧いてくるシャドウを片っ端になぎ倒しながら、佐々木原のシャドウを探し回った。

 

 

 ***

 

 

「……見つけた」

 

 メメントス内で歪んだ空間を見つけ飛び込むと、そこには秀尽高校の制服を着た女子が立っていた。黒く長い髪を下ろし、俯いて顔を両手で隠している。

 

「お前だよな。俺の悪い噂を言いまわってる奴」

「乙守……?」

 

 言葉に反応して顔を上げた。……見覚えは無い。

 

「正直、迷惑してるからやめてもらいたいんだけど。それに俺に不満があるなら直接言ってほしい」

「違う……あなたは乙守じゃない……!」

「は?」

「返して! 返してよ! 乙守を返せぇええ!」

 

 目の前の佐々木原が叫ぶと、体がみるみる内に変形していきシャドウの姿へと変貌する。

 

「ブラックライダーか」

 

 こいつペルソナの合成でしかお目にかかれない奴だった気もするがそんなことはどうでもいい。コイツは格上だが火炎が弱点だ。速攻で弱点突いて必殺技で仕留める!

 

「来いっ!! アステリオス!!」

「違うぅっぅあああああ!!」

「あ? ……っと、危ねぇ!」

 

 目の前のササキバラは金切り声を上げて攻撃してくる。

 

「乙守は! そんなもの出さない!! そんな言葉づかいもしないぃぃいいい!! お前は要らない!! お前は偽物!!」

「……お前」

「あぁあああ!! 私を見るな!! 視界から消えろっ!!」

「……っ!」

 

 襲い掛かろうとしたところをマハラギダインで反撃した。弱点を突かれたササキバラはその場でダウンした。

 

「……悪い」

 

 ダウンしている隙に、俺は今撃てる最大の一撃を放った。耐えられる訳もなくササキバラは元の姿へと戻った。

 

「……うっ……ぐっ……うう」

「……」

 

 言葉をかけるため、膝をついて俯いている佐々木原伶に近づいた。

 

「……バレー部だったんだってな」

 

 緊急集会の日、新聞部の人から佐々木原伶について聞いていた。女子バレー部所属の二年生。成績は普通、クラスでも目立たない立場にいて、趣味は読書。

 

 加えて鴨志田の被害者の一人。……俺が鈴井さんを助けたあの日に、 体育教官室で鴨志田の八つ当たりを受けた生徒。

 

 そしてそれは俺が未来を変えてしまったから起きた被害だ。俺が鈴井さんを助けなかったら、佐々木原伶は鴨志田に体罰を受けずに済んだんだ。

 

「乙守はもっと真面目な人間だったのに、あいつらとつるむようになってから変わっていった。言葉遣いが荒くなったり、平気で嘘を吐くようになったり……愛想笑いが下手になった」

「……」

「被害を見て見ぬふりし続けてくれてるから私は耐えられてきたのに。アイツを助けたからダメだった。……ねぇあの時」

 

 なんで私を助けてくれなかったの? と彼女は言った。メメントスの暗闇の中でも彼女の涙は光って見えた。

 

「もう私は変わっていく乙守を見るのは耐えられない。……誰も助けてくれないほうがよかった」

「だから俺の悪い噂を流して貶めようとしたり、改心してほしいと書き込んだわけか」

「……今のあなたを乙守と認めたくなかった」

 

 いい迷惑だよ、本当に。俺に理想を押し付け過ぎてる。

 

「俺はアンタの理想と期待を背負って『乙守胡桃』を振舞えるほど、強くないし善人でもない。……傷ついてる人を見過ごして死なせてしまうような人間だ。だからアンタも救えなかった。……ごめん」

 

 目を真っ直ぐに見て俺は言った。喉の奥から出てしまっただろう「……ぁ」という吐息に混じった小さい声が聞こえた。彼女はもう一度顔を俯かせて涙を拭い、「謝ってほしいわけじゃなかったの」と言って俺の目を見つめ返した。

 

「………………好き、でした。ずっと前から」

「……ごめん、それにも望む答えは返せない」

「……それが聞けてよかった。私の知ってる乙守は、私に振り向かないと思うから」

 

 そう言って彼女は光に包まれ姿を消した。彼女がいたその地面に一枚のスキルカードが落ちていた。

 

「アステリオス」

 

 俺はスキルカードを拾い、アステリオスを呼び出した。するとスキルカードが手のひらの上で浮かび上がり、ゆっくりと回転を始める。俺はそれを握りつぶすようにして砕くと、砕かれたカードの破片が光となってアステリオスへと吸収された。

 

「……この力で、今度はちゃんと幸せにしてみせるから」

 

 俺は【メギドラオン】を獲得し、歪んだ空間を後にした。

 



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#39 テーマパークに来たみたいだぜ テンション上がるなぁ~

 8/28 日曜日 晴れ

 

 一か月の月日が経って夏休みはもう終盤へと差し掛かっている。世間では猛暑や件の精神暴走事件が取り上げられているも、今一番ホットな話題(夏とかけた激うまギャグ)はメジエドの敗北だ。先日の21日に双葉が昏睡から回復し、ものの数時間でメジエドを撃退した。

 メジエド打倒によって怪盗団の知名度と評価はうなぎ登り。『怪盗お願いチャンネル』の書き込みは爆増、百貨店の店頭にも怪盗団のグッズが置かれているのを見かける程の人気ぶりだ。

 

 というのもありけり、無事に双葉が怪盗団に加入したものの問題点が一つ。

 

 佐倉 双葉はコミュ障である。まぁ、引きこもって人と接触してなかったし、学校通ってた頃も浮いてたらしいしな。しかし怪盗団に入るにはコミュニケーション能力は必須。というわけで残りの夏休みは双葉のコミュ力上げよう期間になっていた。コミュ障に優しいのか厳しいのか分からんな……。

 

 そんな訳で、今日は俺が暇だったのでルブランに遊びに来た。

 

「邪魔するでー」

「じゃ、邪魔するなら帰ってやー」

「……」

「な、なんか言えよ! 滑った感じになったじゃんか!」

「いや、今の返せると思ってなかった」

「ふふん。私だってスパルタ特訓で結構鍛えられたんだぞ!」

「じゃあ次はその被りもの外してな」

「それはハードモードだ……」

 

 ルブランに入ったら大仏の顔を被った双葉がノリよく接客してくれた。店内はガラガラでカウンターにはマスターと蓮の二人だけ。ランチタイムなのにこれはちょっとダメなのでは?

 

「おう今日はアンタか。世話かけるねえ」

 

 と言ってマスターが俺の席にコーヒーを出してくれた。

 

「サービスだよ」

「そんな、悪いですよ」

「いいんだよ、今は他の客もいねぇし。何より双葉と仲良くしてやってくれてる礼だ」

「じゃあ、お言葉に甘えて………………砂糖とミルク貰えます?」

「なんだ胡桃お前ブラック飲めないのかー? おこちゃまだなー」

「……学校行ってない割には随分大人なようで」

「皮肉か? レスバなら受けて立つぞ!」

「どうどう」

 

 口喧嘩になりそうだった俺たちの間に蓮が割って入った。

 

「というか双葉は胡桃に対して人見知り発動してないな」

「なんというか胡桃からは波長を感じる。オタク特有の、な」

「いや俺はそんなオタクじゃないし」

「ネオフェザーマン23話のタイトルと内容は?」

「ヴァルトアインザムカイト。フェザーパラキートの過去編だよな。過去編入れると、話進まないから失速する気もするんだけど、やっぱり子供向けらしからぬ重い内容が大人のキッズに人気だったよな」

「隠す気無いだろもう。さっき誤魔化したんなら頑張って隠し通せよ」

「き、記憶力が良いだけだから……」

 

 子供の頃に覚えたものって大人になっても覚えてるものだから……

 

「あ、そうだ胡桃耳貸せ」

「なんだ?」

「あのな……」

 

 耳元で囁かれると耳に息がかかって少しこしょばい。

 

「……わかったか?」

「オーケーオーケー」

「じゃあ後でな。忘れるなよ!」

「何の話してたんだ?」

「ん? フェザーマン25話の感想してただけだぞ」

「いやぁやっぱ神回だったわ」

「お前やっぱり特撮好きだったのか」

 

 そんな話をしているとカランカランと扉のベルが鳴って、ルブランの扉が開く。来客者は耳障りなほど爽やかな声でこんにちはと挨拶した。

 

「ああ、いらっしゃい」

「明智」

「あれ、君たち……奇遇だね」

 

 今話題沸騰中の明智がルブランに入ってきた。

 

「雰囲気いい店だね。冴さんが言ってただけのことはある」

 

 “冴”という名前を出すとマスターの表情が険しくなる。それもそうだこの前まで脅されていたんだから。

 

「知ってる事は全部話したぞ。もう話すことはねぇ」

「いえ、今日は美味しいコーヒーを頂きに来ただけですよ。おやそちらは『一色若葉』さんの……」

「……」

 

 双葉は蓮の後ろに隠れて、明智を警戒している。

 

「ご注文は?」

「じゃあおすすめを」

「あいよ」

 

 明智がカウンターに座ると、マスターはぶっきらぼうにコーヒーを目の前にだしてカウンターの奧へ引っ込んでいった。

 

「なんか……僕、どこ行っても歓迎されないね」

 

 明智は今、世間からバッシングを受けている。怪盗団を持ち上げている世間にとって、怪盗団を非難している明智は邪魔者なんだろう。まぁそれはそれとして本性は捻くれものだから、皮肉好きで無意識に地雷を踏みぬくのが得意そうではある。

 

「この店だけだろ」

「はは……そうなのかも……」

 

 蓮の心にも思ってなさそうな適当なフォローをこれまた適当な愛想笑いで返す明智。だがその笑みはすっと消え沈痛な面持ちとなる。重々しい雰囲気を出しながら、彼は口を開いた。

 

「……僕の母はロクでもない男と愛人関係だったらしくてね、僕を身籠ったあと手酷く捨てられてね、失意で体を壊して早世したんだ。色々なところを転々として……おかげで今は気ままな一人暮らしだけどね」

「……」

 

 明智はコーヒーを一口飲むと、満足そうに笑みを浮かべる。

 

「うん、おいしい。君は毎日飲めるんだろう。羨ましいな。まさか君がこの店の居候だったなんて、君とはなにか縁を感じるよ」

「偶然が続いただけだ」

「そうかな? でも不思議な巡り合わせだ、君と話していると思考が刺激される」

「なら今何を考えている?」

「うん? そうだな、怪盗団の次の一手……かな」

「そうか。ちなみに予想は?」

「……それは怪盗団によるかもね。彼らがお互いの正義を貫く者なのかはたまた、大衆の期待に応える者なのか、ね」

「そうか」

 

 蓮と明智がポーカーフェイスでお互いを探り合う。明智はコーヒーを飲み終えると立ち上がって代金をカウンターへ置いた。

 

「さて、僕はそろそろお暇しようかな。時間を縫ってここに来たからね」

「……またのご来店をお待ちしております」

「そうだね。また近いうちに来るよ」

 

 明智は含ませた言葉を残し、ルブランから出て行った。

 

「出てったか? 塩撒いとけ」

「そうじろー。そんなことしてたらいつか客来なくなるぞー」

「テレビ見てても、なんか嫌味たらしいんだよなあいつ」

 

 文句を言いながらもカップを取り下げシンクへと持っていくマスター。

 

「でもアイツ、過去にああいうことがあったのは少し、可哀想だ」

「……双葉、その言葉本人に言わない方がいい」

「胡桃の言う通りだな。言うなら本気でバトる覚悟が必要かもな」

「え、なんでだ?」

「……多分地雷だ。あいつは存外プライドが高い」

「そ、そうなのか。でもプライドが高い奴ってあんまり弱いところ見せないんじゃないか? 今の話とか」

「うーん……」

 

 それはわざと同情を誘っているのかもな。この後明智は仲間になったと見せかけて裏切る。蓮に対する警戒のハードルを下げたかったからあの話をしたのかもしれない。

 

「理解されたかったから……とかか?」

「それも、どうだろうな。理解されたいって気持ちは自分じゃわからないことが多いから。それにその言葉もタブーかも」

「うーん……難しすぎるぞ人の心~~!!」

「天才ハッカーのフタバでも分からないコトがあるんだな」

「にゃにおうこのモルガナが~~!!」

「ニャー!! 弄るなぁああ!!」

「おい、猫をカウンターに乗せるなよ」

「はいはーい。……そだ! 胡桃さっき言ってたやつ」

「ああもう行くのか」

「うん。そーじろー! 蓮! ちょっと出かけて来るなー!」

 

 

 ***

 

 

 俺は双葉に連れられ、近くのショッピングモールへと来ていた。人が密集しているところを避けて徒歩だけで来たから、双葉も精神的に楽そうだった。

 

「ふふ……久しぶりだったぜシャバの空気。外と店の温度差で死にそうだ……」

「メダカかよ」

「グッピーがいい」

「大して違わないだろ」

 

 俺達はショッピングモールに花火を買いに来ていた。何でもサプライズで蓮と惣治郎と花火をしたいのだとか。

 

「よ、よし。ここで待っていてくれ胡桃、私一人で買ってくるぞ……!」

「そこにお徳用花火セットあるから行ってこい」

「お、おう」

 

 店に入って10メートルも無いところに花火が大量に陳列されている。双葉は一番大きいのを手に取ってこちらに戻ってきた。難易度にしたらVERY EASYってところだ。多分保育園の子供でも買いにいける。

 

「これがいい」

「じゃあレジ行くか。一人で通れるか?」

「……付いてきて欲しい。受け答えは私がするから」

「はいはい」

 

 俺はペルソナのように双葉の背後に立ち、空いているレジを通る双葉を見守った。

 

「当店のポイントカードはお持ちですか」

「トッ、トウテンノ? お持ちないので、だ、大丈夫です!」

「一点で687円です。現金でのお支払いでよろしいでしょうか?」

「ひゃい!」

「レジ袋はお付けいたしましょうか?」

「お、お願いいたしまする!」

 

 精算を終えてレジを通り過ぎると、双葉はドヤ顔で振り返った。

 

「ふふん、どうだ出来てただろう! なんせ動画で見たからな!」

「あぁ……うん。そうだな買えてよかったな」

「うん!」

 

 受け答えは自然じゃなかったし、なんならジェスチャーでも伝わるってことは言わないでおこう。

 

「まぁ、買えてよかったな」

「うん!」

 

 満面の笑みを浮かべる双葉と連れ立って店を出た。テンションを上げて花火の種類を見る姿は同じ年の子供と比べても子供っぽい。

 

「おお~……1680万色に光り輝くゲーミングススキ花火だって! 人間の色覚の限界超えてんだろこれ。景品表示法の穴を突いたアオリだな! こいつらの血は何色だ~!?」

「赤一色だろ」

「でも血液ってカラーコードにすると#BD0900と#520400っぽい色してるよな」

「いや知らん……」

 

 話してる内容はそうでもなかった。ついていけねぇよ……。

 

「……なぁ、胡桃の地雷かもしれないけど言ってもいいか?」

「怖い前置きすんなよ。別に地雷聞いても気まずい空気にはさせねぇよ」

 

 じゃあ、と双葉はあっさりそれを言った。

 

「胡桃と明智って笑い方が似てる気がする」

「えぇ……俺あんな笑顔したことないけど」

 

 あんなに甘いマスクでスマイルしてるか?

 

「いやそうじゃなくてな。なんかこう……同質なものを感じる」

「どちらかというと正反対な感じするけどな」

「むー、難しいな。……言葉に出力できそうだったら教える」

「そっか頼む」

「――それで胡桃とすみれはその……つ、付き合ってるのか?」

「付き合ってないけど」

 

 なぜそうなったのか。……まぁ思い出すと、異性と一番話してるのは鈴井さんを抜くとすみれが一番な気もしてきたな。

 

「なぁんだよかった。怪盗団でカップル出来ると気まずいからな! ましてや何股かけてドロドロしたくないし!」

「……それ蓮と女性陣の地雷かもだから口に出さないようにな」

「嘘だろ……」

 

 多分もうそろそろ恋人の一人二人は出来てる頃じゃねぇかな。

 

 

 ***

 

 

 8/29 月曜日 晴れ

 

 夏と言えば? そう、海ですね。

 海と言えば? そう、水着です。

 

 目の前に三人の水着のJKがおるじゃろ? 好きな娘を選ぶのじゃ。ちなみにすみれは新体操の練習があって来れなかった。

 

 スポットライトに照らされるように、真夏の日差しが彼女たちを照らす。

 

 杏はモデルだけあって豊満なバストとスラッと伸びた足で見る者を魅了する。

 真は杏ほど胸は無いものの線の細いスレンダーな体形で周囲の目を惹く。

 双葉はハッキングが上手い。

 

「なんか失礼なこと考えただろお前ー!」

「いや別に、可愛らしい水着だなと思った」

「だろー? 二人が選んでくれたからな!!」

 

 無い胸を張って自慢する双葉。ちょろい。

 正直双葉もレベル高いから三人並んでも別に見劣りしない。

 

「じゃあ今から何する? ビーチバレーとかやっか?」

「あーごめん今から女子だけでバナナボート予約してるから」

「三人用一つしか借りられなかったの……ごめんね?」

「え、じゃあ俺達は?」

「荷物番」

「ざっけんな! 扱いが雑過ぎだろ! こちとら世間を騒がしてる怪盗だぞ!」

「終わったら交代するって! 荷物番よろしくー!」

 

 女性陣はバナナボートを借りに去っていった。猛抗議していた竜司はパラソル下で不満を漏らしていた。

 

「クソッあいつら俺らの凄さを分かってねぇ。俺ら命がけで戦ってんだぞ? そこら辺の奴らと同じなわけねーだろ。もっと現実でもいい思いしても良いはずだ。そう思わねぇか?」

「……確かに」

「だよな? 祐介もそう思うだろ? 胡桃も」

「いってらー」

「なんでだよ! あいつらは俺達の近くにいすぎて気付いてねぇんだ。ここでナンパ成功させて俺達がどれだけすげぇ奴かを示すんだよ!」

 

 なんで、すげぇ奴=ナンパに成功した奴になる。確かに怪盗団で正義を執行してきたし、声出せぬ弱者を数多く助けてきた。加えてメジエドの打倒。世間からの怪盗団の称賛で俺はもうお腹いっぱいだ。

 

「……ナンパに行くなら俺留守番してるぞ。蓮連れていけよ、一人は引っ掛かるんじゃねぇの」

「よし来た」

「ノリノリだな」

「ちぇー、じゃあ三人で行こうぜ。ハートを盗みによ」

「ワガハイも忘れるなよっ!!」

 

 と言って三人+一匹でナンパに駆り出した。……猫いるならちょっとは成功率上がりそうだな。

 

 ……俺が知ってる海の楽しみ方っていうのは、冬の誰もいない砂浜でぼーっとしながら歩くことだ。こんなに大勢の人がいると気持ちが追いつかない。体と心が周りのテンションと合っていないから留守番を申し出た。楽しそうに振る舞って自分を誤魔化してもいいが、なんというかそんな気分にもなれない。

 

 それに、とある考え事と自分の中にある問いかけを解消したかった。

 

「……」

 

 この夏が終われば事件が起こる。そして人が死ぬ。俺はそれを知っている。その死者とは、秀尽高校の校長と、奥村フーズの社長の奥村邦和だ。

 ……正直鴨志田の時は、モルガナに廃人化してもいいってぐらいには俺は頭に血が上ってるみたいなこと言ったけど、あれはどうせ死なないって分かってたから言えたことだ。モルガナとすぐに手を組む必要もあったしな。

 

 だが今回は死ぬ。それも社会的にではなく、命を落とすという意味でだ。

 

 そしてこれは()()()()()()()()という問題ではなく、()()()()()()()()()という話になる。

 

 ――悪人を見捨てるか、助けるか。

 

『知っていたけど助けなかった』と『助けられなかった』は似ているようでまるで違う。

 

 結論で言えば見捨てる。何故なら奥村邦和の死はシナリオの進行の必要十分条件なのだから。だから見捨てるのが正解のはずだ。

 

 しかし俺は奥村や校長を敵ではなく“犠牲者”としてカテゴライズしてしまっている。なぜ? 悪い事はしたが、死ぬことはないんじゃないかと僅かでも思ってしまったからか?

 

 たとえ死んでも丸喜先生の理想の世界で生き続けるとはいえ、納得がいってない。

 

「……あれ? 胡桃一人?」

「ん? ああ、真。どうしたんだ?」

「いえ、スマホを置きにね。海に濡れると危ないから。他の人達は?」

「ナンパ。見返してやりたいんだと」

「成程。考えそうなこと」

 

 呆れたような顔つきになる真。小学校の頃、男子が休み時間を使ってドッジボールしに行く様子を見てた女子がこんな顔してた気がする。

 

「なぁ、少し相談乗ってもらっていいか?」

「待たせてるから少しだけね」

「単刀直入に言って、悪人を助けるのは良い事か?」

「……難しいことを聞くわね」

 

 真は待たせてるから少しだけと言ったが、目を瞑り、顎に手をあて本気で考えてくれていた。

 

「状況とか悪人の定義とかは置いといて、その人に罪があるならば、しかるべき場所で裁いてもらわないと。良いか悪いかは置いといて、身勝手な理由で殺すよりはマシだと思うわ」

「そっか。……なんかただ疑問になっただけなんだ。これから怪盗団で活動していくとして、心の底から許せない悪が出た時に俺はどうするのかなって」

 

 その疑問に真はからかうように目を細めて言った。

 

「それなら()()()()()()()()()()?」

「冗談キツイぜ」

「ふふ、じゃあもう行くね。留守番よろしく」

 

 真は貴重品を置くと、足早に去っていった。

 

 ふと、頭に浮かんだ『お前の親を助けられたかもしれないのに、諦めて見捨てた奴が目の前にいる』なんて言葉を口にしなくてよかったと思った。

 

「裁く、か……」

 

 そうだ。俺が助けることはなんら悪い事じゃない。悪いのはあるべき罪を償わず、死んでしまうことだ。やろう。犠牲は最小限が美学。手が届くんなら助けよう。

 

「あぁ……全敗だったぜ」

「何が悪かったんだろうな」

「このフォルム……素晴らしい」

 

 あ、ナンパ御一行が帰ってきた。一人は両手にイセエビを持って。

 

「気分転換にビーチボールでもするか?」

「……そうだな。モルガナ荷物番頼んだ」

「まぁた、ワガハイかよ!!」

 

 悪いモルガナ。お前は奥村春とエンカウントするためにストレスためてくれ。

 

 俺はスマホを起動してとあることを調べたあと、モルガナとバトンタッチして日差しが当たる方へ歩いて行った。

 

 




 芳澤を助けられたのは本当に偶然とはいえ、双葉の母親も真の父親も、死亡した場所も時間も分からないわけですから、乙守胡桃が助けられるわけがないんですよね。


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#40 吐き気を催す邪悪

9/7 水曜日 晴れ

 

 蓮と杏、そして真が談笑している。場所がアジトであるならよく見る光景ではあるが、周りには他の秀尽生徒が大勢おり、誰もがキャリーケースを持っている。

 

 そう。今日は高校の一大イベントの修学旅行だ。本来は三年であるはずの真は行けないはずだが、巷の怪盗騒ぎや鴨志田の対応で学校側の負担が大きくなり、生徒の手も借りたいということで、監督係として同行することになったのだ。

 

「そろそろ搭乗手続きだよ」

「時間通り飛びそうだね。アメリカ行きとか欠航多いから」

「あれ? 竜司と胡桃は?」

「っと危ねぇー! ギリギリセーフ!!」

 

 そこにリュックを背負った竜司が走りこんでくる。時刻ギリギリなのは寝坊したのか、修学旅行の準備が出来ていなかったのか、はたまたその両方なのか。

 

「こんなときまで遅刻?」

「荷物それだけ?」

「たった四泊だろ?」

「竜司なら大丈夫」

「だろ?」

 

 遅れてきた竜司は、蓮の皮肉に気づかずに能天気そうに笑う。

 

「てか胡桃はまだ来てねぇの?」

「そうみたい。なんか珍しいよね……ん?」

 

 その場にいた怪盗団全員のスマホの通知が鳴った。噂をすればなんとやらで、送り主は胡桃からだった。

 

『熱出た。お土産頼んだ』

 

「「「……まじかー」」」

 

 

 ***

 

 

 9/11 日曜日 晴れ

 

 未だ残暑の厳しい夏の夕暮れ。俺は警察署前のカフェから張り込みをしていた。この日、この時間に秀尽高校の校長は、横断歩道を渡ってる途中に車に轢かれる。俺はそれを防ぐためにここに来た。

 

 場所の特定は思ったより簡単だった。ゲームの映像から考えるに、校長は轢かれるときの服装はスーツだった。学校にいた、もしくはお偉いさんと会っていた可能性が高く、都市部の警察署であることは分かっている。そして警察署の近くには駅が通っており、その線路下の横断歩道。そして信号機の下には花が供えられている。

 

 その条件に合致する場所は一つだけだった。まぁ特定にネット使っても一週間かかったけど。ちなみにこの一週間の間にジャズクラブに行って『チャージ』を習得してきた。飲み物飲んで音楽聞くと能力アップするのどういう仕組みだよと思ったけど、そうなってるなら仕方がない。

 

 それはさておき問題はどう止めるかだ。轢かれそうになったところを助けたところで廃人化して死ぬだけだ。方法は一つ、廃人化を引き起こす要因である明智を見つけて、時間稼ぎをする。

 

 校長は警察署に前の横断歩道で事故に遭った。明智は事故を狙って意図的に廃人化を引き起こしただけだ。ならばその光景を近くで見ていないとタイミングが掴めないはずだ。俺が明智に話しかければ、証拠を見られるわけにはいかないため、廃人化させる行為を中断せざるを得ない。

 

 それで校長が警察署まで逃げ込めれば俺の勝ちだ。

 

「(来た……!)」

 

 校長が現れた。カフェを出て見つからずに数十メートル先からついていく。

 

 例の横断歩道まであと50メートル。……周りに明智の姿は無い。

 あと20メートル。……見当たらない。

 10メートル。……いない。

 

 0。……おかしい。姿が見当たらない。横断歩道全体が見える屋内もリサーチしたが、姿はどころか影すらない。

 

 どういうことだ? 未来が変わった? そんな訳無い、鈴井さんが自殺未遂にならなかっただけで鴨志田の罪が消えたわけじゃないし、その責任を負われるのが校長なのは変わらないはずだ。

 

 「(……………………違う。馬鹿か俺は!! 今まで改心で心を盗んだ相手が印象的で、精神暴走した相手の状況を忘れていた!!)」

 

 精神暴走や廃人化は改心と一緒で即効で精神に影響を及ぼすものだと勘違いしていた。

 

 ゲームのプロローグに流れた電車の事故だって、その電車に明智が乗っている訳がないし、奥村の殺害だって、シャドウそのものを殺害したのに廃人化させるタイミングは会見の時だった。その場所に明智がいるとは考えにくい。

 

 考えられる仮定は、精神暴走と廃人化は時限式、もしくは条件のトリガーを引くことで発動するということ。明智がここにいる必要は無い……!

 

「(……っ! 青だ!)」

 

 信号が青になる。校長が渡るのを躊躇いながら一歩踏み出す。

 

 横断歩道を渡らせるのやめさせたとしても、すでに精神暴走の爆弾はセットしてある。どう足掻いてもこの後校長に待っているのは死だ。

 

 横断歩道は半分過ぎたところで校長は歩みを止めた。廃人化が始まった。

 

 ……もう、どうすることも出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――本当にそうか?』

 

 

 

 

 

 

【繝翫ン繧イ繝シ繧キ繝ァ繝ウ を 開 始しま す】

 

 

 

 

 

 

「は? うわっ!」

 

 

 瞬間、白い光に包まれた。

 

 

 ***

 

 

 光が消え、辺りが見渡せるようになったとき、胡桃は秀尽高校の校長室に飛んでいた。

 

 現実に何一つ変わらない景色を否定するかのように、丸い球のようなものが校長の席に光を放ち浮いている。そしてそれを砕こうとしているシャドウが一匹。

 

「……は」

 

 不可思議な出来事があったのは理解出来た、だからこそ胡桃は状況を把握し、動くことが出来た。認知世界で培ってきた経験が、考えるよりも速く彼の体を突き動かした。

 

「ッアァステリオス!!!!」

 

 アステリオスを呼び出し、そのシャドウを巨大な手で圧殺する勢いで握り潰さんとする。

 

「……【メ ギ ド ラ オ ン】」

 

 胡桃がそう呟くと、シャドウを捕らえている掌から黒白混じった破壊の光が炸裂し、文字通りシャドウが爆散した。

 

「はぁ、はぁ……なんだこれ……って、またかっ!」

 

 胡桃はアステリオスをしまい、もう一度状況を確認し始めると、またも白い光が辺りを包んだ。

 

「……ここは、元の……」

 

 胡桃が状況を確認すると、目の前には横断歩道で立ち止まった校長と、そこに突っ込もうとしている大型のトラックが一台。

 

「っ危ないっ!!

「え? う゛っっ……」

 

 クラクションの音と、人体がボールのように撥ねられる鈍い音が道路に響いた。

 

 

 ***

 

 

 俺は付添い人として一緒に救急車に乗って、病院へと向かった。向かう途中で秀尽高校の事務へと連絡して大人を寄越して貰うように頼んだ。

 

 結果、校長は大怪我はしたものの、命に別状は無かったらしい。何でも打ちどころが良かったらしく、数時間後にショックから回復した報告を聞いた。意識は安定している状態であり、順調に回復すれば数日で退院できるとのこと。

 

 よかった。これでいい。この後は狙われる必要は無い。

 

 何故なら校長は、獅童含む特捜部長の人間から切られ、鴨志田の事件を隠蔽していたことを全て話すために警察署へ赴いたのだ。罪で自白したとなれば世間の状況を鑑みて怪盗団の『改心』の影響だろうと多くの人が思うからだ。

 

 そして獅童の部下たちが校長室に偽の予告状を置くことで、この後起こる奥村邦和の廃人化との接点を作り出す。『怪盗団は秀尽高校の生徒』という情報提供に信憑性を持たせるためだ。これによって学校に捜査の手が入り込めるようになる。だが獅童が『むしろ廃人化させて怪盗団に罪を擦り付ければ怪盗団の評価は地に落ち、怪盗団を批判していた私は民衆に支持される』と考えを変え、校長を殺そうとした。

 

 しかし、そうはならなかった。今回の計画の阻止はあいつらにとって大きな意味を持つ。明智のミスではなく、計画に明確な介入があったことから、怪盗団に自身の手の内がバレていると思うだろう。

 ならば相手の次の行動は慎重になるしかない、もう一度校長を廃人化させるリスクを起こせないはずだ。校長は罪を告白するならば、計画は完璧ではないが綻びは出ていない。このまま計画は続行し、怪盗団を奥村邦和の改心へ誘導するはずだ。

 

「……はぁ」

 

 ともあれ、助けた。決して善人とは言えないような人間を。その事実が少しだけ心に引っ掛かった。

 

「……計画も大幅にズレるかもなぁ……」

 

 

 

 ***

 

 

 9/13 火曜日 曇り

 

 

「えー、皆様も知っての通り、校長先生が亡くなられました」

 

 甘かった。奴らは徹底的に獅童の言う事を遂行する忠犬だった。俺があの事故の立会人ということを利用し、病院に電話して死亡した瞬間の出来事を教えてもらった。警察の事情聴取が終わると同時に、苦しみだして、そのまま亡くなられたと。体調が悪化する予兆は無く、脈略なく発作を起こしたらしい。

 

 医者が言うには、廃人化で亡くなった人とよく似ていると。

 

「乙守君」

 

 緊急集会から教室へ戻る途中、担任の蛭田先生が声を掛けてきた。俺はそのまま学校の中庭へと連れられる。

 

「君、校長先生の付き添いだったんだってね」

「……偶々会っただけですが」

「意識を取り戻した校長先生が言っていたそうだよ。『救急車をすぐに呼んでくれて助かった』と」

「……そうですか」

「僕からはそれだけだよ。……先生の死は君のせいじゃない。落ち込まずにね。僕は先に教室へ戻ってるから」

 

 俺は蛭田先生が去っていった後、中庭の自販機を思いっきり蹴っ飛ばした。

 

 自身の奥底にある納得を認めたくなかった。

 

「…………………………クソがっ!!」

 

 自販機にはへこみが出来たものの、購入ボタンは相も変わらず点灯していた。俺が何かしたところで壊れるものではないと言っているみたいだった。無駄なことなんだと。

 

 俺の足が、ただ痛かっただけだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 放課後、アジトで次のターゲットの話をしたが、俺は心ここに在らずで、話半分で聞き流していた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………嗤いにきたのか」

『まさか、慰めに来ただけだ』

 

 帰宅後、胡桃はどうしようもない睡眠に抗えなくなって意識を落とした。世界が逆転するような感覚の後、一面闇で塗りつぶされた空間へと移動した。そこには胡桃と同じ背丈背格好をした顔の無い化け物が触手を蠢かし、胡桃を()ている。

 

『救えなくて悲しかったろう……苦しかったろう……辛かったろう……。なによりお前の思い通りにならなかったのが悔しかったなぁ!』

「……黙れよ」

『ククッ……お前らしい感情の噴出だ。だがそれは正当な怒りじゃないはずだ。

 ――これらも全てお前の思い通りのはずだろう?』

「……なにが言いたい」

『貴様の奥底が分からないと思うか? “我は汝、汝は我”だ。貴様は安心している、そして感謝している』

「だから――!」

『お前はヤツの都合の良い死に感謝しているのだ』

 

 動揺で息が止まった。

 

『お前は迷っていたな、悪人を助けることに。見捨てることで貴様の計画は恙なく進行するが、己の道徳心が邪魔をしていた。だから仲間に悪人を助ける大義名分を求めた。貴様の行動の責任転嫁を求めた』

「……やめろ」

『よって行動できた。自身の計画に綻びが起きる可能性を危惧したが、自らの善心を肯定するために、奴を生かそうとした……。しかし! 死んでしまった! だがこれでよかっただろう? 見捨てる事の出来ない正義が遂行出来た自身を肯定し! 計画は綻びを生むことは無い!!  お前に何一つ悪い事など無いだろう!』

「黙れって言ってんだ!! 俺は本気で救いたかったと思ってる! 命が不当に奪われることが悪だと思っている! お前のそれは詭弁で結果論でしかねぇ!!」

 

『ハハハハハ! ならば気付いているか?

 

 ――お前は一言もヤツのことを“助けたい”と言ったことは無い』

 

「……ぁ」

『お前は! “助けるべき”など“見捨てない”だの、のたまっているが本心では悪人など助けたくないと思っている!

 なら何故お前は助けようとしたか!?

 お前は善人でありたいから! 幼稚な正義の味方でありたいからだ!

 可笑しいなぁ!! 心の奥底では命を選定し差別している人間だと言うのに!!』

「ち、がう……」

『何が違う。お前はヤツが死んだ時こうも思ったはずだ。これで誰にも皺寄せがいかなくてよかったと』

「っ……!」

『ササキバラと言ったな。一人の手を取ったせいで、一人が犠牲になった。お前が知っている未来を変えたことで生まれた犠牲だ。まぁそんなに落ち込むことは無い。なんせあの悲劇は誰にも予測が出来なかった“結果論”なのだから!』

「……あ、あ」

『笑えよ乙守胡桃。そしていつも通り嘘に塗れた口でこう言え“大丈夫”だと』

「……………………」

『貴様の掌は救うべき人間とそうでないものを剪定できるほどの強大な力がある。

 貴様の正義は他人、法律、常識でさえも愚弄出来るほどに自由であり狡猾だ。

 正義も悪も好意も悪意も有益な命か無益な命かさえもお前が選別しろ。

 何故なら世界の中心にお前はいるのだから』

「俺が……………………決める」

『為すべきことを為せ』

「――……なら期待に応えてやるよ」

 

 突如、巨大な手が顔のない化け物を掴みとる。胡桃の影から出たアステリオスの腕だった。

 

「俺に剪定出来るほどの強大な力があって、命の選別が出来んだろ? ならやってやるよ。――……次は救う。絶対に」

『全人類等しく救えるとでも?』

「テメェのいう剪定出来る程の強大な掌で、丸ごと救ってやるよ。丸喜先生と一緒にな」

『ククッ……ハハハハハ!! 自己矛盾すらも丸ごと飲み込むほど哀れな貴様にこそ道化(トリックスター)が相応しい! ――精々、最後まで壊れてくれるなよ』

「二度と顔見せんな」

『次会う時が楽しみだ』

 

 胡桃の意識は再び闇の中へ溶けていった。

 




ストック切れたのでまたしばらく空きます。
オクムラパレスのストック吐く前に、もしかしたら単発で番外編出すかもしれません。

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#Extra

夏休み終わったあとからオクムラパレス編までの、すみれと双葉のちょっとした幕間。

後書きにオクムラパレス編で書く息抜き回のアンケートがあります。


 喫茶ルブラン。昼下がりの午後にもかかわらず、店内に客は一人もおらず閑古鳥が鳴いている。

 

「暇だな~」

「おい、まだ営業中だぞ。猫は二階に戻してこい」

「もう夕方で、いつもの常連客も帰ったから誰も来ないだろー? それにいざ来た時には猫カフェにしたらいい!」

「そんな理屈が通るかよ」

「いーや通す。というか集客するためにもっとメニューを増やすべきだ! 蓮の器用さを生かしてカフェアートをするとか」

「アイツがいねぇとどうにもならねぇだろ」

「そーじろーもやるんだ!」

「キャラじゃねぇ」

「もー!!」

 

 店内に唯一存在している双葉と惣治郎は、暇を潰すように雑談に花を咲かしている。

 

 そんな中カランカランと、来店のドアベルが鳴る。

 

「お邪魔します」

 

 礼儀正しくすみれが来店してきた。軽く会釈をするとポニーテールが揺れた。

 

「ん? ああ。すみれちゃんか」

「こんにちは。マスター。双葉ちゃんは……いますよね?」

「ああ、ここに……って何してんだ?」

「に、にゃあ」

 

 双葉はモルガナで顔を隠し、陰からそろ~っとすみれを見ていた。

 

「今日は部活が早く終わったのでルブランに寄って、双葉さんと話そうかと」

「な、なぬっ、私が目的か!」

「はい。忙しくて夏休みはあれ以来会わなかったし、海にも行けなかったしでお話する機会があんまりなかったので」

 

 すみれはフタバパレスの攻略以降、新体操の練習に手が離せない状態で、8月後半の『双葉のコミュ力上げよう週間』には参加できなかったのだ。

 

「そうか。座りなすみれちゃん。コーヒー奢るよ」

「そんな、悪いですよ」

「いいんだよ。双葉と仲良くしてやってくれ」

「……なー、そーじろー。それ本人の前で言われるとかなり気恥ずかしいんだぞ。あとお世話になっておりますとか」

「そ、そうなのか?」

「ふふ、仲が良いんですね」

「まぁな!」

 

 双葉がドヤ顔で肯定すると惣治郎が照れたように顔を背け、顎を触る。

 

「じゃあ、ごゆっくり」

 

 双葉の座っている席の隣にコーヒーを出すと、惣治郎はカウンターの奧へ引っ込む。すみれは座ってコーヒーを飲むと感嘆の息を漏らした。

 

「やっぱりルブランのコーヒー美味しいですね」

「分かるクチか?」

「はい。素人ですが美味しいものと感じます」

「そうか…………」

「…………」

「…………そ、そう言えば天気いいですね! 運動とかランニングしたくなります」

「あんまり外に出ないから分からない。それに運動したくなるのはもっとわからない」

「あ、そうですか、えっと…………」

「…………」

「…………」

((わ、話題が続かない…………!))

 

 お互いどこかぎこちない会話で気まずさを感じている。二人は初対面ではないが、こうやって面と向かって話すのは初めてであり、そしてある意味での難題が二つある。

 

(ヤバい。同年代の友達と何話してたっけ。……いや、高校に入ってからクラスの人と全然話した記憶が無い…………!? 新体操の練習に忙しかったし、放課後は怪盗団で話すのが大体で、話すときは課題の提出とかだけ……? え? 私もしかして……同年代との会話苦手?)

 

 一つ、すみれは同年代の友人が少ないということである。学校で悪い意味で話題になっている先輩とつるんでいたら当然クラスメイトから距離を置かれるだろう。それに本人自体は、怪盗団で過ごすことが楽しいと感じていたのでクラスメイトに関心が無かった。だからこそ、同年代との会話が減り、双葉との話し方が分からないのである。もっとも、双葉を普通の女子高生と接して正解なのかはわからないが。

 

(……こういう時なに話せばいいんだ~! すみれって私と全然タイプ違うし、話が嚙み合う気しない……)

 

 二つ、他の怪盗団のコミュ力が高すぎる問題。陰キャが全然いないのである。杏や竜司、真がコミュ力高いのは当たり前として、祐介はテンポと感性が変なだけで、会話は出来る方だ。蓮は無口に見えて、知らぬ間に相手の心に入り込むのが上手く、胡桃は口八丁手八丁で他人に合わせるのが上手い。

 

 故に、すみれは同年代と話していないせいで、双葉と何を話せばいいのかわからなくなり。

 故に、双葉はあの期間を経て、人と会話するのが余裕だと勘違いしていた。

 

(皆さん助けてください……!)

(助けて皆~!!)

 

 

「「えっと……あ、どうぞ」」

 

 

 偶然にも被ってしまった言葉に、お互い顔を見合わせた。

 

「た、大した話じゃないから……先、いいぞ」

「いや、私もそんな大した話題じゃないので……」

「……はは」

「……ふふ」

 

 話題を譲り合おうとする定番の流れが面白可笑しいと感じ、互いに頬を緩めた。趣味や生活がまるで違う二人、しかし歩み寄ろうとする気持ちは一緒だった。

 

「……よし! 遊びに行くぞすみれ! 惣治郎、出かけて来る!!」

 

 それを理解した双葉は、意を決して立ち上がった。

 

「お、おう。遅くならんうちに帰って来いよ」

「え、でも双葉ちゃんはインドア派だって聞いて……」

「いつの話をしている。いや私はインドア派だが、人は成長するものだぞ。さぁ遊びに行くぞ!!」

「わ、わかりました」

「それだ! それを外せ!」

「はい?」

「敬語だ! すみれに敬語で話しかけられると、こう……むず痒い!!」

「じ、じゃあ……わかった。行こう、双葉……ちゃん」

「うん!」

「マスター。コーヒーごちそうさまでした!」

「あいよ」

 

 惣治郎一人となり、店内にはテレビから流れるニュースしか声は聞こえない。

 

「……案外、寂しいもんだな。なぁ、若葉」

 

 惣治郎は閑古鳥が鳴く店内で、雛が巣立ち、いずれ飛び立っていく寂寞な気持ちを想像し、僅かに鼻をすすった。

 

 

 ***

 

 

「取り敢えず渋谷まで来た!」

「双葉ちゃん。実は私、放課後を遊んで過ごしたこと全然無いから、こういう時どういう所に行くのかわかんない……」

「いやむしろいい! 今回はJKらしく遊ぶんじゃなくて、テーマを決めて遊ぶぞ」

「テーマ?」

「そうだ。『テーマはあいつらが遊びに行きそうなところに行く』だ。……今はお互いのことを無理矢理分かろうとしなくてもいいから、感想を共有しつつ親睦を深めようぞ」

 

 双葉は指を立てて自身の考えを話した。双葉とすみれ。お互いにお互いのことを知ろうとして、正面から向かい合って距離を縮めようとしても、距離感を間違えて接触事故を起こしてしまうかもしれないことは目に見えていた。だったら向かい合わずに、同じ方向を向いて、歩幅を合せればいい。

 

 そんな考えで双葉は、同じことをして感想を共有すれば、お互いの価値観を知りつつ、距離を縮めつつ、さらに怪盗団の仲間の事も知れる。一石三鳥の提案だった。

 

「双葉ちゃん……天才?」

「もっと褒めてもいいんだぞ! 早速行こう。まずは竜司からだ!」

「そうですね竜司先輩がよく行くのは……フィットネスジムでしょうか?」

「……却下でいいか?」

「早速!?」

 

 悲しいかな。ジムはインドア民にはハードルが高い。運動ももちろんだが、周りのジムガチ勢の目に耐えられない。元は引きこもりだった双葉にはまだちょっと怖い場所だった。

 

「じゃあ……竜司先輩は蓮先輩とよくゲームセンターに行ってるらしいです」

「じゃあゲーセン行こう!!」

 

 双葉が元気よく賛成すると、すみれはそれに従ってゲームセンターへ案内する。

 

 ゲームセンターへ行く双葉の足取り軽いが、周囲の人の目が気になるのか、目を合せないように俯いて道の端っこを歩いた。すみれはそれを悟ったのか通路側を歩いて、双葉から人の目を遮る様な位置をキープしながら歩行した。基本的にこれが二人のデフォルトで、渋谷まで来るときもこういう距離感で歩いていた。

 

「あ、あり」

「ついた。ここだよ」

「えっあっ、……そうか。ここが奴らが入り浸っているゲーセンか……」

「基本的にガンナバウトとかしてるみたい。ほらあれ」

 

 双葉が何か言おうとしたが、すみれが言葉を遮ってしまいタイミングを逃した。言えなかったことを別に気にしてない風に装ってゲームセンターに入って店内を眺めた。

 

 一般的なゲームセンターで、UFOキャッチャー。格闘ゲームの筐体。レジャーサービスには卓球が出来る台まで置いてある。

 

「ああ、あれを一緒にやったことがあるって言ってたかも」

 

 すみれが大きな液晶の前に二丁の拳銃のレプリカが置いてある筐体を指差す。

 

「おお、ガンシューティングか。すみれはやったことあるか?」

「ううん初めて。……これ戦闘の参考になるかも」

「やって……いや、やってみたい」

 

 双葉はすみれに気を使って提案するのではなく、自分のやりたいという気持ちを素直に伝えた。自身の我儘を伝えるのも、受け入れてくれるという信頼関係があってこそだろう。

 

「うん。やろっか」

「お、おう」

 

 すみれは拒否する気も無いぐらいに双葉の我儘を受け入れた。というより、お金を入れる前に銃に触っている時点ですみれは興味津々だった。

 

 二人は筐体にコインを入れて、銃を手に取る。

 

「協力と対戦あるけど?」

「対戦!」

「おっけ」

 

 二人は画面の【GAME START】の文字に照準を合わせて、引き金を引いた。

 

 

 ***

 

 

 画面に出てくる敵を撃ち殺して進むシューティングゲーム。二人が今やっているモードが対戦モードであり、フェーズが終わるごとに倒した敵のスコアの合計得点が出て、計3フェーズのスコアの合計競うモードだ。

 

 最終フェーズが終わった後、お互いのスコアが画面に表示された。

 

「うそ……」

「すみれ弱くないか? 普段銃使ってるんじゃないのか?」

 

 対戦の結果、双葉の勝利だった。圧勝とまではいかないが、敵の撃ち漏らしで明確な点差が付いていた。

 

「そうだけど、逆になんで双葉ちゃんそんなスコア高いの? 初めてなのにランキングに入ってるし。それにエネミーの出現位置が分かってるみたいに撃ってたし」

 

 すみれは敵が出現して慌てて照準を向けているのに対し、双葉はあらかじめ敵の出てくる位置に照準を置いて撃つことで、迅速に敵を駆逐しスコアを稼いでいた。

 

「うーん。私はなんというか、ゲーム脳だからあらかじめ分かるんだよなー」

「ゲーム脳?」

「なんというかゲームにもお約束があって、ボス戦の前にはセーブポイントがあったり、強すぎる敵は負けイベントだったり……そういうプレイヤー心理をとると、どこに敵が湧いたら嫌か、ここにオブジェクトがあるから有効に使えっていう製作者の意図を汲み取ると楽にスコア稼げたりする。……まぁ大抵、製作者の意図を逸脱するプレイをしないとトップにはなれないんだけどな」

「……もう一回」

 

 双葉の言葉を聞いてすみれがボソッと呟いた。

 

「えー嫌だ。これ腕疲れる」

「もう一回だけ」

 

 コンティニューを懇願するすみれの目にはギラギラと闘志の炎が燃えていた。負けず嫌いのすみれにとってこれはもうゲームではなく、戦いなのだ。

 

「……分かった。一回だけな?」

 

 すみれの熱意に圧され、双葉は渋々了承してコインを入れた。先程の双葉の言葉がすみれの負けず嫌いの心に火を点けた。

 

 

 ***

 

 

「ぐぬぬ……戦いの中で成長をしやがって!」

「ふふん。まだまだ怪盗団の先輩は譲れないので!」

 

 二戦目の結果。すみれが勝利した。双葉のアドバイスを聞き、先の先を読んで立ち回った結果、僅差で双葉のスコアを上回った。逆に、双葉は腕が疲れたのかさっきのスコアよりも得点が微減していた。

 

「どうするもう一回やる?」

「ううん流石に疲れたし、ここで白黒つけたらズルズルやっちゃいそうだから引き分けのままにしとこう」

 

 『continuity?』の文字の下に表示されてる『NO』の文字を撃ち抜くと、画面はタイトル画面へと戻った。

 

「じゃあゲーセン出て、次はどこ行こうか?」

「うーん……杏がよく行く場所とか?」

「杏先輩は……よくファッション雑誌見てるから駅地下のブティックとか?」

「服とかネットで頼めばいいのに」

「でも、試着しないと分からないこともあるし一旦行ってみよ?」

「うん……」

 

 双葉は不安と期待をごちゃ混ぜにしてすみれと共にブティックへと足を運んだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 服屋にはコミュ障に一番天敵が存在する。

 

「本日はどのような服をお探しですか?」

「ひょ!?」

 

 そう店員である。服屋の店員というのは、客を見つけたらすぐに話しかけてくるという特性を持ち、世間話やコーディネートについての蘊蓄を垂れ流し、パーティーメンバーのように付いてくる。その様子から【服屋 店員】で検索したら【うざい】というサジェストが候補に挙がるレベルに。

 

 ファッションに疎い人間ならば助かるが、一人で服を選びたい、もしくは店員と会話したくない人にとっては天敵ともいえるだろう。

 

「あ、えと」

「今日は秋服を見に来たんです。しばらく二人で見させてもらっても大丈夫ですか?」

 

 服屋の店員にビビり散らかし、すみれの後ろに隠れている双葉に対し、慣れてる態度で店員をあしらうすみれ。

 

「はいどうぞー。ではお困りになりましたらお声がけください」

「ありがとうございます」

 

 店員は笑顔でその場を後にした。店員は手持ち無沙汰なのか、整頓されているジーパンをもう一度畳んで棚に並べている。

 

「す、すごいなすみれ」

「前に杏先輩に教えてもらったの。こう言えば気を使える店員は話しかけてこないって」

「ほえー」

 

 一言断りを入れるだけで、自分達だけで見たいということを暗に伝える。店員はいいえダメですなんて言えるわけも無いので話しかけられる頻度は減る。というテクニックを杏と一緒にショッピングした時に教わっていた。

 

「言葉ってメンドクサイな……というか、すみれ。それ着るのか?」

「え?」

 

 すみれが手に取ったのは、動物柄のシャツ。しかもヒョウ柄だ。

 

「大阪のおばさんでも今日日着ないだろ」

「まぁトラ柄じゃないし大阪の人は着ないんじゃないかな……」

「そういう問題じゃないだろ」

 

 二人共、大阪へのイメージが偏見レベルだった。

 

「……決めた。私がすみれをコーディネートしてやるぞ」

「……出来るの?」

「なめんなよー! こう見えてもオシャレさんなんだ。すみれに『これが……私』って言わせてやるからな!」

 

 半ば強引にすみれを試着室へ入れ、双葉は店の中の服を吟味し始めた。

 

 数分後、双葉にカットインが入ったかのような勢いで服を選び、すみれの試着室へ持ってきた。

 

「これ着てみて!」

 

 双葉が持ってきたのは、ハイウエストのワークパンツと、タイトなニット。すみれは早速、選んだ服を試着し始める。

 

「着る時に、足首見えるまでロールアップしろよ!」

「えっと、これでこう……」

「着れたか?」

「こ、これでいいのかな?」

 

 試着室のカーテンを開けると、カジュアルかつメリハリのついた服を身に纏うすみれがいた。

 

「おおー。やっぱりすみれはスタイルいいから似合うと思ったんだよなー。んーでも……」

「でも?」

「ポニテ解いて、メガネにした方が雰囲気合うかも……ほれ」

 

 双葉がすみれのリボンをほどき、自身のかけていたメガネをすみれへと装着させる。

 

「うっ……度が強い……」

「うっ……なんかぼやける……」

 

 すみれは双葉の度の強いメガネをかけて視界がピントが合わなくなり、双葉は自身のメガネを貸してしまったことで、すみれがぼやけて見えていた。

 

「私、メガネを持ってるから返すよ」

「あ、そうなのかすまんすまん……おお!」

 

 普段使っているメガネを取り戻し、双葉の視界が回復すると、目の前にコーディネートされたすみれが立っていた。

 

 髪を下ろしメガネをすることで、先程までのスポーティーな印象を無くした代わりに大人っぽい雰囲気を出していた。

 

「おお、やっぱ私センスあるな~」

「こ、これ私本当に似合ってる? なんか服に着られている感じしない?」

「そんなことないけど、オドオドしてるとそんな風に見えるかもな。胸張って自分は似合ってると思ってれば大丈夫だ。新体操してるすみれなら得意だろ?」

「そ、そっか……すぅ……」

 

 新体操は人に見られる競技、自分に自信が無くては高い評価を勝ち取れない。その心構えを持ってすみれは深呼吸して、姿勢を正した。そしてその場でくるりと一度回った。

 

「うん、いい感じ」

 

 後ろの姿をチェックした双葉にすみれは自信満々に「……でしょ?」と答えた。

 

「というかなんでメガネ普段つけてないんだ?」

「えっと、これは私の昔のコンプレックスでもあったから」

 

 これ。と言ってすみれはメガネを指差す。

 

「なんというか……私には姉がいて、いつも比べられてたから。だから私は姉とは違うってことを、見た目だけでも誰かに知ってもらいたかったのかもしれなくてメガネをかけて髪を下ろしてたのかも……まぁもう乗り越えたんだけどね」

 

 素朴な疑問にすみれは苦笑いを浮かべて答える。本人の中で乗り越えたものだから笑い話になるのだろう。

 

「そうか……。でもメガネ掛けたすみれも素敵だと思うぞ! 自信持て!」

「……ありがと双葉ちゃん」

「それに……」

「それに?」

「私とおそろいだ。ほら!」

 

 双葉は自身のメガネを両手で動かしアピールする。それを見てすみれも両手を使って上下にメガネを動かす。

 

「本当だ。ふふっ……」

「えへへ……」

 

 二人は少し照れくさそうにはにかんだ。

 

「ん? 惣治郎から連絡だ……『夕食どうする?』だってさ」

「もうそんな時間?」

「あいつらが居そうなところを巡礼するのには時間が足りないな」

「そうだね。また今度にしよっか」

「今度?」

「そう。友達なんだからまた遊びに行こう」

「……友達、友達……。そうだ。そうだな!」

 

 双葉はすみれの『友達』という言葉を確かめるように反芻し、咀嚼して理解すると、嬉しそうな声を出した。

 

「なぁ、ルブランで夕食食べてくか?」

「そうだね。双葉ちゃんを送れるし、お邪魔しようかな」

 

 その後、試着した服を買い、寄り道して怪盗団グッズを買ってから、双葉と共にルブランへ戻った。

 

 

 ***

 

 

「すみれ送らなくて平気か?」

「大丈夫。いざとなったらダッシュで逃げるから」

 

 すみれは大量のカレーを頂いた後、買った服を持ってルブランの外に出た。双葉も連れだってルブランを出て、すみれを見送ろうとする。

 

「な、なぁ、すみれ……」

「……? なに?」

「…………」

 

 双葉がどもりながら言葉を紡ぐ。夜道を照らす電灯が彼女の言葉を急くように点灯する。

 

「えっとな、道歩く時に気使ったりか、店員追い払ってくれたときとかありがとう……だから、私、今日、楽しかっ、た」

 

 誰かにお礼を言うという行為に慣れていなくて、最後の方は言葉につっかえてしまった。

 

「うん私も。双葉ちゃんから、仲良くしてくれようとしたの嬉しかった」

「また、遊びたい」

「わかった。約束……じゃあまたね」

「じゃ、じゃあ」

 

 双葉はすみれが角を曲がり、姿が見えなくなるまで手を振っていた。手を振るのをやめると、ゆっくりと来た道を戻ってルブランに帰った。

 

「ただいま」

「おう、おかえり、ってさっき言ったばっかだけどな」

「……なぁ惣治郎」

「なんだ?」

「私……友達出来た」

「……そうか……よかったな」

「うん……!」

 

 

 ***

 

 

「ただいまー」

「おかえり。珍しいねー友達と食べて来るなんて」

「まぁね」

 

 すみれが帰ると、風呂上がりで髪をタオルで乾かすかすみが出迎えた。

 

「あれ? メガネ掛けてるのも珍しい。最近はポニーテールだったのに」

「ああ……これは。これが私っぽくもあるらしいみたいだから」

 

 




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『強欲』の宇宙基地
#41 おもしれー女……!


 

 モナと竜司が喧嘩した。原因は竜司のデリカシーの無い発言……いや、全責任を竜司に押し付けるのは違うか。モルガナのストレスとコンプレックスが爆発して怪盗団を離れていった。

 

 原因は些細……というには少し俺達が背負っているものが大きすぎるとは思う。今や怪盗団は世間から持ち上げられ、一挙手一投足に注目されている状態で普段と変わらずいつも通りにいろと言われても無理な話だ。俺だってこの先の展開を知っていない状況なら自己承認欲求と、それに伴う責任で平気ではいられないと思う。

 

 対して、モルガナは自身のアイデンティティとそのルーツについて考え始めた。自身は一体なんなのか? どこから来たのか? 本当にヒトと言えるのか? この世界に居場所があるのか? 

 そして怪盗団に必要とされていない自身に価値や居場所があるのかと。

 

 喧嘩になるまで発展したきっかけは、その怪盗団とモルガナとの心の摩擦によって生じたものだ。誰も悪くない。強いて言えば環境とタイミングが悪いだけだ。幸運なのは怪盗団には良い子しかいないってことだ。お互い素直に謝れば関係性に致命的なヒビは入らない。

 

 思春期の男子高校生が素直になれればの話だけど。

 

 

 ***

 

 9/15 木曜日 曇り

 

【奥村邦和】【本社ビル】【宇宙】。パレスへ入るキーワードを入力し、オクムラパレスへと潜入する。無駄を削ぎ落した機能的な建物と、青白く発光した蛍光が床や天井に組み込まれ、現代より先に進んだ未来の建物を彷彿とさせる。

 

「んじゃ取り敢えず先に進んでオタカラルートを確保すっか!」

「その前にモルガナ見つけるのが先!!」

 

 パレスを攻略するのももちろんだが、今回はこのパレスに来ているであろうモルガナを説得しに来たのが本命。あと、奥村邦和が経営しているビックバンバーガーの競合他社の社長が次々に突然死している。これはあまりにも奥村邦和にとって都合のいい話なので、俺達は精神暴走の事件を起こしている黒い仮面と奥村邦和の関与があると考えた。このパレスから手掛かりを探すのもサブミッションだ。

 

 その黒い仮面の正体である明智も今日は偶然にもこのパレスに来ている。……姿は見当たらないが。

 

 近未来的な建物を進むと、工場らしき場所へと出る。そこにはロボット達が荷物を運搬しており、そのロボット達よりもより大きい体を持つロボ上司が仕事を監視していた。聞き耳を立てれば、パワハラワードが飛び交っている。

 

「『嫌ならやめろ、手当はなし……廃棄』だって」

「あのロボット達は奥村社長から見た、従業員の姿ってことですよね……」

「やっぱりネットで騒がれているブラックっていう噂本当だったみたいだね」

「ロクな扱いじゃないな」

「ほらよ! やっぱり言った通りだぜ!」

「本題はモナ」

「そうね。取り敢えず先に進んでモナを探しましょう」

 

 怪盗団はさらに奥に進むと、一枚の大きな扉が行方を阻んだ。

 

『生体認証を行います』

 

 蓮が扉に近づくと、機械的な音声が流れる。数秒後に『エラー 認証失敗』という文字が浮かび上がった。

 

『この先の区画は登録された方以外は立ち入り禁止です』

「こりゃあ……少々厄介かもな」

 

 ハッキングの天才、双葉ことナビがそう呟くのだからこの扉のセキュリティは相当なものなのだろう。

 

「そうそうに手詰まりだな……」

「どうしましょうか……」

「生体認証なのだから会社の関係者じゃないと入れないな」

「うーん……会社の人を認知世界に連れて来るとか?」

「そんなことしたら俺達の正体がバレるだろ」

「じゃあ私達の正体を知っている、会社の関係者が必要ってこと?」

「それでモナを連れていたら最高だな」

 

 まさかそんな存在が都合よくいるわけが……。

 

「お待ちなさい!! あなた達!!」

 

 いたーーーーーー!! (知ってた)

 

「誰!?」

 

 声がしたのは倉庫の物置ラックの上から。蛍光灯の明かりが届かない死角の暗がりから美少女怪盗が現れた。

 

 奥村邦和の娘、奥村春だ。今回のキーパーソンで、彼女がいないとこのパレスは始まらない。

 

「黒い仮面!? まさか、斑目や金城が言い残した、あの?」

 

 奥村春が黒い仮面をしていることで杏は勘違いしたらしい。そしてその言葉を皮切りに怪盗団の面々の鋭い視線と言葉を奥村春に向けているが、彼女は応答せずに困惑するだけ。少し間が開いた後、聞き慣れた声が部屋に響き渡る。

 

「オマエら、勘違いも程々にしとけよ!オタカラを求めて来たのなら、尻尾を巻いて帰った方がいい!」

 

 陰から颯爽と登場したのはモルガナだった。

 

「オタカラはワガハイとこの……」

「……?」

 

 モルガナは奥村春に台詞を言うように促すが、本人は分かっておらず、ハテナを飛ばしている。

 

「美少女怪盗が貰うからだ!!」

「……! 美少女怪盗と申します!」

「自分で言っちゃったよ」

 

 奥村春とモルガナがアクロバットに物置ラックから飛び降りて着地するとポーズを決めた。

 

「オタカラは私達がいただきます!!」

「それ二回目」

「しかもモナが言ってた」

「……あ、あなた達は怪盗失格です!!」

 

 ツッコミが入ってもめげずに凛々しい怪盗を演じれるように頑張っている。

 

「そこのあなた!! 怪盗をどう考えてるんですっ!?」

「強きを挫き、弱きを助ける」

「そうです、そのとおりっ!? ……………………無駄話はおやめなさいっ!!」

「そっちから振って切ったんじゃん」

「…………どうしたブル? 顔を抑えて」

「いやもう……おもしれー女って感じで俺ワクワクすっぞ」

「共鳴しあうな。反発しろ」

「フンッ……! ワガハイ達はオマエらに構ってるヒマ無いんだよ!!」

「じゃあなぜ名乗った」

 

 と、面白二人組は怪盗団を無視して、生体認証の扉の前に立つ。

 

『認証中…………』

「あーやめとけよ。それロックが掛かってて開かね……」

 

【ニンショウセイコウ】

 

「……!」

「ワガハイ達を舐めるなよ」

「ちょ!? 後ろ!!」

「後ろ?」

 

 開いた扉の向こう側に居たのは大量のシャドウ。普段なら逃げる量だし、ゲームでもここは撤退していた。

 

「ブル」

「ああ」

 

 だが蓮のその一言で、その考えは無くなった。だって俺も、この量なら『余裕』と思ったからだ。

 

「二人共逃げないの!?」

「「ここで捻じ伏せる(蹴散らす)」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、無事に大量のシャドウを倒し切った。無傷とまではいかなかったものの、かすり傷程度のダメージしか喰らわなかった。

 

「なーあの二人だけゲーム違くないか? RPGっていうより無双ゲーっぽいことしてたぞ」

「こんな事したらパレスの警戒度上がるんじゃないかしら……」

「「あ」」

「考えてなかったんですか!?」

 

 そういやそんな仕様もあったな。

 

「というかあの二人どこ行った?」

「二人が戦闘している間に逃げてったよ。……あの女の子は見るからに戦闘出来なさそうだし」

「扉はまたロックがかかってしまったし、一旦引き上げましょう」

 

 

 ***

 

 

 9/17

 

 秀尽高校の保健室で、丸喜先生と久々の作戦会議を行うことになった。会議と言っても近況報告だけど。

 

「平気かい?」

「え?」

「随分疲れているように見えたから。……コーヒーいる?」

「はい……砂糖とミルクつけてください」

「わ、わかった」

 

 テーブルに出されたコーヒーに砂糖とミルクを入れようとしたら先生が焦ったような声を出した。なんだ先生もブラック飲める派か?

 

「最近だと、パレス入って戦って特訓してを繰り返している毎日ですから疲労が溜まるのも無理ないかもしれないです。先生の方は? 論文は順調ですか?」

「うん、このまま11月に入る頃には完成してるよ」

「よし!」

 

 予定通りに論文は完成してパレスも完璧に稼働し始める。先生がすべき事はメメントスと現実が融合し、怪盗団がヤルダバオトを打ち倒す12/24まで待つだけ。

 

「そういえばルブランに行って双葉ちゃんと話してきたよ。怪盗団のハッカーがあんなに若いなんてビックリしたよ」

「どんな話を?」

「認知訶学についてと、双葉ちゃんの願いについてとか、かな……叶えてあげたいな」

「……そうですね」

「……それで、次のターゲットは奥村社長かい?」

「やっぱりわかります?」

「ニュースを見ててなんとなくそうかなって」

 

 メジエドを倒してからの怪盗団の評価はうなぎのぼりだ。メディアが煽り世間が煽てる。もはやカルト的で少し怖い。

 

「怪盗団の皆はメンタル大丈夫かなって。こんな状況になったら僕なら正気を保っていられるか分からないよ。ははは」

「……」

「……すでに何かあったんだね?」

「はい……」

 

 先生にモルガナと竜司のことを話した。

 

「今日中に仲直りする予定なので、心配には及びません」

「そっかそれなら良かった。でも意外だね。乙守君ならその場を上手く収められそうに立ち回るかと思った」

「まぁ見守らないと進まないイベントがありましてね」

 

 モルガナが出ていかないと、奥村春と接触しなかったからな。

 

「じゃあ後三か月頑張りましょう!」

「あ、乙守君」

 

 俺はコーヒーを飲み干し、保健室を出ていこうと扉に手をかけると先生が声を掛けてきた。

 

「体に異常無い?」

「ありませんけど……?」

「いや、それならよかった」

「……? そうですか」

 

 

 

 ***

 

 

 

 丸喜は乙守が飲んだカップを片付け、シンクで洗っていた。コーヒーではなくコーラの入ったカップを。

 

(曲解は機能している。乙守君にもこれなら……でも砂糖とミルク入れるのは止めた方が良かったかなぁ)

 

 

 

 ***

 

 

 

 放課後、メメントスにて。俺達はモルガナと美少女怪盗がこっそりメメントスのターゲットを改心していることを知り、待ち伏せしていた。

 

「モナが来たら謝るんだからね?」

「わーってるって! 俺だけに言うなよ」

「美少女怪盗にも注意しなくては」

「来るまで待つ……か。持久戦を覚悟しないとね」

 

 

 数時間後……。

 

 

「だっしゃーおらー! 革命からの8切りで上がりだぁー!!」

「くっそ俺また都落ちかよ!?」

「……少し、だらけすぎかもね」

「デジャヴを感じます」

 

 怪盗団数名で大富豪していると、メメントスの改札を通る二つの影。モルガナと美少女怪盗だった。

 

「オマエラ……たるみきってる!!」

 

 いや全くもってその通り。反論できないな。

 

「いや、これは置いといて。『怪盗お願いチャンネル』の依頼、あなたが勝手に叶えてない? コメントまで書いて。無暗に書き込まないでほしいの」

「たちまち足がつくぞ。そうなれば俺達にもとばっちりだ」

「それは……ごめんなさい!! 私機械には強くなくて……」

「謝んのかよ!?」

「私達のために言ってくれたのよ? お礼を言わなくちゃ」

「そろそろ機嫌直してくれない?」

「……ワガハイ目当てだったわけか?」

 

 モルガナがこちらに視線を向ける。とある言葉が物欲しそうな顔で。

 

「ワガハイがいないとダメなのか? やっぱり困るのか?」

 

 問いかけてくるモルガナの声は何かを期待しているように語尾が上がっている。言って欲しいんだろう。お前が必要だと、ここが居場所だと。

 

「いないと困る」

「……そうかぁ?」

「竜司! ……ごめんね、モルガナの気持ち考えてなかったよね」

「アン殿……」

「み、皆さん。コードネームとかはよろしいの……?」

 

 竜司の失言をカバーする杏。そして空気が読めていないというか、ついていけてない奥村春がズレた発言をする。ちょっとややこしくなるから少し黙っていて。

 

「竜司もさ、本心じゃないんだよ? 本当は謝りたいんだって」

「……ま、俺も悪かった。……つーかさ。別に人間じゃねぇとか役に立たねぇとかそんなの気にしねぇって!」

「……っ!」

「あーあ」

「デリカシー皆無……」

 

 ド・ド・ド地雷を踏みにいく竜司。これ悪意とか悪気一切無いのが問題だろ。無邪気って怖え。

 

「ああそうかよ! どうせワガハイは役立たずだよ! じゃあそこまで言うんならオマエラは相当出来んだろうな!!」

 

 モルガナが車に変身する。

 

「だったらワガハイのこと捕まえてみろ!! 乗れ!! 美少女怪盗!!」

 

 奥村春は少し逡巡した後にモルガナに乗った。

 

「出来なかったらワガハイのこと諦めてもらうからな!!」

 

 欲しい答えを貰えなかったモルガナがヤケになってメメントスに入っていきました。俺達のせいです。あーあ。

 

「こちとら何時間待たされたと思ってんだ!! 上等だコラ!!」

「もう趣旨変わってるじゃないの!」

「俺が待ち伏せして、アステリオスで仕留めるか?」

「……乗ってる奥村さんに被害が出るからやめましょう」

 

 素直にメメントスでモルガナと鬼ごっこをした。

 



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#42 言えたじゃねぇか……

 

 結局モルガナの説得は不可能だった。

 

 お互い話が平行線というか水掛け論で、モルガナが意地になって素直になってくれない。最終的に話し合いをする前にメメントスから出て行ってしまった。今日のところは引き上げ、俺たちはメメントスから出て、夜の渋谷の街を歩く。

 

「なんだよモルガナの奴……! こちとら何時間も待ったってのに!」

 

 竜司が悪態をつく。

 

「いや竜司が地雷踏んだからだろ」

「なんで竜司はデリカシーが無いんだ?」

「竜司先輩はもっと言葉に気を付けた方がいいと思います」

「だからモテないんだぞ」

「俺がそんなに悪いかよ!? てか最後は関係ねぇだろ!!」

 

 まぁ、竜司が地雷を踏む前はモルガナも態度が軟化してたからな。あそこで余計な一言を言ってしまったのが悪いといえば悪い。それはそれとして竜司は泣いていい。

 

「時間が解決してくれるかしら……」

「いや、あんまり仲直りに時間かけない方がいいぞ」

「なぜだ? お互いにヒートアップしてるなら熱が冷めるまで待った方がいいと思うが」

「パレスとか怪盗活動とか関係無くて俺の意見だけど……人間関係においてお互いのために時間を置く行為っていうのはそんなに万能じゃない。いずれ何事もなかったかのように元通りになると思ったら大間違いだ」

「……そうだよね」

「だからここで殴り合う覚悟を持って本音をぶつけあうのが一番の方法だ。雨降って地固まるって言葉あるだろ?」

 

 いやまぁ、予定通りイベントを進めたいってのが本音だけど。ほんとこっからスケジュールシビアになってくるから。

 

「でも胡桃の言う通りだ。モルガナが出ていったら『今日はもう寝ようぜ』って言ってくれる奴がいなくなる。だから昨日俺は寝ていない」

「自分で寝ろよ」

「モルガナに生活リズムを管理されてるじゃない……」

「はぁ……リーダーのためにもモルガナを連れ戻さないとね」

 

 P5のゲームしてるときは、『モルガナいないなら夜行動し放題じゃんラッキー! ……いやなんで行動出来ないんだよ!!』ってなったけど、その理由が垣間見えた気がする。蓮の中でモルガナの存在って大きいんだな。寝ろ。

 

「だ、れか……」

 

 か細く今にも力尽きてしまいそうな声が耳に届いた。その声は全員に聞こえて、小さな声なのに聞きとれたのは普段から聞いたことがある声だからこそだろう。

 

「今の声!?」

「モルガナだ!」

 

 声が聞こえた方向に全員が急ぎ足で向かい、目を向ける。渋谷の路地裏、清潔感のある白スーツを着た利発そうな顔立ちの男が、苛立ちながら奥村春の腕を掴んでいた。そしてその傍らにはぐったりとして横になっているモルガナの姿があった。

 

「あれヤバそうじゃない?」

「クソっ!」

 

 竜司が、いの一番に駆けだし、奥村春の腕を掴んでいた男を突き飛ばした。突き飛ばされ、よろめいた男は竜司を睨みつける。

 

「おい、お前……!!」

「テメェ、俺の仲間に何してんだ!!」

 

 竜司が前に立ち、男にガンをつける。これ以上手を出すのなら暴力など辞さないと拳を握って。

 

「フン……これは僕とフィアンセの問題だ。部外者は黙っててもらおうか」

 

 駆け付けた俺たちを一瞥し、鼻で笑う。

 

「でも、奥村さん嫌がってましたよね?」

「暴行や脅迫で無理やり連れていこうとしても未成年略取となります。……たとえ同意の上でも」

「こんなに目撃者がいるんだ。不利になるのがどちらかは分かるだろう」

 

 すみれ、真、祐介が、相手をこの場から退かせるために言葉を尽くし、お互いの立場を分からせる。

 

「……チッ。お前らの顔、覚えたぞ」

 

 相手の男は流石に分が悪いと感じたのか、苦虫を嚙み潰した顔でセリフを吐き捨てて、その場から足早に立ち去って行った。

 

「大丈夫?」

「私は大丈夫。でもモナちゃんが……」

「……ワ、ワガハイも大丈夫だ……こんなのどうってことねぇ……」

 

 モルガナが自力で立ち上がれるところを見ると、どうやら傷はそんなに深くは無いようだ。

 

「奥村さん。あれは本当にあなたの婚約者なの?」

「うん……」

「高校生で婚約……ってすげー」

「でも本当に大丈夫だったの? なんかただの喧嘩じゃないって感じしたけど。親に相談した方がよくない?」

「……親に相談しても『土下座してでも許して貰え』って言われるだけ…………」

 

 いわゆる政略結婚ってやつだ。そこに愛は無いとまでは言わない。互いを知らないだけで話していくうちに打ち解けてラブに発展することもあるかもしれない。

 

 けど、あの様子からして、ろくでもないヤツなのは分かる。

 

「何か訳がありそうだな」

「な、なぁとりあえずハルをどこか休める場所に連れてってくれないか? 頼む……」

 

 モルガナは自分の怪我よりも春の心労を気遣う。

 

「当然だろ。ルブランでいいよな?」

 

 

 ***

 

 

 ルブランの屋根裏部屋のソファに春は横になると、精神的な疲労からかすぐに眠りについてしまった。春の事情を知っているモルガナはその様子を見て安堵したような鳴き声を漏らす。そして怪盗団の方を向き、テーブルに乗って話し始めた。

 

「……迷惑かけたな」

「迷惑なんて思ってないよ」

「いいんだアン殿。慰めはいらねぇ。ワガハイの自己中な考えで厄介事に巻き込んじまったのは事実だ。……それにさっきのトラブルもワガハイじゃなんにも出来なかった。オマエラが来てくれないとハルはあの男に乱暴されていた。……礼を言う」

 

 ペコリと小さな頭を下げるモルガナ。俺達に対して礼儀正しいのはらしくない。

 

「ど、どうしちゃったんだよモナ。そんな他人行儀で……」

「……こんな見た目をしてるのに認知世界の肝心なことは何も知らない。それどころか怪盗団の力になってやれないし、いずれ足を引っ張る存在になる」

 

 大分ナイーブになってるな。一度自分の無力を痛感すると精神参るよな、わかる。

 

「こんなの、もう取引とは言えねぇよ」

「だからなんだ? 俺は……俺達はモルガナが必要だ」

「蓮……ありがとよ。でもここままじゃいけないんだ」

「なにがいけないんだよ。戦闘でも回復してくれるのすげぇ助かってるし、前のめりになりそうなときも手綱を握ってくれてる。モルガナがいなきゃどうしようもない場面だってあっただろ」

「……お前には分かんねぇよ、胡桃」

 

 なんだそれ。

 

「だが、俺たちは、一言も『モルガナがどうしたい』って本音を聞いてない」

「ワガハイは、怪盗団を…………抜け、たい」

 

 懸命に説得する蓮に対して、溜めて、絞り出すようなか細い声でモルガナが答えた。きっと本音ではない言葉を。

 

「──嘘、やめよ?」

 

 いつの間にか起きていた奥村春がモルガナを優しく抱き寄せ、膝に乗せる。

 

「だって異世界で倒れてた時、モナちゃん言ってたでしょう。『ワガハイだって怪盗団の一員だ! 強くなって認めてもらうんだ!』って。本当はここが大好きなんだよね?」

「そんな訳……ないだろ」

「……私も嘘吐いてたけど、ペルソナと契約するときわかったの。お父様が酷い事をしてるから……なんて建前で、立場も責任もある大人の言葉だからきっと正しい、仕方ないって自分を騙して……。馬鹿みたい。形の無いものに縛られてずっと言いなりで……でも、もう我慢しない」

 

 奥村春は、深呼吸をして意を決した顔つきになる。そして、

 

「私あの人無理っ!! キモイ!!」

 

 盛大に思いの丈をぶちまけた。奥村春は憑き物が取れた顔になると、モルガナに語りかる。

 

「これが、私の本音だよ」

「な、なんだよハル急に大声なんか出して……」

「モナちゃんはなんで人間に戻りたいと思ったの?」

「…………最初は、記憶を取り戻すまでの仮の住処ぐらいに思ってた。でも、自分が何なのか、なんのために生まれたかも一向に分からなくて……目的が欲しかった。怪盗団にいる目的が……でも復讐したい相手もいない、助けたいやつもいない。そんなワガハイがここにいていい理由が……だから、ワガハイにとってここが……この怪盗団が……」

 

 声が震えている。本心を話して拒絶されることが怖いのか、それとも単に恥ずかしいだけなのか。少なくとも、ここにいる連中の中で、モルガナのことを拒絶する奴を俺は知らない。

 

「唯一の居場所だ! ずっとここにいたいんだーっ!」

 

 モルガナが本心を打ち明けると、怪盗団の面々に笑みが浮かぶ。

 

「いいのか!? ワガハイと居るとどんな不幸が降ってくるか分かんないぞ!!」

「望むところだ」

「そうそう。てか私達も一緒に居たいに決まってるじゃん」

 

 モルガナは吹っ切れたように自身の憎まれ口を叩くも、そんなことを気にする怪盗団じゃない。その事実を受け入れたモルガナは小さな頭を下げた。

 

「ああ、そのなんだ……心配かけてごめんなさい」

 

 モルガナが謝罪して、怪盗団に戻ってきた。これにて円満解決だ。

 

「この雰囲気で言いにくいけど……皆、終電大丈夫?」

 

 かなり時間が経ってることに気付いていなかったのは、今日は色んなことがあったからだろう。もうすっかり夜は更けていた。

 

「私は……」

「春は泊まってけ。ナシつけとく」

 

 そう言って奥村春は双葉に連れられ佐倉家に泊まることになった。皆は終電に乗り遅れないように急いでルブランを出ていく。それに付いて行こうと俺も屋根裏部屋から出て行こうとすると、モルガナに声を掛けられた。

 

「クルミ」

「無いぞ」

「ちげーよ! オトモリの方を呼んだんだ!」

「いるぞ」

「おう、ちょっとだけ話したいことあるんだ。蓮も聞いて欲しい」

 

 俺は屋根裏部屋に残って蓮と一緒にモルガナの話を聞こうと椅子に座った。

 

「……ちょっと嫉妬してたんだオマエに」

「え、なんで?」

「クルミは怪盗団歴で言えばほぼワガハイと一緒だ。ジョーカーよりも前にワガハイと一緒にカモシダパレスを攻略してたんだからな」

 

 あー懐かしいな。もう何ヶ月も前の話だ。あの時は鈴井さんを助けるので精一杯だったな。

 

「いわば同期だ。そんなオマエが。ワガハイを置いて強くなって、今や蓮と同じくらいの強さになってて、肩を並べて戦ってる。それに他の仲間から頼りにされてるのが少し……」

「それで妬いていたのか?」

「……ああ」

「はぁ……それを本人に告白する必要なかっただろ。羞恥プレイか?」

「違げーよ! ワガハイの心のしこりを取っときたかっただけだ! いいか? アン殿は渡さないからな!」

「狙ってないし、モルガナのでもないだろ」

「ハハーンどうだか。元の姿に戻ったらメロメロになるかもしれないぞ?」

「じゃあ元の姿になれるように頑張れよ」

「わかってるって。だからこそクルミ、改めて取引だ。ワガハイと一緒に手伝ってくれないか?」

「いいよ」

「もちろん役に立……って即答かよ!」

「俺もモルガナの願いを叶えたいからな」

 

 皆と一緒の人間の姿になりたいっていう理想を叶えてやりたいから。

 

「改めて。頼むぜクルミ」

「よろしくな。モルガナ」

「その……胡桃。いい雰囲気のとこ悪いんだが……」

 

 なに? と言って、蓮がスマホに映し出された時計を俺に見せる。……終電間に合わん。

 

「……泊めてくんね?」

「ナシつけとく」

「梨あるのか? ワガハイ食いたい!」

「「ちげーよ」」

 

 



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#43 ☑私はロボットではありません

今回は前世の記憶から始まります。


 

 恋人となって、二人で帰り道を歩く放課後。歩幅を合わせ、気を遣って車道側を歩くのは新鮮だった。

 

「老いが怖い」

 

 立ち寄ったコンビニで二人で肉まんを頬張りながら歩いていると、ゆりは脈略もなくそう言った。あまりに突然の告白だったから「なんで?」と聞き返す凡庸な返ししか出来なかった。

 

「今日ね。学校に行く途中に白髪のおじいちゃんが電車のドアを蹴って怒鳴ってたの。それでふと思っちゃった」

「それはそのおじいちゃんが怖いんじゃなくて?」

「ううん。その人自体は何にも怖くなかったよ。……でも私もいつか、ああなってしまうかもしれないって考えたら怖くなっちゃった」

「そうなることは……」

 

 無いとも言い切れないから言葉が詰まった。ゆりの未来なんて誰にも分からない。本人が思うようになってしまうかもしれないし、俺の母親みたいになるのかもしれない。だから軽率なことは言えなかった。

 

「だってもしそうなったら、私…………深夜にアニソンを熱唱して走り回ってるかもしれないじゃん!!」

 

 ……多分そんな重い話でもなかったらしい。心配して損した。

 

「あぁ……アニソンならまだしも、ネットだけで流行ってる自分だけが面白いと思ってるネタを擦り続けたら終わりだ……」

「それはもう十代にも結構居るから気にすることじゃないし、ゆりもたまに手遅れだと思うこともあるから心配いらないと思う」

「フォロー下手くそどころか刺してきたなコイツめ……」

 

 刺したお返しとばかりに、すでに食べ終わった肉まんの敷き紙を俺の制服へと入れてくる。嫌がらせという割には、制服が汚れないように丁寧に折りたたんで、気を遣ってくれている。

 

「……」

「……」

 

 肉まん一つ食べても、ゆりの小腹が満たされないのか、自分の手に持っている肉まんをジッと見つめられる。

 

「……あむ」

 

 ゆりの口元に近づけると、そのまま大きく口を開いてぱくりとかぶりつき、半分持ってかれた。してやったりな顔でもぐもぐしているゆりを横目に、俺は残った半分を一口で食べて、肉まんを敷き紙を折りたたんでポケットに入れた。

 

「……みくるって全然怒らないよね。今ちょっと怒られたくてやったのに」

「怒られたい……? ……まぁ、怒る要素無いし」

「勝手にポケットにゴミ入れられるのと肉まん食べられるのは怒ってもいいと思う」

「でも、ゆりって俺より美味しそうに食べるから見てるだけで幸せな気持ちになるし、それを見ると俺も幸せになる」

「……」

 

 肩を軽くパンチされた。無言で。

 

「君はさぁ……そういうところあるよねぇ……私のこと好きすぎじゃん」

「好き」

「はー、もうお腹いっぱい。恥ずかしくないの?」

「結構いっぱいいっぱい」

「だよね。顔赤いもん」

 

 手の甲で自分の頬に触れると、確かに熱を持っていた。

 

「でも……なんだろう。ゆりの笑顔を見ると幸せになる。だから余計にあげたくなるのかも。そっちの方が俺も幸せだから」

 

 一緒に過ごして、笑ってくれると、多幸感で釣られて笑ってしまう。空っぽな俺の中身が満たされていくような感覚。これを『愛しい』って言うんだろうか。

 

「……功利の怪物」

「なにか言った?」

「別に。この話照れくさいから老いの話に戻そう。まぁその、さっき言った奇怪な行動もそうだけど、私としてはさ。忘れるのと、自覚が怖い」

 

 老化で物覚えが悪くなって忘れるのが怖いのは分かる。でも。

 

「自覚するのが怖い?」

「……出来ることが出来なくなったり、忘れてることを思いだせなくなったりするんだよ? もし、大切な思い出を忘れてるとして、思い出せないくせにそれを自覚してしまうのが怖い。そうやって日に日に死に向かって生きていくのって地獄じゃん」

 

 あんまりそういうことは考えたことなかった。大人びたことを言う。

 

「じゃあ忘れないように日記をつけるとか。ほら、忘れたら見返せるからいいんじゃない?」

「日記かぁ……続いたことないんだよね」

「だったらスケジュール帳でも買って、何かしたい予定を書くだけでもいい。未来の予定を書くとワクワクしてこない?」

「……そうじゃ、なくて」

 

 ふと、宙ぶらりんになった手に生暖かい感触。ゆりが手の甲をくっつけては離れをいじらしく繰り返し、やがて擦り付けるように手の甲同士をピタリと密着させる。

 

「……私は、一緒の思い出が欲しいな。例えば、今週、日曜に……水族館に行ったり……とか」

「い、いこう! すぐ行こう! どこがいい!?」

「……実は、もう……チケットあったりする。……懸賞で当たったやつ」

「え……あ。もしかしてそういうお誘いをするためにそういう話をした?」

「っ……! き、君はさぁ……! わざわざそれ口に出さないでよ! 私付き合うとか初めてだから可愛い誘い方とか分かんないし、私……そんな、アレ、じゃない、し……」

「……」

 

 彼はピタリと手の甲にくっついてる彼女の手を握った。

 

「行きたい。一緒に」

「……わかった。……楽しみにする……」

 

 彼女もそれに応え、指を絡ませる。彼から顔を背けていても、手のひらから伝わる熱で感情は察せられる。

 

 言葉はいらずとも気持ちはわかっている。知っている。彼はそう信じていた。

 

 この先も幸せが続くのだと信じていた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた。なにか夢を見ていた気がする。

 

 

 ……………………だめだ。何も思い出せない。憶える価値もない大したことない夢ということにしておこう。

 

 というか今はそんなことよりも考えるべきことがある。それに予定ではおそらく今日──

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 9/20 火曜日 晴れ

 

 奥村春が、嫁ぎ先に飛ばされるのが10月10日。今日を含めて身売りの期限まであと21日だ。春の身を守るため、そして世間の怪盗団に対する期待に応えるため、俺達は奥村邦和の改心を決めた。今度は怪盗団の意志も一緒だ。

 春は力には目覚めているが、ペルソナは出せない。戦闘をさせないように春を後方に置き、生体認証の扉まで進む。

 

【ニンショウセイコウ】

 

 厳重な生体認証も身内に来られれば形無しだ。侵入者を拒むその扉は呆気なく開く。

 

「そういや、前にここに来た時に、すっげぇ張り切ってたよな。あれモナに言われたキャラ? 美少女なんとかって」

「あれは……その……」

 

 竜司の素朴な疑問に奥村春は、いじらしくも真面目な顔で話し始める。

 

「正義のヒロインなの」

「ここ笑うとこ?」

「ばか!」

 

 奥村春の口から『正義のヒロイン』などというワードが出たからか、ギャップがすごい。それでも彼女は真面目な顔で話し続ける。

 

「小さな頃から周りの人達は私を見てなかった。私に優しくしたらお父様に気に入ってもらえる。お金やプレゼントだって貰える。大人も、先生も、友達だってそう。皆、損得のために笑う……そう思ってた」

「だから学校では伏せてたのね」

 

 社長の娘という立場は周りが思っている以上に煩わしく、本人が思わっている以上に利用価値があるんだろう。生まれた環境が違うだけで、ここまで生き方の立ち振る舞いが違うのは、少し同情する。

 

「でもね、テレビの変身ヒロインはかっこよかった!」

「わかる」

「同意がはやい」

「いつでも他の誰かのために無償で戦って、自分も笑ってる。そんな風になりたかったの! 空想だってわかってたけど……憧れてた」

 

 子供の頃は誰だってヒーローに憧れる。どこに惹かれたかと聞かれれば九割はビジュアルと子供の頃は答えるかもしれないけど、残りの一割はそのヒーローの在り方だと答える。多分それが一番重要で、奥村春はその在り方に惹かれたんだ。

 

「誰だって一度はそういうのに憧れるだろ。なぁブル」

「そうだ。俺も今もヒーローに憧れてるし、なんなら日曜の朝は早起きして見てる」

「そうなんだ! じゃあもしかして私が憧れてるヒロインって分かる?」

「めっちゃ候補多いんだよな……月に変わってお仕置きするやつ? それとも強気に本気で素敵で無敵なやつ?」

「どっちもある! それに大人の事情だったり、時代で色々受難があった作品と、あと一つは印象的な決め台詞があって『愛ある限り戦いましょう』……えっと」

「 『命、燃え尽きるまで』か? ああ、前者は主人公の表の顔がシスターの作品だよな。……随分昔だな」

「そう! えっとね私あのシーンの──」

「わかる、ていうか最終回がアツ過ぎるんだよな、やっぱり──」

「……おかしいな。俺も二人と同じ時代に生まれたはずなのに全然話題についていけない」

「別に気にすることはないぞジョーカー。今話してる作品は私達が生まれる以前に放送してたものだ。ついていけないのも無理はない。おかしいのは二人だ」

 

 俺達は互いにその作品に話したあと、お互いに向き合って握手をした。

 

「なんか変な絆が生まれてる」

「変っていうな。趣味の一致だ」

「そう。『話せる』タイプの人だっただけだよ」

「会話が完全にオタクだなコイツら」

 

 奥村春との絆が深まるのを感じる……とか言ってコープ上がってるような気がする。こういう話出来るの双葉ぐらいだからな~。同志が増えて嬉しい。

 

「そこで何をしている!」

 

 そんなほっこりした空気を壊すように、怒鳴り声で会話に水を差したのは、オクムラパレスの主『シャドウオクムラ』だった。

 

「お、お父様? それにそっちは……!」

 

 十数メートル先、扉の前には、あの春のフィアンセと共に立っていた。フィアンセの姿は変わっていない一方で、オクムラは漆を塗ったようなツヤのある黒い宇宙服を身に纏っていた。

 

「ハル、あれは認知上の存在だ! 本物じゃねぇ。説明しただろ?」

「認知上の……そっか」

 

 モルガナに過去教えられた事の実感が湧いたのか、春は目の前の存在に納得する。

 

「なにをゴチャゴチャ言っているんだ」

 

 宇宙服のヘルメットは声を遮断するため、服についてるスピーカーからオクムラの声が聞こえる。

 

「……前に言いましたよね。『お父様のために私なりの最善を尽くす』と」

 

 春はカツカツと歩き、怪盗団より一歩先に出る。

 

「これが、その答えです!」

 

 彼女は威風堂々とオクムラに見せつけた。怪盗団を使って改心をする。それこそが“最善”なのだと。

 

「そやつら……例の怪盗団か? ああ、そうか!」

 

 オクムラは合点がいったように頬を吊り上げる。

 

「許しを請うために差し出すか! 『損は裏切ってでも取り返せ』……奥村の娘らしくなってきたじゃないか!」

 

 そんな春の覚悟を嘲笑うかのように見当違いの受け取り方をした。きっとあの社長はもう損益でしか測れない価値観しか持っていない。

 

「何故そう損得ばかりなのです! 会社の悪評だってそう。人をモノのように扱っているからでしょう?」

「得るためには差し出す……人の上に立つには、より多くのものを差し出す覚悟を持つしかない。土俵が違うのだ。……間もなく私は、政界という新たなステージへと上がるのだからな! 冷酷さこそビジネス! 情だの仁義などは敗者の言葉だ! オクムラフーズ……ふふふ、私の勝利の礎となれ!」

 

 元々は、オクムラフーズはコーヒー店だったらしい。だが春の祖父のホスピタリティが経営難に陥らせ、ついには店は潰れた。店を閉めた日に常連の客から花を貰ったりと祖父の想いは無駄ではなかったが、奥村邦和は納得が出来なかった。祖父の経営の結果、形のあるものは何も残らなかったのだから。金が、利益が出ない経営に価値は無い。

 

 成り上がりたい。その欲望が彼を突き動かした。墜ちるとこまで墜ちたとも言えるかもしれない。

 

「社長、こんな賊の手垢に塗れた女はウチには要らない。何か譲歩をいただけないと、父にはとりつげないな」

 

 オクムラの隣にいたフィアンセが口を開いた。

 

「もはや正妻など望まない、愛人でもなんでも好きにするがいい」

「いいでしょう。手を打ちます」

 

 都合のいいように使われて、飽きたら捨てられるオモチャになるのは見えている。男のニヤケ顔を見れば嫌な想像はつく。

 

「っ……会社の為ならと、一度は政略結婚を受けました……ですが、これじゃあ話が違います! お父様個人の野心のために、この男のオモチャになれと!?」

「ふん、何を今更。奥村の娘にとっては、それこそが悦びだ。お前など……初めからその程度の価値しかないわ!」

 

 オクムラは娘のことを自分の道具としか認識してないんだろう。自分に利益を生み出すのが彼女の価値だと考えている。価値は自分で決められるものじゃない。他者の価値観によって形成されるものだ。オクムラの言っていることは間違ってはいない。

 

 ただそれに納得があるかどうかだ。少なくとも、オクムラの言っている価値に納得している怪盗団は見当たらない。

 

「私は……」

「さぁ……来てもらおうか。俺の家へ」

 

 婚約者はわざとらしく足音を立てて春に近づく。その音は次第に鉄の擦れる金属音へと変化する。オクムラの認知存在である彼は姿を変え、目の前まで立ち止まった彼は巨大なロボットへと変化していた。

 

「飽きるまで、たぁっぷり遊んでやるよぉ! 女子高生のイイナズケとかチョー楽しそうじゃん!」

 

 興奮するように両腕の機械腕を上下に動かす。

 

「………………下の下ね」

 

 春の低く、冷たい声を発する。大声ではないはずなのに、その場の人間の耳にははっきりと届いた。

 

 巨大ロボは腕を振り上げ、目の前にいる春を攻撃しようとする。

 

「マズい! 今のハルじゃ……!」

「大丈夫! 今まではちゃんと目が覚めていなかっただけ!」

 

 丸太のように太い巨大ロボの腕が振り下ろされる。その刹那、フラッシュと衝撃波が辺りを包んだ。

 

 時にして一秒も満たない間だったが、白に包まれた視界が回復し、目に映ったのは、華憐なドレスを着た貴婦人が巨大ロボの攻撃を受け止める光景だった。

 

 ペルソナの顕現、抑圧された自由の意志の解放。その反逆が軽々と巨大ロボの腕を弾き返す。

 

「なっ……オレに歯向かったな……!」

 

 シャドウとなって表情は見えないが、男がしかめっ面してる顔が目に浮かぶ。

 

「……ッ」

 

 頭を抑え、その場で膝をつく春。いつの間にか周囲は暗くなり、スポットライトが春に照らされる。比喩じゃない。認知世界ゆえの演出なんだろう。

 

 

 

『──ようやく腹を決めたようね。宿命の家のお嬢様』

『──貴女には、裏切り無しでは、自由も無い』

『──それでも求めるというのなら……間違っちゃダメ』

『──さぁ、貴女は誰を裏切るの?』

 

 

 

「……心はとうに決まっています」

 

 

 

 春が意志を眼差しに宿し、裏切るべきものを見据える。

 

 

 

『──いいわ……その眼。これでやっと本当の力が振るえる』

『──我は汝、汝は我……』

『──美しい裏切りで、自由の門出を飾りましょう』

 

 

 

 春の想いに応えるようにペルソナが覚醒する。貴婦人のようなスカートの前面部が豪快に開き、そこから機関銃やミサイルなどの銃火器を覗かせる。

 

「さようなら、お父様」

 

 そして春はハッキリと告げた。

 

「私はもう、あなたには従わない!」

 

 指を差し、反逆の意志を父親に叩きつけた。

 

「ならばお前も、“廃棄”だな……適当にあしらっておけ」

 

 オクムラはそれだけ言うと、あとは巨大ロボになった婚約者に任せ、パレスの奧へと引っ込んでいった。

 

「全力で弄んでやるよ! 壊れるまでなぁっ!!」

 

 コケにされた怒りか春に拒絶された怒りかは知らないが、威嚇するように手首の関節をグルグルと回し、物騒な機械音を鳴らす。

 

「お前が道理を理解するとは思ってない」

「ああ、テメーには最初っからこう言うべきだったぜ」

 

 

 

 

「──貴様の花嫁は、我々怪盗団が頂いた!!」

 

 

 



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#44 脚本の人そこまで考えてないと思うよ

 フィアンセとの戦闘開始。

 

「人のモノを盗むドロボウにはキツイお仕置きが必要だなぁ! ハルゥ! 大人しく俺のオモチャになりなぁ!!」

 

 敵は三体。春の婚約者だった巨大ロボと、増援の『社畜ロボ・TYPEヒラ』が二体。

 

「ジョーカーどうする? 俺が吹き飛ばしてもいいか?」

 

 平社員ロボの弱点は火炎と疾風。俺のアステリオスで余裕で倒せるし、巨大ロボは念動属性が弱点だが、まぁそこまで体力も多くないし、必殺技出せばゴリ押せる。

 

「待った。春のお手並み拝見といこう。それに……」

 

「貴方と話し合うつもりはない……! お父様を改心させるためにも、私はこんなところで負けるわけにはいかない!!」

 

「燃えてるやつに任せたほうがいいだろ?」

「了解」

 

 仮面から手を離して、春が先陣を切っていくのを見守った。

 

「惑わせ! ミラディ!」

 

 春が敵全体に念動属性の攻撃をぶちかます。最初から【マハサイオ】を覚えてるのは優秀だ。

 

「よし、じゃあハル、バトンタッチ――」

「ふん!」

「ぉうわっ!?」

 

 ダウンを取った春は交代を無視して、追撃のロケランをぶっ放した。

 

「あっぶねぇ……。よし、じゃあハル今度こそ……」

「えい! はぁ!! せいっ!」

「ハル……?」

 

 春はダウンしている巨大ロボに向かってひたすら手に持った斧を振り上げ、そのまま叩き下ろしている。何度も何度も。個人的な恨みが募った執拗な攻撃に、こっちの何名かは少し引いている。

 

「……パンサー」

「えっ、うん!」

 

 杏に平社員ロボに攻撃を指示すると、お得意の火炎属性の攻撃を放ち、平社員ロボはダウンした。

 

「総攻撃だ。春……春っ!」

「あ、うん。合わせるよ!」

 

 蓮の呼びかけで、巨大ロボに攻撃していた手を止め、総攻撃に参加した。 

 

「これでフィニッシュ!」

 

 Adieu.

 

 どこからか持ってきたティーセットを……いや生み出されたのか? 春が鮮やかに紅茶に飲むその背後で敵達が黒い液体を噴射して倒れる。

 

 やけにあっさりと戦闘終了だ。

 

「ふぅ……あ! あの人消えちゃったけど大丈夫なの!?」

 

 あそこまでボコボコにしていたのに今更になって焦るのか。

 

「あれは認知上の存在だから大丈夫よ。現実の彼は何ともない」

「あ、モナちゃんが言ってた気がする」

「ちゃんと教えたはずなんだがな……」

「てかさ、これ仲間が増えたんじゃね? よろしくなええと……」

「コードネームはもう考えてあるの。【ノワール】と呼んでくださる?」

 

 襟を正し、少し得意げな顔でコードネームを口にした。

 

「フランス語で黒という意味。私は正義のヒロインでありたいけど、怪盗団は純然たる正義じゃないでしょう? そんな自戒をこめてノワール」

「……とのことだ」

「設定作り込んできたな」

「……? 皆もなにか意味があるんじゃないの?」

「いや割と見たまんまだったり、役割だったり……」

「……そう」

 

 あ、なんか露骨にがっかりしてる。

 

「でもいいと思うわ。迎合しない気高さや、社会への反抗心を感じるわ」

「俺もそう思う。オシャレだしネーミングセンスあるじゃん。俺も名前つけなおして欲しいぐらい」

「そ、そう? じゃあブルは……ファラリスとかどう?」

「却下で」

「なんで拷問器具? 火炎属性使うから?」

「才能の枯れるスピードが尋常じゃないな」

「そっか……でも確かに、ブルって牛の他に、ブルズアイっていう百発百中の意味を持たせているんだと思うし、怪盗団の柱のような存在ということで、中央って意味でダーツのブルから取ってるんだと思うと、それを超えられる気がしないかな……」

「そう考えて名前つけたんですか先輩?」

「も、もちろん」

「絶対考えてなかったなコレ」

 

 正直、カウとかビーフよりはブルの方が語感が良かったからって理由だけでそんな二重三重の意味は込めてない。

 

「取り敢えず新しい仲間が入ったところでパレスを攻略しやすくなったな。……ノワール。まだ行けそうか?」

「もちろん。行けるとこまで行こうよ」

「気を抜くなよ。オタカラを盗むまでがパレスだぜ」

「うん!」

 

 すっかり調子の戻ったモルガナは春に先輩風を吹かせていた。

 

 

***

 

 

 このパレスは奥村邦和の強欲によって形成されたパレス。認知が変化して会社を宇宙基地だと思っている。そして社員はロボット……壊れるまでこき使って、壊れてしまったら廃棄すればいい。

 

 社員は使い捨て。休憩なんて30分も無い。バイトをいびる社員。コストカットのため設備費の削減したが利益はそのままにしろ。

 

 パレスの奧に進んでいくたびに出るわ出るわ黒い噂が。働き方改革って言葉知らんのか。この時代ってあんま浸透してなかったんだっけ? まぁいいか。奥村邦和はクズ人間というより、冷酷で非道な人間、情が無く利益のためなら他人を容赦なく切り捨てられる。人の心が無い。まるで本人もロボットだ。

 

「……ノワール。大丈夫か」

 

 祐介が春に心配の言葉をかけた。祐介は斑目の件で、身内の心の内側を見る辛さを知っている。それに本人も班目に洗脳されて今の境遇が正しいと思わされていた。このパレスでいうと、社員ロボットと同じ立場だった。だからこそ祐介は春の心が痛いほど分かるんだろう。

 

「……大丈夫。これは私が背負わないといけない責任。そしてお父様のやってきたことを見て見ぬふりしてた罪だから。……辛くても目は逸らさないよ」

「……そうか」

 

 ゲームでも思っていたけど、社長令嬢であるからか、それとも昔に憧れのヒロインを見て成長したのか、春は自分に確固たる信念と正義があって、高校生らしからぬ価値観があると思った。多分怪盗団の中でも精神力が強い方で、心が折れても一番立ち上がるのが速いと思う。

 

 そうして宇宙基地からその工場へ、最後にはオタカラの眠る基地の最奥部へと進む。

 

 そしてパレスの中でもより強く存在する歪み。【イシの部屋】の前に居座っているシャドウに戦闘を仕掛ける。

 

『おいおい、俺が淹れた酒が飲めないってのかよぉ!? こりゃあエリアマネージャーにチクって評価を再検討して頂くしかないなぁ?』

 

 パワハラ社員シャドウが異端の救世者(メルキセデク) となって襲い掛かってくる。

 

「典型的なパワハラじゃないですか!」

『パワハラだぁ? これは教育だ!』

「そう言って弱い物いじめしたいだけじゃない! 恥を知りなさい!」

『ああん!? っるっせえよ! 反抗的な奴は会社に利益を出せねぇから叩き上げるしかねぇんだよ!! おらっ! 喰らえ!』

 

 異端の救世者(メルキセデク)が【ゴッドハンド】で怪盗団に狙いを定めて、そのスキルを放った。物理攻撃最強という言葉を具現化した巨大な拳がジェット噴射して飛んでいく。

 

 

 ……だが狙った奴が悪かった。

 

「あ」

『……っぐあああああっ!! な、なぜ効かねぇ!?』

 

 ジョーカーに向かっていた攻撃は、そのまま跳ね返って異端の救世者(メルキセデク)へと当たる。ジョーカーの背後に薄っすらと浮かび上がったギリメカラが見えた。

 

「……モナ」

「あいよっ! 出でよ我が半身!!」

 

 モルガナが出したゾロの【ガルダイン】で異端の救世者(メルキセデク)の弱点を突いてダウンを取る。そのまま総攻撃でフルボッコにしてフィニッシュ。

 

 哀れ異端の救世者(メルキセデク)。同じパレスにギリメカラとかいう物理攻撃反射持ちがいたことを呪ってくれ。ジョーカーがそんな便利耐性の奴をほったらかしにしてるわけがない。

 

「これアルハラってやつだよね。最近酒を無理矢理飲ませるっていう……」

「本人は良かれと思って飲ませようとしているから、アルハラしている全員が全員、悪いと思って無いのも問題よね」

「コイツの言動から考えるに普通にパワハラしてたけどな」

「……でも酒ってリスクしかなくないか? 大人になっても飲みたいとか思わないんだけど」

「現実逃避できるって意味合いではいい道具だぞ。何も考えれなくなるからな」

「……でもマズいんだろ? 子供舌の私でも飲めるのとか無さそ」

「カシオレとかカルーアミルクとかジュースみたいに甘いからいいんじゃないか? 飲みやす過ぎて知らぬ間にアルコール回ってるってのに気をつけなきゃいけないけど」

「ほう……」

 

 いきなり強い度数いくと悪酔いしやすいからまず軽いアルコールで慣らしてからじゃないとダメって、転生してから知った。

 

「へぇ、随分物知りなのね」

「ん? ああ……え?」

「まるで飲んだことがあるみたいに」

 

 あ。ヤバイ喋り過ぎた。背後にいるであろう真の視線が怖くて振り返れない。穏やかな声だから余計に怖い。

 

「フっ……」

「……おい。まさかナビお前」

「知ってるかブル。相手から情報を引き出すのに有効なのは、無知のフリすることだ。馬鹿なやつは嬉々として教えてくれるけどな」

 

 したり顔で双葉は語る。

 

「い、いや俺そんなアレじゃないし。多分他の奴らも飲んでるし……」

「いや飲むわけねーだろ! ホーレイイハン? ってやつだろ!」

「そうです普通に犯罪行為なんですよ!」

「……さて、イシ取るか」

「……そうだね」

「……うん」

 

 おいちょっと待て。なんか数人目を逸らした奴らいたな?

 

「あとで、“お話”しましょうね」

 

 肩に手をポンと優しく置かれた。女性の腕力のはずなのに力を入れても上半身を動かせない。首だけ動かして真の方を見ると、ニッコリと微笑んでいた。怖い。

 

 

 ***

 

 

 パレスの最奥へと辿り着くと、ガラスのショーケースの中に丁重に保管されているオタカラを見つけた。

 

 

「これでオタカラのルートは確保した。あとは予告状を出して改心させるだけだ」

「黒い仮面と精神暴走の手掛かりを得られなかったのが気がかりだが……」

「それはあの社長をぶっ飛ばして吐かせりゃいいだろ! よっしゃ! 予告状を出す日は任したぜジョーカー」

「そうだな……じゃあ明日に」

「あー……悪い。予告状を出すのは少し遅らせて欲しいんだけど」

 

 蓮の提案に待ったをかけた。

 

「理由を聞いてもいいか?」

「……まぁちょっと色々準備したいんだよ」

 

 実は奥村邦和を救う術が思いついていない。原作通り改心させたとしても明智によって廃人化して殺される。だからといって改心させずに放置はありえない。

 

 ……校長の命を救ったあの力も、多分意味無い。一時は防いだとしても、あとからまた明智が廃人化させればいい話だからだ。

 

 じゃんけんで常に後出しされてるみたいだ。こっちが何をしても全部ひっくり返される。

 

「わかった。正直俺も少し予定が忙しいから、明日が無理だったら少し期間を開けようと思っていた」

 

 ああ、うん。お前はこの時期コープ回収忙しいもんな、わかる。

 

「準備が出来たら連絡してくれ。もちろん期限内な」

「サンキュー」

「じゃあ今回はここまでだ。引き上げるぞ」

 

 

 ***

 

 

 認知世界から帰ると、あの世界では無かった陽射しが眩しく感じる。パレスの景色は全体を通して暗い宇宙だったから余計そう思うのかもしれない。

 

「ふぅ……さすがに疲れた……」

「双葉は初めてのパレス攻略だからな。元引きこもりには体力厳しいかもな」

「そうだ。もうちょっと丁重に扱えー。ってか、すみれはなんでそんなピンピンしてんだ」

「鍛え方が違いますから」

 

 すみれは腕をまくって、細腕にあまり盛り上がっていない力こぶをつくる。

 双葉がふにふにとすみれの上腕二頭筋を触って、おお~、と感嘆の声を上げている。というか、すみれは双葉にタメ口なんだな。いや同じ年だから当たり前なんだけど、なんか意外だ。いつの間にか仲良くなったのか。

 

「すっげ固ってぇ! 石膏だこれ!」

「女の子の腕にその例えはどうなの?」

「なぁ、胡桃も触ってみろよ!」

「は」

「え゛?!」

 

 なんだそのキラーパス。しかもなんで俺指名なんだよ。

 

「そうやってべたべた触るのは……」

「別に大丈夫ですよ。……どうぞ」

 

 いや、どうぞってなんだよ。……別に拒否する理由も無いし、本人が嫌じゃないなら触るけど。

 

「……」

「…………っ……ん……」

 

 あまり力を入れないように触れると、すみれは一瞬だけ体を震えさせて声を漏らす。あえて無視して、上腕二頭筋の筋肉を確かめた。触れて指で少し押しただけでも分かる。固い。いやめっちゃ固い。

 

「石膏だこれ……」

「だろ?」

「ほう……俺も触りたいがいいか?」

「ええ、いいですよ――」

「女性の二の腕は胸と同じ柔らかさと感触があると聞いたことがあってな。確かめてみたかったんだ」

 

 祐介のその発言で空気が固まった気がした。

 

「どれ確かめ……なんで一歩引く?」

「いや……なんかこう……すごく……気分が乗らなくなりました」

「じゃあ胡桃、どんな感触だ?」

「え、ああ……そうだな」

「……っひゃあ!?」

 

 すみれの二の腕掴んで触ってみたけど……うん。やっぱり。

 

「皮。普通に筋肉あるからそんなに柔ら――あぐっ!?」

「おい胡桃どうし――うぐぅっ!?」

 

 俺は杏に脇腹に肘を入れられ、祐介は真に肘鉄をくらい、苦悶の表情を浮かべていた。すみれの方を見ると、顔を赤くして涙目で少し震えていた。

 

「あんたらいい加減にしろ」

「セクハラだからね?」

「「……すみません」」

 

 すまん。ほんのちょっとだけ魔が差してしまった。

 

 あ、そうだ。春に聞いておきたいことがあったんだ。

 

「そういや春に聞きたいことがあるんだけど」

「触らせないけど?」

「違う! かなり真面目な話!」

 

 あと、目が座って感情の無い平坦な声で返されるのは怖いからやめろ!

 

「あ~……っと、父親のことなんだけど、改心したらもう悪事はしないはずだ。でも罪は裁かれるし、その罪は春も背負うことになると思う」

 

 奥村邦和は世間の認知度が高い人間だ。今までのターゲットよりも被害が大きく、改心した後にありもしない噂が尾を引くかもしれない。

 

 それにゲームでは“奥村邦和は怪盗団が容赦なく殺した”から世間でもそこまでする必要はあったのか? と同情の声があった。

 

 しかし、もし生きていたらその擁護の声は無かったと考えられる。

 

 つまり俺が助けてしまったら、より一層世間からのバッシングを受けるわけだ。奥村邦和はもちろん、その関係者も。そしてその娘である春も。

 

 死んでしまったらそこで終わりだが、多分春が見るのはゲームよりも酷い地獄だ。

 

「だから、もう二度と関係は戻らないと思うし、失うものも多いはずだ。でももしかしたら――」

「――やり直すことは出来る。って私は信じてる」

 

 春は強い覚悟を持ってそう答えた。

 

「時間はかかるかもしれないけど、また一から始めようと思う。きっと辛いけど……それが一番誠実な道だから」

「……そうか」

「ごめんね。話に口を挟んじゃって。聞きたいことってなに?」

「いやこの後起こるであろう世間の声を受け止める覚悟が聞きたかっただけ。何が出来るか分からないけど俺らも手伝うから」

「そっか……ごめんね。ちょっとだけ迷惑かけちゃうかも」

「少なくとも迷惑だと思ってる奴はここにはいねぇって! なぁ?」

 

 春の言葉を笑い飛ばした。仲間を助けるのは別に迷惑でもないと。

 

「ああ。そうだぜハル。ワガハイ達は仲間は見捨てないぜ」

「うん……ありがとう……あ、あれ? どうしてだろうちょっとだけ……」

 

 春の目から涙が零れ始める。それを見て蓮がポケットからハンカチを出して春に差し出した。

 

「ごめん……ありがとう」

「大丈夫だ。泣いても誰も責めない」

「うん……」

 

 春にとって初めてとも言える、仲間や友達がいるという安心感から来た涙かもしれない。人前で涙を流してもそれを拭ってくれる人間と、それを許される居場所。

 

「……もう、大丈夫。これからよろしくお願いします」

「うん。絶対改心させようね」

 

 そして怪盗団は流した涙を力に変える事のできる人間達だ。

 

 ならば俺も頑張るしかない。よりよい結果のために、あらゆる手を尽くすしかない。

 



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#45 リベンジいいか?

9/23 水曜日 晴れ

 

 俺は少し緊張しながら生徒会室のドアをノックした。

 

「どうぞ」

 

 三回ノックすると、凛とした声が返ってきたのを確認して、扉を開けた。

 

「おかけになってください」

「失礼します……」

 

 俺は一礼して、机を挟んで座っている生徒会長の対面に座った。……あれなんかこれデジャヴ?

 

「ではこの前言ってた飲酒の件について伺おうかしら」

「よろぴ」

「……なにか言い残したことはあるかしら」

「もう許す気ないじゃん」

「そんなことは無いわ。初犯なら厳重注意で済ますから。だから……正直に、ね?」

 

 真はニッコリと微笑むがその笑顔が怖い。笑顔の起源は威嚇って聞いたことがあるけどなんとなく分かる気がする。でも「いやー実は飲み過ぎて死んじゃってさ。実は転生して二回目の人生なんだよね! HAHAHA!」って正直に話しても信じてもらえるどころか、もっと怒られる気がする。

 

 仕方ない……使うか『アレ』を……

 

「うーん。俺はアルコールを摂取した心当たりがあるだけで飲酒したとは限らないと思うんだよな」

「とりあえず説明して」

「いやいやまずさ、飲酒の定義について決めよう。何パーセント以下? どのぐらいの量? それによって俺が飲酒してるかどうかわかる」

 

 秘技『ソフィズムトーク』! 論点をずらして話の流れを変えるのを目的とした、ただの詭弁だ!

 

「でもあなたカシオレとかカルーアミルクが甘くていいって言ってたわね? それに定義は別に今、決める事では無いし、あなたが状況を説明しない理由にはならないわよね?」

「はい……」

 

 弱点はロジカルな相手には効かないし、正論をぶつけられると論破されるぞ!! カスみたいな言い訳が通じるわけないぜ!! 

 

 ダメだこりゃ。普通にそれっぽい嘘吐いて誤魔化すか。

 

「まぁその……あります。……新年の親戚の席で……」

「そこでカクテル出されるの?」

「親戚がバーテンダーだから、よく振る舞われる……」

「……まぁいいわ。証明しようも無いし、聞きたかったことは他にあるから」

「ほか?」

 

 真は一つ溜息を吐くと、氷のような厳格な雰囲気は崩れ、いつもの凛とした声で質問した。

 

「お酒ってどんな味だった?」

「それ答えたらまた責めない?」

「私だってそれなりに興味あるのよ? おね……姉もよく飲んでるし」

「なるほどね」

 

 ……なんでだろう。新島冴って日本酒とか焼酎飲んで、悪酔いしながら上司の愚痴を言って、最終的に真に介抱されてるイメージあるんだよな。ゲームではそんなシーン一個も無いし、立派なキャリアウーマンとして描写されてるのに。滲み出る苦労人イメージからか?

 

「いやーでも、俺お酒っていうお酒それしか飲んだこと無いから……どんな酒が美味しいか分からない……けど、美味しい酒ほどすぐに酔いが回るから気をつけた方が良い。確か来年から大学生だよな?」

「ええ。まぁ受かればの話だけどね」

「ちなみに第一志望の判定は」

「Aよ」

「さすが。大学は新歓コンパとかヤバイし……って聞くからとにかく雰囲気に飲まれないようにな」

「わかってるわよ。二十歳になるまでは一滴も飲む気は無いし。……それに初めて飲むときは胡桃にでも教えてもらおうかしら。随分と造詣が深いみたいだし?」

「……そんな冗談言えるようになったんだな」

「怪盗団のおかげでね」

 

 そうやって笑う真の顔は、いつもの大人びたような顔ではなく、ささやかないたずらをして構って欲しい子供みたいな顔をしていた。

 

「あ、ごめんなさい連絡が……って怪盗団のグループね」

「『今日はメメントスで三人のターゲットを改心させたい』か……多いな」

「こんなご時勢だからかもね。世間は怪盗団一色だからお願いする人も増えてくるのよ」

 

 グループに投稿されたターゲットの名前は、『織田華恵』『本庄信平』『津田利光』の三人。全員主人公のコープを進めるために倒すターゲットだ。丸喜先生のコープも順調だけど、他の協力者とのコープも順調なのか。……あいつ全コープ回収ルートを効率的に進めてるのか?

 

「それにしても、オクムラパレスで黒い仮面の情報が出なかったのが気がかりね。少し調べてみたけどビックバンバーガーの競合他社の取締役社長の死因はどれも不審死や事故死みたい。もしくは廃人化で死亡……絶対に関係してると思ってたんだけど」

「奥村社長とは近い関係性ではないんじゃないか?」

「……黒い仮面はフリーランスで依頼をこなしてるだけで、誰かに仕えてる訳じゃないってことね。その可能性が高いかもしれないわね」

 

 一を教えたら十の意図を汲み取ってくれるの滅茶苦茶助かるし頼れるけど、うっかり失言して俺の思惑を悟られそうで怖い。やっぱ俺より頭回るやつは怖いわぁ、気を付けなきゃな。

 

 ……俺より頭がいい……か。

 

「あら? もうこんな時間。悪いわね。ちょっと校長先生が亡くなって生徒会も少しバタバタしてて、このあとちょっと生徒会で話し合いがあるのよ」

「え、ああ、うん。頑張れよ」

 

 俺は椅子から立ち上がって、生徒会室から出ていこうと扉までいって取っ手に手を掛けた。しかし部屋を出ていこうとはしないでその場で少し考えた。

 

「……? どうしたの?」

 

 ……賭けかもしれない。一つでもミスをしてしまったらすべてが瓦解するかもしれない。

 

 でも、これしか方法は無い。

 

「……真。この前……俺がペルソナを使えなくなった時のこと覚えてるか?」

 

 俺は、取っ手から手を離して真に振り返った。

 

「俺に『助けを求める人がいたら絶対に助けるし、見捨てたら自分を絶対に許せないタイプ』って言ったこと覚えてるか?」

「ええ。随分と過大評価な気もするけど」

「俺はまだそう思ってる。助けを求めたら応えてくれる人間だって」

 

 ……奥村邦和を救うには、一人じゃ限界だ。

 

 だから必要なんだ、怪盗団の司令塔の頭脳が。

 

「力を貸してくれないか?」

 

 真は俺の言葉に少し驚いた素振りを見せたが、即座に短く、力強く、一言で返した。

 

「任せて」

 

 

 

 ***

 

 

 

「……という感じで先生にも一芝居うってほしいわけですよ」

「う~ん……なかなかに責任重大だね」

「そうですか? 特に問題無くすんなり終わりますよ」

 

 翌日、俺は保健室へと赴いて、丸喜先生と秘密の作戦会議をした。周りを警戒してたから保健室に入ったところは誰にも見られていないはずだ。俺はテーブルに出されたコーヒー(なんかいつもより甘い気がする)を一口飲みながら、怪盗団のこれからの動きを先生と共有した。

 

「俺も色々とお膳立て頑張りますし。先生の今の力でも十分出来ると思います。これは先生の力の『実証』でもありますから」

「……乙守くんはさ。不安じゃないのかい?」

「心当たりがありすぎて……どれのことかはわかりませんよ。全てが不安です」

 

 この作戦には先生の力が必要不可欠だ。だけどそこに行くまでには俺は二度の山場を越えなくてはならない。それは根性でどうにか出来る問題じゃないし、それに乗り越えたところで、この先に待ち受けているのは、どこに転がるか分からないシナリオだ。RTA走者も真っ青のオリジナルチャート。不安が無いと言えば噓になる。

 

「でも、不安だけど可能性があるんです。道が見えたならそこに賭けてみたい」

「……わかった。僕も覚悟を決めて最善を尽くすよ」

 

 奥村邦和を見捨てる選択肢は無い。死ぬことが分かってる未来を見たのなら、俺は全力で手を差し伸べて死の運命から引っ張りあげるしかない。だって見捨てたら文字通り見殺しになってしまうから。

 

「……もしもの話をしていいかい?」

「どうぞ」

「もし、君が僕の助けを必要としなくなって、雨宮くん達と共に前に進む未来を選んでも、僕はそれを責めないし恨まない。でもその上で君を救うと誓うよ」

「……なんで今その話を?」

「今の君を見てそう思ったから」

 

 きっとこれは先生が用意してくれた逃げ道だ。自分の元ではなく、あちらの輪で戦うのならそれでもいいと。その選択肢をとるなら、俺は最後、仲間たちから罵倒されずに済むだろう。

 

 相変わらず先生は優しすぎる。でも先生。もうその選択は取れないんだ。

 

「俺はもう犠牲を出してしまいました。俺が選んだ選択で、変えてしまった運命で救ってしまった人の代わりに……一人の女子生徒が被害に遭いました」

 

 佐々木原 怜。

 

 ゲームには出てこなかった、名を知るまで知ろうともしなかった人。いわばモブAのような存在だったのだ。そして俺が鈴井志保を救った代わりに犠牲になってしまった女子生徒。

 

「もう俺が歩いてる道には犠牲が出ています。引き返すことはもうできない」

 

 俺が怪盗団に傾く選択肢を取ることはその子に対する裏切りだ。彼女が傷ついた意味を失わせる行為。

 

「だから大丈夫ですよ先生。俺は迷ってなんていませんよ」

「……なら、いいんだ」

「じゃあさっき伝えた通りにお願いします。先生お邪魔しました」

 

 分かってるよ先生。俺が自分を傷つけてでも前に進んでるように見えてるんだろ。でもこんなのは傷でもなんでもない。

 

 保健室を退出すると、廊下に立っていた芳澤かすみが、軽い会釈をいれて入れ違いで保健室へと入っていった。俺も会釈を返してそれを見送った。

 

 

 

 ……なんで芳澤かすみがカウンセリング受けに来たんだ? ……まぁいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「……なんでカップのコーラにミルク入ってるんですか……?」

「ま、まぁそれは置いといて、……今日もこの前と同じでいいのかな?」

「……はい。ちょっと相談……いいですか?」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 暴利を貪る強欲の大罪人、

 

 奥村邦和殿。

 

 お前の利益と世界的な名声は、

 作業員への非道で成り立っている。

 

 ゆえに我々は全ての罪を、

 お前の口から告白させることにした。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 10/1 土曜日 晴れ

 

 

 けたたましい警報音が鳴り響き、異常を知らせる赤い信号が、自然光など存在しない宇宙基地を染める。警報の原因を探す者、気にせず作業を続行する者、部下に対処を任せる者など、パレス内の作業員の反応は様々だった。

 

 その混乱に乗じて怪盗団は奥へと進み、オタカラがある発着場へと辿り着く。オクムラのオタカラはバレーボールサイズの球体をしており、何か機械の核のようなものであった。

 

 しかし怪盗団が最初に目にしたのはオタカラではなく、その奥に見える巨大な影。

 

「なんだアレ!?」

 

 オタカラのその奥に見えるのは未確認飛行物体『UFO』だった。

 

 遠くからでも分かるほど巨大な存在感を放つUFO、名を『ユートピア・エスケープ号』。己が利益のために自身の会社を踏み台にし、政界という名の楽園へと飛び立つための脆い梯子。そんな野望の元であるオタカラが謎のドローンによって持ち去られた。

 

「オタカラがキャトられた!?」

 

『当基地は間もなく緊急発射シークエンスに移行します。一部区画は閉鎖、または破棄されます。総員至急安全な場所に避難してください』

 

「もしかして、あのオタカラ、UFOにまで持っていったんでしょうか?」

「だとしたらマズいな。このままだとオタカラも一緒に飛び去っていってしまうぞ」

「急いでオクムラを改心させて、止めないと!」

「ナビ!」

「こっちだ!」

 

 ナビのナビゲーションに従い道を進む。道中敵が湧いて出たが、数秒を争う状況で戦っている場合ではない。怪盗団はワイヤーを駆使して敵をスルーし、『ユートピア・エスケープ号』の元へと最速で駆けていく。

 

 辿り着いた頃には、オタカラは円盤の中央へと接合し、発射準備シークエンスのアナウンスが鳴っていた。

 

「……!」

 

 発射場のその最奧、歪んだ欲望を乗せた円盤の下にオクムラは立っていた。UFOはまだ発射せず、行き止まりのこの状況では逃げ場がない。

 

「さぁてと、追いつかれちまったなぁ社長さん」

 

 怪盗団がオクムラへと近づいていく。絶体絶命の危機にオクムラが取った行動は……。

 

「わ……悪かった! 私は改心した! この通りだ!」

 

 謝罪。しかも最大限の誠意を見せるため額に地面を付けた土下座だった。

 

「お父様……」

 

 上体を起こし、正座のまま沈痛な面持ちで静かに語り始めた。

 

「私のイエスマンだった春……学校でも、習い事でも、私の言いつけどおり……そんなお前が立派になって……」

 

 急に語り出した、オクムラに困惑する怪盗団と、それを静かに聞く春。

 

「ああ、覚えているか春。初めての運動会を仕事で見に行けなかった時、お前は泣いた。それからだったか、お前が口答えしなくなったのは。……正直に言うと逆に心配だった。でもお前は私に楯突いた。自立を果たしたのだ。ああ、父としてこれほど嬉しい事があるか!」

 

 自身のせいで娘をふさぎ込む性格にしていたことを悔いていたが、今こんな形ではあれど、反抗してくれて嬉しいと。

 娘のことが心配で、過去の出来事を憶えているぐらいに悔いているのならばなぜ、変わってしまったのだろうか。

 

「そんな昔のことを、まだ覚えて……あの頃のお父様は美味しいものを作るために必死で、人を喜ばせたいという夢を描いていた。……どうして変わってしまったの?」

「ゆ、許してくれ春! オタカラを盗まれたら私は終わりなんだ! やめてくれ……! 後生だ頼む……!」

 

 再び頭を地面と平行になるように下げるオクムラ。

 

「……もう、終わりにしましょう?」

 

 静かにオクムラの元へと歩み寄ったノワールはそう呟いた。春の親を信じたい心から出た言葉だった。野望を捨てて、また一からやり直そうと。

 

「ああ、春…………お前はなんて――――バカな女だ」

 

 ただ、もうその言葉すら届かない。

 

 実の娘を騙し、信頼を踏み台にしてしまう程、外道に墜ちていた。

 

 彼は手に隠し持っていたスイッチを押すと、強化ガラスで出来た檻が怪盗団を囲む。オクムラへと近づいていたノワール、そして寸前に罠に気付き、回避したモナ以外の怪盗団のメンバーは捕らえられてしまった。

 

「『損は裏切ってでも取り返せ』……我が家訓だ。蹴落とす冷徹さことがビジネス。情だの仁義だのは敗者の言葉に過ぎない。正義を拝んで勝負に負けて、どこに幸せがある?」

 

 先程までの沈痛な表情は消え、良心に訴えかけていた男の姿はもうどこにもない。

 

「っ! 人の心をすりつぶして得た利益で誰が幸せになると言うんです!?」

「敗れるよりはいい! 負債まみれの、あの惨めさよりな! ……私は間もなく政界へと漕ぎ出す。世界の上流へ! ユートピアへ! 歴史に名を馳せるのだ!」 

 

 彼は開き直り、口を大きく開いて高らかに叫ぶ。そして野望を語った後にすぐ冷淡な声で娘に問いかけた。

 

「春、決めろ。そいつらを捨てればこの船に乗せてやる。居座ってもこの基地と共に木っ端微塵だぞ、どうする?」

 

 春は沈黙したまま、オクムラから目を逸らし、背を向けた。その道は歩けないと拒絶した。

 

「愚かな……! そこのお前はどうだ?」

 

 次にその取引をモルガナへと持ち掛けた。

 

「生きて出たいだろう? 乗せてやろうか? 本当はそいつらと対立してるんだろう?」

「フン、覗いてやがったか」

「一緒にいても得にならない。そう思ったんだろう? お前は正しい。そいつらを売れ! 利益のために切り捨てろ! ……スイッチもくれてやる、離陸の後でな」

 

 では取引だ。と言ってモルガナに十秒の猶予を与えた。

 

 乗るか、それとも突っぱねるか。

 

「……ふっ、くくく。舐められたモンだな……」

 

 モルガナの中での答えは一つしか無いと、その取引を鼻で笑ったモルガナが証明していた。

 

「損得がすべて? 哀しいな社長さんよ。ハルと十七年も共に暮らしてまだ気付けないのか?」

 

 モルガナは春と、そして背後にいる自身の居場所を見る。

 

「この世には金や名誉で換えられないモノが山ほどある! 自分だけ助かって何の意味があんだ!」

 

 何者でもない自分を受け入れてくれた場所を守るように、彼は強欲に溺れた悪魔と対峙する。

 

「こいつらの代わりなんて何処にもいない! オマエの提案はハナから取引になっちゃいねぇのさ!」

 

 交渉決裂。

 

 それと同時にモルガナは、パチンコでオクムラの持っていたスイッチ目掛けて玉を弾いた。偶然なのか、はたまたモルガナの強い意志で行動した結果なのか、玉は綺麗に目標へと着弾し、壊れてしまったスイッチは地面へと落とされる。

 

「うおっ当たった!? ワガハイすげぇ!!」

 

 強化ガラスの檻が解除され、怪盗団はすぐさまモルガナへと駆け寄る。

 

「さっすがだモナ~!!」

「いいところ持っていきやがって!!」

 

 モルガナの起死回生の一手で状況が好転し、オクムラを睨みつけ臨戦態勢に入る怪盗団。

 

 もう言葉を交える機会は失われた。言葉巧みに騙し討ちするチャンスは来ない。ならばもう、奥歯を噛みしめているオクムラが取れるべき手段は一つのみ。

 

「フンッ……! 虫けらごとき発進までの間に始末してくれる!」

 

 己が強欲を満たすために眼前の敵を蹴散らすのみ。その敵が実の娘だとしても。

 



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#46 やるんだな? 今 ここで!

 

 

 シャドウオクムラは勝利を確信していた。

 

 なぜなら怪盗団はたかが数人。たとえ警察でさえ手が出せない悪と戦っているといえど吹けば飛ぶ人数だ。対しオクムラは、ほぼ無尽蔵ともいえる“人材”を有している。

 

 少数精鋭に対し、圧倒的なマンパワー。

 

 それに勝利条件は怪盗団に勝つことではない。宇宙船が飛び立つまでの間の三十分間をしのぎ切ってここから脱出すれば怪盗団は今後なにも手出しが出来ない。私はこの椅子に座ってただ見ているだけでいい。そう思っていた。

 

(なぜ……!?)

 

 オクムラの指令通り、次々とやってくるオクムラの奴隷たち。

 

 供給され続け、波のように押し寄せる社畜たち。壊れるまで使い、壊れたら自爆させる。その身が朽ち果てるまでの滅私奉公は、怪盗団を消耗させることには成功した。

 

(なぜ一人も倒せない……っ!!)

 

 そう。消耗させることだけは出来た。ただその消耗すらも怪盗団にとっては短い距離を全力で走った程度の疲弊に過ぎない。

 

『社畜ロボ・TYPEヒラ』はちぎっては捨てられ、

『社畜ロボ・TYPE主任』も歯が立つことはなく消し飛んだ。

『社畜ロボ・TYPE係長』にいたっては攻撃を許されることは無く。

『社畜ロボ・TYPE課長』がようやく攻撃を入れたかと思えば、倍返しで返される。

 

 怒涛のように押し寄せる社畜を、的確に弱点を突き、丁寧に一つづつ処理をしていく。敵が変われば怪盗団もバトンタッチをして交代して合わせていく。戦闘の補佐としてオクムラは認知存在のハルを呼び出し、戦闘に役立つ補助をさせていたが、それを黙ってみている怪盗ではない。

 

 あちらが搦め手でくれば、こちらも手を変え品を変えとばかりに様々な手段で攻略されていく。

 

 勝利を確信していたオクムラの顔に焦りが浮かぶ。無尽蔵にも思えた人材も底が見えてきた。ガラクタの山を乗り越えて、首筋にナイフが突きつけられるかもしれないという危機感を肌で感じた。

 

「惑わせ……ミラディ!!」

 

 骨太だと思っていた『社畜ロボ・TYPE部長』すらも跡形もなく破壊される。オクムラの目に映るのは砕け散ったガラクタと、余裕綽々とばかりにオクムラを見つめる怪盗団。彼らの底知れない力にオクムラは恐怖していた。

 

(そうだ時間……! ここまで稼いだらあと数分だろっ……!)

 

 縋るようにオクムラは自身のタイマーを確認する。

 

【発進マデ アト 16 分】

 

「っ……!」

 

 残り少ないはずだ。そうであってくれと願ったオクムラの願いは霧散する。時間だけは誰にとっても平等の味方であり敵なのだ。

 

 怪盗団がオクムラへと近づいていく。ままならぬ社畜たちに腹を立て、オクムラは最後の人材を呼び出した。

 

「専務! 来い専務!」

 

『ありがとうを世界中に』というスローガンと共に、社員ロボとは比べ物にならない程の巨大なロボが現れる。

 

「専務! 私の右腕として責務を果たせ!」

『承知いたしました』

 

 怪盗団へと立ちふさがったソレは。巨大な腕を振り回し怪盗団へと攻撃する。

 

「っ……ヨハンナ!!」

「カルメンッ!!」

 

 怪盗団も負けじと隙を見て、反撃を喰らわすがダメージは微々たるものだった。

 

『全てはオクムラ様のために!』

 

『役員ロボ・TYPE専務』が大技を繰り出すために、力を溜め始める。

 

「……! 叩こう! 今しかない!」

「でも相手は頑丈よ。ここは一度防御して、大技をやり過ごした方が……」

 

 隙は出来たが、ここで倒せなければ返しの一手で壊滅する危険性がある。安全策を取るなら防御をした方がいいと真は提案した。しかし時間は有限だ。残り時間を正確に把握していない怪盗団には悠長にしている時間は無い。

 

「いえ! 大技を出されるまえにこっちも大技をだしてしまいましょう!」

 

 だからこそすみれは前に出た。ここが今、勝負どころだと。

 

 もちろん焦りからくる短絡的な行動ではない。()()()()()()()()に似た勝負勘と、それを実行する度胸、そして絶対に成功するという根拠のない自信が彼女を突き動かした。

 

「やろうナビ! 考えてたやつ!」

「ふふん。ぶっつけ本番か。アドリブ全開でいくぞ」

「……! ホシが……!」

 

 蓮の懐にあるホシが空想を具現化するために光り輝く。

 

 

 

 

 

「「──SHOWTIME!」」

 

 

 

 パレスの一部が、彼女らの認知で塗り替えられていく。

 

 望んだ場所はショーの舞台。天幕が上がりその壇上に立たされているのは件の『役員ロボ・TYPE専務』だった。

 

 その巨体にスポットライトが当たると、舞台袖に双葉とすみれの姿が現れ、マイクを持って喋り始める。

 

「これからご覧いただくのは、華憐で過激なマジックショー!」

「演目は大脱出。ド派手に失敗したら拍手喝采!」

 

 では! と言って双葉が天井に吊るされている紐を引っ張ると、『役員ロボ・TYPE専務』の真上から鉄製の大きな箱が落ちてきて、巨大な体をすっぽりと覆いかぶせてしまう。その鉄製の箱には酸素を取り入れるための小さな空気口が開いており、真っ暗な鉄箱の中を照らす唯一の光源だった。

 

 ……ただ少し言い方を変えるならば、ちょうど鋭く尖ったものが入りそうな穴が無数に開いている。

 

「種も仕掛けもございません」

 

 すみれはどこからともなく無数の剣を取り出し、新体操のバトンのように空中に放って弄ぶ。そして手に取った剣を箱の穴に躊躇なく刺していく。一本、二本、三、四……途中から数えるのが億劫になるほどの剣を突き刺した。宣言通り、種も仕掛けも無いのだから中がどうなっているか想像に難くないだろう。

 

 無数の剣を刺し終わり、すっかり針鼠となった箱の前に二人は立つ。

 

 そして彼女らの前には謎のスイッチ。

 

「それでは最後は大爆発!」

「んじゃポチッとな」

 

 双葉がスイッチを押すと、すかさず二人は舞台から離れる。

 数秒が流れた後、全てを吹き飛ばす大爆発で『役員ロボ・TYPE専務』はおろか、舞台まで吹き飛んだ。

 

「「せーのっ……サラダバー!」」

 

 そして最後は大爆発を背景に二人はポーズをとってフィニッシュを決めた。

 

「いや、エグ」

「想像以上にド派手な大失敗だった」

「ね、ねぇクイーン」

「目を輝かせないでノワール。あれはやらない」

「おい、まだ気を抜くなよ。戦闘はまだ続いている」

 

 過激なマジックショーで、オクムラの右手は倒したものの、まだ本人と認知存在であるハルが残っている。

 

「クソッ……こうなったら……春! お前が行け! オクムラフーズは私が倒れたら終わりだ! お前ならわかるだろう!?」

『承知致しました。お父──』

「もう私は! お父様の言いなりなんかじゃないの!」

 

 春はバズーカ砲を構えて発射した。お人形のように言いなりだった過去との決別を乗せた弾は、認知存在のハルへと着弾し、爆発と共に認知存在のハルの姿は消え去った。

 爆発の余波でオクムラが座ってる椅子が故障し暴走する。一種のアトラクションのように不安定な機動で上昇した椅子は座っていたオクムラを地面へと振り落とした。

 

「ゴホッ、ゴホッ……っ!?」

「動くなよ」

 

 振り落とされ地べたを這うオクムラはすでに怪盗団に包囲され、銃口を向けられていた。

 

「もう終わりだ。大人しく宇宙船を止めろ」

「……わかった。私の……負けだ」

 

 オクムラが負け惜しみを言うことなく、絶望と喪失の中、敗北を宣言した。これで利益をために人を蹴落とした強欲の悪魔は地に落ちた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 地面に正座するオクムラを取り囲む怪盗団。改心したオクムラは春の婚約者との縁談を取りやめ、春に土下座して謝罪した。

 

「それで? 精神暴走と廃人化、お前の仕業なのか?」

「確かに私は会社を成長させるために、商売敵を潰すために多額の金を払ってきた……だが、私はやっていない! 契約があり、排除を依頼しただけだ!」

「依頼……!?」

「言ってた通りですね」

 

 それは誰かを聞き出す前にパレスが崩壊し始める。オクムラも下を向いて泣いているだけでこれ以上聞き出すことは難しい。

 

「……お父様」

 

 春が近づいてオクムラと目線を合せるように屈む。

 

「自分の責任は自分でしか果たせない。お父様が言った言葉です。これから背負う様々な重責を私だけに背負わせないで下さい」

「……まだ、付いてきてくれるというのか?」

「ええ。だって私、奥村の娘ですもの」

 

 春はオクムラの手を握る。きっとまだやり直せると信じて。

 

「お父様は許されないことをした。簡単に償えるものではありません。けれどいつしか、許される日が来た時のために私はお父様の居場所を作っておきます。……それは小さなコーヒー店かもしれないけれど」

「ああ……春。すまない……! また、ゼロから、いやマイナスから私はやり直す……」

 

 オクムラの体が光りだす。改心し、現実の心へと帰ろうとしている。

 

「こんなことを言う資格はもう無いが……春……私は……お前を──」

 

 その先の言葉を言う前に、オクムラは消えてしまった。春が握っていた手は空を切っていた。

 

「……ハッ! これお父様大丈夫なの!?」

「この前言ったろ? 現実のオクムラの心に戻っただけだ。心配することない」

「だけど今はそれよりも、オタカラと脱出だ!」

 

 怪盗団はオタカラをもらい、崩壊していく宇宙船をモルガナカーで走り抜け、パレスが消滅する寸前のところで脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

「……ッ」

 

 

 明智吾郎は怪盗団より一足先に脱出していた。

 

 物事がうまく運ばない苛立ちを甘いマスクで隠し、周囲から怪しく思われないようにオクムラフーズのビルを立ち去る。

 

(作戦は中断、アイツらが悠長に茶番してるからパレス内のターゲットが居なくなっただろうが)

 

 明智の目的は奥村邦和の廃人化。そのためにパレス内にいるオクムラのシャドウを殺してしまえばいいのだが、春の説得によってシャドウは現実の心に帰ってしまい、殺害するタイミングを逃した。

 

(まぁいい。こんど何かしらの理由をつけて接近し、廃人化のトリガーを引けばいい)

 

 明智の力はパレスを持っていない人間でも廃人化することが出来る。それを使い獅童の計画の軌道修正をしようとしていた。

 

(まずはここを急いで離れなけば)

 

 交差点の信号が赤になって立ち止まる。早くこの場を離れたい明智は歩道橋の階段を上がる。

 

(計画に支障はない。このまま…………)

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──明智は足を止めた。

 

 道路を跨ぐ橋の上で、男が立ちふさがっていた。その呼びかけはどう考えても自分に向けられているものだと確信した。

 

 偶然などという言葉では片づけられない再会。どういう意味を持ってそこに立っているのか明智は瞬時に理解した。

 

「秀尽高校の校長は精神暴走で死んだみたいだぜ明智? いや、今は黒い仮面って言った方が正しいか?」

 

 あの場で戦闘どころか姿すら見せなかった怪盗団の一人が笑う。

 

 出し抜いてやったぞと。

 

「乙守胡桃……っ」

「取引しようぜ明智吾郎。俺達のネガイのために」

 

 



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#47 さぁ卓につこうぜ

 

 9/27 火曜日 放課後 晴れ

 

「明智吾郎が黒い仮面んんぅう!??」

「ちょ、竜司声がデカい!」

「あ、わりぃ」

 

 俺は怪盗団をルブランの屋根裏に呼び出し、作戦会議を開いた。

 

「それは本当なのか胡桃」

「ああ。俺、修学旅行の時休んでたろ? んで、元気になって散歩してたら校長を見たんだよ。なんか様子おかしくて尾けていったら近くの建物から明智が出てきて。その直後校長が道路の真ん中で立ち尽くして轢かれるの待ってたんだ」

 

 半分は嘘だ。だが『明智が校長になにかした』という点については合っている。事実を先出しして、過程を作りあげる。真実を知っている俺だけにしか出来ない交渉。

 

「でもさ。もし、明智が黒い仮面だとして目的はなんなの? 黒い仮面って確か斑目と金城とも面識あったよね? 共通点ある?」

 

 獅童と繋がっている……という知っている結論を出すにはまだ早い。

 

「あるとしたら全員金持ちってことだよなぁ。そいつらから金貰ってたとか?」

「でも明智さんって有名人ですし、あまりお金に困って無さそうな感じします」

「それに校長を狙う理由ってなに? 校長もお金持ちだったの?」

「はいはい。じゃあ一つずつ消化しきましょう」

 

 真は手を叩き、俺の声に耳を貸すようにこちらを向かせた。この作戦会議を話す前に事前に双葉と真に話していた。

 

 俺一人のこの思いつきを話しても、ただの妄想として流されてしまうだろう。だけど事前に真と話して情報を擦り合わせることで、真をこちら側につける。あとは頭脳派の真が信じるんなら信憑性は高い妄言で怪盗団に信じ込ませる。

 

 真を信じさせるのは苦ではあったが、確実に信じるだろうという確信はあった。なぜなら俺は事実を知っているから。その事実から逆算して筋道を立て、仮定の骨組みをしてやれば、あたかも一つの真実が浮き彫りになっているように見える。

 

 ただ、この話の肝は『“もし”俺の妄想が真実だとしたら、春の父親の命が危ない』ということ。

 

 真はその“もし”のリスクを無視できるほど粗雑な頭をしていない。俺の言っていることが真実かもしれない。真に思わせることでこの作戦会議は開かれた。

 

「まず黒い仮面と明智が同一人物ということは置いといて、黒い仮面がなぜ精神暴走や廃人化しているのかということについて」

「動機か」

「現在私達が知り得る中で被害に遭っているのが、双葉のお母さん、秀尽高校の校長、そしてオクムラフーズの競合他社の社長よ」

「私のお母さんは、悪い大人が研究を独占するために殺された」

「競合他社の廃人化も、他の企業がいなくなれば自社が市場を独占して利益を出すことが出来る」

「だとしたら校長も……なにか目的があった人間に殺されたと考えるべきか」

「ここで見えてくるのは加害側の動機がバラバラだということ。研究の独占に自社の利益……あまり結びつかないわ」

「……ってことは……つまり黒い仮面は複数人いるってことか!?」

 

 竜司がなにか閃いたように発言したが、それはあまり考えたくない発想だった。ようは加害者本人達が黒い仮面って言いたいってことなんだろう。

 

「竜司が言ったことも否定は出来ないわ。でも、どちらかというと黒い仮面はお金を貰って依頼されて動いているんじゃないかしら。それにもし黒い仮面が複数人いたとしたら。現実で廃人化の被害はもっとひどい事になってるわ」

「黒い仮面は単独犯かつ、誰かの依頼で動いているってことね」

「ん? ……待ってください。それならどうやって加害者側は黒い仮面の存在を知ったんですか? 認知世界って第三者に説明しても簡単に信じられないっていうか……。

 私もあんまり理解出来てないからいきなり『気にいらない人間、廃人化してあげます』とか言われても現実味が無いというか……」

「いい質問だすみれ」

「えへへ……」

 

 すみれの言う通り、そもそも認知世界を信じてもらわないと黒い仮面にとって仕事にならない。

 

「俺ら以外にも認知世界を信じている連中がいる可能性はある。認知訶学を研究している連中とかな」

「……待ってそれじゃ双葉のお母さんが殺されたのって」

「研究してた連中が黒い仮面に依頼したのか、それとも自分を売り込むために双葉の母親を殺したのかは分からない。でも接点が無いとは考えられない」

「それに黒い仮面が組織に所属している人間だとしたら、背景が見えてくるわ」

「背景?」

「ビジネスよ。個人で売りこむのは難しくても組織単位で、しかも実績もあるのならば、廃人化のことも信じてもらうのは容易でしょう」

「でもそれって組織とか黒い仮面にメリット無くない?」

「まさか。それでがっぽり稼いでるんじゃねぇの。コレを」

 

 コレといって、指でお金の形を作る。

 

「班目も金城も、もしかしたら奥村もその黒い仮面がいる組織と繋がっていたってことか」

「そしたら次に、校長が死んだ理由も見えてくるだろ」

「……誰かに依頼されたから廃人化されたんじゃなくて、お金が払えなくなったから? 廃人化のことをバラさないように殺された?」

「多分。もしくは校長の死に利用価値があるから殺したか……とりあえず今分かるのは敵は黒い仮面だけじゃなくて、その奥にいる組織も存在するかもしれないって話だ」

 

 正確にはお金云々より、秀尽にいる怪盗団を探せなくて見限られたのと、学校に捜査を入れるための大義名分のために殺されたのが真実だ。

 

「はい。じゃあ一旦、たらればと仮定だらけの話は頭の隅っこの端に置いといて」

「今までの時間は……?」

「頭の隅に置いといてくれればいいや。今度は黒い仮面の次の動きの話。双葉、頼んだ」

「やっと私の出番か。ほら皆これ見ろ」

 

 双葉が持っていたノートパソコンの画面を皆に見せる。

 

「これ、この前の喧嘩売ってきたメジエドのコードな」

「実は創始者は双葉だった組織ね」

「そう。でもこのコード綺麗じゃない。まるでド素人が組んだみたいだ。仮にもハッカー集団を名乗るやつらの痕跡じゃない」

「どういうこと?」

「私達に喧嘩売ってきたのはメジエドじゃない。メジエドじゃない誰かだ」

 

 この作戦会議を開く前に双葉に前もって、調べてもらっていた。直接「なんかメジエドっぽくなかった」とか言えるわけないから、何か誘導されているかもしれないということを仄めかして「双葉もなにか違和感あることなかったか?」と聞いたら、メジエドの紛い物に気付いてくれたようだ。それに見つけてくれたのはそれだけじゃない。

 

「あと『怪盗お願いチャンネル』の改心してもらいたいランキングあるだろ? あれなんか変な奴が工作して、『奥村邦和』を一位にしてる」

「なんでそんなことを? あの社長さんを改心させたいってこと?」

「さっきの頭の隅に置いた話を持ってくると、奥村社長はお金が払えなくなったってことになりますが、社長にお金がないとも思えませんけど……」

「いーやワガハイ分かったぞ。これ誘導させられてるだろ」

「さすがモルガナ勘が良いな。野生の勘か?」

「だから猫じゃねぇって」

「言ってねぇよ」

 

 まぁモルガナの言った通りこれは獅童一派に、世間が怪盗団を持ち上げるように仕組まれている。

 

「でもそれならわざわざ怪盗団に改心させなくても、黒い仮面に廃人化させた方が早いだろ。こんなハッキングして回りくどくねぇか? ランキングを操作してまで改心させる必要性が無ぇ」

「……目的は、怪盗団の信用の失墜か?」

「鋭いな祐介」

「野生の勘だ」

「お前は認めんのかい。今、祐介も言った通り、もし奥村を改心したとしてその後廃人化したらどうなる。世間からは『今までに起こった精神暴走と廃人化事件の犯人は怪盗団』というレッテルが貼られるわけだ」

「そして手のひら返したように怪盗団は世間から叩かれ、今まで怪盗団を叩いていた人達が持ち上げられ始める」

 

 実際ゲームでもそうだ。緊急会見中に廃人化されて奥村邦和が死ぬことで世間では怪盗団の仕業ということにされ、精神暴走と廃人化の罪を擦り付けられた。

 

「あー悪ぃ。俺はバカだから分かんねぇけどよぉ……つまりメジエドの時から仕組まれてたってことか?」

「その通り。そして次の一手は、改心後を狙った奥村邦和の廃人化だ」

「……お父様が……!」

「死なせねぇよ。そのための作戦会議だ」

 

 死なせてたまるか。怪盗団にまで相談を持ち掛けて、やっぱり救えませんでしたは絶対にさせない。

 

「まぁこれからどうするって話になるけど、一番手っ取り早いのは奥村邦和の改心を止めることだ。でもそうしたら春の婚約者問題は片付かずに春は犠牲になる。その選択は」

「「「「「「「ありえない」」」」」」」

「だよな。なら俺からの提案いいか?」

 

 

 

 ***

 

 

 10/1 土曜日 晴れ

 

 

 パレス潜入前、俺達はオクムラフーズビル近辺の路地裏に集まっていた。

 

「それじゃあここから別行動ね」

「胡桃ちょっと緊張してる?」

「いやまぁ、作戦の成功が俺にかかってるわけだから少しは」

 

 明智と取引するの蓮か真のつもりなのに、まさか俺だとは思ってなかった。

 

「やったるぞーって円陣組んで気合い入れる?」

「円陣組むには路地裏はちょっと狭いな」

「胡桃先輩にハイタッチして行きます? 私大会前はそうやって送り出されてるので」

「それいいな。やるか」

「じゃあ最初はモルガナ先輩から」

 

 すみれは足元にいるモルガナを俺の腕の高さまで持ち上げた。

 

「おうモルガナ失敗すんなよ」

「誰にモノ言ってんだ、ワガハイだぞ? クルミこそなんもないとこで転んで失敗すんなよ?」

「誰に言ってんだ。任せたぞ」

「ああ」

 

 モルガナの小さな猫の手と手のひらを合せた。

 

「じゃあ次は私ですね」

 

 すみれはモルガナを地面に下ろすと、すみれは控えめに両手を上げた。

 

「ええっと……ファイトです!」

「ああ、そっちこそ」

 

 両手でハイタッチなんて初めてだったから、手押し相撲みたいに音が鳴らないハイタッチになってしまった。それが可笑しくて二人で笑ってしまった。

 

「頑張れ行ってこい」

「はい!」

「……よし、じゃあ次は竜司――」

 

 バッチーーーーン!!!! と、構え損ねた右の掌を思いっきり叩き抜かれた。

 

「……~~っ痛っったぁ!!? お前、少し手加減しろよ!」

「いやぁ、こういう流れだとやっぱりやりたくなるんだよなー。陸上部でよくやってたし。気合い入ったろ?」

「十分すぎるほどにな! そのままぶちかましてこいよ」

「おうよ!」

「はぁ……じゃあ杏――」

 

 バッチーーーーン!!!! と、再び構え損ねた右の掌を思いっきり叩き抜かれた。

 

「……っってぇ!? おまっ……」

「Can you wish me luck?(応援してくれる?)」

「……Sure. Good Luck(もちろん、幸運を祈る)」

「Ⅰ don’t need luck!(幸運なんて必要ないよ!)」

 

 とびっきりのスマイルとウインクで返された。

 

「はは……それちょっとかっこよすぎるだろ。今度真似しようかな」

「ふむ……やはり素敵な女性像だな杏は」

「うわびっくりした」

 

 祐介が背後に立っていた。いきなり背後に立たれると怖い。俺より身長あるから威圧感も感じるし。

 

「胡桃、焦ってポカをするなよ。お前はちょっと抜けてたりするからな」

「一番抜けてる奴に言われたくねぇ~……んじゃ爆発させてこい」

「何をだ。芸術か? それともパレスをか?」

「全部」

「任された」

 

 俺が右手を上げると、鏡合わせのように祐介も右手を上げ、そのままハイタッチをした。

 

「……パレスを爆発させると困るんだけど……」

 

 真がこめかみを抑えてぼやいていた。

 

「そのくらいの気概でいこうぜってこと。それにそういうの嫌いじゃないだろ」

「まぁね」

「……この作戦の相談乗ってくれてありがとう」

「いえこちらこそ。頼ってくれてありがとう」

「そっちも頼んだ」

「ええ」

 

 路地裏でパチンと小気味のいい音が路地裏に響いた。

 

「ほら次、双葉ー」

「おう任せろ!」

 

 双葉は勢いよく両手を上げた。いや上げすぎ、もうそれ挙手だ。

 

「お前ら戦闘中バトンタッチでハイタッチしてるだろ? ……ちょっと羨ましかった」

「あーうん。今度やろうな」

「絶対だぞ!」

 

 俺も両手を上げて、双葉とハイタッチをしようとするも、お互いの手を合わせるタイミングがズレて、音の鳴らないハイタッチをした。「あーあー」と言ってお互いに笑った。

 

「んじゃ春。……重要な役回りだ。頑張れよ」

「うん、わかってるよ。絶対に改心させてみせる」

「ちゃんと自分のことは信じ抜けよ? 自分は説得できるって。説得する側が不安だと出来るもんも出来なくなる」

「何のアニメの台詞?」

「全部終わったら教える」

「約束ね」

「わかってるって」

 

 ハイタッチしなれていない、控えめに上げた手を俺から叩きにいった。……ちょっと強く叩いたかもしれん。

 

「じゃあラスト。リーダー」

「ん」

 

 特に言葉を交わすことなく、お互いの手を叩いた。

 

「お前は特に何も無し?」

「信じてるとか言うの野暮だろ?」

「かもな」

 

 全員とハイタッチし終えると、俺以外の怪盗団はオクムラフーズのビルへと向かった。

 

 さて、と。ここからは俺一人の戦いだ。奥村邦和の改心後、パレスから出てくる明智を捕らえる。そして奥村邦和の廃人化を止めるように説得、もとい取引をする。

 

「……よし」

 

 ……案外ハイタッチってのも悪くない。気合いも入った。

 

 やってやる。俺しか出来ない方法でここを乗り越えてやる。

 



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#48 あんた嘘つきだね

 

 近場の喫茶店に入り、明智はブラック、俺はカフェモカを頼んで席に座る。

 

「腹減ってたからホットドッグでも頼めばよかった」

「無駄話をする気はない」

「はいはい」

 

 明智は人差し指でテーブルをトントンと叩いている。苛立っている様子を隠す気はないらしい。

 

「じゃあ単刀直入に言う。奥村邦和の廃人化を止めろ」

「それは出来ない」

「なぜ?」

「その理由を君に言う必要があるかい?」

 

 まぁ当たり前だ。明智が奥村邦和の廃人化をしようとしているのは、獅童からの依頼のはずだ。安易にその情報を明かすわけがない。

 

「取引してくれなきゃ、お前の正体をマスコミにタレこむとか」

「脅迫? ご勝手に。門前払いが見えてる」

「だよなぁ」

 

 廃人化の犯人は明智吾郎ですって言っても信じてもらえるわけが無いし、万が一信じてもらっても上の奴らが消しにかかるだろう。この手の脅迫は明智に通用しない。

 

「……君たちはもう詰んでる。ここで僕と取引してもなんの意味もない」

「君たち? 勘違いしてるな。怪盗団にはこの事言ってねぇよ」

「なに?」

 

 じゃあここからが勝負だ。しようぜ騙し合い。

 

「そうだな……怪盗団を売るっていうのが俺から出せるメリットだな」

「……どういうことだ? 仲間じゃないのか?」

「最近まではな。方向性の違いってやつだよ」

 

 よし。明智が興味を持ち始めた。このまま会話の主導権を握りにいけ。

 

「世間からの怪盗団の評価は上がった。だから俺は提案したわけだ。改心を使って金稼ぎしようってな」

「もしかしてあの掲示板を使って?」

「そうそう。ユーザーが書いた悪党を改心して、その後代金を貰う。稼げるビジネスだろ?」

 

 んなわけねぇだろバーカ。そんなのすぐ足がついて終わりだわ。

 

「でもあいつらは全然分かってくれなくてな。ちょっとメンバーの間で軋轢が生まれたわけ。だから今日の奥村邦和の改心に呼ばれなかったんだよ。そしてコッソリついてきた俺は、思い立ってお前に話しかけて取引してるってわけ」

 

 いやー、我ながらバカすぎて笑いそうになる。猿の方がもっと考えるわ。

 

 でも明智。お前こういう奴嫌いじゃないだろ。俺みたいにバカでマヌケで自分が上だと思っていて、利用しているつもりが利用されてるような愚か者。簡単に利用できるから。

 

「だから、俺も勝ち組のそっち側にいきたいわけ。そのためなら怪盗団切るぜ?」

「……君はどれだけ知っている?」

 

 乗ってきた。よしじゃあこのまま俺を気持ちよく喋らせてくれ。

 

 

 ***

 

 

「明智と取引して怪盗団を売る!?」

「竜司声でかい」

「あ、わりぃ」

 

 これが今できる最良の提案。まぁ売るって言っても交渉のカードとして見せるだけだ。明智は怪盗団のメンバーを全員目撃しているからな。

 

「今はもうなにやっても詰みの状態だ。なんならいっそこのまま引っ掛かっちまって、その後盤面をひっくり返す」

「ど、どうやってですか?」

「……もし胡桃の取引が上手くいった場合。私達が手に入れるのは、世間からの信用の失墜と犯罪者のレッテルよ。その次に警察が怪盗団逮捕のために動き出すわ」

「逮捕……」

 

 普通の高校生には現実味の無い逮捕というワード。その言葉で皆に動揺の顔が浮かぶ。

 

「でも逮捕するには証拠が足りない。んでもって見つかるわけがない。なら奴らの最善手は証拠の要らない現行犯逮捕だ」

「え? 警察が認知世界に来るってこと!?」

「黒い仮面がそこと繋がってたなら、あり得なくもない。もし本当に明智だった場合繋がってる可能性も高いはずだ」

 

 なら次に奴らはどう出てくるか。

 

「もう俺達を逮捕しようとする計画は練ってあると思う。次のパレスできっと捕まる」

「でもその危機的状況をひっくり返す案があるってことだよな?」

「今から考える。まだ猶予は十分にある。俺があっち側について情報を常に共有すれば対策も立てやすいだろ」

 

 まぁそんな事しなくてもあっち側の事情は大体知ってはいる。ひっくり返す案もゲーム通りに認知世界を使った生還トリックで大丈夫だ。それは俺の提案じゃなくて怪盗団に閃いてもらおう。

 

「だから今回の胡桃の役割はスパイってこと。黒い仮面側についたと思わせて、あえて罠に乗っかる。でも被害は最小限に」

「でも最後は俺たちがもらっていくと」

 

 だから俺が求められているタスクは三つ。

 

 1.明智と交渉して奥村邦和の廃人化を止めること。

 2.黒い仮面側(獅童一派)の味方になること。

 3.黒い仮面と繋がっている組織のボスの名前を探ること。

 

 3に関してはもう原作知識で『獅童 正義』と知っている。これは怪盗団の信用を得るための手札にしよう。情報を抜き出せたという証明にもなる。

 問題は1,2だ。俺の地力で踏破しなきゃいけない問題で、ここで失敗すると全てが瓦解する。

 

 絶対にミスは出来ない。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「──……まぁこんな感じだな。俺がお前らに知っていることと、次の動きの予想は」

「ふぅん。ただのバカじゃないみたいだ」

 

 作戦会議で話したように黒い仮面らは、奥村邦和を廃人化させて、怪盗団を捕まえようとしていることを話した。

 

「正直、俺だって捕まるのはゴメンだ。ならそっち側に身を置きたい」

「……さっきから言ってる。メリットが無い」

「そうか? 怪盗団の情報はそっち側にとってかなり大きいと思うけど?」

「違う。君にとってメリットが無い。奥村の廃人化を止める事がなぜ君のメリットに繋がる? いずれこっち側について怪盗団を捨てようとしている君に奥村を殺さないメリットはない」

「あー……それはだな……」

 

 やっべぇ……相手の利益のことだけ考えて、それは考えてなかった。

 

 死なせたくない理由? 死んで欲しくないからだし、救いたいだからだけど!? 俺にとっては十分メリットだけど、明智はそれじゃ納得はしないだろ。

 

 捻り出せ……捻りだせ……それっぽい理由……! 

 

「……大事な友達の……父親だからだ。その人の悲しむ顔は見たくない」

 

 アホ────ッ!! 取引に感情論を持ち込むな!! 

 

「……ふぅん」

 

 あれ? 特になにも思わないの意外だな。

 

「でもお生憎様。奥村の廃人化については無理な相談だ。君も予想していた通り、廃人化させることで怪盗団の信用の失墜が目的だからだ。代替の案は存在しない。……この場を無かったことにしておいてくれたら、君の事は見逃してあげてもいいけどね」

 

 交渉は決裂だと言うと、この場を離れようとその場を立つ。ここで終わるとマジでゲームオーバーだ。

 

 ……切るかあの手札。

 

「──獅童ってのは酷い父親だよな」

 

 席を立った明智が、その目力だけで殺せるような視線をこちらに向ける。

 

 おー、いいねその目。動揺と怒りが隠せてないぞ。プライド高いお前が一番嫌いな行為だもんな。土足で自分の心に上がられるっていうのは。

 

「……何を知ってる」

()()? お前が精神暴走と廃人化できることは知ってるし、それを俺らには出来ないことは知ってる」

「ふざけるなよ」

「じゃあ考えなかったのか? 俺もそういう特殊な力が使えるかもしれないってことに」

 

 もちろん嘘……とも言い切れないんだよな。俺の中になんか居るし。

 

「俺はお前と似て非なる力を持ってる。その力でお前と獅童の関係を知ってる」

 

 でもこのハッタリは俺にしか切れないカードで、明智にしか通用しない切り札だ。

 

「座りなおせよ。俺はお前らじゃなくて、お前と取引しにきたんだよ明智。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「チッ……」

 

 明智は素直に俺の言う事を聞き、椅子に腰を掛け直す。

 

「要は精神暴走事件を怪盗団になすりつければいいんだろ?」

「それが別の方法で出来たら考えなくもない。出来たらの話だけど」

「奥村邦和に全ては怪盗団がやったと緊急会見で言わせる。そしたら怪盗団に精神暴走事件の罪を擦り付けられるだろ?」

「それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。精神暴走事件の真相を知っている人間をわざわざ改心させて自白させるなんてバカのすることだ。すぐに世間は違和感を感じる」

「そこは気にするポイントじゃないだろ。確かに今言った点を気にする奴らは大勢いるが、そんなもんは勝手に考察させておけばそれっぽい理由がネットに出回る。『怪盗団が墓穴を掘った』『実は奥村社長は改心をされておらず、本当の意味で改心して自白した』『本物の正義の怪盗団が改心させた』……前後の矛盾なんて無視できる。真実なんて大衆にとって興味無いものなんだから」

「……それで? 改心した奥村社長にそう言って欲しいとお願いするのか?」

「ああ。そうだ。そういう力を持ってる。そうだな……10月8日。それまでに奥村に事実の曲解をさせておく。お前らならその確認するのは朝飯前だろ」

 

 記者会見を開くっていうんなら、奥村が何を話すか関係者と事前に打ち合わせるはずだ。そこで潜り込ませて確認させればいい。

 

「わかったよ。それでいこう」

「よかったこれで交渉成立だ」

「……本当に怪盗団を裏切るんだな?」

「……これ前も言った気がするけどさ。俺にとって怪盗団って利用するものなんだよ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 オクムラパレス崩壊後、胡桃以外の怪盗団はルブランの屋根裏のアジトで、取引の結果を待っていた。

 

「あっ胡桃帰ってきた!」

「どうだった。結果は!?」

 

 胡桃は下を向きながら、辛気臭い雰囲気でアジトへと戻ってきた。それを見て不安になる面々だったが……。

 

「いぇい大成功」

 

 顔を上げ、てへぺろダブルピースをした胡桃をみて、安心と苛立ちで殴りかかってきた。

 

「おまえ驚かせやがって!!」

「いやー信じてたけどなワガハイは!!」

「痛い痛い痛い痛い痛い!!」

 

 竜司にはヘッドロックされ、他の人からは腕を抓られる功労者。

 

「とりあえず一安心?」

「あとは改心したのを待つしかないわね」

「それと明智達がどう出てくるかもな」

「ちょ、ギブギブギブギブギブギブギブ!!」

 

 とりあえず山場は超えたらしい。安堵した怪盗団は大きく息を吐いて肩の力を抜いたのであった。

 

 

 



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#49 いるさっ、ここに一人な!!

 

 10/3 月 放課後 曇り

 

「俺はバカだったんですよ白衣さん」

「いきなりどうしたんですか」

 

 俺は突然降りてきた天啓に体を突き動かされ、丸喜先生にパレスまで来てもらった。丸喜先生の力を借りてちょっとした曲解をかけてもらった。

 

「先生の力を使えば俺のアステリオスを改造できるし、実際に耐性も変わった。ならスキルも改造出来るのではと思い至ったわけですよ! いや今までなぜこれに気付かなかったのか!」

「とりあえず胡桃くんがなにかして欲しいので、言われるがまま曲解しました」

 

 『私が曲解しました』と生産者マークのようにピースする先生。

 

「というわけでバトルしましょう白衣さん! リベンジマッチで!」

 

 白衣さんは二つ返事で了承し、瞬く間にファフニールへと姿を変える。俺も怪盗団の衣装へと装いを変えて戦闘態勢に入る。丸喜先生は戦闘に巻き込まれないように小走りでその場を離れていく。

 

「では」

「いざ尋常に」

「「勝──」」

「お取込み中! すみません!」

 

 戦いの火蓋が切られるその寸前に、このパレスの職員シャドウが割って入った。

職員シャドウがファフニールとなった白衣さんに耳打ちすると、白衣さんは元の白衣姿に戻った。

 

「すみません、少々トラブルが起きたそうなので対応に行って参ります」

「あ、はーい行ってらっしゃい」

 

 勝負がふいになったので怪盗姿を解除して、そのまま白衣さんを見送った。

 

「なにがあったんですか?」

「パレス内に迷い込んだ者が現れまして」

「迷い込んだ? おかしいな……」

「それって珍しいことなのかい?」

「周囲に人がいれば認知世界に入る際に巻き込まれて……っていうケースはあります」

 

 一応それで杏もカモシダパレスに迷いこんだからな。

 

「でも俺達は入る際にきちんと周りに人がいないことを確認しました。だからここに入って来れるのはこのパレスのキーワードを知っている人間だけです。……職員さん、その人物ってどういう人かわかります?」

「はい。こちらの人です」

 

 職員シャドウさんは、手元のタブレットを弄ってその侵入者の映像を見せてくれた。タブレットに映った人物を見て、あり得ないと口から出てしまった。

 

 だってこいつは……。

 

「芳澤かすみさん……だよね?」

 

 なんでいるんだ?

 

 そもそも今日は芳澤かすみだと思い込んでるすみれが迷い込む日だったはず。でもそれはもう無くなって…………待った。あのイベントはすみれがスランプに陥ってメンタルが不安定になったから起きたイベント。そしてこの間の新体操の大会はかすみではなくすみれが一位を獲ってかすみは二位だった。

 

 すみれの代わりにかすみがそのスランプに陥っていた……? 今のすみれでは絶対に起きないと安心していたけど、姉の方がスランプになってたのは盲点だ。でも二位だぞ? そこまで引きずることでもないだろ!? 

 

 でもかすみがここにいることが事実だ。そこにいくら思考を重ねても事実の前には膝を折るしかない。

 

「う゛あ゛──っ!! ヤバイちょっと俺も行ってきます!!」

 

 これはまずい! 最悪の場合、芳澤かすみもペルソナ使いになる! それだけは避けたい!! 

 

 

 

 ***

 

 

 

「いや、ここどこ!?」

 

 

 謎のパレスに迷い込んだかすみは開口一番そう叫んだ。いきなり周辺の景色が変わって、摩訶不思議な建物の中に入り込んだらそうも叫びたくもなろう。

 

(落ち着け、芳澤かすみ。とりあえずなんでこんなところに来たのかを今日の出来事を振り返ろう。えっと、まず授業で指された時に答えられなくてクラスのみんなにひそひそ言われたことでしょ。自販機で飲み物買おうとしたら、千円と小銭しか入らない自販機で、財布に五千円札しか入ってなかったことでしょ。電車でおばあちゃんに席譲ったら、そんな老けてないけどねぇ……って嫌味言われたことでしょ。あとは……新体操の成績のことで先生にちょっと言われたことか……今日ダメダメだぁ私……)

 

 今日のことを振り返り、がっくしと肩を落とす。

 

(それで気分変えようとして、競技場予定地に来たらなんか知らないところに迷い込んだし……出口の扉はどこにあるか分からないし……)

 

 かすみが辺りを見渡すと、潔癖にも近い白い空間が広がっている。まるで病院の待合室のような場所だとかすみは思った。

 

(ここどこだろう……それにしても本当に変な建物。この真っ白な壁も天井も床も全部同じ色だし、なんだか気持ち悪い……)

 

 かすみはこの場所の不気味さに恐怖を覚えていた。風の音すら聞こえず、自身の足音しか聞こえないとまるで、世界に取り残されたような錯覚に陥る。

 

 その恐怖を振り払うように、もう一度辺りを確認する。すると、少し遠くに人影が見えた。

 

(よかった! やっぱり誰かいる! あれ、誰?)

 

 その人物は白衣を着た女性のようだった。階段を上がった先、広いホールのような場所で、彼女はなにか探しているようで、こちらには気付いていないようだ。

 

(ここの関係者かな? とにかく出口だけでも教えてもらおう!)

 

 かすみはその人物の元へと駆け寄っていった。

 

「すみません!」

 

 声をかけるとその女性はゆっくりと振り向いた。

 

「え、あ……は?」

 

 そしてその顔を視認して、かすみは固まった。

 

「ああ。よかったここにいたのですね」

 

 人だと思っていたソレは、仮面を被っただけの謎の生命体だったのだ。

 

「おや、なにやら緊張なされている様子に見えます。ここから出て行かれる前に中で治療を受けてはどうでしょう?」

「あ! いえ! お気遣いなく! こう見えてピンピンしてますので! ……あはは」

 

 自身の理解が及ばないモノをみて叫びだす前に、その相手が会話をしてきたのでかすみも思わず返答した。そのおかげか取り乱すことなく平常を保っていられた。

 

「……いえ。私の目から見てもあなたには治療が必要です。こちらへ」

「──へ?」

 

 ただ、目の前の存在が相手の都合を考えて行動するとは限らない。

 白衣を着たシャドウの手がかすみへとのばされる。

 

「あ、嫌……」

 

 逃げ出したい気持ちと相反して、足が根を張るように恐怖で縛られ動かない。目を閉じたいのに、目を閉じれば全てが真っ暗に飲まれる恐怖で目を逸らせない。

 

「さぁどうぞこちらへ……主の救いのままに」

「──だ、だれか助け」

 

 白衣シャドウの禍々しいその手が、かすみの頬に触れるその刹那。

 

 ダン! という発砲音と薬莢が地面に落ちる音がパレスに響く。

 

「……銃撃は反射するタイプか」

 

 白衣のシャドウに着弾した弾丸は反射し、引き金を引いた人物の頬を掠める。

 

「蓮先輩! と……どなたですか!?」

「説明は後だ! とりあえずここから脱出するぞ!」

「喋ったぁ!?」

 

 颯爽と現れた蓮とモルガナが広いホールへと参上する。白衣のシャドウが指を鳴らすと、どこからともなくシャドウが出現し、状況についていけず混乱しているかすみを捕らえた。

 

「その患者を戦闘に巻き込まれないところへ」

「え、ちょっと、は、離してください!」

 

 かすみは精一杯力を入れて振り払おうとするも、抵抗空しく羽交い絞めのままズルズルと引きずられていく。

 かすみの元に駆け寄ろうとする二人の間に白衣のシャドウが割って入る。

 

「その子を離せ」

「何のために? 彼女は苦しんでいます。主による治療が必要です」

「オマエラが何してんのか知らないが、どう考えてもロクな事じゃないことぐらいはワガハイでも分かるぜ」

「これは救世です」

 

 纏っている白衣が黒い泥に塗れ、白衣のシャドウの仮面が剥がれ落ちると共にファフニールへと変貌した。

 

「苦しみを切除し、痛みを剪除し、誰も傷つかない世界を作る。邪魔はさせません」

「おいおい……相当な格上だ。気張ってけよジョーカー!!」

「ああ」

 

 ジョーカーは自身の仮面に触れペルソナを呼び出す。青い炎をかき分け出てきたのはヴァルキリー。赤い馬に跨った女騎士は槍を掲げ【マハタルカジャ】を唱え、ジョーカーとモルガナの攻撃力を上げる。

 

「来い! ゾロ!」

 

 モルガナの背後に黒き剣士が出現し【ガルダイン】を唱え、身を切り裂き荒れ狂う暴風がファフニールへと襲い掛かる。

 

「──心に痛みを抱えた人間には、その傷をどうするかはその人の自由です」

「マジかよ!? ワガハイの最大打点だぞ!?」

 

 だが、ファフニールは微々たるダメージしか入っておらず、攻撃も気にせず彼らに話しかける。

 

「同じ傷を持つものに手を差し伸べる優しい者、もう傷つく人が出ないように他人に教訓を説く賢い者、そして……他者を傷つける愚か者」

 

 一向に攻撃をしないファフニールに対し、二人はひたすらに攻撃を仕掛けるが怯むどころか、言葉を止める気配すらない。

 

「普通の人が他者を傷つける者に転換する多くのきっかけは様々ですが、その多くは理不尽に晒されること」

 

『バロン』『ミシャグジさま』『スカディ』『ペイルライダー』『ジャターユ』

 

 ジョーカーは多種多様なペルソナを使い分け、その最高打点を仕掛けるも致命的なダメージは入れられない。

 

「『──なぜ、自分が』と」

「……!」

「動揺」

 

 蓮の脳裏に蘇る不条理な出来事。次の手を繰り出す思考に過る空白。その思考の隙を邪竜は逃さない。

 

「……っ!?」

 

【闇夜の閃光】を喰らい目眩状態となり、ジョーカーは足をふらつかせる。モルガナが【メパトラ】を使い目眩状態をすぐに回復し意識が正常に戻る。

 

「心当たりがあるのでしょうか」

「……」

「そうさせるように環境が仕向けているのでしょうか。それとも最初からあなたに逃げ道などなかったのでしょうか」

「……お喋りが好きみたいだな」

「心への好奇心が、猫をも殺してしまうぐらいに強い故に」

「ワガハイは猫じゃねぇ!」

「それは失礼」

 

 二人は一度態勢を整えるために、ファフニールから距離を取る。ジョーカーは目を動かし視界にかすみを入れる。まだ奥へと連れ去られずに、戦闘の被害が出ない場所でシャドウに捕まえられている。

 

「モナ。俺が怯ませるような一撃をヤツに入れる。その隙にかすみを助け出してくれ」

「分かった。ド派手なのを──」

「理解してくれると思ったのですが」

 

 かすみを狙う視線に気づいたファフニールが問答無用で【コズミックフレア】を放つ。膨大な熱エネルギーの奔流が青白く発光した直後、パレスを揺らす大爆発が彼らを襲う。

 

 余りの熱で肉眼で見ることを許さず、認知世界に適応してないかすみの目が開かれるようになった頃には勝負は決着寸前だった。

 

「自由を勝ち取るためには強く在らねばなりません。しかしそれは常に最強であること。強さにも孤独という痛みはあります」

「ぐっ……」

「クソッ……!」

 

 二人は膝をついて苦虫を嚙み潰したような顔で睨みつける事しか出来ない。その二人にのそりとゆっくりと近づくファフニール。

 

「痛みからは逃げられない。ですが主の手にかかればあなたの抱えてる痛みもなくなります。どうでしょう治療を受けてはみませんか?」

「断る」

「なぜ?」

「俺の痛みは俺だけのものだ。上から目線の救いの手に利用されたくはない」

 

 ファフニールからの提案を吐き捨て、再びペルソナを出そうとするジョーカーは仮面に手をかける。救いの手を払いのけ反逆の姿勢を見せる。

 

「苦しみも痛みも全部無くなるのですよ。なぜそこまで拒むのです」

「そんなの感情があるからに決まってるじゃないですか!!」

「か、かすみ……!?」

 

 突如大声でファフニールの言葉を否定し、横やりを入れたのはシャドウに羽交い絞めにされたままの芳澤かすみだった。

 

「いいですか!? 竜の人!」

「竜の人」

「さっきからあなたの言っていることは確かに理想的で素晴らしいものなんでしょう! でもそう簡単に割り切れないんですよ!! 確かにひどい言葉をもらって傷ついて、逃げ出したいし泣きたい日もありますよ! でも傷はそこから奮起して頑張る理由にもなるんですよ! それを全部無視して救うとか勝手なんですよ!!」

「ですがあなたは()()()()()()()()

「~~っだから! そういう勝手な理解がムカつくんですよ!!」

 

 かすみを理解しようとするその言葉が、彼女の燃える心に油を注ぐ。

 

「確かに言う通りですよ! すみれに抜かされて悔しいし! 私の方がたくさん努力してきたのに報われないし! 今日、先生に嫌なことも言われたし! でも今耐えて頑張って強くなろうとしている最中なんですよ! それを誰かが勝手に横やり入れられて邪魔されたくない! ……あなたの言う救いは! ただの身勝手な願望の押し付けなんですよ!! 全部無かった事になんて出来るわけない!」

 

 

『妹さんに後れを取らないようにね』

『姉の方は早熟型だったのかな』

『特待だからって勉強しなくてもいいよね』

『芳澤すみれは──』

『姉の──』

 

 

「うるっさいな!! 私をあの子の姉だけとして見るな!! 私を見ろ!!」

 

 

 脳裏の過る言葉が、過去の陰口が、彼女の怒りを燻ぶらせる薪となる。

 

 

「私は、世界をもぎ取る芳澤かすみだ!!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 ──それでいいのよ。お姫様。

 

 

 ──あなたに救いの魔法はいらないわ。ただ強く在ればいい。

 

 

 ──その先に王子様すらも霞んでしまう、煌びやかなあなたが立っているのですから。

 

 

 ──我は汝。汝は我。

 

 

 ──さぁ灰被りのお姫様。燃え上がるほどに輝いて。

 

 

 

 ***

 

 

 

 仮面を剥ぎ取るのに躊躇は無い。

 

 

 青い火柱が出ると共に、かすみの姿が変わっていく。秀尽の制服姿から反逆の姿へ。その覚醒の勢いでかすみを捕らえていたシャドウは吹き飛ぶ。

 

 すみれと似た、燕尾服を黒いレオタードの上から羽織った装いだが、すみれの怪盗服の色を反転したように、燕尾服は血のように赤く、手袋は光を拒むように漆黒だ。腰に携えたレイピアを抜き、ファフニールへと向ける。

 

「来て……! アシェンプテル!!」

 

 彼女の背後に出てきたソレは、すみれが使役するサンドリヨンと似てはいるが僅かに異なっていた。サンドリヨンのように青白のクリスタルのような色ではなく、ルビーのように燃えるように輝く赤。そして象徴であるガラスの靴ではなく、片方に金、もう片方には銀の靴は履いていた。

 

「輝いて、アシェンプテル!!」

 

 眼前の敵を裁かんとする光の柱がファフニールへと襲い掛かる。

 

「って全然効いてないし!?」

 

 かすみの攻撃をものともせずにファフニールは語り始める。しかしその隙に蓮とモルガナはかすみの方へと近寄り、庇うように立つ。

 

「……前に進むには痛みを伴う。人はそれを成長と言います。ですがその前提が間違っている。痛みなど無いに越したことはない」

「……よくやったかすみ。おかげで隙が出来た」

「は、はい! お褒めの言葉ありがとうございます!」

「さて、と。……逃げるか」

 

 背を向け、戦闘を放棄して逃げる三人。

 

「逃がすとでも?」

 

 その行く手を阻むように湧き出るシャドウたち。数は三体、レベル差があるものの、弱点を突ければ蹴散らすことも不可能ではない。しかしそれを不可能にしているのが、背後に迫っている邪竜の存在だった。

 

(……逃げ道を塞いでるシャドウに集中攻撃して、一点突破出来れば逃げれそうだが……その一手の内にあの大きいシャドウが攻撃してくる……少しでも足止め出来れば……)

 

「──俺、必要?」

 

 その瞬間、三人の目の前に大炎上が起こる。それは逃げ道を塞いでいた三体のシャドウを巻き込み、その業火が消えると、三つの影は消え、代わりに一人の男が立っていた。

 

「えっ、誰!?」

「いいところを一人で掻っ攫う怪盗」

 

 背後のアステリオスを携えて、彼らの前に現れたブルこと乙守胡桃。彼はファフニールの相対する形で前に出る。

 

「悪いけど、見逃してくれない?」

「そう仰るのでしたら……」

 

 ファフニールと胡桃は仲間である。ここで本気で戦ってお互い損耗するのは避けたい。だが、蓮たちの目の前で仲間だということがバレたくはない。だがそれをファフニールは知らない。

 

(察して察して察して察して察して気付いて気付いて気付いて気付いて気付いて!!)

 

 だから、胡桃はものすごい勢いで瞬きして、ファフニールにアイコンタクトを送る。

 

「……そう仰るのでしたら! 私を倒してみなさい!! フハハハハハ!! 

(ノリノリじゃん) 

 

 奇跡的に胡桃の意図が通じたのか、しなくてもいい敵役を演じつつ戦闘態勢へうつるファフニール。

 

「待った、ブル。あのシャドウはレベルが違う。今この場にいる俺たちだけじゃ……」

「大丈夫。俺は怪盗団の秘密兵器だぜ? ド派手なの一発ぶち込むから逃走準備だけよろしく」

 

 蓮の言葉を聞きつつも、アステリオスは拳を構え、必殺技の準備へと入る。

 

「まぁでも倒しても構わないだろ?」

「フフフ……やってみなさい……!」

 

 かくいうファフニールも核熱属性最上位の【コズミックフレア】を放とうとしている。

 

(乙守様の攻撃……あれはおそらく火炎属性の攻撃……私には効かないということを知ら──)

 

「──赤灼爆拳」

 

 耐性があるから受ける。その思考は、アステリオスの拳に乗った熱と衝撃で消え去った。ファフニールの胴体に直撃した炎の拳は、大爆発を起こしてその巨体を吹き飛ばす。

 

「……よし。トンずらするか!」

「あ……ああ」

 

 たまらずダウンしたファフニールを横目に、胡桃を含め四人は、パレスを後にした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 今はモルガナがかすみに何が起こったのかを説明している。異世界、パレス、ペルソナ……。受け入れがたいが実際に見てしまい信じるしかないとかすみは言った。蓮はかすみが学校で落とし物をしたらしく本人に渡すためにここまで来たらしい。それにかすみがここに来た理由は新体操の成績のことで周りからちくちくと嫌味を言われたらしい。

 

 ……展開は同じなんだよな。

 

 このイベント、すみれを救ったことで無くなったと思ったんだけどな。まさかかすみの方がスランプに陥ってペルソナ覚醒のきっかけになるとか……読めねぇって。

 

「その……お聞きしたいんですけど。先輩方は怪盗団なんですか?」

「えーと、それはだな……」

「そうだ」

 

 モルガナが煮え切らない態度で発言を濁しているのを無視して蓮がきっぱりと言い切った。

 

「……もしかしてすみれも怪盗団ですか?」

「そうだ」

「……!」

 

 かすみは、まさかとは思ったが事実を告げられると流石に驚いたらしい。その後、下を向き少し考えるように目を瞑った。

 

「それは……すみれが自分で選んだことですか?」

「ああ。自分から怪盗団に入った」

「そうですか……じゃあ何も言いません!」

 

 パっと顔を上げ、明るい顔を見せるかすみ。危険なことをしている妹が心配だったんだろう。大丈夫、ちゃんと守るから。

 

「ところで、すっごい聞きたかったんだけどさ……入る? 怪盗団?」

「お断りします! 新体操に集中したいので!」

「そっか残念ダナー」

 

 よかった~~~~~~~!! まじここで怪盗団の戦力増強とかシャレにならん。

 

「私も乙守先輩に聞きたかったんですけど」

「ん、なに?」

「先輩ってなんでここにいたんです?」

 

 ……っべー。そもそも今日はこのイベントが消えてると思ってたからパレスに訪れてたもん。逆にお前らがなんでいるの!? って聞きたかったもん。理由……理由……あっそうだ。

 

「ここに新体操の競技場予定地が建つってすみれから聞いてさ、ちょっとその……下見的な……」

「ほーん……」

「すみれが言ったから、ねぇ……」

「そのためにわざわざ下見を……」

 

 さすがにまずいか? 

 

「先輩」

 

 かすみが俺の肩に手を置く。

 

「グッドラックです!」

「……? おう」

 

 そして俺の顔を見てグッドサインを出した。……なんかわからんがヨシ! 誤魔化せたらしい。

 

「とりあえずかすみも初めてペルソナを出して体に負担があるだろうし、どっか店入って休むか?」

「……あー私、お肉食べないと疲れ取れないかもですねー。もしかしたら疲れで怪盗団の正体の口を滑らしちゃうかもー。イヤー、イセカイッテ、タイヘンダナー!」

「甘え上手な後輩だこと。近くに焼肉店あったっけ?」

「ちょうどここの駅周辺に見かけた」

「そこで打ち上げするか。『かすみ頑張った会』ってことで。俺たちの奢りで」

「やったー!」

 

 

 

 ***

 

 

 後日。

 

 

「昨日はすみませんでした!!」

「いえ気にしてはいませんよ」

 

 パレスへと戻り、白衣さんに頭を下げた。

 

「それよりもお聞きしたことが。私にダメージを与えたあの攻撃。私には耐性があったのに何故ダメージが入ったんでしょうか?」

「いい質問ですねぇ……簡単ですよ。丸喜先生の曲解を使ってあの必殺技に【火炎ガードキル】を付与して強化したんです」

 

【火炎ガードキル】は相手の火炎属性の耐性を3ターンのみ無視するスキル。つまり俺のあの必殺技はどんな敵に対しても絶対にダメージが入るってことだ。

 

「これが進化した必殺技『赤灼爆拳Ver2』って訳ですよ!!」

「……技名、ご自分で考えたんですか?」

「……? はい。そうですけど」

「……なるほど。これが共感性羞恥」

「なんか言いました?」

「いえ別に。その特性の付与。ペルソナの全てにスキルに付与してるのですか?」

「いやーそれが出来なかったんですよねー」

 

 丸喜先生に一応あの必殺技以外にも【マハラギダイン】とか【ティタノマキア】に【火炎ガードキル】を付与してもらおうともらったけど変化は無かった。だからとりあえず【火炎ガードキル】のスキルだけ覚えさせてもらった。

 

「何故それが出来なかったのでしょう?」

「……多分、俺の認知の影響かもしれないです。『必殺技っていうのは絶対に決まらなければいけない』っていうのと『そういうのは複数持ってるのはズルいんじゃね』っていう自分の認知というか価値観が邪魔したんだと思います」

「……」

「白衣さんは表情無いですけど、言いたい事わかりますよ。くだらないって思ってるでしょ」

「口には出してないだけですが、まぁ」

「別にあれはあれで消費するSPとHP増量したんでいいこと尽くしって訳じゃないんですよ!!」

「……そのデメリットも主の曲解で消してもらえればいいのでは?」

「『デメリット無しで打つ必殺技なんて強いわけない』でしょう」

 

 あ、白衣さんが無い眉間をおさえた。

 

「でもくだらないって思うんだったら、昨日の白衣さんの悪役の演技だって必要無いじゃないですか」

「あれは……ふふ。少し興が乗ってしまいまして」

「……今笑いました?」

「……何の話でしょう?」

「え、照れてます?」

「何の話でしょう?」

 

 




乙守胡桃「んじゃ怪しまれないようにイイ感じに登場したいので、皆さんはイイ感じに邪魔していただいて、俺の攻撃の影に隠れて退場してください!」
シャドウ「「「わかりました」」」


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#50 感動的だな。だが無意味だ

 10/4 火 晴れ 昼

 

 俺はある目的があって春を探していた。大体この時間だと屋上で野菜や花の面倒を見ている頃だ。『関係者以外 出入り禁止』と書かれた張り紙を無視して屋上へと足を踏み入れる。

 

「あれ、胡桃?」

 

 屋上の扉を開けると、プランターに水を上げている春の姿があった。

 

「どうしたの? 一人ぼっち?」

「そう、ぼっちで暇してる。今はやることがなくて」

「じゃあちょっと手伝ってもらいたいんだけど……」

「がってん」

 

 春の言われた通りに肥料を運んで脇へと置いたり、茎が折れないように棒立てをつけたり、追肥して水やりして、雑草抜いて、一人の作業にしては重労働だ。

 

「お父さんの様子は?」

「一言で言うと不安定。疲れた顔をして、目元に涙の痕が残ってて、ため息をよく吐いてる。……一緒の空間にいると息が詰まりそうなのは変わらないけど。周りの人も慌ただしく動いてて、今は家にいても落ち着かない。むしろ学校の方がリラックス出来る気がする」

「……」

「もしかして心配で来てくれたの?」

「……そんな感じ。相談に乗れるほど力にはなれないけど、吐き出すことは出来るだろうなと思って。ほら、親密な仲になるほど打ち明けるの難しいっていうじゃん。今のうちに不安をぶちまけちゃってもいいのかな、と」

「あら、親密な仲だと思ってたのは私だけだったのね。残念」

「……意地悪言っただけ? それとも天然?」

「さぁ、どちらでしょう」

「うわ面倒くさ」

「ちょっと」

 

 ジト目で見てきつつ、そうだなぁ。と、春は手を止めた。

 

「パレスでお父様と戦ったとき、お父様が消える直前に私になにか言いかけてたの。『春、私はお前を……』って。その言葉の続きって何だろうなって。それ最近考えてる」

「……『愛している』でいいんじゃね?」

「そう、なのかな。そう思っていいのかな……」

 

 春は顔を俯かせ、悲しげな目つきをした。

 

 何か言葉をかけようと口を開いたが、口を閉じた。春だってその事について考えたはずで、きっと色んな葛藤があったんだろう。だからこそそんな顔を見せている。

 

 俺の二度の人生を含めても、春の歩んでいく道の重さと比べたら軽すぎるものだろう。春の気持ちの全てを慮ることは出来ない。

 

「……そう思っていいと思う」

 

 でも、俺は奥村邦和の罪悪感と人を愛せるその善性は知っている。だって俺は見たから。理想の世界で幸せそうに笑う二人を。どっかで手段と目的が入れ替わり、欲望が歪んでしまっただけで、娘を想う気持ちは根底にあったんだったと思う。

 

「……こういうのはやっぱ蓮の方が向いてるかも」

「いいよ、大丈夫。ちゃんと元気でたよ」

「逆に励まされた……あれだ。ホント、力になれること少ないけど、何でも言ってくれ。絶対力になるから。」

「……ありがとう」

 

 自分の無力を呪いながら、土いじりを再開する。

 

「あ、見て見て! ここ花咲いてる」

「え? あぁ、本当だ」

 

 同じくプランターの野菜を見ていた春が、葉の影に隠れていた花を見つける。

 

「これ、野菜の花じゃなくて?」

「ううん、ビオラっていう花だよ。……誰かが間違えて植えちゃったのかな」

「周りから栄養吸い取るから取り敢えず摘まないと」

「あ、待って」

 

 春はそう言うと立ち上がって、空になっているプランターの山から、小さなビニールポットを取り出して持ってきた。

 

「これに植え替えましょう。せっかく咲いたんですもの」

 

 周りの植物を傷つけないよう、丁寧にスコップで土を掘り返し花を抜く。根鉢を崩すことなく植え変えて土を入れる。

 

「こうやって整えると様になるな」

 

 小さなポットの中でもビオラは誇らしげに咲いていた。

 

「枯れなきゃいいのにな。そしたらずっと綺麗なのに」

「胡桃って意外とロマンチスト」

「……普通でしょうが。そのまま咲きつづけてほしいって願うのは」

 

 綺麗なものは綺麗なまま永遠に。いつしか枯れてしまうのは悲しいし辛い。

 

「でも枯れても種を落として、繁殖して、また新しい花が咲くの。それを遥か昔から繰り返して、命を紡いできて、今ここで咲いてる。それはちょっと神秘的かも」

「……」

「……私、頑張るよ。きっとモナちゃんや怪盗団に出会わなかったら、雑草みたいに捨てられる運命だった。だからあの日、勇気を出した私自身に、恥じない私でいたい」

 

 誓いの言葉と共に微笑む春を見て「ああ、強いなぁ」と。

 

 その強さは俺が羨望しているものであって、否定したいものでもあった。

 

 もしかしたら俺は、奥村春の強い性根が苦手なのかもしれない。

 

 あと数か月もしたら俺は怪盗団と敵対する。その時怪盗団はどういう表情を浮かべるんだろうと想像したことがある。

 

 罵倒されるぐらいならいい。

 

 一番辛いのは『まだ間に合う』と手を差し伸べられること。乙守胡桃を信じて、その善性に賭けて説得を試みられる。

 

 そして一番それをしそうなのが奥村春だった。正々堂々と真っすぐに見つめる彼女の目が、俺の内面に手を差し伸べられているみたいで嫌だった。

 

「あー……その、ところでさ。今までいたターゲットもそうだったけど、改心した後って精神って結構不安定になりやすいんだよ。きっと社長も例外じゃないと思う」

 

 そんな後ろめたい気持ちを隠し、ここに来た本来の目的を果たすため話題を変えた。

 

「心配ならさ、知り合いで凄腕のカウンセラーを紹介したいんだけど」

 

 

 

 ***

 

 

 

 10/11 晴れ 夜

 

 洒落たテーブルを怪盗団全員で囲み、双葉の用意したモニターで生中継を見ていた。

 

『実は……』

 

 カメラに映る奥村邦和は廃人化の真相を語り始めた。「廃人化の実行犯は怪盗団」と。

 

 春を介して丸喜先生と奥村邦和を会わせ、簡単なカウンセリングをしてもらった。もちろん奥村邦和の『曲解』が目的。『廃人化事件の首謀者は怪盗団』という認知を植え付けるためだ。

 

 結果を見て胸を撫でおろす。ようやく肩の荷が下りた。この世界がゲームだったらセーブしたい。

 

「おーおー、板の実況荒れてるぞ~」

 

 双葉が楽しそうにPCのキーボードを叩いている。

 

「もうネットには荒唐無稽な陰謀論が飛び交っているな」

「明日の朝刊の見出しは決定ね」

「怪盗団の世間の評価はガタ落ち」

「──だけど勝負はここから」

 

 蓮の一言で全員が頷く。全員の顔には不安そうな表情は見えない。むしろ不敵な笑みを浮かべている。

 

「敵が動くまで一旦待機だ。胡桃からくる明智の連絡を待とう」

「胡桃、連絡来たか?」

「そんな早くに来ねーよ。でもあっちはあっちで仕事はしてくれたみたいだ」

「そうだね。ちゃんと会見で社長に『廃人化の事件は怪盗団の仕業だ』って言わせてる。……一応胡桃の協力に期待してくれてるから応えてくれたってことでしょ?」

「ああ。期待されてるみたい。俺」

 

 会見で奥村邦和に廃人化の真相を語らせる件について、怪盗団には明智より上の連中が動いて奥村にそう言わせるよう仕向けたと説明した。先生の曲解が怪盗団にバレるわけにはいかないからな。

 怪盗団と明智でそこに齟齬が生まれたが、それについてお互いに話す機会は無いだろうからバレる心配はないはずだ。

 

「ふぅ……でもまぁ……今日ぐらいはまだはっちゃけてもいいよな?」

「行くかアトラクション」

 

 竜司と蓮が席を立ち、テーブルの上にパークの地図を広げる。

 

「まだ乗るの!?」

「せっかくの貸し切りだから!! 全部行かなきゃ!!」

「お土産も買いに行きたいな」

 

 それに乗っかるように春も杏も地図を覗き込みに行く。祐介と双葉も参戦し、地図に指を差してそこの隠れ〇ッキーなるものを探したいと。それを見て真はやれやれと言った顔で意見を纏めて効率的に進めるルートを決める。

 

「胡桃先輩は行きたいところあります?」

「あの落ちるやつ行きたい」

「じゃあ先にそっち行ってから竜司の――」

 

 一つの紙を皆で覗き込んで、段取りを決めていく。こういう同年代の人と皆で何かするっていうのは楽しい。

 

 こうしてはしゃいでるとつくづく自分は大人のように落ち着いた雰囲気は身につかないんだと思う。

 それもそうか。前世では大人になる前に死んだから大人を知らないし。正直知らないままでもいい。

 

 きっと大人になったらまた何か忘れてしまうから。

 

 だから、せめて、この一瞬が楽しいと思ってしまった俺の気持ちだけは、忘れたくない。

 

 忘れてはいけない。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 夢の国から帰還して、今は現実マシマシの自分の部屋にいる。

 

 オクムラパレスの攻略はこれで終わり。予定なら次は新島冴の改心だが、時間はまだある。ノートを開いてもう役にも立たなそうなスケジュールを眺める。

 

 怪盗団を誘導することには成功している。

 明智も今のところは疑われずに済んでいる。

 丸喜先生は順調に力をつけている。

 

 全部が全部上手くはいってない。偶々噛み合っているだけで進んでいる。突然どこかで瓦解するかもしれない綱渡りの未来。

 

 そして俺にはまだやるべきことが残っている。

 

「なぁ、触手野郎」

 

 今の俺にとって最大のイレギュラーであり、パンドラの箱。

 

「話がしたい」

 

 俺は自らその蓋を開けて、眠りに落ちた。

 

 



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#51 お前はこの世に存在してはいけない生き物だ

 

 弱い波としじまの間で、流されてしまいそうな彼女の声が聞こえた。

 

『タロットでいうと星の話なんだって』

 

 本格的に寒くなる一歩手前の10月半ばの海。誰もいない海に行ってみたいという彼女の要望で二人は砂浜を歩いていた。彼は二歩先を歩く彼女の、砂浜についた足跡をなぞるように歩く。

 

『この前貸してくれたゲームの話?』

『そう。と言っても“元”の方のね』

 

 彼女はぴちゃぴちゃと、向かってくる小さな波を蹴りあげる。彼の目線は彼女から水平線へと向けられた。久しぶりに見た海の光景を目に焼き付ける。

 

『前々作は13番目の『死』に向かって話が進んで、前作は14番目の『節制』がテーマなんだって。そのシリーズじゃないけど、その次に出した作品が15番と16番の『悪魔』『塔』……誘惑と破滅の物語。だからその次に出た作品は17番目の『星』。破滅からの“希望”がテーマなんだって』

『へぇ~、ソースは?』

『雑誌の特別コラム。ディレクターが語ってた』

 

 それでだよ。と、ここから本題という風に言葉を溜めて言った。

 

『じゃあ三学期のあのエンドはタロットに例えると『月』じゃないかな? って思うんだ』

『ごめん。俺あんまりタロットに詳しくなくて。話の流れからすると18番目が『月』なの?』

『そう。でね、正位置の意味が『幻惑』『現実逃避』『欺瞞』とかなの』

『へータロットの正位置っていい結果しかないイメージだったから意外』

『そのイメージは合ってるよ。『月』が特別なんだよ。逆位置の方が良い意味があって『過去からの脱却』『徐々に好転』『未来への希望』とかね。でも他にも根拠があって、マルセイユ版のタロットの絵には精神世界の事象、または理想化された状況を意味してるんだって。もう絶対そういう意図組み込んで脚本作ってるよね』

『脚本の人そこまで考えてないと思うよ』

『なんてこというの』

 

 彼女は大きなため息を吐きながら、彼に諭すように語りかける。

 

『あのね。世に出した時点で、作品は作者の手から離れるんだよ。読者に解釈を任せなきゃいけない。だから受け取り手の私達には答えが出るまで常に考え続ける義務がある』

『義務って……』

『義務だよ』

 

 彼は大袈裟な言葉だと思って冗談と受け取ったが、彼女は言い切った。

 

『私達は作品を通して見つけなければいけないの。問いと答えを』

『……』

 

 なんとなく彼は思った。彼女は作品の答えではなく、作品を通して感じた自分自身の答えが欲しいかもしれないと。

 

『んー、話逸れちゃったかも。プレイした感想聞きたかったんだよね』

『そりゃもう。陳腐な言葉かもしれないけれど、良かった』

『どのくらい?』

『10周するぐらい』

『それは引く……』

 

 作品の解像度を上げるために、元ネタを調べ上げ、雑誌を購入する人間には言われたくはないだろう。

 

『それでさ、追加されたストーリーあったじゃん? どっちの結末選んでも一応はエンディング流れるんだよね。どっちの結末が良いと思った?』

『……どっちでも良かったかも。やっぱり今までの勧善懲悪と違って、正義VS正義に対する怪盗団ならではのアンサーだったと思う。きっと怪盗団は辛い経験をしてきてそれらは消せないけど、それによって得られたものもあるし、簡単に消していいとは思わない。でも丸喜先生の正義も一理ある。辛いことから逃げることは絶対に悪だとは言い切れないはずだから。あの話は正義と正義がぶつかって怪盗団が勝った。それだけ。だから普通のバッドエンドじゃなくて、専用のエンディングも存在しているんだと思う』

『うわっ、いきなり早口になるじゃん。オタクくんさぁ』

『……じゃあどっちが良かったの?』

『私は丸喜先生が見せる理想の世界のエンドが良かったかもな~』

『理由は?』

『ん? まぁ、私はバカだから君みたいに長いことは言えないけど』

 

 ふにゃりと、目尻と眉が下がり、花が下を向いて萎れているようなしんなりとした笑顔を彼に向けた。

 

 そして簡潔に、率直な感想を口にした。

 

『だって──「なぁいつまでこんな茶番を見てればいい?」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 


 

 

 

 劇場ホールの席に座る乙守胡桃が言葉を遮った。

 

 彼の意識が落ちたと同時に目の前に広がっていたのは、演劇やオペラが開かれるような劇場。三千人は入るような巨大な劇場のその特等席。

 

 前から三番目、深紅の座席に腰を掛けると、先ほどのような劇が始まり、それを冷めた目で見ていた。

 

「お前の前世を元にした物語だぞ?」

 

 壇上に黒い影が姿を現す。誰もいないはずなのにスポットライトが勝手にその存在を照らす。成人男性の姿をしていることだけが普通。それ以外がすべて異常だった。

 

 濁った澱の底のように光すら飲み込む黒が全身を覆いつくし、手先からは謎の液体が滴り落ちている。スポットライトに照らされた影には、無数の触手が蠢めく様子が見える。顔に当たる部分には目鼻や口のパーツはなく、ただマネキンのようにのっぺりとしたフォルムをしていた。

 

 そして彼の手には台本らしき一冊の本を持っていた。

 

「それとも観るに堪えがたい過去か?」

 

 黒い影は手に持っている一冊の本を指先でトントンと叩く。

 

「俺の記憶を勝手に覗くな。不快なんだよ」

「もう思い出すことが出来ない貴様への手向けだ。実に諧謔的だった」

 

 黒い影は指をパチンと鳴らした。そうすると死んだように倒れていた()()()()()()()が動き出す。命が吹き込まれたように動き出した彼女は、黒い影の前まで歩いていくと目の前で四つん這いになった。膝を突き、頭を垂れて地面と平行になった背中。その背を椅子代わりにして、黒い影は腰を下ろす。

 不愉快で顔をしかめた胡桃を見て、愉快そうに首を傾けた。

 

「二度と顔見せるな。という言葉を聞いた気がするが」

「……構う余裕が出来たんだよ。奥村邦和を助けるために躍起になって考える余裕が無かった。だから今お前を理解するために思考する時間が出来た」

 

 っていうか。と、胡桃は一言置いて周りを見渡した。

 

「まずここどこだよ。前まで黒い空間だっただろ」

「ここはお前の心の中だ。前回までは私がお前を招いた形だったからあの闇の中だったが、今回はお前が私を招待したのだ」

 

 片眉を上げて不可解な出来事だとばかりに考え込む。

 

「俺の心がこんな形してるのか?」

「その一部分、もしくは別側面。人間の心はコインの裏表で表せるほど単純でないことぐらい分かるだろう」

 

 ため息を吐いて、回りくどい言い方をする黒い影を面倒くさそうに見る。だから本題へと話を進めた。

 

「お前の正体について考えてたんだ。立てた仮説は三つ。

 

 一つ、お前は乙守胡桃のペルソナである。

 二つ、乙守胡桃ではなく折本みくるのペルソナである。

 三つ、全く関係無い“何か”である。

 

 ……考えるとしたらこの内のどれかだ」

 

 黒い影は三本の指を立てた胡桃を黙って見つめる。

 

「一つ目の“乙守胡桃のペルソナである”っていうのはほぼあり得ない。なぜならすでにアステリオスが覚醒している。俺がワイルドの素養でもない限りペルソナは一つしか持てないからこれは考えづらい。

 次に二つ目、逆に折本みくるのペルソナの可能性。ペルソナは基本一人に一つだ。ペルソナの元となる人の心が一つしかないからな。しかし人格を複数持っている人間には、その数だけ心も複数ある……と仮定するなら、ペルソナも複数覚醒している可能性が出てくる」

「それが私か?」

「……もしお前が折本みくるのペルソナだとしたら、腑に落ちない点がある」

「なんだ?」

「あまりにも性格が悪すぎる」

「ハハハ。それは憤懣やるかたないな」

 

 何故か表情が無くても、口を開いて笑っているのだと分かるぐらいに大げさにジェスチャーをする。

 

「三つ目が有力になってくるが……だとしたらなんなんだお前。どっから湧いて出た?」

「答える気は無いと言ったはずだが?」

「あっそ」

「──だがヒントはやろう。悪意へ歩み寄った報酬だ」

 

 そうして黒い影は一つのノートを取り出す。表紙には『† 定められた黙示録(アポカリプス)†』と書かれている。

 

「未来は白紙だった。神ですらも未来は予測できない神秘に包まれたモノ。それが未来だ。

 だがお前は“定められた運命”を知っている。白紙だった未来に点を穿ち、どんなに枝分かれしようといずれはその点に収束する。

 しかし万が一、その点をズラしてしてしまったら。運命を変えてしまったらどうなるか……お前はもう知っているな?」

「──運命に逆らった分だけ、代償が発生する。ただそれは等価じゃない」

「その通り」

 

 壇上に天秤が現れる。片方には芳澤すみれが、もう片方に芳澤かすみが乗っており比重はかすみの方に傾いていた。

 

「ただ死の運命を変えたのならば、その代償は誰かの死。というわけではない」

 

 すみれの首に金メダルが複数かけられると天秤は動き、かすみと均衡のとれた状態になる。

 

「栄光の転落、妹への劣等感、自信の喪失。それで釣りあいは取れたらしい」

「らしい?」

「私が運命を決めているわけではないからな。要はこの世界は柔軟というわけだ」

 

 黒い影は口を押え、心底楽しそうに笑う。

 

「フフ……そう、この世界は想定していたよりも柔軟で歪なモノだったのだ。だからこそつけ入る隙がある」

「それがお前の正体となんの関係があんだよ」

「察しが悪いな。一番大きく運命を変えた存在はなにか。()()()()()()()()()()()()

「……」

「我は汝、汝は我、か。あながち間違いでもない。お前が運命に介入しなければ私は生まれなかったのだから。……ふむ」

 

 黒い影が指をパチン、と鳴らすと乙守胡桃の視界が傾き歪む。平衡感覚を失い、徐々に視界が黒く染まっていく。

 

「少し喋り過ぎたようだ。この空間に長く居続けると、かの悪神の目に留まりかねない」

 

 胡桃の視界が完全に暗転する前に、黒い影が手を振っているのが見えた。

 

「感謝しているのだよこれでも。願わくば、貴様の運命に多大なる試練があることを」

 

 胡桃は最後に中指を立て、完全に意識は落ちた。

 

 

 ***

 

 

「……頭痛ぇ」

 

 意識を取り戻すと、脳が休めと訴えるように頭痛を走らせる。彼は起き上がり机の引き出しから常備薬を取り出し、通常服用する倍の量の錠剤をそのまま飲み込んだ。

 

「……」

 

 机に出ていた『† 定められた黙示録(アポカリプス)†』に視線が釘付けになる。

 

 彼にとって前世の遺品。思い出の証。

 

 それをなぞるように触り、もう顔すら思い出せない恋人との記憶を掘り起こす。

 

『ん? まぁ、私はバカだから君みたいに長いことは言えないけど──』

 

 その言葉だけは鮮明に、彼の心に刻まれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──だってそっちの結末が素晴らしいと感じたから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 とある一室。

 

 厳かな雰囲気を醸し出すソファや机に、自然と背筋が伸びる。

 

「計画の変更だと……?」

「ええ。怪盗団のリーダーともう一人、野放しにしておくと厄介な奴がいましてね」

 

 鉛のように重々しい空気の中、獅童の前に二つの顔写真つきの書類が置かれる。

 

「彼には裏がある。そして厄介な力も持っている。後顧の憂いを絶つのでしたら、捕らえるべきかと」

「なら、そうしろ。その件はお前に任せる。……失敗したらわかってるな?」

「はいもちろん」

 

 そして明智の目線は二枚の写真へと注がれる。雨宮蓮、そして乙守胡桃。

 

(バカだよお前。せいぜい道化みたいに踊っとけよ)

 

 化かし化かされ、追い追われ。互いの尻尾に嚙みつかんとばかりに卓は回る。

 

 そして互いの野望を賭けて、次の盤面へと駒を進める。

 

 彼らの騙し合い(コンゲーム)はまだ続く。

 




オクムラパレス編終了。
物語も佳境に入って終わりが見えてきました。


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#Extra2

作者まだ死んでないよアピール。
二イジマパレス編はまだ待って。


「胡桃、一生のお願いがある」

「どんと来いや」

「何人かメンバー連れてメメントス行ってきて欲しい」

「……えぇ……それありなん……?」

「……ダメか?」

「いや、うん。やれるから行くけどさ……ちなみに今日は誰と過ごす予定?」

「……記者の方と今後の……アレを」

「……あっそう」

 

 

 ***

 

 

「というわけでこの四人に集まってもらったわけだが……」

 

 それじゃあ集まったメンバーを紹介するぜ!!

 

「ふむ……この面子だけで潜るのはなかなか新鮮だな」

 

 怪盗団の変人筆頭! 芸術の審美眼はピカイチだが、財布の中身は壊滅的! 喜多川祐介ことフォックス!

 

 特に用事は無いらしいから来てくれた。

 

「リーダーたちは文化祭の準備かー。現役高校生って大変なんだな。ご愁傷様」

 

 怪盗団の情報処理担当! ネット上では饒舌だが、対面コミュニケーションはクソ雑魚ナメクジ! ナビこと佐倉双葉!

 

 暇そうだから連れてきた。あと蓮は多分、女と会ってる。

 

「今回の文化祭は怪盗団絡みで、去年より嫌な人来そうで不安だね……」

 

 怪盗団の……えっと、野菜農園担当!  天然ふわふわガールだが強かな面も持ち合わせてるお嬢様! 多分一番怪盗活動楽しんでる! ノワールこと奥村春!

 

「てか春はよく来てくれたな。会社の件で忙しそうなのに」

「あのね。最近巷で斧を投げるレジャーって流行ってるんだって」

「うん? うん」

「ストレス発散にいいらしいって聞いてね?」

「……うん」

「丁度いいなって思って誘いに乗りました」

「当てるのは的じゃなくて、シャドウだけど?」

「心得ております。安心して。遊びじゃなくてちゃんと敬意を持って斧を投げるから」

「……なら良し!」

「フレンドリーファイアだけには気を付けてくれよノワール」

「投げた斧が脳天に直撃したら大惨事だな……屍は拾ってやる」

「オマエラなぁ……」

 

 最後に呆れた目を向ける二頭身の生物! 怪盗団のマスコット担当、モルガナ! 蓮のお願いで今日だけ俺らのアッシー君だ!

 

 以上! イカれたメンバーで今日のメメントスを攻略していくぜ! なんか凄くツッコミが疲れそうな気がするのは気のせいだ!

 

「ツッコミ疲れるから今日は俺もボケに回るか……」

「胡桃はいつもボケだろう」

「クソボケ」

「クソボケは悪口だろうが!」

「ぁぁ……ワガハイこのメンバーをまとめられる気がしない……」

「頑張れモナちゃん! 私もツッコミ役にまわるから!」

「いやハルはジッとしててくれ……」

「まぁ春は歩いてるだけで面白いからな」

「いや誰が存在がボケやねーん! ……こんな感じ?」

「ナイスツッコミ。これは逸材」

「えへへ……」

「助けてくれ。リュウジ、マコト……」

「ほらそこでふざけてないで行くぞモナ」

「ふざけてねーしっ!! ていうかなんでワガハイ名指しなんだよ!!」

 

 このメンバーでの位置づけが決まったところで、車になったモルガナへと全員乗り込んでいく。

 

「で、誰が運転する?」

「あ、私運転したいかも。免許取りたいなーって思ってたから運転の練習したい」

「よし! それじゃあ任せたノワール!」

「任されました!」

 

 春が運転席へ乗り込み、俺含めた三人は普段よりも広い後部座席でくつろいでいた。

 

「人がいないから、いつもよりも足が伸ばせるな」

「オイナリ、足が長いから窮屈だったろ」

「ああ。こんなに幅を取って座れたのはいつぶりだろうな」

「怪盗団も大所帯になってきたからなー。メメントス行くときは人数絞ってもいいかもな。狭いとストレスたまるだろ」

 

 現在の怪盗団のメンバーはモルガナ含めて十人。そこに一時加入の明智含めたら十一人だ。サッカーチーム組めちゃうぐらいなのに、それをこのモルガナワンボックスカーに詰め込んだら誰かの体が窓からはみ出る。ところてんみたいにブニュって。

 

「てか無免許運転の他にも最近じゃ定員外乗車違反もしてるよな」

「メメントスだから大丈夫じゃね? メメントスは私たちの庭だし、庭なら私有地だから免許必要ないし」

「それもそうか」

「とんでもない理論武装を聞いたな……」

「屁理屈とも言う」

「………………」

「……ノワール。そろそろ出発してもいいんだぞ」

 

 そう言った瞬間。ブロロロォォォン!! とモルガナカーから派手なエンジン音が鳴る。その後、ギュイン!ギュイン! と何かギアを上げる音が連続する。

 

「うおっ、すげぇ音。モルガナ、これは一体?」

「ワガハイ知らん、なにだこれ、怖……」

「「「え」」」

「ふふ……」

「……ノワール?」

 

 原因不明のエンジン音に春の余裕な笑みの声が混じり、不気味なハーモニーを醸し出す。

 ……昔読んだ漫画でハンドルを握ったら性格が変わる登場人物がいた気がする。なぜかそれを思い出した。

 

「――ノワール、行きますッ!! あの風のっ、向こう側へ!!」

 

 春はアクセルを強く踏み込むと、ロケットのような急発進でモルガナカーが射出される。体は慣性で座席に叩き付けられ、角を曲がろうもんなら、ギリギリのインを突く芸術的なハンドリングでカーブし、重力が横になったと錯覚するような慣性で窓に叩き付けられる。

 

「ノワール! 安全運転! 『かもしれない運転』をしてくれ!」

「ええ、その角を曲がった先にいるシャドウを……轢くかもしれないっ!」

 

 ……俺たち、ここで死ぬかもしれない。

 

 

 ***

 

 

 ――“それ”を例えるならば、まさしく“風”だった。そよ風などではない、暴風になった春の運転は全てを置き去りにし……とりあえず、次の階層で春を運転席から降ろした。

 

「とりあえずノワールは今後モルガナカー運転するの禁止な」

「そんな……」

「まさかハンドル握ると性格変わるタイプだったか」

「……? 普通にしてたつもりだけど……?」

「本人に自覚ナシのタイプか」

「はい運転手交代。ブルで」

「はいはい」

 

 座席チェンジ。今度は俺が運転席に座り、ハンドルを握った。

 

「あー、モルガナカーにお乗りの皆様。ようこそメメントスへ」

「なんか始まった」

「モルガナカーは暗闇をハイスピードで急旋回、急上昇、急降下、急停止をするスリリングで揺れの激しい乗り物です。ですので安心安全のため、運転中は立ち上がらずに、お荷物を座席の下側に。手や足を外に出したりしないように十分お気をつけください」

「これこの前、怪盗団で行った夢の国で聞いた覚えがあるな」

「その通りございます。それでは皆様準備が整いましたので、出発いたしましょう。暗く濁った闇の世界、人間の醜い心が集うその奥底……メメントスツアーへ」

 

 アクセルを踏み、赤と黒のコントラストが混じった世界を走り抜けていく。

 

「シャドウはどういたしますか?」

「極力無視していこうぜ。少人数だから無駄に戦ってガス欠は避けたい」

 

 オッケー。じゃあ宝箱とかも無視して今回のターゲット一直線に行こう。

 

 

 ***

 

 

 メメントスに潜ること数十分。シャドウを避けて(多分俺がレベリングしすぎて弱いシャドウが避けて)いるので戦闘は起こらず、緊張感はなくなり、すっかり車内は雑談ムードに。

 

「やっぱ俺はさ、かっこよく“名乗り”をしたいわけ。決め台詞的とか啖呵みたいなやつ」

「前から好きだよな~ブルはそういうの」

「でもそういうの憧れるよね。私もモナちゃんと一緒にそういうのやって楽しかったし」

「……それはいわゆる“お決まり”というやつだな? 前にナビが熱く語っていた戦隊モノの」

「そうそう。決まったらテンション上がるぜ? ロボ合体とかやってみたいな~……なぁモナ?」

「怖えーよそのパス! ワガハイ流石に変形とか合体とかできないからな?」

「ジョゼから貰ったホシの力使ったら出来そうじゃん?」

「いや無理だ期待すんな!」

 

 でもゲームの終盤で、ホシの力でモルガナヘリコプターになってたから頑張ればロボットになれそうだけどな。モルガナカーだってメメントスの集合的無意識にある『猫はバスになる』っていう、ジ〇リの認知があるわけだから、例えばメメントス集合的無意識にアクセスして『マスコット担当キャラが実はロボットを操るメインコンソール』的な認知を利用できればあるいは……。

 

「いや流石に無理か」

「ブルは必殺技持ってるからそれで満足してくれ……」

「え? 必殺技?」

「そっかノワールは見たことないか。ブルには『赤・灼・爆・拳』っていう必殺技持ってるんだ」

「……ブル師匠! 必殺技、私にも伝授してください」

「――ハートを熱く持つことだ。弟子よ」

「はい!」

「浅っせーアドバイスだな……」

 

 まぁ三学期にもなればそれぞれペルソナが進化すれば固有のスキル覚えるから何かを教える必要はないんだよな。蓮がコミュ進めてたらな。

 

「でも、好きに出力(HP・SP消費)変えれるのブルだけなんだよな。だからあんな馬鹿みたいな火力が出るんだろうけど」

「え? みんなできないの?」

「そうそう。私の力でみんなのペルソナのステータス見れるんだけどさ。ブルだけ数値が激しく変動してる」

「ほーん、知らなかった」

 

 ナビの力で俺と他の怪盗団のペルソナのステータスを見れるのか。というよりもそういう力が使えるのは俺だけか。てっきりこの世界はゲームじゃなくて現実だからなんというか……『気合!』とか『やる気!』とかで威力が上がったり下がったりするものだと思ってた。

 

「ナビ、それって俺が今どれくらい強くなってるかわかる?」

「まぁなー。ぶっちゃけるとステータス数値だけ見たら怪盗団の中でブルが頭一つ抜けて強いぞ」

「マジ? ジョーカーよりも?」

「マジ。でも前から言ってるみたいに燃費の悪さとペルソナの対応力の悪さがあるからそこが弱点。ペルソナチェンジで万能に対応できるジョーカーとは強さの種類が違う気がする」

 

 なるほど、柔のジョーカー。剛の俺ってわけか。いいじゃん悪くない。ステータスも見劣りしてないみたいでレベリングした甲斐があったもんよ。

 

「ブル。その出力調整出来るようになったのいつからだ?」

「あ~……いや、いつからだったんだろうな。いつの間にか出来てた気がする……」

 

 一応心当たりはある。カモシダパレスを本格的に攻略する前、初めてメメントスに潜った時だ。あの時の記憶は【刈り取る者】に接敵したこと以外あんまり覚えてないけど多分その時だ。

 

 でも言わない。その時はモルガナからメメントスのことを教えてもらってない時期で、俺が原作知識を持っている故の行動だから怪しまれる。

 

「なんでそんな事を?」

「なんかふと気になっただけ」

「……ふーん」

「おーいオマエラ。ターゲット目前だ。そろそろ気引き締めろよ!」

 

 モルガナがそう言うと、目の前の赤と黒が渦巻いた歪んだ空間へと飛び込む。

 

 一瞬、体が宙の浮いた感覚がした後に、先ほど走っていた場所とは切り離された、閉塞感を覚える空間へと出る。そしてその先には、今回のターゲットがいた。

 

猫背気味でやや肥満、頭髪は薄く、目元には隈が染みつき、くたびれたスウェットの裾から糸がほつれている。見た目にさほど気を配ってないのはおそらく手元にあるスマホのせいだろう。

 

「ふふ、これでバズれる……なーにが高収入、高学歴だ。俺なんて数万フォロワーいるネットの有名人だぞ。俺がファンネル飛ばせばどんなやつだって炎上させれんだぞ……!」

 

 『ネットニュース専門SNS情報局』というアカウントを運営している。本名『浅生 晃士』

 

 掲示板に書かれた経緯はこう。

 

 芸能人や配信者のスキャンダルや裏の顔を取り上げていたが、情報提供者からデマを掴まされ逆に自身のチャンネルが炎上。逆恨みでその情報提供者に対して個人情報をネットに流出。さらに自身のネタのためにフォロワーを駆使して詐欺まがいの行為を行う。

 そしてフォロワーの人がその事を暴露。案の定逆上して暴露した人を脅迫、んでもって暴露した人が女性らしく『それ相応の誠意を見せてくれたら許す』と言ってきたらしく、助けを求めて掲示板に……ということらしい。

 

 本名については、本人が公開しているらしい。なんでもどんな圧力にも屈しない“覚悟”と発信者としての“責任”のためらしい。

 

 なんというか。ネットの有名人になっても社会に出たらただの人なのによくやるよなってかんじ。

 

「あぁ……? なんですかあなた達は?」

「心の怪盗団のザ・ファ――」

「あ! あー! 巷で噂の殺人怪盗団か! うわマジか。マジで来やがったよおいおいおーい揃いもそろってコスプレして仮装大会ですかー?」

「テンション高っけ」

「やっべぇ。動画のネタになるじゃん。はい、今緊急で動画回してます! とかやろっかなー?」

「……盛り上がってるとこ悪いんだけど。私たちがここにいる理由に心当たりはある?」

「あ、あー……ま、何個かある。でも大したことしてねーよ。そもそも誤情報に踊らされてる情弱民が悪いし。つか誰とも分かんねぇ情報提供者の言葉、を! 報道関係者でもない俺、が! たかだかSNSで10分弱の情報を発信した、だけ、で! それを信じ切る情弱の馬鹿どものせいだろ炎上とか」

「……待った。お前の動画に出ている情報は全部デマか?」

「多少、盛ってるだけだぜ? 炎上の火種になるぐらいにはな? まぁ、そいつは俺の好きなコンテンツ馬鹿にしたからな。報いっしょ」

 

 なるほど。結局はこいつにとっての悪い奴ってのは、自分の世界にとって都合の悪い奴か。まぁ、否定するつもりはないけど。

 

「じゃあ手っ取り早く改心するけどいいか?」

「あーん? なに? 俺が改心したら視聴者が困るぜ? もう情報が――」

「困らねぇよ。お前がネットから消えても、お前を見てた人間は違う()()()()を見つけるだけで誰も惜しまない。悲しいな。現実で上手くいかないから、ネットの居場所を見つけたのにそれすら自分に合わなかったんだな」

「……うるせーよ、うるせーなお前。あーもういい、もういいや。どいつもこいつも俺をイラつかせやがってよぉ!!」

 

 おそらく叫び慣れていない大声が空間にこだますると、彼の姿がドロドロに溶けてシャドウの形へと再形成される。

 

「悪いみんな。ちょっと相手怒らせたかも」

「今まで戦った中に冷静なシャドウっていたの?」

「私のログには何もないな」

「別にいい。この男の長話に付き合う気はなかったからな。それに……」

 

 浅生が『モロク』へと変貌すると、こちらへと憎しみの眼差しを向け、その巨体で襲い掛かってくる。

 

「説得するよりも、こちらの方が話が早い」

 

 

 

 ***

 

 

「うぅ、くそ……なんで俺か……」

 

 速攻完封大勝利。サポートのナビと火力のオレ。物理が使えるフォックスと、銃撃のノワールに、回復が使えるモナ。偶然集まったけど、なんだかんだ相性補完できてバランスがいい。

 

「さっさと関係者に謝罪してくるんだな」

「うるせーな……。こうなったのも全部お前らのせいだろうが……!」

 

 往生際が悪い。と言おうとしたのを遮って彼が言葉を続ける。

 

「なんでお前ら精神暴走事件起こしたんだよ……。俺、怪盗団応援してたのに……。警察にすら手が出せない悪を裁いていく姿に勇気がもらえて……なにもない俺にもなにかできるんじゃないかってこの活動始めてさ……」

「……なぁ、さっき言ってた好きなコンテンツって……」

「そうだよ怪盗だよ。俺にとってはそこまでのモノだったんだよお前らは。なのに……」

 

 なんでだよ。という喉の奥から絞り出した声が、彼の尾を引く悔しさのように空間にこだまする。

 

「詳しいことは言えないけど、俺たちは人を殺してはない」

「……」

「あと、怪盗団は人に胸を張って正義だと言える行いしかしない」

「……本当に信じて、いいのか?」

「信じるかどうかっていうのは、自分で決めればいいことぐらいわかってるだろ」

「……そうか」

 

 彼が諦観と納得を含んだため息を吐いた。

 

「結局、お前らを信じきれない俺が弱かったんだ。……今までしたきたことは全部償うよ」

「うん、次は真っ当に生きろよ」

「ああ……」

 

 そう言って浅生のシャドウは、光に包まれメメントスから姿を消した。

 

 

 ***

 

 

 後日、夜のルブランにて。カレーに食いに来たついでに、蓮に報告した。

 

「これ。今回のメメントス探索で手に入れたやつを換金した物と、アイツから出た戦利品」

 

 それらをカウンターに出すと、代わりにルブランのカレーが出てきた。

 

「ありがとう」

「今回の件で思ったんだけど、メメントス探索の人数を減らしてもいいんだと思うんだよ。メンバーも潤沢だし、なによりモルガナカーの中が広い」

「考えておく……けど、もしなんかしらの事故が起きて全滅してしまったとき……、『刈り取るもの』と遭遇して逃げ切れなかったとき……そんなもしが起きたとき俺は冷静にはなれない」

「じゃあなんで今回は特例?」

「ターゲットは弱くておそらくメメントスの浅い場所にいたからな、来れないメンバー全員に許可は取ったし、『全員一致』のルールも無視してない」

 

 蓮は、「あと」と付け足して。

 

「胡桃がいたから」

「俺?」

「俺と同じくらい強くて、()()が起こったときに、きっとどうにかしてくれるって信頼してたから」

「……まぁ、頑張って連れてきたメンバーだけは逃がすかもな」

「だったらその時は俺が胡桃を助けるから」

「お、おう……ストレートだなお前……」

 

 ………………。

 

「でもさ、蓮」

「うん」

「お前、女と会ってたんだよな? 俺らが戦ってる間に」

「……カレー冷えるぞ」

「台無しだよ」

 

 まぁ、別にいいか。ルブランのカレーがタダで食えるし。ほな冷めないうちにいただきます。

 

「…………っつ……お前これ何入れた」

 

 スプーンでカレーとライスを口に入れた瞬間、何とも言えない苦みがカレーのヴェールに包まれて口内を支配する。そしてなぜか辛いわけではないのに、体の芯が熱くなって、火照り始める。

 

「チャレンジした」

「答えを言えよ……! なおさら怖いだろうが……!」

「本当だったか……」

「本当だったかってなんだよ! 毒見させられてんの!?」

「信頼しているからこそな」

「ありがとな! 俺もさっきまで信頼してたよ、普通のカレーを出してくれるってな!」

 

 

 ……その後、変な味だと思いつつ数分で平らげた。途中からクセになって普通にスプーンが止まらなくなってしまい。危うくおかわりしてしまいそうだったが、蓮が入れた食材についてなにも言わなかったからやめた。

 

 でも体に悪影響がなかったし、なんなら翌朝はスッキリ起きられたのでなんか体に良いモノでも入れたんだろう。

 

 ……そう思うことにしよう。

 

 

 



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