GOD EATER 3 -BEAST- ~人の心を宿した神は、人を守るべく神を喰らう~ (Ingwelsh)
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第1話 - 目覚め

 ボクが目を覚ますと、そこは辺り一面の荒野だった。

 

「う、うん……?」

 

 ぼんやりした頭を押さえながら、周囲の状況を確認する。

 乾いた空気に満たされた荒れ地だ。岩壁のところどころはアラガミに捕喰(ほしょく)され、大きくえぐられている。

 空は灰色の塵によって覆い隠され、太陽はうっすらとしか見えない。昼だということは、かろうじて分かるけれど。

 

「……え、なにこれ、ここ、どこ?」

 

 その状況に、ボクの頭は大いに混乱した。

 場所を特定できるような情報は周囲には何もない。この場所に見覚えもない。ただ、アラガミの巣窟(そうくつ)のまん真ん中だ、ということしか、ボクには分からなかった。

 いや、それよりも。何故ボクがこの場所で目覚めたか、そのことの方が問題だ。

 

灰域(かいいき)の中かなぁ、ここ……参ったなぁ、人間の船が迫ってくる前に逃げないと……あれ?」

 

 そう独り言ちながら地面を見つめて、はたと動きを止める。

 今、ボクはごく自然に、人間の船……灰域踏破船(かいいきとうはせん)から離れることを考えて、口に出した。

 何故だろう。

 灰域で遭難するゴッドイーターなら、灰域踏破船の航路上にいた方が発見してもらいやすいし、アラガミなら一般的にその進路がどうあろうと気にすることはない。

 そして、ボクはどちらかと言えば後者(・・)である、はずだった。

 毛むくじゃらの全身、両手両足の黒く鋭い爪、両手には大きなガントレット。腰からは長くふさふさの尻尾。視界には当然、緑色の毛に覆われて黒い鼻のあるマズルも見える。

 

「ボクは……アラガミ(・・・・)、だよね、そうだよね、うん……でも、なんでだろう」

 

 そう、人間のように二足歩行をしているけれど、体躯も一般的な人間と同じくらいだけれど。ボクはどこからどう見ても、アラガミのはずなのだ。

 アラガミだったら、この場所で目覚めた理由も説明できる。霧散したオラクル細胞がまた集合して、新たなアラガミとしてここで目覚めたのだ。

 しかし、そうだとしたらボクのこの自我に説明がつかない。ボクの思考は、どう考えても人間(・・)のそれだ。

 どうしよう、こんなチグハグな身体で、こんな荒野に独りぼっちだなんて。

 

「どうしよう、いっそ船の進行ルートに……ん?」

 

 いっそ灰域踏破船の航路に近づいて、保護してもらった方が安全ではないだろうか。そんなことを考えながら足を踏み出そうとした、その時。

 ボクの後方から、土を踏む音が三つ、聞こえてくる。

 

「アラガミ……」

「生まれたてのアラガミだ、今なら好きに喰えるぞ」

「お……」

 

 二本足で立って歩く姿、口に生えそろった鋭い牙、鬼の面のような風貌。

 間違いない、どう見てもあれは。

 

「オウガテイル! くそっ、こんな時に!」

 

 小型アラガミの代名詞、オウガテイルだ。それが三匹、こちらに向かって真っすぐに駆けてくる。話している言葉を普通に理解できたが、ボクがアラガミだからなのだろう。

 それにしても困った、ボク自身にどんな力があって、どうやって戦えばいいかも分からないのに。体内のオラクル細胞に呼び掛けても、当然何も答えてはくれない。

 どうしよう、と悩みながらも右手をぐっと握ると。

 

「え……!?」

 

 ジャキン、という音と共に、ボクの右手に剣が現れた。

 刀身の短い、神機(じんき)で言うところのショートブレードというやつだ。その下にはスナイパーらしき銃身も、バックラーらしき装甲も見える。

 驚いた。これではまるで第二世代の神機ではないか。

 ボクの手の中に現れたものを見て、オウガテイル達も口々に声を発する。

 

「神機だ」

「こいつゴッドイーターか? ゴッドイーターは敵だ」

「殺すぞ」

 

 殺す、そう言いながら彼らは次々にボクに飛び掛かってきた。

 そりゃそうだ、見てくれがどれだけ人外だろうと、神機を持っていたらゴッドイーター扱いされても不思議ではない。そもそもゴッドイーターが、ひいては対抗適応型ゴッドイーター(AGE)が、人間の姿をしたアラガミ、と言っても過言ではないのだ。

 そうすると、もしかしたらボクの前世はゴッドイーターだったのだろうか、それとも肉体が再構成される際に、ゴッドイーターの偏食因子が混ざったのだろうか。

 いろいろ考えることはあるが、考えている暇はない。

 

「……っ、え、えぇい、使ったことなんて無いけど、きっとなんとかなる!」

 

 ボクはオウガテイルの下を転がって潜り抜け、最後に飛び掛かってきた一匹に剣で斬りつけた。ザシュッ、という音と共に、オウガテイルの身体が切り裂かれる。

 

「ガ――!?」

「なにっ、こいつ強いぞ」

「囲め」

 

 口々にそう言いながら、オウガテイルがボクを取り囲もうと動き出す。そして間の悪いことに、別の方向からこっちに向かってくる影がまた三つ見えた。

 

「なんだ、ゴッドイーターか」

「一人だ」

「オウガテイルに取られてたまるか、いくぞ」

 

 そう言いながらやってくるのは、斧のような角を持ったこれまた小型のアラガミだ。種族名はアックスレイダー。弱いアラガミではあるが、戦闘経験の浅いボクには十分強敵だ。

 

「う……どうしよう」

 

 対応に悩んでいる間にも、オウガテイルとアックスレイダーはボクを挟んでにらみ合いをしながら、じりじりと距離を詰めてくる。このままでは確実に、どちらかに首を噛みちぎられて終わりだ。

 

「く……この、退()けぇっ!!」

「がっ……!!」

 

 ボクは意を決して真正面に飛び出した。先程斬りつけたオウガテイルに向かって突進し、右手の剣を振り回す。

 二つ、三つ、オウガテイルの身体に深い切り傷が刻まれ、オラクル細胞が飛び散っていく。

 

「が、ぐ、あ――!」

「やられた!」

「逃げるぞ、追え!」

 

 目の前のオウガテイルが倒れるのを確認して、ボクは捕喰もせずに一目散に逃げだした。

 走って、走って。スタミナが尽きる前に、崖下に空いた穴に飛び込む。ボクの姿を見失ったアラガミ達は、穴の周囲で僕の姿を探しているようだ。

 

「はぁっ、はぁっ……!」

 

 穴の中で、岩壁にもたれながら息を整える。手にしていた神機は座り込むと同時に、手の中に吸い込まれて消えた。理屈は分からないが、荷物にならずに済むのは便利だ。

 呼吸を整えながら外の様子を窺うが、アラガミ達が離れていく様子はない。

 

「ここで……なんとかやり過ごせないかな……」

 

 出来れば、あいつらが興味を無くしてここから離れていってくれるといいのだけれど。そう思いながら、もっと穴の奥へ、と足を踏み入れたところで。

 

「ん?」

 

 僕は穴の中に、何かが転がっているのを見つけた。

 

「死体……ゴッドイーターだ。神機も、道具もある」

 

 それは人間の死体だった。両の手首には赤い腕輪がはまっている。その横には大剣型の神機と、その人間が持ち込んだであろう携行品を収めたボディバッグが転がっている。

 おそらく、この辺りで任務に就いていた対抗適応型ゴッドイーター(AGE)が、アラガミにやられて帰還も出来ずにこの穴に身を隠し、そのまま事切れたのだろう。死体の周辺にはレーションの個包装(こほうそう)も散らばっている。

 そして、その死体を前にして、ボクは首をひねった。

 

「……やっぱりだ。なんでだろう」

 

 それは、ボクの食欲のことだ。このゴッドイーターの死体を前にしても、食べたい、美味しそう、という感情が湧いてこない。

 ボクの偏食傾向(へんしょくけいこう)に、人間は入っていないのだろうか。

 不思議に思いながらも、いつまでもここでこうしているわけにはいかない。ボクはそのゴッドイーターの死体に両手を合わせ、その身体に手を伸ばした。

 

「え、えーと……ごめんなさい、これ、貰っていきます」

 

 そう言って、ボクはその死体からマントを外した。それと地面に転がっている携行品(けいこうひん)のボディバッグも手に取る。

 アラガミが服を身につけるなんて、という思いもあるけれど、素っ裸でいるよりは人間からの心象はいいはずだ。

 自分自身の感情に疑問を抱きながら、ボクは自分の身に間に合わせの服をまとい始めた。



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第2話 - 出逢い

 ボディバッグを腰に取り付け、マントを羽織って肩の上で結ぶ。これでよほどのことが無ければ、脱げたりはしないだろう。

 

「これでいいかな……」

「ん?」

「ひっ」

 

 ふっと息を吐くと、その音を聞きつけたかアラガミが穴の中を覗き込んできた。虎のような顔に鋭い牙。ヴァジュラだ。

 ボクは慌てて自分の神機を右手から出現させる。どうやら自由に出し入れが出来るらしい。ショートブレードの切っ先を向けながら、力いっぱい叫んでみせる。

 

「く、くそっ、く、来るなら来い! お前なんか、こ、怖くないんだぞ!」

 

 虚勢を張るが、相手にも見透かされているだろう。叫んだ自分の声が明らかに震えている。そんなボクの姿を見て、ヴァジュラがニヤリと笑った。

 

「若いな、足が震えているぞ、ゴッドイーター」

「く……!」

 

 彼の言葉にボクは歯噛みする。ヴァジュラはアラガミの中でも強い部類だ。こんな相手を前にして、ボクが生き残れる自信は全くない。なにしろ生まれたてのペーペーなのだ。

 ヴァジュラがおもむろに右前足を持ち上げる。

 

「ゴッドイーターは殺す」

「っ……!!」

 

 攻撃が来る。バックラーを展開して防ごうとした、その瞬間。

 どうっ、と音がして、ヴァジュラの身体がぐらりと揺れた。

 

「ぬっ!?」

「ハウンド1、討伐対象のアラガミを発見! これより会敵する!」

「ゴッドイーター、小癪な真似を!!」

 

 穴の外、右手側から声が聞こえてくる。人間の声だ。

 ヴァジュラがその声のした方に身体を向けて吠え、一気に距離を詰めに行く。穴の入り口からそっと覗き込むと、そこには両手首に赤い腕輪をつけた金髪の少年が、半月状の神機を手にヴァジュラを迎え撃っていた。

 

「ほ……本物の、ゴッドイーター……?」

 

 ゴッドイーター。それも対抗適応型ゴッドイーター(AGE)だ。

 その少年の後ろから、数名彼の仲間が見える。少年はヴァジュラに斬り込みながら、矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。

 

「ユウゴ、ジーク! 側面にはりついて攻めろ!」

「オーケー!」

「任せとけ!」

 

 彼の両脇から飛び出してヴァジュラに肉薄する、黒髪の青年と銀髪の少年。金髪の少年は神機を銃形態に変形させ、レーザーを発射しながら後方にいる少女へと声をかける。

 

「クレアは二人を遠距離から援護! 回復を優先だ!」

「分かったわ!」

 

 少女は前衛の二人に回復弾を撃ちながら、位置を固定しないように動き回っていた。金髪の少年は距離を取りながら、的確にヴァジュラの頭にレーザーを撃ち込み、また前衛へと回復レーザーを飛ばしている。

 的確だ、そして連携の取れた動きだ。

 

「す、すごい……」

 

 見る間にヴァジュラは追い詰められ、頭部と尻尾が結合崩壊してボロボロだ。そして再び半月状の近接形態に切り替えた金髪の少年が、ヴァジュラの前脚を砕く。

 

「おぉぉ……お、のれ……」

「っしゃあ、結合崩壊! もう少しだぜ!」

「最後まで油断するな、行くぞ!」

 

 苦悶の声を上げるヴァジュラ。それに対してゴッドイーター達は嬉々としていた。もうすぐあのヴァジュラは倒され、彼らの仕事も終わるのだろう。

 と、ヴァジュラが自身の周囲に、一気に雷撃を放つ。金髪の少年がもろに食らって吹き飛ばされた。

 

「ぐ……っ!」

「ビクトル!」

「いけない――!」

 

 岸壁に叩きつけられた少年がゆっくりと立ち上がる間に、ヴァジュラが追撃をかけんとする。このままでは彼の命が危ない。

 ふと、後方を見る。そこには事切れた人間の骸。このままではあのような死体が、もう一つ増えてしまう。

 

「くっ!!」

 

 ボクは意を決して穴の中から飛び出した。銃形態に神機を変形させ、ヴァジュラ目掛けてレーザーを放つ。はたして赤色を帯びたレーザーが、ヴァジュラの前脚に直撃した。

 

「ガァッ!」

「え……?」

「なんだ、今どこから――」

「よそ見してるな、とにかく倒すぞ!」

 

 苦悶の声を上げて立ち止まるヴァジュラ。その、予想しないところから飛んできた一撃に、ゴッドイーター達も困惑している様子だった。

 しかし今は戦闘中、黒髪の青年の言った通り、よそ見している暇はない。

 やがて、何度目かの攻撃を経て、ヴァジュラの身体がどうと地に倒れ伏した。

 

「あぁぁ……」

 

 身体からオラクル細胞が霧散していく。その身体に神機の捕喰口を噛み付かせたゴッドイーター達が、ふとこちらを見る。

 

「ふー……任務完了、っと」

「コアの捕喰も完了だ……さて」

 

 視線の先にいるのは、狼の頭をして緑色の体毛に覆われ、マントをまとって神機を手にした生き物。つまり、ボクだ。

 身体から力が抜け、へなへなとその場にへたりこむボク。彼らは、ボクへとゆっくり近づいてくる。

 

「ふぇぇ……よかった……」

 

 そんな声を漏らすボクを見下ろして、金髪の少年が首を傾げた。そのまま隣に立つ黒髪の青年へと声をかける。

 

「……ユウゴ、どう思う?」

「どうもこうも……アラガミだろう、これは」

「見たことのない種類ですね……新種でしょうか」

「てか、俺達を見ても襲ってこないって、おかしくね?」

 

 黒髪の青年も、少女も、銀髪の少年も、ボクの正体を測りかねている様子だ。

 それもそうだ。ボク自身にだって、ボクの正体が分からないのだから。

 とはいえ、このまま何もしないわけにはいかない。必死に、喉から声を絞り出す。

 

「あ、あう……その……」

「げ、喋ったぞ」

「どうしましょう、敵意はなさそうですけれど……」

 

 ボクの言葉に、その場の全員が目を見開いた。銀髪の少年など明らかに慄いて後ずさっている。

 どうしたものかと思っていると、金髪の少年が耳に手を当てながら何やら話し始めた。

 

「……エイミー、現場にてAGEの遺体と神機、および未確認のアラガミの生体を確認した。船の傍まで運びたい。いいか」

 

 その言葉に、黒髪の青年が目を見開く。信じられないと言いたげな目をして、彼は自分の仲間を見ていた。

 

「おいビクトル、まさかお前、こいつを船に入れようってつもりじゃないだろうな」

「そこまでは言っていない。こいつから話を聞くにせよ、灰域の外に出ないと俺達の身が持たないだろ……了解、ありがとう」

 

 その言葉に、ビクトルと呼ばれた金髪の少年が首を振る。鋭い視線を黒髪の青年に向けながら、また再びどこかへと声をかけると、その紅い瞳がボクをまっすぐに射抜いた。

 

「そこのお前」

「ひゃいっ」

 

 淡々と呼びかけられ、思わず身体が跳ね上がる。ボクをまっすぐ見つめながら、少年は穴の奥、そこに転がっている死体を指さして口を開いた。

 

「そこに転がっている神機使いの死体を運びたい。手伝ってくれるか」

 

 彼の言葉に僕は目を見張った。どうやら、あの死体をボクに運び出してほしい、ということらしい。

 ゴッドイーターの死体をアラガミに運ばせる、というのも不思議ではあるが、ボクを試す意味合いもあるのだろう。それなら応えるしかない。

 

「あ……わ、分かりました!」

 

 右手の神機をしまって、ボクは穴の奥へと駆けていく。

 ボクの背中に、銀髪の少年と少女の声が飛んできた。

 

「人間の言うことに素直に従うアラガミ……???」

「なんなんでしょう、この子……」

 

 何が何だか分からない、と言いたげな彼らの声に申し訳なさを感じながら、ボクはゴッドイーターの死体を持ち上げる。

 その身体はとても重たかったけれど、これが命の重さなんだな、と思って頑張ることにした。



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第3話 - 船長

 ゴッドイーターの彼らに同行し、荒野を進んでいくと、蝕灰(しょくかい)が薄くなったその場所に、一隻の大きな砂上船が停泊していた。

 その開いたハッチの前で、金髪をまとめ上げモノクルをかけた女性が、ボク達を待っていたかのように佇んでいる。腕輪はない。一般人のようだ……一般人?

 ちょっと待ってほしい、確かに喰灰が薄くなっているとはいえ、全く無害なはずはない。長時間いたら人命に係わるはずだ。

 混乱するボクをよそに彼女は、ゴッドイーターの遺体を抱えているボクを一瞥すると、小さくため息を漏らしてビクトルを見る。

 

「また奇妙な拾い物をしたわね、ビクトル」

「すまないイルダ、毎度面倒をかける」

 

 ビクトルはそう言いながらも、表情は常と変わらず淡々とした様子だ。

 彼の返答に苦笑しながら、イルダと呼ばれた女性の目が、こちらを見る。

 

「そこのあなた」

「ひゃいっ」

 

 呼びかけられて背筋を伸ばすボク。そんな僕の前に片膝をついて、イルダは死体を抱えたままの、ガントレットに覆われたボクの手を、そっと包み込んだ。

 

「私達の仲間を手伝ってくれて……それに、死んだ仲間を見つけてくれて、本当にありがとう」

「あ、あう、いえ……その……」

 

 その素直な礼の言葉に、まごつくボクだ。まさか開口一番、こんな優しい言葉をかけてもらえるだなんて、思ってもいなかった。

 視線を一頻り彷徨わせたあと、ボクは自分の身につけたマントを、指でつまみ上げる。

 

「あの、これ、お返しした方が、いいでしょうか」

 

 その言葉に、目を見開く人間たちだ。言葉の意味を測りかねている様子だったが、事情を説明すると、すぐに納得してくれた。

 ボクの手から遺体を受け取ったジーク、と呼ばれていた銀髪の少年が、笑いながら声をかけてくる。

 

「いいんじゃね? 神機は再利用されるし、腕輪はそいつの遺品になるけど、服や携行品はどうせ捨てられんだろ」

「違いない。捕喰されずに残っていただけでも儲けものだ。それに、よく似合っている」

 

 黒髪の青年ことユウゴも、彼の言葉に同調した。どうやら、ボクが死体からマントを剥ぎ取ったことは、特に気にしないらしい。イルダも立ち上がってにっこり頷いた。

 

「そうね、それらはあなたが取っておきなさい。しかし……どうしたものかしら」

 

 頷いてから、ふとイルダが神妙な面持ちになる。困ったように顎に手をやりながら、ボクを見下ろす彼女だ。

 モノクロの奥で、彼女のライトブルーの瞳がちらと輝く。

 

「ねえあなた、あなたは本当に、人間を捕喰しない(・・・・・・・・)アラガミ(・・・・)なのね?」

「あ、は、はいっ! 人間を見ても、どうしてか、美味しそうに思えなくて……」

 

 彼女の言葉に、すぐさま返事を返すボクだ。そう言いながら、イルダの顔をまっすぐ見つめる。

 やはりそうだ。純粋な人間である彼女を前にしても、ボクの捕喰衝動が顕わになることはない。最初から、人間を捕喰の対象として見ていないことは、もう明らかだった。

 そんな僕の姿に、イルダは目を細めながら再び身を屈める。そして、僕のふわふわの頭を優しく撫で始めた。

 

「そう……いい子ね」

「あう」

「お、おい、イルダ」

 

 これに困惑したのはゴッドイーター達だ。

 当然だろう、ゴッドイーターであろうとアラガミに生身で触れることは出来ない。アラガミはその身体全てがオラクル細胞で構成された群体、触れたところにある細胞が、直接触れたものを捕食しようと牙を剥くのだ。

 ましてや、ただの人間がアラガミの頭を慈しむように撫でるなど。正気の沙汰ではない……本来ならば(・・・・・)

 

「おい、イルダ大丈夫かよ、アラガミだぞそいつ」

「素手で触るなんて……フィムを相手にするのとはわけが違うのに」

 

 ジークと、唯一腕輪を右手首だけにつけたクレアと呼ばれていた少女が、狼狽の色を示す。しかしビクトルが、二人を制止しつつ顎をしゃくった。

 

「いや……見てみろ」

 

 彼が視線を投げる先には、悠然と微笑むイルダがいる。捕食されて苦悶する様子は一切ない。ボクの頭から手を離すと、その手のひらを彼らの方に向けた。

 

「御覧なさい、私の手は捕喰されている?」

 

 ボクも下から、イルダの手のひらを見上げる。彼女の抜けるように白い肌は綺麗なものだ。手のひらにも、傷一つついていない。

 その事実にぎょっとしたジークが、困惑混じりに声を発した。

 

「い、いや……」

「……ったく、無茶するぜ」

 

 ぼりぼりと後頭部を掻きながら、ユウゴが吐き捨てる。その点について異論はない。本当に無茶をしてくれるものだ。

 そんな反応の彼らにまた微笑みかけて、立ち上がったイルダがボクの肩に手を置く。

 

「この子がどういうアラガミであるかは議論の余地があるけれど、フィムのように人間に無害な子であることは間違いないわ。社交性もあるし、気になることも多い……私の船で保護しようと思うけれど、異論はある?」

 

 彼女の言葉に、今度はボクが目を見張る番だった。

 保護される? 彼女の船で?

 脳内がパニックになりかけるボクの後ろで、ジークが手を後ろで組みながらニヤリと笑った。

 

「ねーよ。だってこいつ、いいやつみたいだしな」

「イルダさんがそう仰るなら、私は構いません」

 

 クレアも微笑みながら、ジークに同調した。ユウゴも、ビクトルも、同じく異論はないらしい。

 なんということだ、この人間たちは、アラガミのボクを人間たちの砦である灰域踏破船に、迎え入れようというのだ。ボクが真っ当なアラガミでないことはともかくとして。

 目を白黒させるボクに、イルダがにっこり笑いながらボクを見下ろした。

 

「だそうよ。あなたはどうかしら? もちろん、あなたが嫌がるなら無理強いはしない」

「い……いいんですか? ボク、アラガミですけど……」

 

 困惑しながら口を開いて問いかける。我ながら随分と今更なことを言っているものと思うが、言っておかないと後が怖い。

 しかしボクのそんな不安を払拭するように、ユウゴが口角を持ち上げながらボクのもう片方の肩に手を置いた。

 

「心配すんな、ここにいる俺達も、アラガミみたいなもんだ」

「気にすることはない。お前が僕達の仲間を傷つけないなら、歓迎しよう」

 

 彼の後ろでビクトルもうっすらと笑みを浮かべている。

 彼らの言葉に、ボクはようやく、ボクという存在が歓迎されていることを理解した。大きく頭を下げる。

 

「じゃあ、その……お世話になります! よろしくお願いします!」

 

 傍から見たらとんでもない光景だろう、アラガミが人間に自ら首を垂れるなど。

 しかし彼らは、彼女らは、そんな光景をさも当たり前のものであるかのように見やり、そしてボクを船内へと招き入れた。

 

「ようこそ、灰域踏破船『クリサンセマム』へ。歓迎するわ、狼のアラガミさん」



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第4話 - 名前

 船のハッチから船内に入り、ロビーへと足を踏み入れる。武骨で無機質な内装だが、その堅牢で機能的な様は、さすが灰域踏破船といったところだ。

 

「わぁ……」

 

 初めて見る、人間の船の中。ボクが感嘆の声を漏らしていると、金髪の女性がくるりとこちらに向き直った。

 

「それじゃ、船の中に戻ったことだし改めて。私は『クリサンセマム』の船長、イルダ・エンリケス」

 

 微笑みを見せながら自己紹介を始める、船長のイルダ。それを皮切りにして、ゴッドイーター達がそれぞれ言葉を続ける。

 

「『クリサンセマム』所属のAGEチーム、『ハウンド』隊長、ユウゴ・ペニーウォートだ」

 

 まず最初に口を開いたのはユウゴだ。なるほど、彼が対抗適応型ゴッドイーター(AGE)のリーダーなのか。続いて口を開いたのはビクトルだ。

 

「同じく『ハウンド』所属、ビクトル・ペニーウォート」

 

 簡潔に、表情を変えないままに話す彼。確かこのご時世、ミナトの名前がAGEの姓になるんだったっけ。ペニーウォート、どこかで聞いたことがある気がする。

 次いで自分の胸に手を当てるのはジーク。ビクトルとは違い、にっかりと笑いながら大きく身を乗り出してくる。

 

「で、俺がジーク。ジーク・ペニーウォートだ」

 

 少年らしい物言いに、自然とボクの表情も緩む。姓を見るに、彼ら三人は出自を同じくするんだろう。そして最後、クレアが背筋をまっすぐ伸ばしながら目元を細めた。

 

「『グレイプニル』所属のゴッドイーター、クレア・ヴィクトリアスです。後は船内に、専属AGEが一人と、正規ゴッドイーターが一人。そしてオペレーターとメカニックがいます」

 

 彼らの自己紹介を聞きながら、ボクはそれぞれの名前を記憶に刻み込む。アラガミの脳にどうやって記憶が刻まれるのか、仕組みはよく分からないけれど、覚えられるのだからそれでいい、と思う。

 もう一度頭を大きく下げながら、ボクは口を開いた。

 

「よ、よろしくお願いします。えっと……」

「焦らなくていいのよ。あなたのお名前も……というより、名前があるのかしら、あなたには?」

 

 まごつくボクに、イルダが優しく声をかけてくる。

 そして、そう、大きな問題がここにもあった。せっかく自己紹介をしてもらったのだから、ボクも自己紹介しないとならないけれど、生まれたばかりのボクには名前が無いのだ。

 

「名前……ない、です。今日、生まれたばかりなので……どうしよう」

 

 顔を上げつつ、しゅんと耳と尻尾を垂らすボクだ。しょぼくれたボクを見て、クレアがおかしそうにくすりと笑う。

 

「あら、じゃあまた皆で名前を考えないといけないですね」

「クレア、またお前を名付け親にはさせねぇからな!」

「ボク、ってことは、オスなのか? お前は」

「大概のアラガミにはオスもメスもないだろ。何言ってんだ」

 

 そんなことを言いながら、ゴッドイーター達が僕の背中を押す。そのまま、船内を案内しようということらしい。アラガミに灰域踏破船の中を色々見せていいのだろうか、と思う部分はあるが、この船にはこの船のルールがあるのだろうし、いいのだろう。

 はたして、ロビーから繋がる扉を潜ると、そこはブリッジのようだった。大きな存在感を発揮するレーダーに計器類、操作パネルが所狭しと並んでいる。

 そしてそこに、紫色の髪をした少女と、黒い髪を長く伸ばした女性が佇んでいる。

 彼女たちはボク達がやってきたことに気付くと、こちらに向き直った。

 

「あっ、オーナー。おかえりなさ……」

「急に出ていったから、何かと……」

 

 呼びかけた言葉が不意に途切れる。二人の視線が向くのは、当然、ボクだ。

 注目を浴びて、恥ずかしくなって小さくなるボク。おずおずと、遠慮がちに口を開く。

 

「あ、あの……お邪魔します……」

 

 挨拶をした途端だ。二人の女性の頬が赤らみ、同時に緩んだ。

 

「かっっ……!!」

「かわいい~~!! えっこの子ですか、この子があの連絡があった新種の!?」

「わっ!?」

 

 かわいい。間違いなく彼女たちはそう言った。確か愛らしいものとか、小さいものとかを褒める時に言う言葉だったよな、と思う間もなく、女性たちがまっすぐこちらに駆けてくる。

 戸惑う間もなくボクは女性たちに撫でられ、頬をもまれ、尻尾を触られた。

 なんだろう、この船の女性に、しかもゴッドイーターでない女性に、めっちゃ触られているぞボク、アラガミってなんだっけ。

 イルダが苦笑しながら、ボクの頭に手を置く。

 

「そう、この子が件の、人間を捕喰しない新種(・・・・・・・・・・)。今日からうちの船で面倒を見るわ。よろしくしてやって」

 

 そう話す彼女に、紫色の少女が目を大きく見開く。やはり、その発言は衝撃的だったらしい。

 黒い髪の女性が、困惑した表情で口を開く。

 

「しかし……いいのか? フィムとは違って、この子は見た目が……」

 

 彼女の視線が、ボクの顔に向いた。それを言われて、ボクの耳がピンと跳ね上がる。

 そう、ボクは人間とほぼ同じ体格をしているとはいえ、全身がもっふもふの毛に覆われた、アラガミ獣人とでも呼ぶべき姿なのだ。人間じゃない事なんて、一目で判る。

 紫色の髪の少女も、ボクのほっぺたをむにむにしながら眉尻を下げた。

 

「そ、そうですよオーナー。こんなアラガミ丸出しの見た目じゃ、グレイプニルからなんて言われるか……」

 

 その言葉を聞いて、ゴッドイーター達が顔を見合わせる。イルダも頷きつつ腕を組んで、溜め息をついてから彼女たちに答えた。

 

「そこは、追々考えていくつもりよ。それよりもまず、やることがあるの。エイミーとルルにも、協力してもらえないかしら」

「やること……ですか?」

 

 彼女の言葉に、きょとんとする紫色の少女。零された疑問に答えるのはジークだった。

 

「こいつの名前だよ。今日生まれたばっかで、まだ名前が無いんだと」

「呼び名が無いと不便なのは、フィムの時に分かっていますしね」

 

 クレアも笑みを見せながら言った。そういえば先程から名前が出ている「フィム」とは、一体誰の事だろう。

 各々がボクの名前を考える中、ユウゴとビクトルが早々に白旗を上げる。

 

「俺はこういうの苦手なんでな、頼むよ」

「僕もあまり、この手のは……」

 

 彼ら二人が抜けて、残りは五人。ボクの顔を見たり、尻尾を触ったりしながら、あれこれと知恵を出し合っている。

 

「えーどうしましょう、狼にも見えますし、犬にも見えますし」

「今は可愛いですけれど、大きくなったらたくましくなるかもしれないですしね……」

「でもかわいい……かわいい名前も似合いそうだ……」

 

 エイミーが、クレアが、ルルが、ボクを取り囲んで話し合う。

 彼女らにいいようにあれこれ触られながら、なんともむず痒い気持ちになるボクだ。確かに今は可愛いかもしれないが、結局はアラガミ。どんな猛獣に育つか、分かったものではない。

 程なくして、各々案が決まったようで。ボクを取り囲んで、ジークが声を上げた。

 

「よしお前ら、決まったか?」

 

 彼の言葉に、頷く面々。満足そうに笑ったジークがボクへと指を向ける。

 

「じゃー一人ずつ発表していくぞ! まずは俺からだ……」

 

 にやりと笑って、間を置きながら。自信満々にジークが発表する。

 

「『ギード』! どうだ?」

「えー……かっこいいですけど」

「センスの欠片もなくないですか?」

 

 しかし女性陣からの評価は芳しくない。散々な言われように、彼が肩を落とした。

 次に手を挙げたのはクレアだ。

 

「じゃあ、次は私が。『テディ』。どうですか?」

「可愛らしすぎね?」

「だが、今のイメージには合っている……」

 

 発表された名前を聞いて、ジークが肩をすくめる。確かに、可愛さが溢れすぎている気がしなくもない。

 次に手を挙げたのは紫色の髪のエイミーだ。

 

「あ、じゃあ次は私で! 緑色をしていますし、ビリジアンから『ビル』、でどうですか?」

「う、被った……」

「いいですね、男の子っぽいです」

 

 彼女の発案した名前は比較的高評価だ。なるほど、ボクの色から着想を得た名前なら、分かりやすいし大きくなっても外れない。

 そこは黒髪のルルも同様だったようで、おずおずと手を挙げながら口を開く。

 

「じゃ、じゃあ私も……『ジェイド』、を考えた」

「翡翠のジェイド、ですね」

「かっこいいじゃん、ルル!」

 

 ルルの挙げた名前に、ジークが大いに反応した。宝石の名前は確かにかっこいい。

 しかしどうしよう、どれもそこそこ気に入ってしまった。選ぶのが大変だ。

 と、そこでイルダがすっと手を挙げる。

 

「あ、私もいいかしら?」

「オーナーも考えたんですか?」

 

 エイミーが目を見開きながら問いかけると、イルダが小さく頷きながらその名前を発表する。

 

「ええ、『サルーキ』。どうかしら?」

「サルーキ、ですか?」

「オーナーらしい、お洒落な響きだが……由来とか、あるのか?」

 

 エキゾチックな雰囲気のある名前に、その場の全員が目を見開いた。確かにお洒落で、かっこいい。

 ルルの問いかけに、イルダが水色の目を細めつつ話す。

 

「アラガミ出現以前に実在したという、犬の名前でね。今はもう姿を消してしまったのだけれど……昔に見た写真と、この子の顔つきがそっくりだったから」

「へー……」

「なんだか、ロマンを感じさせるな」

 

 彼女の説明に、男性陣も興味津々だ。確かに、ロマンのある名前だ。

 案が出揃ったところで、イルダの目がボクへと向けられる。

 

「どうかしら? この中で、気に入った名前があったら、教えてくれないかしら」

 

 彼女の言葉を受け、ボクに視線が集まる。どぎまぎしながらも、ゆっくり自分の考えを述べていくボクだ。

 

「え、ええと……その、どれも、すごくいいと思う。思うんだけど……」

「けど?」

 

 恐る恐る話すボクに、ビクトルが小さく首を傾げる。

 彼の顔と赤い瞳を見上げながら、ボクは一番気に入った名前を挙げた。

 

「出してもらった中で、ボクが名乗るなら……『サルーキ』かな、って」

「あら、いいの?」

 

 その答えに、案を挙げたイルダが目を見張った。彼女にとっては予想外だったのだろう。

 エイミーが嬉しそうに、イルダに声をかける。

 

「よかったですね、オーナー」

「ええ……それじゃ、これからよろしくね、サルーキ」

「はい!」

 

 笑みを見せながら、イルダがボクへと手を差し出す。その手を握り返しながらボクが返事を返すと、彼女はその場のゴッドイーター達を見回した。

 

「じゃ、名前も決まったことだし、サルーキのことを調べましょう。クレア、エイミー、医務室まで付いて来てくれるかしら」

「あ、はい」

「分かりました」

 

 彼女に呼ばれたクレアとエイミーが一歩前に進み出る。そしてボクはイルダに手を引かれ、医務室とやらに向かうことになった。

 

「じゃあなサルーキ、また後でな!」

「これから、よろしく……」

 

 後方ではジークやルルが、こちらに手を振りながらボクに呼び掛けている。

 なんだか、家族になれたみたいで、ちょっと嬉しい。

 

「はい! ……よろしくお願いします!」

 

 ボクも彼らと同じように手を振り返し、エレベーターに乗り込むのだった。



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第5話 - 検査

 ラボラトリ区画、医務室に移動して。

 ボクはクレアとエイミーの手で、いろんな……そう、いろんな。身体の隅から隅まで見られるくらいに検査された。

 ボクのオラクル細胞を取り出し、検査した結果を見つめるクレアとエイミーが、揃って難しい表情をしている。

 

「うーん……」

「これは……」

「どう、なにか分かった?」

 

 検査結果を表示した端末を、イルダが覗き込む。ボクも自分の目で見てみたくはあるが、三人が食い入るように見つめているから隙が無いし、多分見てもよく分からないだろう。

 しばらく沈黙が流れた後、クレアがイルダの顔を見上げて言う。

 

「私も、アラガミ研究の専門家ではないので、詳しくは分からないのですが……偏食傾向が、既存のアラガミのどれとも合致しないみたいですね」

「と、言うと?」

 

 彼女の言葉に、イルダが目を見張る。

 アラガミには、それぞれ固有の偏食傾向がある。オラクル細胞は基本的に、有機物無機物、自然物人工物を問わずに何でも食べてしまうものだが、それでも「好き嫌い(・・・・)」はあるものだ。

 クレアが説明を続ける。

 

「例えば、ヴァジュラやマルドゥークであれば、自分より小型の生物を好んで捕喰します。ボルグ・カムランであれば無機物、クアドリガであれば人工物……そんなふうに、アラガミには固有の偏食傾向があるのですが、サルーキの偏食傾向は、どのアラガミとも異なるものなんです」

「無機物は食べない、有機物は好きみたいですが人間の肉は食べない、オラクル細胞由来のものは好き……まるで、ゴッドイーターの偏食傾向のようなんです」

 

 クレアの説明に、ボクは自分で目を見張った。

 つまり、オラクル細胞の「好き嫌い」が、ボクは既存のアラガミのどれとも一緒でないと、そういうことらしい。クレアの説明に続けてエイミーも言葉を発し、悩ましいように首を傾げる。

 

「ということは、P53偏食因子やP73-c偏食因子が?」

 

 顎に手をやりながらイルダが言うと、クレアが小さく首を振った。

 

「いえ、そうでもないんです。偏食因子の同定試験もしたんですが、P53にもP73-cにも一致が出なくて……一部、似た結果は出ているんですが。未知の偏食因子を有している可能性もあります」

 

 曰く、ゴッドイーターに投与されているP53偏食因子、AGEに投与されているP73-c偏食因子は、いずれも人体には食欲を向けず、オラクル細胞に対して偏食を向けるようになっているそうだ。ゴッドイーターはこれらの偏食因子を、あの腕輪から定期的に投与されて、神機のオラクル細胞が自分の身体を捕喰したり、もしくは自分の細胞がオラクル細胞に変わらないように調整しているらしい。

 その、いずれの偏食因子でもないというボクの偏食因子。いったいどういう傾向を有しているというのだろう。人間を捕喰しようとしないのは間違いないのだけれど。

 その話を聞いて、イルダが難しい表情をしながら腕を組む。

 

「なるほどね……じゃあここではっきりさせましょう」

 

 一度言葉を区切って、彼女はクレアとエイミーを見つめながら言う。

 

「サルーキは、アラガミ?」

 

 ボクは、アラガミかどうか。

 その問いに、すぐに答えたのはクレアだった。

 

「……アラガミで、間違いないと思います」

 

 彼女の言葉に、ボクは目を大きく見開いた。

 ボクはアラガミ。やはりそれは、間違いのないことであるらしい。正直、これでアラガミじゃないなんて言われたら、それはそれで困ることではあるけれど。

 しかしその言葉の後に続いて、クレアが再び口を開いた。

 

「ただ、そうだとするとおかしなところも数多くあるんです。ヒト型アラガミに近いですが、外見は完全にヒトではありません。しかしコミュニケーション能力には非常に秀でており、流暢な会話が可能です。更には、メンタリティが完全にヒト寄りだと見えます」

「はい……フィムは、アラガミでありながら捕喰の意思を全く見せなかった、という点で特異ですが、サルーキは捕喰の意思がありながら人間との共存、交流の意思を見せている。こんなの、既存のアラガミでは考えられなかったことです」

 

 エイミーも、クレアの言葉に同調しながら手元のタブレット端末を見ている。

 そうだ、ボクは何も、全く何も捕喰しようとしない、わけではない。なにかしらに対しては捕喰の意思を見せ、人間に対してはそれを向けない。しかしそうありながら、人間と積極的に関わろうといる。

 これは、普通なら考えられないことだ。アラガミが自らの意思で人間と関わろうとするなど。

 二人の言葉を聞いて、イルダが深くため息をつく。

 

「そうなの……そんなアラガミが、生まれた直後の場面に居合わせるなんて、すごい偶然もあったものね」

 

 彼女の発言に、クレアもエイミーも頷いた。しかし未だ困惑の色を濃くしたまま、エイミーが口を開く。

 

「でも、オーナー、これ本当にどうするんですか? サルーキの存在がちょっとでも外部に漏れたら、とんでもないことになりますよ」

「はい、いくら人間に危害を加えないとは言っても純粋なアラガミです。AGEにも一定の権利が認められているこの船ですが、アラガミはまた別だと思います」

 

 クレアもボクの手に自分の手を重ねながら、心配そうに所感を述べた。

 確かにそうだ。ボクの存在が明るみになったら、面倒なことになることは間違いない。それは、生まれたばかりのボクであっても分かることだ。

 イルダもそのことは分かっているようで、小さく頭を振る。

 

「そうよね……いつまでも隠し通しておくことは出来ないわ。何らかの方法で、サルーキが船にいても通る大義名分が必要だわ」

「フィムにそうしていたように、コンテナに隔離しておけば、許可はされるかもしれませんけど……そんなこと、したくありませんものね」

 

 エイミーが話しながら、ボクの頭を撫でた。

 確かに外界から全く隔離されていれば安全だし、この船も面倒ごとは避けられるだろう。とはいえ、それは心情的に好ましくないことだ。ボクとしても、コンテナの中に隔離されるのはいい気分ではない。

 三人揃って難しい顔で唸る中。イルダがハッとした表情を見せた。

 

「……そうだわ」

「オーナー、何か思いついたんですか?」

 

 エイミーが首を傾げると、にんまりと笑みを見せながら、イルダがボクの肩に手を触れた。そして。

 

「サルーキ、あなた、ゴッドイーターになる気はない?」

「へっ?」

 

 彼女の言葉に、ボクはますます目を見張る。

 ゴッドイーターに?

 ボクが?

 

「あ、ゴッドイーターになれば……って、えぇぇっ!?」

「アラガミを……ゴッドイーターに……!?」

 

 クレアもエイミーも、揃って素っ頓狂な声を上げた。

 アラガミをゴッドイーターにするなんて。

 なにやら、とんでもないことになりそうな気がしてきた。



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第6話 - 参画

「「サルーキをクリサンセマム専属のゴッドイーターにするぅ!?」」

 

 ブリッジにて。

 ボクの肩に手を置きながらイルダが発表したその言葉に、ユウゴも、ビクトルも、ジークも、皆が驚きの声を上げた。

 当然だろう、明らかに人間じゃないボクを、ミナトの一員として迎え入れるどころか、ゴッドイーターにして働いてもらうだなんて。

 ジークが大きくため息を付きながら、困惑するボクの顔を見つめた。

 

「はー……正気かよ、イルダ」

「いくらなんでも、そいつは無茶だって……」

 

 ビクトルもその細い眉を大きく下げながら頭を振っている。これまでの間であまり表情を大きく動かすところを見たことのない彼だが、その彼がここまで表情を変えるのだ、よほどの無茶なのだろう。

 AGEたちの反応に小さく肩をすくめたイルダが、胸元に手を置きながら言う。

 

「無茶を言っていることは十分理解しているわ。でも、サルーキを船内に置いておき、かつよそのミナトに正当性を主張するには、これが一番なの」

 

 そうきっぱりと、彼女は告げた。

 アラガミであるボクを、この船の一員として置いておくこと。それをよそのミナトにも理由として説明できるようにすること。

 いくつか、ある気はする。例えば「灰域内で確保した新種のアラガミで、戦闘のデータを取るためにミッションに同行させている」とか、「所属するゴッドイーターがアラガミ化したが、偏食傾向の関係と他船員の意向で船員として扱っている」とか。

 しかしその場合、普通に灰域踏破船の中を歩き回らせることは出来ないはずだ。船の中を歩かせる理由として、一番あり得るものは「ミナト所属のゴッドイーターです」だろう。そう考えれば、イルダの判断も納得は行く。

 AGE達が顔を見合わせる中、ユウゴが眉間にしわを寄せつつ口を開いた。

 

「……策は、あるんだよな?」

 

 彼の言葉を聞いて、イルダはしっかりと頷いた。話を聞いているエイミーとクレアも、神妙な面持ちになる。

 事前に二人には、この()については話をしてある。二人と、ボクの間で、「そうするしかないですね」と決着がついている策だ。

 

「ええ。サルーキは確かに、人間の見た目をしていないわ。でも、人間のように二足歩行をして、両手を自由に使える身体の構造をしている。調べたら神機らしいものも使える。なら、この外見だけを隠して(・・・)しまえばいいわ」

「隠す?」

 

 イルダの言葉に、ジークが不思議そうに首を傾げる。ユウゴもいまいち、ピンと来ていない様子だ。

 唯一、なにか引っかかりを覚えている表情のビクトルへと、イルダが声をかける。

 

「ねえビクトル、貴方たしか、『アラガミ擬態用の強化ボディスーツ』を持っていたわよね?」

「極東から流れてきた、あれか? 確かに持っているけど……」

 

 彼女の問いかけに小さく首を傾げたビクトルが、ハッと目を見開いた。

 

「……え、ちょっと待ってくれ、あれを使うのか?」

「そうよ。あれをサルーキに着せて、『アラガミに擬態したゴッドイーター』だ、と説明するの。そうすれば、この子がこういう姿をしていることを隠せるでしょう?」

 

 頷くイルダが、ボクの肩に再び手を置いた。

 ゴッドイーターの身につける衣服には、様々なバリエーションが有る。実用性重視のもの、ファッション性の高いもの、ちょっと特殊なもの、いろいろとあるのだが、特殊なものの中でも一番特殊なものが、動物やアラガミに擬態することを目的とした強化ボディスーツ。つまり、着ぐるみ(・・・・)だ。

 それを、ボクが着る。そうすれば確かに、最大の問題である外見の異常さはクリアできる。

 

「なるほど……それなら確かに、中身がアラガミだ、ということを隠せるか」

「でも、大丈夫なのか? ほら、人間と違って、サルーキの頭はこんなだし、尻尾もあるだろ」

 

 納得した様子で頷くユウゴの隣で、ジークが首をひねりつつボクを見た。

 ボクの身体は狼のそれに近い。マズルは細長いし、尻尾も大きくフサフサとしている。とはいえ、覆ってしまえばそれも隠せるだろう。イルダは笑う。

 

「そこは大丈夫、あの強化ボディスーツは肉体の形状にあわせてフィットするようになっているわ。そうでしょ?」

「ああ……見た目があんななだけで、中身は体型に合わせてフィットするし、オラクル細胞で肉体と接続しているから、感覚もクリアだし……」

 

 笑みを見せながらビクトルに目を向けると、彼は少し戸惑いがちに答えた。

 あれは極東地域の研究者が熱心に開発していて、オラクル細胞で肉体とリンクさせてクリアな視界と感覚を素材越しに得られるとかなんとか。当然、神機の扱いも問題なく行える代物だという。

 その言葉に頷きながら、イルダはさらに話を続ける。

 

「そう。なんならあのボディスーツを介して回復錠やレーションの摂取も出来る。問題は無いわ……なんならサルーキの姿をそのまま晒しても、『ボディスーツを身につけているんです』と言い張れるかもしれない」

 

 イルダの発言を聞いたボクは目を見開いた。尻尾がぶわっと膨らむ。

 さすがに、ボクの姿をよその誰かに見られて、その言い訳は通らない気がするのだが。

 ユウゴも大きく肩を竦めながらため息を付いた。

 

「そいつは流石に希望的観測すぎやしないかね……第一、腕輪はどうするんだ?」

 

 そう言いながら、彼が目を向けるのはボクの手元だ。そこには硬く大きな、岩石のような質感のガントレットが嵌っている。

 このガントレットがここにあっては、ゴッドイーターが普段つけている位置に腕輪はつけられない。何か別の場所に付ける必要があるだろう。イルダも小さく息を吐く。

 

「そこなのよ。サルーキの両手にはこのガントレットがあるでしょう? 皆が装着しているような腕輪はつけられないわ。つけるにしても、位置を変えないとならない。でも、ボディスーツで覆ってしまえば……」

「手首部分の腕輪の有無は分からない、というわけか。なるほど」

 

 彼女の言葉を聞いて、ビクトルが納得したように笑った。

 彼の言うとおりだ。腕輪が本来の位置になくても、ボディスーツを身に着けていればそのことは分からない。各種問題をクリアできるのだ。

 すべてを把握したようで、ビクトルがその場から離れる。きっと、眼下に見えるターミナルに向かうのだろう。

 

「……分かった。とりあえず、一着持ってくる」

「よろしくお願いするわ。出した分の補填は、後で必ずするから」

 

 ビクトルに小さく頭を下げるイルダだ。彼女の手はまだ、ボクの肩に置かれたまま。補填と言うが、どうやって補填するんだろう、ああいう特殊な衣装って。

 ボクはなんだか申し訳ない気分になった。イルダに居場所の面倒を見てもらった上に、ビクトルの私物であるボディスーツを譲ってもらうのだから。

 

「やっぱり……ボクみたいなのがいると、大変なことになります、よね?」

 

 少し卑屈になりながら口を開くと。ユウゴもジークも、何ならクレアもエイミーもにっこり笑って首を振った。

 

「否定はしないけどな。お前はもう、俺達の仲間だ。気にすることはない」

「だよな。面倒ごとならいつものことだしよ。それにお前、結構強そうじゃん?」

 

 ユウゴがさっぱりと言えば、ジークも軽い調子で言ってきて。

 強い、のだろうか。確かにそれなりに戦えはするけれど。困惑するボクに、クレアも微笑みながら言葉をかけてくる。

 

「ですね。フィムの時も、面倒なことはいっぱいありましたし。慣れっこです」

「あ、あの……さっきから度々名前が挙がっていますけれど……」

 

 クレアの顔を見下ろしながら、ボクはおずおずと話を差し込んだ。

 先程から何度か、その名前を聞いているのだ。この船の面々は当たり前のようにその名前(・・・・)を出しているけれど、ボクは一切その人物について知らされていない。

 

「フィムさん、って人も、ボクみたいな感じなんですか?」

 

 ボクの問いかけに、その場の全員が視線を交わし合う。ほんのり、緊張感が走った。

 エイミーが、観念したように息を吐いた。

 

「鋭いですね」

「まぁな、つまりはそういうことだ。そろそろブリッジに――」

 

 ユウゴが同意をしながら視線を巡らせると。ちょうどビクトルが下のフロアから戻ってきた。手にはボディスーツの胴体と大きな頭を抱え、その後ろから銀髪の少女が付いてきている。

 

「お待たせ、持って来た」

「もってきた!」

 

 ビクトルの言葉を繰り返すように、少女が元気に手を挙げる。

 彼の手からボディスーツを受け取りつつ、ボクは彼の背後に立つ少女に目を向けた。特徴的な髪型と服装をして、額から黒く短い()を生やした、その少女を。

 

「あ……ありがとうございます。それで、その……この子が?」

「そう、フィムだ」

 

 ボクの問いかけに、ビクトルは頷いた。

 フィム。ボクと同じ、アラガミとしてこの船に迎え入れられた少女。その姿はボクよりずっとヒトに近く、また可愛らしいけれど。きっと彼女も、その体からは想像もつかない戦闘能力を持っているのだろう。

 ボクを不思議そうな目でじーっと見つめてきたフィムが、ぱっと表情を明るくする。

 

「わんわん!」

「え、えぇと……は、初めまして、サルーキです」

 

 軽く自己紹介をしつつ、頭を下げながらボクは耳をぺしょんと伏せた。

 わんわん。まぁ、間違ってはいないけれど。なんかちょっと、複雑な気持ちだ。

 困り顔になるボクに、イルダが再び声をかけてくる。

 

「サイズ調整はあとでやってあげるわ。なるべく普段から、それを身につけるようにしてちょうだい。あとで腕輪の装着もしましょう」

「わ……分かりました」

 

 彼女の言葉に従って、ボクは自分の手の中に収まったボディスーツを見る。

 ボクの姿によく似た、緑色の体毛の狼に似たアラガミを模したボディスーツ。これからボクの身を、文字通り守る()を、ボクは優しく抱きしめた。



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第7話 - 神機

 ゴッドイーターとしてデータベースに登録してもらい、右腕のガントレットの内側、なるべく手首に近い位置に腕輪を装着した後、ボクは灰域踏破船の地下、ラボラトリ区画へとユウゴとビクトルに連れられてやってきていた。

 目的は、ボクが手から出現させている神機について調べるためだ。既に手から出して、この船に乗り込むエンジニアに預けている。

 

「ふむふむ、なるほどなるほどー」

 

 で、そのエンジニアであるところの、キース・ペニーウォートなる少年が、ボディスーツに身を包んだボクのことを、間近でまじまじと見ていた。両手首に腕輪が装着されている辺り、彼もAGEであるらしい。

 

「いいなぁ兄ちゃん達。俺も見たいなぁ、サルーキの本当の顔!」

「え、えぇと……」

 

 ボクは若干困惑した。何しろボディスーツを身にまとったのはついさっきのこと。さっき着て、なるべく着ているようにと言われた直後に、自分から脱ぐのはなんだかイルダに申し訳がない。

 

「ユウゴさん、あの」

「ま、見せても問題ないと思うけどな。こいつも、立派な俺達の仲間だ」

 

 ユウゴに顔を向けると、彼は肩をすくめながら苦笑した。

 仲間だと言うなら、まぁいいかと考えて、ボディスーツの頭部分を持ち上げる。ボクの長いマズルが若干引っかかるが、ずるんと頭は外れて狼の頭が顕になった。

 

「その……こんな感じです」

「へぇ……」

 

 ボクの困り顔を見て、キースが興味深そうに目を見開く。もう一度まじまじとボクを見たキースが、にんまりと笑った。

 

「アラガミだっていう割には、可愛い顔してるんじゃん」

「そう思うよな? 目とか大きくてよ」

 

 彼の言葉に、ユウゴも笑ってボクの肩を叩いた。

 確かに、ボクはアラガミにしては随分可愛らしい容姿をしているな、と思う。先程のデータベース登録の際に顔写真を撮影したし、腕輪装着の前後で鏡も見た。

 金色の瞳はぱっちりとして大きく、アラガミでよくある小さい瞳孔が黒い眼球の中にあるような見た目ではない。目の上には眉毛らしいふさふさした白い毛が生えて、それも相まって表情がわかりやすく豊かだった。

 なんだろう、このアラガミとしても人間としても中途半端な感じ。ますます困惑顔になるボクに、キースが話しかけてくる。

 

「うん、そうそう。まぁその辺は一旦置いておくとして、だ。あ、もういいよ頭、戻して」

「あ、はい……」

 

 あっさりと言われ、ボクはボディスーツの頭を戻した。再びずにゅんという感触とともに頭が押し込まれ、ボクの視界がボディスーツの瞳を通してクリアに映る。

 ボクが頭を戻したのを確認して、キースが自分の手に持っていたタブレット端末をこちらに向けてきた。

 

「俺はエンジニアだからね。興味があるのはサルーキ自身、というよりは、その扱う神機の方だ」

「やっぱり、あれは神機なのか?」

 

 彼の発言に、ビクトルが小さく首を傾げる。言わんとしているのは「ボクの手から出ていたあれが神機なのか、それとも神機を模した別の何かか」ということだ。

 ゴッドイーターやAGEの扱う神機は、オラクル細胞を武器の形に成型し、人間を捕食しないように偏食因子で調整した、謂わば武器型のアラガミだ。一般的な神機は腕輪と接続されて人体と結合、体内の偏食因子を取り込んでアラガミへの偏食を向けるが、ボクは自分のオラクル細胞から神機を生成(・・)している状態だ。

 その神機を一通り調べてくれたキースが、調査の結果をざっくりと説明する。

 

「そうだとも言えるし、そうじゃないとも言える。構成するオラクル細胞は完全にサルーキのオラクル細胞だけど、まぁ九割方神機と呼んで差し支えないと思うよ、あれは」

 

 そう話したキースの手元のタブレットには、ボクの神機のデータと構造が記されていた。こうして見ると、ちゃんと神機のカテゴリの中に収まるような形をしていたんだな、と思う。

 

「ショートブレード、スナイパー、バックラー。機動力と手数を重視して、オラクルが溜まったらスナイパーでズドン。いいバランスだよね。ただ……」

「ただ?」

 

 ボクの神機のパーツ構成に所感を述べながら、キースがニッコリと笑う。が、その評定が途端に曇った。ボクが問いかけると、キースの指がタブレットの表面をなでた。画面に写すのは、ボクの神機の性能面のデータだ。

 

「あの神機、ランクが異様に高いんだ。全部のパーツが高い。ビクトル先輩の神機ほど洗練されて(・・・・・)はいないけどさ」

「ほう?」

 

 その言葉に、ユウゴが面白そうな表情で声を発した。

 神機使いの強さは、神機の強さと直結する。AGEには潜航可能灰域濃度レベルという、濃い濃度の灰域に潜って生命を維持していられるか、という能力の高低があるので、神機の強さだけで測れる問題ではないが、それでも強い神機を扱えるということは、それだけ強いということだ。ユウゴの手が、ビクトルの肩を叩く。

 

「てことは、サルーキはこいつよりも強い……そういうことか?」

「神機のランクだけで言えばね。どんなに道具が良くても使い手がそれを使えなきゃ意味ないから、強さで言ったらビクトル先輩やユウゴ先輩の方が上なんだろうけど」

 

 そう話しながら、キースは興味深そうにタブレットのデータを見ている。まだ13歳という若い少年だと聞いているけれど、その表情は技術者のそれだ。AGEとして戦場に出るよりも、こちらの方が性に合っているのだろう。

 

「にしてもさ、不思議だと思わないか? フィムもヒト型アラガミだけど、船に置いてあった予備の神機を使っているだろ。こいつはどうして、自分の身体から神機を作り出せるんだろうな?」

 

 ビクトルが不思議そうに首を傾げながら、ボクの手を見てくる。ボディスーツに覆われたボクの手、その内側には人間と同じような骨格をした手があるが、そこからどうして、神機を出すことが出来るのか。

 アラガミで、武器を使うものはいる。ハンニバル神属は両手から炎を出して剣や槍のように振るうし、クアドリカ神属はミサイルポッドを兼ね備えている。しかし、神機を用いる……それも第二世代相当の神機を用いるアラガミは、聞いたことがない。

 ユウゴもキースも、その辺りが腑に落ちていないようだった。

 

「さあな。捕食傾向の問題とか……あるいは、ヒト型アラガミじゃなく、別種のアラガミだからとか?」

 

 ユウゴが肩をすくめながら言うと、キースの指がぴしりとユウゴに向けられた。

 

「かもね。俺は何となく、『アラガミ化した(・・・・・・・)ゴッドイーター(・・・・・・・)の成れの果て(・・・・・・)なんじゃないか……って思っているけど。それなら、神機を知っていてもおかしくないだろ」

「あぁ……」

「なるほどな。説得力がある」

 

 その言葉に、AGE二人が納得した表情を見せた。

 ゴッドイーターのアラガミ化。偏食因子の欠乏によって神機のオラクル細胞に肉体が侵食され、肉体がオラクル細胞に変異してしまう現象だ。

 アラガミ化した人間は、オラクル細胞の「喰らう」という本能に支配され、思考も精神もアラガミと化す。しかしそこに偏食因子が作用し、人間を捕食しない偏食を有するアラガミが誕生するということは、理論上起こり得るだろう。

 なるほど、今までの説の中では一番有力だ。

 

「ボクは……元々は、ゴッドイーターだった、ということ、ですか?」

 

 話をじっと聞いていたボクが、ぽつりと言葉を零した。

 ボクは元々人間だったのが、アラガミ化して、どこかで死んで、また生まれた。納得がいく筋書きではある。でも、少しだけ、元の人間だったことをすっかり忘れてしまっているのが、不安だった。

 うつむきがちになるボクの頭を、ビクトルが優しく叩いた。

 

「可能性の話だけどな。AGEが偏食因子の投与を打ち切られて、アラガミ化する現象は、珍しいものでもない」

「アラガミ化が先か、蝕灰に喰われるのが先か、という問題はあるけどな。でも完全にアラガミ化したら、例え死んでもオラクル細胞がまた集合して、どこかでアラガミとして生まれる……サルーキも、きっとそんな風にして、あそこで生まれたんだろう」

 

 ユウゴも、ボクの肩に手を置きながら優しく話す。その言葉を聞いて、ボクはようやく、自分の姿が定まったような感じがした。

 一度死んで、もう一度生まれて、生まれた途端にこうなって。それは、ボク自身に過去がなくても、しょうがない。けれど身体を構成するオラクル細胞が、僅かずつでも覚えている。

 

「そうか……だからボクは……」

「ああ、何も分からない、何も知らない、けれど自分がアラガミだと分かる……そんな風になったんだろうよ」

 

 こぼされたボクの言葉に、ユウゴが頷いた。ビクトルもキースも、一緒になって頷く。

 ようやく安堵の息を吐いたボクを見て、キースが後頭部に手を回しながら言う。

 

「ま、その辺の難しい話は、俺には分かんないけど。今はこうして仲間になったんだし、それでいいんじゃない?」

「ほんと、相変わらず軽いよな、キース」

 

 彼のあっけらかんとした言葉に、ビクトルが小さく笑いながら言った。

 その彼の軽さに、今回は特に救われたような気がして。ボクもボディスーツの中で、うっすらと笑みを浮かべるのだった。



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第8話 - 食事

 そうしてボクがユウゴ、ビクトルとラボラトリフロアで談笑していると、エレベーターの方から足音が聞こえてきた。

 そちらに顔を向けると、体格のいい黒髪の男性がこちらに手を上げている。身体のあちこちには傷跡がある。そして右手首には赤い腕輪。正規のゴッドイーターだ。

 

「おーいお前ら、メシの時間だぞ」

「おっ、やった!」

「待ってました!」

 

 男性の言葉に、ユウゴもビクトルも一気に表情を明るくした。こんなご時世だ、食事の時間は当然のように、人生の数少ない楽しみでもあるのだろう。

 意気揚々とエレベーターの方に駆けていく二人を、ぽかんとしたまま見送るボク。と、男性が立ち尽くすボクを見ながら微笑んだ。

 

「そこの君も、早く来いよ。オーナーの言ってた新入りだろ、君」

「い……いいんですか?」

 

 彼の言葉に、ボクは率直に驚いた。イルダから話を聞いているなら、ボクがどういう存在(・・・・・・)かも、彼は知っているはずだ。

 しかしそんなことは気にしないとでも言うように、彼の大きな手がボクの肩へと置かれる。

 

「ウチの船の方針でね。食事は皆で一緒に取ることになっている。家族だからな」

「家族……」

 

 そう話しながら、男性がボクの背中を押した。歩け、と言いたいらしい。

 家族とまで言われたら、従わないといけない気がした。多分、年齢的にはイルダと同じか少し上くらい。ボクが息子なら、彼は父親だろう。

 と、エレベーターの前までやって来た彼が、ウインクしながら振り返った。

 

「ああ、自己紹介がまだだったな。リカルド・スフォルツァ。この灰域踏破船『クリサンセマム』のパイロットにして、料理長兼、オーナーの秘書兼、家事担当。一応、ハウンドと共にアラガミ討伐に出ることもある」

「い、忙しいんですね……」

 

 彼――リカルドが話した内容に、驚きを隠せないボクだ。仕事を抱えすぎているにも程がある。船の雑事を一手に担うどころか、パイロット業にイルダの秘書にと、重要な職務まで担当していることになる。そんな重要人物をアラガミ討伐に出していいのだろうか、イルダは。

 困惑しながら声を発するボクに、リカルドが苦笑しつつまた背を押す。

 

「昔なじみなもんでね。ま、生活に刺激があるのはいいことだ。ほら、早く」

「は、はい」

 

 促されるようにエレベーターに乗り込んで、ボク達は「クリサンセマム」の居住区にやって来た。エレベーターを出て右に曲がり、そのまま突き当たりまで行ったところが食堂だ。中に入ると、既に全員が勢揃いしている。

 

「リカルドさん、今日のメシなに!?」

「今日はごちそうだぞ、サルーキの歓迎も兼ねて、ミートローフだ」

「やった! マジでごちそうじゃん」

「ごちそう!」

 

 キースがリカルドに声をかけると、ボクの傍から離れてキッチンの方に向かいながらリカルドが笑う。ミートローフ。どんな料理だったっけ。皆の話しぶりからして、そうそう出ることのないごちそうなのは分かるけれど。ジークとフィムが満面の笑みで喜んでいる。

 そうして程なくして、リカルドが人数分の皿を持ってきた。

 ボクの前にも運ばれてきた皿を目にして、ボクは驚きに目を見張った。

 肉だ。整形されてオーブンで焼かれたらしい、スライスされたひき肉料理。中にはみじん切りにされた根菜や、ゆで卵も顔を覗かせている。

 驚いた。この世界で肉なんて、そうそう食べられないだろうに。添えられたパンも焼き立てだ。二つもある。

 

「す、すごい……」

「凄いだろ? 世界がこんなに荒れ果てているって言うのに、リカルドは美味い料理を作って、俺達AGEにも食わせてくれる」

「ほんと、うちのミナトは恵まれているよ。前のミナトじゃ食事抜きなんてのも、珍しくなかったしな」

 

 ユウゴが満面の笑みで話しながらパンを割ると、ビクトルもパンにかじりついてから言った。その言葉に、小さく首を傾げるボクである。

 

「前のミナト?」

「あぁ、ハウンドは元々、ペニーウォートっていう別のミナトの所属だったんだ。ミナトが灰嵐に飲まれた時に、クリサンセマムに拾ってもらった」

 

 ユウゴの話に、ため息をつくボクだ。そういえばユウゴも、ビクトルも、ジークも、キースも、同じファミリーネームを名乗っていた。どうやらミナトの名前が、そのままファミリーネームになる仕組みらしい。

 首を戻すボクを見ながら、キースがにこにこしつつ言う。

 

「この船、水耕栽培システムも搭載しててさ。小麦だったり野菜だったり、自分とこで作ってるんだ。どどっと人数が増えると流石に賄いきれなくなるけど」

「い……いいんですか? あの、ボク別に、人間と同じもの食べなくても大丈夫だし……」

 

 彼の言葉に、ボクは慌てて手を振った。この船が出来る補給だって、入ってくる補給物資だって有限だ。ボクが一人、いや一匹増えることでその物資を多く減らすわけにはいかない。

 何しろボクはアラガミなのだ。人間と同じものを食べなくても生きていける。ボクが食事を食べないことで皆が食べられるようになるなら、ボクはその方がいい。

 しかし、イルダはミートローフにナイフを入れながら、ゆるゆると頭を振った。

 

「いいのよ。家族だって言ったでしょう? 人間も、ゴッドイーターも、アラガミも、家族として一緒に暮らすのなら、そこに違いはないわ。食べるものも、寝るところも」

「ね……寝るところも?」

 

 彼女の発言に、ボクは戸惑いがちに言葉を返した。もう一度言う、ボクはアラガミだ。そのアラガミと寝床を一緒にするようなマネを、まともな人間がするとは思えない。

 ビクトルがミートローフの中に収められたゆで卵を真っ二つにしながら、天井を見上げる。

 

「ああ。でも男性用のキャビンに空き……あったっけな?」

「一つくらい空いてるんじゃね? 俺たちと同じ部屋にするか分かんないしさ」

「女性用キャビンだったら確実に一つ空いているぞ」

「わんわんといっしょにねる!」

 

 ジークがぺろりと舌なめずりすると、ルルが口元を拭いながらサラッと言った。フィムに至ってはボクと一緒に寝ようと言いだしている。

 いやいや、ちょっと待って欲しい。色々と申し訳ないし、許されない気しかしない。

 

「え、ええ……いや、流石に女性用の部屋に入れてもらうのは……というかいいんですか、皆さんと同室というのも、なんかこう申し訳ない気分に」

「ならなくていいから心配するなって。ほら、さっさと食え食え」

 

 困惑する僕の背中を、ユウゴが叩いた。突然叩かれてびっくりしながらも、ボクはフォークとナイフを手に取った。

 

「い……いただきます」

 

 見れば、皆はほとんどが食べ終わっている。あとはボクだけだ。

 恐る恐る、ボクはミートローフにフォークを入れた。肉の部分を刺して口に運ぶ。ボディスーツの口はそのまま僕の口に繋がって、口の中に肉を送り届けてくれた。

 そして感じた。とても美味しい。脂っこさこそ無いが、その旨味はものすごい。肉の旨味だけではない、混ぜ込まれた根菜の旨味も、甘味も一緒に感じられる。

 驚いた。こんな美味しい料理をこんな時に食べられるなんて。

 目を白黒させながらも、ボクは食べる手が止まらない。

 

「お……美味しい……!!」

「そうだろ? リカルドのメシは超美味いんだぞ」

「喜んでもらえて何よりだ」

 

 自慢気に言ってくるジークの隣で、リカルドが満足そうに頷いた。すると彼は隣に座るイルダへと、垂れた目を向けつつ話す。

 

「しかし、オーナーはよくよく、変わった連中と縁があるよな。ハウンドの連中に、フィムに、サルーキに」

「そういう星の巡りなのかもしれないわね」

 

 なんでも無いことのようにそう言いながら、イルダが満足そうにナプキンで口元を拭いた。そんな会話をする二人を他所に、ボクはパンを口へと運ぶ。こちらも小麦の甘味が感じられて、とても美味しい。

 

「んむっ、パンも、美味しいですっ」

「そうかそうか、よかった」

 

 ボディスーツの下で満面の笑みを見せるボクに、リカルドは笑顔を見せつつ嬉しそうに頷く。この船は確かに恵まれている。ボクはそうひしひしと感じていた。



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第9話 - 出陣

 夕食を終えた後は自由時間、かと思いきや、AGE達はまだまだ気の休まる様子がない、と言った感じだ。

 ターミナルをチェックしたり、自室に戻ったり、やることは様々だが、有事の際にはいつでも飛び出せるように準備しているのが分かる。

 ビクトルもブリッジの中央に設置された巨大な光り輝く球体の前、そこにつながるように設置された椅子に座って目を閉じていた。

 

「ふー……」

 

 彼が深呼吸をして椅子の肘置きに置いた手に力を込めると、途端に後方に浮かぶ球体が輝き出した。中央には大きなマーク、その周囲には地形上方、そしてなにやら動いている光点がたくさん表示されている。

 そのスケールの大きさに圧倒されながら、ボクは隣に立って満足そうに笑うイルダに声をかけた。

 

「イルダさん、これは……? すごく大きいですけど……」

 

 今もボクの視界では、ビクトルの後ろの球体が次々に光を増やし、映す範囲を増やしているのが見える。その球体を見上げながら、イルダはにっこりと微笑んだ。

 

「私達の船が搭載している『感応レーダー』よ。これを使って、灰域の中を活動するアラガミの存在をキャッチするの」

 

 曰く、濃い灰域の進んでいくのに目視による視野確保は行えないため、これのような感応レーダーを搭載して周辺の状況、地形を確認しながら進んでいるらしい。この感応レーダーが検知できる範囲は「航海士」と呼ばれる特殊な訓練を積んだゴッドイーターの技量によって違い、ビクトルは実に数百マイルもの範囲を見渡すことが出来るのだとか。

 その感知範囲の広さにボクは目を見開いた。とてつもなく広い。

 

「すごい……それを、ビクトルさんが?」

「彼らを拾った時、偶然に高い適性を持つことが判明してね。それ以降、一任しているというわけ」

 

 そう話しながらイルダが目を細める。と、話をしている横でビクトルが小さく目を見開いた。

 

「……!」

「何か見つけた?」

 

 ハッとした表情になるビクトルに、イルダが声をかける。すぐに頷いたビクトルが、険しい表情をしながら言った。

 

「ああ。ここから南東に7マイルの地点、複数の中型アラガミの存在をキャッチした。こちらに向かっている」

 

 大きく広がっていたレーダーの光が、急速に一点に拡大されていく。その光は高速で一直線に動き、この灰域踏破船に向かって突き進んでいた。

 間違いない、アラガミがこちらに近づいている。

 近くのカウンターでモニターしていたエミリーも、眉尻を持ち上げながら頷く。

 

「私の方でも確認しました。シユウ2体に、ネヴァン1体と思われます」

「なるほどね……」

 

 その報告に、イルダが少々考え込む表情をした。

 シユウにネヴァン、どちらも中型のアラガミだ。どちらも鳥人のような外見をしているとは言っても、立ち回り方や攻撃方法はそれぞれ異なる。一緒に相手取るには、生半可な技量では厳しいだろう。

 だが、そうして悶々と考えるボクを見ながら、イルダが笑った。

 

「サルーキの肩慣らしには、ちょうどいいかしら?」

「えっ」

 

 その言葉にキョトンとしながら、ボクは顔を上げた。

 肩慣らし、ということは、ボクはこれからそのアラガミを相手に戦闘をする、ということだろうか。

 ちょっと待って欲しい、まだゴッドイーターとしての戦闘経験の浅いボクに、これを相手にするのは無理がないだろうか。いくらボクがアラガミで、神機が強いと言っても。

 しかし、他の面々は涼しい顔だ。それどころか、ボクが易易と依頼を終えられるという風に話をしている。

 

「そうだろうな。そいつは強いだろうが、そのボディスーツを着ての戦闘に慣れておく必要もある」

「あー、分かる。服を変えた後って動きづらくなるもんな」

 

 ビクトルも、ジークも、二人揃ってそんな調子だ。まごつくボクを差し置いて、イルダが話は済んだと言わんばかりに頷く。

 

「決まりね。ユウゴ、出られる?」

「ああ、問題ない。それと、念のためにビクトルも連れていくぞ」

 

 彼女の言葉に、水を向けられたユウゴがこくりと頷いた。そんな彼が視線を向けた先のビクトルも頷く。

 つまり、ユウゴ、ビクトル、ボクの三人で出るということで決まりらしい。イルダもそれに異論はないようだ。

 

「いいわ。いってらっしゃい。よろしく頼むわね」

「ああ」

 

 そうして、ユウゴとビクトルはさっさと船の出撃用ハッチに向かおうとする。ボクもそれについていかないとならないのだろうが、そう簡単に済ませられる問題じゃない。

 

「さ、三人でいいんですか? AGEのチームって、四人一組が基本だって聞いたことが……」

「なんだ、よく知ってるな?」

 

 戸惑いがちに発したボクの声に、まず反応したのはリカルドだった。

 一応、ボクもアラガミとして、知ってはいる。ゴッドイーターは一個小隊としての四人一組のチームで行動することが基本で、大概のゴッドイーターはその枠組の中で仕事をするのだ、と。

 それを、今回は三人。いくらボクの力を見るための仕事だとしたって、イレギュラーが過ぎる。

 だが、他の面々は涼しい顔だ。ジークがボクの肩を強く叩いてくる。

 

「なんだよサルーキ、心配なのか?」

「相手はシユウ二匹にネヴァン一匹、対してこちらはハウンドの最大戦力の二人が揃い踏みだ。何も心配することはない」

 

 ルルも表情をちっとも動かさないでそう言った。

 確かにビクトルはハウンドのエースだと聞いているし、ユウゴはそのハウンドのリーダーだということだ。その実力に疑問を挟む予知はない。

 そして、そこにボクが加わる。ボクの神機はビクトルのそれよりも強いということが分かっているし、それを考えれば戦力としては、確かに十分だろう。

 だけど、数値上の話だけでどうにかなるものでもない。万一の事故やトラブルの可能性だってあるのだ。

 

「それは……そうですけど……」

「大丈夫だ、サルーキ」

 

 言い淀むボクに対し、肩を叩きながら言ってくるのはユウゴだった。ビクトルに指を向けながら話す。

 

「俺も、こいつも、絶対に死なない。それに今回は、お前がいる。だろ?」

 

 その言葉に、チクリと胸が痛む。

 ああ、なんだろう。そこまで言われてしまってはボクが何を言ってもしょうがない。それに、その慢心とも取れる自信たっぷりな言葉。

 でも、その言葉に反論する言葉を、ボクは持たない。こくりと頷くしかなかった。

 

「……分かりました、頑張ります」

 

 もう後には引けない。ボクのAGEとしての初仕事は、すぐそこまで迫っているのだ。

 エイミーが指を振りながら、にこやかに笑みを向けてくる。

 

「現場は凍結プラント、中央制御棟になります。いってらっしゃいませ! 頑張ってくださいね!」

 

 その言葉に、ボクも、ユウゴも、ビクトルも頷いた。そして改めて、出撃用のハッチに向かう。

 

「よし、出るぞ」

「ああ」

「……はい」

 

 出撃用ハッチには、現地に向かうためのバギーが用意されていた。勿論、対アラガミ装甲壁にカバーされた、灰域の中も走行できる代物だ。

 これに乗り込み、アラガミの迎撃地点へと向かう算段だ。ボクの身につけるボディスーツを着たままでも、何とか中には乗り込める。

 ユウゴの運転で現地の凍結プラントに向かう中、ボクは車体の揺れに身を任せながら、ずっと下を向いていた。

 

「……」

 

 ボディスーツ越しに見える視界。着ぐるみのようになった両手と両足が見える。

 この状態で、上手く戦えるか、という心配はそんなにない。身体を動かすのも、物を口に入れるのも、今の所全く問題はない。試してみたら神機もちゃんと出せた。

 だけれど、やはり。心の底に淀んだ心配事は拭えなくて。

 手元をぎゅっと握るボクに、隣に座るビクトルが声をかけてきた。

 

「どうした、サルーキ」

「いえ、その……」

 

 彼の言葉にはっきり言葉を返せないでいると、前の席でハンドルを握るユウゴが口を開いた。

 

「不安か?」

 

 彼のその言葉に、ぴくりと身体が震える。

 不安。確かに、不安を覚えていると言えばその通りだ。

 

「……はい。何と言うか、その……」

 

 ボクが言葉を選び、また話す言葉に悩んでいるのを、二人は急かさない。ただ、ボクの次の言葉を待っている。

 その後の少々の沈黙。そしてボクは、思った通りの言葉を吐き出した。

 

「いいのかな、って、思っちゃって」

 

 不安は、やはりあったわけだ。ボクがAGEとしてミッションに参加することが、ではない。ボクをミッションに参加させることによって、クリサンセマムというミナトに影響がないか、という不安だ。

 クリサンセマム所属のAGE、という形になってこそいるが、ボクはアラガミだ。れっきとした、アラガミだ。それをミッションという形で外に出して、いいものか。

 そのボクの逡巡を見透かしてか、ユウゴがボクに声をかけてくる。

 

「お前がアラガミだから、ってことか?」

「……はい」

 

 その言葉に、素直に頷くボクだ。

 それはそうだろう。本来のAGEと違って、ボディスーツの中身は人間の形をしていないボクが、AGEとして活動しているところをよその集団に見られたらどうなるか。考えないほどボクは考えなしではない。

 だが、二人はそれほど気にしていない様子だった。ユウゴが小さく笑いながらハンドルを切る。

 

「気にしなくていいさ。俺達AGEもアラガミみたいなもんだ。たまたま人間の形を保ち続けて、捕食本能を抑制しているに過ぎない」

「そうさ。サルーキはたまたま、アラガミらしい姿をして生まれてきただけに過ぎない。それに、今はクリサンセマムの正規のAGEだろう?」

 

 隣に座るビクトルもあっさりと言ってくる。

 どうなんだろう、ボクが心配し過ぎなだけだろうか。でも、やはり心配なものは心配だ。

 

「……」

「ま、納得できるまで時間はかかるだろうさ。焦らず行こう……もうすぐ着くぞ」

 

 再びうつむくボクに、ユウゴが声をかけてくる。目的地の凍結プラントは、もうすぐそこまで迫ってきていた。



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第10話 - 戦闘

 バギーを降りて、地面に降り立つと、ひんやりとした空気がボクの身体を包み込んだ。

 凍結プラント。オラクル細胞の影響によって凍りついた、かつては工業地帯だった場所だ。

 ヘビームーンと呼ばれる半月状の巨大な神機を背に担ぎながら、ビクトルが言う。

 

「ここが、凍結プラントの中央制御塔だ」

「この辺は広いが、前方のスロープを上った先にもフロアがある。あとは、左右の細い通路だな」

 

 ユウゴも、ロングブレードと呼ばれる長剣型の神機を、肩に担ぐようにしながら話した。

 さすがは歴戦のAGE、戦場の構造はすっかり頭に叩き込まれている様子だ。ボクも、置いていかれる訳にはいかない。

 右手にショートブレード型の神機を握りながら、ボクは二人に視線を向ける。

 

「いるのは……シユウとネヴァン、でしたっけ」

「ああ。サルーキの神機は、ショートブレードだったな?」

 

 ボクが問いかけると、ビクトルがボクの手元の神機を見ながら聞いてきた。

 彼の言葉に、ボクは頷いて自分の神機を見せる。短い刀身を備えた、手数に優れた神機。攻撃属性は斬撃に寄り、あとは貫通もある。破砕は、ない。

 ボクの神機に目を向けたユウゴも、真剣な表情で頷いた。

 

「そうなると、シユウの腕翼や下半身には攻撃が通りにくい。うまく立ち回れよ」

「う……は、はい」

 

 そう、相手がシユウであることを考えると、ボクの神機は相性があまり良くない。

 シユウの下半身と腕翼は硬く、刃が通りにくい。斬撃に特化したロングブレードや斬撃寄りのショートブレードでは、あまり有効打を与えられないのだ。

 頭や上半身、手の先などなら斬撃属性も通りはいいのだが、それらの場所は腕翼や下半身に比べて小さく、狙いがつけにくい。なるべく銃形態での立ち回りが必要になりそうだ。

 ともあれ、あまりここで話を続けている訳にはいかない。任務に使える時間は有限だ。

 

「さあ、時間だ。出るぞ」

 

 ビクトルがそう言いながら、高台から飛び降りる。続いてユウゴとボクも、後に続いて降りた。着地すると同時に、ボディスーツに内蔵されたインカムからエイミーの声が聞こえてくる。

 

「部隊の降下を確認、皆さん、よろしくお願いします」

「ああ、任せておけ」

 

 エイミーの言葉にユウゴが口角を持ち上げながら返事をした。口を動かしながら、飛び降りた場所から左へ。小さく上った先にある広場のような場所に、それはいた。

 

「ふう……」

「やはり、この場所はいい……」

 

 シユウだ。二体、一箇所に集まっている。まだボク達には気がついていない。

 思わず、ボクの身体が強張った。ボク自身もアラガミではあるけれど、こうして相対するのは、やはり怖い。

 

「う……」

「焦るな。まだこちらには気付いていない……頭を狙って撃つぞ。ビクトル」

「ああ」

 

 動き出そうとするボクをユウゴが留め、かたわらのビクトルに視線を投げた。そこでは既に神機を銃形態に変え、スナイパーを構えたビクトルがいる。

 構えられた神機の銃口から、バシュッと音を立ててオラクルが発射された。レーザー状のオラクルが、一直線に一体のシユウの頭部に向かい、それを貫いた。

 

「なっ!?」

「ゴッドイーターだ!! 殺せ!!」

 

 攻撃を加えられたことで、彼らもボクたちに気がついたのだろう。敵意を剥き出しにしながら吠え猛り、腕翼でこちらに手招きをするように動かす。

 余裕があるように見える動きだが、先程の言葉。怒っているのは目に見えている。

 

「ひるむなサルーキ、お前も撃て!」

「は、はい!」

 

 ユウゴもショットガンを構えながら突進している。彼の背中を見ながら、ボクはビクトルが頭部を撃ったシユウに狙いを定め、引き金を引いた。

 スナイパーの銃口から放たれた赤いレーザー。それがシユウの頭部に命中した。二発頭にくらったシユウが、小さくよろめきながら頭を振る。

 

「ぬぉ……っ!」

「今の一発でひるんだか、やるな」

 

 至近距離でショットガンから散弾を放ちながら、ユウゴがこちらに微笑んでくる。そのまま剣形態に切り替えて、ロングブレードでシユウの上半身を斬りつける。

 

「はぁぁっ!」

「おらっ!」

 

 ビクトルも既に剣形態に切り替えて、ヘビームーンでシユウを攻撃していた。どうやら二人共、二体いるうちの一体に攻撃を集中させて数を減らす作戦のようだ。

 となればボクも、狙いをつけるのは先程撃ったシユウの方だ。

 

「く!」

 

 もう一度レーザーを発射する。動き回るシユウを正確に捉えたレーザーは、シユウの上半身に着弾した。

 と、それと同時にボクの神機のオラクル残量を示すゲージが赤くなる。これでは、レーザーを撃てない。どうやらボクの神機の現状は、レーザーを二発撃ったらそれで限界らしい。

 

「あっ、く、オラクルが!」

 

 どうしよう、このままでは攻撃が出来ない。かと言ってボクの神機ではシユウに有効打を与えるのは難しい。

 わたわたしていると、前方からユウゴが声を飛ばしてきた。

 

「アラガミの身体を斬ればそこからオラクルを吸収できる、剣形態に切り替えろ!」

「はい!」

 

 すぐさま返事を返して気持ちを落ち着かせる。剣形態に変化させ、すぐに僕は前へと飛び出した。ショートブレードを構えながら、シユウの全身を観察する。

 

「(腕翼や下半身じゃ弾かれる……なら!)」

 

 シユウは何も、全身を鎧に覆われているわけではない。剣での斬撃が入りやすい箇所、というのは存在するのだ。

 そこめがけて、ボクは跳んだ(・・・)。上空に舞い上がるようにしながら、頭目掛けて斬撃を繰り出す。

 

「はぁっ!」

 

 身体を反転させて跳び上がり、同時にショートブレードを下から一閃。切っ先は確実にシユウの頭を捉えた。そのまま高度を維持しながら二度、三度と斬りつける。最後に後方に飛び退きながらもう一撃。

 それだけで、結構なダメージがシユウに入った。オラクル細胞の吹き出す頭を抑えて、苦しそうにうめいている。

 

「ぐう……小癪な……!」

「よし!」

 

 出来た。まだ倒せたわけではないが、ホッと息を吐きながら僕は再びシユウから距離を取る。こちらに笑顔を向けながら、ビクトルが神機をまた振るった。

 

「いいぞ、このまま――」

 

 だが、その時。ヘビームーンの刃がシユウに叩き込まれる音と一緒に、インカムの呼び出し音が鳴った。その向こうからエイミーが切羽詰まった声で報告する。

 

「ハウンド1、ネヴァンがそちらに接近しています!」

「む」

 

 その声に、ビクトルが小さく声を漏らす。視線を向けるのは僕の方だ。

 まさか、と思って振り返ると、こちらに向かって駆けてくる巨大な鳥の姿がある。ネヴァンだ。

 ネヴァンの翼が、まっすぐ僕へと向けられる。

 

「ゴッドイーター! 死ね!」

「わ!?」

 

 敵意を剥き出しにしながら猛スピードで突っ込んでくるネヴァンを、バックラーを展開しながらなんとか躱したボクだ。

 しかし、よくない。シユウがまだ一体も倒せていないのに、同じ場所にネヴァンもやってきてしまった。これでは、乱戦は不可避だ。

 

「チ、ネヴァンも来たか」

「まずいな」

 

 ユウゴが舌を鳴らすと同時に、ビクトルも険しい表情になる。歴戦のAGEである二人がこう言うのだから、よくない状況なのは火を見るよりも明らかだ。

 

「ど、どうしましょう!?」

 

 戸惑いながら二人に声をかけると、ビクトルが腰の鞄に手を突っ込みながらすぐさま言った。

 

「乱戦はよくない、分断しよう」

「そうだな。俺がネヴァンを受け持つ。お前ら二人でシユウどもを叩け」

 

 ユウゴがそう言うや、ビクトルが手にしていた物体を地面に叩きつける。それと同時に強烈な破裂音と閃光が、この空間を満たした。

 ゴッドイーターの標準的な携行品、スタングレネードだ。強烈な閃光でアラガミの目をくらませ、一時的に動きを封じることが出来る。

 専攻が収まった頃には、ユウゴはボクの視界にはいなかった。銃声がして振り返ると、散弾を放ちながらネヴァンを引き付けるユウゴの姿がある。

 ボクは慌てた。確かに3対3よりは2対2と1対1にした方が戦いやすいだろうが、それにしたって一人でだなんて。

 

「ユ、ユウゴさん、一人で大丈夫ですか!?」

「心配すんな! それに俺のロングブレードじゃ、シユウには分が悪い!」

「おのれ、そっちか!」

 

 ボクが声を飛ばすと、後退しながらユウゴは笑ってみせた。ネヴァンが声を上げながらユウゴを追いかけていくのを視界に入れながら、ボクはスナイパーを構えた。

 心配している場合じゃない。目の前にはシユウが二体。一体は手負いとは言え、まだ倒してはいないのだ。

 

「大丈夫なんでしょうか!?」

「心配はいらない」

 

 この場に残ってヘビームーンを振るうビクトルに声を飛ばす。心配を露わにするボクと違って、彼はひどく落ち着いていた。

 

「ユウゴは強いし、単独行動にも慣れている。ネヴァン一匹くらい、どうってことない!」

「なら……いいんですけど……!」

 

 二体のシユウを引き付けて一気に斬りつけるビクトルに、ボクはボディスーツの中で目を細めた。眉間にシワが寄るのが分かる。

 確かに、強いと思う。ビクトルもユウゴも、とても強いのが分かる。話を聞くに、二人は小さい頃から同じミナトで一緒に育ったらしい。互いの信頼感はきっと強いだろう。

 しかし、本当に大丈夫だろうか。どうしてもユウゴが走っていったほうが気になってしまう。そんなボクに、ビクトルが厳しい声を飛ばす。

 

「それより、こっちのシユウだ! まずはこいつを倒すぞ!」

「は、はい!」

 

 ビクトルの声に、ボクは改めて眼前のシユウに狙いを定めた。スナイパーの銃口を、先程まで攻撃を加えていた方のシユウの頭に向ける。

 だが、勿論向こうも立ち止まっていてはくれない。貴重なオラクルを無駄にする訳にはいかないのだ。と、ビクトルが振るったヘビームーンの切っ先がシユウの腕翼を捉えた。

 

「せやっ!」

「おのれ……我が腕が!」

 

 その瞬間、腕翼のオラクル細胞が砕け散る。結合崩壊だ。

 アラガミの身体を構成するオラクル細胞の結合が弱まり、攻撃が通りやすくなるのが結合崩壊だ。これを起こせれば、一気に戦いが楽になる。

 インカムから聞こえてくるエイミーの声も、気持ち明るく聞こえた。

 

「結合崩壊発生! チャンスです!」

「よし、一気に行くぞ!」

 

 ビクトルが気合に満ちた声でもう一度ヘビームーンを振るった。そしてこれは、ボクにとってもチャンスだ。

 結合崩壊を起こしたアラガミは、その場にうずくまって動きを止める。そうなれば、銃の狙いは格段につけやすい。

 気合の声を上げる。

 

「いっけぇーっ!!」

 

 引き金を引く。オラクルの発射光が銃口から見える。

 一直線に放たれた赤いレーザーがシユウの頭をまっすぐに貫いた。その瞬間、シユウの身体からガクンと力が抜けた。

 

「なん、だと……」

 

 そう声を漏らしながら、シユウの身体が地面に倒れ伏す。その端からオラクル細胞の結合が崩れ、オラクル細胞一つ一つとして風に溶けていった。

 まず、これで一体。

 

「アラガミ、沈黙しました!」

「やった!」

「よし、一匹! 次のもこの調子でいくぞ!」

 

 エイミーの報告にボクも声を上げる。これで2対1、一気に楽になる。

 そこからは一方的な展開だ。剣形態で攻撃を避けつつ、シユウの身体をビクトルと一緒に切り刻んでいく。みるみるうちに、シユウの全身は傷だらけだ。

 

「サルーキ、もうオラクルも溜まっただろう! 僕が前に立つから、後ろから援護を頼む!」

「は、はい!」

 

 そう声を上げながら前衛でヘビームーンを振るうビクトルの声に従い、ボクは後方に下がった。銃形態に切り替えて、もう一度引き金を引く。

 何度も斬りつけられてダメージを負ったシユウは、頭部をオラクルに貫かれて崩れ落ちた。同時に頭部が結合崩壊を起こす。

 

「く、そ……!!」

「よし、これで――!」

 

 シユウが動きを止めたところで、ビクトルが一気に畳み掛けに行く。何度目か、斬りつけたところで、シユウが一気に起き上がった。同時に両の腕翼を地面へと叩きつける。

 

「なっ!?」

「ビクトルさん!」

 

 その一撃にビクトルの身体がよろめいた。同時に脳を揺らされた彼が頭を振る。

 スタンだ。この状態になるとしばらく、ゴッドイーターは動くことが出来ない。当然防御だって不可能だ。

 まずい。シユウは既に動き出している。このままではビクトルの身が危ない。

 

「おぉぉぉーーーっ!!」

 

 無我夢中でボクは引き金を引いた。狙いを定めようと間を作ることもしない。出来ない。

 果たして僕が放ったレーザーが、結合崩壊したシユウの頭をもう一度貫いた。その一撃でシユウが声を上げてよろめく。

 

「ガ……!」

「よし……!」

 

 当たった。そのことにボクがほうと息を吐く。スタンから快復したビクトルも、安心したように笑みを見せてきた。

 

「助かったよ、サルーキ。ありがとう」

「い、いえ!」

 

 そう言いながら、すぐさまダウンしたシユウへとヘビームーンの刃を入れていくビクトルだ。ボクも負けてはいられない、オラクルも尽きた。ショートブレードに切り替えて突っ込んだ。

 程なくして、シユウが音もなく崩れ落ちた。崩壊していくシユウの身体にビクトルが神機を入れていくと、後方から足音と声が聞こえた。

 

「終わったか。無事か?」

「あ、ユウゴさん!」

 

 ユウゴの傷一つ無い顔を見て、ボクはボディスーツの下で顔をほころばせた。

 よかった、大きな怪我をした様子もない。危なげなくネヴァンを倒してくれたようだ。

 ビクトルも不敵な笑みを見せながら、こくりと頷く。

 

「ああ、問題ない」

「はい、僕も大丈夫です」

 

 ボクも神機を下ろしながら頷いた。怪我も負っていない、神機も壊れていない。全く問題なしだ。

 と、ボクの方に歩み寄ってきたユウゴが、ボクのボディスーツの頭をぽんと叩いた。

 

「さすがだな」

「あ……」

 

 頭を、ボディスーツ越しにとはいえ撫でられたことに、思わず声が漏れる。

 嬉しいような、恥ずかしいような、そんな気持ちになって頬がぽっと熱を持った。

 と、ボクの頭から手を離したユウゴがさっと踵を返した。

 

「よし、帰るぞ」

「ああ」

 

 ビクトルもその背中を追って、ゆっくりと歩き出した。

 二人の背中に、思わず見入ってしまう。戦士の背中だ。とても大きく、頼もしく見える。

 だが、置いていかれる訳にはいかない。ボクもクリサンセマムの正規AGEとして、それを追いかけていかなくてはいかないのだ。

 

「……はい!」

 

 だから、ボクも声を上げて駆け出した。

 これから、皆の元へと帰るのだ。足を止めているわけにはいかなかった。



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