エンティティ様が見てる (お寿司大好きTV)
しおりを挟む

プロローグ

dbdの二次創作が少ないせいでエンティティ様が不機嫌なので初投稿です。







 思えば、黒い霧の噂は絶えず耳に届いていた。

 否、黒い霧という明確な呼称ではなかったが、とにかく。黒い霧に関連づけることができる知らせは何度も受けていたはずだ。

 

 選択を迫られている。

 不浄の女神エンティティは、知ってしまった俺を逃しはしないだろう。

 殺人鬼か、生存者か。

 俺に道は二つしかない。

 

 

 

 物心ついた時から、おおよその物に既視感を覚えた。

 両親が幼い俺に見せてくる物、視界に入ってくる初めて見るはずの物。

 その全てを、俺は知っていた。

 

「芥(からしな)さんのお宅の子、本当に出来が良いわねぇ」

 

 出来が良いのではない。

 元から知っていたのだ。

 

 俺はいわゆる——転生者だった。

 

 子供の柔軟な脳と、成熟した精神でこなせない事はそう多くなかった。

 俺は神童と持て囃され、中学、高校と時を経るごとに「要領の良い子」レベルまで落ち着いていった。

 一番美味しい立ち位置と言える。

 

 転生とは素晴らしいものだ。

 それなりの家庭に生まれたのも、顔がそこそこだったのも。最高に幸運だった。

 人生が一気にイージーモードだ。

 せっかくなら、と俺は英語の勉強に力を入れ、無事に海外の大学への進学を決めた。

 ハーバートとまではいかなかったが、そこそこ名の知れた大学だ。

 前世に同じ大学があったかは分からないが。なんせ怠惰な日本学生だったからな。

 

 そうして俺は順風満帆な生活を送っていた。

 唯一がっかりだった事と言えば、俺が前世でそれなりに気に入っていたゲームがこちらには存在しなかった事ぐらいだろう。

 だがゲームはそれだけではないし、今の俺はゲーム以外のさまざまな娯楽に手を伸ばせる。

 すぐにその事は、俺の記憶から消えていった。

 

 薔薇色の人生。

 どこの神か知らないが、転生にただただ感謝を。

 貴方に与えられた物は無駄にしない。幸福な人生を歩みます。

 

 

 

 そんな幻想は、ある日の講義に呆気なく砕かれた。

 

「クローデット・モレルは今日も欠席か」

 

 聞き慣れた名だ。

 最初にそう思った。

 

 次に、いったいどうやって聞き慣れるまでに至ったかを思い出した。

 前世の記憶だ。

 そうだ、クローデットは、俺が前世でやっていたゲームのキャラだ。

 

 ——そして最後に、俺は恐怖で歯の根が合わなくなった。

 脳裏に、黒い霧が立ち込める。

 

「おい。カラシナ、大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫だ」

 

「そうは見えないな。あのナードと友達だったのか?」

 

 クローデット・モレル。

 霧に呑まれ、終わらぬ殺戮の儀式に閉じ込められた哀れな生存者。

 

 彼女のパークは使い勝手が良く、初期の数ヶ月はそのキャラばかり使っていた。

 

「……いや、違うんだ。大丈夫、ちょっと昨晩に飲み過ぎてね」

 

「おいおい、しっかりしろよ」

 

 適当な愛想笑いで誤魔化す。

 ああ、どうする。

 どうするんだ、芥(からしな) 月桂(げっけい)。

 俺は迫られているぞ。

 

 即ち、殺人鬼か、生存者か。

 道はその二つだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

殺人鬼になろう

 エンティティの存在を確信したあの日から4日。

 俺は図書館でひたすらに過去のシリアルキラーに関する記事を読み漁った。

 

「ここまでくると笑えてくるな」

 

 出るわ出るわ、凄惨な事件の数々。

 トラッパー、ヒルビリーに関する記事だけじゃない。

 レイス、ナース……はたまた、ドクターに関連していそうな記事まで出てきた。

 

 コラボ先の殺人鬼までいるとしたら……。

 はは、最低の治安だ。

 

「ストレンジャー・シングスなんてどうなるんだ」

 

 ストレンジャー・シングス。

 コラボにより追加されたキラーはデモゴルゴン。

 ゲーム時代ならば、完全に侮っていた存在だったが……問題は、ヤツの出自だ。

 

「裏世界の門が開いてるって事じゃねぇか……!」

 

 ヤツはこの世界の裏側に潜む怪物だ。

 裏側にはデモゴルゴンだけじゃなく、あらゆる物に寄生し操り成長するマインド・フレイヤーという恐ろしい存在もいる。

 デモゴルゴンは狩猟本能に基づき行動しているだけだが、マインド・フレイヤーは知性があり、侵略しようという野心まで持っている。

 

「……」

 

 だが、他と異なる点がある。

 あの物語には、勇気を持った主人公格の子供達が居た。ホラー映画で子供は勝ちフラグだろう。

 異能力者も混じっていたぐらいだし、流石に扉は完全に閉じていると思いたい。

 

 だって念動力でデモゴルゴンをぐちゅっと潰せるレベルだぜ?

 

「希望は……一応、あるのか?」

 

 そう考えると、儀式そのものを破壊してくれる存在に期待してしまう。

 殺人鬼より、生存者になった方が良いのだろうか。

 

 でも、俺は怖い。

 永劫に続くかもしれない苦痛が怖い。

 

 なら、殺人を楽しめる人間になってしまいたい。

 そういった価値観を持つことができれば、俺は永劫に愉快に暮らせるようになる。

 

 ——最も、そんな考えがよぎる時点で、既に素養があることの証左だが——

 

 とにかく、愉快に暮らすには人を殺す必要がある。

 普通の殺人じゃダメだ。

 

 エンティティが、俺を殺人鬼側として採用したくなるような、魅力的な殺人を起こさなきゃならない。

 

「こういう時は文献調査に限るな」

 

 過去、エンティティに採用された殺人鬼の凶行を調べよう。

 何か、共通点や傾向が見えてくるはず。

 

 

 

 

 数時間後。

 俺はストレスで頭痛がするのを感じながら記事の山に突っ伏した。

 

「あぁ、クソ。全くもって共感できねぇ」

 

 動機が不明な者、シンプルな者。そもそも殺人は過程である者や、単に娯楽とする者と様々だ。

 

 再び文に目を通す。

 ダメだ、意味は分かっても脳が理解を拒む。

 そりゃあそうだろう。なんたって不浄の女神お墨付きの殺人鬼達だ。

 

 だが唯一、感性が一般に寄った殺人鬼——いや、殺人鬼達が居た。

 

「リージョン……」

 

 フランク、ジョーイ、ジュリー、スージー。

 オーモンドという田舎町で事件を起こした、短絡的な若者達。

 

 いったい奴らの何がエンティティの琴線に触れた?

 集団の殺人鬼を、一つくらいは確保しておきたかっただけか?

 

 殺人鬼をコレクトしているのなら、物珍しい殺り方をすればスカウトされる?

 

「クソ、わかんねぇ」

 

 物珍しい殺し方ってなんだ。

 

「数って手もある」

 

 でも法治国家で連続して殺せる数なんてたかが知れてる。

 畜生、どうすればいい。

 

「凄惨で、斬新な殺し方……」

 

 俺はそこで、ふと思い付いた。

 

 放射能なんかどうだろう。

 放射能汚染された物質を使って独創的な殺人を起こせないものだろうか。

 

「確かウランを購入して逮捕されてた日本の高校生がいたよな」

 

 そんなニュースを目にした事がある。

 日本の高校生が買えてしまうんだ、アメリカの大学生ならどうなる?

 

「……ある意味ハードルが高い気がしなくもないが」

 

 問題としては、俺はそこまで放射能の知識を持ってないことだ。

 結果として、俺が壮絶な自殺をやっただけで終わる可能性もある。

 

 ダメだダメだ。俺の身に危険が及ばないもので殺さなきゃならん。

 俺は死にたくないから殺すことを選んだんだ、死の危険は許容できない。

 

「クソッ」

 

 思わず悪態をつく。

 

 どうすれば、エンティティが俺が殺人鬼側の人間であると判断してくれる?

 黒い霧に招かれず、牢獄にぶち込まれた時はどうすればいい?

 

「……いや、視点を変えよう」

 

 エンティティ様にアピールできればそれでいいじゃないか。

 特別な殺し方にこだわり過ぎて、本来の目的を忘れていた。

 俺は殺人側であると強くプレゼンすること。特別な殺し方は目的ではなく、手段の一つだ。

 

「そうだ、あの手がある」

 

 そこで俺は一つの手法に思い至った。

 素晴らしい。独創性もある意味無くはないし、プレゼンとしては十分な手法だ。

 

 さて、殺した後の演出は決まった。

 次は武器の選択だ。

 ここで用いた武器は、俺が儀式の中で延々と使うことになるはず。

 慎重に選ぼう。

 

「索敵を兼ねられる物か、高速移動を可能にする物が望ましいかな」

 

 車?

 いや、厳しい。

 索敵ならソナー……どう殺すんだ?

 

 一応、シンプルにナイフで殺したとしても能力無しにはならないだろう。

 リージョンのように、何か特殊な技能を与えてくれるはずだ。

 だが、俺は能力使用の度に疲労だのスタンだの、苦痛を感じたくない。

 

 チェーンソーを使えばほぼ確実に一撃ダウン能力をくれるだろう。

 ただヒルビリーとカニバルとの差別化の為に妙な能力をひっつけられるかもしれない。

 

 投擲系のやつにしとくか?

 手斧、毒瓶、銃、ゲロ。それ以外の物。

 

「隠密系も有り……うぅん、どうすっかな」

 

 椅子がギシ……と音を立てる。

 ふむ。音か。

 

「聴覚バグらせ系……」

 

 俺もバグっちまうよ。

 困ったなー。一旦後回しにするか。

 

 席を立ち、手に取った本や資料を元の場所に戻していく。

 まずは工作の時間だ。

 エンティティがお気に召す物を作らなくちゃな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

事件記録:留学生カラシナによる深夜の凶行

 某日、深夜2時を過ぎた頃のことであった。

 隣の家の大学生が、異様な騒ぎ方をしているとの通報があり、地元の警察が念のため駆けつけた。

 

 インターホンに反応が無く、扉が開けっ放しであったため警官2人が本部に連絡後、中に入る。

 現場は大学生が宴会をやっているとは思えないほど静寂に包まれており、時折黒い煤のようなものが残っていたという。

 

 リビングを開けたところで、まず第一の被害者に出会う。

 カラシナと同大学、同学年である男子生徒が頭部を破壊された上で、何か黒い蜘蛛の脚のようなオブジェクトに身体の中枢を貫かれて死亡していた。

 この時点で警官2人は事件と判断、本部に応援を要請した。

 

 更に警官が進んでいくと、廊下にてフックのような物に吊るされた同大学の先輩である女子生徒の死体。これもリビング同様、頭部を破壊され、黒い蜘蛛の脚のオブジェクトに貫かれて死亡していた。

 

 この地点で、あまりの悪臭に耐え切れなくなった片方の警官が道を引き返した。

 

 寝室にて、同様に頭部破壊、蜘蛛のオブジェクトにより貫かれ死亡した同大学同学年の男子生徒の死体を発見。

 ここで一度警官が嘔吐してしまっている。(現場保持の観点からいくと、あまり望ましい行動ではない)

 

 その後、車庫に移動。

 そこで同学年後輩の女子生徒を蜘蛛のオブジェクトに突き刺すカラシナ容疑者を発見。

 既に女子生徒は頭部を破壊されていたが、この時点では微かに息をしていたとの証言が警官から出ている。

 

 警官は銃を構えて警告。

 カラシナ容疑者はモーニングスターと呼ばれる凶器を振り回し、警官の左肩を損傷、脱臼させた。

 警官が3発、カラシナ容疑者に向けて発砲。内2発がカラシナ容疑者に着弾する。

 

 

【注意:以降の証言は異常な現場を見たこと、容疑者から攻撃を受けたことによる動揺が重なり発生した幻覚及び妄想である可能性が高い】

 

 被弾したカラシナ容疑者が、獣のような雄叫びをあげつつ、凶器を手放す。

 警官がその隙にカラシナ容疑者にタックルを仕掛けようとした。

 しかし、眼前に突如として黒い霧が立ち込める。

 何かを呼ぶような声、背筋に尋常ではない寒気を感じた警官は慌てて飛び退いた。

 

 その後、カラシナ容疑者は既に現場から跡形もなく消え去っていた。

 残ったのは、僅かな黒い煤だけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生、信じてくれ。本当なんだ」

 

 白い部屋。

 カウンセラーと心療内科の医師が同席した場所で、すっかりやつれた顔の警官が叫ぶ。

 

「でも君の証言はいささか……現実味に欠けるよ。確かにあの場にカラシナがいた証拠は残っているし、今も彼は失踪中だ。犯人が彼であることは疑うよしもない」

 

 医師が慎重に話す。

 だが警官の興奮状態は収まらない。

 

「犯人! そうだ、奴が殺した」

 

「うんうん、そうだね」

 

「でも、殺すのは、手段だ。別の目的だ、きっと、霧を」

 

 警官に注射が打たれる。

 一瞬びくりと身体が痙攣し、目がとろんとした様子になる。

 

 カウンセラーが質問をする。

 

「■■さん、貴方は鉄球を肩にぶつけられた後、気絶したんじゃないですか? 応援が駆けつけた時には、貴方は確かに気絶していたはずです」

 

 警官の焦点がゆっくりとカウンセラーに合わせられる。

 そして、口を開いた。

 

「俺は、俺は……霧が、怖くて。伸びてくる指が怖くて、気を失った。そうだ、奴は……呼ばれたんだ。そして、最後に微笑んだ。まるで、企みが全て上手くいったみたいに」

 

「黒い霧が立ち込めたんじゃなかったのかい? 何故彼の顔が見えたんだ?」

 

 医師の言葉に、警官の目が突如として異常な挙動を示す。

 再び興奮状態に戻った彼に、マジックミラー越しに見ていた他の刑事達がざわついた。

 

 頭を掻きむしりながら、警官が答える。

 

「見えなくたって見えるんだ。そういう霧だった! ああ、喜んでたよ。カラシナが? 違う、霧が……霧が笑ってた。嘲笑だ! 人の命を、絶望を、希望を、嘲笑ってたんだッ!」

 

 数人の屈強な男が入室し、暴れ始めた警官を抑える。

 医師とカウンセラーが互いに目を合わせ、黙って首を横に振った。

 

 

 警官が職務に復帰することは、無かった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりの儀式

「……う、あ」

 

 目を覚ますと、暗い森の中に俺は倒れていた。

 ここは……考えるまでもない、エンティティの世界だ。

 

 自分の姿を確認する。

 モーニングスターが無い。

 ……エンティティの脚を直で使うタイプのキラーにされたか?

 

「初試合か」

 

 そんな事を考えながら森の中を進んでいく。

 しばらくすると、景色ががらりと変わり、眼前に見覚えのあるオブジェクトが出現した。

 

「マクミラン・エステート……」

 

 無骨な2階建ての建造物。

 ゲームで見慣れた景色だった。

 

 背後を振り返ると、先程まで歩いてきた森は無くなっている。

 

 そういう始まり方か。

 暫くキョロキョロと周囲を見渡した後に、俺は再び歩き始めた。

 

「アイアンワークス・オブ・ミザリーだな」

 

 俺はすぐに、マクミラン・エステートの中のどのマップかを見抜いた。

 中央の2階建ての建造物には、発電機が確定で出現する。

 まずはそこを確認だ。

 

 ゲーム時代ではキラーは発電機のオーラが見えていたが、実際は違うらしい。

 巡回がやりづらくて困る。

 

「第一、俺のキラー能力がわかってねぇんだっつーの」

 

 ふらふらと建造物を出た辺りで、ドクン、と心臓の音が聞こえた。

 

「ッ!?」

 

 思わず建造物に戻りしゃがみ込む。

 心音が止まない。

 

 馬鹿な、有り得ない。

 そんな思考が駆け抜ける。

 

「ハァ……、ハァ……」

 

 あまりの恐怖に思わず声が漏れる。

 やめてくれ、収まれ。

 違う、俺は、殺人鬼のはず——

 

 

 

 カチッ、キリキリ……

 

 

 

(トラッパー!?)

 

 何度も何度も聞いた音。

 トラッパーと呼ばれる殺人鬼が、踏むと生存者を負傷させ外すまで動きを封じるトラバサミを設置する音だ。

 

 ただし、何度も聞いたというのはゲーム内の話。

 生身で聞く殺意の籠った音。それはあまりにもゲーム時代の感覚と乖離していた。

 動揺が一気に広がる。

 

 ああ、神よ。

 女神エンティティよ。

 何かの間違いだと言ってくれ、俺は、俺は……まさか、サバイバーなのか?

 

「……心音が消えたか」

 

 納得も、理解もできていない。

 だが一時的にも脱出しなきゃ殺される。殺されても死なない世界ではあるはずだが、痛い思いなんかしたくない。

 

 となれば、ゲーム時代の通りやるしかない。

 マップに配置された7台の発電機の内5台を修理し、脱出ゲートを開けて逃げる。

 

「クソ、どういう仕組みだ……順番通りにコードを繋いで、スイッチを押す……?」

 

 発電機に張り付き、ギコギコと音を鳴らしながら修理を開始する。

 これが俺の知る儀式ならば、生存者は4人いるはず。他の3人はどこで何をしているのだろうか。

 

 俺のように初めてここに来た奴だったとしたら最悪だ。

 発電機はまず回り切らないだろう。

 ならもう一つの脱出手段であるハッチを開けるための鍵を探すべきか?

 

 発電を進めながら、アイアンワークス・オブ・ミザリーの宝箱確定湧きポイントである2階の小部屋を睨む。

 

「はやく、はやく直れよ……ッ」

 

 そこで焦りが出た。

 手順を進めるタイミングを間違えて、発電機を爆発させてしまったのだ。

 

「やっば」

 

 慌てて走ろうとして、すぐに停止する。

 歩かなければ。足跡を辿られてしまう。

 タゲを取ってチェイス担当なんてごめんだ。

 

 ゆっくりと2階に移動している途中で、心音が鳴り始める。

 来たか。やはり爆発させると殺人鬼に通知がいくらしい。

 

 2階の手摺りからトラッパーの挙動を眺める。

 聞こえる心音に負けず劣らずの自身の心音を感じる。

 

 トラッパーは暫く発電機の周囲を彷徨いた後に、去っていった。

 罠を仕掛けた様子はない。

 手持ちが無かったのか、あえてここは修理させきる判断なのか。

 

「ついでにチェスト漁り、するか」

 

 窓枠を超えて、小部屋に入る。

 チェストを発見した。

 

「さて、中身はなんじゃろな……っと」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「うおッ!?」

 

 突然背後から声をかけられ、慌ててチェスト開けを停止する。

 まずい、これも殺人鬼に通知がいく行動だ。

 

 声をかけてきた人物を見る。

 ショートカットの金髪。やたら多いそばかす。

 そして強い意志を宿した挑戦的な目。

 

「シェリル・メイソンか」

 

「な、何で知ってるのよ……もしかして貴方」

 

 シェリル・メイソン。

 サイレントヒルコラボで追加されたキャラクターだ。

 固有パークは血の協定、ソウルガード、抑圧の同盟。

 抑圧の同盟に関してはその“感触”が非常に気になるところだな。

 

「教団の者ではない。とにかく、お前に驚かされたせいで慌ただしくチェストを閉めちまった。直に殺人鬼が来る。逃げるぞ」

 

 コラボ先の殺人鬼がいることがほぼ確定した。

 三角様か。相手したくねぇな。

 檻とかめちゃくちゃ痛そうだし、煩悶状態もかなり苦しそうだ。

 

「え、ちょっと」

 

「走るなよ、足跡がつく」

 

「……物知りね、後で色々と質問させて」

 

「後でな」

 

 今は逃げる時だ。

 

 階段をゆっくり下っていく。

 途中から心音がドクドクと鳴り出すが、方向的に向かい側からそのまま2階に登るルートなはずだ。

 逃げる時間はある。

 そう思い、少し安心したその時だった。

 

「キャアッ!?」

 

 階段を降り切った場所にトラバサミ。

 先ほど仕掛けなかったのは、ここに既に配置していたからか!

 

「クソ、まずいまずいまずい。オラ、外すぞ、外れたら走って逃げろよ。ここにはあと2人味方がいるはずだから治療してもらえ」

 

「ハッ、ウゥ……痛い……!」

 

 脚を怪我したはずだが、彼女は何故かお腹を抑えている。

 リアルで見ると違和感しかねぇなこの仕様。

 

 そんな事を考えている間にも、心音が近付いてくる。

 

「はやく行けッ! さっさと発電機を修理しろよ!」

 

「あ、貴方はどうするのよ!」

 

 俺がどうするって?

 決まってんだろ。

 

「殺人鬼と鬼ごっこだ。捕まって吊るされたら助けに来てくれよな」

 

 シェリル・メイソンは少し躊躇するような様子を見せた後、走ってその場を去っていった。

 さて、と。

 

 2階から俺を睨みつける鉄仮面の大男が見える。

 罠の有無は確認済み。

 幸い、ここは強ポジがある。

 

「来いよトラッパー! いや、エヴァン・マクミラン!」

 

 本名を呼んだ効果があったのか無いのか、トラッパーが咆哮をあげる。

 良い調子だ、シェリルの残した血痕を辿ったりするんじゃねーぞ。

 俺を見ろ。

 

 俺にとっての、始まりの儀式。

 最初のチェイスが、幕を開けた。

 




殺してでも“生き延びたい”。
私が見たのは、その一点だ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

野蛮な力

 一目散に固有建築の中へ逃げ込む。

 足音、心音、それに殺人鬼の視線の方向を示す赤い光——通称ステイン。

 それらの要素全てが、トラッパーが俺を追っている事を教えてくれる。

 適切な距離を取った状態で、正面の窓を飛び越えた。

 

「下方修正後かよッ!」

 

 飛び越えた瞬間に見えた、露骨にこちらの動きを邪魔する壁。

 どうやら下方修正後のマップらしい。

 

「正面の木箱地帯の間に板があるな。そこで稼いで右奥のジャングルジムに逃げ込むか」

 

 地形把握及びチェイスプランを脳内で構築する。

 よし、板は早倒し気味にいこう。痛い思いなんかごめんだからな。

 

 横目でトラッパーを確認する。

 ちょうど、ゆっくりと窓を乗り越え終わったところだ。

 助かった。やっぱり窓越えは遅いんだな。

 

「罠は……よし、板のとこには無い!」

 

 板の場所でトラッパーがもう少し近付いてくるまで待つ。

 しかし一つ気付いてしまった。俺は当然一人称視点、三人称視点だったゲーム時代のように板で回るのは難しい。

 この木箱は視界が空いている分まだマシだが……2周が精神的にも限界かもしれない。

 

「別のチェイスポイント……に、移動できそうもねぇな!」

 

 トラッパーが近づいてくる。

 まず右回り。ステインを隠すように、後ろ歩きで詰められるとあっさり殴られかねないが……1周もせずに板を倒すわけにはいかない。

 

「まず1周……」

 

 素直に後ろを追ってくる。

 ならこちらも素直にいこう。

 

「2周……目ッ!」

 

 僅かな間立ち止まり、タイミングをはかって板を倒す。

 見事命中したらしく、トラッパーが呻き声をあげてスタンした。

 

「どうだ? 割るか?」

 

 スタンから復帰したトラッパーが右足をあげる。

 板を蹴り壊す動作の前兆だ。

 すかさず次のチェイスポイントを目指して走り始める。

 

 バキ、ミシ……

 

(速い!?)

 

 ゲーム時代より速いのか!?

 ……いや、違う! トラッパーの固有パーク、野蛮な力か!

 

 野蛮な力、通称板壊し。

 効果としては、倒された板、破壊可能な壁、発電機を破壊する速度が最大20%上昇するといったものだ。

 俺の記憶違いで、板を割る速度が元々あれぐらいだった可能性もあるが……何せトラッパーの固有パークだ。野蛮な力を持っていると解釈しておいた方が良いだろう。

 

「間に合う……間に合うよな!?」

 

 目の前に見えたのは、窓枠がついたT字の壁が2つ生成されたジャングルジム。

 通称ニ窓だ。

 

 バン!と激しく音を立てながら窓を乗り越える。

 そこで俺は見つけてしまった。

 もう一方の窓枠のすぐ横に仕掛けられたトラバサミを。

 

「クソッ!」

 

 走りつつ背後を見る。

 トラッパーがゆっくりと窓枠に足をかけている。

 

 このまま走り抜けよう。

 1発攻撃を貰うかもしれない。

 だが俺は、この儀式が1発で即ダウンではなく、負傷状態が存在する事をシェリル・メイソンを見て知っている。

 負傷ブーストという納得できるようでできない仕様が存在しているかは不明だが……それもトラバサミにかかってしまえば検証すらできない。

 

「ハッ、ハッ」

 

 息が荒くなる。

 背後にトラッパーが迫っているのを感じているからだ。

 初めて受ける、殺人鬼からの攻撃。

 でも慣れなきゃいけない。そうしなければ何度も殺され続ける羽目になる。

 

「来いよッ! クソったれッ!」

 

 なまくらの刃物が肉をひしゃげさせながら背中を切り裂いた。

 

「————ッッッ!」

 

 声にならない叫びをあげながら、不思議と速くなった脚に驚く。

 負傷ブーストだ。

 だがあまりの痛みに思考は真っ白になってしまっている。

 

 次の、チェイスポイントを探さなければ。

 思考を回せ。

 

「……小屋!」

 

 正気に戻ったところで正面の建造物を視界にとらえ、思わずそう叫んだ。

 

 Dead by Daylightにおいて、室内マップと呼ばれるマップ以外には確定で一つ湧く小屋がある。

 殺人鬼の小屋と呼ばれる、一つの板と一つの窓枠がある四角い小屋。

 そこは、典型的な“強い”チェイスポイントだった。少なくともゲーム時代では。

 

 そしてゲーム時代なら、当然トラッパーはそこに一つはトラバサミを仕掛ける。

 いかに強いチェイスポイントを封じるかが彼を使う上で重要な事だからだ。

 

「トラバサミ……板の場所には無い」

 

 なら窓枠か?

 正面から小屋に入れば板があるが、板をケチるならば窓枠を飛ぶ必要が出てくる。

 近場のジャングルジムにトラバサミがあった。

 ならこの付近を通ってないはずがない。罠を仕掛けないはずがない。

 そして、仕掛けるとすれば——

 

「窓枠だろッ!」

 

 迫っていたトラッパーを通せんぼする形で板を倒す。

 消費が激しい。この短時間で2枚、しかも1つは小屋板だ。

 

 窓は越えずにそのまま小屋を出る。

 去り際、窓枠を跳んだ先を見たが……ダメだ。草むらが深くてよく見えない。

 

「次、次は……!」

 

 貯水タンクが見える。

 クソ、弱い!

 

 どうすれば時間が稼げる?

 旋回? ダメだ、アレはゲームだから成立する技だ。

 回避? 武道の達人でも何でもない、殺人経験があるだけの大学生にできる事じゃない。

 

「終わりなのか?」

 

 最初のチェイスにしては頑張った方か。

 そうやって自分を誤魔化そうにも、腹の奥から迸るように恐怖が迫り上がってくる。

 

 怖い。

 怖い。怖い。怖い。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッッッッ!!!!

 

「ふざけんじゃねぇッ!」

 

 このままやられるぐらいなら。

 そう思い、俺は拳を握って背後のトラッパーに殴りかかった。

 

「あ゛」

 

 瞬間、顔に刃物が突き刺さる感触。

 目を、鼻を、脳を巻き込み引き千切りながら、斬り進められた。

 

「ア、ああああああああああッッッッ!!!!!」

 

 現実感がない。これは誰の悲鳴だ。

 

 ああ、俺だ。

 

 

 気付けば、俺は地に伏していた。

 ダウン状態だ。

 視界は低いながらも良好な辺り、怪我は即座に治癒したのかもしれない。

 

 その代わり、立ち上がれないほどの激痛、及び拘束感が全身を支配している。

 呻き声を出すことしかできない。

 

「う、あ……」

 

 大量に血を垂らしつつ、少しでも時間を稼ぐべく這いずってトラッパーから距離を取る。

 

 通常、攻撃を2発当てられダウンした生存者は、殺人鬼にかつがれ肉フックに吊るされる。

 這いずり放置という殺害方法もあるが、吊り回数を稼ぐ方がエンティティからの評価が高いため、ゲーム時代では不人気な戦略だった。

 

 トラッパーは一向に担ぐ様子がない。

 這いずり放置を使ってくるタイプか。確かに現実ならそこまで査定は考えなくて良いか。

 

 拘束感を持った首を無理やり動かし、背後にいるであろうトラッパーを見る。

 

 

 

 奴は、笑っていた。

 

 

 

「……」

 

 ふつふつと、経験したことの無い激情が湧いてくるのを感じた。

 コイツは、遊んでやがる。

 惨めにも這いずって、少しでも時間を稼ごうとする俺の必死さを、嘲笑いやがった。

 

「殺して、やるぞ」

 

 トラッパーの表情なんか見えない。声も聞こえない。

 だが俺には確かに「そんな事ができるものか」と言っているように感じられた。

 

 勝算がゼロだと思うかよ、エヴァン・マクミラン。

 シェリル・メイソンがいるんだぜ。あの女は原作通りとすれば——神殺しだ。神の小間使いの殺人鬼ぐらい、何とかしてやる。

 

 トラッパーが俺をようやく担ぎあげる。

 肉フックはさぞかし耐え難い苦痛を俺に与えるだろう。

 だが、この胸に灯った怒りは消えそうになかった。

 

 




ほう? そうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

興奮

 トラッパーの肩の上に乗った途端に身体の拘束感が少し緩んだ。

 すかさず肩を殴り、胸を蹴りつける。

 ゲーム時代にもあった、もがく動作だ。もがきゲージが溜まれば殺人鬼の腕から脱出できる。

 更にもがけばもがくほど、殺人鬼は身体が揺れ、思うように動けなくなる仕様があったはずだ。

 

「く……」

 

 フックが近い。

 それに、妙に足が速くなった。

 固有パークである興奮を持っていると見て間違いないだろう。

 

 興奮、英名のアジテーションで親しまれるトラッパーの固有パークだ。

 その効果は、担ぎ中の移動速度を最大18%上昇させ、担いでいる最中の心音範囲を12メートル広げるというもの。

 

 さて、ここまで来れば流石に勘づく。

 キラーは、そのキャラクターごとに固有パークを3つ所持している。

 トラッパーの残り1つの固有パークは、不安の元凶だ。

 これを所持していると見て間違いないだろう。

 

 不安の元凶はスキルチェックと呼ばれる仕様に干渉するパークだ。

 だが厄介なことに俺はこの世界におけるスキルチェックがどのような物なのか把握できていない。

 もしスキルチェックが存在しないならば、トラッパーのパークの1つが実質潰れることになる。その方が俺も嬉しいのだが……エンティティがそんな優しいことをする奴とは思えない。

 

「う゛ぅ……がぁああああああッッ!!」

 

 肩が裂けるような痛み。

 肉フックに吊るされたのだ。

 あまりの激痛に呻き声をおさえきれない。

 

「く、う……あぁ……」

 

 だが1回目だ。

 儀式の処刑は、3段階に分けて進行される。

 まずは1段階目。肉フックに吊られる。この段階であれば、処刑の進行度増加を犠牲に、フックからの自力脱出を試みることができる。

 そして2段階目。2度フックに吊られるか、処刑の進行度ゲージが半分切るかでこの段階に進む。自力抜けは不可能になり、味方からの救助以外に脱出方法は無くなる。

 またこの時、エンティティの脚が出現し、生存者を餌食にしようと襲いかかってくる。ゲーム時代では連打で抵抗だったが、こっちでは単純に腕力勝負になりそうだ。

 

 最後に、3段階目。処刑の進行度ゲージがゼロになる、または連打に失敗する、はたまた2段階目を経験後にフックに吊られる事でこの段階に進む。

 

 生存者は、即座にエンティティにより処刑される。

 これは、避ける事のできない絶対的なルールの1つだ。

 

「……発電機、修理が……2人、か」

 

 肉フックに吊られることは基本的にデメリットだが、メリットが皆無というわけではない。

 吊られた生存者は、他の生存者の場所を黄色いオーラで視認できるのだ。

 そして他の生存者からは、吊られている生存者のオーラだけが赤く視認できるようになる。

 これはダウンしている状態でも同様である。

 

「あっちがシェリルか……?」

 

 腹をかかえたような姿勢でのろのろと動くオーラが一つ。

 状況判断だと、あのオーラがシェリル・メイソンという事になる。

 他2人がせっせと発電機を回しているのは何だ?

 シェリルが教えたのか、経験者がいるのか……それとも、勘が良い奴らなのか。

 

 痛みを誤魔化すために必死に思考を回していたが、そろそろ終わりが近い。

 助けは来ているからだ。

 シェリルらしきオーラが近付いてきているのが見える。

 問題は、救助された後。

 救助も殺人鬼に通知がいく行動だ。行かない理由がない限り、奴はこちらにやってくるだろう。

 

「う、わ……酷い……」

 

 声の方向を見る。

 負傷状態のシェリルだ。

 肉フックに吊られた血塗れの俺を見てドン引きしている。

 

「限界、だ。頼むぜ」

 

「わかった」

 

 シェリルに抱えられ、ゆっくりとフックから外される。

 

 それとほぼ同タイミングで、チャラン!という軽快な音と共に、視界に修理が終わった発電機のオーラが強調表示された。

 

「これは……」

 

「治療してもらえって言ったけど、いざ会っても治療方法なんて知らないって言われちゃってさ」

 

 シェリルがお構いなしに話しかけてくる。

 この時間が一番無駄だ、とりあえず離れよう。

 

「奥の方にジャングルジムがあるよな? あそこで教えてやる。互いに治療し合うぞ」

 

「ジャングルジムではないでしょ……」

 

 確かにそうだけども。

 俺は肩に穴が空いていない事を確認しつつ、歩き始めた。

 

 数秒と経たずジャングルジムに到着する。

 発電機有り、板が1枚と窓枠1つ。良い場所だ。

 

 トラッパーの心音はしない。別の生存者を見つけたのか、直った発電機の方向に向かったのか、そのどちらかだろう。

 

「じゃあ俺からいくぞ。しゃがんでくれ」

 

「変なことする気じゃないでしょうね」

 

「変なことではあるな」

 

 俺はシェリルの背中を、ゲーム時代散々見たモーションをなぞるようにして、撫でた。

 

「は!?」

 

「気持ちは分かるが待て。やめろ、中断する時に限ってスキルチェックが発生するんだ」

 

「……」

 

 俺の声音に必死さを感じ取ったのか、シェリルが口を閉じる。

 よし、それでいい。

 

 暫く撫でていると、何というか、粘土をこねるような感覚が伝わってきた。

 

「な、なんか変な感じするんだけど」

 

「粘土だ……」

 

「私の背中よ」

 

 知っとるわ。

 

 暫くこねていると、硬い何かに突っかかる。

 驚いて一瞬手を止めると、その硬い感触はすぐに消えていった。

 意味は不明だが、感覚的に理解できる。今のは——

 

「スキルチェックだな」

 

「何が?」

 

 やがて粘土の感触自体が消える。

 おそらくだが、魂的な物を揉んでたのではないだろうか。

 

「な、治った……本当に……」

 

 シェリルが信じられない、といった風に自身の身体を確認している。

 サイレントヒルから来てるんだからこのぐらいの怪奇現象には慣れていて欲しかったところだ。

 

「次は俺を頼む」

 

「えっ」

 

 えっ、じゃねぇよ。

 

「手本は見せただろ。はやくしてくれ、死ぬほど疲れてる」

 

「わかった、わかった。背中をさすればいいんでしょ?」

 

 無言でしゃがみ、シェリルに背中を向けた。

 すぐに、おっかなびっくりといった手付きで背中が撫でられ始める。

 

「!?」

 

 何だか自分の内部を弄られるような、落ち着かない気分になってきたところで、シェリルが小さく悲鳴をあげた。

 

「これ、粘土……?」

 

「俺の背中だ」

 

「知ってる」

 

 そうですか。

 瞬間、電撃のような痛みが走った。

 

「ぐッ!? あぁッ」

 

 思わず悲鳴が漏れる。

 聞かずとも分かる、スキルチェックを失敗しやがった。

 

「殺人鬼に、通知がいくんだぞ……」

 

「え!? ど、どうしよう」

 

「あとちょっとなはずだから治しきってくれ」

 

「わかった」

 

 再び落ち着かない気分になる。

 それに耐え、暫く待っていると身体が一気に楽になった。

 

「はぁ、生き返った気分だ。心音がしないって事は別のやつと鬼ごっこしてるって事だろうし……修理、やるか」

 

 そう言って真横の発電機を指す。

 シェリルは怪訝な顔をしつつも、こくりと頷いた。

 

「修理しながら、この場所が何なのか、なんで貴方がそんなに詳しいのか。全部話してもらうから」

 

「洗いざらい全部吐いてやる。ただ、スキルチェックは失敗するなよ」

 

 シェリルの眉がひそめられる。

 

「スキルチェックって……なんか、この、硬いのが……」

 

「そうだ。多分発電機修理でも似たような事が起こる。これも失敗すると殺人鬼に通知だ」

 

「……あー、あんまり難しい話は修理後にお願い」

 

 俺は肩をすくめると、発電機の修理に取り掛かった。

 







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

心音とオーラ

「結局、ここはどこなの?」

 

 発電機のレバーを記載通りにガチャガチャしつつ、シェリルにどこまで喋るべきか吟味する。

 あまりにゲーム的な説明をするわけにはいかない。

 経験者を名乗るには不自然な言動をし過ぎた。

 

 さて、最適な言い訳は……

 

「殺人鬼1人、生存者4人で行われる儀式の場だ。俺は、何年もこの儀式を管理している邪神について調査してきたんだ」

 

「邪神?」

 

 会話の途中、レバーが不自然に固くなったため手を止める。

 スキルチェックだ。

 爆発しないので、どうやら成功したらしい。危ないな……。

 

 というか、発電の手順を間違えても爆発してたな。

 ゲームより発電の難易度が上がってやがる。

 

 心中で悪態をついていると、向かい側で修理しているシェリルがぐっと身を乗り出してこちらに視線を向けてきた。

 むっとした表情だ。質問を無視したからだろう。

 

「……ああ。この儀式は女神エンティティと呼ばれる邪神が管理している。俺の知識は全て、その調査の中で知った知識だ。本当は儀式を破壊する方法を見つけたかったんだが……とうとう、俺自身が取り込まれちまった。ミイラ取りがミイラに、ってやつだな」

 

 シェリルはまだ少し疑念を持ったような顔だったが、それ以上質問してこなかった。

 一旦修理に集中したいということだろう。

 

 その会話から、おそらく40秒ほどで、発電機の修理が完了する。

 僅かな達成感と共に発電機から顔を上げる。

 

「妙だな」

 

 静か過ぎる。

 好意的にとらえるなら、あの2人の内どちらかがロングチェイスしてくれているという事になるが……そうは思えない。

 

「次はどうするの?」

 

「そりゃ、発電機の修理だ。5台直さないと脱出ゲートを開けられない」

 

「……そういうの、先に言ってくれない?」

 

「悪かったよ」

 

 そんな会話をしつつも、俺は圧倒的に情報が不足している事に頭を悩ませていた。

 

 Dead by Daylightは、基本的にアクションゲームではなく、情報戦のゲームだ。

 チェイスやフェイントの技量は確かに勝敗を左右することはあるが、それは最後の一押しに過ぎない。

 今、誰がどこで何をしているのか。

 どこの発電機がどのぐらい直っているのか。

 誰が何のアイテムを持っているのか。

 パークは何を使っているのか、アドオンは何が付いているのか。

 より多くの情報を集め、無駄のない動きをする。

 それがDead by Daylightだった。

 

 だが今はどうだ。

 キラーの場所は分からず、残り2人がまともに立ち回れるのかも不明。

 負傷状態なのかどうかも不明ときた。

 

「……シェリル、俺が吊られた場所はどうやって見つけた?」

 

「えっと……心音と、あと貴方の叫び声」

 

「オーラは見えたか?」

 

「オーラ?」

 

「俺が吊られている間、あと俺がダウンしている間。俺が赤いオーラで見えなかったか?」

 

 シェリルが首を横に振った。

 視界が眩む。

 

 馬鹿な、オーラが見えていたのは俺だけ?

 そんなの……試合が成立しない。

 

「いや、待て、考えろ……!」

 

 ゲーム内で読むことができる文章の中に、先代の生存者のメモらしきものがあった。

 あの文章を鵜呑みにするならば、心音を聞く力は最初から持っていたわけじゃなく、儀式を重ねるにつれて獲得していった能力のはずだ。

 ならオーラを見る力も同じ?

 

 だがシェリルは心音が聞こえていたという。

 この差は?

 ……俺が教えたからか? 知識の有無が関係している?

 

 とにかく、オーラが見えない事があるというのは問題だ。

 最悪の状況が脳裏をよぎる。

 

「すまん、発電を進めててくれないか。俺は吊られてるやつがいないか探してみる」

 

「了解。気をつけてよ? 次は助けられるか分からないから」

 

 そうか。

 確かにそうだな。

 

「シェリル、儀式の中の生き残りが1人になった時点で脱出ゲートとは別口の、脱出用のハッチがどこかに出現する。もし俺が死んだら発電をやめてそれを探せ」

 

「……」

 

 より詳しく言うならばハッチの出現と解放は別々に語るべきなのだが、言葉では伝わりづらい。混乱を招くだけだ。

 もし焚き火の場所で会えたなら、その時にでも教えよう。

 

 フック巡りの旅に出ようとしたところで、シェリルに呼び止められる。

 

「ねぇ! 貴方、名前は?」

 

「カラシナ。カラシナ・ゲッケイだ」

 

「オーケー、カラシナ。また生きて会いましょう」

 

 思わず口の端が釣り上がる。

 主人公はこれだから困る。

 

 俺は背後に向けサムズアップすると、ひとまず中央の建築物に足を向けた。

 

 

 

 シェリルと分かれた辺りから妙に足が遅くなったような気分だ。

 理由を色々と考えていると、一つの結論に辿り着いた。

 

 シェリル・メイソンの固有パーク、「血の協定」の効果だ。

 このパークの効果を語るには、まずオブセッションについて語らなければならない。

 儀式内で、オブセッションに由来するパークを誰かが装備していた場合のみ、生存者4人の内から1人が選ばれてオブセッション状態になる。

 オブセッション状態そのものに大した効果はなく、強いて言うなら殺人鬼とチェイスしている場合、生存者アイコンのオブセッションマーク(エンティティの脚が囲い込むようなマークだ)が揺れるぐらいのもの。

 また公式設定ではオブセッションとなった生存者は、殺人鬼が“執着心を持っている相手”だそうだ。

 

 話をシェリルの固有パークに戻そう。

 血の協定はこのオブセッションが効果に絡んでくるパークなのだ。

 

 シェリル・メイソン固有パーク、血の協定。

 パーク使用者かオブセッションが負傷すると、両者とも互いのオーラが見えるようになる。

 オブセッションを治療するか、オブセッションに治療してもらった場合、両者とも互いの距離が16メートル以上になるまで移動速度が7%上昇する。

 また、オブセッションになる確率が低下する。

 

 俺は足が遅くなったと感じたが、逆だ。

 先ほどまでが速かったのだ。

 

「でもオーラは見えてなかったみたいなんだよな」

 

 ゲームのようにいきなりパークが使えるわけではなく、熟練度のようなものが必要なのだろうか。

 あと俺にパークはあるのだろうか。

 固有パークが無いなら無いで構わないが、共通パークぐらいは使わせて欲しいとこだ。

 

「あ、俺がオブセッション状態になってるって事になるのか」

 

 オブセッション。

 殺人鬼の執着の対象。

 ゲームじゃ単なる設定でも、現実になると寒気がする。

 

「……まぁいいか」

 

 思考を中断する。

 建物内部に入ったからだ。

 一応、付近の板グルポジションと窓枠の罠の有無は確認してから入った。オールクリアだ。

 

「やっぱここに地下室か」

 

 地下室。そのマップの固有建築か、殺人鬼の小屋のどちらかに湧く、フックが4本置かれた血塗れの部屋の事だ。

 フックの他には身を隠せるロッカーが合計4つ、またチェストが1つ確定配置される。

 

「はー……」

 

 トラッパーと地下室の組み合わせはトップクラスに相性が良い。

 入り口が少ない場所+トラバサミ。これだけ言えばわかるだろうか。

 

 俺はあまり気が進まないながらも、地下への階段に足をおろした。

 

「ぐ……はッ、あッ」

 

「!?」

 

 奥で呻き声が聞こえる。

 やっぱり吊られてたのか!

 

「おい、待ってろ! もう少しで助けに行く!」

 

 だが無計画に走りたくはない。

 罠がないか慎重に確かめながら、ゆっくりと、確実に階段を降りていく。

 

「たす、たすけてッ!」

 

「おいおい……」

 

 エンティティの脚が後ろのフックから伸び、男を連れ去らんと襲いかかっている。

 処刑2段階目だ。自力抜けしようとしたのか、俺が遅かったのか。

 

「わかってる。待ってろ……」

 

 階段を降り切った先に置かれていた罠を避けつつ、ゲームでは見たことのない顔の生存者に手を伸ばした。

 

 その瞬間、ドクリと腹の奥を揺さぶるような心音が響く。

 

「……殺人鬼が近い、もう少し耐えててくれ」

 

「はぁ!? ふっざけんなッ! 意味わかん、ねぇよ! はやく助けろッ!」

 

 心音が聞こえないんだな。

 クソ、最初に仲間に啓蒙活動しなきゃ詰みとかどうなってんだ。

 

 しゃがみながら心音を聞く。

 ダメだ、何故か分からないが近付いてきている。

 

「殺人鬼が来ているのは本当だ。一旦隠れてしのぐから、頑張って耐えろ」

 

「……ッ」

 

 泣きそうな顔になりつつも男が頷いた。

 良い子だ。

 

 俺はそっと階段先のロッカーに身を忍ばせた。

 

 心音が近づく。

 




殺人鬼の執着を、文面だけで理解した気でいるとはな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不安の元凶

 心音は止まらず、どんどん近付いてくる。

 それと同時に女性らしき呻き声も聞こえてきた。

 

 まさか、シェリルか……?

 

 床が揺れる。

 トラッパーが降りてきている。

 地下吊り2人目……シャンデリア状態だ。

 

「やだ、やめてよ! 嫌! 嫌ぁ!」

 

 シェリルではない、か。

 

 ひとまず安心だが——予断を許さない状況である事には変わりない。

 地下吊りが2人、俺は地下ロッカー。

 直った発電機はたったの2台。

 

「い、いや……やめ、て……」

 

 見覚えのない顔の北欧女性らしき人物を担いだトラッパーがロッカーの前を通り過ぎていく。

 興奮が厄介だな。このパークのせいで地下吊りを狙えるダウン場所がかなり拡大している。

 

「ぁああああああああッッッ!」

 

 絶叫が地下室中に響き渡る。

 もう一度トラッパーがロッカーの前を通り過ぎていく。

 

 カチャ、キチ……

 

 罠を仕掛ける音。

 階段を登りきったところに仕掛けたか。

 

「……」

 

 やがて心音が小さくなり、消えた。

 キャンプはしないらしい。俺なら絶対に地下の入り口周りから動かないが……何か狙いがあるのか、そこまで知能が残っていないのか。

 

「シェリルがスキルチェックでもミスったか?」

 

 そんな事を呟きながらロッカーから出る。

 

「やっとか! はやく助けてくれ、腕が限界だ……!」

 

 駆け寄りつつフックの状況を見る。

 男から優先して救助、女は……おいおい!?

 

「やめろ! 動くな! 自力で抜けようとするんじゃねぇ!」

 

「え? は? ……きゃあッ!?」

 

 クソ、遅かった! これでリーチが2人になっちまった!

 男を救助し、罠の場所を教えつつ女の方も救助する。

 

「俺の後ろにぴったりつけろ!」

 

 心音がする。

 やはり、そこまで遠くには行ってなかったか。

 そりゃあそうだ。トラッパーで地下吊り2人。遠くまで出向く理由がない。

 

「わ、わかった」

 

 男と女が俺の後ろにぴったりついたまま階段を駆け上がる。

 

 自力抜けが痛いが、説明が無ければやって当然の行動だ。

 フックに引っ掛けられ、黒い脚がじわじわと構築されている状況。抜けようとすれば死が早まるなんて発想に至れるほど冷静な奴はほぼいない。

 

「殺人鬼が来たら俺が引きつける! お前らは離れてお互いの背中をさすれ、発電機を修理しろ! いいな!?」

 

「せ、背中……?」

 

「いいから従え! 死にてぇのか!?」

 

 俺の剣幕に気圧されたのか、2人が頷く。

 階段は登りきった。心音から、トラッパーの方向も何となく把握できている。

 

 2人を別方向に逃げるよう指示したあたりで、固有建築内に入ってきた鉄仮面の殺人鬼と目が合った。

 まずい、まだ2人の足跡と血痕が残っている。

 追われれば、あっという間に2人の仲間を失うだろう。

 

「……」

 

 その時感じたのは、体験したことのない奇妙な感覚だった。

 体験したことがないはずなのに、その効果がわかる。

 そんな、不思議な感覚。

 

「エヴァン・マクミランッッッ!!!」

 

 声に何かが宿る。

 トラッパーの目に、剣呑な光が宿った。

 

「俺とチェイスしようぜ」

 

「グオオ……オオオオオオオッ!!!」

 

 獣のような雄叫びをあげ、トラッパーが俺目掛けて突き進んでくる。

 俺は一目散に二階の窓枠を目指して走った。

 

「あば、よッ!」

 

 窓枠を飛び越える。

 外階段を降りながら横目で確認すると、トラッパーは窓枠をゆっくりと越えていた。

 あれだけ激怒した風だったが、そのルールだけは律儀に守るらしい。

 

「近隣の板は1枚使っちまってる。小屋板も吐いちまった。さて……どうするかね……」

 

 貯水タンクのあたりはまずい。

 木箱地帯に逃げたいところだ。

 

「1発もらう前提で……どうせなら一階の窓枠でもうちょい稼ぐか」

 

 横目で背後を確認する。

 窓枠は間に合わない距離だ。真っ直ぐ木箱地帯を目指した方が良いだろう。

 

「はッ、はッ」

 

 恐怖で呼吸が乱れる。

 そりゃあそうだ。俺は苦しいのが嫌いだ、大嫌いだ。

 背中を引き裂かれる痛みなんて到底受け入れられない。

 

 でも、やるしかない。

 俺が生き残るには、他の生存者に生き残ってもらわなきゃならない。

 

「ぐ、う……ッ!?」

 

 視界が眩む。

 痛みで思考が飛びそうになる。

 だが貴重な負傷ブーストを無駄にはできない。

 考える事をやめるのは許されない。

 

「おい、1発殴って終わりなんて腰抜けじゃああるまいよな、エヴァン・マクミラン! 俺はまだピンピンしてるぜ!」

 

 これは単純な煽りだ。

 あの感覚は全くこない。

 

 おそらく先程の名前を呼ぶ行為は——俺の固有パークのようなものが発動していたのだろう。

 効果は不明だが、クールタイムがあるのは確からしい。

 

 それと。

 

「グオオ……オオ……」

 

 煽りは、それなりに効果があった。

 

「は、はは」

 

 全身が気怠い。

 だが動ける。板が見えた。

 

 3周だ。

 フェイントをかましてでも3周してやる。

 何がなんでも時間を稼ぐ。

 

「罠は無しッ!」

 

 まず1周目だ。

 2度目のチェイスを経てわかってきたことだが、このトラッパーは知性が無いわけではないが……理性が、狡猾さが、圧倒的に足りていない。

 

 通知があれば、反応する。

 生存者を見たら、攻撃する。

 ダウンしたら、吊るす。

 その程度だ。

 

 板や窓に仕掛けると良い、ぐらいは学んでいるようだが浅い。

 キャンプとトンネル、救助狩り、発電機に圧をかけるべきタイミング。この中の一つたりとも理解していないだろう。

 

「追われたがってる奴を追っちまうようじゃ三流だ」

 

 だからこそ、まだ勝ち筋が途切れていない。

 2周目、追いつかれそうなところで板倒しのフェイント!

 

「ッ!」

 

 思わず足を止めた隙にもう1周!

 そして、すかさずチェイスポイントを移動する。

 

 背後から、バキバキと板を割る音が聞こえる。

 板割りフェイントはどうせやらないだろうという読みだったが、当たったな。

 

 さて、あいつらの負傷状態は治っただろうか。

 ゲーム時代なら確認できていた事だが、残念ながら今の俺には推測することしかできない。

 時間的には治療が終わっていてもおかしくない。

 シェリルも、解散後すぐに修理に取り掛かったのであれば……あと少しで完了するだろう。

 その頃には2人が修理を多少なりとも勧めているはず。

 

 そこまでいけば残るは1台だ。

 流石にその頃には俺が吊られているだろうし、シェリルにチェイスを頼む必要があるかもしれない。

 可能な限り窓枠で時間稼ぎをしたいところだ。

 

 さて、次のチェイスポイントは板1、窓1タイプか。

 板倒しのフェイントをうまくやって窓を最大限に使いたい。

 

 そんな思考に至ったところで、正面から突如爆発音が響いた。

 

「おいおい……!」

 

 スキルチェック失敗。

 おそらく、トラッパーの固有パークである不安の元凶の効果のせいだろう。

 

 シェリルか?

 せめてシェリルであってくれ、頼む。

 

「か、カラシナ……!」

 

 見知った顔がひょこっと出てくる。

 良かった、シェリルだった。

 

「別のところに行け。そこの狂犬と散歩しなきゃならん」

 

「……わかった」

 

 シェリルが走り去っていく。

 おい、走るな……とは言えないか。

 

「執着の対象で、負傷状態。理性がねぇお前なら俺を追ってくれるよな?」

 

「グオオオオオオオ!!!」

 

 俺が余裕そうなのが癇にさわったらしく、背後から雄叫びが聞こえる。

 

「声がでけぇのは、デメリットだぜ?」

 

 修理完了間近の発電機を横目に、チェイスに入る。

 これを邪魔してしまったのは痛い。勝利が遠のいた。

 

「さて、次はどこに逃げる……」

 

 じわじわと真綿で首を絞められていくような感覚。

 本当は余裕なんか、微塵も感じちゃいなかった。

 




 カラシナ固有パーク①

 コール・ネーム

 貴方は、その殺人鬼を知っている。
 16メートル以内に負傷状態の生存者がいる状態で、殺人鬼の視界に入った場合に任意で発動可能。
・(6/12/18)秒間、殺人鬼は使用者以外の足跡及び血痕を見ることができない。
・発動後、使用者はオブセッション状態になる。
 また、コール・ネームの発動には60秒のクールタイムがある。

「来いよトラッパー! いや、エヴァン・マクミラン!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

血の協定

 

「……」

 

 シェリルと遭遇してから2度ほどチェイスポイントを移った。

 板消費は2枚。

 節約とも浪費とも言い難い数だ。

 

「く、あ……ッ」

 

 ダメだ、呻き声を我慢するのは無理だ。

 一度手で無理やり息を止めて我慢しようとしてみたが、即座に視界が眩むような痛みに襲われた。おそらくあのまま行けば俺は勝手にダウンするか、まともに歩けずトラッパーに攻撃をもらっていただろう。

 

「小石一つ拾うのにパークを要求してくる世界だもんな」

 

 定められた行動以外を取るなら、相応の何かを要求されるわけだ。

 

 しかし、実際問題として呻き声を消さない限り、追跡を途切れさせるのは難しい。

 窓枠を飛び越えつつ、未だ俺を諦める素振りを見せないトラッパーを睨む。

 

「はッ……いいのかよ、俺を追ってて。発電機が直っちまうぞ」

 

「……」

 

 言葉が理解できているのかいないのか。

 不明だが、ひとまずこの窓をもう一周……

 

 

 カチン

 

「〜〜〜ッ!!?」

 

 脚に激痛が走り、地面に頭から激突する。

 

 トラバサミ!?

 しまった、窓枠と板の場所しか意識していなかった。

 道の途中になんて、そんな、クソッ、ふざけんな!

 

「……」

 

 トラッパーがゆっくりと近付いてくる。

 トラバサミからの自力脱出を試みているが、ダメだ。間に合わない。

 俺のチェイスはここで終わりだ。

 

 そこで、軽快な音と共に視界の端で修理された発電機のオーラが強調表示された。

 位置的にシェリルが修理したものだろう。

 

「俺を嘲笑してる場合かよ、エヴァン・マクミラン。脱出ゲートが開いちまうぞ。そんなのでエンティティ様の機嫌が取れるのか?」

 

「……」

 

 無言で斬りつけてくる。

 俺は短い悲鳴をあげて、地に伏した。

 時間を稼ぐ。少しでも。

 

 血溜まりを泳ぐように、醜く這いずる。

 どうせ、俺を見て嗤ってるんだろ?

 存分に嗤え、最後に笑うのは俺だ。

 

「……」

 

 トラッパーに掴み上げられ、肩に担がれる。

 少しでも妨害すべく身体をばたつかせるが、抵抗むなしく壁裏のフックに吊るされた。

 

 肩を抉られる感触。

 

「ぅううあああああああッッッ!!!」

 

 喉が掠れるほどの絶叫。

 これは単に痛みだけじゃない。この後に来る——

 

「ぐ、おお……ッ」

 

 エンティティの脚への恐怖だ。

 手のひらに食い込み、今にも手ごと突き破りそうな感覚を覚える。

 

「が、あァ!?」

 

 突然鋭い痛みが走る。

 見れば、至近距離にトラッパーの鉄仮面があった。

 

 ああ、そうだ。

 コイツは、吊られている最中の俺の身体に、刃物を突き刺しやがったんだ。

 

「はッ、あッ、……おいおいおい、やめろ、やめてくれ」

 

「……」

 

 じりじりと刃物が深く突き進んでくる。

 内臓をぐちゃぐちゃに掻き回される感触、それに伴った激痛。

 

 だがエンティティの脚は、手放さない

 

「ご、んな、ゲホッ、おぉ、あ……ッ」

 

 言葉を口にしようとして、迫り上がってきた血に邪魔される。

 刃物はとっくに心臓に至り、今は気管の辺りを蹂躙し始めたところだろうか。

 

「……ッ」

 

 もはや言葉もなく睨みつける。

 だが俺の意志に反して、瞳からはボロボロと血とも涙ともつかないものが零れ落ちてくる。

 苦しい。憎い。殺したい。殺されたくない。

 

 そして一つの思考がよぎる。

 どうせここで死んだってまた別の儀式に向かわされるだけだ。

 ならさっさとエンティティの脚から手を放して死んでしまった方が楽なのではないか?

 

 口からボコボコと血が溢れる。

 呼吸なんてできやしない。

 視界が暗くなってくる。

 手を、放したく——

 

 

 軽快な音と共に、発電機のオーラが強調表示された。

 

 

「……ゴボッ、げほッ」

 

 血は止まらない。

 だが分かるか、トラッパー。

 お前は誰一人落とさず発電機残り1台の時を迎えたぞ。

 

 流石に焦りを感じたのか、トラッパーが刃物を抜き、俺から離れていく。

 ……通り道に罠を仕掛けつつ。

 

「ガ、ハ、ゴホッ」

 

 口の中の血を吐き散らしていると、ようやく呼吸ができるようになってきた。

 エンティティが治したのか、何なのかは分からない。

 

「……すかさず修理か、やるじゃねぇか」

 

 見知らぬ男女2人組がせっせと発電機に触っているオーラが見える。

 さて対するシェリルは。

 

 ……随分と近いな。

 

「カラシナ、何というか……大丈夫?」

 

 横のジャングルジムからひょこっと顔を出したシェリルに、笑って答える。

 

「まったく大丈夫じゃねぇ。はやく助けてくれ」

 

「了解」

 

 シェリルに抱えられ、フックから降りる。

 途端に俺は膝をついた。

 

「あ、回復?」

 

 そうだけどそうじゃない。

 シェリルに背中をこねられながら、俺は必死に心を鎮めていた。

 

 怒りと恐怖。

 その二つが心の中で競り合っている。

 脚の震えは、いったいどちらの震えだろうか。

 

 ……ダメだ、こんな精神状態じゃ何も上手くいかない。

 切り換えろ、お前は助かった。次にするべき事は何だ?

 

「シェリル、他に修理が進んでいる発電機は?」

 

「え? あー……無い、かも」

 

 無い?

 

「あの発電機の修理後、何をしてた。チェスト漁りか?」

 

 あまり褒められた判断ではないが、もし鍵を引けば一気に優勢になる。

 あの2人組は両方リーチだ。どう足掻いたってどちらかは死ぬ。

 となれば修理された発電機4に対して生存者が3。

 脱出用ハッチが出現する条件は、修理された発電機数 − 生き残っている生存者 = 1、となっている事だ。

 すなわち、3人でハッチ脱出が可能になる。

 

 しかし、シェリルの返答は俺の予想の斜め下をいくものだった。

 

「いや、何というか。ずっとカラシナのオーラが見えてたから何か手伝いができないかなって思って……追いかけてたの」

 

「血の協定……俺からは見えなかったが」

 

 パークが発展途上なのだろうか。

 

 治療が終わる。

 シェリルが歩き始めた姿を見ていると、やはり速くなっているように感じる。

 

「可能なら、常に俺の16メートル以内にいてくれないか」

 

「それ、プロポーズだとしたら0点ね」

 

 黙って睨みつけると、シェリルが肩をすくめた。

 コイツ、自分は一度も吊られてねぇからって……!

 

 いや、落ち着け。

 もっと話すべきことがある。

 

「シェリル。おそらくだが、お前固有の能力ができつつある」

 

「……へぇ? ひょっとして、このちょっと足が速くなる現象のこと? 治療して暫くは元気になった分速くなれる、みたいな事かと思ってたけど」

 

 ああ、そういう解釈だったのか。

 流石に懇切丁寧にパーク内容を説明すると疑われる。

 多少ぼかして話すとしよう。

 

「16メートルほど離れた辺りで速度が戻った。おそらく怪我を治し合った者同士でいることがトリガーだ」

 

 俺の固有パークらしきものも、儀式の中で発達した様子だった。

 シェリルもそうなのだろう。

 

「だから血の協定ってわけ?」

 

「……」

 

 やばい、独り言が大きすぎた。

 どう誤魔化すか必死に思考を回していると、シェリルが軽く微笑んでいった。

 

「ネーミングセンスはあるね。じゃあ私達は血の協定を結んだわけだ」

 

 シェリルが手を差し伸べてくる。

 その瞬間、怒りと恐怖の板挟みで動かなかった身体がピクリと反応した。

 

 そうだ。今はまだ、立ち止まってる場合じゃない。

 

「……ああ。血の協定だ」

 

 膝の土をはらい、立ち上がる。

 そしてシェリルの手をがっしりと握った。

 

「時間が惜しい。さっさと発電機の場所に行くぞ」

 

 シェリルの笑顔がピシッと固まる。

 

「カラシナ、空気読まないねー」

 

 空気を読むことと生き残ることが直結しているのは現代社会ぐらいのものだ。

 この世界では何の意味もない。

 





君がまともに苦しんでいるようで嬉しく思うよ。
ゲームだったなら、そこで立ち止まらなかっただろう?


……血の協定……ふむ、協定か……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

儀式査定:アイアン・ワークス・オブ・ミザリーにて

 昏く澱んだ世界の底。

 その奥底で、蠢くものがあった。

 

 それは、あまりに不浄で。

 あまりに虚に満ちていた。

 

「アイアン・ワークス・オブ・ミザリー……」

 

 女神エンティティの数多の目がぎょろぎょろと動く。

 その視線の先には、現在同時に進行されている儀式の様子が映っていた。

 

「今回仕入れたサバイバーは豊作だ……ああ、そうだ、この儀式……」

 

 数多の腕の内の一本が儀式の画面を愛おしそうに撫でる。

 

「記憶の漂白に失敗した出来損ないの魂……まさかこれほどまで魅せるとは、な……」

 

 宙に、カラシナ・ゲッケイ:儀式結果:処刑、の文字列が並ぶ。

 通電後の脱出ゲート開放の間のチェイスを引き受けたこの男は、他3人を脱出させつつも自身は処刑された。

 自己中心的でありながら自己犠牲的。

 冷静沈着でありながら強迫観念に縛りつけられたこの男が参加した儀式は、剪定前の儀式とは思えないほどに高揚を覚えるものだった。

 

「シェリル・メイソン……カラシナ・ゲッケイ……この2人を霧の深部に招こうか……」

 

 残り2人は、もう一度だけ査定用の儀式にかける。

 カラシナ、シェリルの働きが目立ったせいで見極めが難しいからだ。

 

「ふ、ハハハ……」

 

 このような措置も、エンティティにとっては初めてであった。

 心と呼ぶにはあまり汚れた何かが軋みながら、揺れる。

 

「カラシナ・ゲッケイ……お前の知識は、面白い……いったい前世はどの世界にいた……?」

 

 残りの期待はずれ共の魂を貪りながら、エンティティの身体が悦びを示すようにぶちぶちと嫌な音を立てて弾けた。

 

 

 

 

 

 

「……ッ……あ、ぅあ」

 

 身体の芯を貫かれるような、鋭い痛みで意識が覚醒する。

 ここは、どこだ。

 黒い霧に包まれ、何も見えない。

 

「ああクソ。失敗した失敗した失敗した……」

 

 頭を掻きむしり、腹を押さえる。

 強烈な処刑の痛みが、幻覚となって苛んでくる。

 エンティティの脚。アレは単に腹を貫くだけに留まらなかった。

 魂そのものに傷を入れられたような、そんな悍ましさ。

 己の大切な何かを蹂躙されたような、圧倒的な不快感と苦悶があった。

 

呪術:誰も死から逃れられない(ノーワンエスケープデス)……クソ、固有パーク3つじゃなかった、追加で共通パークを……ッ!」

 

 思い返すのは、先程の儀式。

 どのキラーでも最初から取得できるパークの一つ、通称ノーワン。

 そのパークにしてやられたのだ。

 

 ノーワンの効果は単純だ。

 通電後に生存者を一撃でダウンさせられるようになるというもの。

 

「足の速さで気付くべきだった……!」

 

 副効果として、移動速度が最大4%増加というものがある。

 そこがノーワンを見分けるポイントではあるのだが……見分けたとして、無効化は厳しかったか。

 

 ノーワンは強力なパークだが、無効化する方法がある。

 そもそも呪術と名前がついたパークは全て、無効化が可能なパークである。

 呪術パークをキラーが装備した場合、マップ上にある無力なトーテム(骸骨で作られている、腰丈ほどのサイズの物)が、パークの数に応じて呪いのトーテム(火が灯った姿)に変化する。

 そして、この呪いのトーテムを破壊する事で、呪術パークの無効化が可能だ。

 

 ……中には、霊障の地などの呪いのトーテムが壊されることをトリガーとするパークもあるが。

 

「こっちはパーク一個だぞ……」

 

 動きに拙さがあるとしても、パーク全揃いの殺人鬼の相手は苦しい。

 こっちの味方の動きだって負けず劣らずの拙さだったから余計に。

 ……3人は逃げられたのだろうか。変に俺の救助を狙って居残りをしていないといいが。

 

「……ん?」

 

 突如として、周囲を覆っていた霧が晴れる。

 それと同時に、足元に鮮血で描かれた蜘蛛の巣状の模様が広がった。

 

「血……?」

 

 力が抜け、その模様の上に倒れる。

 この血は……俺の血だ。

 

「ご機嫌よう、サバイバー・カラシナ。君に理解しやすい呼び名でいくならば、これはブラッド・ウェブだ」

 

 言語ともつかない囁き声。

 しかし、脳に直接その言葉の意味が伝わってくる。

 周囲を黒い蜘蛛の脚が囲んでいる。

 

 ブラッド・ウェブ。そう言ったのか。

 儀式で得たポイントを使い、パークやアイテム等を取得していく、スキルツリーのような物。

 やはりあるのか。

 

「は、ぁ……パークの、枠は」

 

「まだ1つ。先程の儀式の報酬は少し多めにしてある。次の儀式では、2つ目の枠が開放されるだろう」

 

 そうか。

 2枠目のパーク開放は、確かレベル5……かなり多めにしてくれているらしい。

 だが共通パークで使えるものなんて限られてる。

 凍りつく背筋、予感あたりの索敵パークか、血族なんかが欲しいところだが……そこまで自分の運に期待はできない。

 

 そこで、周囲の蜘蛛の脚がケタケタと、嗤うように地面を何度も叩き始めた。

 耳の奥まで潜り込んでくるような、不快な音だ。

 

「固有パークと言ったか……それが欲しいのであれば、枠は1つ空けておく事をすすめるよ……」

 

 ……なるほど。

 

 ブラッド・ウェブに手を触れる。

 力が抜けていく感触と共に精神の奥深い場所が侵食されていく。

 これは……危険な代物だ。

 可能ならレベルを上げすぎない方が良い。

 パーク枠の最大数である4……それを開放できる15レベルあたりで止めておくべきか。

 

「好きにするといい。だが忠告しておこう……ここで使わなかった血は

、消える。お前の記憶の中のように貯め置く事はできない……」

 

 構わない。

 パークが4つ。それさえあれば俺はやれる。

 

 ブラッド・ウェブをレベル5まで回した辺りで、視界がじわじわとブラックアウトしていく。

 次の儀式に連行されるのだろう。

 

「その自信、いつまで保つか……楽しみにしているよ……」

 

 残る力を総動員して、エンティティを睨み付ける。

 奴はただ、脚を揺らして愉悦を表現した。

 

 視界が、聴覚が。完全に閉じ切る最後の瞬間。

 

 ——どこか遠くで、金切り声が聞こえた気がした。

 

 

 





洗礼といこうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

登場人物紹介①

(アイアン・ワークス・オブ・ミザリー編時点)

 

 カラシナ・ゲッケイ

 

 転生者。前世では熱心なDead by Daylightプレイヤーであり、今世では転生知識を活かしてそれなりに上手く立ち回っていた。

 クローデット・モレルが行方不明になった事件をきっかけにエンティティを意識するようになり、学友4人を手にかける凶行に及んだ。

 キラーになる事を望んでの凶行だったが、エンティティの采配により生存者に。

 初参加した儀式では固有パークに目覚める等、健闘するもトラッパーに処刑された。

 

 固有パーク:コール・ネーム

       ???

       ???

 

 

 シェリル・メイソン

 

 サイレントヒル3の主人公。偽名であるヘザーを名乗ることの方が多い。

 カラシナと共に儀式に初参加。

 儀式の最中に固有パークに目覚める。最初は迅速効果のみ、次第にオーラ可視化能力に目覚めた。

 しかし、その能力を活かして最後に見たものは、処刑されエンティティに連れ去られるカラシナの姿だった。

 その後トラッパーに狙われるも、ハッチからの脱出に成功した。

 

 固有パーク:血の協定

       ソウルガード(未開放)

       抑圧の同盟(未開放)

 

 

 生存者A

 

 東洋系の顔立ちの男性。

 地下吊りをされるもカラシナに救助され、その後ゲートからの脱出に成功。

 エンティティの計らいによりもう一度査定用の儀式に。

 

 

 生存者B

 

 北欧系の顔立ちの女性。

 地下吊りをされるもカラシナに救助され、同じくその後ゲートからの脱出に成功。

 エンティティにより、もう一度査定用の儀式に。

 自力抜けをめちゃくちゃ叱られた理由はまだよく理解していない。

 

 

 トラッパー(本名:エヴァン・マクミラン)

 

 トラバサミを扱う、鉄仮面と農夫服が特徴的な殺人鬼。

 主に査定用の儀式を担当している。

 そのため、立ち回りや罠の配置には拙い部分が多く、衝動的に動きがち。

 カラシナを処刑しご満悦だったが、初参加者相手に3逃げという不甲斐ない結果に終わったため現在エンティティにより「折檻」中。

 

 

 エンティティ

 

 不浄の女神。儀式の管理者。

 唐突に現世から名指しでラブコールを受け、最初は少し驚いた。

 キラー志望であることは認識していたが、その高い生存欲に着目し生存者として霧に招いた。

 カラシナの儀式での活躍には概ね満足したが、ややゲーム感覚であることに不満を抱いている。

 

 

 Dead by Daylight

 

 カラシナが前世でプレイしていたゲーム。

 エンティティの行う儀式と少しズレがあるようだ。

 現在(2020/12/1)Steamでセール中、60%オフで購入が可能である。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

篝火にて

「——ナ」

 

「カラシナ!」

 

「うおっ!?」

 

 視界に飛び込んできたのは、俺を睨む金髪の女。

 シェリル・メイソンだった。

 

 次第に状況を思い出す。

 そうだ、俺は処刑されて、エンティティと会って、それから……

 

「次の、儀式か……?」

 

 シェリルに支えられつつ、身体を起こす。

 俺が寝ていたのは丸太を切って足だけつけたような、質素なベンチだった。

 そして、中心で焚かれた火を囲むように、他2人が同じようなベンチに座っている。

 

「あー、なるほど?」

 

 ある意味、儀式よりも見慣れた景色だ。

 dbdにおける、待機画面である。

 ひょっとして出る儀式がないサバイバーはここで待つ事になるのか?

 

 そこで、ふと、横のシェリルがずっと無言な事に気付く。

 

「……」

 

「え? 怒ってる?」

 

「当たり前じゃない。私達、血の協定を結んだ仲でしょ。反応が薄すぎない?」

 

 血の協定はオブセッションであれば誰でも結べるぞ。

 そんな事を言いかけて、止める。

 オブセッションの概念を知ってるのは流石に言い訳がきかない。

 

「……そうだな。その様子だと、脱出はできたんだな?」

 

「貴方の処刑を見てたら逃げ遅れた」

 

 は?

 ……いや、3段階目で処刑なんて教えてないからな。助けられる、と判断してもおかしくはないか。

 

「処刑、されたのか」

 

「いいや? 一応、カラシナの言ってた別の脱出経路から出られたから」

 

 何なんだよ。

 二転三転するシェリルの話に肩を落とす。

 主人公ってのはマイペースらしい。

 

「まぁ、また無事に会えたって事で。次の儀式でも多分一緒だ、よろしくな」

 

 俺が手を差し出すと、シェリルが握り返す。

 血の協定、再結成だ。

 

「そうね。よろしく」

 

 

 

 

「感動の再会は済んだかしら」

 

 向かいのベンチから女性の声が聞こえた。

 そうだ、俺たち以外にも人がいるんだ。

 

 アレは……ネア・カールソンか。

 アーティスト肌の不良少女だな。

 

「放ったらかして悪いな。俺はカラシナ・ゲッケイ。儀式は2回目だ……あんたら、儀式の先輩ってやつだよな?」

 

 そう言ってネアのいるベンチに歩み寄る。

 隣にいる人物もよく見えるようになってきた。コイツは……デイビット・キングじゃねぇか。

 

「おいおいよく見りゃ新入りはジャップかよ! 期待できねぇな!」

 

 キングが大袈裟な動作で頭を抱える。

 ネアが軽く眉をしかめた。

 

「まぁまぁ。ここじゃ国籍は関係ない、流れる血も一緒、皆等しく死体候補だ。そうだろう?」

 

「ハハハハハ! 違いねぇ!」

 

 キングが膝をバンバンと叩いて笑う。

 意外に陽気だな。儀式が始まって日が浅いのか?

 

「つかぬ事を聞くが、ネアとキングの儀式参加回数を教えてくれないか」

 

 俺の質問に、2人が揃って怪訝な表情を浮かべた。

 何だ? 回数を聞くのはタブーなのか?

 

「あんた、何であたしの名前を知ってるわけ?」

 

「ああ。俺の名前もだ」

 

 しまった。

 クソ、また同じミスをするのか。

 ……だが、まだリカバリーがきく。

 

「俺は現世でこの儀式の管理をしている邪神について調査を行ってたんだ。黒い霧に誘われた可能性がある人物リストに、あんたらの名前があったのさ」

 

 俺の言葉に、キングがすっと目を細めた。

 

「へぇ? じゃあ向こうでの俺を知ってるのかよ」

 

「勿論、有名じゃないか。その後の暴力とコネに物を言わせたグレーな生活については知る人は少ないけどね」

 

 デイビット・キング。

 元ラガーマンの、才能と実家に恵まれた男。

 ラグビーのリーグにいた時こそ華やかなキャリアを積み上げていたが、暴力事件をキッカケにそれは一変。

 リーグから追放され、酒女暴力の三拍子揃った典型的なろくでなしの人生を送り始めた。

 

 これが俺の知るデイビット・キングだ。

 

「……探偵気取りかよ、くだらねぇ」

 

 反応を見るに、俺の知識とそうズレはないようだ。

 助かった。

 

「じゃあ、あたしの事も知ってるわけ?」

 

「ああ。ネア・カールソンだろ? 見事なストリートアートを描いて回っていた」

 

 ネアの口の端が上がる。

 そして得意げに続けた。

 

「見る目あるじゃない」

 

「そいつはどうも」

 

 横でキングが不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 儀式の前に仲違いはしたくないのだが……

 

「おい。奥の金髪女とはどういう関係だ?」

 

 キングから探るような目が向けられる。

 どういう関係、か。

 

「最初の儀式は彼女と一緒だった。それ以前に会った事は無かったな」

 

「……2回目でその落ち着きか」

 

 鋭いな。

 流石は公式にスポーツと学問(・・)共に非凡な才能だったと書かれるだけはある。

 

「儀式の結果はどうなんだ。ゲートを開けて逃げたのか?」

 

 これは……処刑されたと言うのはまずいか?

 疑念が加速するかもしれない。

 しかし、シェリルがいる以上偽ることは不可能。

 いや上手く言いくるめられれば。でもバレるリスクと釣り合うか?

 

 様々な思考がよぎり、悩んだ結果——真実を語ることに決める。

 

「2人がゲートから脱出、奥の金髪女が別口からの脱出。俺は……処刑された」

 

 どうだ?

 どういうリアクションになる?

 

 ネアは単純だ。顔を青ざめさせている。

 自分が処刑された時の苦しみを思い出したのだろう。

 

 一方のキングは、無表情を保ったままだった。

 

「発電機を回し切ったのか?」

 

「ああ」

 

「経験者ゼロで?」

 

「そうだな」

 

「お前が指揮した結果か?」

 

「他の奴らに発電の指示をして、俺が殺人鬼を引きつけて時間を稼いだ」

 

 キングが腕を組み、目を瞑る。

 そしてゆっくりと口を開いた。

 

「俺には、違法賭博をやってる地下闘技場に出入りしてた時期がある」

 

 ああ、知ってる。

 俺は頷いた。

 

 キングが続ける。

 

「俺は負け無しの闘士だったが、ある対戦を機に、顔を出すのをやめた……まぁ、場所を変えただけでそういう所自体にはその後も少しだけ出入りしてたが」

 

 それは知らない話だ。

 

「俺はこう見えて冷静に物事を判断してるし、情だってある。だがあの時会ったのは、俺とは決定的に違う人種だった。間違いない、ホンモノだよ。……何のって?」

 

 キングが目を開け、俺を指さす。

 ニヤリと笑って言った。

 

狂ってる(・・・・)ヤツさ。カラシナとか言ったか……お前だよ。お前はソイツに似てる」

 

 俺は咄嗟に反論しようとしたが、尚も話を続けるキングに出鼻を挫かれた。

 

「良い。お前となら脱出できそうだ……感情やら何やら度外視でイカれた手法を取りはするが、お前みてぇなのは——恐ろしいほど合理的だからな」

 

「合理的である事は同意するが、狂ってはない。第一、俺はお前達のような被害者を助けようと熱心に調査を——」

 

「俺が儀式に何回参加したかって? さぁな、20回かそこらだろうよ。そしてゲートを開けて脱出できた回数は、たったの1回だ。しかも俺1人だけ。それをお前は初めての儀式で3人も脱出者を出した。何故か? お前が狂ってるからだよ。処刑された、なんて口では悔しそうだが、その行動が一番脱出者を増やせるからやったんだろ?」

 

 キングが俺の胸ぐらを掴んで引き寄せる。

 何なんだよ。

 

「俺の処刑は避けられそうになかった。だから最大限活用する事にした。何がおかしい?」

 

 キングが堪えきれない、といった風に笑いだす。

 俺の胸ぐらから手を放し、立ち上がって背中をバンバンと叩いた。

 体育会系のコミニュケーションだな。

 

「ハハハハハ!!! おい、聞いたかよネア! やっぱそうだぜ! 次の儀式は死なずに済むかもしれねぇ!」

 

「……そうね」

 

 俺は肩に回してきたキングの腕をやんわりと振り払い、シェリルの隣に戻った。

 勝手に狂人に仕立て上げたきゃ仕立て上げるといい。

 

 俺は友人を手にかける時だって微塵も狂っちゃいなかったんだ。

 冷静に、苦痛を与えず、手際良くやった。

 友人の死、その一つ一つに向き合ってから殺したんだ。

 

「あー……カラシナ、大丈夫?」

 

「大丈夫だ。一応俺の指示は聞いてくれそうだしな」

 

 その後、俺はキングの興奮が落ち着いたのを見計らって、互いの能力や儀式内での立ち回りについて話し合った。

 

 




 正しさと狂気は両立するものだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二の儀式

 作戦会議が終わった数分後。

 疲労のせいか、強烈な眠気に襲われた俺は焚き火付近の地面に寝そべり、目を閉じた。

 

 

 そして、気付けば霧の森に俺は立っていた。

 突然の事に頭が追いつかず、周囲をキョロキョロと見渡す事しかできない。

 

「こ、れは……」

 

 微かに眠気の残る脳を無理やり動かす。

 思い出せ、ここはどのマップだ!?

 

 中央に向かって歩く。

 すると、すぐに2階建ての固有建築が見えてきた。

 

 そして目に入る——考え無しに跳んだとしてもかなりの時間が稼げてしまう、イカれた強さの窓枠。

 記憶にある。思い出せるぞ。

 

「クロータス・プレン・アサイラム…… ディスターブド・ウォード!」

 

 マップ中心に2階建ての病院。

 クロータス・プレン・アサイラムと言うと、サーカス団のあるマップ—— ファザー・キャンベルズ・チャペルの方を想起する事が多いため勘違いしがちだが、一応はナース(・・・)のマップである。

 この病院は、テキストから推測すると……ナースの勤めていた、暴力的な精神病患者を大量に閉じ込めていたらしいクロータス・プレン精神病棟だろう。

 

 初儀式の事を考慮するなら、キラーは……

 

「キィ……ァアア……」

 

 マップ上に響く金切声。

 間違いない、ナースだ。

 

 看護服に看護帽、麻袋のような物で覆われた顔。

 ひび割れ、中に火が灯った腕。

 金切声と共に行う、ブリンクと呼ばれる瞬間移動。

 

 中でも金切声は、敵がナースである事や、いつ瞬間移動したのか把握できる重要な情報源だ。

 

「巡回中ってとこか」

 

 早めに中心の確定湧き発電機を修理してしまいたいところだ。

 せっかくの強い窓枠は、相手がナースという事もありほぼ無意味だが……発電機の偏りを無くす為には真ん中は早めに抜きたい。

 

 忍び足で固有建築内に侵入する。

 目指すは階段をのぼった先、中心の部屋だ。

 

「よし……」

 

 ナースか。

 寝る前の会議で、多少なりとも対策は話したはず。

 

 チェイスのポイントは、視線を切りつつとにかく距離を取る事だ。

 実践できているといいが。

 

「ここを修理したらそこの宝箱でも漁るか」

 

 アイテムについても検証したい。

 ブラッドウェブにはまだ出現しなかった。オファリングはいくつか出現したため、使用を検討していたのだが……寝ている間に儀式に呼び出されたせいで何も使えていない。

 

 

「————ァアア!」

 

 

 びくりと肩が跳ねる。

 これは、悲鳴だ。

 生存者の誰かがダウンした事を示す断末魔。

 

「オーラは見える、か」

 

 発電の進捗はまだ半分ほど。

 もうダウンか……早いな。

 これは覚悟しておいた方が良いかもしれない。

 

「救助……可能なら他に任せたいが……」

 

 距離。行けない範囲ではない。

 だがナースは救助狩りも得意だ。そしてこの試合で決死の一撃を持った生存者はゼロ。トンネルしない理由はない。

 

 ……1台も直っていない状況でリーチを作られるのはまずいな。

 

「……クソッ」

 

 連続して吊られる事を防げる——いわゆるトンネル対策パークを持っているのは俺だけだ。

 行くしかない。

 

 オーラがふっと消える。殺人鬼に担がれたようだ。

 発電機から手を放し、床に空いた穴から一階に降りる。

 

「悲鳴は女……シェリルなら多分血の協定で担いでる間も見えるはず……いや、俺がオブセッションとは限らないか?」

 

 思考を整理しながら、おそらく吊られるであろう場所に向かう。

 固有建築を出たあたりで、ようやく悲鳴と共に吊られた生存者のオーラが可視化された。

 

 ……シェリル・メイソンだな。

 

「チェイスは苦手か。なおさら俺がタゲ取りしねぇと……」

 

 オブセッションは他の奴か。

 オブセッションが執着の対象である事を考えると……黒い霧に招かれる以前から接点のある、ネア・カールソンが現在のオブセッションと考えるのが妥当か?

 

「なら、シェリルに聞けばネアの居場所も分かる。チェイスする場所はそこから判断して……」

 

 デビキンであれば俺とチェイスを交代してもそれなりの時間が稼げるはず。

 デッドハードはそれだけのパワーがあるパークだ。

 

 そこまで考えた辺りで、シェリルが吊られたジャングルジム地帯のフックに到着する。

 

「うッ、あ!」

 

 オーラが消える。

 救助されたからだ。

 

 俺以外の者によって。

 

「被ったか……!」

 

 おそらくずっとオーラが見えていたであろうネアが救助に来た。

 純粋な発電時間の損失である……普通なら。

 

 俺が来た意味はある。

 ベビーシッターなら完全にパークが腐っていたところだが、俺の固有パークなら。

 

「そんなに急いでどうした? サリー・スミッソン」

 

 救助通知を聞きつけやってきたナースの視界内に自身の姿を晒す。

 コール・ネームが発動した感覚。

 視界の隅に、シェリルのオーラが見えるようになる。

 走って逃げている様子だ。心音が聞こえ始めたからか、俺がパークを発動したのを理解したからか……あるいはその両方か。

 

「……アァウ」

 

 ナースが、ブリンク使用後の疲労スタンを示す呻き声を発した。

 

 さぁここからだ。

 ゲームにおける、いつの時代の能力を持ったナースなのか。

 そこを確かめさせてもらう。

 

「ゥウ……」

 

 即座にブリンクの構え。

 クールタイムは無しか。ハハ、なるほど。

 絶望的だな?

 

「そんなに怒るなよ」

 

 即座にジャングルジムに入り視線を切る。

 さて、ここからどうチェイス——いや、おかしい。

 

 ブリンクの溜めが長すぎる(・・・・)

 

「トンネル狙いかよ……ッ」

 

 このナース、理性があるのか!?

 

 慌ててシェリルの位置を確認する。

 かなり遠い……俺のパークで痕跡は消えているはずだから、フック付近を探すはず……!

 なら俺のするべき行動は一つだ。

 

「じゃあ隠密させてもらうぞ」

 

 ナースとのチェイスは難しい。

 開始場所次第では熟練のサバイバーですらあっという間にダウンする事もある。

 ならどうやって時間を稼げばいいのか?

 

 隠密だ。

 ナースの通常歩行速度は他のキラーと比べて圧倒的に遅い。

 岩の裏を見る、なんて動作ですらそれなりの時間を持っていかれるほどに。

 

「俺がこのあたりにまだ残ってる事は知ってるはず」

 

 シェリルの発見は難しいだろう。

 そうなれば俺の方に来る。

 

 一人称視点での隠密など未経験だが、やるしかない。

 

「……ッ」

 

 ナースの金切声が響く。

 心音が近付く。

 

 来た。俺を探しに。

 

「……」

 

 既に俺は手頃なレンガ壁に身を隠している。

 相手の動きに合わせて、しゃがみ移動で隠密する……!

 

 ナースの呻き声が近付く。

 静かな戦いが、幕を開けた。

 




 寝ぼけているようだな。
 お前なら既に気付けているはずだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

囁き

「……」

 

 痛々しい呻き声。

 それに合わせて、レンガ間を移動する。

 隠れんぼが始まってから、まだ数十秒といったところか。

 離れないあたり、ここに誰かいるという確信を持っているとみて良いだろう。

 

 つまりは——キラー共通パーク、囁きをつけている可能性が高い。

 

 囁き。

 生存者から最小32メートル以内にいると、時々エンティティの囁きが聞こえるようになるパークだ。

 

 ゲーム的に言えば、アイコンが光る。

 吊られている生存者にも反応してしまうという難点に目を瞑れば、まぁ腐ることはない汎用性の高いパークと言えるだろう。

 

 正確なところはナースのみぞ知るところだが、おそらくエンティティが俺の居る場所をこそこそと囁いているのだろう。

 なんとも陰湿な奴だ。

 

「ウゥ……ゥ……ホォウ……」

 

 ブリンクの構え。

 ようやく去るか。

 

 ブリンクの瞬間に合わせて、立ち上がる。

 時間は稼げたが、俺も時間を取られた。

 さっさと発電を

 

「キィイイ! ァアアッ!」

 

「ッ!?」

 

 こいつ、2度目のブリンクで引き返してきて……!?

 まずい、視線を切れるのは……最寄りのジャングルジムか!

 

「ウゥ……」

 

 ブリンクによる疲労スタン。

 下方修正後であれば存在するはずの6秒間のクールタイムは無い。

 即座に視線を切らなければ。

 

「ホォウ……」

 

 がらんどうの腕から灯火が漏れる。

 ブリンクがくる。

 

 視線切りは——間に合わない。

 

「う、お……」

 

 後頭部に衝撃。同時に言葉通り頭が割れるような痛みが走った。

 

「ぁあああああッ!」

 

 悲鳴をあげながら急加速する。割られた後頭部が一気に再生し、一定の損傷に変換されていくのを感じる。

 そうか、この加速は超再生による身体機能の上昇によるものか。

 痛みを思考で誤魔化しつつ、次のチェイスルートを探す。オブセッションが俺に移ったのか、血の協定でシェリルの位置が見える。

 発電中だ。なるべくその方向とは逆で、チェイスしやすい場所を探さないと。

 

「ホォウ……」

 

 ナースのブリンクが来る。

 ジャングルジムのお陰で視線は切れている。おそらく俺を視界に入れるためのブリンク。クールタイムがあったならやりづからかった動きだ。

 

「ァア!」

 

 金切り声。正確なブリンクだ。俺を視界に入れる位置まで移動してきた。

 

「あ、ぶねッ」

 

 二度目のブリンク。ギリギリ届かない。

 鋸は振ってこなかった。よく距離を見てるな……!

 

「ウゥ!」

 

 疲労スタン。どこで視線を切る? ジャングルジムには戻れる距離……引き返そう。

 

「ホォオ……」

 

 ブリンク。

 ジャングルジムに入った瞬間に、移動音を聞き取り即座に切り返した。

 ブォン。

 鋸が空を切る音。俺の移動先を読んだ上での決め打ちブリンクだ。いかにも余裕そうにチェイスするお前ならやってくれるって信じてたぜ……!

 

 敵の技量を読んだ上での、建物に入ったフリ。見事に刺さった。

 

「アァウ!」

 

 疲労スタン。

 俺は既にジャングルジムから離れ始めている。

 さぁ、どうする?

 俺がそういう事をするサバイバーなのは既に割れた。

 次は素直に建物内を突っ切るか? それとも繰り返すか?

 フェイントは多用してはならない。今成功したのは、ナースがこれまで相手してきたサバイバーのチェイス能力が低かった故のことだろう。

 

「ホォウ」

 

 ブリンク。

 俺を追尾するためのものだ。

 

「アァ」

 

 視界に俺を入れて——いや、これは。

 

「発電機を見に戻りやがった……!」

 

 ああ、そうだ。

 チェイスが上手い奴が1人しかいないのなら、そいつを発電機担当に押し込んでしまえばいい。

 絶対に逃しようがないとこまで追い込んで、最後の1人にし、初吊りで処刑してしまえばいい。

 理屈は分かる、

 

 クソ、初戦のトラッパーとは格が違う。

 しかも今アイツが見に行った発電機は……ッ!

 

「負傷中のシェリルが発電している発電機……!」

 

 まずいまずいまずい。

 俺は負傷状態でセルフケアも無い。

 シェリルがダウンして吊られた場合でもチェイスや救助は請け負いづらい。

 味方と合流? 場所もよく分かってないのに?

 

 ……ああクソ、味方がもう少し頼りになれば。

 デビキンのチェイスには多少期待が持てそうではあるのだが。

 

 発見した発電機に食らいつくようにして発電を始める。

 本当はチェストを漁って救急キットが出ないか試したい。しかし今、それをするほどの時間的余裕は無い。

 

 Dead by Daylightは、キャリーをしづらいゲームだ。

 決定打になるのはチェイスぐらいのもので、発電や救助は結局、要所での良い選択の積み重ねが物を言う。

 

 低ランクパーティーとマッチしてしまい、赤帯は自分だけ。

 そんな状況で、自分だけが執拗に見逃され続け、結局最後の1人になり初吊りで始末されてしまう。

 たまにある事だ。自分がキラーでもそうするだろう。

 

「——ッ」

 

 推定で5%ほど発電したところで、遠くで悲鳴が聞こえた。

 シェリルが吊るされたのだろう。

 ゲーム時代ならば発電中ももう少し周囲を見れたのだが、現実仕様になるとなかなか厳しい。

 

「救助はいくべきじゃない……」

 

 負傷状態の俺では吊り交換になりかねない。

 デビキンかネアに任せるのが無難なはずだ。

 

「つーか……ハハ、やべぇな出血」

 

 足元が血でぬかるみ始めている。

 だが俺がこれで死ぬ事は無いのだろう。何か、どこからか体内に血が補充されている感覚があるからだ。

 あるのは、どうにもならない血生臭さとじくじくとした苦痛だけだ。

 

「半分くらいか」

 

 発電機の上部にある突起の具合で進捗を確認する。

 折り返し地点。そろそろ一台点いていい頃だと思うんだが……そこまで期待するのは酷か。

 

 シェリルが吊られた方向をちらりと見る。

 ちょうど救助されたらしく、オーラが腹を押さえた見覚えのあるポーズに変わっている。

 

 よくやった。

 ネアかデビキンかは分からないが。

 

 

 瞬間、軽快な音が儀式の場に響く。

 発電機、まずは一台。

 

「2吊りで1台……いや、2台か」

 

 俺の発電もあと少しすれば完了する。勝ちが見えるペースになってきた。

 次は真ん中の固有建築の発電機を直しに行きたいところだな。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

看護婦の使命

 軽快な音が発電の完了を告げる。

 その余韻に浸る暇は無い。

 

 残り3台。

 真ん中の発電機はまた抜けてない。

 

「が、ぁあ、クソ!」

 

 負傷状態。

 ゲームならばステータスの一つで片付けられるが、現実では違う。

 常に苦痛を感じ続けなければならないのだ。

 本音を言えば、発電なんて放ったらかしてチェストを漁るか味方を探すかしたい。

 

 オブセッションになっているお陰で血の協定でシェリルのオーラが見える。

 回復されているようだ。

 複数人でやるなら速い。これは回復しても良いかもしれない。

 

「……いや、我慢だ。回さないと勝てない」

 

 シェリルがトンネルされておらず、あまつさえ回復までされている。

 これはおそらく、デビキンかネアのどちらかがチェイスを請け負ってくれているからだ。

 

「ナイスチェイスだ」

 

 俺の推測だと、チェイスを担当しているのはデビキンだ。

 何故なら、彼は彼の固有パークであるデッドハードを所持している。

 

 デッドハード。通称デッハ。

 負傷時かつ走っている時のみ発動でき、アビリティ発動で前方に素早くダッシュする。

 この前方へダッシュ中はダメージを回避でき、使用後にキャラクターに(60/50/40)秒間の疲労を発生させる、といったパークだ。

 そしてこのパークは疲労中には発動できず、疲労は走っている限り回復しない。

 

 まぁ、疲労が走っていても回復する時代もあったが。

 デッハを始めとする発動で疲労を付与するパークはダッシュ系パークと呼ばれ、ゲーム時代ではパーク4枠の内1つはこのダッシュ系パークにするのが定石だった。

 

 デッドハードは汎用性が高いパークだが、ナース相手だと更に輝く。

 相手のブリンクは攻撃の振りとしてはかなり分かりやすく、回避しやすいからだ。

 

「ネアもスマ着があるが……んー、まだ活かしやすいマップか?」

 

 ネアもダッシュ系パークを1つ持っている。

 玄人好みのやや渋いパークだが。

 

「うーん、真ん中の発電機、は……流石にリスクが高ぇか」

 

 歩きで移動しながら、次の発電場所を考える。

 

 端っこでこっそりと発電するのが良いか。

 可能なら回復したシェリルとその回復を行った生存者の2人で真ん中を抜いて欲しい。焚き火の場所で俺がレクチャーした立ち回りを思い出してくれるといいのだが。

 

「……! チェストか」

 

 端っこ。発電機のあるジャングルジムという好立地。その裏で、見慣れた箱を発見した。

 これは……どうする?

 

「医療キットか鍵が出りゃでかい、か」

 

 チェスト。

 オファリングやパークで増減させない限りは、マップ上に三つだけ存在しており、内一つは地下室に確定で出現する。

 開いて中身を見るには10秒程度の時間が必要で、中身は完全ランダムである。

 

 鍵はレア度次第でハッチを開放でき、医療キットは耐久値の許す限り自分で自分を治療できるようになる。

 

「他人に使わせる択もあるが……」

 

 チェストを開けると、中にはゴミやガラクタが大量に入っていた。

 現実では、これらをかき分けてアイテムを探していく仕様らしい。運や手際が良ければすぐにアイテムが見つかったりするのだろうか。

 

「おっ」

 

 見慣れた赤く四角い見た目。

 医療キットだ。レア度は不明。

 

「でも助かるな」

 

 全身が怠くてたまらない。

 ゲーム時代ならチェストあさりもせず負傷状態でひたすら発電していただろうが、現実仕様となると話が変わってくる。

 この苦痛は、確実に俺の思考能力を奪う。

 

 あと一応、アイテム関連の仕様を確認しておきたい。

 次の儀式にも活かせる知識なはずだ。

 

「……? えぇと、これは」

 

 ジャングルジムの壁に隠れながら、医療キットの使用を試みる。

 キットの箱の隙間から、透明な包帯のような物が引っ張り出せる。

 

「巻く、のか?」

 

 ぺたぺたと身体にテープを貼っていく感覚だ。

 怪我の治療が進んでいくのを感じるが、どうにも遅い。

 もっと効率的に貼れないか。

 

「医療キットの引っ張り口を直で当てて、軽く引いて貼ったら一旦切って……」

 

 奇しくも、いや、必然と言うべきか。

 ゲーム時代に腐るほど見た、セルフケアの時の挙動をなぞるような動きになっていく。

 いったい何を巻いているのか疑問だったが、こういう事だったのだろうか。

 

「キィ……アァ!」

 

「ッ!?」

 

 かなり近い場所で金切り声。

 途端に心音も発生する。

 だが、同時に男の呻き声も聞こえる。

 

 チェイス中だ。相手はデビキンで、負傷状態。この距離感じゃダウンが近いな。

 距離感的には、治療のテープ音はギリギリ聞こえない……はず。

 

 

 

 ギィン……

 

 

「は?」

 

 

 思わず間の抜けた声が漏れる。

 警告音が聞こえたからだ。

 

 警告音。

 独特な音で、小さな獲物や警戒などのパークの発動時に鳴る音だ。

 

 だが、俺は今回どのパークもつけていない。

 というより、コール・ネーム以外のパークを付けようが無かった。ブラッドウェブの深度が浅く、パークの枠がないからだ。

 ひょっとして、パークが生える予兆か?

 枠を空けていないと固有パークは生えてこないという話だったはずだが。

 

 そうやって思考に没入したせいだろうか。

 俺は完全に油断していた。

 

 

 ナースの固有パークの存在を、失念していた。

 

 

 

「キィ——ァアア——ッ!」

 

「お、ぁあ!?」

 

 顔に鉈がめり込む感覚。

 痛みで意識が一瞬飛び、頭が地面に強く打ち付けられた感覚で目を覚ます。

 

「アァウ!」

 

 疲労スタン。

 後悔も反省も、今は必要ない。

 

 必死に這いずって少しでも時間を稼がねば。

 

 這いずりながら、後ろを向く。

 ナースはこちらに近づいて——こない。

 

「ホォウ」

 

 ブリンクの構え?

 ……まずい、これは。まずいまずい本当にまずい。

 

「う、おぇ……動い、てる場合じゃ……ねぇ……ッ!」

 

 回復ゲージを溜めろ。

 俺のダウンは皆に見えてるはずだ。

 

 ナースはとっくに視界外にブリンクしていった。

 目的は一つだろう。

 デビキンのダウン。すなわち、俺含め2人をダウンさせた状態を作ることだ。

 

 倒れ伏したまま必死に思考を回す。

 おそらく俺が見つかったのは看護婦の使命(ナースコール)、通称ナスコと呼ばれるナースの固有パークのせいだろう。

 

 効果は単純だ。

 20/24/28メートル以内にいる治療中、または治療を受けている生存者のオーラを視ることができるというもの。

 壁の向こう側に一瞬でブリンクできるナースとはそれなりに相性が良い。

 

 ダウンしている間の唯一の利点。他の生存者のオーラが見える事を活かし、状況を整理する。

 1人は真ん中の固有建築内で発電。これはダウン前から血の協定で見えていた事から、シェリルであると判断できる。

 

 もう1人。腹を抱えて歩いているのはデビキンか。

 そして近場の発電機でネアが発電——いや、発電の手を止めた。

 呻き声でデビキンに気づいたらしい。

 いや、だが、それはまずい。

 

「やめろ、治療するな……!」

 

 聞こえるはずもない俺の叫びが虚しく響く。

 ナースは、ナースコールの発動範囲よりも心音範囲の方が大きい。

 だがブリンクによる一瞬の移動距離が長く、心音に気付いて治療を止めても位置自体はバレてしまう可能性が高い。

 

 問題は、デビキンだけでなく治療をするネアまでも襲われてダウンした場合だ。

 

「ク、ソ……ッ」

 

 ネアがデビキンの治療を開始する。

 そして、少ししたところで慌てたように止めた。

 もう遅い。手遅れだ。

 

「うぁあッ!」

 

 ダウンを示す、短い悲鳴。

 そして——軽快な音が鳴った。

 

「真ん中の、発電機……」

 

 ああ。

 まずい。かなりまずい。

 

 ダウン2人。残り2人の位置バレまでしてる。

 これは、立ち回り次第で……一気に全滅するぞ。

 

 






あぁ。良い。
良い絶望感だ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

喘鳴

「う、ぐぁ……」

 

 先ほどから、何かが流れ出ていくような感覚が止まらない。

 長くダウン状態でいると起こる、失血死のカウントが進んでいるのだろう。

 

「……クソッ」

 

 あと少しで立てる。

 そんなところまで身体を休ませた感覚がある。

 

 だが、そのあと少しがどう足掻いても回復し切れない。

 立つためのきっかけが、足りない。

 

 それもそうだ。ゲーム時代では、一部のパーク効果を除いて自分で起き上がる事はできなかった。

 実際の儀式においても同じなのだろう。

 

「……まずい、な。ネアが」

 

 這いずりながら、必死にオーラを見て状況を整理する。

 ネアの姿勢を見るに、彼女は負傷状態だ。

 デビキンのダウン直後に攻撃をくらってしまったらしい。

 

 どうする。俺はどこで起こされるべきだ?

 

「とにかく、移動を」

 

 ずり、ずり、と這いずったまま場所を変える。

 

「きゃあッ!」

 

 どこか遠くでネアの悲鳴が聞こえた。

 見れば、ダウンしたネアのオーラ。

 

「ま、ずい。まずいまずいまずい」

 

 3人這いずり。

 残りのシェリルも大方の位置を把握されてる。

 

「カラシナ!」

 

 声がした方を振り向く。

 見れば、真ん中の固有建築から顔を出したシェリルがこちらに駆け寄ってきていた。

 

 ほっと息をつく。とりあえず俺は復帰できそうだ。

 

「ああ、ありがと——」

 

 金切り声が、した。

 

「ホゥウ」

 

「クソッ、おいおい嘘だろッ!」

 

 早い。あらゆる事象のペースが早すぎる。

 ゲーム時代はナースの下方修正を嘆いたものだが……実際に相手をするとなると、話は別だ。

 

「シェリル!」

 

「わかってるわよ!」

 

 シェリルが一直線にこちらに向かってくる。

 その間に割り込むようにナースがブリンクを行い——

 

 ——シェリルの脳天に鋸が突き刺さった。

 

「ァ……がッ」

 

 シェリルの負傷が一定レベルのものに置換される。

 その超回復の反動により、速度が上昇し俺の元へあっという間に到着した。

 

「こういう、事……でしょッ!」

 

「ああ。完璧だ。助かった」

 

 シェリルに身体をさすられ、損傷状態が一定のものに置換される。

 ダウンから回復だ。

 さて——。

 

「サリー・スミッソン、お前の思い通りにはさせねぇぞ」

 

 クールタイムは既に経過していたらしい。

 パーク発動の感触がする。

 

「キィアァ!」

 

 おそらく俺を狙ったであろうブリンク。

 それを敢えてナースに近寄る事ですれ違うように回避する。

 

「切り返しを使うサバイバーは初めてか?」

 

「ウゥ……」

 

 疲労スタン。

 さて、どこに逃げ込むべきか。

 

「俺を追ってこい! チェイスしようぜ!」

 

 正面には木箱地帯が見える。

 俺の記憶が正しいなら奥側にジャングルジムが確定生成だったはず。

 多少は時間を稼げるだろう。

 

 今ナースには俺の足跡と血痕しか見えていない。

 ここでタゲを取って少しでもシェリル達のいる方角から遠ざけなければ……!

 

「ホォウ」

 

 ブリンク。

 良かった、俺を狙ってくれるらしい。

 

 ただ、まだオブジェクトには隠れられていない……が。

 

「もう一回!」

 

 ブリンクの構えを取っているナースに向けて近寄る……ように見せかけ、再度切り返して前進。

 

「キィ……」

 

「同じフェイントかと思ったろ?」

 

 これで何とかオブジェクトの木箱に辿り着く。

 ギリギリ視線を切れるサイズだ。

 

 さぁ、どちら側に回るか選択しな。

 

「キィア!」

 

「残念、外れだッ!」

 

 木箱に入った角度から再度出る。

 俺が進むであろう方向に予測ブリンクしたナースに向け、不敵に笑う。

 

「ッ」

 

 鉈が空を切る音。

 当たらないのに振っちまったか。

 助かった、これでブリンク後の疲労スタン時間が延びる。

 

「つまりは……ジャングルジムまで間に合うってこったな!」

 

「ゥウウ!」

 

 ジャングルジムへと辿り着く。

 形状は4壁か。微妙だな。

 

「フェイントを入れて木箱地帯、そんで固有まで繋げたい」

 

 理想を語っても仕方ない。

 ここで俺はあるフェイントを思いついた。

 

「ホォウ……」

 

 ブリンクを構える音。

 俺はジャングルジムで一瞬だけ回復の動作を挟み、その後手前側の壁に即時移動した。

 

「キィイ!」

 

「残念」

 

 壁の向こう側にナースが飛んだ気配。

 成功だ。

 

 お前のブリンクの正確さと、反射神経。

 そして何よりナースコールを持っている事を読んでのフェイント。

 

「ホォ……」

 

「さて2択だ。俺はどっちに」

 

 そこでぶつりと。

 意識が飛んだ。

 

 

 

 

「アァウ!」

 

「……へ、はは。声でバレてたか?」

 

 そういえば自身の呻き声がやたら大きかったような気もする。

 ナース固有パーク、負傷者の呻き声を50%増加される「喘鳴」がついていると見て良いだろう。

 囁きに加えてナスコ、喘鳴……この流れでいくならもう1つは死恐怖症か?

 

「うぐ」

 

 ナースに担がれ、もがきながらもオーラを確認する。

 3人で集まって回復中か。

 よし、何とか立て直せそうだ。

 

「ブリンクは上手いが、下手なサバイバーとしかチェイスしてこなかったらしいな」

 

「……」

 

 俺の言葉が分かっているのか分かっていないのか。

 ナースは無言のまま俺をフックに吊るした。

 

「がッ、あぁ……!」

 

 断末魔のごとき声をあげ、苦痛に耐える。

 

「は、あッ……クソッ」

 

 オーラで各サバイバーの動向を確認する。

 全員が回復を終えて、ネアとシェリルで奥側の発電機を発電している。

 デビキンは……どうにも真ん中の固有建築内の発電機に向かっているようだ。

 

「2人回しのとこが見つからなきゃ何でもいい……」

 

 ナースがブリンクしていったのは固有建築の方向。

 そのまま行けばデビキンに囁きが反応し、しばらく索敵するはず。

 

「上手くいけば4人で残り発電機2台、しかもリーチのやつは無し……!」

 

 崩壊の危機は乗り越えた。

 それどころか勝ちの目がかなり見えてきている。

 

「はは、やるな」

 

 デビキンが隠密しているのが見える。

 隠れ方からなんとなくナースのいる方角も分かってきた。

 

 そしてもう1人。

 俺の救助にやってくるヤツも見えている。

 

「そう救助を急がなくても良かったのにな」

 

「この状況で憎まれ口を叩けるのは才能ね」

 

 発電を止めて俺の救助にやってきたシェリルが呆れたような表情を作る。

 フックから抜かれつつ、俺は自身の見た状況を語った。

 

「中央の廃病院でデイビットとナースが隠れんぼ中だ。さっさと発電しようぜ」

 

「うるさい」

 

 シェリルにぐっと背中を押さえつけられる。

 負傷中なこともあってか、俺はうめき声をあげながらしゃがみ込んだ。

 

「私と貴方は血の協定を組んでるでしょ? 回復してから走ればいいじゃない」

 

「……まぁ、それも悪くないか」

 

 迅速効果は微々たるものだが、正直これ以上負傷状態でいるのは精神的にキツい。

 背中をさすられ、無事に回復を終えたと同時に走り始める。

 

「ちょ、早っ」

 

「助かった、ただ今は時間が惜しい!」

 

「ちゃんと16メートル以内にいなさいよ!?」

 

 分かってるさ。

 断続的に聞こえる金切声が、デビキンの隠密の成功を示唆している。

 さっさともう一台付けてナースを絶望させるとしようか。

 




 絶望“させる”?
 随分と大きく出たじゃないか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。